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[28590] Infinite;Stratos Alius -インフィニット・ストラトス アリウス-
Name: 渉◆ca427c7a ID:3799dadf
Date: 2013/04/13 20:47
●この二次創作は『ハーメルン 様』の方でも投稿していることをお知らせします。

少し前にコチラにテスト投稿をし、ご意見をたくさん頂くことが出来て大変うれしく思います。
しかし、メイン投稿していた『にじファン様』のサービスが停止するとのことで、昔立てていたコチラに再び投稿を行おうとした次第です。

さて、この二次創作を読む際の注意点です。

・オリジナル主人公、オリジナルキャラクターが登場します。
・そのオリ主は序盤、ほぼ敵なし状態です。所謂オリ主最強物の様な感じになっています。
・Episode1~3までがオリ主が主人公。Episode4から一夏が主人公となっております。
・最初の方は私の力不足で文章、内容が読めたものでないかもしれません。
・シリアス強めで、恋愛やハーレム要素は皆無に近い状態です。ちょっとミステリアスなISを楽しんで頂けたらな、と思います。
・Episode4までが原作沿いで、Episode5から完全オリジナルストーリーに移行します。
・組織名・装備の仕様などに変更があります。
・公式の登場人物の中には口調・性格・人の呼び方などが変わって別人になっている場合があります。
・第一部は伏線や謎提示のみで、その回答等をしていくのが第二部となっています。

以上です。
これらを踏まえて読んでいただけると嬉しいと思います。


【7月8日】
・内容を少々変更し、Episode5の途中までを投稿いたしました。

【8月29日】
・Episode5 終章の文章を少々変更しました。
・Episode5 第一章の矛盾が生じる台詞を削除しました。

【9月6日】
・一部、「次を表示する」で次の記事に移動しようとするとエラーが起こって次の記事に移動できない現象を直しました。
・Episode5 第四章を一つの記事にしました。
・タイトル変更しました。『 IS <インフィニット・ストラトス>を改変して別の物語を作ってみた。』→『Infinite;Stratos Alius』

【9月7日】
・Episode1 第一章の指摘された文章的におかしい部分や会話の矛盾点を修正しました。



[28590] Episode1 序 章『全ての始まりという名の原因 -Trigger-』
Name: 渉◆ca427c7a ID:3799dadf
Date: 2012/10/13 13:42
 とあるところに男の子が二人いた。名前は織斑一夏と葵春樹という。
 この二人は家族同然の関係である。
 どういうことかと言うと、春樹は両親を亡くしているのに加えて、親戚という人物は居らず、完全に一人になってしまった春樹なのだが、そこに救いの手を差し伸べてくれたのが織斑家の二人だった。
 年上の織斑千冬に、同い年の織斑一夏。この二人も両親がおらず、姉弟で暮らしていた。同じような境遇の葵春樹を家族に向かえ入れてくれたのだ。
 それからというもの、同い年である一夏と春樹はとても仲がよく小学校、中学校ともにずっと一緒だった。何をするにしても二人で笑い、悲しみ、怒り、そして悔しがることだっていつも一緒だった――という記憶がある。
 そして、今日は高校受験の日。彼らの運命は変わった。
 これから高校へ入って一緒にバカやって、テスト勉強して、色んな友達を作る気でいた。
 そんな彼らは今、高校受験の会場に来ていた。
 しかし、迷ったのだ。
 自分達の受験場所がまるで分からなくなった。いつも頭がきれる春樹も今日に限ってなんか頼りない。やはり高校受験ということで緊張しているのか。それとも迷った事で気が動転してしまったのかは分からないが、人に場所を聞いてもよくわからず二人揃って迷ってしまった。

「おい、春樹……こっちでいいんだよな?」

「…………わからないな。すまない一夏、本当にわからん」

「本気と書いてマジかよ? どうすんだよ俺ら、戻る道もよくわからなくなったしよぉ」

「おちつけ一夏。ここは冷静にだな……」

 そう言いながら、春樹はどことなくそわそわしていた。
 一夏はいつもの春樹じゃない、と内心焦っていた。こういうときに役に立つのが春樹なのに、今回に限ってその頼みの綱の春樹の調子が悪い。本当に春樹らしくなかった。
 春樹はいつも冷静で頭の切れる奴だったはずなのに、その冷静さが欠けていた様な気がする一夏だが、それは気のせいなのかどうなのは分かるはずがなく、とりあえず二人で試験会場を彷徨っていた。
 そして、ドアを見つけたのだ。
 関係者以外立ち入り禁止と書いているが、二人はとりあえず道を聞くだけ、ということで誰かがいることを願ってそのドアを開けた。
 しかし二人の願いは叶わなかった。
 人がいなかったのだ。ただそこには中世の鎧のようなものが忠誠を誓うようにひざまずいているだけだった。それが何なのか二人はよく知っていた。
 インフィニット・ストラトス、通称、ISと呼ばれるパワード・スーツといったところか。
 最初は宇宙活動を目的として作られたものだが、それを軍事目的で使うことが始まり、後にアラスカ条約により軍事利用は禁止された。
 しかし、この軍事利用も自国防衛の為なら使用可となっている。今のところ世界で最強とされている兵器の一つでもあるのだから、仮にISで国を攻め込まれてしまったとしたら同じISで対抗するのが得策なのだ。
 そして今日では、ISは競技種目、スポーツとして活用されている。
 それに伴い、世界のISはビジュアル面も重視し、実用的ではないデザインのものも存在している。表面上ではエンターテイメントの一つでもあるのだ。
 しかしこのISには不可思議な部分が多いのも事実で、ISのコアと呼ばれる動力部の情報は一部を除いて開示されていないし、なにしろこのISは何故だか女性しか動かせないとされている。
 そして春樹はそのISに近づいてこう言った。

「おい、一夏、これ……」

 一夏もISを確認して頷く。

「ああ、ISだな……」

「おい一夏、ちょっと見てみようか?」

「っておい春樹、それは不味いんじゃないのか? 一応ここ関係者以外立ち入り禁止だし」

「大丈夫だろちょっとぐらい。もし人が来ても迷ったって言えば誤魔化せるだろうし」

「…………春樹、お前そんな奴だっけか?」

「さあね」

 春樹はそのISに手で触れた。その瞬間、手で触れた部分が光りだす。

「お、動くぞ……」

 その時、春樹は呟いた。何か意味ありげに、だ。

「え!? 春樹、どういうことだ?」

 その時、関係者であろう女性が数人部屋に入ってきた。

「君達、ここで何してるの!? ここは――」

 その女性達無断でこの部屋に入った男子背受験生を怒ろうとしたものの、それはやがて驚きに変わった。それもそのはずである。
 ISは女性しか使えない。
 ISを知っていれば、誰もがわかる常識だ。
 しかし、その常識を無視してISを反応させている人物が目の前にいる。何が起こっているのかここにいる人は誰もが理解する事が出来なかった。

「まさか……反応してるの!?」

「そんなバカな、ISを男が動かすだなんて!」

 そこにいた関係者らしき女性たちは驚きの声をあげていた。勿論一夏も例外ではなく、驚きの声をあげていた。

「春樹……。おまえ女だったのか!?」

 突拍子も無いことを言い出した一夏に春樹は大声でそんなわけあるか、と否定し、ISから離れた。

「えっと……あの、ちょっといいかな君たち?」

 その女性は一夏と春樹のことを呼びかけた。それに一夏が答える。

「えっと、なんでしょう?」

「あのね、ちょっとお話聞かせてもらってもいいかな? あと、一応、君もISに触れてみてくれる?」

「え、は、はい。分かりました」

 その女性は一夏にもISに触れるよう要求した。目の前にISに触れて反応させた人物が一人いるのだ。一緒にいたその男の子も試してもらった方がいいだろう。
 もしかするとこのもう一人の彼もISを起動させてしまったりするのだろうかと期待せざるをえないからだ。
 一夏がISに触れる。そしてその女性達の期待は裏切られる事は無かった。一夏が触れるとISが反応した。まぎれもなく男性がISを起動させている。これは一大事であった。

「嘘だ……。本当に、俺がISを……!?」

 一夏はまさかの出来事に驚愕を隠し切れない。
 とりあえず、ISから離れた一夏はこの出来事を無かったことにしようと、本来の目的である愛越学園の試験会場を聞くことにした。彼は試験会場の場所が記された紙を用意し、

「あの、すみません……俺達、この教室で試験受けなくちゃいけないんですけど、何処にありますか?」

 すると、その女性達は真剣な顔でこう言った。

「えっとね、君たちはISを動かすことが出来た。そんな事を知ってタダで済むと思う?」

 そんな質問を投げかけられて一夏は言葉を失ってしまった。

「まぁ、少々お時間を頂くことになります。とりあえずその教室の場所を教えるから、受験を受けてきなさい」

 何か嫌な予感がしながらも、一夏と春樹の二人はこの部屋から出て、教室を案内してもらった。 とりあえず、本来の目的である愛越学園という学校の受験会場に目出度く着くことが出来た二人は筆記試験を受けるのだが、先ほどの出来事があまりにも大事過ぎて試験に集中できなかった。
 そして春樹はその時、一夏が嫌な顔をしていたのを見逃さなかった。



 数日後。
 一夏と春樹の下に送られてきたのはIS学園、正式名称『日本IS操縦者育成特殊国立高等学校』の試験を受けることになったのだった。



[28590] Episode1 第一章『不思議な男 -Core-』
Name: 渉◆ca427c7a ID:3799dadf
Date: 2012/10/13 13:42
  1


 織斑一夏と葵春樹はIS学園に入学していた。
 しかし、周りの人は当たり前なのだが、女の子に、女の子に、女の子であった。
 織斑一夏と葵春樹は同じクラスだ。安心できる人が近くにいるだけでも違った。もし、これが自分ひとりだけなら周りの女子からの視線で押しつぶされ、プレッシャーに負けていただろう。
 周りが女の子だらけで、男がたった二人だけ。そんな状況、話を聞く限りではこの幸せ者め! と言いたくなるだろうが、話を聞いて想像するのと実際にその場で経験するのとでは全然感覚が違う。
 何より一番重要なことは人間関係のことである。やはり男子が考える事と女子が考える事では色々と変わってくるし、クラスの人と仲良くなれるかどうか不安になるし、下手をすればクラスの女子から嫌われ、クラスで一人ぼっちになることも考えられる。
 しかし、一夏には春樹が。春樹には一夏がいるので何かと安心できるのが正直な感想である
 すると教員が教室に入ってきた。教卓の近くに移動するなり自己紹介を始めた。

「みなさん入学おめでとう! 私は副担任の山田真耶です!」

 と後ろのモニタに自分の名前を映し出してビシッと決めたが、生徒からの反応は今ひとつであった。生徒の反応が無いものだから不安になる山田先生。

「えっと……今日から皆さんはこのIS学園の生徒です。この学園は全寮制。学校でも放課後でも一緒です。仲良く助け合って、楽しい学園生活にしましょうね!」

 後ろのモニタに写真を映しながら丁寧に教えるのだが、クラスの生徒からの反応は皆無で、山田先生も焦りを表に出してしまう。

「ああっと……では自己紹介をお願いします。では出席番号一番、葵春樹君!」

 出席番号は男女絡めてあいうえお順だ。最初の文字が『あ』である葵春樹が一番最初に自己紹介することになった。

「え~、葵春樹です。俺は見ての通り男ですが、ISを動かす事が出来る男、ということでこの学園に入学する事になりました。皆さんと仲良くやっていければと思っています。これからよろしくお願いします」

 クラスのみんなから拍手が起こる。一夏も拍手をして緊張しながら自分の番を待っていた。プレッシャーに負けそうになっている一夏は春樹に助けを視線で求めたが、春樹は笑っているだけで、どうもこの状況を春樹は楽しんでいるらしい。

(はぁ、春樹の奴……) 

 この状況に戸惑っている自分に向って馬鹿にしたように笑いかけてくる春樹に腹を立てながら、幼馴染である篠ノ之箒(しのののほうき)という女の子に視線を向けたが、目が合ったかと思えばそっぽを向いてしまったのだった。

(それが六年ぶりに再会した幼馴染に対する態度か? 俺、嫌われているんじゃ……)

 篠ノ之箒は一夏と春樹の幼馴染で小学校の頃は共に剣道に明け暮れていたのだが、その箒も小学校四年生のときに引っ越していった。
 その原因は箒の姉である篠ノ之束にある。
 なにしろISを開発したのはその篠ノ之束本人で、その危険性も束自身のみならずその親族にまで及ぶ可能性もあるとして、保護を兼ねてどこかへ行ってしまった。
 そのとき、春樹はそんな箒の態度を見て鼻で笑っていた。
 春樹は知っていたのだ、篠ノ之箒が織斑一夏に対して恋心を抱いている事を。
 小学校の頃に幼いながらも春樹にちょっとした相談をしていた。春樹はどうしたのか、もう一夏のことはどうでもよくなってしまったのかとちょっと心配していたのだが、別にそんなことはないようだ。
 そして、一夏がその雰囲気に飲み込まれそうになっていたとき、ついに一夏の番が回ってきたのだが、その事に気づかなかった一夏に山田先生は声をかける。

「織斑君? 織斑一夏君!?」

「は、はい!」

 今までぼー、としてしまっていたからか、すぐに先生の言葉が耳に入らなかった一夏は驚きの声をあげた。

「大声出してごめんなさい。でも、“あ”から始まって、いま“お”なんだよね。自己紹介してくれるかな?」

「え、いや、その……そんなに謝らなくても……」

 一夏は立ち上がり自己紹介を始めた。

「え、えーと…織斑一夏です。よろしくお願いします」

 しかし、クラスの人たちは黙ったまま。箒の方を見るもまたもやそっぽを向いた。次に春樹の方を見たが、彼は黙って一夏の方を見ていた。

(はぁ、このままじゃカッコつかないじゃねえか。何か言わねえと)

 すると一夏はスーハーと深呼吸をし、何かを言おうとしたのだが、一夏の口から出て機と言葉は、

「以上です!!」

 というこんな言葉だった。結局のところ、急にクラスを惹きつけるようなカッコいい言葉をこんなにも短い間で考え付くはずもなく。クラスのみんながお笑い芸人顔負けのズッコケをやり、春樹はクスクスと笑っている。そんなみんなの反応に一夏は戸惑った。

(結局、カッコつけようだなんて思ったのが間違いだった……)

 すると、一夏の頭に飛んできたのはとある女性の拳骨であった。一夏はその拳を受けて痛がり、顔を確認するなりこう言った。

「ん? なぁ!? 千冬姉(ちふゆねえ)!?」

 千冬姉と呼ばれた女性は、一夏の頭にまた拳骨をお見舞いした。
 その女性。もといその教員は一夏の実の姉である織斑千冬その人だった。一夏と春樹の面倒を見てくれた人であり、一夏と春樹のもっとも尊敬する人物である。

「学校では織斑先生だ」

 千冬は一夏に対して、一人の生徒として接する。

「先生、もう会議は終わられたんですか?」

「ああ、山田先生。クラスへの挨拶を押し付けてすみません……」

「いえいえ、大丈夫です!」

 千冬は山田先生に頭を下げたかと思うと、生徒たちの方を見た次の瞬間、目つきを鋭くしながら勢い良く生徒に向かってこう言った。

「諸君! 私が担任の織斑千冬だ。君達新人を一年で使い物にするのが私の仕事だ」

 その瞬間、クラスの女子がいきなり騒ぎ出した。キャーキャーキャーキャー正直うるさい。一夏と春樹はそんなクラスの女子達に対して凄く驚いていた。
 春樹は一夏の下へと駆け寄って。

「お、おい一夏……」

「ああ、春樹。どうも、俺達の姉が俺らの担任らしいな……」

 すると千冬が一夏の方を向いて拳を握っている。

「ところで、挨拶も満足に出来んのか、お前は」

「い、いやぁ……千冬姉、俺は……」

 また千冬姉と言ってしまった一夏の頭を机の方へ押し付けてこう言った。

「織斑先生と呼べ」

「はい、織斑先生……」

 今度は春樹の方へと向き、

「それから葵! 自分の席へ戻れ」

 春樹は一言謝ると、素直に自分の席へと戻っていった。
 彼が自分の席に戻っていくのを眺めながらも、クラスの女子達がコソコソと話を始めていた。

「え……じゃあ織斑君ってあの千冬様の弟?」

「じゃあ、男でISが使えることもそれが関係しているのかな?」

「でも、じゃあ葵君の事は……」

「静かに!!」

 千冬はザワザワしているクラスを沈めて、

「諸君には、これからISに関する知識を半年で覚えてもらう。その後実習だが、基本動作は半月で体に染み込ませろ。いいか? いいなら返事をしろ。よくなくても返事をしろ!」

 はい! と、クラスの女子は一斉に言ったが、一夏と春樹だけは少しばかり戸惑っていたようだ。
 織斑千冬。
 一夏の実の姉であり、春樹にとっては義理の姉のような存在だ。春樹は両親を亡くしてから織斑千冬の世話になっていた。
 彼女は第一世代IS操縦者の元日本代表であるが、ある日突然引退して姿を眩ましていた。
 だが、この場でようやく今現在その千冬が何をやっていたのかが分かった。彼女はIS学園の教師をしていた。心配していた一夏はなんだ……心配するほどでもなかったじゃないか、と思っていた。

「さて、じゃあ早速授業を始めましょう」

 山田先生によるISの授業が始まった。

「皆さんも知っている通り、ISの正式名称はインフィニット・ストラトス。日本で開発された、マルチ・フォームドスーツです――」

 そのISは九年前に開発され、元々は宇宙空間での活動を目的として開発されたが、その研究は現在停滞中。さらにアラスカ条約というもので軍事利用も禁止されており、今現在では競技に使用されている。
 ただし、軍事利用については自国防衛に関しては使用可である。
 そして、今一夏と春樹たちが入学したこのIS学園は世界で唯一のIS操縦者を育成する教育機関であり、世界中からIS操縦者になるために人がやってきている。

「――では、今日から三年間。しっかり勉強しましょうね!」

 すると、チャイムが鳴った。これで授業は終わりである。

「はい、ではここまで。では起立、礼」

 クラスの皆が礼をすると、山田先生はこの教室から出て行った。
 そして、休み時間となった今、クラスの中のみならずクラスの外からも女子が集まってきている。目的は世界でISを動かせる世界に二人だけの男子である一夏と春樹だろう。
 皆が一夏と春樹に注目してなにやらワイワイガヤガヤと話しているが、そんなことを気にもかけずに一夏と春樹は話していた。否、そうやってこの雰囲気に飲まれることを回避していたのだ。
 すると、一人の女子生徒が二人の前に現れた。篠ノ之箒である。

「ちょっといいか、一夏」

「あ、ああ。じゃあ、春樹。また後で」

「ああ、分かった」

 そして、春樹は箒を手招きして側に越させると彼女の耳元でこう囁いた。

「久し振りに会ったんだ。しっかりやれよ?」

 箒は顔が赤くなった後、恥かしがりながら一夏と共にどっかへ行ってしまった。
 しかしここで春樹は重大な事に気がついた。一夏がいなくなってしまったら、俺一人になってしまう。どうにかして、クラスのみんなと親交を深めなくてはいけないと思っていた。

(早く、クラスに馴染みたいものだな……)

 と、春樹はしみじみと思っていた。


   ◆


 一夏と箒は屋上へと来ていた。
 この二人は小学校の頃分かれてから六年の歳月の末再会を果たしたのだ。この再会は言わば奇跡とも言えよう。

「六年ぶりだし、何か話すことでもあるんだろ?」

 と一夏が聞くと、箒はなにやら恥かしがりながら、

「え、ああ、うん。しかし、よく覚えていたものだな……私の事を」

 その喋り方はまるで話すのに慣れていない人の様で、それを見た一夏は少し微笑んでしまう。何故なら、その六年前にも同じような事があったからだ。

「ははは。そりゃあ、忘れないだろ、幼馴染のことぐらい。髪型変わってないし、雰囲気も昔から変わってないよな」

「そうか……うん。ありがとう」

 箒はいきなり明るくなり、軽く頬を赤く染めていた。彼女は実のところ、一夏の事を六年もの間、好きでい続けていたのだ。男からしたらこれほど嬉しい事はないだろう。

「その……一夏は、私に再会できて嬉しいか?」

「そりゃあ……嬉しいよ」

 その一夏の言葉にとても幸せそうな顔をする箒。

「ふふ。でも、一夏がテレビで出たときは驚いたものだ。自分の家のテレビを何度も見返してしまった」

「ああ、あれは……その……成り行きでな……」

 笑いながら誤魔化す一夏。特に誤魔化す必要性など無いのにだ。

「テレビで見たとき……、もしかしたら、IS学園で会えるかもしれないと思ったんだ。そして今ここで二人で話している。春樹にも再会できた。この運命には感謝せねばなるまい」

「そうだな。じゃあ、再会した記念として握手でもするか」

 そう言って一夏は箒に手を差し出す。箒は恥かしそうにその手を握り、握手を交わす。
 一夏はニッコリと笑顔で箒を見るが、箒は恥かしくて一夏の目を見ることが出来なかった。

「これからよろしくな、箒。昔みたいに仲良くやろうぜ、春樹と三人とでさ」

「そうだな……皆で……うん」

 するとチャイムが鳴った。これは予鈴であるから、この五分後が授業開始の時間となる。
 しかし、次の授業は千冬のものである。遅れたらどんな罰を受けるかもわからなので、ここは万全を期して早めに戻るのが吉というものだ。

「箒。次は山田先生と千冬姉の授業だし、遅れるとどうなるかもわかんない。だから早く戻らないとな」

「ああ、そうだな」

 一夏と箒は屋上から教室へと戻っていった。


  ◆


 一方、春樹はクラスで黙ったまま、特に何もせずに休み時間を過ごしていたのであった。
 後ろの方でコソコソと話していた女子生徒が何か覚悟を決めたように春樹に迫ってくる。

「ねえねえ、葵君!!」

 とある女子生徒が春樹に話しかける。

「えっと、何かな? あと、俺の事は名前で呼んでも構わないから。早く皆と仲良くなりたいし」

 春樹の目的は一刻も早くクラスのみんなと仲良くなる事である。そうでもしないと、後々に面倒くさいことになるからだ。
 だから、話しかけてきてくれたのは春樹にしても嬉しかった。

「えっと、じゃあ、春樹君。あのさ、織斑君と篠ノ之さんって、どういう関係なのか知ってるかな?」

 その質問を春樹に投げかけた瞬間に、クラスの皆が春樹の下に押しかける。どうやら皆は一夏のことについて興味深々のようだ。

「えっと、そうだな。あの二人は幼馴染だな。小学生からの」

 女子生徒たちは、真剣に春樹の話を聞く。

「なるほどねぇ。じゃあさ、春樹君は――」

 その瞬間にチャイムが鳴る。それと同時に一夏と箒も戻ってくる。
 皆は急いで席に着き終わると、数秒後に山田先生と織斑先生が現れて授業が開始された。
 この時間は山田先生と織斑先生によるISの座学の授業だ。
 一通りのISについて解説をしていき、やがてそれが終わった。
 そのときの織斑一夏はまったくもって分かったような顔をしていなかった。というよりは全然分からなくて焦っている。

(…………駄目だ。まったく分からん。こんな事ならちゃんとあれ読んでおくんだったなぁ)

「織斑君なにかありますか? 質問があったら聞いてくださいね。なにせ私は先生ですから」

 山田先生は笑顔で一夏に接した。しかし、一夏は全く持ってわかっていない。一夏はゆっくりと小さく手を上げた。

「はい、織斑君!」

 山田先生はまた笑顔で一夏を当てた。

「ほとんど全部わかりません……」

 そんな一夏に驚く山田先生。焦りながら他に分からない生徒はいますかと尋ねるが、誰一人と分からない人がいなかった。それもそのはずである。彼女達は ISの操縦者になりたいからこの学園に来ているのだ。必読として配られたISについての基本知識の本の内容は当たり前のように頭に入っているだろう。
 千冬はそんな一夏にある確認を取る。

「織斑……入学前の参考書は読んだか?」

「えっと……あの分厚いやつですか?」

「そうだ、必読と書いてあっただろう?」

「あ~、すみません、まったくもって読んでいません……」

 その瞬間一夏の頬に千冬の持っていた出席名簿で殴った。とても痛そうである。
 だが、一夏も元々こんな学校には入学するつもりは無かったので、しょうがない、といったらしょうがないだろう。ただ、郷に入らば郷に従え、という言葉もあるように、この学園に入ってしまったからには一夏はこの必読の参考書を覚えなくてはならない。

「今からその参考書をもう一冊渡す。今すぐに読んで一週間以内に覚えろ、この馬鹿者が!」

「いや! 一週間であの厚さはちょっと……」

「やれと言っている!」

 と千冬は一夏を一夏を睨んだ。とても良い目力を持っており、少々怖さを感じてしまう。

「あ、は、はい」

 一夏も、こればっかりは自分が悪いと分かっているので黙って千冬の言葉に従った。
 そして授業は再開し、山田先生が教科書を開くよう指示したのだが、その瞬間チャイムが鳴り、授業の終了を示した。

「ふ……じゃあ今回はここまでだ。では織斑」

「はい! わかっています!」

 一夏はわざとらしく大げさに返事を返す。千冬は少し微笑んだかと思うと千冬と山田先生は教室から出ていった。
 授業は終わり休み時間。春樹は一夏に話しかけた。

「お前あの参考書、読んでなかったのかよ」

「仕方がねえだろ。あの時の俺はあんな状態だったんだからよ」

「ま、そうだよな。じゃあ、俺が少し教えてやるよ」

「本当か? ありがとうな、春樹」

 するとある女子生徒が話しかけてきた。縦ロールのある長い金髪に透き通った碧眼。いかにもお嬢様、といった態度。さしずめ、ヨーロッパの方の人だろう。

「ちょっとよろしくて?」

「「ん?」」

 一夏と春樹は二人揃ってその女子生徒の声に同時に反応した。

「まあ! なんですのそのお返事! 私に話しかけられるだけでも光栄なのですから、それ相応の態度というものがあるんじゃないかしら?」

 春樹はその女子の顔を見て誰なのかとようやく分かった。しかし、一夏その女子を見てもいまいちピンと来ていないようだった。

「悪いな、俺、君が誰だか知らないし……」

 春樹は驚いた顔をする。流石にそれは無いだろうと、テレビを見ていればちょっとぐらい見る事があるだろうし、知っているはずだ。何せ彼女はイギリスの代表候補生。ちょっとぐらいは知っていてもおかしくないはずではあるが……。

「私を知らない? セシリア・オルコットを!? イギリスの代表候補生にして入試主席のこの私を!?」

 すると一夏はセシリアの前に手を置き「待った」のポーズを取った。

「えっと、質問いいか?」

「下々の要求に答えるのも貴族の勤めですわ、よろしくてよ」

「代表候補生って何だ?」

 その瞬間、教室中の生徒が豆鉄砲を受けたような顔をしてしまった。
 春樹も一夏が何も知らな過ぎるので呆れていた。セシリア・オルコットの事は知らなくても“代表候補生”という言葉ぐらいは知ってほしかった、というのが春樹の気持ちだった。
 しかも、単語からでも十分その意味は分かるはずなのに……。

「おい一夏、常識はずれにも程があるぞ。しかも、代表候補生っていう言葉からしてなんとなく分かるだろう?」

「な、なんだよ春樹……」

「いいか一夏、代表候補生っていうのはな。国家を代表するその候補として挙げられた人たちのことだ。単語そのままの意味だろうが」

「うっ、言われてみればそうだな……」

 するとセシリアは大声でこう言った。

「そう! エリートなのですわ! 本来なら、私のような選ばれた人間とクラスを同じくするだけでも奇跡! 幸運なのよ! その現実をもう少し理解していただける?」

 とセシリアは男二人に顔を少し近づけ睨みつけてきた。しかしその男子二人は臆することなく、言葉を返す。

「そうだな。そんな人がクラスにいてくれるだけで、皆の士気が上がるだろう。そんなお前に頼みたいんだが、俺と一緒にISについてコイツにティーチングしてくれないかな?」

 春樹は純粋な気持ちで、クラスの人と少しでも近づきたいな、と思って言った言葉なのだが、どうやらセシリアとしては気に食わなかったらしく、

「なんで、私がそんなことを……馬鹿にしていますの?」

 いきなりイラつき始めたセシリアに戸惑いを隠せない。失礼なことを行ったつもりは無かったのだが、プライドの高いセシリアにしたら十分失礼なことだったらしい。

「いや。オルコットさんと、仲良くしたいな、と思って頼んだだけなんだけど、なんかとても失礼なこと言ってしまったようだね。ごめん」

「分かればよろしいのよ。次からは気をつけてもらえます? この私は入試試験の実技で試験官を倒した唯一の生徒だというのに」

 春樹からすれば、今のセシリアの態度は物凄く気に食わなかった。自分は何様だよ、とも思えてくる。これから、一緒に過ごしていくクラスメイトだということは同じだというのに。

「へぇ、そうなんだ。それはすごいな……。それほどの人が自分より知識を持っていない人に教えてあげようとする気持ちを持ち合わせていないとは」

 春樹は出来るだけ嫌味たらしくそう言った。
 彼はセシリアのこの態度は気に食わなかった。ちょっと他の人よりISの操縦が上手いからと言って天狗になって他の人を不快にするとは、人としてどうなのかと思ったからだ。
 そうは思っていても、思っているだけでは相手には伝わらない。問答無用で彼女は言葉を返してきた。

「なんですってぇ!? 貴方は女性に対する態度がなっていませんわ!」

 セシリアは春樹に向って身を寄せて睨み付けてきた。

「顔が近い。とりあえず落ち着け……」

 と春樹が言ったがセシリアは興奮状態でそんな言葉を聞くわけもなく……。

「こ、これが落ち着いていられますか!!」

 そのときチャイムが鳴った。そのチャイムの音で頭に血が上って興奮状態だったセシリアも落ち着きを若干だが取り戻し、こう言った。

「話の続きはこの後で、よろしいですわね!?」

 そう言い捨てて自分の席に戻っていった。


  ◆


 一日の授業が終わり、放課後。
 セシリアはしつこく春樹に対して質問を繰り返していた。

「葵さん。貴方、ISの操縦のご経験は?」

「えっと……試験会場が最初だな」

「なるほど。先生に聞きましたが、貴方の実技試験はそれなりの動きが出来ていたと聞きました。どれほどの実力なのか、実技授業が楽しみですわ」

「そうだなぁ。ま、楽しみにしておくんだな」

 という感じに、何だかんだで普通の会話になってしまっている。こういった会話を繰り返している内に、根はとてもいい人なのだと春樹は理解した。
 だが、やはりセシリアの態度はどうも気に食わなかった。正直言うと、彼女のようなタイプは嫌いな方なのである。いや、一般人からしたらこのような人間は誰でも嫌いになってしまうだろう。
 だが、どうにかして仲良くはないたいと思っている春樹であった。

「葵さん、聞いていますの?」

「あ、ごめんなオルコットさん。それと、俺のことは名前で呼んでくれて構わないんだぞ?」

「え? そうですか、そういうことなら名前で呼びましょうか。では、春樹さん。また明日、色々とお話しましょうか、聞きたいことは沢山ありますけど、もうそろそろ寮に戻らないと行けませんからね」

「わかった。じゃあ、寮に戻るか」

 二人は寮へと戻っていく。だが、この寮までの道のりで二人の間に会話はなく、ただ黙って寮へと戻るだけであった。
 寮へと戻ってきた春樹は、一夏と同じ部屋である。男が二人だけしかいなくて、それでもって寮生活となれば一夏と春樹が一緒の部屋にならないわけはない。
 部屋に春樹はその落ち着いた雰囲気でビジネスホテルをもう少し豪華にした感じの部屋に感動していた。

「一夏、凄いな」

「ああ、いいだろ、これ。奥のベッドは俺だからな」

 そう言って一夏は奥の方のベッドに腰掛ける。すると、春樹は何か思い立ったように、

「あ、ああ。そうだ、シャワーはもう入ったのか?」

「いや、まだだけど、先に入っていいのかよ?」

「ああ、一夏が使い終われば次の人のことを気にせずゆったり出来るからな」

「そういうことか……春樹らしいよ。お前結構長風呂だもんな、シャワーでも無駄に長いし」

「そう言うなよ……。じゃ、改めて。これから同じ部屋。よろしくな一夏」

「ああ、こちらこそ春樹」

 そして二人は右手で拳を作りお互いに拳の先をぶつけ合った。これは小さい頃からの二人の友情の証のようなものである。これが二人の家族の証であった。
 一夏は着替え等を持ってシャワールームへと向かい、中へと入っていった。
 そして春樹は一夏が完全にシャワールームに入ったことを確認すると、入り口側のベッドに腰掛けて、疲れが溜まったようにため息を吐いた。

(なんだかんだで疲れたな……。何とか一日を終えることができた。さて、これから色んな事が起きるだろう。そのときは、頑張らなくちゃな)

 そう思った春樹は携帯電話を取り出してメールを打ち始めた。そのメールの相手は――。



  2


 次の日、一夏と春樹が食堂へ行くと、そこには見慣れた女性である篠ノ之箒がいた。箒は一夏の顔を見るなり少し顔を赤くして目を逸らしていた。
 それを見た春樹は今後この二人が上手くいくことを願っていた。
 開いてる席を見つけて三人が座る。配置は一番左が箒でその横が一夏、そしてその横が春樹である。この配置も春樹が自然とこうなるように仕向けたものであり、ここまでの行動が極自然で狙ってやったなど誰も気づかなかった。
 三人が朝食を取っていると、女子が三人隣いいかな? と尋ねてきた。

「葵君、隣いいかな?」

 特に断る理由がないので春樹はいいよと言った。するとその女子三人はよし、と言って座った。正直春樹はなにがよし、なのか正確には理解していなかった。
 ただ、少し惜しかったが……さしずめ「お近づきになっておこう」位だと春樹は思っていたが、実際のところ、それど頃ではなく、もっとその先のことを考えて春樹の隣の席を確保していた。
 女子三人の内、すこしだぼだぼな着ぐるみちっくなパジャマ姿の女の子が一夏と春樹の朝食の量を見てすごいたべるんだー、と言った。しかし、食べ盛りの男子であるから当たり前であるのだが。

「つか、女子はそんなんしか食べなくて昼までもつの?」

 春樹が疑問に思ったことを言ったが、彼女達は誤魔化すように少し笑っている。それを見て春樹は理解した。

(なるほど、ダイエット中ってやつですかい?)

 と思った矢先、着ぐるみパジャマの女子がお菓子よく食べるし、と言い出した。春樹はダイエット中だと取ったが凄い勢いで間違っていた。ダイエット中って訳じゃないみたいだ。ダイエット中ならお菓子を食べるだなんてそんなことをしてはいけない事である。
 すると、一夏と箒は席を立って、

「じゃあ、春樹。俺は先行ってるぞ」

「私もだ。後でな春樹」

「ああ、一夏、箒。後でな」

 と言って頑張れよ、と箒にウインクをした春樹。それを正確に受け取った箒は赤面して一夏の方へ駆け寄っていった。
 二人がいなくなり、春樹一人だけになったところに隣に座った女子から質問が来た。

「葵君って織斑君と仲いいの?」

「ああ、一夏とは家族みたいなものだよ」

「「「家族?」」」

 その場にいる女子三人はよくわからない、理解できない、といった顔をしている。だって一夏と春樹は苗字が違う。

「ま、詳しいこと話すと長くなるから割愛させてくれ」

「う、うん。そういえば、織斑君と篠ノ之さんってなんか仲良いけど、どんな関係なの?」

 なんだか、複雑な事情があるのかと受け取った女子三人は急いで違う話題に切り替える。

「まあ、アレだ。幼馴染ってやつだよ」

「「「え!? 幼馴染!?」」」

 急に三人の声が重なり、大きな声がより大きくなっていた。しかも食いつきが良い。やはり女子はこういった色恋沙汰に関係あることには興味津々なんだろうか?

「ああ。小学校一年のときに一夏と剣道場に通うようになってから、四年生まで一緒のクラスだったんだよ」

 その時、パンパンと手が叩かれる音が食堂に響き渡る。なにかと後ろを見るとそこにはジャージ姿の千冬が立っていた。

「いつまで食べてる? 食事は効率よく迅速に取れ!」

 その瞬間周りの女子の食べるスピードが凄くあがった。とても早い。そして千冬は言葉を続けた。

「私は一年の寮長だ。遅刻したらグラウンド十周させるぞ?」

 その時春樹は理解した。千冬が中々家に帰ってこない理由を。寮長を務めていたりとすごく忙しい先生なのだ。さすが織斑千冬。現役時代のカリスマ性を持ってすれば人を惹きつけるなんて容易い事であり、教師としてもそれなりの立場になるだろう。
 春樹は急いで朝食を食べ、食堂を後にした。


 ◆


 教室では来週行われるクラス対抗戦の代表者を決める事になっている。このクラス代表に選ばれれば、これから行われるクラス対抗戦だけでなく、生徒会の会議や委員会への出席など、クラス長のような仕事をすることになる。

「自薦他薦は問わない。誰かいないか?」

 その事が織斑千冬の口から発せられると。クラスの女子は……。

「はい! 織斑君を推薦します」

「え、はい! じゃあ、私は葵君を……」

「私も葵君に一票!」

「私は織斑君!」

 そんな言葉が飛び交っていた。そんなクラスの女子達に正直戸惑っている一夏と春樹。
 すると千冬が他に誰かいないのか、と言った。このままだとこの二人で決選投票になると。

「納得がいきませんわ!!」

 セシリア・オルコットは机を叩き、立ち上がる。そして言葉を続ける。

「そのような選出は認められません。男がクラス代表だなんて良い恥さらしですわ!」

「またそんなこと言うのかよ、オルコットさん」

 と口を挟む春樹。
 しかし、そんな春樹に一言言ってして話を続けた。

「何ですって!? このセシリア・オルコットに一年間そのような屈辱を味わえとでもおっしゃるのですか? 大体、文化としても後進的な国で暮らさなければいけないこと自体、私にとっては耐え難い苦痛で――」

 その瞬間、一夏はあちゃあ……、といった感じに顔を掌でで覆った。
 その時だった、今までの春樹のキャラが一気に崩れ去った。クラス中に春樹の怒号が響いた。春樹は自分の住んでいる日本という国の事を馬鹿にされて、更に自分達をそこまで否定した事が彼をついに怒らせてしまった。

「いい加減にしろよ……!! お前はどんだけ偉い人なんだよ? 代表候補生で専用機持ちだからって調子に乗るんじゃねぇよ。イギリス人のお前にこの日本を侮辱して欲しくねぇな……。第一、世界的にも日本の技術というものは最高レベルなんだぞ? お前の持っているISだって日本の技術がなけりゃあただのガラクタなんだからな」

「な、なんですってぇ!? イギリスがあなたの国に劣っているとでも?」

「少なくとも、日本の技術は一位二位を争うものだということは言い張れるな」

「あ、あなたイギリスを馬鹿にしてますの!?」

「さあね、どう取ってもらっても構わないけどな」

「ふざけるのも大概にしていただける!?」

 とセシリアが言った瞬間、クラスは一気に静かになり、しばらくの沈黙を破ったのはセシリアだった。

「決闘ですわ!」

「…………」

 春樹は黙り込んでしまう。何か、不都合な事でもあるのだろうか? それとも、セシリアに対して怖気付いてしまったのだろうか?

「どうしました? まさか、怖気付いてしまった、とでも言いますの?」

「……わかった。その勝負、受けようか」

 春樹は何か考え事をしたようなポーズを取ったかと思うと、セシリアから提案してきた勝負を受けた。いったい春樹は何を考えたのだろうか、それは春樹本人しかわからない。

「いいですのね、負けて後悔しても知りませんわよ?」

 そして千冬が少しニヤッと笑い話を進めた。

「よし、話は済んだな。勝負は次の月曜日。第三アリーナで行う。織斑と葵、オルコットは勝ち抜き戦を行ってもらい、勝った者にクラス代表になってもらう。それでいいな? では三人はそれまでに準備をしておくように」

 一夏は春樹の久し振りにキレたところを見た。そんな春樹を見ていると話が勝手に進み、自分もクラス代表の選抜試合に出る事になってしまった。
 正直あんまり気が乗らないが、もうクラス代表になる事を拒否できる空気ではなくなってしまった。だから、やれるだけやってみる事にした一夏。
 春樹には変な違和感があった。あんなことを言われて、春樹が黙り込むことが不思議と違和感があったのだ。いつもだったらもっと言っても良いというのに、何も言わないのだから。
 とりあえず、一夏はこんなことになってしまったことを受けとめ、どうしようかと悩んでいた。体は今まで鍛えてきたものの、ISについてはド素人当然だったのだから。



[28590] Episode1 第二章『男達の力 -Force-』
Name: 渉◆ca427c7a ID:3799dadf
Date: 2012/10/13 13:43
  1


 一夏や春樹たちが居る一年一組の教室では、昨日のクラス代表を決定する事についてで盛り上がっていた。
 しかも、一夏と春樹に専用機を授けるという話が出てきてからずっとそればっかりだ。
 千冬の話によれば、一夏と春樹のISの準備には時間がかかるので、専用機の到着はギリギリになりそうだ、という事だった。それがクラスのみんなに更なる期待をあげてしまったものだから、クラスの盛り上がりは半端なかった。
 何故代表候補生でもない一夏たちが専用機をもらえるのか。それはとても簡単な理由だ。その二人は“男”だからである。
 世界的に見てもこのISを動かせる 男というのは大変希少で、現在ISを動かす事のできる男は織斑一夏と葵春樹だけである。
 世界中を隅々まで探せば他にもISを動かせる男が見つかるのかもしれないが、現在分かっているのは一夏と春樹の二人だけというのは揺ぎ無い事実である。
 しかも、この二人を調べないわけにもいかない、というのが正直なところだろう。二人はISを動かせる男の貴重なデータを収集するためだけに専用機が渡されるのだ。
 ちなみに一夏は専用機を持っていることがどれだけ凄い事なのかはわかっていなかった。そもそも専用機は国家もしくは企業に所属している人物にしか与えられない。
 つまり、その人たちがこの人物なら専用機を渡してもいいだろう、と思える人物に与えられるものだろうから、ISの操縦が上手いのは当然だろう。
 しかし、この専用機を渡すのは結局のところ、ISを扱える人なら誰でもいいのが事実である。ISには第一形態移行(ファースト・シフト)から卒業までに第二形態移行(セカンド・シフト)、さらにはワンオフ・アビリティの発現まで持ってこれれば良いのだ。ISを研究・開発している人からしたらそれがゴールであるから。

「あの、篠ノ之さんって、篠ノ之博士の関係者なんでしょうか?」

 とある生徒が、一夏と春樹のISについての話をしているところでこう言った。
 その発言に対し、千冬は肯定した。篠ノ之束はここにいる篠ノ之箒の姉だという事を。
 すると、クラスの女子が騒ぎ出す。当然だろう。ここにいるみんなはISの操縦者を目指すもの達の集まりであり、その開発者の妹がここに居るとなると驚かないはずがないはずだ。
 しかし、箒はいきなり怒ったような感じでこう言った。

「あの人は関係ない!」

 すると教室が静寂に包まれ、箒は言葉を続ける。

「私はあの人じゃない。教えられることなど何もない……」

 突如教室は嫌な空気に包まれた。その空気を壊すように千冬が山田先生に授業を始めるように言った。
 一夏はわかっていなかった。箒がここまで束を嫌う理由が。
 理由を知っていた春樹は誰よりも暗い雰囲気になっていた。
 実を言うと、箒が剣道の大会に出る事になり、優勝したら一夏に告白する、と春樹にそう話していた。春樹はそんな箒を応援していた。
 しかし、箒の姉である束がISを開発し、複雑な事情がたくさん絡み合って……引越しする事になってしまった。もちろん、剣道大会だなんて言ってる暇は無く、気がつけば箒は引越しをしていた。誰にも分からないように、静かにその家から立ち去った。
 だから、あのときの箒の気持ちがどんな感じだったのか、ちょっとだけなら分かる春樹。だからこそ、この再会は本当に運命的なものを春樹は感じた。だから、春樹は全力で一夏と箒の事を応援する事にした。
 ISの座学が始まり、山田先生はISのことについての解説を行っていた。
 インフィニット・ストラトスは操縦者の周りを特殊なエネルギーバリアで包んでいる……等、山田先生は解説していく。

「ISには意識に似たようなものがあって、お互いの対話、一緒に過ごした時間で分かり合うというか、操縦していた時間に比例してIS側も操縦者の特性を理解しようとします」

 春樹は黙ってその話を聞いていたが、一夏は相変わらず理解が上手く出来ていないようだった。

「ISは道具ではなく、あくまでパートナーとして認識してください。ここまでで質問がある人は?」

「しつもーん! パートナーって彼氏彼女のような感じですか?」

 という質問に山田先生は照れてモジモジし始めた。ちなみに山田先生は男性とそういう関係を持ったことが無いらしい。
 凄く良いプロポーションを持ちながら 今まで彼氏を持ったことが無いとは不思議である。どういう要因でそうなったのかはちょっと気になるが、それは一先ず置いておこうと思う。

(所謂女子高のノリって奴だよな、これ……)

 と一夏は思ったが、残念ながらその考えはハズレである。こんなノリは女子高でなくとも普通にあるだろうから。
 そして、一夏は箒の方を見た。ずっと外ばっかり見ているし、なんだか不機嫌そうである。一夏はこのあとの昼食でもいっしょに誘ってみようかなと思った。


  ◆


 授業が終わり、昼休み。相変わらず外を眺めていた箒に一夏は話しかけた。

「箒、おーい箒。飯食いに行こうぜ。春樹、お前もどうだ?」

「あ、ああ……いいな。よし行こう」

「ほら、春樹も行くってよ。ほら箒も行くぞ」

 しかし、箒はちょっと低めの声で不機嫌そうに言った。

「私はいい」

「そういうなって、ほら立てよ」

 と言って箒の腕首辺りを掴んで無理やり立ち上がらせようとする。箒は慌ててながら言った。

「な、わ、私は行かないと……」

「はあ……いつまでそう不機嫌なんだよ。そんな箒は嫌いだぞ、俺は」

 そう一夏が言った瞬間、箒は焦った。一夏を不機嫌にさせてしまったからだ。自分が変な意地を張ったせいで。箒は慌ててさっき言ったことを訂正した。

「あ……すまん一夏。じゃあ、行くとするか……」

 箒は顔を赤くしながら言った。しかも一夏は箒の腕首から手を離し、今度は箒の手を握り、手を繋いで食堂へ向かおうとした。箒はこの状況に訳がわからなくなっている。舞い上がって我を失いかけていた。

「春樹行くぞ~」

「ああ、一夏……」

 春樹は思っていた。その手を繋ぐという行動が無意識での行動というのが箒にとって良いのか悪いのか。
 春樹は笑顔になりながら箒を引っ張っていく一夏の後ろについていく春樹であった。
 そして一夏たちは食堂へと向かう。一年生の教室からは食堂は少々遠い。それも仕方が無いと妥協して、少しばかり長い距離を歩いた三人は食堂へと着く。
 食券を買って、食堂のおばちゃんにそれを渡す。そして、自分の頼んだメニューが来るのをまちながら、一夏はさっきの箒の態度についてちょっとした説教をしていた。

「あんなに意地張らなくていいのに、やっぱり素直な方が可愛いと思うぞ?」

 突然そんなことを言い出す一夏に顔を赤くしながら箒は言葉を返した。

「そ、そ、そうか。素直なほうが良いのか……」

「ああ。なあ春樹?」

 すると春樹は何故俺に振る? と考えながらも一夏の言葉を肯定した。

「ああ。そうだな」

 このとき春樹は思った。また一夏の無意識でのその行いか、と……。恐らく、一夏と箒の間ではちょっとした意味合いのすれ違いがあった。
 一夏は「どんなやつでも素直なほうが良い」という意味で言っており、箒は「素直なほうが自分は一夏に可愛く見られる」という純粋な気持ちで受け取っていた。箒の受け取り方も間違いではないが、微妙な意味合いのすれ違いは見て感じてむず痒い。
 箒は幸せな感情に包まれていたところ、現実に戻される声が耳に響いた。

「はい、日替わりお待ち!」

 そこには一夏と春樹、箒の分の日替わりランチが並んでいた。箒はその声を聞いて現実に戻される。どうしようもない事なのにちょっと不機嫌になる箒。自分の分の日替わりランチを取るなり一人でさっさと行ってしまった。
 一夏は不安そうに春樹を見ながら言う。

「俺、なんかしたか?」

「いや、お前は恐らく悪くないよ。たぶん……」

 一夏の質問にちょっと自信なさげに答える春樹であった。すると、食堂のおばちゃんが話しかけてきた。

「ちょっとアンタたち!」

 一夏と春樹は声が聞こえた方を振り返ると、そこには人が良さそうな食堂のおばちゃんが立っていた。

「なんでしょうか?」

 春樹はそう返すと、食堂のおばちゃんは笑いながら調理場から出てきて一夏と春樹の前に立ち、おもいっきり二人の背中をビシビシと叩いた。
 二人はいきなりの事でビックリして日替わりランチを落としそうになったが、持ち前のバランス力で体勢を元に戻す。

「うん、身体は鍛えてるようだね。あんた達が噂のISに乗れる男なんだろう?」

「まぁ、そうなりますね」

 今度は一夏が質問を返答すると、

「アンタ達結構イイ顔してるねぇ。モテるだろう?」

「う~ん……モテてる感じを味わうより、まずは周りと馴染む事が何より優先することだと今は考えていますがね……やっぱりそこから始めないと」

 春樹は今の悩みを感じていた。やはり、何をするにしても回りに馴染むのがなにより優先しなくちゃいけない。でないと、やりたいこともやれないからだ。
 しかも先日、セシリア・オルコットなる女子と言い合いになってしまうわ、決闘することいんなってしまうわで、どうしようかと悩んでいるのだから。

「でも、専用機持ちと決闘する男子生徒がいるって話があるんだけど、どっちが戦うんだい?」

 春樹は今現在の悩みの一つをさらっと言われてしまい、言葉を失ってしまう。それを見た一夏はフォローするかのようにコイツです、と言って春樹の方を指差した。
 すると、食堂のおばちゃんは春樹をまじまじと見つめ、

「アンタかい…………。まぁ、アンタ強そうだからねぇ、問題ないと思うけど……。男としてのプライドを忘れちゃいけないよ。男ってやつは女を守ってやることが生きがいだろう?」

 確かに、昔はそうだった。男は女を守ってやる。そういったテーマの作品は沢山あった。漫画にアニメ、実写映画にドラマなど、そういったものが人気を博したときもあった。
 しかし、今の時代ISの登場によって女の方が強いものである、といった考えが浸透していおり、女尊男卑の世の中になってしまっている。

「今の時代、男は生きにくい世の中になっちまったけど、アンタ達はその女性しか使えないって言われているISってやつを動かせるんだろ? なら、その力の使い方を誤ることなく、皆を守ってやることに使うんだよ。アンタ達は立派な男だろ?」

 一夏と春樹は、この食堂のおばちゃんの言葉には感動してしまった。この女尊男卑の考えが世間に広まっている中、昔ながらのその考えを持っていることは男として嬉しかった。

「そうだ、おばちゃんの名前、教えてもらえますか?」

 と、春樹が聞くと、

「私かい? 私は皆藤っていうんだ。まぁ、皆藤のおばちゃんって呼んでくれれば私はいつでも話し相手になってあげるよ」

 と言ってくれた。とても良い人だ、と物凄く思った二人。もし、悩んで悩んでしょうがなくなったときには皆藤のおばちゃんに相談しに行こうと思った。この人なら、良い答えを貰えそうだから。

「すっかり長話になっちまったね。ほら、女の子待たせてるんだろ? 早く行ってあげな。悪かったね、長い話して」

「いえいえ、じゃあ、毎日この食堂にはお世話になると思うので。これからよろしくお願いします。皆藤のおばちゃん」

 春樹は微笑みながら軽い礼をすると、続けて一夏も軽く礼をする。
 そして、箒の待つ席へと向かった。
 二人は箒が確保してくれた席に座る。箒は「遅い」と言ったが、二人は笑って誤魔化し、三人は昼食を食べ始めた。少し経ったところで一夏が二人に話しかけた。

「なあ、春樹、箒、ISのこと教えてくれないか? このままじゃ、セシリアと春樹にストレート負けしちまう。対戦相手に頼むのもちょっとおかしい話だけど、どうだ、教えてくれないか?」

「別に一夏はクラス代表になる気は無いのだろう?」

「そんなわけに行くか! やる前からやっぱ俺はいいです。ってそんなかっこ悪いこと出来るわけないだろう」

「むっ……」

 箒は自分の失言に自分で自分を怒っていた。
 そこに上級生らしき人物が近づいてきて一夏と春樹に話しかける。

「ねえ、君達ウワサの子でしょ? 代表候補生の人と戦うって聞いたけど、でも君達素人だよね? 私が教えてあげようか、ISについて」

 と、その先輩の女子生徒が言った瞬間、春樹と箒は凄い勢いで……。

「「結構です!!」」

 と叫んだ。これには一夏もビックリした。まさかこの二人がこのようなアクションを起こすとは思いも思わなかったからだ。
 春樹は一夏と箒の間に変な虫が入り込まないように。箒は一夏の近くに上級生の女子が一夏にものを教える。というシチュレーションが恐ろしくて必死に言ったのだ。

「俺が――」

「私が――」

 ほぼ同時に春樹と箒は自分のことを一人称で呼び、そして同時にこう言った。

「「教える事になっていますので!!」」

 あまりに息が合っていたので一夏は微妙に引いた。上級生の先輩も負けじと言葉を紡ぐ。

「君達も一年生でしょ? 私三年生。私の方が上手く教えられると思うなぁ」

 しかし、こちらも負けない。すぐさま次の言葉を繰り出す。

「私は篠ノ之束の妹ですから」

「俺は織斑千冬の弟分ですから」

 実にこの二人、言い放題である。箒はさっきまで束に対してはイライラしていた原因だというのにこの有様である。使える、自分が有利になる言葉は遠慮無く使う。今の二人は何が駄目で何が良いのか。その線引きなど気にしていなかった。

「「ですので結構です!!」」

 またもや春樹と箒の言葉は同時に発せられていた。

「教えて……くれるのか?」

 一夏は大丈夫なのかと不安になりながら二人に尋ねた。すると二人は力強く首を縦に振り肯定した。一夏は変な不安に駆られながらも放課後になるまで待っていた。


  ◆


 食堂の一件で一夏の特訓のコーチをすることになった春樹と箒。
 そして現在放課後になり、ISについて教える事になる。座学が春樹、実技が箒担当ということに決まった。
 放課後の教室には一夏と春樹と箒しかいない。いや、正確には教室の外、つまり廊下には人がいる。どういうことかというとお察しください。
 ともかく、教室の外で覗いている女子達は無視して春樹によるIS解説が始まった。

「では一夏、ISの戦闘について教えるが、これは頭で考えることじゃないということだけまず教えておこう。戦闘中はゆっくり考えている暇なんて無いからな」

「まあ、多分そうなんだろうけど……で、何に気をつければいいんだ?」

「まずは動き続けろ、ということだ。動かないISなど射撃訓練の的のようなものだ。そして空を飛ぶときはとりあえずイメージしろ。深く考えるな。ISは自分が行きたいところへ飛んで行ってくれる自分の翼だと思って、自分が華麗に空を飛んでいることをイメージするんだ」

「はあ、イメージ……動き続ける……」

 一夏はなんとなく分かった。という風な感じだった。そんな一夏を見て春樹は補足した。

「まあ、まだISは起動したのは入試のときの一回だけだしな……。しかも一夏はほとんど動かしていなかったようだし」

「ああ……知ってた?」

 実は入試試験の一夏の相手は山田先生であった。しかし、開始早々訳もわからず一直線に突っ込んできた山田先生を避けるとそのまま山田先生は壁に激突。ノックダウンしたらしい。おそらく、山田先生は世界的に有名になったISを動かせる男子の一人である一夏と戦うことになってあがってしまったのだろう。あの先生は元代表候補生だし、IS学園の教師をしている時点でISの操縦は凄く上手いはずだが……。

「まあな……。で、話は戻るがISは――」

 そして一時間後、春樹による座学は終わった。
 話したことはIS最低限のことである。ひとまずセシリア・オルコットのISであるブルー・ティアーズについての情報などだ。
 セシリア・オルコットが操るブルー・ティアーズは未だ開発・実験途中である第三世代ISである。第三世代ISの特徴は操縦者のイメージ・インターフェイスを利用した特殊兵器にある。
 例えばセシリア・オルコットのブルー・ティアーズの場合、特殊兵器としてこの機体名の由来であるブルー・ティアーズがある。これはビット兵器であり遠隔操作でビットを飛ばし、相手を狙撃する事ができるものだ。六機中四機がレーザービットでその名の通りレーザーを発射することができる。そして残りの二機はミサイルビット。ミサイルを発射する事ができる。
 等々、特殊な装備を持っているのが第三世代ISの特徴だが、実験・開発中ということもあってか燃費が悪いという問題が残っている。
 とりあえず、未だ自分達に贈られるという専用機が到着してない以上、そのISのスペックも分からないし、どんな装備があるのかも分からないのでそこからの対策は不可能だ。したがって、授業でやった事を分かりやすく、要約して一夏に教えた。
 そして春樹は一夏に、

「あとは感覚だ。実際にISを動かしてどうすれば良いのか直感でやるしかない」

 と言った。
 これも手元に自分達が使えるISがあればもっと別な事が出来たのだが……。


  ◆


 そしてこの次は箒による実技である。とは言っても訓練機のISの使用許可も貰っていないのでISを使用してでの訓練は不可能だ。
 ということで、現在三人は道場へ来ている。
 そこで一夏と箒は竹刀を持ちながら会話をする。

「よし、一夏。今はISが使えない。だから今日は剣を握って戦闘の感覚をなんとなくでいいから掴もう。ということだが、良いか?」

「ああ、わかった。じゃあやろう」

 と一夏は言い、箒と剣を交じる。
 実は今日の特訓の全ては二人で考えている。二人に分野を分けたからといって別にそれぞれが勝手に考えた事ではない。ということを補足しておく。
 一夏は現役の剣道部である箒と対等にやりあっている。まさに防戦一方で、譲らない戦いであった。
 この一夏は中学校では帰宅部だったのだが、何故これだけの動きが出来るのかというと、春樹と一夏は二人で体を鍛え続けていた。そう、あの『事件』がきっかけで……。
 そのとき春樹は思った。「大切な人を守れるだけの力が欲しい」と……。そして一夏は「大切なものを守れる力が欲しい」と……。その事件があってから考えるようになった。そして彼らは強くなるためにひたすら体を鍛えていった。
 その事件を語るのはまた後ほど、ということにして欲しい。

「一夏、やはり強いなお前は……」

 息を若干切らせながら言う箒。しかし一夏はまったく息は切れておらず、まだまだ余裕の表情である。

「なぁに、まだまだだよ俺なんて。春樹はもっと凄いからな……。しかし箒、もう息がきれてるのか? ちょっと早いんじゃないか? もっと体力をつけた方がいいと思うぞ?」

 箒はその言葉に凄く反論したくてしょうがなかった。実際、箒も剣道という運動は続けてきたし、体力にもそれなりの自信があった。
 しかし自分の目の前に居る男。一夏は考えられないほどの持久力があった。普通の人ならどんなに運動していてもこれぐらい動けば息切れくらいする。
 しかし一夏はこれだけ動いても息切れしない。まだまだ余裕の表情をしている。ようするに一夏はとんでもないほどの体力と持久力を持っていた。

(一夏……何があった? なんでそんなにも強い……? しかも春樹はもっと凄いだと……。あいつらは一体何のためにそこまで強くなる?)

 箒の頭の中は疑問でいっぱいだった。ちょっとした混乱が起こっている箒の状態を一夏が見逃すわけも無く……。

「箒、試合中に考え事とはな……」

 と小さく呟き、大声で、

「隙あり!!」

 と竹刀を振った。箒は驚き、一夏の握られた竹刀は箒の頭の上一センチぐらいで止まっていた。

「あ…………、すまない一夏……気を乱してしまった……」

「いや、いいさ。おい春樹、久し振りにやらないか? 試合」

 そう言って一夏は春樹に竹刀を投げて渡した。パシッという竹刀の音が鳴り、春樹は強くその竹刀を握りしめた。

「ああ、いいぞ。本気でいこう」

「そのつもりだよ!」

 一夏と春樹は素早い。箒が最初に感じたことがそれだった。この二人はいい意味でどこかがおかしい。そう思った。
 この二人は剣道の動きではない。どちらかというと剣術の動きである。ようするに敵を殺しに行く動きである。そこにスポーツマン精神というものはない。相手を殺す。それに特化させた動きを二人はしていた。箒は一夏と春樹の二人をしっかりと見ながら思った。

(一夏……春樹……お前達は誰だ……?)

 少なくとも箒の目には戦っている二人は別人のように見えた。まるで、本気で相手を殺しに行く侍のように。

(お前達は……なんでそこまで……私はどうすれば……?)

 正直、箒は戸惑っていた。今の彼らは彼女の知っている二人ではない。そのことが彼女の胸がもやもやする感じに襲われていた。
 箒が変な感じに襲われながらも、二人の方の決着がついた。春樹の竹刀の先が一夏の顔の前に突き立てている。

「はあ、やっぱり強いよ春樹は」

「いや、一夏も強いよ、結構危なかったし……」

 二人は笑っていた。それを見て箒は少し安心できた。何故ならば箒自身が良く知っている二人の顔になっていたからだ。
 箒はこの場で起きた事を、この二人の戦っているときの表情を忘れることはなかった。否、忘れる事などできなかった。


  ◆


 春樹は一夏とのトレーニングを終えて一回校舎の方へと戻ろうとしたときに、セシリア・オルコットとばったり出会ってしまった。

「春樹さん。偶然ですが先ほどの練習、見せてもらいました」

「あ、そうなんだ。で、どうだったかな、見てみて」

「ええ、とても剣術が達者のようですね。ですが、あれは剣道とは言えませんよね?」

「あははは……確かに、あれは剣道ではないな」

 春樹は笑って誤魔化す。
 先ほどまでやっていた剣道、もとい剣術は春樹が過去にやっていたことが関係する。それに一夏も一緒に鍛えることになり、あそこまで強くなった……というのが真実だ。
 なぜ、あそこまで強くならなくてはいけないのか……。それは、彼らにも何かしら理由があるのは確かだ。強くならなければできないのだ。

「まぁ、貴方がなんだかんだで余裕な表情をしていた意味が分かったような気がします。何故あそこまでの剣術を身に着けたのかはわかりませんが……」

「俺ってそんな表情してたかな? ま、剣術についてはこっちにも事情があるんだよ……」

 何かしら意味ありげに語る彼。それを見たセシリアは何かを悟ったのか、急に申し訳なさそうにしだした。

「あの……何か気の障ることがありましたのなら、謝ります」

「あはは、そんな態度もちゃんと取れんじゃん。俺、オルコットさんのこと誤解してたかな」

「あ……、すみません。でも、こちらにもプライドというものが……」

「……そうだよな。ゴメン、オルコットさん。でも、プライドがあるからって、自分とは違うものを貶すことは違うと思うんだ」

「はい……。そのことは謝ります」

 プライド……。その英単語の意味は“誇り”という意味がある中、『自尊心』、『自惚れ』という意味も持っている。
 今回、セシリアの場合、自分が代表候補生であること自体が彼女の『誇り』であるが、それと同時に高すぎる『自尊心』があったのだろう。だから、彼女は他国をも貶(けな)して、代表候補生である自分をその中で最高にした。『傲慢』という言い方もある。
 高すぎるプライドは、決して他人にいい思いはさせないものなのだ。

「じゃあ、代表候補生を決める戦いを楽しみにしているよ」

「ええ、私も楽しみにしています」

「俺は校舎に戻るよ。じゃあな、オルコットさん」

「はい、ではまた明日お会いしましょう」

 春樹とセシリアはお互いに逆の道へと進んでいく。セシリアは宿舎に行くの道へ、春樹は校舎に向かう道へと向かっていく。
 校舎に戻る理由としては、春樹は教室に忘れ物をしてしまった為、それを取りに教室へと向かっている。

(セシリア・オルコットか……。案外、根は良い奴なんだな……。これなら早く仲良くできそうだな……)

 春樹は何故だか急に駆け出して校舎へ向かった。



[28590] Episode1 第三章『クラス代表決定戦 -Duel-』
Name: 渉◆ca427c7a ID:3799dadf
Date: 2012/10/13 13:43
  1


 四月二〇日。
 ついに、クラス代表を決める日が来た。
 一夏と春樹、そしてセシリアの三人はアリーナに集まり、戦う相手の組み合わせを決めるためのクジを引く。
 その結果、一戦目に春樹とセシリアが戦い、そしてその戦いに勝った方が一夏と戦うことになった。

「あら、私は春樹さんとですね。よろしくお願いしますわ」

「そうだな。正々堂々、よろしく頼むよ」

「当然ですわ、では後程」

 そう言って、セシリアはこことは向い側のピットへと歩いていった。
このとき、一夏、春樹、セシリアが着ていたタンクトップとスパッツをくっつけたような服は、ISスーツと言われる――いわばISを装着するときに身に着けるものだ。
 別に着なくても一応ISは装着できるのだが、ISスーツは肌表面の微弱な電位差を検知することによって、操縦者の動きをダイレクトに各部位へと伝達、これにより、より俊敏で細かい動きを可能にする。また、耐久性にも優れ、一般的な小口径拳銃の銃弾程度なら完全に受け止めることができるものだ。
 そして、未だ解決していない問題がある。
 一夏と春樹に届くはずだった専用機がまだ届いていないのだ。

「織斑先生、俺たちの専用機はまだなのかよ。もうすぐで試合開始予定の時間だっていうのに」

「慌てるなよ、一夏。大丈夫だ、もし来なくても量産機を使えばいい。勝てる自信は一気になくなっちまうけどな」

 春樹が一夏をなだめたその時だった。山田先生がISを運び入れるときに使う専用エレベーターから姿を現した。二つのISと共に。
 色は二つとも白く、一つは今まで見てきたようなデザインであったが、もう片方は今まで見たこともないようなISだった。
 本来、ISは重量を感じるような、ある程度ごついボディーをしているのだが、そのISは違った。
 ISと言うにはとてもスリムで、マルチ・フォームド・スーツとはかけ離れていたのだ。

「織斑先生、これってISなのか?」

 一夏は、そのスリムなISを指さして言った。

「あ、ああ。IS……の様だな。私もこういうISを見るのは初めてだ」

 あのISに関しては世界的に有名は織斑千冬でさえ、この特殊なISには戸惑ってしまった。今までISと関わってきて、このような薄っぺらい装甲をしたISがあっただろうか。いや、ない。あるわけがなかった。
 元々、宇宙開発を目的として作られたISは現在、競技として確立した。だからパイロットの安全を確保するためにもある程度の装甲の厚さはあるはずなのだ。
 しかし、そのISにはそれがない。パイロットを守る機能は一応あるものの、万が一の事を考えた場合、これでは危険なのではないか、と疑問をも抱く。

「えっと、こっちのちょっと特殊なISはですね……、葵君のISとなります。名前は熾天使(セラフィム)。すごく変わったISですけど、これからは葵君のパートナーとなる機体です。大切にしてあげてくださいね」

「はい」

 春樹は熾天使(セラフィム)の方へと近よる。
 そのISは、装甲がとても薄く、背中には少し大きめのスラスターがついている程度。装甲が異常に薄い以外は何の変哲もないISだった。
 そして、山田先生は続けてもう片方のISの説明に入った。

「それと、こっちの方が織斑君のISです。名前は白式(びゃくしき)。こちらも織斑君のパートナーとなる機体です。大切にしてくださいね」

「はい」

 一夏の専用機となるIS、白式(びゃくしき)は、春樹の熾天使(セラフィム)と違ってこれといった見た目的な特徴はなかった。いや、春樹のISが異端すぎるだけで、この白式の形こそが本来のISだ。

「では葵、さっそく準備をするぞ。だが、フォーマットとフィッティングをしている暇はないな。仕方がないから、それは試合をしながら何とかしてくれ」

 と、千冬が何やら無茶な欲求をしてくる。
 フォーマットとはその名の通り、初期化(イニシャライズ)だ。まずは初期化して、そのパイロットに合わせるための準備をしなくてはいけない。
 そして、フィッティングというのは、その操縦者を正規の所持者として登録させることだ。それに従い、操縦者に合わせて中身(ソフトウェア)と外見(ハードウェア)を一斉に書き換えて、表面装甲を変化、成形させること。
 それをせずに、イギリスの代表候補生と戦ってこい、と千冬は言っているのだ。
 思わず春樹は溜息を吐いてしまう。

「はぁ……わかりました。なんとかやってみます」

 それでもやらなければならないのが、なんとも痛まれない。

「ISの装着の仕方はわかるな?」

「はは、わかってますよ、それくらい」

「ふ……、そうだな」

 二人は笑い、そして春樹はISを装着する。
 胴の部分が裂けているので、そこに体を合わせる。すると、自動的に裂けていた部分がキッチリと閉まり、春樹の体はISに包まれた。
『Access.』
 というISから音声が再生されると、目の前に様々な画面が表示される。春樹はとりあえず機体のスペックデータを閲覧した。
 ISを装着すると、ISが捉えた視界をそのまま網膜投影させる。これによって、ISの操縦者は視界をズームイン・ズームアウト等が可能だ。
 さらに、ISのデータ情報も合わせて網膜投影されているので、特に別紙の解説書を見る必要もないし、難しい操作を行う必要もない。頭で何を見たいかをイメージするだけで、データの閲覧は可能なのだ。
 春樹は熾天使(セラフィム)のスペックデータを見ると、様々なことが明らかになっていった。

(武器がたくさんあるし、いろんな距離に対応できるのはいいけど、このシールドエネルギーの少なさは……)

 普通に攻撃を一撃食らっただけで撃墜されるほどのシールドエネルギーが少なかったが、それを補うかのようにこのISのトップスピードと加速力は全ISでナンバーワンと言ってもいいほどのものだった。
 もしかすると、いや、もしかしなくても、これは攻撃が当たらないことを前提にして作られたISなのだろう。

「フォーマットとフィッティングはISの方で自動的にやってもらうとして……、よし、準備OKです。いつでも出れますよ」

「わかった。では、そのままアリーナへ出ろ、オルコットが待っているぞ」

「はい!」

 春樹はそのままアリーナの方へと歩く。するとそこに一夏が駆け寄り、

「春樹、負けんなよ!」

「安心しろ一夏。俺は負けねえよ」

 春樹は外へと飛び出すと、そこにいたのは青いIS。
 そのISの名はブルー・ティアーズ。
 これを開発したのはイギリスのLOE社である。正式名称はLocus_of_Evolution社――日本語に訳すと“進化の軌跡”――が開発したビーム兵器を複数装備した中距離射撃特化型のISで、六七口径特殊ビームライフル、スターライトmkⅢが主力武器である。
 そして、このISの一番の特徴と言えば、空中を舞うビーム砲――自立機動兵器であるビットの装備――だろう。
 LOE社は、この装備をBT兵器と呼んでおり、セシリアのブルー・ティアーズはそのBT兵器を装備した試用機第一号である。
 そのことから、機体の名前は装備の名前そのままブルー・ティアーズとした。
 現在のISではこういったビット装備を使用しているものはごく僅かだ。その理由としては、中々安定したものが作れないことなのだ。もっと単純に言えば、開発・研究中であるということ。
 つまり、セシリアのブルー・ティアーズは先ほども述べたようにビット兵器の試験も兼ねている機体だということだ。
 LOE社はIS学園にそれを持ち込み、どういった改良をすればいいのか研究し、より良いものにするのが目的。

「あら、あまりにも遅いので逃げたのかと思いましたわ」

「失礼な奴だな。お前はそういうところ直した方がいいじゃないのかな。俺、君のそういうところだけは嫌いなんだよね……」

「失礼なのはどちらなのでしょうね。春樹さん、貴方も女性に対してそういうことははっきり言うものではありませんわよ?」

「ま、お互い様だな。無駄話もこの辺にして……いくか」

「お互い全力でぶつかりましょう」

 試合のゴングが鳴り響き、その瞬間に二人は動き出した。
 セシリアは春樹との距離を置き、射撃の体勢に入る。セシリアのISは中距離射撃特化型で、距離を取らなければ射角が制限されてしまうのだ。
 だからセシリアは素早く距離をおいた。
 しかし、春樹はそんなことは分かっていた。セシリアのISの情報を聞けば、こうなることは簡単に予想できる。ただ、この春樹のISはまだフォーマットとフィッティングが終わっていない機体だ。思うように動いてくれないし、動きが多少ではあるものの危うく感じるところもある。

「あら、フラフラじゃありませんの。それでこれは避けることができます!?」

 セシリアはスターライトmkⅢで春樹の事を撃つ。六七口径の銃口から発射されたビームは物凄いスピードで春樹に迫っていく。
 それをスラスターを吹かせることで間一髪で回避し、そのままセシリアに接近。ブレイドガンという、銃に刃がついている武器を展開し、斬りつけようとする。
 セシリアのブルー・ティアーズのような中距離から遠距離に特化しているISは、接近されてしまうと攻撃も防御も難しく、その対処が難しい。
 よって、一気に優位に立ちことができる。それを狙っての接近だ。
 しかし、流石代表候補生だけあって、そのような簡単な戦術には引っ掛かるわけがなく。彼女は巧みに後方へとブーストして攻撃をかわすと同時に、春樹から距離を置いた。
 セシリアはこのタイミングでビット兵器であるブルー・ティアーズを展開。四機のビットが春樹の方に向っていく。
 四つのビットはどれだけ動こうと春樹の事を囲むように動き、そこからビームを発射する。
 これまた発射の瞬間にスラスターを吹かして急激な加速でかわすが、これがいつまでも成功するわけがない。
 その証拠に、ビットの射線上から外れることができたかと思えば、目の前にはスターライトmkⅢを構えたセシリアがいたのだ。
 彼女は容赦なくビームを発射。この攻撃は回避したくても、フォーマットすら終わっていないISにはこのタイミングで違う方向に動くことは難しかった。
 だが、春樹は無理やりにでもスラスターを動かして回避する。

(ははは、冗談じゃねえぞ……。こっちはフォーマットもフィッティングも終わってないんだ。こんな状態で専用機とマトモに戦えるわけねえだろうが……くそっ、千冬姉ちゃん……!!)

 そんな春樹に当然のことながら休む暇などはやってこない。セシリアのビットがすぐに春樹の事を追尾してくるのだ。
 春樹はそれから逃げることで精いっぱいだった。無数のビームがビットから発射される。それをマトモに動かない熾天使(セラフィム)で避けていく。これはもう奇跡と言ってもおかしくなかった。

「ふふふ……、春樹さん。そんな動きでここまで耐えれるとは、褒めて差し上げますわ。でも、もうこの遊びも終わりにしましょう」

 ビットの動きが変わる。春樹を囲むような動きから、追い込むような動きに変わった。
 春樹にとってはランダムな射撃。だが、それは着実に春樹を追い詰めるものであり、ビームをかわす度に春樹は逃げ場を失っていく。
 ビットの攻撃をかわしたと思えば、もう一つのビットの攻撃。それをかわしてもさらにもう一つのビットからの攻撃。それによって、春樹はアリーナの壁際へと追い込まれていく。

「さて、そろそろフィニッシュですわ!!」

 ついに春樹が壁際まで追い込まれた。
 そして、セシリアが持っているスターライトmkⅢからビームが放たれた。
 そのビームが春樹に向って直進する。春樹は周りのビットからの攻撃も回避しなくてはならないし、セシリアから放たれた正面のビームも対処しなくてはならない。
 まさに絶体絶命。
 そして……、着弾。土煙が巻き上げられる。
 セシリアが放ったビームは、間違いなく春樹にヒットした……かと思われた。
 しかし、ビームが当たったと思われた場所に春樹はいなかった。下を見ても春樹は見当たらず、墜落したわけではなさそうだ。
 では、どこに?
 セシリアはそう思ったその瞬間である。

「あぶねぇ……勝負はこれからだ、オルコットさんよォ!!」

 その声は、セシリアの後方から聞こえた。
 セシリアは振り返ると、そこには先ほどとは形が違うISに乗っている春樹の姿があった。

「まさか、第一形態移行(ファースト・シフト)!? 貴方はまさか……、初期状態で戦っていらしたっていうの!?」

「ああ、時間がなかったしな。でも、フォーマットとフィッティングが少しでも遅れたらそのまま負けてたよ。さて、これからが本番だ!」

 春樹のIS、熾天使(セラフィム)はちょっとしたカラーリングの変化があり、さらに装甲の線がスッキリし、より直線的なボディへと変化していた。
 それと同時に発動したものがある。それがワンオフ・アビリティである。
 これは、ISとその操縦者の相性が最高になった時に発生する特殊能力で、その能力はあらかじめISに記憶させて、それを発動させる場合と、未知の能力を発動する場合と二パターンある。
 熾天使(セラフィム)のワンオフ・アビリティは天使の翼。
 それは、常に発動するもので、移動速度が1.5倍になるというものだ。
 それだけでは地味だ、と思ってしまうかもしれないが、このアリーナに来ていた生徒、及び教師は春樹のISに見とれてしまっていた。
 そう、このワンオフ・アビリティーの名の通り、純白の翼が春樹のISから生えており、それは金属とも思えない程のしなやかさを持っていたのだ。

「とても綺麗……」

 現に対戦しているセシリアでさえ、そうつぶやいてしまうほどの美しさだった。
 しかし、そうしている間に春樹は接近し、ブレイドガンでセシリアの事を射撃した。

「惚けている場合じゃないぞオルコットさん。今は試合中だ」

 多少だが、ダメージを負ってしまったセシリアは、目の前の春樹にこう言われてしまって少なからず悔しかった。ぼー、としてしまった自分にだ。

「すみません。ですが、そちらの準備もできたようですし……、お互い本気でやりましょう!」

「ああ、そのつもりだ!!」

 二人はお互いに宙を舞う。
 セシリアが春樹を狙撃しようとするが、予想より春樹のスピードが速く、標準を定めるのに戸惑いができてしまう。

(は、速すぎますわ……なんですの、あのスピードは……)

 セシリアは偏差射撃を試みようとするが、中々春樹には当たらない。ビームが飛んできた瞬間に更に春樹は加速しているのだ。だから、春樹には中々当たらない。春樹のISがどこまでのポテンシャルを秘めているのか、まだ不確定なのだ。
 だから、セシリアは戸惑った。これまでスピードの速いISとは戦ったことがない。いや、これだけのスピードを出せるのは全ISの中でもナンバー1なのではないかと思うほど。
 そのセシリアの予想は見事的中している。もう一度言うことになるが、確かに春樹のISである熾天使(セラフィム)は全IS中ナンバー1の加速力と最高速度を持っている。
 これももう一度言うことになるが、弱点はもちろんある。それは熾天使(セラフィム)のシールドエネルギーは言わば「紙」同然で、強い攻撃を一撃でも受けただけでシールドエネルギーがなくなってしまう程の装甲の薄さなのである。
 だからこの試合は、春樹はいかにセシリアの攻撃を避けながらシールドエネルギーを削りきるか、セシリアが強力な一発を春樹に与えられるか、という勝負だ。

(このままじゃジリ貧だ。かわしているだけじゃ駄目だ。攻撃に移行しないと。武器は、他に武器はないのか!?)

 春樹は網膜投影されている画面を見渡す。このISのスペックデータの欄から、武器のデータを引っ張り出す。
 そこに表示されていた武器の種類は、まずは現在春樹が使っている拳銃に剣がついたブレイドガン。
 次に、近距離用の武器はシンプルなものが二つと大型のものが一つある。短刀が一本に、実体剣として、さらにビームブレードにもなれるシャープネス・ブレード。そして、複数の敵に囲まれたとき用にビーム・サイズという鎌が用意されている。
 最後に、遠距離用武器である大型のビームライフルであるバスター・ライフルの五つの武器からなる。
 この五つの武器はすべて量子化しており、IS本体には取り付けていない。これは加速力をできる限り高めたいことからくるものだろう。できるだけ軽量化して、スピードアップを図る。それがこのISの特徴だ。
 熾天使(セラフィム)にはそれぞれ、近距離・中距離・遠距離とバランスの良い武器があり、五つの武器を巧みに使い、距離を選ばない戦闘をする、というのがこのISの戦い方だろう。
 春樹は接近戦を仕掛けるために、一度ブレイドガンを量子化し、シャープネス・ブレードを展開する。
ビームを展開させ、実体剣からビームブレードに変更。セシリアの射線から外れるように接近し、セシリアに斬りかかろうとする。
 セシリアも春樹を接近させまいとビット攻撃で対抗しようとするが、春樹はその攻撃を縫うように避けていく。

(少しキツイけど……これなら……!!)

 少々苦戦しながらも、ついにビームブレードが当たる距離まで詰めた春樹はセシリアを斬ろうとした。だが、ここでセシリアは緊急時の短刀であるインター・セプターを取り出した。

「ここで負けるわけにはいきませんわ!!」

 セシリアは春樹の斬撃を避け、インター・セプターで反撃に出る。
 しかし、インター・セプターは所詮緊急用の短刀でしかない。リーチの長さでは長刀である春樹の方が勝っているので、距離さえ気を付けてしまえば断然春樹の方が有利なのである。
 よって、ここまで接近させてしまった時点で彼女の負けはほとんど決まったようなものだ。
 春樹は短刀の攻撃を避け、詰め寄りすぎた身体を少し後退させ適切な距離を取ると、シャープネス・ブレードでセシリアを斬る。
 彼女も短刀で自分の身を守ろうとするが、長刀の重い一撃には耐えることができなかった。インター・セプターは虚しくも弾き飛ばされてしまったのだ。
 今のセシリアには身を守るものは一切ない。後は春樹の斬撃をどれだけ避けることができるのかが勝負だ。
 春樹の速さと重さがある斬撃がセシリアを襲う。
 最初の内は避けることが出来たのだが、避ければ避けるほど春樹の斬撃はより激しくなっていく。
 その激しさに追いつけなくなったセシリアは、ついに春樹の重い斬撃を真正面から諸に受けてしまい、シールドエネルギーは大量に削れていく。
 さらにもう一撃、またさらにもう一撃とシャープネス・ブレードの斬撃をくらってしまう。しかもビーム系の攻撃なので、その威力は絶大だ。
 彼女はこの斬撃から逃げるために全力でスラスターを吹かし後退。だが、スピードで圧倒的な差を見せつける春樹の『熾天使』がすぐに迫ってくる。
 この攻撃から逃れることが出来ない。やはり、一対一のドッグファイトにおいて、接近させてしまった時点で彼女の敗北は決まっていたようだ。
 何も出来ないままブルー・ティアーズのシールドエネルギーがゼロになり、勝敗は決した。
 試合終了のゴングが鳴る。
 春樹対セシリアは、春樹の勝利で決着がついたのであった。



  2


 葵春樹はセシリアとの試合が終わり、一夏の下へ戻ると、一夏と箒の二人が出迎えてくれた。
 一夏と箒の二人は、喜びの声を上げているのと同時に、少しばかり春樹という存在を疑っていた。ISを動かすことについて初心者のはずの春樹があそこまでの動きが出来て、イギリスの代表候補生に勝ってしまうことに。
 しかし、ここは一先ず勝ったことを喜ぼうと、一夏は春樹に声をかける。

「春樹、お前すげーえな! 何処で覚えたんだよ?」

 一夏はそういった質問を吹きかけてきたが、そのときある女性からも同じ質問が帰ってきた。

「そうですね……、葵君は何故あれだけのISの操縦ができるんですか?」

 そこにいたのは山田真耶先生だった。彼女もそこについてはやはり疑問に思うようだ。
 だがしかし、ISの起動が二回目だというのにアレだけの操縦を見せつけ、さらに代表候補生に勝ってしまうほどだから、先生だって気になるのは仕方が無いことだろう。

「まあ、それは……イメージ……ですかね?」

 春樹は自信がなさそうにそう言った。

「イメージ……ですか?」

 山田先生は正直よくわからなかった。彼はイメージというがどんな意味なのか。なんらかのイメージトレーニングかなんかなのか、と疑問に思っていた。

「はい、何故だか分かりませんが、色んな雑念が消えて鮮明にイメージできたんです。どういった動きをすればいいのか。その動きをするにはどうすればいいのか、とか」

 山田先生はなるほど、と思っていた。彼のいうイメージはそういうことだったのかと。
 春樹の言っている事は、常に状況が変わっていく戦闘中のやるべき事を無意識のうちにすぐに理解し、行動に移れる。という一種のスキルを持っていた。
 しかし、それとISを動かせることとは結びつかない。何故自分のイメージする動きをまだ操縦も慣れていないだろうISで出来るのか。謎は深まるばかりだ。

「そうですか……なるほど……。では、次は葵君と織斑君の試合ですね。織斑君、準備をしてください。そして葵君、連続で戦ってもらう事になりますが、大丈夫ですか?」

「はい、問題ありません」

「はい、では織斑の準備が終わり次第試合を開始します」

 山田先生のその声で一夏も自分のISのところへ行き、ISの装着を始めだした。一夏のISである白式(びゃくしき)は試合前に見たものとは変わっていた。恐らく、事前に初期化(フォーマット)とフィッティングを終わらせて第一形態移行(ファースト・シフト)させたのだろう。
 あの大型のスラスターを見る限り一夏のISも超高速型なのだろうか。
 春樹はIS の近くでのスペックを確認し、武装の特性を見ていた一夏に話しかけた。

「一夏、今度は俺相手だ。本気で来いよ?」

「おうよ、ISでの勝負は今回が初めてだからな。今回は負けねぞ!」

「ああ、こちらこそ。じゃあ、俺もISの確認に行って来る」

 春樹は一夏の下を去り、逆のアリーナの操縦者控え室に向かった。
 ちなみに、一夏と春樹の二人は小さい事からなんにしても勝負してきた。下校時間、どちらが先に家に着くか勝負し、テストではどちらが良い点数を取れるか、夏休みの宿題はどちらが先に終えるか。など、どうでもいいことを含め、勝負してきたのだ。 
 一方箒は、これからの戦う一夏と春樹が一体どうなってしまうのか不安だった。もしかしたらどっちかが死んでしまうんじゃないか、とも思えてしまったからだ。
 今日、この日まで結局ISによる練習が出来なかった為、訓練は剣道によるイメージトレーニングを続けていたが、あの二人が戦うとそこにスポーツという概念がなくなる。本当に人を殺すという殺気しか箒には感じられなかった。

「一夏……」

「ん? なんだ、箒?」

「い、いや…………春樹とはその……」

「ああ、アイツとは小さい頃からくだらないこととかで勝負してきたからな、今回もその一環だよ。どちらが上手くIS使えるか、っていったところか?」

 一夏は笑顔で答えたが、箒にはその笑顔が何を示しているのか……それがわからなかった。なにより、剣道での勝負時の殺気。それは今の一夏の言葉では到底説明しきれないようなものだった。

(一夏と春樹……。あんな二人だったろうか……?)

 結局のところ、二人に何があったのかは聞けなかった箒であった。


  ◆


 春樹は一夏とは逆側の操縦者控え室に来ていた。
 そこにはセシリア・オルコットが居り、何やら向こう側、一夏の居るところをずっと見つめていた。

「なんだ、まだ居たのかオルコットさん」

 春樹がセシリアに話しかける。するとセシリアは驚いたように春樹の方を見た。

「え、春樹さん!?」

「なんだよ、そんなに驚いて……当たり前だろ、今度は一夏と戦うんだから、どっちかがこっちに来るのは」

 春樹はため息をついて自分のISのデータを閲覧した。先ほどの試合は十分に武器の特性を知らないまま戦っていたのだから、しっかりと頭に叩きこ込むために。
 しかも今度の相手は一夏である。小さい頃から一緒にいた一夏は春樹の特性・性格・癖等、あらゆる点を知っている。今まで争ってきた人だし、人間観察は彼の方が得意だ。なんでも色んなところにすぐに気づく。

「あの……春樹さん」

「なんだい、オルコットさん」

「あ、私のことはセシリアで、呼び捨てで構いませんわ」

「そうかい、で、セシリア。何の用だい?」

 するとセシリアは申し訳なさそうに春樹の顔を見て言った。

「あの……何故あんなにも強いのですか? 春樹さんはISの起動が僅か二回目と聞きました。なのにあれだけの動き……、いくら身体能力が高いといっても……」

 セシリアの疑問は当然だろう。なにせ代表候補生として選ばれた自分のISの操縦技術は当然ながら自信があった。少なくとも、これから少しずつ覚えていく一般の生徒よりは上手くISを動かせる自信ぐらいはあった。
 しかし、ついこの間の入試試験の実技で初めて操縦し、今回ので二回目という春樹。
 彼の操縦はどう考えても物凄い長い間練習し続けた様なベテランの動き。とても二回目の起動とは思えない。春樹を少し不審に思ってしまうのは仕方が無いだろう。

「それはな、俺には守りたい人がいるんだ。その為に強くなったんだよ。まあ、ISは動かしてみるまで自分に動かせるかどうか心配だったけどね。でも、そんな心配は要らなかったよ。ISは自分の思うとおりに動いてくれた」

「守りたい……人?」

「ま、色々とな。過去に辛い思いをしてきたんですよ、俺は」

 春樹は少し微笑んで彼女にそう言った。

「そうなんですか……」

 セシリアは少々焦った。もしかしたらあんまり触れて欲しくない話をしてしまったのではないかと、セシリアは慌てて謝る。

「あ、あんまり触れて欲しくない事でしたのなら謝ります。すみません……」

 謝り出したセシリアに春樹はいままでの彼女とはまったく違う態度を取っている事に驚きながらも、セシリアのその行動をやめさせた。

「セシリア、やめてくれよ。そんな気にするほどの重い話でもないから」

「ですが!」

「あー、セシリア。そんなことより、俺はセシリアと仲良くしたいんだけどな……」

「え?」

 彼女は少々焦った。急に春樹がそんなことを言い出すものだから、セシリアも驚いてしまったのだ。

「俺、クラスのみんなと仲良くしたいんだ。成り行きでIS学園に入学することになっちゃったけど、それでもこうなったてしまったからには、うまくやっていかないとね」

「はい、それは嬉しいのですけれど……。もう許してくれたのですか? 春樹さん、あんなに怒っていらしたのに……」

 そう。このクラス代表を決めるきっかけになったのは、セシリアが春樹や一夏の事を侮辱してしまったことだ。そのときに春樹がもの凄く怒っていたことを、セシリアは気にしているのだ。

「ああ、そのことはもういいよ、気にしてないから。もう終わったことだしね」

 春樹は無理やりそのことについての話を終わらせ、しんみりしてしまっているこの場の空気を変えようとした。

「あの、ありがとうございます」

「気にすんなよ。それほどの事でもないじゃん」

 するとアナウンスが入った。一夏との対戦の時間だ。

「そういうことで、行ってくるよ」

「あ、はい。春樹さん、頑張ってくださいね?」

「分かったよ」

 そして春樹はISを起動させる。全身が白い装甲に包まれ、背中には大きな翼が広がる。本当に金属で出来ているのかと疑問に思うほどのしなやかで美しかった。
 そして春樹はアリーナの方へと飛び出した。
 目の前には白い装甲で大型のスラスターが印象的なIS、白式(びゃくしき)がそこにあった。
 すると、一夏の方から話しかけられた。

「よう、春樹。全力でお相手するぜ」

「オッケー、油断せずに行こう」

「ふふ、お互いにな」

 そして試合開始の合図を待つ。目の前に数字がカウントダウンされていき――その数字がゼロとなった瞬間、一斉に二人は動き出す。
 観客は何がなんだか 分からなくなっている。モニタルームにいる千冬と山田先生もなにが起こっているのか、肉眼で確認するのも一苦労なぐらいの高速戦闘が行われていた。
 一夏は長剣、雪片弐型を何回も何回も春樹に切りつける。だが、間一髪で春樹はそれを避けている。
 やはり一夏の白式は超高速型だ。しかも装甲が凄く薄く、一撃攻撃を受けただけでやられそうなくらい脆い。
 そういう点では春樹の熾天使(セラフィム)も同じような仕様だが、速さで言えば熾天使(セラフィム)の方が少々速かった。
 だが、その速さをものにしている春樹もその次に速いISを扱っている一夏も、正直言ってこの二人を止められるものはいるのかと問いたい位である。一人挙げるとすれば彼らの姉である織斑千冬だろう。ただ、春樹にとっては「姉のような存在」ではあるが……。
 春樹も目には目をという風に、一夏の剣に剣で挑んでいる。装備が雪片弐型しかない白式は熾天使(セラフィム)と違って接近戦特化型であり、オールマイティに対応できる熾天使(セラフィム)とでは接近戦になったときの対応力は断然違う。こうなれば、近距離攻撃の威力が高い白式が断然有利になる。
 しかし、春樹のプライドが遠距離戦に持ち込むなんていうつまらない事はしなかった。春樹は一夏に剣で勝負を挑みたいのだ。
 一夏はそんな春樹に答えるように今まで剣道で鍛え上げられた太刀筋がものをいった。もちろん、春樹もそれに遅れを取っていない太刀筋だ。

(春樹、中々やるじゃねえか。でも、これは俺の距離だ!)

 一夏は白式の必殺技である零落白夜を出すタイミングを窺っている。
 零落白夜とは、自分の稼動エネルギーを雪片弐型に集中させ、相手のシールドバリアーを切り裂き、相手に直接のダメージを与えることができる。
 すると、ISの機能である絶対防御なるものが発動する。
 これは操縦者の身の安全を守るための機能で、これが発動するとIS中のシールドエネルギーをあるだけ使い操縦者を守る。というものである。つまり、決まれば勝利といったような能力であるのだが、あくまで決まれば、というものなのでである。
 そしてこの零落白夜は、先ほども言ったとおり稼動エネルギーを大量に消費して使う能力。つまり使えば使うほどISの燃料がなくなっていく。限界を超えると白式は動かなくなり、使用不可になる。
 使うにしても三、四回が限度といった非常に使いにくい能力であるが、白式は装甲、シールドエネルギーを犠牲にした超高速型。使いこなせれば相手が気がつかないうちに仕留めるというのも可能なのである。
 一夏は切り札である零落白夜の出しどころをずっと窺っていた。
 春樹と一夏は互いに斬りかかるも互いの剣で弾くのみであり、致命的な攻撃は一度も入っていない。
 高速戦闘が続く中、一夏春樹に話しかける。

「おい春樹、そんなもんかよ。こっちはまだまだ加速するぜ?」

「こっちは使える武器がまだまだあるんだよ、油断すんな!」

 一夏の武器は雪片弐型しかないが、春樹にも近接戦闘用の武器はまだある。今使っている日本刀を模したシャープネス・ブレードに加え、鎌のビーム・サイズもある。更には近距離から中距離に対応できるブレイドガンもあるので、戦闘の柔軟性で言えば熾天使(セラフィム)の方が上なのである。
 が、それをしようとしない春樹は、最後まで剣で戦うということを守る気でいるようだ。

(でも、キツイな……。速さなら俺の方が上……。なら、やるしかないか、あ(・)れ(・)を)

 春樹の言う「あれ」とは相手の死角に入った瞬間に急加速をし、一気に相手との距離を詰めて一撃必殺を決める事である。これは織斑千冬も使っていた攻撃であり、名を瞬間加速(イグニッション・ブースト)という。
 そして、春樹はチャンスを掴む。一夏の死角を取ったのだ。

(今だ!)

 と思うばかりに急加速をし、一夏に向かって刃を向けた。春樹は正直勝ったと思ったのだが、一夏が少し微笑んだように見えた。一転して春樹は正直ヤバイと感じた。

(春樹、甘いぜ……その攻撃は俺には通用しない!)

 一夏はやはり千冬の実の弟だからなのだろうか、春樹の瞬間加速(イグニッション・ブースト)は完全に見切られていた。

(クソッ!! 仕方がない……)

 春樹は一夏の能力を見誤っていた。思った以上の力を見せてくれたのだ。
 彼を仕留めた雪片弐型は実体剣からエネルギーの刃へと変化していた。
 零落白夜。
 それこそが相手を仕留める一撃必殺の攻撃、切り札である。

「これで終わりだぁぁぁ!」

 一夏は春樹の攻撃をかわした瞬間、春樹の後ろに零落白夜を斬りつけた。元々耐久力のない熾天使(セラフィム)ならばこの攻撃でシールドエネルギーは〇になり、一夏の勝ちになる……はずだった。

「最後まで油断すんなよォ!」

 一夏は春樹のその一言を聞いた瞬間、目の前にはエネルギー弾があった。いきなりの攻撃に一夏はかわせなかった。
 一夏の攻撃を受けた春樹はシールドエネルギーが完全に0になる前にバスターライフルを展開して一夏に放ったのだ。

(ふはは……、一夏はやっぱり強ええな……。剣だけで倒すはずだったのにな)

 そして、ほぼ同時に両者のシールドエネルギーが0になった。
 結果は僅かなさで春樹のシールドエネルギーが0になったが、誰も一夏を勝者とも取らなかったし、春樹が勝者とも思わなかった。あれは完全なる引き分けだと、観客や先生方々はそういう判断を下したのだった。



  3


「――ということで、織斑君クラス代表おめでとー!」

 次の日学校の食堂にて、とある女子生徒が言うと周りの女子生徒も一斉に「おめでとう!」と言ってきた。
 現在、クラス代表が決定したということで小さいパーティーをしているのだ。

「って……なんで俺?」

 一夏は疑問に思っていた。確かにあの勝負は僅かな差で自分の勝ちだが、他の皆はあれは引き分けだよ。って言ってくれていたのに。何故、クラス代表が自分になってしまうのか。

「しょうがないだろ? 僅(・)か(・)な(・)差(・)で俺が負けてしまったんだから」

 春樹は悪い微笑みをしながら言った。一夏はこの微笑を見るといつも諦めることにしている。こうなった春樹には言葉で勝てないからだ。
 そして一夏は、横を見ると春樹がなにやらセシリアと仲良くしていた。いや、セシリアが春樹にべったりなのだ。

「お前ら、いつそんなに仲良くなった?」

 春樹は一夏の方に振り向くなり、とぼけた顔でこう言った。

「え、そんな風に見える?」

「ああ、見える」

 するとセシリアは顔が真っ赤になり、小さくなっていった。
 一夏はそんなセシリアを見て、春樹の事が気になっている、もしくは好きになったんじゃないかと悟った。
 するとそこへカメラを持った女子が一夏たちの前に現れた。

「はい、新聞局ですが、お話聞かせてもらえますか?」

 やはりISを使える男、そしてクラス代表になったのはその男、
という話題に新聞局が食いつかないわけがなかった。しかも先日の一夏と春樹の試合は学園内で一夜にして有名になったのだ。目にも留まらぬ速さでISを動かしていた、あれほどの試合は見たことがないというのが生徒たちの感想。
 これを取材しなかったら新聞局は何をやっているんだ、とツッコミが入るだろう。

「では、クラス代表の織斑一夏さん。なにかコメントをよろしくお願いします!」

「え……えっとぉ……」

 一夏はいきなりの事で言葉を失う。とりあえず何か言っておかないと、間違った印象を皆に植え付けてしまう可能性があると思い、深呼吸をして話し出す。

「俺は……今までコイツ、春樹といつもくだらない勝負で争っていたんです。だから、今回の試合もその一環というか……そんな感じでISで勝負していました。でも正直、今の俺は春樹より実力的には負けていると思っています。でもクラス代表となったからには今度のクラス対抗戦は必ず勝ちたいと思います!」

 思った以上の若干シリアスがかった感じで話し出す一夏、周りの雰囲気も何故だかシーンとしてしまう。

「あ、あれ? 俺変なこと言った?」

 焦る一夏。新聞局の女の子は困った表情をする一夏をこちらも慌てながらもフォローした。

「い、いえ。思ったより、重めの話だったから……。こちらとしては軽い感じでよかったんだけども。まぁ、大丈夫。ありがとうございます。では、今度は代表候補生のセシリア・オルコットさんにお話を伺いたい。今回、男性のIS乗りと戦ってどうでしたか?」

 セシリアは先日の試合を思い出していた。あの葵春樹の事を。
 確かにいい勝負だった。自分だって本気を出して全力で相手になったというのに、それでも彼に負けてしまったのだ。こうなってしまった自分が腹立たしかったし、自分の練習不足を悔やんでいた。
 だが、そこには清々しさも僅かながらあった。
 昨日の試合を思い出したセシリアはカッと体が熱くなった。この感じは昨日シャワーを浴びていたときに感じたのと同じであった。彼女はこの感じは一体何なのか、それに悩まされていた。

「ど、どうしたのかな? オルコットさん?」

 新聞部の人の言葉でハッと我に返ったセシリアは慌てて言葉を出す。

「は、春樹さんは、とてもお強い方です。恐らくとてつもない努力を続けてきたのでしょう。私なんかより、ずっと、ずっと。だから、今回の負けを糧にして、自分をより上のステージへと登ることが出来るように精進しようと思っています」

「ふんふん、なるほど! ありがとうございます! では最後に一年生の期待の星! 葵春樹君にお話をお聞きしたい!」

 春樹は落ち着いた雰囲気でこう言った。

「昨日の試合はまだISを起動させて二回目なんですが、思ったより上手く動かせてよかったです。一夏との試合は負けてしまいましたが、今度戦う事があれば次は必ず勝ちたいと、そう思っています」

「はい、ありがとう! では最後に、三人で写真でも取ろうか! はい、並んで~」

 するとセシリアがパァと明るい表情になり、

「写真ですか? その写真は私にも貰えますか?」

「え? ああ、いいですよ、もちろん」

 セシリアはよしっと言った感じに小さくガッツポーズをした。そしてセシリアは春樹の腕を引っ張って春樹と横になるようにした。
 一夏は春樹の横に行き、並び準は右から一夏、春樹、セシリアと言った感じになる。

「じゃあ、いきますよ~、ハイ、3246+4454 は~?」

「え!?」

 一夏はビックリした、ぱっと聞いて答えられるような問題ではない、っと思うが、しっかりと聞いていれば実に簡単な問題だ。

「7700」

「正解!」

 春樹がさらっと答えを言ってパシャっとカメラのシャッターが押される。だが気がつくと周りにはクラスの皆がいた。どうやら取る瞬間にカメラに写るように入り込んだらしい。
 それでもって箒はキチンと一夏の隣のポジションをゲットしていた。

(ナイスだ、箒!)

 春樹は箒の方を見て微笑みながらそう思った。
 一方、箒自身はこの皆の流れに身を任せて一夏の隣をゲットしようと必死になっていたのだ。
 案の定一夏の隣をゲットした箒は微妙に一夏の制服を掴んでいた。一夏が気がつかない程度でしているつもりでいるようだが、一夏は流石に気づいてしまう。
 チラッと横を見ると箒が自分の袖をちょこっと握って恥かしそうにしているところを。
 そんな箒を見て、ドキッとしてしまう一夏。今までこんな感じになる事はなかったのに、なんか意識してしまう。

(ほ、箒……? えっと……なんで顔を赤くしているんだ!?)

 一夏がそんなことを考えながら箒を見ていたものだからそれに気づいた箒は恥かしくなりパッと手を離した。周りの女の子達はその様子を見て篠ノ之箒は織斑一夏を狙っている。幼馴染ってずるい。と思っていた。



[28590] Episode1 第四章『クラス代表対抗戦 -Match-』
Name: 渉◆ca427c7a ID:3799dadf
Date: 2012/10/13 13:44
  1


 クラス代表決定パーティーを終え、部屋に戻ってきた一夏と春樹の二人はある意味疲れ切っていた。
 二人とも部屋に帰ってくるなりそれぞれのベットにダイブする。

「今日はお疲れ、一夏……」

「ああ、疲れたな……」

「そうだな、早く寝ようぜ」

「ああ、そうだな」

 二人は、制服を脱いで、シャワーをどちらが先に使うか、じゃんけんをした。結果は一夏の勝利。一夏は先にシャワーを使い、最初に眠る事ができる権利を得た。

「じゃあ、先使わせてもらうぞ~」

「ああ。早くしろよ」

「分かってるよ」

 一夏は自分の着替えを持ってシャワールームに入っていく、そして春樹は今後の事を考えた。

「さて、どうしたものか。一夏、まさか本当にお前がな……今頃だけど」

 春樹は一人呟いていた。なにやら意味深な事みたいだが、今この現状では何も分からないのがもどかしい。
 すると、春樹は携帯電話を手に取り誰かに電話をかけた。プルルル、と電話のコール音が春樹の耳元で響く。三コールほど鳴ったところで相手が電話に出た。

「もしもし、束さん?」

 その電話の相手の束とは、かのISの開発者であり、篠ノ之箒の姉である篠ノ之束のことである。

『もしもし~春にゃん? どうしたの~?』

 電話からは陽気な軽い感じな声が聞こえてくる。その声は可愛らしく、束と箒、どちらが姉なのか声だけでは分からないぐらいの幼さを感じる。

「その春にゃんって呼び方よしてくださいよ……。で、一夏の事なんですけど」

『はいはい、分かってるよ、春樹の聞きたい事はね。やっぱり一夏は春樹と同じだろうね。昨日の戦闘映像見せてもらったけど、IS起動が二回目であれだけの動き、そうじゃないと理解できないよ』

 急に言葉が軽い感じから重い感じにシフトする。それに合わせたように春樹もいつもより声が低めになる。

「やっぱりですか……。で、箒の方は?」

『箒ちゃんは、そうだね……。とりあえず、IS自体は完成してるんだけど――』

「対応するコアが見つかっていない」

『うんそう、一夏のコアは分かりやすかったんだけどね~』

「そうですね。で、俺の機体って、いったいアレは何なんです?」

 そう。春樹のIS、熾天使(セラフィム)は他のISと比べて極めて異端なデザインだった。装甲はとても薄く、とてもスマートなボディ。まるでISではないものを見ている様だった。

『ああ、ビックリしてくれた~? 春にゃんのは今までにないくらいのスマートなデザイン。今までないような感じにしてみました~、どう、気に入った?』

「はい、気に入りました。最高の機体ですよ」

『気に入ってくれて何より~! 結構あれ作るのに苦労したんだよ~」

「それはそれは、ありがとうございます、束さん」

 すると一夏がシャワールームから出てきた。

「ふぅ~、いいぞ、春樹」

「おう。じゃあこれで……はい」

 そう言って通話を切る春樹。そして立ち上がってシャワールームに入ろうとした。

「って、春樹、誰に電話してたんだ?」

「ああ、ちょっとな」

 春樹は誤魔化すように颯爽とシャワールームに入っていった。
 一夏はそんな春樹を見て首を傾げた。
 気になった一夏はシャワールームに侵入し、春樹の携帯電話の履歴を確認しようと企んだ。
 そっとシャワールームのドアを開け、洗面所に立ち入る。さらに奥にシャワーがあり、洗面所には春樹が脱いだ制服がある。一夏はそっと春樹の制服を広げ、春樹の携帯電話を探した。横からはシャワーの流れる音が続いている。どうやら春樹は一夏に気付いていないらしい。一夏はそのチャンスを逃さないように素早く携帯電話の履歴を確認した。
 そこには篠ノ之束の表示。それを確認した一夏。するとシャワーの音が止む。一夏は慌てて最初となんら変わりない状態に手早く戻し、シャワールームから去った。



  2


 次の日、クラスにて一夏と春樹は女子達と話していた。最近はそれなりにクラスの女子と仲良くなってきた二人は、ある意味安堵している。
 話の内容は近日に行われるクラス対抗戦についてだ。
 現在、専用機持ち生徒がいるクラスは一組と四組であり、一夏たちのいるクラスは一夏と春樹とセシリアの三人。四組には四人いるらしい。
 そして、中国人の編入生がやってきたという話も出ている。学校が始まってまだ数日しか経っていないのに編入生とは、どんな事情があるのだろうか……。

「ま、クラス対抗戦は私達のクラスと四組だけだから余裕だよ」

 とある生徒がそう言うと、教室の入り口の方からなにやら聞き覚えがあるような声が聞こえてきた。

「それはどうかしら! 二組にはこの私が来たんだから、そう簡単にはいかないよ!」

 そこにいたのは少々小柄でツインテールの女の子が右手を腰に当てて立っていた。
 一夏と春樹がそこにいる女の子をじっと見つめる。その人が自分達の知っているあの人だということをよく確認して、一夏と春樹は一斉に声をかけた。

「「鈴じゃないか! 久しぶりだな!」」

 二人の声がきれいにハモる。
 彼女は彼らが小学校五年生の初めに転校してきた中国人の女の子、鳳鈴音(ファン・リンイン)その人だった。
 鈴音は彼らが中学校二年生のときに突然転校してしまったのだが、なんというめぐり合わせだろうか。
 この学園では箒といい鈴音といい、一回別れてしまった人たちとよく再会する。
 一夏と春樹はなんだかんだ言ってとても嬉しかった。

「そう、中国の代表候補生の鳳鈴音よ! 今日は宣戦布告に来たってわけ!」

 その鈴音の発言にクラスがざわめく。そして春樹は微笑みながら言った。

「ほー? あの鈴がそんなことを……。これはどうするか。なあ一夏?」

「ま、できるだけやってみるよ。そうか、鈴も代表候補生なんだな……」

 一夏はしみじみそう思ってしまった。
 小学校五年生から中学校二年生の三年間だけだが仲良くやってきた親友の一人だ。それが中国の代表候補生となって自分の前に現れた。まさかこんな事になるとは思いもせず、ただ懐かしき親友の再会に胸を躍らせていた。
 そして春樹も一夏の隣に立って。

「そうだな、鈴も代表候補生なんだよな。でも、相変わらずちっこいなぁお前は」

 と、頭をポンポン叩きながら言う春樹に怒ったのか、鈴音はこう言った。

「な、なんて事いうのよアンタは!」

 と叫んだその瞬間、黒いスーツに身を包んだ美しい女性が鈴音の後ろに現れた。その女性は鈴音の頭に拳骨をする。
 ゴンッ!! という鈍い音が教室に響く。
 鈴音は突然の衝撃に驚いて両手で頭を押さえ、

「痛った~。って、何を――」

 鈴音は振り向き、拳骨をした人物を確認するなり言葉を失った。
 何故なら振り返ってそう言おうとした相手は織斑千冬だったからだ。

「もうショートホームルームの時間だぞ」

 鈴音はまずいといった感じの苦い顔をした。そして何故だか言葉が硬くなる。いや、身体も強張っていた。

「あ、ち、千冬さん……」

 こんなにも鈴音がガチガチになるのは理由があり、どうも千冬のことが苦手なのだという。
 その理由としてはやはりあの目力と、どことなく漂わせる怖い雰囲気だと彼女は言っていた。

「学校では織斑先生と呼べ。さっさと自分のクラスに戻れ、邪魔だ」

「す、すみません……」

「また後で来るからね。逃げないでよ、二人とも!」

 と言って鈴音は自分のクラスに帰っていった。


  ◆


 そして昼食時、一夏たち皆で食堂の方へ来ていた。
 鈴音は相変わらずラーメンを頼んでいた。昔から彼女はラーメンが好きだったのだ。

「相変わらずラーメンが好きだなぁ、鈴」

 春樹は鈴音に向かってそう言うと、彼女はこう言った。

「だって日本のラーメンって美味しいんだもん。なんで私の国より美味しいのよ」

「たぶん出汁とか、麺とか、そういうのをこだわって作っているからじゃないかな?」

 一夏が思うことを言うと、鈴音は納得したかのような仕草をして、先に座っているからとテーブルの方へ向かって行った。
 昼食が完成するなり、自分の日替わりランチを持って鈴音のことを追いかける。次に春樹も自分の昼食を持って一夏の事を追いかけた。
 開いている席に座る一夏たち。何故か知らないが、一夏と春樹と鈴音が使っているテーブルの周りにはその他に誰もいない。何故か一緒の席に座ろうとしないのだ。
 そんな光景を見るなり、春樹は箒に向かって、大丈夫だからこっちに来い、と手招きした。
 彼女は言われるままにこっちの方へ近寄り一夏の隣に座る。
 すると何故だかセシリアもついてきて彼女は春樹の横に座った。

「一夏、とりあえず鈴の事教えたらどうだ?」

 春樹は彼女達の疑問に答えるべく、一夏に鈴音の事を説明するよう促した。

「あ、そうだ。箒は鈴の事知らなかったもんな。えっと、箒が引っ越してしまった次の年に鈴が転校してきたんだ。まぁ、彼女とは良くも悪くも小中学校時代を共に過ごした親友ってとこかな……」

 鳳鈴音は一夏と春樹にとってよく一緒に遊んだ良き女友達だった。
 日本にいた頃はそこで中華料理店を営んでおり、良く一夏と春樹はそこの中華料理店に食事に行ったものだった。
 そのときには鈴音が凄く歓迎してくれていたものだ。

「そうねぇ。あの頃は楽しかったわね~」

 と彼女が言うと、一夏はとある疑問をぶつけてみた。

「ってか、いつ代表候補生になったんだ?」

 という疑問に答える鈴音。

「まあ、中国に帰ってから、色々とあってね。てかアンタ達こそニュースで見たときビックリしたじゃない!」

 一夏と春樹はあの入試試験の時にISを動かしてしまった。
 あの時はメディアに大きく取り上げられ、全国ネットでそのことがニュースになっていた。ISを動かす事ができる男現る。の様な感じで放映されていたのだ。

「まあ、俺らもまさかこんな事になるとは思わなかったよ。ISを動かせるだなんて、自分でもビックリだよ」

 春樹は鈴音に入試試験当時の事を言い聞かせる。
 その一方一夏は昨日の春樹の電話相手が篠ノ之束だったことについて気になっていた。
 何故、春樹は束と連絡を取っているのか。正直、春樹は彼女とはあんまり仲良くなかったし、今になって電話するなんてどういうことだろうか。
 そもそも箒の姉は行方不明ではなかったのか。彼女と自分の知らないところで何かしらの交流があったのか。色んな考えが頭の中で渦巻いている。

「って一夏、聞いてる!?」

 鈴音が考え事をしていた一夏に声をかけた。一夏は焦りながらそれに応答する。
 その際、春樹の方をチラッと見るが、特に気にしていないようなので変に焦った自分が馬鹿だったと思う一夏であった。

「で、何だって?」

 一夏は何の話だったか鈴音に尋ねた。

「はぁ……だからあんた達の入試のときの話よ」

 だが、一夏は慌てた様子を隠し切れないまま応答してしまった。

「ああ、あのときか。あの時は春樹の様子も変だったよな。いつもの春樹じゃないってかさ…………」

 一夏はあの時、あの入試の日の春樹がいつもと違う雰囲気だったのを思い出した。
 そうだ、あの時IS学園の試験会場らしき所に行ってしまったのが、春樹が意図的にやった事だとしたら……。しかし、何のために? 一夏はまた頭が混乱してしまう。

「一夏、一体どうしたというのだ。今日の一夏はなんか変だぞ?」

 箒が一夏の事を心配していた。
 彼女は今日の今このときまで一夏の異変に気付いた彼女は一夏の事を観察していた。
 しかし、妙に春樹の事を気にかけてそわそわしている様子だったのを箒は覚えていた。いったい一夏に何があったのか。箒は本気で一夏の事を心配していた。
 そしてセシリアも、言葉を出さないが、一夏が少し変だということに流石に気付いていた。何か春樹の事を気にしている。いったい彼らに何があったのか。気になるセシリアであった。

「い、いや。なんでもない。じゃあ、先戻ってるわ」

 一夏は食器を持って、先に戻ってしまった。

(やべーよ俺。もしかしたら大した事でもないかもしれないのに。なんか焦ってるよ俺、動揺しまくりじゃねえか……。とりあえず落ち着かなくちゃな)

 一夏はゆっくりと深い深呼吸をして教室に戻っていった。


  ◆


 放課後、一夏と春樹は箒と共にISの特訓をするべく、アリーナの方へ来ていた。
 更には、クラス代表選出戦で戦い仲良くなったセシリア・オルコットも同席する事になった。

「一夏、お前の装備はその雪片弐型しかない。じゃあ、接近戦しか出来ないわけだよな。だから、今回はセシリアと戦ってみろ。遠距離特化型のブルー・ティアーズとなら、そういった戦闘に慣れることが出来るだろうしな。とりあえず今日はセシリアの全方位攻撃をひたすら避ける練習だな」

 一夏の白式(びゃくしき)には、近距離戦闘用の長刀である雪片弐型しか装備がない。
 しかも、本来ISは後付で装備を増やす事ができる領域が存在しているが、白式にはそれが無く、完全なる近距離戦闘特化型ISであり、近距離戦闘を有利に行うための大型のスラスターによる高速移動。そして、一瞬で最高速度近くまでスピードを出す高等技術である瞬間加速(イグニッション・ブースト)がある。
 これらを使いこなせれば、相手がどんな装備だろうと懐に潜り込む事が可能だろう。
 しかし、あくまで“使いこなせれば”なのである。
 春樹の熾天使(セラフィム)はIS中でナンバーワンの加速力・最高速度を誇るISだ。そして、その次に低いのが一夏の白式(びゃくしき)である。
 こういった機体特性故に、攻撃を受ける事は許されない。正に当たらない事を前提に作られていると言わんばかりである。

「わかりましたわ、では一夏さん。お相手願いします」

「おう、よろしくな」

 一夏とセシリアは空へ飛び上がり戦闘を始めた。
 セシリアも一夏も、春樹との戦闘のときとは比べ物にならない位進化していた。セシリアに至っては相手の動きを予測しながらの射撃をし、一夏を苦しめている。
 一方一夏は、そのセシリアの的確ないやらしい射撃をかわしている。
 しかも、迷いがなくスムーズにブルー・ティアーズの全方位ビット攻撃を細かい動きでかわしているが、春樹の目には無駄な動きが多く映っていた。
 もう少し動きを小さくして、最小の動きで相手の攻撃をかわす。それまで突き詰める事が出来れば合格ラインだと思っている。
 そして春樹は箒の方を見て。

「じゃあ箒、こっちも練習しようか」

「ああ、よろしくな春樹」

「とりあえず箒はその打鉄(うちがね)を使いこなせるようにならないとな。土台作りが完成すれば、応用が利くようになるし、下手すれば専用機持ちをも倒せるようになる」

 打鉄(うちがね)は純国産の第二世代ISで、性能面では非常に安定しており、練習機としては最高のISである。
 しかしながら、この打鉄(うちがね)でも突き詰めていけば実戦でも十分戦えるISである。

「箒はさ……強くなりたい?」

 春樹は急にそんな質問を箒にした。すると箒は困ったように、

「強くなりたいか……。そうだな、出来るなら強くなりたいな」

「そうか、じゃあ、強くなりたい理由って聞いても大丈夫か?」

 と、追加の質問を箒にするが、更に困ったような顔をして、

「理由か……私は……まだ強くなりたい理由を持っていないな」

 箒の顔は少し自信を失ったようなものだった。それを見た春樹は微笑んでこう返す。

「じゃあ箒、宿題な。自分が強くなりたいのなら、その理由を考えておく事。強くなりたいならその理由をはっきりさせないとな。人間はな、目標があれば努力できるんだ。それを覚えておけよ」

「わかった。簡潔でいい言葉だな……。考えておくよ」

 箒は目を閉じてゆっくりと頷いた。そして目を瞑ったまま数秒。なにやら意思が決まったように先程とは目の色が違っていた。
 そんな箒を見た春樹は勢いよく、

「じゃあ、訓練始めようか!」

「ああ、よろしく頼む。春樹」

 春樹は白い翼を広げ飛び立つ。箒もそれに続き、日本の武将の鎧を連想させるグレーの機体、打鉄(うちがね)が空へと舞った。


  ◆


 鳳鈴音はその四人の訓練をアリーナの観客席から見ていた。特に一夏と春樹を中心に。
 見れば見るほど、ちょっとした絶望を感じる。
 なんせ、彼らはISの操縦がとても上手かったのだ。一夏は無数に飛んで来るエネルギー弾を華麗に避けている。ビット攻撃による全方位攻撃だというのに当たる気配がまるでないのだ。
 そして、春樹はなにやら基礎的なことをやっている。恐らく操縦が全然慣れていない人に教えているのだろう。
 しかし、そういう基礎的なことは、その人の実力がすぐ分かってしまうものだ。そういう土台作りがキチンと出来ている人ほど、ISの操縦は上手い。
 特に春樹は非常に上手だった。地上に立っている状態からの上昇。上手な人ほど、安定していて、真っ直ぐに飛ぶし、初速が速い。そして加速、上昇し、そこから急降下。それから完全停止する。
 つまり、地面に着く直前でホバリングし、安全に地面に足をつく方法であり、それは地面に近ければ近いほど隙が小さくなる。
 ただ、上手い人でも床上十センチ位であるが、春樹は床上一センチと言ったところでホバリングしていた。正直、狂気の沙汰である。
 それに驚愕した鈴音は、

(はぁ!? 何なのよ、アイツ。頭のネジが二、三個吹っ飛んでる!?)

 そして練習している篠ノ之箒はやはり地面からまだ距離があり、随分と高い位置で止まっている。
 普通はそうだ。まだ慣れない内は恐怖との戦いである。その恐怖と戦い、自分の技術を信じる事で初めて地面ギリギリまで寄れるのだ。
 しかし、春樹はまだISを操縦してまだ何日も絶っていないはずなのに、あれだけのことをやっている。彼のISの操縦テクニックは異常だ。

(あいつ、本当にISに触れて数日しか経っていないの? もしかしたら、皆が気付かないところでずっと前からISの操縦の特訓してたりして……ってないか)

 鈴音がそうこう考えているとみんなの特訓が終わった様で、その場からいなくなっている。すっかり周りは暗くなってしまい、今頃皆は夕食を食べている時間だろう。
 彼女はとりあえず夕食を取るためにアリーナから立ち去った。
 そして考える。
 クラス対抗戦は本当に勝てるのか。今回戦うことになるアイツ――一夏という天性の才能を持っていると言わんばかりの彼らに自分は勝てるのか、と不安になっていた。



  3


 数日後、五月一〇日。
 ついにクラス代表対抗戦が行われる事になった。
 これは新一年生のクラスから代表者を出し、競う行事であり、更に優勝者にはIS学園付近にある洋菓子店のデザート食べ放題券が渡されるため、クラスの女子は代表者である一夏に絶対優勝するように、と言われていた。
 一夏はこの日の為に今まで特訓を続けていた。最初は回避行動を突き詰め、さらにそこから反撃できるように、主にセシリアを相手にして頑張ってきた。
 現在、一夏たちはトーナメント表の前に来ている。もちろん対戦相手を確認するためだ。
 しかし、まだ対戦相手はわからない状態にある。緊張する中、トーナメント表をじっと見つめる一夏と春樹。
 そしてついにトーナメント表に対戦相手の情報が表示された。
 一夏は自分は誰と戦うのか確認すると、なんと一回戦の一番最初であり、一夏の横に書かれていた名前は鳳鈴音その人だった。
 いきなり鈴音と戦う事になり、一夏は少し楽しみに感じていた。

「初戦から鈴とか。頑張れよ、一夏」

 春樹はトーナメント表を見るなりそう言った。

「ああ、鈴か……どんな機体なんだろうな?」

「まあ、それは山田先生に聞いてみるか」

 彼らは、その場から立ち去り山田先生の事を探す。とりあえず職員室に向かった彼ら。
 しかし、そこには山田先生がいなかった。恐らくこういった大きな大会だからアリーナのピットにいるのだろう。
 一夏と春樹はアリーナの方へ向かい、職員がいるであろうアリーナのモニタルームの前に立つ。

「失礼します」

 そう言って一夏と春樹の二人は入室した。 そこには山田先生と千冬がいた。一回戦の最初の試合が一夏の試合の為、既にスタンバイしているのだろう。
 やっぱりここか、という風な顔をする二人。

「聞きたいことがあります。鳳鈴音の機体ってどんな感じなんですか?」

 一夏は山田先生に聞くと、すぐに山田先生が説明してくれた。
 鳳鈴音が扱うIS名前は甲龍(シェンロン)という。甲龍の装備、双天牙月(そうてんがげつ)は大型の二本の青龍刀であり、それらを連結させると投擲武器として使用できる。
 そして、甲龍最大の特徴である龍砲(りゅうほう)は空間自体に圧力をかけ、砲身を作り、衝撃を砲弾として打ち出す衝撃砲。砲弾だけではなく、砲身すら目に見えないのが特徴。砲身の稼動限界角度はないらしい。
 以上が甲龍の装備であり、特に目立ったものはない。しかし言葉は悪いが、こういう地味なものほど実戦向きで扱いやすい。
 聞く以上に注意していないといけない相手である。

「なるほど、鈴はそういう機体か……コイツは厄介だな一夏」

「ああ、みたいだな」

 今まで一夏は回避を中心に特訓はしてきたものの、見えない砲弾となると少々つらいものがあるし、白式(びゃくしき)は装甲が薄い為、当たる事すら許されない。
 だから、この勝負に勝つには最初の龍砲の攻撃をいかに対処し、見極めるかが勝負のカギとなるだろう。

「――だから一夏、鈴と相手するときは迂闊に近寄らない方が良さそうだな。上手い具合に龍砲の発射を誘って、それを見極めるしかない。龍砲の発射後が零落白夜のチャンスになるだろうよ」

「みたいだな……上手くやるよ。絶対に勝つ!」

「おう、頑張れよ!」

 しかし、一夏の成長速度は異常だった。それは代表候補生であるセシリアをも凌ぐ成長で、彼女の放つ何発ものビーム攻撃を余裕を持って華麗に避けれるようになっていた。
 もちろん、セシリアも成長していないわけではない。彼女も流石代表候補生だけあって、一夏との練習で、色々なものに気づき、それを自分のものにしていった。それによって、セシリアはさらに強くなったはずなのである。
 なのに、一夏はそれを凌いでいた。
 これが天性の才能……というものなのだろうか?
 一夏は自分のISのチェックをしている。
 試合まで後三〇分。
 なんだかんだでクラス代表になったが、代表になり、ここまで頑張ってきたからには優勝したいし、クラスの皆に食べ放題券をあげて喜んでもらいたいと、一夏はそう思った。
 やはり彼はどこまでも優しい。そんな風に他人を思いやることを普通にやろうとする。
 それが一夏の良い所である。箒が彼に惚れたのはそこにあるのかもしれない。
 彼女は剣道をやっていたからか力が強く、そのことから“男女(おとこおんな)”と呼ばれ、小学生の頃いじめを受けていたことがあった。それを自らやめさせたのは一夏であった。正直、男の春樹から見てもあの行動はカッコいいと思ったのだ。
 そして助けられた箒はこれをカッコいいと思わないはずも無く、結果一夏に惚れたのだ。
 現状では地味にアピールを続けている箒。ISのチェックをしている今でも箒は一夏の隣で話し相手になっている。
 一夏がこの程度で気になる女性になる事は難しいだろう。特にお互いに色んなことを知ってしまっている幼馴染は。
 しかし、まだ希望はある。もしこれが小学生のころから今まで一緒、ということになれば確実に彼女彼氏という関係になる事は難しかっただろう。
 何故なら、“今まで一緒に仲良くやってきた篠ノ之箒”という認識にしかならないのだ。今まで楽しく仲良くやってきたことが当然で、そういう関係になるなんて考えられないからだ。
 だが、彼女は一回離れ離れになったということが逆に恋愛の発展に貢献しているといっても過言ではなかった。
 しかも六年ぶりという長い期間であることが、一夏を振り向かせるには十分なアドバンテージになりうる。
 春樹は遠くで二人を見ていた。
 その雰囲気についニヤニヤしてしまっている。彼にとってこの二人の幸せは、間接的にではあるが、自分の幸せになりうるのだ。
 何故なら、一夏と箒は昔からの親友で、大切な『仲間』でもあるから。
 理由はそれだけだ。
 とても簡単な理由。
 だが、それで十分だ。

「お前は、何ニヤニヤしてるんだ?」

 すると千冬が春樹に向かって話しかけてきた。

「いや、あの二人を見てるとつい。あはは……」

「そうか、確かに仲良くしているあの二人は微笑ましいな」

「俺はあの二人を応援してるんですよ。くっついたらいいな~って」

「そうか……。それそろ時間だ。葵、織斑に声をかけてやってくれ」

「わかりました」

 春樹は一夏の方へ近づいて、そろそろ試合の時間だとい事を伝えた。
 しかし、春樹は気になっていた。さっきの千冬の雰囲気である。なんだか残念そうというか哀愁漂うというか……。

(あいかわらず千冬姉ちゃんは一夏に依存してるよな)

 春樹はそう思っていた。
 千冬は昔からそうだ、一夏のことが大好きなんだろう。それは当然恋愛対象として、ということではない。家族として、弟として一夏の事が大好きなのだ。
 それを世間ではブラコンというのだろうか……。


  ◆


 ついに試合のときがやって来た。今、ピットには一夏が白式(びゃくしき)を身に纏い、試合のコールを待っている。
 春樹や箒、セシリアは千冬、山田先生とモニタルームでモニタを見つめて一夏の事を見守っている。今まで共に特訓してきた仲だ。是非勝って欲しい。
 そして、ついに第一回戦の開始を宣言された。
 一夏と鈴音は共にピットからアリーナの方へ飛び出す。

「一夏、手加減はしないわよ!」

「こっちこそ、お前には負けないからな」

 目の前にはホログラムで一夏と鈴音の名前が投射されていた。
 そして、試合開始のカウントダウンが行われる。
 一〇から九、段々と数字が小さくなっていき――ついにその数字は〇となった。
 その瞬間、試合開始の音が大きく鳴り、両者一斉に動き出す。
 最初は両者共々様子見の動き、そして最初に動き出したのは鈴音だった。彼女は双天牙月(そうてんがげつ)を一夏に叩きつけるように攻撃した。その重い攻撃はまともに喰らったら致命傷を負ってしまうだろう。
 しかし一夏はスピードがあまりないその攻撃を軽くかわす。
 そう、鈴音の甲龍(シェンロン)の弱点はスピードだ。超高速型の白式(びゃくしき))が高速移動を利用しだすと、鈴音は非常につらくなる。
 一夏は決して動きが止まる事はない。止まってしまえばたちまち龍砲の餌食になってしまう。
 しかし、無闇に鈴音に攻撃をしようとしても龍砲の餌食になってしまう。
 試合は防戦一方の膠着状態。一夏はずっと動き回り、鈴音の双天牙月の攻撃をかわし続けている。
 痺れを切らした鈴音はついに龍砲を使い出す。
 しかし、動き回る一夏に当たる事はなかった。
 その瞬間、一夏が動き出す。一直線に鈴音に向かう一夏、彼が手に握っている長刀、雪片弐型は実体験からエネルギーの刃になる。
 零落白夜。
 一夏はそれを起動させ、鈴音に切りかかろうとするが、それは中止せざるをおえなかった。
 鈴音が『龍砲』を発射したのだ。

「なっ……!?」

 一夏は龍砲の銃口が光っているのに気がつき、緊急回避を行った。無理やり身体を右に動かし、間一髪で龍砲の攻撃をかわす。

「ふん、連射は出来ないと思ったの? でも私の龍砲は二門あるのよ?」

 そう、鈴音の龍砲は背中の左右に一門ずつ、合計で二門あるのだ。右で一発撃ち、そして左で続けて撃てば二連射できるのだ。
 それに気がつかなかった一夏は自分で自分を責めていた。

(くそっ!! なんでそれに気がつかなかった!? 連射は不可能と踏んでいたが、これだと上手くやればずっと龍砲を撃ち続けられる……)

 もし、片方の龍砲を撃ったときに、次の発射までのタイムラグがほとんどなければ右の龍砲を撃ち、そして左を撃つ。そして今度は右の龍砲を……とできるかもしれないのだ。

(こればっかりは、試してみないと分からないな……)

 一夏は覚悟を決めて鈴音に突っ込む。
 勿論、鈴音はそんな直線的な接近は許すはずもなく、龍砲を撃ち込む。しかしそれはかわされる。次に先ほど撃たなかったほうの龍砲で一夏を追撃、しかしそれもかわされる。

(なんで……砲弾は見えないはずなのに……なんでそんなに悠々とかわせるの!?)

 鈴音は一夏が軽々と龍砲の攻撃をかわしていることに驚いていた。あまりにも余裕な表情でかわしているものだから、鈴音が驚くのも無理はない。
 しかし、現実は違った。一夏もいっぱいいっぱいだった。見えない砲弾・砲身というのをかわすのは精神をすり減らしていく。
 しかし、龍砲は発射する際、龍砲自体が僅かに発光する。それを見た一夏は砲弾を撃ち出すタイミングを感覚だが見計らってその瞬間にかわしているだけだった。
 いつ被弾してもおかしくはない。
 そんな状態が続いていた。

(やっぱり、発射した後のタイムラグはほとんどない……)

 それはつまり連射が可能だということが分かったのだ。

(そうなれば、瞬間加速(イグニッション・ブースト)しかないか……)

 そう思った一夏は作戦を変更。死角を突くような動きに変わる。
 鈴音も一夏の動きが変わったのは分かっていたが、作戦までは分からなかった。
 一夏は、龍砲を動き回ってかわす。そして上手い具合に鈴音の死角になるような位置に来る。
 一夏を見失った鈴音は、センサーを頼りに一夏をもう一回視界に入れる為、後ろに目をやろうとしたとき、一夏は一瞬で最高速度になり、鈴音に斬りかかる。

「しまっ――」

 その瞬間だった。
 鈴音の後ろにエネルギー弾が飛んできた。
 しかもアリーナ全体を覆っているエネルギーバリアをも壊すほどの攻撃力。一夏は急遽、零落白夜の起動をやめて鈴音を庇う姿勢に入る。

「鈴!!」

 一夏は叫んで鈴音の事を抱えた。そのときの白式(びゃくしき)は最高速度をマーク。一体なにが起こったかわからないまま鈴音のことを助けた。
 さっきの奴は地面にぶつかったのか大爆発がおき、そこにはクレーターが出来ていた。
 そして、そこから現れたのは全身黒く、腕が地面まであった。全身がISの装甲で包まれたのフルアーマーのISだった。

「なんだよ、これ……」

 一夏はつぶやく。

『試合中止! 織斑! 鳳(ファン)! 直ちに退避しろ!』

 一夏と鈴音のISには千冬が放ったその言葉が響いていた。


  ◆


 モニタルームにいた山田先生、織斑千冬、篠ノ之箒、セシリア・オルコットはたった今不法侵入してきたISを確認していた。
 山田先生はすぐさま一夏と鈴音にこれから先生達による制圧部隊を送るから、すぐさま逃げるように言ったが、一夏はまるで言う事を聞こうとはしなかった。アリーナに取り残されている生徒達が逃げるか、その制圧部隊が来るまでは持ちこたえると言っている。
 山田先生はその一夏の答えに猛反撃、駄目だと強く言う。もしかしたら命か危険に晒されるかもしれないこの事態で、そんなものを生徒に任せるわけにはいかない、と。
 しかし、千冬はその一夏の申請を渋々許可した。本人達がやると言っているなら、やらせる。どの道、このままでは戦おうが戦わなかろうが、一夏たちに頑張ってもらわなければIS学園が最悪な状態になる可能性が高いからだ。
 あの黒い謎のIS。
 学校のアリーナのエネルギーバリアをも壊すほどの威力を持っているエネルギー弾に謎の頭から足まで装甲を身につけたフルアーマーのIS。
 異常事態。
 その場にいた四人はそう思っていたのだ。
 しかし、この場で表情を一切変えない人物がいた。
 葵春樹だ。
 彼はモニタをじっと見つめ、表情一つ変えずに真剣な表情で何かを考えていた。
 そして、これだけの異常事態に動じない春樹を他四人の女性達は不審に思ったのだ。
 普通はこれだけの大騒ぎになれば、少しでもパニックになってもいいだろう。
 あの謎のISが現れたとき、箒やセシリアは当然の如く驚き、山田先生、千冬までもが焦りを見出していた。
 いままで先生をやってきて、色んな事を経験してきた先生二人でも、こんな事態は初めてなのだ。普通は焦る。
 しかも千冬は大事な弟がその謎のIS を目の前にしているのだ。

「先生、何故動かないのです! こうなったら私が出ますわ、先生、ISの使用許可を!」

「却下する!」

 セシリアの申し出を、すぐさま却下した千冬。
 これには訳がある。セシリアと一夏は今まで特訓してきたものの、連携訓練はしてきていないし、そもそもセシリアのブルー・ティアーズはビットを使った全包囲攻撃が一番の特徴である。
 しかし、この武器は複数の敵と戦う場合非常に有用であるが、一体の敵に対し、複数で相手にする場合、セシリアのブルー・ティアーズの武装はむしろ足を引っ張ってしまうからだ。
 千冬はそう説明すると、セシリアはおとなしく引き下がった。今は自分の出番ではないことを理解したのだろう。そして千冬は話を続けた。

「それに、この通りだ」

 モニタを指差し、

「これでは救援も送れない。アリーナ内に入れずじまいで、中に入るにはそれなりの時間が要する」

 モニタには『LEVEL_4』と書いてある。これはIS学園が何らかの緊急事態に陥ったときの防災機能である。しかし、アリーナの観客席を守る為の遮断シールドが完全ロック。さらに全ての扉にロックがかかっていた。
 この状況下において、ふさわしくない対応。
 それは何者かが、外からこのIS学園をハッキングして、この防災機能を発動させたのだろう。しかも『LEVEL_4』防災機能の最高レベルであるが、これだけのレベルははっきり言って、よっぽどの事がない限りこれだけのレベルになる事はない。『LEVEL_4』は最終手段。外からの操作はおろか、内側からの操作でさえ解除する事が不可能になる。最後の砦だ。これを発動するとなればIS学園の一大事であろう。
 これを解除するには特別な措置が必要である。専用の解除ソフトが入ったディスクが必要なのだが、そのディスクもそれを操作する装置も、今は使うことが出来ない。今は全員身動きが取れない状態にあるため、何もする事ができないのだ。

「そんな……」

 セシリアはそう呟く。
 そんな中、一人でこそこそと電話をしている人物がいた。
 それは葵春樹。
 なにかとぶつぶつつぶやいているが、少し離れた場所で電話をしているため話している内容は聞こえてこない。
 だが、その顔はとても真剣で、重要な話をしていることは雰囲気だけでわかってしまう。

「よし――」

 春樹のその言葉を聞いた瞬間、彼はISを起動した。


  ◆


 一夏と鈴音の二人は謎のISと戦っている。
 一夏は白式(びゃくしき)のスピードを生かして謎のISの攻撃をかわし、攻撃のタイミングを見計らっていた。
 零落白夜で攻撃する為に、あまり動き続けるのはよくない。白式は短期決着型であり、長期戦になれば稼動エネルギーの問題でISが停止してしまう危険があるのだ。
 だからこそ、ここぞというときのために零落白夜を温存して戦うしかない。一秒でも長く零落白夜を使っていたい為、稼動エネルギーの管理を忘れなかった。

「一夏、どうすんのよあれ!」

 鈴音は焦っていた。正体不明のISは声をかけても全く反応しせず、ただ私達を襲うだけ。しかも奴の攻撃は遅いながらも重さを持っていたためにこれこそ当たったら最後だろう。もしかしたら命の保障はないかもしれない。

「どうするも、アイツを停止させるしかないだろ!」

 謎のISは地面まである腕には超高出力ビーム砲を装備しており、その重量のあるボディで格闘攻撃をしてくる。
 格闘攻撃をしてくるときは、素早く回転しながら殴ってくる。まるでコマのように高速回転しながらこちらに向かってくる攻撃は絶対に当たるわけにはいかない。
 それを受けたならば絶対防御なんてものはお構いなしに叩きつけられるだろう。ISの機能も絶対ではない。そのISの耐えうる限界を超えたならば命の保障はできなくなる。
 鈴音は龍砲を発射するが、たとえ当たっても何事もなかったように接近してくる。相手はのけぞるというものを知らないのか、というぐらい硬かった。
 そして一夏は思う。零落白夜でも切り裂けなかったりするのだろうか、と。

「なんなのよアイツ! あんなの倒せるの!?」

「わからない。でもやるしかないだろ!」

 一夏と鈴音はこの絶望的状況に対し少しイラついていた。それは不安というものからできたものであり、それはこの二人を衝突させてしまう。

「ちょっと、何してんのよ!」

 一夏は零落白夜を起動させ、無理やり謎のISに近づこうとする。
 が、
 謎のISはその大きな腕で強烈なパンチを放ってきた。
 一夏はそれを回避するが、追撃としてビームが飛んでくる。

「っ!?」

 一夏はそれ避けるが、無理な軌道でISの動きを乱してしまう。そこに更にビームを打ち込まれる一夏。彼は正直もう駄目だと思った。
 しかし鈴音が一夏を庇い、体当たりで一夏を吹き飛ばす。
 一夏を吹き飛ばした矢先、鈴音の目の前にはビームが向かってくる。なにか考える暇もなく、鈴音にそのビームが直撃。
 鈴音はシールドエネルギーが〇になってしまった。鈴音の甲龍(シェンロン)はまだシールドエネルギーに余裕があったはずだ。なのにあのビームをくらった瞬間、鈴音のシールドエネルギーが〇になった。

「な!? り、ん……? う、うわああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

 一夏は叫んだ。こうこれ以上は出ないぐらいに。
 鈴音が、やられてしまった。自分を庇って、あの高威力のビームをくらってしまったのだ。
 彼は絶望する。自分の無能さに。

(なんだよ……アイツ……化け物かよ……)

 一夏の顔には本当に絶望しか感じられなくなっていた。


  ◆


「何をしている! 葵、説明してくれるんだろうな?」

 いきなりISを展開しだした春樹に向って千冬は怒号する。
 だが、春樹はそんな声にはまったく怖じ気る素振りをみせなかった。ただ、真剣な表情をしながらブレイドガンの銃口を千冬に向けた。

「Need_not_to_know. とでも言っておきましょう。悪いですが、どういうことかは言えません。私にはその権限がありませんから」

 と言って熾天使(セラフィム)の武器の中で一番威力があるバスターライフルを取り出した。強力なビームライフルを握りしめて――。
 するとモニタルームはスピーカーから流れてきた一夏の叫び声で包まれた。鳳鈴音の名前をこれ以上とないぐらいの大声で。

「一夏!?」

 箒はずっとこの雰囲気に押しつぶされて黙り込んでいたが、一夏の叫び声を聞くなりモニタに駆け寄った。そこには鳳鈴音が撃墜され落下している光景だった。

「鳳(ファン)……鈴音(リンイン)……?」

 箒は信じられなかった。鈴音は左腕の辺りが血まみれになったように見える。出血しているのだろうか、ISはここまで危険なものになってしまうのだろうか……。
 そう思った箒は束のことが頭に浮かんだ。
 姉がインフィニット・ストラトスなど作らなければ、こんな事になるなんてことはなかったのではないのか。もうどうしようもない現実を否定したがる箒だった。

「…………みんな、離れてろ」

 春樹はいつもより低く、ドスの利いた声でそう言った。
 しかし、突然の事で誰も動けなかった。

「離れろって言ってるだろォ!!」

 怒り狂ったような声で四人を脅した。山田先生はモニタの前でビクッと身体を強張らせ、箒とセシリアは黙ってゆっくりと後ろに下がった。そして千冬は内心どうなのか分からないが、外見はいつも通りのクールな彼女だった。
 そして、バスターライフルの引き金が引かれた。その瞬間ビームが発射され、開かなくなっていたドアを丸ごと吹き飛ばした。
 そして、彼はモニタルームから出て行った。

(Need_not_to_know. あなたは知る必要はない……か。春樹、お前は今何をしているんだ?)

 千冬は春樹が破壊した扉の向こう側をずっと見つめていた。


  ◆


 一夏は、撃墜され気を失って落下している鈴音を受け止める。
 そして鈴音を見ると彼女の左腕が血まみれになっていた。

「な、なんで……。なんでこんな!! 鈴音がこんな目に遭う必要性が何所にあるっていうんだよォ!!」

 さっきよりも大きな声で一夏は叫ぶ。さっきの自分の何も考えていない行動で鈴音を大怪我させてしまった。
 自分のせいで、自分のせいで、自分のせいで、自分のせいで…………。
 一夏の頭の中ではもうそれしか考えられなかった。
 小学校三年生から中学校二年生までずっと仲がよかった鈴音。
 そして、ここで再会できて、大いに喜んでいた鈴音。一夏の頭の中にいままでの鈴音との思い出が蘇ってくる。そしてついに一夏は泣き出してしまった。
 しかし、目の前にはまだ謎のISがいる。悲しんでいる暇などなかった。そのISは右手を一夏の方に向けてビームを撃とうとしていたのだ。
 チャージしているのか、銃口に光が集まっているように見える。
 そして――発射された。
 一夏は鈴音を抱きかかえながら、ボロボロに泣きながら、それに気付きビームを回避した。

(そうだよ、こ、ここで、負けるわけには……いかないんだよ! 鈴が俺を庇ってこんな大怪我を負ったってなら、絶対にアイツをぶち殺す!)

 一夏の目は涙は流しているものの、目の色が違った。目の前にいる敵をぶち殺す。そういった殺気が溢れていたのだ。
 ビーム攻撃をかわしている一夏。しかし、鈴音を抱きながら戦闘を行えるはずもなく、ただかわすだけしか出来なかった。
 敵は接近して格闘攻撃をしてくるが、白式の持ち前のスピードで距離を取る。

(くっ、これじゃあ攻撃も出来ない……。でも鈴を適当なところに置いてくるわけにもいかないし……どうすればいいんだよ!)

 このままじゃジリ貧だ。いつまでもかわし続けるなんてことは出来るはずもない。
 一夏も今まで鍛えてきたとはいえ、限界はあるし、ISにだって稼動エネルギーを失えば動かなくなる。
 正直、一夏は気を張る戦闘が続いて集中力が失いかけてきているのがわかる。
 このままじゃ、死ぬ。
 そう思った矢先の事だ、何度距離を取ろうが接近して格闘戦に持ち込もうとする謎のIS。そしてちょっとした気の緩みで奴のパンチを食らいそうになった。とてもごつく、大きな拳。それをくらうという事は――。
 一夏は目の前に巨大な拳が見えた時点で、一夏は覚悟した。俺はここで死ぬのだと。
 その瞬間、一夏の目の前にオレンジ色の一閃が上から下へと貫いた。そして、目の前の謎のISの腕が若干砕けていた。

「すまんな、一夏。遅くなった」

 一夏の頭上には葵春樹が白い翼を広げてそこにいた。彼の手にはバスターライフルが握られていた。

「じゃあ一夏、お前は休んでろ。鈴のことよろしくな。で、出来ればでいいが、俺の戦い、よく見てろよ?」

 春樹はバスターライフルを量子化し、剣であるシャープネス・ブレードを取り出した。そして一夏の武器も長刀である。

(ま、まさか、良く見てろって……そういうことなのか?)

 春樹がシャープネス・ブレードを取り出した理由。それは一夏には近接戦闘のやり方を見ていろということだ。
 彼は謎のISにシャープネス・ブレードを握り締めて向かっていった。
 敵は大きな拳で反撃に出ようとするが、その拳のところにはもう春樹は居なかった。どこにいるのかといえば敵ISの下にいたのだ。
 パンチが当たる瞬間、推進剤の噴射をやめて翼をたたみこむ。そうする事で自身の身体は急降下。その行動で敵ISの攻撃を回避して、下から敵ISを切りつけた。
 しかし、その攻撃は大したものにはならなかった。
 実体剣・実弾の武器はあまり効かないのではないか、と思った春樹はシャーネス・ブレードのビームを展開し、ビームブレード化した。
 これにより、切り裂けなかった謎のISのボディも切り裂けるはずだ。

「よし……。じゃあ、お前を破壊する」

 謎のISはビーム攻撃を右、左へとかわし、敵ISに近づく。そして接近戦闘をする。という同じパターンが続いているのだ。
 しかし、それは全く持って無駄がなく、強いのは確かな事であるが、そこからチャンスは廻ってくる。
 もう春樹は何をするべきなのか、もう分かっていた。
 右腕のパンチを最小限の動きでかわし、剣を勢いよく振り、右腕を切断した。

(なんだよ、あれ……シールドは? ISって操縦者の安全は確保されるんじゃないのかよ……! 何なんだよ、この状況は……!?)

 通常、いや、ISというものはすべてシールドエネルギーと呼ばれる不可視のエネルギーによってその身体を守られている。
 そのエネルギーがなくならない限り、そのパイロットは無事でいられるのだ。
 だが、あの謎のISにはそれがない。一夏と鈴音はあのISに攻撃を全く通していない。なら、シールドエネルギーは存在するはず。それがある限り、腕を切断することなんて不可能なはずだ。
 何かがおかしい。
 そう思いながらも一夏は鈴音の事を地面に下ろして鈴音の事を見守りながら、同時に春樹のことも見ていた。
 そして、また一旦距離を置き、さっきと同じ動きで左腕も切断した。
 この謎のISは同じ事にひっかかっていた。全く同じ事をされて左腕を切断されたのだ。何かがおかしい。一夏はそう思っていた。

(もしかしたらあれ、人が乗ってない? いや、それはありえない。AIで動いているISだなんて聞いた事がない。じゃあ、そもそもあれはISではない?)

 そして、春樹はついに敵ISの両足を切断したのだ。また、同じ事に引っかかる敵IS。そして最後の仕上げに敵ISのスラスターなど、推進剤を噴射するものを全て破壊していき、敵ISは全く動けなくなってしまった。
 人が乗っているとしたらあのような単純な動きではないはず。しかもIS学園を襲ってきたような存在だ。単純な動きしかできないような素人がそのような事をするはずがない。
 では、やはりあれは人が乗っていないのだろうか。またもやISではない別のなにかなのだろうか?
 一夏は色々と思いこんでいた。この不思議な光景を目に焼き付けながら。

(あ、あれ……もう……だめだ……)

 そして一夏は体から一気に力が抜けて行くのを感じ、眠ってしまったのだった。



[28590] Episode1 終 章『葵春樹と篠ノ之束 -Huddle-』
Name: 渉◆ca427c7a ID:3799dadf
Date: 2012/10/13 13:45
 織斑一夏は目を覚ました。自分はベットで寝ている、と理解する。
 そして目に映った天井は見たことがないものだった。

「一夏。目を覚ましたのか」

 一夏がその声に反応して横を見てみるとそこにいたのは織斑千冬だった。彼女は凄く安心したようで、今までにないような微笑みを見せている。

「ちふ……織斑先生……」

 一夏は呼び慣れた千冬姉と呼びそうになり、慌てて訂正したが、千冬はこの学園でいつも見るような表情はそこになく、昔家で一緒に過ごしていたときにいつも見ていた極上の微笑みで、

「今は千冬姉でもいい。私だってお前を名前で呼んでるしな」

「わかった。じゃあ千冬姉、ここはどこだ?」

「ここは保健室だ。一夏はここに来るのは初めてか? まぁ、お前ならISで怪我なんてことは滅多にないだろうしな」

 一夏は理解する。自分はあの後、気を失って保健室に運ばれたのだろう、と。
 何故かは分からないが急に力が抜けて気を失ってしまったのだ。
 そして彼は重大な事を思い出す。
 鳳鈴音は無事なのかどうなのか、この保健室にはいないようだし、やはりあの出血では学校の保健室じゃあ対処しきれないのだろう。

「千冬姉! 鈴は!?」

「彼女は病院の方へ運ばれたよ。腕が折れているようだが、今後のISの操縦に支障はないそうだ。ISの装甲が彼女を守ってくれたな」

「でも、骨折って……。いったいあの黒いISはなんだったんだ?」

 千冬は目を閉じ、俯いた。

「すまないな、一夏。それはお前には教えられない」

「そうか……。じゃあ春樹は? あいつはどうしたんだ?」

 一夏は気になっていた。
 今まで見せなかった強さ。
 そしてあのISを圧倒するIS。
 彼の熾天使(セラフィム)は一体何なのか。

「私はあの後、春樹に事の説明を要求した。だが、何も答えてくれなかったよ。私に事の説明をしていいのか聞いてくるそうだ」

 その言葉を聞いて正直不安になる。
 春樹は一体どんなことに首を突っ込んでいるのだろうか、と。危ない事ではないのだろうか、と。





 葵春樹は篠ノ之束と会っていた。
 その場所は窓もなく、エアコン等で温度調整されているような感じだ。どこかの施設のような感じであるが、どこかの地下なのだろうか?
 しかし、それが何処にあるのか分からないし、普通の人には分からなかった。
 今、春樹と束は紅いISを目の前にしている。

「コイツが紅椿(あかつばき)ですか……。うん、良い感じですね」

「でしょ~、春にゃんの希望していた機能とデザインを実現しました! どう? 偉いでしょ?」

「ははは。うん、偉い偉い」

 春樹は若干の棒読みで束の頭を撫でた。
 このような二人の掛け合いは、よっぽど真面目なときじゃない限りこれがデフォルトになっている。
 とても軽く、笑顔が飛び交うようなこの会話は、今までのストレスから解放される方法の一つだ。

「えへへ、春にゃんに褒めてもらっちゃった~」

「ふふ……。で、コアの方は?」

 春樹は微笑んだかと思うと、そして極真面目な表情になり、会話を続けた。

「まだなんだよね。中々見つからないんだ」

 そして、束も真面目な表情になって言葉を返す。

「そうですか。地道に探すしかないですよね、こればっかりは……」

「うん、全部で四六七個のコアから箒ちゃんと同調するものを探すのは、骨が折れる作業だよ~」

「仕方が無いですよ。それでもやらなくちゃいけない。そうでしょう?」

 この世に存在するISの動力部分である四六七個のコア。何故、四六七個なのか、その理由はこの探し物にあるのかもしれない。
 箒と同調する。
 これはどういうことなのか、今のこの二人の会話だけでは何も見えてこない。

「そうだよね~、頑張るよ束は!」

「よろしく頼みます」

「うん、で、あの黒いISは……春にゃんが倒したと。どうだった?」

「あのIS……と言っていいのか分からないですけど、あの物自体は超高性能でしたが、AIはまだ試作段階といったところでしょうか。動きが単調でしたし、恐らくはテスト感覚で送り込んだのかと……」

 あのIS学園を襲った謎の黒いISは人が乗っていなかったのだ。全て機械仕掛けの自動起立型、AIで動くISだったのだ。
 ISは人が乗らないと動かない、そういうものだったのだ。
 しかし、動かせたということは――。

「やっぱりAIか……私が作ったコアとは全く違うものを使っているのかもね」

「その通り、あれは今存在するコアの情報とまったく一致しないものでした。恐らくは連中が独自に作ったものでしょうね」

「心配だね。あいつらにとってIS学園というパイロット育成学校というものは、万が一のときのために潰しておきたいしね。変に強い奴が出てきても厄介なだけだし」

「まぁ、滅多に現れないでしょう。普通の人には因子がないんですから」

「そうだけど、万が一って事もあるでしょ?」

「それは、そうですね。でも大丈夫。あそこには俺と一夏、そして箒がいます。これから三年間はIS学園は無事ですよ」

「あはは、心強いね」

 そして時計を見る春樹、時計は昼の一二時半を過ぎていた。ちょうどお昼時、おなかもすいてきたので、束と一緒に食べに行こうと思った。

「そうだ、一緒にお昼ごはんでもどうです?」

「え、春にゃんとご飯!? はいはいは~い! 行きます! 絶対に行きます! どんなお店だってOK! よし食べに行こう! 春にゃん行くよ~!」

(俺が誘ったっていうのに指導権は束さんに握られているみたいだな……)

 すると、束は春樹と腕にぎゅっと抱きつく。しかも、自分の自慢の豊満な胸を押し付けてアピールしているようだった。

「ほら、行こうよ~」

「はいはい、分かりましたよ~」

 春樹はとくに嫌がるわけでも、恥かしがるわけでもなく、その場から歩き出した。
 もしかしたら、まんざらでもないのかもしれない。





 今、保健室には一夏と箒の二人である。もしこの状況を春樹が見たら、箒にニヤニヤしながら、今だ、押し倒せ。みたいな事を言われかねないだろう。
 そして一夏は保健室で箒が持ってきてくれた昼食を食べている。
 箒はいつも一夏が注文する日替わりランチを頼んでいた。今日は鯖の味噌煮定食だった。

「一夏、その……大丈夫だったか?」

 箒は一夏を見て心配そうな顔をしていた。しかし、保健室で寝ている割には包帯とか、治療したわけではないので、特に痛むところはなかった。
 それならば、 鈴音の方が一夏の数十倍、数百倍も危険な状態になっていたのだ。正直、自分の事より箒には鈴音のことを心配して欲しかった。

「俺は特に怪我とかしていないし、大丈夫だよ。この俺を心配するくらいなら鈴のことを心配してやってくれよ」

「ああ、そうだな……」

 モニタ越しだったが鈴音の左腕に赤いものが写っていた。アレはあの時思った通り鈴音の血だった。しかも骨折までしていると聞く。

「それにしても、襲ってきたあれは一体なんだったのだろうか?」

 その時、箒の身体が僅かにビクッと反応していた。
 行方不明にして、ISの開発者、そして自分の姉である束が何かしら関与しているのかもしれないと、そう思ってしまったからだ。

「なんか、春樹は何か隠しているみたいだった。ここだけの話、春樹は束さんとコンタクトを取っている」

 箒の顔は、その言葉を理解するごとにどんどん驚愕な表情へと変化していく。

「黒いISと姉さんが……関係あるというのか!?」

「いや、それはまだわかんないけど……。ま、いずれ何か話してくれるだろうよ」

 一夏は定食を食べながら話す。
 すると、箒は気になった事を質問した。

「何故、そう思うのだ?」

「なんとなくだよ。でもなぜか確信はある」

「そうか……」

 一旦会話は止まってしまい、一夏は定食を食べている。
 箒も、自分の定食を食べているが、何を話したらいいのかまるで思いつかない。どうにかしてこのシーンとした状況を何とかしたかった。

「い、一夏」

「なんだ、箒?」

「あの……だな……今度一緒に出かけないか?」

 箒は焦りながら、随分と早口でそう言った。

「ああ、いいぜ。何処に行く?」

「えっと……鈴音のお見舞いだったり、色々だな」

「そうか、そりゃいいな。よし、明日は休みだし、明日にでも行くか?」

「ああ、分かった!」

 箒は本当に嬉しそうに笑顔で言った。そして鈴音のことも正直気になっている。お見舞いに行って、調子を聞くのもいいだろう。そう思った。





 春樹と束はとある喫茶店へと来ていた。
 昼時だというのに自分たちの他にはお客はいない。元々、このお店はお客の出入りがとても少ない穴場スポットで、春樹と束はよくここを利用させてもらっている。
 ちなみにここのオムライスがとてもおいしい。もっと色んな人に知ってもらいたいが、だけどもあんまり知られたくないという矛盾した気持ちを抱いてしまう。
 それほど、春樹と束はここのランチメニューを溺愛している。

「マスター、ここのオムライスはやっぱりおいしいね」

「そうかい。いつもありがとうね。できればここを宣伝して欲しいんだけどなぁ」

 マスターは心の底から願っていることなのだろうが、春樹と束はここを独り占めしたい気持ちがあるのか、あんまり人には教えようとしない。
 本当にマスターの事を想うならもっと色んな人に教えて話題にするべきなのだろうが……。

「ま、そのうち呼びますよ。それまでは俺たちの独り占め状態を楽しみます」

「そんなに気に入ってもらえて嬉しいんだか、そんな気持ちを抱かせてしまって悲しいんだかわからんな……。ま、ゆっくりしていってくれ」

 そう言うと、マスターは厨房の方へと入っていった。
 食事をするところには春樹と束の二人だけになった。店内には心地のいいクラシックが流れている。

「そうだ。今度、ドイツのラウラ・ボーデヴィッヒがIS学園に来るそうだよ」

 束のその言葉に驚く春樹。

「え、ラウラが……これも、奴らのシナリオってやつですか?」

「どうだろうね、でも彼女の事を考えると……ありえなくない話だと思うよ」

「ですね、わかりました。何かあったときは自分が対処しても?」

「うん、構わないよ。そのために春にゃんはいるんだからね」

 ラウラ・ボーデヴィッヒ。
 彼女は春樹が中学校一年生のとき、自分の身体を鍛える為、ドイツ軍の教官になることになった織斑千冬についていき、ドイツの軍に体験入隊をしたことがあった。
 体験といっても、それは他の軍人となんら変わりないことをさせられていたのだ。
 そのときに出会ったのが“ラウラ・ボーデヴィッヒ”であった。彼女とは「仲間」という意識が高い。軍で共に汗をかきながら自身を鍛えていたのだ。
 同じ部隊にいると、自分が足を引っ張ると、それは部隊全員のせいだとして連帯責任をくらってしまう。だからこそ、自分の部隊の人間には迷惑をかけたくない。そういう気持ちが同じ部隊の人間を仲間という意識が大きくなっていったのだ。

「ま、なんにせよ、俺の友人が来るんだ。歓迎してやらないとな」

 春樹と束の二人は昼食を続けた。


 春樹、束は今何をしているのか。
 一夏と箒はどう関係してくるのか。
 そして、謎のISはどこから来たものなのか。
 それは、いずれ分かる事になるだろう。
 そして一夏と箒も、春樹と同じ責務を負うことになる。



[28590] Episode2 序 章『戦後 -The_before_Day-』
Name: 渉◆ca427c7a ID:3799dadf
Date: 2012/09/27 00:19

序 章『戦後 -The_before_Day-』

 五月一七日。
 あのクラス代表対抗戦から一週間が経った。
 春樹が壊した扉等は気がつけば元に戻っており、IS学園は何事も無かったかのように毎日が過ぎていく。
 そして、一夏と春樹、箒の三人は鈴音が入院している病室の前に来ていた。
 ガラガラとドアを開けて、鈴音がいることを確認して声をかける。

「やあ、鈴。久しいな」

 箒が鈴音に向かってそう言った。
 鈴音と箒は一夏と二人でお見舞いに来たときにとても仲がよくなったそうで、鈴音は箒と呼んでいるし、箒は彼女を鈴と呼んでいる。  
 二人で話すときは、一夏の話で笑い合っているそうだ。だが、この話を一夏は知らない。これは鈴が春樹にそういう話をしているんだと聞いて分かったことであった。

「あ、箒に一夏、春樹も来てるんだ。久しぶり、元気にしてた?」

 鈴音はベットから起き上がりながらそう言った。その言葉に一夏はツッコミを入れた。

「それはこっちの台詞だろ。で、鈴は元気にしてたか?」

「うん、元気だけど正直暇でしょうがないよ。こうやって皆が来てくれると嬉しいな。あーあ、早く学園に戻りたいよ~」

 それを聞いて一夏は軽く笑って、

「しょうがないだろ、自分の身体を最優先しろよな」

「そうだね一夏」

 一夏と鈴音の会話を聞きつつも、春樹は手に持っていたビニール袋をアピールしながら、

「一夏、箒、せっかく差し入れ持ってきたのにそのことについてはスルーなのか?」

 春樹たちが持ってきた差し入れとは良くある果物の詰め合わせである。メロンに林檎、バナナなどの果物が入っているものだ。
 一夏と箒は「すまん」と謝って差し入れをビニール袋から取り出した。とりあえず、メロンを食べる事にした四人。ナイフを取り出し、春樹は手馴れたようにメロンをカットしていく。
 春樹は昔から一夏と共に料理を作ってきてるので、こういった調理器具の使い方はもう慣れてしまっている。

「へぇ、上手いもんじゃない春樹」

「まあ、昔からこういうことしてきたからな。料理だってできるし、一夏だって料理くらい出来るよ」

「へぇ、一夏も料理とか出来るの?」

「まぁな。千冬姉(ちふゆねえ)はいつも俺たちのために働いてくれてたから、俺たちが料理ぐらいしてあげないと、って思って」

「ふ~ん、そうなんだ」

 春樹がカットしたメロンを皆で食べ始める。そのメロンは果汁たっぷりでとても甘く、おいしかった。

「あ、これおいしい」

 鈴音は素直な感想を述べる。

「まあ、メロンが取れる時期だしなぁ」

 と、春樹は答える。
 メロンは収穫時期が五月から九月の間であり、さらに春樹がおいしいと思っている農家が作ったメロンをチョイスしている。美味しくないわけが無い。
 その後も、果物を食べながらの雑談は続いた。ここ一週間で起こった事や、学園の笑い話など様々だ。

「ところで、あの黒い謎のISについて何か分かった?」

 鈴音は純粋に気になったのでその事を聞いた。前に一夏と箒が来たときには何も分からなかったのだが、一週間も経った今なら何かしらの情報が入っているかもしれない。そう思った彼女は改めてその事を尋ねた。
 彼女があの謎のISに襲われ、一夏を庇ってそのまま撃墜された。その後大怪我をして気を失っていた彼女は、気を失う直前までの事しか覚えていなかった。
 すると春樹は鈴音の顔を真っ直ぐに見つめて申し訳なさそうに言う。

「ごめんな、そのことは俺たちからは言えない事になってるんだ……。そんなことよりもう少し楽しい事話そうぜ」

 春樹は表情を明るくして話の流れを変えようとした。周りの反応は「そうだな」と春樹の意見に賛成して皆は明るい表情を作る。

「そういえば――」

 一夏は何かを思い出したように話し出した。
 その話を楽しそうに聞く鈴音。同じように一夏と春樹、箒の三人も楽しそうにしている。四人が話している光景はとても微笑ましかった。



[28590] Episode2 第一章『新しい仲間 -Choice-』
Name: 渉◆ca427c7a ID:3799dadf
Date: 2012/10/13 13:53
  1


 鈴音のお見舞いをした次の日、IS学園。朝のショートホームルームにて突然の報告を受けた。なんと、編入生がこの一年一組に二人も来るという言葉を山田先生は言った。
 編入生が同じクラスに二人来るという時点で不自然気回りないのだが、恐らく裏で何かがあるのだろう。

「では編入生を紹介します。二人とも、教室に入ってきてください」

 山田先生は教室の外で待っている編入生二人を呼んだ。
 入ってきた生徒二人は、片方は銀髪で眼帯をつけている。何か堅苦しい雰囲気が漂っているのに対し、もう片方の人物。その人は男子用の制服をつけていたのだ。という事はどういうことなのか。ただならぬ男という事だろう。
 彼は金髪で可愛らしい感じがあった。とても高貴な感じがあり、第一印象から好感が持てるような人物だった。
 まず最初に金髪の男子生徒が自己紹介を始める。

「シャルル・デュノアです。こちらに僕と同じような境遇の人が居ると聞いて編入してきました。どうぞよろしくお願いします」

 彼が挨拶をするなり教室の女子達が騒ぎ出す。このノリはなんだか懐かしい感じがする一夏と春樹だった。これは自分達が自己紹介したときと同じだ。客観的にみるとこういう感じなのか、と落ち着いた雰囲気で二人はその光景を眺めていた。

「静かにしろ! まだ紹介は終わっていない!」

 千冬の一喝でその場が沈められる。一夏は自分達の入学当時を見ているようでなんか不思議な気持ちだった。
 あのときは千冬の登場に女子達が騒いでいたのを覚えている。
 そして春樹は、目の前のISを動かせるという男子に注目している。しかも舐めるようにその男とやらを観察する。本当に男なのかどうかを疑問を持ったからだ。
 確かに、ここにISを動かせる男は存在している。篠ノ之束が言うには男がISを動かせる要因は特別なDNAの情報があるかどうかで決まるそうだ。その 『因子』と呼ばれるDNAの情報は何故かISのコアに強く反応して共鳴し合う。その結果として普通の人よりISを上手く動かせる様になる。
 何故その『因子』を春樹たちが持っているのかは分からない。だが、何かがあるはずなのだ。その『因子』とやらの宿命を春樹たちに押し付けた何かが。

(アイツ……本当に男なのか? まさか、因子を持っている? とりあえず束さんに連絡してみようかな。あの人の情報ネットワークなら何か分かるかもしれない)

 そして、もう一人。銀髪で眼帯をつけている女の子。

「自己紹介をしろ、ラウラ」

「はい、教官」

 彼女は千冬のことを教官と呼んだ。つまり、千冬がドイツで教官をしていたときに関わった人物という事になる。

「ラウラ・ボーデヴィッヒだ」

「あ、あの……以上ですか?」

 山田先生はあまりに短くて簡潔な挨拶に戸惑い聞いてみるのだが――。

「以上だ」

 そうきっぱりと言われてしまった。
 そして彼女は一夏の方を見るなり歩み寄り――右手を一度左に持っていき、勢いよく一夏の事を叩(はた)いた。
 周りの生徒は突然の行動に驚きを隠せなかった。
 一夏もいきなりの事でなにが起こったのか理解できなかった。何故自分は叩かれたのか、理由が見当たらない。自分は目の前のラウラという人物とは今初めて会うはずだ。何か恨まれるような事はしていないはずだが……。
 そして、ラウラはこんな事を言い出す。

「私は――お前を許さない」

「何が許さないんだ?」

 ラウラはサッと声が聞こえてきた後ろを向くと、彼女には馴染み深い人物がそこに居た。
 葵春樹である。
 実は春樹は中学校二年生の時、千冬がドイツの教官をする事になったその時に春樹は自分を鍛える為にドイツの軍に体験入隊する事になった。その時に出会ったのがこのラウラ・ボーデヴィッヒである。

「春樹……か?」

「ああ、そうだよ、葵春樹だ。で、何が許さないんだよ?」

「そ、それは……後でちゃんと理由を話す」

 ぎこちなく返事を返すラウラ。すると春樹は微笑んで、

「そうか、わかったよ」

 と返す。
 すると、織斑千冬の鉄拳が春樹とラウラに飛んできた。いきなりの事で何が起こったのか理解するのにはそれなりの時間が必要だった。

「感動の再会中悪いが、まだショートホームルーム中だ。席に戻れ葵。それからラウラ・ボーデヴィッヒ!」

 千冬に名前を呼ばれたラウラはビシッと姿勢を正し、敬礼をしながら、

「はっ。何でありましょうか、教官」

「今は先生だ。それより……いきなり教師の目の前で暴力行為とは勇気あるな。だが、まあいい。今の拳骨が指導の変わりだ。今後、教師の目の前で暴力行為は慎むように」

「はっ。了解いたしました」

 またもラウラは敬礼をしながら席に着く。
 一夏は今の言葉を思い返してみると、あることに気付く。

(教師の目の前以外なら暴力はいいのかよ!?)


  ◆


 朝のショートホームルーム後、一夏は箒にラウラとはどういう関係なのか聞かれていた。

「それがわからないんだよ。今日初めて会ったってのに、わけわかんねぇ」

「もしかしたら、一夏さんが知らないだけで、実はもう会っていたりってことはないのですか?」

 セシリアは一夏にそう聞いてみたのだが……。

「いや、あいつはドイツの人だし、俺と会っていたってのは無いと思うぞ」

「そうですか……」

 自分の推測が外れてちょっと残念そうな顔になるセシリア。

「そういえば、春樹があのラウラってやつと知り合いだったみたいだが、どういう関係なんだ、一夏?」

 箒はさっきのショートホームルームの事を思い出していた。あの親しそうな感じ、どう見たって初対面じゃない。何かあるはずだと、そう踏んだ。

「ああ、アイツは千冬姉(ちふゆねえ)がドイツ軍の教官をする事になったときに一緒についていったんだよ。自分を鍛える為にな。たぶんそこで出会ったんじゃないのか?」

 それは初耳だった。春樹が軍隊の訓練を受けていたとは知らなかったのだ。あの剣道でのトレーニングのときに見せた異常な体力と身体能力はそこにあったのか、と納得した。
 しかし、一夏もそれに追いついているのにも、箒は凄く気になった。
 軍を体験した春樹とトレーニングをしたからといってそう簡単に対等な力を手に入れられるものなのだろうか、と気になったのだ。

「春樹さんって、軍隊に入っていたことがありましたの?」

「ああ。正式な入隊ではないんだけどな。なんか心身共に鍛え上げられた感じで帰ってきたぞ? あの時はビックリしたなぁ、すげー筋肉だったし、随分と逞しくなっていたなぁ」

「そ、そうなんですの……」

 なんかセシリアは自分の世界に入ってしまっている。なにやら変な妄――いや、想像をしているのだろう。なんか顔が惚けている。
 邪魔したらいけないと思い、一夏と箒は二人で会話を再開する。

「で、一夏も春樹が帰ってきた後、春樹と共に身体を鍛えたのか?」

「ああ、最初の頃は凄くキツかったぞ。でも、これでも軍の訓練に比べたら三分の一の量だぞって言われたときは驚いたよ。春樹はどんな訓練を受けてきたんだよって思って……」

「でも、やってく内に軍となんら変わりない訓練でも大丈夫になったのだろう?」

「そうだな、慣れるまで随分と時間がかかったけど……」

 要するに、一夏は春樹に追いついたという事である。これで一夏の強さもはっきりした。これを二年間続けてきたのだ。恐らく早朝にでも走りこみをしているのだろう。

「いまでも、なんかしているのか? そういったトレーニングは」

「そうだな、毎朝春樹と走りこみをして、その後の筋力トレーニングも欠かさず毎日やってるよ。いまじゃこれは習慣になっちまってて、やらないと逆に不安なんだ」

 一夏と春樹は毎朝のトレーニングは欠かさなかった。皆がまだ寝ているだろう時間にグランドまで出て走っていたのだ。
 すると、今日編入してきたフランスの代表候補生であり、ISを動かせるという三人目の男らしい人物が話しかけてきた。

「なになに? どういう話をしてたの?」

「ああ、あのラウラ・ボーデヴィッヒってやつの話と春樹の話だよ。えっと……」

 一夏はなんて呼んだらいいか迷ったが、シャルルはすかさずフォローを入れた。

「ああ、僕の事はシャルルって呼んでもらって構わないよ。だから君の事も一夏って呼んでもいいかな?」

「ああ、いいぜ、シャルル。えっと、こっちは俺の幼馴染で篠ノ之箒っていうんだ」

「篠ノ之箒だ、よろしく」

「うん。よろしく、篠ノ之さん」

 箒とシャルルは握手を交わした。そんな光景を見た女子達はクラスの女子達は箒を見つめてこう思った。

(箒は織斑君のことが好きなんじゃないの……これって浮気じゃない!?)

 全く持って勝手な思い込みであった。


  ◆


 屋上に来ていたラウラと春樹は会話を交わす。

「とりあえず、久し振りだなラウラ。二年ぶりか?」

「そうだな」

「で、何で一夏を叩(はた)いたんだ?」

「それは……」

 急に口ごもるラウラ。春樹が知っているのはキリッとしているラウラだったが、こうなってしまうという事は、教えたくないか、教える事が恥かしいことなのだろうと春樹は思った。

「わかったよ、言えないならそれでもいい。でも、これだけは忘れないで欲しい。お前にとって俺は訓練を共にした仲間だ。だから何かあったらいつでも頼っていい」

「ああ、ありがとう春樹。……それより聞きたいことがある。春樹、お前はあの後何処に行っていた?」

 ラウラは急に表情を変えて睨みつけるかのように春樹の事を見たが、春樹は決して戸惑う事も無く、ラウラのその睨み付けにも怯むことなく話す。

「それは……言う事は出来ない」

「納得がいかない! だって私は……」

 ここで予鈴のチャイムが鳴った。今日は一時間目から二時間目までは座学で三時間目から放課後までずっと実技である。
 そのチャイムによってこの二人の間には変な空気が流れている。お互いに何かを隠しているのは一目瞭然だ。互いに詮索する事を避け、そして春樹は言葉を出す。

「一時間目は座学だ、教室へ戻るぞラウラ」

「ああ……」

 ラウラはこの緊張感で声が出てくれなかったが、それでも力を振り絞って返事を返した。
 そして、春樹とラウラはクラスへと戻っていった。


  ◆


 三時間目、実技の授業が始まる。要するに急いで着替えなくてはいけない。男子の更衣室は特別用意されてなく、男子は体育館まで行き、そこの更衣室で着替 えてそこからまた玄関まで行き、グランドに向かわなくてはいけないのだ。それを休み時間の十分の間でやれというのだから凄く大変である。
 しかも今日は編入生を案内しなくてはいけない。二時間目の授業が終わるチャイム。そして号令と同時にシャルルをつれて教室を出た。
 そこには編入生がどんなものか見たい女子が沢山いた。ここで女子に捕まったら確実に授業に遅れてしまう。それだけは避けたかった一夏と春樹はあの女子の集団をかわしていくしかない。
 パッと見、数は二十人ぐらいいるが、あれを回避するには――。

「突っ切るのみだ、いくぞ春樹!」

「おう。シャルル、一夏の手を離すなよ!」

「え、う……うん」

 一夏はシャルルとはぐれない様に強く手を繋いでいる。万が一の場合を考えてその後ろにつく春樹。そして、ここはあえて、このままそこに居ると危ないぞ、と警告するようにスピードを落とすことなくそのままスピードを上げて真っ直ぐに突っ走る。

「って一夏、速い! 速いって!」

 シャルルはそのスピードに驚き、ギリギリ追いつけるかどうかの領域に達していた。

「頑張れシャルル、もう少しだ! どけええええええええ!」

 一夏はそう叫んで女子の群れに突っ込む。女子達は突っ込んでくる一夏に怯んでしまい、反射的に避けてしまう。一夏の作戦勝ちであった。
 そのまま体育館まで走り、更衣室に入る。

「よし、ここまでくれば安心……。じゃあ、急いで着替えなくちゃな」

 一夏は制服のボタンを外して、急いで脱ぐ。続けて春樹も制服のボタンを外した。
 しかし、シャルルは一向に着替えようとはしなかった。このままでは授業に遅れてしまう。春樹は速く着替えるようにシャルルに言ったが。

「おい、シャルル。速く着替えないと授業に遅れる」

「え、ああ、うん。えっと……お願いだからあっち向いてて」

「え? ……ああ、わかった。おい一夏」

「わかったよ」

 一夏と春樹はシャルルとは逆の方向を向いて着替えを始めた。
 春樹は基本ISスーツの上に制服を来ていたので、制服を脱ぐだけで準備完了するが、一夏は一日中ISスーツを着ているのは変な感じがして嫌らしいので、実習のときに着替える様にしている。
 そして、何故シャルルは着替えを見られたくないのか、恐らく何か深い訳があるだろうから、あまり触れないことにした二人。

「い、いいよ~」

「「って、早っ!」」

 一夏と春樹はシャルルのあまりの着替えの早さに驚愕するが、今は驚いている暇はない。急がないと授業に遅れ、千冬からのキツイお言葉を貰う羽目になる。それだけは避けたかった。


  ◆


 実習の授業になんとか間に合った一夏と春樹とシャルルの三人。
 そして今日から実戦を実演してもらうらしい、ということで専用機持ちであるセシリアとラウラが呼ばれた。
 呼ばれた二人は「はい」と返事をした。前に出た二人は早速ISを起動させる。

「ボーデヴィッヒさん、よろしくお願いします」

「…………」

 セシリアの挨拶を無視するラウラ。そしてラウラは千冬に質問する。

「教官、私の相手はコイツなのですか?」

「いや、お前達はチームになって山田先生と戦ってもらう」

 すると山田先生が空中から颯爽と現れた。そして地面すれすれでホバリングしている。地面から五センチといったところだろう。これを見るだけで山田先生は凄い乗り手というのが分かる。基本を突き詰めて出来る人ほど上手いからだ。

「二人で……ですか?」

 セシリアは純粋な疑問を述べた。何せ、自分のパートナーは専用機を持っているラウラ・ボーデヴィッヒがいる。そして相手は山田先生一人。これではいくら先生でもキツイものがあるのではないのか、というのがセシリアの正直な感想だった。

「そうだ、だが大丈夫だ。今のお前達なら圧敗する」

 セシリアはその言葉で理解した。自分はパートナーのISの特性を知らないし、どういった連携を取ればいいのか、全く分からなかった。

「ボーデヴィッヒさん。ここはちゃんとお互いのISの特性を理解したうえで――」

「必要ない」

 セシリアの言葉はラウラの言葉によって遮られた。

「ふん……では始めろ!」

 千冬の声で三人は一斉に空へと飛び立った。
 山田先生が扱うISはデュノア社製のラファール・リヴァイヴ。IS第二世代の最後期の機体ではあるが、最後期の機体だけあって完成度は非常に高く、それは初期の第三世代のISに引けを取らない性能である。
 そして現在配備されている量産型ISの中では最後期の機体ながら世界シェア第三位である。
 ラファール・リヴァイヴの一番の特徴はその応用の利くところだろう。装備によって遠距離から近距離まで、攻撃型から防御型まで満遍なく対応でき、バランスが良いというのがその特徴である。
 ラウラが話も聞かずに戦い始めるので、セシリアはもうどうにでもなれと、ブルー・ティアーズのビット攻撃を仕掛けるが、それは簡単に避けられてしまう。しかしそれは仕方が無い。今の攻撃は様子見の射撃。先生の機動特性を掴む為の攻撃だった。

(なるほど、山田教諭の動きは大体分かりましたわ……中々、いや、非常にISを扱うのが上手ですのね、流石は先生といったところでしょうか)

 セシリアはもう一回ブルー・ティアーズを飛ばして山田先生の動きを制限させる。当たらずとも相手の動きを制限させる事は非常に意味がある。
 そして一回ブルー・ティアーズの動きを止めて大型のビームライフルであるスターライトmkⅢを放とうとするが、狙いの先に突然ラウラが現れる。彼女はセシリアの事も考えずに山田先生にプラズマ手刀で攻撃を仕掛けた。
 もし、今の攻撃が出来ていれば、かわされたとしても、そこからパートナーによる追撃が可能だったはずであった。しかし、事実現状の確認もせずに一人で突っ込んでいるラウラがいた。チームワークという言葉のかけらもない。

「ちょっと、ボーデヴィッヒさん!? 何を考えていらっしゃるの!?」

「ふん、あのビットは邪魔だ。非常に動きにくいから元に戻してくれないか?」

「なっ!?」

 完全にラウラは一人で戦っている。セシリアと協力するという姿勢が見られない。
 ラウラはワイヤーブレードを展開、これはワイヤーで相手を攻撃したり、拘束したりする為の武器である。ワイヤーブレードは伸びていき、山田先生を捕らえようとするが、中々つかまらない。

「ちぃっ」

 ラウラは舌打ちをする。今度はレールカノンで砲弾を発射し、攻撃を試みるが、やはりこれも当たらない。
 セシリアはその光景をみて、もう見てられなくなり、ブルー・ティアーズを展開、ラウラの事を無理やりサポートする事にした。
 するとどうだろう、ラウラがなんとセシリアのビットをプラズマ手刀で切り裂いた。

「な、何をしてらっしゃるの、あなたは!?」

 流石にこの行為にキレるセシリア、今は協力関係にある仲間の支援砲撃を邪魔者呼ばわりする彼女。セシリアはトサカに来ていた。

「邪魔だと言っただろ、何故私の邪魔をする!」

 と、その時だった。山田先生が戦闘態勢に入り、グレネードランチャーを取り出してラウラに向かって発射する。ラウラはそれを避けるがそれは牽制に過ぎなかった。
 山田先生は素早くラウラの目の前に移動。今度はガトリングガンに装備を変更し、無数の弾をラウラの至近距離で放った。放った弾は当然の如く全て直撃、ラウラは撃墜、さらにセシリアに近づいてパイルバンカーで強力な一突きを放った。
 パイルバンカーは攻撃速度の遅さ、そしてリーチの短さから使いにくいというイメージがあるが、山田先生のように基礎が完全に出来上がっており、一瞬の隙も見逃さない、そのチャンスをものにする力があればこの攻撃もワンチャンスある。
 今回のこの試合もその一瞬のチャンスをものにした山田先生の力であった。
 撃墜されたラウラはこう思っていた。

(くそっ、アイツの邪魔さえなければ、私は……)

 そして千冬は鼻で笑い、

「これで貴様らも山田先生の力がわかっただろう。今後は敬意を持って接するようにな」

 クラスの皆は「はい」と返事をした。この後は班に分かれて戦闘の基礎訓練になった。



  2


 放課後、部屋割りの方をどうするかで山田先生と話している一夏とシャルルと春樹の三人は悩んでいた。
 部屋は二人部屋なので、必然的に一人取り残されてしまうのだ。しかも空き部屋はもう無いと来た。
 一応、空いていないこともないのだが、一つの部屋に男と女が一緒になってしまうのでそれは非常にまずかった。
 すると、ある女子生徒が職員室に入ってきて山田先生に泣きついた。
 どうやら、ラウラと同じ部屋になった人らしい。彼女と話すことは出来ないし、ラウラには誰も寄せ付けない威圧感があったのだ。部屋を一緒するのはキツイものがあるのだろう。

「先生、俺がラウラのところへ行きますか?」

 春樹の突然すぎる発言。流石の山田先生も驚いてしまう。
 しかしこれには理由があった。春樹が軍に体験入隊していたころ、ラウラと同じ部隊になったのだが、そこに個室というものはなかった。大部屋で部隊の人と 全員で夜を過ごすのだ。こういうことから自分がラウラのところへ行くのはそういう事もあって、他の人に任せるのはキツイものがあるだろう。だから自分が行く事にしたのだ。

「なるほど。それなら……織斑君、デュノア君、それでいいかな?」

「俺は大丈夫ですよ、先生」

「僕も大丈夫です」

 一夏とシャルルは春樹の案を肯定。

「わかりました。では葵君、準備の方をお願いします」

 そして春樹は部屋の方へ向かう。すぐさま引越しの準備を開始し、衣類等の少ない荷物をバッグに一つにまとめる。
 全ての準備が整ったところで、この部屋に残る一夏とこの部屋の住人となるシャルルもちょっとした別れの挨拶をした。

「じゃあ、一夏。シャルルと仲良くやれよ?」

「そっちこそ、ラウラって奴と上手くやれよ? 今日の授業の事を考える限りあまりいい奴とは思えないんだ」

「あいつ、ドイツに居た頃はあんな奴じゃなかったんだけどな……。まあ、話を聞いてみるよ」

 春樹は部屋を後にして、ラウラの部屋の方向へ歩き出した。すると、廊下である人物と出会う。
 織斑千冬だ。

「ちょっといいか、葵」

「……はい、なんでしょう」

「とりあえず、私の部屋まで来てくれるか?」

「……わかりました」

 春樹は千冬に言われるままについていく。いったい何なのかは分からないが、とりあえず千冬は真剣な眼差しで尋ねてきた。それだけ重要な話なのだろう。
 千冬の部屋前まで一切会話をせずに来た春樹は千冬が使っている部屋の中へ入った。そこは生徒の部屋と比べ物にならないほど豪華だった。山田先生と同じ部屋らしいが、今はいなかった。恐らく、千冬が席を外すよう頼んだのだろう。

「で、なんの用ですか?」

 春樹は前置きも何もなしにまずはそのことを聞いた。

「お前、何を隠している?」

 千冬は今までの疑問も含めてその一言で質問した。

「そのことを言える立場じゃないんですって、前に言ったじゃないですか」

 春樹は常に冷静に。千冬の問いかけに動じずに、淡々とそう言った。

「なら、お前の仲間とやらに確認を取ってくれ。私が直々に話をする」

「…………わかりました」

 少し考えて、その要求を許可する春樹。そして携帯電話を取り出して彼女に電話をかけた。
 電話のコールが静かな部屋に響く。
 そして――電話が繋がった。

「もしもし、実はですね――」

 春樹は千冬から離れて小声で電話をする。千冬も流石に耳を立てて盗み聞きをするようなアホな真似はしようとしない。
 彼はあのとき、Need_not_to_no.と、そう言った。貴方は知る必要はないという意味だ。これを聞いてしまった事によって、変な事に巻き込まれるのはごめんだ。
 会話が終わったかと思うと、春樹は携帯電話を千冬に渡して。

「大丈夫だそうです。思う存分に話してください」

 千冬は春樹の携帯電話を手に取り、耳元まで持っていく。

「もしもし。単刀直入に聞こう。お前は誰だ?」

 次に電話の向こうから聞こえてきた声に、千冬は目を丸くして驚いた。


  ◆


 織斑一夏は何かがおかしいと思っていた。その何かとは、シャルル・デュノアのことである。彼は何かを隠している。そう感じていた。その隠している事は分からないが、隠し事をしているように見えるのだ。
 先ほど、春樹が部屋を出ていってシャルルがこの部屋に来たが、なんかシャルルは必死に落ち着こうとしている様子があった。逆に落ち着きないようにも見える。
 男子同士、なにも恥かしがる事などないはずだ、なら身体的な問題でも抱えているのだろうか、あまり人には見せたくない傷跡みたいなものがあるのだろうかと一夏は考える。
 今日の着替えのときもそうだ、着替えを必死に見られたくないように、後ろを向くよう言われたし、やはり身体的な問題を抱えているのだろうか?

「なあ、シャルル」

「え、何? 一夏」

 二人はそれぞれのベットに座り込み話している。

「いや、なんか悩み事があれば相談に乗るからな」

「え、なんで?」

「いや……せっかく一緒の部屋になったんだし、もう俺たち友達だろ? 友達ならお互いに助け合っていこうと思って」

「ああ、そういうこと。ありがと、一夏」

 シャルルは笑顔を見せる。その笑顔はとても可愛らしいといえば、本人に対して失礼に当たるのだろうけども、本当に可愛らしかったのだ。クラスの女子が言っていた、「守ってあげたくなる系の男子」っていうのが男子の自分でもよくわかった。

「お前って、笑顔素敵だな」

「え!?」

 シャルルは驚く。まさか、自覚がないんだろうか……?

「笑顔が素敵な人って羨ましいよ。人を惹きつける力を持っているように感じるからさ……」

「そ、そう?」

「ああ、シャルルは笑顔が素敵な奴だよ」

 恥かしそうに笑うシャルル。あまりこのようなことは言われたことがないんだろうか? 一夏はそう思ってシャルルと話を続けた。
 一夏は何か飲もうと思い、緑茶を注いだ。やはりお茶というものはおいしいものである。飲むと何か落ちつくのだ。

「あ、それ僕も飲んでいいかな?」

 一夏が緑茶を飲もうとするなり、シャルルも飲みたいといってきた。一夏はシャルルに緑茶のおいしさを知ってもらうのもいいかなと思ってシャルルの分も注いであげることにした。

「はい、シャルル。熱いから火傷に注意な」

 一夏は入れたての緑茶をシャルルに渡した。そして緑茶を飲む二人。

「おいしいね、緑茶って。紅茶とは随分違う感じ……」

「でも、紅茶と同じ茶の葉なんだぜ? 知ってたか?」

「え、そうなの!?」

 その事実を知らなかったのか、驚くシャルル。

「ああ、お茶の葉を飲めるようにする時に炒るだろ? その炒り方によって変わってくるみたいだ」

「へ~そうなんだ。……あ、そうだ一夏。一夏って放課後よくISの練習をしてるんでしょ? 良かったら僕もその練習に付き合ってもいいかな?」

「ああ、いいぜ。じゃあ、明日から一緒に練習しようか」

「うん。ありがとう一夏」

 シャルルは嬉しいというか、一安心したような表情を見せた。どういう思いでそういう態度を取ったのか、一夏には分からなかった。


  ◆


 ラウラ・ボーデヴィッヒは自室に一人でいた。先ほど同室だった生徒が居なくなってしまったからだ。だからと言ってどうということはないが、ただ、少しモヤモヤ感があるだけだった。彼女を変な感情にさせる何かが少なからずある。
 するとこの部屋のドアがノックされた。一体誰なのだろうかと思い、ドアを開けるラウラ、するとそこには山田教諭と織斑千冬、そして……葵春樹が立っていた。
 山田先生が、春樹がこの部屋に来る事を伝える。

「ボーデヴィッヒさん、実はですね、シャルル・デュノアさんが編入したことで部屋割りの変更がありました。今日から葵君と同じ部屋で過ごす事になります」

「な……どういうことです、教官」

 ラウラは驚いた、まさか男と同室になるとは思わなかったからだ。確かに、軍に居た頃は春樹と一緒の大部屋で過ごしていたが、それとこれとでは話は別である。こんな狭い部屋で二人きりになる事は……正直言って、キツイものがある。色んな意味でだが……。

「どうもこうも、お前達は共に軍で鍛えぬいた者同士だからな。いくらか抵抗というのも少ないと思ったのだが……なんだ? そういう羞恥心を未だに持っているとは、貴様は軍で何をしてきたんだ?」

「う……いえ、そういうわけでは……。わかりました。春樹、よろしく頼む」

「ああ……」

 ラウラは千冬には弱いらしく、大人しく引き下がった。だが、相手が葵春樹というのも大人しく引き下がった要因の一つでもある。確かに、過去に仲良くしていた春樹が同じ部屋なら、いくらか話し相手にもなるだろう。気が楽なのだ。
 先生達はその場から立ち去り、部屋にはラウラと春樹の二人だけになるが、二人とも黙り込んでいる。特に黙っている理由もないのだが、二人とも話し出すきっかけが欲しかった。部屋は静寂に包まれる。そして、何処となく、名前を呼ぶ二人。

「ラウラ」

「春樹」

 被った。見事に二人の言葉は被ってしまった。そのせいでまた黙り込んでしまう二人。そして、そちらからどうぞ、と譲り合う二人。その言い合いの結果、まずは春樹から言う事になった。

「じゃあ、ラウラ。まずは……今日の授業の事だ。お前はなんであんな動きを? 何故セシリアと共闘しなかった?」

「それは……」

「やはり何も言えないのか……一夏の時だってそうだったよな。どうしたんだよ、ドイツに居た頃は少なからずそういう奴じゃなかったと思ってたんだが」

 ラウラは何も言えなかった。きっと自分がしたいことを言えば春樹の事だから全力で自分を邪魔しに来るだろう。昔からあいつはそういう奴だった。だからこそラウラは今回の一夏への攻撃についてのことは言えない。
 事実、彼女はこの気持ちが何なのかも理解していなかった。一夏に対するこの気持ちは何なのだろう、何故自分は一夏を許せないのだろうか、それが分からない。
 もしかしたら、春樹になら……このことを話したら何か答えが見つかるのかもしれない、という考えもあり、本当にどうしたらいいのか自分で分かっていなかった。

「春樹……あの……だな。私は……」

 ラウラはここまで言葉を出しておいてまだ悩んでいた。でも、今日の屋上での出来事を思い出す。
 ――お前にとって俺は訓練を共にした仲間だ。だから何かあったらいつでも頼っていい
 と言ってきた。だから、今回の事は正直に話せば春樹は何か答えを出してくれるのかもしれない。

「私が、織斑一夏を許せない理由……聞いてくれるか?」

「ああ、いいよ」

 ラウラは春樹のその優しい声に安心した。彼は何かとこういうことになれば優しかった。黙って話を聞いてくれて、そして正しき道を示してくれる。必ずしも 正しいというのは少し語弊があるが、でも、本人が正しいと思うのだから、それは他人がどう思おうとも「正しい」ということになるのだろう。

「私は……織斑教官を……逞しく、凛々しく、そして強いあの方を、あのような顔にしてしまう織斑一夏を許せないのだ」

 あのような、と言われると少し分かりにくいが、春樹にはすぐに分かった。小さい頃からあの二人を見てきたが、千冬が一夏の事を思うときの顔はなんだか、 自慢の弟をそのまま自慢する。そのときの顔は……なんだか優しさを感じるのだ。やはり、大事な家族、ということなのだろう。両親に捨てられたあの二人に とっては「家族」という固い絆で結ばれている。春樹自身もその「家族」という絆の中に途中からだが入れてもらっている。やはりそこには「温かさ」があった。

「なるほどね、だいたいわかった」

 春樹はそこまで聞いてラウラがどんな気持ちでいるのか、それが予測ではあるが、わかったのだ。ラウラが抱いている感情、それは「嫉妬」である。
 ラウラも辛い過去がある故、織斑千冬という存在は憧れというものにあわせて尊敬していた。ラウラを見捨てずに面倒を見てくれた彼女を尊敬していた。
 だけど、千冬が弟の話をするときには自分と関わっているときには見せない表情をしていたのだ。何故自分と話すときはあんな風な表情になってくれないのか、何故千冬は一夏の話をする時にそのように嬉しそうに微笑んで話しているのか。
 もうそれは完全な“嫉妬”である。
 しかし、ラウラはその感情に気がついていない。まず、嫉妬というものがどういうものなのか、そこからの説明をしなくてはいけない。だが、ラウラにはそのような心理論を話してもあまり理解してもらえないだろう。そういう風に育てられたのだから。

「わかって……くれたのか?」

「ああ、お前のその気持ち、よくわかった……多分な」

「そうか。なら、私はどうすればいい?」

「それは……自分で見つけ出さないと意味がない。だから、俺からは一つだけ……自分が正しいと思うことをやるんだ。でも、安易に行動するな。じっくり考えて、そして正しいと思うことを実行するんだ」

「正しい事……」

 ラウラは考える。自分がやるべきことは、正しきことはなんなのか。



  3


 次の日の事だ。放課後、一夏と箒とセシリアとでISの練習をする為にアリーナまでやってきている。その場に春樹の姿はなかった。
 とりあえず一夏は春樹に毎日やるよう言われた練習を始める。
 セシリアが射撃を本気で当てに行き、そして一夏はそれを十五分間避け続けるというものである。
 セシリアは素早く動く標的をいかに狙い撃つか、そして一夏はその射撃を避ける。そうすることで、お互いに確実にレベルアップさせる。という魂胆である。

「いきますわよ、一夏さん」

「おう、いつでも来い!」

 セシリアは早速ビットを展開し、全方位射撃を繰り出す。一夏の周りからビーム攻撃が飛んでくる。そしてそれを縫うようにかわす。
 そして肩慣らしを終わらせたセシリアはスターライトmkⅢの攻撃も織り交ぜて攻撃する。自分で自分の攻撃リズムを崩す事で、相手のリズムを乱してバ ランスを崩させるという攻撃。そしてこれがもっと上達したならば、全ての攻撃において一定のリズムというものが消滅する。相手はリズム感を感じることがで きず、戦いにくくするのだ。セシリアはまだそこまで到達はしていないが、相手のリズムを乱すという事はできる様になっている。
 一夏もその攻撃には戸惑い、違和感を感じるし、危うく攻撃に当たりそうにもなる。このセシリアの攻撃には悩まされている。しかもセシリアは本気で当てに来ているので、それもまた厄介だ。

「へぇ~、一夏もオルコットさんもやるね。あの相手のリズムを乱してやる攻撃は中々のものだよ。そしてそれを避けている一夏も凄いね、普通だったら何回も続けて避けれるものじゃないよ、あれは」

 箒はシャルルに今行っている練習について補足する。

「あの練習方法は春樹が考えたんだ。一夏のISは近距離武器しかないから、ああいうセシリアの全方位射撃をかわし続けるのは良い練習になると」

「確かに一夏はその装備しかないなら、こういった弾幕をはられるような相手を相手にしていれば、自然と突破口を自分で見つけれるようになるし、オルコット さんもあの高速機動を相手にしているから、自然に射撃能力が上がっていく……。なるほど、お互いに競いあう事で、気付かないうちに上達していくんだ」

 そして十五分間の時間が経った。結果は一夏の逃げ切り。要するに一夏の勝利である。そして二人は地上へ降りてきた。

「はぁ……また一夏さんの勝ちですわね……」

「いや、セシリアも十分な強さだよ、正直危ないところもあったしな」

「でも、負けは負けですわ」

 落ち込むセシリアにシャルルは励ましの言葉を送った。

「でも、今回はオルコットさんが負けたけども、勝てないってことは無いと思う。だから、もっともっと頑張れば一夏に勝てるよ!」

 なんだか、励ましの言葉なのか怪しい感じではあるが、シャルル本人は励ましているつもりである。ただ、セシリアがどう思っているのかは分からないが……。

「そうだ、一夏。僕と模擬戦でもしない?」

「お、いいぜ。色んな奴と戦えればそれだけでいい経験になるからな。しかもシャルルのそのISはもちろん専用機なんだろ?」

「うん、そうなんだ。僕の機体は――」

 シャルルのオレンジ色に塗装されたそのISはラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡである。
 この機体は名の通り、第二世代量産型ISのラファール・リヴァイヴのカスタム機であり、基本性能を限りなくチューンし、追加武装を行う為の拡張領域(パスロット)を二倍に増やしている。このことで装備できる武装の数は二十を超える。

「なるほど、その大量の武装で距離を選ばない攻撃が可能なんだな。でも、それだけの武器を入れ替えて戦うって、ちょっと難しいんじゃないのか?」

「それは大丈夫だよ、僕の得意技は状況判断が良い事なんだから。自分で言うのもなんだけどね」

「そうなのか。特技があるっていいよな~」

「一夏だって得意な事あるじゃん、その剣術とか。ま、とりあえず模擬戦やってみようよ」

「おう、そうだな。じゃ、いくぞー」

 一夏とシャルルの二人は飛び立ち、二人は向き合っている。箒の合図で二人は一斉に動き出す。
 一夏はシャルルの攻撃方法がわからないから変に攻撃ができなかった。しかし、シャルルも攻撃を出さない。下手な動きをすれば一気に距離を縮められる可能性があるため、相手の動きを待っている。

(シャルル、そっちが動かないならこっちから攻撃させてもらうぜ)

 一夏はこの動かない試合を何とかする為に自分から攻撃を仕掛ける事にした。白式(びゃくしき)の加速力を利用して一気に距離を詰める一夏。
 するとシャルルは先ほど得意と言っていた素早い武器変更を行った。これは高速切替(ラピット・スイッチ)といい、大容量の拡張領域(パスロット)を利用して、事前によく使う武器をISに記憶させておく。そうする事でその武器をいちいち操縦者が強くイメージして呼び出すことなくその武器をすぐさま展開できるようにしている。
 だから、この機能は使用頻度が低い武器には対応しておらず、高速切替(ラピット・スイッチ)には対応していない。そこだけが弱点であった。
 そして、このシステムを最大限に引き出すには、その状況に合致している武器を素早く判断して適切な武器を選んでやる必要がある。
 シャルルはビームライフルを取り出し、一夏へ放つ。一夏はそれを避けるが、すぐに的確な射撃が一夏を襲う。しかしそれも持ち前の高速機動でかわす。
 一夏はシャルルの目の前に到達できたので、練習用低出力の零落白夜(れいらくびゃくや)で一撃必殺を決めようとするが、シャルルはそれを最小限の動きでかわした。

「一夏、動きが単調すぎるよ。そんな直線的な動きじゃ当たらない」

 シャルルはかわした後、ビームライフルを構えて一夏の後ろを撃とうとするが、かわされた後の一夏の対応がシャルルの予想より早かった。シャルルの射線上からは一夏の姿が消えており、一夏は気がつけばシャルルの真上にいた。
 一夏はかわされた後、上昇して反るような形で動き、シャルルの上を体が逆さの状態で取る。そこから降下して斬りつけようとする一夏であったが、そこでシャルルの高速切替(ラピット・スイッチ)が発動。素早く弾速が早い実弾系の武器であるショットガンを装備して一夏に発射。撃った先は高速でこちらに向かってくる一夏。これは当たったとシャルルが思った瞬間、一夏はシャルルの目の前に居た。

(な、なに? 何が起こったの?)

 シャルルは驚いていた。あのタイミングは普通はかわせない。しかし、一夏はそのタイミングで回避ができるほどの力があった。瞬間加速(イグニッション・ブースト)である。瞬間的に最高速度まで到達するこの技はこの高速型ISに非常に有効だった。

「へぇ、一瞬でそこまで……やるね一夏」

「ふぅ……今のは正直やばかった。お前の状況把握の能力はすげえな」

 するとそこに、とある女性の声が聞こえてきた。

「ふん、その程度か? 織斑一夏」

 ラウラ・ボーデヴィッヒ。
 彼女がそこにいたのだ。彼女は漆黒のISに身を包んでいる。
 彼女のISは第三世代のシュヴァルツェア・レーゲン。右肩の大型の砲撃砲レールカノンが印象的である。

「織斑一夏、この私と戦え」

「はぁ? 今はシャルルと模擬戦を行っているんだよ、それなら後にしてくれ」

「なら、力ずくで――」

 ラウラはレールカノンの発射体制に入った。しかし、それはIS学園の先生方に邪魔される。

『そこの生徒、何をやっている!』

 生徒の誰かが、このことを先生に報告したんだろう。流石世界のIS乗りを鍛えあげる学園。対応が早い。

「ふん、邪魔が入ったな……」

 ラウラはISを解除し、そしてすぐさまこのアリーナから立ち去っていった。

「なんなんだ、アイツは。どういうことなんだ、一夏」

 ラウラはあの時、確かに撃つ気でいた。無理やりにでも戦闘に持っていこうとしていたのだ。一夏とラウラの間には何かがある。箒はそう思ったのだ。

「やっぱり、オルコットさんの言う通り過去に何かがあったんじゃないかな。一夏の気付かないところで」

 シャルルは今日のショート・ホーム・ルーム後の会話を思い出して答えた。

「一夏さん、心当たりは?」

 セシリアも一夏の事を心配していた。しかし、一夏は本当に心当たりが全くなかったのである。何故なら自分はドイツまで行った事もないし、もしそういう展開だったら自分より春樹の方がありえる話しだろう。

「う~ん……そうだ、春樹に聞いてみよう。アイツならなにか分かるかもしれない」

 一夏は一時期ドイツ軍にいて、ラウラと親しい存在にある春樹に聞くしかないと思った。


  ◆


 一夏たちは練習を終えて寮へ戻ろうとしていると、春樹が目の前からやって来た。

「よう、練習終わったのか?」

「ああ、それより春樹、お前いままで何処に行ってたんだ?」

 春樹はこの一夏の質問を華麗にスルーして自分の用件を話す。

「一夏、箒、俺についてきてくれ。えっと、シャルルとオルコットはすまないけどここでお別れだ」

「そうですか、わかりましたわ」

「うん、分かった。一夏、部屋で待ってるよ」

 セシリアとシャルルはそれぞれ、一夏と箒が抜ける事を了承し、先に部屋へ戻っていった。そして、その二人の姿が見えなくなると、春樹は真剣な眼差しで一夏と箒の二人を見た。

「これから行くのは千冬姉ちゃんのところだ。一夏、箒、真剣な話だからしっかりとした態度でな」

 一夏と箒の二人はなにやら雰囲気がシリアスだということを意識してしまい、呼吸も妙にゆっくりになってしまう。
 黙り込む一夏と箒、そして春樹。結局、織斑千冬の部屋につくまで一切喋る事はなかった。
 春樹は千冬の部屋のドアをノックすると、中から入って良い、という声が聞こえてきた。春樹はドアを開けて、一夏と箒を部屋に入れる。

「さて、これから俺と織斑先生がお前らに重要な話を言う。耳の穴かっぽじって良く聞けよ。一度しか言わない。そして、すぐに理解するのは難しいだろうが、無理やりにでも理解しろ。分かったな」

 春樹は二人に少々無理強いをさせるが、気にする様子はない。この三人は千冬の目の前まで行くと、千冬は口を開いた。

「では、はじめるとするか……とりあえず春樹のことだ。今まで束の下へ訪ねていたのは……聞いているな?」

 一夏と箒は「はい」と同じ答えを出す。

「なんでそうなっているか……わかるか? それはな……今、篠ノ之束は命を狙われている」

 箒は驚いた。やはり嫌ってるといっても実の家族である。命を狙われていると聞けば驚かないわけはない。
 そして一夏も同じく驚いていた。行方不明というのは知っていたが、まさか命を狙われているとは思わなかった。

「ん、まてよ……じゃあ春樹が束さんの下に行く理由ってのは……」

 春樹は一夏の言葉を遮るように答えた。

「その通り、俺は束さんの身の安全を守るために動いている。そして……先月このIS学園を襲った謎のIS……あれは、束さんの命を狙っている集団がつかったものだろう。恐らくはテストだろうな。どれだけ強いか試す為に」

「ちょっと待て、じゃあ、そいつらのそんな兵器のテストごときで鈴は大怪我を負ったのかよ!」

 一夏は興奮して、つい叫んでしまう。それを春樹はおちつけ、とたしなめた。
 彼は大人しく引き下がる。

「一応、こういった事態に関しては基本俺が解決することになっている。そして本題だ。何故お前達二人をここに呼んだのか……」

 千冬は春樹の言葉を続けた。

「それは、一夏、箒、お前達を束が必要としているからだ。現状ではここまでしか話せないが、きっと近いうちに束と会うことになるだろう。その時に詳しい話を聞く事になる」

 一夏と箒は結局のところ、話しが良く分からないでいた。もっとも、情報が制限されている時点で、深いところまでは理解できなかった。しかし、なんとなくは理解していた。
 春樹は束さんの命を守る為に動いており、それはある組織からの攻撃を守る為である。そして、束さんは一夏と箒を必要としている……。
 箒は自分の姉の命が危ないことを知り、しかも春樹が自分の姉を助けてくれている。それだけでも春樹には感謝している。
 そしてもう一つ。近いうちに姉に会う事になる事を箒はどうしようかと思っていた。自分が今まで嫌っていた姉。でも今回の話を聞いて少し複雑な気持になっていしまった。心にはなにかモヤモヤした感じがする。しかしそのモヤモヤも姉と会う頃には直っている事を期待していた。

「しかし春樹。何故今そのことを私達に?」

「良い質問だ箒。でも考えてみろ? いきなり、はいじゃあ一緒に戦うんでよろしく。って言われても困るだろ? だから、そんな事を近いうちにお願いされるって分かってもらっていた方が良いと思ってね。でも『そのとき』が来るまでまだ時間はある。ゆっくり今話したことを考えていてくれ」

 ちょっとした沈黙の後、一夏が急に立ち上がり喋りだす。

「待ってくれ、ちふ……織斑先生も……この事に関わっているんですか?」

「実はな織斑、昨日、束から直々に聞いてな。協力関係になった」

「そう、ですか……」

 千冬は昨日、春樹を捕まえて束に連絡を取ってもらった事である。 束はあんまり千冬には関わって欲しくなかったが、千冬が自ら進んで協力してくれるというなら、お願いしたいと言ってきた。
 千冬が、

――何を言っている、昔からの仲じゃないか。お前を春樹にだけ任せてられんよ。

 と言うなり束はベラベラと言ってはマズイ事まで千冬に話していた。これは束が千冬を信用している証だろう。そして頼りにしている事も。

「なんにせよ、今の事は頭に残してもらえれば問題ないよ。あんまり今は深く考えないでくれ。そのときが来たときに悩んでくれれば良いから。じゃあ解散で。部屋に戻ってくれ」

 春樹がそう言うと一夏と箒は立ち上がり、なにやら暗い感じで部屋を出て行った。今話されたことで頭の中がいっぱいいっぱいなのだろう。


  ◆


 一夏は部屋に戻ってきた。そこにシャルルは居なかった。シャワールームから水が流れる音が聞こえた。シャワーを浴びているのだろうか。
 一夏はベッドに腰かけ、さっき聞いた事を思い出す。
 春樹があそこまで強い理由。それは束を助けたいという意思の現れだろう。
 一夏はようやく分かった。恐らく春樹は守りたいものができたからこそ、あれだけ強いんだ。目標はただ一つ。篠ノ之束を守ること。なんて簡単で難しいことだろう。しかし、それを遂行する為に彼は強くなった。そう一夏は思った。

「あ、そういえば……」

 一夏は何かを思い出しそう呟いた。たしか、ボディーソープが切れそうになっていたはず。もしかしたらシャルルが困っているかもしれない。そう思った一夏は換えのボディーソープを手に持ってシャワールームへと向かった。

 一夏がドアを開け……

「シャルル、ボディーソープ切れてなかった……か……_」

 シャワールームにいたその人はシャルル……ではない。外見は非常にシャルルに似ているのだが、身体が女性のものである。女性の象徴であるその胸元が膨らんでいる。

(あ……これは……どういう……ことだ? シャルル?)

 正直戸惑いを隠せない。衝撃が強かったからか身体が動かない。もう一夏の頭の中は、目の前に裸の女性がいる。ちょっと見えたし儲かったな。というものではない。決してない。
 つい先ほど聞いた束の話に今度はシャルルが女性だった(?)という二つの衝撃が一夏を襲っていた。もう何がなんだか分からなくなっている一夏。とりあえず、一夏はボディーソープを渡す。

「え。えっと……これボディーソープな……」

「え、あ、ありがとう……」

「じゃあな……」

 一夏は何故か動かない自分の身体を無理やり動かしてシャワールームから出て行く。
 シャワールームのドアが閉まり、今湿っぽい空気の中にいたからか、シャワールームから出ると涼しい風を感じる。一夏はそれでようやく我に帰ることができた。

(何なんだ今日は。なんでこんなにサプライズが連続して起こるんだ? 落ち着け……落ち着くんだ。春樹が言ってたじゃないか、何事も落ち着いてやれと。そうだ、冷静に対処するんだ)

 しかし、別に何もやる事がなかったのでベッドの上に腰掛けて黙っていただけだった。
 一夏はじっとベッドの上に座っていると、ガチャリとドアが開く音がした。シャワールームの方からだ。シャルルがシャワーから出てきた。
 シャルルは自分のベッドの上に座る。しかし一夏と顔を合わせることはない。気まずい雰囲気が流れている。どうしようかと悩んだ末に一夏は何か飲もうか、とシャルルに聞いた。

「う、うん……お願いするよ……」

 一夏はシャワーからあがったばかりだし冷たいものでも、と思い、冷やしてあったミネラルウォーターをシャルルに渡した。

「ありがとう、一夏……」

「お、おう……」

 しかし、雰囲気はまた気まずくなっていく。もうどうにでもなれ、と思った一夏はシャルルに事情を聞く事にした。心臓がバクバクいっている中、一夏はゆっくりと口を開け……。

「もし良かったら……事情、聞かせてくれないかな? ほ、ほら! 前に言ったろ、悩みがあれば俺に相談すると良いって……言ってくれない?」

 シャルルはふぅ……と息を吐いて、そして思いっきり空気を吸い込んだ。

「実家から……そうしろって言われて……」

「お前の実家ってことは……デュノア社の?」

「僕の父がそこの社長で、その人の直接の命令でね」

「命令?」

 シャルルは「うん」と頷き、そして……目を閉じる。決心を決めたのかちょっと経って再び目を開けた。

「僕ね、一夏。父の本妻の子じゃないんだよ」

 一夏は驚愕した。凄く重い話であったからだ。これだけの悲しい過去を持っていて今までのあの笑顔。あれは嘘だとは思えなかった。

「……父とはずっと別々に暮らしてたんだけど、三年前に引き取られたんだ。そう……お母さんが亡くなったとき……」

 三年前……ちょうどそれは自分が誘拐された年である。そして、春樹がドイツの軍へ体験入隊した年。確かに色々とあった。あの時シャルルはこんなことがあったのか、と、一夏はそう思う。

「その時、デュノアの家の人が迎えにきてね。それで、その時にISの適正検査を受けたんだ。するとIS適正が高い事が分かって……。それで非公式ではある ものの、テストパイロットをする事になったんだ。でも、父に会ったのはたったの二回だけ……話をした時間は一時間にも満たないかな……」

 ISの適合検査を受けた。と言う事は、元々シャルルの父はそのことだけを考えてシャルルを呼んだだけということ。自分の為に愛人の子を利用した。そして 偶然にもIS適合が高かったことが分かり、その父は歓喜しただろう。そういうことがなんとなく見えてきた一夏はだんだんムカついてきていた。もちろんシャ ルルのその父親に。

「その後の事だよ、経営危機に陥ったのは」

「え? だってデュノア社って量産機のISシェアが世界第三位だろ?」

「結局、ラファール・リヴァイヴは第二世代型なんだよ。現在ISの開発は第三世代ISが主流になっているんだ。セシリアさんとボーデヴィッヒさんがこっ ちに転入してきた理由も、第三世代ISのデータを取る為。デュノアの方も第三世代ISの開発に着手してるんだけども、中々形にならなくて……」

 このIS学園に入学する生徒はISを上手に使えるようにする為だけの施設ではない。所謂(いわゆる)専用機持ちの人はその用途をもう一つ持っている場合もある。
 第三世代ISを使用したデータを取ったり、その第三世代ISが持っている自己進化能力によってIS自体を進化させること、つまり、第一形態移行(ファースト・シフト)や第二形態移行(セカンド・シフト)まで最低でもさせることが、専用機持ちの仕事の一つである。
 そして正直に言ってしまえばここまで第三世代ISの開発が進んでいたのなら、第二世代ISは時代遅れ、と言われてもしょうがないものがある。

「だけど、それとお前が男のフリをしてるのってどう関係があるんだ?」

「簡単だよ、世界的にも非常に珍しく、現在確認されているISを動かせる男というのは二人だけ。そこにもう一人現れた、となれば良い宣伝になるし、僕が男 なら日本で発生した特異ケース、つまり一夏や春樹に接触しやすいし、それで機体データや一夏や春樹の身体データも手に入るかもってね。……そう、IS学園 にいるISを動かせる男のデータを盗んで来いって言われてるんだよ、アノ人にね。でも、春樹とは中々接する事ができなかったな。あれ、ばれてたのかな? 僕…………。でも、言ってみたらスッキリしたよ。ありがとう一夏、僕の話を聞いてくれて。それと、今まで嘘をついていてごめん。春樹にも謝らないとね」

「いいのか、それで?」

 一夏は若干低めな声でそう言った。そして立ち上がり、シャルルの肩をつかんだ。一夏の目は何か悲しそうで、でもシャルルの事を想ってくれている様だった。

「良い筈ないだろ!? 親がいないと子供は生まれない。そりゃそうだろうけどさ、でも、だからって自分の子供をそんな風に扱って良い筈ない!」

「一夏……」

 シャルルは驚いていた。そんなことを言う一夏に。今まで、そんなことを言ってくれる人なんていなかったからだ。

「俺も……両親に捨てられたから……春樹も……。いや、こんな事はどうでも良い。シャルルはこれからどうするんだ?」

「どう……って……」

 シャルルは言葉に困った。自分は一体何がしたいんだろうか、どうせ、このままいったら…………。

「女だってことがばれちゃったし、本国に呼び戻されるだろうね。きっと……良くて牢屋行き……かな」

 一夏は考えた。どうすれば良い? こんな事になってしまったのは自分のせいだ。自分が、見てしまったからだ、シャルルが女だって言う決定的な証拠を……。じゃあどうすれば……どうすればシャルルを守れるのか……。
 一夏はこれ以上はないくらいに頭を回転させる。そして、ある項目を思い出した。

「だったらここにいろ!」

 シャルルは突然の一夏の言葉に驚く。いきなりの事でどういう意味かすら一瞬理解することが出来なかったぐらいだ。

「俺が黙っていれば問題ないし、もし仮にばれたとしてもお前の親父や会社は手出しできないはずだ」

 一夏は、自分の手荷物を漁り、そして生徒手帳を取り出し、

「IS学園特記事項。本学園における生徒はその在学中において、ありとあらゆる国家・組織・団体に帰属しない。ということはこの三年間は大丈夫ってことだ。それだけあればどうすればいいか考え付くだろうさ」

「良く覚えていたね、特記事項って五五個もあるのに」

「こう見えても勤勉なんだよ、俺はな」

「一夏……ありがとう」

 シャルルはこの二日間で見たことないぐらいの笑みを見せてくれた。
 一夏はあまりの笑顔に心臓がドキッとしてしまった。
 そして一夏は思った。
 この、シャルルの笑顔を守りたい。こんなに良い笑顔をする彼女を悲しい顔にさせたくない。だから、何が何でもシャルルのことは自分が守ってみせると。



[28590] Episode2 第二章『紅の鎧 -Answer-』
Name: 渉◆ca427c7a ID:3799dadf
Date: 2012/10/13 14:02
  1

 一夏がシャルルが実は女性だった事の問題でゴタゴタしている頃、一方篠ノ之箒は部屋で悩んでいた。
 箒は正直に言うと織斑一夏のことが好きなのである。
 好きになった理由、それは小学生の頃にいじめを受けていたところに一夏が助けてくれた、そしてその後に優しくしてくれたからである。
 好きになる理由など、そんな、実はちょっとしたことだったりする。
 そして、小学生のとき箒は春樹に相談した事がある。その時、一夏を誰よりも知っていて、尚且つ自分と一番仲が良かった人物が彼だからだ。
 箒は勇気を出して一夏が好きなことを春樹に話した。すると春樹は笑顔で応援すると言ってくれた。そのときは本当に嬉しかった。結構気を使ってくれたし、色々と協力してくれた。
 そしてある時、箒は一つの決断をした。剣道の大会で優勝したら一夏に告白をする。好きだと一夏に伝える。その為に剣道の大会に優勝するんだと。
 そしたら春樹は剣道の稽古に付き合ってくれた。箒が優勝できるように、とアドバイスもしてくれた。正直嬉しかった。良い友達を持ったと思った。
 しかし……。
 そのときだ、箒の姉、束がインフィニット・ストラトスを開発し、そして『白騎士事件』により篠ノ之の家系は全員保護対象にされ、そして地元を離れる事になってしまった。
 もちろん剣道の大会に出る事もそれで優勝する事も、優勝して一夏に告白することも叶わなくなってしまった。
 その後の箒はちょっとした自暴自棄になり、力任せの剣道をしていた、自分のイライラを解消するだけの剣道。そこにスポーツマンの精神などというものはなかった。
 確かに剣道で勝った。剣道の技量では相手より上だった。
 しかし箒は何か空虚感に襲われていた。何故なら、剣道というスポーツを楽しんでいなかったからだ。
 ただ自分の力を、自身が満足する為だけに振り回していただけだった。

(そう……あのときの私は、まるであのラウラ・ボーデヴィッヒのようだ……)

 箒はラウラの今までの模擬戦を思い出す。
 自分の力を相手の事も考えずに振り回す。それはまるで過去の自分を見ているようで、とても不快だった。

(駄目だ、奴の事を考えては……。今は……)

 箒は考えてる事が全く違うものになっている事に気付いて軌道修正した。箒が一夏と再会して二か月が経ったが、やはり一夏の事が好きだった。この気持は変わることは無かったのだ。
 そして、彼にどう告白しようかと悩んでいたのだ。
 箒は怖かった。彼に告白する事が。
 もし彼に振られてしまったら? 告白したせいで避けられてしまったら?
 考えただけで怖くて怖くてしょうがなくなる箒。

(そうだ、こんなときは春樹に相談すれば……)

 箒は携帯電話を取り出して春樹に電話をかける。
 1コール、2コール、3コール、そして4コール目の途中で春樹が電話に出る。

『もしもし、どうした箒?』

「あ、春樹か。実は相談が……」

『何、やっぱ一夏の事か?』

 やはり春樹にはなんでもお見通しなのだろうか。箒はいきなり正解を言われてドキッとした。

「そ、そうだ。実はな――」

 箒は自分が考えている事を全て話した。
 一夏に告白しようか悩んでいる事、そしてもしかしたら、嫌われたり、避けられたりするのではないかという考え。
 その箒の悩みに春樹はため息をつき、その後いきなり笑い出したのだ。

「なんだ、馬鹿にするのか」

『まぁ、そんな感じ。確かに一夏は鈍感だけど、面と向かって告白すれば大丈夫だよきっと。箒結構可愛いし、自信持ちなよ。あんまり遠回しにアピールしてるだけじゃ一夏は気づいてくれないぞ?』

「そ、そうなのか?」

『ああ、一夏はそういう奴だよ。あいつは鈍感の中の鈍感だからな。気を惹こうとしてアピールしてるだけじゃ、あいつは答えてくれないよ。だから、好きなんだという事をはっきり伝えるんだ』

「……わかった。いつもありがとう、春樹」

『ああ、俺はいつもお前達の味方だよ』

 と春樹は言い残して電話を切った。

(面と向かって、はっきりと……か……)

 言うだけなら簡単だ。しかし、そこに踏み出すまでが最大の障害である。
 やはり不安と羞恥というものが邪魔してそこまでに踏み込めない。ましてやこの六年間思い続けてきた男性だ。そしてその想い人に再会した。幸いにも彼は箒のことを忘れずに覚えていてくれた。箒はなによりそれが嬉しかった。
 だけど……面と向かって告白して、結果があれだったら?
 やはり考えただけで怖い。だけど、春樹の言った通り、伝えないと何も始まらない。だから――。

(よし、なら今度の学年別トーナメントで納得のいく成績を収めたなら……一夏に告白しよう……うん!)

 箒には専用機はない。だからこの学年別トーナメントで勝ち抜くのは至難の業であり、箒の現在の腕では専用機持ちに当たっただけで勝てるかどうか危うい。
 今まで一夏や春樹、そしてセシリアと練習を続けてきた。確かにISの操縦は入学当初に比べて遥に上達しているのは箒自身も実感していた。
 だけど、それだけ。専用機持ちの操縦テクニックにはまだ及ばない。
 こういったISのトーナメントを行うときは、専用機持ちの独壇場にならない為に機体に規制(リミッター)をかけることになっている。その専用機のスペックの程度にもよるが、責任者の教師の判断によって、武器の出力と機体自体のスペックを量産機以下にする事になっている。
 これで機体性能で勝つことは不可能になるし、求められるのはその操縦者のテクニックのみ。
 しかし、そのテクニックは流石専用機持ちと言うべきか、非常に上手である。伊達に専用機を預けられているだけあり、結構前からISを操縦しているのだろう。
 ここで箒は疑問を感じた。
 織斑一夏と葵春樹である。
 過去に何かありそうな春樹はともかく、一夏はクラス代表を決めるときのあの春樹との戦闘。あれはおかしかった。確かまだISの操縦は二回目であり、そしてあの操縦テクニック……。おまけに春樹に勝ったのである。

(一夏……お前は何だ……)

 箒は一夏の存在に疑問に思ったが、そんなことはどうでもいい、と思い、ベッドにもぐりこんだ。そして箒は眠りにつく。



  2


 二日後、量産型IS『打鉄』の使用許可を得ることが出来た箒はセシリアと共に特訓を行うことにした。
 ちなみに一夏はこの場にいない。彼とは今あんまり練習したくない。これは箒の一夏への告白のため戦いであり、一夏にその為の練習など見て欲しくなかった。
 だから箒はセシリア・オルコットに頼んだ。春樹は練習に付き合えないそうなのでここにはいない。
 そのとき、セシリアは何故か残念そうな顔をしていた。
 箒はそんなセシリアを見て彼女はやはり春樹のことが気になっているのか、と思う。

「すまないな、セシリア。練習に付き合わせてしまって」

「いいえ、大丈夫ですわ箒さん。お友達のせっかくのお誘いですもの。学年別トーナメントも近いことですし」

 箒とセシリアは春樹や一夏を通して仲良くなっていた。今や名前で呼ぶほどのお友達だ。
 セシリアの専用機はブルー・ティアーズであり、ビットによる全方位攻撃が特徴的な武装を持った機体である。
 箒は彼女と一夏がいつも行っている練習をやってみることにした。セシリアが攻撃、そしてそれを十五分間避け続けるアレである。

「やってもいいか?」

「ええ、構いませんけど……」

 二人は飛び上がり空中へ、そして。

「じゃあ、行きますわよ!」

 そう言ってスターライトmkⅢを放つ。それをかわす箒。
 そして、ブルー・ティアーズを解き放つセシリア、ビットが箒を囲み、全方位攻撃を仕掛ける。
 無数のビームが彼女を襲う。箒は慌てて、間一髪でかわしていた。しかし今のははっきり言ってまぐれだった。運が良かっただけだ。次もかわせるとは言い難い。

(一夏は……こんなのを毎日やってたのか……これを十五分間逃げ切る……のか?)

 無理だ。
 箒はそう思った。ただでさえ今までセシリアは一夏と練習してきて射撃の精度も上がっているし、一夏も攻撃を避けることに関してはとてつもなくスキルアップしているはずだ。
 到底自分が敵うような相手じゃない。
 そう思った。
 だけど、その後も何発かかわす事の出来た箒。
 セシリアはその攻撃を何回かかわされて驚いていた。彼女は量産機の打鉄で、しかもセシリアは一夏との練習で、スキルアップをしているはずなのだ。
 なのに、つい最近まで春樹に基礎的な事を教えてもらっていた彼女が、今こうして自分の攻撃をかわしている。
 その事実が信じられなかった。

(箒さん……あなた……)

 基礎は完全に出来ている。後は臨機応変に対応する応用力を養うだけ、という状態だという事。つまり土台作りは完全に終わっていた。

(何だ、さっきはまぐれでかわしたと思ったが……。当たるかどうかギリギリだがかわせる……?)

 箒も自分でもよく分かっていなかった。身体が動いてくれる、危なっかしいが、何とかかわせる。
 しかし、ギリギリの綱渡り状態だった為か、セシリアの攻撃がヒット。たった三分間であったが、毎日練習して日々成長しているセシリアに初めて挑戦、しかも打鉄で三分間耐えられただけでも凄いことだろう。
 二人は一回地上へ降りて、話し合うことにした。

「箒さん、凄いですわね。基礎はもうちゃんと出来てるみたいで」

「ああ、自分でもビックリだ。まさか私がここまで動けるとはな。危ないところは沢山あったが」

「後は戦況に合わせれる応用力を鍛えていけばいいですわね」

「うむ。ではもう一度いいか?」

「ええ。行きますわよ、箒さん」

 二人がもう一回さっきと同じ練習を始めようと、空へ飛び立とうとしたそのときであった。いきなりの砲撃が二人を襲った。
 いきなりの砲撃であったのだが、セシリアと箒の二人はそれをかわした。
 そして二人の前に現れたのは黒く、そして大型のレールカノンが右肩部のスラスターに取り付けられているのが特徴的なその機体。ドイツ軍IS部隊隊長専用機、シュヴァルツェア・レーゲンであった。

「ラウラ……ボーデヴィッヒ……」

 セシリアはISの画面に映し出されたシュヴァルツェア・レーゲンのスペック情報を読んでそう呟いた。

「どういうつもりだ、いきなりこちらに砲撃してくるとは!」

 箒は怒りながらラウラに対して怒鳴る。
 だが、彼女の怒号に反応することなく、冷徹に、静かに、そしてなおかつ挑発するようにラウラは言う。

「イギリスのブルーティアーズと量産機の打鉄……。打鉄はともかく、イギリスのは資料を見たときの方が強く感じたな」

 そのような言動の彼女に対し、箒はこれ以上彼女に何を言っても無駄だと思ったから、何も言わないようにした。

「さて、古いだけが取り柄の国は余程人材不足なのだろうな。そして量産機を使っている奴は……学年別トーナメントにでも向けて特訓といったところか……。一つ言っておく、無駄だ、やめておけ。どうあがいても専用機持ちには勝てない」

 ラウラはあからさま過ぎるほどの挑発を二人にしていく。セシリアと箒の二人はラウラの挑発にまんまと飛び掛る。

「コイツ……余程、ぶん殴って欲しいみたいだな」

「ええ、箒さんの言う通り。これだけの事を言って、吼えるだけかと思って?」

「ふん、なら。二人がかりで私に挑んで来い」


  ◆


 一夏はシャルルと廊下を歩いていた。

「一夏、今日のISの練習は?」

「今日は箒とセシリアが二人で練習するらしい。春樹もなんか用事があるみたいでいないし……」

「じゃあ、今日は僕と一緒に練習しない?」

「ああ、いいぜ。シャルルがいて助かったよ。このままじゃ、練習相手がいなくて困るところだったよ」

 シャルルは一夏と一緒に練習する事になって嬉しそうな顔をしていた。
 すると、とある少女数人がアリーナに向かって走っていく。なんか、アリーナで専用機持ちが模擬戦をやっているらしい。
 専用機ということは、用事でいない春樹と現在入院している鈴音、そして一夏とシャルルを除けば、セシリアとラウラ、そして四組の四人だけである。一体誰がやっているのか気になった一夏はアリーナへと走った。それについていくシャルル。
 そしてアリーナで戦っていたのは箒とセシリア、ラウラの三人だった。
 箒とセシリアは目を合わせると共に頷いてラウラに箒はブレードを持って突込みに行き、そしてセシリアは距離を取って箒を援護する作戦のようだ。
 まずは箒のブレードによる一振り、これは勿論かわされる。しかしかわした先には、セシリアのビット兵器、ブルー・ティアーズがあった。そこからビームが発射されるが、その攻撃がラウラには届かなかった。
 ラウラは余裕の表情である。

「なんだ、今のは!?」

 箒は驚きの声をあげた。ビット兵器、ブルー・ティアーズから放たれたビームはラウラにヒットする直前に消滅したのだ。彼女が右手を前に出すのと同時に。

「Charged_Particle_Cancellerか……」

 シャルルは呟いた。

「なんだ、そのチャージド……なんちゃらって?」

「チャージド・パーティクル・キャンセラー……通称“CPC”。これはビーム系の武器を無力化する装備。恐らくこの新装備をIS学園でテストを行ってるんだろうね」

「そうなのか……セシリアの装備のほとんどが無効化されちまうってことになるな」

「うん、セシリアさんがラウラ・ボーデヴィッヒに対抗するには残りのミサイルが発射できるブルー・ティアーズ、二基と実剣装備のインター・セプターぐらいしか彼女にダメージを与えられない」

「でも、弱点はあるんだろ?」

 一夏がニヤついてシャルルに問う。

「うん、もちろん。それを、箒さんやセシリアさんが気付くかどうかにかかってるけどね」

 セシリアは今のが何なのか理解していた。チャージド・パーティクル・キャンセラーが自分のISと相性が絶望的に悪い事を。
 ブルーティアーズのミサイルを発射するが、弾速が遅すぎてまず当たってくれなかった。
 こうなったら近接戦闘用ナイフ、インター・セプターを使用するしかない。そう思ったセシリアは短刀、インター・セプターを展開し、箒とともに近接戦闘を試みる。
 しかし、ラウラのISは近距離から中距離を得意としている。セシリアが近接戦闘に加わったところでどうしようもなかった。第一近接戦闘はあんまり練習していないのだ。やるだけ無謀だって事は彼女が一番分かっていた。
 だが、プライドの高いセシリアがあれだけ挑発されて黙っていられるわけがなかった。
 そして、箒はISの機体性能の差に絶望していた。
 しょせん量産機の打鉄である。専用機としてチューンされたISの前では歯が立たなかった。
 ラウラのISは機動力、防御力、そして武器の火力をも遥に量産機を上回る。
 箒ははっきり言って基礎が完全に出来上がっており、土台がきちんと出来ている。これも春樹との練習のおかげだ。
 しかし、目の前のラウラには勝てる気がしなかった。
 勝ち目は無い。そう思ったのだ。
 近接戦闘用武器のブレードを握り締め、剣道で蓄積された技術を最大限に活用しても、軽く受け流されて反撃を受けてしまう。
 セシリアと箒の二人はラウラの攻撃を前に後方へ大きく吹き飛ばされた。
 そしてラウラはワイヤーブレードを発射。無数のワイヤーがセシリアと箒の方へ飛んでいく。彼女達は受身を取っていてすぐには次の動作に移れなかった。
 そして、ラウラの発射されたワイヤーブレードに捕まってしまい、喉元を拘束される。首が絞められる状態だ。
 ISの防御機能で息が出来なくなることはないが、苦しさは少なからず感じる。

「今度はこっちの番だ!」

 ラウラはそう大きく声を出してセシリアと箒の二人を自分の下へ引き寄せる。
 そして、二人をボコボコに殴ったり、蹴ったりしたのだ。しかもその加減は度を越えていた。下手をすれば命が危なくなるほどに。
 二人のISはの装甲は限界であった。このまま行くとシールドエネルギーが0になるどころか、ISに致命的な損傷が起こるし、何より彼女達の命が危険だった。
 一夏はそれを見ていて、憎悪した。これ以上はヤバイと思った。

「なんだよ……何やってんだよ……。やめろおおおおおお、ラウラァァァアアアアアアア!!」

 アリーナのバリアを叩き、叫ぶ一夏。しかし、アリーナのバリアは素手で叩いたところで割れるはずもないし、ラウラも一夏の発言に耳を傾けることもないだろう。

(そうだ、零落白夜でこのバリアを切り裂けば……)

 そう思った一夏は右腕の白いガントレットを見つめて、心で念じた。
――来い、白式(びゃくしき)!
 と……。
 すると一夏は白式に身を包まれ、そして右手に持っている剣、雪片弐型を強く握り締めて、そして零落白夜を発動させた。
 雪片弐型は半分に割れて、そしてその間からエネルギー系の刃が出てくる。
 白式の稼動エネルギーが減っていく中、一夏は目の前のバリアを切り裂き、破壊する。そして、そのままラウラの方へ飛んでいった。

「お前はあああああああああああああ!」

 一夏は叫んでラウラに斬りかかる。しかし、ラウラのチャージド・パーティクル・キャンセラーを前に、零落白夜でさえも無力化されてしまう。

「なんだ、好きな女が殴られ蹴られしてるうちに頭に血が上ったか? 沸点の低い奴だな……」

「離れて、一夏!」

 シャルルがオレンジ色の機体、ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡを身に纏い、そして、一夏がそこから離れた瞬間に実弾系の武器でラウラを狙撃した。
 実弾系はチャージド・パーティクル・キャンセラーでは防ぐことが出来ない。仕方がなく、ラウラはそこから動いてその攻撃をかわした。
 ワイヤーブレードの拘束が解け、さらにシールドエネルギーが0になった為にセシリアと箒の二人はISがその身から外れ、その場に倒れこむ。
 専用機のブルー・ティアーズは量子化され、量産機の打鉄をその場に倒れこむようにして機能を停止、身体を固定する固定具が外れた。
 一夏はその隙にセシリアと箒を回収、そして持ち前のスピードでラウラの砲撃をかわし、先ほど切り裂いたアリーナのバリアへ向かい、アリーナの観客席の中に二人を入れた。

「すまないな、一夏……」

「ごめんなさい、一夏さん……」

 二人は身体の痛みを我慢しながら一夏に謝った。

「大丈夫だって、謝る事はない。お前らはそこで横になってろ。いいか?」

 二人は肯定の返事をしてアリーナの方へ戻った。
 その時だった、シャルルがラウラのワイヤーブレードに捕まり、そしてプラズマ手刀の攻撃を受けそうになっていたのだ。

「シャルル!」

 一夏は急いでシャルルを助けようとその白式を加速させた。しかし、距離的に間に合いそうになかった。
 そのときであった。そこには懐かしきISがそこにあったのだ。
 暮桜(くれざくら)。
 織斑千冬の専用機であり、世界一になった機体。
 そしてそこにはもう一人、もう見慣れた……白くて美しい、しなやかな翼がとても特徴的なその機体、葵春樹の熾天使(セラフィム)であった。
 千冬は雪片でラウラのプラズマ手刀を受け止め、そして春樹はシャープネス・ブレードでラウラの首元に押し当てていた。

「ラウラ、動くなよ。動いたらこれでお前を斬る」

 春樹は小さくラウラに警告した。

「きょ、教官……。春樹も……」

 ラウラは驚きの声を上げる。
 そしてラウラは諦めたように体の力を抜いた。
 千冬も身体の力を抜き、楽な姿勢に入った。そして、全員に聞こえるように大声で警告をする。

「模擬戦をやるのは構わん。だが、アリーナのバリアを壊したり、過度な攻撃を繰り返すその行為は教師として黙認しかねる」

 誰もが黙り込んだ。千冬が言っている事は誰もが理解できる。そしてそう指摘され、自分の過ちにようやく気付く事が出来たのだ。
 一夏も二人を助ける為とはいえ、アリーナのバリアを壊すのはちょっとまずかったとは今になって思った。

「この戦いの続きは、学年別トーナメントでつけてもらおうか」

「教官がそうおっしゃるのなら……」

 ラウラはそう言ってISを解除する。

「織斑、デュノアもそれでいいか?」

「あ、ああ……」

「教師にははいと答えろ、馬鹿者が……」

 一夏はそのときの千冬の目を見ると、いつにもない凄く怖い感じの目だった。その目には一夏、そしてその周りの人手さえ、後ろに一歩下がってしまうほどの迫力があった。

「僕も……それで構いません」

 シャルルは淡々と返事を返した。

「よし、学年別トーナメントまで私闘の一切を禁止とする。解散!」


  ◆


 保健室ではセシリアと箒が横になっていた。ラウラの攻撃によって少々の怪我をしたからだ。その怪我はISのおかげでそこまでの怪我はなかったが、痛みは少しあるみたいだが、少し安静にしていれば治るらしい。
 だが……。
 セシリアのブルー・ティアーズは損傷が酷く、修理しないと使い物にならないらしい。しかもその修理は最低でも一週間はかかるらしく、学年別トーナメントには間に合わない。よってセシリアはそのトーナメントに出ることが出来なくなってしまった。
 一応、用意されている量産機を使えば出れない事はないのだが、使い慣れない機体を使っても結果は見えているし、それにより変な感覚を身体に覚えこませてもまずかった。

「一夏さん、箒さん……春樹さん……私の分まで、戦ってください。そして、あのラウラ・ボーデヴィッヒを……」

 セシリアは弱々しく三人に頼んだ。
 三人は無言で首を縦に振りうなずく。
 そして……。

「春樹……頼みたいことがある。残り五日間で、出来るだけ私を強くしてくれないか? 前出した春樹の宿題……強くなりたい理由、見つけたぞ」

 あの、クラス代表対抗戦の前に皆で練習しているときに春樹から出された宿題。“自分が強くなりたい理由を考える”というものの答えがようやく見つかったのだ。

「私は……ラウラのような奴に力の使い方を教えられる強さを手に入れたい。あのラウラに、教えてやりたいのだ……」

「そうか……わかった。じゃあ、明日から練習を始めるぞ。だから、早く寝て身体を早く治しておけ」

 そう言って春樹は保健室から出て行った。
 そして廊下に出るなり携帯電話を取り出した。電話の相手は……篠ノ之束だ。

「もしもし、束さん? 頼みごとがあるのですが。……紅椿(あかつばき)を明日までにこっちに届けてくれませんか? コアはとりあえず適当なの積んでくれれば問題ないありませんから――。え? 見つかったんですか!? なら話は早い。予定を早めます。紅椿を箒に使わせようと思います。もちろん、機能制限(リミッター)はかけておいてください。……はい、それでは」

 そして、電話を切った春樹は、今日自分の部屋へと戻ることはなかった。



  3


 次の日のことだ。
 IS学園に一つの贈り物が届いた。それは昨日春樹が束にここまで送っておくよう頼んでおいたIS、紅椿(あかつばき)である。
 それを春樹と千冬と箒はこの学園のアリーナのピットの方へと専用の車を使って運び入れ、そのISの金属製の大きなカプセルを開ける。そこから現れたのは何処までも紅い、真紅のISであった。

「これが、私の機体……。紅椿か……」

 箒はまじまじと目の前のISを、まるでISを初めて見るかの様に細かく隅々まで舐め回す様に見る。箒は正直見とれていた。これが自分の嫌う姉が作ったというのに、そんなことも忘れて目の前のISに惚れていた。その美しいフォルムに。

「そう、これが箒のIS、紅椿だ。デザインと機能面の案は俺。実際に製作したのは束さんだ」

「え、春樹も……このISに関与しているのか?」

「ああ。このISはお前の為に用意したものだ。本当はもう少し後、箒がもっと強くなったら渡そうかと思っていたんだが……もう待つ必要なんて無かった。箒はもう強い。立派なIS乗りだと判断したからな。あと、本当に必要なときが来てしまった、っていう理由もあるけど」

 箒は昨日、春樹が望んでいた答えを出してくれた。“強くなりたい理由”を春樹が望む形で答えてくれた。それが大きな理由だろう。
 大きな力を手に入れるとき、人はそれをどう使うのか、それによって状況が大きく変わってくる。良いことに使えば、人々に喜んでもらう事もできる。
 だが、悪いことに使えば人を悲しませてしまうだろう。だから箒にはその“強くなりたい理由”を聞いた。
 そして、箒は誰かの為に大きな力を必要とした。だから春樹は急ピッチで紅椿という大きな力を用意させた。箒によってラウラを止めてもらう為に。

「さて、篠ノ之。早く紅椿を装着しろ。フォーマットとフィッティングを終わらせて、お前の機体にしなくてはならないからな」

 千冬は箒にISを早く装着するようせかせる。千冬にしても、ラウラのやっている事を止めてやりたいのだ。
 だが、彼女がやっている事は春樹や千冬があーだこーだ言っても解決にはならないだろう。何故なら、千冬と春樹は過去にドイツ軍基地でその自身の強さを見せ付けている。だからこそ、自分達の事は無視されてしまうだろう。
 所詮、力ある者の話でしかない。それに彼女は勝利を求めている。異常なほどに。その理由は恐らく三年前に自分の隊の隊長が殺されたからだろう。
 だから、春樹や千冬がラウラをISでボコボコにしたとしても何の解決にもならない。ここはラウラ自身も初めての相手に叩きのめしてもらうしかないのだ。
 それにラウラは個人的に一夏を恨んでいる。その原因である千冬が何をやったとしても更にラウラは一夏への憎しみが増すだけだろう。
 ラウラがどんな理由で一夏を恨んでいるかはわからない。一応理由は話してくれたのだが、それだけが全てではないと思われる。何せ、あの言葉だけでは彼女の奥底の気持ちはわからない。
 箒は紅椿を身につけると、網膜投影された画面を凝視する。この機体のスペックを確認しているようだったが、彼女の顔は驚愕にかわるまではそう長くはかからなかった。

「これは……こんな高性能な機体……」

「誰が作ったと思ってんだよ、俺とお前の姉だぞ。今回ばかりは姉に感謝しなくちゃなぁ、箒」

 春樹は箒の疑問に答える。
 箒は流石に春樹の言う事に賛成せざるを得なかった。今回ばかりは自分の姉、篠ノ之束に感謝しなくてはならない。正直、自分の夢を断ち切った姉は許せない存在だが、仮にも実の姉、家族なので本当のところ嫌いでもないかもしれなかった。

「そうだな、姉さんには感謝せねばなるまい。春樹、今度姉さんに会うことがあったら言っておいてくれないか? 妹が感謝していたと」

 すると、春樹はニヤリと笑って、

「いや、その必要は無いだろう。自分で言うんだな」

 すると、春樹の持っている携帯端末の画面を箒に見せ付ける。そこには篠ノ之束が映し出されており、画面の向こうの束は箒を確認するなり、

『やっほ~、箒ちゃん久しぶり。元気してた~?』

「姉さん!?」

 やはり箒は驚いた。春樹は予想通りの反応ですこしニヤケてしまった。

『あまり長くは話せないから、手短に説明するね。箒ちゃんの専用機、紅椿は私と春樹の二人で製作したんだよ。まぁ、実際のところ他にも協力者である整備士の人たちに手伝ってもらったりしたけどね。っと、そこは置いとおいて……。その紅椿は“第四世代IS”なんだよ』

「え……今、何と言いましたか?」

 これまた箒は予想通りの反応を示した。
 ISは現在、第三世代ISの研究が主流となっている。
 第一世代とは一番最初に、篠ノ之束が開発した、いわゆる雛型のISの事を指している。
 次に第二世代とは、そこから進化して後付けパーツによって多様化が可能になったISを指している。
 そして、現在研究されている第三世代のISとは、操縦者の思考による操作――イメージ・インターフェイス――を使ったISの装備開発が主となっており、詳しく言うと、これはISのコアを最大限に使用した装備の開発ということだ。
 例を挙げるとすれば、セシリアのブルー・ティアーズだろうか。
 あれは操縦者の思考によってビットを操作するようになっている。端的に言えば、そういった思考による攻撃を可能にするのが、第三世代ISの研究である。
 このような、まだまだ研究の余地ありという状態で、第四世代ISの存在はあってはならないものだろう。それなのにここには第四世代のISがある。そう聞いて驚かない人などいないだろう。
 実のところ、箒のフォーマットとフィッティングのサポートをしている千冬も驚いているのだから。

『ふふふ……驚いてるねぇ、ちーちゃんも良い顔してる。まぁ無理も無いよ、まだ第三世代を研究している最中に第四世代だからね――』

 その第四世代IS、紅椿は、全ての距離、攻撃・防御・機動。全てにおいて即時対応、つまり、装備の換装なしで対応できるように製作されたのが第四世代ISであり、それが紅椿である。
 しかし、問題点がいくつかある。それは世界中に第四世代が作られたと知られれば、篠ノ之箒の身が危うくなる。どの国に属すのか、それを巡って争いの火種になりかねないのだ。そしてその製作者は誰なのか解答を求められるだろう。
 篠ノ之束が命を狙われていることが分かっている今、表舞台に彼女を出すのは非常に危険である。
 箒もそのことは前に話しているので、紅椿の製作者については解答できないだろう。そうなれば、箒の存在はどうなるのか……。IS国際委員会に目をつけられ、身を拘束されてしまう危険性もある。

『だから紅椿には機能制限(リミッター)が設けられているんだよ。そのスペックでも結構性能を落としているんだよね』

「これで……性能を落としているんですか? 信じられない……」

『それでも結構性能が高い専用機程度だから、目をつけられる事は無いと思うよ。詳しく調べられない限りはね。だからあんまり目立ちすぎないように』

 すると、春樹はそこに口を挟み、

「束さん。それ、これからやること分かってて言ってます?」

『まぁ、箒ちゃんも専用機手に入れたのかぁ、お姉さんが関与してるのかな? って思われる程度にしておいてねってこと。わかった?』

 春樹と箒は「はい」と返事をする。すると、フォーマットとフィッティングが終わり、箒の網膜投影された画面には『フォーマット・フィッティング完了』の文字が表示されていた。

「よし、これで終わりだな。では篠ノ之、春樹と模擬戦形式で試合をしてこのISに慣れて来い」

「了解」

 箒はそう言って、ハンガーから出ようとすると、春樹は箒を呼び止める。

「箒、早く紅椿を動かしたい気持ちは分かるが……ほら、お姉さんに何か言うことは?」

 箒は嫌というよりは少し恥かしい感情を抱き、顔を赤らめる。彼女は春樹が持っている携帯端末に映し出された束をチラッと見ながら、

「ありがとう、姉さん……」

 と、ボソッと言って、顔を赤くしながらハンガーを出て行った。
 その反面、束はとても嬉しかったらしく、物凄い笑顔になっている。春樹はそのまま画面を自分の目の前に持って行き、束との会話を再開する。

「束さん、とても嬉しそうですね」

『当たり前だよ。離れ離れで嫌われていた妹に感謝の言葉を言われれば、そりゃ嬉しいよ!』

「やっぱり……家族って良いですね……」

『春にゃん…………』

 春樹は両親を失っている。過去に事故死、という風に聞かされている彼だが、実際にその事故現場を見たわけでもなく。ただ、警察の方から事故死ということを聞いただけだった。
 それが事実かどうかは分からない。ただ言えることは……春樹は両親の愛情を短い時間しか注いでもらっていないということ。春樹の両親が死んだのはほんの五歳の頃であり、ものごころがついてきて親に甘えたい時期。そんな頃を彼は両親なしで生きてきた。
 さらには彼には親戚筋というものがいなかった。
 だが、そんなときに手を差し伸べてくれたのは、お隣の織斑家の織斑千冬と織斑一夏だった。織斑家の二人も同じような境遇で両親がいない。だから同じような境遇同士、協力し合って生きていこう。という事になり、それからは一夏と一緒に暮らしてきた。
 春樹が織斑家にお世話になる際、それを維持できる程の経済力など、五歳児にはなかったので、家を売り払った。
 だから、春樹には実家というものはない。いや、織斑の家が実質の実家ということになるだろう。千冬も一夏も、春樹のことは家族だと思ってくれている。それだけで春樹は嬉しかったのだ。

「いや、ごめんなさい、なんかこんな空気になっちゃって。それから、その春にゃんってのやめてくださいよ」

『うん…………。でも、やめない!』

「まったくもう……。じゃあ、俺はこれで。箒と模擬戦に行ってきますから」

『うん。じゃあね』

「はい」

 春樹はテレビ電話の通話を切り、携帯電話をポケットにしまう。
 そして春樹は制服を脱ぎ、下に着ていたISスーツの姿になり、春樹は自分のIS、熾天使(セラフィム)を展開。そこには特徴的な美しい白い翼が広がっている。
 春樹は千冬に挨拶をすると、ピットから飛び出し、そのまま近くのアリーナに飛んでいった。



[28590] Episode2 第三章『赤と黒 -Correction-』
Name: 渉◆ca427c7a ID:3799dadf
Date: 2012/10/13 14:21
  1


 学年別トーナメント当日。
 今、箒と春樹はトーナメント表を見ているが、それを見た瞬間、二人の表情は驚愕に変わった。
 なんと、第一回戦、箒のその相手は――ラウラ・ボーデヴィッヒであったのだから。

「なんという組み合わせだ……。だが――」

「好都合だ、ってか?」

「ああ、そうだな」

 箒は今日の学年別トーナメントのために必死に練習してきたのだ。箒の専用機、紅椿(あかつばき)と共に。
 その練習はとてもつらいものであった。たった五日間で箒を現役の軍人相手に対等に勝負できるほどに鍛え上げなくてはいけないからだ。
 早朝に練習をし、授業を受け、そして放課後周りが暗くなり、アリーナが使用禁止になる時間まで練習を続けてきた。ちなみにこの練習は極秘に行われてきた。箒たちが使っていたアリーナは千冬が監督し、他の生徒達をそのアリーナには入れさせなかった。これも箒の専用機の事を他の生徒達に知らせない為で、あまり“噂”という形で紅椿のことを口外して欲しくなかったということもある。いずれ見せるときは来るのだが、噂という形で広まれば、変な間違った情報 まで流れてしまう可能性も無きにしもあらず。
 さらに、箒が専用機を持った、という情報が流れれば、アリーナには人だかりが出来てしまうだろう。そんな状況で練習もあったものではなく、真剣な練習が駄目になってしまう。だからこそ、春樹と二人だけの空間で時間をめいいっぱい使ってもらっていた。
 千冬は職権乱用ではないのか、と言われるだろうが、それも束との協力関係にあるからであり、そうでなければここまではしないだろう。彼女もラウラの事は心配なのだ。だからこそ、箒にはラウラを倒して欲しい、そしてラウラに本当の力の使い方を見せ付けて欲しい、と、そう思っているのだ。

「しっかし、一回戦からとは……千冬姉ちゃんが裏から手を回してたりして」

「ははは、考えられるな」

 箒は笑い、そしてすぐ近くにはラウラ・ボーデヴィッヒの姿がある。それを確認した春樹はこう思った。

(ラウラ、何故こんな風に……。エルネスティーネさんに隊長と認められ、専用機を授かったのに……なんでこんな……)

 彼女は間違った道を進んでいる。確かに、春樹は自分が正しいと思うことをやれとは言った。だが、たとえそれが自分が正しいと思ったとしても、他の人がそ れを認めなければ正しい事とはならない。逆に言えば、他人に認められて、ようやくその自分で考えた事が正しくなるということである。
 しかし彼女の考えを正しく思う人などいない。彼女は勘違いしている。恐らく口で言ってもわからないだろう。
 だから、この学年別トーナメントを利用して、自分の正義をラウラにぶつけてもらうことにした。力とはどうあるべきなのか、どういう風に使えばいいのかを教えるために、箒には頑張ってもらわなければならない。
 箒も春樹の目線に気がつき、ラウラ・ボーデヴィッヒの姿を確認した。箒が彼女に目を向けると、それを察知したのかラウラは箒にニヤリと笑って人ごみにまぎれて何処かに行ってしまった。箒は舌打ちをして、春樹に話しかける。

「春樹……ラウラ・ボーデヴィッヒとは昔知り合ったのだったな。そのときは……どんな奴だったのだ?」

 春樹は言っていいのかと、少し悩んでから、

「ラウラは……、アイツは最初は落ちこぼれだったよ。隊の中でも最弱のな」

 箒はその言葉を受けて衝撃を受けた。でも、よくよく考えてみると当たり前の事である。誰だって最初は弱いものだ。だが、“人は99の努力と1の才能”とは何処かで聞いたようなフレーズだが、それもそのはずだ、人は誰だって弱いところから努力して這い上がっていく。そして、その努力で何かが出来てこそ、その努力は意味のあるものになる。
 だが、ラウラ・ボーデヴィッヒは違った。彼女はその“99の努力をその1の才能(ひらめき)”で水の泡にしようとしている。
 あれが、彼女なりの正義だったとしても、周りの人間は誰一人として彼女の行いを認めていない。完全にラウラは一人歩きをしてしまっている。

「どうしてあんな風になってしまったのか、何か分かっているか?」

 箒の質問に、またしても春樹は良く考えてから言う。

「ただ言える事は、ラウラは今、復讐心と嫉妬の両方がごちゃごちゃに混ざり合って何が良くて何が悪いのか、その判断が出来ていないということ。だから箒、アイツを目覚めさせて欲しい。それが、俺がいま箒にできるお願いだ。やってくれるか?」

「ふん。春樹、私たちは何の為にいままで練習してきた? やってみせるさ、その願い、必ず叶えてやる。だから春樹は安心して待っていればいい」

 そのときの箒の表情はとても頼もしく、春樹は箒に任せても大丈夫だとそう確信したが、逆に不安も覚えた。もし、ラウラとの戦闘中に何らかの襲撃があったらと思うととても不安になる。
 この前の鈴音と一夏との試合中に起きた謎のISの襲撃によって鈴音は大怪我をしてしまい、今は入院中だ。そんなことがもし箒やラウラの身に迫ったらと思うととても不安になる。
 そんなこともあったからか、春樹はとても不安だった。なにか、いやな予感がして……。

「箒、俺は織斑先生のところに行ってくる。箒は試合前だし、一人で精神統一でもして気持ちを落ち着かせたりしてなよ」

「うん、わかった」

 春樹はその場から立ち去り、箒とはいったん分かれることになった。
 そして、春樹はそのまま千冬がいるであろう、試合が行われるアリーナのモニタルームへと向かう。生徒が続々とトーナメント表を見に、アリーナの方へと歩いていくのに対して、春樹は逆方向へ向かう。
 春樹は階段を上り、一般生徒の観客席とは少し高いところにあるアリーナのモニタルームへと訪れた。
 ドアをノックし、入室の許可を貰うとそのモニタルームに足を踏み入れる。そこには千冬一人しかいなく、目の前にいる千冬に挨拶をする。

「織斑先生、少し話したいことが……」

「なんだ、葵。急用か?」

「そうですね、急用と言っちゃ急用です」

「話せ」

「はい。この後の箒とラウラの試合、もし何かがあれば……すぐに俺をアリーナに乱入する許可を与えてくれますか?」

 千冬は春樹の顔をじっくりと見てから。

「何か起こるのか?」

 千冬は少し小さめに声を発し、春樹に尋ねた。

「いえ、まだ何か起こるのかはわかりません。ただ、専用機持ちがこのタイミングで二人もこの学園に来るなんて不自然にも程があります。俺の見る限り、ラウラ・ボーデヴィッヒ、またはシャルル・デュノアの両名に関わる事には何かが起こる可能性があり、先日の鳳鈴音と一夏の試合の事から、この試合で何かが起こる可能性は大いに考えられます」

 千冬は右手を顎へと持っていき、考えるポーズを取る。

「確かに、その可能性は否定できないな……。よし、分かった、許可しよう。ただ、迅速に対処をお願いしたい」

 すると、ドアがいきなり開き、春樹と千冬の二人は慌ててドアの方を見る。そこには山田真耶がそこにおり、春樹と千冬は安堵した。

「あのぅ……何かマズイところに私来ちゃいましたか?」

 千冬は微笑して、

「いや、大丈夫だ。では、春樹はいつでも出れるところに待機していろ」

「分かりました」

 春樹は山田先生に挨拶をしてから、モニタルームを後にする。

(もし、この試合で何かがあったとすれば、暗部組織の仕業に違いない。ただ言える事は、何故このIS学園を狙うのか、だ。あのときの奴らは束さんの命を狙っていた。なのに何でわざわざこのIS学園を狙う? 狙いは両方なのかあるいは……束さんの命を狙う奴らとまた違った組織なのか、だ)

 春樹はそのままアリーナの選手待機のピットの方へと向かった。


  ◆


 第一回戦第一試合。
 ラウラ・ボーデヴィッヒ対篠ノ之箒、その火蓋が切って落とされた。
 そして、会場は箒が装備している専用機に驚きの声をあげていた。その真紅の機体、紅椿(あかつばき)』に対し、何故、彼女が専用機を持っているのか。やはり、篠ノ之束の妹だからなのだろうか、と騒ぎ、それをズルイと言う人までいた。まぁ、世の中は平等ではない、ということはどうしようもない社会の姿である。

「なんだ、私に勝ちたいから姉にでも泣きついたのか?」

 ラウラはあからさまに箒の事を煽るが、箒は表情一つ変えずにラウラに言い返す。

「確かに、お前に勝ちたいのは否定しないが、この紅椿はそんな理由で用意してもらったわけじゃない。その強大な力の使い方を間違っている……そんなお前を修正する為だ! 歯を食いしばれぇ!」

 試合のゴングがアリーナに響き渡る。
 箒は紅椿の装備、日本刀の形をした雨月と空裂を握り締め、ラウラに突っ込んでいく、箒は叫び、一気に距離を詰める。

「っ、速い!?」

 ラウラは驚いた、予想外の速さ。見た目の速度では春樹の熾天使(セラフィム)ぐらいは出ているのではないのか、と思うラウラ。
 ラウラはプラズマ手刀で箒の剣を受け止めるが、彼女はもう一本剣を握っており、もう一本の剣でラウラを斬る。
 二刀流。
 それは剣道において、非常に扱いが難しいとされている。だが、箒は幼少期から剣道を続けており、基本的なことから応用までしっかりと出来ていた。
 そしてこのトーナメントまでの四日間、箒は春樹と共に二本の剣を同時に扱う“二刀流”というものを練習していた。
 やはり、二本同時に扱うのは難しく、最初は中々上手く戦えなかったが、何回も春樹と模擬戦を行っていくうちに何かコツを掴んだようで、動きが段々とよくなっていたのが春樹も、そして彼女自身も感じていた。
 流石はいままで剣道を続けてきただけはある。基本的なことから応用方法まで理解している彼女だからこそ、この短期間で二刀流をものにしたのだ。

(なんだこれは……こんなことが……)

 ラウラは一先ず距離を取り、ワイヤーブレードを発射。無数のエネルギーワイヤーが伸びて行き箒を襲うが――箒は縫うようにそれをかわしていく。
 だが、ラウラも諦めない。レールカノンで箒を狙撃しながら、ワイヤーブレードでなんとか箒を拘束しようとする。
 そしてそのラウラの攻撃を潜り抜けて箒はまたラウラに接近し、斬る。
 着実にシールドエネルギーを減らしながら、何度も何度も、ラウラを斬る。

「くっ……ここで負けていられるかああああああ!!」

 ラウラはプラズマ手刀で箒の攻撃受け止めつつ反撃に出る。ラウラのプラズマ手刀も両腕に装備されている。相手が二本の剣を使うなら、自分も二本の剣を使う。目には目を歯に歯をというようにラウラも接近戦を試みる。
 ラウラの両腕に装備されたプラズマ手刀と箒の雨月と空裂がぶつかり合い、火花を散らす。

(私は……ここで負けられない。死んでいった仲間の為にも、エルネスティーネ大佐のためにも。このシュヴァツツェア・レーゲンが負けるわけにはいかないんだ、どんなことがあろうとも……!)

 ラウラは二年前にあったドイツ軍基地襲撃事件の犯人の奴らを許しはしない。だから、この力を使って奴らを倒す。その為にはこんな奴に負けてなどいられない。そんな気持ちが彼女の中にあった。
 ラウラは『レールカノン』を彼女に向け、発射する。こんな近距離で使うなど狂気の沙汰である。暴発すれば、自分にだって危害が加わる。
 箒は焦った。こんな至近距離で当たるわけにはいかない。だから一回攻撃をやめて『レールカノン』の砲弾をかわす。
 その時だった。箒の目の前には無数のワイヤーブレードが――

「なっ!?」

 箒はつい言葉を出した。ワイヤーブレードが箒の足を掴み、空中へ足を拘束しながら飛んでいく。そして、ラウラは宙吊りとなった箒に、対ISアーマー用特殊徹甲弾をレールカノンから発射される。砲弾は真っ直ぐ箒に向かって飛んでいき、やがてそれは箒の目と鼻の先にまでたどり着く。
 箒にヒットしたかと思われたそのとき、箒の空裂の斬撃によって、その砲弾は真っ二つに割れる。割れた砲弾は推進力を失い、その場から地面に落ちたその瞬間――ラウラの目の前にはビーム攻撃が飛んで来た。
 ラウラは慌ててC(チャージド・)P(パーティクル)C(キャンセラー)を発動、そのビーム攻撃を無力化する。
 なんとか防いだと安心したその瞬間、目の前には彼女がいた。そう――二本の剣を握った篠ノ之箒が。

「お前のチャージド・パーティクル・キャンセラーは――」

 箒は空裂で斬る。

「ビーム系の攻撃を無効化する――」

 今度は雨月で斬る。

「だがそれを発動している間は……身動き出来ない!」

 箒はラウラに連続で切り込む。まるで格闘ゲームのコンボを決めているかの様に何度も何度も何度も、ラウラを斬っていく。

「お前は間違っている! その力のあり方を……その力が何のためにあるのかを!」

 箒はフィニッシュだと言うかのように空裂と雨月の攻撃によりラウラの事を吹き飛ばし、そして二本の刀から放出されるビームをラウラに向けて放った。
 雨月は複数のビームを放ち、空裂はその斬撃をビームとして放つ。

(何を……お前に……何が分かる……!)

 ラウラはその攻撃を諸にくらった。
 ラウラのシールドエネルギーが一気に削られ、アリーナの端まで飛んでいき、そして、アリーナのバリアに叩きつけられた。

(私は……こんなところで、負けるわけには……!)

 その時だった。ラウラのISに異常な変化が起こった。


  ◆


 ラウラ・ボーデヴィッヒは遺伝子強化試験体として生み出された試験管ベビーであり、戦うための道具としてありとあらゆる兵器の操縦方法や戦略等を体得し、優秀な成績を修めてきた。
 しかしISの登場後、ISとの適合性向上のために行われたヴォーダン・オージェという処置の不適合により左目が金色に変色し、能力を制御しきれず以降の訓練では全て基準以下の成績となってしまう。
 この事から軍で出来そこない扱いされ存在の意味を見失っていたが、突然現れた少年、葵春樹のアドバイスとISの教官として赴任した千冬の特訓。そして、春樹がISを動かした後、営倉に入れられてからは戻ってきた時に、今度は自分が春樹にISの事を教えようと思い必死に練習していた為に部隊最強の座に再度上り詰めた。
 だがその後、ある奴らによりその願いは砕かれた。
 『アベンジャー』と名乗る謎の奴ら。それにより大切な仲間を失った。そして、春樹もその直後いなくなってしまった。“またね”という言葉を残して。
 その後、必死でISの訓練を続けていた。かの織斑千冬のような強く、凛々しく、そして堂々としている彼女に憧れて。あの謎のISと戦っていたような強さに憧れて。
 しかし、あの織斑一夏の事を語ったときの織斑千冬の表情を思い出す度に胸がムカムカして、イラついてくる。
 だからその原因となる織斑一夏の事が許せなかった。自分が憧れる織斑千冬をあのような優しい表情にする織斑一夏が。
 そして、ドイツ軍基地を襲った奴らを倒すという、願望を叶える為にも。エルネスティーネが自分に託したシュヴァルツェア・レーゲンを使って負けるわけには行かなかった。
 エルネスティーネ隊長を殺した、奴らを倒すまでは……。

――願うか? 汝、自らの変革を望むか? より強い力を欲するか?

 何処からこの声が聞こえてくるかは分からない。だが、ラウラにははっきりとこの声が聞こえていた。

 よこせ、力を。この私の信念を貫き通す――その力を!
 絶対に、あいつらをこの手で倒すそのときまで、私は負けられない!

 Damage Level ...... D.
 Mind Condition ...... Upleft.
 Certification ...... Clear.

 Valkyrie Trace System ...... boot.


  ◆


「うわああああああああああああああああ!」

 ラウラは叫んだ。そして、シュヴァルツェア・レーゲンが見るにも無残にドロドロに溶けて、そしてラウラを包んでいく。

「なんだ、これは!?」

 箒は驚いた。ISがこんな風になるとは知らない。聞いたこともない。目の前で起こっている未知なる現象をただ見ているだけしか出来なかった。
 この現象は第一形態移行(ファースト・シフト)や第二形態移行(セカンド・シフト)とも違う。別の何かの現象であった。
 そしてサイレンがアリーナ全域に響き渡る。

『非常事態発令。トーナメント全試合は中止。状況をレベルDと認定。鎮圧の為、教師の部隊を送り込みます』

 アリーナの観客席の緊急用隔壁が下り、完全に観客席が防護された。
 そしてラウラを包み込んだドロドロに溶けたISは段々と形を作り固まっていく。
 それはまるで……織斑千冬の専用機、暮桜(くれざくら)を真っ黒に染めたようなものだった。

「私はこれを……無力化できるのか? しかし、教師がこちらにやってくるはず……」

 箒は一度目の前のおぞましいものから目を背けるが、何やら考え事を数秒間した後、もう一度ラウラを取り込んでいるおぞましい黒いISを見る。

「でも……彼女を正しき道に戻してやる為に、助ける為に、私がやるしかない!」

 箒はそう言って暮桜を模したそのISに向かい、剣を振った。
 しかし、その攻撃を軽々かわし、そのISは箒に向かって剣を素早く振った。その剣筋は箒も見えないほど速く、かわすことなど出来なかった。
 箒は地面に叩きつけられ、シールドエネルギーが一気に削られる。

「くっ……! なんだ、これは……。この剣筋、まるで昔千冬さんに剣道を教えていただいたときにやってもらったものに似ている?」

(なるほど、何から何まで織斑千冬だな。そんなにあの人に憧れるか……。だが、それはお前の強さじゃない!)

 ラウラに向かって箒は叫ぶ。

「これがお前の望む強さか!? それがお前が求める強さか!? そんな偽りの強さはお前の強さなんかじゃない! そんなことをして……、お前の憧れる織斑千冬を汚す気か、ラウラ・ボーデヴィッヒ!」

 だが、ラウラは何のアクションも取らない。まるで話を聞いていないようだった。そして奴は箒に更なる攻撃を行う。
 だが、その攻撃は簡単に避けられてしまう。これが、織斑千冬の動きだというのだろうか。織斑千冬という存在はそれほどまでに強い存在なのだろうか。今の箒ではまるで歯が立たない。
 何度攻撃しても軽々避けられ、攻撃されたと思えばその刃は自分の目の前にある。攻撃の瞬間を捉えることが出来ない。だから避けることもできない。偶然剣で受け止められたとしても、その重い一撃にバランスを崩されてしまう。そうなれば、更なる重い一撃が箒を襲う。
 まるで織斑千冬をそのままコピーしたかのような存在に、箒も何も出来なかった。ただ攻撃をくらうしかなかった。

(くっ……千冬さんは……流石だな。しかし、本物はもっと凄いはずだ……!)

 箒は一度距離を取る。紅椿のシールドエネルギーは残り少ない。この状態のまま戦い続けても負けてしまうだろう。
 だから、今度は遠距離からビームによる攻撃を仕掛ける。近距離では歯が立たないなら、距離を置いて戦えばいい。武士道など糞くらえ、今は――ラウラ・ボーデヴィッヒを救うことの方が重要なのだ。
 だからこそ、空裂と雨月による弾幕の様な連続射撃によって黒いISを攻撃する。

「止まれ、止まれ、止まれ、止まれ、止まれよぉ――この偽物がぁぁぁああああああ!!」

 箒は残りのエネルギー残量を使い果たすかのごとく、その振りを休めることはない。剣から放たれるビームは、地面ごと抉り土煙を巻き上げる。
 視界が悪くなる。
 だけども、紅椿のセンサーはシュヴァルツェア・レーゲンを確かに捉えていた。
 だから、そこに箒はひたすら剣を振ってビームを放つ。当たっているか、当たっていないか、そんなものは関係なくなっていた。
――奴を止める。
 それだけが、箒の思考を支配していたのだ。
 やがて、エネルギーが無くなりビームを放つことが出来なくなった空裂と雨月を振るのを止める。
 土煙は未だに巻き上げられて視界が悪く、ラウラがどうなっているのか全くわからない状態だ。
 だけども、未だに紅椿のセンサーはシュヴァルツェア・レーゲンを捉えていたのだ。
――まだ、彼女は倒れていない。
 そう考えた箒であったが、一瞬の隙を見せてしまったのだろう。

「っ!?」

 箒は言葉が出なかった。
 土煙から出てきたと思えば、目の前に暮桜を模した黒いISが現れたのだ。
 おそらくこれは千冬の得意技であり、一夏にも受け継がられている瞬時加速(イグニッション・ブースト)であろう。
 このままでは、なんとかしなければ負けてしまう。ラウラを助けられない。
 そう考えた箒は、とてつもないスピード域から放たれる斬撃を避けようとする。

(これが最後のチャンス。これを避けて、後ろから突き刺せばあるいは……)

 箒は黒い暮桜から振られる剣の動きをしっかりと見る。
 人の動体視力を超えたその反応は、剣道で鍛えられた箒の動体視力とISのサポートによってもたらされたものだ。
 箒は完全に避けることが出来ないと判断し、剣で受け止めることを選択。
 相手の剣の動きに合わせてこちらの剣を動かす。
 ガキンッ!! という金属音が鳴り響き、黒い暮桜の斬撃を防いだ箒はそこから身体を捻って相手の後ろを取ろうとする。
 ISによる滑らかな動きで黒い暮桜の背中を取った箒は、左手に握っている雨月を手放し空裂を両手で握り締める。

「目を覚ますんだラウラァァァ!!」

 刃が、背中を突き刺そうとする。その鋭い剣先は背中へと吸い込まれるように突き進み、黒い暮桜を――貫くことは無かった。

「は?」

 箒は意味が分からなかった。
 握りしめていた空裂は空中を回転しながら舞っているのだ。 
 今のはどう考えても避けられるような攻撃ではない。ましてや反撃することなど出来ないはずだ。
 目の前を見ると、その腕は通常ではありえない方向へと曲げられていた。
 腕の関節が――逆に曲げられている。
 箒はその光景に悪寒を感じてしまった。
 ラウラの体が、ISによって人間では不可能な動きを強制的にさせられているのだ。
 これ以上、ラウラに負荷はかけられない。このままではラウラが死んでしまう。
 
「やめろ。やめてくれ……。目を覚ませラウラ! このままじゃ死んでしまうぞッ!」

 彼女の悲痛な叫びは彼女に届くことは無かった。その黒い暮桜は一言も喋らず、禍々しい何かを放ちながらこちらに歩み寄ってくる。
――何かがおかしい。
 それは今、実際に対峙している箒が何よりも感じていた。
 もしかしたら、ラウラの意識はあの不可思議な現象によって無くなってしまっているのではないか、と悟ったのだ。
 なら、助けなくてはならない。
 すると、空から降ってきた空裂が地面に突き刺さったかと思えば、それを抜き、黒い暮桜の攻撃を受け止める。

(駄目だ。このままでは、ラウラが……。どうすれば、どうすれば彼女を助けられる……!?)

 これ以上戦いを続けたらラウラの生命が危ない。すぐにでも姿を変えてしまったシュヴァルツェア・レーゲンを止める。それが、今の箒がやらねばならない事であった。
 だが、黒い暮桜の攻撃は鋭く、そして激しい。本来はこんなISの操縦を始めたばかりの奴が敵う様な相手ではないのだ。それがたとえ偽物だとしても、その動きは当時のブリュンヒルデ――織斑千冬そのものなのだから。
 
(このまま、私は負けるのか? 私の想いが、彼女に届かぬまま、終わってしまうというのか……!!)

 嫌だ。
 そんなのはごめんだ。
 篠ノ之箒という人物が、この戦いに持ち込んだ想い。それは“力の正しい使い方を教える”というもの。それが説教臭くてもいい。彼女に嫌われても構わない。
 だけど、その主張で何か一考することがあれば、それで箒は満足なのだ。
 それすらも出来ないままここで終わるわけにはいかない。
 絶対にラウラを救い出し、きちんとお話をしたい。面と向かって、一対一で、自分の体験談を使ってお話したいのだ。
 
「ラウラ……お前は、私が、助けてやる!!」

 箒がそう言ったとき、後方から男性の声が聞こえた。この声は――

「いや、箒だけじゃない。俺も、ラウラを助ける」

「春樹!!」

 そう、葵春樹だ。彼が、ここに現れたのだ。
 箒の姉である篠ノ之束と協力関係にあるという彼は、何故かとても頼もしく感じた。一人では攻撃を防ぐことで精一杯だったが、二人揃えば何とかなるかもしれない。

「俺も忘れてもらっちゃ困るな。なぁ春樹?」

 春樹の後方から聞こえてきた声の主は織斑一夏であった。

「なんだよ一夏。お前も付いてきたのか」

「当たり前だ。箒とラウラが危険な状態なんだ。俺が行かなくてどうするよ」

「それもそうだな」

 そんな短い会話を終えた二人は、ISを身に着けてアリーナへと飛び立つ。
 まず最初に仕掛けたのは春樹だった。
 射撃武器のバスター・ライフルを放ち、箒に張り付く様にして攻撃している黒い暮桜を引き離す。

「さて、箒は休憩だ。今まで頑張ったな。あとは俺と一夏に任せろ」

「あ、ああ。任せたぞ。必ずラウラを助けてやってくれ」

「言われなくてもやってやるさ、なぁ一夏」

「当然だぜ! 行くぞ春樹。共闘だ!!」

 春樹はブレイドガンに装備を変更。黒い暮桜に弾を放ちながら接近し、相手の斬撃を避けつつ胴にひと斬り入れるが大したダメージ量ではなかったらしい。
 その攻撃に動じず春樹に攻撃をしようとしたその瞬間、一夏が目の前に現れてその件を受け止める。

「千冬姉の剣は何度もこの身で受けて来たんだ。そんな攻撃、見飽きてんだよ!! 春樹!」

「言われなくても分かっているよ!」

 春樹は一夏が言う前に既に行動に移していた。武器をシャープネス・ブレードに変更し、黒い暮桜に駆け寄っていく。
 このまま斬りつければ、どうなるのか。
 答えは簡単だ。
 一夏を振り払った後に、春樹の攻撃を受け止めようとする。
 だけど、その行動こそが間違い。春樹の攻撃を受け止めるために一夏をフリーにした事自体が、だ。
 何故なら、一夏の白式(びゃくしき)には、零落白夜というワンオフ・アビリティ―が存在しているのだから。

「やっちゃれ一夏! お前のその一撃こそが、彼女を救う鍵になるんだから!」

 はっきり言って、この黒い暮桜もとい、姿形が変わってしまったシュヴァルツェア・レーゲンのシールドエネルギーは異常だ。
 あれだけ箒が攻撃を放ったのに、シールドエネルギーが切れるような感じが全くしない。
 でも、一夏の零落白夜はそんなものを無視して相手を切り裂く。ISにとって一撃必殺となる斬撃が、今放たれようとしているのだ。

「出てこいラウラ! くらいやがれぇぇぇええええええ!!」

 一夏は叫びながら黒い暮桜を斬る。
 すると、ISのシールドエネルギーを切り裂いて本体に直接ダメージが通るのだ。それによって、シュヴァルツェア・レーゲンには裂け目が出来た。
 さらにISの機動は完全に停止、シュヴァルツェア・レーゲンは元の形に戻りながらラウラの体を解放した。
 するり、とその裂け目から出てきたラウラを、春樹は受け止める。

「たく、この騒がせ者。後で千冬姉ちゃんのおキツイ説教かねぇ……」

 そう、春樹は抱きかかえたラウラを見て呟いた。
 その時のラウラの表情はとても安らかで、まるでさっきまでの戦闘とは無関係だったかのようにも感じられる。
 根本的なところでは、ラウラのシュヴァルツェア・レーゲンが彼女を守ってくれたのかもしれない。
 それを見た一夏と箒も、安心しきったように引きつっていた顔がゆるみ、微笑みに変わっていく。
 そのとき、ラウラと春樹、そして一夏と箒は何らかの繋がりを感じた。これの感じは何なのかは、春樹でさえ分からなかった。



[28590] Episode2 終 章『友達 -Growth-』
Name: 渉◆ca427c7a ID:3799dadf
Date: 2012/10/13 14:24
 時は夕食時、保健室にはラウラ・ボーデヴィッヒが寝ていた。先ほどの学年別トーナメントにおいて、異常な現象に巻き込まれ気を失っていたからである。
 すると、ラウラが目を覚ます。そしてすぐ横を見ると、そこには彼女が憧れ、尊敬している女性、織斑千冬がそこにいた。

「……いったい、何があったのですか?」

 ラウラは弱々しく、そして不安になりながら千冬にそのことを尋ねた。

「一応、重要案件である上に、機密事項なのだがな……。VTシステムというものは知っているか?」

「ヴァルキリー・トレース・システム……」

「そう――」

 ヴァルキリー・トレース・システムとは研究、開発、もちろん使用も禁止されており、過去のモンド・グロッソの戦闘方法をデータ化し、そのまま再現・実行するシステムである。
 ラウラは“織斑千冬”のデータがラウラ・ボーデヴィッヒのISであるシュヴァルツェア・レーゲンに組み込まれおり、彼女の身体的ダメージ、そして精神的な――今回のラウラの場合、強い力に憧れ、負けたくないという“願望”がそのVTシステム起動のスイッチになったのだろう。

「私が……望んだからですね……」

 ラウラは唇を噛み締め、そしてベッドのシーツを握り締めた。

「いいや、お前が何故それを望んだのか……それはあのとき、自分の力が足りなかったと思ったからだろう?」

 あのとき……二年前のドイツ軍基地襲撃の事だろう。あの時ラウラは、勇敢に戦い、そして自分を守ってくれた千冬に憧れていた。そして、自分は何も出来なかったことが腹立たしかったのだ。
 強くなる為に努力もしたし、部隊でもトップクラスの実力にもなった。だけど、あいつらには歯が立たなかった。身動きすら出来なかった。そんな本当はそんなに強くもない自分に絶望した。 だから力を求めた。織斑千冬や春樹のような……強い力を。

「お前は誰だ?」

「え?」

 突然千冬がそんな事を聞いてきたので、わけがわからないラウラ。

「言っておくが、お前は絶対に私にはなれないぞ。お前は自分なりの強さを求めろ。自分が本当にしたいことは何だ? そのしたい事の為に何をすれ良いいと思う? それが分からなければ、本当の強さを得る事はできないぞ。私や春樹、一夏、篠ノ之のような強い力をな……。お前はラウラ・ボーヴィッヒなんだ、他の誰でもない。この事をちゃんと覚えておけ」

「はい……。了解いたしました、教官!」

「学校では先生だと言っているだろう」

 そのときの千冬の顔は優しく、そして少し微笑んでいた。
 ラウラはその表情を見たとき、ドイツ軍にいたときには感じることのなかった不思議な感情に襲われた。なんだか温かい、そんな感情に。

「じゃあ、私は行く。好きなときに部屋に戻れ」

 千冬はそう言ってこの保健室から出て行こうとドアを開けると、そこには葵春樹が立っていた。

「葵か、ラウラにはちゃんと言っておいたぞ」

「ありがとうございます、織斑先生」

 春樹は軽く礼をして千冬を見送る、そして保健室の中に入り、ラウラの寝ているベッドの近くの椅子に腰掛けた。
 春樹はラウラの顔を見るなり、微笑んだ。ラウラが無事で安心したのと、千冬に説教されて顔つきがよくなっていたからだ。

「千冬姉ちゃんに説教されたか」

「ああ……。なあ春樹……その……すまない」

「うん」

「怒ってないのか?」

「いや、自分が間違っていた事に気付いて、もう反省したんだろ? それに新しい目標も出来た。なら俺から言う事はないよ」

「……ありがとう」

 ラウラは毛布に顔をうずくめてそう言った。なんだかとても恥かしそうに。
 なんでそんなにはずかしがるのか分からなかった春樹はラウラに向かって「どうした?」と声をかけたが、ラウラは何も言わず、ただ毛布に顔をうずくめていただけだった。
 もうどうしたらいいかわからなくなった春樹はとりあえず頭に思い浮かんだ言葉である夕食をヒントに何を言おうか考えたが答えは簡単だ。夕食に誘えばいい。
 そもそも、ラウラを夕食に誘うつもりだったのだから、悩む必要はなかった。

「そういえば、身体の方は大丈夫なのか?」

「あ、ああ。何ともないが」

 あの戦闘の最中、一度人間ではありえない方向に腕が曲がったのだが、ラウラの体には一切の怪我がなかった。
 どうやら、あの腕とラウラの腕は別物であったらしい。
 その事を知った春樹は一安心。身体に傷一つ無いのは、そういうことも含まれているのだろう。
 シュヴァルツェア・レーゲンが操縦者を安全な場所に移動していた、とも考えられる。何故なら、VTシステムにはそのようなシステムが備え付けれらていないからだ。
 したがって、操縦者が無事だったのはIS自体の意思によってもたらされた結果、ということになるだろう。
 やはり、とことん訳のわからない存在であるISのコア。
 でも今はこんなことで悩んでいる暇はない。これからラウラには一緒に来てもらわなければならない場所がある。

「よし。大丈夫なら、一緒に食堂に行こう。丁度夕飯時だしな」

 ラウラは毛布から顔をひょこっと出して、

「春樹とご飯?」

「あ、ああ……」

 春樹はようやくラウラが反応してくれて安堵する。

「わかった、行こう」

「おう!」

 ラウラはベッドから立ち上がって春樹の横に立つと、春樹の袖を掴んで早く行こうと急かす。
 春樹は「はいはい……」と、そう言って椅子から立ち上がり保健室を後にした。





 食堂へやって来た春樹とラウラであるが、ラウラはずっと春樹の袖を離さなかったし、今も春樹の袖を掴んでいる。
 だけども今はそれだけじゃない。彼の後ろに隠れてしまっているのだ。
 何故なら、そこには織斑一夏、篠ノ之箒、セシリア・オルコット、鳳鈴音、シャルル・デュノアというメンバーが勢ぞろいしていたのだから。
 誰も彼も、ラウラが迷惑をかけてしまった人物である。
 しかも、ちょっと改心してしまった今となっては顔も合わせ難いのが正直なところだろう。

「よう、みんな」

 春樹が皆に呼びかけると、皆それぞれ春樹の名前を呼んでくれた。
 だけど一向にラウラは春樹の後ろから出てこようとしなかった。

「おいおい、そんなに警戒すんなって。今回の事はラウラのせいじゃないってみんな分かってるからさ。そうだろ、みんな?」

 みんなは頷いて肯定する。やっぱり、皆やさしかった。

「だってさ、安心しろよ、ラウラ」

 ラウラは春樹の後ろからそっと出てきてそして、不慣れな感じでラウラは微笑んだ。
 そして春樹は食べたいものをラウラから聞いて座っているように言う。
 彼には計画があった。
 春樹はラウラの食べたいものを聞くなり早速注文しに行った。そして、ラウラは皆の中へ恐る恐る混じって、そして椅子に腰掛ける。
 ラウラは緊張してなにも話せなかった。
 それもそのはずである。一夏を叩(はた)き、シャルルの練習の邪魔をし、セシリアとはマトモに共闘せず、更には度が過ぎる攻撃を繰り返し、彼女の専用機をボロボロにした。そして箒にも同じように度を過ぎた攻撃を繰り返したのだ。
 こんな事をやっておいてこんな所にノコノコと居座る方がおかしい。

「ラウラ・ボーデヴィッヒ――」

 箒はラウラに話しかけ、言葉を続けた。

「今までやってきたことはもう気に病む必要はない。私たちはラウラ・ボーデヴィッヒの事はもう許しているんだ。そして、私たちからお願いがあるんだ」

「お願い?」

 ラウラはそのお願いというものは何なのか、もし今までの償いだったのなら、相手の気が済むまで受け入れる覚悟はあった。

「私達の……友達になってくれないか?」

 ラウラはいきなりの事でどういうことか理解するのに少々の時間がかかった。
 友達になって欲しい、ということは……自分と仲良くなろう。ということだ。

「友達?」

 ラウラはもう一度皆に尋ねた。
 彼女の初めての同い年での友達は葵春樹だけだった。だけど、もしこんなにも沢山の友達が出来るなら、それは凄く楽しい事だろう。春樹と一緒に過ごした毎日を思い出すだけでも本当に楽しい気持になる。

(私は……こんな風に幸せになってもいいのだろうか? 私はあんな過ちを犯した奴なのに……)

 そう思ったラウラだが、そんな気持ちはあっという間に否定されてしまった。

「そう、友達だ。ラウラ、お前がどう思っているか知らないけど、俺達はお前と友達になりたいんだよ」

 一夏はそう言った後、続けてシャルルが話す。

「そうそう。もしラウラが嫌じゃなければ、沢山僕を頼ってね」

 そして、続けてセシリア。

「専用機を壊されたのは目を瞑ります。あれは私の力が足りなかっただけのこと。ですから、今後私とISの練習をして共に強くなりましょうね、ラウラさん」

 すると、夕食を二つ持った春樹が登場し、笑顔でこう言った。

「皆こう言ってるんだよ。ラウラ、お前は大切な仲間が出来るんだ。嬉しがってもいいと思うぞ。もし……嫌じゃなければな」

 ラウラは正直なところ嬉しかった。嫌なわけがない。こんなに私が幸せでいいのだろうか、とも思ってしまう。
 そして、こんな大事な仲間を自分は守りたいという感情が芽生えたのだ。自分が強くなり戦う理由。それは……友達を守りたいという気持ち。あいつらを倒そうという無謀な事は考えない事にした。
 自分はまだまだ力足らずな奴だ、そんな奴があいつらを倒そうだなんて、馬鹿な話だと思う。自分は最低限そういう奴らから友達……仲間を守りたい。そう思う。
 あいつらを倒すまではいかなくても、守ることなら……。そう思う。

(だから……それが今私が正しいと思うことだ……これでいいのか? 春樹)

「みんな、ありがとう……」

 ラウラはそう言って涙を流した。しかしそれは嬉し涙。シャルルはラウラの頭を撫でて励ます。春樹もラウラの隣に座ってラウラを励ました。
 そのときのラウラの表情は、三年前のドイツ軍にまだいた頃の春樹と友達になったとき以上の幸せそうな表情をしていた。
 春樹はそんなラウラを見て安心した。皆と和解して……そして、彼女の中で何らかの決意ができた事が春樹は本当に安心したのだ。

(どうなるかと思ったけど、みんな優しいよな……ラウラがこんな嬉しい表情をするなんて……。一夏、箒、セシリア、シャルル……ありがとう。後は、近々退院する鈴と友達になれば完璧だな。まぁ、アイツなら誰とでも仲良く出来るだろうな)

 ラウラ・ボーデヴィッヒはまた一歩、人間として大きく成長した。
 人間はこうやって失敗を繰り返し、そしてその失敗を糧にして精神的に強くなっていく。それが人間としての成長であり、そして大人になっていくということである。



[28590] Episode3 序 章『過去へ -Past-』
Name: 渉◆ca427c7a ID:3799dadf
Date: 2012/09/30 12:25
 これは三年前のお話。一夏と春樹がまだ一三歳の頃の事だ。
 第二回IS世界大会モンド・グロッソ。
 一夏や春樹にとっての我らが姉、織斑千冬が日本代表として、そして優勝候補としてその大会に参加していた。
 彼ら二人は決勝戦での千冬の活躍を絶対見ようとして、このモンド・グロッソの大会会場まで来ていたが、まさか……あんな事になるとは誰も思いもしなかった。
 だが、またこれが……全ての物語の始まりなのかもしれない。これがなかったら、春樹や一夏はこれから起こる事に巻き込まれること無く、普通の高校に通っていたのかもしれないし、箒に再会する事は無かったのかもしれない。
 だけど……この出来事があったから、私たちは平和に生きているのかもしれないし、この世界で、友達と、最高の仲間と、共に楽しい日々を過ごす事も無かったのかもしれない。
 すべてはここから始まった。
 
 春樹はこう思っている。

 もし、この出来事が無ければ……俺は平和に過ごせたのかもしれない。何事も無く、普通の高校に一夏と一緒に登校して、楽しくバカやって過ごして、彼女なんかも出来たりして、毎日が平凡に流れていく日々を過ごしたのかもしれない。
 だけど、この生活も悪くないと感じている。辛い事は正直沢山ある。だけど、目的も無くただ平凡に過ごすよりも、何か目的を持って辛い事もありながら、だけど嬉しい事もあって……。毎日が刺激に満ち溢れている生活の方が、俺は楽しくて良いと思う。今体験している事が全てで“もし”なんてことは妄想に過ぎない。
 もしかしたら、普通の高校に通って楽しくしているのが今の自分にとって今が最高と思うかもしれないが、それはやっぱり妄想に過ぎないからだ。
 また、この今の状況は必然なのかもしれない。
 始めからこのことは仕組まれていて、俺はこのことをやるべくして生まれてきたのかもしれない。
 これは言い過ぎかもしれないが、ISという存在は、あたかも自分の為に生まれてきたのではないか、そう思えてくる。
 このような地獄の日々に耐え抜くためにISは存在しているのかもしれない。
 だけど、今のこの自分のこの体験している事に俺は満足している。
 IS学園での生活は、周りは女子しかいないけど、俺もこの状況に慣れてきたし、一夏もいる。シャルルも――男子として接している。
 この今置かれている立場にはなんら文句はこれっぽっちも無い。むしろ楽しい。
 織斑一夏、篠ノ之箒、セシリア・オルコット、鳳鈴音、シャルル・デュノアにラウラ・ボーデヴィッヒ……。
 こいつらは俺の大切な仲間だ。友達だ。もし、こいつらに何かしようとする奴らがいるならば、俺はそいつらを許さない。俺は仲間を守っていきたい。この……力で……必ず……。



[28590] Episode3 第一章『元凶 -Kidnapping -』
Name: 渉◆ca427c7a ID:3799dadf
Date: 2012/10/13 14:34
  1


 時は昼時。様々なスポーツの大会が開かれるアリーナの廊下に、一人の女性と中学生くらいの男が二人いた。
 その女性こそ、IS世界大会に出場している日本代表選手の織斑千冬であり、彼女と話しているのが実の弟である織斑一夏。そしてその隣には一夏と兄弟の様な存在である葵春樹が居た。
 この三人が現在いる場所は国際アリーナという名称で、主にスポーツを行えるような設備が整っている。現にIS世界大会、モンド・グロッソが開催されており、その会場がここ、国際アリーナなのである。
 座席数は一〇万を超えるとても大型のもので、今でも会場の方から観客の歓声が聞こえてくるほどだ。

「どうだった、私の試合は?」

「とてもカッコよかったよ、千冬姉ちゃん。やっぱり、あの一振りには痺れるよ」

「一夏、春樹、決勝戦も私の姿をちゃんと見ていてくれよ、いいな?」


 千冬は一夏、春樹と肩を組みながらそう言った。
 もちろん二人は見逃すなんてことはしないだろう。突然の尿意に襲われても、突然の便意に襲われたとしても、漏らすことがあったとしても、彼ら二人は千冬が勝つその瞬間まで、瞬きをせずに目を凝らして観戦しているだろう。
 それほどまで彼ら二人にとって、そんな姉は憧れの存在であり、尊敬する人物だ。“あなたの尊敬する人物は?”などという質問に対して、この二人は間髪入れずに織斑千冬と答えるであろう。そこまで二人は姉の事を慕っていた。
 ちなみに春樹は千冬の事を千冬姉ちゃんと呼んでいる。どうしてこう呼ぶようにになったか理由は分からないが、幼少期に共に住むようになってから既にそう呼んでいたらしい。
 さて、その春樹が言ったその“一振り”とはなんだろう?
 それは千冬が操るIS、暮桜のワンオフ・アビリティたる所以だ。
 ワンオフ・アビリティとはISが発現する特殊能力のことである。発現方法には二通りあり、一つはコア自身で発現。もう一つは他のコアが発現したものをコピーする方法だ。その効果はISによって異なり、千冬の場合は零落白夜というワンオフ・アビリティを発現している。
 これはISの本体を守っているシールドバリアというものを切り裂き、本体に直接攻撃を仕掛けることが出来るというものである。
 すると、どうなるのか。
 ISの基本機能として、操縦者に危険が及ぶようなダメージが及ぶ場合、IS中のエネルギーをシールドエネルギーに換算し、パイロットを守るという機能があるからだ。つまり、零落白夜の攻撃がクリーンヒットすれば、ISのエネルギーは底をつき、戦闘を続けることが出来なくなってしまうのである。
 これで千冬は勝ってきた。ただ、その零落白夜にも弱点はある。それはISの稼働させるためのエネルギーを大量に消費してしまうということだ。一〇秒の使用で一般的なISの稼働エネルギー量の五分の一を持っていく。長時間の使用が出来ないのである。
 だが、千冬はそこまで時間を使うことは無かった。零落白夜を使えば、確実に敵を仕留めてくる。鋭い斬撃は、正確に相手のISの胴を切り裂く。
 春樹と一夏はそんな姿に見とれていたのだ。そのカッコいい姿に。

「じゃあ千冬姉、ちょっと飲み物買ってくるよ」

 二人は決勝戦が始まる前に、喉を潤わせておく事にした。見ているこっちまで緊張して、何かと喉が渇くからだ。

「ああ、私の試合までにはちゃんと戻れよ、決勝戦見逃したなんてことになったらシャレにならん。春樹、一夏についていけ、お前と一緒なら安心だ」

「分かったよ千冬姉ちゃん。じゃあ行こうか一夏」

「なんだよ千冬姉、見逃すわけねえだろ!! それに春樹、お前も千冬姉の冗談に乗るなよ……」

「ははは、すまんすまん。じゃ、行ってくるよ」

「ああ、行ってらっしゃい」

 彼らはアリーナの外の自動販売機の方へと向かった。何故外まで行くのかというと、アリーナ内で売られているものは何かと高いのだ。お金が少ない中学生の二人にとってはできるだけ安い方が良い。そう思った彼らはわざわざアリーナを出てきたのだ。
 しばらく歩いて、アリーナから少々遠ざかったとき、春樹の身に何かが起こった。

「あ……。ここまで来てなんだけど、俺トイレ行ってくるわ」

 そう、尿意である。
 春樹はわざわざアリーナの外までやってきたというのに、突然の尿意に襲われる。わざわざ外まで来たのに、また戻らないといけない。その自分の状況が腹立たしかった。非常にタイミングが悪いといえよう。

「なんだよ、せっかく外まで来たのに」

「俺もそう思ったよ。悪いけど俺の分も買っておいてくれるか? 俺コーヒーな、ブラックの」

「しょうがねぇな、分かったよ、ブラックコーヒーな。早くトイレ行ってこいよ」

「ああ、もちろん行ってくるよ。自販機の前で待っててくれ、迎えに行くからな」

 少し冗談を加えて笑いながら言う春樹。それに一夏は冗談混じりに軽く怒った。

「なんだよ、千冬姉の言いなりになりやがって!」

 春樹は一夏の話を最後まで聞かずにアリーナの方へ走り出した。
 一夏はしょうがねえな、と思い、そのまま歩き出し自動販売機を探す。しばらく歩いていると――自動販売機を発見した。

「俺はコーラ、春樹は……あれ、ブラックねえや。仕方が無い、微糖で我慢してもらうかな」

 一夏は自動販売機にお金を入れて微糖のコーヒーを買った。自動販売機の取り出し口に手を突っ込み缶を取りだす一夏、そして戻ろうとすると――一夏の目には黒いワンボックスカーが目に留まる。それはドラマや映画で見るような誘拐するシーンでよく見るものだった。

(なんだ、あれ。なんか映画のワンシーンみたいだな)

 そう思った一夏は春樹に言われたとおりにそこで待機している。近くのベンチに座り、コーラのペットボトルのキャップを開ける。プシュ! という炭酸が抜ける音を聞くとコーラを一口飲み、一夏はアリーナの方を見た。春樹が早く帰ってこないかと見ているのだ。

(さて、この後は決勝戦か……。去年も凄かったけど、今年は日本での開催だからな、やっぱり生で見ると迫力が違ったな。ドイツとの一騎打ち……もちろん勝つよな、千冬姉が……)

 色々とこれからの事、千冬が勝つ姿を想像したりしてワクワクドキドキしながらしばらく待っているが、一向に春樹が来る気配がなかった。
 居てもいられなくなった一夏は立ち上がってアリーナの方へと歩こうとすると、後ろから車の音が聞こえてきた。
 一夏はその音に気付き、後ろを振り向くと、自分の後方にいた黒いワンボックスカーが目の前で停車し、中から本当に映画にありそうながたいが良い黒服の男達が現れた。
 するとどうだろうか。
 一夏の事をいきなり力づくに拘束し、声を上げないように口に布を押し付け、そのままワンボックスカーの中へと無理やり連れ込んだ。
 一夏は必死に抵抗したが、黒服の男たちの力は物凄く、一般的な中学生が勝てるようなものではなかった。彼は呆気なく捕らわれの身となってしまった。
 口元に新たな布を押し付けられたかと思うと、一夏は段々と意識が遠のいていくのを感じた。
 おそらく、何らかの薬品を使ったのだろう。

(な、なんだよ……これ――)

 そう思う前に一夏は意識を完全に失った。


  ◆


 春樹はトイレを済まして手を洗っていた。

(早く一夏の下へ行かねえとな、飲み物買わせちまったし)

 春樹は急いでトイレから出て、外へ出る。そして一夏が向かったであろう場所まで走る。すると、春樹の目の前には信じられない光景が広がっていた。
 一夏の近くまで黒いワンボックスカーが止まる。そしてその中から黒ずくめの男達が一夏を無理やり連れ込まれている。
 春樹は恐怖で身動きが取れなかった。周りには他に誰一人としていない。みんなアリーナの中で決勝戦を今か今かと待っている。
 黒ずくめの奴らは春樹の存在に気がついていない。これは奴らの状況判断のミスかなんかだろう。目撃者がいるというそれだけの事実ですぐに助けを呼ぶことができる。
 でも春樹は動けない。
 そして春樹は結局何もできずに一夏はそのままさらわれていった。そう、「何もできず」に……。
 春樹はここまできてようやく動きが取れるようになった。だけど足がまだ震えていた。息をする事すら難しかった。
 そんな足を無理やり動かしてある人のところへ向かおうとした。とても強い人、織斑千冬のところへ。
 春樹は恐怖のあまり震える足を無理やり動かし走り出す。早く、早くこの事を千冬に伝えないといけない。そう思った春樹はひたすら走った。
 ハァハァと、息を切らせながらアリーナに向かって全力疾走をする。
 そして、アリーナ目の前、関係者以外立ち入り禁止の入り口から入ろうとするが、当然警備員の人に捕まってしまう。

「こらっ、君! ここは入っちゃ駄目だ。関係者以外立ち入り禁止の文字が読めないのか!?」

「早く、伝えないと、あの人に……千冬姉ちゃんに!」

 春樹は焦っていて言葉がまとまっていない。この話を聞いただけでは何を言いたいのかまったく伝わらなかった。
 しかし、その警備員の耳にはあるワードが頭に残った。「千冬姉ちゃん」である。
 その警備員は目の前のの子供に目をやった。この子はあの織斑選手の弟なのか、と。あながち間違ってはいないが、実の弟は一夏である。春樹は義理の弟、といったところか。
 だが、そんなことはどうでもよかった。警備員の人は目の前が顔が青ざめており、焦りに焦っている。尋常じゃないくらいの汗をかいているし、余程の緊急事態なのだろうと思った。

「わかった、君の名前は?」

「え……。葵……春樹です」

 葵春樹、織斑の姓ではなかった。しかし、その焦り方は悪ふざけとかそんなものではなかった。そのことが、警備員の心を揺らがせる。

「じゃあ葵君、ちょっと待っててくれるかな?」

「はい、わかりました」

 春樹は待っている間に息を整えようと、大きく息を吸い込んだ。


  ◆


 織斑千冬が選手待合室で休んでいると、部屋のドアがノックされた。いったい誰なのだろうかと思い、ドアを開ける。そこには警備員の人が立っていた。

「織斑選手、お休みになっている所すみません。葵春樹という子供が焦りながら織斑選手の事を呼んでいたのですが……」

「なに?」

 千冬の目はガラリと変わった。さっきまでのリラックスしきっていた優しい感じはもうなかった。千冬は急に目つきがきつくなる。

「もう顔も青ざめていて、汗なんか尋常じゃないくらいかいていますし、どうしますか?」

「よし、会いに行こう。案内してくれますか?」

「分かりました」

 千冬は警備員の人についていった。
 千冬は考える。いつも冷静沈着でいつもクールな春樹、何事も落ち着いて色んなことを対処する春樹をそこまで焦らせるほどの事態。何が起こっているのか、正直、不安に駆られている。

(いったい、何が起こっているんだ……?)

 決勝戦直前だというのに、千冬は嫌な予感で不安な気持ちでいっぱいになってしまう。これから、いったい何が起ころうとしているのか、気になってしまってしょうがなくなっていた。
 アリーナの関係者の出入り口から織斑千冬が出る。
 彼女は春樹を見るなり、その焦り様からその事の重大さをようやく確認することができたのだ。

「おい、春樹。どうしたんだ、そんなに汗かいて……。何が起こったんだ!?」

「…………一夏が、目の前でさらわれた」

「なっ!?」

 千冬は驚愕する。一夏が、大事な弟である一夏が何者かにさらわれた。一瞬頭の中が真っ白になってしまったが、すぐに自分の感情を取り戻して冷静に考える。
 誘拐。
 そのキーワードが千冬の頭の中を駆け巡った。

(何故一夏を誘拐した? 私への妨害のつもりか? 私はどうすればいい? 何をすればいい? )

 考える千冬。

「春樹、そのときの状況を教えろ」

 春樹はそのときの状況を出せるだけ出した。
 あのときは……春樹がトイレから一夏の下へ戻ろうとしていたときの事である。一夏を見つけたと思えば黒いワンボックスカーが止まり、中から黒ずくめの男達が出てきていきなり一夏を襲って車の中につれ込んだ。そしてそのまま車は何処かへ行ってしまったのだ。

「ごめん、千冬姉ちゃん……。俺、何もできなかった……」

「いや、ちゃんとお前の仕事は果たしたよ。お前はすぐに助けを呼んだ。それだけで十分だ」

 千冬は春樹の頭を撫でる。
 しかし、千冬は考えた。一体どうすればいい? 一夏はさらわれたのだが、自分のもっている情報が少なすぎる。正直このままじゃなにもできない。
 すると黒髪の女性から声がかけられる。

「やっぱり。ブリュンヒルデ、こんな所に……」

 ブリュンヒルデ、北欧神話に登場するワルキューレの一人だ。その女性は戦死した兵士をオーディンの住むヴァルハラへと導く戦女神ワルキューレの一人として描かれている。
 それから取って、第一回IS世界大会にて織斑千冬は見事優勝したその時につけられた称号、それがブリュンヒルデである。

「お前は……リーゼロッテか」

「はい。で、どうしたのですか? もうすぐ決勝戦が始まるというのに出口の方へ向かうので気になって追いかけてみたんですけど……」

 リーゼロッテ・ミュラー、ドイツ代表のIS操縦者。次の決勝戦で当たる千冬の相手である。

「実はな――」

 千冬は今起こっていることを全て話した。
 実の弟の一夏が誘拐された事。
 そして、手がかりも何もなく、ただ棒立ち状態になってしまっている事を。

「それは大変ですね……それなら、このドイツが協力いたしましょうか? 軍の力を使えばどうにかなるでしょうし」

「そ、それは本当か!?」

「嘘を言うだけ無駄です」

「ありがとう、本当にありがとう」

 千冬は心からリーゼロッテに感謝した。そしてドイツ軍にも。
 それから千冬と春樹はドイツ軍の人たちの下へ向かう。コツコツと足音だけが聞こえる状態。気を抜けば押しつぶされるんじゃないかと思うほどの雰囲気だった。
 リーゼロッテはドイツ軍の下へ行き、その部屋のドアを開けた。

「ん? リーゼロッテか……どうしたんだ……っと、これはブリュンヒルデ、どうされたのですか?」

 今喋ったのはドイツ軍のIS部隊隊長、エルネスティーネ・アルノルトである。彼女はとてもしっかりとした姿勢をしている。流石は軍人と言ったところか……。

「すみませんエルネスティーネ隊長、このブリュンヒルデが今困っておりまして、お願いがございます――」

 リーゼロッテは今の状況を素早く、且つ丁寧に説明した。
 すると、エルネスティーネは快く協力してくれると言ってくれた。これには千冬もとてつもない感謝をする。
 これで、一夏を助けられ可能性が高くなった。これで一夏を助けられる。そう思うだけで心が落ち着く。
 エルネスティーネは春樹に問う、

「では……春樹君……だったかな。一夏君が誘拐した車はどんな感じだった?」

「え~と、黒いワンボックスカーでした。ホイールのカラーは銀。えっと……車の形状は……とても四角い感じだったのを覚えています。ナンバープレートの番号は……確か32という数字が見えました」

「ありがとう、これで大体の事を予測できます」

 なにやらドイツ軍のオペレータの人たちがとてつもない速さで何か文字をコンピューターに入力している。なにが起こっているのか全く持って分からない。
 そして数分後、一夏の現在の座標データを割り出したようだった。とてつもなくスムーズに事が進んでいる。
 この中、春樹は何かがおかしいと思っていた。あまりにもスムーズすぎるからである。まるで最初からこうなる事は分かっていたかのように。

「では早速助けに行きましょうか、車を用意してあります。どうぞご自由にお使いください。これが一夏君の場所を知る為の端末です」

「すまない、感謝します。いくぞ、春樹」

 千冬は薄型のタッチパネル式の端末をエルネスティーネから受け取った。
 そして春樹は現在の時刻を見た。決勝戦開始の時刻まで後二十分もない。このまま一夏を助けに行ったら千冬は不戦敗になるだろう。

「でも千冬姉ちゃん! このままじゃ決勝戦に間に合わないんじゃ!?」

「黙れ春樹! そんなものより大切なものはある。一夏という大切な家族がな……」

 春樹はその言葉に黙り込んでしまう。確かにそうだ、千冬は何よりも家族が大事、いや、誰だって家族の方が大事である。これは春樹の失言であった。

「ごめん、千冬姉ちゃん……。じゃあ行こう、一夏を助けに!」

「ああ、そうだな。……お前もその家族の一員だよ」

 千冬はそう小さく呟いたが、春樹の耳にはしかっかりと届いていた。そのことが何よりも嬉しく、そして一夏を助けたいと思う気持ちが何倍にも、何十倍にも、何百倍にも膨れ上がった。
 千冬と春樹は一回アリーナの駐車場まで歩いていったが、その間、千冬と春樹は会話をする事はなかった。どちらも今の状況にいっぱいいっぱいであったからだろう。
 すると、一台の車がこちらにやってくる。恐らくエルネスティーネが用意した車だろう。彼女が準備した車はスポーツタイプの車であった。
 エルネスティーネは運転席のカーウインドウを開けて言った。

「では乗ってください、運転は私がしますので」

「分かりました。乗れ春樹」

 春樹は千冬の言われるまま乗り込む。
 ちなみにISは無許可で上空を飛ぶことを許可されていない。更に言うならば一般市街地でのISの使用もよっぽどの事がない限り不可、禁止されている。
 使用すれば直ちにISの部隊によって拘束・逮捕、となるだろう。ISというものは、世界大会で大人気の競技の道具であるが、使い方を間違えればとても危険な兵器へと豹変する。
 二人は車に乗り込んでその端末が示す場所へと向かう。その最中、春樹が見た千冬は不安に満ちた顔であった。



  2


 春樹たちは、一夏がいるであろう場所へと来ていた。
 そこは森。 
 一夏を誘拐したときに使われたワンボックスカーはその近くに乗り捨てられていた。
 おそらく、この近くに一夏はいるはずだ。もし居なければこの捜査はふりだしに戻ってしまう。千冬はそれを恐れながらも自分のIS、暮桜を身に着ける。
 これは篠ノ之束が直々に開発し、日本代表となった千冬に与えたISだ。剣道を嗜んでいた千冬に合わせて制作したために、近距離特化型となっている。
 装備は日本刀型の雪片(ゆきひら)という武器をメインに置き、牽制するための射撃武器を装備した程度のとてもシンプルな装備。だが、そのシンプルさが千冬の戦闘スタイルに合っているようだ。なにも小細工などはいらない。正々堂々、正面からぶつかる、それが織斑千冬という人物である。

「じゃあ春樹、ここで待っていろ。必ず一夏と一緒に帰ってくるからな」

「うん。待ってるよ……」

 こういった誘拐事件が起こった以上、春樹は車の中でエルネスティーネに保護してもらうことにしたのだ。
 世界最強といわれているISという兵器、もとい競技道具を相手にしてしまえば生身である春樹の勝ち目はない。だから、ISを取り扱う特別チームを率いているエルネスティーネに任せることにした。
 千冬はそのまま歩み進む。シーンとしたこの場所、しかも砂利道なので尚更足音が非常に耳に響いた。
 ISのハイパーセンサーという操縦者の知覚を補佐する役目を行い、目視できない遠距離や直接視覚できるであろう範囲外をも知覚できるようになる機能を使い、人気を感じ取ろうとするが、今この場では反応がなかった。
 もっと先に進まなければならないと思った千冬はゆっくりと先へと進んだ。
 周りを注意して見まわしながら進む千冬。しばらく進むと、なんとセンサーに反応が出たのだ。その反応を頼りに先へと進む千冬。

(今の反応は……ISか? 何故ISの反応があるんだ?)

 千冬は考えた。一般人がISを所持することはできない。所持できる者の条件は、国際IS委員が認めたISに関する企業や軍事施設。その企業や軍に勤めている者。IS操縦者を育成する教育機関だけである。
 このことから、そのISの操縦者はそういった関連の人物だろうが、この状況でそんな人物がいること自体不自然なのである。
 千冬はその反応がある場所へと飛ぶ為、木の隙間を縫うようにして抜けた彼女はそのISの下へと加速した。
 ほんの数秒で反応があった場所へとたどり着いた千冬は、注意深く周りを見回した。
 すると、センサーにISの反応が突然現れ、それと同時に千冬の目にはISらしき影が映った。それは赤黒いISであった。
 千冬は唯一の手がかりになるであろうその赤黒いISを追いかける。
 この二人は無数に生えている木々を猛スピードで右、左へと軽やかに抜けていく。
 だが、限界ギリギリのスピードで、これだけの木に当たらないように低空飛行するのはかなりの集中力が必要だ。もし集中力を切らすことになれば、木に正面から衝突することになり、大量のシールドエネルギーを失った挙句、失速し、追走・逃走は不可能になるだろう。
 千冬は一夏を見つける唯一の手がかりを見失うわけにはいかない。何としてもそのISを捕まえる他になかった。

(これは、かなりキツイな……)

 目の前を逃走する赤黒いISの操縦者はかなりの強者だった。この木々の中をいとも簡単に抜けていく。いや、もしかすると赤黒いISの方もかなりキツイ思いをしているのかもしれないが、少なくとも千冬の目には簡単に遣ってのけている様に見えるのだ。
 こういうことはを簡単に見せてしまうような奴が物凄く高い技術を持っているのは、もはや言うまでもない事だろう。上手い奴は余裕で様々なことをこなしてしまうのだから。
 そして、五分ほど逃走劇を続けた二人は、その集中力を着実にすり減らしていた。
 それもそうだろう。時速一〇〇キロメートル程度のスピードで無数に生えている木々の中を低空飛行し続けているのだから。
 二人は段々と木に擦る回数が増えてきていた。逃走を始めてすぐは完全に避けて抜けていたのが、今では約五本に一本のペースで木に少しぶつかっている。
 ぶつかるたびにシールドエネルギーを少しずつ減らしていく千冬。それは目の前を飛んでいる赤黒いISも同じだろう。
 この時、これ以上この不毛な逃走を続けていてもジリ貧だと思った千冬はハンドガンを手に取り、目の前のISに攻撃をした。木にぶつかり、相手に逃げられてしまうリスクを上げることになっていたとしても、彼女は攻撃した。
 放たれた弾丸は赤黒いISに当たることは無かった。まるで後ろに目がついているかの如く、タイミング良く避け、さらに木を使って自身を守っている。

(くっ……、上手いなアイツ……)

 千冬は悔しくも感心していた。
 目の前を飛ぶ赤黒いISの操縦者は間違いなく高い操縦テクニックを持っている。だから捕まえることは物凄く苦労することは目に見えていた。
 しかし、当たり前だが諦めることは決してしない。一夏を探す唯一の手がかりを絶対に手に入れるために目の前のISを追う。
 ここで目の前のISがついに動きを見せた。
 赤黒いISはビーム系の剣を取り出し、木を千冬を邪魔する様に薙ぎ倒してきた。
 千冬はこのいきなりの状況にも、慌てることなく冷静に事を対処した。
 目の前に倒れてきた木を避け、再び赤黒いISを追尾。さらに何本もの木が薙ぎ倒されていき、それをも避けながら再びそのISを追いかける。
 ここで、千冬が相手との距離が縮んでいるのに気が付いた。
 そう、相手が千冬を追い払おうと、動きの大きい攻撃を繰り出したせいで、飛行スピードが落ちたのだ。それとは逆に千冬は減速は最小限に止めていたため、距離を縮める結果になった。

(行ける……!! 必ずとっ捕まえてやる!!)

 千冬はさらに加速し、一気に距離を縮める。
 加速したことにより、木に衝突する危険性は高まったが、今はそれよりもこのチャンスをものにする方が重要だ。
 千冬は目の前にある木々をしっかりと見て、どのルートを通るのかをイメージし、そのイメージ通りのルートを通っていく。
 段々と近づく相手との距離。千冬は雪片を片手に零落白夜を発動させ、

「ここだぁぁぁああああああああああああああ!!」

 千冬は叫びながら相手に斬りかかる。
 その時、赤黒いISの操縦者から「ひゃっ!?」という声が上がったのを彼女は聞いていた。聞き間違えでなければ、それはとても高くて幼い声だったはずだ。
 千冬の一撃で相手のISのシールドエネルギーは失われたのだが、ISは解除されない。恐らく、強制解除の機能を切ってあるのだろう。シールドエネルギーがゼロになったからといって、一々ISが解除されていては戦場では戦えない。そんなことをやっていたら自分の身に降りかかるのは死である。たとえシールドエネルギーが無くなったとしても活動を続けれるようになっているのだ。
 しかし、これで次の攻撃を受けたのならISともどもただでは済まない。こればっかりは避けることが出来ない。本物の戦場では常に死とは隣り合わせの場所であることは忘れてはならない。
 斬られた衝撃で何メートルか地面を削りながら吹っ飛んで、減速しながら木に衝突してようやくその体が止まる。
 斬られた赤黒いIS操縦者は呻き声を上げながら、激痛が走る体を立ち上がらせようとするが、目の前に鋭い刃が現れる。
 そう、千冬の雪片そのものだ。

「さぁ、話を聞かせてもらおうか……」

 千冬が冷たい声でそういうと、俯いていた赤黒いISの操縦者が顔を上げる。
 その瞬間、千冬は驚きの表情に変わった。
 それもそのはず、なんとその赤黒いISを操縦していたのは小学生とも思えるようなとても幼い顔立ちで、斬りかかろうとしたときに上げた声がとても幼いものに聞こえたのも納得できる。

「子供……!?」

 千冬がそう呟くと、小学生に見える女の子は怒りながら、

「だ、誰が子供なのさ!? こう見えても私は一八歳よ!!」

 と、なんとも状況に合わない感じで、しかも一八歳とは思えない小学生のような容姿と声で千冬に訴えるその女の子もとい女性。

「はぁ……、なんだこの状況は……。まあいい、お前に聞きたいことが二つある。まず一つ。お前は織斑一夏について何か知っているか?」

 すると目の前の女性はこれまた子供のような仕草で、誰それ? と首をかしげながら、

「その名前の男の子は知らないけどぉ……、さっき私が預かった男の子なら知ってるよ?」

「その男の子は今どこに!?」

「さぁ、どこだったかなぁ……。だいぶ飛んできちゃったしね……。まぁ、探せば見つかると思うよぉ? 後、あの男の子はもういらないから、回収するならご自由にどうぞ?」

 千冬はなんとも呆気ない結果に茫然とするしかなかった。
 あれだけの事をやって、それで結局一夏らしき男の子は何もなしに返してもらえる……、一体何が目的なのだろうか。もしかすると、千冬が決勝戦に出られなくする為の陰謀なのだろうか。それとも、一夏に何かがあるのだろうか。
 本当の事は何もわからないが、とにかく一夏が帰ってくるということに安心した千冬。

「あのさ、どうでもいいけどぉ……早くこの剣をどけてくれないかな?」

 小学生のような女性は少しイライラしながら言うが、

「まだだ。まだ質問は残っている。それについても答えてもらおうか……」

 このとき、舌打ちが聞こえてきたような気がするが、千冬はあえてこのことは無視した。

「お前は……その男の子に何をした? 何が目的だ?」

 すると、先ほどまで子供っぽい口調は打って変わって麗しさ漂う声で千冬に警告した。

「それを聞くのは構わないんだけど……貴方……死にたいの? 貴方はISの世界大会で優勝した経験があるらしいけど、こちら側はそんな生温い世界じゃないの、分かる?」

 千冬は何も言えない。急変した目の前の女の子は、なにやら意味の分からないことを言っている。“こちら側”というのはいったい何なのか。

「あはは、黙り込んじゃって……。でも、流石世界でナンバーワンに輝いた経験があるだけのことはあるわね。この私をここまで追い詰めたのですもの。でも、もう御終い……。ここからはこちら側の力を使うから。じゃあね、織斑千冬さん」

 そう言った瞬間、物凄い力の衝撃を彼女は感じ、そして千冬が手に持っていた雪片が弾き飛ばされてしまった。
 このとき、千冬はどんな攻撃が来たとしてもそれを受け止められるだけの力で強く握っていたはずなのだ。だが事実、雪片は弾き飛ばされてしまった。
 更に千冬の身体までもが吹き飛ばされ、気が付けば赤黒いISはいなくなっていた。彼女は辺りを見回すがやはり見当たらない。

「逃げたか……。しかしあの力……」

 ISを装備してたとはいえ、千冬が雪片を握っていた手はジンジン痛むまでのダメージを負っていた。それほどまでの力をその赤黒いISは使ってきたのだ。通常ではありえない力を。

(違法改造か……? まあいい、今は一夏の捜索だ)

 千冬はハイパー・センサーを頼りに一夏の捜索に向かう。人の反応を見逃さないように、注意深くセンサー及び実際の視界を見ながら。
 しかし、先ほどの見た目が子供だった赤黒いISの操縦者はいったいなんだったのか……。
 急に人が変わったかと思うと、とてつもない力で雪片と身体を吹き飛ばし、一瞬で姿をくらました。しかも一夏と思わしき男の子は何もなしに身柄を返すと言い出した。
 では、なぜ逃げた?
 そう考えると、何よりも先に思いつくのは時間稼ぎをしていたということ。
 つまり、千冬がモンド・グロッソの決勝に出てもらっては困る。そういう考えがあったのだろう。そこから思いつくのはドイツがこの事件の犯人だということだ。
 だが、単純にそんなことなのだろうか?
 それなら、先ほどのあれだけの技術と力を持ったISの操縦者を用意する必要性が見当たらない。
 時間稼ぎをしたいのならば、いくらでも方法はあるはずだ。
 たとえば、車を転々としながら逃げたり、ISを使って一夏の身柄をより遠くへと持って行ったり……。考えればいくらでも出てくる。
 何故ここに来る必要があって、あれだけの操縦者が必要なのか。単にドイツという国だけの問題ではなさそうに思えてくる。
 それに“こちら側”という言葉も気になる。いったい、何が起こっているのか。それがまったくもってわからなかった。
 そうこう考えながら一夏を捜索していた千冬はようやく人の反応を見つけた。
 間違いないと確信した彼女はその反応目掛けて一直線に飛んだ。
 そこは砂利道が続くコンテナ等が積み重なっている場所。ここ付近にその人の反応があったのだ。
 千冬はISのセンサーの反応を頼りに慎重に進む。
 そして、人がいるであろうコンテナを見つけた。センサーは強く反応しており、間違いなくこの中に誰かがいるのが分かった。
 そのコンテナをISのパワーでこじ開ける。その中には気を失っている織斑一夏の姿があった。
 彼女は安堵した。この自分の下に一夏が帰ってきたことに。
 とりあえず、一夏の事を抱えて春樹の下へと戻るだけなのだが、このとき千冬は何か嫌な予感がしていた。先ほど戦闘を行ったことも気にかかっていたのだ。
 千冬はいつも以上に気を張りながら一夏を抱えて空を飛んだ。


  ◆


 一方その頃、春樹はエルネスティーネの車の助手席で黙り込んでいた。一夏の事をずっと想っていたのだ。
 ずっと家族のように接して、いつまでも平凡な生活があると思っていたのに、まさか一夏が目の前で誘拐されるとは夢にも思わなかったのだ。
 何故こんなことが起きるのかと春樹は考えていた。自分は何か悪いことをしたのかと、一夏が何か悪いことをしたのかと、なんで一夏がこんな目に合わなくてはいけないのかと。
 エルネスティーネはそんな春樹の事を見つめていた。この現状に苦悩する少年はいったいどんなことを考えているのかと気になったからだ。

「ねぇ、春樹君。大丈夫?」

「え?」

「汗かいてるし、表情もあまり良くないから……」

「ああ、すみません。とにかく心配なんですよ、一夏の事が」

「そう……」

 春樹は突然話しかけてきたエルネスティーネに対し、落ち着きながら答えた。今は落ち着いて千冬の帰りを待つのが春樹の仕事だからだ。
 しかし、春樹は何もできない自分が腹立たしかった。自分だって大切な家族のために何かアクションを起こしたい。そんな気持ちでいっぱいなのに、それなのに自分が動けば逆に千冬に迷惑がかかるだけだと、したくはないが理解はしている。
 もし、自分が、女性しか動かせないというISを動かせるとしたなら……すかさず一夏の救出に向かっただろうが、それは虚しい妄想に過ぎなかった。
 ISは女性しか起動させることが出来ない。
 その事実が春樹の身に重くのしかかる。
 すると、隣にいた女性が話し出した。

「春樹君。君にとって一夏君と千冬さんはどんな存在なのか、聞いてもいいかな?」

 エルネスティーネは急にそんな質問をしてきた。
 春樹は特に聞かれても問題はなかったので、いいですよ、と返すと春樹は言葉を続ける。

「小学生の頃に両親を失って、身寄りもなかった俺を迎え入れてくれたのが一夏と千冬姉ちゃんの二人でした。それから三人で暮らすようになって、本当の家族のような存在になったんです。今となっては家族と何ら変わりないですよ」

 そんな気持ちがあるからこそ、一夏の事がとても気になってしょうがないのだ。一夏を失うというのは、大切な家族を失うということだ。家族並みに近くにいる人を失うのは、友人を失うより遥かに辛い事だ。

「春樹君……。じゃあ、祈ろうか。一夏君が無事に戻ってくる事をね」

「そうですね……。千冬姉ちゃんが一夏を連れて帰ってくるはず」

 二人は手を両手で握って、一夏が無事であることを神に祈った。無駄だということは分かっている。だが、今春樹ができることはそれしかなかった。
 その祈りは、叶えられることになる。
 突然と鳴り響く通信が着ていることを知らせる音。このタイミングで通信を繋げてくるのは千冬以外考えられなかったし、事実その通信は千冬のものであった。

『こちら織斑千冬。一夏の身を保護した。怪我等も無い。早急にそちらに合流する』

「了解。一夏君の事も考えて飛んでくださいね」

『了解。分かっているよ』

 エルネスティーネが通信に応答すると、春樹の顔を見た。
 その時の彼の顔は安心しきって緊張の糸が切れたせいなのか、すっかり緩んでしまっている。

「良かったわね、春樹君。一夏君が見つかって」

「はい……。本当に……良かった……」

 二人の気が緩んだ瞬間、赤黒いISがこちらへと向って飛んでくるのを見つけた。
 突然の出来事だが、エルネスティーネは即座にISを展開し攻撃に備えた。しかし、その赤黒いISは攻撃の意思は全く無く、そのまま何処かへと飛んで行った。
 そのとき、春樹はそのISの操縦者の目と目が合った。少し幼く感じたIS操縦者は春樹の事を見て微笑んだように見えた。それを春樹は気のせいには思えなかった。

「……なんなんだ、今のISは……。アイツが犯人なのか……?」

 エルネスティーネはすぐにドイツ軍のIS部隊に連絡し、この周辺のISの反応を調べたのだが、ISの反応はもう見られなかった。ISの反応が無くなったのだ。

「くそっ!! 私が気を許したばっかりに……!」

「一夏が無事ならとりあえずそれで良かったですよ。でも……何のために一夏を誘拐したんでしょうね。その目的っていったい……」

 エルネスティーネはそう言われて改めて思った。言われてみればそうである。何の要求も無く、怪我も無し。ではいったい何の為の誘拐なんだろうか。
 よくよく思えば、こんな誘拐では何のメリットもない。……いや、ある。一夏を誘拐することで、織斑千冬が動かざるを得ない状況をこのタイミングで作ることによって、彼女をISの世界大会決勝に出場出来なくすることだ。
 そう考えた場合、この誘拐の犯人は、ドイツという国が行ったことになる。ドイツが世界一位になる為という下らない理由でこんな犯罪を起こしたことになる。
 エルネスティーネはドイツの人間である。この可能性が高いと思ったとき、何とも言えない気持ちになった。この事件を起こしたのは彼女ではないが、ドイツ人であるというだけで申し訳なく思ってしまった。
 すると、千冬が一夏を連れて帰ってきた。

「ただいま、春樹」

「おかえり。千冬姉ちゃん」

 二人は言葉を交わすと、千冬はISを解除した。

「お疲れ様です、織斑千冬さん」

「はい、ありがとうございます。一夏も無事ですよ。ただ、気を失ってはいますけどね」

「一夏君は安静にしておいてください。会場に着いたら医務室に連れて行きましょう。さぁ、会場に戻りましょうか。時間は…………」

 エルネスティーネは現在時刻を見て、気を落としてしまった。決勝戦の開始時間から既に三〇分以上過ぎてしまっている。つまり、織斑千冬は失格だということだ。

「エルネスティーネ、どうか気を落とさないでください。貴方たちドイツ軍の人たちには本当にお世話になりました。ドイツ軍の協力なしでは一夏を救うことは叶わなかったと思います。ありがとうございました」

 一夏を抱えたまま千冬はエルネスティーネに向って軽くお辞儀をした。
 そんな丁寧に礼を言われるとも思っていなかった彼女は少し戸惑ってしまう。今回のこの事件はドイツの仕業という可能性が浮上してしまったから尚更だ。
 すると千冬はこんなことを言ってきた。

「あの、今回の事でどうかお礼をさせてください」

「いえ、そんな! こちらこそ、織斑千冬さんの事をサポートしきれず、決勝戦に間に合わせることが出来なかった。本当に申し訳ないです」

「そんなこと……!! 私たちはこうやって大切な家族を守ることが出来た。それだけで十分なんです。どうかお願いです。何かお礼をさせてください」

 エルネスティーネは困ってしまった。織斑千冬という人物が、そう言って頑なにお礼をさせてくれ、と言ってくる。
 彼女は考えた、何かいい案は無いかと……、すると春樹の方からこんな提案があった。

「エルネスティーネさん。エルネスティーネさんはドイツ軍のIS部隊の部隊長をしているんでしたよね? それなら、千冬姉ちゃんがその部隊のコーチをすればいいんじゃないかな。世界大会のチャンピオンに輝いたことがある織斑千冬が直々に教えるとなれば、部隊の人たちのレベルアップに貢献できるんじゃないかな。どう、千冬姉ちゃん?」

「え、あ、ああ……それもありだな……」

「それ良いですね。どうですか、織斑千冬さん、やっていただけないでしょうか?」

 エルネスティーネは春樹の提案に乗っかり、千冬に尋ねてみた。
 千冬は突然の事で、どうすればいいか少し迷っているが、確かに悪い案ではない、と思った千冬はいいですよ、と答えた。

「こんな私でよければ協力しますよ。いや、是非この私を使ってください」

 千冬の強い押しにエルネスティーネはお願いするしかなかった。ただ、それができるかどうかの許可はドイツ軍の方に連絡を入れて許可をもらわなくてはいけない。それをエルネスティーネは念を押して伝えた。
 さて、これ以上ここにいてもしょうがないし、一夏を早く医務の人に見てもらわなくてはいけないので、早く大会会場へと戻ることにした三人は車に乗り込んだ。
 車は大会会場の方へと帰っていく。
 それを少し遠くから見ている人物がいた。
 身長は一五〇センチ程度、顔立ちはとても幼く、小学生にも見えなくはない女の子だ。いや、女性か。
 それは先ほど千冬と逃走劇をやった人物だ。
 その女性は顔にそぐわないが、何故か違和感のない艶めかしい声でこう言った。

「貴方は――」

 と、その時、彼女の目の前に新たなISが現れた。彼女はそのISと共に何処かへと飛んで行った。



  3


 第二回IS世界大会モンド・グロッソは幕を閉じた。結果はドイツの不戦勝、日本の不戦敗という結果に終わった。この結果には客の方もブーイングの嵐で、納得のいくものではなかったことは確かである。
 織斑千冬は日本政府の方から決勝戦を無断で放棄したことについてで、日本代表の権利を永遠に剥奪された。つまり、日本代表を決めるISの選手権に出場することは出来なくなった、ということだ。
 そのことについて、一夏は非常に悩んでいた。自分のせいでこんなことになってしまった、自分の姉に多大な迷惑をかけてしまった、と自分の存在が許せなくなっている。無力で人に迷惑をかけてしまう自分が腹立たしかった。
 現在一夏は医務室のベッドで横になっている。特に怪我もないのだが、一応念の為、ということで横になって休んでいるのだ。
 そのつきそいで横には春樹がいる。千冬はドイツ軍との話でここにはいない。

「春樹、俺……どうしたらいいんだろうな。千冬姉に迷惑をかけて、それでこんなことになっちまって……」

「一夏、それはお前のせいではないと何度言ったら……。今回の事件はなんらかの組織が起こしたことであって、一夏自身に責任はないんだぞ」

「それは分かってるけど、でもそれを認めれない自分がいるんだよ、俺さえいなければってな」

 春樹は今の発言に対して怒りを込めて話そうとしたとき、一夏は少し大きめの声で春樹の言葉を遮った。

「春樹の言いたいことは分かってるよ。そんなことを言ってはいけない、だろ? そんなことは分かってるさ、言ってはいけないことは分かってる。でも、そう思わなくちゃなんだか自分が崩れてしまいそうで……」

 一夏はベッドのシーツを握りしめながら言った。
 彼は自分に責任を負わせないと、何を思ってこれからやっていけばいいのかと悩んでいる。自分に責任を負わせることで、自分の姉に対して償っている様なものだった。自分が不甲斐無いばっかりにこんなことになってしまってごめんなさい、と自分の中で思っているのだ。
 それは自己満足でしかない。だが、今はそうしないと自分が崩れてしまいそうなのだ。
 春樹は彼の気持ちを理解してあげた。今は、自分のその気持ちを整理しなくてはいけないときである。自分で考え、自分で悩み、そして答えを出す。その時間だ。

「一夏、俺は行くよ。良く考えなよ、自分の事を」

「ああ……。悪いな、春樹」

 春樹は一夏に笑みを見せると、医務室から出ていく。
 これから彼が向かうのは織斑千冬が居るところだ。今、彼の中ではとある計画を企てていた。自分に今必要なものを用意するために。それが千冬の下へと向かう理由だった。


  ◆


 春樹は千冬たちが話をしている部屋の前までやってきた。
 現在、千冬はドイツ軍の人と話をしている。そう、ドイツ軍のIS部隊の教官をすることについて話を付けているのだ。
春樹はそれを承知で、千冬とドイツの軍人の話に割り込むために部屋の中へと入っていく。
 千冬とエルネスティーネ、ドイツ代表リーゼロッテが一斉に入口の方を見る。そこには当然春樹が立っていた。彼は一礼すると、中へと入っていく。
 そんな春樹を見た千冬は春樹に凄い剣幕で見ながら、

「おい春樹、何の用だ? 今は重要な話をしているんだ。出て行け」

 しかし、春樹は千冬の言葉を無視して、真剣な眼差しでエルネスティーネの事を見つめる。そして春樹はエルネスティーネの目の前に立ち、

「エルネスティーネ・アルノルトさん、お願いがあって参りました」

「……何かな、春樹君」

「俺を――いえ、自分を千冬姉ちゃんと一緒にドイツ軍へと連れて行ってくれませんか」

 それは急すぎるお願いであった。春樹の表情は非常に真剣なものであり、エルネスティーネは春樹にちょっと興味を惹かれた。だからこそ、彼女は春樹に質問を返す。

「春樹君、どういうことかな?」

 エルネスティーネは優しく微笑みながら春樹に問う。そして春樹はとても真剣な表情でその問いに答えた。

「自分は……やるべき事ができたんです。それには自身を鍛える必要がある。だから、千冬姉ちゃんが教官をやるっていうドイツ軍の方に行きたいと、そう思ったのです」

 その春樹の顔は軍人に引きを取らないキリッとした顔だった。その春樹の顔にエルネスティーネは感心させられた。いまどきの若者でもこのような表情をする子がいるのだと、それもISの登場で男が立場上弱くなってしまっているこの社会で、とそう思った。
 彼女は少し考えた。この子をドイツ軍基地に連れて行って良い物なのかと。彼はまだ中学生だ。たとえ強くなりたいという気持ちがあったとしても、軍人のトレーニングについていくことなんてことは難しいし、それに耐えれるとはとてもじゃないが思えない。
 だからここはさらに質問する。彼の覚悟を試すために。

「……わかりました。では春樹君、泣き言は言わないって約束できるかな? もし泣き言を言ったときには、君はタダで日本に帰れると思わないことね……」

 エルネスティーネはさっきまでの優しい表情は無くなり、ちょっと怖い感じもする真面目な顔になる。そして、ちょっとした脅しも加えた。あくまで脅しなのだが、雰囲気がそれを本当の事かのように演出される。だが、それにびびることもなく春樹は、

「泣き言? そんなものを言うはずありません。何故なら……、自分が持ったこの気持ち、信念は揺ぎ無いものだから。だから、自分はエルネスティーネさんにこうやって面を向って頼みに来たんです」

 と言った。その表情は希望・信念・勇気・覚悟……それらが詰まったような顔だった。

(この子……不思議な子ね……気に入ったわ)

 エルネスティーネはこの揺ぎ無い意思を示した春樹を気に入ってしまった。もしかしたらとんでもない人になるんじゃないか、という期待もしていた。だからこそ、春樹との話を受け止めた。

「では織斑千冬さん、これからよろしくお願いします。そして葵春樹君、君には期待しているよ。では、準備が整ったら連絡をしますので、それまではゆっくりしていてください」

「わかりました、では……」

 千冬は礼をしてその場から立ち去る。
 そして春樹はエルネスティーネの「期待している」という言葉を思い出していてちょっとした考え事をしていた。軍人の目から見て、自分はそんなに期待できるような人なのだろうか、と。

「春樹、お前……本気なのか。何を思って急にそんなことを言い出した?」

 千冬が質問をしてきたが、春樹にとってそれは愚問に近いものがあった。彼にはもう明確な目的があり、そのために自分を強くする必要があった。そしてそれは、何があっても挫けることの許されないものであった。

「千冬姉ちゃん、そんな事をわざわざ聞くの? そんなの決まってるじゃないか。一夏とか、千冬姉ちゃんとか、皆の為だよ……」

「そうか。春樹、お前にはお前なりの考えがあるんだよな……。悪かったな、無駄な質問をしてしまって」

「そんな……、俺の方こそ話の邪魔をしてごめんなさい。急な押しかけになってしまったことを謝ります……」

 春樹は丁寧にお辞儀をして謝った。だが、千冬はそんな春樹の姿を見て、笑いながら話す。

「なにをそんなに畏まっているんだ春樹? お前はお前の選択をした。そしてそれは正しい事なのかもしれない。もしかしたら間違っていることなのかもしれない。だが、そんなことは今の私には判断しようがないんだ。だから見せてくれ、お前の選択は間違いではなかったことをな」

「千冬姉ちゃん……」

 そして千冬はそれ以上は何も言わずにその場を歩き出した。これ以上は話す意味がない、いや、話さなくても分かる事だろう。千冬が何を言っているのか、それは自分で判断して、決断して、行動しろ、ということだろう。
 春樹はしっかりと、千冬の意図を掴んでいた。だから、春樹はそのまま何も言わずに千冬の後を追った。これから向かう場所、それは一夏が寝ている医務室だ。


  ◆


 千冬と春樹は一夏の医務室に入る。すると、一夏がベッドで横になりながら小説を読んでいた。
 二人に気が付いた一夏は、その小説にしおりを挟むと、身を起こして二人に話しかけようとしたが、一夏に話す暇なども与えないうちに話を進めた千冬が先に話す形になった。

「一夏、話がある。春樹はこれからドイツに向うことになる。だから、お前は家で大人しくしていろ、いいな?」

「は? でも千冬姉――」

 千冬は一夏に話す間も与えないまま話を続ける。

「大丈夫だ、監視はつけるし、私たちが帰って来るまで安心して生活していろ。それからプライベートな部分までは監視しないから安心しろ」

「そうじゃない! いったいどんな話になっているのか、それを聞きたいんだよ」

「それは春樹自身から聞け、いいな?」

 千冬は春樹に目線で同意を求めると、春樹は肯定の意味で頷いた。

「一夏、俺は自分の目的の為にドイツへ飛ぶよ。その目的はまだ話せないけど、でも、いつかにはちゃんと伝えるから。悪いな、しっかりと話せなくて……」

 一夏は春樹の言葉をしっかりと受け止めてあげた。言葉は確かに足りなくて、すべてを話してくれてはいない。だが、それでよかった。何か“目的”があってドイツへ向かうことだけはしっかりと知ることが出来たのだし、いづれこのことは話してくれると言った。それで十分なのだ。

「分かったよ、もう十分だ。行ってこい。そして、その目的とやらを達成しろよ?」

「ああ、任せておけよ。ありがとうな、一夏」

 二人はそれ以上の会話は無かった。彼らはただお互いの目を見て、目で語り合っている。その言葉に偽りはないか、確かめるために。
 五秒程でその視線での会話は終了し、春樹は一夏に背を向けながら言った。

「じゃあ、俺は家に帰って荷作りでもしてくるわ。じゃあな、一夏。しばらくの間お別れだ。またな……」

「ああ。またな」

 二人は軽い別れの挨拶をして、春樹は部屋を出て行った。
 一夏は完全に近くからいなくなったのを確認すると、千冬に確認を取る。

「千冬姉は知らないんだよな、春樹がドイツに向う理由ってのを」

「ああ、詳しくは教えてもらってないな。だが、アイツの“目的”ってやつは大体分かるよ。アイツはこう言っていた。一夏や千冬姉ちゃん、皆の為に……ってな」

 それを聞いた一夏は確信を持てた。アイツは、今回の事件について何かしらの不満を持っていることを。小さいころから一緒に暮していれば良く分かる。春樹は何よりも自分の友人、仲間を大切にしている。それは自分の事を棚に上げてでもだ。
 一夏はそんな彼をすぐ隣で見ながら生きてきた。一夏はそんな彼の生き方には憧れ、というか若干嫉妬じみた感情まで抱いたことがある。人間として、そんな生き方が出来たら良いな、と思ったことがある。だから、一夏はこう呟いた。

「くそっ……。一人でやりやがって……」

 その呟きは千冬の耳にまで届かない程小さく、千冬は何か言ったか、という反応しかしなかった。一夏も別に……、と適当に誤魔化した。

「そうだ一夏、体の方はもう大丈夫なのか?」

 千冬は思い立ったように一夏に確認を取るが、元々体の方は対して問題はなかった。あるとすれば、体がちょっと疲れていることだろうか。

「何言ってんだよ千冬姉。元々俺は何ともないんだぜ?」

「そうか、わかった……。じゃあ、私と一緒に家に帰るか?」

「ああ、わかったよ」

 千冬は後始末の仕事があるから、もう少し時間がかかることを一夏に伝えた。仕事が終わればここに来る、それまでに帰る準備をしているように、ということを言われ、千冬はこの医務室を後にした。
 医務室に再び一人になった一夏。
 彼はこれからの事を考える。
 千冬はこれからドイツ軍のIS部隊の教官になるわけだ。これから自分は人にものを教えなくてはいけない立場になる。もし、上手くできなかったら……。
 第一回IS世界大会の優勝者、ヴァルキリーと呼ばれた『ブリュンヒルデ』に期待する軍人は沢山いるだろう。ここで下手な事をすれば、日本のイメージはガタ落ちになるだろうし、日本を実質背負っている自分はそのような失敗は許されない。
 だが、千冬姉なら大丈夫だろう、と一夏は考えている。何故なら、彼女は小学生の時に一夏や春樹、箒に剣道や剣術を教えた人である。箒はその教えで剣道の全国大会に出場、個人の部門で優勝する程の腕前になった。これは箒に元々剣道のセンスを持ち合わせていたこともあるが、それでも千冬に教えられたことは大きかった。
 一夏と春樹もそうだ。そういった部分で共に競ってきた仲で、この二人の腕は相当なものであるが、部活等に入ってはいなかったので大会だとか、そういう話は全くなかった。
 それほどまで千冬は人を育てる力はあるのだろう。だからこそ、一夏は千冬の事は全く心配していなかった。
 だが、問題は春樹の方である。
 彼の事についてはこれからどうなるのかもよくわからない。確かに、一夏と春樹はともに様々なことで競い合ってきた仲である。
 しかし軍の訓練に参加するなんてことは、当然だがそんな経験はなかった。

(春樹……。お前は、それ以上何を望んでいるんだ? もう十分だろうよ。お前のその強さは本物なんだぜ……?)

 一夏は疲れを癒すために、千冬が来るまでそのまま一眠りすることにした。



[28590] Episode3 第二章『IS部隊 -Army-』
Name: 渉◆ca427c7a ID:3799dadf
Date: 2012/10/13 14:41
  1


 春樹はエルネスティーネと共に、ドイツ軍特殊IS部隊であるシュヴァルツェア・ハーゼの練習訓練場に向かっていた。

「春樹君、少し緊張しているのかな?」

「はい、ただ初めてなものですから……。早くこの環境に慣れたいものです」

「そうかい、さあ、そろそろ私たちの練習場だ」

 目の前に広がったのは黒いISが宙を舞っていたり、砲撃したり、ナイフで格闘戦の訓練をしているところだった。
 春樹はただ、この光景にすごいと思った。いままで千冬を操っているISを時々見ていたが、こんなにも近くで見るのは初めてだったから。
 そこは流石ISの部隊ということもあってか周りは女性だらけだった。男性はISの整備兵ぐらいで、こことは違う場所でISを整備してくれているらしい。
 そこにいた隊員たちはエルネスティーネの号令により集められる。一斉に、尚且つ迅速にしかも、しっかりとした隊列になっている。流石は軍人、教育させられているだけはあった。

「貴様らに一つ報告だ。今回、かの織斑千冬に教官をしていただく事になった。織斑千冬は明日こちらに出向き、教導してくださる。そして、その織斑千冬の弟である葵春樹には、この半年、この隊と共に基礎訓練を行う事になる。仲良くしてやってくれ」

「「「は!!」」」

 その場にいた隊員たちが一斉に敬礼で返事をした。それは一寸狂わず同時に発せられている。

「では春樹、自己紹介を頼むぞ」

「はい。わかりました」

 春樹は一歩前に出て、

「葵春樹です。心身ともに鍛える為、皆さんと共に訓練をしたいと思っています。ちなみに自分の姓が織斑ではないのは、正確には千冬姉ちゃんの弟ではないからです。自分は織斑の家に引き取られたようなものですから、そこのところを理解したうえ、接してくれればと思います。では改めてよろしくお願いします」

 春樹は礼をし、今度は一歩後ろに下がった。そして、エルネスティーネは命令を下す。

「では各自、自分の仕事に戻れ。そして、ラウラ・ボーデヴィッヒ!」

「は。なんでしょう、エルネスティーネ大佐」

 駆け寄ってきたその少女は銀髪で、そして右目に眼帯をしていた。それに少々身体は小柄で春樹はちょっと可愛いな、という印象を持った。

「ラウラ、基地の案内をコイツにしてやれ。ちなみにお前と同い年だからな」

「は。了解しました」

 ラウラは淡々とそう言って敬礼をした。エルネスティーネはその場から立ち去る。
 そして春樹は目の前のラウラという少女は同い年という事を知って驚いた。自分と同い年で感情を排除したようなその感じ。小柄で可愛いと思ったとしても、自分よりは年上だと、そう思っていたからだ。

「えっと、ラウラ……だっけ?」

「そうだが、なんだ?」

「そっか、ラウラ。これからよろしく頼むよ」

 と言って春樹は握手をしようと右手を差し出す。しかしラウラは行動を起こしてくれない。

「握手だよ、握手」

 春樹はそう言うが……やはり無視。春樹は少し怒って無理やり手を握った。

「ほら、握手。よし、これで俺たちは仲間だな」

「え……あ、ああ……」

 ラウラは少し驚いてしまった。男性が自分の手を握ってきたのだ。そういう経験は今まで無かったせいか、とてつもなく驚いてしまう。そして焦ってしまう。
 それを見ていた他の隊員たちは……。
――やるね、彼。
――あのドイツの冷氷をいとも簡単にあんな表情にさせるとは……。
――これはこれは、なにか大きな進展があるかもね~。
――おおー!!
 といった感じに盛り上がっていた。

「では、基地を案内するぞ」

「わかった」

 そして春樹とラウラは基地内を歩き出す。


  ◆


 食堂やISの格納庫及び整備場であるハンガー。そして、このIS隊員が寝る場所である部屋。それは一つの大部屋であり、そこでシュヴァルツェア・ハーゼの隊員たちは寄り添って寝るのだという。
 春樹はさっきの整備班の男もこの部屋で寝泊りしているのかと聞くと、ラウラはそれを肯定。整備員の少ない男とも一緒にそこの部屋で寝るし、着替えも誰がいようが構わずやると聞いた春樹は驚いた。だが、ラウラから戦争の前線に出たらお風呂でさえ男女ともに入るから、これくらいの羞恥心はどうってことはないと補足をされた春樹は、言われてみれば仕方の無い事だな、と納得した。
 そして、一通り基地内の案内を終えた春樹。

「まあ、こんな感じだな。質問は?」

「ないぞ、ありがとうラウラ」

「だから気安く名前で呼ぶなと言ってるだろう」

「でも、これから基礎訓練だけだけど一緒に訓練するんだ、仲間という意識を持たないと駄目だろ、違うか?」

 ラウラは少し春樹の目を見てから、

「ふん、わかった。私のことはラウラと呼んで構わない。だから、お前の事も……名前で呼ばせてもらうぞ」

「ああ、わかった。改めて言う。葵春樹だ」

「あ、ああ……。は、春樹」

 ラウラは少し恥かしそうに春樹の名前を呼んだ。少し顔を赤く染めているようにも見えた。春樹はそれを見て男の名前を呼ぶのは慣れていないのかな、と思った。

「そうだ春樹、これからISの訓練が始まる。お前も見に来るか?」

「ああ、そうさせてもらうよ」

 二人はISの訓練場へと歩き出す。

「なあ、ラウラってISの操縦どうなんだ?」

「私か? そうだな……あまり上手い方じゃない」

「そうか……でも大丈夫だ。明日には千冬姉ちゃんも来るし、たちまちラウラも一流のIS乗りになれるだろうよ」

「そうか? 私も、上手くなれるだろうか?」

「多分な、織斑千冬を舐めたらだめだよ。あの人は凄いんだからな」

「そうか、期待しよう」

「ああ」

 そんな会話をしていたらISの訓練場へついた。春樹は遠くから練習の光景を見つめる。
 インフィニット・ストラトス。通称『IS』。
 それは女性しか使えないというパワードスーツ。春樹の幼馴染の篠ノ之箒の姉である束が四年前に開発、発表した最強の兵器だ。このISは同じく四年前に起こった白騎士事件がきっかけで一部、限定的ではあるが軍事的にも利用されている。基本は競技として使用されているが、ISを使った凶悪な事件に関しては軍のIS部隊が動き、ISの使用が特別に認められる。ISはISでしか倒せないからだ。
 もちろん、基本的に軍事的にISを使用することはアラスカ条約――正式名称IS運用協定――にて禁止されている。
 隊員の皆はISを装備して射撃武器を装備している。標準的な装備としての実弾装備のライフルだ。狙撃訓練だろうか。
 エルネスティーネの合図で目標を撃っていく、的は立体映像で写されたISである。それを的確に撃ち抜いていく隊員たち。特にエルネスティーネは階級が大佐でこの隊の隊長だけあって非常に上手かった。
 そして問題だったのは、ラウラ・ボーデヴィッヒ。彼女だった。
 先ほど春樹に言っていた通り、あまり上手くはなかった。的には中々当たらず、十発撃って二発当たるかどうか、ラウラはISの操縦が非常に下手だった。
 春樹はそれを見て、こう判断した。

(ラウラは……ライフルを撃ったときの反動を吸収しきれていない。だから銃口が安定しないで弾がよくわからないところへ飛んでいくんだ。だから、もっと脇を絞めて重心を低くもたないと。なんで隊のみんなはそこを指摘しない?)

 春樹は苛立っていた。なんで他のみんながそこを指摘しないのか、と。しかし春樹は知らなかったのだ。この事に気がついているのは春樹だけだと。
 要するにエルネスティーネは人を指導する力が足りないのだ。そして、他のみんなも。

(あとで、ラウラに教えてやるか……)

 そう思った春樹はそのままずっとISの訓練をじっと見つめていた。


  ◆


 ISの狙撃訓練後は格闘訓練や模擬戦と続けてやっていたが、やはりラウラ・ボーデヴィッヒの成績は著しくなかった。恐らく彼女はIS適正がそこまで高くはないのだろう。
 そして今は夕食時、春樹はラウラと一緒に夕食を取っていた。何故かは知らないが、春樹は周りからの妙な視線が気になっている。なにかと注目されているようだった。 
 何でだろうか、春樹が男だからだろうか? いや、そんなわけは無い。整備班の人だって男だ。では何故? 春樹は色々と気になっていたが――今はラウラに訓練の事を教えるのが先決だ。

「なあラウラ」

「なんだ? 春樹」

「さっきの訓練の事なんだが……」

 すると、ラウラは少し怒ったような顔をして、

「なんだ? がっかりしたのか? それとも笑おうとでも言うのか?」

「いや、そんなことじゃない。お前にアドバイスをしようと思ってな」

「アドバイスだと? ISも操縦したことも無いお前が?」

「まぁ、聞くだけ聞いてみろよ。まずは狙撃訓練からだ。お前は撃ったときの反動の吸収ができていないんだ。だから銃口が安定しなくて弾が変な方向に飛んでいく。だからもっと重心を低くもって、そして脇を絞めて撃ってみな? いくらかマトモになると思うぞ?」

 それは周りの隊員から聞いても的確な答えだった。言われてみれば確かにラウラはそこをうまく出来ていなかった。いままで何で気付いてやれなかったんだろうかと思うほどだ。
 そしてエルネスティーネも食事を取っていたところに春樹のその発言だ。注目しないわけにはいかない。流石は織斑千冬の弟、姉のISの操縦を見てきたからこその判断なのだろう、自分もまだまだだな、とエルネスティーネは思っていた。

「そうなのか? わかった、明日から試してみる……」

「ああ、試してみな。それからな――」

 春樹は近距離戦闘のアドバイスも始めた。これは春樹が幼少期から剣道をしてきたその知識と経験を活かしてのアドバイスだった。だから、より深いところまで掘って近距離戦闘について話してやった。ラウラはそのことを真剣に聞いている。
 このときラウラには何かが芽生えた。それは何なのか、ラウラにはわからなかった。


  ◆


 夕食後、皆が寝る大部屋に来ている。ここでは春樹もここに入り寝ることになる。明日から本格的に基礎訓練を始める。覚悟を決めて寝ようとすると隊員のとある女性が話しかけてきた。

「ねえねえ春樹君」

「何でしょうか?」

「ラウラちゃんに何したの?」

「は?」

「だから、ラウラちゃんに何したの? あの子が他人に心開くなんて……あんな表情するなんて……。あなた何したの?」

 気がづけば沢山の人が春樹の周りに集まってきた。春樹はその質問の意味がよくわからなかったので聞き返した。

「えっと……心開くって……どういうことですか?」

 その女性隊員はラウラ・ボーデヴィッヒの事を話した。全ては話せなくとも、なんとなくわかるようには話してくれた。
 ラウラ・ボーデヴィッヒは生まれ方が特殊であり、そのせいでISの適合値が低くなってしまったらしい。そして、彼女は軍人となるべくして育ってきた、だからこそ冷酷に、軍人として生きている。だから冷静かつ冷徹な性格の持ち主で、表情の変化に乏しい。他者を寄せ付けない威圧感を放ち、その人間性は部隊内で“ドイツの冷氷”と呼ばれるほどに凄まじかったという。
 そのことを聞いた春樹は驚いた。確かに、初めて話したときはそんな印象を持ったが、握手をした後は別にそんな事を感じることは無かった。むしろ話しやすい子だという印象が大きかった。そのことを話すと……。

「う~ん、これは……」

 そう言って隊員の女性達は目を合わせて一斉に頷いた。すると彼女達の目の色は変わっていた。そこにタイミングよくラウラが部屋に入ってきた。

「ん? どうしたんだ、春樹の周りに集まって」

 その時だった。隊員の女性達はラウラに向かって……。

「ラウラちゃん頑張りなさい、私応援しているから」

「え?」

「寝るときは春樹君の隣を確保しなさい。私が協力してあげる」

「は?」

「ラウラ、おじさん達一同応援しているぞ」

 整備班のおっちゃんたちまでラウラに向かってそんな事を言い出した。
 春樹はどうしてこうなった。と思っていた。
 そろそろ就寝時間。寝る準備を始める一同。しかも、みんな同時に洗面所に向かい外へと出て行く。なんというチームワークだろうか。
 そして気がつけばラウラと二人きりになってしまった春樹。

「いったいなんだというんだみんな揃って……」

「えっと、ラウラ……」

「なんだ春樹?」

 と、ここでようやく現状に気がついたラウラ。男女が同じ部屋で二人きり、このシュチュレーションといえば……。と思うが、ラウラと春樹は会ってまだ一日しか経っていない。そんな関係になる事は決してない。何を期待しているのだろうか、あの隊員達は……、と思う春樹だった。
 そして皆が帰ってきた。なんだか「はぁ……」というため息が何回も聞こえてきたが、春樹は気にしない事にした。皆が寝始める中、自分も練ることにした春樹。明日からは皆と同じ訓練をするのだ。寝不足なんてことになったら洒落にならない。
 開いているベッドに入って寝ることにした春樹。すると誰かの声が聞こえた。「ありがとう」と。その声は聞いたことがある。恐らくラウラの声である。春樹が声のした方向を見るが、そこには誰もいなかった。



  2


 春樹がドイツ軍を訪れて二日目、今日は織斑千冬がこっちに出向く。なぜかというとIS部隊の教官をするためだ。
 一夏が誘拐された際に独自の情報網で一夏の位置データを割り出してくれたドイツ軍への礼として彼女はやって来た。
 IS配備特殊部隊、シュヴァルツェア・ハーゼの隊長、エルネスティーネ・アルノルトが織斑千冬を出向く。

「この度は私の部隊の教官を請け負ってくれてありがとうございます、織斑千冬さん。春樹君は今、基礎訓練中ですよ、覗いてみますか?」

「ああ、そうだな。見てみよう」

 千冬とエルネスティーネは訓練場まで歩き出した。
 エルネスティーネは横にいる元ブリュンヒルデ――とはいってもドイツが千冬と戦いもしないで手に入れた称号など実質意味がなく、“元”というのは間違っている。多くの人間が今でも織斑千冬がブリュンヒルデだと言うだろう――を見ると、やはりオーラというのだろうか、もう雰囲気から軍人顔負けのしっかりとした感じがする気がした。落ち着きがあり、どんな条件下でも戸惑う事がない。そんな人なのだろう、と。
 しかし、千冬は正直なところこれからの教導は不安な事でいっぱいだった。なにせ人にものを教える事など初めてなのだ。人間誰だって初めてやる事は不安だろう。それは千冬も例外ではなかった。
 そうこうしてるうちに訓練場のグラウンドまで来たが、そこには春樹が独壇場で走っている光景があり、それに千冬は驚かされた。彼はいままで訓練を続けてきた隊員たちをランニングで抜いているんだから。

「すみません、あれは春樹が周回遅れってことではないですよね?」

「……はい。あれは周回遅れなんかじゃなく、本当にトップに立っているんです。彼の身体能力には驚かされました。これまでに何か運動でも?」

「いえ、やっていた事と言えば……剣道ぐらいですよ」

「剣道ですか、じゃああれは春樹君の実力なんでしょうかね?」

「わかりません、でも春樹は何か強い意志と覚悟がありました。それが彼をあそこまで動かしているのかと」

「精神論ですか、でも、あながち間違いではないかもですね」

 するとエルネスティーネは隊員たちに千冬が来た事を教える為に声をかけた。

「ハーゼ部隊集合!」

 エルネスティーネのこの号令で一斉に彼女の前に並んでいく、もちろん春樹もそこに混ざっている。

「こちらの方が今日から半年の間、ISの教官をしてくださる織斑千冬臨時軍曹だ」

 織斑千冬は臨時ではあるが、ドイツ軍に配属する。と言う事になるので階級が与えられる。その階級は軍曹、一応エルネスティーネは大佐なので彼女の方が階級は高いのだが、まるで自分が下の階級のように接していた。やはり、かのブリュンヒルデということで恐れ多いのだろうか?

「私が今回貴様達を教える事になる織斑千冬臨時軍曹だ。貴様達を使えるようにするのが私の仕事。だから、厳しい訓練になるが覚悟しておけよ?」

『『は!!』』

 隊員の全ての人が織斑千冬に対して敬礼をする。そして千冬も慣れない敬礼をして返したが、何故か千冬はその敬礼が非常に決まっていた。
 春樹はついに来た千冬に胸を躍らせていた。この人が来たのならば、ISの訓練が非常に面白くなりそうだし、みんながISの操縦が上手くなるだろうし。
 彼はなにかとISの訓練を見てるのが好きになっていた。自分は男だから操縦できないが、見てるだけでもなんか楽しかった。
 春樹は体力だけは自身があった。先ほどのランニングだけは自分の目標があることもあり、何があっても負けたくなかった。結果は見事トップを死守し、ランニングを終えた。
 しかしこの後は近接戦闘の訓練である。春樹は流石に経験がないので不安要素が沢山ある。精々春樹が今までやって来た剣道の動きを応用してやるしかない。そう思った春樹はラウラを相手にする。友達というか同い年という事もあって何かとやりやすい相手だからだ。

「じゃあ、お相手よろしくなラウラ」

「ああ、いくぞ春樹」

 二人はゴム製の模擬ナイフを片手に刺しあいを始めた。
 間合いを読み、一突き。そしてもう一突き、と春樹はリズム良く攻撃をするがラウラは軽々避ける。流石に素人の攻撃に対して涼しい顔をするラウラ。それに屈することなく攻撃を続ける春樹。
 すると、遊びが終わったかのようにラウラの鋭い攻撃が飛んでくる。春樹は間一髪でその攻撃を避けるが更に次の攻撃が飛んでくる。相手の攻撃を許さないラウラの攻撃。攻撃は最大の防御と言うがこの事だろう。
 春樹は剣道で鍛えた動体視力を生かして避けるだけで反撃の糸口が見えない。

「どうした? こんなものなのか、春樹」

 ラウラが立ち止まってそう言うと……。
 春樹は落ち着くことにした。春樹は目を瞑る。
 心眼。
 春樹はこのスキルをもっていた。心の目で相手の動きを悟り、そして攻撃をする。これは感覚のみに頼った現実的ではない戦法。しかし春樹は剣道においてこの心眼の能力をもっていた。これには千冬と一夏、そして箒も驚いていた。なにかの悟りを得た、そういうことらしい。ちなみに一夏はもっと凄いスキルを持っていた。彼は時折動いているものがスローに見えるらしい。いつもではなく、そういうことになるときはなにか頭の中がクリアらしいが……。
 ラウラは春樹がいきなり目を閉じたので驚いていた。なにか気持ち悪いほど落ち着いた感じ。でも決して諦めた様子がない。何がなんだか分からないラウラはとりあえず模擬ナイフで突くが、春樹が目を瞑ったままその攻撃を避けた。そしてそのままラウラにむかって鋭い一撃を入れたが、ラウラはそれを避けて春樹にタックルする。
 春樹はその一撃に賭けていた。しかし避けられた。これにより大きく隙ができてしまった春樹はラウラのタックルを諸(もろ)に受けてしまう。

「ぐはっ!」

 腹に入ったのか、春樹はみっともない声をあげてしまう。そのまま豪快にぶっ飛んでしまう。

「なんなんだ、それは!」

 ラウラは今でも驚いていた。目を瞑っていた春樹がそのまま自分の攻撃を避けたあとそのまま的確な鋭い攻撃をしてきたのだ。あれは正直危なかった、と思うラウラ。
 そんなことよりも春樹が目を瞑ったままあれだけの芸当をしだしたのが問題である。

「春樹、今のはなんだ!」

 ラウラは腹に手を当てて痛みが和らぐのを待っていた春樹を揺さぶる。しかしそんなラウラなどお構いなしに黙って腹の痛みが引くのを待っていた。
 数十秒後、春樹は二人の間のシーンとした空気を打ち破るべく、むくっっと立ち上がり、さっきの心眼の説明を始めた。

「今のは心眼って言って、心の目で相手の動きを見るといったものだな」

「なんだと? そんなことが可能なのか?」

 ラウラは激しく春樹の身体を揺さぶる。

「まあ、落ち着けよ! 一部のそういった能力をもってる人なら可能みたいだな」

「うむ……で、心の目。とはなんだ?」

「あれ、わかってなかったのか。えっと……なんて言うかな……要するに感覚だよ。相手の殺気を感じ取り、その感覚で相手の攻撃を避けたり、攻撃したりするんだ」

「うーむ、よくわからん」

「まぁ、結構オカルト的なところがあるから深く考えないほうがいいぞ?」

「……あまり納得できないが、わかった。と言っておこう」

 すると、千冬が大きな声で部隊全員に命令を出す。

「よし、格闘訓練はここで終了だ。十分間の休憩の後ISの訓練に移る。それまでに訓練場に集合せよ!」

 部隊の皆は「了解」というと、さっさとそこからいなくなる。各々は水分補給をしたり、汗を拭ったりとして、ISの訓練場へと向かっていった。


  ◆


 ISの訓練に移る。ここからはようやく織斑千冬の出番だ。
 春樹は傍らで練習の風景を見ている。
 そしてラウラが昨日の春樹のアドバイスを活かすときが来たのだ。狙撃、格闘、この二つのアドバイスを受けた彼女は昨日までの落ちこぼれではない。少しでも成長してればいいのだが……。
 織斑千冬が隊員の前に立つ。なんだか妙に決まっていた。隊員の皆も千冬のオーラには何かを感じるようである。

「では、いつも通りにやってみろ。そこから私は教導を入れる。ではエルネスティーネ大佐、お願いいたします」

「了解しました、織斑教官。では狙撃訓練から始める。各自、ライフルを装備し、狙撃訓練を始めろ」

『『は!!』』

 隊員たちは次々とライフルを装備してIS用射撃訓練場まで移動する。
 そして準備を終わらせたものから撃っていく。そこから織斑千冬が問題点を挙げて指導する。という流れだ。
 他の隊員たちは千冬の指導により、確実によくなっている。千冬の装備は零落白夜を使った剣術しかないが、流石はブリュンヒル』、射撃のこともちゃんと指導している。織斑千冬をなめてはいけなかった。
 そしてラウラの番が周ってきた。ラウラはライフルを構えて昨日の春樹のアドバイスを思い出す。
 ライフルを持つとき脇を絞めて、重心を低くもつ。たったこれだけである。これだけでどれだけ違うのか、ラウラはドキドキしていた。そして、目標を目掛けて撃つ。しかし外れる。そしてもう一発。今度は当たった。
 ラウラは嬉しかった。初めてこんなにもすぐに当てることができたのだ。 
 そして続けてもう一発撃つ。
 そして十発撃ち終わった。結果は十発中六発命中、昨日より三倍以上、命中率は50%を超えたのだ。ラウラは嬉しかった、自分がこんなにも当てる事ができるなど、考えもしなかった。しかし現実に起こったのだ。たかが六発、されど六発。他の隊員の平均が十発中八発ヒットの中、ラウラは遅れを取っているが、すばらしい成長であることは変わりなかった。
 ラウラは近くで見ているだろう春樹を探した。春樹は遠くの方で見守ってくれていた。ラウラは慣れない笑顔を春樹に見せた。
 他の隊員は驚いていた。ラウラがいきなり六発も的に当てた事、そしてラウラが笑顔を見せた事だ。いままでこのようなことはなかったのだ。“ドイツの冷氷”と言われたラウラがこんなにもやわらかくなって笑顔を見せている。
 だが、それはとてもいいことである。他の隊員がラウラがこんな風になってくれて嬉しかった。
 そして織斑千冬も驚いていた。聞いた話によるとラウラ・ボーデヴィッヒという人物はIS適合が低く、ISの成績はあんまり芳しくなかった、という話であったが、この狙撃訓練では聞いていた話とは違う成果が挙がっていた。

「すみません、エルネスティーネ大佐」

「なんでしょう? 織斑教官」

「ラウラ・ボーデヴィッヒの事なのですが……」

「ああ、実はですね、昨日――」

 エルネスティーネは昨日の夕食時にあった事を話した。
 葵春樹がラウラ・ボーデヴィッヒの問題点を挙げ、さらにアドバイスまでした。そして先ほどの訓練がその成果であることを。

「春樹が……」

 千冬は更に驚いていた。春樹がそんなことをしたのかと、確かに剣道では心眼を使いはじめるわ、それでもってちゃんと使いこなすわで色々と凄かったが、まさかISの事まで口出しをして、さらに問題点を直すとなると、流石に驚くしかなかった。

「ラウラ・ボーデヴィッヒ」

「はい、教官」

「お前ももうちょっと落ち着いて撃ってみろ、ISの自動照準ロックシステムがあるんだから、的一つ一つを的確に狙う。そのためには標準を的に合わせたときにワンテンポ遅らせて撃て。別に早撃ちではないのだから、的確に的を狙うんだ」

「了解しました。ありがとうございます、教官」

 ラウラは敬礼して訓練に戻った。
 そして千冬は春樹の方を見た。ぼけーと訓練の光景を見ている彼がラウラを成長させたという事実に自分の立場が危ういような気がした千冬であったが、そんなものは気のせいだ、幻想だと思って彼女は訓練の指導に戻っていった。



[28590] Episode3 第三章『崩れていく日常 -Unknown-』
Name: 渉◆ca427c7a ID:3799dadf
Date: 2012/10/13 14:46
  1


 ドイツ軍IS配備特殊部隊、シュヴァルツェア・ハーゼに体験入隊して数週間、春樹は時折足を引っ張ってしまい、連帯責任として隊のみんなに迷惑をかけたこともあったが、春樹はそんな自分を許せず、人一倍頑張っていた。とりあえず持ち前の体力を駆使して隊のみんなに追いつくのが目標である。
 ランニング、近接格闘訓練、射撃訓練、等々様々な訓練を続けていた中、意外と春樹が最も得意だったのは以外にも射撃であった。
 春樹はハンドガンを扱うのが非常に上手かった。最初こそ慣れてなくて全然的に当たってくれなかったが、何発か撃っていくうちに段々と正確に且つスピーディーに射撃をすることができるようになっていた。
 ラウラもこのことには驚きを隠せなかった。聞けば春樹は剣道をやっていたと言っていたのに得意なのは射撃。
 人間は時折意外なものが得意だったりする。春樹の場合それが射撃だったのだ。
 ISの訓練は相変わらず千冬による鬼教導が続けられていた。元々高い能力をもっていたハーゼ部隊であったが、千冬のその教導によって更にレベルアップしていた。
 ラウラはなんと部隊でベスト5に入るんじゃないか、と思うほどの実力の持ち主にたった数週間で成長していた。春樹もこれには驚いた。最初は直視できないほどの下手なISの操縦だったが、あのときの春樹のアドバイスとこの数週間に渡って行ってきた千冬の教導の成果は多大なるものだった。
 ラウラは最近本当に嬉しそうな表情をする。春樹と会ったばっかりの頃は表情があんまりなく、“ドイツの冷氷”と言われるほどの冷たい感情をあらわにするその性格。だが、春樹と会ってから、千冬の教導を受けてから彼女は非常に楽しそうにしていた。
 部隊の人間もこのラウラの変化にはとても嬉しく感じている。葵春樹という人物には本当に感謝したいぐらいであった。ラウラの友達になってくれた事に。
 千冬もラウラのその表情には微笑ましいものを感じていた。春樹が彼女と友達になり、それからISの操縦も上達が早かった。ラウラのこの状態の支えとなっているのが葵春樹その人である。

 そう、ラウラは春樹と接しているときが一番幸せそうなのである。

 そしてこの今の状況は崩されてしまう事を、彼女はまだ知らなかった。


  ◆


 現在、春樹はISの訓練場で千冬の教導によって扱(しご)かれているハーゼ部隊を見ていた。この時間帯はこうしているのが習慣である。
 ハーゼ部隊のISを自由自在に操っているところを見て春樹を時々思うのだ、自分もISで空を飛んで、自由自在に操ってみたい、と。
 しかしそれは願わない夢、理由はわからないがISは女性にしか使うことができない。何故か男性はISが使えないのだ。
 ISの開発者である篠ノ之束は実は知っているのかもしれない。ISが女性にしか使えない原因を。
 しかし彼女は今は日本にいる。日本の保護下にあるので、見つけて話すなんてことは不可能に等しい。たとえ見つけてもそのことを教えてくれるのかさえ怪しい。篠ノ之束は結構投げやりにすることが多い。少なくとも自分の興味のないものはそんな風に扱うのだ。それがモノであってもヒトであっても。
 ラウラは順調に成績を上げていた、どんどん成長しているのが分かる。
 そして――
 一番油断し易いのも、この時期なのである。
 今はISによる模擬戦が行われている。一対一のタイマンで行われている。実力が近いもの同士で行われるこの模擬戦は自分が今どの段階にいるのか、目に見えるように示してくれるのだ。だからラウラは次々と対戦相手が変わっていく。段々強い乗り手と戦う事になるのだ。
 ラウラはそれなりの実力者との模擬戦を行っている。今までに受けた指導を思い出し、そしてそれを駆使して戦う。
 ラウラはハーゼ部隊に配給されている量産型IS、シュヴァルツェア・ゲーベル(黒い銃)を駆っている。そのISは両肩部にキャノン砲を装備、そこから発射されるエネルギー弾は威力が強い。そして、ナイフが近距離用武装として用意されている。
 ラウラともう一人の隊員はキャノン砲を使い射撃を入れながらも隙を見つけてはナイフで近距離戦を挑む。シンプル且つ実戦的な戦術である。
 このときラウラは成長してきた自分を過大評価しすぎていた。
 そしてそれを感じ取っていた春樹。ラウラは非常に危なっかしかった。今にでもミスをして相手にやられそうな感じがしていた。
 ラウラはキャノン砲を撃ちながら距離を詰めるが攻撃が当たらない。しかもその後の追撃であるナイフの攻撃すら当たらない。流石にここまできたならば相手も非常に強くなってきている。簡単には勝たせてもらえないだろう。
 そしてついにそのときが来た。戦闘場所は遥か上空、そこで戦闘が行われていたがラウラがミスをしたのだ。相手の攻撃を避ける為に機体を無理な方向へ傾けてしまった。それによりバランスを崩してしまう。さらにそこに相手のキャノン砲の攻撃が飛んでくる。それをもろに喰らったラウラのシールドエネルギーは〇になり、なんと、上空から一直線に落ちてくる。なにが起こったのか分からないラウラの対戦相手。
 このときラウラはあまりの衝撃に気を失ってしまったのだ。ISの制御ができない中、機体は一直線に地面へ向けて真っ逆さま。しかもシールドエネルギーはもうない。もしこのまま落下したら……。
 危ないと考えた春樹は、ISがそのまま落下してもパイロットの身は守れるほどに頑丈で、安全なものということも、その先のことも考える暇もなく身体を自然と動かした。本当に何も考えずに……。
 ラウラの方へ走る春樹。
 そして――春樹はあるものに手を伸ばした。


  ◆


 ラウラは目を覚ました。そこには軍の医務室の天井が見える。ラウラはあのときの事を思い出していた。
 自分はあの時、自分の油断からできた隙を突かれてキャノン砲の攻撃を受けたが――その先のことは覚えていない。一体何があったのか、気になるラウラは周りを見渡した。しかしそこには誰もいなかった。
 なぜ自分が一人なのか、医務室の人が一人二人いてもおかしくないのに何故……?
 すると医務室のドアが開く。
 そこには織斑千冬が立っていた。

「教官!」

「目が覚めたのか、ラウラ」

「教官、一体何があったのですか? 私はあの時気を失って……あの後どうなったのですか? 誰が助けてくれたのですか?」

 しかし千冬から発せられた人物はラウラの予想を大きく斜め上に裏切る人物だった。


「あいつだ……春樹だよ」


 ラウラは驚いた。だってラウラはあの時ISを装備していたし、結構な高さから真っ逆さまに落ちていたはずである。
 そんなものを素手では流石に受けることはできない。ではどうやって?

「教官、でも私はあのときISを装備していました、一体どうやって私を助けたんです?」

「――春樹がISを動かした」

 今、千冬から信じられない言葉を聴いた。春樹がISを動かした、だなんてはずはない。ISは女性しか反応しない。起動することができないのだから。

「きょ、教官……今なんと?」

「だから、春樹がISを動かしたと言ってるだろう!」

 千冬の大声にラウラはすこし驚いた。
 確かに今、織斑千冬は「春樹がISを動かした」と言った。どう聞いても間違いない、聞き間違いはなかった。

「どういうことか……聞かせてもらえますか?」

「あいつは――」

 千冬は説明した、あのとき何があったのかを。
 ラウラが落下しているときに、助けに行こうとした千冬の横を春樹が抜き去る。勝手にISの訓練場に入ってきて、さらに近くにあった空いている予備のISに勝手にさわり、そして起動させた。その時千冬は驚きを隠せなかった。いや、そこにいた隊員全員が驚いていた。
 そしてそのままラウラの方へ飛んで行き、ラウラを受け止めたらしい。

「そんな馬鹿な! たとえ動かせたとしても、春樹はISについて右も左も分からないはず。そんな芸当ができるはずは……」

「だが事実だ。いま、春樹が尋問を受けている。嘘発見器も持ち合わせて話を聞いているところだ」

 千冬はラウラの話を遮り、現状を説明した。
 今、春樹は何故ISを動かせたのか、ということ。
 目的は何なのか、ということ。
 本当は自分がISを動かせる事を知っていたのではないか、ということなど質問をしていたが、春樹は全て「分からない」と答えていた。自分は何も知らない。気付いたら体が勝手に動いていて、ISを動かしていたらしいのだ。しかもこの答えに嘘発見器はなんの反応もない。嘘は……ついていないことになるが……。

「織斑教官」

 するとエルネスティーネ大佐が医務室に入ってきた。

「なんです、エルネスティーネ大佐」

「報告です、只今葵春樹の尋問が終わりました。嘘はついていないようですが、念のため営倉に入れることになりました」

「了解だ。で、その期間は?」

「一ヶ月間です」

「わかりました。私もそちらの方へ向かいます」

「わかりました、では……」

 千冬はエルネスティーネと共に医務室を出て行った、そしてラウラは……絶望の表情をしていた。そして何も考える事さえできなくなっていた。
 ベットのシーツを握り締め、そして、彼女の顔には涙があった。


  ◆


 葵春樹は営倉にいた。何故自分がこんな所にいるのか気持ちの整理がついていなかった。
 あの時自分はラウラを助けるのに必死だった。気がつけば自分がISに乗っていた。何故かは知らないけど、無意識の中で乗り、そして飛んだんだ。ラウラを受け止めて我に返ったときにはもう遅かった。
 ラウラを助ける事はできたのに、降りてくれば自分は軍の上層部の人たちに囲まれて、そして尋問室に強制連行された。よくわからない装置を頭につけられるし、何がどうなっているのか、全く分からなかった。
 無駄な抵抗はしないほうがいいと思ったから、とりあえず質問には正直に答えていった。そこには織斑千冬もいた。途中でいなくなったが、何処に行ったのだろう。
 嘘はついていないことは分かってもらえたのだけれど、何故か自分は今営倉にいる。
 恐らく警戒を続ける、と言う事だろう。
 だけど春樹には何の裏もない。自分でISを動かせた理由も分からないし、動かしたからと言って特に何をするってわけでもなかった。だが、営倉に入れられてしまう。確か、期間は一ヶ月だったはずだ。ラウラはその間、どうなるんだろうか、と春樹は心配だった。
 するとそこへ、二人の女性が現れた。

「春樹、すまないな」

 織斑千冬だった、そしてその隣にはエルネスティーネ・アルノルトがいた。

「春樹君、君が嘘をついていない、というのは分かるのだけれど、上の決定だからね、どうしようもなかったんだよ」

 座っていた春樹はゆっくりと立ち上がり、

「いえ、大丈夫です。ああなっちゃったら警戒しない方がおかしいだろうし……」

「ああ、そうだ春樹君」

 とエルネスティーネは笑顔で、

「君がISを動かした事は世界には公表する事はないから」

「え?」

 春樹は驚いた。何故なら男がISを動かした。という事実がどれだけのニュースになるのか計り知れない。世界の常識を翻した人物がここにいるのに何故?

「考えてみろ春樹、ここはドイツ軍だ。この特殊ケース、未知の存在をまずは自分達のために研究したいだろ?」

 この話を聴いた瞬間、春樹は青ざめた。自分が研究材料になる。そのことを考えただけでも不安だった。

「そう心配な顔をしないで、春樹君。私達が何とかするから、ね?」

 エルネスティーネは笑顔でそう言ってくれた。それがなにより春樹の心を安心させてくれた。

「そのための一ヶ月間だ。春樹」

 千冬はそう言って、後ろを向いた。

「だから、お前は安心していろ。お前は私が守る」

 そう言って千冬は立ち去った。そしてエルネスティーネもこっちに微笑みかけ、それから後ろを向いて営倉から出て行った。
 そして春樹は後悔したのだ。今、ラウラの事を聞けばよかった、と。
 春樹は営倉に設置されている固いベッドに腰をかける。

(千冬姉ちゃんとエルネスティーネ隊長がなんとかしてくれる、か……。さて、ラウラの事聞きそびれちゃったけど、大丈夫かな……って過保護すぎかな? アイツは一人でもやっていけるはずだよな、前までのラウラとは違うんだし……)

 ラウラは春樹と会うまでは一人ぼっちだったらしく、人を寄せ付けない感じがあった……らしいが、そんなものは春樹という友達ができてからはそんな感じは見せなくなっていった。
 今となっては周りの人たちと和解して、皆仲良くやっている。そこからは笑いが絶えなかったし、悔しさだって分かち合った。悲しさだって分かち合った。
 だけど、この一ヶ月間はそれに春樹は参加することが出来ない。

(それは……とても寂しいな……)

 春樹はそれにとてつもない寂しさを感じていた。ラウラが心配だし、それでもって寂しさも感じてしまう。
 春樹は感じた。
 ここで一ヶ月間耐え抜いていけるのか、と。



[28590] Episode3 第四章『崩れ去る日常 -Raid-』
Name: 渉◆ca427c7a ID:3799dadf
Date: 2012/10/13 15:06
   1


 葵春樹が営倉に入ってから一ヶ月が経とうとしていた。
 この一ヶ月間は春樹にとって苦痛しかない毎日であった。得にする事もない。何も起こらない。だから時間が無駄に長く感じてしまう。人間にとって何もない事こそが苦痛である。
 それも、もうそろそろ終わる。
 春樹は千冬やエルネスティーネが頑張ってくれたのか、特に身の危険を感じる事は起こらなかった。

(ラウラは……元気にしてたかな?)

 春樹はこのドイツ軍に来てからの初めての友達、同い年の女の子のラウラ・ボーデヴィッヒをずっと心配していた。そういうことぐらいしかする事はなかったのだ。
 そしてこの営倉はある程度の立場の人で無いと立ち入ることができない。無論、ラウラは少尉である。つまり簡単に言えば会社の平社員と変わりないのだ。
 そんな彼女はこの営倉に入ることができない。
 しかし織斑千冬は違った。一応、春樹の保護者兼教導官である為許されている。
 そして所属しているIS配備特殊部隊シュヴァルツェア・ハーゼの隊長エルネスティーネ・アルノルト大佐もこの営倉に立ち入る事が許されていた。
 この三週間、時折その二人が話に来てくれたが、まぁ、そこまで楽しい話題とかはなく、事務連絡がほとんどである。
 そしてこのとき、春樹は思いもよらぬ人物が来てくれることを知らない。


  ◆


 ドイツ軍基地、その門の目の前にある女性が立っていた。
 その姿は青い個性的なワンピースに、頭にはなにやらウサ耳のような機械的なものをつけている。
 その名を篠ノ之束。
 かのISの製作者である。彼女の顔を知らないものはいないだろう。全国ネットで顔が晒されているのだから、インターネットでも彼女の名前を検索すればすぐに顔写真が見れるだろう。たしか彼女は今政府によって保護されているはずであるが――何故ここにいるのだろうか。

「はいは~い、こんにちは。篠ノ之束です!」

 そう言って門兵の人に身分証明になるものを見せ付ける。
 門兵は驚いた。かのIS開発者が目の前にいるのだから。

「えっと……何の御用でしょう?」

「ここに織斑千冬がいるはずなんですけど」

「はい、確かに今はISの部隊の方で教官をやっておりますが……」

 門兵という立場だが、世界的にも有名人であるかのブリュンヒルデである織斑千冬がこの基地で教官をやっているということは、ISに関わっていない人物でも知っている事だ。

「実は、彼女と会うことになっているのですが、連絡を取っていただけますか?」

「はい。しばらくお待ちください」

 そう言って門兵は織斑千冬に連絡を取った。そしてしばらくして……。

「織斑軍曹殿があなたとお話をしたいそうです」

「分かりました~」

 そう言って束は門兵についていき、目の前のモニタに目をやった。そこには千冬が映し出されており、束はなにか懐かしい感じがした。

「やっほ~、久しいね、ちーちゃん!」

『何のようだ、束』

「何の用だって、冷たいね~ちーちゃんは。知ってるんだよ~春樹のこと」

 束のその言葉に千冬は表情をにごらせた。春樹がISを動かした事はこのドイツ軍の人物しか知らない。このことを口外したものは重い処罰をくらう事になっている。一体どうやってその情報を手に入れたのか、不思議でたまらなかった。

「おやおや、何でそのことを知っている? って聞きたそうな顔をしているねぇ~。でも秘密。裏ルートから手に入れた情報だからね」

『なんだ、その裏ルートは? ……まぁいい。で、本当に何の用なんだ?』

「春樹に合わせてくれないかな?」

 千冬はいきなり真面目な口調に引き締まった表情になった束に少しびびっていた。いままでこんな表情を見せるのはほとんどなかった、というか見たことがなかったのである。

『何か知ってるのか?』

「いいや、これから調べるの。天才束さんに任せてもらえれば簡単に分かっちゃうんだから!」

『ふん……待ってろ。そっちに行く』

 通信が切れた。千冬がわざわざこっちに出向いてくれるらしい。
 しばらく経って千冬が束の前に現れた。

「やっほ~、ちーちゃん!」

 と束が叫んで千冬の方へ全力疾走、そして千冬の身体へダイブするが――千冬はその束の体をすらりと華麗にスルー。そのまま束は地面に突っ込んでしまう。
 束は地面にぶつけた自分の顎を撫でながら、

「痛~い! 避けるなんてヒドイ!」

「さっきまでの真剣な表情は何処へ行った? はぁ……春樹に会うんだろ?」

「うん、そうだね。早速行こうか」

 と言って千冬についていった。
 しかしそこで待っていたのは厳重な荷物検査と身体検査。軍の基地に入るのだから当たり前だろう。盗聴器や盗撮機など持っていたら、情報漏洩の恐れもあるし、そこのところは厳重に取り調べなければならない。
 持ち物一つ一つ厳重なチェックが行われれる。
 結局このチェックが終わったのは三時間後であった。


  ◆


 春樹は営倉で暇な時間を過ごしていると、奥の方から足音が聞こえてきた。誰か来る。しかし恐らくは千冬かエルネスティーネだろうと、そう思っていた春樹だったが、その予想は大きく裏切られた。
 なんだかよくわからない人物が自分の目の前まで来たのだ。

「やあやあ、久し振りだねぇ春にゃん!」

 もしかしたら、と春樹は思った。個性的なワンピースとこの奇妙なウサ耳。そしてこのハイテンションな喋り方。間違いない……。

「えっと……束……さん?」

「大正解! みんなのアイドル篠ノ之束だよ!」

 手でピースを作ってそれを目元に持っていくお馴染み(?)のあのポーズを取る束。しかし、誰からの反応が返ってこない束は怒り出した。

「もう! ちょっとくらい反応してくれてもいいんじゃない!? ツッコミぐらい入れてよぉ!」

「えっと……ごめんなさい……」

「まあ、いいや。で、自分がISを使えた理由、わかってる?」

「え、じゃあ束さんは原因を!?」

「いいや、これから調べるんだよ。本当は営倉入りは一ヶ月という期間だったけど、私の力で春樹を解放させたから」

 春樹は今束が言った“私の力”という言葉が気になった。やっぱり、ISの生みの親だからなのだろうか、それとも何か別の要因があるのだろうか? もしくは、金という絶対的な力を使ったのか……まぁ、そういった手段ははっきり言ってどうでもよかった。なによりここから出られたことが一番嬉しかったから。
 とある軍人が鍵を持ってきて牢の鍵を開けて、更には春樹の荷物をも返してくれた。

「さて、調べてみようか。春樹がISを使えた原因を!」

 あいかわらずの高いテンションで春樹の手を握り締め、引っ張っていく。
 そのとき春樹は少しドキッと心臓に若干の痛みを感じたが、なんで自分がそうなったのか、はっきりとは分からなかった。もしかして、自分は……そう思いながらもそんなことはない、と自分のよくわからないその気持ちを否定していた。

「で、束さん。一体何処に?」

 その喋り方には少したどたどしさが見られる。

「ん~とね、まあ、ここの実験室を貸してもらってるんだ。そこに行ってみよう!」

「はぁ、分かりました。ところで、俺の体を解剖……なんてことはないですよね?」

「んなことするわけないじゃん。もっとスマートにするのが私のやり方だよ、春樹」

 そして束はさらに歩くスピードを速めて春樹を引っ張っていった。誰もいないことを確認して廊下を突っ切る。まるで誰かに見られたらマズイような感じだったのを春樹は感じた。


  ◆


 ラウラ・ボーデヴィッヒが廊下を歩いているととある人物が目に入った。それは彼女が待ちに望んだ人物、葵春樹であった。彼はすぐに道を曲がってしまい視界から外れてしまう。
 彼はなにやら女性に手を引かれて何処かに手を引っ張られ、どこかに行こうとしていた。しかもその春樹の手を引っ張っていた女性はこのドイツ軍基地ではあまり見たことがないが、何処かで見たような顔をしていたような気がするが、誰だったか、と考えていた。
 とりあえず追いかけようとして、彼が曲がったところへ走っていくと、そこには……誰もいなかった。一体何処へ行ったのだろうか、ついさっきここを曲がったはずである。しかし目の前には誰もいなかった。
 すると後ろにある女性が立っていた。

「ボーと立って何をしている? ボーデヴィッヒ」

 ラウラが振り返るとそこには織斑千冬が立っていた。

「きょ、教官!」

 慌てて千冬に向かって敬礼をするラウラ。そして千冬も敬礼を返す。

「教官。今、誰かに春樹が引っ張られていくところを見たのですが、何か知っていますか?」

「ん? 春樹だと? 見間違いじゃないのか、春樹はまだ営倉の中だぞ」

「え?」

 ラウラは考えた。今のは何かの見間違いだったのか、しかし、あれは間違いなく春樹の顔であった。そして不思議な格好をした女性と共に移動していたのをはっきりと覚えている。

「春樹は営倉の中だ。わかったか?」

「は、はい……。分かりました……」

 千冬なあまりの鋭い目にラウラは引くしかなかった。

(しかし、あれは間違いなく春樹だった……でも何故このことを隠す? 何かあるのか?)

「では、教官、私はこれから自主訓練に入りますので」

「そうか、あまり無茶はするなよ」

「了解」

 千冬はそのままそこから立ち去り、そしてラウラは……。

(春樹……)

 春樹の事を想い、探る事を決心する。
 彼女にとって春樹という存在は心の支えなのだ。この約一ヶ月間、寂しい思いをしたが、先ほどようやく彼の顔を見ることが出来た。彼が営倉から出たのだ。それだけでも彼女にとっては希望そのものだった。


  ◆


 春樹は気がつけばとある研究室にいた。さっきまで廊下を小走りで進んでいたのに、一瞬でこの研究室に立っていた。隠し部屋だろうか? ていうか、何故隠し部屋がこのドイツ軍基地にあるのだろうか? もしかしたら、元々ここでドイツ軍は春樹の研究をするはずだったのかもしれない。
 そしてそこにはド素人の春樹には全く分からないコンピュータが並んでいる。

「はい、じゃあ春樹、そこ座って~」

 束は春樹に近くにある椅子を指差して座るように要求した。
 春樹は「はい」と答え、何をするのか不安になりながらもその椅子に腰掛ける。すると束が春樹の頭の髪の毛一本をつまんで抜いた。

「痛っ!」

 いきなりの事で春樹は驚いた。しかし束は、

「あ~、失敗した~、もう一本抜くよ」

 と言い出した。
 春樹は一体何なんだ、と束に問うと、髪の毛の根毛の根毛鞘からDNAの鑑定をするらしい。何故こんな事をするのかというと。

「ISのコアはね、人間の遺伝子に反応するんだよ――」

 束から語られる事実、インフィニット・ストラトスは人間の遺伝子に反応するが、何故か女性の遺伝子にしか反応しなかった。その為、男には使うことができない。ということらしいが、それでは春樹がISを動かせる証明には全くならない。
 では何が要因なんだろうか、まさか、春樹には女性の遺伝子が混ざってるとでもいうのだろうか?

「まさか、俺には女性の遺伝子が混ざってる……なんて事は?」

「当たらずとも遠からず、ってとこかな。私も春樹の遺伝子を詳しく調べてみないと分からないけど、きっと春樹の遺伝子には特別な何かがあると踏んでいるんだ」

「特別な……何か、ですか?」

「うんそう、特別な何か。今からそれを調べるから、春樹はこの部屋でゆっくりしてていいからね~」

 そう言って束は春樹の髪の毛をもう一本引き抜いた。今度は上手くいったらしく、満足げな顔をしていた。それから小難しい今まで見たこともないような機械をいじりだす束。春樹は正直全く分からないので、ただじっと待っていた。

(そういえば、ラウラはどうしてるんだろう、なんか営倉から出てきたけど……大丈夫なのか、本当に?)

 春樹はそう思って、久し振りの携帯電話をいじる。とりあえずはニュース等で現在の外の情報を手に入れたかった。
 インターネットでニュースの記事を見て周る春樹。そして、ふと彼は「篠ノ之束」というキーワードでインターネット検索をかけた。
 すると、彼女が行方不明という記事があった。この記事が投稿された時刻はつい最近であり、ごく十分前であった。
 彼女は保護施設を抜け出して、そしてそのまま連絡も取れずに行方不明になったらしい。
 春樹はこの記事を見て、目の前の彼女を凝視した。この記事の当の本人がここにいるのだ。もしかして、この俺のことを調べる為だけに、大事になることを覚悟して来たのだろうか? しかしそれならボディーガードみたいな感じのをつけてここまで来ればいいのに、何故一人でこっそり来たのだろうか、という疑問にぶつかってしまう。
 恐らく、人に見られていては駄目なのだろう。極秘に動きたかった、そういうことになる。では、こんなドイツ軍基地の中でこんな事をしていていいのだろうか、と思ったが、もしかしたら、この訪問でさえ非公式なのだろうとそう思った。

(そうだ、一夏にメールでも送るかな)

 そう思ったときだった、束が解析を完了したらしい。仕方が無いので後でメールをすることにした。

「早いですね。流石は天才束」

「やめなされ、照れるじゃないか~」

「そんな事より結果を」

「そうだね、春樹のDNAには――」

 その時だった、ドイツ軍基地が大きく揺れた。しかも縦揺れであったから、立つ事さえ難しかった。案の定、束も春樹も転んでしまう。
 いったいなんなのか、地震なのか、と心配になる春樹。
 しかしさっきの揺れは地震のものではないことを感じていた。
 そして、外が大変な事になっている事も感じていた。



  2


 ラウラ・ボーデヴィッヒはどうしていいか、わからなくなっていた。
 春樹が何処へ行ったのか、いなくなった通路を探していたところにいきなりの爆発音、そして突然の縦揺れ……。
 これは間違いない、敵の襲撃だ。ラウラはそう思った。

(誰だ、ドイツ軍基地をを襲撃する馬鹿は!)

 彼女はそう思い、IS配備特殊部隊の下へと駆ける。

『緊急事態発生、何者かがこのドイツ軍基地を襲撃、各自配属された隊へ集合せよ』

 というコールがかかる。
 ラウラは走った。
 様々な人が廊下で交差する。
 男、女、誰もがパニックに陥っていた。軍人たるもの、こんなことでパニックになってどうする、とラウラは思っていた。それはドイツ軍の軍人のほとんどがたるんでいた事を示していた。

(くそっ、なんだこれは。こういった事態を速やかに対処する。それがドイツ軍ではないのか!? こんなとき、春樹ならどうしたのだろうか……)

 ラウラはこんなときでも彼のことを想っていた。
 初めて自分に馴れ馴れしく話しかけてきた奴、でもあいつと居て楽しい。
 友達。
 ラウラは初めての感覚だった。自分にISのアドバイスをしてくれたり、一緒に食事を取ってくれたり、笑い話を聞かせてくれたり。
 そんな彼なら、この事態どうしたのだろうか。ISを動かせるという彼なら……。
 そんな感情がめぐる中、皆が集まることになっているブリーフィングルームに到着し、シュヴァルツェア・ハーゼの隊員と合流した。

「ラウラか、これで全員だな」

 IS配備特殊部隊隊長、エルネスティーネ・アルノルト大佐がそこに居た。そして他の皆もここに居る。

「では、現状を説明する。現在、謎のIS二機がこのドイツ軍基地を襲撃、今もこのドイツ軍基地を徘徊している模様。ただちに我がシュヴァルツェア・ハーゼはISを装備し、その目標を無力化する。質問は?」

 ドイツ軍基地が襲撃された。しかも謎のISに。
 しかもこの基地内を動いていると言う事は大型の質量兵器は使用できない。ならどうするか。ISが配備されているこの部隊だけが頼りということになる。
 小型で機動力と火力を持った目標を無力化する一番効率の良い方法はISを使用する他になかった。

「はい、隊長」

「なんだ、ラウラ」

「その目標のISの武装などは分かっているのですか?」

「残念ながらそれは分からない。なので目標と接触した場合、戦闘を行いながら情報を収集するしかない」

「……了解いたしました」

「他に質問は?」

 他の隊員は黙ったままだ。質問はもう無いのだろう。

「ならば各自ISを装備しろ。最小単位は二機(エレメント)だ。そしてラウラ、貴様は私と組むように」

「隊長とですか?」

「不満か?」

「い、いえ……」

 ラウラは正直驚いていた。自分が隊長と組む事になるとは思いもしなかったが、よくよく考えてみればラウラは一ヶ月前にあのような失態をしてしまったのだ。もし何かがあったときの為にフォローできる人物を配属することにしたようだ。
 本当はラウラと共に行動する人物は葵春樹が一番良いと思っていたエルネスティーネだが、彼は今営倉にいる。だからせめて自分がラウラと組んで春樹を回収しようという魂胆だった。
 隊員たちは次々とブリーフィングルームを出て行き、ISを格納しているハンガーへと走る。

「ラウラ、お前と私はまず春樹を回収するぞ」

「え、あの、そのことなのですが……実はさっき春樹がとある女性に連れて行かれるのを目撃したのです」

「何?」

 エルネスティーネは春樹が営倉から出たということは聞いていなかった。春樹が営倉から解放されるのは五日後のはずだったが、何故そんなことが起こっているのかわからなかった。そしてその女性とはいったい誰なのだろうか。

「嘘……のはずがないよな。お前は無駄な事はしないし、ここで嘘を言う理由もない」

「嘘ではありません。あれは間違いなく春樹でした」

「なら一応営倉の方に行ってみるか。ではラウラ、私達もハンガーへ急ぐぞ」

「了解!」

 ラウラとエルネスティーネはブリーフィングルームを出てハンガーへ向かった。
 彼女らはハンガーへと走る。目標の敵と対峙しないように願いながら、先ほどのブリーフフィングルームから100メートル先のハンガーへと。
 ハンガーからは先に出て行った隊員たちが出て行く。エルネスティーネに挨拶してさらに加速する隊員たち。

「私達も急ぐぞ」

「了解」

 エルネスティーネのその声にラウラは更に走るスピードを上げた。
 ハンガーへとついたラウラとエルネスティーネは整備されているシュヴァルツェア・ゲーベルを起動させる。
 無論、これを装備するのはラウラだけであり、エルネスティーネには専用機をがある。
 彼女の専用機の名はシュヴァルツェア・レーゲン(黒い雨)。
 様々な武装を装備した万能機である。
 対ISアーマー用特殊徹甲弾を発射する大口径レールカノンをはじめ、相手を攻撃したり拘束したりする事ができるワイヤーブレードに近接戦闘用のプラズマ手刀がある。
 ラウラはシュヴァルツェア・ゲーベルの最終調整を終え、出撃可能となった。

「よし、準備が出来たようだな。ではまずは営倉の方へ向かう」

「了解!」

 ラウラとエルネスティーネは春樹が居るであろう営倉の方へ向かった。


  ◆


 襲撃した当人である二人は目標を探す為にドイツ軍基地を探索していた。
 その二人が装着しているISは二つとも黒く、顔まで隠されている。両手には剣が握られており、そこからはビームも発射できるようになっていた。

「おい、アベンジャー1」

「なんだ、アベンジャー2」

 アベンジャーと名乗るその二人。恐らくコールサインだろう。
 その二人の声は、変な感じがした。これも恐らく声から人物が特定できないようにする為だろう。 
 誰だか分かってはならない、と言う事は暗部の組織に関係するものであろう。顔や声等々絶対にこういった行動をするときには知られてはいけない。普段の生活に支障が出るからだ。

「本当にここに篠ノ之と例の男が居るのかよ」

 アベンジャー1が問う。そしてそれにアベンジャー2が答えた。

「ああ、間違いないよ。情報収集専門の奴らからの情報だ。篠ノ之束とそのISを動かせる男がそこにいる、とね」

「ふ~ん、じゃあ信じていいんだぁ。篠ノ之束と……織斑一夏がここに居る事」

「信じていいと思うんだけどね、でも織斑一夏が牢にぶち込まれてるっていうから行ってみたけど、もうそこは誰も居なかったしね……情報収集する奴を疑うよ全く」

「でも、もしかして篠ノ之束がそいつを既に牢から連れ出していたとしたら……」

「それなら、見つけ出して二人とも殺すまでだよ」

「そうだよな。アハハハハ!」

 アベンジャー1が高笑いしてISを加速させてドイツ軍基地の廊下を凄いスピードで駆けていく、アベンジャー2もそれに続いて後ろについていった。


  ◆


 春樹は束と共に隠し部屋の中で身を隠していた。

「束さん、これって……」

「…………」

「束さん?」

 正直束は焦っていた。もしかしたらこれは自分を狙う奴らの襲撃なのかもしれないと。
 やはり何だかんだ言って篠ノ之束はISを開発した歴史に名が残るであろう人物であり、ISのコアの製造方法を知っているのは彼女だけなのである。
 そして、命を狙われる可能性も無きにしも非ずなのである。

「春樹……私の側に……いてくれる?」

「え?」

「お願い……。私の側にいて」

「は、はい……」

 春樹は突然の束の要求に戸惑った。そんな事をわざわざ言わずとも側にいるつもりであったが、本人から直々にそう言われるとなんだか変な気持ちになってしまう。
 しかし、束の顔は不安と恐怖でいっぱいであった。
 このとき、春樹は唯一つ、このときに決めた事があった。
 篠ノ之束を守り通す、何があっても、何が来ようとも、彼女を守る。他の事なんて関係ない。今は束を守ることだけを考えることにした。
 外からは何やらISが飛び交う音がかすかに聞こえてくる。IS部隊が動いたのか、もしくはこのあたりを敵がISに乗って徘徊しているのだろう。
 こうなったならば敵の襲撃があったのは間違いないだろう。束が怯える理由もこれで良く分かった春樹であった。
 しかし、春樹はこれ以上何をすれば良いのかも分からなかった。
 とりあえず束とここに身を隠して、外の騒ぎが収まるのを待つしかないだろうと、そういう判断を下したのだ。

「束さん、安心して。俺がここに居るから」

「うん、ありがとう春樹」

 すると束が春樹に身を寄せてきた。ドキッとする春樹であったが、束の怯えた顔を見るとそんな感情など起きるはずもなかった。
 そんな束を見てつい抱きしめてしまう春樹。

「大丈夫、どんな事が起ころうとも……俺は……」

「春樹……」

 束は春樹の胸に顔をうずくめる。この数ヶ月、軍で鍛え上げられたその胸筋はとても逞しく、そして春樹がとても強く感じられ、束は凄く安心できた。
 しかし、その安心は長く続く事はなかった。
 いきなりの爆音と爆風に身を縮める二人、そして入り口の方には……。

「みぃつけたぁ……!」

 漆黒の鎧に二つの剣、ISを身に着けた人が一人居た。

「こちらアベンジャー1よりアベンジャー2へ、目標の二人を発見、位置を確認次第こっちに向かってくれ」

『アベンジャー2了解』

 そしてそのアベンジャー1と名乗ったその顔まであるISを身につけた人はこちらへISの機械音を鳴らしながらゆっくりと近づいてくる。

「さぁてぇ、お前ら二人とも殺す……あぁん? はぁ? 誰だよコイツ、織斑一夏じゃねぇじゃん」

 篠ノ之束と葵春樹の二人は“織斑一夏”に反応した。彼がこの謎のISを装備した奴らに何か関係があるのだろうか? 何故彼を殺そうとする? と考えたが、目の前のこの状況をどうするかが問題である。

「まぁいいや、そこのお前がなんで篠ノ之束といるか知らないけど、一緒に死んでもらうわぁ、アハハハハ!」

 そう言って黒いISがこっちに突っ込んでくる、もう駄目だ、ここで死ぬ、そう確信した二人だった。

(終わりだな……ごめん、束さん、一夏、千冬姉ちゃん、ラウラ……)

 が、しかし目の前の黒いISは気がつけば横に吹き飛び、目の前には束と春樹の二人が良く知るIS……その名も暮桜(くれざくら)。
 彼女が雪片を握って立っていた。

「大丈夫か、束、春樹」

 あまりにも突然な事で言葉を出せない二人、ただ頭を縦に振りその質問を肯定する。

「てめぇ……確か織斑千冬だったな、こうなったら仕方が無い。お前も殺す!」

「ふん、やれるものならやってみろ」

 狭いこの研究室で二つのISが動き出す。
 千冬は素早い踏み込みで相手を切ろうとするが、黒いISは軽々それを避ける。もう一度斬り込み、更にもう一回斬り込む。
 しかし、相手はこの連続の斬り込みを避け続け、今度はこっちの番だとも言うように二つの剣を降る。
 その剣筋は千冬にも引けを取らないものであった。鋭く、正確な一閃。千冬はその攻撃には防御の姿勢を取って身を守ることしかできなかった。

「どうしたぁ? お前はあのブリュンヒルデだろォ? こんなもんかよ、アハハハハ!」

 黒いISに乗っている奴は余裕な感じを出して喋っている。まるで織斑千冬をからかうかのような動きで攻撃、本気はまだまだ出していないぞ、とも言いたげな感じで斬ってくる。
 相手は顔を隠しているので表情までは千冬にまで伝わらないが、それでも喋り方であきらかに千冬を馬鹿にしていることがわかった。

「くっ……春樹、束、私がコイツの相手をする。お前らは逃げろ」

「でも千冬姉ちゃん――」

「逃げろと言っている! これは命令だ、教官としてのな……」

 春樹はその言葉で立ち上がり、研究室から春樹と束は出ようと出口へ走る。

「お前ェら待ちやがれ!」

 謎の黒いISは逃げる二人に向けて、剣の先についている銃口を向けたが、風を切るような音がしたと思った瞬間、その剣は真っ二つになっていた。
 逃亡を阻止する為の攻撃を防がれた為、春樹と束の二人はここから逃げ出すことに成功した。

「てめェ……」

「ふん……余所見をしている場合か? お前の相手はこの私だ!」

 千冬は零落白夜を起動させていた。雪片にはエネルギーの刃になっており、そのおかげでその剣の鋭さは何十倍にも増していた。
 しかしこの攻撃には弱点がある。
 この零落白夜はISを動かすための稼動エネルギーを使用する。その使用量は十秒で一般的なISの稼動エネルギー量の五分の一を持っていく。
 つまり、ゲームのように必殺技を乱発する事はできないのである。
 千冬は素早く零落白夜を解除してここぞというときの為に稼動エネルギーを温存する。

「アハハハハ! やっぱりその零落白夜は弱点が多すぎる欠陥品のワンオフ・アビリティーてかァ?」

「言ってろカスがっ……私はこれで世界一になった」

「それは世界の代表選手がそれこそカス揃いだったって事だろ?」

「なら、何故お前はそれだけの力を持って代表選手にならない?」

「こんな事する奴が教えるとでも?」

「思ってないさ、期待はしてない」

 二人はまた動き出して斬りあう、黒いISは先ほど二つの剣の内一本は先ほどの零落白夜の一閃で駄目になってしまった為に一本での戦闘になった。
 二人が激しく切りあいが続くが、千冬はじりじりと押されていた。世界一に輝いた織斑千冬が謎の黒いISに、しかも剣術で押されているということは誰かが見ていれば驚愕の事実だろう。だが、この戦闘を見ている者など誰一人と居なかった。

(春樹、束……生き残れよ。私もコイツを倒してすぐに追いつく)

 千冬はそう思って零落白夜を起動させて黒いISに斬りかかった。


  ◆


 ラウラ・ボーデヴィッヒとエルネスティーネ・アルノルトは営倉の中にいた。
 営倉の中にいるはずの葵春樹を回収する為だ。
 しかしそこには春樹は居なかった。なにやらISが暴れまわった痕跡が残されており、ラウラとエルネスティーネは最悪の事態も想像していた。

「隊長……これは……」

「もしかしたら、ラウラが見たその春樹は間違いなく本人だった……ということがほぼ確定したことになるな」

「はい。では春樹は何処へ行ったのでしょう?」

「…………なら、ラウラが言っていたその廊下のところまで行ってみるか。何か分かるかもしれない」

「了解」

 ラウラとエルネスティーネは営倉から廊下へと移動して春樹が消えた廊下へと向かった。
 二人のISは凄いスピードを出しながら狭い廊下を右へ左へと曲がっていく。やはりこの旋回性能とこの加速力、最高速度など、機動性能だけでもやはり現状の兵器の中でもトップクラスの実力を持つ。やはり、このISという兵器は世の中の兵器の常識を全て覆したものである事が改めて感じられる。
 そして量子化による様々な装備の複数所持が可能。これが反則と言わずなんと言うだろう。
 それを使って現在このドイツ軍が襲撃を受けている。しかもたった二機のISに。
 ISを倒せるのはISだけ、と言われているが……あながち間違いではない。機動力と火力、そして距離を選ばない装備を持つことが出来るISが万能に機能するからだ。
 ラウラとエルネスティーネは自分が今操っているISと襲撃者が操っているISに差はない。まったく同じものである。
 ISというものはやはり危険でしっかりと管理しなければ最悪、世界征服などという漫画だけにしかないような事も不可能ではないと思ってしまう二人。

「目標の位置まで後一〇〇メートル」

「了解」

 エルネスティーネはISにより表示されたドイツ軍基地のマップを確認してラウラに伝える。ここから一直線で残り一〇〇メートル。
 二人はさらにISを加速させてそこまで突っ切る。残り二〇メートルといったところでブレーキをかける二人。
 止まると同時に右に曲がり、身を隠す。ここから左に曲がり真っ直ぐ進めば目標の位置である。

「ラウラ、準備はいいか?」

「大丈夫です。行けます」

「じゃあ行くぞ。カウント……五、四、三、二、一――」

 武器を構えて二人は左に曲がる。すると見覚えのない部屋があった、しかもドアらしきものがない。見てみるとドアが吹き飛ばされていた。
 その部屋にはもう誰もいない。

「こんな部屋があったなんて……隊長はご存知でありましたか?」

「いいえ、私もこんな部屋を見たことがない。なんでこんな部屋が……」

「隠れて何かを調べる為……でしょうか?」

 ラウラのその発言にエルネスティーネは寒気を感じた。思い当たる節がいくつかある。まずはISを動かした春樹の事と、ラウラたちのことなどだろう。

「……とりあえず中を調べるよ」

「了解」

 ラウラはエルネスティーネの少し変な間を気にしたが、今はこの場所を調べる事が最優先だ。
 二人は誰もいない部屋の中へと入る。そこはなにやら戦闘したような後がある。そして敵の武器らしい壊れたものが落ちていた。
これはISの武器なのかと手に取ってみると、確かにそれはISの武器だった。剣の先が綺麗に切れており、真っ二つになっていた。
 あまりにも綺麗に折れていた為、これは何かしらのISの武器によって切断されたと予想する二人。
 と、いうことはこの場所で戦闘が行われていたと言う事だ。なら戦闘を行った人は何処へ行ったのか……。
 そして、恐らくここにいたであろう春樹は何処へ行ったのか……。

「隊長……」

「そうだなラウラ少尉、春樹は今、敵から逃げている可能性が高い」

「どうします? 探しますか?」

「そうだな、もし敵から逃げているなら、早く見つけ出して保護しないと」

「なら……」

「ああ。ではこれより葵春樹を保護する為に行動する」

「了解しました」

 二人は隠し部屋から出て行き、春樹を探す為にISのハイパーセンサーの反応を頼りに春樹を探す事にした。


  ◆


 春樹と束は廊下を走り続けていた。
 春樹はいままで体を鍛えてきたし、元々体力には自信があったので特に問題はないのだが、束はあまり運動は得意ではないのか息が切れている。
 しかしここで足を止めて休んでいる暇はない。少しでも遠くまで逃げる事が最優先である。一歩でも遠くへ奴から逃げる。
 しかしこれは相手が何人いるのかということを考慮していない危険な行為であったが、春樹はこれに気がついていなかった。

(早く……もっとだ。奴から少しでも遠くへ逃げないと……)

 息一つも切らさず走る春樹であったが、息をゼェゼェ切らせている束は春樹に要求した。

「待って、春樹……もう私……はぁはぁ……体力が……」

 春樹は後ろを向いてみると束が息を切らせて汗をかいていた。ヤバイと思った春樹は近くの部屋を見つけてそこに身を隠すことにした。
 束の手を引き、近くの部屋の中に入る春樹と束。ドアをロックして座り込む二人。

「ごめんなさい束さん……あなたの事をちゃんと考えていなかった」

「いや……いいよ。こちらこそごめんね、こんな事に巻き込んで……」

「え?」

「だってアイツ言ってたでしょ、篠ノ之束を殺すって」

 春樹はその束の発言を聞いて黙り込んでしまう。
 そうだ、束は今命を狙われている。
 何故かはわからないけど一夏も命を狙われている。
 今アイツは家で一人だ。でもドイツの人が一応監視をしているから何とかなっていると思うが、しかし今回のドイツ軍の襲撃……。たった数人の監視の中、先ほどの千冬並みの強さを持った奴が来たら、一夏はどうなるのだろうか。
 一夏が無事な事を祈る春樹、そしてさっき分かれた千冬はどうなったのか、非常に気になる。千冬は無事なのか気になってしまい落ち着けない。

「春樹……。大丈夫だよ、ちーちゃんならアイツをきっと倒してくれる。きっとね」

「そんな保障が何処にあるっていうんですか!?」

 つい春樹は束に向かって叫んでしまった。明らかにあの戦いは千冬がじいじりと押されていたのだ。あのまま戦えば千冬は負ける。そしたらどうなる?
 答えは死だ。
 あれだけの事をしでかす奴だ、戦った相手を殺さないわけがない。そこから自分のISの情報が漏洩する可能性があるからだ。だから自分と戦った相手を殺さないわけはないはずである。
 そして春樹は、怒鳴ってしまった事を反省していた。こんな時に……命を狙われている当の本人に向かって怒鳴り散らすなど最低だ。

「あ…………。ごめんなさい、怒鳴ってしまって……」

「ううん、こっちこそごめんね、根拠のない事言っちゃって……」

 少しの間が生まれる。そして二人は静かに笑い出した。

「束さんとこんな風に話すことってなかったですよね」

「ふふ、そうだねー。春樹は正直あんまり好きじゃなかったんだ。私達とちーちゃん達の間にいきなり割り込んできたよそ者だったからね、あの頃は」

「そうですね。そこは否定できません」

「でも、私は……今なら春樹の事認めれるかも」

「そうですか?」

 二人がリラックスしきっていたところに、春樹と束の前にうっすらと大きな影が生まれた。
 二人は驚いて後ろを振り向くと、先ほどとはまた形がちがう黒いISがあった。

「見つけた。こちらアベンジャー2、目標を発見」

『アベンジャー1了解』

 春樹は驚愕した、そして束も……。
 今かすかに「アベンジャー1」とそう聞こえた。
 なら、織斑千冬はどうしたのだろう。さっきまでその「アベンジャー1」という奴と戦っていたはずだ。
 しかし、今はもう大丈夫だ、と言わんばかりの余裕の返事。もしかしたら、織斑千冬はやられてしまったのかもしれない。
 そんな思考が頭をめぐる中、銃口をこちらに向けて放とうとしている黒いIS。

「じゃあね、さようなら……」

 アベンジャー2は銃口を二人の方へ向けてビームを放つ、春樹は束を抱き寄せてそれを間一髪でかわす。

「へぇ~、中々やるねアンタ。篠ノ之束を庇いながらそれがいつまで続くかな?」

 もう一回ビームを放った。それを春樹は束を抱き寄せながらそれをかわす。

(この余裕、アイツ遊んでやがる……)

 春樹はその射撃が本気ではない事を悟った。明らかに銃口を向けてから発射するまでの間が長いのである。それは避ける時間を作ってあげているみたいであった。

「さて、遊びはこれ位にして……そろそろ本気で殺しに行きますか……」

 その黒いISは顔まで隠れていて表情は分からない。けども、笑っている表情が安易に想像できた。楽しそうに二人に近づいてくる。
 そして、剣を振りかざし、二人は横に真っ二つに――なるはずだった。
 目の前にはもう一つの黒い機体がそこにあった。しかしこれは味方なのだとすぐ分かった。何故なら自分達を庇って攻撃を防いでくれていたからであり、そしてその顔は見慣れた人物であったからである。

「危なかったね、春樹。それと……もしかして篠ノ之束さん?」

 そこにいたのはエルネスティーネ・アルノルトである。彼女のシュヴァルツェア・レーゲンのプラズマ手刀で相手の剣を受け止めていた。
 そしてエルネスティーネの質問に「はい」と答える束。

(また他人に助けられたのか……束さんを守るとか言っておきながら……俺は……)

 春樹は自分の誓いも守れないような自身に腹が立っていた。
 ISを操縦できる自分だが、その肝心なISが近くにない。もしISがあったとしてもまともに使用したことがないから、束を守れるかどうかも分からない。
 役立たずな自分だな、と春樹は絶望した。
 エルネスティーネは相手の攻撃を受け止めながら、

「まさか、篠ノ之束がここに来ていたとはね。ラウラ!」

「は!」

「春樹と篠ノ之束様を保護していろ。コイツは私がくい止める」

「了解!」

 ラウラはシュヴァツツェア・ゲーベルに乗っており、春樹と束に近づいた。

「大丈夫か春樹、それに篠ノ之束さんも」

「ああ、ラウラ」

「はい、大丈夫です。春樹が守ってくれましたから」

 二人はラウラの後ろへ行き、ラウラのISに身を隠す。
 そしてエルネスティーネはアベンジャー2と戦っている。しかし、この狭い空間で戦うにはシュヴァルツェア・レーゲンは不利すぎる。もっと広い空間でないと武器を有効活用できないからだ。ここで使用出来る物といえばプラズマ手刀ぐらいである。『イヤーブレードなどこんな狭い場所で使用することなど不可能であるが、相手は違う。メイン武器が剣であり、小回りが利く短刀である。そのことからこういった狭い場所では非常に有利である。
 相手もこういった場所での戦闘になるからこういった装備にしているのだろう。やはり場所によって装備を換えるのも重要である。
 エルネスティーネとラウラ。その相手に黒いIS、コールサイン「アベンジャー2」。
 この三人がこの狭い部屋で戦っている。
 ラウラはキャノン砲を使った砲台的な役割、そしてエルネスティーネはプラズマ手刀を使った近接戦闘で戦っている。

「ふふふ、あなたの装備じゃ、こんな狭い場所では不利だろうに」

「でも、二対一のこの状況ではそんな事を言ってる場合か?」

「何を言ってるの? 私達は二人なんだよ?」

 その瞬間だった。もう一機の黒いISがエルネスティーネのISを切り裂く。

「アハハハハ! 何油断してるんだよコイツは。軍人だろ? ISの部隊の隊長なんだろ? アハハハハ!」

 そこで高笑いしていたのはアベンジャー1だった。
 エルネスティーネは吹き飛び、壁に衝突。あまりの衝撃に口から血を吐き出し、そしてISが解除されていた。
 ラウラは言葉を失っていた。たった一撃、たった一撃でシュヴァルツェア・レーゲンのシールドエネルギーを〇にしたのだ。
 ありえなかった。いったいどんな装備なんだ、とそう思ったラウラはエルネスティーネの方を見る。
 口から血を吐き出し、さらに体の方も血まみれ、そして何より見た目では分からないが骨の方までその衝撃は伝わっており、折れているらしい。

「隊長!」

 ラウラは驚きのあまり隊長の方へ駆け寄る。ショックのあまり涙を流し、妙にかん高い声になっていた。

「あらら、そこのちっこいの。守るべき対象を間違えてるんじゃないのかなァ?」

 アベンジャー1は馬鹿にしたようにラウラに話しかける。
 ラウラはしまった、と思った。
 軍人らしからぬ今の行動。ラウラは自分の今の失態に心を痛める。
 そして、アベンジャー1は春樹と束に襲い掛かった。
 そのときである。またアベンジャー1は横に吹き飛んだ。まるで先ほどの隠し部屋のときのように。

「おやおや、また同じようにやられたな。お前には学習能力というものはないのか」

 そこに立っていたのは織斑千冬だった。雪片を握りながら敵の二人に語りかける。

「お前ら、私の大切な人に手を出すとはな……。覚悟はできているか?」

「て、てめぇ……見失ったと思ったらこんな所にまた出てきやがって。殺す。ぜってェに殺してやる」

 アベンジャー1は立ち上がるなり興奮状態でそう言った。

「殺す、か……さて、お前に私を殺せるか? 今の私は機嫌が悪い」

「アハハハハ! 言ってろ逃げた雑魚がッ」

 アベンジャー1とアベンジャー2が並ぶ。そしてそれに立ち向かおうとしているのは織斑千冬ただ一人。
 この三人が戦いを始めた。アベンジャーの二人は春樹と束を殺す為。織斑千冬はその二人を守る為に。
 そして春樹と束、ラウラはエルネスティーネの近くに駆け寄った。

「ラウラ……ハァハァ……私、もう駄目かも」

 壁に頭を強く打ち付けたエルネスティーネは非常に危ない状態になっていた。
 しかしISには絶対防御というものがあり、操縦者の身は守られるシステムがあるはずなのに、エルネスティーネは今瀕死状態にあった。
 束はこの状態がいったい何なのか理解できなかった。自分が開発したインフィニット・ストラトスを超えるそれをあいつらは造ったのだろうか、絶対防御なんてものが無力と化すそれを。

「ラウラ……私のこのシュヴァルツェア・レーゲンを使ってくれないか? 私はもうそんなに長くはない。だから、次期隊長はお前にするよ。異論は認めない。私が認めたIS乗りだからな」

「ですが……!」

「ああ、大丈夫。シールドエネルギーは予備のエネルギーパックで補給されてあるから。問題なく今使えるよ」

「いえ、そんなことではなく……」

 段々と声が弱くなっていくエルネスティーネ。ラウラの口元に人差し指を持って行き、喋るな、と目で伝えた。
 そして足についているシュヴァルツェア・レーゲンの待機状態である黒いレッグバンドを取り外し、ラウラに授けた。

「後は、よろしく頼むよ。……もう休んでいいかな? 結構この状態を保つのは辛いんだよ」

 ラウラは唇を噛み締め、そして顔を上げて敬礼をした。

「エルネスティーネ・アルノルト大佐……お世話になりました……!」

「うん、ラウラ。春樹と仲良くね。せっかくの同い年のお友達なんだから」

 エルネスティーネはそう言って……静かに目を閉じた。

「「隊長!」」

 春樹とラウラは揃ってそう叫んだ。しかしエルネスティーネから反応がない。このことが何を示しているのか……。春樹とラウラ、そしてそこにいた篠ノ之束も十二分に理解していた。
 篠ノ之束はショックを受けた。ISで人が死ぬ。このことを目の前で体験してしまったのだ。束にとってISはいうなれば自分の子供のようなもの。それによって人が死んだ。このことが何よりショックだった。
 そして、そのISを使いこのような事をしでかす奴らを許せなかった。今千冬が戦っている。黒いISの奴らが。
 しかし今の自分には奴らと戦えるだけの力がなかった。今頼れるのは、織斑千冬とラウラ・ボーデヴィッヒという眼帯の子だけである。

「ラウラ、その量産機、俺に使わせてくれ」

「何?」

「ラウラはその隊長からのISを使うんだろ? なら、今使っているISを俺に使わせてくれ。頼む!」

「しかし、春樹。お前はISをマトモに動かした事がないのだろう?」

「……そうだ、否定しない。でも、俺は束さんを守ると決めた。どんなことがあろうとも、絶対に。だから、お前がそれでも駄目というのなら、俺は無理やりにでもお前のその量産機を使わせてもらう」

 ラウラは目を閉じて、「ふ……」と笑った。

「仕方が無いな。ならシュヴァルツェア・ハーゼの隊長、ラウラ・ボーデヴィッヒが春樹にシュヴァルツェア・ゲーベルの使用許可を出す」

「ありがとう……ございます。ラウラ……隊長殿!」

 ラウラはISから降りて、隊長から授かったレッグバンドを身に着けた。そしてISを起動させた。
 新しいユーザー登録など、正式に使えるように再設定し直すラウラ。そして春樹もシュヴァルツェア・ゲーベルの設定をする。
 千冬もその光景をチラッと見て、微笑んだ。ついにこの二人の本気が来ると思ったからだ。
 設定はものの三○秒程度で終わる。そして、そこに立っていたのはシュヴァルツェア・レーゲンを身に纏ったラウラとシュヴァルツェア・ゲーベルを身に纏った春樹だった。
 しかし春樹はISスーツを着ていない為、操縦性は悪くなってしまうが、そんなこともお構いなしに春樹はISを扱う。

「いくぞ、春樹!」

「ああ、ラウラ隊長!」

 ラウラと春樹は千冬の横に並んだ。これで三対二、数ではこちらが有利になったが、問題はそのISの強さにある。相手は専用機のシールドエネルギーを一撃で〇に出来るほどのふざけた攻撃力を持っている。
 奴らの攻撃の前にはシールドエネルギーの量のなど関係ない。一撃でも攻撃が当たればそれこそひとたまりもない。先ほどのエルネスティーネ大佐のように死を迎えることになる。

「お前ェ……お前もISを動かす事が出来るのかよォ!」

「どういうことだ?」

 春樹はアベンジャー1の言葉を理解できなかった。お(・)前(・)も(・)と奴は言った。なら奴が言った言葉と組み合わせてみる。
 確か奴らは篠ノ之束と織斑一夏を殺す任務を任されているらしい。なら、そのお(・)前(・)も(・)というのは一夏もISを動かせる、ということになるのではないのか? そう考えた春樹。

「なら、本当にお前を殺さないといけなくなったな」

 春樹の質問を無視し、アベンジャー2は春樹を殺すと言った。
 春樹は素早く束の近くに行き、束を守る状態になる。

「束さん、待ってて。こいつらを撃退するから」

 春樹はそう言って二人にナイフを持って立ち向かった。
 敵の攻撃を縫うようにかわし、攻撃を入れる春樹。かわされはするものの、春樹は物凄く相手を押していた。

(なんだよ、これ……相手の動きが見える。どうすればいいのか分かるし、自然と体も動く……)

 春樹は自分の動きに驚いていた。ISのおかげなのか分からないが、体は自由自在に動くし、何をすれば、どういったアクションを起こせばいいのか即座に分かる。そして体は思ったとおりに動いてくれる。
 イメージできる。何をすればいいのか、どう動けばいいのか。
 頭の中の雑念が消える。
 頭の中がクリアになる。
 相手の動きが良く見える。

「なんだ、コイツはァ!?」

「コイツも、我らと同じ?」

 アベンジャーの二人はよくわからないことを話していたが、春樹はそんなことも気にせずナイフで奴らを刺そうする。
 そしてキャノン砲で奴らを砲撃する。
 着実に相手のシールドエネルギーを削っていく。
 そんな戦闘に千冬とラウラは眺めているだけだった。
 何故彼女らは春樹の助けに入らないのか、それはあまりにもレベルが高すぎて自分が入ったところで足手まといなる可能性が高いからだ。
 それは千冬でさえそう思ったのだ。自分の武器は雪片という剣が一本のみ、これで近接戦闘に割り込んだところでこのあまりの戦闘スピードには追いつく自信はなかった。
 だから、束の保護をする事にしたのだ。

(春樹……お前はいったい……なんなんだ?)

 千冬はそう思った。
 そしてラウラはワイヤーブレードにより相手を拘束するそのワンチャンスを窺っていた。
 左右からの剣をかわし、キャノン砲をアベンジャー1に打ち込む春樹。

「なんだ、何なんだよォ! その強さはァ!」

 春樹は黙ったまま、アベンジャー1は吼える。
 アベンジャー2による後ろからの射撃もかわし、キャノン砲』を発射する。
 アベンジャー1は剣を春樹に向かって振り下ろしたが、キックによりその剣を弾き飛ばされる。
 そして――

「今だ! 春樹!」

 ラウラは叫びワイヤーブレードを発射、アベンジャー2の両手両足を拘束。そこにキャノン砲を撃ち込んで撃ち込んで撃ちこみまくる春樹。
 一気にシールドエネルギーを削られ、後方に吹き飛ぶアベンジャー2、そして、千冬による零落白夜で止めを刺されるアベンジャー2であった。シールドエネルギーは間違いなく〇になった。

「最大出力の零落白夜だ。下手をしたら命も危険に晒される危険な攻撃だが、お前らを無力化するにはこうするしかなかったと思ってな」

 アベンジャー2は動かない。
 そしてアベンジャー1はこれは非常にまずい状態になった、と感じた。いや、これは間違いなく非常にまずい状態なのである。だって、三対一という状態は弾幕を張られてしまえばたちまち蜂の巣になってしまうからだ。

「ちぃ……ッ!!こちらアベンジャー1、作戦続行不可能。これより帰還する」

 そう言ってアベンジャー1はとても大きなハンマーを持って床を叩き割った。そこには大きな空洞がある。
 失敗したときのために逃走経路を準備していたのだろう。こうなっては追いかけるのは無謀な事なのである。

「やったのか?」

 ラウラはそう呟く。

「ああ、目標は一体を拘束、もう一体は逃走させてしまった」

 そして束は、春樹の事をずっと見つめていた。

(春樹……やっぱり君は――)

 束はそう思ったが、あまりの疲労感に襲われその場に倒れてしまった。

「っ!? 束さん!!」

 春樹は驚いてISから飛び降りて束の下へ駆け寄ったが、ISから降りた瞬間、春樹もとてつもない疲労感に襲われてしまう。これだけの緊張感を持った逃走と戦闘。これだけの事があればそうなってしまうのも仕方が無いだろう。
 この二人は二回も敵に見つかり死にかけたのだ。そのたびに誰かかしらに助けてもらっていた。この二人は凄く運が良かったのだ。下手をしていたら死んでいた。
 その現実を直面する春樹。
 そして、春樹はその場に倒れてしまった。ラウラや千冬に何か話しかけられたような気がするが、それが春樹に届く事はなかった。



[28590] Episode3 終 章『覚悟と決意 -To_The_Future-』
Name: 渉◆ca427c7a ID:3799dadf
Date: 2012/10/13 15:08
 葵春樹は目を覚ます。いったい自分は何所にいるのだろうかと、辺りを見回した結果、そこはドイツ軍の医務室だと分かった。

「起きたか、春樹」

 そこにいたのは織斑千冬とラウラ・ボーデヴィッヒであった。そして隣のベッドには篠ノ之束が寝ていた。そして他のいくつかのベッドにも見慣れたIS部隊のメンバーが寝ていた。
 体の全体がだるく、そして痛むのを我慢しながら身を起こす。

「俺は……結局どうなったんですか?」

 千冬が春樹の質問に答えた。

「今回の襲撃でドイツ軍基地が半壊、シュヴァルツェア・ハーゼの隊員も二人死んだ。しかし、守るべき対象は守りきったんだ。そこは誇って良いと思うぞ」

「そうですね、この任務で散っていった仲間達には笑顔で感謝しないといけませんね……」

「そうだな」

 春樹はここで泣いて悔やんでもしょうがないと思い、前向きに考える事にした。
 今回のこの襲撃は誰のせいでもない。しいて言うなら襲撃してきたあいつ等のせいだ。
 だけども引っ掛かる事がいくつかある。
 自分はあの戦闘の後、意識を失い、気が付けばこの医務室で寝ていた。
 あの戦闘では一人は身動きできない状態に持って行けたのだが、もう一人、アベンジャー1と名乗っていた人物の行方を春樹は知らなかった。

「そういえば、奴らの内一人は捕まえる事ができたんですよね? 何か分かりましたか?」

「……それがな。自爆した」

「え?」

「奴の体とISものとも爆発して跡形もなく吹き飛んだんだ」

「情報漏洩を防ぐ為、ですかね?」

「おそらくな。暗部組織かなんかだろう。手がかりも、奴らの目的も分からないままになってしまった」

 アベンジャーと名乗った二人……奴らの目的はなんだったのか。篠ノ之束や織斑一夏、そして葵春樹を殺してなんになるのだろうか。
 春樹は考えた結果、もしかしたら俺がISを動かせることに関係があるのだろうと考えた。そして奴らの話からすれば一夏もISを動かせるのかもしれなかった。
 すると束も目を覚ました。
 彼女は目をこすってあくびをしながら身体を伸ばす。

「ん~っ、……あ、ちーちゃん、春樹……」

「束か、起きたんだな」

「うん。なんか……ごめんね。特に春樹には沢山助けてもらっちゃった。ありがとうね、春樹」

「え、あ……はい。大丈夫ですよ」

 素直に感謝されるとなんだか恥かしくなってしまった春樹、そして自分は束のために何をしたんだろうか、と思った。
 そして、もう一つ。彼の中で何より引っ掛かっていたことだ。
 それを聞くために、彼女を呼びかける。

「ラウラ……」

「なんだ? 春樹」

「いや、これからお前は隊を引っ張っていく事になるだろうけど……大丈夫か?」

「大丈夫だ、問題ない」

「千冬姉ちゃん、ラウラの奴、こんなこと言ってますけど」

「ま、お前が一人前になるまで私が扱いてやるからな、訓練が再開したら覚悟しておけよ?」

 千冬は少し鼻で笑いながら言った。

「は。了解いたしました、教官」

 春樹は相変わらずのラウラを見て笑う。つい先ほどみんなの隊長だったエルネスティーネ・アルノルトは死んだ。そして次期隊長がラウラになり専用機を受け取ったのだ、シュヴァルツェア・レーゲンを。
 隊長を任せられるとは生半可な気持ちでは務まらない。だが、ラウラなら隊員を引っ張っていくと言う責任を背負っても大丈夫だろう。
 専用機を持つ。これは力の使い方を間違えた者に与えた場合はいろんな人を悲しませる。現段階で最強とうたわれる兵器なのだ。一歩間違えれば、世界を滅ぼしかねないほどの性能を持っている。

「ところでちーちゃん」

「なんだ、束」

「これから春樹と二人きりで話したいんだ。ちょっと二人で出て行ってもいいかな?」

「二人でか? そうだな、今IS部隊のブリーフィングルームが空いている。あそこは何の被害にもあってないからそこに行け」

「ありがと、ちーちゃん」

 束は笑顔で千冬にお礼を言って、そして春樹の手をつかんだ。

「さ、行こうか春樹」

「あ、はい」

 引っ張られるように医務室から出て行く二人。そしてそこに残ったラウラと千冬は顔を合わせるなり、ラウラから千冬に話しかけた。

「教官、一つ聞きたいことが」

「何だ?」

「教官は……何故あれほど強いのですか?」

 ラウラは襲撃してきたあの黒いISと対峙したときの千冬の戦闘が頭から離れなかった。
 あの時はエルネスティーネの方に集中していたのだが、しっかりと千冬の戦いも目に焼き尽くしていた。
 大佐ですら一瞬でやられてしまったのに、千冬は奴らと対等に戦っていたし、あの時は二対一であったのだ。しかも束や春樹、そしてラウラを守りながらの戦闘だった。
 ラウラはワイヤーブレードを一回使用するだけで精一杯だったのだ。あのときの春樹、そして千冬の戦闘は頭から離れる事はなかった。

「そうだな、私には弟がいる」

「春樹ですか?」

「いや、確かに彼も大切だがな。私の実の弟だよ」

「確か、織斑一夏……でしたよね?」

「そうだな、私は実の弟が凄く大事だ。色々とあってな、最初は一夏と二人で暮らしていた。春樹が私達と一緒に暮らすようになったのは一夏が小学生になったときの事だったな。春樹には悪いが、私にとって一夏はたった一人の血の繋がった家族なんだ。だから、一夏を守る為、そして強くするために私は強くなった」

 千冬が語っている姿は微笑んでいて、とても優しく感じた。ラウラには千冬のこのような表情は見たことがなかった。
 いままで千冬を尊敬してふれあってきたが、このような表情になった事はなかった。はじめて見る千冬に戸惑いを感じるラウラ。
 そして、いままで感じたこともないような感覚に襲われた。胸の奥がキュッと締め付けられるような良くわからない感覚に。

(教官、何故そんな顔をするのです? 何故?)

「あの、教官……。これからも……よろしくお願いします」

「期待していろ、みっちり扱いてやるからな」

 そのときの千冬はいつも通りの千冬の表情になっていた。
 ラウラはこのときに何か分からないモヤモヤを感じていた。



 春樹と束はIS部隊用のブリーフィングルームへ来ていた。

「じゃあ、春樹。お話の続き……しようか」

「はい」

 束は椅子に座る。

「春樹の遺伝子にはね、普通の人にはない特別な因子があるんだよ――」

 春樹の身体についての事を詳しく聞かされた。はっきり言って信じられないようなことではあった。何故なら……春樹がISに乗ると、コアが強く反応し、そして、春樹のその因子も強い反応を示していた。お互いに反応し合うように。恐らくこれがISに乗れる理由なのではないか、と。
 しかも、そのとき普通では考えられないような出力をISは出していたらしい。

「それで私は考えたんだ。これが本当のISのコアの力なのではないか、ってね」

 春樹は立ったまま、手を握り締め、束の話を黙って聞いていた。

(これが本当なら……一夏もISを使うことが出来るのか? あいつらが言っていた事と合わせると、恐らくそうだ……)

 そして束は話を続けた。

「で、春樹に頼みたいことがあるんだ」

「頼みたいこと……ですか?」

「そう、私のところに来ない?」

 春樹は少し考え、

「……どういう事です?」

 束は目を瞑り、一呼吸置いて再び目を開いた。そしてゆっくりと口を開け、

「今回のこのドイツ軍基地への襲撃は私がターゲットだった。で、天才束さんはこんな事を考えた。表舞台には出ない暗部組織が何かを策略している。そして今回の私と一夏、そして追加で春樹を殺すのが奴らの目的の一部分。その大きな目的は分からないけど、殺そうとするという事は奴らの目的の障害となるものである事は間違いない。だから――」

 束は立ち上がって、

「この暗部組織の計画が世界的に危険な事ならば、それを止めたい。私が生み出したISで悪い事をするなら、絶対に許さない」

 束は春樹の両肩を掴む。

「……春樹、だから私にその力を貸して欲しい。本当は年上のお姉さんが年下で、まだ中学生の春樹に助けを求めるのはみっともないという事は分かってる。でも、私はあいつらのような奴らは許せないんだ。お願い……春樹……お願い……」

 束は俯きながら必死に春樹に助けを求めていた。
 そんな束に対して春樹は微笑みながら、束の手を握って言った。

「束さん、俺……こんな俺でも誰かを助けれるなら喜んでお受けします。束さんを守ることが、皆を守ることに繋がるなら……俺は束さんを命をかけて守ります」

 このとき束は感じた。春樹の目は戦士の目になっていた。戦うものの目……それはあらゆる覚悟と目標を掲げ、その目標の為に血眼で頑張る。そのような目をしていたのだ。
 束はそんな春樹に対して特別な感情を抱いてしまった。このときの春樹が誰よりも頼もしく、逞しく、そしてカッコよく見えた。

(私、まだ中学生の春樹に……? 嘘、ありえない……でも……)

 束は心臓をチクリと針で刺されたような刺激を否定しながら、でもあのとき守ってくれた春樹を思い出してしまい、ますます自分の感情が分からなくなってしまう。

「束さん……どうしたんですか?」

「え、いや……なんでもない……あ、ありがとう。春樹」

 束は笑顔で春樹に礼を言った。
 春樹は初めて束のこんな笑顔を見たので、少し驚きながらもその可愛らしい笑顔に見とれてしまった春樹。そんな自分が非常に恥かしく思えてきて顔が熱くなった。
 二人は非常に物理的に近い所にいた。もう目と鼻の先である。
 彼、彼女の顔が目の前にある。二人はそう思ったら急に恥かしくなってしまい、どっちと言うことなく同時に身体を離した。

「あはははは……」

「えへへへへ……」

 二人は苦笑いしながら気持ちを落ち着かせていた。そして……。

「なら、今すぐにでも私と一緒に来て、春樹には悪いけど、このドイツ軍基地とはお別れになってしまうけど……」

「…………大丈夫ですよ、俺はもう束さんを守るって決めましたから」

 しかし春樹は心残りがあった。ラウラの事である。
 彼女とは友達になれたのに、一ヶ月もしない内にISを動かして、それが理由で営倉に入れられて……そして謎のISによる襲撃。本当にあんまり一緒にいられなかった。
 彼女にとっては同い年で初めての友達だったという。だから春樹は心残りがあった。もっとラウラと遊べたらなって思っていた。
 だけど、もう彼女は一人じゃない。エルネスティーネに、みんなに認められたシュヴァルツェア・ハーゼの隊長である。春樹が兄のように、または父親のように過保護になってどうする? それはただ気持ち悪いだけだ。だから……、これでいい、と春樹は思ったのだ。

「じゃあ、行きましょう。さよならは言いません。だけど……」

 春樹は携帯を取り出してメールを打った。贈る相手はラウラである。

「今、ラウラにまたねって贈りました。もう心残りはありません。じゃあ、行きましょう束さん」

「……うん。行こうか」

 そして春樹と束はドイツ軍基地を後にした。誰にも何も言わずに、ただ、春樹がラウラに対して“またね”と打っただけである。


 そして春樹と束の二人は仲間集めに徹した。束の新たな組織を立ち上げる為に。
 これが暗部で話になっている『束派』と呼ばれる集団である。
 葵春樹はそこでISの操縦を磨くことになる。仲間と共に。


 以上が葵春樹の物語であり、そして、ここから新たな物語がもう一つ始まる。


 そう――『織斑一夏の物語』が。



[28590] Episode4 序 章『平和な日々 -Discharge -』
Name: 渉◆ca427c7a ID:3799dadf
Date: 2012/10/13 12:17
 七月一日、土曜日。今日の授業は休みである。
 いま、一夏と春樹と箒の三人は鳳鈴音(ファン・リンイン)の退院するお手伝いをしている。今まで色々と溜め込んだ衣類等を四人で協力して片付けていた。
 主に箒と鈴音が衣類。一夏と春樹が荷物運搬といったところだ。彼女達がまとめた荷物を男二人が運ぶ。
 外には山田先生が車でスタンバイしており、鈴音の荷物を学園の寮まで運んでくれるそうだ。一夏と春樹はそこまで運ぶのが仕事になっている。

「色々と今までありがとね」

「何、気にする事はない。鈴は親友だからな。当然の事だ」

「じゃあ箒、今度リハビリも兼ねて私と模擬戦ね!」

「ああ、分かった」

 鈴音は今まで何度も何度もお見舞いに来てくれた三人には本当に感謝していた。定期的に暇を見つけてはお見舞いに来てくれる。そんな三人には色々と話を聞いていた。転校生のシャルルとラウラの事や先日に起こった事件の事。そして、箒が専用機を持つことになった事。このことは鈴音にとって聞き捨てならないことであった。親友が専用機を持ったことによってそれはライバルと化す。何故なら、専用機を持つということはそれでけ実力が認められたということ。いい加減な気持ちで専用機を扱うのはご法度である。だからこそ箒は鈴音にとって競い合う相手となった。

「よし、これで全部片付いたみたいね。三人ともありがとう」

「おう、じゃあ看護師の人たちに挨拶するとしますか!」

 一夏はそう言って、鈴音がお世話になった看護師の人たちの下へと向かい、そして三人でご挨拶をした。いままでありがとうございました、とご挨拶をして、それから山田先生の車へと向かう。せっかくだから学園まで車で送ってくれるそうだ。
 病院の階段を下りながら、春樹はシャルルやラウラの事について話した。

「学園に着いたらまずはシャルルとラウラに挨拶だな」

「そうね、皆から話は聞いてたけどまだ会ってないし、会うのが楽しみだわ。でも、まさかISを動かせる男がもう一人居たとはねぇ……」

 その言葉にビクッと身体を強張らせてしまう一夏。
 シャルル・デュノアは父親の命令で男のフリをしてIS学園に通っている。何故かというと、一夏や春樹のデータを収拾したく、それをしやすくする為に男のフリをしているのである。
 しかし、ある日一夏は偶然にもシャルルの裸を見てしまい、そしてそのせいでシャルルが女である事がバレてしまった。
 しかし一夏の優しさもあり、シャルル、もといシャルロット・デュノアはこのIS学園で平穏に過ごすことができる。しかし、一夏以外の人物にその真実を知らせるわけにはいかない。学園中の噂になってしまえばシャルルの人生はそこで終わってしまう。一夏はこの秘密だけはなんとしてでも隠し通さなければならなかった。

「どうしたんだ一夏?」

 春樹は急に身体を強張らせた一夏にその疑問を問いかけた。

「な、なんでもねえよ。早く行くぞ、山田先生も待ってるだろうしな」

 そう言って、彼は一人で先に行ってしまった。

「……なんなのよ、どうしちゃったわけ? 箒知ってる?」

「いや、知らないな。どうしたんだろうか?」

 箒は知らないのは当たり前である。一夏以外はシャルルが女だという事実は知っているはずはないはずだ。仮に知っていたとしたら、それはとんでもない事実であり、早急に何とかしないといけない事項となってしまう。

「春樹、アンタは何か知ってる?」

「残念ながら知らないな」

 春樹は淡々と答えた。
 その答え方に違和感を感じた鈴音だったが、どうせ問いただしてみても適当にあしらわれてしまうだろうしあまり気にしない事にした鈴音。
 とりあえず山田先生が外で待っているそうなのでその場に残った三人は先に行った一夏を追いかける。
 一階まで下りた三人はそのまま病院の入り口へ向かうとそこには山田先生と一夏が待っていてくれた。
 春樹、箒、鈴音の三人は山田先生の下へと駆け寄り、挨拶をした後、山田先生の車へ乗り込んだ。そして皆で山田先生によろしくお願いしますと挨拶をすると、山田先生は「はい」と返事をしてそのまま車を発進させた。
 IS学園に着くまで鈴音は山田先生に色々と詳しく聞いておきたいことがあった。
 授業の進み具合や、転校生の事。
 そして、今まで起こった事件の事である。

「ちょっといいですか、山田先生」

「なんですか、鳳(ファン)さん?」

「IS学園で起こった事件……詳しく聞かせてくれますか?」

「鳳さんに話せる事は限られていますけど――」

 山田先生は今まで起こった事件を話した。
 まずは鈴音も巻き込まれた謎のIS事件。あの事件に鈴音は直接関わっているのだが、謎のISの攻撃を受け、そのまま大怪我を負って病院へ運ばれた為、その後のことは全くわからない。一夏たちに聞いてみたのだが、話していいのか危ういラインだというので直接先生に聞くことにした鈴音。
 そして今がそのときである。山田先生の話によると、あのISは無人機である今までとは全く違った概念で作られている、ということだけであり、それ以上のことは分からなかったらしい。
 何のためにIS学園に送り込んだのか、攻撃をしてきた理由、そもそも無人機というものはISの性質上ありえないことである。ISコアは人間と同調して初めて起動する。それを人を介すことなく動かすことなどありえなかった。

「無人機……? そんなことがあるはずが――」

「ですが事実です。これ以上の話は出来ませんが、どうか理解してください鳳さん」

「……分かりました」

 鈴音は納得は出来ていないが、話せないことなら仕方が無いと思ってこれ以上聞くのを諦めた。
 すると一夏は、暗い雰囲気なこの空気を打開するべく、話の方向性をシフトする話をふった。

「山田先生。鈴にシャルルとラウラの事、先生から見てどんな人か教えてあげてくれませんか?」

「デュノアさんとボーデヴィッヒさんですか……。そうですねぇ、デュノアさんは本当にいい子だと思いますよ。とても紳士的で、優しくて、落ち着きがあって。優等生気質な子ですね。そしてボーデヴィッヒさんは、最近なんか変わりましたよね。最初は誰も近づくなって感じがしてましたけど……なんか自分をするべきことが見つかったのでしょうかね? 彼女はとても努力家ですよ」

「へ~、会うのが楽しみだわ」

 鈴音はちょっと楽しそうな表情をしながら言った。
 そして、三人が乗った車はIS学園の近くまでやってきた。



[28590] Episode4 第一章『友達? -Shopping-』
Name: 渉◆ca427c7a ID:3799dadf
Date: 2012/10/13 15:16
  1


 学園に着いた四人は荷物を部屋へ運び終わると早速シャルルとラウラに会いに行くことになった。事前に会うことを約束していたのだ。二人は食堂で待ってくれているはずである。
 一夏は先攻して食堂へと向かっう。
 一夏と春樹、鈴音と箒は食堂へと着くとそこにはシャルルとラウラが既に待っていてくれていて、シャルルはこっちこっちと手招きをしてくれた。

「遅いよ皆、待ちくたびれちゃった」

 シャルルはため息をついて、一夏の方に目をやった。それを見た一夏は「悪いな」と両手を合わせてシャルルに謝ると、皆食堂の椅子に座ってテーブルを囲んだ。
 そして、一夏が話を始める。

「まぁ、あれだな。シャルルとラウラにはもう伝えてるけど、コイツが鳳鈴音(ファン・リンイン)だ。仲良くしてくれ」

「鳳鈴音よ。よろしくね、デュノアさんに、ボーデヴィッヒさん!」

「うん。よろしくね、鳳さん」

「よろしく頼むな。鳳鈴音」

 同い年の子が自分に対してわざわざ丁寧な言葉で接してくるとなんだか気持ち悪さを感じる彼女。すぐさま鈴音はそのことについて話す。

「そんなにかしまらなくていいって。鈴音でいいわよ。あ、一夏や春樹、箒が言ってるみたいに鈴でもいいわよ。とりあえず、敬語はやめてくれれば。だから、二人とも名前で呼びたいんだけど……いいかな?」

「うん、別に構わないよ」

「私も構わん」

 シャルルとラウラは鈴音の性格は一夏達に聞いた通りだった。とても人懐こくて、しかも明るくて、誰とでも仲良くできる。そんな子だ。

「そういえば、もう少しで臨海学校ね、楽しみだなぁ海」

 その言葉にシャルルはドキッとしてしまった。同じく一夏もその鈴音の発言にはドキッとしてしまった。何故なら、シャルルは実は女であるし、そのことは一夏とシャルルの二人だけの秘密である。もしこれが皆にばれてしまえば……。今度行く臨海学校は専用機持ちの新しいパーツをテストする貴重な場であるが、その一日目は海で自由に遊んで良いことになっている。
 シャルルは男として過ごしているし、そのせいかいろんな女の子から一緒に泳ごうと誘いを受けるだろう。しかし、ただ単に断り続けても不審に思われるだろうし、無理やり連れて行かれれば女だという事がばれてしまう。かと言ってシャルルが肌を晒すわけにはいかない。
 シャルルは特製のコルセットで胸を押しつぶして、胸のふくらみを隠している。コルセットなど皆に見せるわけにもいかない。なら、どうすればいい?
 一夏とシャルルは二人揃ってそう考えていた。

「どうしたんだ、二人とも」

 ラウラは二人の不振な態度に疑問を持ったので聞いてみた。

「え、な、なんでもねぇよ」

「う、うん。なんでもないよ。臨海学校のことすっかり忘れていただけ。あはは……」

 あながち嘘ではない。確かにシャルルは臨海学校という行事を忘れていた。覚えていたなら事前に対策は練っているはずである。臨海学校に行くまであと五日、それまでに何かいい考えを思いつかなければならない。

「う~ん、病院から一夏は様子が変なよねぇ……。あのときはこの二人の話題になったときに動揺していたみたいだし、今回はシャルルと一緒に動揺しているし……。あんた達、何か隠し事でもあるんじゃないのぉ?」

 さすが鳳鈴音、鋭い。
 核心を突かれてしまい更に動揺しそうになる二人を春樹がフォローに入る。

「その辺にしておけ鈴。二人が困ってるじゃないか、あんまり隠し事を詮索するもんじゃないぞ?」

「うん、春樹の言う通りだ。鈴、その辺にしておこうではないか、誰でも話したくない事や知られたくない秘密ぐらいあるだろう」

「わかったわよ、ごめんね二人とも」

 春樹と箒に怒られてしまった鈴音は素直に謝った。
 その後も何分か話は続いたが、鈴音の荷物のまとめもあるので一回お開きになった。箒とラウラは鈴音についていきお手伝い。そして男である一夏と春樹とシャルルは適当にやっていろ、という事だった。
 シャルルと一夏は自分の部屋へと戻るととりあえず五日後に迫る臨海学校の対策を考えなければならない。

「どうしよう一夏! 僕このままじゃ……」

「まぁ、落ち着け。考えるんだ。要するに女性の身体の特徴的な部分を皆に分からないようにすれば良いんだろ」

「う~ん、僕のこの胸は特製のコルセットで隠してるからね、そのコルセットが見えないようにできればいいんだけど……」

「なんか、服の様な水着ってないのかね?」

「調べてみようよ」

 一夏は部屋に備え付けてあるパソコンの電源を入れ、検索サイトを早速開き、男性用の水着をチェック。自分が買うものも考えつつ、シャルルの身体を隠せる且つ似合いそうなものを探していく。
 色々と検索ワードを考えながら色んなサイトへと飛び回り、そして一つの回答を見つけたのだ。
 その名もトップス水着。
 上半身に着る水着であるが、シャルルのこの状況にはこれ以上ないぐらいの適した水着であった。この水着は日焼けも軽減したり水から上がった後の冷え感も抑えてくれる。これならシャルルのコルセットを隠しながら水着になる事ができる。
 しかもこれまたオシャレなものもあるので着ていても何の違和感もないはずだ。

「これなら何とかなるんじゃないか?」

「そうだね、でもここら辺に売ってるのかなぁ?」

「明日にでもショッピングモールの方へ行ってみるか?」

「え、一夏と一緒に?」

「ああ、明日は日曜日だし。俺も水着買っときたいからな」

「じゃあ、明日ね……」

「おう。……そろそろ夕食の時間だな。食堂にでも行くか」

「うん!」

 シャルルはとても嬉しそうに返事をした。いつも男のフリをしているシャルルだが、シャルルも女の子である。気になる男の子と一緒にお出かけともなれば、テンションが上がってしまうのも仕方が無いだろう。なんだかんだでまだ一五歳の女子高生なのだから。


  ◆


 一方、春樹はラウラと一緒に夕食を取ろうとしていた。二人は手に夕食を持ちながら空いてる席を探していた。

「とりあえずラウラ、鈴の手伝いお疲れな~」

「ああ、鈴は……アイツは明るい奴だな」

「そうだろ? アイツは小学校から明るくて元気な奴だったからな」

「そうなのか。なら楽しい日々を小学生のときに送っていたのだろうな……」

 ラウラは少し寂しそうな顔をしていた。彼女は生まれが特殊で戦う為だけに生まれる事になった遺伝子強化素体である。彼女は友達というものを知らないまま生きてきたのだ、春樹と知り合う前までは……。
 春樹は自分の小学生の頃、ラウラがどんな生活を送っていたのか、はっきり言って想像できない。だが、この今のラウラの表情を見るなりあまりいい思い出がなかったのは確かであった。
 では、どうすればいい? 答えは簡単だ。これから友達――春樹や一夏、箒にセシリアに鈴にシャルルと共に良い思い出を残せばいい。このIS学園の三年間、この貴重な学校という時間を思う存分に楽しんで、思い出を作っていけば良いのだ。

「ラウラ……とりあえず座ろうか、あそこ空いてるみたいだな」

「ああ、そうだな……」

 二人は空いているテーブル席にお互いに向かい合う形で腰掛けて、そして春樹が、

「もう少しで臨海学校だけど、ラウラは水着とか持ってるのか?」

「水着だと? 学校指定のものしかないが……」

「そうなのか、もしあれだったら明日一緒に買いに行かないか?」

「一緒に……」

「ああ、町の方に出て買い物行こうか」

「あ、ああ。そうだな、行こう!」

 ラウラは物凄く嬉しそうな表情をしながら春樹の事を見つめた。それに春樹もラウラのその表情につい微笑んでしまう。すると近くからとある女性の声が聞こえてきた。

「あ、あの……今の話――」

 その声の主はセシリア・オルコットであった。どうやら今の話を聞いていたらしい。彼女は一緒の席で食事してもいいかと聞き、了解を取った後に春樹の隣に座る。

「で、なんだっけ、セシリア」

 春樹は話の事を聞くと、

「あ……。先ほどボーデヴィッヒさんと水着を買いに行くと言ってましたよね? もしよかったら私もご一緒させて頂いてもよろしくて?」

 セシリアは若干上ずった感じな声でそう言った。とても恥かしそうな感じで春樹に聞いてくる。春樹は特に問題はないし、もしかしたらこういう事に疎いラウラにアドバイスをしてくれるかもしれないと思い、一緒に行ってもいいかな? と思った。もとより断る理由もないのだが……。

「大丈夫だよ」

「本当ですの!?」

「ああ、じゃあ明日な。明日の一〇時に出発だ。いいか、二人とも」

「ええ、分かりました」

 セシリアは本当に嬉しそうに春樹を見つめて笑ってくれたが、ラウラはぶっきらぼうに「分かった」と答えただけだった。拗ねている様に見えたが、春樹の事はしっかりと見つめていた。
 しかし、春樹はそんな事も気付かずに食事に戻ると、そこに現れたのは一夏とシャルルの二人だった。
 ラウラは二人が来たのに気付き、二人を見るとラウラはなんだか嬉しそうな表情をしているシャルルに気がついた。

「なんか嬉しそうだが、なにかあったのかデュノア?」

「え!? あ……なんでもないよ!」

「そうか……」

 あからさまに焦りを見せたシャルルにラウラは不振に思いながら彼を見続けた。
 一夏は春樹の隣に座り、シャルルは一夏の前に座る。
 すると一夏はシャルルに向かって、コソコソと小さな声で話しかけた。

「おいシャルル、何か女の子ぽくなってたぞ、気をつけろ」

「うん、ごめん……」

 シャルルも小さなかすれた声で一夏に謝った。その光景をすぐ近くで見ていた春樹は「どうしたんだ」と問うと、「なんでもない」とたぶらかされてしまった。
 しかし春樹の表情はとても何かを知っているような感じで一夏の方を見ていた。

(な、なんだよ春樹……。まさか、シャルルの秘密を知ってるんじゃあ……)

 一夏は春樹の方を見るが、何事もなかったかのように夕食を口に運んでいたので一夏は春樹の事をしばらく気にかけながら自分も食事を始めた。

「そういえばセシリア、お前なんか凄く嬉しそうだけど何かあったのか ?」

「え? あ、それはですね――」

 そうセシリアが言いかけたとき、また皆がよく知る二人が現れた。
 篠ノ之箒と鳳鈴音である。

「なんだ、みんな一緒に食事を取っていたのか」

「なによみんな。言ってくれればいいのに」

 鈴音は不機嫌そうに言葉を吐いて、そしてまた二人も夕食を持ってテーブルを囲むように座る。箒は一夏の隣に、そして鈴音はシャルルの隣に座った。

「ま、みんなでこうやってご飯食べれるなら、いっか」

 鈴音はやはりとても優しい子だ。鈴音は今箒から相談を受けている。もちろん一夏についてである。以前は春樹に頼っていたが、やっぱり箒が転校してしまった後に入れ替わるかのようになったが、その時から鈴音は一夏の事はよく知っているのだ。
 一応、彼女も中学校二年生で転校してしまい一夏と春樹とは離れ離れにはなってしまったが、小学校から中学校まで長く付き合っていた仲だ、大抵の事はお互いに結構分かってしまう。
 しかも鈴音は女の子だから、そこからの視点の方が箒にとっても良い事だろう。やっぱり男からだけの言葉より、女性からの言葉も聞いたほうが断然良い。春樹もこのことには賛成してくれた。鈴音なら心配は要らないと、自分なんかより役に立ってくれると言ってくれた。
 しかし、鈴音には好きな人はいないのだろうか、そう思う箒。
 自分には色々と協力してくれる鈴音だし、自分の親友だ。彼女とはお見舞いを繰り返しているうちに自然と仲良くなっていったが、一方的に相談に乗ってくれるだけで、彼女からの恋沙汰の話はしたことがなかった。
 鈴音も年頃の女の子だ。恋の一つや二つあってもおかしくはない。彼女はいま、シャルルの隣に座っている。確かに彼は紳士的でとても良い人であるが、見たところシャルルに対しては特別な感情を抱いてはいないと思われる。実際の所、鈴音について箒には知る由もない。
 特に変なアクションも起こさず、楽しそうに皆と話して食事を取っている。彼女は恋愛より友情をとる人なのだろうか、箒の脳内にはそんな思考が流れる。

「ん、どうしたの箒?」

 鈴音は夕食に手もつけず、何か考え事をしているような顔をしている箒に声をかけたが、箒はなんでもない、と答えて食事を取り始める。

「なにかあったら私が相談に乗ってあげるからね」

「うん。ありがとう鈴」

 男二人に女五人。この七人はその後も笑いが絶えない夕食が続いた。
 その光景は正に青春という言葉がピッタリで、高校を卒業して大学やら就職した人がもしこの光景を見たなら、もう一度高校生活に戻りたいな、と思うような……そんな微笑ましい光景だった。



  2


 次の日の七月二日、日曜日。シャルルと一夏はショッピングモールへと来ていた。
 IS学園は外出する際も制服の着用が義務付けられているので、二人ともIS学園の制服である。
 シャルルはちょっぴり緊張気味。それもそのはずで、実のところシャルルは女の子だからだ。“シャルル・デュノア”という名は偽名であり、本名は“シャルロット・デュノア”である。
 彼女はとある家庭の事情があり、男としてIS学園に編入してきた。その事情とは織斑一夏と葵春樹のデータを取ってくる事であり、接近しやすくする為に男に扮していたのだが、偶然シャルルの裸を見てしまい、一夏には女性である事がばれてしまっている。だから、彼と二人だけのときは女の子らしいところをちょっとは見せている。
 しかし、仕草などはしっかりと仕込まれているのか男そのものだが、一夏にバレてからはどことなく女の子らしいところがチラホラと見えてしまっている。その度に一夏に注意されているシャルル。
 今日、シャルルは一夏と一緒にお買い物に来ているわけだが、誰が見ているのかもわからないので、とりあえず“男の子”であるシャルルでいなくてはならない。
 しかし、男の子とデートなんて事を経験した事がないシャルルは緊張してしまって、動きがぎこちなくなってしまっている。

「シャルル、どうしたんだよ。緊張でもしてるのか?」

「え……な、なんでもないよ。さ、水着買いに行こうよ!」

 シャルルは誤魔化すように先行して歩く。
 ふと一夏が立ち止まり、

「シャルル、悪いけど先に行っててくれるか? 俺、他に買っておきたいものがあるんだよ」

「え……。うん、わかった。早く追いついてよ!」

「わかったよ」

 シャルルは先に水着売り場の方へと歩いていった。一夏はシャルルが見えなくなるまでそこに立ち止まり、そして、シャルルとは逆方向へと歩き出した。
 何故、一夏はこんな事をするのか。それは臨海学校二日目の七月七日は篠ノ之箒の誕生日なのだ。
 だから、一夏は彼女に送るプレゼントを買うためにこのショッピングモールへと来た。はっきり言うと、一夏にとって水着はおまけのようなものである。
 色んな店を見て回り、箒には何をプレゼントすればいいのか悩む一夏。

(う~ん、どんなプレゼントがいいんだろうか……。そうだ、新しいリボンなんかどうかな?)

 一夏は箒の事を思い出し、彼女のポニーテールを思い出す。彼女はリボンで髪をまとめている。だから、新しいものをプレゼントするのもいいかな、と思ったのだ。せっかく再会できたし、再会してから最初の誕生日なのだから。

(そういえば、あのリボン――)

 かすかに覚えている小さい頃の思い出。箒がリボンを変えたりしていなければ、いま彼女が使っているリボン一夏がプレゼントしたものだったはず。だが、記憶が少し曖昧だ。はっきりと思い出せない。

(あのとき…………。あ、駄目だ、思い出せない。まぁいいや、今は箒へのプレゼントを買うことだけを考えればいいんだ)

 一夏はそう思って、そういった女性向けのものが揃っているお店を探して、中に入る。やはり女性向けだけあって可愛らしいものが沢山ある。すると、女性店員が一夏に話しかけてきた。

「いらっしゃいませ。何をお探しでしょうか?」

 その女性はとても若くで十代から二十台前半だろうか、エプロンを身に着けている。

「あ、すみません。髪を留めるリボンってありますか?」

「はい、ございますよ」

 若いがとても礼儀正しい女性店員。やはり、日本人のお客に対する接待というのはとてもしっかりしているのが分かる。外国の人がこの礼儀正しさに驚き、感心しているとは……外国の店員さんはどんな接待をしているのだろうか?
 一夏はリボンのカラーとデザインを良く見て箒が似合うと思うものをじっくりと考えている。
 篠ノ之箒はあの専用機、紅椿のあの赤がとても似合っていたので、やはり赤が似合うかな? と思った。
 だが、赤と言ってもその赤色のリボンだけでまた何種類かあるのだ。またそこで悩んでしまう一夏。
 すると店員さんが、

「女の子へのプレゼントですか?」

「あ、はい。幼馴染への誕生日プレゼントです」

「そうなんですか、その女の子には赤が似合うのかな?」

「そうですね。でも、赤のリボンでも何種類かあって何が良いのか……」

 すると店員さんは微笑んで、

「ではこちらなんかどうです? 最近の流行なんですよ、こういったシンプルかつ可愛らしいデザインのものが」

 そう言って店員さんが手に取ってのは、ちょっと細めの赤色のリボンだ。特に凝った模様が入っているわけでもなく、だけどこれを箒がつけたら……と考えると、とてもいい感じに思えた一夏はそれを買うことを決意。

「じゃあ、それ買います」

「まいどありがとうございます。では、プレゼント用の包装にしておきますね」

「はい、ありがとうございます」

 一夏はそのお会計を済ませて赤いリボンが入っている紙袋を受け取った。そして、その店から出るなりシャルルが待っている水着売り場へと向かおうとすると、とある人物に出会う。その男は、一夏の見知らぬ男性。だが、その男は一夏の事を知ってるかのような目で一夏を見てくる。
 少し細身で、顔はイケメンと言ってもいいんだろうか……。髪は日本人のような黒い色で、見た目からしたらとてもいい人っぽい雰囲気がある。
 その男は一夏に近づいて、

「もしかして……葵春樹君かな?」

「え?」

「ああ、いや。人違いならいいんだ。そのIS学園の制服で男子って言ったら片方の手の指で数えれるしかいないから……そうじゃないかな、と思ってね」

「春樹と知り合いなんですか?」

「まぁ、知り合いって言うか……ある意味同じだね」

 その男は意味ありげに言った。という事は一夏の中で仮説ができる。この男は葵春樹となんらかの繋がりがあり、そして知り合いのようなものである。つまり、篠ノ之束の組織に何らかの関係があるということ。
 だが、この男を仲間と決め付けるのも早い。敵の可能性も考えなくてはならない。束さんや春樹が戦っている暗部の人物という事もありえるのだから。

「そうなんですか、でも今日は春樹とは一緒じゃないんで……」

「そうなんだ。参ったな……まぁいいや、ごめんね、引き止めちゃって」

「いいえ、それじゃあ……」

 一夏は逃げるようにそこから立ち去り、男から距離を取る。

(なんだ、アイツ……春樹に教えないといけないな)

 一夏は水着売り場へと向かった。


  ◆


 一夏はメンズの水着売り場へと来ると、そこには春樹がいた。一夏は先ほどの男の事を早速伝えようと思ったが、ここで話さずIS学園に戻ったときに話した方が安全だと思い、先ほどのことはここでは話さないことにした。

「お、一夏か。お前もここに来てたのか」

「ああ。春樹は一人か?」

「いいや、ラウラとセシリアとで来たんだ。今は二人仲良く水着を選んでいるだろうよ。お前こそ一人か?」

「いいや、シャルルと来たんだ」

「そうか、アイツならさっきあっちで見かけたぞ」

 春樹が日々さす方向、それは昨日シャルルと二人で色々と調べたトップス水着のコーナーであった。

「そうか、じゃあ合流してくるよ」

「ああ、じゃあな」

 一夏はトップス水着のコーナーへと歩いていった。そしてさっさと水着を買った春樹はセシリアとラウラを待つだけだ。
 とりあえず状況を確認しようかな、と女性用水着売り場へと行ってみると、ラウラがセシリアに翻弄されていた。ラウラに似合あう水着は何なのかとあれこれ色んな水着を押し付けていた。

「お~い、まだなのか?」

 春樹は二人に向かって言うと、セシリアは素早く春樹の方を見るなり駆け寄ってきて春樹に詰め寄る。

「春樹さん! ラウラさんの水着はどんなのが似合うと思います?」

「って言われても……そうだラウラ、部隊の皆に聞いてみたらどうだ?」

「え……ハーゼ部隊の皆にか?」

「ああ。なんだかんだでお前は部隊長だからな、皆お前の事はしっかりと考えてくれるだろうぜ」

「……そうだな」

「おう。じゃあ、俺はあっちで一休みしてるからな」

 そう言って春樹は休憩所の方を指差し、そしてそこに向かった。ラウラは携帯電話を取り出して電話をかける。
 電話をかけた先はラウラが隊長を務めているIS部隊、シュヴァルツェア・ハーゼの副隊長クラリッサ・ハルフォーフ大尉の携帯電話である。

『もしもし、どうかしましたか、隊長』

「あ~、実はだな。今度臨海学校に行くのだが、そのときの水着を買うかとになってな……。そこでどんな水着を買えばいいのか分からん。そこでハルフォーフ大尉からアドバイスを貰いたい」

『なるほど……では隊長が今所持している水着は?』

「学校指定のスクール水着一着だけだが……」

『なんですって!?』

 クラリッサはつい叫んでしまい、ラウラはあまりのうるささに携帯電話を耳から遠ざける。

「な、なんだ……ハルフォーフ大尉」

『し、失礼しました。ですが、それでは一部のマニアしか受け付けません。隊長はあの葵春樹という男性を意識しているのでしょう?」

「な、何を言う!?」

『失礼いたしました。とりあえず、隊長はこの部隊のイメージカラーである黒の水着を選んでください。黒が似合うお方というのは美しい女性である証拠。隊長にはそれだけの美しさがあります』

「う、美しい……?」

『そしてもう一つ……選ぶ水着はセパレート型女性用水着、つまりビキニにしてください。やはり無難かつ男性には効果的!』

「な、なるほど……黒のビキニだな……了解した」

『は! 御武運を……』

 そして電話を切るとそこにはセシリアはもういなかった、何処へ行ったのかと思うとセシリアは凄いスピードでラウラの前に再び現れる。彼女の手には黒いビキニが何種類か持っており、「さ、早く試着しましょう」と言わんばかりの目で見てくる。

「わ、分かった……試着してみるか……」

 ラウラはそう言って、セシリアと共に試着室へと向かう。


  ◆


 一夏とシャルル、春樹の三人は皆水着を買い終わり、後はセシリアとラウラに合流するだけだった。
 せっかくだから一緒にIS学園の戻ろうということになり、今はその二人を探しているところだ。
 女性用水着のコーナーへ三人が行ってみると、そこには見慣れた女性が二人。一人は黒髪にすらっとした体格をしており、とても美しい女性。そしてもう一人は少し身長は低く幼さが残る体格だが、胸だけは豊満である。
 実のところ、その人物は織斑千冬と山田真耶である。先生方も臨海学校のときに着る水着を買いに来たのだろう。

「あれ、織斑君に葵君にデュノア君!」

 山田先生はいち早く三人に気付き、声をかけてくれた。三人は先生の方へと近づき、

「三人も水着を買いに来たんですか?」

「ええ、でもオルコットさんとボーデヴィッヒさんも一緒に来たので、そろそろ買い終わったかなと思ってこっちに来た次第です」

 山田先生の問いにシャルルが答えた。すると、千冬が一夏と春樹に向かって、

「一夏、春樹、お前らはどっちの水着がいいと思う?」

 彼女が提示してきた水着はどちらもビキニではあるが、色が違う。黒と白、どちらの方が良いのか……。二人は間髪いれずに答えた。

「「黒だな」」

 あまりの即答にも動揺することなく千冬も「そうか」と言ってその水着を持ってさっさとレジの方へと持っていった。
 すると、セシリアとラウラがこっちにやって来た。

「一夏さんとデュノアさんも来てたんですの」

「ああ、まぁな。今先生たちと会ったところだ」

 すると会計を済ました千冬が戻ってきた。

「オルコットとボーデヴィッヒか。そうだ、みんなは昼はまだ食べてないか?」

「まだですけど」

 春樹が答え、

「俺らもまだだな」

 一夏が答える。
 すると千冬は微笑んで、

「なら、一緒に食べに行かないか? 私が奢ってやる」

「良いんですか?」

 シャルルはそう言うと、千冬は、

「ま、せっかくだからな……山田先生もいいでしょう?」

「はい、もちろん。みなさん一緒に食べましょう」

 すると皆は顔を見合わせて、「はい」と一斉に答えた。
 一夏はこのときすっかり忘れそうになっていた先ほどの謎の男についての事だ。せっかく近くに居るのに話す事を拒んでしまう。なんかここで話すのは危険な気がするからだ。とりあえず、IS学園に戻ったら春樹に話そうと一夏は思った。
 そして、一夏と春樹とセシリアとラウラとデュノアの五人は織斑先生と山田先生についていき、おいしいお昼ご飯を頂いたのだった。



[28590] Episode4 第二章『青か赤の海 -Romance-』
Name: 渉◆ca427c7a ID:3799dadf
Date: 2012/10/13 15:28

  1


 七月六日、いまから始まるのは臨海学校研修。目の前には青い海に白い砂浜。そして、一日目は自由行動、つまり――海で泳ぐも良し、ビーチバレーをするも良し、日光浴をするのも良し、部屋で涼んでいるのも良し。だけど、ほぼ全ての女子は水着を持ってきているらしく、皆海を堪能する気満々である。
 ということで一夏は更衣室にて水着に着替えていた。ここにはシャルルもいる。シャルルは女の子だが、男の子の設定でこのIS学園にいるので、しょうがなくここで着替えている。
 一夏はシャルルが女の子だという事は知っているので、シャルルに気を使ってロッカー越しに着替えているし、誰かが来てもいいようにシャルルには外からは見えない位置で着替えてもらっている。
 シャルルは膨らんでいる胸を特製のコルセットで締め付けて隠している。
 そして、着替え終わった彼女は一夏に確認を取った。

「一夏、もういいかな? こっちはもう大丈夫だよ」

「そうか、こっちももう大丈夫だ、じゃあ行くか」

「うん」

 二人は更衣室を後にして外へと出る。そこには白い砂浜と青い海が広がっており、そして周りには――女の子しかいなかった。
 それもそのはず、IS 学園はISの事を教える場所、基本ISは女性にしか動かせないのだから当然である。
 しかし、例外というものがある、一夏もその一人だがもう一人……。葵春樹はこの場にはいなかった。周りを見渡して本当にいないかどうか一夏は確認するもやはりいない。

「あ、織斑君とデュノア君だ!」

 とある女子がそう言った瞬間、周りの女子が一斉に一夏とシャルルの下へと走ってくる。

「あのさ、春樹こっちに来てない?」

 一夏は尋ねるが、周りの女子は首を横に振るだけである。一夏は何かあるのだろうか、とも思いながら、とりあえず今は海水浴を楽しむ事にした。

「おりむー凄い筋肉だねぇ……カッコいい」

 IS学園生徒会所属、布仏(のほとけ)本音(ほんね)。通称、のほほんさんが一夏の腹筋にタッチしながらそう言った。

「まぁ……今まで春樹と鍛えてきたからな」

「へぇ~、じゃあ葵君もこんな筋肉なんだぁ」

「まぁな……」

 一夏の筋肉はやはり凄かった。これも今まで毎日春樹とトレーニングを続けた成果であろう。

「つーか、のほほんさんってこういうの好きだよなぁ」

 布仏本音は着ぐるみの様な水着を身に着けている。というか、水着なのかも怪しい代物だ。黄色いそのデザインは、とあるゲーム会社の電気を発する黄色いネズミを連想させる。

「いーちーかー!!」

 後ろからそう叫んできたのは鳳鈴音である。彼女はそう叫んだ後、ピョンと飛び跳ねて一夏の肩に乗っかる。

「っておい! 危ねえからいきなり飛びつくのはやめろよ。……はぁ、お前も変わってねぇな、いつもこういう事して俺と春樹を困らせるのは」

「いいじゃない、楽しければ」

 鈴音はそう言って一夏の頭に抱きつく。

「俺や春樹は楽しいとは限らねえよ……」

 周りの女の子達は驚いた後、「いいなぁ」という視線をぶつけてくる。困った一夏を助けてくれたのはシャルルだった。

「ほら鈴音下りて。早くみ(・)ん(・)な(・)で遊ぼうよ」

 シャルルは“みんな”を強調して言うと、鈴音は反省したようで、小さな声で言葉を吐いた。

「……そうね。ごめんね一夏」

「大丈夫だって、もう慣れてるからな」

 一夏は笑いながら答えるとそれにつられるように鈴音とシャルルもクスクスと笑う。
 するとそこへラセシリアとラウラも登場、セシリアはブルー・ティアーズと同じカラーである青い水着に腰にはパレオを巻いている。やはり彼女には青が似合っている。
 そしてラウラは黒いビキニであり、更には髪はいつもと違ってツインテールにしてあり、小柄な彼女の可愛さを更に引き立ててくれている。

「一夏さん、もういらしていらっしゃったの? あの……春樹さんはまだいらしていませんの?」

「ああ、春樹はまだいないみたいだな」

「僕達もさっき来たばっかりなんだ」

「そうなんですの……」

 セシリアが残念そうにしている最中、ラウラはなんだか一安心したような仕草。彼女はこういった格好は初めてなのだろう。しかも、これを春樹に見られるとなるとなんだか恥かしいし、ここにまだいないと分かってほっとしたんだろう。

(本当に春樹の奴何してるんだろう……、一応、買い物に行ったときの男の事は話したけど……そのことで何かあったのか?)

 四日前、シャルルと一緒に水着を買いに行ったあの日、一夏は謎の男に話しかけられた。その男は春樹の事を知っていたようだったし、春樹を探していた。そのことをIS学園に帰ってきたときに話すと春樹は顔色を変えて何処かへと行ってしまった。恐らく束さんにでも連絡しに行ったのだろうが、そのときの顔色は芳しくなかった。
 言うなれば……絶望。本当にヤバイ感じの表情であったのは一夏の目に焼き付けるように残っている。

(春樹……お前は一体どんなことに首を突っ込んでいるんだ?)

 すると、鈴音から一緒に泳ごうというお誘いが来た。一夏は正直考え事に浸りたかったが、わざわざこんな青い海を目の前に考え事で時間をつぶすのもなんだと思って今は楽しむ事を優先させた。
 一夏は鈴音の下へと走って海へ入る。

(束さんの組織か……)

 あのシャルルとラウラが編入してきた直後だったか……、あの時に春樹と千冬から話された篠ノ之束の組織、その勧誘。束さんの命が狙われている……。そして今までIS学園で起こった事件。春樹はその事件に関与して謎の無人機を倒し、ラウラのISの暴走を治めた。
 これが束さんの命を狙う奴らに関係があるのなら……。

(本当に、真剣に考えなくちゃいけないみたいだな)

 一夏は海へと飛び込んだ。


  ◆


 葵春樹は篠ノ之束と一緒に皆が遊んでいる海から少し外れた場所にいた。
 今回、篠ノ之束は春樹の熾天使(セラフィム)、一夏の白式(びゃくしき)、箒の紅椿(あかつばき)の専属メカニックとしてここに来ている。
 今回の臨海学校の宿泊研修の目的は広々としたところでのIS操縦訓練。専用機持ちは新しいパーツのテスト及び、ISのチューンアップが目的である。
 篠ノ之束はISの仕様が他とは違う白式、熾天使(セラフィム)、紅椿の新パーツとチューンアップの為に来た……というのは表の事情であり、本当の目的は、暗部組織が動き出した。という情報を少し前に手に入れた為、ここまで篠ノ之束は訪れたのだ。
 その情報とは、アメリカとイスラエルが協同して作られたISが明日、テスト運転をするというもの。そして、それに合わせて暗部が動き出したというものであった。
 暗部の奴らはそのISを悪用する可能性が高い事と、今までIS学園で起こった事件からして、今回もIS学園が来ているこの臨海学校がターゲットにされる可能性が非常に高いと予想、そのため篠ノ之束がここに訪れたというわけである。

「束さん、何故危険を冒してまでここに来たんですか? 本来なら安全な場所で待機して俺に指示を送ればいいのに」

「そうもいかないんだよね~、今回ばかりは。そのアメリカとイスラエルが協同して開発したっていうIS 、銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)はスペック的に今の熾天使(セラフィム)と白式、紅椿じゃあちょっとヤバイんだよね……。たとえ因子の力を行使しても……」

「因子の力を使っても……ヤバイだって……!?」

 『因子の力』――それは、男性でもISを動かせる原因と見られているものであり、そしてその『因子』を持っているものがISを動かし、そして『因子の力』を行使したとき、ISのコアは通常より遥に強く操縦者と同調し、ISもといコアの本来の力を使うことが出来る。というのが篠ノ之束の見解であり、一つの仮説である。

「だから、こうやってこの束さんが来たってことなんだよね。だから用意してあるよ、熾天使(セラフィム)のバージョンアップパーツと白式のバージョンアップパーツ。そして紅椿はリミッターを外さないとね」

 紅椿にかかっているリミッターはそのISの本来の力をIS学園に知らされないようにするために、基本スペックを落としているのだ。何故なら、紅椿は第四世代のISなのだから。
 この第三世代でさえ、実験機の域を出ないこの現在に、第四世代のIS……装備の換装無しでの全領域、全局面展開運用能力の獲得を目指した世代である。
 そして何を隠そうその第四世代IS、紅椿のパイロット篠ノ之箒は春樹と同じその『因子』持っている者である。そして白式のパイロットである織斑一夏も同様にその『因子』を持っている。つまり、暗部に立ち向かえる事ができる者、ということになる。だから、その二人を束の組織に呼んだのだ。

「後それからもう一つ目的が……、箒ちゃんと一夏の私の組織への勧誘は直々にやりたかったからね。やっぱりこういうときは当本人がいないと駄目だと思うんだ」

「そうですか……。分かりました。とりあえず、何かあったときは俺が束さんを守りますよ。そのために俺はいるんですから」

 純粋な笑顔で春樹がそう言うと束はぎゅっと春樹の身体を抱きしめた。束は春樹の耳元で、本当に小さな声で「ありがと」とそう言って離れる。
 そして束は焦るように春樹にこう言った。

「じゃあ春にゃん、海に行こうか!」

「海って……水着は持ってきてるんですか?」

「もち!」

 束は笑顔でそう言うと海の方へと走っていってしまった。だけど、束はあんまり運動が得意ではないのか走る速度は遅かった。
 春樹はそんな束を見て笑うと、四日前の一夏の言葉を思い出す。

(俺の事を知っていた謎の男か……。もし、束さんを狙う暗部の人間ならば早めに始末しなくちゃならない。もし仲間になれる余地があるのなら、そのときは仲間に入れたいし、全く関係のない人間ならほっとけばいい。ま、今は目の前の事だけを考えよう)

 春樹はそう思うと束の事を追いかけた。


  ◆


 織斑一夏は鳳鈴音と一緒に泳いで遊んでいた。シャルルは海岸でビーチパラソルの下でクラスの女子とお話をしながら涼んでいる。

「一夏、競争よ!」

「あ、ちょっと待て!」

 一夏と鈴音は競争だ何だと無邪気に遊んでいた。が、このとき鈴音の身に危険が忍び寄る。

「!?」

 なんと、鈴音の足がつってしまったのだ。足が思うように動かせない、そして今いるところは足が底につかないような海だ。
 当然、溺れかけてしまう鈴音だったが、このときの一夏の対応が早かった。
 一夏は鈴音の違和感を感じ取り、すぐさま溺れていると判断し、鈴音の下へと急いで泳いだ。
 じゃばじゃばと必死にもがいて水上へと上がろうとしている鈴音を一夏は背負うように背中に乗せてあげた。

「い、一夏……ありがとう……」

「どうしたんだよ……鈴」

「ちょっと足がつっちゃって……あはは……」

「ったく、笑い事じゃねぇだろ、溺れてたじゃねえか」

「大丈夫、ギリギリのところで一夏が助けてくれたから」

「そうかい。とりあえず沖まで行くぞ、しっかり掴まってろ」

 一夏は上手く鈴音が水面より上になるような形で泳いでいく、岸が近づく最中、鈴音は強く一夏の背中を強く握り締めていた。多分、物凄く怖かったのだろう。
 しかし、それもそうだ。死ぬか否かの瀬戸際だったのだから。
 岸までつくとシャルルが出向いてくれた。鈴音は大丈夫だから、とは言うものの、しばらくは安静にしてクールダウンした方が良いと説得して、ビーチパラソルの下で休ませた。

「はい、鈴音」

 シャルルは鈴音に冷たい飲み物を渡した。鈴音はありがとうと感謝をしてそれを受け取ると一口飲んだ。
 鈴音は海をぼけーっと見ていると、一夏が鈴音の下へと来てくれた。

「どうだ、鈴。落ち着いたか?」

「うん、まあね」

「俺も少し休憩だ」

「あ、飲み物飲む? 一夏の分もあるよ」

「すまないな、シャルル」

 一夏はシャルルから飲み物を受け取るなりゴクゴクと音を立てながら飲んでいく。
 するとそこに織斑千冬と山田真耶が水着姿で登場。山田先生はその豊満な胸で、男の子を悩殺。そして千冬はそのスタイルの良さと、黒いビキニでこれまた男の子を悩殺できるだろう。
 と言ってもここに男子は一人しか居ないのだが……。
 一夏は無駄に無反応、逆にクラスの女子の方がスタイルが良いだの何だのって盛り上がっている。やっぱりそういう事は女の子の方が盛り上がりやすいのだろう。男の子がそういうことで盛り上がれないのは精神年齢的にやっぱり幼い部分があるからなのだろうか?

「先生達も泳ぎに来たんですか?」

 シャルルがそう尋ねると、

「まぁな。せっかく水着も買ったんだ。少しぐらい泳がないとな」

 千冬がそう答える。
 そして、一夏はその千冬の黒いビキニをつけた千冬を見てしみじみと思った。俺と春樹の目に狂いはなかった……と。

「そうだ、先生。ビーチバレーやりません?」

 とある女子が提案すると、みんなは大盛り上がり。クラスの皆でやりましょうやりましょうと先生達を急かしてくる。クラスの皆の勧めで千冬は山田先生と話した結果、二人ともやるという事に。

「おりむーも一緒にやろ~」

 布仏本音が一夏を誘う。もちろん断る理由もないし、むしろやりたい気持ちはあったので、シャルルと鈴音、セシリアとラウラも誘ってバレーボールをする事にした。
 だが、ここにまだいない人物がいる、春樹と……箒だ。

(そういえば、春樹はともかく箒まで……どうしたんだろう……)

 海で遊んで良い時間になってから随分と時間が経っている。
 すると更衣室の方から新たに二人が現れる。一人は皆が見慣れている人物である葵春樹に、もう一人はほとんどの人が知らないであろう篠ノ之束であった。

「やっほ~、ちーちゃ~ん!」

 と、砂浜を走って千冬の下へと行こうとしたが、砂に足を取られてその場に倒れてしまう。春樹はクスッと笑って、束の下へと行き、「大丈夫ですか?」と声をかけると、

「アイテテテ……あははは……私って本当に運動音痴だよね」

「その分、頭は誰よりも良いでしょう?」

 春樹はそう言うと、

「そうだなぁ……恐らくこの世でもトップクラスの頭の持ち主だろうな」

 と、千冬は束の近くまで来てそう言った。
 今この海にいる人たち何人がこの運動音痴が誰なのか正しく認識できている人は何人いるだろうか。いや、たとえ分かっても信じられないだろう。ISの生みの親で、現在行方不明とされている篠ノ之束が目の前にいるのだから。
 しかも白いビキニの水着で。
 そして春樹がとその篠ノ之束が一緒来た……いろんな意味で怪しいと思う生徒一同。ただ一人の生徒を除いて。

「何故お前がここにいる?」

 千冬は質問をするが、束はその質問を無視して千冬に質問をした。

「ねえねえ、箒ちゃんは?」

「質問をしているのはこっちなのだがな……」

 そう呟いて周りを見渡すが、肝心の箒がいなかった。

「織斑、篠ノ之を知らないか?」

 一夏は千冬の質問に頭を横に振って否定した。

「いいえ、俺もさっきいないのかな、と思って周りを見渡していました」

「だそうだ。どうする束?」

「大丈夫、そのうち来るだろうし。たとえ来なくても急ぎの用事じゃないから」

 と束は言いながら一夏の方を見てニヤニヤと笑い始めた。やはり、自分の実の妹の好きな人ぐらいちゃんと把握しているようである。
 しかしその可愛らしい顔が台無しになるぐらいにニヤけている為、それを指摘するべく春樹は言った。

「束さん、ニヤけ過ぎですよ。せっかくの可愛い顔が台無しだ」

 すると束は顔を赤らめて、急に春樹の事を直視できなくなってしまう。
 春樹はそんな束を見て、どうしたのだろうかと疑問に思いながら、彼女に近づいてどうしたのか聞こうとしたそのとき束は春樹の腕に抱きついた。春樹はどうしたのかわけが分からなくなる。
 しかも今の格好は水着だ。肌を覆っている布はそれはもう薄く、そして束の豊満な胸も春樹の腕にしっかりと押し付けられていた。

「もう春にゃんったら、そんな事言ったらこの束さんでも照れてしまうのですよ~」

「た、束さん……。み、みんなが見てますよ……」

 春樹は周りの皆の反応を見て顔を青ざめた。皆に大きな衝撃のせいで口をあけて唖然とし、黙り込んでしまっている。一夏も、千冬も春樹と束のその状況を見て驚愕してしまった。
 束は生徒達の方を見て、何やら勝ち誇ったかのような笑み。
 そして、ラウラは何故だか春樹の事が遠ざかったかのような感覚に襲われてしまう。ただ、あのときの……ドイツ軍基地の襲撃のときのターゲットになったISの開発者である女性が春樹に好意を向けているだけだというのに……。彼女が春樹を好きになってしまうのは自然だというのに……。ラウラは何故だか空虚感に襲われる。
 そして、セシリアもラウラと同じような感覚に襲われていた。自分の好きな男性が他の女性と仲良くしている。しかもその女性が春樹の腕に抱きついている。この事によるショックはとても大きく、そして自分の気持ちが何処へ向かえばいいのかが分からなかった。
 一夏は久し振りに束さんに会ったと思ったらいきなりこれで唖然としたし、千冬も同様な理由で唖然としている。
 シャルルは……密かにあんな風に積極的になりたいと思っていた。

「とりあえず、バレーやろうよ。みんなもやろうとしてたんでしょ?」

 束はそう言うと、皆もじゃあ皆でやろうと言い出した。せっかく春樹も来たし、ISの開発者さんが来てくれたから、ということで皆でバレーをする事に。
 ジャンケンでチームを作った結果、一夏のチームはシャルル、鈴音、千冬で、春樹のチームはセシリア、ラウラ、山田先生である。
 束は春樹を応援する、と言っていたので見学している。
 この四対四の戦いが切っておろされる。


 などという楽しい海水浴はこれで幕を閉じた。
 結局最後まで海水浴場に来なかった箒は何をしていたのだろうか、疑問に思った一夏と春樹、そして束であったが、それはこの後の夕食で理由を聞くことにした。



  2


 楽しい海水浴が終わり、温泉も堪能して、(シャルルはとある事情により、部屋に備え付けてあるお風呂で済ました)今は夕食時。一夏達のクラスのみんなは一つの大部屋で夕食を取っていた。
 その夕食とは刺身やすき焼きといった豪華なものであった。
一夏は箒とシャルルに挟まれて座布団に座っている。一夏は隣の箒に話しかけて、海になんで来なかったのかと聞くと、気分が乗らなかったからとしか返してこない。
箒はぶつぶつと何かを言ったような気がした一夏だが、なんだか機嫌が悪そうな感じがしたのでそっとしておく事にした。
 一方春樹はテーブルを前に椅子に座って夕食を取っていた。左隣にはラウラが、右隣にはセシリアがいる。
 セシリアとラウラは正座に慣れていないので、一緒に食事を取る事になった春樹の彼女達への気遣いだろう。
 皆でわいわいと食事を楽しんでいると、部屋にとある女性が乱入してきた。頭にはウサ耳の形をしたカチューシャのような機械を付けており、浴衣姿の篠ノ之束が。
 いきなりの乱入に箒は驚いてしまう。自分の後ろには行方不明だったはずの姉がいるのだから。
 すると束は春樹の下へと歩いていき、そして春樹に後ろから抱きつきながら、

「春にゃん、話があるから、後でロビーで待ってるね」

 それだけを残して、みんなの部屋から出て行った。いきなりの事でさっきまでの楽しい雰囲気がなくなってしまっている。とても静かになってしまった。
 春樹は今の束にはちょっとしたムカつきを覚えてしまった。せっかくクラスで楽しくしていたのにこんな空気にして帰っていった。今の行動は何の為だったのか……。そう春樹は考えていると、セシリアがとてつもなく元気なさげな顔をしている事に気がついた。

「大丈夫か? 気分優れないのか?」

 春樹はセシリアにそう聞くと、セシリアは「大丈夫」と答えるのだが、表情は何一つとして変わっていなかった。
 そして春樹は悟った、今までのセシリアの行動と、束が目の前に現れてからのその態度。もしかしたら……春樹はなんとなく、核心は持てないにしてもそう思ったのだ。
 春樹はセシリアの耳元に顔を持って行き、吐息多めでコソコソと話し始める。

「セシリア、あのさ……夕食の後に俺の部屋に来てくれないか? 話したいことがあるんだ……」

 セシリアはピクッと身体を震えさせ、顔を赤らめて春樹の方にゆっくりと向き直る。そこには微笑んでいる春樹の顔があった。
 彼女は心臓をバクバク言わせながら、「はい」と答えて首をゆっくりと縦に振った。

「ありがとう、じゃあ待ってるから……」

 春樹は席を立って、この部屋から出ると束が待っているロビーへと向かった。
 廊下には誰もいない。恐らく、他のクラスは温泉に入っているだろうし、それ以外のクラスも皆自分達と同じく食事の時間だ。誰とも遭遇するわけがない。ただ、先生は別だが。
 さっき夕食を食べていたところからロビーは非常に近い。歩いてすぐだ。
 ロビーまで出ると、そこには束がさっきと変わらぬ姿で立っていた。彼女は春樹が来たのを確認すると春樹の下へと走って抱きついた。

「待ってたよ、春にゃん!」

 元気よく、子供らしく言う束。だが、春樹はそんな彼女とは対照的に物静かにぼそりと呟いた。

「束さん……なんで……」

「え?」

「なんで皆で楽しく夕食を食べているときにあなたが来るんですか?」

 束は春樹の態度を見てびびってしまい、春樹の身体から離れると、彼の顔を見る。その表情は明らかに怒っているのが分かる。

「それは……春にゃんに話があったから……」

「なら、メールで連絡すりゃいいでしょう? わざわざあそこに来る必要性なんてないでしょう?」

 束は何の言葉も返せない。春樹は続けて、

「あなたがあそこに来た事で楽しい雰囲気が台無しだ。この行事はね、重要な高校生生活の思い出になりうるものなんですよ? 束さんがあそこであんな行動をするから、それで楽しい雰囲気が壊れてしまったんですよ」

 海のときとはシュチュエーションがまた異なる。あの場は単純に遊びだったし、その場のノリが良かったので特に雰囲気は悪くはならなかった。
 確かに、一部の人の元気がなくなってしまったのは否定できないが、全体の雰囲気はよかったのは事実だ。
 しかし、さっきの行動は……あれは食事中だ。束の行動に食事中ということもあってか不快に思う人も多いだろう。

「これは一応IS学園の行事の一つなんです。ISの開発者であるから、俺達の専属メカニックであるからといって好き勝手やってもいいってわけじゃないと思うんです」

 束は一歩下がる。やはり何も言えない。

「それで、話ってのは?」

 束は春樹のその聞き方には冷たさを感じた。いや、いつもより言葉に温かさがない。完全に怒っている様だった。
 束は弱々しく、

「明日……暗部が動き出すから……気をつけてね……それだけ」

 そう言ったときの束の表情はとても不安に満ちて、本当に春樹の事を想っているのが伝わってくる。春樹はそんな束を見て心臓がバクバクし始める。

「……わかりました。ありがとう束さん。あと、気を付けるのは束さんもだよ」

 春樹はそう言った後、自分の部屋の方へと走っていた。
 そして、そこに残った束は遠のいていく春樹を見て不安な気持になる。もうこれ以上会えなくなる様なそんな気がして……。
 春樹は自分の部屋へと走る。自分の気持ちがどうにかなりそうだった。わけがわからない。この気持ちは何なのか……春樹には分からなかった。

(何だよ、この感じは……こんなの初めてだ……)

 すると、鈴音から電話がかかってきた。春樹はその電話に出る。

「もしもし、なんだよ鈴」

『なんだよって……あんた忘れてんじゃないわよ! 箒の事、忘れてるんじゃないでしょうね!?』

 箒の事とは、今日の海水浴のとき鈴音と話して計画されたことである。名づけて「一夏と箒の距離を一気に縮めてみようぜ作戦」――そのままである。
 要するに一夏と箒が二人きりの状態を作り出していい感じの雰囲気にしようというありがちなものである。

『こっちは準備OKだって言うのに……そっちはどうなの?』

「わりぃ、これからだ。大丈夫、上手くやるから」

 鈴音は笑いながら、

『ちゃんとやりなさいよね、まぁ箒もちょっと緊張しててリラックスさせるまで時間が少しかかるからそんなに急がなくてもいいから』

「了解、じゃあな」

『うん』

 通話を切ると、また再び自分の部屋へと向かう。部屋は一夏とシャルルと一緒の三人部屋である。
 春樹は自分の部屋に戻ると、そこには一夏とシャルルの二人が既に部屋に戻っていた。
 春樹は早速箒と会わせるべく、一夏にむかって言った。

「一夏、箒が呼んでたぞ。ロビーまで行ってこい、アイツが待ってるから」

 一夏の場合、この際ストレートに用件を言った方がいい。一夏の場合、変にひねって言うと変な誤解を招く可能性が大いにあるからだ。
 一夏は、「そうか」と言って何の疑問も持たずに部屋から出て行く。そして、春樹的にはシャルルもこの部屋から出て行って欲しかった。何故ならこの後セシリアがこの部屋にやってくるからだ。このとき春樹は何故この部屋に呼んでしまったのか、と後悔したが、それはもうしょうがないとして済ませた。

「シャルル、実は……セシリアと重要な話をこの部屋でしたいんだ。だから悪いけど……お願いできるか?」

「ふふ……いいよ。どれくらい?」

「そうだな……長くて二十分ってとこかな」

「ちょっと長いね。でもいいよ、その辺ぶらぶらしてるから」

「すまないな……」

 そして、シャルルもこの部屋からいなくなる。これでこの部屋には春樹一人だけになった。シーンとする自室。テレビも電源をつけないで本当に静寂に包まれる。

(束さん……なんで、そんな悲しい顔を?)

 春樹が真っ先に思い浮かんだのは束だった。何故自分が束のことでさびしい感じになってしまうのか分からなかった。
 だが、これからセシリアがこの部屋に来る。しっかりとお話をしなくては、と思う春樹。彼はセシリアの好意には気付いていた。
 彼女はイギリスの女性らしく、褒めると恥かしがりながら「よしてください」と言って謙遜する。
 特に春樹がISで褒めたりすると特に恥かしがるし、この前の買い物だってそうだった。春樹と一緒にお出かけできると思って嬉しがっていた。
 どっちかというと、あの時はラウラにずっと構っていたのだが、でもよくセシリアと視線が合ったのは事実。視線が合うと決まって彼女は自分から視線をそらしていく。
 そして今日の出来事、束と一緒に出てきた春樹……そして束と話していたとき、セシリアはなんだか寂しそうな顔をしていたのを覚えている。
 だから、そのことの確認を取って、そしてその話の決着をつける為に彼女を呼んだのである。


  ◆


 織斑一夏は春樹に箒がロビーで待っていると教えてくれたのでロビーに向かうべく廊下を歩いていると、セシリアに会った。

「お、セシリアじゃねえか。どうしたんだ?」

「いえ、ちょっと……」

 セシリアは誤魔化すように笑って答えると、彼女も一夏に問う。

「一夏さんこそどうしましたの? 一人で」

「まぁ……ちょっとな。箒に呼ばれてんだ」

「……そうなんですの」

 セシリアはビクッと身体を震わせたかと思うと何事もなかったかの様に話を進める。彼女はふと箒の事を思い出す。
 箒はどう考えても一夏の事が好きだ。詳しく聞けば小学校の頃は一緒だったみたいだし、このIS学園において六年ぶりの再会という事もあってか更に箒は一夏の事を意識してしまったのだろうとセシリアは考査した。

「まぁ、なんだ。お互いに人待たせてるみたいだし、これで……」

「そうですわね。それでは」

 セシリアがそう言って、一夏とは逆の方向へと向かう。一夏は一体何処に行こうとしているのか分からないが、とりあえず箒を待たせているので急いでロビーの方へと向かう。
 一夏は色んな生徒とすれ違い、ちょっとした視線を受けながらロビーへと着くと、箒はロビーにある椅子に腰掛けていた。
 箒は一夏がやって来たことに気がつくと、顔を赤く染めながら身体を硬くする。心臓が無駄にドキドキするなか、一夏が近づいて声をかける。

「よぉ、箒。待たせたか?」

「い、いや……大丈夫だ」

「そうか。で、なんだよ用事って」

「えっと……とりあえず夜風に当たって散歩しながらでいいか?」

「ああ、いいぜ」

 一夏と箒の二人は旅館から出て行く。目の前には月で照らされてこれまた美しい海が広がっている。今は雲ひとつなく、しかもそれなりに涼しい、というちょうど良い環境。夏にしては凄く過ごしやすい気温だ。
 二人はしばらく歩き、旅館から離れて人の雰囲気も感じられなくなったところで二人は地面に座って海を見ながら黙っている。
 ちょっとの間、この幻想的で美しい海を見ながら、箒は言った。

「い、一夏……明日は何の日か覚えているか?」

 明日は七月七日……つまり、篠ノ之箒の誕生日なのである。
 箒は期待していた。一夏が自分の誕生日を忘れているはずがない。卑しいかもしれないけど、何かしてくれるだろうとそう思っていたのだ。

「当たり前だろ、幼馴染の誕生日くらい覚えているさ。ガキの頃皆で祝っていただろ、春樹と一緒にさ」

「そうか……そうだったな……」

 一夏が言った言葉は正に箒が望んでいたのと同じ言葉だった。箒は妙に身体が熱くなるのを感じながら、気分が高まっていく。
 すると、一夏は思い出し笑いをしながら、

「そういえば、覚えているか? 箒の誕生日のときにさ、春樹がくしゃみかなんかしてケーキのロウソクを消しちまった事」

「ああ、あれか。あの場は皆で笑っていたな。今となってはいい思い出だ」

 箒もそのことを思い出して笑う。そして、落ち着いてくると、箒は髪を留めているリボンに手をやって、思い出に浸るようにした。そして一夏に聞く。

「……これの事、覚えているか? 私の一〇歳の誕生日にこのリボンをプレゼントしてくれた事」

 一夏は箒がリボンの事を言っているのに気付き、

「もちろん。忘れるわけないじゃないか」

 箒は一夏の顔を見つめながら、

「私はな、一夏がこのリボンをプレゼントしてくれたとき、本当に嬉しかったんだ。一生大事に使うんだってその時決めた。だから、今でも大事に使っているんだ」

 一夏は正直、箒が言ってくれたことはとても嬉しかった。凄く前のことなのに、箒は忘れずに、しかもそのときのプレゼントをずっと使い続けてくれたのだ。大事に使ってくれた。一夏は逆に感謝したい位の気持ちになる。

「ありがとう箒。そんなに大事に使ってくれて」

 そして箒は黙り込む、一夏の方をチラチラと見ながら、それから息を大きく吸って一夏の方をしっかりと見る。

「……一夏。……明日、大切な話があるんだ、だからその……明日の夜、時間を空けておいてくれないか?」

「え? いいよ、大丈夫だ」

 箒はこのとき決心していたのだ。明日、一夏に告白する事を。
 しかし、正直こうやって真正面から言うのはとても恥かしい。春樹には真正面からぶつからないと一夏を振り向かせるのは難しいと聞いていたのでやってみたものの、やはりこうやって言うのは恥かしかった。
 そして一夏は、目の前の少し顔を赤くしながら恥かしがっている箒を見てドキッとしてしまう。このとき、彼には箒の事がいつも以上に可愛く映っていた。
 彼女が告げたその大切な話というのも変な期待をしてしまう一夏であったが、もしその期待が外れてしまったならば虚しく感じてしまうだろうと思って必死で自分を騙そうと平常心を保とうとしていた。

「じゃ、じゃあ、おやすみ。また明日な」

 箒はそう言ってその場から立ち去ってしまう。箒はこの場から一秒でも早く逃げたかったのだ。そうしないと自分を保つ事が出来なくなりそうだったから。
 そして一夏はその場から立ち去って行く箒の後姿をじっと見ていた。さっきから変に箒の事を意識してしまう。変な気持ちだ。
 今まで幼馴染だと思っていた箒をこういう風に感じることはこれが初めてだった。 
 もはや一夏はこのとき箒を一人の女性として見ていた。
 この感情は何なのか、これが恋というものなのか、これが人を好きになる事なのかと一夏は思う。
 そして、一先ず部屋へ戻ろうとしたそのときだ。とある女性の泣いている声がかすかに聞こえてきた。後ろの木の陰から聞こえてくる。いつからいたのだろうか、そう思いながら一夏はその泣いている声の下へと行ってみる。なんとなく聞き覚えのある声だったような気がしたからだ。
 すると、見覚えのある女性が見えた。その女性は篠ノ之束。すると束は近づいてきた一夏に気付く。
 泣いているところが見られた。もう何がなんだかわかんなくなった束は一夏に抱きつく。

「ちょっと、束さん!? どうしたんですか、いきなり……」

 束は涙を流して、そして苦しそうに声を出した。

「春樹に嫌われたかもしれない……もう、駄目かもしれない。一夏ぁ……私、どうすれば良いと思う?」

「どう、って……」

 一夏は何でこうなってしまったのか、よく分からないのだ。春樹に嫌われた、もう駄目かもしれないというのはどういうことなのか、その理由を束に詳しく聞いてみる。すると、束はゆっくりと一夏から離れる。

「あのね、さっき……春にゃんに怒られちゃったんだ……。なんで食事中にあんな事をしにきたのかって」

 確かに、食事中に束が来てそして春樹と何かを話した後、束は部屋から出て行った。そのときの春樹はなんだか不機嫌だったのを一夏は覚えている。
 たぶん、あの時クラスの皆が静まり返って雰囲気が悪くなってしまったことに怒っているのだろう。
 一夏は束の気持ちは確証は持てないが分かっていた。恐らく束は春樹の事が好きだ。何故好きになったのかは一夏には分からないが、海の事とか、食事中に春樹に抱きついた事とか見ていれば一目瞭然である。
 これまでも束と会う機会が多かった様である春樹は何らか事があるのだろう。しかし、この二人は付き合っている。という事ではなさそうだ。
 そして束も、異性を好きになる事はこれが初めてなのである。
 そう、これは初恋。
 初めての恋というものはやはり経験がないせいか上手くいかないものである。しかも相手は春樹。一夏の知る限りでは彼は未だ女性と交際したことがないはずである。

「絶対に嫌われたよ……どうしよう……ねぇ、どうしたらいいの!?」

 束は若干ヒステリックにそう言った。

「束さん。大丈夫ですって。春樹はきっとこの程度で人を完全に嫌うという事は無いと思いますよ。アイツはちゃんと自分のやってしまった過ちを反省したら、何事もなかったかのように次からは接してくれます。春樹はそういう奴ですよ」

 この前のラウラ・ボーデヴィッヒのときもそうだった。一度は道を踏み外してしまったが、その後ちゃんと反省し、そして今では春樹とラウラはもう仲良くやっている。そして一夏たちとも友達になれた。もうラウラは一夏達の大切な仲間だ。

「……ありがとう、一夏。私、ちょっと元気出てきたよ、ありがとう」

「いいえ、色々と頑張ってくださいね」

 束は自分を励ましてくれる一夏には感謝していた。
 そして、一夏には自分の組織に入ってもらう人物。という事は、今後春樹の事で相談できそうだな、と思っていた。
 更にもう一つ。明日には一夏と箒には重大な責務を負わせる事になってしまうかもしれない事を、申し訳ない気持ちなっていた。
 すると、一夏はあることを聞いてみる。

「束さんは結局、春樹のことが好きなんですか?」

「うん!」

 一夏の質問に束は笑顔で、そして元気良く、力いっぱいにそう答えた。


  ◆


 箒は旅館へと戻ると、辺りを見回し誰かを探している様子の織斑千冬に出会った。箒がどうしたのだろうかと千冬に近づくと、彼女は箒を見るなり、

「ああ、篠ノ之。一夏を知らないか?」

 と聞いてきた。箒はさっきまで会っていたので、どこにいるのかはわかる。だから、正直にどこにいたのかを話す。

「え……ああ、さっきまで会ってましたよ。一緒に夜風にあたっていました」

「そうか。すまないが、呼んできてくれないか?」

「はい。分かりました」

 箒は一夏を探す事になったので、再び外へと出る。さっきまで一夏と一緒にいた所まで歩き、その付近を捜す。
 しかし、見当たらない。もう旅館へと戻ってしまったのだろうか、と思うが、戻ったのなら自分とすれ違ってもおかしくないと思ったので、まだこの辺りにいると予測する箒。
 すると、森林の方から声が聞こえてくる。一夏の声のような気がしたので、もしかしたらと思い、その声のした方へと行ってみる。そこには一夏と、自分の実の姉、篠ノ之束がそこにいた。二人とも身体が妙に近く、そして二人とも笑顔で話し合っている。
 このとき、箒は嫌な気持になった。自分の好きな男性が他の女性、しかも自分の姉と、二人きりで楽しそうに話をしている。しかも人目につきにくいところで。さらに一夏と束の二人は寄り添っているようにも見えた。
 こんな状況であるから、ネガティヴな思考に陥ってしまう箒。
 その原因の一夏の事も別にやましい事でもないし、ただの人生相談の様なものだから責められない。こればっかりは誰も悪くなく、タイミングが悪かった、としか言えないだろう。
 箒はそんな光景を見て目から自然に涙が出そうになる。自分の気持ちがモヤモヤしたものになり、自分の感情もわかんなくなる。頭の中は混乱して何を考えていたのかも忘れて思考停止に追いやられてしまう。
 箒はその場から逃げ出す様に旅館へと走る。
 旅館へと戻ると、千冬が話しかけてくる。

「篠ノ之、一夏は見つかったのか?」

 しかし、箒はこんな状況で言えるはずもなく、

「いいえ。すみません、見つかりませんでした」

 と答え、すぐさまその場から去る。今にも涙腺が崩壊しそうで、誰にも涙を流しているところは見て欲しくないからだ。だけど、誰かを頼りたいのも事実。箒はこんなときに頼れる人物といえば春樹か鈴音だが、今回ばかりは女性である鈴音しか頼りに出来る人がいない。人気がいないところ、もう皆入浴時間が終わっていて誰も来ないであろう風呂の方へと向かった。そして鈴音に電話をする。

「鈴……」

 そしてついに涙腺が崩壊してしまい涙が溢れてくる。鈴音は涙声になっている箒を変に思い、

『箒どうしたの? ねぇ今どこにいるの? 今から箒のところに行くから』

「お風呂のところだ……」

『分かった、お風呂ね』

 そう言うと鈴音の方から電話を切った。
 そして箒は近くにある椅子に座り込みあふれ出てくる涙をどうにかしようと必死に涙を押さえ込もうとする。だが、止まることはない。止まってくれない。自分では止まって欲しいと思っているのにも関わらずだ。
 必死に自分の感情と戦っていると、鈴音が来てくれた。鈴音は箒を見るなり駆け寄って箒の事を優しく包み込んだ。
 鈴音の顔の横に箒の顔が来る。ボロボロに泣いていた箒の顔は、せっかくの美人が台無しになるほどだ。

「箒、どうしたの? こんなになるまで泣いちゃって……」

 鈴音は内心焦っていた。つい先ほどまで「一夏と箒の距離を一気に縮めてみようぜ作戦」とか言って二人きりさせた。そして、いま目の前には箒がボロボロに泣いている。最悪の事態も予測した鈴音は自分のせいで……と思い、深刻に考えてしまう。

「一夏が……姉さんと……」

「箒のお姉さん……一夏と束さんがどうしたの?」

「一緒に……楽しそうに話していたんだ……寄り添いながら」

 鈴音は何かの間違いだろうと思った。まさかあの二人がそんな関係になるとは思えないからだ。
 とは思ったものの、束と一夏は小さい頃から知り合っていた様だし、可能性があることは否めない。だが、長い間会ってもいないのに、いきなりそんな関係になるとは考えにくい。
 なんだかんだ言って一夏はそういう恋愛事は真面目に考える人で、そういう色恋沙汰に敏感になる中学生のときも、そういうことは真剣に考えていた。
 はっきり言って一夏は容姿も良いしモテる。だが、今まで一夏は女の子と付き合ったことがなかった。本人曰く、付き合うなら本気で好きになった人にしたいと言っていた。たかが中学生のお遊びの様な付き合いに対しても良く考えていた一夏。そんな彼がお互いの事をあまり知っていない束の事をすぐさま好きになるのだろうか、と思うと首を捻りざるを得ない。
 だが、本当に一夏の初恋が束だったとなれば洒落にならない。箒の事を更に悲しませてしまう。
 鈴音はそんなことあるわけない。と自分に言い聞かせて「大丈夫」だと思い込ませていた。

(一夏なら、箒の事を真剣に考えてくれているはず……)

 鈴音は一夏が箒にプレゼントをちゃんと用意してあることを知っている。前に相談を受けたからだ。だから、一夏は箒の事を想ってくれている。そういった確信を持っていた。
 ただ、このタイミングでそれを言うわけにはいかない。だが……。

「箒、明日はアンタの誕生日でしょ。もしかしたら、一夏が何かくれるかもね」

 プレゼントの内容は言わない。だけど、こんな箒をほっとけるはずもなく、プレゼントの事をほのめかす程度で箒の事を励ます。

「そう……だろうか……?」

 箒は顔を上げて鈴音の方を見ながら言うと、鈴音は笑顔で言った。

「うん。きっとそうだよ。一夏の事だもん、用意してくれていると思うよ。だから、明日になれば……ね?」

 その言葉に励まされた箒は少しだが、笑顔を取り戻す。

「そう……だな。別に、姉さんとそういう関係になっているという確信はまだ持てないもんな」

「そうだよ、だから箒は安心して明日を待ちなよ!」

 鈴音は箒を励まし、そしてしばらくの間、箒が落ち着きを取り戻すまで一緒にいてあげた。
 箒は鈴音という親友を持って本当に嬉しいと、その時思ったのだった。


  ◆


 一方、セシリアは春樹が独りだけでいる部屋にやって来た。その部屋にはセシリアと春樹の二人だけである。
 セシリアはこの二人だけの空間に身体が硬くなる。もし、変なことが起こってもおかしくはない。何故なら年頃の男女が二人だけでいるのだから。

「セシリア……」

「は、はい!」

 ふと、春樹はセシリアの事を呼ぶと、彼女は慌てたように返事をする。そして、春樹は単刀直入にセシリアに尋ねた。

「お前、俺の事……どう思ってる? いや、もっと直接的に言うかな……。俺の事、好き……かな?」

 あまりにも質問が直球過ぎる為か、セシリアは慌て、そして恥かしがりながら、あたふたしてマトモに話すことが出来ない。
 しばらくして呼吸を整えると、セシリアは言う。

「私は……その……春樹さんの事が好きですわ。あの最初に戦ったあの日から、ずっと……」

「そっか……」

 春樹はセシリアの気持ちは十分に分かってあげたし、嬉しかった。
 だが、素直に彼女の気持ちを受けとることは出来なかった。まだ、自分の中にあるモヤモヤする何かがまだ残っているし、そして今自分の置かれている状況が、セシリアと交際することを許すわけにはいかなかったからだ。
 仮にセシリアの気持ちを受け止めてあげて彼女と交際することになったとしても、その当の本人である春樹のせいで彼女を苦しめる事にもなりかねない。
 そして、春樹には決意している事がある。それは、「篠ノ之束を命を懸けて守る」というもの。これだけは、あの二年前のドイツ軍基地襲撃事件から、それは決めた事だ。何より、春樹は『束の組織』に入って暗部の活動をしているのだ。彼女を巻き込むわけにはいかない。特に『因子』を持たないものが関わったのならば、命はないだろう。だけど、春樹にはその力がある……だから。
 だけど、セシリアと付き合ってしまえばその責務はどうなる?
 正直なところ、恋愛などしている暇は無かった。いつ暗部の奴らが束の命を狙ってくるのかも分からない。そんな状況で女の子と遊び惚けているなど言語道断だ。彼は束を命を懸けて守ると決めたのだから。
 だから、春樹は強くならなくてはいけない。春樹がISの操縦が上手く、そして強かったのはそういう理由があるからだ。
 目標があれば人は努力できる。その言葉の下、春樹は今まで自分を鍛えてきたのだ。

「その気持ちは凄く嬉しいよ……でも、今の俺にその気持ちを素直に受け止めてあげる事はできないんだ」

「え? どうして……。理由を言ってください!」

 セシリアは春樹に詰め寄りながら自分の告白を断った理由を尋問のように聞き出そうとしていた。

「俺は……束さんを守らなければならない立場にいるんだ。これ以上のことは言えない、セシリアを危険な目に合わせるかもしれないからね……。でも、もう一度言うけど、セシリアの気持ちは本当に嬉しかったよ」

「春樹さんは……束さんの事が好きですのね」

「……!? 違う!」

 春樹はセシリアの言葉を聞いた瞬間に胸の辺りにズキッという痛みを感じた。しかし、こんな感じになるのは初めてだ。
 しかも、「違う」とは言ったものの、本当にそうなのか、と自分のその感情に疑問を抱いてしまう。

「嘘ですわね……」

 セシリアはそう言うと、春樹は黙り込む。
 春樹はどの感情が正しくて、何が間違っているのかわけが分からなくなってしまう。

「じゃあ、俺は……どういう風に考えればいいんだよ! 何が本当の気持ちなんだよ! 教えてくれよ……!!」

 春樹は混乱していた。そしてついセシリアに向かって叫んでしまう。女性に怒鳴りつけるというのは褒められたものではない。だが、今の春樹はそれをもしてしまうほどのストレスを感じていたのだろう。今まで辛い訓練に命がけの実戦。数々の辛い出来事、わずか一六歳の男の子が耐えれる精神のマージンを優に超えてしまっているのだ。今まで耐えてきただけでも凄い事だろう。
 それが、今回の事も含めて様々な要因が重なり、ついにそれが爆発してしまったのだろう。

「そんなの分かりません。それは春樹さんの気持ちなのですから、私が分かるわけないでしょう!?」

 その時、春樹はついカッとなってしまい、セシリアの事を押し倒す。セシリアの浴衣が少しはだけてしまうが、春樹はそんな事は気にしなかった。春樹はセシリアの事をまっすぐ見つめながら、こう言った。

「そうだよな、お前が俺の気持ちなんて分かるはずがないよな……! 人の気持ちなんて他人に分かるわけねえよな……俺の本当の気持ちが……!」

 春樹は八つ当たりをする様にセシリアに言葉をぶつける。自分が出来る最大の事を……。
 しかし、セシリアは極冷静に、真剣に春樹の事を見つめて。

「春樹さんは……今まで私たちに色んなことを教えていただきました。でもそれは、きっとあなたが目標の為に頑張ってきた事を私たちにも教えてくれたということ。春樹さん……自分の気持ちにもっと正直になりましたら? その目標……本来あなたは何を望んでそうなったのかをまた思い出してみましょうよ」

 自分の目標。
 春樹が忘れかけていた、命がけで束を守ることに決めたその原点。それは、一夏が誘拐されたことから始まった。あのときに、春樹は目の前で行われている一夏の誘拐に何のアクションも取る事が出来なかった。それが悔しかったのだ。だから、強くなりたいと願った。自分の大切な人を守る為に。
 だから千冬にお願いして、ドイツ軍基地まで足を運んだのだ。
 そして、その時に……束と……。

(そうか、俺は……。でも、それでいいんだろうか?)

「セシリア……その……ごめん」

「ええ。それより……この格好をどうにかしてくれますか?」

 今の二人の格好は春樹がセシリアの事を押し倒したかのような状態。まぁ、実際押し倒したのだが……。
 しかし、こんな所を誰かに見られたら……、それを思うと背中がぞっとした。自分だけでなくセシリアまで迷惑をかけてしまうことになる。
 そう思った瞬間だった、部屋のドアが開く……そこに入ってきたのは織斑一夏だった。彼は目の前の光景に驚愕していた。
 春樹は慌ててセシリアから離れるが、その行動が更に一夏に不振感を抱かせてしまう。
 この部屋の空気が凍りつく。
 シーンとする中、春樹はセシリアに部屋に戻るように言った。彼女を早くこの空気から開放させる為に。元はといえば自分が悪いのだから。
 セシリアは黙って首を縦に振り、春樹の顔を見てそそくさとこの部屋から出て行く。
 すると一夏は普段より低い声で怒った様に言う。

「春樹……お前……何してた?」

「いや、やましい事は何一つない。ちょいと言い争いになっちゃてね。で、俺がキレちゃってああなった」

一夏は春樹を睨みつけながら、

「本当か?」

 と問うと、春樹は、

「本当だ……」

 と言うが、一夏はこの春樹の態度には納得がいかず、信じきる事ができなかった。
 いつもの春樹ではない、と一夏は思った。いつも通りの春樹ならば、こんなテキトウな返事はしない。もっと理性的にものを言うはずである。だが、今の春樹にはそれがなかった。一夏は何かがおかしいと思いながらも、春樹に先ほどの事を伝える。

「そうか、ならいい……。それから、さっき束さんに会ったよ」

 春樹は身体を少しビクッとさせた様な気がしたが、何事もなかったかのようにぶっきらぼうに言う。

「ふーん……それで?」

 やはり今の春樹は何かがおかしいと思う一夏。彼のテキトウな態度を見て一夏は正気に戻させようとキレる。一夏は畳に座っている春樹の胸倉を掴んで無理やり起こさせる。そして、壁に春樹の体を押し付けた。

「それで? じゃねーよ!! 束さんは泣いていたんだ!!」

 一夏は叫ぶ。それに身体を震わせて反応する春樹。

「泣いていた?」

「ああ、さっきまで束さんと話していたんだ。束さんの気持ち、沢山聞いたよ……。春樹、お前は束さんに愛されてんだよ、惚れられてんだよ!! お前気付いていないのかよ!?」

 春樹はなんとなくだが、自分の気持ちのモヤモヤ感が少しだが晴れた気がする。春樹はこのとき理解した……、自分の気持ちが何なのかを。

「…………」

 春樹は黙り込む。そして数秒の間、二人の入る部屋は静寂に包まれていた。そして、春樹の口から言葉が発せられた。

「束さんは……何処にいる?」

「……この旅館を出て少しの所、木が沢山生えている所だ」

 それを聞くなり、春樹は胸倉を掴んでいる一夏の手を無理やり解き、そして部屋から飛び出る。

「きゃ!?」

 という声が聞こえてくる。その声の主はシャルル・デュノアもといシャルロット・デュノアであった。今の声は凄く女性らしく、シャルルもマズイと思った。だが、そんなことを気にもせず春樹は何処かへと行ってしまう。
 春樹はロビーへと走る。するとそこには織斑千冬がいた。

「どうした春樹、そんなに急いで、何かあったのか?」

 と聞くが、春樹はその言葉すらを無視して旅館から抜け出した。
 春樹はひたすら走る。すると、木が沢山生えていて、海が綺麗に見えるところまで出てきた。そこは先ほどまで一夏と箒が話していた場所だ。
 春樹は周りを見回すが、誰もいない。春樹はISを起動させ、ハイパーセンサーだけを機能させる。この付近の人の気配を感じようとするが、反応がない。
 束は何処かへと行ってしまった。
 その事が、春樹の胸に突き刺さる。何か物足りないような、悔しいような、様々な感情が胸の辺りを渦巻いている。
 その後も春樹は束がいそうな場所を何箇所も探したが……見つけることが出来なかった。

「くそっ……束さん……話したいことがあったのに……」

 春樹はそう呟き、そして彼の夜は更けていった。



[28590] Episode4 第三章『失敗-Silver-』
Name: 渉◆ca427c7a ID:7b53eb7b
Date: 2012/10/13 15:54
  1

 七月七日、臨海学校研修二日目。本日からISについて真面目に触れられる。
 専用機を持たない一般の生徒は量産機で操縦の練習を行い、そして専用機を持っている生徒はその専用機の企業や団体からのバージョンアップパーツが送られてきたり、実際に現地に来て専用機をチューンしていったりする。そのパーツのテストを行ったり、チューンしたISの起動実験をするのが今日の目的である。
 専用機持ちのメンバーは一般の生徒とは少し離れた場所で集まっているが、四組の四人の専用機持ちの生徒はここに居合わせていない。いや、元々この臨海学校研修には参加していない。ここで行われるバージョンアップパーツのテストは彼女達の本国で行われるらしいからだ。だから、四組の専用機持ち全員は、現在本国へと帰国している。
 ここにいるのは、織斑一夏、葵春樹、篠ノ之箒、セシリア・オルコット、鳳鈴音(ファン・リンイン)、シャルル・デュノアにラウラ・ボーデヴィッヒである。
 そしてこの場の責任者として、教師である織斑千冬がこの七人の目の前に立っている。
 その他には一夏の白式(びゃくしき)、春樹の熾天使(セラフィム)、そして箒の紅椿(あかつばき)のメカニックである篠ノ之束もそこに居合わせていた。

「それでは、専用機を所持している諸君は、各自バージョンアップパーツのインストール等を開始し、テストをしろ」

 織斑千冬がそう言うと、そこにいた七人の生徒と、一人のメカニックが一斉に動き出した。
 セシリアは高機動用のブースターパーツで鈴音は龍砲の強化パーツ。シャルルはシールドの強化パーツ。そしてラウラは新たなるレールガン、パンツァー・カノニーアである。
 彼女達はそれぞれ自分のISに新しいパーツをインストールする中、一夏、春樹、箒の三人は篠ノ之束の前に立ち、ISの本体のみを出現させた。
 今回、どういったチューンを行うのかと言うと、白式には射撃武器を追加させると言ったものであった。
 白式は元々、超高機動の接近戦闘型のISであるが、やはりそれだけではこれからの戦いは勝ち抜いていけない。雪片弐型による零落百夜の一撃必殺を目的とするならば、牽制を目的とした射撃武器ぐらいは欲しいところなのだ。ただ、総重量は少し重くなってしまう為、加速力は少し落ちてしまうが、それでも理論上は全ISの中でも第二位の最高速度を誇っていた。
 何故、最初から装備していなかったのかと言うと、一夏には射撃武器に頼らず機動だけで戦闘する、という事を覚えさせる事で、高度な操縦技術を身につけてもらう、というのが目標であったが、その目標に達したので、この度ついに射撃武器を追加する事になったのである。
 そして、春樹の熾天使(セラフィム)であるが、このISは篠ノ之束が暗部と戦う為だけに作り上げたISであり、近・中・遠距離全てに対応する武器を所持している。
 近距離戦闘用に日本刀を模した実体剣のシャープネス・ブレードがあるが、天使を模しているこのISに何故日本刀なのかというと、葵春樹が剣道をやっていた事があり、日本刀を構えればカッコいいのではないのか、という束の勝手な考えでこうなったのであった。
 そして、接近戦闘用武器のビーム系武器としてサイズがあるが、死神と聞いて一に想像するであろう鎌を何故、天使を模しているISに装備したのかと言うと、これまた束の独断でカッコいいからという理由である。
 そしてメイン武器である中距離から近距離で戦う事になるブレイドガンである。ビーム系の弾丸に銃の先端に実体剣をつけている、という武器である。
 そして、遠距離武器として、バスター・ライフルというものがある。大型の砲撃武器で、ビーム系の砲弾を撃ち出す武器である。熾天使(セラフィム)の武装中、火力が一番高いのはこのバスター・ライフルである。
 これだけの武装があるため、今回、追加武装は無く、基本性能の向上を目的としてチューンアップが施される。
 そして、箒の紅椿はこの後起こるであろう事態に備え、能力リミッターを解除する事になるが、箒にはただの基本能力向上を目指したチューンという事しか伝えなかった。詳しく伝えるのは彼女が正式に束と協力関係を持ってからだろう。
 そして春樹と束との関係は少し距離を置いた状態になっていた。昨日の夜、束を探し回った春樹だったが、そのまま見つけられず、次の日になり今こうやって対面している。しかし、その二人の関係は昨日の海水浴のときとは全く違い、ぎこちなさが見られる。
 それに春樹はセシリアとも距離を今は置いている。昨日の今日では仕方が無いのだろう。
 そして箒も一夏とは少しだけ距離を置いている。今は一夏と束の関係を良く観察して、昨日の事はどういうことなのか、そういった関係なのだろうか、と判断する材料を集めている。

「じゃあ、始めようか。じゃあ一夏、今回のチューンアップで追加された射撃武器のテストを行ってみようか」

 一夏は白式を一回待機状態であるガントレットに戻してから、今度は装備する為にISを展開する。一夏の身体が、白い鎧に包まれる。すると、通信回線から束の声が聞こえてきた。

『装備の一覧を見てごらん。新しい武器があるでしょ?』

 一夏は網膜投影されているモニタを確認。確かに、白式に新たな武装が追加されていた。
 ビームガンという小型のビーム系射撃武器である。ただし、それは無理やりISに装備されているようなもので、腕のところにビームの発射口が取り付けられている……と言うよりは埋め込まれている、と言ったほうが見た目的には正しいかもしれない。
 白式には武装を追加できる領域が存在していない。だから正統な方法では白式に武装を追加する事ができないのだ。だから束は無理やりだが白式自(・)体(・)を改造する事で射撃武器を装備する事に成功した。 

「確認しましたよ、束さん」

『りょ~かい。じゃあ、今からターゲットを用意するから、それで試しながら照準とかを調節していってね』

「わかりました」

 と一夏は言うと一夏は一回空へと飛ぶ。ISを模したターゲットがホログラムで現れる。一夏は早速そのターゲットに向かってビームを撃つが、そのビームはとんでもない方向へと向かっていった。照準が大きくズレているのだ。

『ありゃりゃ、随分とズレてるね……。今のズレからみると……照準を右へ12000程度調節してみて~』
 
 この「12000」とはミリメートルの事で、照準を右へ12メートル調節しろ、と言う事である。
 一夏は指示通りに照準を12メートルずらしてもう一回発射してみるが、またも当たらず。だが、掠る程度にはなってきたので、これからは自分の感覚でやっていくだけだ。

『じゃあ一夏、後は自分で調節して……射撃練習でもしてなよ』

「分かりました」

 一夏は一人で調節を始める。
 照準を少しずつ調節していって、ピッタリになるように微調整を繰り返す。その調整を五分程度続けてやっと照準がしっかりと合った。やはり慣れていないことは何かと時間がかかってしまうな。と思った一夏は射撃練習へと移った。
 一方、春樹の熾天使(セラフィム)と、箒の紅椿は束のチューンアップを受け、二人で模擬戦を行っていた。
 箒はあまりにも能力が違う紅椿に正直戸惑っていた。自分の知っている紅椿でないようにも思えてくる。それほど“速い”のだ。
 最高速度や加速力を見ると一夏の白式にも引けを取らないぐらいの性能だ。今のところはその紅椿の性能を持て余して振り回されてしまっている。
 だが、その速さも身体に馴染んできた箒は自分の知らない未知の領域を体験する事になるだろう、と少しばかりカッコつけた事を思ってみた春樹。
 しかし、春樹も少々この熾天使(セラフィム)に苦戦している。動きが凄くピーキーになっており、メリハリの利いた動きになっている。端から見ればとても危なっかしい動きに見えるが、反応速度がとても速くなった分、素早い回避が可能である。だが、それも使いこなせたら……の話だが。

「箒。どうだ、そっちの方は?」

「ああ。少しずつだが、この速さにも慣れてきたよ」

「そうか、こっちも段々とだけどこの反応速度の速さに慣れてきたところだよ。じゃあ、そろそろ本気で行くか!」

「うん!」

 箒は力強く返事をして、紅椿を前進させようとしたときである。いきなり山田先生の甲高い叫び声が聞こえてきた。その場にいた皆は何事かと思い一斉に山田先生の事を見る。

「織斑先生!!」

 山田先生のその声は、焦りが見られとんでもなくヤバイ事が起こっているかの様にも見えた。
 千冬と山田先生は何やら話し出すが、何を言っているのかわからない。生徒達に聞かれても内容をわからなくする為の処置だろう。

(来たか!?)

 春樹はついに暗部の組織が動き出したのかと思い、束の下へと行きISを一時解除する。こうなれば、公私をわきまえて、昨日何があったとしても気にすることなく動かなくてはいけない。

「束さん」

「うん。箒ちゃん、一夏、こっちに来て!」

 一夏と箒は束の指示通り、束も下へと行き、ISを解除する。そして、千冬と山田先生が話しているところに束、春樹、一夏、箒の四人が介入。

「……束。どうやら、お前の出番らしいな」

「そうらしいね」

 千冬と束は目を合わせてそう言った。そして、千冬は生徒達に指示を飛ばす。

「本日のISテストは中止、全生徒は早急に旅館へ戻れ!」

 専用機を持っているセシリア、鈴音、シャルル、ラウラの四人はその言葉に驚く。このISのテストを中止せざるをおえない状況になっている、という事を理解したからだ。

「すみません、先生。何故ISのテストを中止するのですか?」

 シャルルは千冬にどうしてなのか、を問うが、千冬は冷たく返事を返す。

「それは貴様らには教えられない。すまないな……、とにかくお前らは自分のISを回収しだいすぐに旅館へと戻れ、いいな」

 そう千冬は言うと、山田先生、篠ノ之束、葵春樹、織斑一夏、篠ノ之箒と共に旅館の方へと走っていった。
 残った四人は一体何が起こっているのか、そして、春樹と一夏と箒までなんで一緒についていったのか、それがすごく気になっていた。

「ラウラさん、一体どうしたのでしょうね?」

 セシリアは問うと、軍人であるラウラはキリッとした態度で答えた。

「それは我々が詮索していいものではない。先ほど教官が教えられない、と言ったからな。機密事項なのだろう」

 今度は鈴音が会話に入ってくる。

「でも、なんで一夏と箒まで……春樹はなんとなく怪しい事に首を突っ込んでいるのは分かってたけど……」

「それは僕も思ったんだ。何であの三人が……」

 次はシャルルが会話に入る。

「もしかしたら……」

 ラウラは呟くと他の三人がその言葉に異様に食いついた。

「もしかしたらって……どういうこと!?」

 シャルルはラウラに対して少し叫んでしまった。

「それは、旅館に戻ってから話そう。とりあえず教官の指示通り早く旅館に戻るんだ」

 ラウラは自分のISの下へと行き、待機状態のレッグバンドへと戻す。それを見た他三人も自分のISをそれぞれの待機状態へと戻し、そして四人は旅館へと戻っていった。



 織斑千冬と篠ノ之束。そして織斑一夏と葵春樹、篠ノ之箒の計五名は旅館のとある部屋を使わしてもらっていた。ここにはその五名以外は誰もいない。
 ホログラムで映し出された画面には銀色のISが映し出されていおり、一夏たちの目の前に千冬が立つ。

「では、現状の説明をする――」

 現在、アメリカとイスラエルが協同して開発されたIS、銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)が今日未明、ハワイ沖でテスト運用、そして暴走したという。
 さらにそのISはこの臨海学校の上空を飛び、IS学園の生徒に危険が及ぶ可能性があるとして早急にそれを無力化、停止させたいというのがこちらの考えであり、この問題については教師一同で何とかするという話になっていた。

「ちょっとよろしいですか、織斑先生。それでは何故私たちがここに呼ばれたのですか?」

 箒の疑問ももっともである。何故、春樹たち学生がこんなにも危険な事件に首を突っ込む事になるのか。それは、篠ノ之束がここに来る前にとある連絡を受けていたからである。

「それは束が説明してくれる」

 千冬がその場を退けると篠ノ之束は千冬が居た場所に立ち、

「じゃあ私から説明するね。実はここに来る前に一つの連絡があったんだ……。国際IS委員会からの連絡がね」

 一同は驚愕した。なんていったって、国際IS委員会という、世界中のインフィニット・ストラトスを管轄している組織である。各国のISの保持数やその動きを監視しているのだが、その組織が実質暗部組織である束の下に連絡をよこしたのだ。
 世間一般ではISの開発者である篠ノ之束は行方不明、という事になっているが、裏の世界ではちょっと違う。篠ノ之束は裏の世界で動いている。そのことは裏の世界の人々にとっては常識である。だからこそ、篠ノ之束は命をいま狙われているが、その理由はいまだ分からない。

「続けるよ。国際IS委員会は暗部組織の動きを察しているんだよ、今現在大きな動きを見せていることをね。だからこれに対抗する組織を立ち上げたいという案から、私の組織をバックアップしたいという話が出たんだよ。そして、今回のISの暴走を解決に導けたのなら、私の組織を正式にバックアップしてくれるという話が舞い込んできた」

 つまり、今回の銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)の暴走は前から予測されていたということ。暗部の動きをある程度察知しているようなのである。

「そこで一夏、箒ちゃん。結論を出すときが来たよ……。事前に春樹から話を聞いていたと思うけど、私の組織に入ってくれるかな? でも入れば命を危険に晒す事になる。平和に生きていきたいというのなら、このまま回れ右をしてこの部屋から立ち去る事をオススメするけど……」

 一夏と箒の二人は黙り込んでいる。
 たかが一六歳の子供が人生を大きく変えることになる重要な選択肢を提示されてしまって、頭の中で色んな思考が渦巻いているのだろう。
 だが、春樹はほんの一三歳のときに人生を大きく変える選択肢をあっさりと決めたのだが、あの時は場合が場合だった為にすぐに結論を決めた。
 しかし、今この現状はそのときの場合とは全く違う。春樹はあのときに束を見捨てるという選択肢は絶対にありえないものだった。あれだけの事を経験して、そして束を助けざるを得なかった。
 だが、今この二人はまだ拒否するだけの余裕はあるはずなのである。覚悟がなければはっきり言って束の組織に入らない方が良いと、春樹と束自身は思っている。覚悟が無いのに暗部の奴らと戦おうだなんて、無駄に自分の命を溝(どぶ)に捨てるようなものだ。それなら、最初から、このことは春樹と他の組織のメンバーに任せてもらった方が良いと思っている。
 そして、最初に口を開いたのは一夏だった。

「俺は……入ります。束さんの組織に……。散々考えていたけど、俺は昔から春樹と兄弟みたいな関係だし、束さんは箒の大切なお姉さんだし、何だかんだでISというものを動かして楽しいし、でもそれを壊そうとする奴らを俺は許せないと思ったんです。だから、束さんの組織に入って強くなろうと思います。そして、俺の大事なものを守ろうと、そう決心しました」

 一夏は自分の決心を語ってくれた。それを春樹と束、千冬は心からその気持ちを受け止めてあげた。彼のその決心を貶すものなどいない。いや、貶すところなど一つもない。彼の決心はとてもカッコよくて勇敢で、それでもって頼もしいものだ。
 春樹も一夏の発言には、自分は織斑家の家族の一員なんだということを再び感じた。
 そして後一人、篠ノ之箒の返事を待つだけである。
 すると彼女はゆっくりと目を閉じる。誰一人として話すものなどはいない。この部屋は静寂に包まれる……。
 そして、彼女は目を開けた。その目は決心がついたのか、先ほどまでとは別人のようにキリッとした目になっていた。力強い眼差し、それを春樹と束、千冬は感じ取る。

「私は……姉さんの組織に入ります。理由はほとんど一夏と同じです。私もこのISを動かす事が楽しくなってきた。春樹に教わって、ISを自分の手足の様に動かせるようになった。それに私は快感を覚えました。私はそんなものを悪用する奴らを許せません。それに……姉さんの命が狙われいるのに、私が何もしないなんて……そんな事は出来ません。この組織に入る権利があるなら、私は入ります」

 束は自分の妹の言葉に涙目になっていた。自分の妹からこんな言葉を聞けたのだから姉としてはこれほど嬉しい事はないだろう。
 こうして、一夏と箒は正式に束の組織の一員となった。これより春樹と共に危険な任務に立ち向かっていく事になる。どんな事が起きようとも、この二人は自分が降した判断にはなんら後悔はしないだろう。それほど二人の目は覚悟を決めた目をしていたのだ。
 そして、これから今回の任務について語られる。
 千冬が再びモニタの前に立つと任務についての話を進めた。

「では、今回の任務の内容について話す。今回のターゲットは先ほども言ったとおり、銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)――以後、福音(ふくいん)とするが、それが今回のターゲットだ。これはアメリカのテストパイロットであるナスターシャ・ファイルスという人物が、福音のテストを行っている時に謎の暴走を起こし、制御不能に陥ったそうだ。そこで、貴様らはこの福音を機能停止させ、パイロットを救出するのが今回の任務だ。何か質問は?」

 すると、箒は挙手をし、

「その福音の詳しいスペックを教えて頂きたいと思うのですが」

「うむ。これは国家機密の事項に触れてしまう為、絶対に口外してはならない。もし、口外してしまった場合はそれ相応の対応を受ける事になる。ま、既に束の組織に入った時点で大丈夫だとは思うがな……。では、福音のスペックだが――」

 銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)は射撃特化型の機体であり、背中のウイングも含め全身に計三六門の砲身があり、ビーム系の弾を撃ち出す。
 何より怖いのはその砲身の多さであり、そこから撃たれるビームの弾幕は恐ろしいの一言に限る。特に一夏の白式や、春樹の熾天使(セラフィム)はスピードに特化させ、シールドエネルギーを極限まで削った機体はこのISとは少々分が悪いだろう。弾幕を張られ、自慢のスピードを使ってでさえ回避が間に合わないような場面に遭遇する危険性があるからだ。

「なるほど、了解いたしました」

「よし。では、作戦内容を説明する――」

 今回の福音を撃退する為の作戦。それは、白式による最大出力の零落白夜による一撃必殺の作戦だ。
 まず、篠ノ之箒の紅椿の超高感度ハイパーセンサーを利用する為に一夏は背負ってもらい、それを頼りに全速力で福音の下へと接近する。
 そして、そのまま一夏は零落白夜を発動し、銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)を斬る。といったものである。
 三六門もの砲身がある銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)相手では長期戦を強いられると、こちらが不利になる可能性が大いにあるからである。
 しかし、これはおおまかで最高の動きである机上の作戦内容でしかない。だから、もし失敗した場合は一夏と箒には臨機応変に対応してもらわなくていけない。
 その場合は、紅椿のマルチに対応できる装備で一夏のサポートをし、零落白夜を発動して、斬れるタイミングを作ってやるしかない。

「以上だが、質問はあるか?」

 すると一夏は手を挙げて、

「春樹は、この作戦には参加しないのですか?」

 すると春樹は微笑みながら一夏の方を向いて、

すまないな、一夏、箒。俺は他の仕事があるんだ。だから、今回はお前達に同行できない。最初の任務なのにお前達二人だけに頼んでしまって本当にすまないと思ってるよ。だけど、今回の俺の仕事もやらない訳にはいかないんだ」

 このとき、一夏は思った。

(もしかして……例の男の事なのか?)

 例の男とは、一夏がシャルルと一緒に水着を買いに来たときに一夏は一旦シャルルと別れて箒へのプレゼントを買いに行き、そしてその時会った怪しい男の事だ。春樹の事を探していて、何かしらの情報を持っているだろう事をほのめかしていたその男だ。
 もし、その男の事ならば……春樹はどうなってしまうのか、不安もある中、春樹なら何とかしてくれる、という期待もあった。今まで春樹はIS学園で起こってきた事件を解決に導いてきたのだから。

「春樹……お前、生きて帰って来いよ……」

 一夏は不安げな顔をして春樹に言うと、

「はは、お互いにな」

 春樹は笑ってその言葉を返してあげた。恐らく春樹なりの気遣いであろう。必要以上に春樹の事を心配している一夏を春樹は笑って返事をしてあげる事で、一夏にはちょっとした安心感を持たすことが出来る。
 だが、春樹の本心はちょっと違った。不安に恐怖、それに駆られていた。
 先ほど、ここに来る間に束から受けた話。それはここら付近に未確認のISがいるという情報だった。一応、そのISもステルスをかけているらしいが、流石はISの生みの親だけあってそういう対応は早くて、手馴れている。
 実質、初めてのISによる一対一の対人戦。命を懸けた人とのぶつかり合い。今まで身体を鍛えてきた春樹であっても、たかが一六歳の男子高校生が命を懸けた戦いなど恐怖を感じないわけはないのだ。
 作戦成功の為に顔にはそんな恐怖心というものは表さない。それだけでも大いに評価できることであろう。

「よし、なら一五分に作戦を開始する。各自、ISの最終確認等を済まし、指定された場所に待機していろ。作戦開始の合図で作戦開始、先ほど言ったプランどおりに最初はやれ。上手くいかなければそっちで上手く立ち回ってくれ。……死ぬなよ」

 千冬は最後にボソッと言うと、そのままモニタの方を向いた。
 そして、一夏と箒、そして春樹はお互いに目を合わして視線だけの会話をすると、お互いに頷き、そしてそのままこの部屋を出た。
 三人はそれぞれ、作戦開始時点へと急ぐ。


   ◆


 ここは旅館のとある大部屋。ここにはIS学園の一年生の生徒の一部がいる。鳳鈴音とセシリア・オルコット、シャルロット・デュノアにラウラ・ボーデヴィッヒもここにいた。
 ここにいる生徒達はわけも分からず、いきなりISの授業は中止と言われこの部屋に入れられたわけだが、彼女達四人の親友である織斑一夏と篠ノ之箒、そして葵春樹はここに居なかった。
 その三人とさっきまで一緒だったこの四人は何かしらヤバイ事になっているのはなんとなくだが察していた。それにその三人が関わっている事は一目瞭然。
 だが、そんなことを周りの人に言ったところで何の意味もない。余計に混乱が起こるだけだし、何の得にもならない。マイナスな要素しかないので、話す必要はなかった。

「春樹さん、大丈夫でしょうか?」

 最初に口を開いたのはセシリアであった。
 昨日、あんな事が起きたのだが、あれは無かったかのように話し出すセシリア。あの事は誰にも話せない。相談しようにも相談できる相手がいないのが現状だ。しいて言えばラウラだろう。
 すると、そのラウラがセシリアの言葉に返してきた。

「案ずるな。どんなことだろうと春樹の奴は今回の任務を終えてケロッとして帰ってくるだろう。アイツは……強いからな」

 ラウラは信じる。あの時、ドイツ軍基地でのあの事件のときに見せてくれた春樹の力を。
 そして、シャルルは一夏の事を気にしていた。

「でも、何で一夏は春樹と一緒に何処かに行っちゃったんだろう……大丈夫かな?」

 すると、隣の鈴音もそれに頷いて、

「うん。箒も一緒に行ったけど、心配よね……」

 今度はセシリアが、

「あのときの山田教諭の顔……ただ事ではなかったですわよね……?」

 あのとき、山田先生が専用機持ちがテストを行っていた岩場の海岸に山田先生が訪れたときの表情は焦りが見えており、ただ事ではないのは優に察する事はできたのだ。
 するとラウラはある事を話す。

「ここに来る前に言ってた、もしかしたらって事だが……」

 ラウラはそう言うと、周りの三人は静かに頷いてラウラの話を聞こうとする。
「もしかしたら、私と春樹がドイツ軍基地で共に鍛えていたときに起きた事件に関連しているかもしれない」

 シャルルはラウラに疑問をぶつける。

「ラウラ、それは……話していいことなのかな?」

「……大丈夫だ。むしろ、みんなには聞いて欲しい。ただ、あんまり口外しないで欲しいがな……」

 ラウラはそう言うと、他の三人は頷いてラウラと共に生徒がいない大部屋の端に行く。そして囲むようにみんなは座ると、ラウラは語りだす。

「二年前……私は春樹と共にドイツ軍で共に鍛えていた。そして、そのとき外には知らされていない事件が起こった。この事件を知るのはその当時からドイツ軍に居た人物と、織斑教官と……春樹と篠ノ之束だ……」

 ラウラの口から、信じられない……いや、そんなことだろうと心のどこかでそう思っていたとしても認めたくない人物の名前がそこにあった。
 葵春樹だ。
 それに、篠ノ之束の名前も出てきた。
 セシリアは昨日の事から、何で春樹はあんな状態だったのか、なんとなくだが想像できた。
 そして、ラウラは言葉を続ける。

「そのとき、ドイツ軍は襲撃にあった。たった二機のISにな」

 他三人の表所は驚愕の顔になる。その言葉は到底信じられなかった。軍隊相手にたった二機のISで襲撃をかけたことに。

「そして、ドイツ軍は機能停止状態にまでに追い詰められた。そのときのターゲットがそのとき何故かドイツ軍基地に来ていた篠ノ之束だった。そして、春樹は命がけで篠ノ之束を守っていた。その時に、ほとんど初めて動かすISを使って、しかもドイツ軍の量産機でその二機のISを圧倒した。本当に信じられない光景だったよ……」

 周りの三人はただ、じっとその話を聞ているのに精一杯だった。いきなりこんな事を言われて、頭の中で情報を整理するだけで精一杯だったからだ。

「待ってください。では、春樹さんはそのドイツ軍基地を襲撃した者たちと関係があるものと今まで戦ってきたと言いますの!?」

「そうだ……おそらくな」

 セシリアはようやく理解した。昨日のあの衝動的な行動。今までの春樹ならば絶対にありえない態度。そして束を守らなければならないと言ったその意味。あまりにも重くて、大きな責任。彼女は昨日春樹に対してあんな風に冷たく当たってしまった事を悔やんだ。彼も凄く悩んでいたのだと、今はっきりと理解できた。

「そんなことって……ありますの……?」

 セシリアは言葉を押し殺して、本当に小さくそう呟いた。だが、周りの他三人にはその声は聞こえていた。しかし、その三人は聞いていないことにしてあげた。
 セシリアと春樹の間でいったい何があったのか、それはまったく持って分からない。だからこそ、誰もそのことは触れなかった。

「だけど、僕は心配だよ……箒さんのこと……。もし、ISでの戦いなんてものがあったら……」

 シャルルはそう言った。それは、篠ノ之箒のISの熟練度が一夏と春樹に比べて劣っているのだからだ。
 箒は紅椿を手にしてからまだ一ヶ月も経っていない。だからそれだけ春樹や一夏に比べて紅椿という自分の専用機の熟練度は劣っているはずだ。なのに、そんな状態で危険な任務に行くというのはあまりにも危険すぎる。

「恐らく、外で何か危険な事が起こっているはず。じゃなかったら全生徒が旅館内にISの訓練を中止してまで閉じ込めるなんてことは無いと思うんだ」

 シャルルはそう言うと鈴音は、

「確かに……そうなると、やっぱり箒の事が心配ね……」

 するとラウラは、

「大丈夫だ。春樹のISの操縦テクニックは誰よりもある。二年前よりも遥かに強くなっているのは私が身を持って分かっている。箒も一夏も、何があっても守ってくれるはずだ」

「ですが……」

 今度はセシリアが出ない声を搾り出して喋りだす。

「そんな確証はありませんでしょう? 一夏さんや箒さんを春樹さんが守り切れるなんてことは、それは春樹さん自信も同じ事……春樹さんですら危険な目に遭う可能性だって……」

「セシリア!!」

 シャルルはつい叫んでしまった。周りの生徒がこっちに一斉に振り向いてきた。そんなこともお構いなしにセシリアの肩をつかみ出す。セシリアがあまりにもマイナス思考になってしまっているからだ。

「セシリア……そんなことを考えちゃ駄目だよ……。もっとポジティブに考えなくちゃ。まだ一夏たちが本当にそんな危険な任務に向かったのかどうかも分からないんだよ? 確信は実の所ないんだ。だから、これだけ考えればいいんじゃないかな……。一夏と春樹と箒さんが無事に僕達の前に再び現れる事をね……」

 シャルルにそう言われたセシリアはハッと我に返った。さっきまで自分が取り乱してしまった事に気付いて反省をした。

「ごめんなさい。少々取り乱してしまいましたわね……。シャルルさんの言う通りですわね。皆さんが無事に私たちの前に現れるのを待ちましょうか。そうなる事を願って」

 鈴音とシャルル、ラウラの三人はセシリアの言葉に頷くと、四人は両手を握り締めて強く願った。
『一夏と春樹と箒が、無事に自分達の目の前に現れるように』
 と……。



  2


 一夏と箒は海岸の方まで来ており、作戦開始まで残り五分を切った。
 二人ともISの最終確認も終えて、後は自分自身を落ち着かせて任務に集中する事だけを考えるだけであった。

「箒……大丈夫か?」

「あ、ああ。一夏こそ……気を抜くでないぞ」

 箒はなんだかよそよそしさが見られていた。
 恐らく昨日の事だろう。昨日の夜に彼女が目撃した一夏と束が二人きりで気の陰に隠れて楽しそうに会話していた事が原因だ。
 あの一軒から箒は一夏との距離を分からない程度だが開けていたし、箒には一夏にそのときの事を尋ねる勇気もなかった。もし、あのことが本当に色恋沙汰だったのなら箒自信はどれだけショックを受けてしまうのかも計り知れない。
 すると、千冬から連絡が入った。

『織斑、篠ノ之、聞こえているか?』

 二人は「はい」と返事をすると、千冬は続けて作戦概要を確認する。

『作戦開始三分前だ。では、改めて作戦概要を確認する。織斑は篠ノ之の背中に乗り、ハイパーセンサーを頼りに超音速飛行で福音を捜索。発見次第そのまま超音速飛行で福音に接近。そして織斑による零落白夜で一撃必殺で福音を撃墜。いいな?』

「「了解」」

 二人はそう言うと千冬は頷いて笑顔で二人を見ると、そのまま連絡する為の回線を切った。
 作戦開始まで残り二分。一夏は箒に背負ってもらい、ガッチリと紅椿の肩部を掴みホールドし、急加速に備える。
 箒はブースターの出力調整をして完璧なスタートダッシュが出来るように万全の注意を払う。

「一夏、準備は良いか? 残り一分三〇秒だ……」

「いいぜ、箒。この任務、絶対に成功させよう。そして、無事にあいつらの下に帰るんだ」

 これから始まるのは命がけの任務であり、今まで春樹と行ってきたような訓練ではない。失敗すれば死ぬ可能性だってある。だけど、この任務をちゃんとした覚悟で引き受けた以上、必ず成功させて、皆の前に現れることが自分達の目的だ。
 この任務が失敗すれば、臨海学校に来たIS学園の一年生は危険に晒されてしまう。それを回避する為にも一夏と箒は必ず銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)を撃墜し、機能停止させてそのパイロットであるナスターシャ・ファイルスを救出する。そして自分達は無事に帰ってくる。それが今回の任務だ。
 時間は刻一刻と迫ってくる。ついには一分を切り、二人には額に汗があふれ出てくるような感じに襲われる。恐怖と勇気、そして責任。それがここの二人に押し寄せてくる。まるで津波のように目に見える恐怖のようにも感じている。
 箒は一層強くブースターを吹かせる。段々と音が大きくなっていき、今にでも飛び出しそうな感じがする音に変化していく。任務開始まで残り一〇秒。

「いくぞ、一夏……!」

「ああ!」

 その時、ISからアラームが鳴る。作戦開始の合図だ。その瞬間、紅椿は砂浜からその姿を消した。
 物凄いスピードで銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)がいるであろうポイントへと超音速飛行する。出ているスピードは時速一二二五キロメートルを超え、まさに超音速飛行である。一夏と箒の二人はISの機能であるパッセル・イナーシャル・キャンセラー、通称“PIC”のおかげで慣性の法則を無視することが出来る。よってこれだけの速度で飛行しても彼らにはGというものがかからない。だからこれだけの速度での飛行が可能なのである。

(なんだよ、この速さは……半端ない……!!)

 一夏はそう思った。
 箒は全神経をを集中させ、ハイパーセンサーを頼りに銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)を索敵する。
 そして一夏は雪片弐型を握り締め、瞬間加速(イグニッション・ブースト)の用意をしている。いつ、銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)に遭遇しても良い様に、必ず作戦を成功させる為に一夏は全神経を剣を握る右腕に集中させる。
 そして海岸から一〇キロメートル程飛んだその時、ハイパーセンサーに反応があった。ここからちょうど二キロメートル進んだところに銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)は飛行している。このまま飛べば鉢合わせになるだろう。

「一夏、反応があったぞ、準備は良いか?」

「大丈夫だ。いつでもいける!」

 一夏はより一層、雪片弐型を強く握り締める。

「よし、今から七秒後に接触する。カウント行くぞ!」

 すると、一夏のISの網膜投影された画面にはタイマーが表示され、刻一刻とその時間は減っていく……。七、六、五、四――と。
 そして残り三秒――。
 一夏は息をも潜め、瞬間加速(イグニッション・ブースト)をする為に紅椿から手を離したその瞬間、一夏は紅椿から落ちると、白式は瞬間加速(イグニッション・ブースト)により瞬間的に最高速度を出す。一直線に加速すると、一夏は最高出力で零落白夜を発動し、雪片弐型のビームの刃が展開される。
 次の瞬間、目の前には白銀のISが現れた。そのISこそ正しく銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)そのものだ。
 一夏は剣を振るう。一撃必殺、それがこの任務の目標だった……。
 しかし、その目標は失敗に終わってしまう。

「なッ!?」

 一夏の振るった剣は銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)に当たらなかった。否、少しだが福音のボディには傷が出来ていた。ほんの少しなのだが一夏の攻撃は掠っていた。
 しかし、それは致命傷にはならなかったらしく、銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)は悠々と空を飛んでいるが、少なくとも大きなダメージは入っただろう。零落白夜はISのシールドバリアを切り裂いて直接IS本体に攻撃を当て、ISの機能である“絶対防御”を強制発動させ、シールドバリアのエネルギーを大量に消費させるというものだからだ。
 一夏の攻撃が掠ったその瞬間、銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)の動きはガラリと変わった。正に戦闘態勢という言葉以外考えられない程の威圧感が二人を襲った。こちらがやらねばこっちがやられてしまう。そう直感した二人は焦りと共に必ずこの銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)を倒さなければならない責務に追われていた。

「一夏!」

「分かっている箒。サポートを頼む……!!」

「ああ……任せろ!」

 このまま帰ることは、束の組織に入ることを自分で決めたその覚悟を無かった事にする事になるし、彼女には多大なる迷惑をかけることになる。絶対にこの銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)を倒してから帰らないと、束や春樹、千冬に合わせる顔がない。
 一夏は零落白夜を解除すると、二人は銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)に立ち向かう。
 まずは箒が先攻して銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)に隙を作らなければならない。零落白夜で斬りつけるその隙を。
 箒は福音の方へと飛んでいき、二本の日本刀である雨月と空裂を握り締めて斬りつける。だが、その攻撃は簡単にかわされてしまう。流石は超高速型のISである。
 銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)は箒の攻撃を避けたと同時に距離を取り、その場でくるりと一回転すると全身の砲身からビームが連射される。それはビームの雨の嵐と表現するのがピッタリで、二人はヤバイと思い、逃げるのがやっとであった。
 そのビームの雨が止み、逃げ切った一夏は吐き捨てる様に言った。

「クソッ!! あんな化け物機体をどうやって……、でもやるしかないんだ。待ってくれている千冬姉や束さん。そして別の仕事をしている春樹の為にも俺たちは負けられないんだ。そうだろ? 箒!!」

 箒はニッコリと笑うと、一夏の方を見て、

「ああ。そうだな……。一夏、この任務が終わったら話したいことがある。だから、絶対に成功させて帰るぞ!」

 箒にはもはや先ほどまでの一夏に対する心配事は何もかも抜けていた。あの束との事はとりあえずは気にしない事にした。とりあえずこの任務を無事に成功させて、それから改めて一夏に真正面からぶつかると、そう決心した。

「わかった」

 一夏はその箒の話の深い内容までは理解していなかったが、大切な話だということはなんとなくだが理解していた。だからこそ、彼女の為に無事にこの任務を成功させるという気持ちが更に昂ぶる。
 銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)の攻撃は終わらず、翼から無数のビームが更に降り注ぐ。二人はそれを自慢のスピードでかわしていくが、箒は数発攻撃をくらってしまう。
 しかし一夏は“攻撃が当たる”イコール“死”を意味するので、今までセシリアと行ってきた回避練習の成果を発揮して全てのビームをかわしていく。
 一夏はそのまま銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)に接近を試みるが、やはり遠距離特化型だけあってビームを攻撃を行い接近を許さない。やはり一夏一人だけでは倒す事のできない相手。なら……箒とともに共闘するしか方法はない。

「箒!! お前が接近してアイツの動きを止めて欲しい。少しの間でいい、お願いだ!」

「……分かった。いくぞ、一夏!!」

 箒は先攻して銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)の前に出て、一夏は大きく迂回して目標との距離を一定になるように取る。
 彼女は雨月によるビーム攻撃と、空裂によるビーム斬撃によって牽制し、銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)に反撃の余地を与えないようにする。
 一夏も無理やり腕に取り付けた新装備であるビームバルカンで箒を中距離からサポート。本当に敵には攻撃の余地を与えない。正にビームの弾幕を逆に張ってやる二人。
 必死にビーム攻撃で牽制しつつ銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)を追い掛け回していた箒はついにその前に立つと二本の剣で攻撃する。何度も何度も斬り付け、防御の体制しか取らせない。
 その場が硬直状態となる。攻撃するタイミングはここしかない。

「一夏、今だ!!」

 箒はありったけの声で叫ぶと、一夏はそれに反応するように瞬間加速(イグニッション・ブースト)を行う。回りの景色がゆっくりとなり、一夏には周りの全ての現象がとてもゆっくりに見える。狙いは銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)ただ一つ。一夏は零落白夜を発動し、雪片弐型の先端からはビームの刃が出てくる。
 チャンスはこのタイミング。
 一夏は銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)を斬ろうとしたその瞬間、一夏の目に飛び込んできたのは船だった。ここら辺一帯の海域はIS学園の教師及び国際IS委員会の人たちが閉鎖したはずなのに、そこに見えたのは船だった。

(なんで……? なんでこんな所に船が!?)

 その時、箒が押さえ込んでいた福音がビームを放ち箒を吹き飛ばす。その時の流れ弾がその船に飛んでいくのを一夏は確認した。

(おい……ふざけんな……。どういうことだよ、これは……!)

 一夏には今、僅か一六歳の子供には残酷な選択肢が突きつけられている。一つは“船に乗っている人を見捨てて銀の福音を攻撃して任務を達成すること”で、もう一つは“船に乗っている人を助ける代わりに箒が作ってくれた福音を倒すチャンスを無駄にすること”である。
 あまりにも残酷で究極の選択肢、それを一夏は一秒も立たない内に決めなくてはいけない。周りがゆっくり動いているように見える。これは一夏が剣道の稽古をやっていると、時々そのような現象に遭う事は何度かあった。それがたった今、この場でその現象に遭遇している。無限に引きのばれるようにも感じるこの空間。


 その時――一夏は船の人を助けた。


 一夏は流れ弾を全て剣でなぎ払い、船の方へと飛んでいくのを防いだ。

「一夏!? どういうことだ!?」

「ごめん、箒。でも、俺は船の人たちを見捨てられなかった……!」

「何を!?」

 箒は一瞬何か分からなかったが、一夏から視点を外れて、海の方へと目を向けるとそこには本来入れるはずもないところに船が悠々と浮いていたのだ。
 一方、銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)は二人から遠いところで動きを一旦止めていた。シールドエネルギーの残り残量が結構危険な状態なのだろうか。先ほどまで一夏と箒の二人のビーム攻撃による弾幕が結構な量のシールドエネルギーを削る結果になったようだ。

「一夏、何故止めを刺さなかった!?」

「あの船を見殺しになんて出来ないんだよ!!」

 一夏は叫び、言葉を続けた。

「とりあえず、もう一度動きを止めてみよう。お願いだ……」

「…………わかった」

 このときの箒の言葉は少し冷たさを一夏は感じた。実際、一夏自身も今の発言は図々しいと思っている。だが、この任務を成功させる為にも、何でも良いから足掻くしかなかった。
 先ほどと同じように箒が先攻して銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)に向かって行き、一夏はこれまた先ほどと同じ様に一定の距離を保つ為にある程度接近する。
 しかし、先ほどと同じ事に大人しく引っかかるわけもなく銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)はいとも簡単に一夏と箒の連携を崩すように動き回る。あちらも落とされないように必死のようだ。

(くそっ! やっぱりさっきは船の人を見殺しにしてまで止めを刺すべきだったのか?)

 中々次の攻撃のチャンスがやってこない。おそらく二人の動きは銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)には安易に予測できるほど学習しているのだろう。
 この作戦が一撃必殺というのもそこにある。
 こういった戦闘にまだ不慣れな二人には零落白夜による一撃必殺を決めなければ、相手は動きを読まれるようになってしまい、段々と不利になっていくことを作戦を考えた千冬たちは予測していたのだ。
 二人が考えるフォーメーションをことごとく崩していく敵に、二人のコンビネーションというものはもはや無いに等しい状態になっていた。
 お互いにお互いの事を考えない動きになりつつあるのだ。このまま行けばいずれは負けることになるだろう。もし新しい動きが出来て、良いコンビネーションを見せてくれればこの状況を覆すことも可能なのだろうが、今の二人にはとても出来るような芸当ではなかった。いくら幼馴染でも六年も離れていれば、ちょっとした距離はできてしまうし、仮にずっと一緒だったとしても所詮他人であり、そういったコンビネーションというものは練習を繰り返さなければ身につかないだろう。
 今回の場合、明らかに練習不足で、これに関しては春樹のミスだった。今までやってきたことは個人の能力を鍛える練習であって、この二人のコンビネーションを鍛える練習は今までやってきていない。

「くっそおおおおおおおお!!」

 心のどこかでもう無理なのではないか、という感情があったのかもう作戦というものは何も無かった。一夏は零落白夜を発動して、ただ叫んで、馬鹿の一つ覚えのように、一直線に瞬間加速(イグニッション・ブースト)で突っ込む攻撃をした。
 しかし、こんな攻撃など当たるはずも無く、簡単に避けられてしまう。更に零落白夜は強制解除され、一夏は網膜投影されたモニタに絶望的なメッセージが表示される。
『稼動エネルギー限界量。直ちに戦闘中止し、指定ポイントまで退避せよ』
 と……。
 一夏は諦め切れなかった。
 しかし、これ以上続けても勝ち星は見えてこない。これから見えるのは自分達が敗北する未来だけで、だからここは一時撤退するしかなかった。

「クソッ、クソッ、クソッ!! 箒!!」

 一夏ふり向いて箒の方を見ると、一夏の瞳に写った光景は信じられない、いや、信じたくないものであった。
 箒が銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)によるビームの雨を諸に受けてしまっているところだった。そこから退避しようにも自分の力だけではそのビームの雨によって身動きが取れない状態になっていた。

「うわああああああああああああああ!!」

 箒は叫び、更にシールドエネルギーは無くなってしまい海に突き落とされた。
 そして、焼き切れたリボンがゆっくりとひらひら揺れながら落ちていく……。

「箒!!」

 一夏は叫んで、箒の下へとダッシュしその身体を受け止める。

「箒……箒? 箒ぃ!」

 一夏は何度も彼女の名前を叫び続けた。だが、その言葉に彼女は何の返事も返してくれない。一夏は絶望しか感じられなかった。考えは段々ネガティブな方向へと向かっていく。
 すると銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)は一夏の方を見る、攻撃態勢になりビームの雨を今度は一夏へと放つ。
 だが、一夏はすぐに瞬間加速(イグニッション・ブースト)を行い、その攻撃をかわすと、そのまま敵から遠退き、戦闘エリアからの脱出に成功した。


  ◆


 一夏と箒が銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)と対峙している頃、葵春樹はまた違う場所に向かっていた。
 一夏たちを束の組織に招き入れる為にブリーフィングを始める少し前、束の持っているセンサーが探知したその反応はISであった。
 法律上、ISを指定された場所以外で展開して使用することは禁じられており、それが見つかった瞬間に軍で特別に配置されているIS部隊、ISに関しての事件を担当する警察みたいなものだが、それがそのIS使用者を取り囲んで拘束してしまうだろう。
 しかしそのISは準備が良く、ステルス機能と光学迷彩を装備しており、そう簡単には発見されにくいようにしていた。つまり……あまり人に見つかってはならないような事をしている可能性が高いといえる。
 だから春樹はそのISをセンサーの微弱な反応を頼りにその正体と目的を探ることと、もし世界を脅かすような裏組織の人間だった場合は戦って拘束をすることが今回春樹に課せられた任務だ。
 春樹はセンサーの微弱な反応を頼りに空中を彷徨っている。もうかれこれ一〇分程度飛んでいるが、ISの姿は見えてこない。確かにセンサーにはここら辺に微弱な反応があるのだが……。
 春樹はもっと高度を上げて見ようと思い春樹は上昇した。雲により視界が遮られるが、春樹はそんなことには構わずそのまま雲を突っ切る。
 雲を抜けると青い空が見え、周りを見回すとそこには――ISがいた。

「やっと見つけた……。おい、お前!」

 ISを身につけた人物は春樹に気付いてこちらを向くと、黒いボディが太陽の光に反射して眩しく輝いている。
 黒いIS。
 春樹にとっては黒いISには何かと縁があるようだ。IS学園を襲った黒い無人機のISに、シュヴァルツェア・ハーゼのイメージカラーとその部隊のISの黒色。そしてあのとき、ドイツ軍基地を襲撃した奴らも黒色のISを身に纏っていた。

「そこのお前! 一体こんなところで何をしている?」

 目の前のISの操縦者は、なんの躊躇いも驚きもなく、淡々と話し出す。

「おやおや……こんなにも早く見つかってしまうとはね。待っていたよ、葵春樹君」

 その目の前のISの主の声は間違いなく男のものだった。ということは、例の『因子』を同じく持っているものなのかもしれない。
 そして、何故か春樹の名前を知っていたので、春樹は警戒を強めて戦闘態勢に入る。

「ははは、何もそんなに強張らなくても。君と少し話がしたい」

 と目の前の人物がそう言うが、春樹は警戒を緩めたりはしない。いつ襲われるかわからないし、一撃でも攻撃を喰らった瞬間、それは負けに繋がるからだ。

「話だって……? ならお前の名前を教えろ、それが条件だ」

「了解した。なら、レイブリック・アキュラ……とでも言っておこうかな」

 レイブリック・アキュラというのは恐らく偽名だろう。こういう仕事をしている奴らは普通はコードネームで仕事をしている。この名前はコードネームかなんかだろう。

「偽名か?」

「さあね、どう取ろうがお前の勝手だ。さて、話というのはだな……お前は篠ノ之束をどう思っているのか。まずはそれを聞きたい」

 春樹はその話の内容が予想もしていなかった事なので少しばかり戸惑ったが、篠ノ之束の命を狙う者ならばそういった話題を振ってもおかしくはない。

「どうして束さんの事を……何が狙いだ?」

「それは教えられないな」

 春樹は正直なところ、束のことが好きになっている。自分ではその「好きだ」という結論までたどり着けていないが、そういった感情にはなりつつある。いや、彼の中で束の事を好きになってはいけないと思って心のどこかに枷をつけているのかもしれない。好きになる事で、束に執着してしまい、周りが見えなくなってしまうことを恐れている。だけど、どこかほっとけないあの感じは春樹自身の“束を守る”という事のエネルギー源になっているともいえる。

「束さんは、守ってあげたいと思えるようなそんな人です。頭は良いし、色んな事を知っている、そんなところに憧れるけど、時々アホの子になってしまう……。そんな彼女を俺は守ってあげたいと思うんです。これが……俺の想いです」

 するとレイブリックは薄気味悪い笑い声を上げて、

「そうか……。それがお前の想いか。でも、もし篠ノ之束の事を殺したいぐらい恨んでいる人がいて、そいつらが集まった組織があったとしたら……どうする?」

 春樹は今までに起こったことが脳裏に蘇ってくる。特に、ドイツ軍基地の事は忘れたくても忘れられないほど印象に残っている。あのときの事は一寸狂わず思い出す自信が春樹にはあった。
 今思えば、全ての始まりはあの時始まったのかもしれない。もし、あの時自分がドイツ軍基地に出向く事がなかったら……こんな事にはならなかったのだろうか、と思う春樹。

「そんな奴らがいたなら……俺は俺が信じる正義を貫くだけだ」

「ふふ……良い答えだな……ッ!!」

 レイブリックはいきなり春樹に斬りかかった。だが、そのいきなりの攻撃にもしっかりと反応して避けると、風を切り裂く音だけがそこだけに残る。

「何をッ!?」

「アンタが束を守る奴だというなら、まずは……お前を切り裂いてやる!」

 レイブリックはビームブレードを再び春樹に向かって斬りかかる。
 春樹はそれを避け、こちらも武器を構えた。その武器は剣のシャープネス・ブレードであり、相手の剣に対抗するかのように同じく剣を振るうことにした。

「IS学園を襲ったあの黒い謎の無人ISはお前達の仕業か!?」

「それは俺たちじゃねえな、俺たちのターゲットは唯一つ……篠ノ之束だけだッ!!」

 お互いの剣が交差し火花を散らすが、レイブリックは一度距離をおくと、ビームブレードの先端からビームを発射し、春樹の事を狙撃した。
 春樹はそれを避けると、敵に射撃武器があると判明した春樹はブレイドガンを展開し、牽制の射撃を行いながら距離を詰めていく。
 その牽制射撃を避けながらまたレイブリックも距離を詰めていく……。段々と距離が縮まっていき、お互いの距離が零になると、またお互いの剣がぶつかり合う。
 すると春樹は小さく笑い出して、

「準備運動はこの辺にするか?」

「そうだなぁ、そうすることにするよ」

 その瞬間、お互いの動きは激変した。戦闘スピードは格段に上がり、気が緩めばそのまま攻撃を一方的にくらってしままい、落されてしまうだろう。
 春樹はこのとき確信した、奴が『因子』の力を発動したのだと……。だから、春樹も『因子』の力を行使する。
 すると、春樹と熾天使(セラフィム)との一体感が増加し、さらに五感が強化されたかのように、相手の動きがはっきりと見えるようになる。たとえ目を瞑っていても……だ。
 これより、戦いは普通では体験できないような領域に達する事になる。
 レイブリックと春樹の正確な射撃、それをお互いに間一髪で避けるともう一発発射する。レイブリックはそれを避け、春樹は翼でそのビームを防ぐ。すると目の前にはレイブリックが春樹の首を斬り付けようとしていた。
 春樹はそれをギリギリのタイミングでブレイドガンの剣の部分で防ぐと、身体をひねってレイブリックを受け流し、後ろからビームを撃ち込んだ。
 しかし、ビームはレイブリックを貫通した。当たった形跡もなく、ただそこにはレイブリックの黒いISがあるだけだった。

(センサーではお前はそこにいるのに……なんで当たらないんだよっ!?)

 そう思った時にセンサーにはもう一つISがいることに気付いた。春樹は後ろから斬りかかろうとしているレイブリックの攻撃を見ずに身体を屈ませてかわした。

「質量を持った……残像!?」

「そう、これが俺のワンオフ・アビリティーだ」

 思わず春樹は舌打ちをしてしまった。
 質量を持った残像……ということはセンサーにはあたかもそこにISが居るかのように表示されるし、肉眼でもそこにいるかのようにしか映らない。とてもやっかいなワンオフ・アビリティーだ。これを連続で発動されてしまうとセンサーには無数のISを探知してしまい、センサーを当てにできなくなる。後は肉眼で本物を見極めるしかない。

「くそっ……厄介なもん使いやがって……」

 春樹はそう吐き捨てるが、レイブリックは手加減なんてものはするはずもなく、ワンオフ・アビリティーを使っていく。

「お前に見極められるか? 葵春樹……!」

 無数に現れる残像。春樹のセンサーにはものの数十秒で五○体以上ものISを探知してしまい、どこに本物がいるのか、センサーはもはや当てにできない。だから、じっと目を凝らすがどれが本物かは分からないし、いつ攻撃を仕掛けてくるのかも分からない。一撃受けたら終わりな仕様の熾天使(セラフィム)は細心の注意を払わなくてはいけない。
 だが、センサーも駄目、肉眼も駄目なら一体どうすればいいのか……。残る方法は、“心の目”という、いわゆる“心眼”というものを使わざるを得ない。春樹は元々相手の殺気を感じ取る能力を持っていた。それはこの『因子』の副作用的なものなのかは分からないが、今はこれに頼るしかなかった。
 春樹はゆっくりと目を瞑り、神経を研ぎ澄ます。周りの光景をイメージして、どこに誰がいるのかを感じ取る。チャンスは一瞬。
 目の前の残像が全て春樹に襲い掛かるが、この中に本物は一つで攻撃が当たるのも一つだ。その本物の攻撃だけを防ぐ事ができれば良い。
 春樹は全神経を研ぎ澄ませて本物を見極め、そして春樹は目を瞑ったまま右上のレイブリック目掛けてビームを放った。
 その攻撃は見事ヒットし、本体だけを残し、周りの五〇体もの質量を持った残像は消滅した。
 レイブリックは当たり所が悪かったらしく、今の攻撃で大量のシールドエネルギーを奪われてしまった。

「お前……なんで……?」

 レイブリックは悔しそうに春樹に聞く。

「なんでって……心眼ってやつかな」

「ふん……非科学的だな……」

 レイブリックは春樹のオカルトチックな話には興味がなかったらしく、そこまでの詮索はしなかったが、レイブリックのワンオフ・アビリティーを攻略されたのはとても大きなアドバンテージで、これでレイブリックはワンオフ・アビリティーを使って優位に立つことは難しくなってしまったと言える。

「そんなこと言ってられる場合か? 俺にお前のワンオフ・アビリティーは通用しない」

「そうかな……。ワンオフ・アビリティーは通用しなくても、それ以外で勝てばいいことだ。違うか?」

「……その通りだな。ふははは。さて、ヤろうか……どっちかが砕け散るまで!」

 春樹は大きな鎌を構えてレイブリックに対して振ると、風が切れる音だけが鳴ると、レイブリックの姿はそこにはいなかった。春樹はレイブリックが後ろにいる事を感じ取り、身体を回してその場で一回転すると、まさに切りかかろうとしているレイブリックに攻撃が当たりそうになる。だが、その攻撃がキチンと見えているかのようにその攻撃を避けると、残像を残して春樹の視界から本体がいなくなる。

(いいねぇ……ヤバイ。これほどのスリル……今まで味わった事がねぇ……!)

 この時、春樹の気持ちはとてもハイになっていた。気持ちがこの究極の戦いの中で物凄く昂ぶっており、いつもの春樹はそこにはいなかった。麻薬を与えられた人間のように頭の中はとてもクリアになって何処かがおかしくなってしまっているが、気持ちが昂ぶっている状態でも何処かしら戦闘については冷静な判断を下している。
 どこからともなく斬りかかってくるレイブリックを最小限の動きで避ける春樹。その顔は何処かしら笑っていた。頭がどうかしてしまったのではないのか、という印象を受けるその表情はどこかしら狂気を感じさせる。
 レイブリックはそんな春樹の顔を見て顔を引きつらせた。その時、ちょっとした隙が生まれ、春樹はそのチャンスを見逃すことなく鎌で攻撃をする。
 ギリギリでレイブリックはその攻撃を避けると、春樹に向かって言った。

「おい、お前……。頭大丈夫か……? なんだよ、その微笑みは? 何だよその余裕の表情は!?」

 本当にどうにかしてしまったのではないのかと思ってしまう程、今の春樹はどこかおかしくなっていた。そこにはいつもの優しい表情の彼はおらず、狂気に満ちた顔をする男がそこにいた。この戦闘を楽しんでしまっているような男が……。

「おい、それで終わりかよ? まだまだこれからだろ? なあ!?」

 すると、一通の連絡が春樹の下に入った。春樹はその通話に出ると、束がとても必死に春樹に訴えかけた。

『春樹!! 一夏が、箒ちゃんが……失敗して……箒ちゃんが、意識不明に……!!』

 その言葉でようやく我に返る春樹。
 そして、さっきまでの自分を思い出して、自分のその行動と言動に吐き気がしてくる。まるで違う人が乗り移ったかのような感覚だった。
 すると、気が付けば目の前にはレイブリックがいた。

「……っ!?」

 春樹は言葉が出なかった。何も出来ないままレイブリックに攻撃をくらってそのまま遥か下の海へと一直線に落下していく。
 そして、攻撃を受けた直前に春樹の耳に飛んできた言葉。

「お前は……危険だ」

 というレイブリックのささやくような声だった。
 春樹の機体である熾天使(セラフィム)は装甲を極限まで薄くした超ハイスピード型の機体であり、シールドエネルギーと引き換えにスピードを手に入れている。その装甲の薄さは強い攻撃を一回でも受けてしまったらアウトな程薄く、攻撃が当たらないことを前提に作られている。
 しかし、攻撃をくらってしまった春樹は、そのたった一撃でシールドエネルギーがなくなり、戦闘続行不可能な状態に陥った。
 海まで物凄いスピードで落下していく春樹は水面ギリギリでホバリングし、元の海岸まで一直線に逃げていく。とりあえず、レイブリックから出来る限り今は離れなくてはいけない。こんな状態では確実に死んでしまうからだ。

「一夏……箒……」

 春樹は二人の顔を思い浮かべ、海岸へと戻っていった。



  3


 春樹は皆の居る旅館へと戻ってきた。春樹のISはたった一回の攻撃で致命的なダメージを負ってしまい、完全に修復するには少しばかり時間がかかりそうだった。
 一先ず春樹は一夏と箒の下へと急ぐ。
 春樹は作戦が失敗し、箒が負傷したと聞いたときには何故だか分からないが気持ちがハイになっていた状態が一気に冷めていくのを感じていた。まるで、お酒に酔っている状態が身の回りにヤバイ事が起こった瞬間に酔いが醒めるような感じのようだった。
 旅館の中へと入り、ブリーフィングルームとして使っていた場所へと行くと、そこには山田先生と織斑千冬、そして篠ノ之束が居た。

「織斑先生、一夏と箒は何処です?」

 そう聞くと千冬はビックリした後、春樹の方を見るとゆっくりと口をあけて、

「春樹か……。箒は元々私たちの部屋だったところで点滴を受けているよ。診に行くんだったら静かにな」

「わかりました。あと……何があったんです?」

 千冬は息を吐き、大きく息を吸い込んで深呼吸をしてから小さな声で話し出した。

「一夏が……判断ミスをしたらしい。それで福音に箒は撃墜されてしまい、挙句の果てに作戦は失敗してしまったそうだ」

「そうですか……分かりました、ありがとうございます。それから束さん、ちょっと……」

 春樹は千冬に一礼してから束を手招きすると、一旦この部屋から出て行く。
 ロビーまで行き、お互いに向き合うと春樹はゆっくりと口をあけて、

「束さん。暗部組織らしき人物と交戦してきました」

「そう……。大丈夫……だった?」

 束はとても心配そうな顔で春樹を見る。彼女の内心は春樹にはあまり戦って欲しくないというのが正直な気持ちだ。
 本当は自分の我が侭にここまで付き合ってもらう事はない。ただ、自分の愛する人には死んで欲しくないし、ずっと側にいて欲しい。ずっと自分を愛してもらいたい。そんな我が侭な気持ちが彼女の中にある。
 彼はそんな我が侭な自分の為に命を懸けて戦ってくれている。この気持ちを無下にするのも失礼なことだが、彼女からすればそんな事をやめてでも自分の側にいて欲しかった。いっそのこと、春樹にはISを使える能力なんてものが無かった方がよかったとも思えてくる。
 だが、春樹がISに乗れたからこそ彼女は春樹に対してこのような感情を抱くことになったし、今この状況がある。とてもやるせない気持になる。

「はい、大丈夫でしたよ。この俺を誰だと思ってるんですか? 俺は束さんを助ける為なら死ぬなんてことは絶対にしませんよ」

 春樹は笑顔でそう返す。それは彼の強がりであり、彼女の前では誰にも負けない“強い”男でならなくてはいけない、という想いの表れだ。
 正直なところ、春樹をここまで動かす原動力というものは“篠ノ之束”そのものにある。
 ドイツ軍基地にて、束を守る事を決意してからというものそれだけを考えて生きてきた。
 何を利用すれば良いのか、どういった努力をすれば良いのか、そういったことを考えて生きてきたのだ。
 正直、春樹の中学校生活は一般の生徒が送るようなものではなかった。
 本来ならば遊び惚けて楽しく暮らしていくのが極一般の中学生というものだが、春樹はそんな余裕など無かった。やっている事は中学生の枠をはみ出していた。

「頼もしいね……えへへ」

 束は恥かしそうにして、笑って誤魔化すと、春樹は微笑んで言葉を続ける。

「じゃあ、続けますね。先ほど交戦したのはレイブリックという男でした。そして、その男も『因子の力』を行使し、通常ではありえない動きをしてきました。あれは間違いありません」

「奴らの狙いは?」

「それは……篠ノ之束の殺害。恐らく、ドイツ軍基地を襲撃した組織と同一だと思われます」

「そう……動機は分かる?」

「はい。奴らは篠ノ之束に恨みを持っているらしいですね。心当たりはありますか?」

 右手を顎にそえて、彼女は色々と思い出してみるが、何も出てこなかった。自分が今までしてきた事といえば、学生時代等の事を除くと“ISの開発”だけである。

「とても失礼な話だけど……私個人が人にやって来たことでは心当たりはないね。でも、もし、ISの開発が関係していたのなら……」

 ISという超ハイスペックなテクノロジーを開発した事は世界を大きく揺るがした。
 元々は宇宙開発を目的として作られたのだが、兵器として運用が可能で、更にそれが様々な兵器を陵駕する存在と認識されたときは、世界中がISというテクノロジーを巡って篠ノ之束本人とその研究所の下へと駆けつけた。そして、彼女の下には莫大な金がつぎ込まれたのだが、軍事目的としての使用を頑なに拒否した彼女は一部の国から追われる身となり、この日本という国自体に保護された。
 だが、このテクノロジーを日本だけ所持する事は国際問題になりかねない。そこで、日本という国家は篠ノ之束を説得。「軍事利用の禁止」、「核となる『コア』の製造方法を篠ノ之束本人のみが所持する」という条件で世界にISの詳細情報を流した。
 もし、それによって誰かが不幸になったのだとしたら、篠ノ之束が恨まれるのも分からなくはない。「篠ノ之束があんなものを開発なんかしなければ、こんな事にはならなかった!」と思う人も大勢いるだろう。

「なるほど……やはり全てはISですか……」

「うん……もしかしたら、ISなんてものは生み出さない方が良かったのかもね。ろくな事が起きていないし……」

「後悔しても仕方がないですよ、束さん。時間は決して戻せない。タイムマシンなんてものが出来てしまったらそれこそ世界が大変な事になる。だから、今のこの状況をどうするのか、それだけを考えましょうよ」

「うん……」

「では、俺はこれで。とりあえず箒と一夏の様子を見てきます。これからの事はそれから決めましょう。今は一夏の様態を見ておく必要がある。だって、零落白夜が今回のキーアイテムですからね」

 束は真剣な表情になり、

「そうだね、一夏の零落白夜は今回の作戦ではとても重要だからね。じゃあ、春にゃん。箒ちゃんと一夏の様子、見てきて」

「はい」

 春樹は一礼してロビーを後にすると、事前に配られた部屋割りが書かれているプリントを頼りに先生方々の部屋を探す。
 周りは物凄く静かで、聞こえてくるのは春樹の足音だけ。束の方は近くの椅子に座って静かに何かを考えているし、他の生徒はまた離れた大部屋で一年生の生徒が拘束されている。だから、こっちの方まで生徒は来る事はないし、来たとしてもこの事件に関係のある一部の人間だけだ。
 その静寂は目的の部屋の前まで来ても続いている。それは不気味なほどで、徐々に日が落ちてきている現在はその不気味さも増している。
 ドアを開けると布団が見え、点滴を受けている箒が横たわっていた。その傍らには一夏が正座で座っており、ただじっと黙っている。このとき、ドアは開いたままになっている。

「一夏……どうしたんだ?」

 春樹は一夏に尋ねるが反応は返ってこない。ただじっと箒を見続けるだけだった。そんな一夏に春樹はもう一度尋ねた。

「一夏、お前はこれからどうするんだ?」

 だが、一夏は一向に話そうとしてくれなかった。そこから動こうともしない。
 春樹はそんな一夏が許せなかった。

「おい、一夏ァ!!」

 春樹は一夏の胸ぐらを掴み、力ずくでこの部屋から追い出して壁まで追い込んだ。ドアがガチャンと音を立てて閉じると、春樹はおもいっきり一夏の顔面を拳で殴る。
 静かな廊下に顔面を殴った鈍い音が響き渡る。一夏は殴られてもなお死んだような顔をしている。そして弱々しい声で一夏は言う。

「何すんだよ……」

 反抗はするもものの、覇気というものは感じられなかった。おそらく、箒がこんな風になってしまったのは自分のせいなのだと思い込んでいる。そんな彼に春樹は追い討ちをかける。

「お前、箒がこうなったのは自分のせいだんだと思っているだろ? 確かにそうさ、箒がこうなっちまったのはお前が力不足だったからだ。お前が正しい選択をしなかったからだよ。だがな、お前はそこからどうするんだ? もしかして、お前は箒の目の前でメソメソ泣いているしかないヘタレなのかよ!?」

 そこまで言われて黙っていられない。一夏はできるだけの力を振り絞って春樹に言い返した。

「じゃあ、どうすればいいんだよ? 俺は何をすりゃいいんだよ?」

「黙っていたってこの状況は何にも変わらない。……福音の撃墜に失敗したんだったら、今しなくてはいけない事はなんだ?」

 一夏はちょっとだけ間を空けてから言う。

「福音を……倒す」

「そうだ、その通りだ。箒はちょっと気を失ってるだけだ。束さんが作ったISを信じないとな。いいか、福音をこのままにしておけばここにいる皆が危険なんだ、わかるな?」

「ああ……」

「だから、俺たちはなんとしてでも福音を倒さなくちゃいけない。福音を倒す事こそが箒への最大の償いだと思うんだ」

 一夏は春樹の話を聞くと、唇を噛み締め黙り込む。しかし、表情は先ほどと比べると明らかに明るくなってきており、そこには“希望”が見えてくる。
 そして、一夏は決断を下した。

「分かったよ、行こう! 今の俺がどれだけ出来るかはわからない。だけど、俺はあのとき、目の前の一番優先しなくちゃいけないことを無視した……その結果、こうなってしまった。だから、せめて俺はあの福音を倒す事でお詫びをしたい」

 一夏は改めて覚悟を決めると、春樹はその際に解決しなくてはいけない問題点を挙げていく。
 まずは一夏、春樹両者のISは現在致命的なダメージを追ってしまっていることだ。
 もはや機体はボロボロで、あまり無茶な事はできない。春樹の熾天使(セラフィム)は機体の性能を出し切る事は非常に困難な状態だし、一夏の白式(びゃくしき)の零落白夜も機体の不具合で長時間使うことは難しい。
 次に、二人のISがこんな状態では銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)には勝てないことは分かりきっているので、応援が必要になってくる。そこで、春樹が提案したのは――。

「仲間が必要だ。いるだろう? 俺たちには心強い仲間がな」

「おい、春樹……それはマジで言ってるんだよな……?」

「ああ、マジだ……今できるのはそれしかない。ここは仲間に頼るしかないんだ」

 春樹が言う“仲間”というのはもちろん鳳鈴音とセシリア・オルコット、シャルル・デュノアにラウラ・ボーデヴィッヒ。それに加えて織斑千冬のことである。二人のISがボロボロでサポートがなければマトモに働けないので、ここは他の人たちに頼る他はなかった。

「春樹、一つ聞くけどな……みんなの無事は保障するんだろうな?」

「大丈夫だ。千冬姉ちゃんは強いし。俺だって福音のドッグファイトは無理でも皆のサポートぐらいは出来る。こっちは数は多いけど、皆の安全を確保する為にあまり長期戦はしない方が良い。ここは一夏の零落白夜にかける他はないな」

「そうだな……」

 共に戦うように頼みたい人物は千冬を除いて全てが生徒である。代表候補生もこの中に含まれているが、それはレギュレーションのある正式な試合においてでは確かに強いかもしれない。しかし今回はレギュレーションなんてものはなく、命の危機にだって陥る危険性がある。そんな作戦に参加させようとした春樹は正直みんなを巻き込みたくはなかった。だが、現状況でこの状況を覆すには代表候補生の実力が必要になってきてしまう。だからこそ皆の力が必要で、春樹はこうなってしまった事を悔やんでいた。

「じゃあ、みんなのところに行こうか春樹。俺は……いや、俺たちは勝つぞ!」

 一夏は改めて覚悟を決めた。銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)を絶対に、今度はシールドエネルギーをゼロにしてパイロットを救出し、IS学園一年生の安全を確保する。それが……二人の仕事である。


  ◆


 生徒がざわざわと喋っているのに対して、専用機持ちである鳳鈴音、セシリア・オルコット、シャルル・デュノア、ラウラ・ボーデヴィッヒの四人は、ある事を願ってから一言も喋ることなく、ただ彼らの帰還を願っていた。そう、無事に帰ってくることを……。
 すると、その大部屋の扉が勢い良く開かれた。そこにいた生徒達が一斉にそこへと目をやると葵春樹と織斑一夏が立っていた。
 生徒達は何故かここに居なかった二人に話を聞こうとして一斉に二人の下へと立ち上がって駆け寄るが、春樹の一喝で生徒達は立ち止まった。あまりの迫力に隣にいた一夏も驚く程に。

「専用機持ちはこっちに来てくれ。早く!」

 専用機持ちである四人は急いで立ち上がり春樹の下へと駆け寄る。一体何が起こっているのかはわからない。ただ、あまりよくない事が起こっていることはなんとなく悟っていた。
 四人が部屋から出てくると、春樹は警告するように言った。

「気になると思うが一切ここから出るなよみんな。それと、余計な詮索は入れないように頼む」

 勢いよく扉を閉め、そして、着いて来いと言わんばかりに少し早歩き気味にブリーフィングルームへと向かった。

「あの……春樹さん。これから何処へ行きますの?」

 これからどうするのか、気になる皆に代表して春樹に質問するセシリアであったが、春樹はブリーフィングルームに着いたら話すと言って何も答えてくれない。
 女の子四人の後ろの方には一夏がいる。ないとは思うが、彼女たちが変な行動を起こさないように後ろから見張っているのだ。
 ただ無言で、しかも速いペースで歩いていると、ブリーフィングルームの目の前までやって来た。春樹は息を大きく吸い込んでその襖を開けると先生二人と、束がこちらを見てくる。
 数秒、無言の空間が出来た後に千冬は大きく目を見開き、低い声を出してこう言った。

「おい、葵。何故ここにその四人を連れてきたのか説明しろ。早く!!」

 春樹は千冬のその怒号にも動じずに言葉を返す。

「これが、福音を倒す為の最終手段です。こんな状況下では専用機持ちの力が必要なんですよ」

「ふざけるな!! 事情を詳しく知らない子達を戦場に向かわせるなど許さん!!」

 千冬は春樹の目を見て、心からの想いを彼にぶつけていた。一夏と箒の二人は力強い決意の下にこの作戦に参加しているし、何よりこの二人はISの本来の力を発揮させる『因子』とやらを持っている。だからこそ、千冬も覚悟を決めて弟と友達の妹を戦場に送った。
 しかし、その『因子』とやらも、今この状況もマトモに知らない子達を戦場に送る事などまず気なんてものは進むわけが無い。
 この状況において、ここにいる事情を詳しく知らない専用機を持っている四人の生徒たちを戦場へ送り、作戦の成功率を上げるか……。またはこの四人の子達を安全な場所で保護して、銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)には春樹と一夏、場合によっては千冬自身も出撃して銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)撃墜作戦を行うか……。今この状況ではいったいどんな選択をすれば良いのか千冬には分からなかった。ドイツ軍で教官をやっていた彼女でさえ、流石にこういった命を懸けた戦いには無縁の可愛い教え子たちを戦場に送るのは抵抗がある。何が良くて、何が悪いのか、その境界線がとても分かりにくく、難しいこの議題において今とるべき行動とは?
 ここにいる者たちは、実のところ頭を悩ませていた。

「時間がありません。みんなに説明を!」

 専用機持ちの皆と共闘を考える春樹。

「何を言っている! そんな事は教師として許すわけにはいかない!!」

 教師として、これ以上自分の生徒たちを戦場に送ることなど許すことはない千冬。
 既に彼女は一夏と箒、そして春樹という自分の教え子を戦場へ送っているのだ。この三人は状況が特殊であるから、危険な事をさせたくないという気持ちを苦しみながら取り払ったのだが、この専用機持ちの四人までこの事に巻き込むとなると気が参ってしまうぐらいだ。
 すると、束が前に出てきて、

「ちーちゃん。ここは私が決めるよ。ここでは私が全てを決める権利を持っているから」

「束、お前もふざけた事を言うのか!? この子達を戦場に送るなど、この私が許さないからな!」

「ちーちゃん、あのね……。これは私の身の安全がかかっているんだよ。そして……私の死は世界の政治的バランスを崩壊させてしまう恐れもあるんだよ。だから、とても最低なことだろうけど、私は生きなきゃいけないんだ、どんなことをしようともね」

 実際のところ、束の生死は今後の世界のIS情勢を大きく揺らがす要因となる。もし、束が死ぬ事になれば、ISのコアの製造方法は分からなくなってしまうし、より高いテクノロジーを手にする事は難しくなってしまう。なんと言っても束は「装備の換装なしで全領域・全局面展開運用の獲得」を目指す第四世代の機体を作り上げている。
 その紅椿は極秘裏に製造された為、通常は第三世代程度のスペックまで落としているが、作り上げたのは事実だ。
 それだけの技術力を持っている篠ノ之束が死んだという事になれば、世界中のIS情勢は混乱し、ISの進化は急激にスピードを落とすことになってしまうだろう。
 恐らく束を狙っている組織はそれが狙いだ。それからどうするのかは分からないが、良くないことが起きる可能性がある為、放っておくのは危険である。
 だからこそ、裏組織の情報を詳しく調べてその処置を行うまでは束は死ぬ事は許されない。必ず生き抜かなければならないのだ。

「でも、私もこの子達を強制的に戦場へ送るのも気が引けるんだよね。だから、ここは彼女たちの意思で決めてもらおうよ」

 と、束は全部とはいかなくても事情を出来る範囲で彼女たち四人に話した。
 まずは、この付近にいる銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)というISがここら周囲一帯を襲う可能性があり、生徒たちに危険が及ぶかもしれない事。
 次に、その撃墜作戦に失敗し、一夏と春樹の機体は大きく損傷してしまい、長時間の稼動が不可能で、修理の方も時間的にキツイ事。
 そして、篠ノ之箒が倒れてしまった事だ。
 それを聞いた四人は驚愕した。
 そんな専用機持ちの四人に、束は最後の確認をする。

「そこで、君たちにはこの銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)の撃墜作戦に参加して欲しいんだけど……、どうする? この任務はとても危険だよ。命だって落とす可能性だって否めない。拒否するなら今の内だし、それなら今聞いたことは忘れてもらってこの部屋から出て行って」

 親友である篠ノ之箒が現在意識を失っていると聞き、一度はどれだけ危険な事をしているのか、と一歩引いてしまったが、大切な仲間が助けを求めているというのに危険だから逃げるなんてことはしようとしない四人。
 率先して言葉を出したのは鈴音だった。

「友達がピンチだっていうのに逃げる奴なんて何処にいるのよ! 私は協力するわ!」

 そんな鈴音につられて次に言葉を放ったのはセシリアだった。

「そうですわ! 大切な仲間が私たちに助けを求めているんですもの。やりますわ、私も」

 続けてシャルルも言葉を発する。

「うん、そうだね。一夏と春樹は大切な仲間だもん。協力しますよ、僕も」

 そして、最後にラウラ。

「そうだな……、過去に春樹には沢山助けてもらっているしな。大切な仲間の為にも春樹に協力する」

 四人全員がこの作戦の参加の意を表した。
 春樹と一夏の二人はこの四人には感謝したくても感謝しきれない。このピンチの中、自分たちが考えられる唯一の突破口。その四人がこの作戦に参加してくれると言ってくれた。

「いいのか、お前ら。本当に危険な任務だぞ? それに、今回の作戦に参加することによって監視されることになる。銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)は国家機密が含まれるISだからな。それと戦闘を行うということはそういうことだ」

 千冬は最後に四人に脅しの言葉をかけるが、四人の意思は変わらない。一夏と春樹、そして箒は自分たちにとってかけがえのない仲間であり、その仲間が助けを求めてきたのならば、それに応えなければ親友失格だ。

 千冬はそんな強い意志を示した四人の目を見て、

「そうか、お前らの意思は確かなものだな……。なら春樹、早速作戦について説明をしろ。ブリーフィングを始めるぞ。いいな、束?」

 束は首を縦に振ると、彼女は春樹にブリーフィングを始めるように指示をする。

「春樹、これから皆に作戦の概要を説明するよ」

「はい!!」

 春樹は気合を入れて返事をした。
 春樹の傍らには束と千冬が立ち、そして他の五人は春樹の目の前に立たせる。

「これよりブリーフィングを始める」

 春樹はホログラムによって映し出されたモニタを操作して、資料を提示していく。まず最初に表示されたのは銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)のISの画像とその情報だ。

「これが今回の作戦のターゲットである銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)だ。パイロットはナスターシャ・ファイルスというアメリカ人。このISのテスト中に暴走し、この俺たちの泊っている旅館へと向かっているところを先ほど一夏と箒の二名が交戦した。一夏の零落白夜が微かに当たったことにより、作戦続行は不可能と判断したらしく、現在は自己修復中だそうだ」

 このとき、ブリーフィングを聞いている一夏を除く四人は疑問を持った。何故、一夏と箒の二人だけなのか。春樹は何故この作戦に参加をしていなかったのか。それでもって何故、春樹のISは長時間の運用が不可能なほど損傷を負っているのか。
 四人とも同じ事を考えていたが、今はブリーフィング中なので質問は慎む事にした四人。

「福音の詳細なスペックデータは配布する。それを読みながら聞いて欲しいんだが……」

 各自のISにデータが転送されていく。それを網膜投影して各自確認しながら、春樹の話に耳を傾ける。

「手元の資料の通り、三六門もの砲身からビーム攻撃をしてくる中距離から遠距離に特化した機体だ。そこで、各人に別々の行動を取ってもらう。まずはセシリア・オルコット」

「はい!」

「今日の新装備テストで高機動を手にいれるスラスター装備が送られてきたんだったな?」

「そうですわね。名称はストライク・ガンナー、高機動用パッケージです」

 セシリアが今回の新装備テストで送られてきたのは高機動用のパッケージ、ストライク・ガンナー。
 彼女が一夏や春樹のスピードに翻弄され、一度でも接近を許してしまったら終わり、という現状を解消したいと思い、この高機動用パッケージの開発を頼んだ。
 これにより、接近されてもある程度距離を取ることができる。このパッケージは最高速度よりは加速力を、前進よりは後退する推進力の方が強く作られている。接近されたときの回避とターゲットを視界に入れたまま距離を取る事を想定されて作られているからだ。

「なら、お前にはその機動力で福音から常に距離を置きながら、スターライトmkⅢの狙撃とビットによる攻撃で遠距離支援をして欲しい」

「了解いたしましたわ」

 次には春樹は鳳鈴音の方を向いて、

「よし、次に鳳鈴音」

「は、はい!」

 鈴音は少々緊張気味だ。これほどの緊張感は初めてだということと、こんな春樹は初めて見るからだろう。

「鈴には中距離から近距離の支援を頼む。お前の機体の龍砲(りゅうほう)によるかく乱攻撃をメインに置き、状況に合わせて双天牙月(そうてんかげつ)で近、中距離で戦ってくれ」

「う、うん。了解!」

 次にシャルル・デュノアの方を見て、

「次に……シャルル・デュノア。お前はその多様な武装を利用し、俺と共にこの小隊のバックアップをする。特に指示はしない。その戦況で一番やらなくてはいけないことを常に見つけて動いていくぞ」

「うん、わかった。皆の事は僕たちがサポートするんだね」

「ああ、そうだ」

 シャルルは状況が状況だからか、いつにもなくすごくやる気になっている。いや、シャルルだけじゃなく、皆がそうだ。
 このIS学園で出会った仲間たち。それがとても危険な目に遭っている。それを知った彼女たちは行動せずにはいられなかった。仲間がピンチだと聞けば、助けずにはいられない。そんな感情が自然と沸き起こるのだろう。
 最後にラウラ・ボーデヴィッヒだ。

「ラウラ・ボーデヴィッヒ」

「は!!」

 彼女は姿勢を正し、ビシッとした態度で春樹に耳を傾ける。

「お前は一夏の盾役になってもらいたい。あの福音の装備はほぼ全てがビーム兵器だ。なのでお前はC(チャージド・)P(パーティクル・)C(キャンセラー)を使って防御に徹するんだ。状況によって砲撃などでの支援も頼みたい」

「了解しました」

 ラウラは敬礼をしてきた。
 春樹は微笑みそうになりながらも、決して真剣な顔を崩したりはせず、そのまま話を続ける。

「そして一夏。お前の零落白夜で福音を斬れ。一回振るだけでいい。それだけあれば十分だろ、一夏?」

「ああ、あたりまえだ。任せとけよ」

 一夏は誇らしく、そして……春樹と目を合わせて確かな友情と覚悟を感じ取っていた。

「よし、各自の行動は把握したな? 作戦行動中はとりあえずフリーに動いてくれ。周りを良く見て、何をしなくちゃいけないのか、それをキチンと見分けてくれ。いいな?」

『『了解!!』』

 一夏、セシリア、鈴音、シャルル、ラウラの五人は一斉に返事をした。
 今、気を失っている箒の為にも、この戦いは無事に成功させて箒の下へと迎えに行く。それはみんなの共通認識であり、そしてそれが目標だ。

「では、これより一五分後に作戦を開始したいと思います。各自、自分のISの確認をしっかりとしておいてください。では、束さん。発令を……」

「うん。ではこれより一五分後に、銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)撃墜作戦を開始します。各自、それまでに海岸へ集合せよ」

『『了解!!』』

 今度は先ほどの五人に加えて春樹も返事を返す。
 すると、春樹は千冬を呼び出して一度部屋を出る。

「なんだ、葵」

「千冬さん。暮桜をしっかりと準備して置いてください。そして、束さんと一緒にここではない何処かに隠れていてくれませんか?」

 この瞬間、千冬は顔色を変える。
 彼女は分かっていた。ISを用意して、束と一緒に隠れる。それは紛れもなく篠ノ之束の命が狙われているということ。
 あのドイツ軍基地で起こったようなことが起こる可能性があるということ。

「奴らが来るのか?」

「はい。先ほど交戦しました」

「…………なら、ここは私ではなく、葵が側にいてあげるべきだろ。側で守ってやれ、いいな」

「では、福音の事は――」

「それは、私が出る。私も教師だからな、生徒たちが見える場所で守ってやりたい」

 これは彼女がどちらにせよ言おうとしていたことだ。
 教師として、生徒たちが直接見える場所で、直接手が出せる場所にいてやりたいと思っている。なんといったって、千冬は今は教師でも、かつては“ブリュン・ヒルデ”と呼ばれていた程のIS乗りだ。実力的には何の問題もないはずである。

「……わかりました。みんなの事……よろしくお願いします」

 すると、千冬は春樹に背を向けて、

「ああ、まかせろ。…………私の弟の珍しい頼み事だ、しっかりと守ってやるよ」

 と言ってドアを開ける。
 どんな表情だったのかは春樹にもわからない。ただ、久し振りに弟と呼んでくれた事はどことなく嬉しくなってしまう。
 今や両親も親戚もいなくなってしまった春樹にとって、織斑の二人は大切な家族である。一夏は同い年だから兄弟というよりは「かけがえのない親友」で、年上の千冬は

「カッコよくて、頼りになる自慢の姉」である。

 二人は部屋に戻ると、急遽メンバーが変わった事を皆に伝えた。
 春樹がこの作戦に出ないときいたときはとても不安になったが、その代わりにに織斑千冬が出る。その事を聞いた五人は驚くが、千冬のような強い人物がいるだけでとても心強い。

「よし、では集合場所である海岸へと向かうぞ」

『『はい!!』』

 作戦メンバーである六人はそのまま部屋から出て行った。
 この部屋には山田先生と篠ノ之束、そして葵春樹だけになった。

「山田先生……」

「はい、なんですか、葵君」

「俺と束さんは、少し外に出ます。だから、ここには一人になってしまいますけど、皆のオペレーター、よろしくお願いします」

 春樹の真剣な頼みに山田先生は笑顔で答えてくれる。

「大丈夫ですよ、葵君。私がみんなを死なせないように、ちゃんとオペレートしますから」

 春樹はそんな山田先生の笑顔を見て少し気が楽になった。やはり、山田先生には何処となく癒されるところがある。これから、どうなるか分からず不安な気持になっていた春樹にとって山田先生の微笑みは天使のようにも感じた。
 春樹は微笑んで山田先生の言葉を返す。

「それでは、よろしくお願いします」

 そう言って、春樹はこの部屋を後にする。
 この部屋には一人だけになってしまった山田真耶。
 彼女はまさかこんな事になるとは思いもしなかったのだ。昨日までは楽しく海で遊んでいたはずだ。それが、ここまで大変な状況になってしまうと、逆にこの現実を否定したくもなる。

「皆さん……死なないでくださいよ……」

 彼女にはそう言うのが精一杯だった。
 作戦開始まで一〇分。
 銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)との最終決戦が始まろうとしていた。



[28590] Episode4 第四章『守るものと護られる者 -United-』
Name: 渉◆ca427c7a ID:7b53eb7b
Date: 2012/10/13 15:55
  1


 作戦開始五分前。
 銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)撃墜作戦に参加する織斑一夏、セシリア・オルコット、鳳鈴音、シャルル・デュノア、ラウラ・ボーデヴィッヒの五人の生徒と、教師である織斑千冬はISの最終確認を行っていた。
 一夏はバッテリチャージャを使い、できる限りの稼動エネルギーを充電している。
 ISの稼動エネルギーの正体は電気である。ISには固体高分子形燃料電池が積まれており、最大で四八時間の連続稼動が可能なのだが、一夏のISのワンオフ・アビリティーである零落白夜の仕様上、それだけの稼動は不可能である。
 現状、先ほどの銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)との戦いで、残りのエネルギーはスッカラカンなので、今こうやってできる限りの充電を行っている。
 その他の五人はISの点検を必死に行っていた。
 一度失敗しているこの作戦。
 この作戦に失敗は許されない。
 残りのチャンスは恐らくこの出撃一回だろう。
 稼動エネルギーを充電するしかない一夏は、必死に点検を行っているみんなを見ながら呟く。

「残り……五分……。この作戦、必ず成功しなくちゃな……」

 作戦開始時間は刻一刻と迫ってくる。もっとこの整備時間を取りたいというのが正直な気持ちなのだが、銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)も何時再稼動するかは分からないので、そう長い時間は取れない。
 結局、不完全な状態で出撃しなくてはいけない事実は、この現状からいくら足掻こうと変わらない。本当に最低限の事をするしかない時間である。

「よし、点検はその辺にしておけ。織斑を除く四人はISを装備しろ。織斑はギリギリまで稼動エネルギーを充電しておけ」

 生徒たちは力強い声で返事をする。
 各々がISを装備していく中、一夏は白式(びゃくしき)をじっと見つめていた。
 いきなり渡された自分の専用機である白式(びゃくしき)と共に練習を続けてきた一夏だが、いま思えばみんなと一緒に訓練していくにつれて、このISとの一体感が増していくのを感じていた。
 今となったら、この一体感が当たり前すぎて忘れかけていた感覚だが、よく思い出してみると初めて装備した時の違和感が懐かしく思えてくる。まるで良き友人となるかのように、その親近感が増していた。
 そんな、つい三ヶ月前の事を思い出して微笑む一夏。
 今となっては仲間と言えるような友達がいる。
 だが、そこにはISもいたのだ。
 それは一夏に限った話ではない。
 篠ノ之箒。
 セシリア・オルコット。
 鳳鈴音。
 シャルル・デュノア。
 ラウラ・ボーデヴィッヒ。
 そして、葵春樹。
 みんなが同じように自分のISと深く関わり、そしてその結果、自分たちの周りには最愛の仲間ができたのだ。この出会いはISがあったからこそ起きた事であり、それが無かったのならみんなには出会う事すら叶わなかったわけである。
 だから、ISがあって本当に良かった、と一夏は改めて思う。
 作戦開始まであと一分を切った。一夏はISとバッテリーの接続を切る。
 完全に充電が終わったわけではない。だが、作戦開始時間が来てしまったのだから、これで作戦に参加するしかないのだ。
 一夏の役目は零落白夜での一撃必殺攻撃を銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)に叩き込む事。それだけを考えて行動する。それだけだ。

 たった一振りだけでいい。

 春樹にそう言われた。もちろん一夏はその気でいる。自分の尊敬する姉が、静かなる一振りで敵を仕留める。それで決着はついてしまう。そのカッコよさに憧れた一夏は、自分の姉と同じようにやるだけだと、彼はそう考えている。
 一夏はISを装備し、雪片弐型を握り締め、千冬の方を見る。
 実の姉がそこにいる。何故だか春樹と交代するようにこの作戦に参加してきた。いま、春樹は何をしているのかわからない。
 だけど、今はそんなことを気にしている場合ではなかった。作戦開始まで三〇秒。六人はお互いに顔を見合わせて、そして何かを感じ取ったかのように頷く。
 千冬も含め、みんなの願いは一つだ。
 誰一人として傷つくことなく、銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)を撃墜して無事に生還する。それだけだ。
 網膜投影されたモニタを確認すると、刻一刻と作戦開始の時間がカウントされていく。
 残り一〇秒。
 一夏の額には汗があった。失敗を恐れずに、ただ成功することだけを考えてやるしかない、と思っていても中々恐怖だけは取り払うことができない。

「みんな、恐怖する事は決して駄目な事ではない。それがあるからこそ、生きて帰ろうと思うんだ。行くぞ、みんな。作戦開始だ!!」

 タイマーが残り〇秒を示した。作戦開始の合図である。
 六人のIS乗りは一斉に空へと飛び立つ。
 六機とももの凄いスピードで空を翔るが、一夏の白式は最高速度とは程遠い速度だった。もっとスピードが出るはずなのだが、機体の状態も不完全なだけあってこれ以上の無理は機体に深刻な悪影響があると一夏は感じているのだ。だからこそ、このスピード程度に抑えている。これも一夏と白式の一体感が増したからこそできた芸当だ。
 目的地まで一直線に飛ぶ六人らはセシリアの超感度ハイパー・センサーにIS一機の反応があった。しかも、そのISは動く気配が全くない。

「いましたわ! これより五キロメートル前方にISの反応。これは……間違いありません。銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)です」

 セシリアの報告に千冬は指示を飛ばす。

「よし、セシリアを除く四名は私について来い。福音に接近する。セシリア、私たちと福音との距離が一〇〇〇になったら、お前のスターライトmkⅢで福音を狙撃しろ」

「了解いたしました。みな様、お気をつけて」

 五人は静かに頷き、セシリアとは一旦分かれる。
 一夏はラウラの後ろへと着く。この作戦の各々のポジションは、近距離は千冬、中距離が鈴音とラウラ、遠距離はセシリア、そして全体的なサポート役となるのがシャルルである。
 一夏はこの作戦において、特別な立ち位置にいる。零落白夜での一撃必殺の攻撃を銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)に与える役目だ。もちろん、千冬も零落白夜を使えるので、このどちらかがそれを使って銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)を無力化できればいいのだ。
 これは、銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)を海岸へと近づく前に無力化させなくてはならなく、短期決戦を強いられるものである。だからこそ、一撃で勝負が決まる零落白夜にかけるしかないのだ。
 距離が丁度一〇〇〇メートルになったところで、銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)にビームがヒット。銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)は自己修復を一旦止め、周りを見渡す。一体何処から攻撃を仕掛けてきたのか、それを確かめるために。

(キッチリ距離一〇〇〇で撃ったな……、流石は代表候補生だ!!)

 千冬がそう思うと、銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)の後ろに零落白夜を発動させながら飛び込んでいく。
 これで勝敗に決着がつくと思いたいのだが、銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)は、その攻撃を避けてしまう。やはり、敵も馬鹿ではなく、このような襲撃は簡単に避けられてしまう。
 一方ラウラは常に一夏の前に立ち、ビーム攻撃が飛んでくることを警戒し、いつでもC(チャージド・)P(パーティクル・)C(キャンセラー)を発動できるように準備をしている。
 鈴音は今回のテストで送られてきた強化パーツ、崩山を装備。
 これは見えない弾丸を放つ龍砲を四門に増強したもので、それを使い銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)をかく乱。そして、千冬が福音の動きを止める為に接近戦を試みている。
 セシリアは遠距離で支援砲撃を続けており、ビット攻撃で敵の動きを制限。
 銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)は負けじと三六門の砲身から出されるビーム攻撃で回りのISを分散させる。やはり、一体で複数体と戦わなくていけない銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)は一対複数では少々分が悪い。そこで、敵ISを分散させて、一対一に持ち込もうという魂胆だ。
 近くにいた千冬と鈴音は、シャルルのシールド装備で無傷だ。
 そのシールド装備というのが、今回のテストで送られてきた防御パッケージ、ガーデン・カーテンだ。実体盾が二枚にビームシールドが二枚という防御に特化させたパッケージである。
 一夏の方ももラウラのC(チャージド・)P(パーティクル・)C(キャンセラー)でラウラと一夏共々無傷だ。

「やっぱり、人数でのゴリ押しは駄目みたいね」

 鈴音は肩を落としながら言った。それにシャルルは答える。

「うん、やっぱりちゃんと連携を組まないと、奴を倒せない」

 銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)の攻撃を避けながら二人は会話をする。

「そうね……。織斑先生!!」

「なんだ?」

「もう一度接近しましょう。一夏か織斑先生、そのどちらかが零落白夜で福音を斬らなくちゃいけない。だから、そのチャンスを作らないと!」

 千冬と鈴音の二人はお互いに頷くと、銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)に接近を試みる。それにシャルルも同行して、接近できるまでのサポートをする。
 ラウラは少々危険な賭けになるのだが、レールガンであるパンツァー・カノニーアを使用し、二人が接近できるまで銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)の気をこちらに引こうという考えだ。一夏を守らなくてはいけない立場にいるラウラだが、これも作戦成功の為だ。仮にこちらにビーム攻撃をしてきたとしてもC(チャージド・)P(パーティクル・)C(キャンセラー)があればそれを無効化できる。
 ラウラは銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)の動きが少し止まった瞬間に弾丸を撃ち込む。ヒットはしないものの、注意をこちらに向けることに成功。

「一夏、こちらへ攻撃が来る。注意しろ!!」

「ああ、分かってる。大丈夫だ」

 一夏も攻撃をかわすことに関してはセシリアとの練習で高い技術を手に入れている。逆にセシリアもその練習のおかげで高い射撃能力を手に入れたわけだ。
 福音はこちらに大量のビームを放ってくる。
 ラウラC(チャージド・)P(パーティクル・)C(キャンセラー)を発動させるが、正直、これだけの量をすべて防げるかどうかは不安であった。だがしかし、その不安要素を打ち消す出来事が目の前で起こる。
 セシリアのビットが銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)が放ったビームを打ち落としていく。最後にスターライトmkⅢのビームで多くのビームを相殺。ラウラと一夏まで届いたビームはほんの十数発であった。三二発のビームをここまで減らす事ができるセシリアに他のメンバーも感服していた。

「セシリア、支援感謝する!」

 ラウラはセシリアに通信で感謝のメッセージを伝える。

『いえ、お構いなく。こんな事など出来て当たり前ですわ』

 ラウラと一夏はセシリアの返事に微笑んでいた。彼女らしいな、と思いながらラウラと一夏は銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)に接近する。千冬と鈴音がそいつに無事接近できたからだ。
 千冬が雪片で銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)と接近戦で動きを止めている。
 銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)がビーム攻撃で千冬を離そうとするモーションを見た瞬間に鈴音は後ろから崩山で銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)を攻撃。見えない弾丸に当たったその衝撃でそいつはのぞけてしまう。
 この瞬間、隙が生まれた。

「一夏、今よ!」

 鈴音は叫ぶと、既に一夏はこちらへ突っ込んできていた。

「千冬姉! 鈴! どけろおおおおおおおおおおおお!!」

 一夏は叫びながら、銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)へと飛び込む。千冬と鈴音はその叫び声を聞いて反射的にその場から離れる。
 一夏は零落白夜を発動させて、銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)を斬りつける。
 零落白夜はシールドエネルギーを切り裂く特殊な攻撃。その効果で機体に直接ダメージを負わせて強制的に絶対防御を誘発させ、一気にシールドエネルギーを奪い去る一撃必殺の攻撃。しかし、その強力な攻撃である故に大きなリスクを伴う。IS自体の稼動エネルギーを大量に消費してしまうのだ。
 だが、強力な攻撃であることには変わりない。
 まさに逆転の一撃必殺攻撃。
 一夏は銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)に最高出力の零落白夜で確かに斬りつけた。それにより、銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)とのシールドエネルギーは一気に〇になるはずだ。

 しかし、銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)が倒れる事はなかった。

 謎の光に包まれる銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)は、その形状が少しずつ変化していく事をそこにいた六人は確認していた。
 そう、第二形態移行(セカンド・シフト)だ。
 予想もしていなかった状況。まさか、一夏の一撃でこのような事を誘発させてしまうとは、一体誰が考えれただろうか。
 この一撃にかけていたこの作戦は失敗に終わってしまう。
 だが、諦める者など誰もいなかった。
 一夏の白式の稼動エネルギーはまだ残っている。零落白夜も後一回は発動できるほどの量だし、もし仮に一夏が動けなくなったとしても千冬がいる。彼女も零落白夜を使える。利用できるものは利用するのみだ。

「まさか、ここで諦めている奴はいないよなぁ!? さぁ、行くぜ。アイツを倒す為にもう一度!!」

 一夏はそう大声で言うと、

『『了解!!』』

 セシリア、鈴音、シャルル、ラウラの四人が一斉に返事を返した。
 千冬も微笑んで、一夏と目を合わせた後頷いた。
 目の前には青く光る翼を生やしたISがいる。これは第二形態移行(セカンド・シフト)により変化した姿である。いったいどんな攻撃を仕掛けてくるのか、それはここにいる六人には予想などできるはずもない。
 ここにいる六人は誓う。絶対に、生きて帰るのだと。絶対に、銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)を倒して、春樹や箒の前に現れてやるのだと。
 この戦いはどんどん危険なステージに突入していく。



  2


 篠ノ之箒は夢を見ていた。
それは、彼女の幼少期――小学校四年生の頃の記憶だ。
 思い出がフラッシュバックの様に甦っていく中、まず最初に見たのは、ある日、教室の掃除中起こったことだった。一緒の掃除の班にいたとある男子児童達が箒をいじめていた。その時に使われていた言葉が――。
 男女。
 剣道をやっていて、尚且つ気が強い彼女は、小学校のときにそういう悪意のあるあだ名で呼ばれたことがあった。
 そして、掃除の時間。先生がいなかった教室で、そのいじめはよりひどいものになっていた。
 男子児童が複数人で箒に対していじめを行う。言葉の暴力を振る舞い、箒を精神的に追い込んでいく。そこに現れたのは、先生に呼ばれていて掃除に遅れてやってきた一夏であった。
 そのいじめ現場を見て彼はこう言ったのだ。

――おい、何やってんだよ。掃除する気がないなら帰れよ、邪魔だから。

 そう言った一夏。すると、いじめの対象が彼へと移っていく。
 元々姉同士が仲が良いことから、一夏と箒も幼稚園からの仲だ。お互いにとても大事な友達だし、とても仲が良いのは当たり前の事だ。
 だが、いじめグループの男子児童はそれを“夫婦”だ“カップル”だと馬鹿にしていく。
 やはり、小学生はそういうことには過剰に反応するし、それを馬鹿にする傾向がある。箒もこの夢を夢だ、昔の記憶だと自覚しながら、気分が悪くなる。
 だけど、これは一夏が好きになるキッカケだった。
 一夏はそのいじめをする男子児童を殴ったのだ。その後は当たり前のように先生にバレることになり、親から言われるように言われていた。
 そして、箒は質問をしたのだ。

――ああなることはわかっていたのに、なんでわざわざ殴るような事をするの?

 すると彼はこう答えた。

――だって、箒がいじめられてたんだぜ? それに、言葉の暴力を振るっていた。だからその分殴らせてもらっただけ。許せなかったんだよ、俺の大切な友達の箒をいじめてるあいつらがな。

 この言葉を聞いた瞬間に箒は一夏に対する想いが強くなったのを感じていた。その想いが恋だと気付くまではそう時間はかからなかった。
 それからというもの、彼に対する気持ちは日に日に強くなっていった。

 次に聞こえてきた言葉は――

――はい、箒。これ誕生日プレゼント! 似合うと思うぜ。

 これも、一夏の声だ。彼の声が聞こええてくる。
 この情景は確か、箒が一〇歳の誕生日を迎えたときの誕生日パーティー。このときに側にいてくれたのは、一夏と箒の両親だ。
 今、箒がつけている髪を結ぶリボンは、このときにプレゼントしてもらったものだ。このプレゼントを箒は今でも大切に使っている。だって、大好きな人からプレゼントだ。それで髪を結んでいつものポニーテールにすると、彼はとても似合うと言ってくれた。それからこのリボンをいつだって使っていた。
 だけどその時、束と千冬はそこにはいなかった。
 確か、このときはISの開発で二人とも忙しかったはずだ。その時の言葉を箒は覚えていた。

――宇宙開発が一気に進展する発明をするからね。待っててね箒ちゃん。大金持ちになってお父さんとお母さん。そして箒ちゃんにも、楽させてあげるから!

 彼女が夢みていたもの。それは、インフィニット・ストラトスによって宇宙開発が進み、人類を更なるステージへと道しるべになって欲しい、という願いだった。
 そんな純粋な気持ちで束はインフィニット・ストラトスを製作したのだが、そんな願いも叶う事はなかった。
 その原因はISが軍事的に使われるキッカケになったあの事件。
 『白騎士事件』である。
 それは、世界中の軍事施設のシステムがエラーを起こし、全百数発のミサイルが日本に向けて放たれた。それをある一機のISが全て斬り落としたのだ。
 それこそ、世界で第一号のインフィニット・ストラトス『白騎士』であった。その開発者の篠ノ之束は思いもしなかったISの性能に驚いてしまう。
 
――そんな……。こんなものを私は作ってしまったの……? こんな危険なものを!?

 箒はその時、姉である束の側にいた。そして、モニタリングしていた姉がそう叫んだのを思い出し、とても悲しそうだったことも箒は思い出した。
 当時は何故そんな悲しい顔をしているのか分からなかったけれども、今では理解できる。あの時、姉は世界を大きく変えてしまうようなとてつもない『兵器』を作ってしまったと、絶望していたのだ。
 それからというもの、世界は大きく揺れた。ISのテクノロジーを知ろうと各国の政府が一斉に動き出してしまった。
 このままでは篠ノ之束の親族までも危険に及ぶ可能性がある。そう言われた家族一同はバラバラになってしまった。
 もちろん、一夏ともお別れすることになってしまう。今度の剣道大会で優勝したら、一夏に告白しようと決心したこのタイミングでだ。
 結局、一夏には何も言えないまま引っ越してしまい、絶叫に近いほど泣いてしまったのを覚えている。実の姉だって恨んだ。アイツさえいなかったらこんな事にはならなかった、とも思ったこともある。

――あれ?

 春樹は……どこだろう。
 引越しの直前に……何か……あった?
 記憶が無い!?
 どこに行ってしまったんだ、私の春樹との記憶は?
 何故、一夏との記憶しかない!? 何故!?
 一夏たちとの出会いから、引越しまでの記憶に春樹も居たはずなのに、何故この記憶の夢の中には登場しないんだ!? どうして……一夏だけじゃなく、春樹との思いでもとても大事なものなのに、何故この夢の中で思い出せない!?
 思い出せ。思い出すんだ。春樹との記憶を……。

――ッ!?

 その瞬間、夢の中だというのに強い頭痛に襲われた。頭が割れるように痛む。吐き気まで出てくる。なんだ、これは……なんなんだ!?

 その瞬間、彼女は目を覚ました。

 頭痛と吐き気は現実の身体でも同じ症状が出ていた。額は汗でびっしょりだ。
 呼吸を整えて、傍らを見ると、心配そうに山田先生が箒を見ていた。

「あの……篠ノ之さん、大丈夫ですか? 凄くうなされてとても辛そうでした。嫌な夢でも見ていたんですか?」

「いえ……そんなものではありません。ご心配なく、大丈夫ですから」

 嫌な夢などではない。しかし、疑問がいくつも生まれた夢であった。春樹の事の記憶はいま確かに存在している。誕生日パーティーでも一夏と一緒に祝ってくれたし、学校でも仲良くしてくれた。一夏と一緒に三人でよく遊んだのも覚えている。
 しっかりと春樹との記憶も存在しているのに、あの夢はなんだったのか、ただ単に夢であるからその空想の世界では思い出せなかったのか。
 しかし、やけに鮮明な夢であった。まるで、実際に過去に起こった事を辿っていくかのように感じる。まるで、それが現実のように。
 だが、いまはそんな夢の事はどうでもいい。現状を把握しなくてはいけない。

「山田先生。今は……どうなっているのですか?」

 山田先生は真剣な表情になった後に答える。

「篠ノ之さんが織斑君と銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)の撃退作戦に出向き、失敗。篠ノ之さんは気を失い、現在に至ります。篠ノ之さんが気を失ってからはだいたい一時間ぐらい経ってます」

 たった一時間で箒の体は回復していた。いや、元々そんなに怪我はしていない。これも、束が作った紅椿のおかげだろう。流石は第四世代のISで、攻撃力、防御力、機動力、どれをとっても高性能だ。そんな高性能なISのおかげで箒は軽傷で済んだんだろう。流石は天才篠ノ之束、といったところか。

「それで……一夏と春樹は?」

「はい……それは……」

 突然口ごもってしまう山田先生。なにやら言いづらそうな顔をしている。

「言ってください。お願いします」

 山田先生は落ち着いて聞いてください、と注意してから話し出す。

「織斑君は現在、銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)と交戦中です。その作戦遂行のメンバーに……、セシリア・オルコットさん、鳳鈴音さん、シャルル・デュノア君、ラウラ・ボーデヴィッヒさん。そして、織斑先生がいるんです」

「え…………?」

 箒は信じられなかった。何故、銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)を倒す作戦にみんなが参加しているのか。一夏と千冬ならまだ分かる。だけど、何故関係ない他のメンバーまでいるのか、彼女には分からなかった。

「な、何故、みんなが参加してるんですか、その作戦に!」

「これは……葵君からの提案です。現在の戦力、つまり専用機をフルに使わないと、勝つのは難しいそうで……」

「そんな……勝手な事を……ッ!」

「ですが……葵君も沢山悩んで……それで悔やみながらもこの決断をしたはずです。彼の事をあまり責めないであげてください」

「なら、私も行きます!」

 箒は布団から起き上がろうとすると、何故か自分の身体から力が抜けていくのを感じる。そのまま彼女は再び布団に横になってしまう。

「篠ノ之さん……、あまり無理をしないでください!! みなさんは、あなたの為に頑張っているんですよ? だから、篠ノ之さんは安静にしていてください」

「ですが!! 私も……みんなが頑張っているのに、ここでのうのうと休んでいるのは、我慢なりません。私も行きます」

「篠ノ之さん……」

「みんなが、私の大切な友達が、私の為に頑張ってくれているなら、私だって友達の為に頑張りたいんです。だから、行かせてください!!」

 山田先生はふと目を閉じて微笑むと、金と銀の鈴がついた紐を箒に渡した。これは紅椿の待機形態である。

「え……何故これを山田先生が?」

「束さんから預かってました。修理も完璧に終わったから、安心していいよ。だそうです」

「姉さんが……」

「篠ノ之さんのお姉さんはとても妹想いの良い人ですね。なんだか憧れちゃいます。私は一人っ子でしたから。あと、これ……束さんからの手紙です」

 箒はその手紙を手に取り、そして中身をみる。そっけない便箋の中には紙が一枚。それを取り出すと、そこにはこんなことが書いてあった。


  箒ちゃんへ
 さっき急遽書いた手紙だから、たいしたことは書けないけど最後まで読んでください。
 箒ちゃんはきっと私のことを恨んでいると思います。お姉ちゃんには分かるよ。だって、どことなく避けているからね、私のこと。理由は多分、私がISを開発して世界問題になって、そして家族が日本政府に保護されて、一夏や春樹と離れ離れにしてしまった事だと思います。
 箒ちゃんは一夏のこと好きだからね。箒ちゃんが一夏に告白しようとしていたのも知ってるよ。だって、私の妹だからね。実の妹の事ぐらいなんでも知ってるよ。
 そこで、私は箒ちゃんに謝ろうと思います。

 本当にごめんなさい。

 本当は実際箒ちゃんを目の前にして面と向かって謝らなくちゃいけないのだろうけど、それができるかも分からない状況になってしまったので、せめて手紙で伝えられたら、と思って筆を取ってこの手紙を書いた次第です。
 許してもらえなくても構いません。
 ですが、私が箒ちゃんにしてしまったことは、取り返しのつかない事であることはしっかりと理解しています。そこだけはどうか分かってください。
 もう時間が無いので、ここで筆を置かせていただきます。
 紅椿はしっかりと修理したので安心して使ってください。
 では、がんばって。
  篠ノ之束より


 箒はその手紙を読んで、歯を噛み締めた。

(許してもらえなくても構いません、か……。私はとっくに姉さんを許していたのにな。確かに殺したくなるほど恨んだこともあったが……、姉さんの作ったISのおかげで私の周りにはとても大切な友達が、仲間が出来た。逆に姉さんにお礼を言いたいぐらいだ。だから私は……)

「先生、私は行きます。先生がなんと言おうと私は行きます」

 すると、山田先生は微笑んで、ちょうど終わった点滴の針を丁寧に抜いてあげた。止血用のガーゼを当ててあげて、

「はい、これでよし。……篠ノ之さん、絶対にみんなと一緒に帰ってきてくださいね、それがあなたを行かせる条件です」

「……はい」

 箒は静かに返事をすると、ゆっくりと立ち上がり部屋から出て行く。
 箒は不思議と身体がさっきと比べてはるかに楽になっていた。精神的なものなのか、それとも他に何かがあるのか……。だが、箒は分かっていた。
 自分の中にある力の事が、春樹が教えてくれた『因子の力』というものが。
 箒はその力が何の為にあるのか、その意義を決めていた。
 それは仲間の為に、また、自分の大切な人の為に使うものなのだと。そう箒は決めた。これがこの力の本当の使い方なのかは彼女には分からない。だが、この使い方が正しい使い方なのだと、箒は思っている。そう信じているのだ。

(みんな、待っていてくれ……、いま行くからな)

 箒は廊下を走り出す。今すぐにでもみんなを助けに行くために、彼女は全速力で走る。


  3


 葵春樹は車で移動していた。しかも、ドライバーは葵春樹である。
 彼はこんな時の為に様々な乗り物の運転の仕方を覚えていた。一般常用車にトラック、ヘリコプターに、一応飛行機の運転方法まで身につけていた。何故なら、任務先でいったい何があるか分からないからだ。だから乗りものは一通り乗れるようにしている。

「束さん、いいですね? 多分、あの旅館には帰れない可能性が高いですよ」

「うん。だからお手紙を書いといたよ、箒ちゃんにね。一応、私の気持ちは伝えておいたから」

「そうですか……。すみません……。俺が力不足なばっかりに……」

「ううん。春樹はちゃんと仕事をしてくれたよ。元はといえば私がここに来た事が間違いだったね……」

 春樹は黙り込んでしまう。ここでなんて言い返してあげればいいのか分からなくなったからだ。
 ここで、何を言ってあげるのが正解なのか、と春樹は悩んでしまう。否定するのが正解なのか、それとも肯定した上で仕方がないことだったと言ってあげるのが正解なのか。
 すると、春樹よりも先に束が続けて話し出してしまった。

「ごめん。そんなこと言っても、もう遅いよね……あははは……」

 束は落ち込んだように笑い出す。空気が重いが、それはしょうがない事だろう。この状況で笑い話をする気にもならないし、そんな笑い話はこんな状況で話せるわけもなかった。
 だけども、ここで何か話さないと何も進まないし、精神的につらい。だから春樹は何か話そうと必死だ。

「あー、あの……束さん。昨日の夜のこと……なんですけど」

「え……!?」

 束は驚き、昨日の事を思い出した。
 あのとき、束は周りの事を考えないで行動してしまい、春樹のみならずおそらく周りのみんなまで不快な思いをさせてしまったことだ。そのときに春樹に説教されてしまった。

「あの……、束さんに怒ったこと、なんか気にしてるなら謝ります。もう俺は気にしてませんから……あははは……」

 春樹はあの後、束がどうしていたのかを聞いた。
 あの後、一夏は束と出くわして一緒に話をしたそうだ。一夏は全てを話してはくれていないだろうが、でも、俺に怒られた事で深く反省して、泣いていたそうだ。
 その事について、まだ話が出来ていない。一夏から聞いて、旅館を飛び出したはいいが、そのときには会うことは叶わなかった。
 次の日には無事会うことが出来たのだが、そのことについて話すことは出来ず、ここまで先延ばしにしてしまった。だから、このタイミングで話す。
 すると、束が恥かしそうに春樹を見てこう言った。

「あのね、春樹。私……貴方に怒られてしまったとき、とても辛かったんだ。何故かは分からないけど、胸が絞めつかられるように痛くなって……。でも、そのとき決意したんだ」

「何を……ですか?」

 春樹が聞き返す。すると、束はより一層顔を赤くして春樹を見つめながら、

「こんなところで言うのもおかしいけど、いましかないから言うね。私、貴方の――」

 そのとき、車は急ブレーキをかけた。路面とタイヤが擦れて、ゴム臭い匂いで周りが包み込まれた。
 そして、その目の前に、道路のど真ん中には黒いISが立っていた。

「レイブリック……!!」

 春樹はそう呟いて車から降りた。そして、束にここでじっとしてる様に指示をすると、束は一言、うん、と頷いた。
 春樹はレイブリックを目の前にして、話しかける。

「お前……やはり束さんの命を奪わないと気が済まないみたいだな」

 春樹は熾天使(セラフィム)を身に着けた。金属とは思えないしなやかな白い翼が現れる。

「ああ、そうだな。それが俺たちの任務だからな。失敗なんてしてたまるか」

「任務か……お前らの組織は反束派ってやつか?」

 すると、レイブリックは鼻で笑い、

「一部ではそう言うらしいな。確かにその言い方は間違っちゃいない」

「で、IS学園を襲ったのはお前らではないと……それは別の組織なんだな?」

「恐らくそうだろうな。まぁ、俺たちにとっちゃそんなことは関係ない。篠ノ之束さえ、殺せば俺たちの目的は達成される」

 そんな発言に春樹は手をキツク握り締めて、

「おい、レイブリック。束さんを殺すのだったら、いかなる犠牲もしょうがないもの……、そう言いたいのか?」

 レイブリックは高笑いをして、

「とんだ甘ちゃんだな、葵春樹。そんなことでは束を守り切れないぞ。全てを守れると思うなよ、俺は……、いや、やめとこう。まぁ、そういうことだ。犠牲なしでは守りたいものも守れないんだよ!!」

 春樹は唇を噛み締めた。
 確かにそうだった。あのドイツ軍基地でのこと……。春樹は束を守るべく動いていた。その目的は達成されたのだが、そのときの同じ部隊だった人たちは数人死んだ。それを犠牲と言わずなんと言うだろう。そう、犠牲である事は紛れも無い事実。春樹はそのことから目を背けていた。
 良い所だけを見て、悪いところからは目を背けて。それで犠牲なしで束を守りきっていたつもりでいたのだ。
 いままで何人の犠牲を出してきたのだろうか、束と共に行動するようになってから……、改めて思い返して、その事実を見つめると数え切れないほどの犠牲があった。

「くそッ!! ああ、確かにそうだな。犠牲なしでは何も守れないかもしれない。でもな、それでも出来る限りの犠牲は減らしたいだろう!? もっと言うなら、犠牲となるものが無い方がずっと良いだろう? だから、俺はもがき続けるさ、犠牲を誰一人出さないようにするために」

「それが出来たら、いまこの状況にはなっていないんだよ! だからお前は甘いと言っているんだよ、葵春樹! ……どうやら、俺たちはここで戦わなくちゃいけないみたいだな」

「どうやらそのようだ。さぁ、かかって来いよ、レイブリック!!」

 二つのISの剣が交差する。オレンジ色の火花を撒き散らし、この二人はお互いの思想をもかけた戦いを開始する。


  ◆


「一夏、そっちへ行ったぞ!!」

 千冬がそう叫ぶ。
 銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)は第二形態移行(セカンド・シフト)し、機動力・攻撃力・防御力、どれをとっても格段にその能力は高くなっていた。
 金属で出来ていた翼の形をしたスラスターは青白く輝き、前の形態とは比にならない程のビームを発射できるようになっている。
 一夏はこちらに向かってくる福音から逃げる。まともに目の前から立ち向かっても今の状態の白式では太刀打ちできないからだ。

(くそっ!! 白式が完全ならこんな無様に逃げ回らなくても済んだのに!!)

 絶対に零落白夜でケリをつけられると判断するまで一夏は動けない。そのため、ドッグファイトは一夏の代わりに千冬と鈴音が引き受けている。
 だが、銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)は、その千冬と鈴音のドッグファイトから一夏の方へ向かった。どうやら、一夏を何よりも先に潰した方が良いと判断したのだろう。
 銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)は五〇発をも上回るビームを一夏に向かって発射する。
 しかし、そのビームはシャルルのビームシールドとラウラのビームを無効化する装備であるC(チャージド・)P(パーティクル・)C(キャンセラー)で一夏を無数のビームから守る。もちろん、シャルルのビームシールドとラウラのC(チャージド・)P(パーティクル・)C(キャンセラー)はお互いに干渉しないように気をつけて運用している。

「すまねぇ、シャルル、ラウラ」

 一夏が二人にそう言うと、二人とも微笑んで返してくれた。一夏はこういう信頼できる仲間が出来て本当に良かったと思っている。本当はここに春樹も居て欲しかったのだが、彼には彼の仕事があるので仕方が無い。なんたって、篠ノ之束の命がかかっているのだから。
 しかし、こうまでも零落白夜を与えるチャンスが出来ないと不安になってくる。本当にこの進化した銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)を倒せるのだろうかと。
 だが、倒さなければここの近くに居る旅館の皆に危険が及ぶかも分からないので、ここで倒す他に選択肢は無いのだ。

(このままだとジリ貧だ……。早くアイツを倒さなくちゃならない……。もうこの際、俺の零落白夜にこだわらなくてもいいんじゃないのか?)

 そう思った一夏は山田先生に連絡を取る。

「織斑一夏から山田先生へ、山田先生、ちょっといいですか?」

 すると、網膜投影されているモニタに山田先生が現れた。

『なんですか? 織斑君』

「福音は、俺の零落白夜に頼らなくちゃいけないんですか? なんなんだったら、みんなで一斉攻撃で――」

 しかし、一夏の言葉は山田先生の言葉で遮られる。

『織斑君、残念ですがそれは出来ません。今の我々の装備は所詮競技用の物。軍用のISである銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)に対してはほとんど使い物になりません。しかし、織斑君の零落白夜は違います。競技用とはいえ、その特製ゆえに一撃でシールドエネルギーを削れる能力を持っている。だから、織斑君にその役割を頼んだんですよ? その自覚をしっかりと持ってください!!』

「……すみません、山田先生。俺、この戦いに本当に勝てるのか不安でしょうがないんですよ……」

『安心してください。貴方たちに素敵な人をそちらに送りましたから』

 素敵な人とは誰なのかと思う。この現状からして春樹なのだろうか、それとも――
 一夏はそんな期待をしてしまうが、そんな過度な期待はしない方がいいと思い、その考えを振り払う。

『それでは、織斑君。戦いに集中してください。素敵な人が必ず織斑君たちを助けに来てくれますから』

 そう言って、山田先生は通信を切った。

「素敵な人、か……。一体誰なんだろう、もしかして……」

 一夏はとある人物を思い浮かべて、激しい戦いの中へと再び戻る。だが、一夏には今すぐに出来る事はなかった。チャンスを見逃さないように注意を払うだけしか出来ない。

(今の俺って……、どれだけ役立たずなんだろうな……)

 零落白夜で銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)を叩き斬るだけ、それがどれだけ難しい事だろうと、今、この現状で何も出来ないのは事実だ。そんな自分の無力さに一夏は腹が立っていた。

(こんなとき、春樹なら簡単に銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)を倒してしまうんだろうな……)

 一夏は自分自身と葵春樹のことを比較してしまう。誰よりも強くて周りを圧倒するそんな姿が思い出されていく。
 今まで、共に身体を鍛えてきたこの二人。まるで兄弟のように育ってきた彼らはお互いに競い合って、それによって自分を磨いていく。それが一つの生きがいのようなものだった。
 だが、気がつけば春樹は自分の届かないところにいたのだ。
 ドイツ軍から帰ってきた春樹はとてつもなく心身ともに鍛えられていたのだ。だから、それに自分も負けないように、春樹に追いつけるように一夏も頑張っていた。
 身体的には確かに追いつけた。追いつく為に努力を沢山してきた。
 だが、追いつけないものもある。それがISだった。
 一夏の知らないところで、ISの操縦を学んできたのだろう。だから、春樹は物凄く強かったのだ。だから、一夏もそれに追いつこうと努力した。
 春樹が考えてくれた練習プログラム。それで確かにISの操縦は初めて乗ったときよりも格段にISの操縦は上達していた。
 だけど、それでも追いつけない。
 だから、春樹が居る組織でISの操縦について学んで鍛えていけば、いずれ春樹に追いつけるだろうと思ったから束の組織に入った。もちろん、理由はそれだけではないが、それが理由の一つであることには変わりはなかった。

(ああ、そうだよ。俺は春樹に憧れを抱いていた。そして、アイツに追いつきたいって思っていた。けどよ……)

 そう――

「俺は、春樹を超えるんだ!! アイツに追いつくだけじゃない。追い越して……みせんだよォォォ!!」

 その時――一夏は目の色を変えた。自分の中で何かが弾けたようなものを感じた。
 すると、視界がさっきよりも明瞭になり、さらに白式との一体感も増している。本当に白式と一つになったように一夏は感じている。

(なんだこれ……。これが……春樹たちが言っていた『因子の力』ってやつなのか……?)

 一夏は感じている。
 白式の気持ちを。
 白式の思いを。
 白式の願いを。
 ISには意識と似たようなものがある、と山田先生は言っていた。もちろん、このことは教科書にも載っている。
 ISとここまで意識を通わせているIS操縦者というのはそういない。こうまでも白式の気持ちを理解している人物は世界を探しても織斑一夏ただ一人だろう。

(白式……お前……。そうか……お前も、もっと強くなりたいのか……)

 現在の織斑一夏と白式のコアとのシンクロ率を見れば95%オーバーで、現実的に見てありえない数値を叩き出している。
 一般のIS操縦者のISのコアとのシンクロ率を見ても、訓練を二年続けた代表候補生で50%程度。各国代表選手さえ、70%台に入ればそれだけで賞賛に値するほどのものだ。
 それなのに、ISとふれあって四ヶ月程度の一般の生徒が、ISとのシンクロ率が90%を超える事など、普通に考えてありえないのだ。
 そう、普(・)通(・)に考えたらありえないのだ。
 つまり、織斑一夏は普通の人ではない。または、偶(・)然(・)に白式のコアが一夏と相性が抜群のものを使用していたとしたら……、ありえない話ではないのかもしれない。
 銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)と戦っている千冬と鈴音も、これ以上の長期戦は流石にキツイ。ジリジリと押されているのが一目瞭然だ。
 だから、一夏は立ち上がり、皆を助けるために銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)に立ち向かう。白式と分かり合えているいまなら、奴を倒せると思えてくる。
 さっきまでの役立たずだ、と思っている一夏はもうここにはいない。これで、後ろで構えているだけではなく、みんなと一緒に戦える。そう思えてくるからだ。
 ただ、白式の修復が完全に終わっていないことはしっかりと意識しなくてはならないが、一夏と白式はもはや一心同体と同じような状態に居るのだ。
 何処までが限界なのか、それは一夏自身が一番よく分かっている。

「織斑先生、鈴、俺も参加する!」

 一夏は福音と近距離戦闘を行っている二人の下へと向かう。

「な、何言ってんのよ、アンタは!? 一夏、アンタは一回でも攻撃を喰らったら――」

「そんなことは分かってる。だけど、今の俺なら大丈夫……だと思うんだ。この、白式も頑張ってくれる……」

「一夏、アンタ何言って――」

 すると、銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)は最優先で倒すべき対象が近くに現れた為か、一夏の方へと一直線に向かってくるが、一夏は白式の自慢のスピードを使い、銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)を翻弄する。

「織斑先生、俺たちどちらかの零落白夜を当てれば勝ちなんです。だから、一緒に――」


「それに、私も混ぜてくれないか?」


 後ろから聞こえてきた声。
 それは、本来ならここにいないはずの声。
 そして、聞きなれた声だ。
 ここに居る六人は声のした方向へと視点を持っていくと、そこにはどこまでも真っ赤なISが宙を舞っていた。
 その名も、紅椿。
 そう、彼女が来てくれたのだ。篠ノ之箒が。

「箒!!」

 一夏は思わず叫んでしまう。先ほど、山田先生に言われた助けに来る“素敵な人”に一夏は箒の事を当てはめていた。
 こんなときに、箒が来てくれれば、という願いが少なからずあったのだ。彼女は倒れて寝ている。そんな事実を前にその願いを振り捨てたのだが、来てくれたのだ。一夏が望む大切な人が。

「一夏!!」

 箒も一夏につられて思わず叫んでしまった。
 しかし、二人の感動の再会のようなものをしてる暇は無く、目の前に銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)が放った無数のビームが飛んでくる。それを一夏と箒が二人で全てを斬り落とす。一発たりとも残すことなく。

「一夏、倒すぞ。福音を止めるんだ」

「ああ! お前が来てくれて本当に嬉しいぞ!!」

「へ……? そうか……。うん……」

 箒は突然の言葉に少し戸惑ってしまうが、一夏はそんなことを気にもせずに言葉を続ける。

「箒、いくぞ。俺たちみんなでアイツを止めるんだ」

「ああ。そうだな。織斑先生、鈴!!」

 千冬と鈴音は頷く。

「セシリア、シャルル、ラウラ、お前たちも援護頼む!!」

 一夏は遠くに居る三人に通信で伝えると、各人から返事か返ってくる。

「「よし、いくぞみんな!」」

 一夏と箒が叫ぶと、各々は改めて自分のポジションに付き、作戦を再スタートする。
 銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)は無数のビームを撃つ拡散射撃と、高威力のビームをピンポイントで撃つものがある。それを上手く使い分けて、一夏を懐へ中々入らせてくれない。千冬も危険人物だと察してきているのか、千冬まで接近を許すことはなくなった。
 懐に入りやすいのは箒と鈴音だ。だが、この二人では決定的な打点は入れられない。何とかして、一夏か千冬の二人を銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)に接近させなくてはいけない。
 それは、箒や鈴音。そして、援護射撃をするセシリアとラウラ。そして、二人を守るシャルルの活躍にかかっている。
 一夏はひたすら銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)に接近戦を挑む。もう、逃げていても埒が明かないと思ったからだ。
 一撃でもくらったらアウトな仕様の白式だが、それでビビッて後ろで待機していても本領を発揮できない。何故なら、白式は元々接近戦に特化しており、そのために全IS中ナンバー1のスピードを持たせているのだから、敵に近づいて、逃げて、というヒット・アンド・アウェイを繰り返すのが白式というISなのだから。
 二度目だが、一夏と白式のシンクロ率は95%を超えている。
 だからこそ、躊躇なくこういった大胆な行動を取れるのであって、普(・)通(・)のIS操縦者ならとてもじゃないが、真似できるような事ではないことを言っておこう。
 一夏は左腕に取り付けられているビームガンで銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)を牽制しながら、斬りかかるチャンスを窺う。
 それに千冬と箒も加わり、三人でランダムに攻撃をする。そして、鈴音が見えない弾丸で銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)を混乱させ、セシリアとラウラの支援砲撃によって奴の行動範囲は狭められていく。
 それは言うなれば弾幕を張るのような攻撃の嵐だ。一度、銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)のリズムを崩し、そこにつけ入りるように一夏は攻撃を与えようとする。
 これが起爆剤となり、この任務に参加した全員が銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)に隙を与えまいと、攻撃の手を緩めることはない。ひたすら現状に合った有効な攻撃を繰り返す。
 攻撃に移れなくなった銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)は、急に動きが変わった。
 急加速で上昇し、この戦線から抜けるかのごとく一直線に逃げていったのだ。
 一体どうしたのか、一夏はそう思う。
 一夏は不安に駆られる。とても、まずいことになっているような気がする。
 その不安は見事的中してしまった。セシリアの通信によって。

『みなさん聞いてください!! 福音は……。そんな!? 私たちが泊まっている旅館の方向へと向かっています!!』

 そう、銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)には先ほどの戦いに勝利する事は不能と判断した為か、本来の任務を果たす為だけに動き出したのだ。
 本来の目標は……IS学園の生徒そのもの。

「くそっ!! アイツは、最初っから旅館を狙ってたんだ!!」

 一夏は叫ぶ。このままではいけない。こうなれば、絶対にアイツが旅館を攻撃する前に無力化しなくてはいけない。

「旅館には……この状況を何も知らない生徒しかいない……。急ぐぞ皆!! アイツを止めるんだ」

 千冬が叫び、一夏と箒に指示を送る。

「一夏、箒、アイツに追いつくには、全IS中で一位二位を争うお前らの機体でないと駄目だ。だから、私たちに気にせず先に行ってくれ、いいな?」

 一夏と箒の二人は真剣な眼差しで、はい、と返事をする。

「よし、行け!! 一夏! 箒!」

 二人は限界まで加速して銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)を追う。旅館のみんなを守る為に。


  ◆


 葵春樹はレイブリックと対峙している。
 レイブリックはビームの剣であるビームブレードを使い、春樹は実体剣と銃が一緒になっているブレイドガンを使い、戦っている。
 お互いに一歩も譲らない戦いを繰り広げており、どちらが勝つのかも予測不可能な状態。
 春樹は車で待機させている束のことも気にして戦わなくてはいけないので、春樹の方が不利なのだが、それでも互角の戦いが出来るというのは春樹の信念があるからだろう。束をなんとしてでも助けたい、という信念が。
 それでも正面対決を避けられないのは春樹の使命なのだろうか。

「いい加減諦めろ、葵春樹。束をこっちに渡せば俺は引く」

「ふざけるなよ。それをやるってことは、今までの俺を否定する事になる」

「そうかい、それじゃ――こういうのはどうかな?」

 レイブリックはビームブレードを持っている手とは逆の手。つまり、左手に新たな武器を展開させる。筒のようなものからロケット弾が発射され、それが束の乗っている車へと向かっていく。

「なっ!?」

 春樹は焦りながらもロケット弾だけを正確に狙い、撃ち落とす。それは爆発し、爆風が束の乗っている車を襲うが、車はこういうときの為に特殊な素材で出来ている為、爆風程度ではびくともしなかった。

「てめぇ、本当に束さんを殺す気でいるみたいだな」

「だから言っただろ、俺たちは篠ノ之束を殺す事が任務だからな」

「そうだな。じゃあ、俺は束さんを守ることが任務。どちらかが倒れるまで続けるしかないみたいだな」

「その通り。俺たちは戦い続ける……どっちかが消し飛ぶまでな!!」

 レイブリックは春樹に接近し、ビームブレードを振るう。
 春樹も負けじと日本刀を模しているシャープネス・ブレードで立ち向かう。
 お互いに一歩も譲らない戦いが繰り広げられており、お互いに、その刃が身体まで届くのを許さなかった。
 お互いの剣が交差し合い、激しく火花を散らす。オレンジ色の細かい閃光が無数に飛び散り、お互いに刃を放すとその閃光は残像となって残る。
 春樹は右手にシャープネス・ブレードを、左手にブレイドガンを持ち、中距離から遠距離まで一度に対応しようとする。
 レイブリックはビームブレードと、サブマシンガンを持ち、お互いに牽制をしながらその戦いは続いていく。
 春樹はサブマシンガンの無数の弾をかわし、ビームブレードの斬撃を避け、攻撃をやり返す。ブレイドガンで射撃をしながら接近し、そして二本の刃でレイブリックを攻撃する。
 それを、レイブリックはビームブレードで受け止め、そして一旦距離をおいた。
 二人は動きを止めて見つめ合う。お互いの動きをよく見て、先読みし、反撃するために。

「どうやら……決断のときが来たようだ……」

 レイブリックは呟く。
 春樹はどういうことなのか少し戸惑ったが、その答えはすぐに分かった。
 そう、一夏たちが撃墜する対象だった銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)がこちらに近づいてきている。だが、目的は束などではなかった。正確に言えば、それが近づいているルートから見て、ターゲットは旅館。

「おい、どういうことだ?」

「どうもこうも、旅館の生徒たちを死なせたくなかったら、束をこちらに渡してくれないか?」

「なるほど、人質ってわけかい」

「そうだ。人ひとりで何十人という人間が生きる事ができるんだ。どうだい、良い取引じゃないかな?」

「良い取引って、本気で言ってんのか?」

「何?」

「銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)は俺の仲間達が止めるよ、何があってもな」

 今回、春樹は勝つためにチームを作った。元々は関係ない人まで巻き込んで、それで勝てない作戦のなら、まず出撃はさせない。春樹は何処かしらの勝算があって、この指示を出した。決して無理な事ではない。

(箒さえ、覚醒してくれれば、この戦いは決着するんだ。箒……一夏と一緒にがんばれよ)

 箒が目を覚まして、銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)の撃墜作戦に向かった情報は山田先生が連絡をくれたため、既に春樹の耳に入っている。
 その連絡を聞いたときには、もう、この銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)撃墜作戦は成功に終わると確信していた。
 その理由とは――?
 急に物静かになったかと思うと、レイブリックは春樹に問う。

「ほう。それじゃあ、この取引は受けないと……?」

「ああ、当たり前だ」

 すると、レイブリックは感情も何も感じない冷たい言葉でこう言った。


「なら、ここで死ね」


 そう言った瞬間、春樹に向かってきたかと思うと、気がつけば目の前にいた。
 その動きはまるで見えなかった。
 『因子の力』を行使している春樹でさえ、この動きは見えなかった。気がつけば目の前に居たのだ。動く素振りも見せなければ、移動した形跡も無い。まるでテレポートしたかのように、いきなり春樹の目の前に現れたのだ。

「え――?」

 春樹は呟くしかなかった。

(アイツ……今、何をした!?)

 目の前のこの現状を把握し、動きに移ろうとしたときにはもう遅かった。容赦なく振りかざされるビームブレードは春樹に直撃。普通ではありえない衝撃が春樹を襲う。
 熾天使(セラフィム)は砕け散り、動く事さえ困難な状態まで追い込まれた。装甲が薄い春樹のISのシールドエネルギーは勿論ゼロを示している。
 これが普通の競技の試合ならこれで終わりだ。これ以上の攻撃は、操縦者に命を危険に晒すようなダメージを受ける事になる。
 だが、これは公正なルールの下の試合ではない。命を懸けた戦いだ。つまり、負けは、イコール、死、なのだ。
 このままでは死んでしまう。人間の生存本能が春樹を駆り立てた。シールドエネルギーがゼロであっても関係ない。生きている限り、篠ノ之束を守るのだと、自分で決めた目的がある。
 だから、春樹は立ち上がる。束を守る為に。

「こんちくしょおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 春樹はレイブリックへと突っ込む。
 そして、強い光に視界を奪われた。周りは何も見えなくなる。
 そして――。


  ◆


 一夏と箒は必死に銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)を追いかける。
 後ろから他の皆が追いかけてくるが、この三機のISのスピードには流石に追いつけなかった。新しいスラスター装備を手に入れたセシリアのブルー・ティアーズでさえもだ。
 後ろの皆との距離はどんどん開き、やがては見えなくなっていく。
 それとは逆に銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)との距離はどんどん縮まっていき、二人の視界にはそいつがだんだん大きく映っていく。
 だが、旅館にだいぶ近づいてきている。いますぐにでも銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)と戦闘を再開して、その動きを止めなくてはならないというのに、二人は限界ギリギリの速度で飛行している。
 ISの計算によると、最大加速で得たこのスピードを維持したとして、銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)との予想接触時間は三分代後半、旅館に辿り着く予想時間は四分後。接触後の戦闘空域から考えて、そこから旅館までの距離は三キロメートルもない。
 これはあくまで予想なので、下手をすれば旅館を目の前にして戦わなくてはならないかもしれないし、追いつく前に旅館を攻撃されてしまうかもしれない。
 だが、二人は諦めない。いや、後ろのみんなも諦めたりなんかはしない。僅かでも希望があれば、その僅かな希望を信じてやれる事をやるだけだ。
 徐々に銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)にとの距離が縮む。それと同時に旅館との距離も縮んでいく。
 二人は黙り込む。この状況で話している余裕は無かった。それがどんだけ真剣な内容だとしても、会話なんてものしたら緊張の糸が切れてしまいそうで怖いのだ。
 それほど二人は追い込まれている。何故なら、そこには何十人というIS学園の一年生の命がかかっているのだから。
 しかし、この二人には会話などしなくても、以心伝心とでも言うべきか、目を合わせただけで何が言いたいのかが分かる。分かってくる。その目に偽りなんてものは無く、気持ちは一つだ。
 みんなを助ける。
 お互いそれだけを考えている。
 旅館まで残り四キロメートル。
 目の前には二〇〇メートル先に銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)にがいる。
 二人は限界ギリギリのスピードで飛行し続ける。最高速度では二人の機体の方が僅かに速いため、じりじりとその差を詰めていく。
 福音まで残り一〇〇メートル少し、旅館まで残り三キロメートルと五〇〇メートル。
 予測通り、旅館までの距離は三キロメートル時点程度で接触するはずだ。
 二人はそのまま飛行する。
 だが、銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)はいきなり進行経路を変更。急に左へと曲がりだす。

「「!?」」

 二人は予測していなかった動きに対応しきれなかった。まさか旅館まで残り三キロメートル少しで進路を変更するとは……。
 銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)は左へ曲がるが、一夏と箒の二人はそのまま直進してしまう。二人は慌てて左へ旋回するが、大回りになってしまった為、福音との距離は再び開いてしまった。
 二人の額には汗が流れる。これは焦りの汗だ。
 一夏と箒は再び最高速度まで加速する。

(ヤバイ……ヤバイ……ヤバイ……ヤバイ……ヤバイ……)

 一夏は心臓が嫌になるほどバクバクしており、額には汗が流れる。それは、箒も一夏と同じ状況であり、絶望で気持ちを支配される。

(このままじゃ…………みんなが死ぬ…………)

 一夏はそう思ったとき、ある事を考えついた。

「白式……行けるか? 行けるよなぁ!?」

 一夏は急にそんなことを言い出した。
 箒は急に何かを言い出した彼を見る。そこには不気味な笑みがあり、なにか良からぬ事をしでかすような顔をしていた。

「一夏……なに……を?」

 箒がそう呟いたときには既に一夏は目の前から居なくなっていた。一夏が更なる加速をしたからだ。
 しかし、この加速は既に限界を超えたものだ。機体がどうなるかも分からないぐらいの加速をしている。

(いけるよな?
大丈夫だよな白式!! お前も、みんなを守りたいだろ!?)

 一夏は白式と会話をする。ISには意識と似たようなものがあるらしいが、人間と会話できるようなものなのか、それは未だ不明だ。
 因子の力を行使したときに、一夏と白式のシンクロ率は95%を超えている。それによりISとの会話が可能になっているのか。それはこの現象を身を持って体験している一夏にしか分からないが、彼は確かに白式と会話しているようだった。
 一夏は加速し続ける。機体が軋み、嫌な音が白式から聞こえてくる。だが、それでも加速をやめない。物凄い勢いで銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)を追いかける。

(もう少し……もう少しだ……!!)

 一夏は雪片弐型を握り締め、剣を構える。銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)は目と鼻の先。

「止まれよォォォおおおおおおおおお!!」

 銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)に対し、剣が振られた。それはクリーンヒットではなかったものの、動きを止めるには十分なものだった。
 旅館はここから見てかすかに見える程度なのだが、それでも物凄く近いことには変わりない。ここがとても危険な場所だという事は明らかな事だった。
 動きが止まった。この隙を利用して一夏は銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)の前に立ちはだかる。

「おい、お前の狙いが旅館の皆なら、ここでお前を止めなくちゃな……。さぁ、もう一度だ、福音。旅館の皆に攻撃したいならこの俺を倒してから行け!!」

 一夏は瞬間的に最高速度に達する事ができる瞬間加速(イグニッション・ブースト)で銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)の目の前に立ち、雪片弐型を振る。
 銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)は動く事を許されなかった。攻撃の隙を与えないように、雪片弐型と左腕に付けられたビームガンで動きを制限して戦う。
 銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)が射撃のモーションに入った瞬間に瞬間加速(イグニッション・ブースト)で接近して斬り、射撃を中止して避けざるを得ない状態まで持っていく。
 出来るだけ一夏は銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)から離れようとはしない。そいつは射撃に特化された機体なのだから、遠距離戦となれば、こちらが不利だ。しかし、接近戦において一対一のドッグファイトとなれば銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)の装備はその全性能を引き出せなくなる。
 確かに、銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)は第二形態移行(セカンド・シフト)により、より強大な力を手に入れたが、このような戦況においては全力を出し切れないのが正直なところである。
 こんなにも接近されては、自慢の射撃武器も、そのほとんどが使い物にならなくなってしまう。かろうじて、接近されたときの為に装備されている刀身が短いビームブレードがある程度の銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)は、接近戦特化型である一夏の白式とは相性が悪いと言えるだろう。
 これは箒の紅椿も言えることで、若干接近戦型寄りにしているものの、全距離を対応させた第四世代ISは戦闘距離という課題は全て帳消しになったと言えよう。

「どうした、福音? お前の力はこれだけなのか? これほどまでに俺たちを苦しめたお前は、この程度なのかよ!?」

 一夏は『因子の力』を使用し、身体能力、判断能力、視力、聴力、そして、ISの性能自体も格段にアップしていた。
 この力の正体は一夏自身も分からない。だが、ISとの繋がりが深くなっているのは強く感じている。ISからの言葉も聞こえてくる。何かが通じ合うのだ。


――織斑一夏……私は、ここにいるよ。だから、一緒に……。


「そうだ、一緒に皆を救うんだ!!」

 一夏は白式からの言葉を受けて言葉を発した。
 そして、もう一人。

「私も忘れてくれるなよ、一夏」

 篠ノ之箒もそこにいた。一夏に追いついたのだ。
 これで、銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)に勝てる“鍵”が揃った。織斑一夏の白式と篠ノ之箒の紅椿、この二機が揃ったとき……、何かが起こるはずなのだ。
 春樹は事前に箒には話しておいていた。箒の下に紅椿が届いて、その最初の訓練の時だ。

 
――箒、お前の紅椿はな、一夏の白式と揃った時に、はじめてその全能力が発揮されるんだ。だけど、それはまだやらせないけどな。


 そんなことを言っていたのだ。やらせない、とは言っていたが、それはきっとやりたくてもやれない状態にしてあったのだろう。いや、やりたくてもまだできなかった可能性もある。
 仮にできたのなら、最初に銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)と戦うことになった時に、それについて話が無いのはおかしいのだ。
 ということから、後者の予測の方が正しい可能性がある。もちろん、それが正しいと断言するわけではない。あくまでその可能性があるだけだ。

「箒……お前は紅椿の声は聞こえるか?」

「なに?」

「聞こえないのなら聞いてやれよ、紅椿の声を……。さあ、箒!!」

 一夏が銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)と交戦しながら箒に対して叫ぶ。これは、白式と心が通っている彼からの心からの叫びだ。
 白式の言葉を聞いた一夏は、その白式の心も理解することができた。だから、一刻も早く箒にも紅椿の心を理解して欲しかった。
 箒は一夏の言葉を受け止めて、紅椿の声を聞こうとする。一体どうすればいいのかはわからない。だが、必ず紅椿の声を聞ける自信は何故かあったのだ。
 箒は目を閉じる。
 だが、何にも感じられない。何かを感じようとするが、それでも駄目なのだ。

「駄目だ、一夏! 何も……感じられない……!!」

 一夏は福音に反撃のチャンスを作らせないように奮闘しているが、それももうそろそろ限界に近かった。たった一人の力では、銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)を撃墜するに至らない。

「箒!! お前は何の為に戦う? その力は何の為にある? その紅椿は箒にとって何なんだ!?」

 限界に近い一夏が振り絞った言葉は、箒に紅椿とは何なのか、という事を再確認させる問い。一夏が白式と心を通わせる事ができるようになったのも、白式が自分にとってどんな存在なのか、ということを理解したのがキッカケだった。
 ISは決して道具ではない。ただの兵器ではない。ISのコアは感情を持った生命体なのだと、一夏は理解したのだ。


 そう、となりに白式がいてくれる。それだけで――。


(私の紅椿は……)

 箒は自分にとって紅椿とは何なのか、改めて考え直していた。
 最初にこの紅椿と出会ったのは、ラウラとの問題があったときだ。
 力とはどうあるべきなのか、自分なりの考えをぶつける為に、箒は紅椿を受け取って、そして、一生懸命に練習して強くなった。この紅椿と共に。
 その後、数日間この紅椿と共に訓練を続けた。更に強くなる為に。
 そして、今日だ。
 今度は皆を守る為にこの紅椿を身に着けている。
 では、このことから、紅椿とは何なのか……。

(紅椿……お前は、私の、大切で、最高の(ベスト)パートナーだ……!!)

 その瞬間、箒は紅椿のことを感じた。


――たとえどんな事があっても、絶対に、諦めたりしないから。君を守り続けるよ……篠ノ之箒。


 紅椿の声が聞こえてくる。心が通い合ったのだ。
 箒の視界は明瞭になり、頭の中はクリアになっていく。身体がものすごく軽く感じ、どんな動きでも出来そうな気がしてくる。

「紅椿……そうか、君なのか……。では、いくぞ、紅椿!!」

 箒と紅椿は共に銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)へと接近する。
 一夏と箒がついに本当の意味で揃ったのだ。銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)ではいまの二人を止められないだろう。因子の力を行使し、覚醒状態に至った二人は強大な力となる。
 一夏の白式と箒の紅椿は元々、二機揃ったときに、その全性能を開放させる仕様となっていた。
 これは、箒が事前に春樹から聞いていたことである。だが、具体的にどのような状態になるのだろうか。それは……。

「これは……!?」

 箒は網膜投影されたモニタを見て驚愕した。
 ワンオフアビリティが発動可能となっていたのだ。
 その名も、絢爛舞踏(けんらんぶとう)。
 その能力の詳細は今の状態では分からない。だが、悪いことは絶対に起きないはずだ。何故なら、自分を守ってくれると言った紅椿が示す能力なのだから。

「いくぞ、一夏。ワンオフ・アビリティを使う!!」

「ああ。やれ、箒!!」

「絢爛舞踏(けんらんぶとう)、発動!!」

 その瞬間、箒の紅椿は装甲が展開して謎の粒子が発生した。
 それに伴い、白式と紅椿のコアの運転が一気に臨界点を突破し、ISの何もかもを覆すほどの力を手に入れたのだ。スピードは通常時の白式の最高速度と加速力を遥かに凌駕し、パワーも今まで得た事も無いような領域にまで達している。

「なんなんだ……これは……」

 この絢爛舞踏(けんらんぶとう)を発動した本人でさえ、これほどまでの力は予想できなかった。

「紅椿……お前はいったい? とりあえず、これを利用してアイツをブッ倒すぞ!!」

 一夏もこの異常な力に戸惑いながらも、目の前の問題を忘れる事は無かった。この力を利用して、銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)を倒す。今こそがチャンスなのだ。
 一夏と箒は絶妙なコンビネーションで銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)を追い込んでいく。
 銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)も反応しきれない程のスピードで翻弄し、一定のリズムを作ることなく攻撃を繰り返す。
 銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)は何とかバランスを保とうと必死だった。それしかできないでいた。攻撃とか、回避とか、戦線離脱だとかをする余裕すら生まれない。

「もう少しだ、このままいくぞ箒!!」

「ああ!!」

 二人は意気投合して、四方八方から斬撃やら砲撃やらを飛ばしている。
 紅椿の雨月から放たれる複数の直線的なビームと、空裂から放たれる斬撃のビーム。そして、その二本の剣の斬撃は銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)のバランスを大きく崩す。
 そして、白式の雪片弐型による強烈な斬撃は何よりも銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)のバランスを崩していた。

「これでぇッ!!」

 箒は全ての力を振り絞って、二本の剣で全力の斬撃を加えた。その瞬間、これ以上は無いほどに、銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)はバランスを崩した。

「いけえええええええええええええええ、一夏ァァァあああああああああああああ!!」

 一夏は零落白夜を最高出力で発動させて、銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)へと一直線に突っ込んでいく。

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 攻撃が後少しで届く瞬間、銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)は間一髪で雪片弐型を白刃取りをした。
 だが、一夏の勢いは止まらない。力ずくで刃を押し込み、この戦いを終わらせようとする。
 ついには海岸まで押し込み、福音を砂地へと押し倒した。
 刃はジリジリと銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)へと近づいていく。

「届け!! 届けよォォォ!! うわああああああああああああ!!」

 白式だけでなく、一夏の筋肉まで軋む。一夏の身体は乳酸に蝕まれ、急速に限界が近づいており、白式の稼動エネルギーもそれにシンクロするかのように限界が近づいていた。
 稼動エネルギー切れの警告が発されるが、そんなものは無視した。確かな勝利が目の前にある。それに向かって、自分の限界を超えようとも立ち向かわなくては行けなかった。

「白式ィィィ!! もっとだ、もっと!! もう少しなんだよォォォ!!」

 稼動エネルギーはもう少しでその容量がゼロになろうとしている。一夏の筋肉も限界だ。
 だが、ここで力尽きるわけにはいかない。

「一夏!!」

 ここで箒が助けに入った。
 箒は雪片弐型を手に取り、一夏と共に銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)へと押し込んでいく。

「「行けええええええええええええええええええ!!」」

 二人はありったけの声で叫ぶ。体中からアドレナリンが分泌され、これでもか、という程に力を込める。
 だが、銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)もここでやられるわけにはいかないと、最後の力を振り絞って抵抗するが、刃は着実に、そのボディに近づいていた。

「「これで、最後だァァァああああああああああああああああ!!」」

 二人がそう叫んだ瞬間。ついに、刃が銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)へと届いた。
 最高出力の零落白夜がシールドエネルギーを貫き、本体に直接大きなダメージを与えた為に、ISの絶対防御という機能が発動。全シールドエネルギーを使い、パイロットの生命を守る。
 それに伴い、全シールドエネルギーを失った銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)はその活動を停止させた。
 白式の稼動エネルギーも底をついており、これ以上動かす事は不可能だった為、一夏は白式を解除して生身の状態へと戻った。
 そして、最後の任務へと移る。
 この銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)のパイロットである。ナスターシャ・ファイルスの保護である。
 一夏は動きを停止させた銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)の緊急解除ボタンを押すと、そこからは金髪の美しい女性が現れた。
 しかし、その女性は意識を失っており、旅館までは背負っていくしかなかった。
 ナスターシャを背負おうとしたそのとき、他の仲間が現れたのだ。
 セシリア・オルコットに、鳳鈴音。シャルル・デュノアに、ラウラ・ボーデヴィッヒ。そして、織斑千冬が。

「一夏、全て、終わったようだな」

「ああ、千冬姉。終わったよ、何もかもな……」

 すると、他のみんなが一夏と箒の事を見てくる。そして……四人は一斉にこう言った。

――おかえりなさい。

 その言葉は、旅館で待つことしかできなかった四人が、一夏と箒に言おうとしていた言葉。無事に帰ってくることを願って、帰ってきたら言おうとしていた言葉だ。
 そんなみんなに対して、一夏と箒も言葉を返した。

――ただいま。ありがとう、皆!

 そして、千冬がナスターシャを抱え、静かに旅館へとこの七名は帰っていった。待機中のみんなに、安全な事を知らせる為に。


  4


 作戦に出た七名の操縦者はブリーフィングを行った部屋へと戻って、現在はみんな休養を取っている。
 ナスターシャ・ファイルスは、布団に寝かせており、一夏、箒、セシリア、鈴音、シャルル、ラウラ、千冬の七人は疲れきっている為か、全員が横になっている。
 特に、一夏と箒は異常なまでの疲労で、恐らくあの粒子による急激な力の上昇も関係しているのだろう。ISだけでなく、その操縦者もボロボロであった。

「みなさん、お疲れ様です。後の事はこちらに任せて、ゆっくり休んでください」

 山田先生は、疲れも吹く飛ぶような笑顔で言ってくる。それが、なによりの癒しだった。

「織斑先生もお疲れ様です」

「ああ、山田先生。無事に、みんなをここに帰らせたぞ」

「はい。本当にお疲れ様でした。後は――」

「ああ、春樹から連絡が来るのを待つだけだな……」

 春樹は未だ逃走中なのだろうか。しかし、あれから随分な時間が経過している。束の組織の施設へと逃げるだけなら十分な時間だ。
 しかし、一向に連絡が来る様子が無い。と、いうことは……。

「織斑先生。考えたくないと思いますが……」

「ああ、おそらく例の謎の男と接触してしまったんだろう」

 それを聞いた一夏は、身体を勢い良く起こして千冬と向かい合った。

「ちふ……織斑先生。春樹は……そいつと戦って、勝てると思いますか?」

「わからん。だが、嫌な予感がしているのは、私だけじゃあるまい?」

 そう、嫌な予感がするのは千冬だけじゃなかった。ここにいる皆が嫌な予感がしていた。それを言葉にしなかった。いや、気のせいなのだと思っていたのだが、それは千冬の言葉で認めざるを得なくなってしまった。

「大丈夫だ。大丈夫だよ。春樹は……俺なんかよりもずっと強いんだから……。な、そうだろ、箒……?」

 しかし、箒はその問いに答えようとしない。大丈夫だと、そう答えたいのだが、その言葉が口から出てくれない。見えない何かが邪魔をしているようだった。

「…………そうだよな。連絡が一切無いってのは……つまりそういうことだよな。俺たちが福音を倒しに行った時からもう三時間以上が経過してる……」

 つまり、これだけ時間があって連絡がないと言うことは……春樹と束の身に何かがあったということだ。
 すると、セシリアもこの会話の中に参加してくる。

「春樹さんが……春樹さんが死ぬなんてこと、ありませんわ。そうでしょう、一夏さん?」

「…………そうだな。今は、春樹なら大丈夫だ。アイツのことを信じて連絡を待つしかない」

 その言葉ですら、上辺だけの言葉だ。本当は、春樹と束は死んだかもしれない、と思ってしまっているのだが、それを見ようとしない。

「セシリア、一夏、いい加減にしろッ!!」

 と、一喝を入れたのはラウラであった。

「現実から目を背けるな。春樹なら大丈夫だと? そう信じたいのはわかる。だが。だが、私たちにできることは何だ? 私たちができる最良の事はなんだ!?」

 現在、一夏のISは完全に動かす事ができない状態だ。だが、そのほかのISは動かす事ができるし、一夏も量産型のIS位は乗れるはずだ。

「連絡が来るのを待つだけだと? 私たちはまだ動ける。そうだろ!?」

 シャルルが今にも飛びかかろうとするラウラを必死に止める。
 すると、一夏が目の色を変えて、

「現実から目を背けてるのはお前の方だぞ、ラウラ。私たちはまだ動ける? ふざけんな!! 俺たちは春樹たちが何処へ向かったのかも分からないんだぞ。しかも、俺たちの身体はボロボロだ。そんな状況で春樹の捜索に出てみろ、束さんを狙っているヤツに出くわして、無事でいられると思ってんのか? 春樹が、何で一人で束さんを送ったのか、わかってんのかよ!?」

「いい加減にしろ貴様ら!!」

 ここでようやく、千冬の怒号が飛んだ。

「そんな大声で議論するなら表へ出ろ。ここにはナスターシャだって寝ているんだ。お前らも疲れ切っているんだから静かに寝ていろ、この馬鹿どもが」

 そう言った千冬こそ、今でも外に飛び出して春樹を探しに行きたかったのだ。春樹は血は違えど、小さい頃から一緒に過ごしてきた大切な弟であり、家族だ。それが危険な状態かもしれないと分かって、何もできないのが悔しいのだ。

「ねえ、一夏」

 そう話しかけてきたのはシャルルだ。

「春樹と束さんについては、もういいよ。僕たちにできることはないんだ。今は一夏の身体の方が心配だよ、僕は」

 すると、鈴音も箒に向かって、

「そうよ。箒だってあの状態でまた福音と戦ったんだから、安静にしてなさいよね。まったく」

 そう言われてしまった箒は、

「そうだな。一夏、私たちも少し寝ようじゃないか」

「あ、ああ、そうだな。それと、ありがとうシャルル。心配してくれて……」

 と、急に感謝されてしまったシャルルは、少し恥かしがりながら、

「う、うん……。一夏には、元気でいて欲しいから……ハハハ……」

 最後に少し笑って照れを隠していたが、照れているのがバレバレだった。そのごまかしは少々無理があったと言えよう。

「じゃあ、俺たちは休んでくるよ」

 一夏がそう言って、別の部屋へと移動しようと思ったそのときだった。この部屋の出入り口となる襖が開かれたのだ。
 そこに立っていたのは、篠ノ之束。
 彼女の服は少々ボロボロで、顔等にはちょっとした傷もあり、出血している箇所もあった。

「みんな……みんな……」

 束はとても苦しそうな顔で何かを言おうとしたときに、バランスを崩して倒れそうになったところを、箒が支える。

「姉さん……いったい、どうしたのですか?」

 束はかすんだ声でこう言った。

「春樹が……いなくなっちゃった……」



[28590] Episode4 終 章『最初の終わりと新たなる始まり -prologue-』
Name: 渉◆ca427c7a ID:18e58a35
Date: 2012/10/13 15:57
 銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)の撃墜成功、葵春樹が行方不明になってから一夜明けた今日は、臨海学校の研修も終わり、IS学園へと戻る日だ。
 本来なら、楽しかったね、終わっちゃったね、などと笑顔で帰っていく場面なのだが、そのような明るさは一切無かった。
 一応、この臨海学校研修に来ていた一年生の生徒全員に、葵春樹が行方不明になった事は伝わっている。だが、詳細な情報は生徒には与えていない。
 ただ、行方不明になった、としか伝えていないのだ。真実を知っているのは、このIS学園の一部の教師と六名の生徒のみ。
 織斑一夏、篠ノ之箒、セシリア・オルコット、鳳鈴音、シャルル・デュノア、ラウラ・ボーデヴィッヒだけだ。
 この六名には、葵春樹に関する情報は一切外に漏らしてはいけないと言われている。
 そして現在、一夏達は帰りのバスを待って、旅館で待機しているところだ。
 そこに篠ノ之束が現れ、一夏と箒は人がいない場所へと移動する。

「一夏、箒ちゃん。私の組織施設の場所のデータを送るよ。これは絶対に他人には見られてはいけないからね。流出させても駄目。これから夏休みに入るけど、そのときに」

 束は決心を決めたように、一夏と箒の事を見つめて、そして、座標データを送信する。
 一夏の白式(びゃくしき)と箒の紅椿(あかつばき)に束の組織施設のデータが送られてくる。
 それを確認し、一夏は束にこう言った。

「束さん。春樹のことは……」

「大丈夫、きっと生きてるよ、春にゃんは。確証は無いけど、なんとなくそう思うんだ」

「俺は、裏の組織に手を出すことになるんですよね?」

「そうだよ」

「そうすれば、春樹にも会えるかもしれないんですよね?」

「そうかもしれない。何もかも仮定の話でしかないけど、生きている可能性はあるからね」

 束の話を聞くと、春樹とレイブリックなる男が戦い、激しい光に視界が支配されたと思うと、気を失っていたそうだ。
 そして、気がつけば、二人が戦っていた場所には誰もいなかった。そのときには逃げてきてから既に三時間ほど過ぎており、それから全身が痛むのを我慢して旅館へと歩いて帰ってきたという話だ。
 春樹の姿もなく、レイブリックの姿も無く、そして自分が無事である。という事から、おそらく春樹が何かをしているかもしれないという仮説ができた。

「だから、きっと生きていると思うんだ」

 ここにいる三人は、決意した。絶対に、春樹のことを見つけ出して、また一緒に過ごすことを。

「ごめんね、引き止めちゃって。じゃあ、私も帰るよ。ちーちゃんに送ってもらうから安心してね」

 そう言って、束は千冬ともに何処かへと行ってしまった。
 ここに残された一夏と箒はお互いに見つめあう。
 そして、何かを思い出したかのように箒は、

「一夏……私……、言いたいことがあるって言ったろう。聞いてくれるか?」

「あ、俺も箒に用があったんだよ」

「え……?」

「どうする? 俺の話を先に聞くか? それともお前から話すか?」

「えっとだな……その……お、お前から話せ!」

「わかった」

 一夏はそう言うと、かばんの中からプレゼント包装されたものを取出し、箒に手渡す。

「誕生日、おめでとう。……こんなときに言うのもなんだがな、アハハ……」

 箒はそのプレゼントを開けてもいいのか、と聞く。いいよ、と帰ってきたので、その包みを開けるとそこから出てきたのは赤いリボン。

「ほら、早速使ってみろよ。いつもみたいにポニーテールにしてさ……」

 箒は黙りながら、長くストレートになっている髪を、赤いリボンでポニーテールにする。

「どう……だろうか……?」

「うん、似合ってるぞ、箒。やっぱ赤が似合うよな」

 一夏は笑顔で返してあげる。いつまでも暗い雰囲気でいるわけにはいかない。まだこれからやらなくてはいけない事が沢山あるのだ。気持ちを入れ替えて次に進む。それが、この二人に課せられた責務だ。

「そうか、似合っているのか、ふふ……」

 箒も嬉しそうな顔をする。つい笑い声も出てしまう。

「で、次は箒の番だな。話って……なんだ?」

「あ……それはだな……えっと、つまりその……あ……その…………お前の事が――」

「一夏! 箒! バスが来たわよ!!」

 そのとき、鈴音が来てしまった。タイミングが非常に悪かった。彼女は箒の事を応援しているというのに、まさかの邪魔をしてしまったのだ。

「あ………………。ご、ごめんね箒ぃぃぃぃぃ!!」

 そう言って、走ってその場を立ち去る。

「あはは……じゃあ、もう一回だ。箒、なんだって?」

「え、あ……いや、もういい……」

「なんでだよ?」

「もういいんだ、本当に」

 恥かしさを振り絞って、勢いに任せて言おうとしたのだが、その勢いも無くなってしまった。もう、言える気がしなくなってしまったのだ。
 だが、一夏は言う。

「嘘だ!! そっちが言わないなら、男らしく俺から言ってやる!!」

「え……?」

 時間が止まったかのように感じる。一夏が言ったその言葉、それは、つまり……。
 一夏は箒の肩を取り、真剣な眼差しで言った。

「箒……。俺は、福音と戦っていたとき、お前がいればと思っていたんだ。俺があんな失態を起こしてしまったというのに、図々しいやつだよな。でも、お前は俺たちの前に現れてくれた。本当に嬉しかったんだ。俺の願いが叶ったと思ったよ。そのとき、俺は思ったんだ……」

「え? えっと……へぇ!?」

 箒が戸惑っている中、一夏は意を決して宣言した。

「俺は、お前の事が好きなんだ、って……そう思ったんだ。箒……俺はお前の事が好きだ」

 一夏はついに箒に告白した。
 さらっと言ったように見えるが、これでも一夏の心臓はバクバク高鳴り、恥かしさで目を背けたくなったのだが、それでも箒の目を見つめる。

「箒……お前はどうなんだ?」

「…………え!?」

 突然の一夏からの告白で放心状態になっていた箒はその言葉で我に返る。

「わ、わ、わ、わ、私は……その……私も……す、す、好きだぞ。一夏の事が好きだ!」

 お互いに気持ちを伝える。人を好きになる。それはとても素敵な事なのだ。

「そうか……よかったぁ……。なぁ、箒……」

 他のみんなはロビーに集まっており、少し離れているここら周辺には人がいない。つまり、ここでやることは……。
 一夏はゆっくりと箒に顔を近づける。キスをしようとしているのだ。
 箒は焦っていてそのことに気付くまで少し時間をかけてしまったが、こうなればもう後には引けない。目を閉じて一夏の事を待つ。
 段々と、二人の唇は近づき、やがて…………。



 千冬と束は車に乗り、組織があるとある高層ビルへと向かっていた。ドライバーは千冬である。
 そこで彼女らはこんな会話を交わしていた。

「束はいいのか、これで?」

「うん。こうなっちゃった以上仕方がないよ。一夏と箒ちゃんには夏休み中にみっちり働いてもらつもりだから」

「そうか……」

 千冬は束の精神状態に気づいていた。伊達に古くから友人をやっている彼女にはいまの束の状態が、その言葉の言い方一つで見極めていた。束は、感情を押し殺す際に言葉の調子が一定になる癖がある。それにしっかりと気づいた千冬はこう言ってあげた。

「無理してるんじゃあるまいな束? 春樹に、お前の気持ちを伝えれていないんだろ?」

 そこでハッと気が付く束。やはり、千冬には嘘をつくことは無理らしい。感情的な部分はどうしてもボロを出してしまう。

「ハハハ……。やっぱり、ちーちゃんはなんでもお見通しだよね……」

 そして、彼女は涙を流しながら言う。

「ちーちゃん。私ね、春樹の事が好きなんだ……、あのドイツ軍基地が襲撃された時から、ずっと。でもね、初めての事だからやっぱり上手く伝えられないんだ。この気持ちを、二年もの間、伝える勇気が持てなかった……。でもね、自分が極限的に追い詰められて、自然と春樹に伝えようとすることができたんだ。でもこれは私の勇気でもなんでもなかった。ただ追い詰められたから、死ぬかもしれないって思ったから、自然に言葉が出てきてくれたんだと思う。だけど、現実はそれですら私の気持ちはちゃんと伝えることが出来なかった……」

 しばし間をあけてから、束は言葉を続けた。

「旅館でね、春樹とこんな話をしたんだ。こんなことになるなら、ISなんてものを生み出さなければよかったのに、って……。でも、ISがあったから私は春樹のことを好きになったんだよね……。ねぇ、ちーちゃん。私はどんな気持ちでいればいいのかな?」

 千冬は束の話をしっかりと聞いてあげていた。彼女から初めて聞く恋愛のお話。ここまで人に恋したことがあっただろうか、いや無かった。彼女は勉強ばっかりしていて、まともに友達と遊んだことが無かった。彼女は高い目標を持っていたからだ。大好きな家族の役に立ちたい。篠ノ之家の長女として、自慢の娘になろう。そう思っていたからこそ、彼女は化学、物理学、生物学等々、理数の部門に莫大な時間をかけて知識を付け、優秀な成績を修めた。
 大学生になった彼女が行った大きな研究。それが、千冬も参加した莫大な資金をかけて行ったプロジェクトである『インフィニット・ストラトス』の開発である。
 その資金はとある日本の有名企業との契約の下、資金を出してくれた。それは束が超有名天才少女であると同時に、その企業の社長さんと仲が良かった、つまりコネというものを使ったからこそ、手に入れることが出来た資金である。だから失敗は許されない。だが、その時点で理論上では既に完成していたそうだ。あとは実際に制作して、しっかりと動作するか試し、駄目ならまたどこが悪いか考え練り直すだけだったそうだ。
 『インフィニット・ストラトス』とは宇宙開発を目的として、多種多様な機能を持った強化服(パワードスーツ)のことであり、その開発を進めていたのだ。
 その結果は大成功で、かの有名は宇宙開発機関から正式に宇宙開発のため、この強化服を採用するという話が出た。しかし、この結果が彼女の運命が大きく変わってしまったのだった……。

「まず、その気持ちは今もしっかりとあるんだろう? 春樹に対してな……」

「うん……」

「じゃあ、春樹の事が好きでも何でもない自分を想像できるか?」

「…………できないよ。だって、春樹は私の初恋の人だもの……! それが偶然で育まれた気持ちであっても、私は春樹の事を今も愛しているの!!」

 若干興奮気味に叫ぶ束。そんな彼女を千冬は横目で見ながら言う。

「それでいいんだ。今その気持ちが重要なんだ。“もし”なんて話はするもんじゃない。いいか、現実(みらい)を見るんだ束。先に進むことが、私たち人間に課せられた責務なんだよ」

 束はしばし考え、そして答える。

「うん、そっか。ごめんね。私、情けなくて。でももう大丈夫だよ。覚悟は決めたから」

「そうか……」

 千冬は何か吹っ切れて、清々しい表情になった束の顔を見て思わず微笑んでしまった。
 これから何が起きるかはわからない。だが、未来(さき)に進むことが自分たちにできることなのだから。
 その瞬間、束はあるものを発見した。純白の翼が生えた鳥……いや人間が猛スピードで空を飛ぶところを。顔までは確認できない。しっかりと確認する前にその純白の翼が生えた人間は視界から消えた。

(今のは……!?)

 束は思わず窓を開けて空を見た。だが、翼のシルエットですら見えなくなっていた。 
 千冬は、束が更に可愛いらしい笑顔になる様を見た。
 何か、新たなる希望を掴んだ様な顔であった。


 
 今は帰りのバスの中だ。
 一夏と箒は隣り合って座っている。
 箒の髪には、赤いリボンがあり、それが目立っていた。
 箒はぐっすりと寝てしまっているが、一夏はただ外を見ていた。

(春樹……お前は、何処に行っちまったんだよ……)

 そのとき、空に何かが物凄いスピードで飛んでいた。白い翼が一瞬見えたが、すぐに見えなくなってしまった。

(今のは!?)

 一夏はすぐに窓を開けて、外を確かめる。だが、やはりその白い翼は見えなくなっており、確認する事はできなかった。

(今のが、春樹だとしたら……)

 春樹が生きている。だから、いつか会えるかもしれない。
 希望を持った一夏は次のステージへと進んでいく。次のステージのために、強くなるのだと、誓って……。
 一夏の物語は、まだ始まったばかりなのだから。

  『第一部 完』



[28590] Episode4 After 『一夏とシャルロットと……』
Name: 渉◆ca427c7a ID:7b53eb7b
Date: 2012/10/13 16:12
 一夏たちは臨海学校の研修から無事にIS学園へと戻ってきた。
 ただ、葵春樹だけは無事にIS学園には戻ってこれなかったのだが……、それでも一夏たちは無事に帰ってくることが出来た。
 それは、誇っていいものだと思われる。何故なら、あれだけの事件を解決させてそれでもって無事に帰ってきたのだから。
 一夏は寮の方に帰ってくるなり、また新たな問題に直面していた。
 そう、シャルル・デュノアの事である。
 シャルルは女だということを隠して、男としてこのIS学園で過ごしている。これは彼女の父親の会社であるデュノア社に関連することで、男性としてIS学園に行き、そしてISを動かすことのできる一夏と春樹に近づき、彼らのISについて調べてこい、という命令を受けている。
 もちろん、そういう状況から女性であることはバレてはいけないのだが、一夏には偶然にもバレてしまったのである。
 それからというもの、そのことは一夏とシャルルの二人の間だけの秘密となっている。
 だが、いささか年頃の男と女が同室で寝泊まりするのも、あまりよろしいことではない。
 現に一夏は箒に告白し、見事結ばれている。
 このことがバレたら箒はどう思うのだろうか……、様々なパターンが考えられるが、良い展開にならないのは確かである。
 だから一夏はこうして悩んでいる。このことをシャルルに相談するか否かで……。
 一夏が難しい顔をして部屋で悩んでいると、ふと声をかけられる。それこそ悩みの元であるシャルルのものだった。

「どうしたの一夏? そんなに難しい顔して……」

 彼女は心配そうな顔で一夏の顔を覗き込む。
 やはりあれだけの事があったのだ。疲れているし、何処か体の調子が悪いのかもしれない。彼女が心配してしまうのはしょうがないことだった。
 しかし、一夏の体はピンピンしており、そのことについては心配はいらなかった。ただ、シャルルの事についてだけがこんな表情をしてしまう原因だった。
 するとシャルルが更に声をかけてくる。

「一夏、もし……、何か悩んでいることがあったら相談してね? いつも一夏にはお世話になってるから、僕も一夏の為に何かしたいんだ」

 それが彼女の優しさだ。すぐに何かに気づき、それにすかさず対応してくれる。どことない事で気を使ってくれるのは彼女らしかった。

「ああ……。シャルル、いや、シャルロット。相談が、あるんだ……」

 一夏は言葉を吐いている間も本当に相談するのか迷っていたが、最終的には彼女に相談を頼むことにした。

「うん……。何、かな?」

 彼女は少し戸惑ってしまった。一夏が何やら難しい顔をしているのは、春樹の事が関係しているのではないか、と思っていたのだが、シャルルのことをシャルロットとわざわざ言い直したのだ。そこから予測する事は……自分の本当の性別についてのことだと思ってしまうだろう。
 それを悟ったシャルルは顔を引き締めた。

「あの……さ、シャルロット。俺さ、箒と、付き合うことになったんだけど……」

 彼から放たれた言葉は、彼女の予想していたものとほぼ同じだった。帰りのバスの雰囲気からして、箒と一夏との間に何かがあったのではないか、と思っていたのだ。
 心のどこかではこの二人は付き合うことになったのではないのか、と思いながらも、表面上はそれを認めようとしなかった。そこから導き出される彼女の気持ちとは……?
 一夏の突然の話に動揺を隠せない彼女。だが、決して泣くことはなかった。

「シャルロットのこと……箒たちにちゃんと説明しないといけないなと思ったんだ。だけど、このことはお前と俺の二人の間だけの秘密だし……。だからそのことについて相談したいんだ」

 それが彼の正直な気持ちだった。

「……そっか。篠ノ之さんと一夏がね……。おめでとう、一夏」

 彼女は若干声を震わせながら言った。自分の動揺を隠しきれなかったのだ。
 それに一夏は気づいた。シャルロットの様子がおかしい。この瞬間、一夏はシャルルの気持ちをなんとなくだが悟った。つまり、そういうことだと……。

「無理するなよシャルロット。お前の気持ち、なんとなくわかった。そういうことだろ……?」

 彼女は無言で頷いた。つまり、彼女は一夏の事が好きだったのだ。少しでも自分の事を考えてくれて、楽にしてくれた彼の事を。
 それから自分が一夏の事が好きになったんだ、ということに気づくまではそう時間はかからなかった。
 一夏には箒という存在があることに気づきながらも、彼女は一夏を好きで居続けた。もしかしたら、その二人はそう時間が経たずして結ばれるのではないのか、と思いながらも。

「シャルロット……。俺の事を好きになってくれたその気持ちは本当に嬉しいよ。……でもな。俺は箒を好きになっちまったんだよ。これが俺の選択なんだ。わかってくれ……」

 一夏も苦しそうに言った。
 彼女の気持ちには今まで気づいていないわけではなかった。薄々には気が付いていたのだ。
 だが、見て見ぬふりをしていた……いや、もっと自分が気になる人がいただけなのかもしれない。だから、シャルロットの事を気にかけてあげれなかったのだ。
 それほどまで、一夏にとって箒は大きな存在だった。

「うん、わかったよ一夏。でも、僕もうダメみたい……アハハ……」

 シャルロットは辛そうに声を震わせ、かすれた声で笑う。
 そして、彼女は声を震わせながらも言葉を続けた。

「ねぇ一夏……。最後に、甘えてもいいかな……? ゴメンね、一夏は篠ノ之さんの事が好きなのに、僕って汚い女だよね……」

 彼女は声を殺しながら泣き出してしまった。こうなったら一夏も放っておくわけにはいかない。何があったって彼女は一夏の大切な友達であり、先日の事件で共に戦った戦友でもある。
 だから、一夏もシャルロットの事を受け止めてあげることにした。つくづく自分が甘い人間だということを自覚して。

「いいよ、シャルロット。思いっきり泣いたって……」

 優しい口調で発したその言葉は、シャルロットが我慢していた感情を爆発させた。気が付けば一夏の胸元に飛び込み、声を出して泣いていた。
 一夏も、シャルロットのことを今だけは温かく包み込んであげた。
 しばらくして……、彼女は一夏の胸元から離れた。

「落ち着いたか?」

 一夏が聞くと、彼女は落ち着いた顔で返す。

「うん。……ありがとう一夏、いきなり抱きついちゃったりしてゴメンね……」

「いいや、大丈夫だよ。で……どうするか……」

 ひとまず落ち着いたのはいいのだが、根本的な問題は解決していない。一夏とシャルロットの関係。それを仲間に打ち明けるかどうか。
 シャルルも家の事があるので、そう安直に私は実は女だったんです、などと言えるはずがなかった。
 本来ならば、一夏がシャルルの正体が実は女性でシャルロットという名前、一夏や春樹のISについて探ろうとしていたことがバレた時点で、そのことが明るみに出て実家に引き戻された後に酷い仕打ちに合うのは覚悟していたことだった。
 しかし、一夏が黙っていてくれたおかげで今は無事にIS学園に通い続けることができている。
 だが、それを他の人に打ち明けることは些か気が引けてしまう。だけど、彼女たちなら……、と何処かで思っているのも事実だった。

「一夏……、ひとつ聞きたいんだけど、いいかな?」

「なんだ?」

「篠ノ之さんや、セシリア、鈴にラウラ。みんな信用できる人たちだと思う?」

 シャルロットが何をしようとしているのか、一夏はすぐに分かった。きっと、仲間たちに自分の秘密を打ち明かそうかと思っているのだ。

「お前……。ああ、アイツらは俺と一緒に戦ってくれた大切な仲間なんだ。信用してあげなくてどうするんだよ」

 一夏は自分の仲間の事を信じていた。自分の知っているアイツらはどんなことでも受けとめてくれるし、秘密は守ってくれる奴らだと。
 シャルロットも皆のことは信じたいが、もしこのことで自分が本当は女だということを広まってしまったら、本当に困ったことになる。いや、困ったどころではなくなる。
 それが怖くて打ち明けることを戸惑っている。

「うん……それはそうなんだけど。でも、怖いんだ。みんなを信じていないわけではないけど、だけど、みんなを信じ切れていないと言うか、その情報が何処かで漏れたりしないのかとか。あんまりこういうことは拡散すべき情報じゃないから……」

 シャルロットの言うことはもっともであった為に、一夏は何も言えなかった。
 こういう情報は無駄に拡散すべきものではないことは分かっている。だが、箒たちにそのことを打ち明けるのは果たして無駄なのだろうか。
 仮にも命をかけて共に戦った仲間たちなのだ。あまり隠し事はしたくないのも事実。しかし、あまりこういった情報を多くの人に流すべきではないことも事実。
 どっちが正解で、どちらが不正解なのか……。それはとても難しい問題であった。
 正直な話、どちらが正解とも言えないのだ。
 固く考えれば、このことは彼女の家の事情から隠しておいた方が良いに決まっている。
 だが、感情論を考えてしまうと、共に戦った一番の仲間たちに隠し事ということも気持ちが良いものではないし、一夏と箒の関係の事もある。
 いまこの状況が、この二人の人間関係を壊しかねない要因でもあるのだ。
 だからこそ、彼女は悩んでいる。自分が好きになった男性が、確かな幸せを掴もうとしているというのに、自分が原因でその関係を壊してしまうのではないのかと思うからだ。
 確かに、好きになった男性が自分の友達にとられてしまったことは確かに悔しいことである。
 だが、そのこともその男性が選んだ道だ。自分がどうこう言うことではないと、彼女はしっかりと理解しているのだ。
 一夏も大切な仲間の一人である。だからこそ、この関係をどうにかしなくてはいけなかった。
 だから、彼女は行動を取る。

「一夏……私、みんなに話してみようかな……本当の事……。僕、みんなの事を信じようと思うんだ」

 彼女は決心した。自分の事を、真実を仲間に打ち明けることを。
 一夏も、彼女が決めたことを尊重して行動を取った。

「ああ。わかった。じゃあ、皆をこの部屋に呼ぶか……」

「う、うん。わかった」

 一夏はメールを打ち、箒、鈴音、セシリア、ラウラの四人に送信した。
 シャルロットはしっかりとどう言おうかと考える。変な誤解を与えないように気を付けながら話すために、言葉を選びながら。
 これからの事はあまり語らないでおこうと思う。
 何故なら、結果はわかりきった事だろうから……。
 最高の仲間が、友達を裏切るはずなんて無いのだから――。


「ありがとう。みんな……!」


 そのときのシャルロット・デュノアは笑顔だった。



[28590] 第二部 プロローグ『あの日の思い出は…… -Day_before_summer_wars-』
Name: 渉◆ca427c7a ID:7b53eb7b
Date: 2012/07/08 11:01
 七月一九日。明日は待ちに待った夏休みである。
 一般の生徒は実家に戻ったり、夏休みを友人と共に過ごす日々。そしてISの専用機を持つ代表候補生等は各国へと帰国し、それぞれ専用機などのレポート等を提出したり、ISの改良を更に進めたりする日々になる。
 この日の早朝、織斑一夏は朝のトレーニングを行っていた。
 このIS学園のグラウンドを一人一〇周走り込むが、一夏は今二〇週目を迎えていた。
 そう、通常より多く一〇周しているのは、春樹の分である。一夏はいなくなった春樹の分まで走り込みをしているのだ。
 もちろん、この後の筋肉トレーニングも春樹の分を追加してやる予定である。つまり、通常の二倍やることになるのだ。
 これは臨海学校研修が終わった次の日から、この日までずっと春樹の分を追加して早朝トレーニングをしていた。それは誰の為でもなく、自分のためにやっている。春樹を見つけ出すため、暗部で動くことになる。当然、危険はつきものだろう。だからこそ、基礎的な事をたくさんやっておくに越したことはなかった。
 そこに、篠ノ之箒がやってきた。

「一夏、今何週目だ?」

 箒はグランドのトラックに入り、一夏に追いつくとそんな事を問いかけた。

「あ~、今は二〇週目だな」

「なに!? もうラストなのか……!? っく……私も早くやらなければ……」

 箒は少しペースを上げて一夏の事を追い抜く。
 彼女もまた、臨海学校研修を終えてから一夏と共に早朝トレーニングをやっていた。
 このトレーニングに参加してからまだ一二日程しか経っておらず、一夏と同じメニューをこなすのは到底無理だった。だから、グランドは七周に設定し、筋肉トレーニングは一夏の通常時の二分の一の量しか今はやっていない。
 それもまた、体が鍛えられてきたら箒も一夏と全く同じことをすることになるだろう。

「お~い、今からそんなペースだと七周持たないぞ~!!」

 一夏に言われて、ペースを徐々に落としていく箒。やはり、それだけのペースで走るのは今は無理のようだった。

(春樹……、今はお前の分まで俺が早朝トレーニングをやってるよ。しかも、その相方は箒だ。なぁ……、今はどこで何をしているんだよ……)

 一夏は最後の周を走り終えるとそんなことを考えていた。

 
  ◆


 鳳鈴音(ファン・リンイン)は夏休み中に中国に戻る一人であり、彼女は新装備である龍砲を四門に増量した、『崩山(ほうざん)』についての報告やらの話をする予定である。
 そして、彼女にはもう一つ話さなくてはならないものがある。
 織斑一夏の『白式(びゃくしき)』、葵春樹の『熾天使(セラフィム)』についての事だ。
 そもそも、鳳鈴音が日本のIS学園に急遽編入した理由はただ一つ。織斑一夏と葵春樹、及びそれぞれ所持しているISについて調べてくるよう、中国政府から命令を受けての事だった。
 では、何故一夏と春樹が居ない二組に編入することになったのか。それは違うクラスに編入した方が、クラス対抗で行うISの戦闘訓練等で対戦する機会も多くなるだろう。
 それを狙っての二組編入だ。一夏と春樹という人物に接する機会が減ってしまうのが難点であるのだが。
 やはり、こんなレアケースはどの国だろうと見逃すわけがない。男でもISを動かすことのできるその事実は、世界の常識を覆すものである。
 事実、フランス代表候補生のシャルロット・デュノアに、ドイツ軍IS特殊部隊『シュヴァルツェア・ハーゼ』の隊長であり、ドイツの代表候補生のラウラ・ボーデヴィッヒも織斑一夏と葵春樹について調べるために来ている。
 もっともラウラの場合、過去に春樹というレアケースを目の前で見ているのだが、今度は更に織斑一夏という、もう一人のレアケースも登場したのだ。この学園に二人ものレアケースが存在しているのは流石に動かずにはいられなかったのだろう。
 そして、今はIS学園の夏季休業前の集会が開かれており、『日本IS操縦者育成特殊国立高等学校』学校長、轡木十蔵(くつわぎじゅうぞう)が話をしている。その姿は白髪頭で顔にしわが見られ、年齢は六〇代後半ぐらいだろう。

「話は変わりますが、一年生の皆さんは忘れてはならない悲しい出来事が起きましたね。このIS学園の生徒であり、極めて稀でISを動かせる男の子である一年一組の葵春樹君が、先日の臨海学校研修中に行方不明になりました。皆さんには詳しくは話すことが出来ません。ただ、これだけは分かっていただきたい。彼の力なしでは、一年生の皆さんは今生きていることすら怪しいということを。彼がいたからこそ――今の私たちがいることを」

 あの事件に直接かかわっていた人間は、IS学園の生徒に春樹や一夏たちが命を懸けた戦いに赴いたことは口外禁止である。それは、ISという存在の暗部にかかわる事であり、本来なら、たかが一六歳の少年少女が首を突っ込んでいい話ではないからだ。
 今、轡木学校長が改めてこの集会の場で話しているわけだが、一年生、特に春樹のクラスである一年一組の生徒たちは、臨海学校研修終了後の数日間、明るい雰囲気がなくなっていた。
 それは客観的に見ていた鈴音の目からしても、あからさまにクラスの活気というものが失われていた。
 実技授業で合同で授業をするときなんかは、どうしても一組の成績だけが芳しくない。生徒たちのメンタル面が酷い状況であるのは見て明らかだった。
 先生も流石にヤバいと判断したのか、カウンセリングを一年生を対象に行ったのだ。
 それから数日経った今では、生徒たちの精神は安定してきているのだが、一部の生徒は未だにカウンセリングの必要がある者もいる。

 さて、長い校長先生の話も春樹の話で幕を閉じた。
 学校集会も終わり、あとはクラスでホームルームが終われば、夏季休暇前の学校の仕事も終了であるが、ただ、専用機を持っている生徒はこれからがもっとも忙しくなる時期だ。
 専用機を持っていない一般の生徒は絶対にしないようなレポートのまとめ、新兵器の出案に開発、それのテストなど、忙しい毎日を過ごす。それが専用機を持つ者の責務である。
 鈴音の居る二組のクラスでは、専用機持ちは彼女だけであるが故、普通のクラスの友達とでは全く違った夏休みを過ごすことになってしまう。

「皆は良いわよね、夏休みを満喫出来て。私なんか中国に戻って色々と大変なんだから」

 鈴音の友達はそんな鈴音をなだめた。

「しょうがないよ、それが専用機を持たされている人の責任なんだから。鈴ちゃんと一緒に遊べないのは残念だけど、応援してるから頑張ってね、クラス代表の鳳鈴音さん!」

 他の数人も同じように鈴音に対してエールを送る。それに対し鈴音は、

「あはは、ありがと。まぁ、色々と仕事が終わって、余裕が出来たらこっちに戻ってくるからさ、そん時は一緒に遊ぼうね!」

「うん、いいよ。待ってるからね」

 それから、日本に戻ってきたらまず何しようか、などと話していると、担任の教師が教室に入ってきた。これから夏休み前最後のホームルームだ。

「さ、明日から夏休みね。皆は課題、やってくるの忘れないように。それと鳳(ファン)さんはお仕事頑張ってね。まぁ、鳳さんは忙しくて遊んでいる暇なんかほとんどないと思うけど、せっかく色んな地方から来ている人が居るんだから、仲のいい人とたくさん思い出作って来なさいよ~」

 クラスの皆はは~い、と返事をすると、長話もなんだし、ということでたったこれだけでホームルームが終了した。
 後は教室に残って夏休みに何やろうか、などと話している生徒もいるし、勉強熱心な子は残って勉強したりしている。
 では、鈴音は?
 とりあえず、七月二三日が中国に向かう日だ。既に軽く荷作りは済ませてあるし、その日まではちょっとした休日を過ごす予定である。
 だが、これと言って予定がなかった。だから親友が居る一組に向う。
 パズルのピースが一つ欠けているその一組のクラスには専用機持ちが五人もいる。まぁ、どうしてこんなにも集中しているのか、と言えば、やはり一夏の存在が大きいだろう。
 ただ、今クラスに居る専用機持ちは一人しかいないのだが……。

「箒!」

 鈴音が教室の入り口で箒の名を呼ぶと、彼女は赤いリボンで束ねられたポニーテールを揺らしながら扉の方を向いた。

「やあ、鈴。どうした?」

「いや、あのさ、明日明後日とか暇?」

「ああ、まぁ暇だが……」

「だったらさ、どっか遊びに行かない?」

「うん、いいな。そうだな……どこに行く?」

 そう聞かれてしまうと、特に考えてもいなかった鈴音は黙ってしまった。ただ単に暇だから、だから友人になんか良い案は無いのかと聞きたかったのだ。

「いや~、それが全然当てがなくて。なんか良い案は無いかな?」

 すると箒は顎に手を当ててう~ん、と考える。少し間を明けた後、彼女はこう答えた。

「一夏の家に訪問するのはどうだろうか?」

「それって良い案なのかな? 迷惑じゃない?」

「まぁ……、それは一夏に確認を取ってから、だがな。まぁ大丈夫だろう」

「何を根拠にそんな……。まぁ、私も久しぶりに一夏の家に訪問したいし、良い案……だと思うな」

「よし、なら決定だな。今一夏に確認を取るか……」

 箒は携帯電話を取り出し一夏に連絡を取ると、すぐに一夏は携帯に出た。

『なんだ箒。どうしたんだ?』

「いや、明日私と鈴との二人で一夏の家に行きたいのだが、良いか?」

『ああ。いいよ。じゃあ明日はずっと家にいるからさ、いつでも来ていいぞ』

「了解した。じゃあ、また明日な一夏」

『ああ』

 そういった通話をした二人は携帯の通話を切った。
 ここで鈴音は疑問に思った。一夏は今何をしているのだろう、と。
 一夏と箒はあの臨海学校研修のときに晴れて恋人という関係になれたのだ。鈴音もこの二人のことは応援していたので、この事は願ったりかなったりである。
 だが、それなら放課後は二人でいても良いじゃないか。いや、むしろ付き合ったばかりの二人が一緒にいない方が不自然なのである。よほど外せない用事があるのだろうか。

「ねぇ、箒。一夏はどうしてるの?」

「え?」

「いや、箒と一緒にいなかったから、どうしたのかなって思って」

「ああ、ちょっと野暮用でな。今はそっちに行ってる」

「そうなんだ。まぁいいか」

「ん? 何がまぁいいか、なんだ?」

「なんでもない!」

 このとき鈴音はこの二人の関係、そして何をしているのか、少し感づいていたのだ。二人が何かしらヤバいことに頭を突っ込んでいる、ということはなんとなく察していた。
 そのことはこの臨海学校研修から二週間の二人を見ていて感じていたことだ。二人のISを操る腕は格段に上がってきているし、練習の方もより一層努力を重ねているように見える。
 そんな二人が何もないなんて事は絶対になかった。もし仮に何もなかったら、この二人をそこまでさせる理由が何もない。だからそう考える方が自然なのだ。
 とりあえず、明日の予定を立てた鈴音と箒はここでお開きにすることになった。
 箒も一旦部屋の整理をした後に家に帰るそうで、寮まで一緒に帰ると、各々の部屋に戻る。
 鈴音のルームメイトは学校が終わってすぐに実家に戻ったので、今は彼女一人である。

(明日は一夏の家か……。春樹の部屋って昔のままなのかな? はぁ……ったく、一体どこに行ったのよ春樹の奴!)

 鈴音は改めて春樹の事を考えた。二週間前も同じことを考えた記憶があった鈴音は、同じことを繰り返して考えてることに気づき、小さく笑った。

(まったく、こんなにも一夏と春樹の事は私の中で大きな存在なんだなぁ……。あの時は楽しかったな……。よく私の中華レストランに来てくれたんだよなぁ……ふふ)

 鈴音は五年前、つまり小学校五年生の時の事を思い出していた。
 両親が離婚して中国に戻るまでのたった三年間の思い出、しかし彼女にとって何よりも大切な三年間であった。
 そして、これからのIS学園での三年間はその五年前からの三年間よりもっともっと大切なものにしようと思う鈴音。だから、春樹のことを早く見つけ出して、皆で楽しい三年間にしたいと、そう思っているのだ。


  ◆


 一方その頃の一夏は、束と千冬の二人と会っていた。
 今後、束の組織で動くことになる為、まぁ……事前の下見と言うべきか、説明会と言うべきか……そんな感じの事をするために来ている。
 では何故、箒が一緒ではないのかと言うと、それは今のところ不明だ。とりあえず、一緒には来ないようにと言われ、それで先に一夏が来たわけである。後に一夏と入れ替わる形で箒もここに来る予定だ。
 さて、この場所は新宿の高層ビルの……地下のとある会議室である。このビルは束がインフィニット・ストラトスの開発にあたって資金を提供してくれた友人が運営している会社のビルである。
 束が組織を立ち上げるに当たって、最初に頼りにしたのがこの友人である。事情を話すとすぐに場所を提供してくれたのだ。まぁ、無償(タダ)でという訳ではないのだが。

「今の電話は箒ちゃんから?」

 束は一夏に聞いた。

「あ、はい。明日家に来てもいいか、って聞かれました」

「ふ~ん。はっ、何か良からぬ事をしようとしているのでは!? もう、箒ちゃんったら大胆なんだからぁ!!」

「いや、友達の鈴も一緒なので……、っていうかそもそもそんなことは――」

「なぬっ!? もしかして、ドロドロの三角関係になろうとしているのか……!? こうしてはいられない。この一夏ァァァあああ!!」

 突然絶叫に近い声で名前を呼ばれた一夏は体を強張らせる。

「は、はいぃぃぃ!!何ですかぁぁぁ!?」

 束は一夏の肩を力強く取り、束は彼を睨み付けながら、

「お前、箒ちゃんを裏切るようなことをしたら……分かってんだろうなァ?」

「え、ええ。分かってますから……!!。てか、キャラ変わりすぎですよ束さん!!」

 そんな二人の会話を傍から見ていた千冬は、呆れた顔をしながら冷静にツッコミを入れた。

「おい、お前ら……少し落ち着け。今はそんなことをしている場合ではないだろう。あの人に一夏の事を紹介するんじゃなかったのか?」

 しかし、束はそんな千冬のツッコミをも無視をして反発したのだ。もはや束は興奮してしまっていて、千冬であっても止めることはできなかった。

「何言っているのちーちゃん。それより一夏と箒ちゃんの関係の方が大事だよ!! せっかく目出度く結ばれたんだよ!? 六年間も一途に思い続けた一夏とようやく結ばれたんだよ!? それなのに別れるなんてことになったら箒ちゃん立ち直れないよ!! どうすんのさ、おい一夏ぁぁぁ!!」

 という、またもや絶叫に近い感じで名前を呼ばれた一夏は体を強張らせながら返事をする。しかも今度は目の前なのでより一層迫力があった。

「な、な、な、何ですかぁぁぁ!?」

「もうやっちゃいなさい。最後までやっちゃいなさい。で、子供作って責任を取りなさい。箒ちゃんの旦那さんになっちゃいなさい!!」

 一夏の体を強く揺さぶりながら言う束。

「な、なに言ってるんですか!? え、ちょっと、うぇ、な、なんでこんな話になってるんだ!?」

 すると遂に、彼女が動き出す。
 千冬になにやら怖く、黒いオーラを纏っているように見えた一夏は、さらに体を強張らせることになった。千冬が怒っている。その事実が一夏は何よりも恐怖を覚えた。

「だから……。落ち着けと言っているのが分からないのかお前はぁぁぁ!!」

 力強く束の頭に落とされる鉄拳。IS世界大会元チャンプで、現在はIS学園の教師を務める千冬の筋力等の身体能力は衰えることを知らず、その腕力は今の各国の代表に引けを取らないだろう。
 そんな彼女の怒りの鉄拳を受けた束はその場に数分の間倒れる羽目になった。

「はぁ……何をやってんだかな……。ま、常に気を張る必要も無いし、こんな感じでいいのかもしれないな。そう思わないか、一夏?」

「う、うん……そうかもな……。で、どうすんのこれ……」

 一夏が指したのはあまりの痛さに苦痛に喘ぐ束の存在。
 だが、ピタッと動きを急に止めた。どうしたのか、と思った一夏と千冬の二人は倒れている束の様子を見ると……、気絶していた。

「あ……、やりすぎたか……」

 そっけなく言う千冬に一夏は鋭くツッコミを入れた。

「って、なんでそんな軽いんだよ! もしかして昔はいつもこんな感じだった、とか言わないよな?」

「あ、あぁ……。いつもこんな感じだったな……」

 一夏はそれを聞くと束の方を見て一礼をした。いつも千冬姉(ちふゆねえ)の鉄拳を受けていたのですね、それでそれだけの頭脳を保ってこられたのですね、と一夏は思いながら。

「さて、冗談はこれぐらいにして行くよ!!」

 束は急にむくっと起き上がると、ささっと二人の先頭に立ち、最上階の社長室へと向かう。
 一夏ら三人は会議室を出てエレベーターで最上階を目指す。
 最上階は五五階で、高さは約二五〇メートルもあるという高層ビルの最上階である。
 エレベーターは外の景色が一望できる仕様となっており、どんどん上に登っていくにつれて人が小さくなっていく。それを見ると、つい某アニメ映画の人がどうたらのようだ、という台詞を言いたくなるだろうが、今はとても真剣な場なので一夏は言わないでおくことにした。
 気圧の変化で耳がキーンとなるのを感じながら最上階にたどり着いた三人は、社長室の前に立つ。束がドアをノックすると中から低く渋い声でどうぞ、という声が聞こえてきた。
 三人はドアを開けて中へ入る。そこには赤く、複雑な模様が入っているとても高そうな絨毯(じゅうたん)に、ソファに挟まれたガラスのテーブル。そして中央奥には社長のデスクが置いてあった。その横に社長の姿がある。

「こんにちは、篠ノ之束さん。それに織斑千冬さんと織斑一夏君。今日は一夏君に会えるの楽しみにしていたんだ」

 白髪交じりの髪をオールバックにし、黒いスーツで決める渋い男。その名は――。

「こんにちは、更識(さらしき)さん。楯無(たてなし)ちゃんと簪(かんざし)ちゃんはお元気にしていますか?」

 その名を一夏は知っている。何故なら、更識楯無はIS学園で最強といわれている生徒会長その本人であり、簪はその妹で同じく生徒会に所属しているからだ。
 そして目の前にいるのはその父親の更識信鳴(さらしきのぶなり)であり、彼が運営している『更識クリエイティブ』という会社の社長である。
 そもそも、この会社はいったいどういった会社なのか、それは重工業に電子技術。さらには食品から医療技術と、幅広い業種に進出している一流の複合企業である。

「ああ、元気にしているみたいだよ。今日中にはあの子たちが家に戻って来るはずだからね。久しぶりにあの子たちの顔を見たいと思うのは、あの子たちの父親だからなのかな。まぁ、今はこんな話どうでもいいか。さて、織斑一夏君」

「は、はい。なんでしょうか?」

 日本を代表する大企業の社長であり、あの生徒会長の父親である、という事実で妙に緊張してしまっている一夏に、信鳴は優しく声をかけてあげた。

「ははは、一夏君。別に面接試験でも何でもないんだから、気を楽にして。いいね?」

「は、はぁ……」

「さて、織斑一夏君と、ここにはいないが篠ノ之束さんの妹である篠ノ之箒さんは今日からこの施設を使ってもらうわけだけども、それについて注意点を述べておきたいと思う。まず、この会社は至って普通の会社だ。表向きは所謂エリート企業……となっている。だから、こういった裏側の活動については一般の社員は全く知らないんだ。君は今後この会社の地下に来ることになるが、決して不審がられるような素振りは絶対にしないで欲しい。あくまで、一般のお客さんのような感じでいて欲しい。次だが、これが一番重要だ。箒さんと共にここに来させなかった理由がこのお話だよ」

 一夏を含め、束と千冬も息を飲んでその話を聞く。
 いったい何の話が始まるのか、それは一夏には分からないが、わざわざ社長室に一人ずつという条件で呼ばれたのだ。簡単で軽い話なわけがない。それを覚悟して耳を更識社長に傾ける。

「葵春樹、という名はもちろん知っていますよね、一夏君?」

 いきなりその名を出された一夏は驚いた。まさか、ここで春樹の名前が出てくるとは夢にも思わなかったからだ。

「何故、春樹の名を……?」

 一夏は更識社長に問うと、低く渋い声で、

「何故かって? 君に葵春樹について教えてもらいたいんだよ。小さいころから今までの事を殆ど把握している君にね。一夏君なら、葵春樹の行動や目的、そういうのを知っているだろうと思ってね」

 言っている意味が分からない。
 結局、最終的には何をすればいいのか、それを早く聞きたかった。

「で、具体的には俺にどうしろと言うんですか?」

「なあに、言葉のまんまだよ。葵春樹君の生い立ちと、今まで何をしてきたのか……それを教えて欲しいんだ」

 一夏はそんな更識社長の言葉を疑いながらも、春樹の事について話す。
 今から一〇年前、一夏と春樹が六歳の時に春樹の両親が事故で死んでしまい、身寄りがなくなった葵春樹の事を織斑家の二人は共に暮らしていくことを決めた。
 そして、平凡に暮らしていき、それから一年後、つまり今から九年前の小学校一年生のときにISというものが完成し、正式に稼働実験に入った。
 そして、宇宙開発機関に売り込みをしたそのときに、『白騎士事件』が起きた。あの、世界中の軍事施設のミサイルが日本に向けて発射され、そしてそれらすべてISたった一機で切り落としたという伝説の事件だ。
 その事件が起こってから篠ノ之家は落ち着きがなく、その三年後に家族がバラバラになってしまったのだった。
 その次の年に鳳鈴音(ファン・リンイン)が日本に来てクラスメイトになった。よく鈴音の中華料理店でご馳走になったのを一夏は覚えている。お互いにどれだけ食べられるか、という争いをしたのはいい思い出だ。
 その三年後、中学校二年生の時だ。一夏にとっては忘れられない記憶がその年にある。
 そして、自分たちの人生を大きく揺るがした年でもある。
 第二回IS世界大会モンド・グロッソ。第二回目は日本で開催されたこの世界大会の最中、一夏は誘拐された。
 千冬は一夏の救出で決勝の試合に出ることは叶わず、対戦相手であったドイツの不戦勝という形で終わる。
 一夏はこの時、自分が誘拐されたから千冬姉に迷惑をかけた、だから優勝を逃した。春樹には余計な心配をさせてしまった。だからアイツはドイツまで行って自分を鍛えた。だから自分も皆に迷惑をかけないように春樹と共にトレーニングを続け、中学二年生に上がっても二人でトレーニングを続けた。
 その年に鈴音は中国へと帰って行った。理由は両親の離婚だった。大切な友達が減ってしまい、どことなく寂しくなったのは今でも覚えている。
 だけど、そんな事実にも挫けずにトレーニングを続けていた。
 ずっとトレーニングをし続けて、肉体的に中学生レベルを通り越した二人は、ついに運命の年を迎えたのだ。それが現在である。
 何かの間違いでIS学園に入学した。何故かわからないけど、自分はISを動かすことが出来た。
 束の話によれば、DNAが関係しているそうだが、それが本当に正しい情報なのかはわからない。ただ、あの束が言っているのだから、今のところはそれが正しい情報になる。
 ここまで話した一夏だが、信鳴は表情をほとんど変えずにこう言った。

「では、もう一つ付け加えて聞きたい。君たち織斑姉弟が葵春樹を自分たちの家庭に招く前の事は覚えていないのかね?」

 一夏はそのたった一言で黙ってしまった。
 確かにその記憶は覚えていなかった。いや、まず幼い頃の記憶が曖昧なのだ。それは彼が小さい頃だし、しょうがない、と言ってしまえばそうなのだが、ここで、信鳴の言葉によって話はしょうがない事ではなくなってしまう。

「やはりそうか……実はね、一〇年前より以前の記憶が曖昧なのは一夏君だけではないのだよ。それは君の姉の千冬さんもそうだし、束さんもそうなんだよ」

 自分だけではなかった。千冬も束も春樹と深く関わった二人も記憶が曖昧なのだそうだ。そして、この後、箒がこの場所に来る。おそらくまったく同じ質問が繰り返されるだろう。
 箒もこう答えるはずだ、それ以前の記憶については曖昧です、と。

「いったい、これはどういうことなんですか? 三人とも一〇年前より前の記憶が曖昧で思い出せないなんて……」

 信鳴も一夏のその質問だけには顔をしかめた。

「実はそのことは私たちにもよく分からないことなんだよ。なんで、こんなにも揃って昔の記憶が曖昧なのか」

 それもそうだ。その答えは春樹が織斑の家で暮らすことになった一〇年前にあるが、それを見る術などどこにもない。過去へ遡ることなど、神の力でも使わない限り無理だろう。だから、私たちには分かるわけがなかった。

「真実は闇の中……か……」

 そのとき、社長室の扉が勢い良く開いた。そこに立っていたのは――。

「お父様、ここに来てしまいました!! って……あらら、お話し中だったか……」

 そこに立っていたのは何を隠そう一夏も良く知る人物であるIS学園生徒会長、更識楯無(さらしきたてなし)であった。

「だから一応ノックしましょうって言ったじゃないですか……」

 と、後ろから戸惑いながら現れたのは、その妹の更識簪(さらしきかんざし)だ。

「あはは……」

 楯無は笑いながら誤魔化す。すると、信鳴は表情を緩めながら、

「いいんだよ、どうせ一夏君たちとは今後一緒にやっていくことになるんだからね」

 更識楯無はあはは、と笑い続けながら誤魔化すと一夏の下へと寄る。

「さてと、君の活躍は聞いてるよ、織斑一夏君。というか、見ていた……って言った方が正しいかな」

「え?」

 一夏は突然詰め寄ってきた楯無にたじろぎながら、彼女の言った言葉に疑問の声を上げた。
 ついでに言うと、それを見ていた束は少しお怒りモードになっていた……。

「だから、入学から今まで、ずっと君の事を見させてもらってたよ」

「会長が……どうして俺を?」

「どうしてって、君をIS学園の試験場まで導いたの、春樹だもん」

 今明かされる会長からの事実。一夏もそうではないのか、と思っていたりしたことがあったのだが、この楯無の言葉でそれは確信へと変わった。

「やっぱり、そうだったのか。春樹は……いえ、束さんや会長も含め、俺がISを動かせることを知っていたんですね?」

 無言で頷く一同。それを見て一夏は、

「そうか……なんて言うか、不幸……でもないしな……。幸福……でもない。良いこともあったし、けど嫌なこともあったし、なんかよく分かんねぇけど、俺には元々そういう力があったってワケか……」

 どうしていいのか分からない沈黙が生まれるが、それに構わず一夏は言葉を続けた。

「分かりました。じゃあ、俺はこの摩訶不思議な力でISを操って、いわゆる正義の味方……いや、悪党かな……、そいつをやればいいんですよね? いいですよ、必ずこの世界を変えます。居なくなった春樹の分まで、束さんのことも守ります。そして……共に戦う箒の事も守り切って見せます。この、いつまで続くかわからない、終わりが見えない戦いが終わるまで!!」

 一夏の力強い宣言がこの社長室に響き渡る。
 その生き生きとした表情に周りの皆は思わず明るい表情を取った。何とも頼もしい人物が目の前にいるのだろうかと。まるで、どこかの漫画の主人公のような、でもハッタリにも聞こえない、本当に頼もしい感じを、ここに居る一同は感じ取っていた。

「ふはははは。なんとも頼もしいじゃないか、一夏君!! その調子で頼むよ。いずれは私の娘の楯無をも超える存在になってくれ」

「はい。絶対に」

 そうして、一夏、千冬と束の更識信鳴との面会は終わった。
 最後の一夏の宣言。それを決して嘘にしないように、と思った一夏であった。


  ◆


 そして次の日の事、日にちは七月二〇日だ。この日は箒と鈴音が一夏の家に来る日である。
 たった今、篠ノ之箒と鳳鈴音は織斑の家の前に立っている。箒がインターフォンを押すと、一夏の声が聞こえてきた。自分たちが来たことを伝えると、一夏はすぐに玄関から顔を出す。彼の格好は夏らしい、白いTシャツを着ていた。

「よお、箒、鈴、待ってたぞ。さぁ、さっさと入れよ、熱いだろ?」

 お言葉に甘えて中へと入る二人。部屋の中はクーラーが効いていて、外とはまるで別世界であった。じっとしているだけでも汗が噴出してくるまるでサウナのような外に対して、ここは快適な適温の部屋だ。外と比べるとその快適さはまるで月とスッポンだった。
 リビングに案内した一夏はキッチンの方へと向かい、

「今麦茶入れてやるからさ、待ってて」

 そう言うと、一夏はキッチンへと姿を眩ました。
 その場に残された二人はお互いに懐かしさに浸っていた。箒は六年ぶり、鈴音は二年ぶりの織斑の家である。お互いに何も変わってない、と思っていたわけだが、やはり鈴音よりここを離れていた期間が長い箒はその僅かな変化に気づいていた。いや、六年ぶりだからこそ気づけたことだろう。
 一夏が麦茶を持ってくると、箒は一夏に尋ねる。

「なぁ、一夏。カーテン変えたのか? 六年前はもっと派手な色だった気がしたんだが……」

「ああ、その通りだ箒。よく気が付いたな。すっかりボロボロになっちまってさ、だから、えっと……六年前か、六年前にカーテン取り替えたんだよ」

 鈴音がこっちに来た頃には既にカーテンは変わってしまっていたようだ。その時の派手な模様のカーテンとは、いったいどんなものだったのか、地味に気になった鈴音は一夏に聞いてみる。

「じゃあさ、六年前のカーテンってどんな感じだったの?」

 実にしょーもない事を聞いているのを自覚しながら鈴音は聞いたのだが、一方一夏は顔を暗くして……答えにくそうにしていた。

「あれ……何か聞いちゃいけないことだった!?」

「いや、いいさ。でも……ちょっと恥ずかしくてさ……」

 一夏はそう言った。恥ずかしい、とは一体何なのか、当時の事をうっすらと覚えている箒は必死に思い出そうとしていた。
 もう喉のそこまで来ているのだ。確か、あの、なんていうか、当時流行っていた物であることは間違いなかった。

「聞きたいのか? 聞いてみたいのか……?」

 うんうん、と首を振る二人。しょうがなく一夏は答えてあげることにした。

「あのさ……、あの……例の、すんげーゴージャスで、なんかよくわからないセレブが手を出しそうな模様のカーテン……。もちろん極一般の家庭が出せるほどのものだ」

 それを聞いて、一夏が言ってみたことを素早く整理してみたが、確かにそれは恥ずかしい。
 それはいつの流行なんだよ、と言いたくなる程のチョイスで、第一、家具の種類等が今と同じだとして、インテリアの組み合わせは最悪なレベルだ。どう想像してもカーテンだけが浮いてしまう。

「うん。カーテンを変えたのは正解の様ね……。今のこのカーテンが部屋の色彩のバランスが良くて落ち着ける空間だと思うわ」

 うんうん、と箒も頷いた。
 さて、カーテンの話はとりあえずおいておいて、これからいったい何をするのかが問題である。凄い久しぶりにこの二人がこの家に来たのだ。とにかく何かをしなくてはいけない。

「で、これからどうするよ?」

 と一夏が質問する。すると、考える時間も無いまま鈴音が即答した。

「あのさ……もしよければ、春樹の部屋に行きたいな」

「春樹の部屋?」

「うん……、駄目かな?」

「いや、別に良いけど……ただ見るだけな。春樹はここに戻って来るんだから、部屋のものは勝手にいじらないこと」

 一夏の忠告には~い、と返事をした鈴音は一夏の案内の下、箒と共に春樹の部屋へと向かった。
 そこはとても懐かしい空間であった。ほとんど変ってない部屋。机の位置やベッドの位置に本棚の位置、そしてテレビの位置。細部を除き、ほとんどが昔からそのままであった。

「なつかしいなぁ……、よくここで一夏と一緒にゲームしたっけ?」

 と、鈴音が尋ねる。が、鈴音は一夏の返答を待たずに横の箒に目を向けて声をかけた。
 何故なら、箒の様子が何か変だったのだ。息が荒い。頭を押さえて痛そうな顔をしていた。
 そのとき、箒は一夏と春樹が写る写真を見ていた。

「おい、どうしたんだよ箒!!」

 一夏は箒の肩を取り、体を揺さぶりながら呼びかけた。しかし、一向に一夏の呼びかけに返答することがなかった。不安になる二人。
 この時、箒の状態は……。
 あの時の、臨海学校研修中に起きた事件の最中、気を失っていた時に見たあの夢を思い出して、頭の中が混乱しだしたのだ。いったい、今自分は何を考えているのか、やろうと思っても整理することが出来ない。交差する様々な情報が頭の中を飛びまわっていた。

(あの夢には春樹がいなかった。でもこの部屋は春樹の部屋だ。あれ、春樹って誰だ? いや、春樹は私の古くからの友人だ。でも、存在しなかった。ではこの部屋はいったい誰の部屋? いや、そもそも春樹なんて昔から存在していなかったのか? いや、春樹はつい最近まで一緒にいたじゃないか。でも、春樹なんて存在しない存在? あれ、今私は何を考えていたんだ……!?)

 箒の息がだんだん激しく、そして荒くなっていく。
 このままではマズイ、と思った二人はとりあえずこの部屋から箒を出し、エアコンの効いているリビングのソファへと連れて行って横にさせた。
 一夏が救急車を呼ぼうと携帯電話を探していたとき、箒の様子を見ていた鈴音から箒の様子に関する言葉が大声で聞こえてきた

「一夏!! 箒の様子が元に戻ったわ!! 意識も取り戻したよ!!」

 一夏は急いで箒の下へと駆け寄る。

「おい、箒、どうしたんだよ!? 急に様子がおかしくなるから……」

 ケロッと、何事もなかったかのようにソファから起き上がる箒。それを見た二人は大丈夫なのか、と確認を取るが、箒は本当に元気なようで、明るい声で大丈夫だと返事をしてくれた。

「それで、いったいどうしたっていうんだよ……」

「いや、済まない。頭が混乱していた。なんか、記憶と差し違えることがあってな」

 それにしてもあの様子は尋常ではなかった。息が段々と荒くなっていたし、意識も朦朧としだしていた。それで大丈夫だ、安心だ、と言えるはずがない。

「本当に……それだけなの?」

 鈴音も心配して箒の両手を握る。だが、先ほどまでの様子では考えられない程ケロッとした表情で、何でもない、ということは本当のようだった。

「なぁ、鈴。お前は春樹の事どう思う?」

 箒は鈴音に尋ねた。別に他意があるわけではない。純粋に、春樹という存在が、いったいどんなものなのかということを聞きたかったのだ。

「春樹の……事? それは……、別にこれといって特別に言うことは無いよ。ただ、不思議な奴だなぁ、とは思った。特に日本のIS学園に来て、再会してからはより一層ね」

「不思議な奴……?」

 一夏は鈴音の発言には疑問を持った。確かに、どことなく不思議な感じが彼にはあったのだ。
 だが、IS学園で再開してからより一層それが増したというのはどういうことなのか。

「うん。なんか春樹の奴、体の芯っていうのかな、それがガッチリしていて、でも不安げな部分があって、ISを動かしているときは楽しくしていたり、辛そうにしていたり、その時の春樹はなんかよくわからなかった」

 言われてみればそうだった。一夏と箒は何故春樹がISを使うのか、その理由を知っている。だが、鈴音は知らないのだ。いや、知ってはいけないことなのだ。将来、ISの中国代表になれるかもしれないという将来の道が開かれている。それを溝(どぶ)に捨てる様な真似はして欲しくないし、こんな裏側の世界に入ることなんてして欲しくはない。

「そうか……。すまない鈴、ちょっとここでお開きにしないか? 箒がこんなことになっちまったし。悪いな、せっかく俺ん家に来てくれたっていうのに……。そうだ、日本に戻ってきたら連絡してくれ。この埋め合わせはしっかりするからさ」

 鈴音は一瞬で悟った。ここからは自分が居てはいけない空間になることを。それは決していやらしい意味ではなく、本当にヤバいことに首を突っ込むような話になることを、彼女は悟っていた。

「うん……わかった。じゃあ、絶対にこの埋め合わせはしてもらうからね!!」

 わざと明るく言う鈴音。自分は、何も気づいていない、何も悟っていない、ということを伝えるために。そして彼女は極自然に玄関まで歩いていく。

「じゃあね、一夏、箒!」

「ああ、じゃあな」

「またな」

 鈴音とはここで別れた。
 ここからは、暗部組織の活動に関わる話になってくる。
 二人は再びリビングに戻り、ソファに腰をかける。

「なぁ箒、昨日……更識社長と春樹の事について話したんだろ?」

「ああ」

「お前はなんか覚えていないのか? 幼少期の……春樹が俺の家に来る前の事を」

「いや、実はな、私もあまり覚えていないんだ。やっぱりそこら辺の記憶は曖昧だ」

「そうか……」

 箒は話を続ける。

「臨海学校研修のとき、私は福音の攻撃を受けて気を失った……」

 一夏にとって、そのことはもっとも深く反省しなくてはならない事実であった。自分の気持ちの弱さで、箒を危険に晒した。そのことを一夏は噛みしめた。
 一方、箒は少し恥ずかしそうに言葉を続ける。

「その時に、夢を見たんだ。一夏と私の思い出を一から思い出すような内容だった」

 そして、彼女は真剣な表情に変えて、だが、と付け加え、

「その夢には春樹が登場しなかった。ただ、夢だから、と言われてしまったらそこで終わりだが……、でもその夢は恐ろしいくらいに鮮明だったんだ。今でも覚えてる。綺麗に今までの思い出から春樹の存在だけがすっぽり消えてしまっていた」

 それを聞いた一夏は、心の中で嘘だと思っていても、事実そう感じたことは過去に何度かあったのだ。春樹という存在に疑問を持つことがあった。
 だが、今までそんなことは気のせいであると思っていたのだ。しかし、いやはや箒までもがこんな夢を見て、それでもって春樹の存在自体に疑問を持つとは思わなかった。

「もし……もしも、だ……。葵春樹という存在自体が本当はいないものだとしたら……、箒はどう思う?」

 箒は軽く鼻で笑って答える。

「そんなの、決まっているだろう。たとえそうだとしても、春樹という存在があったとしても、アイツは私たちの友達である事には変わりないだろう? 本当にそんな存在だとしても、私たちの記憶の中には春樹は存在しているんだ。まぁ、少し混乱したりもするがな……」

 一夏も箒の返答に軽く鼻で笑って答えた。

「そうだ。そうだよな。春樹は俺たちの仲間だ。友達だ。事実、俺たちは三ヶ月の間、IS学園で春樹と確かに過ごしていたんだ。その記録はしっかりと残っている……」

 一夏は携帯電話を開き、写真一覧の画面を開いた。そこにはIS学園で過ごした写真が記録としてしっかりと残っている。いつものメンバーと一緒に写っている写真には、しっかりと春樹の姿がある。それは紛れもない事実だ。
 一夏は箒に皆との集合写真を見せながら、な? と一言添えた。
 箒もそれを見ながら頷く。


 これから一夏と箒が赴くのは暗部組織との戦い。それと併合して葵春樹の捜索だ。
 あの臨海学校の帰り道に見えた、あの真っ白い大きいの翼。あれは間違いなく葵春樹のIS『熾天使(セラフィム)』のもののはずだ。
 だから、葵春樹が何処かにいることは間違いない。そう思いたい。
 一夏と箒が挑むのは、そんなゴールが見えないような戦いなのだ。
 それに二人は恐れずして挑むことになる。

 七月二三日。

 その日に、本格的な活動が始まる。
 『束派』、本格始動まで残り三日。



[28590] Episode5 序 章『結果と準備 -Homecoming -』
Name: 渉◆ca427c7a ID:7b53eb7b
Date: 2012/07/08 10:56
 七月二四日。
 その日、とある研究施設が消え失せた。
 そこにあったISは跡形もなく無くなっていた。違法製造していたIS用の武器、及びフレーム、コアに至るまでそのすべてを、だ。
 それをやったのはたった三機のISであり、一つは白、一つは赤、一つは水色のカラーリングだったそうだが……、それが本当にISであったのか、それとも別のパワード・スーツであったのか、それは分からなかった。
 何故なら、それは今までのISの形状を考えると極めて異質なものであったからだ。今までの常識を覆すその形状はとてもマルチフォーム・スーツ。所謂『パワード・スーツ』と言うにはあまりにもかけ離れ過ぎているデザインであったのだ。
 しかし、その奇妙な形状であっても決して貧弱なものではなかった。蝶の様に舞い、蜂のように刺す、という表現が正しいだろうか。
 あっという間の出来事だったのだ。
 そこにいた研究者の者は、立ち去っていくISを操縦する者にこう言ったのだ。
 悪魔か……。
 と。
 すると、そのIS操縦者の一人はこう言った。
 悪魔で……構わない。
 と。
 そのままその三人の操縦者は姿を眩ました。
 たった七分の出来事であった。為す術もなく壊滅した研究施設はそのまま消滅したのである。


 そんな出来事が起こるその前日の朝の事だ。
 時刻は九時頃。とある少女達は空港へと来ていた。
 そこにいたのはセシリア・オルコット、鳳鈴音、シャルロット・デュノア、ラウラ・ボーデヴィッヒである。偶然にもこの四人の帰国のタイミングが重なったのだ。まぁ、流石に便の時間までは同じではないのだが。
 ばったり会ってしまった四人はちょっとした飲食店に入店して、ひとまず飲み物を頼んだ。

「まさか、皆さんも今日帰国とは思いませんでしたわ。少しビックリです」

 まずはセシリアが最初に口を開いた。それに鈴音が答える。

「本当ね、皆今日帰国とは思わなかった。ま、だからといってどうもないんだけどね」

 それにシャルロットが答える。

「そうだね。でも、時間までこうやって皆で時間を潰せるんだから、良かったと思うけど」

 確かに、四人ともそれぞれ便の時間まで少々有り、暇を持て余してたところにばったり会ったのだから、良かったと言えば良かったのかもしれない。

「それにしても、一度皆と離れ離れか……。せっかく皆と仲良くなれたのに、非常に残念だ」

 ラウラは少し悲しそうに言った。彼女にとって、これほどまでの友人を持ったのは初めてなのだ。そう思ってしまうのも仕方がない事だろう。
 彼女は帰国などせずに皆と共に過ごしていたいのだが、自分の立場がそれを許さなかった。
 それは他の皆も同じだ。本心は皆と一緒に楽しい夏休みを過ごしたいのだ。
 しかし、当然ながらここにいる四人は代表候補生である。強制的に本国へ帰国しなければならないし、それでもって将来の事も考えると、我慢しなくてはいけないのは目に見えている。今、最優先でやるべきことは流石に理解しているのだ。

「それは皆も同じですのよ、ラウラさん。私だって、本当は皆さんと一緒に夏休みを堪能したいというのに……。私たちの立場がそれを許さないのは、十分わかっているでしょう?」

 セシリアの言葉に同意する鈴音とシャルロット。

「そうね、やっぱり皆も同じ気持ちだよね」

「そうだよ。僕だって皆と一緒に夏休みを過ごしたいよ……」

 するとここで、腕時計を見たセシリアは。

「あら。すみませんが私はここで。そろそろ搭乗できる時間になりますので」

 と、皆に一つ挨拶をしてから自分の分の飲み物の代金を払って、残った三人に向って笑顔で手を振って別れの挨拶をする。
 そして、その数十分後には鈴音が時間になり、更にその数十分後にはラウラが飛行機の時間となった。最後的に残ったのはシャルロットであった。
 今からフランスに帰らなくてはいけない。逃げるわけにはいかないし、かといって帰ったら帰ったで何が起こるかもわからない。不安だ。
 彼女の父親は一夏と春樹の事を調べるために、シャルロットを男として日本へ送り込んだ。
 しかし、それは一夏と代表候補生のセシリア、鈴音、ラウラの四人にバレてしまっている。それだけの人物しかバレていないはずなのだが、彼女は何か不安を感じていた。もしかしたら、このことが父親に筒抜けになってしまっているのではないのか、と。
 それに第一、詳しく一夏と春樹の事について調査が出来ていなかった。
 あのとき、自分が女性とバレて、一夏の事を調べている存在であると知られたとしても、彼は何も言わずに黙っていてくれた。
 そのときから彼女の調査は行っていなかった。いや、行えなかった。調べなければ自分の首が絞まってしまうとしても、そんな命の恩人とも言えるような一夏と、そのIS『白式(びゃくしき)』を調べ上げるなんてことは。

(僕……どうなっちゃうのかな……。一夏……)

 彼女は不安になりながらも、フランス行きの便の時間は刻一刻と迫っていた。



[28590] Episode5 第一章『初動 -First_mission-』
Name: 渉◆ca427c7a ID:7b53eb7b
Date: 2012/08/29 08:36
  1

 七月二三日。午前九時〇〇分。
 一夏と箒は更識クリエイティブの地下施設に来ていた。ちなみにこの地下施設は一般のエレベーターでは来ることはできない。たった一本だけ、この地下に繋がるルートが存在する。それは複雑で、偶然にも迷い込んだ、なんてことは起きないようにしている。
 モニタリングルームで束、千冬と共にしている一夏と箒。
 ここに呼ばれたのは良いが、いったい今から何が始まるのかは分かっていなかった。遂に任務の話が来るのだろうか、それともまた別の話なのか、二人はそれぞれ想像しながら束が喋りだすのを待っている。

「まぁ、人が一人足りないけど……時間だしまぁいいか。じゃあ、ブリーフィング始めるよ」

 束が役者が一人不足していることを言いながら、ブリーフィングの開始を宣言したが、箒はそれでいいのかと言葉を出す。

「待ってください姉さん。楯無会長は待たなくていいのですか?」

「まぁ、彼女が居なくてもこれから話す内容は問題ないよ。流石に任務の話となったらいてくれないと困るけど……」

 それに千冬は補足するように、

「更識楯無については、今は一人で任務に向かう準備をしている」

「これから任務……会長一人で……ですか?」

 一夏は驚いた。流石にたった一人で任務を行うとは信じられなかったからだ。

「このあとすぐにあるんだ。ま、我らがIS学園の会長様はそれほどまで強く、そして忙しいということだな」

 ちなみに、楯無は以前春樹と共に共闘していた。普通は楯無と春樹のコンビで任務に赴いていたのだが、今はその春樹が居ない為、彼女一人で任務に向っている。
 だが、彼女一人だけでも十分な程の力量を持っているし、そこまで危険な任務でもない。だが、彼女が現在向っている任務を一夏一人で出来るのか、と言われれば答えはNOである。つまりは、更識楯無は今の一夏を優に超えるほどまで強いということだ。

「さ、本題に入るよ。一夏と箒ちゃんにそれぞれのISを預からせてもらっていたけど、それを返す時が来たんだ」

 実は、一夏と箒はつい二日ほど前に束にISを預けていた。その間は、量産機での基本的な事を楯無から教わっていた。
 しかし、束がわざわざ二人のISを預かる……ということは何かしらの新要素がそこに含まれるということは分かったのだが、それが何なのかまでは流石に分からなかった。 
束は両手にそれぞれ、ガントレットと鈴の付いた紐を持っていた。一夏と箒のISの待機状態の姿がこれである。
 ガントレットは一夏に、鈴の付いた紐は箒に渡される。

「よし、じゃあ早速起動させてみようか。ついてきて」

 束の一言でここにいた全員が練習場へと向かう。このビルの地下はいったいどれだけ広いのか、と思うだろうが、それも世界的にも有名な大企業だからこそできた事であろう。

「あの……束さん。いったいどんなことをしたんですか?」

 一夏は問う。すると束は鼻を高くしながら、

「それは練習場に着いてからのお楽しみだよ。でも、きっとビックリすると思うから」

 一夏は流石にそんなことを言われてしまって更に期待してしまった。いったいどんな改良が行われているのか、どんな武装があるのか、形状はどんな感じになっているのか、気になってしょうがないのだ。
 それは箒も一緒だった。物静かな箒ではあるのだが、それは気になってしょうがなくなってしまっている表れだ。

「なあ箒、一体どんな事になってんだろうな、俺たちのISは」

「さあな。でも、とても期待してもいいんじゃないか? 私の姉がわざわざ私たちのISを預かるほどの事だ。とんでもない変化が起こっていても不思議じゃない」

「そう……だよな……」

 そんな一夏と箒の会話を聞いてニヤついてくる束の表情を見ると、それほどまで期待してもいいのかと思ってしまう。
 練習場に着くと、IS学園のアリーナほどの広さは無いが、それでも十分に暴れられるほどの広さをもった場所がそこには広がっていた。
 一夏と箒は上に来ていた服を脱いで、束が作り上げた特製のISスーツの姿となる。
 ISスーツとは、着ているとISは肌表面の微弱な電位差を検知することによって、操縦者の動きをダイレクトに各部位へと伝達できる。また、耐久性にも優れ、一般的な小口径拳銃の銃弾程度なら完全に受け止めることができるという優れたフィットスーツである。

「じゃ、早速起動させてみて。解説はそれからするから」

 束がISの起動を促すと、二人を息を飲んでそれぞれのISの名前を心の中で呟く。一夏は白式、箒は紅椿……と。
 すると、二人の身体はISの装甲で覆われていく。

 インフィニット・ストラトス……通称『IS』。一つここでその機能等をおさらいしたいと思う。
 ISは篠ノ之束が作り上げた、現状の兵器では最強と言われている存在で、それは過去に起こった『白騎士事件』で証明されている。
 この事件は、簡単に言えば全世界の軍事施設が原因不明のエラーを起こし、日本へ向けてミサイルが撃ち込まれてしまった。それを第一号のIS『白騎士』が、圧倒的なスピードと防御力を見せつけて、そのすべてを撃ち落とした、という事件である。
 パイロットがISを装着している状態であれば、数百メートル上空から落ちてもパイロットの身の安全は保障される程の防御力を持っている。
 その防御力を実現しているのが、『シールドエネルギー』という不可視のバリアであり、そのエネルギーが無くならない限り、すべての衝撃や熱などを遮断するシールドだ。このシールドは体全体、しかもそのバリアはISの表面ギリギリに展開している。
 これは『稼動エネルギー』とはまた別のエネルギーであり、共有はしていない。
 その『稼働エネルギー』は、『固体高分子形燃料電池』の事である。フルチャージで四八時間の連続稼働が可能だ。 
 さらにISには『ハイパーセンサー』と呼ばれるセンサーが装備されている。それは全方位に視界を広げる役割を持っていたり、ISの情報を読み取ったり、位置情報を手に入れたり、操縦者の生命反応(バイタルサイン)も知ることが出来る。
 それと、ISは常に空中を舞うことが出来るが、それは『PIC(パッシブ・イナーシャル・キャンセラー)』で慣性の法則を無視することが出来るからである。これと併用してISのスラスター等で推進力を付けることによって、自由自在に空中を舞うことが出来るのだ。
 武器については、『拡張領域(バススロット)』といわれる機能を使い、量子化して収納することが出来る。これによって容量の限界まで複数の武器を持つことも可能なのである。
 そして……、今までの機能だけでも十分だというのに、他のパワードスーツを凌駕する所以は、ISの心臓部である『コア』にある。
 それはパイロットの遺伝子に強く反応し、同調する事で動くという結論が出ているが、何故か女性にしか同調は起きないのか、それは分かっていないし、織斑一夏と葵春樹、レイブリック・アキュラというイレギュラーも少なからず存在していることについても不明だ。
 しかも、『コア』は自己進化という能力を持っており、今までそのパイロットと同調してきたそのデータを下にISは自己的に進化を始める。
 最初の進化を『一次形態移行(ファースト・シフト)』と言い、二度目の進化を『二次形態移行(セカンド・シフト)』と言う。
 もちろん、宇宙空間の運用を目的として作られたものなので、酸素がない空間であってもISの起動中は呼吸が可能になっている。
 『白騎士事件』を切っ掛けに、ISという存在は軍事的に使われれば危険なものという認識に変わった。軍事利用を避けるために『国際IS委員会』を立ち上げ、各国から代表を選抜。
 そして、各国のISの開発や所持数などの管理及び監視を行っている。


 さて、ISのおさらいもこの程度にしておこう。
 一夏と箒が身に纏ったISは……あの、葵春樹と同じような仕様となっていた。
 以前の『白式』と『紅椿』の面影を残しつつ、とてもスリムな形になっている。それは、以前のものから要らないものをすべて取り除いたようなものとなっており、分厚い装甲なんてものは一切なかった。
 以前は一般的な、体の部位ごとに装備されていた装甲と、無線で繋がれており、PICの力によって空中に浮いているスラスターがあったのだが、そんな見た目重視なものは一切なくなっている。
 まず、薄い装甲は顔以外をすべて覆うように作られており、白式の大型のスラスターは装甲に直接繋げられている。まったくもって無駄をそぎ落としたようなそのISは、以前から使っていた春樹の『熾天使(セラフィム)』と形状はほぼ同じだった。
 箒の紅椿も同様に、顔より下は薄い装甲で全部が覆われており、紅椿の元々あった大型のスラスターとビットを組み合わせた物が、背中に直接繋がれている。

「これは……!?」

 箒は自分のISを見て呟く。

「箒……これって、あの春樹のISと同じじゃあ……」

「あ、ああ。そうだな……。姉さん、これは?」

 箒の質問に鼻をふふんと鳴らして胸を張って説明を開始した。

「そう。あの春樹と同じ仕様のISだよ。ISのパイロットの安全を守るような構造をすべて取り外し、戦闘力を極限まで高めた姿がこれ。ああ、それから今まで一夏のISのシールドエネルギーを極限まで減らしていたけど、あれは春樹の熾天使(セラフィム)とは目的が違うんだ」

「どういうことですか?」

「春樹の熾天使(セラフィム)は、シールドエネルギーに使う容量部分をギリギリまでブースターとジェネレーターに注ぎ込んだ結果がアレ。一夏は意図的に減らしていただけなんだよね」

 つまり、春樹の熾天使(セラフィム)はシールドエネルギーを犠牲にしてパワーとスピードを手に入れていたということだ。
 ここで一夏は気づいた。春樹の熾天使(セラフィム)が今の所最高速度と加速力が全ISの中でナンバー1を誇っている。しかし、自分の白式には『零落白夜』があり、基本それでケリを付ける。それなら、シールドエネルギーに使う容量部分を全てブースターに注ぎ込んでいれば、最高速度と加速力が熾天使(セラフィム)を超えないのがおかしい話だ。

「気づいたようだね。そう。白式の仕様上、シールドエネルギーの容量部分をスラスターだけに注ぎ込んでいるのに、熾天使(セラフィム)を超えないのはおかしい。装甲の重さの差もあるだろうけど、それを考えてもエネルギー量を考えれば少なからず勝てるはず……。そう考えているんでしょ? 大正解だよ。意図的にシールドエネルギーを減らした理由は、常にギリギリの状況を作って、一夏を強くするための私たちの計画だったんだ」

 やっぱり一夏の予想は大正解だった。意図的にシールドエネルギーを減らされていた。だけど、このおかげで高度な回避術を手に入れることが出来た。今となっては、してやられた、と思ってしまう。

「今のこの形態の白式は、春樹の熾天使(セラフィム)とスペック的にほぼ同じになってるよ。まぁ、最高速度と加速力については春樹の熾天使(セラフィム)を越えてるけどね」

 つまり、今この形態の白式は装甲が薄くなって軽量化し、ISのエネルギー配分を変えたことによって更なるスピードを手に入れたということだ。

「ははは……すげーや……。春樹以上のスピードか……」

「ただ、シールドエネルギーを失った場合、その装甲の薄さから命を守るものは一切なくなってしまうから。一夏は今まで通りに攻撃を受けないことを前提に戦闘してね」

「わかりました」

 次に、束は箒の方を見て、

「箒ちゃんの紅椿は以前の仕様とほとんど変わっていないよ。ただ、IS自体の軽量化を行っただけ。だから、スペック的には最高速度と加速力がアップしただけで、何も変わっていないから。ていうか、基本設計は私が出来る限りの完成品だから、変えようもないんだけどね」

 箒は自分のISを見た。妙に体のラインを映し出すそのISのボディ。それを見て分かるようにとても装甲が薄いのは見て分かるレベルだ。
 自分が着てみて初めてわかる。こんなものを着て戦うなんて狂気の沙汰だと。
 シールドエネルギーがある内は大丈夫だと分かっていても、パイロット自身を不安にさせてしまう。こんなものを着ていて、攻撃を受けたらどうなってしまうのかと、つい考えてしまうからだ。
 一応、『シールドエネルギー』という存在がある限りは身体に致命的なダメージは及ばないのだが、そんなもので今までの戦闘に赴いていたとは、葵春樹という人物がどれだけこのようなISで任務をしていたのか、計り知れない。
 同じく一夏もそのことを思っていた。こういった極限まで軽量化し、パイロットの安全性を全く考えないような、戦闘のみを考えたISを着てみて初めてわかるこの狂気を感じていた。
 ここで、一夏はあることを思い立った。

「待てよ……、じゃあ春樹は熾天使(セラフィム)をIS学園に来る前から使っていた……!?」

 間髪入れずに束は答える。

「いいや、春樹はIS学園に入学する前は違うISに乗っていたんだ。あの熾天使(セラフィム)が完成したのは本当に最近の事なんだよ」

 正確に言うと、春樹が以前使用していたISは言わば『熾天使(セラフィム)』の雛型と言っていいだろう。元々はあんな薄い装甲で戦闘だけを考えたものではなく、一般的なISの形状をしていたのだ。
 いま一夏と箒が装着していて、現在の春樹が使用しているだろう『熾天使(セラフィム)』の様なカタチが生まれた経緯はこうだ。
 束は春樹のISの操縦センスは良い意味で異常だと思っていたのだ。それは共に仕事をこなしていた更識楯無も感じていたのである。
 戦闘ログを見ていた束は気が付いたのだ。今のISではISの方が春樹に追いついていないことを……、それ程まで春樹の操縦センスは常識を脱しているいるということを……。
 そこで制作したのが、操縦者を守る部分をそぎ落とし、戦闘の事だけを考えたISである。それがクラス代表を決定する戦いのときに登場した『熾天使(セラフィム)』だ。
 このISを春樹に渡すかどうか、束は最後まで悩んだ。
 だが、今後IS学園に何かしらの不幸がやってくると悟った束は春樹にこの『熾天使(セラフィム)』を渡すことを決意したのだ。
 そして、春樹は見事乗りこなしていた。
 これまた戦闘ログを見たときは、開いた口が元に戻らなかった。
 初めて乗るISだとは到底思えない。絶対に、見慣れない、そして乗り慣れないISを身に着けて、それでもって性能を最大限に使用するとは春樹のセンスはやはり凄まじかった。
 それから束はこの『熾天使(セラフィム)』と同じフレームをより実践向けになるように改良を続けた。それで一応完成品となったのが一夏と箒が身に着けてる『白式』と『紅椿』ということになる。

「あと、バイザーを頭にかぶってね」

 と束は注意を呼びかけた。
 一夏と箒はISの設定の欄から武装についての欄へと向かう。そこには『Visor 』という項目があり、それを選択すると一夏と箒の頭部に、顔が隠れるように仮面の様なバイザーが現れた。

「な、なんだこれ……?」

 一夏は思わず言葉を漏らしてしまう。

「今つけているバイザーは、顔を隠すことはもちろん、網膜投影される視界より鮮明で、より多くの細かな情報を見ることができるものなんだ。どう? 情報量と視界は網膜投影と比べものにならないでしょ?」

 一夏と箒ははい、と呟くように言った。あまりにも画面が鮮明で情報量が多いため、あっちゃこっちゃと様々な方向を見ながらバイザーの調子を調べている。

「さて、じゃあ早速動かしてみようか。ちーちゃん、暮桜を装備して~」

「わかった」

 千冬は上着を脱いでISスーツの姿になり、『暮桜』を装備する。とてもシンプルな装備がそこにはあった。剣が一本、腰にハンドガンが装備されているだけだった。
 それもそうだろう。千冬の『暮桜』には一夏と同じ『零落白夜』という単一能力仕様(ワンオフ・アビリティ)を持っているからだ。それは一撃必殺の能力で、それに特化した仕様となっている。

「さぁ、二人で織斑千冬を倒してみよう!!」

 そう束が言うと、モニタルームへと姿を消す。

「ふ……。さあ、来い!!」

 一夏と箒の二人は千冬の声を合図にISを加速させた。

(うっ!? 速い……、このスピードが白式、お前の速さか!!)

 一夏は予想以上の加速力に驚いていた。あまりにも急激な加速に、周りの景色が歪んで見えるが、見るのは一点、千冬のみだ。
 一方箒は一度距離を取り、ビットを展開。一夏は一気に千冬との距離を詰めて接近戦を挑む。
 箒が射出したビットからビームが発射され、それは千冬へと向かう。もちろん、千冬はこれを回避するが、目の前には一夏が居た。
 そう、今の箒はあくまで一夏のサポートでしかない。一夏が有利に動くために、遠距離からビットを使い、千冬を一夏の攻撃範囲へと誘導する。
 一夏は目の前に現れた千冬に向って『雪片弐型』を振るうが、千冬は同じく刀である『雪片』で受け流した。
 二体一では流石に分が悪いと判断した千冬は標的を箒へと向け、箒が居る方向へと一気に加速する。
 だが、箒もただつっ立っているだけではない。
 本来箒の『紅椿』は、追加装備をせずに全距離に対応できるように開発されたものだ。
 無論、急に接近されたからといって、ただ斬られるだけの箒ではない。素早く『雨月』と『空裂』の二刀を展開し、千冬の剣を受け止める。

「流石だな……、私の強襲を受けとめるとは。入学当初のお前とはまるで別人だ」

「私は……、守りたいものを決めてからずっと練習を続けてきました。だから、今の私と一夏が組めば、千冬さんだろうと負けませんよ!」

 と、箒が言った瞬間、一夏が千冬の背中を攻撃しようとした。しかし、千冬はその攻撃を察知し、箒を押してその一夏の斬撃を回避したのだ。

「やはり……、私一人で今のお前たち二人と戦うには荷が重いな……」

 もはや、この二人の強さには敵わないと今身を持って感じた千冬。気が付けば、自分が知らない強さを身に着けていた。人を育てる身としては、この二人の成長を喜びたいものだが、素直には喜べないのが正直なところだった。この強さを身に着けた理由が理由だからだ。


「じゃあ、私がお手伝いしましょうか。織斑先生♪」


 と軽い声で登場したのは水色のISであった。
 そのISの操縦者こそ更識楯無。一夏、箒と同じく、『束派』の戦闘要員の一人である。
 彼女の操るISは、一夏と箒が扱っているような特殊なものではなかった。
 『霧纏の淑女(ミステリアス・レイディ)』、それが彼女の操るISの名だ。
 ボディーのカラーは水色。アーマーは面積が全体的に狭く、小さい。それをカバーするように透明の液状フィールドが形成されており、水のドレスのようになっている。
 彼女のIS『霧纏の淑女(ミステリアス・レイディ)』は、ISのエネルギーを伝達するナノマシン制御によって水を自在に操ることが可能である。その機能によって、空気中の水蒸気も彼女の味方となる。
 彼女の周りには、アクア・ナノマシンの製造プラントである、『アクア・クリスタル』と呼ばれる左右一対の状態で浮遊しているクリスタルのようなパーツがある。そこから水のヴェールを展開し、マントのように操縦者の体を包み込むことで射撃武器を無効化する能力を持つ。 
 そして、彼女の手には巨大な槍があった。
 その名を『蒼流旋(そうりゅうせん)』。
 表面に超高周波振動の水を螺旋状に纏っていて、先端部分がドリルのように回転し、内部には四連装ガトリング・ガンを内蔵している。近距離から中距離に対応する武装だ。

「会長!? なんで……これから任務なんじゃ……」

 一夏が驚きの声を上げると、

「いやぁ……ISの最終確認が終わったと思ったら、なんか面白いことやってるからさ。ISの調子を確認する為にそのまま劣勢の織斑先生の味方についちゃった」

 と楯無は軽い声で返し、言葉を続ける。

「さてと、その新フレームのテストでもしてるのかな。じゃあ、私もそれでお相手しよう。コンバット・モードに変更!」

 と楯無が宣言した瞬間、ISは一瞬で一夏たちと同じく、頭にはバイザーが。そして、フレームはスリムな形状へと変化した。

「……すみません、束さん。俺たちのISもあんな風に従来のものと、今のこの……『コンバット・モード』と呼ばれるやつに変更出来たりするんですか?」

 彼女は通信を使ってその疑問に答えた。

『うん、もちろん。暗部の仕事の時にはその形態、コンバット・モードの状態で任務をこなしてもらうから。機体情報の漏洩と個人の特定を防ぐためにIS自体からはジャミングがかかる様にしたしね』

 見た目に変化が起こるから、それを元々のISだとは思わないし、コア等の情報からそのISを調べようとしても、ジャミングがかかるから調べられない。一夏たちがこの暗部にかかわっていると分からなくするためだ。
 この『コンバット・モード』はギリギリまで装甲を薄くした事によってIS自体の軽量化をしたものだ。それによって燃費の向上とボディの小型化、より高速な戦闘と細かいトリッキーな動きが出来るようになっている。

「さぁ、話はそれぐらいにしていくよ!!」

 楯無は槍を片手に箒の下へと突っ込んだ。
 箒は剣を振るってビーム状の斬撃を生み出して楯無を攻撃するのだが、それは『アクア・クリスタル』が生み出す水のヴェールで防いだ。

「そんな真正面からの攻撃が当たるとでも?」

「ちぃ……!!」

 箒は一直線に突っ込んでくる楯無をその場から離れることで回避する。あの大型の槍が直撃すればひとたまりもない。

「ふふ……逃げなさい。とことんとね。攻撃を受けないことが生き残る為に必要な事だから」

 楯無は槍に付いている『四連装ガトリング・ガン』を逃げていく箒に向って放つ。無数の弾が彼女を襲うが、ここでの一夏の対応が早かった。
 すかさず一夏は楯無に接近して、攻撃を止めて回避行動を取らざるを得ない状態へと持ち込む。しかし、ここでもう一人の存在を忘れてはならなかった。
 そう、千冬の存在である。
 楯無が避けた時、一夏の目の前には剣を振ろうとしている千冬がいた。
 マズイ。
 一夏がそう思った矢先、箒の『雨月』から放たれたと思われる対単一用の極めて範囲の狭く、それでもって鋭いビームの刃が千冬を目掛けて飛んできた。
 千冬はそれを回避しようとするが、かすかにヒット。シールドエネルギーが少々減少した。

(当たった!? 箒の奴、私に攻撃を当てるとはな……。そこらの代表候補生より強いんじゃないか……?)

 千冬は驚いた。過去に日本代表の選手としてISを操っていた身であるし、戦闘スタイルからいっても、射撃系の攻撃に関しての回避行動については我ながら自信があったのだ。
 しかし、この箒の攻撃が当たったとは……。国の代表選手となってもおかしくない力を身に着けているのではないか、と思ってしまう。
 そう千冬が思っているのも束の間、楯無は箒のサポートを無くすべく攻撃を続けていた。
 千冬もその攻撃に参加しようと箒の下へと加速する。
 一対一を二か所で繰り広げるよりも、二体一を二回やった方が良いのは、基本中の基本である。まぁ、それも状況によってまた変わるのだが。

「千冬姉!? くそっ、待ちやがれぇ!」

 一夏は千冬の後ろを追う。このままだと、箒は二体一で袋叩きになってしまう。それだけは回避したかったのだ。
 箒は楯無の猛攻をなんとか凌いでいた。一対一だからなんとか凌いでいるものの、ここに千冬という存在が来てしまったらどうなるのか。
 流石に箒一人だけの力ではどうすることもできない。ここは一夏の力がどうしても必要だった。

「もらった!!」

 千冬はそう言いながら『雪片』を振りかかろうとする。


 その瞬間、楯無と千冬のISは吹き飛ばされ、シールドエネルギーが完全に失われていた。


 そこに立っていたのは、『零落白夜』を発動させている一夏であった。
箒はキョトンとした顔で一夏を見る。同様に、楯無と千冬もキョトンとした顔で一夏の事を見ていたのだが、束だけは違ったのだ。
 束は誇らしげな顔をしながらこちらを見ている。

「はい、練習終了。お疲れ様、皆!!」

 そう言ってから束はモニタルームからその姿を現した。
 ゆっくりと千冬の下へと歩いていく束。だが、誰一人としてそこから動く者はいなかった。否、動けなかった。いったい何が起こったのか、それを頭の中で整理するだけで精一杯だったのだ。

「あれ~、どうしたの皆? もしかして、一夏のスピードに驚いちゃったぁ?」

「おい……束。何を、いや、何が起こった?」

 千冬はゆっくりと言葉を出した。

「いや、何がって言われても……。一夏があのスピードを使ってケリを付けただけだよ。ねぇ一夏、君が望むスピードを与えたけど、どうかな?」

「ええ。ありがとうございます。申し分ないですよ」

 一夏は最初から知っていたのだ。詳しくは分からなくとも、超絶スピードを手に入れることを。何故なら、これだけのスピードを望んだのは一夏本人なのだから。
 春樹と並べるほどの、いや、春樹を超えられるだけのスピードを望んだ。それを束は実現させた。それだけの事である。
 しかし、そんな周りの人が分からなくなるほどのスピードを操れるのか、ということなのだが、それについては問題はなかった。
 彼は剣道をしているときに感じていたことがそのキーである。
 その感じていたこととは、時折ものがゆっくりに見える、ということである。
 これは、おそらく一夏が『因子の力』を持ったことによって生まれた力だろうと束は言っている。その力は『因子の力』を開放することによってその力は完全に開花したのだ。
 故に、これだけのスピードを自信を持って操ることが出来る、ということだ。

「待て一夏、じゃあ……お前は……」

「皆まで言うなよ箒。俺は自分で望んでこのスピードを手に入れた。シールドエネルギーを犠牲にしてな。でも、心配はいらないぜ。攻撃が当たるなんてことは絶対にしないからな。じゃあ、俺はシャワー浴びてくるから。また後でな」

 そう言って、一夏はその場を後にしてシャワールームへと向かった。
 その場に残される一同は、一夏の覚悟にただ息を飲むことしかできなかった。
 するとここで束は楯無を呼び出した。これは前もって予定されていた作戦を確認するためのものである。
 モニタリングルームに戻った楯無、束、千冬の三人。本日二本目の作戦の概要を千冬が説明している。

「じゃあ更識、連投ですまないのだが、これから――」

 その内容とは――。


  2


 シャルロット・デュノアはフランス行きの飛行機の中にいた。
 シャルルは代表候補生であり、デュノア社社長の娘、ということもあってかファーストクラスに乗っている。
 エコノミーの狭い空間と違って、とても広い空間でゆったりと出来るし、サービスの方もエコノミークラスとは格が違ったが、シャルロットはエコノミークラスというものを体験していなかった。日本に来る時もファーストクラスだったし、エコノミークラスの座席がどれだけ窮屈なものか、ということを理解していなかった。 
 さて、現在の時刻はちょうど一一時。フランスに着くまではまだ一二時間ほどある。
 ゆっくりと飛行機で過ごすシャルロット。しかし、彼女の内心は決してゆったりしたものではなく、不安で満ち溢れていた。
 それもこれも、自身がIS学園でやってきた事が父親の命令とはかけ離れたものであったからだ。一夏と春樹、そのISの調査をして来い、という命令を、自分が女の子だということがバレてからほとんど行っていなかった。
 分かっていることは、一夏と春樹のバックにはあの篠ノ之束がいる、ということだけだった。

「お客様、お飲み物はいかがでしょうか?」

 キャビンアテンダントの人が、シャルロットにそう尋ねる。

「えっと、紅茶を」

 キャビンアテンダントの女性は、かしこまりました、という言葉と同時にテキパキと紅茶を紙コップに注いで、シャルロットの座席のカップホルダーに置いた。
 何はともあれ、もうフランス行きの飛行機には乗ってしまっているのだ。これも自分が生きていくために必要な事であり、仕方がないと割り切るしかなかった。
 何とかして父親との面談等を乗り切ってIS学園に戻ることが出来れば、まだ再考の余地はある。
 とにかく頑張ろう、と思うシャルルは座席に設置してあるテレビをヘッドホンで聞きながら、落ち着いてフランスに着くまでの一二時間を過ごす――はずだった。


 飛行機に乗ってから、二時間ほど経ったその時だ。
 何やら前方で乗務員の方たちが少し忙しなくなっているのをシャルロットは感じていた。
 しかし、ファーストクラスの他の乗客はまるでこの飛行機の異変に気付いている様子は無かったのだ。
 それもそのはずで、乗務員が出来るだけ乗客に不審感を与えないように、と気を配っていたのだから当然だ。
 にも拘らず、現にシャルロットは気づいてしまっている。

(なんか……おかしい……。乗務員さんの様子も変だ……)

 シャルロットは耳にしていたヘッドホンを外しながら、

(どうしよう……。出来るなら、何ともない事であって欲しいけど……。ちょっと確認してみようかな、あまり目立たないように)

 シャルロットはそっとその場を立ち上がって前方の操縦室へと向かうと、その操縦室の手前の空間に、機長とキャビンアテンダントが数人立っていたのだ。
 そこにいたキャビンアテンダントとの方々と機長が、一気にシャルロットの方を見た。

「えっと……あの……どうかしたんですか? なんか、落ち着きが無かったようだから心配になったので……」

 キャビンアテンダントの方々と機長は一瞬、ヤバい、という顔をしたのをシャルロットは見逃さなかった。
 しかし、キャビンアテンダントと機長の人たちはすぐに営業的スマイルを浮かべ、機長が直々にシャルロットに向って英語でこう言った。

「申し訳ございませんお客様。しかしご安心を。お客様が心配になるような事は一切起きていません。今も正常にフライトを続けております。お客様は自分の席にお戻りになって、ゆったりとこのフライトをお楽しみください」

 テンプレートの様な対応。これもマニュアル通りなのだろうか。このような丁寧な対応をされてしまっては元の席に戻るしかなくなったシャルロットはそのまま自分の席へと戻っていった。 
 突然現れたお客に驚いてしまったキャビンアテンダントと機長。

「どうしましょう機長。この事態を悟った人物が少なからずいるようです」

「ああ、どうするか……。ちくしょう、この時代に飛行機のテロだと!? ふざけるな、これは何かの漫画か……?」

「機長、どうか落ち着いてください。テロリスト達の目的は、この飛行機に乗っているデュノア社の一人息子を差し出す事だそうです。恐らく、デュノア社に何かしらの圧力をかけたいのでしょう。ここまでするということは、何かしらの脱出方法もあるのかと……」

「あの物騒なインフィニット・ストラトス関連か!? ここ最近、そのインフィニット・ストラトスを使った大きな事件が立て続けに起こっている。これもその一つだっていうのか」

「おそらくは。……どうしましょうか、機長」

「どうするもこうするも、乗客員を危険に晒さないのが俺たちの仕事だろう。そのデュノア社の一人息子の顔写真は無いのか? この飛行機に乗っているのなら、顔を知っておきたい」

 キャビンアテンダントの一人が、乗客員名簿を持ってくると、ファーストクラスの欄を機長に見せる。名前、シャルル・デュノア。年齢一五歳。性別は男となっている。

「ご覧の通り、先ほどの乗客員の様です」

「男だと……? 待て、確かインフィニット・ストラトスというのは女性しか使うことが出来ないのではなかったのか!?」

 機長は驚きながらも、この事態に気づいているのが、テロリストの要求した人物であることに内心安心していた。これなら、なんとかパニックだけは回避できると。
 キャビンアテンダントの一人はちょっと困ったような顔をして、

「はい……、実はですね、今年の四月にISを使える男が二人現れ、それに次いでデュノア社の方もISを使える男を見つけた、という話が出たんです」

「なるほど……。それほどまでにレアな人材を人質に取れば……ということか」

「テロリストはインフィニット・ストラトスを所持している危険性もあります。ここは……」

 機長は頷いて帽子を外しながらこう言った。

「さっきのシャルル・デュノア様をこっちに連れてこい。他の客には不審がられないようにな」

 キャビンアテンダントの一人が頷き、小さなメモ用紙にシャルロット宛てのメッセージを書くと、飲み物のセットが置いてあるカートを乗客の方へと押し出した。
 キャビンアテンダントは、一人一人丁寧にいつもと変わらない様に飲み物を配布していく。
 そして、シャルロットの席に行き、

「お客様、お飲み物のおかわりはいかがですか?」

 と尋ねた。何も知らないシャルロットはおねがいします、と言って紙コップに紅茶が注がれていく。キャビンアテンダントがスッとポケットに手を突っ込んで、さっき書いた折り曲げられたメモ用紙を取り出す。それを紙コップと一緒にシャルロットに渡した。
 シャルロットはなんだろう、という表情を取る。そしてキャビンアテンダントは奥へと姿を消した。
 シャルロットは紅茶を一口飲んで、そのメモ用紙を広げた。
 そこには、こちらに来るようにという内容が書いてあった。

(なんだろう……。さっきのあの乗務員さんと機長さんの顔……只事でないような表情をしていた……。何か良くない事でも起きているのかな……?)

 シャルロットは不安になりながらもその席を立ち上がり、操縦室の方へと歩き出す。
 他のお客さんには絶対に変なことが起きている、と言うことをシャルロットも悟られないように細心の注意を払いながら操縦室の前までやってきた。
 シャルロットは先ほどと同じように英語での対応をした。

「あの……すみません。シャルル・デュノアですけども、何かご用でしょうか?」

 すると、機長がシャルロットの方に寄り、そして大事な話があるから、操縦室に入ることを要求した。
 操縦室に入ったシャルロット。初めて見る生の操縦室に少し感動を覚えた。
 シャルロットは機長の指示で少し広々とした操縦室のキャビンアテンダント用の椅子に腰を掛けて、お話を聞くことに。

「では、君がシャルル・デュノア君だね?」

「はい、そうですが……」

 シャルロットは世間一般的には男であり、シャルル・デュノアという名前で知られている。
 これもデュノア社の社長であり、シャルロットの義理の父親、セドリック・デュノアがISを使うことが出来る男、という風に宣伝を行った結果である。

「君をここに呼び出したのは他でもない。とにかく、驚かず、大声をあげないようにお願いしたい。まず、先ほど私が言った言葉を訂正することになってしまうのですが、現在この飛行機は危険な状態になってしまっている。……テロリストです」

 今の話を聞いたシャルロットは声をあげるとか、驚くとか、そんな反応を通り越して言葉を失ってしまった。たった今、機長が言った言葉をもう一度確認したくなる。今の言葉が聞き間違いではないのかどうか。

「すみません、今……テロリストって言いました……?」

「はい。そうです。先ほど、そのテロリストからの要求がありました。この飛行機に乗っているシャルル・デュノアの身柄を引き渡せ、とね」

 まさかとは思ったが、やはりそうだった。考えたくもない事が事実であった。
 では、自分に何が出来るか、それを考える。かの一夏や春樹ならこの状況をどう切り抜けるにはどういった行動を取るのだろうかと考える。
 今の自分にはISが手元にない。飛行機に乗る際に、別に預けてしまったのだ。この飛行機を降りて、空港で荷物を別に受け取るまで帰ってこない。だから、ISでの力尽くでの解決は不可能である。
 ここは詳しい話を機長に聞くのが、賢いやり方だろうとシャルロットは考えた。

「詳しい話を聞かせてください」

 機長は頷いて、

「わかりました。テロリストは今日の日本時間で午後一時頃、テロリストからの電子メッセージが送られてきました。内容は先程も話した通りです。テロリストの人数は不明で、恐らく現在も一般の客を装って席についているでしょう。要求を呑む場合は、テロリスト側に一度メッセージを送り、貨物室にシャルル・デュノアの身柄を持ってこい、という話になっています。タイムリミットはあと一時間。それまでに何とかしなければ、この飛行機ごと木端微塵にするという話です」

 木端微塵にする。ということは、テロリストは当然ながら、それほどまでのことが出来る兵器を持っている、ということになる。爆弾か、それとも……ISなのか。
 それはまだわからない。だが、この世界で一番強い兵器でもある、と呼ばれているISを所持していないと、これほどまで余裕を持ったことが出来ないだろう。恐らく、テロリストはISを所持していると考えるシャルロット。
 だが、それでは疑問が残ってしまう。ISを所持している……ということは、つまり企業や軍隊のそれ専門の部隊などであるということ。そうでないとISを所持できないはずだ。テロリストが手に入る訳がない。
 さらに、この自分を人質にすることで何のメリットが生まれるのか、恐らくは身代金の要求。または他企業の圧力か……。
 企業ならこんな大胆なことが出来るはずがない。いや、だからこそ大騒ぎにならないようにこのテロを行っているのか……。
 残り一時間でいったいどんなことが出来るのだろうか、何か良い案は無いのか、考える。
 自分のISは現在別途の輸送機で運ばれている最中だ。当然の如く、世界最強の兵器と言われているものを飛行機内に持ち込むことなど言語道断。ハサミ程度の刃物でさえ持ち込めないのに、そんな物を持ち込むなどまずありえないのだ。

「奴らがISを持っているのなら、もうどうしようもありません。僕のISは別の輸送機で運ばれていますから、こっちにはISと対等にやりあえる戦力もない。いや、こんな場所で戦闘なんてできませんよ」

「ですから、このことの解決方法としてどうするか、という話なんです。まさか貴方を差し出すなんてことはできませんし」

「とにかく、その貨物室の状況を見てきましょう。敵は今そこにいるのか、いたとしたら何人なのか、それを見定める必要があります」

「ですがよろしいのですか? 貴方をそんな場所へ……」

「大丈夫です。それが出来るのは僕ぐらいしかいないでしょうから。それに見てくるだけです。心配ありません」

 機長が渋々その案を承諾した後、シャルロットは機長に貨物室へと行くことが出来るルートを教えてもらった。機長の大きい図体がずかずかと客席を歩き、テロリストの前に現れるわけにはいかないからだ。だから、最悪の状況を考えてここからはシャルロット一人の仕事となる。
 シャルロットはファーストクラスの真下にある貨物室に行く為、操縦室の手前の専用の通路を通っていく。そこはとても狭く、人一人がギリギリ通れるものであった。シャルロットはゆっくりとその通路を通っていき、貨物室へと侵入すると、物凄い寒さがシャルロットを襲った。それもそのはずで温度調節機能がない貨物室の温度は零度前後まで下がる。とくに防寒していない彼女はその寒さを我慢しながらテロリストの顔だけでも見ようとした。
 そこには数人のテロリストが待ち受けていたのだ。普通にしてはやけに大きい貨物室であり、人が立てるほどの高さを持っている。
 そこには人影が三人。しっかりと防寒対策はしていて、分厚いコートなどを羽織っている。一人は金髪の女性、一人はロングヘアーの女性、もう一人は……物陰に隠れていて良く見えない。だが、三人いるということは確定した。
 そのまま気付かれないように上へと戻るシャルロット。

「見てきました。テロリストは三人でそのうち二人が女性であることを確認しました。残りの一人は良く見えず、性別は不明です。このことからISを持っている線が濃厚かと思います」

 機長は思わず舌打ちをしてしまった。そして手を顎に添えて考えるポーズを取る。既にテロリストは貨物室に居り、さらに女性でISを所持している可能性が出てきた。大人数で押しかけたところでIS相手では太刀打ちできない。一体どこから潜り込んだのだろうか。ISを持ったまま乗り込めるはずがない。おそらく直接貨物室に乗り込んだのだろう。

「どうするか……。相手はISの所持の可能性、そして相手は三人。もしかしたら更にいる可能性まで……」

 シャルロット達は考える。
 この絶望的な状況をひっくり返す、何か良い作戦は無いものかと……。


  ◆


 テロリストの一人、ふわりとしたロングヘアーが特徴の『オータム』と呼ばれる女性は、貨物室の床に座りながらある考え事をしていた。

(シャルル・デュノア、いや、シャルロット・デュノア……だな。残り二〇分……さて、いつ来るのか……?)

 そんなことを考えていた傍らには、二〇代前後で、グラマラスな体格。そして、金髪をなびかせる『スコール・ミューゼル』がいた。

「どうしました、オータム? そんなところに座って……いつ奴が来るかわからないのに……」

「いや、大した事でもない。シャルロット・デュノアはちゃんと来るのか……、ちょっと気になっていたんだよ。仮にも、奴はあの葵春樹の傍にいたんだ。何か仕掛けてくる可能性だって否めない」

「ですが、奴にはISがありません。どう考えたって、奴がISを持つ私たちを撃退するなんてことはありえない」

 スコールがそう言った瞬間、オータムは急に冷たい声で、

「なめるなよ、奴らを。あの葵春樹が代表候補生を引っ張り出してアイツらの……、『アベンジャー』が用意した『銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)』の撃墜作戦を行わせた。そして、それを見事成功させたんだ。それ程までの実力者なんだよ、今回のシャルロット・デュノアを含む日本のIS学園の代表候補生は」

 スコールは付け加えるように、

「そして……、その代表候補生達を育て上げたのが葵春樹だと?」

「おそらくな。詳しくは分からないが、葵春樹はIS学園に侵入し、代表候補生達を育て上げたと思われる。そうじゃなければ、今回の臨海学校で起きた事件を解決させるなんてことはまずありえないのだから」

 その『アベンジャー』と呼ばれる組織が用意した、あの『銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)』は軍事用ISである。つまり、所詮競技用に用意されたISを扱う代表候補生達の実力では、そのアドバンテージの差を埋めることはできない、ということだ。
 だというのに、その代表候補生達は見事『銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)』を撃退したという情報を知ったオータム達は大きく動き出したのである。

「本当にそうかな……」

 ここでやっともう一人の口が開いた。

「どういう意味だ、エム?」

 オータムはそこにいた『エム』という女性に言葉の意味を問うた。

「そのままの意味だ。それが本当にその代表候補生達だけで『銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)』を撃退したと思っている?」

 オータムとスコールは黙り込む。自分が思い違いをしていたのかもしれない、と思ってしまったからだ。
 エムはクールな表情で言葉を続ける。

「何故『束派』の存在を忘れている? 葵春樹がその作戦に参加していないからと言って、代表候補生だけで福音の撃墜作戦を行ったと何故断言できる? もし、現場に『束派』の戦力がもっといたとしたら……どうする?」

 オータムとスコールはこの話を聞いて、自分たちの考えが浅墓だということを思い知った。
 確かに代表候補生達は『銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)』の撃退作戦に参加した。だが、事実この作戦に一番大きく貢献したのは織斑一夏と篠ノ之箒である。
 代表候補生達は一夏のサポートに過ぎず、『銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)』を最終的に追い詰め、機能停止まで持って行ったのは一夏と箒に他ならなかった。
 だが、軍事用ISと戦って生き残った、という事実は変わりない。一夏と箒が『銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)』を倒すに至るまでには、代表候補生達の協力無しでは叶わなかったのだ。サポートだとしても、それほどまでの実力を持っているのは正解なのだが、代表候補生『だけ』で倒したわけではなかった。
 そこには『束派』が用意した『白式(びゃくしき)』と『紅椿(あかつばき)』があった。それが無ければ、あの作戦は成功しなかったであろう。
 オータム達は少々勘違いしていたのだ。
 彼女達は実際に現場でその戦闘を見たわけではない。
 そこには『束派』の織斑一夏と篠ノ之箒がいた。一番の戦力はその二人だということを、オータム達は気づいていなかったのだ。

「だったら、代表候補生らは……そこまで強くないとでも言うのか?」

 オータムはエムに対して、呆れ顔をしながら、

「ふん……誰が代表候補生が弱いと言った? 私はただ、『束派』の存在を忘れていないのか、と言っただけだ。『束派』はイギリス、中国、ドイツ、フランスの代表候補生をもその戦力にしているようなものなんだよ。アイツの組織の規模を見間違えるなと言っているんだ。それに……、『束派』が福音と戦ったという情報には、何かしらの裏がありそうだしな」

 オータムはその言葉を聞いて、これからどういった行動を取っていけばいいのか、それを考えていた。
 そもそもの彼女たちの目的は、世界の強力なISを奪うこと。それを根源に置き、今回のシャルロット・デュノアの専用機『ラファール・リヴァイヴ・カスタム』の強奪を成功させる。
 そして、エムの言っていた裏……何らかの自分たちが知らない情報についても検討しなくてはならない。

(この仕事が終わり次第、それについて調べる必要がありそうだな……)

 オータム達の仕事とはISを強奪すること。それによって世界的な兵器の独占を目的としている。つまり、オータム達の組織は、数に制限があるISを自分たちの物にすることによって、オータム達の組織は世界の脅威となり、文字通り世界征服と同じようなことをやってのけようとしているのだ。
 それが……。

「さて、そろそろ約束の時間になる。さあ、仕事だ。私たち『亡命企業(ファントム・タスク)』のな……」

 オータムはそう言うと、スコールとエムは自分のISを取り出す。いつでも装備できるように。
 タイムリミットまで残り十五分。
 彼女たち、『亡命企業(ファントムタスク)』の仕事が始まる。


  ◆


 シャルロット・デュノアはテロリストの要求を飲むかどうか、未だ迷っていた。さらに時間は刻一刻と迫っている。
 残り時間は一〇分。
 それに伴い、機長とシャルロットは焦りを見せ始めていた。段々と、この二人の判断力が鈍っていく。それは自分自身でも理解していた。
 度々話し合って、休憩、また更に話し合って、休憩。そんな事を繰り返しているのだが、話は一向に前に進まなかった。
 キャビンアテンダントの一人は張りつめていてもどうしようもないと判断したのか、この二人に冷たい飲み物をあげた。クールダウンして、冷静な行動を取って欲しいというキャビンアテンダントからのメッセージだ。
 ここでシャルロットは決断をした。それは、最終手段ともいえるものであった。

「もう時間がありません。貨物室に行くしかなさそうですね。乗客を助けるためにも」

「しかし、それでは貴方の身が……。代表候補生なのでしょう?」

「いいえ……大丈夫ですよ。皆さんの命を守る為です」

 テロリストの要求は自分自身の拘束だ。つまり、デュノア社に対し何かの取引材料にしようとしているのだろう。
 貨物室に下りれば、そのテロリスト三人が待ち構えているはずだ。そこで身柄を拘束される。するとテロリストが撮る行動はデュノア社への脅しだろう。
 一夏や春樹の情報をマトモに集めることもできず、人質に取られる。そんな事実を作ってしまったら、父親との縁は切れてしまうだろう。そうなってしまえは、シャルロットには頼りにするところがなくなってしまう。たかが一六歳の少女では一人で生きていくことは難しい。やはり、彼女は親を頼りにする他なかったのだ。

「残り……五分……。ちくしょうっ! 機長として情けない……」

 機長は申し訳なさそうに、だが、機長としての尊厳を保ちながら、言葉を続けた。

「こうなってしまった私どもを決して許さないで下さい。元々、私たちは乗客を守らなければならない立場……。まさか、人質を差し出す羽目になるとは……。面目ない……」

 機長はとても悔しそうに言った。
 だが、シャルロットは気にしていなかった。何故なら、ある意味チャンスなのかもしれないと思ったからだ。
 一夏たちがやっていること、そして、葵春樹という行方知らずになってしまったかけがえのない仲間の情報を上手くいけば聞き出せるかもしれない。
 しかし、それは後付けの理由でしかなく、本心としてはこんな自分が身を挺すことで、この飛行機に乗っている人たちが助かるのなら、喜んでこの身を捧げよう。ということなのだ。
 そんな希望を持ちつつ、シャルロットは機長に一言挨拶を交わすと、機長から渡された防寒着を羽織って貨物室へと降りた。
 シャルロットは貨物室へと着くと、目の前には三人の女性が居た。
 そこには信じられない人物がそこにいた。テロリストの三人の内の一人で、少し幼さが残るような容姿をしているものの、それはあの織斑千冬にそっくりであった。

(なんなの……この人たち……。それにあの子は……織斑先生……?)

 シャルロットは疑問に思っているところを、三人の内ふわりとしたロングヘアーの女性が軽快な声でこう言った。

「あら、ちゃんとやってきたのね。シャルロット・デュノアちゃん♪」

 シャルロットは驚愕した。何故、自分の本名を知っているのか、そして、名前のちゃん付け、つまり……目の前の女性はシャルロットを女性だと知っている……?

「なんで……僕の事を?」

 ロングヘアーの女性は不気味な笑い声を挙げると、段々と声色を変えていった。徐々にドスの利いた声へと変化していく……。

「おいおい、あんな無茶ともいえる誤魔化しが通用するとでも思ってんのかよ、かのデュノア社長はよォ……。あはははは、笑わせるねェ……。バッカじぇねえの。世間の馬鹿な奴らはお前の事を男だと思っているようだけどなァ。そんなもん隠し切れるわけねえだろ!」

 シャルロットは押し黙った。チャンスを見つけるために。
 奴らにISを装備させたらこちらの負けである。ISを身に着けていない今がISを奪い返すチャンスなのだが、あの三人の内誰が、何所に隠しているのかがわからない。そもそも、彼女たちはシャルロットのISを隠しているのか……それすらもわかっていない状況である。
 ここは少々話をして揺さぶりをかけてみる。

「ところで、僕を取り押さえてどうする気? デュノア社にでも脅しをかけるの?」

「お、察しがいいねェ。そうだ、そうだよ。お前を人質に取ってお前の父親の会社と取引をするのが私らの目的なんだよ。だからさァ……大人しく私たちに付いてきてくれない?」

 シャルロットはこのまま大人しく付いていく気は無かった。聞き出せるだけの事は聞き出す。

「じゃあ、僕の『ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡ』も既に君たちの手の中?」

「いーや、それは私たちの仕事じゃない。お前は黙って私たちに付いていくしかないの」

 それもそうだ。この三人に与えられた仕事はシャルロット・デュノアの身柄の拘束だ。それだけを考えて今は行動している。こうなれば、一対三のこの状況――しかもISを所持している――ではどうやっても勝ち目がない。

(どうする……? このまま終わるの? 何か……どうする、僕は何をすればいい!?)

 シャルロットはやはり予想通りの展開でしかなかった。助かったらいいな、と思っていたが、そんな簡単に世界はできていない。そんな都合の良い展開など、漫画や小説とかでないと起こらないのだ。
 たかが一六歳の少女が、今テロリストの前に居て、身柄を拘束されそうになっている。そんな彼女が抵抗したところでISを持っているであろう女性三人を相手にすることは流石に無謀であった。
 確かに、彼女は福音の撃墜作戦に参加した。だが、それはISがあったからの話。ISが無ければただの一六歳の少女でしかない。
 この世界に蔓延る男卑女尊の歪んだ認識。インフィニット・ストラトスが女性にしか使えないという事実が世界に広まってからというもの、徐々に男の立場が弱くなっていった。
 それは都市部によくある現状であり、あたかも女性は男性よりもはるかに強いという認識が根深く張り巡らされている為だ。
 だが、現実はどうであろう。
 この現状、シャルロット・デュノアは国家代表の候補生だ。ISの操縦は間違いなく上手いはずであるが……その彼女からISを取り上げたこの状況では、何もできなくなってしまっている。
 つまり、いくらインフィニット・ストラトスを扱える女性だからといって、それがイコール女性全体の強さではない。その方程式は成立しないのだ。
 それをシャルロットは強く痛感していた。いくらインフィニット・ストラトスを使えるからといって、いくら代表候補生だからといって、ISがなければただの女の子でしかない。一般人よりは鍛えているから、身体能力は一般人より良いかもしれないが、やはりそれど止まりだ。

「さあて、こちらにいらっしゃい」

 もう一人の金髪の女性は色気のある声でシャルロットに近づいていく。
 テロリスト達だって、身体能力が低いわけがない。むしろその逆だ。身体能力はシャルロット以上だろう。それが三人いるのだ。シャルロット一人が抵抗をしても何の意味もない。
 そう思ったシャルロットは目を閉じ、先ほどのここに来る前に考えたことを翻して助けを求める。人間、追い詰められた時が……一番生きたいと思うのだろうか。

(もう何でもいい。誰でもいい。この状況をひっくり返すチャンスさえ作ってもらえれば何でもいい。だから……)

 その瞬間、シャルロットの目の前に、何かが横切るのを感じた。
 何かが来た。
 それを感じ取って目を開けようとするが、それよりも先にロングヘアーの女性の言葉が貨物室に響き渡った。

「お前はァ……」

 シャルロットは目を開ける。そこには見知らぬ水色のISがあった。いや、これはいったいなんだろうか。随分とスリムで薄い装甲だ。これはISなのかと疑問に思ってしまう。
 しかし起こった。漫画や小説のような……そんな逆転劇が起こったのだ。
 シャルロットの目の前にいるISらしきものを装備している者は、なにやら仮面をしていた。
 それがどんな機能を持つものなのか分からないが、まず第一の目的として顔を隠すためにあるのだろう。あとは何かしらのサポートする機能があるに違いない。

「その特徴的なISは……。お前は束派だな……」

 ここでテロリストの一人で、織斑千冬に似ている少し幼さが残る少女が口を開いた。

「ここで話すことは何もないよ。ただ、ここでフランスの代表候補生さんを守って、あんたらを撤退させるのが私の任務だからね。じゃあ代表候補生さん、上で待っててね」

 水色のISを身に纏った女性は素早く貨物室のドアへと移動し、ドアを開けた。
 するとどうなるか、吸い込まれるようにしてテロリストたちは外へと投げ出されていく。
 シャルロットはとっさに上へとあがる梯子につかまり、外へ投げ出されぬように上へと登ったが、それからの事は分からない。
 機長が急いでシャルロットの下へと駆け寄り、大丈夫かと声をかけられた。そしてこう言ったのだ。

「おそらくこれで大丈夫だ。先ほど助けに入った人物は言わば警察みたいなもんだそうだ」

 警察みたいなもの……。それはいったい何なのかわからなかった。軍人にしては口調が軽かったし、声は機械のような感じがした。おそらくあの仮面には変声機能があったのだろう。
 そこまでして自分の身元を隠そうとするということは、何かしらの事情があるということだ。
 シャルロットは先ほどの会話を思い出した。
『束派だな……』
 というテロリストの言葉。それは……まさかとは思うが、『束』と言う言葉を聞くと一人の人物しか思い浮かばない。ISに深く関わっており、こういった暗部的な行動をしている人物。
 そう、篠ノ之束のことだ。
 シャルロットは何が何だかわからなかった。
 一夏と箒、そして春樹がその篠ノ之束と何らかの繋がりがあるのは確かなのだ。
 あの『銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)』の撃墜作戦においての一夏と春樹。あの二人とあと一人、篠ノ之箒にはなんらかの秘密があるはずなのだ。
 そして、先ほどの水色の奇妙なISを身に纏った人物……。

(……あのISは……まさか……)

 シャルロットの中であのISと一致した。スリムで装甲が薄いISは……春樹の『熾天使(セラフィム)』と一緒だと。

(まさか、春樹は……)

 シャルロットの予測は次々へと確信へと変わっていく。


  ◆


 水色のISの正体はもちろん更識楯無である。
 彼女は、というか『束派』はこのテロが起こる事を事前に知っていたのだ。
 その情報が事前に自分たちの下へと入っていた。楯無はシャルロット・デュノアが搭乗するする便に乗り込み、このテロリスト、『亡命企業(ファントム・タスク)』が動き出すのを待っていたのだ。彼女らの前にシャルロットが現れ、少し油断しているその瞬間を。
 オータム達は飛行機から外へと投げ出された。素早く楯無は貨物室のドアを閉め、これ以上の貨物室の荷物が飛び出すのを、『亡命企業(ファントム・タスク)』が飛行機に戻るのを防ぐために。
 落ちた荷物は『束派』の専門の班が回収を行う。貨物室で何かが起こった事を悟られないために回収した荷物はその専門の班が空港に届けに行く。
 そして戦闘班の一人である更識楯無が文字通り戦闘が必要になった場合、それを行う。
 オータム、スコール、エムはそれぞれ自分のISを装着する。
 オータムのISは背中に八本の足があり、エムのISはあのセシリアと同じくビット装備があり、バイザーをかぶっていた。そしてスコールのISは特に目立った装備こそないが、禍々しい雰囲気を醸し出していた。

「さて、『亡命企業(ファントム・タスク)』の皆さん、こっからいなくなって欲しいのだけれど……頼めるかな?」

「そんな要求呑めるわけねェだろうがよ!! こっちだって仕事でやってんだ。三対一のこの状況じゃァ、こっちの方が有利に決まってんだ。お前の方こそこっからいなくなってもらう」

 オータム、スコール、エムの三人は楯無を囲むようにして動き出す。
 確かに三対一のこの状況では、明らかに楯無の方が不利に見える。だが、それは操縦のテクニックで人数の差を埋めていた。
 さらにこの装甲の薄いISは操縦者が安全にISを動かすための装甲部分を取り外したものであり、このISは完全に戦闘の事だけを考えて作られたものである。したがって、戦闘に限りこのISは通常のISの性能を凌駕している。
 『亡命企業(ファントム・タスク)』の三人は一斉に楯無に対し発砲を行った。
 オータムの背中の八本の足から実弾を放ち、スコールはビームライフルで攻撃、エムは大型ビームライフルからの射撃を行った。
 だがしかし、三方向からの攻撃にも怯まずに楯無は攻撃を回避してまずは移動し、槍の武器である『蒼流旋』を片手にスコールに突撃した。
 そのスピードはとても速く、スコールでも反応するのに一苦労だった。
 スコールはそのISの特徴的な装備である金色の繭を展開して楯無の攻撃を防御、さらにオータムはそのISの捕獲用『エネルギー・ワイヤー』で楯無の事を拘束しようとしたのだが、その願いも叶わず、楯無はそのスピードを武器にそれを回避する。

「ちぃ、ちょこまかとウゼェ奴だなァ……!!」

 オータムは楯無のスピードを見て思わずそんな言葉を発言してしまった。
 そんな言葉を発しているのも束の間、槍に内蔵してあるガトリング砲をオータムに向けて発射したのである。
 無数の弾がオータムを襲うのだが、それはスコールの金色の繭で防がれる。どうやらスコールは他二人に対してサポートする立場のようだった。

「すまないな、スコール」

「いいえ、お礼には及びません、オータムさん」

 オータムとスコールがそんな軽い会話をしている最中、エムは『ビーム・ガトリング』とビットによるビーム攻撃を楯無に放っていた。弾幕のように放つビーム攻撃。しかし、楯無は慌てる様子など全くなく、冷静にその弾幕を回避していた。

「ちぃ、速い、速すぎる……。流石は篠ノ之束がチューンした機体と言ったところか」

 その異常な反応速度とIS自体の速度に翻弄されるエム。
 更に楯無は接近しながらガトリングでエムを攻撃するが、その隙を突くようにオータムとスコールは楯無にビームで砲撃する。がしかし、それは『アクア・クリスタル』によって作られた水のヴェールによって防がれる。
 楯無の移動しながらも正確な攻撃はエムにヒット。シールドエネルギーを奪っていく。

「ほらほら、そんな鈍い動きをしていたから当たるんだ!!」

 楯無は余裕の声、そして相手を煽る言葉をあげる。そして、『蒼流旋』の一突きがエムに入り、そしてガトリングガンの弾丸をお見舞いしてやった。

「なっ……。ふざけるなぁぁぁ!!」

 戦線を一時離脱するエム。だがそのすぐ後方にはオータムとスコールの姿があった。

「エムばっかりに気を取られてんじゃねえよォ!!」

 オータムの背中に装備されている八本の足が伸びていき、様々の方向から先端の鋭い爪で楯無本体……ではなく、水のヴェールを発生させる『アクア・クリスタル』を突き刺した。

「なっ!?」

 楯無は思わず声が漏れた。唯一の防御手段が失われてしまったのだ。後はISが元々持っているシールドエネルギーにしか防御に関しては頼ることが出来なくなった。

「お前の防御手段さえ無くしてしまえば――こっちのもんだァ!!」

 更にオータムの背中の足が楯無を襲う。が、このままやられる楯無ではなかった。
 たかが『アクア・クリスタル』という防御手段が破壊されただけで動揺し続ける彼女ではなかった。すぐに冷静な判断を下して、オータムの攻撃範囲外へと脱出。
 すぐに次の攻撃に移る用意を始める。
 『四連装ガトリングガン』でバックしながら弾丸を発射していく楯無。
(あのバイザーのISは落とした……あとは!!)
 残り二機を落とせば、あとはシャルロットを無事にデュノア社に届けるだけである。
 だが――。

「撤退しましょう。エムがああなってしまっては何をするかわかりません」

 と、スコールは突然そんな事を言い出した。

「ちぃ!! 行くぞ、スコール」

 オータムもそれに渋々同意し、そこから立ち去ってしまったのだ。

(エムがああなってしまったら……? どういうこと?)

 いったい何がどうなっているのか、それは現状では楯無には分かるはずがなかったのだ。情報があまりにも少なすぎる。
 分かっているのは、彼女たちは『亡命企業(ファントム・タスク)』のメンバーの一員だということと、その組織の目的が世界中のISだということぐらいである。それ以外に何が起こっているのか、それは現在調査中だ。
 サポート班が飛び散ってしまった荷物の回収が終わったことを確かめると、彼女たちはフランス、パリのシャルル・ド・ゴール国際空港へと向かった。荷物を届けるというのともう一つ。
 楯無にはもう一つ重要な任務が残っている。


  ◆


 フランスに到着するまでの一〇時間、何のアクシデントもなくフランスへと無事に着いた。
 おそらくはあの水色のISがテロリストの撃退に成功したのだろう。
 それからフランスの空港に着いたシャルロットは自分の荷物を無事に受けとった。
 あのとき、水色のISが貨物室のドアを開いたおかげで中の荷物のいくつかは外へと投げ出されていたのだが、しっかりとそのフォローが出来ているのかは分からない。
 だが、自分の荷物が無事に帰ってきてはいるし、しっかりと『ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡ』が自分の手元に戻ってきたということは、あの水色のISの人はしっかりとあのテロリストを行動不能にし、捕まえることに成功したのだろうと推測する。
 こうやって身の安全を改めて自覚することによって気付くことがある。あのような相手に生身で挑むだなんて、あのときは追い詰められていて判断がおかしかったのをいま冷静になって初めて気付く。
 しかししっかりと専用機が手元に帰ってきて本当に良かった。
 代表候補生等だけに渡されるISの専用機。それは莫大なコストをかけて開発しているものであるのだが、それを奪われたなんて事は冗談では済まされない事なのである。それほどまでのものが今しっかりと手元にある。
 これから彼女がしなくてはいけないのは警察による事情聴取などだ。あのテロの中にいた重要参考人である彼女はそれを受ける必要がある。
 シャルロットは警察とともにしかるべき場所へと向った。
 だがそれが終わって父の下へと行くのがとても怖くなった。本当にこのまま日本に戻りたいくらいなのだが、それでは何の解決にもならないし、デメリットばかりを生成する原因となる。
 ここは堂々と父親に今回のテロについても話さなくてはいけない。いや、この事情聴取にあの父親も来るだろう。シャルロットの保護者として。そうなったら、冷静に、何を言うべきなのかをしっかりと考え、そして父親に報告するしかなかった。

(こればっかりは仕方がない……しっかりと事実を伝えないと……)

 シャルロットはパトカーに乗り、そのまま警察の厄介になることになった。 


  3


 新型フレームのISを受け取ってから、一日が過ぎた。
 本日は千冬と束による実践を想定した対IS戦闘の仕方を一夏と箒は教わっていた。
 『コンバット・モード』。
 そんな戦闘の事しか考えていないISは、本来のISの姿ではない。こんなISは篠ノ之束が望むはずがなかった。彼女が望むのは宇宙開発の発展。そして何よりも大事なのが、家族とその周りの幸せだった。
 そう、『だった』。
 インフィニット・ストラトスは和訳すると、『無限の彼方』。元々、宇宙開発するために作られたものなのだから、この名前はとても合っている。
 しかし、その『コンバット・モード』は本来の意味をまるっきり無視していて、名前はただの飾りの状態だ。それすらもやらなくてはいけなくなったこの現状が、どれだけ酷い状況なのか、それが分かる。
 現在は二四日の昼。休憩タイムに入っており、一夏と箒は二人で組織の食堂を利用させてもらい、ちょっと早めの昼食を取っていた。
 二人は少し速いペースで昼食を取っている。何が起こるかわからないこの世界で生きる二人にとって、食事は早く済ますことは日常化しつつあった。

「一夏、ちょっといいか?」

「なんだ、箒?」

「いや、ずっと聞きたかったのだがな……。一夏は何故あのスピードを欲するんだ?」

 一夏は少し深刻そうな顔をしながら、

「なんて言うかさ、俺はいつか春樹と戦う時になったときにさ、アイツに追いつきたいんだよ。アイツが持っているスピードにはここまでしないと追いつけない。だから……俺はアイツを追い越す為にあのスピードを手に入れたんだ」

 少し箒には理解できなかった。何故ここまでして一夏は春樹を超えたがるのか、何故二人は戦うのか、まったく理由(わけ)がわからない。

「お前は……春樹と戦って勝ちたいのか? 何故そこまでして……」

「そんなの当たり前だろ?」

 一夏は真剣な眼差しで箒を見つめながら、一呼吸おいて言葉を放った。

「意地があるんだよ、男の子にはな。超えたい壁があるなら、それをよじ登るだけだ」

 それを聞いたとしても箒は分からなかった。しかし、何か納得してしまう部分もあった。おそらくそれは男の性(さが)なのだろうと、彼女は思った。
 昼食を食べ終わった二人はお金を支払って、モニタリングルームへと戻ると、そこには束と千冬、そして楯無というメインメンバーが勢ぞろいしていた。

「おっと、お昼ご飯から帰ってきたようだね。二人にお知らせがあるんだ。二人の初仕事がね、ようやくやってきたんだよ!」

 一夏と箒の二人は拳を力強く握った。
 千冬はモニタの前に立ち、

「作戦内容は私の方から話す――」

 二人はそれから千冬の作戦内容をしっかりと頭の中へと叩き込むようにして聞いていた。
 作戦内容はこうだ。
 作戦開始時間は本日の午後九時〇〇分。更識楯無、織斑一夏、篠ノ之箒の三名は、都内に存在する違法にISのコアを所持、及び違法な装備を生産している研究所を襲撃する。そこから回収班はISのコアを全て回収し、取れるだけの違法装備、及びデータも回収する。残った違法装備及び研究設備を破壊した後、そこから脱出。
 後始末は国際IS委員会の方でやってくれるそうだ。
 だから戦闘要員である更識楯無、織斑一夏、篠ノ之箒の三名はとりあえず暴れて研究所を撹乱し、回収班の仕事さえ終わればあとは好きに暴れて良い、ということだった。
 特に強敵も存在しない簡単なお仕事だから、初任務としては最適だということを束と千冬から言われた一夏と箒の二人は少し安心した。
 そんな二人の様子を見た楯無は喝を入れる。

「簡単な仕事だからって、安心したらダメだからね。仕事の現場では何が起こるかわからない。今のところは強力な専用機を所持しているという情報は無いけれども、もしかしたら……そんな強力な専用機があって、更に凄腕の操縦者がいるかもしれないよね。常に最悪の状況を考えながら行動しないと、大変な目に合うのは私たち。そのことをしっかりと覚えていてね」

 その話に便乗して千冬も一夏と箒に喝を入れた。

「そうだな、更識の言う通りだ。まぁ、しっかりとこの世界の先輩と共に行動して学んで来い。いいな?」

 一夏と箒の二人は真っ直ぐに千冬の方を見つめて、

「「はい!!」」

 と大きな声で返事をした。
 作戦開始まであと残り九時間ほどある。
 各々は作戦へ向けて、自分のISや作戦内容を確認したりする時間になる。


  ◆


 まずは楯無だ。
 彼女はISの整備をする場所へと来ていた。何故なら、昨日の『亡命企業(ファントム・タスク)』との戦いで『アクア・クリスタル』という水のヴェールを展開して防御する装備が破壊されてしまったからだ。
 それを昨日、整備班の人たちに修理を頼んでおいたのだ。
 ISの整備士をしているのは、おじさんや若いおにいちゃん、中には女性の人もいる。『束派』は男卑女尊という概念は存在していない。ここにいるのはその腕を認められた人物かつ自らが望んでここにいる者たちだ。

「楯無ちゃん、どうしたんだい? 」

 整備士のおじさんは整備室に入ってきた楯無を見て声をかけた。

「私のISを取りに来たのだけれど、出来てます?」

「ああ、そうだそうだ。ちゃんとできてるよ。でも、珍しいよなぁ、楯無ちゃんがこんな」

 整備士のおじさんは『霧纏の淑女(ミステリアス・レディ)』を手渡す。

「ま、こんなこともありますよ。私はそこまで完璧じゃないんで。春樹と違ってね……」

 楯無は少し俯いて顔を伏せた。それが何を意味するのかは、整備士のおじさんでもわかった。いや、嫌でもわかってしまうことだった。

「春樹の野郎、何所にいるんだろうな……。あの完璧に仕事をこなしていた奴が、こんな……行方不明になるだなんてな。帰ってきたら、アイツのISは俺が直してやらないと」

「そうですね……。じゃあ、私はこれで……」

 楯無はISを受け取ると整備室を立ち去った。
 彼女がこれから向かうのは仮眠室。
 作戦終了からほとんど寝ていないのだ。流石にこのまま作戦に赴くわけにはいかないので、少しでもいいから寝たかった。
 仮眠室に着くと、楯無は着ているスーツを脱ぎ、ラフな格好に着替えると、ベッドに倒れ込むようにして横になった。彼女は目を閉じて眠ろうとするが……。

「眠れない……」

 彼女はなかなか寝付けなかった。疲れは確かに溜まっているはずなのだ。それなのに眠りにつくことができなかった。

(はぁ……。あのときの私は……どんな気持ちだったのかな……。ねえ、春樹、どこに行っちゃったの?)

 春樹と楯無はとてつもなく強いコンビだった。暗部世界において、この二人が攻めて来たら、悪魔が来た、とまで言われていたものだった。
 その『悪魔』というのは些か恥ずかしいものだが、それほどまでに恐れられる程鬼強かったのは確かだった。
 その強さの秘密は葵春樹自身にあったのだ。彼には人間を超えた何かがあるのを一緒に仕事をしていた楯無、及び篠ノ之束も感じていた。
 それは『因子の力』だと束は言っていた。
 様々な検証から、その『因子の力』とはISとのシンクロ率が上がるという効果や身体能力の向上など、そういった力だと篠ノ之束は説明していた。
 楯無にはこの力がないが、一夏と箒にはこの力があると束から聞いていた楯無はその二人の本気がどれだけのものか楽しみでしょうがなかった。春樹ほどの力を有しているのか、それとも劣っているのか、今までのISの戦闘練習だけでは見られない、本当の本気というものを知りたかった。
 それに束は以前、楯無にこう聞いたことがあった。

 ――ねえ、楯無ちゃん。君はISの声を聞いたことがある?

 それが何を示しているのか、それは今になって分かったことだ。おそらく、その『因子の力』を有している人はISの声を聞くことが出来るのだ。
 最初、楯無はそう聞かれてISの声を馬鹿正直に聞こうとした。だが、何も聞こえなかった。何がいけないのか、自分には無理なのか、そもそも束が言っていることは冗談でしかないのか、当時は随分と悩んだもんだ。
 自分には『因子の力』というものは存在しないとわかった。だから、私はISの声を聞くことが出来ないのだ。
 だが、一夏と箒はその『因子の力』を有している。ということはISの声を聞けるのだ。
 いったいどんな声を聞いたのだろうか。
 ISのコアには人間と同じで意識というものがあると、一年生の初めの頃に習ったことだ。それはIS学園に通っていれば当然最初に習うことだから常識ともいえる知識だ。
 だが、実際にその意識というものを感じた人は見たことがなかった。今は春樹は居ないのだが、一夏と箒というその力を持っている人物がいる。
 その二人にISの声というものはどういったものなのか、いつか聞こうと思った楯無であった。

(織斑一夏と篠ノ之箒……か……。あの二人が『因子の力』を行使すれば……私なんかよりずっと強い存在になるのかな。それに、本来の実力も私を追い越すほどになるのかな……?)

 春樹と束の二人が組織を立ち上げるときに、まず頼ったのは楯無の父である更識信鳴の会社だ。束がISを開発するための資金を授けたのがその信鳴であるし、見事ISの開発は成功して、世界的にも本来の使い方ではないが、とてつもなく普及した。
 それにともない、『更識クリエイティブ』もISの産業に手を出して見事成功し、世界的にも有名な一流企業となることになった。
 自分の会社をここまで成長させてくれた束の願いを断れるはずもなく、束を匿うことになった。そのとき一緒にいたのが葵春樹であった。
 束はそのときから組織作りに専念していた。
 楯無は進路について悩んでいたその時のこと。彼女は自分の会社にやってきた女性を覚えていた。もう六年ぐらい前に自分たちの前に現れたのだが、それは篠ノ之束、その人だった。
 彼女はこの会社に来た束に向ってこう言った。

 ――あの……あなたは……ISを作った人ですよね?

 そう言うと、そうだよ、と笑顔で答えてくれた。そして、ISに興味があるの? と聞かれたので、はい……少し……、と答えると、乗ってみる? と聞いてくれた。
 楯無はそのとき、建造中だった地下施設の中の完成された一部に行ってISに乗ると、言われた通りに動かしてみた。するとどうだろうか、彼女はまるで手足のようにISを動かしたのだ。
 束が指示していたのは、ISの簡易適性試験と同じ内容だった。その時にたたき出したランクはAだった。このランクは『C、B、A、A+、S』の五段階評価の中のAランクということだ。
 初めての操縦でここまでの数値をたたき出すのはとても珍しい事だった。
 そのときに束から、進路に迷っているならIS学園というところに行ってみたら? という話が出たのだ。
 束は信鳴を呼び出してこのISの適性の話を含めて話すと、信鳴は心底喜んでいた。
 それが本当なら、ぜひ娘にはIS学園に赴き、そして自分の会社が作ったISのテスターとして働いてもらいたいという話だった。
 楯無自身も自分の父親の力になりたいという気持ちがあったので、快く父親の願いを受けとった。
 それが決まった時からだろうか、葵春樹という人物と深く関係を持つことになったのは。
 その時の彼女は春樹にすごく興味があった。女性しか動かせないと聞いたISを男である春樹が動かせるという事実を目の前で見せられたからだ。
 次第に仲良くなっていく二人。
 だが、束が作る組織の一員だということを忘れてはいけなかった。彼がこのことに関わっているということは口外してはならないというほどだ。きっとなにかしら深い事情があるのだろうと、楯無はそれ以上聞き出すことは無かった。
 だが、隠し事はあれど仲良くなったのは事実であり、楯無がIS学園に入学するまではよく一緒にISを操縦する練習をしていた。
 一年後、楯無がIS学園の一年生になった頃、『更識クリエイティブ』に脅迫状が届いたのだ。
 それこそ、様々な企業のISを狙う『亡命企業(ファントム・タスク)』のものだった。
 その脅迫状が届いてから数日後、ついに『更識クリエイティブ』は『亡命企業(ファントム・タスク)』に襲われた。
 そのときに立ち上がったのが、束が作っていた組織だった。
 そして、その一員である葵春樹はISに乗り、顔を隠して『亡命企業(ファントム・タスク)』と戦った。
 そのときの春樹は異常な強さだった。普段の練習からは想像できないほどの強さを見せつけて『亡命企業(ファントム・タスク)』を撃退。難を逃れた。
 父親の会社が襲われたとき、楯無は何もできなかった。挙句の果てに、無理に突っ込んで人質になる始末。少しばかり学園の仲間よりISを上手く動かせるからって、天狗になっていたことを思い知った瞬間だった。
 だから、楯無は決意した。
 自分も束の組織に入って強くなると。強くなって、父親の会社を守ると。
 最初は当然のように父親もこのことは反対していた。自分の可愛い娘を危険な事に巻き込むなんてことは普通しない。だけど、娘の気持ちが父親の気持ちを上回ったのか、組織に入ることを渋々承諾してくれた。
 そのとき信鳴は春樹に対して何かを話していたのだが、なんて言っていたのかそれは分からなかった。だが、そのとき春樹は「はい」と、力強い声でそう言ったのだけは聞こえた。
 そして彼女は強くなった。
 IS学園で最強を謳われる生徒会長にまで上り詰めたし、春樹と肩を並べて戦えるまでに成長はした。
 だが、彼を超えることは遠く及ばなかった。ただ、肩を並べて戦えるというレベルに達したに過ぎなかった。

(ねえ、今の私は……貴方にどれだけ近づいているかな?)

 そして楯無は目を瞑った。


  ◆


 篠ノ之箒は練習場でISを身に着けてじっとしていた。
 彼女は紅椿と会話をしているのだ。これから初めての任務に赴く。

「なあ、紅椿。私は……その……、強くなったかな……?」

 ――箒は強くなったよ。ISを動かすことだけじゃなくて、精神的にもね。

「そうか、私は強くなったんだな。一夏も……強くなったのかな?」

 ――うん、きっと。アイツの相棒は、いや、箒も一夏もとんでもない人なんだと思うんだ。

「とんでもない人……? それはどういう……」

 箒は紅椿にその言葉の真意を聞こうとしたのだが、それ以上何も言ってはくれなかった。
 いったいどういうことなのか、紅椿のこの反応には少し戸惑いの色を隠しきれない箒だが、心を通い合わせているだけあって、これ以上触れていい事ではない事だけは分かった。
 一夏も自分も関係のある事が何かある。それだけは分かった。そして、紅椿や白式は自分たちの何かしらの情報を持っていることは確かだ。
 しかし、それ以上は語ってくれない紅椿。
 でもそれでよかった。箒と紅椿の間に育まれた絆のようなものは確かなのだ。この絆を壊さないためにも、無理に聞き出すことでもない。
 所詮、自分一人では大した力は出すことは出来ない。ISという存在があるから、箒は、いや、箒だけではなく、世界のIS操縦者は力を手に入れることが出来たのだ。
 そのこと箒は十二分に理解している。力を貸してもらっているのはこちら側なのだということを。

「紅椿、いつも私に力を貸してくれてありがとう。そして、これからもよろしく頼む。これからは辛く、厳しい戦いが続くと思うが、私はお前を信頼しているからな」

 ――ありがとう、箒。でも、君が居るから、君だから、僕はこれだけの力を君に貸すことが出来るんだよ。

「私だから?」

 しかし、その言葉に対しては、うん、としか言葉を返してくれなかった。またもや紅椿は詳しい事を語ってはくれなかった。
いったい自分と一夏に何が起こっているのか、それは全く分からない。
 そんなことで悩んでいると、束がやってきた。

「どうしたの箒ちゃん。紅椿と話してるの?」

「ああ、姉さん。そうです、紅椿と話していたんですよ」

「ふーん、そうなんだ。ねぇ、紅椿ってどんな人?」

 束はものすごく興味があるようだ。それはそうだろう。ISのコアと話せるなど、普通の人には不可能な話であり、これができるのは一夏と箒のような特別な力を持った人間だけなのだから。

「えーとですね、紅椿はその……男で、とてもやさしいんですよ」

「お、男とな!? それは真かっ!!」

「え、ええ……そうです」

 すると束は紅椿を指さして勢い良くこう宣言した。

「紅椿ィ!! 箒ちゃんは一夏の物なんだからね! 奪おうだなんて思わないことだァ!!」

 いきなりのこの宣言に戸惑いを隠せない箒。一夏の物、という言葉に赤面しながらも、この姉のテンションにはどうもついていけないその妹であった。

「ね、姉さん……。あ、紅椿も困っていますよ」

「え……。私の声って聞こえてるの? 箒ちゃんみたいな能力だなんて持っていないのに」

「ええ、声だけは聞こえているみたいですよ」

 これは新たな発見だった。『因子の力』を持っていなくとも、ISのコアは外からの声を聞くことが出来るそうだ。それは、コアの声を聞くには『因子の力』が必要なだけで、一方的にとはいえ会話は可能だということを示していた。
 これなら、箒や一夏を通してISのコアがいま何を望んでいるのかを聞き出せるかもしれないという、新たな可能性を生み出した。
 そして、ISのコアというオーパーツの解読をも可能にするかもしれない。
 束は心を躍らせた。それは科学者としての本能なのかもしれない。

「こうしてはいられない。箒ちゃん、紅椿と会話の仲介役をしてくれる?」

「え、ああ。いいですけど」

「よっしゃ!!」

 束は思わずガッツポーズをしてしまう。

「では、最初の質問。君たちコアの正体は何?」

 そう質問をする束だが、いっこうに箒から返答が来ない。どうしたのだろうか、そう思った束は箒にどうしたのか確認を取った。
 すると箒は、

「姉さん、紅椿は黙秘を続けています。もしかしたらこの話題はNGなのかもしれない」

「そっか……残念だな。やっぱり、君たちは良くわからない存在だ」

 束は少し落ち込んでしまうが、すぐにこのことは割り切った。
 そんな束を見た箒はいったい何の話をしているのか気になったのだ。
 一般的にISのコアはブラックボックスになっていて詳しい事はまったく分かっていない状態だ。だが、ただ一つ分かっていることがある。それはISが動くためには必要不可欠な存在だということだけ。それ以外は何もわかっていない。
 だが、いま束が紅椿に語りかけた言葉はまるで、束自身もISのコアというものが分かっていないような口ぶりだった。いや、ような、ではない。わかっていないのだ。
 そこから導き出せることはただ一つ。
 ISのコアは篠ノ之束が作ったものではない、ということ。

「姉さん、ISのコアというものは、いったいなんなんです?」

 箒は単刀直入に、ゆっくりと知りたいことを束に問うた。すると、束はこう返したのだ。

「そのことは私なんかより、箒ちゃんや一夏、春樹の方がよっぽど分かっていることなんじゃないかな?」

 そう言って束はその場から立ち去ってしまった。
 箒は姉を引き留めようとしたが、引き留めるための言葉が出てこなかった。ここでなんて言葉を出せばいいのか、まったく見当がつかなかったからだ。
 一人になってしまった箒は、今の束の言葉を再び頭の中で再生した。

(姉さんより、私や一夏、春樹の方がよっぽど分かっているだって? どういうことだ?)

 意味が分からなかった。何故なら、束こそがISの何から何までを知っていると思っていたからだ。だが、現実は違った。あの束でさえISについて分からないことがあったのだ。
 それこそ、ISの中で一番重要な存在であるISのコアの事であった。
 箒は色々と考えてこうまとめた。
 コアという存在はいったいなんなのか、それを知るのはISのコア自身であり、それと会話することが出来るのは特別な力を持った自分たちなのだ。したがって、真実を聞き出すことのできるのは『因子の力』という力を持つ者だけだということ。

(だから姉さんはあんなことを言ったのか……。だけど、それは見当違いですよ姉さん。私だって、紅椿の事を全然知らないのですから)

 その後、何度か紅椿に質問を重ねた箒だったが、コアの存在自体に関わる内容は一切話してはくれなかった。それはどのコアと会話しても同じだろう。おそらくコアの意識というものが、自動的に自身の詳細を話すことを拒むようになっているのだろう。
 それがたとえ、意識を共有できる相手であってもだ。

「そうか……、わかったよ紅椿。お前たちの存在を探るのはよそう。今は目の前の事だけを考えようか」

 すると、紅椿は箒の言葉に答えてくれた。

  ◆

 織斑一夏も同じく白式と話をしていた。
 話していた内容は箒と全く同じであった。ISのコアの正体の事。だが、一夏の白式も箒の紅椿と同じく、その正体に迫る質問に対しては全く答えてくれる気配がない。黙秘を続けるだけ。
 ただ、一夏の下には束が現れなかったため、彼は束に聞けば何かわかるかもしれないと踏んでいた。

「白式……お前は……。ま、いっか。今はこの後の作戦の事を考えなくちゃだな」

 ――ゴメンね一夏。でも、気を悪くしちゃヤだよ?

「気にすんなって、誰にだって言えないことぐらいあるさ」

 ――ありがとう一夏。君は本当に優しい人だね。

「優しい人……か。そう……だな……」

 一夏にとって、優しい人だと言われることに少々コンプレックスを持っていたりする。それは、その優しさが他人に迷惑をかけたことがあるからだ。
 あの箒と二人で出撃した『銀の福音撃墜作戦』のとき、目の前に現れた密漁船を助けてしまった結果、箒に大きな怪我を負わせてしまった。
 ときには非情にならなくてはいけないときがある。
 物事には優先順位というものがあり、それにしたがって行動しなくては、後に大変なことになるときもある。
 それをあのとき一夏は見誤った。その結果がこれだ。
 それを自分自身でこう判断したのだ。自分は優しい人物であるが故に物事の選択に甘さが出てきてしまう。どうしても全員が幸せになる選択をしてしまう。それが今の自分に不可能だと分かりきっていてもだ。
 自分でこう言ってしまうのもなんだが、それを自分で自覚したのだ。自分の悪いところを、自分で直すために。

「俺は、優しいんじゃない。甘いんだよ……」

 一夏はそう言うと、後ろから声が聞こえた、

「そうだな一夏。確かにお前は甘い奴だ」

 その声の主は織斑千冬だった。
 俯く一夏。そして千冬は言葉を続ける。

「でもな、お前はまったく成長していない訳ではないだろう? お前は少しずつでも精神的にも肉体的にも成長しているのは確かだ。そう、IS学園で最初の日を思い出してみろ。一夏、お前は私に怒られたよな? そのときの内容を覚えているか?」

「必読となっていた参考書を読んでいなくて、内容も全く分からなくて、千冬姉に頭ぶん殴られました……」

「そうだ。IS学園に入学したばかりの頃のお前は、突然の出来事にどうして良いのか分からず、現実逃避でもしてしまったのだろう。その結果、そんな失態をしてしまった。その後も様々な事件が起こり、お前は自分の無力さに気づいた。そしてお前は努力したはずだ。だから今のお前がある。違うか?」

 一夏は姉からそう言われ、今までの自分を思い返してみた。初心に帰る、というものとても重要なことだから。
 彼は春樹と共に試験会場を彷徨っていた。それは故意に春樹がISの試験会場に誘導したのだと、後に知ったのだが……。ともあれ、ISが動かせることが分かり、日本IS操縦者育成特殊国立高等学校、通称IS学園に入学することになった。
 彼はあまりの突然の事態に混乱してしまっていたことを覚えている。いつも通りだが、春樹がとても冷静にしていたため、それにイラついてしまったこともあった。
 春樹が落ち着け、と咎めても一夏は聞く耳を持たなかった。
 実技試験が行われる日も、春樹によって強制的に連れてこられた。もちろん、一夏にはこの事が気に食わなかったため、ISを装着しても動かす気は全くなかった。
 しかし、何故かは分からないが、試験官の人は自分ひとりで勝手に壁に突っ込んで戦闘不能になった。一夏は図らずしてその実技試験で試験官を倒した一人となった。
 そんな試験があったのは二月下旬で入学は四月。その一ヶ月と少しの間、一夏は現実逃避に走った。
 彼が何故こんなにも現実逃避をしてしまったのか、それは一夏自身がISと関わるのは嫌だったからだ。
 過去に姉が出場したISの世界大会の応援に行ったとき、一夏は誘拐された。それが原因でISの事を忘れるようにした。自分がISと関われば、良くない事が起きるのではないか、と悟ったからだ。
 だから、一夏はこの事実を否定した。
 だが。
 それを春樹は許さなかった。
 今では彼がどういう意図で一夏を引き留めたのかが分かる。
 一夏には特別な力があり、それはISに関係することだった。どうにも悲惨な現実ではあるのだが、春樹が今この現状を予想できていたのなら、どうにかしてでもISを前向きに捉えて、気分良くIS学園に入学してもらわなければならなかったはずだ。
 だから春樹は一生懸命、一夏を説得し続けたが、入学二日前になっても一向に一夏は現実と向き合おうとはしなかった。
 そんな一夏の心を動かしたのはこんな春樹の言葉だった。

 ――そうだ。IS学園には箒が来るらしいぞ。覚えているか、あの篠ノ之箒だよ。アイツもきっとお前が入学してくると聞いて驚きながらも楽しみにしてるはずだ。だけど、今のお前を見たら箒はなんて思うかな……。ま、何がどうあれお前と俺はIS学園に入学する。これは決定事項だ。今の自分を見直して、どうすれば良いのか考えるんだな。

 篠ノ之箒、その名前が改心する一番のキッカケになった。
 小さい頃から仲が良くて、よく一緒に遊んで、一緒に誕生日を祝ったり、クリスマスを楽しんだり、そんな、かけがえのない思い出がたくさんある人物。それが篠ノ之箒だった。
 一夏は記憶に残っている思い出を出来る限り思い出し、そして彼はこう思った。
 今でも俺がプレゼントしたリボンは使っていてくれているのかな、と。
 でも、もうそれは六年前のことだし、まさか今でも自分がプレゼントしたリボンを今でも使っていてくれているだなんて思わなかった。ちょっと期待してはいたのだが。
 それからまる一日かけて、一夏は悩み続けた。
 悩んで悩んで悩んで悩んで、考え続けた結果、一夏は自分の部屋から飛び出し、春樹に向ってこう言った。

 ――春樹。俺は決めた。行こう、IS学園へ!

 その時の一夏は、幼馴染に男として情けないところを見られたくない、という気持ちでいっぱいだった。やはり、男は女にカッコいいところを見られたいものだ。それも親しい関係だとなおさら。
 一夏の考えは至ってシンプルで、それだけだった。他には何も考えない。現実を見て、自分を立て直さないと駄目になると思ったから、そんな事でも十分な程に大きな行動理由となった。
 そして一夏はIS学園の門へと向かう。
 一夏にとって、篠ノ之箒が一緒のクラスというのに驚いたのだが、それよりも驚くことがあった。それは、箒が自分がプレゼントしたリボンらしきものを使っていたことだった。
 もしかしたら、自分がプレゼントした物と違う物なのかもしれない。だけど、そんな彼女を見て少し安心していた。何も変わってないと思ったから。
 そんな事を考えながらIS学園の日常を楽しむことにした。
 そう、楽しむことにしたのだ。だけどどうだろうか、IS学園では次々と事件が起こった。それもイベントになると必ずと言ってもいいほど。
 まず最初に起こった事件は、一年生のクラス代表によるデザート食べ放題のチケットを懸けてのトーナメントの時だ。一夏と鈴音が勝負したときに現れたのは、全身が覆われているフルアーマーのIS。しかもそれは無人のISときた。それは春樹によって撃破された。
 次に起きたのは学年別トーナメントの時、篠ノ之箒とラウラ・ボーデヴィッヒが戦ったとき、ラウラのISである『シュヴァルツェア・レーゲン』には本来使用が禁止されているVTシステム――ヴァルキリー・トレース・システム――がプログラミングされていた。
 そのVTシステムというプログラムは、過去のIS世界大会、モンド・グロッソの優勝者の戦闘方法をデータ化し、そのまま再現・実行するシステムである。
 そのプログラムについてドイツは関与を否定しており、何故ラウラのISにVTシステムがプログラミングされていたかは不明である。
 次に起きた事件は、臨海学校に研修に行ったときに起こった。
 臨海学校の周辺を暴走したISが通過する危険性がある、といったことだった。このISはアメリカとイスラエルが共同で開発した軍用IS『銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)』の事だ。
 一夏と箒はこの時に束の組織に入る事を正式に決めた。
 失敗をしながらも、仲間と共に追い込んだ『銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)』は臨海学校の宿舎となっている旅館に向った。最初から目的は旅館にいる生徒だったのだ。
 一方、春樹は別の事件に巻き込まれていた。この詳細は一夏は知らない。一緒にいた束でさえ途中で気絶してしまって事の詳細を把握していない。ただ分かったことは、葵春樹はその事件で行方不明になったということ。
 そして、今に至る。
 考えてみれば、この四ヶ月間でとんでもないほどの経験を一夏はしている。
 その経験は決して無駄な事ではなかった。最初は目の前の現実を受けとめられなかった。だが、今では目の前で起こっている現実を受け止めて、それに立ち向かおうとしている。
 この変化は大したことではないかもしれない。でも、確かな成長であった。

(だから今のお前がある……か……)

 一夏は千冬と目を合わせ、

「そうだな……そうだよな千冬姉。俺のやっていることは無駄じゃねえよな」

「ふ……当たり前だ。お前のような年頃は成長を繰り返している真っ只中なんだ。逆に成長してないとなれば、それは困る。で、ところで一夏。今お前はISと会話していたのか?」

「ああ」

「気になるんだが、白式のコアはいったいどんな奴なんだ?」

 束だけでなく、千冬でさえもそういったことには興味深々だ。

「ああ、えっと、白式は女の子で……、ちょっと心配性だな」

「な……、女だと?」

 千冬は驚いた。何故ならISのコアに性別というものが存在していることを初めて知ったのだから。意識に似たものがあるというのは知っていたが、まさか人間と同じような存在であったのには驚かざるを得なかった。それに……。

 ――ふふ、ねえ一夏。私が一夏に会う前に何所にいたのか教えてあげようか。

「え……?」

 ――私はね、そこにいる織斑千冬のIS『暮桜』のコアだったんだよ。

「え、ええええええええええええええええええええええ!?」

「な、なんだ!? どうした一夏!」

 いきなりの叫び声に驚いてしまった千冬。
 一方、一夏もその事実に驚いていた。まさか、自分のISのコアが元々千冬のISのものだったなんて思いもしなかったからだ。
 でも、冷静に考えればその事実は納得がいく。何よりも重要な要因となるのは、白式が発現している単一能力仕様(ワンオフ・アビリティ)が『零落白夜』であるということ。これは千冬のISの単一能力仕様(ワンオフ・アビリティ)と全く同じであり、何故同じ力が発現したのか、それが不思議でたまらなかった。
 しかし、この事実でその謎が分かったのだ。同じコアを使用しているのだから、まったく同じ単一能力仕様(ワンオフ・アビリティ)が発現してもおかしくない。
 偶然にも、一夏と強く共鳴するコアが千冬のISに使っているコアだった。だからそのコアを一夏が使うことになる白式のコアにした。

「なあ、千冬姉の暮桜のコアって、変わったりした?」

「何故その事を――ああ、お前の白式が話したのか。その通りだ。私の暮桜は昔使っていたコアとは別物になっている。いきなり束に暮桜のコアを一夏のISのコアにするからよこせと言われてな。最初はなんで暮桜のコアにしなくてはいけないのか分からなかったが、私のISのコアをお前が使うことになると思うと、それも良いかな、と思って快くコアを渡したよ。でも、まさかこうなるとは思わなかったがな」

 千冬自身も一夏が自分の使っていたISのコアとの相性が抜群だったとは夢にも思わなかった。
 束が何故こんなにも暮桜のコアに執着するのか不思議でたまらなかったが、今なら理解できる。彼女はこの事を知っていたのだ。もしかしたら春樹も知っていたのかもしれない。

「じゃあ、今の千冬姉は零落白夜を使うことは出来ないのか?」

「いや、使えるよ。お前も学んだだろう。単一能力仕様(ワンオフ・アビリティ)の発現は二種類ある。人工的に発現させる場合と自然とコアが発現する場合がな。白式のコアになる前に零落白夜のデータを代わりのコアにコピーしたんだ。もし使えなかったら『銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)』を倒す事になった時に言っているはずだが?」

 ISのコアが発現させた単一能力仕様(ワンオフ・アビリティ)のデータをコピーし、違うコアにコピーすることは可能だが、その能力はオリジナルのコアの力と比べれば著しく低下してしまう。
 そんなデメリットがあるのだが、千冬も長く続けてきた戦闘スタイルを今頃変えるわけにもいかなかったので、零落白夜をコピーして受け継いだ。
 それが今の織斑千冬なのだ。

「そっか……。俺は千冬姉の力を受け継いだ……ってことになるんだな」

「あ、ああ。恥ずかしながらな」

 少し千冬は照れ気味だ。自分の大切な弟からそんな事をストレートに言われたことが恥ずかしかったのだ。何故さっきあんなことを言ってしまったのかと後悔してしまう。

「千冬姉から貰った、いや、千冬姉と束さん。それにこのコアから貰った力を大切に使わせてもらうよ」

 千冬は鼻で少し笑ったかと思うと、ああ、と呟いてその場から立ち去った。
 一夏は再び白式との会話を再開する。他愛もない話をしながら、コアとの信頼関係を深めつつ、作戦開始時間までの時間を過ごす。
 作戦開始まで、あと六時間。


  4

 作戦開始時間が迫る。束派の人々は着々と出撃準備を整えていた。
 戦闘班の織斑一夏、篠ノ之箒、更識楯無。
 他にも物資回収班など、バックアップする人たちが存在している。
 そして束派の一番大きなバックは国際IS委員会という存在だ。失敗さえしなければ怖いものは無い状態になっている。この状況を作ったのは何よりも篠ノ之束と葵春樹が懸命に動いてきたということが最大の要因だ。
 そんな中でいきなり動ける一夏と箒はある意味幸せなのかもしれない。
 都内の地下施設がその違法なISと武器を製造している場所となる。その地点へ車で移動している一夏たち三人。
 こういう仕事にもう慣れてしまっている楯無はある程度リラックスできているのだが、問題は一夏と箒だ。この二人は初出撃ということもあってガチガチに緊張してしまっている。
 先ほどまでISと会話したり、ご飯を食べたり、みんなと話したりしてリラックスしていたはずなのだが、作戦開始直後になってまた緊張しだしてしまった。

「ははは、あんまり緊張しないの。いや、ある程度の緊張は必要だけど、過度な緊張は作戦の失敗に繋がるからね。もうちょっと肩の力を抜いて……。そうだ、ガムでも噛んで落ち着きなよ。はい、一夏」

「あ、ありがとうございます」

 楯無が取り出したガムをひとつ頂こうとする一夏。板ガムに手を伸ばし、それを取ろうとした瞬間――バチン!! という音とともに一夏の指が挟まった。

「痛てえええ!? なんじゃこりゃあ!!」

「あははははははは!! 一夏ったらそんな古臭い悪戯に引っ掛かるなんてマジウケる。あははははは!!」

 隣でその一部始終を見ていた箒も思わず笑みが漏れてしまっているし、一夏もなんだかんだで笑ってしまった。先ほどまで言葉も出てこなくなるほど緊張してしまっていたのに、今ではこの様だ。

「ふふふ、よかった。君たちの笑顔が返ってきて。さっきまでの君たちの顔といったら、もう傑作。あー、写真撮っておくべきだったな。タイトルは緊張する学生たち」

 と、いい加減この会長のからかい様にムカついてきた二人はこう言った。

「「もうやめてくださいよ会長!!」」

 一語一句、さらにタイミングまで揃った二人。それに対しても楯無は二人をからかう。

「二人とも仲良いよね。いいなー、相性抜群だねぇこのお二人は。はぁー熱い熱い」

 恥ずかしがりながら何も言えなくなってしまう一夏と箒。ただ、この二人の緊張は少しばかりか解れていた。楯無のこのトークで気持ちが少し楽になっていた。
 このことをいま理解出来た一夏と箒。気が付けば、先ほどまで緊張してガチガチだった自分はもうここにはいない。
 適度に緊張がほぐれ、戦うことに向けて気持ちが楽になった自分がいる。流石は先輩更識楯無だろうか。いくつもの修羅場を潜り抜けてきた人物だろうから理解できる初陣のときの心情。
 春樹もそんなときがあったのだろうか、と考える一夏。
 すると、楯無が二人に声をかける。

「さて、目的地に着いたよ。作戦開始まであと二〇分。他の班も着々と準備をしているはずだから、私たちも早く」

「「わかりました」」

 二人は声を揃えて返事をした。三人は車から降り、目的地へ徒歩で向かう。
 人々、そして車が行き交う道なり。本当にこんなところに違法なISを製作する施設があるのだろうかと疑問に思ってしまう。
 何よりもここは東京、日本の首都である。そんなところで堂々とする方がおかしい。いや、灯台下暗し、という言葉があるように、こんなところでやるからこそ意味があるのではないのだろうか。
 不自然な様子にならないように、あくまで男子高校生と女子高校生として街中を歩いていく三人。ただし、何も考えないで歩いている訳ではなく、周りをきちんと見ながら歩いている。
 何者かにつけられてはいないのか、その施設の周辺を見回りしている人間がいるのかいないのか、道行く若者に交じって普通に歩いている様に見せながら着々と目的の施設に近づいている。
 ただ、少々問題があった。それは、後ろから誰かに監視されているということ。一直線に施設へと向かって行ったのがまずかったようだ。
 三人はアイコンタクトでそのことを確認し、楯無は一夏と箒に小声で命令を下す。

「(ねぇ、一夏、箒。あんたら目的地の地下歩道に入って恋人らしいことしてなさい。いいわね?)」

 一瞬、楯無が何を言っているのか理解できなかったが、冷静に考えれば彼女の意図を理解できた。目的地の地下歩道に入って恋人のやるようなことをやれば、誤魔化せるかもしれないと踏んだのだ。
 一夏と箒は他人には分からないほど小さく頷いて、恋人繋ぎで手を握る。そのまま自然に楯無とは別れて地下歩道へと入っていく。
 ある程度人目のつかないようなところまで来た二人は、お互い見つめあった。

「箒……。こんな形だけど……」

「何も言うな。どんな形だろうと、私は一夏のすべてを受け止める」

 顔を赤らめる箒。それを見た一夏は気持ちが高ぶった。あまりにも可愛すぎると思ったからだ。
 どちらからということもなく二人は唇を重ねた。最初はフレンチキス程度の軽いものだったが、次第にお互いは強く求めあっていく。
 だんだん激しく、舌を絡め合うようになる。体の温もりと、口に溢れる二人の唾液。それを二人は感じ、しっかりと味わうように堪能する。
 二人の吐息が段々と荒立たしくなっていき、気分が高まってきたのか、一夏の手はついに箒の胸元へと向った。
 最初は優しく、時に激しく。彼女の胸を弄る。
 箒も段々と興奮してきた。大好きな男性に、こんな屋外で体を弄られる。だがそれも興奮する要因となった。

「ちょっと~。作戦中なんですけど……」

 いきなり声を出したのは更識楯無だった。
 ハッと我に返った二人は顔を真っ赤にして顔を俯かせてしまう。

「いや、恋人らしいことをしろって言ったのは私だけどさ……。何もそこまでやれとは言ってないじゃない……。あんたらどんだけ溜まって……。もういい、これ以上は悲しくなるから言わない……。あ……写真を――」

「「撮るな!!」」

 二人は間髪入れずにツッコんだ。
 そんな事よりも確認しなくてはいけないことがある。一夏は楯無に確認した。

「跡をつけてきた奴はもう?」

「ああ……君たち二人を見て居なくなったよ。あんなもの見せられちゃあね、誰だってコソコソっと立ち去るよ……。って、君たちはそこまで読んで……」

 確かにそういうことを考えていなかったわけではないが、七割ほどはお互いに純粋に求めあっていたというのは隠しておくことにした。これ以上、楯無が自分たちをからかわないようにするために。

「ま、まぁ……」

「ふん……。ほんじゃまあ、気を取り直して行くよ」

 一夏と箒は楯無の指示に従って、地下歩道を歩いていく。
 更識の命令で、ISの機能である網膜投影で施設内の情報を確認していく。この情報は事前に潜入捜査の専門家がこの施設に侵入したときに手に入れた情報だ。これは作戦が始まる前に一夏たちに配布されたものであり、一応この中の情報は頭に叩きこんである。いま網膜投影で見ているのはあくまで確認の為だ。

「いいかい? 施設に入る前にこれに着替えて。この施設の研究員が着ている制服だよ。今着ている服はここに置いておいて大丈夫。回収してくれる人が来るから」

 と言って楯無が渡してきたのは少し地味な白衣とその中に着るこれといって特徴の無い黒い服だった。これも事前に潜入捜査を行った人物が回収したものだろう。
 三人はこの場で着替える。人目が付きにくい場所でこそできることだ。ただ、一夏にとって目を逸らすことを強要されたのは、箒も楯無もこの場で着替えるということ。ただ、二人はあまり気にしていないようだった。楯無はこういうことを何回かやってきたから、箒は元々一夏に見られたところでもはや関係ないからだろう。
 着替え終わった三人は、施設へとつながる隠し通路の下へと進んでいき、何の変哲もない壁の前に立った三人。そして後方から現れた物資回収班の人たち。いよいよ作戦が本格的に開始される。
 壁の一部に良く見ると僅かな隙間があった。それをドライバーでこじ開けると、ナンバー式のロック装置があった。楯無は事前に調べてあった番号を入力してその扉を開ける。

「じゃあ、皆。焦らずに、慎重に、そして速やかに行うよ!」

 網膜投影で映されたマップを頼りに三人は施設へと入っていった。回収班はここで待機。一夏たち三人が動き次第、回収班も行動を開始し、物資やデータを回収する作業に入る。
 三人は上手い具合に距離を取りつつ、お互いの視界に入るように施設内を歩いていく。なるべくこの場所の研究員と顔を合わせないようにして、予定の場所まで移動する。そこは、この施設の一番重要な場所。そう、この施設の武装を保管している場所である。
 目的地はすぐそこなので、楯無はとても小さな声で連絡を入れる。

「00から回収班へ。行動開始。01と02はそのまま私にこの距離を維持しつつ目的地に向かう」

 二人からの了解、という声と同時に警報が鳴りだした。回収班が正面から突入したからだ。
 ちなみに、00とは更識楯無を示し、01は織斑一夏を示す。そして02は篠ノ之箒を示す。これもこの三人の本名が流出しないようにするための物。その時によって偽名を使ったりするのだが、今回の場合、各人員にナンバーが渡され、それによってやり取りをする方式を取っている。
 一気に研究所は騒がしくなる。それと同時に一夏たち三人はISを装着した。顔にはあのバイザーも装着され、顔は完全に隠されている。これも身元がばれないようにする為。なんたってこの三人はまだ高校生だ。顔がばれたことによって、生活に支障が出る可能性がある。そうなれば、暗部での活動にも支障が出る可能性があるからだ。

「行くよ、01、02!!」

「「了解!!」」

 その言葉と同時に目の前にあるIS及びその他の武装を破壊する。一夏の斬撃と、箒の斬撃、そして楯無が放つガトリングガンによる弾の嵐。それらの攻撃によって倉庫内の武器は無残にも使用できるようなものではなくなっていた。
 施設内は大混乱だ。一夏たちがいきなりIS等を保管している倉庫に現れ、しかもその中の物を破壊しつくしたのだから。

「次、行くよ。離れないように!」

「「了解!!」」

 逃げ狂う力を持たない、いや、力を奪われた研究員たちは、さまざまな言葉が飛び交っていた。中には、どうしてこうなった、ここの施設はこんなにもザル警備なのかよ、という言葉もあるくらいだ。
 確かにこんなにもあっさり攻略できてしまうのは、警備の方が弱いせいだろう。ただ、この施設のカモフラージュはとても良くできていたことは認めらざるをえないようだ。この施設の足を発見するのにはだいぶ時間がかかってしまった。
 ただ、その足が掴めた時点でこっちの勝ちは確定したも同然なのかもしれない。何故なら、武力をほとんど持たない施設なのだから、施設の場所とその構造の情報がこちらに渡った時点で攻略はとても簡単だ。
 施設内の武力を持たない研究員は逃げ惑う。ここに残っているこの施設の関係者はおそらくISか何かの武力を持っていることになる。
 一夏たちの前にはISを装着した人物が現れた。そのISはどこの国の物なのかはわからない。ただはっきりしていることはこのISを行動不能にしなくてはいけないということ。
 目の前に現れたISは三機。これからまだまだ出てくる可能性がある。まだ数が少ないときに倒しておかないと後々厄介なことになる。

「何なんだ、お前たちは。何者だ。それに何だそのISは!?」

 ISを装着した一人がそう三人に問うた。

「答えると思っているのか、それに質問が多いぞ。01、ヤれ」

 楯無の命令に一夏は小さく頷くと、『零落白夜』を発動し、超絶スピードで敵ISに一気に接近。これこそ、一夏が防御力を捨ててまで手に入れたスピードと瞬間加速(イグニッション・ブースト)が織り成す言わば瞬間移動に近い現象。
 そんな一夏に敵勢力は動くことが出来なかった。気が付けば白いISが目の前にいて、気が付けばシールドエネルギーを失っていて、そして気が付けば水色のISが目の前にいて、トドメを刺すようにして腹部に槍が突き刺さっていた。
 目の前のIS操縦者は即死だった。目の前には残り二機。一夏は凄いスピードで次のISを斬ったと思うと、三機目のISを斬っていた。この間約五秒ほどしか経っていない。

(……人が、死んだ。俺は……、くそっ!! くそっ!! くそぉぉぉ!! わかってる。わかってるんだ。人を殺さなくちゃいけなくなることぐらい。分かってたんだ。今は会長が止めを刺してくれている。だけど、いずれは俺も……っ!!)

 一夏はいまにも泣きそうな顔をしていた。だが、その顔をバイザーに隠れて他の人には見えない。ただ、心が痛かった。人としてやってはいけないことをした罪悪感が彼の心を満たしていく。事実、殺したのは一夏ではないのに……だ。今は敵ISのシールドエネルギーを『零落白夜』の力で消失させるだけ。
 だが、人を殺める行為に加担しているという事実はどうしても拭いきれない事実。いずれは今の会長のポジションを自分がやることになるだろう、と想像する一夏は恐怖していた。人に直接手を下して人を殺すことに恐怖していたのだ。
 そのとき箒はその光景をただ見ていた。目の前の敵三人が死んでいく様を。楯無が突き刺した操縦者からは尋常ではない程の血が流れ出ていた。いや、流れる、というよりは、噴き出る、という表現の方が正しいのかもしれない。

「02、見ていたね。これが私たちの仕事。そう……悪党だよ、私たちはね。貴方もこの世界で生きていくことを決意したのだったら、さっきの一夏のようにヤるんだ。いいね?」

 一夏と楯無は次の目的地へと向かった。
 箒は理解できなかった。何故人が死んでいくのか、ということにではない。一夏が何故、躊躇なくこんなことが出来るのか、ということにだ。
 一夏と箒がこの世界に入ってきたのは全く同じタイミングだった。なのに、何故こんなにも決意の差が生まれてしまっているのか、それをすぐには理解できなかった。
 箒は思い出す。今日の昼ごろに一夏と話した内容を。彼はこう言っていた。春樹を超えるためにこのスピードを手に入れた。男の子には意地があり、目の前に壁があるならよじ登るだけだ、とも言っていたのを覚えている。

(駄目だ一夏。私にはお前のそういうところを理解できそうにない……)

 箒は少しばかり苦悩していた。
 一方一夏も、全く苦悩していないわけではなかった。
 それもそうだろう。たかが一六歳の男子高校生が人を殺めているのだ。平気なわけがない。寧ろ彼はこんなことは本当は嫌なのだ。人を殺めることなど、本当はあってはならないこと。だが、自分はこの選択肢を取ってしまった。こうなることを自分自身で決めたのだ。もう後には引けない。春樹との再会を望む彼にとって、これは必要な事だと割り切るしかなかった。
 そんな一夏の心情を悟ったのか、楯無は目的地に向かいながら、一夏に話しかける。

「01、君も辛いよね。何が簡単な仕事だってね、人を殺める必要性も出てくるというのに……。いいかい、この仕事をやっていれば、必ずと言ってもいいほど人を殺めなくてはいけない場面に直面する。だけど、絶対に人を殺すことに慣れてはいけない。こんなことを平気でやるようになったら、もう人間ではなくなっている。わかった?」

「……はい……!」

「さて、次に破壊するのはここ! 派手にやるよ!」

「了解!」

 次に破壊するのは、違法なIS用の武器を作っているプラントだ。ここには特に回収するものは無い。思いっきり使用不可能になるように破壊をするだけだ。

「こんな事をするだけなら……、楽なのにね……」

 そう束が呟くと、後方から敵の増援がやってきた。楯無は回収班の安否を確認し、そろそろ合流する必要があると判断。
 そうするには、まず目の前のISを蹴散らさなければならない。

「01、02、やれるね? 大丈夫、トドメは私がやってあげるから……」

 一夏は頷くと、目の前のISに接近する。
 この狭い空間にもかかわらず、混戦状態になっている。こんな場所でマシンガンやガトリングといった連射武器を放たれたら逃げる場所もなかった。
 だから、目の前の銃系の武器を持っているISをまず狙った。まずは一機目。『零落白夜』の攻撃によって強制的に絶対防御の機能を発動させてシールドエネルギーを奪う。
 そのISは確かに戦闘を続けられる状態ではなくなった。だが、他のISはそうではない。一夏が攻撃する為に止まった一瞬を敵は見逃さなかった。
 人一人は確かにやられてしまった。だが、この目の前のISを落とすには十分な隙を作ることに成功した。接近武器を装備したISが一夏を襲う。
 だが、それを――楯無が――防いだ。

「何やっているの02!! 動きなさい。それじゃ敵の良い的だ。お前のフォローをするこっちの身にもなってみろ!!」

「――――せん……」

 楯無は激怒した。その箒の態度に……。彼女はなんて言ったのか、彼女はこう言ったのだ。こんなことできません、と。

「ふざけんなあああああああああああああああああああ!!」

 一夏によってシールドエネルギーが消滅したISたちを叫びながら大きな槍を振り回してぶっ放す。しかも、一夏がまだ交戦していないISものとも吹き飛ばしたのだ。
 一夏たちの目の前には敵ISがいなくなっていた。
 だが、楯無の動きは止まることは無かった。その足は箒の方へと向かって行く。
 楯無はじっと箒の顔を見続けていた。だが、一向に箒は楯無の方を見ようとはしなかった。
 この箒の態度、それを見た楯無は次の決断をした。

「……わかった。私が前にでるから、02は後ろでバックアップ。それでいいかな?」

 箒は無言で、頷いて返事を返した。

「じゃあ、回収班と合流次第、一気にこの施設の破壊を開始する。いいね?」

 それに返事をしたのは一夏だけ、いや、小さな声だったが箒もキチンと返事を返していた。
 この後、一夏たち三人は回収班と合流した。これより、二チームに分かれて物資の回収と破壊活動を開始することになる。
 一つは一夏一人のチーム。そして楯無と箒のチームだ。
 もうほとんど施設内に武力が残っていないのか、敵の動きがもう見られない。こうなってしまえばもうこっちのものだ。自由に暴れまわって物資を回収した後一気に施設を破壊する。これで今回の任務は終了である。
 その作戦は速やかに行われた。物資回収班により、物資を量子化して運び出す。この技術も篠ノ之束からのものだろう。
 回収が終わった個所は完全に使い物にならない程になるまで破壊しつくす。
 その姿はまるで……、悪魔そのものだった。
 やがて一夏の担当するエリアはすべて回収と破壊が完了した。それと同タイミングで楯無から連絡が入った。どうやら向こうも全てが終わったらしい。それは回収班が突入してからたった七分の出来事であった。
 一夏がここから立ち去ろうとしたとき、逃げ遅れた研究員が物陰から現れた。そしてその研究員の男はこう言ったのだ。

「悪魔か……」

 すると一夏はこう答えた。

「悪魔で……構わない」

 そう言って、一夏は楯無に作戦完了の連絡を入れながら立ち去った。
 しかし、先ほどの研究員が言っていた、悪魔か、という言葉には一夏も再考をせざるを得なくなっていた。確かに、自分たちは彼らから見たら悪であり、それは悪魔のようにも見えただろう。
 自分たちは決して正義の味方だなんてものではない事を身を持って沁みた。一方からの見方をすれば自分たちは善なのかもしれない。だが、先ほどの研究員からすれば自分たちは悪。立場と見方によって自分たちは善にも悪にも変わってしまう。
 結局の所、何が正義で何が悪なのか、この世界においてその境界線は存在しない。誰しもが自分のやっていることは善であり、それに相対する輩は悪になる。全てのこの世界で生きる人々は自分自身のやっている事が善であることを信じて戦っている。
 自分たちがやっていることによって、誰かが死ぬ可能性がある。それによって誰かが悲しむかもしれない。恨みの対象は当然のことながら自分たちだ。
 だが、そんな事を気にしていたら前に進めない。他人の事など……気にしているわけにはいかないのだ。その考えが、たとえ人として道が外れた事であっても。それを理解しながらこの世界で生きる人たちは戦っている。
 しかし、箒にはその世界はまだ認めたくないところがあるようだった。いや、一夏にだって認めたくない部分がある。
 先ほど自分がやった行為、それにたいしても何所にぶつけたらいいのか分からない悲しみがある。今ここで泣いてもいいのかとも思ってしまう。
 バイザーの下には泣きかけの顔がある。だが、それは誰にも見てほしくない。それは自分が男だから、男という性が誰かに泣いているところを見られるということを拒否していた。
 施設の出入り口に戻ってきた一夏は楯無と合流した。

「一夏、これより帰投するよ。ISを解除して着替えて。迎えが来てるから、順次車に乗って」

「わかりました……」

 一夏はISを解除する。当然、バイザーも同時に外れることになる。その時の一夏の顔は――どことなく暗かった。だが、先ほどまであった泣き出しそうな顔は今はしていなく、ただ単に暗い顔をしていた。
 一夏はさっさと着替えを済まして迎えが着ているというところに戻っていった。

(…………一夏、君も辛いんだよね……。一夏も箒も似たようなもんだね。この世界で生きるということを心の底では認めていない。君たちの覚悟はまだ雛の様に未熟みたいだね)

 そう思って楯無は横で着替えている箒の方を見た。
 彼女の顔色はとても悪く、目は死んでいた。目尻からは涙が流れている。この二人の精神状態はとてつもなく最悪な状態にあった。

(私も、最初はこの二人の様になったことを覚えているよ。……辛いよね。悲しいよね。でも、この世界で生きることを決めたのなら、その定めには従わないと駄目なんだ。…………ねえ、春樹、私は、貴方の代わりにこの子たちにものを教えることになる。いいかな?)

 楯無は決意する。春樹が以前自分を導いてくれたように、今度は自分がこの二人を導いてあげることを。



[28590] Episode5 行間一
Name: 渉◆ca427c7a ID:7b53eb7b
Date: 2012/10/14 23:04
 セシリア・オルコットはイギリスの自宅に居た。
 彼女は自分の部屋でインターネットを使い、情報を集めていた。何の情報かと言うと、世界で起きた事件などについてだ。表向きに発表されたニュースの記事から、大型掲示板などに書き込まれた本当か嘘かも分からない情報まで様々に。
 この行動の真意はただ一つ。葵春樹の居所と、いま一夏と箒が何をやっているのかについて調べているのだ。
 葵春樹は七月七日、臨海学校の研修中に起きた『銀の福音』が暴走した事件で行方不明になったのだ。その時から一夏と箒も何かしら危なっかしい事に首を突っ込んでいるのではないか、という疑惑も生まれた。
 ちなみに彼女は一時期春樹に対し好意を寄せていた。だが、それも今ではキッパリと諦めている。彼には愛する人が他にいる。その人の為に命を懸けて戦っていた。そんな事実を知れば、自分が退かない訳にはいかなかった。
 もうあの時の気持ちは忘れた。もう一度、なんて気を起こすことなど絶対にありえない。自分はまた新しい道を切り開くことに決めたのだ。世界のどこかには自分に相応しい男性が絶対にいると、そう思っている。
 だが、そう言った恋愛感情とは別に今は葵春樹の事を追っている。確かにもう春樹の事は好きでも何でもない。けれども自分の仲間であることには変わりないからだ。
 IS学園で知り合った、自分の初恋の人。楽しい思いもしたし、辛い思いもした。このような青春の一ページとも言えるこの思い出は決して忘れることは無い。
 だからこそ、その一ページの欠けた部分――葵春樹――を自分たちの下へと取り戻そうとしている。
 セシリアは日本の検索エンジンサイトにアクセスし、検索を始める。まずはニュースの記事の確認だが、目ぼしい話題は出てこない。ISに関する記事を調べても、明るい話題ばかりだ。暗い話題は一切出てこない。ましてやISによる事件の事なども見つからなかった。
 公式のニュースを調べても何も出てこないと思ったセシリアは掲示板に手を出す。特に怪しいものを集中的に探した。
 すると、こんな記事が出てきた。
 東京で何やらおかしなことが起こったらしい。都内で何が起こったのか、それを確かめるためにスレッドに書かれている書き込みを見て行く。



 156 名前:渋谷の名無し 投稿日:2***/07/24(土) 09:06:20.25 ID:h/nd7h8wh
 おい、いま地震あったんだけどw
 ニュース見ても何の報道もされてないし、これって渋谷だけ?

 157 名前:渋谷の名無し 投稿日:2***/07/24(土) 09:06:50.13 ID:ujedhjp45
 mjd!?
 テレビ見ても地震があったなんてニュース流れてないけどw
 つーかそんな地震ねーよwww

 158 名前:渋谷の名無し 投稿日:2***/07/24(土) 09:07:32.42 ID:izuruyou/
 今渋谷に居るからちょっくらスネークしてくる

 159 名前:渋谷の名無し 投稿日:2***/07/24(土) 09:07:58.34 ID:gensaku/?
 >>158
 期待しているぞ、スネェェェェク!!

 160 名前:渋谷の名無し 投稿日:2***/07/24(土) 09:08:24.24 ID:owata????
 つーかこの揺れマジで渋谷だけなん?
 だったらマジホラーだわw

 161 名前:渋谷の名無し 投稿日:2***/07/24(土) 09:08:59.08 ID:douna672k
 >>160
 これマジだよw
 そっちに警察とかいない?
 タイーホされた人いたら写真うpヨロw

 162 名前:渋谷の名無し 投稿日:2***/07/24(土) 09:09:33.19 ID:izuruyou/
 意外と近くだったw
 なんか、地下歩道で爆発事故が起きたとかで警察動いてるわw
 >>161
 タイーホされた人はいないけど、現場の写真うpするお

 163 名前:渋谷の名無し 投稿日:2***/07/24(土) 09:09:51.39 ID:douna672k
 うぽつ!
 爆発事故とかw
 まじ怖ええな……何が原因だしw

 164 名前:渋谷の名無し 投稿日:2***/07/24(土) 09:12:41.29 ID:izuruyou/
 いま警察に質問してきた
 なんか、ガス爆発が原因らしいけど、地下歩道が爆発した様子がねえんだけど、なにこれ、隠ぺい工作?

 165 名前:渋谷の名無し 投稿日:2***/07/24(土) 09:12:41.48 ID:douna672k
 おい、やめろ
 >>164、それ以上首を突っ込むと消さr
 おっと、誰かが来たようだ……。

 166 名前:渋谷の名無し 投稿日:2***/07/24(土) 09:12:42.11 ID:sorette//
 今北産業

 167 名前:渋谷の名無し 投稿日:2***/07/24(土) 09:13:56.54 ID:owata????
 渋谷で謎の揺れ
 地下歩道でガス爆発か?
 地下歩道で爆発した様子がない

 168 名前:渋谷の名無し 投稿日:2***/07/24(土) 09:14:28.18 ID:sorette//
 >>167 乙。
 ってかそれマジで!?
 裏がありそうだなそれw
 何、暗部組織ってやつ?wwww

 169 名前:渋谷の名無し 投稿日:2***/07/24(土) 09:14:43.48 ID:sutekiyan
 厨二病乙www
 つか、これ本当に警察が何か隠してるってことだよね?
 マジで何が起こってるんだよw



 この一連の書き込み。特に注目すべきは162が書き込んだ内容に写真が貼られていること。これを良く見れば何かが分かるかもしれない。そして、地下歩道で爆発が起きたようだが、まるでそんな様子ではないと言う点。これは明らかに不自然だ。
 そこで起こった事件、真相、それを探れば何かが分かるかもしれない。その推測の下、セシリアは幼馴染であり、専属メイドのチェルシーに連絡を入れた。

「チェルシー、貴方にお願いが」

『は、なんでしょうか?』

「日本時刻で本日九時頃に、東京、渋谷で起こった爆発事件について調べて欲しいの。もしかしたら危険な事なのかもしれない。できるかしら?」

『分かりました。お嬢様はこの事件にヒントがあると?」

「おそらく。これが必ずしも春樹に繋がるとは思いませんけれども。あ、あとこの写真に何か写っていないか調べてくださる? 」

『分かりました。少々お時間を取らせてもらいます。分かり次第お嬢様にご連絡いたしますので』

「わかりましたわ。お願いしますチェルシー。貴方の事いつも頼りにしていますわ。ありがとう」

 そしてセシリアは通話を切った。 
 専属メイドのチェルシーとは、帰国前からこのことについて話し合っていた。最初はインターネットを通じてのビデオ通話でしかなかったものの、セシリアは一夏と箒の動きを調べていた。それはどう考えても暗部の仕事に触れているとしか思えなかった、というのが彼女がその二人の動きを見ていた時の感想だ。
 そして、葵春樹にも暗部で仕事をしていた可能性もある。束と春樹の関係、そして束と仲良くなった一夏と箒。それから導き出せる答えはただ一つ。この人たちは暗部で動いている、ということだけだ。
 その可能性が出てきて、その真実を知りたくなったセシリアはチェルシーと相談。そしてセシリアは危険が伴うことを覚悟してまで暗部のことを探ることにしたのだ。
 彼女をここまで突き動かす原動力は、やはり仲間意識からくるものだろう。仲間――友達と言うことだけあってよく一緒につるんで行動している。だから嫌でもわかってしまう。あまりにも近すぎるから分かってしまうのだ。彼らが遠くにいるということを。

(いったい、日本で何が起こっているのでしょうか? ここ最近はISによる事件が多発していますし、いったいこれから何が起こるのでしょう……不安ですわ……)

 セシリアは不安に駆られながらも、更なる情報を求めて動き出す。今度はこちらから掲示板に書き込んで情報を貰えるように流れを持っていく。
 だが、間接的に聞けることには限界があった。やはり一般人ではこの程度が限界なのだろうか。全体に真実には行きつけない。何かしらの大きな組織が動いているとしか考えられなかった。

(これが仮にISに関係あるとすれば、上からの圧力……つまり国際IS委員会が絡んでいると考えるが自然ですわね)

 そう考えるセシリアだが、決定的な答えには辿り着いていない。パズルのピースは段々と揃ってきているのだが、それが全然足りないのか、それとも組み合わせ方が違うのか、それすらも彼女には判断できなかった。
 ただ今は情報がもっと必要である。だが、インターネットで調べられる事に限界を感じてきていた。こうなってしまってはチェルシーに頼んだ調査が、より良い情報を持ってくることを願うしかなかった。



[28590] Episode5 第二章『発生 ‐Threat_To_The_Company-』
Name: 渉◆ca427c7a ID:7b53eb7b
Date: 2012/10/14 23:41
  1


 シャルロット・デュノアはテロ事件について警察の事情聴取を終えてデュノア社の方へ帰ってきた。
 目の前には父であるセドリック・デュノア、後ろにはシャルロットの世話係が歩いている。
 シャルロットはこれからどんなことを聞かれるのか、どんな仕打ちを受けることになるのか、不安でしょうがなかった。できればここから逃げ出したいと、直前になってまた思ってしまう。
 ついに社長室へとたどり着いた二人はその中へと入って、設置されているソファに二人して腰を下ろした。

「久しぶりの再会がこんな形か、シャルロット」

「はい、お父さん……。ごめんなさい、こんなことになってしまって……ごめんなさい……」

 謝るシャルロットだが、セドリックは顔色一つ変えずにこう問いかけた。

「ラファール・リヴァイヴの方は無事なのか?」

「あ、はい……。無事です。ここに……」

 セドリックはシャルロットの手の中にある待機状態にあるISを取り、整備士の方に預ける、と一言言うとそれを胸ポケットにしまう。

「それはそうと、例のISを使える男について、わかったことはあるのか?」

「あ、はい。一応は……。少なからず分かったこともあります」

「なら、それをレポートにして後日私の方へ提出しろ。いいな?」

「はい……」

 それからまた沈黙が続く。親子が久しぶりに対面して、なおかつ目の前にいるのに何のトークもしない。これが久しぶりに対面した親子の絵なのだろうか。普通の父親なら娘というものは『目に入れても痛くない』という言葉があるようにとても可愛いものだろう。
 だが、現状はこれだ。父親は娘に対して冷たく当たっている。そしてシャルロットも父親の事を恐れ、嫌っている。
 だがシャルロットは恐れる気持ちを振り切って、父親と話をしてみることにした。

「あの……お父さん。僕になんか、話すことはないのかな……? 今まであんまり話したことないし、久しぶりに会ったんだし……」

「そうだな。じゃあ、聞きたいことがある」

 彼女はこの返答に驚いた。今まであまり喋ったこともなかったというのに、自分に聞きたいことがあると、話を膨らませたのだ。

「日本のIS学園に入学することになった男二人、そいつらはどんな奴らだった? お前が一緒にいて感じたことを聞かせろ」

「はい……。えっと、IS学園に入学した男子の内、織斑一夏はとても優しい人物でした。よく僕の事を気にかけてくれました」

 織斑一夏の話をするシャルロットであったが、セドリックは早々に織斑一夏の話はもういい、と言い出した。そして、もう一人の葵春樹について聞かせろ、とシャルロットに命令する。

「は、はい。葵春樹も確かに優しい人物でした。よく一夏と共に行動していて……、本当に小さい頃から一緒らしいです。だけど、彼は不思議だと思うことが何度かありました。まるで、私の正体が女だと最初から分かってったみたいに。それに、僕の目の前にISを見せることはほとんどなくて、これまでで精々三、四回程度でした」

 セドリックは顎に手を添えて考える素振りをし、少々黙り込んでいた。
 シャルロットはそんな目の前の父親が何を考えているのかとても気になった。今までこんなに自分の話を聞いて、それでこんな反応を示してくれたのは初めてだったからだ。
 それに、織斑一夏より葵春樹の話を優先するように言ったのも気になるところだ。やはり、彼には何かがあるのだ。それに現在は行方不明。その原因もまったく分からない状態で、謎の失踪を遂げた。未だ何の情報も入ってこない。
 あの臨海学校のときに、篠ノ之束が無事に帰って来れたことから、恐らく葵春樹は生きていると予想する。だが、どこにいるのか、それは全く分からない状態だ。

「…………なるほどな。わかった。じゃあ、部屋に行け、用意してある。おい」

 セドリックは世話係の女の人に部屋に案内しろ、と目で命令する。
 すると、シャルロットの世話係が一歩前に出た。シャルロットは彼女についていき、用意された部屋へと向かう。この社長室を出る直前、一度父の事を見たのだが、相変わらず冷たい表情をしていた。
 珍しく話をしてくれたと思ったらこれだ。結局は自分の目的である織斑一夏と葵春樹の事しか興味がないのだろうか。久しぶりに会った娘には何かお話は無いのだろうか。シャルロットは少し怒りを覚えるとともに、寂しさみたいなものも覚えた。
 しばらく歩いてエレベーターに乗り、部屋が用意されているフロアへと来た二人は、世話係の指示でとある部屋の前にきた。
 鍵を開けて中へ入ると、とても高価そうなベッドとちょっとした机、それに冷蔵庫、バスルームなど、その部屋はIS学園と比べてとても広く感じる。それははここが一人用の部屋なのだからか、それとも部屋自体がそもそも広いのか。
 世話係の女性は部屋を立ち去る前に、一言シャルロットに伝えようと口を開く。

「シャルロット様、どうかセドリック様の事を勘違いなさらないでください。あの方は、貴方様を一番に考えてなさるのです」

「……どういうことですか? あの人はこの僕を……この僕を道具のように扱い、久しぶりに会ったというのに抱きしめもしてくれない。そんな人が僕の事を考えてくれている……? そんなわけないでしょう!?」

 少し怒り気味に大きな声で言うシャルロット。だが、世話係の女性は何もうろたえることなく、言葉を続ける。

「確かに、貴方から見たらそう見えるかもしれませんが、私たちから見れば、あの方はとてもあなたの事を――」

「いいから! もういいから! 出て行ってよ!!」

 世話係の女性は何も言わず、一例をすると部屋を出ていった。
 シャルロットは何十秒かその場でずっと立ちすくんで、ハッと我に返った彼女はベッドに体を委ねる。低反発のベッドがシャルロットの体を受け止めた。

(あの人が……私の事を一番に想っている? なんだよ、それ……。あの人の何所をどう見たらそう思えるの……? 今の私には理解出来ないよ……)

 こんなことを延々と考えていてもしょうがないと思ったシャルロットはベッドから起き上がり、ノートパソコンを取り出すと、レポートをまとめる準備をする。電源を付けた彼女はワードソフトを立ち上げて、一夏、そして春樹のことをレポートにまとめた。
 織斑一夏と葵春樹。この二人は幼少期からの仲の様で、とても仲が良かった。織斑一夏は両親が居らず、姉の織斑千冬と暮らしていた。そこに、これまた両親を失い拠り所の無くなった葵春樹と暮らし始め、現在に至る。だからなのか、この二人は親友と言うにふさわしいものであった。
 ISの操縦については、織斑一夏は操縦自体はとても上手であったが、対ISとなると話は別であった。やはり慣れていないこともあってか、近づいて斬る、という程度のスキルしか持っていなかった。だから、『ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡ』の多彩な攻撃の前には歯が立たなかった。
 それに対し、葵春樹。この人物だけは違った。ISの操縦経験は織斑一夏と同程度のはずだ。一般的な情報によれば、彼ら二人は高校入試の際ISの試験会場に迷い込み、そこでISを動かせてしまったことからこの事態が起こったのだ。
 そこから考えれば、彼ら二人が初めて動かしたのはその時と考えられる。仮に以前から動かすことが出来たとなれば、メディア等も彼ら二人を大きく取り上げるだろう。しかし、そんな情報もないし、その線はまずない。人知れず練習していた、という可能性もあるが、これはとてもじゃないが現実的ではない。まずISという代物を何所で手に入れたのか、という更なる疑問を生むことになる。
 では何故、葵春樹だけがずば抜けてISの操縦が出来るのか、という疑問が生まれる。これがただの才能の違い、と言ったらそれでお仕舞いかもしれないが、それで済ませられるほどの腕ではないのだ。才能があったとしても、たかが一ヶ月程度であれほど操縦技術、そして戦闘技術を手に入れることはまず人間業ではない。
IS学園では数々の事件が起こってきた。それの中心にいたのは葵春樹と織斑一夏ではなかっただろうか。
 自分がIS学園に来る前に謎のISによってアリーナを襲われる事件が起こり、その謎のISを倒したのは葵春樹と聞く。そしてラウラ・ボーデヴィッヒに関する事件も葵春樹自身が実質解決に導いていたではないか。
 臨海学校で起こった事件もそうだ。あの事件を解決に導いたのは葵春樹だった。そして、その葵春樹に導かれるように織斑一夏と篠ノ之箒は動き出した。
 あの後彼は行方不明になったが、これらの事件を総括しても、どう考えても葵春樹に何かあるのは見え見えだ。
 あれだけの事をしでかして、IS学園の入試試験のときに初めてISを動かしました、という言葉を言われても信じられるわけがない。
 しかもあの臨海学校のときに居た特別な人物、篠ノ之束こそ葵春樹と共にして何かをしているのではないのか、あれだけの人物が傍にいるのだからそれも可能なのではないか。
 寧ろそう考えるのが自然だろう。
 現在、篠ノ之束は何らかの行動を取っている。それはもう大きな。
 そして、その考えを決定付けることが今日起きたのだ。
 飛行機のテロの時、自分を助けに来た謎の水色のIS。顔が隠れているし、声も少し変だった。変声をしているようなので誰かは分からなかったが、注目すべきはその操縦者ではなく、そのISのデザインだ。あのボディラインを映し出すような薄い装甲のISは、まさしく葵春樹が所持している『熾天使(セラフィム)』そのものなのだ。
 そしてテロリストの一人が言っていた『束派』という言葉。それはまさしく篠ノ之束を指すのだろう。
 だから、彼女は結論を出した。
 『束派』というのはその組織の俗称であろう。その組織に葵春樹は所属しており、暗部で行動をしている。そして、臨海学校の事件発生時に共に避難しなかった織斑一夏と篠ノ之箒の二名はこの『束派』という組織に所属している可能性がある。
 今までの情報をまとめたら当然こうなる。

(これくらいのことはセシリアや鈴、ラウラは予測できるだろうね。でもやっぱりわからないことがあるよ……。なんで、あの二人はISを動かすことが出来るんだろう……?)

 一夏たちが今何をしているのか、ということは大体は予測をすることが出来る。でも根本的な『男がISを動かすことが出来る』という事についての真相は未だ謎だ。近くにいてもなんら違和感すら感じない。寧ろ、ISを男が動かすことが出来る、ということがあたりまえのように感じられてしまう様になってしまった。
 このレポートは織斑一夏と葵春樹のことについてまとめるものではあるのだが、ここまで書くのが限界だった。これ以上の事はまるで分らない。本来、何故ISを起動することが出来るのか、そのことをまとめるレポートだというのに、その真実はまるで見えてこない。

(こうやって改めて考えると、春樹って何なんだろう……。でも、一つ言えることは、これまで一緒に過ごしてきた日々はたぶん……本当に仲間として一緒に居てくれたということだと思う。一夏、箒、春樹、セシリア、鈴、ラウラ……)

 彼女は何故こうなってしまったのだろう、と思ってしまった。日本のIS学園に行って、そして一夏と春樹に接近して、気が付いたらかけがえのない友達になっていて、もちろん他のクラスメイトも友達になっていて……。親友と言えるような友達が出来ていて。
 でもそんな仲間に囲まれた生活は七月七日を境に豹変した。仲間の一人を失い、一夏と箒は不穏な動きを見せるし、セシリアはコソコソと何かを調べているようだった。ラウラもドイツ軍との連絡を頻繁に取るようになった。だが鈴音は唯一いつも通りにしてくれた。これは彼女がまったくこの現状を気にしていないわけではなく、周りの雰囲気が変わってしまったことを気にしたからこそ、いつもと変わらず笑顔でいてくれたのだろう。
 そして自分はその変わってしまった環境に戸惑い、帰国しなくてはいけないこともあり、精神的に安定していなかった。
 しかも好きになってしまった男性に振られてしまったのも一つの要因かもしれない。確かに一夏には振られてしまったものの、皆には自分が女性である事を明かしてそれを受け止めてはくれた。だけど、それとこれとでは話は別だった。
 もう既に一夏には箒という女性がいる。何をどうしてもそれは変わらない。だけど、シャルロットは未だに一夏の事が好きだった。
 彼は自分を包み込んでくれた。女性であることを隠し、調べようとしていたことを彼は許し、そして受け止めてくれた。何より優しい彼なら、自分は何をされても許せると思った。彼にならこの体も心も、捧げてもいいと思ってしまった。
 出会ってまだ二ケ月ほどしか経っていないのに、そんな感情が芽生えてしまった。自分が色々と精神的に追い詰められてしまったときに優しい言葉を投げかけてくれて、それでもって全てを許していつもと変わらず一緒に過ごしてくれる。そんな彼の優しさに惚れてしまったのかもしれない。
 仲間たちは良くない雰囲気になってしまって、好きな男性は他の女性と付き合ってしまって。
 シャルロットは思わず涙を流してしまった。つー、と小さな滴が頬を流れていく。そんな彼女はどうにもできないことを考えていた。


 もし過去に何かしら違うことをやっていたら、今この現状は違う物になっていたのかな。


 と、そう彼女は考えてしまっていた。


  2


 作戦終了後、織斑一夏、篠ノ之箒、更識楯無は『更識クリエイティブ』本社へと戻ってきた。
 楯無は精神的にも肉体的にも疲れ切った一夏と箒の二人を、それぞれ用意された個室で休むよう命令した。
 そして彼女は真っ先に束の下へと向ったのだ。この現状になってしまった事について問い質すために。

「失礼します。作戦より帰還いたしました」

 そう言って楯無はモニタリングルームへと踏み入れた。そこには篠ノ之束と織斑千冬が揃っていた。この状況はむしろ好都合だ。元々この二人と話をしなくてはいけないと思ったからだ。

「ちょうどよかった。お二方にお話があるんです」

 楯無は少し怒り気味な口調でそう言うと、千冬と束の二人は顔色を変えて彼女の事を見る。

「現在の織斑一夏、篠ノ之箒の両名は現在精神的に不安定な状態にあります。その事について聞きたいことがあるのですが。まず一つ、この作戦において人を殺める可能性は十二分にありました。そのことについての事前のケアは行ったのでしょうか?」

 千冬と束の二人は黙り込む。それは、一夏と箒が現在、精神的に不安定だと言われたことの不安と、楯無から言われたことについての不甲斐無さのせいである。

「確かに、そういった事に気を配らなかった私も悪かったと思います。ですが、貴方たちにとって、あの二人は家族なのでしょう!? そんな二人を戦場に駆り出したんだ、そうなることは予測できただろうし、精神的に危なくなった彼らに対するアフターケアはちゃんと考えてあるんでしょうね?」

 ここまで言い終わった楯無に対し、千冬はこう言葉を返した。

「すまない。精神面についてはまったく考えていなかった。こちらの考えが甘かったことは素直に認めよう。開き直るみたいになってしまうが、これから二人に対して心のケアを行わなければならない。これは実質一夏の親という立場である私の責務だろうな。束、お前は箒の方を頼みたい。それから更識」

「はい。なんでしょう、織斑先生?」

「二人の心のケアの手助けをしてくれないか? 実際問題、この世界は私よりお前たちの方が長い。言うなれば先輩だ。どうだろうか?」

「別にいいですよ。元よりそのつもりでしたし」

 楯無は先ほどの任務が終わった時点で二人の精神状態は悟っていたのだ。これはメンタルケアが必要だと、それを行わなければ、今後の任務に支障が出てしまう。だから、先輩としてこの問題は見逃すわけにはいかなかった。本社に帰って来る前に自らケアを行う事は既に決めていたことであり、やらない理由がない。

「束さんは……箒ちゃんのところへ行ってくれますか? あの子、今頃ベッドに蹲って泣いているはずですから」

 そう言って千冬と楯無の二人はモニタリングルームを出て行った。
 そこに残った束。先ほどの会話で一言も話していない彼女は何を想っていたのか。それは、こんなことになるとは思わなかったという自分の見誤りが信じられなかったからだ。
 知らなかったのだ。あの二人が、こんなにも辛い目に遭うとは。
 つくづく春樹が特別だということを実感してしまった。
 彼は一三歳の時点でこのような事を繰り返してきた。そして、一夏たちの様な状態になることもなかった。時には人を殺めることもあった。その行為を実際に目で見たことがないが、死者が出たことだけは分かったのだ。
 それなのに春樹は平然と今まで過ごしてきた。いや、もしかしたら心の奥底ではとても嫌な思いをしているのかもしれない。だが、それを表に出すことは決してなかった。
 でもそれは、『篠ノ之束を何があっても守る』という確固たる思念があったからこそなのかもしれない。
 なんにせよ、一夏を含め、箒を今の状態にしておくわけにはいかない。このまま放っておけば、精神崩壊を起こし、人として生きていくことが困難になる可能性だってある。

「……箒ちゃん。ごめんね……。私が不甲斐無いばっかりに。すぐそばに行くから……!」

 篠ノ之束もまた、モニタリングルームを出て箒が居る個室へと向かった。


  ◆


 一夏は地下施設に用意された現在一夏専用となっている個室のベッドの上で小さく蹲っていた。

(俺は……俺はどうしたらいいんだよぉ……)

 目の前で血を吹き出しながら倒れていく光景は、脳裏に焼き付いて離れてくれない。体の一部が楯無の槍によってISごと肉をえぐられ、白い骨を露出していた。泣き喚き、絶叫しながら散っていく操縦者。
 一夏はその光景を思い出してしまい、吐き気を催した。これで何回目だろうか、作戦が終わって冷静になった頭は残酷にも先ほどの光景を再生してしまう。車の中で吐きかけ、本社に戻ってから二回吐いた。これで三回目だろうか……。作戦から戻ってきてそう時間は経っていない。精々一時間と言ったところだろう。
 現在は二二時三四分。
 一夏は目の前のゴミ箱をとっさに手に取り、口元に持ってくる。

「うっ……、オェェェエエエエエエエエエエエエ……、っが、うぇ……がはっ……」

 一夏の口から吐き出される嘔吐物はもはや胃液だけだった。胃の中にはもはや何も残っていない。
 身も心も疲れ切った一夏は家に帰らず、ここで寝て一夜過ごすことにした。もっとも、家に帰る気力など今の一夏には持ち合わせていなかったのだ。
 そのまま横になって眠りに着こうとしたとき、ドアが叩かれた。一夏は立ち上がってドアを開けると、そこに立っていたのは更識楯無であった。

「ちょっといいかな、一夏?」

 よく見ると、その後ろには千冬もいたのだ。

「はい……いいですよ」

 一夏のその言葉は覇気というものが無かった。精神的にも肉体的にも疲れ切ってしまっている証拠だろう。心なしか、顔がゲッソリしているように見える。
 部屋に備え付けてある椅子に座る楯無と千冬。そして一夏はベッドに腰をかけた。

「さて、一夏。随分とゲッソリしているみたいだけど……。辛いかい?」

 一夏は黙り込んだ。
 正直に言えば……非常に辛い……。心が折れて、この現状から逃げ出したいと思うほどだ。自分でこの道を選択しておいて情けないと思う。
 何が『意地があるんだよ、男の子にはな。超えたい壁があるなら、それをよじ登るだけだ』だ。そんな壁に当たる前に逃げようとしている。本当にカッコ悪い。

「やっぱりね。一夏、君の今の状況、初めての任務を終えたときの私にそっくりだ。あのね、私も初めて人を殺めようとしたとき、それがたとえ間接的だったとしても、泣き喚きながらゲロを吐いたわよ」

 一夏は相変わらず黙り込んだままだ。
 こんな話をしてくれる楯無だが、正直一夏にとってはどうでもいい。ありがたい話なのかもしれないが、今の一夏の心を癒すようなものではない。

「ま、こんな事はどうでもよくって。つまり、君の今のその気持ちは私も経験したということ。だから、そんな私から一夏に質問をしたいんだけど、いいかな?」

「はい、いいですよ……」

「ありがとう。一夏は、何で束さんの組織に入ろうと思ったの?」

 再び振り返る一夏がこの束の組織に入った理由。
 あの臨海学校で選択を迫られたときの理由は、身近な人たちの幸せと、夢と希望に溢れているISを破壊しようとする人たちが許せなかったからだ。
 だけど、その理由も一日を待たずして変わることになった。
 それこそ、誰よりも仲が良くて家族当然の人が行方不明になった事が大きな理由となった。
 自分の大事な人を取り戻したい。その為には、その人が住んでいた世界に入り込むこと。それが一番大きな理由になった。
 正直に言うと、ISというものは二の次だ。もっと言ってしまうと、束や箒なんかよりも、何よりも一番の優先が春樹なのだ。
 小さい頃から一緒に暮らして、下らない事で競い合ったり、一緒に遊んだり、一緒に飯を食ったり、一緒に寝たり、一緒に勉強したり、風呂に一緒に入って背中を流し合ったことだってある。
 本当に小さい頃から、今までいつでもどこでも一緒だった。高校だって、一緒の高校に入るために受験勉強を頑張ったし、これからも一緒にいるはずだった。
 だけど、それを奪われた。思い出も、何もかも。

(春樹……。俺って弱虫だよな……。お前が居ないと俺は弱い。何もできない。逃げ出しそうになる。IS学園に入学することになったときだって、お前が居なければ逃げ続けることになっただろうに……)

 一夏は、意を決して口を開く。

「俺は……、とんでもなく弱虫な奴です。嫌な事があれば、それから逃げ出しそうになる。それが駄目な事は分かっている。でも、駄目だと分かっていても逃げ出しそうになるんだ……。そんな俺を支えてくれたのは春樹という存在です。同い年だけど、俺にとっては兄のような存在でした。俺は……兄のような存在で、それでもって一番の親友で、そんな親友と過ごした思い出とともに春樹を俺たちの下に取り戻したい。だから、この世界で生きて行こうと思いました。でも、こんなんじゃ駄目ですよね。また逃げ出しそうになる」

 そんな一夏の言葉を聞いた楯無は一夏の手を握り締めてあげて彼女はやさしくこう言った。

「うん、それだよ。自分が何故この道を選んだのか。それは絶対に忘れちゃいけない。自分は何のために戦っているのか、良く考えて、そしてそれを噛みしめながら生きて行かなくちゃ。人を殺すことは確かに恐ろしい事だし、人としてやってはいけないことだ。さっきの作戦で平然と殺しているように見えた私だって、実はあんまり平気じゃないんだ。言ったでしょ? 人を殺すことに慣れちゃいけないって。私だって未だにそれは慣れないんだよ。一夏だってそうでしょ? だから、今は落ち着くこと。落ち着いてから、良く考えようよ。ね?」

「はい……。わかりました」

「よし。じゃあ、私はこれで。箒ちゃんのところに向ってみるよ。じゃあ、あとはよろしくお願いしますね、織斑先生」

 そう言って楯無はこの場から去った。ここに残ったのは千冬と一夏の二人のみ。

「一夏……すまない!」

 と、急に謝り、頭を下げだす千冬。一夏はそんな彼女に戸惑ってしまう。

「なんだよ急に……」

「いや、姉として、お前の気持ちを理解してやれなかった。こんなにも辛い目に合わせてしまって……本当にすまない!」

 再び深く頭を下げる千冬。

「頭を上げてくれよ千冬姉。それに、そんな言葉は聞きたくない。言う必要はないだろ。今まで千冬姉は暗部で動いたことがあるか? ないだろ? なら、今回のことは千冬姉でも予測できなかったことなんだ。しかもこれは俺の精神的な事だし、千冬姉がどうこう言う問題じゃない」

 千冬は黙り込んでしまう。それに構わず一夏は言葉を続けた。

「もう俺は大丈夫だから。ゴメンな千冬姉、一人にしてくれ」

「……わかった。こんなにも無力な私を許してくれ……」

 千冬はそういうと素早くこの部屋から出て行った。

(だから、謝る必要はないって言ったんじゃんか、千冬姉……)

 一夏はベッドに横になった。とりあえず楯無の言葉通り、今は落ち着くことにした。今の精神的状況じゃ、考えること為すことすべてが負の方向に行ってしまいそうな気がしてくる。だから、一夏は一眠りして落ち着くことにしたのだ。
 それに、人と話していくらか気持ちが楽になったのもある。
 一夏はゆっくりとまぶたを閉じて、暗闇の中へと潜っていった。


  ◆


 箒はベッドの中で蹲っていた。彼女もまた、一夏と同じく先ほどの戦闘で人を殺す恐怖に打ち負け、そして動くことすらできなかったのである。
そんな彼女は思う。
 何故あんなにも一夏はいとも簡単に武器を構えて斬りかかることが出来たのか、それが不思議でたまらない。自分と彼の間にはどういった差があるのか、それもわからない。
 彼が昼食の時に言った言葉の意味も自分にも分からなかった。何故そこまでして春樹に打ち勝とうとしたがるのか、何故そこまでしてやりたいのか、まったくもって理解できない。
 いや、こんなことは自分が戦えなかった理由にもならない。
 あのとき、自分は動けなかった。人を殺すという行為を恐れてしまった。怖気づいてしまった。だから、あのとき自分は戦意を喪失してしまった。
 臨海学校で決意したあの意思はどこに行ってしまったのか。『自分の姉の命が危ないからこの組織に入った』。そんな自分の姉に対する気持ちはどこに行ってしまったのか。

(私は……私は……私は……情けない……情けなさ過ぎる……!!)

 箒は涙を流しながらそんなことを考えていた。
 すると、ドアがノックされた。
 誰かと思った箒。すると外から束の声が聞こえてきた。

「箒ちゃん、中に入って良いかな?」

「姉さん……? はい、い、いま開けます」

 箒は立ち上がり、目元の涙を拭いてドアの方へと向かう。そしてドアを開けるとそこには束一人だけが立っていた。

「お疲れ様、箒ちゃん。大丈夫なの?」

「え……。あ、ああ、はい……大丈夫です」

 そんな言葉を交わした後、中に入りドアを閉める。
 箒はベッドに腰掛け、束は部屋にある椅子へと腰かけた。

「あのね、箒ちゃん。楯無ちゃんから聞いたんだけど……動けなかったんだって?」

 その言葉にハッとする箒。すると急に体が震えだした。

「あ、あの! 別に怒っている訳じゃないんだよ箒ちゃん。初陣の箒ちゃんなら当然だし、一夏だっていま同じように悩んでる。だからそんなに気にする必要はないんだよ?」

「一夏も……? だって、一夏はあの場で迷うことなく剣を振れた。そんなアイツが……悩んでいるだなんて!!」

「……ねえ、箒ちゃん。一夏が取った行動と、箒ちゃんが取った行動。詳しく教えてもらってもいい?」

 そう聞かれた箒は出来るだけ詳しく説明した。
 作戦開始時、自分と一夏、そして楯無は奇襲をかけるために変装して出来るだけ内部まで侵入。そして回収班が突撃を開始した直後、ISを装着。武装倉庫にある武器を破壊した。ここまでは順調だった。
 それからが問題だ。
 ISを装着した戦闘要員が現れたのだ。もちろん、目的を阻害する障害であるのだから、排除しなくてはならない。楯無の命令で一夏は剣を握りしめ、敵に振るった。そして『零落白夜』の効果によって相手のシールドエネルギーはなくなる。そして楯無が手にしている槍が敵を貫いた。肉が切り裂かれ、血が噴射する。
 そんな光景を目の当りにして自分は怖じ気ついてしまった。
 目の前で会長が人を殺した、という事実に恐れた。自分は手を出していないが、それでも自分の仲間が人を殺したという事実だけで足が震え、武器を振るう事すらできなくなってしまっていた。

「だから、私は何もできなくなってしまったんです……」

「そっか。それなら大丈夫だよ箒ちゃん。そんな事は当たり前。一夏と箒ちゃんにはちょっとした差はあってもその差は微々たるもので、大して変わらないんだ。一夏だって、攻撃こそは出来たものの、人を殺すって事までは出来なかった。楯無ちゃんだって、今こそそんな最悪な事が出来ているけども、最初は箒ちゃんと大して変わらなかったんだよ?」

「そう、そんな頃が私にもあったの」

 急に聞こえたその声の主は更識楯無だった。

「ごめんね、無断で扉開けちゃった。束さんが箒ちゃんと話していると思って。……まぁ、箒ちゃん。今の貴女の悩みは決して駄目な事じゃない。むしろ、悩まない方がおかしい事なんだから。人を殺すってのは、先ほど束さんの言った通り、人として最悪の行為。そんな行為をするというのに、何も感じずに、考えずにできる奴は人間じゃない。むしろ、それが出来るようになってしまった私はもはや人間じゃないのかもね。だから、箒ちゃんは人として当然の考え方をしているの。さっき一夏にも言ったけど、まずは落ち着いて、そしてそれからよく考えて、悩んでいこうか」

「は、はい……」

 箒は小さく、そしてゆっくりと返事を返した。

「まぁ、私からはこの一言だけにしておくよ。色々うるさく言うものじゃないしね。あとはゆっくり姉妹で話しているといいよ。なんだかんだで二人でゆっくり話していないでしょ? じゃあ、私はこれで」

 そう言って楯無は部屋を出て行った。
 ここに残っているのは束と箒の二人だけ。この二人は何だかんだでゆっくり話すタイミングが無かったのだ。箒は訓練漬け状態だったし、束は国際IS委員会との会議や資料の整理。戦闘要員三人のISの事についての整備や機能の事などのことで忙しかったのだ。

「あはははは……。な、なんか改めてこうやって話すのは恥ずかしいね。話すって言っても、仕事の話しかなかったし」

「そうですね。こうやって面と向かって他愛もない話をするのは何年振りか……」

「今こんな話をするのもどうかと思うけど、IS学園の生活は楽しかった?」

「はい! それは楽しかったと断言できます」

「そっか。うふふ……」

 なんたってずっと恋していた彼に再会し、かけがえの無い友達もできた。自分と入れ替わるように一夏と春樹の下にやってきて、いつでも笑顔で元気を分けてくれる鳳鈴音(ファン・リンイン)。イギリスの代表候補生で、自分たちのスキルアップの手助けをしてくれるセシリア・オルコット。的確なアドバイスで悪い点も、良い点も指摘してくれる淑女であるシャルロット・デュノア。ドイツ軍のIS部隊、シュヴァルツェア・ハーゼの隊長であり、ドイツの代表候補生。持ち前の指揮能力で自分たちを引っ張ってくれるラウラ・ボーデヴィッヒ。
 この人たちは彼女の中でも最も大事な友達だ。もちろん、クラスの他の皆もかけがえのない友達であるのには変わりない。

(そうか……! 私はそんな友達の事を守りたいんだ。ISで人の役に立つことをしたい皆の夢を壊さないように、それを悪用する奴らを倒す。そして、自分の家族も守るんだ)

 箒はそういった思いを抱いた。自分の中でふらついていた意思が再び一つの塊となり、固定される。滅多な事ではふらつくことのない、確かな想いができたのだ。

「あれ、急に顔が明るくなったね、箒ちゃん。何か思うことがあった?」

「自分の中で……、また新しく確かな想いを抱きました。私は決めました。私の友達の、家族の、笑顔を守りたい!」

 その言葉を聞いた束は笑顔を箒に返してあげる。
 自分の大切な妹の『心』が、復活した。確かな意思を持って再び立ち上がった。
 それが姉として何よりも嬉しかった。箒のキリッとした顔は、それこそが彼女の顔である。普段は可愛らしいというよりは、麗しい顔つき。でも笑うととても可愛くて、ついこっちまでも笑顔になってしまう。そんな女性。

「うん! そういう顔をした方がやっぱり箒ちゃんは良いよ。絶対に」

 束は更に箒と会話を続ける。昔の話から今の話。春樹の事や一夏の事など。
 そんな他愛もない話を続けた。
 そして、この姉妹の絆は、今までよりもより強くつながったような気がした。


  3
 
 セドリック・デュノアは書類等の整理に追われていた。やはり、代表候補生であるシャルロットが帰ってきたことにより、その与えられたISも帰って来る。無論、今までの戦闘データだなんだと、様々な情報が入って来るし、改良点や新武装の話だの、そんな話がたくさんある。
 本日付で更に忙しくなったデュノア社は夜遅くまでこの仕事は続きそうである。
 フランスの現在時刻は七月二四日、一四時三五分。日本との時差は七時間ある。日本では真夜中でもフランスでは真昼間である。
 シャルロットは時差ボケの事もあってか、今は部屋で休ませている。とにかく様々な事が起きて騒がしくなった今日だが、本格的な事は明日になってから。明日になれば、より忙しくなってしまう。だから今日の仕事は出来るだけ明日に持ち越さないようにしなければ、後々大変なことになってしまうだろう。
 そんなセドリックは余計に肩に力が入っていた。書類にサイン等をし、パソコンで取引先とメールのやり取りをしながら、携帯電話を片手に通話をする。そんな時間を過ごしていた。
 すると、パソコンに突然の見知らぬアドレスからのメール。
 セドリックは首を軽く傾げると、そのメールをクリックしてその内容を確認する。
 それを見た彼は驚愕した。何故なら、その内容は……いわゆる脅迫メールであった。

(な……なんだこれは……!? 悪戯メール……という訳では無さそうだな……)

 セドリックはそのメールの内容をスクロールしながら読んでいく……、そして、その最後に書いてあったことに驚愕し、目を見開いた。
 その内容を見た瞬間に、社長室のドアが開かれた。
 そこに立っていたのはシャルロットの世話係の女性。彼女は息を切らせながらこう言った。

「大変です、お嬢様が……、お嬢様がどこにも居ないんです!!」

 それを聞いたセドリックは青ざめた。
 脅迫メールの内容。それは、シャルロット・デュノアを誘拐した。返して欲しくばデュノア社の専用機IS、及びコアを差し出せ、という物だった。
 それを見た瞬間に世話係のその報告。この脅迫メールは決して悪戯・冗談などではなく、れっきとした、正真正銘の脅迫メールだった。
 差出人は……、あの『亡命企業(ファントム・タスク)』だった。

(なんてこった……。何故こうなった!? どうしてこんなことが起こりうる!?)

 セドリックも突然の出来事に体は落ち着かせていても、心はどうにも落ち着かせることは難しかった。少々頭が混乱してしまっている。

(と、とにかく落ち着くんだ。タイムリミットは今から約一二時間程、深夜になる時間帯になる。娘を取り戻して平和的に解決したとしても、デュノア社の所持しているISのコアは奪われてしまうし、娘を見殺しにしたとしても武力行使でデュノア社を襲う気でいる。つまり、何れにせよ自分はISのコアを『亡命企業(ファントム・タスク)』に差し出す羽目になる。解決方法が平和か、それとも武力を行使するかの違いでしかない。どうする……?)

 セドリックは頭を抱えた。このことに対する解決方法。ISのコアを引き渡す以外にこのことを解決するその方法とは……。

(タイムリミットは一二時間……。日本からここまでは何時間かかる? だいたい……12時間ほどか……? ギリギリだな……。だが頼むしかない。こういった事件に精通していて私が唯一頼れる奴らに)

 セドリックは世話係の女性に退室するように言った。すると、その女性は一礼すると素直にここから出ていく。
 そして、セドリックは携帯端末を取り出し、国際通話を行った。
 その相手とは。


  ◆


 篠ノ之束は箒が使用している部屋にいた。先ほどまで彼女のメンタルケアを行い、ゆっくりと他愛もない話をしていたのだ。
 そんなときに束の下に連絡が入った。束は携帯端末を耳元に持っていき、いったい何の連絡なのか……それを聞いた彼女は目を見開いた。

「そう……わかった。じゃあ、他の皆を会議室に呼んでくれる? うん、頼んだよ」

 すると、すぐさま放送が流れた。更識楯無、織斑一夏、篠ノ之箒の三名は会議室に集まるように、という内容のものが。

「姉さん、いったい何が……?」

「お仕事だよ。先の作戦でこっちのコンディションは全然整ってないっていうのにね。もっと箒ちゃんと話したかったけど、それも無理みたい。残念だね……」

「仕方がないですよ。依頼が来たんですよね? なら、その人が困っているはず。その人が救われて、幸せになれるのなら、私は動きます。先ほどの失敗は……再び繰り返さないようにしたいですし」

「うん。いい覚悟だね。その覚悟、今回ばかりは絶対に果たさなくちゃならなくなる」

 箒は首をかしげた。いったいどういうことなのだろうか。確かに、一度決めた覚悟、一度は挫けてしまったのだけれど、流石に二度もやるわけにはいかないのは確かなのだが。

「ま、集まれば分かるよ。たった今、その依頼主との通話が繋がっているから」

 箒と束は共に部屋を出て、会議室へと向かった。途中で一夏と千冬とも合流し、四人で共に会議室へと向かうことになった。
 会議室に着いた四人。束は管制室のオペレーターに通信をこちらに繋げ直すように要求した。
 通信にでる男性の声。いったいこの男性は誰なのか、それはその男性の次の一言で分かる事となった。

『夜分遅くにすまない。私はセドリック・デュノア。デュノア社の社長だ』

 一夏と箒、そして千冬の三人は驚愕した。この通信の相手はあのシャルロット・デュノアの父親であったのだ。
 一夏はあの夜。シャルロットとお話をしたことを思い出したのだ。父親に酷い仕打ちを受けている事。彼女を道具の様に使っている事。娘と、ろくに話すらしたことがない事。
 その事を思いだした一夏はついセドリックに対して色々と話したくなったのだが、それを今するべきではないと、直前で思いとどまった。
 とにかく、今は彼の依頼を聞くことが何より優先しなくてはいけないことだ。

「はいはい。こちら篠ノ之束。え~と、二日ぶりかな?」

『ああ。娘の護衛任務の時にはお世話になった。それから早々と次の依頼を出したいのだが……いいか?』

 娘の護衛任務……? と一夏と箒は二人揃って同じ疑問を持った。
 しかし、よく考えてみると昨日、更識楯無は任務に向った。その内容は知らされていなかったのだが、今のセドリックの話と、昨日がシャルロットたちの帰国日であったことから、大体の予想はついた。つまり、セドリック・デュノアはこの『束派』に娘――シャルロット・デュノア――の護衛任務を依頼した。それをこなしたのが更識楯無であったということだ。

「ぶっちゃけ、こちらのコンディションは最悪だよ。先ほど一つの任務をやってきたばっかりで、精神的にも疲れ切っている状態なのに」

『……悪いが、急を要する依頼だ。娘が……「亡命企業(ファントム・タスク)」に誘拐された。目的はデュノア社のIS。つまり、娘は人質に取られてしまったということだ。タイムリミットは今からだいたい一二時間後。要求に応じなくても、深夜という奇襲を仕掛けやすい時間帯にデュノア社のISの工場を攻撃するつもりらしい』

 娘――つまり、シャルロット・デュノアが『亡命企業(ファントム・タスク)』という組織に誘拐されたという事実に一夏と箒の二人は目を見開いて驚いた。
 そして、楯無は親指の爪を噛みながら悔しそうな顔をしている。おそらく、飛行機での護衛任務を行っておきながら、最終的にはシャルロット・デュノアが誘拐されてしまうという事実が何よりも悔しいのだろう。いったいあの仕事はなんだったのだろうかとも思えてしまう。

「タイムリミットは一二時間……? ここからフランスまで普通の飛行機でも一二時間ぐらいかかります。通常ならこの依頼は不可能だと言って拒否したい。こちらの戦闘要員も本調子じゃないしね」

 その束の言葉に、一夏と箒は反対の意見を言おうとした。だが、それを言う前に束は言葉を続ける。

「と、言いたいところだけどね。うちの戦闘要員の内、二名ほどやる気満々というか、この依頼だけはこの二人が何としてもこなさなくちゃいけないものであると思うんだ。だから、この依頼は引き受けるよ。移動時間についても特別にプライベートジェット的なものを用意するから、ギリギリって感じかな」

 束も一夏と箒の気持ちは少し理解している。何と言ってもクラスメイトで、何よりも大事な親友が大変な目に合っているのだ。しかも、『誘拐』という被害に遭っている。これは、一夏にとっても忘れられない過去がある。
 誘拐されたと気が付いた時にはもう遅かった。意識を失い、気づいた時には助かっていた。もしかしたら、自分は運が良かっただけで死んでいたという可能性も否めない。だけど、一夏は助かったのだ。だが、彼の中に残ったのは周りの人たちに迷惑をかけてしまったという責任感と、自分がどれだけ弱々しい存在だと気付いてしまった空虚感だった。
 そんなものをシャルロットは経験をしてしまっているのだ。
 とにかく、何としても助け出さなくてはいけないという気持ちでいっぱいだった。
 それは箒もそうだった。
 IS学園に入学してからできたかけがえのない仲間を失いたくない。一度、大切な仲間を失ってしまったからわかる。これ以上仲間を失いたくなかった。もっとも、その仲間は現在捜索中であり、生きている可能性は高いと言える。

『ありがとう、篠ノ之束さん。それに、この依頼を絶対にこなさなくてはいけない、ということは……もしかしてシャルロットのお友達なのかね? まぁ、詳しくまで詮索はしないがな。ただ、本当に友達なら聞いて欲しい。絶対に娘を助け出して欲しい。そして……、こんなにも親失格な私を許さないでくれ。私も、出来ることはやろうと思う。だから、力を貸して欲しい……頼む……!!』

 通信から聞こえるその声は、親としての焦りと必死さを感じさせられた。
 これはまさしく親として当然の行動だ。娘がこんな状態になってしまったら、誰だって必死になって娘を助け出そうとするだろう。しかしそれなら少し疑問に思うところが一夏にはあるのだ。
 それは、IS学園で聞いたシャルロット本人が話していた事だ。彼女が言うにはあたかも今まで父親に愛されていないかのような話だった。本人によると、道具の様に扱われていた、と言っていたのだ。だが、このシャルロットの父親を名乗るセドリック・デュノアにはそのような感じはしない。

「束さん。セドリックさんと少々話をしてもよろしいでしょうか?」

 一夏は束に尋ねる。

「……うん、許可します」

 一夏は束に一言礼を入れると、セドリックに向って話し出す。

「……こんにちは、セドリックさん。私はシャルロット・デュノアのお友達の者です。ほんの少し、貴方とお話をしたい。よろしいか?」

『やはりそうなのか。なんだ?』

「私はシャルロットから貴方のお話を聞きました。貴方はシャルロットに対して酷い扱いをしていたらしいですね。……でも、今の貴方の声からは娘に対する愛を感じた。必死さを感じた。大切な娘を助けたいという想いを感じた」

『……君は……? まぁいい。確かに、私があの子にしてきた事は実は正しい事ではなかったのかもしれない。だけど、当時の私はその行為が正しいと思ったんだ。あの子の気持ちを蔑ろにしてでも……ね』

 この人の真意が見えてこない。結局この人は何をしたかったのか。ただ分かることは一つだけ、セドリックは嫌われたとしても娘を守ることを選んだのだ。自分が悪役になる事で娘の身の安全を守る。それだけは分かった。
 だとしても、その心の奥底までは理解できない。父親のセドリックの気持ちと、娘のシャルロットの気持ちがすれ違って交わる事の出来ない現状。何故、そのような事が出来ないのかが謎だ。ただ単に娘の事を男と偽らせただけが理由でないはず。では何故……?
 しかし、その真意は他人である一夏が知るわけにはいかない。この気持を伝えられ、知ることが出来るのは娘であるシャルロットだけに与えられた権利なのだ。

「それの真意を知る権利は……私にはない。だけど、貴方の娘さん……シャルロットにはその権利があるはずなんだ。だから約束してください!」

『約束……だと?』

「はい。私たちは必ずシャルロットを救出し、貴方の下に戻す。そのかわり、貴方はシャルロットに本当の事を話してあげてください。いくら娘を救うためだからと言って、これじゃ悲しすぎますよ! 貴方と娘の間には大きな溝が空いてしまっている。だから、今からでも遅くない。その溝を塞ぐために娘にすべてを話してあげてください!」

 セドリックは少々黙り込んだ。数十秒の沈黙。通話の向こう側、そしてこちら側からも無音の状態が続き、物音一つ鳴らない。
 一夏はそんな最中、手汗を滲ませながら拳を握りしめていた。

『……わかった。君の願い、承ろう。ただし、先ほど君が宣言した通りシャルロットを必ず救出してくれ。お願いだ……!!』

「了解!! 快く承ります!!」

『では、詳細はメールでそちらに送る。その内容は脅迫メールそのものと、それをまとめた文章ファイルになる。では……お願いする……!!』

 これにてセドリック・デュノアとの通話が終了した。
 突然の任務の依頼。それがまさか何より身近な人物を救出するものだとは夢にも思わなかった。
 親友の一人であるシャルロット・デュノア。最初は男としてIS学園にやってきた女の子。彼女の正体がわかってしまってからは、その秘密を二人で共有してきた。後に他の仲間にも打ち明けて、そしてそれを受け入れてくれた。
 一夏だけじゃない。箒もまた、同じくシャルロットは親友だし、千冬にとっては大事な教え子だ。楯無にとってはIS学園の大事な生徒の一人だし、何より先日の任務において彼女を守ったばかりである。それが、再び彼女の身の安全が脅かされそうになっている。これでは自分が何のために守ったのかが分からない。
 絶対に助け出さなくてはいけない。
 それはここにいる者全員の想いであった。

「さて、セドリックから届いたメールによると、デュノア社を脅しているのは先ほど本人が言ったように『亡命企業(ファントム・タスク)』。コイツらはセドリック・デュノアの娘、シャルロット・デュノアを誘拐、そしてデュノア社には所持しているISのコアと武器を寄こすよう請求。取引場所は……現地。フランスにあるデュノア社のIS開発プラント。取引の時間は……今から約一二時間後」

 日本からフランスへ行くには、旅客機で約一二時間半かかる。本来ならばギリギリ間に合わないのだ。しかしそれは、旅客機では、という話だ。専用のジェット機を使えば話は別である。
 幸いにも束派のバックには正式に国際IS委員会がついている。ISの企業が脅されている、という事実があれば国際IS委員会は動いてくれる。それぐらいの要求は通るはずだ。

「束、国際IS委員会に連絡を。移動手段をどうにかせなければ」

「そうだね。まずはそこからだ」

 千冬は束にそうするよう促した。
 とにかく、国際IS委員会へと通信を繋げる。画面には『SOUND ONLY』の文字が表示され、スピーカーからは男性の声が聞こえてくる。

『何かね、篠ノ之束。また何か要求か?』

「はい、そうです。今からデュノア社の命運をかけた戦いをするためにフランスへ向わなくちゃならないんだけど、何か移動手段を用意してくれませんか?」

『デュノア社の命運をかけた戦い……? どういう事か詳しく話を聞かせてくれ。それと資料を要求したい』

「はい。じゃあ、ちーちゃん、先ほどのメールの内容を送ってあげて」

 千冬はセドリック・デュノアが用意してくれたメールの内容をそのまま送った。そして、束は言葉を続ける。

「ただいま送りましたが、とりあえず口頭でも概要を言わせてもらいますね。デュノア社の社長、セドリック・デュノアの下に脅迫メールが届きました。その内容は娘を誘拐したこと。そして、娘を解放して欲しくば、ISのコアと装備を渡せ、というらしいです。タイムリミットは今から約一二時間後。それに間に合わせるために何かしらの移動手段を要求したしだいです」

『なるほど、今そのメールを確認している。なるほど……。だが、移動手段を提供する代わりに何かこちらにメリットはあるのかね?』

「そりゃもちろん。貴方はこのことを分かって聞いているんでしょう? 今回のの任務を行って『亡命企業(ファントム・タスク)』の活動を停止させて身柄を確保すれば、その足を掴むことができる。これは国際IS委員会としても是非やってもらいたい事なのでは?」

 国際IS委員会側も暗部組織の動きを止め、その足を掴むチャンスをつかめる可能性があるのなら、喜んでこちらの要求は呑んでくれるはずである。
 この暗部組織の問題は国際IS委員会でも管理できない状態にある。いったいどれだけの組織があるのか、どのような活動をしているのか、どれだけの人員が存在しているのか、全然把握できていないのが現状なのだ。それができていれば束などに協力を求めていないだろう。
 分かっていないからこそ、暗部組織に携わり、国際IS委員会側……こちら側にいる篠ノ之束に協力を求めた。
 篠ノ之束に任せておけば、おそらく何かしらの成果は出してくれるだろう、と国際IS委員会はそう判断したのだ。現に国際IS委員会から与えられた任務や、他の所から依頼されたものなども、堅実にこなしてくれている。だから、任務に必要な要求なら喜んで答えよう、というのが今の国際IS委員会の方針の様だ。

『まぁ、そう言うだろうと思いましたよ。その通り。この要求に答えたら、そちらは任務を行える。そして、こちらは暗部組織の足を掴むことが出来るかもしれない。これはどう考えてもこちらにしかメリットがない。断る理由など、どこにもない』

「では……」

『ああ。では、専用のジェット機を用意しよう。空の道もどうにかする。一時間後にはどうにかできるはずだから、それくらいに羽田空港まで来てくれ』

「了解。ありがとうございます」

『いいや、例の必要はない。ただ、君らは任務を成功してくれれば問題は無い。今回の任務の成功を祈るよ』

 国際IS委員会の名もわからぬ男は通信を切り、再びブリーフィングを再開する。
 モニタにはデュノア社のIS開発プラントのその周辺の地形が描かれている地図が表示されている。

「いいかい? 更識楯無、篠ノ之箒、織斑一夏の三名は国際IS委員会が用意してくれたジェット機に乗って、直接この開発プラント上空まで行ってもらうよ。指定のポイントに着いたら、ジェット機から飛び降りてすぐさまISを展開。周辺の索敵を開始し、必要ならば戦闘を行う。織斑一夏と篠ノ之箒はシャルロット・デュノアの救出を。更識楯無は『亡命企業(ファントム・タスク)』の無力化を試みて。篠ノ之箒はシャルロット・デュノアの護衛をし、織斑一夏は更識楯無の応援にすぐに入ってあげて。では、今から一〇分後、羽田空港に向かいます。三人はそれまでに準備をしておいて」

「「「了解!!」」」

 三人は一斉に会議室を後にし、準備に入った。
 これから始まるのはシャルロット・デュノア救出作戦。
 大事な友達を取り戻すため、IS学園の仲間三人が動き出す。
 目指すはフランス。

 『束派』と『亡命企業』の戦いが今始まる。



[28590] Episode5 行間二
Name: 渉◆ca427c7a ID:7b53eb7b
Date: 2012/10/14 23:49
 セシリア・オルコットは少し遅めの昼食を取っていた。イギリスの現在時刻は一四時三〇分で、日本との時差は八時間だ。

(チェルシーが今調べてくれている日本で起きている事件。あれに一夏さんや箒さんが関与しているとすれば……おそらく……)

 セシリアがチェルシーに日本で起きている事件についての調査を頼んでから約一時間が経過しようとしている。当然、それほどの短時間では何の情報すら入ってこない。だから、セシリアも独自に調査を進める気でいる。
 それと同時にセシリアにはもう一つ仕事がある。
 彼女も代表候補生として専用機を授けられている身分であり、『ブルー・ティアーズ』の開発元である会社へとこれから向かう予定である。
 彼女が所持しているISの特徴的な装備がBT兵器――つまり、ビームビット及びミサイルビットからなる長距離遠隔砲撃システム、それが「ブルー・ティアーズ」という名称であり、それを搭載したIS第一号がセシリアに授けられたISをそのシステム名をそのまま取って『ブルー・ティアーズ』なのである。
 これを開発したのはイギリスの『LOE社』である。正式名称は『Locus of Evolution社』、日本語に訳すと「進化の軌跡」である。
 食事を終えたセシリアはそこへと向かう。食事をしていたお店もそこの会社の近くなので歩いても五分かからずに着いた。
 彼女は受付の女性に自分がセシリア・オルコットであることを伝えると、すぐに案内してくれた。そもそも彼女はここに、この時間に『LOE社』に訪問する手筈であったのだから当然である。
 これから行うのは『LOE社』の社長であるドゥーガルド・フィリップスとの面談だ。
 彼女はこの会社の社長室に向うためにエレベーターに乗り、最上階を目指していた。段々と気圧の関係で耳がキーンとなるのを感じながら彼女は登っていく。
 そして社長室の前へとついた彼女はドアをノックし、中へと入っていく。

「こんにちは、ドゥーガルドさん。お久しぶりですわね」

 セシリアは中へ入るのとほぼ同時に挨拶をする。
 そこにはテーブルにお菓子を置いている男の人の姿があった。

「おお、セシリア! 思ったより早いじゃないか。本当に久しぶりだな。まだ紅茶の準備ができていないじゃないか、あはははは」

 なんともその男はハイテンションで陽気な笑い声をあげていた。
 その男こそ『LOE社』社長であり、その名をドゥーガルド・フィリップスという。

「おほほほ、相変わらずですわね。その明るい性格といい、声といい」

「これが私なのだから仕方があるまい? ただ、女性の御方には頭があがらいがね、あはははは!」

 そう笑いながらポットにお湯を注いで紅茶を入れる準備を進めるドゥーガルド。
 セシリアはクスッと笑い、社長室にあるソファへと腰をかける。
 何故こんなにも軽い感じで接することができるのかというと、この二人はセシリアが代表候補生となり、『ブルー・ティアーズ』の開発を始めたときからの仲であるからだ。
 ドゥーガルドもISの更なる進化の為にセシリアとのコミュニケーションをより多くとってきたし、セシリアの要望もできるだけ叶いてきたのだ。まさに『ブルー・ティアーズ』は大雑把に言ってしまえばこの二人で作ってきたようなものだった。ただし、これは大雑把に言っただけであり、本来はもっと多くの人たちの手によって出来上がったのは言うまでもない。

「で、どうだったかね? 日本のIS学園は?」

「はい、そうですわね。やはり、噂のISを動かせるという男性――」

「そうそう! それそれそれ!! どういった人物だったかね?」

 ドゥーガルドは紅茶を入れるのを途中で止めて、セシリアの向かいのソファへと腰かけた。

「そうですわね。ISを動かせる理由については未だ謎ですわ。ですが、そのふ……三人の人柄はとても良く、人間としてしっかりしていましたので、すぐにお友達になることが出来ましたわ。今では親友と言えるほどまで仲良くなりましたの」

「そうか、よかったじゃないか。……いや、あまり良かったとは言えないな……」

 ドゥーガルドが急にしんみりとしだしたのは、葵春樹のことだろう。彼が行方不明になったのは世界的に有名な話になっている。それもそうで、彼らは世界を騒がせたISを動かすことが出来る男は重要な研究材料だったのだ。だからIS学園という施設に身を預け、どれだけのことが出来るのか、ISという道具をすべての男が動かせるようになるのだろうかと、世界中の男の希望だったのだ。その一人が行方不明になってしまったとなると、それはとても悲しい出来事だろう。

「はい、そうですわね。実は……ですね。その……私、今、行方不明になっている葵春樹さんを探していますの。少々危ない橋を渡っていますけど……」

「…………」

「彼は、私の大切な仲間の一人をなんです。大切な仲間の一人を自分の下へ取り戻したい。そして、また皆で楽しい学園生活を送りたい。それだけなんです」

 熱く、そう語ったセシリア。すると、ドゥーガルドは口角を上げて笑い出した。

「あははははは!! セシリア、君はいつからそんな人になったんだい? IS学園に入ってから君に何があったんだ。まぁいい。で、私に何かして欲しいのかな?」

「ブルー・ティアーズの強化をお願いしたいのです」

「ブルー・ティアーズの強化……? そんなこと、セシリアに言われなくてもやるつもりだよ。その為の帰国じゃないか。で、具体的な案はあるのかな?」

「はい。それはこちらにまとめております」

 セシリアが取り出したUSBメモリ。その中に入っている『ブルー・ティアーズ』の強化案とは一体どのようなものなのか。
 ドゥーガルドはノートパソコンを取り出し、電源を入れる。そして、セシリアが持ってきたUSBメモリを挿し、その中の文章ファイルと画像ファイル。それを確認していくドゥーガルドは段々と顔をニヤつかせていく。

「ふはははは。これはすごい。こんなものを私たちに作れと……? 言ってくれるねぇセシリア。我が社のエンジニアたちを殺す気かね? いいだろう、これを作り上げようじゃないか。で、いつまでに作って欲しいのかな?」

 セシリアは静かにこう言った。一週間以内、と。

「一週間以内!? 本気で殺す気かい? まぁ、本当に死ぬ気で頑張ればできるだろうね。何も一からISを作るわけじゃない。現状の『ブルー・ティアーズ』をベースに、ISの性能アップと武装自体に改良を加えれば良いからね」

「できるのでしょうか……?」

「それを可能にするのが私たちの仕事だよ。私たちが開発したBT兵器を実用化できるようにするステップアップの一段階のようなものだ。これが出来なければ、私たちはBT兵器を一生実用化レベルまで開発することが出来ないだろう」

「では……!!」

「いいだろう。この強化を一週間以内だな? まかせておいてくれ」

 セシリアの計画がまた一歩前進した瞬間だった。
 日本で起きている事件、『ブルー・ティアーズ』の強化、そして、次の計画とは……?
 彼女のやろうとしていることはいったい何なのか。そして、真実にたどり着き、葵春樹を見つけることが出来るのか。
 セシリア・オルコットの戦いはこれからも続くのであった。



[28590] Episode5 第三章『新たなる影 -Golem-』
Name: 渉◆ca427c7a ID:7b53eb7b
Date: 2012/10/15 00:37
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 一夏、箒、楯無の三人は羽田空港に到着し、専用のジェット機に乗り込んでいた。
 とても狭い室内で、快適さは一切ないが、その分通常のジェット機より高速で飛行することが可能だ。旅客機で一二時間半ほどかかってしまうフランスまでの空路だが、この専用のジェット機ならば八時間半ほどで着いてしまうだろう。時速にして約一二〇〇キロメートルほどの速度が出ていることになる。
 とてつもない加速が行われるため、三点式シートベルトで体をガッチリとホールドする三人。
 ジェット機はエンジンを始動し、キィィィィィィィンという凄まじい音を出しながら滑走路を進む。
 直線に入ったジェット機は一気に加速を開始する。それと同時に飛行機に乗っている三人にはGがかかった。内臓が押しつぶされそうになるのを感じながら、ジェット機は加速していく。
 そして、ジェット機は空へと舞った。
 そのまま飛行機が安定するまでしばらく待たなくてはいけない。それまでは、三人は黙ったまま、沈黙が続いた。
 しばらく飛んでから飛行機が安定状態になったのだが、物凄い速度で進んでいるため、シートベルトを外して立ち上がることは厳禁だった。
 とりあえず、この沈黙を破ろうとしたのは楯無だった。

「ふぅ、ようやく安定したね。いやぁ、あいかわらず空に飛ぶ瞬間のフワッとする感じは慣れないねぇ。ISだと慣性の法則を無視して空飛んでくれるからそんな感じはしないのに」

 それに答えたのは箒だった。

「確かに、あの感覚は慣れないですよね。と、言っても飛行機に乗るのなんて今回で三回目なんですけど。まぁ、これから八時間……少しゆっくりできる。フランスに着けばもうゆっくりできないので、少し寝ときます」

「それが良いと思うよ。もし何かあればちゃんと起こしてあげるから」

 楯無のお言葉に甘えて、箒は目を閉じて眠りについた。先ほどまで戦闘を行っていたのだ。体力的にも精神的にもまだ疲れている。だから、この移動時間で休むしかなかった。
 しかし、眠ろうとも、話そうともしない人物がここに一人いた。この場には三人しかいないから、必然的にその人物が残る。
 そう、織斑一夏だ。
 彼は真剣な表情でひたすらフランスの情報を集めていた。役に立ちそうな情報を、掲示板等から引っ張っているのだ。だが、中々良い情報は見つかってくれない。やはり、簡単にそんな情報が出て来るはずがなかった。

「精が出るね、一夏。でも、そんな張りつめた状態でいるのも問題だと思うな、私は。そんな精神状態じゃ、ちょっとしたミスをたくさん犯してしまい、やがてそれが取り返しのつかない大きなミスになる。そんな事をしてしまえば、自分の身に起こる事はおそらく……死だろうね。……だから、もう少し肩の力を抜こうか」

「…………会長」

「何かな?」

「俺は……春樹を俺の下に取り戻したい。それだけの理由で俺は今動いているはずなんです。でも、俺はシャルロットの為に必死になっている。こんな俺って、やっぱり甘い奴なんでしょうか? すべてを守りたいなんて、叶うはずもない戯れ言でしかないことを……」

 そんな一夏の言葉に、楯無は目を閉じて真剣に考えた。
 過去に自分も一夏と同じような事を考えたことがある。それは、自分が何故こんな事を、暗部という汚れた仕事をしているのか、という行動理由について考えたことがあった。
 この仕事を行い始めたときは、自分の父親の会社を護りたいという気持ちだけだった。だが、そうも言ってられず、様々な仕事を行わなければならない。段々と人を殺すことに躊躇しなくなっていく。そんな自分が怖くなり、目的も見失ってしまった。
 だが、そんなときに手を差し伸べてくれたのは自分よりも一つ年下で、なのにどことなく大人びていて、ISが何故か動かすことのできる男性だった。
 そのときにその男性は言ってくれたのだ。
 誰かを守りたいと思う気持ちを持っていればそれでいい、と。それだけで立派な行動理由になるのだと。
 楯無の守りたいと思う存在は父親とその妹、信鳴と簪だ。その二人を守ることが出来ればいい。そして、もう一人……、彼女には守りたいと思う者ができたのだ。
 その人物の名は葵春樹。
 自分と共に戦ってくれる者。そして、自分を守ってくれて、導いてくれる者でもある。だから、彼女は彼を守りたいと思った。彼が自分を守ってくれるなら、自分は彼を守りたいと、そう思ったのだ。
 彼女の戦うという行動の理由はそこにある。大きな目的として家族を守るというものがあるが、それとは別に身近な目的として、共に戦ってくれる人を死なせないという目的があるのだ。
 そう、だから――。

「一夏。いや、箒もだね。箒、起きて」

 楯無は目を瞑っていた箒を起こした。

「眠ろうとしていたところをごめんね。でも、これから話すことは箒にも聞いておいて欲しかったんだ。本当ならもっと早く話した方がよかったんだろうけど……これは私の失態だね」

「会長……。一体何を話そうと……?」

 一夏はそう尋ね、箒はこの空気を感じ取って固唾を飲んだ。

「これから暗部で仕事をする際に、どういった目的を持って仕事をこなしていくのか、っていうお話。一夏、箒、君たちはどんな目的を持って暗部の仕事をするの? 聞かせて欲しいな」

 この楯無の質問に最初に答えたのは箒だった。

「私は、姉さんの命を救う為に戦います。今までは春樹が姉さんを守ってくれていた。春樹が居ない今、その役目は私がやるんです。もちろん、春樹を私たちの下へと取り戻すのも目的の一つです」

「なるほどね。箒、君は確かな目的をしっかり持ったようだね。その目的を忘れないように」

「はい!」

「で、一夏はどうなのかな?」

 今度は一夏に話を振った。だが、一夏はそれに答えようとはしなかった。いや、出来なかったのだ。
 彼は自分が何故、どういった理由で動いているのかが分からなくなってしまった。
 最初はISを悪用する奴らを倒すつもりでいた。だけど、それは春樹の行方不明により、彼を自分の下へと取り戻す、というものに変わった。だけど、今回はなんだ? シャルロットの為に自分は動いている。結局自分は全てを守ろうと動いてしまっている。

(それが許せないんだよ……俺は……。とんだ甘ちゃんだよ……。何が成長してる、だよ。俺は何にも成長なんかしていない。出来ないようなことをやろうとして、そして失敗するんだ)

 そう思った一夏だが、その考えていたことが筒抜けていたかのように楯無は言葉を出した。

「それでいいと思うんだ」

 その楯無の一言は、一夏の心を大きく揺るがした。自分の考えていることが分かっているかのように言葉を投げかけてきたのだ。

「一夏は……そういうところが私と似ている。目的を見失いそうになって、今度は自分を責めて、自分で自分を追い詰めている。昔の私を見ているみたいだ。一夏、いいかい? 目的は大きく持っていいだよ。君のやりたいことは、親友を全員守る事でしょ? それでいいじゃない。君の親友は箒をはじめ、シャルロット・デュノアにセシリア・オルコット。鳳鈴音(ファン・リンイン)にラウラ・ボーデヴィッヒ。それに織斑先生や篠ノ之束。そして……葵春樹でしょ? ふふ……そこに私も混ぜてもらえたら嬉しいんだけど、まぁいいや」

 そうだ。もっと素直に、もっと単純に考えればよかったのだ。一夏が望むことは楽しかった日常を取り戻すこと。一時期は春樹を自分の下へと取り戻すことだけを考えてしまっていた。それほどまで自分の下から彼が居なくなってしまったのは大変ショッキングな出来事であったのだ。
 だが、落ち着いて、それでもって自分に素直になったらどうだろうか。
 そうだ、一夏が望むもの。それは楽しかった日常を取り戻すことなのだ。平和で楽しい学園生活。春樹に箒、鈴にセシリア。そしてシャルロットとラウラ。それ以外にもクラスメイトの皆と楽しい学園生活を送りたかったのだ。
 最初はあんなにも嫌だったIS学園だが、今となってはISと触れ合っていること。仲間とともに学園生活を送ることが、何よりも幸せな事だったのだ。

「そうか……俺が望んでいること。それは、みんなと楽しく過ごす日常だったんだ……。それを取り戻したいから俺は今戦っているんだな……。ありがとうございます会長! もちろん、会長も俺たちの親友の一人ですよ。なんたって、IS学園の生徒会長なんだから!」

 楯無は嬉しかった。こんなにも汚れた仕事を行ってきた、人助けも、人殺しも、色んなことをしてきた。だけど、そんな自分を知っている人物からも『IS学園の仲間』として一夏は受け入れてくれたのだ。

「ふふふ……。生意気なこと言うなぁ一夏は!!」

 楯無は泣きながら微笑んだ。そして、それを見た箒も微笑んでいた。
 フラフラと危ないほど揺らいでいた一夏の決意が固まった瞬間であった。
 これで一夏と箒、両名の戦う理由(わけ)はガッチリと定まったのだ。これで戦う事についての不安要素がまた一つ取り除くことが出来た。
 また一歩、一夏と箒が成長した瞬間であった。



 そして――時は過ぎ、一夏たちがフランスへ飛び立ってから七時間半が過ぎようとしていた。
 三人は先ほどまで交代で仮眠を取っていたが、それも終わり現在は全員が起きている。
 フランスに着くまであと約一時間ほど。順調にフランスへと近づいていた。

「さて、もうすぐだね。準備はいいかな?」

 楯無の言葉に一夏と箒は、はい、と返事を返した。
 とは言ってもあと一時間ほど時間があるのだ。
 箒は目を瞑って精神統一を行い、楯無は音楽を聴きながらリラックスしていた。一方一夏は外を眺めていた。下には山々がうっすらと見える。どうやら、今日は雲が薄いらしい。とても見晴らしは良かった。
 この時一夏はISの能力を使い、遠くまでの景色を眺めていた。これによりズームイン、ズームアウトが自由になるので、地上の景色まではっきりと見ることが出来る。
 そんなリラックスさせるための一時間は急に失うことになる……。

「!?」

 一夏はISの能力を使い、より遠くまでを眺めていた。そのとき、一夏の目に映り込んだのはISであった。しかも、あれは――。
 そのISは猛スピードでこちらに向っている。どう考えてもあれはこちらを狙っているとしか思えなかった。

「箒、会長、敵襲だ!! 急げ、こちらに向っている!!」

「何!?」

 箒は驚きの声をあげ、一夏は焦りながら彼女らに危険を伝える。
 楯無も同じく驚きの声をあげ、急いでシートベルトを外しISを展開する準備に入る。

「機長、敵襲です! こちらはドアを開けて外へ飛び出します。ご注意を!!」

 楯無は機長に連絡を取り、一夏と箒はジェット機のドアを開く準備に入っていた。
 ドアを開けた瞬間、吸い出されるように三人は外へ放り出される。そして、ISを展開し空へと舞ったのだ。
 刹那――遠くで何かが光ったかと思うと、気付けば飛行機の一部が溶けて消えてなくなり、その断面が真っ赤に光っていた。バランスを崩したジェット機は拉げ、真っ二つになったと思うと爆発して落ちて行った……。
 一夏、箒、楯無の三人は冷や汗を流し、もう少し敵の発見が遅れていたらここで人生というものが終了していたと理解した。
 目の前にはISが数機……一つはビット装備がある機体。それは、楯無が良く知るものだった。
 それこそエムの『サイレント・ゼフィルス』であり、BT兵器を持つISだった。つまりこれはイギリスの『LOE社』の機体であることを証明している。BT兵器はそのイギリスの『LOE社』という企業しか開発していないのだから。
 そして、その後ろを飛ぶISは……いや、ISというのも怪しい代物だ。
 鈴音に重傷を与え、あのときの一夏には倒すことすらできなかったフルアーマーのISらしきもの。そう……あのクラス代表決定戦のときにIS学園を襲った奴と同じだった。

「アイツはァ……!!」

 一夏は怒るようにそう呟いた。
 彼にはあの謎の無人機の兵器に因縁がある。
 鈴音と共に戦って手も足も出ず、最終的には春樹に助けてもらってピンチを脱出することが出来た。あのとき男として情けないと思ってしまったのだ。ISを動かせるという特殊な能力を持っていながら、女一人を助けることも出来なかった。

(アイツは……アイツだけは俺がぶっ殺してやる!!)

 今こそその恨みを晴らす時、おそらくあれはIS学園を襲ったものと同じもののはず。だったら、あのときの自分自身で戦った経験と、春樹が倒した事を参考にして倒すことが出来るはずだ……。

「01、落ち着いて。あの謎のISに恨みがあるのはわかる。だけど、こういった戦いは熱くなった方が負けだよ。とりあえず私はあのビット装備を付けた奴を相手にするから。01と02はあの謎のISの方をお願い」

 一夏と箒は了解、と声を出すと、楯無は一気に加速して『サイレント・ゼフィルス』に接近を試みた。それの後ろに一夏と箒が付いている。こちらは無人機らしきISを担当することになるだろう。

「おい、そこの亡命企業(ファントム・タスク)さん。今日は何なの? そんな物騒なものを持ち出して……」

 楯無は煽るようにエムに対して言葉を放った。

「ふん……何がとは……。先ほどの一撃で分かったはずだ。そして……私たちはお前たちがここに来ることが分かっていた。つまりそういうことだ……!」

 エムは楯無に向って大型ビームライフルでビームを放った。それこそ、戦闘開始のゴングと比喩してもよいものであった。
 エムとその周辺にある五機の名称不明のISらしき兵器も動き出す。
 楯無はそれが何かということをエムに問う。

「その後ろのアレは何だ!? アレはどういった!?」

「ふん……貴様たちですらコイツの正体を掴んでいないとはな……。コイツの名は『ゴーレム』という。これがどういったものなのかは……身を持って体験しろ!!」

 ゴーレムはエムの一言で動き出した。
 一夏、箒、楯無の三人は一度散らばり、まとめて標的になってしまうのをまず防ぐ。
 最初は相手の動きを伺うところから始める。エムの機動特性は楯無は良く分かっているのだが、一夏と箒の二人は知らない。
 そして、何よりも怖いのはあの『ゴーレム』と呼ばれる兵器の事だ。
 IS学園を襲ったのは確かにアレである。形状は少々の違いはあるものの、良く見ないと分からないレベルであり、全くと言っていいほど同じである。
 だが、性能の面は外面だけでは図ることは出来ない。襲撃の日から二ケ月ほどが過ぎているのだ。そのときは春樹がAIの未熟な部分を突いて破壊することが出来たが……今でもそのような性能とは言い難い。寧ろ、性能がアップしていると考えないと駄目だ。

「01、02はあのゴーレムっていう奴の相手をお願い。私はあのサイレント・ゼフィルスの相手をする!」

 一夏と箒は予想通りの指示に不安ながらも自分の気分を上げるためにニヤつきながら、了解、と言った。
 楯無は自分で出した指示の通り、エムとの戦闘を行うことになる。

「昨日ぶりだね。なあ、エムとやら?」

「ふん、飛んで火に入る夏の虫という日本のことわざがあるが……まさにお前らだな」

「どういうこと……?」

「自分で考えるんだなぁ!!」

 エムは六基ビットを展開して、楯無を攻撃する。
 このエムが使用している『サイレント・ゼフィルス』の装備は以下の通りである。
 まずは『第三世代型BT兵器』。これが六基である。これにはビーム・ガトリングが装備されており、無数のビームを発射できる。だが、それだけではない。このビットは傘状のビーム・シールドをも展開し、攻撃だけでなく防御にも転用することが出来るのだ。
 次は『ビームインターセプター』。これはセシリアの『ブルー・ティアーズ』の『インターセプター』と同じく近接ショートブレードであるが、こちらはビームを展開し、更なる攻撃力を得ることが出来るようになっている。
 最後にエネルギー弾と実弾の両方を扱うことが出来る『スターブレイカー』という名称の大型ライフルであり、先端には近接用の銃剣も取り付けてあるので近接戦闘も一応可能である。
 無数のビームを避けながら楯無は考える。

(飛んで火に入る夏の虫……ってことは、まさか!?)

 この時、楯無は気が付いたのだ。
 これは罠。
 しかも、立場上絶対に回避不可能な質の悪いものだ。
 『亡命企業』は分かっていたのだ。あのフランス行きのフライトのとき、シャルロット・デュノアの護衛任務に当たっていたのは『束派』である……と。シャルロット・デュノアを誘拐すれば、必ずセドリックは娘を助けるために『束派』を頼るだろうと、そう予想していたのだ。
 そして、実際に『束派』をセドリックは頼った。思惑通りに事が進んだ。あとは、シャルロット・デュノアの救出の為にフランスに向かう『束派』を襲撃するだけ。この……『ゴーレム』という謎の兵器を利用して。
 シャルロットを誘拐することにより、セドリックの会社からISを奪うことが出来る――それはいいのだ。問題はセドリックに与えた猶予時間。明らかに一二時間は多すぎる。
 最初から『束派』を誘い出し、今後邪魔になるだろう勢力――束派――を潰しておく。これが『亡命企業(ファントム・タスク)』が考えた今回の作戦だ。

(こんな、こんなの……どうしようも……。こうなったら、戦って勝つしかない……!)

 楯無がそんな事を考えて、一瞬気を散らした瞬間だった。

「戦場で油断するとは、ルーキーかよ!!」

 そのエムの一言。それを聞いた時には目の前には二機のゴーレムが楯無を襲おうとしていた。
 ゴーレム。
 それはIS学園を襲った謎のISである。いや、正確に言えばISではない。ISの心臓部となる『コア』と呼ばれるものは、それの『コア』とは全く別物を使用していることが分かった。
 つまり、パワーの源は全く別物を使用している。
 ISの『コア』の存在意義というものは、その現実離れした機能を現実にするためにある。慣性の法則を無視した『PIC(パッシブ・イナーシャル・キャンセラー)』という機能、『シールドエネルギー』と呼ばれる不可視のパイロットを守るシールド、武装の量子変換、それらの機能はISの『コア』なしでは機能しない。
 一応言っておくが、稼働エネルギー――電気エネルギー――が別に存在しているのだが、そのエネルギーはあくまでISを起動し、電子制御の部分を動かすエネルギーでしかない。
 ともかく、ISの『コア』というものは、ISの生みの親である篠ノ之束ですら理解できていない代物である。
 だが、目の前で動いている『ゴーレム』はまるでISと同じように動いていることがまず理解できない。空中を舞う姿は『PIC(パッシブ・イナーシャル・キャンセラー)』の機能を使っているとしか思えないのだから。
 全身を包むように存在する装甲。大型で、そのまま鈍器にもなってしまうような腕。そしてその腕にはビームを発射する銃口。体中には姿勢を安定させるための推進剤の噴射口。
 その中に人間は存在しない……はずだ。あれがIS学園を襲ったものと同じであるならば。
 それが楯無に接近する。楯無の一瞬の気の緩みが一転して生死を決めてしまう状況になってしまった。目の前の大型の腕が楯無を襲おうとしている。
 ゴーレムの腕は先ほども書いたように太く、そして重い。ISを殴る事で、それだけでも大きなダメージを与えられるだろう。
 ド素人でもあるかのようなミスでこうなってしまう。それは経験が豊富あろうか無かろうかは関係ない。その原因が何であれ、生きる奴は生きて、死ぬ奴は死ぬ。戦場に出て生き残ればそれ相応の人間という評価を受けるし、死ねばそれまでの人間だったという評価を受ける。
 楯無が死ねば、やはりそこまでの人間だったという評価を受けることになるだろう。…………だが、彼女はその評価を受けることはない。
 何故なら、彼女には仲間がいる。
 そう、先ほどまで『ゴーレム』を相手にして生き残っている仲間が。

「「甘い!!」」

 そういう言葉が楯無の耳に入った。それは二人分あった。
 気が付けばゴーレムは目の前から消えていて、違うISが目の前にいた。

「01……02……」

 目の前には二人がいた。ゴーレムを後ろに吹き飛ばして。
 二人の目は先ほどまでとはまるで違う。雰囲気すら違う。これが……『因子の力』の覚醒というものなのだろうか。

「00、絶対生き残りますよ。それが、私たちの仕事です」

 箒は楯無に言葉を贈る。だが、ゆっくりしている暇はない。エムのビームによる攻撃が三人を襲うのだ。
 だが、その攻撃に当たることは無い。エムは二人の死角から攻撃を行ったというのに、まるで後ろに目が付いているかのように攻撃をかわしたのだ。

(一夏、箒、それが君たちの力なの?)

 楯無は初めて見るのだ、一夏と箒が『因子の力』を使って戦っているところを。研究所の襲撃では『因子の力』を使わなかった。だからこれが初めてなのだ。
 そして、エムは正直焦っていた。
 何故ならこの戦い、楯無さえ落としてしまえば残りはここ最近組織入りしたルーキーだけになり、ほぼ戦闘要員の撲滅に成功したと言ってもいいことになるはずだったのだ。
 しかし、現実は違った。ルーキー二人は楯無と同じ、いや、もしかしたらそれ以上の力を持っていた。これで計算が狂ってしまった。
 が……、負けたとはまだ言い難い。コチラにはまだ五機の『ゴーレム』がある。この兵器の実力は未だ分からない。『ゴーレム』と『サイレント・ゼフィルス』の力を合わせればまだ勝算がある。

「ゆけ、ゴーレム! 奴らに絶望を見せろ!」

 エムはゴーレムに命令を送る。
 するとどうだろうか、『ゴーレム』は先ほどと打って変わって動きを変えた。


  ◆


 とあるところに男が三人いる。

「さぁ、ここからが本番ですよ……フゥハハハハハハハハ!!」

 と高笑いをあげたのは小波充(こなみみつる)である。そしてその傍らには木明信也(きみょうしんや)という男と鍋田夏樹(なべたなつき)という男。
 この三人はモニタを見ていた。
 そこに映っているのはISである。見えるだけで四機のISがいる。一つは暗い青と黒のIS、一つは白色のIS、一つは赤色のIS、一つは水色のISだった。

「小波さん、やるんっすね、アレを!!」

 そう言ったのは木明である。

「そうだ、ゴーレムの本当の強さはこんなものではないのはお前たちも分かっているだろう? なぁ、木明、鍋田よ!」

「もちろんっすよ! ささ、早くやっちまいましょうぜ」

「まぁ焦るでない……。ここは高らかに宣言してから行こうではないか。さぁ、鍋田よ、アレを持ってこい」

 鍋田は何も言わずにノートパソコンを取り出した。その画面には『Golem』という名前が表示されている。

「さあ、どうぞ……」

 と鍋田が静かな声でそう言うと、小波は両手を天高く上げて宣言する。

「皆よ聞けぇ!! ただいまを持って、ゴーレムの本当の力を解放する。これこそ我々の望む世界への第一歩だ。ここに小波充は、今から一〇秒後にスイッチを押す。さぁ、皆の衆よ、共にカウントダウンを!!」

 この宣言はこの男たちが潜んでいるとある研究所のいたるところに流れているのだ。そして、そこの研究員たちはともに高らかにカウントダウンを開始する。
 そして――。

「全ては……平等なる世界の為に!!」

 小波充は、エンターキーを押した。


  ◆


 ゴーレムの動きが急に変わった事に気が付いたのは、ここで戦闘を行っている四人すべてであった。一夏、箒、楯無はもちろんのこと、なんとこのゴーレムを投入したエム自身も驚きを隠せないでいた。この反応を見る限り、このゴーレムの動きは予想外のものなのだろう。

(なんだ……? 何が起こっている……?)

 一夏は注意深く散らばった五機のゴーレムの動きを見る。
 そして……腕の発光を一夏は見逃さなかった。

「00、02、散れ!! ヤバいのが来るぞ!!」

 一夏の注意で散開した三人。その瞬間、五機のゴーレムすべてからすべてをなぎ倒す極太ビームが乱射された。腕を振り回しながら、ビームを発射し続けるゴーレムに、一夏たちは攻撃を避けることしかできなかった。
 それはエムも同じだった。彼女もゴーレムの攻撃を受けていたのだ。それを見た一夏はこう判断した。

(アイツもあのゴーレムの攻撃を受けている……? ということは――)

 つまり、また違う組織の陰謀か何か、ということになる。ISとは別物ということが発覚し、ISを見境なく攻撃をするということは、おそらく反IS派の行動だということが分かるだろう。

「おい、01! お前はあのゴーレムと戦ったことがあるのだろう? 何か突破口はないのか!?」

 箒は焦りの声をあげる。あれは人の心を持たない無人の兵器だ。躊躇することも、同情することもない冷徹な殺人マシーン。あれはISを身に着けた人を確実に殺すためのもの。

「って言われても……っ。あの時のゴーレムとはまったく違う物だ。同じなのは外見だけで」

 このゴーレムの行動パターンはIS学園を襲った時のものとは全く違うものになっていたのを一夏は感じていた。実際に戦った一夏が感じたのだから間違えないだろう。
 ビームの嵐が終わった瞬間に、一夏はゴーレムに接近を試みる。彼が何をしようとしているのか悟った箒と楯無は一夏のサポートの為に他のゴーレムの足止めを開始した。
 一夏はあの重量級のボディにビビることなく接近し、剣を振るう。もちろん『零落白夜』を発動して……。だが、ゴーレムには殆ど効かなかった。何故なら、このゴーレムには『シールドエネルギー』という概念が存在しない。いくらシールドエネルギーを切り裂き、ISの機能を逆手に取って絶対防御を発動させ、一気にシールドエネルギーを奪い去る能力だからといって、その相手自体がIS以外では何の役にも立たないのは当たり前だった。
 このゴーレムは超硬合金のボディで作られており、そう簡単には貫けない。ビーム系の武器を使わないと、そのボディを切り裂くことは難しかった。
 だからこその『零落白夜』なのだが、これは本来の使い方ではなく、ゴーレムにダメージを与えるための苦肉の策だった。
 その事から、白式(びゃくしき)と、このゴーレムの相性は凄まじく悪いことがわかる。手に付けられている『ビームガン』も牽制用のもので気休めにしかならないし、『雪片弐型』も通常は実体剣で、『零落白夜』を発動したときのみビーム系の武器に変わる。だが、それを使うには白式(びゃくしき)の稼働エネルギーを消費する必要があるのだ。
 よって……。

「01から00、02へ。俺はあの亡命企業(ファントム・タスク)の奴の相手をする。二人はゴーレムの対処を頼みたい。俺の白式(びゃくしき)と、あのゴーレムは相性が悪すぎる!」

「02了解。気を付けろよ……」

「00了解。本当に大丈夫だね?」

 楯無は一夏のメンタル面を心配していた。ISと戦えば、死人が出るかもしれない。特に『束派』が用意したコンバットモードのISは、公式大会のレギュレーションにそぐわない仕様となっている。特に武器関連の出力が大幅にあげることが出来る。人を殺すことも出来るほどに。

「大丈夫です……。上手くやります」

一夏はエムに向って一直線に加速したが……目の前にはゴーレムが立ち塞がる。エムの接近も許してもらえない。三人で五機のゴーレムと、エムを相手にしなくてはいけないのだ。
 一気に畳み掛けられればひとたまりもないのは分かっているのだが、どうしようもできない。やはり、三人バラバラに行動しようとしたの失敗であったのだろうか。

「邪魔だ、消えろ!」

 一夏は『零落白夜』を発動させてゴーレムを斬る。しかし、致命傷という致命傷を与えられない。ボディに多少の傷はつくのだが、それだけだ。しかもゴーレムのこの硬く、重い拳で殴られれば下手をすれば死んでしまう。
 やはり、IS学園を襲ったときから大きな進化をしていた。あの時は動きも甘く、ボディの剛性もそれほどではなかった。恐らく、今回はもっと頑丈な素材を採用したのだろう。しかし、そのせいで機動性はIS学園を襲ったものより落ちていた。
 今の白式(びゃくしき)と一夏であれば、ゴーレムの近距離攻撃を簡単に避けることが出来るが……、それ止まりだ。

(どうする……? 亡命企業(ファントム・タスク)に対しての攻撃も出来ない。箒も会長も二人で一機ずつ相手にするのが精いっぱいだ……。あのエムってやつもゴーレムと戦っている。だけど、ここで共闘してゴーレムを倒すこともできないだろうな。ここでゴーレムを失えば、アイツは俺たちを殺すことが難しくなる……)

 結局、一夏たちはここでエムとゴーレムを共に相手にしなくてはいけないということに変わりは無い。
 エムもゴーレムを相手にしては隙を見つけてビットによる攻撃で三人に攻撃を行ってくる。
 一夏はその攻撃を避けると、目の前には二機のゴーレムが接近してくる光景が広がっていた。
 一つはその超重量の拳で殴りかかろうとしており、もう一つは腕に装備しているビーム砲で一夏を狙い撃とうとしている。
 この状況を考えると、一機の攻撃を避けた瞬間、その避けた方向にビーム砲を撃とうとしていると予想できる。IS学園に投入させたゴーレムより遥かに賢くなっていた。

(く……どうする……? 俺の武器じゃ――いや、そうか! その手があった)

 一夏は接近してくるゴーレムを避け、ビーム砲を発射しようとしているゴーレムの射線上を飛ぶ。そして、後ろには接近攻撃を仕掛けようとしたゴーレム。これが意味するものとは?
 接近してくるISを確認したゴーレムはビーム砲を発射する。目標は織斑一夏……だが、ビームの発射を確認した一夏は、その瞬間に瞬時加速(イグニッション・ブースト)を行ったのだ……後方に。
 一夏の白式(びゃくしき)は元々高速型のISであり、そのIS自体を更に軽量化したコンバット・モードと篠ノ之束本人が直々に超高速仕様にチューンしたのが合わさって、とてつもない加速と速度を手に入れている。それは発射されたビームより早く動いているほどなのだ。
 一夏は先ほど接近攻撃を仕掛けようとしていたゴーレムの前に出る。そのとき、白式(びゃくしき)の『雪片弐型』は『零落白夜』を発動していた。
 その剣で思いっきりゴーレムの右の横腹を斬る。だが、これは「斬る」こと自体に意味は殆どない。問題は一夏の振るった剣はゴーレムのバランスを崩させ、右横に吹き飛ばされる程の衝撃だったということだ。
 一夏に斬られたゴーレムは一夏に対して右へとバランスを崩して吹き飛ばされる。
 そして、その吹き飛ばされた場所には……先ほどゴーレムが発射したビームが通過する直線上であった。
 一夏に接近攻撃を仕掛けようとしたゴーレムは、同じゴーレムのビーム砲の餌食となったのだ。
 ゴーレムが持っている高出力の極太ビーム砲を背中に諸に受けてしまう。その攻撃力は絶大で、装甲が思いっきり壊れていくのが分かる。

(俺の武器がゴーレムとの相性が悪かったとしたら、敵の装備を利用するまでだ。どうやら今回のゴーレムも仲間撃ちしてしまうほどの低能AIだったようだな……!!)

 これで逆にわかったこともあるのだ。あれほどの強度をもっていたゴーレムの装甲をも破壊するほどの攻撃力があのビーム砲にあることを。あんなものをくらったら、装甲が薄いコンバット・モードのISはその操縦者もろとも焼き尽くすであろう。
 しかも、確かにゴーレム一機にダメージを与えた。だが、それも決定打とはなりえなかった。ビームをくらったゴーレムはいまだ動いている。
 そのゴーレムは一夏へと攻撃を行う。操縦者などいないのに、まるで先ほどの攻撃の恨みを返すかのように。

「まだ動くのか!? これでも駄目なのかよ!!」

 一夏は思わず叫んでしまった。彼はゴーレムから逃げ、エムへと目標を変える。とにかく、襲撃してきたエムも何とかしなくてはならない。
 彼女たちの思惑はこちらにも当てはまる。邪魔な組織を早めに潰しておくのは、今後の活動を円滑にするのに必要な事だ。
 だからこそ、エムを倒さなくてはならない。そしてそのあと、自分を守るためにゴーレムを倒さなくてはいけない。やることはたくさんある。
 後ろから追いかけてくるゴーレムだが、その機動力の低さから打撃攻撃を受ける心配はない。しかし問題は強力なビーム砲にある。そればっかりは避けるしか対処方法がない。
 後ろを追いかけてくるゴーレムの差は広がるものの、ゴーレムは射撃をやめることはない。ひたすら一夏を狙ってビームを発射してくるし、目標としているエムからも数々の射撃武器によって接近を許してはもらえない。

(くそっ! しつこい奴だな……ゴーレムにエム!! いや、これもさっきと同じようにすれば……)

 一夏はまたひらめいたのだ。自分の攻撃はゴーレムには効かない。そして、エムは数々の遠距離武器で接近を許してくれない。こちらには接近武器しか相手に致命傷を与える武器がない。
 ならば――。
 一対一のドッグファイトなら勝ち目は無かったかもしれない。一夏との相性は最悪だからだ。だが、この場には五機のゴーレムと箒と楯無もいる。これが、勝利の為のカードとなる。

(さぁエム。こちらの思う通りに行動してくれよ!?)

 一夏はエムに接近を試みる。もちろん、エムはこのISの装備から考えて接近させてはいけないのは分かっていた。
 だから彼女はビットを一夏の下へと向かわせビームガトリングで攻撃を、そして『スターブレイカー』で遠距離射撃を一夏に攻撃をするが、一夏は毛頭当たる気はない。
 そのビームの雨をかわしながらエムを中心として周りを飛び回る。その一夏の後ろには一機のゴーレムがいる。
 箒と楯無とエムはそれぞれ一機ずつ対処してくれているから、残り二機のゴーレムが自由な状態だ。
 この三機を箒と楯無の方へと向かわせないようにしながら、一夏はわざとゴーレムの近くを通過してこの二機を自分の下へとおびき寄せる。
 この一夏の不穏な動きに警戒心を抱き、どんなことが起きてもいいように構える。現在、二機のゴーレムが一夏を攻撃しているのだ。
 つまり、エムは一機のゴーレムと相手をしている。だが、エムは違うことに気を逸らそうとしていた。
 一夏は二機のゴーレムを引く付けながらエムに接近する。
 エムはこの一夏の行動で考えていることを悟ったのだ。このゴーレムを自分の下へと接近させてゴーレムを利用して攻撃をしようとしている……と。
 しかし、一夏の考えはそれでは不正解だ。今のエムの考えでは半分しかあっていない。

(さぁ、エム。地獄への切符は切られた)

 一夏はゴーレムを後ろに連れながらエムに接近する。
 エムは接近させまいと、ゴーレムを一瞬のぞけらせ一夏に砲撃をするが、大した数は砲撃できない。装備をフルに活用した射撃は避けることが出来なくとも、この程度の射撃ならかわせる。そして……、一夏はさらに加速した。
 気が付けば一夏はエムの後ろにいた。
 そしてゴーレムは一夏を追いかけ、一直線に加速し続ける。これを意味するものは何か? このままではエムがゴーレムの体当たりをくらうことになる。
 そうはさせまいと、エムは瞬時加速(イグニッション・ブースト)で上へと回避する。
 だが、
 その動きがエムの運命を左右させた。
 回避した先には、発動させた一夏がいたのだ。
 そして、目標を見失ったゴーレムは近くにいるエムと一夏を補足、こちらに向ってくる。

「さて、エムとやら。覚悟しろ?」

「なぁ!?」

 エムは驚愕し、その瞬間に嫌な汗が額からにじみ出てくる。
 一夏は『零落白夜』を発動させ、後ろからエムにその刃を向ける。

「死に晒せ!!」

 一夏はそう叫んだ瞬間、『零落白夜』でエムを斬った。その効果により、シールドエネルギーを切り裂いて本体に直接的なダメージを与えようとする。すると、ISの機能として操縦者を守るために大量のシールドエネルギーを消費する。
 一夏はその後、瞬時にその場から回避する。
 エムの目の前には三機のゴーレムが一直線に飛んでくる。

「うわあああああああああああああああああああああああああああ!!」

 エムの絶叫が聞こえたかと思うと、『サイレント・ゼフィルス』はゴーレムの大きな腕が直撃していた。
 シールドエネルギーが少々残っていたせいか、死ぬまではいかなかった。
 しかし、もう戦闘が出来るほどの力はもはや残っていない。このまま戦線を離脱するのが得策だと思われるのだが……。
 エムは違った。
 もはやサイレント・ゼフィルスにはシールドエネルギーは無く、もう身を守ってくれるものは何もない。次の攻撃を受ければ直接身体にダメージが入る。つまり……死に直結した攻撃となる。
 しかし。

「ふざけるな……。ふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなァァァ!!」

 どうやら様子がおかしい……。彼女にいったい何が起こっているというのだろうか……?

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ーーーー!!」

 エムはなんて言っているかも分からないような雄叫び上げたのだ。
 そのとき、彼女に変化が起きた。
 エムはゴーレムの腕を掴んだかと思うと、胴体とその腕を引き千切ったのだ。まるで、紙を破いているかのように軽々と。

(な……なんだよアイツ……。何なんだよ、あのパワーは……。本当に人間なのか……?)

 続いて、もう一機のゴーレムの頭を掴み、もう一機のゴーレムにぶつける。すると、ゴーレムの頭は二つとも砕け散り、続いて胴体もグシャグシャに拉げていく。
 ものの一〇秒たらずで三機のゴーレムを破壊したエム。次の目標は……一夏である。

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ーーーー!!」

 もはや人間とは思えない声をあげて一夏に襲い掛かる。

「ひぃ!?」

 そのエムから放たれる恐怖は尋常じゃないものだった。
 恐ろしい。恐ろしすぎてここから逃げ出したい。だが、どうやって逃げ出す? わからない。いや、無理なのだ。
 死ぬ。死んでしまう。死ぬのは嫌だ。春樹にも再会していない。いや、もはや春樹などどうでもいい。今はとにかく生きたい。生きて、未来を生きたい。
 気が付けば目の前にはエムがいた。顔はバイザーで隠れていてどんな表情なのかは確認できない。だが、恐ろしさは伝わる。
 エムは一夏の頭を掴んで握り潰そうとする。元々少ないシールドエネルギーが減っていく。このままシールドエネルギーを失えば頭がグシャグシャになって胴体だけがこのまま見知らぬ地に落ちていく。

(嫌だ……死ぬのは嫌だ…)

「うわああああああああああああああああああああああああああ!!!!」

 一夏は『雪片弐型』をエムに向って振るうが、エムはその刃を片手で受け止めた。シールドエネルギーは無いはずだ。なのに、実体剣を血を流しながら素手で受け止めている。

(な、なんだよコイツ……)

 一夏は死を覚悟した。もう駄目かもしれない。助からない。死んでしまう。
 そんなネガティヴな思考に陥ったとき、仲間の声が聞こえた。

「その汚い手をどけろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 その声は篠ノ之箒のものだった。
 箒は剣を振るう。今ならエムは両手がふさがっている。片手は一夏の頭を押さえ、もう片方の手は『雪片弐型』を受け止めている。これ以上防ぐ手立てはないはずだ。
 するとエムは一夏を箒に向ってすごい勢い投げ飛ばした。一夏は箒と激突してバランスを崩す。
 そして、箒が相手をしていたゴーレムがこちらに向ってきたのだ。
 だが、それもエムが軽々と捻り潰してしまった。
 圧倒的なパワーを見せつけられる一夏と箒。そして、その隙を楯無は後ろから襲撃をかけるのだが……。
 エムは楯無の顔面を『スターブレイカー』で殴ったのだ。もはや、武器の使い方すらも分からなくなっているのだろうか? そこまで彼女の自我は崩壊してしまっているのだろうか?

「はぁ……はぁ……何なのよアイツ……」

 楯無は息を切らしながらそう呟いた。
 そして、一夏は落ち着かず、混乱気味にこう答えた。

「化けモンだよ。アイツは化け物になっちまったんだ……」

 その様子を見た箒は一夏を正気に戻そうと、必死に声をかけた。

「一夏、落ち着け。いいか? 落ち着くんだ」

 だが、一夏は正気に戻る気配すら感じられない。それもそうだ。一夏は彼女に殺されかけたのだから。
 楯無が相手にしていたゴーレムも、自分たちを追ってこちらに向ってきたのだ。もちろん、今のエムに叶うはずもなく、胴体を引き裂き、腕をもぎ取ったのだ。
 もうゴーレムは存在しない。ここにいるのは一夏と箒と楯無とエムの四人だけ。情勢は三対一で数ではコチラに分があるはずなのに、勝てる気がしなかった。
 『因子の力』を発動させている一夏と箒でさえも、勝てるとは思えなかった。

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ーーーー!!」

 エムは再び雄叫びをあげて、コチラに向ってきた。
 彼女の腕にはゴーレムからもぎ取った超硬合金製の鈍器が握られている。先ほどの戦いでシールドエネルギーは限界にきている。この攻撃を受けたらひとたまりもない。
 一夏たち三人は逃げ惑う。とにかく、落ち着いて、この状況を、なんとか、しなくては、ならない。
 エムは欲望のままに動く獣の様に三人を追う。
 まずは更識楯無をゴーレムの腕で殴り、シールドエネルギーを完全に奪い去り、殺すまで殴り続ける。
 気を失った楯無はそのまま下へとまっさかさまに落ちた。下は山々。海などの水ではない。したがって、その衝撃を緩和しきれずに……。
 次の目標は篠ノ之箒だった。
 後ろから頭を掴まれて投げ飛ばされ、気が付けば目の前に居て、そして殴られる。動けなくなっても殴り続ける。

「や、や、や、やめろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 一夏はエムに接近して、『零落白夜』を発動させた『雪片弐型』で後ろから斬りかかろうとした。
 しかし、エムは後ろに目が付いているかのように振り向いて一夏を殴り飛ばしたのだ。先ほどのエムの攻撃によってシールドエネルギーをほとんど失っていた一夏は、そのたった一回の攻撃で白式(びゃくしき)の装甲を破壊したのだ。
 一夏の横っ腹に衝撃が伝わり、血を吐きながら落下していく。

(あぁ……。無理だった……。会長……。箒……。シャルロット……。セドリックさん……。ゴメン……。ゴメンナサイ……)

 一夏と箒、そして楯無は敗北した。
 意識を失いかけながら落下していく三人。


 すると、上に更に一機、新たなISが現れたような気がした。


 だが、はっきりとは見えない。意識を失いかけているせいか、視界がぼやけているのだ。
 そして……、一夏は気を完全に失い、目の前が真っ黒になった。


  2

「みんな!? ねえ、返事をしてよ! 誰でもいい、誰でもいいから返事を返して!!」

 そう叫んだのは束だった。
 戦闘を行っていることは三人のISのカメラから映し出されている映像で分かっていた。だが、途中何の生き物かもわからない様な雄叫びを聞いたかと思えば、一夏の呻き声が聞こえた。すると……映像がそこで終わってしまった。すぐさま他の二人のカメラの方を確認するが、それもすぐに映像が切れ、そして音声も聞こえなくなった。
 現在、その三人の生存が確認できない状態である。

「落ち着け束! お前が泣き喚いたところでどうにもならん!」

「そんなこと分かってる! 分かってるけど……! だって……箒ちゃんが、箒ちゃんが……!!」

「そんな事、私も同じだ。私だって一夏の事を心配していない訳がないだろう!?」

 この今の現状を冷静に受け止められる人物などいなかった。自分の何よりも大切な家族を失ったのかもしれない、という恐ろしさに二人はひれ伏していた。
 楯無だってそうだ。束にとっては家族同然の扱いだし、このことを信鳴が知ったらどんな顔をするのか、妹の簪がどのような顔をするのか、想像もしてしまう。
 とにかく、この事を信鳴に知らせなくてはいけない。
 束は通信の回線を開き、更識信鳴に繋げる。

「あ……あの……の、信鳴さ、ん……」

『ど、どうしたんだ篠ノ之!? 何があった!?』

 束があまりにも落ち着きが無いように話すものだから、信鳴も何事なのかと驚きを隠せないでいる。

「あ、の……一夏と、箒ちゃんと、楯無ちゃんが、さっきの戦闘で、あの……敵にやられて、連絡も取れない状態で、あの……」

 束はあまりの事態に冷静さを失ってまともに喋れなくなってしまっている。こういう裏の世界で生きていて、尚且つ戦闘をしなくてはいけない三人はいつこうなってしまってもおかしくないのは分かっていた。分かっていたはずなのに、いざこういう事態に陥っても冷静な態度を取れなかった。
 それは信鳴も同じ。
 自分の娘の安否が心配になってしまう。この世界で生きていくことを許したのは親である自分だ。そして、娘は敵に襲われ、そして敗北した。考えたくないことを考えてしまう。
 娘が死んだ。

『ふむ……そうか……。いつかはこうなってしまうと分かっていたはずなのに……。私は親失格の様だ……。すまない、篠ノ之。それから千冬さん。貴方たちの家族を奪うようなことになってしまって……』

 信鳴はこう言うしかなかった。自分の娘の不甲斐無さでこんな状況になってしまった事を。

「何を言っているんですか信鳴さん! それはこちらも同じです! そんな話をするのは辞めましょう。そんな事を言っても何の解決にもならない。単なる気休めでしかない……」

 そう千冬は言った。
 もう仕方がないのだ。連絡がつくのをひたすら待つしかない。彼ら三人が生きていることを祈りながら。
 大切な家族を死んだと思いたくないのだ。
 それに千冬は家族同然の人物である葵春樹も行方不明で失っている。もしこれで一夏が帰って来なかったら……。

「一夏……絶対に生きていろ……。この私を一人にする気か……!?」

 そう千冬は呟いた。


  ◆


「エム!? どうしたの!? エム!!」

 そう叫んだのはスコールであった。
 最悪の事態が起こった。
 そう理解したのはそう叫んでから数秒後の事だった。
 あのとき、シャルロットを旅客機でセドリックの脅し材料にしようとしたときの束派との戦闘の時、エムがやられた時に早々に撤退したのはこの暴走があったからだ。
 原因不明で彼女は暴走を始めてしまう。それはISを装着し、敗北感を味わったときによく起こる現象だ。
 彼女が出所はまったく不明で、顔がかの織斑千冬に似ていることが特徴的である。
 エムには何かがある。それはスコールだけでなくオータムとも話していたことで、この三人がチームになった時から考えていたことである。
 暴走したエムはもはや人間の域を超えてしまっている。人間ではない何かに変化しているとしか思えない状態に陥るのだ。

「スコールからオータムへ、緊急連絡です」

 スコールは通信でオータムに連絡を入れる。オータムは現在、シャルロットの件で一人で別行動している。

『なんだ、スコール?』

「エムが暴走を起こしました。良くない状況です。それに、『サイエンス』の奴らは最初から裏切る気でいたようです。ゴーレムが敵味方見境なく攻撃を開始しました」

『…………そうか。その事については後々どうにかする。スコール、お前は自分の仕事を続けてくれ。エムがああなったからといって自分の仕事を放棄することは出来ない。一応、束派の奴らの足止めには成功したのだろう?』

「はい。その通りです」

『ならそれでいい。アイツは一応仕事をこなした。だからスコール。お前も自分の仕事をしっかりとやれ』

「了解……」

 オータムの方から通信を切った。
 通信を終えたスコールは拳銃を腰のホルダーにしまい、部屋を出た。
 これから行うのはセドリック・デュノアの拘束だ。
 彼女は既にデュノア社に潜入済みである。何故、こうも容易くデュノア社に潜入できているかというと……。

「セドリック様……」

 スコールは普通にデュノア社の社長室にノックして入る。

「おお、どうしたんだ?」

 セドリックも普通の反応である。
 何故、このような反応をセドリックがするのか……。


 その理由とは――彼女は……シャルロット・デュノアのお世話係だったからである。


 そう。シャルロットがデュノア社に帰ってきてからもう、誘拐する準備は整っていたのだ。
 スコールはお世話係に化けて侵入していた。本物のお世話係は今頃この世にはいないだろう。
 つまり、殺したのだ。シャルロットの誘拐を確実のものにするために。
 故に、セドリックの考えは『亡命企業(ファントム・タスク)』に筒抜けだったのだ。セドリックが束派を頼ってフランスへ呼んだのも、すべてが。

「どうしたって――」

 スコールは素早く拳銃を取り出してセドリックに突き付けた。

「こういった理由ですよ」

 セドリックは言葉が出なかった。ただ、額から汗を流しながら黙り続けるだけ。何が起こっているのか分からないからだ。

「私と一緒に来ていただきますか? 来ていただけなければ、娘さんの命は……分かっていますよね?」

「お前は……亡命企業(ファントム・タスク)か……!?」

「まぁ、そんな感じですよ。さて、御同行いただきましょう。共にデュノア社のIS開発プラントに行くのです」

 予告された時間より四時間ほど行動が速かった。いや、わざわざ一二時間の猶予を与えますよ、という言葉自体おかしいのだ。
 こちらの準備が整った時点で行動を開始するのは当たり前で、あとは相手の油断したところを襲えばそれでいい。特に待つ理由など何もない。

「さて、屋上にヘリを用意してあります。そちらで向かいましょうか」

 スコールは銃を突き付けたままセドリックに動くよう強要した。
 セドリックとスコールは屋上へと向かい、ヘリコプターに乗り込んだ。そのパイロットはおそらく亡命企業(ファントム・タスク)の人員か何かだろう。
 二人はデュノア社IS開発プラントへと飛び立ったのだった。


  ◆


 オータムはデュノア社IS開発プラントへと来ていた。スヤスヤと眠っているシャルロット・デュノアと一緒に。

(さて、あとはここでセドリックの到着を待って脅して、ISを奪って、こいつらを殺して任務終了か。予定より遥かに遅くなってしまったが、まぁいい。問題はエムについてだ)

 ここまでは恐ろしい程に順調で、予定通り。『束派』の奴らをおびき出して戦力を奪い、そしてデュノア社のISを奪う。ここにセドリックが到着すれば何の問題もなく任務は遂行されるのだ。
 だが、一つ問題がある。
 先ほどもオータムが気にしたエムの事だ。
 エムはちょいと特殊である。まず顔があの織斑千冬にそっくりな点。ISの適正が異常な数値を叩きだしている点。そして、暴走して自我を失うことがある点。この三つだ。
 そしてエムの過去をチームメンバーであるオータムとスコールでさえ知らないのだ。何故、こんな人物なのかということも分からないでいる。
 エムには何かあるのだと、考えているのだ。
 一つ予測を立てて考えた結果、オータムとスコールはドイツの代表候補生の様な試験管ベイビーなのではないのか、という考えに至った。
 だが、これもあくまで予測であり、正しい事とはわからない。何故なら、これは二人の勝手な予測であって、エム本人から聞いたわけではないからだ。

(スコールには気にするなと言ったが……アイツは今一人で行動している……。まぁ、戻って来なかったらそのときはそのときだ。諦めるしかない)

 もはやこう言った裏の汚れた仕事をしている身分なだけあって、どういった扱いを受けているのか、オータムはこれまでの経験上、分かっているのだ。
 所詮、自分たちは使い捨ての駒のようなものでしかないことを。
 他の人員など拾ってこようと思えば拾えるのだ。女性なら誰でもいい。ISを動かすことが出来ればそれだけで問題がないのだ。
 まぁ、ISに乗れるというのがただ一つの問題点なのだが、そこは適性のある者をキチンと調べたうえでスカウトするのだから問題ないだろう。
 オータムもこうならざるを得なかった人物の一人である。
 ISが発表された頃、彼女はまだ中学生であった。
 そのときオータムは、今までの常識を覆すほどのものがこの世の中に出たという事実に胸を躍らせていた。いつか自分もアレを身に着けて宇宙に飛び立ってみたい。そんな夢を抱いていた。
 だが、それも叶わず、ISというものは軍事活用することになった。
 そのときは夢をへし折られた思いだった。何の夢を持てなかった彼女にできた初めての夢と言えるようなものが、なくなりかけたのだから。
 だが、ISというものが競技として扱われるという話が出たときは再び胸を躍らせた。自分にも、ISを動かせる可能性が大きくなったからだ。宇宙開発に使用される、という話だけでは自分がISを使える可能性が低かった。だが、競技としてISが使われるのなら……自分にもチャンスを作ることが出来るかもしれない。
 そんな希望を持った直後、その希望が、夢が、現実のものになるかもしれない声がかかったのだ。ISの操縦者として研究させてくれる人物を募集しているという。
 オータムは歓喜し、その声に快くハイと返事をしたのだ。そして、適性試験も高ランクでクリア。あとは研究に協力するだけだったが……。
 その研究が人間のやる事ではなかったのだ。あの時の研究員は悪魔か何かだと思ったほどだ。あのマッドサイエンティストは現在、どこで何をしているのか分からない。
 薬漬けに監禁。奴隷的扱いを受けていた。一部の女性は男性の性欲処理機として使われていた者もいた。
 これがISの操縦者を生み出す研究とは思えなかった。
 不思議だったのが、研究道具にされた人の中に男も数人混ざっていたことだ。
 おそらく男性にもISを使うことが出来るようにする研究も同時進行で行っていたのだろう。
 そして、事件は起こった。
 とある女性が自我を失って暴れだしたのだ。
 薬の副作用なのか、それは分からない。ただ、大変なことが起こった。それだけは分かった。死ぬかもしれないという恐怖心もあった。
 案の定、そこの研究所は血の海と化した。
 研究員は頭を砕かれ、腕や足がもぎ取られ、真っ二つに体が裂けている者もいた。あれを見たものは一生のトラウマになるだろう。
 しかも、研究員だけでなく研究の道具にされていた人たちまで、その暴走した人物か化け物かは襲い始めたのだ。
 一体どれだけの人が生き残ったのかは分からない。ただ分かることは自分がその惨劇の生き残りの一人だという事。事の詳細は自分でも思い出さないようにしているのか、思い出せないでいる。
 そして、その事件の後、オータムは人間ではなくなった。精神が完全に崩壊して、立ち上がる事すらままならなくなったのだ。
 そんな彼女を救ってくれたのが『亡命企業(ファントム・タスク)』のボスだった。

(もしかしたら……エムはあの時の……。いや、そんなことはどうでもいいさ。私はあの人の為に働くだけさ)

 オータムはスコールの到着を待つ。


  3


 一夏と箒、そして楯無は何処かの山に倒れていた。ただし、死んではいなかった。息はあるし、まもなく意識を取り戻そうとしている。
 一夏は静かに目を開けていく。ぼやけている視界が段々と鮮明になっていき、青空が広がっていく。
 近くには箒と楯無が倒れている。離れ離れにならなかったのは不幸中の幸いか。あとはしっかり息があるかを確認し、生きていれば一安心だ。

(生きて……いるのか? どうして……あれで生きている? シールドエネルギーなしであの高さから落下したんだぞ? 何が……起こった……?)

 その時、一夏の頭に過ったのは、意識を失いかけたときに見た正体不明のISだった。
 いったいアレは何者だったのだろうか? そして、アレは何のためにあの場に現れたのか。それは全く分からない。
 現在、上空にはISの反応は全くなく、戦闘を行ってから三〇分ほど経ってしまっている。エムの姿も、最後に見たISの姿もない。
 白式が示しているISの反応は二つで、箒と楯無だけだった。
 一夏は箒と楯無に駆け寄り、体をゆすりながら意識の確認をする。

「おい、しっかりしろ! 生きているか!? 生きているなら目をあけてくれ! 頼む……」

 一夏は必死に声をかける。出せるだけの大声をだして、二人が目を覚ますのを願っている。
 すると、箒が目を覚ました。周りを何度もキョロキョロと見まわして、自分が生きていることを確認する。自分の身体も隅々まで自分で確認する。あのとき、自分たちは負けて意識を失って落下したはず。シールドエネルギーがない状況でそんなことが起きたならば、自分の体が無事であるはずがない。彼女は一夏と全く同じことを考えていた。

「一夏……私たちは……生き残ったのか……?」

「ああ。その通りだ。それに、会長も外傷はほとんどないし、バイタルチェックも特に問題はない。これなら生きているはずだ。時機に目を覚ますさ……」

 一夏がそう言ったとき、楯無が目を覚ましたのだ。
 彼女も一夏と箒がそうしたように周りをキョロキョロと見まわして今の状況を確認している。
 そして、自分が置かれている状況を理解して、それから一夏に話しかけた。

「私たち……生き残ったの?」

「ええ、そうですよ。これで俺たちはまた戦場に戻らなくちゃいけない。今すぐにね」

 一夏は少し嫌味ったらしく言った。あれだけの経験をしておいて、またあのエムという化け物と戦わなくてはいけないかもしれないのに、本当は行きたくないという気持ちがあるのに、それなのに、戦場に戻って戦わなくてはいけない自分たちの責務があるからだ。

「…………。あ、そうだ、連絡を!!」

 楯無は思い出すようにISの通信機能を開き、篠ノ之束に連絡を入れる。

「こちら00。HQ応答願います。HQ応答願います!」

 そう楯無が声を出した瞬間、光のような速さで通信が繋がった。スピーカーからは、安堵や驚き、興奮、様々な感情がごちゃ混ぜになった声が聞こえてきた。

『あ、あぁ……。あ、あの! みんな無事!?』

「ええ。01も02も大した外傷はありません。このまま作戦も続行できます…………え?」

 ここで楯無が言った言葉に彼女自身が疑問に思った。何故、何故作戦続行が可能なのか? 先ほどの戦闘でシールドエネルギーも失って作戦続行も不可能に近い状況だったのに、シールドエネルギーが復活していて、ISの機能自体もどれもが正常に動いている。

『ど、どうしたの……?』

「い、いえ……。ただ、少しばかり不思議な事が――」

 楯無はいま起こっている不思議な現象について話した。
 先ほど戦闘を行い、敗北。シールドエネルギーを失い、ISの機能もいくつかは使えなくなっていたはずなのだ。なのに、現在、ISはシールドエネルギーは全快とは言えないが回復しており、ISの機能もすべて復活している。
 それは何故か。

『……どういうことなのかな? 私も見当がつかない。そんな前例なんて全くないし……。そうだ、01と02、ISに何か聞けないかな? 何かわかるかもしれない』

 一夏と箒は、何かを思い出すようにハッとした。そうだ、自分たちはISの声が聞けるんだ。白式と紅椿は何かを見ていたかもしれない。

(なぁ、白式。何か知らないか……? 俺たちが負けて、そのあと、何が起こったのか)

 一夏はそう白式に尋ねた。すると、白式はこう答えたのだ。


 ――あの人が、助けに来てくれたの。一夏も箒も知ってるあの人。


 そして、紅椿が続ける。


 ――だけど、知らない人が二人ほどいたよ。


 それを聞いた一夏と箒は胸がバクバクして張り裂けそうになった。
 一夏も箒も、白式も紅椿も知っている人物で、助けに来てくれるような人は一人しかいない。
 そう、葵春樹だ。
 おそらくそうだ。今はそれしか考えられない。そう考えたい。
 それを聞いた束も、言葉を失って胸が張り裂けそうな思いになった。

『春樹は……生きているの……? でもなんで!? なんで私たちの前に姿を現してくれないの!? 私を守ってくれるって言ったのに……なんで側にいてくれないの……!?』

 束はそう叫んだ。これは通信で、一夏と箒、楯無も聞いているというのに、それを忘れたかのように悲痛に彼女は叫んだ。

『落ち着け束!! 今お前がそんなことを叫んでいてもどうにもならん。今やるべき事だけを今は考えろ!』

 通信機の向こうから聞こえてきた千冬の声は尋常ではないような声と音が混じりあったものであった。この音から察するに、暴れているようにも感じられる。
 それをただ聞いているだけの一夏たちは、とりあえず束が落ち着くのを待つしかできなかった。
 しばらくして、通信機の向こう側から雑音が消えたと思えば、冷静を取り戻したような声で束は喋る。

『ごめん、皆。取り乱しちゃって……。もう大丈夫だから、安心してね。……で、これからやるべきことなんだけど――』


  ◆


 束はGPS機能を使って一夏たちの居場所を確認すると、そこはスウェーデンのオンダールスネスの付近だということが分かった。周りは低い山々で囲まれている場所で、ここから目的地であるフランスのフォスのIS開発プラントまでは約一五〇〇キロメートルほど離れている。
 そこでISの最高速で目的地まで飛ばしても一時間ほどかかる。
 しかし問題はそこではなく、どうやってフランスに入国するか、である。
 本来ならあのジェット機でフランスに正式に入国した後、違うジェット機に乗り込んでフォスへと向かうはずだったのだが、そうも言ってられない状態になっていた。
 もはやフランスへ行く為の足はISしかないし、タイムロスも大いにした。このまま何もせずに過ごす時間が惜しかった。
 そこで、束は困った時に利用する国際IS委員会へ連絡を取る。やはり、世界ぐるみの組織を味方につけるというものはとても便利な事だと一夏たち、そして千冬も束も思っていた。

「まず私は国際IS委員会に交渉を取るから。フランスへ向かうための各国へのISによる飛行の許可と、入国の手続きについてね」

『わかりました。話が付くまでは待機……でいいんですね?』

 一夏はそう確認を取った。
 束はそれを肯定し、一旦通信を切る。
 今度は、国際IS委員会へ通信を繋げると、前回と同じ人物が通信に出てくれた。

「先ほど連絡したばっかりなんですけど、お願いがあります」

『今度は何だ? あれだけ協力してもまだ足らんと言うのか?』

 男口調の女性がそう訪ねてくる。たしかにあれだけ協力しておいてまた何かお願いされると思わないだろう。
 だが、しかし。

「緊急事態です。貴方たちに用意してもらったジェット機は敵の襲撃に遭って大破。作戦メンバーは既に無事を確認しています。そこでまたお願いがあるんです。現在はスウェーデンに作戦メンバーが待機中。ここからフランスへと一気に行きたいのですが、ドイツとフランス上空の飛行許可を頂きたく……」

 束の口からはそんなことが発せられた。
 通信の向こうの女性の声が震えていることがコチラからも窺がえる。
 この声の震えはジェット機を大破させたことに対する怒り……ではなく、相手にしている『亡命企業(ファントム・タスク)』の行動に対する震えだ。

『まさか、亡命企業(ファントム・タスク)がここまでやるとは……。一体何が……?』

「それについてなのですが、こちらは新たな勢力に関する情報を入手しました。その新しい勢力は全く新しい技術でISに匹敵する無人兵器を作成に成功したもようです。実際に私の組織のメンバーが交戦しましたが、結果は敗北。やつらの技術力には驚かされます」

『次々と新たな勢力が動き出したということか……。飛行許可については了解した。出来るだけ早く許可できるように努力はする。入国の件だが、そればっかりはこちらの手におえない。だから、素早く作戦を終わらせてくれ。帰りの足はこちらで用意するから、それに乗って帰国するといい。では、亡命企業(ファントム・タスク)の奴らをひっとらえてくれ。殺してはいけない。わかったね?』

「わかりました」

 国際IS委員会側が亡命企業の奴らを殺してはいけないと言ったのは、もちろん様々な情報を聞き出すためである。今回のこの事件で動いている奴らは、亡命企業(ファントム・タスク)のほんの一部でしかない。組織という単位では潰していないのだ。したがって、オータム、スコール、エムの三人には詳しい情報を喋ってもらう必要がある。亡命企業(ファントム・タスク)という組織の破壊の為に。
 束は通信を切ると、

「ふぅ……。何とかなったねちーちゃん。やっぱり、バックに国際IS委員会というものが付いていると何かと楽だねぇ。春樹と二人だけで行動していた頃が懐かしいよ……。アハハ……」

 このときの束の顔はフランスにたどり着けるという安心した表情ではなく、とても悲しげな顔をしていた。それを近くで見ていた千冬は嫌でもわかった。

「……なあ、束」

「ん? なにちーちゃん?」

「春樹は一体何をやっているのだろうか? 一夏たちを助けたのはおそらく春樹だろう。白式と紅椿もそう言っていたしな」

「たぶん……、春樹は昔の仲間と行動しているんだと思うよ。ほら、言ってたじゃん。他に二人、知らない人がいたって」

「それってやはり――」

「うん。あの子たちだと思うよ」

「お前はそれでいいのか?」

「あはは……。さっきは取り乱しちゃったけど、あの人がやらなくてはいけないことをやっているんだって、冷静になってから気づいたの。だから、今はいいの。すべてが終わってから、それからあの人とお話をしようと思う」

「……そうか」

 そんな会話を二人がしていると、連絡が入った。
 それは、国際IS委員会であり、通信の相手も先ほどと同じ、男口調が特徴的な女性の声だった。

「はい、こちら篠ノ之束」

『篠ノ之か。飛行許可がでたぞ。結構無理をしたがな……』

「ありがとうございます。お仕事が早くて助かりました。必ず作戦を成功させてみせます」

『期待しているよ。では、作戦の成功を祈る』

 そんな短い会話を済ませるとすぐに通信を切った。
 あまりにも速い飛行の許可。それから考えるに、とてつもない無理をさせてしまったことが窺がえる。もしかしたら、自分の身を滅ぼすことになるかもしれない。
 だったら、その無理をさせてしまったその女性の為にも、必ずこの作戦は成功させなくてはいけない。
 だから――。

「HQから00、応答願います」

 篠ノ之束は更識楯無へと今後の行動を知らせる。必ず、この作戦を成功させるために。


  ◆


 篠ノ之束から連絡が入った。一夏たちはそれに耳を傾ける。
 飛行許可が出た。これでここスウェーデンからバルト海を渡ってドイツへと行き、それを抜ければフランスへとたどり着くことが出来る。
 コンバットモード時のISの最高速度は、個体差があれど平均時速一二〇〇キロメートルまで加速することが出来る。ここからフランスのフォスまでたどり着くのにだいたい一時間。距離にして約一五〇〇キロメートルほどだ。

「わかりました。すぐにフランスへと向かいます」

 楯無は束にそう一言言うとすぐに通信を止め、ISを装着する。それに続き一夏と箒の二人もISを装着する。

「いくよ、01、02!!」

「「了解!!」」

 三人は一気に上へと飛び立ち、高度を取り、ある程度の高さを取ると束の下から送られたルート情報を頼りに真っ直ぐに加速する。
 どんどん速度が上がっていく三つのISだが、パイロットの視界は段々と狭まっていく。
 そんなことも気にせず加速を続ける三人。速度は時速一〇〇〇キロメートルまで到達したが、加速はまだ終わらない。
 もっともっと、加速をする三人だが、ここらへんで機体の性能差が出てきてしまっている。一夏が先頭を飛び、その後ろに箒、そしてその後ろに楯無、という具合に。
 だが一夏は加速を止めない。

「もっとだ。もっと! 白式、お前の力だけが頼りだ。俺の友達を助けるためにはお前の力が頼りなんだ。俺に力を貸せ……白式!!」

 そのとき、白式はスペック以上の速度を出したのだった。



[28590] Episode5 行間三
Name: 渉◆ca427c7a ID:7b53eb7b
Date: 2012/10/15 00:41
 セシリア・オルコットは長い一日終えて自宅へと帰ってシャワーを浴びて汗を洗い流していた。
 今日は大きなことが二つあった。
 一つは織斑一夏と篠ノ之箒の二人、または葵春樹は何かしらの事件に巻き込まれている可能性が出てきた事。そして、それに関与らしい事件があった事。
 そしてもう一つは『LOE社』を訪問して自分に授けられた『ブルー・ティアーズ』の改良案を社長のドゥーガルド・フィリップスに出して、それを了解してくれたことだ。
 今はとにかく彼女の専属メイドであるチェルシーからの情報を待つだけ。

(下準備はできました……。あとは、私の予測が当たってチェルシーから有力な情報さえ来てしまえば……)

 セシリアは大きな計画を考えている。
 織斑一夏と篠ノ之箒、そしてその姉の篠ノ之束が何かしらの行動を取っていることは予測できる。そこで、その協力者として仲間になることが彼女の目的。
 そのためにも、自分は篠ノ之束に認められなければならない。自分が居ることで、事を有利に進められる存在だと認められるしかない。
 だから、彼女はISの改良をドゥーガルド・フィリップスに頼んだし、チェルシーにも情報の入手を頼んだ。あとは自分のISの操縦が上手くなればいいだけ。
 一応、これでも彼女はイギリスの代表候補生。並み以上にはうまく操縦できる自信はある。彼女は日本IS学園に入学した頃よりも強くなってきている。沢山の仲間と先生方々の手によって自分は強くなっているはずである。
 それは七月七日の『銀(シルバリオ・)の福音(ゴスペル)』戦で証明している。
 あれは戦場を駆け巡る為に開発されたISだ。それに、仲間の力はあれど同等に戦うことが出来た。発射されたビームに対し、ビームをぶつけて相殺するという荒業まで出来るようになった自分は、確かに強くなっているはず。
 これは自意識過剰な表現ではなく事実であり、それは彼女自身でも感じ取っている。
 彼女はシャワールームから出るとバスローブを身に着けて、冷蔵庫から冷たい水を手に取ると、ベッドに腰掛けた。
 水を一口含む彼女。
 すると、セシリアの下に連絡が入った。慌てて電話を取るセシリア。発信元はセシリアの幼馴染であり、専属メイド。そして、日本で起きた事件の調査を頼んだチェルシー・ブランケットであった。

「チェルシー? 何か分かりましたの?」

『はい。分かりましたが……その……』

「どうかしました?」

『これは本格的に危険なエリアに侵入するような事です。それでも……聞きますか? いえ……本当に聞いてしまうの? セシリア……』

 電話の向こうから聞こえてきたのはメイドとしてのチェルシーではなく、幼馴染としてのチェルシーの声。だけど、セシリアはそれに動じることなく冷徹に。

「チェルシー、それがメイドとしての態度なの?」

セシリアはそのチェルシーの心配を冷たくあしらった。あくまで彼女とチェルシーの関係はメイドとその主、というものにとどめておきたいのだろう。

『すみませんでした……。では、よろしいのですね?』

「ええ、教えて」

『はい。東京では――』

 チェルシーは東京で起こった地下歩道での事件の真相をつきとめていた。ネットのニュースやテレビなどではあくまで爆発事故ということになっていたが、実際はISによる戦闘がおこっていた。それを彼女は知ることになった。
 だが、それだけでは危険なエリアになりうるには少々物足りない。それをセシリアはチェルシーに聞いた。

「それだけでは危険なエリアというには少々物足りません? あるんでしょう? これ以上の情報が」

『はい……。そのISの戦闘には暗部組織が関与していました。爆発事故があったという地下歩道にはISの違法な武器などを生産する研究所があったんです。その違法な研究所が何所の所属か……それが重要なんです』

 チェルシーは一呼吸おいて、そして唾を飲み込んでその事を伝える。

『亡命企業(ファントム・タスク)です。あの組織は普通じゃない。規模も、やっていることも、すべてが危険なんです』

 一般の人は絶対に知らない。いや、知らない方が幸せなのだろう。普通の人がこういった暗部組織の存在などを知って得することなど何もないのだ。
 チェルシーはセシリアの専属メイドとなっているが、その正体は『LOE社』所属の暗部組織の情報を管理する情報屋のような存在だ。
 だからこそだろうか。セシリアも暗部組織については少しだけだが知っている。世界の闇の部分を少し知ってしまっている彼女は、世の中が普通の人とは少し違って見えるのかもしれない。

「亡命企業(ファントム・タスク)……」

 セシリアがそう呟いた後、チェルシーは続けて言葉を出す。

『それからもう一つ。その亡命企業(ファントム・タスク)の研究所を攻撃した組織……、それがあの篠ノ之束の組織だということが分かりました』

 セシリアは確信した。織斑一夏と篠ノ之箒は暗部組織に携わっていることを。
 そして彼女は行動を起こす。
 改良された『ブルー・ティアーズ』を手に日本へ行き、織斑一夏と篠ノ之箒と接触することを。この考えが正しければ――。

「チェルシー、私は一週間以内に日本へ飛びます。何時でも行動できるように用意はしておいてください。いいですね、チェルシー?」

『了解』

 動き出すセシリア・オルコットは、これからどのような動きを取るのか。
 それは、この一週間以内に分かることになる。



[28590] Episode5 第四章『思惑が混じ合う時 -One_of_the_Piece -』
Name: 渉◆ca427c7a ID:aea9ff08
Date: 2012/10/15 01:20
  1

 フランスは夜中の〇時頃を示していた。
 真夜中のそこはとても静かで、ヘリコプターの飛ぶ音しか聞こえなくなっている。
 スコールはセドリックの手足を縛り、そして口を布で縛り、喋ることも動くことも困難な状況にしていた。
 パリから目的地のフォスまで約二時間程かかる。それまでに何もなければいいのだが、スコールは一番見たくないものを目撃してしまったのだ。
 自分のISのセンサーが示したIS反応三という表示。
 これは間違いなく、『束派』の奴らのものだと確信する。

(アイツらは暴走したエムにやられたはずでは? 何故まだ動けるの!?)

 スコールは驚きを隠せない。モニタリングしていた限りでは、束派のやつらがやられていく様が見ることができた。なのに、奴らは動いてこちらに向っている。
 途中で映像自体が切れて通信も不可になってしまったのだが、束派のやつらがやられたのは確認できた。だから安心できたのに。それなのに――。
 スコールはヘリコプターから飛び出してISを展開した。
 目の前には束派の三人、一夏、箒、楯無がいる。

「あんたたち、やられてなかったのね。どうやって生き残ったの?」

 スコールは不思議でたまらなかったことをストレートに質問した。
 それに楯無は答える。

「実は私にも分からないんだよねぇ。まぁ、あのヘリコプターにはおそらくセドリックさんが乗っているんでしょ? こちらに身柄を渡してくれないかな?」

 彼女がわざわざヘリコプターで移動する理由はあからさまだ。
 それはISを使用することが出来ない人物がそこにいるという事。そして、『亡命企業』の奴らがISを使用できない人物をヘリコプターでフォスの方向へと向かわせる人物と言えばセドリック・デュノアぐらいしか思いつかない。

「もし彼が乗っていたとしても、私はその人を貴方たちに渡すことはできないわ。それに、貴方たちがやられていないことが分かったのなら、なんとしてもここで倒さなくてはいけない」

 そう言ってスコールは一夏たちに襲い掛かったのだ。
 一対三というどう見てもスコールが不利に見えるこの戦い。
 だが、スコールにはもちろん考えがあった。
 ここまできて自分一人なら、殺すことは考えなくてもいいのだ。本来なら消しておきたいのは山々ではあるのだが、ヘリコプターがフォスのIS開発プラントに着くまでの間、出来るだけの時間を稼ぐのが彼女の役目なのだ。
 幸い、スコールのISは防御力がとても高い。装備も防御を意識したものが多く、元々メンバーの中では壁役なのだ。
 口では倒す、とは言っているものの、彼女の本来の目的はそれだった。
 一夏たちは突撃してくるスコールをかわす。
 スコールのISは未だ謎に包まれている状態。唯一分かっているのは防御重視の装備が整えられているということだけ。それなのに禍々しい何かを感じてしまう。
 絶対に隠された何かがあるのだと、一夏たちは警戒を一層強める。
 楯無は少し離れたところから様子見程度にガトリングをスコールへと放つ。だが、その攻撃は金色の繭のようなものが彼女の身を守ったのだ。まるで、その繭は生きているかのように。
 今度は箒が『空裂』と『雨月』の二本の刀でスコールを斬りつけようとする。スコールは簡単に接近を許した。この事実を不気味に思いながらも箒はスコールを斬る。
 だが、それも繭によって守られたのだ。
 スコールは特別動いていないのだ。そこにただいるだけ、それでまるで意思があるかのように自動的に繭がその身を守ってくれている。
 だったら――。
 一夏は『零落白夜』を発動させながらスコールを斬ろうとした。だがそれも繭によって受け止められる。『零落白夜』の持つシールドエネルギーを切り裂くという能力もその繭には通用しなかった。それはその繭はシールドエネルギーのようなもので出来てはいないという証明。
 次は三人同時攻撃を試してみる。
 三人は息を合わせて別々の方向から接近攻撃を仕掛ける。一夏と箒は剣を振るい、楯無は槍を加速して勢いをつけながら突進する。
 だが、今度は繭の様なシールドが全身を包み込み、三人の攻撃をその身へと届かせることはない。しっかりと攻撃を受け止め、尚且つ貫かすことはない。
 この鉄壁の防御を持つスコールを倒す方法なんてものはあるのだろうか?
 そう思った一夏たち三人はどうすればよいのかと必死に頭を働かせる。

(この状況……。なら、スコールを仕留めることは諦めるしかない)

 そう一夏は考えた。今、この状況で優先しなくてはならないのはセドリックをなんとしてでもこちら側に持ってくることだ。
 なら、スコールを押さえてヘリコプターを直接追うことが利口な手口というもの。

「00、02、こうなったらヘリコプターを直接狙うしかない。コイツを仕留めるのはこの際諦めよう」

 一夏がそう提案すると、二人からの賛成の言葉。どうやら同じことを考えていたようだった。
 スコールのこの防御力に特化した装備は三人がかりでも突破できそうにない。しかも、たった一つの装備にすべての攻撃が防がれているのだ。複数人での同時攻撃でも、すべての攻撃が防がれてしまう。
 そう、あの繭の様な膜はまるで意思を持っているかのように攻撃方向に張られてしまうのだ。
 まずは一斉にヘリが向かった方向へと飛び出す三人。同時に行動した場合、どのような行動を取って来るのかを試したいのだ。
 そんな『束派』の行動を見て、何をしようとしているのか悟ったスコールは少し焦りを表に出した。奴らは自分を倒すことよりヘリコプターのセドリックを優先した。
 それは何としても防がなければならない。
 スコールはヘリの方へと向かって行く三人を追いかけ、まずは箒の腕を掴んだ。
 するとどうだろうか。繭の糸が箒のISへと絡みついていく。その糸は紅椿のシールドエネルギーを侵食し、それを通り抜け、箒の身体までたどり着いていた。やがてその繭の糸は箒の頭へとたどり着き……。

「ひぃ!? や、やめろ……やめてくれぇぇぇ!!」

 箒の絶叫がその静寂に包まれた暗闇に響き渡る。
 いったい何が起こっているのか、このままではマズイ。それだけは一夏と楯無の二人は理解した。

「さて、今この子の頭は私のISの能力によって浸食されそうになっている。やりようによっては廃人コースまっしぐらってね」

 一夏と楯無の二人は思わず動きを止めてしまう。いくらなんでもエグ過ぎる。人間の脳を直接狙ってくるという、そんなISの武器があっただなんて。

「人間の脳ってどのようなものか知っているかしら? それは――」

 脳――Brain ――とは動物の頭部にある神経系の中枢で、感情、思考、生命維持、その他神経活動の中心的、指導的な役割を担っている物である。
 脳は大きく分けて、大脳、小脳、脳幹の三つである。
 その中でも大脳は次の構造になっている。
 前頭葉――倫理的思考計画情動、言語運動のコントロールを助ける。
 頭頂葉――感覚器の信号を解釈し、その情報を統合する。
 後頭葉――視覚信号を処理する。
 側頭葉――音声を処理し学習、記憶、言動、情動をコントロールする。
 海馬――記憶の形成を助け、蓄積すべき感覚情報を判別し、匂いを識別する。
 そしてこの中でも大脳皮質の中の大脳辺縁系に属する『海馬』は特に重要なもので、これが働かなくなると、新しいものを覚えることが出来なくなるし、昔の事は覚えていても新しい物事は忘れてしまう、といった事になってしまう。
 そして心理的ストレスを長期間受け続けると、コルチゾールが分泌し、海馬の神経細胞が破壊され海馬が萎縮すると、心的外傷後ストレス障害、うつ病になってしまう。
 スコールはISのその繭の力を使って心理的ストレスを受け続けている状態にし、意図的に海馬の萎縮をさせることが出来るという。
 そもそも、人間には神経細胞が一〇〇〇億個はあるといわれており、複数の神経細胞を結んだネットワークが作られている。このネットワークを使って思考したり、想像したり、記憶しているのだ。
 では、脳が働くとはどういうことか。
 脳の働きとは、このネットワークに電気が流れることで、脳の働きが良いとは、このネットワークに活発に電気が流れるようになること。ここで大事なことは、このネットワークに活発に電気が流れると質的な変化を起こすことだ。質的な変化とは細胞と細胞をつなぐ線が太くなったり線が増えたりするとのことである。
 そして、逆に活発に電気が流れなくなると線が、切れたり、細くなって消滅してしまう。
 これが脳を使わないと衰え、萎縮してしまうということである。
 これによって「脳の廃用症候群」が生じるのだ。
 この「脳の廃用症候群」とは、安静状態が長期に渡って続くことによって起こる心身の低下等を指す。
 しかし、これもスコールの繭の糸によってその電気を流れにくくし、細胞と細胞の間の線が切れたり、消滅したりといった状態に意図的に持っていくことが出来るそうだ。
 つまり、その糸は脳にあるシナプスに干渉し、機能を減衰させてシナプス可塑性を低下させることができるということらしい。

「外道め! 人の精神を殺すだなんて!!」

 楯無はそう言葉を吐き出した。
 これもヘリコプターを出来るだけここから遠ざけるための時間稼ぎに過ぎない。人質を取ることによって相手を拘束。殺すまで時間をかけることによって、相手が何もできない状態を長く続ける。それが狙いだ。

「なんとでも言いなさい。さあて、そこを動かないでね。動いたらこの子の脳の活動を止めて植物人間状態にも出来るんだからね」

 沈黙が長く続く。

(どうする……? ヘリコプターはどんどん遠くへと行っちまう。セドリックさんが俺らの下から離れていく。箒を見捨てるか? それも手の一つだが、変に動けば箒を犠牲にしただけじゃなく、俺たちまでアイツに捕まって頭を弄らされかねない。どうする?)

 一夏がこれからどうすればよいのか、額に汗をかきながら考えていたそのとき、スコールはこのようなことを言い出した。

「そうだ。この子の記憶を見てみましょうか? この糸は人間の記憶に関わる海馬に干渉できる。さて、この子はどんなことをしてきたのかなぁ?」

 その糸はついに箒の頭に刺さった。するすると、その糸はどんどん頭の中へと入っていく。

「が、あ……ぐひぃ!? あ、あ、あ、がぁぁぁあああああああああああ!?」

 箒は言葉にならないような声を上げる。目が虚ろになっていき、目頭には涙が浮かび上がってくる。
 やがて、繭の糸はどういう原理か頭蓋骨をすり抜け、そして脳へとたどり着く。
 スコールを小さな笑い声をあげていて、まるでこの状況を楽しんでいるかのようだった。
 一夏と楯無は込み上げてくる怒りはありながらも、ここで変な動きをした途端、より酷い事をやられてしまうかもしれない。とてもじゃないがそこを動くことは出来なかった。
 そして――糸が海馬に干渉し、記憶を覗き見ようとしたその時であった。


  ◆


 そこに広がっていたのは血みどろの空間。
 足元には血で満たされていた。
 スコールはいったい何が起こったのかまるで分らない。
 あの『束派』の赤いISの奴の記憶を覗き見ようとした。本来なら相手の記憶がISのコアに流れ込み、その映像を共有し、そしてそれを自分の記憶の一部として覗き見るだけなのだ。
 それなのに、自分はどこか分からない場所に立っており、まるで逆に自分が相手の記憶に飲み込まれてしまったような感覚を覚えた。

「いったい、何が起こったというの?」

 足元には血のような赤黒い液体、周りはどこまでも真っ黒で、その先があるのか、または壁なのかも分からないような光景が広がっている。
 そして、中央には小柄な少女が一人ぽつんと蹲っており、それ以外には誰もいない。その少女と自分の二人だけの状態であった。
 スコールはぴちゃぴちゃと足音を立てながらその少女に近づいていく。
 その少女は顔を隠して誰なのか全くわからない。彼女は肩を叩いてみるがまったく反応は無い。次は声を出して読んでみるも反応なし。
 業を煮やしたスコールは髪を掴んで無理矢理顔をあげて顔を見た。
 そこにあったものとは――。

「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!?」

 スコールは叫ぶ。だって、そこにあったものは――。

「ねぇ、返してよ。ねぇ……」

 そう呟く少女の顔は、真っ赤で、尚且つ目は虚ろで、何か病的なものを感じる。
 だが、スコールが叫んだ要因はこれではなく、その少女の顔の後ろにあった。
 そこに居たのは、白衣を来た男の人の顔だった。


  ◆


 しっかりと気を取り戻すことができたのはその直後であった。
 スコールが見ていた映像は一夏と楯無にも共有されていた。そう、ここにいる全員がそのおぞましい映像を見たのだ。あの血みどろな世界を。
 そして、あの変な部屋の真ん中に居たのは幼い頃の箒であったのは間違いないと、一夏は確信していた。

「う……!?」

 一夏は急に頭痛に襲われ、頭をかかえる。

「何なのあれ……? あの映像はいったい何なの……?」

 楯無も良くわからないこの状況にただ混乱するしかなかった。
 そしてスコールは動揺してしまっていた。ただ、糸は箒の頭に繋がったままで、このまま箒を引き離すことは出来なかった。
 それにしても、今見たあの映像。スコールはあの繭の糸を脳の海馬に干渉させ、記憶を覗き見ることができると言っていた。と、いうことはあれは箒の記憶だという事なのだろうか?
 それとも、あれは何かしらの覗き見てはいけない過去で、無意識に覗き見ること、見られることをブロックしていてあのような映像を見ることになったのだろうか?
 疑問に思うことはもう一つある。
 何故、自分たちが箒の夢を見ることが出来たのか、ということだ。あれはスコールのISとその操縦者が干渉した人の記憶を共有して見ることが出来るものだ。しかし何故か自分たちも見ることが出来たのだ。
 これもISのコアの能力、ということなのだろうか?
 そんな疑問が一夏の頭の中でぐるぐると回っていたとき、楯無は急に大きな声で叫びだす。

「……な!? くそっ!! 時間が……一時間も経ってる……。あの映像を見ていた間、私たちは一時間もその場にじっとしていたというの!?」

 その事実に一気に青ざめてしまう。セドリックを乗せたヘリコプターがとてつもなく遠くへと行ってしまった。一刻も早くここから追いかけないと、先にヘリコプターが目的地に着いてしまう。
 だが、スコールに囚われている箒を見捨てるわけにはいかない、と思ったその時だ。

「な、なんで!?」

 スコールはいきなり叫んだ。いったい何が起こったというのか?
 一夏は箒の方をズームインしながら見る。すると、頭に入っていた糸が消滅していくのが分かった。それも魔法がかかったかのようにスゥっと消えていったのだ。
 いったい何が起こったのか分からない。
 それに、箒も意識を取り戻している。
 箒は目を見開きながらスコールの事を払いのける。剣の柄で彼女の腹を殴り、その身を引きはがした。

「00、01、ここは私が相手をする。だから、セドリックさんを頼む!」

「けど、大丈夫なのかよ!?」

 一夏は箒を心配してそう言った。だが、箒は一夏に向って、

「早く行けと言っている! 私は大丈夫だ!」

 一夏と楯無は目を合わせると、背を向けてヘリコプターを追いかける。セドリックをIS開発プラントへと向かわせないために。
 一夏たちがヘリコプターを追いかけだしたので、スコールは焦り、そちらに飛ぼうとするが箒はそれを許さなかった。

「何所へ行く? 貴様にアイツらを追いかけさせる訳にはいかない。黙って私と戦え!」

 箒は背中についている『ブレードビット』を飛ばしてスコールの行く道を塞ぐ。

「ちぃ!! 何だよお前は!!」

 スコールからは今までの御淑やかな口調が無くなっていた。
 箒はそれに答えずにスコールに接近。二本の刀を振ってスコールを攻撃するが、繭がその刃を止めた。やはり、この糸は攻撃に反応して自動的にスコールの周りに繭の様に糸の壁を作り出すらしい。
 一度距離を取り、これからどうやってスコールを攻めるのかを考える。
 そんな中、スコールは攻撃しようともせず、先ほどの頭の中の光景について聞き出そうとしている。

「質問に答えろ! あの光景は一体何なんだよ! お前の頭の中はどうなってやがる!?」

「……わからない。だが、私は何かを忘れているような気がするんだ。前にも、自分の記憶と記憶が矛盾することがあった」

「何? ……なるほど、そういうことか」

「どういうことだ?」

「お前の記憶にはPTSDとなりうるようなものがあり、それをブロックするための記憶があるのかもしれないな」

 心的外傷後ストレス障害(Post_traumatic_stress_disorder:PTSD)とは、心に加えられた衝撃的な傷が元となる、危うく死ぬような、または重症を負うような出来事――トラウマとなるような出来事の後に起こる様々なストレス障害を引き起こす疾患のことである。
 心的外傷後ストレス障害は地震や家事などの災害。事故などの人災。監禁、虐待、強姦などの犯罪が原因で起こりうるものである。
 症状としては、精神的不安定による不安や不眠などの過覚醒症状。トラウマの原因になった障害や関連する物事に対しての回避傾向。事故、犯罪、事件の目撃体験等の一部や全体に関わる追体験(フラッシュバック)などがある。

「そんな、私にはそんなものが……?」

「まぁ、これはあくまで私の予測だけど……、私に脳をちょっと弄らせてもらえば真実が分かるかもしれないわよ?」

 優しい声で箒に語りかけ、箒に近づいていく。
 真実を知りたい、という気持ちは彼女の中に確かにあるし、それを知るのが怖いという気持ちも存在している。
 この矛盾した気持ち。
 だけども箒は恐ろしい記憶を蘇らせたくない気持ちの方が上回った。

「や、やめろっ!!」

 箒は頭に迫ってくる糸を刀で振り払った。

「私の頭の中をこれ以上覗くなァ!! やめろ、やめてくれぇ……」

 急に必死になり、更に弱気になってしまう箒。これも彼女の中で思い出してはいけない記憶が存在する証明だった。
 彼女も自分が知らない間にその記憶を思い出さないように避けていたのだ。
 これは先ほどにも語ったように――トラウマの原因になった障害や関連する物事に対しての回避傾向――にあたる。
 今の様な反応を見せたスコールは不気味な笑い声をあげた。

「ふふふ……。じゃあ、貴方の頭の中を弄って記憶を蘇らせれば、貴方は本当に廃人コース決定ね」

 もはや、先ほど飛び出してヘリコプターを追いかけた二人のスピードに追いつくことは不可能だと判断したスコールは、この目の前にいる『束派』の一人を確実に使い物にならなくする方を選んだのだ。
 必死に抵抗する箒だが、奮戦虚しく、精神の状態が正常ではない箒はまともに戦うことが出来なくなっていた。
 たったあれだけの言葉のゆさぶりでここまでに陥ってしまうとは、これにはスコールも驚いてしまっていた。これはよほど大きなトラウマを抱えているに違いないと考える。
 しかし、心残りであるのはあの時に見えた白衣の男の姿。
 あれは――。

「何ビビってんの私……」

 スコールはそう呟くと、糸を箒の頭の中へと侵入させた。


  ◆


 すると、再びあの血塗れの光景が広がっている。

「なんだよ……。何なのよこれはァ!! いったいこの子の頭の中はどうなっているの!?」

 中央には少女。そしてその奥には――白衣の男が立っていた。
 年齢はそこまで歳を取っておらず、二〇代後半といったところだった。

「お前は一体なんなんだよ! こんな女の子の頭の中にまで現れて、アンタはこれ以上何をする気なの!?」

 ヒステリックになりながらその男に話しかけるも全く反応は無い。
 ただそこに『記憶』として存在しているにすぎなかった。
 と、なれば。
 この女の子の隠された記憶を思い出すスイッチとして考えられるのは、この空間の中央に存在する女の子としか考えられない。
 スコールはその子供の頭に、繭の糸を潜り込ませた。
 これ以上は記憶の奥深くに侵入することになる。それを覚悟したスコールは、繭の糸を記憶を蓄積する海馬に接触させようとしたその瞬間。
 スコールの目の前には見知らぬ男が立っていた。それは彼女が知っているらしい白衣の男などではなく、また新しい赤い衣服を身に着けた男の子だった。

「君にこの子の記憶を覗かせるわけにはいかないよ」

「お前は……?」

「僕は彼女を護る存在だよ。彼女と心を通わせている最高のパートナーだ」

 男の子はいまスコールが襲おうとした少女を指しながら言った。つまり、この男はあのISのコアだという事だろう。ISのコアは人間と同じように意思があるという話だが、まさか本当に人間と同じ格好をしているとは思わなかった。

「貴様はこの子のISのコアだという事?」

「まぁ、そうだね。詳しい事は言えないけど」

「ふん。まぁいいさ」

 スコールは鼻で笑うと、再びその少女の頭に繭の糸を沈み込ませようとしたその時、赤い衣服を着た男の子はその糸を握りしめたかと思うと、その糸自体を消滅させた。

「だから言ったじゃない。僕はこの子を護る存在だって。この子の抱える闇を蘇らせるのを防ぐのが僕の役割なんだから」

 そこでスコールは二ヤリと笑った。
 やはりそうだ。この女の子はあの赤いISのパイロットであり、なおかつトラウマ的なものを抱え込んでいる。だからこそあそこまで取り乱した。
 ならば、ここでやらない訳にはいかない。

「ここでは僕がルールだ。君はここから追い出さなくちゃね」

 そう言った瞬間。スコールは意識を失った。


  ◆


 再び現実へと戻される。
 相変わらずスコールと篠ノ之箒は空中に佇んだまま。しかし、何かが違った。
 紅椿が戦闘態勢を取っている。だけど、箒は目が虚ろで戦う意思など微塵も感じられない。なのに、戦闘を行おうとしている。

「へぇ、あの男の子かぁ」

 スコールはなんとなく悟っていた。あのISはあの女の意思では動いておらず、その動こうとする意志はコア自体からだということを。
 紅椿はスコールへと襲い掛かる。二本の刀をスコールへと叩きつけるが、繭によってその攻撃はすべて防がれてしまう。
 そう、これがスコールのISの機能。戦闘能力を犠牲にして防御力を極限まで高め、なおかつ相手の精神に介入して中から崩壊させるということに特化させたもの。
 生半可な攻撃ではまったく通らない。一撃必殺の超高出力の砲撃や打撃などでない限り破られることは無いだろう。
 しかし、そのスコールが知っていた常識は打ち破られた。
 繭に少しずつだが亀裂が入ってきている。
 何回も、何回も、何回も、二本の刀を叩きつけ、ビームを発射し、休む暇など無く、狂戦士のごとく攻撃を繰り返す。
 そこに篠ノ之箒という意思は全くない。彼女は相変わらず目は虚ろで考えることすら止めて、紅椿というISに身を任せてしまっている状態でしかなかった。
 そして、あの硬い繭のシールドは破られた。

「何ぃ!?」

 スコールは驚いた声を上げるも、判断は冷静に両腕に取り付けられたビームシールドで紅椿の斬撃を防いだ。

「あの赤い男の子は……。ちぃっ、ここは撤退か……」

 スコールはこの場から撤退した。紅椿はこれ以上彼女を追うこともなく、静かに下へと降下し、地面へと静かに着地させた。
 周りには人は全くおらず、ここには篠ノ之箒ただ一人だった。


 ――箒。辛いかもしれないけど、君は一夏たちを助けに行かなくちゃいけない。あの人たちを助けたいのは君の願いでもあることは僕には筒抜けなんだからね。


 そう、紅椿のコアは箒に語りかけた。


  2


織斑一夏と更識楯無はヘリコプターをひたすら追いかけていた。スピードではこちらの方が上、ならば目的地にさえ向かっていればいずれ追いつけるはず。
 そう希望を持ちながらひたすら突き進んでいた。

「箒の奴……大丈夫なのかな?」

「こら、名前を出さないで。でも、あの子がやるって言ったんだもの。今は信じてやるしかないわ」

「そう、ですね」

 一夏が少し気を抜いたその瞬間。目の前には無数のミサイルと弾丸が飛んできた。

「ッ!?」

 一夏は言葉にならない声を上げてそれを間一髪で回避。楯無は『アクア・クリスタル』によって作られた水のヴェールでその身を守った。

「クソッ! こんどは一体なんだよ、どこまで俺らを――」

 一夏の言葉を遮るようにして目の前にダークブルーのISが現れる。どうやら、周りの景色と同化して身を隠していたらしい。これがあのISの装備なのか、ワンオフ・アビリティなのかは分からないが。
 それに合わせたように上空から新たなISが姿を現した。そのカラーはダークレッドで、こちらのISはなんと、春樹や自分たちのISと同じく、極限まで装甲を減らしたコンバットモード仕様と同様だった。
 しかも、その操縦者は子供の様に幼さが残る顔立ちをしており、それが実年齢を表しているのか、それともただの童顔なのかは判断できなかった。
 その少女は、本当に幼い子供なのかと思うような子供っぽい声でダークブルーのISに乗る男にこう尋ねた。

「ねえ、良いの? 本当に」

「アイツはまだ甘すぎる……。あの時は言う通りにしてしまったが、どう考えてもあそこでこいつらを復活させたのは間違いだった。だから、戦闘不能状態にさせてもらう」

 と、ダークブルーのISに乗った人物の声はなんと男のもので、顔も良く見ると男であった。
 新たに現れた男のIS操縦者。こいつも、一夏たちと同じく『因子の力』とやらを持つ人間なのだろうか?

「命までは取っちゃ駄目だよ? 春樹が本気で私たちを殺しかねないから」

「ああ、わかっている。あくまで戦闘不能状態にするだけだよ」

 ここでダークレッドのISに乗る少女が言葉に出した春樹という言葉。つまり、こいつらは葵春樹の事を知っている人物で、その言葉を考えると、春樹と共にしている奴らなのかもしれない。

「おい、アンタら!! 春樹の事を知っているのか!? 知っているなら教えてくれ、アイツは、今何所にいる!?」

 一夏は興奮しながら、先ほど攻撃を仕掛けてきた奴らだということを忘れてそう尋ねた。
 すると、ダークブルーのISに乗った男がこう言った。

「本来なら、お前にアイツの事を教えてやってもいいのだが、今はちょっと事情が複雑だ。教えることは出来ないね」

 続けてダークレッドのISの少女が、

「そうそう。しかも私たち、春樹には内緒で今こういうことをしているんだよね。アンタらには今回の事にはもう首を突っ込んで欲しくないんだ。だから、ここで手を引くか、抵抗するなら戦闘不能状態にしちゃうけど、どうする?」

 少し考えてから一夏は言う。

「お前たちが何者かは全く分からないけどよ。何もせずにこのまま手を引くのは出来ない。なら……ここは出来る限りの抵抗をさせてもらうぜ」

 どっちにしろ、ここで抗わなくてはやられてしまう。奴らの狙いは自分たちの撃退。ならば、ここでやり返すしかない。
 だけども、一夏は体が動こうとしなかった。いや、動けなかったのだ。あのダークレッドとダークブルーのISから発せられるプレッシャーはとんでもないほどのものだったのだ。
 それは楯無も同じで、あの二人のプレッシャーに体が動いてくれない。

(なんだよアイツら……。いったい何だっていうんだよ!?)

 一夏は体を震わせながらそう思った。
 それを見たダークブルーのISの操縦者は鼻で笑ってからこう言った。

「どうした? お前らから攻撃しないなら、こちらからやらせてもらうぞ」

 なんという余裕だろう。これから戦闘をしようとしているのに、ダークブルーのISの操縦者は先手を譲ろうとしていたのだ。
 そして、ダークブルーとダークレッドの二機のISは、一斉に動き出した。
 ダークブルーのISは、両手にショットガンを握りしめ、肩部には小型ビームライフルが左右一門ずつ、腰部にはガトリングガンが左右に一門ずつ装備されており、背中にはミサイルポッドが二つほど装備されていた。
 ダークブルーのISはそれらの装備を一斉発射した。
 いい加減にその身の危険を感じた一夏と楯無はその弾丸やミサイルを撃墜し、避けていく。
 しかし、気が付けばダークブルーのISは自分たちの射程距離範囲となりうる場所にいた。どうやら、先ほどの射撃によって自分たちがどのように動くのかということを読まれていたようだった。
 ダークブルーのISはその両手に握られているショットガンを発射した。
 そのショットガンから発射された弾はとてつもない範囲に拡散したのだ。一夏と楯無はまとめてその散弾の餌食となってしまうが、その威力は大きくないらしく、ダメージ量はそんなんでもなかった。
 そのISの両腕に握られているショットガンは『Browning_Splash』という名称で、アメリカのブローニング社が開発したオートマティックタイプの散弾銃だ。特徴として、弾が大きく広範囲に拡散する。

(大きく拡散する分、威力はそこまで大きくないみたいだ。だけど、アイツにはまだ装備がある……!!)

 楯無は警戒を怠らなかった。まだ、相手は武器をまだ一種類しか使っていない。しかも、もう一機のISはまだ動こうともしないのだ。
 そのとき、二丁のショットガンで乱射を繰り返し、一夏と楯無の動きを制限していたダークブルーのISはついにガトリングガンとビームライフルによる発砲が開始された。
 こちらに向ってくる無数のビームと実弾。あれに蜂の巣にされた暁には、おそらく――。

「くっ!!」

 楯無は『アクア・クリスタル』による水のヴェールを発生させて、一夏の身体もろとも守ったのだ。
 しかし、守ったはいいが、これがいつまで耐えれるかもわからない。発砲は終わることを知らないのかと言うかのように続いている。
 それはまるで固定砲台とも言える存在であった。
 この背中の固定具から両肩へと出ているビームライフルの名称は『Scream_108』。イギリスのLOE社が開発したIS専用のビームライフルだ。その性能は威力を犠牲にして連射力を手に入れたというもの。次弾発射までのラグが0.3秒にまで縮めることに成功した。
 次に背中の固定具から腰にかけて構えているガトリングガンの名称は『MG107』。ドイツのRosenthal社製で、一秒間に50発もの弾丸を撃ち出すことが可能。装弾数は1000発ある。
 これを見る限り、このダークブルーのISは完全に中距離から遠距離に特化させた、いわば砲台の様な役割を担うISなのだろう。

「もういいかな? 私もそろそろやらせてもらうよ!」

 ダークレッドのISは、腰に装備されているレールガンを展開して弾を発射した。その投射物は一直線に楯無の方向へと向かって行き、そして、水のヴェールを貫いた。
 その投射物は楯無の右肩にかすかにヒットしてシールドエネルギーを奪い去る。

「ちっ! 惜しいなぁ。もうちょっと左に打ってればクリーンヒットだったのにぃ」

 頬をぷくぅと膨らませて言う姿は、この戦場に似合わない程場違いで、それは違う視点から見れば余裕なのだと考えることもできる。
 勝てない。
 一夏と楯無はそう考えてしまっていた。
 ダークレッドのISの装備は、両手にビームライフルを構えており、肩部には小型のミサイルポッドが左右に一門ずつある。腰にはビームブレードが刀身が出ていない状態で左右に一本ずつ取り付けられている。そして、そのすぐ下にはレールガンが装備されていた。
 今、ダークレッドのISが使用したレールガンの名称は『Sternschnuppe』。ドイツのRosenthal社が開発したものである。
 そもそもレールガンとは物体を電磁誘導によって加速して打ち出す装置である。なお、日本語表記だと『電磁投射砲』となる。
 このレールガンは砲身が折りたたみ式で、使用しないときは折りたたまっている状態である。これが使用時に展開され、砲身が完成するというギミックが搭載されており、これで素早い武器展開と武器自体の小型化に成功した。これが左右に一門ずつ装備されている。

「じゃあ、これではどうかな?」

 そう言って腰にあるビームブレードを手に取ると、すぐさまビームの長めの刀身を出力して楯無へと迫る。しかもそのスピードはとてつもなく速い。これも装甲を極限まで薄くした事によるものなのだろうか。
 水のヴェールでこの攻撃も防ごうとする楯無だったが、そのヴェールはまるで紙のように貫かれた。

「ゴメンねぇ。私の武器はどれも威力の高いものばっかりだから」

 そんな言葉を言う余裕まで見せて楯無の事を切り裂こうとした。
 その時。
 一夏はまた周りの光景がゆっくりになるのを感じていた。楯無がビームブレードの餌食になろうとしている。このままでは会長はやられてしまう、とそう思った一夏はすぐさま楯無の前へと行き、『雪片弐型』を構えた。 
 その瞬間、周りの動きはまた元通りのスピードへと戻ってくる。
 一夏は無事にビームブレードの刃を受け止めることに成功した。

「ふーん。やるじゃん。流石は因子持ちだね。私たちとしては犠牲になってもらった君たちには悪いんだけど、エラーには消えてもらいたいのが本心なんだ」

「おい、キャシー!!」

 いきなり叫びだしたのはダークブルーのISを操縦していた男だった。そいつは間違いなくこのダークレッドのISに乗っていた女の子に向って言った。となれば、この女の子の名前はキャシーらしい。

「黙っててよブルーノ……!! 私たちはやらなくちゃいけないんだ。私たちのせいで生まれたエラーを消さなくちゃいけないんだ」

「良くわかんねえけど、いい加減離れろよこん畜生おおおおおおおおお!!」

 一夏は少しでもいいから威力を高めようと『零落白夜』を発動させて刀身をビームにした。出来る限りの力を振り絞りキャシーとか言う女の子をジリジリと押し込む。
 腕を振ってキャシーのビームブレードを弾いた後、蹴りを腹部へと入れてやる。
 その攻撃はシールドエネルギーによって本人へのダメージまでは入らないが、遠ざけることには成功した。
 一夏は『零落白夜』を止めてこう言った。

「さっきからよくわかんない事言いやがって! 何なんだよエラーって。それが俺とお前らに何の因果があるっていうんだよ」

 一夏は叫びながらアイツらと自分にはいったい何があるのかを問う。どうしても知りたかったのだ。いくらなんでも不可思議な事が多すぎる。
 まずは、自分の幼い事が一部思い出せないという事に、箒が昔の事を想いだそうとして精神的におかしくなってしまいそうになった事の記憶に関して。
 そして、男である自分が何故ISを起動できるのか、ということ。
 そもそも、『因子の力』というものは何なのか。あのキャシーという女の子とブルーノという男。そして春樹との関連性はあるのだろうかということ。
 基本的な事に遡ればまだまだ疑問点が出てくる。
 インフィニット・ストラトスというものは一体何なのか。あきらかなオーバーテクノロジーにコアという謎の存在。そして女性にしか動かせないという理由。
 目の前にいる二人は一体どこまで知っているというのだろうか? 口ぶりを見る限り、何か知っている様ではある。それを一夏は知りたい。

「お前は知る必要はない。知ってしまえば強大な脅威となりうる可能性まで出てくる。なら、何も知らないうちに、本来の力を発揮する前にエラーを消してしまった方が良いからね」

 ダークブルーのISにブルーノという男はそう言い、続けてダークレッドのISに乗るキャシーという女の子は言う。

「だからさ、本当なら君と、あの女の子も消さなくちゃいけないんだよ」

「あの女の子って――」

「そう、なんて言ったけ? 確か……そうそう、篠ノ之箒。そうだよね?」

「なんで……何で知ってる?」

「だって、春樹が教えてくれたんだよ? 君の名前も知ってる。織斑一夏君、だよね?」

 一夏は声が出なかった。春樹が、裏切ったとでも言うのだろうか? 今まで仲良くやってきた一番の親友が、自分と篠ノ之箒を殺そうとしている。そのことが信じられなかった。

「嘘だ。嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ――嘘だろぉッ!! 春樹が……アイツが俺らの事を……」

 一夏が頭を抱えてそう叫ぶ光景を、襲撃してきた男女は鼻で笑ったのだ。呆れたように。

「ちょっとアンタら……いったい何なのよ! 私たちを襲撃しようとしたら殺しはしないとか言っておいて本当は殺したいですって? ふざけるのもいい加減にしなさいよ!!」

 今の今まで黙って行く末を見守るしかできなかった楯無がようやく口を開く。だが――。

「アンタは黙ってて。ていうか、アンタは邪魔なのよ。私たちはアンタじゃなくて一夏君と箒ちゃんに用があるの。貴女には用は無いわ」

 気が付けば、先ほどまでの子供っぽい声ではなくなっていて、大人っぽいセクシーな声になっていた。これが彼女の本性なのだろうか?

「おい、キャシー。話している暇があったら――」

「分かっているわよ。前言撤回するわ。貴方たちはここで消えてもらう」

 キャシーは両手のビームライフルと腰のレールガンを展開して標準を一夏の方へと向ける。先ほどの彼女の言葉によると、彼女のISの装備はどれも高威力の装備らしい。どれほどの破壊力を持っているのかは分からないが、少なくとも防御用のアクア・クリスタルによる水のヴェールを破壊できるほどの威力を持っている。
 これを元々装甲の薄い『コンバット・モード』のISが受けたらどうなるのか。

「じゃあね。織斑一夏君♪」

 今から殺す気満々とは思えない軽い口調で、ビームライフルとレールガンを一斉発射した。
 一夏は目の前に迫ってくるビームと投射物がゆっくりに見えたが、身体は動かなかった。否、動ける状態ではなかったのだ。今さっきまで頭を抱えていたのだから。

(俺、ここで終わりなのか。呆気ないな……)

 そう思った瞬間、目の前に誰かが現れた。
 目の前に現れたISにビームと投射物が吹き飛ばされ、爆風で煙が舞い上がる。それが風で流されるまで目の前に現れたISが一体何なのか確認できなかった。

(いったい……? 会長……?)

 だが楯無は一夏の隣にいる。では目の前に現れたのはいったい誰なのだろうか?

「ごめんな……」

 聞こえてきた言葉はとても聞きなれた声だった。一夏だけでなく、楯無まで。
 一夏はとても懐かしくて涙が思わず流れてしまった。


 そこに現れたのは――葵春樹だったのだから。


「は、春樹……そ、の、ISは……?」

 一夏は見慣れないISに乗っていることに疑問に思った。カラーリングは白であるのだが、今春樹が乗っているISは束から委ねられた『熾天使(セラフィム)』ではなかった。
 装甲は『コンバット・モード』の様に薄いのだが、それでも全く違うISであった。背中から生えている金属とは思えない翼以外は。

「あ、あ、は、春樹……あのぉ……」

 キャシーと名乗る女の子はその姿を見るなり、かなりマズイというような苦い顔をした。

「いったい何をやっていた? 一夏たちは今回は見逃すと、そう言ったはずだ」

「だけどよ、エヴァン――」

「俺は春樹だ! 何度言ったら気が済むんだブルーノ」

「わ、わりぃ……。だけどよ春樹。コイツらはエラーなんだ。この世に存在してはいけない存在なんだよ。自分たちも含めてな……」

「分かってるよ、そんなこと……。そんな事より引き上げるぞ、これ以上闘うっていうなら俺はお前らを殺す」

「そ、そんな物騒なこと言わないでよ春樹。分かったから……」

 と、春樹をなだめるキャシーはビームライフルを量子化し、レールガンを展開前の状態まで戻した。
 そして、その光景を一夏と楯無は見ているしかなかった。
 このままでは春樹は何処かへ行ってしまう。せっかくまた会えたのに、また何処かへと言ってしまう。それだけは嫌だった一夏は勇気を振り絞って言葉を出した。

「は、春樹!! お、お前、今まで何所に……」

「一夏……ごめんな。でも、しょうがないんだ……」

 と、ただそれだけ言って、春樹とキャシー、ブルーノは何処かへと行ってしまった。
 行き先はまるで分らない。気が付けばISのハイパーセンサーの索敵範囲から外れてしまっていて、これ以上追いかけることも出来なくなってしまった。
 この場に一夏と楯無の二人だけしかいなくなり、周りからは虫の鳴き声しか聞こえてこない。
 そんな空気を打ち破ったのは一夏だった。

「ねえ、会長。俺……」

「うん。一夏の言いたいことは分かるよ。とりあえず分かったことがある。春樹は生きているという事。彼が何をやっているのかはよくわかんないけど、それだけは分かってよかったじゃない」

「そう、ですね。でも、俺。一体どんな気持ちでいればいいのか分からないんです……」


  3


 セドリックを乗せたヘリコプターはデュノア社IS開発プラントへと到着していた。しかも、そのプラントは既に制圧済み。先に制圧部隊が動いており、まさに作戦通りの動きであった。
 オータムがヘリコプターへと歩み寄る。その中からはセドリック・デュノアの姿が見えた。

「少々作戦内容とは違う事が起こったが、想定の範囲内だ。おい、セドリックさん♪」

 と言いながらオータムはセドリックの髪の毛を引っ張りながら引き寄せる。
 その痛さからセドリックは顔を引きつらせるが、お構いなしにオータムはその状態を続けた。

「さて、お前にはこれから色々とやってもらわなくちゃいけない。わかってるな?」

 オータムの言葉に必死に顔を縦に振るセドリックは、その場に投げられてようやくその状態から解放された。そして彼女はISを身に着ける。セドリックへ逃げたらどうなるのか、という威嚇の意味も入っているのだろう。
 他の人員はセドリックの手足を縛っていたロープをほどき、口にしていた布もほどいてやった。

「さて、お前が先に歩け。これからお前にはプラントに存在するISのコアを保管している場所へと案内してもらおうじゃないか。そこのパスワードも入力してもらう」

「その前に聞きたい。娘は……無事なんだろうな?」

「ん? ああ、大丈夫大丈夫。無事だよ。今頃スヤスヤとお寝んねタイムさ」

「そうか……。全てが終われば、私と娘は無事に返してもらえるんだな?」

「ああ、その点は安心してくれ。私たちはISのコアを手に入ればそれ以上は何もしないよ」

 そう言って頬笑むオータムの顔は、その清々しいほどの笑顔だった。それが逆に恐ろしくて、セドリックはそこで悟ったのだ。
 このままでは娘ともどもここで死ぬということを。
 こいつらは自分と娘を無事で返すわけがない。絶対に情報漏えいを防ぐために自分たちを殺しにかかるはずだと。
 だけども、セドリックは気づいていた。やつらはまだ自分を殺せないということを。
 ISのコアが保管している場所は、デュノア社の中でも自分しか開けることは出来ない。特殊合金の扉でビーム兵器は効かないし、その頑丈さはIS用パイルバンカで突き破ろうとしても突き破れない程だ。
 ただ、その重さがネックになって戦闘用のISには中々採用されないのだが、こう言った倉庫の防壁としてはこれほど適したものはないだろう。
 だからこその本人誘拐だ。
 コチラの手にはセドリックの娘であるシャルロットという人質がおり、なおかつそれを邪魔しようとする存在は不完全ながらも排除することには成功した。

(あとはさっさとコアを回収して任務完了だ。今回の仕事は少々苦労したが、まぁいいさ)

 そう考えたオータムはつい頬が上がってしまっていた。
 それを見たセドリックはオータムにこう言ってやった。

「一つこっちから要求させてもらってもいいか?」

「あぁん? なんだいセドリックさん」

「娘の顔を見せてくれ。そうすればさっさとパスワードを入力してコアの保管庫の扉を開いてやる」

「…………ああ、分かった。それでお前さんの気が済むならなぁ。おい!」

 オータムは人員の一人を指さして、シャルロット・デュノアの身柄を保管庫前まで持ってくるよう命令した。
 それでセドリックの気が済んでさっさとパスワードを入力してもらえるなら、是非そうしてもらいたい。これ以上余計な時間を食うのも惜しい。後ろには『束派』のやつらが迫っている可能性もある。
 それはエムの音信不通の状態と、スコールからの三人の内二人を逃して挙句の果てに赤いISに乗る奴にまで撤退を余儀なくされたのだ。
 この現状、戦闘になれば戦力が分散しているこちらが不利なのだ。
 これは予想外の展開だった。ISの戦闘のスペシャリストである自分らがここまで苦戦するとは思いもよらなかったのだ。
 しかし、こちらにも運がついていた。
 何はともあれ、なんとかIS開発プラントまでたどり着くことが出来た。ここまでくれば勝ったも同然。ISのコアさえ手に入ればこちらの勝ちなのだから。
 だからオータムはこれ以上無駄な時間はかけまいと、セドリックを歩かせる。
 そのISのコアの保管庫の場所まで。

「オラァ、早く歩け! お前の要求には答えてやるんだからよォ、アンタも自分の言った言葉に責任持つんだなァ」

 セドリックは押し黙ってプラントの中へと入っていった。
 近未来的な内部は、本当にここでISに関するフレームや武器について開発を行ている場所なのか、と思ってしまうようなデザインであった。
 普段従業員が通るような廊下も、エアコンが効いていて空調がしっかりしているため、じめじめしているということもない。極めて過ごしやすいプラント内部だった。
 そして、コアの保管場所はこのプラントの一番奥だそうだ。
 普段なら白衣やら作業着やら着こんだ従業員が駆け回っている廊下も、顔を隠し、重火器を持った黒ずくめの奴らが一定の距離を置いて立っていた。
 そして彼の後ろには蜘蛛のようなISが下手な行動をしないよう、銃口を頭に突き付けている。
 何もできないまま、セドリックはコアの保管庫の前へとたどり着いてしまった。

「娘は?」

 セドリックは問う。
 オータムが微笑んだと思うと、彼女の後ろから金髪の少女が姿を現した。しかし、その金髪の少女は眠っていた。

「シャルロット!!」

 セドリックは叫ぶ。すると、シャルロットはかすかに目を開けて、周りの様子を窺がっていた。やがて、意識はしっかりと覚醒し、この今の現状をはっきりと理解する。

「おとう……さん? なんで、ここに?」

「何でって、お前の為に決まっているだろう」

「う、嘘だよ。じゃあ、なんで今まであんな扱いを……」

「仕方がなかったんだ。あのときはああするしかなかった。許してくれ……」

 セドリックは指した「あの時」とはどの時を示しているのだろうか。
 たぶんそれは男としてIS学園に入学させてスパイまがいの事をさせていたことだろう。
 しかし、シャルロットは今の父親の言動がいまいち近い出来ていなかった。あまりにも今までと違う。自分の知らない父親がそこにあったのだ。


  ◆


 セドリック・デュノアはIS関連の事業を取り扱うデュノア社の社長である。
 デュノア社は世界でも量産機のシェアが世界第三位という、世界でも選りすぐりのエリート企業ということになるだろう。
 しかし、世の中は甘くは無かった。
 デュノア社は他の国の企業に比べて新しい技術の開発が上手く行っていなかったのだ。それだけの技術力をデュノア社では持つことが出来なかった。現状では第二世代のISの開発が限界だったのだ。
 世の中は次々へと第三世代IS、つまりISに使用するコアを最大利用する技術研究へとシフトしていった。
 あくまで『量産機として』の世界シェアでは第三位ではあるが、この第三世代開発へのシフトによってその絶対的地位は落ちようとしていた。
 このままではデュノア社は底辺の会社となってしまう。これでは家族も養うことが出来ない。この会社自体を折りたたむことになりかねない。そうセドリックは考えていたのだ。
 それが今から三年前の話だ。
 その年は本当に不幸が多かった。
 デュノア社の技術力は他の国に置いてけぼりにされている事実を確認し、愛人は死に、その子供――セドリックの娘は独り身となってしまった。
 経営危機を迫られた彼は余裕がなくなって周りがよく見えなくなってしまっていたが、逆にそれで見失っていたものを再び発見するきっかけとなった。それが自分と愛人との間に生まれた娘、シャルロットという我が子供だった。
 セドリックは、そんなシャルロットを引き取ることにした。本妻とはまだ子供は出来ておらず、事実娘と言えるのはシャルロットただ一人だったのだ。
 そんな彼女に自分は何をしてあげられるだろうか、そう考えた結果が自分の会社でISのテスターとして働いてもらう事。そして、ISという物を好きになってもらう事だった。
 セドリックという父親は、このような夢の詰まった存在を開発しているのだと。
 だけども、そう簡単に事は運ばなかった。
 シャルロットを嫌う人物がいたのだ。それも凄く身近な人物。
 それはセドリックの本妻であるアリス・デュノアであった。
 彼女にとって、シャルロットは夫とその愛人との間に生まれた憎むべき存在であった。
 自分と夫との間に未だ子供は授かることが出来ないでいる。自分の体内で生まれ育っていない彼女を自分の娘と認めることは出来なかった。
 実は、シャルロットがセドリックの下へと来た時からアリスとシャルロットの仲は悪かった。それもしょうがないと思ってしまう自分がおぞましく感じた。
 妻とシャルロットの事もあってか、話すことすらままらなくなっていた。
 娘が自分の見失いかけていた物を取り返すことが出来た存在で、ある意味では恩人の様なものなのに、妻の目を気にすると娘とは何も話せなくなっていた。それはまるで、ただの研究材料でも扱っているような状態だった。
 このままではシャルロットは幸せになることが出来ない。この現状をこのまま過ごしていたら、彼女は不幸な人生のまま終わってしまう。
 そう考えたセドリックは一つの考えを思い立つ。
 日本でISを扱える男性が現れたというニュースが流れてきた。このビッグニュースは瞬く間に世界中へと流れた。
 女性にしか使うことのできないというISの常識を打ち破ったのだ。各国は研究材料として確保するべく、色んな動きを見せてくるだろう。
 だからこそ、その流れを利用するのだ。
 ISを扱える男性に近づいてスパイ行動をしてくる、という名目で日本のIS学園へと娘を避難できないかとそう考えた。
 それに、ISを使うことのできる男性の内、一人をセドリックは知っていた。
 名は葵春樹。かの篠ノ之束と共に行動している裏事情に少々詳しく、ISの操縦がとても上手い少年。
彼らなら自分の娘をどうにかしてくれるかもしれない。幸せにしてくれるかもしれない。少なくとも、自分の下に置いておくよりは遥かにマシなはずだ。
 そう考えたセドリックは行動に移した。
 引き取ってから妻の目線のせいで一、二回しか話したことがない娘を自分の下から引き離すのは正直心苦しい。だけどしょうがないのだ。娘の幸せを想えばこの選択が一番だと思ったのだから。
 そしてシャルロットにはシャルルという名前を与えて男として、日本のIS学園へと入学してもらう事にした。
 その理由としては、ISを動かすことのできる男二人に気軽に接近できる事からだ。
 葵春樹は自分が知っているだけあって信用できる人物だと思っているし、聞けばもう一人のISを動かすことのできる男も葵春樹の家族の様な存在だと聞く。
 だから、娘をこの二人に守って欲しかったのだ。出来る限り側にいて、娘を守って欲しかった。それだけが望みだった。
 世界規模でのリスクがあるのは承知だった。もしバレたらどのような仕打ちに遭うかは正直想像が出来ない。
 まずはマスコミからの攻撃から始まり、何故男と偽ってIS学園に入学させたのか、その理由を問いだたされ、それこそデュノア社の存続が危うくなってしまうだろう。いや、ISの業界からの追放も考えられる。
 そこまでの危険を冒してまで娘の身を護りたいと思うのは、父親としての本能なのだろうか。
 きっとそうなんだろう。愛人との間に生まれた子供でも、自分の子供であることには変わりないのだから。


  ◆


 そんな事を考えていたセドリックなのだが、それをシャルロットに伝えることが出来なかった。妻の目を盗んでこの事を伝えようとしていたのに、こんなことになってしまった。命だって危険な状態だ。

「ほら、大事な大事な娘さんの無事は確認できたんだからさァ、早いとこパスワード入力してくれないかな?」


「カードキーは持っているのか?」

「私たちがそんなヘマをするとでも?」

 後ろの黒ずくめの男がカードキーを取り出してセドリックに見せつける。
 それを見たセドリックは呆れたように溜息をついた。

「アンタたちの仕事はお見事だね。ほぼ完璧だよ……」

「そうじゃないと私たちはここまで大きくなってないさ」

「開ける前にもう一つ聞かせてくれ。どうせ開けたら私は殺されるんだろう? それくらい許してくれ」

「ちっ。なんだよ、早く言え」

「アンタはそんな風にISに乗っていて良いと思っているのか? 銃口を無防備な人間に向けて、人殺しの道具として使っていて、本当に良いと思っているのか?」

 セドリックがどうしても知りたくなったのはこれだった。自分はISを開発して販売している身として、ISに携わっている人の想いには非情に興味があった。
 それがたとえ、裏社会に生きる、ISを人殺しの道具として使っている人物だとしても。
 その言葉を聞いたオータムは思わず目を見開いてしまった。まったくもって予想外の質問だったからだ。こんなことなら、うるさいと言ってさっさと扉を開けてもらえばよかったと思うほどだ。
 そう思ってしまうのは、オータムがかつてIS乗りに憧れていたことに関係していた。
 彼女は中学生の頃は自由自在に空を舞うISに見惚れてしまっていた人の一人だ。

 ――私もISに乗って空を駆け回りたい。

 そして、実際に現在ISを自分は身に着けている。それがたとえ、望まない形であったとしても、確かに彼女はISに乗っていた。
 しかし、彼女が本来やりたかったのは競技者としてISを操縦して世界の人たちと競う事。
 だけども彼女がいまISに乗っているのは、人を殺して、自分の命の恩人に恩を返すという使い方。
 それは自分の為になっているのだろうか?
 今頃になってオータムは考え込んでしまった。

「くそっ!! いいから早くパスワードを入力しろよ!! それだけやってればいいんだよ!! ほらやりやが――」

 その瞬間、オータムに一通の連絡が入る。
 それは――『束派』の連中が攻め込んできたというものだった。
 オータムは少々焦るが、コアを奪ってしまえばこちらの勝ちだと思い、セドリックにパスワードの入力を要求しようとしたその時――オータムの目の前には大きな刃が――。


  4


 春樹との再会を果たしたものの、たった一言の会話で終わってしまった。
 だが、もっと会話したかったなどと思っている余裕は今の彼らには無かった。
 一刻も早く、セドリック・デュノアとシャルロット・デュノアを救出するためにフォスのIS開発プラントまで向かわなくてはいけない。
 スコールとの戦闘と、春樹の仲間と思わしき謎のIS二機との戦闘のせいでだいぶ遅れを取ってしまった。おそらく、もうすぐセドリックを乗せたヘリコプターはプラントへと到着してしまうだろう。
 下手をしたら、今回の任務は失敗に終わる可能性も出てきた。失敗した、ということはセドリックとシャルロットの二人の命にかかわる問題となってくるため、一夏と楯無の二人は最後の最後まであきらめるわけにはいかなかった。
 だからこそ、二人はプラントへと向かって飛び続ける。
 一夏はもう泣き止んでいる。男たるものいつまでも泣いている訳にはいかない。
 シャルロットとセドリックを助けるためなら、どんな無茶だってしてやると、一夏はそう思っているのだ。

「もう少しでプラントに到着する。準備は良いかい?」

 楯無は一夏に確認を取った。
 プラントに着けば人質もいるし、なによりあのオータムもいる。その他の兵力もまだ未知数だ。気を抜けば何もできずに終わってしまうかもしれない。そんな危険性も孕んでいる。

「大丈夫ですよ……俺はね。だけど、02から連絡がない事は唯一の不安ですが」

「そうだね。無事なら連絡の一つでも飛ばしてくれればいいのに……。まぁ、今は考えたってどうしようもない。私たちは目の前の事に集中しなくちゃ。02の事は信じてやるしかないよ」

「そうですね……」

 そんな会話をし終わったとき、視界にはIS開発プラントがはっきりと映った。近くにはヘリコプターも着地しており、もう既にセドリックは中へと運び込まれてしまったことが分かる。
 一夏たちが近づくと、プラント周辺を見回りしていた亡命企業(ファントム・タスク)の人員がこちらを確認。すぐさま連絡を入れようとするが、それを一夏は許さなかった。
 一夏はものすごいスピードで突っ込み、黒ずくめの男にぶつかる直前でブレーキをかける。そして、思いっきり腹を殴ってやったのだ。
 黒ずくめの男はたまらず意識を失った。
 周りにはまだほかの人影は見られない。見つかる前に中へと入ってしまわないといけない。
 プラント内部のマップは事前にセドリックから受け取っている。そして、亡命企業(ファントム・タスク)が確実に向かう場所、それはコア保管庫であるに違いない。
 そこまでの最短ルートをISに記録して、補佐してくれるように設定し、一夏と楯無はプラント内へと侵入した。
 中に誰が居ようと関係ない。ひたすらスピードを上げて目的地に向かって突き進めばいいのだから。
 亡命企業(ファントム・タスク)の人員はそのスピードに対処することができず、何もできずに一夏と楯無をスルーしてしまう。

(もっとだ、もっと。もっと加速するんだ。手遅れになる前に)

 この二人の侵入を知ったISを操縦する人員も現れた。目の前にはドイツ製の量産タイプのISが現れるが、一夏が操縦する『白式』の力によって一瞬にしてそれは無力と化した。
 それこそ、白式のワンオフ・アビリティーである『零落白夜』という、シールドエネルギーを切り裂く能力のおかげだ。
 量産機に乗っていた人員もいったい何が起こったのか理解するのには時間があまりにも足りなかった。気が付けばISのシールドエネルギーは致命傷を負っているのだから。
 しかも、そこを後ろについている水色のISが止めを刺すと言わんばかりに追撃してくるのだ。生半可なISなど、気休めにもならない。
 一分にも満たない目的地への移動時間は、終わりを迎えようとしていた。次の扉を抜ければ、コアの保管庫にたどり着く。そこには、オータムとセドリック・デュノアがいるはずだ。
 楯無は『蒼流旋』でその閉ざされた扉を貫いて道を切り開く。そして、開いた穴に一夏は飛び込み、『零落白夜』を発動させた。
 目標は勿論、今回の亡命企業(ファントム・タスク)による作戦リーダ、オータム。
 その刃がオータムの目の前と迫る。

(これで……っ!!)

 一夏は勝ちを確信した。この不意打ちが成功した。もう『雪片弐型』の刃は一秒もかからずにオータムに直撃する。そうすれば、『零落白夜』の能力で無力化できる。
 そう思ったのだが……。

「え……?」

 一夏は驚愕した。
 今のは絶対に反応できるようなタイミングではなかった。反応できたとしても、そこからの回避するためのアクションを取るまでの時間なんて無かったはずなのに、オータムはその攻撃を防いだのだ。――背中の蜘蛛の足の様な触手を数本犠牲にすることで。

「お前らァ……本当にウザったいよ。もう少しで作戦が終わりそうだったてのによォ。マジでふざけんなよ。絶対にお前らは殺す。殺してやる……!!」

 そんなことを言っているオータムだが、彼女のISの背中の八本の蜘蛛の様な足の内、右側四本が切断されてしまっているが、そんな状況にもかかわらこの余裕は何なのだろうか。嫌な予感が一夏と楯無の身に降り注いだ。
 一夏と楯無の二人はその妙な雰囲気を感じ取って注意を払いながら身を構えた。
 その瞬間。オータムの顔が少しにやけたのを一夏は見逃さなかった。
 その瞬間、一夏の頭上にはスコールのISがあった。

(あの繭の糸はマズイ……!!)

 そう思った一夏は左手の腕に内蔵されているバルカンをスコールに向けて発射しながら距離を置いた。

「おいおい、こっちを忘れちゃいけないだろ?」

 後ろにはオータムの姿があった。スコールの繭を危険視するあまり、オータムに対しての注意力が欠けてしまっていたのだ。

「マズッ――!?」

 残った左四本の蜘蛛の足の先端に付いている鋭い爪で一夏を攻撃しようとするが、そう簡単には決着はつかなかった。
 楯無は01と叫びながらオータムに向って槍を突き刺した。楯無と一緒に壁まで飛んでいき、壁に当たったところでようやくその動きを止めた。
 しかし、そこから現れたのは無償のオータムだった。いや、無償に見えるのはシールドエネルギーのおかげだろう。

「オータム無事!?」

 スコールは慌ててオータムのISの状況を情報共有で確認するが、その表情を見る限りあまり芳しくないのが見て取れる。

「畜生!! シールドエネルギーが底を尽きた……!」

 オータムは思わず叫んでしまった。このままでは次の攻撃を受けたら死んでしまう事を意味するからだ。
 それを聞いた楯無はここぞと言わんばかりに『蒼流旋』に内蔵されているガトリングガンを至近距離からオータムに向って発射する。
 しかし、ここでスコールの行動が速かった。オータムの目の前に行き、繭を展開して彼女を守ったのだ。
 だけど様子がおかしい。絶対防御と言わんばかりの性能だった繭が、楯無のガトリングガンの弾をすべて受け止めきれていないのだ。
 それを見た一夏は確信した。

(箒の奴がやったのか? ならここは……!!)

 スコールの繭は絶対防壁でないことを確認した一夏はオータムに向って刃を向けた。今のこの状態なら、オータムを守っている繭を突破できるのではないかと。
 一夏は『零落白夜』を発動させながらスコールへと突っ込む。残り少ない稼働エネルギーだが、この戦いさえ終わってしまえばそれでいいのだ。出し惜しみをする必要は全くない。
 『雪片弐型』の刃をスコールの繭は受け止めた。だが、最初に対峙した時に比べて明らかに脆くなってしまっている。実質二体一の状況であり、本来の性能を引き出せていないスコールの繭は一夏と楯無、二人の攻撃を受け止められなくなるのも時間の問題だった。
 これ以上の行動は取れない。もはや詰みの状態に近かった。
 そして、ついにその絶対防壁であった繭の壁を貫いた。そして、楯無のガトリングと一夏の剣が二人を襲った。もはや戦闘など出来る状態ではなくなっていた。これでオータムとスコールの二人は無力化した。
 あと、亡命企業(ファントム・タスク)側が望める戦力と言えば――。

「な!? 01後ろ!!」

 その人影にいち早く気が付いたのは楯無だった。
 その声に反応し、後ろを振り向くと、そこにはエムが立っていた。ビームショートブレードを握りしめた彼女は一夏に向って突き刺そうとしていたのだ。

「ひぃ!?」

 一夏はあの暴走したエムを思い出して、思わず情けない声を出してしながらその攻撃をかわした。
 一夏と楯無の二人は一度出来る限りの距離を取ると、亡命企業(ファントム・タスク)の三人はエムに駆けよった。

「大丈夫だったのエム!?」

 スコールはエムの事をいち早く心配する声をかけたが、彼女からの返答は無かった。
 ただ、この一言だけ……。

「お前ら……殺す。殺してやる……」

 そこに感情というものは無く、ただ人を殺そうとする殺戮マシーンの様に一夏たちに近づいていく。
 その光景を、オータムとスコールは眺めているしかなかった。今の彼女を見ると、何か下手な事をすれば仲間である自分まで殺されそうな気がしてしまったから。
 エムはぶつぶつと何かを言いながら一歩一歩、ゆっくりと一夏と楯無に近づいていき、徐々に間合いを詰めていく。
 あの雰囲気はどう考えても、一夏が対峙した時の暴走状態の彼女に他ならなかった。

「また……俺は殺されそうに。いや、もしかしたら今度こそ本当に……?」

 一夏は震え声になりながらそう呟いた。完全に一夏はあの殺されそうになった時の事がトラウマになってしまって足がすくんで動けなくなってしまっていた。ここから動かないといずれ距離を詰められて攻撃されてしまうのは分かっているのにだ。
 それを見た楯無は必死で一夏の肩を揺さぶる。

「おい、しっかりしろ!! 動け!! 動かないと殺されるぞ!!」

 楯無は必死にそう言っているものの、一夏は完全に思考停止状態にあった。相手の動きが遅いのが何よりも助かっている要因ではあるのだが、エムがいつスピードを上げてこちらに突っ込んで来るかも分からない。一刻も早く動いてエムの攻撃に備えなくてはいけないのに。

「――死ね」

 そんな冷たい声が聞こえたかと思うと、エムはいきなりスピードを上げてこちらに突っ込んできた。手には『ショートビームブレード』が握られている。これで滅多刺しにする気なのだろう。
 こちらに突っ込んでくるエムが一夏の視界に入った瞬間、彼は大声で叫び声をあげてしまう。

「うわぁぁぁああああああああああ!! やめてくれぇぇぇえええええええ!!」

「しっかりしろと言ってるだろうがッ!!」

 このままでは二人揃って死ぬかもしれないと思った楯無は一夏の目の前に立って、『アクア・クリスタル』の水のヴェールを展開してショートブレードを受け止めるが、これがいつまで保つことが出来るかも分からない。特にあの戦いを経験した後だと尚更だ。
 目を瞑って情けない格好になっていた一夏が目を開けると、目の前に楯無が居て自分を守っていることに気づく。

「あぁ!! 大丈夫ですか!?」

「そんなことを聞いている暇が合ったらコイツをどうにかしてよ。いつまで持つかもわからないから」

「は、はい!!」

 エムが正気を保っていないことが幸いだった。この状況でこんな会話など、死んでも文句は言えないだろう。
 一夏は『雪片弐型』を構え、『零落白夜』を発動させて右にステップ。エムの横側に斬撃を与えようと剣を振る。だけども、避けることも、受けとめることもせずにただ黙ってその攻撃を受けていた。今のエムに考えて行動する、という事が不可能なのだろうか?
 もちろん、この攻撃はクリーンヒットして絶対防御を発動させた。シールドエネルギーはゼロになったはず。これで――。
 と、勝ちを確信したその瞬間。
 エムは雄叫びをあげて、シールドエネルギーがゼロだというのに気にせず攻撃を続行する。このままでは水のヴェールを突き破ってその刃は楯無へと届いてしまう。

「クソッ! 斬るぞ……斬っちまうぞ……!! 離れろよォォォオオオオオオオオ!!」

 一夏が刀を振り上げて、それを振り下げてエムを攻撃するか否かを躊躇した瞬間、水のヴェールが遂に破られた。そのままショートブレードの刃は楯無に向かって行き――突き刺されると思った。
 しかし、実際にはその『ビームショートブレード』は楯無に突き刺さることは無かった。
 グシャ、という音を聞いたかと思うと、目の前には赤いカラーリングの武器が目の前を通過していった。
 あの武器は間違いない――。

「大丈夫か!? 遅れてすまないな」

 このタイミングで助けてくれる赤いISは知る限りでは一機しかいない。
 その彼女の名前は篠ノ之箒。篠ノ之束の妹であり、その束が率いる組織に所属している者。
 一夏は言葉が出なかった。

「おい、やるぞ。もう少しだ。私たちの勝利はもうすぐそこにある」

「あ、ああ。やるぞ!」

 だけどもまるで気分は高ぶらなかった。
 これが命を懸けた殺し合いだからだろうか? エムに対してトラウマを持っているだからだろうか? 自分が成長していないと覆ってしまったからだろうか?
 しかし、そんな気持ちでは死んでしまうかもしれない。これは殺し合いなのだから。
 一夏と箒、楯無の三人はエムを前に何時でも動けるように構えの体制に入った。
 だが、エムは俯いたまま動こうとしない。

「殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す。エラーは殺さないといけない。それが私の使命。それが私のやる事。それが私のお仕事。それが私が生きる意味」

 このエムの言葉に一夏はゾッとした。また『エラー』という言葉が出てきた。それに、エラーは殺さないといけない、という言葉は春樹の仲間が言ってたことを共通する。

「何だよ……。何なんだよエラーって……。一体何だって言うんだよォォォオオオ!!」

 一夏は思わず『雪片弐型』を持ってエムへと突っ込んで行っててしまった。
 二人の距離が一気に縮まる。

「何で俺らを殺さなくちゃならねえんだよぉぉぉ!!」

 この時、一夏の目は死んでいた。ただ勢いに任せて剣を突き刺すだけ。ただ――それだけ。
 何も考えちゃいない。これで人が死ぬだなんてことも考えちゃいない。これで血が吹き出すだなんて考えちゃいない。自分の中に、人を殺した、という事実が残されて苦しむことになるかもだなんて考えちゃいない。
 本当に、勢いに身を任せて、スピードに身を乗せて、剣で突き刺すだけだった。
 エムのISはシールドエネルギーを失っている。そのため、刃はエムの体の中へと侵入していく。肉を抉り、胃を貫き、血を吹き出し、背中からは刃が突き出ている。

「がはっ。あ、あ、あ……。ぐっ、え、あ、は、は、は、ぐひぃ、へ、は、へ、は……」

 エムは口から血を吐きながら、言葉と言えない事を言っていた。

「え……? 俺、俺は、何をした?」

 今、自分がやったことをいまいち理解していなかった一夏は、目の前にいる血塗れのエムを見て驚愕した。自分の握っている剣がエムの腹を貫いている。

「あ、あ、ああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!俺は一体なんてことを、なんて……事を……」

 エムに致命傷を与えた。これは自分が今まさにやっているような仕事だから褒められるような事だろう。だけど、そんな事関係なしに倫理的に考えたら最悪な事を自分はしてしまったのだと、一夏は今になって理解した。

「あ、あはは……。あれ、一夏だ……。あたし――」

 それが、エムの最後の言葉だった。
 何が起こっているのか全く理解できない一夏は、ただ絶叫するしかなかった。
 そう言った一夏の顔は涙でぐしゃぐしゃになっていた。



[28590] Episode5 終 章『レポート -Kirishima-』 + あとがき
Name: 渉◆ca427c7a ID:aea9ff08
Date: 2012/10/15 01:31
 セドリックとシャルロットの救出に成功し、デュノア社が保有するISのコアも守りきった『束派』は、今回の任務、十分成功と言えるだろう。
 ただ、失敗した点としてはエムという死人を出したことと、オータムとスコールを取り逃がしたという事。
 一夏がエムを殺してしまったことで、一夏がおかしくなりそうになった騒ぎに紛れて撤退をを許してしまった。亡命企業(ファントム・タスク)が逃げ出すのを阻止するより、一夏の心が壊れてしまうのを防ぐ方を優先したからだ。
 箒と楯無が必死に一夏を落ち着かせたため、完全に心が壊れる心配は減ったが、それでも今の一夏は色々と危うい状態だ。もしかしたら、ISに乗るのを投げ捨てる可能性まで出てきてしまう。それだけは何とかしなくてはいけない。
 だからこそ、箒と楯無は必死に一夏を落ち着かせた。
 現在、一夏は気を失って気絶してしまっている。

「ねえ、箒さん。一夏は……大丈夫?」

 そうシャルロットは尋ねた。命を懸けて自分の命を守ってくれたのに、一夏の心が死んでしまいそうになっている。心配しない方がおかしいだろう。

「わからない。結構危険な状態だろう。なぁ、シャルロット、一夏が意識を取り戻したらお前からも何か一夏に言ってくれないだろうか?」

「僕が一夏に?」

「ああ。今回の任務は元々シャルロット、お前を救出するものだった。だから一夏は命を懸けてまでお前を救ったんだ。だから、一夏の頑張りは無駄じゃなかったってことを一夏に伝えて欲しい。頼めるか?」

「……うん。拒否する訳ないじゃない。だっ……いや、こんな事を言うのはよそうか」

「すまないな、シャルロット」

「全然。こちらこそ、だよ」

 その時、一夏は意識を取り戻した。そして、あの感触がよみがえってくるのだ。あの人を刺した時の感触が。

「あ、あ……あああああああああああああああああ!! 嫌だ、もう嫌だ!! なんで、なんでだよぉ……。何でこんなぁ!!」

「一夏!!」

 シャルロットは一夏に駆け寄った。頭を抱える一夏の手をそっと触れて話してあげて、自分の身で一夏を包み込んであげた。

「一夏、ダメだよ。そんなに悩んじゃ。一夏は僕を救ってくれた。命を懸けてここまで来てくれた。なのに一夏は僕にお礼の一言も言わせてくれないの? 聞いてくれないの?」

「シャル……ロット……?」

「うん。僕はここにいるよ。だから安心して。箒さんも、会長さんも、ここにいる。だから、安心していいんだよ。辛いかもしれないけど、一先ず落ち着こうよ。悩みがあったら僕が聞いてあげるから。一夏が僕にそうしたように」

「あ、ああ……。あり、がとう、な、シャルロット」

 でも、完全に一夏の中からトラウマが消えたわけじゃない。いつトラウマを思い出して発狂するかも分からない状態であるのは間違いないのだ。
 彼は、初めて、自分のその手で人を殺めた。
 しかも、勢いに身を任せるという、一番やってはいけない事でそれをやってしまった。

「一夏、とりあえず日本に帰ろうか。国際IS委員会の人たちが帰りのジェット機を用意してくれた。まったく、委員会の人たちはどれだけジェット機持ってるんだってね」

 楯無はジョーク交じりで一夏に話しかけるが、そこに笑みは無く、ただ単に「はい」と答えるだけだった。

「……そうだ。セドリックさん。シャルロットちゃんとは和解したんですか?」

「ああ……そうだな。すべて話したよ」

「うん。お父さんの気持ちはがようやく分かった。もう一度言うよ、ありがとうお父さん」

 シャルロットはセドリックに感謝の言葉を贈る。恥ずかしそうにするセドリックであったが、ここで問題点が一つ。

「妻のアリスのことだが、このまま戻ったらまた嫌な目でみられるだろう。だから、日本にまた行くかシャルロット?」

「え……それってつまり?」

「もう一度日本に戻らないか、ってことだ。もっとも、それを決めるのはお前だけどな」

 シャルロットは考えた。このまま父親のそばで働いても、母親からまた嫌味な事を言われて、下手したら暴力を受けてしまうだろう。
 それから逃げるため、と言えば嘘になるかもしれないが、今、彼女の中には一夏のことで頭がいっぱいだったのだ。
 今にも壊れてしまいそうな一夏に対して自分は一体何が出来るのか。今まで一夏がしてくれたようなことを自分は返すことが出来るのだろうか、ということで頭がいっぱいだった。
 だから、ここで迷う必要は無かった。

「お父さん。すまないけど、日本に行かせて欲しい。自分に出来ることが日本で出来そうだから。いや、やらなくちゃいけないから」

「そうか……」

 そんな、シャルロットが今後どうするかについて考えていても、一夏はどことなく上の空だった。
 一度シャルロットと別れを告げ、とりあえずこれから一夏、箒、それに楯無の三人は日本へと帰国する為にジェット機へと乗り込んでいく。どうやら、現場から直接日本へと帰国するようだ。
 一夏たちは、このフランスの地ともお別れをしなくてはいけないが、彼はひたすら空を眺めて上の空になってしまっていた。





 一夏たちは遂に任務を完了して日本へと帰国することになっている。
 ひとまずの任務が終了してちょっと安心している束と千冬だが、安心しきれない部分もあった。その理由は一夏の精神状態と春樹がやろうとしていることであった。

「任務は無事完了したけど、なんだかね。一夏も精神的におかしくなっちゃてたし、箒ちゃんも敵の精神攻撃でおかしくなりかけた……結構まずいんじゃないかな?」

「ああ、まずいかもな。けど、あのことは絶対に話せない。話したらあの子たちは絶対に壊れる。確実にな」

「それに、春樹たちもそうだよ。話を聞く分にはエラーを消し去るって言ってたけど、それってきっと『因子』のことだよね。つまりそこから繋がるのは……」

「あの……悪魔の実験か?」

「恐らくそういうことになるね。一夏が変な能力を身につけたタイミングと一致するし」

「だがそもそも、春樹たちは何が狙いなんだ? エラーを消し去ることって言っているが、あの春樹の言葉、絶対に他に何かやっているはずだ」

「きっとそれは……『奇跡の産物』の研究結果から、それを応用した実験結果までを記録した『霧島レポート』を探しているんだと思う」

「霧島レポート……何だそれは?」

「実は私にも分からないんだ。読んだこともないし、噂レベルでしか聞いたことがない代物。その内容は、ISのコアから『因子の力』についてまで、それらのすべての研究結果を書き記した物だって聞いている。つまり、アイツのレポートさ」

「霧島……アイツって、まさか、そのままなのか?」

「そう、アイツだよ。霧島直哉。現在行方不明の、私たちにとっての最大の敵である彼の書いたレポートを春樹たちは探しているのかもしれない」





~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~






  あとがき

 八か月間書き続けたEpisode5はいかがでしたでしょうか?
 最後の方は駆け足過ぎて何が何だか分からないと思いますが、素人の二次創作だと思って許してくださいお願いします。
 さて、今回のお話のテーマは「父親」「思想」「殺人」の三つです。
 まず最初の「父親」ですが、これは勿論、原作でも描写不十分で矛盾を多く作ってきたシャルロット・デュノアさんの設定の穴を埋める為に出したテーマと言っても過言ではないでしょう。
 一番強く出した部分は『どんな行動を取っていようと、最終的には親は子供の幸せの為に何でもやるんだぞ』というものでした。本当に子供を愛している親というものは「目に入れても痛くない」ということわざもあるように、子供がかわいくてしょうがないはずです。
 だからこそのセドリックと妻のアリスの対比を出したんです。アリスはシャルロットを自分の子供と思っていないからあんな感じなのに対し、自分の子供だと思っているセドリックはリスクを冒してまで娘の幸せの為にやれる事をやったのです。
 あと、シャルロットがシャルル、男として日本のIS学園にやってき理由を色んな説を持ってきて何とか作ったんですが、ムリのあるこじつけであることには変わりないでしょう。

 次に「思想」ですが、これは今回は四つの組織が絡み合っていました。
 まずは『束派』。彼女らはISを悪用するのは許せない、というものです。
 次に『亡命企業』ですが、世界中のISを奪い、世界征服まがいのことをするという、少年漫画のような悪役的位置にいます。
 そして『サイエンス』ですが、彼らはISによって作られた女尊男卑の世界観に異論を持つ者たちです。だからこその「全ては……平等なる世界の為に!!」 というセリフなんです。
 最後は『春樹、ブルーノ、キャシー』。彼らの組織名は一応作ってあるのですが、今回ではまだ未公開。
 とりあえず、彼らの思想はまるで謎のままに終わりました。分かったのは二つ。「エラーをなくすこと」「霧島レポートを探すこと」ですが、これが彼らの思想にどう繋がっていくのかがポイントとなります。
 ちなみに、『亡命企業』の中でもピックアップされたオータムですが、彼女は彼女なりに思想を持っていた。それがズタボロにされて大きな枠の中に入れさせられて、自分の思想でもないのにそれを押し付けられる。その思想に疑問を持っていたとしても。
 だから、セドリックのあの質問にオータムは戸惑ったんでしょうね。

 最後に「殺人」ですね。
 これは分かりやすいほどに前面に押し出していました。正確には「人を殺すとは?」ということで、それを初めて経験する一夏と箒はそれぞれ違うけど、根本的には同じ悩みを持つことになるんです。
 それに、誰かに殺されそうになる。という死への恐怖も主人公たちに味わってもらいました。そうすることで、一夏に「死」ということを考えさせ、そして人を自らの手で殺めたことによってさらに「死」という事について頭を悩ませます。
 これの決着は次回のEpisode6で片づけます。はい。

 一気に重要キーワードと登場人物が増えたこのEP5でしたが、どうだったでしょうかね?
 結構わかりやすい伏線なので、物語の全容が見える人は見えると思います。
 ぶっちゃけ、何気ない単語や会話文が伏線になってたりします。流して読むところが、実は伏線だったりするんですよ!
 特に第一部にはちょくちょくちりばめられていると思います。修正していって追加したものとかもあるからね。
 ま、次は気長に待っていただけると嬉しいと思います。

 ここまで読んでいただきありがとうございました。この物語はEpisode6へと続きます。
 感想を書いていただいたKnsu様、組合長様、陵戸紫苑様、ありがとうございます。
 ではEpisode5全体を通しての感想を書いていただけると嬉しいと思います。
 ご愛読、ありがとうございました。



[28590] Another_Story『もう一人のヒーロー -Alius_Hero-』
Name: 渉◆ca427c7a ID:b9af1eef
Date: 2012/09/13 19:41
 何から話したらいいのだろうか。まぁとりあえず、彼の名前から紹介すべきか。
 彼の名前は剣崎結城。神奈川県、横浜市にある愛越学園の生徒である。

「はぁ、IS学園……かぁ。あそこには沢山の女子に囲まれたハーレム状態の男がいるんだよなぁ……。くっ、リア充爆発しろ!!」

 彼は海の向こうに見えるIS学園を見てそんなことを吐き出していた。それもそのはず、この剣崎結城という男は彼女いない歴が年齢と同じという、特徴がないのが特徴、とでも言うのがふさわしいとも思える地味な男なのだ。しかも、高校三年生にもなって彼女ができた事がないという寂しい高校生活を送ってきたのだ。
 それでも、彼には男だが友達はたくさんいた。友達が多い、という点に限っては俗に言うリア充――現実(リアル)が充実している人――ではないのだろうか。
 そんな彼の隣に歩いているのは友達の霧島由実という、なんと女性だ。しかも幼馴染という属性も加えての。
 先ほどまで女に飢えているかの様に吠えていた男と一緒に登校しているのはそんな女の子。これだけでもリア充爆発しろ、というセリフを吐いてよいものかと思うが、どうなのだろう。

「ったく、結城は登校の度にそう叫んでるよね。そんなにあそこにいる男のIS操縦者が羨ましいの?」

「そりゃそうだろ。ハーレムというのはな、男のロマンなんだ! それを現実のものにしている男を羨ましいと思うのは自然の摂理だろ!」

「う~ん……。そうとも思わないんだよねぇ、女である私は……」

「はぁ? どういうことだよ?」

「結城の中ではどれだけ女性を美化しているのか気になるよ。っていうか、女性の裏側を全く見てないよね。結城が女だったら、絶対に男を羨ましがるよ……。っていうか、男になりたいね、うん」

「そ、そんなにお前は男になりたいのかよ!?」

「正確に言うと、男の様な関係に憧れるっていうか、女もそういう関係だったらいいなって思うの」

 さて、女性というのは一般的にグループを作るのを皆様はご存じだろうか。その中にはリーダー的な存在が居り、その周りに仲間、という風に作られている。クラス然り、学年然り、または学校全体然り、その規模は様々だが『グループ』を作って学園生活を行っている。
 こう考えれば分かりやすいかもしれない。
 グループを作るリーダー的な女はそれぞれ個別の部屋を持っていて、その部屋に住まわせてくれ、という風に寄っていく。そんな、グループ間では接点を持たないようにしている状態が普通なのだ。
 それに比べて男はどうだろうか。
 先ほどの『部屋』という風に例えてみると、言わば大部屋、と言うのが正しいのかもしれない。その大部屋には仲の良い者同士がある程度固まっていたとしても、何かあれば一つにまとまることが出来る。それが男だ。一概にもすべてがそれとは言い難いが、大まかに言えばそんな感じが大半だと思われる。
 男と女にはそんな違いが存在している。グループごとに固まって、それらの間には分厚い壁が存在している女子と、グループがあっても壁が存在せず、なんだかんだで仲良くやっていく男子。
 特に女子は、そのグループ内でいざこざがあり、そのグループのリーダーが気に食わなければ徹底的にいじめを開始する。逃げ場はない。何故なら、そのいじめを受けている女子はそのグループの部屋にしか入ることが出来ないのだから。だから必然的にその部屋に居座っていじめを受けることしかできない。
 他の部屋に入る事を許せば、リーダーがその部屋の奴らも巻き込んでいじめを受ける可能性が出てくる。だから入室の許可が下りない。だから逃げ場がなくなる。
 稀にどの部屋にも入ることできて、なおかつ仲良くやっていくことが出来る女子も存在するが、それはあくまで稀少な存在だ。皆に慕われて人気のある人間。口達者で、空気も読める。それと「憎めない奴」という特別なスキルが必要になっていく。
 まとめると、女子というのは過酷な世界で生きていかなければならない存在だということ。逃げ場がなく、その固定された環境でやっていくしかない。だから、まずは自分自身で一番上手くやっていける人を探して仲良くなることから始まるのだろう。
 だが、これは作者の今までの学校での経験を元にして考察した結果であり、本来の姿はもっと違うものなのかもしれない。(ここでメタ発言をしてしまってすみません)
 何はともあれ、そんな男には到底想像できない世界で生きているのが霧島由実なのだ。

「ま、女の子の世界は男どもが想像しているようなお花畑じゃないってことよ。恐ろしい世界なんだから」

「ふ、ふ~ん。なるほどねぇ……。男に生まれてよかった、って思った方が良いのかねぇ?」

「そうね、そうかもね。女子高もそうだけど、あんなIS学園ってところ、女の子だけなんて恐ろしいにも程があるわ……。そこに行くことになった男って正直可哀そうね。イケメンでコミュニケーション能力があればその男の子はやっていけるでしょうけど、そうだとすれば問題は女の子たちね……」

「どういうことだ?」

「仮にIS学園に行ったっていう男がモテモテだったとするじゃない? それでその男が誰かと付き合ってみなさいよ、他の女どもがどんな行動を起こすか、考えてみ?」

 結城は少し考えてみた。IS学園に行った男が自分でモテモテだったとする。もちろん、自分が気に入った女の子が居れば付き合うだろう。それはそれで問題は無い。
 では女の子はどうなるのだろうか。
 もし、自分を彼氏にしたいと思う人物が複数いたとして、自分と付き合うことが出来なかった女の子はどのような行動を取るのだろうか。
 結城は正直身震いした。そんな環境で女の事付き合うなんてできない。付き合った子がどんないじめに遭うのか分かったもんじゃない。噂によれば、女のいじめはとても陰湿だと聞く。自分の知らないところでいじめを受けて、辛い思いをしなくては自分と付き合うことすらできない。

「…………うん。先ほどまでの自分の頬を叩いて目を覚ませ、とでも言いたいね……」

「でしょう? そんなものなのよ、女の子って。よくあるハーレムアニメの女の子たち、あれは男どもの妄想でしかないわ。あんな平和なほのぼのとした女の子の世界に行けるなら行きたいもんよ……」

 ちなみに霧島由実はいわゆるアニメオタクである。だから彼女もそういう仲間とつるむことが多い。同じくそういった男ともつるむことが多々ある。まぁ、由実はアニメオタクとの関わりだけではなく、他の女の子たちとも仲良くやっている。
 言わば、霧島由実は先ほど部屋で例えた話の『どの部屋にも行き来できる存在』である。
 そうこう話しているうちに学校へと着いた二人は自分たちのクラスへと向かう。この二人は同じクラスで、高校三年生である。
 おはよう、とクラスのメンバーと挨拶を交わす二人はそれぞれ自分の席へと向かう。

「よう、結城。明日から夏休み。最後の夏休みだな!」

 と、結城に真っ先に話しかけたのは小鳥遊孝之。結城とは幼稚園の頃からの腐れ縁で、今でも仲良くやっている。地味にクラスが離れたこともなかったことも、ここまで仲良くやっている要因なのかもしれない。

「そうだなぁ。そんな夏休みには海にでも行きたいよな、海に」

「お、いいねぇ。でも……男だけで行くもんじゃねえよな……」

「あ、ああ。そうだな……。出来れば女の子も交えて行きたいよなぁ……」

 二人は揃って溜息を吐き、最初に口を開いたのは結城。

「俺たちに――」

 それに続いて孝之が言葉を続ける。

「春は――」

 そして一斉に……。

「「訪れなあああい!!」」

 などと教室の片隅で小さく叫ぶそんな二人に駆け寄ってきたのは霧島由実。そして由実の友達で祇条楓である。

「なーに叫んでんのよアンタたち。ところで、さっき海に行きたいって言った? じゃあさ、みんな暇なときにさ、この四人で海に行きましょうよ」

 急にそんな提案をしてきた由実。どういう風の吹き回しなのだろうか、と思った結城と孝之。
 だが、そんなことはどうでもいい。たとえ幼馴染だろうと、女の子と一緒に海に行くというだけで、男としてはステータスのようなもの。リア充の条件の項目の内、女の子と遊びに出かける、という項目にチェックマークがつくチャンスである。

「う、うん。いいなぁ、じ、じゃあ、皆で行っちまいますか。な、孝之!」

「お、おう。いいぜ、行きましょうかい!」

 突然の出来事にチェリーボーイの部分が剥き出しになって思いっきり動揺する二人だが、しっかりと一緒に遊びに行くことは約束できた。これだけでも、十分な成果と言えよう。

「じゃ、みんなのスケジュールが合い次第行きますか!」

 と、由実が言った瞬間にタイミング良くチャイムが鳴った。各自自分の席へ戻り、朝のホームルームを行った。
 今日で学校は一旦終わって、長い夏休みへと突入する。


  ◆


 そして、放課後。いつものように一緒に下校する結城と由実。

「それにしても、どういう風の吹き回しだ? 一緒に海に行こうだなんて、珍しい事もあるんだな」

「いいじゃない。高校生最後の夏なんですもの、良い思い出つくりたいじゃない。それに……」

 彼女は言葉を段々と小さくしていった。何か隠しているのだろうか、と結城は疑いの目を向ける。

「それに……なんだ?」

「う、うん。楓の事なんだけどね。実はあの子、孝之君のことが好きになったみたいで、そのキッカケ作りとしてね」

「あ~なるほどねぇ…………ってちょっと待ったあああぁぁぁ!! 何? 何ですか!? じゃあ、上手くいけば祇条さんと孝之は付き合い始めるってこと? で、俺らはそのお手伝いをすると?」

「まぁ、そうなるかなぁ……あはは……」

「やらん、絶対にやらんぞ! 孝之が最後の最後で逆転サヨナラホームランってか!? 俺は高校三年間ノーヒットノーランだというのに!」

 結城としては嬉しんだか悔しいのかよくわからない感情に襲われた。結城も孝之も幼稚園から今まで彼女など作れたことがない。これからもその状態が続いていくと思ったらこれだ。

「ま、孝之君が楓と付き合っても良いって言うなら、そうなるかもだけど。もしかしたら、楓の告白を断る可能性も無きにしも非ずでしょ? ま、私たちは楓が告白しやすい状態にしてあげればそれでオーケーなの。それ以上は楓と孝之君の事だしね」

「う~ん……。祇条さんって可愛いし、性格の方も良いし、孝之のやつが断るなんてことありえないと思うんだけど……」

 祇条楓。小柄で気の弱いが、清楚な女の子である。
 彼女は二年生のクラス替えで初めて一緒になった女の子で、そのときから由実とは仲良くやっている。よくこの二人で一緒にお昼ご飯食べたりしているし、休み時間とかもこの二人で話しているところを良く見かけることが多かった。
 少しお話上手で無いところが玉に瑕だが、まぁ、それも人とコミュニケーションを取るのに致命傷なまで酷いわけではないし、クラスで独りぼっちなわけではない。由実とは確かに仲良しだけれども、決して由実だけが友達というわけではなく、由実以外にも仲の良い友達は存在しているのを勘違いしてはならない。

「ま、孝之君がどんな返事をするのかは良いとして、あのさ、せっかく海に行くんだし、水着とか買いに行かない? 皆でさ」

「え~、お前ら女子はそういう買い物好きだからいいけどよ、別に俺と孝之が行ったところで、何もすることねえよ。水着だって新しく買う必要性が無いし」

「それでもついてくるだけついて来てよ。ね? いいでしょ? ね?」

「……はぁ、分かったよ。これも楓と孝之の恋路の為ってか?」

「御名答!!」

 結城は溜息をついて、帰り道を歩く。彼らの横には東京湾が広がり、その先にはIS学園がでかでかと建っていた。あそこには、ISを扱える男が居る。扱える理由は現在不明だが、それを調べるためにあそこに入学することになった……らしい。
 その男は二人いるらしいが、その二人は少し羨ましいというか、妬いてしまう部分がある。
 それは周りが女だらけでハーレムだから、という理由ではない。いや、そういう理由も今朝まであったが、それは由実の語りによって無くなった。いま結城は純粋にISを使って空を飛びまわることが出来るということに嫉妬しているのだ。
 何故あそこにいる男子の内、一人が自分じゃないのかとも思えてくる。いやらしい理由があったにはあったが、それだけじゃない。結城は鳥のように自由に空を飛びまわりたいのだ。
 ――人は空を飛ぶことに夢見ていた。最初に飛行に成功したのはフランスのダルランド伯爵とロシェという若者だった。一七八三年一一月二一日、モンゴルフィエ兄弟が作った『世界初の熱気球』に乗り、見事二五分間の飛行に成功したのだ。
 そして、飛行機を使っての飛行に初めて成功したのはかの有名なライト兄弟……ではなく、『動力無し』での飛行機での飛行に成功したのは一八九三年頃のドイツのリリエンタールという人物である。そして『動力あり』の飛行機での飛行を成功させたのは一九〇三年一二月一七日。今度こそあのライト兄弟の飛行機だ。五九秒の飛行で二六〇メートル進んだようだ。
 しかし、実はリリエンタールよりも一〇〇年も昔に日本で飛行に成功した人物がいる。その名は浮田幸吉。天明五年、七月に竹と和紙で作った翼で、岡山城下、旭川に架かっていた京橋から、颯爽と空に舞った。橋の高さは一〇メートルほどで、そこから数十メートル滑空し、宴会客のいる河原を経て土手に墜落した。当時二九歳の快挙だった。
 それから時が過ぎ、旅客機ができたのが一九一九年の欧州からだ。そして、私たちが乗るようなジェット旅客機が出来てきたのが一九五〇年代に入ってからで、それから進化を続けて現在の形になり、今も進化を続けている。
 インフィニット・ストラトスというものは、そういった空を飛んでみたいといった人たちの願いの結晶だ。その人たちがこのISを目にしたらさぞかし大粒の涙を流して嬉し泣きをするのではないかと思う。その研究者たちが研究し続けたその最大の結果だ。
 それを作り上げたのは篠ノ之束という女性研究者である。しかし、その人物の詳細は一切わからない。世界的にISが発表したときから、それは危険なものだという存在になったのだ。
 人類が自由に空を飛ぶ。その夢を現実のものにしようとした結果がこれだ。しかも、それは女性しか動いてくれないという、意味不明な条件を残して。
 今から六年前にISを発表し、その一年後にはISという存在の扱いを決めた。それを競技の種目として使うことになり、世界大会を開催。未だISという存在が詳しく分からない中、見事優勝を果たしたのはなんと日本人だった。その名前は織斑千冬。あのIS学園に通うことになった男の一人がその弟だという話だ。

「あ~、またIS学園の事考えてるの? 諦めなさいよ、あそこは地獄だって今朝――」

 由実がそう言いかけた直後、結城は違うと、すぐに否定した。それを見た由実は顔色を変えて結城の事を見た。

「そっか、そういうことか。結城ったら、ISが発表された時の喜び様ったら今でも覚えているわ。アンタも乗りたいんでしょ? あのIS学園に通っている男の子に嫉妬しているんでしょ?」

 その由実の言葉はまさしく図星だった。結城は黙って再び歩き出す。
 六年前、空を自由に飛び回ることを夢見ていた小学校六年生の少年が居た。幼稚園の頃に「将来の夢は?」という質問に「鳥さん!」と誇らしく言い放つほどに夢見ていた。それこそ、剣崎結城であり、そのときのISという発表は自分の夢が叶えられたのだと、そう思っていた。
 そのとき、歓喜の直後に味わった感覚はまさに絶望だった。ISは女性にしか動かすことが出来ない。その事実で結城の夢が崩れ去ったのだ。ついに自分にも自由に空を飛ぶことが出来るかもしれないという可能性が出てきたというのに、それは叶わない夢だと知ったのだ。
 しばらく歩いてから、結城は口を開いた。

「そりゃあ、そうだろ。俺の幼馴染なら知っているだろ? 俺がどれだけ空に憧れているか」

 あきらかにトーンが低くなっているが、あえて由実はテンションを変えずに会話を続ける。

「まあね。結城の部屋、飛行機のプラモデルとかラジコンとか、そういうので埋め尽くされているからね。アンタの空への執着心は異常だよ。ま、気持ちは分からないわけじゃないんだけどね」

「俺にはISを動かせる力がない。それが実感できただけいいさ。いつまでもそんな希望を持っているわけにもいかないしな」

 織斑一夏、葵春樹というISを動かせる男が発覚してから一ヶ月程経った頃、他にも男でISを動かせる者はいないのか、調査が行われたのだ。
 もちろん、結城もその調査に協力したが、駄目だった。もしかしたら、と思っていた自分が悲しかった。自分にはISを動かすことのできる力がない事を知って、更に落ち込んだ。
 だがそのときから吹っ切れたのだ。その事実をはっきりと見ることによって、未練を捨てたのだ。捨てたはずなのだ。

「それにしては、未練タラタラに見えるけどなぁ……。でもさ、何で結城はISをいじる整備科の方に行かなかったの? あの科なら男でも行けるはずだよ。まぁ、未だに誰も行ってないけどね……。こんな世の中で、誰も男が行かないようなところに行く勇気がないだけかもしれないけど」

「そりゃあ考えたさ。一度はね。でもさ、家族が許すと思うか? 男卑女尊の世の中、あんな女しかいないところに行くと言って。そもそも、俺は整備には興味は無いと言ったら嘘になるけど、やるつもりはないね。本当は自分がISを纏って空を飛びたいのに、それを横から指を咥えてISをいじる事しかできないなんて我慢できないね、俺は」

「まぁ、そうだよね。結城は空を自由に飛び回るのが夢なんだもんね」

「そう……だな……」

 いつにも増して暗い雰囲気になってしまっている結城に、由実は気分を楽にしてあげることすらできなかった自分が嫌になっていた。
 このような結城を見るのは今日だけじゃない。時折、テンションが著しく下がって暗い顔を見せる様になったのは今年の四月になってから。ちょうどISを動かせる男が現れた時ぐらいだったか。いや、もうちょっと先の事だ。例の二人以外にISを動かせる男が存在しないかどうか、調査が始まった頃だ。
 おそらく、心のどこかで納得できなくて、それでも残酷な現実を容赦なく突き付けられる。やるせない気持ちでいっぱいなのだろう。
 そんな話をしているうちに、家の近くまでやってきた二人だが、その時になってもなお二人の雰囲気は暗いままであった。
 結城は由実に別れの声をかけて自分の家に入る。すると、妹が出迎えてくれた。

「あ、おかえり兄ちゃん。明日から夏休みでしょ? だから――」

 何かを言おうとした妹の事を無視してただいま、という一言だけを言って二階へと上ってしまった。
 自分の部屋に入った彼は、机にかばんを投げるとベッドへとダイブした。

(はぁ……めんどくさ……。なんで俺が由実の買い物に付き合わなくちゃいけねえんだよ)

 そんなことを思っていると、部屋のドアが勢いよく開いた。結城はドアの方に目線を向けるが、ドアが視界に入る前に真っ先に視界に入ったのは妹の剣崎小鳥だった。いつも通り、サイドポニーを揺らしている。

「ねぇ兄ちゃん、どうしたの? なんか機嫌悪いみたいだけど、由実ちゃんと喧嘩でもしたの?」

 小鳥は結城より六歳離れている妹で、要するに一二歳である。結城にしてもそれだけ離れている妹を結構可愛がっている。まぁ、思春期真っ只中ということで最近はちょっと冷たい。
 だけど、時折甘えてくる一面もあり、今でも、いつでも可愛い妹ではある。
 結城は起き上がりながら小鳥に言葉を返す。

「いや、喧嘩って訳じゃないよ。ただ、自分の夢を思い出してちょっとブルーになっちゃっただけさ」

「ふーん。あ、あの鳥さんになりたいってやつぅ?」

「……ああ、そうだよ。よし、こっちにおいで小鳥」

 そう言われた小鳥は素直に結城の隣に腰掛けた。

「俺はね。空を飛ぶことに憧れていた。それこそ、幼稚園の頃は鳥になりたいって本気で思ったほどさ。これは小鳥も知ってるよね?」

「うん。兄ちゃんに何回も聞かされたよ。兄ちゃんの小さい頃のお話だよね」

「実はもう一つ、俺には新しい夢が出来たのさ」

「え!? 本当!? ねえねえ、なになに?」

 自分の兄の夢と聞いて興味津々でハイテンションな小鳥だが、それとは対照的にローテンションな結城はそのテンションのまま夢を語る。

「俺の新しい夢はISに乗って空を自由に飛び回る事なんだ。ま、それも叶わない夢なんだけどね……。ここだけの話、実はな――」

 結城は手招きして耳を貸すよう小鳥に伝えると、彼女は片耳を結城に近づける。

「お前に乗ってもらいたいんだよ。ISにな。だからさ、まだまだ先の話になるけど、中学校を卒業したらIS学園に入学するってことを考えてもらえないかな?」

 これは結城が出来なかったことを妹にやってもらいたい、代わりに夢を兼ねてもらいたいという自分勝手な願い。それを妹に押し付けようとしている。そんな自分を嫌悪した。
 だけど……。

「うん。兄ちゃんの夢は私が叶えてあげる。だって……あの……その……だ、大好きな兄ちゃんの夢は私の夢でもあるんだから……!!」

「え……。うん、ありがとう小鳥。兄ちゃん少し気持ちが楽になったよ」

 小鳥の頭を撫でる結城。それをされた小鳥もちょっと嬉しかったりするのだ。
 小さい頃から空を飛ぶことを夢見ていた結城の影響を受けたのか、小鳥も空を飛ぶという事にはちょっとした憧れを持っている。これも小鳥がお兄ちゃんっ子で、飛行機の話やらなんやらを小鳥に話聞かせていたせいだろう。

「だけど、条件が一つ」

 小鳥はビシッと人差し指を立てて、

「兄ちゃんの夢は私の夢。なら、私の夢は兄ちゃんの夢なの。だから、兄ちゃんもISへの夢を諦めちゃ駄目だよ。できれば兄ちゃんが作ったISに乗りたいな」

「…………考えておくよ」

 結城は素直に任せておけ、とは言えなかった。それがたとえ、妹のお願いだったとしても。


  ◆


 七月二四日。
 夏休みが始まって三日ほど経った。この日は、皆のスケジュールが合ったということで、渋谷までみんなと買い物に出かける約束になっていた。
 そのみんなとは、小鳥遊孝之、霧島由実、祇条楓の三人である。

「おーい、結城ぃ!! 準備できてるかぁ!?」

 と、外からうるさい声が聞こえてきた。その声で顔を確認せずとも誰か分かる。あの特徴的な声はどう考えても由実である。家が隣同士で、しかも部屋の窓から数メートル先に由実の部屋の窓がある。時々、この窓越しにお話しをしたりするのだ。今回はその窓からこちらに由実が叫んでいるのだ。
 いう加減鬱陶しくなった結城は窓を開けて、

「うっせーな!! 準備は出来てるよ。もうちょっとしたら外に出るから待ってろよ」

「その前に結城、一つ聞いて良い?」

「あ? なんだよ?」

 由実は一呼吸おいて、そして妙に低い声でこう言った。

「結城、そんな装備で大丈夫か?」

「……大丈夫だ、問題ない」

 某ゲームの有名な会話の振りをしっかりと回収して、しかも表情まで再現して結城は言い放った。それを見た由実は硬い表情が段々と崩れてきて口角が上がって笑い声をあげてしまった。

「ぷ、ぷぷ……あはははは! いやぁ、結城もそういうの分かるようになって来たねぇ! 私は嬉しいよ。うんうん」

「お前は時折、そういうネットスラング使ってくるからな。いい加減覚えたよ。それから、あまりそういう言葉使いしない方が……」

「大丈夫だもん! ネットスラングはそういう話が分かる人って知ってる人しか使わないから!!」

「そうか、それなら安心だ。由実が世間一般に痛い子認定をされないかとハラハラしてるんだ。そりゃあ、それで夜も眠れない――」

「そんなのはもういいんで早く外に出てくださいさっさと出かけましょう」

 由実は息継ぎもしないで、しかも早口でそう言った。
 結城も溜息を吐きながら分かったよ、とあきれ声で言いながら階段を下りていく。
 玄関の前まで行くと、妹の小鳥が出てきた。

「あ、兄ちゃん出かけるの?」

「ああ。いってきます、小鳥」

「うん。いってらっしゃい」

 そんな短い会話を終わらせて、ドアを開けると外には既に由実が家の前に立っていた。彼女が結城の姿を確認するなりこう言った。

「ずっと結城の家の前でスタンバってました」

「ハイハイそういうのは良いんで駅に向いましょう時間の無駄です孝之たちが待ってる」

 早口で、棒読みで、しかも冷たい目をしながら結城はそう言った。
 由実もさっきはノってくれた結城がこんなにも冷たい反応をするとは思わず焦りだす。しかも、一人でさっさと先に行ってしまう結城を見て更に焦ってしまった。

「ま、待ってよ結城ぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」


  ◆


 横浜駅に着いた結城と由実の二人は、楓と孝之に合流した。
 この二人はあえて約束の時間より少し遅れてきたのだ。ちょっとでも楓と孝之の二人きりの時間を作るために。

「おっせーぞ。結城、それに由実!」

「すまんな孝之。由実のお腹の調子が悪いみたいでトイ――」

「違う違う違ーーーーう!! そんなんじゃないから。ね? って何よ二人してニタニタと笑いやがって!」

 そんな三人のやり取りを見ていた楓は、オロオロとしながら静かに声を出す。

「あ、あの……。由実ちゃんをイジメるのは……やめてください……」

 ちょっと涙目になりながら弱々しく言い放つ姿は凄い破壊力があった。こんな子こそが世界を平和にするには必要な存在なのではないか、と思ってしまうほどだ。
 言うなれば小動物的な存在だった。しかも、元々小柄の体型に黒髪のポニーテール、清楚な感じの白いワンピースを着ているもんだから、その可愛さに思わず声を出すのを忘れていた。女である由実もである。

「あ、あはは。あー楓ちゃん。可愛いよ楓ちゃん。ハァハァ」

 由実は目の色を変えながら楓に迫る! それを見た結城は由実の事を止めようとする。いや、止めなくてはならない。それこそが結城に課せられた責務なのだから。

「早まるな由実! お前は本来の目的を忘れているんだ。思い出せ、俺たちがやろうとしていることを……!」

「…………ハッ!? わ、私はいったい何を……?」

 そんな由実に孝之は優しげな声でこう言った。

「由実は、夢を見ていたんだよ。とても幸せな夢を。だけど、現実を見てごらん。この……世界を……!」

 なんていう悪ふざけを堂々と横浜駅の前でやっている三人に対して楓は、弱々しい声でこう言った。

「あの……こんな茶番はもうやめて行きましょう? もうちょうどいい時間ですし」

「「「はい、わかりました……」」」

 意外にも毒のある一言に、結城と孝之、由実の三人は反省の声を上げたのであった。


  ◆


 渋谷へと着いた四人はとあるお店の水着売り場へと来ていた。とは言っても買い物するのは由実と楓の二人ぐらいで、男子二人は正直この二人に付き合ったようなものだった。

「にっしっし……。楓の水着は私がコーディネイトしてあげるから。しっかりとここで待っているのよ! どこかに勝手に行かないように!」

 結城と孝之の二人ははいはい、と適当に返事をしながら二人は男性用の水着売り場へと避難する。男子二人で女性用水着売り場に居続けるのは他人の目を気にしてしまい、メンタルがガリガリと削られてしまうからだ。

「はぁ……。由実の奴、めっちゃ気合入ってんな」

「なぁ結城」

「なんだよ孝之」

 孝之は決意を決めたかのようにこう言った。

「由実はさ、家に帰ってもあんな感じなのか? お兄さんの事、未だに引きずっていたりは……」

「なんだよ急に。たぶん大丈夫だよ。あいつは今まで遊ぶときはあんな風にハイテンションだったじぇねえか。それに、たとえ引きずっていても……俺たちが気にするべきじゃねえ。そこは触れないでおこうぜ。まぁ、必要なときは相談にのらなくちゃだけどな。……それこそお前はどうなんだ、って話だよ」

「そうなっちゃいますよねぇ。ま、俺は大丈夫さ。亮兄さんのことは既に吹っ切れてるよ」

「それならいいんだよ。由実だってそんな感じだって。急にそんな心配してどうしたのさ?」

「いやさ、お前らが駅に着く前によ、祇条さんとお話してたんだよ。そん時にさ、家族の話になって……。祇条さんのお姉さんが七年前に行方不明になったらしい」

「なっ!?」

 結城は驚いた。
 実は小鳥遊孝之の兄と、霧島由実の兄は七年前に謎の失踪を遂げていた。これは祇条楓の姉が失踪した年と同じである。
 単なる偶然だと思いたいが、関連性があるのではないかと思ってしまうのだ。
 それは孝之も同じだった。何か関連性は無いのだろうかと、楓にこちらの事情も話して詳しい事を聞き出した。
 その結果、七年前に楓の姉が失踪したその詳しい時期と孝之と由実の兄が失踪を遂げた時期が同じだったのだ。
 そして、その姉の名前を聞くと、更にとてつもない事が分かったのだ。
 楓の姉の名前は祇条七海。中学校の時に孝之の兄の亮が付き合っていた女性と同名だったのだ。
 その事を話すと楓も思わず驚いたそうだ。
 それはそうだろう。自分の姉と同じような境遇の人物がいて、それでもって恋人同士だったと聞けば驚かざるをえない。

「そりゃ驚くよな。俺も聞いた時には心底驚いたよ。まさか兄さんの恋人が祇条さんの姉で、しかも同い年ときた」

「この事を由実には?」

「言ってない。言えるわけ、ないじゃないか……。あいつがこの事を知れば、きっとあいつの兄貴もそれに関係あるんじゃないか、手掛かりがあるんじゃないか、って何もかもを捨ててそれだけに突っ走るだろうぜ」

「だからこそ、完全な確証を持つまでは何も伝えないと?」

「ああ。その通りだ。ないものも追いかけて人生を棒に振る可能性もあるからな」

 その時、由実はこちらへと駆け寄ってきた。どうやら楓の水着コーディネートが完了したらしい。
 結城たち二人は会話を一旦やめてそちらへと向かうことにした。
 再び女性用水着売り場へと戻ってきた二人は周りの視線に精神をガリガリと削られながらも試着室の前へとやってきた。

「さてお二方。これから始まりますのは祇条楓による水着ファッションショーで御座います。心ゆくまでお楽しみください。では、どうぞ!!」

 とは宣言するものの、楓が試着室から出てくることはなかった。
 慌てて試着室を覗き込む由実。

「どうしたの? なにかトラブル!?」

「違うよぉ。でも無理……。恥ずかしすぎて無理!」

「ぐぬぬ……。ええい、ままよ!」

 と、由実は勢いに身を任せて試着室のカーテンを勝手に、しかも勢い良く開け出したのだ。
 そこには白いフリフリのビキニを身につけた小柄な少女が恥じらいながら立っていた。

「あ、あ、あぁ……。こんな……。酷いよ由実ちゃん」

「そんなことよりもどうよ男ども。では感想を聞きましょう。はい、孝之君!」

「え!? 俺!? そ、そうだなぁ……」

 言葉を考える姿を妙に気にする結城と由実。それに、先ほどまで由実の暴挙で泣きそうになっていた楓も好きな人のコメントには気にならずにはいられないようだった。

「祇条さんの小柄で可愛いらしい体型にはそのフリフリがとても似合ってるよ。あと、個人的にグッと来たのは頭のお花のワンポイントだね。それはもう可愛さ倍増、てか?」

 お前、本当にチェリーボーイか? と疑いたくなるコメントなのではあるが、褒めに褒めまくった内容であったので由実はあまり気にしないことにした。
 だけど由実より、今は楓の反応の方が重要だろう。
 いま彼女はあまりの恥ずかしさに気が滅入ってしまっていた。それは、孝之に可愛いと言われたからだ。好きな人にそんなことを言われた暁には、今後目を合わせる事すら出来なくなってしまうだろう。

「あれ? 祇条さん、俺のコメントはダメでした!?」

 しかし、孝之は祇条の気持ちには全く持って気づく様子はなかった。

「ねえ、結城?」

「なんだよ由実」

「あの二人、上手く行って欲しいね」

「そうだな」

「と、いうことで……。わさわざ東京まで出てきたんだもの。今日は遊びまくるわよ! それであの二人も距離が近づくわよね?」

「そうなればいいな」

 結城は何だかんだで親友の幸せを願ってしまう。楓という女の子は悪い人には見えない。ちょっと気は弱いけど、孝之に一途なのは見ていて分かる。それに何より傍から見てお似合いの組み合わせだと思う。
 この二人がくっついて付き合うことで孝之が幸せになるのなら、自分はどんなことでも協力しようと思った。


  ◆


 今日はとても疲れた一日だった。
 空はすっかり真っ黒になってしまい、周りの建物のネオンやらで照らされている。
 今の今までずっと遊んでいた。
 ゲームセンターやカラオケ、果てはさらにショッピングなどと財布の中身はもうスッカラカンに近い状態にまで痩せてしまっていた。
 孝之と楓の距離はそれなりに縮まったと思う。できる限りその二人を一緒にするようにしていたからだ。

「今日は楽しかったね。ね、楓!」

「うん。とっても楽しかった……。またみんなで遊ぼうね」

 まだ告白する勇気は持てなくても、それでも確実に前には進んだ一日だった。
 結城がそんな風に思っていた瞬間――いきなり地鳴りが起こったのだ。しかも、ちょっとだけ揺れている。

「な、なんだ!?」

 渋谷駅に近づくにつれ人が増えていく中で、周りの人たちも驚いて声をあげている。
 もちろん、由実も楓も孝之も驚いて声をあげていた。
 よく見れば、一部に人が集中して行くのが分かる。あれは地下歩道がある道路の近くだ。
 結城はおもわず由実たちに何も言わずそっちに走っていってしまった。

「お、おい結城! お前どこに行くんだよ!」

 孝之の声は結城に届かなかった。そして彼は一人で人混みの中へと消えていってしまった。


  ◆


 結城はとある地下歩道の前まで来ていた。そこにはちょっと多めの人に、それに警察官までいたのだ。
 いったいなにが起こったのか、それを知るために適当に人に話しかけ、現状を聞いた。
 それによると、この地下歩道で爆発物が爆発したらしい。それにしては大した被害は出ていない。ちょっと離れた自分たちのところまで揺れたのだ。もっと悲惨な状態になっていてもおかしくはないのだが……。

(いったい何がどうなって…………。あぁ!?)

 結城の目に飛びこんで来たのは女の子が誰かに引きつらていく光景だった。しかも、ご丁寧に声を出されないように口を塞いでまで。
 しかも、それに気づく人物はいなかった。謎の揺れの正体を知りたいが故の野次馬ばかりで、そっちに気をかける人物などいなかった。たとえ気づいても助けようとする人物はいなかったのだ。

(なんだよあれ……。おいおい、あれって無理やり連れて行こうとしてねえか!?)

 結城は人混みを掻き分けてその子の下へと行こうとする。誰もあの子を助けようとしない。いや、それどころか気づかないという始末だ。
 だからこそ、彼は行動する。困ってる人がいれば、動こうとする勇気を持って。

「ちょっとアンタ! この子を何処へ連れていく気だ? この女の子の知り合いなのか?」

 と言いながら女の子を連れて行こうとした人物の腕を取った。その人物は女性だった。
 そしてその隣には希望に満ちた顔で助けを求める様な表情をしている。
 以上の事から考えれることは、とにかくこの女の子は助けを求めているという事実。

「答えろよ。アンタは一体何を――」

 その時、女の子を連れ去ろうとした女性は舌打ちをしたかと思えば結城を突き飛ばして走り去る。
 結城は慌てて起き上がると、その女性を追いかける。そこまでする理由なんて大したことじゃない。
 ただ、なんとなくだ。もしかしたら、あの女の子の表情が彼をここまでさせる理由なのかもしれない。
 自分が来たことで、あの子に希望を与えた。今更あの子の希望を絶望に変えたくないのだ。
 だから彼は走る。
 向こうは人ひとりを抱えて走っているから追いつくことは可能なはずだ。だって、どう考えても走るスピードはこちらの方が速いはずなのだから。
 なのに――なかなか追いつけない。
 女の子を連れてる女性は裏路地等を巧みに使ってスピードというアドバンテージの差を埋めているのだ。
 だが、それも長くは続かない。走るスピードの差は少なくなってはいるが、スピードが上回ったわけじゃ無いからだ。
 徐々に差を埋める結城は手を伸ばす。彼女の手を握ろうとする。彼女も彼の手を握ろうとする。
 そして――手を、握った。
 結城ははんば無理矢理こちらに引き寄せた。
 バランスを崩すその女の子を連れ去ろうとした女性はその女の子の手を話すことで転倒を防ぐ。
 それに従い、その女の子は結城の胸に飛び込む形となった。

「うぉッ!? 大丈夫か?」

 返事を返そうとする少女の言葉を遮るように逃げるぞ、と叫んだ結城は、その女の子を連れて走り出す。
 さて、ここからが問題だ。
 先ほどまではこちらの方が走るスピードが速かった。だけど、今はその逆なのだ。今度はこっちが女の子を抱えて追いかけられる側となった。

(ちくしょう……! このままじゃ追いつかれてまたこの子が連れ去られちまう。どうする?)

 結城は考える。この状況を打開する何かを。
 裏路地から抜け出した結城はある人物に出会う。それこそ彼の親友のか小鳥遊孝之だった。

「おい結城! お前一体どこに――」

「そんなことより後ろのあの女を止めてくれ! 追われてるんだ!」

 早口で叫んでそのままどこかへ走っていってしまった結城に、孝之は混乱するだけだった。詳しい事情もなにも分からない孝之はなるようになれ、と裏路地から飛び出してきた女性にタックルを食らわした。その女性は突然のことに対処出来ず転んでしまった。
 その間に結城と女の子は遠くへと逃げる。
 結城が考えたのは木を隠すなら森の中。なら人を隠すなら人混みの中。と言った風に、目指すのは渋谷駅前、スクランブル交差点。
 あそこまで人がごった返してる場所に潜り込んでしまえばこっちのもの。探すのは困難だろう。
 結城は走る。その傍の女の子も残り少ない体力を振り絞って走る。
 ゴールは目前。後ろを確認すると、少し遠くにあの女性が走っているのが見える。

(やっべ! 早く、早くあそこに隠れないと……!)

 そして結城たちは人混みの中へと紛れていく。
 スクランブル交差点はいつも人が絶えない。それこそ早朝四時とかにならない限り、いつも人がうじゃうじゃいる場所。
 結城は信号待ちをしている人たちに混ざり、身を潜める。

(これで何とか……。頼む、見つかるなよ……っ!!)

 傍の少女も現状を理解しているのか、しっかりと身を潜め、目立たないようにしていた。
 そして、信号が青になり信号待ちをしていた人たちは動き出す。
 結城は駅に向かう人たちに紛れて駅の中へと入って行く。偶然にもちょうど帰宅する人が多かったのだ。
 二人は横浜行きの電車に乗り込み、ようやく一息つけれる状態になったのだ。

「よし。あいつはもう追ってこないな。どうやら撒く事ができたみたいだ」

 このタイミングでようやく彼女は口を開く。

「ありがとう。私は布仏本音っていうんだ」

「あ、ああ。俺は剣崎結城だ。で、なんだったんだ、あの女は?」

「分からない……。でも、ちょっと心当たりならあるんだよ。それはきっとお姉ちゃんの事だと思う」

「お姉さん? 何かあったの?」

「夏休みに入ってからどこかに行っちゃって、連絡も取れなくて、何か関係があるのかなぁ……?」

 結城は感じた。
 どうにも自分はとんでもない事に首を突っ込んでしまったのではないのか、と。
 だが、自分の悪い癖で何か力になれないだろうか、と思う自分がそこにいるのだ。だからこそ、色んな事を聞こうとしてしまう。

「と、ところでそのお姉さんは一体何をやってる人なの?」

「IS学園の三年生。整備科の主席だよ。あ、あと生徒会の会計やってる。ちなみに私は書記長やってるよ~」

「…………」

 結城は正直なんてこった、と思ってしまった。姉妹揃ってIS学園の生徒。つまり、自分の夢を叶えている人物のひとりだということだ。
 そして、整備科の主席ほどの人物が今回の事件に関わっているとすれば、必然的にIS絡みのということになる。
 まさかこのタイミングでこんなことになろうとは思わなかった。

「どうしたの?」

「ねえ、布仏さん。突然だけど俺の夢の話、聞いてくれないかな? ごめんね、初対面の人に話すようなことじゃないんだけど……」

「別にいいよ。聞いてあげる」

「ありがとう。……俺はね、空を飛ぶことに憧れていた――」

 結城は自分の夢を語った。
 それは自分の妹に何度も聞かせた話から、先日妹に告白したISに関してのことまで。
 自分はISに乗りたかった、ということ。
 IS学園に行っている男が羨ましいということ。
 それを初対面の布仏本音に打ち明けた。
 すると、それを聞いた彼女は、

「あのね。ゆっきーのその話、正直、自分はどれだけ幸せ何だろうって思った。私はISを動かす事が苦手だからってちょっと不幸なんだって思っちゃってた。ま、だからこそ整備の道に進もうと思ったんだけどね。ゆっきーはその夢、諦めちゃうの? 足掻こうとは思わないの?」

 とりあえず、いきなりあだ名を付けられているのは気にせず、結城は妹に言われた言葉を思い出す。

 ――兄ちゃんの夢は私の夢。なら、私の夢は兄ちゃんの夢なの。だから、兄ちゃんもISへの夢を諦めちゃ駄目だよ。できれば兄ちゃんが作ったISに乗りたいな。

 そして結城は思う。もしチャンスがあるなら夢を叶えたい。俺の夢を受け継いてくれる妹の為にも、自分はISというものに携わりたい。
 だから――。

「ねえ、布仏さん。もし俺が夢を諦めたくないって言ったら……なんとかなるのか?」

「うん。私はあの更識クリエイティブの社長の娘さんとお友達なんだから! 命の恩人のゆっきーには恩返ししないと!」

 結城は本当にとんでもないことに首を突っ込んでしまったようだった。
 でも、自分にとって有益なこともある。これらの事から逃げようだなんて思わない。どんなことだって勇気をもって望む事こそが大事なのだから。

「布仏さん、お願い……してもいいかな? 俺に、ISを教えてくれ!」

「うん。いいよ、私に任せてよ!!」

 剣崎結城は自らISの世界へと飛び込む。
 自分はISにすら乗れない普通の男だ。だけど、自分に何ができるのだろうか? そう考えれば自ずと答えは出た。妹のため、自分の夢のため、結城は道を切り開いて突き進む。
 ここに、また新たなヒーローが生まれた瞬間だった。




――――――――――――――――――――――――――――――





【あとがき】
 突然の主人公追加に驚かれた人も多いでしょう。
 でも、裏からサポートする主人公が欲しかったのでやっちゃいました。
 一夏は苦悩する主人公。春樹は人知れず活躍するミステリアスな主人公。そして結城は裏からサポートするいうなれば“光”の主人公です。
 だからこそ、明るいキャラクターであるのほほんさんこと、布仏本音にヒロインを務めてもらいました。
 ちなみに結城の周りのキャラクターは今後きちんと役割りが与えられますので大丈夫です。まぁ、謎が提示されましたからご存知でしょうがね。
 少しの間、Episode6を書くために時間を頂きますことをお許しください。
 またお会いしましょう。
 では。



[28590] Episode6 序 章『彼女の宿命 -Desire_for_revenge-』
Name: 渉◆ca427c7a ID:9d03926b
Date: 2012/11/25 22:40
 八月三日。
 セシリア・オルコットは改良型ブルー・ティアーズの試験の最終段階に入っていた。

『セシリア、準備は良いかな? この短期間でここまで仕上げられるとは恐れ入ったよ。代表候補生に選ばれた時を思い出すと、今の君はあのときから遥かに色々と成長したと実感させられる』

「よしてください。さ、早く最終テストを終わらせてしまいましょう?」

 通信機を使ってセシリアにそう語りかけるのは、Locus_of_Evolution社の代表取締役、ドゥーガルド・フィリップスである。
 この一〇日間、セシリアが発案したブルー・ティアーズの改良案を基に、LOE社が開発していた武装を彼女の指揮の下に改良し、ブルー・ティアーズに装備。今ここでセシリアが身に着けているブルー・ティアーズは姿を大きく――ではいかないが、多少なりと変化がみられる。
 一番最初に目につくのは背中についているBT装備であろう。
 今まではビームビットが四基、ミサイル発射砲が二門で構成されていたのだが、このミサイル発射砲を破棄し、ビームビットを四基追加した。つまり、ビームビットが左右四基ずつ、計八基のビームビットを装備した。
 元々、扱うことが非常に困難であるビット装備であるが、それが八基になったとなれば扱う事すら不可能なのではないか、という疑問や心配が生まれてくるだろう。事実、この改良案を出したセシリアに対し、LOE社の開発部の人物たちは「こんな装備にして扱いきれるのか」という言葉を出していた。これを彼女は間髪置かずに首を縦に振り、大丈夫だと言い張ったのだ。
 この自信はどこから来るのだろうか、と心配しながらも、BT装備のミサイル砲を破棄してビームビットを装備した。名前を“ブルー・ティアーズⅡ”という。
 これをセシリアがどれほどまで扱えたかというと――。

『それでは、テストを始める。メニューはもう頭に入っているな?』

「はい。大丈夫ですわ。最初はもちろんBT兵器のテストからですわよね?」

『OKだ。では――テストスタート!!』

 ドゥーガルドが試験スタートの宣言をした瞬間、AR映像によって、セシリアの視界にはターゲットとなるISのシルエットが現れた。それらは縦横無尽に動き回り、攻撃に当たらないように三次元機動を描き、ビームによる攻撃を繰り返す。
 セシリアはビットをすべて展開、八基のビット兵器が空中を動き回っていく。それらは一見出鱈目な動きに見えるだろうが、分かる人から見たらそれは的確すぎる動きで、ターゲットの攻撃を避けつつ、相手の動きを制限するかのように追い詰める。
 まずは一機。
 ターゲットがビームに当たり消滅する。
 それとほぼ同時に三機のターゲットがビームに当たり消滅した。
 ビットの射撃により、彼女は次々とターゲットを射抜いていく。相手に逃げる隙を与えない。弾幕の様なビームという訳でもないのに、それを実行している。
 一〇〇体のターゲットを消滅させるのに要した時間はわずか三〇秒ほどだった。一秒につき三体から四体ほどのターゲットを打ち抜いている計算になる。
 セシリアは自分の技術に自信を持ちつつ次のテストに移行していく。
 次の試験はスターライトmkⅢの改良型であるスターライトmkⅣである。これは単純な威力アップに次ぎ、新たな新装備が設けられている。この武装には銃口が二つあるのだ。一つはビームを打ち出す銃口。もう一つは追尾機能持ちの小型ミサイルを発射する銃口である。
 この武装をスターライトに追加した理由としては、ミサイル砲を不採用にしたブルー・ティアーズⅡとの兼ね合いがある。だからこそ、ミサイル兵器はこちらに装備するしかなかったのだ。ビットによる攻撃に更に追い込みをかけるための装備と言える。

(わたくしは、強くなりましたわ。自分で胸を張って言えるぐらいに。お父様、お母様、見ていますか? わたくしは、こんなにも強くなりました)



 セシリアの父親と母親は、三年前に列車の横転事故によって亡くなっている。しかも、その横転事故は原因不明なのだ。当時の記録によると、列車は決してスピード超過していた訳でもなく、急なカーブで横転した訳でもない。列車が横転したのは緩やかなカーブの場所であった。線路には石などの横転原因になるようなものは見当たらず、何もかもが謎のままに終わった事件である。
 その事件が起こる日、ほぼ別居状態で、いつも離れていた両親が、その日だけ一緒に居たことは今でも忘れられない疑問点だった。
 オルコット家は男がおらず、セシリアの父親は婿養子としてセシリア家にやってきたのだ。やがてセシリアが生まれ、ものごころついた頃から母親は実家の発展に尽力した母親の事を尊敬していた。だけど、一方で父親は婿養子という立場の弱さから、母親に対して常に卑屈であったことに対して、憤りを感じていたのだ。

――このような男は人生のパートナーとしてはいけない。

 そのような父親を見てきた所為か、セシリアはそのように考える様になった。
 だけども、そんな父親でも、父親らしいところは時折見せてくれていた。一緒に手を繋いで歩いてくれたことは忘れることは無い。プレゼントを買ってくれたことだってあった。
 色々と成長して様々な知識を身に着けた今なら、父親の事を理解できるような気がする。

(お父様は、きっと生きる様が不器用な人だったのかなって、そう思います)

 両親を失ってからは家を守るために、彼女は一般教養や政治など、様々な分野の勉強を頑張ってきた。今ではオルコット家も、その遺産も無事にある。
 今ではもう、死んでしまった両親には会うことは出来ない。でも、彼女にはIS学園を通してたくさんの仲間が出来た。後ろはもはや振り返らない。今は前だけを見て、彼女は突き進んでいる。

――すべては、真実を知るために。



 セシリア・オルコットはテストを終えて墓地へと来ていた。
 その目的は勿論、セシリアの両親の墓参りである。
 彼女は定期的に両親の墓参りに来ていた。IS学園に入学してからは、長い間墓参りをしていなかったが、長期の休みに入り、帰国したということでこうやって墓参りに来ている。
 セシリアは花束を墓の目の前に置いて、こう言った。

「お母様、お父様。わたくし、成長したと思いませんこと? お父様とお母様は天国で仲良くしていらっしゃるかしら? 未だにお父様はお母様に頭が上がらないのでしょうか、ウフフ……。あのね、わたし、これから仲間を助けるために、お父様とお母様が死ぬことになった事故について、その真実を掴むために動き出すの。出来れば、わたしの活躍を天国から見ていてね。……成長したわたくしの姿を、見ていてください……」

 彼女はその場で目を瞑り、一呼吸おいてから墓に背を向けて歩き出す。
 夏の夕日は何所までも赤く辺りを染め、彼女と両親を照らしていた



[28590] Episode6 第一章『再会と邂逅 -Evolution-』
Name: 渉◆ca427c7a ID:7eac3f35
Date: 2013/05/02 12:36
  1


 剣崎結城という男は、七月二四日に布仏本音という女の子と出会った。彼女は結城の夢を聞いてくれて、そして協力してくれると言ってくれた。命の恩人なら恩を返さないといけないと思ったからだそうだ。
 そして、それから時は四日ほど経ち、七月二八日。結城は更識クリエイティブに出向いていた。本音の計らいで、更識信鳴社長に結城の事を紹介したら、ぜひ会いたいと言ってくれたそうだ。
 そして、今日がその対面の日。結城は緊張しながらエレベーターに乗り、最上階の社長室へと向かって行く。
 隣には布仏本音と、その友達である更識簪(さらしきかんざし)がいた。
 更識簪は信鳴社長との対談が決定したときに、本音が連れてきた友達だ。それこそ信鳴社長の娘さんであり、彼女もIS学園に通っている一人である。
 彼女は更識クリエイティブに於いてIS部門の開発に関わっている一人であり、今回、結城に随伴してくれる人物でもある。
 そんな女の子と何故本音は友達なのか疑問に思う結城だったが、布仏家は更識家に仕える身なのだそうだ。だからこそ、IS産業に関しての融通はほんのちょっと利くらしい。
 簪とはつい二日前に会ったばかりだ。だけど、彼女は結城の事を知っていた。何でも本音が知らせていてくれたそうだ。しかも、ISの事を知りたいという事まで伝えていてくれたという話だそうで、簪もISを開発する仕事をしているということで、結城という存在はちょっとばかし嬉しかったようだ。
 男なのにISが好きで、なおかつISに詳しくなって弄れるようになりたいという彼の願いは、自分の気持ちに近くて仲間が出来たみたいだったそうだ。
 だからこそ、結城について本音から色々と聞いていたらしい。

「あー。ゆっきー緊張してるぅ。ほらほら、りらっくすして、りらっくす!」

「あ、ああ。でもよ、あの更識クリエイティブの社長さんだろ? 緊張しない方がおかしいだろうがよ」

 そんな額にじわっと汗をかいて緊張しまくっているのとは対照的に、すごく冷静で結城に対して呆れた顔をしているメガネの少女、簪が言う。

「大丈夫ですよ。私のお父さんはそこまで厳格な人ではありませんから。それに今回の対談はそんな肩っ苦しい話ではありません。ちょっとした顔合わせ程度のものですから、そこまで緊張する必要はないんですよ」

「あ、うん。でもさ、簪さん。社長さんの娘である君はそんな風に思えるだろうけど、俺はそんなわけにもいかないんだよ……」

「大丈夫だって! 緊張のピークは始まる前までで、始まってしまえばどうってことないよ!」

 などとフォローしてくれる本音の事をありがたく思いながら、遂にエレベーターは最上階へとたどり着いた。
 扉がゆっくりと開き、社長室までゆっくりと歩いていく。

「お父さん、剣崎結城をお連れしました」

 と簪はドアをノックして言った。
 中から入っていいよ、という軽い声が聞こえてきた。ドアを開けて中に入った結城は、更識信鳴の姿を確認する。白髪混じりの髪をオールバックにして、夏だというのにビシッとスーツを来ているダンディなおじさん。見た目に反して声はとても優しく、口調もとてもフレンドリーだ。親しみやすく、とてもいい人という印象を受けた結城は、少しずつだが緊張がほぐれていく。

「君が本音ちゃんが言っていた剣崎結城君か。はじめまして、更識信鳴だ」

 そう言って手を差し出して握手をしようとしていた。結城も少し焦りながらそれに応え、手を握り握手を交わす。

「ど、どうも。こちらこそはじめまして。剣崎結城です」

「うん、結構。じゃあ、早速だが座りながらお話でもしようか。多少なりと本音ちゃんから話は聞いているが、ちゃんと本人からお話を聞きたいからね」

 二人はソファに向かい合って座る。その隣に本音も座り、簪は信鳴の隣に座る。

「じゃあ、聞かせてくれないか、君の夢の話をね」

「はい……。俺は、空を飛ぶことに憧れていました。小さい頃の夢は鳥になることだって、言ってた記憶もあります。だからこそ、ISという存在は、俺の中での希望という名に等しい物でした。だけど、ISは何故か女性にしか使えない。じゃあ、男である俺はどう思ってこの世の中を暮していけばいい? そう思っていました」

 彼は真剣な眼差しで語る。自分がどういった想いで今まで過ごしていたか、そして、自分の今後の夢を語る。あの布仏本音と出会う事なる数日前、妹と交わした約束を。

「夢を諦めかけていたある時、ほんの数日前の事です。俺は、妹とある約束を交わしました。自分はISに乗って空に羽ばたくことは出来ない。なら、女である妹に、自分の夢を叶えてもらおうと思いました。その時に妹からあるお願いをされたんです。兄ちゃんが作ったISに乗りたいって、そう言ってくれました。これが、俺の想いが固定化される要因になったと思います。そして、このような状況に至っている――」

 だからこそ言う。この舞い降りてきたチャンスを逃さないためにも。

「自分に……ISのなんたるかを教えて欲しいんです。欲を言えば、ISの開発にも携わってみたいんです。このような場を設けてもらった本音には感謝してもしきれません。どうかお願いします!」

 結城は自分の想いを出来る限り語った。そんなに喋り上手でもなかった。緊張していた。だけども、そんなことは話している途中で吹き飛んでいた。想いをすべてぶつけるために、心からの言葉を勢いに任せて言い放った。
 すると、信鳴の口から驚くべき言葉が放たれた。

「そんなこと、決まっているだろう? お願いされる前から、こうなる事は決まっていたよ、結城君。君の想い、確かにこの心に響いた。じゃあ、作ろうじゃないか、その妹さんの為にも、そして、空を駆け回りたいと思う人たちの為に、ISの開発を一緒にしていこうじゃないか」

 結城はまさかの展開に言葉を失ってしまった。こんなにも簡単に事が運んで良いものなのだろうか。世の中は厳しいと言われているが、時には甘い一面もあるのだと、結城は思う。

「ふふ、驚いているね。無理もないだろう。こんないきなり共にISを開発しようなんて言われると誰も予想できないだろうさ。だけどね、私たちにとっても君の勧誘は利があるんだよ。君は空に関してはだいぶ執着心があるようだからね。ISに詳しくない人物からの視点が欲しいんだ」

 なるほど、と結城は思う。モノづくりというのは、時には詳しい人物だけでは行き詰まる事があり、それを解決してくれるのが案外素人からの言葉だったりすることがある。灯台下暗しという言葉があるように、突破口は熟練者には見なくなったようなところにあったりもするものなのだ。

「じゃあ、簪。早速、結城君を開発部のみんなに紹介してきてくれないか。少しISについての専門的な勉強も必要になるだろうし、やることは早くやった方が良い」

「分かりました。じゃあ、結城さん一緒に来てくれますか?」

「あ、ああ……。はい、分かりました」

 まだ頭の中が整理できないまま事が進んでいく。そんなことも吹き飛ばしてくれるのは、彼女の存在が大きかった。

「よかったねゆっきー! じゃあ、私は帰るから。頑張ってね! 終わったら色々とメールで感想を教えてよぉ?」

 本音のその無邪気な笑顔で、頭の中はリフレッシュされる。結城にとって、彼女はまさしく光の様な存在だ。悩みがあったとしても、悲しい事があったとしても、彼女が笑顔でいてくれれば、そんなちゃちなことは吹き飛ばしてくれるだろう。本音の笑顔に、結城も思わず笑顔になってしまうのだ。

「ああ、うん。しっかり感想を書いてやるよ。文字でびっしり埋めて読むのが疲れるぐらいにな。あははは」

 結城は笑う。

――こんな事で頭を抱えてどうする。しっかりとチャンスをものにすることが出来たんだ。これを生かさないでどうする。前を向いて突き進むしかない。勇気を持って、突き進むしかないんだ!

 彼は夢に向かって突き進む。いかなる障害があろうとも、それを乗り越えてでも達成するんだと誓って。


  ◆


 それから一日経ち、結城が本格的にIS開発に取り掛かる状態になったのだが、簪は正直驚いてしまって頭の中が混乱状態にあった。
 そんな彼女の前に現れたのは、少しハイテンションで、実際は年上だが、年下の様にも感じられてしまうようなISの生みの親だった。

「ねえ、簪ちゃん。ちょっと」

「なんですか?」

「昨日来てたあの男の子誰? 簪ちゃんの彼氏さん?」

「ち、違いますよ! 何を言っているんですか!」

「冗談だってぇ! で、どうなの彼は?」

「はい……。尋常じゃないですよ。飲み込みが速すぎます。知識量も、昨日専門的なテキストを渡したばっかりの人物とは思えません。まさしく、ああいう人を“天才”っていうんでしょうね。まるで貴女みたいです」

「褒めるでない! いや、もっと褒めよ褒めよ!」

 ――そう、そのような事を目の前で目の当りにした簪は驚いてしばらくの間、言葉が出ない状態が続いてしまっていたのだ。
 そして、こんな調子を見せる年上の彼女も、その話が本当なのかどうか知りたくなってしまっていた。
 ISの勉強を始めてたった一日。それなのに、生まれる前から弄っていたかのような飲み込みの速さと、とてつもない記憶力を見せつける剣崎結城という存在。彼女は思わず興味深さで自分の責務を忘れそうになっていた。

「ま、貴女と違って結城さんはもう少し真面目な方でしたよ。仕事に懸ける熱心さは誰よりもある。みんなに見習って欲しいくらいに」

「ほほぅ。随分と高評価だねぇ。でさ、簪ちゃんに頼みがあるんだよね」

「な、なんですか?」

「それはね――」


  ◆


 八月三日。
 結城が更識クリエイティブのIS開発に携わることになって六日ほど経った。
 今は今日の仕事がひと段落したということで、簪と結城の二人は休憩所でお話をしていた。
 簪は思う。はっきり言って、剣崎結城の知識量、技術、考え方、どれを取っても良い意味で異常だ。常人では考え付かないような発想をしでかす。そして、それが確実に良い方向へと導いてくれるのだから驚きだ。
 整備学はまったくミスなどする気配もないし、発案だってそうだ。今まで誰も考えなかったような、次世代に繋がるような、そんな事を言い出してくる。

「ねえ、剣崎さん。なんでそんなにISに詳しくなったの? ここに来てから一週間も経っていないっていうのに、こんな……」

「さ、さぁ? なんていうかさ、自然とアイディアが浮かんでくるんだよ。それに、ISに関しての知識は自然と自分の中に入って来る。自分でも驚きなんだ。どうしてISのいろはすらも分からなかった俺がここまでみんなの役に立てるのか」

 事実、簪の疑問は結城自身も思っていることなのだ。今の自分が不思議でたまらない。六日前にもらったISのマニュアルもスラスラと読んでいき、たった二日程度で読破し、理解し、更に応用まで出来るようになっていた。
 自分が何者なのか恐ろしい、とも思えてくる。
 だけど、そんな自分の力は、誰かの役に立っていると思えるし、自分の夢に一歩でも早くたどり着くことが出来るというなら、生まれ持った能力のような、このISに関する技術などを有効活用するのみだ。
 そのおかげか、第四世代ISという代物が、現実味を帯びてきた。
 結城が来てからまだ日が浅いが、彼が来てからこの第四世代ISの開発という課題が物凄く発展したのだ。
 ただ、世間一般には公表されていないが、篠ノ之束が制作し、現在は篠ノ之箒が操っている紅椿が、その第四世代ISと呼ばれるものだ。つまり、開発には成功している。
 現状ではISの制作者である篠ノ之束しか成し得なかった第四世代ISの制作は、剣崎結城という人物によって、それが開発されようとされていた。ごく一般家庭で育ったただの男子高校生が、それを成し得ようとしていたのだ。

「それにしても、第四世代かぁ。装備を変えることなく攻撃、防御、機動の全てを即時対応できるISか。しかも、攻撃に関しては距離を選ばない。本当にそんな都合の良いような、ゲームの終盤に手に入るようなトンデモ装備が現実のものにしようとしてるなんて」

「なに言っているんですか結城さん。結城さんがこれを考えたんでしょう? 他人事みたいに言わないで下さいよ」

「あはは、そうだね。でも、自分でも驚きなんだよ。俺ってこんな才能あったのかぁ、ってさ」

「うわ、自分で才能とか言っちゃうんですか……」

「……そんな露骨に引かないでくれるかな。こっちとしてもジョークで言っただけなのに」

 すると、休憩所の扉が開く。二人は扉の方へ視線を向けると、そこには更識信鳴が立っていた。

「こんばんは。いい仕事をしてくれてるじゃないか剣崎君」

 突然の事にテンパりながら剣崎は座っていた身を起こして礼をする。

「いえ、そんな……」

「そんなに謙遜するんじゃないよ。第四世代ISの開発。各国が血眼になって開発しているものを君が作ろうとしているなんて。君を呼び入れてよかったよ」

 結城は何とも言えない喜びに襲われた。こんなにも感謝されるだなんて、生きた中では指が余るほどしかない。不可思議にも思える今の自分が、こんなにも人の役に立つことが出来るのなら、よろこんで協力するしかないと、そう思った。

「まぁ、今はそんなことを伝えに来たんじゃない。明日、結城君の地元の神社でお祭りがあるのは知っているかな?」

「あ、ああ。あの篠ノ之神社のお祭りですね。明日……なんでしたっけ?」

「そうだ。そこでだね、簪と一緒にお祭りにでも行っておいで。休憩がてらにね。剣崎君の友達を簪の友達にしてくれないかな? 人間の輪を広げるってのはとても重要な事だからね」

「ちょっとお父さん!」

「いいじゃないか。時には気を緩めて心を落ち着かせるのも人間の責務だ。剣崎君、お願いしても良いかな?」

「はい。分かりました。じゃあ、簪さん。明日一緒にお祭り回ろうか。友達もつれてくるからさ。女の子もちゃんといるし、安心しろよ」

「う、うん……。じゃあ、明日行きましょうか」

 その時の簪は、顔を少し赤く染め、恥ずかしそうにしていた。


  2


 織斑一夏(おりむらいちか)は精神的に参ってしまっていた。数日前、シャルロット・デュノアを助ける為にフランスへ向った時、彼はとてつもない程に死を感じさせられた。人も殺した。あまり年も行かないような雰囲気の女の子を、殺してしまった。
 彼の中で何もかもがどうでも良くなった気がして、自分が取り返しのつかない事をしでかして、良くわからない感情に支配され、自我を失いそうに――いや、少しの間、自我を失っていた。

――もう、嫌だ。

 一夏は逃げ出した。日本に帰った一夏は逃げ出してしまった。この戦いから。春樹を自分たちの下へと取り戻すという目標すらも捨てて。
 もう、死ぬような経験もしたくない。殺すような経験もしたくない。
 一夏は日本に帰ってから実家の自分の部屋に引きこもったままだ。
 千冬の呼びかけも、箒の呼びかけも、楯無(たてなし)の呼びかけも、何の意味もなかった。

――もう、俺は戦いたくない。俺に構うなよ。俺は自分の命が惜しいんだ。人を殺すだなんて人の道から外れた事なんて、もうやりたくないんだ。やりたく……ないんだよぉ……。

 彼は涙を流す。自分の中のもの全てが崩れ去った気分だ。もう、何もやりたくない。何も考えたくない。今は、そんな気持ちでいっぱいいっぱいだった。

――俺は、何のために戦っていたんだっけ?

 そんなことを考えたとき、一夏の目には春樹、箒と三人で写っている小学生の頃の写真が目に入った。

――ごめんな、春樹。俺は弱虫だよ。弱虫でとんだクソ野郎だ。やっぱり、俺はお前が居ないと何もできない奴だったんだよ。結局、俺はその程度の奴なんだ。お前の支えがなけりゃ生きていけないような、甘えん坊な気持ち悪い奴だよ。

 フランスから日本に帰ってきてから、一夏はずっとこんなネガティブ思考を続けている。飯もろくに食わず、げっそりとした表情でどこを見ている訳でもなく、視点が安定しない状態でいた。いわゆる、心の病、といったところだろう。
 そんな彼の前に現れた少女。
 篠ノ之箒(しのののほうき)。
 彼女が一夏の部屋をノックしたのだ。

「一夏、私だ。入っても……いいか?」

「入るなぁ!! 来るなよ……特にお前にはこんな俺を見て欲しくない……」

「そうか……。なら、用件だけ言う。明日、私の神社でお祭りがあるのは一夏も知っているだろう? そこで私が神楽舞をする。一夏に見て欲しい。だから、明日、祭りに来てくれ。それだけだ。それではな、一夏」

 箒であろう人物の足音が遠のいていく。
 一夏はすっかり忘れていた。明日には篠ノ之神社のお祭りが開かれる日だ。出店もたくさんあるが、なによりのイベントは箒がやる神楽舞だろう。
 神楽とは、アマテラスオオミカミが天の岩戸に隠れたとき、その前でアメノウズメノミコトが神懸り踊ったことを模倣した芸能である。また、神楽では地面から沸き立つ地霊――悪霊――を鎮めるため、跳躍し踏み鎮める動作があり、その準備運動として旋回運動をする。これを神楽舞と言う。
 それを箒がやるのだ。
 篠ノ之家はここ数年、インフィニット・ストラトスに関する家の問題で祭りもろくにできていなかった。だけど、今年になって箒が神楽舞をすることになったのだ。

(そうか、箒が神楽舞を……。俺も、こんな状態を続けている訳にもいかない。これを機に、外に……出るか?)

 一夏は苦悩する。ただ外に出て、お祭りに行く。たったそれだけの行為でここまで頭を抱えて悩んでしまうのは、精神的に追い詰められている証拠だ。物事すべてが苦痛に感じてしまっているのだろう。
 そのとき、一夏の携帯電話が鳴った。彼は携帯電話を手に取ると、メールが一通着信していたのだ。その送信者は――葵春樹だった。

「!?」

 一夏は思わず口元を押さえてしまい、心臓は高鳴りすぎて張り裂けそうな想いでいっぱいだった。なんていったって、フランスで一瞬会ったと思ったら謝ってそのままどこかへ行ってしまった一番会いたかった春樹なのだから。
 一夏は震えている指でメールを開く。
 その内容を見た一夏は涙を流した。なんで今の自分の状態を知っているのか。なんでそうも自分が望んでいる言葉を送ってきてくれるのか。

(春樹……。俺、もっと頑張らなくちゃな……。ありがとう、春樹)

 そして、一夏は決断する――。


  ◆


 一夏は篠ノ之神社に来ていた。周りは夕焼けで赤く染まっている時間帯。ここにはあいかわらずお祭りになると人がたくさん来る。
 彼はなんとか部屋を抜け出して外に出ていた。ちょっとした改心なのだろうか、それとも……。まぁ、そんなことは些細な事でしかなく、一夏はもっと重要な事を確認する為にここに来たのだ。箒のことだけじゃない。それよりもっと重要な事だ。

「あー! おりむーだぁ。やっほー!!」

 後ろからいきなり幼さを感じさせる声で呼ばれた。おりむー、と呼ぶ人間は彼が知っている中では一人しかいない。

「お、のほほんさんじゃないか。久しぶり、かな?」

 そう、のほほんさんこと、布仏本音(のほとけほんね)。IS学園、生徒会に所属している彼女だ。
 あいかわらず夏だというのに袖丈が非常に長い服を着ていたし、ゆったりとした感じは変わることは無いだろう。

「おりむー一人で来たの?」

「いや、箒と待ち合わせしていてな。箒の仕事が終わるまで待ってるんだ」

「そうなんだー。じゃあ、箒ちゃんが来るまで私たちと一緒に回らない?」

「のほほんさんの友達は?」

「えへへ……。はぐれちゃった」

「あはは……そっか。まぁ、そんな広い場所じゃないし、すぐに合流できるだろうさ」

 一夏がそう言ったとき、一夏の前に一人の男が現れた。

「あ、見つけたぞ本音!」

「あ、ゆっきー!」

 本音はその“ゆっきー”なる男を見つけたかと思えば、彼の方へと走っていき飛びついた。そして、飛びつかれた男は思わずその場で本音に押し倒されていた。
 一夏は大丈夫か、と軽い気持ちで心配して本音とその男の下へと駆け寄る。

「あの、大丈夫ですか?」

 一夏はその男に話しかける。

「あ、はい。大丈――」

 その男が一夏を見るなり驚いた顔で一夏の顔を見つめていた。
 そして、彼は問う。

「あ、貴方は、織斑一夏さん……?」

「そう……だけど……」

 そんな二人を見た本音は立ち上がって一夏に説明する。その“ゆっきー”という男のあらましを。

「あのね、おりむー。この人は剣崎結城(けんざきゆうき)君っていって、私を助けてくれた人のなの」

 彼の名前は剣崎結城。愛越学園に通う高校三年生の男子高校生で、ISに乗ることを夢見ていた人物の一人である。元々は彼と同じ学園に行くはずだった一夏は、この人ともっと早く出会っていたかもしれない。仲良くなっていたかもしれない。と、そう思ったのだ。
 本音の話によると、彼女の姉の虚(うつほ)が夏休みに入ってから行方不明になっていること。そして、ついこの間、本音もその身を狙われたということを聞いた。

(やっぱり、そうだったんだ。春樹の話は本当だった。でも、なんでアイツはそんなことを知っていたんだ……?)

 一夏の下に昨日届いた春樹からのメール。その内容は、布仏本音の身が狙われているということについてだったのだ。そして、もう一つ。重要なこともそのメールに記されていた。
 どこからその情報を手に入れたのか、少々自分の世界に入って考えてしまう一夏であったが、本音の呼びかけですぐに我に返った彼は結城の話を聞いた。

「へぇ、更識クリエイティブでISを……。じゃあ、簪ちゃんもここに?」

「はい。本音を探しに行く際、俺もみんなとはぐれちゃって。あはは……」

「あ、いたいた。おーい、結城ぃ!」

 結城の名前を呼ぶ女の子の声が聞こえた。

「由実か。あ、俺の友達です」

 その由実と呼ばれる女の子がこちらへと駆け寄ってくる。それに加えて、結城の友達と思われる人物たちが数人、その由実という女の子の後ろについてきた。その中には、更識楯無の妹である簪の姿もあった。

「あれ? この人は?」

 由実と呼ばれていた女の子は一夏の姿を見るなり誰なのか気になったみたいだ。

「あ、ああ。この人はあの織斑一夏だよ。世界で未だ三人しか見つかっていないISを動かせる男の一人」

「あ!! どこかで見たような気がしたら、そうだったのか。貴方があの……」

 関心している由実であったが、周りの人たちは大層驚いていた。まさか、あの織斑一夏に会えるとは思わなかった、という風に、まるで芸能人と会ったかのような反応を見せていた。

「あ、あはは……。あ、一応紹介しますね。この関心しているアホが霧島由実(きりしまゆみ)です」

「え!? なんだよアホって!! 私はアホじゃないですからね!」

 霧島由実は結城の幼馴染だそうだ。
 黒髪のショートヘアーがとても似合っていて、それでもって元気が良くてテンションが高めの女の子だなぁ、という風な印象を一夏は受けた。

「そして、この馬鹿が小鳥遊孝之(たかなしたかゆき)です」

「誰が馬鹿だってぇ!? あぁん、結城よォ!」

「あはは、すまんすまん。ま、こいつも俺の幼馴染ですよ。腐れ縁ってやつですかね」

 孝之は一夏に軽く会釈して自己紹介を始めた。

「はじめまして。コイツが言った通り、孝之っていいます。ちょっと聞いてくださいよ織斑さん。この結城の野郎がねぇ、最近どこで知り合ったのか分からん女の子を二人も連れてきて。破廉恥だと思いません?」

「あー。うん。そう……かもね……」

 先ほどの話を聞いてしまっては、この話をふざけて返すわけにもいかなくなってしまった。この様子を見ると、結城は本音の身が危ないということを話していないのだろう。だが、それでいいのかもしれない。今回の本音の事は非常に危ない何かが動いているはずなのだ。周りが巻き込まれなようにするためには、普通に友達として接しているだけでいいはずだ。

「で、この小柄な女の子は祇条楓(しじょうかえで)ちゃん。えーと、孝之の彼女さん、かな?」

「ちょっと、な、何を言っているんですか結城君!? 私と孝之君は……えっと、その、あの……」

 こう見ていると、結城の友達はとても個性豊かに感じる。
 それこそ、剣崎結城は力強い何かを感じる人物で、何かを持っているかのような雰囲気を醸し出している。とても主人公気質な人なのだろう。周りの人たちを引き付けるような、そんな感じの人物に感じる。
 そして、結城の幼馴染である霧島由実は、とても元気が良い女の子。ムードメーカーなのだろうと思わせるような、感じさせるような、みんなに勇気と元気をあげるような、そんな女の子に感じる。
 もう一人の結城の幼馴染である小鳥遊孝之は、まるで一夏と春樹を思わせるような仲の良さで、腐れ縁というところまで似ている。となると、由実の立ち位置は箒ということになるだろう。まるで、自分たちを見ているかのような気分。ISの事件が起こらなければ、自分も結城のような状況になっていたのだろう、と思ってしまう。
 祇条楓は、鈴音ポジションということになるだろうが、性格はまるで逆だ。楓は気弱で恥ずかしがり屋に見える。

「もう! 結城君のバカー!!」

 と、楓は思いっきり結城の顔面を殴った。鼻にクリーンヒットしたようで、鼻血を出しながら、きれいな弧を描き地面にひれ伏した。
 そこで一夏は前言撤回することにした。
 この祇条楓は鈴音と同じような人物であると。

「あの、一夏さん。ごめんなさい。こんなに騒がしくしなってしまって……」

 申し訳なさそうに言う簪に、一夏はそんなことはない、とフォローを入れる。

「大丈夫だよ簪ちゃん。こういう雰囲気は、今の俺にとって一番必要なことだろうからさ……」

 今の一夏は、正直言って心が病んでしまっている。だからこそ、そんなことを忘れて笑いあえることが、今の一夏にとってなによりも重要な事だった。

「一夏さん……。ごめんなさい、私、こんな時どうすればいいのか、なんて言ったらいいのか分からなくて」

「ああ、別にいいよ。これは自分の問題なんだ。誰が何を言ったって、結局は自分の問題。それは自分で何とかするしかないんだ。人の心なんて、悲しいけど、他人には分かるはずないんだから」

 それを聞いた結城は、

「何の話か分からないけど、それは違うと思います。いや、一夏さんの言っていることは全否定しない。だけど、他人が自分の事を分かってくれないだなんて、それは違う。自分の気持ちをちゃんと伝えなきゃ、相手は理解してくれるはずないじゃないか。だから、一夏さんも誰かに自分の気持ちをぶつけるべきだ。それができる人物が誰かしらいるでしょう? その人に勇気を持って言うべきですよ」

 一夏は考える。はたしてそのような人物は、自分にはいるのだろうか、と思う。はっきり言えば葵春樹が一夏にとって気兼ねなく悩みを相談できる相手だった。だけど、彼はここにはいない。どこか知らない場所へと行ってしまった。昨日届いたメールに返信しても、一向に返ってくる気配がなかった。そして、今も未だにメールの返信がこないのだ。どうやら、連絡を取り合う気はないらしい。

「一夏。待たせたな」

 後ろからかけられた声は篠ノ之箒のものだった。浴衣姿がとても似合っていて、さすがはザ・大和撫子というに相応しい振る舞いと容姿を持っている。

「今度は俺から紹介するな。コイツは篠ノ之箒。この神社の巫女さんだ」

 結城たちは箒にそれぞれ挨拶と自己紹介を交わしていく。みんなの名前と顔が一致し、これで一夏たちと結城たちは顔見知り、友人となったのだ。

「じゃあ、そろそろ。ではまた」

「はい。では結城さん、また会いましょう」

 一夏と結城の二人は挨拶を交わして別れることになった。

「じゃあ、一夏。これから神楽舞だ。ちゃんと見ていてくれ」

「それを言うためだけに会ったのか?」

「まぁ、そんな感じだ。一夏が来てくれたことが嬉しくてな。ちゃんとやると一夏に宣言してから行いたかったんだ」

「そっか。じゃあ、しっかり見てるから。頑張ってこいよ、箒」

「ああ、行ってくる」

 再び一夏はひとりぼっちになってしまうが、これから箒の神楽舞をしっかり見ておかなければならない。彼女の美しい舞を、しっかりとこの目で。
 しばらく待ってたら、箒は神社の前で神楽舞を始めた。
 今の箒は先ほどまでの巫女姿ではなく、神楽衣装姿だ。一夏の目には、その姿の箒がいつもより何十倍か分からないくらい綺麗に映ったし、可愛くも映った。神楽を舞う姿はいつもの箒とは違う一面を見せる。こんなに愛おしいものはないとまで一夏は感じてしまっていた。

(箒って、あんなに……)

 一夏と箒は彼氏彼女という関係だが、一夏は改めて箒の事を惚れ直してしまっていた。
 やがて、神楽舞を終えた箒は浴衣姿に着替え、一夏と合流する。そして――二人は賑やかで人が多いところとは逆方向、人気の少ない方へと歩いて行った。


  ◆


「踊ってた箒さん、とっても綺麗だったね!」

 と、先ほど神楽舞を踊っていた箒を褒めちぎっているのは霧島由実である。

「ねえねえ、楓ちゃん、そう思わない?」

「うん、そうだね。スタイルもよくて、可愛くて、綺麗で、なんかああいう人憧れちゃうよね。八方美人っていうのかな?」

 すっときょうなことを言う楓に孝之はすかさずツッコミを入れる。

「あー、楓ちゃん。それ意味違うわ。まぁ、たぶんあの箒っていう人はさっきの一夏さんの彼女だろう。十中八九間違いない。そうだろ、簪ちゃん?」

「ええ、まぁ。確かに篠ノ之さんは一夏さんの彼女さんです」

「ほら、やっぱりな。一夏さんいいよなぁ、あんな子とお付き合いできてさ。それに結城よおぉ」

 さっきから黙っていた結城の肩に孝之は腕をかける。

「なんだよ孝之」

 そして、孝之は小声で囁くようにして結城に聞く。

「で、お前はどうなんだよ?」

「なにが?」

「あの本音ちゃんって子。正直な話お前と付き合ってんの?」

「な!?」

 結城が驚きの声をいきなりあげてしまったものだから、近くにいた本音は反応してしまう。

「う~ん? どうしたのゆっきー、たっきー? 内緒話?」

「ううん。なんでもないよ。それに本音ちゃんには教えない」

「えー、けちんぼたっきー……。ねえねえ、ゆっきー、何の話してたの? 教えてー」

「な、何でもないよ。ほら、またみんなとはぐれちまう」

 と、本音の腕をつかんで、少し先に行ってしまったみんなと合流する。そんな結城と本音を見て孝之は思った。

(はぁ……。どうやら、結城は本音ちゃんに恋してるかもしれないな。大変だなぁ、由実は。それに、あの簪ちゃんって子も。何となくだけど、結城に気がある感じがする)

 孝之は他人の気持ちには鋭いのだが、いかんせん、自分の事は少々鈍い一面もある。その証拠に、結城とその周りの女の子については冷静にものを考えているのだが、孝之と楓の距離はあの買い物のときから何一つ変わっていないのだ。
 さて、孝之側の恋路が先に実るか、はたまた結城の方が先に実るのか。
 孝之はみんなの下へと駆け寄った。


  ◆


 一夏と箒は祭り会場から少し離れた場所、横浜市が一望できる場所まで来ていた。
 祭り会場内の騒がしさとのギャップは凄く、二人のいる場所は虫の鳴き声と、祭り会場からの微かな人々の声だけである。
 祭り会場とは相まってとても静かな場所であり、ここから見る横浜市の街の風景は絶景であり、また、海の方にはIS学園がそびえ建っている。
 これを見た二人は、つい最近まであそこでISについて学んでいたんだな、という想いに浸りながらも、一夏はこれから話すことで少し沈んだ気持ちになっていた。

「いい眺めだな一夏。それにしてもよく来てくれたな。私は来てくれないんじゃないかと不安だったぞ」

「あ、ああ……。俺も、正直最初は行く気なんてなかったさ。でも、春樹からメールが来たんだよ。しかも、今の俺が分かっているような内容でさ」

「そうか、春樹から……。ちょっと待て、それは本当なのか!?」

「ああ、ほら」

 一夏は携帯電話を取り出して、メールの着信履歴を箒に見せつけた。そこには確かに昨日の日付で葵春樹からのメールが来ており、その内容を見せてくれ、という要求を箒はした。

「あ、ああ。いいけどさ、この内容はきっと組織がらみでやらなくちゃいけなくなるようなものだと思う。そこを理解して見てくれ」

 箒は静かに頷いて一夏がメールを見せてくれるのを待つ。
 メールにはこのようなことが書いてあったのだ。

――布仏本音を守れ。そして、本音の姉である布仏虚を救い出せ。

 その指令のような内容だけだった。そのほか詳しいことは一切書いていなかった。ただ、春樹は「これくらいしか書けない」という言葉を添えてメールの文章は終わったのだ。

「布仏本音を守り、姉の虚さんを助け出す? それだけでどうしろって言うんだ。春樹は何を知っている?」

「分からない。でも、春樹は何かを知っている、というのは分かったんだ。もしかしたら、またメールが送られてくるかもしれない」

 箒は今の一夏の表情を見て分かったことがある。
 一夏は春樹に少々依存しているということ。自分ではなく、春樹に。一夏の気持ちは分かる。幼少期からずっと離れることがなかった兄弟のような存在だ。しかも、一夏はいい兄を持ったと思っていたそうだ。そんな彼がこのタイミングでいなくなったのだ。しかも、生存が確認できた。
 箒は春樹に嫉妬した。男だというのに。こういうときこそ、自分に頼ってほしいと思ってしまうのだ。織斑一夏の交際相手として、彼を支えてあげたいという気持ちに駆られている。
 だけど、一夏の原動力は葵春樹なのだ。
 一夏が元気になってくれるのはうれしい。だけども、同時にその元気になった理由が葵春樹ということに嫉妬する。
 だから、箒は行動に出す。ここに私もいるのだ、ということを一夏に理解してもらうために。

「一夏……」

 箒は後ろから一夏に抱き付きながら、

「私もいるんだぞ。私も、一夏の支えになりたい。だから、一緒に頑張ろう。春樹がいない間は、私が支えてあげるから」

 箒はそう言って更に力強く一夏を抱きしめる。鍛え上げられたゴツゴツした背中を感じながら。

「箒……。ありがとう。箒は俺のパートナーなんだもんな。ごめん、フランスから帰ってきて何もできなくって。でも、もう大丈夫だと思うから」

 そう一夏が言った瞬間、異変が起きた。
 なんと、五体ものISが一夏たちの頭上を通り過ぎたのだ。
 そのISは祭りの会場内へと飛び込んでいく。
 一夏は疑問に思ったのだ。篠ノ之神社がISを使ったパフォーマンスなんかするだろうか。いや、ない。ありえない。神社でISを使って出し物をするなど聞いたことが無い。

「箒、あれは!?」

「急ぐぞ一夏、ISを展開しろ!」

 この箒の反応を見る限り、少なくともあのISはイベントではないことは確かである。ということは、すなわち狙いはこの祭り会場にいる布仏本音が狙なのだろう。
 そう思う理由としては、やはり春樹からのメールの内容に、布仏本音を守れ、という言葉があったからだ。
 一夏は白式(びゃくしき)を、箒は紅椿(あかつばき)をそれぞれ身に纏う。その姿はコンバット・モードという、装甲をギリギリにまで薄くし、見た目重視のものを排除した完全戦闘仕様のISだ。二人はISの展開と同時にバイザーを展開して顔を覆い、祭り会場へと飛び込んでいく。


 ◆


 突如として目の前に現れたISに驚きを隠せないでいるのは剣崎結城であった。

「何あれ? イベントか何か?」

 という悠長な言葉を吐く由実に反して、結城は不安で押しつぶされそうになっていた。いや、不安というよりは絶望だろう。
 あれだけ逃げ惑って救い出した布仏本音が、また身の危険に晒されそうになっているのだから。
 しかも、今回はなんの躊躇もなくISという存在を投入してきたのだ。ここまでして布仏本音を連れ去る理由とは何なのだろうか、という思考に陥りながらも、結城は本音の腕をしっかりと握りいつでも逃げ出せるようにスタンバイしていた。

「ゆっきー。逃げるの?」

「ああ、そうだ。見つかったらヤバいからな。ここから一刻も早く離れねぇと……」

 結城と本音がアイコンアクトで頷きながらその場から逃げだそうとしたとき、祭り会場に降り立ったISは急に動き出す。
 奴らの目標はただ一つ。布仏本音、ただ一人である。
 こちらに突っ込んでくるISにすくむことなく結城はギリギリのところで横にステップして間一髪の突進を回避するが、相手は世界で最強と謳われているインフィニット・ストラトスなのだ。その慣性の法則を無視した挙動で通常ではありえない旋回を行って再び本音を連れさらおうとこちらに近づいてくる。
 しかも、残りの四機もこちらに近づいてくるのだ。
 結城は思ったのだ。女の子を抱えた普通の男ごときが、ISの群れを相手に逃げ切れるわけがない。
 刹那。
 結城の目の前には二機のISが現れたのだ。一つは白、もう一つは赤色のISだった。
 その二機のISは自分たちを襲おうとした奴らを攻撃していく。
 周りの人間たちは突然のISの戦闘を目の当たりにして叫びながら逃げ惑う。みんなの憧れのISも、安全性も糞もない場所で戦闘をされたらそれは恐ろしいものだろう。仮にも、世界で最強を謳っている兵器なのだから。
 だが、目の前で繰り広げられるIS同士が戦う様は非常に大迫力だった。
 白と赤のISのコンビネーションはとても良いと、素人の結城にも分かるぐらいにあの二人の息は合っていた。
 赤のISが近距離攻撃と遠距離攻撃を織り交ぜて敵を翻弄し、白いISが青白く光った剣でとどめを刺している。あれを見る限り、赤いISは全距離を対応できるように作られているし、白いISの光っている剣はあの織斑千冬選手が使っていた零落白夜という、シールドエネルギーを切り裂く攻撃と同じか、それと似たものだと剣の攻撃を受けたISの状態から判断できる。

「なんだよあいつら……。どっから湧いて出たんだよ? なんで俺たちを助けてくれる? あいつらはいったい……?」

 結城は呟くように言った。ここから逃げ出さなくちゃいけないことを忘れてしまうぐらい、あの二機のISの登場は衝撃的だったのだ。
 すると、近くにいた更識簪が聞こえるか聞こえないかぐらいの声量で囁くようにこう言ったのだ。

「一夏さん……箒さん……」

 と。
 結城はその簪の呟きを聞き逃さなかった。一夏、箒、という名前を聞いて、思い浮かぶ人物はそれしかない。結城たちが先ほど会って知り合いになった人物。織斑一夏と篠ノ之箒しかいないのだ。

「おい簪さん! 今、一夏さん、箒さん、って言ったよな!?」

 結城は簪に近づきながら問いただす。
 すると、簪はしまった、という表情をしたと思ったら、結城から視線を話していく。
 その行動を見た結城は、今、この現状をしっかりと理解しないと気が済まない気持ちでいっぱいになった。
 少し前に本音が襲われているところ助け出して友人になり、ISについて教えてくれることになって簪さんと知り合いになって、この祭り会場で織斑一夏と篠ノ之箒と知り合いになって、それでもってその二人は見たこともないようなISで襲われた本音を助けてくれた。

(じゃあ、あの一夏と箒ってやつは何者なんだよ!? それに……ISをこんな風に使うだなんて……)

 結城にとって、ISとは夢の象徴である。それが、こうやって悪事に使われているところを目の前で見てしまったのだ。これほどやるせない気持ちになるものはないだろう。とても嫌な気持ちになってしまう。
 それにしても、あの白いISと赤いISは思うように動けずにいた。残るISは四機。しかし、まだ祭り会場には逃げ遅れた人たちが残っているのだ。それを庇いながらの戦闘で、あの二人はうまく動けずにいたのだ。
 そこに。
 苦戦を強いられている二人に、救世主が現れたのだ。


  ◆


 一夏と箒は民間人を庇いながらの戦闘に苛立ちを感じながらも、何とかしてでも本音を襲ったISを撃退し、なおかつその内、一人でもいいからその操縦者を捕獲し、情報を洗いざらい吐いてもらう必要がある。
 だが、相手はこの場の人々を人質に取っているようなもの。迂闊に変な行動はとれない。やるならば、相手にやる隙を作らせない必要がある。勝負をつけたいならば一瞬で。それが絶対条件だ。

(どうする……? どうすれば残り四機をを沈ませれる?)

 一夏は考える。
 箒と一斉に攻撃するか? いや、彼女の攻撃では一撃で相手を沈ませることができない。やるなら、四機同時に攻撃する必要がある。だが、一夏の武器では一対一しかできないし、箒では決定力が足りない。何かいい方法はないのだろうか。
 一夏は頭を抱えて悩み、動けないでいた。そんな硬直状態の戦場を変えたのは、とある一機のISだった。
 四機の敵ISが複数のビームに撃ち抜かれていく。
 よく見ると、そこには空中に浮かぶ青いビーム砲があった。
 そんな武器を使う人物は、一人しか考えられない。青いISに身を包んでいる人物、それは……。

「お久しぶりですわね。お顔を隠しているようですけど、私にはあなた方がだれか分かりますわよ?」

 このお嬢様口調で、金髪を縦ロールにしている女の子、セシリア・オルコットがそこにいた。
 彼女はビット装備を巧みに使い、敵ISを翻弄しながら追い詰めていき、そして、最後には。

「これでフィニッシュですわ!!」

 大型のライフルから放たれるビームは、四機のISすべてを薙ぎ払った。その四機のISは揃ってシールド・エネルギーを失って活動不能状態に陥っていた。

「さて、洗いざらい話してもらおうか……」

 箒は五機のISの内、一機のパイロットを捕獲。そのほかの奴らも一夏とセシリアの手によって捕獲されていた。
 だが、やつらは一切話そうと居ない。

「答えろ!! 何をしようとしていた!? 布仏本音を狙う理由は何なんだよ!!」

 怒鳴るように問いただす一夏だが、捕獲されたパイロット五人はまったく動じることなく沈黙を続けていた。
 と、次の瞬間。
 辺り一帯は黒いガスで覆いつくされ、視界が閉ざされてしまった。
 これはスモーク・ディスチャージャだろう。敵の視界を奪うことに加え、センサー類を一時的に麻痺させることのできるものである。欠点としては、それは自分にも影響を受けてしまうということ。
 だが、この場ではそんな欠点は関係なかった。
 だって――

「くそっ、逃げられた!」

 逃げることだけを考えればいいだけなのだから。
 一夏は吐き捨てるように叫びつつ、急な襲撃に警戒する。
 誘拐されそうになった張本人である布仏本音は、剣崎結城と共に屋台の陰から現れる。

「あの……、もう大丈夫ですか?」

 結城は一夏たちに尋ねる。

「ああ、もう大丈夫だ。周りに奴らのISはいなくなったからね。布仏本音はこちらで預かるから、君はもう帰っていいよ」

「でも……!!」

「大丈夫だよゆっきー。この人たちは信頼できる人たちだから。ありがとうね、またゆっきーに助けてもらっちゃった」

「そ、そんなこと……。俺は何もできなかったんだ」

「それこそそんなことはないよ! ゆっきーが一緒にいてくれただけで私はすごく安心できたんだから。だから、ゆっきーに感謝したんだよ?」

 結城はそれ以上なにも言えなくなってしまった。女の子にそんなことを言われてしまえば、男は反論する言葉を失ってしまう。女の子を安心させることができた。それだけで、平凡な男子高校生は満足してしまった。

「そうか……。分かった。じゃあ、本音のこと、よろしくお願いします!」

「ああ、任せてくれ」

 箒は結城のお願いに返事を返す。そして、結城は一人祭り会場を去って行った。
 ISの襲撃によって、つい先ほどまで賑やかだった祭り会場には誰一人としていなくなってしまっていた。屋台を出していた人も、客も。

「チェルシー」

 セシリアは専属メイドの名前を呼ぶと、奥の方からメイド姿の女性が現れた。

「なんでしょうか?」

「布仏本音さんを送って差し上げて。さきほどのように襲われる可能性もあるから、厳重に注意してね」

「かしこまりました」

 チェルシーは丁寧に頭を下げると、布仏本音の事を連れて車に乗り込みどこかへと行ってしまった。
 それを見送った三人。
 そして、本当にここには三人しかいなくなったとき、箒は口を開いた。

「なぁ、セシリア。私たちの事、分かるのか?」

 箒はセシリアに問う。戦闘中、セシリアはあなた方がだれか分かる、と言ったのだ。顔を隠し、声も顔を隠すバイザーの機能によって変声されているのに。

「はい。篠ノ之箒さんと、織斑一夏さんですわよね? 私はあなた方にお願いがあって日本に来ましたの」

「なぜ俺たちの事を知っているんだ? 俺たちの事は分からないようにしているはずだ。それなのになぜ!?」

「うふふ、一夏さん。私には裏に精通しているメイドがいますのよ? しかも、情報収集専門の。それに、私はあなた方と同じ学校で同じクラス。臨海学校が終わってからのあなた方の行動と、最近起こっている事件を照らし合わせて、この結論にたどり着きました。もし間違っていたら、それほど恥ずかしい事はなかったのですけど」

 セシリアは夏休み前の一夏たちの行動を見ただけでこの結論に至ったのだ。女の勘ってやつは恐ろしい。

「さて、本題を話します。ぜひ、私に力をお貸しください。『束派』に依頼をしたいのです」

 彼女の口から放たれた衝撃的な言葉。まさか、彼女の口から『束派』なんていう暗部組織の名前が出てくるとは思いもしなかった。
 初めて会ったときはそんな雰囲気さえも見せなかった明るいお嬢様のような普通の女の子のように見えた。だが、今は違う。今の彼女の眼は、何かを追い求めるかのような、そんな目をしている。

「セシリア、本気か? 暗部組織に依頼するほどの仕事があるというのか?」

 一夏は質問する。わざわざ自分たちの事を突き止めてまで依頼したいものがあるというのか、その理由がしりたいからだ。

「ええ。私が依頼したい案件。それは、LOE社が開催するイベントの護衛です。『アベンジャー』という組織がこのイベントを襲撃するという情報を手に入れたのです。だから、その撃墜をお願いしたいのです」

「『アベンジャー』……暗部組織か?」

 箒は組織の名前を反復して、その組織が暗部のものなのかセシリアに尋ねた。

「おそらくそうでしょう。それに、その組織は葵春樹を追う手がかりを持っている可能性があります」

「なんだって!?」

 驚きの声をあげる一夏。その『アベンジャー』と名乗る組織が葵春樹を追う手がかりになるなど、思いもしなかった。しかし、なぜその組織が葵春樹を追う手がかりになるのか。その理由は分からない。

「でも、なんで春樹を追う手がかりになるんだ?」

「……それはイギリスに向かう飛行機の中で話しましょう。さて、行きましょう、イギリスに。よろしいですね?」

「分かった。ただ、姉さんに一応確認を取る。行動はそれからだ」

「分かりましたわ」

 セシリアは頷く。
 箒はすぐさま束に連絡を取り、現状を説明した。セシリア・オルコットから依頼があること。そして、その依頼には『アベンジャー』と呼ばれる組織による攻撃の恐れがあるということ。そして、葵春樹を追う手がかりになる可能性があるということを伝えた。
 すると、束は依頼を承認。一夏と箒はイギリスへと向かうことになった。
 だが、日本にも問題が残っている。布仏本音の事である。
 いま彼女は謎の組織に襲われている。今の神社での戦闘では難を逃れたが、これで解決というわけではない。布仏本音の身柄の安全が完全に取れるまで、更識家で保護しなくてはならないのだ。本音は更識家に仕える布仏家の娘だ。ここは更識家で保護する必要がある。
 つまり、今回の依頼に更識楯無は出撃できないということだ。
 一夏と箒だけで今回の任務を遂行しなくてはならない。その責任感が二人に押し寄せる。
 だが、それを見透かすようにセシリアは言う。

「大丈夫です。ISによる戦闘となったとき、この私も参加しますわ。更識会長の分は私が戦います」

 一夏と箒はセシリアの言葉に反論しようとしたが、彼女の目にはそれ相当のがあるように感じ、言葉を失ってしまった。

「分かった。じゃあ行くか、セシリア。イギリスに」

 一夏は力強く宣言した。
 それを見た箒は思う。
 あんなにも精神的に追い詰められ、外にも出ようとしなかった一夏をこんなにも早く立ち直らせる葵春樹という存在はなんなのだろうか、と。
 正直、今回の任務、一夏は任務に出向くなんてことはありえないと思った。拒むだろうと思っていた。だが、一夏は力強くイギリスに行こう、と宣言した。
 やはり、今の一夏には葵春樹の存在は欠かせないものになりつつあるようだ。
 そして、箒は更に思う。
 もし、葵春樹が死んでしまったら、一夏はどうなってしまうのだろうか、と。
 春樹も今、自分たちの知らないところで暗部活動を続けているらしい。ということは、命の危険があるということだ。いつ死んでもおかしくない状態にあるということだ。
 本当にそんなことになってしまったらどうなるのだろうかと、箒は心配になったのだ。
 今の一夏は、何かの支えがなければ奈落の底にでも落ちていきそうな状態に見えたから。
 一夏と箒は神社を後にする。
 これから一夏たちが向かうのはイギリス、ロンドン。セシリアが操るブルー・ティアーズを生んだLocus_of_Evolution社によるイベントの護衛任務だ。


  3


 剣崎結城は更識クリエイティブに来ていた。
 彼は荒だたしく社長室の扉を開く。簪に止められていてもお構いなしに、感情に身を任せて。

「更識さんッ!!」

「おお、大丈夫だったか剣崎君! それに簪も。突然のISによる襲撃があったという情報を聞いてね。君たちがどうなったのか心配だったのだよ……。無事でよかった」

 心から心配してくれている信鳴に対しても、冷静じゃない結城は感情任せに信鳴に当たる。

「そんなことはどうでもいいんですよ! 何なんですかあれは! あの織斑一夏と篠ノ之箒っていう人物は! なんで簪さんがあのISに乗っているのが一夏さんと箒さんって知っているんですか!? 更識さんも何か知っているんじゃないんですか!?」

 結城の問いに信鳴は眼を瞑って何かを考える仕草をしたかと思えば、その口から吐かれた言葉は、

「それは君に教えられない。あのことは君には無関係だ。世の中知らない方がいいことがあるのは、君のような年齢になれば理解できるはずだが?」

 という少々キツイ言葉だった。しかし、納得がいかない結城は、自分の気持ちを全部ぶつけることにしたのだ。
 だから言う。勇気を持って、自分の気持ちをぶつけてやるのだ。

「でも……でも! 俺はあんな風にISを使っているところを見て何も感じないわけないじゃないですか! ISは人々に夢を与える物なんだ。だけど、あんな人を襲うために使うだなんて間違ってる。それに、一夏さんと箒さんが乗っていたISは、完全に戦闘用のものに見えた。余計なものをそぎ落とし、戦闘に特化したフォルム。なんであんな物を一夏さんたちは身に着けているのか。とても残念な気持ちになりましたよ。悲しかったですよ。すごく嫌な気持ちになりましたよ。知っているんでしょう? 教えて――」

 その瞬間、頬を叩く音が社長室に響いた。そう、結城は頬を思いっきり叩かれたのだ。更識簪の手によって。

「落ち着いてくださいよ結城さん……。あなたには教えられないって言っているでしょう……!? 素直に諦めてここから出ていってくださいよ。正直迷惑です」

 今の簪の言葉は何よりも、結城の胸に杭を打たれたかのごとく、激痛にも似た痛みを感じた。それゆえ、結城はたじろぎ、何も言えなくなってしまう。
 黙ったまま何も言えず、何もできず、ここから出ることすらもできなくなってしまった結城だが、ここで後ろから女性の声が聞こえた。

「大丈夫だよ、剣崎結城君。君は私の下で働いてもらう。これは決定事項だから。拒否は許さないよ……。なんてね」

「正気か、篠ノ之! この子は何の関係もない普通の男の子なんだぞ!」

 そこにいたのはISの生みの親である篠ノ之束であった。
 結城は本当に目の前にいる人物が篠ノ之束であるかどうか疑問に思ったのだ。この人が本物の篠ノ之束だとしても、なぜこんなところにいるのか、どうしてこのタイミングで現れたのか、私の下で働いてもらうとはいったいどういう意味なのか。正直疑問に思うことが多すぎて整理するには時間が足りなかった。

「はい、信鳴さん。本気ですよ。それに剣崎君は普通の子じゃありませんよ。本物の天才で、私と同じにおいがする。だから私たちの組織に迎え入れるの。彼の想いも十分だしね」

 信鳴も、簪も、結城でさえも、このいまの状況に混乱してしまっている。

「さて、剣崎君。君の想いはしっかりと聞かせてもらったよ。君もあんな奴ら許せないよね? ISを悪事に使う奴らを。じゃあさ、私たちと一緒にそいつらを倒さない? みんなに笑顔を振りまいてくれる存在、それがISなんだよね?」

「は、はい……。そ、その通りです! 俺はそう思っています」

「よろしい! じゃあ、いきなりですまないけど、ついてきてくれる? 私たちの組織に案内するよ」

 信鳴と簪を社長室に残したまま、束と結城はそのままエレベータに乗り込み、地下の施設へと向かう。
 エレベータの中で結城は質問する。

「あなたは、本当に篠ノ之束なんですか?」

「そうだよ」

「あなたの組織って、あの織斑一夏と篠ノ之箒もいるんですか?」

「いるよ。二人とも、ISの戦闘を担当してくれてる。それに加えて戦闘要員として簪ちゃんの姉の楯無ちゃんもいるよ」

「じゃあ、あんな戦闘特化のISを作ったのもあなたですか?」

「……うん、そうだよ。仕方がないよ、戦わなければ生き残れないんだから」

 その時の束は、本当はやりたくない、という気持ちを結城に必死に訴えていた。
 それもそうだ。ISの最初の使用用途は宇宙開発の為だ。それを見越して篠ノ之束はISを作ったのに、今ではこの様だ。しかも、それを悪用する輩まででてきた。ならば、どうやってそれをなくす? 戦うしかないのだ。戦って、戦って、戦って。戦って悪事をしでかす輩を消していくしかないのだ。
 それに、生き残れない、と束は言った。

「もしかして、篠ノ之さんって、命が危ないんじゃ……?」

「するどいね、剣崎君。そうだよ。私はある組織から命を狙われている。だから迂闊に外も歩けない状態にあるんだよ」

 結城は無知だった。無知だったと自覚した。無知は罪だ、とはどこかで聞いたような言葉だが、結城は何も知らない奴なのだと自覚してしまった。

「ははは……。これじゃ、俺、バカみたいじゃないか。相手の気持ちも知らないで適当なこと言いやがって」

 結城は悔やんだ。今まで言ったきた言葉たち。一夏に向かって言った言葉、信鳴に言った言葉。ことごとく無知だからこそ言えた言葉だな、と結城は思う。

「剣崎君……。詳しくはよく分からないけど、何も知らなかったんだから、仕方がない事なんだ。問題は、知ってしまったからこそ、この後何ができるかだよ」

「……はい。分かりました。善処します」

 やがて、地下の『束派』の施設へとたどり着いた二人は、広くはない施設の各所を周り、一通り施設の説明を終えた二人はブリーフィングルームへとやって来た。

「さて、一通り周ったけど質問はある?」

「この組織ができた経緯を教えてください」

「ほほぅ、そう来ましたか。いいよ、教えてあげる」

 篠ノ之束が立ち上げた組織。正式名称はないが、『束派』と呼ばれるようになってから、それが正式名称となった。
 組織が生まれるきっかけになったのは二年前のドイツ軍基地の襲撃事件。その目的は、当日ドイツ軍基地にいた篠ノ之束本人だった。
 アベンジャーと名乗る奴らは篠ノ之束を殺害しようと行動を起こすが、葵春樹の手によって難を逃れる。
 そこで篠ノ之束は決意したのだ。こんな風にISを使うやつらを許せない。だから、そんな奴らを世の中から消し去りたいと思い、葵春樹と共に組織を立ち上げる。
 だが、こういった組織を立ち上げるにはお金がいる。そこで頼ったのが、ISの開発にあたり、資金を恵んでくれた更識クリエイティブだった。
 社長である更識信鳴は束に恩があるということでこれを了承。組織に必要な施設を手がけ、人員をも収集してくれた。
 最初は違法な装備を開発している小さな施設を襲撃し、壊滅させるという仕事ぐらいしかやらなかった。いや、やれなかったのだ。なんていったって、戦闘要員が葵春樹ただ一人だったから。
 そして、大きな事件が起きた。
 『亡国機業(ファントム・タスク)』が更識クリエイティブを襲ったのだ。そのとき、のちに仲間になる更識楯無が人質に捕まってしまうが、葵春樹はこれを撃退。更識クリエイティブのISの装備とコア、及び更識楯無を助け出した。この時から更識楯無は春樹と同じ戦闘要員になってくれる。
 それから、葵春樹と更識楯無は強くなっていった。任務をこなす度に強くなっていく。それは傍から見ていた束が一番分かっていた。
 やがて、楯無と春樹はIS学園へと入学することになった。この時に織斑一夏をIS学園に導くために動く。そして、織斑一夏をIS学園へと入学させた。それと同時に篠ノ之箒も入学させたのだ。
 春樹と楯無の監視の下、一夏と箒の二人、及びその周りの専用機持ちを強くするための訓練を開始する。
 そして、七月七日。国際IS委員会の協力を得る権利をかけた任務が開始される。
 銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)の暴走事件。
 それを見事に解決した一夏たち。このとき、一夏と箒は正式に組織の一員となる。
 一方、別任務を行っていた葵春樹はレイブリックという、男でISを動かせる人物と対峙。行方不明になる。
 国際IS委員会の協力を得られることになったのだが、その代償に葵春樹を失ってしまったのだ。
 そして、七月二四日。シャルロット・デュノアの誘拐事件が起こる。この事件に対し、束は行動を開始。『亡国機業(ファントム・タスク)』と対決することになり、心身ともにボロボロになりながらもシャルロット・デュノアの救出に成功する。
 なお、この任務中に、織斑一夏と更識楯無は葵春樹と遭遇する。彼は別の仲間を連れて何かしらの行動を取っていた。
 そして、今に至る。

「簡単にまとめたらこんな感じかな」

「そんな……。こんな組織に俺が入っても大丈夫なんでしょうか?」

「うん。大丈夫。この私が目を付けた人物だよ、剣崎君。君の天才を私に分けてください。天才が二人揃えば、一夏たちに良い装備を与えることができて、なおかつ死ぬ可能性を低くすることができる。だから……お願いします」

 あの篠ノ之束が結城に対して頭を下げた。結城はそんな恐れ多いことをすぐにやめさせようと声をかける。

「あ、えっと、顔をあげてください! あの、まだ結論を出せないです。でも、明日までには何とか。明日、俺がここに来たら今回のお話を受ける……ということでどうでしょう?」

「うん。分かった。それでいいよ、剣崎君。じゃあ、私待ってるから。ここに来てくれることを期待してね」

「はい……。それではこれで」

 結城はエレベータいに乗り込み、帰って行った。
 ここに一人残された束は一人物思いに耽っていた。
 剣崎結城という男は、とても不思議な人物で、天才と言われている自分も、結局は努力が花を咲かせたに過ぎないのだ。過去の努力があったからこそ、ISというものを完成させることができた。天才と言われることになった。
 でも、剣崎結城は違う。
 努力という言葉はどこに行ったのか分からなくなるほどに、理解不能なほどに、ISの知識をほんの数十時間で完璧までに体に染み込ませていた。
 正直、人間業ではない。
 これこそ、これが“天才”というのだろうか。努力もなしにISのほぼすべてを理解するだなんて、考えられないし、信じたくもない。自分の今までの努力が無駄なように感じてしまうからだ。

(剣崎君。正直、君の才能が妬ましいよ)

 束はブリーフィングルームでひと眠りすることにした。

  ◆

 剣崎結城はひとまず家に帰った。
 今日起こったことは、まるで意味が分からず、感情任せに動いた結果、周りに流されて訳の分からない状況になっていた。
 ISを悪用する者たちと戦う組織、『束派』。
 いきなりそれに入ってくれ、と言われて、はい入ります、だなんて言えるわけがない。あまりの出来事に頭が混乱して周りの出来事に頭の整理が追いつかない状態が続いていたのだ。

「ふざけんなよ……」

 結城はひとり帰り道で呟いた。
 つい最近まで何の変哲もない普通の男子高校生だった剣崎結城は、とある女の子を助け、夢を語ったばっかりに、今の状態に至ってしまった。こんな、暗部組織だか何だか分からない、映画か漫画か、アニメか分からないような、そんなものと関わることになろうとは。
 周りはすっかり日が落ち、真っ暗な周りを街灯が照らしている道を、結城一人で歩く。夏のせいもあってか、夜なのにまったく涼しさを感じさせず、ただジメジメと蒸す夜風を感じながら、結城は空を見上げる。

(夢……か。何なんだろうな、夢って。夢を追いかけただけなのに、こんなことになっちまって。なんでこの俺が、そんな危険な目に合わなくちゃいけないのさ)

 なんだかんだで、結城の家はすぐ近くまで迫ってきている。だけど、なかなか家にはたどり着かない。結城が物凄くゆっくり歩いているからだ。
 あの先にある角を曲がれば家はすぐそこだ。
 結城はその角を曲がる。
 すると、ある女の子が結城を見るなり駆け寄ってくる。

「結城! 今まで何してたのよ!! あんな、危険なことがあってもこんな時間まで……」

「ああ、由実か。ごめん……。でも大丈夫だったから安心しろよ。本音も無事だから」

 結城は疲れたように言う。だが、その言い方が由実の癇に障ったようで、

「そうよ……その本音って子。あの子いったいなんなの!? 結城もあの子と知り合ってから付き合い悪くなったし、夜遅くまで家にいないし!! それにあのISは何なの!? あきらかにあの本音って子を狙ってたよね!? ねぇ……説明してよ。結城、あんたいったい何をしているの!?」

 結城は今まで更識クリエイティブのIS開発に協力していることを由実たちに話していなかったのだ。その理由としては、自分の夢を追いかけていることを、ほかの人に話したくなかったから。そんな、気まぐれだったのだ。
 そして、布仏本音については、これは本当に由実たちには話せない内容だ。あの子の身が危ないということを話せば、もしかしたら由実たちにも危害が及ぶ可能性があるのだ。だから、結城は由実たちに話さなかった。話したくても話せなかった。

「ごめんな。俺、疲れてるから、もう寝るわ。おやすみ」

 結城はごまかすように冷たく言葉を放ち、自分の家に入って行った。
 その場に残された由実は、結城が自分の知らないところへと行ってしまいそうな恐怖を感じていた。



[28590] Episode6 行間一
Name: 渉◆ca427c7a ID:a49cc584
Date: 2013/05/02 12:35
 鳳鈴音は上海へとやって来ていた。
 上海は中華人民共和国の直轄市である。また、世界有数の世界都市で、商業・金融・工業・交通の中心の一つである。市内総生産は首都の北京を凌ぎ同国最大だ。
 いま彼女がいるのは、甲龍を生み出した中国の企業、上海無限的那兒開發公司(上海IS開発会社)である。
 そこのとある一室で、鈴音は一人で担当者が来るのを待っていた。その担当者というのは、鈴音が操る甲龍(シェンロン)を開発した開発主任の女である。
 彼女は、まだかなぁ、と暇を持て余していた。こんなところでスマートフォンを弄ったり、本を読んでいるわけにもいかず、頭の中でスケジュール管理をやっているくらいしかやることがなかった。

「ごめんね鳳ちゃん! おまたせ」

 鈴音は、やっと来たか、という気持ちを表に出さないように配慮しながら、座っていた身を起こして立ち上がる。

「いえ、大丈夫です」

「そう言ってくれると助かるよ。で、早速本題なんだけども、ついこの間日本に送ったパッケージについてのレポートはまとめてある?」

「はい、ここに」

 鈴音がまとめたレポートの内容は、先日の臨海学校研修においてテストを行った崩山(ほうざん)についてのことである。見えない弾丸を放つ龍砲を二門から四門に増設したそれは、銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)との戦いで多大なる戦果をあげた。
 一発一発の威力は小さめだが、見えない弾丸、という存在は良い撹乱攻撃となる。そして、威力の小ささは撃つ砲自体の数を増やすことで克服bしようという魂胆である。
 だが――

「ふむふむ……。四門にしても火力不足は否めないと」

 開発主任の女は鈴音が書いたレポートをパラパラと見ながら呟くように言った。

「はい。龍砲の見えない砲身と弾丸、そして限度がない砲身の可動角度。これほど撹乱に適した装備はないでしょう。でも、火力不足が目立つ。例の白式のようなシールドエネルギーが極端に少ない相手ならともかく、一般的なISとの戦闘では四門にしたところで火力が全然足りない。青龍刀で、かつ投擲武器の双天牙月はその重量から重い一撃を放つことができますが、如何せん攻撃速度が遅すぎます。だから――」

「射速がある高威力の銃器か、素早く触れるビームブレードのような高威力の剣が欲しいと、言いたいんだね?」

「はい」

 鈴音はいつものような雰囲気は出さず、あくまで仕事、目上の人と話す態度を持ってして話す。

「でも、それは難しい話だね。現時点で甲龍の拡張領域(パススロット)は限界ギリギリ。量子変換容量は私たちの技術力では現状が限界。唯一の解決策は、龍砲自体の強化しかないね」

「そうですか……」

「大丈夫! そこらへんはわたしたちに任せて! 鳳ちゃんの要求はできる限りやってみせるから。それと……、例の男の子二人。えっと、鳳ちゃんが日本で暮らしていた頃の幼馴染なんだって?」

「はい。で、どうだった?」

「そうですね……二人の操縦技術の向上は異常でした。特に織斑一夏の方が。たった三か月で代表候補生に渡り合えるか、それ以上の技量を持ちました」

「へぇ……なるほど……」

 開発主任は意味深に、少しかすれた声で呟いた。
 鈴音は、この時の開発主任の表情を見逃さなかった。たった一瞬だったが、非常に悪い人間に見えたのだ。これが見間違いでなければ、この開発主任は何を企んでいるのだろうか? 鈴音は思わず額に少々の汗をかいてしまうが、表情はできるかぎり変えないように頑張った。

「よし、今日はこの辺にしておこうか。甲龍の改良が終わるまでは鳳ちゃんは例の男についてのレポートをまとめておいてね」

 これにて、本日の鈴音と開発主任の面談が終わった。
 彼女は裏でなにかとてつもないことが動いているのを感じながら、この会社を後にした。

(いったい、何がどうなってんのよ……!?)



[28590] Episode6 第二章『進化の軌跡 -Zero_Gravity-』
Name: 渉◆ca427c7a ID:a49cc584
Date: 2013/05/02 12:32
  1


 織斑一夏と篠ノ之箒はセシリア・オルコットが用意した飛行機に乗り、イギリスへと向かっていた。
 その飛行機は完全にプライベートジェットなのか、席は極端に少なく、その代わりにものすごくゆったりできるスペースがそこに広がっていた。目の前のテーブルにはホットコーヒーがあり、良い香りが鼻を刺激させる。一夏はそのコーヒーを一口飲み、セシリアに質問する。

「で、セシリアの依頼がなんで春樹を追う手がかりになるのか……そろそろ話してもらえないか?」

 一夏は何より気になっていた事柄について質問した。

「そうですわね。そろそろいいでしょう。一夏さんはここ最近、春樹さんに出会いましたか?」

「え……あ、ああ。会ったよ。熾天使(セラフィム)とは違ったISを操っていた。それに、見知らぬ仲間を連れていたよ」

「やはり……。一夏さん、箒さん、これはとても重要なことです。イギリス、ロンドン市内で春樹さんによく似た人物が目撃されていたことが分かりました。おそらく、彼も何らかの情報を掴んで動いている可能性がありますわ」

 一夏と箒は眼を見開いて驚いた。つい最近までフランスで出会ったばかりだというのに、今度はイギリスに春樹はいる。彼は様々な国を転々としているというのだろうか。いったい何の目的があるのだろうかと、二人は思わず考え込む。
 そして、箒は一つ考えを述べた。

「もしかしたら、今回の『アベンジャー』の動きを知ってイギリスに来た可能性もあると……?」

「はい、その通りです箒さん。もっと言えば、今回のLOE社のイベントに来る可能性だってあります」

 このセシリアの言葉を聞いて、一夏は決断した。今度こそ、春樹としっかり話して何をやっているのか聞き出すのだと。絶対に、絶対に……。
 一夏がそのような事を思っている傍ら、篠ノ之箒はそんな一夏を見てとても心配になっていた。今の彼は、春樹の事で頭がいっぱいになっている。セシリアの任務など二の次だ、と考えている様にも見えてくる。
 正直、今の一夏は見ていられなかった。
 今にも崩れそうな精神状態。
 葵春樹という支えでギリギリ立っていたれる状態。その支えがなくなった瞬間、一夏の精神状態はいったいどうなってしまうのか。今度こそ、再起不能な状態になってしまいそうな気がしてくる。
 だからこそ、今は恋人である自分が支えになってやるしかないと思った。

(ここは、私が引っ張っていくしかない)

 箒はセシリアに質問することにした。

「セシリア。だが、目的はそれだけではあるまいな? もっとあるはずだ。セシリア個人の目的というものが」

 箒は今まで思っていたことを正直に言った。

「ふふ……。そうですわね。箒さんの言う通りですわ。わたくしにも、もちろん目的はあります。ですが、それをあなた方に話すわけにはいきません。これはオルコット家の問題ですから。いくらわたくしの親友だからと言って、こればっかりは話せません。でも、行き着く行動は同じ。『アベンジャー』と戦う。これはわたくしとあなた達二人に共通すること。ですから、依頼した任務の内容だけを考えていればいいですわ」

 箒は今のセシリアの言葉で、彼女がどのようなことを思って話したのか、それを何となくだが理解した。
 彼女にも何らかの目的があって行動している。だが、それで仲良しごっこをするつもりはないらしい。今のセシリアの話し方を見る限り、彼女の主たる目的は葵春樹ではない。オルコット家の問題と彼女は言った。つまり端的に言えば、あなたたちに良い情報を与えるから自分に協力しろ、ということだろう。

「それで? 俺たちはどう動けばいい?」

 一夏は作戦内容を確認する。

「一夏さんと箒さんはいつでも動けるように、新型IS付近に待機していてください。『アベンジャー』が襲撃を仕掛けてきたらすかさず戦闘を行って身柄を拘束します。どう? シンプルで分かりやすいでしょう?」

 たしかにそれはシンプルだ。だが、作戦内容については、だ。問題は敵の情報で、それが分かれば対策を講じることができる。戦闘を優位に進めることができる。
 一夏はセシリアに尋ねた。

「じゃあ、敵の情報は何かないのか? 使うISの武装、人数、何でもいい、敵に関することはなにか分からないのか?」

「一つだけ。『アベンジャー』はあるレポートを探しているようです。ですが、わたくしたちはそのレポートについて何も知っておりませんわ。なぜ『アベンジャー』がLOE社を襲うのか……。有益な情報ではありませんが、わたくしたちが知る情報はこれくらいです」

 一夏と箒は頭を悩ませた。『アベンジャー』がやろうとしていることが見えてこない。ならば、視野を広げた方がいい。その組織一つだけではなく、その他の組織も絡んでいるとしたら、奴らのやろうとしていることが見えてくる。

「もしかしたら、奴らにとって今回の襲撃は間接的な利益があるのかもしれない。『アベンジャー』とは違うもう一つの組織がLOE社の新型ISを狙っていて、そのもう一つの組織はレポートについて何かを知っているとしたら……」

「ISを奪うことを目的としている組織といえば……」

 箒がそうつぶやいた後、ここにいる三人は言葉を揃えて言う。

『亡国機業(ファントム・タスク)』

 と……。
 箒はすかさず一夏の方を見た。昨日、『亡国機業』と戦ったばかりなのだ。そして、人を殺してしまうということを経験した。それで一夏は精神的に落ち込んでしまったのだ。そして、今回の任務に絡んでくるであろう組織がそれであった。
 だが、箒の心配はいらなかった。
 この時の一夏は自信に満ち溢れていた。
 だが……。

(やはり……これも葵春樹の力だというのだろうか。春樹、お前は一夏の何なのだ? どうしてここまで一夏の原動力となる?)

 箒は分からなかった。一夏にとっての春樹という存在が。一夏のここまでの執着心。もはや家族だから、という理由を超えていると思えてくる。
 ただ、箒には分かるまい。女である箒には。
 彼にとって葵春樹という存在は、一夏にとっての到達点とも思える存在だった。同じ男として、憧れの存在。何をやってもうまくやってしまうような兄貴。そういう存在である。どうにかして春樹を超えていく存在になりたい。そういう想いが一夏にはあるのだ。

――意地があるんだよ、男の子にはな。超えたい壁があるなら、それをよじ登るだけだ。

 一夏にとって、この言葉こそが春樹に執着するなによりの意味がここに集約している。
 箒は傍らにいる一夏を見つめ続けた。
 どうしても、箒には分からない。そこまでする意味が。
 なぜそこまでして一夏は春樹にそこまでの想いがあるのか。
 やはり、春樹に嫉妬してしまう箒であった。


  2


 翌日、八月五日。午前一一時二三分。更識クリエイティブ地下施設にて。
 剣崎結城は再び篠ノ之束の下へ出向いていた。
 昨晩、一人で考えていた。篠ノ之束という、ISを制作した生みの親からのお誘い。それはとても危険な香りがぷんぷん漂っていて、どうもきな臭い話。神に選ばれたかのごとく、とてつもないスピードでISに関する知識を身に着けていく自分。光が見えたかと思った。とてもまぶしい光が差し込んでいたかと思ったら、気づけば奈落の底。光さえ入らない真っ暗な場所へのお誘い。いや、ほぼ強制に近い勧誘だった。

――ともに、ISを悪用する奴らを退治するだって?

 正直ゴメンだと思っていた。なぜ、わざわざ普通の男子高校生の自分が、そんな場所に行かなくちゃいけないのか。訳が分からなかった。
 身の安否は保証できない場所。
 死ぬ可能性がある場所。
 人を、殺める奴らがいる場所。
 そんな場所に誰がいたいと思う? いないはずだ。誰だって自分が恋しい。自分が可愛い。死にたいわけない。
 そういう考えでいた。
 昨日までは。
 だけど、結城はスマートフォンに映る写真を見て心変わりした。
 ISを開発するだけじゃ妹の夢も叶わないかもしれない。
 友人たちが、危険な目に合うかもしれない。
 そしてなにより、布仏本音の身の安全が心配だった。その身を狙われ、今でもその危険は去ってすらいない。
 だったら、そいつらを守るにはどうしたらいい?
 考えた。だけど、答えはすぐそこにあった。
 篠ノ之束。
 彼女の組織なら、友人たちを守ってくれるかもしれない。
 だから――

「篠ノ之束さん……」

 結城は束を前にして、真剣な表情で言う。

「俺を、あなたの下で働かせてください……!」

 結城は頭を下げる。
 それに対し。篠ノ之束は笑顔で返事を返した。

「ありがとう、剣崎結城君――」

 しかし、束の言葉を遮るようにして、結城は「ただし」と付け加えて言う。

「俺の周りの奴らを守ってくれると言ってくれるなら。小鳥、由実、孝之、祇条さん、簪さん、それに……布仏本音。俺の大切な友人たちを守ってくれると言うのなら、俺はこのままあなたついていきます」

 篠ノ之束はそんな彼を見て微笑んだ。

「そんなこと……お安い御用だよ。剣崎結城君の願いは私たちが叶えてあげる。だから、君も私たちの願いを叶えるために協力してください」

 彼女は右手を差し出す。
 剣崎も右手を差し出して、握手を交わす。これが、協力関係になったという証。ギブ・アンド・テイクの約束をしたという証だ。
 たくさんの想いがその握手には含まれていた。綺麗な部分も、汚い部分も。

「さて、見事私たちは協力関係になることができたわけだけど、実はこれからここに来る人物がいるんだ。私たちの知り合いで、協力関係になってくれる人物。剣崎君と一緒で、ギブ・アンド・テイクの下に協力関係になった人。まずはその人と顔見知りになっておこうか。その他にも剣崎君と一番関わることになる整備スタッフもいるけど、それはまた後でね」

 結城はちょっと考え込んだ。織斑一夏に篠ノ之箒、それと更識簪の姉である更識楯無を戦闘要員に置き、その他のスタッフによって形成されているこの組織だが、そこに新たに入ってくる人物となると……。それに篠ノ之束とギブ・アンド・テイクの取引をして、というのが引っかかる。
 結城があごに手を添えて考えていると、束の通信機が鳴った。
 束はその通信に出ると、そのお客さんが来たということを伝えられたらしい。
 結城と束はエレベーターの扉付近で待機することにし、その人物が現れるのを待つ。

「で、その人っていったい誰なんです?」

「見れば分かるんじゃないかな? 君ならね」

 束がそう答えた瞬間、エレベーターがこの地下施設に到着した。その扉が開き、エレベーター室内から現れた人物は金髪でなんとも可愛らしい女性であった。彼女は知らない人物を前に少し戸惑い気味であるが、それには目もくれずに結城は自分の考えに浸る。

(いや、待て、この人物をどこかで見たような気がする……。金髪で、この組織に関わりがありそうな人物、織斑一夏と篠ノ之箒、更識楯無、日本IS学園……。そうだ、この人物は――)

 ようやく考えがまとまった結城は目の前の少女に声をかける。

「もしかして、あなたはシャルル・デュノアさんじゃ……」

「え、僕のこと知ってるの?」

「ええ、まぁ。フランスの代表候補生の一人ですからね。それに、あなたは三人目の男でISを動かせる人だ。有名じゃないわけないじゃないですか。……それにしてもなぜそのような女性の格好を? ま、まさか……、確かにあなたは女性とも取れる中性的な顔立ちですけど、女装趣味は自己満足で済ませてくださいよ……」

「ち、ち、違うって! あ、えっとね、これには複雑な事情があって……」

「複雑な……事情だと……? あなたの女装趣味は一言じゃ表せないものなのか……!?」

 と、結城が好き勝手に言ってしまったが最後、結城の頭に鉄拳制裁が下るのはもはや必然であった。
 頭の上から発せられる鈍い音、それは頭蓋骨が粉砕したのではないかと錯覚させるほどのもので、音のみならず、その衝撃はそう思わせるのに十分な威力を持っていた。その制裁を下した人物はおなじみ織斑千冬である。

「こら、あまりデュノアを困らせるな。初対面だからと言って私は容赦しないぞ剣崎」

 思わぬ登場人物に驚きを隠せない結城。ここにはISの開発者である篠ノ之束と初代ブリュンヒルデ――第一回IS世界大会モンド・グロッソ優勝者であるあの織斑千冬、それにフランスの代表候補生でなおかつ世界で三人しか発見されていない男でISを動かせる一人、シャルル・デュノアという、滅多に見られないメンツが揃いに揃っているのだ。結城は思わず歓喜してしまう。ISに憧れを持つ一人として、これほどラッキーなことがあるだろうか。いや、ない。ないわけないではないか。

「すみません……。っていうか束さん、ここにはあの織斑千冬さんもいるんですか!?」

「うん、そうだよ。ちーちゃんも協力関係の一人。ま、私のアシスタント的な位置なんだけどね。IS学園の教員としての仕事もあるし」

 なるほど、と思ってしまう。弟である織斑一夏がこの組織で戦っているのだ。その姉がここにいてもおかしくはない話だ。
 と、納得したのもつかの間。束からは更に衝撃的なことを口にする。

「それと、さっきも言った通り、このシャルロット・デュノアちゃんも私たちの協力関係になってくれるから」

「はい。……って、ちょっと待ってください。この人の名前はシャルル――」

「ああ、お前は知らないんだったな。というより、知ってるわけもないか」

 結城の言葉を遮るようにして、千冬は言った。

「ここにいる彼女はシャルル・デュノアではなく、シャルロット・デュノアという名前だ。それに、男ではなく女だ。おっと、これは機密事項だ。ここだけの話でお願いする」

「なんだって……?」

 結城は驚愕する。思わず目の前の彼……いや、彼女を見る。そして、自分の失礼気周りない言葉たちを思い出して自己嫌悪になってしまう。

「あ、ああ! すみません! そんなつもりじゃ……本当にごめんなさい!!」

「いやいや、大丈夫だよ、分かってくれたなら。それと、織斑先生が言った通り僕が実は女の子だっていうのは秘密だからね」

「はい、分かりました……」

 お話の一区切りが終わったところで束が仕切り役として声を出す。

「じゃあ、私の組織の新入生が揃ったところで、これからのお話をするよ。まず、剣崎君は私と一緒にISに関する研究をすることになるから。だからとにかく私についてきて」

「はい」

 束はシャルロットの方へと向き直し、

「で、シャルロット・デュノアちゃんはちーちゃんと一緒にISの模擬戦。一夏たちをサポートしてあげるには強くならなくちゃね」

「はい、分かってます! 織斑先生、よろしくお願いします」

「ああ、みっちり扱いてやる。授業じゃ経験できない様な訓練を期待していろ。ははは」

 千冬のいつも以上に楽しそうな顔に、シャルロットは不安を感じた。どれほど辛い訓練を強いられるのか怖くなる。だけど、それでヒーヒー言っていられない。自分で決めた道なら、泣き言言わずに進んでいくしかない。

「じゃあ、それぞれ解散。じゃあ、剣崎君、私についてきて」

 結城とシャルロットはそれぞれ違う方向へと歩いていく。シャルロットは振り向き終わる前に結城に手を振って別れの挨拶をする。結城も手をあげて軽く挨拶を返すと、正面を向き直す。
 これから二人はそれぞれの道を歩き出す。だけど、それは完全なる一本道ではない。必ずこの二つの道は合流して同じゴールに向かうことになるだろう。結果は一つでも、それに至るまでの過程は無数にあるのだ。無数にある道のどれかをこの二人は選んだに過ぎない。その道は無数に枝分かれしている。まるでアドベンチャーゲームの選択肢かのように、上手くいけばトゥルーエンドに行けるかもしれない。もしかしたらバッドエンドに行ってしまうかもしれない。危うい選択肢を今後、この二人は迫られるだろう。そのときに選ぶ選択は一つ。それが吉と出るか凶と出るかは誰にも分からない。
 現実はやり直しができない。選択肢を選んでしまえば、そのまま突き進むしかないのだ。だが、ゲームと違い、決められたシナリオを突き進んでいる訳ではない。良くない方向に転んだとしても、ここにいる全員で、良い方向へ修正すればいい。
 だから――どんな選択肢を選ぼうと、一番いい結果を残すのだと二人は誓う。
 絶対に、ハッピーエンドを目指すんだ。


  3


 一夏たちがイギリスに着いたのは深夜の三時だった。ただ、これはイギリスの時間であり、時差を考慮すると日本時間は午後一二時ということになる。
 イギリスに着いた一夏たちは一度セシリアの家へと行くことになっていた。一度そこで休息を取り、一〇時から始まるLOE社の新ISの完成披露会に行くことになる。そこからは何が起こるかは分からない。ただ、高い確率でISとの戦闘になることだけは分かっていることだ。
 一夏と箒はそれぞれ一つずつ部屋を用意してもらった。
 一夏は軽い夕食――いや昼食を、チェルシーというセシリアの専属メイドに用意してもらい、それを食べる。
 七時間後にはLOE社のイベントが始まる。そこで葵春樹に会う事はできるのだろうか。一夏は僅かな可能性にかける。どうしても、彼と話しをしたい。話しをしないと、伝えたいことも伝えられない。
 一夏はベッドに座りながら携帯電話から春樹のメールを再び見る。箒に見せたメールではない。いや、正確には、完全な本文ということになるだろう。春樹から届いたメールは布仏を助けろ、という内容だけではなかった。本当は、その前に一夏に対してのメッセージが備え付けられていたのだ。

 一夏、お前がいま辛いのは知っているよ。なんせ、随分もの間いなくなってた親友と再会できたと思ったらまともに話せないままいなくなっちまうんだもんな。
 それに、お前は生死をかけた戦いに勝ってしまった。人の命を奪っちまった。さぞ、辛かっただろう。
 ただ、それを今後どう思い、どう行動していくのは一夏、お前次第だ。俺は残念ながら何もしてやれない。
 よし、じゃあ俺からとっておきの情報を教えてやる。近々お前の下にセシリアがやってくるはずだ。そのときにイギリスに来てくれるか、と聞いてくるはずだ。そしたらな一夏、イギリスに来い。きっと俺がいるはずだ。その時にちょっと話しをしようぜ。本当に、わずかな時間だけどな。
 じゃあ、イギリスで待ってるよ。

 この内容を一夏は別に保存していた。今回の一夏の原動力はこれだったのだ。イギリスに行けば、春樹に会える。それだけを考えて彼は行動をしていた。
 だから、今の彼にとってはセシリアの事はどうでもいいのかもしれない。一番に優先すべき事項は春樹に会う事。一夏の中ではそうなっているのだ。
 なんと危うい状況か。友人の事を蔑ろにしてまで、一夏は行動を起こそうとしている。そして、このような一夏を止められるのはほんの少数だろう。一番に思い浮かぶのはなにより春樹本人だろうか。もしくは……。

「一夏、入っていいか?」

 ノックが聞こえたかと思えば、箒の声が聞こえてくる。彼女こそ、今の彼には必要な存在なのかもしれない。周りが見えていない一夏を注意してあげられるのは彼女だけなのだから。恋人としても、幼馴染としても、そしてクラスメイトとしても、今の彼を目覚めさせてあげられるのは――。

「箒か? いいぞ」

 一夏の許可を取ると、扉からはラフな格好になった箒が現れる。キャミソール姿になった箒は少々艶めかしさを醸し出していた。元々スタイルが良い箒だからこそかもしれない。だけど、その瞳の奥にはそのような雰囲気は感じられない。

「一夏、隣に座ってもいいか?」

「あ、ああ、いいぞ」

 その姿とは裏腹に、とても真剣な表情をして一夏に近づき、座る。何か思いつめたような表情をするものだから、一夏はどうしていいのかも分からずにたじろいでしまう。

「どうしたんだよ箒。何か話でもあるのか?」

「そう……だな……その通りだ。一夏、聞きたいことがあってだな……その……。いったいどうしたのだ一夏? 祭りの時から様子が変だ。急にやる気になって、私は不思議でたまらない」

「別に、どうしたってことはないよ。祭りには春樹の忠告があったから来ただけだし、ここにだって、セシリアの依頼があったから俺と箒はここに来ただけだし」

「うそだ」

「は?」

 思わない箒の返答に一夏は心臓が跳ね上がる思いをした。

「一夏、お前は何かを隠しているはずだ。あんなにも落ち込んでいたお前をここまで駆り立てる存在が一夏の中にあるのだろう? 葵春樹――アイツの存在がお前の中にあるのだろう? だから教えてくれ。アイツから何を言われたのだ?」

 あまりにも的確な指摘に一夏は押し黙ってしまう。はっきり言って、こんなことは箒に知って欲しくない。あまりにも気持ち悪い自分の想いを。未だに兄離れできていない自分を好きな人である箒に知って欲しくないのだ。

「ち、違――ッ」

「違うわけがない。小さいころはお前らと良く遊んで、四月に一夏と春樹に再開して……そんなお前らを見てきた私が分からないわけないだろう。一夏の目を見つめるとよく分かる。その先には春樹の存在があるから……」

 箒は一夏に顔を近づけて目の奥を見つめてくる。逆に箒の瞳に吸い込まれそうな感覚に陥りそうになりながら、箒の瞳から視線を離すことができなかった。

「箒には何でもお見通し……ってわけか」

 一夏はよく分からない感情に襲われる。新しく支えになってくれるような存在に出会えた気持ちと、恥ずかしすぎて箒を払いのけたい気持ちと、今は一人になりたい気持ちと、誰かの身に寄り添いたい気持ちと、たくさんの感情が混濁してわけが分からなくなってしまう。今にもわけも分からず叫びたいような、そんな衝動に駆られる。
 が、そこに。
 一夏の身が急に後ろに倒れていき、ベッドにその身が落ちる。
 彼の身の上には箒の体があり、抱きしめられていた。彼の顔のすぐ横に彼女の顔があり、静かに語りかけてくる。

「大丈夫だ一夏。あのとき言った通り、一夏には私がいる。私も、一夏のよりどころになりたい。一夏、お前を支えてあげたい。一夏が私にもしたように、お前を助けてやりたいのだ。だから……」

 だけど、一夏は無表情であり続けた。女性に泣いている姿なんて見せてられない。先日まで目先の事から逃げて、泣いて、弱音を吐き続けていたからこそ、もう自分は泣くことすら許されないと思っているし、前に進まなくてはいけない。
 だから――

「箒、ありがとう。俺はどうかしてた。二回も言われなくちゃ分からないなんてな。箒、俺はお前を信じる。だから、今までの俺を許してくれるか? あんなにも情けなかった俺を許してくれるのか?」

 その答えは言わない。わざわざ言う必要なんてない。
 箒は一夏の口をふさいでいた。
 それはとても甘く、心が温まっていくものであった。長く長く、お互いの存在を確かめるように、お互いがお互いの口をふさぐ。
 このとき、この二人の間に確かな絆が生まれたのだった。


  4


 日本時刻で現在は八月五日、午後七時時二三分。現地イギリスでは午前一〇時二三分ということになる。
 セシリアが依頼したLOE社の護衛任務は本日一〇時からとなので、既にイベントは開始している。とてつもないハードスケジュールだが、まぁ、日本に住んでいる一夏と箒にとって、現在は昼の感覚だから今は眠たいことはない。逆に心配なのはセシリアの方だ。日本からイギリスに帰るまでの間に睡眠は取ってはいるが、なにせ一度日本にわざわざ出向いてそれからイギリスにすぐに帰還したわけだ。それに彼女はイベントに関わるスタッフで、今回のLOE社の新IS、ゼロ・グラビティのパイロットして搭乗することになっている。
 さて、現在一夏たちがいるイベント会場は屋外で行われている。LOE社が有するISのテスト会場。飛行機の滑走路のような場所には、特設ステージが設けられており、そこにLOE社の社長であるドゥーガルド・フィリップスが挨拶をしていた。
 晴天の下で行われているこのイベント会場には、様々な人たちが来ていた。企業関連の人たち、マスコミ関係の人たち、そして、一般の人たちなどなど、その総数は一〇〇〇人を遥かに超える。企業やマスコミの人たちにはステージ前に専用の席が設けられているため、混雑してはいないが、問題は一般の人たちだ。彼らには専用の席が設けられていない。よって、この席に座るための整理券が配られていた。その券を取れなかった人たちは後方から見るしかない。
 一種のお祭りのような状態になっている会場。
 一夏と箒の二人はステージの裏側に待機していた。

「なあ、箒、なんでセシリアはわざわざ日本にやってきたのかな? 俺たちを呼ぶだけなら連絡すればいいだけなのに」

「うーむ……。まぁ、セシリアなりの理由があるのだろう。あくまでこれは私の予測だが、あそこで私たちに会う事が目的だったのかもしれない」

「じゃあ、のほほんさんがあのタイミングで狙われることを知っていた……?」

「さあな。もしかしたら、セシリアは戦闘沙汰になることを待っていたのかもしれない」

「あくまで推測でしかないな。これは本人に聞くしか真実を掴めない。嫌だね、人間ってやつは。言葉にしなくちゃ、何も伝わらない。何も分からない」

 それは一夏にとって春樹との関係に対する皮肉なのかもしれない。自分はどうにかして春樹の事を知りたいが、それを知るには本人から直接真実を口にしてもらうしかないのだ。この人間には、人の思考を読み取るだなんて便利な能力はないのだから。

「それにしても、すごい人だな。『アベンジャー』なんていう組織から狙われているってのに、こんなに人を集めて大丈夫なのかよ」

「仕方があるまい。かといってこのイベントを中止にするわけにもいかない。このゼロ・グラビティの完成披露会は結構前に企画され、マスコミ関係の人たちに大々的に宣伝してしまったんだ。それに、そういうときのためのわたしたちなのだぞ」

「まぁ、そうだけど」

 そんな会話をしている中、二人の前に、青いISスーツを着たセシリアが現れた。

「一夏さん、箒さん、わたくしの操縦テクニック、しっかりご覧になってくださいね。で、もしもの時はお願いいたします」

 その言葉に一夏と箒は分かった、頑張れよと一言ずつ。セシリアは二人の言葉を聞き、ニッコリと微笑みとステージへと上がっていく。

「さて……では早速、ゼロ・グラビティの機動をご覧ください」

 ドゥーガルドの言葉とほぼ同タイミングでゼロ・グラビティを身に着けていくセシリア。
 ふわり、とまずはゆっくり上昇。それからの急加速。
 そのスピードに人々は目を疑った。ISに精通している人物でさえも、そのスピードに目が飛び出るかと思うほど驚いた。
 わずか五秒で、目測上空五〇〇メートルは飛んでいっただろうか。
 そこから客席へと急降下。
 人々は恐れ大仰、そこから逃げようとする。が、セシリアほどの操縦者が激突するわけがない。しっかりとマージンを取って観客との距離を一〇メートルほど取ってから旋回しつつ再上昇。
 今度は今回の披露会の為に用意した狙撃練習用のドローンが空を舞う。ここからがセシリアの実力を見せるとき。
 まずは目の前のドローンをIS用実弾ライフルを使って撃ち抜く。そのまま体をロールさせて真上のドローンを打ち抜き、体をもとの方向へと戻して右へと旋回。左右にあるドローン一〇個をわずか六秒ですべて打ち抜き、そのまま宙返りの体制にはいる。身体をループさせながら、射線にあるドローンすべてを撃ち抜いていく。
 次は身体を右にひねって、少しスライドしつつ一八〇度ターンを決める。
 その次は地上にある特設コースへと一直線に飛び込む。
 この模様はステージに備え付けてあるモニタからライブ映像が流れており、観衆はそれを見つめている。だが、その状態でも拍手喝采は止まらない。
 今さっきセシリアが飛び込んでいった特設コースは、ISを使った公式競技、キャノンボール・ファストの際に使われるコースである。
 キャノンボール・ファストとは、ISを使ったバトルレースの事で、そのコースをいかに速く飛ぶかというものであるが、その途中にあるターゲットを撃ち抜くことでタイムにボーナスが入る。スピードを操る操作能力と射撃能力、その二つが要求される競技である。
 セシリアはストレートを超低空飛行で翔けていく。
 その最中にある左右にあるターゲット。これはすばやく左右交互に撃ち抜かなくてはいけないが、セシリアは容易くそれをやった。しかも、あのスピードでだ。モニタの情報によると、セシリアの操るゼロ・グラビティは音速を超えた状態で飛んでいる。
 しかも、その状態でコーナーに差し掛かろうとする。しかも、最初は緩やかで最後のRがキツイ複合コーナーであるのだ。
 通常なら、あまりにも早く流れる景色に自分の処理能力が追い付かずにどのようなコーナーで、どのように曲がればいいのか、それが分からなくなってしまう。だが、それはあくまで常人では、の話だ。
 セシリアは違う。
 その速度のままコーナーをクリア。ラインも完璧だ。
 射撃能力がずば抜けて高い彼女は空間認識能力にすぐれている。これにISのハイパーセンサーが合わされば、ほぼ無敵の狙撃手となるだろう。
 さて、今のコーナーでの出来事は、あまりのスピードのせいか気付いた人は少ないかもしれない。
 だが、気づいた人は開いた口が塞がらないでいた。
 あのコーナーにもターゲットは存在していた。コーナーの入口イン側に一つ。さらにクリッピングポイントとなる場所に一個、最後にコーナー出口に一つあったのだ。
 つまり、あの速度でコーナーを曲がりながらターゲットを三つ、すべてを撃ち抜いていたのだ。
 そんな光景を見ていた一夏と箒は正直驚いていた。

「箒……セシリアの奴……」

「ああ、とんでもないことになっているな。セシリアは、私たちの想像を超えるスピードで成長している。彼女をそこまで動かすものは一体なんなのだろうか……?」

 もはや、速度の領域が一般人のそれとは違う。普通の人間は、今見せられている映像を見ても何が起こっているのかよく分からないでいた。ただ、物凄いことが起こっている、ということだけは理解していた。
 セシリアが次に攻略するコーナーはS字だ。しかも、二本ともにブラインドコーナーとなっていて、次のコーナーがどういうものかが見えなくなっている。
 それを彼女はあらかじめ身体を横に向けておくことでターゲットを破壊しつつそのコーナーをクリアしていく。
 少々長いストレートの次は左に直角コーナー。また少々長いストレートの次は右に直角コーナー。最後に待っているのはヘアピンコーナーだった。
 しかし、セシリアはそれを難なくクリア。
 LOE社のキャノンボール・ファストコースのレコードを大きく上回る結果となった。
 いつまで経っても拍手は鳴りやまない。それほどすごいものだったのだ。今のセシリアが操縦したゼロ・グラヴィティは――いや、機体だけではない。それを操縦したセシリア・オルコット、彼女の功績も十分に大きいものだ。
 先ほどの高速操縦とは打って変わってゆったりとしたペースでステージ上へと戻ってくる。静かに着地したセシリアはISを身に着けたまま余裕の笑顔で観客を出迎える。
 大量のフラッシュと歓声、拍手。

「いかがでしたでしょうか? このゼロ・グラビティはこれでもまだまだ未完成だと思っております。目指すは誰もが望む第四世代IS、それにこのISを育て上げるのが目標でございます」

 ドゥーガルドは自信満々に大きく、パフォーマンスを含めた大げさな声で観客やマスコミに言葉を投げかける。
 そして、司会が言う。

「続きましては、メディア関係から、質問を承りたいと思います」

 だが、その視界の声もかき消されるのではないかと思うような声が響き渡り、落ち着くまで結構な時間を要した。


  5


 午後二時二三分。
 すべてのプログラムが終了し、セシリアやドゥーガルドがようやく仕事から解放されていた。あとは会場スタッフの後かたずけという仕事、それが終わればここから撤収して今日の仕事が終わる。

「どうでしたか一夏さん、箒さん、わたくしの操縦テクニックは?」

 タオルで汗をぬぐい、ペットボトルのキャップを緩めながらセシリアは尋ねる。

「凄かったぜセシリア、夏休み前を考えるととてつもない進化だぜ。こんな短時間で何があったんだ?」

「そうだ。セシリア、お前をそこまで動かすものってなんなのだ?」

 箒の質問にセシリアはたじろぐ。

「はい……。まぁ、そこらへんは、その……まだ早いです。わたくしがここまでする理由、それを教えるにはまだ早いですわ。でも、然るべきタイミングが来たら、いづれ、必ず……」

 セシリアはただ静かに、だけど、二人に伝わるように言う。その内容などはまったく分からないが、でも、確かに彼女にはここまで努力する理由がある。それだけは分かったのだ。それに、いづれ話してくれるのなら、まったく問題はないだろう。

「分かった。じゃあ、俺たちは周辺の警護に当たる。その時が来たら……必ず教えてくれよ、セシリア」

「はい、分かりましたわ一夏さん」

 一夏と箒はセシリアに背を向けてその場から立ち去る。イベント中には、『アベンジャー』とかいう組織の襲撃はなかった。だったら、このイベントが終わった後、この後しかない。一般人が立ち去り、なおかつ油断しているであろうこのタイミングしか――。
 一夏は空を見上げる。空はまだ太陽の光がさんさんと降り注ぐ真昼間。熱く焼けたアスファルトの上に佇む一夏は空を見上げる。太陽の光を遮るようにして掌を額に当てながら。
 その傍ら、黒いISスーツを着る箒は一夏を見つめる。
 昨晩、失礼ながらもセシリアの家で本当の意味で一夏と恋人になった。告白してから一か月余り、恋人としての営みがなかったと言えば嘘になるが、それは正直言って本当の意味で心の繋がりがなかったのかもしれない。
 昨晩はキスだけだった。そんなロマンチックな雰囲気でもなかった。ただ、互いの事を心から許しあっただけ。でも、それは身体の繋がりよりも心が温かくて、互いが互いの事を理解しあって、これが本当の愛なのかもしれないと箒は思った。
 だから、傍らに立つ男を守ってあげたいと思う。
 それは一夏も同じだった。
 だから、傍らに立つ女を守ってあげたいと思う。
 絶対に、絶対に――。
 一夏の額には、夏の暑さのせいか汗をかいていた。その一滴の汗が、一夏の頬を伝わりアスファルトへと落ちる。
 その瞬間――後方から、耳をつんざくような爆発音が鳴り響く。
 一夏と箒は振り向く。そこには、日本製のバンが数台並び、その中から黒ずくめの人が下りてくる。その黒ずくめの奴は次々とISを展開し、七機のISは目標へと飛んでいく。
 奴らだ。
 奴らがこのタイミングで来た。こんな青空の下、こんなにも明るい時間に、『アベンジャー』が来やがったのだ。
 一夏と箒はISを展開する。
 白い機体と赤い機体は黒ずくめのISへと接近する。
――絶対に、あの機体は奪取させない。させてなるものか。
 黒ずくめのISの一機が、ステージ上にある撤去が完了していないゼロ・グラビティに触れる。だが、これで奪われてしまうほど、現実は甘くなかった。
 突然ビームの嵐を食らい吹き飛ぶIS。その少し後ろに、ブルー・ティアーズを身に纏うセシリアの姿があった。

「キサマらに、ゼロ・グラビティを差し上げるわけにはいきませんわ!」

 セシリアは力強く言う。
 そして、その少し後方、遅れてバンから現れた男。

「だから言ったじゃねえか、油断すんなよって。ここには凄腕のIS乗りが三人もいるんだ。お前らごときが真正面から挑んでも勝てねえよ」

 良く聞くと、その声には聞き覚えがあった。
 良く見ると、その顔には見覚えがあった。
 一夏は思い出す。七月二日の出来事を。あの、いきなり話しかけてきた男の事を。

――もしかして、葵春樹君かな?

 絶対に忘れることはないだろう。自分を葵春樹かどうか聞いてきた怪しげな男であり、その後の束の話によってそいつは襲ってきた奴と同じで、レイブリックと名乗る春樹と束の前に現れた強敵。
 束すら知らない――臨海学校研修地から逃げているときに起きた戦闘の結末。春樹があの場からいなくなった状況を知るものがここにいる。
 奴は、それを知っている。

「アイツはァ……!!」

 一夏は飛び込む、レイブリックと名乗っていたその男の下に。
 だが、その男は涼しい顔で一夏の斬撃を、生身で避けていた。

「君は……そうか、あのときの。久しぶりだね、織斑一夏君?」

 その男はISを身に着ける。どこまでも黒いそれは、深淵のようで、落ちたら這い上がってこれない恐怖を感じさせる。
 それを見た一夏は確信する。
 あれは間違いなくレイブリックで、束を殺そうとする者だと。

「まだまだだな織斑一夏君。お前はあの葵春樹に遠く及ばない」

 ほくそ笑むレイブリックにしびれを切らせた一夏は叫ぶ。

「俺の一撃を避けたぐらいで、調子に乗んなああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 一夏は零落白夜を発動させ、目の前のレイブリックを斬り付ける。たしかに、そこにレイブリックが見えていて、ISのセンサーにもそこにいると示されている。なのに――斬った感触がまったくないのだ。たしかに目の前にはレイブリックがいるのに。

「ふふふ……あははははははははは!! 実に滑稽だよ織斑一夏君。頭に血が上りすぎだ。少し落ち着けよ、このあとお茶でもどうだい? なんちゃって」

 声は後ろから聞こえてきた。そこにレイブリックが笑って立っていた。そのあまりにの余裕に一夏はさらに頭に血が上った。

「ふざけんな!! 俺はお前に聞きたいことがあんだよ……。それに、お前を止めて拘束するっていう仕事もあるんだ。黙って捕まっていろよ!!」

「まぁ、そんなにペラペラペラぺラと。うるせえなお前。ま、俺もお前の事は言えないか」

「はああああああ!!」

 その後ろ、箒はレイブリックに接近して彼を斬り付ける。だけども、当たらない。斬った感触が全くない。煙のように姿を消していく黒いIS。

「おやまぁ、因子持ちが二人もご登場か。こりゃ厳しいね……遊んでないでさっさと仕事を終わらせようかな」
 センサーに映っていくレイブリックを斬るが、そのたびに空振る感触を味わう羽目になり、また違うところにレイブリックが再び現れる。正直勝てる気がしなかった。あちらはたった一人、こちらは二人なのだ。このような戦いのためにいままで鍛えてきたのに――勝てない。

「こちらアベンジャー0、アベンジャー1、2、聞こえてるか? さっさと仕事を終わらせろ。たった一機のISじゃねえか。こっちとら因子二人相手に遊び疲れてきたところなんだ。俺は早く帰りたいぞ」

 このレイブリックという男は、どこまで一夏と箒を馬鹿にすれば気が済むのだろうか。
 だが、確かにこのレイブリックという男は強い。目の前の自分たちを馬鹿にするくらいに余裕がありながら、自分たちを圧倒している。

「さて、お前らは大事な友達を守らなくていいのかなぁ? ま、お前たちをお友達の下へは行かせないけどな。あーあ、俺に構わずお友達の協力してればよかったのに」

 レイブリックは終始挑発をやめる気はなかった。
 そして――レイブリックはビームブレードを構えて言う。

「ま、命までは取らないよ。これは俺のせめてもの情けだ。お仲間だものね」


  6


 セシリア・オルコットは二機の黒いISと戦っていた。仕様を見る限り、専用機のように特別にチューンしたもの、ということになる。
 彼女は疑問に思う。なぜ、この『アベンジャー』はISをこんなに持っているのかと。七機ものISが、個人の組織に持てるわけがない。
 つまりは……公的なところからの援助がある、ということになるのだ。しかし、そんな事をする奴らとは?

「ほらほら、どうしたさっきまでの威勢はよぉ? アハハハハ!」

 汚らしい笑い声をあげる彼女は、過去にドイツ軍の基地を襲った生き残りである。あのとき、相方のアベンジャー2は敵に捕まり自決したが、アベンジャー1の方は逃走に成功し、今こうやって任務を行っている。
 ハンマーを振り回す彼女は巧みにセシリアとの距離を詰めていく。これでは、セシリアの力を最大限に発揮することができない。なぜなら、彼女の持つブルー・ティアーズの装備は、そのほとんどが中距離から遠距離に対応する射撃武器だからだ。
 だが、彼女は対策をしていないわけではない。
 セシリアは隙を見つけてショットガンを握りしめる。それをアベンジャー1の腹部に放つ。セシリアが構えたショットガンは拡散範囲が狭く、近距離向けの銃と言える。これがセシリアが考えた接近された時の対策の一つだ。

「お前ェ……ッ!!」

「ふふふ、お喋りが過ぎますわ。真の強者とは口数が少ないものですわよ?」

 セシリアは合計八基すべてのブルー・ティアーズを解き放つ。四方八方からのビームがアベンジャー1を襲う。

「おいアベンジャー2よォ! 早く助けやがれ!」

 ここにいるアベンジャー2は以前のアベンジャー1の相方とは別人である。だが、使っているISは過去のアベンジャー2と同じものを使っているあたり、やはり公的な組織からの援助があるのだろう。

「ふふふ……アベンジャー1、自業自得ですよ? あなたが勝手に先行して攻撃を始めてしまうんだもの。私の協力なんて必要ないのかと思いまして。でも、そろそろ可愛そうになってきました。協力してあげましょう」

 しっとりとした口調でそういうアベンジャー2はセシリアに接近する。だが、セシリアはそれを許すわけにはいかない。ブルー・ティアーズを半分、つまり四基をアベンジャー2へと向かわせる。それで四方向からアベンジャー2を攻撃しようとするが……これでアベンジャー1側の弾幕が薄くなってしまったのだ。
 だけど、それでセシリアが圧倒的に不利になったわけじゃない。元々セシリアが扱うブルー・ティアーズは複数機との戦いをも想定して作られたものである。一機増えたところで状況は多少しか動かない。

(ですが……一対二はさすがに辛いですわ。一夏さんと箒さんはどうしたのかしら?)

 セシリアは知らなかった。すでにその二人は戦闘不能状態になっていることを。
 だが、それを知らないセシリアは応援が来ることを祈って戦う。たとえ、二人が来ずとも、自分ひとりだけの力でコイツらを倒し、その身を拘束する。とある情報を聞き出すために。

「さぁ、これからが本番ですわよ。このわたくしセシリア・オルコットとブルー・ティアーズによる円舞曲(ワルツ)を篤(とく)とご覧あれ!」

 セシリアは先ほどまでの固定砲台のような、まるで初心者のような戦闘スタイルを止め、機動重視の戦闘へと移行する。逆に考えれば、今までほぼ動かないで戦闘して生き残っているということが、彼女の射撃センスを表しているだろう。
 彼女のブルー・ティアーズには臨海学校研修から新たにストライク・ガンナーという装備を装着している。これは起動性を高めるスラスターパーツだが、それを強化して飛行速度を大幅にアップ。さらに、その他の武器の強化による重量アップを考え、重量の削れる部分はとことん削って軽量化を図っている。
 それによってブルー・ティアーズの速度は今まで以上のスピード域に到達している。
 そして、彼女の手には巨大なライフル、スターライトmkⅣが握られている。
 それで一寸も狂わない正確な射撃を披露していく。
 アベンジャーの二人は四方八方から放たれるビットによるビーム攻撃と、彼女の手元のライフルから放たれる正確無比な射撃に翻弄される。
 彼女は、特別な力がなくともこうやって裏の世界の強者を圧倒している。しかも、一対二という圧倒的不利だと思われるこの場面で。

(これは勝てますわ。わたくしはついに真実に近づけるのかも――)

 そこでセシリアの思考が停止した。
 なぜなら、セシリアの真後ろには黒いISがもう一機いたのだから。

「お前、顔が完全に油断していたぜ。これは勝てる勝負だ、とも思ったのか?」

 どう聞いても男の声。男なのにISに乗れる存在が、織斑一夏と葵春樹以外にいたというのだろうか。
 だが、それを深く考えている暇はない。
 セシリアはビームインターセプターを展開する。これは同じLOE社が開発したサイレント・ゼフィルスに装備されていたものだが、それをブルー・ティアーズ用に再調整されたものを使用している。
 セシリアはビームインターセプターで後ろの男を斬ろうとするが、ビームブレードで俺を受け止められる。
 オレンジ色の火花を散らしながら男は言う。

「おいおい、俺だけに注目している場合じゃないだろ?」

 後ろから何者かの気配。ハイパーセンサーにはアベンジャーの二人がこちらに接近していることを示していた。

「まさか、あの弾幕の中を……!?」

「私たちを――」

「なめんじゃねえ!! アハハハハ!」

 目の前にはレイブリック、後ろにはアベンジャー1とアベンジャー2、この圧倒的な状況を打開するにはどうすればいい?
 考えている暇はない。セシリアはスラスターをふかして後ろに急加速。見事に二人のアベンジャーの間をすり抜けて距離を取るとすかさずにとある武器を取り出す。
 レールガン――Sir_Lancelot――。
 今回のブルー・ティアーズ改造計画の最終兵器ともいえる代物である。ただ、まだテスト段階でしかない兵器であり、どのような威力なのか、反動はどれだけなのか、砲身は耐えられるのか、電力はどれほどまで持つのか、また、撃った際の危険性など、あらゆる部分でテストがまだまだ足りない兵器。
 だから、ドゥーガルドとは実戦では使わない約束をしていたが――この状況で使わなかったら一生後悔するかもしれない。自分たちは勝利できるかもしれない。自分で考え、最善の選択をするまで。
 セシリアはレールガンのトリガーを引く。
 青白い火花が大量に散り、物凄い磁力が発生していく。投射物が白く発光していき、やがてそれは砲身から飛び出す。物凄い衝撃がセシリアを襲い、そして、アベンジャーの三人もこの衝撃に身を縮ませていた。
 地面が抉れ、クレーターらしきものを作り出す。これほどの威力、もしくらったらシールドエネルギーなど貫通してその身体を撃ち抜いてしまうのではないかと思うほどの高威力、セシリアは勝ちを確信していた。
 だが、

「残念。このレールガンには驚いたけど、俺たちはすでに似たようなのと戦闘していたんだよ。この勝負は俺たちの勝ちだ」

 セシリアは目の前まで詰め寄ってきた男に対しての恐怖で体が動かなくなっていた。
 ダメだ。殺される。
 そう彼女は思うと、目の前の男は攻撃する前にこう呟いた。

「ま、可愛そうだから、お前もアイツらと同じく命だけは取らないでやるよ」

 セシリアはレイブリックによってシールドエネルギーをゼロにされ、その身を地面にたたきつけられる。
 その後、『アベンジャー』はゼロ・グラビティを奪取。
 そのまま逃走していった。
 一夏たちの完全なる敗北。大きな力の差を見せつけられ、プライドさえもズタボロにされ、その地に残ったのは荒れ果てた戦場の跡地と、その場に倒れこんだ三人の少年少女だけだった。



[28590] Episode6 行間二
Name: 渉◆ca427c7a ID:ebeaf8f0
Date: 2013/05/02 12:21
 鳳鈴音はまた新たな仕事、北京の人民大会堂へと出向いていた。

「こんにちは、劉美帆(リュウ・メイファン)さん」

「こちらこそ、鳳鈴音さん」

 彼女は中華人民共和国の女性政治家である劉美帆と挨拶を交わす。
 秘書らしき人物がお茶を鈴音と美帆の二人に出す。今は夏ということもあってか、氷の入ったアイスティーで、結露によってコップに滴っている水滴が涼しさを感じさせる。
 美帆がそのお茶を一口飲み、話題に入っていく。

「さて、鳳さんも大変ね。日本で学んで、そしてこうやって帰省したかと思えば仕事に追われ、正直嫌でしょう?」

「いえ、そんなことは。これも、代表候補生として当然のことです。わたしのこの立場から考えても光栄と思えるほどですよ」

「あらあら、立派なのね。じゃあ、そんな鳳さんに聞きたいことがあるの」

 あきらかに意味深な事を言おうとするこの態度。鈴音は少し前にも感じた感覚に寒気を感じながらも、黙って彼女の言葉を聞く。

「霧島レポートって、知ってるかしら?」

「霧島……レポート……」

「ええ、いま巷で噂のレポートなんだけども、何か知らないかしら?」

「いえ、そんなレポートは聞いたことないです。そんなにも有名なものなんですか?」

「まぁ、そんなところです。鳳さんが知らないのであれば、仕方ありませんね。違う話をしましょうか」

「はい……」

 彼女の前にも現れた『霧島レポート』という代物。それが一体何なのか彼女は知らない。
 だが、これだけは彼女も分かる。危なっかしいものである――という事だけは。一般人がおいそれと手を出してはいけないものだと、そんな予感しかしないのだ。

「日本のIS学園にいた葵春樹、彼はどんな人物だったのかしら?」

 話題を変えると言った美帆が出した言葉は彼の名前だった。
 いきなりの事で驚く鈴音。
 確かにISを動かすことのできる男性はとても希少で素性を調べる必要があるのは分かる。だけども、なぜ葵春樹だけなのか。なぜ、彼だけの名前がここででてくるのか。
 彼女は思う。
 葵春樹もその『霧島レポート』という代物と何かしらの関係があるのではないか、と。
 何の関連性があるのかは彼女には分からない。そもそも関連性があるかもしれない、という事自体憶測でしかない。だけど、彼女の中にはなぜか確固たる確信あった。だからこそ彼女は質問する。

「春樹ですか? 一夏ではなく?」

「ええ、葵春樹についてわたしは知りたいんです。彼がどんな人物だったのかを」

 そう聞かれた鈴音は飽きるくらい説明してきた春樹についての話をする。
 だが、そのような事を話しても美帆の表情は柔らかくならない。むしろ余計に険しいものとなっていく。

「鳳さん、春樹さんは間違いなく行方不明なのよね?」

「はい、そのはずです。まさか、見つかったんですか?」

「ええ、まさにその通りよ。目撃情報が上がっている。これは間違いないわ」

 だけども、鈴音はいまいち納得できなかった。なぜ、政治家の一人でしかない劉美帆がそんな情報を持っているのか、疑問でしかない。それに、霧島レポートだなんて物騒そうな情報も持っている。
 鈴音は正直嫌な予感しかしなかった。

「それは……どこで……?」

「イギリス、ロンドンよ」

 その国名を聞いて彼女は思う。

(イギリス……!? セシリアのところじゃない!)

 春樹は生きている。その可能性がグッと高まった瞬間でもあり、悪寒が走った瞬間でもあった。
 なぜ海外にいる?
 イギリスに何があるというのだろうか。
 彼女は不思議でたまらない。葵春樹が日本ではなく海外にいるということが。
 もしかしたら、その『霧島レポート』というものと関連性があるのかもしれない。いや、そうとしか思えなくなった鈴音は意を決して美帆に質問する。

「もしかして、春樹と『霧島レポート』はなにか関連性があるんですか?」

 鈴音の質問に、美帆は目を閉じて、一度深呼吸してから言う。

「それは正直分からないわ。でも、日本のIS学園にいた彼がイギリスにいる。ということは、イギリスに何かがあると考えるのが自然。だから、それを確かめるには現地に行くことが得策。そう思わない?」

「は、はい。そう……ですね……」

「ああ、でも安心して。鳳さんにイギリスに行ってくれだなんて言わないから」

 美帆は笑顔で笑いながら語りかけてくる。鈴音には、それが作っている表情だという事が嫌でも分かってしまう。彼女は、人の表情を読み取る能力に長けているからだ。ほんの一瞬の表情の変化も見逃さない。
 彼女は案外、そういった仕事に向いているかもしれない。
 本当の言葉と嘘の言葉。それを彼女は表情から読み取ることもできる。
 だが、この美帆という人物は強大だ。何が本当で何が嘘なのか、正直分からないのだ。根本的な部分は絶対表に出そうとしない。流石は政治家だろうか――言葉を巧みに操ることに関しては一級品である。

「そこで、中国政府から代表してわたしからあなたに依頼があるわ」

「依頼……ですか?」

 中華人民共和国の代表からのお願いである。まさかの言葉に鈴音の気持ちは一歩後ろに下がってしまう。なぜこんなことになってしまうのか。なぜこのような危険なものに首を突っ込まなくてはいけないのか。

「そう、これはとても重要な依頼よ。その内容はまだ未定。でも、重要なのよ。これからわたしたちがやろうとしていることはもう決まっているの。だからその時になったらまた報告するわ」

 意味が分からなかった。危険な香りしかしない。
 だが、断れないのだ。中国政府直々の依頼であり、代表候補生という身である彼女は、この一大チャンスをモノにしなくてはならない。ここで政府に恩を売っておけば、自分が代表選手になれるのも夢じゃないのだ。
 コネがあるなら使うべき。変な正義感に縛られていたら損をするだけだ。彼女はそういう考えの下行動している。美帆の手を握るのもよし、その手を叩いてここから出ていくのもよし。
 二者択一。
 鈴音は美帆の手を握ることしか考えていない。
 だって、この選択にはメリットが多いのだ。
 葵春樹に近づけるかもしれない。一夏と箒に近づけるかもしれない。中国代表選手になれるかもしれない。その代償として危険が伴ってくる。
 だけども――デメリットなぞ気にせずに鈴音は美帆の手を握った。

「分かりました。その時が来たら、連絡をお願いします」

 握手を交わす二人。それぞれが、それぞれを利用する形で終わった今回だが、この選択があのような方向へ転ぶとは、いまの鳳鈴音には知る由もなかったのだった。



[28590] Episode6 第三章『答えを知る者たち -Dependent-』
Name: 渉◆ca427c7a ID:ebeaf8f0
Date: 2013/05/02 12:20
  1


「従来の理論ではいけないんですよ束さん。これでは第四世代を超えるものを創り出すことは出来ないと思うんです」

 彼の頭の中はどうにかしているのではないかと、篠ノ之束は思った。なぜこんな、ただの男子高校生が自分の考えを、理論を、否定されなくてはいけないのかと思った。それほどまでに剣崎結城という男は、努力に努力を重ねて天才とまで言われるようになった篠ノ之束の頭では考え付かないようなことを次々と言い出す。
 それはとても現実的なものから逸脱していて、なおかつ革命的なものだから困る。
 確かに協力を仰いだのは篠ノ之束、彼女だ。
 だが、彼女は若干だがイラついていた。それは、今までの自分の努力はなんだったのかと、目の前の男によって思わせられるからだ。

「いいですか、俺の考えではコアの力を十二分に発揮させるには従来のOSではダメなんです。確かに、慣性の法則を無視する機動や、武器等を量子化させて収納する機能は、コアの力によって成るものです。それだけで十分なほど現代兵器を逸脱する力でした。ですが、兵器としての面でしか見られなかった風潮のせいか、重要なことを俺たちは見逃していたのだと思います」

 今の彼は異常だと、束は思うのだ。第四世代の概念を教えた途端、まるで人が変わったように第四世代ISに関する資料を見続ける。だが、その様子が人間ではないような感じがするのだ。まるで、機械がデータを解析するような、そんな人間に対しては歪な印象を受けたのだ。

「今までの第四世代の概念は、パッケージの換装を必要としない万能機でした。ですが、ISの本来の目的は戦闘能力の向上ではないんです」

 そうだ。ISは本来戦闘を目的としたものではなく、宇宙開発を進めるために開発したマルチフォーム・スーツなのだ。篠ノ之束という女性研究者はそれを前提に開発していた。
 束自身もそれに同意しかけた。だが、その後に言った彼の言葉によって、彼女の同意の言葉は口から吐き出されることはなかった。

「ISは、人類を次のステージへと進める存在です。ISのコアには意識がある。そして、それを感じ取って会話できる存在もあるんだ。コアと人の距離をゼロにすることも可能なんじゃないかと思ったんです」

「で、それがISのOSの改良、ということ?」

 束は結城が言わんとすることが分かっていた。だが、それはあまりにも危険すぎて、自分でも避けていたこと。こんなことは一般の企業に真似出来るようなことじゃない。ISを造り上げた篠ノ之束が傍にいるからこそできる荒業。ISのOSのソースなど、その内容を覗き見ることなどできないようにしている。設定を弄られると、それこそ、これ以上人類が間違った方向へ進んでしまうかもしれないのだ。
 篠ノ之束は自分でもやってしまった、と頭を抱えている。彼がOSの内容を教えるように要求した時、どんな無理のある言い訳を使ってでも拒否するべきだったのだ。
 無理やり連れてきて協力を仰いで、それでもって一晩悩んで協力関係を築いてくれたのだ。そんな彼の要求を無下にできないと思ってしまったのが運の尽きだった。
 剣崎結城という男はOSの内容を理解し、そしてそれを改良できないかと言い始めた。

「そうです。改良するんです。このOSを見ると、コアと人のシンクロについてのプログラミングにセーフティゾーンが設けられている。そのセーフティゾーンを取っ払えば、ISはもっと違うことができるはずです」

「でもそれじゃ、とても危険な賭けだよ。人とコアが完全なるシンクロをしないように設定しているのは、それが起こった時、操縦者に何が起こるのか予想もつかなくて危険と感じたからだよ」

 これは篠ノ之束がインフィニット・ストラトスを制作しているときに考えたことだ。インフィニット・ストラトス第一号、白騎士の初テスト運転のときに判明したのは、コアと人が同調していることだった。それまでは単なる高エネルギーの結晶体、という意識でしかなかったが、コアが操縦者に強く反応している。それに篠ノ之束は恐怖を感じた。もし、これが完全なる同調が起こったらどうなってしまうのか。
 なぜかそれだけはダメだと感じた束はOSにリミッターを仕掛けた。コアと操縦者のシンクロ率を最上99%としたのだ。残りの1%は、人類が超えてはならないものだと感じた。

「それだけは許せない。OSに手を加えるのは禁止。分かった?」

「はい……」

 剣崎結城は残念そうな、落ち込んだ表情をした。だが、それに同情なんてものをするはずがない。人類が超えてはならないラインと決めたそれだけは譲れないのだ。

(何なの、この剣崎結城っていう子は……。招き入れたのは私だけど、それは失敗だったのかもしれない。でも、彼にも守りたいものがあるからこその行動なのかもしれない。今のところは、このままで)

 束はそう決断した。
 すべては、みんなの平和のために。
 すべては、人々の笑顔のために。


  2


 意識が回復する。視界が段々と鮮明になっていく。

「ここは……?」

 一夏はゆっくりとまぶたを開けていく。
 うっすらと開けたまぶたから見えた不鮮明な光景はなぜか薄暗く、後頭部には枕のような柔らかいものがある。いや、これは枕の以外の何物でもない。
 一夏は自分がアベンジャーに負けたことを思い出して、一気に意識が回復する。その身を起き上がらせると、目に入ってきた光景は薄暗い部屋だった。横のベッドには箒が安らかに眠っている。

「ここ、どこだ?」

 一夏は嫌な予感がしてくる。自分は何者かに連れ去らわれてしまったのだろうか、と。意識を失っている間に、アベンジャーか何かにこの身を連れ去らわれているとしたら、何らかの取引材料にされるかもしれない。
 だが、どうにも違和感がある。
 人質にするならば、このような丁寧な対応はしないはずだ。わざわざこのような柔らかい毛布をかけてくれるなんてことは、悪意を持って連れ去ったのなら絶対にやらないはずだ。

「おい、箒、起きろ」

 一夏は小さな声で呼びかけ、彼女の体をさする。
 彼女は徐々に意識を取り戻し、先ほどの一夏と同じような反応を示すと、一夏は現状を説明する。

「どうやら、何者かに連れ去らわれたらしい。非常にマズいぜ……これは」

「一夏、これからどうする?」

「もちろんここから脱出する。現在時刻は……」

 そのとき、一夏は気づいた。どうやら、突然の出来事で確認を怠っていたようだ。

「白式が、ない!?」

「なんだと!? あ、私の紅椿まで……。これはアベンジャーとかいうやつらに奪われたのか?」

「おそらくな。もしもの時の為のハンドガンもなくなっちまってる。これは、本格的にマズいぞ。どうやって脱出する?」

 一夏は考えた。ISもない。銃もない。ならば、この拳しか頼れるものはない。幸い、一夏と箒は剣道を嗜んでいたので、ある程度強度を持った棒状の何かがあれば、IS相手でない限りそれなりの対処は出来るだろう。

「箒、武器になりそうなものはないか? 人を殴れるようなものがあれば……」

 箒は頷き、この部屋を探索する。
 薄暗いが蛍光灯のおかげで最低限の光源は確保できている。だが、壁が灰色のコンクリートのため、余計に視界が悪く感じてしまう。
 色々と探した結果、四脚のパイプ丸椅子の足を使うことにした。少々強度に難がある気がするが、これ以上のものを用意することは出来そうになかった。
 一夏と箒は外にいる奴らに気が付かれないようにパイプ椅子の足を曲げたり捻ったりして千切る。うまいこと先端を尖らせば、刺して攻撃することが出来るだろう。ただ、気休めにしかならないが。
 一人二本ずつ持って、慎重に外へ繋がる扉へと近づいていく。
 一夏が扉に耳を当て、外の音を聞き取る。物音一つとしない。いや、意識を集中すれば遠くからな微かな音を感じ取れるが、少なくとも扉の目の前には誰もいないだろう。
 一夏はジェスチャーのみで箒に指示を飛ばし、音をたてないようにゆっくりと扉を開ける。
 廊下も点滅する薄暗い蛍光灯でその道を照らしていた。
 一夏は前方、箒は後方に注意するという役割分担で廊下を進んでいく。分かれ道が来ても、この場所自体知らないので、勘に頼るしかないだろう。ゲームみたいに途中で構造マップが落ちている訳もなく、行き当たりばったりな行動を起こすしかない。
 ただ、あまり広い場所という事でもないらしく、部屋から出た真っ直ぐな一本道の先に更なる扉がある。途中にある二つの部屋も確認するが、鍵かかかっていて中には入れなかった。
 一夏は一番奥の扉に耳を当てて、外側の音を聞き取る。

(……!?)

 一夏は思わず心臓が飛び出しそうになった。外から人の声が聞こえる。だが、こちらに来なければやり過ごせるはずだ。

(お願いだ、こっちに来ないでくれ……!!)

 どんどん近づいてくる人の声。近くに隠れる場所もない。この廊下にあった部屋は自分たちがいた場所だけ鍵が開いており、他は閉じきっていたからだ。どうやら、ここで鉢合わせなくてはならないようだ。
 一夏は箒に指示を飛ばす。二人は先の尖ったパイプを握りしめ、今にも扉を開けようとしている奴を叩くことだけを考える。
 ギィィという音と共に開かれる扉。
 その瞬間、一夏と箒は一斉にパイプを振る。一夏は先の尖った部分で突き刺そうとし、箒は頭を叩き割ろうとした。
 だが、次の瞬間――二人が見たものは天井だった。

「一夏も箒もまだまだだなぁ。お前らがそこで待機していたのはバレバレだ」

 一夏は言葉を失ってしまった。どうして先ほど声を聞いたときに気付かなかったのかと思う。扉越しだからただ単に誰の声か分からなかったのか、はたまたそんなことも分からなくなるぐらいテンパっていたのか。

「その声……春樹か?」

 一夏はそう言いながら自分の身を起き上がらせる。

「ああ、そうだ。今までごめんなお前ら」

 そうだ、目の前にいる人物は間違いなく葵春樹であり、一夏が目標としていた人物。フランスで会ったきりだったが、今こうして自分からわずか一メートルもないところに彼はいる。
 正直、一夏は目頭が熱くなり、涙が出そうでしょうがなかった。だが、再会したくらいで涙を見せていてはいつまで経っても情けない姿を晒すようで、ここはグッと我慢した。
 そして、箒は極冷静に春樹に問う。

「ところで春樹、お前がここにいるっていることは、ここはつまり――」

「そう、箒の予想通りだよ。ここは俺たち『トゥルース』のアジトイギリス支部ってとこだな。ま、目が覚めて、そんなに元気そうにしていたら話が早い。俺についてきてくれ、状況説明をするから」

 そうして言われるがままに一夏と箒は春樹の背中を追いかける。
 そういえば、こうやって春樹の後ろ姿を追うのはいつぶりになるのだろうか。もうずいぶんと昔のように感じられる。IS学園にいたころが懐かしく感じる。あの頃も、こうやって春樹の背中を追って行動してきた。

(二学期は春樹と一緒に学園生活を送りてえな……)

 一夏は春樹の背中を見ながら思う。
 薄暗く、チカチカと点滅を続ける蛍光灯。あまりにも整備されていない場所ではあるが、春樹の所属している『トゥルース』という組織は、先ほど彼が言った『イギリス支部』という言葉から分かるように、様々な国を転々としているのだろう。だからこんなにも整備が行き届いていないのも納得できる。
 春樹はある扉の前で立ち止まる。目的地までそう遠くなかった。やはり、ここはそこまで広い場所ではないらしい。最低限の寝床と施設が整っているだけなのだろう。
 春樹はゆっくりと扉を開けると、そこにいたのは見覚えがある男と女だった。

「ブルーノ、キャシー、一夏と箒が目を覚ましたぞ」

 そう、フランスに行ったっときに一夏と楯無を襲った二人組。扱いの難しい超火力の装備でISの武装を統一し、いとも容易く扱う幼さが残る容姿のキャシーという金髪の女。もう一人は飛行速度等を犠牲にし、重火器を限界まで装備した砲台のようなISを扱うブルーノという黒髪の男。

「お前らは……」

 一夏はキャシーとブルーノを睨み付け、警戒する。
 だが、そんな状態の一夏と箒に引き換え、ブルーノとキャシー、春樹はとてもラフな態度を取り続けている。

「おっと、そう警戒なさんな。もう俺たちはお前らを殺すつもりはない。どうやら、我らがリーダーは、俺とキャシーの勝手な行動に相当腹を立てたようでね。物凄い罰を……はぁ、思い出しただけで血の気が引いてくる」

 そうブルーノは言う。その傍ら、キャシーはその身をぶるぶると震わせていた。いったいどのような罰を受けたというのか。
 気付けば、先ほどまでの空気はなんだったのか、と思うほど場の空気が変わった。今までは笑いなどなかった。だが、この場には笑いがある。その罰の話題も笑い話として消化している。案の定、春樹はキャシーとブルーノの事を笑っていた。

「まぁ、これ以上変な気は起こさないことだよ。責任感が強いのは否定しないが」

「そうだな。それから、織斑一夏も篠ノ之箒も、一度命を狙ったや奴を信用して警戒するな、というのは自分勝手すぎるかもしれないが、どうか……俺たちを信用して欲しい」

 正直、一夏と箒はこの現状を受け入れられないでいた。目まぐるしく変わっていく現状の理解が追い付かないのだ。アベンジャーに襲われたと思ったら、今度は春樹との再会。そして、過去に襲われたことのあるブルーノとキャシーとの和解。

「あ、ああ……。信用、して、やる。春樹の仲間……なんだもんな」

 一夏はぎこちなく話す。言葉を発した自分でも何を言っているか分からなくなっているのかもしれない。

「私はちょっとな。信用するにはまだ早い。私たちのISを返してからそういうことは言ってもらおうか」

 一方、箒の方は冷静でいるようだった。

「ああ、そうだな。お前らのISは修理が終わっているから、俺についてきな」

 一夏と箒は春樹の言葉に頷いて再び春樹の背中を追いかける。二人の後ろにはキャシーとブルーノもついてきた。
 しばらく歩いて、とある部屋までやってきた二人。その部屋の中央に設置されているテーブルの上には、白いガントレッドと鈴が付いた紐があった。春樹はそれを丁寧に手に取り、一夏と箒にそれぞれ渡す。

「ほら、声を聞いてあげてやれよ。白式と紅椿は二人をずっと心配していたんだぞ?」

「ああ、そうだな春樹。ほら、箒」

「うん」

 箒は一夏の言葉に頷き、目を閉じてISのコアと心を通わす。
 傍から見たら二人がどういう会話をしているのか分からない。だが、一夏と箒の表情を見ていると、なんとなく何を話しているか分かってくる。久しぶりに二人の笑顔を見た春樹も思わず柔らかい表情になってしまっていた。
 春樹は二人の会話が終わるタイミングを見計らって言葉を投げかける。

「さて、これで俺たちを信用できるかな?」

「うん、そうだな。ここまでしてくれるのなら……信用してもいいだろうな」

「よし、箒からも信用を得られたとこで、本題に入らせてもらうぞ」

 春樹はいきなり真剣な表情になる。それを感じ取って一夏と箒も先ほどまでの笑顔をなくし、表情を引き締める。

「俺たちと――手を組まないか?」


  3


 セシリア・オルコットは頭に包帯を巻いて、LOE社のオフィスの一室で休んでいた。
 今はブルー・ティアーズの修理完了を待っている。
 あのとき――アベンジャーに襲われたときは正直死を覚悟していた。それほどまでにおぞましい雰囲気を醸し出していた彼らは、いったい何だったのだろうか。あまりにも強く、自分のISでは絶対に歯が立たないと思わせるあの雰囲気は、今でも忘れられない。

(一夏さん、箒さん、いったいどこへ行ってしまったというの……?)

 セシリアは目を覚ましてからずっと、一夏たちに連絡を取ろうと頑張っていた。だが、繋がってくれない。彼女は心配でさっきからずっと挙動不審だ。
 しかし、気になるところもあるのだ。
 あの戦場の目撃者によると、三つのISがいきなり降り立ち、一夏と箒をさらっていったという。そのISの内、一機は背中に美しい翼があったという話だ。
 そんなものを持っているISに彼女は心当たりがあり、なおかつ一機しか考えられないのだ。
 そう、葵春樹という男であるという答えにしかたどり着かない。それしか考えられない。
 だが、そこから更に疑問は増えてしまう。

「どうして春樹さんは、わたくしたちを助けて下さらなかったの……? なぜあのタイミングで一夏さんたちをさらいに来たの?」

 彼女は呟く。そして、すぐに首を振った。

「いいえ、春樹さんだって何かしらの理由があるはず。変な詮索は止しましょう」

 ただ、それで終わるわけにはいかない。どうにかして一夏と箒を自分の下へと呼び戻し、やり残したことを遂げる必要がある。そのために二人を呼んだのだから。

(何はともあれ、ブルー・ティアーズの修理が終わるまでは何もできませんわ。悔しいですけど、わたくしが出来る事といえばISの操縦しかありませんものね……)

 彼女は無力な自分を責め、そしてISがなければ、ちょっと鍛えられたひとりの少女に過ぎないことを改めて実感させられる。
 エンジニアたちによると、もう少しで修理が完了するとのこと。ISが持つ自己修復機能とLOE社のエンジニアの腕があればあっという間だと聞いた。
 だが、それが終わるまで、彼女はなにもない少女でしかなかった。
 こんな少女の力になってくれる存在――チェルシーだけが、ゼロ・グラビティに関して直接的に関与できる唯一の人だった。
 チェルシーは今、仲間を引き連れてイギリス市内に仲間たちを配置し、ゼロ・グラビティの追跡を行っているのだ。
 そして、ゼロ・グラビティが強奪された時の為につけておいた発信機も、反応を途絶えてしまった。
 つまり――

「頼りになるのはアナタだけよ、チェルシー、頑張って……!!」


  4


「ちょっと待て!! いきなり手を組まないか、って言われても困るぜ。しかも、俺たちの独断で決めれることじゃない。束さんに連絡を取らないと」

 一夏は正直焦っていた。春樹の口から手を組まないか、という言葉が出たのだ。それは正直に言うと、再び春樹と共にISを駆ることが出来る、というのはとても魅力的な話である。夏休み前の頃に帰れる気がしてくる。だけど、そんな感情だけでは決められることではないことは一夏も分かっている。

「束さんに……か……。それはそうだな。お前たちだけで決めれることじゃぁないよな」

 春樹は言う。
 すると、イライラした様子でキャシーは言い出した。

「アンタたちねぇ……。まぁいいわ。君たちはその束さんに連絡を取りなさい。春樹、ちょっと」

 キャシーという女性は春樹の手を引いてこの部屋から出ていく。その際、この場はブルーノに任せたという意の言葉を言い放って出ていった。

「はぁ、アイツはまったく……」

 ブルーノは頭を掻きながら言う。
 この雰囲気がよく分からなかった一夏はブルーノに問う。

「あの、ブルーノさん。俺たちは何かよくないことを言ったんですか?」

「ああ、気にすんな。お前たちの行動は間違っちゃいない。だけど、まぁ、キャシーの乙女心っていうか、春樹の気持ちというか、あの二人は難しい関係なんだよ」

 一夏はいまいち分からない表情をしていたが、箒は顔を俯かせる。実の姉の初恋の相手、それが葵春樹なのだ。そして彼は今、自分たちの目の前にいて、篠ノ之束に連絡を取ろうとしている。一見、さっさと連絡して春樹と束の再会を果たしてあげればいいんじゃないか、と思うだろう。
 だが、これはそんな単純な話ではないのだ。おそらく、あのキャシーという女の子は春樹の事が好きなのだろう。今までのキャシーが春樹を見るときの表情を見ていれば、箒はキャシーの想いがとなく分かった。
 それに、春樹も束と話しずらそうだった。束の話になったときの表情と言葉使い、あれは何かを躊躇っている証拠だ。その何かまでは箒にも分からなかったが。

「ほら、早く連絡しろ。心配しているだろうぜ、お前らの頭は」

「あ、ああ。そうだな」

 一夏は連絡用の専用端末を立ち上げ、篠ノ之束の下へと繋げる。
 最初に出たのは『束派』のクルーの女性。自分の事を告げると、しばらく待つように言ってきた。
 そして、五分もかからずに篠ノ之束が通話用のモニタに顔を出す。

『一夏、箒ちゃん、どうしたの? 大丈夫?』

「はい。まぁ、死にかけましたけど、アベンジャーって奴らの情けで生き残れました」

『ちょっと待って!! 死にかけたって……。え、ちょっと、アベンジャーってもしかして……あいつに会ったの? レイブリックとかいう男に」

 篠ノ之束は肩を震わせながら俯く。

「会いましたけど、その後が問題です。束さん、心して聞いてください」

 俯いていた顔を上げて、一夏の顔をモニタ越しに見る。ちょっとした沈黙がすごく長く感じた。

「今、俺と箒は、その……春樹の下に居ます」

 再び沈黙が訪れる。
 篠ノ之束はいま一夏が言った言葉が理解できないような表情をしている。頭を金槌で殴られたような衝撃を与えた言葉。画面の向こうの彼女の額からは汗が少し流れ出す。

『ちょっと待ってよ一夏。ははは……そこに春樹はいるの? ねぇ、ちょっと……』

「あの、その、少し前にこの部屋から出て行って、その……」

『そっか、分かった。で、連絡はそれだけ?』

 その言葉はとても弱々しかった。

「いや、これから話すことが本題で。春樹たちから提案があったんです。手を組まないか、って」

『……手を組まないかって、え?』

 束は困ったような表情をする。
 彼女の組織も戦闘要員不足に悩んでいる。ここ最近の暗部組織の活発な動きを見ていると、たった三人では足りなくなってきた。現在、更識楯無は布仏本音の護衛。一夏と箒はセシリアからの依頼をこなしている。
 そこでこの提案はもの凄い魅力的な話だった。
 ここに更に三人の戦闘要員が増えれば組織の運営が物凄く楽になる。

『えっと、その、その提案を受けようと思いますが、ただ、そちらの組織のリーダーと話してから正式に決めたいと思います。そこの……ブルーノ、対談することはできる?』

「ああ、たぶん。確認してみるよ。あの人は自分が認めた人間しか関わりを持とうとしない人だから。篠ノ之束、お前と話すかどうかは分からないがな」

 一夏と箒は今の束の対応に違和感を覚えた。まるで、ブルーノと束は知り合いだったような会話だった。
 ブルーノは携帯電話を取り出し、連絡を取る。すぐに電話には出たようで、ブルーノは一度この部屋から出ていく。
 ものの数十秒でこの部屋に戻ってきたブルーノは呆れたような顔をして、

「いいってさ。ただし、顔は見せられないみたいだ。音声のみの通話だけならOKだとさ。ったく、あの人の考えていることはまったく分からねえよ」

 ブルーノは愚痴を漏らしながら椅子に座る。

「通話は今から一〇分後、いいな?」


  5


 一夏たちから離れた通路の奥で、春樹は奥歯を噛みしめていた。

「なんだよキャシーこんなところに連れてきて」

「春樹、あなたは自分の事を何も分かっちゃいないよ。あの時のあなた、とても苦しそうだった。束さんと顔を合わせるだなんて、今のあなたには……」

「分かっていない? キャシー、お前に俺の……俺の何が分かるっていうんだ!?」

「分かるよ!! だって、あなたと私は……いいえ、何でもない。でも、あなただって心の底では分かっているはず。今の段階で篠ノ之束の顔を見るわけにはいかないって」

 春樹は言い返す言葉が出なかった。
 そうだ、分かっているんだ。今、篠ノ之束の顔を見たら泣き出して醜態を晒しそうだった。それに、自分は篠ノ之束に過酷な運命を背負わせた張本人であることも。全部、分かっているんだ。分かってしまったんだ。自分の存在が何かという事を。
 だからこそ、自分は篠ノ之束の前に出ることが恐ろしい。恐ろしてたまらない。まるで、彼女の事を騙していたみたいで心苦しい。

「春樹、私はあなたの事を支えてあげられる。絶対に、あなたを守ってみせる。だから、春樹は、あなたは、私を頼っていいのよ? ね?」

 キャシーは背伸びをして春樹の唇に自分の唇を近づけようとした。
 だが――

「やめてくれ!!」

 はっきりとした拒絶。
 今の行為を許したら、何のためにここまで頑張ってきたのか分からなくなる。自分がここまでやってきたのは愛した彼女を護るため。それ以外に理由などない。あの状況ではこうするしかなかった。

「春樹……。うん、分かった。あなたの心を慰められるのはあの人だけなんだね。今までごめんね。だけど、私はどんなことがあろうとも春樹の味方だよ」

 キャシーは笑顔を崩さない。傍から見たら、失恋をした瞬間だった。本当だったら泣いてしまう出来事だろうが、決してキャシーは表情を変えなかった。

「ああ、分かった。ありがとうキャシー。今は、その……お前の存在は俺の支えだよ。それは間違いない。お前がいてくれなかったら、俺はあのとき人じゃなくなってた」

「うん!! 春樹、好きだよ」

「ああ……」

 キャシーの告白も、想いも、春樹は受け流すしかないのだ。彼の想い人は篠ノ之束、ただひとりなのだ。だから、彼女の想いを切り捨てて、彼は前へと進む。
 いつか、堂々と笑って面と向かって会える日を願って。


  6


 一夏からの通信を終えて約十分の時が経った。
 これより春樹たちの組織、『トゥルース』のリーダーとの会話が始まる。
 正直、束は春樹といい、ブルーノといい、キャシーといい、あの三人をまとめる理由が何なのか、そして、なぜその三人を集められたのか。その理由が知りたいのだ。
 そして、心の底では自分から春樹を奪った理由を知りたい。
 通信は向こう側からかけてくるらしい。
 そして、その時が来た。モニタに呼び出しの意の文字。
 束はそれに出る。

「こんにちは、篠ノ之束です」

『ああ、こんにちは、っていう時間でもないが、まぁいい。お久しぶりですね、束さん』

 年はそういっていないような若い青年の声が聞こえてくる。だがその話していることは意味不明だった。お久しぶり、と通話の向こうの男は言ったが、束はこんな奴を知らない。春樹たちを自分の下へと集められるような人間を知らないのだ。

「あなた、お久しぶりって言ったけど、誰なの? 私も本名名乗ったんだから、あなたも本名を名乗りなよ。もしかして、霧島直哉の関係者?」

 不敵な笑い声の後、通話の相手は言う。

『それは内緒です。ああそれと、少なくとも霧島直哉の関係者ではない、いや、ある意味関係者とも言えます。っていうか、変声機も何も使っていないんですよ? 声の感じで分かるんじゃないですか?』

 束はこの声を知っている。はっきりとした確信は持てないが、この声に似た人を、自分は知っていた。そして、それは信じられないような答えがあった。

「そんなことあるわけないでしょ。からかっているの?」

『どうやら、その反応からして答えが導き出せたようですね。そうです。束さんの予想通りですよ。まぁ、そんなことを俺は話したいわけじゃないんです。協力関係のお話ですよ。どうなんですか? 俺と話したら決めるというお話でしたよね?』

「それは……」

 束は苦悩していた。果たして、この意味不明な男と手を組んでメリットはあるのだろうか。利害は一致しているのだろうか。
 確かに、春樹たちが仲間になってくれれば一気に人員不足が解消される。だけど、信じられないのだ。モニタの向こう側で話している男があの人だということが。
 その情報は一気に不信感を煽る形となった。
 だが、彼女の心の奥底で、この案を受け入れれば春樹とまた再会できる。
 そのことだけがずっと、彼女の意思を突き動かそうとしている。

『束さん、何を悩んでいるんですか? メリットだとか、デメリットだとか、利害だとか、そういうのを気にしているようでしたらお気になさらず。このお話は両方にメリットがあるおいしい話なんです。それに、自分の気持ちには正直になった方がいいですよ』

 まるで、自分の気持ちが見透かされているようでちょっとした苛立ちがある。だが、この煽りも彼の作戦の内なのだろう。
 しかし、彼の言っていることは的を射ていた。

「そう。そこまで言うのならあなたの案に乗りましょう。双方が利益になることを期待していますよ」

『そうこなくてはね。では、これで通信を切らせてもらうよ。俺はちょっと多忙なものでね』

 通信が切れる。
 自分の気持ちに素直になった結果がこれだ。やはり、彼女の根源には必ず葵春樹がいる。本当は、彼に会いたくてしょうがない。自分の気持ちも満足に伝えられていない。だから、向こうの提示する甘い提案に乗ってしまった。
 この行為がどのように転ぶのか分からない。
 組織のリーダーとして失格だろう。このような事をしていては。

「春樹、会いたいよ……」

 彼女は涙を流し、自分で自分の身体を抱きしめるような体制になりながら、その場に座り込む。その鳴き声は誰にも聞かれず、誰にも慰めてもらえず、ずっと一人で、泣き続ける。


  7


 剣崎結城は疲れ切った体を伸ばして休んでいた。もう深夜の二時を回ろうとしている。先ほどの束との議論では、自分が自分じゃなくなるような錯覚に陥りながら無我夢中で言葉を吐き出していた。

(ちょっくら基地内を探索してみるかな。まだまだ束さんは戻りそうにないし)

 眠たい体を起こす目的も含めて結城は座っていた椅子から立ち上がる。今度は体全体を伸ばし、深呼吸してから歩き始める。
 まぁ、この時間まで人は残ることは少なく、残っているメンバーといえば、この基地内に寝泊まりしている織斑千冬と、昨日訪ねてきたシャルロット・デュノアぐらいだ。
 おそらく、この二人はすでに寝ているだろうし、コーヒーでも飲んで眠気を吹き飛とばすことぐらいしかやることがなかった。
 部屋から出て薄暗い廊下を歩く。足音は自分のものしか聞こえず、とても恐怖心を煽るものとなっていた。

「やっべ、ちょー怖っ!!」

 そんな事を呟きながら、自動販売機の近くまでやってきたが、そこには人影があった。通路の先の左側に休憩所がある。そこへと歩みを進めた結城は意外な人物とであった。

「あれ? シャルロットか?」

「あ、剣崎君。時差ボケで中々寝付けなくって。夏休み前は日本の時間に慣れてたっていうのにね」

 シャルロットは笑って話す。
 結城はなんて返せばいいのか分からず、とりあえず軽く笑い返して自動販売機でブラックのコーヒーを買う。
 シャルロットと向かい合う形でベンチに腰を掛ける結城。そして、苦みを味わいながらコーヒーを飲む。
 会話が中々起きない。それで気まずく感じていたのは結城だけではなくシャルロットも同様だった。だからだろうか、二人は一斉に声をかけて更に気まずくしてしまった。先にどうぞ先にどうぞ、と双方が遠慮して押し付け合い、数十秒は無駄な時間を使ってしまった。結果は、シャルロットから話すことになった。

「あのね、剣崎君はなんで束さんの組織に入ろうと思ったの?」

「え、えっと。まぁ、元々ISに興味があって、色々とあって本音と知り合いになって、夢を諦めれないから本音のコネ使って更識クリエイティブと協力関係になって、そんで束さんにスカウトされたって感じかな」

「あ、本音って、布仏本音ちゃんのこと?」

「そうだよ。そっか、そりゃIS学園の生徒同士だから知ってるよな」

「まぁ、個人的には剣崎君とのほほんさんの関係をよく知りたいけど」

「ん? 俺と本音の関係?」

「うん。どうやって知り合いになったのかなって思って。それに、剣崎君とのほほんさんって付き合ってたり、しないかなぁって思ったり。あはは」

 本当はあまり話したくない話ではあるが、目の前の彼女はいまや『束派』のメンバーの一人なのだ。あのことを聞く権利が彼女にはある。

「そうだな。俺が最初に本音に会ったのは確か七月二四日のことだな。友達と渋谷まで出かけてたんだよ。で、本音の奴が誘拐されそうになっているところを俺が助けてやったってワケ」

 結城の話を聞いたシャルロットは驚いた。七月二四日といえば、亡国機業に誘拐された前の日である。自分がフランスで亡国機業と戦う前日に、日本では布仏本音の誘拐が行われようとしていた。
 とても奇妙な巡り合わせではないだろうか。
 こんな偶然はあるのだろうか。もし、何かしらの関係性があるのだとしたら……。なにか、嫌な予感がする。

「ん? どうしたんだよシャルロット?」

「え!? ああ、うん、なんでもない。でも、のほほんさんは幸せものだねぇ。話しを聞いた限りだと、剣崎君はのほほんさんの前に現れたヒーローだね。そんなことされたら……わたしだったら惚れちゃうなぁ」

「え? ほ、惚れるって、そりゃ、その……まぁ、アイツは妙によく抱き付いてくるけどさ。それが俺に対して好意を持ってやっていることなのかどうなのかは俺にはよく分からないよ」

「あはははは!! そんな行為を男の子にするって、完全に惚れられている証拠だと思うよ。のほほんさんは明確に自分の意思を表立って出す人じゃないから。ほら、あの子ってどんなときでもニコニコ笑ってるでしょ?」

 確かにそうだった。助けを求めるときはさすがに笑ってはいなかったが、それ以外の時はいつも笑顔を絶やさない子だった。嬉しいときはもちろん、悲しいときだって、彼女は笑って明るい雰囲気を振りまいていた。
 そして、結城に対しては夢を語ったときも、笑顔で聞いてくれていた。心から彼の夢を応援してくれている。
 結城は彼女の気持ちを考える。もし本当に彼女が自分に好意を抱いてくれているとしたら、それはとても嬉しいことだと思う。

「で? 剣崎君の気持ちはどうなの? 仮に、本当にのほほんさんが剣崎君に好意を抱いているとして、それにどう答えてあげるの?」

「俺は……そうだな。まだ俺と本音は出会って一か月も経っていないんだ。だからさ、もっと本音の事を理解してあげてから、それから答えを出そうと思う。確かに、俺は本音に惹かれていると思う。だけど、そう簡単に答えを出せる事じゃないだろ?」

「まぁ、そうかもしれないけど。いざってときには過ごした時間なんて関係なくなるかもよ」

「そう、かな?」

「そうだよ。そういうものなの」

 シャルロットは微笑む。彼女も一夏に告白したことがあるが、結果は失敗に終わった。そんな経験からそう言うのだろう。
 男女が恋人同士になるのは意外とあっけないものだったりする。
 なにか起こる前に告白しなければ取り返しのつかなくなるかもしれない。だから、剣崎結城と布仏本音の二人の気持ちが同じならば、すぐにでも告白して欲しいと思うシャルロット。自分も、早く告白していれば、今の状況は変わったのかもしれないからだ。

「じゃあ、今度は俺からの質問な」

「うん」

「なんでお前はここに来たんだ? 俺はそこらへんよく知らないからな」

「そうだね。剣崎君のためになる話だといいんだけど」

 彼女はそう言って、一呼吸おいてから再び話し出す。

「私はね、一夏たちに助けられたんだ。私の家族関係は色々と複雑でね。そのことを解決してくれたのは一夏だった。箒も、この前一緒になってわたしを助けてくれた。だから、私はあの二人の役に立ちたいって思ったの。まぁ、家族の問題も無きにしも非ずなんだけど」

 シャルロットの覚悟を結城は知った。どんな過酷な状況になろうとも、逃げようとしないその勇敢さ。正直、彼は理解できない。そこまでして自分の命を懸ける必要があるのだろうか。自分は、こうやって安全なところでISの事を考えることだけで限界だというのに。これ以上の行動は起こそうとしないのに。自分の仲間の安全は、他人任せにしたというのに。
 所詮、ISという力がある人だからこその行動、考え方なのだろうか。
 戦う力を持たない結城には到底真似できそうにない。自分より年下の女の子がこんなことを言っているのに、年上の男がこんな考えとは、なんと情けない話だろうか。
 結城は拳を握りしめる。
 シャルロットはそんな彼を見て言った。

「あのね。もし、自分が無力だと思っているなら、それは違うと思うよ。剣崎君は確かに前線には出れないけど、私たちを助けてくれるのは、一緒に戦ってくれているのと同じなんだから。だから、剣崎君は無力な人なんかじゃないよ」

 その言葉は、結城のことを勇気付けるのに分なものだった。
 そうだ、何を弱気になっているのだろうか。先ほど、篠ノ之束に自分の案を否定されて弱気になってしまっていたみたいだ。自分が出来る事を精一杯にやる。それだけで他の人の助けになっているのだ。

「うん、そうだな。俺、なんか弱気になっていたみたいだよ。ありがとうシャルロット」

「ふふ、どういたしまして」

 話しが一区切りしたところで、結城は缶に残ったコーヒーを一気に飲み干す。

「じゃあ、俺は戻るよ。束さん、そろそろ帰って来るだろうし」

「そっか。頑張って!」

 結城は缶を捨て、お互いに手を振って別れた。
 彼は、このシャルロットとの会話で何かを得た。それは、自分がなぜこのようなことをするのか、という確認。自分の行動理由を見直し、そしてまた前を向くことができた。
 シャルロットも、そして結城も、自分のためだということはもちろん、誰かのために自分は動く。結城はこの基本的な行動理由を見失いかけていた。それを見直すことが出来たのだ。
 だから、彼は誓う。もう迷ったりしないと。キチンと、自分の意見を突き通して見せるのだと。


  8


 チェルシー・ブランケットはロンドン市内を駆け回っていた。
 彼女は奉仕活動をするためのメイド姿ではなく、今は市民と同じような格好をしている。
 なぜ、このような姿をして街中を駆け回っているのかというと、奪取されたゼロ・グラビティの捜索の為である。彼女は現在、仲間と共にイギリス全域に展開している。そして、それらしきものを見つけた、という情報が入ってきたのだ。
 ゼロ・グラビティは離れてなどいなかった。このロンドン市内にまだあったのだ。つまり、ロンドン市内に展開しているチェルシーの班が、追跡をすることになった。
 彼女は仲間たちと共に、ゼロ・グラビティを搬送している思われるトラックを尾行している。仲間たちと連絡を取り合い、車で追跡する人たちは、気づかれないように、複数の車を途中で入れ替えて追跡しているのだ。その情報を頼りにチェルシーは足で先回りをしている。絶対に、尻尾を掴んでやると意志を燃やして。

『チェルシー、目標はフォア・ストリートを移動中』

「了解。こちらは目標ルートを予測し、待ち伏せする」

 チェルシーは仲間の連絡を受け取り、自らが考えた予測目標地点を算出する。だが、このあたりから考えるに、そちらの方面へ行くならばあの企業が一番目立つだろう。
 その企業の名前はCunard_Black_Sky_Lineである。だがそこは、ありえない。そんなことはあってはならない。
 自分の予測が、あたかも間違っているように思いたいチェルシーだったが、その予測は残酷にも当たってしまったのだ。
 チェルシーが向かった先はその企業のオフィスビル。

(なぜ、こんなところにいるんですか、あなたたちは……。だって、ここは――)

 そこに、マークしていたトラックが裏口に止まったのだ。そこから仲間からの連絡が入る。

『チェルシー、ビンゴだ!! 奴らはトラックからブツを出しやがった。分からないようにシートをかぶせてあるようだが……シルエットだけでも分かる。あれはゼロ・グラビティだ。間違いねぇ』

 チェルシーは頭を抱えた。あって欲しくないことが、現実に起こってしまった。
 本当は、ここでセシリアに連絡するのが本来の予定なのだが、ここまで来たのなら調べないわけにはいかない。こんな中途半端な情報を与えても、彼女は簡単に理解できないだろう。
 だから、ここは――。
 チェルシーは後を着ける。先ほど搬入口に使われた裏口付近までやってきた。
 見張りはまだついていない。チャンスだ。ここを逃してしまえば、すぐに見張りの奴らが現れて侵入が難しくなってしまう。
 彼女は間髪入れずに裏口から侵入を試みた。
 中へ入るのは容易い。だが、ここからだ。どうにかして身を隠さなくてはいけない。
 だが、この裏口はなぜか長い階段で、隠れる場所がない。オフィスビルにしては奇妙な構造に不安を抱きながらも、この階段で下へと足を進める。
 少し長い階段が終わると、十字型に廊下が分岐していて、どこへと行けばいいのか分からない。人気も少ない。ここが本当に企業のオフィスビルの中だというのだろうか。
 チェルシーは曲がり角で人気を感じながら慎重に進んでいく。
 間違いなくここへとゼロ・グラビティが運ばれたはずなのだ。
 だが、それはどこへといった? ISが運ばれてから、チェルシーがここに至るまで、そう時間は経っていない。あんな図体のでかいものを運ぶのには、それなりの時間が必要だろう。だと考えれば、そう遠い場所ではないはず。

(しかし、なぜここにこんな地下施設が? この人気の少なさから言って、どうも様子がおかし過ぎます。いったい何が……?)

 その時だった。人の声が聞こえてきた。
 良く耳を澄ませてその話を盗み聞きする。

「これでいいのか? ったく何のためにこんなことをするんだ」

「分かんねーよ。ただ、これは目的を達するための行為なんだ。決められたことに反対することは許されない。だろ?」

「そうだったな。これが、人類が反撃するための抜け道だとは」

 よく分からない会話が行われている。まるで、やっている自分たちも理由が分かっていないようではないか。何の目的があるのというのだろうか。アベンジャーが企んでいることが、チェルシーには理解しがたい事であった。
 足音はこちらへと近づいてくる。どうやら、ここから帰るらしい。自分たちの仕事は終わった、とも言っていた。
 彼女はここからいったん離れる。ここまで人がいないのならば、先ほどの二人組が立ち去ってからゼロ・グラビティを見つければ――。
 一度、通路の陰に身を潜め、チェルシーはいったんセシリアへと連絡をする。こんなところで話すわけにもいかず、文章で送るしかない。少し時間をかけてより簡潔に情報をセシリアへと送信する。

「よし。これで……」

「そうだな。これで仕事は終わりだよ」

 突然の後方からの声。しかもそれは男性のものであり、低い声が更に不気味さを演出し、チェルシーは体が動かなくなっていた。

「俺らの目的のためにお前には人質になってもらうよ」

 チェルシーはその声を聴いたかと思うと意識が遠のいていくのが分かった。どうやら、自分は捕まってしまったらしい。

(私は……ごめんなさいセシリア……)


  9


 チェルシーから連絡が帰ってこない。
 最後に連絡をよこしてから三〇分以上の時間が経っているというのに、セシリアがチェルシーへ返信しても何も返してこないのだ。チェルシーが現在どこにいるのかGPSによって分かるのだが、彼女は一点からまったく動こうとしない。
 しかも、そこはセシリアが知っている場所。

(なぜこのオフィスビルにチェルシーが……? それに送られてきたメールにもこのオフィスビルの事が書かれていました。でも、まさかそんな……!?)

 彼女は信じられない。なぜ、そのオフィスビルへとゼロ・グラビティが運び込まれたのか。何の理由があってそこに持っていく必要があったのかが分からない。まさか、そこがアベンジャーの本拠地なわけはないだろう。
 信じられるわけない。なぜなら――

(お父様とお母様の会社が、そんな場所だなんてありえませんわ!!)

 そう、彼女の両親が運営していた会社こそがCunard_Black_Sky_Lineであり、セシリアが後を継ぐことになっていた会社である。現在、セシリア・オルコットは代表候補生であり、国家の代表になれる可能性を孕んでいる人物なのである。
 よって、優先順位は国家代表になることが一番であり、その役目を終えてからこの会社を引き継ぐことになっているのだ。
 そのために様々な分野の知識を身に着けてきた。代表候補生と会社運営に関する知識を身に着ける学業と、彼女はその二つを両立してやっているのだ。
 セシリアの母親によってCunard_Black_Sky_Lineは頭一つを抜けた企業になっている。両親の死によって、今は親戚たちが会社を支えている。彼女だって、そんな状況をいち早く変えて、本家の娘であるセシリア・オルコットがその事業をやっていきたいのだが、いかんせん彼女はまだ学生の身。しかもまだ一六歳という垢も抜けきっていない子供なのだ。そんな奴に会社の運営能力などついているはずがない。
 悔しいが、それは紛れもない事実である。だから、セシリアは頑張っているのだ。国家代表という栄誉と、いわゆる一流企業の運営能力と、その両方が成されれば、オルコット家の名声は高いものになるだろう。セシリア・オルコットという女性が目指しているものはまさしくそれなのだ。

(これが本当ならば、なぜこんなことになってしまっているの? そもそもゼロ・グラビティを奪う理由が分かりません。Cunard_Black_Sky_LineとLocus_of_Evolutionはアライアンスを組んでいるのに……。何の意味がそこにあるのでしょう?)

 ゼロ・グラビティはいわばこの二つの企業の技術力の結晶なのだ。主動はLOE社であるが、それに協力する形でCunard_Black_Sky_Lineは開発に携わった。
 それを奪う理由がどこにあるというのか。

(……ここで机上の空論は意味がありません。まずわたくしが動かなければ真実は掴みとれませんわ)

 だから、彼女は行動を起こす。チェルシーへ連絡を送っても一向に帰ってくる様子がない。
 ならば、彼女が頼れるのは一つしかないのだ。
 一夏と箒に協力を頼むしかない。二人の力がないと解決できないのだ。何もかもが。
 一人では貧弱だが、仲間がいれば違ってくる。幸い、もうすぐブルー・ティアーズの修理が終わる。予定よりだいぶ遅れてしまったが、むしろちょうどいいタイミングだろう。
 セシリアは必死に一夏と箒に連絡を入れる。無事であることを祈りながら。


  10


 最初に眠っていた部屋で休憩を取っていた二人の下に、セシリアからの連絡があった。携帯端末を見ると、セシリアが通信を試みた履歴が残っている。どうやら、タイミングが悪く、意識を失っている最中に連絡をしていたらしい。
 まぁ、そんなことはどうでもいいのだ。
 それよりも重要なことを今は話している。

『ゼロ・グラビティがある場所が分かりました。ですが、とても奇妙なのです。それに、わたくしの友人が危険な目にあっている。どうにか、わたくしに再び力をお貸しください。お願いします』

 こんなにも低い姿勢から話す彼女を見たのは初めてかもしれない。夏休みに入ってから、妙に落ち着いた雰囲気になっていた彼女だったが、それよりも更に重症だ。彼女は目に涙を浮かべながら話しているのだ。そこにある悲壮感がモニタ越しでもひしひしと伝わってくる。こんなセシリアを見るのは初めてだ。
 だからこそ、一夏と箒は戸惑ってしまう。

「セシリア、安心してくれ。俺と箒が、必ずチェルシーを連れ戻す。ゼロ・グラビティも取り戻してみせる。元々、そういう契約だろ? 途中で仕事を、友達の頼みを投げ出すほど俺たちは腐っちゃいない」

 箒も頷いて肯定する。
 四月に出会って、もう三か月ちょっと経つ。その時間はセシリアとの関係を親友とするのには十分な期間だった。長いようで短い、短いようで長い、そんな矛盾を孕んだ感覚に陥るが、それでいいのだろう。
 一夏と箒、そしてセシリアの関係は、その時間の中で培ってきた思い出によって築かれている。

『ありがとうございます、一夏さん、箒さん。わたくしは、あなた方と友達で本当に良かったと思います。じゃあ、目的地の座標と詳細なデータを送ります。周辺の情報はチェルシーの部隊の方々との通信によって得てください。リンクデータも合わせて送りますので、ISを通して情報を聞いてください』

「ありがとうセシリア。ここまで詳細なデータがあれば、幾分か行動が楽になる」

『礼には及びませんわ箒さん。これも、チェルシーが命がけで手に入れてくれたものですから。一夏さんと箒さんに知らせないわけにはいきませんわ』

 それを聞いた一夏は驚き、そして真剣な表情で言う。

「じゃあ、余計に礼を言わせてもらうよ。ありがとう。命を張ってくれたチェルシーのためにも、俺たちは頑張るよ」

『ええ、ありがとうございます。わたくしもブルー・ティアーズの修理が終わり次第そちらに合流しますわ。少々修理が難航していまして、申し訳ありません』

「問題ないよ。じゃあ、また会おう、セシリア」

『ええ……。それでは』

 通信が終わり、一夏は携帯端末をしまう。
 一夏と箒は目を合わせる。言葉を使わなくとも、二人は何を言いたいのか分かっている。 ――失敗は許されない。なぜなら、これも大切な親友からのお願いだからだ。
 二人はアイコンタクトだけで話すと、この部屋から出ようと駆けだす。これからすることを、春樹たちに知らせるために。
 一夏がドアに手をかけて、ドアノブを回してひねり、ドアを開けた瞬間の事だった。
 突然の爆発音と揺れがあった。
 一夏と箒は最悪の状態が、恐ろしいほどに目に浮かんだ。
 敵の襲撃。
 その一言に尽きた。こんなことを、二人は何度経験したのだろう。フランスでの出来事が目に浮かぶ。この特有の危機感は間違いないと、身体が訴えてくるのだ。

「箒、これは……」

「ああ、おそらく敵の襲撃だ。何者かがこのアジトの存在を知知ったんだろう。春樹たちの組織だ。そんな場所を発見することが出来れば、やることは一つだ」

 一夏は頷くと、箒も頷く。
 ISを展開し、装甲を身に着ける。そのスリムな線はISとは思えないものだが、間違いなくこれはISである。それも戦闘に特化した束によるチューンモデルである。
 白と赤の線が廊下に描かれる。
 この『トゥルース』のイギリス支部アジトは、中央に開けた広間があり、そこから様々な設備に繋がるようにできている。だから、この廊下から出て広間に出てしまえば、現在何が起こっているのか分かるのだ。
 扉を箒の剣による斬撃によって吹き飛ばし、広前出ると、そこに広がっていたのは地獄絵図であった。
 周りには中世の鎧のようなデザインのヒト型兵器が数えきれないほど存在している。広間中央には春樹とブルーノ、キャシーが佇んでいた。
 三人は一夏と箒の安否を確認すると安心したような表情になる。こんな状況になってもそのような顔ができるとは、どれだけ肝が据わっているのだろうか。それとも、こんな状況など『トゥルース』の三人にとってはピンチでも何でもないのだろうか。

「一夏、箒、こっちに来い!!」

 春樹からの指示を受けて一夏と箒は慌てて駆け寄った。周りにいる鎧のヒト型兵器たちはブルーノとキャシーによって追い払っている。この二人のおかげで一夏と箒は安心して近寄ることが出来た。やはり、この二人の制圧力は恐ろしいものである。
 何より気になるのはやはり春樹のISだった。束から授かった熾天使(セラフィム)ではない。白いボディではあるものの、背中の翼とコンバット・モード特有のスリムなボディ以外は別物といってもいい。

「俺のISが気になると思うが、それ以外に俺に伝えることはあるか?」

「ああ、すまん春樹。えっと、セシリアから連絡があった。ゼロ・グラビティがある場所が分かったと。だから、これから俺たちはそこへ向かおうとしたらコレだよ!!」

 一夏は怒っているのではないか、と思うほどに大声で春樹に説明した。ブルーノとキャシーによる砲撃音で声がかき消されているような感覚に陥ったからだ。

「分かった。だが、俺たちのアジトはこの有様だ。だから、俺とブルーノ、キャシーの三人で抜け道を作る。そこからお前たちは脱出して目的地へと向え。俺らはコイツらが片付き次第向かう!」

『了解!』

 一夏と箒は同時にそう発した。

「春樹早く!! 私のISはそんなに乱射できるほど弾がないんだから!!」

 そう言いながらキャシーは高出力ビームブレードで鎧のヒト型兵器を斬るが、若干溶けるだけであって切断までいかなかった。どうやったらこのような素材ができるというのだろうか。
 いや、一夏たちは心当たりがあった。
 あのゴーレムとかいう兵器。ISとは似て非なるもので、ISと対抗できるような唯一の兵器だろう。あそこまで強固なヒト型兵器を見たことがない。
 唯一の弱点はその機動力だろう。ISが扱う武器に耐えうる装甲を身に着けるデメリットとして俊敏性が著しく落ちてしまっている。そこが抜け道ではあるのだが、この狭さの中、これほどの数で攻められると機動力も糞もない。
 ブルーノによるミサイル兵器による弾幕攻撃だが、全然決定打になってくれない。せいぜい攪乱攻撃にしかなっていなかった。キャシーが持っている高出力武器でようやく傷がつくレベル。一番装填数が少なく、高威力のレールガンでやっと貫ける硬度だ。
 春樹の持つ武器は相変わらず変わり映えしていない。黒い無骨なビームライフル――バスター・ライフルを構えていた。やはり、変わったのはISだけなのか。もしかしたら第二形態移行(セカンド・シフト)した姿がコレなのかもしれない。だが、それにしては変化が少なすぎる。
 大口径のバスター・ライフルを構えて鎧のヒト型兵器を薙ぎ払うように発射する。高出力のビームがそいつの側面を溶かすが、それでも動きを止めない。
 段々とこちらへと詰め寄られてしまっているのが分かる。
 一夏と箒も応戦するが、その頑丈さ故、一体倒すのに途方もない苦労がかかっている。

「おい春樹! どうするよ。これじゃジリ貧だ。すぐにコイツらにペシャンコにされちまう」

「そうよ春樹! こんな時こそあんたのアレを使うんじゃないの!?」

「そうだな、ブルーノ、キャシー。できるだけ使うな、とは言われているが……今こそがその使い時だよな!!」

 春樹たちは謎の会話についていけない。いったい何を使うというのだろうか。
 次の瞬間、一夏は信じられない光景を見た。この狭い中、いきなり跳躍を行おうとしている春樹を見たと思えば、次の瞬間、春樹、ブルーノ、キャシーの三人は消えていた。いきなりその場から消えてしまったのだ。
 一瞬、目の前が歪んだかと思えば再び春樹たち三人は自分たちの前へと現れた。今の光景は何かの見間違いかと思ったが、そんな事を考える暇もなかった。もっとありえないことが得の前に広がっていた。
 先ほどまでいた鎧のヒト型兵器がほとんどいなくなっていたのだ。

「なん……だよ、これは……」

 一夏は思わず呟いた。まったくもって理解できない。先ほどまで自分たちを襲っていた鎧のヒト型兵器が少なくなっていた。

(いや……うん? なんだこれ……)

 一夏の頭の中には記憶との差異が見受けられていた。それは隣にいる箒も同じだった。死を覚悟する数の鎧のヒト型兵器が攻め込んできた記憶と、最初からこの程度だったはず、という記憶がごちゃ混ぜになっているのだ。

「これが限界か……。だが、退路は開けた。行け、一夏、箒! 残りは俺たちがどうにかするからな。また会おうぜ」

 春樹は言う。
 数は減ったものの、まだ完全なる安全が確保されたわけではない。ここから出るなら今の内だ。タイミングを逃せば、再び不利な状況になってもおかしくない。
 一夏と箒は悔しい気持ちを抑え込みながら、ここから脱出を試みる。
 前方には何もなし。一直線に抜ければ外に出る。外に出れば、暗い路地とご対面できるだろう。

「春樹……絶対にまた会おうな!!」

 そう叫んで一夏と箒は外へと脱出できた。
 そして、一夏と箒は奇妙な光景を目の当たりにする。

「なんだよ、コレ……」

「ああ、訳が分からない。一夏、いったい何が起こったのだろうな?」

 二人の目に飛び込んできた光景は、鎧のヒト型兵器がグチャグチャになって動かなくなってしまっている残骸であった。それも一体だけではない。何体ものスクラップがそこに横たわっていたのだ。
 いったい、いつ、だれが、外の鎧のヒト型兵器を倒したというのか。
 だが、こんな光景をいつまでも見ていられるほど一夏たちには余裕ががないのだ。
 一刻も早く、ここから離れてセシリアが教えてくれた目的地へとたどり着かなくてはいけない。そこに、すべてを解決するものがあるのだから。
 二人は飛ぶ。セシリア・オルコットという友達の願いを叶えるために。



[28590] Episode6 行間三
Name: 渉◆ca427c7a ID:e84211ce
Date: 2013/05/02 12:10
 鳳鈴音へ仕事の依頼の話が来るのは意外なほど早かった。一日も経たない内に依頼の内容が決まったのだ。
 その内容は、霧島レポートを手に入れること。その文書は日本へと渡ったことが分かったらしい。だから、彼女は近い内にまた日本へと渡ることになってしまった。

「あの、お母さん。私ね、また日本に行くことになっちゃった」

「そう……。ねえ、鈴音。日本の生活は、やっぱり楽しい? 一夏君たちと一緒の方がいいのかしら?」

 鈴の母親はちょっぴり寂しげな雰囲気でそう言った。

「うん、そうね。一夏や春樹たちと一緒に過ごした時はとっても楽しかった。IS学園に行くために日本へもっかい帰った時に、また一夏と春樹に再会して、やっぱり楽しかった」

「そっか。ねぇ、覚えてる? 鈴音が中学校三年生のときに言ったこと」

 中国へと帰り、中学校三年生となった鈴音はISに興味を抱き、国家代表を目指すべく、まずは代表御候補生になるためにISに関する勉強を頑張ったのだ。そして、その努力は実ることになり、今となっては立派な代表候補生となった。
 夢を叶えるためにそこまで努力する理由は、彼女の一つの願いからだ。

――私が国家代表になったら、お父さんと仲直りして!!

 当時中学校二年生だった鈴音が中国に帰ったのは、両親の離婚が原因だ。
 鈴音はその活発さからよく男の子たちと遊ぶことが多かったが、その中でも一番仲良くしていたのは織斑一夏と葵春樹だった。そのときが一番幸せだったのかもしれない。だけど、その幸せも両親の喧嘩によって壊れてしまった。
 仲直りして欲しい、というのは自分のワガママだということは重々に分かっている。自分はあのときの時間を取り戻したいだけなのだ。あの、楽しかった時間を。
 彼女の母親も、その提案に思わず頷いてしまったのだ。だから彼女は頑張ることが出来た。分からないことだらけのISの学問を、その願いと想いだけで努力し続ける事ができた。
 自分の願望が叶うまであと一歩なのだ。
 霧島レポートというものを見つけることが出来れば、自分には大きなバッグが付くことになり、国家代表への道もグッと縮まるはずだ。そう信じている。

「覚えているよ。忘れるわけないじゃない。それは私の一生のお願いなんだから」

「そうよね。ねぇ鈴音。また日本に戻るなら……その、日本にいるお父さんにこの手紙を渡してくれないかしら」

「うん、分かった……。って、お父さん日本にいるの!?」

「うん、そうなの。今は日本にいるんだって。お父さんのお友達から連絡があったの」

 それは初耳だった。だって、自分はついこの前まで日本に居たのに、そんなことは一切教えてくれなかった。いや、教えてくれなかったんじゃない。教えれなかったんだ。まだ母親の決意が固まっていなかったのだろう。
 そして、その決意は固まった。この手紙の中に、母親の気持ちのすべてが書いてあるのだろう。

「言っておくけど、絶対に中身は見ないでね。それを見ていいのはお父さんだけ。分かった?」

「うん……」

 もしかしたら、これで自分の目的が果たされてしまうのかもしれない、と今から期待で胸が膨らむ。その手紙の内容がネガティブなものだという考えは今の彼女にはなかった。もうちょっと手を伸ばせば手に入る幸せな時間。大好きな家族と過ごした日々。

「じゃあ、今の内に荷造り済ませちゃいなさい」

「はーい!」

 その元気な返事はまるで子供のようだった。
 第三者が見たらどれだけ痛々しく映ったのだろうか。今の鈴音は、どこかしら壊れてしまっているのかもしれない。自分の求めている幸せな時間を追いかけるのに必死なのだ。そして、それがもう少しで果たされそうになっている。
 周りが見えなくなってしまうのも仕方がないのかもしれない。

「もうちょと。もうちょっとで……。よし、やってやる!」

 荷造りの為に入った自分の部屋で、彼女はそう呟いた。
 彼女の中では家族との幸せな時間はどんなものよりも大事で、取り戻したいものだ。年頃の女の子なら、男女のお付き合いとか考えてもいいものだが、彼女にはそんなものはなかった。彼女は家族の事しか考えられない。
 ただ、両親が離婚するまでは一夏や春樹に好意を寄せていたこともあったが、それが恋心なのかも気付けないまま、こんな事になってしまった。
 鈴音の母親はそんな娘の事を心配していた。娘が自由に使える意志、想い、行動、そのすべてが自分たちの喧嘩と離婚で狂ってしまったのではないかと。
 母親は、ただ後悔し続けた。この状態の娘を放っておくわけにはいかないと思う。だから、こんな関係はもう終わりにしたいと考えた。
 母親とその娘は思う。

――もう、すべてを終わりにして、元に戻したい。

 と……。



[28590] Episode6 第四章『過去と現在、それを結ぶ真実‐Attack_the_Phantom‐』
Name: 渉◆ca427c7a ID:e84211ce
Date: 2013/05/03 11:37
  1

 篠ノ之束は剣崎結城の下へと帰ってきた。だが、元気がない。よく見ると目が赤く、涙の跡がうっすらと見える。

「おかえりなさい束さん。どうしたんですか? 元気ないですね」

 結城は分かっていながらも、そう問う。その問いに対して正直に答えてくれることを期待せずに。

「なんでもないよ。あはは」

 なんでもない、と言う割には覇気がない。笑いも乾いているし、誰が見ても何もないだなんて思うことはないだろう。春樹を失う前の篠ノ之束のテンションを知っている者からしたら、随分と落ちぶれたようにも見えるだろう。
 だが、結城は知らないのだ。落ち着いた風格が本来の篠ノ之束の姿だと思っている。だから、彼女の苦悩を理解できていないのだ。精神的に追い詰められている彼女の事を、根っこの部分まで知ることが出来ない。

「…………」

 沈黙が続く。
 結城はISの資料に目を通していくが、束は特に何かをすることもなく、どこを見ているのかも分からなく、溜息をずっと吐いている。もう何回目の溜息なのだろうか。結城は五回目以降は数えるのを止め、もうこれで何回目なのか分からない。

「はぁ……」

 さて、今ので何回目だろうか。
 あたかも何かを聞いて欲しいと言わんばかりの態度なのか、それとも本当に上の空になってしまっているのか、彼には分からない。分からないから、いったい何があったのかも聞こうとして、喉まで出かけていた言葉が出ない。この雰囲気は、どちらかというと聞いて欲しくないように見えてくるから、という理由もある。
 つい数十分前まではうるさいくらいに議論を続けていたというのに、この静けさは何だろう。この深夜帯に男女が密室で二人きりでいるというシチュエーションは、いささかいい気分にはならない。これが男の性なのか、篠ノ之束の事を意識してしまう。
 これは恋心とは違う。篠ノ之束の事に対してはそんな気持ちを抱いているはずもなく、ただ単にこのシチュエーションで気持ちの変化を起こしてしまっているに過ぎない。
 このまま沈黙を続けている訳にもいかない。篠ノ之束から話しかけるような雰囲気は全くなく、ここは彼から話しかけるしかない。

「あ、あの……束さん。そんなに溜息して、どうしたんですか? よく見れば、目も赤いし、えっと、涙の跡も見えてますよ」

 ぎこちない言葉使いになりながらも、気になっていたことをすべて聞く。
 結城は話してくれることを期待して話しかけたわけじゃない。この沈黙を破るために話しかけたのだが、意外と束は質問に答えてくれたのだ。

「え? あはは、ばれちゃった? まぁ、こんな感じじゃばれるよねぇ。ごめんね、気を使わせちゃって。あのね、一夏と箒ちゃんは、イギリスで春樹に会っているみたいなの。えと、春樹っていうのは……私の初恋の相手なんだ」

 このことは初めて聞いた。特に気になるのは春樹という篠ノ之束の初恋の相手の事。

(え? 春樹って、もしかして……)

 結城は気づいた。春樹、というのは世界で初めて現れたISを操縦できる男性の一人。織斑一夏とともに発見された男、葵春樹の事ではないか、と。いや、それ以外は考えられない。一夏が束とこの組織内で関わりがあるのだ。まったく関係ない別人の春樹ということは考えにくい。ましてや一夏と箒の任務先で会うなんて、葵春樹本人以外考えられないではないか。

「剣崎君なら知っていると思うけど、春樹っていうのはISを動かせるもう一人の男、葵春樹の事だよ。彼にはたくさん助けてもらったし、私の事を大事にしてくれた」

「その……束さんは、春樹さんのどこが好きなんですか? どうして好きになったんですか?」

 結城にとってタイムリーな話題だ。先ほど休憩した時にシャルロットとした会話の中に、自分と布仏本音のことがあった。内容としては恋心の話。自分には恋愛の経験はないし、人を好きになるという事がよく分かっていない。そうなるほど男女の距離が縮まったことが無いのだ。それに身近な恋愛沙汰といえば小鳥遊孝之と祇条楓のこともある。二人の関係を見てきたが、恋愛の本質的なところはまったく見えてこないのだ。
 だから、自分の気持ちも、本音の気持ちも、よく分からないのだ。
 だから聞いた。

「私が彼を好きになった理由は、いつもそばにいてくれたから。私の事を支えてくれたから。絶望的な状況にあっても、私の事を必死に励ましてくれた。彼は私のわがままも笑って聞いてくれた。とっても楽しい時間を、彼は私に与えてくれた。どんな辛いときでも楽しい時間に変えてくれた」

 次々と羅列していく彼女が抱く春樹への気持ち。
 それを聞いて結城は複雑な気持ちになってしまう。こんなにも健気で本当に彼の事が好きな彼女をほったらかして葵春樹はいったい何をしているのかと思ってしまった。イギリスだなんて遠いところにいないで彼女の下へと今すぐにでも飛んで来いよ、と思う。
 そのとき、篠ノ之束の精神は限界に来てしまった。

「は、る、き……。うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!! 春樹! 春樹ぃ……!! なんで私の隣にいないの!? あんなにも守ってくれるって言ってくれたのになんで!? 会いたいよ……。抱きしめて欲しい。彼を感じたい。ねぇ春樹ぃ……会いに来てよ……」

 彼女は泣き喚く。大好きな人が隣にいない不安や苦痛。貯めこんだストレスがここで爆発してしまった。きっかけは、結城の質問。正直、彼はとんでもないことを聞いてしまったと感じた。地雷を踏んでしまったと思った。
 だが、彼は何もできない。彼女の心を癒せるのは葵春樹ただ一人なのだから。
 だから、彼はここに居て、ずっと束の近くに居てあげることにした。何もできなくとも、今の彼女を一人にすることは危険だと感じたから。これが本当に正しい行動か分からないが、この行動が正解だと信じる。
 篠ノ之束が壊れてしまっては困るのだ。誰も幸せになれない。だから、春樹の代わりになれないのは分かっていても、とりあえず傍にいてあげる事だけは――。


  2


「何なんだよコイツら!! 硬過ぎる。こんな装甲、どうやって作るんだよ!!」

 ブルーノは叫ぶ。突然現れた鎧のヒト型兵器。鈍色のボディには何かしら嫌な雰囲気が漂っているように感じる。目の前の無人兵器は心を持たないが故に、どんな残酷なことでも平然とやってのける。無慈悲に人を押しつぶすために生まれたような重装甲。その重量故移動速度は遅いが、自身をホバリングさせることによって機動力を確保している。
 ゆっくりだが、着実にこっちに向かってきている鎧のヒト型兵器を、春樹、ブルーノ、そしてキャシーの三人は一機ずつ着実に仕留めていく。数は減っているものの、それでも人を押しつぶすのには十分すぎるほどの数だった。

「ぺちゃくちゃ喋ってないでアレをぶっ壊しなさいよ! 一機でも多く!」

 しびれを切らせたキャシーは、ブルーノの発言にイライラしてしまっていた。

「分かってるけどよぉ、俺の装備は前ほど決定力のある火力を持つ武器がないんだよ。物量で攻めるようにしてるから」

「この脳筋野郎!! そんなんだからアンタはモテないのよ! もうちょっとスマートにいかないの!?」

「それはこっちの台詞だキャシー! お前だって火力馬鹿なだけじゃねえか! ちまちまと攻撃するのが面倒くさかっただけの短気女がっ!!」

「うるさい!! 今の状況分かってんの!?」

「十分すぎるほど分かってるよ! おい、春樹! アレをもう一回使うわけにはいかないのか?」

 春樹は二人の言い合いには参加しようとしなかった。この絶望的な状況に気を紛らすような会話は一切しようとしなかった。この場で一番余裕がないのは彼なのかもしれない。無駄口を叩くような余裕など、今の彼にはなかった。

「おい春樹! またアレを使うわけにはいかないのか!?」

「何言ってんのよアンタは!」

 ブルーノの提案に答えたのは春樹ではなくキャシーだった。

「アレはそう易々と使っていいものじゃないのは分かっているでしょ!? あんなものを乱用したらそれこそ世界が取り返しのつかないものへと変わってしまうの!」

「分かってるよ。ダメ元で言ってみただけだよチクショウ!」

 二人がそんな会話をしている最中、春樹は一人黙々と鎧を潰していた。バスターライフルの高出力ビームで装甲を溶かしていく。しかし、もうエネルギー残量も少ない。このままでは先に力尽きてしまうのはこちらだろう。

(こんなところで終わってたまるかよ。俺はまだ、束さんに何も伝えてないんだ)

 春樹は必死に鎧を潰していく。突っ込んでくる鎧を確実に打ち抜き、その動きを止めさせる。もういくつ潰しただろうか。数えていなかったから詳しくは分からないが、二〇は確実に潰している。だが、この狭い地下に次々と侵入してくる鎧たち。いったい、どこからこれほどの数を引っ張り出してきたというのか。どこからこの鎧はやってきたというのか。
 この地下に響き渡る炸裂音と金属音。ビームによって溶かされた金属が、この地下の温度をとんでもないものへと変貌させる。ここの光景はまさに地獄だった。
 確かに数は減らした。一夏と箒の退路を確保した。だが、それが限界。誰よりも圧倒するほどの実力を持った彼らでも、数で押されれば呆気ないくらい弱くなる。今の状況はISの有利な要素をなくしてしまっているのだ。ISの最大の強みである、ほぼ無制限な高速の立体機動にある。だが、このような狭い場所ではそれは発揮できないのだ。
 出口はもう塞がっている。一夏と箒が脱出した後、すぐに閉じてしまったのだ。大量の鎧のヒト型兵器によって。

「キャシー、お願いがある」

「なに? 春樹」

「俺とブルーノでもう一度穴を空ける。その隙にお前は脱出して一夏たちの援護に回ってくれ」

「ちょっと待って! 三人でもヤバいのに私が抜けるわけには――」

「いや、大丈夫だ。こっちにはアレがある。問題はない」

「それはダメよ!」

「これしかないだろう! 俺たちは目的を達するまでは死ねない。それが終わるまでは死ねないんだ……」

 キャシーは黙り込んでしまう。そして、ブルーノも。残された道は、世界の摂理を無視する禁忌。それが神への冒涜だとしても、彼らはやるしかないのだ。その結果、どのようなことが起こるのか分からない。
 それでも。

「分かったわ。春樹、ブルーノ、お願いね」

 春樹とブルーノは頷く。
 出来る限り、近づく鎧を排除してからフォームへと入る。ブルーノと春樹は手を繋ぎ、一瞬にしてその姿を消した。


  3


「一夏さん、箒さん、どうしましたの……?」

 セシリア・オルコットは一夏たちに連絡を取ろうとしていたが、繋がらなかったのだ。ついにブルー・ティアーズの修理も終わり、これから合流しようとしたというのに、こんな不吉なことがあっていいのだろうか。
 また、なにかよくないことに巻き込まれてしまっているのではないか、と不安になる。
 色んなことがありすぎた。布仏本音の誘拐未遂の現場に立ち会い、帰ってきたイギリスでは襲撃を受け、一夏たちと離れ離れに。連絡が取れたかと思えば、数十分後には連絡が取れなくなってしまった。
 今回の事件、動いている組織は一つではない。もっと多くの組織が動いているのだろう。でなければ、ここまでの規模の事件は立て続けに起こらないはずだ。

「セシリア! 『亡国機業(ファントム・タスク)』からこんな文書が届いたぞ!!」

 ドアを開け、叫びながら入ってきた男はドゥーガルド・フィリップスというLOE社の社長だ。そして、彼は確かにこう言った。『亡国機業』と……。とても不吉な名前だ。そして、社会の裏を知る人間ならばその名前は必ずと言っていいほど耳に入ってくる。元々、ISを奪うだけの組織ではなかったようだが、あるときを境に、奴らはISを奪い去ることに集中し続けた。その目的は不明。戦力の独占か、あるいはその他に理由があるのか。
 ともかく、『亡国機業』から届いた文書は次のような内容だった。
 この件から身を引け、そうすればチェルシーは返してやる、と。
 そんな内容、信じるわけがなかったが、無視できる内容でもなかった。そんな約束は嘘っぱちに決まっている。身を引いてしまえば、絶対にチェルシーは帰ってこないだろう。かと言って動いてもチェルシーは殺されてしまう。そして、情報がこちらに漏れているということも、奴らには筒抜けだろう。だから、ここを襲撃されるのも時間の問題だ。
 なら、どうするか。
 動くしかない。ここで身を引けば、チェルシーが用意してくれた情報が無駄になってしまう。
 それに、気になることが一つ。
 なぜ、両親が働いていた会社に『亡国機業』がいるのかということ。
 その真実を掴み取るためにやるべきことは一つ。

「襲撃してくる奴らを迎撃して、一夏さんたちと合流する。それが、わたくしがやらねばならぬこと」

「何を言っているセシリア?」

「ドゥーガルドさん、わたくしはやらねばなならないことがありますわ。ですから、一刻も早くここから逃げてください。もちろん、ここにいる社員の方々全員で」

「セシリア、死ぬんじゃないぞ?」

「理解が早くて助かりますわ。ありがとうございます、ドゥーガルドさん」

 ドゥーガルド・フィリップスは察していたのだ。これからセシリアがやろうとしていることを。それが昨日に行ったブルー・ティアーズを改修する目的であったということを。
 そして、彼は企業を支える社長でもある。ここで情に流されてはいけないことも十分に分かっているのだ。だからこそ、ここはセシリアに任せるしかない。今、ここを守れるのは彼女しかいないのだから。

「では、ドゥーガルドさん、逃げ延びてください。そして、わたくしも生き延びますわ」

「ああ、分かった」

 セシリアは走り出す。この部屋から出て、外へと出る。もう外は暗い。これから向かうのは両親が設立した会社、Cunard_Black_Sky_Lineだ。そこに何が待ち受けているのか、彼女には想像もつかない。だが、親友のチェルシーだけは何としてでも助け出す。それが、彼女の行動する理由であり、想いである。

「行きますわよ、ブルー・ティアーズ! 再びわたくしと共に舞い踊りましょう。友人たちを守るのです!」

 彼女の体は光に包まれ、青い装甲が身についていく。リファインされた流線型のボディと強力な装備は、どんなものでも撃ち抜くだろう希望を感じられる。今の彼女が頼りにできるのはブルー・ティアーズただ一人。

「!?」

 そのとき、何かの声が聞こえたような気がした。聞きなれない声のようだったが、今は空中だ。誰かが話しかけてくるわけがない。通信も切れているし、話しかけてくる人などいないはずなのだ。

(幻聴……? いえ、でも、確かに声が。いえ、そんなことはありえませんわ。今はただ、目の前を向いて飛ぶだけです)

 彼女は様るの暗闇へと姿をくらました。


  4


 一夏と箒の二人はCunard_Black_Sky_Lineのオフィスビルへとたどり着いていた。
 現在、チェルシーと同じ舞台の人たちと合流し、オフィスビルの付近を調べている。

「チェルシー隊長がこのオフィスビルの裏口から入っていったのですが、そこにはもう見張り番がいるんです。正面突破は難しいですね。おそらくISを装備しているでしょうし」

 隊員の一人がそう言う。双眼鏡で確認したところ、そこに居たのは一夏と箒と関わりのある人物。特に箒とは因縁深い関係だ。

「スコール……か」

 あの金色のボディカラーに、繭のようなバリア。そして、その繭の糸を使った脳への直接攻撃兵器を使う彼女がそこに立っていたのだ。

「やはり、この案件には『亡国機業(ファントム・タスク)』が絡んでいたんだ。どうやら、一夏の予想通りだな」

「ああ、アイツらとの決着はここでつけてやる」

 一夏は力強く宣言する。どうやら、春樹と再会できたことによって、気持ち的に立ち直ることが出来たようだ。

「しかし妙だな。そう思わないか一夏?」

「ああ、俺もそう思う。それに、彼らが言うにはここは――」

「セシリアの両親が設立した会社という話になっているな。だけど、どう見たって普通のオフィスビルにしか見えない。そんなところになぜゼロ・グラビティが運び込まれ、『亡国機業』がいるんだ?」

「それを調べるために攻撃を仕掛けるんだろ? スコールにそのことを聞き出す。それが俺らがやれることだ」

 現在、チェルシーの部隊によってオフィスビル周辺のチェックが行われている。遠くから見た感じだと、警備役は一人にしか見えない。だが、そんなことあるわけがないのだ。絶対にその近くに襲撃に対抗する何かがあるはずなのだ。

「織斑一夏さん、チェックが完了しました。目視できるだけで一〇以上の兵器がスタンバイしているみたいです。形状は中世の鎧のようなヒト型兵器という話です」

「了解。そうか、春樹たちの施設を襲ったあの兵器がここにも。つまり、あの襲撃も『亡国機業』によるものだった、ということか」

「一夏、どうする? 突っ込むか?」

「それしかないだろう。一気に接近して短期決戦だ。それが今取り得る最善手だと思っている」

 一夏と箒はお互いに頷く。二人は見つめ合い、タイミングを取る。息を吸い込み、吐き出す。その工程を終了したところで二人はISを身に着ける。その瞬間――急激に加速した白と赤のISはスコールへと突っ込む。
 あっという間に詰まるスコールとの距離。一夏は雪片弐型を握りしめ、スコールへと叩き付ける。
 ガキンッ!! という金属音。
 一夏の目の前には白い繭があった。これがスコールの操るISの装備。鉄壁の盾とも言えるそれは、どんな火器を使っても貫くことは不可能だろうと思える不気味な存在。そして、人の脳を弄りまわす趣味の悪い兵器でもある。
 初撃は失敗に終わってしまった。これで腕の一本を持っていくつもりだったが、どうやらそう簡単にはいかないらしい。

「クソッ!!」

 一夏はそんな言葉を吐きながら一度距離を取る。
 目の前にはスコール。彼女は笑いながら話しかけてくる。

「あらぁ、久しぶりじゃないお二人さん。性懲りもなく私たちの邪魔をしてくるだなんて、運命の赤い糸で繋がっているんじゃないかしら? じゃあ、今度は物理的に私と糸を繋ぎましょ?」

 艶めかしい言葉使いをしながら、彼女は繭の糸を一夏と箒へと飛ばす。それはまるで生き物のように縦横無尽に動き回る。
 二人は、あの糸の恐ろしさを知っている。特に箒は一度あの糸に襲われ、脳を弄られた経験を持っている。あんなものに脳を弄りまわされることなど、絶対にさせてはならない。あのときは無事だったが、次も無事だなんている保証はどこにもないのだから。

「絶対にあの糸に捕まるな! いいな!?」

 箒は一夏へと警告を飛ばす。
 二人は飛び回る形で繭の糸を回避していく。一本を避けても次々へと無数にある糸はこちらへと迫ってくる。
 近づけない。苦しい表情をする一夏は見てしまった。スコールが、にやりと笑う様を。
 嫌な予感がする。また時間がゆっくりと流れるような感覚に陥ってしまう。
 息苦しい空間から解き放たれた瞬間、二人が見たものは鎧のヒト型兵器であった。
 その重装甲が、二人に襲い掛かる――。


  5


 セシリア・オルコットはロンドン市内上空を飛び回る。丁度ロンドンの象徴とも言える時計台――ビッグ・ベンの上空を飛んだ瞬間だろうか。嫌な予感がする。とても、不気味で、凶悪で。

「!?」

 セシリアは急旋回してビッグ・ベンから飛んできたビームを回避した。
 ハイパー・センサーにはISの反応。
 ついに来た。暗部組織との直接対決がついに開始される。
 彼女はスターライトmkⅣを握りしめて、接近してくるISに照準を合わせる。次は自分の番だと言わんばかりに正確無比な射撃を繰り出す。
 襲撃を仕掛けてきたISはビームがヒットしようが構わずこちらへと接近してくる。どうやら、ブルー・ティアーズの弱点を知っている者のようだ。このISは中距離から遠距離というレンジに対応したものであり、接近を許してしまえば苦戦を強いられること間違いない。
 だが、もうそれは過去の話。接近戦が苦手だった過去のブルー・ティアーズではない。最初の改良は後退用のスラスター強化による遠距離を保たせる改良。そして、昨日行われた改修によって得られた接近戦用装備。接近戦用ショットガン。拡散範囲の小さいものを採用することで、目の前の敵を確実に吹き飛ばす。その弾速も相まって、その対応はほぼ完ぺきなものとなるだろう。

(さぁ、こちらへいらっしゃい。このスターライトのビームを掻い潜ってこちらへと来たところで、ショットガンがアナタを吹き飛ばしますわ)

 敵はシールドエネルギーの残量など気にしていないかのようにこちらへと近づいてくる。
 目の前まで接近してきた八本の脚のようなものを背中に持つISは、その足でセシリアに攻撃を仕掛けようとするが、セシリアはすばやくショットガンを取り出してトリガーを引く。散弾が敵ISの腹部にクリーンヒットし、その衝撃で後方へと飛ぶ。

「なんだ、これは……!! 聞いていたのと違うぞ!!」

 八本の脚を持つIS、アラクネを操る女性はそう言った。そのISを操る女性の名前はオータム。一夏たちと死闘を繰り広げた一人である。

「ふふふ……。アナタが持っている情報は古いものですわ。今のブルー・ティアーズは一味も二味も違いますのよ!!」

 不敵に笑いながらセシリアは再びスターライトmkⅣに持ち替える。
 オータムは接近さえできればこの戦いは終わりだと考えていた。だからこそ、シールドエネルギーの残量など気にせずに無理やり接近してきたのだ。なのに、まだ戦いは終わっていない。
 彼女は回避に専念する。これ以上の攻撃を受けるわけにはいかない。
 だが、セシリアが敵をそう簡単に逃がすわけはなかったのだ。見ると、セシリアの背中に装備されているビット装備であるブルー・ティアーズⅡが無くなっていた。それはつまり――。

「なっ!?」

 オータムは目の前に出現したビットに驚きの声を上げた。
 これが、ブルー・ティアーズの力だ。縦横無尽に動き回るビット装備を持つこのISは射程圏内に入れば、それはすでに狩猟の標的に過ぎなくなる。確実に相手を撃ち落とす、それがブルー・ティアーズのコプセントであり、その完成系である。あとは、乗り手の問題。この扱うことが困難な武器たちをいかに自分の手足のように使えるか、それだけなのだ。
 そしてそれをセシリアはやってのけた。別に彼女は特別な才能を持って生まれたわけではない。最初はISの適性など一般的には下の方であった。しかし、絶え間ぬ努力によってセシリアは代表候補生という立場まで上り詰め、こうやってISを自分の手足のように扱うことができるレベルまで到達した。
 ビット装備など、ISの業界では初めての試みだ。無線で小型のビーム砲を複数飛ばし、それをイメージ・インターフェースによって操縦者の脳波で操る。つまり、目の前の事に集中しながら複数のビットの軌道をそれぞれイメージする必要があるのだ。
 そんなこと、普通の人ではできっこない。だが、セシリアはやった。
 そして、こうやってオータムはビットの軌道と砲撃に翻弄されてしまっている。

(アベンジャーという奴らに比べたら大したことありませんわね。それに、今回は相手が一人だけ。接近はこれ以上許しませんわ)

 だが、その思いが叶う事はなかった。相手だって馬鹿じゃない。自分の予想が外れたからといって、そのまま負けるわけがないのだ。

「何ですか、この反応は!?」

 セシリアが驚くのも無理がない。突然、ハイパーセンサーには無数の赤い点が表示されたのだ。それは、こちらへと向かってくる。

「くくく……あははははははははは!! 馬鹿が、このままやられるかっつーの!!」

 背中に羽を付けたジェット機が装着されているIS――いや、これはISじゃない。シールドエネルギーが存在していないのだ。つまり、これはISとは違う人型兵器ということだ。
 ビームブレードを持つタイプとライフルを持つタイプの二つが存在している。

「これはいったい……まさか、そんな!」

「私が何の準備もせずにお前に攻撃を仕掛けたと思ってんのか? 本当にそう思ってんなら頭の中はお花畑なんだなぁ。さて、今度はこのフライングゴーレムがお前を襲うぞ。死ぬ覚悟はできたか?」

 セシリアは何のアクションも起こさない。いや、起こせなくなっているのだ。目の前に訪れた死の恐怖に体が震えて次の行動に移せないのだ。頭も上手く働かない。このままでは殺されてしまう。

(駄目ですわ、このままでは殺される。動かないと、動かないと殺されてしまいます。早く……早く動かないと!!)

 ライフルを持ったフライングゴーレムがセシリアへと銃口を向ける。照準はOKだ。あとはオータムが支持を飛ばせば無数のゴーレムがセシリアを襲う。

「撃て!!」

 オータムは宣言した。ゴーレムは一斉にトリガーを引いてビームをセシリアへと照射する。
 その時――セシリアは何とか体を動かした。間一髪だった。もう少し決断が遅かったらゴーレムにズタズタに引き裂かれていただろう。

「ちぃ、避けたか。だが、それだけだ。ゴーレム、遊撃モードに移行、ブルー・ティアーズを粉々にしろ」

 無数のゴーレムは一斉に動き出し、セシリアを囲むように舞う。
 そして、一斉にセシリアへと攻撃を仕掛ける。ライフルを持つゴーレムは休むことなく、正確な射撃を永遠と続けている。ビームブレードを持つゴーレムはひたすらセシリアに近づき、その身を切り裂こうと行動する。
 セシリアの動きは完全に制限されてしまった。
 だが、彼女が獲得した技術はこんな状況だからこそ輝く。ブルー・ティアーズが得意とする戦況は、一対複数となったときの突破力にあるのだから。
 だからこそ、セシリアは歯を食いしばる。目の前の恐怖に打ち勝とうと、自分にムチを打ち付けるかのように自らに罵声をぶつける。

「こんなことで恐れていて情けないですわねセシリア・オルコット。それでも代表候補生になったISの乗り手ですか? ふざけるんじゃありませんわ! 攻撃なさい、攻撃なさいよ、この軟弱者がっ!!」

 セシリアは叫びながらビットを飛ばす。八基ものビットなど、並のIS操縦者では扱う事などできないだろう。少し前まで、BT兵器をずっと前から扱ってきた自分ですら四基のビットを扱うだけで四苦八苦していたのだ。それが倍の数になった。セシリアの確固たる意識がなければたどり着けなかった領域だ。
 仲間と共に楽しい日常を取り戻したい。
 両親の謎の死の真実を掴みとりたい。
 たった二つの望み。だが、その二つが何よりも重要なのだ。自分の下へ転がり込んできたチャンスを捨てる訳にはいかない。自分の願望が叶うのならば、自分はどこまでも行こう。どこまでも努力をしよう。努力するだけなら、何も失わない。むしろ自分に何かを与えてくれるものなのだから。
 だが、行動に移したことで犠牲者が生まれようとしている。
 そんなことは許さない。犠牲者など、誰一人として出すものか。

(そうよ、わたくしのワガママで誰かが傷つくなんて、そんなのわたくしのプライドが許しませんわ。そのせいでどれだけの人が悲しむか分かりませんもの。それに、軟弱者のわたくしは、そんな責任を背負いたくありませんわ。だから、自らをもってして解決しなくてはなりません。それが――)

 セシリアはレールガン、Sir_Lancelotを取り出す。アベンジャーとの戦いで使った危険な代物。だが、先の戦いでその威力は確認済みだ。ISの方にも何にも問題がないことも確認済みだ。だからこそ、今使う。一回のメンテナンスで撃てる数は決まっているが、そんなことを考えている場合じゃない。
 今はセシリアの想いを放つとき。

「それが、わたくしのやるべきこと。やらなくてはならないことですわ!!」

 八基のビットを使い、ゴーレムも、オータムも、狙って動きを制限する。ビットから放たれるビームの嵐は、それだけで脅威だ。無人機であるゴーレムはそれだけで落とされるものも出てくるだろう。だが、ここはロンドン市内の上空。セシリアはゴーレムを逆に壊さないようにしていた。そのギリギリのところを撃っていたのだ。

「さて、これで終わりにしましょう」

「お前、何を言ってやがる!!」

 そんな風に喚くオータムもセシリアの猛攻撃に歯が立たない。むしろゴーレムが邪魔で思うように立体的な軌道を描けなくなってしまっていた。それでビットから発射されるビームの回避がより一層難しくなってしまっていた。

「さぁ、踊りながら滅びなさい……。わたくしとブルー・ティアーズが奏でる円舞曲(ワルツ)で!!」

 セシリアはレールガンのトリガーを何度も引く。青白い閃光と、真っ赤な火花を散らしながら砲身から物凄いスピードで投射物が何発も放たれる。白く輝くそれを目視することなどできない。気が付いたときにはオータムや無数のゴーレムの目の前にある。
 ビットから放たれるビームを踊るように避けているオータムやゴーレムに対し、正確な射撃が行われていたのだ。
 ゴーレムはその身一つ残らなかった。すべてが木端微塵になり、塵となって空中にまかれる。
 そして、オータムのIS、アラクネのシールドエネルギーはその衝撃を吸収しきれない。そのISが持ちゆるエネルギーをすべて消費してパイロットを守りきる。それだけで力を使い果たした。シールドエネルギーを失ったISの装甲は紙も同然だ。ましてやISが持つ装備など、並の兵器を上回る特別仕様だ。
 オータムは、攻撃する術も、守るすべも失ったも同然なのだ。

「さて、色々とお話を聞かせてもらえないでしょうか?」

 セシリアはビームインターセプターをオータムの首元に突き立てる。

「これも、仕組まれていたっていうのかよ……。なぁ、セシリアよぉ……私はお前に何も言えない。こうなったからには死ぬしかないんだよ」

 その時――セシリアの目の前からオータムが消えた。いや、消えたのではない。下へと落ちていったのだ。
 セシリアのハイパーセンサーにはISの反応が消えていた。つまり、オータムはISを解除してそのみ身一つでこの上空から落ちたという事。彼女は何が起こったのか分からなかった。気付いたときにはもうオータムを目視できないところまで来ていた。だから、ISのズーム機能を使ってオータムが落ちていったであろう場所を探索する。
 そして、そこにあった。
 ロンドンの象徴、ビッグ・ベンの頂点に、その身が刺さっていた。時計は赤黒い液体に染められつつあった。

「まさか、そんなことが……。ISとしての機能は生きていた。空を飛ぶことは出来たはずなのに、それを行わずにそのまま落ちていった……? あの人は、いったいどうしたっていうの!?」

 意味不明だった。まさか、オータムが自ら進んで死にに行ったというのだろうか。
 セシリアは頭を悩ませる。先ほど戦った人間が、こうやって死んでしまうというのは少々堪えるものがある。あんな無残な死に方ならなおさら。だが、ここでうじうじやっている暇はない。早く一夏と箒に合流し、チェルシーを助け出すという目的は達成されていない。

(くっ……!! 一夏さん、箒さん、そしてチェルシー……! 待っていてくださいね)

 セシリアは飛ぶ。一夏と箒が待つ目的の地、Cunard_Black_Sky_Lineへ。


  6


 突然現れた鎧のヒト型兵器に一夏と箒は反応できなかった。その重い図体が襲い掛かる。あの重量でのしかかりを食らえば、シールドエネルギーがとんでもなく削られるだろう。特にシールドエネルギーを犠牲にしている一夏の白式はこの攻撃を食らう訳にはいかない。
 だが、このタイミングでどう避けれというのか。突然すぎるタイミング。四方八方から囲まれる形で、鎧はもう目の前まで迫っているのだ。

(景色がゆっくり流れているように感じる……。ああ、俺はこんなあっけなく負けちまうのか。俺は春樹に再会できて浮かれてたのか? まったく、兄離れできない気持ち悪い奴だな俺は)

 走馬灯のように今まで春樹たちと過ごした日々が頭の中でリピートされる。
 その時だった。目の前で炸裂音がする。その衝撃でシールドエネルギーが削られるが、致命傷じゃない。こんなものは蚊に刺された程度である。

「なんだ!?」

 一夏は目の前で起こったことが信じられない。鎧は吹き飛ばされていたのだ。
 箒も唖然としていた。
 そして、スコールは突然の刺客に歯を噛みしめる。

「キャシー、相変わらず馬鹿火力ね、アナタのISは」

 スコールは諦め気味な声で言う。そこにはダークレッドのISが立っていた。
 しかし、スコールの口ぶりから彼女はキャシーの事を知っているらしい。どのような繋がりなのかはよく知らないが、おそらく過去に何度か衝突があったに違いない。

「キャシー……なぜここに」

 箒はつぶやく。目の前に突然現れた女。見た目は小さくて小学生か中学生に間違えそうな幼い容姿とは裏腹に、とんでもなくISの操縦が上手く、高火力の扱いにくい武器をいとも簡単に扱う存在。それがキャシーだ。
 彼女は金髪をなびかせながら、余裕な表情で言う。

「応援に来たわよ二人とも。私が来たからには絶対に勝てるわよ、この勝負は」

 確かな勝利宣言。それは、一夏と箒を奮い立たせるのに十分なものだった。一遍絶望を見た瞬間に、希望がそこにやってきた。こんなご都合主義みたいなことがゆるされてもいいのだろうか。だが、そんな事を気にしている暇はない。目の前のスコールを倒し、残りの鎧を破壊し、チェルシーを助け出すことだけを考えればいい。

「全機散開!! 私はまず鎧を何とかする。その間のスコールの相手はあなたたちに任せるわ」

『了解!!』

 キャシーの命令に一夏と箒は応答する。
 この戦闘が行なわれ、市民が逃げ出してしまっていて一般人の影を見ることはない。ここは完全にIS操縦者だけの戦場。
 さぁ、反撃の時だ。
 キャシーは鬼神のごとく、腰部に装着されている超火力のレールガンや、両手に握られているビームライフル。それらで鎧を次々と破壊していく。レールガンの投射物によってその装甲は貫かれ、衝撃によって装甲のほとんどがグチャグチャになり、ビームによってそのボロボロなボディを溶かしつくす。その流れるような作業にはまったく無駄がなかった。

「凄い……。これがキャシーの実力なのか。こんな奴と俺は戦ったのかよ」

 フランスでの出来事を思い出す。直接一夏とは手合わせをしていなかったものの、あのとき春樹が来てくれなかったらおそらく戦闘することになっていただろう。こんな奴が敵ではなく仲間となったことを一夏は心底安心した。
 そして、一夏はスコールを見つめる。

「アハハ……。やっぱり、これは負け戦なのね。教えてもらった通りだわ。どんなに抗っても運命は変えられない。この状況も、仕組まれていたことなの?」

 意味不明なことを言い出すスコール。一夏も箒も、この言葉は理解できそうにない。これが仕組まれたこと? 何を言っているのか。

「何を訳の分からないことを言っている? それは、お前が降伏したのだと取ってもいいのか?」

「ふざけるな……。じゃあ、今までの私たちはいったい何だったの? こんなところで終わるわけにはいかない。終わるもんですか。私は生きるためにこの道を選んだのよ」

 箒の言葉には答えない。スコールは延々と独り言を続ける。

「お前らを殺してやる。そして、私は生き残るの! さぁ、私に脳みそ弄らせてぇ、とっても気持ちいいことをしてあげるからぁ!!」

 いきなりだった。スコールはいきなり狂ったような言葉を使い出し、声も上ずっている。
 そのスコールを見た一夏と箒は共に悪寒を感じた。追い詰められた人間が、傍から見たらこのように映るものだと知ってしまったからだ。もしかしたら、フランスで追い詰められた自分らは、このように痛々しい雰囲気を醸し出していたのだろうか。

「死ねえええ!!」

 スコールは叫びながら糸を飛ばしてくる。だが、その精度はガクッと落ち込んでいた。まるでがむしゃらに攻撃しているようだ。いや、実際そうなのだろう。彼女は冷静じゃなくなっている。
 一夏と箒は余裕な表情で繭の糸を避けていく。スコールに接近し、一夏は雪片で、箒は空裂と雨月の二本の刀でスコールを斬り付ける。だが、さすがは繭のバリア、そう簡単に貫くことが出来ない。こうやって目的の守護者をやっているだけある。鉄壁の防御を持つスコールをここに置いた理由もうなずける。

「くっ……そう簡単に切らせてはくれぬか」

 箒はそうつぶやき、繭の糸を回避するために一度後方へステップ。一夏も続けて後ろへステップし、剣で繭の糸を弾き飛ばす。

「なんだよ、勝利は目の前だってんのに……! アイツの強固な繭を貫くには――」

「私に任せて!!」

 キャシーがこちらへと向き直す。彼女の腰部のレールガンが展開されており、それで眉を貫こうとしているのだ。それを悟った一夏と箒は、タイミングを見計らって左右へ飛び、その場から離れる。

「これで、アンタは終わりよ。さっさと道を開けろォォォ!!」

 レールガンから真っ赤な火花が発生し、青白く光った投射物がその砲身から発射される。
 その投射物は正確に繭へと直撃し、凄まじい衝撃を生み出す。後ろのオフィスビルの一部が崩壊し、白い煙が舞い上がる。ひと風が吹いて、その煙が払われると、スコールが倒れていた。そして、その繭はボロボロになって使い物にならなくなっていた。
 なんという破壊力。こんなものがあんなにコンパクトになってしまっているこの現状はまったくもって恐ろしい。ただ、発射できる数は発射時の熱の関係で制限されてしまっているのがせめてもの救いか。

「はぁ……使いすぎたなぁ。もうレールガンの砲身がもたない。これ以上は使うことが出来ないなぁ」

 そんな事をキャシーがつぶやき、スコールの下へとゆっくり近づいていく。

「さて、色々とお話を聞かせてもらおうかな」

「私たちだって……利用された人間に過ぎないんだ。私は、オータムは、完全に捨て駒にされたんだ」

 覇気のない言葉で言うスコール。

「どういうことだ?」

 一夏は問う。彼女は捨て駒にされた。つまり、その裏側では何かが行われていたという事。それが何か知りたい。ゼロ・グラビティの強奪、『亡国機業(ファントム・タスク)』とアベンジャーの関係、そして、このCunard_Black_Sky_Lineのオフィスビル。それが繋がったときに何が分かるというのか。正直、一夏には想像がつかない。

「……私は、私たちは『亡国機業』になり――」

 スコールが何かを言おうとしたときだった。彼女の身から突然ISが外れ、待機状態になる。その突然の出来事に驚き、次の瞬間――目の前には大きなコンクリートの壁が降ってくる。その下には……スコールがいた。
 大きな音を出してコンクリートが地面に叩き付けられる。コンクリートの粉じんが舞い、視界が遮られる。だが、そんな中でも確かに目に映ったものがあった。
 赤黒い血が、流れている。

「なんだよ……これは」

 一夏は目の前のコンクリートの壁の隙間から流れている血を見てそうつぶやいた。箒も唖然としていた。
 一方、キャシーはなんだか苦しい表情をしていた。
 コンクリートの粉じんが風によって流れ、視界が鮮明になる。すると、そこにあったのは銀のペンダント。スコールのISの待機状態のものだ。それが、スコールの血によって赤く染色されていた。
 箒は恐る恐るそれを拾い上げる。

「一夏さん! 箒さん!」

 後方から声がする。その声はセシリアのものだった。

「セ、セシリアか……」

「どうしました――これは……。そうですか、分かりました。お二人も戦っていましたのね。ところで、そちらの女性は?」

「申し遅れました。私の名前はキャシーといいます。アナタなら知っていると思うけど、春樹の仲間の一人です」

「何ですって!? あの、春樹さんは今どこに!?」

「今はもう一人の仲間と一緒に戦っています」

「そうですか、分かりました。彼はちゃんと生きているのですね」

 セシリアは安心したような表情になる。いや、実際そうなのだろう。もう一度あの頃の幸せで楽しい時間に戻れるかもしれないのだ。目的の一つが、これで達成されたようなものだから。
 だが、今はそれで安心しきっている場合ではない。
 このオフィスビルの地下へと続く階段。そこにゼロ・グラビティとチェルシーがいるはずなのだ。

「では行きましょう。チェルシーはこの先に居るはずです。どこにいるのかも、彼女が残してくれたデータによって大体は分かります。あとはハイパーセンサーに頼りながら探しましょう」

 三人は頷く。
 ここに揃った四人は、『亡国機業』を殲滅すべく、チェルシーを助け出し、ゼロ・グラビティを奪還するべく、その足を進める。
 ISを解除し、階段を下りていく四人。ISのハイパーセンサーの機能だけを利用し、誰かがいればすぐに分かるようにしているのだが、人の反応はひとつしかなかった。
 最初はハイパーセンサーの不具合か何かだと思った。だから、他の三人に一夏は聞く。

「なぁ、俺のハイパーセンサーがおかしいのか? 人の反応がチェルシーらしき人物以外ないんだけど」

「それは私も同じだ。いったい何が起こっている?」

 箒はそう答える。それに続いてセシリアもキャシーも、同じような状態になっていたのだ。つまり、ここにはもう人がいないという事。見張りもなしで、ゼロ・グラビティとチェルシーを放置しているという事になる。
 その真相を探るため、四人はチェルシーの下へと駆ける。
 ハイパーセンサーの反応を頼りに進んだ四人は一つの部屋にぶち当たる。
 四人は腕部分だけISの装甲を展開。それぞれ武器を握りしめ、キャシーのカウントで突入タイミングを揃える。左手の指が三つ、二つ、と折りたたまれていく。最後の一本を示したとき、武器を構えている右手にはより一層力が籠められる。
 キャシーによるGOサイン。
 一夏はドアを蹴り破り、四人は一斉に部屋の中へと突入する。
 しかし、そこにあったのはハイパーセンサーの反応通り、チェルシーひとりとゼロ・グラビティだけしかいなかった。

「チェルシー!!」

 セシリアはチェルシーの下へ駆け寄る。どうやら怪我もないし、意識を失っているだけだった。ゼロ・グラビティも傷ひとつない。これで一安心といきたいところだが、根本的な疑問点は何一つ解決していない。
 今回の事件の原因はいったい何だったのか。アベンジャーの襲撃があったと思ったら、次は『亡国機業』が現れた。奪われたゼロ・グラビティは無事で、チェルシーも無事だ。だが、この場には不気味なことに人がいないのだ。まるで、最初から自分たちをここに導くために起こした事件のよううにも感じる。だったら、なぜスコールは必死になってここを守っていたのだろうか。

(いったい何が起こっているんだよ……! スコールは死に際に“利用された”と言っていた。だけど、いったい誰に、どういった目的でやった行為なんだよ)

 一夏は目を強く瞑り、必死に今回の事件の要因を探る。だけど、あまりにも情報が少なくて、判断するのには不十分すぎる。何一つ分からなかった。
 その時だ、突然この部屋の照明が落ち、プロジェクターが起動し始めたのだ。

「な、なんだ!?」

 箒は驚きの声を上げる。
 そして、スクリーンに映された映像は、若い男女二人。
 それを見て、セシリアは、こう言った。

「お父様? お母様? なんで、どういうことですか!?」

 何らかの会議の映像なのだろうか? 音声はノイズだらけで何を言っているのか分からない部分もある。だが、これだけは聞き取れた。

『私たち「亡国機業」は、世界のISを保護し、隔離することにある』

 確かに言ったのだ。セシリアの母らしき人物は、確かに『亡国機業』と。

「なんですか……これは……。こんなの、ありえませんわ。なぜ、わたくしの、お母様と、お父様が、『亡国機業』に関わっていますの!?」

 一夏と箒は言葉が出なかった。『亡国機業』の生みの親、それはセシリアの両親だったという真実に、呆気にとられてしまっているのだ。
 映像は進む。映像と音声にノイズを交えながら、これまでの組織の動きをまとめるかのようなものだった。
 そして、映像が切り替わる。画面にはセシリアの両親だけが映されている。

『セシリア、元気? この映像が流れているということは、「亡国機業」がISの事業から手を引いたという事ね。だから、この映像を見ているセシリアに伝えなくちゃいけないことがある』

 セシリアは真剣にその映像を見る。その様子は、両親が暗部組織を立ち上げた人だったということに絶望している顔ではなく、両親が残した自分へのメッセージをしっかりと聞くために、心に刻みつけるために、とても真剣な表情だった。

『わたしたちは「亡国機業」を立ち上げた。それはIS、いえ、コアに導かれて起こったと言っても過言ではないわね』

 意味が分からない。こんな組織を立ち上げたのは、両親の意思ではなく、なんだというのか。一夏は頭を抱える。新たな情報は、この事件の真相を突き止めるどころか、逆に謎を深めるだけのものだったからだ。
 一方、セシリアは表情ひとつ変えないでいた。

『たぶん私と夫はこのあと殺されるでしょう。それがこの世界の摂理らしいから。この世界を壊すにはレポートの内容を知ることが必要よ。でも、それを知るとコアに殺されてしまう。やつらは意識を持っている。そして、この世界を――』

 そこで映像が乱れる。音声もグチャグチャだ。何を言っているのか聞きとれない。まるで狙ったかのようなタイミングで映像が乱れている。もし、このノイズが人為的なものだとしたら、ISの真実を隠さなくてはならない理由があるのか、知られては困ることがあるのか。

『世界の構造を創り変えるには、真実を書き綴ったレポートが必要なの。私は暗部組織でいる間にそのレポートを見てしまった。その内容を知ってしまった。私と夫はセシリアの元から離れることにした。いつ殺されるかわからないから。レポートを書いた霧島直哉と同じように』

 霧島直哉、この名前を聞いた瞬間、一夏と箒は妙な感覚に陥った。吐き気がしてくる。なぜだかは分からない。だが、急に気分が悪くなってしまったのだ。

(レポート、霧島直哉、その内容……? くっそ、なんだよこれ! 頭が、痛い)

 映像が元に戻る。
『最後に、なぜ「亡国機業」がISを集めていたか教えましょう。それは――』
 また映像が乱れる。この乱れ方は、人為的にやっているとしか思えない。重要な部分だけくり貫いているように感じるのだ。だったら、なぜ乱すという面倒くさい事をする? ただ単にそこだけ映像を削除してなくしてしまえばいいのに。
 映像はこれで終わった。
 セシリアは、脱力したようにその場に崩れ去った。とんでもない情報を与えられて、彼女の頭の中で情報の整理が追い付けないのだろう。
 一応、これで任務は完了した訳だ。これで一夏と箒は日本へと帰国することになる。
 箒は妙な感覚に陥りながらも、任務が終わったことに安堵していたときだった。
 セシリアがこちらを向き、こう言った。

「一夏さん、箒さん、お願いがあります。わたくしを、一夏さんの仲間にしてくれないでしょうか?」

 その言葉はとても弱々しい声で発された。
 だが、目だけは本気だった。



[28590] Episode6 終 章『次の魔の手 ‐Scientific_evil_spirit‐』
Name: 渉◆ca427c7a ID:e84211ce
Date: 2013/05/02 20:45
 更識楯無と布仏本音はともに布仏家の家にいた。楯無は本音の護衛任務の途中なのだ。だが、この任務、いったいいつまで続くのだろうか? 襲撃が行われなくなるまで? だが、それはいつだろう。

「ねぇ、かいちょー、大丈夫かな?」

 本音は心配の声を上げる。昨日からずっと一緒にいるが、いつもの笑顔がそこにはない。普段はいつも笑顔な彼女が、本当の自分をさらけ出すとここまで弱い人間に見えてしまう。つまり、彼女は自分の本音を隠しているのかもしれない。名前が本音だというのに、なんという皮肉だろうか。

「大丈夫だよ。本音ちゃんは、ただ待っているだけでいいの。私たちが何とかしてあげる。そのための組織なんだから! それに、本音ちゃんの王子様も私たちの仲間になったことだしぃ?」

「そ、そんな風に言わないでぇぇぇぇぇ!!」

 本音は楯無の事をポカポカと叩く。
 彼女らは一日中一緒にいるのだから、じっとしているだけじゃつまらない。だから、色々とお話をしていた。その時に出てきたのが剣崎結城のお話。つい昨日、その彼が自分たちの仲間となった。だから、その人の話題には興味があったのだ。だから、本音から色々と聞き出すことにしたのだ。
 すると出てきたのは本音の惚け話だった。命の恩人から始まって、可愛いだのカッコいいだの、挙句の果てに恋愛相談に至り、彼の事を王子様と言い出した。その王子様、というのは本音からしても言い過ぎたと反省していたみたいだったが。
 しかし、最近妹の簪の動向が気になる。しかも、その剣崎結城という男について、怪しい。最近、妙にファッションやらなんやらと相談してくるのだ。急に身なりを気にし始めたという事は、女友達に散々言われたか、男関係の二択しかない。気にし始めたタイミングが剣崎結城の話題が本音の口から話されるようになってからなのだ。
 これは間違いないと思う。

(でも、本音ちゃんはその結城君にぞっこんだし、助けられた本人だしねぇ。簪ちゃんはヒーローものが好きだから、そういう男に惹かれるのは分かるけど)

 簪は昔からヒーローものが好きだった。特撮、アニメに関わらず大好きだった。そのハマり様は姉である楯無を引かせるぐらいに。
 主人公気質で、女性のために体を張るような男。そんな男で顔もそこそこイケるとなれば、そんな簪が惚れない理由はないだろう。しかも、とても身近に現れてしまったものだから彼女は頑張っているのだ。振り向いてくれないかな? と思っているに違いない。

(だけど、待っているだけじゃダメだよ簪ちゃん。そんなんじゃ、積極的な本音ちゃんに先越されちゃうよ?)

 楯無はほくそ笑む。

「でも、お姉ちゃんはどこにいるんだろう? なんの情報も入ってこないよね」

 そう、本音のいう通り、誘拐された本音の姉である虚に関する情報が一切入ってこないのだ。

「そうだよ、虚は誘拐された。でもなんで何の情報も入ってこないの? 身代金を出せとも言ってこない。ということは、彼女の技術が目的に違いない。それは分かるけど、尻尾を出さないという事か。くそっ!! 虚、待ってて、絶対にアナタも助けてあげるから!!」



 春樹とブルーノはアジトだったところに座り込んでいた。ISの状態はもうだめ、弾もエネルギーもスッカスカ。もう動くことすらままならないぐらいまで使っていた。

「生きてるか、春樹?」

「ああ、大丈夫だ。どうにか生き残ったな、俺たち」

「ああ、これで安心して日本に行けるな」

「そうだな……」

「そう心配スンナって! 束さんもきっと会いたがってるぜ。お前の気持ちは分からないでもないがさ、彼女の気持ちも考えてやりなよ。これ以上離れ離れでいたら彼女もおかしくなるかもしれんし」

「……分かった。会うよ、束さんに」

「そうこなくっちゃな!!」

 春樹とブルーノは立ち上がる。
 一夏たちと合流し、目指すは日本。春樹は、束と再会を果たすことになる。



 レイブリックと名乗る男はある場所で、携帯電話を使ってとある人物と話していた。

「ああ、レポートの一部を手に入れた。だけど、なんの役にも立たなかったよ。やはり、断片だけじゃ何も分からない。ん? 『亡国機業(ファントム・タスク)』? ああ、予定通り活動は休止させたよ。一部のIS持ちは必死に抗っていたがな。一夏と箒の前に成す術もなくやられたと聞いている。じゃあ、そちらに戻るよ」

 男は歩き出す。
 そして、その男はイギリスの地から去っていったのだった。





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 無事にEpisode6、セシリア・オルコット編を書き終えることが出来ました。
 一気に色んなことが分かったこのEpisode6でしたが、亡国機業を立ちあげたのはセシリアの両親だとは思わなかったと思います。
 自分だって驚いています。プロットを作っていて、どうやったら綺麗に収まるかな? と考えたのちにできた設定です。
 既に死んでいるセシリアの両親の設定ならいくらでもいじれるからできた行為ですね(笑)。
 後悔はしていない、反省もしていない、てか、反省する必要はあるのでしょうか?
 さて、今回のテーマはキャラクターごとに決めていました。
 全体的なテーマは『原動力』
 一夏は『依存』
 箒は『愛』
 セシリアは『復讐心』 
 結城は『覚悟』でした。

 まずは、全体のテーマである『原動力』についてお話ししましょう。
 最初のシーンはセシリアの新生ブルー・ティアーズの最終チェックのシーンから始まりました。そして、彼女は両親の墓参りに行きます。その時に宣言したのが、両親の死を糧に自分は生きていくんだ、という意味の言葉。
 次は剣崎結城のシーン。最初は平和なIS開発に携わっていましたが、束から暗部組織の勧誘につながる。
 一夏は前回の事件で精神的にヤバい状態にありましたが、春樹からのメールで復活。行動を起こしました。 
 箒も、愛する一夏の為に行動を起こします。
 主役のキャラクターたちには、行動するための理由をすごく明確に描写したつもりです。何か行動を起こすための理由付けをしっかりと描きたかったんです。
 様々な想いがあって、みんなは動いているんです。どんな危険なことだろうとやり遂げて見せようと頑張ります。
 これが、今回のテーマである『原動力』でした。

 次に一夏のテーマである『依存』。
 これは全編通して読んでいたただいていればわかるでしょう。春樹への依存です。兄のような存在だった春樹が居なくなって結構な時間が経ち、辛い思いを経て、助けを求めます。
 そして、助けを求めた結果、春樹からメールという形で助けられるのです。たった一通のメール。だけど、これが一夏にとって何よりの助けになります。これがあって一夏は次の行動を起こせるようになったんです。
 彼がいなければ何もできない。そんな彼を今回の物語では克服させていません。未だに春樹への依存は続きます。
 もし、再び春樹が一夏の下から離れるような事があれば、また自分を塞ぎ込んでしまうかもしれません。
 最初は再会した春樹を再び一夏の手元から離れさせるつもりでしたが、そしたらまた一夏は塞ぎ込んで、次の物語の始まりも今回と同じになってしまうのでやめました。(それに束をあんな風に描写しちゃったからしょうがないよね)
 うーん、一夏は原作の一夏君とは本当に別人だね(笑)。まぁ、主人公をいたぶって成長させることが目的だからしょうがないよね。

 箒さんのテーマは『愛』です。
 あまり多く語ることはありませんが、一夏に対する愛があるからこそ、彼女はここまで一身になって頑張ってくれるのです。
 これは最初に話しました『原動力』と話が被ることもはるので省略します。
 原作ではあまり良い待遇受けてない箒さんだけど、この二次創作では一夏のハーレムが築かれてないからできることだよね。
 最近の幼馴染キャラはかませでしかない風潮はどうにかならないものか。マブラヴに強い影響受けている俺からしたら幼馴染キャラに強い思いがあるもんで。
 おっと、話が脱線しましたね。

 セシリアのテーマ、それは『復讐心』でした。
 ぶっちゃけ、自分でもセシリアの描写は上手くいっていません。このテーマを自分でも理解しきれていない部分もあります。
 明確に復讐する相手がいない中、セシリアは自分に置かれている状況を打破するため、死んでしまった両親の為にも強い人間になろうと努力します。
 そして、今回の事件なんです。もしかしたら、アベンジャーという組織が両親を殺したのではないか、という疑問。情報が少なく、手探りの中、それを聞き出すために今回の襲撃を利用しようと思います。
 ですが、それは失敗。
 情報を何も得られなかった中、チェルシーが敵に捕まってしまいます。
 そして最後にあのお話。明確に復讐する相手などいなかったのだと、セシリアは気づきます。
 抗うべきはこの世界。そう両親は言い、セシリアは誓います。このおかしな世界を必ず修正してやるのだと。
 謎が多すぎるため、明かせるタネが限られているのでちょっとわかりにくくなってしまいましたが、そんな感じです。

 そしてオリ主第二号である剣崎結城さんのテーマは『覚悟』。
 まぁ、まだ主人公らしき行動をしていない彼ですが、次は大活躍させる予定です。
 これも本編を読んでいたただければ分かる通り、束の組織に入るとき、勇気を振り絞って暗部組織に入りました。
 そして、シャルロットとの会話、そうして彼は成長していきます。何かをやるための覚悟を、覚えていくのです。

 ざっとこんな感じで書きました。
 お次は鳳鈴音のお話です。お次は休憩がてらにラブコメ調で書こうかな、と思っています。
 そのための前置きはちゃんと書きましたからね。
 次の主役は剣崎結城君。彼を掘り下げて主人公に仕立て上げようかな、と思っています。
 また時間をいただきますが、その時まで楽しみに待っていてください。
 ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
 あと、感想、講評、なんでもいいです。本当にください。私のモチベーションが下がりに下がってどうしようもないんです。
 つまらないんだったらつまらないとはっきりと言ってください。どこがダメなのかも言ってくれれば助かります。
 何が良くて、何が悪いのか、自分だけでは判断しようもないので。
 お願いしますね。
 次はEpisode1のリメイクを書いていきます。ですから、Episode7は少々お持ちください。
 では。


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