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[28951] ドラえもん のび太の聖杯戦争奮闘記 (Fate/stay night×ドラえもん)
Name: 青空の木陰◆c9254621 ID:90f856d7
Date: 2016/07/16 01:09
 Arcadia初投稿です。
 この小説は『にじファン』にも投稿しております。
 独自設定・解釈がありますので、ご注意ください。

【追記】『にじファン』に投稿したものとは一部違うところがあります。★マークが目印です。

【さらに追記】某所の作品とタイトルが似ていますが、関係はまったくありません。完全なる別モノであり、別作者が書いた小説です。

【さらにさらに追記】『にじファン』の規制に伴い、向こうに掲載していた、所謂別バージョンである六話と二十一話をそれぞれ「第六話 (another ver.)」、「第二十一話 (Aパート)」として掲載しました。また、それに合わせて本来こちらに掲載していた二十一話(「第二十一話 (Bパート)」に変更)には一部改訂を加え、同時に不要となった★マークを撤去しました。(2012/3/31)

【更新凍結】諸事情により、更新を一時凍結する事としました。詳しくはお知らせにて。(2014/8/2)

【更新再開】凍結を解除します。長らくお待たせして申し訳ありませんでした。低速更新になるかと思いますが、改めてよろしくお願いします。(2016/1/16)

【行間等修正】 2014/9/29 一話~十話
          2015/2/13 十一話~十四話、閑話1、十五話
          2016/1/31 十六話~十八話



 2012/1/23 チラシの裏からその他板へ移行。
 2016/1/16 その他板からTYPE-MOON板へ移行。






[28951] のび太ステータス+α ※ネタバレ注意!!
Name: 青空の木陰◆c9254621 ID:90f856d7
Date: 2016/12/11 16:37
【クラス】 ???

【マスター】 ―

【真名】 野比のび太

【性別】 男性

【身長・体重】 140cm 36kg

【属性】 中立・善


【筋力】F-  【魔力】E

【耐久】F-  【幸運】E

【敏捷】F-  【宝具】???




【クラス別能力】

※なし




【保有スキル】

『射撃:A++』
稀有な射撃の才能と能力を持つ。
世界規模で見ても最高クラスの実力を誇る。
とりわけ早撃ちを得意としている。

『あやとり:A』
あやとり上手。
オリジナルの技を編み出すほどの腕前。

『睡眠:A』
寝つくまで0.93秒という驚異の寝つきの良さを誇る。
オリンピックに種目があれば金メダルは余裕。

『虚弱:A』
同年代の中でも最下層に位置する敏捷レベルとスタミナ。

『貧弱:A』
同年代の中でも最下層に位置する筋力レベル。

『脆弱:A』
同年代の中でも最下層に位置する耐久レベル。

『最弱:A』
同年代の中でも最下層に位置する総合能力。

『悪運:A++』
窮地に立たされた時に限り、幸運値がこのスキルのランクに変化する。
代わりに平常時は幸運値が低ランクとなる。

『逆境打破:A』
逆境に陥れば陥るほど実力を最大限以上に発揮できる、恐るべき底力。
絶体絶命の危機に瀕してのみ、あらゆる能力に爆発的な上昇補正が掛かる。
火事場の馬鹿力。またの名を『劇場版補正』。

『天啓:A』
ひらめき力。
固定観念に囚われない柔軟な発想を可能にし、突然妙案が浮かんだりする。

『竜の因子:A』
のび太の中に眠っていた因子。
かつて“気ままに夢見る機”で現実と夢を入れ替えた時、『竜さんのだし汁』に浸かった事でこの因子が宿った。
同じ因子を持つ者がいれば、因子同士を共鳴させる事で双方に莫大な魔力と力の増幅効果を齎す。
ただし、どういう訳かのび太には魔力以外の恩恵がなく、力は貧弱なままである。
なお、元々あった一度だけ死から蘇るという加護の方は完全に失われている。




【宝具】

『スペアポケット』

ランク:???
種別:ひみつ道具 
レンジ:??? 
最大捕捉:???

ドラえもんが身に着けている、未来の道具である“ひみつ道具”を収納するふくろ。
『スペアポケット』はその予備(スペア)である。
非常識な効果を齎すものから実にくだらないものまで、ありとあらゆる“ひみつ道具”が収められているが、現在は道具の数が非常に少なくなっている。
また本来ならある筈のポケット間の繋がりも切れているが、スタンドアローンで使う分にはまったく問題ない。


『白銀の剣』

ランク:C+
種別:対人宝具 
レンジ:1~2 
最大捕捉:1人

『夢幻三剣士』の夢世界に伝わる、伝説の聖剣。
妖霊大帝オドロームを唯一殺し得る退魔の剣である。
魔に類し、かつ属性が『悪』の者に対し特効。あらゆる障害を貫通して通用する。
また、『夢幻三剣士』の色を引き継ぎ、使用者の力量をあべこべにする特性を備えている。
ずぶの素人が握れば剣の達人と遜色ない力量が備わるが、剣聖が持てばずぶの素人と変わらない力量となってしまう。
人によっては価値のない、非常に使い手を選ぶ剣である。


『???』








【クラス】 バーサーカー?

【マスター】 野比のび太

【真名】 フー子

【性別】 女性

【身長・体重】 128cm 27kg

【属性】 純真・善


【筋力】F-  【魔力】A

【耐久】E   【幸運】A+

【敏捷】E   【宝具】B




【クラス別能力】

『狂化:―』
 狂化スキルは失われている。




【保有スキル】

『ふしぎ風使い:A++』
風の力を意のままに操る能力。
そよ風から竜巻、果ては台風まで、風に関する自然現象ならば自在に巻き起こす事が可能。
さらに魔力を風の力に変換する事が出来る。
ただし、大気のない場所ではこの能力は生かせない。

『絆:A』
マスターが近くにいれば、宝具を除く各パラメーターにプラス補正が掛かる。

『竜の因子:A』
風の魔竜であるマフーガの一部というその出自から得られた特性。
同じ因子を持つ者がいれば、因子同士を共鳴させる事で莫大な魔力と力の増幅効果を齎す。
共鳴させている間は魔力パラメーターがEXに、筋力・耐久・敏捷パラメーターが爆発的に上昇するが、その上昇率は共鳴の度合いに依存する(最大で3ランクアップ)。




【宝具】

『十二の試練(ゴッド・ハンド)』

ランク:B
種別:対人宝具 
レンジ:1 
最大捕捉:1人

『ヘラクレス』の持つ『十二の試練(ゴッド・ハンド)』と同一の物。
Bランク以下の攻撃を無条件で無効化。死亡しても自動的に蘇生(レイズ)がかかる。
ただし、蘇生回数が1度のみとなっている点が唯一異なっている。
『ヘラクレス』の持つ宝具(正確にはその肉体)が、狂戦士の器とその中のエーテルを基にして形作られた、いわばバーサーカーの分身とも言えるフー子に引き継がれた。
蘇生回数が1度なのは、元々『ヘラクレス』の命が残り一つとなったところでマフーガとして変化させられたのと、フー子として独立する際、“精霊よびだしうでわ”で呼び出された本来の台風の精の命の分がストックとして補填されたからである。





==============================================================





【クラス】 バーサーカー?

【マスター】 ???

【真名】 マフーガ

【性別】 ?

【身長・体重】(測定不能)

【属性】 凶暴・悪


【筋力】(測定不能) 【魔力】EX

【耐久】(測定不能) 【幸運】E

【敏捷】(測定不能) 【宝具】B




【クラス別能力】

『狂化:EX』
元々理性がほぼない存在であるため、スキル適性が異常なほど高い。




【保有スキル】

『風の魔物:A++』
風の力を意のままに支配する能力。
そよ風から竜巻、果ては台風まで、風に関する自然現象ならば自在に巻き起こす事が可能。
さらに魔力を風の力に変換する事が出来る。
ただし、大気のない場所ではこの能力は生かせない。

『二重本体:A』
超巨大台風と、風で構成された竜。
その両方をしてマフーガの本体となる。
竜は『端末』としての側面も持ち、仮に消滅させられても上空の台風さえ健在であれば無条件で再生が可能。
また、その逆もしかりである。

『竜の因子:A++』
風の魔竜というその出自から得られる特性。
魔力パラメーターがEXとなる。




【宝具】

『十二の試練(ゴッド・ハンド)』

ランク:B
種別:対人宝具 
レンジ:1 
最大捕捉:1人

『ヘラクレス』の持つ『十二の試練(ゴッド・ハンド)』と同一の物。
Bランク以下の攻撃を無条件で無効化する。
ただし、自動での蘇生(レイズ)効果は失われている。
これは元々『ヘラクレス』の命が残り一つとなったところで、マフーガとして変化させられたためである。
『ヘラクレス』の持つ宝具(正確にはその肉体)が、狂戦士の器とその中のエーテルを基にして形作られた、いわばバーサーカーの分身とも言えるマフーガに引き継がれた。








【クラス】 ライダー?

【マスター】 ???

【真名】 リルル

【性別】 女性

【身長・体重】 150cm 42kg

【属性】 秩序・中庸


【筋力】C   【魔力】―

【耐久】D   【幸運】A

【敏捷】C   【宝具】EX




【クラス別能力】

『騎乗:B』
騎乗の才能。
大抵の乗り物なら人並み以上に乗りこなせるが、魔獣・聖獣ランクの獣は乗りこなせない。

『対魔力:―」
対魔力スキルは失われている。




【保有スキル】

『ロボット:A』
高性能の機械の肉体を持つ。見かけは人間と遜色ない。
魔力を生成・保持・制御する機構がなく、魔力を扱えない。
代わりに、現界や宝具等に関する魔術的制約を無視出来る。

『服従回路:C』
強制命令権を持つ者によるコマンドには、絶対服従する宿命を負う。
ただし、自我は剥奪されない。
元となった『メドゥーサ』の宝具、『騎英の手綱(ベルレフォーン)』からの因果。

『命運共同:A』
宝具をすべて破壊された場合、いかなる状況下においても死する運命にある。
宝具の影響から来る、変質した異常因果。

『天使の祝福:B』
自らの死の間際、任意の対象に祝福を与える。
祝福の効果は、自らと対象の願いのベクトルに左右される。
自害した場合は発動しない。




【宝具】

『鏡面世界(リバーサル・ワールド)』

ランク:A++
種別:対軍宝具 
レンジ:1~50 
最大捕捉:100人

視野内に収めた人間・物体を強制的に、すべてが鏡写しになった無人世界、『鏡面世界』へと送り込む。
また、逆に『鏡面世界』から現実世界へ、任意に送還する事も可能。
『鏡面世界』を移動する手段、あるいはリルルが意図しない限り、鏡面世界に立ち入った人間は事実上、その世界に閉じ込められる事になる。


『鉄人兵団(インフィニティ・アイアンアーミー)』

ランク:EX
種別:対軍・対界・寄生宝具 
レンジ:1~40 
最大捕捉:∞人

『鏡面世界』内に潜むロボット軍団。
鶏顔の指揮官ロボットと、数タイプの兵士ロボットから構成され、その数は、通常時でも某国の全軍属数に匹敵する。
『鏡面世界』でしか存在する事は出来ないものの、『鏡面世界』の世界各地にロボット生産工場が存在し、たとえ何体破壊されようとも、兵力が尽きる事はない。
指揮官ロボットのみ自我が存在し、ボディが破壊される度に新しいボディに自我がインストールされるため、指揮官ロボットは事実上、不死に近い。
また、指揮官ロボットはロボット生産工場のメインコンピュータともリンクしている。
そして何よりの特徴として、この指揮官ロボットにはリルルに対する『強制命令権』がある。
これは、指揮官ロボットが意図すれば、たとえリルルが現実世界にいようとも、またリルル自身がコマンドを厭おうとも、命令に従わせる事が出来るというものである。
ただし、これには条件があり、音声で命令を下す必要がある。
『鉄人兵団』を無力化するには、すべての指揮官ロボットと鏡面世界内の全工場メインコンピュータを破壊する以外にない。
なお、指揮官ロボットには『軍略:C』のスキルが自動的に付与される。


『超機動重機ザンダクロス(ジュド)』

ランク:A++
種別:対城宝具 
レンジ:5~3500 
最大捕捉:2000人

全長二十メートルクラスの巨大ロボット。
元は土木作業・工作用のロボットだったが、鉄人兵団の手により大幅に改修・改造されている。
そのため、攻撃面、防御面、機能面すべてにおいて従来より性能が向上。戦略兵器として破格の性能を誇る。
その代償として燃費が悪く、長時間の戦闘活動は出来ない。
加えて、これは独立兵器として再現されている訳ではないので、コントロールシステムを誰かが操る必要がある。
純粋に可能なのはリルル、そして指揮官ロボットの二体である。
搭乗者がいない場合、緊急措置として指揮官級の疑似AIを、再現出来なかった頭脳ユニットの代わりとして使用可能とされている。
しかし、宝具と宝具を融合するような行為のためか、不確定性が高かったので、この機能は封印されていた。








【クラス】 キャスター?

【マスター】 ???

【真名】 オドローム

【性別】 男性

【身長・体重】 330cm 270kg

【属性】 秩序・悪


【筋力】C  【魔力】A++

【耐久】C  【幸運】C

【敏捷】C  【宝具】EX



【クラス別能力】

『陣地作成:A』
魔術師として、自らに有利な陣地を作り上げる。
“工房”を上回る“神殿”を形成する事が可能。

『道具作成:C(A)』
魔力を帯びた器具を作成出来る。
技術体系の違いから、この世界では完全再現出来ず劣化している。




【保有スキル】

『魔道王:A』
その名の通り、魔道を極めし者。いかなる存在であろうと、この者の魔術が向けられれば影響を免れない。
『対魔力』スキルを持つ者と対峙する際、このスキルのランク未満のそれであれば威力の多寡に拘らず、魔術が貫通して通用する。
同ランクかそれ以上の場合は、『対魔力』衝突時における減衰率が低下する。
また、魔術行使における魔力消費が半分となる。

『詠唱省略:A』
魔術行使において、規模に拘らずすべて一工程(シングルアクション)で発動する事が出来る。

『傲慢:B』
強者の驕りは、時として強固な心の壁となる。
スキルランク以下の精神干渉を無効化する。




【宝具】

『死因固定(アンデッド・コード)』

ランク:EX
種別:対人宝具 
レンジ:1 
最大捕捉:1人

己の『直接死』の要因を、“白銀の剣による殺傷”ただ一つに限定する。
それ以外の攻撃手段では、負傷させる事こそ可能だが、ダメージは半分となる。
平たく言ってしまえば、白銀の剣なしでは理論上、HPを1まで削る事は出来るが、0にする事は不可能という事である。
妖霊大帝オドロームの曰くが具現化した事で、通常の手段ではオドロームを殺せない。
ただし例外として、現界魔力の枯渇やマスターとの契約が切れた場合等にはこの宝具は無力となる。








【クラス】 アサシン?

【マスター】 ???

【真名】 アンゴルモア

【性別】 不明

【身長・体重】 不明

【属性】 混沌・悪


【筋力】E  【魔力】A

【耐久】E  【幸運】D

【敏捷】B  【宝具】C



【クラス別能力】

『気配遮断:A』
サーヴァントとしての気配を断つ。
完全に気配を断てば発見する事は不可能に近い。
ただし、自らが攻撃態勢に移ると気配遮断のランクは大きく落ちる。



【保有スキル】

『超能力:A』
他者に干渉する異能。
精神干渉系を得意とする。

『再生:B』
種族特性から来る再生能力。
身体に穴を開けられようと、即座に復元する。

『自己改造:A+』
自身の肉体に、まったく別の肉体を付属・融合させる適性。
不定形であるため、高い自由度を持つ。

『戦闘続行:A+』
生還能力。
瀕死の傷でも戦闘を可能とし、決定的な致命傷を受けようとも高確率で生き延びる。



【宝具】

『潜む悪意(アンゴルモア)』

ランク:C
種別:寄生宝具 
レンジ:1~10
最大捕捉:1人

不定形で己の確たる形を持たないアンゴルモアの特性が、そのまま宝具となったもの。
人、機械を問わず、対象に寄生しあらゆる主導権を乗っ取る。
その際、別個体同士の融合及び対象の改造も可能であり、スキルとの併用で幸運と宝具を除く対象のパラメーターを上下させられる。
ただし、範囲に応じて相応の魔力を消費する上、個体や相性によって上限がある。
乗っ取った対象は意図して支配権を放棄しない限り、アンゴルモアの完全な手足と化す。





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【クラス】 アヴェンジャー

【マスター】 ???

【真名】 アンリ・マユ

【性別】 男性

【身長・体重】 167cm 58kg

【属性】 混沌・悪


【筋力】E  【魔力】A

【耐久】E  【幸運】A+

【敏捷】A  【宝具】???




【クラス別能力】

『単独行動:EX』
マスター不在でも行動できる能力。

『???』




【保有スキル】

『???』

『狂気:A』
思考形態が常軌を逸脱しており、それを正常としている。
敵からの精神干渉を完全に無効化する。

『黒染めの泥:B』
特定物を己の属性に染め上げる。
染まった物に対しては、ある程度の調整が可能になる。

『???』




【宝具】

『スペアポケット』

ランク:???
種別:ひみつ道具 
レンジ:??? 
最大捕捉:???

ドラえもんが身に着けている、未来の道具である“ひみつ道具”を収納するふくろ。
『スペアポケット』はその予備(スペア)である。
のび太がこの世界に迷い込んだ際、その有用性に着目したアンリ・マユが複製し、中の道具と共に所持するに至った。
道具は、のび太が持つ以上の数と種類を保持しており、いくつかが『黒染めの泥』により改造を施されている。
ポケット間の繋がりは遮断されており、完全な独立状態である。


『無限の残骸(アンリミテッド・レイズ・デッド)』

ランク:EX
種別:???
レンジ:???
最大捕捉:∞人

自身の副産物である『泥』から生み出される、知性を持たない狂暴な異形。
文字通り、アンリ・マユの『残骸』であり、無限に湧き出るその特性は、それだけで脅威となる。
現在は暴走状態にあり、アヴェンジャーの意図を離れている。


『???』







[28951] 第一話
Name: 青空の木陰◆c9254621 ID:90f856d7
Date: 2014/09/29 01:16






「ドラえもーーーーん!!」






 すべてはこの少年、野比のび太の涙混じりの絶叫から始まった。
 足音も荒く階段を駆け上がると、自室へと飛び込むように入り込んだ。

「聞いてよ聞いてよ!! スネ夫とジャイアンがさぁ、アーサー王なんてただの伝説でそんなのいる訳ないって! それにしずかちゃんも……ってあれ? なんだ、いないのか」

 無人の六畳一間を見た途端落ち着いたのか、頬を掻き掻き、ひとりごちるのび太。
 事の起こりは数十分前、空き地での事。いつもの四人でワイワイ話していた時、ふとした事からアーサー王伝説の話題が上った。
 騎士の代名詞であり、いつの日か死から目覚めるとされる最強の剣士、アーサー王。
 頭が致命的に残念なのび太でも、アーサー王だけはよく知っていた。
 信じられないかもしれないが、伝記だって昔読破している。

『それで、アーサー王はねぇ……』

 ここぞとばかりにうんちくをたれるのび太に対し、仲間の一人であるスネ夫が突如噛みついてきた。

『でもアーサー王って結局は架空の人物だよ。元になった人物が二人いて、それをモチーフに描かれたんじゃないかっていう説が今のところ有力だね』
『なんだそうなのか。あーあ、つまんねえの』

 スネ夫の言葉に仲間の一人、ガキ大将のジャイアン……本名は剛田武という……が座っていた土管に仰向けに寝転び、盛大に欠伸をする。
 のび太はそれが信じられず、必死になって言葉を並べ立てる。

『そ、そんな事ないよ! アーサー王は実在してるよ! お墓だってイギリスにあるんだろ!?』
『のび太さん。お墓があるからって、その人がいたって証明にはならないのよ。遺品やお骨なんかがあれば別だけど、それが見つかったって話は今のところないみたいだし』
『し、しずかちゃんまで……!?』

 仲間の一人である紅一点、源しずかの否定の言葉で固まるのび太。
 たしかにお墓があってもそれは存在の証明にはならない。厳密には。
 勝手に誰かが建てて、それをアーサー王のお墓だと言ってしまえばそれまでだからだ。
 鰯の頭も信心から、という言葉をのび太が知っているかどうかは知らないが……いや間違いなく知らないだろうが……世間でそう認知されていても実は偽物でした、という事も十分にあり得る。

『ううううう……! わかった! 見てろよ! アーサー王が実在の人物だって事、証明してやるからな!!』

 敬愛するアーサー王の存在を否定され、怒りでぶるぶる震えていたのび太は、突如ビシッと指を突き付けて啖呵を切ると空き地を飛び出し、一目散に家へと駆け戻る。
 空き地に取り残された三人は、普段ののび太からは想像もつかないようなその態度にしばらく呆然としていた。



 ――――ここで話は冒頭へと戻る。



「いなんじゃしょうがないか。よし! 今から“タイムマシン”でアーサー王の生きていた時代に行ってみよう! あ、でもアーサー王の時代って戦争してたんだよな……絶対危険だぞ。うーん……そうだ! ドラえもんには悪いけど、念のために“スペアポケット”を借りて行こう」

 ぱちん、と指を鳴らしてそう言うと押入れの戸を開き、なにやらごそごそとしていたのび太だったが、やがて突っ込んでいた上半身を引っこ抜くと徐に右手をポケットに突っ込む。
 そして戸を閉めると方向転換、サッと机の引き出しを開け、玄関から持ってきていた靴を履くとその中に身を投げ入れた。
 二十二世紀からやってきたネコ型ロボットの親友、ドラえもんの所持品である“タイムマシン”は、のび太の机の引き出しにセットされているのだ。

「よし、着地成功! さてと、アーサー王の時代は何年前だったかな……あれ? なんだろう、なんか変な感じがするな」

 四角い板に機械が乗っかったような形の“タイムマシン”に飛び乗ったのび太。
 計器を操作する傍ら、ふと疑問を感じて視線を上げる。
 ナニかが、違う。
 どこがどう違うとははっきりと言えないが、やっぱり普段の雰囲気とは違っているのだ。
 そこはかとなくイヤな気配が漂う……のだが、そこは良くも悪くものび太である。

「ま、いっか……うん、よし! セット完了! それじゃ、アーサー王の時代のイギリスへ、しゅっぱあつ!!」

 深く考えないまま思考を打ち切りデータを入力、発進スイッチをポチッとな。
 エイエイオー、と腕を振り上げ、時空間の大海原へと漕ぎ出してしまった。



 ――――唐突だが、ここに一枚の紙切れがある。



 丁寧に折りたたまれたこの紙切れ、中には何か文字が書き込まれている。
 そして、これはなんとのび太の机の隅に置かれているのだ。
 中にはこう書かれている。



『のび太くんへ
 ちょっとドラ焼きを買いに行ってきます。
 あとタイムマシンはぜったい使わないように。
 どういうわけか時空乱流が発生していて、まともに時空間航行出来ないんだ。
 さっきタイムパトロールから連絡がきたからホントの話だよ。
 わかったね!  
                            ドラえもんより』



 果たしてのび太は漢字をすべて読めるのだろうか……甚だ疑問だが、今はそれはさておくとする。
 とにかく、のび太はこれを見る事なく、時空の海へと旅立ってしまったのだ。
 もう少し目立つところにメモが置かれていたら、せめて紙切れが折りたたまれていなかったら。
 結果は自ずと違ってきていただろう。
 だが自分の考えに集中するあまり、メモの存在にも危険の匂いにも気付かずのび太は自分から飛び込んでいってしまった。






 ――――運命という名の、血と涙の雨が荒れ狂う生死を賭けた大航海へと。









[28951] 第二話
Name: 青空の木陰◆c9254621 ID:90f856d7
Date: 2014/09/29 01:18






「……うーん、いったいアーサー王ってどんな顔してるんだろうな? 時代にもよるだろうけど、やっぱり出木杉くんみたいな真面目な感じかな? それとも渋いおじさんなのかな? いやいやそれとも……実は可愛い女の子だったりとか、ってそれはないよね」

 鼻歌交じりで未だ見ぬアーサー王に思いを馳せるのび太。
 今のところ時空間航行は順調に進んでいる、なんの問題もない。
 さっき僅かに感じた違和感も既に忘却の彼方だ。

「ねえタイムマシン。あとどのくらいで着くの?」
『ピピッ、モウ、マモナクデス』

 のび太の質問に電子音のような声で返答する“タイムマシン”。
 “タイムマシン”には二十二世紀の高性能AIが組み込まれており、ガイドやコンピュータ管制をマルチタスクで行っている。
 このように搭乗者と会話する機能も付加されているのだから、ある意味至れり尽くせりだ。
 だから“タイムマシン”にお願いすればデータ入力や時空間検索などといった諸々を一手に引き受けてくれるのだが……のび太はなぜか全ての入力をマニュアルで行っていた。
 そこはそれ、操作の主がのび太である、という事でひとつ理解してもらいたい。
 ちなみにこれは当初から付属していたものではなく、後から組み込まれたものである。
 これはドラえもんの“タイムマシン”が比較的型遅れの代物であるためだ。
 新しいものを購入しようにも、タイムマシン自体かなり高額な代物であるため手っ取り早く、しかも安くグレードアップさせようと思ったら、必然的に改造に走らざるを得ない。
 この辺りにドラえもんの財布の悲哀が見え隠れしているような気がしないでもないが、しかしそれはそれとして、ドラえもんの財布事情をぜひ知りたいところではある。
 少なくとも新しい型の“タイムマシン”を乗り回している彼の妹、ドラミよりも貧乏なのは確実であろうか。

『モウ間モナク、目的地ニ到着シマス……ピッ!? ピピッ!!?』
「え、え!? タイムマシン、どうしたの!?」

 と、もう少しでワープアウトするというところで突如“タイムマシン”が異音を発し始めた。
 気になったのび太が声をかけると、機械らしからぬ切迫した電子音で回答する。

『警告! 警告!! 時空乱流ノ気配デス!! 急接近、急接近!! コノママデハ、巻キ込マレマス!!』
「えっ、時空乱流? なにそれ、って……あ、でもどっかで聞いたような気もするんだけど」
『ピピッ、時空間内ニ発生スル、台風ノヨウナ物デス! 巻キ込マレレバ、最悪次元ノ狭間ニ放リ出サレ、永久ニ亜空間ヲ彷徨ウ事ニナリマス!!』
「な、なんだってええーっ!?」
『運ガ良ケレバ、ドコカ別ノ空間ニ出ル事モアリマスガ』
「冗談じゃない! どっちにしろ元の時間に戻れないって事じゃないか! ねえ、なんとかならないの!?」

 かなりの危機的状況である事を悟ったのび太は、必死な顔で“タイムマシン”に打開策の伺いを立てる。
 しかし。

『ピピッ、トニカク、機体ニシガミツイテイテクダサイ! 既ニ回避不可能ノルートニ入ッテイマス! 接触マデ、アト十秒!!』

 帰ってきた答えはまさに最悪にして非情の物。のび太は涙目になりながらヒシと計器にしがみつく。

「うわーん! ドラえもーーーーん!!!」
『3、2、1……突入!!』

 瞬間、のび太の視界がブレ、凄まじい振動が全身を襲った。

「うわわわわわわっ!!??」

 時空間に吹き荒れる暴風に“タイムマシン”が振り回される。
 ガクンガクン、と身体を揺すられ、のび太の身体のあちこちが計器に叩き付けられていた。
 ぶつけた痛みがズキズキと襲い掛かってくるが、必死なのび太は泣きながらそれらをグッと堪え、全身全霊で以て身体を“タイムマシン”に張り付けた。
 揺れる視界の先では稲光が轟音と共に幾条も走り、黒々とした風が唸りを上げて渦を巻いている。
 まさにここは台風の中だ。
 一瞬の気の緩みが、全てを終わらせる極限の牢獄。
 だが。

「ううううっ……もう、ダメだぁああっ!!!」

 そんなものがなくても、所詮は低の低スペックの身体能力しかないのび太。
 拙い足掻きもあっさりと破られ、身体が虚空へと投げ出される。

「うわぁああああーーーーっ!!!!」
『アアッ……ノビ太サン!』

 悲痛な叫びの余韻だけを置き去りに、のび太の姿はあっという間に漆黒の空間に飲み込まれ、そこから消えた。
 後に残されたのは、いまだ暴風と雷を的確な姿勢制御で耐え凌ぐ“タイムマシン”のみ。
 感情を表さないはずの鋼鉄のボディに、僅かに悲しみと悔しさの色が滲み出ていた……。








[28951] 第三話
Name: 青空の木陰◆c9254621 ID:90f856d7
Date: 2014/09/29 01:28






「……う、うぅん」

 何も見えない漆黒の空間。
 ぼんやりとした覚醒の意思が働き、のび太は僅かに意識を取り戻した。

(あれ? ぼくは……どうしたんだっけ? えーと……うん、その前に起きなきゃ)

 目を開こうとするが、瞼が動かない。
 まるで接着剤でがっちり固定されているかのように。

(……おかしいな?)

 それならばと身体を動かそうとするが、やはり動かない。
 首も、肩も、腕も、脚も、口さえもだ。
 辛うじて声だけは出そうではあったが、口が開かない以上はたいして意味がない。
 結局、数度の試行錯誤の後、のび太はすべての運動を放棄した。
 諦めの極致で、ゆったりと全身を弛緩させその場に身を委ねる。

(はあ……それにしても、ここはいったいどこなんだろう?)

 目が開かないので確認のしようもないが、幸いにも五感は生きていた。
 使えない視覚と味覚はさておくとして、残った三つの感覚で今いるところを理解しようと試みる。
 聴覚を働かせる……なにも聞こえない。完全な無音である。
 嗅覚を鋭くする……なにも匂ってこない。完全な無臭の空間のようだ。
 触覚を強く意識する……身体にはなにも触れてないようだ。ただ感覚からすると、仰向けに浮いているのが理解出来た。
 これにて、現状把握は終了。結論は、至ってシンプルに纏まった。
 すなわち……『なんにも解らない、どこだよここ』である。

(って、これじゃダメじゃん! もっとなにか、他に……あれ? なんだろう、この感覚?)

 自分で出した身も蓋もない結論に自分でダメ出しをした直後、のび太は突如として奇妙な感覚に襲われた。
 暖かいような冷たいような、明るいような暗いような、そんな矛盾した感触が全身を駆け巡る。

(う……な、なにこの変な感触!?)

 のび太はその気味悪さに、ぞわと鳥肌を立たせていた。
 すると今度は身体全体が異常なほどの圧迫感に襲われる。

(ぐえっ!? こ、今度はなんだっ!?)

 まるで元からはまらない型に、力任せに無理矢理指で押し込んでいくような感触。
 のび太の身体能力はスネ夫やジャイアンとは比べる方がかわいそうなほどの開きがあり、実は女の子であるしずかよりも低い。
 つまり、同年代の女子平均よりも劣った身体能力しかのび太は持っていないのである。
 もっとも、その割には『百二十九・三キログラム』もあるドラえもんを抱え上げたり、犬に追いかけられた際、犬より速く走ったりしているのだが、おそらくそれは火事場の馬鹿力、という事だろう。
 脆弱すぎるのび太にとってこれは堪らない。
 必死に耐える傍らのび太の脳裏には、車に轢かれて潰れたカエルのイメージが浮かんでは消えていく。

(つ、潰れちゃう……! やめてやめてやめ……あ、あれ? 消えた!?)

 と、始まった時と同様唐突に、ふっ、とその感触が終わりを告げた。
 あまりの展開の不可解さに、のび太は内心で首を傾げる。
 だが、その疑問が解消されないうちに、状況は再び急展開を見せた。

(え? なんだこれ!? わ、わ、わ! 引っ張られる……いや、吸い寄せられてる!?)

 のび太の身体がどこかに向かって動き始めた。
 未だ身体が思うように動かないのび太は、触覚からそれを感じ、ただ慌てる事しか出来ない。
 やがて閉じた瞼の向こうに、光が見えたような気がした。
 それと同時に身体がどこかに放り出される感覚が走る。
 次の瞬間、のび太の身体は猛烈な勢いで急降下、垂直落下運動に入った。

「――――う、わぁあああああーーーーっ!!」

 既に声も出せるし、手も足も動かせる。
 当然目も開けられるのだが、自分が空中から落下しているという実感に伴う恐怖のせいで目は開いていない、いや開けない。
 手足をばたばた動かして必死に身体を浮かせようとするが、そんな事が出来れば人類は飛行機など発明していないだろう。

「助けてぇえええーー! ドラえもーーーーん!!」

 叫んだところで件の本人が助けになど来る訳もない。
 そのうち声も上ずり、声帯を震わせながらも声が出ない、無発声のような状態に陥る。
 空中でもがきながら、叫びにならぬ叫びを上げて紐なしバンジーを強制敢行するのび太。
 やがて、それも唐突に終わる。






「ああ、追って来るのなら構わんぞセイバー。ただし、その時は決死の覚悟を抱いてこ――――ごふあっ!?」
「わぁああああ――――ぐえっ!」






 ――――自分の身体の真下にいた、青い男の上に頭からダイブする事によって。








[28951] 第四話
Name: 青空の木陰◆c9254621 ID:90f856d7
Date: 2014/09/29 01:46






「あいてててて……」

 どすっ、と地面に尻餅をつき、ぶつけた頭をさすりながら、のび太は涙目で呻く。
 頭には見事に大きなたんこぶが出来ている。
 落下した距離は、ざっと換算して百メートルはあっただろうか。
 普通だったら間違いなく、頭蓋がざくろのようにはじけ飛んで即死している。
 だが、どういう訳かのび太はコブひとつの負傷で済んでいた。
 長い間ジャイアンに殴られ続けたせいで、異様なタフネスを身につけてしまったのか。
 こう見えて意外にのび太は頑丈であった。
 それだけでは説明がつかない気もしないではないが、とりあえず今はさておくとする。

「はあああ、た、助かった……それにしてもここはいったい、ッ!?」
「……動くな」
「ひっ!?」

 無事に助かった事に安堵する傍ら、周りを見渡そうとしたのび太だったが、突如首筋に感じた冷たい感触に背筋を硬直させる。
 声のした背後へおそるおそる振り返ると、そこには青いボディスーツと銀の軽鎧を纏った、長身の男がいた。
 その表情は、針を数本飲み込んだかのようなひどい渋面である。

「痛っ、まだ頭が痛みやがる……あん? なんだ、ガキか? なんでガキが空から俺の頭の上に……しかしお前、運が悪かったな。見られたからには死んでもらわなきゃならねえんだ。こんな十かそこらのガキを殺るのは不本意だが……これも決まりでな。せめて苦しまないよう、一瞬で命を止めてやる」

 そしてのび太の首筋に突き付けられているのは……血のように真っ赤な槍の穂先。
 瞬時に命の危機だと悟ったのび太は顔を青く染め、へたり込んだままの姿勢で震え出す。

「あわわわわわ……な、なんで? どうしてさ!?」

 戦慄く唇を動かし、理由を問いただそうとするが、目の前の男はそれらをきっぱりと無視してすっ、とのび太の首から引き戻した槍を再び構える。
 その穂先は色濃い殺気と共に、ぴったりのび太の心臓に合わせられていた。
 相手の目はどこまでも真剣そのもの、男の言葉は嘘や冗談などではない事をのび太は悟る。
 いきなり自分の身に降りかかってきた死の気配に、のび太の歯はがちがちと音を鳴らし始めた。

「あ、あ、あぁああ……」

 こんな事なら、あんな大見得切るんじゃなかった。
 この不可解すぎる状況と今までの己が行動に、のび太の脳内では激しい疑問と後悔の念が、ない交ぜとなって渦を巻いていた。
 だが、事態はここから思わぬ推移を見せる。
 それにより、のび太の思考は更なる混乱の渦に放り込まれる事となった。

「……ぁあ? どういうつもりだ。なぜこのガキを庇う?」
「――――如何な理由があろうと……たとえ“聖杯戦争”の最中といえども……」

 突如、のび太の眼前に何者かが立ち塞がった。
 まるでのび太を男から護るように。
 頭を抱えて震えていたのび太はその凛とした声に、そっと顔を上げる。
 そこにいたのは。






「――――年端も行かぬ、無垢なる子供の命を徒に殺める事、騎士として、剣の英霊として……見過ごす事は出来ません!」






 青のドレスに、銀の鎧。
 月明かりを受けて輝く金砂の髪に、強い意志を秘めた深緑の瞳。

「その体たらくで言われてもな……ち、面倒な事をしてくれる……セイバーよ」

 左の胸を血潮で真っ赤に染めた、だがどこまでも気高く凛々しい、騎士の少女だった。

「セイ、バー……?」

 のび太は恐怖も疑問も忘れ、ただただ目の前のその背中を呆然とした表情で見つめていた。

「どけ、セイバー。“魔術は秘匿するもの”ってのが魔術師の鉄則。ましてや“聖杯戦争”に関しては言わずもがなだ。それぐらい知ってるだろう。後々のためにも」
「くどい。退くのならさっさと退きなさい、ランサー……っう、ぐ!?」

 男を凄まじい眼力で睨みつけながら、男の言葉を真っ向両断。
 セイバーと呼ばれた騎士の少女は、背後ののび太と眼前の敵に気を払いながらも、鮮血に染まった左胸を押さえ、低く呻き声を上げていた。

「うっ、わ」

 生々しい紅に顔を顰めつつも、相当ひどい怪我だな、とのび太はどこか他人事のように思う。
 そして互いに睨み合う事しばし、やがてランサーと呼ばれたその男が溜息をひとつ漏らした。
 構えていた朱槍が降ろされ、そのまま彼はくるりと踵を返す。

「……ふん。まあ、どう転ぼうが俺にはたいして関係ねえ事だしな、勝手にしやがれ。もっともそのガキは、“こっちの事情”に関してはなにも知らねえみたいだが……ま、それこそ俺の知った事じゃねえか」

 そして一気に跳躍し、塀の上へと飛び乗るランサー。
 その一連の動作で、のび太はここがどこかの家の庭なんだとようやく理解に至る。

「ああそうだ、もう一度言っておくが……追ってきても構わんぞセイバー。但し、その時は決死の覚悟を抱いてこい!」

 そんな捨て台詞を残して、ランサーは再度跳躍。
 民家の屋根から屋根へと次々飛び移り、そのまま夜の闇へと消えていった。

「――――な、なんなんだあれ!? 人間が屋根から屋根に飛び移った!?」

 その一連の光景にのび太の頭は混乱の極みに達し、オーバーヒートを起こしかけていた。
 あまりにもぽんぽんと続いたトンデモ展開。
 脳の処理能力が許容量を超えようとして、知恵熱すら出そうな勢いであった。

「……大丈夫でしたか?」

 と、のび太の眼前にいた少女……セイバーが振り返るなり、彼にそう尋ねてきた。
 月明かりに照らされたセイバーの顔は、整いすぎている顔立ちと相まって、いっそ幻想的なまでの美しさを醸し出している。
 一瞬、その美貌にぎっ、と硬直したのび太であったが、その心配そうな声音に、気づけばかくかくと首を上下に振っていた。

「は、はい! あの、その、ありがとうございました。えっと、ところでここは……」

 お礼ついでに質問をしようとしたのび太だったが、横から響いてきた声に中断を余儀なくされる。

「――――お前、何者だ?」

 ふと声の先を見ると、そこには高校生くらいの少年が立っていた。
 どこかの学校のものらしい制服を着込み、左胸はどういう訳かまたも赤い血がべったりである。
 その視線は一瞬だけのび太を捉え、次いで今度はセイバーの方にぴたりと向けられた。
 表情に疑問と猜疑、そして僅かの羞恥を滲ませて。

「何者もなにも、セイバーのサーヴァントです。貴方が呼び出したのですから、確認をするまでもないでしょう?」
「セイバーの、サーヴァント……?」
「はい。ですから私の事はセイバーと」
「そ、そうか。俺は衛宮士郎っていう。この家の人間……って、や、ゴメン。今のナシ。そうじゃなくてだな、ええと……」
「……成る程。貴方は偶発的に私を呼び出してしまった、と。そういう事なのですね」
「あ!? え、えと……たぶん」
「しかし、たとえそうだとしても貴方は私のマスターだ。貴方の左手にある令呪がその証拠。警戒する必要はありません」
「令呪……ってちょっと待て! その前にセイバー、だっけ。お前、さっき槍で突かれてただろ!? 左胸血塗れだし、大丈夫なのか!?」 
「既に表面の傷は修復されています。ですが、完全ではありません。マスター、『治癒』の魔術が出来るのならばお願い……ッ!?」
「ど、どうしたんだ?」

 呆然としているのび太を余所に語り合っていた二人だったが、突如セイバーの顔が厳しく引き締まった。
 衛宮士郎と名乗った少年は、その様子に首を捻る。

「……外に新たなサーヴァントの気配が。マスター、迎撃の許可を」
「きょ、許可!? って、ケガは完全に治ってないんだろ!? そんなもの……」
「ち、動きが速い……! もう猶予がありません、出ます!」
「あっ、お、おいセイバー! 待て!」

 言い置いてぐっ、と身をかがめ、塀の外へと一気に跳躍するセイバー。
 士郎は慌ててその後を追い、家の門へと走る。
 ややもして、塀の向こうからさらに声が響いてきた。



『止まれセイバー! 人を無暗に傷付けるのは止めるんだ!』
『マスター、何を言っているのですか!? 敵がいるのなら即座に討ち果たすのが当然の事でしょう!』
『事情がまったく解らないのに殺すなんて事、許可出来るか! それに敵っていったいなんなんだよ!?』
『――――そう、貴方がセイバーのマスターって訳。そんな寝ぼけた事を言っているところを見ると、本当になんにも解ってないみたいね……アーチャー、霊体化していなさい』
『……いいのか?』
『ええ』
『ふん……了解だ』
『お、前……遠坂!?』
『こんばんは、衛宮くん』



 剥き出しの針山のように剣呑なやり取りが、さらに二人の役者を交えて壁の向こうで展開されている。
 そしてひとり、庭にへたり込んだまま、蚊帳の外へと置き去りにされたのび太はというと。

「い……いったい、なにが、どうなってるのさ……?」

 ぽかんとした表情を晒したまま、漆黒の天空に向かって力なくそうぼやいていた。








[28951] 第五話
Name: 青空の木陰◆c9254621 ID:90f856d7
Date: 2014/09/29 01:54






「――――やあやあ、ゴメンゴメンのび太くん。買い置きのどら焼きが切れてたのをすっかり忘れてて……あれ? まだ帰ってないのか」

 野比家二階、のび太の部屋にて。
 襖を開けて入ってきたのは青いタヌキのような形のロボット……本人にそう言うとキレる……もとい、青いネコ型ロボット、ドラえもん。
 手に好物のどら焼きの入った袋を携えて、たった今帰宅を果たしたところであった。
 ゆっくりと部屋の真ん中に腰を下ろすと、さっそく袋からどら焼きを取り出して、幸せそうな顔で齧り付く。

「……それにしても、どこで油を売ってるんだろう? 学校はとっくに終わってるはずなのに」

 むにゃむにゃどら焼きを頬張りながら、ドラえもんは疑問混じりにそう言うと、机の方を見る。
 机の横にはランドセルが掛けられており、のび太が一旦は帰ってきた事を示していた。

「空き地にでも行ったのかな? それとも……まあいいか。それにしても、突発的な時空乱流が起こってるなんて……なにかの前触れかなぁ?」

 懐疑的に眉を歪め、ドラえもんはぼうっ、と宙に視線を彷徨わせる。
 そして、そのまま何気なく“タイムマシン”のある机の引き出しに目をやった。

「あれ? ちょっと開いてる……ま、まさか“タイムマシン”を……って、それはないか。使うなってメモを置いてたんだし。夕飯になれば帰ってくるでしょ」

 頭をよぎった不吉な予想を一蹴し、ドラえもんは改めてどら焼きに没頭する。
 その“まさか”が現実の物であるなどとは、露ほども思っていなかった。
 机の上をよく見てみれば、ドラえもんが置いたメモの位置が置いた時と一ミリも違っていない事に気づいたであろうが。
 のび太が時空間で行方不明となった事実が露見するのは、もう少し時間が必要のようであった。






「――――せ、聖杯戦争!?」
「そう、七組のマスター・サーヴァント主従による聖杯を巡る殺し合い。最後の一組になった時、願いを叶える聖杯が与えられる」
「そんな、本当なのかセイバー?」
「……はい。聖杯を手に入れ、願いを叶えるために私は召喚に応じた。そして他の六騎のサーヴァントも。先程の槍の男がランサー……相手が宝具を用いたため真名が判明しましたが、ケルト神話の英雄『クー・フーリン』。そしてリンの隣にいた赤い外套の男が……」
「アーチャーのサーヴァントよ。いい、衛宮くん? 信じられないのは解るけど、認めなさい。貴方はもう逃げる事は許されない。殺し合いに勝ち抜いて聖杯を手にするか、他の主従に殺されるか。そのどちらかしか貴方の選択肢はないわ」
「そんな……」
「――――ね、ねえ! ねえってば! 僕を忘れないでよーー!」

 張り詰めた糸のような緊張に満ち満ちる中。
 話の性急さと高度さと突飛さに、置いてきぼりにされた少年の悲鳴が木霊した。

「……ん。ああ、そういえばそっちもあったわね」
「うう……」

 ここは衛宮邸。
 文字通り士郎の家であり、のび太が落ちたのはこの家の庭先だった。
 のび太は士郎の勧めでセイバー、それから先程まで外で何やら言い争いをしていた士郎と同い年くらいの少女と共に衛宮邸の居間に上がり込んでいた。
 だが、いざその少女が話し始めると、次第に話についていけなくなったのび太は蚊帳の外となってしまったのである。
 流石はのび太と言うべきか、やはりのび太と言うべきか。
 しかし、この場にいる者達の意識が自分へと向いた事で、のび太はしめたとばかりに気を取り直して言葉を続ける。

「そ、その……出来ればぼくの事忘れないでほしいなぁ~、話を聞いてほしいなぁ~……な、なんて、思ったり思わなかったり……エヘヘヘ」
「あ、ああ。うん、そう言えば自分の事ばっかりでまだお互い自己紹介もしてなかったな。ゴメン。じゃ、改めて。俺は衛宮士郎、君の名前は?」
「あ、はい。ぼく、野比です。野比のび太と言います。小学五年生です。それで、えっと……」

 のび太は士郎から視線を外してそのすぐ横、湯呑の置かれた卓の前に座す二人を見やる。
 その意図に気づいたようで、二人はすぐさま口を開いた。

「ああ、わたし? 遠坂凛よ」
「……知っているでしょうが、改めまして。セイバーです。さっきは危ないところでしたね」
「はい、あの時はありがとうございました」
「ところでのび太君……君はあの時、ランサーの頭の上に落ちてきたよな。どうして空から落ちてきたんだ?」
「えーと……あ、ちょっと待ってください。その前に……今は西暦何年ですか? それから、ここは何県ですか?」
「はあ?」

 のび太が『ストップ』と手を出し、静止させられた士郎が質問の意図を図りかねて首を傾げる。
 今、のび太が何よりも知りたかったのは、現在がいったい何年の、どの場所なのかという事だった。
 時空乱流に巻き込まれて、運よく別の場所に放り出された事だけは解っていたが、ここが西暦何年なのかまでは当然ながら解らなかった。
 僅かに理解出来るのは、目の前の相手が日本語を喋っている事からここが日本のどこかであるという事。
 それから建物や家具、電化製品などが自分の時代の物とあまり変わっていない事から、自分がいた時代からそう遠くない未来の時間軸に放り出されたのだろうという事だった。
 それならドラえもんと連絡を取って助けてもらう事も不可能ではないかもしれない。
 のび太はそう考えていた。
 頭の上に疑問符を浮かべながらも、士郎は答えを口にする。
 しかし、次の瞬間、のび太の表情は驚愕と焦燥に彩られたものとなった。

「え、ええっ!? 十年以上も未来なの!? しかも東京じゃない!?」
「な、なんだ? どうした?」

 なんとのび太のいた時代とは四半世紀ほども離れており、しかも場所は住んでいた東京・練馬とは大きく離れた西日本地域だという。
 後者はともかく、前者はのび太にとっては重すぎる事実。
 この時代には未来の自分はともかく、ドラえもんはいないかもしれない。
 のび太はドラえもんがいつか未来へ帰る事は知っていたが、いつ帰るのかまでは知らないのだ。
 だが、のび太はそれでも一縷の望みを賭けて、さらに言葉を重ねる。

「あ、あのもう一つ、お願いが! 電話を貸してもらえませんか!?」
「へ……? あ、ああいいけど」

 のび太の必死な表情に気圧され、士郎は思わず首を縦に振る。
 そして士郎の案内の下、廊下の電話の前に赴くとのび太は自宅の電話番号をプッシュする。
 のび太の知る限りの数十年後の未来の情報の中で、唯一の光明があるとすればそこしかない。
 お願い、お願いと心の中で祈りを捧げながら受話器を耳に当てていると。



『――――お掛けになった電話番号は、現在、使われておりません』



 のび太の希望を木っ端微塵に打ち砕く、無情の宣告が聞こえてきた。
 電話がつながらないという事は、少なくとも自分の知る場所に未来の自分は……そして家族はおらず、行方が知れないという事。
 こうなってはもはやドラえもんの存在どころの話ではなく、それ以前の問題だ。
 仮にドラえもんがこの時代にいなかったとしても、未来の自分ならばあるいはドラえもんと連絡がつけられるかもしれないとのび太は踏んでいた。
 かつて“タイムマシン”で未来の自分に会いに行った際、それらしい事を匂わせる発言をしていたからだ。
 だが、自分を含めた家族の行方が分からないとなると、その希望の前提条件が木っ端微塵に砕け散った事になる。
 勿論、小学生であるのび太にとって行方を追う事などまず不可能、論外の極み。
 それでも悪あがきとばかりにしずか、ジャイアン、スネ夫の自宅の電話番号をプッシュする……。



『――――お掛けになった電話番号は、現在、使われておりません』



 しかし、無常。帰ってきたのはやはりその機械的な音声だけ。
 まともな手段で元の時代へ帰る事は、これで事実上不可能となった。

「そ、そんな……」

 のび太は受話器を取り落とし、力なくその場にへたり込んでしまった。






 ――――次々と襲い来る不可解な状況に振り回され、ポケットの中の『可能性』をすっかり失念したまま。
 だが、その『可能性』そのものに異常事態が起きている事など、神ならぬのび太には予想すら出来ないでいた……。








[28951] 第六話
Name: 青空の木陰◆c9254621 ID:90f856d7
Date: 2014/09/29 14:45






「……落ち着いたかい、のび太君?」
「は……はい。すいませんでした」

 場面は再び居間へ。
 あの後、へたり込んだまま涙声で取り乱すのび太を士郎がどうにか宥めすかし、居間へと戻ってきた。
 僅かにしゃくり上げつつ、真っ赤に泣き腫らした目を擦りながらのび太は士郎に頭を下げる。
 士郎は居たたまれなさそうに、かりかり頬を掻きながら、再び口を開いた。

「しかし、君はなんであんなに取り乱したんだ? さっきも変な事を聞いてきたし、何かしら訳があるんだろう?」
「それは……あの……」

 言いよどむのび太に、士郎をはじめとする三人の顔には色濃い疑念の色が浮かんでいる。
 しかし、この時のび太は戸惑っていた。
 本当なら何もかも喋ってしまいたい、喋って楽になりたいと心の中で考えていた。
 ところが、いざどう説明するかというところになると、どうしてもそこで考えが止まってしまうのだ。
 そもそも『アーサー王に会いに“タイムマシン”に乗ったら事故に遭って、ここに落ちてきてしまいました』などと説明したところで、信じてくれる人が果たしているだろうか。
 まず間違いなく信じてもらえない、単なる子供の妄言だと切り捨てられるだろう。
 もしくは所謂『厨二病』の一種かとも受け取られかねない……が、のび太の年齢からいえば、これはやや不適当かもしれない。
 いずれにしても、ドラえもんのいる自分の時代と地域ならともかく、ここではそれを正直に説明したとしても常識的に通用しないだろうという事を、のび太はうっすらとだが理解していた。
 さすがに、自分の周囲が甚だ異常であるという事を自覚してはいたようだ。
 戸惑い収まらぬのび太に、士郎はぱりぱり頭を掻き毟る。

「どうした? 言いにくい事なのか?」
「いや、その……言っても、信じてくれないと思うから……」

 心細そうに呟くのび太。
 頼りにしているドラえもんの存在が隣どころかどこにもないと解った事で、情緒が不安定になっている。
 支えを失った心が、折れそうになっているのだ。
 さながら知己も縁者もいない遠い異国の地に荷物もなく、突然置き去りにされた少年。
 絶望的なまでの孤独感を、のび太は心の底で味わっていた。
 曲がりなりにも今喋れているのは、単になけなしの勇気を振り絞っているからにすぎない。
 と、士郎の隣にいた凛が苛立ちの交じる怒声を放った。

「いいから、さっさと喋りなさい! 貴方もさっきこっちの話は聞いてたでしょう!? こっちは貴方ひとりに構っていられるほど、暇じゃないのよ!」
「ひ……っ!?」

 あまりの剣幕にのび太の背筋は伸び切り、顔色は蒼白になる。
 凛の形相はのび太に、テストで零点を取ったと知った時の母親の、あの鬼の形相を思い出させていた。

「お、おい遠坂!? そんな言い方はないだろう!? のび太君はまだ小学生なんだぞ! もうちょっと優しくだな」

 トラウマを抉られたように縮み上がったのび太を見かねて、士郎は庇う。
 だが、凛の態度は変わらず冷淡そのものであった。

「……あのね衛宮くん。アナタ、他人の事に気配り出来るほどの余裕があるの? 聖杯戦争のなんたるかもまだ理解出来ていないくせに、さらに荷物を背負い込む気?」
「う……」

 睨みを利かせた凛の的確すぎる鋭い舌鋒には、なにも反論出来なかった。
 しかし、それでも士郎は、意図的に指摘を無視してのび太の方に向き直り、出来るだけ優しい声音で問いかけた。

「えっと、まあとにかく……話してみてくれ。君は困っている。そうだろう」
「は、はい……」
「困っている人を簡単に見捨てられるほど、俺は腐ってないつもりだ。だから、困ってるなら力になる。そのためにも、君の事情を知りたいんだ。たとえどんなに出鱈目な話だとしてもね……無理に、とは言わないけどさ」

 のび太はそっと顔を上げ、士郎の顔を見る。
 その眼はどこまでも真剣で、嘘を言っているようには見えない。
 不意に、のび太はその眼を信じてみたくなった。
 極限まで精神が削られて、気を張っているのも限界に近かったという事も要因の一つにはある。
 だがとにかく、士郎の一言でのび太の意思は固まった。
 こうなったら、腹を割って話してみよう、と。
 意を決したのび太は、ひとつ力強く頷くと口を開いた。

「あの、最初に言っておきますね。今から話す事は、嘘みたいな話かもしれないけど本当の事なんです。だから、とにかく最後まで話を聞いてください。実はぼく……」

 回りくどく、たどたどしいのび太の説明は、実に数分の時を要した。
 そして説明を終えた時の聴衆の反応はというと。

「“タイムマシン”で過去から来たって!?」
「は、はい……正確には時空間を移動していた時、『時空乱流』に巻き込まれて事故に遭って、偶然こっちの時代に来ちゃったんです」

 あまりのインパクトゆえに、三人の表情は驚愕から一周回って呆れたものとなっていた。
 無理もない。
 この世界の常識では計り知れない事が、のび太の口から齎されたのである。

「未来から来たロボットの持ってる“タイムマシン”……ねえ。悪いけど、寝言は寝てから言いなさいな。これっぽっちも信用出来ない。論外ね」
「凛さんの言う事も解ります。ぼくも、最初ドラえもんと会った時は信じられませんでした。でも、本当の事なんです。信じてください!」
「と、言われてもね……じゃ、なにか証拠はあるの? アナタの言っている事が本当だという証拠は」
「しょ、証拠って言われても……」

 そう言われてしまえばぐうの音も出ない。
 既に“タイムマシン”の出口は閉じてしまっているだろうし、ドラえもんどころか未来の自分もどこにいるのか解らない始末。
 のび太には自分の言葉を証明する手立てがまったく思いつかなかった。

「……うぅ」

 諦めたように目を伏せ、座った体勢のままのび太はなんとはなしにポケットに手を突っ込む。
 すると、急に表情が変わった。

「ん? なんだろう……あ! こ、これは!?」

 首を傾げながらのび太はポケットからブツを取り出すと、先ほどまでの表情とは打って変わって心底嬉しそうな表情をする。
 その手には、なにやら白い袋状の物が握られていた。

「そうだ! これを持ってきてたんだった! “スペアポケット”!!」

 神器を振りかざす神官のように、のび太は“スペアポケット”を握った手を高々と宙に突き上げる。
 さっきまでの意気消沈振りとは百八十度真逆の、水を得た魚のように溌剌としたのび太に、三人は一様に呆気にとられていた。
 その中にあって、いち早く口を開いたのは、真っ先に再起動を果たしたセイバーであった。

「あの……ノビタ。なんでしょうか、それは?」
「ドラえもんが持ってる、未来の道具を入れているポケットのスペア、予備です。この中は四次元空間になっていて、いろいろな道具が入ってるんです。たとえば……えーと」

 のび太はそう言うと“スペアポケット”の中に手を突っ込み、ごそごそと漁る。

「うーん……室内だから“タケコプター”は危ないし、“ビッグライト”もそうだよなぁ。かといって“スモールライト”は……うん、じゃあ……これだ!」

 ぶつぶつ独り言を漏らしつつ、のび太が取り出したのは。

「――――ふ、ふろしき?」

 時計の柄がプリントされた、一枚の風呂敷だった。

「の、のび太君……なんだ、それ?」
「これは“タイムふろしき”って言って、これに包んだモノの時間を進めたり戻したり出来るんです」
「モノの時間を進めたり、戻したり……ですか?」

 今ひとつ合点がいかないようで、セイバーが首を傾げている。
 見ると、隣の凛も似たり寄ったりの反応であった。

「えーと、じゃあ実際にやってみた方が早いかな」

 頬を掻き掻きそう言うと、のび太はその場に“タイムふろしき”を広げる。
 そしてきょろきょろと、何かを探すように周囲に目をやっていたが、やがてセイバーの方に目を向けた。

「ねえ、セイバーさん。ちょっとこの上に座ってくれません?」
「はい?」

 言葉の意図が解らず、セイバーの目が点になる。
 だが、のび太は意に介さず、いいからいいからとセイバーの背中を押して、“タイムふろしき”の上に立たせた。

「あ、でも鎧を着てるから、座れないかな?」
「は……いえ。それでしたら、問題ありません。私の鎧は魔力で編まれたものですから」

 セイバーはそう言うと目を閉じ、身に纏った銀の鎧を魔力に還元して武装を解除した。

「このように、即座に着脱出来ます」

 重厚な鎧が消え去り、今現在、セイバーが身に着けているものは、鎧の下に着ていた青いドレスのみ。
 今度は、のび太の目が点になった。

「わあ、スゴイなぁ……。じゃセイバーさん、座って座って」

 一頻り感心したのび太は気を取り直し、再びセイバーに催促する。
 セイバーは言われるままに“タイムふろしき”の上に正座した。

「のび太君、一体何を……?」
「すぐ解りますよ、士郎さん。セイバーさん、今からセイバーさんをこれで包みますけど、じっとしていてくださいね」
「はあ……」

 セイバーの生返事もそこそこに、のび太はいそいそと“タイムふろしき”をまとめ、セイバーを風呂敷の中に包み込んでいく。
 そして完全にセイバーが風呂敷に包まれると、『ワン・ツウー・スリー……』となにやらカウントし始めた。
 ちなみに本来、カウントする必要などまったくないし、それどころか対象を包む必要もなく、ただ上から被せただけでも効果は発揮される。
 単に手品でもしているかのように見せかけるための、のび太の完全なお遊びである。
 そして、そのまま数秒が経過した。

「うん……もういい頃かな? よし、じゃあ……行きますよ! それっ!」

 掛け声とともに“タイムふろしき”をほどくのび太。
 ばっと包みが開かれ、中から出てきたのは。

「――――え!? ちょっと!? これって……!?」
「まさか、セイバー……なのか?」
「は? シロウ、いったいなにを言って……っな!? なんですかこれは!?」



 胸元の開いた青いドレスを身に纏った、長身の金髪の美女であった。



「ノ、ノビタ。これは一体……!?」
「“タイムふろしき”でセイバーさんの時間を進めたんです」
「セイバーの時間……? そ、それってつまり、成長させたって事!? 不老のはずの英霊を!?」
「へ? まあ……そうです」

 一部の言葉に首を傾げながらも、のび太はしかと断言する。
 ほどかれた“タイムふろしき”の上に立ち、自分の身体をぺたぺた触りながら目を見開いているのは紛れもなく、士郎のサーヴァントであるセイバーだ。
 ただし、先ほどまでの中学生程度の背格好ではなく、十八~九歳頃と思われる容姿をしていた。
 今までは幼さのせいで美しさよりも可愛らしさが前面に出ていた訳だが、今のセイバーはこの世の物とは思えないほどの美貌と共に凛々しさが殊更際立っており、まさに絶世の美女と呼んで差し支えない。
 頭の後ろで纏められていた髪は腰まで伸び、まるで金の絹のように艶やかな光沢を放ち、さらりと柔らかく真っ直ぐ流れている。
 背丈も欧州系であるためか士郎とほぼ同程度まで伸び、凛とのび太を見下ろすような形となっている。
 そして、なにより特徴的……いや、衝撃的なのは。

「――――くっ、わたしより大きいなんて!?」
「……う」

 所謂『母性の象徴』である。
 敢えてどこだ、とは言わない。
 しかしながら、上着の一部分を押さえて唇を噛みしめる凛の言からして、かなりのレベルにあると考えて差し支えない。
 微妙に前傾姿勢を取っている士郎の存在が、それをしっかりと裏付けている。
 はっきりと言おう。その自己主張度合が尋常ではなかった。その偉容、まさにスイカかマスクメロン。
 凛の、そして士郎の……実に哀しい……反応もむべなるかな、である。

「……成る程、私が仮に成長していたのならば、こうなるはずだった訳ですか。むぅ……いったいどのような原理でこんな現象を引き起こしているのか。魔力が感じられなかった以上、魔術ではない……」

 小声で何事かを呟きながらも微に入り細を穿ち、己が身体を見渡し続けるセイバー。
 自身の変貌ぶりがよほど衝撃的だったのだろう。
 ちなみに視線を送る回数が一番多かったのは、やはり劇的な変貌を遂げた部位。
 視線を下に落とすだけで容易に視認出来、かつ、ずっしりとした重量感と存在感に惹かれざるを得なかった。

「ふむ」

 無意識にだろう。彼女はむにむにと、己が諸手でその存在を確認していた。
 傍目からでもはっきりと解る。重力に逆らうように張り出し、人肌の温かさを湛えたそれが、マシュマロ以上のまろやかな弾力と柔らかさに満ち溢れている事が。
 ふよふよと、面白いように形の変わる様を見ていた士郎の腰が一層後方へと引かれ、また凛の表情が、ますます痛々しいものへと変容していた。 
 それはともかく。

「どうですか! これでぼくの言った事が本当だって事、信じてくれますよね!」

 明らかに常軌を逸しているこの現象。
 魔術という、科学とは真逆のベクトルの力と関わりを持つこの三人でも事態をよく呑み込めないでいた。
 こんな現象、大魔術に類する魔術でも実現出来るかどうか解らない。いや、不可能かもしれない。
 三人の葛藤……一部違うが……を知ってか知らずか、勝ち誇ったように、のび太は凛に詰め寄っていく。
 凛はしばらくの間、難しい表情をしていたが、徐に重い息を一つ吐くと。

「……はぁ。そうね、解ったわ。信じてあげる。流石に今のを見たら、ね」
「やったぁ!」

 渋々といった表情ながらも、のび太の言葉を認めた。
 ただし、怨念すら籠ったその視線だけは、セイバーの格段にレベルアップした『女性らしさを表す部位』に突き刺さったままであり。






「――――うぅ、んんっ」






 必死の形相で『ポジション修正』に勤しむ士郎の背筋は、いまだ伸びない。








[28951] 第六話 (another ver.)
Name: 青空の木陰◆c9254621 ID:90f856d7
Date: 2014/09/29 14:45






「……落ち着いたかい、のび太君?」
「は……はい。すいませんでした」

 場面は再び居間へ。
 あの後、へたり込んだまま涙声で取り乱すのび太を士郎がどうにか宥めすかし、居間へと戻ってきた。
 僅かにしゃくり上げつつ、真っ赤に泣き腫らした目を擦りながらのび太は士郎に頭を下げる。
 士郎は居たたまれなさそうに、かりかり頬を掻きながら、再び口を開いた。

「しかし、君はなんであんなに取り乱したんだ? さっきも変な事を聞いてきたし、何かしら訳があるんだろう?」
「それは……あの……」

 言いよどむのび太に、士郎をはじめとする三人の顔には色濃い疑念の色が浮かんでいる。
 しかし、この時のび太は戸惑っていた。
 本当なら何もかも喋ってしまいたい、喋って楽になりたいと心の中で考えていた。
 ところが、いざどう説明するかというところになると、どうしてもそこで考えが止まってしまうのだ。
 そもそも『アーサー王に会いに“タイムマシン”に乗ったら事故に遭って、ここに落ちてきてしまいました』などと説明したところで、信じてくれる人が果たしているだろうか。
 まず間違いなく信じてもらえない、単なる子供の妄言だと切り捨てられるだろう。
 もしくは所謂『厨二病』の一種かとも受け取られかねない……が、のび太の年齢からいえば、これはやや不適当かもしれない。
 いずれにしても、ドラえもんのいる自分の時代と地域ならともかく、ここではそれを正直に説明したとしても常識的に通用しないだろうという事を、のび太はうっすらとだが理解していた。
 さすがに、自分の周囲が甚だ異常であるという事を自覚してはいたようだ。
 戸惑い収まらぬのび太に、士郎はぱりぱり頭を掻き毟る。

「どうした? 言いにくい事なのか?」
「いや、その……言っても、信じてくれないと思うから……」

 心細そうに呟くのび太。
 頼りにしているドラえもんの存在が隣どころかどこにもないと解った事で、情緒が不安定になっている。
 支えを失った心が、折れそうになっているのだ。
 さながら知己も縁者もいない遠い異国の地に荷物もなく、突然置き去りにされた少年。
 絶望的なまでの孤独感を、のび太は心の底で味わっていた。
 曲がりなりにも今喋れているのは、単になけなしの勇気を振り絞っているからにすぎない。
 と、士郎の隣にいた凛が苛立ちの交じる怒声を放った。

「いいから、さっさと喋りなさい! 貴方もさっきこっちの話は聞いてたでしょう!? こっちは貴方ひとりに構っていられるほど、暇じゃないのよ!」
「ひ……っ!?」

 あまりの剣幕にのび太の背筋は伸び切り、顔色は蒼白になる。
 凛の形相はのび太に、テストで零点を取ったと知った時の母親の、あの鬼の形相を思い出させていた。

「お、おい遠坂!? そんな言い方はないだろう!? のび太君はまだ小学生なんだぞ! もうちょっと優しくだな」

 トラウマを抉られたように縮み上がったのび太を見かねて、士郎は庇う。
 だが、凛の態度は変わらず冷淡そのものであった。

「あのね衛宮くん。アナタ、他人の事に気配り出来るほどの余裕があるの? 聖杯戦争のなんたるかもまだ理解出来ていないくせに、さらに荷物を背負い込む気?」
「う……」

 睨みを利かせた凛の的確すぎる鋭い舌鋒には、なにも反論出来なかった。
 しかし、それでも士郎は、意図的に指摘を無視してのび太の方に向き直り、出来るだけ優しい声音で問いかけた。

「えっと、まあとにかく……話してみてくれ。君は困っている。そうだろう」
「は、はい……」
「困っている人を簡単に見捨てられるほど、俺は腐ってないつもりだ。だから、困ってるなら力になる。そのためにも、君の事情を知りたいんだ。たとえどんなに出鱈目な話だとしてもね……無理に、とは言わないけどさ」

 のび太はそっと顔を上げ、士郎の顔を見る。
 その眼はどこまでも真剣で、嘘を言っているようには見えない。
 不意に、のび太はその眼を信じてみたくなった。
 極限まで精神が削られて、気を張っているのも限界に近かったという事も要因の一つにはある。
 だがとにかく、士郎の一言でのび太の意思は固まった。
 こうなったら、腹を割って話してみよう、と。
 意を決したのび太は、ひとつ力強く頷くと口を開いた。

「あの、最初に言っておきますね。今から話す事は、嘘みたいな話かもしれないけど本当の事なんです。だから、とにかく最後まで話を聞いてください。実はぼく……」

 回りくどく、たどたどしいのび太の説明は、実に数分の時を要した。
 そして説明を終えた時の聴衆の反応はというと。

「“タイムマシン”で過去から来たって!?」
「は、はい……正確には時空間を移動していた時、『時空乱流』に巻き込まれて事故に遭って、偶然こっちの時代に来ちゃったんです」

 あまりのインパクトゆえに、三人の表情は驚愕から一周回って呆れたものとなっていた。
 無理もない。
 この世界の常識では計り知れない事が、のび太の口から齎されたのである。

「未来から来たロボットの持ってる“タイムマシン”……ねえ。悪いけど、寝言は寝てから言いなさいな。これっぽっちも信用出来ない。論外ね」
「凛さんの言う事も解ります。ぼくも、最初ドラえもんと会った時は信じられませんでした。でも、本当の事なんです。信じてください!」
「と、言われてもね……じゃ、なにか証拠はあるの? アナタの言っている事が本当だという証拠は」
「しょ、証拠って言われても……」

 そう言われてしまえばぐうの音も出ない。
 既に“タイムマシン”の出口は閉じてしまっているだろうし、ドラえもんどころか未来の自分もどこにいるのか解らない始末。
 のび太には自分の言葉を証明する手立てがまったく思いつかなかった。

「……うぅ」

 諦めたように目を伏せ、座った体勢のままのび太はなんとはなしにポケットに手を突っ込む。
 すると、急に表情が変わった。

「ん? なんだろう……あ! こ、これは!?」

 首を傾げながらのび太はポケットからブツを取り出すと、先ほどまでの表情とは打って変わって心底嬉しそうな表情をする。
 その手には、なにやら白い袋状の物が握られていた。

「そうだ! これを持ってきてたんだった! “スペアポケット”!!」

 神器を振りかざす神官のように、のび太は“スペアポケット”を握った手を高々と宙に突き上げる。
 さっきまでの意気消沈振りとは百八十度真逆の、水を得た魚のように溌剌としたのび太に、三人は一様に呆気にとられていた。
 その中にあって、いち早く口を開いたのは、真っ先に再起動を果たしたセイバーであった。

「あの……ノビタ。なんでしょうか、それは?」
「ドラえもんが持ってる、未来の道具を入れているポケットのスペア、予備です。この中は四次元空間になっていて、いろいろな道具が入ってるんです。たとえば……えーと」

 のび太はそう言うと“スペアポケット”の中に手を突っ込み、ごそごそと漁る。

「うーん……室内だから“タケコプター”は危ないし、“ビッグライト”もそうだよなぁ……うん、じゃあこれだ! “スモールライト”!!」

 そうしてのび太が取り出したのは、小型の懐中電灯のような形をしたひみつ道具。名を“スモールライト”。
 のび太自身、今まで幾度も使用しているおなじみの代物であった。

「な、なんだそれ?」
「名前の通り、物を小さく出来るライトなんです。ちょっとやってみますね。それっ!」

 士郎の疑問の声に対し、のび太は掛け声と共に“スモールライト”を彼に向け、スイッチを入れた。
 すると甲高い機械音と共にライトから光が照射され、それを浴びた士郎の肉体はみるみるうちに小さくなっていった。
 いきなり周囲の景色が変わった事に、士郎は泡を食う。

「え……うわ、なんだこれ!? のび太君が大きくなった!?」
「あはは、違いますよ。士郎さんが小さくなったんです。“スモールライト”ですから」
「な、なんと……」
「……まさか」

 残る二人は、その非現実的且つ非科学的な光景に目を丸くしていた。

「どうですか! これでぼくの言った事が本当だって事、信じてくれますよね!」

 明らかに常軌を逸しているこの現象。
 魔術という、科学とは真逆のベクトルの力と関わりを持つこの三人でも事態をよく呑み込めないでいた。
 こんな現象、大魔術に類する魔術でも実現出来るかどうか解らない。いや、不可能かもしれない。
 三人の葛藤を知ってか知らずか、勝ち誇ったように、のび太は凛に詰め寄っていく。
 凛はしばらくの間、難しい表情をしていたが、徐に重い息を一つ吐くと。

「……はぁ。そうね、解ったわ。信じてあげる。流石に今のを見たら、ね」
「やったぁ!」

 渋々といった表情ながらも、のび太の言葉を認めたのであった。








[28951] 第七話
Name: 青空の木陰◆c9254621 ID:90f856d7
Date: 2014/09/29 15:02






 ――――さて、あの時を操る布で、のび太が信用を勝ち取ったその後。



「わたしにも貸しなさい!」

 セイバーの『富める部位』についに堪忍袋の緒が切れた凛が嫉妬心剥き出しで“タイムふろしき”をのび太から強奪したものの。

「――――へっ!? な、なんでこどもになってるの!?」

 つい『うっかり』逆に被って成長どころか三歳くらいの姿まで幼児化したり。
 混乱する凛を一旦脇に置いたのび太がセイバーの時間を元に戻そうとして。

「あ、やりすぎちゃった……」
「――――な、なぁっ!」

 タイミングを誤ってセイバーまで幼児化したり。

「の、のびた! はやくもとのしゅがたにもどしなしゃい!!」
「あの、このしゅがたは、ちょっと……その、こ、こまりましゅ」
「え!? い、いや、あのその、いっぺんに言われても……!?」

 舌足らずなこどもセイバー、こども凛のコンビが、のび太に涙目で喰ってかかったり。

「……ぐっ」

 混乱の陰で、鼻を押さえて思わず蹲る士郎がいたりと。
 上を下への甚だ脱力を誘う大騒動で、無駄に時間を喰ってしまっていた。






 なんのかんので混乱が収まるまで相応の時間を要し、ようやっと状況は再開される。






「――――ん、んんっ! ま、まあ、おおよその事情は解ったけど……それで、のび太君はこれからどうするんだ?」
「出来れば、というか絶対に元の時代に帰りたいんですけど」
「アテはあるの?」
「それが、ぜんぜん思いつかないんです……」

 凛のストレートな問いに、のび太は塩に漬かった菜っ葉のようにしおれてしまう。
 一頻り事情を納得してもらったのはいいが、これからどうすればいいのかまでは、さっぱり判断がつかなかった。
 当初の目的はアーサー王に会う事だったが、それもおじゃんになってしまっている。
 これ以上、この時代にとどまっていても意味はなく、かといって帰る手段もない。
 “タイムマシン”を使う以外に時間を遡れる方法について、のび太は思い当たる節がまるでなかった。

「君の持ってる、未来の道具でなんとか出来ないのか?」
「と、言われても……たしかに魔法みたいな効果のある道具がたくさんありますけど、ぼくはドラえもんじゃないから道具の全部を知ってるわけじゃないし……あれ?」

 そこまで言って、ふと、唐突にのび太は疑問を感じて首を傾げた。
 聖杯戦争の話を聞いた時から頭の片隅に引っ掛かっていた事が、ふと自分の言葉で形になったのである。

「どうしたんだ?」
「あの、士郎さん。士郎さんは、あと凛さんもですけど、魔法使い……じゃなかった、魔術師なんですよね?」
「え? あ、ああ。遠坂はともかく、俺は半人前の魔術使いだけどな」
「魔術使い? 違いがよく解らないんですけど、どう違うんですか?」
「え、そうだな……まあ、ちょっとややこしい話だから、それはまたいずれな。それで?」
「あ、そうだった。えっと、ぼくのいた時代には魔術とか魔法とか、そういったものはなかったんです」

 のび太の疑念は、そこに尽きた。
 かつてのび太は、ドラえもんの道具“もしもボックス”を使い、魔法があって、かつ科学ではなく魔法が発達した『もしもの世界』を創り出したことがあった。
 それはまさしくパラレルワールド……平行世界を創り出し、行き来していたという事。
 所謂『第二魔法』を科学の力で実現していた事になるのだが、それ以上はまた別の話となるのでさておくとする。
 ここで大事な点は、のび太のいた所には魔法・魔術といったものが存在していなかったから、“もしもボックス”を使ってパラレルワールドを創り出したのだという、この前提である。
 そもそもそんなものがあったのなら、ドラえもんがその存在を認知していなかったとは思えない、とのび太は考えていた。
 普段はあんなでも、二十二世紀の万能……厳密には、そう言えるだけの数々のひみつ道具を持っている……ネコ型ロボットなのだ。
 あらゆる可能性を○と×で百%判断する“○×占い”や、この世の森羅万象をすべて網羅している『宇宙完全大百科』に繋ぐ端末“宇宙完全大百科端末機”といった、魔術や魔法の実在を証明出来る道具も持っている。
 その上でドラえもんは存在を否定していたのだから、魔法は存在しなかったと判断していいだろう。
 いくつかそれ“らしき”ものはあったが、大半はドラえもんの道具によって発生したものだからそれは科学の延長線上にあると考えていいし、そうではないものも魔術やら魔法やらのカテゴリに当てはめて考えるには、ちょっと首を捻ってしまう。
 仮にあったとしたならば“もしもボックス”を使用する事もなく、直接探しに行ったはずであろう。
 魔術がたとえ“秘匿するもの”であったとしても、ドラえもんの道具から完全に隠しきれるとは思えない。
 のび太の時代でないとされていた魔法あるいは魔術が、地続きの時間軸上……数十年後の未来であるはずのここでは、昔から秘密にされながらも存在しているという。
 この違いが示す物はいったいなんなのか、のび太はそこに答えを見出そうとしていた。
 のび太は学校の成績等に関しては底辺を這うレベルだが、決して頭が悪いという訳ではなく、むしろ異様と言っても差し支えないほどのひらめき力を有している。
 そのため、僅かの疑念からここまで考える事が出来たのであった。

「どういう事なんでしょうか? 魔術が存在してるのなら、過去のぼくの時代にあってもおかしくはないはずです。でも、ドラえもんはそんな事、一言も言ってなかったし……」
「う、うーん……と言われてもな。正直、俺にもさっぱりだ。さっきも言ったけど、俺は半人前の魔術使いでな。その辺の知識はさっぱりなんだ。遠坂、なにか解るか?」

 のび太の疑問に答えられなかった士郎は、さっきから瞑目したまま黙っている凛に水を向ける。
 数秒の沈黙の後、彼女は徐に人差し指をぴっ、と立てて目を開いた。

「――――考えられる可能性がひとつだけ、あるわ。正直、かなり腹が立つけどね」
「……あ、あの。その可能性って、な、なんですか?」

 苛立ち、剣呑な雰囲気を醸し出す凛に、のび太は士郎の背中に隠れながらおそるおそる尋ねてみる。
 どうやら凛に対して苦手意識が芽生えたようである。
 相変わらずの気の小ささであったが、最初の対応が対応だった事もあり、これも致し方ないところであろう。
 のび太の対応を意にも介さず、凛は法廷で糾弾する検事のように勢いよく人差し指を彼に向け、そして。



「のび太、アナタ……未来じゃなくてパラレルワールドへ来ちゃったのよ。少なくとも、わたしではそれくらいしか考えつかないわ」



 射殺さんばかりの鋭い視線をのび太に突き刺して、ぴしゃりとそう言い放った。






「――――それで、なんで目の前にホワイトボードが?」
「さ、さあ……というか、どこから持ってきたんだこれ? ウチにはこんな物なかったぞ?」

 居間の中、目の前にデン、と置かれたホワイトボードに疑問を投げかけあうのび太と士郎。
 頭の上には、大量の『?』マークが盛大にラインダンスを踊っている。

「ほらそこ。何をごちゃごちゃ言ってるの? 解説を始めるから、無駄口叩いてないでこっちを向きなさい」

 そしてホワイトボードの横には、どこから取り出したのか黒縁の伊達眼鏡を掛けている凛。
 服装は赤の上着に黒のスカートのままだが、雰囲気はさながら女教師か、やり手の塾の講師のようだ。
 何が彼女の琴線に触れたか定かではないが、とりあえず『触らぬ神に祟りなし』と疑問を封殺して、二人は正面に向き直った。
 ちなみにセイバーは既に居間のテーブルに坐して、行儀よく続きを待っている。

「いい? まず平行世界の概念を説明するわね」

 そう言って凛はペンでホワイトボードに一本の縦線を描く。

「この線を今、わたし達のいる世界だとしましょう。そして時間の流れは下から上へ、過去から未来へと流れている」

 線の横に、下から上へ向けて矢印が描かれた。
 きゅっきゅっ、とペンがボード上を黒い軌跡を残して駆け抜けていく。

「そして未来に向かうに連れて、この線はいくつも枝分かれするの。まあ運命の分岐、とも言い換えてもいいけれどね。たとえばどこかで地震が起きた・起きなかった、誰かが死んだ・死ななかった、といった可能性が枝分かれする。それがこれ。未来は不定形で、どう分岐するかは誰にも解らない。ちなみに未来を見通せる能力者……偽物は除くけど……そういった人達はこのいずれかのうちの一つを見る事が出来る、というのが大半ね。ここまではいいかしら?」

 線の上の部分に、枝分かれした幾つもの線を描いた凛は生徒陣三人に視線を送る。
 ぱちんとなる、ペンにキャップを被せる音が小気味よかった。

「ん……まあ、だいたい。説明、解りやすいな」
「ええ」

 視線を受けて士郎とセイバーは素直に頷いている。
 だが、肝心要ののび太はというと。

「す、すみません……よく解らないです」

 ぐるぐると目を回し、頭から煙を噴き上げていた。
 放っておくと知恵熱でオーバーヒートしそうな勢いである。
 のび太が理解するには、いささか高度すぎる話だったようだ。
 凛はぴくつくこめかみを抑えながらも、もっと解りやすいように噛み砕いて説明を始めた。
 そして数分の後。

「――――そして、枝分かれした未来は先では決して交わる事はなく、互いに平行線のまま続いていく。これが平行世界って訳。解ったかしら、のび太?」
「……は、はい、なんとか。自分の世界を中心にして、同じのようでいて、なにかが決定的に違う世界のひとつひとつが平行世界だっていうのは解りました……」

 へろへろになりながらも、凛先生の言わんとする事をのび太はようやく理解する事が出来た。
 頭の上からは、いまだ煙がぶすぶす燻りながら立ち上っている。
 某元首相の名言を借りれば、『よく頑張った、感動した!』と評したいほどの苦労をしたようだ。
 あくまでのび太基準の、ではあるが。

「ま、上出来ね。じゃ、次のステップに移るけど……」

 だが、凛はのび太がやっと話を理解したと見るや、すぐさま次の話題へと切り替えた。
 のび太にとってこれは堪らない。
 まさに死人に鞭打つかのような苦行……いや拷問である。

「ええー!? ちょっとぐらい休ませてくれても……」
「却下よ却下! 言ったでしょう、こっちは暇じゃないって! わざわざ貴重な時間を割いて説明してあげてるんだから、むしろ感謝してほしいくらいよ! ここからが本題なんだから、少しくらい辛抱なさい!」
「……は、は~い……とほほ」

 凛にばっさりと斬り捨てられたのび太は意気消沈しながらも、渋々静聴する姿勢を整えた。
 士郎がぽんぽん、と慰めるように頭を撫でているが、ちょっとどころではなく情けない光景であった。

「それで、最初に言ったようにのび太は平行世界に迷い込んだ、というのがわたしの見解。その根拠の一つが魔術の存在の有無。のび太のいた世界では存在しておらず、わたし達の世界では秘匿されながらも厳然として存在している。同じのようでいてなにかが決定的に違うという、平行世界の定義に当てはまっている」
「はい」
「そして、のび太の言っていた『時空乱流』……だったかしら。それに巻き込まれたっていうのが二つ目の根拠。“タイムマシン”のナビゲーターの話だと、巻き込まれた場合、運が良ければどこか別の場所に出るかもしれないという話だったわね」
「そうです」
「その“どこか別の場所”が、ある地点から地続きでない、平行世界である可能性は捨てきれない。本来なら平行世界の移動なんてのは『第二魔法』の領域で普通ならまず不可能なんだけど、そもそも“タイムマシン”って、のび太の話の通りなら“時空間”っていう超空間を通ってる訳でしょ。そんなトンデモ空間なら台風が起きれば平行世界の壁を簡単に越えられるかもしれないからね。我が家系の悲願のひとつをあっさり達成してる事には……まあ、一万歩譲って許してあげるわ。魔道と一切関係ない、しかも事故だもの」
「え、それはその……どうも、ってちょっと待ってください!? 普通ならまず不可能って……どういう事ですか!?」

 凛の言葉の示すものに勘付いたのび太が凛に詰め寄る。
 凛はそれを一瞥するもいっそ冷然と、事もなげにこう告げた。

「言葉の通りよ。結論として、アナタは元の世界に帰れない。移動も含めた『平行世界の運営』は、魔術では到底為し得ない事。まさに奇跡の業なのよ。無限に存在する平行世界、その中の繋がりのない二つの世界の座標をピンポイントで特定し、無理矢理風穴を開けて行き来するなんて、どれだけの対価を支払っても実現不可能。酷なようだけど、アナタの持ってる未来の道具でもおそらくは……」
「そ、そんな……嘘だ、嘘だ! そんな事……あってたまるもんか!」

 突き付けられた残酷な結論が受け入れられず、頭を掻き毟りながらのび太は慟哭する。
 元の時代、いや世界に帰る方法はない。
 そう宣言されて平静を保てるような図太い神経を、のび太はしていなかった。
 一頻り喚いていたのび太だったが、突如はっ、と抱えていた頭を上げる。
 
「そ、そうだ思い出した! “スペアポケット”はドラえもんのポケットに繋がってたんだ! これなら……!」

 かつてのび太は“スペアポケット”の四次元空間を通って、ドラえもんのお腹にあるポケットから出てきた事がある。
 悲壮感を背負った必死の形相で、のび太はポケットから“スペアポケット”を取り出すと“スペアポケット”の中に無理矢理頭を突っ込んだ。

「お、おいのび太君!? そんな事して大丈夫なのか!?」

 既に“スペアポケット”の中に上半身が消えてしまっているのび太に向かって、士郎が心配そうな表情で声を掛ける。
 だが、のび太は士郎の声など聞こえていないかのように、一心不乱に“スペアポケット”の中へと潜り込んでいく。
 やがて足首の辺りまで潜り込んだところで、“スペアポケット”の隙間から怪訝そうな声が聞こえてきた。

「おかしいな……? もう向こうに出ていてもいいはずなのに……ま、まさか!? この四次元空間は、もうドラえもんのポケットと繋がってないの!?」

 黒ペンキで染めたような、絶望の滲んだ声であった。
 “スペアポケット”の四次元空間と、ドラえもんのポケットの四次元空間の繋がりは寸断されていた。
 向こう側は存在しておらず、あちこちに道具が浮かぶ漆黒の空間だけがただ広がっている。
 無理もなかった。
 この世界と、のび太のいた世界とはなんらの繋がりもなく、互いに平行線……つまり完全に断絶しているのだ。
 いつ、どのタイミングで分岐したのかも皆目解らないし、解りようもない。
 四次元空間同士がリアルタイムで繋がるのは同一世界に、ホワイトボードの線に例えるなら同一線上に二つが同時に存在している時のみ。
 いかに“四次元ポケット”といえども、存在する世界……線が異なってしまっては、もうどうしようもない。
 そもそも“次元”が違うのだから。
 “四次元ポケット”とのリンクが切られ、完全にスタンドアローンPCのような状態と化した“スペアポケット”。
 今ここに、ドラえもんをはじめとする『のび太のいた世界』との縁は絶対的に断ち切られた。



「そんな……こんな事ってないよ!! ドラえもーーーーん!!」



 頭を抜き出し、瞳に溢れんばかりの涙を浮かべながら、のび太は親友の名を叫ぶ。
 居場所と希望を失った少年の悲痛すぎる絶叫は、居間の空気を暗く沈み込ませた。






 ――――だが、“スペアポケット”の異常はこれだけで終わっている訳ではなかった。
 その詳細が判明するには、今少しの時間を要する事になる。








[28951] 第八話
Name: 青空の木陰◆c9254621 ID:90f856d7
Date: 2014/09/29 15:29





「…………」
「…………」
「…………」
「…………」

 会話に満ちぬ人々の織りなす空気は、周囲から熱を奪い去っていく。
 身を切るような冬の外気は、物理的な意味合い以上にしんしんと冷えきっていた。

「……あとどのくらいだ、遠坂?」
「もうすぐよ」

 四人は今、夜の新都の郊外を、徒歩にて移動している最中であった。
 新都郊外の丘の上にある教会へと向かっているのだ。
 そこに、聖杯戦争を監督している神父がいる、とは凛の言。
 聖杯戦争について無知である士郎に、聖杯戦争についての諸々を知ってもらうため凛がそこへ向かうよう勧めたのである。
 一応凛が一通り説明したのだが、それだけでは士郎の覚悟を決めるには不足だった。
 だからこそ、そこへ連れて行って士郎にこの戦争についての心構えを着けさせよう、というのが凛の狙い。
 しかし今、この四人の間に交わされる言葉はなく、まるでお通夜のように静まり返っていた。
 原因は言わずもがな、のび太である。
 三人が出払った衛宮邸に一人居残って留守番はさせられないため、三人は彼を同道させていた。

「うぅ……ドラえもん……しずかちゃん……ジャイアン、スネ夫、パパ、ママ……」

 ベソをかきながら、とぼとぼと足取り重く歩くのび太。
 悄然としたのび太の放つ暗い雰囲気が、四人の周囲の空気を息苦しいまでに重くしていた。
 勝気な凛すらも、この雰囲気に呑まれてしまっている。
 なんだかんだ言っても、のび太は小学五年生である。
 よく言えば繊細かつ純粋、悪く言えば幼稚かつ脆弱なのび太の精神構造、情け容赦なく降りかかる絶望に耐えきれる筈もなかった。
 時折士郎が慰めるように背中を撫でているものの、はっきり言って効果は薄い。
 やがて坂道を登りきると、四人の前に荘厳な雰囲気を醸し出す教会が現れた。

「着いたわよ……ここに聖杯戦争の監督役、エセ神父こと言峰綺礼がいるわ」
「えらい言い草だな。エセってなんだよ、遠坂」
「エセで十分なのよ、あれは。性質が真逆の“聖堂教会”と“魔術教会”の二束草鞋なんだから。行くわよ、衛宮くん」
「あ、ああ……あれ? セイバーは行かないのか」
「はい。いかに監督役とはいえこの身を徒に晒す必要性も、そのつもりありませんし、なによりノビタ一人をここに残す訳にもいきませんから」
「そうか。なら頼む。じゃ、のび太君。行ってくるよ」

 そう言葉を残して士郎と凛が教会の中へと消えると、後にはセイバーとのび太の二人だけが残される事となった。

「……ノビタ。そろそろ泣くのはお止めなさい。気持ちは分からなくもありませんが」
「うぅ……」

 セイバーの言葉にも沈黙と嗚咽でしか、のび太は応答を返せない。
 背中に暗い影を背負ったその惨めったらしい姿は、のび太が精神的に相当疲弊している事を物語っている。
 セイバーはただただ、その様をじっと、どこかしら困ったように見つめるのみ。

「ふう」

 この年頃の子供と接した経験があまりないのだろう。
 何一つとして思いつかない様子で立ち竦み、狼狽こそしていないものの、顔には持て余した者特有の困惑と焦燥の色がくっきりと浮かび上がっていた。

「……ん、そういえば」
「え……?」
「ノビタ、貴方は“タイムマシン”でどこに行こうとしたのですか?」

 この妙な空気を打ち払うように、彼女は脳裏をふとよぎった疑問を彼にぶつけた。
 のび太は『友達とちょっとした事で口論になって、見返すために“タイムマシン”で時を遡ろうとした』と大雑把にしか説明しておらず、なんのために“タイムマシン”に乗ったのかまでは説明してはいなかった。
 士郎達も、“タイムマシン”のくだりに喰いついてしまったため、その点に関しては突っ込んで聞いてはいない。
 なんとはなしに放った質問であったが、次に齎されたのび太からの回答に、セイバーの表情は、これまでとは違うものへとすり替わった。

「え、と、実はアーサー王に、会いたくて……」
「……あ、アーサー、王?」

 まるで頭上から不意を突かれたかのような、呆然とした表情であった。
 だが、のび太はその様子に気づく事なく、視線を下に落としたまま言葉を続ける。

「皆が……アーサー王なんてただの伝説で、いないって言うから。だから、ぼくは……」
「アーサー王が実在の人物だと証明するために……アーサー王の生きていた時代へ向かって時をを遡ろうとした、と?」
「うん。でも、事故に遭って……それでここに……」

 肯定の頷きを返すのび太を見て、呆けていたセイバーの表情がほんの微か、歪んだ。
 その瞳には、なんとも例えようのない不可思議な感情の光が瞬いている。
 だが、やはりのび太はそれに気づかない。
 それだけの精神的余裕がまだ、彼にはない。

「貴方は……アーサー王が、好きなのですか?」
「……昔、アーサー王のお話を読んで。こんな風になれたらなぁって、憧れてた。ぼくは、臆病で、弱虫だから……」

 滲んだ涙を拭い、そして再び溢れ出してくる涙を堪えながらのび太は呟く。
 気が小さく、非力で、何事からもすぐに逃げ出し、困った事があれば即座にドラえもんへ泣きつく。
 胸を張って人に自慢出来るような事など、ほとんどない。
 テストはいつも零点、野球をすれば三振にエラーの山。
 かけっこだってビリの常連で、ケンカでジャイアンにのされた回数は数えるのもうんざりするほど。
 格好悪すぎて、情けなさすぎて涙が出てくる。
 だからこそ、自分とは真逆の存在に、かつて伝記で読んだアーサー王に憧れた。
 強く、気高く、聡明で、勇敢な最高の騎士。
 のび太ではどう足掻いてもなる事の出来ない、崇高なる存在。
 アーサー王は、のび太の理想だった。

「だから、ぼくは見返したかった。アーサー王はホントにいたんだぞ、って。いないって言われて、悔しかった。アーサー王は、ぼくにとって、ヒーローだから……」
「……そう、ですか」

 セイバーはそれだけ言うと、すっと踵を返してのび太に背を向けた。
 絞り出すように出された、彼への返答。その訳は、本人のみが知っている。
 結局、のび太はそのセイバーらしからぬ様子に終始気づかぬまま、近くの植え込みのブロック部分に力なく腰を下ろす。
 その時であった。



『――――ふん。少年、そう気を落とすな。諦めるには、いささか早い』



 なにもないはずの虚空から、突如として声が轟いた。
 渋みの混ざった、士郎とは違う低い男の声であった。

「えっ……? だ、誰!?」

 驚いたのび太は顔を上げ、周囲に目を配るが男の影など微塵もない。
 しかし、その正体を思えば、それも当然の事。

『事情は大方聞き知っている。にわかには信じがたいが……まあそれはいい。ともかく、自らが持っている手段での帰還が不可能になったのだろう? それこそ奇跡でも起きない限りは。ならば奇跡を願い、起こせばいい。幸い、君は参加者ではないとはいえ、その奇跡が降臨する現場の只中にいるのだからな』

 再び男の声が木霊した次の瞬間。
 近くの木の陰から、長身の男が闇から滲み出るように姿を現した。



「――――喜べ、少年。君にはまだ、希望が残されている」



 褐色の肌に白い短髪。
 赤い外套と黒のボディアーマーを着込み悠然と、しかし油断も隙も一切感じられない自然体で佇んでいる。
 なによりも特徴的なのが……泣く間際の曇天を思わせる、その鈍色の両眼。
 獰猛な鷹を思わせるような眼差しで見据えられたのび太は、金縛りにあったかのように身を固くした。

「ひえっ!?」

 まるで蛇に睨まれたカエル。言葉よりも先に、闖入者の立ち姿そのものに身を竦めている。
 歪に強張った表情は、見事に恐怖で真っ青に彩られていた。
 そこへ、元凶へ振り返ったセイバーが、嘆息を交えて男に忠告する。

「――――アーチャー、子どもを怯えさせるような真似をしないでください。まして、ノビタは傷心中ですので」
「む……そんなつもりはなかったのだが。なぜだ」
「顔が怖かったからではないですか?」
「……そうなのか?」

 セイバーからの指摘を受け、首を傾げつつのび太に視線を移す赤い男……凛のサーヴァント・アーチャー。
 若干だが柔らかくなった眼差しにのび太は硬直を解くと、その途端、土下座せんばかりの勢いで頭を下げた。



「あの、その……ご、ごめんなさいっ! おじさんが、いきなり出てきて怖い目で睨みつけてきたからつい……!」
「お、おじ……っ!?」



 混じりけのない、のび太の率直な発言が弓兵の胸に深々と突き刺さった。
 初対面にして、『怖いおじさん』という不名誉極まりない認定を、彼は受け取る事になってしまった。
 子供は良くも悪くも素直で正直であるが、それ故にタチが悪いとも言える、かもしれない。
 もっともこの場合、妙な出方をした彼の自業自得であるが。

「……い、いや、すまない。睨んだ訳ではなかったのだ。この通り、謝るからどうか許してほしい」

 アーチャーは表情を強張らせながら、こちらも土下座せんばかりの勢いで頭を下げた。
 見かけ二十代かそこらで『おじさん』……しかも枕詞に『怖い』などと、英霊とはいえそんな評価はゴメンなのであろう。
 精悍な顔立ちと屈強な体躯とは裏腹に、心は硝子の如く繊細なアーチャーであった。






 ――――ちなみに。
 のび太の中でのランサーの第一印象は……『怖いお兄さん』である。








[28951] 第九話
Name: 青空の木陰◆c9254621 ID:90f856d7
Date: 2014/09/29 15:19






 お互いの無礼の謝罪も済み、二人は改めて向かい合う。

「――――そ、それでおじさん。『諦めるのはまだ早い』ってどういう事ですか?」
「……すまんが、出来れば“お兄さん”と呼んではくれまいか。これでも一応、肉体年齢は二十代なのでね」
「え……えぇえええーっ!? 嘘でしょ!?」

 闇夜を劈き響き渡る、のび太の驚きの声。偽らざる、本心からの叫びだった。

「…………」

 それを聞いた途端、アーチャーの背中が黒く煤け始めた。
 肩が重くなりそうなほどの哀愁が、背後にどんよりと漂っている。
 表情を繕わぬ、炎と硝煙の匂いすら纏っていそうな戦士然とした雰囲気の男が、こうまで悄然となる。
 彼にとって、のび太の一言がどれほどの衝撃であったか。それをまざまざと示していた。

「……セイバー。私はこんな時、どうすればいいのだろうな」
「私に聞かれても困りますが……そうですね。事実をありのまま、受け入れるしかないのではないですか? “おじさん”」
「君までそう呼ぶのか! くっ、爺さん……今まで“爺さん”と呼んでいた事、今この場で誠心誠意、心から謝罪する! 年齢以上の呼称で呼ばれる事が、まさかここまで辛いものだったとは……」

 剣の英霊の容赦ない言葉。『ブルータス、お前もか』と叫ぶカエサルにも似た絶望が、彼にどっすと突き刺さる。
 ついに、アーチャーは膝をつき、天を仰いで二人の与り知らない人物に祈りを捧げ始めた。
 訳の解らない事態の展開に、のび太はただただ目を丸くする。

「……ねえ、セイバーさん。この人いったいどうしちゃったの?」
「『さん』づけは結構。私の事はセイバーで構いません。まあ……とりあえず、ご希望通り“お兄さん”と呼んであげてはどうですか。このままでは話が進みません」

 自分が引導を渡した事を棚に上げ、素知らぬ顔でセイバーはそう言ってのける。
 果たして故意か天然か。真意はともかく、タチが悪い事に変わりなかった。



 ――――閑話休題。



「……つまり、この戦争でその『聖杯』を手に入れれば、元の世界に帰れるんですか? おじ……じゃなかった、お兄さん?」
「ぅ、む……そういう事だ。願いを叶える聖杯ならば、平行世界の壁などものともせずに帰還する事も可能だろう。数ある伝説にもあるように、元来聖杯とは万能の杯。そういう代物なのだからな。それから……あー、なんだ。呼びにくければアーチャーで構わんぞ。のび太少年」

 気を取り直したアーチャーからの説明が終わった後には、表情に少しだけ熱を取り戻したのび太がいた。
 死んだ魚のようだった目に輝きが灯り、俄かに活力の色が浮かんでいる。
 だが、話にはまだ続きがあった。

「しかし、君はあくまで迷い人であり、参加者ではない。当然、令呪もサーヴァントも持ってはいない。であるからして、君が聖杯を手に入れる事は不可能だ……本来ならばな」
「えっ!? それじゃ意味ないじゃないですか!?」

 期待を持たされたところで逆方向に話を覆されたのび太はアーチャーに食って掛かる。
 しかしアーチャーは落ち着き払ったまま、手でのび太を制した。
 アーチャーの話はまだ終わってはいない。

「落ち着け、少年。“本来ならば”と私は言ったぞ。要は、君が手に入れられなければ誰かに手に入れてもらうまでの話だ。そら、その人物に一人、心当たりがあるだろう?」
「……シロウ、と言いたいのですか、アーチャー? しかし、首尾よく聖杯を手に入れたとして、シロウがノビタのためにすんなりと聖杯を明け渡しますか?」
「明け渡すさ。間違いなく――――躊躇いなくな」

 確信の含みも露わに、アーチャーは断言した。
 まるで己の結論が真理であると言わんばかりの堂々ぶりに、セイバーの眉間に皺が寄る。
 その訝しげな様に気づいたアーチャーは、自然な動作で瞑目し言葉を続けた。

「私もそれなりに人生経験を積んでいるのだ。人を見る目は多少なりともあると自認している。そして、あの小僧は極度のお人よしだ……いっそ病的なまでにな。少年が助かるのならば、たとえ聖杯であろうが安いものだと思うだろうさ」

 彼の言葉は先の物と変わらず、揺るぎない確信を得ているかのように、自信に満ち満ちている。
 やはり納得がいかないのか、頻りに首を捻るセイバーがそこにいた。






 それから待つ事、およそ数十分。教会の扉が開き、中から士郎と凛が姿を現す。
 そしてのび太の前に立つと開口一番、士郎はこのように宣言した。



「のび太君、俺は聖杯戦争に参加する。そして聖杯を手に入れたら……君を元の世界に返してあげるよ」
「……え?」



 ぱちくりと丸くなる、眼鏡の奥ののび太の目。
 それは士郎の言葉が意外だったからではなく、アーチャーの宣告通りの発言を士郎がしたからに他ならない。
 セイバーとて、その例外ではなかった。

「シロウ、貴方はそれでいいのですか? あらゆる願いが叶う杯をこうもあっさりと……いえ、それ以前に先ほどまで、貴方は参加したくない素振りでしたが」
「……いいもなにも、俺には叶えたい願い事なんてないし、そもそもこの聖杯戦争、偶然とはいえセイバーを召喚してしまった時点で逃げ出せるようなものじゃなかった。そして、勝ち上がっていくしか選択肢がない事も、よく解ったよ。あの言峰って神父の話じゃ、俺にとってこの戦争は因縁のあるものらしいからな」
「因縁、ですか」
「ああ……ん、いや、なんでもない。とにかく、他のろくでもない魔術師(マスター)が聖杯を手に入れたら大変な事になる可能性があるし……なら、そうならないようこっちが手に入れればいい。それに聖杯なら、のび太君を元の世界に返す事だって可能なはずだ」
「……そうですか。貴方がそう決めたのなら、私からは何も言う事はありません。貴方の左手に令呪がある限り、貴方の剣として戦う事を誓いましょう」

 士郎を見据えて宣言したセイバーは、徐に士郎へ右手を差し出す。
 共に聖杯戦争を戦う主従としての意志、互いのそれを改めて確認するため。

「よろしくな、セイバー……はは、頼りない主(マスター)だけど」

 士郎もしっかりとセイバーを見据え、同じく右手でその手を固く握り返した。
 そして握手を終えると、今度はのび太に向かってその右手を差し出す。

「そういう訳だから、少しの間だけ辛抱してくれるかな? なに、大丈夫だよ。きっと元の世界に返してみせるから」

 そう言って、実に頼りなさそうな笑いを浮かべる士郎。
 それはあまりにも儚い、蜘蛛の糸の如き希望の光。

「士郎さん……あ、ありがとうございます!」

 だが、それはのび太の目に確たる光を取り戻させた。
 失った道が再び照らし出され、感極まる。
 震える両手で士郎の手を握り返すと、のび太の目から大粒の涙が零れ落ちた。






 その様子を、じっと見つめる者が一人。
 無機質なような、それでいて熱が籠ったような、ある種不可解な視線が一行に注がれている。
 それは、つい先ほど士郎と凛が出てきた扉の陰から送られていた。



「――――ふ、始まりの鐘は鳴った。さて、今回の聖杯戦争は一体どのような様相を見せてくれるのか……興味は尽きんよ。なあ、衛宮士郎」



 微かに笑みを含んだ声が、闇に溶ける。
 ただそれだけを呟き、戦争の監督役たる神父はカソックの裾を翻すと、自らの聖なる堂の闇へと消えていった。






 ――――希望と絶望が入り交じる、凄惨かつ高貴な五度目の争いは、こうして幕を開ける。
 しかし、この監督役の予想をも上回る『闇』が、この戦争において跳梁跋扈しよう事など、誰の推測にも埒外の事であった。








[28951] 第十話
Name: 青空の木陰◆c9254621 ID:90f856d7
Date: 2014/09/29 15:43






「はっ、はっ、はあっ………!!」



 走る、走る。
 ただ必死に、ただひたすらに夜の街並を走り抜ける。
 その顔には色濃い恐怖がありありと描かれ、息せき切って全力疾走するその姿はある種の焦燥感すら漂っていた。
 それも仕方ない。
 およそ平和な世界で生きてきた平凡な人間であればアレを見た瞬間、一つの猛烈な予感に苛まれるのはむしろ自然な事だ。



 ――――すなわち『死』……その死神の鎌の凄烈な輝きが。



 アレならば誰もがそれを感じ、そして衝動のまま後退りする。
 人間に限らず、生物ならば自らの生命に危険を感じたならば、すぐさま逃走を図る。
 それは生存本能の為せる業……一つしかない自らの生命を守るという、ごく当たり前の行動。
 夜の街を駆けるその少年は、ただそれに忠実に従っているにすぎない。
 誰も責めはしない、誰も非難はしない。
 当たり前の衝動を、当たり前の行動を本能の赴くまま、素直に実行に移しただけであるからして。

「――――っ、うっ……くっ!」

 だが、少年は己自身を、誰よりも責めていた。
 表情が歪んでいるのは恐怖の感情だけではない。
 情けなかったのだ、恐怖に負けた自分自身が。
 許せなかったのだ、あの場から逃げ出した自分自身を。
 それでも両の脚は勝手に動き続ける。
 自身の生命を守るために、たった一つしかない何よりも大事な物を護るために。
 だからこそ……少年は己自身を責め続ける。
 眼鏡の奥のその瞳には、じんわりと透明な雫が浮かんでいた。



「はっ、はっ……う、うわ!?」



 息が上がろうとも構わず、なお疾駆する少年であったが、突如アスファルトに猛烈な勢いでキスをする。
 そしてその一瞬後に、からんからんと乾いた金属音が鳴り響いた。落ちていた空き缶を踏みつけたのだ。
 固いアスファルトに四肢を強か打ちつけ、少年は無様に転げ回る。
 ようやく少年の全力疾走にピリオドが打たれた。

「う……うぅ……ぐすっ」

 後には静かにすすり泣く声。
 ぺたとその場に座り込み、両の膝から僅かに赤い液体を滲ませて。
 力なく頭を垂れたその姿は、まるで生きる気力を失った癌の末期患者を思い起こさせる。

「ドラえもん……」

 蹲る少年――――のび太は呟く。
 自分の傍らにいない、親友の名を。
 ただそれだけしか彼に出来る事はなく、それ以外になにもする気がなかった。
 ほんの束の間、微かな嗚咽のみが夜の闇を支配する。






 ――――はっ、随分辛気臭ぇツラしてんなぁ、クソガキ。






 暗闇の中から、唐突に響き渡った、その声。
 彼の涙が、そこで途切れた。

「え!? だっ、誰!?」

 はっ、と顔を上げ、のび太は慌ただしく周囲を見回す。
 だが、どこもかしこも闇、闇、闇。街灯の光源もなく、住宅の明かりも塀で遮られて彼を照らす事はない。
 月が雲間に隠れた闇夜、人並み程度にしか暗闇で物を見通せないのび太の目では、声の主を見つける事は出来なかった。

『――――ったく、いいキッカケが落っこちてきたと思ったらどうしてどうして、このザマかよ。期待外れ、とは言わねぇが……ちっと情けなさすぎやしねぇか? ま、オレが言えた義理じゃねえし、ある意味正しい判断だけどよ。ケケケ!』

 再び木霊する、その声。
 まるで人を小馬鹿にしたような、ひどく粗雑な物言いであった。
 真っ白になったボクサーのように燃えカスになっていたのび太も、流石にこれにはむっときた。

「うるさい、クソガキって言うな! 姿を見せないで話しかけてくるヤツよりマシだろ! こそこそしてないで、ここに出てきてから話せよ!」
『あーあー、うっせえのはどっちだっつうの。声を荒げんじゃねえよ、近所迷惑だぜ。今、何時だと思ってやがんだ。草木も眠る丑三つ時、子どもはもうオネンネの時間……ってそりゃ無理か! 今寝たら、絶対あのバケモンが夢に出てくるだろうしなぁ。朝になったら布団の中で大洪水は確実かぁ! ヒイッヒヒヒ!』
「うっ!?」

 下品に嗤う声の主とは対照的に、のび太の顔はさあっと蒼白に染まる。
 あの身も凍るような恐怖がリピートされ、彼の臓腑を締め上げた。
 再び元の燃えカスへ。瞳に涙を再度滲ませ、悄然とのび太は項垂れる。
 だが、声の主は一切の容赦なく、再び悪口を並べ始めた。

『しっかしよぉクソガキ、テメェもたいしたヤツだよなぁ。『仲間を見捨てて逃げる』……はっ、滑稽すぎて涙モンだぜ! くっくく……おっと、そう怖いカオすんじゃねぇよ。アレじゃ無理ねぇって。オレでもケツ捲って逃げるね、ゼッテー。テメェの判断は間違ってねぇよ。褒めてやる、よく逃げたなクソガキ!』

 ぱちぱちぱち。乾いた音が夜の闇に木霊する。
 両の手を打ち鳴らす、拍手の音だ。
 しかも、それは明らかにのび太を賞賛するもので。

「――――むぐぅううっ!」

 そのあまりの無神経さに、ついにのび太の堪忍袋の緒が切れた。
 血を流す手足もなんのその、足を踏み鳴らして勢いよく立ち上がったのび太は、虚空に向かって咆え猛った。

「黙れよっ! 姿を見せろ卑怯者! 一発ぶん殴ってやる!! ぼくの気も知らないでさっきから好き勝手……!」

 怒気で顔を真っ赤に染め、爪が食い込まんばかりに握られた拳がぶるぶる震えている。
 間欠泉のように込み上げてくる怒りの感情にどっぷり身を浸らせて、のび太は完全に冷静さを欠いていた。
 だが、そんなのび太に対して返されたのは、呆れ混じりの深々とした溜息であった。

『……やれやれ、殴られるのが解ってて誰が出ていくかよ、バカ。そもそもだ、クソガキ。テメェが俺の姿を拝むなんざぁ、まだまだ早ぇんだよ』
「な、な、なんだとぅ!?」
「いちいちキレんなや、クソガキ。まあ、なんだ。こっちにも事情ってモンがあるんでな。どうしてもオレを殴りたいってんなら……」



 ――――このイカれた戦争のただ中で、誰よりも生き延びてみな。



 その言葉で、煮え滾っていたのび太の理性が急速に冷やされた。

「……え?」

 怒りで歪んでいた顔が一転、ぽかんと間の抜けた表情となり、拳が力を失って垂れ下がる。
 のび太の感性は、その軽薄かつ粗野な物言いの中に、一筋の真剣味を感じ取っていた。

『ほれ、落としモンだ。テメェのだろ』

 すると、いつの間にか彼の足下に白い“ナニカ”が落ちていた。
 言葉に突き動かされ、のろくさとした挙動でのび太はそれを拾い上げる。
 その途端、彼の目があっと大きく見開かれた。

「こ、これっ、僕の“スペアポケット”!? 走ってた時にポケットから……落としてたんだ」
『まあぶっちゃけ、そこのドブに捨ててもよかったんだけどなぁ。それを“ワザワザ”拾って届けてやったんだ。オレってば親切だろ?』

 それ、絶対違うでしょ。
 のび太はそう心の中でツッコミを入れた。
 だが、真実はどうあれ、拾ってくれたのは事実。
 物凄く嫌そうな表情をしながらも、のび太はその場で頭を下げる。

「あ、ありがとう……」
『そんなに嫌なら、礼なんざ言うなっつうの。渋々言われたって嬉しかねえよ……まあ、とりあえず受け取っといてやるけど――――戻るんだろ、オマエ。あのバケモンのところに』
「…………」

 ぴく、とのび太の動きが一瞬止まる。
 身体の揺らぎも、表情も、呼吸すらも。
 それを知ってか知らずか、声の主の言葉は続く。

『せっかくだ、戻るんだったら一つだけ予言をしておくぜ。これから先、テメェは強大で、しかも懐かしい『悪』達に出会う。そしてその『悪』をすべて乗り越えたその果てに、『この世すべての悪』と対峙する事になる。途中でおっ死んだりしねえよう、せいぜい気をつけな。ケケケケケケ……!!』

 最後まで人の心を不快にさせるような言動のまま、嗤い声が遠ざかってゆく。
 闇から生まれ、そして闇に溶けるようにそれは夜の帳に飲まれ、消えた。
 後に残されたのは、のび太ただ一人のみ。

「い、いったい……なんだったんだろう、あいつ?」

 最後の予言とやらもさることながら、最初から最後まで全てが唐突すぎた邂逅。
 姿も見せず、顔も解らず、なし崩しに行われた語らい。
 滝に差し出されたコップよろしく、のび太の頭は、すべてを呑み込むまでには至らなかった。
 一人、ぼうっとその場に立ち尽くす姿は、処理落ちしたロボットを思わせる。
 しかし、たった一つ。
 その身を苛んでいたものはいつの間にか鳴りを潜めていた。

「……よし」

 徐に、のび太の身体がくるり、と反転する。
 右手に持った“スペアポケット”をぐっと強く握りしめながら、決然と視線を上げる。
 まだあの恐怖は色濃く残り、身体は小刻みに震えて素直に言う事を聞いてくれない。
 だが、それ以上の“ナニカ”が双眸に宿り、絶対なる恐怖の感情を越えてその身を突き動かしていた。

「――――いっ、行くぞっ!」

 そして駆け出す。
 身体を突き動かす衝動のままに、のび太は元来た道へと足を踏み出していた。
 そのあまりにも頼りない、小さな背には恐怖も不安も、鉛のように重くのしかかっている。
 ……しかしそれでも、心中に巣食っていた迷いだけは、綺麗さっぱり消え失せていた。






『――――ふん』

 のそり、と。
 そんな擬音を伴って、黒いナニカが民家の塀の陰から飛び出す。
 それはゆっくりと道の真ん中へと脚を進め、やがてある地点でぴた、とその歩みを止めた。
 そこは、つい今までのび太が立っていた場所。
 血のように赤い襤褸のようなバンダナと、膝元まで届く同様の腰巻のみを身に纏い、タトゥーのような紋様が全身に刻み込まれた、黒髪黒目のその男。
 常人には理解しがたい不気味な佇まい。気の弱い人間ならば、すぐさま卒倒する事間違いなしであろう。
 しかし。もし、のび太がその男を見たならば、驚きのあまりその場に尻餅をついていたはずである。
 男……否、いっそ少年とも呼べるその“モノ”は、のび太の記憶に新しいその“ダレカ”に瓜二つというほど、似ていた。

『…………』

 男は視線をのび太の去っていった方へと向ける。
 その途端、にぃいっ、と口の両端が斜め上へ鋭角に吊り上がった。
 それは見る者に恐怖と怖気を呼び起こさせる、ある種凄絶なまでの狂気を帯びた笑みだった。



『せいぜい気張るこった……“野比のび太”。オレの『目的』のためによ。これ以上、クサレ神父や蟲ジジイ達の思惑の“ダシ”にされんのもゴメンなんでなぁ――――ヒャアッハハハハハハハハ……!!』



 狂ったように高笑いする。
 その悪魔じみた哄笑は、不可思議なまでに淀みなく、そして“どす黒く”澄んでいた。






 ―――――月は、いまだ雲の中。








[28951] 第十一話
Name: 青空の木陰◆c9254621 ID:90f856d7
Date: 2015/02/13 16:27






 月も雲間に閉ざされた夜の帳の中。
 アスファルトの大地を舞台に繰り広げられていたのは、命を磨り減らすような死闘であった。



「■■■■■■■■■■■■■■■ーーーー!!」
「くっ……風圧が離れてるここまで来るってどんな怪力だ。セイバー、大丈夫か!?」
「シロウ、そのまま離れていてください! はあっ!」
「ちっ、手持ちの宝石はこれだけか。急いでたとはいえ、もったいぶるべきじゃなかったわね……って、アーチャー! 弾幕薄いわよ、なにやってんの!?」
「凛、その言い方は……いや、了解だ。しかしだな、まったくと言っていいほど通用せぬ弾幕に果たして意味があるのかどうか。目眩まし程度にはなるやもしれんが……さて」



 青と銀の色を纏った騎士が不可視の剣を振るい、その場所から遠く離れた位置に陣取った紅の弓兵が、文字通りの矢継ぎ早に鏃の弾幕を浴びせる。
 しかし、ソレは己が身に降りかかるそれらの脅威にいささかも揺らぎを見せる事なく、ただただ死の猛威を振り撒いていく。
 振り回されるは岩の剣、しかしただの岩の剣ではない。
 二メートル以上は確実にあると思われる、鋸のようにささくれ立った刃をした片刃の斧剣。
 それを棒切れのように容易く振り回し、士郎やセイバー、凛、アーチャーの命を刈り取ろうと迫り来る。
 死を振りまく斧剣の担い手は鉛色の巨人。
 三メートル近くはあろうかという上背、異常なほどに発達した筋肉に鎧われた体躯。
 なにより特徴的なのが、まるで知性というものを感じさせない、輝きを失った両の目だ。



「■■■■■■■■■■■■■■■ーーーー!!」



 言葉にすらならぬ、獣のような咆哮が大気を揺るがす。
 クラスは『狂戦士』。
 人呼んで、サーヴァント・バーサーカー。



「―――ふふふっ……無駄よ。わたしのバーサーカーには誰も勝てない。そして、ここにいる誰一人として逃がさない」



 その怪物を使役するは、雪の精を思わせる十歳前後の可憐な少女。
 腰まで伸びた純白の髪と、ルビーのような紅い瞳をした、歪なまでに純粋な意思を持つマスター。
 名を、イリヤスフィール・フォン・アインツベルン。
 この互いに正反対の主従が齎す、苛烈な死の気配に“四人”は晒されていた。

「……しかし、こう言っちゃなんだけど――――のび太君が逃げ出してくれていて助かったな」
「そうね。あの子がいたところで足手まといにしかならなかったし、他を気にしなくてよくなっただけ、セイバーもアーチャーも戦闘に集中出来る。もう一つ言うなら衛宮君、ついでにアナタにも逃げ出してほしかったんだけどね」
「それは無理だ。俺はセイバーのマスターだからな」






 話は少し前に遡る。

「――――ねえ、お話は終わり?」

 あの教会からの帰り道。
 突然、女の子特有の柔らかく、高い声が聞こえてきたかと思うといきなりソレは現れた。
 天にも届けと言わんばかりの巨躯を誇る、鉛色の怪物を引き連れた白の少女。

「はじめまして、リン。わたしはイリヤ。イリヤスフィール・フォン・アインツベルンって言えばわかるでしょ?」
「アインツベルン……御三家の!」
「あ、あわわわ、あああ、あわ、あぁあ……!?」
「お、おいのび太君、大丈夫か!?」

 スカートの裾を持ち上げ、淑女のように一礼して少女は名乗る。
 そして自己紹介を終えると、すっと居住まいを正して。



「――――じゃあ殺すね。やっちゃえ、バーサーカー!」



 まるで目についた羽虫をいじるかのような無邪気さで、士郎達の殺害を巨人に命じたのだった。

「う……う、うわああああぁぁぁぁっ!!??」

 その途端、のび太は脱兎の如く駆け出した。
 バーサーカーとは正反対の方向、衛宮邸へと続く道筋へと。
 その青白く染まった幼い顔に、色濃い恐怖の感情を貼り付けて。
 短時間ながらもむせるような『死の気配』に晒された結果、のび太の精神はパニックを通り越して恐慌状態に陥ってしまったのだった。
 士郎達は引き留める事も、追う事もせず、ただそのまま彼を行かせた。
 あの怪物ならば子供が恐怖に駆られて逃げ出したくなるのはごく当然の事、逃げ出す事で少しでも危険から遠ざかれるのならそれでいいと判断した。
 来た道を逆に辿っていけば衛宮邸まで真っ直ぐ帰れる。なにより殺し合いの現場に魔術師でもない、ただの小学生の子供を留めておく訳にもいかなかった。



「――――はっ!」
「■■■■■■■■■■■■■■■ーーーー!!」



 そうして、そのまま戦闘へと突入した。
 セイバーが苛烈な踏み込みでバーサーカーへと一足で肉薄。得物を振るい白兵戦を仕掛ける。
 アーチャーはその場から即座に離脱、やや離れた位置から弓による援護射撃を開始した。
 始まってはや数分、既に切り結んだ回数は数十合、浴びせた鏃も三桁に届く。
 だが、それでもなお、巨人の力は衰えを見せない。
 不可視の刃がその身に触れようとも、目にも止まらぬ速度で飛来する鏃に晒されようとも、その悉くを肉体が弾き飛ばしている。
 いまだ傷一つとして負わぬ、比類なき耐久力を誇る強靭なボディ。
 巨大な岩の塊を振り回す膂力もさる事ながら、なによりもそれが四人をして苦戦を強いらせていた。

「くぅ、セイバーがここまで手こずるとはね。攻撃が通じない上にあんなナタのお化けみたいなの振り回されたら、不用意に踏み込めない!」

 ぎゅっと唇を噛む凛。状況は、決定打なしの千日手に陥ってしまっていた。
 アーチャーの矢は堅牢なボディに無効化され、セイバーは狂ったように振るわれる岩の剣に斬撃を悉く弾かれ幾度もたたらを踏む。
 凛も手持ちの宝石で魔術を行使し、窮鼠の一撃とばかりにバーサーカーを狙うが、それもやはり無駄に終わった。
 一流と呼んで差し支えない凛でもこの体たらく。へっぽこ魔術使いの士郎に至っては何一つ出来ず、苦虫を噛んだように顔を歪めるだけでお話にもならなかった。
 決め手に欠ける均衡状態が続いているが、どちらが優勢かは火を見るよりも明らかだ。
 果物ナイフとチェーンソーのぶつかり合いに近い。
 どちらが先に砕けるかは自明の理、早く勝負をつけなくては四人揃って物言わぬ屍と化す。
 士郎と凛の中に、焦りが兆し始めていた。

「――――凛、少し離れていろ。一発でかいのをいくぞ」
「え!? く、セイバー! すぐにここから離れて! それから士郎、対ショック!」

 アーチャーからの念話が凛に届き、凛はすぐさま騎士へ指示を出し、同時に隣の士郎の襟首を引っ掴む。
 セイバーはその直感で即座に状況を理解し後退、士郎は訝しむ暇もなく凛に引きずられ、反射的に身を竦める。
 その瞬間、風切り音が彼らの頭上で唸ったかと思うとバーサーカーが突如爆発を起こした。

「ぐうっ!?」
「うぅっ!」

 撒き散らされる衝撃波と閃光、腕で身体を庇いながら士郎と凛はそれをやり過ごす。

「む……っ!」

 セイバーは目を細くし、不可視の剣を眼前にかざして爆風への盾とする。
 膝立ちすれすれの姿勢で圧力を堪える、その華奢な姿はやはり年相応の少女のそれ。
 しかし、その凄烈な意志を宿す眼差しだけは唯一、少女としての一線を画している。



「――――ちっ、どこまでタフだこいつは。呆れて物も言えん」



 そこへ、不意に無情の一報が届く。
 ラインを通して主に伝えられたのは、従者たる弓兵の舌打ちであった。

「……え?」

 凛が僅かに首を傾げたが、爆発で生じた煙が晴れるとその意味が実感を伴って理解出来たようだ。
 秀麗な眉根を寄せながら吐き捨てるように毒づいた。

「――――ホント、どこまでタフなのかしら」
「……冗談だろ、あれで無傷!?」
「流石に……これは」

 四人の目に映ったモノ。
 それは擦過傷一つ負っていない、威風堂々と爆心地に佇むバーサーカーの姿だった。

「■■■■■■■■■■■■■■■ーーーー!!」

 己が健在ぶりを示すかのように、虚空に向かって思うさま雄叫びを上げる鉛色の巨人。
 セイバーの呟き通り、まさに悪夢のような光景だろう。
 先程放たれたアーチャーの矢の威力は、今までバーサーカーに向けて放たれたどの攻撃より強力だった。
 しかし、バーサーカーはそれにすら全く堪えた様子を見せず、むしろ怒りによって闘志が増しているときた。
 必殺の一矢が、ただバーサーカーの怒りを買っただけの結果に終わったなどと、誰だって信じたくはないだろう。

「フフフ……惜しかったわねリン。中々の威力だったけど、私のバーサーカーに傷をつけるにはまだ力が足りない。バーサーカー、ここからは遠慮はなしよ。徹底的に……潰しなさい」
「■■■■■■■■■■■■■■■ーーーー!!」

 朗らかに告げるマスターの指令に、咆哮で応じるバーサーカー。
 岩の斧を振り上げ、先程まで対峙していたセイバーへと凄まじい速度で吶喊する。

「くっ!」

 標的とされたセイバーは、素早く剣を構えて迎撃する。
 しかし、結果は先程のリプレイとは異なるものであった。

「ああっ!」
「■■■■■■■■■■■■■■■ーーーー!!」

 二合、三合、四合、五合と火花を散らして切り結ぶうち、セイバーの体がたたらを踏むどころか右に左にと、嵐に揉まれる帆船のように大きく揺さぶられる。
 剣の技量では、セイバーが明らかに上。
 だが、バーサーカーはそれをも上回る金剛力で以て力任せにその優位性をひっくり返し、逆にセイバーを圧倒している。
 そしてもう一つ、バーサーカーがセイバーを圧倒たらしめている要素があった。

「くそっ、セイバーが圧されてる! さっきは互角だったのに!」
「当然よ、お兄ちゃん。技はともかく、体格が違いすぎるもの。むしろ本気になったバーサーカーが相手でよくここまで保ってるわね」

 それは、天と地ほども開いた“質量差”。
 セイバーは身長百五十四センチ、体重四十二キロとごくごく平均的な思春期の少女のそれ。
 対するバーサーカーは、なんと身長二百五十三センチ、体重三百十一キロという、通常ではありえない巨漢である。
 身長はセイバーの約一・六五倍、体重は実にセイバーの約八倍という目を疑いたくなるような開きがあるのだ。
 物理の法則上、質量の小さいものと大きいものがぶつかり合えば後者が前者に打ち勝つ。
 軽トラックと十トントラックが正面衝突すれば、軽トラックは原形を留める事なく、ぐしゃぐしゃにひしゃげてしまう。
 この場合、どちらが軽トラックなのかは、言うまでもない。
 むしろ純粋な技量のみで絶望的なまでの質量差を凌いでいる、セイバーの剣技こそ神掛かっていると言わざるを得ない。
 険しく表情の歪む士郎とは対照的に、イリヤスフィールの微笑はいささかの揺らぎも見せない。

「くっ! アーチャー、援護!」
「無理だ。ここまで抜き差しならぬ状況では、生半可な援護など、セイバーの邪魔にしかならん。逆にバーサーカーの戦意を煽るだけだ」

 いっそ冷徹なまでのアーチャーの断言。凛の眉根が皺を刻む。
 マスター二人とサーヴァント一体が何も出来ぬまま、騎士と狂戦士による一対一の剣戟が月光の射さぬ宵闇の中、ただ延々と繰り広げられる。
 そして、遂に終幕が訪れた。



「■■■■■■■■■■■■■■■ーーーー!!」
「があっ!?」



 腰の乗った、猛烈なバーサーカーの横薙ぎに、剣で受けたセイバーの身体がゴムまりのように弾き飛ばされた。
 どっ、と地面に強かに叩きつけられ、一瞬セイバーの息が止まる。
 咄嗟に受身を取ったおかげで、目立った外傷こそないものの、体勢が完全に崩れてしまった。致命的である。
 バーサーカーは当然、その決定的な隙を見逃さない。
 戦術眼などといった大層なものではなく、理性を奪われ狂わされてもなお……否、だからこそ残存する……ただただ闘争に身を置く者の『本能』に従って。

「がはっ! く、はっ、はっ、はっ……!」
「■■■■■■■■■■■■■■■ーーーー!!」

 みるみる接近するバーサーカー。
 セイバーの呼吸は、まだ乱れたまま。体勢を立て直す暇もなく、よろめきながら相手を見据えるのが精々だ。
 目に宿る鋭い光こそそのまま、しかし状況は絶望的。
 セイバーの顔が悲壮に歪む。
 それでも剣を握る手に力を籠め、絶望へと文字通り刃向おうと乱れた息のまま、構えを取る。

「か、はぁ……ぁあ!」
「セイバー!」
「アーチャー、構わないから弾幕を……!」
「終わりね」

 四者四様の言葉と共に、バーサーカーの斧剣がセイバー目掛け振り下ろされる。
 その、一瞬だった。






 ――――ドッカーンッ!!






 そんな間の抜けた声が宵闇を貫き、直後、バーサーカーが横殴りに吹っ飛ばされていた。



「――――は?」
「え」
「うそ!?」
「な、なにこれ!?」
「■■■■■■■■■■■■■■■ーーーー!!」



 バーサーカーは突進の勢いをそのまま保ち、セイバーの脇に逸れると民家の壁へと頭から突っ込んだ。
 ブロック塀がガラガラと崩れ落ち、巨体は粉々に砕けたコンクリート片に埋れていく。
 一同、異様な事態に思考が追いつかない。
 セイバーの斬撃を受けても、アーチャーのあの矢を喰らってもびくともしなかった怪物が、何をされたかどこかのギャグマンガのように壁に突っ込むなど、ここにいる誰もが想像だに出来なかった。



「――――ふぅっ。ま、間に合ったぁああっ……」



 ふと、道の向こう側から声変わり前の、それでいてどこか気の抜けた声が響く。
 先ほど轟いた声質と同じ。この場にいる全員の視線が、ばっと一斉にそこへ突き刺さる。
 そして一同が、刹那のずれもなく揃って驚愕に目を剥いた。



「な……なんで君が、ここに……!?」
「あ、その……士郎さん達がやっぱり心配で……戻ってきちゃいました」



 小柄な体躯と、幾分気の弱そうなその声。



「きちゃいました……ってアンタ、バカなの!? 下手したら死ぬかもしれないのよ!? アンタはあのまま逃げてればよかったの!」
「は、はい。でも、ぼくは……」



 黄色の上着に紺の半ズボン、水色のスニーカーを履き丸い眼鏡を掛けた、その小柄な出で立ち。



「――――なぜ? どうして、戻ってきたのですか。貴方は……恐怖に駆られて逃げ出した。それでよかったのです。私達は貴方を肯定こそすれ、責めたりはしない。しかし……怖くは、ないのですか」
「……正直、怖いよ。それに死んじゃったら元の世界に帰れないし、今も足が震えてる……でも、嫌だったんだよ。セイバー」
「嫌、とは……?」
「まったく関係のないぼくなんかを、助けるって言ってくれた。そんな人達を……怖いからって、見捨てて逃げるのが。だから」



 身体のあちこちに擦り傷を作り、足は痙攣したかのように細かくビートを刻み、眼鏡の奥の瞳には恐怖の影が見え隠れしている。
 しかし、それ以上のたしかな“ナニカ”が、その少年の小さな身体から揺らめいているのを、この場にいる全員が感じ取っていた。
 それは絶望的な逆境に立ち向かう事の出来る、この弱者が唯一つだけ持つ絶対なる武器。



「アナタは、たしか最初に逃げちゃった子よね? この後追いかけて殺すつもりだったから、手間が省けてよかったわ。なんで戻ってきたかはよく解らないけど……最期に名前くらいは聞いてあげる。アナタのお名前は?」
「ぼくは……ぼっ、ぼくは!」



 見た目同い年の白の少女が発する、言いようのない圧迫感にたじろぎながらも、少年はきっ、と眼差し鋭く彼女と目を合わせる。
 前方に突き出された左手には、銀に輝く丸い筒。
 頭には、小さい竹とんぼのようなプロペラ。
 左の腰には、鞘に収まった日本刀が一振り。
 右のホルスターには、細身のピストルと思わしき物が一丁。
 そして、眼鏡の奥の双眸に宿るは――――恐怖を塗り潰すほどに迸る“勇気”。



「―――通りすがりの、正義の味方っ! 野比、のび太だ!!」



 少年――――野比のび太は、高らかに名乗りを上げる。
 恐怖を乗り越え、迷いを振り切って。
 今ここに、のび太は聖杯戦争へと、真の意味で一歩、足を踏み入れた。






 ――――雲間から、月が頭をもたげた。








[28951] 第十二話
Name: 青空の木陰◆c9254621 ID:90f856d7
Date: 2015/02/13 16:28






「のびちゃーん、ちょっとお願いが……あらドラちゃんだけ?」
「あれ、ママ? なにか?」

 都合三つ目のどら焼きを頬張っていたドラえもんであったが、突然部屋の戸が開かれたかと思うと、その奥の廊下に佇む一人の女性と目が合った。
 女性の名は、野比玉子。
 野比のび太の母親であり、どこに出しても恥ずかしいほど胡散臭い青ダヌキ……もとい、自称未来から来たネコ型ロボットをすんなりと我が家に迎え入れた、ある意味で大物すぎる女傑である。
 そしてのび太にとって頭の上がらない存在であり、野比家の実質的ボスでもあった。

「ドラちゃん、のびちゃんがどこにいるか知らない?」
「一旦は帰ってきて、またどこかに出掛けちゃったみたいで。たぶん空き地かなぁ?」
「あら、そう。お使いを頼みたかったんだけど、いないんじゃしょうがないわね。ドラちゃん、代わりに行ってきてくれないかしら?」
「はむ、むぐむぐ。はいはい解りました。買う物は……ああカゴにメモが」

 食べかけだったどら焼きを大口を開けて放り込むと、差し出された買い物カゴを受け取るドラえもん。
 中に入っていたメモ用紙を取り出し、ふむふむと内容を覚えていく。

「お願いねドラちゃん。それから、もし途中でのびちゃんに会ったらさっさと宿題を片づけるように言っておいてちょうだい」

 玉子はそう言い置いて踵を返すと、パタンと襖を閉めて一階へと戻っていった。

「……やれやれ。また外に出る事になるのかぁ。なんて間の悪い……ま、いいか。買い物のついでにのび太くんを探してみよう」

 溜息混じりにそう呟くと、ドラえもんはお腹に装着された“四次元ポケット”に両手を突っ込み中をごそごそ漁る。
 やがて目的の物を取り出すと、それを丸い頭のてっぺんにかちゃりと貼り付けた。
 黄色い竹とんぼのようなその物体は、まごう事なきひみつ道具の定番、“タケコプター”。

「さて、まずはスーパーへ、と……」

 道順をトレースしながら、ドラえもんは部屋の窓を開けると徐にそこから一歩を踏み出し、窓の外の晴れ渡る大空へと飛び立っていった。



「……あ。お~いミーちゃ~ん!」
「みゃ~」



 その途中、空から見つけたガールフレンドの猫、ミーちゃんに頬をだらしなく緩めながら。
 今日も平和な、のび太の世界。
 のび太の窮状を知るのは、まだまだ先のようであった。






「■■■■■■■■■■■■■■■ーーーーー!!!」

 瓦礫の中から巨体を持ち上げたバーサーカーは、自らを吹き飛ばした張本人であるのび太に向かって疾駆する。
 本能で、この場での脅威になると悟ったようだ。
 斧剣を振り上げ、その場に佇むのび太目掛け凄まじい勢いで凶器を振り下ろす……が。

「のび太く、んんっ!?」
「い、いない?」

 引きつったような、士郎と凛の声。
 斬撃の刹那、いつの間にかのび太の姿がその場から煙のように消え失せていた。
 忽然と、まるで最初からそこにいなかったかのように。
 当然、狂戦士の斧剣は無人の空間をただ薙ぎ払う結果に終わる。
 しかし、空振った斧剣は台風のように大気を掻き回し、生み出された衝撃波が瓦礫を勢いよく巻き上げた。
 振っただけでこの威力。当たればただでは済まないが、当たらなければ無意味に終わる。

「――――うはぁあ! お、おっかなーい! セイバー、大丈夫!?」
「え!? ノ、ノビタ!?」
「「「はあっ!?」」」

 不意に聞こえた少年の声の先を見て、めいめいが揃って目を疑った。
 のび太の姿は、セイバーの傍らにあった。
 先ほどのび太が立っていた場所からそこまで、実に数十メートルはある。
 それを一瞬で、バーサーカーの神速の剣撃すらあっさりと潜り抜けてのび太は辿り着いていた。
 電光石火の、目にも止まらぬ早業。
 マスター陣はあまりの衝撃に思考が追いつかず、ただ金魚のように口をぱくぱく動かすのみ。セイバーに至っては、その場で凍りつく始末であった。
 しかし、のび太はそんな様子を気にも留めず、上着の袖で冷や汗を拭いながらひどく心配そうな表情でセイバーに目を向けていた。

「い、いったいいつの間に!? 最速を誇るランサーでもこうは……!?」
「せ、説明は後でするから! とにかく、今はアイツをなんとかしないと!」

 セイバーを説き伏せながら、のび太は左腕に右手を添える。
 左腕の先には月光を反射して銀に輝く、円筒形の筒が填められていた。
 本来、彼の親友であるドラえもんの持つ、二十二世紀は未来のひみつ道具、“空気砲”。
 高密度の空気の塊を撃ち出す、小型・短銃身の大砲であり、最大出力ならば、実に数百キロもある鋼鉄製のロボットすら木っ端微塵に破壊するというシロモノである。
 先ほど、バーサーカーを吹き飛ばしたのはこれであり、のび太はそれ以外にも道すがら“スペアポケット”を引っ掻き回し、掘り出したひみつ道具で武装を固めてきた。
 頭につけたプロペラは、空を自由に飛ぶ事の出来るお馴染みのひみつ道具、“タケコプター”。
 腰に佩いた日本刀は、レーダー内蔵で自動反応、たとえど素人がただ振り回しても剣の達人と互角に渡り合えるひみつ道具、“名刀・電光丸”。
 ホルスターのピストルは、相手を殺傷する事なく気絶させるひみつ道具、“ショックガン”。
 そしてのび太は、実は脚にもひみつ道具を仕掛けていた。
 塗れば目にも止まらぬ速さで走れるひみつ道具、“チータローション”を塗っていたのだ。
 これの効果でバーサーカーの剣撃を寸前で掻い潜り、セイバーのところまで一瞬で移動した、という訳である。
 しかし、“チータローション”は効果こそ凄まじいが、その反面、持続時間が非常に短い。
 のび太の両脚に塗られたそれは、この時点で効き目が切れてしまっていた。
 あの謎の声の主と会話した場所からこの薬を使用していたせいである。セイバーの位置への移動を最後に、効果限界が訪れた。
 
「“空気砲”は、一応効いたけど。他は、どうだろ」
「は?」
「え? う、うぅん、なんでもない」

 それ以上に問題なのは、セイバーの剣を弾き、アーチャーの矢を物ともしない、敵のその強靭な肉体である。
 勿論、途中参加であるのび太はそんな事を知る由もないのだが、手当たり次第装備してきた武器の中で、“名刀・電光丸”と“ショックガン”については、意味ないだろうなと思っていた。
 “ショックガン”は、単純に“空気砲”よりも破壊力がない。“名刀・電光丸”に至っては、それ以前の問題であった。
 下手に接近戦など挑もうものなら、筋力差と質量差であっという間に潰れたトマトである。
 如何に理不尽な力を持つひみつ道具とはいえ、扱う本人と相手の情報を抜きにして単純に計算する訳にはいかない。
 さらにもう一つ、非常に重い不安要素があった。

「道具、少なかったよね……?」

 傍にいるセイバーにも聞き取れないほど小さな、のび太の述懐がすべてを物語る。
 “スペアポケット”を漁った時に感じた違和感。
 頭を突っ込んだ時にはいっぱいいっぱいでそこまでよく見ていた訳ではなかったのだが、改めて手を入れてみて解ったのだ。
 ひみつ道具の数が、明らかに減っていた。
 ドラえもんのポケットとのつながりがなくなったせいだと、のび太は見ている。
 単純に、半分くらいが向こうに行って、あとの半分がこちら。使える、使えない、ガラクタ等の当たり外れも含めて考えると……それだけで、のび太の背筋は寒くなった。

「……んぐっ」

 唾を飲み込む音が、のび太の喉から鳴る。
 仮に“スペアポケット”の中身がどうであれ、のび太は最初から自分一人であの化け物をなんとかしよう、などという自惚れた事は欠片も思っていなかった。
 これまで劣等生として生きてきたのび太は、自分自身の身の丈というものを……多分に卑屈な物ではあるのだが……よく知っている。
 その上で、のび太は模索する。
 自分自身が出来る事を。そして、この場において状況を打開し得る鍵を。
 そして視線を――――自らの隣へ向けた。

「セイバー!」
「はい?」
「ぼくが援護するから、セイバーはアイツと思う存分、戦って! さっきまでアイツと戦ってたの、セイバーなんでしょ?」
「あ、貴方が!?」
「い、いやそんな心配そうな顔しなくても大丈夫だよ。ぼくは」

 のび太の説得は、そこで途切れた。
 否、途切れさせられた。

「■■■■■■■■■■■■■■■ーーーー!!」

 再び接近するバーサーカーの咆哮が、言葉を呑み込ませたのだ。

「く!? バーサーカー、もう……って、ノ、ノビタ!?」
「ああもう、あとちょっとだけこっちを見失ってて欲しかったのにぃ!」

 咄嗟に不可視の剣を構えるセイバーだったが、その眼前にすっと躍り出たのび太に出端を挫かれる。
 のび太は焦りを押し殺したしかめっ面で“空気砲”を構えると、腹の底から引き鉄となる言葉を発した。

「ドッカーン!!」

 高密度に圧縮された空気塊が掛け声通り『ドカン!』と勢いよく発射され、地響きを上げながら真っ直ぐ突進してくるバーサーカーへと向かう。
 
「■■■■■■■■■■■■■■■ーーーー!!」
「……え!? そ、そんな!? さっきは効いたのに、どうして!?」

 だが、敵は微塵も揺るがなかった。
 あの初撃が嘘のように、吹き飛びもしなければぐらつきもしない。
 “空気砲”の直撃を、腹のど真ん中に受けたにも拘らず、バーサーカーの疾走が止まる事はなかった。
 盛大に気炎を上げつつ、逆に疾駆スピードがそこからぐんとさらに増す。
 まるで、ニトロを放り込まれた蒸気機関車のようであった。

「くそぅ、ドッカーン! ドカン、ドカン!!」

 額から汗を垂れ流し、のび太は再び“空気砲”を、今度は三点バーストでぶっ放す。
 しかし、今度はその空気塊がバーサーカーの身に触れる事すらなかった。

「■■■■■■■■■■■■■■■ーーーー!!」

 バーサーカーはスピードを維持したまま、振り上げた斧剣を縦横無尽に振り回し、猛然と迫る邪魔な三つの空気塊を切り捨てていた。
 あんぐりと開く、のび太の口。
 常識の通用しない相手である事は承知していたが、まさか亜音速の砲弾を切り払うまでとは思っていなかった。
 戦闘開始直前に一度逃げ出したのび太は、直後のサーヴァント同士の死闘を直に見ていない。想定が甘いのも、仕方のない事ではあった。
 勢いを駆って鉛色の巨人が、瞬く間に二人に肉薄する。
 敵を潰さんと、岩の剣が大上段に振り上げられた。

「くぅ……!」

 一瞬の逡巡、脳内を錯綜する思考。
 のび太は即断した。

「ノビタ! 退がって」

 彼を庇おうと前に出ようとするセイバー。
 のび太は言葉の通りに、彼女の真横にすっと下がる。
 だがそこから、のび太の両腕が彼女の腰に回されると、セイバーは防衛も忘れて面食らった。

「な、なにを!?」
「セイバー、飛ぶよ!」

 一瞬、なんの事か解らないという顔をしたセイバーであったが、すぐに答えは齎された。
 のび太の言葉、そっくりそのままの現象によって。

「え!?」
「と、飛んだ!?」

 士郎と凛の目が、飛び出さんばかりに見開かれた。
 大地を蹴ったのび太の身体が、月の浮かぶ漆黒の夜空へと勢いよく飛翔する。腕の中に、混乱と動揺の坩堝に叩き込まれたセイバーを抱え込んで。
 その一瞬後に打ち下ろされた斧剣は、彼らを捉える事叶わず、地鳴りのような音を立ててアスファルトに突き刺さった。

「――――ふーっ、危なかった。まったく、こんなのばっかりだよ、もう」
「そ、空を、空を飛んでいる……!?」

 安息交じりに愚痴を漏らすのび太。それに対して、セイバーは目を白黒させるばかり。
 生身で空を飛んだ経験がないのだろう。あの凛々しい姿が、まるで嘘のようであった。
 決して落ちまいとのび太の身体に両腕を回し、がっしりしがみついている。
 その一方で、かたかたかたかた、のび太の頭の上では軽妙な機械音が鳴っていた。
 お馴染みにして定番のひみつ道具“タケコプター”。こんなちゃちなプロペラ一つで空を飛ぶなど、誰が想像出来ようか。
 付けておいてよかったと、のび太は最も使い慣れた道具に心の中で感謝する。
 二人の真下では、巨人がめりめりとアスファルトを割りながら剣を引き戻していた。

「セイバー、もう一回言うけどぼくが援護するから、セイバーはアイツに思いっきりぶつかっていって」
「し、しかし貴方が戦うなどと……いくら不可思議な未来の道具を使っているとはいえ、殺し合いの場に立つのは危険すぎる!」

 一応“タケコプター”の衝撃からは脱却出来たようで、セイバーに先ほどのような混乱は見られない。
 しかし、こののび太からの無茶苦茶な提案には当然ながら、否を突きつけていた。
 これに対し、のび太は普段の姿からは想像もつかない、不敵な笑みを浮かべた。

「大丈夫だよ。見たところバーサーカーは飛べないみたいだし、ぼくは空からこの“空気砲”で援護しかしない。それに……ぼくって射撃だけは得意なんだ」

 あとは、あやとりくらいかな。
 銀に輝く左手のそれを持ち上げつつ軽い調子で、のび太はのたまう。
 だが、それとは裏腹に目に宿る光は本物であり、意気軒昂とした輝きを放っている。
 普段こそ駄目に輪をかけた駄目のペケであるのび太だが、ある一線を超えると途端に肝が据わり、どんな逆境にも立ち向かう勇気とクソ度胸を持つ。
 今ののび太は、己に対する自信と確信に満ち満ちており、歴戦の古強者然とした、ある種の風格すら漂わせていた。
 その子供の戯言と切り捨てられるような軽い口調と言葉に、ずしと重い真実味を持たせるほどに。

「しかし!」
「セイバー」

 なおも抗議しようとするセイバーに対し、のび太はセイバーの深緑の瞳に己が目を向け、名前を呼ぶ。
 互いの視線の交錯……それだけでセイバーの声は封殺される。

「ぼくを、信じて!」

 決然とした瞳と言葉が彼女を貫いた。

 




「――――ん!?」

 その瞬間、セイバーの身体に異変が起こった。
 心身問わず彼女の内面に、波紋が広がっていくような奇妙な感触が巡る。

「な……」

 次いで、身体の芯が熱くなるような、不思議な高揚感が湧き上がってくる。
 だが、それだけでは収まらず、間を置かずに全身に言いようのない力が漲ってくるの彼女は感じていた。

「この、感じは……!?」
「せ、セイバー?」

 自らの変化に戸惑うセイバー。まるで自分自身の内のナニカが、歓喜に吼え狂っているかのようであった。
 ひみつ道具を持っているとはいえ、のび太はただの子どもであり、魔術師でもなくましてや己のマスターですらない。
 だからこそ、自身の身に影響を及ぼす事など出来ようはずがないのだ……本来ならば。
 だが、現実として己の力が荒れ狂い、“増幅”しているのが解る。解ってしまう。
 その高揚感は、もしやこのままバーサーカーを討ち倒せるのではないかという、一種過剰なまでの自信をセイバーに与えていた。
 理由は、皆目解らない。しかし、これならば。
 のび太から片腕を離し、その手に不可視の剣を顕してぐっと握り込む。
 そのまま眼下のバーサーカーを見下ろしつつ、自らの変化を押し隠し溜息を一つ吐くと、セイバーはのび太に顔を向けた。

「……まったく、強情ですね貴方は。私の負けです。貴方に背中を任せましょう。しかし、くれぐれも無茶はしないように」
「セイバーもね。武器は?」
「私の剣は不可視の剣なのです。見えないでしょうが、もう右手に掴んでいますよ。それから既に解っているかと思いますが、バーサーカーの肉体に並の攻撃は通用しません。無力化されてしまいます」
「みたいだね。“空気砲”も通じたのは最初だけで、後は効かなくなってたし。でも、大丈夫。僕の役目はあの怪物を倒す事じゃなくて、怪物を倒すセイバーを手伝う事だから。さっき、ちょっと思いついたんだけど……」

 セイバーの耳元に、のび太の顔が近づけられる。
 囁かれた内容に、セイバーはほんの少しだけ怪訝な表情を浮かべたが、それも一瞬の事。
 のび太の方を振り返ると、揺るぎない瞳で厳かに告げた。

「信じています。子どもとはいえ、一人の男として背中を預けろと言った以上、そして啖呵を切った以上は……責任を持ってくださいね」
「任せて! じゃ……行くよ!」

 顔を見合わせ、頷きあう。
 のび太の腕が解放され、重力に従ってセイバーの身体が落ちていく。
 白銀の流星となって、セイバーは眼下の狂戦士目掛け空から吶喊していった。






 ――――しかしこの時、当事者であるのび太も、セイバーも、士郎も、凛も、イリヤスフィールも、況やアーチャーですら気づいていなかった。
 いくら未来で製作された超科学の結晶たるひみつ道具とはいえ、神秘も魔力も宿らぬ“ただの道具”である事に変わりはない。
 サーヴァントを傷つけられるのは、サーヴァントの所持する神秘を内包する『宝具』か、余程の魔力を持つ代物のみ。
 しかし、最初の一撃だけとはいえ、“空気砲”はバーサーカーの身体を傷つけこそしなかったものの、数十メートルの距離を吹き飛ばした。
 “サーヴァントへの干渉”の前に立ち塞がる絶対的前提を、完全に無視し飛び越えているという、この事実が示すもの。
 気づいていたのは――――闘争における『本能』で以て、その茫漠とした危険性を感じ取る事の出来た狂戦士・バーサーカー。
 そして。






『――――はぁん、クソガキは援護に回ったか。ま、この戦争のデビュー戦、んであのバケモン相手の立ち回り方としちゃ悪かねぇ選択だぁな。さぁて、結果はどう転ぶかね……ケケケケケ!』






 何処からかこの場の様子を窺っている、この戦争の『闇』だけであった。








[28951] 第十三話
Name: 青空の木陰◆c9254621 ID:90f856d7
Date: 2015/02/13 16:30






「嘘……なにこれ……」



 狂戦士のマスターたる白の少女は、繰り広げられるその光景に呆然とした。
 あり得ない、こんな事はあり得ないと。
 頭の中でそんな取りとめのない言葉が、ただ堂々巡りする。
 しかし、目を逸らしたところで目の前の現実が覆る訳もない。
 白の少女は、それに目を奪われているしかなかった。



 ――――勢いよく噴き上がる鮮血の、鮮やかすぎるそのアカに。
 そして己が従者の……。






「――――はあっ!」
「■■■■■■■■■■■■■■■ーーーー!!」

 互いに追突するように刃を振るう、剣の英霊と狂戦士。
 前者は自由落下からの唐竹割り、後者は天空目掛けての薙ぎ払い。
 しかし、その剣戟の様相は、先ほどまでのものとはまったく違っていた。

「ぐうっ……うぉあああ!」
「■■■■■■■■■■■■■■■ーーーー!!」

 接触する、不可視の剣と長大な石斧剣。
 吼える騎士と猛る狂戦士。
 大上段から渾身の力で以て振るわれた剣を、岩の塊は防ぎにかかる。

「――――があっ!!」

 火花が散ったその刹那、耳障りな金属音と共に岩の塊が弾かれていた。
 担い手の、金剛力を誇る右腕ごと。

「■■■■■■■■■■■■■■■ーーーーー!!!」

 まるで、バットの真芯で捉えられた硬式球のよう。
 バーサーカーの肩から先は、凄まじいスピードで軌道を百八十度、逆の方向へと強制変更させられた。

「どういう事? セイバーがバーサーカーに力負けしてない……いえ、むしろ圧してる」

 目を丸くして、凛が呟きをこぼした。
 いささか興奮気味に口を突いて出たその言葉は、現状を実に的確に表している。
 そして、彼女の隣で呆然と立ち尽くしているもう片方のマスターは、まるで魂でも抜かれたかのようであった。

「凄ぇ」

 圧倒され、呆然とその場に佇んでいる。
 士郎のその有り様が、彼女の言葉に一層の真実味を持たせていた。

「……ふ」

 昂ぶる闘志を隠しもせず、にっとセイバーの口の端が吊り上がった。
 セイバーの剣戟は、ほんの僅かの間で確実にワンランク上の威力へと昇華していた。
 剣士側が劣勢であった鍔迫り合いが、ここに来て五分の状況にまで持ち込まれた。
 しかし、五分という事は当然、バーサーカーにもチャンスが残されている。

「■■■■■■■■■■■■■■■ーーーー!!」

 弾かれた岩の剣を、その膂力で以て強引に軌道修正。そしてアスファルトを割るほど力強い踏込み。
 大気を切り裂かんばかりの勢いで、横薙ぎの一閃が放たれる。
 当然、それに気づかぬセイバーではない。

「…………」
 
 そのはずなのだが、彼女は剣を正眼に構えたまま、じっとその様子を見据え微動だにしない。
 このままでは確実に弾けたザクロである。しかし、正眼の構えから寸分も動く気配を見せない。
 代わりに、その艶のある唇が小さく動いた。

「……信じて、いますよ」

 その呟きを合図とするかのように、空から飛翔してきた空気塊が、空間を滑る斧剣の腹を直撃した。

「ドカーン!」

 その強烈な圧力により、バーサーカーの横薙ぎはベクトルを強制変更され、地面へとめり込む。
 地割れのような音と共に、セイバーの左真横のアスファルトに、びしと大きな亀裂が走った。
 凶刃は届くどころか掠りもせず。したがってセイバーは無傷である。
 空気塊の正体は、語るまでもないだろう。
 “空気砲”による、上空からの精密射撃。
 そして狙撃手(スナイパー)はといえば、これまた言わずもがな。

「今だっ、セイバー!」

 “タケコプター”で滞空している、のび太であった。
 大砲を装着した左手に右手を添え、腹に力を込めて叫ぶ。
 筒の先、銃口からは硝煙のような煙が一筋、ゆらゆら立ち上っていた。






「――――末恐ろしいな」

 のび太のバーサーカーへの精密射撃、その一部始終を『鷹の目』で捉えていた男が一人、固い表情で呟いた。
 弓兵のサーヴァントであり凛の相棒、アーチャーだ。
 現場から数キロ離れたポイントに陣取り、いつでも狙撃出来るよう弓を構えていたアーチャーであったが、空中でのび太とセイバーの間で交わされた何らかのやりとりからこっち、状況を静観していた。
 勿論、狙撃姿勢は崩さぬまま。
 数キロ先の歩道のタイルも一枚一枚視認出来る『千里眼』で以て、アーチャーは戦況を大局から観察出来る立場にある。
 そして、一から十まで見ていた。のび太の、バーサーカーへ放った“空気砲”の一射を。
 その一連の過程すべてを、余すところなくつぶさに。

「あの歳にしてここまでの精緻な狙撃を」

 乾いた唇を、アーチャーは舌で湿らせた。
 余人にはいざ知らず、末席とはいえ、弓の英霊としてこの場にいるアーチャーには理解出来る。
 地上から遠く離れた上空数十メートルの位置に滞空し、神速で薙ぎ払われるバーサーカーの“斧剣”に直撃させた、その一撃の難解さを。
 バーサーカーを狙ったのではない、のび太は明らかに振るわれる斧剣を狙っていた。

「ひみつ道具が云々、の次元ではない」

 彼の認識出来る限りでは、のび太の使用しているひみつ道具は“タケコプター”と“空気砲”のみ。
 無論、アーチャーは名称など知りはしないが、“タケコプター”には姿勢制御装置はともかくとして、射撃の補助機能などは一切ない。
 “空気砲”に関しても、スコープといった精密射撃補助ツールもなければ自動追尾機能……所謂ホーミング機能も付加されておらず、砲弾である空気塊はただ直進するだけのもの。
 つまり、のび太は純粋な自分自身の技量のみで、砲弾を命中させたのだ。

「天凜、か……いや。ここまでくると」

 思考が渦を巻く。
 どれだけ射撃の腕に自信があろうとも、時速数百キロで振るわれる斧剣の腹に、ああもタイミングよく砲弾を直撃させる事が、はたして可能だろうか。
 たとえるなら、蛇行しながら最大スピードで運行する新幹線の窓から身を乗り出して、数百メートル先に立てられた的の中央を銃で撃ち抜くようなものだ。
 しかも一発の撃ち漏らしもなく延々と、そして一センチのずれも許されないという極限の縛り付きで、である。
 そんなハイレベルな流鏑馬もどきの結果など、実に解りきってしまっている。
 不可能だ、そんな事は。それは人間業ではない、神業の域だ。
 仮にそんな事が出来る人間がいたとすれば。

「――――世が世であれば、英霊の域にまで至れる。可能性は十分」

 もしも、本当にもしもの話だが。
 仮にこの聖杯戦争で彼がサーヴァントとして召喚されるような事があったとすれば、間違いなくアーチャーのサーヴァントとして召喚されただろう。
 それほどまでに、のび太の射撃は神懸かっていた。
 放つ弾丸の角度と弾速、動く目標の軌道と相対距離、風などの自然条件……それらすべてを理解し数秒先の未来を予見する脊髄反射の高速思考。
 諸々の位置関係を瞬時に掌握する高い空間把握能力。
 そして自らの判断に躊躇いなくGOサインを下せる、並外れた自身の腕への信頼と勝負度胸。
 のび太の力は、間違いなく本物であった。
 事実、のび太をただの子供と見ていた士郎と凛は、鮮やかなのび太の手並に開いた口が塞がっていない。
 もっとも、それはアーチャーとて認識の上では同じ穴の狢(むじな)であった訳だが。

『――――凛、聞こえるか』
『ん……なに、アーチャー』

 アーチャーは、唐突に主へ向けて念を飛ばす。
 凛の返答は、夢から覚めたような響きが交じっていた。

『セイバーと少年に見惚れているところ悪いが、ひとつ提案がある』
『……この戦いについての作戦?』
『無論』
『勝算は?』
『少なくとも、バーサーカーの攻撃力を大幅に削ぐ事が可能だ。あわよくばセイバーがアレを仕留める絶好の機会を作れるかもしれん。今のセイバーならば、きっかけ一つであの怪物の命に刃が届く』
『詳しく話しなさい』
『了解だ。と、言ったところで実に単純な事なのだがな。要は――――』

 そして主従の間で交わされる、作戦会議。
 数秒の後。

『成る程ね、それならいけるかも。でも――――出来るの?』
『私の予測が当たっているのならばな。もっとも九分九厘、間違ってはいないはずだ。そうであれば、私と彼なら可能だ』

 溢れんばかりの自信を込めて言い放たれた、アーチャーの言葉。
 そう、可能だ。
 共に最高かつ極上の狙撃手(スナイパー)である、アーチャーと、のび太。
 弓と空気の大砲という獲物の違いこそあれど、この二人ならば。
 狂戦士の牙を、へし折る事が出来る。

「……くく」

 確信に満ち満ちた弓兵の表情が、獲物を前にした獣のように笑み崩れた。






「のび太!」
「ドカン! ドカン! ドカ……って、はい!?」

 凛に急に大声で名前を呼ばれ、空中で“空気砲”を連射していたのび太はほぼ条件反射的に返答していた。
 しかし、己の仕事を忘れてはいない。
 視線だけはそちらの方に固定したままだ。

「■■■■■■■■■■■■■■■ーーーー!!」
「く! こちらが圧しているとはいえ、それでも凌ぎますか!」

 のび太が斧剣を逸らした回数は既に十回を数える。
 その都度、セイバーは攻勢に転じようとするのだが敵もさる者、斧剣を握っていない方の剛腕で迎撃してくるものだから未だ彼の身に一撃も入れてはいない。
 防御のために無理矢理振るわれた斧剣を数合弾き飛ばしたりはしているが如何せん斧剣、敵の肉体ではない以上、さして意味のない事だ。
 同時にセイバーの攻撃が悉く防がれている事も如実に表している。

「凛さん!? なんですか急に!?」
「いいからそのまま聞くっ! 今、アーチャーをこっちに呼び戻しているから、貴方はそのままアーチャーと合流しなさい!」
「えっ!? おじ……じゃなかった、アーチャーさんと!? どうしてですかぁ!?」
「作戦があるのよ! 詳しい事はアイツから聞きなさい! 今更だけど、自分からここに飛び込んできた以上、覚悟はいいわね!」
「いいですっ! それで、アーチャーさんはどこにいるん……っ!?」

 突如、飛来してきた数条の光芒がバーサーカーに降り注ぐ。
 次いで着弾したそれらが次々と爆発を起こし、爆風と閃光がその巨体を覆い隠した。
 のび太の声が不自然に途切れたのはそのせいであった。
 その隙にセイバーは一旦その場から距離を取り、そして光芒は未だ止む事を知らない。
 流星群の如き光のシャワーが雨霰とバーサーカーを飲み込み、遂には発生した衝撃波と爆炎がキノコ雲を作り上げた。

「り、凛さん、まさかこれ!?」
「その“まさか”よ! 矢が来た方向は解るわね。距離はそうないはずだから、今のうちにさっさと行きなさい!」

 精一杯に張り上げられた凛の声に、のび太は動かない。
 爆発の光景に気を取られ、放心したように固まっていた。

「……ちょっと、いつまで固まってるの!? 時間がないのよ、ぐずぐずしてないでとっとと行く! バーサーカーがあの程度でくたばるタマか!」
「はっ、はいっ!?」

 焦れた凛の一喝で身を竦ませ、慌てて矢の来た方向へと飛翔する。
 勿論、用心にバーサーカーの方へ“空気砲”の筒先を向けるのも忘れずに。
 指示通りに舵を取ると、現場からそう遠くない位置に、弓兵はいた。

「来たか、少年」
「おじさ……じゃない、アーチャーさ……って、ええっ!?」

 幅の狭い電信柱の上に直立し、黒塗りの西洋弓を構えている。
 どうしてそんなところで弓を構えていられるのか、のび太は目を見張ったが、サーヴァントの異常さは今更であるしそれよりも優先すべき事があったため、すぐさま気を取り直すとそのままアーチャーのすぐ横に滞空状態で並んだ。

「何に驚いたのかは知らんし、状況が状況故に敢えてなにも聞かんが……これから行う作戦に君の力が必要なのでな。すまないが力を貸してくれ」
「それは別にいいですけど……僕はどうすればいいんですか?」
「基本的には、さっきまで君がやっていた事と同じ事だ。正直、君の射撃には目を見張った……いや、今はそれはいい。とにかく君は、私が矢を放った直後にその空気の大砲をバーサーカーの斧に命中させてほしい」
「アーチャーさんの矢の後に……?」

 真意が理解出来ず、のび太は首を傾げる。
 だが、いずれ解ると既に矢を番えているアーチャーに言われ、とりあえず“空気砲”を構えた。
 “空気砲”の射程ぎりぎりのこの位置、難易度はさっきの比ではない。
 さらに今度はアーチャーの射の直後に斧に命中させろという、縛りがついている。
 そのおかげで、もはや神業レベルの技量を要求されてしまっているのだが、のび太の目は揺らがない。
 のび太の射撃に対する自負はそんなレベルの難易度で投げ出したくなるような、軟な代物ではなかった。

「私の矢では構造上、面制圧には向かんのでな。それに威力も僅かに足りん。加えて、今はまだ僅かの手の内も晒したくはない」
「え? 手の内?」
「いや……とにかく、行くぞ。準備はいいかな?」
「えっ、はっ、はい!」

 得物を一方向に向ける、両狙撃手(スナイパー)。
 二人の視線の先には油断なく不可視の剣を構えるセイバーと。

「■■■■■■■■■■■■■■■ーーーー!!」

 いまだ燃え盛る爆炎の中で、衰え知らぬ雄叫びを上げるバーサーカーがいた。












 オマケ

 のび太の恐怖意識度ランキンク(ドラ主要メンバー+これまで出会ったFateキャラ)



 士郎≒セイバー<ドラえもん≒スネ夫≒パパ<<ジャイアン<<しずか≒イリヤ<謎の声の主<<アーチャー<ランサー<<<<<(克服不可の壁)<<<バーサーカー<<<<<<<凛≒ママ



 ※あくまで作者主観による。








[28951] 第十四話
Name: 青空の木陰◆c9254621 ID:90f856d7
Date: 2015/02/13 16:31






「いいな、タイミングを合わせろ」
「はっ、はい!」

 弓を引き絞る音が、ぎりぎりと静寂を掻き乱す。
 番えられた矢が、今か今かと放たれる時を待っている。
 その矢は先ほどまで放っていた物とは少々違っていた。
 一言で言えば、武骨。
 鉄製の杭をそのまま矢にしたような、どこまでも剥き出しといった印象を見る者に抱かせる。
 その矢を射んとするは、弓の英霊ことアーチャー。
 彼は待っていた。この矢を放つ、絶好の機を。
 おそらく数回は必要。だが、それで確実に目的は達成される。
 この矢と、彼の隣で滞空しつつ“空気砲”を構える、のび太の力を合わせれば。
 弓兵の目が、きゅっと鋭く細められる。
 狂乱の鉄火場に兆す、その一瞬を見出すために。






「うぉおおおっ!」
「■■■■■■■■■■■■■■■ーーーー!!」

 いまだ荒れ狂う爆炎から抜け出してきたバーサーカーを、セイバーが強襲する。
 だがそれを予想していたかのように、バーサーカーは斧剣を振るい、突き出された剣を弾いた。

「ちっ!」

 小柄さを生かし、セイバーはすぐさま体勢を整えると、バーサーカーを上回るスピードで再び仕掛ける。
 しかし、バーサーカーは無理に反撃に出ようとせず、ほんの一歩だけ身を引くと、片足を軸に前方へ向かって猛烈な薙ぎ払いを放った。
 決して覆す事の出来ないバーサーカーの優位性、あり得ないほどの質量差を生かした防御方法。
 いかに力が増したセイバーとはいえ、これを貰えばひとたまりもない。
 やむなく攻撃を中断し、セイバーはバーサーカーの間合いから離れて下段に構え、機を窺う。
 そしてバーサーカーもまた、攻撃から防御優先に意識をシフトし始めた。
 片手で斧剣を中段に構え、狂気を湛えた瞳でセイバーをじっと見据えている。

「…………」
「…………」

 張りつめた糸のような緊張状態。
 互いに力量が互角か、それ以上だと理解しているからこその、この睨み合いの状況。



 ――――そこにつけ入らない理由などなかった。



「――――疾ッ!」
「ドカァンッ!」



 彼方から飛来する、矢と空気塊の二点バースト。
 その二つの音速の弾丸は、前方に突き出されていたバーサーカーの斧の腹側に、見事に命中した。

「■■■■■■■■■■■■■■■ーーーー!!」

 最初に矢が斧に食い込み、その一瞬後に矢の上から、超高密度の空気のハンマーが叩き付けられる。
 絶妙のタイミングであった。
 斧剣に二度の、否、二重の衝撃を受けたバーサーカーは堪らない。
 得物を掴んでいた右腕が外側に大きく吹き飛ばされ、無防備な身体を思うさまセイバーに晒す格好となる。

「もらっ……、む!?」

 その隙を逃すまいと踏み出しかけたセイバーだったが、バーサーカーの取った行動に動きを止められた。
 バーサーカーは衝撃を受けた勢いそのまま、右足を軸にその場でぐるりと身体を回転させ、衝撃を逃がしつつ再度防御体勢を整えていた。
 その動きは、今までのバーサーカーらしからぬものであった。
 金剛力に物を言わせ、すべてを力任せに打ち砕く『剛』の戦い方ではない。
 相手から受ける力をも利用し器用に、最適に立ち振る舞う『柔』の戦い方。

「……手強くなりましたね」

 理性を失ってなお見せる、剛柔併せた戦の形。
 乾く唇を舌で湿らせる、セイバーの唸りが風に溶けた。






「ふん、手強くなったな」

 鷹の目のぎらつきが緩む。
 アーチャーもまた、セイバーと同じく高次元の敵の挙動に舌を巻いていた。
 しかし、その視線はまた、別の方向へも向けられていて。

「だが、おそらくあと一発か。いかな神秘の籠った頑強な代物といえど、鍔迫り合いで消耗していたのだろうな。好都合だ」
「あと一発?」

 弓道における『射礼八節』の最後、“残心”。
 矢を放ち終えた姿勢を崩さぬまま、鷹のような鋭い目でバーサーカーを見ていたアーチャーの呟きに、隣ののび太の首が傾く。
 アーチャーの視線の先には、刀身の半ばに深々と矢の突き刺さった斧剣がある。
 まるで楔のように突き立つそれ。“空気砲”の圧力に押され、岩で出来た斧剣の柄側刀身ど真ん中を、見事に貫通している。

「少年、君はバーサーカーの剣に、私の矢が突き刺さっているのは見えるか」
「えっ……と、あ、はい一応。月が出てるから、どうにか」

 眼鏡の奥の目を細め、のび太が問いに答えた。
 外灯も少なく、その分月明かりが冴え、かつ夜闇に目が慣れたおかげだろう。
 それもあって、バーサーカーの斧剣を狙えた訳なのだが、のび太にはアーチャーの意図が未だに掴めないようであった。

「私の矢を楔、君の大砲を金槌と置き換えてみたまえ。それで解るはずだ」
「クサビ、とカナヅチ……? クサビ、ってなんですか?」

 ずる、とアーチャーの片足が滑る。
 慌てて電柱から落ちかける身体を立て直し、再び直立の体勢となると溜息を一つ。

「……そこからなのか。そういえばまだ小学生だったな」
「あ、あの、その、ごめんなさい」
「いや、謝られても困る。君を苛めているような気分になってしまう」

 悄然と謝るのび太に対し、アーチャーはばつ悪そうに顔を顰めた。
 小学生の物の知らなさをあげつらうなど、彼自身の性格からして決して許される事ではない。
 たとえのび太があまりに無知で無学で無教養で学力レベルが残念という、動かしがたい純然たる事実があったとしてもだ。
 しかしながら、のび太は決して察しの悪い方ではない。

「つまりだ、君はハンマーで私の置いた釘を岩の斧に突き立てた。そして、岩に切れ目を入れるにはもう一ヶ所……あとは解るな?」
「え~と……っ、ああ! そ、そういう事!」

 膝を打たんばかりに納得の声を上げたのび太を見、アーチャーはふっと鼻を鳴らした。






「――――そ、そうか、そういう事か!」
「そういう事よ。まったく、察しが悪いわね」
「うぐ」

 時を同じく、しかし場所を隔てて、のび太と同じような得心の声を上げた男が、女にダメ出しを喰らっていた。

「い、いや、流石に門外漢にヒントなしだと厳しいって……」
「そういうのを『節穴』って言うのよ。アナタ、本当に状況解ってる? 死んだ後でそんな言い訳したってどうしようもないのよ」
「…………」

 安全圏を確認する傍ら、士郎は凛がふと漏らした『アーチャーの作戦』という言葉に興味を惹かれ、小声で凛に尋ねてみた。
 すると。

『見てれば解るわ』

 そっけもなくそう言われたので、じっと事態の推移を観察していたが、皆目解らなかったようでむむ、っとしかめっ面になるだけ。
 察した凛が、呆れを堪えながら答えを開示すると、まさに目からウロコといったように声を上げたのであった。
 そんな士郎へ対する凛の刺すような言葉は心底からのもので、士郎の心を鋭利な言葉の刃で容赦なく貫いていく。

「やっぱり……アンタ、へっぽこね」
「ぐはっ!」

 それはもう、ぐさぐさと。
 いっそ清々しいほどの、追い打ちからのメッタ刺し。
 さながら某樽にナイフを次々突き刺していく、黒いヒゲのゲームの如くであった。
 しかし、そんな軽いやり取りとは裏腹に、二人の目は一騎打ちに張り付いて離れない。



「――――」
「――――」



 セイバーとバーサーカー。
 打ち合いからそちら、互いに得物を構えたまま、ぴくりとも動かない。
 否、動けないのだ。
 現状、セイバーとバーサーカーの地力は諸々の要素を鑑み、まさに伯仲している。
 そんな状況下で迂闊に仕掛けようものなら、仕掛けた自らの死を以て勝負の幕が下りてしまう。
 だからこそ、互いに微動だにせず機先を制し合っているのだ。
 そしてそれがゆえ、バーサーカーは彼方の狙撃手達(スナイパー)をどうする事も出来ないでいた。
 そちらに意識を割いてしまえば、たちまち窮地に追いやられてしまう以上、捨て置く他に選択肢はない。
 それに狙撃手達(スナイパー)の攻撃は、振るう斧剣の軌道を強制変更させ得るほどの精密性と威力を備えてこそいるものの、その頑健な肉体に傷を付けるには如何せん火力不足である。
 攻撃を悉く妨害されるのは業腹だが、自らを脅かすリスクが相対するセイバーよりも低い。
 ならば放置しておく方が無難である。
 理性の判断でなく、本能で狂戦士は判じていた。

「――――ふんっ!」

 機先を読んだか、セイバーがアスファルトの大地を蹴り、仕掛ける。
 こと『読み』に関しては、Aランクの『直感』スキルを持つセイバーがバーサーカーよりも一歩抜きんでている。
 研ぎ澄まされた第六感で先の先を取り、その鉛色の肉体を両断せんと不可視の剣を閃かせ、狂戦士へと迫る。

「■■■■■■■■■■■■■■■ーーーー!!」

 当然、バーサーカーはそれを迎撃にかかる。
 機先を取られたとはいえ、守勢を維持する事に重点を割いた以上、対応出来ない事などない。
 すぐさま右手の斧剣を振り翳し、迫る刃を叩き潰しにかかる――――が。

「……これで詰み(チェック)だ」
「ドッカァン!」

 またしても唸りを上げて襲い来る、二筋の流星。
 バーサーカーは、そちらに迎撃も防御も行わなかった。
 今、意識をそちらに移してしまえば、接近するセイバーに決定的なチャンスを与えてしまう事になる。
 堅牢な肉体を頼みに凶弾の対処に移る事も可能といえば可能だが、セイバーの太刀を喰らってなお、肉体が傷を負わないという保証は既にどこにもなかった。
 セイバーの力が上がっている事はこの場の誰もが認識している事。打ち合いのパワーにおいて、今やセイバーはバーサーカーと拮抗している。
 下手をすれば、バーサーカーの上半身と下半身は一刀の下に泣き別れであった。

「グッドタイミング! これで!」
「いける!」

 結果、徹甲弾の直撃の如き衝撃が斧剣を襲い、次いで鋭利な鉄の楔が圧縮空気の破城鎚で深々と打ち込まれる。
 指を鳴らす凛と片手でガッツポーズをする士郎の視線の先には、柄よりやや上の細い刀身部分に二本の矢が見事に喰い込んだ、狂戦士の斧剣が。
 そして彼方のアーチャーは『千里眼』で以てその様子を確認するや刹那の間も置かず、最後の仕上げに取り掛かった。



「――――弾けろ。『壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)』」
「■■■■■■■■■■■■■■■ーーーー!!」



 爆発。
 バーサーカーの右手の斧から突如爆炎と閃光が迸り、一拍遅れてバーサーカーの足元でどずん、と重たげな音が響く。
 アスファルトを砕き、深々と突き立ったそれは。

「……よし、成果は上々。武器破壊、完了だ」

 根元からへし折られた、バーサーカーの斧剣であった。
 敵の武器を破壊し、攻撃力を削ぐ。アーチャーの立てた作戦はそれに尽きた。
 たしかにアーチャーの矢ではバーサーカーに傷を付けられない。
 しかし、バーサーカーの持つ斧剣に関してだけはきっと違うと、攻防の最中、アーチャーは頭の隅で考えていた。
 その仮定を基に作戦を練り、実行に移して見事に狙い通りの結果を実現させた。
 ヒントとなったのは、のび太がバーサーカーの斧剣目掛けて放った“空気砲”の一撃。
 バーサーカーの肉体は、あの超圧縮空気の圧力を受けて揺るぎもしなかった。
 だが、斧に当てた時だけはあっさりと弾き飛ばされていた。しかも何度も。
 この事実が示すもの、それはつまり。

「バーサーカーの肉体……おそらくなんらかのタネがある……は、ある一定の威力以下もしくは一度喰らった攻撃を無力化する。だが」
「だが?」
「あの岩の剣に関してだけは、それは適用されないという事だよ。少年」

 無残に粉砕され、アスファルトの地面に亀裂を走らせている岩の刀身が、それが正解であると如実に物語っていた。
 比類なき膂力を生かし、獲物である大岩の斧を振り回してセイバーと鎬を削っていたバーサーカーであったが、ここに来て唯一無二の武器を失ってしまった。
 迎撃姿勢を矢と“空気砲”の衝撃で完全に崩され、しかも武器まで破壊されてしまっては、もはや堀のない裸城同然である。
 決定的な好機が生まれた。

「――――ぁあああああっ!!」

 セイバーの周囲が、突如陽炎のように揺らめき始める。
 彼女の持つスキル、『魔力放出』。
 ジェット推進機関のように、高圧縮した魔力を身体から放出する事で瞬間的かつ爆発的に、己が力を上昇させるこのスキル。
 この瞬間を逃すまいと、セイバーは切り札の一枚を迷わず切った。
 身体中で荒れ狂う魔力をブースターに、セイバーは一気に狂戦士へと間合いを詰める。
 そして完全にバーサーカーの間合いを侵し切り、刃を鋼の肉体へと振り下ろそうとした、その瞬間。

「■■■■■■■■■■■■■■■ーーーー!!」

 狂戦士が思わぬ行動に出る。
 見ていた全員の目が、ぎょっと見開かれた。

「な、なななんだぁ!?」
「体当たり!? いえ、吶喊!」
「ち、詰めが甘かったか」
「まさか捨て身かよ! セイバー!」

 死中に活とは、まさにこれ。
 あろう事かバーサーカーは、役立たずと化した斧を即座に投げ捨て、全体重を乗せて前に踏み出した。
 手に武器がなければ、己が身体を武器とするのみ。
 危険を顧みず、両の手を握り鋼の拳へと変貌させ、セイバーの華奢な身体を砕かんとする。
 バーサーカーは薄々とではあるが、気づいていた。
 アーチャーとのび太のコンビが放っていた攻撃が、何を狙ってのものだったのかを。
 距離的問題から、バーサーカーはアーチャー・のび太を捨て置いたが、しかし決して油断はしていなかった。
 既に予兆はあった。
 幾度目であったか、のび太に斧剣を逸らされた時、バーサーカーは躊躇いなく斧剣を掴む手とは逆の腕で反撃を行っていた。
 武器を失った状況を予期しての動きが、そこにあった。やや酷ではあるが、アーチャーの失点と言わざるを得ない。
 結果として、バーサーカーは一か八かのクロスカウンターを敢行した。
 そして相手が攻撃に移るその一瞬こそが、カウンターが最も威力を発揮する瞬間なのである。

「くっ!」

 セイバーが歯噛みする。
 もう躱せない、捌けない、防げない。バーサーカーの拳は、空気を突き破る砲弾だ。
 体勢は既に攻撃段階、防御や回避に切り替えられる余裕など残されていない。
 そして今、まさにセイバーの側頭部にその凶悪なハンマーが叩き付けられんとして。



「……この、間に合ぇえええっ!」



 ――――びたり、と。
 突如として、バーサーカーの動きが止まった。



「「「「……え?」」」」



 四者それぞれの、呆けた声が木霊する。

「――――」

 その場に、彫像のように釘付けとなったバーサーカー。意識があるのかどうかも、甚だ怪しい。
 あの重油のように重苦しく、強烈な殺気が嘘のように鳴りを潜めていた。
 しかし、それもほんの一瞬。

「■■■■■■■■■■■■■■■ーーーー!!」

 一時停止を解いたようにバーサーカーが再び猛り、剛腕が元の速度で動き出す。
 だが、既に形勢は逆転していた。
 セイバーにとっては、その降って湧いたような刹那の間で十分だったのだ。



「――――かぁああああっ!」



 瞬時に足の裏に魔力を圧縮、そして起爆。
 体勢を低くしたセイバーは、猛烈な推進力でバーサーカーの剛腕を掻い潜った。
 まさに紙一重。金糸のような彼女の髪が数本、闇にはらりと散る。
 カウンターという技術は決まれば強いが、逆に不発に終わればその瞬間、致命的な隙が生まれてしまう、言わば諸刃の業。
 ひりつくような拳圧の名残を全身で感じながら、彼女は踏み台よろしくバーサーカーの身体を駆け上っていく。
 そして頭頂部。バーサーカーの頭の高さまで身体を浮かせたその時、セイバーの瞳がそれを捉えた。
 バーサーカーの向こう側、距離にしておよそ百メートルは離れたその位置に。

「やはり、でしたか」

 彼女の唇が半月状に吊り上がる。
 視線の先にあった光景、それは。



「刹那の“早撃ち”。お見事です……ノビタ」



 右腰のピストルを抜き放って滞空する、のび太の姿であった。
 滝のような冷汗を流した顔は、緊張の糸が切れて気の抜けた表情となっている。
 最初の読みの通り、威力は足りず。しかしほんの一瞬だけ、その効果は発揮された。
 彼の右手に握られた“ショックガン”は、ここ一番で見事大仕事を果たしたのであった。

「これで――――仕留めるっ!」

 そして一撃。
 渾身の力と共に、セイバーの視えない剣が振るわれる。
 狙い違わず、その一閃はバーサーカーの首元に吸い込まれ。

「せいっ!」

 夥しい鮮血を散らして、その首を宙に刎ね飛ばした。






「お~お、ド派手なこって。あのバケモンを斬首刑かよ。ケケ、実質三人がかりとはいえ、やるじゃねぇか。けどま、あのバケモンがこれで終わりたぁ思えねぇけどな……あ? おいおい、あのクソガキ生首見て気絶しちまいやがったよ、クハハ! やっぱ根本はヘタレだね、あのガキは……ま、お子様には刺激の強すぎる光景だわなぁ、ヒヒヒヒ……!」

 ケケケケケ。
 心底面白がっていると言わんばかりの、けたけた嗤いが暗闇に響き渡る。
 だが、それも束の間。
 唐突にぴたりと嗤い声が止み、今度は幾分落ち着いた低い声へと変わる。



「……さて、締めが気になるが見物はここまでにしとくか。宿題は早めに片づける、ってね。とりあえず、今日はあのクソムシだな。放っとくとイロイロとメンドくせぇからなぁ、あのヤローは……ま、気分もイイし、ちゃっちゃと引導を渡しに行ってやるとしますかねぇ……ギャアッハハハッハハハハハッ!」



 その哄笑、まさしく狂ったよう。
 この戦争の闇はその在り様よろしく、文字通り闇に溶けるようにこの場から退場した。






 ――――漆黒の空の中天で、月が燦然と輝いていた。








[28951] 閑話1
Name: 青空の木陰◆c9254621 ID:90f856d7
Date: 2015/02/13 16:32






「よぉジジイ、お楽しみのところワリィんだけどよぉ……ちょっとこの世から消えてくんねぇか?」



 薄暗い……いや、文字通り闇に染まった石造りの地下室。
 中には独特の湿っぽい空気、そして鼻が曲がりそうな凄まじい臭気が漂っている。
 腐った死体でも置いてあるかのような、凄絶な腐乱臭。
 一般人なら即座に鼻をつまみ、嫌な予感に苛まれ脱兎の如くそこから退避するだろう。
 だが、ソレだけは違った。
 鼻を覆う様子もなく超然と石畳の上に佇み、挙句嘲り笑いを浮かべ不遜な言葉を闇に向かって投げかける。
 いったいどんな神経をしているのか。決してまともなものではない事は窺い知れる。
 あるいは、これこそがソレにとっての『正常』なのかもしれないが。



「――――カカ、イキナリ失礼じゃのヌシは? 最近の若者は他人の家の尋ね方も知らんのか?」



 もう一つ、今度はしゃがれた低い声が闇の石室に木霊する。
 まるで百を超えた老人のような声。この地下室の異様な雰囲気と相まって壮絶な怖気を誘われる。
 だがソレはまるで怯えた様子を見せず、むしろ愉快そうに凶悪な笑みを浮かべた。

「あん? 知るかんなモン。第一こんな地下室に玄関なんてあるわきゃねぇだろうが。で、返事は? 『はい』か? 『Yes』か?」

 あくまで挑発する姿勢を崩さない、どこまでも傲岸不遜な言動。
 しゃがれ声は今度は震えるような嗤い声を漏らした。

「クカカカ! 遠慮のない物の言いようじゃの、若いの……ま、姿を隠したままなのもなんじゃ。顔を合わせて話すとしようかの」
「オレはさして見たかねぇんだけどなぁ、テメェの小汚ぇツラなんざ。まあ折角こんな薄汚ぇトコまで来たんだ、好きにしやがれ」

 その言葉を合図として闇の中から、ゆらりと一人の小柄な老人が浮かび上がってきた。
 杖をつき、着物を身に纏ったこぢんまりとした体躯。
 それだけならまだ普通の老爺なのだが、しかし明らかにこの老人は異様であった。

「――――カカッ」

 落ち窪んだ両の目。
 光を宿さぬ濁りきった瞳。
 髪も髭も、眉すら一筋もない、まるで骸骨のような顔つき。
 そしてなにより、その全身に纏った不吉な気配。
 老人の姿をしたナニカが、そこにいた。

「さて妖怪ジジィ、返事はどうした?」
「カカ、言うまでもなかろうて。何故儂が死んでやらねばならん?」
「こっちの面倒事が減る。それにいたらいたでオレの宿題をポンポン増やしてくれそうだからな、テメェは」
「ふむ? 意味はよく解らんが、随分と自己中心的な理由じゃの」
「ヒトの事言えたクチかよ。数百年ムリヤリ生きてきたせいで耄碌してんじゃねぇかジジィ? 完全にボケて醜態晒す前にとっとと地獄へ行ってきやがれ」

 六文銭は自腹でな。
 ソレは挑発に挑発を重ねる。
 対する老人は飄々とそれらを受け流して、泰然としている。

「……そういえば、まだヌシの名前を聞いておらなんだのう?」
「それこそどうでもいいんだよ、クサレジジィが。テメェは今この時、ここで死ぬ。それは決定事項だ。オレの名前なんざ聞いたところでたいした意味はねぇんだよ。第一もったいねぇしな。という訳で、さっさと死ぬかくたばるかしろ」

 一刀両断。
 ばっさりと要求を斬って捨てると、ソレは老人に向かって最後通牒を突き付けた。

「……フン」

 その時、老人の目が怪しく輝く。
 そして右手についていた杖を持ち上げ、カツンと床を軽く鳴らした。

「あん?」

 首を傾げたソレ。
 しかしその一瞬の後、なんとも怖気を誘う光景がその場に出来上がっていた。



「――――はあん。ったく、シュミのワリィこって。だからテメェは気にいらねぇんだよなぁ。まさに『ムシが好かねぇ』っての? ケケケケケ!」



 蟲、蟲、蟲。
 数えるのも億劫なほどの大量の蟲が、老人の周囲に広がっていた。
 しかも、その蟲はただの蟲ではない。
 『刻印虫』と呼ばれる、人間を喰らって己が血肉とする外道魔術の蟲なのである。
 男性器を彷彿とさせる見た目と相まって、醜悪そのものであった。

「生憎と、儂はまだ死ぬ訳にはいかんのでな。蟲どもは女が好みなんじゃが、まあヌシでも構わんじゃろう。何者かは知らんが、存外に力があるようじゃしの」

 ざざ、とさざ波のように蟲がざわめいたかと思うと、今度はあっという間にソレの周囲を隙間なく取り囲む。
 数の暴力。
 如何に親指大の小さな蟲とはいえ、それが何百何千と集まればそれだけで脅威となりうる。
 老人の自信はこの数の優位性から来ていた。

「は、これが回答って事かよ。まあ予想してたけどなぁ――――だが蟲ジジィよぉ。いくらなんでもナメすぎじゃねぇか? こんなクソムシどもの栄養になっちまうほど、オレは弱かぁねぇぞぉ?」

 しかし、それでもなお嘲笑う。
 これでもかとばかりに嘲笑う。
 狂気の嗤いを顔に貼り付け、ソレは徹底的に老人の浅慮を嘲笑っていた。

「それになぁ……」
「―――カカッ」

 かつん、と響く杖の音。
 それを合図に数百匹はあろうかという『刻印虫』がソレ目掛けて飛びかかる。
 砂糖に群がるアリの大群のようであった。



「――――オレが手ぶらで来てるとでも思ってんのか?」



 だが次の瞬間、飛びかかったすべての蟲が真っ二つに切り裂かれ、冷たい石の床へ悪臭漂う体液を撒き散らした。

「ぬ!?」

 目を見開く老人。
 その視線は無残に切り刻まれた蟲ではなく。

「あん、なんだジジィ。斬られたクソムシよりコイツがそんなに気になるかよ?」

 徒手であった筈のソレの右手に握られた、一振りの日本刀。
 その一点に注がれていた。

「まあ、コイツはオレの本来の得物じゃあねぇんだが、なかなかに使い勝手がよくてよぉ。なんせオレみたいな剣の素人がただ振ったって、百戦錬磨の達人と渡り合えるってバケモン刀だからなぁ。ケケケ……」

 右手の刀を血振りの要領で軽く一閃、そのままおもむろに歩き出す。
 ぐちゃぐちゃと、その足元で粘性のあるナニかが潰れる音が響き周囲に反響する。
 『刻印虫だったモノ』を踏み潰しながら、ソレはくっくと心底楽しげに咽喉を鳴らして嗤っていた。

「ヌシは……もしや、サーヴァントか?」
「だ~いせ~いか~い……って言いてぇところだけとちょっと違うんだな、これが。でも教えてやらねぇよ。これからくたばるヤツに説明しても無駄だからな」
「ホッ……言いおるわ、御主人様(マスター)の飼い犬風情が」

 再び響く、杖の音。
 今度は先程の倍の量の『刻印虫』が襲い掛かってくる。
 ソレの前方、後方、左右から迫る様は、さながら津波のようであった。

「ちっ……メンドくせぇ。やっぱ最初からコレ使っとくべきだったかぁ。遊びがすぎちまったぜ。ま、わざわざこんな魔窟くんだりまで来てる事自体お遊びみたいなモンだけどよ」

 反省反省、と。
 まるで反省してそうもないような軽い口調で呟くと右手の刀を肩に担ぎ、ぐっと左手を握り込む。
 そのまま視線を上げ、冷めた目で眼前の蟲の大群を見据えると静かに告げた。



「――――消えな、クソムシども」



 かちり。
 ソレの握り締めた手の中で軽い音が鳴った。
 その途端、圧倒的物量を以てソレを包囲していた『刻印虫』が一匹残らず、ソレの周囲から忽然と消え去った。



「ぬ!? ……ヌシ、なにをした!?」



 またしても起こった予想外の出来事に、遂に老人の表情から余裕が消え失せた。
 疑問と焦燥、驚愕と、そしてほんの僅かの恐怖。
 初手は頼みとしていた蟲を日本刀で細切れにされ、今度は武器すらも一切触れる事なく蟲の存在を、まるで霞のように綺麗さっぱりと消し去られた。
 老獪な老人の鉄面皮が剥がれ落ち始めたのも、無理からぬ事であった。

「いや、見て解んねぇかジジィ? 鬱陶しかったからクソムシどもを消したんだよ。ここに来て遂にボケが始まったか?」
「消した……じゃと?」
「だからそう言ってんだろ。繰り返し言わせんなよ」
「バ、バカな……何故そんな事がおヌシに出来る?」
「あぁん? まあそれぐらいならいいか。ケケケケ、タネはコイツだよ」

 薄ら嗤いを浮かべながら、ソレは左手の中にあったモノをボールのように放り投げて弄ぶ。
 老人の目がそれを捉えると、表情がさらに不可解なものへと変わった。

「それは……」
「コイツもまあ借りモンなんだけどなぁ、なんかオレの色に染まっちまったのよ。だから機能の多少の改竄は出来るワケ。本来ならコイツで消された対象は消した本人……つまりオレ以外は覚えてねぇハズなんだが、なんか勿体ねぇしよ。折角だから覚えていられるようにしたってこった。ついでに言や、消されたら二度と戻って来る事はねぇぞ」
「う……ぬ?」

 余裕綽々と語る目の前のソレの言葉に、老人の疑問は増すばかり。
 話の内容に脈絡がないため、ソレがなにを言っているのかさっぱり理解が追いつかない。
 そんな様子を知ってか知らずか、ソレは唐突に説明を打ち切った。

「さて、質問には答えたやったぜ。オレって親切だろ? まあ、テメェが理解出来たかどうかは知らねぇけどなぁ、ヒャハハハ! ……さぁて、いい加減冥土へ旅立つ覚悟は出来たか?」
「……ぬうぅ」

 刀で捌かれた『刻印虫』の死骸を踏み越え、ソレは老人へとゆっくりゆっくり迫っていく。
 その表情は嗜虐心がこれでもかとばかりに溢れる、どこまでも暗い嗤い顔。
 見る者に狂気と絶望を抱かせる、どす黒い瘴気を華奢な全身から迸らせ。
 漆黒よりもなお深く、果てしなく黒く濁りし双眸から放たれる異常な威圧感は、老人のそれの比では断じてない。
 右手に『白刃』を、左手に『絶対抹消の理』を携え、この戦争の『闇』は聖杯戦争を興せし『御三家』の当主の一……間桐臓硯を、この戦争から抹殺(デリート)しにかかる。



「儂は……儂はまだ死ぬ訳にはいかん! いかんのだ!! 聖杯をこの手にするまで、死ぬ訳には……!」



 臓硯が叫ぶ。
 それを合図に再び『刻印虫』が地下室の奥からわんさと湧き出し、ガサガサと蠢きながら臓硯の周りに集い始めた。
 この自分以上のバケモノに己は目を付けられた。仮にこの場から逃げおおせても、このバケモノは自分を闇に葬るまでどこまでも追いかけてくる。
 ならばこの場で消すしかないと、臓硯は焦燥の中でも冷静に判断していた。
 そしてその判断はどこまでも正しい。

「おおっと、まだそんなに残ってやがったか! まあ抹消(デリート)の対象はオレの周りにいたクソムシどもだけだったからなぁ。あぶれたヤツらがいるのも当然か」

 びちゃりと足の下の『刻印虫だったモノ』を蹴り上げ、この戦争の『闇』は嗤いながら担いでいた白刃を構える。
 一方で左手を握り締め、新たに湧き出した数百匹の『刻印虫』と臓硯を諸共に消し去ろうとする。

「クカカ! させはせんぞ、若いの!」

 しかし一瞬早く、臓硯が『刻印虫』を『闇』目掛けて一斉にけしかけた。

「ちっ。だが、無駄無駄ムダムダむだぁ! ヒャアッハハハハハハ!」

 斬る、斬る、斬る、斬る、斬る。
 右手の白刃が閃き、雪崩のように押し寄せる『刻印虫』を一匹一匹、あるいは数匹纏めて確実に屠っていく。
 もはや刃の動きは肉眼で追う事は不可能。
 刃が大気を切り裂く音だけが、刀が振られているのだという事を示す唯一の証明となっている。
 高速の太刀捌きが生み出す『闇』の前面の空白地帯は、さながら『剣の結界』だ。
 細切れにされた『刻印虫』の成れの果てが、汚物の雨となって石畳に水溜りならぬ肉溜りを作り上げていく。

「ハハハハハハ――――あぁん?」

 『刻印虫』の虐殺に精を出していた『闇』であったが、ふと視界の中からいつの間にか臓硯が消えている事に気づき、僅かに首を傾げた。
 ついさっきまで視界の片隅に捉えていたのである。
 その時の表情は、『闇』をして思わず腹を抱えて嗤い出したくなるような、それはそれは悲壮感漂うものだった。
 しかし、いない。

「クソムシどもを囮に逃げ出したか? いや、あの表情を見る限りじゃその可能性は低い。ってえ事は、だ……」

 にぃい、と『闇』の表情が歪む。
 面白いとでも、言わんばかりであった。

「死角からの強襲か」

 そう呟いた次の瞬間、『闇』の背後と頭上から大量の蟲が躍りかかって来た。
 さっきの攻防では正面からしか来なかったため、後背と頭上に隙が生じていた。

『カアアアアアア!』

 臓硯は五百年の時を生きてきた魔術師である。
 だが、ヒトの身ではせいぜい百年程度しか生きられない。
 そのため臓硯は遥か昔にヒトである事を止め、己が肉体の在り様を変貌させた。
 『刻印虫』が喰らう人間の血肉を己が肉体として蟲諸共再構成し、常時肉体を新しい物へと再生させる。
 そうして臓硯はヒトではなく『刻印虫』の群体として、五百年の歳月を生き永らえていたのである。
 臓硯は『刻印虫』を目晦ましにしつつ己が肉体を夥しい数の『刻印虫』へと戻し、『闇』が襲い掛かる『刻印虫』を屠っている隙にそれとなく『刻印虫』の群れに己を紛れ込ませ、素早く死角へと回り込んだ。
 ある意味では『肉を切らせて骨を断つ』戦法。
 己が眷属である『刻印虫』を犠牲にし、乾坤一擲の奇襲で捕食、目の前の脅威を葬り去る。
 その目論見通り、臓硯は死角から『闇』へ喰らいつかんと仕掛けた。

「目の付け所は良かったが……生憎だったなぁ。コイツは自動追尾なんだよ、しかも前後左右関係なしになぁ!」

 しかし、『闇』は振り返りもせず、頭上を仰ぎもせずにただ出鱈目に白刃を振るう。
 その斬撃は前面後背上下左右、三百六十度すべての間合いをカバーしきっていた。
 『闇』の意図するしないに拘らず、白刃は縦横無尽に襲い来るそのすべてを切り裂き、薙ぎ払い、突き穿つ。
 まるですべてが見えているかのように、まるで刀自体に意思があるかのように。
 果たして刀を振るっているのか刀に振り回されているのか。
 真実はもはや、担い手にしか解らない。

『グオッ!?』

 眷属諸共に屠られる『肉体』。
 対処など不可能と思っていたはずのものがひっくり返され、瞬く間に『刻印虫』の数が減らされていく。
 既に半数近くがあの白刃の餌食となり、このままでは臓硯の肉体の構成にも支障が生じるレベルにまで陥る。
 そうなる前に、臓硯は一旦身を引いた。

「ぬ……ぐぅ!」

 『闇』から幾分離れた場所で、臓硯は歯軋りしながらけしかけていた『刻印虫』を寄せ集め、肉体の再構成を開始する。
 だが、それは下策も下策。
 必要に迫られていたとはいえ、臓硯の選択は単に『闇』に十分すぎる好機を与えただけにすぎなかった。

「おいおいジジィよぉ。オレから距離取っていいのかよ? テメェ、コイツの存在を忘れてんじゃねぇか? やっぱもう耄碌してやがんな、ケケ!」

 溜息交じりに言い放ち、臓硯に向かって左手を開く『闇』。
 掌の上には、スイッチのような物が一つ存在していた。
 狂笑のまま刀を一振りし、『闇』はこびりついた蟲の血肉を振り落すと左手を閉じる。

「カッ!? 待っ」
「てやらねぇ。ケケケ、あばよクソジジィ。この地下の全クソムシ諸共、とっととオレの目の前から失せやがれ」
「ガアアアア!!」

 かちり、と鳴る乾いた音。
 絶望の叫びの余韻だけを残し、醜悪な蟲の老人は『闇』の視界から消え去った。






「……ふん、こんなモンか。なんつーか……あっさり終わりすぎて、面白くねぇな。直にあの世に送った方が面白そうだからわざわざ足運んだっつうのに」

 鼻を鳴らし、『闇』は周囲を見渡す。
 白刃の餌食となった『刻印虫』の骸がそこかしこに、それこそ足の踏み場もないほど散らばっている。
 加えてそこからなんとも言えない悪臭が立ち上り、この空間の淀んだ空気をさらに悪化させている。

「邪魔くせぇな」

 ぼそっと言い放った『闇』。
 刀を掴んだままの右手を前方に突き出し、人差し指を眼前の遺骸の山へと向けると。



「―――――『チン・カラ・ホイ』」


 呟く。
 すると指先にあった『刻印虫』の遺骸が黒い炎に包まれ、瞬く間に黒い消し炭にされていった。

「ちっ。やっぱパクリの呪文と“即興で創った魔法”じゃこんなモンか? 思ったより威力がねぇ。便利なんだがメンドくせぇな、あの“事典”。こちとら教育なんざマトモに受けちゃいねぇんだぞ、ハッキリ言ってあのクソガキよりも……あ~、まあいいか」

 黒髪を掻き毟り、“ナニカ”について毒づく『闇』。
 だがその間もその手は止めず、辺りに散乱している『刻印虫』の遺骸に次々と黒い炎を灯していく。
 やがて周囲には真っ黒に炭化し、もうもうとした煙を上げる“遺骸だったモノ”と、タンパクの焼けついた臭気だけが残された。

「ふぅ、や~っと終わったぜ。あのクソジジィ、どんだけクソムシ飼ってたんだよ、まったく。くたばってまで手間取らせんじゃねぇよハゲが!」

 悪態混じりに手近にあった消し炭を荒々しく蹴り飛ばす。
 ぼふ、と黒い灰が舞い上がり、石畳に地下室の奥へと続く一筋の路が出来上がった。

「けっ……さあて、と」

 一通り鬱憤を晴らし終えると、『闇』は地下室の奥へと歩き出す。
 そこは『刻印虫』が湧き出してきた場所、臓硯が使役していた蟲達の巣穴。
 ただでさえ薄暗い地下室の中にあって、さらに深い闇を湛えたその場所。



「……おい、さっさと起きやがれ“女”。じゃねぇと犯すぞ?」



 そこに一人の少女がいた。
 学生服を身に纏ったまま冷たい床に横たわり、ぴくりとも動かない。否、動こうともしない。
 微かに身体が震えているところを見ると、どうやら死んではいないようだ。

「ちっ。ったく、テメェまで手間とらせんじゃねぇよ。おら、起きろっつってんだろ!」

 語調荒く、『闇』はその華奢な身体を容赦なく蹴り飛ばした。
 ごろりと力なくその場で転がり、少女は強制的に仰向けにされる。
 青く長い髪が振り乱され、石畳の上にばさりと散らばった。
 そしてその少女の表情はというと。

「あん? なんだテメェ、死んだ魚みたいな目ぇしてやがんな。あの蟲ジジィにさんざん可愛がられたからか?」
「……ッ」
「図星か、ケケ」

 きゅっ、と少女の唇が噛み締められた。
 ゆるゆると顔を自分を睥睨する『闇』へ向け、じっと視線を送る。
 この地下室の暗さのせいで、顔など視えようはずもないが。

「なんだ? 気に障ったか? ハッ、テメェなんぞに凄まれたって別になんとも……ぁあ?」

 へらへら嗤っていた『闇』の目つきが、突然鋭くなった。
 その視線は、少女のふくよかな胸元に注がれている。
 といっても、別段よからぬ感情に突き動かされたという訳ではなかった。
 『闇』のある点において図抜けた尋常ならざる感覚が、この少女の内に潜む『ナニカ』を感じ取っていた。

「……?」

 急に静かになった『闇』に、少女は仰向けの状態のまま僅かに首を傾げる。
 すると『闇』は徐に身に着けている紅い腰巻から“ナニカ”を引っ張り出した。
 どす黒く漆黒に染まった袋状の“それ”。その中に『闇』は手を突っ込むと、取り出す。
 人差し指を突きだした巨大な手が付いた、円盤状の奇妙な帽子を。

「どれ?」

 頭にそれを乗せ、なおも少女に視線を送り続ける『闇』。
 傍から見れば甚だ違和感の漂う光景だが、やがて『闇』の表情が険しく歪められた。



「やけにあっさり終わったと思ったら……こういうカラクリがあったとはなぁ、クソジジィが!」



 ぱちん、と『闇』が指を鳴らす。
 次の瞬間、『刻印虫』に酷似した小さな蟲がなんの前触れもなくその場に出現し、『闇』と少女の間の空間に浮かび上がっていた。

『ゥヌ!? こ、これは一体……!?』
「まさか魂を二つに『株分け』して、この女の体内に隠してやがったとはなぁ。随分と狡いマネしやがるじゃねぇか。おかげで見逃すトコだったぜ」

 キーキーと甲高い声を上げる蟲。
 それはあの時消え去ったと思われていた間桐臓硯の魂の分身、スペアとも呼べる存在であった。
 万一に備え、臓硯は魔術で以て己の魂を二つに『株分け』し、その片方をこの小さな蟲に宿して少女の体内に隠匿していたのであった。

『ば、馬鹿な!? なぜ儂の存在を……!? それにどうやってこ奴から儂を摘出した!? 儂はこ奴の心臓と完全に……!?』
「癒着していた、だろ? ハッ、透視(クレヤボヤンス)で見たら一発で心臓にいるって解ったぜ。他にもなんかヤケに覚えのある“ブツ”をクソムシに仕込んで、コイツに突っ込んでるコトとか粗方な。もっとも、オレ相手にクソムシ特有のミョ~な気配を消せていなかった時点でテメェは“詰み”だったワケだがよ」
『ク、透視(クレヤボヤンス)……じゃと!?』
「そ。で、瞬間移動(テレポーテーション)でテメェを心臓から引っこ抜いたってワケ。そもそも癒着してたら取り出しにくいだろうって考えたんたろうが、そりゃあくまで“外科的に”ってコトだろ? 瞬間移動(テレポーテーション)なら癒着してようがなんだろうが、んなモンま~ったく関係ねぇしな」
『……その妙な帽子が手品のタネか?』
「お~、百点満点。だいせ~いかい! ちなみにテメェがこの場に浮いてるのは念力(テレキネシス)で浮かせてるんだがな」
『…………』

 透視(クレヤボヤンス)、瞬間移動(テレポーテーション)、念力(テレキネシス)。
 これほど多彩な能力を扱え、しかも発動するのに一秒と掛からない。
 先程振るわれた“刀”といい、己が片割れと『刻印虫』を根こそぎ消し去ったあの得体の知れない“スイッチ”といい……目の前の、己以上の“バケモノ”は一体どれほどの力を秘めているのかと。

『…………ッ』

 臓硯はこの時、心の底から畏怖と……そして『恐怖』を感じた。
 もしかしたら、それはこの老人にとって、初めての事だったかもしれない。

『儂は、儂は! ここで死ぬ訳にはいかぬのだ! 聖杯をこの手に、そして不老不死に……不老不死にならずして、死ぬ訳には……!」

 もはや金切り音に近い絶叫を上げ、蟲の身体をくねらせる臓硯。
 その矮小な、だが甚だ異質な外見からしてその悪あがきはみっともなかった。

「うるっせえなジジィ、この期に及んで喚くんじゃねぇよ。ったく……そもそもジジィよぉ、不老不死とやらになって」

 溜息とともに『闇』が呟く。



「――――結局なにがしてぇんだよ?」



 その言葉を聞いた瞬間、雷に打たれたかのように蟲の身体がびたりと動きを止めた。
 金切り声も止んでいる。

「なにが……したい? “不老不死となって、なにがしたい”?」

 ぼそり、ぼそりと繰り返される。
 記憶の底を浚うように。

「――――そうか、そうだった。儂は……いや、儂が目指していたモノは……もっと、もっと……! その実現のために、費やされる永い時を生きるために、儂は、不死を……!」

 蟲の述懐が、闇に響き渡った。
 大切なものを思い出したかのような、奇妙な余韻がその声に滲み出ていた。

「……さて、懺悔は終わったか?」

 だが、唐突に終わりは告げられる。
 再び狂笑を漲らせた『闇』が、左手の“ソレ”に指をかけた。

「ギッ!?」
「テメェがなにを思い出したかは知らねぇし、興味もねぇが……ま、とっとと逝けや。これ以上、オレの時間と労力を割かせんじゃねぇ。この女の中の全クソムシともども――――間桐臓硯、この世から消え失せろ」

 かちり。
 刑執行の音が鳴る。



『ア、アアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァーーーー―――』



 この瞬間。
 間桐臓硯はこの世から完全にその肉体と魂を抹消された。






「……けっ、やっと終わったか。ったく、やっぱ遠隔でさくっと殺っとくべきだったかなぁ、今なら出来る事だし。それだと面白さは半減以下だけどな」

『白刃』と『絶対抹消の理』、それから『指付き帽子』を黒い『袋』の中に仕舞い込み、その『袋』を腰巻へと突っ込む。
 そしてもうここには用はないとばかりに、さっと踵を返した。
 が。

「ぅう……」

 唐突に、その足が止まる。
 『闇』が振り返ったその視線の先には、上半身を無理矢理起こした少女がいた。
 瞳はまだ茫洋としているが、意識は先程よりもはっきりしているようだ。

「……どうして、わ、たしを」
「ああ、『殺していかないのか』ってか?」

 疑問を言い当てられ、少女は口を噤む。
 『闇』はそれを気にする事もなく、心の底から面倒そうな表情で口を開いた。

「お前、オレがジジィ始末した時『自分も殺してくれ』って思っただろ」
「…………」
「だからだよ」
「……ぇ?」

 意図が汲み取れず、少女は首を傾げる。
 次に『闇』の口から出てきたものは、いっそ突き放した物言いであった。



「生憎、死にたいと思ってるヤツにワザワザ引導を渡してやるほどオレは慈悲深くねぇの。んなメンドくせぇコト誰がするかよ。死にたきゃ勝手に死ね。そもそも殺りに来たのはジジィだけであって、テメェは勘定に入ってねぇんだよ」



 あまりにもな言葉の数々に、少女の表情と身体が石膏像のように硬直する。
 どうも予想していた言葉と遥かにかけ離れていたため、相当な衝撃であったようだ。

「テメェ一人で自殺する度胸もねぇクセによ、だから他人に頼んで殺して貰おうってか? ムシが良すぎんだよ。つーワケで、せいぜい絶望を抱えたまんま残りの人生を生きてくこったな。ケケ」

 最後に嗜虐に歪んだ嗤い顔を残し、今度こそ『闇』は踵を返した。

「あ、そういやテメェの中からジジィが仕込んだ“ブツ”を取り出すの忘れてた……んー、でもまあいいか。テメェの中のクソムシは全部消えてるし、よっぽどの事でもなければ変な暴走もしないだろ。ま、したらしたで面白そうだけどよ」

 なんか親和性高いからパニックはさぞ見モノだろうしなぁ。
 そんな事を呟いて、けたけた嗤いながら『闇』はゆっくりと地下室の隅へと歩いてゆく。
 呆然としたまま、少女はその背中を見つめるだけ……ではなかった。

「あな、たは……誰、なん、ですか?」

 辛うじて、その疑問だけが彼女の口からこぼれ出た。
 『闇』はもう一度だけ足を止め、今度は首だけを後ろに倒して少女と視線を合わせた。
 交錯する互いの視線。びく、と少女は肩を震わせる。
 それを見た『闇』は、にぃいっと唇を吊り上げた。

「あん? オレか? オレはなぁ――――」

 冗談とも、本気ともつかない口調で。
 『闇』は、彼女にこう告げた。



 ――――『悪』のカミサマだよ。



 それで本当に終幕。
 チン・カラ・ホイ、と紡がれる呪文。
 足元から漆黒の炎が立ち上り、それに取り巻かれた『闇』はこの地下室から忽然とその姿を消した。

「――――ま、個人的都合で『悪』にとっての『悪』もやってるけどな」

 最後にぼそっと呟かれたその余韻が、地下室の湿った空気を通じて部屋中に木霊した。

「……セン……パイ?」

 炎の揺らめきに照らされ、微かに浮かび上がったその顔貌。
 その言葉を呟いた直後、彼女……間桐桜は肉体と精神の疲労から、再び意識を失った。






「――――さて、しばらくは静観だな。とりあえずは、あのクソガキのウォッチングと洒落込みますかねぇ……ポケットのリンクがブチ切れて、ついでにオレにパチられてひみつ道具の大半がなくなってるこの究極縛りの状況下で、果たしてテメェはどう動くよ? ま、強力なブツの粗方がないとはいえコピッただけのヤツも結構あるし、ワビ代わりに別のモンを二、三アイツにブチ込んであるからどうとでもするだろうがよ。せいぜい気張って生き延びやがれやクソガキ! ケケケケケケケケケケ……!!」








[28951] 第十五話
Name: 青空の木陰◆c9254621 ID:90f856d7
Date: 2015/02/13 16:33






「――――し、しずかちゃん!? なんでそんなムキムキに……それにどうしてぼくを追いかけてくるのさ!? って足速ッ――――っ、はっ!?」



 がばと跳ね起きると同時に、はっとその目が開いた。

「……ゆ、夢?」

 上半身を起こした体勢で、のび太の唇が動く。

「だった……のか」

 つ、と視線を下に落とせばそこには布団があり。
 枕元には見慣れた丸メガネ。

「っと」

 横に目を移せば壁と、襖と障子。
 そしてほのかに香る畳の匂い。
 間違いなく、ここはどこかの家の一室であった。

「――――は、はぁあああ、よかったぁ……しずかちゃんがマッチョになって追いかけてくるなんて、そんな事あるはずないよね。ホント、夢でよかったぁ。いや、追いかけてくれるのは嬉しいんだけどさ、流石にアレはちょっと……」

 額の汗を手で拭い、のび太は盛大に安堵の溜息を吐いた。
 言葉尻から察するに、見ていた夢は乙女の尊厳もへったくれもないものであったようだ。
 これまでの経緯を考えれば、ある意味仕方がない事なのかもしれない。
 あんまりではあるが。

「ふぅ……それにしても、ここはいったいどこなんだろ?」

 改めてのび太が周囲を見渡していると、襖の向こう側から声が響いてきた。

「――――ん? のび太君、起きたのか?」
「あっ、士郎さん?」

 のび太がメガネを装着すると同時に襖が開かれ、その先に士郎が立っていた。

「じゃあここは……やっぱり士郎さんの家なのか」
「よかった、あの時いきなり気絶するもんだから心配してたんだが、その分だと大丈夫みたいだな」

 士郎のその言葉に、のび太の首が傾く。
 眉根が、不可解そうに歪められていた。

「あの時、って?」
「ん? もしかして……覚えてないのか、のび太君?」
「はぁ。えーと、たしか」
「い、いや、無理に思い出さなくていい! と、とにかく起きたんなら居間へ行こう! お腹、減ってるだろ?」

 思い出そうと腕組みするのび太を、士郎が慌てて制止した。
 彼の気遣いは、どこまでも正解であった。

「え、はい、まあ……っ!? う、意識し始めたら急に……お、おなか空いたぁ」

 腹を押さえて呻くのび太。
 昨夜から何も口にしていないので、胃の中はすっかり空であった。
 遅れを取り戻さんとばかりに、ぐぅうっと盛大に腹の虫が鳴る。

「はは、これはまた凄いな。じゃあ行こうか。朝食用意してあるから」
「あ、はい……あれ? そういえば、今何時なんですか?」
「ちょうど朝の九時だよ。俺達はもう朝飯済ませちゃったから、あとはのび太君だけだ」
「俺……“達”? あの、もしかして凛さん達も?」

 のび太の問いに、士郎が頷き返した。

「ああ。まあ、色々あってね。とりあえず、詳しい事は朝飯の後にしよう。まずはその喧しい腹の虫を鎮めないとな」

 ちなみに布団は一片たりとも湿ってはいなかった事をここに記しておく。






「あ、これおいしい! ん、これもうまいや! これ全部士郎さんが作ったんですか?」
「今日は藤ねえも、どういう訳か桜も来なかったから俺一人で全部作ったよ。一人暮らしだから、これくらいはね」

 目玉焼き、サラダ、味噌汁、炊き立てのご飯と、のび太は次から次へ口の中に放り込んでいく。
 のび太の嫌いな物がメニューになかった事から、のび太の箸の動きは躊躇いがない。
 居間には士郎とのび太の二人きり。
 空腹も手伝い行儀悪く食事を続けるのび太を、士郎が対面からお茶を啜りながら眺めている。

「一人暮らし? そういえば、士郎さんのお父さんとお母さんは?」
「あー、俺は養子……貰われっ子なんだ。それで俺を引き取ってくれた爺さん、いや養父(オヤジ)も数年前に……ね」

 ぴたり、と忙しなく動いていたのび太の箸が止まる。
 その表情はしまった、とばかりのしかめっ面であった。

「あ、その……ご、こめんなさい」
「いいって。気にする事じゃないさ。それより早く食べちゃいな、味噌汁冷めるよ」
「あ……はい、すいません」

 もう一度頭を下げ、気を取り直して今度は幾分落ち着いた様子で、のび太は食事を再開する。
 そんなのび太を眺める士郎の目は、どこまでも穏やかであった。

「……あれ? 『爺さん』って……う~ん、これどこかで聞いたような?」
「ん、どうかしたか?」
「あ、いや、なんでも」

 ふと、そんな疑問が脳裏を掠めたのび太であったが、良質の食事に没頭するあまり、ものの三秒ほどで頭の中から消え去ってしまった。

「あら、のび太起きたの?」

 ちょうど、のび太が食事を終えた直後、凛が居間へと入ってきた。
 寝不足なのか、目の下には微かにクマが出来ており昨夜のような覇気も薄れている。

「おや、もういいのですか」

 凛の後ろには、白のシャツに青いスカート、黒のタイツを身に纏ったセイバーがいた。
 あの物々しい装いではなかった事に、のび太の目は意外そうに見開かれていた。

「セイバー、その服……」
「ああ、リンがくれたものです。流石にずっとあのままではマズイという事ですので」
「それはそうでしょ。セイバーは他のサーヴァントみたいに霊体化出来ないんだから、せめて普通の服を着て一般人の目を誤魔化す必要があるの」
「霊体化……? ああ、そういえば昨日そんな事言ってましたっけ。でもセイバー、その服似合ってるね」
「……あ、その……どう、も?」

 のび太の褒め言葉にも、セイバーの返答は歯切れが悪かった。
 こういう恰好にはあまり慣れていないせいか、どう反応すればいいのか解らないようだ。
 その間に、士郎が人数分のお茶を用意し、四人で居間のテーブルを囲む形となった。

「あれ? おじさ……じゃなかった、アーチャーさんは?」
「アーチャーなら霊体化して屋根の上で見張り番よ。というかのび太、いい加減アーチャーを“おじさん”って呼ぼうとするの止めなさい。ああ見えて結構繊細みたいだから、今度それ聞いたらたぶん、アイツ泣くわよ」

 泣くだけで済めば御の字かもしれない。

「さて、まずは昨夜の事から話そうかし……って、なによ士郎?」

 茶を一口啜り、話を切り出そうとした凛の袖を、隣の士郎が引いて止めた。
 ついでにセイバーに向かって手招きをする。

「はい?」

 首を傾げつつ、セイバーは彼の方へと膝を寄せる。
 お呼びのかからなかったのび太の顔は、狐につままれたような表情となっていた。

「あの、どうかしたんですか?」
「ん、いやちょっと……ちなみにのび太君。昨日の事、どこまで覚えている?」
「え……っと、たしか」

 士郎から確認の言葉が飛ぶ。
 のび太は額に指を当てて考え込み始めた。

「アーチャーさんと一緒にバーサーカーの剣をへし折って、それからパンチでセイバーに攻撃してきたバーサーカーに“ショックガン”を撃ったら一瞬だけ効いて、あとは……」

 片手で指折り数えながら、のび太は記憶の底を浚う。
 だが、ややもしてふと、動きが止まった。

「あれ? それからどうなったんだっけ?」
「はいそこでストップ。今からその後の事を説明するから、そこからは思い出さなくていいよ」
「は? はあ……」

 士郎の待ったに、のび太の思考が打ち切られる。
 頭に『?』マークを浮かべる少年を尻目に、士郎は凛とセイバーに小声で耳打ちした。

「という訳なんだよ、二人とも」
「なにが『という訳』よ。今のやり取りだけで解る訳ないでしょ。ちゃんと説明しなさい」

 士郎の耳に、凛の要求が飛ぶ。
 彼女の声も、士郎に倣って小声であった。

「いや、つまりな……どうものび太君、セイバーがバーサーカーの首を刎ねたところの記憶“だけ”すっぽり抜け落ちてるみたいなんだ」
「は? まさかそんな事が……しかし、あの様子ではたしかに覚えていなさそうですね。でなければ十歳かそこらの子どもが、これほど落ち着いていられるとは思えませんし」

 セイバーの相槌も、これまた士郎と凛に倣ったものであった。
 人間の脳には『自己防衛機能』が備わっている。
 これは、たとえばショッキングな出来事や耐えがたい恐怖に晒された際、過度のストレスから脳を護るため、無意識的にその記憶を改竄ないしは抹消してストレスをやり過ごすという物だ。
 バーサーカーの首が大量の血潮と共に空中にすっ飛ぶなどというスプラッタを、のび太はその目でじっくり見てしまった。
 小学五年生というメンタリティの弱さを考慮すれば、自己防衛のために記憶が跳んでしまったとしても不思議な話ではない。
 逆に考えれば、“あの”バーサーカーを相手取った代償が一瞬に近い一場面の記憶の忘却(+気絶)という、たったこれっぽっちで済んでいるという事でもある。
 普通であればトラウマになってもおかしくはないし、それ以前に小学生がバーサーカーという怪物に立ち向かう事などまずもって狂気の沙汰であろう。
 その思いの外図太い一面に、果たしてこの三人は気づいているのかどうか。

「とにかく、そこのところだけには触れない事にしよう。下手に思い出させるのもアレだし、忘れてるのならそれはそれで問題ない事だし」
「そうねぇ……ま、そうしましょうか。もっとも、これじゃあこれから先がかなり思いやられるけど」
「下手に心に傷を負われるよりマシですから、私もそれに異存はありません」

 こく、と三人が同時に頷いたところで状況は再開する。
 結局密談の内容を知る事もなく、のび太は出されたお茶をぼんやり啜っているだけであった。





「え? 結局バーサーカーは倒せなかったんですか!?」
「結末を先に言えばそうよ。のび太のアシストでセイバーが“一太刀入れて”倒したんだけど、その後に蘇生……復活しちゃったの」

 細々した描写を省きながら、凛がのび太の途切れた記憶の先を語る。
 “復活”というくだり部分を聞いた瞬間、のび太はテーブルから身を乗り出していた。

「ふ、復活!? アレ、ゾンビかなにかだったんですか!?」
「だったらどれだけよかった事か……あのねのび太。一応言っとくけど、サーヴァントっていうのは基本的に神話とか伝説とかの、名のある英雄が召喚されるのよ。マスターが誰であれ、ゾンビなんて間違っても呼び出さないわよ。それにあんな強力なゾンビがいる訳ないでしょ。モノにもよるかもしれないけど」

 お茶を啜りつつ、凛の口から溜息が漏れる。
 そんな落ち着き払った凛とは対照的に、のび太は混乱の坩堝にはまり込んでいた。
 年少の者には勿体ぶった語りのせいで、まるで事情の理解が追いついていない。
 倒したはずなのに復活した。その事実が示すものを、凛は未だ提示していない。
 おそらく凛の性格が無意識的にそうさせているのだろうが、小学生相手にはやや意地が悪いかもしれない。

「じゃ、どうして?」
「簡単に言うとね、アイツ命を“十二個”持ってたのよ」

 かっくん。音にすればこうなるであろう。
 のび太の顎が面白いくらいに落ちた。

「い、命が十二個!?」
「そうです。あのバーサーカーの持つ宝具……『十二の試練(ゴッド・ハンド)』によって、確実に絶ったはずの命が蘇りました」
「宝具、ってセイバーの持ってる見えない剣みたいなアレの事?」
「ええ。サーヴァントはそれぞれ最低一つ……あるいは多くて複数個、『宝具』と呼ばれる強力な攻撃手段を持っています。私は不可視の剣、あの晩いたランサーはあの紅い槍というように。そしてバーサーカーの宝具はその肉体……正確にはその中にある十二個の命だったという訳です」
「オマケにある一定水準以下の攻撃は全部無効化……それ以上の攻撃でも一度受けたものに対しては耐性がつく、つまり効かなくなるっていうデタラメなものよ。もっと正確に言うなら、たとえ死んでも十一回自動的に生き返るようになってるって事なんだけど」
「な、なにそれ」

 二の句も告げなかった。
 そんな規格外すぎる相手と命のやり取りをしていたのかと思うと、のび太の背筋に改めて冷たい物が走る。
 知らず、唾を飲み込むのび太であったが、次に士郎が漏らした言葉がなによりも大きい衝撃をこの少年に齎した。

「で、バーサーカーの正体なんだけどな、イリヤ……あのバーサーカーのマスターの女の子の話によると、『ヘラクレス』らしいんだ」
「へ、『ヘラクレス』? そ、それって」
「うん……神話で出てくる、“あの”『ヘラクレス』だよ。のび太君が気を失った後、あの子が声高々に宣言していた。宝具の事も含めてな」

 ヘラクレス。
 ギリシャ神話最大級の英雄で、最高神ゼウスの息子である。
 自分の妻と子を自ら殺した罪を償うために十二の難業を為し、不死身の肉体を得た。
 ゼウスの妻であるヘラによって謀殺された後はオリュンポスの神々の末席に加えられたという。
 のび太でも知っている超ビッグネームであった。
 乗り出していた身体を引っ込め、のび太は放心したように元の場所に座り込む。

「そ、そんな……それじゃ僕たち、『ヘラクレス』と戦ってたの?」
「そういう事よ。しかも狂戦士と化した『ヘラクレス』とね。元々バーサーカーというのは、力の弱い英霊を狂わせる事で英霊自身をパワーアップさせるクラスなんだけど、それが『ヘラクレス』なんて……“鬼に金棒”どころの話じゃないわ」
「しかもな、のび太君……これは心して聞いてくれよ」

 少々の間を置いて。
 士郎が固い口調で重い事実を、ゆっくりとのび太に告げた。



「どうやらのび太君は……バーサーカーに目を付けられたらしいんだ」



 信じられないとばかりに、のび太は目を合わせた。
 士郎の表情は、とても冗談を言っているとは思えない、真摯なものだった。
 それどころか、眉をこれでもかとばかりに顰めたかなり厳しい物であった。

「実はあの後にな……」

 茶を一口啜って喉を潤し。
 一拍の間を置いて、士郎が経緯を説明する。



『ふうん、やるじゃない。バーサーカーを一度だけとはいえ殺すなんて。ご褒美として、今日はここで退いてあげる』
『あ、それから……バーサーカー、お兄ちゃんが抱えてる気絶しちゃった男の子が気になってるみたい。くすくす。起きたらよろしく言っておいてね。わたしも興味あるし』



 聞き終えて、のび太の喉が再びごくりと鳴った。
 額から流れる冷たい一筋の汗が、彼の心情を物語っている。

「そう、言ってたんですか? あの女の子が?」
「ああ。口調は冗談を言ってるみたいだったけど、目は本気だった」
「その後、士郎がアナタを背負って全員でここまで戻ってきたって訳。これが昨夜の顛末よ。それで……のび太」
「は、はいっ!?」

 きっ、と凛から真面目な視線を向けられ、反射的にのび太の背筋が伸びる。
 凛はそれを気にする風でもなく、射抜くような眼光をのび太に突き刺しながら厳かに告げた。

「改めて言うわね。もう、アナタは後戻り出来ない。たとえ『嫌だ』と言っても逃げる事は許されない。アナタに与えられた選択肢はたった一つだけ。この狂った戦争の真っただ中で、力の限り『生き延びる』事よ。この意味、解るわね?」
「あ……」



 ――――このイカれた戦争のただ中で、誰よりも生き延びてみな。



 あの夜の見知らぬ“誰か”の言葉が、のび太の脳裏にフラッシュバックした。
 全身が粟立つ。
 心臓が狂ったように早鐘を打ち始め、咽喉が干上がっていく。
 実感を伴って、じわじわ顕れてくる“死と隣り合わせの世界”に、のび太は逃げたしたいほどの恐怖を覚えた。
 昨夜の興奮した状態ならばいざ知らず、今ののび太は平常運転。
 自らが選んだ運命の過酷さを突き付けられて、底冷えするような怖気に苛まれるのも無理はなかった。

「……はい、解ります。それにぼくはもうあの時、決めましたから。『助ける』って言ってくれた、士郎さん達の力になりたいって。だから……元の世界に帰るために士郎さん達と、この戦争の真っただ中を力の限り『生き延びて』みます」

 それでも眼の輝きだけは色褪せず、のび太の決意は揺らがない。
 誰よりも臆病で、弱虫。しかし根っこの方では優しい心を持っているのがのび太である。
 自分自身の危機よりも、士郎達の危機こそがのび太にとってなによりの恐怖であった。
 その恐怖を払拭するためならば、のび太はどんな困難でも立ち向かうつもりだった。
 たとえ足が震え、怖気づいたとしても、なけなしの勇気を振り絞ってそこへ飛び込んでいこうという気構えがあった。

「……それに」
「それに、なに?」
「え? いえ、なんでも」

 顔も姿も見せず、言いたい事だけ言い放って、なにもかもを煙に巻いて風のように去った、謎の人物。
 言葉の真意を理解するには至らなかったが、きっと大切な事なのだという事だけは呑み込めた。
 だからこそ、のび太は知りたかった。
 あの声の主が告げた言葉が指し示すものを。
 自分の世界への道のり、その行く手に待ち受けるものを。
 そのためにも、逃げ出すつもりは毛頭なかった。

「――――ふぅん。アンタ、ホントに小学生?」
「え? はい……あの、なにか?」
「ああいや、そうじゃなくてね……セイバー、アナタなら解るでしょ?」
「ええ」

 凛の言葉に、セイバーは深々と目を閉じ頷いている。
 しかし、のび太は訳が解らない。
 疑問符を頭上に浮かべたまま、視線を横へとずらしてみる。

「士郎さん。あの、どういう事なんです?」
「ん、まあ……のび太君は凄いなって事だよ。いっそ羨ましいくらいにさ」
「は?」

 頻りに首を捻るのび太に対し、三人はただ薄く笑みを湛えてそれを見ているだけであった。



「……本当に、眩しいくらいに羨ましいよ」



 ぽつんと漏れ出た士郎の言葉は、この場にいる誰の耳にも届く事はなかった。








[28951] 第十六話
Name: 青空の木陰◆c9254621 ID:90f856d7
Date: 2016/01/31 00:24





「――――それで、士郎さんと凛さんは協力する事になったんですか」
「そ。成行き上仕方なく、ね。ま、仮にアンタがいなかったら、きっと敵対してたでしょうけど」
「え? それじゃあ、ぼくのためなんですか?」
「……ふぅ、有体に言えばそうよ。まったく、我ながら甘い事だとは思うわ。正直、魔術師としては論外の結論よ。ただ、人として論外にはなりたくないだけ。どういう訳かアーチャーは若干乗り気だったけど、それが意外といえば意外ね」
「アーチャーさんが……?」

 お茶を啜りながら語り続ける凛。ちなみにお茶は二杯目である。
 対象が小学生であるのび太のため、解りやすく語るのにここまで相当な時間が費やされていた。
 現に口を全くつけられていない士郎のお茶はすっかり冷めきってしまっている。
 そして話は、ここにいるメンバー構成員の現状況へとシフトしていた。

「『この際は、敗れた夢に再び挑むのも悪くはない。状況的にまだ融通も効くしな』とか言ってたわ」
「『敗れた夢』? 遠坂、アーチャーの夢って」
「さあね。聞いてはみたんだけど、はぐらかされたわ。ま、半分はどうでもいい事だから、それ以上は追及しなかったけど」
「は~。サーヴァントにも夢ってあるんですね。あのバーサーカーにもあるのかな?」

 のび太が妙な感心をする。
 すると、セイバーが口から湯呑を離してのび太に視線を向けた。

「ノビタ。前にも言ったかと思いますが、聖杯戦争に参加するサーヴァントには、基本的にそれぞれ目的があります。その目的を達成するため、召喚に応じるのです。正確には願いを叶える聖杯を手に入れ、目的を達成する訳なのですが」
「へえ。じゃあセイバーにも目的があるの?」
「……ええ」

 肯定の返事を返したその一瞬、セイバーは僅かに顔を歪める。
 それに気づいたのび太はどうかしたのかと声を掛けようとする。
 しかし。

「あ~、もう論点が思いっきりズレちゃってるわね、とりあえず軌道修正! のび太への状況説明は終わったから、今重要なのはこれからどう動くべきなのかって事! まずそれを詰めてしまいましょ!」

 凛からの横槍によって切っ掛けを折られ、結局言い出せずに終わってしまった。

「今の段階で接触したサーヴァントはランサーとバーサーカー。ここにいるセイバーとアーチャーを除けば残りはライダー、キャスター、アサシンね。ま、コイツらに関してはまだどうするもこうするも言えないか。接触もしてない訳だしね」

 士郎が冷え切ったお茶を入れ替えた後、話は次のステップへと進む。
 議題は、敵サーヴァントの情報のまとめであった。

「じゃあ、今は交戦したランサーとバーサーカーに焦点を絞るべきか。バーサーカーの正体は『ヘラクレス』って解ってるし、ランサーは宝具が『ゲイ・ボルク』だという事が判明してる。一度セイバーに対して使ったしな。そういえばセイバー。あの時の傷、大丈夫か? 胸、貫かれてただろ」
「ええ。既に修復は完了しています。バーサーカーとの戦いの時はまだ完治していなかったのですが、交戦後間もなくしてあっという間に治癒してしまいました。理由は……判然としませんが」
「―――え? えぇ? あ、あの、どうしてそこでぼくを見るのさ?」

 いきなりセイバーから視線を向けられ、のび太は面食らっていた。
 セイバーの傷が恐ろしい速度で完治した原因は、あの謎のパワーアップにあった。
 急激な肉体の活性化と爆発的に高められた魔力。それらが槍によって付けられた傷にまで影響を与えた。
 セイバーはそれを持ち前の常人離れした『直感』で本能的に悟っていた。
 しかし“原因”には思い当たっても、そもそも何故そんな事が起こったのかという“理由”までは見通せない。
 戸惑うのび太の様子を見れば、本人としては思い当たる節などまったくないと判断出来る。
 のび太から視線を外し、セイバーは息をひとつ吐く。

「……いえ、まあそれは置いておきましょう。ここで大事なのは、宝具を使った事でランサーの正体が判明したという事です」
「正体……宝具が『ゲイ・ボルク』だというのなら、間違いなくアイツは『クー・フーリン』ね」
「え? く、く~ふーりん? って、誰なんです?」
「いや、そこで俺を見るなよのび太君。俺もよく知らないんだ。遠坂、『クー・フーリン』って?」

 士郎・のび太の疑問の声に、凛は呆れたように息を吐きながらも口を開いた。
 この二人、妙に息があっていると半ば投げやりに思いながら。

「『クー・フーリン』っていうのはケルト神話に出てくる英雄よ。日本ではマイナーな神話だから二人が知らないのも無理ないけど、ヨーロッパじゃ知らない人間はまずいないと言っていいわね」
「そして彼の代名詞ともいうべき物が『ゲイ・ボルク』。放てば必ず心臓を貫くと謳われた、呪いの魔槍です」
「呪いの……ああ、そうか。セイバーが胸を突かれたのは、あの槍が“そういうものだった”からなのか」
「はい。もっとも、寸でのところで心臓を貫かれるのは避けられました。その点は幸運でしたね。おかげで本当の名……“真名”も判明した訳ですし。ですが、相手が『クー・フーリン』とは。宝具を別にしたとしても厄介ですね」

 眉間に皺を寄せ、セイバーが唸る。

「そうね……はぁ」

 追随するように、凛が瞑目しながら相槌を打った。

「あの……厄介って?」

 それらの意味するところを、のび太はまるで理解出来ないでいた。
 疑問をそのまま二人にぶつけると、今度は二人そろって渋面に。
 のび太の問いは、面倒くささ以上に頭の痛い問題をこれでもかとばかりに、さらにドンと鼻先に押し付けるようなものであった。

「『クー・フーリン』という英雄はケルト神話において最も代表的な英雄です。つまり、その強さは折り紙つき……申し分ないものであるという事」
「そ。それもおそらくは、日本での知名度の低さを補って有り余るほどにね」
「ち、知名度の低さ?」
「簡単に言えば召喚された場所……この場合は日本ですが……そこでどれだけ有名であるかどうかがサーヴァントの強さに関わってくるのです。あくまである程度の範囲で、でしかありませんが。ギリシャ神話の英雄である『ヘラクレス』は日本でも有名ですから、強さも相応のものになっていると思われます」
「逆に、ケルト神話の『クー・フーリン』は日本ではドマイナーな存在よ。アンタ達が知らなかったのがいい例ね。つまりその分だけ力が弱くなってるはずなんだけど……あの様子じゃ、正直なところ微々たる物でしょうね。なんせケルト神話においては押しも押されぬ、言ってしまえば『ヘラクレス』クラスの大英雄だもの。元々の強さが並外れてるのよ。まったく、頭の痛い事ね」

 元々の強さ千の相手が九百になって現れているようなものである。
 たかが一割強さが落ちたくらいでは、例えば二百の強さしかない弱者が相手取る場合、大差ないに等しい。
 この一割が活きてくるのは組み合うのが強者、加えて互いの実力がほぼ拮抗しているという条件が付いてくる。
 尤も、強さをすべてひっくるめ、単純に数値に直して比較するという事は出来ない。
 格下の相手に何の因果か、いとも容易く敗れ去る。そういう事も珍しくないのが勝負事の、ひいては聖杯戦争の常である。
 とはいえ、相手が油断の出来ない強敵であるという点は、疑いようのない事実であった。

「まさか大英雄クラスと一夜のうちに二回も戦っちゃうなんて。それとまともに渡り合うセイバーも大概だけど。実はセイバーも相当名の売れた英傑だったりするのかしら」
「禁則事項です」

 さりげなく振られた追及を、セイバーはこれまたさりげなく躱す。
 そしてそのまま話を自然に元の流れへと戻した。

「とにかく、ランサーこと『クー・フーリン』とバーサーカーこと『ヘラクレス』。この二名に対してどういう対処をすべきか、という事ですが。正体と宝具が判明しているという点で見れば、こちらがアドバンテージを取れています」
「戦力の絶対数でもそうね……セイバーにアーチャー、あと条件付きでのび太、と」
「え、ぼくも?」

 ごく自然に自分が戦力の頭数に数えられている事に驚くのび太。
 凛はそれを見て頭を抱えると、やがて徐にジト目でのび太を見据え口を開く。

「あのね、アンタ昨日自分がなにしたか解って言ってるの? いくらトンデモアイテム使ってたからといっても、人間がサーヴァントと共同戦線張れるなんてはっきり言って前代未聞よ? へっぽこ士郎はともかく、わたしですらなんにも出来なかったっていうのに。こっちにはあまり余裕がないの。だからたとえ小学生であれ、使える者は躊躇なく使う。少なくともわたしはそのつもり。それとも、あの時の啖呵は嘘だったとでも?」
「い、いやそういう訳じゃ……」

 凛のあまりの押しの強さに、のび太はたじたじとなる。
 別に士郎達と共にサーヴァントに立ち向かう事に否やはない。
 ないが、凛のオブラートに包まない、どこまでも単刀直入で剥き出しの物言いにはどうしても戸惑ってしまう。
 しかも凛の醸し出す、のび太にとってある意味で苦手な雰囲気がそれに拍車をかけている。
 これが士郎かセイバーの言葉ならば配慮が行き届く分、また態度も違ったかもしれない。

「……ま、安心しなさいな。とどめを差す時は、わたし達でやるわ」
「はぁ?」

 不意にのび太から視線を逸らすと、凛は口元に湯呑を傾けながらそんな事を呟いた。
 先程言った『条件付き』とは、そういう事であった。
 のび太に“殺し”という重い十字架を背負わせるつもりは、凛といえどもない。
 たとえそれが偽善で、罪の意識を誤魔化すためのものであったとしても。
 無理矢理にでものび太を戦力から除外する事も出来なくはないが、緊迫した状況とのび太の打ち立てた実績が不誠実ながらも期待を抱かせてしまい、それを許さない。
 ならばせめて。



『いよいよの時は自分達の手で、のび太を血には染めさせない』



 セイバーも士郎も、そしてこの場にいないアーチャーも元よりそのつもりであった事は言うまでもない。
 もっとも、自らが望んだ事とはいえ、のび太を殺し合いに駆り立てる事に内心、忸怩たる思いを噛みしめている事も言うまでもなかった。
 隣に座る士郎の、隠そうとしても完全には隠し切れていない、その恐ろしく険しい表情が静かに物語る。

「ただ、どっちにしろそう簡単に勝てるような相手じゃない。特にバーサーカーはな。まあそれ以前に、正体が解ってても居場所が解ってないから戦いを仕掛けようもない訳なんだが……」

 決して内心を見せまいと無理矢理に無表情の仮面を被り、士郎は重苦しく言葉を吐き出す。
 確かにアドバンテージがあっても、それを能動的に活かしきれなければ価値も半減してしまう。
 先手必勝が全てにおいて有利とは必ずしも言えないが、主導権を握る事自体は有効ではある。

「そうね。バーサーカーに関してはまったくアテがない訳でもないけど、それも確実という保証はないし……ランサーに至っては完全にお手上げ。結局悉く受けに回るしかないのが現状なのよね」

 溜息交じりに愚痴る凛。
 セイバーも難しい顔をして黙り込んでいる。
 まさに状況は八方塞がり。



「えっと、居場所が解ればいいんですか?」



 そのはずであった。
 のび太が何気なく呟いた言葉で、風向きが変わり出す。

「ノビタ?」
「う、うん。まあ、そうなんだけど……まさかアンタ、出来るの?」
「たぶん。なんでかだいぶ中身が減っちゃってるけど、きっとあるはず」

 懐疑的な目の凛を尻目に、のび太はポケットから“スペアポケット”を引っ張り出すと、掻き回すように中を漁る。
 やがて。

「あ、あった!」

 歓声と共に、ズボッと“スペアポケット”からナニカを引っ張り出した。
 その手に握られていたモノは。

「杖?」

 柄の部分に機械がくっついた、一本の杖であった。





「のび太君、その杖をどうするんだ? 言われるがまま庭に出てきたけど」

 衛宮邸の庭先に、四人の姿があった。
 のび太を中心に、士郎・凛・セイバーの三人がその周りを囲んでいる。
 意気揚々と、のび太は右手に持った杖を持ち上げた。

「これは“たずね人ステッキ”って言って、これを地面に突き立てて離せば、探している人のいる方向に倒れるんです。これで他のサーヴァントの居所を探せます!」
「こんな杖が?」

 疑わしげな表情でのび太から“たずね人ステッキ”を取り上げ、矯めつ眇めつ眺める凛。
 機械をはじめとした科学と相性の悪い凛である。
 昨夜のアレコレでひみつ道具の効力が実証されているとはいえ、胡散くささはぬぐえない。

「あ、もしかして疑ってるんですか?」
「そりゃね」
「たしかにドラえもんの道具の中には役に立たない道具もいっぱいありますけど……“夢たしかめ機”とか。でもこれはちゃんと役に立ちますよ。本当ですって」

 凛の様子に、のび太は不満を露わにする。
 それでも凛は眉根を寄せたままの表情を崩そうとしない。
 そんな凛を見て、ならばとのび太は身を乗り出した。

「じゃあ一回試してみてください。それで解るはずですから!」
「試せ、って言われてもね。んん、ならとりあえず……対象はアーチャーにしましょうか。今霊体化してるから、試すにはいいかも。アーチャー、聞こえる?」

 顔を上げた凛は虚空に向かって叫び、ついでに片耳を抑えた。
 霊体化し、見張り番をしているアーチャーと会話をしている。
 互いにレイラインで繋がっているからこそ、こんな事が出来る。

「アーチャー、今から霊体化したまま、そこから移動して。場所はこの家の敷地内ならどこでもいいわ。なぜって? まあ言ってみれば実験よ。話は聞いて……なかったのね。もう、いいからとりあえず動いてさっさと隠れる! 三秒以内!」
「それじゃ短すぎだろ、遠坂」
「なんか凛さん、ジャイアンみたい……」

 男ふたりの言葉も、彼女にとっては柳に当たる風に等しかった。
 しかしその澄ました表情も、やがて出た実証結果の前に砕け散る事になる。

「……まさかホントに当たるなんて」

 湧き出す敗北感に、凛が顔を手で覆っていた。
 庭の地面に“たずね人ステッキ”を突き立て手を離し、重力のなすがままに任せて倒す。
 その先端の指し示した方向に、実体化して姿を現したアーチャーがいた。

「でも、なんでよりによって台所なんだアーチャー。隠れるならもっと他に場所があっただろうに……土蔵とか、床下とかさ」
「……三秒で行けとの指示だ。元いた場所から遠くなく、咄嗟に思い浮かんだ場所がここだった。それだけの事だ、小僧」
「律儀な。しかし貴方が台所に立っても、そう違和感を感じないのはなぜなのでしょうか。むしろそこにいるのが当然のように」
「なんとでも言いたまえ。だが、セイバーよ。重ねて言うが他意はない。偶々、ここしかなかった。それだけだ」

 苦虫を噛んだような表情で、アーチャーは口を閉ざした。
 聞き流しておけばいいものを、彼の性格がそうさせるのか、いちいち真面目に応答していた。

「……ま、とにかくこの杖がのび太の言った通りのモノだって事は解ったわ」

 凛の降参宣言に、のび太は破顔する。
 しかし、話にはまだ続きがあった。

「ただ、偶々当たった可能性もまだ、ね。なんせ試したのが一回だけだし。ちなみに、当たり確率ってどのくらい?」
「え? う、うーん、十回やって七回当たる、くらい、かなぁ? 偶にハズれたし」

 笑顔から一転、のび太は戸惑いがちに答えた。
 数値としては心許ない。

「七割か。悩みどころね。確率をアテにして探し回るのもリスクと釣り合わない……あくまで人物の方角だけだしね」

 凛は再び思案に耽る。
 現状が現状なだけに、全てにおいて万全を期したい。
 しかし、この杖だけでは、凛としては片手落ちだと言わざるを得なかった。
 敵の方角だけが解っても仕方がない上、成功確率が七割。
 もうひとつ、確実性を増す要素がなければ、ただのヘンテコな杖でしかない。

「……つまり絶対の保障があればいいんですよね、凛さん?」
「そうね。欲を言えば、ここから動かずに特定出来るのなら言う事はないけど」
「解りました。ええと、それじゃあステッキと併せて……んー、あ!」

 豆電球を点灯させたのび太は“スペアポケット”を出すと勢いよく中へ手を突っ込む。
 やがて手応えありの表情となると、徐にふたつのブツを取り出した。



「薄型テレビと……マルとバツ?」
「“○×占い”と“タイムテレビ”です!」



 してやったりの笑顔を浮かべながらのび太が道具の名を告げる。
 しかし残る皆は一斉に『?』のマークを頭に掲げていた。







[28951] 第十七話
Name: 青空の木陰◆c9254621 ID:90f856d7
Date: 2016/01/31 00:34




「それで少年。その道具はいったい」

 懐疑を含んだ声音で、アーチャーが問うた。
 杖とは脈絡のないモノを出され、先の展開が読めない。
 それは、残る面子にも共通する心情であった。

「説明しますね。まずこっちの“○×占い”は、質問した答えを『○』か『×』かで百パーセント判断してくれるんです」
「ふむ……ノビタ、それはつまり出された答えは絶対のもので、外れはないという事ですか」
「うん。たとえば……うーんと」

 床に『○』と『×』をそっと置きつつ、のび太がしばし悩む。
 ややもして、ぽん、とひとつ手を打つと一言。



「よし、『士郎さんは将来ハゲる』!」



 びっ、とのび太が士郎を指差して告げた瞬間、『○』印がふっと宙に浮き上がり、次いで『ピンポンピンポーン!』と機械音が甲高く鳴り響いた。
 “大正解”のファンファーレ、つまり士郎は将来、確実にハゲるという事であった。
 非情なる宣告。ご愁傷様である。

「ちょ、ちょっと待ったぁ! それはイヤガラセか、のび太君!? 俺、なにか君に悪い事したかい!?」
「――――ぷっ、アハハハハハ!! ナルホドねぇ~、士郎ってば将来ハゲちゃうんだ! アッハハハハ……あー、ダメ! お腹痛い!」
「やかましい! 笑うなそこぉ! っていうかそれはきっとお前のせいだ、遠坂ぁ!!」

 ちゃぶ台を拳でばんばん叩きながら、凛が笑い転げる。
 抱腹絶倒。その眼に浮かぶ涙は、明らかに哀しみ以外のものであった。

「く、く……くく、っふ」

 青の騎士は、口を手で押さえ、顔を背けていた。
 湧き上がるモノを決して出すまいと、ぷるぷる小刻みに身体が震えている。
 ツボに嵌っていた。

「……そうか。危ないところだったのだな」

 その中でひとり。
 己が髪を大事そうに手で押さえ、意味不明な言葉を呟く長身の男がいた事は、漂う笑いの空気のせいで誰の記憶にも残る事はなかった。

「ええと、その。士郎さん、ごめんなさい」
「いや……うん、大丈夫だよ。人間、カミのご加護がなくても強く生きていけるんだからさ」

 燃え尽きた灰のように消沈する士郎へ、のび太が平謝りする。
 その後『今から気を付ければ将来、士郎さんはハゲない』と、のび太が出したこの命題に、二度目の“大正解”のファンファーレが。
 救いの道は残されている。“二重”に聞こえた安堵の息が、痛々しく居間に響き渡った。

「あー、笑った笑った……くっ、くくっ! そ、それでのび太、“○×占い”については解ったけども、テレビは?」

 しばらくして、凛が説明の続きを促す。しかし目の端には笑い涙がまだ光っていた。
 渋い顔の士郎が凛を睨むが、暖簾に腕押し。堪えた様子はない。
 セイバーは既に平静に戻り、アーチャーはむっつり顔で腕を組んでいる。

「あ、ああ、はい。これは“タイムテレビ”です。過去や未来を見るためのテレビで、どんな時代や場所でも見る事が出来るんです」

 そう言うと、のび太は“タイムテレビ”の土台部分に設置された計器に手を伸ばした。
 がちゃがちゃと忙しない音がしばし部屋を満たす。

「試しに映像を出してみますね。どこか映して欲しいところとかないですか?」
「そう、だな。じゃあ、桜の様子は見れるかな? 今日、家に来なかったらちょっと心配なんだ。いや、来てくれなくて助かったといえばそうなんだけど」
「誰です? なんか朝ごはんの時にそんな名前聞いたような気がするんですけど」

 のび太が士郎を振り返ると、困ったような表情でかりかり頬を掻いている。
 説明が難しいと考えている顔だった。

「ああ、桜は……フルネームは『間桐桜』っていうんだけど……俺の学校の後輩だよ。数年前から朝と夕方、家に飯を作りに来てくれてるんだ」
「へえ~。士郎さんの彼女さんですか?」
「アハハハ、そんな大層な間柄じゃないさ」

 手をパタパタと横に振りながら、のび太に笑顔で答える士郎。
 屈託のない笑顔であった。

「桜も可哀そうに……」

 あちゃあ、とばかりに顔を覆う。 
 呆れの混じった凛のその小さな呟きは、誰にも聞き取られる事はなかった。

「えーと、じゃあその桜さんの家を目標にして……あ。あの、住所とか解ります? あと出来れば地図も」
「ん、ああそれなら……」

 士郎が席を立ち、奥へ引っ込むとやがて冬木全体のマップが乗った冊子を引っ掴んで戻ってきた。
 ぱらりとページを開き、地図のある一点を指して住所を教えると、のび太は“タイムテレビ”のダイヤルをいじる。
 画面に映し出された冬木のマップ上、その場所に正確に焦点を当てた。
 “タイムテレビ”の使い方は、ドラえもんの計器のいじり方を見て既に習得済みで、そつのないものだ。
 こういう事に関しては無駄に学習能力のあるのび太であった。

「よし、OK。士郎さん、時間はどうしますか?」
「時間? じゃあ、とりあえず七時から八時くらい、かな」
「じゃあ……間を取って七時半、っと。じゃあいきますよ。それっ!」

 すべての設定が入力し終わり、一同が“タイムテレビ”の画面へ釘づけになる中、のび太が映像ボタンをポチッとな。
 一瞬のノイズの後、数秒もせずに画面に映像が浮かび上がった。



『……いってらっしゃい、兄さん』
『ふん』



 画面に映ったのは、紫の長い髪でどこか儚げな、凛と同じ年頃の少女の姿。
 舞台は家の玄関先で、少女の装いは普段着にサンダル履きとラフなもの。
 上がりかまちに立ちながら、青いクセ毛の士郎と同い年くらいの少年の見送りをしている。
 どこかの学校の制服を着たその少年の態度は、ひどく無愛想であった。

「士郎さん、この人が桜さんですか?」
「ああ、そうだよ。で、男の方が『間桐慎二』。俺と同じクラスの友人で、桜の兄貴だ」
「へえ、兄妹ですか」
「これは……慎二が学校へ行くところみたいだな。けど、桜は学校へ行かないのか? 制服じゃないし……それに顔色がちょっと悪いような」

 述懐を余所に、場面は進む。
 妹の『いってらっしゃい』にもむっつりとしたまま、通学鞄を抱えた慎二は玄関のドアノブを捻り、扉を開く。
 家を出ようとしたところで、急に慎二が妹の方を振り返った。



『おい、桜』
『……はい?』
『お前、どうして今日は衛宮のところへ行かなかった』
『その、少し具合が悪くて。先輩に迷惑はかけたくないから……学校にも今日はちょっと』
『ふん、結局は行くつもりだったのかよ。まあ、今日はいい。それから、ジーサンはどうした? 今朝から姿を見てないぞ』
『えっ? い、いえ、私もよく。部屋に行ったらなぜか姿がなくて。またどこかにふらっと出掛けられたのかなと……』
『へえ……何度か似たような事があったな。じゃあ放っといていいか。いっそ、そのまま帰って来なきゃいいんだけど。あんな気味の悪い妖怪ジジィが居座ってたんじゃ、辛気臭いこの家がもっと辛気臭くなるし』



 その言葉を最後に、ばたんとドアが閉じられる。
 結局、言いたい事だけ言い放って慎二は学校へ向かっていった。

「ちょっと、なにこれ!? 士郎さん、いくら兄妹でもあれはひどいですよ!? それにあんなにおじいさんの悪口を言って……!」
「お、落ち着けのび太君! し、慎二も悪いヤツじゃないんだ。ただ、昔から色々と難しいヤツでさ」

 あまりにそっけない兄妹のやり取りに、のび太が憤慨した。
 そもそものび太の周りにいた兄妹間の仲は比較的円満なものが多い。
 代表格なのはジャイアンとジャイ子の兄妹。すわジャイ子になにかあった時のジャイアンのパワーは、それはもう凄まじいものがあった。
 加えて、のび太は祖母が存命の頃、かなりのおばあちゃんっ子であった。
 故にお年寄りに対する敬老精神も、それなりに持っている。
 慎二と桜のやり取りに怒りを覚えても不思議はなかった。

「まあ、兄妹にも色々あるんだろうさ。アイツの場合、普段からああだから俺もどうかとは思ってるけど、ここで怒ったって仕方ないだろう。慎二には今度ちゃんと言っとくからさ」
「それはそうですけど……って、あれ。桜さんがいない?」

 のび太がふと視線を画面に戻すと、いつの間にか玄関から桜の姿が消えていた。
 答えたのは、茶菓子のどら焼きを片手に画面に見入っていたセイバーであった。

「ああ、もう奥へと引っ込みました。どこへ行ったのかまでは解りませんが……しかし、本当にのび太の道具には驚かされます。今更ですが」
「そうなの? あ、映す場所を固定するモードになってたんだ。うーん、一応これで試した事は試した訳だし、どうします?」
「そうだな。ちょっと心配だからもう少し見ていたいんだけど……どこに行ったんだろう。まさかいきなり倒れたりはしてないよな?」
「画面か時間を切り替えてみたらどう? 出来るでしょ?」

 凛の問いに、のび太は頷きを返す。
 計器に手を伸ばすと、再度がちゃがちゃ動かし始めた。

「じゃあ、三十分時間を進めて……桜さんを追うような形で映像を出すようにして……と。よし!」

 計器をいじり終え、のび太がスイッチを押し込む。
 すると、予想外の事が起こった。

「あ、あれ? いきなり画面が真っ白!?」
「んっ? どうしたんだこれ。故障、って訳じゃないんだよな。のび太君」
「待ってください。ええと……うん、故障はしてないみたいだ。おかしいな?」

 突如、白一色となった画面。のび太が首を傾げる。
 素人見立てではあるが、“タイムテレビ”には取り立てて故障個所など見当たらなかった。
 特に変なボタンを押した訳でもない。
 疑問符を溢れさせながら、のび太は計器をあれこれ操作してみる。
 ダイヤルをいじるうち、やがて唐突に全貌が画面に映し出された。
 次の瞬間、この場が再びの混沌へ呑み込まれる。

「――――あっ!? し、士郎、見るなあっ!」
「えっ……ぐあああっ!? 目が、目がぁあっ!? な、なんて事するんだ遠坂ぁ!?」
「うるさい! とにかくアンタはしばらく目を開けたらダメ! 理由は聞くな! いいわね!」
「いきなり両目に指突っ込まれて見える訳ないだろ! というか『理由は聞くな』って、なんでさあ!?」
「やかましい! 乙女の尊厳のため、これ以上はなし!! セイバー!?」
「大丈夫です。ノビタは目を即座に塞ぎました。そしてアーチャーは直前に剣で叩き伏せました。『直感』がこんな形で役に立つとは……複雑です」
「迂闊だったわ。“タイムテレビ”がこういう代物だと解ってたんだから、予測出来たはずなのに。拠点探索にこれ以上のものはないけど」
「え? え? あの?」
「のび太……アンタ、まさかこういう行為を日常的にやってた訳?」
「はい?」

 セイバーに目を塞がれ、状況が解らないのび太。
 両目を押さえ、悶絶しながら畳の上を転げ回る士郎。
 頭から煙を一筋立ち上らせ、うつ伏せに轟沈しているアーチャー。
 映ったものがものだけに、小学生に対しては手心が加えられているが、他には容赦が一切なかった。
 凛とセイバーが再び“タイムテレビ”の画面。そこには。



『はぁ……』



 桜の艶めかしいシャワーシーンがクローズアップされていた。
 男二名の撃墜もある意味当然の処置であり、画面が白くなったのは、風呂場にもうもうと漂う濃い湯気のせいであった。



『……ん』



 シミひとつない瑞々しい肌の上を、お湯が抵抗なく流れていく。
 柔らかな熱にほんのり紅く染まるそれには、同性であろうと惹きつけられるモノがあった。
 時折漏れる悩ましげな吐息は、本能に訴えかける妙な響きがあり。
 加えて凛やセイバーにはない、女性らしい豊かな肉付きが扇情的で、非常に目の毒であった。
 女達の手によりこれ以上の性犯罪は阻止され、混沌の空気は収束し始める。

「とにかく検証はここでお終い! さっさと他のサーヴァントの居場所を探るわよ! のび太、これらをどう……って、アンタらいい加減に起きる!」

 滾る激情のまま“タイムテレビ”の電源を落とす傍ら、未だ再起動を果たせていない男達に凛は容赦なく言葉を叩き付けた。
 男達はどこまでも幸が薄い。

「ぅ……ああ。やっと視力が戻ってきた。まったくひどい目にあった。やりすぎだろ、これ」

 両目を腫らした士郎が、滲んだ涙を拭いながら文句を言う。
 しかし凛はそれに答える事もなく、セイバーの目隠しから解放されたのび太へ口を開く。

「で、のび太。この三個の道具でどう居場所を探るの? まあ、予想はつくけど」
「とりあえず、貴方の存念を聞かせて貰いましょう」
「あ、はい。えっと、まず最初に……」

 女性二名の要請に疑問符をとりあえず打ち捨て、のび太は手立てについて説明し始めた。
 回復したての士郎は、時折目頭を押さえながら耳を傾けている。



「……む、爺さん。久しいな、こんなところにいたのか……ああ、そう必死に手を振らずとも、今そっちへ行く。色々話したい事もあるしな……」



 そして――――残る一名。その顔は穏やかな微笑みと、大いなる安らぎに満たされている。
 彼方の幻に手を伸ばして、弓の英霊はこの世から退場しかかっていた。



 その後、彼が主に強制蘇生させられたのは、言うまでもない。







[28951] 第十八話 ※キャラ崩壊があります、注意!!
Name: 青空の木陰◆c9254621 ID:90f856d7
Date: 2016/01/31 00:33




 のび太の作戦とは、至極単純な道具の組み合わせ。
 “たずね人ステッキ”で方角を特定して拠点の見当を付け、“タイムテレビ”でその様子を観察し、確認と疑問点の解消を“○×占い”で行う、というものだった。
 ステッキだけでは片手落ちだが、新たなファクターを組み込む事で確実性が劇的に広がる。
 居ながらにして敵の居場所と詳しい情報、そして様子を探る事が可能だった。
 魔術に真っ向からケンカを売る非常識の塊、ひみつ道具のなせる業。
 そして固定観念に囚われない、のび太の柔軟な発想の賜物であった。
 下手をすれば道具の本来の持ち主よりも、道具の運用にのび太は長けている。

「わたしの予想とほぼ同じ、か。というか、その年でよく思いつけるわね」
「ええ。こういった強力な代物は、応用を効かせるのが難しい。なまじ強力であるが故に“思い込み”が発生してしまう。その点では、ノビタは実に柔軟だ」
「え、そ、そうかな? へへっ」

 珍しく褒められ、のび太が照れて顔を赤くしていた。
 こうして、ひみつ道具を駆使してのターゲット探しが始まった。
 対象はランサー・ライダー・キャスター・アサシン・バーサーカー。
 以上の五騎、及びそのマスターである。

「さてそれじゃ、どこから当たるんだ?」

 まずは“たずね人ステッキ”を立てて倒す。
 その後に“○×占い”を使用して、その方角に確実にいるのかどうかを断定する。
 そうしてターゲットの現在地点の方角を特定したら、今度は冬木の地図を広げそこから当たりをつける。
 これは現地住民であり、冬木の地理に詳しい士郎と凛の担当だ。
 場所を絞り込んだら、再び“○×占い”でいるかいないかを判断し、その後に“タイムテレビ”で覗き、もとい、遠距離からの敵情視察を行う。
 時間を巻き戻してここ数日の時間軸を調べるだけで、対象は絞り込める。バーサーカー然り、サーヴァントは、良くも悪くも目立つものだ。
 さすがに霊体化していたのなら発見は難しいが、まったく実体化しないという事はまずない。
 霊体化は魔力消耗を抑えられるが、代わりに物理的干渉が出来ないので、サーヴァントはどこかで必ず実体化する。
 そうしたクサい者を発見次第、サーヴァントか否かの判断を重ねて“○×占い”に仰ぐのだ。
 ただし“○×占い”は『Yes』か『No』の判断しか出来ない。
 質問内容をよく考えなければならない点がネックではあった。

「そうね。とりあえずサーヴァント順通りに、まずはランサーからいきましょうか。のび太、ステッキ」
「あ、はい。どうぞ」

 からり、と凛がステッキを立てて倒すと、“たずね人ステッキ”はその身で方角を指し示す。
 各々、すぐさまテーブルに広げた冬木市の地図へ目をやった。

「この方角、隣の新都方面ね」
「中央部からだいぶズレてるな……これは、海か」
「海ね、港にいるのかしら?」
「“○×占い”で確かめた方が早かろう、凛。『ランサーは今現在、港に存在する』」

 アーチャーの声にすぐさま“○×占い”が反応する。
 ○印がひゅっと宙に浮き、正解のファンファーレが鳴った。

「え、ホント? あそこ、特になにかある訳でもないのに、どうして?」
「リン、まずは様子を確認してみましょう。悩むのはそれからでいい」
「……そうね。のび太、お願い」
「あ、はい。それじゃ港に位置を合わせて、時間設定は特にしないで……と。よし」

 滞りなく“タイムテレビ”の設定をし終えたのび太が、勢い込んでスイッチを押す。
 飛び込んできた映像は、この場の誰にも想定外のものであった。



『――――よっしゃ、来たぁ! さあ、来い来い……て、またサバかよ! もうサバは間に合ってんだよ、くそ!』
『あらぁあ、お兄さん、いいの? せっかく釣り上げたのに海に返しちゃって。しかもそんなに勢いよく放り投げなくてもいいんじゃない? サバが可哀想よ』
『サバはもう見飽きたんだよ! そもそも釣りを始めてからこっち、釣り上げるのがサバ、サバ、サバ……サバしか来ないって明らかにおかしいだろ!』
『いや、そう言われてもねぇ……まあ、ボウズじゃないんだから別にいいじゃない。お兄さん、もう三十匹くらい釣ってるし。大漁よ?』
『サバだけをな! 漁ならともかく、釣りでサバだけってのは面白みがねえったら。んで、おっさんはタイにヒラメにタコに……うげ、ブリまでいやがる!? 魚、節操ねぇな!? 季節感とかメチャクチャだぞ!』
『聞いた話だけどさ、冬木港はいつもこんなカンジらしいよぉ? 春夏秋冬全部通して。そういえば、前回来た時はヤマメ釣ったね』
『それ、川魚ぁ! おかしいから! 絶っ対異常だから!』
『冬木港だしねぇ。ココ、かなりの穴場よぉ?』
『それで納得すんな!?』



 魂を生き胆ごと引っこ抜かれたかのよう。
 画面の前で、一同が揃って呆然となっていた。

「……なんだ、これは」
「ランサーのお兄さん、ですよね? あの時と全然イメージが違うけど」
「うん……その、なんだ。『クー・フーリン』って、こんなヤツだったのか?」
「武勇伝や逸話は多いのですが……これは」
「ぶち壊しね。いろんな意味で」

 港に面した海を舞台に、普段着姿のランサーが奇声を上げている。
 手にする物は槍ではなく、リールのない一本の釣竿。足元には数個のバケツとタブの開いた缶コーヒーが置かれている。
 そしてランサーの隣では、下っ腹の突き出た丸顔の中年オヤジが釣り糸を垂れていた。
 結構なベテランのようで、竿を操る一挙一動にそつがない。
 キャップにサングラス、釣り用ジャケットのアングラーファッションも様になっている。
 穏やかで人のよさそうな笑みが印象的だった。

「すごく楽しそうですね、士郎さん」
「……ああ」
 
 訂正の余地など一切ない。幻などでもありえない。
 槍の英霊ランサーは、冬木港にて行きずりの親父と釣りに没頭していた。

「――――はぁ」

 誰のものかは定かならず、ひとつの溜息が口から漏れる。
 しかしこの瞬間、この場の心はひとつとなった。
 すなわち……なにやってんだコイツは。
 倦怠感にも似た脱力に見舞われる五人を余所に、“タイムテレビ”からの中継は続く。



『おっさん、釣りはベテランか?』
『んん? まあ、随分やってきたね。日本全国、いろんなところに釣りに行ったよぉ。今、たまたま会社の出張で東京からこっちに来ててね。明日の朝には特急で帰るし、空き時間にこっちまで足を伸ばしたの。こっちに来たのは今日で三回目かな』
『そうか。じゃあ……頼む! 俺に釣りを教えてくれ!』
『え、えっ? いきなりどうしたの?』
『このままサバばっかり釣ってたんじゃ面白くねぇんだよ! おっさん、どうか不出来なこの俺にひとつ、釣りの極意を伝授してくれ! 頼む、この通り!』
『いやいやいや、土下座はやりすぎだよ。うん、まあ、これもなにかの縁だし、時間もあるから……って、あらら? あ、ちょっと待ってね……はい、もしもし』
『ああ、ケータイってやつか。たしか“アイツ”も持ってやがったな……成金趣味全開の。アレはないわ』
『あ、どうもお疲れ様です……はい? え、あの時間は二時から開始だと……え? その前に集合? スー……じゃなかった、社長も既にそちらに? ああ! これはどうも大変申し訳ございません! すぐそちらに向かいますので……はい。もうドモドモ、すみません』
『ふう……っと、まだコーヒー飲みかけだったな。あ、もう冷えちまってら』
『それと、あの~……ワタクシの名前なのですが、『――ザ―』ではなく『――サ―』と申します。はい、『ザ』ではなくて『サ』です。はい、よろしくお願いします……はい、失礼しま~す……ふぅ』
『どうしたんだ』
『うん、それが時間間違えててさぁ。急に戻らなきゃならなくなっちゃったのよ。仕事の予定がね』
『……ああ、そうか。おっさん、勤め人だったか。仕事じゃしょうがねぇな』
『いや、本当にゴメンね。あ、そうだ。教えられないお詫びと言ったらなんだけど、ここでの釣りのコツをちょっとメモに書いておくからさ、それで一回やってみなよ。ちょっと待っててね……はい、これ』
『――――おお、これは! すまんおっさん、無茶な頼みしちまって。恩に着る!』
『お兄さん筋がいいからさ、ちょっとやったらすぐ上達すると思うよ。ま、頑張ってね』
『おう、絶対サバ以外を釣り上げてみせるぜ! おっさんも仕事頑張れよ!』



 釣り道具とクーラーボックスを抱え、後ろ手に手を振りながら悠々と去りゆく男。
 その背後には、万の大軍を得た将軍のように、喜色も露わに威勢よく釣竿を振り下ろすランサーが。
 ケルトの英雄としての威厳など欠片もない。ただの釣りバカと化したランサーの姿がそこにはあった。

「……次、いきましょうか?」
「そう、ですね」
「ああ」
「……はい」
「うむ……」

 あらゆる意味で、ランサーは五人を呑み込んだ。
 脱力の極みは思惑を頭からすっ飛ばし、次の標的への移行を決定させてしまった。
 ここで“タイムテレビ”の時間を巻き戻せば、根城もマスターもすぐさま判明していたのにも拘らず。
 本人の与り知らぬところで、ランサーはひみつ道具の魔手から脱出していたのであった。






 次の標的は騎乗兵のサーヴァント、ライダー。
 “たずね人ステッキ”を立てて倒すと、とある方向を指し示す。
 即座に“○×占い”でこの方角であっているかどうかを確認。正解と出たので、再度五人は地図へと向かい合う。

「これは、新都じゃなくて深山方面ね」
「でも商店街からは少しだけズレてるし……待てよ? これ、まさか!」

 突然、弾かれたように士郎が顔を上げる。
 四人が訝しむのも構わず、士郎は“○×占い”に飛びついて命題を口にした。

「『ライダーは……今、穂群原にいる』!」

 鳴り響いたのは、大正解のファンファーレ。
 士郎の顔から、さっと血の気が失せた。

「くそ! のび太君、今すぐ穂群原学園を映してくれ!」
「え、えっ!?」
「早くっ!」
「は、はいっ!? え、と場所は」
「この位置っ!」
「あ、はい!」

 鬼気迫る士郎からの催促に、のび太が焦りながら“タイムテレビ”を操作する。
 やがて“タイムテレビ”の画面に白亜の校舎と、いつもと変わりない教室での授業風景が映し出された。
 その瞬間、士郎の口から大きな溜息が漏れる。
 安堵の吐息であった。

「よ、よかった……まだなにも起きてない。これは、リアルタイム?」
「そうですけど、本当にここにサーヴァントがいるんですか? それらしい人は見当たらないし」

 各教室を次々と流し見るように移行する映像を眺めながら、のび太が疑問を口にする。
 教室内では教師が黒板に板書をし、生徒はそれを受け、粛々とノートにペンを走らせている。

「占いに間違いがないとすると、おそらく霊体化している可能性が高い。こうなると発見は困難ですね」

 顎に手を当てたセイバーが唸る。
 セイバーの言葉は的を射ていた。
 いかに“タイムテレビ”といえども、姿の見えない相手まで映し出す事は不可能。
 そもそもサーヴァントとは、死した英雄を現世へ呼び出したモノで、特性としては幽霊に近い。
 霊体化するという事は、幽霊状態になるのとほぼ同義であり、当然ながらテレビが幽霊など映し出せるはずもない。
 加えて。

「誰がマスターかも特定出来ないな。人の数が多いし、そもそも学校の中にいるのかどうか……可能性はなくはないけどさ」

 木を隠すなら森の中。
 人間を隠すのなら、人間の群れに隠した方がより見つかりにくくなる。
 そこに、目当ての人間がいようがいまいが関係ない。
 教員、生徒、事務職員、用務員……とにかく学校という場所は人が大勢存在し、離合集散も頻繁に行われるため探索する上でかなりの難所となる。
 ヒントでもなければ、状況を打開出来そうにない。

「いえ。たぶん、いるわ」
「え?」

 そこへ、唐突に口を挟んだのは凛だった。
 固い表情で画面を睨む彼女から発せられたその言葉は、まるで確信があるかのような響きを持っていた。

「リン、なぜそうだと言い切れるのですか」
「アテがあるのよ。確証はないし、可能性どまりだけど。アーチャーには前に話した事があったかしら?」
「いや、特に覚えはないな。ちなみに、その根拠はどこからだ」
「冬木のセカンドオーナー……いえ、『始まりの御三家』からのものよ。」

 凛はそっと瞑目すると、“○×占い”に向かって宣言した。

「『ライダーのマスターは、間桐慎二である』」

 直後、高らかに鳴るファンファーレ。
 床から○印が、打ち上げ花火のような勢いで宙に浮かんだ。

「そ、そんな……なんで慎二が!?」

 愕然となる士郎。
 やはりとばかりに、凛は深い溜息を吐いた。

「ええっ? あ、あのワカメみたいな頭のお兄さんが?」
「――――ぶふっ!?」

 しかし、一転。
 のび太のその一言で、凛が盛大に吹き出していた。
 押さえた手の隙間から漏れた飛沫が宙に舞う。
 ぷるぷる震えながら必死に込み上げるモノを噛み殺していた。

「……おーい。遠坂、帰ってこい」

 悶え続ける凛に、自失から立ち直った士郎が呼びかける。
 けふんけふん咽せながら、凛はようよう姿勢を整えた。
 しかし、まだ時折ぴくぴくと肩が上下している

「ワ、ワカメ……くっ、くっふふ……ぅ、はぁ。ああ、やっと落ち着いた」
「じゃあ、聞くぞ遠坂。どうして慎二がマスターだと解ったんだ」
「あ、ああ……それはね、慎二が間桐家の人間だからよ」
「は?」

 士郎の目が点になる。
 その反応を半ば予想していたのか、凛はさらに自らを落ち着かせるようにひとつ息を漏らす。
 そして、ゆっくりとした口調で説明を始めた。

「間桐家はね、代々続く魔術師の一族なの。そして、この聖杯戦争を作り上げた一族の一角でもある」
「えっ……聖杯戦争を」
「作り上げた?」

 目を丸くする士郎とのび太に、凛は頷いた。

「『始まりの御三家』って言ってね、今から二百年ほど昔に魔術師の大家、三家の人間がそれぞれ協力して聖杯戦争を作り上げた。間桐家はそのうちのひとつよ」
「ふむ。つまりは、あの少年が主催者の家系の人間だからサーヴァントの……ライダーのマスターである可能性があった、と」
「そ。もっとも、間桐家は代毎に魔術回路が枯れていっちゃって、とうとう慎二には魔術回路が備わらなかった。つまり魔術師として完全に終わっちゃった訳なんだけど……」
「サーヴァントを召喚出来る下地くらいは残っているかも、という事か」
「アーチャー正解。腐っても御三家の一角よ。没落したところで門外不出の魔術資料や希少な魔術具程度は存在してるだろうしね」

 凛の言葉に、一同互いに頷き合う。
 “○×占い”の結果を鑑みれば、実に納得のいく話だった。

「……あ、そういえば」

 ふと、のび太が思い出したように膝を打つと、凛の方に向き直る。

「さっき凛さん『始まりの御三家』って言いましたよね。という事は、あと家がふたつあるはずですけど、それってどこなんです?」
「ああ、それね。ひとつはアインツベルン……昨日戦ったバーサーカーのマスター、イリヤスフィール=フォン=アインツベルンの実家」
「あ、あの娘のか?」
「そうよ。で、最後が……わたしの家よ」
「り、凛さんの?」
「遠坂家は、冬木の霊地を代々管理してきた魔術師の家系……だからこその名家であり、冬木のセカンドオーナーなのよ」

 ぴっと人差し指を立て、したり顔で凛が告げる。
 明かされた意外な事実にのび太も士郎も、感心と驚きで呆けていた。

「まあ、それはともかくとして……問題はもうひとつ」
「え、まだなにかあるのか?」
「……士郎。まさかアンタ、学校でなにも感じなかったのかしら?」
「はあ?」

 眉間に皺を寄せた凛からつ、と目を逸らし、士郎が虚空に視線を彷徨わせる。
 思考を脳裏に巡らせる事しばし、不意に視線を戻すとやや自信なさ気に呟いた。

「ええと……なんか、皆元気がなかったような……?」

 至って普通の回答。
 あまりにもありきたりすぎるだけに、絶対合っていないなと士郎は心の中で自嘲する。
 しかし士郎には他に心当たりなどなかった。

「士郎さん、それってすごい普通じゃ」
「まあ、そうだよな。単なる印象だし」

 のび太の言に、諦め混じりに頷く士郎。
 だが。

「……正解。よく解ったわねアンタ」
「「あらららら!?」」

 予想を裏切るまさかの正解。
 ふたりは揃ってずっこけた。

「それで合ってたのかよ」
「まあ半分だけ、ね。結論を言うと、学校に結界が張られているの。そのせいで学校にいる人間は生気がどんどんなくなってる訳」
「けっ……かい?」

 オウム返しに、のび太が首を傾げ復唱する。
 凛は頷きを返すと、そのまま“タイムテレビ”を指差した。

「そんなものを張った犯人は……もう見当がつくわ。“○×占い”を使うまでもない。のび太、今からわたしが言う場所の映像を、高速で時間を戻しながら映してちょうだい」
「は、はい」

 のび太が指示通り“タイムテレビ”を操作する。
 やがて画面に映し出されたのは、とある教室の一角。
 そして映ってから一秒と経たずに、今度はその映像が物凄い勢いで時の流れを逆走し始めた。
 早戻しなどという速度ではない。
 スロットマシーンの高速回転並みであった。
 昼夜の明暗の切り替えもほんの一瞬だけ、人の移動などまさに刹那の間。
 映像は目まぐるしく一日、二日、三日と時間を遡ってゆく。
 そうして映像の中で何日間か巻き戻された頃。

「ここ! のび太、止めて!」
「はっ、はい!」

 じっと画面を見つめていた凛から指示が飛ぶ。
 巻き戻しが止まり、映像の流れが通常に戻された。
 操作するのび太を中心に、それぞれ食い入るように画面に集中する。

「……やっぱりね。ビンゴか」

 場面は今より数日前の黄昏時。
 そこに佇んでいたのは、ふたりの男女であった。
 一人は先程、間桐邸の玄関先で見た間桐慎二。
 そしてもうひとり、女の方はというと。



『ち、ここもか。ここまで念入りに基点を壊してくれちゃってまあ……腹が立つ。まあ、遠坂辺りだろうけど。修復しろ、ライダー』
『……はい』



 足元まで届く紫の髪。
 黒い刺激的な衣装。
 女性にしては高い上背と、それに見合った女性らしい起伏のある体躯。
 なにより異質なのが、両の目を覆う禍々しい眼帯。
 極め付きはその身に纏う、常人とは隔絶した雰囲気。並の人間に放てるモノではなかった。
 彼女こそが騎兵の英霊、ライダーのサーヴァントだと、この場の全員が理解した。



『―――他者封印・鮮血神殿(ブラッドフォート・アンドロメダ)』



 右手の人差し指を天に掲げた彼女が、言葉を発した。
 その瞬間、空間がほんの一瞬、瞬きを見せ、次いでコンクリートの床の上に奇妙な紋様が浮かび上がった。
 やがてそれは徐々に掻き消え、後には元のひっそりとした静寂のみが残る。



『終わりました』
『ここはこれで三回目か。まったく、余計な仕事を増やしてくれるよ遠坂は。それで、破壊されたのはこれで全部か?』
『はい。しかしこれで結界の完成にはさらに日数が必要になりました』
『……ふん。発動自体は可能なんだろ?』
『一応は。ただし効率は激減する上、時間もかかる事になりますが』
『まあ、今はそれで構わないさ。使う必要がないのならそれはそれでいいし、あくまでコイツは保険だ。さて、用は済んだしライダー、霊体に戻れ』
『はい』



 唯々諾々と従う彼女。
 やがて空気に溶け込むように、その姿が見えなくなった。
 それを見届けると、慎二は踵を返し、教室から立ち去った。

「……後味が悪いものね。知人がこんな事してるのを見ると」

 画面から目を離し、凛が慨嘆する。

「慎二……」

 悲痛の滲んだ表情で、士郎が呆然とモニターに映る教室を見つめ続けている。
 その横で、セイバーとアーチャーが顎に手をやっていた。

「あれが、ライダー。女性で、しかも眼帯……ふむ」
「ああも性質の悪い結界を仕掛けている以上、十中八九『反英雄』だろう」
「性質の悪い?」

 のび太が首を捻る。
 アーチャーはひとつ頷いてから説明を始めた。
 曰く、ライダーが張った結界は『吸収型』の結界であるという事。
 曰く、『吸収型』の結界は軌道したが最後、結界内のあらゆる生物を魔力に還元してしまうものであるという事。
 曰く、凛達は数日前から結界の基点の一部を見つけてはこれを破壊し、結界の完成を妨害してきたという事。

「せ、生物を魔力にする? うーん、時間を進めたらどんなのか解るのかな?」

 今ひとつ理解の及ばなかったのび太が実際の物を見てみようと“タイムテレビ”の計器に手を伸ばす。
 だが、届く前にアーチャーの腕がそれを抑えた。

「止めておけ。君には刺激が強すぎる」

 ゆっくりと首を横に振り、アーチャーが諌める。
 併せて、凛が同意の首肯を見せた。

「夜中に魘されても知らないわよ。むしろ、それで済めば軽い方ね」
「へ?」
「皮膚がどろどろに爛れた人間が、死んだ魚のような目で苦しみの絶叫と呻き声を……それが校舎のあちこちで。未完成でもこれぐらいにはなるわ」
「いっ!?」
「挙句、数分後には学校内の全員が完全に溶かされて消化される。ちなみに完全な物だと人間が一瞬で血霞と化すわ。アンタ、そういうの平気?」
「い、いやややややや! 無理っ、無理だよそんなの!」

 血の気の引いたのび太が、首をぶんぶん横に振る。
 ホラー物・スプラッタ物に、彼はてんで耐性がない。見たところで、トラウマをひとつ重ねるだけだ。
 あまりの必死さに、凛が苦笑した。

「じゃ、止めておきなさい。もう既にバクダン一個こさえちゃってるんだし。それから……これから先、過去はともかく、未来の事は見ないようにするわ」
「ん? どうしてだ、遠坂」

 凛の発言の意図が解らず、士郎がつい尋ね返す。
 あらゆる時間軸を見通す“タイムテレビ”ならば、未来を見る事などダイヤルを捻るだけで事足りる。
 そして未来の情報は、間違いなくこちらを有利にしてくれる。
 敵の情報はもとより、この戦争におけるターニングポイント、この先どのような危険が待ち構えているか、相手がどんな事を仕掛けてくるのか。
 そういった、ありとあらゆるすべてが開帳される。
 それは、常に相手より先んじるという事と同義。
 しかし、凛はそれを敢えてしないと言い切った。

「前にも言ったかもしれないけど、未来は不定形……定まっていない。私見だけど、“タイムテレビ”は現時点で最も行きつく可能性の高い未来を映し出すモノなんでしょうね。未来を覗く事によって得られるアドバンテージは、たしかに計り知れない。でも、デメリットもある」
「デメリット?」
「そう。ひとつは『思い込み』による弊害よ」
「思い込み……?」

 首肯と共に、凛がひとつ間を置いて続けた。

「たとえば“タイムテレビ”で見たある事。それが自分達に都合のいいものであって、その未来に沿うように動いたとする。けれど、仮に流れが“タイムテレビ”で見たものと僅かでも違っていた場合、たぶん混乱するでしょうね。ああじゃなかった、だの、こうだったはず、だの。下手すれば全部、おじゃんになるわ。未来に振り回される可能性があるのよ。未来の分岐点は、どこにあるのか誰にも解らない。予測なんてまず不可能。それならいっそ知らない方がいい」
「……ふむ」
「もうひとつ。もし自分達にとって最悪の未来……この中の誰かが死ぬとか、ね……そういった物を目にするかもしれない。その時、こうならないようになんとかしよう、って思えるならまだいい。でも、思えなかったら?」
「遠坂、それは……」
「先に心が折れたら、そこで終わり。たとえ身体が無事でもね。なにを成すにも、まずは意思よ。それがないのは“敗北”と同じ。特にそうなりそうな人間が、こっちにはいるしね」
「…………」

 凛の言葉に、士郎はなにも言えなかった。
 メリットの方にばかり目が行き、デメリットの方にはまったく考えが及んでいなかった事を思い知らされた。
 未来を知るという事は、『未来の情報』という固定観念が入り込むという事。
 それを上手く扱いこなせれば問題はないが、それが出来るかと言えば首を横に振らざるを得ない。
 高いアドバンテージは、そちらのみに意識を引きずり込む。
 ある意味では、メリットそのものがデメリットであるとも言えた。

「未来を知るのはいい事ばかりじゃない。むしろメリットが大きければ大きいほど、デメリットも増す」
「……ああ。反論の余地もない」
「それに、過去だけでもアドバンテージはある。過去は未来と違って既に固定されてるから、覆しようがない。そこから得られる情報だけでもこっちは断然有利に立てる」
「解った。のび太君も、セイバーも、アーチャーもそれでいいか」
「私は構いません」
「主の方針には従う」
「ぼくもいいです。よく解らないけど」

 三者三様の同意。
 ただし、のび太の発言だけには、士郎が困ったように頭を掻き、凛が大きく溜息を吐いていた。
 そうしてひみつ道具による探索は続く。







[28951] 第十九話
Name: 青空の木陰◆c9254621 ID:90f856d7
Date: 2011/10/02 17:07





ライダーの探索に一区切りをつけ、さて次の標的はキャスターである。

“たずね人ステッキ”を倒し、方角を見て“○×占い”を使用したところ、肯定のファンファーレが鳴った。

そして地図へと向かい合う……最早パターンである。



「この方角は……お山の方だな」



「もしかして……柳洞寺!?」



ハッとしたような凛の声。

その顔にはどうしようもない危機感と焦燥感がありありと浮かんでいる。



「遠坂、どうした?」



「どうした、じゃないわよ! ええと……っ! 『キャスターは柳洞寺を拠点にしている』!』



何かに急き立てられるように、凛はやや早口に“○×占い”に命題を告げる。

果たしてその答えは……予想に違わず、肯定。



「ッ!? ……くっ、やられた。これは……ちょっとマズイわね」



ファンファーレが鳴り終わると同時、凛はどっと疲れたように肩を落とした。



「? マズイって……何がまずいんですか?」



不思議そうに尋ねてくるのび太に、ユラリとやや億劫そうに顔を上げ、口を開きかける凛。

だが予想に反して、疑問に答えたのは発信源の傍らにいたセイバーであった。



「……柳洞寺はこの冬木の地の龍脈の終着点。つまり、魔術師にとってはこれ以上なく重要な場所という事です、ノビタ」



「はあ……龍脈? えっと、セイバー、重要ってどういう風に?」



「そうですね……順を追って説明するなら、この冬木の街一帯には自然界の魔力の通り道がいくつか走っています。下水道をイメージして貰えれば解りやすいかと。それらが最後に行きつく場所がここ、柳洞寺なのです」



地図の一点、冬木市の最西端にある山の頂上に建てられた柳洞寺を指さしながらセイバーが訥々と語る。

のび太と、ついでに士郎は時折ふむふむと頷きながら説明を粛々と聞いている。

アーチャーは相変わらずの腕組みをしての瞑目……どうやらこの事情は凛から聞いたかしておおよそ知っているようだ。



「…………」



しかしながら……凛だけは一人、違っていた。

聞き入るでもなく、聞き流すでもなく――――その表情は、ただただ訝しげに歪められていたのだ。



「魔力の通り道が最後に集まる場所……それはつまり、そこに莫大な量の魔力が集まる事を意味しています。そして魔術師は魔力を操り、力を振るう……もう解りますね?」



「……えっと?」



「成る程。上手くすれば魔力切れを気にする事なく、魔術を行使出来るって事か……」



首を捻るのび太に代わって、士郎がポツリと答えを口にする。

セイバーはそれに首肯する事で答えを返した。



「はい。特にキャスターは魔術師の英霊、こと魔力や魔術の扱いに長けています。鬼に金棒どころの話ではありません。さらに言えば柳洞寺一帯には自然霊以外を遮断する結界が張られています。唯一潜れるのは正門からのみ。サーヴァントにとってある種の鬼門なのです」



武器弾薬等の補給の必要などない要塞に立て籠もられたようなものである。

加えて防御に回ればおそらく鉄壁であるが故に踏み込むのも容易ではなく、不用意に突っ込めばあっという間に全滅であろう。

無尽蔵に近い潤沢な魔力エネルギーというのは、魔術師にとってそれだけで垂涎ものの価値のあるシロモノなのだ。

勿論、制御するのは並大抵の事ではないが、キャスターならば難なくやってのけるだろう。



「うーん、“無敵砲台”に立て籠もったスネ夫みたいなもんかな?」



「はい……? まあ、そんな感じかと」



「いやセイバー、それ意味解って言ってるの「ちょっといいかしら?」……遠坂?」



と、突然会話の流れを遮って割って入ったのは凛。

眉間に皺をこれでもかと寄せ、セイバーにやや不躾な視線をぶつける。



「セイバー、アナタ……どうしてそんな事を知ってるの?」



「……そんな事、とは?」



「龍脈とか、結界の事よ。聖杯からの知識じゃないわね。アーチャーはわたしが話すまで知らなかったから。納得のいく説明、して貰えるかしら?」



「…………」



ほんの少しだけ、セイバーは逡巡した様子を見せる。

しかしそれも一瞬の事、やがてスッと視線を上げると、こう口を開いた。



「……私がこの時代に召喚されたのはこれが初めてではありません」



「え……? セイバー、それって「故に、記憶の中にその知識がありました。それだけの事です」……成る程。それ以上は話さない……いえ、話せないという事かしら?」



「……、はい」



凛の追及を無理矢理に遮り、語りを終えたセイバー。

その表情は鉄仮面でも被ったかのような無表情……内心を探り取らんとするにはいささか強固に過ぎる。

凛はしばらくの間、突き刺すような視線をセイバーに送り続けていたが……、



「……ふぅ。いいわ、今はそれで納得してあげる」



これ以上は無意味と判断したのか、溜息交じりに矛を収めた。

そんな凛に対し、セイバーは軽く頭を下げる。



「助かります」



「言っとくけど、いつかは話してもらうからね。利息として、アナタの真名も込みで」



「後半は承諾しかねますが……ともかく、語るには今は時期が悪い。時が満ちれば、必ずお話しする事を約束します」



「……そう、期待しないで待つ事にするわ」



そして僅かの沈黙。

シンと静まり返った居間の空気は、どこか居心地が悪い。



「……さて、変なところで脱線しちゃったから話を戻すわよ。のび太、柳洞寺の映像を出してくれる? ……って、アンタらいつまで呆けてるの?」



凛はそんな空気を振り払うように視線を再び元へと戻したが、いまだポカンとしたままの士郎とのび太を視界に収めると呆れたような声を上げた。



「いや、だって……ねぇ、士郎さん?」



「あぁ……いきなり話が別の方向に行っちゃったし、元はと言えば遠坂が脱線させたんじゃ……まあ、いいけどさ」



顔を見合わせあい、ブチブチと何事かを言い合う二人。

しかし時間ももうそれなりに経っているのでそれ以上は何も言う事はなく、のび太は“タイムテレビ”を操作するため、画面と向かい合う。



「えーと……柳洞寺に座標を合わせて……時間設定はどうします?」



「……そうね。とりあえず、今現在の柳洞寺を映してくれる?」



「解りました……よし。これで……いけっ!」



のび太がスイッチを入れると、“タイムテレビ”の画面に荘厳な雰囲気のお堂と境内が映し出された。

真冬の平日という事もあり、これといった参拝客もおらず閑散としている。

そしてお坊さんの姿も特に見受けられない。

お堂の中に篭っているようだ。



「うわぁ、大きなお寺だなぁ……」



「結構な歴史のある寺だからな。……うーん、パッと見る限りじゃ特に異常はないみたいだな」



「いえ、キャスターなら人知れず何らかの処置を施す事も可能でしょう。中がどうなっているのか、まだ解りません」



「そうね……むしろ変わりがなさすぎるのが不気味ね」



「ふむ……少し時間を巻き戻してみてはどうだ? まずはその辺りから探りを入れてみない事には始まらん」



「そうですね……じゃあ「なぁ、のび太君」……はい?」



と、のび太が計器に手を伸ばそうとしたところで隣の士郎から声がかかる。



「ちょっと、俺がいじってみてもいいかな? “タイムテレビ”」



「え?」



好奇心の混じった声で“タイムテレビ”を操作させてほしいと頼み込む士郎。

実を言うと、未来の道具を触ってみたいと士郎は今朝からずっと考えていたのだ。

その証拠に、視線はさっきから“タイムテレビ”の計器部分へとジッと注がれたままとなっている。

とりわけ士郎は機械いじりを趣味としているため、未知の機械に触れるという誘惑には抗いがたいものがあるのだろう。

気持ちは解らなくもない。



「あ、はい。いいですよ」



そんな興味感心丸出しの様子を見て取ったか、のび太はスッと立ち上がって、快く“タイムテレビ”の前を空ける。

士郎はのび太に『ありがとう』と軽く頭を下げると、“タイムテレビ”の前に腰を下ろした。



「操作の方法を教えますね。まずこのボタンは……」



「ふんふん」



のび太の説明に逐一頷きを返しつつ、士郎はテキパキと計器を操作して映像の時間を巻き戻していく。

そしてついでに視点も境内から別の場所へと変え、時間的に今日の早朝あたりになった頃に巻き戻し操作をストップさせた。

意外な事にのび太の教え方が的確で、要点をしっかり押さえていたものであったため、特に操作に混乱するような事もなく終始スムーズであった。



「えーと……ここは離れの辺りだな」



映し出されたのは柳洞寺の奥まった場所、住人の生活する居住区画の傍にある井戸端。

昇りかけの朝日が薄明かりを射し始める時刻。

そこでは、今しがた起床したばかりと思われるお坊さんの姿がチラホラと垣間見られた。

歯を磨く者。

顔を洗う者。

ラジオ体操を行う者。

『ハッハッハッハ! 今日も清々しい朝だ!』と諸肌脱ぎで快活に笑いながら物凄い勢いで乾布摩擦に取り組んでいる者……様々である。



「――――って零観さん、アナタ朝っぱらから何やってんですか……。いや、まあ朝の行動として間違ってはいませんけど、スゲェジジくさい……まだ二十代なのに」



「あの、このお坊さんとお知り合いなんですか?」



「クラスメイトのお兄さんなんだよ……あ、一成だ」



「……うげ」



と、画面横から新たに現れた眼鏡の少年に士郎と凛が反応する。

しかし、その声音と含まれるものについては随分と対照的ではあるが。

普段着姿で現れたその少年は縁側の石段にあった草履を履くと、井戸端へと近づいて水を汲み、口を濯ぎ始めた。



「この人が士郎さんのクラスメイトの人ですか?」



「ああ。フルネームは柳洞一成って言ってな、全てにおいて真面目なヤツで穂群原の生徒会長も務めてる。ついでに言えば……あー、大きな声じゃ言えないけど……遠坂の天敵だ。顔を合わせる度によく喧嘩してる。今の遠坂の反応、聞いただろ?」



「凛さんとケンカ……?」



「ん。と言っても特に殴り合いとかはしないけどな。ただお互いに皮肉のマシンガンだよ。一成、遠坂の事を“女狐”だとか色々言ってるし……見てるこっちの肝が冷えるなぁ、あれは」



「はぁ……なんか意外ですね。この人、人の悪口を言いそうなタイプには見えないし……」



「本人達が言うには、お互いにムシが好かないらしい……っとと、いや悪い。だからそんな睨むなって、遠坂」



ジトっと刺すような視線を感じた士郎、慌てて振り返ると眉間に盛大に皺を寄せた凛がいた。

『黙りなさい』とその据わった眼が訴えて……いや、命令している。

おそらく“タイムテレビ”越しとはいえ不倶戴天の仇敵の姿を目にした事で、無意識的に気が立っているのだろう。

下手すれば殺気すら籠っていそうな、不機嫌の極みに達したそれ……士郎の背筋に、人知れず冷たい物が流れた。

『どうやって機嫌を戻したものだろう……』と士郎が頭の片隅で割と必死に思案していると、



「――――あっ!? ちょ、ちょっとこれ見てください!!」



唐突にのび太の声が上がった事で、ジワジワと冷たくなっていた空気が一瞬で吹き散らされた。



「どうしたのび太君?」



「何か見つけたのですか?」



「あの、ここ! この人!!」



皆が一斉にのび太の指差した方へと注目する。

視線が向かうは“タイムテレビ”の画面左側、そこに新たに映っていたのは……。





『――――おはようございます』



『『『『おはようございます!!』』』』





紫のローブを身に纏った、妙齢の異国の美女であった。

縁側から楚々と井戸端に降りるその女、その場にいた僧達が一斉に挨拶をする。

女は軽く手を挙げる事でそれに応えると、井戸から水を汲みあげ始めた。



「……この女の人、怪しくないですか?」



のび太が振り返ると、皆一様に頷きを返した。



「……確かに、お寺にはミスマッチだよな。この人」



「修行僧や尼さんって訳でもなさそうだしね……」



「そもそも顔立ちが西洋系、髪の色も耳の形も特徴的ですし……何より纏う雰囲気が異質です。少なくとも一般人ではないようですね……おそらく、この女性が――――」



「――――キャスターのサーヴァント、か。……む、一成とやらが女に近づいていく……」



アーチャーの指摘に映像が二人を対象にクローズアップされ、再び皆の視線が“タイムテレビ”の画面へと集まる。

全員が一言一句聞き漏らすまい、一挙手一投足すら見逃すまいとでも言わんばかりの気の傾けよう。

画面に穴が開くのではと思ってしまう程だ。





『おはようございます』



『あら、おはようございます。……お早いですのね』



『いえ、いつもこの時間には起床しています。寺住まいですので、自然と朝が早くなるのです。零観兄などはああして皆より少し早く起床して、冬の日課である乾布摩擦をやっています』



『……そ、そうなのですか。健康的ですわね』





「あれって日課だったのかよ……」



深々と脱力する士郎。

画面に映る女性……キャスターもやや表情が引き気味である。

画面から外れた遠くの方から『うむ、もう一セットいくか! ハッハッハッハ!』と威勢のいい声が聞こえてくるのが更なる脱力を誘う。

しかし、そんな些事にも一切頓着する事なく、映像は淡々と流れ続ける。





『……そういえば、宗一郎兄はまだ起床されていないのですか?』



『いえ、宗一郎様は既に起きていらっしゃいます。何やら学校関係の書きかけの書類があるとかで、三十分ほど前に起床されて文机に向かっておられます』



『そうですか……ふむ、今は何かと忙しい時期ですからね。宗一郎兄は生徒会顧問を務められておりますから、仕事が中々に片付かないのでしょう。生徒会長として、何か手伝える事があればよいのですが……』






「生徒会顧問? って事は、一成の言ってる『宗一郎兄』って……」



「――――倫理の葛木先生でしょうね。他に該当者がいないもの。……でも意外。あの人柳洞寺に住んでたのね」



「……えっ、と、士郎さんと凛さんの知ってる人なんですか?」



「ん? ああ、うちの学校の教師だよ」



士郎と凛の通う穂群原に務める倫理担当教諭、葛木宗一郎。

寡黙で朴訥、何事においても生真面目すぎるくらいに真面目にこなす、ある意味穂群原の名物教師である。

その固い為人(ひととなり)から変わった逸話も多く、代表的な物では試験中にも拘らず、プリントに不備が見つかったので試験を突如中止にしてそれを回収した、といったものがある。



「ふわぁ~、変わった先生なんですねぇ。僕の担任の先生も真面目でカタブツだけど、こうはいかないや。……でも、試験を中止にするなんて……なんていい先生なんだろう!」



士郎の説明を聞き、まだ見ぬ葛木教諭に尊敬の念を送るのび太。

どうも『テストを中止にした』のくだりがのび太の琴線に触れたようだ。

何しろのび太の担任の先生をして試験を中止にさせるには、真面目にひみつ道具の力を借りなければならないほどなのだから。

それと比べれば多少の不備程度で試験を中止にする葛木の方が、のび太にとってよほど理想的に映ったとしてもおかしくはない。

別にのび太も担任を嫌っている訳ではないのだけれども……なんだかんだでいい先生なのだから。

おいおい、と苦笑する士郎。

しかし次の瞬間、その微妙に緩んだ空気が一変した。















『――――いいえ、心配には及びません。宗一郎様が無理をされないよう、私が常に目を光らせておりますので。何しろ――――――――私の、愛する婚約者なのですから』















「「「「「――――――!?」」」」」





ギシリ、と場の空気が固まる。

『婚約者』と……『愛する婚約者』だと、確かに聞こえた。

これの意味するところ……まともに受け取れば何の変哲もない惚気であるが、この女がサーヴァントであるのならば……それは、一つの可能性を示唆する物となる。

皆を代表するかのように凛が“○×占い”の方に顔を向けると、一言呟いた。



「『キャスターのマスターは……葛木宗一郎である』」



浮き上がる○印、そして響くファンファーレ。

……ここに一つの結論が出た。



「葛木先生が……マスター」



呆然と呟く士郎。

何の因果か顔見知りが次々と己が敵になっていく、その事実に打ちのめされた表情を晒けだす。

……しかし、傍らの凛の反応はやや違っていた。

やや訝しげに、何かおかしいとでも言うように画面をジッと見据えている。

彼女の勘にピンと引っ掛かるものがあったのだ。



「……、でもおかしいわね。葛木は魔術師じゃない。偶然魔術回路が発現した訳でもなさそう。なのにキャスターを従えている……どういう事?」



「え? あの、それって何か変なんですか?」



のび太の問いに対し、凛は渋い顔で頷く。



「サーヴァントを召喚出来るのは魔術師だけなのよ。召喚術自体が魔術……それも大魔術に分類されるものだから。逆に言えば、魔術師でなければ召喚を行えない。その点から言えば慎二も魔術師じゃないから本当は不可能なんだけど、家が家だもの。低確率ながらも可能性を持ってるし、実際にそれを拾ってるみたいだから、これは例外ね」



「へぇ……あれ? でも葛木先生って魔術師じゃないんですよね? じゃあどうやってマスターになったんですか?」



「それが解らないから悩んでるのよ……いえ、実は一つだけ、見当はついてるんだけどね」



「へ? それっていったい……」



『何なんです?』とのび太が言おうとしたが、その言葉が続く事はなかった。

キャスターの発言を聞いてからこっち、沈黙を保っていたアーチャーが閉じていた目を開き、口を開いたからだ。



「……『はぐれサーヴァント』、という事か。凛」



「……、でしょうね」



「はぐれ……サーヴァント?」



聞き慣れない言葉に首を傾げ、聞き返してしまうのび太。

それに対し凛は呆れの溜息を押し殺しつつ……表情には僅かに滲み出てしまうが……説明のために口を開く。

この短いスパンで、この手のやり取りも鉄板と化してしまっている。

あとは士郎がチラホラ似たような反応を返す……両者共に知識に乏しいので、仕方ないと言えば仕方のない事ではある。

とはいえ事ある毎にこれでは、説明役たる凛にとってツラいものがあるのかもしれない。



「『はぐれサーヴァント』っていうのは、簡単に言えばマスターのいないサーヴァントの事よ。何らかの理由があってサーヴァントとマスターの繋がりが切れてしまった場合、そこには主のいないサーヴァントが一人出来上がる。本当ならそのまま消える筈なんだけど、ほんの少しだけ自前の魔力で存在する事が出来るの。これが『はぐれサーヴァント』って訳。サーヴァントが存在するには依代となる人間が必要だから、『はぐれサーヴァント』は自分が完全に消える前に新しいマスターを探す事となる。この場合は……」



「キャスターが『はぐれサーヴァント』となっていて、どういった経緯でかは解りませんが魔術師でないクズキと新たに契約を交わし、主従となった……という事でしょうね」



セイバーの合いの手に同意するように凛は頷く。

そして今度は“タイムテレビ”の方へサッと視線を送る。

場面は丁度一成との会話を終えた女性が屋内へと戻ろうとしている最中であった。

すると凛は突然キシシ、と底意地の悪そうな笑みを浮かべた。



「折角だから、“タイムテレビ”でその経緯までジックリと見てみましょうか。さっきの様子を見る限りじゃ、あの言葉も満更嘘って訳でもなさそうだしね」



「おい、遠坂……それ、無茶苦茶シュミが悪いぞ」



「あら何よ、これは立派な諜報活動よ。相手の内情に探りを入れる事は謀の定石だし、考えつく限りの打てる手は打っておくべきだしね」



しれっと言い返す凛に、士郎はゲンナリとする。

しかし言っている事自体は間違っていないので、“タイムテレビ”で内情調査を行う事に否やはない。

ただ、言いだしっぺたる凛のその下心丸出しの魂胆と態度がいただけないだけだ。



「とはいえ……そうなると場所はどこを映せばいいんだ?」



「……柳洞寺の正門辺りがいいかと。柳洞寺を囲む結界の張られていない唯一の場所がそこですから。キャスターが柳洞寺内にまともに入ったとすれば、侵入口はそこでしょう」



「そうか……じゃあそこに視点をセットして、と。ボタンはこれでよかったんだっけ?」



「はい。あ、いやそこはそうじゃなくてこのボタン。で、ダイヤルを……」



のび太のアドバイスを受けつつ、士郎は“タイムテレビ”の計器を操作し、目的の場所に焦点を当てる。

そしてライダーの時より高速で巻き戻し操作を行い、ほんの数瞬で昼夜が入れ替わる山門の映像を食い入るように観察していた。





「「……む?」」





と、画面を注視していたセイバーとアーチャーが突然、二人そろって怪訝な表情となった。

何事かと同じく画面を見つめていた残り三人が振り返るが、二人は一瞬だけ顔を見合わせると、後でいいと巻き戻し作業を促した。

そうして画面内の時間で十日近くが経ったある地点で巻き戻し作業をストップ。

通常スピードに戻った“タイムテレビ”の映像には、目あての光景が克明に映し出されていた。





『……ぅぅ……ぁ』



『………………』





微かに呻き声を上げる女を両の手に抱え上げ、山門へと続く石段を登る長身の男が一人。

深緑のスーツを着たその男……葛木宗一郎はこちら側に背を向けており、どういった表情なのかは判別出来ない。

一方、頭のフードが外れ外気に晒されたその女の顔は見るからに蒼白で、血の気がすっかり失せきってしまっている。

目も虚ろであり、その身に纏う紫のローブはどういう訳かベッタリと赤黒い血潮に染まり、まるで血のシャワーでも被って来たかのようだ。

そしてダラリと下げられたその手には異様な形の短剣が一振り、握られていた。

短剣としてまともに機能し得ないだろうその稲妻状の歪な刃も、やはり紅い血潮に濡れていた。

この尋常ではない有様から連想出来る事はただ一つ。

この女、キャスターは……今しがた、人を殺めたばかりだ。



「ヒィ……ッ!?」



凄惨な女の姿に尋常でない怖気を覚えるのび太。

見かねたセイバーはフウ、とひとつ溜息を吐くと、その両の眼にそっと自分の手を当て、のび太の視界を遮った。

丁度その直後に、女は糸が切れたかの如く目を閉じ、男にその脱力しきった身体を完全に委ねる事となった。





『………………』





曇っていた空が関を切ったように泣きだし、冷たい水の滴が身体を容赦なく叩くが男はそれを気にする風もなく、ただ僅かに身じろぎし、そのまま石段を登り続ける。

やがて男は山門へと辿り着き、いまだ開かれていたその門を潜ろうとする。

だがその直前、男は徐にその場に足を止めると、雲と雨の支配する虚空へ視線を送りポツリと、こう呟いた。





『――――命を奪いこそしたこの身だが、まさか命乞いをされるとはな。解らんものだ……渇ききったこの私に、施せる物などありはしないというのに』





その言葉に何が込められているのか、この場の誰にも理解する事は出来ない。

しかしながら、その言葉は男の全てを語っているように感じられた。

そして男はそのまま止めていた足を進め、柳洞寺の中へと消えて行った。



「……もういいわよ。目隠しを外しても」



「はい。……大丈夫ですか?」



凛の指示を受けたセイバーはスッとのび太の両目から手を放す。

いまだ恐怖の抜け切れていないのび太であったが、画面に件の女の姿がない事を認めるとあからさまに安堵の溜息を漏らした。



「は……、はぁぁぁぁぁ怖かったああぁぁ……。ううぅ、夢に出てきそう……」



「まあ……気持ちは解るよ。血塗れでナイフを持った女なんて確かにゾッとしないよなぁ……」



士郎もそれに同意するように頷きを返し、背中をポンポンと叩く。

そんな二人の横では凛とセイバー、アーチャーが今の映像から得た情報を基に、推測を働かせていた。



「映像から察するにキャスターは前のマスターを殺した後当て所もなく彷徨い歩き、偶然クズキに拾われたようですね」



「そうね、その線が濃厚か。――――なぜ前マスターを殺したのか、は……まあ、正直なところ、どうでもいいわね」



「同感だな。少なくとも、自ら召喚したサーヴァントに殺意を抱かれたような人間だ。理由も大方見当がつく。……そしてキャスターは主(マスター)殺しを行い死にかけた結果、偶然とはいえ柳洞寺という霊地と葛木宗一郎という愛しの主(マスター)を手に入れたという事か」



「向こうはそれでハッピーでしょうけど、こっちにとってはアンハッピーよ。よりによって、どうしてこんな穴だらけの大バクチに勝つのかしら……幸薄そうな顔してるクセに」



ブスッとした顔で愚痴る凛。

あまりにド直球な物言いにセイバーもアーチャーも苦笑を漏らす。

しかしそれも一瞬の事。

すぐにセイバーとアーチャーの表情は一変し、眉根を寄せた険しいものへと変化する。



「とはいえ……マスターであるクズキも油断なりません。確かに魔術師ではありませんが……かといって一般人でもありません」



「え? セイバー、それってどういう事?」



意表を突かれたように凛がパッと視線をセイバーへと移す。

セイバーはそれには応じず、確認を取るようにそのままアーチャーへと視線を移した。



「……アーチャー、貴方も感じ取れたと思いますが」



「ああ……。あの男、かなりの手練れだ。歩法から推察するに、おそらくは徒手……拳法か? とにかく、相当に使う。あの言葉も、まんざら嘘という訳でもなさそうだ」



「……“命を奪いこそした”、っていう?」



「うむ……」



重々しく、アーチャーは頷きを返すとそのまま目を閉じる。

顔見知りである凛の手前、敢えて断言はしなかったが、アーチャーはあの言葉が真実であるという確信を抱いていた。

葛木の背中から、明らかに命を奪った者特有の“何か”が滲み出ているのを見て取ったからだ。

そしてそれはセイバーも同じであり……無論アーチャーも同じである。

英霊とは、基本的に他者の命を糧として、己が身を一段上の高みへと昇華させている。

“色”や立場こそ違えど、その背に背負うものは同じなのだ。

ある意味で、二人は葛木と同類なのである……故に感じ取れた、そういう事だ。

そして……アーチャーには気になる点がもう一つ、ある。

あのキャスターの手に握られていた短剣だ。










(……“破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)”。魔術的なつながりを打ち消す破戒の短剣、だと?)










自身の持てる“能力”により、アーチャーはあれがキャスターの切り札……『宝具』である事を見抜いていた。

その名称から、特性、効果……その細部に至るまで。

契約だけに留まらず、あらゆる魔術的効果を初期化(キャンセル)する。

マスターとの魔術的契約によって現界するサーヴァントにとって天敵である『宝具』。

この情報を知るのと知らないのとでは天と地だ。

無論、危険を減らすためにもこの事実をアーチャーは報告するべきなのだが……。










(……いや、まだだ。まだ、告げるべき時ではない。当初の目的を捨て去った訳ではないのだからな)










アーチャーは敢えてそれを行わなかった。

あらゆる要素を鑑み、熟慮した末での結論である。

アーチャーにはある“目的”がある。

英霊となって尚抱く……いや、英霊となったからこそ、抱いた“目的”。

アーチャーがこの戦争での召喚に応じたのも、全てはそれに集約される。

アーチャーはその“目的”に対し、並々ならぬ執念を抱き続けてきた。

たとえ英霊として過ごしてきた膨大な年月によって、己自身がすり減ろうともそれが摩耗する事はなかった。

この事実を告げるという事は、すなわちその絶対の“目的”が潰える覚悟をしなければならないという事なのだ。

それだけは、何としても避けたかった。

だからこそ、アーチャーは沈黙を保つ。

魔術師のサーヴァントの警戒レベルを引き上げ、常に注意を配る事のみを肝に銘じつつ。

まだ、この中の誰も欠けてもらっては困るのだから。







[28951] 第二十話
Name: 青空の木陰◆c9254621 ID:90f856d7
Date: 2011/10/11 00:01





「……そういえばさ」



「はい? なんでしょうかシロウ?」



「いや、“タイムテレビ”巻き戻してた時、なんか言おうとしてなかったか?」



恐怖状態であったのび太の震えが収まってきたところで、士郎はたった今思い出した事をセイバーに尋ねてみる。

セイバーはふむ、と宙に視線をやったかと思うと、何かに思い至ったかのようにああ、と二度三度頷いた。



「いえ、途中で妙な物が映り込んでいたように感じましたので。といっても、ゼロコンマ一秒ほどもないノイズのような物でしたが」



「ノイズ? どういう具合に?」



「む、そうですね……」



セイバーは顎に手を当てると目を閉じ、記憶の奥底からその時の光景を引っ張り出すかの如くほんの少しだけ、眉根を寄せる。



「シロウは巻き戻しの際、ノビタが操作した時よりさらに高速で行いましたね? 後の方で緩めていましたが。件の物が映り込んだ時のスピードは大体一日およそ0.8秒くらい……ですか。映る映像は人の往来が大半だったのですが、その中の夜の時間帯に、ほんの少しだけ引っ掛かる色……と言うべきでしょうか? そんなものが掠めたのです。アーチャーにも見えていたようですので、私の勘違いではないと思います」



セイバーが隣のアーチャーに視線を向けると、アーチャーは先程からの瞑目を保ったまま、同意するように首を縦に振った。

士郎はうーん、と唸りながら頬をカリカリ掻くと、もう一度“タイムテレビ”の前に鎮座する。



「0.8秒って……よく見つけられるなそんなモン。……で、それはどの辺りなんだ?」



「そうですね……四日ほど前でしょうか」



「四日前だな」



復唱し、キリキリと“タイムテレビ”のダイヤルをいじる。

巻き戻る映像、ただしスピードは先程とはうってかわってラットローラー並に緩やかである。

やがて士郎達の眼前に、その四日前の夜の山門が映し出された……その瞬間。





「……え!?」





「ちょっと、これって!?」





「え? これっ、バーサーカーと……誰?」





俄かにざわめきが広がった。










『■■■■■■■■■■■■■■■ーーーーー!!』



『……ふむ。鈍く、拙い剣筋だな。しかしながら――――中々どうして、速い』










スピーカーから聞こえてくるのは甲高い金属音と鼓膜が破れんばかりの咆哮……そして、感心するような涼やかな声。

柳洞寺の山門の前、石段の上段と下段にそれぞれ人の姿があった。

下段の方にいる一人は……果たして“一人”と換算していいのかどうかは疑問だが……狂戦士のサーヴァント、バーサーカー。

相も変わらずの理性の輝きのない瞳で、大気を突き破らんばかりの雄叫びを上げながら滅多矢鱈に岩の大剣を振り回している。

そしてもう一人……上段に位置し、山門の前に立ち塞がるように存在しているのは、





『……惜しいな。そなたが狂わず、理性を保ったままであったのなら、もう少し心躍る戦舞を演じられたものを』





「……侍?」





群青の着物を身に纏い、己が背丈ほどもあろうかという長物を振るう優男であった。

のび太の口から漏れ出た言葉は、まさにこの謎の男を端的に言い表している。

膝まで達しようかという青い長髪を一つに束ね、袴を靡かせながら草鞋履きの足で的確に立ち回る。

右手一つで操るは、目測でも百五十センチは下らないだろう鍔のない日本刀。

鈍い光を湛えながら宵闇の空間を自由自在に、目まぐるしく駆けまわり、瀑布のように迫り来る武骨な神速の凶刃を右へ左へ、時折火花を散らしながら的確に捌いていく。

線香花火のようなその光が両者の顔を一瞬照らしだす……その様子はどこか幻想的で、儚いものであるかのように感じられた。





『■■■■■■■■■■■■■■■ーーーーー!!』



『……フッ。だが、これはこれで悪くない。少なくとも、刹那の戯れにはなろうという物だ』





しかし浮かび上がるその表情は、決して儚げなものなどではない。

一方は阿修羅の如き狂相、もう一方は叫び出しそうなほどの昂ぶりを秘めた薄い微笑み。

その両者の間で交わされるのは、まごう事なき刃と刃の鎬の削り合い。

まさしくこれは……死闘であった。



「凄い……バーサーカーの攻撃をあんな刀で全部捌いてる。並の技量じゃないわ」



「……ああ。一体何者なんだ? この侍」



呆然と画面に見入る一同。

士郎と凛の呟きは、この場の全員の心境を余すところなく代弁していた。

セイバー・アーチャー・のび太の連携で漸く渡り合っていたバーサーカーと、互角に剣を交えているのだ。

舞台が山門前の石段の上であるという事、バーサーカーが階下にいるという事を差し引いても、十二分以上のお釣りが返ってくる。

侍の尋常でない力量の程が嫌でも伝わってくるというものだ。



「……疑いの余地なく、サーヴァントでしょうね」



画面の侍を見据えつつ、呟くセイバー。

その深緑の瞳の奥には静謐に、だが迸らんばかりに猛る炎が陽炎のように揺らめいている。

獲物と剣技こそ違うが、同じ剣を扱う士として意識しているのだろう。



「……とするならば、該当するのは残りの一席……アサシンか。だが、随分アサシンらしからぬアサシンだな。それに何故アサシンが柳洞寺にいる?」



訝しげに首を捻るアーチャー。

確かにおかしな事ではある。

ここ柳洞寺はキャスターのテリトリー。

戦闘が行われるとしたら、一方は必然的にキャスターとなる筈だ。

しかし戦っているのはキャスターではなく、アサシンとバーサーカー。

階下にいる事から見ても、バーサーカーは侵入者であろう。

マスターである白の少女は映っていないものの、戦闘の邪魔にならないよう近くに潜んでいるものだと思われる。

一方柳洞寺の門前に陣取っているアサシンは……侵入者であるとは到底思えない。

むしろバーサーカーの侵入をその身で防いでいるようにさえ見受けられる。

そう……まるで柳洞寺の門を守護する、番人のように。



「……もしかして、キャスターとアサシンは、裏で繋がってる?」



「え? 遠坂、それって……?」



ポツリと漏れ出た凛の予測に、残る四人が一斉に振り返る。



「この状況、どう見ても山門の防衛戦よ。バーサーカーが柳洞寺に無理矢理踏み入ろうとしていて、アサシンがそれを防ごうとしている。そしてお膝元の騒ぎにも拘らず、キャスターが姿を見せていない。つまり、キャスターとアサシンは敵対しておらず、互いに協力し合っているって事よ。もっとも、この場合はマスター同士が協力し合っていると言った方が正しいんでしょうけれど」



そう考えれば納得がいくわ、という凛の言葉には説得力があった。

確かに、むしろそうとしか考えられない状況ではある。



「ま、とりあえず確認してみましょうか。……『キャスターとアサシンのマスターは互いに協力関係にある』!」



自信満々といった感じで凛は“○×占い”に向かって命題を告げる。

しかし返ってきたのは……、



「――――え!? ま、間違い!?」



使用後初となる、命題の否定を示すNG音。

『ブッブー!!』と×印が空中に浮かび上がり点滅、凛の予想に真っ向から『間違いである』の返答を突き付けた。



「な、なんで……!? 一番可能性があるのはそれなんだし……いったいどういう……?」



まさかの回答に凛は唖然とするもすぐに頭を切り替え、思考に没頭し始める。



「おい、遠坂……?」



と、やや心配そうに覗き込む士郎の存在もアウト・オブ・眼中だ。

キャスターとアサシンは繋がっている。

それはきっと間違っていないだろう。

しかしそうなるといったい如何なる関係で繋がっているというのだろうか?

最も可能性が高いのはマスター同士の同盟による協力関係。

魔術師の英霊であるキャスターは直接戦闘能力が他サーヴァントより低いというのが相場であるので、それを補うため同盟を組むというのは理に適っている。

実際、自分達も同盟を組んでいるのだし……しかしそれは否定された。

ならいったい……、と思考がループしかけたところで、



「――――あ! もしかして……」



突然のび太が何かに気づいたように声を上げた。

その声に思考の腰を折られた凛は一旦考えるのを止めると、やや不機嫌な眼差しでのび太を見やる。



「……なに、のび太?」



「あの、ちょっとその前に確認、というかちょっと質問が……。“キャスター”って魔術師のサーヴァント、ですよね?」



「……そうよ」



『何を今更』といった感じで凛は億劫そうに首肯する。

のび太はそうですか、と頷きを返した後、



「で、魔術師だけがサーヴァントを召喚出来る……んでしたよね。さっきの話だと」



更にもう一つ質問を重ねた。

またしてもの今更な質問。

本格的に面倒くさく感じてしまい、凛は声で返答しない代わりに首を縦に振ろうと……





「――――――――ん?」





して、ピタリと動きを止めた。

ループしかけていた思考ルーチンに、何かが引っ掛かった。

そしてまるで新しい歯車がはめ込まれたかのように、ガチリガチリと枠が広がっていく。

それは固定観念の柵を破壊し、袋小路に嵌まり込んだ思考の迷路に新たな道を創り出す。

そうして凛の頭脳は再び高速で回転を始めた。





(キャスター……魔術師……サーヴァントを召喚し、使役するのは魔術師……魔術師のサーヴァント……、ッ!?)





――――繋がった。

もう一つ、あり得る可能性が……あまり考えたくはない可能性ではあるが……凛の脳裏に浮かび上がる。

チラリ、と一度だけのび太に視線を送ると、凛は“○×占い”に再度向かい合い、命題を口にした。





「――――『アサシンはキャスターが召喚したサーヴァントである』」





瞬間、○印が宙に浮き、点滅するとともに景気よくファンファーレを鳴らす。



「――――……はぁぁぁぁぁ」



と、その時凛は肺の中の空気を空にするかの如き、大きな吐息を漏らした。



「成る程……盲点だったわ。考えてみればそっちの方が可能性、あったかぁ。同盟なんてある意味保障があってないような約束、相手がその気になれば即座に破棄され、最悪の場合は裏切られて背後からブスリ。それなら自分がマスターとして、枠がすべて埋まる前にサーヴァントを召喚してしまえばまったく問題ない。魔術師の英霊であるキャスターなら裏ワザ的に可能だろうし、多分時期的に都合が良かったから……にしても、まさかのび太が真っ先に気づくなんてねぇ」



脱力しきりの状態のまま首だけを動かし、のび太の方を見やる。

のび太は恐縮そうに頬を掻きながら、



「え、あの……だって、凛さんが『サーヴァントを召喚出来るのは魔術師だけ』だって言ってたから……じゃあキャスターも出来るのかなぁ、って」



実に単純な論理に基づいた推測であった事を告げた。

のび太の考え方はその手の知識に乏しいせいで、凛のそれと比べて果てしなく短絡的である。

しかし今回の場合は逆にそれが幸いした。

下手な先入観がなかったおかげで、正解をすんなりと導き出す事が出来たのだ。



「何という暴論だ……だが、今回に限って言えば僥倖か。しかしキャスターめ、平然とルールを破るとは……」



アーチャーの顔が苦々しげに歪む。

いくら非常識や不条理がまかり通る聖杯戦争とはいえ、全くルールがないという訳ではない。

アーチャーは割に秩序を守るタイプであるようだ。

殺気混じりのその視線は部屋の壁を越え、その向こうの柳洞寺へと叩き付けられていた。



「今更言っても仕方のない事です。大事なのはこの状況を踏まえ、どう動くべきなのか。それのみです」



そんなアーチャーを窘めるセイバーであったが、目だけはいまだ画面内で続く命の削り合いを食い入るように見つめ続けている。

おそらくアサシンの剣筋を読んでいるのだろう。

足の運びから腕の振り、重心の位置、体捌き……セイバーはその一挙一動を余すところなく、脳裏に転写していく。

と、そこで画面内部に動きがあった。





『――――バーサーカー、もういいわ。戻りなさい』





山門に響き渡る、ソプラノの声。

バーサーカーのマスターである、イリヤスフィールのものだ。

その命に従い、バーサーカーがアサシンの剣を大きく弾くとすぐさま階下へ後退し、距離を取る。

そしてその巨躯が陽炎のように歪み始めたかと思うと、やがて画面から忽然と消え去った。

霊体化したのだ。



『――――ふむ、バーサーカーの主殿か。声からして随分と幼い童のようだが。それはさておき、急に退くとは……はてさて、如何なる腹積もりか?』



相手が消え去り、手持無沙汰にダラリと下げていた長刀を肩に担ぎつつ問うアサシン。

つい先程まで死闘を演じていたとは思えない程の涼しげな笑顔で。

しかも驚くべき事に、汗の一筋すら流れていないときている。



『別に。用が済んだから帰るだけ。ここに来たのは単なる様子見のつもりだったのよ。深入りする気は最初からなかったわ』



『……成る程。この地はあの女狐が狂喜する程の霊地。解らぬでもない……しかしながら、こちらとしてはいささかつまらぬ幕引き。まさにこれから、という時におあずけを喰らわされたのでは堪らぬよ』



『アナタの都合なんて知らないわよ。それじゃ、アナタの飼い主……キャスターによろしく言っておいてちょうだい』



『――――、まあよかろう。そなたが事、確と伝えおく。……ああ、そうだ。まだそこにバーサーカーは存在するか、否か?』



『……いるわよ、それが何?』



イリヤスフィールの返答にアサシンはク、と口の端を吊り上げる。

そしてクルリと踵を返し、山門の方へと身体を向けると徐に視線を空へと投げ朗々と、まるで歌うように口を開いた。





『水を差されたとはいえ、剣を交わした縁(えにし)。このようにしこりを残したまま去られては、私の沽券に係わる……故に』





一瞬、アサシンは口を閉ざす。

そしてちょうど一呼吸分の間を置いて、微かに歓喜の混じった声音でこう告げた。





『――――せめて仮初の役柄などではなく、我が真の名を名乗ろう。我はアサシンのサーヴァント……“佐々木小次郎”』





そしてバーサーカーと同じように、アサシン……佐々木小次郎はその場から姿を消した。

イリヤスフィールの気配も、既にない。

後には、僅かにそよぐ風に揺られる山の木々と、ひっそりと佇む山門のみが残されていた。










「佐々木……小次郎?」


無人となった画面をいまだ見つめ続ける一同。

その表情は、一人の例外もなく呆気に取られたものとなっていた。

『佐々木小次郎』。

二天一流の開祖、宮本武蔵と巌流島で決闘を行ったとされる、日本ではあまりにも有名な剣豪である。

『佐々木小次郎』の特徴として挙げられるのは、何といってもその身の丈ほどもある長刀と、代名詞たる秘剣『燕返し』。

後者はともかく、前者はアサシンと見事合致している。



「この人が……ホントに? あの『佐々木小次郎』……なの?」



「……おそらく、真実でしょう。バーサーカーの斧剣を悉くいなしていた、あの技量は相当な物。加えて、己が剣と名に懸けるプライドも高い。だからこそ、剣を交えたバーサーカーに敬意を表し、名乗りを上げた……」



「それは解るけど、まさか自分から真名をバラすなんて……」



「アサシン……佐々木小次郎にとって、自らの名を告げる事は名を隠す事以上のものだという事です。そして、真名を明かした程度で揺らぐ実力ではない……あの宣言はその自負の表明、という事でしょう。そんな男が、キャスターの僕(しもべ)とは……」




固い表情で言い切るセイバー。

その背中には、ほんの微かな焦燥の念が影のように揺らめくのであった……。















さて、残るはいよいよ最後の一人、バーサーカーの居所だけとなった……の、だが。





「……ところでのび太君」





急に真面目くさった表情で、士郎はのび太に語りかける。





「はい? どうかしたんですか、士郎さん?」





探査を始めてからこれまで結構な時間が経っている。

小休止とばかりに用意されていたお茶とどら焼きに齧り付いていたのび太が顔を上げた。

それをを感じ取った士郎はスッ、と指をある一点へと向け、










「――――これを見てくれ。コイツをどう思う?」










まさに切れ味鋭い真剣のような眼差しをのび太に送り、そう問うた。

思わず身構えたのび太であったが、士郎の指の先にある“モノ”を見た途端、










「――――――――!」










爛々と瞳の輝きが増し、眼鏡の奥の両の目が段々と大きく見開かれていった。










「すごく……大きいです……」










どこか陶然とした声で、のび太は答える。





その威風堂々とした風格。



そのズシリ、と擬音が響き渡るかのような重厚感。



その度肝を抜かんばかりの迫力。










そして何より――――――――ある種の幻想的な美しさまでをも兼ね備えた、その巨大な佇まい。










のび太は、降って湧いたような感動に全身を打ち震わせていた。




















「―――――――、一応聞くけど……城が、よね?」










「「え?」」





やや表情の強張った凛からの指摘に、二人は同時に振り返る。

何を隠そう、士郎が指の先にあるのは……面前に鎮座する“タイムテレビ”。

その中に映し出された、白亜の古城であった。

まるでヨーロッパからはるばる海を越えて直接日本に持ってきたかのような、石造りの西洋城……鬱蒼とした森の中にひっそりと、だが厳然と佇むその様は、まさに『壮観』の一言。

この城こそが、アインツベルンが聖杯戦争の際に使用する冬木での拠点……通称“アインツベルン城”である。

冬木の郊外にある森。

そこにある城をアインツベルンのマスターは代々拠点として使用しているらしい、という凛からの情報の下、士郎は“タイムテレビ”でそれを発見。

画面に投影されたその非現実的な威容を目の当たりにし、のび太と二人して息を呑んでしまったという訳である。

現に凛に向き直った二人の表情は『それ以外に何があるの?』と言わんばかりだ。





「……はぁ」





凛は溜息を吐いた。

そして数瞬の間も置かず、





「「いだっ!!?」」





振りかぶりざま二人の頭長部目掛け、実に流麗な正拳を叩き込んでしまった事を誰が責められよう。





「……あの、リンは何故あのような事を?」





「……、解らんのならそれでいい。君はそのままの君でいてくれたまえ、セイバー」





「はあ……?」





――――そもそも二人の『アッー!』など、いったい誰得であろうか。










閑話休題。










『ただいま。セラ、リズ』



『おかえりなさいませ、お嬢様』



『おかえり、イリヤ』



シャンデリアが明々と照る、異様な程だだっ広い玄関ホールに三つの声が木霊する。

一人はイリヤスフィール・フォン・アインツベルン……言うまでもなく、この城の主。

一人は白青基調の本格的なメイド衣装に身を包んだ、生真面目な雰囲気の女性。

一人は白黒基調の同じデザインのメイド衣装を纏った、ややつかみどころのなさそうな印象の女性。

服装と一連のやり取りからして、イリヤスフィールの付き人なのだと解る。



『どうでしたか? エミヤシロウは』



『そうね……最初から最後までオタオタしてただけだったわね、お兄ちゃんは』



『やはり……』



『セラ』と呼ばれたメイドが、これ見よがしに溜息を漏らす。

どういう訳か、魔術師として半人前以下である士郎の実力を知っていたようだ。

改めて落胆した、といったような吐息であった。



『でもイリヤ、嬉しそう。なにかあった?』



と、もう一人の『リズ』と呼ばれたメイドが片言で尋ねてくる。

セラとは違う、まるで表情を作る事を知らないような無表情で尋ねるその様には、どことなく違和感を感じてしまう。

しかしイリヤスフィールはそれを気にした風もなく、



『ちょっとね。なんでか知らないけどリンとお兄ちゃんが協力体制を組んでて、セイバーとアーチャーと……あと一人、知らない男の子と三人がかりでバーサーカーに立ち向かってきたの。それで、バーサーカーが一回殺されちゃった』



さらりと、何でもない事のようにのたまった。

その瞬間、二人のメイドの眉がピクリと跳ねあがる。

もっとも興味の対象は、それぞれ別であったようだが。



『バーサーカーが……殺された?』



『ええ。武器を破壊されて、セイバーが首に一撃。ほぼ即死だったわね』



そこまで聞いてセラの顔が俄かに驚愕に彩られる。

『ヘラクレス』であるバーサーカーを一度とはいえ仕留めた、その事実はやはり重いのであろう。

たとえサーヴァント複数人がかりであったとしても、命があと二ケタ残っていたとしてもだ。



『男の子……って、誰?』



『え? ……うーん、名前は確か、『ノビ・ノビタ』って言ったかしら? 眼鏡の、あんまりパッとしない感じの子だったんだけど……一回逃げて、でも戻ってきて、バーサーカーを吹き飛ばしたり、空を飛んだり、動きを止めたり……』



『……スーパーマン?』



無表情のまま、抑揚のない声で呟くリズ。

……あながち間違ってはいない点がスゴいと言えばスゴい。



『まあ、色々ヘンな道具を使ってたから。小さい銀色の大砲とか、プロペラとか……そのまま立ち向かってきた訳じゃないわよ。見た目はわたしと同じくらいだったかしら? 中身も年相応ぽかったけど……度胸と、射撃の腕前だけは英霊並ね。アーチャーも真っ青』



足震えてたけど、とイリヤスフィールはクスクス笑いながら述懐する。

その言葉に、セラはますます表情を険しくした。



『……いったい何者なのですか、その子供は?』



『さあね。『通りすがりの正義の味方』とか言ってたけど、よく解らない。でもセイバー、アーチャーとそれぞれタッグでバーサーカーを悉く邪魔してきた。バーサーカーを殺した一撃をアシストしたのもその子。そのせいか、バーサーカーがその子に御執心みたい』



『そう……。イリヤ、これからどうするの?』



『とりあえず今日はもう休むわ。バーサーカーの話だと、なくなった命が元に戻るにはちょっと時間がかかるみたい。セイバーの一撃がかなり効いたんでしょうね。二十四時間は必要だそうよ。これからの事は……そうね、起きてから考えるわ』



『そうですか……かしこまりました。寝室の用意は既に出来ております』



『ありがとうセラ。それじゃ、行きましょうか』



『うん、イリヤ』



主の下知に頷く二人のメイド。

イリヤスフィールはやや後方をついて歩く二人を引き連れ、そのまま城の奥へと消えていった。















画面から人影が完全に消え去ったところで、全員が“タイムテレビ”から視線を外し、互いに顔を突き合わせる。

いよいよ大詰めの段階、これからの方針決めに状況がシフトした。



「……成る程ね。さて、各サーヴァント事情のおおよそが掴めた訳だけど……」



「ええ。まだ欠けている部分はありますが、現時点では我々の方が敵の誰よりも情報のカードを持っていると考えていいでしょう」



「まあ、そのアドバンテージを有効に扱えねば話にならんがな。とりあえず、私からは“先手必勝”を提案するが……」



「えっ? それって相手のところに乗り込むって事ですか?」



「そうだ。受けに回らず、逆にこちらから相手を攻める。要は殴り込みだ。敵の大半が情報を揃えきれていないだろう今なら、先手を打つ事が出来る。もっとも、仕掛けるにしてもそれは夜になってからだが」



「ちょっと待てよアーチャー。言ってる事は解るし正論だけど、いったい誰に? どいつもこいつも一筋縄じゃいかないようなヤツらばっかりだぞ?」



「あら、そんなの決まってるじゃない」



「「え……?」」



あっさりと言い放った凛に思わず向き直るのび太と士郎。

凛の顔に浮かぶのは、何とも大胆不敵な微笑み。

その表情の下にある意図が皆目読めない二人は、つい互いに顔を見合わせてしまう。



「確かに……。現段階で先手を打って仕掛けるのならば、選択肢はほぼ一つに絞られますね」



「うむ。居所も判明していて、尚且つ情報のカードがほぼ出揃っている。骨は折れるが、それ以外になかろう」



「「……え、えっ?」」



首肯混じりに呟かれた英霊二人の言葉に、のび太と士郎はますます訳が解らなくなる。

混乱の坩堝に嵌まり込んだ二人に、凛は何度目になるか解らない溜息をそっと吐くと、



「……解らないなら教えてあげるわ」



チラリと英霊二人に視線を送り、答えを提示した。















「――――――――バーサーカーよ」












[28951] 第二十一話 (Aパート)
Name: 青空の木陰◆c9254621 ID:90f856d7
Date: 2012/03/31 12:16



「――――お、ドラえもんだ。お~い、ドラえも~ん!!」


「にゅふふふ、ミィちゃん……ん?」


お使いからの帰り道、空き地の前を通りかかったドラえもんは誰かに呼び止められ、声のした方に首を向ける。


「お~い、こっちだこっち!」


空き地の土管の上にどっかと腰を降ろし、手を振っているのはジャイアン。

その横にはしずかとスネ夫が立っていた。


(ああ、もうこんなところまで来てたのか)


ドラえもんはカリカリと頭を掻く。

つい今の今までミィちゃんとのひと時を思い返していたせいで、空き地辺りまで進んでいた事も、いつものメンツの存在にも気づかなかったのだ。

このままなのも何だ、とドラえもんはスタスタと空地へと入っていく。

そして皆の下へと辿り着いた時、しずかが口を開いた。


「ドラちゃん、何かいい事でもあったの? 笑ってたみたいだけど……」


「大方ガールフレンドのネコの事でも考えてたんじゃないの?」


「――――え!? べ、別にぃ!?」


スネ夫の言葉に思わずどもってしまうドラえもん。

そんな反応を返してしまっては、『その通りです』と自ら白状しているようなものである。

図星だと悟ったスネ夫は浮かべていたニヤニヤ笑いをますます深くした。


「やっぱりそうなんだ! わっかりやすいなぁ、ドラえもんは!」


「だからオレ達に気づかなかったのか! こ~んな近くに来てたのにさぁあ!」


ワハハハハ、と大爆笑するジャイアンとスネ夫。

『笑っちゃダメよ二人とも』と窘めるしずかも、やや口元がヒクついている。


(ああ、穴があったら入りたい……)


つい数秒前の自分を蹴り飛ばしてやりたい衝動を堪えつつ、ドラえもんはただ只管、バツが悪そうに小さくなっているしかなかった。

と、そんな時。


(……あれ?)


唐突に、目の前の違和感を覚えた。

何かが足りないような、そんな違和感を。

そしてそれがいったい何なのか、すぐに思い至った。


「……そういえばのび太君は?」


そう、のび太の姿が見当たらないのだ。

のび太は基本的にしずか、ジャイアン、スネ夫と一緒に行動する事が多い。

まあ、後者二人の場合は理由がマイナス方面である割合が大半なのだが、今はそれはさておく。

とにかく、この面子ならばのび太がいなければおかしい。

ただでさえこの空き地はのび太の行動範囲であるのだし、あまりにも不自然だ。


「ああ、それがさぁ……」


ドラえもんの疑問に答えたのはジャイアン。

何となくバツが悪いのだろう。

後頭部をバリバリ掻き毟りながらポツリポツリと、つい数十分前の出来事を掻い摘んで説明し始めた。

……そしておよそ一分後。


「――――アーサー王!?」


「そうなんだよ。スネ夫が『アーサー王は存在しない』って言ったら急にのび太が怒りだしてさぁ、『アーサー王がいたって証明してやる!』って言って飛び出して行っちまったんだよ」


「多分家に戻ったと思うんだけど……ドラちゃん知らない?」


「ううん、全然。僕がどら焼きを買って帰ってきた時、のび太君、部屋にいなかったもの……入れ違いになった、なんて事はなさそうだし……う~ん」


「そういえばドラえもん、買い物カゴ持ってるけどそれってお使い?」


「うん、のび太君の代わりにね。ママさんものび太君を見てなかったから、代わりに僕にお使いを頼んだんだろうし……何かイヤな予感がする。とりあえず、急いで戻ろう」


そう言うとドラえもんは即座に踵を返し、駆け足で空き地の入口へと向かう。

まるで言い知れぬ“不安”に突き動かされるように。


「待ってドラちゃん、あたしも行くわ!」


その後を追いかけるようにしずかが続く。


「スネ夫、オレ達も行ってみようぜ!」


「あっ、待ってよジャイアン!」


そして残った二人も、当然のように後をついていく。

果たして四人は、真実に辿り着く事が出来るのか……。












さて、その頃ののび太はというと。











「「「「いただきます」」」」


「はい、召し上がれ」


号令一下、ランチタイムと洒落込んでいる最中であった。

メニューは鮭の切り身、大根の煮付け、キンピラゴボウと炊きたてのご飯の四品目である。


「う~ん! やっぱり士郎さんのごはんはおいしいなぁ~!」


「あはは、そこまで喜んでくれるなら作った甲斐があるな」


キンピラゴボウをシャクシャクと頬張っていたのび太が心からの賛辞を送ると、士郎は面映ゆそうに頬を掻く。

基本的に魚や野菜の好き嫌いが多いのび太であるが、士郎ほどの料理上手が作るものならば特に気にする事なく食べられるようだ。

わざわざ余所様に作ってもらったのに好き嫌いを持ち出せるほど、のび太が恥知らずでない事も要因としてはあるのだが。


「……わたしより上手いわね。この大根の味付け。なんか腹立つ……」


凛は批評をブツブツ交えながらも、とりあえず行儀よく食している。


「シロウ、おかわりをお願いします」


「はいはい……って、これで三杯目……」


そしてセイバーはというと、空になった茶碗をそっとどころか勢いよくズビシと士郎に突き付けていた。

皿の上の鮭も大根もゴボウもキレイサッパリと消え失せ、目下士郎の皿から善意的に副菜が緊急出動している有様である。

恐るべき健啖、恐るべき消化器官。

炊飯ジャーの底が現れるのも時間の問題である。










のび太達が方針を決め終えた頃には、時計の針はちょうど十二時を指していた。

腹の虫も、士郎とセイバーを筆頭にいい感じに泣き始めていたので、自然に流れは昼食へと傾いていったのである。

そして士郎は台所へ、残りは一旦奥へと引っ込み三十分ほどで料理は完成。

再び奥から皆が集い、食卓の前で両手を合わせる事と相成った。





……ところで気づいた方はおられるだろうか?





――――『いただきます』の際、挨拶の声が“四つ”あったという事に……。







「……風味が弱いな。みりんが少しばかり足りなかったと見える。味の染みもまだまだ、とはいえこれは時間の都合上、責められ……いや、それならそれでやり様はある。やはり減点だな。キンピラは……」


「――――おい、難癖付けるくらいなら食うな。流石に気分が悪くなってくるぞ」


「ふむ? ……ああ、気に障ったのならば謝罪しよう。なに、これは癖みたいなものだ。このように、色々と惜しい料理を前にしてつい、な……」


「惜しいってなんだよ?」


「文字通りの意味だが? 成る程、確かにこれだけ出来れば上出来の部類に入るだろう。並の料理人では早々太刀打ち出来まい。それは断言しよう。しかしながら、これでは二流に勝てはしても一流には及ばん。つまりはそういう事だ」


「……解った。俺の料理の腕が未熟だというのは受け入れる。けどな、その言い方だとお前の方が上手く作れるっていう風に聞こえるんだが? どうなんだ――――アーチャー?」


ジロリと睨みを乗せたその言葉に対し、向けられた本人はフン、と心底皮肉げな薄ら笑いを浮かべた。

そう……なんとアーチャーが昼食のテーブルを囲む一員として茶碗を抱え、大根の煮物をつついているのだ。





「なにを当然の事を……貴様如きに負ける気など微塵もせん」





本来、サーヴァントに食事は必要ない。

サーヴァントが存在するために必要なのは食物ではなく、魔力だからだ。

だからこそ、アーチャーははじめ昼食を辞し、歩哨兼見張りとして屋根上へと移動しようとした。

……したのだが。





『……ええっ、アーチャーさんお昼食べないんですか? みんなで食べた方が楽しいのに……』





物凄くがっかりした表情で呟くのび太を前にしては、前言を撤回するのにさして時間は必要なかった。

いかに歴戦の兵(つわもの)といえども、子どもが相手ではそこまで強くは出られないのだ……このアーチャーという男は。

……しかしながら、紅い外套を纏った長身の男が食卓に着いて巧みに箸を操り、吟味するように大根を咀嚼するその光景は、違和感がありありである。


「……シロウ、おかわりはまだなのですか?」


ちなみにセイバーが何のてらいもなく昼食を貪り食っているのは、食物でもごく僅かながら魔力を回復させる事が出来るからだ。

不完全な召喚のツケで、セイバーはマスターである士郎から魔力の供給を受けられない。

そのためたとえ少しでも残存魔力を増やそうと、周囲が軽く引くくらいの量のご飯を食べているのだ……。





……いや。





「シロウ~……」





……追加が来ない事にいまだ茶碗を突き出したままの、おあずけ喰らった子犬のようなその表情を見るに、





「……まだなのですか?」





――――ただ食うのが好きなだけなのかもしれない……。





ちなみにおかわりは、この時点で累計六杯目である事をここに追記しておく。







それはともかく。







「……ほぉおう? まさか英霊がハッタリをかますなんてな」


「ハッタリ? ……フン、なにを世迷言を。厳然たる事実だ。英霊とは、あらゆる経験を永い年月をかけて蓄積し続けてきた存在。無論例外もあるが……ともあれ、断言しておこう――――――――貴様程度の経験値では、私には遠く及ばん」





――――瞬間、士郎の目に剣呑な光が宿った。








「……言ってくれるな、若白髪が」





「嘴の黄色い小僧が囀(さえず)るな、滑稽でしかないぞ?」








眼光鋭く、メンチを切り合う両者。

身長の低い士郎が見上げ、上背のあるアーチャーが見下ろすといった構図となっているが、飛び散る火花が尋常ではない。

一方はまるで親の仇を殺すような目つきで以て睨み上げ、もう一方は思い上がった未熟者を嘲るかの如く冷え切った視線を眼下に叩き付ける。

まさしくここはキューバ危機。

核弾頭の発射ボタンを握り締め、相手の出方を殺気混じりの視線で窺いながらの膠着状態。

……しかしまあ、箸と茶碗を持ちながらの睨み合いなぞ、実に緊張感が削がれるというものである。


「あ、あの……ケンカは止めた方が……」


のび太がおずおずと仲裁に入るが、二人はそれをキッパリと無視する。

あうあう、と次第にのび太の目に涙が滲んでいくが、それでも二人はガン無視だ。

……いや、きっと視界にすら入っていないのであろう。

そして。


「シロウ、ご飯……」


「……食い下がるわね、セイバーも。っていうかアーチャー、アンタ記憶なかったんじゃないの……?」


めげずにおかわりの茶碗を差し出し続けるセイバーに対し、凛は呆れとも感心ともつかないような呟きを漏らしつつ、相棒の大人げない姿に深々と脱力するのであった。










「……フン」


と、突然アーチャーが士郎から視線を逸らしたかと思うと、徐に踵を返した。

その行動の不可解さに、士郎の眉が訝しげに歪む。


「おい、どこ行くんだよ?」


「なに、“論より証拠”を示してやろうというだけだ。その身……いや、その舌で以て厳然として存在する“差”という物をとくと思い知るがいい。……ああセイバー、そんな物欲しそうな顔をせずとも、もうしばし待て。今食したモノ以上のモノを堪能させてやろう」


自信漲るその言葉に、セイバーはそっと茶碗を降ろすと、


「……期待していますよ、アーチャー」


「ちょっ、おいセイバー!?」


清々しいほどのサムズアップをその屈強な背中に送った。

己が従者にあっさり掌を反された士郎。

あまりのショックにガックリ膝を突きそうになるものの、そこは何とか最後の意地でグッと堪えた……表情はこれでもかとばかりに苦りきってはいたが。

そうこうしているうちに、アーチャーは冷蔵庫の前へと辿り着く。


「ふ、衛宮士郎よ。“格の違い”を見せてやろう……」


まだ調理すらしていないのに勝ち誇ったような声で背中越しに告げるアーチャー。

その過剰なまでの自信満々っぷりにイラッとくる士郎であったが、


(……あれ、待てよ? 確か……)


アーチャーが冷蔵庫の取っ手に手を掛けたところで、“ある事”をハタと思い出した。

そしてガチャリと冷蔵庫の扉を開いた瞬間、





――――ギシリ、とアーチャーの身体が銅像のように固まった。










「――――材料、全部切れてたんだった……」





「なん……だと……」










絶句するアーチャーの見た光景。

そこにはわさび、からし、酢、みりんなどの数種類の調味料と……空間のほとんどを占める空白地帯。

肉も、野菜も果物も、一切が集団脱走でも敢行したかのように影も形も存在しない。

“スッカラカン”という形容がこれ以上ないほど当てはまる、見事なまでのもぬけの殻であった。

言うまでもなく冷凍庫も、野菜室も全ての部屋が、である。




「きっ……貴っ様ああああぁぁぁっ!! 料理人が材料を切らすとは何事かああああぁぁぁ! 調味料と『の○たま』しかないではないかあああぁぁぁぁっ!!」




瞬間移動でもしたのかというほどの勢いで取って返し、士郎の胸倉を掴み上げる紅い男。

その豹変ぶりと息苦しさに目を白黒させながらも、士郎は喘ぎ喘ぎ言葉を返す。


「い、いや……だっ、て、昨日、と今日で、食い、扶持が……急に、増え、た、からッ! 買い置、きが、今ので……切れたん、だよッ!!」


士郎は元々一人暮らし。

それ故、冷蔵庫に食料品を多く備蓄している訳ではない。

朝・夕に間桐桜と“もう一人”が食事をしに来るが、それでも頭数は三人だ。

やはり備蓄量はたかが知れている。

しかし、今現在の衛宮邸の人口は五人、つまりそれだけ冷蔵庫の中身の減るスピードは相対的に早くなる。

さらに本来ならば昨日買い出しに行く予定だったのであるが、聖杯戦争のドンパチのせいであえなくその機会も潰れてしまっていた。

そしてトドメはセイバーの、その尋常ならざる食事量である。

今もそうだが、朝食の際もそれはもう凄まじいの一言で全てを語れるほど。

かくして士郎の作った昼食を最後に、冷蔵庫の中身は見事空になってしまったという訳である。


「…………」


ズルリ、と士郎の襟から手が滑り落ち、アーチャーはその場に膝から崩れ落ちる。

如何に腕の優れた料理人であっても、食材がなければただの役立たずである。


「ケホッ……ま、まぁ、そういう訳だから、諦めろ。あれだけぶち上げておいてこのオチってのは、俺もあんまりだとは思うけどな」


士郎はそんな役立たずを、ただジッと冷めた目で見つめ続けていた。

いきなり八つ当たり気味に締め上げられたのだから、無理もない。

……しかし、それでは納得出来ない人間もここにはいる訳で。





「……あの、つまりもう料理は出来ない、のですか?」





「あ、いや……まあ、うん。そうだな……悪い、セイバー」


バツが悪そうに謝りの言葉を入れる士郎。

その途端セイバーは目頭を歪ませ、今にも泣きそうな表情を浮かべた。


「そ、そんな……」


「……すまんな、セイバー。この小僧が材料を切らしたせいで「……もういいです。この役立たず」ぐはっ!?」


立ち上がりかけたアーチャーを言葉の刃で真っ向から斬り伏せると、セイバーは殊更沈鬱な表情で顔を伏せる。

散々期待を持たされた……とは言い難いかもしれないが、セイバーにとっては十分な前フリだったのだろう……上での前言撤回は、セイバーに思った以上の深刻な精神的ダメージを与えていた。

既に全員の皿の上には一品たりとも料理は残っておらず、ご飯もとうに食い尽くされてジャーの中には取り損なった米が数粒へばりついているのが関の山。

士郎はセイバーのお代わりをよそわなかったのではない……よそえなかったのだ。

生米だけは辛うじてあるが、今から炊いたのでは昼食の時間を逸してしまうし、それ以前に白米だけ食すのもどこか空しい感じがする……まあ『の○たま』が残っている分、その辺りはまだマシかもしれないが。

とにかく、セイバーの切なる願いは無情にも届く事なく、材料切れによって強制的にラストオーダーとなってしまった……筈だった。










「――――セイバー、まだご飯食べたいの?」










蚊帳の外で、内心冷や冷やしながら状況を静観していたのび太の、この一言がなければ。










「その……はい」


「ええ!? あれだけ食べたのに!? ご飯大盛りで何杯もおかわりして、士郎さんから鮭を半分貰って、凛さんから大根分けて貰って、アーチャーさんのキンピラを横から奪い取って、僕からは……なんにも取らなかったけど。それでも足りないの?」


「魔力を得るためにはそれだけ食べなければなりませんし……この時代の食事はどれも肌理細やかで、大変美味です。私の時代の食事とは、比べるまでもありません。ですので恥ずかしながらついつい、箸が進んでしまって……」


「あ……そうなんだ」


うーん、と腕組みし、考え込む事数秒間。

やがて考えが纏まったのか、


「……ん、よし!」


パチンと指を鳴らしてポケットに手を突っ込むと白い袋を引っ張り出す。

そしてさらにそこに手を突っ込み、中からバサリと“あるもの”を引っ張り出した。

そう……やたらと大きい、それこそ目の前のテーブルをスッポリ覆えそうなほどの四角形の布を。


「セイバー、これをテーブルの上に広げてくれる? あ、凛さん。食器どかすの手伝ってください」


「は、はあ……?」


「え、なによいきなり?」


いいからいいから、と面食らう二人を置き去りにいそいそと食器を下げ始めたので、二人は首を傾げながらも言われた通りに行動する。

そしてテーブルに布が広げられ、改めて二人は着座した。


「で、これでどうするつもり? のび太」


凛の問いかけに対し、のび太は軽く微笑み返すとセイバーに向き直り、口を開いた。


「ねえセイバー。今食べたい物ってなに?」


「はい? それは……どんなメニューが食べたいかという事ですか?」


「うん」


「はぁ……。そうですね……」


ふむ、とほんの少しの間セイバーは考え込む。

やがて考えが決まったのかコクリ、と一つ頷いた。





「朝、テーブルの上に置かれていた雑誌に書いてあったのですが……『カレーライス』、という物を食べてみたいです」





そう告げた瞬間、





「「「「――――えっ!?」」」」





のび太を除く四人が一斉に自分の目を疑った。


「フフッ、はいセイバー。カレーだよ」


何故なら目の前に『カレーライス』が、まるで最初からそこに置かれていたかのように出現していたからだ。

テーブルクロスの上で白い湯気を立ち上らせるカレー……その横にはご丁寧にスプーンと水の入ったコップまである。

たった今作られたばかりのような芳醇な香辛料の匂いが食欲を誘い、思わずゴクリと生唾を飲み込んでしまいそうだ。

だがしかし、いったい何がどうなってカレーが現れたのか、さっぱり理解が追いつかない。


「ノ、ノビタ。これはいったい……?」


「うん。まあ説明は後でするから、とりあえず食べなよ、カレーライス。おいしいよ?」


「は、はい……」


勧められるままにセイバーはスプーンを手に取り、おそるおそるといった感じでカレーを掬い上げ、口へと運ぶ。

そして口の中からスプーンを抜き取ると、二回三回と咀嚼。


「……おいしいです」


ほう、と感嘆の溜息がセイバーの口から漏れた。

その表情は、まるで『我が至福の時』と言わんばかりに緩められている。

その後はそのままスルスルとハイペースに、だが丁寧にスプーンを動かし始め、ものの二分であっという間に皿の上が綺麗になった。


「……ふう。このスパイスの辛さが何とも絶妙な……むぅ。この味があれば、あと二十年は戦えたものを……」


「満足したみたいだね、セイバー」


どことなく満ち足りた表情のセイバーに、のび太はニッと笑う。


「はい、まあ。しかし、いったいどうやってカレーライスを?」


「ああ、それは……これだよ」


のび太はそう言って、テーブルクロスを指差す。

わざわざ敷いたくらいだ、タネは多分コレだろうなと思っていたセイバー達であったが、しかしまだまだ認識が甘かったと言わざるを得ない。





「これは“グルメテーブルかけ”っていってね、名前を言えば料理が何でも出てくるんだ。さっきはカレーを出した訳なんだけど他にも、例えば……『スパゲッティ・ナポリタン』だったり」





のび太の言葉に呼応するように、ポンッと現れるナポリタン。





「『ハンバーグ』だったり……」





続いて香ばしい香り漂う、熱々のハンバーグが出現。





「『ラーメン』だったり……」





さらに今度は湯気の立つ、醤油ベースだと思われるラーメンが眼前に。





「こんな感じで、いつでも、どこでも、何でも、いくらでもリクエストすれば出す事が出来るんだ」





「「「「…………」」」」


二の句が告げない、とはこの事であろう。

目の前で起きた出来事が信じられないといった様子で、四人は見事に硬直している。

そんな中、真っ先に再起動を果たしたのはやはりと言うべきか、


「……ノビタ、頂いてもよろしいですか?」


「うん、いいよ。というか、まだ食べるんだ……」


食欲に忠実なセイバーであった。

フルフルと僅かに震える手でナポリタンの器を自分の方へと寄せ、手元にあったフォークを突き立てる。


「……ッ!」


その味わいに下手すれば涙すら流しそうなほどに瞳を潤ませ、セイバーはただ黙々と眼前の料理に取り掛かる。

やがて、数分足らずで見事三品とも綺麗に完食。

コトリとハンバーグを突き刺していたフォークを置いたその直後、セイバーは徐にピンと背筋を伸ばしたかと思うと、流れるような動作でのび太の方に向き直り、





「――――ノビタ。私のために、毎朝味噌汁を作っていただけますか?」





三つ指をついて、何やらトンデモないセリフを言い放った。

というか、何故そんな言い回しを知っているのか?





「はぁ? えーっと……僕、いいとこインスタントしか作れないんだけど。士郎さんにお願いしたら?」





そして当然……と言うべきかなんと言うべきか……のび太はそれに対して何とも見当外れな答えを返すのであった。









「あ、凛さんもよかったらどうぞ」


「……ホント、いったい物理法則はどうなってるのかしら? これって明らかに質量保存の法則を無視してるし、下手したら“第一魔法”……って、ああもう! やめやめ! とりあえずケーキッ!」


深く考えた時点で負けだとでも思ったのだろうか、凛は自棄気味に頭をグシャグシャと掻き毟ると“グルメテーブルかけ”に向かって命令する。

すると一秒と経たずにポンッ、と目の前にイチゴの乗ったショートケーキが、紅茶と共に現れた。

凛はそれを一瞥すると、電光石火のスピードで傍らのフォークを手に取ってケーキを掬うと一口。


「……美味しいわね、これ。けど……やっぱりなんか納得いかない……!」


釈然としない表情で、まにょまにょとフォークを口に含んだまま何やら唸っていた。

そして。







「……なあ、アーチャー」


「……何だ、小僧?」


「俺達のあの争いってさ……結局、なんだったんだろうな?」


「……さて、な」





部屋の隅で、黄昏たようにポツリポツリと言葉を交わす二人。

背中が煤けて見えるのは影に入っているから、ではないだろう。





「……美味いよな、この大根とキンピラ」


「……ああ。下手すれば、私よりもな」





向かい合わせで、味比べのため“グルメテーブルかけ”から出した大根の煮物とキンピラゴボウを口へと運ぶ。

その瞬間、二人には何かがガラガラと崩れる音が聞こえたような気がした。

――――美味い筈なのに、どこか塩辛い味がした事を、二人は気のせいだと思いたかった。








[28951] 第二十一話 (Bパート)
Name: 青空の木陰◆c9254621 ID:90f856d7
Date: 2012/03/31 12:49





「凛さん……これ、なんですか? 割れたビー玉……かな? みたいですけど」





「……昨日、わたしが使った宝石。その残骸よ」










のび太は衛宮邸の一室で凛と二人、サシで膝を突き合わせていた。
割に珍しい取り合わせであるが、いったいなぜこんな事になっているのか。
きっかけは、昼食前まで遡る。










のび太達が方針を決め終えた頃には、時計の針はちょうど十二時を指していた。

腹の虫も、士郎とセイバーを筆頭にいい感じに泣き始めていたので、流れが昼食へと傾いていったのもごく自然な事であった。



『じゃ、今から昼飯準備するから。三十分くらいかな? それまで奥で待っててくれ』



士郎のその言葉を合図にめいめい居間から発っていく中、さて何をしようかなと思ったのび太であったが、





『――――のび太、ちょっとわたしの部屋に来てくれる?』



『え?』





唐突に凛からお誘いの声がかかった事で、今の差し向かいの状況が作られたという訳である。

そして向かい合わせで鎮座する二人の膝の間にあるのは、傷だらけで三分の二ほどが砕けてしまっている宝石。

どうやらサファイアのようだが、知識のないのび太ではそれが何なのか解る筈もなかった。



「宝石……って確か凛さん、『宝石魔術』っていうのを使うんでしたっけ? それをバーサーカーにぶつけたんですか?」



「そ。結局効かなくて、無駄に終わっちゃった訳なんだけどね」



凛の使う魔術は『宝石魔術』と呼ばれる。

代々続く遠坂家のお家芸であり、『力の転換』によって己が魔力を長年かけて蓄積させた宝石を媒体とする魔術だ。

『宝石魔術』のメリットとしては宝石は魔力を籠め易く、時間が経てば気化してしまう魔力を封じ込めるのに都合がいいという事と、魔術をほぼ一工程(シングルアクション)で行使出来るという点にある。

なにしろ中の魔力を解放してやるだけでいいのだから手間が少なく、使い勝手が非常によい。

反面、一度封入した魔力は性質が固定されてしまうというデメリットもあるものの、総合的にはかなり強力で、しかも珍しい魔術体系である。



「はぁ。で、これをどうするんですか?」



「回りくどく言うのもアレだからはっきり言うけど……のび太、これ直せる?」



「へ?」



のび太の目が点になった。

なんだそんな事か、と拍子抜けしたような表情である。

その時、凛の片眉がピクリと吊り上った。



「なによその顔は?」



「い、いや。なんか、もうちょっとこう……すごく真面目な話なのかなぁって思ってて、思わず気が抜けちゃったというか……」



「……十分真面目な話よ。あのねのび太、これは宝石なのよ。『宝石魔術』の最大の特徴って何か、アナタ解る?」



「え? えっと……すごく強力な魔術、とか?」



「……ハァ。ま、それでも間違ってはいないわね。使う宝石によってピンキリだけど。結論は……ズバリ『お金がかかる』という事よ」



「……はい?」



のび太の目が再び点に。

如何にも高尚そうな『宝石魔術』の最大の特徴が『お金がかかる』という、あまりに即物的すぎるそれに思わず呆気に取られてしまう。

しかし凛の表情は至って深刻そのものである。



「再三言うけど、『宝石魔術』で使うのは宝石なのよ。しかも使い捨て同然でね。おかげで魔術を行使する度にウチの家計簿は火の車、見るのもウンザリするくらい。だからつい拾ってきちゃったのよ、これ。砕けてる上に魔力もなくなってるから、魔術的にはほとんどガラクタ同然なんだけど、もったいなくてね」



「…………そ、そうなんですか」



のび太としてはそう返すのが精一杯である。

そういえばママもよく家計簿見て溜息吐いてたなぁ、と頭の片隅で思いながら凛の言わんとしている事を読み取ろうと試みる。



「えーと、つまりこの宝石を元通りにして、上手く使い回したいって事ですか?」



「そう。これから戦いに挑むんだから、手持ちの宝石は一つでも多い方がいいのよ。バーサーカーを相手にするなら尚更ね。リサイクル出来るならそれに越した事はないわ。……それでね、実はこれと同じヤツがあと数個あるんだけど」



これ全部アナタの道具で何とかならないかしら、と凛はポケットから五個、二人の間にある宝石と同じような物を引っ張り出した。

どうやらこれらも現場から回収して来た物らしい。

アイデア自体は悪くないのだが、どこかしらみみっちく感じてしまうのは流石ビンボー貴族というこ「うっさい、黙れ!」……イエス・マム。



「う、うーん……多分、出来なくはないかも。確か……」



ポケットから“スペアポケット”を引っ張り出し、中を漁るのび太。

そして取り出したのは、



「――――あった! “復元光線”!!」



小型の懐中電灯のような形状のひみつ道具、“復元光線”であった。



「……名前からして何となく効果は解るけど、それで直せるの? 欠けてる部分はないんだけど」



「大丈夫です。じゃ、行きますよ!」



砕けた宝石群へ向け、のび太は“復元光線”のスイッチを入れる。

“復元光線”は壊れた物体に光を浴びせると、壊れる前の状態に戻してくれるという道具である。

それはパーツの破片が紛失していようとも関係なく、なくなったパーツごと纏めて復元してしまうという甚だ常識外れなシロモノだ。

そして光を照射された宝石は見る見るうちに元の形を取り戻していき、最終的に砕ける前の状態へと完璧に修復を果たしていた。



「はい、直りました」



「……うん。自分で頼んでおいてなんだけど、物理法則っていったいどうなってるのかしら? ……ともあれ、結局直ってるんだし、別に文句はないけど……ん?」



ブツブツ独り言を呟きながら元通りになった宝石をつまみ上げた凛であったが、何かに気づいたように眉根を寄せる。

確かに元通りに復元されている、されているのだが……。



「……魔力が込められてない。空っぽのまま」



封入されていた魔力だけは、復元されていなかった。



「……ハァ」



アテが外れた事に、凛はガックリと肩を落とす。

直った事自体は喜ばしいが、しかしこれでは片手落ちだ。

魔力の籠っていない宝石など、現段階では復元前の砕けていた状態の宝石と同じくらいの価値しかない。

すなわち、ガラクタ同然である。

聖杯戦争はあと二週間足らずで、結果がどう転ぼうが期間満了で終幕してしまう。

それまでに十分な量の魔力を封入する事は到底不可能である。

発動に必要な最小限度の魔力くらいならいけるかもしれないが、そんな物を新たに作り直したところでなんの意味があろう。

凛が求めるのはバーサーカーにぶつける前の、魔力が十分に込められていた状態の宝石である。



「あの、どうかしたんですか?」



「これね……魔力が入ってないのよ。これじゃなんの役にも立たないわ。言ってみれば“形だけ”直ってる状態で、中身がない……」



「……あ、そっか。“復元光線”じゃ、壊れた部分だけしか直せなかったのかぁ。宝石の中にある魔力まで元に戻した訳じゃないんだ……」



凛の不満に納得がいったのび太、じゃあどうしようかと腕組みする。



「うぅ~ん…………」



“復元光線”では凛の望むような元の状態には戻せない、ならばいったいどうすればいいのか。

他のひみつ道具で使えそうな物といえば……。



「……あ! あれなら!」



ピン、とのび太に天啓がひらめく。

“復元光線”でダメなら、残る手は一つ。

『復元』ではなく、『回帰』。

つまり、“形”を戻してやるのではなく――――“時間”を戻してやればいい。



「――――“タイムふろしき”だっ!」



“スペアポケット”に勢い込んで手を突っ込み、中からアナログ時計の文字盤の絵柄が散りばめられた風呂敷を引っ張り出す。

そして復元させた宝石の上にサッと風呂敷を被せ、適当な時間が経ったところで風呂敷をひっぺがした。



「どうですかっ、これで!?」



意気揚々と宝石を凛に手渡すのび太。

見た目はまったく変わった様子が見られない宝石だが、“タイムふろしき”で以て時間を巻き戻されているため確実に変化は起きている。

凛はしげしげと手の中の宝石を眺めていたが、やがて満足したようにうん、と一つ頷いた。



「上出来。完全に元に戻ってるわ……」



「やった! これでバーサーカーにも「無理ね」……えっ?」



対抗出来ますよね、と言おうとしたところで凛の一言によりそれは封殺された。

凛は元に戻った宝石を手の中でジャラジャラと弄びながら、言葉を続ける。



「バーサーカーにぶつけたのは六個、つまりこの宝石全部まとめて。それでかすり傷一つ付けられなかったのよ。完全に火力不足なの、あのバーサーカー相手じゃね」



「え、それなら……元に戻しても意味ないんじゃあ……」



「いえ、意味はあるわ。実は宝石を元に戻してもらったのは前置きみたいなものなのよ。本題はここから」



凛はそう言って居住まいを正すと、再び手の中の宝石をのび太の前に置く。



「バーサーカーは防御力は桁違いだけど、対魔力は高くない……つまりセイバーみたいに魔術が効きづらいという訳じゃない。だから、威力さえ十分ならわたしでもバーサーカーにダメージを与えられる」



「はあ。それで?」



「威力を底上げするための方法は概ね二つ。一つはもっと内在魔力の高い宝石を使う事。ただ、この場合だと長い目で見たらこっちの首を絞める事になりかねないから却下。バーサーカーを倒したら聖杯戦争は終わり、って訳じゃないからね。切り札は出来るだけ温存しておくのがベスト。そこでもう一つの手段」



凛はそこで一旦言葉を区切り、軽く息を整える。

のび太はただ黙って耳を傾けたまま、言葉の続きを待っている。

そしておよそ一呼吸分の間を置いて、凛の口から言葉が紡ぎだされた。




「――――単純にぶつける宝石の量を多くすればいいのよ」



「――――え、ええーっ!!? そ、そんな事でいいんですか!?」





物凄くアッサリした結論にのび太は面食らった。

質でなければ量、実に効果的かつ単純明快な論理である。



「という訳で、のび太にもう一つお願いがあるの。この六つの宝石、どうにかして増やす事って出来ない?」



ずいっと身を乗り出してくる凛。



「ふ、増やすって……えっと」



あまりに距離が近すぎたので、のび太は思わずたじろいでしまう。

目の前の凛からは異様な気配が漂ってきており、知らず全身が粟立ってくる。

さながらスーパーでタイムサービスの特売品を奪い合う主婦達の、あの妙にギラついた気迫に近い。



「簡単そうに言ったけど、実際はこっちの方がむしろ難しいのよ。主に籠める魔力の問題と経済的理由と金銭的事情と、マネー・サプライ上の問題で。だから手っ取り早く、それこそ乾燥ワカメみたいに宝石水に浸したら何倍にも増える、みたいな道具……あるかしら?」



凛の爛々と輝く双眸に圧し負け、のび太は、





「あ、と……い、一応ある事は……あり、ます」





不用意にも、ポロッとそんな事を漏らしてしまった。



「え、ホント!?」



更にずずいっと身を乗り出す凛。

もはや互いの距離は鼻先数ミリでほぼゼロ距離の密着状態、しかも眼光は五割増しと来ている。

見ようによっては、凛がのび太を押し倒しているようにさえ見えてしまう体勢である。

仮にこの相手が士郎ならば今の状態に頬を紅潮させ、慌てふためくのだろうが……生憎のび太では、単に言い知れぬ恐怖を感じるだけだ。

事実、その表情はヘビに睨まれたカエルの如く青ざめ、額には珠のような冷や汗が浮かんでいる。



「ええと……えと、こっ、これとか!」



背中に密着している壁が汗で湿っていく感触を感じつつ、これ以上耐えきれなくなったのび太は、“スペアポケット”の中を掻き回すように探ると中からプラスチック製っぽい見た目のアンプル容器を取り出した。



「……これが?」



「これ……えっと、これは、バ、“バイバイン”って言って……これを、一滴落とした物は五分経ったら倍……さらに五分経ったらそのまた倍、っていう風に……ご、五分毎に、増えていくん、ですっ!」



未だ衰えぬ凛の迫力に所々どもりながらも、のび太は説明する。

凛はのび太の身体の上に半ば跨ったような体勢のまま、のび太の手の中の“バイバイン”をジッと見つめていた。



「ど、どうぞ……使ってみて、ください。あと、近いので、ちょっと離れて欲しいかなぁ、なんて……ア、アハハハ、ハハ」



供物を捧げるように“バイバイン”を差し出すのび太。



「……じゃ、遠慮なく。一つにつき一滴でいいのね?」



凛はのび太から身体を離すと“バイバイン”を受け取り、蓋を開けて六個の宝石すべてに液体をポタリ、ポタリと落としていく。

その一方、やっとの事で自由の身となったのび太はというと、



「……はふうぅぅぅ~っ。こ、怖かったぁあ」



大きな安堵の吐息を漏らし、右手で額の汗を拭っていた。

ちなみに降ろした右手の袖は、まるで水を張ったバケツに落とした雑巾のようにグッショリと湿っていた……。















「…………」



まんじりともせず、ただ只管にまっすぐ宝石を見つめ続ける凛。

心なしか、瞳に『$』や『¥』のマークが浮かび上がっているような気がするのは、漲る異様な気迫の所為であろうか。

それとも……いや、何も言うまい。

やがてそのまま五分が経過。



「――――あっ!?」



六個の宝石が細胞分裂するかのようにパッと一つが二つにそれぞれ増殖し、合計で十二個の宝石が目の前に現れた。

増える瞬間を目の当たりにした凛は、その予想に違わぬ光景と成果に『ヨッシャ!』と小さくガッツポーズ。

グッと拳を強く握り締めた。



「この調子で増やしていけば、たとえバーサーカー相手でも闘り合える……! しかもタダ同然で!! のび太、いいモノを出してくれたわ! 褒めてあげる!」



「イタッ!? い、痛いですよ凛さん! もう……イタタ」



背中をバシバシと思い切り叩(はた)かれ、のび太は痛みに顔を顰める。

しかし上機嫌な凛に水を差すのも何だと思い、背中をさすりつつも涙を拭って唇をキュッと固く結び、それ以上の事は何も言わなかった。

小学生とはいえ、のび太だって男なのだ。

文句を堪えるくらいの“気概”はある……まあ、頭に『なけなしの』が付いてしまうというのが何とも悲しいところだが。

そうこうしているうちにさらに五分が経過。

今度は二つが四つに分裂し、『6×4』の合計二十四個の宝石が出現した。



「来た来た来たぁぁぁ!! もっとよ! もっと増えなさい!」



「…………」



もはや凛のテンションはウナギ登りの右肩上がり。

『ヒャッハー!』とか言い出しそうな勢いである。

そんな凛の姿に流石ののび太もやや引き気味だ。

と、その時。





『おーい、遠坂? メシ準備出来たぞ。居間に来てくれ』





ドアの向こう側からノックと共に士郎の声が聞こえてきた。

その瞬間、凛のテンションがレッドラインから正常値へと恐ろしい勢いで急変動する。



「……了解。すぐ行くわ」



玩具を買い与えられた子供のように大はしゃぎしていたのが嘘のように、ごくごく冷静に応対する凛に対して、のび太は目を丸くする。

まさに電光石火の猫かぶり。

いくらなんでも急に変わりすぎだろう、とのび太が訝しげに視線を送ると、凛はバツが悪そうにツツ、と視線を逸らしてコホンと一つ咳払い。



「さて、行くわよのび太。戻ってくる頃には十分な数になってる筈だしね」



「は、はあ……」



士郎が遠ざかっていく足音を聞きながら、のび太は呆けたように返答するのが精一杯であった。

そして二人は連れ立って部屋を発ち、居間へと向かう。















――――この後巻き起こる、惨劇と大混乱。





それを予見出来ぬまま、部屋を後にしてしまったのである。















「ふう……」



「はぁあ、お腹一杯……あふぅ、ちょっと眠いや」



昼食を終え、スタスタと廊下を歩く凛とのび太。

上質の食事に空腹と食欲が満たされ、気持ちが弛緩しているのか共に表情が緩んでおり、のび太など欠伸を噛み殺している。

士郎の料理の腕が標準以上なのは既に周知の事であるし、食卓の雰囲気も概ね穏やかであった。

まあ実際のところ、昼食の席でちょっとした悶着があったりしたのだが、それは既に述べた通りだ。



「さて、宝石はどうなってるかしらね?」



「大分時間が経ってるからもう十分……あれ? なんか、大事な事を忘れてるような気が……う~ん、なんだったっけ?」



そうこうしているうちに、二人は凛の私室の前へと辿り着く。

そして凛が内側開きのドアに手を掛けて……。



「……あら?」



開けようとしたが、どういう訳か開かなかった。



「凛さん、どうして開けないんですか?」



「いや、開けようとしたんだけど……開かないのよ」



「はい?」



疑問に思ったのび太は凛に近寄ると、代わりにドアを押してみる。

だが、やはり開かない。



「ホントだ、開かないや……なんでだろ? よし、なら……ぐうぅぅぅっ!!」



試しに身体をぶつけるようにして力を籠めて押してみるも、バリケードでも立てられているかのようにピクリとも動かなかった。



「「…………??」」



互いに視線を交わし、揃って首を傾げる。

一体全体どうなっているのか、と二人して考えていると、





「「……ん?」」





何やらヘンな音が耳に飛び込んできた。

『ギリギリ……』とか『ミキミキ……』とかいう、いわば普通の物音とは違う、異音である。

そしてそれはドアの蝶番辺りから聞こえてきており、よくよく観察してみると平面である筈のドアが微妙に外に向かって歪曲しているように感じられた。



「……ねえ、のび太」



「は、はい?」



「気のせいかしら……いや気のせいであって欲しいんだけど……物凄くイヤな予感がね、こう……するのよ」



「…………あぁああああ!!!??」



先程から頭の片隅で引っ掛かっていた事が氷解し、のび太は顔色は心底から『しまった!』と言わんばかりの深刻なものへと変貌した。

鬼気迫る表情の凛に気圧され、のび太は咄嗟に“バイバイン”を引っ張り出した訳だが、お陰で肝心な事をスポンと忘れてしまっていたのだ。

そう……“バイバイン”使用に際してのドラえもんの忠告と、それを無視したがための、あの“悲劇”を。










そして、その時が訪れた。










「「う―――――あああああぁぁぁぁぁ!!???」」










木っ端微塵に吹き飛ぶドア、そして濁流。

まるで津波のようにドアのなくなった長方形の空間から色とりどりの宝石が大量に押し寄せ、二人を押し流した。

それだけでは飽き足らず、宝石の暴流は二人の身体を完全に飲み込み、洗濯機に放り込んだようにもみくちゃに掻き回した後、ドアの向こう側の壁に強か叩き付けた。



「――――ぶはっ!? の、のび太! これはいったいどういう事なの!?」



宝石の中からズボッと顔だけを出した凛がのび太を問いただす。



「――――ぷはっ!? バ、“バイバイン”で宝石が増えすぎちゃったんです!」



続いて頭だけを突き出したのび太がそう返答を返した。



「はぁ!? あれってしばらくしたら効果が切れるんじゃないの!?」



「そんな事一言も言ってませんよ! “バイバイン”の効き目はずっと続きます! 多分、永久に!」



「な、なんですってえええええぇぇ!?」



“バイバイン”は五分毎に倍、倍と物を増殖させていくシロモノだが、この倍々算効果を甘く見てはいけない。

五分、十分くらいならまだいいが、これが例えば増殖に一時間、時間を掛けたとしよう。

五分毎に増える訳だから計算式は『2×2×2×2×2×2×2×2×2×2×2×2』……端的に表すなら2の12乗。

この計算の答えは……なんと4,096となる。

なお、現時点で“バイバイン”を使用して経過した時間は、長めの昼食を挟んでしまったのでたっぷり一時間半近く……正確には一時間二十五分と少々。

この時点でさらに『2×2×2×2×2』を追加して2の十七乗……131,072となる。

そして凛は“バイバイン”を復元した宝石六個すべてに使用したので、最終的にその六倍……すなわち786,432個。

これだけ増えればそこまで広くない部屋の事、飽和状態でパンクしてしまったとしてもまったくおかしな話ではない。

その証拠に、宝石は次から次へと間欠泉のように溢れ出している。



「な、なんで今まで言わなかったのよ!? というか、なんでそんなモノ出したのよ!?」



「い、いやだって凛さんがこわ……え!? う、うわぁっ!?」



「え、きゃっ!?」



その時、宝石の海がうねりを伴って膨れ上がった。

どうやら最後に増殖した時からさらに五分が経過したようだ。

つまり“バイバイン”使用から一時間半が経過したという事……すなわち2の十八乗で262,114。

その六倍で……しめて1,572,864個。

悪夢すら生ぬるいくらいの、文字通り“桁違い”の数である。



「な、流されるっ!!? り、凛さぁぁぁん!?」



「――――やっ!? ちょ、ちょっとのび太、どこ触ってるのよ!?」



「イタッ!? ご、ごめんなさあぁぁぁああい、ってうわあああぁぁぁ!!?」



「あ、しまった……っていやああああぁぁぁっ!?」



いったい凛のどこに触れてしまったのかはさておいて、百五十万を超える宝石の奔流に二人は物の見事に洗い流されてしまう。

増殖の勢いを駆ってその波は衛宮邸のあらゆる部分にまで押し寄せ、すべてを飲み込まんとする。





「ん……うわっ!? な、何だこれ宝せ……だあぁぁぁぁっ!?」





「むぅ……せっかく気分よく眠っていたというのに、何やら騒がしいですね……ってなあああぁぁぁっ!!?」





「ぬ、何かあった……ぬおおおぉぉぉっ!?」





いたる所で上がる、宝石の津波に巻き込まれた被害者達の悲鳴。

バリバリと何かが破れ砕けるような音が響き、ガシャアンとガラスが割れる音があちらこちらで木霊する。

まさにここは阿鼻叫喚の地獄絵図。

衛宮邸の命運は二人の“逆”ファインプレーによってもはや風前の灯である。



「の、のび太、何とかしなさい!」



「な、何とかったって……!?」



「何か増殖を止める方法はないの!?」



「えーと、えぇと……確か栗まんじゅうに使った時は、食べれは増殖は止まったんだっけ!?」



「これ宝石よ!? 食べられるワケないでしょ!?」



そりゃそうである。

本来“バイバイン”は食べ物以外に使用する事はない。

何故なら増殖を止める条件は、対象物体を原形を留めないほどに形を変えてしまう事……つまり食べ物なら食べてしまえばいいからである。

しかし増殖しているブツは宝石……ならば現状で採れる方法は、一つだけ。



「じゃあ……えっと、砕けばいいと思います!」



「成る程! ……って、ちょっと待った! これ、魔力が籠ってるのよ!? 迂闊に壊したら暴発しかねない!?」



頷きかけた凛であったが、慌ててその案にストップをかける。

いいところ二線級であるとはいえ、目の前にあるのは魔力を内包した宝石なのだ。

百五十万個を超えるC4爆弾に埋もれながらハンマーを振り回すバカはいないだろう。

下手すれば自爆どころでは済まないのだ。

だが放っておけば、無限に増殖する宝石が地球を飲み込み、その重量でいずれ重力崩壊を起こして地球を中心にブラックホールが形成されてしまう。

そうなったら聖杯戦争関係なしに『DEAD END』である。



「でもそれしか方法は……ッ? 待てよ……そうだっ!」



突如、のび太に天啓がひらめいた。

これならうまくいく、という確信と共に。



「え、なに? どうしたの!?」



「ここで砕くのがダメなら、別の場所に全部移動させてから砕けばいいんですっ!」



のび太は宝石の海の中で必死にもがいて、“スペアポケット”をポケットから引っ張り出すと、中から一本のペンと拡声器のようなメガホンを取り出した。

そしてペンを使って自分の右手にあった壁に、何事かをブツブツ呟きながら無理矢理身体を動かして大きな円を描いていった。

すると、円の真ん中がポッカリと開いて真っ暗な空間が音もなく、形成された。

のび太はそれを確認すると、今度はメガホンを口元に持ってくる。

そして最大ボリュームに音量を調節し、思いっきり息を吸い込んで『聞く者すべてに届け!』とばかりにこう叫んだ。










「“バイバイン”の影響を受けた宝石達! 君達は『聞き分けのいい、賢い犬』だっ! 今すぐ“ワープペン”で描いた穴の中へ飛び込めっ!!」










その言葉を皮切りに、宝石群が一斉に穴の方へとうねり出した。



「ちょっ!? のび太、何をしたの!?」



「凛さんっ、しばらく堪えててくださいっ!」



波に巻き込まれまいと体勢を低くし、壁と床に張り付くようにして踏ん張る二人。

宝石は土石流さながらの勢いで以て、“ワープペン”で描かれた穴の中へと殺到する。



「イタッ!? め、眼鏡が割れるっ!?」



「アイタッ!? く、くうぅぅ……っ!」



「痛ッ!? い、いきなり宝石が引いていくなんてどうし……え!? ちょ、アッーーー!」



大部分が穴の中へ入り、徐々に密度の低くなった宝石の流れはショットガンの掃射のようにのび太達の身体を叩く。

痛みに涙が出そうになるが各々グッとそれを堪え、宝石がなくなるのをひたすらジッと待つ。

やがてすべての宝石が穴へと飛び込んでしまったのか、穴へと向かってくる宝石の雨がピタリと止んだ。



「凛さん、今ですっ! 『宝石魔術』を使って宝石を爆発させてくださいっ!」



穴の手前で踏ん張っていたのび太は穴に首を突っ込み、近くで身を低くしていた凛にそう指示を出す。

意図が読めずに首を傾げた凛であったが、「早くっ!」と急かすのび太の表情に慌ててキーとなるスペルを紡ぐ。



「Set―――――」



「――――今だっ! それっ!」



のび太は穴からサッと首を引っ込めると、踏ん張っている間に“スペアポケット”から取り出していた消しゴムで穴の線の一部を素早く消した。

すると円でなくなったために穴が瞬時に消失、ただの壁へと戻る。

のび太は数秒間、冷や汗混じりにその壁をジッと見つめていたが、やがて力を抜くと大きな吐息を漏らした。



「お、終わったぁ……」



その場にへたり込むのび太。

凛は膝立ちの姿勢から立ち上がると、のび太の方へと歩み寄った。



「のび太、宝石はどうなったの?」



「太平洋のド真ん中で爆発しました……たぶん、全部なくなったと思います」



「はぁっ? 太平洋?」



素っ頓狂な声を上げる凛にのび太は「はい」と答えると、凛の前に使った道具を並べて説明を始める。



「このペンは“ワープペン”って言って、これを使って目的地を言いながら円を描くとそこに通じる穴が出来るんです。これで太平洋のド真ん中に繋がる道を作って、この“無生物さいみんメガホン”で宝石に催眠術を掛けたんです」



「……この際だから突っ込むのは止めておくけど、催眠術っていうと『聞き分けのいい、賢い犬』ってアレ? それで穴に飛び込むように命令して、宝石が全部なくなったらそれを壊すためにわたしに爆発させたって事?」



「そうです。そしてこっちにまで爆発が来ないように“ワープ消しゴム”で穴を消したんです。ホント、上手くいってよかったです……」



「成る程ね……はぁあ」



納得がいったと同時に、今までの時間がムダに終わってしまった事に脱力感を覚える凛。

元手が壊れた宝石六個なので損こそしなかったものの、このぬか喜び感は尋常ではない。



「まったく……アンタがあんなモノ出すから……」



「だって凛さんが……」



二人が文句をぶつけ合っていると、



「……やはり大元はリンの部屋でしたか」



「あ……セイバー。えと、大丈夫だった?」



「……まあ、怪我はありませんが」



廊下の奥からセイバーが顔を出してきた。

巻き込まれたせいであちこちヨレヨレになっているものの、傷は負っていないようだ。



「いったい何があったのですか?」



「ああ……実はね……」



かくかくしかじか、と凛はセイバーに事の経緯を説明する。

すべてを聞き終えたセイバーは、何とも微妙な表情を形作った。



「いえ、まあ……事情は解りました。理由も一応納得がいきますが……しかしノビタ、何故そんな危険なシロモノをリンに渡したのですか?」



「だって……凛さんが凄い勢いで迫ってきて……壁際に押さえ付けられちゃって……目も血走ってたし」



弱々しく呟くのび太の言葉に、セイバーの表情はさらに微妙な物へと変わった。

そしてそのまま凛を見やるがその目は……どういう訳か、何とも気まずそうに細められている。








「リン……好みは人それぞれですし、それに口を出すつもりもないのですが……老婆心ながら一つだけ。いくらなんでもノビタは――――犯罪ですよ?」








「……え? ――――――はあ!?」



はじめはセイバーが何を言っているのか解らなかった凛であったが、やがて理解が及んだのか顔を真っ赤にしてセイバーに食って掛かった。



「な、なにを勘違いしてるのよ!?」



「……違うのですか?」



「違うわよ! というか、何がどうなったらそんな結論に辿り着くのよ!?」



「いえ、のび太の言葉から察するに、貴女は若いツバメが……」



「そんなワケないでしょ、このボケセイバー! 流石にのび太は守備範囲外よ!」



「……あ、あの~。いったい何の話なのか解らな「アンタは解らなくていいっ!」は、はい……」



凛の剣幕に気圧され、のび太はそれ以上は何も言えなくなった。

こうなったのも、元をただせばのび太の言い回しが甚だアレだったからなのだが……実際にほぼ合っているとはいえ。



「おーい、遠坂……」



「何よ!? って、士郎と……アーチャー」



続いて廊下の陰から現れたのは、士郎とアーチャーであった。

こちらもセイバーと同様ヨレヨレの体だが、むしろセイバーよりもひどいと言えるかもしれない。

アーチャーはオールバックの髪の毛がバサバサにほつれているし、外套の裾のところどころに穴が開いており、ほぼズタズタの状態である。

士郎も服のあちこちが擦り切れており……そしてなぜか右手で尻を押さえている。



「士郎、アンタそれどうかしたの?」



「ん、いや……台所で洗い物してたんだけど、なんか、宝石が一個、スゴイ勢いで飛び込んできてさ。ジーンズの後ろ、突き破られそうだった……」



「そ、そう……」



……どうやら宝石の中に一匹、駄犬が混じっていたようである。

それはさておき。



「いったい何があったのだ? 宝石の波に飲まれたと思ったらいきなり引いていったのだが……」



「ああ、それね……って、二回も説明するの面倒ね。セイバー、説明お願い」



「あ、はあ……」



セイバーは凛から受けた説明をそっくりそのまま、二人に説明する。

そして。





「――――いや……まあ何というか……」



「アイデア自体は悪くないのだが……もう少し物事はよく考えるべきだぞ凛。短慮にも程がある」





話を聞き終えた二人はセイバーと同じような微妙な表情を形作り、凛の方を見やった。



「……もう何とでも言いなさいよ」



先のセイバーとのやり取りで反論する気力も失せたのか、凛はそれだけ呟くと、そのままあらぬ方に目を逸らしているだけであった……。















「……しかしまあ、随分とメチャクチャになっちゃったなぁ」



「ごめんなさい……」



ボロボロになった廊下や部屋を見て回りつつ、半ば感心するように呟く士郎。

その横で、のび太は只管平身低頭していた。

士郎はポンポンとのび太の頭を優しく撫でると、励ますように告げた。



「やっちゃったモノは仕方ないさ。大半は遠坂のせいなんだし、壊れたんならまた直せばいいんだからさ」



「直す……そうだ!」



士郎の言葉にのび太は何かを思いついたように顔を上げると、“スペアポケット”を引っ張り出して中から“復元光線”を取り出した。



「これを使えば簡単に元通りに出来ますよ!」



「……ああ、これが“復元光線”ってヤツか。確かこれで宝石を元通りに復元したんだっけ。……でもこれってバッテリー式じゃないのか? 見た目それっぽいけど、家の中全部直すまで持つのか?」



「あ、そっか……」



士郎の言う事にも一理ある。

衛宮邸は武家屋敷だけあって結構な広さがあり、宝石の津波は内側だけとはいえその大半を破壊していった。

たった一丁の“復元光線”では、全てを復元しきる前にバッテリー切れを起こしてしまうだろう。

かといって手作業で修復や片づけをやっていたのでは、日が暮れるどころの話ではない事も事実である。



「じゃあ……よし、“アレ”で!」



のび太は一つ頷くと再び“スペアポケット”に手を突っ込み、今度は姿鏡のような大きめの鏡を取り出した。

そして下部にあるスイッチを押し、“復元光線”を鏡の前に差し出して姿を映し出すと、





――――鏡の中に手を差し入れ、鏡の中の“復元光線”を外に引っ張り出した。





「「「「――――!?」」」」



揃って唖然とする四人。

が、のび太はそれに気付いた様子もなく、事もなげに鏡から取り出した方の“復元光線”を士郎に手渡す。



「はい、士郎さん」



「……あ、ああ。な、なあのび太君」



「はい?」



「その鏡って……」



「ああ、これですか? これは“フエルミラー”って言って、この鏡に映した物を二つに増やす事が出来るんです。さっきみたいに。これでバッテリー切れの心配もないですよね?」



「え、いやまあ……そうだけど。いや、そうじゃなくてさ」



「へ? ……ああ、やっぱり二つだけじゃ時間掛かっちゃいますもんね。ここは人数分出して、みんなで手分けすれば早く終わりますよね!」



「あ、ああ……いや、そうだけど!」



士郎がさらに何かを言い募ろうとしたが、のび太は既に“復元光線”の映った“フエルミラー”に手を突っ込んでいる最中であったため結局尻すぼみに途切れてしまった。

そして残りの人数分の“復元光線”が複製し終わり、のび太はそれぞれに一つずつ“復元光線”を手渡していった。



「よし、と! それじゃあ手分けして「――――ちょっと待ちなさい!」……はい?」



歩き出そうとしたのび太であったが、急に呼び止められたため足を止め、振り返る。

すると目の前には……。





「――――のぉぉぉびぃぃぃ太ぁぁぁぁぁぁ?」



「――――ヒィ!?」





事の元凶たる凛が、それはもう凄まじい形相でのび太に詰め寄ってきていた。

瞬時にのび太の顔が蒼白に染まり、ガタガタと震え始める。

凛はそんな怯えるのび太の両肩を、まるで万力のような力で以て無造作に掴み上げると、



「どうしてアレを最初から出さなかったのよ!? おかげで貴重な時間が丸々潰れちゃったじゃない!! ええい、わたしの時間と夢と期待を返せええぇぇぇ!!!」



「ぐええええぇぇぇっ!? り、凛さん目がっ、目が回る!? あと肩っ、痛い痛いぃぃいい!!」



ガクガクと物凄い勢いで揺さぶり、不満の丈をぶちまけ始めた。

やられるのび太はたまったものではないが、しかし……傍から見れば恐ろしく大人げない光景である。





「……きっと、リンが“こんな”だったから、でしょうね」


「うむ……」





その横では、セイバーとアーチャーの英霊二人が何かが腑に落ちたように互いに頷き合っていた。










その後、“お詫び”と称して強引にのび太から“フエルミラー”を借り受けた凛が……きっと色々ありすぎて、魔が差してしまったのだろう……事もあろうにお金を複製しようとして、





「あ、言い忘れてましたけど……増やしたものって“鏡に映った状態”で出てきますから……」



「な、なん……ですって……」





“鏡写し”の状態で出てきた一万円札を前に絶望する姿があったとか。

ちなみに“復元光線”は元々左右対称なので、その点ではまったく問題はなかった。





(その“鏡写し”の札をもう一度、鏡に映せば……などとは、告げぬ方がいいのだろうな。為にならんし、凛にはいい薬だろう)





膝を突いて崩れ落ちる己が主を見やりながら、ぼんやりとそんな事を思う弓の英霊であった。










なお、衛宮邸が完全に修復されたのはそれから三時間後であった。















余談であるが、翌日の各社の新聞には、





『太平洋沖で謎の巨大キノコ雲! 某国の核実験か!?』



『国連緊急総会招集! IAEA(国際原子力機関)、調査のため現地へ』



『海底火山の爆発か!? 太平洋沖巨大爆発のナゾに迫る!』






一面大見出しでこんなフレーズの記事が躍り、数週間に渡ってマスメディアを大いに賑わす事となるのだが、





「えっと……元気出してください、凛さん」



「どの口がそんな事言うのよ……」





張本人達はそんな事など知る由もない……。




















――――そして今宵。










五人は、狂戦士へと戦いを挑む。







[28951] 第二十二話
Name: 青空の木陰◆c9254621 ID:90f856d7
Date: 2011/11/13 22:34




「準備はいいわね?」



「……ああ、大丈夫。出来るだけの事はした」



衛宮邸の道場。

その中央に佇むは、のび太・士郎・凛・セイバー・アーチャーの五人。



「勝算はおよそ五分五分……といったところでしょうか。もっとも、こんな目算などあまりアテにはなりませんがね」



「ああ、結果は実際にぶつかってみなければ解らん。そもそもからして、聖杯戦争の闘いすべてが絶対未知数の代物なのだからな。とはいえ、ここまで“事前対策”が整う事など通常ではありえん。その点は少年に感謝せねばな」



「い、いやいや! そこまで大した事はしてませんし……というか、ほとんどドラえもんの道具のお蔭ですし……!」



「まあ、賛辞は素直に受け取っておきなさいな。道具は借り物かもしれないけどアイデア自体はアンタの物なんだし、大したものだと思うわよ」



凛はそう言ってグシャグシャとのび太の頭を乱暴に撫でると、自分の隣に鎮座する“ピンク色のドア”に目をやる。

“どこでもドア”。

一種のワープ装置のようなものであり、目的地を音声や思念などで入力した上で扉を開くと、ドアの先がその目的地に繋がるという道具。

これを使ってアインツベルン城へ殴り込もうというのだ。

普通なら樹海を踏破していかなければならないが、これならばそんな必要もなく一瞬で、しかもダイレクトに辿り着ける。



「じゃ、のび太。お願い」



「は、はい」



凛に促され、のび太は“どこでもドア”の前へと立つ。

そしてドアの取っ手を掴んで後ろを振り返り、四人を一瞥。

全員が頷いたのを確認すると、大きな声で行先を告げる。



「――――アインツベルン城!」



その言葉を合図とし、“どこでもドア”によって空間と空間が接続された。



「「「「「――――――――――――」」」」」



もう一度視線を向けあい、頷き合う一同。

いよいよ、本格的な闘争の場へと突入する。

それぞれがそれぞれの決意を秘め、少ない時間の中でこの敵陣への強行突入へと備えてきた。

他のマスターの動向を監視するため、またこの拠点を守るための『留守居役』も用意した。

そして何より、バーサーカーを打倒するための『対抗策』を練り上げた。

敵は強大、しかし打倒しなければ……乗り越えなければならない相手。

退くも地獄、進むも地獄……ならば前進するだけだ。



「……行きますよ!」



そしてドアノブを捻り、ゆっくりと“どこでもドア”が開かれた。





――――――そこで五人が目にしたモノは。










「――――えっ……?」





「な……ぁ……っ!?」





「……………………」










白い霧。

高温の熱風。

湿り気を帯びた空気がドア側に吹きつけ、一同の頬に潤いを与えていく。

しかし肝心なところはそこではない。





いやにだだっ広いその空間の中心に、いつかの“タイムテレビ”に映し出されていた三人の女性が呆然と佇んでいた。










――――――――その瑞々しい素肌を惜しげもなく、これでもかとばかりに晒した『生まれたままの姿』……すなわち“全裸”で。










「「「「「「「「――――――――……………………」」」」」」」」





ピチョーン、という水音がいやに大きく響き渡った。










そう、ここはアインツベルン城の……『風呂場』である。










「い――――――いやああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」





「お、お嬢様ッ!?」





「……覗き?」





絹を裂くような悲鳴を上げ、両腕で身体を隠すように掻き抱きながら蹲る少女。

主に駆け寄り、要所を腕で隠しながらも主の身を護るように立ち塞がる従者の片割れ。

そしてその豊満な肢体を隠そうともせず、ただただ茫洋とした視線を闖入者達へと向けるもう一方の従者。

先程までの張り詰めた空気はどこへやら、ドアを潜ったこの場はもはやただのカオス空間と化している。





「ちょっ……なんでまたこんなオチなのよおおおおぉぉぉぉぉぉぉ!!?」





拳を握り締め、天に届けとばかりに吼える凛。

その足元には、





「「「…………」」」





頭から煙を立ち上らせる、三人の男の生ける屍が横たわっていた。





「…………、ハァ」





凛に撃墜された男性陣を横目で視認しつつ、今までの緊迫感に満ちたやりとりはいったい何だったのだろうかとセイバーは一人、頭を抱えながら溜息を漏らすのであった。















「「「大変申し訳ございませんでした」」」



「……もういいわよ。気にしてない……訳じゃないけど、こっちも油断してたのは事実だから」



所変わって、ここは城の応接間。

シャンデリアや色鮮やかな絵画で彩られた豪華絢爛な一室の床において、深々と土下座をする三人の男の姿があった。

半ば事故とはいえ風呂場に突入し、嫁入り前の乙女の柔肌を見てしまった事を誠心誠意、眼前の城の主とその従者へ謝罪している最中なのである。

三人の頭部に形作られたコブからはいまだ煙が一筋立ち上っており、その様は痛々しさよりもむしろ滑稽さを感じさせる。

なお、先頭を切って“どこでもドア”の扉を開いたのび太はともかく、凛とセイバーの後ろにいた士郎とアーチャーに関しては湯気と前二人の背中に阻まれ、次いで電光石火の早業で凛に墜とされたためその全容を目撃出来た訳ではない事を追記しておく。



「まったく……“タイムテレビ”の時といい、どうしてこう道具を使う度にお風呂場に辿り着いちゃうのよ」



「ア、アハハハハ……」



横でブチブチと苦言を呟く凛に対し、顔を上げたのび太はただ曖昧に笑う事しか出来ない。

そんなのび太の様子に、凛はほとほと疲れたように眉間によった皺を揉みほぐした。



「それはそうと、貴方がたはお嬢様に勝負を挑まれに来たのですか?」



と、主の座る席の横に控えていたメイドの片割れ……セラが確認するように口を開いた。

表情がやや硬いところを見ると、主が許したとはいえ風呂場での一件についてまだ納得がいっていないのだろう。

ちなみにそれぞれの位置関係は、縦に長いテーブルを挟んで上座にイリヤスフィールとその傍らにメイド二名、向かい側の下座にのび太達五人が着席しているといった形である。

あんな最低な来訪であったにも拘らず、一応は客として扱われているようで五人の前には紅茶を張ったソーサー付のカップが置かれていた。

きっとそうでもしないと何ともならないような、甚だ微妙な空気だったのだろう。



「……一応、ね」



「正確には殴り込み……といった形になるのですが、ね。思わぬ事態にほぼ頓挫してしまいましたが」



「殴り込み……。『オジキのカタキじゃあ、生命(タマ)取ったらぁ』?」



「……リーゼリット、アナタどこでそんな言葉を覚えたのですか?」



「テレビ」



「…………、コホン。それはともかく」



やや天然の入ったメイド……『リズ』ことリーゼリットによって再び弛緩しそうになる空気を誤魔化すようにセラは咳払いすると、



「お嬢様、いかがなされますか?」



己が主へと視線を向けた。

イリヤスフィールはほんの少しだけ宙に視線を投げると、



「そうね……まさかこんなに早くお兄ちゃん達が仕掛けてくるとは思わなかったけど、丁度良かったかも。いいわ、勝ったらお兄ちゃんを貰うわね」



「はあっ?」



にこやかな顔でそんな事を告げてきた。

当然、いきなり身柄を貰い受けると言われた士郎とのび太の目は点になる。



「ちょっと待て。なんでそんな話になるんだ?」



疑問をぶつける士郎に対し、イリヤスフィールは笑みを崩さぬまま口を開く。



「わたしが聖杯戦争に参加した理由のひとつがお兄ちゃんだもの。だからあの時も死なないように、忠告してあげたの」



「『あの時』? ……あっ、もしかして何日か前、家の近くで早く呼び出せって言った子は……!?」



「そう、わたし。……って、今頃気づいたの?」



呆れた、と言わんばかりの表情を晒すイリヤスフィールに、士郎はバツの悪そうな顔をする。

一応言い訳させて貰えるのならば、あの時はまだ何も知らなかったのだ。

聖杯戦争の『せ』の字すらも。

察しろという事自体、無理な話である。



「……すまん。でもどうして俺の身柄なんて欲しがるんだ? 俺と君にはなんの関わりもない筈なのに「あら、関わりならあるわよ」……え?」



虚を突かれたように士郎はイリヤスフィールに下げていた視線を向けるが、その途端、妙な悪寒に襲われた。

士郎を見るイリヤスフィールの視線が、どこかしら寒々しく、また異様な揺らぎのあるものに変わっていたからだ。



「お兄ちゃんがエミヤキリツグの息子だから、関わりはあるわ。それも、物凄く近しい関係が」



「……爺さんの息子、だから……だって!?」



目の前の少女から父親の名前が出てきた事に、士郎は混乱した。

何故ここで衛宮切嗣の名前が出てくるのか、皆目見当もつかない。

動揺に突き動かされるまま、士郎の口は勝手に言葉を紡ぎ出していた。



「それっ、どういう意味なんだ!? どうしてそこで爺さん……親父が!?」



「フフ……さあ、どうしてかしら? ――――知りたかったらシロウ、わたしのモノになりなさい」



底冷えするような眼力と共に、イリヤスフィールは士郎に命令を叩き付ける。

見た目はのび太と同じくらいの子供……しかし放たれる威圧感はある意味英霊と遜色ないと言えるほどの物だ。



「……ッ!?」



もはや先程までの弛緩しかけた空気は微塵もない。

例えるなら冷淡にして妖艶……そんな妙な二面性を帯びたプレッシャーに士郎は一瞬気圧される。

年端のいかない身であるにも拘らず、いったい何をどうすればここまで凄まじい物が身につくのか、士郎には解らない。

しかし、士郎にも譲れない物があるのだ。



「――――断る! 俺はのび太君と約束をした! その約束を果たすためにも、イリヤスフィール……いや、イリヤ! 君の要求は飲めない! 君こそ、聖杯戦争から降りるんだ!」



「……へえ。どうしてわたしが聖杯戦争から降りないといけないのかしら?」



プレッシャーを跳ね除け、この戦争から降りろと告げた士郎にイリヤスフィールは眉を顰める。

どういった意図でそんな事を言うのか……イリヤスフィールにはおおよそ見当がついていたが、それはあまりにも自分をバカにしているように映ってしまう。

言った本人は大真面目かつ本気なのだろうが、しかしイリヤスフィールとて伊達や酔狂でこんなイカれた戦争に首を突っ込んでいる訳ではないのだ。



「君みたいな……良くも悪くも真っ白な子が、こんな事をしているのは間違ってる。だから、出来るなら令呪を破棄して、この戦争から降りて欲しい」



「……それ、隣にノビタがいるのに言えるセリフかしら?」



「ッ!? そ、それはっ……」



痛いところを突かれ、士郎は言葉に詰まる。

確かに小学生であるのび太が参加しているのに言えた義理ではない。

しかものび太は事情があるとはいえ、本来ならマスターどころか魔術師ですらない生粋の一般人なのだ。

どちらの言葉に説得力があるのか、火を見るよりも明らかである。

……しかしそこに、





「――――あ、あの! ……出来れば僕も、降りて欲しいかなぁって、思ったり、思わなかったり」





他ならぬのび太が口を挟んだ。

すかざすイリヤスフィールの細められた目がのび太に向かって突き刺さる。

若干それに怯えを見せつつも、のび太は自分の意思を口にする。



「その……あの時は必死だったから何も感じなかったんだけど……改めてこう、向かい合ってみると……なんか、しずかちゃんとケンカしてるみたいで、イヤなんだ」



「……シズカって、誰?」



「僕の友達」



「…………」



イリヤスフィールの眉間の皺が、先程よりもやや深くなった。

無理もない。

ガールフレンドとケンカしているみたいだから争いたくないなどと、あまりにもふざけている。

士郎の言葉でただでさえ冷え始めていた空気がこのやり取りで一気に凍り付き、張りつめた糸のような緊張感がこの場を支配する。



「…………」



「…………」



テーブルを挟んで火花を散らす、イリヤスフィールと士郎……あと一応のび太も。

凛とセイバー・アーチャーは静観を決め込んで口を挟まず、セラとリズは意思を主に委ねきっているのか沈黙を保ったまま主の隣に控えている。

空気が軋み、物音一つしない沈黙が息苦しさを誘う。

……しかしこの極限の状況は。



「――――ハァ、まあいいわ。それじゃこうしましょうか」



白の少女の妥協によって、唐突に終焉を迎えた。





「勝負に勝った方の言い分を採る……元からお兄ちゃん達は闘うつもりでここに来たんでしょう? それでいいわね?」





その有無を言わさぬ眼光に、士郎は悟った。

これ以上のやり取りは無意味であると。





「……やっぱり、それしかないのか。まぁ、イリヤが戦争から降りるには、悪いけどバーサーカーには退場して貰わなきゃいけない訳なんだし……解った、そういう事にしよう」















再び場所は変わって、城の外にある森。

森といっても葉が鬱蒼と茂っている訳ではなく、季節の関係で葉の落ちた巨木があちらこちらに乱立している、所謂枯れた森である。

魔術師の大家であるアインツベルンが城を建てている事からして昼間ですら、ある種の魔境と言っても差し支えない程の妙に薄気味悪い森なのだが、時刻が夜ともなればその異様さには更に磨きが掛かっている。

そんな城からさほど離れていない森の只中に、二組の陣営が佇んでいた。

無論、イリヤスフィール主従とのび太達である。



「さて、準備はいいかしら?」



「……質問に質問で返すのも何だけど、アナタはバーサーカー一人なの? こっちはマスター含めて五人いるんだけど」



凛の疑問にイリヤスフィールは首肯する。

己がサーヴァントである狂戦士に全幅の信頼を寄せた笑顔で。



「……後ろの二人は?」



「見物させてるだけよ。あのまま城の中に残しておくのも何だし、戦闘能力も一応あるけど手出しは一切させないから。必要ないもの。いいわねセラ、リズ?」



「お嬢様の仰せのままに」



「うん」



主の左右数歩後ろで下知に頷く従者二名。

そんな二人を見やったまま、凛は更に言葉を繋げる。



「わたし達はここにいる全員で掛かるけど、文句はないわね?」



「ええ。でも実際、戦力になるのってセイバーとアーチャーと、あとヘンな道具を使ってるノビタくらいかしら? リンの宝石はバーサーカーには効かなかったし、お兄ちゃんは問題外だもの」



「……その余裕がいつまで続くかしらね?」



イリヤスフィールに聞こえないくらい小声で凛は呟くと、背後に佇むアーチャーに目をやり、視線で指示を出す。

弓兵は無言のまま首肯すると踵を返し、そのまま後ろへ向かって走り出した。

そして約十秒後、アーチャーからの念話が届いた凛が残る陣営のメンツに向かって首を縦に振った事で、おおよその前準備が整った。





「もういいみたいね。じゃあ……バーサーカー!」



「――――――■■■■■■■■■■■■■■■ーーーーー!!」





命令とほぼ同時に、彼女の左前方に現れた狂戦士・バーサーカー。

虚空に向かって気炎を上げるその様は、バーサーカー自身の血の猛り具合を表しているかのようだ。

早く戦いたい、殺し合いたいと。



「……いい気迫ですね」



「そうね」



しかし“この程度”で去勢されている場合ではない。

これは勝負の前の、いわば軽いジャブのような物だ。

このくらい軽く流せないようでは、このバケモノと闘り合う事など到底不可能である。





「……くっ!?」



「……ぅう、やっぱりちょっと怖い……!?」





「……アンタらねぇ、もう少しシャキッとしなさいよ。特に士郎、色々と力入りすぎよ」



――――いやまぁ、一部例外もいたりはするが。

言い訳させて貰えるなら、単にコイツらはエンジンが掛かっていないだけである。

初めてバーサーカーと対峙したあの夜も一応士郎は平静を保てていたし、のび太に至っては言わずもがな。

スイッチが完全に切り替わっていない今は、とりあえずこんなモノである。



「さて、相手は誰からかしら? やっぱりセイバー? それとも一度にかかってくる?」



したり顔でそう言ってみるイリヤスフィールであったが、やはり最初はセイバーが来るのだろうなと頭の片隅で考えていた。

セイバーが先鋒で組み合い、アーチャーが後方から援護射撃を行い、のび太が道具を使ってその間で遊撃を行う。

あの夜と同じ、スリーマンセルの戦闘方式。

戦術的にも戦力的にも、それが最も効率がいい。

だから今回も、おそらくその手で来るだろうとイリヤスフィールは予測していた。

人員的にあと二人ほど余っているが、はっきり言って士郎と凛はほぼ戦力外だ。

特に士郎はあらゆる意味で役立たず。

魔術の一つもロクに扱えない半人前以下の魔術師であるし、この場にいるにはあまりに場違いすぎて逆に異彩を放っている。

そういった点で見ればのび太も違和感ありありなのだが、あの夜の活躍を目にしてしまっている以上はそこまで奇異には映らない。

いや、見た目魔術師ですらない、ただの小学生でありながらバーサーカーと渡り合うという点で言えば奇異どころかむしろ異常なのだが……。



(……やっぱり、どうにも読みきれない存在なのよね、あのノビタって。バーサーカーが警戒するのも解る。ある意味未知数の塊だもの)



肝は言うまでもなくあの正体のよく解らない、不思議な道具類。

いったいあれらがどういったシロモノなのか、イリヤスフィールは非情に興味がひかれたが敵である以上は特A級の警戒対象でしかないと、今は意識を割り切っている。

バーサーカーもそれを重々承知しているようであの夜以来、本来なら取るに足らない存在である筈ののび太に対して、本能的な警戒心と執着心を抱いていた。

戦闘において、判断のつきかねる不確定要素ほど厄介な物もないからだ。

きっと主からの戦闘開始の下知が下れば即座に不確定要素を潰さんと、真っ先にのび太に向かって吶喊していく事だろう。



(……ま、それはともかく今は目の前に集中ね。『狂化』状態のバーサーカーなら、あの時のセイバーでも絶対に負けない)



そう意気込むイリヤスフィールの目の前で、凛とのび太が距離を取り始めた。



「……いいわね、手筈通りにいくわよ」



「は、はい」



「……了解です」



そして当初の予想通り、セイバーが先鋒として前方へ……。





「――――え?」





出てこなかった。

なんとバーサーカーと真っ先にぶつかり合うと思われたセイバーが、凛・のび太と一緒に後方へと下がり始めたのだ。

これにはイリヤスフィールも面食らった。



「――――えっ!? ちょっと、どうしてセイバーも下がっちゃうの!?」



「……これも作戦よ。大丈夫、アンタの戦術予測は大体あってるから……じゃ、頼むわよ?」



意図が解らず混乱するイリヤスフィールを余所に、凛がそんな言葉を口にする。

そして一歩一歩、バーサーカーへと近づいてきたのは……。





「えっ――――冗談でしょ?」





「――――冗談なんかじゃない。バーサーカーの相手は俺だ、イリヤ」





戦力として論外である筈の、士郎であった。

歩み寄る士郎を視界の中央に収めながらも、イリヤスフィールの思考はますます混乱の色合いを増す。

アーチャーがこの場を離れ、遠くへ移動した……弓兵である以上、それは理解出来る。

凛達が距離を取った……これも解る。

だがセイバーが前面へと出ず、代わりに士郎がアタッカーとして突出するというのはどう考えても解らない。

凛の言葉の込められていたものや士郎の様子からして、これがブラフだという線はおそらくない。

本気で士郎はバーサーカーと組み合うつもりなのだ。



(……でも、そんな事出来る筈がない)



士郎は一つの魔術すらろくすっぽ扱えない魔術師で、再三言うがその力などまずお話にならないレベルだ。

そもそもからして、人間(マスター)が英霊に挑む事自体、狂気の沙汰以外の何物でもない。

バーサーカーとまともにぶつかり合えば、数秒と持たずにミンチにされる事請け合いである。

それは向こうも解っている筈。

ならば何故……、と思考が堂々巡りを始めようとしたところで、





「……馬鹿みたい」





イリヤスフィールは葛藤を切って捨てた。

考えたところで何になる。

自分はただ、己がサーヴァントの圧倒的な力を信じるのみ。

『ヘラクレス』を召喚したあの時、そう決めたではないか。





「狂いなさい、バーサーカー」



「■■■!? ……■■■■■■■■■■■■■■■ーーーーー!!」





イリヤスフィールの呟きと同時に、バーサーカーが咆哮を上げる。

それは先程のようなものではなく、まるで狂気と殺意以外を削ぎ落としたかのような、いっそ寒々しいまでに禍々しいものであった。



「なるべくお兄ちゃんは殺さないようにね……じゃあ、やっちゃって」



そして完全に光の掻き消えた双眸で以て敵対者達をねめつけると、荒々しく唸りながら右手の斧剣を振り上げ、凄まじいスピードで吶喊を仕掛けてきた。



「速ッ!? ……ちっ、やっぱりあの時はまだ『狂化』してなかったのね。士郎!」



「ああっ!」



凛の声に反応した士郎は、向かってくるバーサーカーから視線を外さぬまま徐にポケットに手を突っ込み、中から何かを取り出した。

それはどこかで見たような白い袋状のブツ……士郎はその中に右手を入れると、袋の中で何かをグッと握りしめた。

『白い袋状のブツ』が何かは……勘のいい方はお分かりであろう。

そう、このブツは“スペアポケット”だ。

といっても、これはのび太の物を拝借したという訳ではない。

事実、このポケットの四次元空間に入っているものはたった一つだけなのである。

いわばこの“スペアポケット”は――――『鞘』なのだ。



「■■■■■■■■■■■■■■■ーーーーー!!」



聞く者の心胆を寒からしめるような狂声と共に、振り翳された斧剣が士郎の脳天へと振り下ろされる。

士郎はその軌跡をジッと見据えたまま、スッと腰を落とし身体を内に捩じり込むと、





「――――『同調・開始(トレース・オン)』ッッ!!!」





力強く一歩を踏み出し、言葉と共にポケットの中の右手を下から上へと、斧剣目掛けて掬い上げるように思い切り振り抜いた。

ガギリッ、と重い物同士がぶつかり合う、やたら鈍くて硬質な音が辺りに響き渡る。

そしてその一瞬の後、





「■■■■■■■■■■■■■■■ーーーーー!!?」





「――――えっ!?」





バーサーカーの巨躯が、煽られるように仰(の)け反った。

直後にドウゥンッ、という重く鈍い振動が広がり、渇いた地面から砂塵がもうもうと舞い上がると二つの人影を中へと覆い隠す。



「……■■■■■■■■■■■■■■■ーーーーー!!」



砂煙の中で、バーサーカーは即座に崩された体勢を元に戻すと一旦距離を置くため、バックステップを踏んで煙を抜け、後方へと下がる。

そして士郎は、



「……ふぅ。何とか、上手くいったか。よっ、と」



煙の中で踏み出していた足を戻し、どこかホッとしたような声でそんな事を口にした。

サア……ッ、と一陣の風が吹き、土煙を吹き散らすと同時にガシャン、と鉄が何かにぶつかるような異音が響き渡る。

そこには、










「これで冗談じゃないって解っただろ、イリヤ。――――さあいくぞ、バーサーカー! お前の相手は俺だ!!」










――――二メートルは優に超えようかという『大剣』を肩に担ぎ、その全身に闘志を漲らせ佇む士郎の姿があった。





両の手にはゴムで作られたような『手袋』を身に着け、右の肩に乗せた『大剣』は空に向けた片方のみが、片刃剣特有の優美な弧を描いている。

士郎が“スペアポケット”から居合の如く抜き放った、およそ常人には到底振り回し得ない程の巨大な片刃剣。

バーサーカーを仰け反らせた事からして、狂戦士の持つ岩の斧剣と遜色ないほどの重量と質量を持つであろうことは想像に難くなく、またそれは確固たる事実でもある。

そんな斬馬刀の如き異形を成した剛剣の銘を、のび太達は便宜上こう呼称している。















――――『大・電光丸』と。










[28951] 第二十三話
Name: 青空の木陰◆c9254621 ID:90f856d7
Date: 2011/11/27 00:00



『さて、バーサーカーと対峙するのはいいとして、問題はどう戦うべきか……。地の利はあっちにある訳だし』



『ん? あの時みたいなスリーマンセルじゃダメなのか?』



『ダメとは言わないけど、同じ戦法が二度も通用するほど聖杯戦争は甘くはないの。やるならまったく新しい隊形を組むか、敢えて同じ方式で挑んで奇策を仕掛けるか……どっちにしろ、どこかしら新しいものを組み込まないと、あっという間に向こうの優勢になっちゃうわ』



『正論だな。とはいえ、我々の場合は役割がほぼ固定化されてしまっている。隊形を組み直す、というのはいささか無理があるだろう』



『へ? それって、セイバーさんが剣士でアーチャーさんが弓兵さんだから、ですか?』



『ええ。サーヴァントである私達はクラスによって得意とする間合い(レンジ)がはっきりしています。剣の英霊である私では遠距離戦を行う事は不可能ですし、弓の英霊であるアーチャーでは接近戦は不利です』



『実のところ、接近戦が出来ない訳ではないのだがな。しかし接近戦を本職とするセイバーには遠く及ばん。それにバーサーカーも接近戦が本領だ。それらを踏まえて考えれば、やはり前回の戦闘時の役割分担が最も効率がいい』



『セイバーがアタッカーとして突出。アーチャーが後方から弓で支援して、のび太が遊撃といった形ね。わたしは……ん~、どちらかといえば遊撃の側かしら?』



『え、あの、俺は?』



『……。へっぽこはオマケでわたし達の側。とにかくジャマにならないようにしてるのが至上命題。アンタが死んだらセイバーも終わり。ついでにわたし達も『THE END』なんだし』



『…………あー、なあ遠坂。俺って、結局何なんだろうな?』



『セイバーのマスターでしょ? それ以外は論外の』



『……泣いてもいいよな?』



『好きになさい。でもフォローは期待しない事ね。ここにいるメンツの中で役立たずなのは動かしがたい事実なんだし』



『…………』



『――――まあ、小僧の存在意義はさておくとしてだ。まだ問題はあるぞ。主にアタッカーの側にだが』



『む、私に……ですか?』



『うむ。奴の宝具とも絡んでくる話なのだがな。あの夜、君は君の宝具である剣でバーサーカーのく……あー、バーサーカーに一撃を入れて斃しただろう? その結果、セイバーの斬撃が通用しなくなっているかもしれんのだよ』



『へ? どうしてですか?』



『奴の宝具である『十二の試練(ゴッド・ハンド)』……その特性の一つに一度受けた攻撃については耐性を得るというものがある。その点に引っ掛かる可能性があるのだ』



『……つまり一度斃してしまった以上、私ではバーサーカーと切り結ぶ事は出来ても斃す事は出来ない、と?』



『可能性の話だがな。しかしこればかりは実際に試してみる、という訳にはいかん。そういう前提で話を進めていかねばなるまい。奴を確実に滅するには十二回……いや、一度斃しているから十一回か……それぞれ異なる手段で斃すか、一度の攻撃で複数回、耐性を得る前に命を断つか。いずれにしろ、打倒手段の数こそが鍵となってくる』



『成る程ね……。ちなみに、アンタだったらアイツを何度斃せる?』



『……ふむ。計算上、おそらく二度。いや、状況によっては三度か。これは一度で複数回命を断つという、後者の手段にあたるがな。しかしそれを行うには“溜め”に少々時間が掛かるのと、諸々の都合により成功如何を問わず、一回こっきりしか使えないという制約がつく』



『へぇ、意外な返答。ま、詳細は後で聞くとして……わたしも後者の手段でいける手が一つあるわ』



『え、本当か遠坂?』



『まあね。予想はつくかもだけど、これも後でね。――――でも、やっぱり手数が少ない事に変わりはないわね。それに……万全を期すなら反撃の隙を与えずにたたみ掛けて斃す、超短時間の波状攻撃が攻略法としては理想ね』



『そうだな。……となると、やはりアタッカーの問題をどうにかせねばなるまい。バーサーカーを身一つで喰い止め、あわよくばヤツの命を削る命懸けの防波堤役だが……候補が、な』



『そうねぇ。セイバーしか適役がいないってのはねぇ……うーん、いっそ――――士郎がやるとか?』



『――――はぁ?』















――――以上の会話は、五人がアインツベルン城に殴り込みをかける数時間前のやり取りである。
衛宮邸の道場にて作戦会議を行っていた五人の対バーサーカー戦対策は、こうして練り上げられた。
その中で話の一番のネックとなったのは“前衛”……バーサーカーと直接ぶつかり合う役であるアタッカー。
セイバーの代わりに士郎をアタッカーに据えるという凛の発言は、話の合間についポロッと漏れた半分冗談のようなものであった。
……あったのだが。





「――――おおおおぉぉぉぉっ!!」





「■■■■■■■■■■■■■■■ーーーーー!!!」





「ウソ……!? なんで、どうしてお兄ちゃんがバーサーカーと張り合えるの!?」


現状はご覧の通りである。
己が身の丈以上の大剣を軽々と振り回し、士郎は猛る狼の如き気迫と共にバーサーカーと真正面からぶつかり合う。
破城鎚の如き斬撃を弾く事一合、二合、三合四合五合。
剣同士が接触する度に火花が迸り、闇夜の中に互いの姿を刹那の間照らし出す。
バーサーカーの振るう岩の斧剣を物ともせず、一歩も退かずに切り結ぶその様からはとても戦力外の烙印を押された者と同一人物だとは到底思えない。
狂戦士の主たるイリヤスフィールは驚愕を通り越して既に頭が混乱し始めている。
さもありなん。いったい何がどうなればこんな冗談みたいな事が起こりうるのかと、誰だって我が目を疑ってしまうであろう。


「……今のところは大丈夫、みたいですね。士郎さん」


「はい。ですが、これははっきり言って予想以上ですね。まさか本当にバーサーカーと拮抗出来るとは……。まあ、実際にシロウは私ともまともに切り結べたのですから、当然と言えば当然かもしれませんが」


「……まったく、のび太の道具も大概よね。ホント、のび太が敵じゃなくてよかったわ」


後方で両者の激突を見守りつつ、語り合う遊撃組の三人。
凛の冗談にGOサインを下すきっかけとなったのは、遊撃組のメインであるのび太のポツリと漏らしたこの一言であった。



『いやでも、うーん……もしかしたら、“アレ”とか使ったらいけるかも……?』



不可能を可能とする程の道具を数多(あまた)持つ、他ならぬのび太からのその言葉を皮切りに、士郎をアタッカーとするための強化案が練られる運びと相成った。



『いや、それは……』



『どうかと思うが……』



勿論、異論も英霊組を中心に出はしたものの、まあとりあえず試してみましょうよ、というのび太の言葉に折れる形でその火蓋が切って落とされた。
まずは何といっても『武器』。
バーサーカー相手に素手で立ち向かう程愚かな事もない以上、これがない事にはまず始まらない。
とはいえ、士郎が扱えるような武器といえば木刀か、さもなくば穂群原の部活で嗜んでいた弓くらいである。
『剣』と『弓』といえばセイバーの不可視の剣とアーチャーの黒弓だが、どちらも二人の主要武装である以上、貸与する訳にはいかないし、士郎が扱いこなせるとも到底思えない。
凛に頼もうにも、凛が持っている武器といえば魔術的儀礼用の短剣である『アゾット剣』くらいしかないため、必然的にのび太のひみつ道具に頼らざるを得なかった。
だがのび太の持つひみつ道具の武器類……実は意外なほど数が少ない。
その中で士郎にも扱える武器と言ったら、



『ん~、“名刀・電光丸”くらいかな……?』



レーダー内蔵で自動反応、たとえ素人が扱ったとしても達人と互角に渡り合える“名刀・電光丸”しか該当する物がなかった。
しかしながら、



『……うーん、でもそんなチャチな刀でバーサーカーに対抗出来るの?』



“スペアポケット”から出した“名刀・電光丸”の実物を見ながら説明を聞いていた凛の言葉に、一同は再度唸った。
どれだけ高性能な刀でも、たかが日本刀一振りではリーチも質量も圧倒的にバーサーカーが有利である事実は変わらない。
特に質量差はかなりの難題で、物理法則的に覆しようがない項目なのだ。
体重の軽い者と重い者同士が戦うのならば、当然ながら体重の重い者の方が有利である。
体重を上手く掛ければ攻撃の一撃一撃に威力がより乗るし、重心も軽い者と比べてかなり安定している。
ボクシングで体重によって階級が厳密に区別されているのもこのためである。
実際、のび太もバーサーカーと対峙した際に多分通用しないだろうと“名刀・電光丸”に対して見切りをつけていたので、このままではいけないと承知していた。
そこで、



『多分、ムリです。――――だから、“名刀・電光丸”をバーサーカーに対抗出来るように“改造”すれば!!』



のび太はつい先程閃いたアイデアを基にして、対バーサーカー戦仕様の“名刀・電光丸”へと作り変えるための改造へと着手した。
そしてやにわに“スペアポケット”から取り出したのは“ビッグライト”、“のびちぢみスコープ”、“デラックスライト”の三つのひみつ道具。
まず“ビッグライト”を使って“名刀・電光丸”を二メートル弱程度にまで巨大化させ、次に“のびちぢみスコープ”を装着してスコープの筒先をいじり、細い刃の部分を太くし大きくなりすぎた鍔(つば)や柄の部分を細くする。
しかしこのままでは内部の機械部分が作動しないか、もしくは誤作動を起こす可能性があるので、“デラックスライト”を照射して手を加えた“名刀・電光丸”をグレードアップし、機能や重心・重量バランスを強化・最適化させると同時に内部を今の形状に適合するよう調整した。



『――――っよし、出来た!』



『『『『…………』』』』



こうして生まれたのが強化型“名刀・電光丸”……通称『大・電光丸』である。
バスタードソードのような幅広の刃を持つ、刃渡り六尺超えの重厚長大な日本刀。
バーサーカーの獲物である斧剣と遜色ない重量と間合いを兼ね備えた、まさに規格外の刀である。
だが誇らしげに『大・電光丸』を見やるのび太の周囲から、



『『『『――――どうやって振るんだ、これ?』』』』



『――――――えっ?』



という、あまりに的確すぎるツッコミが入るのにさほど時間は掛からなかった。
『大・電光丸』の超重量と長大な刀身はどう考えても扱う人間を選ぶ。
この中で扱える者はと言えば、間違いなく英霊組だけである。
しかしアーチャーではおそらく何とか振る事が出来るくらい、セイバーですら身長の関係で取り回しに四苦八苦する事になるだろう。
強力な武装である事は間違いないが、士郎が扱えなければ無用の長物である。
……だが、そこは道具の応用に定評のあるのび太。



『え~っと……これを付ければ多分、振り回せると思います』



きちんとそこまで計算していた。
訝しむ四人の前で“スペアポケット”から取り出したのは、ゴム手袋のような見た目をしたひみつ道具、“スーパー手ぶくろ”。
これを装着した者は怪力を発揮出来るようになるという手袋である。
そして実際にのび太が“スーパー手ぶくろ”を装着し、『大・電光丸』を掴んで軽々と、まるで道端の棒切れをちょっと拾いでもするかのように持ち上げた際、四人の顔が一斉に驚愕に染まったのはご愛嬌。
さらに物は試しにと不可視の剣を構えたセイバーと二つのひみつ道具を身に着けた士郎が立ち会ったところ、セイバーの繰り出した本気の斬撃を、士郎によってぎこちなく振り回された『大・電光丸』がすべて受け切った事で四人が更なる驚愕に叩き込まれ、英霊組が士郎の前衛役を不承不承ながら承諾したのは甚だ余談である。
勿論、万一セイバーが士郎を傷付ける事のないように、士郎には別のひみつ道具による“対策”が施されていた事をここで追記しておく。



『これでどうですか!?』



『……うーん、セイバーと渡り合えるくらいなら確かに及第点いってるけど、わたしとしては何かもう一押し欲しいところなのよね』



そう漏らした凛が念には念をと提案したのが、『大・電光丸』に『強化』魔術を施す事。
へっぽこ魔術師たる士郎が唯一扱える魔術であり、科学と魔術のハイブリットという魔術師から見れば甚だ常識外れの手段によって手札を強化しようという事だった。
だが問題は士郎自身の『強化』魔術成功率。
わずか1%にも満たない成功率ではお話にならないどころの騒ぎではないので、これを機会に士郎の魔術スキルの向上も先達たる凛主導の下、行われた。



『おっ、おい遠坂ちょっと待て!? その明らかにアヤシイ色をした宝石は何なんだ!?』



『ああこれ? わたしのとっておき、魔術回路開発用の一種のブースターよ。大丈夫、毒じゃないから。むしろ毒より……まあいいか。感謝しなさいよ、これってかなりの貴重品なんだから』



『待て待て待て! 『毒より……』何なんだ!? 気になるだろ!? っておい、アーチャーお前何他人(ヒト)の身体勝手に押さえつけてるんだよ!?』



『……他ならぬ主からの厳命なのでな。安心しろ、骨は拾ってやるぞ? ……扱いは保障出来んが』



『この野郎、薄笑い浮かべて何言ってやがる……!? いつかの腹いせのつもりかってあがががっ、ふ、ふひほひはへふは(く、口こじ開けるな)……ほ、ほうはは(と、遠坂)、ほっほはへ(ちょっと待て)! ほひふへ(落ち着け)、ははへはははふ(話せばわかる)……!?』



『……腹括りなさい、死にゃあしないから。ふんっ!』



『は、ぐ……っ、ぐぎゃああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっっ!!!!』



……とまあ、このような悲喜交々(ひきこもごも)のやり取りもあったりしたものの、結果的に士郎は心身共にボロボロになりながらも何とか『大・電光丸』に『強化』魔術を施す事に成功した。
『強化』の前段階である『解析』を行った際、既存の科学技術を超越したひみつ道具を前に士郎の頭がパンクしかけるなどかなり手間取りはしたが、元々武器的に相性がよかったのか『解析』が済んでしまえば『強化』は比較的すんなりとうまくいった。
1%以下の成功率がまるで嘘のように。
凛辺りがその点に首を傾げていたが、当座の目標が達成された事には概ね満足していた。
ただ、試みに他の物に『強化』魔術を施したら当然のように失敗してしまった事については頭を悩ませていたが。
完全習得とまではいかない結果に終わったもののそれはさておいて、これで『大・電光丸』は『強化』魔術によって更にあらゆる性能が強化される事になり『大・電光丸+(プラス)』とでも呼ぶべきシロモノとなった。
開戦当初に『大・電光丸』を“スペアポケット”から引き抜いた時に士郎が己のマジックスペルを詠唱したのは、『大・電光丸』に『強化』魔術を施すためであった。
当然、事前に装着していた“スーパー手ぶくろ”によって魔術行使が阻害されるといったような凡ミスは犯していない。
その辺は凛がこれでもかとばかりに徹底していたし、そんな事をしようものなら士郎はバーサーカーと闘わずして既に亡き者にされていたであろう……。















「くっ……解ってたけど、やっぱり早々簡単にはいかないか!」


「■■■■■■■■■■■■■■■ーーーーー!!!」


バーサーカーと鍔迫り合いながら、士郎はそう悪態を吐く。
気力も闘志も十分。戦闘が始まる当初までの気負いも失せ、バーサーカーの狂気の気迫も物ともせず、むしろそれを当然の事のように受け流す余裕さえある。
怒涛の如く押し寄せる岩の斬撃の嵐を、士郎は『大・電光丸』の導くままに逸らし、弾き、受け流す。
傍目から見れば、士郎の太刀はバーサーカーと拮抗しているように映っている事だろう。
しかしながらちょっと戦闘の機微の解る者から見れば、明らかに士郎が攻めあぐねているように見えるのだ。
そしてそれはどこまでも正しい。


「ちぃ……っ! こっちの攻撃が、入らない!」


原因は偏に積み重ねてきた経験の差と、“名刀・電光丸”の特性にある。
“名刀・電光丸”は確かに自動反応……つまりオートの最適解で刀そのものが動いてくれるわけだが、それは使用者を傷付けようとするものが向かってくる場合だけである。
早い話が、防御や迎撃に関しては完璧に対応してくれるものの、使用者がいざ攻撃に移った時はオートで動いてくれないため使用者自身が刀を操らなければならないのだ。
実際問題、『大・電光丸』を握り締めた士郎はセイバーとも互角に切り結ぶ事が出来たが、セイバーに一太刀入れる事は終ぞ出来なかった。
拙い攻撃の悉くを捌かれ、逆にカウンターを入れられたくらいである……勿論カウンターに対しては『大・電光丸』がちゃんと機能してくれはしたが。
百戦錬磨のバーサーカーに対抗するのが一般人に毛の生えた程度の地力しかない士郎では、こうなるのもむしろ自然な流れなのである。
……ところで、お気づきであろうか?
どうして士郎に、バーサーカーを相手取っての鍔迫り合いの最中に悪態を吐けるだけの精神的余裕があるのか……その違和感に。
そもそも『大・電光丸』と“スーパー手ぶくろ”によって、どれだけ戦闘能力が向上したからといってもその効果はメンタルにまでは及ばない。
それなのに士郎は萎縮も去勢もされず、さもこれが当然とでも言わんばかりに平然と、バーサーカーと鎬を削り合っているのだ。
この状況は明らかにおかしい……その秘密は。





『あ~サッパリした……士郎さぁん、お風呂空きましたよぉ』



『ん、解った。じゃあ俺が上がったらいよいよ出発か……』



『そうですね……あ、そうだ。士郎さん、えっと……あ、あった……はいコレ』



『ん? なんだいコレ?』



『これ、“グレードアップ液”っていうんですけど。あの、お風呂に入る時にそれ、お湯の中に混ぜてから入ってください。本当はこういう使い方じゃないんですけど、そうした方がいいかなと思って……』



『えーと……うん、入浴剤みたいに使えばいいのかな? ちなみに、これの効果って?』



『あ、それはですね――――』





右足を大きく踏み出し、士郎は『大・電光丸』を大上段から打ち下ろす。
腹に力を入れ、裂帛の気合いを乗せて。


「ああああああぁぁぁぁぁっ!!」


「■■■■■■■■■■■■■■■ーーーーー!!!」


バーサーカーはそれをいとも容易く捌くと、逆に『大・電光丸』を斧剣で絡め取り、大股で一歩踏み込んで横薙ぎ一閃。
士郎を横殴りに、思い切り吹き飛ばした。


「ああっ、士郎さんっ!?」


「ちっ、アーチャー!」


凛がそう叫ぶと同時、闇に沈んだ木々の奥から幾条かの光芒が奔り、それがバーサーカーの背中に直撃する。
追撃を掛けようとしていたバーサーカーがその衝撃によってタイミングを崩され、動きを止めるが効いている様子は見受けられない。
しかしその間隙を利用し、士郎は体勢を立て直す。


「く……っだぁりゃああ!」


吹っ飛ばされた滞空状態のまま『大・電光丸』を振り回し、近くにあった木の幹に打ち付け、勢いを殺す。
しかしスピードが凄まじく、また剣の切れ味も“デラックスライト”と『強化』魔術の影響で恐ろしいものになっているせいで直径一メートル近くあった木の幹を真っ二つに切断してしまった。
断面は鏡のようにツルツルとしており、それはそれは綺麗な物だ。
だがその犠牲のお蔭で僅かながら勢いが削がれ、スピードが緩む。
士郎は剣を振った勢いを利用して身体を捻り、空中でアクロバティックにムーンサルトを決めると、そのまま大地にスタンと着地した。
右肩に『大・電光丸』を担ぎ、地面に片膝立ちで佇む姿はまるで歌舞伎役者のよう。
その華麗な立ち回りにおぉ~っ、とのび太と凛は思わず拍手を送った。


(――――はぁ。これが“グレードアップ液”の効果か。身体に塗布した部位の機能を強化する道具……風呂に入って全身に被ったから、俺の心身共にレベルが上がってこんな動きが可能になったんだな。使ってなかったら危なかった……ありがとう、のび太君!)


心の中で感謝の念を送りながら剣を握り締め、士郎はスッと立ち上がる。
“スーパー手ぶくろ”が効果を現すのは腕力を中心とした力のみ……だからこそ、士郎の身を殊更心配していたのび太は保険として士郎に“グレードアップ液”を渡したのだ。
“グレードアップ液”を風呂に混ぜて全身に浴びれば、身体の隅々まで機能を強化する事が出来る。
あらゆる部位の筋力が増強され、頭は冴え、胆力も神経も遥かに研ぎ澄まされ、そして図太くなる。
もっとも風呂に混ぜてしまったせいで希釈され、発揮される効果が結構薄くなってしまっているものの、それでもむしろお釣りが返ってくるくらいの勢いだ。
ひみつ道具によって、英霊とも互角に渡り合えるほどに肉体と精神を強化されたドーピングファイター・士郎。
バーサーカーと張り合える秘密は、そこに集約されていた。


(……でも、あまり悠長にもしていられない。“グレードアップ液”の効果は一時間。城でのゴタゴタでもうかなり時間が経ってる筈だから、もってあと数分。それまでに、どうにか……!)


肩から『大・電光丸』を降ろし、士郎は下段に剣を構える。
それと同時にもう一度、バーサーカーの顔面目掛けて森の奥から光芒が奔り、バーサーカーの頭部を紅蓮の爆発が覆い隠した。
今度は先程飛来してきた方角とは正反対の位置からの狙撃だ。
この事から、アーチャーが常に移動しながら攻撃を繰り出しているのだと把握する事が出来る。
士郎はその炸裂音を合図として、バーサーカーとの距離を詰めるために足を踏み出した。


「何やってるのバーサーカー! 一気に押し出しなさい!!」


「■■■■■■■■■■■■■■■ーーーーー!!!」


イリヤスフィールの叫びに呼応し、爆炎から顔を出したバーサーカーは雄叫びを上げ、士郎目掛けて右手の斧剣を真っ向から振り下ろす。
士郎は剣を翳してそれを渾身の力で受け止めるが、バーサーカーはさらに一歩踏み込むと空いた左手で正拳突きを放ってきた。
前回の闘いでも見せたこの一連の動き、『大・電光丸』は斧剣を受け止めているお蔭で突きに反応は出来ても、斧剣に身動きを封じられていて対応出来ない。


「――――ッ!」


既に回避は不可能。
凄まじい速度で迫る拳を、圧力を堪えながら士郎はただジッと凝視している。
決まった……かに思われた、その次の瞬間。


「■■■■■■■■■■■■■■■ーーーーー!!!」


「……え?」


バーサーカーの拳が、凄まじい勢いで逆方向に弾き飛ばされた。
まるで弾力のある壁に、スピードと威力そのままに弾き返されたかの如く。
士郎の二メートルほど手前で、何の予兆もなく、である。
イリヤスフィールは何が起こったのか理解が出来ず、ただ呆然と目を点にしている。
バーサーカーは弾かれた勢いで僅かにたたらを踏むが、士郎は構えを取ったまま動かない。
身体が揺らいだと言ってもバーサーカーの事、すぐさま体勢を立て直せるはずだし、闘いの素人である士郎が隙を突くというのならもっと大きな隙でなければ一撃も入れられないであろう。
そしてその隙を作る役目は、


「今っ! のび太、アレ!」


「はっ、はい! ――――行けっ、“ころばし屋”! バーサーカーを、転ばせろ!!」


遊撃の要である、のび太が担っていた。
のび太は素早く握っていた“スペアポケット”の中からハンプティ・ダンプティにSPの黒服を着せたような小型の人形を取り出し、同時にポケットから十円玉を抜き出すと背中のスリットに入れ、叫ぶ。
“ころばし屋”と呼ばれたその人形はのび太の掌の上で手に持った拳銃を構え、バーサーカー目掛けて銃弾を放った。


「■■■■■■■■■■■■■■■ーーーーー!!!」


体勢を立て直したバーサーカーであったが、その直後に銃弾が身体に命中し、再びバランスを崩して今度は前に大きく転ぶようにつんのめった。

“ころばし屋”

背中に十円玉を入れ、相手を指定すると確実に相手を三回転ばせてくれるというひみつ道具。
戦略上不意打ちに向いている道具で、使えば絶好の隙を作り出す事が出来る。
そしてバーサーカーの拳を通さず、逆に勢いそのままに弾き返したそのタネはというと。


(“バリヤーポイント”……ピストルの弾も弾くとか言ってたけど、セイバーの剣どころかまさかバーサーカーの拳まで弾き返せるなんてなぁ。助かったのは助かったけど、しかしのび太君の所の二十二世紀っていったいどうなってるんだ?)


のび太から事前に手渡されていた、“バリヤーポイント”をポケットに忍ばせていたからである。

“バリヤーポイント”

二十二世紀の警察官御用達の、一種の小型バリアシステムである。
使用者を中心とした半径二メートルの範囲に、目に見えない不可視のバリアを形成し、何物をもその中に侵入する事を出来なくする。
実際、強度実験としてアーチャーに“バリヤーポイント”を持たせ、セイバーにアーチャー目掛けて本気で斬り掛かって貰ったが、“バリヤーポイント”はその斬撃の悉くを防いで見せた。
それどころかバリアに触れる度にセイバーがたじろいだくらいである。
士郎はそれを利用して拳を敢えて受けて、小さな隙を作ったところでのび太の“ころばし屋”でその傷口を広げた。
凛の指示による、二人の呼吸を合わせたかのような咄嗟の連携によって、士郎は千載一遇の好機を手にしたのである。
ちなみに“バリヤーポイント”は“フエルミラー”で数個複製し、起動させてはいないがのび太と凛も万一のためにポケットの中に所持している。
後衛のアーチャーと、遊撃組のガードであるセイバーのみ所持していない。
自分達には必要ないから、と固辞したためだ。


「いけええええぇぇぇっ!!」


これだけの隙があれば、素人でも一撃を喰らわせられる。
士郎は即座にこちらに向かって倒れ込んでくるバーサーカーの懐近くに潜り込むと、『大・電光丸』を下から上へと突き上げるように繰り出した。
切っ先はバーサーカーの心臓付近へと吸い込まれ、バーサーカー自身の自重と相まってその屈強な肉体を水に濡らした紙のように容易く刺し貫いた。


「■■■■■■■■■■■■■■■ーーーーー!!!」


「うわっ……!?」


バーサーカーは断末魔の絶叫を上げ、のび太は串刺しという凄惨な光景に思わず目を背ける。
今、バーサーカーの命は一つ減った。残りの命は十個。


「士郎、一気に畳み掛けなさい!!」


「解ってる! チャンスはここしかないっ!」


凛にそう答える士郎。
そして右手で『大・電光丸』を振るい、串刺しになり弛緩したバーサーカーの身体をそのまま持ち上げると、


「うぅおりゃあああああああぁぁぁぁっ!!」


片手でジャイアントスイング。
“スーパー手ぶくろ”が生み出す超絶パワーで以て三百キロを超えるバーサーカーの巨体をハンマー投げのように轟々と振り回し、その強烈な遠心力で『大・電光丸』から引っこ抜かれたバーサーカーはそのまま森の奥へと投げ飛ばされた。
乱立する木々が巨躯に圧し負けてメキメキと音を立てて崩れ、その上をバーサーカーが力なく滑っていく。


「ウソ……!?」


あまりの光景に目を見張るイリヤスフィール。
大きく見開かれた目は、その尋常でない衝撃の度合いを殊更強調している。
やがて回転を止めた士郎の右手には巨人の血に濡れた『大・電光丸』が、左手には……バーサーカーを振り回すドサクサに掠め取った岩の斧剣が、それぞれ一振りずつ。


「せいやあぁっ!!」


“グレードアップ液”の影響で、士郎はほぼ真っ暗闇の森の奥すら見通せる眼力を持つ。
士郎は両の剣を思い切り振りかぶると、斧剣、『大・電光丸』の順序で全身の力を籠め投擲。
崩れ落ち、『十二の試練(ゴッド・ハンド)』で蘇生したバーサーカーがようよう立ち上がろうとするまさにその瞬間を強襲した。


(ッ! 今……そっか。“グレードアップ液”の効果が切れたか。これで、俺の役目はとりあえず終了。後は頼むぞ……)


全身から何かが抜けるような感触を感じつつ、放ち終えた士郎は即座にバーサーカーから距離を取り始めた。


「■■■■■■■■■■■■■■■ーーーーー!!!」


バーサーカーは咄嗟に腕を顔の前に翳し、腕に岩の斧剣を半ばまで喰い込ませながらも防御するが、その後に続いた『大・電光丸』が斧剣に直撃。
メジャーリーグの大投手も真っ青のスピードで投擲された『大・電光丸』は斧剣を恐ろしい圧力で押し出し、腕を両断しただけでは飽き足らずその奥の首まで一気に刎ね飛ばした。
噴出する血潮、森のさらに奥へと飛んでいく生首。


「む、仕留めましたね! これで残る命はあと九個!」


「えっ、そうなの? 暗くてよく見えなかったんだけど……セイバーはよく見えるね?」


「ん……、ノビタには見えなかったのですか……。まあ、伊達に英霊はしていないという事ですよ……ふぅ」


夜目のそこまで効かないのび太が、トラウマがフラッシュバックするような今の光景が視認出来なかった事に、セイバーはこれは僥倖とそっと安堵の吐息を漏らす。
ともかく、これで士郎はバーサーカーを二度殺した。
たかがへっぽこ魔術師がまさかここまでやろうなどとは、イリヤスフィールは夢想だにしていなかった。
バーサーカーと繋がっているラインを通じて、バーサーカーが蘇生中であると伝わってくるその感覚に、イリヤスフィールは言いようのない不安に襲われる。


「バーサーカー! 早く立ちなさい! 立って!!」


迫る底冷えするような感情を振り払うように、イリヤスフィールは叫ぶが、


「……生憎だが、そうはいかんよ」


「ッ!?」


上空から降ってきた、弓兵の静かな声に全身が総毛だった。
















「少年の道具の力を借りていたとはいえ、まさか小僧がここまでやるとはな……少々複雑だが、今だけは感謝してやろう。十分時間を稼いだ上に、狂戦士の命を削ってくれたのだからな」


そう呟く弓兵の頭には竹とんぼのような小さいプロペラ……“タケコプター”が。
蘇生途中のバーサーカーの真上数十メートルに滞空し、弓をこれでもかとばかりに引き絞っている。
その黒塗りの弓に番えられているのは……矢と呼ぶにはあまりに異質な、歪に捻じれた螺旋の剣。
バチバチと虚空に紫電を放ち、発射の時を今か今かと待ち構えている。


(しかし、こうまでうまく事が運ぶとはな。上手くいきすぎてどこかしらうすら寒いものがあるが……いや、今はこちらに集中だ)


ある程度復元を終え、新しい命に切り替わるまでアーチャーは弓弦から手を離さず、射出のタイミングを遅らせる。
凛の指示により、マスター勢から離れ森の奥へと移動したアーチャーはバーサーカーの周囲をグルグルと移動しつつ、牽制を行っていた。
それは『アーチャーは牽制に徹している』、そして『アーチャーは森の中を移動しながら牽制を行っている』と敵に思わせるためのブラフ。
ある程度牽制を終え、完全に士郎とバーサーカーのぶつかり合いに敵マスター達の目が集中したのを見定めたアーチャーは、のび太から貸し与えられた“タケコプター”を装着、漆黒の空へと気配を殺しながら飛翔した。
そして予め牽制用に用意していた矢とは別に、バーサーカーを仕留めるための『とっておき』である螺旋の剣を取り出し、弓に番えると魔力をチャージし始めた。
しかし急激に魔力を高めてチャージしたのでは敵マスターに勘付かれてしまう。
そうならないために高度を保ちながら少しずつ静かに、だが急ピッチで螺旋の矢へと魔力を充填。
そして籠めた魔力が想定していた閾値に辿り着いたのが、バーサーカーが首を刎ね飛ばされ二度目の死を迎えた丁度その時であった。


「いくぞ……! この一撃に耐えきれるか、ギリシャの大英雄よ!!」


新しい命へと切り替わり、今まさに立ち上がらんと動き出したバーサーカーを視認したアーチャーは弓弦を更にグッと引き絞り、発射体勢を完全に整えた。
そして呟く。
バーサーカーの命を刈る、螺旋の剣のその銘を。





「――――『偽・螺旋剣Ⅱ(カラド・ボルグ)』!!」





放たれた螺旋剣は空気を切り裂き、紫電を撒き散らしながら凄まじい速度でバーサーカーの直上を一直線に降下する。
大気を切り裂き、空間すら捻じ切らんばかりに唸りを上げて夜空を奔るその様は、まるで流星のようだ。
だがこれはそんなロマン溢れる代物ではない。
隕石直撃(メテオ・ストライク)さながらの威力を秘めた、必殺の流星なのである。


「■■■■■■■■■■■■■■■ーーーーー!!!」


狙い過(あやま)たず、物の一秒足らずで矢はようやく立ち上がったバーサーカーの脳天に直撃。
頭蓋を貫通し、体内を蹂躙しながら放つ紫電で以て内臓を焼きつくすと、そのまま股下を突き抜けて地面へと突き刺さった。
そして間、髪を入れず、アーチャーによる更なる追撃。


「――――砕けろ!」


「のび太! 耳を塞いで口を半開きに!!」


「はっ、はい!」


二人が耳を塞ぐと同時に閃光、そして大爆発。
アーチャーがパチンと指を弾いたその直後、地面に垂直に突き立った螺旋剣が轟音と共に弾け飛んだ。


「うわ、眩しっ!!」


「くぅ……っ!」


「ノビタッ、リン! 私の後ろに!」


「ぐぅっ! 距離が近かったから、“バリヤーポイント”がなかったら危なかったな……!」


「バーサーカー!!」


バーサーカーのいた場所から火柱が立ち上り、轟々と夜空を赤く染める。
大地にはクレーターが形成され、その中心にいたバーサーカーの姿は惨憺たるものであった。
矢によって貫かれ、大爆発に巻き込まれたバーサーカーの身体は両腕両足が吹き飛び、頭部も半分が欠損。そして残った身体部位すべてに重度の火傷を負っていた。
大地にひれ伏し、ヒクヒクと痙攣するその様はまるで半死半生の芋虫のようだ。
そして、ラインからイリヤスフィールに伝わってくる情報。


「……そんな!? 冗談でしょ!?」


今の攻撃で、バーサーカーは三度命を刈り取られた。
これで残る命はあと六つ。
あまりのワンサイドゲームに、イリヤスフィールの内面はもはや恐慌状態だ。
当然だろう。本来なら蹂躙するはずの立場である自分が、まったく正反対の立場に立たされているのだから。
だが、





「のび太、“アレ”いくわよ! 準備ッ!」


「あ、はい! ええっと……!」





怒涛の波状攻撃は、まだ終わらない。
凛の指示に、のび太は慌てて“スペアポケット”の中を掻き回すと中から一本のペンと紙、そして昔懐かしい唐草模様の風呂敷包みに包まれた何かを取り出した。
そしてブツブツと何事かを呟きながら、のび太は地面に紙を敷いて丸い円を描いていき、凛はクレーターの中央にいるバーサーカーが再生していく様子を注意深く、ジッと観察しながら風呂敷を手に取る。
やがてバーサーカーに両手両足が復活し、新しい命に切り替わったのを確認したのと同時に、のび太が凛に向かって叫んだ。


「凛さん、出来ました!」


「よし! 貴方の“バリヤーポイント”を起動させて、わたしを中に!」


「はい! 『“り”と“せ”のつくものはいれ』っ! セイバーも!」


「了解です」


例えば『“あ”のつくものはいれ』といったように、“バリヤーポイント”は『――――のつくものはいれ』とその物の頭文字を呼べば、その頭文字が該当する対象物は何であれすべてバリアの中に入れるようになる。
のび太の半径二メートルに作られたバリアの中に凛とセイバーが駆け込むと、のび太の足元にあった紙にはポッカリと円形に丸い穴が開いていた。
そしてその中には、何故かバーサーカーの頭頂部が。


「てぇい!」


凛はその頭目掛けて、風呂敷の中身をドザァッとぶちまけた。
するとのび太達とは離れた位置にいるバーサーカーの頭上から、大量に何かが降ってきてコツンコツンと身体に当たる。
それは赤い色をした宝石……おそらくルビー。それが計百個ほど。
しかしそれはただのルビーではなく、凛お手製の潤沢な魔力がこれでもかとばかりに詰まった、一線級のルビーなのである。
バーサーカーは降り注いできたそれらを気にする風でもなく、フラリと爆心地から一歩踏み出そうとする。
おそらく再生したてで意識が覚醒しきってはおらず、そこまで気にする余裕がないのだろう……その対応の遅さが明暗を分けた。


「ッ!? だめっ、バーサーカー!!」


イリヤスフィールが意図に気づくが、時すでに遅し。
バーサーカーが完全に意識を覚醒させたのと同時にのび太が紙を二つに破き、凛の口がマジックスペルを紡いでいた。


「全員、対音・対閃光防御! Set―――――――!!」


「バーサーカー!!」


「――――――――――――――――!!!」


そして再び巻き起こる、轟音と閃光を伴う、大爆発。
凄まじい衝撃波が発生しては周りの木々を吹き飛ばし、眩い閃光は周囲を白く染め上げる。
今度の物は先程の螺旋の剣とは規模も威力も段違いであった。
狂戦士の断末魔すら掻き消し、空を焦がせとばかりに噴き上がる火柱は轟々と唸りを上げ、森の隅々までを赤く照らし出す。


「――――お嬢様! ご無事ですか!?」


「……あ、セラ……もう、出て来なくていいって、言ったのに」


「今回ばかりはご容赦を。リーゼリット」


「うん」


目の前に映る光景に、イリヤスフィールはどこかしら安心した心地になる。
耳を塞いで蹲ったイリヤスフィールの前に、控えさせていた二人のメイドが壁のように立ち塞がっていた。
主を護らんと前面に立ち、薄青色の魔術の障壁を展開するセラ。
およそ可憐な女性が振るには似つかわしくない、二メートルはあろうかという巨大なハルバートを構えて主の隣に座すリーゼリット。
爆発の余波から主を守護するため、二人は絶対とも言える主からの言いつけを破って突出してきたのだ。


「――――うぅ、目がチカチカするし、耳がキーンと……」


「……ホント。あぁ、耳が痛い……もうちょっとこっちの対策に力を入れるべきだったかしらね?」


「今更言っても詮無い事です。それよりも、バーサーカーは……」


「少なくとも、これで無傷って事はないだろうけどなぁ」


爆心地を挟んで向こう側。
“バリヤーポイント”の力によって衝撃波をやり過ごしたのび太達四人はそれぞれそんな事を口にする。
のび太が紙に円を描いたペンは“ワープペン”。
場所を呟きながら円を描く事によってその場所にワープ口を作り出せるこの道具によって、バーサーカーの頭上にワープ口を作りだした。
そして“フエルミラー”で複製した、凛謹製の宝石百個による絨毯爆撃の奇襲を仕掛けたのだ。
紙を破いたのは、ワープ口を伝って余波がこちらに来るのを防ぐため。
やがて凛達の傍にアーチャーが、待機していた上空からゆっくりと降下してきた。
のび太は“バリヤーポイント”のスイッチを切ってバリアを解除、凛がアーチャーを出迎えた。


「今ので何個命を削れたかは解らんが……相応の効果はあった筈だろう。魔力純度の高い、一線級の宝石をあれだけ投入したのだからな」


「これで消滅してれば御の字ね……」


軽口を混ぜつつ、一同が爆心地に視線を向ける。
火柱がどうにか鎮静化し、もうもうと黒煙が立ち込める中、その全貌がようよう見え始めた。


「うひゃあ……スゴイや、これ」


クレーターは先程の三倍ほどまで拡がり、底の方はところどころが、いまだ燻る残り火の光を反射してキラキラと輝いていた。
高温によって、地面の中のケイ素が結晶化してガラスになっているのだ。
それだけで、今の爆発がどれほど凄まじいものであるかが窺い知れる。
……そして。





「……■■■、■■■■■■■■■■■■■■■ーーーーー!!!」





「「「「「ッ!?」」」」」


「――――バーサーカー!」


クレーターの中心から響く、咆哮。
バーサーカーは両の足で大地を踏みしめ、自身がいまだ健在である事を知らしめた。
その雄叫びを耳にしたのび太達は即座に各々身構え、イリヤスフィールは喜色を露わにする……が。





「――――えっ、え!? ウソ……ウソ!! 残りの命が……たった一つだけ!?」





「「「「「――――!!」」」」」


その事実は、双方に正反対の変化を齎した。
先程の攻撃は、バーサーカーの命を五個蒸発せしめていた。
残る命は、バーサーカーを復活たらしめたこの一つのみ。
つまりあと一回命を絶つだけでこの勝負、イリヤスフィールの敗北が決定する。
五人にとっては王手、イリヤスフィールにとっては崖っぷち。





「「「「「「「「……………………」」」」」」」」





バーサーカーを挟み、ジリジリと睨み合うのび太達と、イリヤスフィール主従。
五人の怒涛の波状攻撃は、ついに難敵を攻略寸前まで追い詰めた。















「――――さぁて、そろそろか」





パム、と手にした“黒い本”を閉じ、パリパリと気怠そうに頭を掻き毟る。
クルクルと右手に持ったペンを回して弄び、気味の悪い薄ら嗤いを浮かべながら眼下を睥睨するのは――――――この戦争の『闇』。


「ここまで早く仕掛けるとは思わなかったが……善戦しすぎだよなぁ、アイツら。バケモン相手にあれだけの波状攻撃たぁ、やろうったって早々やれるもんじゃあねえぞ。ったく、とんだ鬼札(ジョーカー)が落っこってきてくれたモンだぜ。なぁ、クソガキよぉ?」


そう一人ごちる『闇』であるが、その表情には隠しきれないほどの喜色が浮かんでいる。
心底、今のこの状況が面白いのであろう。


「――――ま、“エンターテイナー”の身としちゃあ嬉しい限りだがねぇ。お陰で、このクソつまんねぇ茶番劇をもっと面白く、ド派手に演出出来るんだからなぁ」


すっくとその場から立ち上がり、『闇』は徐に右手を伸ばす。
そして人差し指を眼下の“目標”に向け、クルクルと二回転。


「細工は流々。舞台も整った。つー訳で……イィッツ・ショーォウタァイム! ッケケケケケ……!!」


そして呟く。
先程左手の“黒い本”に記した、『闇』だけの呪文を。
『闇』だけが扱える、聖杯戦争の根幹を揺るがすこの禁断の魔法を。





「さあいくぜクソガキ――――――『裏・聖杯戦争』の第一ラウンド、開幕だぁ! クヒャァアハハハハハハ!!」





歪な高嗤いと共に。










「――――『チン・カラ・ホイ、表裏反転』!! テメェの“もう一つの姿”を、今この場に晒しやがれぇえ!!」










アインツベルン城の屋根の上、目標であるバーサーカーに向けて。
そして次の瞬間、『闇』の身体が陽炎のように揺らめき、やる事は終えたとばかりにその場から何の痕跡も残さず、忽然と姿を消した。
……次いで。





「「「「「「「「――――――え?」」」」」」」」





バーサーカーの肉体が、光の粒子となって木っ端微塵に爆散した。















「ちょ……え、えぇ?」


「ど、どうしてバーサーカーが弾け……ちょっと、アンタ何かしたの!?」


「う、ううん……なにも。わたし、何もしてないわ! 令呪も何も……!?」


凛からの疑問の声に、イリヤスフィールはただただ戸惑うばかりだ。
自分はまだ何も指示していない。
勿論、バーサーカーをどう動かすべきかという思案を走らせてはいたものの、具体的な事は何も明示していないのだ。
明らかに今の現象は自分の与り知らぬもの。
霊体化した訳でもない、かといって残る命の一つが途切れた訳でもない。
なのにバーサーカーは唐突に、光の粒となって破裂して消えてしまった。
何が起こったのか、むしろイリヤスフィールの方が知りたいくらいである。





「――――む?」


「……これは?」





と、突如セイバーとアーチャーはピクリと片眉を跳ね上げた。
その視線はクレーターの中心……バーサーカーのいた場所へとジッと注がれている。
二人はバーサーカーの散った場所から、何か妙な気配が蠢くのを感じ取っていた。
一旦顔を見合わせあった二人は同時に頷きあうと、それぞれのマスターの前にゆっくりと移動し始める。


「……どうした、セイバー?」


「シロウ……気を抜かないでください。何かが……来ます」


「何かって……なんだよ?」


「それはまだ……ッ!?」


続くセイバーの言葉は途切れ、代わりにセイバーは不可視の剣を下段に構える。
アーチャーも、そしてイリヤスフィールの傍らに控えていたセラとリーゼリットも即座に警戒心を露わにし、構えを取っていた。


「ちょっと、アンタ達一斉に何……ん? これは……」


「……風、か?」


今度は凛と士郎が顔を見合わせあう。
バーサーカーの破裂した場所から、スウッと何かが流れていくのを二人は肌で感じ取った。
それは一陣の風。
お世辞にも強風とも呼べないような、どこにでも吹いていそうな大気の流れであった。
だが、





「――――へ!? な、何だあっ!?」


「きゃ……っ!?」





その風が、突如として変貌した。
まるで口を絞ったホースで散水するかのような、そんな圧力を増した空気の激流が唸りを上げて迸り始めたのだ。
その発信源は当然、バーサーカーの最後にいた地点。
大気が歪み、すり鉢に満たした水がかき回されて渦を巻くようにクレーターの中で竜巻が形成され、荒ぶる風を次々生み出し周囲の大気をこれでもかとばかりに掻き乱す。


「凛ッ! 体勢を低くしろ! 吹き飛ばされるぞ!!」


「解ってるわよ!、でも、くっ……!? な、なんて風よ!?」


己がサーヴァントからの指示に従って風をやり過ごす傍ら、凛は他の人間はどうなっているのかと目を細めて周囲を観察する。





「ぬぅぐ!? あの爆発の中でコイツが無事だったのは助かったが、これは……!?」


「ノビタ、なるべく姿勢を低くして、私から手を離さないように!」


「うぅぐ、は、離すもん、かぁっ!!」





士郎は傍に落ちていた『大・電光丸』を拾い上げて地面に突き立て、それを支えに風をやり過ごしている。
セイバーはその傍らに不可視の剣を突き立て、のび太を庇うように鎮座。
のび太は吹き飛ばされまいと、セイバーの身体にしっかりとしがみついている。





「イリヤ、大丈夫?」


「な、何とか……ね!」


「お嬢様……お顔の色が優れませんが、あまりご無理はなさらないように」





そしてイリヤスフィール主従はリーゼリットのハルバートを支えに、セラが魔術の障壁を張って主を庇いながら暴風をやり過ごしていた。
だが風は勢い留まるところを知らず、むしろどんどん風速を増している。
竜巻は天高く伸び、太さを増して空を穿たんばかりの遥かに巨大なものになっていた。
やがて……一同は聞いた。





『―――――――――――――――――――!!!!』





風が雄叫びを上げるかの如く、嘶いたのを。
……そして見た。





「「「「「「「「―――――――――え!?」」」」」」」」





竜巻が、まるで生き物のようにグニャリと蠢いたのを。





その瞬間、大気を引き裂かんばかりの雷鳴が轟き、稲光が周囲を白く染め上げた。
閃光をやり過ごし、上を見上げた一同の目に飛び込んできたのは、





『―――――――――――――――――――!!!!』





思うさま吼え猛り狂う、さながら台風の如き巨大な風の塊。
――――いや、それ以上の……身体を大気の奔流で構成した、巨大な風の竜であった。





「――――あ、あ、ああ……あれ! あれ、あれは!?」


「ど、どうしたのび太君!?」





それを目にしたのび太はこれ以上ないほどに、狼狽する。
その化け物は、のび太の記憶にある“あの怪物”と瓜二つだったのだ。
“かつて”遭った偶然の出会いと、惜別の別れを齎した……、





「マッ……ママ……マッ……!」


「……ノビタ?」





――――巨大な風の怪物と。















「――――“マフーガ”!!!!」












[28951] 第二十四話
Name: 青空の木陰◆c9254621 ID:90f856d7
Date: 2011/12/31 00:48



「マフー……ガ?」


剣を支えに、中腰の体勢のまま士郎がのび太の言葉をリピートする。
その視線は、いまだにお化けでも見たかのように泡を食っているのび太に注がれたままだ。


「それが、アレの名前なのですか……?」


「……ッ、ッッ!!」


セイバーの問いに、のび太は顔面蒼白のままブンブンと首を上下に振る。
ともすれば、首がそのままもげ落ちてしまいそうな程の勢いで。
士郎、セイバーは互いに顔を見合わせあうと同時に眉間に皺を寄せ、何か腑に落ちないような表情を浮かべる。
そして、


「……のび太。アンタ、アイツを知ってるのね!?」


凛がガシッとのび太の肩を掴み上げると、鬼気迫る表情でのび太を詰問口調で問い詰めた。
“マフーガ”と呼んだあの風の竜を目にしてからののび太の挙動不審振りは尋常ではない。
名前を呼んだ事といい、間違いなくのび太はアレを知っているのだと判断出来る。
だからこそ、士郎とセイバーが……いや、のび太以外のこの場の誰もが抱いていた事を、図らずも凛は代弁した形になった。


「アンタ、どうしてあんな英霊でも見た事なさそうな怪物を知ってるの!? というか、アイツについて何を知ってるの!?」


「ぐええぇぇぇ!? り、凛さん、凛さんっ! こっ、今度は首、首がっ、締まっ、て……!?」


「……少し落ち着け、凛。そんな事をしている場合か」


アーチャーが猛る凛を引き剥がしてくれた事で、のび太の命脈は保たれた。
咳き込みつつ、ゼーゼーと息も絶え絶えにのび太は堕ち掛けた意識を無理矢理復旧させる。
そうしてある程度落ち着いたところで、のび太はいまだ涙の滲む瞳を凛の方に移した。


「あぁ、死ぬかと思った……」


「……あ~、悪かったわね。でも非常時だからこれ以上は勘弁ね。そんな事より、さっさとさっきの質問に答える! 結局、アレはいったい何なのよ!?」


バツが悪そうに頭をポリポリ掻き毟る凛であったがそれはそれ、せっつくように回答の提示を求める。
情報がない以上はどうするもこうするも判断が出来ない上に、相手は間違いなくバーサーカー以上の怪物であろう事はこの場における共通認識であった。
故に、少しでも判断材料が欲しいのだ。焦るのも無理からぬことではある。


「え、あ、は、はい! あれは……!?」


勢いに押され、口を開きかけたのび太であったが、




『――――――――――――――――!!!!』




怪物の咆哮によって、中断を余儀なくされた。
全員の視線が一斉にそちらに注がれる。
渦巻く曇天の中、雄叫びを合図に怪物は身を縮めるように全身をくねらせると、その長大な全身を折りたたんだかのようにギュッと収縮した。


「「「「「…………??」」」」」


意図が読めず、眉を顰(ひそ)める一同……だが次の瞬間、思いもかけぬ事が起こった。


「――――え、風が……」


「止んだ……?」


困惑に駆られ、呟く士郎とのび太。
先程までの荒れ模様がまったくの嘘であるかのように、風がピタリと鳴りを潜めた。
あまりの不可解さに一同は顔を見合わせあうが、


「ッ!? ……これはっ、来ます!」


「「「え?」」」


「……ッ、そういう事か!」


何かを察知したかのようなセイバーの警告。
人間組三人はその唐突さに疑問符を掲げたが、弓兵だけは即座にその示唆するものを悟り得た。
……のび太が『マフーガ』と呼んだ怪物はその見た目通り、凶悪な“風”の魔物だ。
さっきまでの嵐のような暴風は、怪物の存在そのものが齎す副次的な現象。
そのくらいは一同もそれぞれ理解してはいたのだが……さて、その副次的な現象たる暴風が収まった。
この事実だが……一つ、こうは考えられないだろうか?
怪物は身体を“収縮”させたのではなく、“集束”させたのだと。
それによって、放出されていた風も漏れ出さなくなったのではないかと。
……すなわち、怪物の次なる行動は。


「まさか……突撃っ!? の、のび太! “バリヤーポイント”を張って! 早く!!」


「はっ、はいっ!?」


ようやく意図に気づいた凛が焦燥混じりに指示を飛ばすと、のび太は反射的にポケットの中の“バリヤーポイント”を起動させる。
そして全員をバリアの内に入れるためにキーワードを口にしようとするが、


「――――あっ、凛さん! あの人達も中に入れた方が!?」


先程まで刃を突き合わせていたイリヤスフィール主従がいた事に思い至った。
のび太が視線を向けたその先には魔力障壁の内側に篭る三人の姿が。
しかしその中にあって、イリヤスフィールと障壁を張り続けているセラの顔色がどことなく悪い。
イリヤスフィールはおそらくショックから、セラは魔術を行使し続けていたツケで疲労気味、という事なのだろう。
もしあの状態のまま化け物が突っ込んできた場合、果たして無事で済むかどうか……。


「……そうね。こうなっちゃってる以上、敵だどうだって言ってる場合じゃなさそうだし」


「はいっ! ええと……『“し”と“り”と“せ”と“あ”と“い”のつくものはいれ』ッ! イリヤ……ちゃんだったっけ!? あとセラさんとリズさんも、こっちに来てバリアの中に入ってくださいっ!!」


「……? どういうつもり?」


一瞬だけ、主従はお互いに顔を見合わせあう。
バリアの中に入れと言われても、そもそもバリアそのものが不可視の物である以上は本当に張られているのかどうか確認出来ない上、強度やその他諸々の諸事情も解らない。
何より、三人はつい今の今まで死闘を演じていた敵なのである。
放っておくどころかバリアの中に入れなどとは、普通は言わない。
だがこの異常事態の最中、反応を見ていれば向こうにとってもイレギュラーなのだろう……だからこれが罠であるとも思えない。
三人は必死の形相で叫ぶのび太の真意を測りかねていた。


「早くっ! “バリヤーポイント”は侵入を許可してもほんの少しの間しか入口が開かないんだからっ! マフーガが来る前に、急いで!!」


「……どうされますか、お嬢様? 少なくとも、敵意はないようですが」


「……そうね」


イリヤスフィールはほんの一瞬だけ逡巡する。
のび太達の表情を窺いながら、あらゆる可能性を吟味。
そして、ほぼ即決とも言える思考速度で決断を下した。


「いくわよ。セラ、リズ」


「……ッ。承知、いたしました」 


「うん」


頷きと同時に三人がのび太の“バリヤーポイント”の中に侵入を果たす。
他のメンツは既にバリアの内側の退避済みである。


「フゥッ……失礼、いたします」


「……おじゃまします」


「これで入ってるのよね?」


「うん。“バリヤーポイント”の範囲は僕の周囲二メートルだから。見えないだろうけど」


しかし総勢八人が半径二メートルの範囲に収まっているのだからやや密度が高い。
息苦しさを感じない程度ではあるが。


「……それで? アナタはどういうつもりでわたし達を?」


「へっ? どういうつもりも何も……こんな事態なんだし、敵だの何だのって言ってる状況じゃないでしょ?」


「そうかもしれないけど、でも庇う義理はない筈よ。放っとけばよかったのに」


「そんな!? 出来る訳ないだろ!? アレは『マフーガ』なんだよ!? それに君やセラさん、リズさんは女の子なんだから!」


「……だから、何?」


「えっ……あ、だから……、女の子は、護らなくちゃ。僕は、男なんだし」


「…………ふぅん?」


のび太の発言にイリヤが何とも形容しがたい視線を向けたと同時に、





『――――――――――――――――!!!!』





天地を揺るがすほどの嘶きと共に、のび太達目掛けて風の塊が吶喊を仕掛けてきた。


「きたっ!?」


「全員対ショック! 構えて!」


風の巨体が恐ろしいスピードで迫り来る中、“バリヤーポイント”の内側でそれぞれが身構える。
そして竜の咢がバリアと接触したその瞬間、ビシッと大気の圧力で足元の地面に亀裂が走った。


「うわわわわわっ!?」


「ぐぅ……っ、まさかっ、バリアの中にまで振動が来る、なんてっ!?」


“バリヤーポイント”の反発力など物ともせず、怪物はバリアごとのび太達を一呑みするとそのまま体内で消化していくかのようにその身を通過させていく。
その真っ只中において、のび太達は周囲の景色が歪むほどに圧縮された大気に晒されていた。
深海数千メートルにおける水圧と遜色ない超高圧力、一本でも外に指が出ようものなら即座にひしゃげ、そのまま勢いで引き千切られてしまう事だろう。
だが今は何とか、曲がりなりにも全員生き永らえている。
生命線たる“バリヤーポイント”は怪物の圧力にも負けず、使用者達を護り通していた。
……だが。


「……ん? なあ、何か焦げ臭くないか?」


「へっ? ……あ、あれ? あ、ああアチアチアチ熱っ!?」


突如、のび太が奇声を上げたかと、思うと目を白黒させながら必死にゴソゴソとポケットの中を探り始める。
そして「アチッ、アチッ!」と手の中でお手玉のように弄びつつ取り出したのは……ところどころから煙を噴き上げる“バリヤーポイント”の端末だった。
各所からオレンジの火花が色鮮やかに飛び散っており、バチバチと鳴ってはいけない音がバリア内に反響する。


「う、うえぇ!? ば、“バリヤーポイント”がっ、ショートしてる!?」


「「「「「「「……はぁっ!!?」」」」」」」


その一言で、全員の表情が一瞬で蒼白に染まった。
英霊の渾身の一撃すら弾き返すほどの堅牢さを誇る“バリヤーポイント”であったが、この怪物の超圧力にだけは堪えきれなかったようだ。
というよりは絶え間ない衝撃に本体が異常過熱し、ついにオーバーヒートを起こした、といった方が正確であろうか。
“バリヤーポイント”はそもそも未来の警察官が所持する個人防御システムであり、銃撃や凶器による殴打等の瞬間的な強い衝撃から所持者を保護するように作られている。
だがそれは逆に、途轍もなく強い衝撃が間断なく続く状況下に晒された場合、本体そのものが反作用から来る過負荷に耐えかねて自壊してしまう危険性がある事をも示唆していた。


「どっ、どどど、どうしよう!? どうしましょう士郎さんっ!?」


「おっ、落ち着けのび太君! えと……あっ、そうだ! 負荷に耐え切れずに壊れかけてるんなら、すぐに直せばいいんだよっ! 確かアレがあっただろう、“復元光線”!」


「ッ! そ、そうかっ! えぇ~っと“復元光線”、“復元光線”……!?」


士郎からのアドバイスにのび太は暴発寸前の“バリヤーポイント”を地面に放り捨てるように置くと、もう一方のポケットに入れていた“スペアポケット”を引っ張り出して腹部に貼り付けると中をゴソゴソと漁り始めた。
しかしそんな事をしている間にも“バリヤーポイント”の過熱現象は収まらず、むしろ崩壊のカウントダウンが秒読み段階に突入していた。
完全遮断の筈のバリアの中に隙間風が入り込み、不可視のバリアが切れかけの電球のようにチカチカ明滅する有様に、一同は肝が凍りつくかのような錯覚に襲われる。


「ちょっと、のび太まだなの!?」


「ええと……! お、おかしいな? 確か、この辺にぃ……!?」


焦れたように凛が催促するも、のび太はまだ“スペアポケット”の中をゴソゴソやっている。
なかなか手が“復元光線”に行き当たらないのだ。


「まだ見つからないのか、のび太君!?」


「すっ、すいませえええぇぇぇぇん!?」


もはや“バリヤーポイント”からは火花どころか炎が噴き上がっており、実質あと三秒と持たないであろう。
必死の形相で手を動かすのび太を余所に、残りの者達は冷や汗混じりに唾を呑み込むと、ジリジリ身構え始めた。
唯一、アインツベルン主従のみが体勢を整えながらも、のび太の奇怪な行動とポケットに興味と猜疑心の入り混じった複雑な視線を向けている。


「――――あっ、あったあぁっ!!」


そしてやっとの事でのび太が“復元光線”を引っ張り出したのと丁度時を同じくして、


「ちょっ、も、もうダメ!? 限界――――!」


――――ボンッ、という短い破裂音と共に、全員の身体が木の葉のように宙を舞った。















「――――ノビタ、ノビタ!! 大丈夫ですか!?」


「……う、ううぅっ! イ、イタタ……あっ、セ、セイバー?」


「ッ、ノビタ! ふぅ、気が付きましたか……よかった」


のび太が顔を顰めながらゆっくり目を開けると、そこには安堵の表情を浮かべたセイバーがいた。
一応気絶状態から覚醒したものの、まだ完全には目覚めきっていない。
地面に片膝を突き、金の髪を靡かせるセイバーをぼんやりと眺めつつ、自分は今地面に横たわっているのだなとのび太は全身から伝わる感覚で理解する。


「えと……どうして?」


「はい? ……ああ、状況が呑み込めていないのですか」


「状況……って?」


朦朧とした視線で問うのび太。
セイバーは「む」と一旦言葉を区切り、次いで何とも言えない表情でカリカリと頬を掻くと、


「ノビタ……少し、堪えてください」


「へ―――――っむぎぁあああ!」


のび太の頬を摘み、夢から覚めろとばかりに思い切り抓り上げた。
突然の激痛にコンマ数秒の勢いで跳ね起きたのび太であったが、子ども特有の柔らかい頬はいまだ横に引き伸ばされたまま。
剣の英霊の力は、のび太が完全に覚醒したにも拘らず微塵も緩む事はなく、ギリギリと皮膚が軋みを上げる。
灼熱の痛みが涙腺を刺激し、その目じりからはジワリと涙が滲み出ていた。


「どうですか? 目は覚めましたか?」


「うぅ(うん)、うぅ(うん)!!」


「そうですか、では」


そしてきっかり三秒が経過した後、セイバーはパッとほっぺたを解放した。
パチン、とゴムを弾いたようないい音を奏でつつ、のび太の右頬が定位置に戻る。


「むぎゃっ!? ……うぅ、痛い。いきなり何するんだよ、セイバー?」


即座に赤くなった右頬を押さえ、労わるように摩るのび太。
涙目の瞳は恨めしげに、至って平静のままに佇むセイバーを見やっていた。


「完全に目が覚めていないようでしたので、眠気覚ましの気付けを少々」


「気付け……? っでも、だからって何もほっぺたを抓る事ないじゃないのさぁ!?」


「……平手でなかっただけマシな方ですよ?」


実に御尤もなセイバーの指摘。
英霊に渾身の力で張り飛ばされるなど、いったい何の拷問であろうか。
しかもバーサーカーの必殺の一撃を受け切れる程の膂力を誇るセイバーの、である。
一応“タネ”も“仕掛け”もあるとはいえ、考えただけでぞっとしない話だ。
そんなセイバーのささやかな気遣いにも気づく事なく、のび太はブツブツと頬を赤くした不平をぶつけるのであった。
と、その時。





「のび太君、セイバー、無事かっ!?」



「二人とも、まだ生きてるわね!?」



「凛……出来るならもう少々声を落として欲しいのだが。気持ちは解らんでもないがな」



「リズ、セラがずり落ちそうになってるわよ。大丈夫、セラ?」



「お嬢様……申し訳、ございません」



「ん。セラ、無茶しすぎ」





「――――あっ、士郎さん、凛さん、アーチャーさん! それに三人も!」


他のメンバー(+アインツベルン主従)が、のび太達二人の場所へと集ってきた。
士郎は徒歩、凛は“タケコプター”装備のアーチャーに抱えられて。
そしてアインツベルン主従は徒歩で……だがその中においてただ一人、セラだけがリーゼリットに肩を支えられていた。


「あの、セラさん……どうかしたんですか? もしかして、怪我とか?」


「……魔術を使いすぎたのよ。わたしを庇ってね」


「魔力切れ。しばらく安静」


簡潔な説明の後、それに同調するようにセラが弱々しげに手を上げた。
青白い顔でリーゼリットに寄りかかっているその姿から察するに、明らかに疲労困憊といった様子。
意識も朦朧としているようで定かではなく、これ以上の活動は不可能であろう。


「成る程ね。まあ、あれだけの衝撃を魔術でどうにか相殺し切れただけでも、流石アインツベルンってところかしら?」


「衝撃? ……ああ、そっか! “バリヤーポイント”が壊れて、それで吹き飛ばされたんだっけ!?」


「ああ。アイツが通り過ぎたのと同時だったから、何とか九死に一生を得られたけどな」


セイバーによって覚醒させられたお陰で、のび太は今までの過程をすべて思い出す事が出来ていた。
“バリヤーポイント”が爆発するのと、怪物の体内(?)を尾の先まで通過しきったのはほぼ同時であった。
身体を超高密度の空気の断層で圧潰させられる事はどうにか免れたが、しかし通過した余波で発生した衝撃波によって、全員の身体が凄まじい勢いで吹き飛ばされてしまったのだ。
セイバーとのび太、士郎、凛、アーチャー、そしてアインツベルン主従と散り散りに。
バリアの中で密着状態に近かったセイバーとのび太、アインツベルン組は一纏めで飛ばされたのだが、その中においてセイバーは即座に冷静さを取り戻すと状況を俯瞰。空中で姿勢を整え、手を伸ばして気絶したのび太をキャッチし両の腕に抱え込むと、そのまま共に軟着陸を果たす。
士郎は“スーパー手ぶくろ”の力で、凛は魔術で、アーチャーは自力で、それぞれどうにか落ち着いて体勢を立て直し、無事に着地を果たしたがアインツベルン組は影響が最も強い位置にいたため、誰よりも強烈な衝撃に晒されてしまった。
それでもなお無事でいられたのは、セラがバリアの崩壊と同時に魔術による障壁を全力で展開し、被害を最小限まで喰い止めたからである。


「――――まぁ、それはさておくとして、問題はここからよ。のび太」


「はっ、はいっ?」


身体の埃を払い落としていた凛が居住まいを正し、のび太に視線を向ける。
のび太は一瞬身構えるが、その視線はつい先程、怪物に体当たりを喰らう直前、のび太に憤慨気味に叩き付けていたものとは若干違ったものであった。


「改めて聞くけど、あの化け物をアンタは知ってるのよね?」


「えっ……はい」


「そう。色々と思う事はあるけど、とにかく今知りたいのは一つだけよ。……あれは、どうやったら斃せるの?」


「……へ?」


どうして平行世界の住人であるのび太が、こちらの世界で出現したあの怪物を知っているのか。知っているのなら、怪物の正体はいったい何なのか。
謎は尽きないものの、そんな些末事は今の凛にとってはどうでもよかった。
この状況下で知りたい事は、たったの一つ。
打倒する方法、ただそれのみであった。
纏う異様な雰囲気と威圧感からして、あれは間違いなく神話級の怪物であり、今のこの世にはあってはならないモノだ。
もしアレが本領を発揮しようものなら、事は聖杯戦争どころの話ではなくなってくるであろう。
冬木はおろか、下手をすれば日本……いや、世界すら混沌と狂乱の中に引きずり込みかねない。
それほどの強い危機感を、凛は理性や知性ではなく、本能で以て察知していた。
凍る背筋と、どうしようもなく湧き上がる焦燥……それは、士郎や英霊組の共通の心情でもある。
もっとも、事情をよく知らないアインツベルン組は頻りに首を捻っているが、感じているものはやはり同じだ。


「え、えと……」


全員の視線が自分に注がれているのを感じ、のび太は顔に血が集まってくるのを感じながらも慌てて自分の記憶から思考を広げ、組み立て始める。
険しい山奥の秘境。そこに暮らす風と共に生きる人々、風の民。
その風の民と敵対する、風を支配せんとするアラシ族のかつてのシャーマン、ウランダーが生み出した強大な風の化物、マフーガ。
マフーガの力は凄まじく、遥かな過去、実に四十日もの間、この世に大嵐を齎したという。
所謂“ノアの大洪水”を引き起こしたのも他ならぬこのマフーガであったらしいのだが、それを喰い止めたのが当時の風の民の長であるノアジン。
彼が振るった『封印の剣』によってマフーガは身体を寸断され、剣と共に三つの珠に封じられた。
だが時を超えて蘇ったウランダーの手により、マフーガは現代に復活を果たした。
もっとも、その裏には真の元凶たる22世紀の考古学者であり時間犯罪者、Dr.ストームの暗躍があった訳なのだが……それはさておく。
復活したマフーガは超巨大台風を伴い降臨、巨竜の姿を象りのび太達に襲い掛かった。
巨大化したドラえもんの“空気砲”の一撃で身体を木っ端微塵に吹き飛ばされても即座に再生、力も何ら衰える事はなく始末に負える相手ではなかった。


(……でも、アイツはあの時、確かに消えた)


しかしマフーガはのび太の目の前で敗れ、消滅した。
それを成し遂げたのは……のび太にとって忘れる事の出来ない、風の民達と出会い、仲間達と死線を潜り抜ける冒険へと漕ぎ出す切っ掛けとなった、“彼女”。
のび太を護るために、“彼女”はその身を犠牲にしてマフーガを諸共に消し去った。
のび太は、その光景を涙と共に見ているしかなかった……あの怪物が視界に入る度、のび太の心がチクリと痛む。


「どうなの!?」


「あ……と、そのっ」


のび太の僅かな葛藤を知ってか知らずか、凛は早急なる回答を求めのび太に一歩、ずいっと詰め寄る。
周囲は皆、のび太の次なる言葉を待っている。
泡を喰いながらもチラリ、とのび太は目だけを上に向ける。
怪物は、グルグルと上空を旋回しつつこちらの様子を伺っているように見えた。
体当たり敢行後、上空へと再度舞い上がった怪物。
もう一度あの突撃を喰らえばこちらは一溜まりもないのだが、今のところは何も仕掛けて来る様子もなく、ただ悠然と宙に身体を泳がせている。
だがそれが却って怪物の底知れなさを感じさせ、不気味さを煽り立てていた。


(……けど、何かおかしい)


だがのび太は、今の怪物に言いようのない違和感を覚える。
あの怪物が何故ここに、しかもバーサーカーと入れ替わるような形で唐突に現れたのか。
のび太に知る由もなければ、知る術もない。
しかし何かが頭の片隅で、思考ルーチンの端に引っ掛かっていた。
まるで靄のように掴みどころのないそれ。


「あの……それはっ」


「それは!?」


さらに強く注がれる視線。
まるで視線でのび太の顔面に穴を開けんばかりの力の入り様だ。
のび太は僅かにたじろぎ、唾を呑み込む。
そして、のび太が次に取った行動は――――。





「うぅっ――――何かないか何かないか何かないか何かないかっ!?」





腹に貼り付けた“スペアポケット”の中身を、次から次へと引っ張り出す事であった。
全員の口から思わず虚脱の溜息が漏れる。
「お前、それはないだろう……」と言わんばかりのその表情。
突破口が開けるかと思っていたところにこれでは、流石に無理もない。


「これじゃない、これも違う、これも役に立たない……ああぁ、もう! どうしてドラえもんはこう毎回毎回、道具を整理していないのさぁ!?」


しかもポケットから出てくるのは何故か電子レンジにドライヤー、マッサージ器に掃除機、冷蔵庫……はっきり言って、この場ではガラクタ同然の代物ばかり。
虚脱感が上積みされ、溜息がますます重くなった。
だがそんな中においても、のび太の思考はいまだ停止しておらず、無意識下で暗中模索が続けられている。
血眼になってポケットの中を掻き回す、その様子からは想像もつかないであろうが……ついでに言うなら、のび太の叫びはどちらかといえば冤罪に近い。
と、その時。


(……あ、そっか! やっと解った……アイツ、あの時よりパワーが落ちてるんだ!)


不意にのび太の頭にあった靄が、綺麗さっぱりと霧消した。
答えに至ってしまえば何の事はない。
今のマフーガは、あの時のび太が対峙した時と違って力が格段に劣化していたのだ。
のび太の感じていた違和感の正体は、上空の渦を巻く雲の大きさと、突撃の際に風が止まった事。
マフーガは、端的に言ってしまえば“凶暴な本能を持った、人知を超える超巨大低気圧”……いわば超常的なまでに異常発達した台風のようなもの。
そしてその力を示す象徴はあの空を泳ぐ竜ではなく、その上に存在する、厚い雲渦巻く低気圧なのだ。
初めてのび太がマフーガと相対した時、低気圧は水平線の遥か向こう側、実に中心から半径数百~数千キロの範囲までを覆い尽くすような、常識外れに馬鹿デカいものであった。
距離の相当離れた日本のニュースでも大きく取り上げられ、声高に警戒が叫ばれたくらいである。
しかし今の雷雲の規模はどうなのかといえば……精々あの時の十分の一程度かそれ以下、といったところが関の山であろう。
それでも十分に脅威ではあるが、だがやはり今と過去を引き比べて見てみるとどうしても劣化している感は否めない。
だからこそ、突撃する直前に周囲の風を集め、自分の身体へ集束させた。
もし仮に過去のパワーそのままであったのならば、そんな必要などまったくなかった筈なのに……事実、以前は驟雨と雷光と暴風を垂れ流したまま、狂ったように突撃を繰り返していた。
少しでも欠けた力を補うための、本能的な対処策。
おそらくは、元になったと思われるバーサーカーの命を十一個削り取っており、万全とは程遠くしていたから……のび太は直感的にではあるが、その点を正確に捉えきっていた。


(……でも、だからってどうすればいいんだろう!? あの時みたいに『封印の剣』はないんだし、そもそも僕達だけじゃとても……!?)


焦燥感に苛まれながら食べかけのどら焼き、ヘビのおもちゃ、核兵器の模型っぽいナニカといったブツをその場にポイ捨てし、次にポケットから取り出した物体を目にしたところで、


「――――――ん?」


のび太はピタッと手を止めた。
右手に握られたそれは……一見何の変哲もないような一個の腕輪。
ブレスレットといった方がやや正確であろうが、それにしては宝石のような突起が一つついただけの、装飾品とは思えないようなシンプルな見た目。
のび太はこれを数秒の間、ジッと見つめていたが、


「――――あ、そうだっ!!!」


ピン、と脳裏に天啓が舞い降りた。
唐突に脳裏をよぎった、一つの方策。
単なる思い付きでしかなく、しかも多分に穴だらけであるこの作戦は、しかし他に選択肢を探るという選択肢すらない今の現状において、唯一の打開策であった。
上手くいけば怪物の力を削ぎ落とす事が可能、仮に上手くいかなくても今のこの劣勢状況下ではこれ以上、事態が悪くなりようもない。
と言うより、徐々にではあるが現在進行形で事態は悪化しているのである。
パラパラとしか降っていなかった雨は段々と雨量を増し、風が集束前よりも強く吹き付け始めていて全員が再び体勢を低くし今度は木々の間に鎮座、身体を取られまいと強風を凌いでいる有様だ。
そして極めつけは夜空を黒く染め上げる上空の雲。
奔る稲妻が大気を地鳴りのように大きく揺さぶる中、はじめの時よりも厚みと密度が増し、雲の直径がジワジワとだが確実に広がりつつある。
怪物の力が回復……いや、増してきているのだ。
それを怪物の雰囲気から感じ取ったのび太には、もはや不確定さに躊躇う時間など残されてはいなかった。
グルリと皆の方に向き直り、やや早口になりつつも口を開く。


「あ、あのっ! ひとつだけ、考えがっ!」


「ん!? どんな?」


士郎に促され、説明するのび太。
一言一句聞き漏らすまいと耳を傾けていた士郎達であったが、すべてを聞き終えると微かに眉を顰めていた。


「そんなに都合よくいくのか……?」


「それは……解りませんけど。でも……!」


士郎の懐疑的な意見に、のび太は他に方法はないと勢い込み、説き伏せにかかる。
妙な話だが、不思議とのび太はこの作戦が必ず成功するという確信を持っていた。
根拠などない、理屈でもない。ただ直感的に、己の案に並々ならぬ自信を抱いている。
説得力がないと自分でも理解はしているが、それでも撤回する気は毛頭なかった。
何故なら、ある意味でこの作戦には……のび太にとっての“希望”と“贖罪”に近いものが籠められているからだ。
もっとも、のび太自身にそこまでの明確な自覚はなかったが。


「よしんばその作戦で上手くいったとしても力が落ちるだけで、アイツを斃せるわけじゃないんでしょ? 打倒手段がないんじゃ、片手落ちよ。だから、賛成は出来ないわね」


「あ……」


だが、凛のダメ出しには流石に閉口せざるを得なかった。
のび太が提示したのは打倒手段ではない。いわば“削り”のための作戦だ。
それ自体はいい……成功率云々は別にして。
しかしそれは打倒手段があってこそ、初めて意味のあるもの。
決定的なチャンスを作った“だけ”では話にならないのだ。
チャンスを生かす方法、すなわち致命的な一撃を加える必殺の手段がなければ結局はジリ貧のまま、こちらの敗北が決定する。
それが解らないほどには、のび太も馬鹿ではない。
よって、起死回生と思われたのび太の案は却下され、お蔵入りになる……筈だった。





「――――――いえ、手段はあります」





剣の英霊が呟いた、この一言がなければ。
その表情には言いようのない、何かしらの覚悟がありありと浮かび上がっていた。















「は? セイバー、それって……どういう事だ?」


「正直、あまり気は進まないのですが……流石に今の状況下ではそうも言っていられません。単刀直入に申しますが、私の持つ宝具を使えば、あるいは……」


「宝具? え、でもセイバーの宝具って、あの不可視の剣じゃないの?」


確認するように問う凛に対し、セイバーは微かに首を横に振ると、言葉を続けた。


「それも私の宝具である事に間違いはありませんが……あの『風王結界(インビジブル・エア)』は私の真の宝具を隠すための、いわば見えざる『鞘』なのです。本命はその奥の……」


「……剣?」


先を言い当てた士郎にセイバーは頷きを返す。
セイバーは騎士である。故に適当な事を言う性格ではない。
余程に自信があるものなのだろうと、士郎と凛は考える。
しかし、それにしてはセイバーの表情はあまり芳しくない。
眉根に皺を寄せているし、しかも何故かのび太の方を見ては微かに表情を物憂げなものへと変えている。
それが気になったのび太は、セイバーに対して疑問をぶつけた。


「セイバー、僕がどうかしたの?」


「……ああ、いえ。ただ、これには問題が少々ありまして」


セイバーは追及を避けるようにのび太の問いには答えず、話を先に進めた。


「実は、これは相当に魔力を喰います。その分、威力は折り紙つきですが……故に、一度しか使う事が出来ません」


「ふむ……参考までに聞いておくが、どの程度まで魔力を持っていかれるのだ?」


「む、そうですね……召喚された時点での状態でしたら、一度の使用で私の現界そのものが危うくなるほどに、ですか」


「「「はあっ!?」」」


予想を遥かに上回る燃費の悪さに士郎・のび太・凛が目を剥いた。
成る程、それだけ魔力をつぎ込まねばならないというのなら、確かに必殺と成り得るだろう。
しかしそれでセイバーが魔力枯渇で消滅の危機に晒されると聞いてしまえば、流石に躊躇いを覚えずにはいられない。
だがその中において一人、アーチャーのみがセイバーの言葉の中に含まれているものに気づいていた。
イリヤスフィールはのび太達の間で交わされるやり取りをジッと静観しており、リーゼリットはどちらかと言えば自らが行っているセラの介抱の方に意識を割いている。


「……という事は、“今”はそこまではいかんのだな?」


「ええ。一応、通常戦闘がどうにか可能といったところまで、でしょうかね? いきなり消滅という事にはならないと思います。食事で僅かなりとも魔力を得られましたし、それにあの夜の余剰分が……いえ、まあそういう事です」


セイバーの言葉に、思わず安堵の吐息を漏らす三人。
仮に怪物を斃せたとしてもそこで終わりという訳ではない。聖杯戦争はこの後もまだまだ続いていく。
戦力的にも、また心情的においてもまだセイバーに去られる訳にはいかないのだ。
それにもし万一があったとしても、凛の宝石を使えば最悪の事態は避けられるだろう……ただ、あくまで念のため懐に忍ばせていた予備分であるため残数にそこまでの余裕はなく、心許ないものではあるが。
とにもかくにも、これで怪物に対抗出来る目途が立った事になる。
あとは……“配役”だけだ。


「では前段階の“仕込み”の役目は私と……そこの小僧で行おう」


「えっ……お、俺か!?」


アーチャーからのご指名に、士郎は面食らう。
一応立候補するつもりではあったのだが、まさかこの男から名指しされるとは、思ってもいなかったのだ。
アーチャーはその反応に若干眉間に皺を寄せながらも、その実、嘲るように口元を歪める。


「生憎、今は猫の手も借りたいような状況なのでな。たとえ未熟者であろうと、人を遊ばせていられる余裕などない。それとも何か? 少年の道具によるドーピングがなければ、あの魔物には挑めんか? それならそこの木にでも齧りついて大人しく待っている事だ。クク、強制はせんぞ?」


「お前……! ああもう、クソ。いちいち皮肉の好きなヤツだなこの野郎! けどお前、武器はどうするんだ?」


「ああ、それなら……そら、そこにおあつらえ向きの物が転がっているだろう?」


士郎の悪態混じりの問いに対してアーチャーの指差した先には……無造作に地面に横たわる、鈍くも鋭利な岩の塊が。
そう、どさくさ紛れに士郎が強奪し、力任せに投擲した後そのまま場に打ち捨てられていた、バーサーカーの獲物である巨大な斧剣であった。
アーチャーは風に飛ばされぬよう姿勢を低くしたままそれに歩み寄ると柄を握り締め、むんと僅かに表情を歪めたかと思うとそれを片腕で振り回し、ズンと肩に担ぎあげた。
筋肉質とはいえ痩身ながら、“スーパー手ぶくろ”もなしに斧剣を持ち上げ得るその膂力。
流石、伊達に英霊をやってはいないという事であろう。


「アンタ、アーチャーのくせして結構パワーあるのね?」


「この程度の事は、一部の例外を除けば英霊なら誰でも出来得る事だ。大した事ではない。では少年、これと小僧の大剣に」


「あっ、は、はい!」


戻ってきたアーチャーがのび太にそう声を掛けるとのび太は“スペアポケット”に手を突っ込み、士郎とアーチャーは地面に剣をそれぞれ突き立てる。
そしてポケットから取り出された物は……小型の懐中電灯を模したひみつ道具。


「“ビッグライト”! それっ!!」


のび太は取り出しざまにそれを二つの剣に向けスイッチ・オン。
ライトから光が照射され、剣全体を万遍なく包み込むと見る見るうちに剣が大きくなり始めた。


「うわぁ……」


イリヤスフィールが感心とも驚愕とも取れるような声を漏らす中、三メートル、五メートルと植物の成長をビデオで高速再生するかのように、剣はその大きさを増していく。
やがて“ビッグライト”の光が消え去った時、それらは実に二十メートルはあろうかという、もはや剣とも呼べ得ぬほどの重厚長大な大剣と化していた。
その絶壁のような刀身を前に、一同はどこか呆然としながらそれらを仰ぎ見る。


「うおぉ……! 想像はしてたけど、デカイなやっぱり。手袋の補助があるとはいえ、振れるのか、これ?」


「たぶん、大丈夫だと思いますけど……あ、アーチャーさん。はい“かるがる手ぶくろ”。あと士郎さんも一応これ」


のび太が二人に手渡したのは“かるがる手ぶくろ”。
どんな重いものでも、文字通り軽々と持ち上げる事が出来るようになる手袋である。
“スーパー手ぶくろ”の亜種に近いが、このような場合はこっちの方がいいかもとの、のび太の判断だ。


「むっ……ん、すまんな。流石にここまでの物となれば、如何に私でも持ち上げる事すら叶わん。セイバーならば、ともすれば可能かもしれんが」


「そうですね……まあ、“魔力放出”を全開にすれば、持ち上げるくらいはいけるかと。もっとも、すぐに魔力切れを起こしてしまうでしょうが」


そうしてアーチャーは手袋に手を通しつつ、懐から“タケコプター”を取り出し、己が頭に取り付ける。
その姿を目にしたイリヤスフィールの、思ったままにポツリと漏らしたこの一言。





「……シュールね」


「同感。でも割と人気あるみたいよ? あの『アチャコプター』。なんせ前回、両所の感想欄のコメントの八割くらいが……」





そこ、メタ発言はやめなさい。


というか、状況の割に結構余裕のある二人である。
……いや、もしかすると色々ありすぎて既にいっぱいいっぱいで、一周回って逆に落ち着いてしまっているだけなのかもしれないが。


「小僧。準備はいいな?」


「んっ……ああ。じゃあ、行くぞ!!」


いまだ旋回を繰り返す怪物を見上げつつ手袋をはめ替えると、士郎は自らを鼓舞するように言葉を放つ。
そしてアーチャーと同じように、のび太から手袋と共に手渡された“タケコプター”をカチャリと装着すると身を縮めて大地を蹴り、二人は同時に空へと舞い上がった。
重力に対して垂直に高度を上げ……士郎はかなりフラついていたが……二人は瞬く間にそれぞれの獲物の柄へと到達した。
だが、その時。


『――――――――――――――――!!!!』


「あっ!?」


「――――ちっ、流石に気づくか! もう少し悠長に構えていればいいものを!」


アクションを起こした事を察知したか、怪物は旋回する事を止め、弧を描きざま、のび太達の方に向き直った。
鈍く輝く両の目を巨木のように聳える二刀に注きつつ、低く唸り声を上げる怪物。
上空の雲はいまや漆黒よりもなおどす黒く染まり、雷鳴と共に冬木の地はおろか、日本全土をあわやその範囲内へと囲い込まんとしている。
雨はもはや豪雨と変わり果て、吹き荒ぶ風が身を引き千切らんばかりの勢いで全員の身体を通り抜ける。
遥かな昔、世界中を嵐となって席巻し、恐怖と混乱を世に撒き散らした神話級の風の魔竜が、その力を着実に取り戻しつつあった。
一刻の猶予も、もはや残されてはいない。


「急ぐぞアーチャー! もう一度突っ込んで来られたら終わりだ!!」


「貴様に言われずとも知れた事……!!」


喧嘩腰に言葉を交わし合いつつ二人は眼前の、千年杉の胴回り程もあろうかという剣の柄を両手でガッシリと握り締め。





「「――――ぉぉぉおおおおおおっ!!!」」





咆哮。次いで地面の罅割れる、メキメキという轟音。
二人は鏡合わせのようにそれぞれの獲物を、“かるがる手ぶくろ”が生み出す膂力を生かして強引に大地から引き抜いた。
砂塵が吹き荒れる風に煽られ、土色の旋風(つむじかぜ)が地上ののび太達に吹き付ける。
“タケコプター”の最大積載重量を明らかに超えているだろう大質量を担ぎ上げ、二人は怪物の方へと“タケコプター”の舵を切った。





(……持つのか? いや、頼む。持ってくれ)





頭上で徐々に嫌な音を奏で始める“タケコプター”を、修羅場慣れしているアーチャーのみが頭の隅で憂慮していた。







[28951] 第二十五話
Name: 青空の木陰◆c9254621 ID:90f856d7
Date: 2012/01/01 02:02



怪物は、己が状況をよく理解出来ていなかった。
把握しきれているのは、ほんのわずかな事だけ。
『暴れろ』『怒れ』『吼えろ』『狂え』などの身を焦がすような衝動とそして……微かに感じる、身体を食い破ろうとするかのような得体の知れぬ『疼き』。
ただそれだけであった。
元々この怪物には理性など殆どない。あるのは悪鬼羅刹の如き、凶暴凶悪な本能のみ。
だが知性だけは……本能の内に織り込まれた、付随物に近いものだが……多少ながらも備えていた。
その知性が訴えかける。
こちらに向かって空を駆ける、あの二名は己にとってさほどの脅威足り得ないと。
あの常識の枠を置き去りにしたかのような獲物を振るわれれば成る程、この身体を砕く事くらいは為せるだろう。
だがそれだけだ。
風の竜たるこの身は『本体』であり、同時に『端末』でもある。
たとえこの身が破壊されようと、もう一つの己ともいえる頭上の低気圧がある限り、即座に再生が可能。
そしてあの程度の代物では、両方を撃滅する事は到底不可能である。
怪物は二人から興味が失せたように視線を逸らすと、己の遥か下に点のように存在する者達を睥睨する。
赤銅の少年、銀の騎士、紅の乙女、白の少女、二対の従者……地を這う事しか出来ない、かの者達ではかつての力を取り戻しつつある己の障害とは成り得ない。
ただ、やはり鬱陶しい……一度目は凌がれたが、次で完全に終わるであろう。
そんな余裕を湛えつつ、怪物はスッと何気なしに視線を横にずらして……、





―――――心臓を鷲掴みにされたかのような、途方もない危機感に襲われた。










「小僧、そのまま奴の右側に回れ! 私は左側面から尾を狙う!!」



「あいよ! なら俺は頭だなっ!」





前方から声が響いてくるが怪物の耳には届かない。
怪物の目と意識は……地上に存在するある一つの存在に、どうしようもなく釘付けにされていた。


――――まずい。“あれ”は、“あの存在”だけはまずい。


“あれ”は己の存在を揺るがすものだ。
かつての記憶……己が滅された、あの時の生々しい感覚が怪物の脳裏にまざまざと蘇る。
あの時と今は違う。だが“あの存在”の所為で、このままではあの時の焼き直しだ。
だが、いったい何故そんな事が解る?
“あれ”は初めて目にするもの、しかしどういう訳かこの身は“あれ”を知っている、そして恐れている。
何故知っている?
“あれの所持者”に、見覚えがある所為か?
……いや、それとも。





――――元になった『狂戦士の器』と器の中のエーテル……そして“あれ”を所持している者の『記憶』から、この身が『再現』された所為か?





……待て、どうしてそんな事が解る?
そんな覚えも記憶もない。だが、どうしてそんな事を知っている?
いったいこの身に何が起こっている?
先程からどんどんと強さを増してくる、この疼きはいったい何なのだ?
どうしてこの疼きは、“あれ”と“あれの所持者”に反応するかのように発せられているのだ?
何故、どうして、何故……??





『――――――――――――――――!!!!』





気炎を上げ、大気を鳴動させる事で怪物は無理矢理ループする思考を断ち切った。
疑問を感じている場合ではない。
とにかく、“あれ”を何とかしなければならない。
“あれ”の存在がある以上は、この身を粉砕される事さえ致命傷となりかねない。
だからこそ、疾く迅速に、潰さなければ。


即断即決。


警鐘を鳴らす本能のままに、怪物は悪寒の根源を全力で以て排除せんと、再びの突撃の体勢を整える。
力を取り戻しつつある今なら防がれも凌がれもせず、一瞬で片が付く。
身を縮め、全身を発条(ばね)のように収縮させると一気に身体を伸ばし、反動によって弾かれたように地上へと急下降した。
――――――が。





「――――タイミングを合わせろ、小僧!」



「こっちは素人だぞ、お前が合わせろアーチャー! うおおおおぉぉぉっ!!!」





全てが遅きに失した。
気づくのが一瞬、ほんの一瞬だけ遅かったのだ。
もう少しだけ早くそれに気付けていたのなら、結果は違っていたであろう。
あるいは空を飛ぶ小うるさいハエどもを即座に叩き落していたら、もしかしたらここまでの窮地には至らなかったかもしれない。
だがそれは今更の事、この帰結が覆る事はない。
凄まじい速度で大地へと迫る己が身の右舷・左舷側から迫る大質量の二対の剣。
レーザーが照射の中途で軌道を変えられないように。
もはや避ける事も、標的を変更する事もままならない。





「「――――いけえええぇぇぇぇ!!!」」





発生する衝撃波も大質量の前には無力。
白銀の刀身と武骨な岩塊が、振るうというよりぶつかるような形で竜の身体を三つに分断した。





『――――――――――――――――!!!!』





断末魔の絶叫。
耐えがたい苦痛などは怪物の存在の特性上さほど感じないが、それでもかなりの衝撃は走る。
故に怪物は叫び声を上げた。


「よぉっしっ! ……って、あれ!? こ、高度が落ちる!? なんで!?」


「小僧! 剣を捨ててさっさと地面に降りろ! “タケコプター”が過負荷でオーバーヒートを起こしていてもう持たん! 墜落死したくなければ早くしろ!!」


「なにぃ!? ……っと、わ、解った!」


獲物をポイ捨てし、強風と制御不良にヨタつきながらも一目散に地面目掛けて降下する二人。
分かたれた身体が崩れ落ちる中、それを視界の片隅に収めながらも怪物はある一点を見据えていた。
その視線の先には、地上にいた残る最後の一人が。


眼鏡を掛けた、どこにでもいそうなひどく凡庸な少年……のび太と、そして。





その片方の腕にはめられた腕輪――――怪物に脅威を感じさせたひみつ道具――――“精霊よびだしうでわ”があった。





ドクン、と怪物は己の体内で、何かが大きく脈動するのを感じた。










「や、やった……!」


「よっし、上手く三つに捌いたわね!」


「ギリギリのタイミングでしたが……どうにか、間に合いましたか」


「……デタラメね、もう。色々と」


ドゥンッ、という凄まじい音と震動を巻き起こし、超重量の二振りの剣が地面に追突する中、思い思いに心情を吐露する地上組。
歓喜、安堵、呆れと反応は様々だが、ともかくのび太の作戦における第一段階はクリアした。
次は肝心要の第二段階……しかしここが最も難しいところであり、それ以前にこの段階はある意味、バクチであるとしか思えない。
士郎や凛が当初渋ったのもそのためだ。
だが既に賽は投げられた。もはや後戻りは許されない。


「のび太、解ってるわね……? ここまで来て、失敗は出来ないわよ?」


分断された天空の怪物を視界に収めながら、凛はのび太に忠告する。
言った事には責任を持て、との意思を言外に乗せて。


「……大丈夫です!」


だがのび太はそれに微塵も臆する事なく、その場から一歩踏み出すとキッと真剣な面差しで空を見据えた。
そして徐に腕輪の嵌められた方の手に、もう一方の手を重ねる。
のび太の思いついた策。
それは一言で言ってしまえば、初めて怪物と対峙した時の“再現作業”だ。
まず作戦の第一段階、それは怪物の身体を三つに寸断する事。
過去、のび太が『封印の剣』によって行ったこれを、“ビッグライト”で巨大化させた『大・電光丸』とバーサーカーの斧剣で代用した。
怪物は過去に一度、“ビッグライト”で巨大化したドラえもんの“空気砲”で粉微塵にされた事があるので、神秘と魔力の込められた大質量のそれらなら『封印の剣』の代用品として使用しても問題ないだろうと踏んでいた。
もっとも、のび太が提案したのは『大・電光丸』一本のみで行う実行案だったのだが。斧剣が追加されたのはアーチャーのアドリブである。
そして、第二段階とは……。





「――――来い、“台風の精”……!」





のび太の手が腕輪の表面を擦り、声に反応して腕輪から一筋の煙が立ち上る。


“精霊よびだしうでわ”


それは、腕輪を擦って『○○の精』などと唱えれば、それに応じた人工の“精霊”を呼び出せるというひみつ道具。
のび太はこれを使って、怪物の“中”にもしかしたらいるかもしれない、かつて失ってしまった“存在”を呼び出す事を思いついた。
だが、これで呼び出される存在はあくまで道具の力によって現象から具象化された存在である。
のび太の思うそれである事は、論理的にまず間違いなくあり得ない。
しかし、のび太はその『≒0%』の可能性を真っ向から蹴飛ばして、余人には理解不可能であろう絶対の確信を持って挑んだ。
何故ならそれは……きっとその“存在”とのび太との間に、目には見えない強い繋がりがあるから。
自分がその名を呼ぶのなら、きっと必ず応えてくれる。
そうのび太は強く、強く信じている。





だからこそのび太は力の限り、天を貫けとばかりに声を張り上げる。





ありったけの力と感情と……、願いを籠めて。










「――――――フー子おおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」










“彼女”の名を。










――――――――フウウウウウウウウウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ…………!!!










そして、のび太にとって懐かしい“彼女”の声が、嵐吹き荒ぶこの地に響き渡った。















「えっ……な、何よ今の声?」


「あっ!? お、おい遠坂、あれは!?」


「……オレンジの、玉?」


凛達の下に合流した士郎の指差した先。
分かたれた怪物の三つの身体の内の一つが、淡く輝くオレンジ色の玉へと変化していた。
宵闇よりもなお暗いこの場において、太陽にも似た光を放つそれは見る者に安堵感と明るさを齎さんばかりに周囲を煌々と照らし出す。
暴風は一挙に鳴りを潜め、微風と言って差し支えないものへと様変わりしている。
オレンジの玉はその場でクルリと円を描いたかと思うと、次の瞬間にはそのまま一直線に、のび太の方へと脇目も振らず飛翔してきた。


「こ、こっちに来た!?」


「あ、あぁ……!?」


慌てふためく士郎の横で、のび太は大きく目を見開く。
やはり自分の直感は間違ってなかった。
次第に昂ぶり始める感情に身体を細かく振るわせながらも、のび太はそれを受け止めようと手を広げる。
英霊二人が僅かに身構える中、オレンジの玉は“精霊よびだしうでわ”から湧きあがった煙の中へと飛び込むと煙諸共パン、と閃光弾のように眩い光を発して弾け飛んだ。
そして次の瞬間。










「――――のびたっ♪」










光の中から幼い“女の子”が姿を現し、そのままのび太に抱きついてきた。




「「「「「――――――へっ?」」」」」




全員の目が点になる。


「フ、フー子……なの?」


「フウッ♪」


その中において、最も衝撃の度合いが大きかったのはやはりのび太であった。
先程とは違った意味で、目を皿のように大きく見開いている。
ニ、三秒ほどそのまま固まっていたが、やがて信じられないものでも見るかのように、おそるおそるのび太は腕の中に収まる女の子に視線を向けてみた。


「のびた……あいたかった」


のび太よりも頭一つ分ほど小さく、およそ二~三歳は年下であろうか。
薄いオレンジのショートカットに、青い空と澄んだ風を思わせるような曇りのない、綺麗なブルーの瞳。
目鼻立ちはすっきりと整っており、将来はかなりの美人になるであろう事が容易に想像出来る。
若干大きめの、ゆったりとした浅葱色のローブを身に纏い、のび太の胸に頬をスリスリと押し付けるその表情は心底嬉しそうである。
パッチリとした大きな目をこれでもかとばかりにゆるく細め、ともすれば猫みたいにゴロゴロと咽喉を鳴らさんばかりだ。


「えっ、な、なんでフー子が女の子に!? い、いや女の子なのは知ってたけど……どうして人型なの!? それに言葉も喋ってるし……!?」


「フゥ? ……ん~、それ」


「へ? それ……って、“精霊よびだしうでわ”? ……あ!」


いまだに笑顔の女の子……フー子の指差したものを見てのび太は怪訝な表情になったが、ふとある事に思い至った。
“精霊よびだしうでわ”によって呼び出された精霊は、基本的に人型で現れる。
火の精しかり、のび太がかつて呼び出した雪の精しかりだ。
今回のび太が腕輪によって呼び出したのは、実はフー子とはまったく関係のない“台風の精”であった。
だが偶然か必然か……いや、諸々の関係を鑑みればきっと後者であろう……のび太の呼びかけを切っ掛けとして怪物から解き放たれたフー子は、腕輪から発せられた“台風の精”を人型として具象化する煙の中へと飛び込んだ。
そうした結果、煙の影響を受けてフー子が“台風の精”として人の姿を象り、のび太の目の前で復活を果たした。
とどのつまりは、そういう事である。


「のびた。ボク、ずっと、のびた、よんでた。のびた、きづいてくれた」


「え、いや……そういう訳じゃないんだけど。ただ、この腕輪を見た時、なんでかフー子を呼び出せるって思ったんだ。それってもしかして、フー子が僕を呼んでくれてたから?」


「フゥ♪」


「……そっか。あははっ!」


舌足らずな口調でたどたどしく、だが一切の屈託のない笑顔で頷くフー子。
のび太は込み上げる感情のままに、フー子を両の腕でギュッと抱き締めた。
視界が涙で滲むが、そんな事はお構いなしに。
万感の思いを込めた、のび太の歓喜の笑い声が響いた。





「……盛り上がってるトコ悪いんだけど、アンタらね。まだ終わってないのよ?」


「へ?」


「フゥ?」





傍から聞こえた、呆れ混じりの的確なツッコミの声に二人はようやく現実に引き戻された。
顔を向ければそこにはポカンとしている士郎、額を抑える凛、難しい表情のセイバー、気を抜いていないアーチャー、そして展開についていけずにどこか諦観気味のイリヤスフィール。
一応事前に簡単な説明を受けてはいるものの、理解を超えた超展開続きの渦中においてやはり全容を掴み切れてはおれず、疑問の種は尽きないようだ。
だが質問も追究も一旦棚上げ。状況はいまだ気の抜けるようなものではない。
混乱と謎がラッシュ時の立体交差点なみに錯綜する中でも、優先順位は忘れられてはいない。


「アレ見なさいなアレ。あのマフーガとやら、まだくたばっていないのよ。そんな事してる場合?」


「感動の再会……と言うべきなのか?……もいいが、少年よ。まずあれをどうにかせねば話にはなるまい? 気持ちは解らんでもないが、な」


「あ……、そ、そうですね。ごめんなさい」


「……ごめんなさい」


二人揃って、ションボリとしながら頭を下げる。
そのおそろしく素直な反応には、流石に罪悪感が湧いたのか凛とアーチャーは気まずそうにツツ、と目を逸らした。


『――――――――――――――――!!!!』


凛の指し示した先では、後に残った怪物の身体のバーツと破片が再度集束。渦を成して組み合わさり、再び竜の姿を形作っていた。
赤々とギラつく獰猛な眼光はそのまま……いや。
以前よりも、どこか禍々しさが増していた。
……とはいえ。


「しかし……ノビタの言葉通りですね。その娘が怪物の身体から離れてここに現れた瞬間、明らかに台風の力が弱まりました」


「ああ。風も暴風ってほどじゃなくなってるし、雨脚も雷もひどくなくなってる。ひょっとしてそのフー子って娘、マフーガの重要な部分だったのか?」


「あ、はい。フー子はマフーガの封じられていた珠の内の一つで、そしてマフーガの一部で……えーと……ねえ、どこの部分だったの?」


「ん~……ちせい?」


「ちせい……知性? だそうです」


コテンと首を傾げたフー子が発した答えに、一同は納得したような表情になる。
今の怪物は、前のものとは明らかに異なっている点が一つある。
それまでの怪物はのび太達を吹き飛ばした後、空を悠々と旋回し、力を蓄えるなどといった余裕のあるところを見せていた。
だが今は上空でのたうちまわるように荒れ狂い、奇声のような咆哮を上げている。
その姿からは理性や知性の欠片も感じられない。
凶暴な本能を持て余し、湧き上がるどす黒い情動に翻弄されている。
知性を司っていたフー子が削ぎ落とされた事で、怪物は本能のストッパーを失ってしまったのだ。
フー子を奪われ、単純計算でおよそ33%力が減少したとはいえ、いまだ脅威の存在である事に変わりはない。
しかも己が意思で感情の制御すらも不可能と化してしまったとなれば、もはやメルトダウンを起こした原子炉なみに始末が悪いものへと成り下がっている。


「力を落としても、前以上に凶暴化されたんじゃねぇ……。タチが悪すぎよ。これは早いトコ片を付けないと……」


「そうですね。時間が経てば、取り返しのつかない事にもなりかねません」


セイバーはそう告げると腰を落とし、不可視の剣を顕して構えようとする……が。


「…………ッ!? くっ」


「? セイバー、どうしたの?」


「いえ……」


何故かそのままギシリと硬直し、動きを止めてしまった。
不思議に思ったのび太が声を掛けるが、セイバーは次第に俯いていく。
そしてきっかり三秒後、セイバーの口が躊躇いがちに開かれた。





「……斃せ、ません……!」





「……は?」


「今の……私の宝具では、あれを、討ち果たせないのです」


「え……ちょ、ちょっと!? それってどういう事よセイバー!?」


「……彼我の差が、思ったより遠い。僅かに、威力が足りないのです。ノビタの策で力は確かに削がれましたが、今宝具を解放したとしてもおそらく……奴は生き残るでしょう」


「そ、そんな……!」


一同の背に、絶望が重くのしかかる。
ここまで来て致命的な、想定外のアクシデント。
セイバーの計算では、今の段階で宝具を解放して怪物を殲滅出来る確率は僅か十%。
ただしこれは、己が無理なく現界出来るところまで魔力消費を抑えた場合の数値である。
魔力を当初の予定よりも注ぎ込めば宝具も威力を増すため、確率はまだ上昇するが、それではセイバー自身が魔力枯渇で消滅してしまう。
凛の予備の宝石を余さず注ぎ込んで宝具を放ったとしても、殲滅可能な威力とまでには至らないであろう。
燃費の悪さが尋常の域ではないのだ、このセイバーの宝具は。
ここまで追い詰められた原因は、怪物が予想以上に力を取り戻していたという事。
知性の象徴でもあるフー子を奪われ、力が激減した上でもなお、勝ちの目を引き寄せるくらいに。
腐ってもマフーガは神話級の魔怪竜である、その程度の事が出来ずしてどうして封印など施されよう。
恐るべきはその予想の斜め上を行く底の知れなさ。
やはりこの怪物は、劣化していたといえども格そのものが段違いであった。


「……進退窮まった、か」


唸るようなアーチャーの声。
劣勢どころかまさに崖っぷちの状況。
退く事は出来ぬ、だが踏み出す事も出来ぬ。
この戦いにおいて誰一人欠ける事なく生還出来る可能性は、ほぼゼロと化した……





「……だいじょうぶ」



「え?」





……筈だった、が。
その絶望の闇に光明を射し込んだのは、他ならぬ台風の子どものこの一言であった。
フー子の持つ、幼くも柔らかな声音と雰囲気に、ほんの少しだけ凍てついていた空気が緩む。
宝石のように澄んだ青の瞳をのび太と通い合わせ、口遊(くちずさ)むようにこう告げる。


「かてる」


「勝てる……って、フー子?」


「ボク、のびた、まもる。みんな、まもる。あいつ、やっつける。だから……」


「ッ!? ま、まさかっ、ダメッ! ダメだよフー子!! せっかく……せっかくまた会えたのに!?」


のび太の脳裏によぎったのは、あの時の光景。
のび太達を護るため、自らの命を投げ打って怪物に特攻を仕掛け散った、あの悪夢のような記憶。
心を壊れんばかりに掻き毟られ、やりきれない気持ちを抑えきれずにただ慟哭するしかなかった。
そんな事はさせられない、させる気など毛頭ない。
だがそんな心配を余所に、フー子はプルプルと首を振る。


「ちがう」


「……へ? 違う?」


「のびた、かんがえる、ちがう。ボク、しなない」


「そ、そっか……あぁ、よかったぁあ。……あれ? でも、じゃあどうするの?」


一同の視線が集まる中、フー子は「ん~……」と口元に指を当てて少しの間、考え込むような素振りを見せると、


「フウ♪」


「……はい? 私、ですか?」


「フ!」


ニコリと微笑みを浮かべながら、セイバーを指差した。
突然のご指名に、まさか自分に水が向けられるとは思わなかったセイバーはキョトンとした表情を形作ったが、こいこいとフー子が手招きするのでとりあえずそちらへと向かう。
するとチョイチョイ、とのび太とセイバーにお互い向かい合うように、と手振りでジェスチャーしたので、二人は首を傾げながらも言う通りに向かい合った。
それを確認したフー子はフワリ、とローブを靡かせ、まるでそれがごく当然の事であるかのように宙に浮かぶ。
フー子をよく知るのび太以外の人間がその光景に一瞬ギョッとしたが、フー子はそれを知ってか知らずかフワフワとセイバーの方へと近寄っていく。


「おねえちゃん、かがむ」


「あ、はい……」


のび太よりもセイバーの方が身長は高く、その差は十センチメートル以上ある。
それがフー子としてはダメなようで、ペチペチとセイバーの頭を小さな掌で叩いた。
フー子が浮いた事に戸惑いつつも、見ていて微笑ましくなるような幼い子供に逆らう気など毛頭ないセイバーはその通りに膝を曲げ、のび太と同じ目線になるまで身体を落とした。
……非常に今更かつ改めて言うが、セイバーは世界中探してもなかなかお目に掛かれないであろうほどの、頭に“超”が付く美少女である。
そんな相手と見つめ合うようなこの状態に、のび太の頬がほんの少しだけ赤らんだ。


「そ、それでフー子。ここからどうするの?」


「フゥ? フ!」


慌てたようにフー子に伺いを立てるのび太。
フー子は二人の間に宙に浮いたまま、セイバーの頭に置いた方の手とは反対の手をのび太の頭の上に置く。
やはりその意図が解らず、のび太とセイバーはお互いに目を見合わせ、二人同時に疑問符を浮かべる。
しかし意外にも答えはすぐに出た。





――――この場の誰もが予想しえなかった、ある意味ぶっ飛んだ形で。










「ちゅー」



「「――――――――んむっ!?」」










次の瞬間、フー子の手が内側に引っ張られ、互いに正面からぶつかるような形でのび太とセイバーの唇が重なり合った。










「……え!?」


「は!? ちょっ!?」


「むぅ……?」


「うわー……」


いきなりの事に慌てふためく外野陣。
だが当事者達の衝撃度合いはそんな程度では済まなかった。





(……へ? あれ?)





のび太は傍目からも解るほどに目を白黒させ、一体全体何がどうなっているのかはっきりと把握出来ていなかった。
解るのは、唇に感じる柔らかくも熱を帯びた、自分とは違う人間の生々しい感触だけ。
脳髄がピリピリと焼けつくような感覚。ドクン、とのび太の心臓が一際大きく跳ね上がる。





(今……はい? 私はノビタと……キスを?)





それはセイバーの方も同じだったようで、伝わってくるのび太の感触をただ呆然と、放心したように感じているのみであった。
一秒か、三秒か五秒か……いや、もしかしたらゼロコンマ単位の間だったかもしれない。
やがてして、二人の唇がフッと離れた。
今まで行っていた行動をまだ処理しきれていないのか、ぼんやりと顔を見合わせあう二人。
顔はお互いリンゴのように真っ赤である。





……しかし、事態はそれだけでは終わらなかった。










「のびた、ちゅ~♪」



「んむぅっ!?」










今度はフー子がフワリとのび太の前に現れたかと思うと、いきなりその唇を唇で塞いだ。










「「「「…………!?」」」」


外野陣はもはや声もなく、水面に浮かんだ鯉のように口をパクパクとさせるのみ。
セイバーに続き、フー子とも口づけを交わしてしまった。
再度感じる熱い感触に、のび太の頭はパニックを通り越して既にパンク寸前である。


「フゥ♪」


唇を離した時も、フー子は相変わらずニコニコとしたまま。
何のためにこんな事をしたのか、その真意がまったく読めない。


……だが。





(――――――え?)





のび太とセイバー。





(――――――これは?)





のび太とフー子。





(――――――ん♪)





この二通りの組み合わせの間に、何かが身体の奥底でカチリと繋がれたのをのび太は、はっきりと感じた。
ドクン、ドクンと先程とは違った意味で高鳴る心臓。
膨大な熱がカッと身体の芯から湧き上がり、肉体を突き破り四散させんばかりの圧力が身体中のあらゆる箇所にギシリと走る。


(……ッ!? なっ、なに、コレ!?)


何かが自身の内から込み上げてくるこの得体の知れない感覚を、のび太は訳も分からず受け入れ……そして、“ソレ”は目覚めた。





「――――――うあああああぁぁぁぁぁぁぁあああっ!!」





「っな!? 何ですか……この、異常な魔力は!?」





「フウ♪」






突如巻き起こる魔力の嵐。
三人を中心として迸る魔力の流れが渦を巻き起こし、閃光が周囲の闇を駆逐して全てを照らし出そうとスパークする。
木々は怒涛の魔力流に煽られてざわめき、撒き散らされる魔力による衝撃波が轟々と耳障りな音を辺りに反響させる。


「う……わっ!?」


「な、によこれ……!? 物凄い魔力!」


「ぬぅぐ!? 凄まじい圧力だな……これは!」


「……あら? でも、この魔力って……」


「すごく独特。普通の魔力と感触がちょっと違う」


「……ぅ、そ、れに、魔力が、“三つ”、存在しています」


水を満面に湛えたダムが決壊したかのような、膨大な魔力が齎す圧力に士郎達はおろかダウンしていたセラまでもが、たじろいだ。
ビリビリと肌を通して伝わる感覚が、この普通ならあり得ないだろうこの異様な光景が現実の物なのだと教えてくれる。
そして最後のセラの言葉……その事実が示すものは、ひとつ。
セイバー、フー子、そしてのび太から……これだけの莫大な魔力が発生されているのだ。


(いったなにが……!? 私の魔力量が増加して……っ、違う! “増幅”されている!?)


混乱の中、セイバーは己が身に起こっている変化に戸惑う。
自身にとって心許なかった筈の蓄積魔力量が、堰を切ったように爆発的に増幅されているのだ。
しかも今なお、それこそ際限など知った事かと言わんばかりに継続中ときている。
今ならば、たとえ十回以上宝具を解放しようと、自身の現界閾値以下まで魔力が枯渇するなどあり得ないだろう。
そして、まるで自身の中に潜む何かが猛り狂っているような、言い知れぬ力の漲りと異常な高揚感。
セイバーはこの感覚に覚えがあった。


(バーサーカーと初めて対峙した、あの時と同じ……ではない、それ以上だ! ノビタと口づけを交わしただけで、どうしてこんな……いや、待て。そんな事より)


ハッと、何かに気づいたかのようにセイバーはのび太の方を見やる。


「うぁ、あぁあ……! な、なに、これ!? ぅう、ぐぐ……!」


のび太は目を固く閉じ、歯を食い縛りながら己の内から溢れ出す力を必死に耐え忍んでいる。
そんなのび太の姿を視界に収めながら、セイバーはそっと目を閉じると己の内側に意識を向ける。





(……これは、ラインと……ッ、まさか!? という事は、この現象は……“共鳴”!?)





その時、セイバーはこの異常の原因を理解した。
己の中に存在する、とある“因子”。
それがキスによって繋がれたラインを通じて、のび太の奥底に潜む“なにか”と惹かれあい、互いが互いを刺激し合って共鳴反応を引き起こしているのだ。
バーサーカーと対したあの夜、セイバーの身に起きた変化はこの反応の劣化版。
ラインによる繋がりこそなかったものの、密着状態での視線の交錯と互いの意思の同調が不完全ながらも共鳴を引き起こした。
セイバーの傍らの宙に佇むフー子からの魔力の迸りも、セイバー達の物と質を同じくしている。
フー子ものび太と同じ、そしてセイバーと同じ因子を持っているのだ。





(疑問は多々あるが、間違いない。これは……)





セイバーは確信する。
のび太の奥底深くに眠り、セイバーとフー子との口づけによって完全に覚醒した、『莫大な魔力』を司る因子。
それは……。















「――――――“竜の因子”!!」




















【蛇足】





その時。




「――――――ッ!?」





「ちょっと、速いよジャイアン……! って、あれ? しずかちゃんどうかしたの? 急に立ち止まったりなんかして……」


「あん? なんか忘れ物とか? のび太の家はもうすぐそこなのに……」





「ううん、ちょっと……。なんか、何かを横からパッと取られちゃったみたいな……そんな気がして」





「「はぁ?」」


「おぉ~い、皆! そんな道のド真ん中で立ち止まってないで、ついて来るなら早くしてよぉ~!!」





――――遠い異世界で、そんな事を呟いた小学五年生の女子がいたとか、いなかったとか。







[28951] 第二十六話
Name: 青空の木陰◆c9254621 ID:90f856d7
Date: 2012/01/23 01:30





“竜の因子”





この因子を宿す者は、莫大な魔力を保有するとされる。
召喚が不完全でさえなければ、竜の因子を宿すセイバーの魔力量はこの戦争に呼ばれたどの英霊よりも上だったに違いない。
だがそもそもこの因子はそれこそ希少な、いわば伝説クラスの特殊なシロモノなのである。
英霊の座に存在する英傑をかき集めてみても、この因子を持つ者はきっと数えられるほどしかいないのではなかろうか。
そんなレア物をどうして一般小学生であるのび太が保有しているのか。
フー子の場合はまだ解らなくもない。
元々風の魔怪竜であるマフーガの一部だったのだ、そういう事があっても取り立てて不思議な事ではない。
だがのび太の場合は明らかに不自然だ。いったいどういう事なのか。





「――――ノビタ……貴方が、何故“竜の因子”を持っているのですか?」


「えっ!? り、竜の因子って……あ。 ひょっとして……あの時浴びた『竜さんのだし汁』!?」





その理由は至極単純。
のび太は過去に、竜の細胞を取り込んだ事があるからだ。


“気ままに夢見る機”


のび太はかつてこの機械を使って、自分の見る夢を『夢幻三剣士』という物語に変え、夢の中の登場人物かつ主人公である剣士となった事がある。
その中において、のび太はその血を浴びれば不死身になれるという伝説の竜と対峙し、これを屈服させた。
だがのび太は力の象徴である髭のみを断ち、命も血も取らなかった。
竜はこれに感心し、のび太の恩情に報いる形で己の汗を溶かし込んだ温泉を用意してくれたので、のび太はそれに全身を浸したのである。
汗の成分は大半が竜の死んだ細胞や老廃物だが、中にはまだ生きている細胞もあれば新鮮(?)な体液も混じっている。
それらを含ませた湯を全身に浴び、身体に浸透させたのび太は竜の因子と加護を得、一度だけ死から復活する事が出来るようになった。
……だが、これはあくまで夢の中での出来事。
夢は言うまでもなく現実ではない。
たとえ夢の中で竜を屈服させ、『竜のだし汁』を浴びて加護を得たとしても夢では現実世界に欠片も影響を及ぼさない。





「は、はい? だし汁? 何の話ですか!?」



「あ、え、えと……前に、夢の世界で竜さんの汗を溶かし込んだ温泉に浸かった事があって、たぶんそれかなぁって……!?」



「ゆ、夢!? ノビタ、夢は現実ではありませんよ! 貴方は私をからかっているのですか!?」



「え、いや……っ!? あの時は確か……“気ままに夢見る機”の、夢と現実を逆転させるボタンを押してたから……きっと、それで!」





……しかしながら『竜のだし汁』を浴びたこの時、のび太は“気ままに夢見る機”に取り付けられていた夢の世界が現実に、現実の世界が夢となるスイッチをONにしていた。
故に、“竜の因子”を取り込んだ事が『現実』の事となったのだ。
その後、のび太が一度命を落とした事で蘇生の効果が発動し、この竜の加護の効力は完全に失われてしまった。
……そう、加護“だけ”は。





「……言っている事がよく解りませんが」



「あ~……うー……ああ、もう! 上手く説明出来ないよ! と、とにかく! 後でまとめて話すから!」





加護は消えても、その加護の大元である因子まで消え去った訳ではない。
のび太の身体の奥深くにまで喰い込んだ“竜の因子”は役目を終えた後、のび太の身体の奥底で深い眠りについた。
しかし、この世界で同じ性質を持つセイバーと出会った事で、少しずつではあるが“竜の因子”がのび太の奥底で覚醒し始めたのだ。
その証左となる予兆が、英霊にも容易く通用したひみつ道具である。
ひみつ道具はどれほど高性能かつ理不尽でも元々はただの道具でしかなく、魔術具でもなければ宝具でもない。
それ故、神秘の塊である英霊に強い影響を与えるには至らなかった……筈なのだ、本来ならば。
だが目覚め始めていた“竜の因子”が、のび太自身にほんの微かな、それこそ注意深く慎重に探らなければ解らないほどの神秘を与え、結果としてのび太の使用するひみつ道具にその影響を及ぼした。
ひみつ道具は物にもよるが、基本的に通常ならば手が届かない概念に未来の超科学の力で踏み入っている。
“タイムふろしき”ならば時間の概念、“スモールライト”あるいは“ビッグライト”ならば質量保存の法則等の物理法則の無視といったように。
であるからして、道具の受ける影響がほんの少しの神秘でも、道具そのものが操作し得る概念で以てその比重は飛躍的に跳ね上がる。
それこそ隠れた宝具と呼んでも差し支えないほどに。
ひみつ道具が英霊に対して強烈に干渉出来ていた理由はここにあった。
そして今、セイバー・フー子とキスを交わした事で二人の間にラインが繋がれ、その結果引き起こされた因子同士の共鳴反応によってのび太の中の“竜の因子”が表に引きずり出され、完全なる覚醒を果たした。


「――――言い合いはそこまでにしておいて。それでセイバー、いけるの?」


「あ、はい。これなら……大盤振る舞いが可能です、リン」


「よっし! じゃあ……!」


口角の上がった笑顔を見せたセイバーに凛はグッと拳を握り込むが、それと同時に。





『―――――――――――――――――!!!!』





狂える風の魔竜が、猛る魔力の奔流に反応。
炯々と怪しく輝く眼光を、下方の魔力光に叩き付けた。
一同の背筋に、緊張の悪寒が伝播する。


「――――来るぞ、皆!」


「セイバー、頼むわよ!」


「はい!」


猛毒に侵され、もがき苦しんでいるかのように空中を跳ね回りながら、地上の光源へと吶喊してくるマフーガ。
さながら誘蛾灯に飛び込む蛾、いやルアーに喰らいつこうとするブラックバスか。
条件反射染みた、行動に一片の迷いもない反応……知性と理性を無理矢理削ぎ落とされた影響がここに如実に現れている。
溢れんばかりの凶暴性と狂気を制御の『せ』の字すらも感じさせる事なく、ただ闇雲に撒き散らしながら無二無三で突っ込んでくる。
ジャリッ、と靴音を鳴らし、それぞれ臨戦態勢を取る一同。
……だが、その前面に。





「――――フゥッ!」



「あっ、フー子!?」





台風の子どもが単身、躍り出た。
地面から一.五メートルほど身体を空に浮かせ、身に纏った魔力の燐光がホタルのようにボウッと淡く輝いている。
活性化した“竜の因子”から溢れ出る魔力の副産物であり、体表から漏れ出た魔力(オド)が徐々に気化していっているが故の発光現象なのだが、はっきり言って異常な量を誇る魔力生成量だからこそ起こり得る事象なのだ。
並みの魔術師がこの現象を起こそうとするならば、たとえ命を削って魔術回路をフル稼働させたとしてもこの万分の一も輝きはしないだろう。
凛やイリヤスフィールといった一流どころなら、命を燃やし尽くせばあるいは可能かもしれない。


「フー子、危ないよ! 下がって!」


「のびた、あいつ、やっつける、からだ、くも、どうじ!」


「へ? ……あ! つまり台風と竜を同時に攻撃して斃さないとダメなんだね!?」


「フ!」


首肯するフー子。
先にも述べたが、今迫ってきているマフーガは確かにマフーガではあるが、その本体であると同時に『端末』でもあるのだ。
空を覆い尽くしているどす黒い超低気圧がある限り、どれだけ竜を屠ろうと即座に再生を果たしてしまう。
ならばどうするか。
簡単な話だ、両方とも同じタイミングで纏めて消滅させればいい。
そうすれば完全に怪物の命脈は断たれ、二度と再生する事はない。


「って、簡単そうに言うけどね! あの二つをどうやって同時に消滅させるのよ!?」


「え、それは……あれ、どうしましょう!?」


「いや、そこで俺達に振られても困る! アーチャー、お前何とか出来ないか!? あのカラド……何とかって矢とか使っ「無理だ」って、即答か!」


水を向けられたアーチャーであったが士郎が台詞を言い終わる前にそれを一刀両断。
そのまま目を瞑り、フウとやや重い吐息を漏らす。


「圧倒的に威力が足りん。それにあれは一度しか使えんと最初に言った筈だ。……セイバー、頼りきりという形になってすまんがいけるか?」


「ええ。斃しきるには問題ありません……が、同時にとなると、少々厳しいですね」


フー子と同じように魔力の燐光を発しながら、セイバーは不可視の剣を構えつつ唸る。
過剰とも言えるほどの魔力供給……いや、魔力増幅を受けた今、火力面では全く問題はなくなった。
だが竜と台風を同時に屠れと言われても、宝具の特性を考えれば甚だ無理な注文である。


「せめて、竜の直線上に台風の核があれば諸共に「フゥ!」……はい?」


ジリジリと焦燥を感じつつあったセイバーであったが、横合いからフー子が笑顔で手を上げた事に目を点にする。


「ボク、やる!」


「は?」


「おねえちゃん、ボク、する!」


「え、あの? フ、フーコ?」


戸惑うセイバーを余所に、フー子の発する輝きが一際大きくなる。
それと同時にのび太の身体もボウ、と再び魔力の輝きに包まれ始めた。
フー子側からラインを通して“竜の因子”同士をリンクさせ、自身の魔力を急激に高めているのだ。


「フ、フー子!? 何をするの!?」


「フウウウウウウウウウウウウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!!!」


自身の変化にギョッとしつつもフー子を気にするのび太であったが、フー子は高らかに声を上げると小さな両の掌を大きく天に掲げた。
放出から集束へと転じるフー子の魔力。燐光もフー子の身体に圧縮され、フー子の身体が異常な眩さで光の中に霞んでいく。


「眩しっ!」


のび太が手で光を遮ろうと手を翳したその時、パンッ、と唐突に光が弾けて消え去った。
のび太の光もそれと同時に掻き消える。
光源がなくなり、そろそろと手をどけたのび太の目に映ったのは、フー子を取り囲むように展開された、四つの空間の軋み。


『―――――――――――――――――!!!!』


「何かするなら急いで! もうそこまで来てるわよ!」


「フー子!」


……いや、軋みと言うにはやや語弊がある。
それは空間が歪んで見えるほどの超高密度に圧縮された、空気の塊であった。
バスケットボール程度に固められた空気の中で、凄まじいばかりの大気のうねりが巻き起こされている。


――――そして。





「――――――フウウウウウウウウウウウウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!!!」





フー子の手が振り下ろされると同時に、全ての空気塊が解放された。
中から現れたのは、凄まじいまでの唸りを上げる四つの巨大な竜巻。
ギリギリと次元を切り裂こうかという爆発的な圧力と回転力そのままに、風の渦は頭上に迫るマフーガへと滝を上る竜の如く長大な螺旋を描く。


「うわっ!?」


「これは、何という……!」


「凄い……!」


「ちょ、ええ!?」


「むぅ……っ!」


「何、これ……」


吹き荒れる余波を凌ぎながら、各々がフー子の力に瞠目する。
それはフー子をよく知るのび太とて例外ではない。
いくら台風の精、そして風を司るマフーガの一部であったとはいえ発生した莫大な魔力を全て風の力へと変換し、それを四つの竜巻と成して放出するなど並大抵の事ではない。
一流の魔術師でも生半(なまなか)な労力では成し得はしない……それを見た目、のび太よりも幼い少女が平然とやってのけているなど、現場を目の当たりにした者でなければ到底信じられないであろう。
それにかつてのフー子は風を操れる存在ではあったが、流石にこんな事までは出来なかった。
精々が自力で飛翔したり、風を巻き起こしたり、過去にマフーガ諸共消え去った時のように、エネルギーとなる熱風を限界まで取り込んで力をため込み、己を爆弾として特攻する程度のところまで。
これだけでも十分凄いが、今やった事は明らかにその遥か上を行っている。


『―――――――――――――――――!!!!』


「あっ、マフーガが!」


「竜巻に絡め取られている……!?」


その秘密はのび太の使用した“精霊よびだしうでわ”にあった。
以前のび太が偶然から呼び出した雪の精は自分が消えるのを嫌がり町中に大雪を降らせ、春の到来を遅らせようとした。
町一帯を銀世界に閉じ込めるという所業。これも竜巻を巻き起こすのと同様、やはり尋常の業ではない。
つまり“精霊よびだしうでわ”によって呼び出された精霊は……その呼び出された者の性質と属性にもよるが……人知を超えた、それこそ上位英霊クラスの強力な力を持っているのだ。
それに加え、フー子自身の格はその出自により、元々かなりの高みにある。
精霊具象化の煙に飛び込んだ事で本来の“台風の精”の力をも取り込み、結果としてフー子は最上位英霊クラスの風を操る精霊として降臨した。
それこそ今のマフーガに肉迫する程の、途方もない力を宿して。


「う、ううううぅぅぅぅ……!!」


「フ、フー子!? 大丈夫!?」


眉間に皺をよせ、表情が苦悶に歪むフー子にのび太は堪らず声をかける。
だが急に体調に不調をきたしたとかそういう事ではない。
予想以上に怪物の抵抗が凄まじいのだ。


『―――――――――――――――――!!!!』


頭上では、怪物が四つの竜巻の中心にその身を拘束されている。
竜巻は徐々に肥大しながらグルグルと怪物の周りを螺旋状に旋回し囲い込み、暴風の檻を作りだしていた。
吶喊を強制的にキャンセルされ、動きを封じられた今のマフーガは、さながら投網に掛かった魚のようなもの。
だが、タダで捕まってやるような生物などこの世に存在しない。
格子を無理矢理引き千切ってそこから逃れ出ようと、網の中で巨大魚が身体を盛大に捩じらせ、牙を剥きだして盛大に暴れ回っているのだ。
当然ながら、フー子にかかる反発も相当にくる。
そもそも元々の彼我の地力が二倍開いているのである。
それでいながらマフーガという化け物を拘束するというこの所業そのものが、既に奇跡的と言って差し支えないだろう。


「フウ……ゥゥウ……ッ!!」


襲い来る強烈な負荷に歯を食い縛りながらも、フー子は怪物の飽くなき抵抗を全力で以て抑え込みにかかる。
強い意志を秘めた、どこまでも真っ直ぐな眼差し。
のび太を、そして背後の皆を護るという凄烈な気迫が陽炎のようにその小さな身体を取り巻いている。


「フー子……」


それでのび太は悟った。
今のフー子には、怪物諸共に消え去るという意思はないと。
怪物を斃し、のび太と共に生きるという渇望が、彼女の全身から確かな覚悟となって滲み出していた。





「フー子……ッ、フー子! 頑張れッ!!」





だからのび太はあの時とは違う心からの、力強い声援を送る。
少しでも、フー子の力になれるように。


「……ッ、フゥ!」


厳しい表情を崩さぬまま、だがフー子は微かに微笑む。
そして突き出していた両の掌をそのまま身体の前でパァンッ、と強く重ね合わせ握り込むと、





「フウウウゥゥゥゥゥウウ!!」





全身全霊の力を籠めて、抉り込むように前方に勢いよく突き出した。


『―――――――――――――――――!!!!』


一気に集束する四本の竜巻。すべてが一斉に縦に、雑巾のように引き絞られる。
急激に空間面積が狭められた暴風の檻の中に、マフーガは抵抗の力すらも完全に封殺され、空中にガッチリと固定されてしまった。
そして竜巻の先端が台風の目……低気圧の核へ凄まじい勢いで直撃し、低気圧が安定状態から段々と不安定な物へとブレ始める。
この瞬間、二つの怪物の本体がフー子の竜巻によって一直線上に繋げられた。


「おねえちゃん、いまっ!!」


「――――ッ、はい!」


鬼気迫るフー子からの号令。意図を汲み取ったセイバーは不可視の剣を腰だめに構え、身構える。
一呼吸置き、瞬きを一度。
そうして己の背後にいる士郎達に振り返り、静かにこう口を開いた。


「……これから起こる事に関して、もしかすると少しばかりショックを受けるかもしれません。特に……」


そこで言葉を切り、そのまま傍らに立つのび太へとその目を向ける。


「へ?」


「……いえ。――――では、いきますよ!!!」


キョトンとするのび太から視線を外したその瞬間、セイバーの魔力が爆発的に膨れ上がる。
それと同時に二人の身体がより一層強い魔力の輝きに包まれた。
フー子と同じように、セイバーの方からのび太の中の“竜の因子”へアクセスし、互いの因子を共鳴させたのだ。
バチバチ、と身体から魔力の放電現象が発生する中、セイバーは諸手に掴んだ剣へと一気に魔力を注ぎ込む。


『風王結界(インビジブル・エア)』


高密度に圧縮された空気で光の屈折率を操作し、本体を不可視状態にする“鞘”。
この圧縮空気を解放、放出すれば『風王鉄槌(ストライク・エア)』という、一度きりの風のハンマーを繰り出す事も出来る。
しかしセイバーの言葉の通り、これらはあくまで本命ではない。
本命はその奥、『風王結界(インビジブル・エア)』に覆われていた、剣そのもの。
次から次へと溢れ出すセイバーの魔力を受け、薄皮が剥がれていくように、不可視だった剣が徐々にその真の姿を現していく。
そこにあったのは――――黄金に輝く、一振りの西洋剣。


「「――――え?」」


のび太と士郎の声が重なる。
目は大きく見開かれ、口が半開きになっているその様は、まるで信じられない物を見たとでも言わんばかりだ。
いや、二人だけではない。他の者も似たり寄ったりの反応である。
さもありなん。
桁違いの存在感、途轍もない威圧感。
そして何より……全ての者の目を釘付けにする、その輝きの神々しさ。
満天の星の光を余すところなく凝縮させたような、そんな眩いばかりの煌めきが枯れた森を幻想的に照らし出す。


「はぁああああ……!!」


眼光鋭く、セイバーは剣気を漲らせ、黄金の剣を高く高く振り翳す。
濃密な魔力で満たされ、ショートするかの如く紫電を幾筋も駆け巡らせる刀身。
やがてその刃から、爆発的な光の奔流が迸った。










「――――――『約束された(エクス)……」










深緑の瞳が、上空を見据える。
竜巻の牢獄に磔にされてもなお咆哮を上げ続ける怪物。
その奥にある、超低気圧の中心核。
二つの本体を諸共に、この剣で葬り去る。
リスクはある、懸念もある、そして……僅かの申し訳なさもある。
だが躊躇いはない、そんなものは微塵もない。
ここで剣が止まれば、生還は果たせないのだ。
身体の奥底から湧き上がる、マグマのよう煮え滾る闘志。
それに呼応するかの如く、剣が一層輝きを増す。
瞬間、立ち塞がる眼前の全てを両断せんとばかりに、セイバーの腕が渾身の力で振り下ろされる!










「――――――勝利の剣(カリバ)』アアアアアアアァァァァァァァッ!!!!」










剣から放たれ、天を駆け上がる光。





それはフー子の作り上げた牢獄をいとも容易く突き抜け。





最後の力で牙を剥いた竜の咢をあっさりと食い破り。





更に天空へと飛翔して。










――――台風の核を両断。上空の暗雲全てを巻き込んで、風の怪物をその光の中へと消し去った。




















「……エクス、カリバー?」


光の残滓が粒子となって空から舞い落ちる中、呆然と呟くのび太。
すでに暗雲は須らく雲散霧消し、ただの一片たりとも残ってはいない。
嵐のような暴風も、横殴りの驟雨も雷鳴もなく、ただ金色の雪と満天の星とが空一面に散りばめられていた。
あの光の一撃は……たったの一撃で、マフーガの全てを消滅させてしまった。
恐るべき力、恐るべき破壊力。
だがそれをも上回る衝撃を、のび太はある事実より受けていた。
それは……セイバーの金色の剣の銘。


『エクスカリバー』


それはあまりにも有名な聖剣の名。
湖の妖精より授けられしその剣を持つ者は、ただ一人。
かつてイングランドにその名を馳せ、未来に復活するとされた、史上最高の騎士の王。
そしてのび太がこの世界に迷い込む事になった、その発端ともなる人物。


「セイバー……ま、まさか、君は……君の、正体って、もしかして……?」


「――――、はい」


いまだ輝きの衰えぬ剣を片手に、セイバーはゆっくりとのび太と、そして士郎達の方へと向き直る。
そしていささかも表情を変えず……だが瞳に僅かの憂いを浮かべ……こう告げた。










「私の真名は……“アルトリア・ペンドラゴン”。遥かな過去、『アーサー王』と呼ばれていた者です」










『――――――!!!?』


「フ?」


彫像のように固まる一同。
フー子だけはなんの事かよく呑み込めなかったようで、我関せずであったが。
アーサー王というビッグネームもさることながら、一番衝撃的だったのは。


「アーサー王が……女の子?」


士郎の唖然とした声にセイバーはゆっくりと頷きを返す。


「はい……。伝承ではアーサー王は男とされていますが、真実は違う。剣を取ったあの日以来、性別を最期まで偽っていましたので……」


「男として伝説に残った、という訳、ね……。たとえ嘘でも、最期のその瞬間までつき通せばそれが真実として後世に語り継がれる……虚構の伝承でも、それが真となる」


言葉の先を補足する凛。
セイバーはそれに首肯のみで返答すると、そのままのび太へと向き直ると、なんと突然その場で頭を下げた。


「……申し訳ありません、ノビタ」


「っえ? ど、どうして、セイバーが謝るの?」


何の脈絡もなく飛び出してきた謝罪にのび太は面食らう。
低頭からきっちり三秒後に、顔を上げるセイバー。どことなく沈痛な面持ちで、そのまま言葉を続ける。


「……いえ。貴方は当初、アーサー王に会おうとしていたのでしょう? それがこんな、期待外れで……」


「そっ、そんな!?」


のび太はブンブンと首を振り、セイバーの言葉を真っ向から否定した。
確かにアーサー王のイメージはどこまでも凛々しくて気高い、まさに騎士王と呼ぶに相応しいという感じの、キリッとした男性像だった事は間違いない。
しかし期待外れというのは心外だ。
のび太はそんな事は、露程も思っていない。


「そんな事思ってないよ! そ、それはまぁ……女の子だったとは思わなかったけど……でも期待外れだったなんて、そんな事、ちっとも!」


「……ッ」


一瞬だけ、ピクリと反応を示したセイバーであったが、表情は優れないまま。
その様子に違和感を覚えたのび太ではあったが、とりあえず更に言葉を続けよう口を開きかけた、その時。





『――――そうか。それが貴様の剣か、セイバー』





低く、重厚な声が耳に響いた。
一同が弾かれたように、一斉にそちらに向き直る。
そこにいたのは。





『恐るべき威力よ……あれが滅されるのも至極当然の帰結か』



「ば、バーサーカー!! 無事だったの!?」





光となって爆散した筈の鈍色の狂戦士、バーサーカーであった。
いまだに威風堂々と佇むその雄姿を目にした、イリヤスフィールの歓喜の声が響く。
……だが。


『……無事、とは言えぬ。主よ。我は既に、敗者として消え去るのみの運命(さだめ)』


足元から光の粒子となって消え始めているその姿に、イリヤスフィールの表情が一転、悲痛なそれへと変貌した。


「バーサーカー……お前、喋れたのか?」


『狂戦士は己が最期の瞬間のみ、その狂気から解き放たれる。衛宮士郎よ』


「ッ!? お、俺の名前を……?」


まさか己が名を知っているとは思っていなかったのか、士郎は軽く目を見開く。
しかし続けて出てきた言葉に、士郎は目を剥いた。





『我が死の後、主を頼む。主は――――――貴様の義姉なのだ』





「……っな、に!?」


バッ、と士郎は傍らのイリヤスフィールを振り返る。
それを受け、瞳に涙を滲ませながらもイリヤスフィールは首肯を返す。


「……わたしの母は、アイリスフィール・フォン・アインツベルン。そして父は……当時アインツベルン所属の魔術師だった、エミヤキリツグ。わたしが生まれたのは、シロウよりほんの少しだけ前。だから……シロウはわたしの……」


まさかバーサーカーがそれを言うとは思ってもみなかったようで、彼女の目もまた大きく見開かれていた。
だが、いきなりそんな事実を目の前に突き付けられて、「成る程、そうだったのか」とそう簡単に受け入れられる訳がない。
養父たる衛宮切嗣が過去にどこで何をしていたのか、士郎自身何も聞かされてはいない上に第一、イリヤスフィールの見た目と実年齢が明らかに違いすぎるのだ。
いったい何がどうなっているのか、士郎は頭が混乱し始めた。


「はぇ? あのぅ、ギシって?」


「……血の繋がらない姉という意味です。ノビタ」


「へぇ……って、お姉さん!? えっ、それにしては……その……」


『詳細は主から聞くがよい。今この場において、我の願いはただその一つのみ。そして……小さき英雄よ」


「え……って、ぼ、僕ッ!?」


そう言ってバーサーカーが視線を向けたのは、のび太。
唐突に英雄と呼ばれた事に、のび太は面食らってしまう。
そもそもどうして英雄などと呼ぶのか、のび太には皆目見当もつかない。
だがバーサーカーには、のび太を英雄と評する確固たる理由が存在していた。


『あの魔竜の記憶から、貴様の事はおおよそ把握している。貴様の幾多の功績の前では、我の成し遂げてきた事など小事に過ぎん』


「え、えぇ?」


『天上の女神により狂気に染められていたとはいえ、我は己が妻子すら護る事は叶わなかった。どころか、我が子を自らこの手に掛けてしまった……。我が道程において、障害を破壊する事は成せても、真の意味で救いを齎す事は終ぞ成し得なかった』


つらつらと述べられる言葉の真意を量りかね、士郎達は首を傾げる。
その中において、アーチャーが僅かに眉根を寄せ、のび太をジッと見つめていた。


『誇るがよい。大英雄と謳われ、オリュンポスの神々の末席に加えられた我ですら成し得ぬ事を、年少のその身で貴様は幾たびも成し遂げてきたのだ。貴様を英雄と呼んだはそれよ』


「そ、そんな事……僕は、僕なんか、ただの……」


どう答えたらいいのか、のび太には解らない。
第一、持ち上げすぎじゃないのかとすら思っていた。
自分はただの、非力な小学生でしかないのだ。
どれだけ今まで波乱の体験を重ねて来ていたとしても、それだけは変えようのない事実なのである。
そうこうしているうちに、バーサーカーの肉体は既に腹の辺りまで崩れ始めていた。


『……もはや時もない。心して聞け、小さき英雄よ。この戦争の裏には、恐るべき“闇”が潜んでいる』


「や、“闇”……?」


『我があの魔竜の姿に変えられたのも、その“闇”の仕業であろう。確証などはないが……あの魔竜の記憶を信ずるならば、これだけは断言出来る。あの魔竜は、我の器と肉体を基に、貴様の記憶から象られたのだ』


「僕の、記憶から?」


言っている事はよく解らなかったが、なんとなくとんでもない事が起こっているのだという事は窺い知れた。
自分の記憶からマフーガが再現されたと、バーサーカーは言う。
バーサーカーが言うところの“闇”がいつ、どのようにのび太の記憶を知ったのか、それは定かではない。
しかしサーヴァントが、その“闇”の手によって自分の記憶の中にある強大な敵に変貌したというこの事実。
……最悪の想像が脳裏をよぎり、のび太の背中に冷たい物が走った。


「ちょっと待ちなさいバーサーカー。いろいろ言いたい事はあるけど、つまりセイバーやアーチャーもあんな怪物に変わるかもしれないって事?」


『そうだ。英霊の器とエーテルを基にしている以上、この戦争に呼ばれたすべての英霊にその可能性がある。そこの幼き台風の精のような事象は例外中の例外だ。あの魔竜が、その存在を内包していたモノだったからにすぎん。おそらくは、二度と起こるまい』


凛の推測を、バーサーカーは肯定する。
その表情は険しく、血の気がやや失せているようにのび太には窺えた。


「その“闇”とは、いったい何者なのだ?」


『解らぬ。正体も、目的も、何もかも。ただ、この戦争に関わる全ての者は、その“闇”の掌の上であるという事は確かであろう……』


言い終えたその途端、バーサーカーの腕が完全に塵と消え、ついで胸元までが光の粒子へと還元され始めていた。
いよいよ最期の瞬間が来たのだ。
バーサーカーはのび太、フー子、士郎とセイバー、凛とアーチャーを順に見据え、最後の忠告を告げる。


『この聖杯戦争は既に従来のそれを大きく逸れ、歪で異常な物へと変貌している。覚悟せよ。小さき英雄、我が分身でもある台風の精。そして剣と弓の主従よ。貴様達の行く先には、想像を絶する過酷な運命が待ち受けている』


「バーサーカー! やだ、消えちゃやだっ!!」


抑えていた感情の決壊。
白の少女の嗚咽混じりの懇願が、闇の帳を揺さぶる。
だがその願いは届く事はなく、鈍色の身体はついに首のみを残すだけとなった。
そして崩壊が口元へと迫ったその時、バーサーカーは全ての情念をこの言葉に込め、自らの現界のピリオドとした。










『さらばだ。親愛なる我が主よ……そして兵(つわもの)達よ。抗え、この漆黒の運命に。切り拓け、光明の射す運命を。その全ての鍵を握るのは、おそらく――――』










その先を言い終える事無く、頭部が完全に光の塵となって拭い去られ、狂戦士の大英雄は枯れた森の闇に消える。
だが今わの際に、理性を取り戻したその眼が見据えていたのは、










――――――己を超えた英雄と評した、眼鏡の凡庸な少年であった。




















「……これからどうするんだ、イリヤ?」


「……バーサーカーの言った通りにするわ。お城もあんなになっちゃったし、それがバーサーカーの遺志だから」


涙を拭い、イリヤスフィールは士郎の問いにそう答えた。
顔を上げた彼女の眼には悲嘆の揺らぎが色濃く映っていたが、それ以上の確かな強い意志が輝いており、それが彼女の芯の強さを感じさせて士郎は僅かに瞠目する。
そして彼女の視線の先には……、


「あ~……これじゃ確かに住めそうにないもんな」


無残な姿を晒す白亜の居城があった。
あの威風堂々とした佇まいはどこへやら、どてっ腹に大穴がぽっかりと開けられており、向こう側の景色が素でその姿を覗かせている。
屋根は粗方吹き飛ばされ、下部のレンガ材が剥き出しにされておりしかもところどころに亀裂が走っていて、少し突っついただけであっさり崩れてしまいそうだ。
壁も手で触れずともボロボロだと解るくらいの悲惨な有様で、よく倒壊せずに持ちこたえていられるものだと溜息が出そうなほどである。
外見だけでこの惨状では、中の様子もおおよそ想像がつくというもの。


「……まあ、致し方ありませんね。……はぁ」


「修理、当分かかる。下手すると、年単位……」


復帰した従者二名のどこか投げやりめいた声が、その深刻さを雄弁に物語っていた。
怪物の吶喊によって一同が吹き飛ばされたあの時。
その進路の延長戦上にあったアインツベルン城を豆腐のように突き抜けて、身に纏った超高気圧の衝撃波でズタズタに引き裂いていった事でアインツベルン城は壊滅した。
至る所がヒビ、歪み、瓦礫だらけの満身創痍。さながら落城寸前の城砦を思わせる。
これならいっそ全てを取り壊して新しく建て直した方が、修理するよりも早く済みそうである。


「俺は別に構わないけど……いいか、皆?」


「交戦の意思もないようですし、私は構いませんが」


「わたしもいいわよ。ま、ボランティアって訳じゃないから、情報提供とかはしてもらうけど」


「……ふむ、特に異論はない」


「僕もいいです」


とりあえず、アインツベルン組の衛宮邸入居は満場一致。
これ以上ここにいても仕方がないので、早々に戻る運びと相なった。
異常事態と連戦のおかげで全員が疲労困憊。特に精神面の疲労が著しい。
一刻も早く休みたいというのは、この場にいる全員の共通認識であった。


「……そういえば、その子。フー子、って言ったっけ? バーサーカーみたいに消えなかったんだ」


「フ? ボク、バーサーカー、べつ。のびた、つながってる。ボク、のびた、いっしょ」


そう言って、フー子はのび太の手を握る。
のび太との間にラインが繋がった事で、フー子はバーサーカーやマフーガとは別の存在として独立していた。
ある意味、のび太のサーヴァントであるとも言える。


「あ、アハハ……」


嬉しさ半分、気恥ずかしさ半分といった様子でのび太はパリパリと自分の後頭部を掻いている。
花が咲いたような笑顔のフー子と共に手をつなぐその様は、まるで仲のいい兄妹のようだった。


「フーコ、貴女も一緒に来ますか?」


「フ!」


セイバーからの問いに、フー子は間、髪を入れずに頷きを返す。
選択の余地などないと承知の上での一応の確認であったが、これでフー子も晴れて衛宮邸の住人となった。


「話はこれで決まりね。さて、これ以上時間も無駄に出来ないし、さっさと戻るわよ。流石に疲れたし、詳しい事は明日詰める事にするわね。……特にのび太、アンタには色々と質問事項があるから、そのつもりでいなさい。じゃ、“どこでもドア”を出して」


「あ……あ、はい」


要請に応え、のび太が“スペアポケット”から“どこでもドア”を取り出しガチャリ、と扉を開けると、その先に衛宮邸の玄関があった。
流石に士郎達はいい加減慣れたもので、何も反応を示さなかったが、アインツベルン組はそうはいかなかった。
文字通り、別空間への扉を開くという荒業を何らの苦労もなく、成し遂げているという事実に揃って訝しげに首を傾げる。


「……どうなってるの、これ?」


「魔術……ではありませんね。しかし空間と空間をドアを間に直結させている。いったいどんな原理で……?」


「お風呂の時のドア? ……お風呂に着いてない」


「着かないよ!?」


――――訂正。約一名、疑問のピントがズレていた。










狂戦士との死闘はこうして思わぬ異常事態と出会いを齎し、その幕を下ろした。
ドアを潜り、数名の新参者を加えて衛宮邸へと帰還を果たす一同。
日本はおろか、東アジア一帯をも呑み込もうとしていた超爆弾低気圧は綺麗に消え去り、後には星が煌々と輝く、雨上がりの抜けるような濃紺の夜空がどこまでも広がっていた。




















――――――だが。




















「……ようし、まずは一体分。バーサーカーこと“ヘラクレス”。流石大英雄サマ、文字通り“器”が違うねェ。あの風の魔竜に変化させてもぶっ壊れなかっただけの事はあるぜ。結構な純度じゃねぇかよ、ヒヒ」





破壊の痕跡が生々しいアインツベルン城内。
手摺や背後の窓ガラスが消し飛んだバルコニーの上で、顔中に嗤いを滲ませる者が一人。
手にしたハンドボール大の水晶を、バスケットのように人差し指の上でシュルシュルと回転させ弄びながら、眼下の森のある一点を見下ろしている。
そこはつい先程まで、のび太達が佇んでいた場所であった。
人間の影はおろか、“どこでもドア”すらも移動した後で既になく、ただ荒れた大地があるだけの地面をいったい何が面白いのか、ニヤニヤと薄気味悪い嗤いを浮かべながらジッと見入っている。





「あの半ホムンクルスはいつ気付くかねェ? ま、ちっと時間が掛かるかもなぁ。オレの推測じゃあ、『自覚症状』が出始める筈なのがだいたい二、三体目くらいからだろうし。けどまあ、やっぱパクっといてよかったぜ、あの“カメラ”。発想の転換次第で、こんな事だって出来るんだからよ、クヒヒヒ!!」





一頻り嗤い終えた後、その者……この戦争の真の黒幕たる“闇”は右手の水晶をパシッと掴み回転させるを止め、濁った瞳で中を覗き込む。
その中にあったのは……いや、封じ込められていたのは……。





「これからが本番だぜクソガキ。テメェはこの後も、オレプロデュースの“裏側の悪”と対峙してくんだ。せいぜい泣いて喚いて、命張れや。んでもって、とっととオレのところまで辿り着け。願いを叶える聖杯は……『染まっていねぇ聖杯』は、“ココ”にあんだからよぉ。――――――ケケケケケケケケケケケケケ………!!!」





――――アインツベルンの白の少女を模した、愛らしくも精巧な人形であった。







[28951] 第二十七話
Name: 青空の木陰◆c9254621 ID:90f856d7
Date: 2012/02/20 02:00








『――――――よかった……生きていてくれて……!!』








『――――――その剣を取る前に、もう一度よく考えた方がいい……』










「う、ぅん……うぅ」


朝の光が閉じられた瞼を刺激し、微睡(まどろみ)の中に浸った意識を覚醒へと導いていく。
急速に眠気を奪われていく感触に、のび太は眠りの底から引き上げられた。


「……ふぁ……く、ぁぁあ……あふ」


欠伸混じりにクシクシと眦を擦りながら、のび太は布団から上半身を起こす。
冬の朝特有のひんやりとした空気が肌を撫で、布団の中で発生していた熱を拭い去っていく。
そんな冷え冷えとした感覚を覚えながらもあまり肌寒く感じないのはどういう訳だろうか。


「うぅ……むにゅぅ……ふあぁふ……ッ、っと……なんだろ。なんか……変な夢見てたような」


寝ぼけ眼のまま、のび太は先程の情景の残滓を手繰り寄せてみる。





――――赤い炎、降りしきる雨、倒れ伏す子ども、くたびれたような印象の大人の男性、どこか安堵したような声。





――――見渡す限りの草原、そよぐ風、岩に腰を下ろすフードの老人、しわがれるもどこか峻厳な声。





ブツ切りの、細切れ同然の場面場面がポツリポツリと浮かび上がり、


「うー……、さっぱり分かんないや」


とりとめのない結論に終わってしまった。
適当な映画フィルムの断片をつないだようなイメージでは、如何せん整合性がなさすぎるのだ。


「う~……っ、くっ!」


そうして訳の解らない夢なんてどうでもいいかとばかりにのび太はそのままググッと伸びをし、布団から出ようとする。
……が。


「……あれ?」


身体が上手く動いてくれなかった。
もう一度起きようとするが、何かが身体を押さえつけているようであまり動かせなかった。
服に鉄球かなにかが紐で繋げられているような、妙な重みと違和感。


「ん~……? なんか、服をひっぱられてるような……。布団の中?」


と、のび太は自分の腹の辺りに掛かっている掛布団を引っぺがしてみる。
すると。





「――――んぅ……」





柔らかい唸り声と共に、オレンジの髪が視界に飛び込んできた。
一瞬、ビクッと驚きで身を竦ませたのび太であったが、しかしそのオレンジの髪の持ち主には覚えがあった。





『――――のび太君。悪いんだけど、君の部屋でフー子を頼まれてくれるかな? 気兼ねがいらないだろうからその方がいいと思うし、それに……』





そして昨夜の就寝前のやり取りの内容も、連鎖的に思い出した。


「あ、そっか……。一気に人数が増えて、布団が足りなくなっちゃったから。うーん、今思うと道具で増やせばよかったかなぁ? 色々ありすぎたせいか、咄嗟に出てこなかったなぁ」


「うみゅぅ……のびた……」


のび太の布団にはもう一人。
昨日、奇跡の再会を果たした台風の子ども、フー子がいたのだ。
あの野暮ったい浅葱色のローブではなく、“着せかえカメラ”で出した可愛らしい黄色のパジャマを纏ったフー子は朝の冷気を嫌ったか、のび太の服の端を両手でギュッと掴み、コアラのようにしっかとしがみついて身体をピッタリと密着させる。
身体が動かなかったのはこのためであった。


「ほら、フー子。起きなよ。もう朝だよ」


「う~……」


のび太がユサユサとフー子の身体を揺り動かすが、僅かに身じろぎをしただけでフー子はすぅすぅと寝息を立て続ける。
まだまだ惰眠を貪りたいと抵抗するその様は、まるで元の世界の自分を見ているようで、のび太は何とも妙な感じがした。
そもそものび太がこんな黎明の時刻に起床するという事自体、かなり珍しい。
大抵寝坊して、その度に先生から雷を落とされる、のび太がである。
きっと違う世界に来て、知らないうちに自然と気が立ってしまっているのだろう。
だからこんなに早起きしちゃってるのかな、とのび太は頭の片隅で何気なくそう思った。


「フー子、起きてってば……って、ちょっとちょっと!? 僕が起きれないよこれじゃあ」


もう一度揺さぶってみるも、今度は逆により一層強くしがみついてきた。
む~っ、と額をグリグリとのび太の腹に押し当てながら先程よりも強い抵抗を示す。
枕元に置いていた眼鏡を掛けつつ、のび太は弱ったなぁ、と頭をパリパリ掻き毟る。
嫌がる者を無理矢理叩き起こすのも忍びないが、しかし起こして手を離してもらわなければ布団から抜け出せないのだ。
どうしたものかと頭を悩ませていると。





「――――ドララ♪」





眼鏡があったのび太の枕元で、なにかが動いた。
パッと反射的にのび太が振り返るとそこには、





「あっ、ミニドラ!」



「ドララ♪」




赤い色の“ミニドラえもん”……通称ミニドラが『おはよう』とばかりに手を振っていた。


“ミニドラえもん”


ドラえもんと同じ型、三十センチ程度大きさの小型ロボットである。
昨日の夜、アインツベルン城に殴り込みを掛ける前に留守番として置いておいたのがこのミニドラであり、今のび太の目の前にいるこの赤色を筆頭として、他に緑色と黄色の三体がいる。
のび太はこのミニドラ達に三交代制で番人と監視役を任せていたが、どうやらこの赤色のミニドラ(以後ミニドラ・レッドと便宜上呼ぶ事にする)は今現在、非番であるらしい。


「ミニドラ、ちょっとお願いがあるんだけどさ。フー子、どうにか出来ない? これじゃ起きれなくて……」


「ドララ!」


のび太の言葉に『任せとけ!』とでも言うようにポンと自分の胸を叩くミニドラ・レッド。
そして足音も立てずにいまだ夢の中にいるフー子の頭の傍まで来ると、徐に自分の腹にある“四次元ポケット”を探り、中から何かを取り出した。


「――――って、ラ、ラジカセ?」


「ドララ!」


それは一台のラジカセであった。
ただし、ミニドラサイズであるために人形遊びの小道具程度の大きさのものであったが。
訝しむのび太を尻目に、ミニドラ・レッドは再度ポケットを探り、何かを取り出す。


「ドララ!」


次に出てきたのはこれまたミニドラサイズのメガホン。
それをラジカセのスピーカーの前にセットする。
どうやら音楽のボリュームで起こすつもりのようだ。
ミニドラ・レッドは徐にラジカセのスイッチを入れると……、


「ミー、ミー……」


サッと耳を塞ぐような動作をした。
いったいどこに耳があるのかな……ではなく、音が大きいから耳を塞いだのかとぼんやり思うのび太であったが、やがてどこかで聞いたような覚えのある音楽がそれなりのボリュームで流れ始めた。
ミニドラ・レッドが片手だけを外して音を大きくし、のび太は何とはなしにそれに耳を澄ませてみる。
だがそれは悪手も悪手、しかも超最悪のパターンであった。
次の瞬間、軽快なアップテンポのイントロが終了し、耳慣れた……










『――――ホゲェ~~~~♪♪』










「うわあああああああああぁぁぁぁぁぁぁっ!!??」



「フウウウウゥゥゥッ!!??」



「ミ、ミーーー!!??」





超絶音痴のダミ声が部屋中に響き渡った。
そのあまりの衝撃に、先程までおねむモードであったフー子が物凄い勢いで跳ね起き、耳を押さえてその場に蹲る。
それと同時に、一瞬意識が遠のきかけたのび太も耳を塞ぐが、時すでに遅し。
一度喰らった衝撃は早々抜けてくれないし、スピーカーから響いてくるゴッドボイスはどんどんノリを増してくるのだ。
そして曲がサビ部分に突入したその途端、窓ガラスにビシリと亀裂が走り、扉はガタガタと震え、柱や梁がミキミキとイヤな音を奏で始めた。
より一層耳を強く押さえ、決して耳に入れまいとなけなしの努力をする三人。


「な、なんでジャイアンの歌がミニドラのラジカセに!? ああああぁぁぁ、止めて止めて消して消してえええぇぇぇぇ!?」


「う、ううぅぅみゅ……みみ、いた……!」


「ど、どらら……!?」


何故か愕然とした表情となっていたミニドラ・レッドが片手を耳(?)から外し、目がややうずまきになりながらもどうにかラジカセのスイッチを切った。
不協和音を超えた“腐恐禍音”がピタリと止み、同時に部屋の崩壊も収まってようやく元の静寂な空間が戻ってきた。


「う、うぅぅぅ……み、耳が……! あ、あああ、朝っぱらからなんてモノ聞かせるのさミニドラ!?」


「ど、ドラ……ドララ」


「え? いつの間にかあれがラジカセに入ってた? たぶんグリーンの仕業?」


「ドラ、ドララ!」


「最初は“第九”を入れてた筈なのに許せない。あの野郎、とっちめてやるって? キミ達いったい普段なにしてるのさ……?」


シュッシュッ、と怒りの籠ったシャドーボクシングを始めるミニドラ・レッド。
その様子にのび太は毒気を抜かれ、はぁあ、と深い溜息を吐いた。
ミニドラ同士の確執はさておき、のび太としてはミニドラ・グリーンが何をどうして『ジャイアン・リサイタル』の曲なぞ持っていたのか、その点が妙に気になってしまった。


「まさかジャイアンのファン……な訳ないよね。じゃあ単にイヤガラセ目的? ……うーん、いったいどこから手に入れたんだろ「フゥ」……あ」


と、考えに耽るのび太だったが唐突に横から袖を引っ張られ、そちらの方に目を向ける。
そこにはペタン、と腰が抜けたように鎮座するフー子がいた。
瞳が若干涙で潤んでいるところを見ると、先程のショックがまだ抜けきってはいないようだが一応キチンと目は覚めたようだ。
いつまでもこうしている訳にもいかないので、のび太はススッと居住まいを正してフー子に正対する。
そして。





「おはよう、フー子」



「――――おはよう、のびた♪」





朝の挨拶。
しかしその単純なやり取りの中には、それ以上のものが確と込められていた。
二度と実現する事はない筈だったこのやり取りが、現実としてある。
最悪の目覚めではあったが、ある意味では最高の目覚めでもあった。















「……む、ノビタですか。おはようございます。何かあったのですか?」


着替えと“復元光線”による補修を済ませ、居間へと向かっていたのび太、フー子、ミニドラ・レッドであったが、唐突に横から声を掛けられる。
そちらを振り返ると、たった今起きたのであろうセイバーが佇んでいた。


「あ、セイバーおはよう。何かって?」


「いえ、先程貴方の部屋から異音というか、騒音というか……妙な音が聞こえてきまして。それで今しがた目が覚めたのです」


「あ、あぁ……あれ、聞こえてたんだ」


セイバーは士郎の隣の部屋で寝起きしているのだが、英霊の敏感な聴覚は離れた位置にあるのび太の部屋からの『ジャイアン・リサイタル』を聴き取ったらしい。
言葉のニュアンスからしてそこまでよくは聞こえなかったようだが、はっきり聞き取れていたらさぞ最悪な目覚めだっただろうな、とのび太は少々の申し訳なさを感じ、パリパリと髪を掻き回す。


「えぇと、なんて言えばいいのかな……ミニドラがフー子を音楽の音で起こそうとしたんだけど、ラジカセに入ってたのがジャイアンの歌で……」


「はい? ……あれは歌だったのですか?」


「え? ……う、うん」


哀れ、ジャイアンの歌はセイバーにとって歌だと認識されなかったようだ。
のび太は心の中でそっと、今は遠い世界にいるジャイアンへ向けて合掌を送った。


「おはよう、おねえちゃん」


「ドララ♪」


と、今度はのび太の隣にいたフー子とのび太の頭の上に乗っかっていたミニドラ・レッドがセイバーに向かって挨拶をする。


「おや、フーコにミニドラ。おはようございます……、ふぅ」


「……? おねえちゃん、げんき、ない?」


「……あ、いえ。そういう訳ではないのですが。少々、夢を見まして」


「夢? どんな?」


夢を見た、という言葉にのび太はつい反応してしまう。
既に起床してから時間がそれなりに経っているため、夢の断片がギリギリ思い出せる程度にしか記憶に残っていないが、自分も変な夢を見たなと思っていたところなのだ。
しかしそれに対しセイバーの目がスッと、微かに細められた。


「――――さて。もう、忘れてしまいました」


……が、次の瞬間には何事もなかったかのように、さらりとそう言葉を返した。


「あ、そうなんだ。夢って起きたらすぐ忘れちゃうもんね。僕もさぁ、なんか変な夢を見たような気がするんだけど、もうほとんど覚えてなくて。確か、おじさんと……おじいさん、かな? そういう人達が出てきた夢……だったような」


刹那の変化に気づく事もなく、のび太は自分の見た夢について覚えている限りを語る。
セイバーはそれをジッと聞いていたが、話が進むにつれて再び、眼光が鋭くなっていく。


「えっと、それでそのおじさんとおじいさんが……なんて言ってたんだっけ? え~っと、『生きて……』とか、『よく考えろ』、だったっ、け? うーん、あー……「――――他には」……って、え?」


「他に、何か覚えていたりしませんか? たとえば色や、景色など」


「色に、景色……んん~っと……あ、そういえば。夢の最初の方で、たぶんあれは火……と……雨、かな? そんなのが「ドララ!」……あ、ミニドラ。どうしたの?」


記憶の掘り起こしに夢中になっていたのび太の頭上で、不意にミニドラがポンポンとのび太の頭を叩いて何事かを訴え始めた。


「ドララ、ドラ、ドララ!」


「え、時間がもうだいぶ経ってるから早く居間に行け? ……あ、そっか。ごめんねミニドラ。行こうフー子、セイバー」


「フ!」


「……はい」


ミニドラ・レッドからの指摘に従い、居間へと続く廊下を再びゆっくりと歩き始めるのび太達。
……だが。





「火……いや、炎と、雨。私が見たモノと、同じ。おそらくあれは……きっと、私をバイパスとして。……しかし、最後の光景だけは違う。あれは、もしや彼の……」










――――そんなに気を落とすなよ。運命は、変えることができるんだから。










前を行くのび太の背中に視線を送りながら、密やかに呟かれたセイバーの言葉は、この場の誰にも聞き取られる事はなかった。
……そして。





「ロボット、という話でしたが……はて。あれは、タヌキを模しているのでしょうか? ミニドラも同じ形ですが……」





誰かさんが聞いたら激昂モノの、この痛烈な一言も。















「おはようございま~す!」


「おはようございます」


「おはようございます♪」


挨拶と共に居間へと入る一同。
ミニドラ・レッドは番人役のミニドラ・グリーンをとっちめに行ったため、この場にはいない。最後の一体であるミニドラ・イエローは客間の一室に設置した“スパイ衛星”の前で諸々の監視を行っている。
居間には既に士郎と凛、そして昨夜からこっち衛宮邸に居を移したアインツベルン組がいた。
それぞれの前には既に人数分の出来たての朝食が並べられており、食欲をそそる何ともいい香りがのび太達の鼻孔を擽る。
昨日、バーサーカーとの決戦の前に買い出しを行ったため、材料の備蓄は十分である。


「おう、おはよう」


「おはよ。もう少し寝てるかと思ったんだけど、案外早く起きたのね」


「あはは……いつもは寝坊ばっかりなんですけど、ここに来てからなんか目が冴えちゃって。イリヤちゃんとセラさん、リズさんも、おはよう」


「おはようノビタ」


「おはようございます」


「おはよう……フーコも」


「フゥ♪」


朝の挨拶を滞りなく終え、それぞれ卓につく。
ただし、如何せん人数が人数だ。
卓自体がそこまで大きいものではないため、結果的に隣り合う人間との間隔はかなり狭いものとなっている。
当初セラ、リーゼリットの従者二名が、主と卓を同じくするのは不敬であるとして別の場所で食事を摂ると主張していたが、家主である士郎がそれを却下した。


「別にいいじゃない、ここはお城じゃなくてシロウの家なんだから。『郷に入っては郷に従え』……だったかしら? ここは郷に従うべきよ」


イリヤスフィールもこれに追従したため、結局総勢九名が一斉に卓を囲む事となった。
……のだが、この場の人数は八名。一人が欠けている。


「あれ? アーチャーさんは?」


「もう来るわよ。……ふっ、くくっ……」


「リン? どうしてそこで笑うのですか?」


忍び笑いを漏らす凛に、セイバーが疑念混じりの視線で問いかける。
凛は手で口元を押さえながらも手をパタパタと振り、


「すぐ解るわよ。正直、想像するだけでもう、こう……ね! くくっ」


「……?」


解ったような解らないような答えを返すのみ。
だがこの数秒後、居間の戸が再度音を立てて開けられた事で、この凛の態度の訳が皆々の腑に落ちたのであった。





「――――これでいいのだろう、凛?」



『…………』





瞬間、時が凍りつく。
現れたのは件の男……アーチャー。
スッと音もなく入ってきた彼の姿に、一同はまるで咽喉がピッタリと接着されたかのように声も出せずにいる。
いったい何故なのか。
それはその身に纏われていたのが、見慣れたあの黒の軽鎧に真紅の外套ではなかったからだ。


「あ、アーチャーさん……その、恰好って」


「……凛から、朝食を取るならセイバーと同じように普通の服を着ろ、とのお達しでな、少年」


「これは……スゴイな、いろんな意味で」


「それは皮肉か、小僧……?」


黒のワイシャツに黒のズボン。
オールバックの白髪を重力に委ねるように前に降ろし、諦観の念と若干の怨みのない交ぜになった瞳で士郎を睥睨する。
完全無欠の、スタイリッシュな恰好に身を包んだ弓の英霊がそこにいた。
……が。


「――――なんか、違和感が服を着て歩いてるみたいね、まるで」


「そうですね……普段の恰好がアレですから。私もお嬢様と同じような印象を受けてしまいます」


「うん。ヘンな感じ」


「……純白のメイド衣装という、およそ日本家屋には似つかわしくない恰好の君達が言えた義理か?」


そう、違和感が半端ではないのである。
例えるなら、いい歳した大人が七五三の礼装を着込んで闊歩しているようなものだろうか。
服を着ているのではなく、服に着られているというか……とにかく、そんなチグハグ感を一同はアーチャーから感じ取っていた。
凛の笑いが目下再燃しているのもむべなるかな、である。


「しかし……違和感はともかく、こうして見てみれば、貴方は意外と若いのですね」


「……君が私をどういう目で見ていたのか甚だ疑問なのだが、それはさておこう。セイバー、前にも言ったかと思うが私のこの姿は二十代のものだ」


「まぁ、オールバックの髪を降ろせばそう見えなくもないな。あれが老け……渋い印象の一要素だしな」


「……今のも敢えて聞き流そう。髪も降ろして少しは若々しく見せろとの暴君(あるじ)からの指示故、だ。……まったく、何度も言うが元々サーヴァントに食事など必要ないというに」


「まあそう言わない。のび太も言ってたでしょ? 『みんなで食べた方が楽しい』って。それに……アンタ、治り切ってないでしょ。身体と魔力」


「……ふん」


含み笑いのまま、出されていたお茶を啜る凛の言葉にアーチャーは軽く鼻を鳴らすと、そのまま卓に着く。
昨夜の決戦。虎の子の一撃を放ち、マフーガの身体を寸断したアーチャーは一見ダメージを負っていないように見えて、その実かなりの消耗を強いられていた。
『偽・螺旋剣(カラドボルグⅡ)』に魔力を限界まで詰め込んで放ったため、その反作用からくる負荷で体内に相当の損傷を被(こうむ)っている。
その上ほぼ魔力が空の状態のままで、マフーガへと突っ込んでいったのだ。
あの戦いで、ある意味最も身体を張っていたのがアーチャーであり、そして一晩経った今なお完全に回復したとは言い難い状態なのである。
それを的確に見抜いていたが故の凛の言葉……なのだが。


「ありがたいんだか、ありがたくないんだかよく解らない気遣いね。そもそもリン、どうしてアーチャーを着替えさせたの?」


「ああ……それね。ちょっと前に士郎と話してたんだけど、これから来る人物に一芝居打つためよ」


「お芝居……? それに、これから来る人って? えーと、桜さんですか?」


「いや、桜じゃない。さっき連絡があって、今日も来れないって電話口で謝られた。もう一人の方……通り名を“冬木の虎”、藤ねえこと藤村大河だ」


「トラ……ですか? あの、シロウ。それはどういう……?」


セイバーの追及を士郎は『待った』と手を翳す事で遮る。
そして一度、グルリとこの場の全員を見渡すと一拍置いて再度口を開いた。


「もうすぐ一人、朝飯を食いに俺の家族……いや、ある意味姉? って言うべきなのか? まあ、そんな人が来るんだけど……正直この大所帯じゃ、隠し通すのはちょっと厳しいと思う。あれでいて異様に勘が鋭いし、毎日のように朝夕来てるから、いきなり帰れとか来るなとか言いづらいし……のび太君の道具をこんな事に使うのもアレで気が引けるし。そこで遠坂とちょっと話し合ったんだが、あえて皆の事を話そうと思う」


「……は? あの、エミヤシロウ? それはいくらなんでも……」


「ああ、心配しなくてもちゃんと誤魔化すところは誤魔化す。といっても俺は演技とか誤魔化しとかは下手だし苦手だから、主に遠坂先生頼りだけど」


「まあそういう訳で、とりあえず皆わたしに話を合わせて。あとはこっちで上手くやるから」


士郎に水を向けられ、鷹揚に応える凛。
ネゴシエイトスキルはともかく、口八丁で言い包めるのは得意である。
諸々の事情にも精通しているし、頭も気も回る。士郎がゲタを預けたのも解る話だ。


「はあ……あの、リン。具体的にはどうするのです?」


「それは「――――おっはよー、しろ~~~う!!」あっ!?」


と、その時玄関の方から女性の溌剌とした声が響き、凛の言葉は中断を余儀なくされた。
件の人間が訪れたのだ。士郎の想定よりも若干早いタイミングで。
口裏を合わせている時間は消えた。あとはのるかそるか、出たとこ勝負。





『…………!』





サッ、と一瞬で視線を交わす一同。


『わたしと士郎で流れを作るから、上手く合わせて』『ラージャ』


視線の交錯を言葉に直すなら、こんな感じだろうか。
いやに呼吸が合っているあたり、この超短期間で妙な連帯感が形成されている気がするがそれはともかく。





「しろ~~~~。ごはーーー…………あら?」



「……おはよう藤ねえ。まあ、とりあえず座りなよ。ほい、ご飯。それと、今日は桜は休みだ」



「はぇ? うん……うーん?」





居間の戸を勢いよく開けて入ってきたのは茶色のショートカットの、二十代半ば程と思われる活発そうな印象の女性。
改めて言うまでもないだろうが、件の藤村大河その人である。
戸を開け放った体勢のままポカンとした表情で固まっていたが、士郎から湯気の立つ茶碗を差し出された事でとりあえずフラフラと指定席に着き、碗を受け取った。
頭の上に疑問符を乱舞させつつも……おそらく疑問よりも食欲が勝ったのだろう……箸を取って、ご飯を口に運びムグムグと咀嚼し始める。
それを合図に、皆が一斉に箸を取り、朝食を摂り始めた。
てっきり最初に追及が来るものだとばかり思っていた一同であったが、どういう訳か大河は黙々と食事をし続けており、微妙に出端を挫かれた形となってしまっている。
一同がしばらく無言で箸を動かしていると(フー子とアインツベルン組は使い慣れない箸に苦心していたが。ちなみにフー子は人化した事で食事が可能となっている)、大河が早々と茶碗を空にする。


「士郎、おかわり」


「……はいよ」


茶碗を差出す大河、士郎が言葉少なにそれを受け取る。
そして山と盛られた茶碗を受け取り、彼女はご飯を一口頬張ると今度は味噌汁の碗を手に取った。


『…………』


空気が不穏な緊張感に包まれ始めている。
のび太はおろかセイバーですら箸があまり動いておらず、むしろいたたまれないような表情でモソモソと食事を行う有様。
早くきっかけが欲しい、とっとと疑問を切り出せというのが大河へ望む一同の共通の願いである。
こんな変にピリピリした空気の中での食事なぞ、砂を噛むようなものであろう。


「ねえ士郎」


「ッ!? な、なんだ藤ねえ?」


来たっ、と皆が一斉に心の中で身構える。
大河は凛、のび太、フー子、セイバー、アーチャー、アインツベルン主従をそれぞれグルリと睥睨して、


「どうして遠坂さんがここにいるの? それに、この子達は?」


ようやく最初にぶつけて当然の質問を投げかけてきた。
全員の視線が士郎に集中する。
この女性の厄介さを士郎は長年の経験から身を以て理解している。
場合によっては常識が通用しない相手であるという事も。
だが士郎達にはある意味強力なカードがある。
士郎がカードを切り、凛がそれを持ち前の神算鬼謀で以て最大限利活用。そして目標を達成する。
質問の後に一拍置いて、士郎はこう口を開いた。





「あ、いや……実は、親父の子どもなんだ」





目玉焼きをつついていたイリヤスフィールの片眉がピクリと跳ねる。
昨夜明かされた、イリヤスフィールは士郎の養父である衛宮切嗣の実の娘だったという衝撃の事実。
まだ改めて確認を取った訳ではないが、あの夜の様子からしておそらく間違いはない。
その点から話を広げていけば基本的に人の良い藤ねえの事、何とかなるだろう。
これが士郎と凛の立てた計画であった。


「へ~、そうなんだ。切嗣さんのねぇ」


ふんふんと頷きを返しながらクイ、と味噌汁を啜る大河。
およ、と一同が肩透かしを喰ったような表情になる。
もっとこう、目立った反応を見せるかと思っていたのにまさかのスルーとは。
……が。










「――――ぶっふうううううぅぅぅぅぅぅぅ!!!???」



「うおおおおおおぉぉぉぉぉぉっ!!??」










そんな事はなかったのである。
大河の鼻孔と口腔から華麗な毒霧殺法が炸裂。対面に座していた士郎に甚大な被害を及ぼした。


「ゲホッ、ゲホッ、グフ……ッ!? ちょ、ちょっと士郎!? 切嗣さんの子どもってなによ!? ゴホッ!」


「う、うええぇぇ汚い……さ、流石にこれは予想外だった――――あ、すまんセラ。藤ねえ、とりあえず一旦落ち着いて話を聞いてくれ」


「これが落ち着いていられますかってぇの!! ゲホッ! そんな話、切嗣さんから聞いた事もないのにいきなり何なのそれ!? どういう事なのよしろおおおぉぉぉぉぉ!?? ゲフッ、ゴホッ!」


「うわーい、聞いてるようで聞いちゃいねぇ」


斜向かいにいたセラから無言かつジト目で差し出された布巾で、士郎は味噌の香りの飛沫を拭う。
いまだ口元に味噌汁を滴らせて咽込みながら、鬼気迫る形相……というよりは半泣きか?……で詰め寄ってくる藤村女史に辟易しつつ、手に持った布巾を手渡してどうどうと宥める。


「ちゃっちゃと説明しなさい、簡潔に説明しなさい、明確に説明しなさいしろおおおおおおぉぉぉぉぉ!!」


「だああぁぁぁぁ!? 襟首引っ掴んで揺するな藤ねええええぇぇぇ!!? 説明しようにも出来ないだろうがああぁぁああぁぁ!!?」


……も、効果なし。
ガクンガクンと揺すられる士郎。異名通り、虎を連想させるほどに妙な猛り狂い方をしている。
黄色と黒のストライプという上着の柄も後押しして、彼女の背後に獰猛な虎のイメージを幻視させていた。


「ちょっ、いいから落ち、着け……って、ああもう遠坂、頼む! バトンタッチ!」


「……はいはい」


持て余した士郎はどうにか大河を抑え込み、そのままネゴシエイター遠坂凛に全権委譲。
バトンを渡された凛は呆れの吐息を漏らしながら茶碗を置き、興奮冷めやらぬ大河に向かって口を開いた。


「藤村先生、落ち着いてください」


「……せんせい? 凛さん、この人先生なんですか?」


「穂群原の英語教師なのよ。し……衛宮くんの担任で、わたしのクラスの授業も担当してるわ」


「む、なに遠坂さん。というか、どうして遠坂さんがここでご飯を食べているの?」


「……それも含めてお話しますので、とにかく座ってください」


差し挟まれたのび太の疑問に簡潔に答えつつ、凛は大河を着座させ自らも居住まいを正す。


「まずはじめに、わたしがここにいる理由としてはこの子が関係しています」


と言って凛はイリヤスフィールを指し示した。
話を合わせるため、イリヤスフィールは大河の方に視線を向ける。


「この子はイリヤスフィール・フォン・アインツベルンといって、衛宮くんのお父様の実の子どもなんです」


「え……えぇぇええ!!? ちょ、ちょっと本当なのそれ!?」


「事実です。お嬢様はエミヤキリツグの実子。出生届も生国の役所に提出されていますし、諸々の公的な記録簿にもその旨が記載されております」


セラの絶妙な合いの手が入る。
実際、アインツベルン主従は日本に正規の手段で入国している。
偽造などの非合法手段を使って余計な煩いを抱え込まないようにするための処置だが(ただしその分裏側への防諜対策が必要)、それには国籍や住民登録の存在が前提となる。
アインツベルンは表の世界でも名家。“裏事情”はどうあれ表側の来歴や記録もきっちり存在しているのだ。
やろうと思えば照会だって可能である。手続きは面倒だろうが。


「あの、失礼ですが貴女は?」


「これは申し遅れました。セラと申します。イリヤスフィール様の身の回りのお世話をこちらのリーゼリットと共にさせて頂いております」


「……リーゼリット」


「あ、こ、これはご丁寧にどうも……日本語、お上手なんですね」


「私はお嬢様の教育係も務めておりますので。お嬢様もリーゼリットも、その点につきましては問題ありません」


従者二名が礼をすると同時に、大河も慌てて頭を下げる。
どうやらイリヤスフィールがやんごとないところの人間であると理解したようだ。
それと共に、切嗣の過去に謎が多いという事にも。


「あの……それでどうして」


「わたしの家とアインツベルンには浅からぬ縁がありまして」


それに答えたのはアインツベルン主従ではなく、凛であった。
確かにそれは間違っていない。少なくとも“始まりの御三家”同士なのだ。
どちらかといえば因縁、と言うべきかもしれないが、とにかく縁は縁である。


「衛宮くんのお父様のお墓がこちらにあると知って、わたしを頼って日本に来たんです」


「私どもは日本の地に来るのが初めてですので。奥様と死別されて以降、エミヤキリツグはお嬢様を実家に預けられたままぷつりと消息を絶ってしまいました」


ピクッ、と大河の表情が歪んだ。
やたらヘビーな内容そうだと感じたからである。
この辺りの呼吸の合わせ方と話題の持っていき方はセラのファインプレーだ。
案外、凛とセラの二人は相性がいいのかもしれない。


「ところがつい最近、彼女の実家が衛宮くんのお父さんの消息を掴んだそうなんです。既に他界していて、こっちにお墓があると。それで日本に」


「そ、そうだったの……あの、その。イリヤスフィールさん「イリヤでいいわ」そ、そう……イリヤちゃんは、切嗣さんが士郎を引き取っていた事を知ってたの?」


「……ええ。でもエミヤキリツグはともかく、シロウには取り立てて思うところはないわ。もう」


やや固い口調で語られた心情。
大河だけでなく、のび太や士郎はおろか凛までびく、と固まってしまう。
聖杯戦争の事を除けば話の大筋が合っている事実を鑑みれば、おそらくそれは本心から出たものなのだろう。
自らを捨てるように去っていった父親に対する憎悪と、義理の兄弟に対する親愛と侘しさの絡み合った歪な感情。
イリヤスフィールはそれらを持て余したまま、この聖杯戦争に臨んでしまった。
だが最初の襲撃と枯れた森での死闘、何より昨夜の異変と狂戦士の最期の言葉が、義理の兄弟に対する蟠りをいくばくか溶かし去った。
少なくとも、士郎に対しては敵意も害意も既にない。ただ、さざ波のような揺らぎがあるだけだ。
そんなイリヤスフィールの胸中を余所に、凛の語りならぬ“騙り”は続く。


「……っと、それからイリヤスフィールは数日前に日本に到着しまして、その時にどうせだからと縁者も伴って来たんです。それがこの子達」


凛がのび太、フー子、セイバーの三人を指差し、のび太達は一瞬遅れて一斉に頭を下げる。


「お初にお目にかかります。セイバーと申します。キリツグとは昔交流がありまして、故人を偲ぶため先日よりこちらに厄介になっております」


「え、えと……初めまして。の、野比のび太です」


「ボク、ふーこ、です♪」


「う、うん。初めまして。えっと、セイバーさん? も日本語が上手なのね」


「ええ、まあ。日本語の他にもあと数ヶ国語は」


その言葉に大河はへえっ、と感心したように声を漏らした。
アーサー王はイングランドのみではなく、海を越えたヨーロッパへも軍を進めているし、自身も異国の地へ足を運んている。
少なくとも欧州圏で使われている言語を理解し、操れるだけの知識とスキルは王として必要だった筈。頷ける話だ。
もっとも時代が時代なだけに、かなり古い言語体系だろうから現代で実際に通用するかは不明だが。


「えっと、のび太君と、フー子ちゃんは兄妹?」


「フ?」


「え!? あ……は、はい! ぼ、僕達はっ、兄妹です! え、エヘヘヘ……!」


コテンとフー子が首を傾げたのを誤魔化すように、のび太が慌てて返答する。
大河はふんふんと頷きを返したが、ふと頭に疑問符を浮かべる。


「あれ? うーん、でもそれにしては髪の色とか瞳の色が違うような……」


「ぎく!? ……え、えっと……そ、それは「いえ、実は彼らの家庭事情は少々複雑でして。彼らに血縁関係はないのです」……っそ、そう! そうなんです! あ、アハハ、ハハ……!」


「あ……ご、ごめんなさいっ!」


しまった、と罪悪感に染まった表情で大河は頭を下げる。
はっきり言ってまったくのデタラメなのだが、これ以上の追及を避けるには効果的な手だ。
そしてセイバーのこのファインプレーを引き継ぐような形で、凛がここぞとばかりに畳み掛ける。


「この二人は衛宮くんのお父様から援助を受けていたそうで、保護者や学校の許可を得てこちらに。セイバーやアインツベルンとも交流がありましたので、同道してきたのです」


「それで、数日前に遠坂から色々と事情を聞かされてな。一昨日の晩から皆してこっちに来たんだ。正直驚いたんだけど、俺は親父が過去どうしていたか、なんて話は今まで聞かされた事なかったし、親父はいつもアチコチ放浪してたヒョウロク玉だったからな。むしろそういう事もあったのか、って親父のアレコレに納得がいった。言うのが遅れた事は謝っておく」


「う、うーん……まあ、わたしも切嗣さんの昔の事って聞かされた事なかったからねぇ……。じゃあ、そっちの方も?」


大河が指差したのは素知らぬ顔で味噌汁を啜る褐色の男。
この場においてただ一人、アーチャーだけは我関せずといった体で黙々と食事を続行していたのだ。
豪胆と言うべきか、空気を読んでいると言うべきか……。
だが耳だけはしっかりと傾けており、話の趨勢はちゃんと理解している。


「はい。まあ正確には、彼はわたしの縁者なんですが……」


自分の事に話題が変化したな、と気づきつつも、今までの言から妙な事にはならないだろうとアーチャーはグッと一気に味噌汁を傾ける。










「――――衛宮くんのお父様とも、遠縁ですが類縁関係がありまして。名前もエミヤと言います」










「――――ぶふぅぅうお!!??」



「ぬおおおおぉぉぉぉおおお!!??」





が、突如盛大に味噌汁を噴出し、なぜか正面の凛ではなく斜め前方の士郎へと、二度目の毒霧殺法をお見舞いした。
ポタポタと、再び味噌汁の飛沫を滴らせる士郎。
加害者にジロリと視線を向けるが、今度のものは大河の時のようになぁなぁではなく、怒りと怨嗟がこれでもかとばかりに籠められていた。


「……テメェ、なんか俺に恨みでもあんのか? 咄嗟に俺の方に顔向けやがって!」


「ガハッ、ゴホッ……! な、ないとは言わん、がっ、流石に凛に浴びせる訳にはいくまい! ゴフッ!」


「だったら最初から噴くな、この野郎!」


「……無、茶を言うなっ! ゲホッ、ゴホッ!」


「あ、あの、大丈夫ですか?」


「ゴホッ、っむ……も、申し訳ない。気管に入ってしまって。コホッ」


咽るアーチャーの背中を摩る大河。
されるがままになりながらも、アーチャーはラインを通じて凛に念話を送る。


『これはどういう事だ、凛……!?』


『どうもこうも、こうしておいた方が色々と都合がいいのよ、流れ的に。とりあえず合わせなさい』


『だが、何も小僧と同じ名前でなくとも……!』


……しかし無情にも、アーチャーの念は無視された。
そしてそのまま話を続けようとする凛。アーチャーはつい漏れそうになった溜息をグッと飲み込んだ。


「こっちはイリヤスフィール達より前に所用でわたしのところに来ていたんです。それで、折角だからとその後に来たイリヤスフィール達に同行する形でここに。両者に縁がありますので」


「……そういう、事です。あ、もう落ち着きましたので……お気遣い、感謝します」


「あら、そうですか? ……あれ? ……う~ん、んん~?」


「……あの、何か?」


「ああ、いえ……あのぅ……失礼ですが、どこかでお会いした事ありません?」


「ッ!? ……いや、気のせい……でしょう。少なくとも、私に貴女との面識は……」


「はぁ、ですよねぇ。……うぅ~む?」


それでも釈然としないのか、大河は腕を組んで何やら考え込み始めた。
アーチャーは士郎から投げ渡された布巾で自らの味噌汁の飛沫を拭いながら、どこか忙しなく視線を宙に泳がせている。





「髪を降ろしたのは失敗だったか? ……だが、偶然。そう、これは偶然だ。大丈夫、まだ大丈夫……の、筈、だ……よな?」





布巾で覆われた口元がモゴモゴと動くが、そのくぐもった声はこの場の誰の耳にも拾われる事はなかった。















「……藤村先生。話を戻してもよろしいでしょうか?」


「っえ? あ、ああ、ごめんなさい遠坂さん。え~と、まあ大体事情は飲み込めたわ。つまりここにいる皆さんは切嗣さんのお墓詣りに来たって事ね。だから士郎、昨日学校休むって連絡したのかぁ」


「ああ。まあ積る話もあるし、イリヤ達ももうしばらくここに滞在する予定だから、俺もそれに合わせてしばらく学校休ませてもらうつもりなんだけど。いいよな藤ねえ?」


「うーん……ホントはダメ、って言いたいところなんだけど……家主がお客さん放っといて家を空けるっていうのもアレだから、そういう訳にもいかなさそうだしねぇ……」


ウンウン唸りながら頭を抱え込む大河であったが、結局折れて首を縦に振る事に。
ホスト役がいなくては失礼に値する上、家の人間が士郎しかいないのだ。
選択の余地など、実質あってないようなものである。


「ふぅ~……ん、あれ? え~っ、と、じゃあどうして遠坂さんはここにいるの?」


「はい? なにかおかしいでしょうか?」


「おかしいわよ。だっていくら親類がこっちに用があるからって、貴女まで士郎のところにいなくてもいいじゃないの。それに遠坂さんも学校、休んでるでしょ? ダメよ、アナタは出なきゃ」


ちっ、誤魔化されなかったか……、と凛は心の中で舌打ちする。
自分がこの場にいる事を突っ込まれるだろうとは思っていたが、いらぬ手間は少ないに越した事はない。
それだけに面倒くさく感じてしまうが、まぁやるしかないかと即座に頭の回路を切り換えた。


「しかし藤村先生、イリヤスフィールはわたしを頼ってこっちに来ている訳ですし、このア……エミヤもわたしの客人です。それを衛宮くんに放り投げたまま、というのは不義理の極みですし、わたしにも責任を負う義務があります」


「う、それは……そうだけど「それに、わたしは既に衛宮くんのところで一泊していますし」……は?」


凛の一言に大河の表情がビキリと凍りつく。
そして瞬きをニ度三度、パチパチと繰り返し凛を、そして士郎を見やる。
やや虚ろで光の消えたその目、大河の心情をこれ以上なく表現しきっていた。


「……ホントの話、なの? 士郎?」


「あ……ああ、まあ」


異様な気配を放ち始めた大河に言いよどむも、正直に答える士郎。
次の瞬間、士郎の視界が物凄い勢いでブレた。


「それってどういう事よ、しろおおおぉぉぉぉおお!! 年頃の女の子数人とお泊り会なんて、いったいどこのスケコマシだい! そんなのぜったいダメダメダメダメダメえええぇぇぇぇぇーーーーーーー!!!」


「だああああぁぁぁぁああ!!? またこのパターンか!? お、落ち着けこのバカトラっ! のび太君やそこの白髪黒助(しらがくろすけ)だっているだろうが! 断じてそんなモンじゃない!!」


「言い訳しないっ! お、お姉ちゃんはそんな節操のない子に育てた覚えはありません!! というかわたしをトラと呼ぶなあああぁぁぁぁぁぁあああ!!!」


再び襟首シェイクの刑に処される士郎。
抗弁するも聞く耳持たず、ガクンガクンと揺すり続ける大河の目は涙で潤み、白い部分に赤い線が走りつつある。
逆上している虎は手に負えない。鎮静剤が必要だ。
士郎は必死に手で合図を送る。早くどうにかしてくれと。


「はぁ……藤村先生。衛宮くんはそんなに信用ならないのでしょうか? 小学生の子どもが滞在しているにも拘らず、いえ仮にそうでなかったとしても、いずれ間違いを犯してしまうとでも?」


「そんな訳ないじゃない!! 士郎はそんなコトしないもんっ!!」


「でしたら何も問題ありませんね。衛宮くんも言った通り、ここには大人の男性もいますから。それに先生が太鼓判を押してくださるのなら、わたしも安心です」


「うぐっ……!」


揺さぶる手を止め、言葉を詰まらせる大河。
結局、首肯以外の選択肢の悉くを潰され、最終的に凛の一人勝ちという結果に終わってしまうのであった。















その後。





「そういえば昨夜の嵐、スゴかったわね~。来る前に見たニュースじゃ、東アジアの大半が嵐の勢力圏内だったんだって。でもすぐ止んじゃったから、そんなに被害はなかったみたいだけど」





「あら? この記事……『太平洋沖で謎の巨大爆発』? 物騒ね~……ふんふん、調査団が現地入り?」





どうにか気を取り直し、平常運転に戻った大河。
時折ヒヤリとさせられるようなワードが飛び出しつつも、台風一過の晴天のように朝の食事の時間はどうにかつつがなく過ぎていった。















ほんの少しだけ騒々しい、なんて事はない朝の風景。















……しかしながら。














新たな戦いのゴングは、既に間近に迫っていたのである。












[28951] 第二十八話
Name: 青空の木陰◆c9254621 ID:90f856d7
Date: 2012/03/31 23:51



「じゃあ士郎、学校休んでまでホスト役するんだから、最後まできっちりやるのよ」


「ああ、解ってる。むしろ藤ねえの方こそ、色々やらかすなよ?」


「色々ってなによ~。最近は割とマトモ「ほぉう? 前回の英語の時、授業に遅れそうになって教卓に猛スピードでヘッドスライディングかましてたのはどこの誰だったっけ?」……ウン、キヲツケル」


「オッケ。じゃあ、いってらっしゃい」


朝食が済むと、大河は学校へと向かっていった。
騒々しかった時間も終わりを告げ、衛宮邸には事の当事者のみが残る形となり、そして。


「行った?」


「ああ」


「よし。それじゃあ昨日出来なかった、これからの事について、話し合いを始めましょうか」





士郎、お茶と茶菓子を人数分ね。





それを皮切りとして、粛々と衛宮邸総会の幕が上がった。















「――――って、わたしが話せる事なんてたかが知れてるわよ。そもそも今回はイレギュラーだらけなんだし、正直既存の情報なんてまずアテにならないと思うんだけど」





むー、と唸りながら頬杖をつくイリヤスフィール。居間に微妙な沈黙が漂う。
始めに行われたのは、イリヤスフィールによる聖杯戦争についての情報提供だったが、しかし、そこでいきなり詰まってしまっていた。
こんな異常事態に陥ってしまっている以上、今までの常識や定説と照らし合わせても答えはまず出ない。
それにイリヤスフィール、ひいてはアインツベルン陣営が最大限妥協したとしても、やはり出せる情報と出せない情報とがあるのだ。
それらを踏まえて考えると、話せる事は限られてくる。しかもその大半が、イリヤスフィールの目から見てほぼ実のない情報なのである。
とはいえ、完全に無駄かと言えば……。


「……まぁそうかもしれないけど、判断のための材料は多い方がいいの。取捨選択はあとでやるとして、とりあえず切れるカードがあるなら出せるだけ出して欲しいのよ」


「そう言われても……うー、じゃあ例えば何が知りたいの?」


「……そうね。なら「遠坂、その前にちょっといいか?」……士郎?」


突如話に割り込んできた士郎に、凛が微かに鼻白む。
だが何やら真剣な面差しでイリヤスフィールを見つめる士郎を見た瞬間、ああ、と納得がいき自ら引っ込んだ。
“そっち”の方も重要と言えば重要な事案だ。


「イリヤ、改めて聞くんだが……イリヤが親父の娘で、俺の姉さんだっていうのは本当の話なのか?」


「……、そうよ」


ほんの少しだけ間を開けた後、イリヤスフィールは首肯を返す。


「――――――そう、か……」


士郎は僅かに肩から力を抜くと、自分の髪をグシャグシャと乱雑に掻き回した。


「……やっぱり、なんか妙な感じだな……実感が湧かないというか、なんというか」


「そうね」


「……ん。けど、俺の義姉さんなら……あー、こう言ったら何なんだけど……なんでイリヤは成長してないんだ?」


「……ホムンクルスの血の影響。お母様はアインツベルンのホムンクルスだったから」


「ホムン、クルス? って?」


ぽけー、と茶請けのどら焼きを齧っていたのび太が首を傾げる。
疑問に答えたのは、イリヤスフィールの傍らに座していたセラだった。
視線をイリヤスフィールに一旦向け、主が頷きを返した事で首肯し、口を開く。


「魔術技法により作成された人工生命体、解りやすく言うなら魔術の力で生み出された人間の事です。ちなみに私とリーゼリットもホムンクルスです」


「え、ええっ!? ……あれ、でも、普通の人に見えるんですけど……」


「それは“そういうモノ”として造られていますので当然です。しかし、生れ落ちる前に施される調整によって、人間以上の魔力や力を持つ事が可能となっています」


「はあ……」


そう言われて、のび太はリーゼリットが身の丈以上の戦斧(ハルバート)を振り回していた事を思い出した。
確かにあれは並の人間が出来得る事ではない。
そんな大それた事を軽々とやってのけられる、そうなるように造られた存在がホムンクルスなのか、とのび太はふんふん頷いた。


「……ですが人間以上に強力すぎる力の所為か、稀に先天的……生まれつきの不具合が生じる事もあります」


「不具合?」


「ええ」


例えば生殖機能の欠損、短命など。
ホムンクルスは通常の人間とはやや異なったハンディキャップを背負って生まれる事がある。
その代償として……かどうかは解らないが、常人を凌駕する能力を秘め、生誕する。
どれかを立てれば、どれかが立たない。
詳しい原因については諸説あるらしいが、ある意味では公平かつ平等なのかもしれない。


「お嬢様は人間とホムンクルスの血を引き、稀有な特性と才能を受け継がれておりますが……」


「――――その代償として、成長がある程度の段階で止まってしまう。そういう風に生まれついた……という事かしら?」


コクリ、と頷くイリヤスフィール。
士郎の表情が複雑なものへと歪んだ。


「そんな顔しなくていいわよ、シロウ」


「けど……」


言いかけた士郎であったが、顔を上げた途端口を噤んだ。
眼前のイリヤスフィールの表情を見てしまったからだ。
薄い、触れれば溶ける粉雪のような儚げな微笑。
諦観とも、哀切とも、微妙に趣の違うその表情。
内心はどうあれ、その事実を事実としてしっかりと受け入れている。
だからこそ、士郎はそれ以上何も言えなくなった。


「……いや、解った。それについては何も言わない。……あ、そういえば」


「なに?」


「爺さんが……あー、っと、行方知れずになったのっていつごろなんだ?」


それは士郎が気にかかっていたもう一つの事案。
養父である衛宮切嗣がイリヤスフィールを置いて行方をくらませたという、その時期だ。
自身が拾われたのは、おそらくその後の事だろう。
いったい何があってイリヤスフィールを置き去りにしたのか、何を思って自分を拾い上げたのか。
士郎は気になって仕方がなかった。
……だが。


「十年前よ」


「「――――十年前!?」」


イリヤスフィールの返答に、士郎はおろか凛まで目を剥いた。
十年前。それは士郎が切嗣によって拾われ、養子に迎え入れられた時期とピタリと符合する。
同時に、前回の聖杯戦争……第四次聖杯戦争が行われた時期ともである。
これらの事実から予想されるもの、それは。


「爺さんは……もしかして、前回の聖杯戦争に参加していた?」


「そうよ。十年前、アインツベルンに所属していたエミヤキリツグはマスターとして、第四次聖杯戦争に参戦していた。――――――セイバーのサーヴァントと共に、ね」


「セイバーの……サーヴァント? って、もしかして!?」


バッ、と弾かれたように士郎と凛の目が一点に向けられる。
二人の脳裏には、以前聞いた『ある言葉』が記憶の淵から浮かび上がっていた。
すなわち――――『この時代に召喚されたのはこれが初めてではない』、という言葉が。


「…………」


視線の先には、無表情のままに手元の湯呑を弄んでいるセイバー。
会議が始まってからこっち、彼女はこれといって口を挟まず、半ば静観のような形で沈黙を保っていた。


「その様子だと、言ってなかったみたいね。アナタがかつてエミヤキリツグのサーヴァントとして、この地に呼ばれてた事。記録も残ってたし、わたしはすぐに気づいたけど」


軽口のようにのたまうイリヤスフィールの言葉に、ピクリと彼女の片眉が跳ね上がる。
だがやがて観念したようにコトッ、と湯呑を置くと、重々しく口を開いた。





「……ええ。十年前、私はエミヤキリツグのサーヴァントとして、聖杯戦争に参加していました」





「「――――――ッ!?」」



予想と違わぬ返答、だがそれでも衝撃は大きい。
士郎と凛は絶句してしまった。


「「……??」」


その一方で、もう話についていけなくなってしまったのび太は、傍らでどら焼きをはむはむと頬張るフー子と互いに目を見合わせ、


「…………」


アーチャーは至って平静そのもの、といった体のまま、事の成り行きをジッと睥睨していた。















「……どうして、あの時それを言わなかったんだ?」


「……こういう言い方は誤解を招くかもしれませんが、聞かせない方がいいと判断したからです。キリツグを心から敬愛している、貴方には」


「? それは……どういう意味だ?」


そこでセイバーは一度士郎から視線を外し、イリヤスフィールの方へと振り返る。
そして彼女が瞑目し、『ま、好きにすれば?』とでも言わんばかりの軽い溜息を漏らしたのを確認すると、





「シロウの養父……いえ。裏で“魔術師殺し”と呼ばれていた、あの頃のエミヤキリツグの姿や在り様は、彼を慕う貴方の心を踏み躙ってしまうかもしれない。当時の彼は、真の意味で徹底的な“合理主義者”。必要とあれば非情で冷酷な手法すら、寸分の躊躇いも見せずに行ってきた」





セイバーは訥々と語り始めた。
在りし日の、第四次聖杯戦争における衛宮切嗣の、ありのままの姿を。
無論、すべてを語った訳ではない。
話さない方がいい部分もあるし、セイバー個人として語りたくないものもある。
加えて年端のいかないのび太やフー子だっている。あまりに刺激の強い話は控えなければならなかった。
だが、それでも。





「…………っそ、そんな!?」





士郎を動揺させるには十分すぎる内容であった。
セイバー自身を、まるで戦うためだけの『道具』同然にみなして……勿論、非人道的な待遇とかそういうものはなかったが……扱っていた事。
自ら影に徹し、敵サーヴァントを真っ向から殲滅するのではなく、マスターを人知れず暗殺するという手法を用いて聖杯戦争を勝ち上がっていった事。
勝つためには、およそ外道と呼ばれるような手段すら呼吸をするように行ってきた事。
それらの真実は、彼の胸にある切嗣像に泥を塗るほどの衝撃だった。
士郎の知る切嗣からはおよそ想像もつかない、生臭く、どす黒い行為の数々。
猜疑と疑問と失望が頭の中でグルグルと螺旋を描き、養父の姿を著しくぼやけさせていく。


「私とキリツグの間に、信頼関係という物は皆無でした。彼の妻であり、彼女の母であるアイリスフィールとはまた別でしたが……しかしそれでもまだよかった。最終的に聖杯を手に入れられるのなら、不満や憤りこそあれど使役し、されるだけの関係でも構わなかった。……ですが、最後の最後で彼は私を……裏切った」


「う、裏切った? 穏やかじゃないわね……どういう事?」


「彼は……っ、ッッ!」


ギリッ、とセイバーの歯が音を立てる。





「――――――顕れた聖杯を、令呪で以て強制的に私に破壊させたのです!」





吐き捨てるように告げられた、衝撃的な事実。
叩き付けられた怒気に気圧され、ビク、と士郎は身を竦ませた。
聖杯を求めて参加した筈のマスターが、聖杯を自らの意思で破壊した。
よりにもよって聖杯を求めて召喚に応じた、己が従者を令呪で縛り付けて強引に。
確かにこれは盛大な裏切りであろう。
ハアッ、と自らを落ち着かせるように息を一つ吐き、セイバーは再度口を開く。


「……何故そんな事をしたのか、今もって私には解りません。私が最後に見たモノは、すべてを焼き尽くさんばかりに猛る炎。そうして私は消滅し、十年後の今、再びこの地に呼び出された。初めは驚きました……まさかキリツグに義理の息子がいて、ましてや私を呼び出すなどと。加えて貴方は彼の手で健やかに、穏やかに育てられ、キリツグを心の底から尊敬していた……」


「……だから、切り出せなかった?」


確認の言葉に、セイバーはコクリ、と首肯を返す。


「――――エミヤキリツグがアインツベルンから裏切り者と見做されている、最大の理由がそれよ。聖杯戦争の意義そのものを台無しにし、アインツベルンの悲願もその手で叩き壊しちゃったんだから。そして粛清を躱すために、エミヤキリツグは行方をくらませた……」


わたしを置いてね、という最後の言葉はイリヤスフィールの口内に留め置かれた。


「そう、か」


そうして士郎はゆっくりと、大きく息を吐き出した。
正直、心の整理がつかない。
苦心の末に完成させた絵画に、グチャグチャと落書きをされたような気分だ。
イリヤも昨日までこんな気分でいて、それを乗り越えたのだろうか。


(だとしたら、凄いな……)


訳の解らない感想を抱きながらも、士郎はどうにか心を鎮め、平静へと戻していく。


(――――でも、こればっかりは時間がいるなァ)


落ち着きこそ取り戻したものの、心の暗雲はいまだ晴れない。
何を思って養父が自分を引き取ったのか、おおよその察しはついた。
きっと張り裂けんばかりの葛藤があっただろう……その胸中も、何となくだが想像出来る。
とはいえ養父のやってきた事はとても信じられないし、易々と受け入れられるものではない。


(でも……それでも)


それでも士郎は、信じたかった。
いつかの“アカイセカイ”で見た、養父の泣き笑いのような笑顔。そしてあの夜に交わした『約束』と表情を。
すべてを呑み込むのは無理かもしれない。しかしいつか、時が解決してくれるだろう。


(――――ん!)


そこまで考えたところで、士郎は一旦、その感情を棚に上げた。
士郎にはそれより早く果たすべき少年との大事な『約束』があって、今の最重要事項は“それ”ではないのだから。





「――――――ふむぅ……けど、そうなるとこの戦争、もう随分前からイレギュラーが起き得る“種”自体はあったって事よね」





士郎が顔を上げた丁度その時、凛の口から唸るような呟きが洩れてきた。


「え? そうなのか遠坂?」


「『そうなのか』って、あのねぇ……考えても見なさいよ。衛宮切嗣は折角顕れた聖杯を破壊しちゃったんでしょ? それはつまり、聖杯戦争の根っこになってる聖杯自体に、何かしらの欠陥があったかもしれないって事じゃないの」


「「……あ!」」


凛の言葉に士郎とセイバーは揃って声を上げた。
確かにそう考えれば、聖杯破壊という一連の行動に説明が付くのだ。
それにバーサーカーも言っていた。
あの怪物は、バーサーカーの『器』と『肉体』を基に、のび太の『記憶』から象られたと。
『器』は七つのクラスの規格を現す文字通りの英霊の受け皿、『肉体』は英霊の身体そのものを構成するエーテルの事。
最後の部分を除けば、それら二つは英霊を現世へ導く聖杯が司るものなのだ。
その二つを材料としてマフーガが生まれたというのなら、少なくとも聖杯そのものに何か予期せぬ事が起こっていると考えた方が自然である。


「その欠陥が何なのかは解らないし、衛宮切嗣がどうやってそれを知ったのかも知る術はない。ただ、話を総合すると聖杯が破壊された直後にあの十年前の大火が起こってるようだから、相当危険なモノであるっぽいのは確かね。そして、それが何なのかを知る方法はただ一つ。――――わたし達の前に、聖杯を降臨させる事」


「俺達の前に――――――って、それって今までとなんにも変わらないじゃないか!」


「そうだけど、それ以外に方法はないわよ。まずは聖杯を目の前に持ってこない事には調べようもないんだし。まあ、こっちには『始まりの御三家』の一であり、聖杯の専門家であるアインツベルンがいる訳なんだけど……」


「…………、ハァ。言っとくけど、聞かれても『お手上げ』としか答えられないわよ。確かに聖杯を降臨させる『器』はアインツベルンが用意するけど、それはあくまで『器』であって聖杯そのものじゃないもの。今の時点では、単なる『器』でしかないわ。やっぱり、中身がなくちゃね」


澄ました表情のまま、ホールドアップするイリヤスフィール。


「――――と、そういう事らしいわ。どのみちやる事は変わらない上、どうしようもなく変えられないのよ」


「それは……まあ、そうか……」


どこか釈然としないものを感じつつも、一理ある凛の言葉に士郎は頷かざるを得なかった。
実際問題、イレギュラーが起こったからといって、『じゃあこの戦争は取り止めにしましょう』、『ハイ、そうしましょう』……という訳にはいかない。
自分達も他のマスター・サーヴァント主従も、聖杯を手に入れる事を目指して戦いを繰り広げているからだ。
賽は既に投げられ、後戻りは不可能。
結局のところ、まず初心を貫徹する以外にないのである。


「それに……バーサーカー曰くのこの戦争の『闇』だけど、聖杯の欠陥と何か関わりがあるような気がするのよね」


「気がするって……リン、それ、何を根拠にして言ってるの?」


「根拠……そうね。女の勘、ってところかしら? ダメ?」


「ダメに決まっているだろう」


そもそも“女”と呼ぶには年季も人生経験も色気も何もかも足りん、とアーチャーから的確なダメ出しが飛ぶ。
その直後、彼の顔面目掛けてガンドがぶっ放されたのはある意味御愛嬌。
そして、しっかりと紙一重で回避されていたりするのもまた御愛嬌である。















「あ、『闇』といえば……のび太」


実力行使のツッコミで話の腰が折れてしまったため、一旦話題を変えようとのび太を見やった凛であったが、





「――――あ、はい!? え、えっと、なんですか凛さん!?」





「……アンタ、何やってんの?」


のび太を視界の中央に収めたその途端、眉間に皺が寄った。


「……出来た。次、フーコ」


「フ! ……む~、のびた、あってる?」


「え!? ……あ、ああうん、それで合ってるよ。で……あ、次は僕の番か」


フー子の指に絡まったそれを、のび太が指を差し入れて受け取り別の形へと組み替えていく。
シャッ、シャッ、シャッと指を動かす事およそ二秒。





「――――ほら出来た、『おどるチョウ』!!」



「「お~!!」」





赤い糸が作りだした、名前に違わぬ見事な図柄にパチパチと二人分の拍手が送られた。
手を叩いているうちの一人は言うまでもないがフー子。
そしてもう一人は。


「リーゼリット……貴女まで一緒になって、いったい何をしているのですか?」


「あやとり」


頭痛を堪えるように額に手を当てるセラへ、たった四文字で簡潔に説明するリーゼリット。
のび太、フー子、リーゼリットはいつの間にか三人で固まり、部屋の片隅であやとりに興じていた。
どうしてそんな事をしているのか、理由は実に単純。


「あ、その……さ、最初の方はなんとかついていけてたんですけど、だんだん話が難しくなってきて解らなくなっちゃって……それでなんとなく、ポケットを探ったらあやとりの紐が出てきて……つい。エ、エヘヘヘ」


「はなし、むずかしい。ボク、たいくつ。だから、してた」


「面白そうだったから。やり方教わりながら、一緒にやってた」


「……あ、アンタらねぇ……っ」


ワナワナと震える凛。
だが、そこにアーチャーから的確なフォローが入る。


「いや、無理もあるまい。子どもが理解するには、やや高度過ぎる話だろう。それに、聖杯戦争や魔術に関しての知識も乏しいのだしな」


「落ち着けって遠坂。アーチャーの言う事も一理あるんだし、そんなに目くじら立てる必要もないだろ? ここはホラ、大人の余裕でさ。カリカリし過ぎはよくないぞ」


「……むぅ」


どうどうと宥める士郎の言葉に、凛は眉間の皺を揉みほぐしつつ溜息を一つ。
昂ぶった勘気を鞘に納め、感情の波をニュートラルに戻した。


「はぁ……そういえばのび太。アンタなんともないの?」


「はえ? なんともって……何がですか?」


「昨夜あれだけ魔力を生み出して放出してたじゃない。初めの方は苦しそうにしてたし、どこかしらガタがきてないか聞いてるのよ。たとえば身体が痛いとか、だるいとか……」


「?? 別に、なんともないですけど?」


あやとりの紐をポケットにしまいつつ、率直に述べるのび太。
一応パパッと身体を探ってみるも、やはり取り立てて変調の兆しもなにも見受けられない。


「んー……そんなハズないと思うんだけどねぇ。のび太は魔術師でもなければ魔力(オド)のコントロールが出来る訳でもないんだし、普通だったら内側から風船みたいに身体が破裂していてもおかしくなかったのに」


「え……は、破裂ッ!?」


「そうよ。普通の人間があんなバカみたいな魔力、身体に留めておけるワケないでしょ? おちょこに海水を一気に注ぎ込むようなモンよ。間違いなく木っ端微塵に破裂して一巻の終わりね」


脳裏にパァンッ、と派手に弾け飛ぶ自分の身体がリアルに浮かび上がってきて、のび太はゾワッと背筋を震わせる。
あの『竜の因子』の共鳴から発生した魔力に、そんな危険性があったとは想像だにしていなかった。


「ま、ざっと見、後遺症も何もないようだし、そんなに青くならなくてもいいわよ。……しっかし、アンタも大概頑丈ね。破裂しなくとも身体中が軋みに軋んで、三日三晩は寝込むかと思ってたのに」


「……ふむ。おそらくは、レイラインを通して私とフーコに魔力が流れたからでしょう。それで負荷も少なかったのだと」


補足的に差し込まれたセイバーの言は的を得ていた。
過剰という言葉では済まないほどに湧き上がった魔力は、発生した当初こそのび太を苛んだが、セイバーに声を掛けられ意識がそちらに向いたお陰で、ラインを通じて魔力がそちらに流れていったのだ。
例えるなら、ダムの堰を無意識的に開放して水を放出するようなもので、もう一方のラインを通じてフー子の方にも魔力が流れていった。
のび太の器がおちょこでも、この二人のそれはさながらタンカー。
キャパシティに余裕のある方に水が流れるのはごく当然の摂理であるし、これによってのび太は最悪のシナリオを辛くも逃れていた。



「――――っと、脱線したわね。話を戻して……のび太」


「はい?」


「あのバーサーカーが変化した怪物について……アンタが知っている事を教えなさい。そして、どうしてアンタの身体に『竜の因子』なんてモノがあるのかも。あと、そこのフー子の事についても、ね」


「えっ、あっ……、あぅ」


凛の言葉によって、全員の視線がのび太に一斉に向けられる。
一瞬たじろぐも、あの時の状況が状況だったため、説明するのを後回しにしていた事を思い出した。


(……う、うーん……弱ったぞ。どう説明しよう……?)


のび太としては、過去の経緯を説明する事自体に否やはない。
ただ問題は……自分の発言がこの場の人間にどう受け取られるか。
妄言と切って捨てられる事はないだろうが、かといってあっさり納得されるとも思えない。


「フ? ……フゥ♪」


傍らのフー子の頭を軽く撫でつつ、思案する事約数秒。





「えと……、実は――――」





『出たとこ勝負』。
結局、のび太の頭脳スペックではそれ以外の上策は思いつけなかったのだった。










そして。










「――――――という訳なんです。『竜の因子』の方は、たぶんそれなんじゃないのかなぁ、って思うくらいですけど」





「「「「「「「…………」」」」」」」





のび太が話し終えた時、居間はシンと静まり返っていた。
如何に自分達が魔術という非現実的なものに浸り切っていたとしても。
如何に彼が想像の斜め上の効果を齎すひみつ道具を持っていたとしても……それでも今の話はインパクトが強すぎた。
故に。





「――――――熱は……ないわよね?」



「は、はい?」





凛がのび太の額に手を当ててそんな事を呟いたとしても、きっと無理からぬ事なのだ。
この上なく失礼だが。


「いや、凛さん熱ってなんですか!? ホントの話なんですよ! これ!!」


「……そう言われても、ちょっと突拍子がなさすぎるわ。アンタの素性を差し引いてもね……うぅ~ん、フー子。のび太の言ってる事は本当?」


「フ!」


大きく頷くフー子。
逡巡など微塵もない。


「はぁ……ん~ぅ、まだ上手く……呑み込めない。言ってる事が事実なら……魔術のない世界のハズなのに、こっちよりもう色んな意味で凄まじいわね」


「だから本当なんですってば!」


ガリガリと頭を掻き毟る凛にのび太が噛みつく。
しかし、凛とて何も真っ向否定している訳ではなく、言葉の通り、本当に呑み込めないでいるだけなのである。
のび太が語ったのはマフーガに関する冒険の一連の経緯と、“気ままに夢見る機”で体験した『夢幻三剣士』での出来事の、都合二つのエピソード。
与太話と断ずるにしろ真実と納得するにしろ、判断材料はのび太の言とフー子の肯定のみである。裏付けなどなく、必然、信憑性は乏しい。
だが、のび太の出自やひみつ道具の存在があり得ないという可能性にブレーキを掛けているため、心情的には肯定方向に傾いている。
でも証拠はない、証明手段もない、何より話の内容が壮大すぎる……故に、肯定に完全に傾ききれない。
半信半疑。納得したいが信じがたいという、ジレンマのドツボに陥った心境。
そして、それは凛だけに限った話ではない。


「風と共に生きる民と、風を支配しようとする民……古代のシャーマンが生み出した風の怪物に、未来からやって来た時間犯罪者……か。ん~……」


「……まるでどこぞの冒険譚のようだな。平行世界とはいえ、とても現代の話とは思えん。しかも君は事の当事者であり、年少の身で友人達と……怪物の一部たるその少女と協力しながら解決したという。君の持つ道具についてもそうだが、凛が頭を抱えるのも無理はあるまいよ」


「現実味がないというか……想像の斜め上というか。何とも、コメントに困るわね」


「ノビタが平行世界からの迷い人と聞かされた時も驚かされましたが……しかし、夢と現実を入れ替える。しかも魔術ではなく、科学の力によって……などと。如何せん鵜呑みには……出来かねますね」


「壮大……」


それぞれが唸ったり、微妙な表情を浮かべたりと、困惑の体を晒している。
アインツベルン組には、のび太が平行世界からの迷子である事を凛達が朝食前の時間に説明しているが、凛や士郎ですら腑に落ちないでいるのだ。
それより圧倒的に付き合いの短い彼女らでは、ストンといかないというのもごく当たり前の事であろう。
……ただ、その中で一人だけ。





「…………」





セイバーのみが沈黙を保ったまま、何かを考え込むように眉根を寄せていた。


「セイバー? どうしたんだ?」


それに気づいた士郎がセイバーに問いかけるも、セイバーは未だにその状態を崩さない。


「おい、セイバー……? セイバーってば」


「……あ、ああ、はい? シロウ、どうかしましたか?」


「いや、どうかしたのかって……セイバーこそどうしたんだよ? なんか一心不乱に考え込んでたみたいだけど……」


「は? ……ああ、いえ。何でもありません。それよりも、他に気になる事が……」


「気になる事?」


「はい。……ノビタ」


眉間の皺を元に戻し、セイバーはスッとのび太の方に向き直った。





「――――貴方、この戦争の『闇』に心当たりなど、もしやありませんか?」





「こ、心当たり!? ってないよ、そんなの!? どうしてそんな事聞くのさ!?」


「バーサーカーはマフーガが貴方の“記憶”から象られたと言っていました。とするならば、『闇』は貴方に対して接触を図っていた事になります。勿論、姿を見せず秘密裏に……という可能性が高いですが。そして、何らかのアプローチで貴方に関する情報を細かい部分まで把握している。……ああ、別段疑っている訳ではありません、あくまで確認です。何か思い当たる節はありませんか?」


「せ、接触……!?」


突如として追及の矛先を向けられ、のび太は狼狽する。
しかし、のび太に心当たりなどあろう筈もない。
何しろ突発的にこちらに流れ着いた身の上。見知った人物もいなければ、そんな不穏な気配など欠片も…………いや。


(――――あ、そういえば!)


のび太の脳裏にふと、“ある事”が浮かび上がった。





――――――このイカれた戦争のただ中で、誰よりも生き延びてみな。





それは自分が初めてバーサーカーと相対し、一度逃げ出した後の道端での情景。
あの時交わした、一連のやり取りであった。
今にして思えば、あの邂逅は不可解すぎた。
姿を見せず、声のみが宵闇から響いてきた異様さもさることながら、声の主は明らかに自分の事をよく知っているような口振りで話していたからだ。
怪しい事この上なく、セイバーの言わんとする事に見事に合致している。


(……でも、なんだろ)


のび太としては、この事は言わない方がいいような気がした。
何故かは解らない。ただ何となくそう思ったのだ。
知らず、のび太の眉間に皺が寄り始める。


「ノビタ……?」


狼狽えたと思ったら考え込み始めたのび太に、セイバーが声を掛けようとしたその時。










――――――――Prrrrrrrrrrrrrrr










固定電話のベルの音が居間に飛び込んできた。















「あら、電話?」





「みたいだな。悪い、ちょっと待っててくれ。出てくるよ」





そう言うと士郎は腰を上げ、小走りに廊下の電話前まで駆け寄り受話器を取り上げた。










「はい、もしもし衛宮です――――――――――――――――――――なんだ、藤ねえ?」








[28951] 第二十九話
Name: 青空の木陰◆c9254621 ID:90f856d7
Date: 2012/04/26 01:45





ガチャリ、と野比家のドアが勢いよく開き、買い物篭を下げたドラえもんが駆け足で入ってくる。
物音に気づき、居間の襖から顔を出した玉子は、それがドラえもんだと解ると声を掛けた。


「お帰りなさい、ドラちゃん。早かったわね」


「ただいま戻りました、これ頼まれていたモノです!」


「あ、あら? どうしたの、そんなに慌てて?」


買い物篭を渡すな否や、一目散に二階への階段を駆け上るドラえもん。
玉子が呆気に取られるのも束の間、その後を追いかけるように、新たな人影が玄関から現れた。


「お邪魔しま~す!」


「おっじゃまっしま~す!」


「お、お邪魔します」


しずか、ジャイアン、そしてスネ夫。
玉子への挨拶もそこそこに野比家へと上り込み、足音高く、ドタドタと廊下から階段へ駆けていく。
いったい何事かと、玉子は、ポカンとその場に立ち尽くしてしまう。


「あ、おばさん。今日もきれいですね」


「あ、あらあら……!」


駆け抜けざまに投げられたスネ夫のお世辞に、満更でもない様子の玉子。
突然の慌ただしい来訪への疑問も、それで幾分飛んだのか、鼻歌でも歌いだしそうな表情で台所へと足を向ける。


「……? そういえば、のびちゃんがいなかったわね?」


と、ふと、本来ならばあの面子の中にいなければおかしい、自分の息子がいない事に気づき足を止めると、二階へ向かって声を張り上げた。


「ドラちゃ~ん、のび太はどうしたの?」


「――――あ、はい!? み、見かけませんでしたけど、そのうち帰ってくると思います!?」


「…………?」


やけに慌てた様子の返答に玉子は首を傾げるも、特にそれ以上追及する事もなく、そのまま台所へと引っ込んでいった。










「うーん……家の中にはいないし、靴もなかった。という事は……やっぱり」


部屋へと戻ってきたドラえもんは、右隣にあるのび太の机へと目を向けた。
机の上に乗っている書置きのメモ用紙は、よくよく見れば自分が置いた時の位置と一寸たりともズレてはいない。
つまり、のび太は、この書置きに目を通していないのだ。
ドラえもんの表情が、厳しいものへと変貌する。
そこへ、後を追いかけてきた三人が飛び込んできた。


「おいドラえもん、のび太やっぱり……」


「うん、どうやらアーサー王に会うために“タイムマシン”に。 ……マズいなあ」


「マズいって、何がマズいのドラえもん?」


スネ夫の問いに答える代わりに、ドラえもんは、机の上の書置きを手渡した。
パッと開いたメモ用紙を、しずかとジャイアンがスネ夫の横から覗き込む。


「……ドラちゃん。この時空乱流って、もしかしてククルの時の……」


「うん。それだよ。ちょっと前に、タイムパトロールから通達が来てたんだ。大規模な時空乱流が起こってるから“タイムマシン”は使わないように、って。もし巻き込まれでもしたら大変だからね」


「たしかポコの時もそれっぽいのに……つーかさ、そんなポンポンと起こるモンなのかよ? 時空乱流って」


「時空間に関しては、二十二世紀の科学でも解ってない事が多いんだよ。時々起こる時空乱流についてもね」


時空間には、例えば『支流』という、タイムパトロールが未だ把握しきれていない、所謂抜け道のようなものが存在する。
以前、ドラえもん達が出会った昆虫人類は、この『支流』を使って、タイムパトロールの監視網を掻い潜り、時空間の自由な航行を可能としていた。
他にも、七万年前の人間が時空間に迷い込んた末に現代に辿り着いたり、地球から遠く離れた星のロボットが次元の壁を超えて漂着したりと、時空間に係わりのある原理不明の事象は数多い。
まだまだ謎や秘密が隠された超空間、それが時空間なのである。


「じゃあ、のび太さんは時空乱流が起こっている事を知らないで、“タイムマシン”に?」


「そうみたい。なにしろ、僕が置いておいたメモが最初の場所から一ミリも動いてないんだもの」


「つまりのび太は、このメモを見てないって事かぁ。でものび太なら案外、大丈夫なんじゃない? ほら、このSSのコンセプトって『大長編のノリ』なんだし、大長編だとのび太、頼りになるし――――あ痛たッ!? な、なんでいきなりぶつのジャイアン!?」


「うるせぇ! スネ夫、お前のび太が心配じゃねえのかよ!?」


「そ、そうじゃないけど、そもそものび太、本当に“タイムマシン”に乗ったの!?」


「……あ、そっか!」


指摘されて、ハタと気づいたドラえもん。
のび太が本当に“タイムマシン”に乗って行ったのかどうか、その確認をまだしていなかった。
ドラえもんは“タイムマシン”のある、のび太の机の引き出しに急ぎ足で向かう。
“タイムマシン”を使っていなければ、まだ引き出しの中に“タイムマシン”が待機しているはずで、使っていればその逆。
何事もなく“タイムマシン”が鎮座している事を祈りつつ、ドラえもんは引き出しを開け、中を覗き込む。
……が。


「――――――あぁあっ!?」


「な、何? なんなの?」


「どっ、どうしたドラえもん!?」


突然の絶叫に、慌てて駆け寄る三人。
机の引き出しに首を突っ込んだ体勢のまま固まるドラえもんの脇から、めいめい中を覗き込むと、皆一斉に硬直した。





あり得ない方向に捻じ曲がったバー。





見るも無残に引き千切られたコード類。





凹み、歪み、原形を留めない程に変形してしまった外装。





罅割れて、もうもうと黒い煙を吐き出している画面パネル。





ところどころが砕け、幾筋もの亀裂の走った床のボード。





『ピ……ピ、ガガ……ピ……ノビ……ノノビ……タサ……ガガ、ピ、ガガ…………』





あちこちから火花を散らし、満身創痍といった体で時空間に待機する“タイムマシン”が、そこにはあった。




















「いや~、ごめんね士郎。しっかりやれって言った矢先に」


「そう思うんだったら、少しは自重してください。藤村先生。いきなり『士郎、お昼のお弁当大至急! 肉魚野菜バランスよく和洋折衷卵焼き甘めでヨロシク!!』って電話で言われて、『ヘイ、お待ちィ!』って訳にはいきませんので。まあ、どうにか間に合わせたけど」


そもそも来客中に昼飯のデリバリー頼むなよ、と溜息混じりに机の上に風呂敷包みを乗せる、制服姿の士郎。
両手を合わせて謝罪と感謝の意を示しつつも、チラチラと横目で包みを確認し、鼻をヒクつかせる大河にますます力が抜けてくる。
ガシガシ、と髪の毛を乱雑に掻き回し、チラリと背後の壁に取り付けられた時計を確認。
丁度、四時間目が終了しようという時間。昼時タイムリーだ。
ああ、きっと虎の胃が猛ってるんだろうな、メシ寄こせって。


(……本能にイイ感じに素直な点は、そろそろ改善してくれよ)


穂群原の職員室の壁にぼんやりと視線を散らしながら、半ば投げやりに士郎は思った。


「ところでさ、士郎」


「んー?」


呼びかけられて大河に視線を戻した士郎は、大河が自分の傍らに目を向けている事に気づいた。
どうやら怒ってはいないようだが、意外には思ったらしい。
一応問題にならないよう、事前に事務室で許可は貰っているし、話も通ってはいるのだが、まあそれも当然だ。


「どうして、のび太君とフー子ちゃんがここにいるの?」


「あ、えと、その……け、見学、です。し、士郎さんの学校って、どんな学校なのかなぁって、お、思って。ア、アハハハ」


「ん」


のび太の言葉を肯定するように頷くフー子。
士郎のお使いに便乗する形で、のび太とフー子は穂群原の敷居を跨いでいた。
無論、今述べた理由は、単なるでっち上げであり、建前。
真の目的は、別にある。


「ふ~ん……じゃあ、穂群原の第一印象ってどんな感じだった?」


「え? あ、う~ん……あ、あんまり、堅苦しくない学校、かな?」


藤村先生みたいな先生って見た事ないし、という言葉は飲み込んで、のび太はそう答えた。
のび太の通う学校の先生は、担任を代表として厳格かつ真面目そのもの、悪く言えばカタブツの先生が多い。
大河のような大らかで、妙にアグレッシブな先生はそうそうお目にかかった事がない。
それ故の、この返答であった。
というか、大河のようなタイプの先生ばかりがいる学校というのも、それはそれで大いに問題があるだろう。


「そ? じゃあ、のび太君も中学卒業したら、ここに入学する?」


「う、う~ん……僕ん家、遠くにあるから……」


「あ、そうなんだ……うーん、残念」


本当に残念なのかよく解らない、軽い調子で大河は唸る。
と、今度はのび太の隣のフー子に目を移した。


「あれ? そういえばフー子ちゃん、朝と格好が違うけど?」


「あ、ああ、それは……遠坂がはりきったんだよ。『せっかくだから、オシャレしましょ!』とか何とか言って、かなり悪ノリしてた」


「へえ~。うんうん、とっても可愛いし、すごく似合ってるわよ。遠坂さん、グッジョブ!」


「…………ッ」


朝までは、復活した際に身に纏っていた浅黄色のワンピース姿だったが、今の装いは違う。
来客用のスリッパを履く足には、黒白のストライプニーソックス。
無地のシャツの上から白いパーカーを羽織り、濃紺のデニムのハーフパンツを皮のベルトで止めている。
何より特徴的なのは、鮮やかなオレンジの髪に結われた、後頭部の大きなピンクのリボンだ。
それが見た目の年相応の可愛らしさを一層引き立て、将来が楽しみな美少女としてフー子を際立たせていた。
なにやら面映そうに頬を掻くフー子に、大河の目じりがますます下がる。


「で、これからどうするの士郎? もう帰る?」


「ああいや、もう少しのび太君達に学校を案内するつもりなんだけど。大丈夫だよな?」


「うん、別に大丈夫だけど、一応昼休みの間だけね。士郎はともかく、のび太君達は本来部外者だから、今日みたいな平日にはあんまり長居させられないのよ。ゴメンね?」


「あ、いえ大丈夫です。こっちこそ急に……」


「いーのいーの、それくらい。念のため、話は通しておくから。で、士郎の手にあるもう一つの袋はなんだ?」


「ん? ああ、これは俺達の昼飯。どっか場所借りて食うつもりだったんだけど」


目敏い大河に呆れながらも、律儀に答える士郎。
ふんふんと頷きを返しつつ、ちょっぴり残念そうにブツを見つめる大河の胸の内を、士郎は正確に見透かしていた。
すなわち。


(これも食うつもりだったな……)


少しは自重してくれ、と。
出かかった溜息を飲み込み、士郎は扉の方へ踵を返した。


「じゃあもうすぐ昼休みだし、行こうかのび太君」


「あ、はい! し、失礼します。行こう、フー子」


士郎に促され、コクン、と頷くフー子の手を握ると、のび太は士郎の後をついて職員室を後にした。




















『……藤村先生のお使い、ね。それなら、ついでにちょっとライダーの結界を調べてきなさいな。のび太も連れてね』



『のび太君も?』



『お呼びでないわたしは出て行けないしね。たぶん、結界の天敵はのび太の“あの道具”よ。学校の人間全部、人質に取られてるようなものだから下手には動けないけど、いざという時の保険にのび太は必須よ。あんたにのび太のポケット持たせたって、きっと持て余すだけだろうし、適当に口実作って連れて行きなさい。それと、こっちもね』



『こっち、って……』




















「成る程ね……意識して見てみると、はっきり解る。それにこの、不自然に甘い匂い……なんで気づかなかったのかね」


鼻をヒクつかせ、納得顔で廊下を歩く士郎。
後ろから、手をつないだのび太とフー子がゆっくりとついてくる。


「どうかしたんですか?」


「ん? いや、結界の気配……というか、効果というか。そんなのを感じるんだよ。こう、改めて意識を集中すると、さ。人の様子とか、甘い匂いとか」


「匂い……? 別に感じないですけど?」


クンクン、と鼻を動かすのび太だが、士郎の言うような匂いなどまったく感じられない。
こういった魔術的な素養が必要な感覚を、のび太は持ち合わせてはいないからだ。
蛇は体温を感知出来る器官を持っているが、人間は持っていない。それと同じ事である。
よしんばのび太に素養があったとしても、果たして同じものを感じ取れるのかと問われれば、答えは否。
この手の感覚には個人差がある。
甘い匂いというのも、あくまで士郎が主観的に感じられる感覚なのであって、別の人間も同じく甘い匂いを感じるという訳ではない。


「まあ、匂い云々はその手の力がないと解らないと思うけど、結構まずい状況になってるのは間違いない。匂いが解らなくても、周りの人を注意深く見回してみると解るよ。ほら」


そう言って士郎が指差したのは、ある一つの教室。
丁度そこでは、数学の授業が行われていた。


『――――であるからして、ここの数字が……』


『…………』


担当教師によって黒板に書かれていく文字を、生徒はペンを走らせてノートに書きとってゆく。
しかし、それを満足に行えているのは、精々数人程度。
大半の生徒は欠伸を噛み殺していたり、頬杖をついて溜息を吐いていたり、机に突っ伏して微睡(まどろ)んでいたりと明らかに集中力が欠けていた。


「皆、疲れがたまってるような感じだろ?」


「はぁ……うーん、でも、今お昼前ですし、ああなっても無理ないんじゃ? 僕も眠たくなるし」


「それだけじゃない。何よりおかしいのは、あの黒板に式を書いてる先生の方なんだ」


「先生の?」


「ああ。あの先生、かなり厳しい事で有名なんだよ。居眠りなんかしたら、間違いなく怒鳴り声が飛んでくる。そんな先生が、だらけてる生徒に対して注意も怒りもせずに、ズルズルと授業を進めてるんだ」


そう言われて、のび太は、担任の先生が同じような事をしている光景を思い浮かべてみた。
自分の席は教室の前方、教卓のすぐ近くにあり、嫌でも先生の目に入る。
そこで自分は教科書も広げず、スヤスヤと寝息を立てて、夢の世界へと旅立っている真っ最中だ。
にも拘らず、先生は淡々と『えー、ここの数字が……』などと板書をし、自分に向かって雷を落とす事はない。
自分が視界に入っているのは確実なのに、いつものような凄まじい剣幕で起きろとも、廊下に立ってなさいとも言わない……。


「確かに……おかしい」


「……今の間がちょっと気になるんだけど……まあ、そんなところだよ」


逆に心配になっちゃうなぁ、と呟くのび太に視線をやりながら、士郎はカリカリと頬を掻いた。
と、丁度その時、


「あ」


「ん……四時間目が終わったか」


終業のチャイムが校内に響き渡った。
あちらこちらの教室からガタガタ、ガガーッと机や椅子を引く音が鳴り、廊下には制服を着た人間が群を成してごった返し始めた。


「人が多くなってきたな……とっとと移動しよう」


「あ、はい」


目指す場所まで、まだそれなりに距離がある。
それに、それぞれの腹具合もいい感じに鳴り始めていた。
三人が、やや急ぎ足に歩き出そうとした瞬間、


「おーい、衛宮!」


「ん?」


後ろから声が飛んできた。
振り返ると、茶褐色のおかっぱ頭の女生徒が廊下の向こう側から手を振り、こちらに向かってきていた。


「美綴?」


「おお、やっぱり衛宮だったか。今日は休みだって、藤村先生からチラッと聞いてたんだけど、ありゃアタシの気のせいだったか?」


「いや、休みで合ってるぞ。他ならぬ、その件の教師のお使いでな。弁当のデリバリー。休みだったのを引っ張り出されたんだよ。もう済んだけど」


それで納得したのか女生徒は、あ~成る程……、と苦笑混じりに頷いていた。
大河のアレは日常茶飯事という事なのか、妙に慣れた反応である。


「士郎さん、この人は?」


「んん? 衛宮、なんで学校に子どもが二人もいるんだ? 衛宮の子どもか?」


「……いや、あり得ないだろそれは。どうしてそんな結論が出てくる?」


「あ~……間桐との子ども、とか?」


「それは桜に対して失礼だろ……第一、のび太君は小学五年生だ。年齢的に無理があるのは見て解るだろうに」


額を押さえて嘆息する士郎。
勿論女生徒の方も本気で言った訳ではなく、ゴメンゴメンと両手を合わせて陳謝していた。


「……ん~、間桐も可哀そうに……で、結局その子達は?」


「遠縁の子だよ。親父の墓参りでね、はるばる遠方から出てきてるんだ。俺が学校を休んでるのは、ホスト役だからだ」


「の、野比のび太です。こっちは、フー子です」


自己紹介と共に、のび太は、フー子と一緒に頭を下げる。
すると、女生徒はバツが悪そうにパリパリと頭を掻いた。


「あちゃ~、先に言われちゃったか。じゃあ、改めて。アタシは美綴綾子っていうんだ。弓道部の部長をやってる」


「弓道部? 弓、ですか?」


「ああ。衛宮は一時期、弓道部に入っててね。その縁で顔見知りなんだよ」


「へぇえ~」


「衛宮はさ、実はアタシより弓が上手いんだ。でも、いきなり弓道部辞めちゃってさ。負けっぱなしなのはイヤだから、何度も再戦を申し込んでるんだけど、全然相手にしてくれないんだよな~……」


言外に、キミからも衛宮に頼んでみてよ~……、というニュアンスを含んで愚痴る綾子。
つい今知り合ったばかりののび太には、勿論そんな事をする義務も義理もないのだが、溺れる者はなんとやら、という事なのかもしれない。
言うなれば勝気な姉御肌、といった雰囲気を持つ綾子もまた、のび太にとって、あまり相対した事のないタイプの人間だ。
性格上、押しに弱いのですげなく断る事も出来ず、対処に困ったのび太は士郎に視線を向けた。


「いや、あのな……あ~、前向きに検討しとくから、その話はまた今度にしてくれ。それより、今から弓道場使っていいか? そこで昼飯食いたいんだ」


「ん? ああ、それは衛宮達の弁当なのか。別にいいよ、昼練もないし。というか、今弓道部、一時休止状態なんだよ」


「い、一時休止? なんでさ?」


士郎の目が点になる。
そもそも部活動が休止状態になった事など、士郎の記憶を掘り起こしてみても一度たりともない。
いったい何が起こったのか。


「いやぁ、ここ数日、ダウンする人間が続出してるんだよ。風邪にインフルエンザ、感染性胃腸炎と、まあ原因は色々。学年問わず、ここ数日欠席する人間が多いんだけど、弓道部は輪をかけて欠席者がヒドイんだ。それこそ、活動が立ち行かなくなるくらいにね。だから、やむを得ず、今日から部活動を一時休止にしてるんだよ」


「成る程……」


綾子の言葉にいちいち頷きを返しながらも、士郎は顎に手をやり思案する。
これも結界の影響なのだろうか、と。
確かにあり得る話ではある。
結界は、人間の活力をどんどんと吸い上げているのだから、中の人間の病気に対する抵抗力が落ちるのも解らないではない。


(……でも、弓道部員の欠席率が他より高いのはなんでだ?)


その点が引っ掛かって仕方がなかった。
些細な事ではあるが、しかし単なる誤差とも思えない。
解を導き出そうと知恵を絞るも、その手の知恵が身についていない士郎では、見当すらつかない。


「……士郎さん?」


「お~い、どうかしたか?」


と、様子が気になったのび太と綾子の呼びかけにより、士郎の意識は引き戻された。
何でもないとパタパタ手を振り、とりあえず疑問を一旦棚に上げて、弓道場の使用許可を再確認する。


「じゃあ、弓道場使っていいんだな?」


「ああ、鍵はいつものところにあるから。それと、汚しはしないだろうけど、一応出る時は掃除しておいてくれよ」


「了解。それじゃ――――――あ、そうだ」


「ん?」


そして踵を返し、弓道場へ向けて歩き出そうとする直前に、ああちなみに、といった感じで士郎は綾子に振り返った。


「弓道部の休みって、具体的にどのくらいの人数が出てるんだ?」


「へ? ああ、そうだな~……二年はアタシと兄貴の方くらいしか出てきてないな。他は全員アウト。あと一年は半分くらいが休みだ。間桐も込みで」


「そうか……桜も休みなのか。慎二は元気なんだな」


「ん~、ありゃ元気、って言うのかな? ここ二、三日、ブツブツ独り言呟いてたり、時々ヘンな薄笑い浮かべたりしてるんだけど。ある意味、別の方向で問題があるような気がするよ」


苦笑気味に語る綾子。
それなりに長い付き合いをしている士郎には、なんとなく、慎二の心情が読み取れたような気がした。
そして、同時にゾワリと薄ら寒い感覚が走り、気がつけば肌が粟立っていた。










「――――――――クク、そうか。来てたのか、衛宮……」











士郎達の左手、十数メートルほど離れた廊下の陰。
そんな事を呟く人間の暗く、粘ついたような視線に、士郎は気づかない。




















「……なんか、意識し始めると……あ~、気分が悪くなりそうだな、これ」


「はい?」


弓道場の扉を前に、ボソッと漏れ出た士郎の独り言に、のび太は視線を上げる。
しかめっ面で鼻を押さえる士郎の眉間には、深い皺が刻まれていた。


「いや、もうそこら中から甘ったるい匂いが漂ってきててね。酔いそうなんだよ。鼻もかなりマヒしてるしなぁ」


「そんなに匂い、キツいんですか?」


「まあ、この匂いを自覚しだしたらね、気にせずにはいられないよ」


諦観気味にそうぼやく士郎だが、自覚の出来ないのび太には今ひとつピンと来ない。
ふと傍らのフー子に視線を移すと、どことなく気分が悪そうに見えた。


「どうしたの?」


「……ち、の、におい」


「ち? ……血?」


士郎が甘いと感じている匂いも、彼女には血臭として感じられているようだ。
それが不快なのだろう。表情こそ変わっていないものの、のび太が握っている彼女の小さい掌は、ベッタリと嫌な汗をかいてしまっている。
知らず、のび太の背筋に冷たい物が走った。
その間に、士郎は予め回収しておいた鍵を使い、弓道場のドアを開錠した。


「さ、二人とも入って」


「うわぁ……」


扉の向こう側に広がる、だだっ広い空間を見てのび太は呆けたような声を上げた。
なにせ弓道場など初めて見るものだから、目に映る全てが物珍しい。
そして、道場の中に立ち込める木の匂いや、静かな空間に満ちる独特の雰囲気が、のび太の感嘆をさらに押し上げていた。


「そんなに珍しいかい? 弓道場」


「はい。他のところはともかく、弓道場は入った事がないですし……」


「そっか。……ま、とにかく飯にしよう」


士郎達は靴を脱いで、板敷の床へ上がると道場の中央部へと移動し、いそいそと昼食の準備を始める。
手提げの中から風呂敷包みの重箱を取り出して広げ、同時にお茶の入った水筒、それに箸と皿を用意する。
重箱には、先の大河の分とはまた別の、三人分のご飯とおかずが詰められていた。
三段重ねの一段目は、鮭や梅干し、おかかを中に封じ込めた三角むすびと俵むすび。
二段目には鶏の唐揚げや卵焼き、白身魚の塩焼きなどの肉魚類。
最後の三段目にはポテトサラダ、キンピラごぼう、ウサギの形にカットしたリンゴなどの菜類と果物といった、なんとも食欲を誘う豪勢なレパートリーが揃っていた。


「うわあ、おいしそう……!」


「…………ッ」


ご馳走を前にしてのび太は目を輝かせ、フー子はそっと生唾を呑みこむ。
士郎はそれを苦笑混じりに見やったかと思うと、徐に表情をスッと神妙なものへと変え、身体の前で両手を合わせた。
それに倣い、二人も慌てて合掌する。


「さて、それじゃあ……いただきます」


「「いただきます!」」


号令一下、三人の箸が一斉に重箱目掛けて突き出された。
それぞれ皿に好きな物を取り分け、口の中に放り込んでいく。


「う~ん、お~いしい~!」


梅の三角むすびを片手に、鶏の唐揚げを頬張るのび太。
下味がよく染み込んでいて、鼻に抜ける風味も食欲をさらに掻き立てる。
サラダやキンピラ、卵焼きを次々口に含み、頬をパンパンに膨らませて、のび太は至福の表情を浮かべる。


「……ッ、…………ッ」


一方フー子はというと、サラダ、唐揚げ、塩焼き、鮭の俵むすび、キンピラと順序よく、そしてバランスよく一品ずつ食している。
箸を巧みに操り、コクコクと一口一口よく味わうかのように咀嚼しつつも、時折ふにゃっ、と蕩けるように笑み崩れる様は実にあどけなく、そして可愛らしい。


「……くっ、これもか」


だが、ただ一人。
士郎だけは、なぜか料理を一品食べる毎に段々と表情が険しいものへと変貌してゆき、ブツブツと呪詛でも紡ぐかのように暗い声を漏らしていた。
いったい、何故か?
実はこの弁当、士郎が手ずから作ったものではないのだ。





『学校に弁当を届ける? ……ふむ、ならば好都合か。貴様の作る注文分とは別に、私が貴様達の分を作るとしよう。先日は思わぬアクシデントで叶わなかったが、今この場で、改めて宣言する。貴様と私、どちらが上か文字通り、確と噛みしめるがいい』





そう得意げにのたまいやがった白髪頭の幻影を振り払い、士郎は卵焼きを口へと運ぶ。
味付け……あっさりすぎず、かといってしつこすぎもせず、まさに極上。
焼き加減……弁当用に水分が滲み出ない程に焼かれていながら、それでいてとろけるような柔らかい口触りでベリーグッド。
風味……だしの使い方が的確で上手いのだろう、口の中から鼻腔にまで広がる、得も言われぬ香り高さに思わず花丸を与えたくなる。


「ちくしょう……ちくしょう……ッ!」


のび太達にわざわざ尋ねるまでもない。
目の前にまざまざと突き付けられた、揺るぎない、確固たる事実。
口だけではなかったのだ、奴の実力は。
士郎は己が舌を以て、自らの完全敗北を悟った。


「え、士郎さん? ど、どうして食べながら泣いてるんですか?」


「……いや、泣いてない。泣いてないよのび太君。ちょっと、おにぎりの塩加減がキツくてね……」


「はあ……?」


左の手に掴んでいる、おかかの三角むすびを貪るように口へと収め。
そのままグイ、と袖で目元を横一文字。
プライドを破壊されてもなお、精一杯の虚勢を張って士郎はのび太の方へ、ぎこちない笑みを形作る。


「…………」


そんな士郎の苦悩を知ってか知らずか。
頭の上にポン、とフー子の小さな掌が乗せられた。






























―――――――――――その、瞬間。






























『――――――やれ、ライダー』










『――――――ッ。 ……他者封印・鮮血神殿(ブラットフォート・アンドロメダ)』




















「―――――っな!?」




「―――――え、え!? な、なにこれっ!?」




「―――――ッ!?」




















穂群原のすべてが、血のような『紅』に染め上げられた。












[28951] 第三十話
Name: 青空の木陰◆c9254621 ID:90f856d7
Date: 2012/05/31 11:51





「ドララ、ドララ~!!」


「え、ミニドラ? どうしたの?」


衛宮邸の一室、宝石に自らの血を垂らして魔力を込める作業に没頭していた凛は、突如部屋に駆け込んできたミニドラ・レッドに振り返る。
先を見据え、完成間近の宝石を使えるようにしておこうと思い立ったが故の行動なのだが、注射器片手に自らの血液を採取する光景というのは、素人目には異様としか映らないであろう。


「ド、ドラッ!?」


ミニドラ・レッドも流石にビビったのか、一瞬ビクッ、と身を竦ませていた。


「ああ、これ? 気にしないで。で、どうかしたの?」


注射器を机の上に置き、凛は何があったのかをミニドラへ問いかける。
気を取り直したミニドラ・レッドは、身振り手振りと「ドララ、ドララ」というミニドラ語で、説明を始めた。


「学校に変化? そう、解ったわ」


はじめこそ、姿から言葉から色々とブッ飛んでいるミニドラ三人組に面食らったものの、今では慣れたものだ。
いや、慣れざるを得なかった、と言うべきなのかもしれない。
そうでなければ、この先保たないような気がしたからだ……主に自分の常識が。
魔道に浸りきり、非日常を日常として過ごしているものの、それでも最低限の常識は持ち合わせているのだし、キレるレッドラインだって存在しているのだから。
凛とミニドラ・レッドは、離れのとある部屋へと、急ぎ足で向かった。


「ドララ、ドララ!」


「どら~!」


部屋のドアを開けると、そこにはアーチャー、イリヤスフィールら、衛宮邸に残る凛以外の全員が既に集合していた。
皆、一様に険しい表情を浮かべている。
部屋の奥には、“どこでもドア”が一つ、ポツンと設置され、そのせいか、洋装の室内に妙なミスマッチ感が漂っていた。
さらに、床の上にはモニターが複数鎮座しており、それぞれ画面に映像を投射している。
そして、残るミニドラ・イエロー、ミニドラ・グリーンの二人が何やら、モニター周りに置かれた大型の機械と計器を必死にいじっていた。


「状況は!?」


「聞くより見た方が早かろう」


そう言って、眼前のモニターを顎で指し示すアーチャー。
凛が目を移したモニターには、紅い鉄格子のような線でドーム状に覆われた、穂群原の校舎が映し出されていた。
“タイムテレビ”と、あらかじめ放っておいた“スパイ衛星”からのリアルタイムでの映像だ。
血のような紅い空気。普段では起こり得ない、超常現象じみた光景。ここまでくれば何が起こったのか、一目瞭然。


「ライダーの結界……か。慎二のヤツ、ついにやったのね」


「そうみたいね。でもリン、これ明らかに出来損ないよ。この結界、即効性なんでしょ? にも拘らず、映像で見る限りまだ誰一人として、魔力に昇華されてないもの」


「どうやら、未完成のまま強制発動したようですね。この分ですと、すべての人間を昇華するには時間がかかるでしょう」


もっとも、それも数分程度でしょうが、というセラの補足に凛は眉を顰める。
自分が基点を破壊しまくったのが功を奏したか、瞬時に蒸発という最悪の事態は避けられた。
しかし、早く結界を無効化しなければ、それも水泡に帰してしまう。
行きがけに、結界の基点の位置はあらかじめ士郎に伝えてはあるものの、へっぽこ士郎では、一度発動したものを破壊する事は困難だろう。
ましてや、これは英霊謹製のシロモノだ。さながら、ペーパーナイフでチタン合金を斬るような、ルナティッククラスの難易度である事は想像に難くない。
それほどの所業など、士郎に望むべくもない。
……だが。


「――――あっ!」


「む? これは……」


「結界が……」


向こうには、ペーパーナイフでチタン合金を斬れる……いや、斬れるようにする事が出来る人間がいる。
画面中、学校を取り囲む紅い格子の中で一番太い紅の柱が、いきなり明滅したかと思うと、スウッと煙のように消え失せた。
それと同時に、紅い空気がうっすら淡いものへと変化する。


「これ……は、弱まった、のかしら?」


「……だろうな。おそらく、中枢をやられたのだろう」


「毒性が激減してる。ただでさえ急ごしらえの結界なのに、早々と中枢を破壊されちゃったんだから、ほどんど徒労で終わっちゃうかも。あ~あ、ライダー涙目ね」


クスクスと笑うイリヤスフィール。
彼女の覗き込んでいる別のモニター画面を見てみると、結界内の士郎達の様子がはっきりと映し出されていた。





『あ……消え、た?』



『ふぅ……っ、よ、よかったぁ』



『…………』





脂汗を浮かべ、若干気分が悪そうにしているが、三人とも無事のようだ。
そして、三人の位置関係から鑑みるに、士郎に随伴させた万一のための『保険』が、きっちり仕事をやってくれた事が読み取れた。
凛の伝授した手法で。


「……毎度毎度、やらかしてくれる子ね。しかもわたしでも見つけられなかった、ピンポイントの場所にドンピシャって……」


苦笑しながら、安堵の吐息を漏らす凛。
しかし、むしろ本題はここからだ。
意識を切り替えて、凛はさらに別のモニター画面を覗き込んでいるリーゼリットに振り返った。


「そっちに動きはあった?」


「……消えた」


「え? 消えた、って?」


リーゼリットの前にあるモニター画面を見てみると、そこには人っ子一人いない、無人の廊下が映し出されていた。


「誰もいない……消えたのって、いつ?」


「たった今。結界が発動してすぐ、黒いのに包まれてた」


「黒いの?」


こーんなの、と身振りで表そうとするリーゼリット。
当然、そんなもので解る訳がないので、凛はミニドラ・イエローに画面内の時間を巻き戻すよう指示した。










……傍らで不安そうにしていた、オレンジの頭を優しく撫でつつ。




















「があ……っ、あああぁぁあああああ!!」


身体から急速に力が抜けていく感覚に、のび太は箸を取り落してその場に倒れ伏した。
熱が一斉に退いていき、ついで全身が瘧のように震えはじめる。
脂汗が滝のように溢れて、眩暈と不快感が意識を蝕んでいく。


「ま、まさか、結界……か!? し、慎二のヤ……ッ!? っこ、こいつは!」


朦朧とする意識を無理矢理引っ張り上げながら、顔を上げた士郎。
だが、パッと視界に映ったそれに、思考の全てが奪われた。


「――――――ここにも、基点が!?」


いつの間にか道場の床の間に浮かび上がっていた、禍々しく、複雑怪奇な紋様。
しかし、前に“タイムテレビ”で確認した時のような、小さなものではない。
壁一面に、まるで壁画のようにデカデカと、異様な大きさで描き散らされている。
事前に凛から渡されたメモには、ここに基点があるという事は記されていなかった。
おそらく、巧妙に隠蔽されていた……それだけ、この基点は他のもの比べて重要なのだろう。
それで、理解した。
なぜ、弓道部の欠席者が異様に多かったのかを。


(……ここが、結界の、中心点……だった、のか!!)


通常の物より、何倍も大きい基点。
当然、それだけ魔力の簒奪効率も跳ね上がる。
なんたる迂闊。士郎は盛大に表情を歪め、歯噛みする。
考えてみれば、弓道場は弓道部員である慎二のテリトリーだ。
嗅覚がマヒしていたとはいえ、何かとんでもない仕掛けがある可能性を、最初から疑ってかかるべきだったのだ。


「……っぐ、ぅう……とっ、『同調・開始(トレース・オン)』ッ!!」


身体に残るすべての活力を振り絞り、士郎はイメージで頭に撃鉄を落とす。
瞬時に魔術回路が起動。身体に魔力が循環し始め、枯れかけていた体力がどうにか復調を果たした。
手を握り締めたり、開いたりして、身体が問題ない事を確認すると、片膝立ちで立ち上がる。


「…………ッ!」


と、ふいに視界の隅に光を感じ、士郎がそちらを振り返ると、フー子の身体が淡く発光していた。
のび太と自分の“竜の因子”を共鳴、活性化させて魔力を底上げし、結界を無力化しているのだ。
そうして気付けをするように頭をプルプルと震わせ、そのまますっくと立ち上がる。
どうやら、まったく問題ないようだ。


「う……ぁ、あああぁぁぁあ……く」


「ちょ、の、のび太君、大丈夫かっ!?」


だが、のび太だけは、依然として苦しんでいるままだった。
僅かに身体が発光している事から、“竜の因子”が働いているのは間違いないようだ。
にも拘らず、のび太の身体から魔力が枯渇しそうになっている。
なぜか。
簡単に言えば、のび太の魔力キャパシティと『他者封印・鮮血神殿(ブラッドフォート・アンドロメダ)』が吸い上げる魔力量の差がありすぎるためだ。
のび太の魔力を十とするなら、結界は二十を吸い上げ続ける、と言い換えると、もっと解りやすいか。
“竜の因子”の共鳴反応で、たしかに奪われたのび太の魔力も回復はする。
ただし、それはのび太の限界魔力保有量分のみであって、限界を超えた余剰魔力はすべてラインを通じて、共鳴相手であるフー子の方へ流れていってしまうのだ。
器がおちょこ並であるのび太が、キャパシティ以上の魔力を保有するのは自殺行為。それを今日、凛から指摘されたばかりである。
故に、一時的に限界を超えて魔力を保持しておく事を、無意識のうちに拒んでいる。それが、この状況の直接の原因となっていだ。
加えて、魔術ないしは神秘を発現する素養がなく、士郎やフー子のように結界の影響を弾き返せないので、結果として魔力と生命力を根こそぎ奪われ続けるという、悪循環に陥ってしまっていた。


「く……そっ、どうする!?」


逡巡するも、答えは出ない。
こんな事態の対処法など、士郎の知識にはない。


「…………くっ、だ、め!」


フー子が“竜の因子”を更に活性化させるも、やはり徒労に終わる。
そもそもそんな事をしても、のび太の魔力キャパシティが増える訳ではないので、焼け石に水にもなりはしない。
魔力回復スピードこそ上がりはするが、結局回復した端から体力と一緒に、空になるまで簒奪されるだけである。


(……うぅ、ど、どうにか……しな、きゃ! 死ぬ、このままじゃ、僕は、死んじゃう!!)


しかし、諦めるのはまだ早い。
徐々に暗くなっていく意識を叱咤し、苦しみに悶えながらも、のび太はなけなしの力を総動員して打開策を模索していた。


(まる、で、怪物の、胃、の中に突き……落とされた、みたい、だ、なぁ)


紅い霧状の消化液で、自分の身体がじわじわと溶かされていく。
この学校にいる人間全員が、そんな感じなんだろうか。
のび太は、そんな益体もない事を考えつつ、必死な表情を浮かべる二人をゆるゆる見やって。


(……あれ、まて、よ?)


なにかが、頭の隅にパチン、とはまりこんだ。
じゃあ、どうして目の前の二人は、こんな環境の中で平然としていられるのだろうか、と。
魔術が関わっている、というのは解る。
そう言う意味では、二人には才能や特性があるのだし、対する自分にはない。


(魔術の……ち、から、で、これに耐えて、る……って、こ、とか、な。それ、って、つまり、この環境に、魔術の、力、で、『適応』して、るって……ッ!?)


脳に紫電が走る。
切れ切れだった思考が、一本の線につながった。


(――――あれ、だ、あれしか、ない! もう……何回も、使ってる、あの、道具っ! なんで、忘れ、てたん、だよ、僕の……馬鹿ッ!)


のび太はその直感に従い、震える手でポケットに手を突っ込むと、中から“スペアポケット”を取り出した。


「…………ッ、ぁう!?」


汗で手が滑り、ポケットを取り落しそうになるが、そんな事でコケてはいられない。
なんせ、文字通り命がかかっているのだ。


「……ぅぐ、く、くぅ……!」


なんとか引きずり出した“スペアポケット”に手を差し入れ、目当ての物を探る。
一秒が一時間にも感じられ、脳髄が捻じ切れるほどにもどかしい。
噴き出す汗が服を容赦なく湿らせていき、その不快極まる感触が、さらに体力を奪い去っていく。
やがて切れかけの電球のように意識が明滅を始め、意志とは裏腹に瞼が痙攣を起こして、強制的に閉じられる。
そのままブツンと落ちてしまいそうな恐怖感が、どっと襲い掛かってきた。
もうダメか、と思ったその時、目当てのブツに手が届いた事が掌に伝わってきた。





「……ぐぅ、こぉぉぉおおのおおおっ!!」





大喝一斉、のび太は最後の力を総動員して、ポケットからピストル状の機械を引き抜くと、まるで自殺でもするかのように、ゴリッと自らのこめかみに当てた。


「ちょ、お、おい!?」


慌てて士郎が制止しようとするが、きっぱりと無視。
右手に力を込め、トリガーを引いた。


「ああぁあっ!? ……って、あれ?」


一瞬、顔を背けた士郎だったが、思ったよりも反応がない。
てっきり、血飛沫とか脳漿とかが、そこら中に飛び散るものだとばかり思っていた。
そうならないのも当然だ。それはピストルなどではないのだから。


「――――――はあっ、はあっ……、ふぅうううっ、危なかったあああ……。よかったぁ、ちゃんと効いてくれて」


士郎がおそるおそる顔を上げると、そこには安堵の吐息を漏らしながら立ち上がる、のび太の姿があった。
頭がふらつくのだろう。額を押さえ、やや血色の悪い顔色ではあるが、結界に苛まれている様子は、もはやない。


「え、の、のび太君?」


突然平気な表情となったのび太に、士郎は唖然となる。
さっきまであんなに苦しんでたのに、いったいなにが起こった?
あれか、さっきポケットから引き抜いた、あの道具の力なのか? あれはいったいなんなんだ?
疑問がグルグルと渦を巻くも、言葉には出てこない。
口と声帯が、発声の役目を放棄してしまっている。
ただただ、死にかけの魚のようにパクパクと唇が動くばかりだ。


「へ? 士郎さん、どうし……って、ああ、もう大丈夫ですよ。ほら」


両腕をパッと広げて、なにも問題ない事をアピールするのび太。
しかし士郎の目は、彼の右手に握られたピストルに釘づけのままだ。
のび太は、その視線の意味に気がついた。


「あ、これですか? これは……っは、え!? ちょ、し、士郎さん、あれ、あれって!?」


だが、その説明の前に、何よりのび太の目を引いたものがあった。
それは丁度士郎の後方、床の間にべったりと張り付いた、あの気味の悪い巨大な紋様だった。


「あ、ああ、あれは……たぶん、このバカげた結界の中心点だ。弓道部の部員が大量に休んだのは、これが原因らしい。これだけ大きけりゃあ、な」


「そ、そうですか……これが」


のび太はそれだけ言うと、“スペアポケット”に再び右手を突っ込み、ピストル型の機械をしまうと、そのまま紋様の方へ歩を進める。
右手はいまだ“スペアポケット”の中だ。


「お、おい、どうする気だ?」


「どう、って……消します」


「け、消す? 出来るのか?」


出来る。
既に凛から、アドバイスを貰っている。
“あの”ひみつ道具にかかれば、問答無用でこの結界を、『なかった事』にする事が出来る。
この世に存在するもの全てに等しく訪れるもの。
それを操れる、あの道具で。





「――――――てぇい!」





“スペアポケット”から抜き放たれた右手が、紋様のド真ん中に、“それ”を勢いよく押し付けた。
身体が陰になり、士郎からは、のび太が何を押し付けているのかが見えない。
だが、効果はすぐに目に見える形で表れる。
時間にして、きっかり三秒が経過したその途端。


「あ……」


紋様が霞のように消失し、同時に部屋の空気が、毒々しい紅色からうっすらとした淡紅色へと変質した。


「消え、た?」


「ふぅ……っ、よ、よかったぁ」


「…………」


額の汗を拭い、のび太は壁から手を降ろして、完全に紋様が消え去ったのを確認する。
数秒ほど壁を凝視するが、再び浮き出る気配はない。


「完璧に……消えてるな」


「みたい、ですね……」


そうして二人してほうっ、と大きく息を吐く。
急場の難をどうにか退けられた事に、思わず洩れた安堵の吐息であった。


「やれやれ、一時はどうなる事かと思ったけど……あ、そういえば」


「はい?」


「いや、さっきピストルみたいな道具をこめかみに押しつけてたけどさ、あれってなんなんだ? それと、あの紋様を消したそれって……」


「ああ……」


のび太は納得したように頷きを返すと、“スペアポケット”から、ピストル状のひみつ道具を再度取り出して差し出し、同時に紋様に被せた布状のひみつ道具も士郎に手渡した。


「これは……ピストルじゃあ、ないな。それにこっちの布は、確か……」


「ええ、“タイムふろしき”です。家を出る前に、凛さんに言われたんですよ。いざとなったら、これで時間を巻き戻して“基点が作られる前の状態”に戻せって」


「成る、程、なぁ……」


物の時間を巻き戻したり進めたり出来る“タイムふろしき”にかかれば、強制的に白紙状態まで持っていく事が可能。
しかも解除工程の一切をすっ飛ばして、被せてものの数秒でカタが付くというド反則だ。
カウンターとして、まさにうってつけと言えるシロモノである。


「じゃあ、この機械は……?」


「あ、それは“テキオー灯”って言うんです」


「“テキオー灯”?」


首を傾げる士郎にのび太は効果を説明するが、はっきり言って士郎には、何かの冗談としか思えないようなものであった。


“テキオー灯”


このひみつ道具から発せられる光線を浴びた者は、あらゆる環境に適応出来るようになる。
それこそ真空で超高温ないし超低温、放射線と音速の塵が飛び交う宇宙空間から、一千気圧の水圧が襲い来る深度一万メートルの深海まで。
防護装備も特殊機材も必要とせず、あまつさえ、空気のない環境下でも呼吸が可能になるという謎仕様。
のび太はこれを使って、『他者封印・鮮血神殿(ブラットフォート・アンドロメダ)』という、中にいるだけで魔力を吸われ続ける“環境”に適応したのだ。


「某宇宙局が血涙流して欲しがりそうだな……っぐぁ! く、ぁぁ……バラしても、既存の機械と構造も原理もまるで違うから、さっぱりだろうけど、な。ふぅ……これも遠坂からの入れ知恵?」


なんとなく“タイムふろしき”と一緒に『解析』を試みたところ、そのシステムと概念の難解さに圧し負け脳が悲鳴を上げた。
鉋で脳を削られるような頭痛に顔を顰めつつ、何気なくのび太にそう問うと、


「いえ、咄嗟に思いついて、それで」


ある意味、予想外の答えが返ってきて、ヒクッと士郎の口元が、頭痛とは別の意味で引きつった。
どうも、結界発動に対するカウンターは思いついたが、結界の力に耐えられないのび太への配慮は見落としていたらしい。
“竜の因子”があるので、大丈夫だと踏んでいたとも考えられるが、実際に“竜の因子”が役に立たなかった事を鑑みると、やはり手落ち感が否めない。


「案外、抜けてるんだなぁ、遠坂。これがなかったら、どうするつもりだったんだよ……」


「あ、あははは……」


“テキオー灯”をガンマンのように縦に回して弄びつつ、士郎は本人が聞けば笑顔でガンドをぶっ放してきそうな感想を漏らす。
のび太は、苦笑いを浮かべるしかなかった。
……だが、忘れてはいけない。
毒性こそ大幅に減少したとはいえ、結界はまだ発動中なのだ。


「――――っと、こんなゆっくりしてる場合じゃないな。早く結界を破壊しないと。行くぞ、のび太君!」


『解析』し終えた“テキオー灯”と“タイムふろしき”をのび太に返し、士郎は弓道場の玄関へ向かって走り出す。


「あ、そ、そうですね。ゴメン、行こう!」


「……ん!」


ジッとのび太を見上げていたフー子の手を握り、のび太は士郎と一緒に弓道場から飛び出した。




















「のび太君、そこに一つ!」


「はいっ……これですね! えいっ!」


「――――っよし、消えた! 次っ!」


大黒柱がへし折られても、残りの支柱の危ういバランスでどうにか倒壊を免れている、というのが『他者封印・鮮血神殿(ブラットフォート・アンドロメダ)』の現状だ。
故に、やる事は一つ。
基点の位置を記したメモを頼りに、士郎が嗅覚を駆使して基点を探しだし、のび太が“タイムふろしき”で基点を消し去っていく。
まずは弓道場からほど近い林の中、次に校舎の裏手、その次に駐輪場の隅、といった風に、位置的に手近な外から攻めていっている。
可能な限り走り回って、既に消去した基点の数は、メモにある設置数の半分近くに上る。
そして校舎外の基点はほぼ始末したので、残りは校舎内だ。


「だいぶ紅いのが薄くなってる……もうちょっとか! 次は――――校舎二階廊下の突き当り! 急ごう!」


「あっ、ちょ、まっ、待って……っ!? はあっ、ひぃ、はっ、はあっ……!!」


気が急いているのか、士郎はのび太を置き去りにしそうなくらいのスピードで、校内に駆け込んでいく。
昼食もそこそこにあちこち駆けずり回っていたおかげで、ただでさえ疲労気味だったのび太のなけなしの体力は、容赦なく削られていくのだが、それでも何とか遅れまいと、息も絶え絶えに、必死に足を動かしていた。
その後ろを、フー子が心配そうな表情で見上げながら、後に続く。
こちらは特に疲労も何もないようだ。
そもそもモノからして、のび太とは雲泥の差があるのだから、当たり前かもしれないが。


「し、士郎、さん……! はっ、はっ、ぜぃ、はっひぃい……」


どうにかこうにか追いすがり、のび太も校内へと侵入する。
ちなみに全員、土足のままだ。
非常事態なのだし、それどころではない。


「ひっ、はぁ、ひぃ……はっ、はぁっ……か、はあっ」


咽喉からヒューヒューと妙な音が鳴っており、これまで相当走り回っていた事が窺い知れる。
器官が焼けつくような痛みに耐えつつ、階段を駆け上がる。
ヘロヘロになりながらも、どうにか二階へ辿り着くと、士郎の背中を探して視線を周囲に彷徨わせる。
……だが、それがまずかった。





「――――――ひいぃぁっ!!?」





結界が破壊し尽くされ、ほぼ影響がなくなっているとはいえ、ほんの数分前までは結界の脅威に晒されていたのだ。
それはつまり、結界から魔力を根こそぎ簒奪された犠牲者が、まだ校内にいるという事。
図らずも、のび太は直視してしまったのだ。
彼にとっては凄惨とも言える、被害者の姿を。


「あ、あ、あああ、ああぁあ……!!!」


ペタン、と糸の切れた人形のように尻餅をつき、じりじりと力の入らぬ手足で後退りする。
廊下の壁に背中が着くが、両の腕と足は後退する事を止めようとしない。
表情は蒼白。顎が小刻みに震え、上と下の歯がカチカチと触れ合い、音が鳴る。
そしてその視線は、眼前にある一つの教室にガッチリと固定されていた。


「おーい、のび太君……ん? どうし……ッ!?」


「……? ……ぁ」


と、そこへ、先行し過ぎていた事に気づき引き返してきた士郎と、階段を上り切ったフー子が合流する。
二人は、のび太の様子がおかしい事に気づくと、のび太の視線の先を辿り、そして揃って眉を顰めた。


「しまった……」


呻くような苦い声、士郎は己の失策を悟る。
気が急いていたから、などとは言い訳にもならない。
血塗れのキャスターを見て奇声を上げていたのび太にとって、この光景は決して堪えられるモノではない。
年上である彼が、こうなる前にきちんと配慮せねばならなかったのだ。


「し、士郎さん……士郎、さ」


「落ち着いて! もういい、見なくていい。いいから」


教室の中には、床の上にくずおれた教師と生徒の姿があった。
全員が死体のような顔色で、輝きを失った虚ろな目を虚空に投げかけている。
結界が未完成で、かつ発動して二分と経たずに半壊したため、皮膚の融解などは見られないが、生気というものがすっかり抜けきってしまっている。
その様は、まるで気味が悪いほど精巧に造られた蝋人形のようだ。
そして、無造作に打ち捨てられた骸のごみ溜めのような教室の惨状は、のび太でなくとも根源的恐怖を煽られるだろう。


「ごめん、俺がもう少し気を付けていたら……」


縋るようにしがみついてくるのび太をどうにか落ち着かせながら、士郎は、謝罪の言葉を口にする。
こういう光景を見慣れている自分ならいざ知らず、のび太には見せてはいけない事を理解していた筈なのに。
戦力としては頼もしく、時に大人顔負けの勇敢さも示すのだが、それでも、やはりまだ年端のいかない子供なのだ。
その辺りのフォローは、年長の自分達の役目であるという事は、凛共々理解し、常に意識している。
その筈なのに、この体たらく。


(……何やってんだ、俺は! こんなんじゃ、兄貴分失格だぞ!)


出会ってからこっち、のび太を自分の弟のように思っている士郎。
脳内で自分を力の限りぶん殴り、しっかりしろと叱咤する。
……と、そこへ。










「――――――よーぉ、衛宮。何やってるんだ、こんなところで?」










聞き覚えのある、やたら調子のいい声が耳朶を打つ。
士郎の神経が、逆立つようにざわめいた。




















「慎二……!」


「なんだい、衛宮? 怖い顔して」


キッと睨みつけるも、なんら堪えた風もなく慎二はヘラヘラと笑っている。
そのあまりの軽薄さに、士郎はふつふつと怒りの感情が湧くのを感じた。


「お前……、自分が何をやったか、解ってるのか!?」


「え、なに? 言ってる意味がわからないんだけど?」


「とぼけるな! お前が自分のサーヴァントに命じて、この結界を張らせたんだろうが! さっさと結界を解除しろ!」


「サーヴァント……、って?」


「まだシラを切るか! お前は騎乗兵の英霊、ライダーのマスターだろう! 何日も前からこの『他者封印・鮮血神殿(ブラットフォート・アンドロメダ)』を仕掛けていた事は知ってるぞ!」


ここまで言うと、慎二は意外そうに軽く目を見開いたが、すぐにニタリ、と気味の悪い笑みを浮かべた。


「……なぁんだ、知ってたのか。なんでそこまで知ってるのかは知らないけど、それなら話は早いな」


そう言うと、慎二は懐から一冊の本を取り出した。
メモ帳程度の、紅い表紙で誂えられたその本からは、一種独特の魔力が立ち上っている。


「衛宮、お前も聖杯戦争のマスターだって事は見当がついてる。昨日今日の欠席と、なによりその手に巻かれた不自然な包帯でね。……だったら、解るよな?」


「……っち!?」


即座にのび太とフー子を後ろに庇い、士郎は慎二に対して臨戦態勢を取る。
士郎は理解したのだ。
こいつは、俺を殺す気で来ているのだ、と。
慎二の、殺気の色濃く滲んだ酷薄な笑みが、その何よりの証拠。


「……のび太君」


「は、はい!?」


ギリ、と歯を鳴らしながら、士郎はのび太に小声で声を掛ける。
これから告げる事は、のび太にとって酷な事だと解っている。
だが、他に手がない事も事実だ。
自分の力と、先見性のなさを情けなく思いながらも、士郎は唸るように口を開いた。


「ここからは……君と彼女の二人だけで、この結界を破壊するんだ」


「え、ええっ!?」


のび太の動揺した声に振り返る事もなく、士郎は上着のポケットに右手を突っ込むと、中に入れていた“スペアポケット”にそのまま手を滑り込ませる。


「慎二は俺を狙ってる。という事は、俺が相手をすれば少なくとも慎二は抑えられるんだ。それに、アイツは一発ブン殴ってやらなきゃ気が済まないしな」


「で、でも……」


目当てのブツを手がしっかり握り込んだのを確認した後、士郎は左手のメモをのび太の方へ後ろ手に渡した。


「これに結界の基点の場所が書かれてる。ここから近いのは三階にある二つだ。たぶん、あと二、三個壊せば結界はなくなると思う。頼む!」


「士郎さん……」


士郎の肩が、小刻みに震えている。
一筋の汗が頬を伝い、きつく結ばれた唇からは、赤い血が流れ落ちていた。
友人と闘う事への動揺もさることながら、のび太に重責を背負わせてしまう事への怒りとやるせなさを堪えているのだ。
だがそれは、裏を返せばのび太ならきっとやってくれるという、信頼の証でもある。
いまだ教室の惨状のショックが抜けきっていないのび太であったが、士郎のその尋常ならざる様子にグッと唾を呑み込むと、


「――――――わかり、ました!」


肚を決めた。
はっきりとした返事に士郎の口元が、僅かに緩む。
だが、そんな自分に嫌悪を感じ、即座に表情を引き締め直すと、慎二に本格対峙すべく腰を落として叫んだ。


「走れっ!」


「はい! 行くよっ!」


「ん!」


傍らのフー子と共に、のび太は先程登ってきた階段目掛けて駆け出した。
……が。





「――――行かせないよ。ライダー!」



「ぅわっ!?」





突如、人影がのび太達の前に立ち塞がり、強制的に足を止められた。


「お、お前は!?」


紫の長髪に、露出過多の刺激的な衣装。
異様な雰囲気を醸し出している紫の眼帯。
両の手には、鎖付きの釘のような物が握られている。
幻想的なほどに秀麗な容姿も、にわかに滲み出る威圧感で見惚れるどころか、金縛りにでも掛かってしまいそうなプレッシャーしか感じさせない。
いつか画面越しに見た騎乗兵のサーヴァント、ライダーがのび太の目の前にいた。


「おいおい、僕がライダーのマスターだって解ってたんだろ? だったらライダーがいるって事も計算に入れてなきゃ。たとえ、姿が見えてなくともね」


「くっ、霊体化……させていたのか!」


なんたる迂闊。
やはり自分には先を読む力がないのか。
慎二の嘲笑に士郎は歯噛みするも、この状況に邪魔な苛立ちだけはどうにか封殺した。


「衛宮の弟と妹、って訳じゃなさそうだけど、何をする気だったのかな? ま、でも、この場にいる以上は殺されても文句は言えないよ。可哀相だけど。やれ、ライダー!」


号令一下、ライダーの右手がジャラジャラと耳障りなと共に持ち上がる。
それと同時に、仄暗い殺気がのび太達に向けて叩き付けられた。


「ひっ?!」


心臓を鷲掴みされたかのような感覚が、のび太に襲い掛かる。
必殺の気配などに、のび太は慣れていない。
似たような状況下におかれた事は何度かあるが、それで慣れるかと問われれば答えはNoだ。
冷や汗がどっと噴き出す。
咽喉が、瞬く間に渇いていく。
そして足が、どうしようもなく震え出し始めた。


「ちぃっ……――――頼む!」


舌打ちしつつも、慎二から目を離さぬまま。
のび太のピンチに、士郎は言葉を投げかける。


「なに? 今さら命乞い?」


それに対し、慎二はやはり嘲り笑いを浮かべるだけであった。




















『なんたる迂闊』


その言葉は士郎だけではなく、この場の慎二にも当てはまる。
慎二は自らの口でこう言った。


『お前も聖杯戦争のマスターだって事は見当がついてる』……と。


――――ならば。




















「――――――変身を解いて、のび太君を護れ! “セイバー”!」




















姿はなくとも、士郎の傍にもサーヴァントがいるという可能性も、計算に入れておかなければならなかったのだ。




















瞬間、のび太の手前でボムッ、という音と共に白い煙がもうもうと立ち上る。
そして、その煙に一瞬たじろぎながらも振り下ろされたライダーの釘剣が、硬質な音を立てて勢いよく弾き飛ばされた。




「……っは?」



「む――――っ、これは……」




呆気に取られる、騎兵の主従。
だがそれも束の間。ライダーは白煙の向こうに突如、強い気配が現れた事を感じ取ると、すぐさま跳び退り、距離を取る。
そして両の釘剣を構え、油断なく煙の向こう側へ向けて怜悧な視線を叩き付けた。





「――――――了解しました。マスター・シロウ」





凛とした声が響いたかと思うと、次の瞬間、漂っていた白煙が一斉に吹き散らされた。
発生した突風がライダーの顔を叩き、髪をなびかせるが彼女は微動だにしない。
暗幕同然の障害がさっぱりと消え失せ、声の主の全貌がライダーの前に曝け出された。





「これより、我が身はマスターの敵を屠る剣となり、そして、ノビタを守護する盾となります」





砂金をこぼしたような金色の髪。
強い意志を秘めたエメラルドグリーンの瞳。
青いドレスと、銀の重厚な鎧に身を包み、見えない剣を、その手に確と構えている。





「剣の英霊……セイバー、ですか。まさか、子どもに化けていたとは」





燐光を身体から溢れさせ、その身でのび太を護るように佇むその様は、まさに騎士。
のび太の傍でフー子に身をやつしていたセイバーが、主命により己が擬態を解き放ち、紅の戦場へとその姿を現した。












[28951] 第三十一話
Name: 青空の木陰◆c9254621 ID:90f856d7
Date: 2012/06/21 21:08





「ドララ!」


「どれどれ……」


巻き戻しが完了し、凛が画面を覗き込む。
映し出されたのは、廊下を歩く一人の男の姿。
掛けていた眼鏡を右手でクイ、と上げ直し、階段の方へとゆっくりした足取りで向かっている。
そしてその左手には、やきそばパンとジ○アが握られていた。
彼の無機質そうな風体からは、到底想像のつかないメニューである。
どうやら、今から昼食と洒落込むつもりのようだ。



『……ぬ?』



と、その時、画面が絵の具を噴き掛けられたかのように紅色に着色された。
結界が起動したのだ。



『むぅ……!?』



眼鏡の奥の鉄面皮が、僅かに不快な色を帯びて歪められる。
だが、その瞬間。



『宗一郎様ッ!』




女の声が響くと共に、男の身体が、突如現れた暗幕のようなものにグルリと完全に覆われた。
凛には、その声に聞き覚えがあった。



『……キャスターか』


『はい、宗一郎様』



魔術師のサーヴァント、キャスターが、マスターである葛木宗一郎の危機を瞬時に察知し、転移術で救援に駆け付けたのだ。
葛木は、魔術回路を持たない一般人。
結界に対抗する手段はないに等しく、キャスターが来なければ五秒としないうちに魔力を空にされ、その場に昏倒していただろう事は確実だ。
この手の危機に対応出来るよう、あらかじめ、葛木にベルを着けておいたのだろうと、凛は当たりをつけた。



『……これはなんだ?』


『一言で言えば、中の人間を魔力に還元して吸収する結界です。こういう事もあろうかと、警鐘と同時に監視を緩めずに待機しておいて正解でした』



暗幕の中で、交わされるやり取り。
姿こそ隠れて見えないが、声は明瞭に聞こえてくる。



『そうか。お前は、これを知っていたのか』


『ええ。この冬木で、私に解らない事はありませんわ』


『ふむ……私は、どうすればいい?』


『このまま、一旦お戻りになられた方がよろしいかと。後でタイミングを見計らって、可能ならば送還いたします。宗一郎様の日常を乱すような事はございません』


『……わかった。では頼む』



その言葉を合図に、暗幕はその場から空間に溶けるように消え失せた。
おそらく根城である柳洞寺へ撤退したのだろう。
そこまで確認して、凛は画面から目を離した。


「成る程ね。リズの言ってた事はこういう事だったわけ、か」


「うん」


「ふぅむ……」


リーゼリットの頷きを見つめながら、凛は思考の幅を広げる。
先程の言葉から察するに、キャスターは『他者封印・鮮血神殿(ブラッドフォート・アンドロメダ)』の存在を認識していながら、しかし手を出そうとはしなかったようだ。
きっと結界を下手に破壊すると足が付くから、とりあえず監視だけに留めて放置していたのだろう。
それなら解らないでもない。そこまではいい。
だが、マスターである葛木が勤める穂群原に、そんな物騒なものがあると解っていながら、どうしてあのように通わせっぱなしにしておくのだろうか。
教師にも、福利厚生はある。休暇申請などを利用すれば、わざわざ罠の仕掛けられた建物に毎日通い詰める必要などなくなるのに。
凛としては、その点がどうも解せないでいた。


「む~……ねえ、どう思う?」


「……いや、いきなりなんの話だ?」


何故か突然話を振られたアーチャーは面食らう。
いったい、何についてどう思えというのか。そもそもの脈絡がすっぽり欠落した状態で語れと水を向けられても、語りようがない。
僅かに眉を顰めたアーチャーに対し、凛は唇を尖らせた。


「察しなさいよ」


「無茶を言うな。レイラインを通して会話していたのならともかく……。せめて何に対してどう思うのか、それを説明してくれ」


「あーはいはい、つまりね……」


かくかくしかじかこういう事よ、と凛は先の疑問点をアーチャーに説明する。
考えに詰まって苛立っていたのか、と先程の無茶振りに幾分納得を示しながら顎に手を当て、アーチャーは思った事を口にした。


「ふむ、考えられる可能性としては……そうだな、マスターの日常生活を脅かしたくない、のかもしれんな」


「日常生活ぅ?」


「ああ、キャスターが自分で言っていただろう? 『宗一郎様の日常を乱すような事はございません』とな」


小首を傾げる凛に対して、アーチャーは更に解説を加える。


「先日見た、キャスターが葛木宗一郎に拾われた時の映像を覚えているか?」


「ええ。葛木先生にキャスターが抱え上げられてたわね」


「そうだ。行き倒れていたところを、偶然拾い上げられたという状況だったが、それは裏を返せば、聖杯戦争とは無関係の一般人を、有無を言わさず巻き込んでしまったという事でもある」


アーチャーの言いたい事が、なんとなく解った。


「……負い目、って事?」


「あるいは、葛木宗一郎がマスターとなる事を承諾する際に呑ませた条件なのかもしれん。いずれにせよ、葛木宗一郎は自らの日常を崩す事なく、聖杯戦争に参加していると考えていいだろう。フォローとサポート、そして戦略を、キャスターに任せてな」


「それってつまり、投げっぱなし……?」


「事実だけを見ればそうだろうが、葛木宗一郎に心を奪われているキャスターからすれば、むしろバッチこいというところではないのか? 見方を変えれば、全幅の信頼を置かれているとも取れる訳だからな」


「バッチこいって……」


あまりにも現代チックな物言いに、凛の表情に呆れの成分が混ざる。
この英霊、紅の外套と黒のボディアーマーという時代錯誤な見た目とは裏腹に、随分と現代に馴染んでいるように見える。
俗っぽい、というのとはまた違うが、しかしいったいこの男はどんな来歴をしているのだろうか。
事故紛いの召喚のツケで、記憶が曖昧であるとの事だったが。


(……ま、今更か)


今気にする事でもなし、と軽く頭を振り、凛は浮かんだ疑念を振り払った。
そして、一旦ワンクッションを置くために、話題の切り口を変更する。


「にしても……改めて考えてみれば、権謀術数が専売特許のキャスターが現代の人間、それも一般人にそこまで吊り橋効果的に熱を上げるのって、どうなの?」


「あり得ん事ではない。英霊とて、あらゆる時代の大勢の人間と同じ、その内側に心を持った存在なのだ。何かの拍子に恋に落ちる事もあれば、些細な事で激昂もする。他人の優しさに感動を覚えたりもすれば……募る憎しみや怒り、妄執に身を焦がす事もある」


「……そういうものなの?」


「そういうものだ。飄々としたようでいて、意外に気性の激しいランサーや、表情に出すまいとしていても、その実、内面ではかなり感受性の高いセイバーを見ていれば、それも解るだろう?」


ゆっくりと頷きを返して、アーチャーは断言する。
まるで、自分自身にも覚えがあるとでも言わんばかりに、その様からはいやに実感がこもっているように感じられた。


「……ふぅん」


気にはなったが、凛はこれも棚に上げ、黙殺する。
現状では、そんな些事に思考を割いてはいられない。
現在進行形で、いまだ事は推移しているのだから。


「ド、ドララ!?」


と、その時、ミニドラ・グリーンの慌てたような声が響いた。
凛がそちらを振り返ると、グリーンの眼前のモニター画面に何やら映り込んでいる。ミニドラ・グリーンは、それに心底から驚いているようだ。


「どうしたの?」


「ド、ドラ……!」


しきりにモニターを差し示すミニドラ・グリーン。
説明を求めるよりも、自分の目で見た方が早いと判断した凛は、モニターに視線を移す。
ミニドラ・グリーンが見ていたモニターは、現在の穂群原をリアルタイムで映し出している物だ。
場所は、つい先程別モニターで、キャスターが葛木と共に離脱した階段前の廊下。
そこに、空間が歪に捻じ曲がった、何やらひずみのような物が出来ていた。


「これは……?」


「察するに……空間連結でしょうか。どこかの空間と、この階段前の空間とに直通路を開こうとしているようです」


「状況とやり口からして、十中八九キャスターね」


主の教育係であり、魔術について広い知識を持つセラの分析に合わせて、その主であるイリヤスフィールの的確な推測が飛ぶ。
凛もそれに頷きを返すが、しかしキャスターがいったい何をするつもりなのか、それが掴めなかった。
アーチャーも、意図が読めないのか微かに首を捻っている。
だが、答えは意外にもすぐに出た。


「……え? ちょ、こいつらって!?」


「む……っ?」


画面向こうのひずみから、突如白っぽい、人型の何がが出現する。
しかも一体ではない。二体、三体、四体と、まるでベルトコンベア上で流れ作業的に次々生産されるように、際限なく湧き出してくる。
それらの姿は例えるなら、学校の理科室か保健室にあるような人体骨格モデルの、その頭骨の上半分を砕いて失くしたかのような、骨のみで構成された異形。
手にはナイフのような形状の剣が握られている。
凛とアーチャーには、見覚えがあった。 


「冬木のオフィスビルに派遣させてた、骨人形! キャスター、いったい何のつもりで!?」


「威力偵察か、それとも単なるいやがらせか……まぁ、両方だろうな」


士郎と同盟を組む数日前から、冬木で昏睡状態に陥る人間が続発するという事件が起こっており、これが魔術絡みだと判断した凛は、その調査をアーチャーを伴い行っていた。
その時、とあるオフィスビルでこれらの異形に遭遇した事があったのだ。
凛のガンド数発で破壊出来た事から、戦闘能力こそ、そこまで高くはないものの、数が多いのが厄介だ。
仮に士郎やのび太達の方へ向かった場合、混乱は避けられないし、撃退は一応可能だろうが結果的にライダー、キャスターに挟撃される形になるので万が一という可能性も出てくる。
出端を挫いて、出来るなら出現エリア内で全滅させた方がいい。
そも、こういった不測の事態に備えて凛達は、監視を行いつつ衛宮邸に待機していたのだ。瞬時に凛は判断を下す。


「アーチャー、行くわよ! イリヤスフィール、リズを借りるわね!」


「了解だ」


「うん。イリヤ、行ってきます」


「はいはい、いってらっしゃい。こっちはミニドラ達と監視を続けておくわ」


リーゼリットもメンバーに加えたのは、不測の事態に速攻でカタをつけるために、戦闘能力を重視したからである。


「おねえちゃん、ボクは……?」


「フー子はお留守番。のび太が心配だろうけど、大丈夫よ。ここをイリヤスフィール達と守っておいて」


「……ん、わかった」


しょぼんと目を伏せながらも、フー子は頷く。
やはりのび太の事が心配なのだろう、綺麗な瞳が不安に揺れているのが見て取れた。
その間に、アーチャーは、どこからともなく白黒の双剣を取り出し、リーゼリットも、身の丈ほどもあるレニウム製の巨大な斧槍、ハルバートを片手に携えていた。
板張りの床が僅かに歪曲し、妙な音を立てている事から、ハルバートが相当の重量である事が窺い知れるが、果たして部屋に持ち込んでいた訳でもないのに、リーゼリットはいったいどこからそれを取り出したのか。
しかもホムンクルスとはいえ、女性の細腕でなぜそれほどの重量物を軽々と扱えるのか……。


「気にしては負けですよ、トオサカリン」


「はいはい、ツッコまないわよ」


『アインツベルンだから』で納得してあげるわ、と凛は、投げやりにセラに向かって返答する。
こんなおバカなやり取りをやっている暇はない。緊張は幾分解れるが。
凛達三人は、部屋の奥に鎮座している、“どこでもドア”の前に立って口早に目的地を告げる。
そしてドアを少しだけそっと開けると、向こう側に穂群原の廊下が見えた。
位置的には、ひずみのある場所から十数メートルほど離れた廊下の隅だ。
目当ての場所に繋がった事を確認すると、凛は背後の二人を振り返り、目で合図を送る。
首肯する二人。確認すると、凛は勢いよくドアを開いた。


「さて、突入するわよヤローども!」


「……ふぅ、Aye ay mam」


「リズはヤローじゃない、女の子」


三者三様のノリで以て、ひずみから生まれる骨人形目掛けて勢いよく飛び出して行った。




















その頃、穂群原の二階廊下では、マスター同士の戦端の火蓋が切って落とされようとしていた。
士郎と慎二、互いが視線をぶつけ合い、火花が散る。
その触れれば斬れてしまいそうな剣呑な雰囲気に、いまだ僅かに残る紅の空気が、物騒で妖しい色合いを添えていた。


「慎二、先に言っておくぞ。俺は、お前を殺すつもりはない。だが、お前のやった事を許すつもりもない。令呪を剥奪して、戦争終了までおとなしくしていてもらう」


「はん。随分と甘ちゃんな事だね、衛宮。その偽善的な言い様、反吐が出る。それに、僕がいつお前に許して欲しいなんて言った?」


「そうか……そうまで言うのなら、容赦はしない! まず一発ぶん殴って、その歪んだ性根を修正してやる!」


「ふぅん、出来るかな? 遠坂以下の、へっぽこ魔術師がぁ!」


口火を切り、先攻したのは慎二。
憎しみの籠った叫びと同時に、彼の手にある本が不気味に赤く発光する。
すると、慎二の周囲に黒い、影のような物が十近く、浮かび上がった。
士郎は、それが魔力の塊であると感覚で理解する。


「魔術!? お前には魔術回路がないんじゃ……!?」


「……それは遠坂からかい? ああ、腹立たしいけど認めてやるよ。僕には魔術師に必要な魔術回路はない。よって、僕は魔術師にはなれない!」


憎悪と憤怒を隠しもせず、唾棄するように慎二は士郎の言葉を肯定した。
慎二にとって、『始まりの御三家』の一である魔術師の名家に生を受けながら、先天的に魔術師になれないという現実は、多大なコンプレックスなのだ。
自身の生き様や性格に、暗い影を落とすほどに。
自分への粘つくような黒い敵意はそういう事か、と士郎は、頭の片隅でなんとなく理解する。
要するに、自分への羨望の裏返し……嫉妬と僻みだ。
自分が狂おしいほどに欲しかった物を、どこの馬の骨とも知れないヤツが……たとえへっぽこであるとはいえ……持っているという皮肉。
それが、やり場のない激情を生み出す土壌となっているのだ。
しかし、士郎にとってはただただ、ハタ迷惑な感情でしかない。


「けど、間桐家は腐っても魔術師の家なんだ。長年に渡る、魔術に関する記録や資料、ノウハウは蓄積されている。だから、それらを流用すれば……!」


手を振り翳す。
それを合図として、黒い魔力の塊が刃状に形を変化させた。


「これくらいの事は、可能なんだよぉ! 死ねぇえ、衛宮ああああぁぁぁっ!!」


口を突いて激発する怒号と共に、慎二は魔力の刃を士郎目掛けて、発進させた。
空間を薙ぐように進む物、地を這うように接近する物、壁伝いに蛇行してくる物、占めて九つの凶器が一斉に襲い掛かる。


「ちっ!」


舌打ちしながら、士郎は自身の魔術回路を活性化させる。
二十七の魔術回路が一気に唸りを上げ、体内の魔力循環をコントロール。ポケットの中の右手に掴んだものに、魔力を送り込む。
設計図をイメージ、材質の特性を理解し、必要な部分を魔力で補強する……。


「『同調・開始(トレース・オン)』ッ!」


成功。
『強化』魔術を施し、右ポケットの中の“スペアポケット”からブツを引き抜いた。
そして、迫り来る凶刃を迎撃せんと、一歩を踏み出す。


「ぜぇあああああぁぁっ!」


右手を振るうと同時に、ガラスの砕けるような音が連続して周囲に木霊する。
手の中のブツは、凄まじい速度で肉迫してきた魔力刃を片っ端から、すべて叩き落した。


「っな、ぁあ!?」


「慎二……俺だってバカじゃあない。丸腰のまま、何の用意もせずに虎口に飛び込むなんてマネ、すると思ったか?」


慎二の迂闊を謗るように、士郎は毒づく。
だが彼も本筋では言葉とはまるっきり逆を「おい」……ハイ。それはともかく。
血振りをするように右手を振るい、両手でそれを掴み直して下段に構える。
白銀に煌めく、もはや士郎にとってお馴染みとなった、一振りの刀を。


「……日本刀!? くっ、霊刀の類か!?」


「“名刀・電光丸”……あの程度の攻撃なら、訳はないな」


実際には霊刀ではない、ただの(というのも変だが)刀なのだが、ハッタリにはなるかもしれないと思い、士郎は敢えて勘違いを訂正しなかった。
この“名刀・電光丸”は、元々『大・電光丸』に改造していた物で、“タイムふろしき”により元の大きさへと戻して、改めてのび太から借り受けていた。
ポケットの中の“フエルミラー”でコピー作成した“スペアポケット”も、引き続き鞘替わりに拝借しており、中には“スーパー手ぶくろ”と、これまた事前にコピーしていた『大・電光丸』他、数点のひみつ道具が収められている。
ただ、士郎は、今この場でその道具すべてを使うつもりはなかった。
手札は出来るだけ温存しておきたいという事と、手持ちの道具の中で自分が最も扱い慣れているのが、刀である電光丸系の武器である事を加味した上での判断だ。


「衛宮のくせに、物持ちのいい……! えぇい、くそ!」


醜悪に表情を歪め、口汚く罵りながらも、慎二は再び魔力刃を生み出していく。
今度の数は、軽く見積もっても先程の倍はあるだろう。


「……タネは、あの本か?」


怪しいのはあれしかないな、と見当をつけながら、士郎は迎撃姿勢を整える。
とはいえ、単純に手数の面だけで見れば慎二の方が上。
“名刀・電光丸”のみで取り押さえるのは、不可能ではないだろうが、やはり一筋縄ではいかないだろう。
いざともなれば、不慣れで不安はあるが、他の道具を出し惜しみしてはいられない。
この戦局、まだまだ時間が掛かりそうである。




















「はあっ!」


「く……っ!」


一方、こちらは校舎三階廊下。
釘剣と不可視の剣が、互いに火花を散らし合い、周囲に耳障りな音を撒き散らしている。
セイバーとライダー、両者の剣戟が、狭い廊下に窒息しそうなほどの鬼気迫る雰囲気を充満させていた。


「どうしたライダー、その程度か!」


「…………ッ」


セイバーは、のび太を仕留めようとするライダーの攻撃を、二人の間に入る形で防御する。
ライダーの投擲する釘剣を片っ端から弾き返しつつ、時たま自分から切り込んでライダーを押し返し、のび太に近づける暇を与えない。
“竜の因子”による魔力ブースト効果で、『魔力放出』スキルを最大出力で利用し、その圧倒的なパワーと技量でライダーを完封している。
ライダーは無表情を装いながらも、内心では苛立ちを覚えずにはいられない。
セイバーの身体から発される燐光と陽炎のような揺らめきが、溢れんばかりの魔力の余剰放出現象である事は推察せずとも肌で感じ取れる。
マスターが魔術師ではないため、魔力供給を受けられないライダーにとって、これほど羨ましく、恐ろしく、また妬ましい事もない。
自分は魔力が十全ではなく、省エネ状態での戦闘をせざるを得ないのに対して、相手は潤沢な魔力を惜しげもなく、それこそ湯水のように使用出来るのだ。
宝具である『他者封印・鮮血神殿(ブラッドフォート・アンドロメダ)』が、未完成かつ即座に中枢を破壊されたとはいえ、それでも起動してある程度の魔力を確保出来たのは重畳だが、この状況では、その分も使い果たしてしまいそうだ。
幸いなのは、セイバーがのび太を護る形で戦闘を行っているため、ほぼ迎撃に徹して積極的にライダーに攻撃を仕掛けて来ない事くらいである。


(マスターではない、おそらく協力者といったところ……しかし、いったいなぜ、あんな年端もいかない少年を、しかも別行動で?)


その点をライダーは疑問に思うも、今はそんな些事には頓着しない。
ただ、マスターの命を完遂するために動くのみである。


「ノビタ、急いでください!」


繰り返し、矢継ぎ早に飛来してくる二本の釘剣を叩き落しながら、セイバーはのび太に向かって叫ぶ。
“タイムふろしき”で確実に基点を破壊出来る以上、後は時間との勝負。
効果が激減しているとはいえ、それでもまだ魔力の簒奪現象は続いているのだ。
時間を掛ければ、それだけ学校の人間は衰弱する。被害を最小に抑えたければ、とにかく急ぐしかない。
……だが、ここに来て思わぬ誤算が、のび太とセイバーに襲いかかった。


「う、うん! えぇっと……3-Dの、き、きょう……? よ、読めない! この漢字、なんて読むの!?」


「――――は、はぃい!?」


危うくずっこけそうになるセイバー。
なんと、のび太はメモに書かれた漢字が読めず、どこに基点があるかが解らなかったのだ!
メモを片手に、廊下のド真ん中で立ち尽くすのび太。
当然、そんな絶好の隙を見逃すライダーではない。


「シッ!」


渾身の力で、セイバーの傍らを大きくカーブするように釘剣を投擲する。
それは、セイバーの剣の間合いの外側を、猛スピードで突き進んでいく。
狙いは、もちろんのび太。
棒立ちとなった人間など、ライダーにとっては射的の的やカカシ同然である。


「……くぅ!?」


気抜けした肉体に強引に活を入れ、そうはさせじとセイバーは一気に後方にバックステップで跳び退る。
『魔力放出』スキルを利用し、身体の前面で魔力を圧縮・起爆させる事で爆発的な推力を得、まるで爆弾で吹っ飛ばされたような勢いで釘剣を追い抜き着地。のび太の前に立ち塞がる。


「わっ!? せ、セイバー!?」


「伏せなさい!」


反射的に、のび太がその場にしゃがみ込んだ次の瞬間、金属同士が擦れ合う、嫌な音が鼓膜を揺らした。
のび太がそっと視線を上げると、そこにはライダーの釘剣をセイバーの銀の手甲が真ん中から掴み取っている光景があった。


「す、凄……!」


セイバーの神技に、もう少しで命はなかったという恐怖を飛び越えて瞠目するのび太。
だが、その声に頓着する事もなく、セイバーは表情を引き締めたまま左手の中の不可視の剣を引っ込めると、


「はああああぁぁぁっ!!」


釘剣の柄に繋がれているピンと張った鎖を、両手で即座に掴み直して、思い切り自分の方へと引っ張った。
“竜の因子”と『魔力放出』で強化された、セイバーの金剛力で鎖が引き千切られんばかりに張り詰め、ギシリと軋みを上げる。
反対側のライダーにとっては堪らない。


「ぬっ……ぁあ!!」


対抗しようにも、ライダーの力では綱引きにもならない。
手を離す暇すら与えられず、両肩がもげそうなほどのパワーになす術もなく引きずられ、ライダーの身体がセイバーの方へ目掛けて宙を舞う。
その自由のきかないなところへ、セイバーは足元で魔力を爆発させて神速の勢いで踏み出し、ライダーの懐に矢のように飛び込む。
そして、ライダーが反応するよりも速く、ガラ空きの脇腹へ向けて渾身のボディブローを叩き込んだ。


「っか、は!?」


容赦のない、凄まじく重い一撃。
肺の中の空気が強制的にすべて吐き出させられ、ライダーは空中で硬直してしまう。


「せいっ!!」


その隙を見逃さず、セイバーはライダーの両腕を掴むと、


「落ちろぉおおお!!」


背負い投げの要領でライダーの長身を担ぎ上げ、自らの右手にあった廊下の窓目掛けて思い切り放り投げた。
息が出来ないのだろう、顔を蒼白に染めたライダーはガラス窓を猛烈な勢いで突き破り、そのまま力なく、窓の外へと落下していった。


「う、うわぁあ……」


やり過ぎと言っても過言ではないセイバーの猛攻を目にして、のび太の顔からは血の気が引いている。
ここは三階である。普通の人間ならば、落ちたらただでは済まない高さだ。


「し、死んじゃった……?」


「仮にも英霊です。流石にそこまではいかないでしょう。もっとも、ダメージはすぐには抜けない筈なので、多少ながら時間は稼げます」


戦闘の高揚も冷めやらぬまま、セイバーは簡潔にそう述べると、いまだしゃがみ込んだままでいるのび太の隣へ歩を進める。


「それで、読めなかった字というのは?」


「え? あ。うん、これの……ここ」


士郎から託されたメモを受け取り、セイバーはのび太の指差したところに視線を落とす。
途端、セイバーの表情が呆れの混じった、何とも言えない微妙なものとなった。
そこにあった文字は……『教卓』。


「……ノビタ、これは『教卓(きょうたく)』と読むんです。3-Dの教卓の下」


「あ、あ~、『きょうたく』って読むんだ……じゃ、これは?」


セイバーの表情に気づかぬまま、のび太はメモ上の別の文を指し示す。


「……なんと読むと思います?」


書かれている文は『三階廊下の消火器の壁』。


「え? え、っと……さん……さん……した、の、け……け、けひき? ……の……」


しどろもどろに読み上げていくのび太に、セイバーはますますげんなりした表情となる。
あまりにも見事な解答のデタラメさに、頭を掻き毟りたくて仕方がないといった感じだ。


「……『三階廊下の消火器の壁(さんかいろうかのしょうかきのかべ)』です。最初の“さん”しか合っていないではないですか!」


「あぅ! ……で、でも、習ってない漢字が多いし……!」


「最初の『教卓』やこの『廊下』、『壁』は、まぁ百歩譲っていいとしても、『消火器』くらいは読めるでしょうに……。『けひき』は、流石にないと思いますよ……はぁ、もう少し勉強したらどうなのです? テストも0点ばかりなのでしょう?」


「あ、あは、アハハハハ……」


現代日本の小学五年生が、千五百年も前のイギリス人に呆れられながら漢字を教わるという、この果てしないまでの情けなさ。
セイバーはやれやれと肩を落として、のび太の頭をコツン、と軽く小突く。
それに対しのび太は、バツが悪そうに力のない笑いを返した。
まるで出来の悪い弟を教え諭す、世話焼きの姉みたいな構図である。


「とにかく、場所が解ったのなら、ライダーがダウンしているうちに手早く消してしまいましょう」


「う、うん、そうだね!」


セイバーの指示に頷きを返し、のび太は、一番手近な廊下の真ん中にある消火器へと足早に近づく。


(……あれ? なんでセイバーは、僕のテストがいつも0点だって、知ってるんだろ? 話した事あったっけ?)


ふとのび太の脳裏にそんな疑問がよぎるも、まずはこっちが先だと思い直して、消火器をどかしてその向こうの壁を調べてみた。
すると、床上十センチくらいの位置に、ぼんやりと発光している紋様があった。
発動前は魔術師でもない限り探り当てる事は不可能だが、結界発動後は基点が活性化するため光を放つので、魔術資質のないのび太でも視認する事が出来る。


「あっ、これだ! よぉし……!」


唇を舌で湿らせると、のび太は“スペアポケット”から“タイムふろしき”を取り出して基点を覆う。
そして数秒後にふろしきをどけると、基点はそこから跡形もなく消え去っていた。


「やった! あとひとつ!」


基点の消去を確認し、のび太が足を3-D教室へ向けようとしたその時、ガシャン、とガラスが砕け散る音が廊下に木霊した。


「――――へ?」


「ノビタっ!!」


音のした方へのび太が振り返るよりも早く、隣にいたセイバーがのび太の頭上を薙ぎ払っていた。
ガギン、とやたらと硬質な異音が、狭い廊下に反響する。
金属が何か固いものとぶつかり合う音だ。


「……え、まさかっ!」


甲高い金属音と同時に床に落ちた物を見ると、それはやけに見覚えのある杭のような釘であった。
自分に何度も襲い掛かってきていた、あの釘剣である。
ジャラリ、と鎖の音が鳴る。
釘が引き戻された先に視線を移すと、荒く息を吐いているライダーが割れた窓を背に、粉々に砕けたガラスの破片の上に立っていた。
地面から三階までを一気に壁伝いに駆け上がり、窓を突き破って戻ってきたのだ。


「ちっ! 思いの外、立ち直りの早い……!」


「はぁ……はぁ……流石に、数十秒は……動けませんでした、が。その矮躯(わいく)で、恐ろしいまで、の怪力……ですね」


「……褒め言葉と、受け取っておきましょう」


一応、見た目可憐な少女であるセイバーに対して、力が強いと評するのは流石に失礼に値するだろう。
だが、ライダーにとってはこれ以上ないくらいに、正直な感想であった。
いくら耐久力がそこまで高くないとはいえ、拳一発で自分をあっさりとダウンさせるとは。
いまだに激しく疼く脇腹の痛みを強引に捻じ伏せ、ライダーは息を整えながら、両手の釘剣を構え直す。


「はあっ!」


「ふっ!」


そして二人は、どちらからともなく一歩踏み出し、互いに獲物をぶつけ合う。
セイバーは己が身で以て敵を完全に釘づけにし、のび太を護るため。ライダーは変わらず、主命を全うするため。
太陽を動力源としてでもいるかのような、鮮烈な威圧感と豪力で刃を振るう剣士に、騎乗兵は表情を僅かに歪めながらも驚異的な粘りを見せる。
釘がアイスピックと化しそうなほどに火花を噴き上げるが、しかしそれでも折れずに繰り出される斬撃を逸らす、逸らす、逸らす、逸らす、逸らす。
その綱渡りだが、絶妙とも呼べる捌き様に、セイバーは僅かに瞠目する。
ライダーという、近接戦闘において不得手に近いクラスの英霊でありながら、フルブーストの自分を相手にここまで食い下がる。
だが、それは奇しくも、セイバーのこの戦闘における勝利条件を満たす事となった。


「今、のうちに……!」


ジリジリと、二人の死闘の場からゆっくりと後退っていたのび太が、3-Dの教室へ向けて一目散に走りだす。
ライダーはセイバーの対処に手一杯で、今なら妨害はない。
昼休みも終わりかけで、廊下に人がほとんどいなかったおかげで今まで意識していなかったが、教室に入るという事は二階で見た、あの死屍累々の惨状をもう一度見るという事になる。
それを思うと手足が恐怖に竦むが、今この場で自由に動けるのは自分しかいないのだ。
右手の“タイムふろしき”をギュッ、ときつく握りしめる。





――――頼む!





――――ノビタ、急いでください!





たとえどれほど怖くても、自分を信じて任せてくれた、その信頼に応えたい。


「……いっ、行くぞっ!」


一度逃げだし、再び立ち向かったあの夜と同じ言葉。
のび太の身体は、恐怖をも上回る熱い感情に突き動かされていた。















やがて、学校を覆っていた紅い牢獄のような結界は、陽炎のように揺らめいたかと思うと二度、三度と明滅して消滅し、元の真っ白な穂群原が姿を現した。






穂群原を舞台とした攻防は、第二局面に突入する。







[28951] 第三十二話
Name: 青空の木陰◆c9254621 ID:90f856d7
Date: 2012/09/02 00:30




「くそっ! くそ、くそっ! なんで、なんで届かないんだよ!?」


「はぁ……はぁ……そんなものかよ、慎二」


口汚く叫ぶ慎二を見据え、士郎は小声で吐き捨てる。
戦闘に突入して、既に十分近く。両者共に息が上がっており、珠のような汗が額や頬に浮かんでいる。
だが、両者の疲労の質には明確な違いがあった。
慎二の方は精神面でグラついており、一方の士郎は肉体面で大きく疲弊しているのだ。


「ふぅ……数は多いな。けど、そんな魔術じゃあ、俺には通用しないぞ」


呼吸を整えようと深呼吸を繰り返しつつ、士郎は“名刀・電光丸”を握り直して下段に構える。
慎二の繰り出す魔力刃は、とにかく数が多い。
まさに刃の弾幕といった風で、多い時には一度に三十近くを生み出して一気に浴びせかけてきていた。
故に、一進一退。互いに肉迫する事もなく、攻撃と迎撃に全ての攻防が終始しており、距離は縮まっていない。
普通ならば、物量と手数の利で士郎はとっくに血に塗れて、骸と化しているところである。
いくらオート迎撃の“名刀・電光丸”を『強化』魔術を併用して振るっているとはいえ、飛来してくるのは研ぎ澄まされた魔力の塊。
それに刃を合わせ続ければ、果たしてどういう結果が訪れるか。
間違いなく刀の方が保たない。捌き続けるうちに『強化』魔術の効果が切れ、通常の刀の強度に戻った刀身が粉々に砕かれて終わるだろう。
だが、その予想に反して士郎は、魔力刃の悉くを斬って捨て続け、今なお命脈も『強化』も健在である。
それはなぜか。


(魔術回路もなしに魔力を操れるのは確かに凄い……が、バカバカしいくらいに軽い。手応えがスカスカだ)


慎二の弾幕一発一発の密度が、恐ろしく低いからである。
重い砲丸を、同じ重さの発泡スチロールに変換し、手当たり次第にちぎっては投げているようなもの、と言えば解りやすいだろうか。
適性もないのに無理矢理魔術を行使しているせいか、はたまた元からこういう魔術なのか。
とにかく、刃を構成する魔力が、ある程度の頑強さを保持するまでには集束されておらず、“名刀・電光丸”で一太刀薙いだ程度で簡単に消滅してしまう。
砕け散る際の音と相まって、まるで粗悪なアメ細工を片っ端から叩き壊しているような感覚である。


「これなら遠坂のガンドの方がまだ凄まじいな。知ってるか、慎二? あいつ、手加減したガンド一発でコンクリートの壁に穴開けるんだぜ?」


バーサーカーとの決戦前、凛から薫陶を授けられた際、士郎は容赦ないガンドの嵐に晒された。
呆れと溜息の混じったこの述懐には、重々しい真実味がこれでもかとばかりに籠められている。
そしてそれは、慎二の魔術が大した事ないと、心の底から思っているという心境の吐露と同義であった。


「な……んだとぉおおお!?」


当然、士郎の言葉は彼の神経を、鉋で削るように逆撫でする。
言った本人にそこまで挑発的な意図はなかったのだが、苛立ちで逆上寸前の慎二にとっては、煮え滾る油にダイナマイトを放り込むも同然であった。
余裕ぶった表情は既にない。
歯を剥き出しにし、目を血走らせながら獣のような唸り声を上げる。
慎二から、冷静さは完全に拭い去られていた。
膠着状態だった戦局に、この瞬間、亀裂が走る。


「ここっ!」


身を屈め、士郎は低い姿勢で慎二に向かって駆け出した。
接近するなら、今を置いて好機はない。
いくら“名刀・電光丸”が自動で動いてくれるとはいえ、その剣を握り締め全力で振るっているのは、士郎自身である。
時間をかければその分、じわじわと疲労も蓄積されていく。
息だって先程から切れ切れ、しかもそろそろ器官の具合が怪しくなっていると来ている。
上の階で『懸念事項』が争っている事もあり、あまりグズグズしてはいられないと即座に判断。
士郎は、勝負に出た。


「うぅがあああああっぁあああああああ!!」


たとえ我を忘れても、憎しみ募る敵対者を忘れはしない。
破れんばかりに握り締めた赤い本に、慎二がコマンドを下す。
即座に十数の魔力刃が生み出され、凍るような殺意と共に疾走する士郎目掛けてそれらを解き放つ。
……だが。


「甘いっ!」


“名刀・電光丸”が煌めき、襲い来る刃を次々と切り払う。
縦横無尽の太刀捌き。慎二から見れば、ただデタラメに剣を振るっているようにしか見えないだろう。
ある意味、間違いではない。
なにしろ自動反応・自動迎撃なのだから、剣術の型にはまった軌道で振るわれるとは限らない。
ために、振るう姿は、途轍もなく不格好で不規則……しかし、精度は緻密にして正確。
加えて、放たれた魔力刃が、冷静さを欠いたせいか散弾のようにバラけていたのも幸いした。
あっという間に迎撃を完了。敵へと一直線に続く道をこじ開けると、士郎は一気に加速する。


「いつまでも、バカのひとつ覚えが通用すると思うな! 慎二ィ!!」


「――――ひっ!」


ここに至って激情が幾分冷め、慎二は表情に怯えを見せる。
目は泳ぎ、手足が竦み及び腰。足を一歩、二歩と、後ろへ進めている。


(後退り……させるか!)


逃げようとしている。そう察した士郎は、さらに足のペースを上げる。
この男の性格は熟知している。長い付き合いは伊達ではない。
事、ここに至った状態で万一逃がしてしまうと、執念深いコイツの事。後々厄介な事態を引き起こしかねない。
決着は持ち越さず、ここで決める。
士郎は刀を左手に持ち替え、右の拳を固く握り締めた。


「逃がすか! 歯ァ食い縛れ! その曲がった性根、修正してやる!!」


慎二が後方へ駆け出したその瞬間、士郎はその襟首を引っ掴むと自分の方へ強引に身体を向かせ、左の頬に右拳を思い切り叩きつけた。


「ぶはぁあっ!?」


助走付きの拳の威力に身体ごと吹っ飛ばされ、慎二は廊下を物凄い勢いで転がっていく。
その軌跡には、点々と赤いモノが付着している。
慎二の血だ。


「う、うぐ、ぐぅ……!」


廊下の端、階段がすぐ左手にある位置で慎二の身体が止まる。
そのままよろよろと身体を起こそうとするが、唇の左側から赤い線が一筋垂れ下がり、食い縛った歯が真っ赤に染まっていた。
口の中を切ったのだろう。
左手の甲で血を拭い、どす黒い殺気と狂気が混じった視線を士郎にぶつける。
その表情は悔しさと憎しみと憤怒に捻じれ、歪み、さながら悪鬼のようである。


「く、くそっ……!」


「……慎二、勝負ありだ。早く、この結界を……」


刀を突き付けた士郎がそう言い終える前に、廊下に充満していた淀んだ赤い空気が霧散した。
『他者封印・鮮血神殿(ブラッドフォート・アンドロメダ)』が崩壊したのだ。
上の階でのすべてを察した士郎は、ふっとひとつ息を漏らす。


「……解くまでもなかったな。これで完全に勝敗は決した。もう覆りはしないぞ」


結界が消えた。
それはつまり、のび太が基点をしっかりと破壊し、セイバーがライダーを封殺しているという事。


「……くそ!!」


ギリ、と慎二の歯から音が鳴る。
自分の置かれた状況を、悟ったのだろう。
逆転の目はない、と。


「さあ、慎二……」


刀を持つ手に力を籠め、士郎はさらに慎二に詰め寄っていく。





――――この時、士郎は選択を誤っていた。
今の慎二は、理性が衝動に侵された、狂奔する獣同然。
刀を突きつけた事で、首輪をしたつもりなのだろうが、まだまだ認識が甘かった。
刀の峰で首筋を打つなり、当身を喰らわすなりして慎二の意識を刈り取っておくべきだったのだ。
なぜなら……。





「そお~っと、そお~っと……――――あ、士郎さん!」


「な!? の、のび太君!? なんで降りてきて……!?」


「あ、いえ、その、上が物凄い事になってきたから……」





――――獰猛な獣は、自らより弱いと思う者を本能的に見分け、寸分の容赦もなく喰らいつくものだからだ。





「……ッ!!」


瞬間、慎二の目がギラリと怪しく光る。
そして。


「――――がぁあああああああアアアアアアアっ!!」


「あ!? ま、待て!」


「へ、う、うわああっ!?」


脇目も振らず、三階と二階をつなぐ階段の中間地点へ身を乗り出していたのび太へ向かって突進。
構えられていた“名刀・電光丸”で右腕が切り裂かれるのも構わずに、左の掌でのび太の首を鷲掴みにすると、空へと持ち上げ締め上げた。










「う!? ……がぁ……ッ!?」


突如、弾かれたように襲い掛かってきた慎二に、のび太は身構える事すら出来なかった。
まるで万力で首を締められているかのような凄まじい握力で、呼吸が完全に封じられる。
子どもの体躯であり、筋肉質でもなくどちらかと言えばモヤシ体型ののび太に、この宙吊り状態が耐えられる筈もない。
頸骨がギシギシと嫌な音を立てており、細い首が今にもへし折られそうであった。


「のび太君!!」


士郎が駆け寄ろうと一歩踏み出す。
が。


「あ゛ぁああああアアアアアあああッ!!」


「な!? くっ……!」


右手の赤本から放たれた慎二の魔力刃が、接近を許さない。
怒りが頂点に達した事で、最善策を本能が導き出したのだろう。
慎二は、魔力刃を一本一本バラで撃ち出すのではなく、数発固めて刃の塊として撃ち出していた。
密度の低さをカバーするには賢いやり方であり、この迎撃には『強化』した“名刀・電光丸”でも骨が折れた。


「づっ!? か、固い!?」


一撃では砕けず、“名刀・電光丸”の迎撃機能による高速斬撃で十数回斬りつけて、ようやく魔力刃が霧散する。
しかし、壊したと思ったら、また次の刃の塊が襲いかかってきた。
避けようにも、学校の階段という手狭なスペースの関係上ほぼ不可能。
無力化のために再度刀を振るわざるを得ず、結果、士郎の足は、階下に完全に釘付けにされた。


「ぐ……ぐぅぃ、ぎぃぁ……!?」


自分を掴み上げる腕をどうにか振りほどこうと、のび太は眼下の腕に両の爪を立て、必死に身体を捩じらせる。
だが、脳のリミッターが完全に外れた慎二の腕力は凄まじく、いくらもがこうが引っ掻こうがビクともしなかった。
のび太がここに降りてきたのは、三階のセイバーとライダーの戦いが激化して留まるのが危険な状態となり、ふと士郎はどうしたんだろうかと気になったから。
用心しながら移動したまではよかったが、つい不用意に声を上げてしまった事。
そしてその際、取り押さえられた慎二の理性が焼き切れていたのが不運だった。


「この、ガキがぁああああああああああ!! お前が、お前がぁああああああああああアアアアアア!!」


「ぐぅえ!? が……ふ……ぅう!?」


腕に浮き出る血管から、血潮が噴き出さんばかりにますます力が籠もり、のび太の顔色が蒼白に染め上げられる。
頸動脈に指が完全に喰い込んでおり、脳に血流と酸素が行き届かない。
異常な量の脂汗が全身にベッタリと張り付き、身体の各所が弛緩して今にも禁を失してしまいそうである。
視界に影が差し、漆黒に塗りつぶされ、のび太の目に映る景色が陽炎のように霞んでいく。
そうして、意識が暗闇に落ちようとしたその寸前。


「ぁあ………っ、ぁあぐ!!」


のび太は気力を振り絞り、最後の反撃に出た。
身体を無理矢理弓形に逸らし、その反動を利用して首元の慎二の手に思い切り噛みついた。


「ぎッ!? づあぁあっ!?」


犬歯が皮膚を貫き、奥の肉へと力強く喰い込んでいく。
全精力を上顎と下顎に込めて、このまま引き千切れろと言わんばかりに、のび太はギリギリと歯を食い縛る。
歯型が付くどころでは済まないこの窮鼠の反撃には、流石の慎二も痛みに悲鳴を上げた。


「ぐ、くそがっ!」


「ぅう!? ぁああっ!?」


手中の雑魚に傷付けられた事が癪(しゃく)だったのか。
纏わりつく不快なものを打ち捨てるように、慎二は階下へのび太を放り投げた。


「なあ!?」


階下の士郎の目が驚愕に見開かれる。
そして。


「くっ、そ……う、ぐ!!」


「っが、ふぁっ!?」


咄嗟に“名刀・電光丸”を魔力刃に突き立て、そのまま刀を横に放り捨てるとすぐさま着地点へ駆け出し、間一髪。
固い廊下の床へ叩き付けられる前に、滑り込みでキャッチする事が出来た。


「はぁあ……な、なんとか間に合ったか……」


魔力刃は、自動迎撃機能が生きたままの刀に切り刻まれ、そのまま霧散する。次が来る気配はない。
受け止めた際の慣性に身を任せ、その場に尻餅をつきながら、士郎は安堵の吐息を漏らす。
その腕の中で、新鮮な酸素を求めてのび太が激しく咳き込んでいた。


「かはっ! げほっ! ごほ、こほっ……はっ、はっ、げほっ、はぁっ……けほっ、はっ、はぁっ……!」


のび太の首筋には手形がくっきりと刻まれており、かなり痛々しい。
目も赤く充血しており、頬には僅かに涙の跡が見て取れた。
心なしか、士郎の服の袖を掴む手が震えているような気もする。
慎二の握力と狂気がどれほどのものだったのかが、腕を伝って士郎に嫌でも伝わってきた。


「大丈夫か、のび太君……?」


「けほ、けほっ……はぁっ、は、はい……こほ、なん、とか……はぁ、はっ、こほっ……」


「…………」


涙の滲んだのび太の目を見つめる士郎の表情が、僅かに歪む。
そのまま片目を伏せ、労わりや謝罪の言葉を口にする代わりに、のび太の背中を優しく摩った。


「くそ、ガキが、僕に傷を……!」


一方、階上では慎二が左手を押さえて唸っていた。
左手の甲は夥しい鮮血が噴き出しており、肉の相当深い部分まで食い破られた事が窺える。
それだけのび太も必死だったのだろう。
魔術回路のない慎二は、勿論傷を癒す魔術など習得していないので、左手の傷を回復させる事は出来ない。
……だが。


「ちっ、深いな。血が止まらな……ん?」


痛恨の痛手を被った事で、激情の狂気からは回復していた。
傷を睨みつける傍ら、慎二はふと、自分のすぐ足元の段上に何かが落ちている事に気づく。


「……? あ、待……!」


「けほ、けほっ……はぁ、はぁ……?」


士郎が制止の声を上げるより早く、慎二は傷を負った左手でそれを拾い上げた。
白のニットキャップに似た、士郎とのび太にとってはこれ以上ないほどに見慣れたそのブツを。


「……ッ、最悪だ……」


「え、あ、ああっ!? ぽ、ポケットが!?」


慎二が掴んだ物、それはのび太のポケットに収められていた“スペアポケット”だった。
のび太が慌てて“スペアポケット”の入っていたズボンのポケットをまさぐるが、当然ながら手応えはない。
首を締められ、そこから逃れようと必死に慎二の束縛に抵抗していた際、暴れすぎてポケットから落ちていたのだ。
二人の顔色が変わったのを見て取った慎二は、勝ち誇ったような笑みを浮かべる。


「へぇ……よっぽど大事な物みたいだな。衛宮が抱えてるそのガキが結界をぶっ壊したみたいだけど、この中に結界破りでも入れてたのか?」


火山の噴火さながらの感情の爆発は、とうに下火。
冷静さと余裕を取り戻した慎二の頭脳は、のび太が、何らかの手段で『他者封印・鮮血神殿(ブラッドフォート・アンドロメダ)』を無力化した事を導き出していた。
しかし、二人が二手に別れる前に、こそこそやり取りをしていた事を鑑みればおおよその見当は既についていたはず。
それがここまで遅れたのは、やはり相手が士郎だったからであろう。それがこの場における、この男の最大の欠点である。


「か、返して!」


「バカかお前? 敵の道具をホイホイ返す訳ないだろ……おっと、ヘンなマネはするなよ衛宮。この本の魔術は、まだ死んでないんだぜ。ちょっとでも長く生きてたいだろ?」


「ぐ……」


機先を制する慎二からの牽制。士郎は思わず歯噛みする。
現在、士郎の両の手に武器はない。
“名刀・電光丸”はのび太をキャッチする際に手放してしまい、士郎と慎二のちょうど中間、階段脇の床に聖剣のように突き刺さっている。
上着のポケットに“スペアポケット”があるため、反撃の武器がまったくない訳ではないが、慎二は“名刀・電光丸”を上着から出したところを見ているため、こちらも実質使えない。
要は手詰まり。アドバンテージは慎二にあり、まさに進退窮まった。


「どれどれ……何が入ってるんだ?」


右手の本を口に咥え、慎二が“スペアポケット”の中をまさぐる。
二人揃って起き上がるも、その様子を黙って見ているしかない士郎とのび太。
道具の種類が少ないとはいえ、のび太の“スペアポケット”には、凛が聞いたらキレて火を噴きそうなくらいにデタラメで強力なシロモノが、まだまだ入っていたりする。
もし慎二がそれを取り出してしまえば、のび太達の破滅は確実である。


「あ、あ、あぁああ……!?」


「……くぅ……!」


悔恨と戦慄(わなな)くのび太の横で、士郎の頬に一筋の汗が流れる。
そして慎二の手がゆっくりと、ポケットから引き抜かれた。
そこに握られていたものは……。





「ふぅむ? ……っと、爆弾かな、これは?」





手榴弾のような形状をした、黒光りする掌大の物体だった。


「ッ!? まさか……」


士郎の全身が戦慄に粟立つ。
のび太の道具の、シャレにもならない性能をこれまで凛やセイバー共々散々見せられ続けた。
故に、あの爆弾もただの爆弾ではない事くらい容易に察せられる。
もし、あれを使われれば勝負は決まってしまうだろう、しかし対するこちらは動けない。
見た目から使用方法も自ずと解る構造のため、下手に動けば、慎二は躊躇いなくあれを使う。その確信がある。
拳をきつく握り締め、士郎はのび太を後ろに庇うようにそっと体勢を入れ替える。
その表情は、致死毒でも盛られたかのように悲壮に、そして殊更苦々しく歪められていた。


(……ん?)


しかし、士郎の背中側。


(待てよ、あの人が持ってるのって、たしか……)


身体の横から顔を出して前を見るのび太の表情は、士郎のものとは180度異なっていた。


(……あ!)


無念の形相などではない。諦念の様相でもない。


(そうだ、間違いなく“アレ”だ! だったら……うん、きっといける、かも!)


『死中に活路を見出した』。
まさしくそんな表情であった。


「そこらにいそうなガキがこんな危険物を持ち歩いてたなんてね……まぁ、こんな爆弾で結界をどうこう出来たとは思えないけど。それにしてもこの道具袋、いったいなんなんだ?」


右手の黒いブツを野球のボールでも見るようにしげしげと眺め、慎二は独り言を呟く。
本を上着の胸ポケットへ収め、今度は視線を左手の“スペアポケット”へと僅かに落とした。
その、瞬間。


「いまだっ!」


タイミングを見計らっていたのび太が士郎の背中から、突如その横をすり抜け、弾丸のように飛び出した。


「え、ちょっ!?」


眼前にいきなり現れたのび太にギョッとするも、士郎は慌ててその襟首に手を伸ばす。
どちらかと言えば気弱なのび太が、なぜこうも思い切った行動に出たのか、あまりにも唐突な出来事で理由が皆目掴めない。
ただ、リスクが大きすぎるアクションであるのは間違いないため、咄嗟に引き戻そうとした。
しかし、ほんの一足遅く、士郎の手はのび太を掴む事なく虚しく空を切る。


「!? こいつ、なんの……ッ、はは、破れかぶれか? 甘いね、そらっ!」


形勢逆転し、優位に立った事で、気が大きくなっている慎二。
一瞬戸惑いを見せたが、即座に意識を立て直し、手の中の爆弾をのび太目掛けて放り投げる。
所詮、奪った敵の武器である。自分の懐はまったく痛まない。故に、遠慮など微塵もない。
爆弾は、のび太の手前一メートル地点に着弾、そして。


「のび太く……うわっ!!」


閃光が奔り、轟音を発して爆発した。


「あっはははははは! 僕に手傷を負わせた報いさ!」


「…………ぁ、ああ……!」


腕で庇っていた顔を上げた士郎の表情から、潮が引くように血の気が失せ、反対に慎二の顔には愉悦混じりの喜色が浮かぶ。
狭い廊下の片隅に、耳に痛いほど凄まじい炸裂音の残響と白煙が、これでもかと言わんばかりに満ち満ちている。
その勢いたるや、並みの手榴弾や地雷など目ではないほどだ。ここまでのシロモノの直撃を受けて、普通の人間が生きていられる筈がない。
……だが。





「あははははは「――――残念だけど……」ははは……は?」





慎二の哄笑を遮るように声が響き、慎二の眼前に漂う白煙が微かに歪み、渦巻く。
そして。





「――――あれは“こけおどし手投げ弾”だよ! お兄さん!!」





会心の笑みを浮かべたのび太が、無傷のままで煙を突き抜け、姿を現した。

“こけおどし手投げ弾”

簡単に言えば、爆発音と閃光、そして煙を撒き散らす“だけ”の爆弾である。
殺傷能力などまったくなく、せいぜい音と光で相手を怯ませる事くらいしか出来ない。
それさえ覚悟していればなんらの問題もない、文字通り、『こけおどし』の爆弾なのである。


「のび太君!」


「な……にぃいいいいい!?」


のび太の無事に表情を輝かせる士郎。対して、慎二は眼前の光景に我が目を疑う。
あそこまで派手な爆発に巻き込まれて、のび太が傷一つ負っていないなど到底信じられなかった。
だが、それで目の前の現実が変わる訳もない。


「く、くそっ!」


慌てて本来の獲物である胸元の本に手をやるも、距離を一気に詰めてきたのび太の方が早かった。


「えぇええええい!!」


足を緩める事なく階段を一直線に駆け上り、勢いそのまま慎二に体当たりを仕掛ける。
とはいえ相手は、穂群原の弓道部に所属し、日々鍛錬をこなしている慎二である。当然、一般高校生よりも力はあるし、体格もそう貧弱ではない。
それ故、本来ならば、のび太程度の突進など通用するはずもないのだが、この場合、慎二の立つ場所がのび太に味方した。
階段上では踏ん張りが効かず、両手も本と“スペアポケット”で塞がっていて受け止める事も不可能。
下方から腹部へ、突き上げるようにのび太の肩と背中が直撃。楔のように一直線に、鳩尾へと突き刺さった。


「うぉ……がはっ!? ぎ、あ、ぁぐぅうううう!?」


段差の角でしたたか背中を打ち付け、慎二の口から苦悶の声が上がる。
寸でのところで顎を引いたため、後頭部を強打する事はなかったが、それでも尋常でない痛みが全身を駆け巡る。
一度ならず、二度までも子どもにしてやられた。
しかも、二度目はある意味、自分の盛大な自爆である。


「――――――――っ!!!」


その痛恨の事実が、冷え切っていた慎二の頭脳に再度、沸騰するような熱を齎す。
身体の激痛も激情に任せて無視し、慎腹筋と背筋の力を総動員して慎二は一気に身体を引き起こした。


「この……!!」


左手を床につけたまま右手の本を構え、そのまま自らの背後に振り返る。
そして。


「クソガ……!?」


目の前に映った光景に、身体を硬直させた。





「――――これで!」





左手に“スペアポケット”、右手に“ショックガン”。
踊り場の床に片膝をつき、眼鏡の奥の片目を閉じ。
百戦錬磨のガンマンの如く、呑まれる事のない気迫と勇気を小さな身体に漲らせ。





「僕の……僕達の、勝ちだ!!」





腰だめに銃を構えたのび太が、その銃口を慎二に対し突き付けていた。







[28951] 第三十三話
Name: 青空の木陰◆c9254621 ID:90f856d7
Date: 2012/09/23 00:46





「ぐがぁあああああああっ!?」


「おっ……と!」


“ショックガン”の光線を浴び、轟沈する慎二。
立ち上がりかけた姿勢のまま喰らったので、バランスを崩し、階下に転がり落ちそうになるも、階段を駆け上ってきた士郎にキャッチがてら拘束され、時代劇の悪役のような末路を辿る事はなかった。


「ふぅ……間に合った。とりあえず、縛っておくか」


そう言うと、士郎は慎二を階段下に引きずり降ろし、上着のポケットの中の“スペアポケット”から縄を取り出す。
そして、白目を剥いて気絶している慎二の身体をぐるぐる巻きに、がっちりと固く縛り上げた。
“ショックガン”を喰らった人間は、余程の事がない限りしばらく目を覚まさないが、一度慎二を取り逃がした事から、念には念をという意図のようだ。


「よしっ、これで……大丈夫だろ。あ、そうだ。のび太く……ん?」


ギュッと縄を引き絞り、決してほどける事のないように固定したところで、士郎は階上ののび太を仰ぎ見るが、一瞬その眼が点になった。


「はーっ、はーっ……はひぃ、よ、よかったぁ、上手くいって……」


慎二を仕留めた、あの雄姿はどこへやら。
踊り場の床にペタンと尻餅をつき、恐怖と不安からようやっと解放されたと言わんばかりの、実に情けない姿を晒していた。
その様子に、士郎は僅かに苦笑を漏らす。
途轍もなく勇敢だったり、かと思えば、今のように小市民的な不格好さも見せる。
相変わらずの両極端振りである。


「大丈夫か、のび太君?」


「あ、ああ、はい。なんとか……」


ややヨタヨタしながらも立ち上がり、階段を下りて士郎の下へ向かうのび太。
ふらつきがちで、ところどころに傷だの痣だのはあるものの、急を要するような身体の異常は見受けられない。精神も、疲労感以外に問題はないようだ。


「そっか、安心したよ。慎二にあんな目に遭わされてたから……あ、そうだ」


「はい?」


「どうしてあの時、いきなり慎二の前に飛び出したりしたんだ!? 慎二は爆弾持ってたんだぞ! 怪我こそしなかったからよかったものの、一歩間違えれば……!」


眉間に皺が刻まれ、静かな怒りの表情となった士郎は、そうのび太を叱責する。
あの行動で、どれだけ士郎が肝を冷やしたか知れない。
加えて言えば、のび太のあの行動は、傍目から見れば無謀な特攻以外の何物にも見えなかっただろう。士郎の怒りももっともである。
それに対し、のび太はバツが悪そうに頬を掻くと、そのまま頭を垂れる。


「あ、あ~、その……ごめんなさい。でも、この人が持ってたあれ、“こけおどし手投げ弾”だったし、両手にあったのがポケットとそれだけだったから、ポケットを取り返すチャンスかなと思って」


「こ、こけおどし手投げ……?」


「“こけおどし手投げ弾”です。あれは……」


音と光と煙しか出ない爆弾だ、と。
ごく簡潔に、のび太が“こけおどし手投げ弾”の効果を説明する。
それで、のび太の行動に一応納得がいったのか、士郎は二、三度頭を軽く上下させた。


「――――成る程。殺傷能力のまったくない爆弾だった、と。だから、喰らっても無傷だったのか……」


「はい」


「う~ん……まあ、ちゃんと謝ったし、結果的に助かったから、叱るのはここまでにしておくけど……しかし、慎二はなんでそんなモン引き当てちゃったんだ?」


「えっと、武器か何かを思い浮かべながらポケットを漁ってたから? かな? だと、思います。なんでもいいから出そうと思うと、偶にイメージで道具が出てくる事があるから……」


「へえ……ん? だとすると、慎二は、相当運が悪かった? 武器は武器でも、よりによって傷付かないハズレ兵器を引っ掴むって……」


「た、たぶん……でも、僕達にとってはラッキーでしたね」


慎二の不運が凄まじいのか、のび太の悪運が勝ったのか。
おそらく両方だろう。のび太も普段は幸薄いが、土壇場に追い込まれた時だけはギリギリで救われたという経験は枚挙に暇がない。
苦笑いを浮かべ、互いに見合わせあう二人。
だが、その直後。


「……? なんだ、この振動?」


「地震じゃない……けど、揺れてる?」


窓ガラスがビリビリと音を立て、小刻みな揺れがフロア全体に響き始めた。
二人が訝しげに首を傾げたその次の瞬間、突如天井に亀裂が走り、次いで天井が轟音を立てて崩落した。


「おわっ!?」


「うわぁああああっ!?」


咄嗟にのび太の上に覆い被さり、士郎は自らの身体を盾とする。
幸い、天井が崩れた位置は二人のいる位置から七、八メートル程度離れており、怒涛の勢いで降り注ぐ瓦礫の下敷きになる事は免れた。
しかし、埃と粉塵は勢いそのままに容赦なく襲い掛かり、士郎の制服を煤けた灰色に染め上げていった。


「ぐぅうう……ぁあ、いきなりなん……!?」


顔を上げた士郎の視線の先にあったのは、瓦礫の上に立つ影が二つ。
一つは縦に長く細い影、もう一つはそれよりも短く、透明な靄のようなものに覆われている影。
その正体など、考えるまでもない。


「セイバーに、ライダーか!」


「ッ!? シロウ、無事ですか!?」


「なんとか……っう、わ!」


身体を起こしかけた刹那、士郎の横を凄まじいスピードで何かが駆け抜けていった。
そのあまりの速度に、もうもうと漂うコンクリート塵が風圧で舞い上がり、蒸発するように吹き飛ばされる。


「シロウ!?」


「だ、大丈夫……ッ!? 待て、今のは、まさか!?」 


血相を変えた士郎が振り返ったそこには、


「う!?」


「え? ……ああっ!?」


慎二を小脇に抱え、四足獣を彷彿とさせる姿勢で士郎達を見据える、ライダーがいた。
縄で縛られた主の様子から全てを悟り、天井崩落とセイバーに気を取られた士郎の隙を突いて奪取したのだ。
士郎が庇ったのはのび太だけであり、慎二はその横に置かれていただけだったのも、これに一役買っていた。
瞬時の判断が物を言う状況では、流石に慎二まで気を回す余裕はなかった。


「……マスターがこれでは、チェックメイト寸前だったという訳ですか」


無表情そのままに呟くライダー。
ボディコンのような服装の至る所に煤けたような傷が付き、足元まで伸びる紫の髪も掻き乱したように荒れている。
本人は隠しているようだが、呼吸が不規則かつ乱雑なペースになっており、かなり疲労が溜まっているのが窺い知れる。
その姿が、セイバー相手にどれだけ劣勢に立たされていたのかを、如実に物語っていた。


「執拗に私の足元に釘を放ってきていたと思えば、これが狙いだったとは……」


「貴女の豪力を逆に利用させて頂きました。床に幾つか致命的な損傷を与えておけばおそらくは、と。賭けに近い判断でしたが」


「そうなるように知らず、誘導されていたとは、な。それならば、床が崩落する寸前、回避に徹しきっていたのも頷ける。なかなかに強かで、他力本願だ」 


「褒め言葉と受け取っておきましょう。運よく、マスターも奪い返せました。ですので……」


その瞬間、ライダーの身体がブレた。
不穏な気配を察したセイバーが一歩踏み出したが、すでに遅い。


「逃げの一手を打たせて頂きます」


身の構え通り、四足獣さながらのスピードでライダーは逃走を図った。
この場で打てる、最善の一手。
勝ち目のない、今の状況を強引に仕切り直し、必殺の再起を図るために。
脱兎の如く、その場からトップスピードで駆け出した。


「しまった! 待て!」


ライダーを追って、階段を一足飛びに駆け上がるセイバー。
凄まじい踏込のパワーに、床が足の形に陥没している。


「セイバー!? くっ、立てるかのび太君!?」


「な、なんとか!」


二人は慌てて追いかけようとするが、


「って、速い!? もう階段を上り切ってる!?」


「士郎さん、“タケコプター”で!」


走るスピードでは英霊二人には到底敵わないため、二人は“スペアポケット”から“タケコプター”を取り出す。
タケコプターの最高速度は80km/h。走るよりも断然効率がいい上、屋内移動もお手の物だ。
頭に小型プロペラを装着し、二人はセイバーの背中を追いかけるべく飛び上がり、宙を舞った。















「単なる保険のつもりが、まさか本当に使う事になるとは……」


校舎四階。
廊下の突き当たりにある壁を見据え、ライダーはそう呟いた。
穂群原にライダーが仕掛けたのは、『他者結界・鮮血神殿(ブラッドフォート・アンドロメダ)』だけではない。
そこから得られる魔力を一部流用し、隠蔽工作を入念に施した上で、いざという時のための切り札をもう一つ、設置していた。
もっとも、ライダーとしては出来るなら使いたくはない、というのが本音であった。
この切り札も自らの宝具であるが、消費する魔力が尋常ではない。
一度使えば、『他者結界・鮮血神殿(ブラッドフォート・アンドロメダ)』で収集した魔力のほぼすべてを失ってしまう。
そうなれば、これまでの努力は水泡に帰す。
結界を仕掛ける前と変わらない魔力保有量のまま、成果なしという事実と徒労だけが残される事になる。


「……しかし、なりふり構ってはいられない。まだ私は、消える訳にはいかないのですから……」


他にも、この宝具はいろいろと特徴的であり、自らの出自が判明するリスクも潜在的に存在するが、ライダーは現時点で、そのリスクを無視する事にしていた。
必要ならば、これとは別の、三つ目の宝具も解放するつもりですらある。
むしろこちらの方が、その点で言えば危険だ。
使えば、確実に自らの正体が判明するだろう。そうなれば、この聖杯戦争下における致命傷を負う事になる。
しかし、それでも尚、ライダーは命脈を繋がんとすべてを投げうって足掻きに足掻く。
彼女に護るべき『存在』がある限り、退場する気など毛頭ない。


「ライダー!」


「……来ましたか」


勇ましい声に、ライダーが振り返る。
そこには、怪訝な表情で構えを取ったセイバーがいた。


「……逃げるのではなかったのか? スピードだけならば私以上の貴女が、こんな行き止まりで立ち往生とは」


スピードだけで逃げられるのなら、苦労はない。
ライダーは、そう内心で毒づいた。


「逃げますよ? しかし、逃げるにも手順というものがあるのですよ」


ライダーが言い切ったところで、セイバーの背後から、“タケコプター”で飛んできた士郎とのび太が追いついてきた。


「シロウ、ノビタ! なぜ来たのですか!?」


「いや、なぜもなにも……慎二を持って行かれちまったし、責任は果たさないと」


「……でも、なんで四階に?」


頭に付けた小さなプロペラで空を飛ぶという光景に、ライダーは一瞬、眼帯の下で目を見開く。
飛行や浮遊の魔術は、高等魔術として扱われる。
それを如何なる原理か、一流とは程遠い魔術師の少年と、どこにでもいそうな子どもが実にあっさりとやってのけている。
僅かな驚愕を覚えたライダーであったが、それも些末事だと、無理矢理意識の底へと捻じ伏せる。
そして、着地と同時に頭からプロペラを剥がした二人から視線を外し、再度セイバーを視界の中央に収めた。


「セイバー、貴女は強い」


「……いきなりなんだ?」


「無尽蔵とも思える膨大な魔力量、圧倒的なパワーと研ぎ澄まされた剣の技量……最優のサーヴァントと言われるだけはある。私の力では太刀打ち出来ないでしょう」


降参宣言とも取れる独白に、三人は揃って頭の上に疑問符を浮かべる。
だが、降参する気などさらさらないという事は、ライダーの衰えぬ覇気が物語っている。彼女が何を考えているのか、三人はまるで読めずにいた。
そんな三人に対し、ライダーは心中で笑みをこぼすとさらに言葉を繋げる。


「おまけに、貴女方はトオサカリン主従と同盟を組んでいる」


「……こっちの内部事情は、ある程度知ってるってか?」


「偵察は、そちらの専売特許ではありませんよ?」


丁々発止。
カマかけ、探り合いのような会話が交わされ、空気が徐々に冷え切っていく。
しかし、彼女が欲しいのは、情報ではない。
『時間』なのだ。


「ですが、少々不可解ですね?」


「なんだよ?」


「その眼鏡の子どもです。不可思議な気配と微かな魔力を感じはしますが、魔術師でもない、普通の人間だというのは察せられます。明らかに聖杯戦争とは無縁の存在。しかし、そちらにしてみれば重要な存在のようです」


「…………」


あと少し。
切り札の起動まで、もう一手間がいる。
限界まで会話を引き伸ばせ。


「それに、先程から妙な道具を使っていますね。そこの二人が頭に付けていた機械、一見したところ、魔術具という訳ではなさそうです」


「……だったらどうした」


「おや、否定しないのですか。なんとも、らしくない魔術師「――――もういい」……ッ」


セイバーが話の流れを、強引に断ち切った。
腰を深く落とし、必殺の構えを再度構築。少女の闘気が、急激に膨れ上がる。
これ以上、会話による時間稼ぎは出来ない。
最終工程、魔力を流し込めば切り札が起動する。しかし、流し込んでいる僅かな間に自分は斬り伏せられるだろう。
ならば、どうする。決まっている。
あとほんの少しでいい。時を無理矢理作り出す。
三つ目の、最後の宝具を開帳して。
ライダーは、意を決した。


「せっかちですね、貴女は」


「これ以上問答を重ねても、埒が明かない。逃げる気がないのなら、それも結構。あとは互いの獲物で語り合うだけだ」


「……そうですか。では」


弓を引き絞るように、セイバーが身体を沈める。
それと同時に、ライダーも右手を動かし、目を覆い隠すように顔の前に翳す。


「私はこの『眼』で、語るとしましょう」


そしてセイバーが矢のように飛び出そうとしたその瞬間。





「『自己封印・暗黒神殿(ブレーカー・ゴルゴーン)』」





空間がモノクロームに染まり、軋んだ。


「ぐぅっ!?」


突如として、異様な重みに襲われるセイバー。
まるで鉛を全身隙間なく、がっちり巻かれたかのような重量感。前進途中の身体が前方へとぐらつく。
膝を付くまではいかないが、それでも踏み込みの勢いは完全に削がれてしまった。
さながら、飛び立つ寸前に叩き落とされた鳥のようだ。


「むぅ……ッ!? それは……その眼、魔眼か!?」


「見ての通りです。しかし、やはり貴女には通じませんか。『重圧』を掛けるのが精一杯とは」


ライダーの顔半分を覆い隠していた異様な眼帯。
それが取り去られ、隠されていた彼女の瞳が露わになっていた。
寒々しいまでに無機質な、それでいて悠久の美を秘めた宝石を思わせる、淡紫の異質な瞳。
幾多の魔眼の中でも、最高位に位置する魔眼『キュベレイ』。
その視界に入れた者を、内包した概念で一色に染め上げる魔性の瞳である。
彼女の三つ目の宝具は、実はその両の目ではなく、眼帯。
何の意味もなく、彼女は目を覆っていた訳ではない。
眼帯は、自らの意思で制御する事の出来ない、魔眼を封印するための枷なのである。


「ですが、貴女の背後には、しっかりと効いているようですね」


「え……っな!?」


ライダーの言葉に振り返ったセイバーは、絶句する。


「がっ! な、なんだ、これ!?」


「か、身体が、固まる……!?」


士郎とのび太の身体が、足元からまるで石のように固まりつつあった。
『キュベレイ』は、石化の魔眼。
魅入られた者を、容赦なく石像へと造り替える恐るべき概念兵器なのだ。
対抗(キャンセル)するには、一定以上の魔力値が必要となるが、それで石化を免れたとしても、パラメーターを低下させる『重圧』からは何人たりとも逃れられない。
“竜の因子”を解放して、魔力が満ち溢れているセイバーは『重圧』だけで済んでいるが、魔力値が底辺並みの士郎とのび太はそうはいかない。
特に、魔力の地力で士郎より劣っているのび太の方は、石化の進行が士郎よりも早かった。
既に、膝上まで灰色の石膏像になってしまっている。


「くっ!」


唇を噛みしめつつも、即座にセイバーがのび太の“竜の因子”にアクセス。
のび太の身体が淡く光を発し、共鳴作用により因子が活性化。身体が魔力で満たされる。


「うぅ……っあ、あれ? 遅く、なった?」 


発生した魔力で、石化の進行が目に見えて鈍り出した。
のび太の身から次々に生産される魔力が、石化を押し返しているのだ。
ラインを通じて、セイバーの方に流れる魔力の方が明らかに多いものの、そもそも生産量が尋常ではないので、のび太の限界魔力保有量でも勢いに乗じた対抗効果はあった。
だが、それが因子によるカウンターの限界であるとも言える。
進行を遅らせているだけで、石化が止まった訳でも、回復した訳でもないのだから。


「ぐ……くそっ!」


それに、セイバーがカバー不可能な士郎の方は、今も絶賛石化進行中なのである。
魔術回路をフル回転させているも、およそ跳ね返すのに必要な魔力は確保出来ない。
早急に大元を叩かなければ、全員の命運が尽きる。


「この……!」


再度、セイバーはライダーへと振り返る。
しかしその瞬間、セイバーは再び絶句する事になった。


「すべての手順は完了……」


笑みを浮かべるライダーの背後。
行き止まりのコンクリートの壁でしかなかったそこに、血のように赤い魔方陣が描かれていた。
『他者封印・鮮血神殿(ブラッドフォート・アンドロメダ)』の物とは明らかに違う。
禍々しいのは共通しているが、そこから漏れ出てくる気配が異なっている。


「これで、準備は整いました」


前者が甘い匂いや血臭だったのに対し、こちらからは、言うなれば『真っ白な威圧感』。
まだ解放されてもいないのに、ビリビリと、叩き付けるような重い圧力が、セイバー達の全身に伝わってくる。
ここに、ライダーの機はなった。


「これは……!」


「先程、貴女に言った言葉を、もう一度。ここは、逃げの一手を打たせて頂きます」


魔法陣が、一際大きく輝く。
『重圧』を無視して、セイバーが踏み込もうとするが、既に遅く。


「ぐぅう!?」


「うぐぅあ!?」


「うわぁあああっ!?」





「――――いずれまた、お会いしましょう」





光と呼ぶのもおこがましい程の白の暴流が、爆音と共に廊下を塗り潰した。















辺りを見渡す。
鉄筋入りの校舎の壁は無残に崩れ落ち、瓦礫の山と共に円形の大きな穴が出来上がっている。
コンクリートの床は、何かが凄まじい勢いで突き抜けて行ったように、深々と扇状に抉れており。
窓ガラスは、廊下側のも教室側のもソニックブームで粉微塵。
天井の蛍光灯も跡形もなく消し飛ばされ、校舎四階は半ば戦場の廃墟と化していた。


「……死人が出なかったのが不思議なくらいね」


「そうだな……英霊同士の戦いで、この程度の被害で済んだのは奇跡に近い」


そう評価づけるのは、紅の主従。
轟音を聞きつけ、仕事を完遂した彼女らは、一直線にここまで駆けてきた。
学校にいた全員が意識を失っているが、一人の死者も出なかったのはまさに僥倖としか言えない。
ざっと見た限りでは、命に別状はなかった。後遺症もおそらくないだろう。
事実上、多少の苦痛と多大な疲労感と共に、結界によって即座に気絶させられたに等しい。
工事すれば直る校舎と違って、人命は失ったら二度と戻っては来ない。
我ながら甘いと思いつつも、凛は、心の中で大きな息を吐いた。
それと同時に、己の横へと向き直り、視界の中央に収めた人物へ向けて、口を開く。


「……で、学校の一角をこんな滅茶苦茶にしたライダーの宝具って、なに?」


「……さて、なんなのでしょう。魔法陣が作られていた事からして、なにかしらの召喚術だとは思いますが」


「召喚術、か。その術の余波でこうなったのか、それとも呼び出された“モノ”がこれだけの破壊力を秘めていたのか……状況からして、後者か」


「突破のために威力を一点集中させていたから、隣の教室も崩れず、両端の壁に穴が空いた程度の被害で済んだのでしょう。ひとつだけ言えるのは、英霊である私ですら釘付けにする威圧感を、あの魔方陣は放っていた。つまり、ライダーが呼び出したモノとは、おそらく……」


「英霊と同格、あるいはそれ以上の神秘を纏った存在。十中八九、『幻想種』だろうな」


「ええ……」


思案顔でそう結論付けたアーチャーの言葉に頷きを返したのは、顎に手を当てたセイバーであった。
若干、身体のあちこちが汚れて埃っぽくなっているものの、負傷などはなく、五体満足そのもの。


「キャスターの件も含めれば……さて、厄介な事になった」


魔法陣が浮かび上がっていた壁は、現在風穴がぽっかりと開いている。
廊下の向こう端に同じように穴が開いている事から、魔法陣から現れた『ナニカ』と共に廊下を突っ切り、脱出を図ったものと思われる。
抉れた床に手を這わせるセイバーの表情は、真剣かつ深刻な色を帯びていた。


「ところで士郎、アンタ大丈夫?」


「まあ、なんとか……」


一方、セイバーの斜め向こう。四階教室の入口付近では、士郎が身体をさすっていた。
まるで強張りを癒すように、腕、腰、肩、両脚とあちこちを両手で丹念に揉み解している。


「まさか、石にされるとは思わなかった……凝りがひどい」


「普通は凝りじゃ済まないのよ。首元まで石化してたんだし、わたし達が来るのがほんの少しでも遅れてたら、アンタ物言わぬ石像になって一生を終えてたんだから」


「あ、ああ。その点は感謝してもしきれない。でも、石化のお陰で吹き飛ばされずに済んだし、怪我もしてない訳だしな。そこだけはライダーに」


「感謝してもいい……などと言うなよ、阿呆が。そんなものは、単なる結果論にすぎん。まったく……その緩んだ頭にはいい加減、誅を下したくなる」


アーチャーにバッサリと言い切られ、士郎は憮然とした表情となる。
なにもそこまで言わなくても、とでも言いたげだ。
しかし、アーチャーが発した次の言葉で、士郎の表情は一転した。


「第一、この一連の戦いで最も疲弊したのは、あの少年だ。身の丈に合わぬ状況に、幾度となくぶつかる事になったのだからな」


アーチャーが顎である一点を指し示す。
そこには。


「う……う~ん……」


リーゼリットに抱きかかえられ、目を回しているのび太がいた。
服があちこち擦り切れたようになっているが、目立った外傷はない。単に気絶しているだけだ。
ライダーの魔法陣が発動した際、身体の半ばまで石化していた士郎の陰にいた事で、最小限の余波を被る程度で済んだが、それでも襲い来る衝撃波を完全にやり過ごせた訳ではなかった。
圧力に押されて吹き飛ばされ、背後の壁に叩き付けられて、そのままのびてしまったのだった。


「……すまん。ちょっと舞い上がってた。考えてみれば、のび太君が一番割を喰ってたんだよな……」


「ふん……反省するだけまだマシか。だが、私に謝るのは筋違いだ」


のび太を抱え直すリーゼリットを横目に見ながら、士郎は謝罪の言葉を口にした。
横抱きに抱えられるのび太の表情は、やや苦しげに歪められている。
理由は実に単純。
ただ、呼吸がしにくくて息苦しいだけなのだ。理由は、推して知るべし。
男であれば土下座してでも代わって欲しいと思うだろう状況だが、生憎のび太はまだその点に関しては未成熟であり、しかも気を失っている状態だ。
とりあえず、呼吸困難で逝かない事を祈るばかりである。



「魔法陣による召喚術に、石化の魔眼。鎖のついた、釘のような短剣と、吸収型結界……ふぅん。なんとなく、ライダーの正体が見えてきたわね」


「とりわけ石化の魔眼は決定的だな。他はともかく、石化の魔眼が示す女性の英傑……いや、『反英雄』などまず一人しかいまい」


アーチャーの言葉に、気絶中ののび太とその寝顔をじっと観察しているリーゼリットを除いた、全員が一斉に頷いた。
ギリシャ神話に名高い、ゴルゴン三姉妹の末妹。
その美貌を妬んだとある女神の手により、凶暴凶悪な怪物へと堕とされ、最期には英雄ペルセウスに討伐された。
日本でもよく知られた、その女怪の名は。


「『メドゥーサ』……だな」


「ええ。しかし、そうなるとこれから先、彼女と刃を交える際は、難しい判断を迫られる事でしょう」


「同感だ。特に石化の魔眼への対応がな。我々英霊はともかく、マスター陣はどうしようもない」


「対症療法は……まぁ、あるんだけどね」


そう言って凛が持ち上げた右手には、時計の模様が散りばめられた布があった。
もはやお馴染みとなってしまったそれ、説明するまでもないだろう。
“タイムふろしき”だ。
校舎のあちこちに次々と現れるキャスターの骸骨兵をすべて駆逐した凛達が駆けつけた時、士郎の石化は胸元まで進行していた。
そこで、凛は咄嗟に気絶し倒れていたのび太のポケットから“スペアポケット”を取り出し、中から“タイムふろしき”を引っ張り出して士郎に被せたのだ。
焦りで表裏を取り違え、時間を進める側を被せなかったのは、僥倖だったろう。それくらい、士郎の石化の度合いはひどかった。
石化の魔眼と言えども、流石に対象の『時間』を操られてはどうしようもない。
つま先から頭の天辺まで完全に石化されていたら即死だったかも解らないが、とにもかくにも、これによって士郎とのび太は石化から脱する事が出来たのだった。


「何度言ったかも忘れたが、相変わらず、理不尽なシロモノだな。少年の道具は。とはいえ、対症療法では根本的な解決にはならん」


「そうですね。伝説のように鏡の盾で……という訳にもいかないようです。あの魔眼は、視界に収めた全てのモノに影響を及ぼすようですから」


「そうね……でも、ま、その辺はあとにしましょ。目下大事な事はそっちじゃなくて、これからどう動くかなんだから」


思案を広げるセイバーとアーチャーに、凛が冷や水をぶっかけた。
確かに、今は議論をしている場合ではない。
校舎は半壊、中にいた人間は悉く意識不明である。
素早く、適切なアクションを起こさなければ、いろいろと面倒な事になる。
凛は、ポケットから携帯電話を取り出し、そして。


「士郎。今から言う番号にかけてちょうだい」


士郎に向けて差し出した。


「は? なんでさ?」


「綺礼に後処理を頼むのよ。そのための監督役なんだし」


「いや、そうじゃなくて……なんで俺にかけさせるんだよ。自分でかければいいだろ。人の携帯なんて、そう気安くいじるモンでもなし」


「……そう、だけど……」


なぜか言葉に詰まる凛。
士郎から目を逸らし、折り畳み式の携帯電話をパカパカと忙しなく開いたり閉じたりしている。
迷っているような、自信がないような、まるで落ち着きがない素振り。
士郎は、なんとなく理解した。


「……ひょっとして、携帯、操作出来ないのか?」


「――――……、悪い?」 


プイ、とそっぽを向いて、凛は小さな声でそう呟いた。
不覚にも、ちょっと可愛いとか思ってしまった士郎であったが、そんな心境など決しておくびにも出さず。
再度携帯電話に視線を落とすと、とりあえず無言で番号をプッシュする。


「ほれ」


「……ありがと」


数回のコールの後、凛の電話が教会の物と繋がった。


「もしもし、綺礼? わたしだけど……」


凛は穂群原で戦闘があった事、その事後処理を頼みたい事を簡潔に伝える。
戦闘の経過や結果などは伝えない。そこまで言う義務はないからだ。
単にどういう損害が出ているのか、どの程度の手間が必要なのか。
渡すのは必要最低限の情報でいい。
あとは、向こうが勝手にやってくれる。


「以上よ、あとはお願い……そういえば、綺礼。アンタ、体調でも悪いの? 気分が悪そうな声しているけど……は? サバの食べ過ぎ? なによ、それ」


途中、意味不明の言葉が凛の口から漏れ、一同の首が横に傾けられる。
どうも話が変な方向へ行っているようだ。


「……まあ、いいわ。とにかく、なるべく急いでね。それから、お大事に……切れたか。切って」


「はいはい」


手渡された携帯電話の通話スイッチを切り、凛に返す士郎。
ここまで苦手なら、なんで携帯買ったんだろう……と思いもするが、藪蛇になるかもと口を閉ざす。
実に賢明である。欠点を揶揄されて、不快な気分にならない人間などまずいない。まして相手は凛である。
迂闊な一言が命取りとなる場合だってあり得る。


「さて、と。じゃ、わたしはここに残るわ」


「え、残るって……なんでさ」


「理由は二つ。ひとつは綺礼に状況を説明するため、もうひとつは、この機会に聖杯戦争の情報を得るためよ。腐っても監督役。わたし達の知らない情報を、アイツが持ってるとも限らないからね」


「ふむ、監督役にはある程度、情報が集まってくるようだからな。イレギュラーの事についても、なにかしら解るかもしれんか」


「そ。だから、アーチャーは霊体化してわたしの傍に待機しておいてちょうだい」


「了解した」


「それで、士郎はどうする? 残りたいなら、構わないけど」


「へ、あ、そうだな、俺は……」


どうしようかと、顎に手を当て考え込む。
あの神父は雰囲気からして苦手だが、聖杯戦争の情報が手に入るかもというのは魅力的だ。
凛の口振りからして、凛と自分が共闘しているというのは、向こうも薄々察しているらしい。
同席したからといって、どうなる訳でもないが、あの神父は自分に興味を持っているようだから、探り針くらいにはなるだろう。
それに、慎二の処遇も気になる。
もっと先の話になるだろうが、仮に慎二から令呪を剥奪し、保護の名目で神父に突き出した場合、どういった処置がとられるのか、士郎は知りたかった。
外道と化しても、一応まだ友人であると思っているし、桜の兄である。せめて便宜くらいは図っておきたいという意図があった。


「俺も残る」


「そう、解ったわ」


士郎の返答に頷きを返すと、凛は、今度はセイバーへと向き直った。


「それから、セイバーとリズ、あとのび太は……」


「歩いて戻ります。その方がいいでしょう」


言を遮り、セイバーが簡潔に述べた。
“どこでもドア”を使えば手っ取り早いのだが、今、この場はおそらくキャスターに監視されている。
そもそも魔術の類ではないので可能性は低いが、万が一にもひみつ道具の詳細を暴かれるのはまずい。
そのリスクを考えれば、このまま歩いて帰った方が時間は掛かるが安全である。
既に凛達が突入した際に“どこでもドア”で移動してきた瞬間を見られているだろうが、そうだとしても何度も見せてやる必要はない。


「流石ね。わたしが言うまでもなかったか」


「シロウ。不測の事態が起こった場合は、令呪で召喚を」


「あ、ああ……解った。三回を惜しむ理由も、必要もないしな」


セイバーの言葉に、士郎は躊躇う様子もなく、素直に頷きを返す。
のび太が味方にいる今、事実上、令呪を無限に使える状態だ。
一度に最大三回までの行使が