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[28993] 【習作】黄忠伝(真・恋姫†無双)
Name: 地雷G◆f20ef6c2 ID:d0675f60
Date: 2011/09/18 16:25
前書き

はじめまして、地雷Gと申します。
真・恋姫†無双 のSSを読んでいたら久方ぶりにHENTAIを書きたくなったので、筆を取らせていただきました。


本SSは最近見る事が少なくなったHENTAIものです。
内容としましては、蜀陣営モノっぽい劉備ちゃんよいしょかつおっぱいで中二病な話に急展開と無理やりなギャグを混ぜ込んだ物となっています。
時代考証、史実との噛み合わせは諦めているので、地雷作品です。
ただ勢いと雰囲気を楽しんでください。
「3話ぐらいで更新しなくなるパターン乙wwww」と嘲笑して頂ければ。


独りよがりな自慰めいた拙作ですが、楽しんでいただけると幸いです。
なお、黄忠(紫苑)がヒロインではありませんので、ご注意ください。









――――――序


まだ、俺が幼かった頃、彼女に恋をした。

力は強かったものの、ただの一兵卒でしかなかった俺に気さくに話しかけてきてくれた。
恐らくは、そんなことが切っ掛けであったのだろう。
生憎と、俺は自分の大切な記憶であるはずなのに、自分が彼女に恋に落ちる瞬間を覚えていない。
気が付けば、彼女のことが好きだった。
どこにでもあるような、そんな初恋だ。

彼女は物腰が穏やかな人間だ。しかし、同時に腹黒い面も多々見受けられるから油断ならない。
俺の気持ちに気が付いているのだろう彼女は、いつも彼女の友人と一緒になって俺をからかってきた。
自分より背の高い彼女たちが意地の悪い笑みを浮かべて迫ってくる様は、未だにトラウマとして残っている。
ともあれ、幼い俺はからかいが恥ずかしいと同時に、彼女が俺にかまってくれることが嬉しかった。

そんなある日。
俺が、兵隊から将として取り立てられる事が決まった。
それは、少し前から俺が戦場で賊将の首を上げる事が多くなってきた為、上の人間から目を付けられたからだ。
もっとも、そんな事程度では俺のような村人に毛の生えたガキが取り立てられる事はない。
ただ、当時の俺はそんなことも分からずに、彼女に嬉しそうに報告をしたものだ。


『やったよ、ついに俺の力が認められたんだ!』


『そう、良かったわね。今日はお祝いをしましょうか?』


『見てて、すぐに追いついてみせるから!』


『あらあら、気合は充分ね』


彼女は嬉しそうに俺の言葉にそう返してくれたが、今にして思い返してみればそれほど驚いていなかったように思える。
それがつまりどういう事か。少しばかり年を経た今の俺には分かる。
恐らくは、彼女が俺を推挙してくれたのだ。
でなければ、たかが賊将の首を挙げた程度では一足飛びに将にはなれない。
そんな少し考えれば誰でも分かる簡単な事実に気が付かない馬鹿な俺は、その後将として少しずつではあるが経験を積んでいく。
もちろん、自分自身の鍛錬も欠かさずに行い、彼女に負けない武力を手にしたと自負している。

そして、いつしか身長も彼女を追い越した。

そんなある日だった。
珍しく、彼女がいつも湛えている微笑みではなく、真剣な表情で俺の部屋を訪ねてきたのは。
時は夜半。
月も出ていない新月の夜の事だった。


『結婚、することになったわ』


いきなりの言葉であった。
正直に言えば、俺は彼女がずっと俺のことを見守ってくれるのではないかと考えていたのだ。
現実は逆。
彼女は俺の傍から離れる事が決定していた。


『な、そんな…。誰とだよ!?』


『韓玄様、と仰るそうよ。城の太守だとか』


『誰だよ! てか、いつ恋仲になってたんだ!?』


『……恋仲ではないわ。だって、これは政のためだから』


『政?』


『そう。最近、劉璋様が劉焉様の後を継がれたでしょう? 劉璋様は老臣たちの支持が欲しくて、その中の一人に私を差し出すと言う訳』


『ふざけんな!!』


俺は激昂した。
好きな女が無理やり結婚させられると聞いて黙っていられるのは男じゃない。
と言うか、劉璋様は未だ幼いもののそんな無体なことを強いる人ではない。
別に黒幕がいるはずだと考えた俺は、居ても立っていられず直訴するべく主の部屋へと駆けだした。


『待って!』


『すぐに戻ってくる!』


俺はそのまま彼女が何か言っているのを無視して、劉璋様の部屋へと向かった。
しかし、そこで待っていたのは劉璋様ではなく、インテリヤクザと称される別の人物だった。


『お前、こんな所で何をしている? 劉璋様は?』


『……悪いが、』


少し大人しくしてもらおうか?
そう相手が呟いた瞬間、俺は室内になだれ込んできた大量の兵に取り押さえられてしまう。
そのまま、適当な理由をつけて営倉へと3日間叩き込まれた。

そして、俺が出てきた時には既に彼女は韓玄のものとなるべく旅立っていた。


『何故、あのようなことをしたのですか劉璋様?』


『だ、だって、朕がこれからも蜀を治めて民を守るには、そうするしかないって■■が……』


後日、オドオドと俺に言い訳にもならない事を言っていた劉璋様であったが、俺はそんなことも気にならなかった。
余計なことをしてくれた劉璋様よりも、俺を牢屋へとぶち込みやがったあの野郎よりも憎むべき相手がいる。

それは、俺自身だ。

あの時、彼女は俺に何を伝えようとしていたのか?
何故、あの時彼女の制止を振り切ってしまったのか?
それで、俺は彼女を悲しませてしまったのではないか?

本当に死ぬほど後悔した。

それから数年の後、俺はとある城に派遣させられることになった。
そう、それも――


『久しぶり、ね。逞しくなったわね』


彼女が夫の死後、城主となった城に。
久方ぶりにあった彼女は、最後にあった時よりもうんと女性らしくなっていた。
髪も伸ばし始めたのか、腰程度まで伸びている。

ただ、その優しげな笑顔だけは以前と変わりなかった。

ふと彼女の傍らを見ると、こちらを彼女の足に隠れて伺っている小さな少女の姿があった。
もしかしなくても、彼女の子供だろう。
彼女はあらあらとその少女の頭を撫でてやっていた。
その仕草は、以前俺がされていたものとなんら変わりはない。
同時に、俺は彼女がその子供を本当に大切にしている事が分かった。
かつて、俺がそうであったように。

瞬間、激しい憎悪が俺の中から沸き上がる。
その足元の子供を踏みつけ、得物で切りつけてぶち殺したい衝動に駆られる。
俺は、元来子供好きではないが、それでもここまでの嫌悪する対象ではなかった。

そう、俺はその子供が嫌いだった。今ここで殺したくなるほどに。

俺ではなく、韓玄との間に出来た子供と言う事からも俺がその子を好きになる義理はないのだが。
ただ、彼女の血も引いていることも分かっているので、なんとか好意的に見ようとするも、失敗。
心の奥底で蓋をして熟成していたはずの憎悪が沸き上がってくる。
気が付けば、ギロリとあらん限りの殺気を込めて睨みつけており、その子は小さく悲鳴を上げて彼女の背後へと隠れた。
そんな自分の子供の様子を見て彼女は驚いたように目を見張り、次いで悲しげな表情になる。


『貴方……』


俺は取りあえず、彼女が何かを言いきる前に笑顔で声をかけることにした。
これまで、幾度か彼女の噂話を聞く事はあったが、直接会うのは数年ぶりのこと。
話したいことは山ほどあった。

しかし、俺の口は思ってもみない事を口走ってしまう。


『久しぶり。相変わらず良い乳をしている。ジジイに揉まれてさらにデカクなったか?
むしろ、それに顔を埋めさせてください。ハァハァ、大丈夫、ちょっとだけへぶっ!?』


彼女の返答は、烈火のような怒りと拳だった。








黄忠伝











[28993] 一話
Name: 地雷G◆f20ef6c2 ID:d0675f60
Date: 2011/07/24 21:01


「おっぱいに挟まれるのは、マジ最高だと思うんだが、どうよ?」


「いや、知りませんよ」


雲ひとつない青空の下、城の城門にて俺は自分に付けられた副官とともに向こう側まで広がる荒野を眺めていた。
地平線を見渡せるような絶景が広がるそこには、特に異常は見受けられない。

そんな中、俺がふと思いついたことを問いかける。
正直、何も考えないで発言したのだがこの質問は案外良いかもしれないと思った。
と言うのも、男ならば誰しも母性の象徴を求めるもの。
この話題ならば、どんな人物とでも男であれば盛り上がる事ができる話題だろう。


「んな事ないだろー。ここには男しかいないんだし、恥ずかしがらずに言えよー」


「いえ、自分は童貞なのでその魅力は分かりかねます」


まさかの切り返し。
予想もしていなかった副官の返答に俺は驚愕すると同時に悲嘆にくれる。
なんと嘆かわしい事か。
男ならば、あの母性溢れるものに埋もることこそ至福のはずである。

だと言うのに、それを体験した事がないばかりか知らないとまで言ってしまうその考え方に俺は軽くめまいを覚えた。
しかし、ここで会話を諦めてしまえば副官がただの童貞野郎という面白くもない情報を握らされて終わりになってしまう。
せめて、どこか両者が歩み寄れるような妥協点を探さなければ。
俺は、なんとか自身を振るい経たせると彼にもう一度問いかける。


「童貞でも、オカズにすることあるだろ? もしおっぱいに挟まれたら?とかで」


「…いや、無いですね。自分、足派なんで」


「ちょっ、それはねーよ! 母性の塊であるおっぱいありきの足だろうが!
いいか、おっぱいはその様々な形で俺たちを楽しませてくれる! 巨乳は俺たちに幼い頃味わった母性と安らぎを、貧乳は俺たちに未来への希望や永遠を感じさせる!



「はっ、あんな脂肪の塊のどこが良いんですか? むしろ、足ありきのおっぱいですよ!
それに足はちょっとむっちりしてたら柔らかさを味わえ、引きしまってても楽しめる。言わば一粒で二回おいしいんです!
機能的に見て、明らかに足の方が優れていると言えるでしょう」


俺と副官は互いの額と額をくっつけながら至近距離から互いを睨みあう。
既に互いの怒りは有頂天。
いつ殴り合いに発展しても可笑しくはない空気を醸し出していた。
そんな時、慌てたような声が横合いから声をかけられる。


「で、伝令です!」


「あん? なんだ。おっぱいは至高だと言いたいのか!?」


「いや、足こそが至高!」


「い、いえ城からの伝令なのですが…」


唐突に振り向いて問いただした俺たちの言葉に驚いたのか、何やら顔をひきつらせている伝令クン。
そんな彼に俺は軽く謝罪の言葉をかける。


「ああ、すまなかった。…副官、てめぇは後で城門の裏に来い。この世の真理を分からせてやる」


「望む所です。それより、早く内容を伝えなさい」


副官は未だ戸惑っているのか、内容を伝えられない伝令くんに厳しい言葉を投げかける。
ともあれ、彼はその言葉に正気を取り戻したのか、はたまたヤケクソになったのか大きな声で頭を下げた。


「申し上げます! 諷陵(ふうりょう)の劉備の軍勢が動いたと言う知らせが入りました!
つきましては、軍議の為、高忠(こうちゅう)将軍も城までお戻りください!!」


「え、嘘。劉備ちゃん来るの?」


俺は、伝令の言葉に僅かに目を見張った。
劉備と言うのは、最近になって益州と荊州の国境にある城の一つ諷陵に流れ着いた人物だ。
霊帝が崩御してしまい漢王朝がほぼ滅亡と言って良い状態に追い詰められた現在、彼女のような人物は珍しくない。
諸侯は互いの領土を激しく奪い合い、漢王朝に次ぐ覇者となるべく動き出している。

劉備ちゃんもその一人と言える。
彼女は元々の身分は知らないが、義勇軍の将として下積みをし、黄巾賊の討伐や都で暴虐の限りを尽くした董卓を倒したことでその名を世に知らしめた諸侯の一人だ。
つい最近、彼女と同じように最近名前が有名になった曹操に負けて、各地を転々としつつ諷陵に流れ着いたらしい。

俺の主である劉璋様は、益州の牧であるため本来ならば彼女のように、突然領地ギリギリにやってきた人間を警戒しなければいけないのだが、何故か特に手を出す事はしていない。
もちろん、大勢の部下が劉璋様に劉備を追い払うべく諫言したのだが、馬耳東風。
結局は手を出す事はなかった。

そうこうしている内に、彼女はその溢れんばかりの魅力で諷陵をたちまちの内に支配下に置くと、すぐさま軍の拡張を行い始めたのだ。
それでも、劉璋様は動き出さない。
仕方がないので、俺たち劉璋様に仕える将はそれぞれの城ごとに軍を整える事で来るべき日の攻撃に備えることとなった。

しかし、ここで厄介なのが劉備ちゃん自身だ。
彼女は、どうやらかなり優秀らしく民からの支持が絶大だ。
それに比べて、うちの馬鹿殿は民には優しいのだが、優柔不断。
おまけに、残念具合に拍車がかかる政治の愚鈍さ。それらも相まって、最近領民たちから「劉備の方が良いんじゃね?」という意見が広まっている。
まあ、ダメな奴より優れている者に統治して自分たちを守ってもらった方が安心できると思うのは当然のことなので、仕方がないと言えば仕方がないのだが。
現に今俺が所属している城の中でも劉備ちゃんを望む意見が日に日に増してきている。

俺としては、彼女を主としても構わない。
むしろ、そっちの方が望ましいのだが如何せん俺の上司とも言えるこの城の城主は、何やらグダグダと悩んでいる。
どうも、劉備に本当に任せて良いのか決めかねているようだ。
俺としては、どちらでも良いので彼女が決めたことに従おうと思っていた。

とは言え、劉備ちゃんもこちらが態度を決めるまで待ってはくれない。

集めに集めた軍で、今日いよいよ攻めてくるつもりなのだろう。
これは大変なことになったと思い、俺は顔をしかめながら伝令に了解の旨を伝える。


「分かった、すぐに向かう。伝令御苦労」


「はっ!」


伝令クンはすぐに頭を下げると忙しそうに城へと戻っていった。
その後姿を見送りながら、俺は緩慢な動作で腰にくくりつけていた水筒を取りだし、中身をあおる。
そして、しばし無言で諷陵があるであろう方角を眺めていた。
いまだ、その姿を確認できないことからまだまだ距離はあるのだろうと目星をつけながら、しばし思索にふける。

そんな俺の姿に呆れつつも副官は一部の配下に戦準備の支度を命じながら、俺が動き出すのを待つ。

それからしばし。正確な時間は分からないが少しの時間の後、俺はため息をつきながら傍らの副官へと話しかけた。


「おい、やべーよ。劉備ちゃんが攻めてくるって」


「ええ、聞いてました。予想より行動がはや…」


「劉備ちゃんの大きなおっぱいが生で見られる!」


俺は副官が何やら言っていたのを無視して、両の手を頭上に掲げて万歳をする。
いや、これが落ちついていられるか!
劉備ちゃんは、出回っている絵姿でもかなりの巨乳として知られている。しかも美人。

そんな娘がやってくるとわかっては、興奮しないわけにはいかない。
そして、それは副官も同じようで彼もこっそりと鼻息を荒げつつ冷静を装って口を開く。


「はぁはぁ、自分としては下衣と靴の間にある僅かな肌色が…って違います!」


「だよな、やっぱりおっぱいが一番だよね。あの爆乳、たまらない」


「いえ、それよりあの僅かに見える太ももですね。って、そうでもなく、どうなさるおつもりですか?
正直、民の人気は劉備にあります。それとこのまま戦って良いものか…」


急に真面目になって聞いてくる副官。
どうやら、彼と俺の性癖は本当に噛みあわないようだ。
とは言え、早めに戻らなければいけない。

城主である彼女は、以外と怒りっぽい。と言うか、俺にだけ厳しい。
少しでも悪ふざけしようものなら容赦なく射抜かれるだろう。

昔は彼女と何やら甘い思いでがあったはずなのだが、悲しいものだ。
いや、彼女も年なのだから思い出が擦れてしまうことも仕方がないのかもしれない。
なんせ彼女も一時の母。現在は年増に年々近づいてきている二十……。

そこまで思考が至った瞬間、城に向けて歩き始めた俺の頬を擦過し大地に矢が突き刺さった。

その鈍い音を聞き、頬に痛みが走ると共に俺の全身から冷や汗が吹き出る。


たった今俺を殺しかけた矢は、彼女が放ったもののようだ。
その証拠に、矢の尾羽が彼女が良く使う鷹の物である。
城から城門まで遠すぎて視認できない距離であるにも関わらず、ここまで正確に射かけるとはもはや人間技ではない。


「おや、これは黄忠将軍もお怒りですね。急いで戻った方が良さそうです」


「デスヨネー」


俺は副官の言葉に人形のようにぎこちなく答えると、一刻も早く城へ向かうために全速力で駆けだした。








[28993] 二話
Name: 地雷G◆f20ef6c2 ID:d0675f60
Date: 2011/08/01 22:51
城へ息を乱しながら戻ると、すでに軍議を行う室内には現在城にいる殆どの武官が集まっていた。
殆どとは言え、人数は10人でしかもその全員が千人規模の指揮しか取ったことのない者たちだ。
ともあれ、どうやら俺と副官が最後のようである。
そのせいか、上座に座った彼女が呆れたような目で俺を見た。
彼女の名前は、黄忠。字は漢升(かんしょう)。
俺たちが現在いる城の城主に任じられた女性で、現在の俺の上司でもある。

彼女を言い表すのなら、『お淑やかな女性』と言う言葉がぴったりだ。
常に穏やかであり、礼儀正しく自分が立場が上でもキチンと相手を立てて対応する。
しかも、文武に秀でて領民の支持も篤いという完璧超人。
ダメ押しするなら、性格通りの優しげで美しい風貌をしており、体型もめりはりの利いた男なら生唾を飲み込んでしまうようなもの。
出来る事ならその大きな胸で全身を愛撫して欲しいと思ってしまう程の美女なのだ。

そんな彼女は、現在その優しげなご尊顔に呆れたような表情を貼りつけている。

そう、何を隠そう彼女は俺に対して厳しい。
それこそ、孟子の母ですら裸足で逃げ出すのではないかと言う徹底ぶりだ。

俺が酒を飲み過ぎれば、しばらく禁酒だと言って直々に御触れを出すわ。
娼館に行こうものなら、次の日には女官全体に俺が病気持ちだという噂を流すわ。
果ては、それならばと彼女に手を出そうとしたら全力で叩きのめされて痛罵された。

俺と彼女は昔からの仲の良かったばかりか、下手をすれば恋人的な雰囲気であったにもかかわらず、いつの間にかここまで嫌われてしまっているのだから不思議である。
嘘です。本当はめっちゃ心当たりがあります。


「高忠将軍、いささか軍議に来るのが遅すぎるのではないでしょうか?」


「…申し訳ありません黄忠将軍」


ちなみに、俺の名前も高忠(こうちゅう)。字こそ違うもののまったく同じ名の読み方をするので紛らわしい。
こういう時は互いに相手を字で呼び合うのが普通であるが、彼女は俺を嫌って字すら呼ばない。

以前は、互いに認め合った者にしか教えない『真名』と呼ばれる神聖な名前で呼び合っていたことから、今の扱いの酷さが分かる。
俺は自業自得ながら悲しくなりつつ、静かに彼女に頭を下げて上座に一番近い席に座った。
副官はその後ろに立つとピクリとも動かず、軍議が始まるのを待つ。

黄忠は深くため息をつくと、表情を真剣なものに切り替えて口を開いた。


「それでは、軍議を始めます。まずは、ここに向かっている劉備軍の情報の整理から」


「はっ!」


彼女がそう言うと、上席の方に座っている将の一人が立ち上がり中央に配置された地図の上に置かれた駒を移動させる。
青い駒は城に配備された俺たちの軍勢約六万。赤色のものは、現在進行中の劉備軍だ。


「現在、劉備軍はその数およそ五万。諷陵を出てこの城まで真っ直ぐに進軍してきております。
行軍の速度は比較的遅く、未だ視認可能な距離までは来ておりませぬ。しかし、警戒が厳しく斥候が傍まで近づけませんので詳細は不明です。
しかし、明日中には2里程度の距離までは接近するものと思われます」


「そう、では劉璋殿に伝令は走らせた?」


「はっ、既に。しかし、返答が返ってくる頃には既に戦時中であることが予測されます」


「援軍は、すぐには望めないのね」


黄忠は苦々しげにそう言うと、地図に視線をやる。


「城内の備蓄は十分。兵の士気も充分だから、いつでも討って出る事はできるけど…」


「いや、籠城するべきだろう」


彼女の言葉尻を引き継いで、俺が喋り出す。
すると、周りの将たちも真剣な様子で俺の言葉に耳を傾け始める。


「劉備軍は約五万。兵の数ではこちらが上回っているが、将の質の差は如何ともしがたい。
こちらは、万を超える兵を指揮できるのは二人のみ。
対して、向こうには美髪公だの燕人なんていう武名に秀でた将が多い。しかも、軍師はあの有名なはわわとあわわ。下手に野戦を仕掛けると簡単に潰される」


「…そうね」


俺の言葉を聞いて頷いた彼女だったが、俺の言葉は生憎とそこで終わらない。
彼女が方針を纏める前にさっさと続きを言ってしまう。


「それに、あの劉備ちゃんや関羽ちゃんのおっぱいが生で拝めるんだぜ!?
野戦なんかで激しく戦うより、籠城でゆっくり見たいじゃないか!!」


「………………」


俺がそう言いきると、周りの将たちは我が意を得たりとばかりにニヤニヤと笑い始めるが、ただ一部の女性将校と黄忠が完全に無表情。
むしろ、汚物を見つかのような目で俺を見つめた。

巨乳な彼女やその他の女性たちにそんな目で見つめられるとゾクゾクとしてしまうが、俺は咳払いをして誤魔化すように続きを口にした。


「ごほん、まあそれと問題は住民がそれほど戦いに乗り気じゃないってことか。
正直に言って、劉備の人気がうちの劉璋様と比べて高すぎる。戦うかどうか迷わされるな」


俺はそう真面目に締めくくったものの、未だに黄忠は俺を家の壁に盛る野良犬を見るかのような目つきで見ている。
対して、将たちは俺の言葉に頷いている。
しばらく、誰も何も言わない時間が出来る。
その間に俺は思索の海い沈む。
恐らく、劉備ちゃんたちは有名な将を全員連れてきていると考えられる。

美髪公、関羽。
燕人、張飛。
上山の登り竜、超雲。
西涼の錦、馬超。
白馬将軍 公孫賛。

そして、伏竜鳳雛の諸葛亮と龐統。

他にも飛将軍、呂布などが彼女の元に身を寄せていると言うらしいから、連れてきているかもしれない。

これらの情報を鑑みると、うはっ、かわいい女の子がいっぱい来るよ! と言うことだ。
彼女たちは武や知に優れているだけではなく、かなりの美女や美少女であることも有名だである。
そんな子たちと敵同士とは言え、会う事ができるとは何と幸運なのだろうか!


「…戦う戦わないは、今更是非も有りません。私たちは領民を守る義務があり、劉備たちは侵攻しようとしている。
ならば、彼女たちと矛を交えるのも吝かではありません」


黄忠は、唐突にそう言うと立ち上がった。
周りの将たちも彼女に釣られるように立ち上がる。

唯一人、俺だけは変な方向に思考を飛ばしてしまっていたため反応が遅れる。
彼女はもはや俺を一顧だにせず、将たちに告げる。


「籠城で劉備軍を迎え撃ちます。総員、準備を」


御意と、彼女に従う声が室内で唱和される。
俺はそれを耳にしながら、これから見える彼女たちを妄想していた。

劉備ちゃんはその大きすぎる母性の塊のためとても有名であるし、その義姉妹である関羽や張飛も髪笛血(かみふぇち)と炉利魂(ろりこん)の間で抜群の支持を得ている。
その他もろもろ、ぼいんからぺたんまで全てのラインナップを備えているらしい劉備軍。
このまま戦うことになったのなら、『ドキッ、乙女だらけの一騎打ち巡り! ~ポロリもあるよ~』を開催しなければならない。
ルールは、取りあえず彼女たちに一騎打ちをしかけると一つ判子が貰え、それを劉備軍全員分集める事が出来たのなら先着順で賞品を手に入れることが出来るというものだ。
ちなみに、劉備ちゃんやはわわとあわわ軍師も含まれるため、戦いは厳しいものになるだろう。
てか、総大将と軍師が一騎打ちを受ける訳がないだろうが…。

そんなことを考えていると、不意に黄忠が俺に声をかけた。


「高忠将軍、少し良いかしら?」


「はぁ、なんでしょうか?」


何やら、俺に用があるらしい。だと言うのに、彼女はそう言ったきり無言で背中を向けると俺を振り返りもせずに歩き出してしまう。


「え、ちょ、待てよ」


とりあえず、黄忠の後についていくしかないだろう。俺は、本来ならばしなければいけない仕事があるのだが、上官命令ならば仕方がない。
取りあえず、副官に目配せをして仕事を全て終わらせておくように支持をする。
すると、彼は笑顔を浮かべて「死ねよ高忠。氏ねじゃなくて、死ね」と言っていたが、やってくれるらしく俺は彼を無視して黄忠の後に続く。

黄忠は、どうやら城の外に行くのではなく、城内へとどんどん進んでいく。

しかも、自身の政務室がある方向に進んでいる。
何か伝えることでもあるのだろうか?
疑問に思った俺は、彼女に一応お伺いを立ててみることにする。
ほんの少しだけ真面目な話をすると、部隊の配置を綿密に決めなければいけないので口頭で済ませられるのならば、さっさと終わらせてもらいたい。


「なあ、どこに行くんだ?」


「…………」


無視。

俺の言葉は相手にされることなく廊下に消えていく。
数年前に再会して以来、彼女は俺に対して一貫して厳しい態度を取るようになったが、それでも昔の好意のおかげか、このようにあからさまな無視をするような事はなかった。
と言う事は、ここでは話が出来ない事なのだろう。
ならば、時間は惜しいが彼女の後を大人しくついていくことにしよう。
そう決めた俺は無言になった。
しばらく、廊下に俺たちの足音だけが響く。

俺としては残念すぎる事なのだが、黄忠と特に会話をすることはない。
本当ならば、あの再会した後に語りたい事は山ほどあったのだが、彼女は常に怒っていて一緒に酒も飲んでくれない始末。
もう本当に涙が出てくる。

何を隠そう、俺は未だに黄忠に懸想している。

再会の時の言葉のせいで、ここまで関係が悪化してしまったことは分かっている。
ただ、それでもあの時浮かんだ気持ちは紛れもない俺の真実だ。
だから、俺は謝る事はせずそのままにしている。
まあ、その結果大好きな彼女の真名が呼べないのだから自業自得も良い所だ。
むしろ、死ねば良いのに、俺。
もっとも、それでも完全に俺を嫌わないでいてくれる彼女は、真実優しい女性だと思う。

軽く鬱になりながら、自閉していると不意に彼女の尻が目に入った。

女性らしく丸みを帯びており、思わずむしゃぶりつきたくなるような魅力に溢れている。

落ち込んでいたはずの俺は、その瞬間一気に脳内に極楽がきるほど癒された。
はぁはぁ、やっべ。
なんて素晴らしいお尻なんだ! 俺はおっぱい派だが、思わず顔面を押し当てて匂いを嗅ぎたくなってしまう。
俺は知らず知らずの内に前かがみになり、尻に注目してしまう。
ああ、俺ってば最低だ。でも、男ならお尻を見たらこうなってしまうのは仕方がないよね!


「……」


「うん?」


そうこうしている内に、黄忠は不意に足を止めた。
尻ばかりを追っていた俺は、僅かに反応が遅れてしまうものの慌てて止まり、辺りを見回す。
いつの間にかここまで歩いたのか、俺たちは黄忠の政務室の前までやってきていた。
どうやら、ここでの話らしいのでよほど周りに知らせたくない情報なのかもしれない。

そう、例えば劉備軍の間諜など。

彼らはいつの間にか街の中まで入り込み、劉備ちゃんの善政について事細かに触れまわっているらしい。
えげつない策だが、劉璋様のように民の人気が低い人には効果的と言える。
劉璋様も民に優しく悪い人ではないんだが、どうにも気が弱く優柔不断で無能な所があるためか民の人気が低いのだ。
そして、流言を見事に成功させた劉備軍の間諜は現在も城の中にいる公算が大きい。
もしかしたら、その情報を得たのかもしれない。

俺は彼女が政務質に入っていくのに続いて室内に入り、絶句した。


「あ、お母さん!」


「ただいま、璃々(リリ)」


そこには、俺がこの城内で一番合いたくない人物がいた。
いや、正確には人物と大げさに呼称するほどの年ではない。
まだ幼い子供。そう、黄忠の娘である璃々がそこにいた。



あとがき
さて、メインヒロインの登場です



[28993] 三話
Name: 地雷G◆f20ef6c2 ID:d0675f60
Date: 2011/08/01 22:50

ギシリと心が悲鳴を上げる。
黄忠と同じ色の髪に同じ色の瞳。
黄忠を幼くしたような容貌は、一目で璃々と彼女との血縁関係を悟らせる。
璃々は、俺を見た瞬間怯え、自分を抱き上げた黄忠にしがみ付く。
どうやら、俺が浮かべた表情に怯えてしまったようだ。

気がつけば、俺は殺気を漲らせていたのだからも無理もないと言える。
俺にとってみれば、その少女は俺から黄忠を奪い取った世の理不尽の象徴ともいえる存在だ。
韓玄の血が入っていると言うだけで、問答無用に殺したくなる存在だ。

ただ、同時に絶対に殺せない存在でもあるのだが。

そう、璃々はどうしても黄忠を連想させる。
その髪の色が、怯えが浮かんだ目の色が、その恐怖にひきつった表情が黄忠に辿りつくのだ。
彼女に大恩があり、惚れてもいる俺としてはそんな存在を殺せない、殺せるはずがない。
かと言って、可愛がるかと言えばそれも出来ない。

俺の脆弱な心は、璃々のあどけない姿にありもしない韓玄の影を重ねてしまう。
俺よりも先に黄忠を手にし、劉璋様と■■もろとも俺に殺されるはずだったのに、その前に勝手に死んだ男の影を。

いや、もしかしたら何かきっかけがあったなら彼女に手をさしのばせたのかもしれない。
だが、初対面の印象は最悪であった為かあれから璃々は俺に会うたびに怯えて、母の後ろに隠れるようになってしまった。
かれこれ数年間、同じ城に住んでいると言うのに、言葉を交わした事すらもない。
もはや璃々と俺との間にある溝は黄忠とのそれよりも決定的で、絶望的なものと言えるだろう。

俺がそんなことを考えつつ、璃々をぼうっと見続けていると睨まれたと勘違いしたのか、とうとう彼女は声を上げて泣きだしてしまった。


「びえええええええええええええええええええっ!!」


「璃々、泣かないで。大丈夫だから、ね?」


黄忠はどこか焦ったように璃々を抱きしめる手を上下させ、彼女をあやそうとする。
しかし、その効果はなく璃々の鳴き声は一層酷くなっていく。
こうなってしまえば、話をする所ではない。
そもそも、彼女が泣きだした原因である俺がどこかに行かなければ、泣きやむ事もないだろう。
俺は入ったばかりの執務室をまわれ右して黄忠に声をかける。


「…外に出ている」


「待って!」


しかし、それは黄忠の必死な声で遮られてしまう。
正直に言えば、子供に泣かれるのは色々きついので俺としてはさっさと外へ出てしまいたかったのだが。
黄忠は璃々を泣かせたまま俺を見据えて、口を開く。


「今回の戦は、私たちに勝ち目はないわ」


「…まあ、町民の人気のさや兵のやる気の差を鑑みればそうだろうな。
そもそも、お前が負けるつもりだから端から勝負はついている」


そう、黄忠は勝ち目はないと言うが実際はそうでもない。
城などを攻め落とす時は相手よりも多くの兵が必要だと言われているが、現状で劉備軍は俺たちよりも少ない。
そのため、堅実に戦う事が出来たなら他の城からの増援も考慮に入れれば、正直勝てる戦だ。
ただ、先ほどの発言からも分かる通り黄忠自身がこのまま劉備ちゃんと戦う事に迷いがあり、自分たちが負けるかもしれないと考えているため勝てるモノも勝てないのが現状だ。
正直、このまま戦うのならば兵を無駄に犠牲にしないためにも一騎打ちで蹴りをつけるのが望ましいかもしれない。
ただ、相手には圧倒的な武を誇る将たちばかりいるので、一騎打ちをすればこちらが殺される事になるかもしれないが。

ともあれ、勝てないという前提で黄忠は話を進める。


「……そうね。正直に言って、私の劉璋殿への忠誠は限りなく低いわ。むしろ、劉備殿に着こうと考えているわ」


「なら、戦わなければ良い。この城はあんたが城主だ。民や俺達からの信頼もある。
あんたが戦わないと決めれば皆喜んで従うさ」


黄忠はこの城全ての物から慕われている。
何故なら、この城は蜀の中でも政争に敗れて心を砕かれた者や不正に憤った為に左遷された者が集まる場所だからだ。
普通は、さっさと出奔するべきなのだろう。

だが、出奔すると言う事は意外と決心が着き辛い。
出奔した後の生活の心配や、再び将として文官としてどこかの勢力に再び雇って貰うのは、存外に難しいからだ。
乱世で群雄割拠の時代とは言え、その登用は厳しい。
下手をすれば現在より下の職につかされ、一生をそれで終えてしまうかもしれないのだ。
優秀な者ならば、そんなことを考えずに自信を持って外へ出れるのだろう。
しかし、皆が皆優秀なわけではないのだ。

そうした者たちは、この城で黄忠に雇って貰ったことに少なからず恩を感じているのだ。
だから、彼等は黄忠の考えに逆らわない。

だと言うのに、黄忠の顔からは悲痛の色は消えない。


「でも、それだと私たちは『軽く』見られるわ」


そして、呟かれた彼女の言葉に俺はぐうの音も出なくなる。
璃々の声が、互いに黙ってしまった為無音となった室内に響いた。

そう、無条件で降伏してしまえば俺たちは舐められる。
劉備の性格上、友好的に接してはくれるだろうが彼女の配下としては重用されはしないだろう。
そうなればそれまでと言ってしまえば簡単だが、俺たちの中での不満は大きくなってしまうだろう。
特に、俺たちに従って劉備ちゃんに下るであろう配下たちに申し訳が立たない。

だから、力を示す必要があるのだ。
俺は目を閉じて、自分についてきてくれた配下を思い浮かべる。


『だから、胸より足だと言っているでしょう? いい加減死んでくれませんか?』


いつも俺に反抗的な冷静で、戦場ではそれなりに頼りになる副官。


『うーん、相手してあげても良いけど隊長ってば素人童貞でしょ? 商売の娘さんたちは演技上手いからねー。
ぶっちゃけ、隊長って下手そうですよねー』


部隊に安らぎを与えてくれる少数の女性兵士(淫売)たち。


『隊長、すんません! 借りてた春本みんなで回し読みしてたらカピカピにしちゃいました!!
あ、これ代わりに買ったやつです…え? 殆どが幼女だって? ははは、隊長。幼女も良いものですよ?』


そして、俺に付いてきてくれるイカ臭い野郎ども。


『はははは! いや、高忠殿は良い尻をしていらっしゃる! …どうですかな? たまには私達と共に飲みに行きませんか?
怖がる事はありません、胡麻油を塗れば存外に痛くなく、むしろ気持ち良いものですぞ!』


何故か俺の尻に興味津々な仲間の将軍たち。

……何故だろう、思い出せば思い出すほど、あいつらの為に何かしてやる気になれない。

俺がやる気を著しく失っていく中、黄忠は言葉を続ける。


「力を示す…。その為には二通りの戦い方が必要となってくるわ。
即ち、兵を用いた戦いと将個人の力量を示すために」


そう語る彼女の腕には、いつの間にか泣きやんだ璃々が眠っている。


「兵を用いた戦いは、私が受け持つわ。なるべく被害を最小限に抑えて降伏できる形まで持っていく。
そして、将としての力量は……」


「俺が一騎打ちで見せる、か」


どうやら、奇しくも俺が考えた戦法を取るようだ。
俺と黄忠を比べた場合、恐らくは僅かに黄忠の方が強い。
そして、美髪公と呼ばれる関羽など劉備ちゃん配下の将達は恐らく、ほぼ全員が黄忠程度の強さだと思われる。
そう考えると、俺が劉備軍の将と戦うということは、正直ゾッとしない。
むしろ、まだ生き残るだろう黄忠が一騎打ちをした方が可能性はあるだろう。
だが、黄忠はこの城の総大将だ。
絶対がない戦場では、気軽に一騎打ちを出来ない立場の人間だ。

それに、俺は黄忠ほど上手く部隊を動かす事が出来ない。
確実に黄忠よりも多くの犠牲者を出してしまうだろう。
そうなると、降伏する事も難しくなってしまう。

この事から、必然的に次点の俺が頑張るしかないのだが……厳しいとしか言えない。
はっきり言って、この試みは虎の前に兎を差し出す様な物だ。
勿論、俺が兎で劉備軍が虎だ。

死ねと言われるのと変わりない。

まあ、劉備軍のおっぱいたちをすぐそばで見れるから、ぶっちゃけ嬉しいと言えば嬉しいからかまわないのだが。


「そう。そして力を見せ終わった後、上手く信用を勝ち取る事が出来れば、私は彼女たちに同行を求められるでしょうね」


「だろうな」


それはそうだろう。
残されたこの城に対する人質的な意味としても即戦力としても、この城からは彼女以上の人材は存在しない。
必ず連れて行かれる事となる。
仮に、劉備ちゃんが必要ないと言っても、再びの反抗を恐れて諸葛亮辺りが必ず連れていくことを提案するはずだ。


「そうなると、璃々はこの城に一人で残る事になってしまうわ。
出来る事なら、連れて行きたいけど劉璋様たちとの戦争をあの子には見せたくない」


「……」


なんだか、話の方向性が嫌な感じになってきた。

これまで、黄忠は璃々を戦場に連れて行った事はない。
それは彼女の母としての甘さだろう。それが良い事なのか、愚かな事なのかは分からないが。

勿論、俺はその事も知っている。

ただ、そんな中俺の直感が囁きかける。
このままだと、何かとんでもない事を頼まれそうだ、と。

そして、俺の直感は奇しくも当たる事となってしまう。
黄忠は璃々を寝台に横にしながら、改めて俺を振り返るとその唇を震わせた。


「…だから、あの子を貴方に預けようと思うの」


「無理だ」


俺は即答した。

いや、確かに彼女がこの城を出た後は繰り上げ的に考えて、確実に俺がこの城に居残る事になり、城主に近い立場となることだろう。
そして、彼女が劉璋と戦っている間はこの町での戦後処理に追われる事になる。
しばらくは、戦と無縁な平穏な時間が流れる事から、璃々にとって母親がいない事から寂しいだろうが、過ごしやすい時間となるのは想像に難くない。
だが、その事が俺に彼女の面倒を見させる理由にはならない。


「女官に面倒を見させるべきだろう。事実、今までだってお前が忙しい時にはそうしていたんだろう?」


この城にも女官と言う身の回りの世話をしてくれる存在がいる。
例外なく黄中や璃々もその世話になっているはずであり、俺なんかに面倒を頼むよりは璃々が懐いている女官辺りに世話を任せるのが最適だ。

いや、まあ、俺がアレと関わりたくないだけなんだけどね?

黄忠は俺がそう言うと、待ってましたと言わんばかりに口を開く。


「…この城には、劉璋様の側近たちの息がかかった者が何名かいるわ。おそらく、女官の中に」


「なっ!?」


劉璋側近の配下。
それが意味するところは、将が離反しないかを見張る監視役がいると言うことだ。

劉璋自身は、将が反抗することなど考えてもいないお花畑頭だが、彼女の周りにいる佞臣どもは違う。
自分の利権を維持する事に全力注いでいる奴らは、その辺りが非常に慎重だ。

だから、黄忠は劉備ちゃんの人気を認めているにもかかわらず、彼女と戦うことを決めたのだ。
そして、その監視役が女官の中に居ると言う事は、黄忠が劉備に従軍しついて言った後、璃々が人質に取られ黄忠が再び劉備ちゃんに離反することを強要させられる可能性があると言うことだ。
あの佞臣どもならその程度の策は幾らでも弄するだろう。

自分が生き残る為なら、どんなものでも犠牲にする。
ある意味清々しい生き方は、俺には少しだけ羨ましくもあるが。

俺に預けるのは、どこに居るともしれない監視役に対する牽制と同時に、俺に対して璃々を守れと言っているのだ。


「…守れって言うのか? 俺に、そのガキを」


それにしても、黄忠は、この女はズルイ。
俺が自分に未だ惚れていると言う事を知り、断れない事を良い事に無理難題を俺に押し付ける。

しかも、厄介な事に黄忠は、俺が璃々を殺すかもしれないと言う可能性を『絶対にない』と考えている。

恐らくは、それはこいつが誰よりも俺と言う人間を理解しているからだろう。

俺は突飛な言動から何を考えているのか良く分からないと言われる事があるが、その実大それたことが出来ない小心者の男だ。
それこそ、殺したくてたまらない劉璋や■■らもこの乱世に乗じて殺せない、主君を裏切る事は間違ったことだという固定観念に縛られた男だ。
だから、璃々という幼子を殺すことも人の道に外れると言う事から出来はしない。
何より、璃々は殺したかった男の子供であると同時に誰よりも惚れている女の子供なのだ。

殺せるはずがない。

俺が唇を噛み、拳を握りしめて震えていると後ろからそっと黄忠が近づいてくる。
そして、そのまま俺の背中に額を押し当てる。
久方ぶりに彼女の体温が背中から沁み渡る。そんなあり得ない感覚を得た気がした。

黄忠はそのままの体勢で、何か激情を吐き出すかのように言葉を漏らした。


「…貴方しか、――しか頼れる人がいないの」


――。それは、俺の真名だ。
久しく呼ばれる事のなかったその名前で、彼女が俺を呼んでくれている。
それだけで、彼女は俺をこれほどまでに救われた気持ちにしてしまうのだから、ズルイ。
黄忠は、紫苑は、卑怯だ。


「…この悪女が」


俺に出来たのは、苦し紛れにそんな言葉を漏らすだけだった。
彼女は俺の背中に寄りかかる力を強くしながら、言葉を漏らす。


「…そう罵倒されても構わないわ。それで貴方の協力が得られるのなら、いくらでも罵ってくれて良い」


本当にこの女は卑怯だ。
どれだけ年月が経とうと、成長したはずの俺を幼い頃彼女たちの後ろに付いて回った時と同じにしてしまう。
しかし、そんな所がまた魅力的に感じてしまうのは、惚れた弱みと言うやつだ。

俺はどうしようもないぐらいにコイツにイカレテしまっている。

だから、どんな願いでも叶えたいと思ってしまうのだ。


「分かった。分かったよ、紫苑。俺が璃々の面倒を見よう」


気がつけば俺はそう口にしていた。
俺と言う男はどこまでいっても馬鹿のようだ。
これから、命をかけて爆乳少女たちと戦いに行くにも関わらず、そんな約束をしてしまった。
しかも、関わりたくないと望んでいたはずの少女の面倒を見る約束だなんて、正直気がふれているとしか思えない。

でも、彼女の役に立てるのなら俺はそれでも良いと思ってしまった。


「ただ、これから劉備軍と戦うんだ。しかも、一騎打ち。
俺も生き残る事が出来るかは分からないぜ?」


「大丈夫、貴方は何時も死なないで帰ってきた。きっと、今回もそうだわ。
……と言うのは、無責任かしら? でも、安心して。危なくなったら私が狙撃して逃がしてあげるから」


紫苑の狙撃は城から城壁を狙えるほど。
それこそ、どんな乱戦の状態でも確実に俺を助けてくれる事だろう。

振り向かないので分からないが、紫苑は今は満面の笑みを浮かべている筈だ。
そして、俺は少しだけ困ったように微笑んでいる。

懐かしい。

まるで、時が昔に戻ったようだ。
紫苑が笑い、俺が苦笑しアイツが嘆息する。
そんな、黄金色に輝いていたあの時に。


「眠っちまった璃々にはきっちりと説明しておけよ? 怖いおじさんに預けられる事になるんだってな。
正直、子供の泣き声は好きじゃない」


「ええ、もちろん。でも、とっても優しい人だって教えておくわ」


「……じゃあ、優しいおじさんは戦場で人を殺す準備をしてくるわ」


そう言ったのは、俺が照れていたから。
そして、それこそが俺にとどめを刺した。


「いいえ、殺しに行くんじゃないわ。守りに行くのよ、この城の民を」



『戦いは、殺すためじゃないわ。民を守るために行うのよ』



幼い頃、俺が将になったばかりの時、彼女は一番最初に俺にそう諭した。

参った。
彼女はあの時のまま、良い女であり続けているらしい。
俺が惚れたときのままの彼女で。


ああ、惚れ直してしまった。
もう、俺は彼女の元から二度と戻れない。
俺は、彼女に殺されてしまったのだから。


俺は彼女に背中を向けたまま執務室を出た。
顔は、彼女には見せられない。
恐らく、俺はあの時のように情けない顔を晒しているだろうから。
温かいものが俺心を満たし、両の眼から溢れだして頬を濡らす。


…それにしても、背中に当たったおっぱいは柔らかかったなぁ。






あとがき
次回、劉備軍来襲



[28993] 四話
Name: 地雷G◆f20ef6c2 ID:d0675f60
Date: 2011/08/22 16:57
眼下の城の周りに展開された凄まじいまでの兵隊たち。
劉備ちゃんの軍勢だ。こちらを包囲する事は諦めたのか、少し離れた場所で方陣を敷いている。
どうやら、こちらが門を開いて兵を突撃させても受け止められるようにしているようだ。
門から一度に出せる兵は数が限られている。
それらを受け止める事を選んだのだろう。
兵数で勝っているものの、こちらとしてはそのような事情があるため城に立て篭もるしかない。

まあ、元々腰を据えてじっくり戦うつもりであったので、全然構わないのだが。
ただ、一つ問題があるとすれば…


「てか、ヤベーよ。劉備ちゃんマジ天女」


「ええ、たまりませんね」


相手の大将である劉備ちゃんがマジで可愛いと言うことだ。
先ほどもこちらの兵を傷つけたくないためか、降伏を求めてきた時など、逆にこちらに壊滅的打撃を与えてきた。
「無駄な争いをしたくないんです! お願いします!」と悲しげにゆがめられた表情で、兵の大多数はやる気をなくし、町民の大多数はさっさと降伏しようと持ちかけてきた。
俺も危うく町民の代表が言ってきた「あれ程のおっぱいを前に、貴方は武器を持つのですか!?」と問いかけられた時は、降伏しようかなと心が揺れた。

その場は黄忠がなんとか説得した治まったが、繰り返されると離反者が多数出ても可笑しくはない状況だ。
正直、戦う前から勝負がついていると言っても過言ではない。
気に恐ろしきは、劉備ちゃんの仁徳か。


「あー、ヤベーな。どうしようか?」


「天女のお告げに従って、降伏します?」


「いや、まだ早いね。取りあえず、一騎打ちでもしに行きますか」


副長の返しにカッコよくそう言うと、俺は愛用している手持ちの投石機と槍を手に取る。
現在、劉備軍に掲げられている旗は『劉』『関』『張』などの他に『十』に『呂』など、名だたる将の旗ばかり。

ぶっちゃけ、俺程度の実力で挑んだならば呂布なんかが来た場合には瞬殺される自信がある。

だから、『呂』が常に傍らにあって守っている『十』の旗。つまり、天の御遣いと呼ばれている男には喧嘩は売ってはいけない。
他の将にしても俺なんかでは守勢に回ってもしのぎ切れるか分からない相手ばかり。
正直、自分が死ぬ未来しか見えない。
取りあえず、副官に遺言を残しておこう。


「…俺が死んだら、部屋の春本は全て黄忠にばれない内にお前が回収してくれ」


「いえ、おっぱいモノなんで私は結構です。むしろ、貴方の棺の中に入れて差し上げます。
良かったですね、死後もおっぱいと一緒に居られますよ?」


「いらない気遣いすんじゃねぇよ。葬式で性癖暴露って、どんだけ変態なんだよ俺」


「百合百合しいと噂に曹操陣営程でしょうか? ぶっちゃけ、どん引きなんで近づかないでくださいね」


「はっはー! ふざけんなこの野郎。むしろ、今からお前が一騎打ちして来いや」


「無茶言わないでください。私はあんな人間を辞めた者たちの相手などごめんです」


至極あっさりとそう言ってのけた副長はさっさと部隊の出撃の準備に移ってしまう。
俺はため息を吐きながら、槍を担ぎ投石機を腕に装着すると城壁から下へと降りる階段に足を掛ける。
これから人間を辞めた者たちの相手をする俺は、さながら打ち首にされる直前の罪人と言った所か。
もう、戦う前から死んでいる様な物だ。

ここで良くある三流小説ならば、意中の人が励ましに来てくれるはずだが…。

その黄忠は、今は部隊全体の指揮を取っているためこの場にはいない。
最後になるかもしれないので、彼女の顔を拝みたいと思いつつも彼女に璃々を頼まれている事から、気軽に死ぬことすら許されない事を思い出す。
あんな約束はするべきではなかったかもしれない。

とてもではないが、勝てる相手ではないと言うのに生き残れと言うのは、死罪になった人間が、肉厚の青竜刀を手にした処刑人の前で命乞いをする事に等しい。
いっそ端から降伏しておけば楽なのだが、劉璋様の手の物がどこに居るかも分からないため、それも出来ない。


「ああ、くそっ、損な役回りだ!」


呻くようにして呟いてみたものの、今更結果は変わらない。
調子に乗った結果がこれな訳だが、なんとも滑稽だと言わざるを得ない。
本当に黄忠には上手く乗せられてしまった。
脳内のアイツに狐の耳と尻尾が生えている気がする。

…………かなり良いと思ってしまうから、俺は何時まで経っても駄目なんだろうな。

そうこうしている内に、いつの間にか階段を下り終えた俺は兵士が慌てて引いてきた自分の馬にまたがる。
ふと後ろを振り向けば、副長と共に少数の兵が門から出る準備を終えて控えていた。

取りあえず、俺は笑顔になりきれていないひきつった表情を浮かべ、口を開く。


「お前たち、おっぱいに会いに逝く準備は整ったかよ?」


その言葉に『応』という大音声が重なる。
いや、一人だけ副長が「だから、私は足派です」と言っていたが気にしない。
俺は前に向き直り、門を開けさせるために片手を上げる。

重い音と共に重々しい扉がゆっくりと開かれる。

その最中、俺は声を張り上げた。


「銅鑼を鳴らせ! 高忠隊、出るぞ! 開門!!」


直後、獣のような唸り声がいくつも上がり、激しく銅鑼が打ち鳴らされる。
俺はその頼もしい声に顔を歪めながら、馬の腹に蹴りを入れて城門前で待ち構える劉備軍へと進軍を開始した。
すると、たちまちのうちに劉備軍の動きが慌ただしくなり、俺に対抗するかのように『関』と『超』の旗が前面に出てくる。
俺はある程度の所まで馬を進めると、途中で手を挙げて後ろから続いてくる隊の者たちの進軍を止める。
同時に再びの重苦しい音が響き、城門が閉ざされる。
これで後戻りはできない。

背水の陣ならぬ、背門の陣。
眼前には、高忠隊の何倍もの劉備軍兵。

見れば、俺達が特攻をしに来たと思っているのか、僅かに浮足立っている。
俺はそれを心の中だけで嘲笑いながら、そのまま前へ進み出て槍を大きく振り上げた。


「我が名は高忠! 劉備軍よ、我こそはと言う者は前に出て来い!」


声を張り上げると、劉備軍がにわかにざわめき始め、その中から一人の美少女が現れる。

長い黒髪。桃のように豊満な乳房に、もはや下履きを見せるつもりしかないと思えるほど短い下衣とそこから覗く白がまぶしい太もも。
手にした武器は肉厚の刃がついた青竜円月刀。
『美髪公』と噂される関羽その人に違いない。


「我が名は関羽! 高忠とやら、貴様こそ私との一騎打ちを受ける覚悟があるか!?」


上げる声も勇ましく、現れた麗しい美少女関羽ちゃん。
正直、噂よりも遥かに可愛らしいと言える。
俺の背後で高忠隊の面々の意気が唐突に上がるのを感じる。

どうやら、彼らの調子も上がってきたようだ。

むろん、俺も。
関羽は俺よりも圧倒的に強く勝てる気はしないが、これほどの美少女でありどうしようもない程の巨乳だ。
間近で戦い、その乳が揺れる様を見届けなければ死んでも死にきれない!


「貴殿が関羽か(凄く大きなおっぱいだな)! かの美髪公ならば、相手にとって不足はない(是非とも、そのたわわに実った果実をもみしだきたい)!!
もしくは、吸わせてください(いざ、参られよ)!!」


瞬間、関羽の顔が怪訝そうに歪む。


「吸う…?」


どうやら、心の声と出していた声が途中から間違っていたみたいだ。
俺は取りあえず誤魔化すために馬から降り、後ろの高忠隊に手を挙げて合図を出す。

すると、彼らはそれぞれ手にした盾と槍を激しく打ち鳴らし始めた。

ドン、ドン、ドン、ドンドンドンドン、ドドドド!!

始めはゆっくりと、そして徐々に早くしていく。
その音で我に返ったのか、関羽は俺の傍まで進み出てくると共に油断なく自らの得物を構えた。
俺も手にした槍を構え、一触即発の空気が作られていく。
いつしか打ち鳴らされる音は間断なく行われ、辺りに轟音が響きわたらせていた。


「はっ!!」


まず、動いたのは関羽だった。
青竜円月刀を振り上げ、それなりに開いていたはずの俺との距離を詰めると、その細腕からは想像もつかないような剛力で振り下ろしたのだ。

その一撃は、速過ぎて穂先がかすんで見えないほどであった。

もし、得物が長物ではなく剣などの素早く攻撃が出来るモノであったら、俺はとてもではないが反応できなかっただろう。
ただし、幸いなことに円月刀の柄が視認出来た事から、俺は関羽の力が入りにくい握りに近い部分に槍を叩きつけた。

木と木がぶつかり合う激しい音の後に、俺と関羽は互いに得物をぶつけ合ったままの姿勢で拮抗する。
そして、それに遅れる事数秒。
関羽の胸部が我がままに自己主張をした。
関羽の動きに合わせて揺れること、揺れること。
見事の一言に尽きる。


「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」」」」


途端に上がる歓声。
それは、打ち鳴らされた武具の音を凌駕し、辺りに響き渡る。
それはすぐ後方で見ている高忠隊の面々からだけではなく、城の城壁からこちらを見ている兵隊からも上がっていた。
どうやら、うちの城の変態共はかなりの距離がある場所での乳揺れも見逃さないようだ。
正直、その努力を弓術に活かして欲しいものだ。
まあ、超至近距離でその瞬間を瞳に焼き付けた俺は、得物からの凄まじい圧力がなければ拝んでいても可笑しくはない光景だったから仕方がないが。

そんな俺たちのどうしようもない実態を知らない関羽は、何を勘違いしたのか俺に対して苛立たしげに吐き捨てる。


「ふん、一撃を防いだだけでここまで騒ぎ立てるとは、蜀の技量はよほど低いと見える」


いや、別にそういう訳ではなく、単純に乳揺れが見れて興奮しているんですとは言えない俺は、取りあえず彼女の攻撃をいなして距離を取る。
途端、彼女の胸が再び大きく揺れた。


「「「「ふああああああああああああああああああああああ!!!!」」」」


再び上がる喝采。

胸の跳ね方を見るに、驚くべき事だが胸の下着を付けていながら関羽ちゃんの胸はあそこまで弾んでいるようだ。
何と言う巨乳だろうか? アレで、劉備ちゃんはさらにその上だと言うのだから、劉備軍はなんと恐ろしい場所なのだろうか。

そんな俺達の真意を知らない関羽は、苛立たしげに俺の後ろで歓声を上げる者達に視線をやった後、青竜円月刀を振りかぶりながら肉薄してくる。
どうやら、さっさと俺を仕留めてうるさい声を黙らせるつもりのようだ。

だが、短気は損気。
加えて俺としては、惚れた女に気持ちを打ち明けていない事から死ぬわけにはいかない上、間近で彼女の乳揺れを見れるまたとない機会でもある。
その為、攻撃を真正面から防ぐのではなく、なるべくいなして受け流す事に集中する。


「はぁぁぁぁああああああああああ!!」


「ほっ、ほい、よっと」


剛速三撃。
上からの振り下ろしに横からの薙ぎ払い、止めの袈裟切り。
まともに受けてしまえば、紙きれのように吹き飛ばされる事は必至の攻撃に俺は背中に冷たい汗が流れるのを感じたが、見事に受け流して見せる。
正直、もう一度やれと言われても出来る気はしない。


「くっ、このっ!!」


関羽は受け流されたことで体勢が崩れたものの、僅かな隙しか見せずに立て直し、追撃の大ぶりの薙ぎ払いをする。
通常ならば大振りになると攻撃後に隙が出来るはずである。
だが、そこは流石の美髪公。
防がずに躱わす事を選んだが、恐ろしいまでの勢いで薙ぎ払われた青竜円月刀の風圧が顔にかかる。
そればかりか、大振りは誘いであったのか瞬く間に切り返しがあり、今度は比べ物にならないほど鋭い一撃が襲いかかってきた。


「おっとぉ!?」


俺は予期していなかった攻撃に驚き声を上げながら、それを手にしていた槍で防ぐ。
その瞬間、あり得ない事に鈍い音がしたと思ったら、槍が真ん中から綺麗に折れ砕けてしまった。


「んなっ!?」


俺の槍は白蝋木という折れにくい材質で柄が作られており、刃の部分を受けてしまったならまだしも同じ柄の部分で砕かれるとは思ってもみなかった。

気に恐ろしきは、彼女の腕か、それとも彼女の武器か、はたまたその両方か。

俺は、取りあえず手元に残った槍の残骸の内で刃がついていない方を関羽ちゃん目がけて投げつける。
小さい振りであった為、止めの斬撃を繰り出そうとしていた彼女はそれを防ぐために咄嗟に武器を引き戻した。

そして、俺は今度は残った刃がついた方を逆手に持ち、彼女に肉薄すると体を回転させて叩きつける。
正直、威力を上げるためとは言え、隙だらけな動作では有るが、事前に投げておいた柄によって関羽ちゃんがすぐさま武器を振れる体勢でなかった事が幸いし、反撃は受けない。
そのまま高い金属音と共に穂先が関羽ちゃんの青竜円月刀の金属の装飾部分を削っていく。


「くっ!?」


「ほいっと!」


苦悶の声を上げてそれを防ぐ彼女だが、俺はそこで休ませるつもりはない。
こちらの得物の長さが半減した今、懐に入って戦った方が早い。
俺は順手に持ち替えた短くなった槍の穂先を短刀のように振るった。


「この程度の攻撃っ…!!」


彼女は苛立たしげにそう吐き捨てると、無理やり距離を取るかのように青竜円月刀を振り切る。
恐らくは得物の長さ半分になった俺に対し、間合いを離して再び攻めに回ろうと言う考えなのだろう。

俺は、あえてその一撃を受けることなく素直に地面に手をついて距離を取った。

仕切り直し。
関羽はそう思ったのか、再び青竜円月刀を構えた。
俺は短くなった槍では間合いを詰める事は出来ず、様子をうかがった。
すると、関羽は構えを解かないまでも幾分殺気を衰えさせながら口を開いた。


「勝負あったな。その槍では、この間合いだと戦えまい」


「…そうかもしれないな」


「降れ。劉備様は、無用な血が流れる事を好まれない」


「…生憎だが」


俺はこの『好機』を逃すつもりはなかった。
俺は関羽ちゃんが何かを言おうと口を開いた瞬間、行動を開始した。
まずは手にしていた短くなった槍を彼女目がけて投げつけたのだ。


「なっ!?」


この状況で自分の武器を捨てた事が信じられないのか、彼女は目を剥く。
俺はそんな彼女をしり目に右手をつき出すように構える。
先ほど地面に手を付いたときに集めた無数の小石を、その突き出した右手に装着してあった投石機の紐に挟み込み、思いっきり引き絞る。

この投石機は俺の腕に備え付けられるようになっており、弩のように下着に使われる伸縮性に富んだ護謨(ゴム)という紐を用い、石を飛ばす事が出来る優れモノだ。
流石に弓のように遠く離れたものを狙う事は出来ないが、槍の間合いの外程度ならば致死性の一撃を加える事も出来る。
しかも、連射性に優れ、槍を持っていても持ち変える必要もないので、とても重宝している。


「なっ!?」


「もらった!」


突然の投石機の使用に驚いたのか、関羽は目を見開き驚いていた。
俺はその隙を逃すことなく、引き絞っていた礫を離す。
すると、元に戻ろうとする紐の力を用いて、凄まじい勢いで石が飛ばされる。
自ら撃った俺でさえ殆ど視認出来ない速度で飛来するそれに、関羽はギリギリで反応する。
そのため、本来は胸の中心を狙って放たれたそれは僅かに外れ、彼女の服の胸元をちぎるに留まった。

しかし、その効果は絶対的だったと言える。


「きゃあ!?」


そう、俺の放った礫は彼女の胸を僅かながら露出させた。
より具体的部位を上げるのなら、白い果実の頭頂部たる桃色の頂き。


「「「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」」」」


すぐさま隠されてしまったが、俺は確かにその淡い桃色が目にした。
それは背後の兵達も同様のようで、途中から黙っていた事が嘘のように凄まじい怒号が辺りに響き渡る。
事ここに至って、ようやく関羽は先ほどからの俺たちの反応がどういうものか気がついたようで、顔を真っ赤にして怒りの声を上げる。


「き、きききき、貴様! いったい何のつもりだ!」


「…結構なものをお持ちのようで」


「なっ!? わ、私は武人だぞ!? そ、それをそんな破廉恥な目で見て辱めるとは…」


「いや、こっちも男だからな。正直、その格好は辛抱たまらん」


俺は怒りのあまり狼狽し始めた彼女にそう言った。
それにしても、この女はそう言う目で見るなと言うならば取りあえずそのエロい恰好を何とかしてもらいたい。
まるで胸を強調するような服である上、下衣に至っては下着を見せる気しかないほど短く、副長が狂喜乱舞しそうなほどまぶしい太ももが覗いている。
俺の欲望を抑えたいのなら、取りあえず全身甲冑になってから出直して来い。


「このっ! 舐めるな!!」


「いいや、限界だ舐めるね!!」


俺は片手で胸を隠しながらも攻撃をしてこようとする関羽に向かって、今度はこちらから攻撃を仕掛けた。
彼女の剛力も片手がつけないならば常識の範囲内。
なら、今度はこちらが攻撃を仕掛けて行く番だろう。


「よっと、ほっと、ほいっと!!」


「くぁっ!?」


手に装備した投石機で連続して石を飛ばす。
関羽は、片手で何とか視認可能限界のそれを防ごうとするものの、片手ではそれが難しいらしく面白いように礫に当たり、少しずつ服が破れて行く。
俺は、自慢じゃないが投石機を引き絞って放つまでの初動が極端に短い。
相手が自分のどの部位を狙っているか判断する前に放っているので、殆ど視認されにくくしているのだ。
さらに、小さな礫を使う事によって、それはさらに増す。
俺は、この武器を用いる事で初めて黄忠と対等に渡り合う事が出来る。

いくら、関羽とは言え初見でこれを防げてたまるか!

いよいよ調子に乗った俺は、関羽へと滅多打ちにかかる。

流石に片手で胸を隠した女性に対し、卑怯が過ぎる気がするが、こうでもしないと俺が死ぬしかないのだから、そんなことも言ってはいられない。
と言うか、その胸元を隠す仕草がなんとも色っぽく、俺の俺達の劣情を呷る。

ぐへへ、姉ちゃん色っぽいねー!

だが、劉備軍の将軍たちはそうは思わなかったようで、高忠隊の歓声の中でも聞こえる明確な怒りの声が上がる。


「こらーっ! お前、愛紗を虐めるななのだーっ!! 鈴々が相手になってやる!!」


それは、一人の少女だった。
赤い髪に、小柄な体格に似合わぬ長大な波打つ不思議な刃を持った矛のような得物を怒りのためか振り回している。
蛇矛を持った赤髪の少女。
どうやら、アレが長坂橋で曹操軍相手に殿を務めた燕人張飛であるようだ。
確か、劉備ちゃんや関羽と義姉妹の契りを交わしているはずだ。

恐らく、愛紗と言うのは関羽の真名で義姉を辱められて怒っているのだろう。

横に居る青髪の少女に止められているものの、いつ飛び出してきても可笑しくはない状況だ。
どうやら、少しふざけ過ぎたようだ。

関羽も彼女のそんな様子を見て冷静になってしまったのか、先ほどまでの狼狽ぶりが嘘のように落ちつき、胸を隠していた手を下して得物を握りしめている。
どうやら、胸を晒す女としての恥よりも不様な戦いをする武人としての恥を良しとしなかったようだ。
関羽は殺気を漲らせた目で俺を睨みつけると、静かに口を開いた。


「…高忠と言ったか? 失礼した」


唐突な謝罪。
それに俺は僅かに眉根を寄せる。俺としては、さんざん女性の弱点を突いた卑怯な手を使ったと罵られると思っていたので、この謝罪に咄嗟に対応できなかった。
もしかしたら、溢れる殺気も自分に対する怒りからかもしれない。
そうだとしたら、この関羽と言う女は武将の中の武将。
先ほどまでの対応が本当に申し訳なくなる。


「武人と武人が争う戦場において、女としての自分を守ろうとするなど言語道断。貴様には大変失礼なことをした。
詫びと言っては何だが、次の一撃は私の全力だ。遠慮なく受けて、冥府への土産として欲しい」


「いや、気にしないで良い。むしろ、全力で見逃してもらう方が俺としては嬉しい」


「ははは、遠慮するな。貴様にかぶせられた汚名は、貴様を殺すことで雪ぐ事にしよう。
そのためなら、女としての矜持を今は捨てよう」


「え、いや、ちょっ」


「…まだ、ご主人様にも見せた事がない私の肌を晒した罪は、重いぞ」


訂正。
こいつは純粋に女として怒っていやがる。
いつの間にか、彼女から圧力がさらに増している。
さながら、起こっているときの黄忠のように。
俺の感動を返せと思いながら、殺される雰囲気を察知した俺は、関羽が動き出そうとした時に咄嗟に地面の砂を蹴りあげる事で彼女の視界を塞ぐ。


「わっ、このっ、小賢しい真似を!」


「これにて、ご免!」


そして、そのまま彼女に背を向けると全速力で駆けだし、馬の背にまたがると高忠隊を率いて城へと逃げ出す。


「あ、待て、貴様!! 逃がすかぁっ!!」


関羽は俺を追いかけように青竜円月刀を投擲。
それは、真っ直ぐ俺を貫く軌道で俺へと迫った。

俺の手には、投石機以外碌な武器はない。

ああ、これは死んだかと俺は他人事のように思った瞬間。


一陣の矢が、俺のすぐ傍らを通り抜けた。

その矢は、投擲された青竜円月刀にぶつかるとその機動を僅かに逸らす。
そして、矢は一つだけではなかった。

神速三連。
僅かに拍子をずらして放たれた三本の矢が次々と青竜円月刀に辺り、一つ一つは僅かでも三つ当たる事で大きくその機動を逸らした。
結果、青竜円月刀は俺から離れた大地に突き刺さった。

俺は、馬と人間との足の差は明確で追いつくことなくあっという間に小さくなっていった関羽を見送ると、視線を飛来した矢の方に向ける。
すると、そこには大弓を構えた紫苑の姿があった。


『でも、安心して。危なくなったら私が狙撃して逃がしてあげるから』


彼女は、どうやら約束を守ってくれたらしい。
その事が嬉しくて、俺は涙が出そうになる。

俺と彼女の絆は失われていない。
そう確信できたから。

城内へと素早く退去した俺は、兵士による万雷の拍手と俺を讃える声に迎えられる。
どうやら、俺の先ほどまでの卑怯な戦いに感動したようだ。

何と言う下種どもだろうか。

中には、関羽ちゃんのおっぱいを拝めて涙を流している者までいる。
俺が言えた義理ではないが、一度人生を赤ん坊からやり直す事をお勧めする。
ともあれ、一応は俺の勝利だ(生き残った者勝ち的な意味で)。

俺は声援に手を上げる事で応え、


「さて、覚悟は出来ているかしら、女の敵?」


悪鬼羅刹の表情となった黄忠に迎えられた。
彼女の目は怒りに燃え、手には彼女の武器である颶鵬(ほうぐう)という大弓が握られている。
先ほどまでの、俺達の心の絆はどこへ行ったのやら。
どうやら、俺の戦い方に怒りを覚えているらしい。
そして、そんな彼女の怒りを感じたのか、先ほどまで声援を送っていたはずの兵士達が一斉に黙り込んで、それぞれの持ち場に戻っていく。
どうやら、巻き添えを食らう前に逃げるつもりのようだ。
俺は、それを恨めしく思いつつも、取りあえず今を生き残る為に、必死に言葉を紡ぐ。


「し、仕方がなかったんだ! 生き残るには卑怯な手も…」


「問答無用」


口から洩れた情けない言い訳。
しかし、彼女はそんな俺の言い訳を聞かずに颶鵬を振り上げて俺を打ち据えた。
俺はあまりの痛みにもんどりを打ち、地面に転がる。
彼女はそんな俺の頭を踏みしめつつ、大声を上げた。


「あのような女性を辱める戦いは言語道断! しかも、彼女は女性でありながら将でもあるのです!」


そして、彼女は俺の頭から足をどけると、幾分怒りの色が薄れた声で小さく呟いた。


「…これから、一当てしたら降伏するのよ? その時に関羽の怒りで貴方が処刑されることになったらどうするの?」


どうやら、多少ではあるが彼女は俺の事を心配してくれていたようだ。
しかも、俺などよりも先を見据えている。

元々、無理難題を吹っ掛けたのが彼女であっても、これは明らかに俺が悪い。
おっぱい欲に負けて、やりすぎてしまったから。
そう判断した俺は、周りに聞こえないように同じように小さな声で呟いた。


「ごめん」


「…少し、反省しなさい」


そう言った彼女の怒った顔は、いつか俺が戦で先走った時の顔と同じものだった。
まあ、反省はしても後悔はしていないんだけどな!
あ、どうせなら揉んでおけば良かったな。

その後、俺と黄忠は劉備ちゃんと何度か軍を率いて戦った。

やたらと劉備軍の将が俺を狙って行動していたが、俺はそれらを何とかしのぎ切る事に成功した。

まず俺に挑んできたのは、馬超ちゃんだった。
しかし、言葉の端々に俺の発言に対する羞恥が見て取れたので、眉毛とおっぱいの関係について力説しながら褒め殺した。
すると、彼女は顔を真っ赤にし手動きが鈍ったので俺はその隙を狙って逃走。
背後で怒る彼女を無視して逃げ切る事に成功した。

趙雲ちゃんは、正直一番やりにくい相手であった。
関羽のように固くも無く、馬超ちゃんのように初心でもない。
唯冷静に俺の姑息な攻撃や口撃を全て槍ではたき落とすという神業を見せられた時は死を覚悟した。
しかし、秘蔵の唐辛子入りの弾丸までも槍で撃墜してしまい、咳が止まらなくなった所を逃げ出した。正直、幸運であった。…趙運なだけに。

張飛ちゃんとはまともに戦うことはせず、黄忠の援護をうけつつ犠牲を最小限に撤退した。
ぶっちゃけ、突進してくるのは怖かったが弓隊の援護があったので、一定の距離を保てたのが良かった。
まともに戦っていたら、野生の勘で全て避けられていたと思うので、これも幸運だった。
ただ、逃走中に諸葛亮ちゃんや龐統ちゃんの容赦のない弓矢での挟撃で少なくない負傷者を出してしまったのは、誤算であった。

公孫賛ちゃんは……まあ、普通に黄忠が相手をしていた。
騎射が得意なようで馬の扱いも巧みであり白馬隊は凄まじい脅威であったが、そこは黄忠もさる者。
容赦のなく公孫賛ちゃんだけを狙撃して、まともな指揮を出来ないようにしていた。半泣きの彼女はとても魅力的だった。

そして、一番苦戦すると思われていた飛将軍呂布は、天の御遣いや劉備ちゃん、諸葛亮ちゃん、龐統ちゃんの傍らで護衛に着いているのか積極的に挑んでくる事はなかった。
もう、ここまで来ると天が俺たちに生きろと言っている様な物である。

このような事の後、自分たちの実力をある程度把握しただろうと判断した時、黄忠は劉備へと降伏の使者を差し出した。
そして、それはすぐさま受け入れられた。
戦い始めて2週間目のことだった。






[28993] 五話
Name: 地雷G◆f20ef6c2 ID:d0675f60
Date: 2011/09/16 22:34

町は、劉備軍に降伏したと知ると、歓声を上げて彼らを歓迎した。
どうやら、本当に劉璋様は嫌われてしまっていたようで、一部兵士までもが歓声を上げていた。
正直、ここまで行くと何のために戦ったのか分からなくなり、頭を抱えたくなった。

今更だが、劉璋様は屑で馬鹿で昏君であるが、人間としてはそこまで悪い奴ではない。
むしろ、民の事を思い彼らに安心して生活して貰えるようにいつも考えている。
その点は、俺も嫌いではなかった。

ただ、考えてはいるのだが、如何せんその理想に彼女の能力が着いて言っていないのだ。
そして、その理想を利用して自分の利権を増そうと考えている馬鹿が多いのも、その無能さに拍車を掛けているのだろう。
もっとも、一人はそんな輩を排除して劉璋様を導ける奴がいるのだが、そいつはただの一回行った献策のせいで劉璋様に怖がられており、殆ど実権がなくなっている。
ざまあみろ。

そんな劉璋側であった俺たちだが、意外にも人気があったようで町民たちからは助命の願いが出されているそうだ。

曰く、「劉璋は気に食わなかったが、黄忠様は素晴らしいお人だ」
曰く、「黄忠様ほどのおっぱいをこの世から消してしまうのは、世の損失である」
曰く、「え? 高忠? ああ、黄忠様のことね」
などなど

その事実を教えてくれたのは、他ならない劉備ちゃんであった。
彼女と天の御遣いと名乗った男は、現在降伏した俺達と謁見の間で会合している。
もちろん、彼女たちは上座についてだが。
その背後には、溢れんばかりの殺気を俺に向ける諸将たちがいる。

うん、アレだ。少しばかりやりすぎたらしく、一部の将達は俺を半泣きで睨みつけている。
ここまで来ると、俺が悪い気がしてくるから不思議だ。
思わず、「俺は悪くねぇ!!」と叫び出したくなる。

ただ、そんな視線に晒されながらも俺たちは縄で縛られていない。
なんでも、劉備ちゃんなりの優しさか何かで、俺たちから武器は取り上げたものの、拘束することはないとの事。
正直言って、こちらが舐められていると感じるほどの甘さだが、今はそれを有り難く感じつつ彼女の前で頭を下げている。


「――とまぁ、そんな訳で黄忠さんも高忠さんも危害は加えないから、安心して」


そう言って微笑んだ彼女は、驚くほど劉璋様に似ていた。
雰囲気こそ劉璋様が終始オドオドとしているのに対し、劉備ちゃんは底抜けに明るいようだったが、それ以外の顔の作りが恐ろしいほど似ている。
髪の毛にしても赤茶けたその色は髪型が違うだけだ。
いやはや、流石は劉姓と言うことか。脈々と受け継がれてきた漢王朝の血は未だに濃いようだ。

そして、その彼女の隣に居る男。
天の御遣いと名乗った彼の名前は、北郷 一刀と言うらしい。
明らかにこの国の発音ではないその名前から、彼はやはり天の国から来たのかもと思わせる。
服もなんだか、白い服できらきらと太陽の光を反射するもので、とても不思議だ。
そんな彼は、整った顔に優しい笑みを浮かべて俺と黄忠を見つめていた。
ただ、彼は意外な事にこれまでのやり取りに殆ど口出しをしていない。
むしろ、ご主人様と劉備ちゃん達に呼ばれているにもかかわらず、自分から口を閉じている様な印象すら見受けられる。
何を考えているのか……。


「ありがとうございます」


「ありがとう、劉備ちゃん」


思考を飛ばしていた為か、黄忠の礼に合わせる事に失敗したばかりか、ついつい劉備ちゃんを劉備ちゃんと呼んでしまった。
その瞬間、俺の劉備ちゃん発言に怒りを感じたのか、彼女の背後で控えていた将達がにわかに色めき立つ。


「貴様! 敗将の分際で桃華様を侮るか!!」


「良い度胸だ。殺されないと分かった途端、そのような態度、恥を知るが良い!!」


俺に服をびりびりにされた関羽ちゃんと、唐辛子入り弾丸を受けた趙雲ちゃんが苛立たしげに俺にそう吐き捨てた。
どうやら、劉備軍の中で俺はかなり嫌われてしまっようだ。
まあ、自業自得でありむしろご褒美であるから、望むところなのだが。

と言うか、俺は本来は公式の場ではそれなりにまともなのだ。
今回たまたま失敗しただけだと言うのに、色めき立つのは自分の器が知れる様な物だと思うのだが?

俺は取りあえず、黄忠に向けて助けてくれと視線で求める。
黄忠は、大凡の事を察したのか、呆れたようにため息を吐いて劉備に向かって頭を下げる。
今度は俺もそれにならって頭を下げた。


「申し訳ありません。この者は幾分頭の螺子が外れているです。
付けて治る薬はありませんが、以後改めさせますので、何とぞお許しを」


「あ、あははは。気にしてませんから、大丈夫です」


劉備ちゃんは苦笑しながらも、そんな風に言って俺を許してくれる。
やばい、この子マジで天女だ。いや、天女を超えた女神かもしれない。

と言うか、黄忠の奴。俺の事を言外に馬鹿って言いやがった。

俺は助けてくれた彼女にほのかないらだちを感じながらも、再びしっかりと頭を下げて自分から謝った。


「申し訳ございませでした」


「あはは、ですからもう良いですって」


劉備ちゃんはその圧倒的な懐の深さを見せるべく、後ろの将達に言った。


「大丈夫だよ、みんな。高忠さんの今の呼び方は、私を馬鹿にして言ったモノじゃないから。
実は結構町とかでそう呼ばれているみたいだから、咄嗟に口に出ちゃったんだよ」


「だってさ。桃香がこう言っているんだから、皆もおさえて。
特に愛紗ー、なんだか鬼みたいな顔になってるぞ」


そう言って笑う劉備ちゃん。後ろの将たちは何やら納得していないのか、いらだたしげにしているが、それを今度は天の御遣いが押さえてくれる。
すると、途端にそれまでの雰囲気が払拭されて場の空気が和やかな物になる。
俺はそれに僅かに目を見張った。
どうやら、この天の御遣いと言う男は完全に将達を自分の支配下に置いているらしい。
だが、それほどの男が何故ここまで口を開かなかったのか、疑問は残る。


「ご、ご主人様!?」


「あー、愛紗ちゃんってば顔真っ赤ー」


その時、慌てて顔を真っ赤にして隠したのは、あの関羽ちゃんであった。

まさか、あの関羽が顔を真っ赤にする場面を見れるとは、流石は天の御遣い!
しかも、さりげなく俺の事を助けてくれるなんてなんて男前なんだ!!
でも、何関羽ちゃんといちゃついてんの?
アレか、俺達に見せつけてんのか!?

それはそうと、あの愛紗と言う名は関羽の真名であるようだ。そう言えば、さっきの桃香と言うのは劉備ちゃんの真名か。
俺は、そう当たりを付けると無言で下げていた頭を上げて、隣に居る黄忠に目配せで謝意を伝える。
彼女は呆れたように視線を逸らしただけだが、なんとなく俺を気遣ってくれている雰囲気がある。
なんだか、昔に戻ったようだ。

この城にやって来てからと言うもの、俺は黄忠に孟子の母もかくやと言う厳しい躾をされてきたが、璃々の件があってから態度が昔の物に戻りつつある。
正直に言ってかなり嬉しい。
叱責されたばかりだが、顔が緩むのが抑えられない。


「貴様、何を笑っているかー!」


その時、不意に関羽が大声を上げた。
どうやら、笑ったのを見られたようだ。俺は慌てる事なく口を開いた。
本来、敗将の分際で口を利くなどと言われそうだが、何となくこの雰囲気ならば許されるのではないかと思われたのだ。
取りあえず、誤魔化す方向で。


「はは、天の御遣いさんは愛されてるなー」


「なっ!?」


「いや、羨ましい。乾く暇がないと言うやつでしょう?」


「いや、まあ、愛されていると言う自覚はあるかなー、なんて…」


「ご、ご主人様!!」


俺が問いかけると、天の御遣いは苦笑を浮かべつつも応えてくれる。
敗将の言葉に怒ることなく返してくるとは、本当に器が広いのか?
それとも、ただの馬鹿なのか…。

ともあれ、彼の言葉で関羽ちゃんは限界まで顔を赤くして彼に詰め寄る。


「あ、あはは、冗談だよ愛紗」


「おや、冗談だったのですか? 我らはこんなにも主を愛していると言うのに…」


「星まで何を言っているのだ!」


天の御遣いがなんとか誤魔化そうとすると、今度は後ろで控えていた趙雲が残念そうに呟いた。
どうやら、天の御遣いをからかっているらしい。
関羽は再び赤面して今度は彼女に詰め寄る。

そのやり取りに、もういい加減にしろよと思いつつ、俺は前で困惑している黄忠に語りかける。


「なあ、俺としてもあんな風に誰かに愛されたいんだが…」


「…ごめんなさい。私、真面目な人が好みなの」


よーし、俺今から真面目になるぞー!
そう、俺が心の中で決心した直後、劉備ちゃんが困ったように口を開いた。


「はいはい。じゃあ、真面目なお話をするからおふざけはここまでね」


そして、その言葉と共に再びこちらへ向き直った彼女は、先ほどまでの謁見で浮かべていた穏やかな笑顔ではなく、真面目な表情を浮かべていた。
その雰囲気を感じてか、黙る関羽と趙雲。
その時、俺は僅かに違和感を感じた。

果たして、彼女達は天の御遣いと劉備ちゃん。どちらに自分の忠誠を捧げたのか、と。

ともあれ、いよいよ俺たちの沙汰が下るのだろう。
取りあえず、俺と黄忠は居住まいを正した。


「先ほども言いましたが、二人を含めた将の方々は勿論、城の方々に手を出すような真似はしません。
私たちは諷陵の長老たちに教えて頂いた劉璋さんの横暴が許せなかったから、ここまで攻めてきたので、無駄な血を流すつもりはありません。
特に、貴方達は戦いたくて戦っていた訳でも、劉璋さんに乗っかって苛政を敷いていたわけではないようなので」


正確には、劉璋の側近たちが馬鹿をやっているわけだが。


「そう、ですか。御配慮、ありがとうございます」


黄忠はどこかほっとしたように息をついた。
劉備ちゃんは、表情を緩めることなく再び口を開く。


「そこで、お話なんですけど私たちと一緒に戦ってくれませんか?」


――――来た。


「…私たちに劉璋様を裏切れと?」


「いえ、そう言うわけではありません」


黄忠は訝しむようにそう口にした。
すると、当然その質問を予測していたのだろう。
背後の将達の中で、これまで特に口をはさむことをしていなかった金髪の小柄な少女が前に進み出てくる。
ただし、その雰囲気からは戦いの気配が感じられない。
そして、その彼女の姿を絵姿や噂だけとは言え、俺は知っていた。

伏竜、諸葛亮たん

はわわ軍師として名高い劉備の軍師の双璧の一人だ。
どうやら、彼女が説得役を買って出たようだ。


「あら、貴方は?」


「はわわ、私は諸葛亮と申しましゅ。あう…噛んじゃった」


黄忠の誰何の言葉に慌てたように自己紹介をする諸葛亮たん。

やべぇ、リアルはわわの破壊力が半端ない!
てか、噛んだとか何それ可愛い!
何と言うか、こう、抱きしめたくなる!!

諸葛亮たんは、一度咳払いをすると胸の前で手を組んでから口を開いた。


「現在、劉璋さんは兵力を蜀の首都である成都に集中させています」


「それは!?」


「あー、やっぱりな」


彼女が言った情報に黄忠は驚いたような声を、俺は予想道理であったので納得の声を上げる。
成都に兵力を集中させると言う事は、劉璋様がそこから出てくる意思がないと言うことだ。
そして、援軍も期待できない事から、ようするに俺たちは見捨てられたのだ。

俺は、数年とは言えあのダメダメ君主の元に居たから分かる。
あの劉璋様が、戦争という恐ろしい事を正面切って出来るわけがない。
今回だって経緯は大体予想がつく。
どうせ劉備ちゃんが攻めてきたという知らせにビビってる所を佞臣どもに唆されて、言うがままに成都の防備を固めたのだろう。
なんとも、あのおバカ君主らしい事だ。
今頃、成都では佞臣どもが必死に家財を掻き集めて逃げ出そうとしているに違いない。
そして、諸葛亮たんの言葉の裏切りではないと言う事は、すでに君主に捨てられた俺たちは最早、劉璋様への義理はないとでも言いたいのか。

仰る通りな訳だ。

元々、俺と黄忠は劉備ちゃんの配下になるつもりであったし、ここまで大義名分を作って貰えば断る理由もない。
だから、黄忠は観念したような表情で劉備ちゃんに問いかけた。


「…一つ、劉備様に質問があります」


「なんでしょう?」


「貴女は、この乱世をどう思いますか?」


恐らく、この質問で劉備ちゃんの器を図るつもりなんだろう。
いや、違うか。
黄忠にとって、最早劉備ちゃんに仕える事は決定事項なのだ。
英雄としての力は示されたし、部下にも圧倒的な武力を持った将が数多く存在する。
それだけで、十分に仕えるに足る存在と言える。

この質問の意図は、自分が劉備の思想に同調すると言う事を内外に主張する為なのだ。

そして、劉備ちゃんはそれは分かっているはずだ。
彼女は、何かを決心したかのように口を開いた。


「…私は、皆が平和望んでくれればこの戦いは終わると思っていました。
誰だって本当は戦いたくないし、話せば分かってくれる筈だって根拠もなく、そう考えていたんです。
でも、現実は違いました。皆、それぞれの思いで戦って、平和を望んでいるはずなのに戦いは終わりません。
それに、私は曹操さんに負けました。まともに対峙する事も出来ずに背中を見せて逃げました。
その時、私はあの人に言われた言葉に反論出来ませんでした。

ただ、そこで分かったんです。
そうなったからって、諦めたちゃ駄目なんだって!
曹操さんから逃げた時、私たちの後ろに沢山の民衆がついてきてくれました。私は、その人たちの期待を背負っているから、諦めることだけはしちゃいけないんだって!」


青臭い理想論。
正直、これが全てだとは思えない。
いや、これだけだったら将達は付いて来ない筈だ。
まだ、まだ彼女は語っていない事が有るはずだ。彼女のこちらを見据える泉のような碧玉の瞳は、まだ深淵を讃えている。


「だから、私は背負っている物があるはずなのに、それに無視している劉璋さんを討ちます」


優しいだけの少女ではない事は確か。
ただ、言った事は劉璋と何ら変わらない。
これは、期待外れだったか。
隠されたものも、見せられねばとてもではないがついて行く気にはなれない。

それが、全てを聞き終わった後の俺の感想であった。
そして、黄忠は無言で彼女に頭を下げた。
どうやら、これで気が済んだようだ。

そもそも、最初から劉備ちゃんの元に着くつもりだから、どんな事を聞いてもよいしょするだけだが。
正直、茶番だ。

劉備ちゃんもそれを察したのか、満面の笑みとなり先ほどまでの雰囲気が一気に払拭される。


「もう一度、聞きます。私たちと一緒に戦ってくれますか?」


「はい、我が身、我が弓を貴女に捧げましょう」


黄忠は劉備ちゃんの問いかけに笑顔で答えた。

さてさて、どうやらこれで面倒な話は終わりのようだ。
俺としては、さっさと部屋に戻って今までの間に脳裏に焼き付けた劉備ちゃん達のおっぱいで持って、色々と頑張りたいと思う。
まあ、焦らなくてもこれからは劉備ちゃん陣営として仕事を貰うまで暇だから、その間にいくらでも出来るのだが。

…と思ったのだが、次の時に劉備ちゃんが口した言葉で俺は固まってしまう。


「それじゃあ、改めて名乗らせて貰いますね!
私は劉備。字は玄徳、真名は桃香!!」


その瞬間、俺は思わず噴き出した。
真名と言うのは神聖な自分自身を表す名前であり、間違っても濫りに他人に教えていい物ではない。
だと言うのに、劉備ちゃんはそれを臣下であるものの、今の今まで敵だった俺たちに教えようと言うのだ。
とてもではないが、まともな人間が出来る事ではない。

そして、その俺の反応に劉備ちゃんは不思議そうに首を傾げる。


「アレ? どうかしましたか?」


「…はわわ、桃香様たぶんいきなり真名を許されたので驚かれたんだと思います」


俺の驚きを解説してくれる諸葛亮たん。
はぁはぁ、全く衣服を押し上げていないちっぱいのなんと素晴らしい事か!!
劉備ちゃんと比べると、もう悲しい事になってくる。
そう、ちっぱいは悲哀すら俺たちに与えてくれる!

俺がそう考えていると、動かない俺に代わって黄忠が艶然と微笑んで口を開いた。


「ふふ、真名を教えていただけたなら、私も返さなければいけませんね。
私は黄漢升、真名を紫苑と申します」


「よろしく、紫苑さん!」


「はい、桃香様」


何やら和やかな空気が流れる二人。
まあ、次は俺の番かな?

そう思って口を開こうとしたその時、黄忠が遮るように口を開いていた。


「それで、桃香さま。実は折り入ってお願いしたい事があるのですが…」


「うん、なぁに?」


「これから桃香様は巴郡を攻略されるのですよね?」


「うん、たぶんそうなると思う」


「そこの城主である厳顔は、何を隠そう私の親友なのです。
彼女も劉璋へ不満を持っている者の一人なので、私に説得をする機会を頂けないでしょうか?」


厳顔。
巴郡の城主であり、俺達と同時期から劉璋様に仕えている蜀の将だ。
その能力は、弓の腕は黄忠に並ぶばかりか指揮能力も高く、さらには政治の方もそこそこ出来ると言うバケモノっぷりだ。
はっきりと言って味方であれば頼もしいが、敵にはまわしたくない相手だ。
しかも、巴郡には彼女の弟子と言える魏延もいる。
未だ若くとも、慢心していなければ武力が桁外れに高い彼女は、障害足りうる存在だ。
説得で終わらせる事が出来るのなら、それが一番だろう。


「うん、じゃあお願いしようかな」


あっさりとそう言う劉備ちゃん。
正直、これまで敵だった将を信じすぎな気がするが、これが彼女の普通なのかもしれない。
と言うか、いきなり真名を許すわ、ちゃん呼ばわりした敗軍の将を擁護するわ。
考えるのが馬鹿らしくなるほどのお人良しだ。

アレか? 劉姓は、お人よしになる遺伝子でも入っているのか?
まあ、劉焉なんていうアレな奴もいるが、総じて螺子がぶっ飛んでいる気がする。


「さて、じゃあ堅苦しい話は終わりかな?」


すると、天の御遣い様が唐突にそう言った。
その言葉を皮切りに将達も未だに俺は警戒しているものの、黄忠に対しては警戒を解いたのか近づいてくる。
そして、各々が自己紹介を始める。

俺は変わらず黄忠の傍らにひざまずいて控えており、取りあえず彼女達との真名交換に耳を傾ける。

まず、関羽ちゃんが愛紗。その義妹の張飛ちゃんが鈴々。
何やら経験豊富っぽい感じだけど処女の匂いがする趙雲ちゃんが星。
そして、伏竜の諸葛亮ちゃんが朱里、あわわの龐統ちゃんが雛里ちゃん。
さらに、馬一族である馬超ちゃんと馬岱ちゃんはそれぞれ翠ちゃんと蒲公英ちゃんと言うらしい。
一番最後に影が薄い感じで言った公孫賛ちゃんが白蓮ちゃん。

因みに、彼女達は嫌がりつつも俺にも真名を教えてくれた。
なんでも、主である劉備ちゃんが教えてくれた上これから仲間になるのだから当たり前だとの事。

……俺の常識がおかしいのか?
普通の女の子は信頼の証とか言って、女性にもだが、何より男にポンポン真名を与えないはずなのに…それこそ、男で教えるのは親友か恋人か自分の主ぐらいのはずだ。

いや、もう考えるのは止めよう。

彼女達が名乗り終わると、今度は俺に視線が向いた。
そして、劉備ちゃんが口を開く。


「あの、高忠さんも良かったら教えて頂けませんか?」


その言葉に、俺は逡巡する。
正直に言って、真名を教えるのが躊躇われた。
仲間になるとは言っても、そうそう気軽に教えるものでもないと思うし、何より俺は未だ劉備ちゃんと劉璋の違いを掴めていなかった。
それに、真名を教えるって言うのは、こう…もっと親密になってからだと思うのだ。
何より、俺は将である彼女たちに認められていないように感じる。

だから、真名を受け取る気にも預ける気にもなれなかった。

そして、俺は口を開いた。


「…申し訳ありませんが、お断りしても宜しいでしょうか?」


その途端、空気が死んだ。
将である関羽ちゃん達から放たれる濃密な殺気。
それに反応した黄忠が咄嗟に叫んだ。


「高忠!」


「……それは、私たちに信がおけないと言う事かな?」


黄忠が俺をたしなめ、間を取り持つ前に劉備ちゃんが酷く傷ついた表情で俺に問いかけた。
そんな彼女に、俺は真っ向から視線をぶつけさせる。


「はい」


俺は、そう告げた。
その瞬間、武器を手に俺へと駆け出そうとする関羽。
しかし、それは意外な事に趙雲によって機先を制され、動く事が出来ない。


「星! どういうつもり…」


「黙っていろ、愛紗。今は貴様の出る幕ではない」


そのやり取りを横目で見ていた桃香ちゃんだが、俺に視線を戻すと悲しそうな顔で問いかけた。


「それは、どう言う事ですか?」


「簡単な事です。今まで敵であった者を簡単に信用できない。
ただ、それだけのことです」


「…………力を示しても、ですか?」


劉備ちゃんが心苦しそうな表情で問いかける。
俺は、それに真っ向から頷いた。


「貴方の噂は聞いています。善政を敷き、民を守る事を第一に考える人物。
その様は容貌も相まってマジ天女であると言う事も。
でも、それと信用するかと言う事は話が別です」


「それは、どう言う……」


「いや、単純に時間が足りないんですよ。貴女はまだ我々を信用させる実績が無く、同様に私達も貴女の為に功績も上げていない。
そればかりか、私は貴女の事を何も知らない。
矛を交わしたとは言え、人とはそれだけではないでしょう? 直に話さなければ分からない事もある。
だから…………」


ここで、俺はかねてより懐に手をいれる。

その途端、劉備と天の御遣いを守るように将達が前に躍り出る。
どうやら、俺が武器を持ち込んだ者と勘違いされたようだ。
俺はそんな彼女たちを無視して、自分の懐から取り出した者を掲げて見せる。

それは、並々と酒を注いでおいた瓢箪。
懐に入れられるほどに小さいので、それ程大した酒量はない。

そして、それを見て茫然としているお歴々に俺は堂々と宣言した。


「飲みましょう、今日はとことんまで」


要するに俺が言いたいのはこうだ。
負けたとは言え、まだ良くあなた達が良く分からないので飲んで仲を深めましょうと。

それが分かったのか、将達は一様に力が抜けたようになり天の御遣いは苦笑した。
そして、唯一人劉備ちゃんは坪に入ったのか、大笑い始めた。


「ぷっ、あはははははは! そうですね!!
確かに高忠さんの言う通り、今日は飲みましょう!」


命を狙われたかもしれない緊迫した雰囲気の直後に笑いだした劉備ちゃんに呆れたように、関羽ちゃんはため息をつく。


「と、桃香様…はぁっ。高忠、貴様も人が悪いな」


「まあ、私は貴殿の唐辛子入りの弾丸を受けたときから性格がねじ曲がっていることは分かっていたが」


関羽ちゃんの言葉に、趙雲ちゃんはどこか楽しげに微笑んで応える。
そして、武器をしまった張飛ちゃんや馬超ちゃん達も疲れたような顔をしつつも、顔に苦笑に近い笑みが浮かぶ。


「たはは、鈴々一瞬本気でビックリしたのだ」


「あたしもだよ、ったく本気で性格悪いな、あいつ」


「桃香も桃香だ。良く笑えるもんだ」


そんな和やかな雰囲気の中、ニコニコと幸せそうに笑う劉備ちゃんが手を叩く。


「それなら、今晩は宴にしましょうか。 お互い、分かりあう為に♪」


「はわわ、でも桃香様進軍の速度が…」


「あわわ」


「そうだな、それが良い。朱里と雛里も今日は飲もう。
どうせすぐに発つ事は出来ないし、休息は必要だろう?」


そして、桃香ちゃんの提案に乗っかるように天の御遣いは、止めようとする諸葛亮たんと龐統たんにそう言った。
そんな和やかな空気の中、俺は僅かに冷や汗を流した。

何故なら、黄忠がこれでもかと言う程黒々とした氣を垂れ流しにしていたのだから。
どうやら、勝手にこの様な事をした事を怒っているようだ。


「やれやれ」


ともあれ、まずは宴だ。
俺はなるべく黄忠の方を見ないようにその場を辞した。







[28993] 六話
Name: 地雷G◆f20ef6c2 ID:d0675f60
Date: 2011/09/11 23:01


宴は意外なほど盛り上がった。
どうやら皆悪い人間ではないようで、俺が参加していたにも拘らず嫌な顔一つしなかった。
むしろ、積極的に俺や黄忠へ話しかけてくれた。

ただ、俺の所へ来た奴らは何故か大抵俺に性格が悪いと一番最初に告げてきた。
なんだ、虐めか?
もっとも、後の俺の戦い方として卑怯極まりなかったアレを意表を突かれたと評してくれたり、策の一部だと好意的に解釈し認めてくれたのには、涙がちょちょ切れそうになった。

と言うか、泣いた。

そして、速攻で全員に真名を教えて結婚を前提にお付き合いを申し込んでみた。
唯一脈が有りそうなのが、照れまくった公孫賛ちゃんだけだったけどね。
他の人達は「ご主人様がいるから」と全く同じ言葉で断られた。

畜生! 御遣いさんはもげちまえば良いんだ!!

ともあれ、その後は段々と混沌とした場になっていった。
悪乗りした張飛ちゃんもとい鈴々ちゃんが、愛紗ちゃんに酒を樽で飲ませ彼女が撃沈したり、酔った星ちゃんがメンマの魅力について演説を始めたり。
そして、仕舞には翠ちゃん蒲公英ちゃんに乗せられて脱ぎだしたり。
もう、何と言うか、普段の俺達でもここまで乱れないと言う程乱れていた。

俺としては、身目麗しい女性のあられも無い姿を見れて大そう興奮した。
そんな中、俺は兵士にまで酒がふるまわれていると言う話を聞き、自分の部隊の糞どもを確認してくる事にして宴の場を離れた。


そして、外で監視されているはずの兵達は案の定であった。
やはり酒がふるまわれたらしく、劉備軍の連中と一緒になって騒いでいたのだ。
まあ、こっちも騒いでいる為文句は言えないのだが、そこここに見たくない刺激臭を放つ液体が有るので、非常に不快だった。

と言うか、今劉璋が伏せていた兵で攻撃してきたら一たまりもないだろうな。
いや、きっと諸葛亮ちゃんのことだから、それに対する備えはあるのだろうけど。


「あー、もういいや。考えるのヤメヤメ」


俺はそう独り言を言いながら、騒ぐ兵達の間を縫って高忠隊の面々がいる場所まで向かう。
取りあえず、俺はその中で副官を見つけたので声をかけた。


「おいーっす。お前ら、俺も混ぜろよ」


「あ、隊長ら―」


「うわっ!? 酒臭っ!?」


そして、声をかけると一斉に高忠隊の面々が俺を取り囲んだ。
高忠隊の奴らは酒を既にかなり飲んでいるのか、呂律も回らずかなり酒臭い。
そればかりか、所々にあまり目を合わせたくない刺激臭がする物体が散見される。
いくらなんでもはっちゃけすぎだろう。


「くっさ!? いや、マジくせえ!? ちょっ、お前ら近づくな!?」


「ぶはーっ、らいちょう! 関羽たんのおっぱいまじ最高っした!」


「そうそう! でも、乙女の敵は死ねばいいと思います!」


「素人童貞のくせに生意気よー!」


「そこに痺れる憧れる! いっそ抱いて!」


「うほっ、良い男!」


「ちょっ、てめえら離れろ…って、ギャー! お前ら何脱いでんの!?
てか、副官も見てないで助けろや!?」


いつの間にか集った高忠隊の面々は、俺の顔を見ると笑って詰め寄りながら次々と着物を脱いでいく。
これが女であったなら最高なのだが、我が高忠隊はほぼ全員が男だ。
一部の女も残念ながら男慣れしている為、「脱げ脱げ」とはやし立てるばかりで恥ずかしがる素振りがない。

そうこうしている内に俺は肉の壁に囲まれかけてしまい、俺はニヤニヤと嬉しそうにこちらを見てくる副官に助けを求めた。
しかし、奴は顔をにやりと邪悪に歪める。


「ぷぷっ、ざまぁ。胸厨は死んでください」


「ちくしょおおおおおおおおおおお!」


俺は胸派、奴は足派。
どうやら、これは普段散々胸の方が素晴らしいと説いていた事への復讐らしい。
俺はこれには溜まらず、包囲網が完成する前に背中を見せて逃げ出した。
裸の女に囲まれるならまだしも、男に囲まれるのは勘弁だ。
反吐が出る。

それにしても、彼等はいつの間にかすっかり出来あがっているので、今更あの中に入っていくのは無謀以外何物でもない。
ここは、別の場所で過ごす事にしよう。
宴に戻っても良いが、少し俺も酔っているようだ。
酔いを醒ましてくるとしよう。

そう考えた俺は、裸で追いかけてくる阿呆どもを振り払って逃げ出した。
普段なら別だが、今は全員に酒が入っている状態。
殆ど苦もなく振り切る事に成功する。

そして、ふと我に返ってみると俺はいつの間にか一人城の中庭に亭(ちん)の前に立っていた。
人の気配がない方へない方へ向かっていくうちに、自然とここまで辿りつけてしまったようだ。

城の中や外からは、兵士たちの笑い声や城内で行われている将達の宴会の楽の音が響き渡っている。

そこで、ふと我に返った。

今こうして共に笑いあっている劉備軍とは、つい先ほどまでは戦っていた者同士だったのだ。
幸いにして、どちらにも死者は最小限であったものの、腕を斬りつけられたりして負傷兵となった者は多くいる。
それなのに笑いあえるのは、彼らの懐が深いからだろうか?
そして、俺はこれから彼らを見送り、この城を守っていく事になるのだろう。
そこには、あの糞餓鬼が――――

そこまで考えて、俺はそんな重苦しい考えを振り切るように頭を振った。


「…ちくしょう、紫苑のせいだ」


ポツリと漏れた言葉は、遠くから聞こえてくる喧騒に混じって消える。
楽しい時間でも、どうしても璃々の事を考えてしまうのは、どうやらそれが心配だからなようだ。

恐らく、これからは黄忠の思惑通りの結果になるだろう。
俺がこの城に残り、黄忠が巴郡へ向かう。
その間に劉璋の部下が璃々に手を出す事は十分にあり得る話だ。
劉備軍が未だ駐留している今でこそ仕掛けてこないだろうが、これから後彼女達が成都に近づくと確実に手を打ってくるはずだ。
その時に、俺はあの幼子を守ってやれるのだろうか?

はっきり言って、俺は璃々が嫌いだ。
黄忠を孕ませた爺の娘だと言うだけでぶち殺したくなる。

だが、同時に黄忠の娘でもある為、少しだけ、本当に少しだが愛おしく思う気持ちも無くはない。

だからこそ、困るのだ。

自分の気持ちに折り合いがつかない事がこんなにも苦しいとは。
向き合わなければいけないと思いつつ、いざ直面すればその苦しさから逃避してしまう。
その結果は、八つ当たりと言う形で璃々に向けられるのだ。

いっその事、誰か俺の代わりになってくれないだろうか? という弱気な考えが頭をよぎる。

俺は取りあえず手にしていた酒瓶に口を付けた。
兵達に振舞われるような安物の酒独特の酒精が口腔内に広がる。
決して旨い訳ではないが、どこか懐かしい味がする。

ふと、その時誰かが中庭に入り亭を目指す気配を感じた。
どうやら、誰かがたけなわなはずの宴を抜け出してきたらしい。


「あれ? 貴方は…」


同時に掛けられた声に俺は僅かに目を見張った。
そこに居たのは、他でもない珊瑚朱のような色合いの髪に翡翠色の瞳。
俺達を破った張本人であり、現時点での俺達の主となる人物。

劉備ちゃんだった。


「これは、劉備様」


俺は軽く右の拳を左手で包み込む礼、拱手を行う。
ただ、正直に言ってこの礼は劉備ちゃんのように圧倒的目上の立場の者に俺のように敗軍の将が行うのは可笑しい。
本来ならばすぐさま叩頭してしかるべきだろう。
だが、俺は敢えて簡単な礼だけをするに留めた。
おそらく、彼女が供も連れていない事から気を抜きたくてやって来たのだと判断したのだ。

ただ、もしそうであるのなら俺はすぐさま亭から出る事が求めれられるのだろうが。


「こんばんは、高忠さん」


しかし、彼女は特に俺がいる事を不快に思った様子も無く、むしろ嬉々として拱手を返し、俺が座っていた場所の正面に座った。
これには、流石の俺も面食らった。
今まで、目上の相手でここまで気軽に話しかけてくる者もいなかった上、たかが将にさん付けとはいえ礼節を返された事も稀だったのだ。
とは言え、俺は自分の動揺を面に出さないように頷いた。
ちなみに敬語で。
いや、やっぱり一応俺は敗軍の将な訳だし。


「ええ、先ほどはご無礼を…」


「ううん、気にしないで。私、あんまり礼をを使われる立場の人間じゃないし」


その言葉に、俺は僅かに目を剥く。
劉備ちゃんの身元が確かでないのは有名な事実だ。
しかし、それでも彼女は劉姓や天の御遣いを用いてその身分を証明してきたのだ。
それが、礼を使われる立場ではないとはどういう事か。

俺がそう思うと、視線でそれを察したのか彼女は苦笑した。


「ふふ、実は私の家って没落しきってたから、幼い頃は草履売りだったんですよ?」


知らなかった? と小首を傾げる彼女に俺は苦笑を返す。
確かに劉姓と言えど、そのように没落する家も数多くあると聞く。別段可笑しい事ではない。
それに、此処まで伸し上がったのは彼女自身の努力の結果だろう。
そう思う俺に、彼女は悪戯が成功した子供のように微笑んで見せる。


「なんて、ね。取りあえず、劉備様じゃなくてさっき預けた真名で呼んで貰いたいな?
それと、他の子は教えて貰ったみたいだけど、私はまだ貴方の真名を教えて貰っていないんだけど…」


「え……いや、それは…」


俺は、そう言われて再び面食らう。
なんだ、こんな二人っきりの場面で真名を呼んでほしいだなんて、こっちを誘っているのか!?
いや、でも彼女の性格からしてただ仲良くなりたいだけなんだろうな。
それにしても、間近ででみる劉備ちゃんの美しい事美しい事。
まるで慈愛に充ち溢れた天女のようだ。
それこそ胸の果実もたわわに実っているし…。

ああ、やばい。そんな事を考えていると酒も入っている事から、少しだけ体が反応してきた。

と言うか、そもそも俺は彼女に真名で呼んで貰えるような上等な人間なのだろうか?
武人らしからぬ行いをし、すぐに下の方に思考が飛んでしまう俺が。

俺は真面目な顔をして、首を振って見せる。


「もちろん、預ける事に嫌はないのですが…私なんかが、真名を預けても宜しいのでしょうか?
愛…関羽殿に、許して貰ったとはいえ武人らしからぬ行為をした私が」


「…武人らしからぬ?」


「その、女性と言う事で関羽殿を挑発した事…」


「高忠さん」


俺がそこまで口にした瞬間、彼女は徐に口を開いた。
その瞳には、謁見の時に見た深淵が讃えられている。


「あれは、雲長が悪いんです。女性の特徴をバカにされる事を覚悟して将となったにも関わらず、容易く激昂しちゃったあの娘が。
それに、アレは策と呼んでも良いものだと思いますよ? 皆も言っていたと思うけど、戦いにおいて相手を普段通りに戦わせないのは最も基本的な事です。
何より、あまり自分を卑下しちゃうと、逃がしちゃった愛紗ちゃんがバカにされてるみたいで、私は少し悲しいです」


その顔は、ドキリとするほど妖艶な魅力に満ちていた。
つい先ほどまでの顔が太陽と例えると、こちらはさながら月。
妖しげな魅力と共に優しい光を指しのばしてくる。

そんな彼女に肯定されたと言う事が、無性に照れくさく、同時に嬉しく感じられた。


「えっと…申し訳ありません」


「そう言えば…」


「ひゃ、ひゃい!?」


誤っている途中で、不意に声を掛けられた為咄嗟に変な声を出してしまう俺。
そんな俺に、クスリと劉備ちゃんは再び太陽に戻って頬笑みを浮かべる。


「ふふ、高忠さんって面白い。
さっき聞いたんですけど、紫苑さんと高忠さんは昔からのお付き合いなんですか?」


「え? ああ、まあ。俺がまだ幼い頃からの付き合いです」


「どんな出会いだったんですか?」


俺が質問になるべく穏便に応えると、劉備ちゃん、いや桃香ちゃんと呼べばいいのか、はさらに質問を重ねる。
そこにどんな意思があるのかと邪推した俺だが、対面で瞳を輝かせる彼女にそんな考えはないかと考えを改めた。
もし、これで腹黒い事を考えているのなら、俺は騙されたままでいたい。
そんな風に思える無邪気な表情だった。


「…そこまで大した事はありませんでしたよ? 当時、貧民屈にいた俺が黄忠と桔梗…厳顔に強盗をしかけた、そんな所です」


「うわぁ、やんちゃだったんですね」


ほぼ初対面でこんなことを簡単に話す俺も俺だが、やんちゃですませる彼女も相当にアレだ。
俺としては、彼女が戸惑って質問を辞めると思ったのだが、どうやらそう簡単に事は運ばないようだ。
ますます興味があると言った彼女に若干ヒキながら、俺は続きを口にする。


「まあ、当時の俺はまだ十にも満たない餓鬼だったので、簡単にのされてしまったんですがね」


「それで、黄忠さんに見こまれたんですか?」


「まあ、そんな所ですね」


本当は、容赦なく肋の骨を砕かれた上、その場で地べたに正座をさせられて延々と説教されたんだけどね。
しかも、その後治療もせずに放置されたし。
やられた当時の俺が一番どん引きだったのは確かだ。
横であの厳顔が必死に止めようとしていたからな。

俺は衝撃の事実を隠しつつ、桃香ちゃんの言葉に適当に頷く。
いくら、強盗をやんちゃと言える彼女でもこの話は流石にキツイだろうから。


「あれ? でも、お二人は互いに真名を呼び合ってませんよね?」


ふと、その時桃香ちゃんはそう呟いた。
その言葉を聞いた瞬間、俺の顔に雲がかかる。
それを察したのか、桃香ちゃんも僅かに冷や汗をかく。


「あ…あの、聞いちゃいけない事でした?」


「……ええ、まあ」


とても、「彼女の子供が気に食わなくて殺気をぶつけたら、真名で呼ぶ事を撤回されました」とは言えない。
俺が押し黙った事で、慌てた様子の彼女はようやく慰めるように話題を変えてくれた。


「あ、そ、れで貴方の真名なんですけど、教えてもらえませんか?
その、私が仕えるに値すると思ったら、交換して欲しいのですど…」


桃香ちゃんが女神に見える。
こうも失礼にも教える事を尻ごんでいた俺に、何度も機会を与えてくれるなんて!

俺は泣きそうになりながら、自分の真名を彼女に教えようとして――再び、逡巡した。

それは、先ほどまで感じていた彼女達と肩を並べることへの不安ではなかった。
ここまで求められたら、彼女に真名を預ける事に否はないし、真名を預けてもらえているのだから、こちらもそれを返す事は当然の礼儀だ。

だが、その時俺が思いついたのは彼女にある事を聞いてみようと言うものだ。

俺は、彼女と劉璋の違いが良く分からないのだから。

正直、敗軍の将が言う事ではないが、ここは酒の席。
しかも、彼女から踏み込んだ質問をしてきたのだ。
こちらからしても、失礼にはあたらないのではないか。

それは、俺が彼女の内面に踏み込みたいと言う欲求が。俺のちっぽけな矜持を塗りつぶした瞬間だった。
同時に、俺が仕えるべき存在を自覚した瞬間だった。

俺は覚悟を決めて、口を開く。


「それは勿論。ですが、その前に質問しても良いですか?」


「うん、どうぞどうぞ」


劉備ちゃんは、そう言うと胸の前で手を組んだ。
同時に胸部の魔物が恐ろしいほど柔軟に形を変え、こちらを挑発してくる。
これが、娼婦相手ならすぐさま押し倒している所だ。
ともあれ、俺は質問を口にする。


「では、何故あなたは天下を取ろうとしているのですか?」


俺の質問の意図が掴めなかったのか、彼女は不思議そうな顔になる。


「? それは、さっき黄忠さんにも言った通り…」


「ああ、違いますよ」


さっきと同じことを言いだそうとした彼女の言葉を遮り、俺は再び口を開く。


「なんで、貴方は曹操に従う事を良しとしなかったんですか?」


「…………」


その瞬間、彼女の雰囲気がガラリと変わった。
それまでの浮ついた少女のものではない、例えるのなら――


「曹操はかなり強引な人物と聞きますし、覇を唱えている事から容赦なく敵を潰している事も知っています。
ですが、彼女は統治者としてはとても優秀だと聞きますよ?
貴方が大好きな民に対しても善政を行い、その証拠に彼女の傘下の町は大きく発展していると言います。
貴方が本当に民の事を思っているのなら彼女の元で力を尽くす事が一番なのではないですか?
戦争で苦しむ民の為に戦争をする。それは可笑しくないですか?」


俺は真っ向から劉備ちゃんの意見を否定した。
正直、俺は彼女の様な心優しい娘が戦争をしているのが信じられない。
だから、戦争が嫌だと言う彼女自信が何故戦争をするかを知りたかった。

すると、劉備ちゃんは俺の目を真っ過ぐに射ぬいた。
翡翠の瞳が俺を見つめる。
どこまでも澄み切った泉の色の瞳に、俺は飲み込まれそうになった。


「思いだけじゃ、駄目なんです」


ポツリと、劉備ちゃんは言葉を口にした。


「所詮、今の世の中は弱肉強食。力が無ければ、どんな思いも口にできません。
本当は、戦争なんて誰もしたくない。みんなそう思っているはずなんです。
でも、戦いはなくならない」


劉備ちゃんはそこまで口にすると、俺から視線を外した。
途端、俺の体から力が抜けそうになるが何とか持ちこたえて、続きの言葉を待った。


「実は、曹操さんにも言われたんです。私が降伏してあの人の元に付くことこそが、平和への近道なんだって」


「……」


「はっきり言って、一時はあの人の下へ付こうかなと本気で思いました。
今まで私の理想を信じて付いてきてくれた人達の事を思い浮かべましたけど、その人達の考えよりも確かな平和が訪れることを選択するのが、大切なのかなって」


いつの間にか、俺は彼女の言葉一つ一つに魅了されていた。
ただの少女であるにもかかわらず、覇気すら持っていない少女にも関わらず、彼女は確かに何か輝く物を持っていた。

――彼女は花になっていた。
周りの者を全て魅了する大輪の華へと。


「そこで花畑って言われてるダメな頭で、慣れない考え事をしてみたんです。

曹操さんなら本当に平和に出来るのかなって。

確かに、あの人の力は凄い。私なんかとは比べ物にならないぐらい優秀で、いろんな事を考えている。
数多くの力ある人たちを心酔させて、自分の敵を粉微塵にしてる。

――――でも、あの人は一人なんです」


劉備ちゃんは、そう言った。


「孤高の覇王。自分の誇りを振りかざし、彼女と言う唯一人の下で全てをを力で捩じ伏せて、そして彼女が認めた優秀な者達が国を支配する。それが、彼女の理想とする国。
そう理解した時、私は思ったんです。

――――ああ、違うなって」


彼女は、天を仰ぐ。


「桜梅桃李、花ですら違う花を咲かせるのだから、況や人間だって違う考えを持っていて、それぞれ違う場所で力を発揮できるものなんです。
確かに、凡人は彼女が認めた人のように高い成果を挙げられない。でも、どんなに能力が低くても絶対に役立てられる場所があるんです。
だと言うのに、あの人はそれを理解できない。

彼女の治世の最大の問題点。


それは、彼女が弱者という存在を本当の意味で理解できない事です。
国を治めるにはそんな弱者の手も借りなくてはいけないのに、彼女は彼等を上手く付き合えない」


その言葉に俺は僅かに目を見張る。
目の前の少女が、本当に先ほどまで明るく笑っていた少女と同一人物なのか、俺には自信がなかった。


「それに、多分彼女が大陸を治めたのなら、これまでの漢王朝と変わらない。
彼女が生きている間はあの人の覇気と才能で上手く回っていくかもしれないけど、その後彼女の子供、孫と続いてく内に次第に腐っていく。
恐らく、彼女以上の存在はもうしばらくの間産まれないでしょう。そうなると、その王朝は漢よりも早く亡くなり、再び世の中は乱れる。
それじゃあ、何も変わらない」


これが、これが劉玄徳か。
これは劉璋などとは器が違う。

俺は、彼女の先を見据える覚悟に沢山の美しい華をつけた桃の大樹を幻視した。


「そう思い至った時、私は考えたんです。皆が自分の力を発揮でき、意見を言える国を作ろうって。
凡人も天才も小人も大人も、全て等しい国。
そして、なるべく長い間腐らずにその治世を維持していける国を目指そうって。
でも、現実的に言ってそれは難しいです。

それこそ、華胥の夢。

そもそも、曹操さんと私のように絶対的に意見が食い違ってしまう人がいるから、それでは国はまとまらない。
ただの平穏では、いつか内部が腐りはてる。
その問題にぶつかった時、朱里ちゃん…諸葛亮ちゃんからある策を提案されたんです。

『天下三分の計』、彼女はその策をそう名付けました」


「天下三分の計?」


「今、大陸で残っている大きな勢力。私、孫策さん、曹操さんの三人がそれぞれ国を治めて行こうっていうものです。
それなら、民は自分の考えにあった国を選べば良いから」


「それは、また…」


「その三国が競争しあっていけば、他国に負ける訳にはいかないと言う緊張感から中央も腐敗しにくい。
そして、三国が互いに牽制しあうから、三竦みによって平和が保てるんじゃないかって思うんです。
例えば、曹操さんが私を攻めようとしても孫策さんがいるから、それは出来ない。そんな関係が出来れば、もう戦争は起きないんじゃないかなって。
今は曹操さんが軍事力で圧倒していますが、その優位をなんとか打ち破る事が出来たなら、実現不可能な策じゃありません。

これが、今私が戦争をしてまでやろうと思っている国作り。
これから大人になって、暮らしていく子供たちの為にやろうと思った事です」


それらを聞き終わって、俺が感じた事はなんとも壮大な計画だと言う事だ。
正直、俺なんかが聞いて良かったのかと思ってしまう程この話は重大だ。
それこそ、本来ならば黄忠に語るべき言葉ではなかったのかと思える。


「全ての人達は、それこそ漢を興した高祖ですら、義兄弟であった覇王を討ってまで大陸を統一するという事に執心しています。
それは、民自身の統一を願う心であり、現に今も多くの人達がそれを望んでいるのかもしれません。でも、私は恒久的な平和に繋がるのなら統一なんか必要ないって思ってます。

まあ、劉璋さんを攻めているのはあの人が腐敗した国を作ってしまったからという建前と、私達も国造りをしたいって言う本音が有るんですけどね。
そもそも、戦争のない国を作ろうと思っているのに戦争しているんですから、おかしな話かもしれません。

でも、私はどんな矛盾を抱えようとこの目標を達成して見せます」


そう言い終えると、彼女は何か言葉を待つように俺を見た。
そんな彼女に、俺は何も言う事が出来なかった。
理由は、彼女に圧倒されたから。
俺が璃々の事でグダグダと考えている間に、彼女はこの国の未来を見ていた。
そればかりか、自分の清濁を両方とも見据えていた。

その事が自分と彼女の差のようであり、人間としての器の違いなのだと見せつけられ、自分の矮小さが情けなくなったのだ。


「…どう、でした?」


「……桃香様」


気がつけば、その名前を口に出していた。
こちらを窺うように見つめる彼女の瞳に、俺は自分でも不思議なぐらい惹きつけられていた。


「何故、会って間もない俺にこんな話を?」


「信頼を得るには、まず自分が相手を信じる事が必要だと、私は考えています。
それに、実は信用が置けないって言われたのは、産まれて初めてだったんです。
だから、私は何としても貴方の信用を勝ち得たい。そう思ったから…」


俺はそう言葉を切って、照れたように笑う彼女に俺にしては珍しく真摯な言葉を返す。


「高祖は、覇王を倒す時に蜀を起点として東進したと言われています。それと同様にこの蜀の地が貴方の支えにならん事を願っています」


「…ありがとうございます。でも、東進には興味ありませんよ」


「…貴方は思っていたよりも厳しい人でした。他人にも、自分にも」


「そんな事、ありませんよ。
たぶん、私は身に余る理想を抱いてしまった、単なる夢想家にすぎませんから。

――華胥の夢を見た黄帝にはなれません」


そう言って俺を振り返り微笑んだ彼女の笑顔は、どこまでも透明で儚げであった。
彼女は、国の為に自分を礎にしようとしている。
まだ、少女として色恋や華美な服飾に興味がある年頃だろうに、それらを捨てて民に自信を捧げている。

後世の歴史家に揶揄される事を覚悟し、統一ではなく三竦みの国の体勢を整え、仮初めの平和を作ろうとするその姿は、聖人と言っても良いのではないだろうか。


――――聖人無名


荘子曰く、本当の聖人は名誉すら捨て去りこの世に名を残す事は無いと言う。
では、何れ彼女は歴史に名を残すことなく消えて行くのだろうか。
ふと、そんな漠然とした不安を感じた。
そして、俺はそんな不安を吹き飛ばすべく、彼女に自分の真名を告げる。


「どうか、俺の真名を受け取ってください。俺の真名は――」





あとがき

とりあえず、ここまでです。仕事の関係でこの前の大雨が響きまして、投稿が遅れてしまいました。申し訳ありません。
ついでに、今回はちょっと感想返しをお休みさせていただきます。申し訳ありません。



[28993] 七話
Name: 地雷G◆f20ef6c2 ID:d0675f60
Date: 2011/09/16 22:39



夢心地だった。
劉備ちゃんとの会話を終えた俺は、フラフラと当てどなく彷徨っていた。
何と言うか、心の底から震えが来ている。

これが、自分の仕えるべき主を見つけたと言う事なのだろうか?
劉璋の時は、ぶっちゃけいつか劉璋と■■を血祭りに上げる為に耐え忍んでいた様な物だ。
今はその気分から解放され、自分の主人の為に全力を尽くしたいと言う気分である。
ああ、何でも良いから早くこの気持ちをぶつけられる仕事をやりたいものだ!

恐らく、桃香ちゃんに今まで従ってきた奴は常にこんな気持ちだったのだろう。
もう、これは一種の洗脳と言っても過言ではない。
これが桃香ちゃんの力なのだろう。
従うのではなく、手伝いたいと思えるその魅力。
王者と言うのはそういう存在なのだろう。

気がつけば、夜もすっかり深くなっている。

そう言えば、暇も告げずにかなり長い間宴から外れてしまっている。
そろそろ、もう一度宴に顔を出すべきだろう。
明日からは敗戦処理が待っている。
とは言え、この城が劉璋攻略の重要な拠点の一つになる事は間違いない。

俺は黄忠と違って彼女たちに着いて行く事は出来ないが、せめて彼女達が戦いやすいように全力で支援できるように体勢を整えるとしよう。

そう心に固く誓い、俺はそのまま足を宴の会場の方へ向ける。
すると、



「高忠…ちょっと良いかしら?」



不意に彼女の声が耳朶を叩いた。


「…黄忠」


いつの間にか、彼女は壁にもたれかかるようにしてこちらを見ていた。
酒に酔っているのか、その頬はほんのりと赤くどこか艶っぽい。
よくよく見ると、俺が現在いる場所は彼女が寝所として使っている一室の傍であった。
恐らくは、璃々が眠っている部屋の。


「――璃々を、寝かしつけてきたのか?」


その言葉は、自然と俺の口から出ていた。
まさか、自分から璃々の名前を出す日が来るなんて、俺は思ってもみなかった。
そして、それはもちろん黄忠にとっても意外であったようで、彼女は眼を見開いて驚いた。


「え、ええ。ついさっき、宴が終わったから暇を告げて来たの。その後で、寝かせてきたわ」


彼女はそこまで口にすると、苦笑のようなどこか寂しげな笑みを浮かべる。


「…珍しいのね。貴方が、あの子の名前を呼ぶなんて」


「……いや、まあ今日は機嫌が良いからな。その、桃香ちゃんが仕えるに申し分のない人間だと分かったし」


「ああ、先ほど桃香様が機嫌よく戻ってきたのは、そう言う理由なの」


俺が言った断片的な言葉で得心がいったのか、黄忠はうんうんと頷いて見せる。
そればかりか、悪戯めいた笑みを浮かべて見せた。


「ふふ、宴を開くって言うのはかなり良い案だったけど、出来れば私に一言欲しかったわ」


「う…まあ、実は咄嗟に思いついて適当に言っただけだったからな。
それに、相手が桃香ちゃんじゃなくて、それこそ曹操当たりだったら不況を買って容赦なく殺されてたかもだしな。
とりあえず、すまなかったな」


俺はそう言って素直に自分の非を認めた。
あの時、俺は桃香ちゃんを知らなかった。
だから、試すようにあんなことを言ったのだが、それでも黄忠は焦った事だろう。素直に悪い事をしてしまった。
俺は、戦闘面ではそれなりの経験はあるが、政治面では今回の件からも分かるようにまだまだ黄忠には及ばない。

まあ、年の功……いや、自分の好きな女だ。止めておこう。
女は年上な方が良いとも言うし。


「分かっているのなら、もうあんな事はしないでね? 正直、肝が冷えたわ」


黄忠はどこか呆れたようにそう口にした。


「心配、してくれたのか?」


男の純情と言うやつか、俺はついついそんな事を口にしていた。
すると、黄忠は一瞬驚いた様な顔になったものの、すぐにどこか悲しげな笑みを浮かべて小さく頷いた。


「ええ、少しだけね。やっぱり、幼馴染を失うのは悲しいもの」


「そっか」


幼馴染、と言うのは頂けないがそれでも彼女が気にかけてくれていると言うのは、嬉しかった。
俺はなるべく表情に出さないように素っ気なく返事をしたものの、黄忠にはバレているようで、彼女は鈴を転がす様な声で笑う。


「クスクス、変わらないわね。嬉しい時に左の眉毛を動かすの」


「うっ…子供扱いするな。俺ももう良い大人だぜ?」


「拗ねないの。このやり取りも懐かしくはない?」


「知らん」


俺は若干ふてくされてそう言ったモノの、彼女の言う通りやり取りに懐かしさを感じていた。
昔はよく、こんな感じに黄忠にからかわれたものだ。
そう、黄忠がいなくなる前までは。


「こーら」


「あたっ」


「怖い顔、してるわよ?」


黄忠は何時の間に近づいたのか、俺のすぐ傍らにおり指で俺の額をつっついた。
そして、僅かに悲しそうな困ったような表情で俺をたしなめる。
俺はそれに応えることなく、彼女から視線を逸らす。


「…………」


「…………」


しばらく、二人は無言となり当たりに沈黙が広がる。
どうやら、外のどんちゃん騒ぎも終わりを告げたようで、いつの間にか何の音も聞こえない。

俺にとっては少しだけ居心地の悪い、そんな沈黙。

それを打ち破ったのは、やはり黄忠であった。



「――やっぱり、璃々が憎い?」



核心を突く言葉。
どこか諦めるような響きを持ったその言葉に、俺は何も言い返せなかった。
そのまま、黄忠は気にした風もなく独り言のように告げる。


「…私が、悪いのよね。何の考えも無しに、いきなり貴方とあの子を引き合わせたから…。
貴方の気持ちも考えないで――」


そして、彼女は視線を会わせない俺の頬にそっと触れた。
その手の温度は、酒を飲んでいる為か仄かに熱い。


「でも、その考え方で凝り固まらないで欲しいの。
だって、あの子と貴方はまだ一度だってまともに会話をした事がないでしょう?」


「…それは」



「貴方がさっき言った事よ、――。
話し合う事で、相手の人となりを知る事が出来るって」


黄忠が俺の真名でもってそう呼びかける。
そして、俺は何も言い返せない。
確かに、自分で言ったことだ。
人を知るには、相手と話す事が必要だと。

俺は、この城に来て数年間、一度も璃々と話したことなどない。
勝手に卑屈になってアイツを拒絶し続けているどころか、視界にまともに治めた事も少ない。
俺はアイツを知らない。
何が好きなのか、何が嫌いなのか。何も。

そんな状態で相手を嫌ったままで良いのか?

もちろん、良くはないだろう。
だが、頭ではそう理解できても心はそう簡単に納得してはくれない。
何かきっかけがあったのなら、話は違うのかもしれないが…

いや、まさしくそのきっかけが今回の黄忠の頼みなのだろう。
恐らく、黄忠はずっと待っていたのかもしれない。
俺と璃々との確執を失くすその瞬間を。


「俺は、俺はアイツを見る度に、心が砕けそうになる」


だが、気がつけば俺はそう口にしていた。
それを聞いて、黄忠は悲しげに「そう」と呟きながら俯く。


「アイツを見る度に、韓玄を思い出す。ただの一度、アイツが成都に来た時にしか会った事が無いけど、思い出すんだ。
わざわざ俺を探して捨て台詞を吐いて行ったあの糞野郎を。
だから、憎い。いや、怖いんだ。アイツが」


「……」


「お前の面影を持っているはずなのに、それを塗りつぶしてしまうアイツが、あんな幼いアイツが」


「……ごめんなさい」


「え?」


俺がそう言うと、黄忠はポツリとそう呟いた。
俺は驚いて、思わず視線を逸らし俯いていた顔を上げ、彼女を見やる。
すると、彼女はただ真摯に俺を見つめていた。
その瞳には、出さんの色はなくただ悲しみだけが溢れていたように見えた。


「あの子は嫌わないで上げて。あの子は私達の確執とは何の関係もないの。
私たちは、確かに罪深い存在だけどあの子は、何も知らずに生まれてきた子供には罪はないわ。

今はあの子を正面から見る事は難しいかもしれない。でも、貴方なら、臆病で優し貴方ならいつかあの子と向き合う事が出来るはず。
だから、お願い。これ以上、悲しい事はしないで。

大丈夫。貴方は、まだこれから変われるわ。
今日の、穏やかな貴方が良い証拠」


その言葉は、どこか遠いところから話されているように感じた。
黄忠は、紫苑は俺の目の前に居ると言うのに、まるで実際はもっと離れた場所から話しかけているかのように。

そのまま俺からさらに距離を取ってしまうかのように。

そして、彼女は再び謝罪した。


「でも、ごめんなさい。

私は、今更戻れない。璃々を捨てて、ただの女だった黄忠には戻れない。
母親として、あの子を一番に考えてる、母親としての黄忠なの。

だから――――」


そして、彼女はそっと俺の頬から手を離す。
まるで、それは分かれの言葉のようで、もう二度と俺とは結ばれる事はないと言われた様な気がした。

咄嗟の動きだった。

俺は、彼女の下げようとした腕を掴み、腕を引っ張る事で強引に彼女を腕の中へと治める。
その事に驚いたのか、彼女は俺の腕の中で目を瞬かせる。

俺としても、咄嗟の動きでほぼ反射的にやってしまった事なので、この後どうするかというのは一切考えていなかった。

えっと、本気でどうしようか?


「こ、高忠?」


不意に彼女が俺の名を呼ぶ。
俺は取りあえず何か言葉を返そうと必死で頭を巡らせるが、如何せん実はこう言った事に耐性が少しもないのでどうすれば良いのか分からない。

曖昧宿で商売女を相手にした事は何度もあった。
だが、その何れにおいても口説き落とすと言う事や、こう言った状況になった事が無い。
素人童貞とは良く言ったモノである。

俺は、ますます混乱しどうしてよいか分からなくなっていく。

なんだ、接吻をすればよいのか? いや、それだとガッツいてると思われて…
じゃあ、押し倒すのもダメか? ええい、ままよ!

俺は取りあえず口を動かす事を選んだ。


「傍に、居てくれるだけで……良いんだ」


「あ――――」


「この数年、お前に触れられなくて、えっと、その…
溜まってる…あ、いや、そうじゃなくて…えっと。
璃々は、苦手、だけど、そうじゃなくて、う、うん、その、あれだ。なんつーか、ほら」


最初こそ順調に口が動いたものの、後はもう支離滅裂であった。
璃々がいても大丈夫と言えば良いのか、お前が欲しいと言えば良いのか分からない。
ここまで混乱したのは、初めてだった。


そして、俺のその混乱が黄忠に通じたのか、彼女はついに噴き出した。
先ほどのことなど感じさせないぐらい、楽しげに。


「ぷっ、くっ、ふふふ」


「わ、笑う事ないだろう!」


「いや、違うの、くく」


「っ――――! もう良い!」


俺は混乱した分だけ恥ずかしくなり、顔から火が出る思いになる。
そのため、笑い続ける黄忠から手を離してさっさと踵を返す。
もう知った事か! くそう、やっぱり俺に真面目な雰囲気は似合わんさ。

すっかり拗ねた俺は、そのままその場を足早に去って行った。

後ろからは黄忠の笑い声が響き渡っている。
はたして、俺の気持ちは伝わったのだろうか? 
後になって不安になりながらも、俺は今更戻って返事を聞く勇気はなかった。

ただ、心の中にはアイツが言ってくれた言葉が残っている。
その言葉に従って、これからは少し頑張って璃々と触れ合ってみようと思う。

それでも、恥ずかしかったものは恥ずかしかった。
だから、その後風に乗って聞こえた声なんて知らない。知らないったら、知らない。


『ありがとう、――』


そんな、泣きそうな声なんて聞こえなかった。
それで良いのだと思う。









――私の想い人とは、もう一生結ばれる事はないだろう。


『待って!』


『すぐに戻ってくる!』


あの時、引きとめて自分の想いを告げられなかった時、確かに自分と彼の縁が切れる感覚が有った。
その後、彼から引き離された私はあの下卑た老人に犯された時に私は、漠然とそんな事を思ったものだ。

それでも、初めはいつかまた彼と会えるのではないかと信じていた。
あの老人が早々に息を引き取り、それを聞きつけた彼が自分を助けに来てくれるのではないかと、そう夢見がちな少女のように妄信していた。
しかし、そんな浮ついた気持ちは、数年後に自分が妊娠したと知った時に全て打ち砕かれた。

自分を犯した男の子供。

そんな存在をこの世に産み落とさなければいけないなど、拷問以外何物でもない。
毎日、腹の中の子供を呪った。
産まれてくるなと、膨れてくる腹を忌々しく思った。

そう思っていたのだ。
だが、いざ辛い出産を終えて我が子に対面した時にはそのような思いは吹き飛んだ。

初産は、長く辛いものだった。
地獄の様な苦しみに、やはり我が子を心の中で呪った。

だと言うのに

くしゃくしゃな醜い猿のような顔に、育ち切っていない手足。
不自然に膨れた腹部や、やたらと喧しい声を張り上げる喉。

そんな見るに堪えないはずの我が子を一目見た途端、言い知れない感覚が私を襲った。
気がつけば、産婆に指示されながら我が子を、あれだけ憎く思っていた子供を抱き上げていた。
抱き上げた時に掛かる重さは、命の重さだった。

その瞬間、私は涙を流してしまった。
何故なら、産まれてきた子供は知らないのだ。自分の父親が、母親がどんな人物なのかを。
ただ、生きようと泣いているその姿は、どこか美しくもあった。

その瞬間に、私は悟った。
産まれたその命には罪はないのだ。

思えば、この時から私は彼への想いを忘れて我が子へと愛情を注いでしまうようになったのだろう。

夫は、私が子供を出産すると同時に子供と命を引き換えにするかのように命を落とし、我が子を抱く事はなかった。
あれほど憎たらしい相手であったにも関わらず、私は彼の死に対して僅かに悼む気持ちすらあった。

何故なら、私にはあの子がいたから。
誰かを憎むと言う気持ちは、あの子が生まれた時にどこかへ落としてしまったのだろう。
だから、私は哀れにも子供を抱くことなく死んだあの老人を僅かに悼む事が出来たのだ。

そして、その事実に気がついた時、私は彼女を産んで本当に良かったと心の底から感じた。

それから数年程経ったときの事だった。
私は、彼が自分の元へ赴任してくると言う事を知らされる事となる。
その知らせを受け取った瞬間、私の心は年甲斐もなく高鳴った。
いや、私とて子持だとは言えまだまだ若い、それも当然だったのかもしれない。
それと共に私は急速に女としての自分を取り戻していった。
璃々との私生活や政務を行っていく上では、行事に出席する時程度しかしなかった化粧をし、少しだけ派手な衣装を来てみる。
せいぜいがその程度であったが、確かに私は昔のように彼を愛する気持ちを取り戻していた。
だと言うのに。


『久しぶり。相変わらず良い乳をしている。ジジイに揉まれてさらにデカクなったか?
むしろ、それに顔を埋めさせてください。ハァハァ、大丈夫、ちょっとだけへぶっ!?』


気がついた時には、憤怒と共に彼の頬を殴っていた。

数年ぶりに再会した彼は、すでに昔の彼ではなくなっていた。
まだ幼い娘に殺気を飛ばし、平然と私を痛罵する様な男に様変わりしていたのだ。
あの澄んでいたまなざしはすっかり鳴りを顰め、その眼は泥のように淀み穢れきっていた。

それは、あの魔窟と言って良い蜀の中央に彼を残して行ってしまった私のせいかもしれない。
私の良心は限りなく痛んだが、それでも娘を守る為に彼から距離を置いた。

この時、女になって彼に媚びて娘を捨てたのならば、あるいは私はまだ彼への思いを保てたかもしれない。
だが、私は娘に心を救われた母親だった。
どうしようもなく、母親だったのだ。
その為、私は彼が我が子に殺気を飛ばすたびに、子供を庇い遂にはなるべく彼の目の前に出さないようにした。
また、彼の態度を許容できなかった私は次第に彼との関係に亀裂を入れてしまうような言動をしてしまった。

ただ、そんな中にも救いはあった。
彼が色々な意味で昔と様変わりしていたのだ。
昔は、その、何と言うか性的な衝動を持ってしまった時は恥ずかしがっていたのだが、再会した彼はそう言う衝動に正直になっていた。


『はぁはぁ、幾らだ、幾ら出せばその胸を揉める!』


『なあ、女性兵士の下履きの裾をもっと短くしたいんだが? 具体的には太もも辺りまで』


特にそれは私を前にした時に顕著であった。
彼が暴走し、私がそれを止める。
そんな『いつものやり取り』とも言えるような事が頻繁に起こるようになった。

恐らく、それは彼なりの私との距離の縮め方だったのだろう。
そして、私はそれに甘えた。
いつしか、私と彼の関係は男女のものではなく、兄弟のそれに近づいて行った。
それに伴い、私にも僅かに残っていた女を忘れ、娘に一層の愛情を注いだ。

ただ、彼と我が子の関係は変わらず最悪であった。
彼が娘に気がついたら殺気を飛ばし、娘が彼に気がついたら泣きだす。
行動に差こそあれ、やっている事は相手の拒絶と殆ど変らないのに、何故か二人の溝は深まるばかりだった。

これに対して、私は何年も頭を悩ませる事になる。
正直、彼に会うたびに泣いてしまう娘が不憫だった。普段は人見知りをしない子なので、その異様さは目立った。

彼が娘を嫌っている理由は、私を奪った老人の娘だからというものだろう。
その気持ちは、一時期腹の中の我が子を呪った私にも分からなくもない。
だが、私は同時に産まれてきた命に罪はないと言う事を出産で知る事が出来た。
だから、出来る事なら彼にもその気持ちを知ってほしいと思った。

何故なら、誰かを呪うと言う事は、憎み続けると言う事はとても辛い事なのだから。

昔好きだった彼を、その場所から救ってあげたいと思ったのだ。
思い上がりはなはだしい上に、偽善ぶっていると言う事は分かっていた。
所詮、私も彼と同じような感情を抱いた同じ穴の狢だ。
もしくは、私は娘の為に環境を整えようと思っただけなのかもしれない。

でも、それでも、彼にその事を教えてあげたかった。

そして、その機会は、意外にも早くやってきた。
黄巾党や董卓討伐によって引き起こされた戦国と言う大きな時代のうねりが、それをもたらしたのだ。


『劉璋を討ちたいと思った事は、ありませんか?』


どうやら、曹操に敗れて諷陵という町に逃げ込んだ劉備を新たな王として迎え入れる機運が高まっているらしい。
侍女や文官として重用していた人物から持ちかけられたその話に、私に天啓が閃いた。

攻めてくる劉備を利用し、娘を彼に守らせるのだと。
何でも、私の周りの侍女には劉璋の寵臣達が忍ばせた者がいるらしく、劉備へと裏切ろうものなら忽ちに娘が人質に取られる事も考えられると言う話だった。
私は、娘を守る為に彼を利用し、同時に私の目的も果たそうと決めたのだ。


『…貴方しか、――しか頼れる人がいないの』


『…この悪女が』


『…そう罵倒されても構わないわ。それで貴方の協力が得られるのなら、いくらでも罵ってくれて良い』


『分かった。分かったよ、紫苑。俺が璃々の面倒を見よう』


最下層の娼婦が子を認知させる為に使うような言葉を口に上らせ、久しく呼ぶことのなかった彼の真名を汚した。
そこまでして、私はようやく彼の協力を取り付ける事に成功する。

その後は簡単だ。
当初の予定通りに、本日劉備に降伏した。

ただ、嬉しい誤算あった。
劉備様、桃香様と言う人間がとてつもなく高潔で、優しい人間であったと言う事だ。
確実に劉璋を超える器であり、表面上の言葉はともかく宴席で交わした言葉は私に真実この人に仕えたいと思せるには十分だった。

それだけではない。
宴の後、劉備と言葉を交わした彼の瞳が劇的に変わったのだ。
まるで、昔を思わせるような炎を灯した瞳。
その瞳を見て、私は彼と言葉を交わすのは今しかないと悟った。

これまで聞いて来なかった、娘への問題へ果敢に切り込んだのだ。
その結果、私は彼に抱きしめられた。

その後の行動は女慣れしていないのがありありと伺え、笑ってしまったが、抱きしめられたその瞬間に私の胸は高鳴った。
どうやら、母親一色に染まったと思われた私の感情にもまだ女が残っていたようだ。
ただ、同時にこんな私でもまだ好きでいてくれる彼に、心の底から感謝した。

正直に言って、今はまだ恋や愛と呼べるような感情は育っていないが、いつかまたその気持ちを思い出せるのではないか?

そんな思いを込めて呟いた。


『ありがとう、――』


恐らく、彼にも届いただろうその言葉。
私は逃げるように去っていく彼の背中を、自分で言った言葉の響きが消えるまで見守り続けた。

と、その時。


「けほっ、けほっ、けほっ!」


不意に、咳が込み上げて来た。
肺腑の奥から響くような咳だった。
明日から桃香様に着いて行くのにも関わらず、体調をこじらせてしまったようだ。
取りあえず、私は今日は眠りにつく事にした。
ただ、胸の中に温かい気持ちを宿して。


今日は、久々に良く眠れそうだ。


「こほっ、こほっ」


再び咳こみながら、私は自室へと踵を返したのだった。





あとがき
すごく感想が荒れる予感がしますが、投稿させていただきました。
露骨ではありますが、黄忠へのフォローといった感じです。
本来は外伝として挿話する予定でしたが、流れ的に一つにまとめた方が良いかなと少し長めの文章となっています。ご了承ください。




[28993] 八話
Name: 地雷G◆f20ef6c2 ID:d0675f60
Date: 2011/09/26 21:44


黄忠との恥ずかしい出来事からしばらく。
それからは、特にアイツとの進展はなかった。

ただ、桃香ちゃんは、それからしばらく城に滞在した後に巴郡を目指した。
黄忠の予想通り、俺は巴郡攻めには参加する事は無くアイツだけがこの城を離れて行った。

しかし、その時に問題であったのは、俺が城の一時的な城主に任じられてしまった事だ。

いやいや、あり得ない。
本来なら劉備軍の誰かが俺たちの上についておかしな動きがないか監視するはずだ。
だと言うのに、桃香ちゃんは「高忠さんなら、信頼できるから」と意味不明な言葉を残して出兵してしまった。
それに、将達からの反対もなかった為、さあ大変。
嬉しいやら、恥ずかしいやら、誇らしいやら。
正直、その瞬間にかなり舞い上がってサボリ癖がある俺としては珍しい程真剣に職務に励む事にした。
もし、これを狙ってやったのだとしたら、桃香ちゃんはかなりの策士である。


「はぁはぁ、腹黒い桃香ちゃん、はぁはぁ」


そう呟いた言葉は、むなしく部屋の中に吸い込まれて消えた。
現在、俺は桃香ちゃんに半ば無理やりならされた城主の仕事を行っている。
本来ならば俺と行動を共にしているはずの副官も、俺が城主になったせいで高忠隊の面倒を見なくてはいけなくなり、ここにはいない。
つまり、俺は一人で政務を行っているのだ。
文官の娘達も手伝ってはくれているのだが、如何せん敗戦処理のせいで仕事が山積みだ。
彼女達も自分自身の仕事で手いっぱいとなってしまっているので、俺を手伝いにこれていない。
その為、余分な事に思考を裂いている暇はないのだ。

無いのだが…


「少し、よろしいでしょうか高忠様」


その言葉と共に女が茶を持って部屋に入って来た。
その見覚えのある女の顔を見て、俺はげんなりとした気分になる。

張松。字を子喬。

璃々つきの侍女であるものの、文官としてもとても優秀で黄忠が城主であった頃はその才能を遺憾なく発揮していた女だ。
だが、俺が城主になると途端に態度を変えて文官の仕事を一切しなくなった。
俺の忙しさの要因の一人だ。
在任中に文官の重要職に付けておかなかった黄忠が恨めしい。


「あー、いや。今は忙しいから後にして貰えると助かるんだけど…張松殿?」


「おや? 劉備様に興奮する暇はあるのにですか?」


「うぐっ」


どうやら、この女。先ほどの溢れだした妄想を聞いていたようだ。
優雅に茶を置きながらも、その口元には嘲笑が浮かんでいる。
ただ、それ以外の表情は一切分からない。
何故なら、張松は自身の顔を口元以外仮面で覆っているのだから。

その理由は、自分の顔が余りにも醜いからと噂されているが、俺は詳しくは知らない。
ただ、その割には体つきが細身であり美しいので、俺は噂と正反対なのではないかと思っている。
むしろ、そのおっぱいは控えめではあるもののお椀形で美しい。
出来る事なら、今すぐにむしゃぶりつきたい。


「…胸を注視する暇もおありのようで」


「要件を言え、いえ言ってください。
それと、黄忠達には黙っていてください」


揶揄するかのような言葉に、俺はすぐさま頭を下げて舌手に出た。
何故だか、このまま続けると良くない事が起こる気がしたのだ。

と言うか、これほど見事なおっぱいが出てきたのなら、俺は大人しく負けを認めるしかない。

俺のその言葉に、張松は手にしていた茶を置くと含みを持たせるかのように口を開いた。


「璃々様の事なのですが…」


その言葉が聞こえた瞬間、最早条件反射のように俺は顔をしかめていた。
実は、黄忠がいなくなってから現在までの日数、俺は璃々の顔も見ていない。
もちろん、黄忠との約束である璃々の面倒をみると言う事を俺は忘れた訳ではないし、アレに会うのが嫌でわざと会いに行っていない訳ではない。
いざ面倒を見ようと言う段階になり、俺が尻ごんでしまったのだ。
正直、まだ時間が欲しいと言うのが本音だ。

そして、そんな俺にこの張松は速く会いに来いといつもチクチクと嫌味を言うのだ。

曰く「璃々様は貴方が怖いと仰っていますが、どう思われますか?」

分かっていた事だが、璃々からの俺の嫌われっぷりは本当に酷いようだ。
そりゃ、幼い子供が初めて会ったおっさんに殺気を込めて睨まれれば怖くなり、もう会いたくないと思うだろう。
恐らくは、事前に黄忠も色々と言い含めていたはずだが、嫌になるのは子供ゆえ、必然と言えるだろう。

けっ、俺だってお前なんかに会いたくないわ!
……ごほん、と冗談はともかくとして。

璃々も俺に会いたがっていない様子なのに、この張松は毎回せかしにやってくる。
それこそ、俺が璃々に会いに行かないことを知っているかのように。
そして、それを嘲笑っているかのように。

俺の心を擦り減らそうとする劉璋様…いや、劉璋側近の人間と断定するには早いかもしれないが、それでも俺に肯定的な感情を持っていないのは普段の態度からも明らかだ。
これからの行動には注意しておく必要がある。

俺はわざとらしくため息をつく張松の話を聞き流しながら、彼女を観察するべく眼力を込める。
だが、仮面を付けている事から表情を伺えないばかりか、時折揺れる胸に視線が集中してしまい、どうにも上手くいかない。

くそがっ! 男がその胸の至宝から逃げられない事を知って、わざと見せつけているんだな!?
いつか、絶対揉んでやるからな!!


「最近、お食事をあまり召し上がられないのです。夜もあまり眠られていないようで……高忠様、聞いていらっしゃいますか?」


どうやら胸に視線が集中してしまったのか、彼女は口元をひきつらせて俺に苛立たしげに問いかける。
…先ほどは、表情が分からないと言ったが、もしかしたら意外と分かりやすいのかもしれない。
何はともあれ、俺は上手い事話を合わせようと疑問に疑問で返す。


「…病か?」


「…いえ、恐らくは紫苑様がこれほど長い間お傍にいない事が無かったので、寂しいのでしょう。
それに、見知らぬ方が常に傍らにいては心休まる暇もありませんので、心労が溜まったのではと」


張松は一瞬、悔しそうに口元を歪めると、次いで縦板に流した水のように言葉を続ける。
そして、これ見よがしに「黄忠様からお世話を任されたと言うのに、ご存じないとは…」と深々とため息をついてみせた。

俺はその様子に一瞬にして自分の額に青筋が浮かぶのを感じた。
この女、初めて会った時からそうだが、俺に全力で喧嘩を売りに来ている。
うるせえよ、会いに行きにくいんだよ!!

現在、璃々は警護の為に高忠隊の女性兵士(淫売)を何名か付けている。
他の部隊から用いても良かったのだが、俺が一番信用しているのが高忠隊だ。
その為、一日中警護を付けているのだが、報告は密にさせている。
だが、彼女達は兵士であるので扉の外にいる事が多い。と言うか、殆どがそうだ。
後は、璃々がトイレや外に出た時に周りを警護する程度。
従って、詳しい事は良く分かっていない事もあるのだ。

ともかく、手の打ちようがない状況に自分がしたにもかかわらず、張松の目から見たら『俺が悪い』と言う事になっているらしい。
しかも、俺が良かれと思って付けた護衛が、璃々の負担となっていると宣う。


「…警護の者は減らせない。黄忠との約束だからな」


だが、それを減らすわけにはいかない。
もしかしたら、侍女の中にも劉璋側近の間者がいるかもしれないのだ。
警護を減らして浚われてしまったら、黄忠に面目が立たないし劉備軍は窮地に立たされる。


「…そうですか。所で、こんな噂を知っていますか?」


張松は俺の返事に気を悪くした様子もなく、不意に話題を変えた。
ただ、その口元の嘲笑は変化していないし、どこか不機嫌な時の黄忠を思わせるような威圧を放っている。
俺は、取りあえずどんな話題が来るか警戒した。
そして、彼女はその話題を口にする。


「どこかの誰かが璃々様を人質に黄忠様に言い寄っている、というものなのですが…」


「……」


俺の堪忍袋の緒がキリキリと限界まで引き延ばされる音が聞こえた気がした。

正直に言って、今、目の前の女を叩き斬りたい。

この糞女が言う噂とは、今実際にあるものではなく、これからこの女が流そうとしているものだろう。
その噂を流されなくなかったら大人しく人員を減らせとこの俺を脅しているのだ。

女の噂とは恐ろしい物が有る。

もし仮に、これが流されたらたちまちに城内の俺に対する認識は噂の通りになる。
下手すれば桃香ちゃんまで伝わり、下手をすれば俺は彼女の信用を失う事になる。
それに、単純に俺に対する嫌がらせで言っているのならば良いが、こいつが劉璋側の人間だとしたら…
マズイ。このまま璃々と確実に溝を深められ、最終的に璃々が向こう側の手の中に治まってしまう。
とは言え、こんな侍女の言う事を聞いていたら、埒が明かない。


「その噂、出所は知っているか? 不敬罪で首をはねる事にする」


俺が打てるのは、こんな見え透いた手しかない。
そして、張松は俺がそんな事を言うと分かっていたのか、益々嘲笑の色を濃くする。


「あら、怖い。ですが、そんな事をしなくとも良いように、私からご提案があるのですが…」


「…言ってみろ」


「はい、簡単な事にございます。警護の方は幸いにして全て女性。それならば、侍女になって貰えば宜しいのです」


「はあ?」


「そして、一度でも璃々様と仲良く遊んでいただければ、それだけで人懐こい璃々様の憂いを払う事が出来るでしょう」


「…………」


「それは、『誰でも』です」


俺はてっきり減らせと言われるのかと思ったが、どうやらそう言うわけではないようだ。
正直、劉璋側の人間であるなら、今のは警備の人数を減らす絶好の機会だった。
だと言うのに、わざわざ自分からその手段をとれないようにするとは…。
一体、何を考えている? 

さらに、彼女が言った言葉。
それは気のせいでなければ、俺へ向けて言われた言葉で間違いないだろう。
何を考えているのかよく分からない女だ。仮面のせいで表情が隠されているのが厳しい。

俺は戦場における策は捻りだせるが、政においては殆ど知識がない。その為、この手の駆け引きは大の苦手だ。
唯でさえ政務で疲れている頭がさらにこんがらがりそうだ。

俺は張松の考えが読めずに、しばらく無言で仮面を睨みつける。
すると、張松は恭しく頭を下げて見せた。


「それでは、そう言う事で」


そのまま部屋を出て行く女の後姿を追いながら、俺はため息をついた。
あの女の言いなりになるのは癪であるが、璃々が体調を崩しては意味がない。
ここは、大人しく言う事を聞くべきだろう。
俺は早速その旨を書いた書状をしたため始める。
それにしても、璃々の身辺警護についてたかが侍女に言いくるめられるなど、ほとほと自分が情けない。
確かに、俺は政務が苦手であるし、相手はそんじょそこらの文官よりも遥かに優れた人材では有るが、こればかりはちょっとまずい。
かと言って、今更勉強しても既に手遅れだろう。

そして、そもそも璃々について俺が乗り気でない事も原因の一つだろう。

そもそも、俺と璃々との関係は非常に希薄だ。
顔を合わせた事は何度かあれど、話した事など一度も無い。
ただ、一方的に俺が璃々を憎み、璃々は俺を恐れる。

そんな関係は改善のしようがあるのだろうか?

その答えは何時までも出ないままであった。
気がつけば、もう昼時。
そろそろ休憩をしても良いかもしれない。

俺は執務室に積み上げられた竹簡を見ないようにしつつ立ち上がった。

行先は城内の厨房。
正直、あまり褒められたことではないが、俺はちょくちょくそこに顔を出して食事を取っている。
一応城主になったのだから、毒見が済んだ料理を食べなければいけないのだが、俺はそれをしていないのだ。
自分は毒殺されないなどと考えているのではなく、単純に好みの問題だ。

将として問題のある行動かもしれないが、貧民屈育ちの俺としては温かい飯と言うのは何物にも代えがたい御馳走だ。
食べられるのなら、そちらの方を食べたい。
そう言えば、璃々の奴は食事を取らないらしいが、実にけしからん。
食事とは食べられる時に食べておくものだ。


「さーて、それじゃあ食事に行こうかね」


俺は誰にともなくそう呟く。
その直前に、副官に「出来るだけ早く、そう昼の食事を取られる前までに終わらせておいてください!」と言われたものがあった事を思い出すが、まあ後で良いだろう。
とてもではないが、仕事をする気分ではないのだから。
そして、俺は執務室を出た。

執務室を出ると、そこには長い廊下が続いている。
食堂は、ここからだとそれなりの距離を歩かなくてはならない。

この様な時に、城は大き過ぎると感じる。
と言うか、賓客を迎える為に正面の方にこそ派手に作るべきだと思うが、実務を取り行う裏側はもう少し狭くても良い気がする。
資料などを取りに書庫に行くにしても距離が離れている為、やりにくい事この上ない。
まあ、全てグチにしか過ぎないのだが。

そうして、俺が歩いているその時だった。


「…あん?」


ガサリと近くの茂みが揺れると共に小さな人影が俺の目の前を横切り、そしてちょうど正面で転倒した。


「あうっ!?」


べチリと凄まじい音が辺りに響く。
俺は溢れそうになった殺気を咄嗟に抑えつつ、倒れた相手を見た。

どうやら、顔面から倒れ込んだようでうつ伏せのまま動く気配がない。
見ているだけで痛そうだったので、実際に倒れた方は堪ったものではないだろう。

そして、俺はその倒れている相手を観察こそすれ、手を差し伸べる事はしなかった。
いや、出来なかったと言うべきか。
何故なら、俺は倒れた相手を見て言葉を失って茫然と立ち尽くしていたのだから。

そう、その相手と言うのが他でもない、璃々だったのだから。

今まで散々殺気を飛ばすと言う大人げない行為をしてきた俺だ。
黄忠の手前、なんとか歩み寄っていこうと決めたものの、踏ん切りがつかず会っていないのでどんな反応を返せばよいのか分からない。

そもそも、俺はどの面下げてこの子と対面すれば良いのか? などと様々な事を考えて結局会わずじまい。
俺としては今日この時に会う事など想定していなかったので、余りの事に思考を停止させてしまったのだ。
勿論、殺気を出す様な余裕もなく、俺は混乱していた。

そうこうしている内に、不意に璃々が立ち上がった。
いつも俺の殺気で泣いているにもかかわらず、彼女は打ちつけた顔面や擦り剥いてしまったらしい血が滲む膝が痛いであろうに声を上げて泣く事はなかった。
とは言え、それでも痛かったのだろう涙目になっている。

と、そこで漸く俺と言う存在に気がついたのか、彼女は顔を上げてハッとなって俺を見上げた。
顔面からいった為か、僅かにその黄忠の面影を強く残す顔の鼻が赤くなっており、擦り剥いたらしい膝からも出血していた。
璃々は怯えたように、一瞬身を竦ませたものの足や顔が痛いのか、立って逃げる事も泣きだす事もしない。

いや、泣かないのは俺が殺気を出していないからか。

俺は、知らず知らずの内にゴクリと生唾を飲み込んだ。
璃々はどうやらかくれんぼでもして遊んでいた途中だったのか、周りに侍女の姿は見受けられない。
護衛の姿は視界の端にあるものの、何を考えているのかこちらへ近づいてくる様子もない。
恐らく、俺が何か行動を起こすのを待っているのだろう。
ともあれ、俺の目の前には二つの選択肢がある。


一つは、全てを無かった事にして無視して通り過ぎる事。
これが一番無難な手かもしれない。
俺も特に気にする必要はなく、璃々も怪我はしたもののどうせすぐ護衛が駆け付ける。
特に変化はなくこのまま黄忠の帰還を待つ。


そして、もう一つはこの場で璃々に手を差し伸べる事だ。
可笑しい事ではない。目の前で倒れた子供がいたのならば手を差し出してやっても良いだろう。
だが、俺が今更手を差し伸べていいのか、とも思う。
さんざん敵対しておいて、今更手のひらを返すなど厚顔無恥ではないのかと。


と言うか、こんな膝を擦り剥いて涙目になっているただの子供に、俺は今まで何をしてきたのだろうか。
こんな唯の子供に怖いだのなんだの、そんなものはただの八つ当たりだ。
そんなバカな俺は、今更この子に手を差し伸べるに値する人間なのか?
そう考えると、二つ目の選択肢は取れない。

…ここは、無難に無視して立ち去るか。
そもそも、まだ会う踏ん切りがついていなかったのだ。仕切り直しても良いだろう。

そう判断した俺はそのまま璃々から視線を逸らそうとして――


「あ――」


彼女の鼻から血が垂れるのを見てしまった。
どうやら、顔面を強打したせいで鼻血まで出てしまったようだ。
咄嗟に手で拭うものの、血は止まらず次から次へと溢れて彼女の顔を血で染めて行く。
そして、遂に堪え切れなくなったのか、璃々は声を上げずにぽろぽろと涙をこぼし始める。

その姿を見て、俺は頭を抱えたくなった。
どれほど嫌いで苦手な相手でも、その姿は幼い子供で流石の俺にも憐れみを誘った。

ここまで御膳だてされると言う事は、もはやこれは神の意志なのかもしれない。
そう割り切った俺は、無言のまま咄嗟に行動に移した。


「え? ――わっ!?」


俺は、なるべく丁寧に璃々の体を抱き上げるとそのまま医務室へと足を向ける。
医務室は厨房と同じ方向だ。
俺は、たまたま拾った璃々を厨房にいくついでに医務室へと届けるだけだ。

そう、自分に言い聞かせた。


「は、はにゃして!」


鼻血の為に上手く喋れないのか、璃々が俺の腕の中で暴れながら叫ぶ。
ただ、その力も弱く膝が痛いのか足も動かしていない。

璃々は意外なほど重かった。
今まで子供など抱き上げた事もないから知らないが、重かったのだ。

俺はただ無言のまま彼女を医務室まで運んだ。

今回の事は、たまたまだ。
もう、同じような事はあり得ない。
何故なら、俺には璃々を受け入れるだけの器が無く、璃々も俺に近づく事を良しとしないはずだ。

だから、この話はこれで終わり。
俺は璃々と二度と触れ合う事はない。


そう思っていたその日の夜、璃々が倒れたと言う知らせが俺の元に届いた。



あとがき
そんな訳で留守番編です。
黄忠や劉備の出番は少しお休みで、城の内部での話がメインになります。
また、ここから張松を筆頭に何人かオリジナルキャラクターが出てきますがご了承ください。

…此処だけの話、璃々の動かし辛さが半端ないです。



[28993] 九話
Name: 地雷G◆f20ef6c2 ID:d0675f60
Date: 2011/10/03 21:57


医者に見せた結果、璃々は疲れが出たとのことだった。
正直、あの時の怪我のせいかと思ったが、医者曰く気が休まらないと幼い子供は病にかかってしまうそうだ。
現に、城下の町でも何人かの子供が璃々同様に熱を出している者がいるようだ。
璃々も熱を僅かに出し、現在は侍女総出で面倒を見ている。
ちなみに、これ以上負担をかけないように張松の要求通り、高忠隊で警護に就く者は侍女の装いをさせることにした。
確かに、こちらの方が警護を自然と行う事が出来る上、璃々の負担になる事も無いだろう。

ともあれ、今回の話は一応、多分、ひょっとすると城主である俺としては、その事が初耳である事に盛大に冷や汗をかいた。
もし、仮にこれが子供たちのモノではなく、伝染病の類であったのなら本当にやばかった。

初期段階での対処が出来ない事から、確実に町全体に病が広がっていた。

俺はなるべく城に篭もって政務をするだけではなく、何とかして城下の情報を入手する事にしようと誓った。
少し前まで、ただの将に過ぎなかった時は巡察や休日に町に行き、自ら情報を仕入れていたから良かったが、今はそうはいかないので難しいところだ。
部下からなんとか情報をくみ上げるか。
やる事が山積みになってきて、はっきり言ってそろそろ俺の頭の容量が限界だ。

ら、らめええええええ、溢れちゃうのおおおおおおお!! と言った感じだ。

それに、璃々の周りの侍女の出自について、特に張松についても調べさせ始め無くてはいけない。
少しずつ劉璋側の人間をあぶり出していかなければ、先に行動を起こされてしまう。

ともあれ、その日の深夜に俺は早速璃々の見舞いに赴いた。
はっきり言って翌日に見に行っても良いのだが、どうせ張松に妨害されるのだ。
嫌な思いを朝から抱えていたくはない。
それに、俺は一応黄忠から璃々を任された身だ。見舞いは嫌でもしなければいけない。

俺はそう決断して、璃々の部屋に向かったのだった。



「あ、隊長、どーもー」


「よう」


部屋の前には、侍女の装いとなった俺の部下の女性兵士がいた。
彼女は俺に気がつくと、俺に向かって小さく手を振る。
俺もそれに対して軽く手を挙げた。
本来ならば城主の俺に対して拱手して挨拶してしかるべきなのだが、基本俺を尊敬していない彼女達は実に軽く挨拶をすませる。
それに不満が無いわけではないが、何度言ってもそれを直さないのでもう諦めた。
ともあれ、俺は部屋の扉の前で警護の任務に当たっている彼女に近づいて行く。


「警護おつかれさん。他の奴らはどうした?」


「美紗と鈴音が中で看病してます。他の娘達は、今は休憩中です」


「そうか…それにしても、珍しくまともな格好をしているじゃないか」


俺はそう言うと、彼女の恰好をマジマジと見た。
彼女は、普段からかなり肌が露出する服装を好み、女官服のように落ちついた衣装は滅多に着ない。
それを知っているからこそ、俺は嫌味で言ったみた。
すると、途端に彼女の顔が険しくなる。


「…したくてしている訳じゃないですよ。だいたい、隊長、あの張松とか言う女は何様なんですか?」


「おいおい、そこまで肌の露出が少ない服を着るのが嫌か? …まあ、確かにアイツから提案してきたんだが…。
俺としては、堂々とおっぱいを視姦出来るからいつもの恰好でも文句はないんだがな」


「死ね、童貞。そうじゃなくて、初めて会った瞬間に私の恰好を見て、『下品ですね。高忠様と同様に璃々様の教育に悪いので、こちらに着替えてください』とか言って来たんですよ!?
一応、隊長はこの城の城主でしょう? いくらなんで失礼過ぎません? てか、隊長の方がはるかに存在自体が下品ですよね!」


「お前の方が失礼だよ! っと、その張松は何処だ?」


「…今、中で璃々様の世話をしてますよ」


「そうか、じゃあ面会しても良いか聞いてきてくれ」


「はぁ? なんで、一々あの女の支持を仰ぐんですか? 隊長は城主なんですから、さっさと中に入っちゃえば良いじゃないですか」


「いや、お前達は璃々が俺を嫌ってるって知っているだろ」


「はあ、まあ仕方がないですね。てか、璃々様に嫌われているのって自業自得でしょうに、この寝取られ野郎」


「ぐはぁぁああああっ!!??」


彼女はグチグチ文句を言いつつ盛大に俺の心に傷を負わせながら、室内に入っていく。
と言うか、あいつは俺が一応この城の城主だと言う事は分かっているんだろうか?

…分かっているんだろうな。
と言うか、副官に代表されるように高忠隊は全体的に俺に対する敬意がない。
まあ、今に始まった事ではないが。
と言うか、早く出てこないものか、どうせ断られるんだからさっさと帰って休みたいのだ。

そう考えていると、すぐに彼女は戻ってきて不機嫌に口を開いた。


「入っていいそうです」


「あー、やっぱりね。それじゃあ俺は帰るから…って、え?」


いつもの如く、同じ言葉が返ってくると思っていた俺は、いつもの対応を取ろうとして言葉の途中で固まった。

待て、いまこいつはなんと言ったか?

俺がまるで石像のように固まったのを見ると、彼女は呆れたようにため息をつく。


「だから、入って良いそうです。今は璃々様は寝てますし、顔だけでも見て行けってあの女が…」


「おいおい、マジか、それ…」


俺は様相がいの事態に顔をひきつらせた。
正直、追い返されると思っていたので何の見舞いの品も持っていないし、心の準備も出来ていない。
むしろ、追い返された方がはるかに楽だった。


「ほら、何しているんですか? さっさと入ってくださいよ」


「いや、無理無理無理! やっぱ帰るわ、俺!」


ぶちゃけ、俺は臆病風に吹かれた。
今更なのに、なんだか璃々の顔を見る事が以上に難しいことのように感じられたのだ。
そして、俺は即座にその場から離れようとした。

しかし、案の定彼女がしっかりと俺の服を掴んでいた為、それが出来なかった。


「はいはーい、良いから行きましょうねー。
ってか、人に会いたくもない奴に聞きに行かせておいてそれはないでしょ、このヘタレ」


「へ、ヘタレで良いもん! それでも会いたくないんだもん!」


「うわーっ、大の男が『もん』とかないですよ…それに、良いんですか?
もし、入らないなら隊長の春本の場所を全部隊の男どもに見せますよ?」


俺はその言葉に抵抗を止める。
何故、こいつが俺の春本の隠し場所を知っているかとつっこんでも良いのだが、恐らくは無駄だろう。
むしろ、ここ数日執務室にこもりっぱなしで自室を空けていたので、その間に入りこんだのだろう。

それよりも、春本が隊の男連中の手に渡る事が問題だ。
確実にどこかのページが白い液体で汚されるだろうし、下手をすればどこかのページが破かれている事だろう。
ましてや、副官の手に渡ってしまったのなら最悪だ。
今現在、隊の仕事を全て押し付けているので、怒りが溜まっているだろうアイツならそこらへんの本屋でそれを売って、自分好みの春本を買い直すぐらい簡単にする。
それだけは、それだけは避けねばなるまい!
俺の宝の中には、もう今では手に入らない秘蔵の品が有るのだ!!
唯でさえ貴重な本だ。それが秘蔵の品となれば高く売れるので、アイツは嬉々として売りに行くだろう。

いかん、それだけは避けねばならない!!

だが、だからと言って璃々似合うわけには……!


「良い加減、廊下で騒ぐのは辞めていただけませんか?」


不意に聞こえた声。
振りかえると、そこには相変わらずの仮面を付けた張松がいた。
どうやら怒っているのか、その口火元は不快気に歪んでいる。
彼女は、くりぬかれた仮面の目元から覗く瞳で俺を射殺さんばかりに睨みつけた。


「璃々様は、先ほどようやく眠りにつかれたのです。
ここで騒がれると迷惑です。それに、高忠様は見舞いに来て下さったのでしょう? 早く中に入ってください」


そして、彼女は俺の服の裾をつかむと問答無用に引きずりだした。
将である俺ならば容易く振り払える力であったが、何故か必死な様子な張松のせいで出来なかった。
むしろ、なすがままに引きずられてしまう。
咄嗟に助けるような視線を彼女に向けたが、ただ鼻で笑われただけだった。

ともあれ、俺は無理やりとは言え無事に室内に入る事に成功したのだ。

室内には、俺の部下の兵士の他に何人かの侍女がいた。
彼女達は俺が部屋に入ったのを見ると、まるで幽霊でも見たかのように驚き目を見開く。
気まずい沈黙が流れた。

そんな中、真っ先に動いたのは女性兵士の二人だった。


「ちょっ! まじで隊長が来ちゃったよ鈴音!」


「落ちついて、美紗。璃々様の前で殺気を振りまくことないなんて、あれは隊長の偽物よ!」


「やかましい。静かに騒ぐとか、器用な真似をするな馬鹿者ども」


俺がそう吐き捨てると、彼女達は「「きゃー、こわいー。じゃあ、私達そとの警備に戻りますね」」と棒読みで小さく悲鳴を上げ、そそくさと室外に出て行く。
俺はそれを呼びとめようとするが、その前に掛けられた張松の言葉によって遮られた。


「こちらの寝台に眠っていらっしゃいます。熱はお医者様の薬で下がったようです」


そう言って彼女は俺の裾を離し、奥の寝台へと進んでいく。
どうやら、そこに璃々が眠っているようだ。
俺は彼女の動きを目で追っていきつつ、こっそりと室内の様子を確認した。
恐らくは璃々の看病のためだろうか、彼女の額に水で濡れた布を載せている侍女のほか何名かの侍女が働いていた。
彼女達は動きに一切の無駄がなく、立てる音も最小限。
会話もする事も無い為、ほぼ無音と言える空間が広がっていた。

なんだか、自分がすごく場違いな場所に居る気がしてならない。

俺は顔が引きつるのを感じつつ、なんとかその光景から顔をはがすと張松が覗いている彼女の寝床の傍まで歩み寄る。
何故だか、そこには張松に無理やり連れて来られる前までの忌避感はない。
すると、布を乗せていた侍女が俺に対して一礼し、張松に声をかける。
良く見ると、その次女は黒い髪に愛らしい顔をしていた。
少しお姉さんっぽい雰囲気も相まって、ぶっちゃけ好みだ。


「あ、高忠様を連れていらしたのね。ありがとう、閉月ちゃん」


「いえ。それよりも姉さん、先ほどからずっと水に手をつけていて大変でしょう。交代します、他の方と一緒に下がっていてください」


そう言うと、その侍女ちゃんは布を張松に渡し、俺にもう一度一礼をする。


「高忠様、私は張粛と申します。他の侍女ともども隣室で控えておりますので、何か御用が有ればお申し付けください」


そう言った彼女は、他の侍女たちに目配せをして部屋の外へと消えて行った。
俺は、彼女の背中をしばらく見送っていた。
すると、やや不機嫌そうな声で張松が口を開く。


「…私の姉に見とれるのも結構ですが、璃々様の見舞いにいらしたのではなかったですか?」


「あ、うん、そうだった」


俺は慌てて意識を引き戻した。
正直、張松の姉と聞いて何の冗談だよと思わなくもないが、彼女に意識を裂くのはまだ先で良いだろう。

それよりも今はさっさと目標を果たしてしまおう。
まあ、たかだか子供に会うだけだから。
取りあえず、そう自分を納得させると、俺は寝台に眠っている彼女を見る。


そこには、苦しそうに眉根を寄せて眠る一人の子供がいた。


誰かにとても良く似た紫苑の髪。
常に二つ縛りにされているそれは、今は解かれて白い寝台の上に広がっている。
普段は、それ程長いと感じさせないがこうして解かれた物を見ると意外と長い。
そして、それゆえに余計に昔の彼女の姿を感じさせる。


「…………」


言葉が出なかった。
本当に自分の前にいる無垢な存在が、殺気を飛ばすほど嫌っていた存在なのか、恐れていた存在なのか、自信が持てなくなった。
思考がまとまらない。
脳髄をぐちゃぐちゃにかき回される様な感覚と共に、世界が回る。
自分の足で立てているのか、それすら分からなくなる。

そんな時だった。



「……おかあさん」



ポツリと呟かれた言葉。
それは彼女の母である黄忠、いや紫苑を呼ぶ声。
辛い夢を見ているのか、彼女は眠っているにも関わらずくしゃくしゃに顔を歪める。
その閉じられた眼の端から涙が溢れ出した。


『――――大丈夫だから』


まともな神経を持ち合わせている者ならば、そう言って眠っている少女の手を握ってやるのだろう。
まあ、今まで散々殺気を飛ばしてきた身としては、今更そんな事はできないのだが。
それに、俺がそんな事をやらなくても璃々ならばそのような事をしてくれる存在は山ほどいるだろう。
現に、張松は悲しげな声で「璃々様…」と彼女の名前を呼んで、その手を握ってやっている。

何故だか、今更になって自分がそれを出来ない事を後悔する気持ちが出てきた。
俺は、いったい今まで何をしてきたのだろうか?

俺は何となく居たたまれなくなって、璃々の手を握り優しく背中を撫でてやっている張松に問いかける。


「いつも、こうなのか?」


すると、張松は落ちついてきた璃々の体からそっと手を離すと、俺へと向き直る。


「ええ、親との別離とは大人である我々にも辛いもの。
況や、子供である璃々様には……受け止めきれなかったのかもしれません」


…そう言うものなのか。
俺は気がつけば貧民屈で残飯を漁っていたので、親との別離なんて存在しなかった。
そもそも、貧民屈ではそれまで仲が良かった奴が突然翌日から姿を消す事はざらにあったのだ。
黄忠と分かれた時も辛いと言うよりは劉璋様や■■の糞ったれや自分への怒りが大きかった。

だから、そこまで実感が有る訳ではないが、現に璃々はこうして隊長を崩すばかりか母が恋しくて眠りながら泣いている。
こいつにとって、黄忠と分かれると言う事はそこまで大きな衝撃だったのだ。


「……ですが、私は貴方に感謝してもいるのです。今日の昼、怪我をした璃々様を医務室に運んで頂けたとか」


思考に没頭していた俺だが、不意に張松に言われたその言葉に驚き、顔を上げる。
張松は痛ましそうな目で璃々を見つめつつ、口を滑らかに動かす。まるで、元から俺にそれを言うことを予定していたかのように。


「璃々様はとても不思議がっていらっしゃいましたが、不快な御様子では有りませんでしたよ」


「…そうか」


俺がそう呟くと、張松は安堵したように息をつく。
俺は何も言えない。
こんな俺が今更、この子供に何かしてやる資格があるのか。
ただ、その疑問だけが俺の心に暗い影を落とした。


「…また、いらしてください」


俺はそんな彼女の言葉を背に部屋を出た。
璃々の寝室を出ても、答えは出ないままだった。





あとがき
短いです。
今回はつなぎの話ということでこんな感じで。
むしろ、張松と張粛の姉妹を出したくて書いた感じですw



[28993] 十話
Name: 地雷G◆f20ef6c2 ID:d0675f60
Date: 2012/01/18 19:36
璃々は、その翌日には元気に回復したらしい。

そう護衛の兵達に聞いた俺は、取りあえずこれ以上璃々に干渉をする事がないようにした。
部屋に顔も出さず、取りあえず護衛から様子だけを聞く。
そんな風にして、顔を合わさないようにしたのだ。

ただ、俺のそんな気遣いも効果を成さず、その後も璃々は余り食事を食べないようになり、料理長を悩ませる事となった。
まあ、侍女たちが何とか粥程度は食べさせようとしているようだが、いつか根本的に解決しなければいけないだろう。

その一方、政務の方も何とか普通に機能できるようになって来た。
文官の者たちとの連携も少しずつではあるが向上してきているので、このまま何もなければ通常の業務には支障はないだろう。

さらに、先日桃香ちゃん達がそろそろ巴郡につくので、厳顔と事を構え激闘の末に下したという書状が届いた。
今頃は巴郡では、宴が繰り広げられている事だろう。
まあ、劉璋の馬鹿が兵を成都に集中させてしまっているらしい現在、厳顔に万に一つも勝ち目はなかったとはいえ、めでたい事に変わりはない。
厳顔が破れた事により、劉璋軍の中でも中央の佞臣どもに今まで煮え湯を飲まされ続けてきた地方の将達が次々と反旗を翻してきている。
その為、成都に集まるはずだった兵の殆どは劉備軍へと流れている。
それにしても、本気で劉璋の考えている事が分からない。
佞臣どもが唆しているのは分かるが、今更成都に兵を集めた程度で最早劉備軍は止められないだろう。
どうにも腑に落ちない。
だいたい、事此処に至ったならば劉璋が『アイツ』を使わないはずがない。
今でこそあの糞女は劉璋に遠ざけられ、監禁されているが元々はかなり重用されていた、
どうにも嫌な予感がする。


どうか、このまま何事も無く終わってくれないか。


そう俺は願っていたのだが、世の中はそう上手い事出来ていないようだ。
俺は自分の目の前で少し怯えたようにこちらを見てくる璃々を見て、頭を抱えたくなった。


「それでは、璃々様気をつけて行ってらっしゃってください」


「うう、本当に閉月(へいげつ)はついてきてくれないの?」


「はい。今日は璃々様と高忠様だけです。護衛につきましては、高忠様にお願い致しております。
そもそも高忠様は劉璋の近衛出身でいらっしゃいます。確実に璃々様を守って下さるでしょう。
そもそも、侍女たち皆で行きますと、周りに迷惑になりますからね」


「あう、それはそうだけど…」


璃々は張松の真名で彼女に呼びかけるが、如何せん張松は端からついてくるつもりが無いのか、すげなくされる。
それに対し、璃々は再び俺の方に視線を向けるが俺と目が合うと、再び勢いよく逸らしてしまう。
張松はそれに対し、俺に目配せをしてから璃々の耳元に何かを囁きかける。
すると、璃々は思わず目を剥いた。


「…本当?」


「ええ、ですから安心して行ってきてください」


「うん、分かった」


何を言ったかは知らないが、璃々は納得して俺の方に寄ってくると、恐る恐る俺に声をかけた。


「えっと、……よろしくおねがいします」


「ああ、行こうか」


俺はそれに簡潔に返し、璃々と共に城を出て市へと向かった。



そもそもの始まりは、今朝。
突然、張松が張粛を伴って俺の執務室へ押し掛けてきた事だった。


「…璃々を市に連れて行け、だぁ?」


「はい、お願いします。
そのようにすれば、璃々様の気分も晴れるのではと申し上げた所、行ってみたいと仰せになったので」


俺は、彼女のそのいきなりの言葉に面食らった。
正直にいえば、俺はまだ璃々にこれからどのように接すれば良いか分かりかねていたからだ。
その為、その提案は出来る事ならば避けたいものだった。


「なんで俺が。護衛を連れてお前たちで行けば良いだろう」


「…それは、そうなのですが」


「だいたい、俺と行った所で気晴らしにはならないだろう」


「そうでしょうね。このままでは何時まで経ってもそうでしょう」


「ちょっ、閉月ちゃん! 流石にそれは…」


張松がそう言い切ると、張粛は少しだけ慌てたように彼女を止めようとする。
しかし、彼女はそれを瞳で制すると、再び俺に目を向けた。
その瞳は、苛烈な光を宿していた。


「だからこそ、それをそのままにしておく訳にはいかないのです。
改善する努力をしなければ、関係が修復されないのは当たり前です。
皆の為にも、少し努力をしてください!」


俺は、張松が大きな声を上げるのを初めて目にした。
常に冷静沈着、仮面をつけている為にどこか得体の知れない女であったはずの彼女が、こうまで熱くなるとは。
…これも璃々の為なのだろうか?

俺は何となく意地汚くもそう思った。
少々子供っぽい事だが、俺は未だに璃々に対するわだかまりが消えないからか、彼女のその言葉に嫉妬した。
だから、心ない言葉が口から滑り出てしまう。


「それは、また璃々の為か?」


俺がそう言った瞬間、彼女は間髪いれずに声を上げた。


「そんな訳ないでしょう!! 少しはご自分の周りに目を向けられるべきです!!」


「あん?」


「へ、閉月ちゃん。落ちついて…」


そのあまりの剣幕にいくつかの修羅場を超えてきたはずの俺が容易く気押されてしまった。
まるで、町のおばちゃんのようだ。
俺のそんな考えはさておき、姉である張粛に声を掛けられた張松は、その言葉に次第にその激情を治めていく。
そして、しばらくして落ちついたのか今度は冷静な声で俺に謝罪をしてくる。


「…申し訳ありません。少し感情的になり暴言を吐きました」


「わ、私からも謝ります。申し訳ありませんでした、お怒りとは思いますがここは張松の話を聞いてやってください」


「ああ、いや、怒ってはいない。ただ、その、少しだけ驚いた」


ついでに張粛にまで頭を下げられてしまい、どうすば良いか分からなくなってしまった俺は取りあえず頷いた。
ともあれ、どうして張松がここまで激情を露わにしたのか、それが少しだけ気になった。
張松は、俺のその言葉に少しだけ沈んだようであったが、張粛に促されるとゆっくりと今度は落ちついた声音で話し始める。


「…申し訳ありませでした。ですが、一つ高忠様に申し上げて置きたい事がございます。
この城の現状についてです」


「現状?」


俺は張松の言葉に首をひねる。
正直、彼女の言いたい事に皆目見当もつかなかった。


「この城は、現在高忠様配下の者たちと紫苑様、黄忠様の配下の者たち、この二種類の者たちがおります」


「ん? まあ、そうだが」


「現在、劉備軍の配下となりましたが、この体制は劉璋配下の時と大きな変わりはありません。
その為、現在も政務が回せていると言うのが現状です」


それは、俺も知っている。
俺がなんとか政務をこなせているのも、元々の体制をそのまま利用している為でもあるからだ。
そもそも、主が変わったからと言って抜本的な改革をする必要は、この城に限って言えばする必要はない。
この城は劉璋配下の爪弾き者があつまる場所で、元々劉璋の側近たちのそれと違い、かなり健全な政務が行われていたからだ。


「ですが、現在と以前とでは大きく異なる事があります。
それは、城主が高忠様に変わったと言う事です」


「…俺が、何か悪い事をしたか? 確かに、俺に城主としての才覚はないかもしれないが、現状では失策を取ってしまったと言う事はないはずだが…。
それに、それと一体璃々と市に行く事がどう繋がるんだ?」


俺は何となく自分が攻められている様な気がして、少しだけキツイ語調で張松に問いかける。
すると、彼女は今度は激昂することなく、ゆっくりと首を振った。


「いいえ。高忠様はむしろ武官であるにも拘らず、懸命に仕事をこなされていて立派であると思います。
劉備様やその側近の方々からの覚えも目出度いですし、ここ最近では名実ともに城主になられているように見受けられます」


突然の高忠の褒め言葉に、俺は照れくさくなる。
先ほど怒鳴られたばかりだと言うのに、褒められて悪い気はしないので、俺も大概単純な男だ。


「ですが、その一方で高忠様だからこそ生じてしまった問題があるのです」


「問題?」


「はい、それは元々紫苑様の配下であった者たちの潜在的な恐怖です。
これまでは紫苑様が城主であったので、その者たちや高忠様の配下は平等であると皆感じてきました。
ただ、ここに来て紫苑様配下の者たちはもしかしたら、自分達はこれから冷遇されるのではないかと言う不安を抱いているのです」


「はあ?」


正直に言って、よくある話ではないかと思う。
新しい城主に対する不安の一つで、時間で解決していけば問題のない事の様な気がする。
それに、それと璃々に何の関係が……。

そこまで、思い至った時俺はある一つの答えが出てきた。


「まさか…」


「そうです。ここで、彼らの不安を裏付けるような形となってしまっているのが、璃々様です。
高忠様が璃々様を嫌っていらっしゃるのは、悪いですが、この城の者たちには周知の事実。
そのため、自分達にまで累が及ぶのではと考えている者がいるのです」


「待て待て待て! 確かに、そう言えなくもないが、俺はこれまで黄忠派の奴らともいさかいなくやってきたぞ!?」


「そうですね。ですが、それは紫苑様がいらっしゃっり、貴方の事を擁護しつつ城主という立場から押さえていたからです。
しかし、今は貴方が此処の城主です。貴方と親交の深かった者は貴方の人柄をよく知っている為、疑う事はしないでしょうが、必ずしも全員がそうではないでしょう。
少なくとも、私はそうでした。
そして、そう言った者たちが貴方と紫苑様との間に何があったのかなど、知り得ません」


確かにその通りだ。
俺は中には、親交を持っていない者もそれなりに居る。
また、韓玄がこの城の前の前の城主であったこともあり、黄忠が積極的に吹聴していなかった事から、俺との関係を知っている者はそれ程居ないだろう。


「疑問に思われた事はありませんか? 
何故、私が急に文官としての政務を取り行わなくなったのか?
それは、私と言う黄忠派が貴方に再び政務に戻るように請われる事で、貴方が黄忠派も重用していると知らしめるためです。
ですが、現状ですと予想以上に貴方の能力が高く、私がいなくとも問題なく政務が回ってしまっていて、この策はあまり効果を成しませんでした。

そして、この策が使えないとなると残された手は一つなのです。

それこそが、黄忠派たちを安心させる為に、璃々様との仲を深めると言う事なのです。
今まで蛇蝎の如く嫌っていた璃々様との仲を修復する事が、周りへの平等に扱うと言う事の宣伝となるのです。

そして、これは身内に対してだけではなく、外部にも効果が有ります。

正直、劉璋の佞臣どもも二人の不仲はご存じでしょうし、城の現状を利用して内応を働きかける事も十分に考えられます。
ですが、璃々様と高忠様の様子が知れれば早々に諦める事でしょう」


そこで張松は言葉を切った。
正直、身に積まされる話であった。
俺は今まで完全に個人的な感情で璃々に対する態度を決めていた。
それこそ、自分の態度が周りにどのような影響を与えるかなど考えた事もなかったのだ。
今までは、劉璋に惰性で仕えてきたから、黄忠が城主として存在していたから良かったかもしれない。

だが、これからは、桃香ちゃんに誠心誠意仕えると決めた今は、それではいけないのだ。

俺の無責任な行動が桃香ちゃんの迷惑となり、もしかしたら彼女を潰してしまうかもしれない。
あの夜に感じた誰もが寄り掛かれる優しい桃の大樹を枯らしてしまう事になるのだ。


それだけは、それだけは、絶対にしたくない。


璃々にも色々と思う所はあるし、今まで酷い扱いをしていた俺が厚かましく感じられもする。
だが、それでも桃香ちゃんの為ならば、俺はそれらを全て無視して、璃々と手を取り合わなければいけないのだ。
俺はあの時舞い上がって、桃香ちゃんに忠誠を誓ったが、その実忠誠を誓うことへの覚悟が足りていなかった。

今更ながら、凄まじく恥ずかしい。

だが、ここで正さなかったら生涯この恥と付き合っていかなくてはいけない。
ここが、覚悟を決める瞬間なのだ!

俺は、ともすれば震えてしまいそうになる唇を噛み締めて、声を絞り出す。


「……分かった。昼食を食べるついででも構わないだろうか? …政務が、終わりそうにない」


「…ええ、構いません。是非、お願い致します。
差し出がましい事を申し上げて、真に申し訳ありませんでした」


俺の言葉を聞くと、張松はほっと息をつく。
そして、そのまま謝罪の言葉と共に張松は地べたに這いつくばって叩頭した。
俺はそれを慌てて止めると、彼女を起こす。

正直、今までこのようにハッキリと諫言してくれた人物はいなかった。
それは、おそらく俺の気持ちを察してくれたからなのだろうが、こいつは違う。
もちろん、これまでは俺に特に言ってこなかった事を考えると、人の気持ちを察せない訳ではないのだろうが、言うべき時に言うべき事を言える人間なのだ。
そんな彼女がいなかったら、俺はいつまでもウジウジと悩んだままだった事だろう。
そして、桃香ちゃんに仕える事の覚悟もないままだったはずだ。

こいつのお陰で、俺は変わっていける。

これは黄忠が文官としても用いて重用していた理由がよく分かる傑物だ。
俺は、意外そうにこちらを見てくる彼女に頭を下げた。


「すまなかった。わざわざ指摘されるまで気がつきもしなかった。
今、お前の言葉が骨身にしみて理解できた。
…感謝する。

俺は、見ての通り小人だ。自分の感情を優先して間違った事を言ってしまうかもしれない。
その時は、手間をかけるがまた助けて欲しい」


「…………」


俺はそうして彼女に対して笑みを浮かべた。
思えば、いつも彼女が何かを良いに来る時に俺はしかめっ面をしていた。
もしかしなくても、これが初めて向ける笑顔かもしれない。
すると、彼女はまるで食い入るようにこちらを見た後に視線を逸らし再び頭を下げた。


「たかが侍女には、もったいないお言葉です」


「…今さらとなってしまうが、お前さえ良ければ、また文官として政務にも参加して貰いたい。
効果が無いと言われたが、それでもやらないよりは遥かにマシだろう。
それこそ、今回の俺と璃々のように」


俺は咄嗟にそう口にしていた。
これも感情のままに口走ってしまったことだが、これが俺の今の正直な気持ちがだ。
それに、これは今までのようなものとは違う、もっと別な感情からくる言葉であった。
こいつの能力は勿論のこと、この張松と言う存在は得がたいのだ。

張松はしばらく考えるような素振りをすると、立ち上がりつつ黄口にした。


「…今の貴方の為なら、是非に」


そして、そのまま退出の挨拶を述べると、止める間もないまま執務室を出て行ってしまった。
俺はそれをあっけにとられながら見つめて見送った。
俺は、彼女の言葉に出来る事ならもう一度感謝の言葉を述べ、自分の真名も預けたいとすら思っていたのだが、これはどうした事だろうか。
もしや、叩頭した時にうちどころが悪かったのか?

俺が、そんな阿呆な疑問まで抱いた時、不意に部屋に取り残される形となった張粛が、静かに口を開いた。


「あの、高忠様……」


……おおっと。美人だけど、静かだったから思わず存在を忘れていた。
それに、アレだけ張松が素晴らしい事を言っていたので彼女しか眼中になかった。いっけね。


「…あれで、照れているんですあの子。張松は、普段どれほど色々な事を言っても感謝される事は稀でしたから」


「そう、か。だが、本当にあいつには感謝しているよ。
俺の進むべき道をしっかりと示してくれた」


そう。俺が進むのは桃香ちゃんを助けて盛りたてて行く道。
正直、俺の力では大したことは出来ないかもしれないが、それでも足は引っ張りたくはない。
その為には、俺は覚悟を決めて璃々とも手を取り合っていかなくてはいけないのだ。

そして、大人にならなければいけない。成長し、桃香ちゃんに心から仕えられるようになりたい。
そう思った。

俺がそう口にすると、張粛は少しだけ悲しそうに口を開いた。


「…その道が、高忠様にとって苦痛な道なのが、私には少し悲しいです」


「――え?」


「だって、そうでしょう? 黄忠様は貴方に何をしてくれましたか?
自分勝手な理由を押し付けて、貴女から離れて行って、それでいて今度は子供を守る為に貴方に近づいたともとれるんですよ?」


俺は彼女の言葉に、思わず動きを止めた。
彼女の言葉は――


「しかも、その子供は、貴方にとって憎悪してもしたりない男の子供。
そんなの、貴方にとって苦しいだけじゃないですか!
一方的すぎます、そんなの悲しいだけです!!
私は、黄忠様は大好きで尊敬もしていますが、今回の話だけは納得ができません」


蛇のように俺の心に入りこんだ。


「閉月、張松も、あの子も貴方の事を考えてません。
もちろん、あの子は貴方のお気持ちを察していますが、それでも民と貴方の事を天秤にかけた結果、貴方に苦痛を強いる事にしたのです。
劉備様は、この問題には関わらないでしょう。あの方はただ優しいだけの御方では有りません。
それこそ高忠様が解決なさる問題と考えていらっしゃるかも知れません。

ほら、皆が貴方にだけ厳しい」


「君、は――」


俺は思わず、意味のない言葉を呟いた。
すると彼女はどこか泣きそうな顔で微笑んだ。


「だから、私は思うんです。貴方は、そこまで苦しむ必要が無いんじゃないかって?」


「そんな事は――」


「あります! だって、いつも辛い目に会われているのは高忠様ではありませんか!」


彼女は、俺の否定に断定を重ねる。
気がつけば、その瞳からは涙がこぼれていた。
俺は、何も言えなかった。

本来ならば、そんなことはないと否定するべきであったし、俺自身はそんな事はないと思っている。
黄忠は確かに悪女のような行動をとってい入るが、それは璃々を大事に思っているからだ。
愛しい我が子と下種に落ちた過去の男。
どちらに天秤が傾くかは想像に難くない。

そして、張松や劉備ちゃんにいたっては当たり前に事だ。
彼女たちはもちろん、俺自身も民を守る立場にある人間だ。確かにそれが全てではないが、民を優先する事は当然だ。
それに、ただ優しくされるだけではダメだ。自分で解決しなければいけない問題と言う物も存在する。

だが、俺は何も言えなかった。
それは、彼女が余りにも必死な様子に見えたから。ほぼ初対面の彼女からぶつけられた激情に、俺は気圧されたのだ。

いつしか、室内に気まずい沈黙が下りる。


「……申し訳ありません。急にこの様な事を言ってしまいまして」


「いや……」


俺は、そう否定するので精一杯であった。
正直、張松のお陰で得た答えに冷や水を掛けられた気分だ。
ともすれば、それは俺の侮辱としても受け取れるし、先に考えたように反論などいくらでも出てくる拙い感情論だ。

だが、一方で俺がそれらの事を考えなかったかと聞かれれば、俺は閉口するしかない。


「貴方は辛い道を行かれるんですよね?」


不意に彼女が呟いた言葉に、俺はまたしても何も返せない。


「だったら、私は応援させて頂きます。貴方が苦しんでも支えます。

私の真名は蘇芳(すおう)。苦しかったら、是非私に相談してください。
私は、私だけは貴方の味方です」


「何故だ」


彼女が真名まで預けたと言う事に、俺は驚きと同時に疑いを持った。
正直、ここまで俺の考えていた事を分かられていると言う事からも、俺の心には強烈な疑念が宿り、それは俺の口から厳しい誰何の声となって飛び出した。
すると、彼女は俺のその言葉に少しだけ寂しげな顔をすると、一度心を落ちつけるかのように深呼吸をして、言った。


「お慕いしているからです(ウォーアイニー)」


その瞬間、時間が止まり俺の疑念は別の物に吹き飛ばされてどこか遠くへ消えてしまった。
今、彼女が何と言ったのか理解できない。


「貴方が、劉璋様の所で将軍になられた時からずっと見ていました。
…黄忠様がいらっしゃったから、ずっと言わないでいました。
ただ、今の貴方の姿を見たら言わずにはいられませんでした。

……愚かな女の言葉とお忘れください。
ですが、私は貴方の味方でありたいと思っている事は、どうかお心のどこかにとどめておいてください」


そうして、彼女も退出の挨拶をして部屋を出て行った。
俺は何も言う事が出来なかったばかりか、仕事に手をつける事も出来ずにその日の午前中を過ごし、いつの間にか璃々と昼食を取りに行く時間となったのだった。
ぶっちゃけ、生まれて初めて女性に好きだと言われました。





そして、冒頭に戻り、俺は璃々と市へと繰り出す事になった。
護衛は表だった所にはおらず、影からこっそりとついてきて貰っている。
それは、璃々を威圧させないためであると同時にいるかもしれない劉璋側への威圧だ。
そもそも、俺の様な将がいる場合、護衛などは必要ない。
俺たちは一般兵との間に隔絶された武の壁を持っている。正直、暗殺者程度ならば眠っているときでもない限り幾らでも迎撃できる。
だから、そうする事でお前たち程度おそるに足りないと示しているのだ。

それはともかく、市に出てから問題の璃々はと言うと意外なほど大人しかった。
もっと思い切り嫌がって、涙を流して怖がるかと思っていのだが、僅かに怯えこそすれ飯を食いに行くにあたって大人しく俺の横を歩いていた。
ただ、やはり俺と璃々との間に会話は存在せず、張松たちに見送られて城を出てから、会話らしい会話は殆どなかった。


「…何が食べたい?」


「…………お腹、空いてません」


せいぜいがこのぐらい。
正直、気まずいという話どころではない。

よくよく考えてみれば、いきなり一対一は厳しい気がする。
まあ、誰か人を別につけたとしても、俺と璃々の間に会話は成立しないだろうから意味はないのかもしれないが、これはキツイ。
俺はチラリと隣を歩く璃々の方に視線を向けてみる。
すると、彼女は意外にも俺の方など気にもせずに、キラキラと瞳を輝かせて辺りを見回していた。

意外、である。

もっと彼女は俺に対して怯えて、正直食事処の話ではなくなるかとも思ったが、意外と図太いのかもしれない。
ふと気がつくと、彼女は一つの露天商を不思議そうに見ていた。
そこは、様々な銅鏡を取り扱っているようで、ピカピカと光り輝いていた。
どうやら。鏡に興味を持ったようだ。

お前、まだ幼女じゃねーかという突っ込みはあるが、おませさんであるのかもしれない。

俺はいつの間にか立ち止まって、璃々に声をかけた。


「…どれが欲しいんだ?」


「え?」


「だから、鏡が欲しいんだろ?」


俺がそう言うと、璃々はまるで幽鬼にでも会ったかのような顔となる。
そんなにも意外であったらしい。


「なんだよ?」


「えっと、その、買って、くれるの?」


「そう言ってるだろ?」


「あうう、でも…」


璃々は悩むように俺と売りだされている鏡との間で視線を行ったり来たりさせる。
そんな時だった。


「だ―れが二目と見れない、この世に存在してはいけないような化け物ですってぃ!?」


「ひぎゃあああああああああああああああああああああああああああ!!」


野太い訳のわからん咆哮と共に、一人の男が宙を舞ってきたのだ。
しかも、声に驚いて身を竦ませる璃々の方へと。
俺はそのまま身を竦ませる璃々を抱え上げて、慌ててその場を離れた。
璃々も突然の事に驚いて、目を白黒させるだけで動かない。

俺は取りあえず璃々を下すと、彼女に問いかけた。


「大丈夫か?」


「う、うん」


俺たちがそんなやり取りをしていると、地面にたたきつけられた男がうめき声をあげた。
俺たちの周リの人々は突然の事態に驚いたのか、辺りからざわめきが聞こえる。
俺は璃々から離れてその男に問いかける事にした。
流石に、治安を維持する城の者としてこれは見過ごせない。


「お、おい、どうした?」


男は、俺の問いかけに何とか声を絞り出す。


「ば、化け物、に、にげ…」


そこまで言うと、男は力尽きて気絶してしまう。
その代り、男が飛んできた方から土煙を上げて一人の人物が駆け寄ってきた。


「お酒に酔ってるからって言って良い事と、悪い事があるのよぅ!!」


その人物は、一言で言うと異様であった。
禿げあがった頭に、申し訳程度に残された揉み上げのおさげ。
岩と見間違うような鍛え抜かれた上下の筋肉。

そして、股間を覆う女性物の紐パン。


「へ、変態だ――――!!!!」


俺は、思わずそう叫んでいた。





あとがき
更新が遅くなり申し訳ありませんでした。
ともあれ、今回から話が動き出します


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