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[28579] 惚れ薬パニック!
Name: シウス◆e7fe32bb ID:d259b6be
Date: 2011/06/27 23:43
 とりあえずパロディ系の小説を投稿して見ます。
 ひょっとしたら別の投稿小説サイトで目にされている方もいるかもしれませんが、それでも初めて読まれる片に楽しんで読んでいただければ幸いですね。
 別のサイトで投稿しているシリアス系の小説は、こちらのパロディ系に比べるとやや不人気ですが、いつかは投稿してみたいです。



[28579] 1
Name: シウス◆60293ed9 ID:11df283b
Date: 2011/06/28 21:41
 交易都市ペターニ。
 その名の通りゲート大陸で最も物資の集まる町である。
 ある者は自分の店の野菜が新鮮だと叫び、またある者は、別の通りで自分の店の武器は天下一品だと、店の前で叫んでいる。
 賑やかながらも平和な日常がそこにはあった。だがこの日、この町の工房で開発されていたものら、とんでもないことが引き起こされるとは誰も……予想していなかった。 
 
 
 
 木でできた机の上に、所狭しと並べられたガラス製の器具類。
 その中で唯一の開いているスペースで、一人の老人が何かしらの実験を行なっていた。
 老人の名はゴッサム。町の―――とくに若い娘達から嫌われているセクハラ爺(じじい)である。
 彼は左手に持った深い緑色の液体の入った試験管を眺めながら、右手に持ったホールピペット(ガラス製の精密な器具。ちなみに本編に登場する実験器具は正しい扱い方を無視してるので、化学が苦手な人でも気にせずに読んでください)で何かの液体を試験管の中にゆっくりと、慎重に滴下していた。
 1滴でも多く入りすぎると、今までの苦労が水の泡になってしまう。オーナー(フェイトのこと)に何度も頭を下げて、やっとのことで手に入れて来てもらった材料だ。『レプリケーター』とかいうものを使って手に入れて来た物らしいが、細かいことはどうでもいい。早い話が『この惑星では絶対に手に入らない素材』だそうだ。長年、追い求めてきた薬が今ようやく手に入ろうとしている。失敗は許されない。
「え~と、次は……試薬Cじゃったな」
 そう呟いて試験管から目を離さず、スポイトを持った右腕を『C』と書かれたラベルの貼ってあるビーカーへと伸ばす。だがスポイトはそのビーカーの横を素通りし、『B』と書かれたラベルの貼ってあるビーカーの中へと突っ込まれる。試験管しか見ていないゴッサムは何も気付かなかった。そして『B』の液体を試験管に注ぎ、そして――――!!
「ついに……ついに完成したぞ! 長年追い求めてきた惚れ薬がついに―――ん?」
 そこで右手に持ったスポイトから立ち上る異臭に、ふと気が付いた。『C』のビーカーの液体なら無臭のはず。なのにスポイトから漂ってくる臭いは『B』のビーカーの液体の臭いと同じ――――
「し、しまった!!」
 そこでゴッサムは自分が犯したミスに気が付いた。苦労して手に入れた材料で慎重に惚れ薬を作っていたのに、こともあろうことか薬品を間違えて失敗してしまったということに。
「おおお~! なんということじゃ……。ワシとしたことが、何を勘違いな産物を……。せっかく……せっかく手に入れた材料じゃったのに……ん?」
 悲嘆にくれて嘆いていて、ふと気付く。失敗したはずの試験管の中の薬品から香水のような―――いや、60年以上の人生の中で何度か嗅いだことのある香り。これは―――
「これは―――最高級並みの香水の香りがするぞ!?」
 そう、それは香水の香りだった。それも半端じゃないほど高価なもの。それこそ大貴族の令嬢が使うような、一瓶だけで数十万フォルはくだらないくらい高価なものの香りだ。
「そうじゃ、せっかくじゃからワシが香水代わりに使おう。これほどの香りじゃ。きっとおなご達にモテモテに……グフフフフ」
 いかがわしい考えが脳裏をよぎる。たかだか香水をつけたくらいで何が変わるというのだろうか?
「何かコレを入れておく入れ物は無いかの~……お?」
 ちょうどいいところ――――食器棚のこと――――に最適な入れ物があった。からっぽになったバニラエッセンスの瓶である。ゴッサムは早速その瓶に香水のようなものを流し込んだ。
 するとその時。
 
ピーゴロゴロゴロゴロッ!!
 
「はうっ!?」
 突然の腹痛がゴッサムを襲う。大変キタナイ話だが、どうやら腹を壊したようだ。人間、歳をとれば身体は勿論、胃腸も弱ってくるものである。この老人もまた然り。
 残念なことに、ここの工房にはトイレがない。他のクリエイターなら工房の裏にあるクリエイター専用のアパートで用を済ませるのだが、ゴッサムはこの町に家を持つため、わざわざそこまで帰らなくてはならないのだ。
 
ピーゴロゴロゴロゴロッ!!!!
 
「むぅおおおお! や、やばい! やばすぎるぞいっ!!」
 叫ぶや否やゴッサムは腹を押さえながら、よろよろと工房から出て行った。
 
 
 
――――数分後――――
「本当にありがとうございます、ソフィアさん」
「いいんだってば、マユさん。私も食べたいから手伝うだけなんだから。だって最近ずっと甘いもの食べてないんだもん」
 大きな買い物袋を持った二人の少女が工房に入ってきた。会話の内容から察するに、どうやらお菓子作りをするらしい。
 だが入ってきてすぐに、机の上に散らかったガラスの器具を見て二人の少女は顔をしかめた。
「あー……ゴッサムさんったら、また物を出しっぱなしにして……。またトイレにでも行ったのな?」
 マユが溜息をつきながら言った。
「仕方ないよね、年齢が年齢だし。あの年になるとお腹壊しやすくなるものなんだから。悪いけど、マユちゃん一人でそっちの準備しといてくれない? こっちの方はどう見ても実験とか終わってそうだから、私が片付けて置くし」
「そんな、悪いですよ。私も片付けるのお手伝いしますから」
「ううん、いいの。それにこういうのは食器と違って大事に扱わないといけないんだから。私が地球にいた頃はこういうのはしょっちゅう触ってたし、こういうのは慣れてるから……」
 ソフィアは地球に居た頃、科学関係の学校に通っていた。だからこそ、この手の器具の扱いには慣れているのである。
「そうですか~、すみません。じゃあ、そっちの方はお任せしますね」
 そう言ってマユは早速お菓子作りの準備に取りかかった。
 食器を棚から取り出し、買ってきた食材を机の上に並べる。いつもと変わらない、平和な日常。異なるところがあるとすれば、今日はソフィアが仕事場に居るという事だ。ふとマユは口を開いた。
「……平和ですね」
 基本的には静かだが、外からは人々の雑踏やらが聞こえてくる。
 マユは続けた。
「町のみんなは魔物がいなくなった事だけに驚いて、その間に何があったのか知りもしないんですからね」
 それを聞いて、ソフィアも片づけをしながら口を開く。
 
 
「―――私達が昨日、『創造主を倒した』なんて誰も考えられないもんね。私だってこんなに穏やかに暮らしてたら、創造主なんて倒さなくても何も変わらないんじゃないかって、何度も思ったもん」
 
 
 創造主の討伐。人によっては『神殺し』と表現するだろう。その『神』というのは、より正確にはこの世界をコンピューター・ゲームの中に作ってしまった、とある会社の社長のことだ。
 そしてこの世界に生きる全ての生き物はAIであり、同時に、この世界に住む誰もが皆、自分達の住む世界がプログラムで構成されている事実を知らない。
 マユは、ソフィアの言葉に対し、
「そんなことないですよ」
 穏やかな口調で言った。
「ソフィアさん達みんなが居なかったら、この世界は滅んでいたんだもの。ソフィアさん達は平和な世界を、この何気ない日常を勝ち取ったんですよ」
「だったらそれは私達だけのしたことじゃないよ。ルシファーが居る空間へのゲートを開くのに使ったら消えてしまうと分かってて、それでもセフィラを使っていいと言ってくれた女王様も、アルベルさんに魔剣を譲ってくれた王様も、自らを犠牲にフェイトの命を護ってくれたロキシおじさんも、ディプロのみんなも……。
 それからクリエイターのみんな……強力なフェイズガンを作ってくれた人がいたし、強い爆弾を作ってくれた人もいた。マユさんだって、ブルーべりーとブラックベリーの濃縮したエキスを、あんなに沢山作ってくれたじゃない。
 ルシファーと戦ってて、回復系の道具とか精神力とかがなくなったとき、あのエキスが無かったら私……ううん、私達は誰一人としてココに帰ってこれなかった。マユさんだって英雄なんだよ?」
 ちなみにそのエキスを使い、ルシファーとの闘いの最後で、ソフィアが特大の必殺技・メテオスォームを炸裂させることで勝利を収められたのだ。
 ようやく片づけが終わり、マユも準備が整って二人でお菓子作りを始める。マユは顔を赤くしながら言った。
「そ、そんな。……あ、でもそういうのも結構いいかも……」
「そうだよ。普通なら『宇宙を救った英雄』なんて絶対になれないんだから。銀河連邦が始まって以来、英雄になった人だなんて『12人の英雄』だけだだよ? 何十兆人もいる人々のうちの、たったの12人。その中にマユさんの名前を入れられるんだから遠慮無く入れておくべきだよ。ちょっと恥ずかしいけど……」
 はっきり言って、未開惑星保護条約など何処吹く風のような会話だ。しかもこの星の住人は大昔にグリーテンが出した『世界球体説』というのを知っており、わかりやすく説明したら宇宙のことについての深い理解力を示しているときたもんだ。そのうえ創造主のことなど、話してはならないことまで教えたソフィア……もといソフィア達は、連邦にバレれば、恐らくはかなりの重罪になることだろう。
 そのようなやりとりをしながらも、お菓子作りは手際よく進んでいく。
 二人ともそれぞれ、ボウルに入ったカスタードクリームを混ぜていた。マユの方が慣れているらしく、混ぜる速度が速い。
「あとはバニラエッセンスだけど……」
「………マユさん何でそんなに速いの?」
 バニラエッセンスを探すマユを見ながら、ソフィアは自分のボウルを混ぜながら一人ごちた。
「あれっ? 確かココに置いといたハズなんだけどな~」
「あっ、バニラエッセンスなら、なぜか机の上に置いてあったからそのままにしておいたよ」
「えっ? なんでだろう? ゴッサムさん、使ったのかな?」
 いったい何に使うのだろう? 
 そう思いながらもマユは、バニラエッセンスをカスタードクリームにかけた。地球にある物と違い、この惑星のバニラエッセンスは『におい』が少ない。そのためにドバドバとかける。あっという間に瓶の中は空っぽになった。
「あっ、ソフィアさん。こっちの瓶、からっぽになっちゃいました。さっき買ってきた袋の中から新しいバニラエッセンスを使って下さいね」
「はーい」
 ソフィアがクリームを混ぜながら答える。
「さてと、後はクリームを生地の中に詰めるだけね」
 今回のメニューはシュークリーム。地球などの工場で大量生産される物と違い、手作りのシュークリームは焼きあがった生地がクッキーのような固さと食感を持っている。
 早速クリームを中に詰め始めるマユ。その時ようやくソフィアもその作業に追いつき、二人で同じ作業を行ない始めた。
 やがてクリームも詰め終わり、詰め終わった物を全てオーブンの上に置いた。
「さあ、後は焼くだけですね……」
 
 
 
―――数十分後―――
「わぁ~! おいしそうな匂いがしてる!!」
 出来上がったシュークリームを見て、ソフィアは感嘆の声を上げた。
「ソフィアさん、まだ食べちゃダメですよ。これからコレをみんなで分けるんですから」
 そう、分けるのだ。今まで旅を続けてきた仲間達と今日、お別れする。そのための餞別として作っているのだ。
 と、その時。
「やあ、ソフィア!!」
「よお、マユ。元気か?」
 二人の人物が工房の入り口に現れた。
 前者の声はフェイトの声、言っていることは普通だ。ただし、後者の声に、フェイトとソフィアは……
「ええぇ!?」
 とソフィア。
「ど、どうしたんだよっ? アルベル!?」
 とフェイト。名前で呼ばれた男、アルベル・ノックスの額に青筋が浮かび上がる。
 再びソフィアが震えながら口を開く。
「ア、アルベルさん、熱でもあるのですか? 怪我人を心配するならまだしも……その……『元気か?』だなんて………」
 フェイトもソフィアに続いて言う。額の青筋の数が一気に三つになる。
「アルベル、お前どこかで頭打ったんだろ!? いや、むしろ拾い食いしたんだろ!? だから拾い食いはやめろって言っ―――」
 とうとう我慢の限界が訪れ、顔中を青筋だらけにしたアルベルは遂にキレた。
「いい加減にしろ阿呆クソ虫共ッ!! 俺が何を言ったってんだ!?」
 アルベルの一括で二人は静かになったが、それでもまだ疑惑の表情を見せている。
「俺はただ気になったことを尋ねただけであって……」
「お兄ちゃん、お帰りなさい」
 とりあえず言い訳をしようとしたアルベルの考えを、マユの穏やかな声が粉砕した。
 
 
 
『な……なにいいいぃぃぃ!?』
 フェイトとソフィアの声が、見事に重なった。フェイトならまだしも、ソフィアまでもが男言葉で『なにぃ!?』と叫ぶというのは、滅多にあることではない。
「マ、マユさん。本名、何ていうんですか?」
 ソフィアが震える声で尋ねる。質問に対してマユは満面の笑みを浮かべ、とんでもないことをサラリと答えた。
「マユ・ノックスです」
 しばらくの間、辺りを静寂が支配した。やがて沈黙に耐えかねたかのように、フェイトが口を開いた。
「……何ていうか、その……『アドレーさんが実はクレアさんのお父さんだった!!』っていうのを知ったときくらいの衝撃を覚えたよ……」
「……偶然かな、フェイト。私も今、同じ事を考えてた……」
「誰があんな筋肉ダルマと一緒にしろって言ったんだ!? このクソ虫共!!」
 アルベルから強烈な殺気がほとばしり、二人は沈黙した。変わりにマユが口を開く。
「たしかに似ていないところだらけですけどね、これでもれっきとした兄妹なんです」
「……マユ、頼むから今度からヨソでは『団長』って言え」
 このアルベルから『頼む』という単語が出てきたことに、再びフェイトとソフィアが驚くが、今度は無視された。
「そういえばお兄ちゃん、何しにここへ来たの?」
「………ああ、いろいろと世話になった奴らに礼を言って帰ろうと思ってな。最後にお前に会おうとしてここへ来たというわけだ。お前、まだクリエイターの仕事を続けるんだろ?」
 普段のアルベルなら絶対に言わないほど優しい言葉だ。『阿呆』とか『クソ虫』という単語が一つも入っていない。
「うん、まだ続けていようと思ってるの。お兄ちゃんは修練所に帰るの?」
 『お兄ちゃん』という単語に、再びアルベルの顔が引きつったが、今度は何もツッコミを入れようとはしなかった。
「……ああ」
「だったらコレを……」
 マユはそう言い、出来立てのシュークリームを手近にあった厚紙の箱に二個詰め込んだ。
「みんなにあげようと思って作ったの。美味しいわよ」
 シュークリームを詰め込んだ箱をアルベルに渡す。受け取ったアルベルはただ一言『ありがとう』と、これまた普段なら絶対に言わないことを言い残して立ち去って行った。
 
 
 
「……あのアルベルも妹には弱いんだな」
 どこか拍子抜けした表情でフェイトは呟いた。
「いいえ、性格が丸くなったんですよ。フェイトさん達のおかげで……」
 穏やかな微笑を浮かべながら、マユが言った。
「それよりも早く、みんなでシュークリームを食べましょう! 今が一番美味しいんですから!!」
 マユのその言葉に、放心状態だったフェイトとソフィアは現実に引き戻された。フェイトは勿論、ソフィアも『手作り』のシュークリームを食べるのは初めてだった。
「へぇ~、美味しそうだね」
「勿論よ! だって私とマユさんが心を込めて作ったんだから!!」
「あっ!一人につき二個ですからね。他の人の分も焼いてますので勝手に取らないでくださいね」
 マユが二人に軽く注意し、3人が自分の皿にシュークリームを二個づつとって椅子に座る。
『いっただっきま~す!!』
 
 
 
「うーん。なんかマユさんの方が出来がいいんだよね」
「そんなこと無いさ。僕はソフィアが作ったほうも美味しいと思うよ」
 出来上がったシュークリームの形を見比べながら、ソフィアがやや落ち込むのをフェイトが軽く元気付ける。まだ午前11時だというのに紅茶を楽しみながらシュークリームを頬張る彼らは一枚の肖像画のような光景だった。
 だが、突然の訪問者が現れた。
「ほう。美味そうなものを食っておるじゃないか」
「あっ! ゴッサムさん。また机の上を散らかしたままお出かけですか?」
「おお、すまんのぉ。トイレに行っただけじゃったんじゃが、そのままここへ戻るのを忘れておってのう。まさかもうボケてしまうとは情けない話じゃ。それより机の上が片付いているということは……」
「あっ、はい。私が片付けました。結局、あのバニラエッセンスの瓶、何に使ったんですか?」
 聞かれたとたんにギクりと、ゴッサムの肩が揺れた。まさか『惚れ薬を作ってました』などと言えたものではない。何とかしてごまかなくては……!!
「あ、ああ……実はじゃな。いまワシは香水について様々な研究をしておってな。まずは臭いについての研究のためのサンプルとして使っただけじゃよ」
 何とか言い切った。ゴッサムがほっと胸をなでおろす。だが次のマユの言葉を聞き、彼の心臓は止まりかけた。
「そうだったんですか。すみません。そのバニラエッセンスならさっき、このシュークリームを作るのに使い切ってしまいまして………って、どうしたんですか、ゴッサムさん? 何故か顔色が悪いようですけど」
 見る人が見れば、それは『顔色が悪い』どころではない。生気というものが全く感じられないその顔は、もはや死相と呼ぶに相応しい。
(なんということをしてくれたんじゃ!! 失敗作とはいえ、仮にも惚れ薬に必要な様々な材料が使われておるのじゃぞ!? 周りの者がどんな精神異常を起こすのやら……!!)
 過ぎたことを今更気にしても仕方が無い。とにかく分かるのは、失敗作をフェイト達が食したということだけだ。ゴッサムは逃げることにした。
「お…おお! そういえばフェイトさんにソフィアさん。あんたらは今日帰るんじゃったな。今まで大変世話になった。心から礼を言うぞい!!」
「そんな世話だなんて……。貴方の実験に必要な物をレプリケーターで手に入れてきたりしただけじゃないですか」
「いいや、普通ならあんな物、この惑星では手に入らない物じゃ。フェイトさんの助けが無ければ出来んかった発明もたくさんある。本当に世話になった。ではワシは急いでおるのでな!! またこの星に遊びに来なさい!!」
 そう言ってゴッサムは勢い良く、工房を飛び出して行った。
 何となく逃げようとしているなと、フェイトは会話の流れからそう感じた。




「それじゃマユさん、今までお世話になりました」
 フェイトが工房の扉をくぐりながら言った。ソフィアと見送りに来たマユも後に続く。
「マユさん、またね! またいつかここへ来るから!!」
「ええ、フェイトさんもソフィアさんも、いつでもこの星にいらしてください。出来れば他の人も連れて」
「他の人? クリフ達とか? それは難しいですよマユさん。僕達はそれぞれ違う道に進むのですから。みんなが揃うときなんてそうそうありませんよ」
「誰もクリフさんやマリアさんのことだとは言ってませんよ? 今度はあなたたち子連れで来てください」
『えっ!?』
 突然のマユの発言に、二人は顔を赤くしながら驚きの声を上げた。
「マリアさんから聞きました。この大陸では花束を送るのが普通ですが、何でも地球では指輪をプロポーズする女性に送るのが普通みたいですね」
 そう言って、マユは二人の指に目をやった。二人揃って銀の指輪をはめている。
 これは数日前に、フェイトがソフィアにプレゼントしたものなのだ。この戦いが終わったら二人で暮らそう、という意味を込めて……
 もっとも、地球に帰ってからすぐに結婚するというわけではない。フェイトは勿論、ソフィアにいたっては16歳……まだ高校生なのだ。正式に結婚するのは数年後になる。マユ達のような未開惑星の住人は、平均寿命が短いため、早いめの結婚や出産は当たり前なのだ。現に細工のクリエイターであるエヴィアは、16歳の時にはすでに子供(アクア)が出来ていた。現在18歳のマユは、実は生き遅れなのである。
 それはともかく。フェイトとソフィアは何となく恥ずかしかったので、正式な結婚や出産についてのことは、マユには伏せておくことにした。下手にアレコレと聞かれたくはないからだ。
「フフ。マリアさんったら、見てないようでしっかり私たちのこと見ていたのね」
「いいえ」
 ソフィアの言葉を、マユはやんわりと否定した。
「私はただ、マリアさんが指輪をしていたから尋ねてみただけなんです」
 
 
 
 今日一日でいったい何度驚いたのだろうか? 少なくとも今のところ、これが一番驚いた。
『え、えええええぇぇぇぇぇ!?』
 短い沈黙の後、絶叫に近い声で二人が叫ぶ。通りすがりの人達が何人か振り向いていく程に。
「でも、それってひょっとして……リーベルさん?」
 ソフィアは何か知っているようだ。そしてフェイトには『なぜリーベルなの?』と、驚きの余り質問すら出来なかった。
 ソフィアが説明する。
「リーベルさんね、私達がFD空間から帰ってきた時にマリアさんの部屋の前をウロウロしてた時があったでしょ? あの時フェイトとランカーさんが隠れてリーベルさんを観察してたけど、フェイトとランカーさんがその場を離れたとたんにリーベルさんったらいきなり『よし、誰もいなくなったな』って言って(彼にはバレてたようだ)、マリアさんの部屋に入って行ったのを見たの。たしかその時マリアさん、落ち込んでたでしょ? だからあの時リーベルさんはマリアさんを慰めに行ったんだと思うの」
「眺めていたの、バレてたのか……でもいくら何でも、その時にプロポーズまでは行き過ぎじゃないか?」
「別にその時じゃなくてもプロポーズするのは、いつだって出来たわけだし……。大体、指輪つけていたら、今の私達なら気が付くでしょ? 多分、あの時から付き合い始めてたんだよ!! マユさん、マリアさんが指輪をつけているのを見たのはいつのことですか?」
「昨日ですけど……」
「やっぱり……リーベルさんしかありえないよ! だって昨日、マリアさんに会いに来たんだし」
 そう、リーベルは確かに昨日、エリクールに来た。
 ルシファーを倒しに行く際、フェイト達がファイヤーウォールに入ったとたんにマリアの左腕のセットに内蔵された発信機からの反応が消え、一時、ディプロは騒然となった。フェイト達がルシファーを倒し、こちらの世界に戻ってきてから再びマリアの反応が確認されたとき、一番に駆けつけてきたのがこの青年なのだ。
「それでも……あのリーベルがねぇ……。信じられないけど、あいつも大人になったんだな~」
 まだ信じられないが、また本人の口からでも聞いてみるとするか。そう考えてフェイトとソフィアは納得することにした。
 それにしても今日はあまりにも驚くことが多すぎる。まだ正午にもなっていないのにだ。この後、まだ何かとんでもないことが起こりそうな気がする。
 
 そしてその予感が現実のものとなるまでさほど時間はかからなかった。
 
 
 
 午後1時。
 フェイトはレストランから出てきた。一応、今日この惑星を離れる予定なのだが、フェイトとソフィアを地球まで送ってくれるハズのディプロは今は準備中。機械のことなどサッパリわからない二人には手伝うことなど一つも無く、結局はこうやってその辺をブラブラするしかないのだ。
 ちなみにだが、いまソフィアは地球に帰ったときのためのお土産を買いに出かけている。
「あーあ。みんなにはもう、お別れの言葉を言ってまわったしな……。この後どうやって時間を潰そうかな~」
 何となく呟いた。本当にヒマなのだ。すると―――
 
(ヒソヒソ―――ねぇ、あの人って―――)
 
 なにやら通りすがりの人々がフェイトの方をチラチラとうかがい始めた。
(な、何なんだろう?)
 大勢の人々の視線を感じながら、フェイトは戸惑った。それも当然だろう。人々から注がれる視線のほとんどは熱いまなざし。少なくとも自分に好意を懐いているのだろう。
 だが何故いきなりこれほどもの好意を懐くことになったのだろうか? 以前から何度も足を運んでいるこの町である。『創造主ルシファーを倒し、世界を救った』というのはごく一部の人々(シーハーツ女王やアーリグリフ国王、クリエイター達)しか知らないはずだ。だから羨望のまなざしを受けることも無いはず。
 フェイトがあれこれと悩むうちに、ソフィアと同じくらいの年齢の少女がフェイトの前に出てきていきなりとんでもないことを告げた。
「あ、あの……わ、私と付き合ってくださいっ!!」
「………悪いけど僕には―――」
 ソフィアにプロポーズした自分が、今さら他の女性と付き合うわけにはいかない。そもそも初対面の人に告白されても心が動かされるフェイトではない。こういう時はハッキリと断るべきだとフェイトは思った。だが、それを言う間もなく――――
「あーーーっ! あんた、ずるいわよ!! 私が先に彼に目をつけたんだからね!!」
「何言ってんの!! アタシが先に―――!!」
「ふざけんじゃねぇ!! コイツは俺のモンだ!!」
「!!!??」
 何が起こっているのだろう? ただ確かにわかるのは、いま目の前で大勢の人々が自分を取り合っているのだということだ。先ほどの会話を聞いている限り、そう判断するしかないだろう。多少、男性の声が混じっていたのが怖いが……
「そこまでよっ!! 観念しなさい!!」
 突如、聞き覚えのある声が聞こえたと、フェイトが思ったとたん――――
 
カカッ――――!!
 
 光が視界を焼き尽くした。どうやら閃光弾―――それもスタングレネードのように一撃で大勢の人間を気絶させる強力な物―――を誰かが放ったらしい。
 奇跡的にも咄嗟に目を閉じることによって、難を逃れたフェイトが見たものはというと――――
「…………!?」
 そこらじゅうに倒れている人、人、人――――
「間に合ったわね!」
 ふと声が聞こえた方を見た。近くの建物の屋根の上に、自分の良く知った人物が立っていた。
「マリア!?」
 フェイトが思わず叫ぶ。するとマリアは屋根から飛び降り、まるで猫のように地面に着地した。
「マリア!! いったい何が起こってるん――――!?」
「フェイトオオォォ!! 逢いたかったああぁぁぁ!!」
 駆け寄って尋ねたとたん、何故かいきなり飛びつかれた。
「ちょ、ちょっとマリア!? どうしたんだよいったい―――」
「うふふふ。 もぉう離さな~い!」
 そのときフェイトは気が付いた。マリアの瞳が正気ではないことに。彼女の蒼く美しい瞳の中で、なぜか渦巻きが回っている気がした。
 フェイトは自分の胴に回されたマリアの腕を力任せに引き剥がし、とりあえず逃げることにした。このまま放っておいたら襲われかねない。
「あっ! ちょっとフェイト!? 待ちなさい!!」
 虚をついて逃げ出したのだが、仮にもマリアはクラウストロで育った身体だ。逃げ続けるフェイトとの距離を、強靭な脚力でぐんぐんと追い詰めてくる。
(まずいっ!! 追いつかれる――――!?)
 その時。
「おい、フェイト!!」
 フェイトの前方に、茶色の髪をツンツンに立てた青年が立ちはだかっていた。
「リーベル!?」
 そう、リーベルだ。どこから現れたのか、そこにはリーベルが立っていた。
 リーベルが自分を睨みつけている、フェイトはそう感じた。まあ、それも仕方の無いことだろう。リーベルが愛してる女性が、自分を追いかけ続けているのだ。それにリーベルはマリアと婚約していると聞いた。確かにリーベルの指には銀色の―――いや、白金の指輪が嵌められていた。そういえばさっき見たとき、マリアの指にも同じものが嵌められていたと思う――――今はそんなこと考えている場合では無かった。
 とりあえずフェイトはリーベルに向かって弁明した。
「待ってくれ、リーベル!! これには理由があるんだ!!」
「わかっている。お前は何も悪くは無い。今のうちに逃げろ!!」
「えっ? あ、ありがとう。助かったよ」
 やけに物分かりの良いリーベル。彼の視線はフェイトにではなく、マリアに向けられていた。
 フェイトは一瞬戸惑ったが、別に問題無いと思い、リーベルの脇を素通りしようとしたとたん、リーベルはヒップホルスターからフェイズガンを二丁抜き、マリアに向けた。一見、無造作に見えるこの動作が、実は恐ろしいほどの命中率を発揮する。命中率が伴ってこそ『早撃ちのリーベル』なのだ。
「ってちょっとリーベル!? ま、待て! 早まるな!!」
 だがフェイトの制止を聞こうとはせず、リーベルは躊躇無くトリガーを絞った。しかし――――
 
カチカチカチカチカチカチッ!!
カチカチカチカチカチカチッ!!
 
 エネルギー切れだったようだ。フェイトはそっと胸を撫で下ろす。だが今の引き金を引く速さは尋常ではなかった。片方のフェイズガンにつき、1秒間に6回は『カチッ』と鳴っていたのだ。本来、フェイズガンという武器は半端じゃないほどの反動がある。クラウストロ人でも高い命中率をかねそろえながら、あんな射撃が出来る者などそうそう居ないだろう。スティングとこの男を除いて。もしフェイズガンにエネルギーが残っていたらと考えるとぞっとする。
「ハッ! リーベル、自分の武器は常に手入れをしておかなくちゃいけないじゃない」
 追いついてきたマリアがリーベルを鼻で笑った。そして彼女も愛用のフェイズガンを抜き、リーベルに向けて躊躇無く引き金を引く。だが―――
 
カチッ! カチッ! カチッ!
 
 乾いた音だけが虚しく響き渡る。今度はリーベルが嘲笑した。
「おいおいマリア~。人のことを言う前に自分の方どうにかしたほうがいいんじゃないか?」
「な、なあリーベル。何が起こってるんだ? いったいお前とマリアの間で何があったんだ?」
 フェイトが弱々しく質問したが、あっさりとシカトされた。
「ぐっ! どこまでもナマイキね、リーベル!! どうでもいいから、さっさと『私のフェイト』をこっちに渡しなさい!!」
「そうはいくか!! フェイトはな――――」
(何がどうなってるのか分からないけど、とにかく助かるよ、リーベル……)
「フェイトはな……俺のモンだ!!」
「(そうそう)……って、違うだろおおおぉぉぉぉ!?」
 本当に何がどうなっているのだろうか。思わずフェイトはリーベルの後方へと逃げ出した。走り去るフェイトの背中にリーベルが声をかける。
「とにかく何処かへ隠れろ!! 安全が確保できれば出てきていいからな!!」
(二度とお前なんぞの前に現れるかあぁぁ!!)
 裏路地に向かって走るフェイトの耳に、重い音が響いてきた。どうやら2人が肉弾戦を始めたようだった。自分をめぐって――――
「僕がいったい……何だっていうんだよおおぉぉぉ!!?」
 いつかどこかで叫んだような気もするフェイトの悲痛な叫び声が裏路地に響き渡った。
 
 
 
 そのころカルサア修練所。
 ここは多くの漆黒兵達が、日々の訓練をする場所である。ペターニとは違い、こちらでは雨が降っていた。かなり湿度の高い状態である。
 そんな修練所内を、アルベル・ノックスは疾走―――いや、爆走していた。
 ペターニを発った後、彼はクリフ達に頼み、ディプロの転移装置を利用させてもらってここへ帰ってきたのだ。普通に徒歩で帰ろうものなら数日を要する距離である。この時ほど、発達した文明の道具とは素晴らしいものだと思ったことは無かった。
 だが今はそのようなこと考えている余裕など無かった。
「隊長おおおぉぉぉ!!」
「待ってくださいぃぃぃ!!」
「やめんか、お前達!! 隊長は俺のものだ!!」
 背後から必死にラブコールを送る漆黒兵達。妹から貰ったシュークリームを食べてから数時間後、ずっとこの調子である。先ほどのシュークリームに惚れ薬か何かが入っていたのだろうか? いや、そもそも惚れ薬など存在するはずが無い、アルベルはそう思っていた。
 とうとう行き止まりまで追い詰められた。もう逃げ場が無い。
「追い詰めましたぜ。隊長ぉぉぉ……」
「く、来るな……何が目的なんだ?」
「何って……決まっているじゃないですかぁ……」
 下品な笑顔をアルベルに向けながら、その兵は笑った。他の兵達も同じような表情をしている。だが本来、この手の奴らがこの表情を向けるべき相手は、夜道を一人で歩く、若くて美しい女性に限られるはずだ。間違っても、男にむけるものではない……。
 頭の中で恐怖が一定の量を越え、アルベルは何かがプツンと切れる音を確かに聞いた。
「フフ……フフフ………」
 不気味な笑い声が、アルベルの口から漏れた。同時にスラッという音を立てて、愛刀である魔剣クリムゾンヘイトを鞘から抜き出すと、クリムゾンヘイト自身が『オー、アイラブ・アルベル』などとほざくが無視。
「ククク……フハハハハハッ!! 寄るな! 騒ぐな!! くたばれ阿呆ぉぉ!!!!」
 正気を失ったアルベルは、クリムゾンヘイトを片手に、漆黒兵達に向かって突っ込んでいった。



[28579] 2
Name: シウス◆60293ed9 ID:11df283b
Date: 2011/06/28 21:41
 ゼェー、ハァー、ゼェー、ハァー、
 裏路地に入ってから、いったいどれくらい走ったのだろうか?
「ここまで来れば、ハァー、ハァー、もう、ゼェー、ゼェー、大丈夫だろ」
 とりあえず乱れた息を整えながら、フェイトは呟いた。
 しばらく休むと、今度はどこからともなく血の臭いがしてきた。もう、わけの分からない事に巻き込まれるのは嫌だったので、放っておこうかなと考えもしたが、さすがに流血沙汰(りゅうけつざた)になっているのは見過ごすわけにはいかない。フェイトは血の臭いがする方へと足を運んだ。
 しばらくすると、地に倒れ伏して血を流す老人と、その老人の頭に片足を乗せている少女がフェイトの目に映った。二人ともフェイトのよく知っている人物だ。
「あら、フェイトさん。」
 少女がフェイトに顔を向けた。
「……マユさん。これはいったい? 何でゴッサムさんが足蹴にされているのですか?」
「さっき皆さんとシュークリームを食べていたときのゴッサムさんの様子が気になりましてね、案の定、しばらくしてから町のみんなにナンパされるわ、愛の告白されるわ、追い掛け回されるわで。ゴッサムさんを捕まえて聞いてみたら……」
「ワシはただ、失敗した惚れ薬をバニラエッセンスの瓶に入れておいただけじゃよ。あまりに香りが良かったから、香水代わりになるかとお思っての……」
 惚れ薬と聞き、先程から身の回りに起こっている出来事を思い出した。マリアならともかく、以前マリアが自分に好意を懐いていた時、リーベルに向けられた敵意……いや、殺意をハッキリと覚えている。そのことを考えて導き出せる答えはというと――――
(失敗って……思いっきり成功してますって……)
 目にハートマークを浮かべながら語る老人に、フェイトは心の中だけでツッコミを入れた。
「のう、マユちゃん。こんなことしとらんで、ワシとデートせんかのぉ。フェイト君もじゃ」
 と、ゴッサム。どうやらこの老人も惚れ薬の効果にかかってしまったようだ。
「黙ってください。このクソ虫」
ドスッ!!
「ぐはぁっ!!」
 マユが老人の腹に容赦のない蹴りを入れ(ひでぇ……)、血を吐いて気を失った。
(マユさんって……やっぱりアルベルの妹なんだな………)
 どこかで見たことのある光景を眺めながら、フェイトは率直な感想を述べた。無論、心の中でである。
 気絶したゴッサムのことは無視し、マユはフェイトの方を向いた。
「フェイトさんは……私が近づいても、何ともないみたいですね」
「………えっ?」
「どうやらこの惚れ薬、同じ服用者には効果が無いみたいです」
「あ、ああ、確かに。そうみたいだね」
「ここにいる間は安全だと思いますけどね、でもそれならソフィアさんも連れてこないとヤバイと思いますよ?」
 マユの言葉を聞き、フェイトは頭の中ですぐさま、その状況を再現してしまった。
 ソフィアが……ソフィアが厳つい男共に追いかけられている……そして追い詰められて……嫌がる彼女の服を無理矢理引き裂かれて……そして……そして……!!
 ここから先は自主規制。フェイトは目の前が真っ暗になった気がした。そして――――
「う…うわあああああぁぁぁぁぁっ!? ソフィアあああぁぁぁ!!」
 フェイトは走り出した。ソフィアを探すために――――
「ちょっ―――ちょっと待って下さい! フェイトさーん!!」
 少し遅れてマユがフェイトの後を追った。
 
 
 
「止まって!!」
「えっ? きゃっ!」
 先頭を走っていたフェイトが急に止まり、フェイトを追い越して、後1メートルで裏路地から抜け出せるという所にまで来たマユを、腕を掴んでんで無理矢理ストップさせる。先程まで混乱していたフェイトの頭は、だいぶん走ったおかげでかなり冷めていた。
 フェイトがマユを止めた次の瞬間。
 1メートル先の、ペターニの町の中央から西門を繋いでいる西通りを、灼熱の炎が通り過ぎた。
 慌てて二人が裏路地から飛び出すと、大通りには町の多くの人々が折り重なって倒れていた。皆黒焦げになってはいたが、とりあえず生きてはいるようだ。そこらじゅうから人々の呻き声が聞こえてくる。
 もし、フェイトが腕を引っ張って止めるのが遅ければ、自分も黒焦げになっていたに違いない。マユはそう思い、背筋を震わせた。
 フェイトはというと、町の中央広場のほうへ目を向けていた。確かに今の炎は、裏路地から見ていた限り広場の方角から来たように見えたからだ。
「今の……何だったんですか?」
 マユは震える声を無理矢理落ち着かせながら質問した。施術のように見えたが、マユの記憶の中にはここまで凄まじく、そして手加減したかのように人を殺さずに気絶(?)だけさせる術の使い手はいなかった。
「今のはソフィアだよ。……きっとエクスプロージョンを町の中央でぶっ放したんだよ」
 それを聞いた瞬間、マユは唖然とした。エクスプロージョンはサンダーストラックやスピキュールと並ぶ最強の呪文である。
 以前、マユはアドレーという人物に見せてもらったことがあった。それはもう、最強の名に恥じない威力だったが、その時とは比較にならないほどの攻撃範囲を、今のエクスプロージョンは持っていた。くらった人が死んでいないことからして、手加減していたのは疑いようもない事実だ。自分とはほとんど年齢の変わらない少女がそこまで強大な力を持っていること自体、マユには信じられなかった。
 フェイトとマユは中央広場を目指して走り出した。



「ハァー、ハァー」
 少女は乱れた息を、肩で息をすることによって回復させようと試みた。だが思ったほどの効果はなかった。
 ただでさえ紋章術の使いすぎで疲労しているというのに、ありったけの紋章力を込め、更に人が死なない程度に爆炎の熱を調整することに精神を消耗しながら放ったエクスプロージョンは、町の中央で炸裂し、建物に遮られて行き先を無くした炎は4つの大通りを勢いよく駆け抜けた。
 辺りに人の姿は無かった。今のエクスプロージョンが効いたのだろう。今のうちに逃げなければ、また正気を無くした人々が自分に襲いかかって来るだろう。
 一歩だけ足を踏み出し、そして視界がぶれた。地面がどんどん近づいてくる。倒れるんだな……と気付くのに、さほど時間はかからなかった。なぜか時間がひどく遅く感じる。
 ――――その時。
「ソフィア!!」
 誰かが駆け寄ってきて、倒れかけた自分の身体を受け止めた。声に聞き覚えがある。フェイトの声だ。町の人々と同様に正気を失っているかどうかなど、考える余裕はカケラも無かった。
 掠れた声でソフィアは言葉を紡いだ。
「ふぇ――フェ…イ……ト………。町の……みん…な…がね………」
「分かってる! 分かってるからもう喋るんじゃない!!」
 ソフィアの声を遮ってフェイトは叫んだ。そしてクォッドスキャナーを取り出して、ソフィアのステータスを確認した。案の定、ソフィアのMP(精神)は0を示していた。瀕死の状態である。このまま放置しておけば、やがて息絶えるだろう。
「何か……何かソフィアを回復させるものは……!!」
 フェイトはポケットを漁ったが、何も出てこなかった。それもそのはず。昨日、回復系のアイテムはルシファー戦で使い切ってしまったのだ。アクセサリー等はこの星では必要だろうということでアルベルやネル、ロジャーやアドレーの4人で山分けすることとなり、その他の誰も使わないような武具(レーザーウェポン等の先進惑星の武具以外)はすべて売り払ってしまったのだ。
「ああ、ソフィア!! 頼む! もう少しだけ待ってくれっ!! いま何か無いか探してるから!!」
「あの~……これじゃダメですか?」
 フェイトの背後から突然声が上がった。マユである。振り返ったフェイトの目に、マユの手に握られたフレッシュセージが映った。
「ありがとうございますマユさんっ!! この恩は一生忘れませんから!!」
 そう言うとフェイトは、ひったくるようにしてフレッシュセージをマユの手から奪い、早速ソフィアに食べさせようとした。だがいつの間にか気を失っていたソフィアには、物を食べることなどできるわけがなかった。
 仕方なくフェイトは、フレッシュセージを自分の口に入れ、よく咀嚼してソフィアと唇を重ねた。俗に言う『口移し』である。
(うわ~~! 羨ましい!!)
 その様子を眺めていたマユは顔を赤らめて胸中で呟いた。確かに恋に恋する少女としては、確かにこれは羨ましい光景である。自分も早くこのような素敵な恋人に出会いたいな~、というような。
 それはともかく、ソフィアはうっすらと目を開けた。
「ソ……ソフィア!!」
 フェイトが涙をハラハラと流しながらソフィアを抱きしめた。もう少しで愛する者を失うところだったのだから仕方ないことだろう。
「フェ…フェイト……?」
 ソフィアが戸惑いの声を上げる。おそらくは気を失う前の記憶が曖昧になっているからだろう。いきなり抱きしめられた事に対して戸惑うのは当然である。フェイトがそれについて説明しようとした瞬間。
「あの~。お取り込み中、申し訳ないんですが……。今はそれどころじゃないみたいですよ?」
 マユの言葉にハッとして、フェイトとソフィアは辺りを見渡した。ソフィアがポツリと呟く。
「なんか……初めて『代弁者』と戦ったときや、アンインストーラーを発動させる前にエクスキューショナーと闘った時のBGMが似合う雰囲気だね」
 ――――それって何のBGMだよっ!?
「なあ、ソフィア……。いま変な声が聞こえなかったか?」
「うん、確かに聞こえた。なんか直接耳に聞こえてくるというよりは、頭に響いてくる感じだったよね」
「……オラクル(神託)かな?」
「2人とも何わけの分からない事を言ってるんですか!! 大ピンチなんですよ!?」
 マユが切羽詰った声で叫んだ。
「……完全に囲まれたな」
 広場はすでに大勢の人で囲まれていた。だが少し様子が違った。皆、先程のエクスプロージョンで体中が焦げ、正気を失った瞳は更に虚ろになって『あー』だの『うー』だのと、呻き声を上げていた。ここまで来れば、もはやゾンビという言葉がピッタリだ。
「フェイト……これ、どういうこと?」
「早い話が、ゴッサムさんが惚れ薬を完成させてしまって、それをバニラエッセンスの瓶に入れていたのが原因らしい」
 それを聞いて思い当たる事があったのか、ソフィアは「ああ」と頷いた。
「どうするの? 広範囲の紋章術を唱えたら、私……また死にかけちゃうよ?」
「……通常攻撃で一箇所を崩して、そこから逃げるしか無さそうだな。マユさん、僕とソフィアが道を開きます。僕らの後ろ、ついて来られますか?」
「それなら大丈夫です。走るのは得意ですし、それにこう見えても私、気功術が使えますから。いざとなったら道を開けるお手伝いも出来ると思いますよ?」
 本来、気功術などは武道家が相当の年月を修行に費やし、会得するものである。
「…………信じられないけど、マユさんって本当は戦士系の人なんですね」
「……カルサアの修練所にいた時はよく言われました。『さすが団長の妹!!』とか。でも一応気にしているので、それ以上はその話題に触れないで下さい」
 そう言って、暗い顔をするマユ。だが彼女は知らない。目の前にいるソフィアが、実は創造主を倒す激戦の旅の中で、紋章術だけでなくアルベルやフェイトなどにやや劣るぐらいの戦士系キャラに成長していたことに……。それこそマユなどとは比べ物にならないくらいの力を秘めていることに……。
「………いくぞ!!」
 フェイトが叫ぶや否や、南門に向かって駆け出した。とりあえず町から惚れ薬の効果が消えるまで、町の外にいたほうがいいだろうと判断してのことだ。ソフィアとマユも後に続く。
 いきなり数名の人が立ちはだかった。彼らもまた、ゾンビのような呻き声をあげながらフラフラと歩み寄ってくる。そしてフェイト達は彼らの目を見て気が付いた。
 彼らの目からは理性の光が無くなっていた。ただでさえ、この惚れ薬に惹かれて集まってくるもの達は、我先に自分を手に入れようと襲いかかって来るが、ソフィアの放ったエクスプロージョンが彼らの意識を失わせ、身体だけが本能に従って動いているのだ。
「……本当にゾンビみたいだね」
 ソフィアが顔を歪めながら言った。
「来るぞ!!」
 フェイトが構えながら叫ぶ。3人とも武器は持ってないが、戦うことに慣れたフェイトにとって、目の前をゾンビのようにフラフラと歩く人間など素手で十分だ。無論、それはソフィアも同じである。気功術が使えるマユに至っては後方支援ができるだろう。
 フェイトとソフィアが互いに3メートルほど距離をとり、そのまま目の前のゾンビと化した人垣へと突っ込み、二人同時に水面蹴りを放つ。鍛え抜かれた脚から繰り出された蹴りは、どんなに体格の良い人を引き倒しても勢いを落とすことは無く、二人会わせて10人近くも引き倒し、同時に両手で、相手の腹を勢いよく押した。そのままドミノのように、人垣が大きく崩れる。そこをすかさず、
「二連・気功掌!!」
 マユが右腕から1発、左腕からも1発、両腕合わせて2発放たれた気功掌が二手に分かれ、フェイトとソフィアが引き倒した人々の向こう側にいた何人かをふっ飛ばした。
(マユさんって……ひょっとしてアルベルより強かったり?)
 フェイトが胸中で呟いた。
「フェイト!! 今のうちに行くよ!!」
「あ……ああ!!」
 そう言って、再び3人で駆け出した。だがしばらく行くと、南門へと続く南通りが人々に埋め尽くされていることに気が付く。咄嗟に3人は辺りを見渡し、そしてソフィアが声を上げた。
「……あっ、フェイト! あれっ!!」
 ソフィアが指差した『それ』は、一軒の家だった。周りの家と比べるとやや屋根が低い。そしてその家の庭には木箱が積み上げてあった。フェイトがソフィアの言いたいことに気が付く。
「よし! あそこから屋根へ登って屋根伝いに逃げよう!!」
「……はい!!」
 やや躊躇ってマユが返事をした。もし屋根を壊したら弁償しなくてはいけない、というマユの心配に、フェイト達は気が付くことは無かった。それも当然である。彼らが暮らしていた地球には、乗っただけで崩れてしまう屋根を持つ建物など存在しないから、そういう判断が出来るのだ。
 だがやるしかない。今ここで町の人達に捕まったら何をされるか分かったもんじゃない。いや、本当は分かっている。惚れ薬を飲んだ自分達を執拗に追い続ける連中だ。しかも今は理性を失っている。そんな状況で捕まったら、されることは一つ。『汚される』ことだ。
(そんなの………嫌に決まってるでしょ!!)
 胸中で叫ぶと、マユは一気に木箱を登り、屋根の上に立った。少し遅れてソフィア、フェイトと続く。
「このまま一気に町の外まで行って、そして薬の効果が消えるのを待とう!! 今はそうするしかない!!」
 そして3人は再び駆け出した。どの建物の屋根も高さはマチマチだが、進むのには大した支障になりそうもない。3人は何の妨害を受けることも無く屋根の上を疾駆する。大分進んだからか、辺りには人がいなかった。
 だがここで、マユが最も危惧していた事が発生してしまった。なんとフェイトがとある屋根を踏んだ瞬間、ベリッという音を立てて穴を開けてしまった。
 まあ仕方が無い。
 どうせ誰も見てはいないのだ。
 見ていたとしても、自分達以外は皆理性を失っている。
 誰も自分達を責められはしない。
 だがその考えすらも上回るほどの自体が発生してしまった。
 
 なんと自分の足が屋根をブチ抜いて出来た穴に足を捕られ、フェイトが倒れるように屋根から落ちた。
 
 
 
――――ドスッ!!
「………ぐあっ!!」
 重たい音が落ちる音に続いて、くぐもった呻き声が聞こえた。それに続くようにして、今度は悲鳴に近い声が上がる。
「フェ………フェイト!?」
 声を上げたのはソフィアだった。フェイトから見たその顔は、どこか絶望に近い表情だった。
 辺りからゾンビのような呻き声が聞こえ始め、だんだんと近づいてきた。逃げ出さなければと思い、動こうとした。すぐさま足に激痛が走った。どうやら足を挫いたらしい。フェイトは自分がどのような窮地に立たされているかを理解し、そしていつまでも上から心配そうに自分を見つめてくるソフィアとマユに向かって叫んだ。
「ソフィア! マユさん! 二人とも僕に構わずに逃げるんだ!!」
 それを聞いたソフィアとマユは、すぐにフェイトが言いたいことを理解した。……いや、ソフィアにとってそれは、理解したくも無いことだった。すぐさまソフィアが聞き返す。
「逃げろって、どういうこと!? フェイトはどうするの!?」
「僕は大丈夫だ! すぐに後を追う! だから……だから今のうちに―――」
「嘘よ!! フェイト、本当は足挫いているんでしょ!? だったら―――」
「……ソフィア」
 フェイトが穏やかな声でソフィアの言葉を遮った。
「ソフィア、聞いてくれ。仕方ないんだ、もう。今のこの状況を打破する策なんて、あるわけないんだ。だから……ここでお別れだ………」
「………!!」
 ソフィアが息を呑むのが聞こえた。その隣ではマユが顔を逸らして、嗚咽を堪えて肩を小刻みに揺らしていた。
「……父さん、今からそっちに行くよ。アクアエリーやヘルアのみんなも、僕を暖かく迎えておくれ……」
 フェイトがハラハラと涙を流しながら呟いた。どうやらこの場で殺されるとでも思っているのだろう。確かにゾンビのようなものになってしまった者達に囲まれればそう思うのも無理は無いが、この場でされるのは『汚される』ことだ。しかも周りを囲むのは異性だけでなく、同性もいる。ある意味、死ぬより辛いことになると思うのだが……。
「………何よ。これのどこが『惚れ薬』なの?」
 ソフィアがポツリと呟いた。どうにもならない現実に打ちのめされ、絶望したソフィアの顔には『感情』というものが消えていた。そのまま呟き続ける。
「………これじゃあまるで、タチの悪い―――」
 
 タチの悪い―――?
 
 次の瞬間、ソフィアの顔がキリッと引き締まる。一つだけ希望があった。必ず効果があるハズだ。
「マユさん!! 今すぐここから飛び降りて!!」
「………………はぁ!?」
 一瞬、何を言われたか分からず、マユは戸惑った。
「一つだけフェイトを救う……ううん、この騒動を終わらせる方法を思いついたの。必ず効果があるハズだよ!!」
「ほ……本当ですか!?」
「うん! そのためにもマユさんは私と一緒に下へ降りてもらわないといけないの。一度に紋章……施術をかけないと意味がないから」
 その言葉を聞き、マユは怪訝な顔になった。ソフィアは先程、施術を使い過ぎてぶっ倒れたのだ。今使ったらまた同じことが起きかねない。マユの心配に気付いたかのように、ソフィアが説明した。
「大丈夫ですよ、大した術じゃないし。それにもし私が倒れても、そのときにはすでに町のみんなも元通りに戻っているハズですから」
 そう言ってソフィアは、フェイトを見下ろした。町の人達はもう、フェイトのすぐ近くまで迫っている。
 いつの間にかフェイトは気絶していた。怖かったのだろうか? と、ソフィアは思ったが、もし自分が今のフェイトと同じ状況になったと考えると、それも仕方の無いことに思えてくる。
(って、こんなこと考えてる場合じゃなかった。フェイト、待っててね。いま行くから!!)
 ソフィアがマユと共に屋根を飛び降りた。



 目が覚めたら、見慣れた天井が目に映った。
 安宿とは違い、シミ一つ無い天井。間違いなくペターニの町で唯一の、ホテルの一室だった。ネルという仲間のおかげで、旅の最中でよく無料で泊めてもらった記憶がある。時刻は夕方なのか、窓から差し込む光はややオレンジがかっていた。
 フェイトは寝返りをうち、そしていきなり目の前にソフィアの顔が現れて驚いた。目と鼻の先の、今にも唇が触れそうなほど近くにソフィアの寝顔ある。早い話が、自分とソフィアは同じベッドで寝かされていたのだ。
「ソ……ソフィア!? どうしてここに………」
 さすがにフェイトも驚いた。小さい頃から何度か一緒の布団で寝たことはあったし、旅の途中ならば一つの寝袋で一緒に寝たこともあった。ついでに言うならば、何度もキスをしたこともある。だが目が覚めて、いきなり目の前に人の顔が現れるというのは、なかなか慣れないものである。
「あっ、起きましたか?」
 聞き覚えのある声がし、部屋のドアが開かれた。そこに立っていたのは……
「あ、マユさん……と、マリアとリーベル!!?」
 フェイトの顔が恐怖で引きつった。
「あら。起きたのね、フェイト」
「悪いな、彼女と寝ているところを邪魔して」
「ああ、心配しないで下さい、フェイトさん。もう私たち3人の惚れ薬の効果は切れていますから」
 マユの言葉を聞き、フェイトは胸を撫で下ろした。マユが説明する。
「あの時、ソフィアさんが私たちに『キュアコンディション』をかけてくれたんです。ソフィアさんが思うに、あの惚れ薬はタチの悪い毒のようなものだったんじゃないかって……。最初は『アンチドート』をかけようとしたみたいなんですが、もし効果が無かった場合を考えると、やっぱり『キュアコンディション』が一番効果的だったみたいなんです。そのせいでか、ソフィアさんがまた気絶しちゃいましたけどね」
「まあ、そういうわけだ。俺も薬の効果に罹っていたようだから何があったのか覚えてないんだけどな。それでも薬の効果に罹ったということは、お前らに迷惑をかけたんじゃないかと思って、謝るためにここへ来たというわけだ」
「私もリーベルと同じよ。何があったかは覚えていないけど、きっと何かをしでかしたと思ったから……」
 二人とも気のいい奴らだな、とフェイトは思った。リーベルの方は特に、最初に会ったときはとんでもないほどの殺気をぶつけてきたというのに、ここまでくると本当に変わったんだなと思えてくる。
 リーベルが言った。
「あっ! 謝りに来たついでにもう一つ。クリフさんとミラージュさんからの伝言があるんだ。『ディプロの方の準備は整った。いつでも発進できるからさっさと帰って来い』だってさ」
 リーベルの言葉を聞き、フェイトは思った。
(そうか、ようやく準備ができたんだな。いよいよこの星ともお別れか……)
 そう思うと少し悲しくなってきた。この星にはたくさんの思い出が詰まっている。大勢の友達だっているのだ。だが、それらの人達には昨日のうちに別れの挨拶を済ましてあった。
 と、そこでフェイトはあることを思い出し、言った。
「なあ、マリア、マユさん。悪いけど、ちょっと席を外してくれないか? リーベルに大事な用があるんだけど……」
 その言葉自体は嘘だった。とてもじゃないが、『大事』などと呼べるようなことではない。ただの好奇心だ。
 だがそのことを知らない二人は、黙って部屋から出て行った。部屋の中に沈黙が降りる。
「俺に用があるってことは……薬の効果に罹ってしまった時に何か………」
「いや、それのことじゃないんだ」
 沈黙に耐えかねて口を開いたリーベルの言葉を、ベッドの上で身を起こした姿勢のままのフェイトはやんわりと否定した。
「いくつか質問があるんだ。でもその前に………ソフィア、起きてるんだろう?」
「………いつから気付いてたの?」
 ソフィアがベッドから身を起こし、すぐ隣で同じ姿勢を保っているフェイトに訊いた。
「初めから。寝息がいつもと違ったからな。それはともかく、ソフィアも僕と同じ事をリーベルに訊こうと思ってたんだろ?」
「うん、だって気になるじゃない。指輪のこと……」
「………指輪?」
 ソフィアの言葉を聞き、リーベルは自分がはめている指輪を見て、ああなるほどと言った。フェイトが具体的な質問をする。
「なあ、リーベル。お前はいつからマリアと付き合い始めたんだ? いつ指輪をプレゼントした?」
 フェイトの質問に対して、リーベルはわりと落ち着いた対応で返した。
「まあ、待て待て。そう一度に説明できることじゃないさ。順番に説明していくからよく聞いてろよ?」
 ニヤリと笑いながら言った。以前なら顔を真っ赤にして否定の言葉を並べるハズの彼だが、見たところ何となく彼自身に余裕がありそうな雰囲気だった。
「『いつから付き合い始めたか』だが、あれは確か、お前らがFD空間から帰ってきてすぐのことだったな。その時はマリアが落ち込んでてな、慰めにでも行こうかとしていたところ………お前とランカーさんが遠くから見つめていたから待つことにしたんだ。二人が居なくなるまでな」
 ちなみにだが、リーベルは仕事中と決めた時以外は、マリアのことを『リーダー』とは呼ばずに呼び捨てで呼ぶ。『さん付け』で呼ぶのはよっぽど改まった時だけだ。
「やっぱりバレてたのか、うまいこと隠れたと思ってたのに……」
 フェイトが残念そうな声を上げたが、リーベルは気にせず続けた。
「ま、それから二人が居なくなったのを見計らってマリアの部屋に入って……後は想像の通りだ。そこで告ったんだよ」
「……じゃあ、次の質問だ。指輪はいつ、『何て言って』マリアに渡した? これが一番聞きたかったことなんだけど……」
「私もそれが知りたいな。何て言って渡したんですか?」
 フェイトもソフィアも、顔をニヤニヤとさせながら尋ねる。その雰囲気に押されながらもリーベルは、
「何って……マリアがルシファーとかいう奴のとこから帰ってきた日に、普通に『マリア、誕生日おめでとう』って言って渡しただけだけど……」
 それを聞いた瞬間。
『………は?』
 フェイトとソフィアが揃って間抜けな声を上げた。
「あれ? ひょっとしてマリアの誕生日って知らなかった?」
『……………………』
 二人は絶句した。そしてそれは、次第に『唖然』から『呆れ』へと変わってゆく。おそらくマリアはリーベルがどのような気持ちで指輪を渡されたのかを理解していながら、あえてマユに婚約指輪について説明したのだろう。おそらく、他の人にも説明しまくっているはずだ。彼女は、リーベルが自分で、地球での指輪をプレゼントする風習に気が付くのを待っているのだろう。
「……ねぇ、フェイト。この場合はどうすればいいと思う?」
 ソフィアがフェイトに尋ねる。それにフェイトは……
「マンガとかだったら『こんな奴は放っておこう』って言うけどさ、でもやっぱりこういうときは……」
「教えてあげた方がリアクションが面白いよね♪」
 二人が何のことを言っているのかは分からないが、どうやら自分のことを言っているということだけを、リーベルは理解した。それも自分が相当鈍感だということを。
(……何だ? 今の『♪』は……。そしてこいつらの、やけにニヤニヤした表情はいったい……。いったい俺が何をしたって言うんだ?)
 考えては見たが、答えは見つからなかった。
 二人が不気味な笑みを浮かべながらリーベルを見る。リーベルは何か嫌な予感を感じた。
 ソフィアは言った。
「そう言えばリーベルさんはクラウストロ人だから、地球のことはあまり知らないですよね。実はですね、地球で男の人が恋人に指輪を送って、自分も同じ指輪を嵌めるというのは……」
「……いうのは?」
「プロポーズすることを意味しているのです!!」
 大きな声でソフィアは宣告した。
「…………………………」
 きっかり30秒、リーベルは声を出せなくなった。
 プロポーズすることを意味しているのです――――
 頭の中で言葉の意味を何度も反芻する。
「………はぁ!? そ、それって、その、あ、えっと……えええええぇぇ!?」
「そうそう! その反応!!」
 と、ソフィア。
「ちょ、ちょ、ちょ……ちょっと待ってくれ!! そういうお前らはどうなんだよ!?」
 顔を赤くしてリーベルが、フェイトとソフィアの指に嵌められた指輪を指す。それに対してフェイトは、
「ああ、これ? そうなんだ実は僕達、結婚するんだ」
 そう言ってソフィアを自分の方に抱き寄せる。ソフィアはくすぐったそうな、それでいて嬉しそうな笑顔を浮かべていた。
「そ、その歳でか!?」
「いや、僕もソフィアも、まだ学生だからね。正式に結婚するのはまだまだ先だよ」
「その点、リーベルさんもマリアさんも19歳でしたよね? 子供が出来たら写真を送って下さいね。学校のみんなにも紹介しますから」
 って、お前が在学中に俺は出産かよ!? というツッコミを入れる余裕など、今のリーベルには無かった。『マリアと付き合っている』ことに関して指摘されても赤面しないぐらいに成長した彼だが、さすがにここまで来ると顔が真っ赤になっていた。
 と、その時。
「ちょっと、まだなの!? さっきから何を話してるのよ!?」
 外で待っていたマリアが痺れを切らせて戻ってきた。その後ろにはマユも控えている。
「あっ、マリア。ちょうどいいところに来たね。実はリーベルが……」
 フェイトが声を『少~しだけ』ひそめながら、マリアに何かを伝えようとする。その様子を見てソフィアは、込み上げてくる笑いを必死になって堪えた。そこでリーベルが叫ぶ。
「わー!? わー!!? わー!!!? 待て待て待てっ!! 待つんだフェイト!!! そっから先は言っては……」
「あははははは!!」
 堪えきれなくなったのか、とうとうソフィアは爆笑した。
「ちょっと、何なのよ!? ソフィアも笑ってないで何とか言いなさいよ!!」
 瞬く間に工房内はパニックに陥った。
 交易都市ペターニ。
 一度は混乱を通り越して混沌という状態までに陥ったこの町は、やはり今日も平和だった。
 そしてマユはふと気が付いて、ポツリと洩らした。
「あれっ? 何か忘れているような気が………」
 
 
 
 場所は移ってパルミラ平原。アリアスとペターニに挟まれたこの地は、人通りは皆無とまで言わなくとも、ほとんどない。その為か、このようにディプロが着陸していても目撃される事は、まず無い。ましてや長い間、人々がこの地を幾度となく通ることによって出来上がった『道』から相当離れた草原ともなれば、それも当然の事である。
 なぜココにディプロが着陸しているかだが、それは彼らを見送りに来た人間―――マユの提言によるのである。彼女いわく、『兄でも乗ったことのある星の船を、一度は見てみたい』という理由から、ディプロはココに着陸しているのである。
 見送るのはマユだけではない。これからディプロに乗って帰る彼ら……の仲間であるネル、アドレー、ロジャーもいる。わけあって彼らはシランドの町やサーフェリオに帰っていたそうだが、さすがに見送りには来てくれた。
「あれ? 団長とリーベルさんは?」
 マユが兄に気を利かせて、『お兄ちゃん』という言葉を避けながら口を開いた。
「ああ、アルベルの奴さらなら『世話になったな』とか言って、先に帰ったぜ。リーベルはディプロの発進準備の最中だ」
 クリフが事も無げに言う。ディプロに居た者ならば皆、転送装置を使って故郷へと帰還したアルベルを知っていた。
「別れの挨拶さえも次げずに去りました。どうやら彼は、かなりのテレ屋さんのようですね」
 ミラージュが、いつものポーカーフェイスとは異なる、本物の微笑みを浮かべながら言った。
「アイツらしいんじゃ……ないかい?」
 ネルが引きつった顔で言った。誤解しないでもらいたい、彼女は笑いを堪えているのである。アルベルの事を『テレ屋さん』などと言えるのは、世界広しと言えども、恐らくミラージュだけであろう。
 と、そこで今度はフェイトが、皆を見渡してから口を開いた。
「さてと、アイツの話はそれくらいにして……ネルさん。アドレーさん。マユさん。そしてロジャー」
 一人一人の名前を、ゆっくりと呼んでいった。ロジャーだけ『さん』付けしないと怒り出しそうなので、最後に『そして』という単語を付けることによって、何とかロジャーの気を引く。案の定、ロジャーは怒ったりなどせず、それどころか両腕を組んで『えっへん』などとほざいている。
 フェイトが続きの言葉を口にした。
「みんな、今までありがとう」
 彼が言ったのは、それだけだった。だがその言葉には、今までに幾度となく死線を乗り越えてきた仲間への感謝が込められていた。それに続くかのように、他の者達も口を開いた。
「ああ。アタシからも言わせてもらうよ。アンタ達と出会えて、本当に良かった」
「ワシも同じ意見じゃ! 世の中が、まさかこれほどまでに広いとは思いもせんかったわい!!」
「未開惑星保護条約をあれだけ無視してまで、様々な物を御覧になられたのですから、それも当然なのでしょうね」
 と、相変わらず礼儀正しい喋り方をするのはミラージュ。
「フェイトさん、ソフィアさん。今度は―――いつ来られるのですか?」
 マユの問いに、フェイトとソフィアは……いや、マユ以外の誰もが急にニヤニヤしはじめた。中には『おいおい、誰か教えてやれよー』などと囁きあう者さえいた。
 戸惑うマユに、ソフィアが優しく語りかけた。
「その事なんだけど……実は来年の今ごろ、ここで同窓会でもしようって考えてるの。だから次に会えるのは、そう遠くはないはずだよ」
「そうだったんですか!? 私はてっきり、何年も会えなくなるんじゃないかと……」
 最後の方は、声がだんだんと小さくなっていったせいで、皆の耳には届くことはなかった。と、その時、
 ピピピピッ! ピピピピッ!
 辺りにマリアの左腕のセットに内臓されたアラームが鳴り響いた。続いて、
『こちらマリエッタ。リーダー、そろそろ離陸の準備が整いました。今から転送収容しますね』
「じゃ……これでお別れね」
 マリアが言った。それをきっかけに、先程から口を開いていなかった者達も口を開く。
「ま。また来年にでも会えんだけどな……」
 と、クリフ。
「またな~!!」
 千切れんばかりに短い腕を振るのはロジャー。
「今度はアタシのサーカス団のみんなも連れてくるからね~」
『…………!?』
 マリアを筆頭とするクオークのメンバー全員が、一斉にスフレを凝視する。スフレの言う『今度』とは、来年の同窓会のことを言ってい
るのだろうか? 貧乏ながらも、同窓会の経費はクォーク持ちなのである。
「ええ。楽しみにしてるね、スフレちゃん」
 マユが嬉しそうに頷く。急いでマリア達が否定しようとした次の瞬間、マリア達は蒼い光に包まれた。
 光が無くなった時にはもう、そこにはマリア達の姿は無かった。
 そして目の前では、ディプロがゆっくりと上昇し始める。ディプロは一定の高さまで来ると、今度は後方から蒼い光を噴射しながら前進し、加速していった。
「行ってしまったね……」
 もう見えなくなってしまったディプロに対し、ネルが呟いた。
 ディプロが去った方向を見つめたまま、マユは今日1日の出来事を思い出していた。悲惨な目にはあったものの、けっこう楽しくもあった。が、
「あ……あああああああっ!!」
 突如、マユは大声を上げた。とんでもない事を思い出したからだ。
「な……何なんだい、一体!?」
 ネルが睨み、
「いくらワシでも、今のは心臓が止まるかと思ったわい」
 筋肉マッチョが自分の胸に手を当て、
「マユ姉ちゃん、脅かすのはやめてほしいじゃんよ……」
 ロジャーが、どんな小さい音でも拾う耳を手で押さえる。
 だが三人の文句は、もはや彼女の耳には入ってなどいなかった。マユは呆然と呟いた。
「お兄ちゃんに例のシュークリームを渡したままだった……」
『お兄ちゃん?』
 同時に問い返されるが、マユは返事をすることができなかった。
 
 
 
「寄るな動くな騒ぐなクソ虫阿呆おおぉぉ!!!」
 大声で吼えながらアルベルは、危ない笑顔さえ浮かべながら漆黒兵達を斬りつけていった。心なしか、斬りつけられる兵士達もどこか危ない、恍惚とした笑みを浮かべながら倒れてゆく。
 いつの間にか、修練所内を疾走しながら屋上にまで来てしまっていた。ここへ来るまでに何百人という兵達を斬って来たおかげで、もう
大分兵の数が減っていた。
「テメェで最後だ!!!」
 最後の一人を切り伏せた。実際は今斬った奴も含めて全員斬ってきたつもりだが、実はその全てがただの峰打ちだった。
「ハァ…ハァ…ハァ…」
 肩で息をする。大分疲れているハズだが、なぜかその目だけは爛々と輝いていた。我を失った目だ。降り続ける雨が心地よい。
「どうだ、思い知ったかクソ虫共!!」
 と、そこでアルベルは、手に持ったクリムゾンヘイトを高く掲げ、まるで血を吐くような声で叫んだ。
「正義はぁ……絶っっ対に、勝ぁつのだからなぁッ!!!」
 どこかで聞いたことのあるような台詞を言った直後、クリムゾンヘイト目掛けて雷が落ちてきた。
 アルベルと、そしてクリムゾンヘイトの悲鳴が、カルサア修練所を震撼させた。


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