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[28586] 【習作】ぼくのかんがえたかっこいいしゅじんこう(なのは オリ主 オリキャラ 転生 原作知識無し)
Name: ワット◆af659bef ID:a17bb401
Date: 2011/08/27 05:28

辺り一面、真っ白な世界。
床も白く、空間自体も白い中、二人はその場に存在した。



一人は椅子に座り、机に向かってなにやら書類仕事をしている男性。
もう一人はその男性に向かい合わせに床で正座の自分。


「あの……」


沈黙に耐え切れず、遠慮がちに口を開くが、その問いに返事は帰ってこなかった。
体感時間で30分ぐらいこの姿勢でいるのだが、正直に言って…………つらい。
そもそもにして自分が何故こんな場所にいるかがわからない。
わかっているのは気が付いたら此処に正座でいた、ということぐらい。

あとは………

必死に思考を巡らせて思い出してみる。
自分の名前は 渡辺 幸辰 
三月二日生まれの20才、地方の田舎大学生。出身地域は焼きカレーが名物? のあそこ。

うん、そうだ。そんな感じ。そして昨日は何をしてたんだっけ?

昨日は確か金曜日で講義は四コマ目に1つしかなかった。
そのあとはいつもどおりバイトに行って、くたくたになって、夕飯を作って、シャワー浴びて、布団を敷いて、歯を磨いて、寝ようとした。
そして携帯にメールが来ていたので確認したら……


「ふむ。そこまでにしたほうがいい」


そんな思考を遮るようにして、男性が漸く言葉を発した。
考え事に集中していたので、視界はぼやけていたのだが、男性の声を聞いて、焦点が戻る。
床に向けていた目線を、声の発生源のほうにむけると、どこか厳しそうな目で男性はこちらを見ていた。
灰色の髪はオールバック、細められた目と灰色の瞳、厳格そうな顔つき、服装は上下を黒のフォーマルスーツで薄紺のネクタイをしている。

なに を そこまで にしたほうが良いのか?

そんなことを問おうとして、止めた。
それよりも聞きたいことがたくさんある。
此処はどこ? 貴方は誰? どうして自分はこんな場所にいるのか? なんでこんな非常事態なのに自分は冷静でいられるのか?
などなど脳内にたくさんの疑問点が湧き出てしまい混乱してしまう。
しかし、相手側からアクションが出たのは好機だ。
だから動揺を抑え、先に挙げた疑問の中で一番マシなモノを尋ねてみることにした。


「えっと、私は何故ココにいるんでしょうか?」


その問いに対して男性は僅かに口元を緩ませる。
はて? 何か変なことを聞いてしまったのだろうか?
その疑問が顔に出ていたのを彼は察したのか、右手に持っていたボールペンを置き、告げる。


「いや、すまない。まさかそんな丁寧に聞かれるとは思わなくてね。ココに連れて来られた輩はだいたい口やかましく取り乱すんだ。
 此処はどこだ、お前は誰だ、なんで俺は此処にいるんだ、など。それらに比べたら君は大人し過ぎて困る、いや違うか、非常に助かるよ」

「はあ、どうも」


どうやら褒められているらしい、けれど、どこか釈然としないし意味不明なので手放しで感謝が出来ない。
どうにも気まずいので視線を自身の胸元に逸らして、気がついた。
男性は正装をしているのに対して、自分は寝間着……ではなく愛用の黒ジャージである。
あまりに彼とはこの場において釣り合わないので、恥ずかしくなってしまう。
とはいえ、男性は言った、【連れて来られた輩は~】と。
つまり自分の意思とは関係なくこの場に連れてこられたのであり、だからこそ、この服装は仕方のないことなんだ…よね?


「さて、本題に入る前に確認事項があるが、構わないか?」


男性は緩んだ口元を引き締めると姿勢を改めて聞いてきた。
先の質問ははぐらかされてしまったが、会話の流れから鑑みるに下手にこちらから行動せず、受け身姿勢でいたほうが彼にとって都合が良いらしい。
脱力して崩れてしまった姿勢を正し、彼に相対する。
その態度をあちらはYESと受け取ったようで、確認事項とやらを続けた―――



「君の名前は渡辺幸辰。20歳の男性。実父は田村竜宏、実母は小林雪菜。

 経歴は……この場に於いてはあまり関係ないので確認事項からは除外させてもらう。

 君は12月24日の22時32分に、当時交際していた恋人の高橋 恵美を庇い自動車に跳ねられて死亡」


「………………えっ?」


「先ほど言っただろう? 取り乱す、と。つまりはそういうことだ。ココに来た輩はほとんどが死人だよ」








死亡。








「……………えっ?」


意味が解らない、わからない、わかりたくない。
男性から告げられた言葉を理解したくなくて、でも彼の言葉はシンプル解り易くて、けれど認めたくなくて、だからこそ自身の記憶を探るしかない。


しかし。


「おぼえて………ない?」


数分前の思考―――男性から遮られる前の―――を継続するも該当する記憶が思い浮かばない。
男性からの確認事項が混乱を招き、その原因を探ろうとしても更に混乱してしまう。
最初は何の冗談だ、と言いたくなってしまったが、男性の様子を伺えば冗談や嘘を言っているようには見えない。


つまり―――


「私は死んだんですか………」


言葉の語尾に疑問符は付けなかった。
まるで自分に言い聞かせるように呟くことしかできない。





――――――静寂






あちらはなにも言わない。
こちらはなにも言えない。



どれくらいの時間がたったのだろうか、そして辺りを統べていた静寂を打ち破ったのは―――



「聞いても……いいですか?」

「どうぞ」



―――こちらだった。


「なんで私“だけ”記憶が無いんですか?」


男性の言葉から察するに
【ここに連れてこられた人たちは大抵取り乱す。それは彼らは死んだことに自覚があるから】
みたいな事柄をほのめかす様に言っている。
けれど渡辺幸辰にはその自覚が無い。
少なくとも覚えているのは、前日の布団に入って眠りに着いたところまでだ。
だからこそ考えてしまう、何故? と。
そんな意味合いを込めて尋ね、男性のほうを見上げると、彼は考え事をするように目を瞑り、そして開いて答えた。


「別に君“だけ”というわけじゃない。

 稀に自分が死んだ理由が思い当たらず、終いにはその過程を忘却する輩はいる。

 恐らくは君は狂ったんだろうね、あまりの痛みに。

 脳が、記憶が、そして魂が痛みに耐えきれず、自己を守るために消去したのだろう。

 言うべきか言わざるべきか迷ったが一応教えておく。

 君が車に撥ねられた後、約3分ほど苦悶の声を漏らしながら道路をのた打ち回ったらしいよ。

 そして、その果てに死んだ、というワケだ」


「そっ………そうですか……」


別に期待していたわけじゃないが、聞くべきでは無かった、と後悔する。
痛みに耐えきれず、のたうち回ったって………オイ。
もし第三者が見たら、今のお前のツラも事実に耐え切れず、引き攣ってるぞ、と言うだろう。
そんな動揺を余所に男性は机に両肘を突いて、手を組み姿勢を崩した。


「さて、ここからが本題だ。君は《転生》という単語は理解できるかね?」

「……はい。輪廻転生とかですよね。漫画とか仏教とかで有名な」

「ならば問題ないな。率直に言えば君には転生してもらう。加えてそちらに拒否権は無い」

「わかりました」


男性の命令口調に拒絶せず肯定すると、彼は意外に思ったのか、訝しげな表情を浮かべていた。


「わからないな。理由は聞かないのか?」

「ええ。聞いたとしても答えてくれるような気配がしませんでしたから。それに―――

「それに?」

 ―――情けない話ですが、精神的に疲れました。
 こんな夢みたいな、いや、夢で在って欲しい話は早く終わらせたいです」


本当に情けない。
けれど自分の体面すらどうでもいいと思ってしまいたくなるぐらいに疲弊している。
両肩は重く、首筋は痛くて、頭は垂れ下がり、まさに無気力状態。

夢で在って欲しい。

記憶が無いのではなく、ただ知らない事柄だったとして、また一日を始めたい。
この夢が醒めたら、朝起きて、目が覚めて、土曜日なのだから午前中から夕方までファミレスでバイトをして―――


「了解だ。君が望むのであれば、早々に切り上げるとしよう。

 まず君の転生先の世界は《渡辺 幸辰》が住んでいた世界とは似通いながらも異なる。

 故に転生した後は以前の世界から持っている固定概念を破ることをオススメするよ。

 まあ、つまり君は《渡辺 幸辰》の記憶を持ったまま《×× ×××》になる、ということだ。

 しかしながら前回の記憶というのは先も言ったように固定概念として《×× ×××》の足を引っ張りかねない。

 よって、その世界の基本的な知識を転生と共に与えることにする。

 最初は知識情報の氾濫によって混乱してしまうかもしれないが、赤ん坊から始めるのだから、なに、時間はたくさんある。ゆっくり整理すると良い。

 そしてこれは結構重要なことなんだが………………聞いているのかね?」


「あっ、はい、すいません。続けてください」


現実逃避紛いに呆けていると男性から注意され、より細められた目で睨まれてしまった。
話を早く終わらせてほしいと頼んだのはこちらなのだから、呆けていたのは失礼な態度だったのかもしれない。
慌てるようにして謝罪し、先を促すと、彼は軽く鼻を鳴らし、話を続ける。


「君に限ってこんなことを考えることは無いと思うが、仮に転生先の世界で死んだとしても今回みたいなケースはまず起きない。それを忘れないようにしたまえ」

「はい」

「よろしい。連絡事項は以上だ」


男性はそのように締め括ると姿勢を崩し、後ろに寄りかかるようにして天を仰いだ。
遠まわしにさっさと話を終わらせろ的なこと言ってしまったので、連絡事項は駆け足みたいになっていたのは、無論自分のせいなのだが。


「………あの」


聞きたいことが、どうしても確認しなければならないことが一つだけ……ある。


「どうぞ」


男性はいまだ天を仰ぐような姿勢のまま答えた。
彼の背中側から背もたれが軋むような音を立てている。
というか、これは明らかに上から目線(事実そうなのだけれど)で見下されてるのか、それともただ面倒なだけなのか。
もし後者であるならば、外見や口調の割に形式的な儀礼が苦手な人? なのかもしれない。


「メグは………高橋 恵美は無事でしょうか?」


先程、現実逃避している間に少しだけ思い出したことがあったのだ。

其れはデートをする約束

確かに自分は土曜日の夜に、恋人のメグと約束を交わしていた。
クリスマスイブということもあってシフトが忙しい中、同じバイト仲間やチーフと二カ月ぐらい前から話し合って無理に開けてもらった時間。
認めたくはないが男性が告げた自分の死亡時刻は明らかにその時間帯を指している。
もしかして、と思うと不安が止まらない。

アホみたいだ。

本当に彼女を心配し、想っているのであれば、男性から告げられた時点で真っ先に確認すべき事項だっただろうに。
自分本位な考えをしていた渡辺幸辰は情けない男、彼氏失格に値する。
そんな風に自己嫌悪に陥っていると男性はいつの間にやら姿勢を変え、両手を組み、膝を組んでリラックスしていた。
けれど彼の表情は体勢とは裏腹に真剣な表情で真っ直ぐにこちらを見つめている。


「彼女は無事だ。生命活動においても支障はない。
 加えて言うなら、事故に遭う寸前に君がとっさに突き飛ばしたおかげで巻き込まれずに済んだ。
 外傷に関しても掌をすりむいた程度だよ。安心したまえ」

「よかった。教えてくれてありがとうございます」


どうやら彼女は無事でいてくれたらしい。その事実を聞いてどこか心が軽くなったような気がした、が。
しかし男性の表情は相も変わらず真剣身を帯びている。


「………なにか?」

「君をあちら側に転生……いやこんな単語使うから誤解が生まれるのか。君の記憶を《あちら側》へ転写する前に少々お節介をさせてもらおう」


またもや意味がわからない。転生という単語を使うことで誤解が生まれる? あちら側へ転写する?


「《転生》という単語を使ったのは、ソレが一番理解しやすいからだ。
 私個人としては君が行うのは《転生》じゃない、と思っている。もちろん“私個人”を強調しているのだが」

「どういう意味でしょうか?」

「そのままの意味だよ。君の世界で言う《年寄りの冷や水》。軽く聞いてもらうだけでいい」

「はい」


男性は軽く咳払いをして、先ほどの長話をするときの姿勢を取った。



「《渡辺 幸辰》は死んだんだよ。死んだ人間は甦らないし、甦らせない。これは《こちら側》の鉄則だ。

 もっとも《あちら側》でどうなっているのかは、管轄が違うので知らんがね。

 限りある《生》を懸命に生きて死ぬ。そうして初めてそれは《生命》と呼べるものだと私は思っている。

 端的に言えば、だ。君は《あちら側》で《×× ×××》として生きて、死ね。

 同様に《×× ×××》として死ぬために、生きろ。間違っても《渡辺 幸辰》での《生命》を引きずるべきじゃない。

 あくまで《渡辺 幸辰》の物語を知識で知っている、ということにして欲しい」



「……………………………………………………………………………………ごめんなさい。半分も理解で無いです」



情けないことこの上ない。恐らくありがたい説法なのだろうが、わからなかった。
たぶん、新しい人生を謳歌しろということなのだろうか? けれどソレは変な話に思えてしまう。
男性の話が正しいのであれば、記憶を消すなり出来るだろう。
まあ、誰でも簡単に思い付きそうな矛盾を彼は理解した上で言っているのだろうから、尋ねても答えてはくれない、きっと。
けれど男性は満足そうに頷いている。はて?


「別に構わんよ。むしろそこまで期待などしてはいない。ただ私が言ったことを忘れないで欲しいだけだ」


これはひょっとして彼の自己満足ですか? まさに《年寄りの冷や水》?


「さて、そろそろ刻限だ。………っと、そういえば1つ質問をいいかな?」

「はい、どうぞ」

「《リリカル》やら《なのは》やらの単語に聞き覚えは?」

「いえ……無いです。それは何なんですか?」

「いや、なんでもない、忘れてくれ」


口元になにやら含み笑いを浮かべながら、男性は机上の書類にサラサラと音を立てて、まるでサインをするかのようにボールペンを躍らせた。


その瞬間―――


「―――――ッ!?」



耳鳴りがする。頭が痛い。両手を床について、堪えようにも耐え切れない。







痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い
イタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイ
いたいいたいいたいいたいいたいいたいぃぃぃーーーーーッ!!?






その耳鳴り、痛みは急に止んだかと思ったその時―――






















最後に聞こえたのは、そう、テレビの画面を切るような―――そんな音。
























[28586] その1
Name: ワット◆af659bef ID:a17bb401
Date: 2011/07/02 18:28
さて、突然だが現状を確認しよう。
私が私として意識がはっきりしたのは、ついさっき。
私は今子供用椅子に座っており、目の前のテーブルには円形のホール級ケーキが。
スポンジは純白の生クリームでコーティングされ、その縁はイチゴと生クリームで綺麗にデコレーションされている。
ちなみにチョコレートのプレートには

【お誕生日おめでとう♪ ユキ キムラちゃん♪】

的な意味の文字が書かれていた。
このケーキが手作りならば凄い気合の入れようだと思う。というより、きっと恐らく絶対超級気合い入魂ハンドメイドだと思う。
だって、問題なのは三本の蝋燭。ソレが全てを台無しにしていたから。


ケーキの中央には蝋燭が三本突き刺さっていた…………直径五センチくらいのが………三本。


ソレらはバラけて三角形を描くように刺さっているのではなく、己の存在感を誇示するかのように束ねられた形でそびえ立っていた。
加えて、その根元には狙いすましたかのように、ちびシュークリーム? が二個添えられているあたり……どうなのだろう。

どう反応すべきか迷ってしまい視線を父さんであろう人物に向けると、表情は確かに笑顔と呼べるかもしれないが顔が引き攣っていた。笑おうとしているらしい。
次に母さんらしき人物に目を向けると涙を全開にしながら微笑んでいる。何故?







「おっお゛誕生日………お゛め゛、でとう゛。ユ゛ギぢゃん」「誕生日おめでとう。ユキ」








母よ、貴方か。

















Fatal Winter


















“彼”は私は赤ん坊からやり直すと言っていた。
もちろんそのことでかなり不安だったことを隠すつもりはない。
だって初めてなんだもん、意識がしっかりした状態でのベイビィ時代なんて。
当たり前の話だけれど、私が前回の《生》を生きていたころの、さらにバブゥやらチャーンだった時代の記憶なんて覚えているはずが無い。

けれど……その…どこか期待していた部分もあったんだ。


曰く、母親の胎内は胎児にとって凄く安心できる場所だの。
曰く、母親の母乳は乳児にとって至高の味。既製品のミルクはそれに比べるのもおこがましいぐらいにカスだの。
曰く、父親や母親が誰かが無意識にわかり、抱擁されるだけで幸せな気分になれるだの。


そんな根拠のない風説を聞き及んでいたため、知的好奇心が刺激されていたのだが、現実は残酷なモノで、私は既に三歳児となっている。
最初はかなり戸惑ったのだけれど、“彼”との対話を思い返してみてナルホドと納得することにした。



『まず君の転生先の世界は《渡辺 幸辰》が住んでいた世界とは似通いながらも異なる。

 故に転生した後は以前の世界から持っている固定概念を破ることをオススメするよ。

 まあ、つまり君は《渡辺 幸辰》の記憶を持ったまま《ユキ キムラ》になる、ということだ。

 しかしながら前回の記憶というのは先も言ったように固定概念として《ユキ キムラ》の足を引っ張りかねない。

 よって、その世界の基本的な知識を共に与えることにする。

 最初は知識情報の氾濫によって混乱してしまうかもしれないが、赤ん坊から始めるのだから、なに、時間はたくさんある。ゆっくり整理すると良い』



つまりは前回の知識とこの世界の基本的な知識などの数多の情報整理に脳のほとんどを費やし、整理するまでに三年の月日が経ったのだろう。
ちなみにこの三年間の自分の記憶を参照してみると、無口で無愛想な態度を取っていたようだ。
これはかなり両親に苦労をかけていたみたいで申し訳ない。
とはいえ、三年間は流石に時間を費やし過ぎではなかろうか?と言いたいが、新しい生を与えてくれた“彼”に文句は言えない。

小さな子供用ベッドで寝がえりを打って仰向けになり、誕生日プレゼントとして父さんから手渡された動物のぬいぐるみを抱きしめながら“彼”の言葉を反芻する。



まず六行目に関してだが、コレは先も言ったように納得できたので割愛。


次に一、五行目に関して。
私が生まれたこの世界は地球では無いらしい。そもそもにして舞台が違うのだ。
私は文系の人間では無かったし、たとえ知識があったとしても自分自身に対して上手く説明できる自信が無いが、頑張って整理してみる。
ここは《次元世界》と呼ばれるものであり、そう、例えるなら……

波も流れも無い湖があって、そこに沢山のボールが浮かんでいる感じ。
そしてそれぞれのボールの中で生き物が住んでいたり、文明を築いていたり、はたまた何もいなかったり。
この次元世界の住人、要するに私たちは、そのボールの中で生活している。
もしかしたら私が知らないだけで、前回の世界に酷似したボールがあるかもしれない。
《キムラ》なんて、コレ明らかに《木村》だよね?

次に《魔法》という技術について。
この次元世界には《魔法》という技術が存在する。
コレが脳裏を駆けた瞬間、ああファンタジーね、なるほどね、と流しかけた。
が、どうにも私の知っている漫画や小説、ゲームに於いて有名な《魔法》とは異なるらしい。
言うなれば、《魔力素》という物質を利用した科学に近い技術だそうだ。
新しい学問の分野として勉強してみるのも新鮮味があって面白そう。そこはかとなく興味が惹かれる。


次に二、三、四行目に関しても割愛していいと思う。
要するに前回の世界に固執し過ぎて今回の世界に順応出来ない、なんてことをされると“彼”にとって迷惑だろうから注意してくれたのだろう。


「きみはじげんせかいでユキとしていきてしね。ユキとしてしぬためにいきろ」


個人的には気に入ったフレーズ。
理由は? と聞かれてもたぶん説明できない。
でも、確かに胸に響く言の葉。


「あのひとはぞくにいうかみさまだったのかな?」


呟き。
口調は舌っ足らずになってしまい、なんとも締まらない。
けれどソレが自分のことであるのにも関わらず、どこか可笑しくて笑ってしまう。
ふと、抱きしめているぬいぐるみの両脇に手を入れて、仰向けのまま天井に掲げてみた。

茶色いふさふさの毛。
ずんぐりむっくりで丸っこい胴体。
つぶらな瞳でこちらを見つめる頭部。
短い割に太い四本足。
そして二本の後ろ足の間から垂れ下がる、本体に比べても大き過ぎる黒と茶のしましま模様の太い尻尾。


「かわいい………のか?」


正直に言ってこれを選んだ人のセンスがわからない。
あの誕生日ケーキもそうだし、何故にコレ?
もっと、こう、別の種族を選ぶことが出来たのでは?
イヌとかネコとかクマさん、有名なモノはたくさんあるはずだ。他には亜種としてアライグマとか、ブタさんとか。
なのになしてこんなマイナーを選ぶ?


でも。


改めて、そのぬいぐるみを抱きしめる。
ふわふわとして柔らかい感触。
別に実物のように体温があるわけでもなく、それはオリジナルを模倣し外見に改良を加えた模造品。


けれど どこか あたたかくて あんしんする。





それはきっと―――




私が“私”として覚醒して初めての―――





誕生日プレゼントなんだから―――











































ああ、忘れてた。
ちなみに父さんと母さんは現在隣のリビングにいます。
さっきまでは誕生日ということで父さんと母さんに祝ってもらい、夕食を食べてました。
デザートのアレですが、申し訳ないと思いながらも夕飯だけでおなかいっぱいだと告げると、母さんは残念そうな顔を浮かべてましたが、そこは父さんの役目。


「今すぐでなくても、後でハルと一緒に(ケーキを)食べればいいじゃない? ほらっ僕も頑張るから」

「ちょっ! あなたっ!! ユキが居る前でそんな………私とケーキを一緒に食べる……なんて………」

「ちっちがうよっ! そういう意味じゃなくて!!」

「えっと。とうさん、かあさん、おやすみなさい」

「ううん、いいのよ、あなたが頑張るって言ってくれるなら………あのね、私もね………そろそろ二人目が………欲しいなぁって……」

「やっぱりあのケーキはそういう意味!? かなり露骨だよね!? いや気付いたけどさっ!!」



このことはいずれ生まれてくる弟妹に教えるべきなのだろうか。
取りあえず母よ、自重してください。





[28586] その2
Name: ワット◆af659bef ID:a17bb401
Date: 2011/07/02 18:29
―――耳に響いてくるのはシャッター音。


カシャ。カシャ。カシャ。


それは何枚もの金属の板をすだれのようにつなぎあわせた建具、鎧戸のほうではなく。
カメラの撮影時によく聞くそれ。


「ユキが起きちゃうよ。もっと静かに出来ないの?」

「写真を撮るときは音を鳴らす。それが私のポリシー」


なにやら近くで話声が聞こえる。
その声は耳に伝わるだけで安堵感をもたらしてくれる柔らかいもの。


「フラッシュ…だっけ? それを焚かないなら良いけど……デバイスで映像記録とか出来るでしょ?」

「もちろんウィリスにも撮ってもらってるから大丈夫、抜かりはないわ」


思考回路が休眠モードから活動モードへ切り替わる感覚を覚えて、ああ、もうすぐ目が覚めるんだ、と漠然と理解できた。


「前々から思ってたけどなんでカメラ? いや、それをハルにあげたのは僕なんだけどさ。
 骨董品だよソレ、ウチの倉庫に埃かぶって封印されてた、しかも保存魔法もかけられて無かったし」

「レトロな感じでなんか良いじゃない? お義父さんも言ってたけどカメラには親のロマンが詰まってるの」


カシャ。カシャ。カシャ。

その無機質な音が自分の安眠を妨げていることを理解したとき、煩わしさを感じてしまう。
けれど同時に話声がもたらす安心感がソレを鎮静させていて、このまま睡眠を継続するのも有りかな、と思った。


「ユキのこの状態が可愛いのは認めるよ。そしてこの映像を永久保存して世界遺産として保護登録するように管理局に申請するべきなのも」

「だよねっ! この寝顔は反則過ぎるわ! 普段の無口無愛想な子が自分のベッドで寝るときはぬいぐるみを抱き抱えてるなんて。
 これが俗世間で言うギャップ萌ってヤツ!? ってゆーか、あなたはこの子の愛らしさに胸を打たれないの!?」

「僕は君と恋人になってから現在に至るまでに、ハルに何度もギャップ萌してるから慣れてるから」


しかし煩わしさと温かさ、二つの要素のせめぎ合いに違和感を覚えて、結局起きることにした。
半覚醒であるためにまだぼやけている思考と視界をはっきりさせようとして、目蓋を擦り、音源のほうに顔を向ける。


「ちょっ!? まさかギャップ萌に続いて寝起きのぽややんでコンボを繋げるって………なんて恐ろしい子……」

「……………ユキ、おはよう。ごめんね、うるさくしちゃって」





母よ、また貴方か。




















Fatal Winter その二
















私がユキ キムラとして覚醒し、五日経った。
現在、私は父さんと母さんと三人で朝食をすませ、仕事に向かう父さんを見送った後、母さんの私室でごろごろしながら読書をしている。
読書と言っても成人がするようなソレではない。今読んでいるのは児童向けの絵本だ。
ちなみに今呼んでいる絵本の題名は 《A Little Wizard》 
簡略して説明すると、主人公である小さな魔法使いの男の子が悪い魔法使いに捕えられたヒロインを助ける、という典型的な勧善懲悪の物語。
その絵本を読んでみて気付いたが、どうやら私はこの世界の文字を読めるらしい。
それは決して感覚でわかるというものではなく、文章の形式、単語の意味などを識っているからであり、これは“基本的な知識”のおかげと言える。
本音を言えば、このような簡単なモノではなく実用的な本を読んでみたいのだけれど、そんなことをしてしまえば余計に不審を買ってしまうだろう。


それには理由がある。


実は先ほど一騒動あったのだ。
別に個人的にも児童的にも変なことをしたつもりは無かった。
ただ、朝食を終えた後、リビングのソファーの上に置いてあった絵本を手に取り、母さんに読んでもいい? と聞いただけ。
その時の母さんの表情は一言でいえば、驚愕、に尽きる。


「………え? ユキちゃん? 今なんて? ってゆーか、いつもみたいにボケボケするんじゃないの?」


いつか言ったように私は昨日まで無口無愛想な子供として過ごしてきた。
それは嘘じゃない。
しかし、それだけではなかったのだ。

無口無愛想“無行動”な子供だったらしい。

三歳を迎えるその時まで、私は常に頭の中で莫大な情報処理を行っていた。
ソレに脳の機能の大半をまわしていたので、普通の子供が取る行動にまでは頭が回っていなかったぽい。

故に無行動。

そんな時間を重ねてきた私がいきなり本を読む、なんて行動をしてしまったために母さんは大慌て。
終いには、病院に連絡しようとする始末。すんでのところで我に返ってくれたケド。
彼女は息子の奇行に慌てた後に、深呼吸して、あらかじめ買っていたらしい児童向けの本を与えてくれた。
しかも、父さんや実家? などに連絡して……


『あなた!? あれだけ無反応だったユキが本を読もうとしてる!!』

『母さん! 今すぐそっちの家にある子供向けの本を全部こっちに送って!!』

『あ、お義父さん? あのね、ユキがね、本を読もうとしてるんです。だから良さそうなブツを送ってくれませんか?』 


とかなんとか。
なまじそのころの記憶が自分にはあるため罪悪感がハンパ無い。
きっと私は後に、暗黒期と呼ぶだろう。

手元の絵柄ばかりで文章が少ないページから目を離し、先日混乱状態に落ちた母親を見てみる。
彼女は椅子の座面に腰掛け、背もたれを両手で抱きかかえるようにして座りながら、ニヤニヤとだらしが無い表情でこちらを眺めていた。



ハル キムラ

私、ユキの母であり、ハ―ヴェストの妻。
クセのない茶色の髪をしていて、その長さはセミロングぐらいだろうか。
身長は女性にしては高いほうで170センチぐらいだと思う。
真剣な表情をしていれば、おそらくデキる女性に分類されるような外見。
暗黒期から参照するにデバイスと呼ばれる機器を整備する役職に付いていたらしい。
息子がボケボケしている間に家事を済ませ、空いた時間はデバイスをいじるのが趣味。
父が天才デバイスマイスターとか呼んでいたことから、その道に精通した人なんだろう。



「あ、そうだ。なんか飲む?」


そんな解説まがいのことを考えていると母さんから声をかけられた。
飲むー、なんて愛嬌を振りまくような真似をすれば、また母さんが混乱しそうな気がして、
どんな風に答えれば良いのか迷っているうちに、彼女は部屋の隅に置いてある小型の冷蔵庫を開けて、中を漁っていた。


「ユキはどれがいい? コレとコレとコレの中で」


母が取り出したるは二リットルぐらい入りそうな紙パック状の三本。
橙色のパック、赤い色のパック、深緑色のパック。
オレンジジュース、アップルジュース、アオジル。

……………………あおじる?

禍々しいオーラを放っているソレをよく見ると、表面には健康一番、一日いっぱい、不味いけどソレがイイッ! とか書いてある。
自分の頬が引き攣っていることに自覚しながら、母の顔を伺うとなにやら星が瞬くような瞳でこちらを見ていた。
フリだろうか? これは。


「えっと、あかいのがいい」


もちろん、そんな手には乗らない。
まず腹を下しそうな気がする、いや気がするでは無く、絶対する。
体に優しかろうが、苦さの時点で、逆流するに決まっている。
そんなわけで、その三つの中で一番妥当な奴を選ぶことにした。
リンゴジュースは子供にとってお腹に優しいと何処かで聞いたことがあるからだ。
しかし、母さんにとってはその選択が不服だったらしい、少々頬が膨れている。
そこで何か思い付いたかのように、


「ストローがあったほうがいいかしら? ちょっと待っててね」


小型冷蔵庫の上には、グラスが逆さになって供えられていたが、流石にストローは無かったのか彼女はリビングのほうに移動してしまった。
その間に自分の横に積まれていた絵本たちを片づけて、改めて母さんの私室を見渡す。

ここは私室というよりは研究室と言ったほうが良いのかもしれない。
部屋の中ににあるモノは小型冷蔵庫、デバイス関連の専門書がぎっしり詰まった本棚。
沢山の引き出しが付いている研究用机、そして部屋の隅に乱雑に積まれている精密機械らしきモノの山々。


「でばいすまいすたぁ………か」


それが母さんの以前の職。
デバイスという魔導師の使う道具を作りだし、そして整備する人。


で、あるならば。


胸元に下げられているソレを見下ろし、手にとって注視する。
鎖に繋がれた灰色の十字架。

剣十字のネックレス。

これもデバイスなのだろうか?
コレを母さんから手渡されたのは、確か去年のことだった気がする。
情報処理のために、私は基本無行動でいた。
しかし、それは私だけが知っている、こちらの事情であり、外から見れば、ただの呆けているだけの人形みたいな子供。


母さんも父さんもそんな息子を見て、なにを思ったのだろう?


贔屓目に見ても正常では無いはずだ。
にもかかわらず、二人は見た目平然と私に接してくれていた。


なんで? もしかして二人とも私が異常である理由を知っている?


ああ、思考が逸れてしまった。このネックレス関連に戻そう。
ボケボケしている私と母さんは常に場を共有していた。
彼女は家事を済ませたら、私をこの部屋に連れてきてた後、なにやら熱心に研究机に向かっていたのだ。
その姿勢はどう見ても趣味の域を超えて、熱心に、というより必死に何かを作り出す、というモノ。
そんな姿を見ていたのに、当時なにも感じることができなかった自分に腹が経ってしまう。
あの神様らしき輩に言われるがままに記憶の転写を受け入れてしまったことにすら、後悔が湧き立つ。
そしてどれくらいの月日が経ったのか、ある日母の作っていたモノが完成した。

それがこのネックレス。

真剣な表情で、コレを私の首にかけて彼女は、こう、言った。


『ユキちゃん。これは私が作ったお守り。私が良いって言うまで外しちゃダメよ』


デバイスが魔導師が扱う機器であるならば、コレは魔法に関連しているはず。
しかし、私には何故コレを身につけていないといけないのかの理由がわからない。
私にはなんらかの障害があるのだろうか? それを聞いてみるのも良いのかもしれない。
まだ母さんに対してどんな風にコミュニケーションを取ればいいのか迷っている私にとって丁度良い話題になる。
親との触れ合い方を考えなければならないなんて………………ほんとうに暗黒期が恨めしい。


と、考え事をしていると不意に後ろから足音がして来ているので思考を中断することにした。


「ストロー持って来たよー。じゃん!」


どこか誇らしげに、赤と白のストライプ柄のストローをアピールしながら部屋に戻ってきた母。

どう反応しろと? ここは うわぁーいストローだぁ とか?
いやいや今まで無愛想な子供で過ごしてきたんだぞ。間違いなく先の読書の件と同様になってしまう。
母さんにどのように反応を返せばいいかを脳内でアワアワしていると、原因たる人物はこちらの動揺を理解しているかのように微笑を浮かべながら、
赤いパックを手にとって二つのグラスに中身を注いでいる。


「はい、どうぞ」


ストロー入りのグラスを手渡され、受け取り、


「ありがとう。かあさん」


お礼を言う。


「お礼なんていいのよ? 親子なんだから」


優しく告げる母。


「うん」


ストローを咥え吸う。


「美味しい?」


あたたかい眼差しで見つめられ、口をストローから離す。


「うん」


淡々とした口調の自分が情けなかったが、これはこれで良いのかもしれない。
子供だから子供らしく振舞わなければならないと思い込んでいたけれど、そんな必要はないかもしれない。
なぜなら母さんの瞳は温かく、優しい色を帯びているのだから。
そしてそこには決して不審、不満、不興の感情は無いのだから。
そう、思ってストローを咥えなおし、薄黄色のジュースを吸う。

リンゴ味。

この世界にもリンゴがあるんだなぁーとしみじみ感心しながら、手元のグラスに目をやり、そこに自分の胸元にあるネックレスが写っていることに気が付く。
そういえば、このことを聞いてみようと思ったんだった。うむ、すっかり失念してしまっていたよ。


「かあさん」

「ん?」


母さんも同様にリンゴジュースをストローで飲んでいた。
緑効栄養満点青汁ではない。あれだけ残念そうな顔をしていたのだから、そっちだと思ったのに。


「これ……でばいす?」


ロザリオを手に持って、母さんに首をかしげながら聞いてみた。
暗黒期に喋る練習なんて碌にしてこなかったため、たどたどしくなるのは仕方が無い。


すると――





ぶふぉっ





母さんが何を考えたのか、なぜそんな反応をしたのかは理解できなかった。
ただ、なぜ彼女の顔面に液体が降りかかり、ソレが重力に従ってぽたぽたと落ちて床を濡らしているかは、理解できる。


私の質問を聞いた瞬間、母さんはストローに勢いよく空気を吹き込み、グラスの中身を炸裂させたのだろう。
そのあまりに強すぎた暴発に逃げ場を求めたジュースは、噴火する火山の如く上に吹き上げ、そしてそこには母さんの顔があった、ということである。






















しばらく、お待ちください。






















母さんは洗面所に向かい、顔を洗って、そこから戻ってきたとき、何故か注意されてしまった。
曰く、人が何かを飲んでいる最中にあんな可愛すぎる仕草をしてはいけない、と。
なんで? 私はただ質問しただけなのに。


「えっと、なんだっけ? そうそう、ソレの事だったわよね。ユキちゃんの言うとおり、ソレは私が作ったデバイスよ」

「んでね。でばいすってまほうつかいがもってるんだよね?」

「まあ、有体に言えば………そうね。魔力がないとデバイスを起動させられないし」


うん。“基本的な知識”通りだ。
母さんはどうしてそんなことを聞くのか要領を得ない、と言った感じで不思議そうにしている。


「そうなんだ。じゃあ、わたしもえほんのおとこのこみたいにまほうつかいになれるの?」


暗黒期や、今までの両親の言動から察するに、父さんは魔導師らしい。
私にもその素養があるのだろうか? 結構気になるものである。
この次元世界はもはや魔法文明と言いきっても過言ではないくらいに、魔法技術が盛んな世界。
仮に私に魔導師としての素質あるならば、その道を目指してみても良いはずだ。
というより、魔法という未知の技術を行使してみたい、というのが本音。
期待を込めて言ってみることにした。



けれど―――



「ユキちゃんは魔導師になりたい?」



私の問いを聞いた母さんは何処か悲しそうで―――



「………かあさん?」



理由は知らないが、この件は聞いてはいけないことだったのか、と後悔してしまう。



「ごめんなさい」



咄嗟に謝りの言の葉を紡ぐ。
私のせいで母さんが悲しそうにしているのは事実だから。
その言葉を聞いた母さんは、何故かビックリして目を見開いて―――





ぎゅっ





えっ? えっ? なんで!?


なんの脈絡も無く母さんに抱きしめられた。
対面になっているので、顔は見えない。
しかし、彼女は震えていて、泣いているのがわかる。


「違う。違うのよ。謝るのは、私の、ほう、なん、だから―――」


耳元で呟かれた言葉。
意味がわからない。
わかることは一つだけ。


私の言葉が母さんを泣かせてしまったことぐらい。


しかし、どうしてなのかがわからないため、どうすることもできない。
私が悪いと思って謝っていたけれど、母さんはソレは違うと言う。


謝ることができない。


理由を聞くことも憚られる。


どうすればいいのだろう?


母が泣いているのに私は何もできず、ただ、そこに在るだけだった。





[28586] その3
Name: ワット◆af659bef ID:a17bb401
Date: 2011/07/02 18:29
ベッドに横になってお昼寝をしているのは私の大切な息子。


情けなく取り乱して息子の前で泣いてしまったのを必死で誤魔化してなんとか宥めることに成功した私は、
その後部屋の時計で時刻を確認し、そろそろお昼だったことに気付いて昼食を作り二人で食べた。
相変わらず表情の変化に乏しい彼でも流石に眠気に勝てなかったのか、お昼ごはんを食べてすぐに眠そうな顔でうっつらうっつらと船を漕ぎ始めたので、
こちらの事は気にしないでお昼寝していいよ、と勧めたら寝室のベッドのほうへ移動して眠ってしまった。


すやすや、と寝息を立てているのは私の大切な息子。


この子は普段から表情が変わることが無い。事実この三年間表情が崩れたことなんて見たことが無かった。
鉄面皮なんて言葉を我が子に向けることはしたくはないが、他人の目から見ればそんな風に表現されてしまうだろう。


無表情、無感情、それが当たり前。


しかし私から見ればソレは違う、と声を高らかに挙げる自信がある。
確かに三年もの時間が経っても“そう”だったことは認める。それは事実。
けれどソレは当然であり、当たり前だ。


なぜなら、この世界に生まれてすらいない子供が表情や感情を見せることなんて出来るわけないのだから。


この子の無感情、無表情が崩れ始めたのは、つい最近。
初めて感情を見せてくれたのは三歳の誕生日の日。
最初からわかっていたとはいえ、あのケーキは少々やり過ぎだったかもしれない。
でも、三年間―――妊娠していた時間も加えるとそれ以上だ―――待ち望んでいた瞬間があの日だったのだからしょうがないということで我慢して欲しい。


嬉しかった。


ユキがあのケーキを見て、戸惑うような感情を見せてくれたことが。
ユキがあの日、眠る前におやすみなさい、と言ってくれたことが。


本当に嬉しかったんだ。


あまりの感動で夫と互いに縋りつくように泣き喚いてしまったぐらいに。
彼が息子の睡眠を気遣って防音結界を張ってくれなかったら、最悪息子を起こす上に近所迷惑で怒られるんじゃないのか、と思えるぐらいに二人で大騒ぎをした。
本当の意味で息子がこの世界に生まれたのはあの日だったんだろう。


けれど。


次の日から怖くなった。


私の親友が言った通りだったんだ。


例えば、子供らしからぬ場の雰囲気への理解の早さ。
例えば、教えてもいないのに文字を読み、文章を理解する語学力。
例えば、識らないはずのことを識っているという蓄えられた知識。
例えば―――


たった五日間でも挙げればキリが無いくらいに彼女の言ったことが現実になった。
食事、睡眠、排泄など生活に於いて必要最低限の行動を除き、
三年間まさに人形の如くただ在ることしかしてこなかった存在が、急に人間味を帯びるかのように“生き”始める。


別にソレらが怖かったわけじゃない。


親友から説明されて、夫と話し合って、二人で覚悟していたことだから。
たとえ彼女が言った通りの存在だったとしても、私と夫の子であることには変わりはないから。


本当に怖かったのは――――――ユキから拒絶されること。


この子は今まで《夢の世界》で生きていたはず。
それがいきなりこの世界に生み出されて、戸惑っているはずなんだ。
しかしその不安に付け込むような汚い真似はしたくないし、あの子は聡い上に敏いから看破されて、軽蔑されてしまうかもしれない。


『わたしもえほんのおとこのこみたいにまほうつかいになれるの?』


それが絵本の次に興味を示したモノ―――魔法。


ユキは“絵本の主人公みたいな”魔導師にはなれない。他ならぬ私の―――欠陥魔導師の―――資質を受け継いでしまったせいで。
そのことをユキが知ったとき、どう思うだろう。私の事を恨むんじゃないだろうか? だから怖い。


でも。


それはあの子にとっても同じだったかもしれない。


あの子は親にとって不審な行動を取らないように気をかけながら無難に過ごしたり、
親からの何らかのアクションに対して一般的な子供として期待されるような行動を取ろうとする、などなど。
もっとも、自身が三年間どんな風に過ごしていたのかを覚えているため、行動することに迷っていたようだが。
要するに親から気に入られようとしていた。まるで三年間をブランクを取り戻そうとするかのように。

もしかしたら、それは勘違いかもしれない。しかし勘違いでなければ?
私があの子に拒絶されることを怖がっていることと同じく、あの子も私たちに拒絶されることを怖がっていたら?
募る恐怖をそんな願望で覆い隠すことで私は自分を取り繕っていた。


そして―――


『ごめんなさい』


さっきの あの 泣きそうな 顔。


飼い主に捨てられて、ダンボールの中で寂しそうにしている子犬みたいな、顔。


ユキが初めて露骨に見せた、表情と感情。


それを見た瞬間、私の体は動いていた。


この子が謝らないといけない理由なんてどこにもない。


謝るべきなのは私のほうなんだ。だってあんな表情をさせたのは私。


関係無いんだ。あの子が何者であろうとも私の息子であることには変わらない。



















Fatal Winter その三





















あれはまだユキが私のお腹の中にいたときの出来事―――


『ねえ、ハル』

「どしたの? 定期検査は明日じゃなかったっけ?」


私は自宅のソファーに腰掛けて育児関連の雑誌を読んでいた。
妊娠初期を漸く終えて、今では安定期に入って満27週目。
つわりを感じることも既に無くなり精神的にも安定期に入っているので、来る我が子への期待を膨らませている。


名前も既に決めており、ユキということで決定した。
私の名前はハル《春》であり、夫のハーヴェストは《秋》を意味していることから、《冬》に因んだ名前にしようと前々から決めていた。
しかし、そのままフユっていうのもなんだか名前としてはカッコ悪いので、季節的にユキ《雪》ならばどーよ、という感じ。
もちろん雪もすぐに溶けて消えてしまうので縁起が悪いと思うかもしれないが、そこはユキ《幸》という風に二重の意味を被せることにしたのだ。
ナツ《夏》ということも考えてはいたけれど、それでは

春→夏→秋になってしまい、秋で流れが終わってしまう。秋は若干寂しいイメージがあるからして、
秋→冬→春であれば、春が最後に来るのでプラス的なイメージで締め括ることができる。

そのことを聞いた夫は、ハルの性格は夏も兼任できるからいいんじゃない(笑) と言っていた。私の性格が暑苦しいと言いたいのかアイツは。


『検査の日程は変わらないんだけど……時間をずらせないかしら?』

「大丈夫。イルにはお世話になっているし。三時ごろの予定だったからお昼か、夕方ぐらい?」


通信モニターに向かって微笑む。
画面の女性は申し訳なさそうな顔をしていた。
彼女の名前は イルズ コリーア。
私の幼馴染にして、親友である。
若干クセのある青髪で、眼鏡をかけており、目付きは鋭いほうで怒らせると怖い人。性格は典型的な真面目型委員長さん。
現在は産婦人科に勤めていて、私が彼女に専属医として頼んだのも長年の付き合いがある親友ならば安心できると思ったからだ。


「でも珍しいね。今までそんな事無かったし、イルは時間の管理に関しては厳しいじゃない」

『同僚が体調不良を起こしちゃったから。ハルの予定時間を充てるしか方法が無かったのよ。本当にごめんなさい』


そう言って右手で眼鏡の位置を整える。
ソレを見たとき頬が引き攣りそうになる、けれど我慢。


「―――ッ。気にしないで。それで何時ぐらいになりそう?」

『そうね……夜中になるけれど……ああ、そうだ。専属医として旦那さんとも話がしてみたいから………』

「私のお腹がおっきくなってから帰りが早いから……八時ぐらいには家にいるわ」

『そう、じゃあ余裕を持って九時に行くわね。本当にごめんなさい』


そして通信は終わった。


「大切な話がある……………か」


思わず呟いてしまった。
イルは実は左利きである。
加えて、眼鏡の位置がずれても常に左手で整えていた。
私とイルの付き合いは結構長い。三歳の時からだからもう二十年以上になるのか。
お互いの進む道は異なっているけれど、時間があれば彼女とはよく過ごしていた。
そんな風に時を共有する中で、自然に秘密のサインがいくつか作られていき、彼女が右手で何らかの仕草をする時の意味は


《誰にも聞かれたくないマズイ話がある》









そして約束の日―――









夫のハーヴェストと一緒にリビングのソファーに座り、イルが来るのを待つ。
彼にイルから大切な話があるらしいと伝えると、事の重大さを理解できたのか真剣な顔つきになった。

もしかしたらユキに関することだろうか?

ソレしか心当たりが無いため不安に思っていると、玄関のほうから呼び鈴が鳴った。
すぐにイルに通信を送ると、画面が開かれる。


「合言葉は?」

『ハルの旦那の格好良さは異常』

「よろしい」

「毎回思うけど、合言葉に僕を使うの止めない? 前回はもっと酷かったよね?」


玄関のロックを外し、入って良しと暗に伝えると、玄関からイルが入ってくる。


「あなた」

「了解。ウィリス、探知や変身、盗聴盗撮の反応は?」

〈ありません。シロです〉

「密談する度になぜか犯罪者になった気分になるわね。悪いことをした覚えはないのに。こんばんは。ハル、ハーヴェストさん」


くたびれた雰囲気を纏いながら、私の親友が苦笑いを浮かべている。
彼女はリビングに入って、少し大きめのキャリーケースを開けて広げると、中から様々な医療機器を取り出し始めた。
どうやらさっそく検査を始めるらしい。本題のほうはその後で、ということか。


「………うん」

「順調?」


定期検査に於いての、いつものやり取り、を交わす。
今までなら彼女は私の問いに肯定の意を表していたが、今回に限ってはその表情は暗い。


「イル?」

「………ええ。順調……なはず。けれど正常に…………異常よ」

「……………へっ? それってどう―――

「動揺しないで。胎児に悪いから」


検査機器を片づけて、イルは私たちの対面に座ると大きくため息をつき、そして真剣な表情で説明を始めた。

私と夫の子、ユキは普通の子供とは異なるらしい。
通常胎児は妊娠してから20周を超えた辺りから、脳機能の整備が始まるらしいが、ユキは15周を超えた頃にはもう既に始まっていた。
25週目にして既に脳細胞の数は成人と同じくらいであり、普通は35周前後からだそうだ。
肉体の機能もそれに付随して、発達している。この時期で出産しても問題ないかのように。
それだけなら、まだ早熟と片づけることができたかもしれない。


「脳がね。異常なぐらいに活発に動いて発達しようとしてるのよ」


早熟で片づけられるのであれば、この時期には出産に備えるために脳の活動を一時的に抑制しているのが通説。
だが、ユキはまだ外界にデビューする気が無いと言わんばかりに成長を続けているのだ、脳だけが。
肉体に関しては現状維持。成長が抑制されているらしい。


「えっとイルズさん。僕は専門じゃないから詳しくないんだけど………どうやって成長するの? 外界に出てもいないのに」


一般的に、子供の脳細胞の数が成人とほぼ同じでありながら成人と同じように活動が出来ないのは、
神経細胞の発達が未熟で十分な学習や体験などが出来ず、五感の発達も未熟で脳に刺激情報が記憶や伝達も不足しているから、というものである。
ユキは赤ん坊としての機能は既に備えている。この先は赤ちゃんデビューして外部から刺激を受けて、学習、体験すべきなのだ。


「夢を見てるみたいなの」

「夢?」


夢に関してのメカニズムは未だ不明瞭な点が多く、この次元世界においてもまだ研究対象になっている。
現状においてわかっているのは、浅い眠り―――レム睡眠中―――に、PGO波という脳波が現れて、
脳を刺激して記憶を引き出し、大脳皮質に夢を映し出すというのが有力とされている。
イルも検査を進めている際に、このPGO波が現れているのを確認した、とのこと。


「でも、ユキには引き出すべき記憶が無いはずだよ。なのに……どうやって………」

「…………………読めた。幻覚魔法で外部から強制的に夢を見させられてる。どこぞのクソ野郎の怪電波を受信させられているってこと?」


ちなみに産婦人科という医療分野に於いては魔法行使はご法度である。
管理局の法でも定められているのだ。故に純科学技術を用いることが決められている。
魔法という技術に慣れ親しんでいるとはいえ、その全ての影響が調べ尽くされているわけじゃない。
と、いうより胎児に魔法を用いることがどのような事態を招くのかを調べることが出来ない。
誰が好き好んで、碌に人格形成がなされていない幼い子供を用いて実験しなければならないのか。
そしてその子供にリンカ―コアがあったら?
リンカ―コアは最先端の魔法技術を以てしても未だ生態プロセスが謎とされている魔法器官。
たとえ胎児にソレが生まれていて安定していたとしても、外部からの魔法による刺激がどんな事象を引き起こすかわからない。
ユキにもリンカ―コアが確認されているのだ。なおさら幻覚魔法は消し去らなければならない。


しかし―――


「違うわ。魔力反応は何度調べても感知されなかった」

「えっ!? それじゃあ………どうやって………」

「ハルの言う通り怪電波とは言い得て妙、ね。魔法じゃない。そして純科学に置いての電波の反応も無い…………」


イルは伏し目がちに顔を俯かせ、暗い表情をしている。
私の隣に座っている夫は両膝の上に肘をついて手を組み、前かがみに寄りかかって項垂れていた。


「イル。まだ説明は終わってないんでしょ? 最後まで聞くわ」


私は必死こいて外面を取り繕い、毅然とした態度で在るように心掛ける。まだ、話は終わってないはずだ。
なぜならユキの異常事態を理解していながらイルは私にこの事を黙っていた。
なれば、理由があるということ。
そのように暗に告げると、彼女は、理解してくれて助かるわ、と呟き続けた。


「実はね。私はコレを見たのが初めてってわけじゃないのよ」


四年ぐらい前。
イルズ コリーアは仕事を任せられるぐらい職場からは信頼されていたらしい。
そして、そのとき彼女には担当していた妊婦Aさんがいた。
その人の子供の経過はきわめて順調。もうすぐ妊娠15周目に差し掛かり、ようやく安定期に入ることができると思っていたときにソレは発覚した。

胎児の異常なまでの成長速度。

初めてソレに気付いたとき、イルズは自分の目を疑った。
なぜならついこの間まで普通に育っていた胎児が、急激な成長速度を見せているのだから。
こんな症例は聞いたことが無く、ありとあらゆる資料をひっくり返しても前例が無い。
この件は自分の手に負えないと考えたイルズは当時の院長―――今は退職して居ないらしいが―――に相談して、管理局下の病院の手を借りようとした。
そして担当医を代わって貰い、Aさんは管理局下の最新鋭医療施設に移送されることになり、原因究明のためにイルズを含めた研究チームが発足される。


だが。


「ありとあらゆる調査をしても原因はわからず、胎児は成長を続けていくばかり。そして―――」


25週目を迎えたころに胎児は夢を見始めた。
最初は私が考え付いた結論と同様に幻覚魔法かと考えられたが、しかし魔力反応は見られない。
取りあえず出産可能なぐらいまで成長しているので、母体の事も考え帝王切開で慎重に取り出し、母子を離すことに成功。


「その子はどうなったの?」

「一応、赤ん坊として誕生したわ。アレを誕生といっていいのかわからないけど」


赤ん坊は誕生した。ただし産声を上げることもせずに。
それは死産を比喩している表現ではない。本当に産声をあげなかった。
まるで赤ん坊型の玩具のように、ただそこに在るだけしかしない、可愛げのない人形のようなモノ。


「確かに生物学的な見地からすれば、あの子は確かに生きていた。けれど人間的に見れば生きることしかしなかったという言い方が正しいわね」


心臓も動いていたし、母乳も与えれば飲む、排泄行為だって普通にする。
ただし、そこに感情は無い。生きていく上での最低限の行動しかしない。
生後2週間もすれば、頬笑みを覚えてもおかしくはないのに、快、不快の感情すら表に出さない。
漸く生まれてきた我が子が、そんな存在であったと知った時の母親の絶望は如何なものだろう。


「原因はすぐにわかった」


夢。


赤ん坊は常に夢を見続けていた。
脳のほとんどの機能をソレに費やし、学習らしき行為を続ける。
そして体がある程度動けるようになると、寝返り、四つん這い、お座り、つかまり立ち、伝い歩き、歩行、さらに複雑な行動―――
ソレらが必要な行動であると予め知っているかのように、無表情で取り組む赤ん坊。
その姿はまるで筋力トレーニングに取り組むアスリートのようだったらしい。
シュールを通り越して、ソレはもうホラーにしか聞こえない。


「生まれたときからマルチタスクを使っているみたい、だね」

「私も同意。でも思考の分割というより、本能と精神の乖離じゃないかしら」


イルは、そうね、と疲れた表情で大きくため息をついた。
ソレに含まれていた感情の色は、強い後悔。
彼女はきっと、医者として、そしてなにより“母親になれなかった女として”懸命に頑張っていたのだろう。


「イルズさん。さっき、ありとあらゆる調査をしたって言ったよね?
 夢を見せる幻覚魔法じゃないなら、それを止める手段が無いのはわかったよ。でも、どんな夢を見ているのかを知ることは出来るんじゃないの?」

「その通り。何もできない私たちに不信感を募らせていた両親はそうしたいって言ってたわ。
 別にそうしたいって思うのは悪いことじゃない。親が子を理解したいって気持ちは普通だもの。けれど私たちはソレとは別の理由で反対してたのよ」

「……………………その子は魔法の素養があったんじゃ……」

「そう。一歳にして魔力量だけでもAAA+。炎熱の魔力変換資質持ち。天才を通り越して鬼才レベルの魔力量」


イルのその言葉を聞いて私と夫は反射的に頬が引き攣ったのが、わかった。
ちなみにハ―ヴェストの魔力量もAAA+。私はD。
その子供がどんな子かは知らないが、魔導師としての資質は十分過ぎるぐらいにあると言える。

イル達のチームが反対した理由は容易に想像できる。
他者の記憶を覗き見るためには純科学の技術にはまだ出来ないので、魔法を用いるしか術が無い。

けれど両親が我が子の記憶を覗こうとして、万が一、子供がそれに気付いてしまったら?
ソレを受け入れてもらえればいいかもしれないが、その子が嫌がって暴走してしまったら?

魔力量AAA+は伊達じゃない。
暴走すれば、間違いなく周辺地域が消し炭と化してしまう。




…………………………まて。




確か三年前にミッドチルダ南東部でそんな事件がなかったか?


「イル。アインザック地方が焼け野原になったのって…………」

「A夫婦が住んでいたところ。私たちの制止を振り切って、業を煮やした両親は…………やってしまった」

「なるほどね。あの事件は確か反管理局組織の大規模テロって僕は聞いていたけれど、そんな裏事情があったわけか」
 

夫は歯を食いしばり、苛立ちを必死に抑えている。

その矛先は――――――本局。

あの事件では多くの人が亡くなったと聞いている。
百や千では表せないレベルの人数。
イルが管理局下の最新鋭の医療研究施設と言ったということは、本局のスタッフが揃っていたことを示している。
そしてミッドチルダのアインザック地方は本来陸の管轄地。
これは明らかに本局の研究スタッフの失態だ。
A夫婦が子供を無理矢理連れて行ったあと、本局の局員は慌てて拘束しに向かったのだろう。

けれど間に合わなかった。

しかし、このことを世間様に公表すれば本局は、あらゆる非難を受ける。
故に、名誉を守るために、反管理局組織に罪を押しつけ事実を隠した。

その汚さに夫は我慢ならないのだろう。
陸の局員である彼は例外を除けば本局の人たちを好んではいない。
ちなみに当時彼は、“とある提督”の頼みで本局の仕事を手伝っていたので、ミッドチルダを離れていた。
私も“とある提督”の元でデバイスマイスターとして働いていたのでよく覚えている。

イルもきっと緘口令を敷かれて脅されたはず。
なるほど、これは確かに誰にも聞かれるわけにはいかないはずだ。






―――沈黙






「あの子はね。あの時既に《夢》から醒める兆しを見せていたのよ」



ぽつり と 



「0歳の脳のデータと最後に取った脳のデータを見比べたら、脳の《夢》への負担の割合が減っていたの」



私はイルズ コリーアは下手な言い訳をするような性格でないことは長年の付き合いからよく理解している。



「あのままいけば四歳を迎えるころには夢から覚める予定だったのよ」



きっとユキの状態を目にしたとき、イルはアインザックで亡くなった人たちと、あの子供が頭に過ったはずだ。



「私がもう少し、もう少し頑張って説得できていたらあんな事件にもならなかった! あの子だって普通の子供みたいに成れるはずだった!!」



だから―――



「イル、信じるよ。だから教えてほしい」



私は―――



「イルズさん。僕も貴方を信じる。だから教えてほしい」



私たちは―――







「「私たちがユキのためにどうすればいいのかを」」









[28586] その4
Name: ワット◆af659bef ID:a17bb401
Date: 2011/07/02 18:30

「ハッ!」


目前に迫る剣撃を左に捌き――


「クロスファイア! シュート!」


左面から向かってくる誘導弾を魔力で強化した左手で弾き、背面から迫る誘導弾は身を少し捻って紙一重にかわす。


「チェーンバインド」「そこっ!」


足元から魔力が集束する気配がしたので、前方にツーステップ。
バインドと連携してこちらに刺突撃してくるのを、右手のウィリス――片手直剣のデバイス――でパリィ。
ついでに剣を振った勢いのまま回転して、突撃してきたヤツの後頭部を剣の平で殴り、昏倒させる。


「あぅ」


情けない声に苦笑してしまうが、訓練の最中に笑うのは不謹慎だ。


「ウィリス」

〈Sonic Leap〉


高速跳躍魔法を唱え、地を這うような低空を跳ぶ。狙いは――


「シュートバレット!」


こちらに直射型の射撃魔法を連発してくるシューター。
迫る弾道の数は十二発。でも狙いが甘い。この速度でまっすぐ行けば避ける必要はないだろう。


「ちょっ! なんで全部当たんないんですか!? ラウンドシール――」


射撃魔法を放ったら、足を止めるなと言ってるのに……
彼女は前方に盾を形成しようとしているが、詠唱も術式の構築も遅い。
展開途中のシールドを左手で殴って壊し、ガラ空きの頭を剣の平で殴る。


「きゅぅ」


――瞬間

設置型バインドが発動しようとする気配がしたので、昏倒させた彼女をそこに突き飛ばし――


「二連。コンマ八後」

〈Sonic Leap〉


後衛のサポート型の男性との距離は約九メートル。
直線的に跳ぶのではなく、向かって左前方四五度七メートルへ跳び――


〈Sonic Leap〉


そこからまた跳ぶ。
彼の首筋に剣先を突き付けて、よし、終わり。


「手加減してください。キムラ二等陸尉」

「約束通り術式は一つしか使ってないよ? クローク二等陸士?」


午前中の訓練はこれで終わり。
後片付けを終えたらお昼休憩に入っていい旨を彼に伝える。


ハル達はどうしてるかな?


出勤しているときの、妻から緊急通信を思い出し苦笑してしまう。
ユキが本を読もうとしている。それは息子が《夢》から覚めたなによりの証拠。


長かったけれど、あっという間に過ぎてしまった感じ、だね。


今朝撮った映像をウィリスに頼んで取り出し、見る。
ぬいぐるみを抱えながら、熟睡している我が子。



可愛いなぁ

















Fatal Winter その四


















イルズさんからの説明をハルと一緒に聞いて、まず最初に決めたのが情報の封鎖、要するにこのことを秘密にしようということだった。
アインザック地方を焦土にした子供と同じ症状を見せる子供を見つけた場合、問答無用で本局に連絡するようなお達しが各医院の責任者に出ているらしい。
ユキの事はどうなっているのかを尋ねてみると、


「大丈夫。あなた達の子供のデータはバレ無いように改竄して提出してるから、安心して頂戴」


とのこと。
そして自分たちに何が出来るのか知りたくて、ソレも尋ねてみるが彼女から教わったことは案外普通だった。
それは普通の子供と同じように接すること。
脳の機能を睡眠学習にほとんど費やしているとはいえ、ユキが生命活動を行っているのには変わらない。
お腹が減ったらミルクを飲むし、眠くなったら寝る(深い眠りにつくので《夢》は見ないらしい)。
大切なのは親としてちゃんと接すること、要するに愛情を注いであげること。
たとえ返事や反応を返してくれなくとも、話しかけたり、だっこしたり、それらは必要な事柄。
決して見捨てないで欲しい、とイルズさんは言った。




ハルがユキを出産するまで

ユキの事を秘密にするとは言え、ハルが妊娠しているのは親族の間では知れ渡っている。
正直に言ってあまり言いたくはなかったけれど、僕とハルの両親にさえ隠すことは不可能と判断。心配させて暴走させるわけにはいかないし。
それぞれの実家に赴いて、アインザック地方の真相も含めて事情を説明。
管理局にバレてしまったら恐らく研究対象、拘束対象にされかねない、でも主治医がちゃんと対策を知っているなどを根気よく説得した。
入院するわけにもいかないので、自宅出産に決める。幸いイルズさんは助産師の資格も持っていた。
自宅出産は病院で出産するより三割増しで危険と言われていたが、万全を期して環境を整え、そしてユキは無事出産される。




0歳から1歳まで【夢:現実 9:1 → 8:2】

イルズさんから予め説明されていたとはいえ、やはり現実を前にすると落ち込んでしまう。
笑わない、泣かない、喋らない。
何度もくじけそうになったけど、その度に皆で励まし合って頑張った。
喋る訓練をしないと後に障害が残るんじゃないかと心配したが、恐らく大丈夫らしい。
これが病気ではなく、ユキを《夢》に拘束しているヤツがいるのだとしたら絶対に許さない。殺傷設定のウィリスでみじん切りにしてやる。




1歳から1歳半まで【夢:現実 8:2 → 9:1~6:4】

データを見ると脳の情報処理の割合が不安定だった。
相変わらず心は《夢》に拘束されているのか、感情の発露は見えない。
けれど、びっくりしたことがある。

寝言を発したのだ。
それは決して赤ちゃん語ではなく、言語。
単語と単語をつなぎ合わせ、文章を構築しているかのような言語。
翻訳魔法で理解しようとしたけれど結局わからずじまい。ちょっと落胆。

このころにつかまり立ち、伝い歩き、歩行をマスターした。
本来は3~5歳で完全習得するのだが、今までアスリートのように黙々と取り組んでいたおかげなのかもしれない。
ハルが言った通り、確かにコレはホラーだ。
その様子を僕、ハル、イルズさんで見ていたけれど、なんとゆーか……夢遊病患者みたい。

排泄行為に関しては、今まではオムツを使っていたが、ある日イルズさんが“おまる”を持ってきた。
僕たちは何故彼女が持って来たのかわからなかったけれど、蓋を開けてみれば、ビックリ。
まるでソレがなんであるかを識っているかのように正しく利用している。
どういうことか、彼女に聞いてみたが、もう少し待って欲しいとのこと。

そしてユキからリンカ―コアが確認されて魔力量を測定してみると―――Aランク。
暴走に関してイルズさんに聞いてみるとコアは安定しているものの、警戒しておくには越したことはない、らしい。
正直に言えば、僕もハルもユキには魔導師の資質は持って欲しくなかったのが本音である。




1半歳から2歳まで【夢:現実 9:1~6:4 → 8:2~3:7】

ユキはまだ《夢》から出てこない。
軽く鬱になりそうだ。職場でも皆から心配されてしまった。

そんな時に事件は起きた。
夜中にユキが眠っている際、リンカ―コアが何を思ったのか魔力放出をしてしまったのだ。
その時に発覚したのはユキがハルの資質を強く受け継いでいるかもしれないこと。

魔力変換資質 氷結

話がハルに焦点が行ってしまうが、ここはユキにも深くかかわるので説明しようと思う。
ハルは魔力変換資質を持っているけれど魔力放出が得意。
一般的に変換資質を持っている魔導師は魔力放出が苦手なのだが、彼女は別だった。

ただ、ハルが魔力放出を行ってしまうと体外に出た魔力は強制的に氷結が付与されてしまう。
純粋な魔力行使が全くできないという障害を持っている。
体外に出た魔力は自動的に凍結するので、バリアジャケットも作ることが出来ない。
作成したとしても服というより氷の彫像服。魔力が質量をもった氷塊になってしまうため非殺傷設定も無理。
故に希少な資質を持っていても生かせなかった。

話を戻そう。

魔力を放出してしまったユキは体表面が氷結しようとしてしまい、ハルが傍にいてくれなかったら危うく凍傷の末に凍死させてしまうところだったんだ。
幸い、と言って良いのか甚だ疑問だけれどなんとかなった。放出が収まるまで約三分ぐらい浴室でお湯に浸らせ、ユキは事なきを得る。
ハルはどん底まで落ち込んでしまった。
自分の資質が受け継がれたせいで危うく息子を殺してしまうところだったのだから、無理もないかもしれない。

しかし、これは妙な話だと僕は思う。

リンカ―コアを持っている魔導師は無意識のうちに大気中の魔力素を取り込み、魔力を微量に放出している。
ならばハルは常日頃から辺りに冷気を撒き散らしていないといけない。
ユキだって胎児の頃からリンカ―コアが確認されていたので、考えたくはないが、母親を凍殺していないとおかしい。
そう告げると、気休めにはなってくれたのか、ハルは落ち着きを取り戻してくれた。

その後、ハルはデバイスの作成に取り掛かるようになる。
もう二度とこんなことが起こらないようにと必死に。
半年ほど時間をかけてようやくソレは完成した。

体外に出たユキの魔力が凍結しないようにする効果を持つ剣十字型のデバイス。
古代ベルカの王、聖王の加護がありますように、と。
僕たちは別に聖王教会を信仰しているわけではないが、オカルトに縋りたくなるぐらい、ユキを守りたかった。

だって、ユキは凍て付きそうになりながら、浴室で喋ったらしいのだ。ミッド語で 痛い。死にたくない と。




2歳から2歳半まで【夢:現実 8:2~3:7 → 3:7】

このころからユキの脳の情報処理が安定を見せた。
まだ《夢》から覚めてはいないけれど、ちょくちょく反応を見せてくれる。相変わらず無表情無感情だけど。
変かもしれないけれど、ぷくぷくのほっぺを突いていたとき、初めて嫌がるそぶりを見せてくれたので僕たちは泣きそうになった、いや、泣いた。

ハルが イヤッホォォォオオオオオオーーーーーーーーーーーーーッ!! と、はしゃぎ回っていたのも良い思い出。

イルズさんから、仮説だが聞いて欲しいことがある、と言われた。
ユキは夢の世界と現実の世界を同時進行で生きているのではないか説。
夢の世界で学んだ経験をこちらでも反映させて生きているみたいなもの。

食事の際に教えていなくともフォークやスプーンの使い方を識っている。おまるを見て、使い方を識っている。
翻訳出来ない言語的な寝言をいうときもあれば、極稀にミッド語やベルカ語を寝言で喋るときも有る。

それらは全て《夢》の世界で識ったことではないか?
《夢》を通して誰かと精神的に繋がっており、その人物の経験と記憶を共有しているのではないか?
あの魔力放出事件は、その人物に何かが起きて、防衛本能を働かせて魔力放出をしたのではないか?


最悪、共有では無かった場合―――


一つの精神、二つの肉体を持っており、生きているかもしれない。
もしかしたら一生このままかもしれない。
たとえ《夢》から覚めてユキの心が戻ってきても、もう一つの肉体は死ぬかもしれない。
そして、その逆もあり得るかもしれない。

そんなことを僕たちにイルズさんは告げた。
本当はそんなことを言いたくなかったはずなのに、彼女は包み隠さず教えてくれた。

でも。

一生“そう”だったとしてもユキが僕らの子供であることは変わらない。最後まで絶対に見捨てたりはしない。
二人でそう言うとイルズさんは ごめんなさい と言って泣き出してしまった。
もしかしたら、この件で一番疲弊しているのは彼女なのだろう。



2歳半から3歳直前まで【夢:現実 3:7 → 1:99】

最近は安定している上に《夢》への割合が減少している。
このままいけば、ユキは《夢》から覚めるはず、なんだ。
募る不安を押し殺し、僕たちはユキがこちらに来てくれることを願うことしかできない。
まるで長すぎる妊娠期間。

イルズさんは言った。
たぶんこの3年間のことをユキはある程度覚えているはず、と。

もし、ユキがこちらに来たとき、どう思うだろう。

受け入れてくれるだろうか? 僕たちを。
嫌がらないだろうか? こちらの世界を。

そして“こう”も言った。
データの統計からして、完全に覚醒するのは3歳の誕生日当日、午後七時三八分ごろ。

信じるしか、できない。



3歳の誕生日当日

長い時間待ち望んだ日になった。
イルズさんは別室でぐったりして爆睡している。
本当は起きていたかったらしいけど、もう限界だそうだ。

誕生日を盛り上げるために、部屋中を飾り付け準備をする。
さすがにハルが作った手作りのケーキはやりすぎだと思うが。


そして午後七時三八分―――


今までぼーっと視線を中空に固定していたユキがいきなり目を瞬かせた後、きょろきょろと泳がせ始めた。


ああ――


そして視線はハルのケーキへ。


ああっ――


どこか戸惑うような雰囲気を発して、まるで誰だよコレ作ったの、と言わんばかりに。
そして僕のほうに向けられている――表情は無いけれど――はっきりと意思を伴った瞳。


僕はちゃんと笑えているだろうか? 泣いてしまわないように表情筋に力を込めて懸命に笑う。


ハルを見ると、涙腺全壊で泣き笑いだった。ダメだよ。ユキが困ってるじゃないか。







「おっお゛誕生日………お゛め゛でどう゛。ユ゛ギぢゃん」「誕生日おめでとう。ユキ」











[28586] その5
Name: ワット◆af659bef ID:a17bb401
Date: 2011/07/02 18:30

私は普通の子供じゃない。


それは自分自身よくわかっている。
暗黒期なんて格好付けた言葉を、私は自嘲の意味で使っているが、両親からしてみれば地獄だったはず。
三歳を迎えたあの日に私はユキとして生まれたと言っても過言ではない。
しかし、両親からしてみれば違うはずだ。


感情が無い子。
心が無い子。
不気味な子。


記憶では私は常に自宅に居た。
私が異常であることが理解できていれば、精神科医などに診察してもらうだろうに。
手に負えないと思って、放逐されてもおかしくは無い。
でも両親は私に普通の子供として愛情を注いでくれるのだ。


どうして?


理解できない。
嘘だ。実は理解できる。
父さんも母さんも、私が変な子でも受け入れようとしてくれている。
親で在ろうとしてくれている。
それはとても嬉しいこと。


なのに――


どうしてこんなに胸が苦しいのか。


私は両親に隠していることがある。
転生。生まれ変わり。記憶の転写。


それを両親に隠していることに負い目を感じてしまう。
ならば全部ぶちまけてしまえばいい。
そうすれば、この痛みから解放されて私は楽になれる。


そんなのずるい。


自分で勝手に罪悪感を背負って、でもソレがつらいから耐え切れなくて、だから楽なほうに逃げようとしている。そんな卑怯なことしたくない。
それは言い訳。要するに怖いんだ。本当の事を言って両親に捨てられることが。
加えて、その理由の中に打算的な考え――経済的な問題で生きることが難しいのを識っている――が混じっているため、尚更罪悪感は募るばかり。


ジレンマ。


このまま板挟みを続けて悪戯に時間を浪費し続けても、両親は私を受け入れてくれるような気がする。


違う。


もしかしたら両親は私から話すのを待ってくれているのかもしれない。
もしかしたら私が話さないことを気遣って、触れないように我慢しているのかもしれない。


そんな縋りつきたくなる願望が浮かぶ。


まるでご都合主義。
私にとって全部都合が良いような展開。
絵に描いた餅。


でも。


私はそれに縋るしかなかったんだ――



















Fatal Winter その五





















私の言動で母さんを悲しませてしまってから数日経った。
どうしてあの時、私が魔導師の話をしたら彼女が悲しそうにしたのかの理由は未だにわからない。
けれど、なんとなく自分が魔導師になることを彼女が望んでいないだろうことはわかる。
だから魔法関連の話はしないようにした。胸元に掛かっているデバイスのことも気になるけれど気にしないフリをする。


「でね、ユキちゃんはね、寝るときは必ず私が買ったぬいぐるみを抱いて寝るのよっ! それがもう鼻血が出そうなくらい可愛いの!!」

「一昨日に出したね。そういえば」


きっと、いつか私にその話をしてくれるだろうから、ここで無理に聞く必要はないと思うのだ。
それよりも私にはやるべき、というより話すべきことが母さんと父さんにある。


「ハル。可愛いのはわかったから。取りあえずテーブルの上に広げた写真を片付けなさい」

「なによぅ……………って、ほらイルも見てよ。今のは寝転がりながら絵本読んでるところ。しかも足をバタバタさせてるのがポイント」


ここ数日、ずっと自分のことを話すべきかどうか考えていた。
結論としては……………説明しようと思う。
私の事を受け入れて欲しいから。


「あとユキ君の動画をテレビで垂れ流すのも止めなさい。かなり困ってるわよ?」

「確かにねぇ。夕食後にここ一週間の自分の記録放映会が始まれば困るよね」


たとえ拒絶されても、構わない。
もう決めたことだし、両親に隠し事はしたくないのだ。
三年間、迷惑しか掛けてこなかったのに二人は私を見捨てないでくれた。
だからこそ、私には説明する義務があると言える。
そんな理論武装を纏うことで覚悟を強固なモノにした。


「ハーヴェストさんもハルを止めてよ。ユキ君が可哀そうじゃない」

「や、息子の可愛さを自慢したい気持ちは僕もハルと同じだから」


問題は母さんと父さんの友達のイルズさん。
彼女は暗黒期から現在に至るまで、週に一回はキムラ家を訪れ、両親と交友を深めている。
確か彼女は産婦人科医であり、母さんの主治医だったそうな。
で、あるならば、私の異常性も理解していたはず。
この人も関係者なら説明するべきだろうか?


「さすが私の夫! 流石は陸の剣聖!!」

「ちょっ! その呼び方は止めてってハルには何度も言ってるでしょ!」


するべきだろう、と判断することにした。
母さんや父さんの話から推察するに私が生まれた後もちょくちょく様子を見に来てくれているのだから。


「謙遜する必要無いんじゃないの? 院内に置いてある新聞でもよく見かけるわ」

「それでもゼスト隊長には未だに一回も勝てないんだよね…………はぁぁ~」

「魔導師ランクも得物も違うもんね。おまけに空も飛べないし」

「ソレ皮肉なんだよ。“陸上では”って意味の」

「なるほど。陸上では剣聖って意味か。ハーヴェストさんも大変ね」


しかし、どのように話を切り出すか、きっかけがなかなか掴めない。

現在、私たちはリビングで歓談している。
夕食が終わった後、父さんが言ったように私の映像記録が放映されていた。
私の行動のひとつひとつを喜び、自慢げに話す母さんと父さん。
それに相槌を打って、続きを促すイルズさん。


あたたかい しあわせ


三年間、人形を息子に持って辛い想いをしたはずなのに
私が生まれ変わってしまったために不幸に遭ってしまったはずなのに


笑っているんだよ。


幸せそうなんだ。本当に。


それはきっと、家族として当たり前のこと。
生まれてきた子供が人形みたいに情が無くて、それでも変わらぬ愛情を注ぎ続けて、その甲斐あって息子に感情が芽生えた。
彼らは報われた。彼らが過ごしてきた時間が決して無為では無いことの証明が今の私。


まるで物語。ホームドラマのよう。


家族にとってハッピーエンドを迎えたのだから、この幸せな団欒はきっとエピローグ。
この先に、新たな展開は無い、いや、新たな展開をもたらしてはいけない。


自分のしようとしていることが、とてつもなく重い罪に思えてしまう。


いや、きっと“そう”なのだろう。


私の話はこの雰囲気を壊す。きっと壊す。絶対に壊す。それは確定事項。
だって生まれ変わりを説明するってことは、私には前回両親が居たことを示唆しているのだから。
私が《死》を経験してしまったことを意味しているのだから。
父さんたちはこの話を聞いて悲しんでくれる。励ましてくれる。受け入れてくれる。
私の重い話を聞いて一緒に背負ってくれる。それらは全て――――――彼らが優し過ぎるが故に。





―――お前はこんなに良い人たちの幸せを傷つけるのか―――





拒絶されても構わない?   ―――― それは自己満足。

私の事を受け入れて欲しい? ―――― どうでもいいだろ。この幸せの前では。

私には説明する義務がある? ―――― 自分の願望を無理矢理正当化しようとしてるだけ。


心の中で私が私を責める。
無理だ。出来っこない。“私が楽になりたい”なんて自分勝手な理由で話せるわけ…………ないよ。


  別にいいじゃん。人間忘れる生き物なんだし。
  このまま流されるように生きていけば、いずれ自分が《渡辺 幸辰》だったことなんて忘れるよ。
  ほらっ“彼”だって言ってたじゃないか。《ユキ キムラ》として生きろって。《渡辺 幸辰》での《生命》を引きずるべきじゃないって。


甘い誘惑。いや“甘い誘惑”なんて表現は、まるで間違った方法みたいに聞こえる。
だからコレは“正しい選択”という書き間違い。


そう……だよね。

私も、そう思うよ。

私の名前はユキ キムラ

渡辺幸辰なんて人は知らない。田村竜宏なんて知らない。小林雪菜なんて知らない。

私の父の名前はハーヴェスト。母の名前はハル。それだけで十分。
























≪ユキ? 聞こえる?≫























えっ?


突然、頭の中で父さんの声が聞こえた。幻聴?


≪違う違う。幻聴じゃないよ。これは念話って言う魔法なんだ≫


びっくりして、父さんのほうを見る。
彼はこちらにいつもの温かい笑みを浮かべていた。


≪ユキが最近悩んでるみたいだからね。内緒話をしてみようと思ったんだ。男同士、気を使う必要はないよ≫


内緒話にならないんじゃないかな? 二人して黙ってたら変じゃないの?


≪ハルとイルズさんはユキ談義で白熱してるから気にしないで≫


どうやら私が悩んでいることはバレていたっぽい。
表情筋を動かすことは未だ慣れていないはずなのに、凄いな。


≪じゃあ、本題に入るね≫


頭の中で響く父さんの声。
それを聞いているだけで、安堵感が胸に込み上げる。


≪あのね。僕はユキが具体的に何を悩んでいるかは知らない》


その事を聞いて、別の意味で安堵してしまう。最低だ。


≪ただ、わかることはユキは僕たちに何かを話そうとしてる。だけど遠慮して話すことが出来ない。だって“今”を傷つけてしまうかもしれないから≫


父さん、それはね、知ってるって、言うんだよ。


≪確かにユキが三歳を迎えるまでの時間に比べると幸せかもしれない≫


なら、それでいいじゃない。


≪でもね。だからと言ってソレが僕たちの望む幸せのカタチとは限らないんだ≫


ああ、本当に、優し過ぎる。


≪大切な息子が悩んでいるんだよ? しかも僕たちのせいで≫


それは≪違う!≫父さんたちのせいじゃない。


≪違わない。ユキが悩んでいる時点で僕たちが望む幸せは既に壊れている≫


…………なんだ。結局、私は壊してたんじゃないか。道化だね。


≪いいんだよ。傷つけたって。壊してしまって≫


…………えっ?


≪僕は……僕とハルとイルズさんだけの幸せなんていらない。そんなの欲しくないよ≫


――――――止めて。


≪だってそこにユキがいないと意味が無いんだもの≫


その先は言わないで。お願いだから。


≪僕たちはユキに笑って欲しい。幸せになって欲しい。それが僕たちの望む幸せのカタチ≫


だって――


≪確かにユキの話は僕たちを傷つけるかもしれない。でも――≫


そんなこと――


≪傷ついたら癒せばいいんだよ≫


言われてしまったら――


≪壊れてしまったら、また最初から築き直せばいい≫


どうしたって――


≪そうやって繰り返して――≫


言うしかないじゃないか――











≪最後に皆で幸せになればいいんだ≫











父さんはずるいよ。










違うよね?
本当は分かって欲しかったんだよね?
私を“楽”にして欲しかったんだよね?
悩んでますって自分でサインを出してたんだよね?

そんな心の声。


ほんとうに ずるい のは わたし だ。


言い訳が欲しかったんだ。
自分で告白する勇気が持てなかったから、彼らが話を切り出してくれるのを心の何処かで期待していた。


もしかしたら両親のほうから話を切り出してくれるかもしれない。


本当にご都合主義。
予め図っていたかのようなタイミングでの父さんからの手助け。
絵に描いていた餅は、実体を持って此処に顕現してくれた。


なら、その言葉に甘えよう。
父さんたちの気持ちに寄りかかろう。
家族に頼ろう。





「かあさん」

「なあに?」



私を受け入れて欲しい。



「イルズさん」

「なにかしら?」



私の苦しみを知って欲しい。



「とうさん」

「うん」



私の想いを知って欲しい。そして最後に――






「たいせつなはなしがあります。きいてください」






私は“私たち”の望む、幸せのカタチを築きたい。
























この世界に生まれて、過ごしたキムラ家。
私がユキとして覚醒し、まだ二週間も経っていない。
しかし、その少ない時間の中ですら、たくさん考えたことがあった。
それを父さんたちに告げよう。


其れは、募る想いの告白。


私には、かつて《渡辺幸辰》だった頃の記憶があること。
“彼”はある日、交通事故にあって死んでしまったこと。
気が付いたら、目の前に知らない男性が居て、転生させられたこと。
三年間の間、膨大な情報処理――記憶の転写、基礎知識の補完――に機能のほとんどを使っていて、感情には機能を割り振っていなかったこと。
そしてその間の記憶は全てを覚えているわけではないが、それでも父さんたちが笑いかけてくれていたのは覚えていること。

―――経緯。


 父さんたちは何も言わず、ただ私の荒唐無稽な話を聞いてくれている。
 それが…………ありがたい。


記憶があるために、自分が普通ではない子供であると自覚していること。
それでも受け入れようとしてくれている優しさが嬉しかったこと。
けれど、そんな両親に対して隠し事をしている自分に嫌気がさしていたこと。

―――悩み。


 テーブルの上に広げられた写真を見て、思う。
 ああ、本当に私を息子として愛してくれている、と。
 それが何よりも嬉しい。自分の行動のひとつひとつで幸せになってくれるなら、なんでもしよう。


耐え切れなくなって相談しようとしたが、あまりに重たい話なので口にするのが憚られてしまったこと。
ただただ父さんたちには笑っていて欲しくて、自分勝手な自己満足に巻き込むことのではないかと嫌悪感を抱いたこと。

―――痛み。


 そこまで話して、視線を父さんに向けた。
 微動だにせず、目をつぶって、真剣に私の話を考えてくれているんだろう。
 こんなにたくさん声を出すのは、この世界に生まれて初めてだ。
 体がまだ慣れていないから、正直に言ってきつい。喉も渇いてしまった。
 すると、母さんがお茶を注いで、目の前に差し出してきた。
 この人たちは、もしかしたら私の状態の全てを把握しているのかもしれない。
 コップを手にとって、飲み、喉を潤す。
 そこで話を一端区切り、彼らの反応を聞いてみたい誘惑に駆られるが、まだ私が本当に言いたいことは言えてない。
 だからもうちょっとだけ頑張ろう。


「わたしはふつうじゃない。ぜんかいのきおくがあるこども。

 だけどね、それでもわたしはじぶんがユキ キムラっておもってる」

 
確かに自分には前回の記憶があるが、それでも私の名前はユキであること。
私の父の名はハーヴェスト、母の名はハル、それだけは譲れないし、譲りたくないこと。
そして――こんな普通じゃない子供ではあるけれど、受け入れて欲しいこと。


―――其れが 私の想い。


これで全部。
私からの一方的な話を聞いて、父さんたちはどう思うだろうか?


そう、これは告白。


告白にはたくさん用途がある。
愛の告白。罪の告白。想いの告白など。
それらに共通しているのは、心の中に秘めていたことをありのままに打ち明ける、こと。
自分の気持ちを相手に向かって告げる、一方的な想い。


まさに自己満足。
けれど、コレは悪い意味での自己満足ではない。


何故か?


一般的に《自己満足》とは、自分自身の言動に自分で満足することを指している。
それは決して 自分自身に“酔って”自分“独り”で満足すること じゃない。
父さんは言った。傷つけたって壊してしまっても構わない、と。
つまり、父さんたちも私が話すことを望んでいる、ということ。


ああ、なんだ、独りで悩みを抱え込んでいるほうが悪い意味の自己満足じゃないか。


父さんの話を聞いて漸くその事に気がついた。
もう《転生》について話すことに迷いは無い。
想うことはひとつだけ。


ただただ、こんな私を受け入れてくれることを乞い願うばかり――









「話してくれて、ありがとう、ユキちゃん」


母さんが呟いた。


「私たちもね、この話に関してはずっと迷ってたんだ」


そして告げられる、母さんたちからの視点。

胎児であるころからの異常な状態。
《夢》に囚われたまま生活する私。
アインザック地方の二の舞を恐れ、《夢》に手出しできない歯がゆさ。
少ない情報からイルズさんが様々な仮説を立て、その仮説に時に希望を、時に絶望を抱いたこと。


「それでも、私たちは絶対に諦めないって決めてた」


ひたむきに愛情を注ぎ続けてくれた母さんと父さん。
主治医として、親友として、そして――
この世界に生まれてくることすら許されなかった“彼”を救えなかった医者として、今度こそ救ってみせる、と奔走し続けたイルズさん。

常に内から生じる様々な感情との戦いの日々。不安、疑念、焦燥、絶望、諦念、そして縋るしかなかった希望。
どれだけ己のココロを削り続けてきたのだろう? どれだけ戦い続けたのだろう? どれだけ――

涙で視界が歪む。
でも、まだダメ。
まだ母さんたちの話は終わっていない。


「でもね。ユキがこっちに来てくれて凄く嬉しかったけれど、その後怖くなっちゃったんだ。
 決めていたのに。どんなことがあっても息子を受け入れるって決意していたはずなのに…………ごめんなさい」


拒絶されるんじゃないか。
夢の世界で生き続けていただろう我が子がこちらに来たときに戸惑うのではないか、
私がなまじ年不相応の賢さを持っていたために、その不安に付け込むようなことをすれば不快に思うのではないか、と。


「実は迷ってたのはユキだけじゃないんだよ。僕たちも悩んでた。
 そのことを知りたいって気持ちがあったけど、下手に話を切り出したらユキを傷つけて“今”を壊してしまうんじゃないかって」


さっきは偉そうなことを言ってごめんね、と。
しかし語尾に、けれど、と付け加えて父さんは話を続ける。


「そんな時間を過ごして思ったんだ。このままでいいのかって。短い時間でも真剣に考えた、つもり」


故に父さんは話を切り出す。
息子の悩み相談に乗るという形で。


「だからね、ユキ。これは御互い様なんだ。互いに遠慮してしまって言いたいことを言えなかった――擦れ違い」


まるで私だけが悪いわけではないというかのように。
父さんたちにもその責があるというかのように。

その言い方は狡いよ。
そんな言い方をされてしまえば、私は自分を責めることが出来ないじゃないか。


「それに受け入れるもなにも、僕はユキの父親であることを譲れないし、譲るつもりも――無い」

「私もよ。私はユキのお母さん。たとえユキが世間一般で言う子供で無かったとしても、ソレだけは譲れない」


ああっ
もう限界だ。
泣いてもいいかな。
涙腺が崩壊しそう。
勘違いしてたよ。
優し過ぎする、なんて言葉は父さんたちへの侮辱。


《優しさ》に“過ぎる”なんてことは無いんだ。


「あっ、りが、とうっ。とうさっ、ん。かあっ、さん」


たくさん心配してくれてありがとう。
たくさん大切にしてくれてありがとう。
たくさん愛してくれてありがとう。


「うん。僕のほうも、ありがとう。嬉しいよ。ユキにとって『僕が父親であることは譲りたくない』なんて言ってくれるほど想ってくれてるんだから」

「ありがとう、ユキちゃん。私も幸せ。たった二週間ぐらいの短い時間の中でさえも、そんなに強く想ってくれて………わたっ、しはっ、しあわせっ、だよっ」




父さん、母さん、イルズさん、たくさん優しさをくれてありがとう。




これからもずっと、よろしくお願いします。








[28586] その6
Name: ワット◆af659bef ID:a17bb401
Date: 2011/07/02 21:30


早三ヶ月の時間が経過し――



私の悩みは消え去り、日々の生活を満喫することが出来るようになった。
今までは隠し事をしていることによって、心の何処かに黒いモノを抱えていたが、ソレももはや――無い。
確かに私は子供らしくないかもしれないが、それでも両親は構わないと言ってくれので、おかげ様でありのままに振舞える。


たとえば、魔法。


母さんにとって魔法関連の話はあまり好まれないだろうことは理解していたが、その理由は詳しく聞かされていないため、思い切って聞いてみたわけである。
そして聞かされる母さんの体質の話。ペンダントを渡された経緯。
それを聞いて私は、デバイスを用いれば魔力変換を抑制できるのならば、訓練次第でもソレが出来るのでは? と思い、告げる。
母さんは当初あまり乗り気ではなかったが、将来何が起きるかわからないと私が説くと、渋々ながら魔法に関わることを許可してくれた。
申し訳ないと思いつつ、やはり魔法に関して興味があったので、ちょっとワガママすぎたかな、と自分でも思う。


「ただし! 魔法行使するなら、私かお父さんが傍にいることが条件! いーい!?」


もちろん、いきなり魔法を行使するわけじゃない。
まずは学問として勉強する必要がある。
そして父さんから渡された教本(魔法の使い方 超初心者~初心者)で勉強を重ね、そしてついに――実体験することになった。


「やってきました公園デビュー! まずは簡単な魔力球を作ることから始めましょう」


そして教本や両親からのアドバイスを参考にやってみる。


「おおー」


歓声を挙げたのは私。
私の掌から生み出されたのは、ぼんやりとした黒い光のスフィア。
つい、嬉しくなって、スフィアを操作する。
右へ、左へ、前へ、上へ、下へ、今度は軽い円運動。


「むー」


少し移動速度を上げてみる。
意識を集中させ、制御を誤らないように。
右へ、上へ、より加速させ、左、右、そこで急ターン、急加速、と思いきやそこで急停止。
そこからまた急稼働させて、今度は円運動、ジグザグ移動などなど。


もっと出来るかもしれない。


そう考えて、もう二つ生み出し、さらに遊ぶ。
全てを同じ動きにしたり、バラバラにしたり。


まだいけるかな?


さらにスフィアを倍に生み出す。
同時に集中力を高め、思考を分割し、それぞれのタスクで制御。さらにさらにさらに――――――


「ユキちゃんっ!」


――――ッ!?

肩を揺さぶられ、分割された思考の一つがビックリして、最初に作りだしたスフィアが霧散する。
稼働していた残り十一を停止させ、同じく霧散させようとして―――気がついた。ソレらが半ば氷結している。
何故? 魔力変換を抑制するデバイスは身につけているのに。


「なんてゆーか………開いた口が塞がらないわ………」


母さんは言葉通りの表情で、驚愕している。
どうしたんだろう? 私はまた変なことをしてしまったのだろうか?
いつか見た母さんの悲しい表情を思い出してしまい、言葉が出る。


「ごめんなさい」


すると、母さんは慌てて言葉を紡いだ。


「ちがうって! 怒ってるわけじゃないのよ」


どうやら、私の想像していたことでは無いらしい。


「お守りの機能が追いついていない……みたい」


変換抑制が追いついていない?


母曰く、私が想定以上の魔力行使をしてしまったため、デバイスの処理能力が追い付いていなかったらしい。
想定以上とは、それぞれのスフィアにおける魔力の圧縮率、及び生み出したスフィアの総数などなど。


「故障? 違う、はず……………むぅ。じゃあ、試しにマルチタスクを使わないで氷結変換しないようにスフィアを作ってみて。ただし――」


――デバイスの補助無しだけど。

言われた通りにやってみる。
まずはペンダントを外し、ズボンのポケットの中へ。
そして氷結しないように強く意識し、集中力を高めてスフィアを生成、それだけのために全てを費やす――――――ッ!


「おおぅ」


戸惑いの声を挙げたのは母さん。

私の掌から生み出された――――――黒い塊。

それは ふわふわと、宙に浮いて漂っている。
明らかにソレは質量を持っていて、まるで黒い宝玉。
試しに指先でつついてみると感触がある、加えて冷たい。まさに黒い氷球。


「やっぱりか………」

















Fatal Winter その六















他人事みたいに聞こえるが、私の魔力資質は高いらしい。
しかし正規の訓練を受けてはいないので、父さんみたいな魔導師ランクは無い。
ちなみに魔導師ランクとは時空管理局が定めており、その選考基準は


【保有資質や魔力量の多寡、魔力の最大出力値とその運用技術などを含めた能力から判断する】


とのこと。
父さんの魔導師ランクはAAA+
これは優秀な魔導師が集まっている時空管理局の中でも五%に満たない。
つまりハーヴェスト キムラはエリート様。
その気になれば、町一つ消し飛ばすことが可能な御方。

しかし、それだけの力を持っていたとしても、出来ないことはあるのだから万能というわけじゃない。
現に父さんの話では、私たちが住んでいるミッドチルダの平和を守ることが仕事だが、ちょくちょく事件が起きて忙しく、
また、“時空管理局が定めている”法に反した組織の取り締まりやテロ行為からの防衛など、やることがたくさんあって手が追いつかない、と愚痴っていた。
父さんの職場では人材不足で悩まされているらしい。
故に、魔導師の資質を持っている人たちは大抵勧誘を受けるか、もしくは自分の意思で入局するかが多い。
それは待遇が良いからというのも一つの理由だと私は思う。目立つ所では給料とか。
そして、その人の魔導師としての資質が高ければ高いほどに優遇され、管理局で魔導師として働くのは一種の“社会的”ステータスになっている。


私も魔導師になったほうが良いのだろうか?


現在、私の魔力量はAA。
これは年齢を考慮して、魔力量に限って言えば高ランクに位置する。
そして父さんや母さんに手伝ってもらって魔法を習っているが、彼らが言うには魔力量だけでなく高い資質を持っているっぽい。
(ただし《デバイスの補助無しでは氷結変換してしまう病》は除く)
まるで神様が、君は魔導師になるために生まれてきたんだよ、と言わんばかりに。


正直に言おう。私は自分の進路に関して迷っている。


管理局員として働くなら、正規の授業などを受けて学習するべき。
そして早いうちから学んでおけば、より将来大成しやすい。
将来なんて三歳児が悩む事じゃないが、なまじ精神が他の子供よりも過分に成熟しているので、どうしても考えてしまう。
この話を父さんと母さんに相談してみたところ、まだ時間はたくさんあるのだから、ゆっくり考えたほうがいい、と言われた。

確かに魔導師だけが私の道じゃない。
母さんのようにデバイスマイスターだってあるし、イルズさんのように医者の道だってある。
それに、私が知らない、そしてこの先成りたいであろう職種だって見つかるかもしれない。
そういうことで取りあえず魔導師云々はもう考えないようにしよう。


「ねえ、ユキちゃん?」


先の思考をマルチタスクを使って考えながら、私はソファーに寝転んで雑誌を読んでいたのだが、母さんから呼びかけられた。
現在、夕食を食べた後、のほほんとした気分で、リラックスしている。
読んでいた雑誌は《週刊チルチル》。よく在る成人向けの週刊雑誌。
表紙にはなにやら妙齢の女性が官能?的な姿勢でこちらに向かって微笑んでいた。
見出しとして【これが管理局の実態!?】 【レジアス少将マジギレ五秒前vol8】 【今日のフェレット三昧】などが目立っている。

父さんは食卓で、食後のお茶をすすり、のほほん。
イルズさんお茶請けの煎餅を齧りながらテーブルで、のほほん。
しかし母さんは……………若干、頬を引き攣らせながら、こちらを睨んでいた。
その様子は のほほん とは程遠い。


「えっと…………なに? 母さん」


怒らせている原因が自分なのはわかるが、心当たりがない、と思いたい。
けれど、ついビクビク怯えてしまう。
寝転んだ姿勢を正して、母に向き直りソファーの上に正座。


「あのね、ユキちゃんの精神年齢が高いことは………分かるよ? 幼稚園に行っても苦痛だろうし、時間が余って暇なのも分かる、つもり」


でもね? と接続詞を付け加えて、母はのたもうた。
コメカミに筋を寄せて、まさにその表情はハル少将マジギレ五秒前である。


「家に引き籠って本を読んでばっかりじゃないのっ! 外に出たとしても魔法の練習の時だけだし!!」


うがぁーっ、と効果音を付けて母が叫んだ。
その声が大音量であるにもかかわらず、父さんは平然と過ごしている。
イルズさんは、やれやれ、といった感じで肩を竦め、ため息をヒトツ。


やはり、そう、見える?


私は幼稚園に通っていない。
それは単衣に、私が生まれ変わりであることが起因していた。
基本的に、幼稚園に子供を通わせるのは幼児にとって適当な環境を与え、心身の発達を助長することが目的とされている。(ミッドチルダ教育条例第77条より一部抜粋)
心は既に発達しているし、身体のほうも魔法の練習をする前にある程度運動してから行うようにしているので問題なし。
他者とのコミュニケーション能力は人波程度あるつもり。小学校から通い始めたって問題無いはず。
だから両親もイルズさんも納得してくれたのだが。


「まあ……確かに私がこの家に来てユキ君を見ると、だいたい本や雑誌を読んでいるか寝ているか、ぐらいだわ」


煎餅の味の濃さによって喉が渇いたのか、お茶をすすってイルズさんは感想を述べる。
彼女は最近週末になると仕事帰りにキムラ家に泊まりに来てくれる。
どうやら誘っているのは母さんのほうみたい。イルズさんも最初は私たち親子の生活に遠慮していたのだが、時間が経つうちに自然とこうなった。


『ユキのことを大切にしてくれるし、イルはユキのもう一人の母親みたいなものだし、遠慮しないで』


その言葉を聞いて、私が“イルかーさん?”と呼ぶと彼女は号泣してしまったことには驚いてしまった。
一緒に住めばいいと私は思ったけれど、イルかーさんは ユキ君だって弟か妹が欲しいでしょ? と言って断っている。
その意味が理解できる自分が悲しい。
もちろん私だって、その事に関してはある程度気遣いをしている。
夜中、私と両親と三人で川の字で寝ていると、徐に父さんと母さんだけが起きて部屋をこっそり出て行った理由ぐらい分かるから。
イルかーさんが泊まる日は、両親とではなく彼女と一緒に寝ているのだってそういう意味だ。


「でしょ?」


と、母さんは呆れ交じりにため息をついた。
確かにそうかもしれない。
外出しないときは専ら魔法関連の書籍か情報誌を読みながら、思考を分割して頭の中で魔法術式を構築する練習ばかり。
要するに私はハマっているんだ。魔法が楽しいから。
前回には無かった文化――魔法。
それを考えたり、行使したりすることに私は新鮮味を感じていて、深い興味を抱いている。


「友達を作ることは大切よ? 財産なんて言葉は使いたくないけど、それでもイルは私のタカラモノだって言える」


母さんがイルかーさんと出会ったのは幼稚園の時らしい。


「むぅ」


私のことを本気で心配してくれているので何も言えない。


「ねぇ?」


そこで、ずっと我関せずの境地を貫いていたのか、はたまた何か考え込んでいたのか、この議題に口を出していなかった父さんが参加する。


「実はね。明後日のお昼に用事があってクライド提督の家に行くんだけど……ハル達も来る?」


そんな誘い。

クライド ハラオウン提督。

さっきまで読んでいた《週刊チルチル》にも載っていた。
時空管理局本局直属次元航行部隊《通称、海》の高ランク魔導師。
次元空間航行艦船《エスティア》の若き艦長。
そして母さんのかつての上司。
そんな人の家に何故に私も?


「ああ、そういえばクライド提督のところにもお子さんがいたっけ?」

「そうなの?」

「そうだよ。話によればユキと同い年の男の子」


この話はあちらのほうから誘われたらしい。
向こうのお子さんも、私と同じように友達がいない。
それは、歴代に高ランク魔導師を輩出してきた名門ハラオウン家ということもあって、良い意味でも悪い意味でも畏怖されているため、なかなか友達が出来ない。
加えてその男の子は、年齢に似合わず精神的に成熟しており、子供にしては気難しいそうな。
家柄の件を除けば、私みたいだ。


「私は無理だわ。仕事があるし。それに呼ばれているのはキムラ家だもの」

「なら入籍する? イルズ キムラに」


冗談めかして悪戯っぽく笑う母さん。
それに対して、それもアリかしら? と薄ら笑いを浮かべるイルかーさん。
そして丁度お茶を啜っていたので、驚いてむせる父さん。


「それは冗談として……しかし楽しみだわ。似たような子供同士でどんな化学反応を起こすのかしら? あとでその様子を詳しく教えてちょうだい、ハル」

「当然!」


化学反応って………私をなんだと思っているのか。


「大丈夫よ、ユキちゃん。マイナスとマイナスを掛け合わせればプラスに転じるんだから!」

「ハル、その言い方はクライド提督のお子さんに悪いよ。」


私の事はフォローしてくれないんだね、父さん。
自覚はあるけれど、少しくらい言及してくれも良いじゃない………











――――――二日後、ハラオウン邸宅にて。










なにこの豪邸。流石名門?


庭も広いし、家もデカイ。家というより屋敷と言ったほうが分かり易い。
父さんと母さんと一緒にいるが、正直気後れしてしまいそう。


その玄関先には―――四つの人影。


翡翠をそのまま溶かしたような色のロングヘアーをポニーテール状にして結っている、どこかほのぼのとして穏やかな雰囲気を纏っている女性。
少し青みがかっている黒髪で、私より少し背が低い男の子。ただ、その表情は硬い。
茶色の髪で耳のあたりから獣耳が覗いている、容姿が良く似た女性二人。双子なのかな?


「本日はお招きいただきありがとうございます。リンディさん」


父さんが丁寧に会釈する。


「リンディさんお久しぶりです。この子が息子の――」


母さんの視線がこちらに移った。
そして目で合図される。自己紹介しろ、と。


「ユキです。よろしくお願いします」


父さんたちに習って会釈する。
すると、ハラオウン夫人らしき人物が柔らかい笑みで応対してくれた。


「リンディよ。よろしくね。それとそんなに硬くならずとも構いませんわ。クライドから伺っていますから」


そして私たちの前に男の子が一歩進み出て会釈した。


「僕の名前はクロノです。よろしくお願いします」


クロノ君は誰にも促されること無く、自分から進み出ていた。
予め聞かされていたが、父さんたちの話は本当のようで、彼は礼儀正しい。
残りの双子さんの紹介は無かったが、父さんと母さんは彼女らの事を知っているっぽい。
軽い挨拶を済ませると、リンディさんは室内へ入ることを進めてきた。
それに習い、私たちはお邪魔する。

居間に案内されると、そこには二人の男性が。
一人はクロノ君に似ている父さんくらいの年齢の男性。おそらくこの人がクライド提督なんだろう。
もう一人は立派な髭を蓄えた中年男性。この人は知らない。誰?


「初めまして。ユキ キムラです。本日はお招きいただいてありがとうございます」


一応、挨拶してみる。
クライド提督らしき人物は、ニヤリ、と笑うと父さんのほうに向き直った。


「初めまして。クライド ハラオウンだよ。ハーヴェスト、なかなかカワイイじゃないか?」

「ありがとうございます、クライド提督。クロノ君も同じくらい可愛いじゃないですか。玄関先でびっくりしましたよ。
 そして貴方は………………《時空管理局歴戦の勇士》で有名なギル グレアム提督ですよね? お会いできて光栄です」

「そう硬くならないでくれ。プライベートの時間でさえ《陸の剣聖》に畏まられると私も困る。君の事はクライドのほうからよく話は聞いているよ。
 そして、ユキ君だったね。私の名前はギル グレアムだ。そしてこっちの二人が私の使い魔のリーゼロッテ、リーゼアリア」


グレアム提督は凄く偉い地位の人らしい。
獣耳の双子さんは彼の使い魔とのこと。
ああ、だから獣耳なんだ。


「クロノ、ユキ君を部屋に案内したら? 同年代の子と話すのは久しぶりでしょ?」

「クロすけの部屋には子供が遊べるようなものが全然無いけどねー」


リンディさんが私とクロノ君に二人で遊んできたら? と暗に促してきた。
そして双子さんの片方が――どっちがリーゼロッテでリーゼアリアか判別できない――ソレを茶化す。
しかし、たぶん互いの子供を遊ばせることが本来の目的ではないのだろう。
父さんと母さんが用事で来たのなら、きっと管理局の仕事絡みのはず。
本来陸の局員であるはずの父さんが、本局局員の偉い人たちからの私的な誘いを受けることなんて稀なはず。
きっと仕事の話。家に帰ってから、聞いてみればいいか。


「こっちだ。ユキ キムラ」


使い魔さんの言葉にイラッと来たのか、仏頂面になるクロノ君。
先行する彼に着いていき、案内される彼の私室。

そこは三歳児にしては殺風景な内装。
私には自分の部屋なんて無いが、仮にあったとすればこうなるだろうと表現できる。
子供らしい玩具は無く、本棚には魔法や時空管理局関連の書物。
窓際にある学習机の上は片づけられており、隅に次元空間航行艦船の模型が飾ってある。これが《エスティア》なのかな?


「あまりジロジロ見ないでくれ」


相も変わらず不機嫌そうなクロノ君。
彼はややベッドの近くにあるガラス製のローテーブルの傍らに座り、どうぞ、と促してくれた。
私は対面に座り、そして。

どうしよう? 

正直な感想を言って、クロノは無邪気な子供には分類されないと思う。
これは勘なんだが、彼はどちらかと言えば私寄りなはずだ。なら――


「クライド提督ってどんな人?」


尋ねてみる。
すると、彼は少し驚いた表情を見せた。
はて? 失敗した?


「いや、すまない」

「気に障った?」

「そんなことはない。ただ、こちらも君の家族の事を聞こうと思っていたんだ」


意外と、自分や相手の事を直に尋ねるのは難しい、と私個人思っている。
だが、第三者を話題に出すのは簡単。
そうやって少しずつ距離を詰めていって相手の事を理解する方法を、私はよく取る。
あまり褒められたコミュニケーション方法では無いが。


「同じことを考えてた?」

「そうだな」


少し笑う。
同じことを考えていたのなら、下手に探り合いなんてしないほうがいいよね。
クロノ君が聞こうとしていた話をこちらから切り出す。


「父さんはね。陸の剣聖って誉められてるんだけど、本人は嫌がってるんだよ」

「そう……なのか? 立派な称号だと僕は思うぞ?」

「違うんだよ。陸の剣聖じゃなくて、陸“では”剣聖って意味らしい。皮肉なんだってさ。それでね――」


話す。
父さんの事。母さんの事。イルかーさんの事。
クロノ君は話を聞くのが上手い。
相槌を打ったり、疑問に思ったことを告げてくれたり、けれど話の趣旨が逸れることは無く――。


「なるほど。ユキは僕と似ているな。僕も母さんたちから部屋で勉強や読書ばかりではダメだ、と言われたよ」

「そこまで一緒とは。クロノはやっぱり魔導師になりたいの?」


お互いを名前で呼ぶようになった。
こんなに早い段階で打ち解けられる関係に成れて嬉しい。
ちなみに一昨日母さんから怒られたことを告げると、どうやらクロノのほうも言われたらしい。


「ああ。僕は父さんみたいな管理局の魔導師になるつもりだ」


そして今度はクロノの番。
まるで、予め打ち合わせしていたかのように話は進む。
クライドさんの事。リンディさんの事。グレアムさんの事。その使い魔のリーゼ姉妹の事。

彼は凄い。

私は前回の記憶があるから精神が成熟しているのだが、彼は違うはず。
であるのにも関わらず、私の話を理解し同等の言語を放っているのだから。


「クロノは凄いね」

「どうして? 僕だって驚いてるんだぞ? ここまで話に着いて来られたのは同年代では君が初めてなんだ。凄いのはユキも同じだろう」

「ううん。そっちも“そう”だけど………」







―――――コンコン と ノックの音。







突然、部屋の入口の扉を軽く叩く音が聞こえた。


「クロすけー、差し入れ持って来たぞー、入るからなー」


扉が開けられ、入ってくるのはさっきの双子さんの片方。
お盆にはクッキーと二人分のジュースが乗せられている。


「うむうむ感心感心。“今回は”怯えさせていないみたいだね」

「ロッテ、それは言い掛かりだ。僕は今まで普通に対話して来ただけだぞ」


ロッテさんは――髪が少し短いほうがロッテさんらしい――クロノに何か含むような言い方をした。
今回は? 怯えさせる? クロノ、君はいったい何をしてきたんだ?


「ユキ……だっけ? クロすけはねー、前回部屋に招いた女の子を泣かせちゃったんだよ」

「誤解だっ!! 僕はただ――」

「あまりに無口で無愛想なクロすけが悪いだけじゃん。大丈夫? 怖くなかった?」

「ユキはそんなレベルじゃない」

「えっと……大丈夫です。クロノと話すのは楽しいですから」


ロッテさんから気を遣われるが、大丈夫と告げる。
しかし……女の子を泣かせるって………なにをやったの?
すると彼女は吃驚するかのように目を見開いて瞬かせた後、意地悪そうに細められるネコ目でクロノを見た。


「へぇ。もう名前の呼び捨てって……初めてじゃない? そんなにこの子が気に入った?」

「ほっといてくれ。さっきユキも言ってくれたことは僕のほうも…………同じなんだ」


嬉しいことを言ってくれる。
クロノはどこか顔を紅くして、そっぽを向いてしまった。
少し弄り過ぎじゃないんですか? ロッテさん。


「ほうほう。あのクロすけが素直になろうとしてるなんて……可愛いなぁ。うりうり」


いじけてしまったクロノに追い打ちをかけるように抱きつくロッテさん。
やっやめっ! やめてくれロッテ! 抱きつくなぁぁっ!! と抗うクロノ。
見ていることしかできない私は失礼と思いながらもクッキーに手を伸ばす。ぽりぽり。





―――しばらくお待ちください―――





そして嵐のように突然現れクロノを堪能したロッテさんは、嵐のように過ぎ去って行った。
残されたのは のほほん と過ごす私とぐったりしている彼。


「………クロノ、お疲れ。頑張ったね」

「この扱いを受けた後に慰めてくれたのもユキが初めてだよ………」


クロノはよくリーゼ姉妹に抱きつかれて可愛がられるらしい。
彼の家族はその様子を微笑ましく思っていて、生温かい目で見られる、とのこと。
居住まいを正した彼はため息をつき、そして、そういえば、と会話を再開。


「さっき何か言いかけていたみたいだが?」

「うん。この時点で将来のための勉強をするのは、三歳の子供が考えることじゃないなって思ったんだよ」

「それを言うなら、ユキのその考え方自体が既に三歳の子供じゃない、な」

「自覚はあるけど……そうはっきり言われるとなんか複雑だね」


互いに苦笑い。


「君の母親はデバイスマイスターなんだよな?」

「そうだよ………って、もしかしてコレの事?」


クロノが私の胸元を注視して言ったため、だいたい流れが読める。


「なんだ。デバイスを与えられているってことは、魔導師になるって言ってるみたいなモノだろう」


君も既に将来を考えているじゃないか、と。
だがクロノは知らないんだ。私の体質を。


「違うよ。これは母さんが作ってくれた、デバイスって言うよりお守りに近いんだ」


どういう意味? と疑問符を頭に浮かべるクロノ。
家族以外で話すのは初めて。でも、彼になら話していいことだと思う。
私の体質。1歳の頃に起きたこと。それらを簡略して説明する。雰囲気が重くならないように気をつけながら。


「…………そうか」


話を最後まで聞いたクロノが言ったことは、それだけ。
でも、それが私にとっては何よりも有り難い。

同情も憐れみもいらない。

そう思いながら言葉を選んで彼に説明したつもり。
私が“そう”しているのを彼は感じ取ってくれたんだろう。
だからこそ有り難いし、嬉しいと思える。
確かに私は、一般的な魔導師と少しだけ異なるかもしれないが、この資質は母さんの血を受け継いでいる証。
だから変な勘違いはしないで欲しいんだ。


「私が魔法を勉強しているのは自分の魔力変換の制御が目的。全然進歩してないけど」

「話を聞く限り、魔法が関わっていてもある意味質量兵器だな。グレーゾーンに見える」

「それじゃあ………私は将来クロノに逮捕されるの?」

「そうならないように努力するんだろうが。ただ、万が一法を犯した場合はある程度弁護してやる」

「うん。その時はよろしくねクロノ」

「馬鹿か君は」


やはり父さんたちに連れられて此処に来たのは正解みたい。
クロノが才児であるおかげで、楽しく会話することが出来る。


≪クロすけー、ユキー、こっちに降りて来な―≫


ロッテさんから念話が届いた。
どうやら向こうの大人組の話は終わったらしい。


「そういえば、父さんたちはいったい何の話をしていたのかな?」

「さあ? 僕もわからない」











「では、お邪魔しましたクライドさん」

「そんなことはない。こっちも助かったよ。まさかウチのクロノとここまで仲良くなって貰えて。嬉しい誤算だ」


あの後、呼ばれるがままに居間に向かった私とクロノは、今度は大人組の会話に混ざることになった。
しかし実際は大人達が私達で会話を楽しむ、といった形。
加えて、扱いがひどかったのはクロノ。
リーゼ姉妹に弄りに弄られてしまい可哀そうと思う。


「同じ母親として勉強になったわ、ハルさん。機会があればまた来て下さい」

「いえいえ、こちらこそ。リンディさんも遠慮なさらないで、こちらにもどうぞ」


いつの間にか、父さん達の呼び名も柔らかいものになっている。
父親同士、母親同士、通じるところがあったんだろう。




「クロノ」

「ユキ? なんだ?」


日も暮れてしまい、少し名残惜しいが今日はこれでおしまい。そう、今日のところは。だから――


「また遊びに来て良い?」

「………ああ。構わない。ただし――」


また日を改めて、遊びに行っても良いよね?


「“友達”を迎えるんだから、こちらにだって準備がある。来る前に連絡をくれ」

「うん。了解」


その日、友達が出来た。


名前はクロノ ハラオウン。私の初めての友達。












[28586] その7(大幅に修正、もとい添削)
Name: ワット◆af659bef ID:a17bb401
Date: 2011/07/03 09:55
その日、家に帰った後の夕飯の時もハラオウン家のことに関して話が盛り上がった。


しかし、厳密にいえばハラオウン家の話というよりも初めて出来た友達、クロノの話だったかもしれない。
私が父さんの二つ名に触れたことを話すと、父さんが苦笑いしながら、恥ずかしいんだからもう言わないでくれっ と言っていた。
ついでに、クロノから聞かされたクライドさんの輝かしい戦歴についても尋ねると、話通りの事実らしい。
自身の父に対して憧れを抱きながらも、過剰な脚色をせず、ただありのままのことを伝えてくれた彼に尊敬の念を抱いてしまう。


「ユキ、話がある」


ある程度話し終えて一端区切りがつくと、父さんが真剣で、でも、どこか沈痛そうな表情を浮かべ、告げる。
大人組で話をしていたことに関するだろう、と推測する。
見れば父さんと同じような顔を、母さんもしていた。


「来月、僕はちょっと遠くに行かないといけない。クライド提督たちと一緒に仕事をするんだ」


《海》への出向? どうして《陸》の父さんが?


「《闇の書》の討伐。今日クライド提督やグレアム提督と話したのはソレなんだよ」


《闇の書》。
簡単に説明すると、破壊と殺戮と迷惑しか撒き散らさないマジックアイテム。
今まで管理局はそれに被害ばかり被っており、ついに本格的に対策を練ったらしい。
時空管理局歴戦の勇士、グレアム提督が艦隊指揮官になって、大規模な戦力で一気に攻める、とのこと。


「闇の書の主、そして四体の守護騎士。どれもニアSランク以上のバケモノどもを相手にしなければならない」


そのためには戦力は多いに越したことは無いから。


「確かに僕一人出向したところで、大して変わらないかもしれないよ?」


陸から貸し出されるのは父さんだけ。


「けれど、僕が行くことで守れる人もいるかもしれない。たぶん類に無い激戦になるだろうから」


しかし――


「陸は嫌がるんじゃないの?」


ただでさえ、陸は人材不足。そして父さんは大切な戦力だ。
何かあったら、余計に本局との間に軋轢が広がるだろう。


「艦隊の総戦力値が凄く高いんだ。ならば安全だろうってね。それに陸にも旨味があるから許可は貰えた」


長年被害をばら撒いてきた闇の書の討伐に関わることによって、陸にも功績が出来る。
加えて私的な頼みとはいえ、この話を持ち出してきたのは《海》の若き英雄クライド提督。
《海》に貸しが一つ出来る上に、なにが起きたとしてもそっちに責任を押しつければいい。
そんな打算混じりの考え。


「…………そう」


まるで、これから戦争に向かう父親を送り出さないといけない、みたいな感じ。
いや、事実戦争であり、恐らく母さんも私と同じ気持ちのはずなんだろう。


「私も本音を言えば、行かせたくないわ」


でも、と。


「この人は頑固な一面もあるし、それに……あんなことを言われてしまったら、ね…………」


あんなこと?


「あのね、ユキ。闇の書には厄介な性質があってね……」


魔力蒐集。
他者のリンカ―コアから直接魔力を集める性質。
その被害にあった人は重症を負うか、最悪の場合―――死ぬ。
そしてその目標になり易いのが高ランクの魔力を持つ人。
例えば、私のような。


「話によれば、まだ闇の書は完成していないらしい。つまり――」


ここで取り逃がせば、私は狙われるかもしれない、と。
もちろん私だけじゃない。このミッドチルダに住んでいる人たちの中には高ランクの魔力を保有している人だっている。
闇の書連中が突然トチ狂ってミッドチルダを襲撃するかもしれない。
それだけは、陸の局員として見過ごすわけにはいかない、と。


「親として、闇の書なんて危険なものを子供たちの未来に残すわけには――いかない」


真っ直ぐ、こちらを見つめる、父さん。
その瞳に映っているのは――覚悟。
こんな目をしている人に何を言えと? 止めれば行かないでくれるの?
そんなわけないだろうに。


「……………はぁっ。イヤだ……………って言っても父さんは行くんだよね?」


違う。
こんなことが言いたいわけじゃない。こんな諦めたような言い方がしたいわけじゃない。
無事に帰ってきて? それは当り前。なら、何を言えばいいだろうか?


「剣」

「…………えっ?」


突然、話題の趣旨から外れた単語が出たため、父さんは戸惑う。


「帰ってきたら剣を教えて。約束」

「うん。約束するよ。絶対に帰ってくるから」


約束を交わすことによって、繋ぎ止める。


「怖がらせるような言い方をしちゃったけれど、大丈夫だよ。僕より強い人たちもたくさんいるし」

「クライド提督の直属で働くらしいけど、案外あなたに出番は無いかもよ」

「私はそっちが良いと思う」


















Fatal Winter その七





















あれから四ヶ月。


父さんはクライドさんと一緒に行ってしまった。
それからは不安を押し殺す毎日が過ぎる。
母さんもイルか―さんも同じ気持ちらしく、少々強引に笑ったり、明るく振舞おうとしている。
私はいつものように本を読んだり、魔法変換を抑制する練習をしたり。
そして、クロノの家に遊びに行ったり――。


「なんて言うか、いや、何度も思ったけれど、本当に君の体質は謎だな」

「流石に私もこんな変な部分があったなんて知らなかった」


今日は私と母さんはハラオウン家にお邪魔している。
最近、私とクロノは母さん達から魔法を教わっていた。
それは別に魔導師が扱う本格的な魔法ではなく、子供が遊びに用いるような簡単なモノ。


「えっと? ハルさん? これは?」

「私にも分かんないけど……たぶん……ユキ、もう一回やって貰える?」


目の前ではクロノは微妙な顔をしており、リンディさんは戸惑っている。
さっきまで私とクロノは魔力を集めて、スフィアの制御をして遊んでいた。

私は自分の力の制御のためにデバイス無しで何個もスフィアを生み出すのだが、やはり黒い氷球しか生まれない。
足元にはソレらがごろごろ転がってる。遠隔操作は上手くできるのに…………なんで?
クロノも私のようにスフィアを生み出し、制御する練習をしていた。
彼は魔力操作も遠隔操作も制御も苦手らしく、ようやっと生み出された黄色のスフィアはふわふわと淡い光を放ちながら覚束ない動きをしている。
私のほうが上手いのを見て、彼は すぐに追い抜いてやるからなっ と息巻いていた。
今では遅い速度であれば、なんとか御せるようになっている。

そして、私が生み出した氷球とクロノが生み出した黄色の魔力球が偶然接触したとき、ソレは起きた。


『えっ?』 『はっ?』


驚く私とクロノ。
私の氷球には何ら変化は無い、が。
変化していたのは――――――黄色の魔力球。


凍っていた。


御蔭様で黄色の氷球一丁上がり。


『ユキっ! いつから他人への魔法介入なんて覚えたの!!』


知らない。わかんない。
そんなことをやった覚えは無いと半ばキレ気味の母さんに告げた。
クロノは自分の氷結した魔力球を操ろうとしても制御できないらしい。質量を持ったソレは地面に転がっている。
ちなみに私が試しにソレを操れるか試したところ、操ることは出来なかった。


『なんで?』


としか言えなかった。
そして話は冒頭に戻る。


「じゃあ、もう一回」

「わかった」


母さんに促され、もう一度クロノの魔力球に接触させる、が、やはり氷結する黄色の魔力球。
今度は試しにリンディさんの生み出したミントグリーンの魔力球でやってみても……同じく氷結。
ただ、違いを見せたのは、その氷の侵食速度。
クロノの場合は一瞬で氷結したが、リンディさんの場合はゆっくりとした速さで氷結していく。
これらのことをリンディさんと母さんが議論したところ………………結論は出た。


《氷結付与》

私の氷結魔法に、一定以上の密度を持った魔力が接触したとき、強制的に氷結属性を付与させる。
たとえ他人の魔力であろうと氷は侵食して、最後にはその魔力活動を完全停止させてしまうそうだ。
リンディさんと母さんの仮説は以下の五点。

・圧縮魔力の密度によって氷結の侵食速度が変わる。
・相手にとって、氷の侵食が進むにつれて制御は重くなり、完全氷結したときに制御が出来なくなる。
・私自身の魔力は氷結しても魔力活動を停止させることは無い。あくまで停止させるのは自分以外の魔力存在。
・リンディさんでも私の氷結術式?を解析出来ない(デバイスを使って解析しようとしてもエラーしか出ない)。解析出来ないので侵食を止めることも出来ない。
・これに対抗するには、氷結している部分を無理矢理切り離すしかない。

リンディさんはオーバーSランクの魔導師で、私は碌な訓練を受けていない子供、こんな天地程の差がありながら彼女でも解除できないって……
けれど、話の中でおかしいことがあった。


「三番目はおかしくない? 母さん、それじゃあどうやってお守りで制御してるの?」


三番目が変だ。
魔力変換資質とは、その方向に適正があるという意味に近い。
例えば私は氷結の変換資質を持っているが、それは私が“魔力を氷結に変換するのが得意”というわけであって、
“変換資質が無ければ、誰にも魔力を変換することが出来ない”という意味では無い。
回りくどい説明になったが、端的に言うと、訓練や専用の術式を組めば、魔力変換資質が無いクロノにだって魔力を変換させることはできる。
ただ、そこまでして魔力変換に時間と労力を費やすことに意義があるかどうかは、甚だ疑問ではあるが。


「あ~、それが…………」


母さんは、どういえば良いのか、という感じで困りながら説明する。
彼女自身の経験と私が自分を氷結させた時の頃の話。


「私もね。小さい時は魔導師になろうとして色々自分の体質の事を調べたわ。結果は……私が魔法行使すると必ず魔力の中に異物が入るのよね」


それが魔力を氷結させる原因であり、解析出来ない術式とされている。
魔導師は基本的に、リンカ―コアに空気中の魔力素を取り込み、それに自分の色(性質)を付け、行使する。
私や母さんの場合は、自分の色を付ける段階で、異物を混ぜているとのこと。


「お守りに関しては、私の経験とハーヴェストの助言があったおかげで、早い段階で具体的な方向は決定したから、後は組み立てて調整するだけだったのよ」


それでもちょっと時間が掛かったけどね、と、母さんは苦笑い。
母さんが目指した方向性は、魔力拡散と温度変化による変換抑制。
一定以上の密度を持てば氷結変換されるのなら、その拡散を。
お湯をかけることで、氷が溶けるのなら、温度によって調節を。


「これはある意味、希少技能の一種かしら?」

「あんまり嬉しくないレアスキルだわ」


微妙な顔をしながらリンディさんは私の特性に表現に迷い、呆れたように母さんはため息をつきながら言った。


「母さん、じゃあユキはこの希少技能を封印魔法みたいに使えない………ということ?」

「たぶんその通りね。出来たとしても、温度調節しないと封印は一時的になるはず」


クロノは疑問に思ったことをリンディさんに尋ねると、彼女はそこに条件を付けて彼の意を肯定する。
つまり、私の氷結はあくまで“氷を以て魔力活動を凍結させる”に過ぎない。
氷結と凍結は似ているが、厳密な意味で言えば異なるようだ。
仮にクロノの言うように封印を施したとしても一時的な状態に過ぎず、温度変化でそれは解けてしまう。
加えて、外部からの介入――熱処理など――で簡単に対処できる。
私が自分で恒久的な封印を施したいのであれば、氷結の混じっていない魔法で封印するしかないのだ。
この能力は一見便利なモノに聞こえるが、実際はそうでもないらしい。


「なんとゆーか、非常に勿体無い」

「炎熱変換と相性が悪い………いや、それ以上の出力があれば抑えることは可能かしら? うーん………」

「使い方を考えれば便利だと僕は思うぞ?」


母さん、リンディさん、クロノのそれぞれの感想。


「ねえ、ハルさん。仮にコレをレアスキルと仮定するなら、努力次第で制御できるんじゃ?」

「たぶん。ただ、私が長年術式方面での解析と制御が出来なかったことを考えると……ここから先はもう感覚で色々試すしかない………かな?」


なんというフィーリング頼み。


「母さん、連絡が入ってるみたいだけど?」


……と、そこでクロノがリンディさんのデバイスを見て、尋ねた。


「あら? クライドからみたい。今連絡しても大丈夫なのかしら?」


現在、お昼から時間が過ぎて十五時ぐらい。
リンディさんの言う通り、仕事中なんじゃないだろうか?
気になる。父さんは無事だろうか? 大怪我とかしてないだろうか?
通信モニターが開かれて、そこにはクライド艦長と父さんの姿が。
良かった、無事みたいだ。私も母さんも安堵する。


『リンディ? 今は大丈夫か? ………っとウチに遊びに来てくれてたんだな、ユキ君とハルさん』

「クライド、いま連絡しても大丈夫なの?」

『ああ。グレアム提督から言われてね、家族を安心させておけってさ』

「……ということは?」


そして、話しても問題無い範囲で説明される。
沢山怪我人が出たが、死人は出さずに闇の書を完成される前に封印出来たこと。
その四体の守護騎士たちもその際に消えて、書の中に戻されたこと。
闇の書の主は封印する時に、闇の書に取り込まれてしまったこと、などなど。
この部分、私たちは聞いても良かったのか? と、突っ込みたくなるがソレは無粋極まりない。


『おそらく初めてじゃないか? 討伐戦で死者が出なかったのは。
 ………ああ、ハーヴェストは凄かったぞ? やはり彼を誘ったのは正解だった。
 私の主観から見ても、客観的に見てもコイツがいなければ、確実に死人が出ていたよ。剣聖さまさまだ』

「よかった。はー君っ!? 無事!? 変なとこ怪我して無い!?」

『ハル、大丈夫だよ。安心して。これはクライド艦長が前線に出て指揮してくれたおかげかな。…………………あと、ユキ、約束は守るから期待していてね?』

「うん。でも、それよりも父さんが無事なのが、なによりも嬉しい」


父さんもクライドさんも互いに謙遜し合って本当の事はわからないが、無事であることが本当に嬉しい。
母さんもかなり興奮している。その様子に父さんは苦笑していたが、大丈夫そうだ。
父さん達はあと数日経てば、帰還できるとのこと。そして通信は終わる。


「ほんとうに、よがっだぁ、よぉ~」


母さんは半泣き状態だ。
リンディさんも母さんから嬉し泣きが伝染しかけている。
クロノはあまり喋らなかったが、それでも、いつもより穏やかな柔らかい表情をしていた。
約束か、楽しみだなぁ




父さん、実はね、私は不安だったんだ。




父さんが闇の書の討伐に参加するって聞いて、ものすごい悪寒に襲われたんだ。内緒だけど。




でもね。ソレは言わないようにしたんだよ?




だって、父さんのあの瞳には覚悟が浮かんでいたから。




きっと、止めても行ってしまうって思ったから。




だから嫌がる様子を見せたら、余計に気負っちゃうんじゃないかって。




結局約束の件でやっちゃったけれど。




ねえ、父さん。




いつか、私に言ったよね?




ほら、私が自分のことを話すかどうか迷っていた時の父さんからの念話。




幸せのカタチが




傷ついてしまっても癒せばいいって。




壊れてしまっても最初から築き直せばいいって。




でも。




もし。




もしもの話だよ?




決して癒えない傷が私達に出来てしまったら――




築き直せないくらい私達がコワレテしまったら――













































どうやって幸せになればいいの?











































クライド ハラオウン提督

闇の書を護送中に、闇の書の防衛プログラムが暴走。
自身とキムラ二等陸尉を除いた乗員を撤退させることに成功するも、彼の乗艦《エスティア》が闇の書に取り込まれてしまう事態となり、
自分の艦の破壊を艦隊総指揮を持っていたギル グレアムに《アルカンシェル》で《エスティア》への砲撃を嘆願。
そして《アルカンシェル》の砲撃によって《エスティア》は消滅。死亡と認定される。


ハーヴェスト キムラ二等陸尉

闇の書の防衛プログラムの暴走と共に突如再出現した守護騎士四体を相手に自身とクライド提督を除く乗員を撤退させるために奮戦。
そして《アルカンシェル》の砲撃によって彼がいた《エスティア》は消滅。クライド提督と同様に死亡と認定される。



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