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[28454] 犬夜叉(憑依)×リリカルなのは 【完結】 【後日談追加】
Name: 闘牙王◆53d8d844 ID:e8e89e5e
Date: 2012/02/15 19:30
このSSはその他版の「犬夜叉(憑依)」のIFエンド後の話になります。

そのため「犬夜叉(憑依)」のネタバレが含まれており、初見の方には分からないような展開にもなっています。

パワーバランスは犬夜叉>リリカルなのはとなっています。

以上のことをご理解の上で読んで頂けるとありがたいです。

宜しくお願いします。



[28454] 第1話 「復活」
Name: 闘牙王◆53d8d844 ID:e8e89e5e
Date: 2011/07/04 14:42
森の中、傷ついた少年が地面に蹲りながらも懸命にどこかに向かおうとしている。しかしその怪我はとてもこれ以上動くことができるようなものではなかった。それでも少年は自らの使命を全うしようとする。だがついに力尽きその場から動けなくなってしまう。

『誰か………僕の声を聞いて……。力を貸して……魔法の……力を……。』

そう誰かに向けて呟いた後、少年は気を失ってしまう。

その瞬間、光が少年を包み込み、それが収まった先には一匹のフェレットが地面に横たわっているだけだった。

今、新たな物語が始まろうとしていた――――




海鳴市のあるアパートの中で一人の少年がゆっくりとその体を起こす。少年はそのまま布団か起き上がり、何をするでもなくただどこか遠くを見るような視線を窓の外にむける。

その目はまるで光を失ってしまっているような目だった。とても十七歳の少年がするような目ではない。またその雰囲気も異常だった。髪は乱れ、服は汚れ、生気が感じられない。まるで死人のようだった。

部屋は散らかり一体いつから掃除をしていないのか想像もつかない。
部屋の隅には埃をかぶってしまっている高校の制服と鞄。そして机の上には

一つの首飾りが置かれていた。その首飾りだけは他の物と違って汚れてはいない。それはその首飾りが少年にとって大切なものであることを示していた。

窓の外を見た少年は今が夜であることに気づく。

少年はそのままふらふらと部屋にある冷蔵庫に向かって歩いていく。体の具合からそろそろ食事を取ろうと思ったからだ。しかし開けた冷蔵庫の中には何も入っていない。どうやら昨日で全て使いはたしてしまったようだ。

少年は少し考えるような仕草を見せた後、手早く着替えを済まし買い物に出かけて行く。だがその顔に表情は見られない。

ただ生きるために食べて寝て起きて過ごす。

それが少年、闘牙の日常だった………。




闘牙は一人夜の道を進んでいく。町には人が溢れていた。家族で食事に出かけている者。デートをしているカップル。買い物に向かう老夫婦。そんな中闘牙は一人、道を進んでいく。

闘牙は自分の時間だけが周りとずれてしまっているのではないか。そんなあり得ないことを感じてしまう。

何故こんなに世界が灰色にみえるのか。

何故こんなにも息苦しいのか。

何故こんなにも寂しいのか。

何故――――



犬夜叉――――


そんな少女の声が聞こえた気がした闘牙は慌てて後ろを振り返る。しかしそこには闘牙が探し求める少女の姿はなかった。そのことに落胆しつつもどこか自虐的な笑みを浮かべながらそのままその場を離れようとした時


目の前に一つの石が落ちていることに闘牙は気づいた。

「何だ………?」

闘牙はその石をまるで導かれるかのように手に取る。その石はまるで青い宝石。ローマ字の数字が中には刻まれている。どうやら誰かが落としてしまったようだ。どうするべきか闘牙が考えようとした時、その宝石から奇妙な感覚を感じ取る。それはどこかで感じたことのある感覚だった。

(俺は……この感覚を……どこかで………)

激しい既視感に襲われた闘牙が記憶を想い返そうとする。だが青い宝石は突然光を放ち始める。それはまるで何かに反応しているかのようだった。

(一体……何が起こってるんだ……?)

闘牙はそのまま宝石に導かれるように歩みを進める。そして進むにつれて宝石が放つ光が強さを増してくる。どうやらこの近くにこの宝石が反応する何かがあるようだった。

そのことに闘牙が気付いた瞬間、近くの建物から大きな爆発音のようなものが響き渡る。突然の事態に闘牙はその場に立ち尽くすしかない。そして壊された建物の跡には


巨大なナニカが存在していた。

それはまるで巨大な毛玉のようだった。

しかし目と思われる物が二つある。どうやら生き物のようだ。しかしこんな生き物が戦国時代ならいざ知らずこの世にいるとは思えない。

しかしその生物が放つ気配に闘牙は身震いしそして理解する。
あれには関わってはならない。
殺される。
逃げろ。
それは闘牙の人としての本能だった。

幸い化けものは自分には気づいていないようだ。逃げるなら今しかない。そう判断し闘牙がその場を離れようとした時、化け物の視線の先に小さな女の子がいることに気づいた。

小学生ぐらいだろうか。その腕には何かの動物を抱えている。少女は化け物に目を奪われてしまっているようだった。そして化け物がその少女に視線を向ける。その動きはまるで獲物を見つけた獣。闘牙は咄嗟に

「何やってる、早く逃げろっ!!」

そう少女に向かって叫ぶ。それによって少女と化け物は同時に闘牙の存在に気づく。そして化け物はその矛先を闘牙に変え襲いかかってくる。
その大きさからまともに直撃を食らえば即死は確実。闘牙は化け物の突進を何とか紙一重で躱す。化け物はそのまま塀に向かって突っ込んでいく。その威力によって後には大きな穴ができた塀が残っていた。

その瞬間、闘牙は自分が今、生死の境にいることを実感する。化け物は怯むことなくい再び闘牙に襲いかかってくる。それは闘牙が持つ宝石に反応しているからでもあった。しかし闘牙は不思議と焦りがなくなっている自分に気づく。再び襲いかかってくる化け物を見ながらも冷静にその攻撃をかわす。普通の人間ならその恐怖によってまともに身動きすら取れないだろう。しかし闘牙は普通の人間ではない。人間ではあるが普通ではありえない経験を積んでいる。それは命を懸けた戦いの経験だった。それが今、極限状態の中でよびさまされていた。だがそれでも闘牙の体は普通の人間。次第に追い詰められていってしまう。


(ちくしょう……どうすれば……!!)

体力を失い、朦朧とする意識の中闘牙は化け物に対峙する。だがこれだけの時間を稼げば先程の少女を逃がすことはできた。それだけでも自分が来た意味はあった。そう闘牙が考えた時、



先程の少女が再びこちらに戻ってきていることに気づいた。

「なっ……!?」

闘牙はそんな光景に唖然とするしかない。何故戻ってきたのか。この状況が分かっていないのか。少女は何かを握りしめながら呟いている。何を言っているのかはここからでは聞き取れない。

しかしその瞬間、化け物は少女に向かって矛先を変え襲いかかって行く。少女はいきなり化け物が自分に襲いかかってきたことに驚き、身動きが取れない。そしてそのまま少女が化け物に吹き飛ばされそうになった瞬間、

少女は闘牙によって突き飛ばされた。少女はそのまま地面に倒れ込んでしまったものの何とか立ち上がる。そして顔を上げた先には、


血溜まりの中、地面に倒れ込んでいる闘牙の姿があった……。






高町なのはにとって今日は人生始まって以来の特別な日だった。

なのはは特にこれといった特技もないごく普通の小学三年生。

優しい父と母、兄と姉の四人の家族と幸せに暮らしていた。

学校ではアリサとすずかという親友と一緒に勉強し遊ぶ毎日。

そんな日々がずっと続くのだと信じて疑わなかった。

しかし不思議な声によってそれは終わりを告げる。

それは今日見つけたフェレットによるものだった。

そのフェレットは自分が持っているという魔法の力を貸してほしいと頼んできた。

自分にそんな力があるのか、何よりも魔法なんてものが本当にあるのか。様々な疑問が頭に浮かんでくる。

しかしそれは突然の化け物の襲撃によって終わりを告げる。その存在は間違いなく自分が知っている世界ではありえないものだった。
早く逃げなければ。そう考えながらも体が動かない。そして化け物が私に向かって視線を向けようとした時、

「何やってる、早く逃げろっ!!」

そんな知らない男の人の声が聞こえた。その瞬間、化け物はその男の人に向かって襲いかかって行く。男の人はそれを何とか避け続けている。私は男の人に言われるがままその場を離れて行く。

しかし私は足を止めてしまう。あのままではあの人は死んでしまう。自分を庇ったせいで。そして私はフェレットに再び尋ねる。自分に本当に魔法の力があるのならあの人を助けることができるのかと。そして私は赤い宝石のようなものを渡される。それがあれば魔法の力を使うことができるのだと。そして教えられた呪文を唱えながら私は再び元来た道を戻って行く。

本当ならその呪文を唱えてから行くべきだった。でも早く行かなければあの人が死んでしまう。その焦りから私はそのまま現場に戻ってしまった。そして目の前には巨大な化け物の姿。私は咄嗟に目をつぶることしかできない。しかしその瞬間、私は化け物とは違う方向から突き飛ばされる。一体何が起こったのか。顔を上げた先には

血だらけになった自分を助けてくれた少年の姿があった。




「いやあああああっ!!」

なのははただ悲鳴を上げることしかできなかった……。




うつろな意識の中闘牙は何とか目を覚ます。目の前には血だらけになった自分の体。

そうか。自分は死ぬのか。

闘牙はそうどこか他人事のように考える。

もういい。

もう疲れた。

もう休んでもいいんじゃないか。

もう……こんな世界で生きて行く意味も……理由もない……。

このまま目を閉じれば……

あいつのところへ…………。


そう思った時、闘牙の目に先程の少女の姿が映る。少女は泣きながら自分に近づこうとしている。だがその前には化け物がいる。

このままでは少女は殺されてしまう。だが今の自分にはどうしようもない。そうあきらめかけた時



「犬夜叉、『後悔』だけはしないようにしなさい。」



そんな言葉が頭に浮かんでくる。それは誰が自分に言ってくれた言葉だったのか。



そうだ……



俺はもう二度と………



闘牙の右手に力がこもる。



その手の中には青い宝石が握られていた。





力が欲しい……




誰かを守れる力が……


宝石からこれまでとは比べ物にならない光が放たれる。



それは闘牙が忘れてしまっていた心が蘇ったことを意味していた。



『ごめんね………犬夜叉………』


それはかごめが自分に残した最後の言葉だった。



俺は




俺は二度とあんなことを繰り返さない!!



その瞬間、辺りはまばゆい光に包まれた。







化け物はそんな光を振り払うかのようになのはに向かって突進してくる。なのははそのままその場を動くことができない。なのははそのまま目を閉じながら痛みに備える。しかしいつまでたっても痛みは襲ってこなかった。恐る恐る目を開けたその先には

自分を守るように立っている少年の姿があった。

「え……?」

少年はその手で化け物を抑えていた。信じられない光景になのはは声をあげることができない。そして少年の姿が先程までと大きく変わっていることに気づいた。

髪は銀髪に

爪は伸び

頭には犬の耳が生えている。



それは闘牙の魂に刻みつけられた姿。


闘牙にとっての力の形。




今この瞬間、五百年の時を超え『犬夜叉』が現世に復活した。




闘牙はそのまま拳を構え化け物を殴りつける。その威力によって化け物は向かいの塀に向かって吹き飛んで行ってしまう。なのはとフェレットはその光景に目を奪われたまま固まってしまっていた。

「大丈夫か?」

「は……はいっ!」

なのはは慌てながら闘牙の言葉に答える。しかしその瞬間、吹き飛ばされた化け物が再びこちらに向かってくる。闘牙は慌てることなくその姿をとらえながら手に力を込める。そして


「散魂鉄爪っ!!」

その爪によって化け物を切り裂いた。威力によってアスファルトには大きな爪痕が残ってしまう。化け物は粉々に砕け散ってしまった。大きな溜息とともに闘牙がそのまま踵を返そうとした時

「気を付けてください、まだ終わっていません!!」

そんな少年の声が辺りに響き渡る。それはなのはが抱えているフェレットが発しているものだった。

「何っ!?」

フェレットがしゃべったことに驚きかけた闘牙はさらに化け物の肉片が集まり再生していることに気づく。そしてフェレットは闘牙に説明する。これはジュエルシードと呼ばれる古代遺産によって引き起こされていること。本来は手にしたものの願いを叶える魔法の石であること。しかし力の発現が不安定でたまたま見つけた人や動物が間違って使用してしまってそれを取り込んで暴走することもあること。
それを聞いた闘牙の脳裏にはある一つの存在が浮かぶ。それは

(四魂の玉………)

細かい差異はあれどそれは四魂の玉に酷似していた。そして説明を聞いている間に化け物は再生し、再び襲いかかってくる。しかしそれを闘牙は難なく退け再び切り裂く。

「すごい……」

フェレットは目の前の光景に思わずそんな声を上げる。闘牙の動きは時間がたつごとにキレを増していく。それは三年ぶりの半妖の体にようやく闘牙が慣れてきたからだった。しかしいくら切り裂いても化け物は再生し襲いかかってくる。鉄砕牙があれば跡形もなく吹き飛ばすこともできたかもしれないが今の自分ではそれは叶わない。

「こいつを何とかする方法はねえのか!?」

「ま……魔法の力でジュエルシードを封印できれば……でも今の僕には……」

フェレットは苦悶の表情でそう告げる。そんな様子に闘牙も何も言うことができない。このままでは町に被害が出てしまう。なんとか人気のないところに誘い込もうと闘牙が考えた時

「私なら……その魔法が使えるの?」

なのはがフェレットに向かってそう尋ねてくる。その目には涙が浮かんでいた。

「力を貸してくれるの……?」

フェレットはそうなのはに聞き返す。何度も命の危険に会ってしまったなのはが魔法の力を貸してくれることに驚きを隠せない。



「もう誰かが傷つくのは見たくないの……私の力でそれができるなら……お願い、力を貸して!!」

なのはは目の涙を拭いながらそう宣言する。それがなのはが魔法の力を望む理由だった。


なのはの言葉を聞いたフェレットはそのままなのはの肩に乗り共に呪文を唱え始める。それは赤い宝石、レイジングハートを起動させるための呪文だった。


化け物はそのことに気づきなのはたちに向かっていこうとする。しかし

「てめえの相手は俺だっ!!」

闘牙がそれを防ぐように向かっていく。化け物はそれ以上、なのはたちに近づくことができない。そして呪文が始まる。



「「我、使命を受けし者なり」」


「「契約のもと、その力を解き放て」」


「「風は空に、星は天に」」


「「そして、不屈の心は」」



「「この胸に! この手に魔法を! レイジングハート、セット、アップ!!」」


その呪文と共に辺りは桜色の光に包まれる。それはなのはの魔力の光だった。そしてそれが収まった先には

白い衣服をまとった魔法少女の姿があった。その手には杖が握られている。それはなのはの心を具現したものだった。


すぐさまなのははその杖を化け物に向ける。そして自分が何をすべきなのか。なのはには全てが理解できていた。頭の中に呪文が浮かんでくる。


「リリカルマジカル、ジュエルシード、封印!」

そうなのはが唱えるのと同時に光の糸が化け物に絡みつきその動きを封じていく。そして

「リリカルマジカル、ジュエルシード、シリアル21、封印!」

化け物はそのまま姿を消していき、あとには一つのジュエルシードが地面に残っているだけだった。


闘牙はしばらく臨戦態勢のままその場を警戒する。しかし化け物はもう現れることはなかった。

「やった、やったよ!!」

なのはは、はしゃぎながらフェレットを抱きしめている。フェレットはそんななのはに振り回され目を回してしまっている。闘牙はそんな二人の様子に苦笑いしながら近づいていく。



これが闘牙となのは、ユーノの初めての出会いだった。





これは大切な人を失った少年と魔法少女の物語――――



[28454] 第三十八話 「君がいない未来」
Name: 闘牙王◆53d8d844 ID:e8e89e5e
Date: 2011/06/20 14:39
今、一人の少年と一人の少女の旅が終わろうとしている。

少年は少女のために、少女を守るために強さを求め共に生きたいと願っていた。

少女は少年のために、自分を守ろうとしてくれる少年のために強くなり共に生きたいと願っていた。

二人はその願いを持ちながら一年間、仲間と共に長い旅を続けてきた。

共に笑い、共に悲しみ、共に怒り、共に過ごしてきた。

そして今、少女に最後の試練が訪れようとしていた。


「っ!!」

かごめは急に自分の目の前が真っ暗になっていることに驚く。いや暗いのではない。周りには何もない。自分以外誰もいない。どこまでも広がっている闇があるだけだった。そのことにかごめが気づいた瞬間、目の前に一つの光が現れる。それは完成された四魂の玉だった。

「四魂の玉っ!?」

そしてかごめは自分が四魂の玉の放った光に飲み込まれたことを思い出す。一体自分がどうなってしまったのか考えようとした時

『巫女よ……時はきた……』

四魂の玉から男とも女とも分からない声が聞こえてくる。かごめはそれが四魂の玉の意志であることに気づく。

「ここはどこ!?さっきのは一体何なの!?」

かごめは手を握りしめながら気丈に四魂の玉に問いかける。

『ここは四魂の玉の中。そして先程の光景はお前が見た幻。お前がこれから過ごすことができるかもしれない世界の日々。』

その言葉でかごめは全てを理解する。さっきの幻は犬夜叉が元の体に戻れた後の世界、あり得るかもしれない世界の幻だった。



『あの世界に辿り着きたいか……?ならば………願え、この四魂の玉に。犬夜叉と共に生きたいと。さもなくばお前たちは二度と出会うことはできない。』

それは四魂の玉のかごめに対する最後の問いだった。



(二度と……会えない……?)

かごめの脳裏に犬夜叉との思い出が次々に思いだされる。

共に笑い、共に泣き、共に怒り、共に過ごした旅の日々。

全部……全部……犬夜叉がいたから過ごせた日々。これからも過ごしたい日々。



でも犬夜叉は四魂の玉の力がなければ生きていけない。

もし四魂の玉がなくなれば……犬夜叉は死んでしまう。

もう二度と会えない。

あの声も、あの温もりも………全て失ってしまう。

四魂の玉に願えばあの幻の日々が待っている。

あの幻は私の……本当に……本当に望んでいた夢だった………。




私は…………………






「犬夜叉と……一緒にいたい………」

そう願ってしまった。

それが間違った願いであることは分かっている。四魂の玉は争いを生む物。だからこそ自分たちはそれを断ち切るためにこれまで旅を続けてきた。かつて桔梗も自分の命と共に四魂の玉をこの世から消し去った。私はその意志を受け継がなければいけない。

でも

四魂の玉がなくなれば犬夜叉は死んでしまう。

もう二度と会えなくなってしまう………。

そんなのは嫌だ………

せっかく出会えたのに

好きになったのに

恋人になれたのに


ずっと

ずっと一緒にいてくれるって言ってくれたのに………


私は




犬夜叉と一緒にいたいという願いを捨てることができなかった………。




その瞬間、世界は闇に閉ざされた。




「かごめっ!!」

犬夜叉が決死の覚悟で四魂の玉に触れようと手を伸ばす。しかし四魂の玉の周りには結界が張られておりそれ以上進むことができない。奈落を倒したと思った瞬間、かごめは四魂の玉の光に包まれそのまま取り込まれてしまっていた。何とか結界を破ろうと鉄砕牙を振るうもその結界を破ることができない。
どうすればいい。
どうすればかごめを救いだせる。
かごめはどうなってしまっているのか。
様々な不安と恐怖が犬夜叉を襲う。しかし犬夜叉はそんな不安と恐怖を抑えつけながらただひたすらに鉄砕牙を振るい続ける。そして

四魂の玉が再び凄まじい光を放ち始める。それと同時に四魂の玉から凄まじい瘴気が発せられる。それは先程までの奈落とは比べ物にならない程強力な物だった。さらに四魂の玉に集まるように暗雲が立ち込めてくる。空は闇に閉ざされ光は失われる。まるでそれはこの世の終わりの様な光景だった……。


「これは………」

村にいる楓がその光景に言葉を失う。四魂の玉から生まれてくる災厄にただ目を奪われるしかない。そしてそれに呼応するように村を襲ってきている蜘蛛たちの妖力が桁外れに上がって行く。まるで四魂の玉の力を取り込んでいるかのようだった。


「な……なんじゃ!?」
「殺生丸様………。」

邪見とりんがそんな状況に不安の声を上げる。何かとてつもなく悪いことが起きている。二人ともそのことを肌で感じていた。

「…………」

殺生丸はそんな二人を守るように立ちながら空に視線を向ける。そこには巨大な結界を張った四魂の玉の姿があった………。




「かっ……ごっ……めっ……!!」

凄まじい瘴気と妖気に襲われながらも犬夜叉は鉄砕牙とその鞘の力で何とかその場にとどまっていた。
一体何が起こっているのか。
かごめはどうなってしまっているのか。
犬夜叉が視線を上げた先には完成された四魂の玉が存在していた。そして


『犬夜叉………』


そこから誰かの声が聞こえてくる。それは間違いなくかごめの物だった。


「かごめっ!!そこにいるのか!!」

犬夜叉はそのまま四魂の玉に近づこうとするも見えない力によって阻まれてしまう。それは四魂の玉の意志によるものだった。それでも犬夜叉はあきらめることなくかごめを救おうと四魂の玉に向かっていく。しかし何度やっても四魂の玉に触れることはできなかった。

『犬夜叉……私……もうここから出ることができないの……』

そんなかごめの言葉が聞こえてくる。その言葉に犬夜叉の目が見開かれる。その言葉の意味が分からない。かごめが四魂の玉から出ることができない。
それはかつての翠子と同じようにかごめが四魂の玉の中で妖怪たちと永遠に戦い続けなければならないことを意味していた。

「な……何言ってんだ……かごめ……」

そのことに気づいた犬夜叉は声を震わせながら呟く。
なんでかごめがそんなことにならなければならない。
自分は奈落を倒した。
ならそれで全部終わるはずではなかったのか。
死ぬのは自分ではなかったのか。
なんで……なんで……

『私……願っちゃったの……犬夜叉と一緒にいたいって……それが……いけないことだって……分かってたのに……』

四魂の玉は使う者の本当の願いを決して叶えてはくれない。そのことを犬夜叉は記憶から思い出す。
なぜ今なのか。何故もっと早く思い出せなかったのか。思い出せていればかごめは……。

犬夜叉の目に涙が流れる。しかし犬夜叉はそんなことには全く気がつかずかごめの言葉に聞き入っている。かごめの言葉を決して聞き逃してはいけない。これはかごめの最期の……犬夜叉は心のどこかでそう気付いてしまっていた。

『犬夜叉……お願いがあるの………』

かごめの声が響き渡る。その声はすぐ近くから聞こえる。かごめは手を伸ばせばすぐに手が届く場所にいる。
なのに……どうして……自分はそれに触れることができないのか……どうして……助けることができないのか……

そして永遠に思われる一瞬の間の後

『四魂の玉を……この世から消してほしいの……』

そうかごめは犬夜叉に告げた。


四魂の玉を消す。


それは



『かごめを殺す』ということだった


呼吸が荒くなる。

汗が噴き出す。

動悸が収まらない。

そして


犬夜叉の手にはそれを為し得る力があった。


「ふざけるなっ!!どうして……どうしてそんなことしなくちゃいけねえんだっ!!」

泣き叫びながら犬夜叉はかごめに向かって慟哭する。

なんで俺が……お前を……お前を殺さなくちゃいけないんだ……

『このままじゃ……この時代が大変なことになっちゃうの……四魂の玉の災厄が……起ころうとしてるの……』

かごめの言葉によって犬夜叉は周りの様子に目をやる。周りには瘴気が溢れ空は雲に覆われてしまっている。そしてそれが際限なく広がろうとしていた。そして四魂の玉から新たな『奈落』が生まれようとしていることが分かった。

『このままじゃ……みんなが……だから……』

「何言ってんだっ!!あきらめるんじゃねえっ……俺が……俺が……お前を助け出して見せるっ!!」

叫びながら犬夜叉は何度も何度も四魂の玉に向かっていく。その体には無数の傷ができて行く。しかしそれでも……犬夜叉は決してあきらめようとはしなかった。


「一緒に……退治屋をしてくれるんじゃなかったのかよ………」

その目は涙であふれ赤く充血してしまっている。

「一緒に……この時代で……生きてくれるんじゃなかったのかよ……」

その声は枯れ果ててしまっていた。

「かごめ…………」


それは御神木の前でした……二人の約束だった……


『犬夜叉………』

かごめの声が小さく聞こえづらくなってくる。それに合わせるように四魂の玉の災厄、呪いがついに解き放たれようとしている。


犬夜叉はそのまま四魂の玉に向かって鉄砕牙を構える。


その手は震えている。まるで自分の体が自分の物ではないかのようだ。


足も震え膝は今にも崩れ落ちそうだ。


なんで俺は鉄砕牙をかごめに向けてるんだ……?


俺はかごめを守るために……鉄砕牙を手に入れたはずなのに……。


かごめを守るために……強くなってきたはずなのに……。


鉄砕牙の刀身が黒く染まっていく。


この力は殺生丸が自分を認めてくれた証だった。それなのに……


犬夜叉はゆっくりと鉄砕牙を振りかぶる。そして




「うあああああああああああああああああああっ!!!」



四魂の玉に向かってそれを振り切った。冥道残月破が四魂の玉を冥界に向かって葬って行く。その刹那



『ごめんね………犬夜叉………』





そんな……かごめの声が聞こえた気がした……………。









「かごめっ!!」

意識を取り戻した少年は叫びながら飛び起きる。同時に少年は自分が見知らぬ部屋にいること、自分が犬夜叉の体ではなく、元も体に戻っていること、そして自分の名前が闘牙であることを思い出す。

(俺は……一体……)

闘牙が落ち着きながら自分の状況を理解しようとした時、犬夜叉の記憶が一気に蘇ってくる。それは仲間たちとの、かごめのとの一年間の旅の記憶、自分のかごめへの想い、そして

自分がかごめを殺してしまった記憶だった。

「うっ……!!」

その瞬間、闘牙は口を押さえながら吐いてしまう。かごめを殺した。その事実が闘牙の心を攻め立てる。その時の感覚がまだ手に残っている。そしてその最後の言葉も……

そんな中一人の女性が慌てた様子で闘牙に近寄ってくる。それはかごめの母だった。

「君、大丈夫!?しっかりして!!」

かごめの母は俯きながら吐き続けている闘牙に近寄り介抱する。闘牙はそのままかごめの母に縋りつきながらただ泣き続けることしかできなかった……。

その後、何とか落ち着きを取り戻した闘牙はかごめの母に礼を言った後神社を後にしていた。かごめの母も闘牙の様子に何か事情があるのだと察し深くは聞いてはこなかった。

少年はそのまま自分の中では約一年ぶりに自宅に戻る。しかし自分の中にある記憶は決してなくなることはなかった。夢だと思えたらどんなに良かっただろう。だがその記憶の鮮明さ膨大さから闘牙はこれが夢ではないことを心のどこかで理解していた。

何とか一週間後学校に通えるまでに回復した闘牙は一人中学に向かって登校する。そしてその校門に差し掛かった時、


一人の少女に目を奪われた。


それは自分が初めて好きになった少女。

一年間、一緒に旅を続けてきた少女。

自分が愛する恋人。

そして




自分がその手に掛けた少女。


日暮かごめだった。


その瞬間、闘牙の目には涙が溢れる。



かごめが……かごめが今、自分の目の前にいる。


自分が救えなかった……守ることができなかったかごめがここにいる。




「かごめっ!!」

闘牙は我を忘れてそのままかごめに詰め寄って行く。もはやここが学校の校門であることなど闘牙の頭にはなかった。そして闘牙はそのままかごめを抱きしめる。

「かごめっ……!!かごめっ……!!」

闘牙はそのまま嗚咽を漏らしながらかごめを強く抱きしめる。もう二度と離さない。それほどの強さがあった。しかし


「何するのよ、離してっ!!」

闘牙はかごめによって突然突き飛ばされてしまう。かごめはそんな闘牙を怯えたような表情で見つめる。それはまるで知らない人を見るような表情だった。闘牙はそんな反応をするかごめに戸惑いを隠せない。


「分からねえのか、俺だ、犬夜叉だ!!」

闘牙はかごめの肩を掴みながらそう叫ぶ。


「何わけわからないこと言ってるのよ!?」

しかしかごめは犬夜叉という言葉にも全く反応しない。何かがおかしい。そう闘牙が考えた時、


「どうしたの、かごめ!?」
「何かされたの!?」
「大丈夫、かごめちゃん!?」

かごめの友人たちが騒ぎを聞きつけ集まってくる。それだけではない。闘牙とかごめの周りには人だかりができていた。闘牙はそのことに気づき慌ててその場を逃げ出すしかなかった……。


そして闘牙は理解する。

今のかごめは、犬夜叉に出会う前のかごめなのだと。

つまり自分とかごめは本当は同い年。

戦国時代で出会った自分たちは違う時間から来ていたことに闘牙は気づいた。

闘牙はそれから何度もかごめに接触する。しかしそのたびにかごめはまるで自分と初めて出会ったような反応を繰り返すだけ。周りもそのことには全く気付かない。いやまるで見えない力によって気づかないようにされているようだった。そして闘牙は犬夜叉だった時かごめから闘牙の話を一度も聞いたことがないことに気づく。これだけ接触している同級生のことを恋人である自分に話さないなんてことがあるだろうか。つまりかごめは恐らく中学三年の卒業式まで闘牙である自分のことを覚えることができないのだろう。

そのことに気づいた闘牙だったがそれでも闘牙はかごめに接触し続ける。何とか四魂の玉のことをかごめに伝えなくてはいけない。そうしなければまた同じことが起きてしまう。

自分が……犬夜叉である自分がかごめを殺してしまう。

何度も……何度も……闘牙はかごめに接触し、話し続ける。

しかしかごめにその言葉は決して届くことはなかった。



そして一年後、闘牙はかごめと同じクラスになった。そしてかごめが度々学校を欠席するようになる。闘牙はかごめが戦国時代に行き始めたことに気づいた。

闘牙は同時にある希望を見出す。

もしかしたらこの世界のかごめは四魂の玉に願いをかけないで済むのではないかと。

全てが自分の記憶通りに進むとは限らないと。

闘牙はそう自分に言い聞かせる。

それが叶わない希望だと分かっていても。



かごめが生きていてくれさえすれば……

自分はどうなっても構わない。だからどうか……

闘牙はそう祈るしかない。

そして闘牙はかごめにプレゼントした首飾りを探し始める。

かごめに言葉が届かないならこれしか方法がない。

もし覚えてもらえなくともその首飾りを持って行ってくれれば向こうの自分が何かに気づいてくれるかもしれない。そう考え闘牙は首飾りを探し続ける。そして同時に勉強もおろそかにはしなかった。かごめと同じ高校に通うこと。それは二人の約束だった。

そして闘牙は卒業式の前日にとうとう首飾りを手に入れる。

卒業式の後、闘牙は一人御神木の前でかごめを待ち続ける。そしてついにかごめが姿を現す。かごめはこれから奈落との最後の闘いに向かおうとしていた。闘牙がそんなかごめに声をかけようとした瞬間、闘牙は突然自分の体を動かせなくなってしまう。

(何だっ!?一体どうなってやがるっ!?)

闘牙は何度も何度も体を動かそうと力を込めるも全く動けない。それだけではない。声を出すことすらできなくなっていた。まるで見えない力によって金縛りにあってしまっているようだった。そしてその間にかごめは自分の前を横切り井戸に向かって走って行ってしまう。


(駄目だっ!!……待ってくれ、かごめっ!!)

闘牙はそんなかごめに向かって叫ぼうとうする。しかし声を出すこともできない。



そしてかごめは井戸を通り向こうの世界へ行ってしまった。





その瞬間、闘牙を縛っていた力がなくなり闘牙はそのまま地面に膝を突く。地面に涙が落ちる。




「かごめええええええええええっ!!!」






闘牙の絶叫が辺りに響き渡る。その手には首飾りが握られたままだった。







そして






かごめは二度と戻ってくることはなかった―――――














闘牙は生きる意味を失った―――――











[28454] 第2話 「決意」
Name: 闘牙王◆53d8d844 ID:e8e89e5e
Date: 2011/06/28 00:49
人気のない夜の公園に二人と一匹の人影がある。それはジュエルシードの暴走体との戦いを終えた後、状況確認をするために集まった闘牙となのは、ユーノだった。三人は名前を教えあった後、これまでの状況を互いに確認する。

「闘牙さん、体の方は大丈夫なんですか?」

フェレットの姿をしたユーノが心配そうに闘牙に向かって話しかける。闘牙は暴走体によって吹き飛ばされ重傷を負った。しかしジュエルシードの力によって犬夜叉の力を取り戻した際にその怪我は全て治ってしまっていた。

「大丈夫だ、傷一つ残ってねえ。」

そう言いながら闘牙は自分の体と犬の耳を触る。先程の暴走体との戦いで闘牙は今の自分が間違いなく戦国時代にいた犬夜叉と同じ力を手に入れたことを実感していた。しかしユーノとなのはは心配そうに闘牙を見つめ続ける。ユーノは自分が見つけてしまったジュエルシードのせいで、なのはは自分を庇ったせいで闘牙が傷ついてしまったこと、何よりもその姿が大きく変わってしまったことに責任を感じてしまっていた。そのことに気づいた闘牙は

「気にすんな、この姿は俺が望んだ物だったんだからな。それに……」

そう言いながら目を閉じる。そして一瞬の光の後には人間に戻った闘牙の姿があった。

「え……?」
「これは……?」

目の前の光景になのはとユーノは目を丸くする。それはまるで闘牙が変身してしまったように見えた。

「どうやらこいつのおかげらしい。」

闘牙はそのまま自分の手の中にあるジュエルシードを二人に向けて見せる。それは淡い光を見せているがとても安定しているように見えた。

「ジュエルシード!?それにこれは……もう封印されてる!?」

ユーノが驚きの表情でそのジュエルシードを見つめる。ジュエルシードは持った者の願いを叶える魔法の石だがその力が不安定なため危険な古代遺産に指定されていた。しかし闘牙の願いを叶えたにもかかわらずジュエルシードは安定している。それはジュエルシードが完全な形で願いを叶えたことを示していた。
ユーノはそのことを闘牙に説明する。闘牙はその説明を聞きながら自分がなぜジュエルシードを制御できたのか思い当たる節があった。それは闘牙の魂が長い間、四魂の玉の力によって戦国時代に留まっていたことだった。四魂の玉とジュエルシードは恐らくその性質も似た存在なのだろう。そのため恐らく自分の魂に残っていた四魂の玉の力の残滓によってジュエルシードの力を制御することができたのだと闘牙は考えていた。

「じゃあその姿は一体何なの?」

なのはが不思議そうな顔をしながらそう闘牙に尋ねてくる。その目は闘牙の犬の耳に向けられていた。

「これは俺の前世の姿だ。」
「ぜんせ?」

闘牙は簡単に自分の状況を説明する。自分が三年前に魂だけ五百年前の戦国時代にタイムスリップしたこと。そこで自分の前世の体である半妖の犬夜叉に憑依したこと。四魂の玉と呼ばれる願いを叶える宝石をめぐる闘いに巻き込まれたこと。

ユーノは闘牙の話を興味深そうに聞き入っている。元々考古学に興味があるユーノにとってそれはとても興味を刺激される物だったからだ。しかしなのはは話に全く付いていけないのか頭の上に?マークを浮かべている。そのことに気づいた闘牙は

「簡単にいえば俺はなのはと同じように変身できるってことだ。」

そう無理やりまとめる。闘牙は自分の意志で人間と犬夜叉の姿を切り替えられるようになっていた。それは犬夜叉への変身が既に闘牙自身の能力になっていることを示していた。なのはは何となく納得がいかないような表情を見せながらもそのままその言葉に頷く。そんな二人の様子を見ながら

「すいません、闘牙さん、なのはさん。僕のせいで危険な目に合わせてしまって……。」

ユーノは神妙そうに顔を俯かせながら二人にそう謝りながらこれまでの経緯を話していく。

ユーノは故郷で、遺跡発掘を仕事にしていること。

そしてある日、古い遺跡の中でジュエルシードを発見し調査団に依頼して保管してもらったこと。

しかし運んでいた時空艦船が、事故か何らかの人為的災害にあってしまい二十一個のジュエルシードがこの世界に散らばってしまったこと。それを回収するためにこの世界にやってきたこと。

それを聞いたなのはは

「あれ?それって別にユーノくん全然悪くないんじゃ……。」

そうユーノに向かって尋ねる。闘牙もその言葉に同意する。実際そのことにユーノに非があるとは思えなかった。

「だけど、ジュエルシードを見つけてしまったのは僕だから……。全部見つけて、ちゃんとあるべき場所に返さないといけないんだ……。」

しかしユーノは決意に満ちた表情でそう告げる。それはユーノという少年の本質を現している言葉だった。そのことに闘牙となのはは気づく。そして

「ならさっさと残りのジュエルシードを集めなきゃな。どこにあるかは分かるのか、ユーノ?」

そう闘牙はなんでもなことのようにユーノに尋ねる。ユーノはそんな闘牙の言葉に驚きを隠せない。その言葉の節々から闘牙がジュエルシード集めを手伝うという意思が伝わってきたからだ。

「て……手伝ってくださるんですか……?」

「なんだ、手伝っちゃまずいのか?」

闘牙はそんなユーノの言葉に思わずそう返す。それはまるで手伝うことが当たり前だと言わんばかりの態度だった。なによりも願いをかなえる危険な宝石、そんなものを闘牙が放っておくことができるわけもなかった。そして

「わ……私も手伝うよ、ユーノくん!」

そうなのはが慌てながら闘牙の言葉に続く。なのはにとってもジュエルシードは放ってはおけない存在だった。

「……ありがとうございます……二人とも……。」

ユーノはそんな二人の言葉に目に涙を浮かべながら感謝するのだった……。


そしてそんなユーノが落ち着いたところで

「なのは、お前魔法のこと家族にどう説明するつもりだ?」

闘牙はいきなりそうなのはに向かって尋ねる。なのははそんな闘牙の言葉にぽかんとした表情を見せる。なのはとしてはもちろんそれは秘密にしておくつもりだったからだ。しかし

「ちゃんと話しておいた方がいい。危険なことだからな。それに夜にも出歩くことにもなるからな。隠しておくのも難しいと思うぜ。」

「う……。」

痛いところを突かれたのかなのはは困惑した顔をする。自分はまだ小学三年生。夜出歩くどころか夜更かしすら怒られてしまう。加えて学校もある。それを考えると魔法のことを隠しながらジュエルシード集めをすることは困難であることは明らかだった。しかし家族に話して許可を得ることができるだろうか。ジュエルシード集めが危険なことはなのはも先程身をもって理解していた。しかし経験がある闘牙とユーノに任せておけばきっと問題ないだろう。

それでも……

なのはは自分を庇って傷ついてしまった闘牙の姿を思い出す。あの時の自分はそれを前にしても何もできなかった。もしかしたら同じことが自分の家族に、友達にも起こるかもしれない。誰かを守れる力が欲しい。それがなのはが魔法の力を望んだ理由だった。

「……私、闘牙君みたいに強いわけじゃないけど……それでも……ユーノくんのお手伝いがしたいの!」

なのははそうはっきりと自分の気持ちを宣言する。闘牙はそんななのはをしばらく見つめた後

「………分かった。俺も一緒に行って説明してやる。」

そう笑いながらなのはの言葉に頷く。ユーノもそんななのはの言葉に礼を言いながらもどこか不安そうな顔をする。やはり小さな女の子を巻き込んでしまったことに負い目を感じているようだった。それに気づいた闘牙は

「そういえばユーノ、お前本当は人間だろ?」

そう話題を変えようと話しかける。

「え、よく分かったね闘牙さん?これは変身魔法って言ってそれでフェレットに姿を変えてるんだ。本当はなのはさんと同じ9歳なんだ。でもどうして分かったの?」

自分は闘牙の前では人間に姿を見せたことはなかったはずだ。なのになぜすぐに分かったのかユーノには見当がつかなかった。闘牙はそんなユーノの様子を見ながら再び犬夜叉の姿に変身する。そしてその鼻を触りながら

「この体は犬の妖怪と人間の間に生まれた半妖だ。だから匂いで分かったんだよ。」

そうユーノに説明する。変身魔法といえども匂いまでは誤魔化せなかったようだ。そのことにユーノが感心していると

「ユ……ユーノくんって人間の男の子だったの!?」

なのははこれまでの出来事で一番驚いたといった態度を見せる。てっきりしゃべるフェレットだとばかりなのはは思っていたからだ。

「あれ……?でも初めて出会った時、僕人間の姿をしてたよね……?」

「してないっ!最初からフェレットだったよ!!」

二人は慌てた様子で互いに言い合いを始める。しかし闘牙が呆れていることに気づいた二人は何とか落ち着きを取り戻し、なのはの家に向かって歩き出す。闘牙もその後に続こうとした時、なのはが何かを言いたそうにこちらを見ていることに闘牙は気づいた。

「どうした、なのは?」

「……闘牙君、一つお願いしてもいい?」

なのはは真剣な表情でそう闘牙に尋ねてくる。闘牙は思わず身構えながら

「ああ、俺ができることならな。」

そう答える。なのはは少し言いづらそうにしながらも意を決したように



「その耳、触ってもいい!?」

そう目を輝かせながら尋ねてきた。

「……………」

闘牙はその言葉に思わずそのままその場に固まってしまったのだった……。





光がともっている家の玄関に向かってそろりそろりと近づいていく小さな人影がある。その様子はまるで誰かに見つかりたくないかのようだった。そしてその手が玄関の入り口をつかもうとした時

「おかえり。」

その人影に向かって一人の青年が声をかける。それはなのはの兄、高町恭也だった。

「お……お兄ちゃん……。」

なのははいきなり見つかってしまったことに冷や汗を流しながら恭也に目をやる。どうやら自分が家を抜け出したことは既にばれてしまっていたようだ。

「こんな時間にどこにお出かけだ?」

恭也はそんななのはの様子を見ながらも冷静に問いかける。その言葉からなのはのことを心配していたことがうかがえた。

「あの……その……えーと……」

どう答えたらいいものか分からずなのははそのまま黙りこんでしまう。そんな中

「あら可愛い~!」

一人の少女がなのはが手で後ろに隠しているユーノに気づき声を上げる。それはなのはの姉、高町美由希だった。

「あ、お、お姉ちゃん……?」

美由希はそのままなのはの手からユーノを抱き上げる。ユーノはどうすればいいのか分からず固まってしまっていた。

「あら?何か元気ないね。なのははこの子の事が心配で様子を見に行ったのね。」

「気持ちはわからんでもないがだからといって内緒でというのはいただけない。」

恭也は美由希の言葉に納得しながらもなのはが勝手に夜中出歩いたことに関してはやはり思うところがあるようだった。

「まぁまぁ、いいじゃない。こうして無事に戻ってきてるんだし。それになのはは良い子だから、もうこんなことしないもんね?」

「そ……それは……」

美由希の言葉に何とかなのはが答えようとした時、一人の少年がなのはに続くように姿を現す。そのふるまいからどうやらなのはの知り合いであることに恭也と美由希は気づく。

「どういうことか説明してくれるな、なのは?」

恭也が少し声のトーンを低くしながらなのはに問いかける。なのははこれからのことを考え困惑した顔をするしかなかった……。





高町家に訪れた闘牙とユーノはなのはの父である高町士郎と母である桃子を加えこれまでのいきさつを説明することになった。
魔法のこと。
ジュエルシードのこと。
ユーノのこと。
闘牙のこと。
そしてなのはが魔法の力に目覚めたこと。

初めは半信半疑だった家族たちだったが実際にユーノがしゃべること、なのはと闘牙の変身を見せられそれが真実であることを理解してもらうことができたのだった。

「僕のせいで娘さんを巻き込んでしまって……本当にすいませんでした。」

ユーノははなのはの家族に向かって頭を下げながら謝罪する。それは普通の少女であるなのはを魔法の世界に巻き込んでしまったユーノのけじめでもあった。

「いや……君がいなければこの街はもっと大変なことになっていたかもしれない。そんなに気に病むことはないよ。」

士郎はそうユーノを慰める。桃子たちも言いたいことは同じようだった。そんな高町家の対応にユーノは改めてお礼を述べるのだった。そして

「じゃあ、私、ユーノくんのお手伝いをしてもいいの?」

なのははそう慌てながら士郎に向かって尋ねる。話の流れから自分も手伝ってもいいのではないかとなのはは感じ取っていた。しかし

「なのは、今日はもう遅いから部屋に戻って寝なさい。お父さんたちはもう少しユーノくんたちから話を聞いておく。」

そう士郎はなのはを諭す。

「わ、私も一緒に聞く!」

しかしなのはは何とか自分もその話に加わろうとするがそれは桃子によって止められてしまう。

「なのは、お父さんの言うことはちゃんと聞きなさい。明日は学校もあるし話なら後でちゃんと聞かせてあげるわ。」

桃子は優しくなのはにそう言い聞かせる。なのはもそれ以上口をはさむこともできず、そのまますごすごと自分の部屋に戻って行く。その後、士郎たちは改めてユーノと闘牙に向かい合う。

「それじゃあもっと詳しい話を聞かせてもらう前に……」

士郎がそう意味ありげに言葉を切ったあと



「……闘牙君、その耳ちょっと触らせてもらってもいい?」

桃子がそう言葉を続けてきた。



闘牙はこの二人は間違いなくなのはの両親であることを確信するのだった……。





「ん………」

携帯の目覚まし音と共に布団からゆっくりとなのはは体を起こす。その髪は寝癖で所々はねてしまっている。そしてなのはは大きなあくびをしながらベッドから起き部屋を出て行く。
昨日は魔法のこと、ジュエルシードのこと、ユーノと闘牙のことを考え、興奮し結局ほとんど寝ることができなかった。なのははまだ重い瞼をこすりながら階段を下り朝食を食べに行く。テーブルには既に皆、揃ってしまっているようだった。

「おはよう、みんな。」

どこか心ここにあらずといった風になのはがあいさつをする。

「おはよう、なのは。」
「おはよう、ちゃんと寝れた、なのは?」
「おはよう。」
「なのは、おはよう。」
「大丈夫、なのは?」
「眠そうだな、なのは。」

そんななのはを見ながら皆がなのはにあいさつをしてくる。なのははそのまま自分席に着き朝食を食べようとしたところで、

いつもよりあいさつの数が多いことに気づいた。なのははそのまま顔を上げ辺りを見回す。

そこには朝食を食べている闘牙とその横で同じようにそのおかずを分けてもらっているユーノの姿があった。

「え………?」

なのははその光景に思わず言葉を失う。闘牙はそんななのはを見ながら

「なのは、お前寝癖が凄いことになってるぞ。」

そう何でもないことの様に告げる。一瞬の間の後、なのはは顔を真っ赤にし



「にゃああああああああっ!!」

奇声を上げながら自分の部屋に駆け上がって行った。



その後、何とか身だしなみを整えたなのはが再び下りてきてからなのはに昨日の話し合いの結果を伝えることになった。だが

「ど……どうして闘牙君とユーノくんが家にいるの!?」

なのははてっきり二人は家に帰ってしまったのだとばかり思っていた。

「昨日は深夜まで話し合いだったからな、泊って行ってもらったんだ。……そしてこれからも二人には一緒にこの家で暮らしてもらうことになる。」

士郎はどこか嬉しそうな笑みを浮かべながらなのはにそう告げる。

「それって………」

なのはがその言葉の意味に咄嗟に気づく。それはジュエルシードの反応があってもすぐに一緒に行くための案だった。

「なのは、ユーノくんのお手伝いをしてあげなさい。」

士郎はそんななのはの様子を見ながらどこか満足そうに伝える。その言葉に反応するようになのはの髪が動く。

「いいの、お父さん!?」

「ああ、ただし二つ条件がある。」

身を乗り出してくるなのはにくぎを刺すように士郎はなのはに向かって指を向ける。

「一つは絶対に一人でジュエルシードには近づかないこと。近づく時には絶対にユーノ君か闘牙君と一緒にいること。二つ目はユーノ君と闘牙君の言うことは必ず守ること。この二つをきちんと守ることが条件だ。約束できるかい?」

「……うん、約束する!!」

なのははそのまま士郎と指切りをする。それはなのはが安全にジュエルシード集めを手伝えるための約束だった。

「よろしくな、なのは。」
「よろしく、なのは。」

闘牙とユーノがなのはに向かって手を差し出す。なのはは慌てながらも嬉しそうにそ手を握る。この瞬間、三人は仲間になったのだった……。

「そうそう、闘牙君は今日から喫茶翠屋の方でアルバイトとして働いてもらうことにもなってるから。なのはもそのつもりでね。」

桃子が付け加えるようにそう告げる。それは高校に通っていない闘牙の事情を察して桃子が提案したことだった。

「いいのか、俺、喫茶店で働いたことなんてないぜ?」

「大丈夫、すぐ慣れるわ。ちょうど男の子のアルバイトが欲しかったところなの。さあ行きましょう。」

桃子は闘牙の背中を押しながら家を出発していく。闘牙はそれに戸惑いながらも何とか一緒に翠屋に向かっていく。ユーノもその後に着いていく。

なのはは新しい生活のスタートを肌で感じ取りながら学校に向かうのだった……。




「…は、……のは……なのはったら!!

「え、何!?」

なのははいきなり大声で自分の名前を呼ばれたことに驚きながら顔を上げる。目の前には金髪の少女が腕を組みながら不機嫌そうにこちらを見ている。その後ろにはそれを苦笑いしながら見守っている黒髪の少女がいる。二人はなのはの親友であるアリサ・バニングスと月村すずかだった。

「もう、何回呼んだと思ってるのよ、いくら考え事してるからって限度ってものがあるでしょ!」

「にゃ……にゃはは……ごめん、アリサちゃん。」

「にゃははじゃないでしょ、ちゃんと人の話は聞きなさい!!」

そう言いながらアリサはなのはのほっぺをつまみながら引っ張り上げる。なのははそのまま為すがままにされてしまう。

「ア……アリサちゃん、もうそのぐらいにしなきゃ。」

すずかはそんなアリサを何とか落ち着かせようと仲裁にはいる。なのはは魔力を持つ者同士が行える念話と言われる物でユーノと様々な話をしていた。そのせいでアリサの声に気づくことができなかったのだった。

「とにかく、今度ユーノに会いに行くから!いいわね!」

「あ…あたしも行っていいかな?」

なのはが自分たちが見つけたフェレットを保護し家で飼っているという話を聞いた二人はユーノに会いに行きたいとなのはにお願いしているところだった。

「うん……あ………」

特に断る理由もないためそのまま返事をしようとした時、今家には新しく闘牙が住んでいることになのはは気づく。闘牙のことをどう二人に説明すればいいのか。なのははそのことを全く考えていなかったたため再び考え込んでしまう。

「あんたなんかあたしたちに隠し事してるでしょ、正直に言いなさい!」

「な……何も隠してないよ……。」

「ふ……二人とも……落ち着いて。」

再びじゃれあい始める二人とそれを止めるすずか。


これが高町なのはの学校での日常だった。





今、闘牙は自分が置かれている状況に絶望を感じていた。まずアルバイトが自分以外全て女性だったこと。まだそれはいい。喫茶店ということと桃子の言葉で何となくそれは覚悟していた。
だが闘牙は自分の目の前に置かれたメニューの前で固まってしまっていた。そのずらりと並んだ聞いたことも見たこともない飲み物、ケーキ、お菓子の名称、値段に圧倒される。

そして自分はそれを全て覚えなければならない。闘牙は途方に暮れてしまっていた。そして

「闘牙君には最終的には厨房にも入ってもらうつもりだから頑張ってね。」

そう満面の笑みで桃子は闘牙に話しかけてくる。



闘牙にとってジュエルシード集めより遥かに厳しいかもしれない試練がこれから待ち受けているのだった。





「ふう………」

大きな溜息を吐きながら闘牙は高町家の廊下を自分が借りている部屋に向かって歩いていた。慣れない仕事をしたせいかそれとも長い間引きこもってしまっていたからなのか闘牙は疲れ切ってしまっていた。そして廊下の突き当たりに差し掛かった時

「た……助けてっ、闘牙っ!!」

必死の形相でこちらに向かって全速力で走ってくるユーノの姿があった。ユーノは最初は闘牙のことをさん付けで呼んでいたのだが闘牙の希望で呼び捨てで呼ぶようになっていた。ユーノはそのまま闘牙の肩にのり身構えてしまう。一体何の騒ぎなのか闘牙が聞こうとした時

「もう、逃げたらだめだよ、ユーノ君。」

なのはがユーノの後を追うように走ってこちらに向かってきていた。

「どうしたんだ、なのは?」

闘牙がそんな様子のなのはに向かって尋ねる。特に喧嘩したような雰囲気も見られないため闘牙も事情を察することができない。

「ユーノ君、何日もお風呂に入ってないっていうから一緒に入ろうとしてるの。なのにユーノ君嫌がって逃げちゃって……。」

そう言いながらなのははユーノに目をやる。ユーノはそんななのはの目線に気づきながらも首を横に振り続ける。そして闘牙はやっと事情を理解する。

「でもなのは、ユーノは人間の男の子だぞ。それでもいいのか?」

闘牙はそうなのはに諭す。なのははそんな闘牙の言葉に思い出したような顔をする。どうやらそのことを忘れてしまっていたようだった。そんななのはの様子にユーノが安堵しかけた時、

「……でも今ユーノ君はフェレットだからいいよ。さあユーノ君、一緒に行こう。綺麗にしてあげる!」

少し考えるような仕草を見せたもののなのははそのままユーノに詰め寄って行きユーノはそのままなのはに捕まってしまう。

「い……嫌だよ!なのは、僕は男なんだよ!?女の子と一緒にお風呂に入っちゃいけないんだ!と……闘牙っ!闘牙助けてっ!!」

ユーノが悲痛な叫びをあげるもなのははそのままユーノを連れたままお風呂場に向かっていく。

(ユーノ……強く生きろよ……)

闘牙はそんなことを考えながら自分の部屋にさっさと戻って行くのだった……。




そして次の日の夕方、なのはとアリサ、すずかの三人は一緒に並んで塾から家に向かって歩いていた。昨日、夜間に闘牙たちと一緒になのははジュエルシードの探索を行ったものの結局見つけることができなかった。そして大きな信号に差し掛かった時、

なのはは大きな違和感を感じ取る。それは発動したジュエルシードの気配だった。

(これがジュエルシードの気配……!?凄く近いところにある!!)

なのははその気配が自分の位置から近いところにあることに気づく。それは神社がある方向だった。

なのははそのまま急いでその神社に向かって走り出す。

「なのはっ!?」
「なのはちゃんっ!?」

そんななのはにアリサとすずかは驚きの声を上げる。

「ごめん、忘れ物しちゃったから先に帰ってて、二人とも!!」

なのはは二人いそう言い残しジュエルシードの気配に向かって走り続ける。そんな中

『なのは、聞こえる!?今どこ!?』

ユーノの念話がなのはに向かって伝わってくる。

『ユーノ君!?』

『今、ジュエルシードの発動を感じたんだ!今、闘牙と一緒にそこに向かってる、なのはは今どこにいるの!?』

『ジュエルシードは私の近くにあるみたい、きっと神社だと思う!今向かってるところ!』

なのははもう神社の階段の前まで来ているところだった。

『なのは、僕と闘牙もすぐ着くからそこで待ってて!!』

しかしユーノがそう言った瞬間、なのはの目には神社の階段の上からジュエルシードの発動の光が見える。どうやらもう力は発動してしまっているようだった。もしあそこに人がいれば大変なことになってしまうかもしれない。なのはの脳裏に血まみれになった闘牙の姿が蘇る。もうあんなことは起こさせない。そのためになのはは魔法の力を手に入れていた。なのははそのまま一人階段を登って行ってしまう。

『なのはっ!?返事をして、なのはっ!?』

後にはユーノの念話が響き渡るだけだった……。




「レイジングハート、セットアップ!」

その言葉と共になのはの服はバリアジャケットに、手には魔法の杖が握られる。なのはは既にユーノから起動の呪文を短縮する方法を習っていたためすぐさま変身する。

そして階段を登った先には巨大な牙をもつ犬の姿があった。そしてその近くには一人の女性が倒れ込んでいる。もしかしたらジュエルシードを発動させた犬の飼い主かもしれない。
しかし暴走体はすぐさまなのはの存在に気づいたのかなのはに向かって視線を向け臨戦態勢を取る。そしてなのはもそれに合わせるようにレイジングハートを暴走体に向ける。しかしそれを握る手は震えてしまっていた。

『怖い』 その感情が暴走体を見たなのはの心に襲いかかってくる。前の時はユーノがいて闘牙がいた。しかし今、この場には自分しかいない。誰も助けてくれる人はいない。でも自分は魔法の力を手に入れた。ならきっと大丈夫。なのははそう自分に言い聞かせる。なのはは意を決してレイジングハートに魔力を込め

「リリカルマジカル、ジュエルシード封印!!」

その力を解き放った。その瞬間、光の糸が暴走体に向かって伸びて行く。なのははそれがそのまま上手くいったと思った時暴走体は大きく空に向かって跳躍しそれを飛び越えてしまった。

「え?」

なのはは目の前で起こったことが分からず思わずそんな声をあげてしまう。そして暴走体はそのままなのはに向かって爪を振り下ろす。その鋭さになのはは自分がどれだけ危険な状況にいるのか今更ながらに理解する。なのははそのまま杖を握りしめたまま目を閉じることしかできない。そしてその爪がなのはに届くかというところで

『protection.』

レイジングハートの声と共になのはの周りに光の膜が作られる。暴走体の攻撃はその膜によって弾かれてしまう。

「レイジングハート……助けてくれたの……?」
なのははレイジングハートの助けによって何とか攻撃を防げたことに気づく。暴走体はその強度に自分の攻撃ではなのはを倒せないことに気づく。そしてその矛先を気を失い倒れている女性に向ける。

「ダメっ!!」

なのはは女性を助けようと暴走体に杖を向けようとする。しかし暴走体の動きの方がそれよりも早い。なのはは自分の目の前で再び人が傷ついてしまうことに恐怖する。そしてその爪が振り下ろされようとした瞬間、


暴走体は突如現れた影によって吹き飛ばされてしまう。それは肩にユーノを乗せた闘牙だった。


暴走体は闘牙の蹴りによって森に向かって蹴りだされる。闘牙とユーノはそれを確認した後、急いでなのは元に駆けつけてくる。

「怪我はねえか、なのは!?」
「なのは、大丈夫!?」

なのははそんな二人の姿に思わず目を潤ませる。それは先程の恐怖からではなく、闘牙とユーノが来てくれたことによるものだった。

「うん……大丈夫……。」

なのははその目を拭いながらそう二人に答える。そんななのはの様子に二人が安堵したと同時に暴走体が再び闘牙たちに襲いかかってくる。

「闘牙、あれは現住生物を取り込んでるみたいだ、きっと前のよりも手強い!」

ユーノの言葉に合わせるように闘牙は戦闘態勢に入る。生物を取り込んでいるなら前の様に爪で斬り裂くわけにはいかない。そう判断した闘牙は自らの右手に拳を作る。そしてそれを暴走体の腹に向かって振り切った。その衝撃と威力によって暴走体はそのまま地面にたたきつけられ身動きが取れなくなってしまう。

(やっぱり凄い……これが半妖の……犬夜叉の力……)

ユーノはそんな闘牙の闘いぶりに圧倒される。魔法も使わずに純粋な身体能力であれだけの強さが存在することに驚きを隠せない。

「なのは、封印を!!」

ユーノは暴走体が身動きが取れなくなったことを確認しなのはに指示する。なのはそんなユーノに導かれるようにレイジングハートを構える。そして

「リリカルマジカル、ジュエルシード、シリアル16封印!!」

その光の糸が暴走体を縛り付け力を封じ込めて行く。そしてそれが収まった先には首輪をつけた子犬が静かに眠っていた……。



子犬とその飼い主が目覚め神社を立ち去ったのを確認した後、闘牙となのはは向かい合っていた。闘牙はどこか厳しい表情をしている。そしてそれに対するようになのははその顔を俯かせてしまっている。

「なのは……どうして俺たちが来るまで待たなかったんだ……?」

今までで見たことのないような闘牙になのはは声を出すことができない。

「闘牙、なのはは」

「ユーノは黙ってろ。」

ユーノが何とかなのはを擁護しようとするがそれも闘牙に止められてしまう。そしてなのはと闘牙の間に長い沈黙が続いた後




「……私……魔法の力を手に入れて……嬉しかったの……。」

なのはは自分の気持ちを話し始める。

「何の特技もない私でも……できることがあることが嬉しかったの……誰かを助けてあげることができるって……。」

その目には涙が溢れていた。

「でも……怖かったの……死んじゃうんじゃないかって……あの女の人が死んじゃうんじゃないかって……」

闘牙はそんななのはの言葉を黙って聞き続ける。


「闘牙君も……ユーノ君も……お父さんもそうならないように約束したのに…………約束破ってごめんなさい。」

そうなのはは素直に二人に謝る。その瞬間、なのはの頭に闘牙の手が置かれる。


「もう約束破ったりしねえな……?」

「うん……。」

なのははそんな闘牙の言葉に頷く。その瞬間、闘牙の雰囲気はいつもの物に戻る。

「まあ、なのはが行かなけりゃもしかしたら間に合わなかったかもしれないしな。でももう無茶はするんじゃねえぞ。」

なのははそのままユーノに視線を向けたまま何かを考え込む。そして

「ユーノ君、私強い魔法使いになれるかな……。」

呟くようにユーノに尋ねる。ユーノはそんななのはに向かって微笑みながら

「もちろんだよ、なのはには才能がある。僕なんかよりずっと凄い魔法使いになれるよ!」
そう自信を持って答えた。

「ユーノ君、私に魔法を教えてほしいの。お願いしてもいい?」

「もちろん!一緒に頑張ろう、なのは!」

ユーノはなのはの肩に乗りその涙を手でぬぐいながらそれに答える。闘牙はそんな二人を見ながら



「もう暗くなっちまったからな、二人とも背中に乗れ!急いで家に帰るぞ!」

背中を見せながら屈みこむ。なのはは恥ずかしがるようなそぶりを見せていたが結局その背中におぶさり、ユーノは二人の間に収まる。


「行くぞっ!」

掛け声と共に闘牙はひと飛びで神社の階段を飛び降り、その後は家の屋根を飛び乗りながら家に向かっていく。なのはとユーノにとってそれはまるでジェットコースターのようだった。

「すごい、すごいよ闘牙君!!」

なのはは先程までの様子が嘘のようにはしゃいでいる。闘牙にとっても誰かを背中に乗せるということはかけがえのない思い出の一つだった。空には星空が広がっている。三人はそれを見上げながら自分たちの家へと向かっていくのだった……。



[28454] 第3話 「時代を超える想い」
Name: 闘牙王◆53d8d844 ID:e8e89e5e
Date: 2011/06/25 16:12
「なのは、気をつけて!来るよ!」
「うん!」

なのはの肩に乗ったユーノがなのはにそう助言する。そしてなのははその言葉に合わせるように自らの前にレイジングハートを構える。その瞬間、なのはの周りのは桃色の光の膜が作られる。それはプロテクションと呼ばれる防御魔法。そしてそれに合わせるかのようにジュエルシードの思念体からなのはに向けて黒い影のような触手が放たれた。しかしなのははそれを全く動じない。そして触手がまさにプロテクションに触れようとした時、

「散魂鉄爪っ!」

それらは全て闘牙の爪によって切り裂かれる。思念体は自分の攻撃がいとも簡単に防がれてしまったことに戸惑いを隠せない。そしてその隙を狙ってなのはが動き出す。

「闘牙君、私に任せてっ!」

そう叫んだ瞬間、なのははレイジングハートを思念体向ける。その前に桃色の光の玉が作られていく。そして

「リリカルマジカル 福音たる輝き、この手に来たれ。導きのもと鳴り響け。ディバインシューター、シュート!」

呪文と共に光の玉は思念体に向かって放たれる。そしてその光の玉はそのまま思念体に命中し吹き飛ばしてしまう。まだ完全には倒しきれていないようだが思念体はその場にうずくまってしまった。

「や……やった……やったよ、ユーノ君!」
「うん、すごいよなのは!」

それを見たなのはは思わず喜びの声をあげる。それはユーノの魔法の練習による成果だった。二人がそのことに喜ながらも封印をしようとしたところで蹲っていた思念体が突然動き出しそのまま逃げ出そうとする。

「えっ!?」
「いけないっ!」

まさか逃げ出そうとするとは考えもしなかったなのはとユーノが驚きの声を上げる。しかしその時には既に思念体との距離がかなり広がってしまっていた。このままでは逃げられてしまう。そう二人が焦った時

「逃がすと思ってんのか!」

その言葉と共に闘牙は自らの腕に爪を立てる。それにより闘牙に腕には血がにじみ出てくる。

「闘牙君っ!?」
「闘牙っ!?」

そんな光景に二人は思わず悲鳴を上げる。しかし闘牙はそんな声を聞きながらも全く動じずその爪に自らの血を着け妖力を込める。そして

「飛刃血爪っ!!」

妖力によって硬化した血の刃を思念体に向かって放つ。それは思念体の体を次々に切り裂いていく。それをまともに受けた思念体はその場に倒れ込んでしまった。しかしこのままでは再び再生をしてしまう。

「なのは、封印を!」
「う……うん!」

ユーノの言葉と共になのはは思念体に近づき

「リリカルマジカル、ジュエルシード封印!!」

封印魔法を使う。その瞬間、思念体は姿を消した後にはジュエルシードが残っているだけだった……。

「こんなもんか。」

ジュエルシードを拾い上げながら闘牙はそう呟く。今、闘牙たちは夜の小学校の校庭にいる。なのはたちと夕食を食べようとしている時にジュエルシードの発動を感じたため闘牙たちは急いで駆け付けたのだった。そして闘牙はなのはに目を向ける。先程の闘いは恐らく自分が手を出さなくともなのはだけで十分だと言えるものだった。神社での戦いから一週間もたっていないにもかかわらずこの成長。まさしく天賦の才といえるものを魔法に関してなのはは持っていると闘牙は感じていた。そんなことを考えていると

「闘牙君、大丈夫!?」

心配そうな表情をしながら慌ててなのはが闘牙に走り寄ってくる。その目は血がにじんでいる闘牙の腕に向けられていた。

「ああ、どうってことない。ほっときゃすぐに治る。」

闘牙はそう何でもないことの様にそれに答える。実際この程度の怪我は半妖の体を持つ犬夜叉なら瞬く間に治ってしまう。それに今の自分は鉄砕牙を持っていないため飛び道具に関しては飛刃血爪に頼るしかなかった。だがなのははそんな闘牙の様子を見て怒りの表情を見せながら

「闘牙君、これからはその技は使っちゃダメっ!!」

そう反論は許さないと言った風に告げる。

「い……いや……でも」

闘牙はそんななのはの剣幕に思わず怯みながらも弁明しようとするが

「闘牙君っ!!」
「わ……分かった、分かったからそんなに怒るなって。」

なのはの言葉にそう従うしかない。ユーノはそんな二人を苦笑いしながら見守っている。九歳の少女に怒られている十七歳の少年。端から見ればあり得ない光景がそこにはあった。


闘牙から見て高町なのははごく普通の少女だった。どこか家族に遠慮しているようなところは見られるものの一緒に生活していく中でそう闘牙は感じ取っていた。普段は聞き分けのいい、いわゆる良い子なのだが一度これだと決めたことに関しては決して譲ろうとはしない。よく言えば芯が通った、悪く言えば頑固なところがあることを闘牙は最近になって理解し始めていた。もしりんが大きくなればこんなふうになったのではないか。そんなことを闘牙は考えていた。

なのはの説教が終わった後、闘牙たちは人目につかない内に学校を離れることにする。そして闘牙がそのまま学校の入り口に急ごうといていると、なのはが何か言いたそうな表情でこちら見ていることに気づいた。

「どうした、なのは?」

闘牙がまだ言い足りないことがあったのかと思いながらそうなのはに尋ねる。しかしなのははそんな闘牙の言葉に答えずにどこか恥ずかしそうな態度を見せる。そして闘牙はなのはの視線が自分の背中に向けられていることに気づいた。そして

「ほら、さっさと乗りな。」

屈みながらその背中をなのはに向ける。

「うんっ!」
「ま……待ってよ、なのは!」

なのはは笑顔を見せながら闘牙の背中に乗りユーノも慌てながらそれに続いていく。そのまま闘牙は二人を背中に乗せたまま家に向かって走り出す。

これが闘牙たちのジュエルシード集めのいつもの光景だった……。





「ただいま!」

元気よく声を上げながらなのはが家に入って行く。

「おかえり、なのは。」
「おかえり、大丈夫だった?」

「うん、闘牙君とユーノ君がいたから平気。私も頑張ったの!」

士郎と桃子がそれを迎えながら興奮したなのはの話を優しく聞き続けている。闘牙がそんな三人の様子を何となく眺め続けていると

「おかえり、闘牙。その腕は大丈夫なのか?」

いつの間にか近くにやってきていた恭也が闘牙の腕を見ながらそう尋ねる。血は洗い流していたのだがどうやら気付かれてしまったようだ。

「大丈夫、大したことはないよ恭也兄さん。」

そう闘牙は何でもないことの様に答える。しかし恭也はそんな闘牙の言葉を聞きどこか難しい顔をしながら口を開く

「闘牙……だから兄さんというのは……」
「気にしなくていいよ、闘牙君。恭ちゃんは恥ずかしがってるだけだから。」

そんな恭也の言葉をさえぎるように美由希が闘牙に話しかける。闘牙は初め恭也のことをさん付けで呼んでいたのだが桃子の提案でそう呼ぶようになっていた。

「美由希……明日の稽古の量を増やしてほしいみたいだな……。」
「え……?」

そんな恭也の言葉に美由希は慌てて弁明を始める。向こうでは今度はユーノがなのはたちにもみくちゃにされているようだった。闘牙はそんな高町家の日常を溜息をつきながらもどこか楽しそうに眺めている。

闘牙の脳裏にはいつかの仲間たちとの日常が蘇っていた。

誰かと一緒に笑い、泣き、怒る。

誰かと一緒に話し、食べて、過ごす。

そんな当たり前のことを闘牙はこの三年間忘れてしまっていた。しかしなのはとユーノと出会い、一緒に暮らすようになってから闘牙はそんな当たり前のそして大切なことを思い出し、自分が少しずつかつての自分に戻りつつあることを感じていた。

だがそれと同時に不安に襲われる。

自分に誰かを守ることなどできるのだろうか。

また同じことを繰り返すだけなのではないか。


自分は――――を守れなかった。


――――の声も


――――の温もりも


もう戻ってはこない。



俺は――――



「闘牙君?どうしたの?」

どこ様子がおかしい闘牙に気づいたなのはが闘牙に話しかけてくる。どうやら知らない間にかなり考え込んでしまっていたようだった。闘牙は慌てながらいつもの調子に戻り

「なんでもねえよ、さっさと晩飯にしようぜ。腹減っちまったしな。」

そう言いながら家の奥に進んでいく。なのははそんな闘牙の様子に何かを感じながらもその後に続いて行くのだった……。




「なのはちゃん、何かいいことがあったの?」
「え?どうして?」

すずかがなのはに向かって突然そんなことを話しかけてくる。今なのはたちは授業の休み時間中だった。

「なんだか授業中も楽しそうな顔してたから……。」
「そ……そうかな……。」

すずかの言葉にどこか気まずそうにしながらなのはは答える。なのはは授業中にずっと昨日のジュエルシード集めのことを考えていた。昨日は初めて自分も闘牙とユーノの役に立つことができなのはは上機嫌になっていた。ユーノとの魔法の訓練が実を結んだ結果だった。

そして同時になのはの心には余裕が生まれつつあった。自分は一人ではない。闘牙とユーノが一緒にいる。家族も自分のことを応援してくれている。そして自分が他の人にはできないことをやっているということに喜びを感じていた。

またジュエルシード集めが終わった後に闘牙の背中に乗って帰ることがなのはの密かに楽しみになっていた。最もそのことは闘牙とユーノにはバレバレなのだが。

「隠したって無駄よ、あたしは全部知ってるんだから!」

そんな二人に向かってアリサが胸を張りながらそう宣言する。その姿には自信が満ちあふれていた。

「なのは、あんた知らない男の人と一緒に歩いてたでしょう?車の中から見たんだから!」

アリサは指をなのはに向けながらそう勝ち誇ったように告げる。なのははそんなアリサの言葉に思わず身構えてしまう。それは闘牙と一緒に買い物に行った時のことだった。闘牙の背中に乗って帰っているところでなかったことに安堵しながらもどう言い訳しようか考えながらなのはが窓の外に視線を移した時

校庭から校舎に向かって歩いている闘牙とその肩に乗っているユーノの姿があった。

「と……闘牙君っ!?」

二人が学校に来ていることに驚いたなのはは思わず声をあげてしまう。アリサとすずかもそれにつられるように窓の外に目を向ける。闘牙はそんな騒ぎに気づいたのかなのはに向かって手を挙げている。なのはは顔を赤くし慌てながら教室の外に出て行くのだった……。

「よう、なのは。」
「闘牙君っどうしてここに!?」

なのはは肩で息をしながら校舎の入り口にいる闘牙に向かってしゃべる。闘牙の手には布に包まれている物があった。

「お前弁当忘れて行っただろ。桃子さんに頼まれて届けに来たんだ。」

そう言いながら闘牙はなのはに持っていた弁当を手渡す。なのはは今日寝坊し慌てて家を出て行ったため弁当を持ってくるのを忘れてしまっていたのだった。

「あ……ありがとう……」

そのことに気づいていなかったなのはがそう闘牙にお礼を言った時、自分のクラスの窓からアリサとすずかが興味深々にこちらを眺めていることになのはは気付く。

「わ……私もうすぐ授業だから戻るねっ!」

なのははそのまま全速力で校舎に戻って行く。その姿はまるで何かから逃げて行くかのようだった。


「何なんだ……?」
「さあ……?」

そんななのはの様子に首を傾げながらも闘牙とユーノは学校を後にする。

「帰りに何か食い物でも買って帰るか。何か食べてみたいもんあるかユーノ?」
「え、良いの、闘牙?」

闘牙の提案にユーノはそんな声を上げる。ユーノにとってこの世界の食べ物は見たことがない物が多かったため食事はユーノの楽しみの一つでもあった。

「ああ、バイトも今日は午後からだしな。ただし流石にお前をつれて店には入れないから持って帰る物に限られるけどな。」
「それでも十分だよ、どんなものがあるの?」

ユーノは闘牙が何を買って帰るつもりなのかしきりに尋ねてくる。その姿は年相応の少年の物だった。闘牙はユーノがジュエルシードのことで負い目を感じ気を張っていることを感じ取っていたためそれを何とかできないかずっと考えていた。ユーノは考古学に興味があるのか戦国時代の話には興味深々でその時にはいつもの九歳とは思えないような態度は消え子供のそれに戻っていた。なのはとは違った意味で大人びている少年にこれ以上負担をかけないように、肩の力を抜くことができるようにしたいと闘牙はユーノを見ながら思うのだった……。



「休み?」
「そう、これまでずっと働きづめだったでしょ。明日はお休みをあげるから息抜きするといいわ。」

バイトが終わった闘牙にそう桃子が声をかける。闘牙は努力の甲斐もあり何とか翠屋の仕事に慣れつつあった。そして突然休みをもらえたのはいいがどうしたものかと闘牙は考える。


そして闘牙は思い出す。


自分が行かなければならない場所。



これまで自分が逃げ続けていた場所を。



闘牙は自らの過去と向き合うことを決意した





闘牙の目の前には神社の境内へ向かう階段がある。


知らず闘牙は息をのむ。

体が震える。

目が霞む。

自分の体が自分の物ではないようだ。

闘牙は一歩一歩、まるでかみしめるかのようにその階段を登って行く。

まるで時間が止まっているかのようだ。

そしてついに闘牙は辿り着く。

そこには




五百年前から変わらず在り続ける御神木の姿があった。



闘牙はそれを静かに見上げ続ける


ここは犬夜叉が封印されていた場所。


自分がタイムスリップをした場所。


そして


かごめと初めて出会った場所だった



闘牙の脳裏に様々な思い出が蘇る。


それはかごめと一緒に過ごしたかけがえのない日々、そして


かごめを失ってしまったこれまでの日々だった


闘牙がそのまま顔を俯かせていた時




「あなたは……あの時の……?」

突然、女性の声が闘牙に向けて発せられる。闘牙は驚きながら顔を上げる。その先には


かごめの母の姿があった。



「大きくなったのね、一目見た時には分からなかったわ。」

微笑みながらかごめの母は闘牙にそう話しかける。それは三年ぶりの再会だった。その時の闘牙は十四歳、今の闘牙はその身長も顔立ちも大人のそれに近づきつつあった。闘牙はそんなかごめの母に何も答えることができない。

言葉にはできない様々感情が闘牙の胸に押し寄せる。かごめの母は自分が誰なのかも、かごめがどうなったのかも知らない。自分がそれを語ったところで何になる。信じてもらえるのか。何よりも自分を許してくれるのか。闘牙はそのまま黙って顔を俯くしかなかった。
かごめの母はそんな闘牙を見ながら

「……少し付き合ってくれないかしら?見てもらいたい物があるの。」

そう言いながら闘牙を連れて歩きだす。そして辿り着いた先には大きな蔵の様な物があった。かごめの母はその扉を慣れた手つきで開く。そこには恐らく古い価値があるものだと思わる品が置かれている。そしてその奥には



まるで自分を待っていたかのように納められている一本の刀があった。


その瞬間、闘牙の目は見開かれその顔は驚愕に満ちる。


その刀は自分の持つ記憶と変わらない姿でそこにあった。


それはかごめを守るために手に入れた刀。


それは自分と共に闘い続けてくれた刀。


それは自分にとっての力の象徴。


そして


かごめの命を奪った刀。


自分にとっての罪の証。




「鉄砕牙…………」

知らず闘牙はそう呟く。そしてそれを見たかごめの母は

「やっぱり……あなたが犬夜叉君なのね……?」

そう静かに告げる。闘牙はそんなかごめの母に驚きを隠せない。なぜかごめの母がそのことを知っているのか。闘牙は混乱の極致のあった。そんな闘牙にかごめの母は一つの木の箱を差し出す。その様子からこの箱が相当以前の物であることは一目瞭然だった。闘牙はその箱を恐る恐る開く。そこには


赤い火鼠の衣が納められていた。


闘牙は一体今、自分に何が起きているのか全く理解できない。自分がここに訪れた時に鉄砕牙と火鼠の衣がある。そんな偶然があり得るのか。そして箱には一枚の紙が納められている。そこには




『犬夜叉へ』


そう一言だけ書かれた紙が納められていた。




その瞬間、闘牙の目には涙が溢れこぼれ落ちる。



それは





仲間たちの時代を超える想いの形だった。






「その刀はね……うちの神社に代々受け継がれてきた物なの。」

そんな闘牙を優しく見守りながらかごめの母は語り始める。

「そしてその刀の名前は神社の関係者にしか伝えられていない。そして……もしこの刀の名前を知る人が現れたら……鉄砕牙とこの箱を渡すように……そう言い伝えられていたの。」

仲間たちには闘牙が元の世界に戻れたのかも、犬夜叉の力を持っているのかも分からない。

それでも仲間たちは闘牙を信じて鉄砕牙と火鼠の衣を残したのだった



「かごめがあっちの世界に行って……犬夜叉という男の子に会ったと言った時……何か運命の様なものを感じたの。もしかしたらこれは……何か大きな意味があることなんじゃないかって……きっとこれは……あなたのために残された物だったのね。」


闘牙は涙によってぐちゃぐちゃになってしまった顔を上げながらかごめの母を見つめる。




「………俺は……かごめを………」


「……いいの、今のあなたを見てれば分かるわ。そしてあなたがどれだけ辛い思いをしてきたのかも………。でも……一つだけ覚えておいて……」



かごめの母は闘牙をまっすぐに見つめ




「あの子は……かごめはあなたと会えて本当に幸せだった……それだけは忘れないであげて。そして」




あなたも幸せになりなさい――――




そうかごめの母は闘牙に告げる。





闘牙は再び、誰かを守るための力を手にしたのだった――――





日が沈んだ中、闘牙は一人高町家へもどってくる。そしてその玄関を開けると

「おかえり、闘牙君!」
「おかえり、闘牙!」

なのはとユーノが待ち構えていたかのように闘牙を出迎える。闘牙はそんな二人に目を丸くする。

「それ何、闘牙君?」
「何だか古そうなものだね。」

闘牙が持っている鉄砕牙と火鼠の衣に気づいたなのはとユーノは興味深そうにそれに目をやる。

「……ただいま。これは後で見せてやるよ。それより腹が減っちまった。夕食はまだか?」

闘牙はそんな二人に笑いながら尋ねる。二人は闘牙の後に続き騒がしくしながら夕食に向かっていく。その先には士郎と桃子、恭也と美由希が同じように闘牙を待っている。




自分が犯した罪が許されるとは思わない――――


自分に幸せになる資格なんてない――――


それでも――――


この二人を守るためにもう少し闘っていこう――――



闘牙はそう決意するのだった――――



[28454] 第4話 「仲間」
Name: 闘牙王◆53d8d844 ID:e8e89e5e
Date: 2011/06/26 19:22
闘牙は自分の部屋で一人、何かをじっと握り眺め続けている。それは鞘に納められた鉄砕牙だった。闘牙はかごめの母から鉄砕牙を受け取ってからまだ一度もそれを鞘から抜いてはいなかった。

鉄砕牙は今の自分を認めてくれるのか

そんな不安が闘牙の中を駆け巡る。自分はかごめを守ることができなかった。そしてそのままただ無気力に三年間、何もしないまま死人のように生きてきた。鉄砕牙は人を慈しみ守ろうとする心がなければ扱えない刀。今の自分にそれがあるのか。もし鉄砕牙が自分を認めてくれなかったら自分は仲間たちの想いすら裏切ることになってしまう。そんなことを一人考えていると

「闘牙君、入ってもいい?」

ノックと共になのはの声が聞こえてくる。こんな時間に尋ねてくるなんて珍しいと思いながらも闘牙は自分の頬を叩き意識を切り替える。そしてドアを開けるとそこにはなのはとその肩に乗ったユーノの姿があった。

「どうした、何かあったのかなのは?」

闘牙はそうなのはに尋ねる。ジュエルシードが発動したような気配も感じられないため一体なのはが何の用で自分に会いに来たのか闘牙には見当がつかなかった。

「ちょっと見てほしい物があるの!」

そう言いながらなのはは闘牙の手を引っ張りながら家の外に向かっていく。そんないつもとは違い何かに興奮しているようななのはの様子に闘牙は戸惑いを隠せない。事情を聞こうとするもユーノは苦笑いするだけでなのはも答えようとはしない。そしてなのはたちはそのまま家の庭に出る。辺りはすっかり暗くなってしまっていた。なのははそのままレイジングハートを起動させ変身する。どうやら何かの魔法を自分に見せたいようだ。

「見てて、闘牙君!」

そう言いながらなのはは何かの呪文を唱える。その瞬間、なのはの靴には光の羽根の様な物が生えそのまま上空に飛び上がって行く。それはアクセルフィンと呼ばれる飛行魔法だった。

「おお。」

そんななのはに思わず闘牙は驚きの声を上げる。今までいくつかの魔法を見せてもらったことはあるがまさか飛ぶことまでできるとは思いもしなかったからだ。

「凄いでしょ、闘牙君!」

そんな闘牙の様子になのはは上機嫌になる。なのはは初めて闘牙にもできないことが自分にもできるようになったことに喜んでいた。ここ数日はこの魔法を見せるために夜遅くまでユーノと特訓をしていたのだった。闘牙を驚かすことができたことになのはが満足していると

「その魔法は魔法使いなら誰でも使えるもんなのか?」

自分のすぐそばからそんな闘牙の声が聞こえてくる。

「え……?」

なのはは思わずそんな声を上げる。自分は今、空を飛んでいるはずだ。なのになぜ闘牙の声がこんな近くから聞こえるんだろう。不思議に思いながら顔を上げた視線先には


自分と同じ高さで宙に浮いている変身した闘牙の姿があった。



「えええええええっ!?」

その瞬間、なのはの叫びが高町家に響き渡ったのだった……。



「なんで!?なんで闘牙君、空が飛べるの!?」

なのはが頬を膨らませながら闘牙に詰め寄ってくる。せっかく闘牙ができないことを見せて驚かせようとしていたのに自分の方が驚かされてしまったことに納得がいかないようだった。

「いや……誰も飛べないなんて言ってないだろ……。」

そんななのはの剣幕に戸惑いながらもなんとか闘牙は弁明する。今までのジュエルシード集めの中では特に飛ぶ必要がなかったこと。何よりもさっきなのはが飛ぶのを見るまで自分が飛べることを忘れてしまっていたのが一番の理由だった。しかしなのははそのまま庭の隅で不貞腐れてしまった。

「でも空も飛べるなんて……闘牙は何でもできるんだね。それも半妖の力なの?」

そんななのはを見ながらもユーノはこの場を何とかしようと闘牙に話しかけてくる。

「ああ……。俺からすればお前達の魔法の力の方が信じられないけどな……。」

時々忘れそうになるがなのはもユーノもまだ九歳。にもかかわらずこれだけの力を持っている。闘牙は自分もうかうかしていられないと気を引き締めるのだった……。



「ありがとうございました!」

そう頭を下げながら客を見送る制服を着た少年。それが闘牙の翠屋でのアルバイトの風景だった。

「ふふ、もうだいぶ慣れてきたみたいね。」
「まあ……何とか……。」

そんな闘牙の様子を微笑ましく桃子が見守っている。最初はメニューを覚えることで精一杯でなかなか接客まで意識を向けることができなかった闘牙だったがここ最近は何とか接客も問題なくこなせるようになりつつあった。

「しかし本当にここ流行ってるんですね。平日もお客さんが多いし……。」

闘牙の中では喫茶は平日などはそれほど客が入る物ではないと思っていたのだが翠屋はどうやらそれには当てはまらなかったようだ。

「そうね……でも今日はこれからもっと忙しくなるわよ。」
「え……?」

桃子はどこか意地悪そうな笑みを浮かべながらそう闘牙に告げる。闘牙がその言葉の意味を尋ねようとした時

何かのユニフォームを着た多くの少年たちとそれに続くように大勢の大人たちが翠屋に次々に入店してくる。そしてその中には士郎の姿もある。そして闘牙は理解する。今日は士郎がコーチ兼オーナーをしているサッカーチーム、翠屋JFCの試合の日でありなのはとユーノも朝からその応援に行っていた。それが終わりここで食事をしようとしているらしい。その数の多さに闘牙の顔が引きつる。

「さあ、頑張って働きましょう闘牙君。」

桃子はそんな闘牙の様子を見て笑いながらそう告げるのだった……。




「可愛い!」
「賢い、賢い!」

翠屋のテラスでアリサとすずかがユーノを触りながら遊んでいる。ユーノはそんな二人にもみくちゃにされながらも何とか耐えている。

『ご……ごめんね、ユーノ君……。』
『だ……大丈夫だよ、なのは……。』

息も絶え絶えに何とかなのはに念話でそう答えるユーノ。そんなユーノに謝りながらもどうすることもできずなのはは苦笑いするしかない。そんな中

「お待たせしました。」

そう言いながら店員がなのはたちのテーブルに注文された料理を持ってくる。その聞き覚えがある声になのはが顔を上げる。

「闘牙君っ!?」
「なのはか、おかえり。サッカーはどうだったんだ?」

なのはがどこか慌てながら闘牙に話しかける。闘牙はそんななのはを不思議に思いながらもテーブルに目をやりながら料理を置いていく。そこにはなのはと同じぐらいの二人の少女がなにか珍しい物を見るかのように自分を見ていた。その隙にアリサに捕まっていたユーノはその手から脱出し闘牙の肩に乗る。

「あんたはあの時の!?」

椅子から立ち上がり指をさしながらアリサがそう闘牙に向かって叫ぶ。闘牙はいきなり自分に向かって叫んでくる金髪の少女に戸惑うしかない。自分はこの少女に面識はなかったはず。そんなことを考えていると

「ア……アリサちゃん失礼だよ……。あの……初めまして、なのはちゃんの友達で月村すずかって言います。」

そんな金髪の少女をなだめながら黒髪の少女が闘牙にそう自己紹介をしてくる。闘牙はその言葉でなのはがよく話している二人の親友というのがこの二人であることに気づく。

「ア……アリサ・バニングスよ。」

すずかに言われて何とか落ち着きを取り戻しながらアリサもそう闘牙に自己紹介をする。どうやらなのはの話から聞いた通りの少女たちらしい。

「闘牙だ。よろしくな。」

闘牙はそう二人にあらためて挨拶する。しかしなのははどこか居心地が悪そうな態度を見せながら闘牙に目を向けている。そのことに闘牙が気付いた時

「あんたがなのはを誑かしてるんでしょ!分かってるんだから!」

「誑かす……?」

アリサは鬼の首を取ったかのごとく闘牙に迫ってくる。最近なのはが自分たちに何か隠し事をしているのをアリサとすずかは気づいていた。そしてアリサは以前車の中から見たなのはと一緒に歩いていた闘牙がその原因だとずっと疑っていた。そして先日闘牙が学校になのはに会いに来たことからアリサはそれに確信を持ったのだった。

「ち……違うよ、アリサちゃん!」
「お……落ち着いて、アリサちゃん!」
「何よ、すずかだって気にしてたじゃない!」

三人は店中からの注目を受けていることにも気付かないままそのまま痴話げんかを始めてしまう。闘牙はそんな三人を黙って眺め続けるしかない。闘牙はそんな様子を見ながらやはりなのはは九歳の小学三年生なのだと改めて認識する。

「闘牙君、こっちもお願い!」
「はい!」

桃子の声に返事をしながら闘牙は業務に戻って行く。なのはたちはそうとも気付かずにまだ騒いでいるようだ。しかし一番安堵しているのは闘牙の制服の中に隠れているユーノだった……。

「闘牙とはどういう関係なの、なのは!?」
「え……えっと……最近翠屋で新しく働いているお兄さんなの。」

アリサの詰問に何とかごまかそうとするなのは。しかしアリサはそんな答えでは納得できないようだった。

「なんで翠屋の店員が一緒に街を歩いてたり、学校にお弁当を持ってきてくれるのよ!」
「そ……それは……。」
「アリサちゃん、もうそのぐらいに……」

なのはがどうすればこの状況を乗り切れるのか必死に考えている時、微かにジュエルシードの気配を感じた。

「え……?」

なのはは思わずその方向に向かって視線を向ける。そこには先程のサッカーの試合に出ていた少年とその横に並んで歩いている少女の姿があった。一体どういうことなのかなのはが考えていると

「なのは、聞いてるの!?」

アリサが話を聞いていないなのはに向かって食って掛かってくる。なのははそんなアリサの相手をすることで精一杯だった。きっと気のせいだろう。なのははそう自分に言い聞かせるのだった……。



「はーっ。」

なのははアリサとすずかが帰ったのを見届けた後大きな溜息を突く。結局、闘牙とのことについて誤魔化すことができなかった。これから学校に行くたびにそのことを聞かれると思うと溜息を突くしかなかった。

『大丈夫、なのは?』

そんななのはの肩にユーノが乗ってくる。

『ずるいよ、ユーノ君。闘牙君のところに逃げるなんて。』
『ご……ごめん、なのは。』

なのははどこか恨めしそうにユーノを見つめながらそう呟く。逃げてしまっていたユーノも負い目があり謝るしかなかった。

『と……ところでなのはこれからどうするの?』

ユーノは何とか話題を変えようとそう話しかける。アリサとすずかも今日は用事があるとのことで帰ってしまった。まだお昼が過ぎたばかり。なのはは少し考え込んだ後

『……じゃあ図書館に行ってみようか。前ユーノ君、行ってみたいって言ってたでしょ?』
『え……いいの、なのは?』

ユーノがなのはの提案に嬉しそうな声をあげる。なのはは以前ユーノが闘牙からよく聞いていた戦国時代について調べてみたいと言っていたことを覚えていたのだった。

『うん、でも図書館の中には動物は入れないから鞄の中に隠れててねユーノ君。』
『分かった、ありがとう。なのは。』

二人はそのまま図書館に向かって歩き始めるのだった。




『うわー、一杯あるね、ユーノ君。』
『本当だ、どれがいいのか迷うなあ。』

なのはとユーノの前には戦国時代に関する書物が視界いっぱいに広がっていた。なのはにはどれから手をつけていいのか全く分からなかった。しかしユーノはその中から次々に本を選んでいき、なのはユーノに言われるとおりに本を取って行く。本を選んでいくユーノの様子は本当に楽しそうだった。なのははユーノを図書館に誘って本当に良かったと思いながら微笑む。
そしてユーノと一緒に本を選びながら闘牙があまり戦国時代での旅の内容を自分とユーノに話してくれていないことにふと気付いた。その時代の人がどんな暮らしをしていたのか、どんな食べ物を食べて、どんな物を使っていたのかはよく話してくれるのだが実際にどんな旅をしていたのかはほとんど話してはくれていなかった。最初に闘牙が言っていた仲間と一緒に願いをかなえる宝石巡って闘っていたということしかなのはとユーノは知らなかった。どうしてなのかなのはが考えていた時、

強力なジュエルシードの気配が二人を襲った。


『ユーノ君っ!!』
『うん、ジュエルシードだ!』

二人は慌てて図書館を出て、その気配の方向に目をやる。そこには巨大な樹が街を覆ってしまっている光景が広がっていた。その規模はこれまでのジュエルシードの比ではなかった。

「ひどい………。」

なのはは目の前に広がる惨状に思わずそんな声を上げる。

「多分、人間が発動させちゃったんだ……。強い思いを持った者が願いをこめて発動させた時ジュエルシードは一番強い力を発揮するから……。」

ユーノの言葉になのはは自分が先程感じたジュエルシードの気配のことを思い出す。


「やっぱり、あの時の子が持ってたんだ……。私……気づいてたはずなのに……。こんな事になる前に、止められたかもしれないのに……」

「なのは……」

なのはは防げたであろうこの事態を起こしてしまったことに後悔し顔を俯かせる。ユーノはそんななのはに声をかけることができない。しかしなのははすぐさま顔をあげレイジングハートを起動、変身する。

「ユーノ君、こういうときはどうしたらいいの?」

「え?あ……」

なのはの突然の問いに戸惑いを隠せないユーノ。今のなのはにはこれまで感じたことのない程の意志の強さが感じられた。

「ユーノ君!!」
「あ……うん。封印するには接近しないと駄目だ。まずは元となっている部分を見つけないと……でもこれだけ広い範囲に広がっちゃうとどうやって探していいか…」

そうユーノは顔をしかめながら説明する。これだけ広い範囲から場所を特定しそこに近づかなければならない。事態を収束させるには長期戦を覚悟しなければいけない。そうユーノが考えていると

「元を見つければいいんだね!」
「え?」

なのははそう言いながら自らの周りに桜色の魔法陣を作る。

「リリカル、マジカル。探して、災厄の根源を!」

その瞬間、なのはの魔力が巨大化した樹を瞬時に巡って行く。そしてなのはの頭に少年と少女が抱き合うように寄り添っている場所が浮かぶ。そこがジュエルシードの力の根源だった。

「見つけた!」
「ホント!?」

ユーノはそんななのはに驚くしかない。こんな魔法はまだなのはには教えてはいない。なのはは自分の感覚だけで魔法を組み使っている。それはまさしく天才でなければできない芸当だった。

「すぐ封印するから!」
「ここからじゃ無理だよ、近くにいかなきゃ!」

ユーノがそうなのはに助言するもなのははその場から動こうとしない。なのはは不思議な感覚に囚われていた。今の自分にならできる。そんな確信がなのはにはあった。

「出来るよ!大丈夫……そうだよね、レイジングハート!」

そう自らの手にあるレイジングハートに話しかける。その瞬間、

『SealingMode. Set up』

なのはの声に反応するようにレイジングハートがその形態を変える。それは遠距離魔法を使うための形態だった。そしてなのはがレイジングハートに魔力を注ぎ込みそれを放とうとした時、

突然巨大化した樹の幹たちがなのはに向かって襲いかかってくる。それは自らを狙っている魔力にジュエルシードが反応したことで起こったことだった。

「え?」
「なのはっ!」

突然の事態になのはは動くことができない。しかしその幹たちはユーノが咄嗟に張ったシールドによって弾かれてしまう。

「ユーノ君!」
「気をつけてなのは、また来る!!」

幹たちはその数をさらに増しなのはたちに向かって襲いかかってくる。なのははユーノと共にその意識をすぐさまシールドに向ける。そして樹の幹が再び襲いかかろうとした時


「散魂鉄爪っ!!」

それらは突如現れた闘牙の爪によって次々に引き裂かれていく。そして闘牙は二人を守るようにその前に降り立つ。そして二人は闘牙の姿がこれまでと大きく変わっていることに気づく。

赤い着物を着、

腰に刀を携え、

首に首飾りを掛けている。

初めて見るにもかかわらずなのはとユーノにはその姿が闘牙の本当の姿なのだと理解した。


「大丈夫か、なのは、ユーノ!?」

「闘牙君っ!」
「闘牙っ!」

闘牙が来てくれたことに二人が喜びの声を上げる。しかし樹の幹は再生し再び襲いかかってくる。ユーノはなのはを守るようにシールドを張りながら事態を闘牙に説明する。闘牙は幹を切り裂きながらどうするべきか考える。ジュエルシードを封印するためにはなのはの力が必要だ。だがそのためにはこの木の幹を何とかし、なのはが封印するまでの隙を作らなければならない。だがこれだけの数の幹を爪だけでは一気に切り裂くことはできない。そう闘牙が焦りを感じた時


大きな鼓動が自分に響いてくる。


それは自らの腰にある鉄砕牙の鼓動だった。


(鉄砕牙………!?)


闘牙は驚きの表情を見せながら鉄砕牙に目をやる。そしてその瞬間、闘牙は全てを理解した。


闘牙は導かれるようにその柄に手を伸ばし、そして一気にそれを引き抜いた。


その瞬間、闘牙の手には一本の巨大な刀が握られていた。



「え……?」
「あれは……?」

なのはとユーノはそんな闘牙の姿に目を奪われる。それはまるで巨大な牙のようだった。しかし二人はそんな刀から不思議な力を感じる。それはまるで自分たちを守るような温かい力だった。そしてその刀身から凄まじい風が巻き起こり始める。


今、鉄砕牙は喜びに震えていた。鉄砕牙はこの五百年、ただひたすらに自らの主を待ち続けていた。その主は自分の力によって守りたい者を守ることができずその手に掛けるしかなかった。鉄砕牙はそのことをこの五百年、ずっと後悔し続けた。そして今、主は再び誰かを守るための心を取り戻しつつある。
今度こそ主の想いに応えてみせる。鉄砕牙は五百年の時を超え再びその力を取り戻した。


この瞬間、『半妖犬夜叉』が再び現世に蘇った。



闘牙は鉄砕牙を握りしめながら巨大化した樹に目をやる。鉄砕牙の気持ちが自分に流れ込んでくる。その感情に自らの心も震える。今の自分たちは負けない。そんな確信が闘牙を支配する。
そして鉄砕牙を振りかぶる。ジュエルシードの発動の元にいる二人には当たらないように、街には被害が出ないようにその力を絞る。そんな闘牙の様子に気づいた樹の幹たちが襲いかかってくる。だが


「風の……傷っ!!」


闘牙が鉄砕牙を振り切った瞬間、樹の幹は一つ残らず消し飛ばされていく。それは一振りで百匹の妖怪を薙ぎ払う鉄砕牙の力だった。


「すごい……。」

なのははその光景に目を奪われる。その圧倒的な力に目を見開くことしかできない。


どうしてこんなに違うんだろう……

私も誰かを守るために魔法の力を手に入れたのに……

どうして私は……結局、闘牙君とユーノ君に迷惑をかけちゃうんだろう……


「なのは、今のうちに封印を!」

「う……うん、リリカルマジカル、ジュエルシード封印!!」

なのははユーノの言葉によって我を取り戻し、その遠距離魔法によってジュエルシードを捉え封印する。その瞬間、街を覆っていた巨大な樹は次々に枯れて行く。

後には一つのジュエルシードと気を失った少年と少女が残っているだけだった……。






「いろんな人に……迷惑かけちゃったね……。」

夕陽が辺りを照らしている中、ビルの上でなのはは顔を俯かせながらそう呟く。そんななのはを闘牙は黙って見つめている。

「え?な、何いってんだ、なのははちゃんとやってくれてるよ!!」

そんななのはに慌ててユーノがそう告げる。しかしなのははそんなユーノの言葉を聞きながらも顔をあげようとはしない。

「私、気づいてたんだ……。あの子がジュエルシードを持ってるの……。でも……気のせいだって思っちゃった……。」

「なのは……。お願い、悲しい顔しないで……。元々は僕が原因で、なのははそれを手伝ってくれてるだけなんだから……」

ユーノは悲しげな顔をしながらそうなのはを元気づけようとする。しかしなのははそのまま黙りこんでしまう。そして二人の間に長い沈黙が流れた後



突然、なのはの額にデコピンが放たれた。

「痛っ!?」

なのはがいきなりのことに驚きながら顔をあげた先には、しゃがみ込みながら自分を覗き込んでいる闘牙の姿があった。

「と……闘牙君っ!?」

なのはは突然の事態にどうしたらいいのか分からず慌てるしかない。しかし闘牙はそんななのはを見ながら

「なのは……お前今いくつだ……?」

突然そんなことを訪ねてくる。

「きゅ……九歳……」

なのはは自分の額を抑えながら言われるがままに質問に応える。なのはには闘牙が何を言いたいのか分からない。

「そうだ……お前もユーノもまだ九歳だ。失敗したっていい。その時には俺が何とかしてやる。」

闘牙はそう優しく諭すようになのはに告げる。それはユーノにも向けられた言葉だった。

「でも……闘牙君は強いもん!……私も……私ももっと強くならないといけないの!!」

なのはは目に涙を浮かべながらそう叫ぶ。それは自分のせいでまた誰かが傷つくかもしれなかった恐怖からだった。しかし

「なのは……俺が初めて闘ったのは十四の時だ……。」

「え……?」

なのはは闘牙がいきなりそんなことを言い出した理由が分からず目を丸くする。

「最初の頃はてんで弱くて……負けてばっかりだった……俺が弱かったせいで……大切な人を傷つけちまったこともある……」

闘牙はどこか遠くを見るような目でそう語る。なのははそんな闘牙の話に驚きを隠せない。なのはにとって闘牙は強い、誰にも負けない存在だったからだ。

「でも俺はこの鉄砕牙を手に入れて一緒に闘うことで強くなることができた……。お前にもレイジングハートがいるだろう?」

闘牙は鉄砕牙をなのはに見せながらそう告げる。なのははそのまま自分の胸に掛けられているレイジングハートに目をやる。レイジングハートは闘牙の言葉を肯定するかのように点滅する。


「それに俺たちは仲間だろう?もっと頼ってくれなきゃな。」

闘牙はそう笑いながらなのはの頭を撫でる。

それはかつて珊瑚が自分に言ってくれた言葉だった。



「……うんっ!!」

なのははそんな闘牙の言葉を聞いた後、その目を拭いながら立ち上がる。その顔には笑顔が戻っていた。ユーノはなのはの肩に乗りその涙を拭う。

そしてなのはとユーノは闘牙の背中に乗りながら家に向かって出発する。




なのははユーノの手伝いではなく、自分の意志で


闘牙とユーノと共にジュエルシードを集めることを決意したのだった……。



[28454] 第5話 「運命」
Name: 闘牙王◆53d8d844 ID:e8e89e5e
Date: 2011/06/29 11:34
私、高町なのははごく普通の小学三年生。

ですが偶然の出会いとめぐり合わせで別世界から来た魔法使い、ユーノ君と不思議な力を持つお兄さん、闘牙君と出会って……

昼間は普通に、小学生。

夕方や夜は魔法少女としてユーノ君の探し物、ジュエルシードを探し集める日々を送っています。

最初は私のせいでユーノ君や闘牙君に迷惑ばかりかけてしまっていたのですがここ最近は二人の協力もあって何とかジュエルシード集めも様になってきたところです。

そしてもう一人の大切な仲間、レイジングハートも未熟な私のためにお手伝いをしてくれています。

そんな順調な日々を送っていたのですが……



「すごい、これが魔法の服なの?」
「なのは、ちょっとその杖見せなさいよ!」

今の私の目の前には親友であるアリサちゃんとすずがちゃんの姿があります。

そして今の私は魔法少女の姿。

二人は興味深々に私に詰め寄ってきています。闘牙君とユーノ君はそんな私を笑いながら眺めているだけで助けてくれません。


何故こんなことになっているのか……それは昨日の晩にまで遡ります……。






「じゃあこの刀を使えるのは闘牙だけなの?」
「ああ、この世界で鉄砕牙を使えるのは俺だけだ。」

ユーノの言葉に闘牙はそうきっぱりと答える。ユーノはそんな闘牙の答えを聞きながらも興味深そうに鉄砕牙を触り続けている。もっとも今はただの錆びた刀の状態なのだが。

今、闘牙はユーノと一緒に自分の部屋で雑談をしている。理由は簡単。なのはにお風呂に連れて行かれることを嫌がったユーノが闘牙に助けを求めてきたからだ。闘牙としてはどちらでもよかったのだがユーノの必死の訴えと以前、見捨ててしまった負い目もあり匿ってあげることにしたのだった。

「この刀には意志があるんだね……それもインテリジェンスデバイスの様なAIじゃないものが……。」

そう言いながらユーノは完全に自分の世界に入り込んでしまっている。どうやら本当にこういう物には目がないようだ。闘牙も実際に戦国時代にタイムスリップしていなければ魔法のような存在を簡単には受け入れられなかったかもしれないが。

「ユーノのいた世界には似たようなものはないのか?」
「うん……僕たちの魔法はプログラムに近いものだから……見た目と違って結構機械的なものが多いんだ。」

ユーノの言葉に闘牙は感心したような顔を見せる。そういえばなのはは小学三年生とは思えない程理系の成績が良かったはず。間違っても自分には魔法は使えそうにない。その後二人は魔法について様々な話をする。

ミッドチルダ、時空管理局、ロストロギア。どれも聞いたこのない言葉の連続。魔法という力があることでこの世界とは大きく違う風習や価値観があるようだ。そして闘牙はユーノと二人きりで話すのは珍しいことにいまさらながらに気づく。なのはとユーノは四六時中一緒にいることがほとんどだったからだ。そんなことを考えていると

「そういえば闘牙に見せたい物があったんだ!」

そう言いながらユーノは慌てながらなのはの部屋から一冊の本を持ってくる。どうやら何かの古い本らしい。

「何なんだ、これ?」

闘牙がそんな疑問を投げかけるもユーノはそのまま本のページを次々にめくって行く。そしてあるページを開きそこで動きを止める。

「これを見てよ、闘牙!もしかしてこれ、闘牙なんじゃないの!?」

ユーノは興奮した様子でそう闘牙に尋ねる。そのページには


妖怪の軍勢の奥にいる竜に向かっていく二匹の犬の姿が描かれていた。

「これは………」

闘牙はそんな絵に思わず言葉を失う。間違いない。それは竜骨精との決戦の様子。そして描かれているもう片方の犬は恐らく殺生丸だろう。そんな闘牙の様子にユーノは自分の予想が間違っていなかったことを確信する。

「戦国時代の資料を探していくとほとんどの資料にこの戦のことが載ってるんだ。妖怪がいることは今の人たちには信じられてはいないからお伽噺みたいになってるみたいだけど……やっぱりこれが闘牙なんだね!」

ユーノは興奮したように闘牙に詰め寄ってくる。闘牙がタイムスリップしていたということについてはどこか半信半疑だったユーノだったがこれで納得がいった。闘牙はただ呆然とするしかない。まさか自分が歴史の資料に乗っているなどとは思いもしなかったからだ。

「でもすごいよ、この戦いで地震が起こったり谷ができたって!闘牙は本当に強いんだね!」

ユーノは目を輝かせながら闘牙に詰め寄ってくる。それは少年の強さへのあこがれも含まれていた。


(実際、竜骨精を倒したのは師匠なんだが………)

そう思いながらも闘牙が事実を言い出せずにいると


「あ、やっぱりユーノ君ここにいた!」

パジャマ姿のなのはがどこか機嫌が悪そうに騒ぎを聞きつけて闘牙の部屋に入ってくる。ユーノはそんななのはの様子に思わず顔を引きつかせる。


「もう、せっかく一緒に入ろうと思ってたのに!」

「ご……ごめん、なのは……きょ……今日は闘牙と一緒に入るから!」

ユーノはそう謝りながらもどこかほっとした様子だった。間違いなくユーノは尻に敷かれるタイプだなと闘牙が勝手に考えていると

「そうだ、闘牙君!明日、すずかちゃんの家にお呼ばれしてるんだけど一緒に行かない!?」

なのはが思い出したようにそう闘牙に提案する。闘牙はそんななのはの言葉を聞きながら以前翠屋に来ていた二人の少女を思い出す。たしか黒髪の少女がすずかだったはずだ。

「俺は構わないけど……いいのか?せっかく女の子同士で集まるのに。」

九歳の女の子の遊びの場に自分が行っていいのかどうか考え闘牙は難色を示す。なのははそんな闘牙の様子に気づいたのか慌てて詰め寄ってくる。

「い……いいの!それに闘牙君にはアリサちゃんとすずかちゃんに私とのことを説明してほしいの!上手く誤魔化せなくて……。」

そうなのはは困った顔をしながら懇願する。あれからというもの学校に行くたびにそのことを尋ねられ、なのはは気が気ではなかったのだ。闘牙はそんななのはの事情を理解したうえで


「じゃあ、ちゃんと魔法のことを説明すればいいじゃねえか。」

そう何でもないことのように答える。

「え………?」

なのはは思わずポカンとした顔をしながらそんな声をあげる。なのはの頭にはそんな選択肢は全くなかったからだ。

「で……でも、魔法のことは秘密にしなきゃ……それに……。」

もし魔法のことを知られて嫌われてしまったり、避けられてしまったら……そんな不安がなのはの中にはあった。しかし

「別に悪いことしてるわけじゃねえんだし……いいんじゃねえか?それにあの二人なら話しても問題ないだろ。」

闘牙はそうどこか確信を持って告げる。まだ一度しか会ったことはないがあの二人なら魔法のこともなのはのことも間違いなく受け入れてくれると感じていた。

「本当はできるだけ魔法は知られない方がいいんだけど……でも元はといえば巻き込んじゃったのは僕だし、なのはがいいんなら僕は構わないよ。」

そうユーノも闘牙の言葉に続く。それは実際、友人に隠し事しなければならないなのはの辛さを知っているからこその言葉でもあった。



「…………分かったの。でも闘牙君とユーノ君も協力してね?」

今まで自分が悩んでいたのは何だったのかという釈然としない気持ちはあるものの、なのはは魔法のことを親友に明かすことを決意したのだった……。




「本当に魔法があるなんて……」
「もう、なんで早くそんな大事なこと言わなかったのよ!」

すずかとアリサは変身したなのはを見ながらそう告げる。二人は自分に魔法の力があることを知ってもいつもと全く同じ態度で接してくれる。闘牙が言ってくれた通りだった。なのははそんな二人を見ながら何か大きな肩の荷が下りたような気分になる。しかし二人はそんななのはにお構いなしに詰め寄りもみくちゃにしていく。まるで新しいおもちゃを見つけた子供のようだった。なのはも苦笑いしながらもどこか楽しそうにしている。そんな様子を闘牙とユーノはテーブルに置かれたお菓子を食べながら眺めている。

「どうやら問題なかったみたいだな。」
「そうだね。」

一応魔法のことを話すよう提案した手前、何かあった時にはフォローをしようと考えていた闘牙だったがどうやら杞憂だったようだ。ユーノも自分の正体を隠す必要がなくなったため堂々とクッキーを食べている。最初はこの家にいる猫に追い回されて大騒ぎしていたのが嘘のようだ。久しぶりの休日でもあるので自分も今日はのんびりしようと考えているとなのはたちが自分に向かって走ってきていることに気づいた。

「どうしたんだ、何かあったのか?」

端から見ている分には何も問題ないように見えたのだが何かあったのかと思い闘牙も立ち上がりながら三人に近づいていく。すると

「闘牙、あんたも変身できるんでしょ、見せなさいよ!」
「アリサちゃん……言葉が悪いよ。」
「ごめん、闘牙君……。」

なのはのどこか罰が悪そうな表情を見てどうやら自分のことを二人に話したことに闘牙は気づく。

「分かった、分かった……見せてやるからそんなに慌てんなって……。」

そう言いながら闘牙は一瞬で犬夜叉の姿に変身する。その姿にアリサとすずかは驚愕する。なのはは変身といっても服と杖が現れた程度の違いだが闘牙はその姿も大きく異なっていたからだ。そして二人の視線はその犬の耳に釘付けになっていた。

「その耳……本物なんですか?」
「さ……触らせなさいよっ!」

どうしてこの姿を見た人は皆同じことを言うのか。そう闘牙は心の中で溜息をつきながらも言われるがままに二人に耳を触らせる。二人はその手触りからそれが本物であることに驚きながらも触り続ける。

「おい、あんまり強く触るんじゃねえぞ。」

夢中で耳をいじっているアリサに向かって闘牙がそう悪態を突く。すずかと違って全く遠慮がなかったからだ。

「大丈夫、あたしは家でたくさん犬を飼ってるから扱いにはなれてるわ!あたしがおすわりって言ったらみんな一斉に言うことを聞くんだから!」

そうアリサが胸を張りながら宣言した瞬間、


闘牙はその場を一瞬で飛び上がり、アリサから距離を取ってしまった。


「え?」
「闘牙君……?」
「闘牙……?」

そんな闘牙の様子に四人は目を丸くする。闘牙も自分が何故そんなことをしてしまったのか一瞬混乱するもののすぐにその理由に気づく。そしてそれにアリサも同時に気づいてしまう。アリサはどこか意地悪そうな笑みを浮かべながら


「おすわり。」

そうアリサが呟いた瞬間、再び闘牙の体がびくりと動く。それは闘牙の体に染みついていた条件反射だった。

「おすわり!おすわり!おすわり!」

「やっ……やめろっ!くそっ……!」

アリサはそんな闘牙の反応が面白かったのかおすわりを連呼しながらその後を追いかけまわす。闘牙はそんなアリサから逃げ回ることしかできない。その姿はまるで飼い主に追い回されている犬のようだった。

「ア……アリサちゃん……。」
「だ……大丈夫かな……闘牙君……。」
「き…きっと闘牙なら大丈夫だよ!」

なのははアリサにどこか呆れながら、すずかは追いかけまわされている闘牙を心配しながらそう呟く。


「そういえばユーノ君って人間の男の子なんだよね……?でもなのはちゃん、前一緒にお風呂に入ってるって言ってなかった?」

そうすずかはなのはに向かって尋ねる。ユーノはその言葉を聞いて背中に冷や汗を流すもののどうすることもできない。

「うん、一緒に入ってるよ。」

しかし、なのはそう何でもないことのように答える。

「え……でもユーノ君は男の子なんじゃ……」
「そうだよ、でもフェレットの姿だからいいの!」

すずかは何とかそう諭すように言うもののなのはには全く通じない。

「そ、そう……なのはちゃんがそう言うんなら……。」

「…………」

ユーノはそんな二人のやり取りを聞きながら胸を締め付けられるような想いをするのだった………。

その後、なんとか落ち着きを取り戻したアリサと闘牙を加えて再びお茶会を再開することになった。なのはたちは楽しそうに魔法の話をしている。ユーノもその中に加わり、さらに騒がしさが増していく。それを見ながら闘牙が物思いにふけっていると

すぐ近くからジュエルシードの気配を感じ取る。それになのはとユーノもすぐに反応する。

「闘牙君、ユーノ君!」
「ああ!」
「すぐ近くだ、きっとこの家の庭だと思う!」

闘牙はすぐさま火鼠の衣に袖を通し、鉄砕牙を携える。闘牙は外出する際には剣道部が持っているような竹刀と防具を入れる袋に鉄砕牙と火鼠の衣を入れ持ち歩くようにしていた。

「アリサちゃんとすずかちゃんはここにいて!すぐに封印してくるから!」

そう言いながらなのはは変身し、闘牙とユーノと共に庭に向かって走って行く。

「き……気をつけて、なのはちゃん!」
「闘牙、ちゃんとなのはを守りなさいよ!」

二人はそう言いながらなのはたちを見送るのだった……。




「この辺りだ、被害が出ないように結界を張るよ!」

そう言いながらユーノは庭を覆うように結界を張る。ユーノは怪我も順調に回復し、力も段々と戻りつつあった。なのはと闘牙は緊張した面持ちでジュエルシードが発動した地点に向かっていく。そしてその先には


巨大化した子猫の姿があった。


「「「…………」」」

その姿に三人の目は点になってしまう。子猫はその場で蹲りながら遊び始めてしまう。

「ユ……ユーノ君これって……」
「き……きっとあの子猫の大きくなりたいって願いが叶えられたんじゃないかな……。」
「俺は帰ってもいいか……?」

三人はどこか気の抜けたような態度でそう呟く。しかしこのまま放っておくわけにもいかない。幸いどうやらこちらに危害を加えてくることはなさそうだ。なのははそのままレイジングハートを子猫に向け封印をしようとする。どうやら自分の出番はなさそうだ。そう闘牙が判断しかけた時、闘牙は自分たち以外の二つの匂いの存在に気づく。


「なのはっ!」

そう叫びながら闘牙はなのはとその肩に乗ったユーノを一瞬で抱えながらその場から離脱する。その瞬間、子猫に向かって金色の光が放たれる。子猫はその光によって貫かれその場に倒れ込んでしまう。

「えっ!?」
「これはっ!?」

その光景になのはとユーノは驚きの声をあげる。闘牙は地面降り立ち、二人をその場に下ろしながら金色の光が放たれた場所に目をやる。そこには二つの影があった。




一つは額に宝石の様な物がある狼。その大きさは普通の狼よりもはるかに大きい。



そしてもう一つはなのはと同じぐらいであろう金髪の少女。

その手には黒いまるで斧の様な杖が握られている。その姿から少女がこの世界の住人ではないことは明らかだった。なのはが白ならこの少女は黒。そう言えるような雰囲気を纏っていた。


「同系の魔導師……ロストロギアの探索者……。」

少女はなのはたちに静かに視線を向けそう呟きながらその杖をなのはに向ける。

「え……?」

なのはは自分と同じぐらいの少女がいきなり現れその杖を向けてくることに戸惑いを隠せない。

「き……君たちは何者だ!?ど……どうしてこんなことを!?」

ユーノはなのはを庇うように前に出ながらそう問いかける。先程の光は間違いなく自分たちと同じ世界の魔法の光。それがなぜこんなところに、しかも自分たちに向けてその杖を向けるのか、ユーノには見当がつかなかった。

「あんたたちこそ何者だい?あたしたちはそこの子猫に用があるだけさ。邪魔するなら容赦しないよ。」

答えない少女の代わりにその隣にいる狼がそう答える。

「しゃ……しゃべった!?」
「君は……その子の使い魔か!?」

なのはは狼がしゃべったことに驚きを隠せない。ユーノという前例はあるもののほかにも同じような存在がいるとは思っていなかったからだ。
そんななのはとユーノをいつでも庇える距離を保ちながら闘牙は黒い少女と狼に視線を向ける。どうやら友好的な相手ではないらしい。しかもその立ち振る舞いからどうやら素人でもない。闘牙が自分はどう動くべきか決めかねていると

「ロストロギア……ジュエルシード……申し訳ないけど、頂いていきます。」

そう静かに呟いた瞬間、少女の持つ杖がその姿を変える。それはまるで死神の鎌のようだった。そして少女がそのまま戦闘態勢に入ろうとした時

「悪いが、そうはいかねえ!」

それよりも早く闘牙が少女に向かって飛び上がる。闘牙はその手に力を込める。相手がどれほどの実力を持っているのか分からないこと、鉄砕牙では相手を傷つけてしまう危険が高いことから闘牙は素手での肉弾戦を挑もうとする。しかし

「邪魔をするなっ!」

その間に狼が割って入ってくる。

「くっ!」

闘牙はその爪の攻撃を何とか防ぐがその勢いでそのまま後方に吹き飛ばされてしまう。しかしなおも狼は闘牙に向かって襲いかかってくる。

「こっちの使い魔は私に任せて!」

狼はそう言いながら少女から闘牙を引き離すように攻撃を仕掛けてくる。闘牙はそれをかわし続ける。


「……分かった、でも無茶はしないでね。」

少女はそう言いながら再びその鎌を構えなのはに向かって肉薄してくる。その速さになのはは体を動かすことができない。そしてその刃がなのはを襲おうとした時

「なのはっ!」

ユーノのシールドが発動し、その刃からなのはを守る。少女は少し驚いたような表情を見せながらもそのまま距離を取る。

「ユーノ君……。」
「なのは、気をつけて、また来るよ!」

なのはは何とか立ち上がりながら少女に対峙する。しかしなのはは人と、しかも自分と同じぐらいの少女と闘うことに戸惑いを隠せない。

「ユーノ、すぐにそっちに行く!それまでなのはを頼む!」
「分かった、任せて闘牙!」

闘牙の叫びにユーノはすぐさま答える。それは闘牙とユーノの信頼から来ているものだった。




「どっちが優れた使い魔か教えてやるよ!!」
「訳が分からねえことをごちゃごちゃと……」

そう叫びながら狼はその爪を闘牙に向かって振り下ろす。しかし闘牙はそれを難なく避け続ける。その威力によって庭の木は次々に切り倒されていく。闘牙は防戦一方だった。しかし

(こいつ……ちょこまかと……!)

狼は戦いながら次第に違和感を感じてくる。自分は間違いなく優勢に立っている。相手は自分の攻撃を避けることしかできていない。だが何かがおかしい。自分の攻撃は紙一重で躱されている。そして自分は最初の一撃以来一度も攻撃を当てられていない。この相手とは戦ってはいけない。そんな感覚が体を巡って行く。それは狼の本能から生まれている物だった。


(どうやらこいつは接近して闘うタイプらしい……)

闘牙は狼の攻撃をかわしながらそんなことを考える。初めはなのはのように魔法の誘導弾や砲撃を使ってくるかもしれないと思い距離を取っていたがその気配もない。この狼は自分に近い闘い方をするタイプらしい。ならこれ以上様子見をする必要はない。何よりこれ以上時間を掛けるわけにはいかない。そう闘牙が判断した時、なのはと少女がいた辺りから激しい桜色の光が放たれる。

(なのは……ユーノ……!)

闘牙が思わずそちらに意識を向けた瞬間

「もらったっ!」

その叫びと共に光の鎖の様な物が闘牙の体に巻きついてくる。それはチェーンバインドと呼ばれる拘束魔法だった。その鎖によって闘牙は動きを封じられてしまう。

「これでもうちょこまか逃げられないよ、覚悟しな!!」

狼はそのまま己の勝利を確信し闘牙に向かって飛び込んでくる。しかしその瞬間、その光の鎖は一気に引きちぎられてしまう。

「なっ!?」

その光景に狼は目を見開く。相手に魔法を使った気配は見られない。それなのに何故。それは闘牙の純粋な力によるものだった。そして闘牙はそのまま狼の懐に潜り込み、その拳を振り切った……。



『Arc Saber』

黒いデバイスの声が響き渡った瞬間、その鎌の部分のあった魔力の刃がブーメランのようになのはとユーノに向かって放たれる。なのはは飛行魔法を使いながらそれを何とか避けようとするが叶わずシールドで受け止めるしかない。

「きゃっ!」
「なのはっ!」

ダメージは負っていないもののなのはの疲労は限界を超えようとしていた。元々なのはは対人戦を念頭に入れた訓練は積んでいない。加えて相手は恐らくAAAクラスの高ランク魔導師、どうやっても勝ち目はない。このままでは撃墜されてしまう。

(なんとか闘牙が来るまで時間を稼がないと……!)

ユーノは今の自分となのはでできる戦術を考える。そして一つの賭けに出ることにユーノは決意する。

『……なのは、僕が一瞬だけあの子の動きを止める。その間に砲撃魔法を使って!』

『で……でも人に魔法を使うなんて……』

『大丈夫、魔法は相手を傷つけずに倒すことができるから!』

なのははこれまで人に向かって魔法を使ったことがないためユーノの提案に戸惑いを隠せない。しかしこのままでは自分とユーノはやられてしまう。なのはは己を奮い立たせながらレイジングハートを構え、砲撃態勢に入る。


(あれは………)

少女はなのはが何かの遠距離魔法の体勢に入ったことに気づく。そして回避運動に入ろうとした瞬間、自分の足首に緑色のバインドが掛けられていることに気づいた。


(これは……!)

それはユーノが設置していたトラップ式の相手を縛るバインドだった。少女はすぐさま魔力でそのバインドを何とか破壊するが



「ディバインバスタ―――!!」

その一瞬の隙を突いてなのはは叫びと共にレイジングハートから強力な桜色の魔力を放つ。それはそのまま少女に向かっていき、大きな爆発を起こす。その衝撃で辺りは砂埃で覆われてしまった。



「や……やった……?」
「す……すごいよ、なのは!」

なのはは自分の攻撃が当たったことに驚きが隠せない。ユーノはなのはの砲撃魔法の威力に驚きながらもそう喜びの声をあげる。そして二人が安堵しようとした時、

煙が晴れた先に少女の姿が無いことに気づく。

「え……?」
「そんな!?」

二人が声をあげた瞬間、なのはの背後に鎌を振りかぶった少女が現れる。少女はその速度で砲撃を完璧に回避していたのだった。

「なのはっ!!」

ユーノがそのことに気づき悲鳴を上げるもなのはの反応は間に合わない。


「………ごめんね。」


そう呟きながらその鎌がなのはに向けて振り下ろされようとした瞬間、



一瞬で現れた闘牙が鉄砕牙でその鎌の刃を受け止める。



「闘牙君っ!!」
「闘牙っ!!」


「はあっ!!」

闘牙はそのまま腕に力を込めデバイスごと少女を押し切り吹き飛ばす。

「っ!!」

少女はそのまま吹き飛ばされるも何とか受け身を取り体勢を整える。そしてなのはとユーノを庇うように立っている鉄砕牙を構えた闘牙に目をやる。

(あれは……剣……?でも、魔力を全然感じない……それにアルフは……?)

少女がそのことに気づいた時、

『フェイト、ここはあたしが抑えるから早く封印を!!』

そう念話を飛ばしながらアルフがこちらに向かってくる。しかしその動きはどこかぎこちない。まるでどこかを怪我してしまっているようだった。

『アルフ、どこかやられたの!?』
『……どうってことないよ!それによりも早く封印してここをずらかろう!』

アルフは顔をしかめながら闘牙たちに対峙する。それは先程闘牙によって腹に一発拳をくらってしまっているためだった。フェイトはそんないつもとは違うアルフの様子に戸惑いながらもその言葉を聞き入れる。

『………分かった。』

フェイトはそのまま飛び上がり倒れている子猫に向かってデバイスを向ける。同時に金色の魔力が子猫を包みこんでいく。

「させるかっ!」

闘牙がそれをさせまいとフェイトに向かって飛び立とうとするが

「邪魔はさせないよっ!」

アルフはそんな闘牙たちに向かってチェーンバインドを放ってくる。その数は先程の比ではない。避けることもできるがそれはなのはとユーノも狙っている。避けるわけにはいかない。
闘牙は鉄砕牙を構え、それを横に薙ぎ払う。その瞬間、その剣圧によってチェーンバインドは次々に砕け散って行く。なのはとユーノはそんな光景を驚きながら眺めることしかできない。

(こいつ……一体……!?)

アルフはそんな闘牙に戸惑いを隠せない。あの剣はデバイスだろうか。しかしそれにしてはおかしな点が多い。何よりもあの使い魔からは全く魔力は感じられない。なのになぜか自分はあの使い魔に恐れの様なものを感じてしまう。

だがその間にフェイトはジュエルシードの封印を終え、アルフの元に戻ってくる。そしてフェイトと闘牙の間に沈黙が流れる。しかし

『フェイト、ジュエルシードは手に入れたんだ、さっさと帰ろう!』

アルフはそうフェイトに提案する。それはフェイトをあの使い魔と闘わせたくないというアルフの無意識からの行動だった。

『……うん、分かった。』

フェイトはアルフの提案を受け入れそのままその場を去ろうとする、その時、

「ま……待って!」

なのはが慌てながらフェイトに向かって話しかける。フェイトはその言葉に一度足を止めて振り返る。

「どうして……どうしてこんなことするの!?」

フェイトはそんななのはを少し悲しそうな目で見ながら


「きっと……言っても意味はない。もう私たちの前に現れないで……今度は、手加減できないかもしれないから……。」


そう言い残し、飛び去って行った……。




「なのは、ユーノ、大丈夫か?」

鉄砕牙を鞘に収めながら闘牙はそう二人に声を掛ける。見たところ大きなけがはないようだ。そのことに闘牙は安堵する。

「大丈夫だよ……でも闘牙、どうしてあのまま闘わなかったの?」

ユーノが自分たちの体の無事を伝えながらもそんなことを口にする。それは闘牙の実力ならあの少女にも引けはとらないと思っていたからだった。


「いや……まだ全力を出してなかったみたいだし……俺の力は魔法と違って加減が難しいからな……。」

そう言いながら闘牙は自らの腰にある鉄砕牙に目をやる。

ただ倒すだけなら風の傷を使えば済むだろう。だがその威力が強力すぎる。下手をすれば大怪我をさせかねない。いくら敵とはいえなのはと同じぐらいの少女に使うのはためらわれる。もしかしたらシールドもあるのかもしれないがその強度も分からない。

そしてなによりもこっちにはなのはがいる。本人の目の前では言えないが乱戦になれば庇いながら戦うのは無理があるためそのまま闘牙は二人を逃がしたのだった。

闘牙はそんなことを考えながらなのはに目を向ける。


なのははレイジングハートを握りしめたまま少女が去って行った方向を見つめ続けている。

その目には何かを決意したような光が宿っている。




これがなのは、闘牙とフェイト・テスタロッサの運命の出会いだった……。




[28454] 第6話 「激突」
Name: 闘牙王◆53d8d844 ID:e8e89e5e
Date: 2011/07/02 10:26
「なのはちゃん、何かあったの?最近元気がないけど……」
「え……?」

なのははすずかの言葉に驚きながらもどこか気の抜けたような返事をする。今、なのはたちは学校が終わり下校している最中。そしてすずかの横には何か言いたそうにしている不機嫌なアリサの姿があった。

「な……何でもないよ……ちょっとぼーっとしてただけで」
「あんたの嘘は分かりやす過ぎるのよ、何があったのか分からないけど……あたしたちは友達でしょ!相談してくれてもいいじゃない!」

なのはの言葉をさえぎるようにアリサは大きな声をあげながらそう告げる。それはなのはのことを本当に心配している親友の姿だった。そしてその言葉を肯定するようにすずかも優しく微笑みながらなのはを見つめている。

「二人とも……」

なのははそんな二人を見ながら目がしらが熱くなるのを感じる。そして同時になのはは、いつか闘牙が言ってくれた言葉を思い出す。

なのははずっと誰かを頼ること、迷惑を掛けることはしてはいけないと自分に言い聞かせてきていた。そうしなければ自分は嫌われてしまう。一人ぼっちになってしまう。そう思っていた。しかし仲間であるユーノと闘牙、そして親友であるアリサとすずか。みんなが自分を心配し、そして信頼してくれていることをなのはは理解し始めてきていた。

一人で考えていてもどうしようもないことがある。でもみんなで考えれば、力を貸してもらえればきっと何でもできるんじゃないか。それはなのはがジュエルシード集めの中で新たに気づき始めている自分の心のあり方だった。

そしてなのはは二人に話し始める。先日であった自分と同じぐらいの魔法少女のことを。


「そんなことがあったんだ……。」
「それで、なのははどうしたいの?その子をやっつけたいの?」

「そ……それは……」

アリサの言葉なのはは思わず考え込んでしまう。自分はあの子とどうなりたいんだろう。ジュエルシードを集めている以上、きっとまたあの子とは闘うことになってしまう。でも……

「あの子、どこか冷たい雰囲気だったけど……でも……悲しそうな目をしてた……きっとジュエルシードを集めてるのも何か理由があると思うの……だから……」

なのはの目にあの日の光景が蘇る。あの子が自分を見る目にはどこか悲しさがあった。それがなんなのかは分からない。でも放っておけない。なのはは、そんな自分の感情が何なのか分からず戸惑うしかない。しかし

「そんなの簡単じゃない、友達になればいいのよ。」

「え……?」

アリサの言葉になのははそんなあっけにとられたような声をあげる。

友達になる。

それはあまりに当たり前すぎて気付けなかった答え。それを聞いたなのははまるでそれまで雨だった自分の心が一気に晴れてしまったように感じた。


「でも……お話を聞いてもらえなかったら……」

「その時はぶつかりあって……喧嘩して……それから仲直りすればいいの。私の時みたいにね。」
「そうだよ、なのはちゃんがいなかったらきっと私たち、友達になれなかったもん。」

なのはの不安を打ち消すようにアリサとすずかはそうなのはに助言する。三人が親友になれたのも互いにぶつかり合い、喧嘩して、仲直りすることができたから。

なのはは自分があの子とどうなりたいのか、その答えを見つけ出す。

「……アリサちゃん、すずかちゃん、ありがとう!私、行ってくる!」

なのはは笑顔を見せながらどこかに向かって全力で走り出して行ってしまう。二人はそんななのはを笑いながら見送るのだった……。




「ありがとうございました!」

闘牙はそう大きな声で店内にいた最後の客を見送る。その姿はすっかり様になっていた。闘牙自身も最近は仕事にも慣れ、楽しくもなってきいてるところだった。最もこれから先には厨房に入るというさらなる試練が待ち受けているのだが。

「お疲れ様、闘牙君。少し休憩してくれていいわよ。」

厨房から桃子が顔を出し、闘牙にそう提案する。ちょうど客足も一段落したところでもあったため、その言葉に甘えようと闘牙が考えた時、

「闘牙君、いるっ!?」

店の入り口からいきなりそんな少女の声が聞こえてくる。驚きながら振り返った闘牙の視線の先には急いで走ってきたために肩で息をしているなのはの姿があった。

「どうしたんだ、なのは、そんなに慌てて……」

何かあったのかと心配しながら闘牙はそのままなのはに近づいていく。なのははそんな闘牙を見ながら息を整え、一度大きな深呼吸をした後

「……お願いがあるの、闘牙君……お話、聞いてくれる?」

そうどこか決意に満ちた目で闘牙に尋ねてくる。闘牙はそんななのはに思わず気圧されてしまう。しかし今は仕事中、どうしたものかと考えていると

「いいわよ、闘牙君。今日はこれで上がって頂戴。その代りなのはのことよろしくね。」

そんな二人の様子を見ていた桃子がそう優しく声を掛ける。闘牙はそんな桃子の好意に甘えてなのはと話をするために場所を近くの公園に移すのだった……。




「で……話ってのはなんなんだ……?」

二人で公園のベンチに座りながら闘牙はそうなのはに尋ねる。なのはは少しの間顔を俯かせるもののその膝の上の両手を握りしめながら


「闘牙君……私に、闘い方を教えてほしいの!」

そう闘牙にお願いしてきた。

「闘い方を……?」

いきなりのお願いに闘牙は思わずそう声をあげてしまう。自分に戦い方を教えてほしい。魔法の訓練ではなく闘い方を。それは間違いなく先日の黒い少女と狼との戦いに関連したことだろう。

「なんで闘い方を教えてほしいんだ……?」

知らず低い声になりながら闘牙はなのはに聞き返す。闘牙はあの日以来、あの二人に関しては、なのはは抜きにして自分とユーノの二人で対処しようと考え始めていた。
相手が素人ではなく経験を積んでいること。何よりもジュエルシードの暴走体とは違い、相手は人間。その戦い方も、それに対する気構えも大きく異なる。実際、前回の闘いではなのははそれに戸惑い上手く動くことができなかった。
それに魔法に関して才能があるとはいえ、なのははまだ九歳の女の子。闘い方を教えることに闘牙は抵抗を感じてしまう。なのはには悪いがこの件は断らせてもらおう。そう闘牙は考える。しかし


「私……あの子と友達になりたいの!!」

そんな考えはなのはの予想外の答えによって粉々に砕かれてしまった。闘牙はそんななのはの言葉に驚き目を見開くことしかできない。なのははそんな闘牙を見ながら答えを待ち続ける。そしてしばらくの沈黙の後

「ふっ………ははっ、ははははっ!」

闘牙は堪え切れずとうとうそんな笑い声を漏らした後、笑い始めてしまう。

「な……何で笑うのっ!?」

なのはは自分の真面目なお願いが笑われてしまったことに怒り、顔を赤くしながら喰ってかかってくる。しかしそんななのはを見ながらも笑いが止まらないのか闘牙はそのまま顔をうずくまったまま笑い続ける。なのははそんな闘牙を見て頬を膨らませすっかり不貞腐れてしまった。

「悪い悪い……そんなに怒るなって……」

何とか落ち着いた闘牙はそう言いながらなのはの頭を撫でる。しかしなのははまだ気が収まらないのか不機嫌オーラを発している。

「それにしても『友達』か……。そうなれたら一番いいな……。」

闘牙はそう言いながらどこか楽しそうになのはを見る。自分にとって戦いは何かを守るためのもの。そのため戦いにおいては相手をいかに倒すか。そればかりを考えるようになってしまっていた。
しかしなのはの言う通り、相手と分かり合い、友達になれるならそれに勝る物はない。闘牙は自分の考えが知らず知らずの間に狭くなってしまっていたことに改めてなのはに気づかされたのだった。(最も闘牙の闘ってきた相手は話し合いが通用しない者がほとんどだったのも大きな原因だったのだが。)

「え……それじゃあ……」

「……ああ、闘い方を教えてやる。ただし、魔法に関しては俺は素人だからな。そこはユーノに教えてもらうことになるけどな。」

「やったあ!ありがとう、闘牙君!」

自分のお願いが叶ったことに喜び、なのはは闘牙の手を握り何度も上下させる。そんななのはに闘牙は苦笑いするしかない。


自分は『かごめを守るため』に力を求めた。

そしてなのはは『誰かと分かりあうため』に力を求めている。

闘牙は自分とは違う力を求めている、なのはの可能性に賭けてみよう。そう決意するのだった……。そして




「そうだ、なのは、やるからには徹底的にやるからな。覚悟しとけよ。」
「……………え?」

闘牙はどこか楽しそうな笑みを浮かべながらそうなのはに告げる。

自分は頼んではいけない人にお願いをしてしまったのではないか、なのははそんなことに今更気づいたのだった……。




「闘牙、僕、闘牙と一緒に温泉に入れて本当に嬉しいよ!」

「泣くなよ、大げさな奴だな……。」

ユーノが心の涙を流しながら闘牙に縋りついてくる。闘牙はそんなユーノをあしらいながらも湯につかりながら体の疲れを癒している。

今、闘牙は高町家では恒例らしい海鳴市の温泉へ一泊二日の旅行に一緒に参加することになり、今はユーノと共に温泉に入っている最中だった。今は二人以外誰もいないため二人は安心して会話をしていた。

「別に女湯でもよかったんじゃないか?ここ、十歳までならどっちでも入れるらしいぞ。」
「よ……よくないよ!闘牙、他人事だからってひどいよ!」

闘牙はそんなユーノを見ながらもからかい続ける。温泉に着いてからというものユーノは闘牙の肩から決して離れようとはしなかった。それはユーノの絶対の意志の表れでもあった。当然、なのははユーノを女湯に連れて行こうとしたのだがユーノはアリサとすずかもいることを理由にして何とか逃げ切ったのだった。

「それにしても……闘牙って結構厳しいんだね。なのはとの特訓を見て驚いたよ。」

温泉の湯の上を泳ぎながらユーノはそう闘牙に話しかける。なのはが闘牙に特訓をつけてもらうようになって一週間が経とうとしていたがその厳しさはユーノの想像をはるかに超えていたものだった。いつもの闘牙の様子からもっと優しく教えるものだとばかりユーノは思っていた。

「そうか?結構優しくしてるつもりなんだが……」

闘牙は不思議そうな顔をしながらそう戸惑いの声をあげる。その顔から本当に闘牙は優しくなのはに教えているつもりらしい。

闘牙の特訓、修行の方法は一言でいえば『体に覚え込ませる』ただそれだけだった。手取り足取り教えられたことは役に立たない。実際に体験、経験したことが実戦では全て。それが闘牙の考え方だった。
そのため闘牙は戦いの心構えを一通りなのはに教えた後はただひたすらに模擬戦を行っていた。できる限りあの狼の動きに近い動きをするようにも心掛けていたが。その過酷さになのはは涙目になりながらも持ち前の精神力でそれに耐えているのだった。

これは闘牙自身は自覚していないが、かつて自分が受けた殺生丸の修行が大きな影響を与えていることは言うまでもない。

「そ……そうなんだ……。と……闘牙も誰かに戦い方を教えてもらったりしたの?」

闘牙の言葉に顔をひきつらせながらもユーノはそんなことを聞いてくる。

「ああ、俺は師匠に……あの絵のもう片方の犬の妖怪に戦い方を教えてもらったんだ。」

「へえ、どんな修行をしてたの?」

「それは…………」

そう言いかけた瞬間、闘牙の動きが止まる。その脳裏にはかつての地獄の修行が蘇る。闘牙はそれによって温泉に入っているにもかかわらず冷や汗をかく。


「ご……ごめん、闘牙。」


そんな闘牙の様子を見て自分は何か聞いてはいけないことを聞いてしまったことに気づきそう謝るのだった……。




温泉を出た後はみんなで豪華な夕食を食べ、遊技場で卓球を楽しみ、大人たちはお酒をたしなむ。

そんな慌ただしくも楽しい時間はあっという間に過ぎ、なのははアリサとすずかと共に布団の中に横になっていた。しかし、なのははフェイトのことが気になり、寝付けずにいた。初めて会ってからもう一週間が経つがまだジュエルシードはそれから一つも見つかっていない。

これからのことを一人考え続けていたその時、突然強力な魔力の発動をなのはは感じ取る。それは間違いなくジュエルシードの発動の気配だった。

「ユーノ君、闘牙君!」
「間違いない、ジュエルシードだ!」
「行くぞ、乗れ、お前ら!」

なのはたちはすぐさま準備を整えその場所に向かって急ぐ。どうやら発動したのは森の中らしい。闘牙は凄まじい速度でその場所に向かっていく。そして同時にその場所にあの二人の匂いがあることに気づく。

「間違いねえ……あいつらもいるぞ。」
「え……?」
「本当、闘牙!?」

闘牙の言葉に二人が驚きの声をあげる。そしてなのはは何かを考えるような表情をしたまま黙り込んでしまう。闘牙はそんななのはを見ながら

「なのは……約束は分かってるな?破るんじゃねえぞ。」
「うん……。」

そう念を押す。なのははどこか残念そうな顔をしながらもその言葉に頷く。

闘牙となのはの約束。

それは『闘牙が認めるまでなのははフェイトとは戦わない』という物だった。

修行を始めたとはいえまだ一週間。まだとてもフェイトと闘える段階ではない。何よりフェイトの実力を確かめる必要があると闘牙は考えていた。そのため今回はフェイトとは闘牙が、アルフとはなのはとユーノが闘う手筈になっていた。

闘牙自身、魔導師と一度闘う必要があると考えていたのも大きな理由だった。なのはの修行においても魔導師がどんな戦い方をしてどんな力を持っているのかユーノから教えてもらいもした。


そして闘牙たちはその場所に辿り着く。そこには以前と同じ黒衣を纏った金髪の少女と見たことのない長髪の女性が佇んでいた。どうやらジュエルシードの封印はすでに終わってしまっているらしい。二人もすぐに闘牙たちの存在に気づき緊張した面持ちを見せる。

「またあんたたちか、残念だったね、もうジュエルシードは頂いちゃったよ!」

長髪の女性がそう自慢げに告げる。その耳には動物の耳がある。闘牙はその匂いで目の前にいる女性が前に戦った狼であることに気づく。

「お前、この前の狼だな。」
「え、そうなの!?」

そのことになのはが驚きの声をあげる中、アルフはそのままフェイトを庇うようにその前に立つ。

「こいつらはあたしに任せて先に帰ってて!こんなやつらあたしだけで十分だよ!」

そう言いながらアルフは戦闘態勢に入る。しかしその言葉には半分嘘が含まれていた。白い魔導師とフェレットの使い魔は大したことはないだろう。だが目の前の銀髪、犬耳の使い魔は油断ならない。こいつとフェイトを闘わせるわけにはいかない。アルフはそう考えていた。

「アルフ……」

そんなアルフの様子に何か気付いたのかフェイトが何か話しかけようとするが


「はああああっ!!」

アルフはそんな言葉をかき消すように闘牙に向かって飛びかかりその拳を放ってくる。そしてその拳が闘牙に届くかといったところでそれは桜色のシールドによって阻まれてしまう。それはなのはによって張られたものだった。

「ちびっこ!?」
「今日は私があなたの相手なの!」

いきなりの事態にアルフは思わずその動きを止めてしまう。その隙を突いてなのはとアルフの間に緑色の魔法陣が現れ光を放ち始める。それはユーノによる転移魔法だった。

「行くよ、なのは!」
「ちっ、こいつっ!!」

アルフは何とか転移から逃れようとするが間に合わず三人はそのまま姿を消してしまう。

あとにはフェイトと闘牙が残されただけだった。二人はしばらくの間、互いに無言で見つめ合う。そして


「今日は、あの子が相手じゃないんですね……。」

フェイトはそうぽつりと呟く。

「ああ……今のあいつじゃお前には勝てないしな。まあ、これから先はどうなるかは分からねえが……。」

そう言いながら闘牙は自らの腰にある鉄砕牙を抜き、構える。それに応えるようにフェイトも自らのデバイス、バルディッシュを構える。

「私はあの子にも……あなたにも負けません……。」

フェイトはそう告げながら闘牙を睨みつける。その瞳には先ほどとは違って力が宿っている。どうやら見た目とは違って負けず嫌いのようだ。

「……賭けてください、互いのジュエルシードを一つずつ。」

闘牙はそんなフェイトの言葉に思わず毒気を抜かれてしまう。ジュエルシードが欲しいだけなら一つといわず全部、有無を言わさずに奪っていけばいい。しかしどうやら目の前の少女はそうする気は、いやそんなことすら考えの中にはないらしい。

なのはが言っていたこの少女と友達になりたいという願い。もしかしたらそう難しいことではないかもしれない。そのことに気づいた闘牙は笑みを浮かべながら

「いいぜ……その代わり、俺が勝ったらお前の名前とジュエルシードを集めてる理由を教えてもらう。」

そう告げる。その瞬間、フェイトの足元に金色の魔法陣が姿を現す。二人の間に緊張が走る。そして

「それと……」

「………?」

闘牙は静かにそれを見つめながら



「俺は使い魔じゃねえっ!!」

そう叫び、フェイトに向かって飛びかかって行く。



本来ではありえない、半妖と魔導師の闘いが今、始まった。


「バルディッシュ!」
『Photon Lancer』

フェイトの呼びかけと共にその周りに光の球体が現れそれらが一斉にその矛先を闘牙に向ける。そして次の瞬間、球体から槍の様な魔力弾が次々に放たれる。その速度はとても常人に捕らえられるようなものではない。
この魔法はフェイトが最初に習得した魔法であり、その扱いも熟練している。しかしそのすべてを闘牙は紙一重のところでかわしていく。
そのことに驚きながらも決して慌てず、フェイトはバルディッシュを構える。同時にその先には魔力の刃が姿を現す。

「はあっ!」

フェイトはそのまま掛け声と共に闘牙に斬りかかる。闘牙もそれに合わせるかのように鉄砕牙を振り下ろす。その瞬間、バルディッシュと鉄砕牙の間に激しい火花が散り、両者の間に鍔迫り合いが起こる。両者の力は互角。そのまま互いに一瞬で距離を取りながらも両者の間には無数の火花が散って行く。それは目にも止まらないほどの高速戦。フェイトと闘牙はそのまま一進一退の攻防を繰り広げる。しかしそんな中、フェイトは次第に違和感を感じてくる。それは

(手加減されてる……?)

自分と相手は間違いなく互角に近い戦いをしている。それは間違いない。にも関わらずそんな疑念がフェイトの中に生まれてくる。自分はこれに近い感覚を知っている。それはまるで昔、リニスに訓練をしてもらっていた時のような感覚だった。最初のフォトンランサーは全力ではなかったが今の攻防は間違いなく自分の全力。近接戦闘に関しては少なからず自信はあるにも関わらず攻め切れていない。このままでは埒が明かない。そう判断したフェイトは攻防の一瞬の隙を突いて闘牙から距離を取る。そして

「アークセイバー!」

バルディッシュを振りかぶり、その魔力刃を闘牙に向かって放つ。それはまるでブーメランの様な軌道を描きながら闘牙に襲いかかる。しかし闘牙はそれを難なく鉄砕牙で斬り払う。だがそれは囮にすぎなかった。闘牙がアークセイバーに気を取られている隙にすでにフェイトの周りにはフォトンランサーのフォトンスフィアが設置されている。だが先程とは大きく違う点がある。それはその数。そのすべてが闘牙を捉えその隙を狙っていた。そして絶対に避けられないタイミングで

『Photon Lancer Multishot』

その金色の槍は次々に闘牙に向かって放たれる。闘牙はその波に為すすべなく飲み込まれてしまった。


(やりすぎたかな……)

そんなことを考えながらフェイトは闘牙がいる場所に目をやる。そこはフォトンランサーの弾着によって煙が起こり視界がさえぎられてしまっていた。フェイトが少し心配そうな顔をしながらその場所に向かって近づこうとした時、その煙が一瞬にして吹き飛ばされる。その先には

鉄砕牙の鞘を構えた無傷の闘牙が立っていた。

(ダメージを負ってない!?そんな……)

間違いなく避けられないタイミングであれだけの魔力弾。だが闘牙には全くダメージが与えられていない。シールドを張ったのだろうか。だが以前と同じように相手からは魔力は全く感じられない。フェイトがそのことに混乱していると

「なるほど……こんなもんか……」

闘牙はそうまるで何でもないことのように呟く。


「え……?」

フェイトはそんな闘牙に思わずそんな声をあげる。それはまるでここが戦場であることを忘れさせるほど自然な呟きだったからだ。そして次の瞬間、闘牙の纏っている雰囲気が一気に変化する。その変化にフェイトが気付いた瞬間、


目の前に鉄砕牙を振りかぶった闘牙が現れる。


「くっ!」

フェイトは咄嗟にバルディッシュを構えその斬撃を受け止める。しかし先程までは受け止められていたはずのその斬撃によってフェイトは遥か後方に吹き飛ばされてしまう。それは闘牙の半妖の腕力によるものだった。

(一体、何が……!?)

何とか体勢を立て直すもののすぐさま闘牙はフェイトに肉薄し鉄砕牙を振るってくる。それを何とか防ぎ続けるもののフェイトは段々と追い詰められていく。そしてついにフェイトの体勢が崩れ、その隙があらわになってしまう。

(やられる……!!)

フェイトはその瞬間、己の敗北を覚悟する。シールドもあるが自分のシールドの強度は決して高くはない。あの剣の一撃を防ぐことはできない。そしてその斬撃の痛みに備えた時、


鉄砕牙はフェイトではなくバルディッシュに向かって振り下ろされる。

「えっ!?」

フェイトはそのことに気づき驚きの声をあげる。なぜ自分を狙わなかったのか。そうしていれば間違いなく勝負は決まっていたはず。そう混乱している間にも闘牙は鉄砕牙を振るい続ける。そしてその全てはバルディッシュに向けられていた。

(この人……バルディッシュを狙ってる……!?)

フェイトはついにそのことに気づく。しかしバルディッシュにはすでにその威力によってひびが入り始めている。


バルディッシュを破壊、使用不可にすることによるフェイトの無力化。

それが闘牙の考えた戦法だった。

闘牙はなのはの修行とユーノの話によって魔導師に対するいくつかの知識を得ていた。


一つは魔法陣について。

魔導師は基本的に魔法を使う際に足元などに魔法陣が現れる。もちろん例外もあるが大きな魔法を使うならほぼ間違いなく発生するらしい。それはつまり魔法のタイミングをある程度察知できることを意味していた。風の傷が使えない以上、遠距離戦が闘牙にとってはネックになってくる。だがその発動を予期できるなら何とかやりようはある。自分には火鼠の衣と鉄砕牙の鞘という防御がある。実際になのはに誘導弾を撃ってもらったところ火鼠の衣ではダメージの軽減、鞘は無効化することができた。(ただしディバインバスターは衣では軽減しきれずその威力によって闘牙は吹き飛ばされてしまった)


二つ目はシールドについて。

これは実際になのはのシールドを実験台にさせてもらった。ユーノの話ではなのはのシールドはかなりの強度を誇っているらしく、黒衣の少女のシールドもなのは以上ではないだろうとのことだった。(実際に闘牙の攻撃を受けたなのははその恐怖で涙目になってしまった。)


最後にデバイスについて。

魔導師にとってデバイスは自分の相棒といっても差し支えがない存在らしい。魔法の威力、構築、速度においてもデバイスがなければ大きく落ちてしまう。特になのはとフェイトが持っているデバイスはインテリジェンスデバイスと呼ばれるAI搭載型の物らしく特に魔導師にとって依存度が高いものらしい。

魔法のように非殺傷設定がない闘牙は直接フェイトの体に斬りかかることができない。そこで闘牙はそのデバイスを狙う戦法を取ることを思いついたのだった……。



フェイトはこのままではバルディッシュが破壊されてしまうことを悟り、何とか上空に飛び上がり距離を取る。どうやら相手は遠距離の攻撃手段を持っていないようだ。

だがこのままでは追い詰められてしまうのは必至。フェイトは一気に勝負を掛けることを決意する。


フェイトがその掌を闘牙に向ける。その瞬間、その手の前に金色の魔法陣が現れる。そして


「撃ち抜け、轟雷!!」
『Thunder Smasher』

その魔法陣から強力な砲撃魔法が放たれる。その威力によって辺りには風が巻き起こり、その光はそのまま闘牙に向かって一直線に突き進んでいく。しかし闘牙はそれを見ながらもその場を動こうとはしない。闘牙は鉄砕牙を自身の前にかざす。そして砲撃が目の前に迫ったその瞬間、その剣圧によってサンダーズマッシャーは切り裂かれてしまう。

だがその時、フェイトは一瞬で闘牙の後ろを取っていた。

(もらった!!)

それはフェイトのソニックムーブと呼ばれる高速移動魔法。フェイトは『速さ』に絶対の自信を持っていた。その真骨頂が相手に気づかれることなくその間合いを取り、一気に切り裂く戦法。先程の砲撃もそのための布石。フェイトは自身の勝利を確信しその刃を闘牙に向かって振るう。そしてその刃が闘牙に届くかと思われた時


闘牙は突然それを予期していたかのように頭を下げ、その斬撃をかわす。

「え?」

フェイトはそんな光景にあっけにとられた声を上げるしかない。何で。どうして。スピード、タイミング、どれも完璧だった。相手には自分の姿は捉えられていない。それなのにどうして。


闘牙の強さは半妖の身体能力によるところが大きい。なのは、ユーノはもちろん、フェイト達もそう思っている。もちろんそれも間違いではない。しかしそれに加えて、半妖としての鼻と耳の良さ。それは実戦において大きな力を発揮する。その鼻は遥かに離れた臭いをかぎ分け、その耳はその音を聞き分ける。極端な話、闘牙は目が全く見えない状態でも十分戦うことができる。それはつまり、闘牙に不意打ちは通用しないということだった。


フェイトは自身の最高の一撃がかわされたことで体勢を崩し隙をさらしてしまう。そしてその隙を闘牙が見逃すはずはなかった。闘牙は一瞬で振り返り、そのまま鉄砕牙でバルディッシュを斬り払う。フェイトはそのまま手からバルディッシュを弾き飛ばされてしまう。

何とか体勢を立て直しながらバルディッシュを取りに行こうとしたところに


「勝負ありだな。」

鉄砕牙の切っ先がその前に突きつけられる。フェイトはそれを睨みつけるも動くことができない。そして


『put out』

そんな言葉と共にバルディッシュから一つのジュエルシードが闘牙に向かって渡される。

それはバルディッシュがフェイトの負けを認め、それ以上手を出さないでほしいということを意味していた。

「バルディッシュ……」

フェイトはそんなバルディッシュの意志を感じ取り、素直に負けを認める。そんな様子を感じ取った闘牙も鉄砕牙を下ろす。


「フェイト……フェイト・テスタロッサです。」

フェイトはそう自身の名前を闘牙に告げる。闘牙はそんなフェイトに面喰ってしまう。自分がした約束を闘牙はすっかり忘れてしまっていたからだ。

「フェ…フェイトか……俺は闘牙だ。」

慌てながらも闘牙は何とかそう答える。しかし


「トーガ……?」

フェイトはそう片言な発音で闘牙の名を口にする。それを正すこととジュエルシード集めの理由を聞こうと闘牙が話しかけようとした時

「フェイトから離れろっ!!」

突如現れたアルフの拳が闘牙に向かって放たれる。闘牙はそれを何とかかわしながら距離を取る。アルフの手には先程斬り飛ばしたバルディッシュが握られていた。なのはたちはどうなったのか。闘牙がそのことを考えていると

「フェイト、捕まって!さっさとこの場を離れるよ!」
「う……うん……。」

アルフはフェイトの手をつかみながら強引にその場を離脱していく。それを追うかどうかで闘牙が悩んでいると


「闘牙君っ!」
「闘牙っ!大丈夫!?」

なのはとユーノが慌てた様子でこちらに向かってやってくる。どうやら怪我もなく無事なようだ。

「なのは、どうだった、上手くやれたのか?」

「だ……大丈夫だったよ、ちゃんと闘えたもん!」
「ほ……本当だよ、闘牙!あの狼にも互角に戦えたんだから!」

なのはは少し慌てながら、ユーノはそんななのはをフォローするようにそう告げる。恐らく危ないところはあったがそれをユーノがフォローしたのだろうと闘牙はすぐに見抜く。

「そういえば……あの子は……?」

そういいながらなのはは辺りを見渡す。そんななのはを見ながら

「フェイトならさっき狼と一緒に逃げて行ったぜ。」

そう事実を告げる。しかしその言葉を聞いたなのははなぜか驚いたような顔をする。

「フェイトって……?」

「ああ……あの黒い子の名前だ。」

なのはの問いに闘牙はそう何でもないように答える。なのははそのまましばらく固まった後



「ずるい、ずるいっ!!私が聞こうと思ってたのに!!」

そう頬を膨らませながらなのはは闘牙に迫ってくる。闘牙はそんななのはに気圧されながらもどうすることもできない。

「い……いいじゃねえか……名前くらい……」

「よくない!私が最初に聞きたかったのに!」

なのはは怒りが収まらないのかレイジングハートを振り回しながら闘牙を追いかけまわす。闘牙はそんなのはを諫めながらも逃げ続けている。


「全くもう……」


そんな二人の様子を呆れながらもどこか楽しそうにユーノが眺めている。



そして三人を見守るように月明かりが辺りを照らし続けていた……。




[28454] 第7話 「禁忌」
Name: 闘牙王◆53d8d844 ID:e8e89e5e
Date: 2011/07/04 22:23
夜の公園に三つの人影がある。そしてそれ以外には全く人影が見られない。まだ時間は夜の八時、いつもならもっと人気があっておかしくない。だがそれはユーノが張っている結界の力だった。

そしてその結界の中、空を飛んでいる白い少女の姿がある。それは変身したなのはだった。なのはは飛行魔法を使いながら上空に飛び上がり、レイジングハートを構える。そして

「いくよ、レイジングハート!」
『Divine Shooter』

なのはの掛け声と共にその周りには三つの桜色の光の玉が形成される。なのははそのままレイジングハートを振り下ろす。その瞬間、三つの魔力弾、ディバインシューターが公園にいるもう一つの人影に向かっていく。それは犬夜叉に変身している闘牙だった。しかし闘牙は魔力弾をその速度によって次々にかわしていく。そしてそのまま一気に上空に飛び上がり、なのはの目の前に現れる。そしてその爪がなのはに向かって振り下ろされるが

『Round Shield』

なのはは慌てることなく自身の前に円形の楯の魔法陣を作り出し、それを受け止める。闘牙はその楯を破れず、そのままなのはから距離を取る。しかしその瞬間、闘牙の背後から先程避けたはずのディバインシューターが迫ってくる。闘牙は咄嗟に自らの爪を振るい、それらを撃ち落とす。だがそれにより、闘牙には隙が生まれてしまう。その瞬間、

「ディバイン……バスタ―――!!」

すでにチャージを終えていたレイジングハートからなのはの砲撃魔法が放たれる。闘牙はなんとか避けようとするが間に合わない、そう判断し、一瞬で腰にある鉄砕牙を抜き、それを楯に砲撃を受け流す。しかしその威力によって、公園の地面は吹き飛び闘牙はその爆発に巻き込まれてしまう。

(やった……?)

なのはは確かな手ごたえを感じながら闘牙の姿を探す。そしてその煙が晴れた先に闘牙がいないことに気づく。そのことになのはが焦った瞬間、

「にゃっ!?」

なのはの背後を取った闘牙がその鞘でなのはの頭を小突く。なのはは頭を抱え涙目になりながら

「参りました……。」

そう静かに自分の敗北を認めるのだった……。





「途中までは悪くなかったが……最後に油断したのがだめだ。勝ったと思った時が一番危ないんだ。覚えとけ。」
「はい………。」

闘牙の言葉に頷きながらもどこかしょんぼりした様子をなのはは見せる。

闘牙に修行をつけてもらうようになってから二週間。最初は何もできないままやられていたなのはだったがここ最近はすぐにやられることもなくなり、何度か闘牙にも攻撃を当てられるようになりつつあった。

しかしまだフェイトには及ばない。それはなのは自身が一番分かっていることだった。しかし闘牙がすでにフェイトと闘い、勝利し名前の交換を済ませていることになのはは焦りを感じ始めていた。

もっともこの短時間でここまで成長しているなのはには間違いなく天才といえる才能があるのだが本人はそのことには全く気付いていなかった。

「まあ、及第点か………なのは、次はお前がフェイトと闘っていいぞ。」

闘牙はそんななのはの様子を少し眺めた後、そうなのはに向かって告げる。

「…………え?」

なのははそんな闘牙の言葉の意味が分からないと言った様子でしばらく呆然としたまま固まってしまう。しかしすぐにその言葉の意味に気づき、驚きながら闘牙に詰め寄って行く。

「ほ……ほんと!?ほんとに私が闘ってもいいの!?」

その剣幕に闘牙は思わず気圧され後ずさりする。闘牙もまさかここまでなのはが反応するとは思っていなかった。

「ほ……本当だ……ただし、ユーノと一緒に闘うことが条件だけどな。」

そう言いながら闘牙はユーノに目をやる。その言葉にユーノは力強く頷く。

「やったあ!よろしくね、ユーノ君!」
「ちょ……ちょっとなのは!?」

なのはは喜びのあまりユーノを抱きしめながら振り回す。ユーノは顔を赤くしながらも目を回している。闘牙はそんな二人を見ながら苦笑いをするしかない。

ユーノと一緒に闘うこと。

それはどうしても経験不足のなのはをフォローするためでもあった。

なのはは魔法の集束と放出に秀でており、また大きな魔力を持っている。だがそれ以外の点についてはまだかなりお粗末といわざるを得ない。特に飛行についてはその速度、機動が重く、とてもフェイトには敵わない。そこで闘牙はユーノとも相談したうえで、短所をなくすのではなく、長所を伸ばす戦闘スタイルにすることを決意する。

それは一撃必殺を目的としたスタイル。なのはの砲撃は恐らくフェイトの砲撃を大きく上回るほどの威力を持っている。(これは闘牙自身の実体験)そしてフェイト自身の防御もそれほど高くはなかった。もしなのはの砲撃を当てることができれば恐らく勝つことは可能。加えてなのはは、その防御においても強力な物を持っている。ならばそれを生かさない手はない。堅固な防御で相手の攻撃を耐え、一瞬の隙を突いて全力の一撃で相手を倒す。それは後に、高町なのはが『砲撃魔導師』と呼ばれることになる戦闘スタイルだった。

しかしこのスタイルには課題も多い。

まず最初に、ほぼ確実に『受け』にまわらなければならないこと。もしそこで致命的なダメージを負ってしまっては話にならない。

二つ目は精神力。この戦法を取る以上、勝つには相手の隙を見つけるまで耐え続けなければならず、それは想像以上に精神的な負担になる。

どんな劣勢でもあきらめない『不屈の心』。それがこのスタイルには絶対に必要なものだった。

だがいきなりそれを全てなのはに求めることは無理がある。そこで結界魔導師と呼ばれるほど補助の魔法に秀でたユーノになのはの補助に入ってもらい、その短所を補ってもらうことでその問題を何とかしようと闘牙は考えた。

今の段階で、なのはだけならフェイトに対する勝率は恐らく二割から三割。だがユーノが加わればその勝率は五割に近づく。そう判断し、闘牙はなのはにフェイトと闘うことを許可したのだった……。




「はあっ……はあっ……」
「よし……このぐらいにしとくか、ユーノ。」

そう言いながら闘牙はユーノに近づいていく。ユーノはそんな闘牙の言葉に安堵したのかその場に座り込んでしまう。それはユーノの修行が終わったことを意味していた。


今、二人は夜の海岸に佇んでいる。学校があるなのはを先に家に送り届けた後、この海岸で修行をすることが闘牙とユーノの習慣になりつつあった。これはなのはの修行を見ていたユーノが自分にもできることがないかを考え、闘牙にお願いしたのが始まりだった。

「悪いが結界をそのまま張っといてくれるか?ちょっと体を動かしてくる。」
「うん……分かったよ、闘牙。」

闘牙はそう言いながら一人、ユーノから距離を取り、鉄砕牙を抜き構える。そして

「はあっ!!」

鉄砕牙を振り切った瞬間、放たれた風の傷によって海が割れそのしぶきが辺りに降り注ぐ。闘牙はそのまま体を動かしながら鉄砕牙を振るい続ける。そのたびに海岸の砂が舞い上がり、海が切り裂かれていく。それが闘牙の修行風景。闘牙もまたなのはとユーノを鍛えて行く中、先日のフェイトとの戦闘によって自分の勘、体が鈍っていることを実感し、自らを鍛え直すことにしたのだった。

もう見慣れた風景のはずにもかかわらず、ユーノはそんな闘牙を驚きながら見つめ続ける。その強さ、非常識さには驚きを通り越して憧れすら抱いてしまう。それは闘牙やなのはのように強い力を持たないユーノにとって当然のことだった。しかしそんな闘牙もあの絵に描かれていた竜骨精と呼ばれる竜の妖怪には手も足も出なかったらしい。それはとても自分には想像できない次元の話だった。なのはと闘牙に出会ってからユーノは自分の持っていた知識、価値観がいかに狭い物だったのかを実感していた。そして同時に二人に頼ってしまっている自分自身にいらだちを感じてしまっていた。

ユーノがそんなことを考えていると修行が終わった闘牙がこちらに向かって歩いてきていた。

「お……おかえり、もう修行はいいの!?」
「……ああ、いつも結界張ってもらって悪いな。」

どこか慌てて話しかけてくるユーノを不思議に思いながらそう闘牙は答える。

そしてもう遅くなってきたこともあり、二人はそのまま家に戻ろうとする。そんな中

「……闘牙……僕、なのはの力になれるかな……」

そうぽつりと呟くようにユーノが言葉を漏らす。闘牙はそんなユーノをしばらく黙って見つめ続ける。そして長い沈黙の後


「ユーノ、お前、なのはのことが好きなのか?」

いきなりそんなことを闘牙は問いかけた。

「なっ……ななな、なにを言ってるんだよ、闘牙っ!!」

ユーノはいきなりそんなことを聞かれるとは夢にも思っていなかったため顔を真っ赤にしながら慌てふためく。しかし言葉とは裏腹にその態度が闘牙の問いに対する明確な答えだった。

闘牙はそのまま慌て続けるユーノを何とか話ができる状態まで落ち着かせる。ユーノは恥ずかしさのあまり顔を俯かせてしまっていた。闘牙はそんなユーノの様子に思わずにやついてしまう。それはまるでかつての自分を見ているようだったからだ。

「な……なのはには言わないでよ、闘牙っ!!」
「分かってるって、心配すんな。」

必死の様子のユーノをそうなだめながら闘牙は考える。確かにユーノがなのはに好意を抱いていることは何となく分かっていたがここまでだとは思っていなかった。そして

「でも……なのはか……あいつかなり鈍感そうだからな……大変かもな……。」
「や……やっぱりそうかな……。」

闘牙の言葉にユーノはどこか納得しながら肩を落とす。どうやらそのことには気づいてはいたようだ。闘牙も自分とかごめが鈍感なことは分かっていたがなのははそれを上回っているのでは、と考えていると

「と……闘牙はなのはのこと、どう思ってるの?」
「………………は?」

ユーノはそう真剣な表情で闘牙に尋ねてくる。闘牙はそんなユーノの言葉にそんな間の抜けた声をあげてしまう。どうやらユーノはなにやらとんでもない勘違いをしているらしい。

闘牙はそんなユーノと話し続ける。どうやら闘牙がなのはのことを大切に思っている様子となのはも闘牙に懐いている様子からそんなことを考えてしまったらしい。

「そんなわけねえだろ……俺となのはは八つも離れてるんだぞ?」
「で……でも八つ以上離れていても結婚してる人もいるし……」

どうやら自分の早とちりであったことにユーノが気付き、恥ずかしながらもそう言い訳をする。確かにそれぐらいの年の差の夫婦やカップルはいるが、九歳と十七歳ではありえないだろう。闘牙はそんなことを考えていたのだが

(そういえば……師匠とりんっていう例もあるか……)

ふとそんなことに気づく。年齢でいれば自分となのはよりもさらに離れている。だがあの二人は恋や愛を超越した関係であり、あまり参考にはならないかもしれない。闘牙はそのままユーノの頭を撫でながら

「ま……あんまり焦りすぎるなよ。相談ぐらいならいつでも乗ってやるから。」

そう笑いながら告げる。どうもユーノには他人事には思えないところがある。闘牙は知らず知らずのうちにユーノにかつての自分を重ねていた。

「うん……ありがとう、僕、闘牙に会えて本当によかったよ!」

ユーノはそう言いながら闘牙の肩に乗ってくる。それはユーノの心からの感謝だった。闘牙はそんなユーノの言葉によって動きを止めてしまう。

「どうしたの、闘牙?」

「………いや、何でもねえ。遅くなっちまったしさっさと帰るか、しっかり捕まってろよ!」

そう言いながら闘牙はそのまま家に向かって走り出す。ユーノは慌てながらもその肩につかまりそれに続く。


なのはとユーノ。

二人に会えて本当に感謝しているのは自分の方だ。

もし、二人に出会えなければ今の自分はなかっただろう。

闘牙はその巡り合わせに感謝しながら家路に急ぐのだった……。





そして、ついにその日がやってくる。

闘牙はなのはとユーノを背中に乗せながらジュエルシードの発動が感じられる場所に向かって走って行く。どうやら今回のジュエルシードは街中にあったようだ。すでにユーノよって結界が張られているため人目を気にすることなく闘牙は全速力でその場所に向かう。

そんな中、なのははどこか緊張した面持ちでジュエルシードの発動場所を見つめている。その姿はまるで待ち焦がれた恋人に会いに行こうとしているかのようだった。

「なのは、緊張しすぎるんじゃねえぞ。いつもどおりにやればいい。分かってるな?」
「う……うん、分かってる!」

どこか声を震わせながらそうなのはは答える。どうやらこれから先のことはユーノに任せるしかない。そう闘牙が考えていると、二つの人影が自分たちの前に現れる。それはバルディッシュを手にしたフェイトと人間の姿をしたアルフだった。そこから少し離れたところに封印されたジュエルシードがある。封印したばかりのようだ。

「またあんたたちか……!」

そういいながらアルフはその犬歯をむき出しにしながら闘牙たちを威嚇するどうやら前回、フェイトがやられジュエルシードを奪われてしまったことを根に持っているようだ。

対するフェイトは静かにいつも通りの雰囲気を纏っている。しかしその目は真っ直ぐに闘牙を捉えている。フェイト自身も気づいていないが初めて完璧な敗北をしてしまったことに何か感じるところがあったらしい。フェイトはそのままバルディッシュに魔力刃を作りながら闘牙に向かって近づいてくる。そして

「今度は……負けません。」

その静かな瞳の中に力を宿らせながらそう闘牙に宣言する。どうやら闘牙が思っていた以上に負けず嫌いな性格らしい。そしてフェイトがそのまま闘牙に向かって行こうと力を込めようとした瞬間、

二人の間に白いバリアジャケットを着たなのはが割って入る。その目にはフェイトにも劣らない、いやそれ以上の意志が秘められていた。

「あなたは………」

いきなり現れたなのはにフェイトは戸惑いながらもそう話しかける。フェイトにとってなのはは魔力が大きいだけの素人。そんな子がなぜ自分たちの間に割って入ってくるのか。

そんなことを考えているとなのはは大きく深呼吸した後、真っ直ぐにその視線をフェイトに向ける。フェイトもそんななのはに思わず驚きその視線を向ける。そして

「私……なのは、高町なのは!私立聖祥大学付属小学校の小学三年生!」

そう大きな声で自己紹介をする。フェイトはそんななのはに戸惑いを隠せない。闘牙はそんななのはを見守るように笑みを浮かべている。

「私が……フェ…フェイトちゃんに勝てたら、お話を聞いてほしいの!!」

緊張しながらもなのははそう自分の気持ちを真っ直ぐにフェイトに伝える。フェイトはそのまま闘牙に目を向ける。闘牙はそんなフェイトに気づきながらも動こうとしない。どうやら本当にあの白い子が自分の相手をするつもりらしい。そのことを悟ったフェイトはなのはに向かってバルディッシュを構えながら

「いいよ……でも私が勝ったらあなたが持ってるジュエルシードを一つ、渡してもらう。」

そう静かに告げる。なのははそんなフェイトの言葉に頷きながら、レイジングハートを構える。その肩には既にユーノの姿がある。そして一瞬の間の後、二人は同時に上空へと飛び上がる。



今、高町なのは、ユーノ・スクライアとフェイト・テスタロッサの再戦が始まった。



「どうした、その剣は抜かないのかい!?」

そう言いながらアルフはその拳を闘牙に向けてはなってくる。闘牙はそれを手で受け止めながらアルフに向かって拳を返す。二人の間にはいくつもの拳と蹴りが交差していく。まさに肉弾戦と呼ぶにふさわしい攻防だった。


「いや、お前には抜く必要もないしな。」

「何だって!?」

闘牙の挑発に激高しアルフはさらに勢いを増しながら襲いかかってくる。どうやらなのはが相手ならフェイトは心配ないと判断したらしい。なら自分の役目はアルフをこのままひきつけること。


(後はお前達次第だぜ……なのは、ユーノ……)

闘牙はそのままなのはたちが闘っているであろう場所を見ながら目の前の闘いに集中するのだった……。





「いくよ、ユーノ君!!」
「うん!!」

その言葉と共になのはの周りには三つのディバインシューターが作られる。それはなのはを守るようにその周りを回転し始め、なのはがレイジングハートをフェイトに向けた瞬間、それらは一斉にフェイトに向かって襲いかかって行く。

しかしフェイトはそれを見ながらも全く表情を変えないまま難なくそれらをかわしていく。フェイトはそのまま近接戦を仕掛けようとなのはに向かおうとした瞬間、避けた筈の魔力弾が再びフェイトに向かってくる。

(これは……誘導弾?)

フェイトはそのことに気づき、今度は避けずにそれらをバルディッシュで斬り払っていく。確かに以前に比べれば魔法の腕は上がったようだがこの程度なら何の問題もない。この子を倒してジュエルシードを手に入れて闘牙に再び挑む。そんなことを考えていると、

『Divine Buster』

なのはからフェイトに向かって桜色の砲撃魔法が間髪いれずに放たれる。フェイトは考え事をしていたため一瞬反応が遅れるがその速度によってそれを何とかかわす。しかしその威力を目の前にして背中に冷や汗を感じる。

(さっきのはこれを当てるための囮……?それに、さっきの砲撃は前よりも威力が上がってる……)

フェイトはそのことに驚きながらなのはに目を向ける。どうやらあの子は放出の魔法が得意らしい。今のを受ければ防御が薄い自分はひとたまりもないだろう。あの子が自分に挑んできたのもそれが理由かもしれない。

しかしそのことに気づきながらもフェイトは冷静にバルディッシュを構える。フェイトは自分の速さ、速度に絶対の自信を持っている。以前負けた闘牙にも速度では決して負けていないという自負がある。どんなに強い攻撃でも当たらなければいい。それがフェイトの戦闘スタイルだった。

「いくよ、バルディッシュ。」
『yes sir』

そう呟いた瞬間に、フェイトは目にも止まらないスピードでなのはに迫ってくる。なのはもそれ迎え撃とうとディバインシューターを放つがフェイトを捉えきれない。そしてフェイトは一瞬でなのはを背後を取る。

(ごめんね……)

いつかと同じ言葉を頭に浮かべながらフェイトがその刃をなのはに振り下ろそうとした瞬間、

「なのはっ!」
「うんっ!」

なのはの背後にまるで待っていたかのように桜色の魔法陣の楯が現れる。バルディッシュの魔力刃がそれに斬りかかるもその楯を破ることができない。

(堅い……!)

フェイトがなのはのシールドの強度に驚きながらもひとまず距離を置こうとした瞬間、フェイトの両足に緑色のバインドが掛けられる。それはユーノによる拘束魔法だった。フェイトがそのことに気づき、それを壊してその場を離脱しようとした時、

「ディバインバスタ―――!!」

その隙を狙うかのように先ほどと同じ砲撃がフェイトに向かって放たれる。

「っ!!」

フェイトは自分とっての最速のスピードでそれを紙一重のところでかわす。しかし今の砲撃でマントの一部が破けてしまっている。後少し離脱が遅ければやられていたかもしれない。そのことにフェイトが冷や汗を流していると再びなのはからフェイトに向けてディバインシューターが放たれる。しかもそれに加えて緑色に光る鎖も自分を狙っているかのように放たれてくる。それはユーノによるチェーンバインドだった。フェイトはそれらをかわし、捌きながら考える。

中遠距離からの砲撃であのバリアを破るつもりだったがこの弾幕と鎖のせいでその隙を作ることは難しい。やはり接近戦で決めるしかない。そう判断したフェイトは再び、その速度を増しながらなのはに肉薄する。そしてフェイトは一気にその間合いに侵入しその刃をなのはに向かって振り下ろす。しかしなのははそれを予期していたかのように再び魔法陣の楯でそれを受け止める。だが

「え?」

フェイトはすぐさまその場を移動し、楯の範囲から離れた場所からバルディッシュを振り切ってくる。フェイトの攻撃を防げたことに安堵していたなのははその連続攻撃に対応できない。なのはは自分の敗北を悟る。そしてその刃がなのはを切り裂こうとした瞬間、緑色のシールドがなのはを守るように包み込みその刃を退ける。

「なのは、今だ!!」
「うん!!」

ユーノの声に導かれるようになのはの砲撃がフェイトに向かって放たれる。

「くっ!」
『Defensor』

避けきれないと判断したフェイトは咄嗟に防御魔法を使い、ディバインバスターを受け流すもその威力を殺しきれず吹き飛ばされてしまう。何とか体勢を立て直しながらフェイトは再びなのはに向かい合う。なのははそんなフェイトを決意に満ちた目で見つめ続けている。

(ちょっと前にはただ魔力が大きいだけの子だったのに………)

フェイトは驚愕しながらなのはに目を向ける。いくら使い魔の力を借りているとはいえ最初に戦ってからまだ一カ月もたっていないのにこの成長。とても信じられない。

そしてその戦法。誘導弾とチェーンバインドによって牽制し、近接戦では強力なシールド、加えて使い魔によるバインドで動きを止め、その隙を砲撃魔法で狙ってくる。

一見単純なように見るがそれを行うには高い集中力と精神力そしてなによりも息のあった連携が不可欠だ。それをあの子と使い魔は完璧に行っている。


闘牙は訓練においてもその速度は落ちるがフェイトに近い動きでなのはの相手をしていた。そのためなのははフェイトの動きに何とか対応できている。

そしてその隙を庇うことができるようにユーノにも訓練を課してきた。



なのはが『矛』でユーノが『盾』

それは闘牙の二人への願いと希望が形となったものだった。


フェイトはこれまでの油断していた自分に気づき、本気で相手をすることを決意する。

そしてフェイトはその速度をさらに一段上げなのはに向かってくる。なのははその速さにフェイトを見失ってしまう。

「えっ!?」
「なのはっ!!」

そんななのはを庇うようにユーノがシールドを張るが本気のフェイトの斬撃を防ぎきることができずなのははそのまま吹き飛ばされてしまう。しかしフェイトはそんななのはに隙を与えまいとさらに追撃を仕掛け続ける。二人はその猛攻に防戦一方になってしまう。

『なのは……何とかあの子を僕の言うところに誘い込めない!?』
『ユーノ君っ!?』

フェイトの攻撃を何とか耐えながらなのははユーノに何かの策があることに気づく。しかしそれが失敗すれば自分たちは間違いなく敗北してしまう。そんな不安がなのはをよぎる。だが

『なのは、僕を信じて!!』

そんなユーノの言葉がなのはの勇気を蘇らせる。

『うん、分かった!!』

そうなのはが答えた瞬間、なのはを守っていたシールドが爆発を起こし、フェイトはその爆風によって吹き飛ばされる。それはバリアバーストと呼ばれるバリアを爆発させることで相手にダメージ与え、同時に距離を取るための魔法。だがタイミングを誤ると無防備となってしまう諸刃の剣でもあった。

そしてなのははすぐさまディバインバスターをフェイトに向かって放つ。バリアバーストによって体勢を崩していたフェイトだがすぐさま立て直しそれを難なくかわす。だがそれがなのはとユーノの狙いだった。

「えっ!?」

フェイトがユーノの指示した空間に入った瞬間、その両足にバインドが掛けられる。それはただのバインドではない。先程とは比べ物にならない強度を持った設置型のバインド。

ユーノは戦闘が始まったその時から切り札としてそれを設置していたのだった。

「ディバイン……バスタ――――っ!!」

ユーノが作ってくれたチャンスをなのはは掴み取る。しかしフェイトもバインドがすぐに解けないことに気づき、砲撃魔法で迎撃する。

「撃ち抜け、轟雷っ!!」
『Thunder Smasher』

フェイトがかざした手から金色の魔力波が放たれる。それはそのままなのはが放った砲撃に向かって突き進み両者は激突し大きな魔力爆発を起こす。そしてその爆発は封印されたジュエルシードを飲み込んでいく。そして



その瞬間、世界が止まった。




ジュエルシードからこの世の物とは思えない程、強力な魔力の波動が放たれる。その余波がなのはたちを襲う。

「きゃああああっ!!」
「くっ……!!」

なのはとフェイトはそれを何とかシールドで防ぐもその凄まじい衝撃によってレイジングハートとバルディッシュにはひびが入り、使用不能の状態にまで陥ってしまう。

「なのはっ!!」
「フェイトっ!!」

ユーノは何とかなのはに怪我をさせないようにシールドを張りながら地面に降り立つ。フェイトも何とか体勢を立て直しながら地面に着地する。そして先程まで闘牙と闘っていたアルフもフェイトの元に駆け寄って行く。


そして発動したジュエルシードに呼応するかのように空には暗雲が立ち込め雷が起き始める。同時に地を這うような地震が起こり始める。

それはまるでこの世の終わりの様な光景だった。



「これは………」

闘牙はそんな光景に目を見開いたまま動くことができない。

息ができない。

動悸が収まらない。

自分はこの光景を知っている。

それは


四魂の玉の災厄の光景だった。


なのはとユーノもそんな光景にただ呆然とするしかできない。このままでは世界が滅びてしまう。それほどの危機が目の前に迫っていた。

しかし、そんな中、一人、フェイトが発動したジュエルシードに向かって飛び込んでいく。

「フェイト!!」
「フェイトちゃん!!」

そんなフェイトにアルフとなのはが声をあげるもフェイトはそのままジュエルシードに近づいていく。

その魔力の余波によってシールドは破られ、バリアジャケットは次々に切り裂かれていく。だがそれでもフェイトは一歩一歩、ジュエルシードに近づいていく。そしてそれを掌に包みこみ、自らの魔力のみで封印しようとする。

「そんな、無茶だ!!」

そんなフェイトの様子にユーノが悲鳴を上げる。デバイスを使わない封印。しかもこれほどの力を発しているジュエルシードを素手で封印することなどできるはずがない。

その威力にフェイトの両手から鮮血が飛び散る。だがそれでもフェイトは封印をやめようとしない。

「止まれっ……止まれっ!……止まれっ!!」

フェイトはそう叫びながら両手に魔力を込め続ける。しかしジュエルシードの魔力波は収まるどころかさらに力を増していく。フェイトとなのはの砲撃の魔力を浴びたジュエルシードはもはや封印できない状態にあった。

もうどうしようもない。そんな絶望がフェイト達を包みかけた時、



フェイトの腕に闘牙の手が添えられる。

「トーガ………?」

突然の出来事にフェイトがそう驚きの声をあげた瞬間、フェイトは闘牙によって腕を引っ張られそのままアルフがいる後方に向かって投げ飛ばされてしまう。

「きゃっ!」
「フェイトっ!」

投げ出されたフェイトを何とかアルフが抱きとめる。闘牙はそれを確認した後、ジュエルシードを見つめながら腰にある鉄砕牙を抜き構える。その目には決死の覚悟が宿っていた。

「だ……駄目だ、闘牙!!今のジュエルシードに衝撃を与えたらきっと取り返しのつかないことになる!!」

ユーノが闘牙が何をしようとしているのかに瞬時に気づき叫びをあげる。確かに鉄砕牙の風の傷ならジュエルシードを壊すことができるかもしれない。だが今のジュエルシードは魔力が限界以上に暴走している、いわば爆弾のようなもの。もし壊すことができても辺りは消し飛んでしまう。もはやどうしようもない絶望的な状況だった。だが



「………………ジュエルシードを……壊さなけりゃいいんだな……?」

闘牙はそう自分に言い聞かせるように呟く。


「え………?」

ユーノはそんな闘牙の言葉に何か得体の知れない不安の様なものを感じる。それは闘牙の放つ雰囲気これまで感じたことがないほど異常なものだったからだ。

そして闘牙が鉄砕牙に力を込めた瞬間、その刀身が黒く染まって行く。同時に辺りになのはたちが感じたことのないような不気味な気配が漂ってくる。なのはとユーノ、フェイトはその感覚に嫌悪感を感じ、体が震え始める。そしてその正体に動物の本能で気付いたアルフはその場に座り込んでしまう。

それは鉄砕牙の最後の形態、冥道残月破。

それはこの世の物ではない力。

それはまさしく『死』そのものだった。




「ハアッ……ハアッ……ハアッ……!!」



鉄砕牙を振り上げながら闘牙はジュエルシードを見据える。

その手は震えている。まるで自分の体が自分の物ではないかのようだ。


足も震え膝は今にも崩れ落ちそうだ。


闘牙の意識は今、三年前のあの日に戻っていた。


目の前にあるのはジュエルシード。


四魂の玉ではない。


そう自分に何度も言い聞かせる。


なのに――――


なのにどうして――――


かごめの姿が――――


声が――――


蘇ってくるんだ――――?


俺は――――


俺は―――――!!



「うああああああああああっ!!!」

闘牙は絶叫をあげながら鉄砕牙を振り下ろす。その瞬間、ジュエルシードは冥道残月破によって冥界に葬られていく。



そして後には何事もなかったかのように静まり返った世界が広がっているだけだった。





なのはたちは自分たちに目の前で何が起こったのか分からずその場に立ち尽くすしかない。




そして


突然、闘牙が手に持っていた鉄砕牙を地面に落とす。


その音になのはたちが気付いた瞬間、



闘牙は口を押さえ吐きながらその場に倒れ込む。


「闘牙君っ!?」
「闘牙っ!?」

二人はそんな闘牙を見て悲鳴を上げながら闘牙に駆け寄って行く。しかし闘牙はそんな二人にも全く気がつかないのかそのまま胃のものを吐き出し苦しみ続ける。アルフはそんな闘牙を見ながらも近づくことができない。そして



「トーガ……?」

フェイトもそんな闘牙を呆然と眺め続けることしかできない。




闘牙はそのまま意識を失った―――――




[28454] 第8話 「傷心」
Name: 闘牙王◆53d8d844 ID:e8e89e5e
Date: 2011/07/08 21:40
(…………ここは……?)

闘牙はゆっくりとその瞼を開きながら意識を取り戻す。

目の前には何も見えない。いや違う。そこにはなにもない。どこまでも続く闇が広がっているだけだった。

何故自分はこんなところにいるのか。

そう闘牙が己の状況を確認しようとした時、目の前に一つの光が現れる。

その輝きによって闘牙は自身の姿を確認する。

その姿は犬夜叉。火鼠の衣をまとい、首には首飾りを、そして、その手には黒い鉄砕牙が握られていた。

「っ!!」

そのことに驚くと同時に闘牙は自分の目の前にある光の正体に気づく。


それは自分の運命を狂わせた存在。

闘牙にとって忌むべき存在。

そして自分からかごめを奪った存在。


完成された四魂の玉。


それが今、再び闘牙の前に姿を現していた。


闘牙はそのことに驚愕し、混乱する。なぜ四魂の玉が自分の前にある。四魂の玉はもうこの世には存在しない。存在するわけがない。存在してはいけない。

四魂の玉は自分がこの手で――――

かごめと共に――――

そう闘牙が考えた瞬間、闘牙の目にあり得ない光景が映る。それは四魂の玉に取り込まれ
たかごめの姿だった。

「かごめっ!!」

闘牙はそのまま四魂の玉に向かって手を伸ばす。しかしその手は決して四魂の玉には届かない。それはまるで三年前の再現だった。かごめの姿は闘牙が覚えているまま。あの時から何も変わっていない。だがその体は傷だらけだった。

そのことに闘牙が気付いた瞬間、かごめに向かって無数の妖怪が襲いかかってくる。かごめはそれに向かって神通力を、弓を使い闘い続ける。だが妖怪の数は全く減る気配がない。そして傷ついたはずのかごめもそのまま戦い続ける。それはまさに永遠に続く戦いだった。そんなかごめの姿に闘牙は言葉を失くす。その姿はかつての翠子そのものだった。そして

「どうした、犬夜叉。何を驚いている。これはお前が招いた結果だ。」

そう心底面白そうに笑いながら男が闘牙に話しかけてくる。闘牙は咄嗟にその声の方向に振り返る。そこには狒々の皮を被った男の姿がある。

何故。

何故お前がここにいる。


「奈落っ!?」

闘牙は鉄砕牙を向けながらそう奈落に向かって叫ぶ。しかし奈落はそんな闘牙を見ながらもただ笑い続けている。

「何をそんなに驚いている。わしは四魂の玉が生み出した存在。四魂の玉なくならない限りわしは決して死なん。そしてかごめもだ。」

「え…………?」

闘牙はそんな奈落の言葉に言葉を失う。奈落がこの場にいる。そのことが霞んでしまう程の衝撃が闘牙を襲う。

違う。

そんなはずはない。

俺は――――

俺は間違いなくかごめをこの手で――――

「馬鹿な奴だ……かごめは既にその魂を四魂の玉に取り込まれていた。お前が四魂の玉を冥界に送ったところで意味はない。かごめは四魂の玉の中で永遠にこのわし……『奈落』と闘い続けている」

その瞬間、闘牙はその場に崩れ落ちる。その目には涙が溢れている。だがその目にはまるで生気がない。まるで死人のようだった。

「無様だな……お前が『代わり』と遊んでいる間もかごめは四魂の玉の中で闘い続けていたというわけだ……犬夜叉、貴様まさか自分が許されると思っていたのか……?『代わり』を救うことができれば、守ることができれば自分の罪が許されると……?」


………違う!

………違うっ!!

なのはも、ユーノも………『代わり』なんかじゃないっ!!


闘牙はそう心の中で叫び続ける。


しかし闘牙の体は全く動かない。まるで自分の体が死んでしまっているようだった。


「お前はかごめも、桔梗も救うことができなかった。お前には誰も救うことはできん。」


そう言い残し奈落は闇に消えて行く。同時に四魂の玉もその姿を消していく。


闘牙は


その言葉に何も言い返すことができなかった……。






「ん…………。」

闘牙はゆっくりとその瞼を開きながら意識を取り戻す。

そして同時に辺りを見回す。そこは知らない部屋、いや違う。高町家で借りている俺の部屋だった。

どうしてこんなところに。俺は確か……

闘牙がそのまま自分の状況を思い出しかけたその時、

「闘牙君……?」

そんなどこかで聞いたことのある声がすぐそばで聞こえてくる。そこには目に涙を浮かべたなのはとユーノの姿があった。

「闘牙君っ!!」
「闘牙っ!!」

二人はそのままベッドに横になっている闘牙に向かって抱きついてくる。闘牙はそんな二人に困惑するしかない。しかしなのははそのまま闘牙に縋りつきながら泣き続ける。

「闘牙君っ……闘牙君っ……よかったよう……。」

「闘牙……体は大丈夫なの?」

そんな二人の様子を見ながら闘牙は自分の状況を思い出す。闘牙は二人の頭に手を乗せながら

「………ああ、大丈夫だ。ごめんな、心配掛けた。」

そう笑いながら告げるのだった……。



何とかなのはを落ち着かせた後、闘牙はユーノから事の顛末を聞かされる。
ジュエルシードの暴走の影響はなく辺りに被害はなかったこと。
フェイトとアルフもあの後すぐに撤退していったこと。
そのあと、ユーノが転移魔法を使い闘牙を家まで運んだこと。

闘牙は特に大きな問題がなかったことに安堵する。しかしなのはは顔を俯かせたまま黙り込んでしまう。その目には涙がにじんでいた。

「なのは?」

「………ごめんなさい……私が……ジュエルシードを暴走させちゃったせいで……闘牙君が……」

なのはは自分の魔法によってジュエルシードがん暴走し、そのせいで闘牙が倒れてしまったことをずっと気に病んでいたのだった。しかし

「気にすんな、前にも言っただろう?失敗しても俺が何とかしてやるって。だからもう泣くな。」

「………うん。」

なのははそんな闘牙の言葉で救われたのか目を拭いながら何とかいつもの雰囲気に戻る。

ユーノもそんな二人に安堵する。

そして闘牙は黒い鉄砕牙、冥道残月破についてなのはたちに説明する。もちろん本当のことではない。

冥道のことはなのはたちに教えることはためらわれたため、誰もいない違う場所に斬ったものを送る力ということ、同時に自分が倒れてしまったのもその力を使った反動、副作用ということにした。

本当のことを言ってもなのはたちを心配させるだけ。何よりも闘牙自身がそのことを話したくないというのが一番の理由だった。二人はその話を黙って聞き続けた後、もう冥道残月破を使わないということを闘牙に約束させた。そしてもう夜も遅いということで二人は闘牙の部屋を後にするのだった……。





「ユーノ君……さっきの闘牙君の話って……」

「うん……僕もそう思う……」

なのはの部屋に戻った二人はどこか悲しそうな表情を見せながらそう言葉をかわす。

二人には先程の闘牙の話が嘘であることを悟っていた。もちろん闘牙の雰囲気から恐らくそうだろうということはある程度分かるだろう。闘牙もそのことは百も承知だった。だが二人にはそれ以上の確信があった。

『かごめ』

それは闘牙がうなされながら何度も口にしていた言葉。それはおそらく女性の名前だろう。
闘牙は苦しみながら何度も何度もその名前を口にし、そして謝り続けていた。その目には涙が流れていた。

なのはが泣いていた本当の理由はその姿を目の当たりにしたからだった。

きっとそれが闘牙が倒れた本当の理由。そして戦国時代の旅を自分たちに話してくれない理由なのだと二人は悟ったのだった。

なのははそのまま自分の手にあるレイジングハートを握りしめる。ユーノもそんなのはを見つめ続ける。


「……ユーノ君、強くなろう。いつか……闘牙君を助けてあげられるくらい!」

「うん、なのは!」

二人はそう互いに強く誓い合う。それは自分たちを守り、導いてくれる闘牙への二人の想いの形だった……。





なのはたちが部屋に戻って行ったあと、闘牙は一人部屋に佇んでいる。

その姿は犬夜叉に変身し、そしてその手には鉄砕牙が握られている。

だが闘牙は鉄砕牙を見つめたまま動こうとはしない。

その顔から闘牙の感情を読み取ることはできない。

そしてその姿はいつもと大きく異なっている。

それは

鉄砕牙が錆びた刀のままであること。




闘牙は鉄砕牙を使えなくなってしまっていた………。







ある庭園を一人の少女が歩いている。だがその姿は無残だった。服は所々破れ、体には無数の痣がある。それでも少女はその体を引きずる様にして歩き続ける。その表情は憔悴しきっていた。

「フェイトっ!!」

そんなフェイトに向かってアルフはすぐさま近寄り、その体を支える。

「ありがとう……アルフ、大丈夫だから……」
「大丈夫なもんか……!なんで……なんでこんなひどいことを……!!」

アルフはフェイトの体にある無数の痣を見た後、その顔を憤で歪める。その目には殺気と呼んでもおかしくない程の怒りが宿っていた。

「仕方ないよ……ジュエルシードを一つしか持ってこれなかったから……」

「それはあいつらに邪魔されたからだよ!あいつらさえいなければ……!それでも……ちゃんと言われた物を探してきたのに!!」

アルフは目に涙を浮かべながらそう叫ぶ。確かに自分たちは一つしかジュエルシードを取ってこれなかった。でもそれはその白い魔導師と使い魔に邪魔されたから。悔しいがその強さは認めざるを得ない。しかしそれでも実の娘に対してこんな虐待をするフェイトの母、プレシアへの怒りをアルフは抑えることができない。

「大丈夫だよ……今度はもっと多くのジュエルシードを取ってくればきっと母さんは喜んでくれるから……。」

「フェイト………。」

そんなアルフの感情を読み取ったフェイトはそう言いながらアルフの頭を撫でる。アルフはそんなフェイトに何も言うことができない。だがどう考えてもおかしい。プレシアのフェイトへの態度は異常だ。きっとジュエルシードを複数持ち帰ってもそれは変わらない。そうなればきっとフェイトはもっと傷つくことになる。その時には自分が。そんなことをアルフが考えていると

「アルフ………やっぱり、トーガはあの時……私を助けてくれたのかな……?」

フェイトは自分の右腕を見ながらそう呟く。それはフェイトをアルフに向けて投げる時に闘牙が掴んだ場所だった。

フェイトの脳裏にあの時の光景が蘇る。闘牙は黒くなった剣を振るった後、倒れ込んでしまった。驚き呆然とした後、近づこうとしたのだがアルフに連れられてそのままあの場を離脱してしまい、フェイトは闘牙がどうなったのか分からないままだった。

だがあの時の手のぬくもりがなぜか忘れられない。フェイトはこれまで感じたことない感覚に戸惑っていた。その感情はフェイトと契約をしているアルフにも流れ込んできていた。しかし

「ち……違うよ!きっと……あいつはあたしたちにジェルシードを渡したくなかっただけだよ!」

アルフはそうフェイトの言葉を否定する。もちろんそんなことはアルフにも分かっている。誰よりもフェイトのことを大切に思っているからこそあの時、闘牙がフェイトを助けようとしてくれたことは理解していた。だがもしそのことをフェイトが知ったら、フェイトはもしかしたらもう闘牙とは戦えなくなってしまうかもしれない。そうなればフェイトはプレシアにもっとひどい目にあわされてしまうかもしれない。アルフはそれを最も恐れていた。

「そう……なのかな………。」

フェイトは傷ついた自らの体を庇うように立ちながらそう呟く。その瞳には迷いが現れ始めている。そのことに気づいたアルフは

「とにかく、早く帰って休もう?元気になってもう一度あいつらに挑んで倒せばいいさ。そうすればジュエルシードも手に入る。そうだろ?」

そうフェイトに提案しながらその体を支え、歩き出す。

「…………うん、そうだね。」



フェイトはそんなアルフを見て優しく微笑みながら庭園を後にするのだった………。






いつもなら賑やかな公園に今日は人影が見られない。そんな中、一人ベンチに座り込んでいる少年の姿がある。

それは人間の姿をしている闘牙。今日は翠屋の仕事も休み。なのはも学校のため、闘牙は一人何をするでもなくただ時間を過ごしていく。その手には鞘に納められた鉄砕牙が握られていた。

あれから何度試しても、やはり鉄砕牙は変化をしなかった。なのはたちに心配を掛けるわけにはいかないためまだこのとことは話していない。

闘牙は鉄砕牙を握るその手に力を込める。

これまでにも一度、鉄砕牙が変化をしなくなってしまったことがあった。それは桔梗との戦いのとき。しかしあれは桔梗と闘うことをまだ自分の物になっていなかった犬夜叉の体が拒否したからだった。だが今回は違う。既に闘牙にはその理由は分かっていた。

これは闘牙自身の心の問題。

鉄砕牙は今の闘牙の心を認めてくれていない。

ただそれだけだった。



(俺は……何も変わってなかった……)

闘牙は顔を俯かせながらうなだれる。

自分は犬夜叉の力を取り戻したことで変われたと思っていた。

自分にはまだ誰かを守ることができるのだと……そう思っていた。

いや……そう思い込もうとしていた……。

でも……違った……。

俺は何も変わっていない。

かごめを守れなかったあの時から……

その事実から逃げ続けたその日々から……


なのはとユーノ

二人を守ることで……自分の罪から……目をそむけようとしていた……



知らず闘牙の目から涙が流れ落ちる。


こんな姿を


こんな姿をなのはやユーノに見せるわけにはいかない。


自分はあの二人の前では強く在らなければいけない。


そう思い、闘牙が顔をあげた先には





黒いワンピースを着た金髪の少女の姿があった。





フェイトがここにいるのは偶然ではなかった。

フェイトは時の庭園へ帰る際にプレシアへのお土産としてケーキを買っていった。

それは翠屋で買ったものだった。そしてその時、フェイトは厨房に一瞬だが闘牙の姿を見た。だが一瞬であったことと人間の姿であったことから確信には至っていなかった。しかしアルフとの会話以来、どうしても闘牙のことが気になったフェイトは今日、再び翠屋を訪れようとしていた。

しかしお店に入る前にその近くを通りかかっている闘牙をフェイトは偶然見つける。フェイトはそのまま話しかけようとしたのだがそこで初めて闘牙の様子がおかしいことに気づいた。それはこれまで三度しか会ったことはないがそれでも気づいてしまうほどだった。もしかしたらあの時、倒れてしまったせいかもしれない。しかし、なかなか話しかけるタイミングが掴めずフェイトはそのまま公園まで闘牙についていくことになってしまう。

そしてフェイトは闘牙が俯きながら涙を流しているのを見てしまう。その姿にフェイトは思わず姿を隠すことを忘れてしまったのだった……。






(見られた………?)

闘牙はそのままフェイトと互いに見つめ合う。

どうしてこんなところに。

どうしてこんな時に。

誰にも。

なのはにも。

ユーノにも。

士郎にも桃子にも。

恭也にも美由希にも。

見られたことがなかったのに。

見られてはいけなかったのに。

闘牙の中に言葉には表せないような黒い感情が生まれてくる。

それは


これまで抑え続けてきた闘牙の心の闇だった。




「あの………」

フェイトはこちらの様子を窺うように話しかけようとしてくる。そんな言葉を


「何の用だ。」

闘牙はそう冷たい声で遮る。その冷たさに闘牙自身も驚いてしまう。それを感じ取ったフェイトはその比ではないだろう。にもかかわらずフェイトは勇気を振りしぼり言葉を発しようとするがそれを声に出すことができない。闘牙はそんなフェイトを一瞥した後


「用がないんなら俺は行くぜ。」

ベンチから立ち上がりそう言い残し闘牙はフェイトを残したままその場を離れて行く。

フェイトはそんな闘牙を見つめながらも動くことができなかった……。





闘牙は逃げるようにフェイトがいた場所から離れて行く。しかし次第にその足取りは遅くなり、ついに闘牙は立ち止まってしまう。そしてしばらくの間の後


闘牙は自らの顔面に拳を叩きつける。


それは自分自身への怒りだった。


あんな少女に。

あんな少女に自分は……八つ当たりをしてしまった。

あまつさえ……あんな……あんな言葉をぶつけて……


俺は……


俺は………!!





闘牙は静かにその場所に戻って行く。そこにはまだ少女の姿があった。その顔は悲しみに満ちていた。その姿は本当に小さく、幼いものだった。

自分が……あの少女をあんな風にさせてしまった。そのことに凄まじい自己嫌悪を感じながら


「フェイト。」

そう闘牙は少女の名を呼ぶ。

「え?」

フェイトはそんな言葉に驚きながら顔をあげる。そして目の前に闘牙がいることにさらに驚きの表情を見せる。闘牙はそのまま片手に持ったジュースをフェイトに差し出す。それは闘牙が先程自販機で買ってきた物だった。そして


「さっきは悪かった……。何か話があったんだろう……?聞かせてくれ……。」

そう罰が悪そうな表情をしながら闘牙はフェイトにそう告げる。フェイトはそれを驚きながら見つめた後


「………ありがとう。」

微笑みながらジュースを受け取る。

それは闘牙が初めて見たフェイトの笑顔だった。





そのまま闘牙とフェイトは近くのベンチに並んで座る。闘牙はとりあえずフェイトがジュースを飲み終わるのを待つことにする。しかしフェイトはそのことに気づいたのか慌ててジュースを飲み干そうとしてむせてしまう。

「おい、落ち着けって。ゆっくり飲めばいい。もうどこかに行ったりしねえって。」
「は…はい……。」

フェイトは呼吸を整えながら闘牙の言葉に従いゆっくりとジュースを飲んでいく。そんなフェイトの姿を見ながら闘牙は先程までの自分の黒い感情がなくなっていることに気づく。


「トーガ……その……体は大丈夫なの……?」

フェイトはどこか緊張した様子でそう闘牙に尋ねてくる。闘牙に敬語は使わなくていいと言われたためフェイトは自然に話そうと心掛けていた。

「ああ……。体は何ともないが……」

闘牙はそうどこか気の抜けた返事をする。どうやら前倒れてしまったことを心配してくれていたらしいことに闘牙は気づく。だが先程の様子から何か大事な話があるかと思い身構えていた闘牙はどこか拍子抜けしてしまった。

「で……それだけのために俺に会いに来たのか?」
「え……?」

闘牙の言葉にフェイトはきょとんとした表情を見せる。どうやらそれから先のことは何も考えていないかのような反応だった。しかし


「えっと……その……や……約束!この前の約束を守りに来たの!」

フェイトはそう思いだしたかのように闘牙に告げる。闘牙は一瞬何のことか分からなかったのだがすぐに思い出す。それは闘牙が勝てばジュエルシードを集めている理由を話すという物だった。

フェイトはそのまま自分が母親のためにジュエルシードを集めていること。

自分がその母親のことを大好きなこと。

アルフのこと。

リニスのこと。

魔法のこと。

そして他愛のないことを闘牙と話していく。


決して饒舌ではなかったがそれでもフェイトはゆっくりとどこかかみしめるように会話を続ける。闘牙もフェイトがこんなに話を振ってくるとは思っていなかったため少し驚きながらもそれに応えていく。

なのはがこの子と友達になれればそれに越したことはないと思いながらもまた自分が先にフェイトと話していたことが分かればどうなるか。そんなことを考え闘牙の背中には嫌な汗が流れ始めていた。



(なんでだろう……トーガと話してると……何だか楽しい……?)

フェイトはそんな自分の感情に戸惑いながらも会話を続ける。

初めは闘牙の体のことを聞いたらすぐに帰るつもりだった。しかしそのまますぐに終わってしまうのが何だか嫌で咄嗟に自分でも忘れていた約束のことを持ち出してしまった。本当なら母さんのことは言うべきではないこと。でもそう思いながらも闘牙には話してしまった。それからは何を話したかよく思いだせない。

母さんやアルフ、リニス以外の人と話すのは久しぶりだったから上手く話せたかどうかも分からない。でもまるで自分が知らない自分を見つけられたみたいだ。そんな今まで知らなかった感情にフェイトは困惑しながらも楽しむ。


そして会話に一段落がついた時、闘牙が急にフェイトの腕を掴んでくる。

「えっ!?」
フェイトは思わず驚きの声をあげる。しかし、その時に見た闘牙の顔は真剣そのものだった。

「フェイト……この傷は何だ……?」

闘牙の視線の先にはフェイトの腕にある痣がある。それはプレシアによる虐待の痕だった。フェイトはそのことに気づき一気に先程までの感情が引き、胸が締め付けられるような気持ちになる。フェイトはそのまま俯き黙り込んでしまう。そのことに闘牙が違和感を感じたその時


ジュエルシードの発動の気配が二人を襲う。


その気配に二人の目が見開かれる。発動場所はここからそう遠くないことが二人にも感じられた。



(そうだ……私は……母さんのためにジュエルシードを……だから……トーガとは……)

ジュエルシードを集めること。

それは闘牙と闘うことを意味していた。

フェイトはそのことにいまさらながらに気づく。

フェイトはそのまましばらく目を閉じた後、何かを振り切るようにバルディッシュを手に取りながら変身する。そして闘牙に一度目をやった後、すぐさまその場所に向かって飛び立って行ってしまう。


闘牙はそんなフェイトの様子を静かに見つめ続けるのだった……。




(見つけた……!)

フェイトの視線先にはジュエルシードによって力を得てしまった樹木の姿があった。どうやらまだあの白い子は来ていないようだ。ならこのまま倒してすぐに封印してしまえばいい。

そうすればジュエルシードが手に入る。

母さんに喜んでもらえる。

そして

闘牙と闘わなくて済む。


「アークセイバー!」

フェイトの叫びと共に魔力刃が樹木に向かって放たれる。その刃で樹木を切り裂きその隙に封印する。フェイトはそのまますぐさま封印の体勢に入る。しかし


魔力刃は樹木が張ったバリアによって弾かれてしまう。

「え?」

その光景にフェイトは思わず驚きの声をあげる。まさかバリアを持っているとは考えていなかったためだ。樹木はそのままその枝を鞭のようにしならせフェイトに向かって振り下ろしてくる。だがそれでもフェイトに焦りは見られない。この程度の攻撃なら造作もなく避けられる。そしてフェイトがその攻撃を避けようとした瞬間、

「っ!!」
その体に激痛が走る。それは虐待の痕から生じる痛みだった。それによってフェイトは思わず動きを止めてしまい、そのまま樹木の攻撃を受けてしまう。

「うっ!!」

何とか防御魔法を使ったもののフェイトは地面に叩き落とされてしまう。ダメージ自体は大したことはない。だが傷跡の痛みがさらに増しながらフェイトに襲いかかる。そしてその隙を樹木の暴走体が狙い襲いかかってくる。

(やられるっ!!)

フェイトは目をつむり、痛みに備えることしかできない。そしてその鞭がフェイトに届こうとした瞬間、

それは闘牙の爪によってバラバラビ切り裂かれてしまった。闘牙はそのままフェイトを庇うようにその前に立つ。

「トーガ……?」

フェイトはその体を庇いながら何とかその場に立ちあがる。その様子を見て闘牙はフェイトには腕以外にも傷があることを悟る。そして

「……俺があいつの相手をする、お前は封印だけに集中しろ。」
「え?」

闘牙はフェイトの疑問の声を聞きながらもそのまま樹木の暴走体に向かって一気に接近していく。そのことに気づいた樹木も先程以上の数の鞭を闘牙に向かって放ってくる。だが闘牙はそれを難なくかわし、切り裂きながら進んでいく。そして

「散魂鉄爪っ!!」

その爪を樹木に向かって振り下ろす。その瞬間、バリアがその爪を防ごうとその力を働かせる。だが

「はああああっ!!」

闘牙の咆哮と共にそのバリアはその限界を超え、粉々に砕け散ってしまう。その爪はそのまま樹木の暴走体を真っ二つに両断する。フェイトはそんな光景に思わず目を奪われてしまう。だが

「フェイトっ!!」

闘牙の呼びかけによってフェイトはすぐさま我に帰りバルディッシュを構える。

「ジュエルシード、封印!」

その言葉と共に金色の魔力がジュエルシードを包み込んでいく。それにより再生しようとした樹木たちはその力を失い、元の姿に戻って行く。後には封印されたジュエルシードが残っているだけだった。


闘牙は地面に落ちているジュエルシードをそのまま拾い上げ、フェイトに向かい合う。


「……………」
「……………」

フェイトはそんな闘牙を見ながらどうすればいいのか分からずただ戸惑うしかない。


そんなフェイトの様子を見て取った闘牙は


「封印したのはお前だからな……今回は譲ってやる。今日はお前と闘う気分でもないしな……。」

そうまるで誰かに言い訳をするようにそっぽを向きながらその手にあるジュエルシードをフェイトに差し出す。


フェイトはそんな闘牙の意志を感じ取り、そのまま自らの手を闘牙の手に向かって伸ばそうとする。その瞬間、




「そこまでだ!」


そんな聞いたことのない少年の声が辺りに響き渡る。闘牙とフェイトはすぐさま声をした方向に目を向ける。


そこには黒いバリアジャケットを着、杖を構えた短髪の少年の姿がある。その姿は間違いなくユーノやフェイトと同じ世界の住人であることを示していた。


「時空管理局執務官、クロノ・ハラオウンだ。事情を聞かせてもらおうか。」


そう静かに少年、クロノは告げる。





物語はさらに混迷を深めようとしていた………。




[28454] 第9話 「接触」
Name: 闘牙王◆53d8d844 ID:e8e89e5e
Date: 2011/07/19 20:55
「時空管理局執務官、クロノ・ハラオウンだ。事情を聞かせてもらおうか。」

クロノはそう言いながら闘牙とフェイトに近づいてくる。闘牙はその佇まいと雰囲気からクロノがかなりの実力者であることに気づく。もしかすると目の前にいるフェイトよりも実力は上かもしれない。いつでも動けるように身構えながらも闘牙はクロノが発したある言葉に反応する。

『時空管理局』

それはユーノから聞いたことのある言葉だった。聞いた内容を全て覚えているわけではなかったがユーノがいた世界における警察の様な組織と言うことは覚えている。その組織がここに現れた理由。それは一つしか考えられない。闘牙はその手の中にある宝石に目をやる。ジュエルシード。恐らくはこれが関係していることは間違いない。闘牙はそのままフェイトに目を向ける。

フェイトは驚きの表情を見せながらもクロノを警戒するようなそぶりを見せる。その目には明らかな戸惑いと焦りが見られる。やはりフェイトにとってクロノ、時空管理局は敵対する関係にあるらしい。自分はどう動くべきか。そう闘牙が考えていた時、

「フェイトっ!」
「闘牙君っ!」
「闘牙っ!」

同時にアルフ、なのは、ユーノが現れ、それぞれ二人に近づいてくる。皆、ジュエルシードの発動を感じ駆けつけてきたところだった。三人も見たことのないクロノの存在に戸惑いを隠せない。対するクロノもさらに状況を聞かなければならない人物が増えたことでどうするべきか一瞬、思案する。しかし

「フェイト、撤退するよ!」

状況の不利を見て取ったアルフはすぐさまクロノに向かって魔力弾を放ちそのままフェイトに向かっていく。しかしクロノはそんなアルフの攻撃にも全く動じずシールドによってそれらを難なく捌く。

「ちっ!!」

そのことに舌打ちしながらもアルフはそのままフェイトを抱きかかえながらその場を離脱しようとする。だが

「逃がすわけにはいかない!」

クロノは自らの杖をすぐさまアルフとフェイトに向け魔力弾を放つ。その弾速、威力は咄嗟にアルフが防げるレベルの物ではなかった。そのことに気づいたアルフはフェイトを庇うようにその身を楯にする。しかしそれと同時に

「だめっ、撃たないで!」

なのはが悲痛な声をあげながらその間に割って入る。それはフェイトとアルフの身を案じたなのはの咄嗟の行動だった。

「なっ!?」
「なのはっ!?」

そんななのはにクロノとユーノが驚きの声をあげる。しかしクロノの攻撃はすでに放たれてしまっており止めることができない。その魔力弾がなのはたちを貫こうとした瞬間、それは闘牙の爪によって全て叩き落とされてしまう。

「闘牙君っ!?」

そして闘牙はそのまま驚くなのはを抱きかかえ地面に降り立つ。

アルフはそんな闘牙たちを一瞥した後、凄まじい速度でその場を離脱していく。一瞬どうするべきかクロノは悩むがすぐにそのまま闘牙たちに対面する。

「君は……何故彼女たちを庇うような真似を?」

クロノはそう闘牙に問いかける。クロノには先程の行動がなのはではなくフェイト達を庇うための物であることを見抜いていた。しかし

「何言ってんだ、俺はなのはを助けただけだぜ?」

闘牙はそんなクロノの疑問をそうあっけらかんと言った調子で返す。もちろんなのはが間に入っていなくとも闘牙はそうするつもりだったのだが。そんな闘牙の様子になのはとユーノも呆れながらも苦笑いする。そんな中、クロノの目の前に突然ウインドウの様な物が現れる。その画面には制服を着た女性の姿が映っていた。

「御苦労さま、クロノ執務官。」

「すいません、艦長。片方を逃がしてしまいました。」

クロノはそう画面の女性に向かって謝罪する。どうやら女性はクロノの上官に当たる人物らしい。

「しょうがないわ、それよりもその子たちをアースラに案内してくれない?いろいろと事情も聞きたいし。」

「分かりました。」

どこか柔らかい物腰でそう女性はクロノに頼んだ後、ウインドウを閉じる。クロノはそのまま改めて闘牙たちに向かい合い

「申し訳ないが事情を聞きたい。僕たちのいる船、アースラに同行してもらえないか?」

そう提案してくる。なのはが事情が分からずおたおたしている中、闘牙はユーノに視線を向ける。ユーノはそんな闘牙の視線に気づき小さく頷く。どうやら危険な相手ではないらしいことを闘牙はユーノの頷きから察する。闘牙たちはそのままクロノの言葉に従い、次元航行艦アースラへ向かうのだった……。





「わあ~!」
「すげえな……。」

なのは闘牙はそう驚きの声をあげながらアースラの内部に目を奪われる。それはまるでSF映画の中に出てくる宇宙船の内部のようだった。どうやらユーノ達がいる世界は自分たちの世界よりも随分技術が進んでいるらしい。二人はまるで観光に来たかのようにきょろきょろと周りを見渡し楽しそうにしながら騒いでいる。クロノはそんな二人の様子に溜息をついた後

「そういえば……君も、もう元の姿に戻ってもいいんじゃないか?」

そうユーノに向かって提案する。


「そうですね……ずっとこの姿のままだったからすっかり忘れてました。」

ユーノはクロノの言葉に従い変身魔法を解きその光によって周りが満たされていく。

そしてそれが収まった後にはスクライアの民族衣装を着た少年が立っていた。

「え?」
「ほう。」

その光景になのはと闘牙は驚きの声をあげる。しかし二人の反応には大きな違いがあった。闘牙は初めて見るユーノの姿に感心するような態度を見せる。だが

「えっと……その……ユーノ……君……?」

なのははユーノの姿を見て目が点になってしまっている。口が開いたままふさがらないと言った様子だった。

「な……なのは……?」

そんななのはの尋常ではない様子にユーノが慌てながら近づいていく。しかしなのはは放心状態のままユーノの声掛けにも反応しない。


(ユーノ君は人間の男の子……でも……ずっとフェレットだったし……あれ……でも私……ずっとユーノ君と一緒だったし……着替えも……お風呂も……)

なのはは今更ながらに自分がしてきたことに気づき体中が熱くなってくる。そして目の前にユーノの姿があることに気づき

「にゃあああああああっ!!!」

顔を真っ赤にし奇声をあげながらなのははそのままユーノから逃げるように走り去ってしまう。

「なのはっ!?なのはーっ!?」

ユーノはそんななのはの尋常ではない様子に驚きながらもその後を追っていく。ふたりはそのままいつまで続くか分からない勢いでの鬼ごっこを続ける。

(やっぱりあいつ……ちゃんと分かってなかったんだな……)

闘牙はそんな二人の様子を見ながらそうどこか達観したように考える。なのははユーノが人間に男の子であることを頭では理解したつもりになっていたが実際にそれを目の当たりにすることで混乱状態になってしまっていた。

「艦長を待たせているから……できれば早く行きたいんだが……。」

額に指を当て青筋を浮かべながらそうクロノは呟く。クロノは闘牙たちに出会ってからずっと闘牙たちのペースに飲まれっぱなしだった。闘牙はそんなクロノの肩に手を乗せる。

「そう肩に力を入れすぎんなって。疲れるだけだぞ?」
「何で君はそんなに馴れ馴れしいんだっ!?」

クロノは一刻も早く艦長の元に向かわなければ自分もこの空気に飲まれてしまう。そう焦るのだった……。




「お疲れ様。アースラ艦長のリンディ・ハラオウンです。さあ三人とも座って座って。楽にして頂戴。」

先程ウインドウに映っていた女性は笑顔で闘牙たちを迎え入れる。もっと厳かな雰囲気での話になると思っていた闘牙たちはそんな女性の様子に呆気にとられてしまう。さらに闘牙となのははその部屋の様相に目を奪われてしまう。

それはまさしく『和』その物だった。日本の伝統的な工芸品や食べ物が部屋中に溢れている。それはここが本当に先ほどまで自分たちがいた船の中なのかどうか分からなくなってしまうほどだった。そして何とか落ち着きを取り戻した闘牙たちは自分たちの事情を話し始める。

ジュエルシードのこと。

なのはのこと。

闘牙のこと。

フェイトとアルフのこと。



「そうだったの……。」

話を一通り聞き終えたリンディはそう言いながら自らの前にある抹茶に砂糖を混ぜながら飲み始める。

「「っ!?」」

その光景に闘牙となのはが驚愕の表情を浮かべるものの、さも当然と言ったようにそれを飲み続けるリンディに何も言うことができない。そんな中

「あれは僕が発掘してしまったものだから……僕が何とか回収しないといけないと思って……。」

ユーノがそう顔を俯かせながら呟く。そこにはここまで事態を悪化させてしまった自分への後悔が含まれていた。

「立派だわ。」

「だけど同時に無謀でもある。」

リンディはそんなユーノに配慮した言葉を掛けるがクロノはそう厳しい言葉を続ける。もちろんそれをユーノが分かっておることはクロノも承知しているが時空管理局の執務官としてそれは言っておかなければならない言葉だった。ユーノがそのままさらに落ち込んでしまいかけた時その頭に闘牙の手が置かれる。

「まあそうだが……ユーノがいなければ俺もなのはも死んでたかもしれない。それにもっと被害が出てかもしれない。そうだろ?」

「闘牙………。」

闘牙そう言いながらユーノに笑いかける。それは間違いない事実だった。なのはもそんな闘牙に続くようにユーノに向かって頷く。ユーノはそんな二人の優しさに感謝しながら顔を上げる。

「そうね、それは紛れもない事実だわ。それにしても……半妖ね……でもその姿を見せられたら信じないわけにはいかないわね。」

そう言いながらリンディは興味深そうに闘牙に目をやる。ジュエルシードを完全な形で発動させたこともだが先程のジュエルシードの闘いやクロノとのやり取りから魔法ではない力があることに驚きを隠せない。そしてリンディの目がその耳に向けられた瞬間、

「耳なら触らせねえからな。」
「あら……残念。」

闘牙の言葉にリンディはそう残念そうな声を上げるのだった……。


そしてリンディとクロノはジュエルシード、ロストロギアの危険性を三人に説明していく。
さらにリンディ達はジュエルシードの暴走による次元振を感知したことでこの世界にやってきたことを告げる。

「その次元振を起こしたジュエルシードがどうなったか教えてくれないかしら?封印されたような反応も見られなかったから……。」

「こちらでは突然反応が消失してしまったことしか分からなかったんだ。」

リンディとクロノはそう闘牙たちに尋ねてくる。闘牙はそんな二人にどう事態を伝えるべきか迷ってしまう。本当のことを話してもいいがそれだと面倒なことになるかもしれない。何よりもこれ以上その話題でなのはとユーノに心配を掛けるわけにもいかない。そんなことを考えていると

「あのジュエルシードは魔力の暴走に耐えられずに壊れてしまったんです。」

ユーノがそう二人に説明する。そんなユーノに闘牙となのはは一瞬戸惑ってしまう。だがユーノに何か考えがあるのだと気付きそのまま話しに合わせることにする。

ユーノもあの黒い鉄砕牙のことは話すべきではないと直感していた。あれは自分たちが触れてはいけない力なのだとユーノはあの瞬間、感じ取っていたからだ。加えて闘牙にこれ以上負担を掛けるわけにはいかないという気持ちもあった。フェイト達に持って行かれてしまったことにしようかとも考えたがそれでは数が合わないことがばれてしまうかもしれない。単純だがジュエルシードが壊れてしまったことにしようとユーノは考えたのだった。リンディはそんなユーノの言葉に引っかかりを感じはしたものの

「そう……でも被害がなかったのなら幸いだったわ。」

そうまとめこの件はそれ以上追及をしてくることはなかった。そして


「これよりロストロギア、ジュエルシードの回収は時空管理局が全権を持ちます。」

リンディはそうどこか厳しい表情をしながら三人に告げる。それはアースラの艦長としての顔だった。

「君たちは今回のことは忘れて元の世界で普通の生活に戻るといい。」

クロノもそうリンディの言葉に続く。それは時空管理局としての責務でもあった。

「で……でも……」

突然の宣告になのはは戸惑いを隠せない。それはもう自分たちがジュエルシードに、フェイトに関われなくなることを意味していたからだ。

「次元干渉に関わる事件だ。民間人に介入してもらうレベルの話じゃない。」

しかしそんななのはの戸惑いを理解しながらもクロノはそう厳しく言い切る。民間人を守ること。しかもここは管理外世界。いくら魔力があるとはいえ民間人を巻き込むことはクロノにとっては許容できないことだった。

「まあ、急に言われても心の整理もつかないでしょう。今夜一晩ゆっくり考えてもらってそれから改めてお話をしましょう?」

そんなクロノの言葉の厳しさを感じ取ったリンディはそうお茶を濁しその場を収めようとする。しかし

「…………私、ジュエルシード集めのお手伝いをしたいんです!」

なのははそんなリンディの言葉を聞きながらもそう断言する。その目には確かな意志が宿っている。そんななのはの言葉にリンディとクロノは思わず驚いてしまう。リンディはそんななのはの様子を見ながら

「なぜジュエルシード集めの手伝いをしたいのか……聞かせてもらってもいいかしら?」

そう優しく諭すようになのはに尋ねる。なのはは自分の膝の上にある手を握りしめながら

「私……あの子を……フェイトちゃんを止めたいんです!!」

そう自分の心を真っ直ぐに伝える。それはなのはが見つけた自分が闘う理由だった。

「僕はともかくなのはの魔力はそちらの戦力にもなるはずです。それに闘牙は一度あのフェイトって子にも勝っている。悪い話じゃないと思います!」

「ユーノ君……。」

そんななのはの決意を感じ取ったユーノはそうなのはの言葉に付け加える。それは確かにリンディ達にとっても悪い話ではなかった。

「君はそれでもいいの?」

リンディはそう闘牙に向かって話しかける。闘牙はそのままなのはとユーノの頭に手を置きながら

「俺はこいつらの保護者だからな。当然だろう?」

そう笑いながら答える。三人の間にもはや言葉はいらなかった。もちろん闘牙もこのまま黙って手を引くつもりはさらさらなかった。あれだけの力を持つジュエシード。そしてそれ以上にフェイトのことが闘牙は気にかかっていた。

それはあの痣の痕。フェイトの強さから言ってジュエルシードの暴走体などによって負った傷とは考えづらい。以前の暴走したジュエルシードによるものかとも考えたがあの傷の痕はそんな風ではなかった。何よりあの時のフェイトの反応。あれはまるで知られたくないことを知られてしまったようなそんな表情だった。そしてフェイトが言っていたジュエルシードを集めている理由。その母親。その存在に闘牙は引っかかりを感じていた。そんなことを闘牙が考えていると


「……いいでしょう、こちらとしてもあなたたちに力があればとても助かるし。」
「か……艦長!?」

リンディはそうどこか楽しそうに闘牙たちの提案を受け入れる。まさか承諾するとは思っていなかったクロノは驚きの声を上げるしかない。

「ただし一時的にあなたたちは時空管理局の所属になり、こちらの指示には従ってもらうことになるけれど……それでもいい?」

「はいっ!」
「分かりましたっ!」

リンディの言葉にそう元気よく返事をしながらなのはとユーノは子供のように(実際には子供なのだが)はしゃいでいる。そんな二人をどこか呆れながら見ているクロノに

「闘牙だ。宜しく頼むぜ。」

闘牙はそう言いながらその手を差し出す。

「……クロノ・ハラオウンだ。こちらこそ宜しく。」

クロノは少し戸惑いながらもその手を握り返すのだった……。



「なるほど……。」

真剣な顔をしながら士郎はそう頷きながら答える。その隣には桃子、恭也、美由希の姿がある。そしてテーブルをはさんで対面になのは、ユーノ、闘牙が座っている。

今、なのはたちはアースラから高町家に戻り、これまでの事情、そしてこれからしばらくアースラで行動することの許可を得るために話し合いの場を設けているのだった。

なのはは自分の素直な気持ちを包み隠さず家族に打ち明けていく。その様子を闘牙とユーノは静かに見守り続ける。家族たちもそんななのはの話を真剣に聞き続け、皆が士郎に目を向ける。そして

「……分かった、そこまで決意があるならきちんと最後まで頑張ってきなさい。」

士郎はそう優しい口調でなのはに告げる。

「本当っ!?」

なのははそう叫びながら桃子たちの方にも顔を向ける。桃子たちもその言葉に続くように頷き返す。

「ただし、無茶はしないこと。必ず家に帰ってくることが条件だ。約束できるな?」

「うん!約束する!」

なのはは自分の願いを家族が認めてくれたことに喜びユーノの手を握りながらはしゃぎ始めてしまう。ユーノもそんななのはに戸惑いながらも喜びを分かち合う。ユーノ自身ももしかしたらなのははもうこの事件には関われなくなるのではないかと気にしていたからだ。もっとも、ユーノの中には喜び以外の複雑な感情もあるのだが。

そんな二人をいつものように眺めていると恭也と美由希が闘牙に近づきながら話しかけてくる。

「闘牙、悪いがなのはのことを宜しく頼む。」
「闘牙君も気をつけてね。」

二人はそう言いながら闘牙に笑いかけてくる。そこには闘牙に対する信頼があった。それを闘牙は二人から感じ取り、なのはだけではなく自分も気に掛けてくれていることに闘牙は心の中で感謝する。

「……ああ、任せてくれ。」

二人の言葉にそう答えながらも闘牙はまだ自分の中の迷いを断ち切れないでいた。



「そういえば、本当にユーノ君は男の子だったんだな。実際見てみないと実感がわかなかったよ。」

「そうね、でもこれからはちゃんとみんなと同じようにご飯が食べれるわね。」

士郎と桃子が人間の姿になっているユーノに向かってそう騒ぎながら話しかける。なのはと闘牙と一緒に戻ってきたときには家族中、驚きで皆目を丸くしてしまった。やはりなのは同様、頭で理解しているのと実際目の当たりにするのとでは大きく異なるのだろう。ユーノ自身ここに来てからはずっとフェレットの姿であったため無理もない話だ。闘牙は変身している間は匂いでユーノが人間であることを何度も再認識していたためそれほど驚きはなかったのだが。

「い……いいですよ!フェレットの方がみんなの邪魔にもならないし……」

ユーノはそう桃子の提案を遠慮する。それはこれまで通りフェレットで生活する方がいろいろと便利だろうと思ってのことだった。しかし

「いいのか、ユーノ?ちゃんと男の子だって認識してもらわないと困るんじゃねえか?」

いつの間にか近くにやってきていた闘牙がそう言いながら思わせぶりに視線を動かす。その先には恭也と美由希とおしゃべりをしているなのはの姿があった。

「どうしたの、闘牙君?」

「いや、なんでもねえ。」

「?」

自分に視線を向けている闘牙になのはがそう疑問の声をあげるが闘牙はそれをすぐにごまかす。

「と……闘牙っ!!」

闘牙がなにを言いたいのかすぐさま理解したユーノは顔を赤くしながら闘牙に食って掛かる。しかし闘牙はそんなユーノをからかい続ける。闘牙は今なら自分をからかい続けていた弥勒の気持ちが分かるような気がした。まあ弥勒ほど露骨にするつもりはないがたまにはこのネタで楽しませてもらおうと闘牙は密かに考えていた。

「ほう。」
「あらまあ。」

そんな闘牙とユーノのやり取りで事情を察した士郎と桃子もその様子を微笑ましそうに見守り続ける。高町家にはいつもと変わらない日常が流れていくのだった。



その後、騒ぎも終わり闘牙は自分の部屋に戻り一人荷造りをしていた。それはしばらくはアースラに乗船したままになるので生活用品をある程度持っていくためだった。といってもそれほど持って行く物は多くはなかったためすぐに荷造りは終わってしまう。

ユーノは人間の姿で闘牙と一緒に寝ようとしたのだがなのはに捕まり、結局フェレットの姿でいつも通りなのはと一緒に寝ることになってしまったようだ。なのはもユーノが男の子であることを最初は意識していたようだがもう慣れてしまったのかそれほど気にしなくなっている。それがいいことなのかどうかは闘牙にも判断はつきかねるが。闘牙は当初、かごめを意識して寝られない時期があったことを思い出す。その時もかごめがあまりに無防備に寝ているのを見て意識するのが馬鹿らしくなり抵抗がなくなっていった。それと同じようなものだろう。



闘牙は荷物を一つにまとめた後、目の前にある鉄砕牙に視線を向け、それを握りしめる。

しかしやはり鉄砕牙は変化をしなかった。もう何度目になるか分からない溜息をつきながら闘牙は鉄砕牙を見つめ続ける。

もしこのまま鉄砕牙を使うことができなかったら。そんな不安が闘牙を襲う。おそらくジュエルシードの暴走体であれば鉄砕牙がなくとも後れを取ることないだろう。しかしフェイトやそれ以上の魔導師と闘うにはやはり力不足は否めない。

妖怪化を使えば恐らく負けることはないだろう。だがあまりにリスクが大きすぎる。かつて闘牙は五分までなら妖怪の血をコントロールすることができた。しかしジュエルシードの力によって再び犬夜叉の力を取り戻して以来、闘牙は一度も妖怪化を使っていない。いや、使うことを恐れていた。妖怪化を行うには体に大きな負担がかかる。そしてそれ以上に精神的な、心の強さが必要になる。

かごめがいてくれること。それが妖怪化を制御できた理由であることに闘牙は今更ながらに気づいた。かごめを守りたいという思いがあったから、かごめなら自分を止めてくれるという信頼があったからこそ闘牙は妖怪の血をコントロールできていた。だが今、自分の傍にはかごめがいない。もし自分が妖怪の血によって暴走しても止めてくれる人はいない。それが闘牙が妖怪化を行えない理由。

そして、鉄砕牙が使えない理由もそれが影響しているのだろうと闘牙は何となく理解していた。

冥道残月破を使うことで自分はかつての記憶を思い出し、誰かを守るために戦う。という闘う理由に疑問を抱いてしまった。それはあの夢の中で奈落が言っていた言葉。

自分には誰も守ることはできない。

そんな不安と恐怖が闘牙の心を支配してしまっている。そしてその奈落の言葉はほかでもない、闘牙自身の心の闇だった。鉄砕牙はそんな闘牙の心を感じ取りながらも答えようとはしない。それはまるで答えないことこそが鉄砕牙の答えなのだと、そう伝えるかのように。

闘牙はそのまま鉄砕牙をしまい、テーブルの上にある首飾りを手に取る。

闘牙にとってそれは自分が自分である証。

それには特別な力はない。だがそれでも闘牙は犬夜叉になった時にはそれを首にかけ闘ってきた。

だがそれを送りたかった、本当に掛けてほしかった相手はもういない。


もうあんな思いはしたくない。


そのために強くなりたい。



闘牙は誰かを守れないかもしれない自分に焦りを感じながらもなのは、ユーノと共にアースラに向かうのだった。








あるマンションの一室に二つの人影がある。しかしそこかどこか暗い雰囲気に包まれている。

「フェイト、もう無理だよ……時空管理局まで出てきたんじゃ……あたしたちじゃもうどうしようもないよ!」

アルフはそうどこか悲痛な声でそう自らの主であるフェイトに訴える。ただでさえあの白い魔導師と使い魔たちにてこずっているにもかかわらず、とうとう管理局まで姿を現してしまった。相手は一流の魔導師。いくらフェイトが優れた魔導師であっても限界がある。もはやフェイト達は絶望的な状況に追い込まれてしまっていた。

「フェイト……二人でここから逃げよう!このままじゃきっと捕まっちゃうよ!」

アルフはそうフェイトの身を案じ必死に訴える。しかし

「ダメだよ……アルフ……私は母さんのために……ジュエルシードを集めないといけないから……。」

フェイトはそうどこか悲しそうな笑みを浮かべながらそう呟く。それはフェイトにとっての生きる意味だった。

「なんで……なんであんな奴のためにフェイトがここまでしなきゃいけないのさ!?あいつはフェイトに何度も……何度もひどいことを……フェイトに辛い思いばかりさせてるのに……!!」

ついにアルフの感情が爆発しその目には涙が溢れてくる。それはフェイトの感情を感じ取ったからでもあった。フェイトは心から母親のことをプレシアのことを愛している。それなのに……それなのにフェイトはこんなに悲しい気持ちになっている。アルフにはそれが我慢ならなかった。

「アルフ……母さんのことを悪く言わないで……母さんは本当は優しい人なの……だから……私は母さんに幸せに……笑ってほしいんだ……。」

そう言いながらフェイトはアルフを優しく撫でる。アルフはそれ以上フェイトに何も言えなくなってしまう。


自分ではフェイトを救うことはできない。

フェイトを止めることも――――

プレシアを止めることも――――

誰か―――

誰かフェイトを――――

その瞬間、アルフの脳裏に一人の姿が浮かぶ。


それは闘牙の姿だった。


(そうだ……あいつなら……あいつならもしかしたらフェイトを……)

アルフの脳裏にあの日の光景が蘇る。

あの日、フェイトは一人で買い物に出かけると言って出かけて行った。自分も付いていこうとしたのだが一人で大丈夫と頑なに断られてしまった。そんなフェイトの様子に違和感を感じたアルフは少し時間を置いた後にその跡を着いていくことにした。そして追いついた先にはベンチに座っているフェイトとあの使い魔の姿があった。

アルフはすぐさまフェイトを救うためにその間に割って入ろうとする。しかしその瞬間、フェイトが笑いながら話していることに気づく。

その姿にアルフは目を見開くことしかできない。

その笑顔はいつもの自分を心配させまいとする悲しい笑顔ではない。


その笑顔は


本当に


本当にアルフが心から望んでいたフェイトの笑顔だった。


知らずアルフの目から涙が溢れてくる。

フェイトの感情が自分に流れ込んでくる。

その感情がフェイトの笑顔が間違いなく本物であることを示していた。


そしてあの使い魔はジュエルシードの暴走体との戦いでもフェイトのことを守ってくれた。

あの使い魔ならフェイトのことを助けてくれる、救ってくれるのではないか

アルフはそう考えるようになりつつあった。

アルフはそのまま悲しい笑顔を浮かべながら自分を気遣ってくれるフェイトに目を向ける。

フェイトのことは自分が命に代えても守って見せる。


でも、もし自分が命を落としたその時には――――


アルフはそう決意を新たにするのだった――――



[28454] 第10話 「守るもの」
Name: 闘牙王◆53d8d844 ID:e8e89e5e
Date: 2011/07/19 01:03
「はあ~~っ。」
「な……なのは、しょうがないよ。」

なのはがそう溜息をつきながらアースラの食堂のテーブルに突っ伏す。ユーノはそんななのはを何とか元気づけようとしている。しかしなのははやはりショックが大きかったのかそのまま落ち込んでしまう。

「クロノは執務官、しかもAAA+クラスの魔導師なんだから負けても仕方ないよ。」
「うん……。」

ユーノの言葉になのはもそう頷くしかない。

先程までなのははクロノとの模擬戦を行っていた。クロノとしてはこれから一緒に行動するなのはたちの実力を確かめたかったためでもあった。そして初めはなのはとクロノの一対一の戦闘を行ったのだがなのはあっという間に負けてしまった。その後、ユーノとのコンビで再び挑んだのだが善戦はできたもののやはりそのまま負けてしまった。しかもクロノは本気を出していなかったことになのはも気付いたためその実力差に落ち込んでいた。ユーノとのコンビならフェイトとも互角に戦えたこともあり、自信を持ち始めていたなのはにとってはショックも大きかったのだった。

「でもなのはだって凄いよ。まだ魔法を覚えたばっかりなのにこれだけ闘えるんだから。僕じゃなのはにももう敵わないよ。」

ユーノはそう少し残念そうに告げる。魔法においては一応なのはの師にあたるユーノだったが単純な戦闘能力ならなのはには既に及ばなくなってしまっていたからだ。

「そんなことない、ユーノ君にはもっと魔法のこと教えてほしいんだから!」

そんなユーノの様子に気づいたのかなのははそう言葉を掛ける。それはなのはの心からの本心だった。しかしユーノはそのまましばらく俯いたまま何かを考え込んでいる。そしてゆっくりとなのはに向かって話し始める。

「僕……最近考えるんだ……もし僕がなのはに会わなかったら、なのははあの世界で普通に暮らせてたんじゃないかって……。」

「え……?」

なのははそんなユーノの言葉に思わずそんな声を上げてしまう。それは初めてなのはに出会ってからユーノがずっと考えていたことだった。

「魔法がある世界が悪いってわけじゃないんだ……でも……なのはにとってはあの世界で暮らしていた方がいいんじゃないかって……。」

ユーノはそれきり黙りこんでしまう。魔法。なのはにはその才能がある。でもそれがなのはにとっていいことなのかは別問題だ。日常と非日常。そのどちらがいいのか。それは誰にも分からない。

ユーノは同じことを闘牙にも訓練の時に聞いたことがある。だが闘牙はいつもの調子で笑い飛ばすだけだった。闘牙自身、これまで非日常の中で過ごした経験があるからなおのことだった。だがなのはは事情が違う。

なのはは本当になんの変哲もないごく普通の九歳の少女。それをやむを得ずとはいえ巻き込んでしまった。その負い目をユーノはずっと考え続けていた。二人の間に沈黙が流れる。そしてユーノが再び口を開こうとした時

ユーノの額にデコピンが放たれた。

「えっ!?」

驚いたユーノが顔を上げた先には微笑みながら自分を見ているなのはの姿があった。ユーノのそんな姿が可笑しかったのかなのはは笑いながらユーノに答える。

「闘牙君だったらきっとこうするよ。私、ユーノ君と会えて本当に良かったと思ってる。魔法のことだけじゃない、闘牙君ともお父さんやお母さんたちともユーノ君が来てからもっと仲良しになれたの。……それに自分のやりたいこともそのおかげで見つかったからユーノ君が謝ることなんてないよ。」

なのはにとってユーノとの出会いは自分の人生を大きく変えたものだった。まだ九年しか生きていないなのはにもそのことは理解できている。そしてその出会いによって自分は前よりもずっと成長できたと、そう実感もしていた。ユーノには感謝こそすれ責めることなど考えられなかった。

「うん……ありがとう、なのは。」

そんななのはの言葉に救われたのかユーノも笑顔を見せながらそう答える。なのはもそんなユーノに満足したのか微笑み返す。そして

「あれ?」
「どうしたの、なのは?」

突然、何かに気づいたようななのはにユーノが尋ねる。

「さっき、闘牙君がいたみたいだったけど……気のせいかな?」
「そうじゃない?闘牙ならきっと僕たちを見つけたらこっちに来ると思うけど……。」

二人は首をかしげながらもそのまま会話を続けるのだった……。




「お邪魔するぜ。」

そう言いながら闘牙はクロノ達がいる制御室に入って行く。もちろんノックをし許可を得てからだったが。

「あら、闘牙君。」
「噂をすればってやつだね。」

闘牙に気づいたリンディと通信主任兼執務官補佐であるエイミィ・リミエッタがそんな声を上げる。クロノはそのまま大きなスクリーンに映し出されているモニターを見つめている。そこには先に闘牙が闘った樹木のジュエルシードとフェイトの姿があった。

「あの時の映像か。」

闘牙もそのまま映像に目を移す。闘牙もまさか自分たちが撮られているとは思いもしなかった。アースラではサーチャーと呼ばれるもので事前に偵察を行うのが鉄則らしい。

「本当に闘牙君って魔法を使ってないんだね。魔力の方も全然感知できないし。不思議だねー。」

「俺からすればお前達の魔法の方がずっと不思議だ。」

エイミィのそんな感想にいつか言ったような答えを闘牙は返す。闘牙たちはエイミィとは既に顔見知りになっており、年齢が近いということもあって気さくに話す仲になっていた。

「そうかな?でも闘牙君は爪だけで戦ってるの?腰に剣みたいなものをいつも持ってるけど……」

そう言いながらエイミィは闘牙の腰にある鉄砕牙に目をやる。初めの顔合わせの時には状況説明ばかりで鉄砕牙や火鼠の衣のことなどはエイミィには詳しく伝えられていなかったことに今更ながら闘牙は気づく。

「剣じゃないわ、刀っていうのよ。闘牙君たちの世界の古い剣の名称よ。」

リンディはそう自慢げに語る。リンディはなぜか管理外世界にも関わらず日本の文化には詳しいらしい。もっとも抹茶に砂糖を入れることについては突っ込むのはすでにあきらめていたが。

「へえ、見せてもらってもいい?」
「ああ、気をつけろよ。」

そう言いながら闘牙はエイミィに鉄砕牙を手渡す。エイミィはそれを受け取った後、それを鞘からゆっくりと抜く。そこには錆びた状態の鉄砕牙があった。

「なんか錆びちゃってるけど……いいの?」

「ああ、元々そんな姿で俺以外の奴には使えない刀なんだ。」

闘牙は訝しんでいるエイミィにそう説明する。本当なら本来の姿を見せるのが手っ取り早いのだが今の自分にはそれができないため闘牙はそう簡単に言い切る。

「ということはあれはまだ君の全力じゃないってことか。」

いつのまにかクロノも二人に続きながら鉄砕牙を眺めている。どうやら先程まで闘牙とフェイトの戦闘データを見ていたのが終わったらしい。鉄砕牙の所有については既にリンディに許可を取ってある。

本来なら管理局は質量兵器の所有、使用は禁止しているらしいのだがここが管理世界外であること、鉄砕牙は闘牙以外には使用できないこと、民間協力者であることから特別に許可をもらっていた。もちろん闘牙は鉄砕牙の力については説明したのだが実際には見せられなかったことから冗談だと受け取られてしまっているのも理由の一つだった。


「ああ、そう言えば管理局ってのはお前みたいな奴がごろごろいるのか?」

闘牙はそう言いながらクロノに向き合う。先程のなのはとの模擬戦を見る限りおそらく実力的にはフェイトよりも上であろうクロノに闘牙は少なからず驚いていた。その闘い方も洗練されており、確実に相手を倒す戦法、戦術をみせていた。闘牙にとって闘うには苦手なタイプだった。

「そんなことないよ、クロノ君はアースラの切り札なんだから!」
「そうね。」

闘牙の言葉に代わりにエイミィとリンディがそう答える。クロノはそんな言葉が照れ臭かったのか顔を少し赤くしながらも咳払いで誤魔化す。

「そういえばあの二人はどうしたんだ?姿を見ないが……」

クロノは話題を変えようとそう闘牙に尋ねる。いつも一緒に行動しているなのはとユーノの姿が見えないことにクロノは気づく。

「あいつらなら食堂で話してるぜ。」

そう何でもないことのように闘牙は答える。しかし

「なるほど、気を利かせてこっちにやってきたんだね。」

エイミィはそうすぐさま闘牙の真意を見抜く。闘牙はそんなエイミィに驚きを隠せない。みればリンディもそれに頷いている。どうやらアースラの船員にはユーノがなのはを好きなことは周知の事実だったようだ。しかしクロノはそのことを今初めて知ったらしく、少し考えるような仕草を見せる。

「クロノ君、早くしないとなのはちゃん取られちゃうかもよ。」
「なっ何を言ってるんだエイミィ!?」

エイミィの予想外の突っ込みにクロノが顔を赤くしながら狼狽する。エイミィはそんなクロノが気に入ったのかさらに続ける。

「だってクロノ君が好きそうな可愛い子だし。」
「僕の好みなんてどうでもいいだろ!」

二人はそのまま言い合いながらもみくちゃになって行く。いつも冷静なクロノにもこんな面があるのだと闘牙が感心しているとリンディがいつの間にか闘牙の傍まできながら話しかけてくる。

「闘牙君はなのはさんのことはどう思ってるの?」

そう楽しそうな笑顔を見せながら闘牙に詰め寄ってくる。どうやらこういう話には目がないようだ。

「年が離れすぎてるでしょう……。」

闘牙はそんなリンディの言葉に呆れながらそう答える。ユーノといいなぜこんなことばかり聞くのかと闘牙は頭を抱える。

「あら、恋に年は関係ないわよ?なのはさんは将来、美人になりそうだし。」

リンディはそう自信を持って告げる。確かにそうかもしれないが流石に九歳とはあり得ない。

「クロノやユーノみたいに同年代なら分かりますけど……。」

闘牙はそう言い何とかこの話題を自分から逸らそうとする。しかしその言葉に三人の動きが止まる。みな同じように闘牙に目を向けている。

「ど……どうかしたのか?」

そんな三人の様子に思わず闘牙はたじろぐ。そんな中

「……闘牙君、ちなみに聞くけど……クロノ君のこと、いくつだと思ってるの?」

エイミィがそうどこか笑いをこらえているような表情でそう問いかけてくる。リンディもどうやら同じようだ。クロノの顔からはその感情は読み取れない。

「いくつって……なのはたちと同じ九歳か十歳ぐらいなんじゃないのか?」

そう闘牙は真面目に答える。その瞬間

「あははははっ!!クロノ君、そんな風に思われてたんだね!」

エイミィはそう笑い声を上げながらおなかが苦しいのか蹲ってしまう。

「確かに背は低いかもしれないわね……。」

何とかフォローをしようとするリンディも笑いがこらえきれないのか口を手で押さえながらそう言うことしかできない。そして


「……僕は……十四歳だっ!!」

クロノはそう叫びながらデバイスを抜き闘牙に向かっていく。闘牙はクロノの逆鱗に触れてしまったことに気づき咄嗟に逃げようとするがバインドに捕まってしまう。もはやクロノは冷静さを完全に失っていた。

「わ……悪かったって……だからこのバインドを解けっ!?」

「君には執務官の強さを身をもって味あわせてやる!!」

そのまま二人は制御室を飛び出していき鬼ごっこを始めてしまう。そんな二人を見ながらリンディはあの二人はいいコンビになるのではないか。そんなことを考えるのだった。





今、闘牙たちの目の前には巨大な鳥の姿がある。それはジュエルシードによる暴走体だった。

闘牙はそんな暴走体に向かって一直線に突撃していく。暴走体はそんな闘牙に向けてその翼を大きくはばたかせその羽根を槍のように放ってくる。しかし闘牙はそんな攻撃を目の前にしながらも全く臆することなく突き進もうとする。そしてその羽根の雨が闘牙に襲いかかろうとした瞬間

「スティンガースナイプ!」

クロノがそう叫んだ瞬間、そのデバイスから光弾が放たれる。それは螺旋のような軌道を描きながら闘牙に向かってくる羽根を次々に撃ち落としていく。そして闘牙その間に一瞬で暴走体の間合いに入り込む。暴走体は慌ててその場を飛び立とうとするが

「させるかっ!」

それよりも早く闘牙の拳がその腹に突き刺さる。その威力によって暴走体はその場に倒れ蹲ってしまう。

「クロノっ!」
「分かってる、封印!」

闘牙の言葉と同時にクロノは暴走体に向かって杖を構え封印魔法を行使する。後には小さな鳥とジュエルシードが残っているだけだった。そして


「私の出番が全然ないの……。」
「な……なのは……。」

どこか不満そうな表情を見せながらなのはにユーノは何も言うことができなかった……。



「全く……君はいつも突っ込みすぎだ。援護がなければどうするつもりだったんだ?」
「良いじゃねえか、お前が援護してくれたんだから問題ねえだろ。」

クロノの忠告にも闘牙はどこ吹く風と言った風に答える。もちろん闘牙はクロノの援護があるという前提で闘っていたのだが。すでに何度かクロノとは模擬戦と共闘をしているためその実力も把握している。何よりも闘牙はクロノの共闘を気にいっていた。まるでかつて珊瑚と共闘していた時の様な感覚が感じられたからだ。

「闘牙君ばっかりずるいの!」
「そうだよ、僕たちもちゃんと闘えるんだから。」

なのはとユーノがそう闘牙に迫ってくる。今回は闘牙が闘う予定になっていたもののなのはたちには不満があったようだ。

「分かった、分かった……昼飯好きなものおごってやるから機嫌直せって……。」

闘牙はそう苦笑いしながら二人を連れて食堂に移動していく。クロノはそんないつも通りの三人を見送った後、艦長室に向かっていく。

「あら、おかえりクロノ。」
「クロノ君、お疲れ。」

そこには艦長のリンディとエイミィの姿があった。

「エイミィもいたのか。仕事はきちんと終わらせたのか?」
「失礼だなー、ちゃんと終わらせたよ。サボるとクロノ君がうるさいしねー。」

クロノとエイミィはそんな調子で互いにからかい合う。リンディはそんな二人のやり取りをしばらく微笑みながら眺めた後

「それであの三人はクロノから見てどう?」

そうクロノに尋ねる。闘牙たちがアースラに加わってから既に一週間以上が過ぎようとしていた。

「……なのはとユーノは優秀な魔導師です。特になのはは魔法を覚えたばかりの子だとはとても思えません。特にあの無茶苦茶な闘い方……教えたのは闘牙らしいですがあの子には合っているようです。ランクでいえばAAAクラスに近い実力だと……。」

「ほんと、信じられないよね。魔力値だけならクロノ君より高いし。」

クロノは初めなのはの戦い方を見た時は驚き修正させようかと考えたのだがなのは自身が気に入っている様子、何よりも型にはまっているところが見られたため断念したのだった。

「ぜひ管理局に欲しい逸材ね……。それで闘牙君の方は?」

リンディはそう興味深そうにクロノに尋ねる。リンディが一番気にしているのはやはり闘牙だった。半妖と言う魔法とは違う力がどれほどの物か想像ができなかったからだ。クロノは少し目を閉じて思案した後ゆっくりと話し始める。

「あの三人の中で一番強いのは間違いないです。遠距離の攻撃手段がないのは弱点でもありますが……恐ろしく戦い慣れています。」

「へえ、クロノ君がそこまでほめるなんて珍しいね。クロノ君でも勝てなさそうなの?」

「どうだろうね……まだ切り札は持ってそうだし……何よりも僕が苦手な本能や直感で戦うタイプだ。できれば相手はしたくないな……。」

クロノは理論や理詰めで戦い、確実に相手を倒すタイプのため闘牙の様なタイプは苦手にしていた。だがそれは闘牙にも当てはまる。逆を言えば闘牙とクロノは互いに足りない部分を補い合うことできるコンビ。そのためその連携も上手くいっているのだった……。





(ここは……?)

フェイトはゆっくりとその体を起こす。ここはどこだろう。自分がだれで何をしていたのか思いだせない。そんな中、フェイトは自分の体が小さくなっていることに気づいた。年齢でいえば四、五歳だろうか。同時にフェイトは自分の体が自分の意志で動かせないことに気づく。まるで自分の体が別人になってしまったかのようだった。

そして『私』はそのまま草原を走りながら一直線に走って行く。その手には花で作られた冠が握られている。そして辿り着いた先には自分に笑いかけてくれる、優しい母さんの姿があった。

そこで私は初めてここが昔の夢の中だと気がついた。でも違和感を感じる。夢の中の母さんはたった数年前のはずなのに今よりもずっと若い。まるで十数年前の母さんのようだった。


「どうしたの、■■■■?」

母さんはそう優しく微笑みながら『私』の名前を呼ぶ。でもその声がなぜか聞き取れない。
まるでそこだけ霧がかかってしまっているようだ。

『私』はそのまま手にある花の冠を母さんの頭に乗せる。母さんはそれに一瞬、驚いた顔を見せてから

「ありがとう、■■■■」

そう『私』に向けて私が好きだった優しい笑顔を向けてくれる。




そうだ。

これが私が欲しかった世界。

これが私が取り戻したい、母さんが笑ってくれる世界。

なのに

なのに何かが違う。

それに気づいてはいけない。


もしそれに気が付いてしまったら私は――――




「母さんっ!」

フェイトは慌てて起き上がる。辺りを見渡すが母さんの姿はない。そしてフェイトは自分が部屋で仮眠をとっていたことを思い出す。時空管理局に見つからないようにジュエルシードを集めることは困難を極め、フェイトも疲労困憊だったからだ。

(今のは……夢……?でも………)

フェイトが何とかベッドから立ち上がりながら先程の夢を思い返していると

「フェイト、もう大丈夫なのかい!?」

隣の部屋にいたアルフが慌ててフェイトに近づいてくる。そんなアルフを見てフェイトは微笑みながらそれに答える。

「うん、少し寝れたからもう大丈夫。……じゃあ手筈通りに行こう、アルフ。」

フェイトはそのまま手に持ったバルディッシュを起動し、バリアジャケットを着る。その瞳にはすでに戦いに行くための光が宿っていた。

「フェイト………。」

これからフェイトが行おうとしていることははっきり言って無謀そのものだ。

もちろんそのことはフェイト自身も分かっている。それでもフェイトに立ち止まるという選択肢はなかった。そのことを分かっているアルフはそれ以上何もいうことはできない。
自分ができるのはフェイトの邪魔をするものをフェイトの敵を排除するだけ。そうアルフは自分に言い聞かせる。

そしてフェイトの脳裏には闘牙となのはの姿が浮かぶ。

きっとこれからまたあの二人と闘うことになる。

あの二人に出会ってからフェイトは自分が母親のこと以外にあの二人のことを考えるようになっていることに気づいていた。

母さんのために。それがフェイトすべてであり、生きる意味だった。それだけあればいいと、そう思っていた。

でも、闘牙と出会って、あの女の子と出会って知らず惹かれていっている自分に気づき始めていた。しかしその感情が何なのかフェイトには分からない。

自分が知らない自分と母さんを想う自分。

二つの感情にフェイトは板挟みになりつつあった。だがフェイトは一度頭を振りかぶり混乱しかけた自分を諫める。


(迷っちゃだめだ……私は……私は母さんの……母さんのあの笑顔のために闘うんだ……!!)

フェイトはそう自分に言い聞かせ、アルフと共に部屋を後にする。




その願いが決して叶わないことを知らずに………。






「なのは、ユーノ!」
「闘牙君っ!」
「闘牙っ!」

闘牙たちは走りながら合流しリンディ達の元に向かっていく。それは管内に警報が鳴り響いたからだった。そして闘牙たちが辿り着き見上げた巨大なモニターには

暗雲が立ち込めた海にいくつもの竜巻が起きている信じられないような光景が映っていた。それは自然には絶対に怒らないような規模の竜巻だった。
そしてその竜巻の中に二つの人影がある。それはフェイトとアルフだった。

「フェイトちゃんっ!?」

その光景になのはは悲痛な叫びを上げる。フェイトとアルフはジュエルシードによって発生した竜巻を何とかしようと挑むもその圧倒的力に翻弄され続けている。このままでは力尽きてしまうのは明白だった。

「何とも無茶する子ね……。」

リンディはそうどこか難しい顔をしながらそう呟く。海に落ちたジュエルシードを魔力を打ち込むことによって強制的に発動させ封印する。しかもその数は七個。それは無謀極まりない行為だった。

「あ……あの、私、急いで現場に……。」

なのははそう言いながらすぐさま現場に向かおうとするが


「その必要はない。あのまま放っておけばあの子は自滅する。」

クロノはそう冷静になのはに告げる。

「え……?」

なのはは一瞬クロノが何を言っているのか分からず立ちすくんでしまう。しかしその言葉の意味に気づき、驚愕する。それはフェイト達を見捨てるということだった。ユーノと闘牙もそのことに気づき、苦悶の表情をみせる。

「……自滅しなくても力を使い果たしたところで叩く。」

そんななのはたちの様子を見ながらもクロノはそう淡々と続ける。それは執務官としてのクロノの顔だった。

「残酷に見えるかもしれないけど……それが最善。」

リンディもそうクロノの言葉に続く。アースラといえどその戦力、人員は無限ではない。それは指揮官として艦長として当然の判断だった。

それは闘牙にも分かっていた。

今の自分は十七歳。組織がどういう物でリンディ達がどんな責務を負っているかは少しは分かっている。

フェイト達はどんな事情があろうともその行為は犯罪、犯罪者であることは間違いない。

そして管理局はそれを取り締まる組織。リンディ達の言うことは間違いなく正しい。最善だ。

なのに。


どうして自分の心はこんなにもざわつくのか。

モニターに映るフェイトの姿。

その表情に何故こんなに胸が締め付けられるのか。

何故――――


そう闘牙が戸惑った瞬間、


腰にある鉄砕牙が騒ぎだす。


(鉄砕牙………)

それはまるで闘牙に訴えかけているようだった。

鉄砕牙は闘牙の心に反応していた

鉄砕牙は闘牙の心の迷いを冥道残月破を放った後から感じ取っていた。それはこれまで闘牙が闘ってきた理由。誰かを守りたいという気持ちが揺らいでしまっていたことを意味していた。

鉄砕牙と天生牙は自ら使い手を選び、自らが認めた使い手にしか力を貸さない。

そして鉄砕牙と天生牙を使いこなすにはそれに相応しい「強さ」と「心」が必要になる。

闘牙はこれまで鉄砕牙を手に入れた時から「かごめを守りたい」という強い思いを持ち続けながら闘い続けてきた。

その心は一度も折れることなく育まれ、妖怪化の制御という「強さ」を手に入れ闘牙は鉄砕牙の真の継承者となった。

だがかごめを失ったことで闘牙の心は折れ、その気持ちは失われてしまっていた。

しかし再び犬夜叉の力を手に入れ、なのはとユーノに出会ったことで闘牙は再び誰かを守りたいという心を取り戻し、それに鉄砕牙も応えた。

その心は間違いなく闘牙自身の気持ち。決してかごめの代わりでもない、偽物でもない、本当の気持ちだった。だが闘牙はそのことに気づかず、迷い苦しんでいる。


鉄砕牙はそのことを闘牙に気づかせるためにそして、闘牙ならその「心」を取り戻してくれると信じただ待ち続けていたのだった……。



闘牙はそんな鉄砕牙の気持ちに気づき、自分の想いが、闘う理由が間違いではなかったことを悟る。




そうだ――――

俺には何が正義で何が悪かなんて分からない――――

元々そんなことを考えるなんて性に合わない――――

俺は管理局でも――――

正義の味方でもない――――

いつだって俺は――――


俺自身の心に従ってきた――――


そして俺は目の前の少女を――――




闘牙はそのことを思い出し、なのはとユーノに目を向ける。そんな闘牙の視線に当然のように二人は頷く。三人の心は既に一つになっていた。そして闘牙たちはそのまま転送装置の場所に迷いなく向かっていく。

「君たち、何を!?」

そんな闘牙たちにクロノが驚きの声を上げる。しかし間に合わず既に転送は始まってしまう。闘牙たちは罰が悪そうな顔をしながら

「ごめんなさい、後できちんと謝ります!」
「悪いな、クロノ。あとで説教でも何でも受けるさ。」
「行くよ、なのは、闘牙!」

そう言い残し、アースラから姿を消したのだった……。





「ハアッ……ハアッ……」

フェイトは肩で息をし、苦悶の表情を浮かべながら竜巻に対峙する。すでにジュエルシードを発動させるためにつかった魔力によって体力は消費し、疲労困憊。加えてジュエルシードの数は七個。これだけの数のジュエルシードを封印することはいくらフェイトといえど不可能だった。しかしフェイトはそんなことなど関係ないといわんばかりにバルディッシュを手に構え竜巻に挑んでいく。だがその強力さによってフェイトはそのまま吹き飛ばされてしまう。

「フェイトっ!フェイト―――っ!!」

アルフがそんなフェイトを救おうと近づこうとするも他の竜巻の攻撃のよって近づくことができない。そして吹き飛ばされたフェイトに向かって無数の竜巻が襲いかかってくる。

(母さん………トーガ………)

フェイトはそのまま目を閉じることしかできない。そしてその攻撃がフェイトを飲み込もうとした瞬間、


桜色の砲撃が竜巻を貫き、その軌道を変えていく。

そして次の瞬間、フェイトはそのまま誰かに抱きかかえられながらに上空に連れだされる。フェイトの目を開けた先には


「よう、随分無茶してるじゃねえか。」

そうどこか場違いな口調で自分に微笑みかけてくる闘牙の姿があった。

「トーガ……?」

フェイトは自分の目の前の光景が信じられないといった様子で目を見開くことしかできない。そんな中

「闘牙君ばっかりずるい!」

そうどこか不機嫌そうななのはが二人に近づいてくる。ユーノはそんななのはの様子に苦笑いするしかない。

「フェイト、一人で飛べるか?」
「う……うん。」

フェイトは戸惑いながらも闘牙の腕から離れその場に浮かぶ。何故ここに闘牙たちがいるのか。何故自分を助けてくれたのか。フェイトは事態が分からず困惑するしかない。

「フェイトっ!!」

そんな中何とか竜巻から脱出したアルフが凄まじい速度でフェイトに近づき抱きついてくる。その目には涙が浮かんでいた。そしてアルフはそのままフェイトを庇うようにその前に立ちふさがる。しかしそんなアルフを見ながらもなのははそのままフェイトに近づいてくる。

「いったい何のつもりだい!?」

アルフはそう言いながらなのはを威嚇する。しかしなのははそのままレイジングハートから自らの魔力を形にした物をバルディッシュに向かって譲り渡す。その瞬間、フェイトの中にその魔力が浸透していく。フェイトとアルフはその光景に驚くことしかできない。

「ふたりできっちり半分こ!」

なのははそう笑いながらフェイトに告げる。なのはは自らの魔力の半分をフェイトに分け与えたのだった。それはなのはの気持ちを表したものだった。

なのはの脳裏にかつての悲しかった日々が蘇る。士郎が怪我をし、桃子、恭也、美由希はお店と家のことで手一杯となりなのはは一人家で過ごす日々が続いた。

ひとりぼっちで過ごすことの寂しさ。それをなのはは誰より理解していた。そんななのはが一番欲しかった物。

それは喜びも悲しみも半分に分けあえる、そんな存在。そして今、自分にはユーノと闘牙という二人の仲間がいる。二人がいればきっと何でもできる。なのはは自分がフェイトに伝えたいことを見つけ出す。


しかしその瞬間、ジュエルシードによって起こった竜巻が一つにつながり、巨大なハリケーンへと姿を変える。その強力さは先程までの比ではない。その脅威にフェイトとアルフの顔が曇る。しかしなのはとユーノには不思議と焦りはなかった。その視線の先には
鉄砕牙に手を掛けた闘牙の姿があった。

「お前ら、危ねえから少し離れてろ。」

「トーガ……!?」

一人ハリケーンに向かっていく闘牙に驚き、フェイトはそれを止めようとする。しかし

「大丈夫だよ、フェイトちゃん。」
「うん、闘牙は絶対に負けない。」

なのはとユーノがそう絶対の信頼を持ってフェイトに告げる。フェイトはそんな二人の言葉に驚きながらも闘牙を見つめ続ける。


闘牙は一人、目の前のハリケーンに向かい合う。その強力さは先程までの比ではない。だが今の自分は誰にも負けない。鉄砕牙の鼓動が聞こえてくる。自分の心が高まってくるのを感じる。闘牙はそのまま一気に鞘から刀を抜き放つ。その手には復活した鉄砕牙が握られていた。

同時にその刀身に風が巻き起こる。その力は以前と同様、いやそれ以上の力が満ちていた。


まだ自分の答えを見つけられたわけじゃない。


だがそれでも


悩むのも後悔するのは後でいい。


今はただ――――


目の前の少女を守るために――――!!



闘牙はそのまま鉄砕牙を振りかぶる。


その力に反応したのかハリケーンがその力を闘牙に向かって解き放つ。


だが


「風の傷っ!!!」


闘牙が全力で鉄砕牙を振り下ろした瞬間、その威力によってハリケーンは一瞬でかき消されていく。それはまるで海を消し飛ばしてしまうのではないかと思うほどの威力だった。

それはまさしくお伽噺の様な光景だった。


「あらまあ………。」
「す……すごい………。」
「な……なんてでたらめな………。」

リンディ達はその光景を唖然とした顔で眺めるしかない。暴走したジュエルシード七個分の力を持ったハリケーンをたった刀の一振りで消し飛ばす。とてもリンディ達の常識では測りきれないものだった。

フェイトとアルフも目の前の光景に目を奪われるしかない。闘牙が強いことは分かっていたがこれほどまでとは想像していなったからだ。

しかしジュエルシードは再びその力によって竜巻を引き起こそうとする。それに気づいたなのはとユーノは封印の体勢に入る。

「行くよ、なのは!」
「うん!」

ユーノはそのままチェーンバインドによって再び起こり始めようとするジュエルシードを拘束していく。しかしその数が多く全ての力を抑え込むことができない。そのことにユーノが焦りを感じた時、オレンジ色のチェーンバインドがそれを助けるかのようにジュエルシードに巻きついていく。それはアルフによる物だった。

「アルフさん!」

「借りを返すだけだよ、今回だけさ!」

なのはの喜びの声にそうどこか照れくさそうにアルフが答える。同時になのはは砲撃魔法の体勢に入る。フェイトはそんな三人の様子に目を奪われながらこれまで感じたことない感情に支配される。それが何なのかフェイトには分からない。でもこの気持ちはきっと……。


『Sealing form, setup』

フェイトの心の変化を感じ取ったかのようにバルディッシュがその形態を変える。

「バルディッシュ……」

フェイトはそんなバルディッシュを驚きながら見つめた後、そのまま封印の体勢に入る。そして


「ディバインバスター……フルパワ――――っ!!」
「サンダ―――……レイジ――――っ!!」

なのはとフェイトの封印魔法が同時に海底にある全てのジュエルシードの向かって放たれる。その力によって暴走した魔力が次々に収まって行く。そして辺りはまるで嵐が収まったかのような静けさに包まれる。


そんな中、なのはとフェイトはそのまま互いを見つめ合う。なのははどこか嬉しそうな笑みを浮かべながらフェイトを見つめている。フェイトはそんななのはに思わず見とれてしまっているようだった。そんな二人を闘牙とユーノは静かに見守っている。そして


「私……フェイトちゃんと友達になりたいんだ。」


なのははそう真っ直ぐに自分の気持ちをフェイトに伝える。フェイトはそんななのはの言葉に驚きの表情を浮かべる。


『友達』


それは自分が全く考えたことのない言葉だった。

目の前の女の子は

こんな私と友達になりたいと言ってくれている。

私――――


私は――――


フェイトがそのまま何かを口にしようとしたその瞬間、





紫の雷が全てを奪い去っていた――――



[28454] 第11話 「誓い」
Name: 闘牙王◆53d8d844 ID:e8e89e5e
Date: 2011/07/19 21:52
薄暗いアースラの一室に五つの人影がある。一つはリンディ。大きなテーブルに両手をつきながら真剣な表情で闘牙、なのは、ユーノの三人を見つめている。そして少し離れたところにクロノは控えていた。

「命令違反に独断行動……本当なら厳罰になるのですが……結果として得るものもありました。よってこの件は不問とします。」

リンディはそう言いながら三人に目をやる。闘牙たちはその言葉にほっと胸をなでおろす。

「ただし、二度目はありませんよ、いいですね?」

リンディはそう三人に釘をさす。そんなリンディの言葉に慌てながらも闘牙たちはすぐさま頷く。

今、闘牙たちはフェイトを助けるために命令を無視してしまったことに対する説教を受けている最中だった。闘牙たちも怒られることは覚悟の上だったがなのはとユーノは艦長としてのリンディの顔に少し萎縮してしまっているようだった。最悪、アースラから下ろされることも闘牙は考えていたため思ったよりも軽い説教で済んだことにほっとする。しかし。そんな中

「それと闘牙君の刀……鉄砕牙についても考えないといけませんね……。」

そうリンディは少し考えるような仕草を見せながら闘牙の腰の鉄砕牙に目をやる。先程の海上で見せたジュエルシードの暴走を一振りで薙ぎ払った力。闘牙から口頭ではそのことを聞いていたリンディだったがあれほどの物だとは予想外だった。

質量兵器の上にあれだけの力。場合によってはロストロギアに指定される可能性もある。だが制御という点では闘牙しか使えない代物であること、短い間だが闘牙の人となりを見れば危険は少ないとみていいだろう。ここで鉄砕牙を取り上げる、もしくは協力を断ったところで闘牙がそれに応じる性格ではないことも明らか。そんなことをすればなのはやユーノの協力も得られなくなる可能性もある。何よりもフェイトを無力化できる戦力が抜けることは大きな痛手になる。先の雷の攻撃からも犯人はフェイトだけではない。様々なことを考慮した結果

「……鉄砕牙についてはあの技を人に向けて使うことは禁止、それを守れなかった場合にはこの事件からは手を引いてもらいます。それでいいですね?」

リンディはその辺りが落とし所だろうと判断し闘牙に提案する。

「はい、分かりました。」

闘牙はそんなリンディの提案にすぐさま了承する。鉄砕牙を取り上げられるのではないかと内心焦っていたため闘牙は胸をなでおろす。風の傷については言われるまでもなく人に向けて使う気などさらさらなかったので何の問題もない。なのはとユーノも今まで通り闘牙が闘えることに安堵しているようだ。リンディはそんな三人の様子を満足そうに見た後にさらに話を続ける。

「クロノ、先程の攻撃について心当たりがあると言っていたけれど」

先程の攻撃とは闘牙たちを襲った紫の雷のことだった。なのはがフェイトに話しかけ、フェイトがそれに答えようとした瞬間、上空から突然、紫の雷が闘牙たちを襲ってきた。フェイトはその直撃を受けながらもアルフとともにその場を離脱。アースラも同様に攻撃を受けその混乱に乗じてジュエルシードも奪われてしまった。闘牙もなのはを庇うためにその攻撃を鉄砕牙で斬り裂いたのだがその威力に驚かされた。間違いなくこれまで自分が闘ってきた魔導師の中で一番強力なものだったからだ。

「はい、あの少女、フェイト・テスタロッサのテスタロッサという名前に聞き覚えがあったので調べていたんです。」

クロノはそう言いながらテーブルの上にモニターを表示する。そこに一人の女性の姿が映し出される。黒い服を着た妙齢の女性の姿がそこにはあった。

「僕らと同じミッドチルダ出身の魔導師、プレシア・テスタロッサ。かつて大魔導師とまで呼ばれていた人物です。」

そしてクロノは続けて説明していく。

プレシアが次元航空エネルギーの開発を行っていたこと。違法研究と事故によって放逐されたこと。先程の雷の魔力波動も登録されたものと一致していたこと。そしてフェイトは恐らくプレシアの娘であること。

「フェイトちゃん、雷が落ちた時に言ってました……『母さん』って……。」

なのはは顔を俯かせながらそう話す。その言葉は近くにいた闘牙の耳にも聞こえていた。

「でも……驚いてるって言うより何だか怖がってるみたいでした……。」

なのはは言いづらそうにしながら自分が感じたことを伝えていく。その言葉に皆、考え込んでしまう。

そんな中、闘牙の中には確信に近いものが生まれつつあった。以前フェイトが言っていた母親のためにジュエルシードを集めているということ。そしてあの腕や恐らく体中にあるであろう傷。それが意味するもの。知らず闘牙の手は握りこぶしになっていた。


「エイミィ、プレシア・テスタロッサに関する情報を可能な限り集めて頂戴。クロノ、アースラのシールドの強化と武装局員の増員を要請して。」

「はい。」
「分かりました。」

クロノとエイミィはリンディの指示に従いすぐさま動き始める。どうやら本格的にアースラが動き始めるようだ。自分たちはどうするべきか闘牙たちが考えていると

「あなたたちは一旦元の世界に戻った方がいいでしょう。少し準備に時間がかかるだろうし。特になのはさんは学校もあるでしょうから、一度顔を見せておいた方がいいわ。」

リンディはいつもの親しみやすい雰囲気に戻りながらそうなのはたちに提案する。なのははまだ何か思うところがあったようだが

「なのは、とりあえず一旦帰るぞ。みんな心配してるだろうし、今俺たちがいてもできることはないしな。」

「……うん。」

闘牙はそうなのはを諭し、リンディの提案を受け入れ一旦元の世界に戻ることにするのだった……。




次元空間のはざまに巨大な要塞の様な物が存在している。それは時の庭園と言われるプレシア・テスタロッサの本拠地だった。そしてその庭園内の建物の中に一人倒れている少女の姿がある。それは傷つき、意識を失ってしまっているフェイトだった。

「フェイトっ!!」

アルフはすぐさま自ら主の元に近づき、その体を抱きかかえる。しかしフェイトは意識を取り戻すことはなかった。その姿がどれほどひどい仕打ちをフェイトがプレシアから受けたのかを物語っていた。

あの雷の攻撃の後、時の庭園に戻ったフェイトはそのままプレシアの部屋に連れて行かれ、そのまま罰と称した虐待を受けていた。アルフはフェイトの悲鳴を聞きながらもどうすることもできない。自分がプレシアに楯突けばその分フェイトがさらに辛い目に会ってしまうからだ。そう言い聞かせてアルフは何とかこれまで自分を抑えてきた。しかしそれももはや限界だった。

(許さない……!!絶対に許さないっ!!)

アルフは自分の中の何かが切れてしまったことを感じる。アルフは凄まじい怒りの感情に支配されてしまっていた。アルフは自らの拳を振るい、プレシアがいる部屋の扉を吹き飛ばす。そして煙が晴れた部屋の奥には黒い服を着、冷たい雰囲気を纏ったプレシア・テスタロッサの姿があった。

プレシアは一度、アルフの方に目をやるが興味はないとばかりにすぐに自分の作業に戻ろうとする。まるでアルフのことなど眼中にない。いないも同然だと言わんばかりの態度だった。その瞬間、アルフは獣になった。

「あああああっ!!」

アルフは狼本来の様な動きで一瞬でプレシアとの距離を詰め殴りかかる。しかしそれはプレシアのシールドによって難なく弾かれてしまう。

「ぐっ!!」

吹き飛ばされながらもアルフは凄まじい殺気をプレシアに向け続ける。しかしプレシアはそれを受けながらも表情一つ変えない。それは二人の間の絶対的な力の差から生まれている物だった。アルフとてそのことは十分わかっている。自分では逆立ちしたところで目の前のプレシアには敵わないだろう。だがそれでもアルフはフェイトに命を救ってもらったあの時から、フェイトを守ると心に誓った。その誓いを守るために自分は引くわけにはいかない。

「うあああああああっ!!」

咆哮を上げながら再びアルフはプレシアに向かっていく。しかしやはりそれはシールドによって拒まれてしまう。だが

「あ……ああああああっ!!」

アルフは自分の限界以上の魔力を両の手に込め力づくでそのシールドをこじ開けていく。

しかしそれに合わせてアルフの手は鮮血に染まって行く。しかしアルフはそんなことは関係ないとばかりにシールドをこじ開けていく。フェイトが感じた痛みや苦しみに比べればこんなものは何でもない。アルフはそのままシールドを破り、そのままプレシアの掴みかかる。

「あんたはあの子の母親で……あの子はあんたの娘だろうっ!!」

アルフはプレシアに顔を近づけながらそう慟哭する。しかしそんなアルフを見ながらもプレシアは表情を崩さない。

「なのに何で……あんなに頑張ってる子に……あんなに一生懸命な子に……」

知らずアルフの目に涙が溢れる。フェイトがどんな気持ちで、どんなに身を削って、どんなに傷つきながらプレシアのために、母親のために頑張ってきたのか。誰よりも分かっているからこそアルフはプレシアを許せない。

「なんであんなにひどいことができるんだよっ!?」

そう叫んだ瞬間、アルフは吹き飛ばされてしまう。それはプレシアの手から放たれた魔力の波動によるものだった。アルフはそのまま後方の階段に向かって吹き飛ばされ激突する。しかしその痛みに顔を歪めながらもアルフはプレシアから顔を背けようとはしなかった。

「……あの子は使い魔の作り方が下手ね。余分な感情が多すぎる。」

プレシアはそう冷たく呟きながらアルフに近づいていく。その手には杖が握られていた。

「フェイトは……あんたの娘は……あんたに笑ってほしくて……優しいあんたに戻ってほしくて……あんなに……!」

痛みに耐えながらもアルフはそうプレシアに訴え続ける。しかしプレシアはそのまま自らの杖をアルフに向け、とどめを刺そうとする。

「くっ……!!」

その瞬間、アルフは咄嗟に手を地面に着き転移魔法を発動させる。同時にプレシアの攻撃が辺りを破壊していく。そして煙が晴れた先には大きな破壊による穴の痕が残っているだけだった。


(誰か……誰か……フェイトを………)

転移の最中、アルフはそうフェイトの身を案じながら意識を失った……。





「ただいま、アリサちゃん、すずかちゃん!」

なのはそう元気よく二人の親友にあいさつをする。なのははアースラから元の世界に戻り。久しぶりに学校に登校してきたのだった。

「なのはっ!?」
「なのはちゃん、いつ帰ってきたの!?」

なのはがいることに驚きながらも喜びの声を上げながらアリサとすずかがなのはに近づいてくる。そしてなのはは二人に質問攻めに会ってしまう。アースラに行くことは既に話していたのだがあまり詳しい事情までは話す時間がなかったからだ。なのははそんな二人に困惑しながらもこれまでの事情を説明していく。

ジュエルシードのこと。

リンディ、クロノ、エイミィのこと。

そしてフェイトのこと。

「大変だったんだね。」
「でももうすぐ終わりそうなのね。」

「うん……きっとそうなると思う。」

アリサの言葉になのははそう答える。何となくであるがジュエルシードから始まったこの事件はもうすぐ終わることになる。そんな予感がなのはの中にはあった。真剣な表情のなのはを見ながら二人はさらに話を振ってくる。

「……それじゃあ、そのフェイトって子と友達になれたらすぐに紹介してよね!」
「私たちも楽しみにしてるの。」

アリサとすずかはそう笑いながらなのはに告げる。その言葉は今のなのはにとっては何よりも勇気づけられる言葉だった。

「うん、約束する!」

なのははこの世界が自分にとって帰る場所なのだということを実感し知らず笑顔を取り戻す。いつもの表情に戻ったなのはに二人は安堵しながらもアリサは先程の話で気になったことがあったことを思い出す。

「そういえばなのは、ユーノってもう人間に戻れるようになったんでしょ?」
「?そうだけど……。」

アリサが何を聞きたいのか分からずなのはは首をかしげる。

「でもあんたさっきまだ一緒の部屋で寝てるって言っなかった……?」
「そうだよ?それがどうしたの?」

アリサは何とか自分の意図をなのはに伝えようとするがなのはには全く通じていないようだ。既に以前、同じことを聞いたすずかはそんなななのはに苦笑いするしかない。

「なのは……あんた結構大物になるかもしれないわね。」
「?」

事情が分からず頭に?マークを浮かべているなのはを見ながらそうアリサは言葉を漏らす。

(ユーノ君……頑張ってね……)

すずかはここにはいないユーノに心の中でエールを送るのだった……。





「ふう……」

そう溜息をつきながら闘牙は椅子に腰を下ろす。今、闘牙は久しぶりの翠屋のバイトの休憩中。やっと仕事を覚えられたところでのアースラへ行くことになったため、勘を取り戻すまで時間がかかり闘牙はいつもより疲労してしまっていた。自分が元の世界に、日常に戻ってきたことを実感しながらそのまま何をするでもなくぼーっとしていると

「お、ここにいたのか。闘牙君。」

「士郎さん……?」

厨房で働いていたはずの士郎がいきなり姿を現す。どうやらその口ぶりから自分を探していたようだ。

「どうしたんですか、お客さんがたくさん来たとか?」

人手が足りなくなったのかと思い、闘牙はその場を立ち上がろうとするが

「いや、そういうわけじゃない。ちょっと闘牙君と話したいと思っただけだよ。」

そんな闘牙を制しながら士郎は対面するように休憩室のいすに座る。闘牙はそんな士郎の様子に首を傾げるしかない。士郎はそのまま何度か闘牙を見直した後

「どうやら、迷いはなくなったようだね。」

そう告げる。

「え?」

闘牙はそんな士郎の言葉に呆気にとられてしまう。そんな闘牙の様子がおかしかったのか士郎は笑いながら闘牙に向き合う。

「どうしてそのことを……。」

闘牙は鉄砕牙が使えなくなってからは特になのはたちには心配は掛けないように振る舞ってきたつもりだった。しかしそれをあっさり見破られてしまったことに驚きを隠せない。

「まあこれでも三児の父だからね。そのぐらいは分かるさ。流石に何に悩んでるのかまでは分からなかったが……。」

士郎と桃子は闘牙が最初から何か無理をしていること、それを隠そうとしていることには気づいていた。だが無理にそれを聞き出しても意味がないと考え、見守っていたのだった。

「なのはとユーノ君のことをお願いしているからあまり強く言える立場じゃないが……無理はしないようにしなさい。」

士郎はそう優しく諭すように闘牙に話しかける。それはまるで息子に話しかける父親のようだった。

「君もまだ十七歳だ……どうしても困った時には大人を頼りなさい。僕じゃ言いづらくても桃子さんもいるしね。」


「……はい!」

ただ純粋に自分のことを心配してくれる存在がいることの大切さに闘牙は改めて気づき、そう力強く頷く。士郎もそんな闘牙の様子を見て安心したような顔を見せる。そんな中

「大変、士朗さん、闘牙君こっちに来て!」

店の入り口の方からそんな慌てた桃子の声が聞こえてくる。何があったのかと思いながらも二人は急いで声がしたほうに向かっていく。

そこには怪我をし、衰弱をした赤い狼の姿があった。


「アルフっ!?」

その狼がアルフであることに気づいた闘牙は慌ててそばに駆け寄って行く。何故アルフがこんなところに。何故こんな姿で。闘牙は今の状況が理解できず混乱するしかない。だが


「お願いだよ……闘牙……フェイトを……フェイトを助けて……。」

アルフはそんなボロボロの体でそう闘牙に話しかけてくる。今まで決して自分のことを名前で呼ばなかったアルフが自分に頼みごとをする。その言葉に込められた思いに闘牙は気づく。

アルフはプレシアの攻撃を受ける前に間一髪のところで転移することができた。しかしその体は満身創痍。とても魔法を行使できるような状態ではなかった。加えてここには頼ることができる人も場所もいない。ただ一つ、闘牙となのはを除いて。そしてアルフは以前闘牙に会いに行ったフェイトを尾行していたことで闘牙が翠屋にいることを知っていた。


アルフは残された力を振り絞って闘牙に助けを求めてきたのだった……。




闘牙はそのままアルフを急いで高町家に運び、ユーノに治癒魔法を施してもらった。そのおかげがアルフは話すだけなら問題ないレベルまで回復することができた。どうするべきか少し悩んだが闘牙はそのままクロノに連絡を取ることにする。すぐにサーチャーが闘牙の部屋に現れ、クロノは念話でアルフと会話を始める。念話が使えない闘牙はユーノに通訳してもらいながらその話を聞き続ける。

『どうやら複雑な状況らしい……君たちの事情をきちんと話してくれれば、君の主、フェイト・テスタロッサも悪いようにはならないよう約束する。』

クロノはそう静かにアルフに提案する。アルフはしばらく目をつぶった後

『分かった……話すよ、全部。』

静かにこれまでの自分たちの状況を話し始める。


フェイトの母親、プレシア・テスタロッサが全ての始まりであること。

プレシアが欲したジュエルシードを手に入れるためにフェイトは動いていたこと。

フェイトはただ母親のために闘っていたこと。

しかしプレシアはそんなフェイトに虐待を繰り返していたこと。

そんなプレシアに我慢できず自分がプレシアに歯向かい、深手を負ったこと。




『そんな……』

その話を聞いたなのははそう悲痛な声を上げる。なのはは学校にいる最中だが念話によって会話に参加している。闘牙もユーノもそんなアルフの話に口をはさむことができない。クロノは少し思案するような仕草を見せた後

『……これまでの状況から考慮してもどうやら疑う余地はないようだ。これから本件はプレシア・テスタロッサの逮捕を目的に動くことになる。悪いが明日には闘牙たちと一緒に来てもらうことになる。それで構わないか?』

『ああ、宜しく頼むよ……』

アルフがそう答えると同時にサーチャーは消え、部屋には闘牙とユーノ、アルフの三人だけになった。闘牙はとりあえずアルフが体力を回復するのを邪魔するわけにはいかないと思い席をはずそうとする。だが


「闘牙……今更、虫がよすぎるってのは分かってる……でも……フェイトを……フェイトを助けてやってほしいんだ……。」

絞り出すような声でアルフはそう闘牙に懇願する。その目には涙があふれ始める。

「あたしじゃあ……フェイトを守ることも……プレシアを止めることもできなかった………。」

涙は止まらず、涙声になり嗚咽を漏らしながらアルフは自身の心内を吐露する。それはこれまで誰にも言えずため込むことしかできなかったアルフの心の叫びだった。

「でも……フェイトはあんたと……あんたと話してる時は本当に楽しそうだった……あれが……あれがフェイトの本当の姿なんだ………だから……だから………」

そんなアルフの頼みを聞きながら闘牙はアルフの頭に手を乗せる。そして

「……分かった、後は任せろ。」

そう闘牙力強くそれに答えるのだった……。





その日の夜、闘牙はなのはの元を訪れていた。闘牙の方からなのはの部屋に訪れるのは珍しいためなのはもどこか緊張した面持ちを見せる。そして

「なのは、頼みがある。」

闘牙はそうなのはに切りだしてくる。

「「え?」」

そんな闘牙になのはとユーノはあっけにとられたような顔をする。闘牙から頼み事をされることなど初めてだったからだ。そして

「なのは、お前がフェイトを止めてやってくれないか?」

闘牙はそうなのはに頼みこむ。


闘牙ならフェイトを無力化し助け出すこともできるだろう。でもそれではきっと意味がない。

フェイトを本当の意味で止められる、助けられるのはなのはだけなのだと闘牙はそう考えていた。

『誰かと分かりあうため』の力を求めている、フェイトと対等に、ぶつかり合い、そして『友達』になりたいと願っているなのはだからこそきっとフェイトを救うことができると。

そして自分が本当に戦うべき相手はフェイトではない。そう闘牙は考えていた。


そんな闘牙の想いが通じたのか、なのはは真剣な様子で闘牙を見つめた後、

「当たり前だよ。それに私だけじゃない。『みんな』でフェイトちゃんを助けよう!私たちは仲間なんだもん!」

そう笑いながら闘牙に告げる。その言葉はかつて闘牙がなのはに告げた言葉でもあった。そのことに気づき、驚きの顔を見せた後、闘牙も笑みを浮かべる。


「……ああ、宜しく頼むぜ、なのは、ユーノ!」

「うん!」
「頑張ろう、闘牙!」

三人は決意を新たに誓い合う。



自分にはなのはとユーノ、クロノやリンディ、エイミィ。



そして自分の帰りを待ってくれる高町家のみんな。




仲間と帰る場所が自分にはある。



恐れるものは何もない。




三人の出会いから始まった物語は一気に終息に向かおうとしていた………。




[28454] 第12話 「想い」
Name: 闘牙王◆53d8d844 ID:e8e89e5e
Date: 2011/07/23 09:11
今、アースラの制御室に四人の人影がある。それはリンディ、クロノ、エイミィと人間の姿になっているアルフだった。

「つまり、プレシア・テスタロッサが目的を果たすためには今まで手に入れた以上のジュエルシードが必要なのね?」

「ああ……あいつはそう言ってた……そのせいでフェイトは……」

リンディの質問にアルフは苦渋の表情を浮かべながらそう答える。アルフがアースラに保護されてからすでに三日が過ぎようとしていた。アースラはシールドの強化、戦闘局員の増員を終え既に臨戦態勢に入っている。そして先の闘いからまだプレシアもフェイトも行動を起こしていない。すぐにでもフェイトを助けに行きたいアルフだがフェイトがいる時の庭園は常に次元空間を移動しており、その座標はフェイトにしか分からない。そんな状況にアルフは焦りを感じているのだった。そんなアルフの様子を見て取ったクロノは冷静に現状を口にする。

「既に二十一あるジュエルシードはこちらで確保したものとプレシアに奪われたもので全て出揃っている。プレシアがさらにジュエルシードを手に入れるにはこちらに接触してくるしかない。そしてどうやら君の話から考えるにプレシアはジュエルシードの確保をかなり焦っている節がある。近いうちに必ず仕掛けてくるはずだ。」

「そうね……その時がフェイトさんを助けるチャンスになるわ。だから焦らずに待ちましょう。」

リンディがそうクロノの言葉に頷きながらアルフに話しかける。アルフはその言葉に頷きながらも俯いてしまう。アルフはフェイトと精神的にもリンクしている部分がある。アルフには今もフェイトが苦しみ、悩んでいることが伝わってくる。しかし今の自分にはどうすることもできない。そんなことを考えていると

突然、大きな爆発音と衝撃がアースラを襲う。その瞬間、船員たちに緊張が走る。

「どうしたの、敵襲っ!?」

リンディがそう叫びながらエイミィに確認する。アースラは今、常に警戒状態にありいつでも襲撃に備えることができるようにしていたはず。そう思いながらもリンディとクロノは戦闘体勢に入ろうとする。しかし

「敵襲じゃありません!これは……え……?訓練室……?」

エイミィはそう戸惑った声を上げる。どうやらプレシア達ではないようだがエイミィにも様子が分からないらしい。クロノとアルフはそのまま急いで先程の衝撃の原因があると思われる訓練室へと急ぐ。そして辿り着いた訓練室には


ボロボロになった闘牙が床にうつぶせに倒れ込んでいる姿があった。

「なっ……!?」
「闘牙っ!?」

そんな闘牙の様子にクロノとアルフは驚きの声を上げる。闘牙はそのまま動こうとはしない。いや動けないようだ。しかもその倒れている場所はまるで隕石が落ちたかのようなクレーターができている。一体何があったのか。二人が呆然としていると

「闘牙君っ!?」
「と……闘牙っ!?」

訓練室にいたなのはとユーノが慌てながら闘牙に近づいてくる。なのははバリアジャケットの姿。どうやらいつものように闘牙となのはが模擬戦をしていたようだ。特に最近はフェイトとの戦いに備えていつも以上の過酷な訓練をなのはが闘牙から受けているところをクロノとアルフは何度も目にしていた。だが一体何があればこんな惨状になるのか。そんなことを考えていると

「うっ………」

うめき声を上げながら闘牙がよろよろとその場を立ち上がる。しかしその足はふらつきまだ意識がもうろうとしているのか何度も頭を振っている。

「だ……大丈夫……?闘牙君……。」

どこか罰が悪そうな顔で恐る恐るといったようになのはがそう闘牙に話しかける。ユーノはそんななのはの様子に顔をひきつらすことしかできない。ユーノ自身もどこか戸惑いを隠せないような様子だ。

「君たちは一体何をしてたんだ……?」

そんな三人にクロノは戸惑いながらも問いかける。この訓練室には何重もの結界が張られ高ランク魔導師が模擬戦をしても問題がないほどの強度がある。にも関わらずあの衝撃と目の前の惨状。一体何があったのか。闘牙はそんなクロノの疑問に答えることなく

「もうお前とはしばらく模擬戦はしなくていいかもな……」

そうどこか悟った様な表情で呟く。あの砲撃、光は下手をするとトラウマものだ。しかもこんなにボロボロになったのはいつ以来だろうか。もしかしたら竜骨精たちとの戦い以来かもしれない。まさか手加減していたとはいえ、なのはに、しかも模擬戦でこんな目に会うとは闘牙も思っていなかった。もしかしたら自分はとんでもない相手を育てていたのかもしれない。闘牙はなのはの戦い方の師としてうれしいやら恐ろしいやら複雑な気持ちになってしまっていた。

「な……なんでっ!?」

なのははそんな闘牙の言葉に焦りながら弁明しようとするが闘牙は心ここに非ずと言った様子で答えようとはせず、

「ユーノ君も何とか言ってよ!」

なのはは何とかユーノにこの場を納めてもらおうするが

「……………ごめん……なのは……」

ユーノはそう言いづらそうにしながら目を背ける。そしてユーノは密かに、なのはだけは本気で怒らせないようにしようと心に誓う。

なのはは二人のそんな態度に慌てながらも怒りながら迫って行き、二人はそんななのはから逃げ回っている。クロノはどんな状況でもある意味いつもどおりな三人に溜息をつきながら頭をかく。そして

アルフもそんな三人を見ながら知らず自分の表情が緩んでいることに気づく。

自分は間違っていなかった。闘牙なら、闘牙たちならきっとフェイトを救ってくれる。そんな不思議な魅力、力が闘牙たちにはある。アルフはそう確信するのだった………。






時の庭園の一室でフェイトは一人、自らの手にあるバルディッシュを見つめ続けている。その表情は部屋の暗さによってうかがうことはできない。だがそれでもフェイトが一人、深く悩んでいることは明らかだった。

(アルフ………)

フェイトはそのまま自らの相棒であり、家族であるアルフのことを考える。自分が目覚めた時には既にアルフは時の庭園にはいなかった。その後、フェイトはプレシアからアルフは逃げ出してしまったという話を聞かされた。そして同時にさらに多くのジュエルシードが必要なこと。それをできるだけ早く手に入れてきてほしいと。

フェイトはアルフが逃げ出してしまったという話はおそらくプレシアの嘘であることは何となく理解していた。アルフとの魔力のラインはまだつながっていることからアルフが無事なことは間違いない。フェイトはそのことに気づき安堵する。どこにいるのかは分からないが無事でいてくれるなら。そう思いながらもフェイトはいつも一緒にいてくれるアルフがいないことに寂しさを隠しきれない。

いつも一緒で、明るくて、優しくて、こんな私にずっと一緒にいてくれると、そう誓ってくれたアルフ。アルフが自分にとってどんなに大切な存在だったのか。フェイトは改めて実感する。

そしてフェイトは自分の中に生まれつつある違和感に悩まされる。

それは海中のジュエルシードを封印する前に見た夢。あれ以来フェイトは何度も昔の夢を見るようになった。その頻度も鮮明さもどんどん増してくる。そして同時にまるで自分が自分ではないような違和感がフェイトを襲う。その不安と恐怖がどんどん増してくる。

何故こんなことが起きているのか。自分が誰なのか分からなくなってくる時がある。しかしそれがなぜなのかフェイトには分からない。だがそれでも自分は母さんのためにジュエルシードを手に入れなくてはいけない。


何で母さんがジュエルシードを欲しがっているのかは分からない。でもそんなことは関係ない――――


私がいなくなったら母さんは一人ぼっちになってしまう。そんなのは嫌だ――――


昔の母さんに。何度も母さんを困らせてばかりの私をいつも優しく包んでくれた優しい母さんのために――――


私は戦う――――


その瞬間、フェイトはその身に黒いバリアジャケットを纏う。それは母さんのバリアジャケットを模したもの。いつでも母さんと一緒だと。母さんの力になりたいというフェイトの想いの形。


フェイトはその手にバルディッシュを握りしめながら決死の覚悟で戦いに臨むのだった……。






消灯になったアースラの中をユーノは一人、歩いている。

どうにも眠れなかったためなにか食堂で飲み物でも買おうと思ったからだ。そしてそのままユーノが寝ている人を起こさないよう静かに食堂に足を運ぶとそこには

レイジングハートを握りしめながら何か考え事をしているなのはの姿があった。

「なのは?」
「っ!?ユーノ君!?」

話しかけられるまで全く気がつかなかったのかなのははそんな声を上げながら驚くがすぐにまた座り込んでしまう。そんないつもと様子が違うなのはに気づいたユーノはその隣に座りながら

「どうしたの、なのは?」

そういつものように声を掛けた後、静かになのはの言葉を待つ。

「…………最近、不安になってきたんだ……私……フェイトちゃんを助けてあげることができるのかなって……」

なのははそう自分の心の内を打ち明けていく。それは家族にも闘牙にも打ち明けたことのないものだった。

「闘牙君が、私ならフェイトちゃんを助けられるって言ってくれて嬉しかったの。だから私もそれに応えたいと思って……でも……私……いままでずっと闘牙君とユーノ君と一緒に戦ってきて……フェイトちゃんと一人で闘うのは初めてだから……」

なのはそう呟いた後に俯いてしまう。これまでなのははずっとフェイトと友達になりたい。分かりあいたいという想いを持って闘ってきた。

しかし、自分のそんな気持ちがフェイトに伝わるのか、伝えることができるのか、そして実際に一人でフェイトと闘うのは次が初めて。そんな自分にフェイトを助けることができるのか。

そんな不安をなのはは抱えていた。ユーノはそんななのはをしばらく見つめた後


「なのは……僕、なのはと闘牙が羨ましかったんだ……」

いきなりそんなことを口にする。

「え?」

なのははそんなユーノの言葉にきょとんとした表情を見せる。ユーノはそれを見ながらも静かに続ける。

「二人とも僕には持てないような凄い力を持っている……それが羨ましかった。二人に比べたら僕にできることなんてない。そんな風に思ってたんだ……。」

なのははそんなユーノの言葉を黙って聞き続ける。それはこれまでなのはが聞いたことのないユーノの心の内だった。

「でも……訓練の時に闘牙が言ってくれたんだ……僕には僕にしかできないことが……闘牙やなのはにはできなくて僕にしかできないことがあるって。」

微笑みながらユーノはそうなのはに伝え続ける。まだ自分はその答えを見つけられていない。でも、それでも今、このことをなのはには伝えなくてはいけないとユーノは感じていた。

「闘牙がなのはにフェイトのことを頼んだのはきっと……それがなのはにしかできないことだって闘牙が思ったからだと思う。僕もなのはならきっとそれができるって信じてる。」

「ユーノ君……」

知らずなのはの目に涙が浮かんでくる。

誰かが自分を信じてくれるということ。

自分にしかできないこと。

なのははそれをずっと探し続けていた。

それが何なのかまだ自分には分からない。でもきっとそれは……

「もし、どうしようもないことがあったら、闘牙も僕も力になるよ。だからなのはは全力であの子に気持ちを伝えてきて。」


「……うんっ!!」

なのははそんなユーノの言葉に満面の笑みで答える。

なのはは、ユーノからもらった勇気を胸にフェイトとの戦いに臨むのだった……。






そしてついにその時がやってくる。
海に面した公園。そこにフェイトと闘牙たちは集い、そして見つめ合っている。

それはアースラでフェイトの魔力反応を感知し闘牙たちがそこに向かう形になったからだった。フェイトは自らを囮として使うことでジュエルシードを手に入れようと考えていた。フェイトはそのまま静かに闘牙たちを見つめ、アルフがその中にいることに気づく。

「アルフ……よかった……無事で……。」

フェイトはそういつものように優しい声でアルフに話しかける。そんなフェイトの姿を見ながらもアルフはフェイトに向かって訴える。

「フェイト……もうこんなことやめよう!?こんなこと続けてても、フェイトが傷つくばっかりじゃないか!!」

アルフは心からフェイトの身を案じそう叫ぶ。その気持ちはフェイトにも痛いほど伝わっている。アルフがどれだけ自分のことを心配してくれているか。どれだけ自分がそれに救われているか。しかし

「でも……それでも…私は、あの人の娘だから。」

フェイトはそう決意を持って告げる。その目には確かな力が宿っている。そのことに気づいたアルフはそれ以上何もいうことができない。そしてそんなフェイトに向かって、なのはが一歩前に踏み出す。




なのはとフェイト。

二人の魔法少女が互いに向かい合う。

初めの出会いは突然だった。

そしてジュエルシードという願いをかなえる宝石、ロストロギアをめぐって多々幾度も闘ってきた。

そんな中二人は互いに惹かれあう。

なのはは悲しそうな瞳を持ち、そして自らと同じ孤独を抱える少女に。

フェイトは自分に何度も話しかけ、友達になりたいと言ってくれた少女に。

だがそれでも互いに譲れないもの、願いのために。

二人は闘うことを決意する。


そんな二人を闘牙たちは静かに見守り続けている。

そしてなのははレイジングハートを自らの前にかざす。それと同時にこれまで集めたジュエルシードが姿を現す。

「きっときっかけはジュエルシード……だから賭けよう。お互いが持ってる全部のジュエルシードを!」

そのなのはの言葉に応えるようにバルディッシュからも全てのジュエルシードが姿を現す。同時にフェイトは静かにバルディッシュをなのはに向ける。


「始めよう……最初で最後の本気の勝負!!」


その瞬間、二人の魔法少女は上空に飛び上がって行く。



なのはとフェイト、言葉通りの最初で最後、お互いの信念を掛けた戦いが始まった。





なのはとフェイトはお互いに睨みあいながら平行に海の上を飛び続ける。互いに出方を伺う。その速度によって海には水しぶきが舞い、後には波が起こっていく。そして最初に動いたのはなのはだった。

「ディバインシューター!」

呪文と共になのはの周りに桜色の魔力弾が作られていく。しかし以前とは異なるところがある。それはその数。前の時には三つだったそれが今は五つになっている。フェイトもそのとこに瞬時に気づき、身構える。

「シュートッ!!」

叫びと共に五つの魔力弾が次々にフェイトに襲いかかって行く。しかしそれを見ながらもフェイトは決して慌てず回避運動に入る。数は増えても自分の速度ならば十分に振り切ることができる。その自信がフェイトにはあった。そしてなのはが狙っているのは誘導弾を囮にした砲撃魔法。

以前はなのははフェイトの戦闘をスタイルを知り、フェイトはなのはの戦闘スタイルを知らないというアドバンテージがあった。だがフェイトも既になのはの戦闘スタイルを知っている。条件が同じならば決して負けない。フェイトはそのまま誘導弾を避けながら接近戦を挑もうとする。だが

「っ!?」

フェイトの目の前にまるでフェイトの動きを読んだかのように誘導弾が現れる。フェイトは咄嗟にそれを防御魔法で受け流すも残った誘導弾がフェイトを取り囲むように襲いかかってくる。

(これは……!)

フェイトは誘導弾の動きが以前とは比べ物にならない程精度が上がっていることに気づく。本来誘導弾には高いコントロール技術が必要なため数が増えれば当然その制御も困難になり動きが悪くなる。以前よりも二つ増やした数で対抗しようと考えたのだと思い、フェイトはその動きも良くて以前と同じ程度だと考えていた。しかしその予想は大きく外れていた。誘導弾はまるでフェイトを取り囲むように正確に制御されている。それは高い空間認識能力と思念制御がなければできない芸当だった。

闘牙とユーノはアースラに乗るようになってからは、なのはに改めて魔法の基礎を教えていく方針を取っていた。闘牙との模擬戦で実際の戦闘で必要な判断力や思考はある程度教え込むことができた。何よりも一度フェイトと闘い、クロノというお手本のような優秀な魔導師と闘えたことで実際の魔導師との戦いがどんなものであるか知ることができたのが大きい。

これまでなのははできるだけ早くに戦えるようにするという目標のため魔法の組み方、発動の際の制御や消費などの技術をある程度切り捨てざるを得ず、そこをユーノにフォローしてもらう形になっていた。だが今度の闘いは正真正銘の一対一。闘牙たちはこれまでできていなかった魔導師としてのなのはの基礎を磨くことに力を注ぐ。その努力によりなのはは今、本当の意味での『砲撃魔導師』としての力を手に入れていた。


(なら……!)

フェイトは誘導弾を全て避けきるのは困難だと瞬時に判断し、バルディッシュに魔力刃を作り誘導弾に切りかかって行く。誘導弾はそれを避けようとするがフェイトの無駄のない動きによって次々に切り裂かれていってしまう。そして最後の誘導弾が切り裂かれた瞬間、なのはの砲撃魔法、ディバインバスターがフェイトに向かって放たれる。だがフェイトもそれを予期していたように躱す。

「……!」

そのことに若干戸惑いながらもなのはは再びディバインシューターを自らの周りに作り出していく。難なく砲撃を回避したフェイトだったがその内心は穏やかなものではなかった。

避けられると思っていてもあの威力の砲撃を意識するとやはり精神的負担が大きい。自分にも強力な砲撃があるがあれを使うには時間がかかるため使いどころは限られる。ならばやはり接近戦で挑むしかない。

「いくよ、バルディッシュ。」
『yes sir』

フェイトはそのままバルディッシュを構えたまま圧倒的速度でなのはに向かって疾走してくる。なのははそのことに一瞬、驚くもののすぐさま誘導弾を放ちそれを迎撃しようとする。しかし

『Photon Lancer』
「ファイアッ!!」

それよりも早くフェイトの周りに作られた金色の魔力弾が次々に放たれ誘導弾を撃ち抜きながらなのはに襲いかかる。フォトンランサーはディバインシューターのように誘導性はないがその分、弾速に優れている。そして確実に誘導弾を撃ち抜けたのはフェイトの技量によるものだった。

「きゃっ!」

フォトンランサーの衝撃によってなのはに隙が生まれてしまう。そしてその隙をフェイトが見逃すはずがなかった。

「はあっ!」

フェイトは一気になのはに接近し、その刃を振り抜く。しかしなのはも咄嗟にそれに応じるように目の前にシールドを張り受け止める。両者の間に魔力の摩擦による火花が散る。だが次第にフェイトの魔力刃がシールドに切れ目を作り始める。このまま一気に勝負をつけようとフェイトはその魔力を集中させる。そしてついにシールドが破壊されるかに思われた時、

先程のフォトンランサーで落とし損ねた一つの誘導弾がフェイトの背後に向かって迫ってくる。それはマルチタスクとよばれる魔導師に必要な分割思考によるもの。だがシールドと誘導弾という全く違う術式の魔法を同時に行使することは高等技術。フェイトはそのことに驚きながらも反応する。今、自分は魔力刃に魔力を集中している。誘導弾といえど当たれば無事では済まない。

フェイトはすぐさま振り向き、誘導弾を切り払う。なのははその隙にその場を離脱し距離を取ろうと試みる。だがフェイトはソニックムーブと呼ばれる瞬間高速移動魔法を使い一気にその間合いに入り込む。シールドを張る隙を与えない程の速度でフェイトはそのまま斬りかかる。

(もらった!)

フェイトがそう思った瞬間、目の前のなのはが瞬時に自らの後ろに現れる。それはフラッシュムーブという高速移動魔法。これはフェイトに対抗するために新たに覚えた魔法。その速度、精度はフェイトには遠く及ばないが戦術の幅を広げてくれる物だった。フェイトはなのはは高速移動の類は使えないと思っていたため一瞬、判断が遅れる。

「やあああっ!!」

その隙を狙って、なのはは自らの魔力を込めた打撃をフェイトに向かって振り下ろす。フェイトは何とかそれをバルディッシュで受け止めるもその威力によってレイジングハートとバルディッシュの間に激しい火花が散る。それはまるで刀同士での鍔迫り合いのようだ。

二人はそのまま魔力をぶつけ合いながら睨みあうものの、その爆発によって互いに吹き飛ばされる。

距離が開いてしまったものの何とか体勢を立て直し、二人は再び向かい合う。だが両者ともに肩で息をしていた。





(もう前までのこの子じゃない……速くて……強い……!!)

フェイトは呼吸を整えながら目の前に白い少女に想いを馳せる。

最初に会った時にはただ魔力が大きい素人だった。それがこの短時間にこれだけの力をつけている。そして目の前の少女はジュエルシードのためではなく、自分と話しをするために、友達になるために全力で挑んできてくれている。その想いが闘いながら伝わってくる。

なんでこんな自分にそこまで。

これまで感じたことのない感情がフェイトの中に生まれてくる。それは以前、闘牙にも感じたことがあるもの。

それはきっと……私の中の本当の気持ち。でも。それでも、だからこそ、自分はこの子に全力で向かっていかなければいけない。

フェイトは再びその力を振り絞り持てる力の全てで目の前の少女に向かっていく。






(やっぱり……凄く強い……ちょっとでも気を抜くとやられちゃう……!!)

なのはは自分の前にいる少女を見ながらそう考える。何とかここまで粘ってはいるがその速度に圧倒されっぱなしだ。中には見えない攻撃まで出てき始めている。

いくら修行したといってもまだ自分は目の前の少女には実力的には敵わない。でも。それでも、だからこそ、絶対に負けないという気持ちで向かっていくだけ。

私は自分だけのために闘ってるんじゃない。闘牙君の想いとユーノ君がくれた勇気を私は背負ってる。

だから私は絶対に負けられない。




なのはは間違いなく魔法に関しては天賦の才を持っている。だがそれでもまだフェイトの方が実力的には上。それでも互角の戦いができている。それは精神力、気持ちの力だった。

戦いにおいて実力はもちろんだが勝敗は精神状態が大きく左右される。実力が近い相手であれば気持ちが強い方が勝つといっても過言ではない。

なのはは確かに魔法の才能がある。だがなのはの本当の強さはそこではない。

絶対に負けないという『不屈の心』。

それがなのはの本当の力だった。



白と黒の姿。


金と桜色の魔力光。


その二つが幾度も交差し火花を散らしながら絡み合っていく。


それはまるで互いの想いを確かめ合っているかのような光景。


それはまさしく全力での真剣勝負に相応しい戦い。


それに闘牙たちは目を奪われる。




「凄い……この子たち本当に九歳とは思えないよ!!」

エイミィがそう驚きの声を上げる。今、クロノ達はモニターでその戦いの様子を観戦していた。リンディもその考えと同じらしくそのままモニターに目が釘付けになっている。

「エイミィ、見とれるのもいいがタイミングは逃さないでくれよ。」

そんなエイミィに釘をさすようにクロノが告げる。

「分かってるって。それにしてもこんなギャンブルを許可するなんてクロノ君にしては珍しいね。」

「この勝負の勝ち負けについてはそれほど意味はないから……と言いたいところだけど、僕も闘牙と同じようになのはに賭けてみたいと思ったのが理由さ。まったく……闘牙の影響かもしれないな……。」

「闘牙君とクロノ君って仲よさそうだしね―。さっき出動する前にも何か話してたけど何だったの?」

エイミィはそうクロノに尋ねる。闘牙とクロノが出動前に何か話していたことをエイミィはずっと気にしていたからだ。クロノは少し考えるような仕草をした後


「………『こっちは任せろ、そっちは任せた』だそうだ。」

そう少し照れくさそうに答えたのだった。




闘牙はなのはとフェイトが闘い続けている光景を見ながら心が高まって行くのを感じる。

それはきっとこの戦いを見ている者、皆がそうだろう。

これがなのはの求めた『誰かと分かりあうため』の力。

相手を倒すことでなく、その先を求めたもの。

自分がなのはに賭けたのは間違いではなかった。

そう確信しながら闘牙は自らの腰にある鉄砕牙を握り続けている。

自分がここにいる理由。

なのはとフェイト。

二人を守ることが今の闘牙の役目だった。





ひときわ大きな魔力爆発が起こり、再び両者の距離が開く。しかし両者とも体力と魔力を消費し疲労困憊。だがどちらも致命打は与えられていない。

だがもうすぐ決着がつく。

そんな空気が辺りを支配する。

そして次の瞬間、



「えっ!?」

なのはの体が突然、金色のバインドによって拘束されてしまう。それはフェイトが切り札として設置していたもの。なのはは知らずその場所へと誘導されてしまっていたのだった。

フェイトはそのまま己が持つ最高の魔法で決着をつけようとする。だがその瞬間、


「なっ!?」

フェイトの体にも桜色のバインドが掛けられてしまう。それはなのはがシールドを切り裂かれそうになった際に仕掛けていたもの。

奇しくも二人は同じ魔法を切り札として温存していたのだった。

お互いに身動きが取れない二人はそのまま睨みあうことしかできない。だがフェイトは己の両腕に魔力を集中させ、その拘束を力づくで解いていく。そのことに気づいたなのはも同じように両腕のバインドを集中して解放していく。そしてほぼ同時に二人の両腕が自由になる。

その瞬間、フェイトはバルディッシュを自らの前にかざし呪文を唱え始める。


「アルカス・クルタス・エイギアス……疾風なりし天神、今導きのもと撃ちかかれ………」

同時にフェイトの足元にこれまでとは比べ物にならない程巨大な魔法陣が現れ、辺りは雷雲に包まれていく。強力な魔力の奔流が辺りを襲う。それはまさしく切り札に相応しいほどの力を秘めた魔法だった。

「まずいっ、フェイトは本気だっ!!」

フェイトが何の魔法を使おうとしているのか気づいたアルフはそう焦った声を上げる。その魔法はフェイトの魔力を大幅に消費するフェイトが持つ最大攻撃魔法。その威力はこれまでの物とは比べ物にならない。何とかしなければ。そう思いアルフは闘牙とユーノに目をやる。しかし

闘牙とユーノはそれを見ながらも動こうとはしない。そんな二人にアルフが戸惑った瞬間、



「受けてみて!ディバインバスターのバリエーション!!」


そう叫ぶと同時になのはの前にも巨大な桜色の魔法陣が作られる。同時にその中心に桜色の魔力が次々に集まって行く。それはなのはの周りにある使いきれなかった魔力すら吸収しながら巨大化していく。それはなのはの最大攻撃魔法。この日のために、この戦いのためになのはが習得したまさしく切り札。

なのはとフェイト、共にこの魔法には発動に時間がかかる。その時間を稼ぐために二人は互いにバインドを使おうと考えていた。ならば互いに身動きができないこの機を狙うしかない。すでに二人の魔力と体力は大幅に消費してしまっている。ここで使わなければ次はない。

互いの最高魔法の撃ち合い。それが今まさに起ころうとしていた。


「バルエル・ザルエル・ブラウゼル………」

なのはが自分と同じように切り札を使おうとしていることを感じ取りながらもフェイトはそのまま呪文を唱え続ける。勝っても負けてもこの撃ち合いで決着がつく。そんな確信がフェイトの中に生まれる。同時に脳裏に在る光景が浮かぶ。それは自分に優しく微笑むプレシアの姿だった。



勝つんだ――――

勝って――――

勝って、母さんのところに帰るんだ―――― !!


「フォトンランサー・ファランクスシフト……撃ち砕け、ファイア――――!!!」


叫びと共にフェイトの周りに作られた無数のスフィアから凄まじい速度と威力をもった魔力弾が一斉になのはに向かって放たれる。フォトンランサー・ファランクシフト。それがフェイトの切り札でありそれはフォトンランサーの一点集中高速連射。どんなに強い防御を持つ相手をも倒す。そのためにリニスがフェイトに託した魔法でもあった。



「これが私の全力全開!!」

同時に、なのはの前の魔力球も一気に膨れ上がり、発射態勢に入る。その姿はまるで星の輝き。なのははレイジングハートを振り下ろし



「スターライト……ブレイカ――――!!!」


その光を解き放つ。それは術者の周りの魔力すら利用する集束砲撃魔法。なのははそのことを計算に入れ戦闘空間に自らの魔力を散布していた。その威力は防御の上からでも相手を撃ち落とすほどの物。なのはの想いを乗せた星の輝きがフェイトに向かって放たれる。




そして瞬間、時間が制止した。



二つの大魔法の衝突によって体気が震え、風が吹き荒れ、海が荒れ狂う。


金と桜色の光が辺りを覆い尽くす。その光が自身の光以外はいらないとばかりにぶつかり合う。両者の力は拮抗しせめぎ合う。だが


次第に桜色の光が金の光を押し返していく。



なのはの想いの光がフェイトの願いの光を押し戻していく。


「あああああああっ!!」

そのことに気づきながらもフェイトは己の魔力を全力で込め続ける。


「フェイトちゃんっ!!」

なのはも自身の力を振り絞りそれに応える。


そして


ついにスターライトブレイカーがフェイトの魔法を飲み込み、そのまま海面に突き刺さる。その威力によって海には大きな水柱が生まれてしまう。




「な……なんつー馬鹿魔力………」
「うわあ………フェイトちゃん大丈夫かな………?」

その光景を見たクロノとエイミィは驚きながらそう呟く。その威力によってフェイトの姿は完全に見えなくなってしまった。







「ハアッ……ハアッ……!」


大きく肩で息をしながらなのははその場に立ち尽くす。あれだけの砲撃魔法。その負担は相当の物。なのははその疲労によって意識を失いそうになりながらも何とか耐える。


「なのはっ!!」

なのはの勝利にそうユーノが歓声を上げる。そしてすぐになのはの元に向こうとした瞬間、



そこにはなのはの背後に満身創痍のフェイトが現れ、バルディッシュを振りかぶっている姿があった。



フェイトはスターライトブライカーに飲み込まれる直前にその攻撃を一点に集中し、わずかな逃げ道を作りその最大の速度で避けていた。もちろんその余波だけですでにいつ倒れてもおかしくない程のダメージを既に負ってしまっている。

だがそれでもフェイトはプレシアのために、そして全力を出して自分に向かってきてくれている目の前に少女のために最後の力を振り絞り攻撃を繰り出す。



(勝った……!!)


フェイトは自身の勝利を確信し、その刃をなのはに向かって振り切る。その瞬間、




まるで予期していたかのようになのははそれを頭を下げながら紙一重のところで躱す。


「え………?」

フェイトはそんな光景に驚きの声を上げる。フェイトは今、二つの驚愕に襲われていた。


何故自分の攻撃が避けられてしまったのか。そして



何故その姿に、かつての闘牙の姿が重なるのか。


それは


闘牙の教えを守ったなのはの力。そして



闘牙とユーノ、二人の想いを背負った強さだった。


なのははそのまま振り向きながらレイジングハートをフェイトに向ける。


その一撃になのはは自分の想いを、闘牙とユーノの想いを込める。


「ディバイン……バスタ――――!!」






その瞬間、なのはとフェイト。二人の勝負は決着がついたのだった………。



[28454] 第13話 「真実」
Name: 闘牙王◆53d8d844 ID:e8e89e5e
Date: 2011/07/29 08:34
「ん………」

フェイトはゆっくりとその瞼を開き目を覚ます。どうして自分は意識を失っていたのか。そして今、自分はどこにいるのか。そう考えた時

「あ……起きた?フェイトちゃん?」

自分のすぐそばからそんなどこかで聞いたことのある声がする。慌てて振り向いた先には、自分を抱きかかえたままどこか心配そうな表情をしているなのはの姿があった。そしてフェイトは思い出す。

自分が目の前の少女と勝負し、そして負けてしまったことを。


「大丈夫……?ごめんね……。」

なのははそう言いながらフェイトに目を向ける。フェイトはそんななのはの視線に気づきながらも何とかその傷ついた体を起こし、自らの力で立ち上がる。

なのはとフェイト。二人の魔法少女はそのままお互いを見つめ合う。そして


「私の……勝ちだよね……フェイトちゃん……。」

なのははそう言いながら優しい笑顔をフェイトに向ける。フェイトはそんななのはの笑顔を見つめながら

「………うん。」

そう静かに自分の負けを認める。その表情は儚げだったがどこか晴れやかでもあった。

自分は目の前の少女に負けてしまった。自分はもうジュエルシードを手に入れることはできない。

母さんの役に立つことができなかった。もう母さんの笑顔を取り戻すことも、母さんの元に帰ることもできない。

でも………自分は持てる力のすべてを出し切った。そして目の前の少女もそれに応えてくれた。そのことにフェイトは自分の胸が熱くなってくるのを感じる。

そしてバルディッシュからフェイトが持つジュエルシードが姿を現す。勝った方に全てのジュエルシードを渡す。それが二人の約束だった。

そしてフェイトがそれをなのはに渡そうとした瞬間、凄まじい魔力が辺りを覆い尽くす



「え……?」

なのははそのことに気づき驚きの声を上げる。それは以前感じたことのある魔力。紫の雷が放っていた魔力。プレシア・テスタロッサの魔力だった。

「母さん……!」

フェイトもそのことを瞬時に気づき同時にこれから何が起ころうとしているのか悟る。そしてそのままなのはに自分から離れるように言おうとするがそれよりも早く、上空にできた次元のはざまから強力な雷の魔法が二人を襲う。

既に勝負によって魔力を使い果たしている二人はそれを防ぐことができない。為すすべなく二人がその雷撃に飲み込まれようとした瞬間、


「何度も同じ手が通じると思ってんのか!!」

二人の前に一瞬で鉄砕牙を持った闘牙が姿を現し、その雷を鉄砕牙で斬り裂く。

二人の真剣勝負に水を差すような真似は許さない。闘牙はこうなる可能性を考え、いつでも二人を庇えるよう待ち構えていたのだった。

鉄砕牙の力によって二人を襲おうとした雷は難なくその力を失い、消滅していく。だがそれでもまだあきらめないのか次々に次元のはざまから雷撃が三人に向かって放たれてくる。その力は先程の攻撃をはるかに上回っている。だが

「なめるなっ!!」

闘牙は鉄砕牙に妖力を込め、その刀身を振りきる。その瞬間、風の傷によって紫の雷は消し飛ばされていく。その光景になのはとフェイトはただ目を奪われるしかない。だがその隙をついてフェイトが渡そうとしたジュエルシードが見えない力によって次元のはざまに飲み込まれようとしていく。雷はそれを行うための目くらましだった。

「闘牙君っ!!」

そのことに気づいたなのはがそれを伝えようと闘牙に叫ぶ。しかしそれを聞きながらも闘牙は全く動じる様子を見せない。どうやらそのことに闘牙はすでに気づいていたようだ。それなのになぜ動こうとしないのか。そのことになのはは戸惑いを隠せない。

そしてジュエルシードはそのまま、プレシア・テスタロッサがいる時の庭園へと転送されてしまう。だがこれこそが闘牙たちの狙いだった。


「ビンゴ!次元地点の座標特定完了したよ、クロノ君!!」
「よし!」

エイミィの言葉にクロノは力強く頷く。どうやらこちらの思惑通りに動いてくれたようだ。そしてなのはとフェイトも打ち合わせした通り闘牙が守り抜いてくれた。ならこれからは自分たち、アースラの出番。

「武装局員、転送ポッドから出動。任務はプレシア・テスタロッサの身柄確保!」

状況が整ったと判断したリンディがそう力強く命令を下す。それと同時に既に待機していた武装局員たちが次々にプレシアがいる時の庭園へ転送されていく。


今、アースラとプレシア・テスタロッサの闘いの火蓋が切って落とされた………





闘牙たちはフェイトをそのまま保護した後、アースラに戻り制御室にフェイトともに向かっていく。フェイトの手には手錠がはめられている。それはまだ九歳とはいえフェイトはAAAクラスの魔導師であるためやむを得ない処置だった。


「フェイト………」

そんなフェイトの姿をみながら心配そうにアルフが声を掛ける。本意ではないとはいえフェイトを裏切るような形で時空管理局に協力していたアルフはフェイトにどう接していいか分からず顔を俯かせる。しかし

「大丈夫……心配掛けてごめんね、アルフ。」

フェイトはそんなアルフの気持ちに気づいたのかいつもと変わらない様子でアルフに答える。アルフもそんなフェイトの気持ちを感じ取ったのか笑みを浮かべながらフェイトと並んで歩いている。

そんな二人の姿をなのは、ユーノ、闘牙の三人は見守っている。

なのはは自分が闘牙との約束を守れたこと、フェイトに想いが伝えられたことを実感し、心から喜んでいた。

だがそれはすぐに空しく崩れ去ることになる。



闘牙たちはそのままフェイトを連れ制御室に入る。しかしその様子はいつもとは大きく異なっていた。船員が慌てて動き回り、混乱状態に陥っている。そんな事態になのはとユーノはどこか不安そうな表情を見せる。

「と……闘牙君……。」
「いったい何が……?」

戸惑いながら闘牙たちは目の前の大きなモニターに目を奪われる。そこには倒れているアースラの武装局員たち、そしてそれを冷酷な目で見下しているプレシア・テスタロッサの姿があった。

「母さん……?」

そんな光景にフェイトは言葉を失う。目の前で起こっている光景にフェイトはどうしたらいいか分からずただ立ちつくすことしかできない。それはなのはとユーノも同様だった。

「クロノ、何があったっ!?」

そんななのはたちを気遣いながらも闘牙はそのままクロノに問いかける。手筈通りプレシアの居場所が特定された後は武装局員によるプレシアの身柄確保が行われる予定だったはずだ。

だがその武装局員たちは皆、重傷を負い戦闘不能に陥ってしまっている。そしてそれに対してプレシアは全くの無傷。あれだけの数の魔導師を相手にしてダメージ一つ負っていない。

「…………どうやら僕たちはプレシア・テスタロッサの力を大きく見誤っていたようだ……。」

クロノは苦渋の表情でそう絞り出すように答える。確かにプレシアはSランクを超える大魔導師。だがそれは十数年前のデータでありプレシア自身、実際に前線に出ていた人物ではない。その油断が目の前の結果だった。

状況は不利と判断したリンディの指示によって武装局員は次々に送還されていく。後にはプレシアを映すサーチャーが残されただけだった。プレシアはそのまま奥にあるカプセルの様なものに近づいていく。


「え………?」

フェイトは目を見開いたまま動くことができない。闘牙たちもその光景に声を上げることもできない。プレシアが縋りついているカプセル。その中には一つの人影がある。


「アリシア………」


プレシアがその名を口にする。




そこにはフェイトと瓜二つの少女が眠っていた。




『アリシア』


その名前にフェイトは聞き覚えがある。でも思い出せない。思い出してはいけない。それに気づいたら私は――――


「もう駄目ね……時間がないわ。これだけのジュエルシードではアルハザードに辿り着けるかは分からないけれど………」


そう言いながらプレシアは手に入れたジュエルシードに目をやる。同時にジュエルシードはプレシアの魔力によって淡い光を放ち始める。


「でももういいわ……終わりにする。この子を失くしてからの暗欝な時間も……この子の身代わりの人形を娘扱いするのも………」

そう言いながらプレシアは愛おしそうにカプセルの中にいるアリシアに向かって手を添える。それはまるで誰かにその光景を見せつけているかのようだった


「聞いていて……?あなたのことよ……フェイト。せっかくアリシアの記憶をあげたのにそっくりなのは見た目だけ……役立たずで、ちっとも使えない私のお人形。」

プレシアは自分を映しているサーチャーに向かってそう告げる。



その言葉によってフェイトは真実に気づく。


自分の中にある記憶、思い出、その中でプレシアが自分に向かって呼んでいた名前が『アリシア』であったことに。


「作り物の命は所詮作り物……失った物の代わりにはならないわ。アリシアはもっと優しく笑ってくれたわ……アリシアは時々わがままを言ったけれど私の言うことをとてもよく聞いてくれた……アリシアはいつでも私に優しかった……」


フェイトの脳裏に記憶が蘇る。


『私』に向かって笑いかけてくれる母さん。


『私』がわがままを言ってもそれを優しく包み込んでくれた母さん。


『私』はそんな母さんが大好きだった。だからそんな母さんに戻ってほしくて……その頃に戻りたくて…………



「フェイト、あなたはやっぱりアリシアの『偽物』よ……せっかくあげたアリシアの記憶もあなたじゃ駄目だった……」


プレシアはさらに言葉を続ける。その言葉によってフェイトはこれまで自分を支えてきたものを次々に失っていく。


『偽物』


私は『アリシア』の『偽物』


自分の体も――――


自分の記憶も――――


母さんを想うこの気持ちも――――


全部―――――


全部――――――


「アリシアを蘇らせる間に私が慰みに使うだけのお人形……だからあなたはもういらないわ……どこへなりと消えなさい。」


母さんが好きだったのは私じゃなかった。


母さんが好きだったのは『アリシア』


『アリシア』じゃない私では母さんを笑顔にはできない。


今まで耐えていた痛み。あれは私の為の物ではなかった。


あれは―――――



「いいことを教えてあげるわ、フェイト……あなたを作り出してからずっとね……私はあなたのことが」



母さんは私のことが―――――






大嫌いだったのよ――――――





その瞬間、フェイトの心は崩れ去った―――――




「フェイトっ!!」
「フェイトちゃんっ!!」

そのままその場に倒れ込んでしまうフェイトをアルフとなのはが慌てて支える。だがフェイトはそのまま動かない。その目には光が失われてしまっていた。

「どうして……どうしてこんなひどいことを………」

なのはの目に涙が浮かぶ。プレシアにとってアリシアがどんなに大切だったか。それはなのはには分からない。でも。それでも母親のためにあんなに頑張っていたフェイトにこんなことをするプレシアになのはは悲しみと怒りを感じる。

「なのは………」

そんななのはの様子にユーノが気付く。その心はなのはと全く同じだった。



「フェイト………」

涙を流しながらアルフがフェイトを抱きしめる。

どうして。

どうしてフェイトばかりがこんな目に会わなければいけないのか。

フェイトはただ。ただ母親のために。それだけのために頑張ってきたのに。

闘牙となのは。自分たちのために二人は力を貸してくれた。そのおかげでフェイトを助け出すことができた。

あとはフェイトがフェイトのために生きる人生が待っている。それがきっと闘牙たちとならできると。そう思っていたのに。

アルフは無力な自分に、そしてプレシアに怒りを感じる。そして再びモニターに目をやろうとした瞬間、凄まじい恐怖に襲われる。

「え………?」

アルフは知らず自分の体が震えていることに気づく。それは狼として残っていた本能によるもの。そしてアルフはそのままひきつけられるように闘牙に目をやる。

闘牙は鋭い目つきでモニターのプレシアを睨みつけている。ただそれだけだ。しかしアルフは確かに見た。

その目が赤く染まっていたことに……。



「私はアルハザードに旅立ち……そして……取り戻すのよ……全てを!!」

プレシアがそう叫んだ瞬間、ジュエルシードがまばゆい光を放ち、その力が解き放たれる。同時に巨大な次元震が起こり始める。その影響によって時の庭園から距離があるはずのこのアースラまで影響が生まれ始める。

「…………」

クロノは自身のデバイスを起動させながらそのまま時の庭園へと向かおうとしている。その目には倒れ込んでいるフェイトの姿がある。クロノはそれを見ながらもそのまま出動しようとする。その時

「クロノ君、私も一緒に行く!」

涙を拭いながらそうなのはが絶対の意志を持ってクロノに頼み込む。その隣にはユーノの姿がある。もはやなにも言葉はいらなかった。

「………分かった、ただしちゃんと指示には従ってもらう。いいね?」

「うん!」
「分かった!」

クロノの言葉に二人は力強く頷く。そしてなのはたちはそのまま時の庭園へ向けて出動するためにその場を離れようとするが

「闘牙君………?」

なのはがそう不思議そうな声を上げる。一緒に着いてくると思っていた闘牙はそのままその場から動こうとしなかったからだ。闘牙はそんななのはを見ながらも動こうとはしない。

その視線は倒れたフェイトに向けられていた。

なのははそれで全てを理解する。そして

「闘牙君、フェイトちゃんのこと宜しくね!」

そう闘牙に告げる。闘牙はそんななのはの言葉に込められた思いを感じながら


「……ああ、後からすぐに行く。先に行っててくれ。」

そう笑いながら答えるのだった。





(ここは………?)

フェイトは知らず自分が何も見えない闇の中にいることに気づく。ここがどこなのか、自分が誰なのか分からない。

何もかも失くしてしまった。自分が自分である意味も。自分が生きる意味も。全て。

私が欲しかったもの

私が望んだもの

それは全部アリシアのものだった。

それを私は自分のものだと勘違いしていただけ。

じゃあ私は――――

私は一体何のために――――


「ん………」

フェイトはゆっくりとその体を起こす。そして自分が知らない部屋のベッドで寝かされていたことに気づく。どうして自分はこんなところにそう考えた時

「……フェイトっ!!フェイトっ!!」

フェイトが目覚めたことに喜びの声を上げながらアルフが抱きついてくる。そのことに驚きながらもフェイトは思い出す。

自分がなぜこんなところにいるのか。どうして倒れてしまったのか。そして

あれが夢ではなかったことに

俯き黙り込んでしまうフェイトに気づき、アルフはそのままフェイトから離れる。その姿にアルフはかける言葉を持たない。その感情がアルフにも流れ込んでくる。その感情はこれまで感じたことのある悲しみや悩みとは比べ物にならない。フェイトはその心を失ってしまっていた。だが


「よう、目が覚めたか、フェイト?」

「え………?」

フェイトはいきなり聞こえてきた聞き覚えのある声に思わずそんな声を上げてしまう。視線を上げた先にはこちらを見つめている闘牙の姿があった。

「トーガ………?」

フェイトはそう名前を呼ぶことしかできない。

なんで。どうしてトーガがここにいるのか。フェイトはそのまま再び俯き黙り込んでしまう。

トーガはこんな私のことを何度も助けてくれた。そのことが本当に嬉しかった。母さん以外にこんな気持ちになったのはトーガが初めてだった。一緒に話したあの時間は今でも忘れない。本当に楽しい時間だった。

でもそれも……その気持ちも……私の物ではなかった。今のこんな自分を見られたくない。一人になりたい。

もう……何も…………



そんなフェイトを見ながらも闘牙はその場を動こうとはしない。ただずっと、静かにフェイトの言葉を待っているかのように。

アルフはそんな二人の様子を黙って見続けることしかできない。 

長い沈黙が二人の間に流れる。それはまるで永遠に続くのではないかと思うほどの時間。

そして

静かにフェイトはその心の内を話し始める



「私………母さんのことが大好きだった………。」

自分に微笑んでくれる母さんが

自分を優しく包み込んでくれる母さんが

それは自分が自分である証


「母さんと一緒に……笑って過ごすことが……私の夢だった……」

知らずフェイトの目に涙が浮かぶ。

その脳裏には優しかった母さんと『アリシア』の姿が浮かぶ。

そこに私はいなかった。


「でも違ってた………それは………私の気持ちじゃなかった……。」

私は『アリシア』の『偽物』。

この体も、記憶も、気持ちも

全部、『偽物』だった


「どうして………私は生まれてきたのかな……」

母さんは『アリシア』を蘇らせたかった。

そのために私を作った。

だけど

私は『アリシア』にはなれなかった。


だったら、私は何のために生まれてきたんだろう


私は…………



「私……生まれてきてよかったのかな………」


フェイトは生きる意味を失ってしまっていた。しかしそう口にした瞬間、





部屋に乾いた音が響き渡る。



「………………え?」


フェイトは目を見開きながらそんな声をあげる。

一体何が起こったのか分からない。

知らずその手が自分の頬に触れる。

そこには確かな痛みがある。

それは闘牙の平手打ちによるものだった。



「と……闘牙、あんた何をっ!?」

いきなり闘牙がフェイトに手を上げたことに驚きながらアルフが闘牙に詰め寄ろうとする。なぜ闘牙がそんなことをするのか。そう思いながら近づこうとしたアルフはすぐにその動きを止めてしまう。それは


闘牙の表情に激しい怒りと悲しみがあったからだった。




今、闘牙の脳裏にはかつての自分の姿、犬夜叉に憑依したばかりの頃の自分の姿があった。

他人の記憶と体を持つ苦悩。

フェイトは今、それに悩み、苦しんでいる。

闘牙にはその気持ちが手に取るように分かる。


自分が自分ではない恐怖。

自分の体が、自分の心が自分の物ではないかもしれないという不安。

今、思い出すだけでもぞっとする

半妖という体に憑依して、村人に差別された日々

その不安によって食事すら取れなくなってしまった日々

明日には自分が消えてしまうかもしれない恐怖で眠れない日々

自分の気持ちが

自分の誰かを想う気持ちが自分の物ではないかもしれないという不安

それは本当に、本当につらいものだった



何度、死にたいと思ったか分からない

何度、他人を憎んだか分からない

誰も信じられず、誰にも信じられない孤独な日々



だがそれはある日、終わりを告げる




『かごめ』という一人の少女によって


かごめはこんな俺のために涙を流してくれた


こんな俺のために怒り、悲しみ、喜んでくれる。


自分は一人ではないのだと


自分は決して一人ではないのだと


そう訴えかけてくれるかのように


そしてかごめは俺を『犬夜叉』としてではなく『闘牙』として見てくれた。




「私は犬夜叉じゃなくて………『あなた』を好きになったんだから………。」


あの言葉は今も自分の中で生き続けている。


あの言葉があったから


かごめがいたから今の自分はここにいる。




目の前の少女は自分と同じ、いやそれ以上の苦しみを抱いている。

自分よりずっと幼い、目の前の少女が

自分はかごめのようにはなれない

優しく相手を包み込むことも

優しく言葉をかけることも

だがそれでも


自分が心の闇に、闘う理由に悩んだときに、その心を救ってくれた目の前の少女のために闘牙は言葉を告げる




「フェイト………お前は『アリシア』じゃない。お前は『フェイト・テスタロッサ』だ。……例え、プレシアが認めなくても俺がそれを認めてやる。それを……絶対に忘れるんじゃねえ……。」


静かに、それでも力強く、闘牙は自らのフェイトへの想いをその言葉に込める。



フェイトはそんな闘牙を驚きながらただ見つめ続けるしかできない。


闘牙はそのまま振り返り、部屋を出ていこうとする。その行先は最早語るまでもない。


闘牙はその背を向けたまま


「先に行ってる………………叩いて悪かった………」


そう言い残したまま闘牙はその場を去って行く。



フェイトはその後ろ姿をただずっと見つめ続けるのだった………。




時の庭園で巨大な傀儡兵と呼ばれる兵器たちがその力を振るっている。それは時の庭園に侵入した外敵を排除する鎧たち。その強さは一つ一つが魔導師のAランクに相当する。その鎧たちが何十体と二人の侵入者に襲いかかる。だが

「シュートッ!」

その叫びと共に桜色の光の玉が次々に鎧たちを貫いていく。鎧たちはある者は盾で防ごうと、ある者はそれを避けようと動き始める。しかし

「させないっ!」

それを待っていたかのように翠のバインドと鎖が次々に鎧たちをからめ取って行く。鎧たちはそれにより動きを封じこまれてしまう。そして

「ディバイン……バスター!!」

その隙を狙うように強力な砲撃が鎧たちをまとめて薙ぎ払っていく。

なのはとユーノ。

二人のコンビの前では傀儡兵は全くの無力だった。

時の庭園着いた後、なのはとユーノは時の庭園の動力炉の破壊をクロノに頼まれていた。クロノはその場を二人に任せ、単身プレシアの元に向かっていたのだった。

しかしその数を減らされたにもかかわらず傀儡兵は全く動じることなくなのはたちに襲いかかってくる。だが二人は背中合わせになりながら、ユーノが防御と捕縛。なのはが攻撃。互いに補い合いながら闘い抜いていく。

なのははそんな中、自分の心が温かくなっていくことに気づく。先程までフェイトのこと、プレシアのことで悲しみと怒りに支配されていた心が今は嘘のように落ち着きを取り戻している。ユーノが背中を守ってくれる。ただそれだけのことが今のなのはにとっては何ものにも勝る勇気を自分に与えてくれる。そしてユーノもそれは同じだった。

互いが互いを高め合っていく。今ならきっとだれにも負けない。そんな気持ちが二人にさらなる力をもたらしていた。

そして、新たに現れた傀儡兵に向かっていこうとしたその時、なのはとユーノは突然、動きを止める。

二人は同時に同じ方向に目をやる。

二人はその先に、圧倒的なこれまで感じたことのない感覚に囚われる。

その先には、鉄砕牙を握っている闘牙の姿があった。


「闘牙君………?」

なのはがそうどこか恐る恐ると言った様子で闘牙に話しかける。だが闘牙はそんななのはの声が聞こえないかのようにこちらに近づいてくる。

その姿、瞳には今まで二人が見たことのないほどの力が満ちていた。

それは本来、妖気を感じることができないなのはたちですら身震いするほどの物だった。



それはなのはたちが初めて見る、闘牙の本気の姿だった。



しかしそれに気づかない傀儡兵は次々に闘牙に向かって襲いかかってくる。だが

闘牙が鉄砕牙を一振りした瞬間、襲いかかってきた傀儡兵は一瞬でこの世から姿を消した。

それは風の傷ではない。ただの剣圧。それのみで傀儡兵は跡形もなく消し飛んでしまっていた。その光景に闘牙の強さを知っているはずのなのはとユーノですら声を失ってしまう。

そんな闘牙に共鳴するかのように鉄砕牙は震え続けている。


守るもの

誰かのために怒り、悲しむ心。

それを再び手に入れた闘牙はかつての力を取り戻した。


しかし、傀儡兵はそれにも動じずさらに数を増やしながら闘牙たちに向かおうとしてくる。それを見ながら

「なのは、ユーノ………もうすぐフェイトがこっちに来る。それまでここを頼む。」

そう二人に頼む。それはなのはとユーノ。二人の仲間の力を信頼しての物だった。

「……うんっ!!」
「任せて、闘牙っ!!」

それに気づいた二人は喜びの表情を浮かべながらそう答える。闘牙はそんな二人を見て微笑みながら、先に行ったクロノの後を追うのだった………。





「ハアッ……ハアッ……!」

自らのデバイスを杖代わりにしながらクロノは何とか立ち上がる。だがその体は既に満身創痍。これ以上戦闘を行うのは困難なことは明白だった。だがクロノはそんなことは関係ないといわんばかりに目の前の相手を睨みつける。

そこには冷たい目をした魔導師。プレシア・テスタロッサの姿があった。だがその体は全くの無傷。自分の圧倒的優位を知りながらもその顔には何の感情も見られない。

それはプレシアとクロノの絶対的な力の差から生まれたものだった。

プレシアはその体を病魔に侵されており、かつて程の力はない。にもかかわらずこの力の差。

これがSランクオーバー、大魔導師と呼ばれる者の力だった。

「もうあきらめなさい……あなたでは私には敵わない。私はこのまま過去を取り戻すためにアリシアと共にアルハザードに旅立つの。これ以上邪魔をするなら殺すしかないわ。」

プレシアはそう冷酷にクロノに向かって告げる。それはプレシアの最後通告だった。だがクロノはそのままデバイスを再びプレシアに向け、向かい合う。そこには迷いない決意があった。

「世界はいつだって……こんなはずじゃなかったことばっかりだ。ずっと昔から……いつだって……誰だってそうだ………」

クロノの脳裏に倒れ込んだフェイトの姿が蘇る。目の前にいるプレシアは死んだ娘を蘇らせる。そんな夢物語のためにフェイトを利用し、さらには次元を起こして多くに世界を危険にさらしている。

『死者蘇生』

それはクロノにとって決して他人事ではない。

クロノはかつて尊敬し敬愛していた父親を亡くした。

それにより母もショックを受け、自分もまた心を閉ざしてしまった。

なぜこんなことになってしまったのか。

どうして自分たちがこんな目に。

あの日に戻ってやり直したい。

そんなことばかりを願いそして苦しんできた。

だが、そんなことをしていても何一つ変わらなかった。

そしてそんな自分に話しかけ、心配してくれる女性がいた。

それにどれだけ救われたか分からない。

それからはただ己を鍛え続ける日々だった。

自分には魔法の才能がなかった。師からもそう言われてしまうほどだった。

だがそれでもあきらめるわけにはいかなかった。

もう自分の様な悲しい思いをする人を一人でも少なくするために

自分を心配し、気遣ってくれた女性のために。

時空管理局執務官として。

クロノ・ハラオウンとして。


「……こんなはずじゃない現実から逃げるか、それに立ち向かうかは個人の自由だ!だけど……自分の勝手な悲しみに無関係な人間を巻き込んでいい権利はどこの誰にもありはしない!!」


クロノは目の前のプレシア・テスタロッサには絶対に負けるわけにはいかない。



「そう…………ならさっさと死になさい!」

プレシアはそのままクロノに向かって強力な雷撃を放ってくる。クロノにはそれを避ける力も防ぐ力も残されていなかった。それでもクロノは真っ直ぐにプレシアに視線を向ける。そしてそのままその雷がクロノを飲みこもうとした時、

クロノの目の前に赤い着物を着た銀髪の少年が現れる。

そして雷はまるでクロノを避けるかのように切り裂かれる。

クロノはその背中にかつての父親の姿を見る



「待たせたな、クロノ。」

闘牙は背中を見せたままそうクロノに告げる。クロノはそんな闘牙に向かって


「全く………いつまで待たせるんだ、君は……。」

そうどこか笑みを浮かべながら悪態をつく。


プレシアは突然現れた闘牙に一瞬驚きながらもいつもの無表情に戻る。誰が現れようが自分が行うことは変わらない。過去を取り戻す。アリシアを取り戻すために自分はここで止まるわけにはいかない。

「誰がこようと関係ないわ………。私は全てを取り戻す。止められるものなら止めてみなさい!」

プレシアは凄まじい魔力を纏いながらその杖を闘牙に向ける。それはもはや狂気に近い感情だった。だが

「関係ねえ…………」

それを見ながらも闘牙全く動じずに鉄砕牙をプレシアに向かって構える。



ジュエルシードも


次元振も


アリシアも


時空管理局も


自分にとってはどうでもいい


闘牙の脳裏にはただ一人



金髪の少女の姿があった。



「俺はお前が気に食わねえから闘う……それだけだっ!!」


闘牙はそう慟哭する。





今、ジュエルシードをめぐる物語の終わりが近づこうとしていた………




[28454] 第14話 「自分」
Name: 闘牙王◆53d8d844 ID:e8e89e5e
Date: 2011/07/27 20:24
今、クロノは目の前の光景にただ目を奪われていた。

激しい雷光、衝撃、爆煙が辺りを包み込んでいく。その威力によって地面は割れ、壁が砕けていく。そんな嵐の様な惨状の中に二つの人影がある。それは闘牙とプレシア。

半妖と大魔導師。本来ならありえないはずの闘いがクロノ目の前で起こっていた。

闘牙に向かって無数の雷が次々に襲いかかる。それはプレシアの杖から放たれている物ではない。何もない空間、闘牙の上下左右のいたるところからまるで空間を超えたかのように突然、紫の雷が闘牙の死角から襲いかかってくる。

それはプレシアの次元跳躍魔法。それは先日のように次元すら跳躍した攻撃を可能とする反則と言ってもいい魔法。クロノがプレシアに手も足も出なかった理由の一つだ。

戦いにおいて相手を視界にとらえて戦うのは常識であり鉄則。だがプレシアの攻撃はそれを覆す。複数のサーチャーを飛ばすことによって相手の動きを、隙を捉え、それを跳躍魔法による雷撃で貫く。それはプレシアの圧倒的なマルチタスク、分割思考の為せる技だった。

だが

「なっ………!?」

その驚愕の声はプレシア、クロノはたしてどちらの物だったのか。死角から襲いかかる回避不能のはずの雷撃。それを闘牙は紙一重のところで避け、捌きながらプレシアに肉薄してくる。その光景はまるで舞。神業と呼ぶにふさわしい物。とても人間業とは思えないものだった。闘牙は無数の雷をまるで後ろに目があるかのように感知し対応していく。そんな光景にプレシアは驚愕し、目を奪われる。

今、闘牙は自らの体にみなぎる力に戸惑いすら覚えていた。



体が軽い。
力が湧く。
動きが見える。

それはまるでかつての瑪瑙丸との戦いの様。鉄砕牙と自分は今、一つになっている。ジュエルシードの影響で闘牙は魔力の発動や流れを感知できる。そして今、その力はさらに鋭さを増していた。プレシアの魔法。その恐ろしさを闘牙は身をもって理解する。自分の死角からのこれほどの威力の攻撃。おそらくなのはのシールドであってもこの攻撃には耐えきれないであろう、それほどの力が込められている。それは決して自分にとっても例外ではない。その強さは鉄砕牙を持つ自分でも苦戦することは間違いないほどの力だ。しかし

「はあっ!!」

闘牙は自らの背後からの魔法を瞬時に感じ取り、鉄砕牙を振り切ることでそれを切り払い、そのままプレシアとの距離を詰める。

今の自分は誰にも負けない。そんな確信が闘牙の力をさらに高めていく。それに呼応するように鉄砕牙もその力を解放していく。闘牙を守るように風の傷が闘牙の体の周りを包み込んでいく。そしてついに闘牙はプレシアの間合いに入り込む。

「くっ!!」

プレシアが自らを守るシールドに力を込める。その瞬間、鉄砕牙がプレシアの持つデバイスに向かって振り下ろされる。二つの力がぶつかり合い、両者の間に無数の火花が散る。闘牙とプレシア。互いが互いを至近距離で睨みあう。しかし闘牙は鉄砕牙に力を込めるもそのシールドを破ることができない。闘牙はその強度に驚きを隠せない。それは自分が知っている中で最も強いなのはのシールドを遥かに上回る物だった。

儀式魔法によるシールド。それがプレシアの防御だった。儀式魔法とは通常の魔法とは異なる術式でありその発動には条件がある。一つは発動した場所から動かないこと。儀式魔法はそれを発動した地点に術式が固定されてしまうためそこから離れるとその効果も失われてしまうからだ。そしてもう一つが膨大な魔力。儀式魔法は通常の魔法よりも遥かに上回る力を誇るがそれ故に消費する魔力も比べ物にならない。この二つのデメリットにより戦闘において儀式魔法を使用する魔導師はほとんど存在しない。

だがその例外がここに存在する。

圧倒的魔力量が可能にする儀式魔法による『絶対防御』とその場を動かずとも相手を倒すことができる空間跳躍魔法。

これがSランクオーバー、大魔導師プレシア・テスタロッサの力だった。


「死になさいっ!!」

シールドに向かって鉄砕牙を押し込んでいる闘牙に向かってプレシアは焦りながら雷撃を放つ。それは絶対であるはずのシールドが次第にその力によってひびが入り始めていたからに他ならない。だが闘牙はその攻撃を後ろの飛び跳ねることで間一髪回避する。そして両者の間には再び距離が開く。闘牙は体勢を立て直しながら再び鉄砕牙を構える。その目には全く恐れがない。そんな闘牙に対抗しようとプレシアが自らのデバイスを構えようとした瞬間、その口から赤い鮮血が流れ落ちる。それは病魔に侵された体を行使してしまった代償だった。

「がっ……げほっ……げほっ……!!」

プレシアはその激痛によってその場にうずくまってしまう。それは戦闘においては致命的な隙だった。プレシアは己の敗北を悟る。


だがいつまでたっても相手の攻撃はやってこない。そのことに気づいたプレシアは何とか落ち着きを取り戻した体を起こしながら顔を上げる。そこにはまるで自分が立ちあがるのを待っていたかのような闘牙の姿があった。そんな闘牙にプレシアは戸惑いを隠せない。

「何のつもり……情けでもかけようっていうの……?」

プレシアは自らの口を拭いながらも再びその杖を闘牙に向ける。だがそんなプレシアに闘牙は何も答えようとはしない。まるで答えないことがその答えであると、そう伝えるかのように。

プレシアはそんな闘牙に向かって再び跳躍魔法による攻撃を放ち続ける。しかしそれは闘牙にダメージを与えることはできず、闘牙は再びそのシールドに向かって鉄砕牙を振るう。そして再び両者の間に距離ができる。それは完全に先ほどのやり取りの再現だった。それが何度も何度も繰り返される。

(これは……一体……!?)

プレシアは目の前の銀髪の少年に驚愕し、恐れを感じる。自分は間違いなく魔導師として最高位の力を持っている。病魔に侵され全盛期程の力はないがそれでもその力は健在だ。

なのに自分は目の前の少年にダメージひとつ負わせることができない。そしてその相手からは魔力も魔法を使っている様子も見られない。プレシアは目の前で起こっているあり得ない事態に焦り、狼狽する。

このままではやられてしまう。このままでは捕まってしまう。そうなればもう終わりだ。もうアリシアを蘇らせることが、アルハザードに行き、失ってしまったその日々を取り戻すことができなくなってしまう。そんなことは許されない。こんなところで、こんなところで躓くわけにはいかない。

「私は全てを取り戻す………アリシアを……あの日々を……邪魔はさせないっ!!」

自らの心を叫びながらこれまで以上の威力持った雷撃が闘牙を襲う。

「闘牙っ!!」

その魔力に思わずクロノが叫びを上げる。しかし闘牙は全方位から襲いかかる無数の雷に為すすべなく飲み込まれてしまう。辺りはその威力と衝撃によって煙に包まれてしまう。


プレシアは自らが持てる力をすべてつぎ込んだ攻撃によって消耗しその場にデバイスを杖代わりにしながら蹲ってしまう。だがその顔には笑みがこぼれていた。

完璧なタイミングにあれだけの攻撃。いくら相手が妙な力を持った存在だとしてもあれを耐えられる魔導師など存在しない。それほどの大魔法だった。プレシアはそのまま何とか立ち上がり、そのままカプセルにいるアリシアと手に入れたジュエルシードに近づこうとする。もう自分たちを邪魔する者はいない。今こそ悲願を達成する時。プレシアがそう考えた時


煙の中から一つの人影が姿を現す。


そこには傷つきながらも全く闘気も意志も失われていない闘牙の姿があった。


プレシアはそんな闘牙の姿に目を見開くことしかできない。そして同時に恐怖がプレシアの感情を支配する。目の前の少年。その眼光。その圧倒的な存在感。それが自分の、自分とアリシアの前に立ちふさがっている。知らず体が震え始める。こんなことは生まれて初めてだった。

闘牙が一歩プレシアに向かって足を進める。それに合わせてプレシアも思わず一歩後ずさりをしてしまう。プレシアは完全に戦意を失ってしまっていた。




「どうして…………」

知らずプレシアの口から言葉が漏れる。それは今までプレシアが抱えてきた心の叫びだった。

「どうして邪魔をするの……私はアリシアを……あの日々を取り戻したいだけなのに……」

震える体を何とか抑え込みながらプレシアは闘牙に向かってそう呟く。

「あなたに……あなたに何が分かるっていうの……アリシアを失った私の気持ちが!!」

プレシアはそう慟哭する。それはもはやただ八つ当たりに近い叫びだった。


プレシアの脳裏にこれまでの日々が、地獄の様な日々が蘇る。

優しかったアリシア。仕事が忙しく、いつもさびしい思いをさせてしまっている私に笑いかけてくれるアリシア。

アリシアは私のすべてだった。だがそれは一瞬で奪われてしまう。自らの実験によって。

こんなはずじゃない。こんなはずじゃなかった。認めない。こんなことは認めない。認めるわけにはいかない。

私はアリシアを、あの日々を取り戻すために狂気の道に足を踏み入れる。使い魔を超える人造生命の生成。命を弄ぶ悪魔の道に。アリシアを蘇らせられるなら悪魔に魂を売っても構わない。身を削りながら、文字通り命を削りながらも実験は完了する。だが生まれた命はアリシアではなかった。

利き腕も。魔力資質も、人格さえも。それはまるで私への罰。アリシアを蘇らせようとした、命を弄んだ私への。

『フェイト』それがその命の名前。人造生命体を作成するプロジェクト「F.A.T.E」。それが由来だった。

フェイトを見るたびに私の心はざわついてしまう。それは自分の罪の証。逃れ得ない運命そのものだった。




プレシアは涙を流し、嗚咽を漏らしながら自らの心をさらけ出す。しかし闘牙はそれを聞きながらも表情を崩さない。そして


「関係ねえ………」

そう口を開く。

「アリシアも……死者蘇生も………アルハザードも……俺にとってはどうでもいい……勝手に好きなだけやればいい……」

そんな闘牙の言葉にプレシアは驚きただ呆然とするしかない。それはクロノも同様だった。
そして闘牙はそのまま鉄砕牙を振りかぶりプレシアに向かってそれを振り下ろす。プレシアは咄嗟にシールドによってそれを何とか防ぐ。だがその力によってシールドには亀裂が生じていく。

「どうしてフェイトを巻き込んだ……あいつはただお前のために……それだけのために頑張ってた……それを……」


闘牙の脳裏にフェイトの姿が浮かぶ。

ただ母親のために。

それだけのためにフェイトがどれだけ頑張ってきたか。何度も刃を合わせてきた、その姿を見てきた闘牙にはその想いが伝わってきた。その純粋さに自分も救われた。

プレシアにとってアリシアがどんなに大切だったか。

それは俺には分からない。きっとそれはプレシアにしか分からないことだ。

それでも

母親のため身を削って、ただ自分を認めてほしくて、ただそれだけのために闘ってきた少女にプレシアはあんな言葉をぶつけた。それが闘牙には許せない。


「お前こそわかるのか……人形だと……偽物だと言われた……あいつの気持ちが……」



『人形』だと。

『偽物』だと。

自分を否定される。それがどんなに辛いことか。



『私………生まれてきてよかったのかな………』

あんな言葉を………あんな幼い少女に………


自分が自分ではないというあの不安が、恐怖が、苦しみが





「お前に分かるのか―――――!!」


闘牙の慟哭と共に鉄砕牙によって絶対であるはずのプレシアのシールドが粉々に砕け散る。


そしてその瞬間、あり得ない事態が起きた――――






アースラの一室に二つの人影がある。それはフェイトとアルフだった。

フェイトは出ていった闘牙の姿がもうないにもかかわらずただずっと、その扉を見つめたまま佇んでいる。アルフはそんなフェイトを見ながらもどうしたらいいのか分からず、ただそれを見守ることしかできない。

そして部屋のモニターには白い魔導師と翠の魔導師が傀儡兵たちと闘っている光景が映し出されている。だがその数は際限がないかの如く増え続けている。助けに行かなければ。そんな思いがアルフの中に生まれるものの目の前のフェイトを一人にすることもできない。そんなことを考えていると

フェイトの目から大粒の涙が流れ落ちる。フェイトはそれを拭おうとするも涙は止まらず流れ続ける。その手は闘牙が叩いた頬にあてられていた。

「だ……大丈夫かい、フェイト!?痛むのかい!?」

叩かれた痛みによってフェイトが泣いているのだと思いアルフは慌てながらフェイトに近づく。しかし

「………ううん……違うの…………」

フェイトは涙を流しながらもそうアルフに応える。


フェイトは今、ある感情に支配されていた。

それは喜び。

それは闘牙に叩かれた頬の痛みによるもの。

『痛み』

それはフェイトにとって辛くて怖いものだった。

母さんから受ける痛み。それは私が悪いから受けているもの。それは仕方がないもの。

その痛みは怖くて、辛いものだった。

でもこの痛みは違う。

この痛みにはトーガの自分への、トーガが認めてくれた『フェイト・テスタロッサ』としての自分への想いが込められていた。



「痛いのと怖いのは一緒じゃないんだね………アルフ………」

フェイトはそうアルフに呟く。フェイトは今、生まれて初めて悲しみではなく、喜びからの涙を流していた。

「フェイト………」

そんなフェイトの感情を感じ取ったアルフは自分の心がざわつき始めるのを感じる。こんなことは初めてだった。そしてフェイトはモニターに映った白い少女に視線を向ける。

自分に、『アリシア』ではない自分に『友達』になりたいと言ってくれた少女。



自分の体も、記憶も『アリシア』の物なのかもしれない。

でも

トーガを想う気持ちも

あの少女を想う気持ちも

そして

母さんを想う気持ちも

きっとそれは―――――


その瞬間、フェイトの手にあったバルディッシュが起動し、その姿を現す。それはまるでフェイトの心に反応しているかのようだった。フェイトはそのまま己の相棒であるバルディッシュに魔力を込める。同時に黒いバリアジャケット、フェイトのプレシアへの想いが形を作る。


フェイトは他の誰でもない、『自分』を取り戻した。


「行こう……アルフ……これまでの私じゃない……新しい私を始めるために、力を貸して。」

フェイトは力を取り戻した、いやそれ以上の力を持つ瞳をアルフに目ける。アルフはそんなフェイトの姿に体が震えるのを感じる。そして

「………ああ!!もちろんさ!!」

これまでで最高の笑顔を見せながらそれに応える。

今ここにフェイト・テスタロッサとその使い魔、アルフが復活した――――





「ハアッ……ハアッ……!」

なのはは肩で息をしながらもレジングハートを構える。しかしその姿は疲労し、動きには精彩が見られない。それを何とかユーノがフォローをしているものの次第に二人は追い詰められていってしまう。

傀儡兵はついにその数の底がついたのか増員が現れることはなくなった。だがフェイトとの真剣勝負からの連戦、慣れない一体多数の闘いになのはの限界が近づこうとしていた。

だがそれでもなのははあきらめようとはしない。自分は闘牙にこの場を任された。それは自分とユーノを信頼してくれたからだ。それを裏切るわけにはいかない。そして何よりこれからやってくるフェイトのためにもなのはは絶対にあきらめるわけにはいかなかった。

しかし、一瞬の隙を突いて一体の傀儡兵がなのはに向かって斬りかかって行く。他の傀儡兵に気を取られていたなのははそれに反応できない。

「なのはっ!!」

ユーノが悲痛な叫びを上げる。そしてその攻撃がなのはを襲おうとしたその瞬間、


『Photon Lancer』

金の光が次々になのはを襲おうとした傀儡兵を貫いていく。そしてそれは爆発を起こし跡形もなく消え去ってしまう。


「え………?」

なのははそんな光景に目を奪われそんな声を上げてしまう。そして見上げたその先には


バルディッシュを構えたフェイト・テスタロッサの姿があった。


「フェイトちゃん………?」

そうどこか現実感のないような様子でなのはがその名を呼ぶ。それに応えるかのようにフェイトがなのはの目の前に現れる。そしてバルディッシュから魔力の光がなのはのレイジングハートに流れ込んでくる。それはフェイトのなのはへの想いが込められていた。

「二人できっちり半分こ……だったよね……」

そう静かに微笑みながらフェイトはなのはに告げる。なのははそんなフェイトの言葉に思わずその場に立ちつくしてしまう。

そしてそんな二人を狙って新たな傀儡兵がその矛先を向ける。だが

「はあああああっ!!」

それは魔力を込めたアルフの拳によって打ち砕かれる。その威力によって傀儡兵の鎧は砕けその力を失う。

今、アルフは喜びに震えていた。フェイトが自らの主が今、初めて自身のために闘おうとしている。その心が流れ込んでいる。それがアルフの力を限界以上に高めていた。

アルフはそのままチェーンバインドによって残った傀儡兵を次々に拘束していく。

「フェイトっ!!」
「うん!」

アルフの言葉に合わせるようにフェイトの足元に金色の魔法陣が姿を現し、それに呼応するように雷が起こり始める。そして



「サンダーレイジ―――!!」


その強力な雷撃によって残った傀儡兵は一つ残らず破壊されていく。その光景になのはとユーノは立ちつくすことしかできなかった。


だがその瞬間、これまでとは比べ物にならない程巨大な傀儡兵が姿を現す。その大きさからこれまでの傀儡兵よりも手強いことをなのはたちは悟り身構える。しかし


「大型だ……バリアが強い……でも……二人でなら……」

フェイトはそうなのはに向かって話しかける。その言葉はなのはにとって本当に心から嬉しい物だった。

フェイトと一緒ならきっと何でもできる。そんな気持ちが再びなのはの心に勇気と希望を蘇らせる。

「うん!!」

なのはがそう力強く頷くと同時に傀儡兵が二人に向けて攻撃を繰り出してくる。だがそれは一つとして二人を捉えることができない。金と桜色の光が傀儡兵を翻弄するようにその周りを縦横無尽に飛び回る。そしてその隙をついて翠とオレンジの鎖が傀儡兵の動きを次々に封じていく。それは二人をサポートするユーノとアルフによるものだった。


「ディバイン―――」

それを見たなのはは自らの足元に魔法陣を生みだしレイジングハートを構える。その先には既に桜色の魔力が集中し始めている。


「サンダ―――」

そんななのはに合わせるようにフェイトもその魔力を高めバルディッシュを構える。その先端からは雷が起き始めている。


傀儡兵はその力を振り絞り何とかそれを迎撃しようとするもチェーンバインドから抜け出すことができない。そして



「バスタ―――――!!」
「スマッシャ――――!!」

二つの砲撃魔法がそれぞれの想いを乗せて放たれる。二つの光はその力を合わせながら目の前の傀儡兵に向かってその力を振るう。傀儡兵はそのバリアによってそれを何とかしのごうとする。だが力を合わせたなのはとフェイトの前にはどんなバリアも無意味だった。


「「せ―――のっ!!」」

二人の掛け声と共にバリアは打ち砕かれ、二つの光によって傀儡兵は跡形もなくその姿を消したのだった………。





「フェイトちゃん………」

なのはがその目に涙を浮かべながらフェイトに向かい合う。フェイトはそんななのはの様子に優しく微笑みながら答える。ユーノとアルフはそんな二人を静かに見守っている。そして

「フェイトちゃん、闘牙君が言ってたよ、先に行って待ってるって。」

なのははそうフェイトに伝える。その先には闘牙が、そしてプレシアがいる。

「うん……ありがとう。」

そうお礼を言いながらフェイトとアルフはその先に向かって走り出す。



新たな自分を始めるために―――――



[28454] 第15話 「答え」
Name: 闘牙王◆53d8d844 ID:e8e89e5e
Date: 2011/07/31 15:23
今、一つの物語が終わろうとしている。

それは願いを叶える宝石、ジュエルシードから始まった。

そしてそれによって多くの出会いが生まれた。

それを巡って幾度も争いが起きた。

大切な人を失くした少年と魔法少女の物語。

それが今、一つの終わりを迎えようとしていた。




時の庭園。

そこに二人の人影がある。

闘牙とプレシア。

年も、性別も、生まれた世界も違う二人がただ己の信念を掛けて闘っている。

それはまさしく心のぶつかり合い。

次第に二人は奇妙な感覚に囚われていく。

まるで自分がもう一人の自分と闘っているような感覚に。



そしてついに二人の闘いに終わりが訪れようとしていた。





闘牙はプレシアとの戦いは『心の闘い』になると考えていた。

例えプレシアを力で逮捕したとしてもそれは自分にとっては何の意味もない。

プレシアを再びフェイトに向かい合わせる。

それが闘牙の目的。

それはなのはと同様の『分かりあうため』の闘い。

だがそれはただ戦って勝つだけの今までの闘いよりも遥かに難しいもの。

だがそれでもやるしかない。

その決意を持って闘牙はこの戦いに臨んでいた。


そしてその心を鉄砕牙は感じ取る。

そして闘牙の心が高まるのと同時に予想外の事態が起こる。それは闘牙の中にあるジュエルシードの力の残滓。その力が闘牙の心に共鳴し、鉄砕牙に新たな力を呼び起こす。それはまさに奇跡だった。




闘牙がシールドを破ったその瞬間、見えない力が二人を包み込む。しかしそれは何かを傷つける力ではない。それはどこか温かさを感じさせる力だった。

その力は闘牙が望んだ『分かりあうため』の力。なのはと出会うことで闘牙が求めたこれまで鉄砕牙が持っている誰かを倒すための力ではない、新たな力だった。

二人は驚愕しながらその力に包み込まれていく。そして同時に自分ではない記憶と感情が流れ込んでくる。それは闘牙とプレシア、互いの記憶と感情だった。




プレシアは闘牙の記憶と感情を感じ取る。

目の前の少年の半生。

ごく普通のはずの少年が『半妖』と呼ばれる人間ではない体に憑依してしまったこと。

そしてそれによる差別と他人の体と記憶を持つことの苦悩。

その恐怖と不安。まるで自分の立っている足元が崩れ落ちていくような感覚。それにプレシアは恐怖する。そして同時に気づく。

自分がフェイトに行った仕打ち。それによってフェイトもこれと同じ恐怖と不安を抱いていることに。

少年が自分に戦いを挑んで来た理由がそれだったことに。

そして目の前の少年が本当にジュエルシードのためでもなく、次元振を止めるためでもなく、ただフェイトのためにここにやってきたことに。



他人の体と記憶を持つ苦悩。それによって少年の心は壊れてしまう寸前だった。

誰も信じられず、誰にも信じられない孤独な日々。それはまるでアリシアを失ってしまった自分そのものだった。

だが一人の少女によって少年の心は救われる。

少年はそんな少女を守る力を、強さを求め続けた。

少年にとって少女は生きる意味だった。

旅を続ける中で新たな仲間、出会いがあった。

そして二人はついに結ばれる。

だが最後の闘い。そこで少年は残酷な選択を迫られる。

『少女』か『世界』か。

少年の慟哭が、涙がプレシアの心に流れ込んでくる。

そして

少年は『世界』を選択する。いや、選択せざるを得なかった。



少年の心は完全に崩れ去ってしまった。それからの日々はもはや語るまでもない。

それはプレシア自身が誰よりも分かっている。

大切な人を失ってしまった悲しみ。自分と同じ、いやそれ以上の悲しみを目の前の少年は抱いている。それ故に分からない。それなのに何故―――




闘牙はプレシアの記憶と感情を感じ取る。

それは母と娘の日常だった。

仕事に忙しい母とそれを待ち続けながらも優しく母を癒す娘の姿。

小さくとも確かな幸せな日々。

だがそれは突然終わりを告げる。


プレシア自身が起こした事故によって。

自らの手で最愛の娘の命を失ってしまう。それがどんなに辛いことか。

子を想う親の、母の心。

知らず闘牙の頬に涙が流れる。


子を持たない自分にはそれを理解することはできない。だがそれでも愛する者を失う悲しみは、痛みは誰よりも分かる。


そしてプレシアは決意する。アリシアを、自らの娘を蘇らせるという道を行くことに。

自らの命を削りながらも、ただアリシアのために、それだけのためにプレシアは走り続ける。

しかし生まれた命がアリシアではなく別人だと知った時、プレシアの心は壊れてしまった。

それは誰よりも優しい心を持っているからこそ

誰よりもアリシアを愛していたからこそ

プレシアは壊れてしまうしかなかった。



そして闘牙は気づく。


目の前のプレシアの姿。


それはもう一人の自分であることに。



愛する人を失ってしまう悲しみ。それを自分とプレシアは持っている。だがそれでも、だからこそ――――




闘牙とプレシア。

二人はまるで合わせ鏡のように互いを見つめ合う。

長い沈黙が二人の間に流れる。そして

「どうして………」

プレシアが絞り出すような声で呟く。その目には涙が溢れていた。

「あなたなら分かるでしょう………愛する人を失くした悲しみが……苦しみが……なのに、どうして」



私を認めてくれないのか。



それは誰にも伝えることが、訴えることができなかったプレシアの心からの叫びだった。

闘牙はそんなプレシアの言葉に悲しげな表情を作りながらもゆっくりと口を開く。



「お前の気持ちは分かる………俺も、お前と同じ立場だったら同じような道を進んだかもしれない………」

かごめの姿も、声も、温もりも、一日だって忘れたことはない。もしそれを取り戻せるかもしれないとしたら自分もきっとそれに縋りつくだろう。

『死者蘇生』

それが夢物語でないことを闘牙は知っている。

『天生牙』

その存在を知っているから。

でもきっとそれは自分には使えない。あれは師匠だから、殺生丸だからこそ扱えた刀。

例え自分が天生牙を使えたとしても、アリシアを蘇らすことはできないだろう。

天生牙は『死者を蘇らせる刀』ではない。

天生牙は『救われるべき、救うべき命を救う刀』だ。

それ故にりんと邪見は天生牙によって命を救われた。

そして天生牙はきっとアリシアを救うためにはその力を貸さないだろう。

アリシア自身のためではない。

狂気に囚われ、他人を利用し、傷つけてきたプレシアのためには。

「でも……お前は間違ってる………」

愛する者を取り戻したい。その気持ちはきっとだれでも持っている。それはきっと間違いじゃない。

だがそのために、自分一人の悲しみのために他人を巻き込むのは、傷つけるのは絶対に間違っている。

クロノが言ったあの言葉。あれが全てだ。

「だから……俺はお前を認めるわけにはいかない!!」

闘牙は涙を流しながらそうプレシアに向かって慟哭する。

俺も一人なら目の前のプレシアと同じ道を進んでいたかもしれない。でも俺には仲間がいる。


真っ直ぐな勇気と信念を持つなのは。

誰にも負けない優しい心を持ったユーノ。

自らの持つ力を正しいこと、正しくあろうとすることに使おうとするクロノ、リンディ、エイミィ。

自分たちのことを温かく見守り、帰りを待ってくれる高町家のみんな。

自らの主のために命を掛けて闘うアルフ。

そして

敵であるはずの自分の身を案じ、その心を救ってくれたフェイト。

自分のために鉄砕牙を残してくれた仲間たち。

みんながいたから、導いてくれたから今の自分がここにある。



例え誰かを犠牲にしてかごめを蘇らせても、きっとかごめは俺を認めてくれない。

それは、かごめが好きだと言ってくれた俺を裏切ることになるから。

プレシアはそれに気づいていない。

アリシアを蘇らせようと、誰かを犠牲にしていくたびに

アリシアが好きだったプレシアがなくなっていってしまっていることに。

それが闘牙がプレシアを認めない理由だった。




その心が、感情がプレシアに流れ込んでくる。

分かってる。

そんなことは分かっている。

今の自分が間違っていることも。

今の自分の姿が、アリシアが好きでいてくれた自分ではないことは。

だがそれでも、それでもアリシアにもう一度会いたかった。あの姿を、声を、温もりを取り戻したかった。

分かっている。

分かっていた。

フェイトへの仕打ち。それがただの八つ当たりであることも、自分の心の弱さのせいであることも。

だが止めることができなかった。

自分は時間を、命を削って突き進んできた。今更立ち止まることなどできない。立ち止まることなど許されてはいなかった。

「それでも………それでも私は……私はっ!!」

プレシアの悲痛な叫びと共にその体から魔力が雷が巻き起こる。自身の間違いを、過ちを理解しながらもはやプレシアは止まることができないところまで来てしまっていた。その力が闘牙に向かって放たれようとする。だが

闘牙はそんなプレシア見ながらも鉄砕牙を下ろす。

そんな闘牙にプレシアは戸惑うしかない。なぜそんなことをするのか。自分がもう闘うことができないとでも思っているのか。プレシアはそんな疑問を持ちながらも雷撃を放とうとしたその時、闘牙の後ろから一人の少女が姿を現す。


その姿にプレシアは動きを止める。知らず息が止まる。



それはフェイト・テスタロッサだった。





フェイトは一歩一歩、その足で、静かにそれでも力強くプレシアに近づいていく。プレシアはそんなフェイトを見つめ続けることしかできない。その魔力も、雷も既に霧散してしまっていた。闘牙はそんなフェイトの姿を静かに見守っている。

そしてフェイトはその足を止め、真っ直ぐにプレシアに向かい合う。その目にはいつもの悲しさも、怯えもない。ただ純粋に自らの母親を見つめている娘の姿がそこにはあった。

プレシアはそんなこれまで見たことのないフェイトの姿に戸惑いながらもそれを悟られまいといつもの無表情に戻る。しかしその心の動揺を抑えることができない。何故、何故あれだけの仕打ちを受けた後に再び自分の前に現れるのか。

何故その姿に、アリシアの姿が重なるのか――――



「何を……しにきたの……」

プレシアは感情のない声でそうフェイトに告げる。そこには明確な拒絶の意志があった。だがそれを感じ取りながらもフェイトはその視線を、その瞳を真っ直ぐにプレシアに向け続ける。


「消えなさい、もうあなたに用はないわ」

まるでそれを振り払うかのようにプレシアはさらに言葉をつなぐ。しかしその声は震えていた。こんなことは初めてだった。


「あなたに言いたいことがあって来ました……。」

フェイトはゆっくりと自らの気持ちを言葉に、形にしていく。



「私の体も……記憶も……アリシアの偽物かもしれません………」

そのことに迷い、苦しみどうしていいか分からなくなった。でも今は違う。

トーガが、少女が、誰でもない自分を認めてくれたから。



「でも……私は『アリシア』じゃありません。私は………」

だから認めてくれなくてもいい、振り向いてくれなくてもいい、ただ聞いてほしい。




「私はあなたの娘、『フェイト・テスタロッサ』です。」

自分が見つけた偽物ではない、本当の答えを。




プレシアの顔が驚愕に染まる。鉄砕牙の力が、目の前のフェイトの想いが間違いなく本物であることをプレシアに伝えてくる。


いつも冷たく、厳しく、辛く当たってきた自分を。


偽物だと、人形だと言った自分を。


それでも目の前の少女は自分が母親であるとそう思ってくれている。


プレシアの脳裏にかつてのアリシアの姿が蘇る。




『ねえ、ママ。私、妹が欲しい。』

それは遠い昔、アリシアとした約束。


『だって妹がいればお留守番もさみしくないし、ママのお手伝いも一杯できるよ。』

その光景を覚えている。


『だから約束だよ。ママ。』

プレシアは気づく。自分が欲しかった答え。それがすぐ側にあったことを――――



プレシアはそのまま顔を俯かせる。その表情をうかがうことはできない。そして

「くだらないわ………」

そう呟きながら、プレシアは自らの杖を床に突き立てる。その瞬間、その魔力によって時の庭園が崩壊し始める。その振動によってフェイト達はその場から動くことができない。


「私は行くわ……アリシアと一緒に………」

そう言いながらプレシアはアリシアのいるカプセルに近づいていく。そしてその足場が次々に崩れ去り、二人はそのまま虚数空間へ向かって落ちていってしまう。

「母さんっ!!」

フェイトがそんな二人向かって手を伸ばすも間に合わず、プレシアとアリシアはそのまま虚数空間に飲み込まれていく。

しかし、そんな中、プレシアはフェイトの姿を、その姿が見えなくなるまで見つめ続けている。



いつもそう――――

いつも私は――――

気づくのか遅すぎる―――――


プレシアは自らの本当の気持ちを取り戻しながら姿を消した




(プレシア……………)

そしてその気持ちは闘牙にも伝わってきた。間違いなくその気持ちはプレシアの本当の気持ち。悲しみによって覆い隠されていたフェイトへの想いだった。


だが次の瞬間、闘牙たちの足元が次々に崩壊し始める。それにより闘牙たちはフェイトと分断されてしまう。このままでは自分たちも虚数空間に飲み込まれてしまう。

闘牙はこの虚数空間がこの世とあの世のはざまであることに気づいていた。それは冥道残月破をもつ闘牙だからこそ。これに飲み込まれればもう二度と戻ってくることはできない。闘牙は傷ついたクロノを担ぎながらその場を離脱しようとする。だが


フェイトは一人、崩壊し始めている自らの足元から動こうとはしなかった。そしてその視線はプレシア達が落ちていった先に向けられている。


「フェイトっ!!」

その姿にアルフが悲鳴を上げる。同時に闘牙もフェイトの心を悟り、戦慄する。そしてついにフェイトの足場が崩れ去ってしまう。闘牙はフェイトを何とか助けに行こうとするが間に合わない。


闘牙の目の前が暗くなっていく。

また。また自分は繰り返すのか。自分が守りたかったものをまた――――

闘牙がそう絶望に支配されかけた時、




桜色の光が辺りを照らしていく。それはなのはの魔力光だった。

「フェイトちゃんっ!!」

なのははそのままフェイトに向かって手を伸ばす。その姿はまさに天使だった。


フェイトはそんななのはの姿に自分を取り戻す。



母さん……アリシア……ごめんなさい。私はまだこの世界に………トーガと少女がいるこの世界に………


フェイトの手がなのはに向かって伸ばされる。


その手をなのはは力強く握り返す。



フェイトはこの世界で、新たな自分を見つけるために生きていくことを誓った。






「全く………あいつには敵わねえな………」

そんな二人の姿を眺めながら闘牙はそう呟くのだった―――――



[28454] 第16話 「名前」
Name: 闘牙王◆53d8d844 ID:e8e89e5e
Date: 2011/08/01 17:27
私、高町なのははごく普通の小学三年生。

ですが偶然の出会いとめぐり合わせで別世界から来た魔法使い、ユーノ君と不思議な力を持つお兄さん、闘牙君と出会って願いをかなえるジュエルシードという宝石を封印するお手伝いをすることになりました。

今までの日常から魔法の世界と言う非日常に足を踏み入れることで私は魔法少女として頑張ろうと心に決めました。

でもジュエルシード集めは私にとって簡単なものではありませんでした。怖いこと、辛いこと、自分のせいでみんなに迷惑を掛けてしまうこともありました。

でもユーノ君と闘牙君の力も借りることでそれを乗り越えることができました。誰かを頼ること、私はそれがいけないことだとずっと思っていました。でもユーノ君と闘牙君と一緒にジュエルシード集めをしていく中でみんなで力を合わせることの大切さを知ることができました。

そして自分と同じ魔法少女、悲しそうな瞳を持った自分と同い年の少女、フェイトちゃんとの出会い。

フェイトちゃんは大好きなお母さんのためにジュエルシードを集めていました。私はそんな自分とどこか似ているフェイトちゃんとただ争うのではなく、話しあって、友達になりたいとそう思いました。

そのために、自分の想いを伝えるために闘牙君に特訓をお願いし、それからは過酷な特訓の日々が始まりました。闘牙君の厳しさには本当に驚きました。しかも闘牙君はそれが優しく教えてるつもりだと知った時には目を丸くするしかありませんでした。でもそのおかげでフェイトちゃんと対等に、お互いの想いを伝えあうことができました。


そして時の庭園での最後の闘い。

フェイトちゃんのお母さんとアリシアちゃんが虚数空間に落ちていってしまうという結末によって私たちのジュエルシードを巡る争いは終わりを迎えました。

アースラに戻った後、フェイトちゃんとアルフさんはそのまま違う部屋へ連れて行かれてしまいました。二人が悪いことをしていたということはやはり簡単には許してもらえないようです。

でもフェイトちゃんたちは何も知らされていなかったこと、未成年であったことからそれほど重い罪にはならないだろうとクロノ君が言っていたので少し安心しました。二人の保護者になるのがリンディさんだと知り、その優しい笑顔を見てきっとリンディさんなら二人を守ってくれるとそう確信しました。


それでもお母さんのことがあったせいかフェイトちゃんには元気がありませんでした。そしてそれは闘牙君も同じでした。顔には出ていませんでしたが私とユーノ君には闘牙君が何かに悲しんでいるのが伝わってきました。クロノ君から闘牙君はフェイトちゃんのお母さんを助けようと闘っていたことを聞かされて闘牙君が悲しんでいる理由が分かりました。


そして私たちは元いた世界、日常へと帰ることになりました。


家族のみんなは無事に私たちが帰ってきたことを心から喜んでくれました。そんなみんなの姿を見た時気づきました。ここが私の帰る場所なのだと。


それから闘牙君は元々住んでいたアパートに戻って行ってしまいました。元々ジュエルシード集めが終わったらそうするつもりだったみたいです。家族のみんなもこのままいればいいと説得したのですが闘牙君はそのままアパートに戻って行ってしまいました。なんでもけじめなんだそうです。

闘牙君がいなくなって一番寂しがっていたのはユーノ君でした。二人は私から見ても兄弟の様なものだったのでユーノ君の気持ちも分かります。でも闘牙君は翠屋のバイトやたまに家で食事をしていくこともあるので会う機会もたくさんあります。

最近は厨房に入るためにお母さんと一緒に特訓をしているみたいです。初めは乗り気じゃなかった闘牙君でしたが負けず嫌いな性格もあって、一生懸命頑張っているみたいです。

ユーノ君はそのまま私の家で暮らすことになりました。食事などの時は人間に姿になりますが、やっぱり落ち着くのかフェレットの姿でいることが多いです。流石に恥ずかしいので一緒のお風呂に入ることはなくなりましたが夜は一緒に寝ています。でもそれも嫌だったようで最初は闘牙君がいた部屋に住みたいと言っていましたがもう諦めたのか今は私の部屋で生活しています。

図書館でたくさんの本を借りてきたり、翠屋の手伝いをしたり、フェイトちゃんの裁判の準備をしたりと忙しい日々を送っています。でも闘牙君が休みの日に一緒に何かを食べに行ったり遊びに行くのはずるいと思います。時々闘牙君のアパートに泊まりに行ったりもしています。闘牙君曰く「男同士じゃないと分からないこともある」だそうです。私には闘牙君が何を言っているのかさっぱり分かりません。

学校での日々もいつも通り。アリサちゃんとすずかちゃんも帰ってきた私をいつも通り暖かく迎えてくれました。


魔法少女としてではない私の日常。

それは私にとってかけがえのないとても大切なもの。

でも、私の中にはどうしても気になって仕方がないことがあります。


それはフェイトちゃんのこと。

会えない日々が続く程、フェイトちゃんのことを考える時間が増えていく。

会いたいという気持ちが強くなっていく。


魔法。

それは普通ならできないことを可能にする力。

力は怖いものだと。

闘牙君は特訓の中でそれを何度も私に伝えてきてくれました。

そしてそれは使う人の心によってそれは良いことにも悪いことにも使えるものだと。

私が魔法に出会った意味。

私が本当にやりたい、私だけができること。

それを私は探しています。



そしてついに待ちに待った日が来ました。


それはフェイトちゃんと会える日。


それは裁判のために遠くに行ってしまう前に短い時間だけどクロノ君が無理を言って機会を作ってくれたものです。



胸を高鳴らせながら、まるで初めて小学校に行った時の様なそんな気持ちで私はユーノ君、闘牙君と一緒にその場所に向かっています。


友達になりたいと、そう伝え続けた女の子の元に――――





海に面した公園の中で二人の少女が互いに見つめ合っている。

高町なのはとフェイト・テスタロッサ。

ジュエルシードという宝石によってめぐり会った二人の魔法少女。

互いの心を、想いをぶつけ合った二人。

二人は初めて、闘いではなく、魔法少女としてでもなく、ただの女の子として向かい合う。

二人はそのまま何をするでもなく、ただ見つめ合う。そんな二人を潮風が撫でる。そんな時間がいつまでも続くのではないか。そんな中


「なんでだろう………フェイトちゃんに会ったら話したいこと、一杯あったのに……顔を見たら全部忘れちゃった………」

微笑みながらなのははそう告げる。その頬は喜びから桜色の染まっている。その声もどこか緊張しているようだ。


「私も………たくさん言いたいことがあったのに……言葉にできない……。」

そんななのはの様子を見ながらフェイトもその気持ちは同じなのかどこか恥ずかしそうに戸惑いながらそう答える。


フェイトの脳裏にこれまでの光景が浮かんでくる。ぶつかり合い、言葉をかわし、それでもただ自分に対等に、本気でぶつかってきてくれた目の前の少女。そんな少女が今、目の前にいる。


そしてしばらくの間の後

「私……あの時の答えを言いたいと思ってたんだ………」

「え………?」

フェイトの言葉になのはは思わずそんな声を上げてしまう。フェイトの脳裏には海上で自分を助けてくれたなのはの姿があった。そんなのはが自分に言ってくれた言葉。その答えを。



「私も……君と『友達』になりたい………」



静かに、それでも力強くフェイトはあの日の答えを告げる。その言葉にはフェイトへのなのはへの想いが全て込められていた。


その言葉になのはの目に涙が溢れる。それはなのはが心から欲していた、望んでいた答えだった。なのはは喜びのあまりそのまま顔を俯かせてしまう。フェイトはそんななのはの様子を心配するが


「君じゃないよ……『なのは』……それが私の名前……」


なのはは涙を拭いながらそうフェイトに伝える。


『名前』


それは自分が自分である証。


目の前の少女は自分の名前を何度も、何度も呼んでくれた。


それがあったから今の自分がある。


自分が誰か分からなくなった時、


目の前の少女とトーガがいたから私は立ち上がることができた。


だから――――


「ありがとう………なのは………」

フェイトは笑顔を見せながらその名前を呼ぶ。こんな自分のために何度も名前を呼んでくれたなのはのために。



それがなのはとフェイトが『友達』になった瞬間だった――――





そんな二人の姿を少し離れた場所から四人が見守っている。そんな中

「うう………闘牙……あんたの御主人さまは……なのはは……本当にいい子だね……フェイトが……フェイトがあんなに嬉しそうに笑ってるよ………」

アルフが二人の姿を見ながら号泣している。そんなアルフの様子をクロノとユーノは笑いながら、闘牙はどこか呆れ気味に見つめている。

「なのはがいい子なのは分かるが……何度言えば分かるんだ、俺は使い魔じゃねえ。」
「良いじゃないか……似たようなもんだろう?」

そんなアルフに溜息を吐きながら闘牙はなのはとフェイトに目をやる。


フェイトと友達になりたい。

なのははそれだけのために戦い続けていた。

そしてその願いはついに叶った。それはなのはの求めていた『分かりあうため』の力だった。

闘牙の脳裏にプレシアの姿が蘇る。

自分はプレシアを助けることができなかった。いや、助けるなどとおこがましいことなどできるはずもなかった。それでも

目の前の二人の少女の姿。

それだけでも自分が闘った意味はあった。

そんなことを考えていると


「闘牙っ!!本当に……本当にありがとう!!あんたのおかげでフェイトは……フェイトは……」

アルフが涙でぐしゃぐしゃになった顔のまま突然闘牙に抱きついてくる。闘牙はそのあまりの力、そしてその感触に慌てる。

「分かったから離れろっ!!胸が……胸が当たってるんだよっ!!」

顔を真っ赤にしながら闘牙は何とかアルフを引きはがそうとするが人間の姿の闘牙にはどうすることもできない。そんな二人をクロノとユーノが呆れながらも楽しそうに眺めている。そんな中、なのはとフェイトがいつの間にか闘牙の前にやってきていた。

「どうした……もういいのか?」

なんとか抱きついてくるアルフを引きはがした闘牙が二人にそう尋ねる。

「フェイトちゃんが闘牙君に言いたいことがあるんだって。」

なのはがそう言いながらフェイトに目を向ける。フェイトはそんななのはの言葉に慌てて顔を赤くしながらも、闘牙に向かって顔を上げる。そして


「トーガ………その……今まで助けてくれて………ありがとう。」

そう何とか聞き取れるぐらいの声で闘牙にお礼を言う。どうやら面と向かってお礼を言うことが恥ずかしかったようだ。闘牙はそんなフェイトに気づき笑いながら

「気にすんな……俺もお前に助けられたからな、お互い様だ。」

そう答える。

「………?」

自分が闘牙を助けたことがあっただろうか。そう思いフェイトは闘牙の言葉に頭を傾げる。
闘牙はそんなフェイトを誤魔化すように話題を変える。

「そういえばそのトーガって発音、どうにかなんねえのか?」

闘牙はそのことがずっと気になっていたもののなかなか言い出す機会がなくそのままになってしまっていた。しかし

「え……トーガはトーガじゃないの……?」

闘牙が何を言いたいのか分からないフェイトはそう疑問の声を上げる。

「いや……何でもない。とにかく、何かあったら言ってこい。助けに行ってやる。」

名前のことはあきらめた闘牙はそう言いながらフェイトの頭に手を乗せる。これからフェイトとアルフは長い裁判によって見ず知らずの世界に旅立つことになる。クロノやリンディ達がいるからそれほど心配はしていないが自分やなのはがいることも覚えておいてほしいという闘牙の想いだった。

「全く……君が言うと冗談に聞こえないから困る……。」

そう言いながらクロノは座っていたベンチから立ち上がる。実際にフェイトのために時の庭園へ単身で乗り込みプレシアと闘う闘牙を見ているクロノにはそれが冗談に思えなかった。

「悪いがそろそろ時間だ……二人ともいいかい?」

クロノはそう言いながらフェイトとアルフに目を向ける。アルフはそのままクロノがいる場所に向かって急いで走って行く。しかしフェイトはそのまま闘牙の前で何かを言いたそうに俯いている。そして闘牙はフェイトがその手をしきりに動かそうとしては戸惑っていることに気づく。全てを理解した闘牙は


「ほら。」

フェイトに向かってその手を向ける。それはあの時できなかったことの続きだった。

「………うん!」


フェイトは微笑みながらその手を握る。フェイトはその温もりを忘れないようその手に力を込めるのだった………。




クロノとフェイト、アルフは転送の魔法陣の上に集まり、その手を振りながら別れを惜しむ。

なのはもそんなフェイトに涙を見せながらも笑いかけている。

フェイトは最後までなのはと闘牙に手を振りながら旅立っていく。新たな自分を見つけるために。

その手にはピンクのリボン。なのはとの絆の証が握られていた。そしてなのはの手にもフェイトの黒いリボンがしっかりと握られている。


「またね、フェイトちゃん!」

なのはの大きな声が響く中、三人は光と共に姿を消した。


そして


「さあ、帰るか、なのは、ユーノ!」
「「うん!」」

闘牙となのは、ユーノはそのまま歩き始める。自分たちが帰るべきその場所へ向かって。




一つの物語が幕を下ろす。だがそれは終わりではない。



闘牙と魔法少女の物語はまだ始まったばかりなのだから―――――



[28454] 第17話 「再会」
Name: 闘牙王◆53d8d844 ID:e8e89e5e
Date: 2011/08/06 21:46
私、高町なのははごくごく平凡な小学三年生。しかし春先のとある出来事によりそれは大きく変わりました。

それは魔法との出会い、そして多くの人たちとの新しい出会いでした。

ユーノ君、闘牙君、クロノ君、リンディさん、エイミィさん、アルフさん、

そしてフェイトちゃん。


あれからもう半年が経とうとしています。暖かかった春も今は過ぎ去り、今はもう十二月。

フェイトちゃんの裁判は上手くいっているようで、もうすぐ終わりそうだということをクロノ君から聞きました。私はあれからまだフェイトちゃんとは一度も会えていませんが、ビデオメールをお互いに送り合っているのでそれがこの半年の大きな楽しみです。アリサちゃんとすずかちゃん、闘牙君も一緒に写ってフェイトちゃんにメッセージを送っています。フェイトちゃんもアルフさんやリンディさん達と一緒なので楽しく生活しているみたいで安心です。裁判が終われば一度こっちに遊びに来てくれる予定になっているので今からそれが楽しみでたまりません。


今、私は朝の公園で魔法のコントロールの訓練をしています。あの出来事の後もユーノ君とレイジングハートの力を借りて魔法の訓練は欠かさずやっています。

朝に訓練をして学校に行き、早寝をしてまた朝を迎える。それが今の私の日常になっています。

闘牙君はあの事件が終わってからは私に戦い方を教えてくれることはなくなってしまいました。元々私に戦い方を教えるのは良いことだとは思っていなかったようです。何度かお願いしてみましたが断られてしまいました。その時の闘牙君の顔がどこか引きつっていたように見えたのはきっと気のせいだと思います。

闘牙君は今も翠屋の店員として忙しく働いています。特訓の成果もあって今はウエイターとしてだけではなく厨房でも働いています。お店での評判もいいみたいです。でも最近、闘牙君がユーノ君とばっかり遊んでいるような気がするのがちょっとずるいと思います。



「ただいま!」

朝の訓練が終わった私はそのまま家に戻り朝食をすませます。家族のみんなも変わらずみんな元気です。みんな仲良しです。以前は私はちょっとこの家族の中では浮いているのではないかと心配していましたがユーノ君が一緒に住むようになってからはそれをあまり感じなくなりました。今、ユーノ君はフェイトちゃんの裁判を手伝うためにアースラに行っています。ユーノ君ならきっと大丈夫だと思います。



「いってきます!」

「いってらっしゃい。」
「気をつけてな、なのは。」

お父さんとお母さんに見送ってもらいながら私は急いでバス停に向かっていきます。冬の冷たい風がひときわ強く吹き、私の髪を揺らします。その髪は黒いリボンで結ばれています。

それはフェイトちゃんと交換した大切なリボン。友達の証。それを触りながら私の日常は始まります。





「おはよう、アリサちゃん、すずかちゃん!」

「おはよう、なのは。」
「おはよう、なのはちゃん。」

なのははそのままバスの後部座席で待っている二人の元に急いで向かっていく。そこが三人のいつもの指定席だった。

なのはは息を切らせながら二人の間に収まり安堵の声を漏らす。どうしてもなのははいつもバスに乗るのがぎりぎりになってしまうのだった。

「大丈夫、なのはちゃん?」
「また時間ぎりぎりまで魔法の練習でもしてたんでしょ?」

「う…………」

アリサにズバリ言い当てられたなのはは思わず言葉につまってしまう。しかし二人とも魔法のことも事件のことも既に知っているため隠し事をしなくてもいい、相談できる相手がいることはなのはにとってとても嬉しいことでもあった。

「全く……それで、結局なのははその魔法の力を生かした仕事に就こうと思ってるの?」

アリサがそう興味深そうになのはに尋ねる。それはいつか三人で話した将来の夢という話題の続きだった。その時はなのははまだ自分のやりたいことが見つかっておらずそれに答えることができなかったのだった。

「うん……それができたらいいなって思ってるの。」

そうどこか恥ずかしそうになのはは答える。それは魔法とそれに関係した人たちとの出会いから見つけたなのはの夢だった。まだ漠然としたものだったが自分の魔法の力で誰かを助けることができるなら、そんな思いがなのはにはあった、

「そうなんだ。きっとなのはちゃんならできるよ。」
「じゃあ、翠屋二代目はどうなるの?恭也さんか美由希さんが継ぐの?」

「それは………ちょっとまだ分からないかも。」

なのはは苦笑いしながらそう質問を誤魔化す。実は桃子が闘牙のことを将来を見越して鍛えているということを聞いてしまっていたなのはは言葉を濁すしかない。当の闘牙はそんなこととはつゆ知らず着実に翠屋の仕事を身につけていっているのだった。


「そういえばユーノ君はどうしたの?最近見ないけど……」

「ユーノ君は今、フェイトちゃんの裁判のお手伝いでお出かけしてるの。」

すずかの質問になのははそう答える。すずかとアリサもユーノが人間の男の子だと知ってからは時々一緒に遊ぶ仲になっているのだった。

「そうなんだ……借りてた本返そうと思ってたんだけど」

「でももうすぐ帰ってくるから大丈夫だよ。」

二人はそのままユーノの話題で仲よくおしゃべりを続ける。しかしそんな二人の様子をどこか難しい顔でアリサは眺めている。



(やっぱりなのははユーノが自分のことを好きなのには気づいてないのね……)

ユーノ自身は隠しているつもりらしいがアリサとすずかにはバレバレだった。なのはが鈍感なことは分かっていたがあれに気づかない程だとはアリサも思っていなかった。だが全く目が無いわけではないらしい。

以前、四人で遊んだときにユーノとすずかが本の話題で盛り上がっている時があった。

二人は読書好きと言う共通の趣味があること、性格的にも近い物があるため話しは合うようだ。そんな時、アリサはなのはが二人を見ながらどこか不機嫌そうなオーラを出していることに気づいた。

なのは自身もそのことには気づいていないらしい。すずかもユーノがなのはを好きなことは知っているのでわざとそんなことをしているわけではないのだが、これから先どうなるかは分からない。


(なのは……早く気づかないとユーノ、取られちゃうかもしれないわよ……)

おせっかいと思いつつもそんな心配をするアリサだった………。





アースラの一室で四人の人影がテーブルに座ったまま向かい合っている。その雰囲気からなにか重要な話し合いをしているようだ。

「以上が裁判での受け答えだ……大丈夫だね?」

「うん。」
「もちろんさ!」

クロノの言葉にフェイトとアルフがそう力強く答える。今、クロノ達は明日のフェイトの裁判の最終日に向けて最後の打ち合わせをしている最中だった。

「特にそこのフェレットは間違えないように注意してくれ。」

「ちょっと待て、なんで僕だけ!?それに僕はフェレットじゃない!」

クロノの言葉にユーノが思わず突っ込みを入れながら噛みつく。しかしクロノはそんなユーノを見ながらもどこ吹く風といったふうに落ち着きはらっている。

「気にするな。ちょっとしたジョークだ。」

「くっ……クロノまで闘牙と同じようなことを言わなくていい!」

「まあまあ……。」
「クロノもあんまりそんなこと言っちゃだめだよ……。」

まだ怒りが収まらないユーノをアルフとフェイトが苦笑いしながら宥めている。これがアースラでのフェイト達の日常だった。

裁判も順調に進み、このままいけば事実上の無罪、数年の保護観察で決着することはほぼ確実ではあるが念には念をというクロノの性格から細かい打ち合わせを行っていたのだった。

「全く………そうだ、フェイト、はいこれ。」

何とか落ち着きを取り戻したユーノは思い出したように一枚のディスクをフェイトに手渡す。そこには『フェイトちゃんへ』と書かれている。そのことに気づいたフェイトの表情が喜びに染まる。

「ありがとう、ユーノ!」

フェイトはそのまま部屋に置いてあるテレビに急いでそれを持って行く。それはなのはからのビデオレターだった。

ディスクが再生され画面になのはとアリサ、すずかの姿が映し出される。初めはどこか落ち着かない三人だったがすぐに慣れてきたのか自然な様子でフェイトに向かってメッセージを送ってくれる。魔法のこと、日常のこと、これからのこと。そして皆、フェイトに会えることを楽しみしていることを三人は笑顔で伝えてきてくれる。そんな三人の様子をフェイトは微笑みながら眺めている。そんなフェイトの様子をクロノ達は静かに見守っていた。


『じゃあ、またね!フェイトちゃん!』

なのはの言葉と、三人が手を振る姿を最後にビデオレターは終わりを告げる。フェイトはそんな自分の友達の姿を嬉しそうに見つめ続ける。しかし

「…………あれ?」

そのまま映像が終わってしまったことにフェイトは思わずそんな声を上げてしまう。それは自分が会いたいと思っているもう一人の映像が無かったからだった。どうして写っていないんだろう。フェイトは困惑しながらそのままビデオレターを持ってきたユーノに目を向ける。そんなフェイトの疑問を感じ取りながらもユーノはどこか罰の悪そうな顔をするだけだった。そのことにフェイトが何か引っかかりを感じた時


「……もう入ってきてもいいんじゃないか?」

クロノがそう部屋のドアに向かって話しかける。すると


「何でわざわざやってきたのにこんなに待たされなくちゃいけねえんだ……?」

そんな懐かしい声がフェイトの耳に届いてくる。


「え…………?」

そうフェイトが疑問の声を上げるのと同時に部屋のドアが開かれる。


そこには犬夜叉の姿の闘牙がどこか不機嫌そうな顔で佇んでいた。


「トーガ………?」

どこか現実感のないような様子でフェイトはその名を呼ぶ。どうしてトーガがここにいるのか。フェイトは事情が分からずただ呆然とするしかない。その時、どこかしてやったりといった様子のアルフの笑顔がフェイトの目に映る。

「本当はちょっと前から裁判の証人としてくることが決まってたんだけど、アルフが内緒にしてフェイトを驚かせようって言うからつい……」

ユーノはそう苦笑いをしながら事情を説明する。それを聞きながら闘牙はどこか呆れた様子を見せながら

「久しぶりだな、元気にしてたかフェイト?」

闘牙はそのまま半年ぶりに会ったフェイトに声を掛ける。それはまるでいつも会っているかのような自然なものだった。しかし

「え!?……あ……その………きゃっ!?」

そんな闘牙に何とか答えようとするもフェイトは驚き、混乱してしまい上手く答えることができない。そして座っていた椅子から立ち上がろうとしたのだがそのまま転んでしまった。そんないつものフェイトとは大きく違う様子にクロノ達は驚きを感じる。

「相変わらず落ち着きがない奴だな……ほら。」

公園で話した時のフェイトの姿を思い出しながら闘牙はそのままフェイトに向かって手を差し出す。

「あ……ありがとう………。」

フェイトは恥ずかしさと嬉しさで顔を真っ赤にしながらもその手を握りながら立ち上がる。その温もりは半年前と変わらない。フェイトは闘牙との再会に満面の笑顔で喜ぶのだった。

そんなフェイトと闘牙の様子をアルフは尻尾を振りながら嬉しそうに眺めている。

「どうしたの、アルフ?」

そんな様子のアルフにユーノが声を掛ける。アルフの企みに乗ったユーノは結局アルフが何故こんなことをしたのかよく分かっていなかったからだ。

「フェイトが嬉しければ私も嬉しいのさ。ありがとう、ユーノ助かったよ!」

フェイトとアルフは魔力のラインが繋がっていることと精神的にもリンクしているところがある。アルフはフェイトを驚かすことでその喜びを大きくしたと思い、ユーノ達に協力してもらったのだった。



何とか落ち着きを取り戻したフェイトは闘牙に向き合い、少しずつ話をしていく。それはあの日の続きのようだった。

「そうか、元気そうでよかったぜ。ここに来るって言った時にはなのはがごねて大変だったんだぞ。」

「なのはが……?」

闘牙の脳裏にあの日のなのはの姿が蘇る。裁判のためにアースラに行くということになった時のなのはの嫉妬ぶりは凄まじかった。どうもなのははフェイトのこととなると冷静さを失うことがあるらしい。結局闘牙はレイジングハートを持ったなのはに追いかけまわされる羽目になったのだった。

そんな闘牙の話をフェイトは楽しそうに聞き入っている。闘牙と会って話をすること。それをフェイトは半年間ずっと楽しみにしていたからだ。そんな中

「そういえばトーガはなんでその姿になってるの……?」

フェイトはそんな疑問の声を上げる。ユーノやクロノから聞いて闘牙の事情はある程度知っているフェイトはなぜ闘牙が犬夜叉の姿をしているのか分からなかった。しかし

「闘牙―――!!」

そう大きな声を上げながらアルフが闘牙に抱きつこうと迫って行く。だが闘牙はそれを冷静に手でアルフの頭を押さえ込むことで難なく防ぐ。これが闘牙が犬夜叉の姿になっている理由だった。

「何するんだい、久しぶりに会ったっていうのに!」
「分かったからとりあえず離れろ。土産もあるしな。」

どこか不満そうなアルフをあしらいながら闘牙は手に持っていた袋をテーブルに置き、中身を並べていく。それは翠屋のケーキだった。

「わあ!」
「美味そうじゃないか!」

フェイトとアルフがそれを見て喜びの声を上げる。

「これは俺が作ったもんだ。味を見てもらおうと思ってな。」
「え!?」
「闘牙がこれを作ったのかい!?」

闘牙の言葉にフェイトとアルフは驚きを隠せない。闘牙は桃子との特訓の成果によってこの半年で自分でケーキが作れるまでになっていた。初め闘牙は店のケーキを土産に持って行こうと考えていたのだが桃子が自分が作ったものを持って行った方がいいとしきりに勧めてくるためそうすることにしたのだった。

その味は桃子にはもちろん及ばないものの十分に美味しいと言えるものだった。フェイト達はそれを食べながら久しぶりに会った闘牙との交流を楽しむ。


「そ……そういえば、トーガはこれから時間はあるの?」

フェイトがケーキを食べ終わった後、そう闘牙に話しかけてくる。その目にはどこか輝きが秘められていた。

「ああ………特に用事はないが。」

そんなフェイトを不思議そうに眺めながら闘牙はそう答える。裁判についての打ち合わせは既にクロノと行い終わっている。後は明日を待つだけの状態だった。それを聞いたフェイトは


「じゃあ……これから私と模擬戦しない……?」

そうどこか嬉しそうに闘牙に提案する。


「………………は?」

闘牙はそんな予想外のフェイトの提案に呆然としてしまう。なにがどうなったらそんな話になるのか。

「だ……だってトーガとは一度しかちゃんと戦ったことないし……それになのはが言ってたよ?トーガとたくさん模擬戦したって。」

そんな闘牙の様子に慌てながらフェイトがそう弁明する。フェイトはその話をなのはのビデオレターやユーノから直接聞いて羨ましいと思い、自分もしたいとずっと思っていたのだった。

そんなどこかプレゼントを待っているかのようなフェイトの様子に闘牙は思わず後ずさりしてしまう。

裁判に出るためにやってきたのに何故フェイトと模擬戦をしなければならないのか。すでになのはと模擬戦をすることはあれからなくなっている。元々フェイトと闘うための特訓でもあったからだ。(本当はスターライトブレイカーが軽くトラウマになっているからでもあったが)だがそんなことを本人を目の前にして言うわけにはいかない。どうにか話題を変えようと闘牙が考えていると

「いいじゃないか、ユーノもいるし二対二でやろうよ!」

アルフがそう元気よく立ち上がりながら闘牙に向かって告げる。その目はすでに臨戦態勢になっている。アルフ自身ももう一度、闘牙としがらみなしで戦いたいと思っていたからだ。

すでに模擬戦を行うことは避けられないような雰囲気になってしまっていた。それに闘牙が呆れていると


「闘牙、フェイトはかなりのバトルマニアだ……僕も何度も付き合わされている……あきらめた方がいい……」

クロノはそう呟き闘牙の肩を叩いた後、部屋を出ていってしまう。


闘牙はなぜか来て早々フェイト達と模擬戦をすることになってしまったのだった………。





「「「フェイトちゃん、おめでと―――!!」」」

アースラの食堂にそんな大勢の声が響き渡る。それはアースラの船員たちのもの。今、フェイトの裁判が無事終わり、無罪になったことのパーティーが行われていた。


「あ……ありがとう……みんな……。」

フェイトは自分のことを祝ってくれるみんなに恥ずかしそうにしながらもお礼を述べる。そんなフェイトと一緒にアルフとユーノも喜びながら騒いでいる。特にアルフは目の前の料理にすでによだれが抑えきれないようだった。

「早く食べようよ、フェイト!」
「お……落ち着いて、アルフ……」
「ちゃんとスプーンとフォークを使ってよ、アルフ。」

そんな二人の注意に頭をかきながらもアルフは次々に料理を食べていく。フェイトとユーノもそんなアルフを見て笑いながら食事を始める。闘牙はそんな三人の様子を少し離れた所から眺めていると

「お疲れさま、闘牙君。」
「お疲れ!」

いつの間にか自分のすぐ側にリンディとエイミィ、クロノがやってきていた。二人とは挨拶はしたがゆっくり話すのは今日が初めてだった。

「元気そうでよかったわ。なのはさんも元気?」
「ええ、元気すぎるぐらいです。」
「なのはちゃんらしいね。」

闘牙は久しぶりに会った二人に近況を伝えていく。そしてリンディたちもアースラの整備のために一時的に本局に戻り休暇になる予定だと言う話を聞かされる。どうやら時空管理局も自分たちがいる世界と同じようで大変らしい。そんな中

「そういえば……一つ大事なことを言ってなかったわ。私ね……フェイトさんに家の子にならないかって話をしてるの。」

リンディはそう嬉しそうに闘牙にそのことを伝えてくる。隣にいるエイミィも同じように笑顔でその話を聞いている。クロノは感情を悟られまいとしているのかいつもの表情のままだった。

「フェイトを………?」

「ええ………まだ返事はもらっていないんだけど……優しくて強い子だし、何よりも娘が欲しかったの。」

優しい声でリンディはそう闘牙に告げる。そんなリンディの姿を見ながら闘牙はどこか安心したような顔を見せる。

フェイトはいくら優れた魔導師と言ってもまだ子供。まだまだ成熟していない年代だ。家族がいること、頼れる大人がいることはフェイトにとって大切なことになる。それは自分やなのはではできないことだ。目の前のリンディならきっとフェイトを大切に育ててくれるだろうと闘牙はそう確信する。

そして同時に闘牙はクロノに目をやる。フェイトがリンディの養子になると言うことはクロノにとっては妹ができることになるからだ。


「な、何だ?」

いきなり自分に視線を向けてくる闘牙にクロノが疑問の声を上げる。闘牙はそんなクロノを見ながら


「宜しく頼むぜ、『お兄ちゃん』」

そう笑いながら告げる。

「き……君はっ!!」

そんな闘牙の言葉に顔を赤くしながらクロノが闘牙に食って掛かろうとした時


「ト……トーガ、一緒にあっちの料理食べにいかない?」

いつの間にか近くまでやってきていたフェイトがどこか恥ずかしそうにしながら闘牙にそう話しかけてくる。

「よし、行くか!」

そんなフェイトの言葉に会わせるように闘牙はそのまま料理があるテーブルに向かって走って行ってしまう。そんな闘牙をフェイトが慌てながら追っていく。闘牙はそんなフェイトの姿にかつてのりんの面影を見るのだった。


「全く………」

そんな二人の様子を見ながらどこか呆れたようなクロノは漏らす。だがその姿はどこか楽しそうでもあった。

「フェイトちゃん、闘牙君に会えて本当に嬉しそうですね。」
「そうね、本当に楽しみにしていたでしょうから。」

リンディとエイミィはそう言いながら闘牙とフェイトの様子を見守っている。その姿はまるで兄妹、親子のようだった。

「やっぱりフェイトちゃんは闘牙君のこと、お兄さんみたいに思ってるんですかね?」

「どうかしら、それはどちらかと言うとなのはさんやユーノ君じゃないかしら?」

フェイトにとって闘牙がどんな存在なのかはリンディとエイミィにも何となく分かってはいる。だがその感情が友情なのか、家族愛なのか、それともそれ以外ものなのかは分からない。それはフェイト自身も分かっていない。きっとそれはフェイトが大きくなれば分かること。リンディがそんなことを考えていると



突然、アースラの艦内に警報が響き渡る。その瞬間、アースラは瞬時に本来の姿に戻り局員たちが持ち場に戻って行く。

それは管理世界外での大規模な結界の反応によるもの。



場所は地球、海鳴市だった………。





倒壊しかけたビルの中に二つの人影がある。

一つは地面に座り込んでしまっているなのは。しかしその体はすでにボロボロでバリアジャケットも崩壊寸前、その手にはレイジングハートが握られているが既にいつ壊れてもおかしくない程の損傷を受けてしまっていた。


そしてもう一つはなのはよりも幼いであろう少女。しかしその服装から少女がなのはと同じ魔導師であることは間違いない。だがなのはとは対照的にその体にはダメージらしいものは一つもない。その手にはハンマーのようなデバイスと、一つの本が握られていた。

「悪いがお前の魔力、もらっていく。」



そう少女が告げながらそのデバイスをなのはに向ける。なのははそれを何とか防ごうとレイジングハートを構えようとするが既に立ち上がる力も残っていない。まさに絶体絶命の状況だった。そして少女のデバイスがなのはに向かって振り下ろされようとする。



(こんなので……終わりなの………?)


朦朧とする意識の中でなのはの脳裏に仲間たちの姿が浮かぶ。

せっかく自分がやりたいことが見つかったのに。

せっかくみんなに出会えたのに。


もうすぐ……もうすぐ会えるのに………




(フェイトちゃん………!!)


なのはがそう心の中で叫びを上げながら目を閉じた瞬間、辺りは金色の光に包まれる。そして同時に赤い少女のデバイスと鍔迫り合いなのはを庇うように立ちふさがる少女が現れる。


「何だてめえ、仲間か!?」

慌てて距離を取りながら赤い少女は目の前に突然現れた黒い少女に向かって叫ぶ。


黒い少女はそんな赤い少女に向かって己の相棒であるデバイスを向ける。その目には揺るがない強い意志が満ちている。



「友達だ。」


フェイトはそう言いながらバルディッシュの魔力刃を向ける。



これがフェイト・テスタロッサと高町なのはの再会。






今、新たな物語の幕が切って落とされようとしていた…………



[28454] 第18話 「逆鱗」
Name: 闘牙王◆53d8d844 ID:e8e89e5e
Date: 2011/08/09 07:02
倒壊しかけたビルの中でフェイトはバルディッシュを構えながら目の前の幼い赤いバリアジャケットと思われる物を纏った少女と対峙する。赤い少女はいきなり現れたフェイトに驚いたもののすぐさま冷静さを取り戻し臨戦態勢に入る。両者の間には目の見えない緊張が張り詰めていた。

「フェイトちゃん………」

自分を庇うように目の前に立っているフェイトに向かってなのはは心配そうな表情を見せる。それは赤い少女の実力が分かっているからだ。いくら不意を突かれ、油断していたとはいえ自分は全く目の前の赤い少女に歯が立たなかった。もしかしたらフェイトも同じようになってしまうかもしれない。そんな不安がなのはを支配する。

しかしフェイトはそんななのはの表情を見て取ったのか、優しく微笑みかける。それは絶対になのはを助けて見せるというフェイトの決意を物語っていた。


「なんだてめえ……管理局の魔導師か!?」

自らのハンマーのようなデバイス、グラーフアイゼンを構えながら赤い少女、ヴィータはフェイトに向かって問いかける。もしそうなら容赦はしない。剣呑な雰囲気を纏いながらヴィータはフェイトに対峙する。フェイトはそんなヴィータに気圧されることなく、真っ直ぐな瞳を向けながら

「時空管理局嘱託魔導師フェイト・テスタロッサ……抵抗しなければ弁護の機会が君にはある……武装を解除して。」

そう静かに投降を呼びかける。それはフェイトの時空管理局魔導師としての対応。だが

「誰がするかよ!」

そんなフェイトの言葉を聞きながらもヴィータはすぐさま自らが作ったビルの穴に向かって後退し、上空に飛び去って行く。どうやら投降する気はさらさらないようだ。


「なのははここでじっとしてて。すぐにトーガ達もやってくるから。」

そう優しく呟いた後、フェイトはすぐさま疾走しヴィータの後を追っていく。その姿には一片の迷いもない。自分の友達を傷つけられた。そのことが知らずフェイトをいつも以上に感情的にさせているかのようだ。

そんなフェイトをなのはが見送ったと同時に翠の魔法陣がなのはの目の前に現れる。その光はなのはにとっていつも見慣れたもの。ユーノの魔力光だった。そしてその魔法陣からユーノ、闘牙、アルフの三人が姿を現す。

「ユーノ君、闘牙君!それにアルフさんも!」

三人の姿になのはが喜びの声を上げる。みんなが来てくれた安心感からなのはの表情に安堵の色が戻る。

「なのは、大丈夫!?」
「何があったんだ、なのは!?」

ユーノと闘牙がなのはの状態を見た後すぐに話しかけてくる。ユーノはそんななのはにすぐさま回復魔法をかけ始める。そのままなのははこれまでの状況を説明する。

いきなり街が結界に覆われてしまったこと。赤い少女が問答無用で自分に襲いかかってきたこと。対抗しようとしたのだがその強さに圧倒されてしまったこと。

「フェイトはどこに行ったんだい!?」

先に行ったはずのフェイトの姿が見えないことに気づきアルフがなのはに尋ねる。フェイトはなのはに危険が迫っていることを知り、闘牙たちよりも早く単身で転移してきていたのだった。

「フェイトちゃんは赤い子を追って行っちゃったの……」

「分かった、闘牙、ユーノあたしは先に行ってるよ!」

それを聞いたアルフはすぐさま自らの主がいるであろう上空に向かって飛び上がって行く。


闘牙はそれを見ながら考える。

相手の目的は分からないが友好的な相手ではないのはなのはの状態から明らか。しかも実力的にはなのはを上回っていることは間違いない。なのはが魔導師としてはかなりの実力を持っていることは闘牙も分かっている。にもかかわらずここまでなのはを追い詰めている。そしてなのはとフェイトには大きな力の差はない。フェイト達だけでは少し荷が重いかもしれない。

「ユーノ、なのはを頼む。俺はフェイト達の援護に行く。」

「分かった、任せて闘牙!」

ユーノの力強い答えに頼もしさを覚えながら闘牙もフェイトとアルフの後を追い飛び上がる。そして同時に複数の自分たち以外の存在に闘牙は臭いで気付く。

その数は四つ。一つはフェイトとアルフの近くにある。恐らくなのはが言っていた赤い少女だろう。そしてそれ以外の三つのうち二つの匂いがフェイト達に向かって接近している。そして闘牙はその臭いに戸惑いを覚える。

それは人間でも使い魔でもないもの。できるならすぐにここから離脱したいがこの結界のせいでそれも不可能。戦闘は避けられそうにない。


(どうやら思ったより面倒臭えことになりそうだ………)

そう内心で嫌な予感に駆られながらも闘牙は再び戦場に飛び込んでいくのだった……。




誰もいない結界に覆われた街の中、金色と赤の光が空中で幾度もぶつかり合う。それはフェイトとヴィータの戦闘によるもの。フェイトはそのままその速度で一気にヴィータの懐に飛び込み、バルディッシュを振り下ろす。

「はあっ!」
「なめんなっ!」

それに合わせるようにヴィータもグラーフアイゼンをフェイトに向かって振り下ろす。バルディッシュとグラーフアイゼン。二つのデバイスが鍔迫り合いを起こし、両者の間に火花を散らす。両者の力は拮抗しているかのように見える。だが実際にはそうではなかった。

(ちくしょう……!ぶっ潰すだけなら簡単なんだけど……それじゃ駄目なんだ……!)

目の前のフェイトを睨みながらヴィータは内心で愚痴をこぼす。自分の実力なら目の前の相手を倒すことはそう難しいことではない。だがそれでは意味がない。ヴィータの目的は魔導師から魔力を奪うこと。そのためには相手をできる限り傷つけずに無力化する必要がある。その意味では先程のなのはとの戦闘は失敗だった。つい激情に駆られて必要以上のダメージを与えてしまった。同じ失敗をするわけにはいかない。そうヴィータが考えていると

「チェーンバインドッ!!」

いつの間にか二人に追いついていたアルフが鍔迫り合いによって身動きが取れなくなっていたヴィータに向かってバインドを発動させる。同時にヴィータの両手足に次々に鎖が巻きついていく。

「くそっ!!」

いきなりの敵の増援にヴィータは対応しきれずヴィータはそのままオレンジのバインドのよって拘束されてしまう。何とかバインドを破壊して脱出しようとするも目の前にフェイトの魔力刃がすぐさま突きつけられる。

「終わりだね。出身世界と目的を教えてもらうよ。」

フェイトは戦闘が終わったと判断し、一度大きく深呼吸してからはそのままヴィータに近づこうとする。ヴィータはそんなフェイトを凄まじい目つきで睨みつけている。そしてフェイトがそのままヴィータに触れようとした瞬間、

突然、フェイトの目の前に剣を持った長髪の女性が現れる。

「え?」
「フェイトっ!!」

いきなりの出来事にフェイトは身動きを取ることができない。アルフは咄嗟にそれに気づき何とか助けに入ろうとするが間に合わない。そして女性のもつ剣による斬撃がフェイトを襲おうとした瞬間、それは同じように一瞬で現れた闘牙の鉄砕牙によって防がれる。


「トーガ……!」

自分を助けてくれた闘牙にフェイトが喜びの声を上げる。そしてすぐさまフェイトはそのまま体勢を立て直し距離を取る。しかし闘牙と長髪の女性はそのまま互いの剣を合わせたまま鍔迫り合いを起こす。そしてしばらくの睨みあいの後、同時にそのまま後ろの下がり距離を取る。両者はそのまま何を言うでもなく睨みあう。先の一合で両者は互いの力量を悟ったからだ。

「大丈夫か、フェイト、アルフ?」

「うん……ありがとう、トーガ。」
「気をつけたほうがいいよ、闘牙。こいつらなんか変だ!」

闘牙の言葉に二人は落ち着きを取り戻しながら戦闘態勢をとる。先程のやり取りで相手が一筋縄でいくものではないことを二人も悟る。

長髪の女性、シグナムはそんな三人に向かい合いながらヴィータに目をやる。

「どうした、苦戦しているようだな。お前らしくもない。」

「う……うっせーな!ここから逆転する予定だったんだ!」

シグナムの軽言にヴィータは顔を赤くしながら食って掛かる。その様子は見た目通りの小さな子供そのものだった。シグナムはそんなヴィータに苦笑いしながらその手をかざし、掛けられていたヴィータのバインドを破壊する。

「それは悪いことをした。これからは気をつけることにしよう。」

「ふんっ!」

シグナムの言葉に頬を膨らませながらヴィータはグラーフアイゼンを構えなおし闘牙たちに対峙する。シグナムもそれに合わせるようにその剣、レヴァンティンを構える。闘牙もそんな二人の姿からまだ戦闘を続けるつもりであることを悟り、鉄砕牙を構える。

そんな中、さらに一つの人影が闘牙たちに向かって近づいてくる。それは男性。だがその耳にはアルフと同じような獣の耳がある。男は無言のままその拳に力を込め、闘牙たちに向かい合う。

「ザフィーラも来てたのか。」

「ああ、思ったよりも敵の増援が早かったからな。」

ヴィータの言葉にザフィーラがそう答える。その会話からさらに敵が増えたことにフェイト達の顔に緊張が走る。奇しくも状況は三対三の様相を見せていた。そのことに内心舌打ちしながら

「もう一人は来ないのか、それとも闘うタイプじゃないのか?」

闘牙はそう三人を挑発する。もう一人を隠しているのか、それとも戦闘型ではないのかカマをかけたかったからだ。

「………っ!」

その言葉の意味を悟ったシグナムが鋭い目つきをしながらその刃を闘牙に向ける。どうやらもう一人の存在を見抜かれたことに驚いているようだ。同時にその存在は隠しておきたいものだったらしい。シグナムはそのまま闘牙を見据えたまま対峙する。

それに合わせるようにヴィータはフェイト、ザフィーラはアルフに向かい合い、対峙する。そしてしばらくの沈黙の後


「分かってるな、ヴィータ……一対一なら我らベルカの騎士に」
「負けはねえっ!!」

ヴィータの叫びと共にシグナムとザフィーラが弾けるように動き出す。


その瞬間、ベルカの騎士、守護獣と魔導師、半妖、使い魔の三対三の闘いが始まった。




「はあああっ!!」
「おおおおっ!!」

闘牙とシグナム。鉄砕牙とレヴァンティン。二人の剣士の間に無数の火花が散る。それはまさに剣舞と呼ぶにふさわしい光景。それは優れた剣士同士でなければ起こらない光景。いくつもの剣閃が夜の闇を照らしていく。そして二人の間にひときわ大きな鍔迫り合いが起こる。

ベルカの騎士と半妖。全く違う力を持つ二人は互いの姿を睨みあいながら己の剣に力を込める。そして瞬時に二人は互いに距離を取る。

闘牙の表情は無表情のまま。だが対照的にシグナムの顔には明らかな喜びが現れていた。


優れた剣士は刃を重ねるだけで相手の心が分かると言う。闘牙とシグナムは互いの力量とその心を感じ取る。


(まさかこれほどの剣士にこんなところで出会えるとはな……しかもこの男、魔力も魔法も使っていない……)

シグナムは自らが持つレヴァンティンに力を込めながら改めて闘牙に目を向ける。初めはその姿から使い魔かと思ったがどうやらそうではなさそうだ。使い魔であれば間違いなくその主からの魔力の流れが感じられるが目の前の男にそれは感じられない。恐らくは魔導師ですらないのだろう。だがそんなことは些細なことだ。

驚嘆するのはその強さ。シグナムは自分の強さに自信を持っている。それは決して慢心でも自尊でもない。だが目の前の相手はそんな自分と互角に戦っている、しかも剣のみ闘いで。

知らずシグナムは自分の体が昂ぶってくるのを感じる。本当なら心ゆくまで戦いを楽しみたいところだが自分には使命がある。シグナムは自らの全力を持って闘牙を倒すことを決意する。



(強え………!!)

闘牙は目の前でレヴァンティンを構えているシグナムを見ながら驚愕する。恐らく剣技だけなら目の前のシグナムは自分を上回る腕の持ち主だ。そしてさらに驚くべきはその技量。

間違いなくこの相手は凄まじい戦闘経験を持っている。それが闘牙には分かる。そしてこれまでの攻防からこの相手はどうやら近接戦闘型らしい。なら同じ土俵で負けるわけにはいかない。

さらに闘牙の中に疑問が生まれてくる。目の前の相手には悪意や邪気が全く感じられない。まるでかつて戦った瑪瑙丸のようだ。それ故に分からない。なぜこんな人を襲うような真似をするのか。


「お前、何でこんなことしてるんだ?何か理由があるんじゃねえのか?」

闘牙は鉄砕牙を構えながらもシグナムにそう問いかける。そんないきなりの闘牙の問いにシグナムは一瞬、驚いたような顔を見せるがすぐさま凛とした表情に戻る。

「悪いがそれには答えるわけにはいかない………その代わり、全力を持って相手をしよう。」

そう言いながらシグナムはレヴァンティンを自らの前にかざす。


「レヴァンティン、カートリッジ、ロード!」
『Explosion.』

シグナムの言葉に呼応するようにレヴァンティンが稼働し、排気煙の様な物が稼働音と共に噴出される。その瞬間、その刀身に凄まじい炎が現れる。


「なっ!?」

その魔力の大きさに闘牙は思わず動きを止めてしまう。そしてその隙をシグナムが見逃すはずがなかった。シグナムは一瞬で闘牙の間合いに入り込み


「紫電一閃!!」

叫びと共に炎を纏ったレヴァンティンを闘牙に向かって振り下ろす。闘牙は咄嗟に鉄砕牙でそれを受け止める。だが


「甘いっ!!」
「くっ!!」

先程までとは比べ物にならない魔力と力によって闘牙はそのまま吹き飛ばされ、地上のビルに向かって叩き落とされてしまう。その衝撃によってビルは崩れ去って行ってしまう。

だがそんな光景を見ながらもシグナムは臨戦態勢のまま剣を構え続けている。そして次の瞬間、崩れたビルの中から傷つきながらも戦意も闘気も失われていない闘牙が姿を現す。だが闘牙は明らかな焦りを感じていた。

先程の攻撃はこれまで受けてきた斬撃とは威力が桁違いだ。恐らく先程の剣の稼働が関係するのだろう。あれにはいくら半妖の腕力でも対抗しきれない。そして自分は風の傷を使わずに剣技のみであの相手を無力化しなければならない。その困難さに闘牙は苦渋の表情を見せる。

本当なら使いたくはなかったが仕方がない。何よりも手加減をしながら無力化できるほど甘い相手ではないことは身をもって味わった。闘牙はそのまま鉄砕牙に己の妖力を注ぎ込む。

その瞬間、鉄砕牙の刀身に凄まじい風が巻き起こり始める。それはかつて奈落の結界に対抗するために闘牙が殺生丸との修行で編み出した技だった。だがデバイスを狙うだけとは言ってもやはり危険は伴う。闘牙にとってこの技を使うことはまさしく苦渋の選択だった。


その光景に何か強力な技が来ることを感じ取ったシグナムはすぐさま剣を構えなおし、それに備える。闘牙はそれを見ながら


「行くぞっ!!」

鉄砕牙を振りかぶりながら一気に飛び上がり、シグナムに肉薄する。それに合わせるようにシグナムもレヴァンティンを振りかぶりながら闘牙に向かって急降下する。


「レヴァンティン、たたっ斬れっ!!」
『Jawohl.』

カートリッジを装填し再び強力な魔力と炎を纏った魔剣レヴァンティンが闘牙に向かって振り下ろされる。


「何度も同じ技が通用すると思ってんのかっ!!」

それに対抗するように風の傷を纏った妖刀鉄砕牙がシグナムに向かって振り切られる。


妖刀と魔剣。風と炎。その二つの力がぶつかり合い凄まじい衝撃が辺りを襲い、近くにあるビルはその余波だけで崩れ去って行く。

闘牙とシグナムは互いの全力を持って剣を押し込みあう。それは拮抗するかに見えたが次第に、鉄砕牙がその力を持ってレヴァンティンを押し戻していく。


「くっ!!」

このままでは分が悪いと瞬時に判断したシグナムは絶妙な力加減でそれを受け流し、さらに上空に飛び上がる。闘牙はそれによって体勢を崩されてしまうもすぐさま立て直し、追撃を加えようとする。だが

『Schlangeform.』

レヴァンティンがその声と共に変形しその姿を大きく変える。それはレヴァンティンの中距離戦闘形態である鞭状の連結刃。そしてそれはまるで蛇の様な動きで闘牙の周りを囲んでいく。

「はあっ!!」
「っ!?」

シグナムが叫びと共にその柄を振り切った瞬間、連結刃は一気にその速度を増し、闘牙を切り刻もうと襲いかかってくる。すでに闘牙はその刃に周りを囲まれてしまっているため逃げ場はない。そしてその刃の鞭が闘牙に届くかに見えたが

「なめるなっ!!」

闘牙は瞬時に連結刃に向かって鉄砕牙の剣圧を放ち、その軌道を変え、逃げ道を作りそのままシグナムに斬りかかる。しかしそんな闘牙を見ながらもシグナムは全く動じない。

シグナムはその手首をひねり、弾かれた連結刃を再び操る。そして闘牙にとっての死角、背中に向かって連結刃を放つ。闘牙はそれを視界にとらえていない上にまさに自分に斬りかかろうとしているところ。絶対に避けられないであろうタイミングでの攻撃にシグナムは自身の勝利を確信する。そしてその刃が闘牙の背中を貫くかに見えたその時

闘牙はまるで後ろに目があるかのような反応で体をひねりその攻撃をかわす。

「なっ!?」

その光景にシグナムは思わず声を上げる。まさかあのタイミングの死角からの攻撃が避けられるとは思いもしなかったからだ。

(もらった!!)

闘牙はシグナムのその隙を見逃さず鉄砕牙をレヴァンティンに向かって振り下ろす。いくら強いと言っても剣を失えば無力化することはたやすい。そしてそのまま鉄砕牙がレヴァンティンを破壊するかに思われたが

「させんっ!!」

驚異的な反応でシグナムはその鞘で鉄砕牙を受け止める。まさか鞘で受け止められるとは思いもしなかった闘牙は一瞬反応が遅れる。その隙にレヴァンティンは再び剣の形態に戻り、シグナムはそれを闘牙に向けて振り切ってくる。闘牙もそれを何とか鉄砕牙で受け止めるも吹き飛ばされ両者の間には再び大きな距離ができてしまう。


闘牙とシグナムはそのまま臨戦態勢のまま互いににらみ合う。そして


「ふっ………」

シグナムが突然そんな笑いを漏らす。

「何だ、何がおかしい?」

そんなシグナムの様子に闘牙は困惑しながら問いかける。これだけの死闘の中でまさか相手が笑うとは思ってもいなかったからだ。

「いや、すまない。」

そう言いながらもシグナムは笑いをこらえ切れてはいなかった。


目の前の男は本当に強い。魔法や技術ではない。『ただ単純に強い』それはある意味でもっとも恐ろしい強さだった。ベルカの騎士に一対一で負けはない。その信念を曲げるつもりはない。だがもしかしたら自分は目の前の男に全力で挑んでも敵わないかもしれない。それほどの強さを相手は持っている。だが、だからこそ自分は負けるわけにはいかない。シグナムの脳裏に自らの主の姿が浮かぶ。

主のために。それが今の自分の全て。そのためには目の前の相手を倒すほかない。


「私はベルカの騎士、ヴォルケンリッターが将、シグナム。そして我が剣、レヴァンティン。お前の名は?」

シグナムは闘牙を見据えながらそう澄んだ声でその名を問う。それは一人の剣士として闘牙を認めたことを意味していた。


「……………闘牙。こいつは鉄砕牙だ。」

そんなシグナムに戸惑いながらも闘牙はそう名乗りを上げる。シグナムはそれを聞き届けた後


「私は負けるわけにはいかない……そして悪いがお前が相手では手加減もできん。私の未熟を許してくれ……」

そう絶対の決意を持って闘牙にその闘気を向ける。闘牙はそんなシグナムを見ながらも


「気にすんな、勝つのは俺だからな。」

そうどこか不敵な笑みでそれに答える。だが闘牙の内心は焦りで満ちていた。もし他の敵の二人もシグナムと同等の強さだとするならばフェイトとアルフでは敵わない。何とかシグナムを下し、助けに入らなければならない。加えてもう一人の敵の存在もある。



それに焦りながらも闘牙とシグナムの闘いはさらに激しさを増していくのだった……。





「くっ………!」

「どうした、逃げてばっかじゃ勝負になんねえぞ!」

そう叫びながらヴィータがグラーフアンゼンをフェイトに向かって振り下ろしてくる。だがフェイトはその速度によってそれを何とかかわし続ける。しかしフェイトがヴィータに追い詰められていってしまっているのは誰の目にも明らかだった。

(駄目だ……速さで誤魔化してるけど私の攻撃が全然通用しない……近接戦闘でも押されっぱなしだ……!)

フェイトは焦燥に駆られながら思案する。中遠距離からの魔法でも戦いを挑んだがそのどれもヴィータの障壁の前には通用しなかった。その魔力量は異常だ。そしてフェイトはヴィータの持つグラーフアイゼンが何か弾丸の様な物を使って一時的に魔力を高めていることに気づく。その力は今の自分の力では上回ることができない。悔しいがその弾丸が尽きるまで時間を稼ぐしかない。フェイトはそう判断する。幸いにも速度はこちらの方が上。それなら何とかなるとフェイトが考えていると


「グラーフアイゼン!カートリッジ、ロード!!」
『Explosion.』

ヴィータの合図と共にグラーフアイゼンが起動し、カートリッジによってその魔力が一気に高まって行き

『Raketenform.』

その形態も同時に変化する。ハンマーにはブースター、先端部分には鋭い突起が付いている。フェイトはそれが危険なことを直感し距離を取ろうとするが


「ラケーテン………ハンマ――――!!」

ヴィータの叫びと共にブースターからジェット噴射の様な力が噴き出し圧倒的な加速を見せながら一気にフェイトに向かってくる。それはフェイトの速度をもってしても振り切ることができない。

「バルディッシュッ!!」

避けきれないと瞬時に判断しフェイトは防御魔法を自らの前に展開するが


「ぶちぬけええええっ!!」

ヴィータの渾身の一撃によってシールドは難なく破られその衝撃がバルディッシュを襲う。それによりバルディッシュにはひびが入り無残な姿になってしまう。そしてついにフェイトはそのままビルに向かって吹き飛ばされてしまう。


「フェイトっ!!」

そんなフェイトに気づいたアルフが何とか助けに入ろうとするがその前にザフィーラが現れアルフに向かって強力な蹴りを繰り出してくる。アルフはそれを何とか腕でガードするがそのまま吹き飛ばされてしまう。とてもフェイトを助けに行ける状況ではなかった。


そんな闘牙たちの様子をなのはとユーノは心配そうに眺めることしかできない。ユーノは何度もこの結界を何とかしみんなを転移させようとしたのだが見たことのない術式の魔法にどうすることもできない。無力な自分にユーノが悔しさを感じていたその時


「ユーノ君………私がスターライトブレイカーで結界を破るからその隙にみんなを転移させてあげて……」

なのはがどこか決意したような表情でそう告げる。その目には迷いは全くなかった。


「だ……駄目だよなのは!!そんな体でスターライトブレイカーを使ったら……それにレイジングハートだってもう………!!」

なのはは満身創痍。加えてレイジングハートもヴィータとの戦闘によって損傷している。とても魔法を行使できるような状態ではない。

だがそれを分かっていながらもレイジングハートはそのコアを点滅させ自らの意志を示す。それは自らのマスターであるなのはと同じだった。そんななのはたちにユーノもついに決意する。

『みんな、なのはがスターライトブレイカーで結界を壊すからその間に転送の準備を!!』

ユーノがそうフェイトとアルフに念話を飛ばす。同時になのははスターライトブレイカーの発射態勢に入る。それに呼応するようになのはの周りの魔力が収束し、魔力の球が作られていく。

フェイトとアルフはなのはの様子を心配しながらもそのチャンスを決して無駄にするわけにはいかないと転送の準備に入る。念話を使えない闘牙にもなのはがスターライトブレイカーの発射態勢に入っていることを魔力の流れによって感じ取りこの状況をなのはとユーノが何とかしようとしていることに気づき、何があっても対応できるように準備する。

そのことに気づいたヴォルケンリッターたちもそれを阻止しようとなのはの元に向かおうとするが闘牙たちはそれを残された力で防ぐ。


そしてついにスターライトブレイカーの発射準備が完了する。


「なのはっ!!」
「うんっ!!」

ユーノの合図と共になのははレイジングハートを振り上げる。既に限界を超えているレイジングハートもその力を振り絞り自らの主に応えようとする。そして


「スターライト……」


なのはがそう口にした瞬間、




その胸から突然、何者かの腕が突然姿を現す。その手には桜色の光の球が握られていた。




「…………………え?」


「なのは…………?」




なのはは自分の身に何が起こったのか分からず、ユーノは目の前の光景に身動きを取ることができない。そして次の瞬間、桜色の光の球が徐々に小さくなりその力が失われていく。それはなのはのリンカーコアだった。



「あ……ああ………………」

その魔力が奪われなのはは力を失いその場に倒れ込んでしまう。それにより発射態勢だったスターライトブレイカーは霧散しなくなってしまう。



「な……なのは………?」


ユーノはどこか心ここに非ずと言った様子で倒れたなのはを抱き起こす。しかしなのはは目を閉じたまま起きることがなかった。その光景にフェイトとアルフは言葉を失う。そして




「なのは―――――!!!」



ユーノの絶叫が結界内に響き渡った。






闘牙はそんななのはとユーノの光景をただ黙って見続けることしかできなかった。


その目が見開かれる。


体が震える。


鼓動が高まる。


息が止まる。



なのはを抱きかかえながら涙するユーノの姿。




その姿にかつての自分が重なる。




かつて救いたかった、救えなかった女性。



自分の腕の中で逝ってしまった桔梗の姿。



あの時の後悔と悲しさ、苦しさ。




それと同じことがなのはとユーノに起こってしまった。




もう二度と後悔しないと――――




そう誓ったのに――――





なのはとユーノを守ろうと誓ったのに――――





俺はまた同じことを――――





瞬間、闘牙の手から鉄砕牙が抜け落ちる。







守護騎士たちはまだ気づいていなかった。








自分たちが絶対に触れてはいけない逆鱗に触れてしまったことに―――――



[28454] 第19話 「暴走」
Name: 闘牙王◆53d8d844 ID:e8e89e5e
Date: 2011/08/12 19:01
結界の覆われた街で交戦している闘牙たちの位置から離れたビルの屋上に一つの影がある。それは金髪のショートボブの女性。そしてその体にはシグナム達と同じく魔力でできた甲冑を身につけている。

彼女は名はシャマル。『泉の騎士』と呼ばれるヴォルケンリッターの一員だった。そしてシャマルの前には光る鏡のような物体が浮かんでいる。

それは旅の鏡と呼ばれる転送の特殊魔法。そしてシャマルは自らの手をその鏡に侵入させた後


「リンカーコア、捕獲。蒐集開始!」

そう呟きながら自らのもつ大きな本に力を込める。その瞬間、本は淡い光に包まれ、その中の白紙のページが次々に字で埋まって行く。それはなのはから奪ったリンカーコアの魔力によるものだった。そしてなのはの魔力を蒐集し終わったシャマルは本を閉じ、鏡から自分の手を引き戻す。


シグナム達が交戦し、その隙を狙って魔導師の魔力を蒐集する。それがヴォルケンリッター達の狙いだった。シャマルはシグナム達とは違い直接的な戦闘力はほとんど持たないがその代わり、回復や補助と言った魔法に優れておりこの結界も張ったのはヴィータだが今はシャマルがその制御を受け持っている。

旅の鏡は通常の状態の魔導師には通用しないがなのはは既にヴィータによって大きなダメージを受けており、防御機能もほとんど失われていた。加えて集束魔法を放とうとしたタイミングであったため、蒐集を行うことができたのだった。


『シグナム、白い子の蒐集は終わったわ。ページも二十ページは埋まったみたい。』

シャマルは無事蒐集が完了したことを念話でシグナムに伝える。

『……そうか、魔導師はあと二人いる。引き続き頼む。』

『分かったわ。』

シグナムの言葉に頷きながらシャマルは再び念話を止め、シグナムたちの闘いを観察する状態へ戻る。


(二十ページか……やはり大きな魔力を持つ者ならページの数も増える。後はヴィータと闘っている黒衣の魔導師、白い魔導師と一緒にいる翠の魔導師か……)

シグナムは一度なのはがいる場所を確認してから再びレヴァンティンを構え闘牙に向き合う。自分が闘っている闘牙は魔導師ではなく、ザフィーラが闘っているのは使い魔であるため自分たちが狙うのは後の二人。黒衣の少女に対してヴィータは優勢に立っている。追い詰めるのは時間の問題だろう。ならば自分の役目は敵の中で一番強いであろう闘牙を足止めすること。そうシグナムは考えていた。


それは間違いではない。

フェイトはヴィータに敵わず、ユーノも例外ではない。

魔力を蒐集することは十分可能だっただろう。



たった一つの例外。


闘牙の存在がなければ。




シグナムはそのままレヴァンティンを構えたまま闘牙に対峙する。だが闘牙の様子が先程までとは大きく違っていることに気づく。その顔は俯き、表情をうかがうことはできない。同時に得も知れない感覚がシグナムを襲う。その感覚にシグナムが戸惑いを感じた時、闘牙はその手から鉄砕牙を落としてしまう。何故剣士である闘牙がそんなことを、そうシグナムが疑問を抱いた瞬間、





シグナムの意識は途切れてしまった








「…………………あ……?」

シグナムはそんな声を漏らしながら意識を取り戻す。

一体何が起こったのか。自分は先程まで闘牙と……

シグナムが何とか体を起こし辺りを見渡す。そこには自分がぶつかってしまったために崩壊してしまったビルの残骸が散乱していた。そして

「ぐっ……!!」

同時に凄まじい激痛がシグナムの体を襲う。それは先程自分を吹き飛ばしたのであろう衝撃によって受けたダメージ。シグナムはパンツァーガイストと呼ばれるバリア式の防御魔法を常に展開している。その強度は並みの魔法ではビクともせず、全力で展開すれば砲撃魔法ですら防ぎきることができる程の物。にも関わらずこれだけのダメージを負ってしまっている。そして一体誰がこれほどの攻撃を、そう混乱しながらシグナムが顔を上げたその先には




悠然と自分を見下ろしている闘牙の姿があった。


その姿にシグナムは目を見開き、息をのむ。


目の前にいる闘牙は先程まで自分が闘っていた時とは大きく姿が変わっている。


爪は伸び


顔には紫の痣が浮かび上がり


そして


その目は赤く染まっている。


それはもうこの世にいないはずの『妖怪』の姿だった。



その眼光にシグナムの体が震える。

それは『恐怖』

絶対的強者によってのみ与えられるもの。

これまでシグナムは数えきれない程の強敵と幾度も戦い、戦場を駆け抜けてきた。それがシグナムの誇りでもあった。だがその今まで戦った相手の全てと比較しても全く意味がないほどの圧倒的な威圧感。

何よりもその表情。それはまるで自分を虫ケラのように見下しているようだった。


「ああああっ!!」

シグナムはそんな全ての感情を振り切るかのように自らの手にあるレヴァンティンを闘牙に向かって振り切ろうとする。それは百戦錬磨のシグナムだからこそとれた行動。並みの剣士ではこの状況では動くことすらできなかっただろう。だが

その刃が届くよりも早く闘牙の手がシグナムの首を掴み、その体を引きずり上げる。

「がっ……!!」

そのあまりに強力な握力にシグナムが苦悶の声を漏らす。闘牙は片手だけでシグナムを引きずり起こし、そのまま自分の頭上まで持ち上げる。


「何をした………」

まるで地の底に響くかのような低い声で闘牙がそう呟く。しかしシグナムは首を絞められていることで身動きが取れず、息もできない状況でそれに応えることもできない。


「なのはに何をしたっ!?」

凄まじい叫びと共に闘牙の手の力はさらに強さを増していく。それは普通の人間ならとっくに首がへし折れているほどの物。シグナムといえどそれは例外ではない。パンツァーガイストがあることで何とかそれを防いでいる状態だった。だがそれさえも闘牙の圧倒的力によってヒビが入り、崩壊寸前の状態。このままでは間違いなく自分は殺されてしまう。シグナムがそれを理解しながらもどうしようもない状況に絶望しかけた時、


「てめえええええっ!!」

凄まじい怒号と共に、鉄槌の騎士ヴィータがグラーフアイゼンを全力で振りかぶりながら闘牙に肉薄する。シグナムの危機を見たヴィータはフェイトとの戦闘を中断し全速力で救援に駆け付けたのだった。

同時にグラーフアイゼンが稼働しカートリッジによってヴィータの魔力が爆発的に高まる。ブースターによる加速も相まって手加減なし、全力の一撃が容赦なく闘牙に襲いかかる。だが



闘牙はそれを左手の素手で難なく受け止める。


「なっ!?」

あり得ない事態にヴィータは目を見開くことしかできない。自分の渾身の一撃が受け止められた。それも剣ではなく素手で。しかも相手は魔力も魔法も使用していない間違いなく生身の体。ヴィータが驚愕を抑えきれないまま顔を上げたその先には


自分を睨みつけている闘牙の目があった。


「ひっ!?」



『殺される』


ヴィータは闘牙と目があっただけでその感情に支配されてしまう。蛇に睨まれた蛙どころの話ではない。それ以上の差が自分と目の前の相手にはある。瞬時にそのことを悟ったヴィータは戦意を失いかける。だが


「あ……ああああっ!!」

シグナムがヴィータの攻撃によってできた一瞬の隙を突いて蹴りを闘牙に向けて放つ。その衝撃によってシグナムは何とか首締めの状況から脱出し、闘牙から距離を取る。それに気づいたヴィータも瞬時にグラーフアイゼンのブースターの向きを変え同じように闘牙から距離を取る。だがその表情は恐怖に支配されたままだった。

「飲まれるな、ヴィータっ!!ここで負ければ我らが主はどうなるっ!!」

そのことに気づいたシグナムがふらつく体を何とか奮い立たせながらヴィータに向かって叫ぶ。それはヴォルケンリッターたちの闘う意味、生きる意味だった。


(はやて………)

ヴィータ脳裏に自らの主の姿が浮かぶ。

はやてのために。

それが自分が闘う理由。

そのために絶対に自分は負けるわけにはいかない。


ヴィータはシグナムの言葉によって自分を取り戻し、再び自らの相棒であるグラーフアイゼンを構える。そんなヴィータの姿に安堵しつつシグナムもまた自分の魂であるレヴァンティンを構える。


二対一。

それはベルカの騎士の誇りに反するもの。

だがそんなことは二人の頭には微塵もなかった。二対一と言う本来なら圧倒的有利のはずの状況。にもかかわらず自分たちはまるで追い詰められているのではないか。そんな疑念を抱いてしまうほどの圧倒的な存在感が相手にはある。だがそれでも自分たちは負けるわけにはいかない。シグナムとヴィータは同時に闘牙に攻撃を加えようとしたその時

闘牙が突然、自分の腕に爪を立てその手を血に染める。

「「っ!?」」

いきなりの闘牙の行動に二人は驚き、一瞬動きを止めてしまう。その瞬間、闘牙は己の爪に着いた血を妖力によって硬化させ飛刃血爪を二人に向かって放つ。その威力は普段の物とは比べ物にならない。まともに食らえば即死は間違いないほどの威力が秘められていた。

「はあっ!!」
「こんなもんっ!!」

だがシグナムとヴィータはそんな奇襲に対しても慌てず対応する。シグナムはレヴァンティンの炎によって。ヴィータはグラーフアイゼンの障壁によって飛刃血爪を防ぐ。だがその衝撃によって辺りは破壊され粉塵に覆われてしまう。そしてそれが晴れた先にはそこにいた筈の闘牙の姿が無かった。

「何だ……?逃げちまったのか……?」

そのことにヴィータは困惑の表情を見せるが


「……っ!!まずいっ!!」

すぐさま事態を察したシグナムは全速力で飛行し疾走する。慌てながらヴィータもそんなシグナムの後にすぐさま続く。

二人が向かう先。



それはシャマルがいる場所だった





「ユーノ、なのはは!?」

フェイトとアルフが慌てながらユーノとなのはの元に集まって行く。既にヴィータとザフィーラは闘牙の元に向かって行ってしまっていた。何が起こったのかは分からないがフェイトとアルフはまずはなのはの安否を確認しなければと思い駆けつけたのだった。

「………大丈夫だよ、気を失っちゃってるけど命に別条はないみたいだ……。」

ユーノは自らの涙を拭いながらそう二人に伝える。そのことに二人は安堵の声を上げる。もしなのはに何かあったら。きっと自分は冷静ではいられなくなってしまうだろう。だが危険な状態には変わりない。

これからどうするかフェイトが考えようとした時、凄まじい爆発が闘牙がいる方向から起こる。そこでは闘牙が二人の敵と闘う光景が繰り広げられていた。そしてその凄まじさに三人は目を奪われる。

まるで獣になってしまったかのような闘牙の姿。その力。

アルフはその力に本能で気付き体が震えその場から動けなくなってしまう。それに近いものをアルフは感じたことがある。それは闘牙がプレシアの言葉を聞いて一瞬目が赤くなった時。だがあの時はすぐに闘牙はいつものの闘牙にすぐ戻っていた。

だが今は違う。

今の闘牙はまるで――――



フェイトは妖怪化し闘い続けている闘牙に目を奪われる。

その力が凄まじい物だと言うことも、それが怖い物だということもフェイトには分かる。

でもそれ以上の感情をフェイトは闘牙から感じ取る。


それは『悲しみ』


闘牙は今、深い悲しみの中にいる。


それがフェイトには分かる。



咆哮しながら闘い続ける闘牙の姿。



その姿にフェイトはかつての闘牙の姿が見える。




公園で一人、涙を流していた闘牙の姿。



誰にも言えない悲しみを抱えている闘牙の姿。



フェイトはそのまま上空に飛び上がり凄まじい速度で闘牙の元に向かっていく。


「フェイトっ!?」

そのことにアルフが驚きの声を上げる。今の闘牙に近づくことがどんなに危険なことか一番分かっているのはアルフだった。アルフは何とかフェイトを止めようとするがそれを振り切ってフェイトはそのまま飛び立ってしまう。


このままでは闘牙がどこか遠くへ行ってしまう。

そんな不安がフェイトを襲う。

そんなのは嫌だ。

だから―――



フェイトの瞳には揺るがない意志が宿っていた――――






「………え?」

シャマルはそんな自分の出した声に驚きを隠せない。

何故自分はそんな声を出したのか。何故自分の体は震えているのか。何故自分の体は動かないのか。

先程まで自分はシグナム達の戦闘を見ていた。そしてその相手である犬の耳をした使い魔の様な少年の姿を。その圧倒的な強さにあのシグナムとヴィータが翻弄されている。何とか二人をフォローしなければ。そう思い、自らが持つデバイス、クラールヴィントを操ろうとした時、ひときわ大きな爆発が起こる。

そしてその中から一つの影が自分に向かって疾走してくる。その速度、走り方はまさに獣そのもの。それが一直線に自分に向かってくる。

闘牙は本能でなのはを襲ったのがシャマルであることを理解していたからだ。

自分は魔力が探知されないよう偽装の魔法を使っている。なのに何故。自分に向かってくる相手。その殺気、視線によってシャマルは身動きを取ることができない。それは十秒にも満たない時間。だが妖怪化した闘牙にはそれだけの時間があれば十分だった。

闘牙はあれだけ離れた距離を数秒でゼロにしその爪をシャマルに向かって振り下ろす。シャマルにはそれを防ぐ出立てはなかった。そしてそのままシャマルがその爪に引き裂かれようとした時

「させんっ!!」

シャマルの前にザフィーラが現れその前に障壁を張る。それはザフィーラが持つ最高の防御力を持つ防御魔法。

『盾の守護獣』

その名が示す通りザフィーラは防御に優れている。シグナムとヴィータに攻撃に関しては一歩譲るものの防御に関してはヴォルケンリッターの中では最も優れている。その盾はどんな魔法をも通さない。そう言っても過言ではない力を持っている。だが


闘牙の突撃と爪の斬撃によって障壁は一気にひび割れ、崩壊していく。それは魔法の力ではない純粋な力によるものだった。


「はああああっ!!」

叫びを上げながらザフィーラはその魔力を全力で込め障壁を保とうとする。自分がここを守れなければ間違いなくシャマルは殺されてしまう。ザフィーラは文字通り死力を尽くして闘牙の攻撃を耐える。しかしそれでも今の闘牙の力を抑えることはできなかった。

「邪魔だ!!」

そう叫んだ後、闘牙は使っていなかったもう片方の手の爪を障壁に向かって振り下ろす。その瞬間、障壁は粉々に砕け衝撃によってザフィーラは後方のビルに向かって吹き飛ばされてしまう。

「ザフィーラッ!?」

その光景にシャマルは思わず悲鳴を上げる。今自分の目の前で起こっていること。まるで悪夢の様だ。

どうしてこんなことになってしまったのか。ただ自分たちは主の命を救うために頑張っていたのに。相手が魔導師といえど自分たちはベルカの騎士。後れは取らない。そう思っていたのに。涙を浮かべながら顔を上げた先には


自分を殺意を持った目で睨みつけている闘牙の姿があった。


「てめえがなのはを………」

そう言いながら闘牙は己の爪を振り上げる。その目には一片の躊躇いもない。ただ目の前の相手を殺す。闘牙はもはやただ戦うだけの存在になろうとしていた。


どうしようもない絶望と恐怖。それにシャマルが包まれてしまいかけたその時


「レヴァンティンッ!!」

叫びと共にシグナムの紫電一閃が闘牙に向かって振り下ろされる。その威力はまさに一撃必殺に相応しいもの。闘牙は今、鉄砕牙を持っていない。この一撃を防ぐことはできない。そしてその刃が闘牙に届くかと言うところで


レヴァンティンは闘牙の手によって掴まれてしまう。


「なっ!?」

片手での白刃取り。そんな絶技をこうもこともなげにやってのける闘牙の技量にシグナムは驚愕する。だがそれだけではない。

今、レヴァンティンは刀身に炎を纏っている。その炎はカートリッジによって発生しているもの。触れればただではすまない。最悪焼け死んでしまうことだって十分あり得る。だが闘牙はそれを全く問題ないかのように握っている。だがダメージを受けていないわけではない。その手はその炎によって焼かれ凄まじい火傷がその手を蝕んでいく。だがそれでも闘牙はその手を離そうとはしなかった。

(こいつ……痛みを感じていないのかっ!?)

シグナムの戦慄をよそに闘牙はその手に力を込める。その力によって次第にレヴァンティンにひびが入り始める。シグナムは改めて闘牙に目を向ける。

先程まで戦っていた闘牙はまさに剣士と呼ぶにふさわしい相手だった。それは間違いない。だが目の前の闘牙は何だ。まるで獣そのもの。いやそれ以上の存在だった。


『シャマルッ!!結界を解除して転送の準備をしろっ!!』

『は………はいっ!!』

シグナムの念話にシャマルは我を取り戻しすぐさまその準備に入る。もはや魔力の蒐集にこだわっている状態ではない。一刻も早くこの場を離脱しなければ。だが闘牙にレヴァンティンを握られている今の状況を何とかしなければレヴァンティンが破壊されてしまう。そうシグナムが焦った瞬間


「シグナムを離せっ!!」
『Schwalbefliegen.』

ヴィータの放った鉄球によって闘牙は攻撃を受け一瞬、隙が生じる。その隙にシグナムはその場を離脱しシャマルを庇うようにその前に立つ。それに続くようにヴィータ、ザフィーラも障壁を張りシャマルを守る。そして同時に街を覆っていた結界が解除され転送が可能になる。

後は転送してこの場を離脱するまでの時間を稼ぐだけ。いくら闘牙が規格外の存在だとしても後数秒であれば耐えることができる。ヴォルケンリッター達はそう考えていた。だが



「逃がすと思ってんのか……………」

闘牙はそんなヴォルケンリッターたちを見ながらそう冷たく言い放つ。

その言葉にヴォルケンリッター達は凍りつく。

同時に闘牙は自らの腰にある鞘に力を込める。その瞬間、錆びた状態の鉄砕牙が凄まじい速度で飛翔しながら闘牙の手元に向かってくる。それは鉄砕牙の鞘が鉄砕牙を呼んだために起こったことだった。

そして闘牙がそれを握った瞬間、鉄砕牙は本来の姿を取り戻しながら凄まじい風を巻き起こしていく。それはまさに暴風。その力によって周りにある建物は次々に吹き飛ばされていく。それは真の風の傷が放たれようとしている前兆だった。

その光景にヴォルケンリッター達は身動きを取ることができない。


今、闘牙は怒りと悲しみの感情に支配されていた。

自分の大切な人を、守りたい人を守れなかった。守れたはずの人を。

初めから殺す気で、全力で敵を倒していればこんなことにはならなかったのに。その力が自分にはあったのに。

自分の甘さのせいで。自分の弱さのせいでまた同じことを繰り返してしまった。

許さない。絶対に許さない。

よくも。よくもなのはを。

殺してやる。同じようにお前達も殺してやる。

もう二度と自分の目の前に現れないように。


塵一つ残さず消し去ってやる!!





激しい憎悪を纏った鉄砕牙が振り上げられる。



鉄砕牙は今、悲しみで震えていた。

今の自分には守りの力はない。主の妖怪の血を抑えることはできない。いや、例え守りの力があったところで既に主の力は抑えきれないほど強くなってしまっている。

だが自分が主に力を貸さないようにすること、鉄砕牙の変化を解くことはできる。だが主の悲しみが鉄砕牙の心を迷わせる。

目の前の敵の姿。目の前の存在が主の守りたい者を奪っていった。五百年間、鉄砕牙はかごめを守る力を主に貸すことができなかったことを後悔し続けていた。そしてまた主に同じことが起こってしまった。故に鉄砕牙は変化を解くことはなかった。

それが間違いだと言うことに気づかずに。






「死ね」


その言葉と共に風の傷を纏った鉄砕牙が振り下ろされていく。


ヴォルケンリッター達にはその光景がまるで止まりながら動いているように感じられる。


それは走馬灯。


自分たちはここで死ぬ。


ヴォルケンリッター達は自分たちの死を悟る。



その刹那






「やめて、トーガ―――――!!!」


闘牙の目の前に金髪の少女が姿を現す。



その表情は悲しみに満ちていた。


その目には涙が溢れていた。


闘牙はその姿に目を見開く。


その姿は


自分がもう二度と見たくないと思っていた女性の姿と同じだった。




「か……ご……め…………?」


闘牙はそのまま動きを止め、目の前で手を広げ涙を流しているフェイトの姿を見つめ続ける。


目の前にいるのはフェイトだ。


なのに何故


その姿にかつてのかごめの姿が見えたのか。



知らず闘牙の手から鉄砕牙が抜け落ちる。



目にはすでに人の心が戻っている。



そしてその目には涙が流れていた。



フェイトはそんな闘牙に走り寄りながら抱きついてくる。



「大丈夫だよ、闘牙。なのはは無事だから。だから………」





「………………そうか」



闘牙はそのまま静かに目を閉じる。


後には既に姿を消したヴォルケンリッター達と破壊されつくされた街が残っているだけだった……………



[28454] 第20話 「後悔」
Name: 闘牙王◆53d8d844 ID:e8e89e5e
Date: 2011/08/13 21:06
「ん…………。」

なのははゆっくりとその瞼を開き、体を起こす。そして自分が知らない部屋のベッドに寝かされていることに気づいた。

(あれ……ここは……?それに私どうしてこんなところに………)

なのははまだ覚醒しきっていない頭を何とか回転させながら自分が何故ここにいるのか、ここがどこなのか考える。そして自分がいきなり赤い少女に襲われ、ユーノ達が助けに来てくれたこと、フェイト達が苦戦していたこと、そして結界をスターライトブレイカーで破壊しようとしたところで突然自分の胸に誰かの腕が現れ気を失ってしまったことを思い出す。なのははふらつき体で何とか起き上がり、そのまま部屋を出ようとしたところで


「なのは………?」

「フェイトちゃん……?」

目の前のドアがそれよりも早く開き、目の前に私服姿のフェイトが現れる。その後ろにはユーノ、闘牙、アルフ、クロノの姿もある。皆、なのはの状態が安定したと聞いて見舞いに訪れようとしたところだった。



「なのは……体の方は大丈夫なの……?」

大事を取り、再びなのはにベッドに戻ってもらった後、フェイトは心配そうな顔でなのはに尋ねる。命に別条はないとの話だったがやはりなのはの姿はどこかつらそうな様子が見られたからだ。

「うん、ちょっとまだ体が動きづらいけどそれ以外は全然大丈夫だよ。」

なのははそんなフェイトに向かって優しく微笑みかける。何よりも半年ぶりに会えたこと、自分を助けに来てくれたことが嬉しかったからだった。

「よかった………。」
「ほんとに心配したんだからね、なのは。早く元気になってよ!」

フェイトに続いてアルフもそう笑顔を見せながらなのはに話しかける。その明るさは半年前と変わらない。その姿を見るだけでこっちも元気が湧いてくる、そんな風に思えるものだった。

「ありがとう、アルフさん。」

半年ぶりにあった二人となのはは再会を喜び合う。戦闘中であったため実感があまり湧いていなかったなのはだったが、自分が楽しみにしていた友達との再会に自然と頬が緩む。そして闘牙とユーノがそんな自分たちの様子を少し離れた所から眺めていることになのはは気づく、そして

「闘牙君、その手……?」

なのはは驚いた顔をしながら闘牙の右手に目をやる。闘牙の右手は包帯でぐるぐる巻きにされている。その様子からかなり大きな怪我だったことは明白だった。


「ああ……少し苦戦しちまってな……でももう治りかけてるからな、心配すんな。」

包帯が巻かれた右手を動かしながらそう闘牙はなのはに告げる。実際、火傷はかなりの重症だったが妖怪化していたこと、今は半妖の姿でいることで治癒を速めているためそれほど時間を掛けずに完治することは間違いなかった。

だがなのははやはり心配そうな顔で闘牙を見つめ続けている。それは自分を助けに来てくれた闘牙たちへの申し訳なさからだった。自分がやられなければみんなにこんなに迷惑と心配を掛けずに済んだのに。なのはがそう思いながら顔を俯きかけた時

「そんな顔すんな。みんな無事だったんだからな。それにお前の無茶はいつものことだろう?」

闘牙は笑いながらなのはの頭を撫でる。なのははそんな闘牙とのやり取りに既視感を感じる。それは自分がジュエルシード集めの中で失敗したときのもの。

「もう、私そんなに無茶ばっかりしないよ。子供扱いしないで!」

「そう言ってる内は子供だ。」

なのはは頬を膨らませながら闘牙に向かって食って掛かる。それはいつも通りの闘牙となのはのやり取り。闘牙もなのはがいつもの調子を取り戻してきたことに気づき、その頭を撫で続ける。それが恥ずかしいのかなのはは赤くなりながら不機嫌なオーラを発している。アルフはそんな二人の様子を笑いながら楽しそうに眺めている。先程まで暗い雰囲気は既になくなってしまっていた。


フェイトはそんな闘牙となのはの様子を眺め続けている。しかしその表情はいつもの物とは違っていた。



(なんだろう………二人を見てると何だか胸がもやもやする……?)

フェイトは自分の中に生まれている知らない感情に戸惑いを覚えていた。闘牙となのはが話している。それは闘牙がなのはを心配している光景。それは何もおかしい物ではない。当たり前の光景だ。なのに何でこんな気持ちになるんだろう。フェイトは自分の感じている感情が何なのか分からなかった。


(フェイト………?)

そんなフェイトの感情を感じ取ったアルフはそのままフェイトの方に目を向ける。フェイトはそれに気づかずにじっとなのは闘牙の様子に見入っている。アルフにはその感情が何なのか分かる。それは嫉妬。フェイトは闘牙に心配されているなのはに嫉妬している。だがフェイトにはそれが何なのか分かっていないようだ。それに気づきながらもどうしたものかとアルフが考えた時、


「盛り上がっているところ悪いが、そろそろ話をさせてもらっていいか?」

咳ばらいをしながらクロノがそう皆に伝える。その言葉に闘牙たちは慌てながらクロノに向かい合う。そのためにここに来たはずだったのすっかりいつもの調子で騒いでしまっていたからだ。

そんな闘牙たちの様子を確認しながらクロノは事情をなのはに説明していく。



結界が解除された後、敵たちはすぐに転移してしまい逃げてしまったこと。

すぐさまになのはを時空管理局の医療施設に運んだこと。

なのははリンカーコアと呼ばれる魔力の源から魔力を奪われてしまい倒れてしまったこと。

命に別条はないがリンカーコアにはまだ分かっていなことが多く、安静にしなければいけないこと。

しばらくは魔法は使えないこと。

そして敵が使っていた魔法が恐らくベルカ式と呼ばれる魔法であること。


「ベルカ式?」

「ああ。かつてミッド式と勢力を二分していた魔法だ。特に一対一の闘いを得意とする魔法でカートリッジと呼ばれるシステムが組み込まれたデバイスを使うことで自身の魔力を高めることができるのが特徴だ。そして優れた使い手は騎士と呼ばれていたそうだ。」

クロノの説明を受けてなのはは納得する。自分が闘った赤い少女。少女が持っていたハンマーのようなデバイスも何かの弾丸のようなものを何度も装填していた。あれがカートリッジと呼ばれる物なのだろう。その強さは身をもって味わっている。もしもう一度勝負してもあの強さには今の自分では通用しないだろう。

そしてなのははあれから闘牙たちがどうなったのか聞いていないことに気づく。闘牙はともかくフェイトやアルフは苦戦していたはず。にも関わらず二人にダメージらしいものは負っていない。

「あれから戦いはどうなったの?」

「それは………」

なのはの質問にクロノはどこか言いづらそうな雰囲気を放ちながら口ごもってしまう。そんなクロノの様子になのはが疑問を感じた時

「それは俺が話す……みんなに知っておいてほしいからな………。」

「闘牙君……?」

闘牙がどこか落ち込んでいるような雰囲気でクロノに代わり事の顛末を話し始める。

自分が暴走し、騎士たちを襲い追い詰めたこと。

とどめを刺そうとした時にフェイトの制止によって間一髪で事なきを得たこと。

自分が暴走をしてしまったのが妖怪化と呼ばれるもののせいであること。

闘牙は自らが犯してしまった事態を包み隠さずになのはに、仲間たちに伝える。


「本当なの……?」

なのははそんな闘牙の言葉に疑問の声を上げる。確かに闘牙は怒ると怖い時がある。時の庭園での戦いのときもそれは身をもって感じた。でもその姿はとても頼もしい物。闘牙の話から感じるような怖い物ではなかった。なのははそんな闘牙の言葉に実感が持てずそんな言葉を漏らしてしまう。だがフェイト達は皆そんななのはの疑問に答える者はいない。それが闘牙の言葉が真実であることを示していた。

なのはたちの間に沈黙が流れる。皆、どんな言葉を発していいのか分からない状況だった。そんな中

(ユーノ君………?)

なのははユーノがここにやってきてから一言もしゃべっていないことに気づく。その表情は暗く、自分と会ってからもずっと顔を俯かせたままだった。なのはがそれがなぜなのか考えていると

「とりあえずしばらくはここで安静にしておいてくれ。すぐ良くなるとは思うが念のためだ。騎士たちについては何か分かり次第伝える。」

クロノはそう言いながら場の空気を変え、部屋を出ていこうとする。その言葉になのはたちは重苦しい空気から解放される。そんな中

「クロノ、話がある。ちょっといいか?」

闘牙が部屋を出ていこうとするクロノについていきながらそう引き留める。

「……分かった、場所を変えよう。」

闘牙の真剣な雰囲気を感じ取ったクロノはすぐに執務官としての顔に戻り、別室に闘牙と共に向かう。




闘牙とクロノは少し離れた別室で向かい合う。闘牙は少し目を閉じ思案するような仕草を見せた後

「クロノ……しばらく俺は戦闘には参加しないつもりだ……。」

そう呟くようにクロノに告げる。そんな闘牙の言葉にクロノは驚きを隠せない。

クロノは短い期間だが闘牙と一緒に過ごしたことで闘牙がどんな人物であるかは知っている。フェイトが一人で海上のジュエルシードを封印しようとしていた時には命令を無視して助けに向かい、フェイトのために単身時の庭園に乗り込んでいきプレシアと闘った。そんな闘牙が自ら闘うことを放棄した。それがクロノには信じられなかった。

妖怪化による暴走。クロノはその様子を見たわけではない。結界により中の様子を確認することができなかったため、闘牙やアルフからの話からでしか事態を把握できていなかった。

「………理由を聞いてもいいか?」

クロノはそんな闘牙の様子を見ながらもそう問いかける。闘牙はクロノ言葉に静かに頷きながら話し始める。

犬夜叉は犬の大妖怪と人間の間に生まれた半妖でありその体には強力な妖怪の血が流れていること。

命の危機や感情の昂ぶりによってそれが暴走し妖怪化してしまうこと。

妖怪化すれば理性を失い闘うだけの存在になってしまうこと。

以前はそれをコントロールすることができていたが今回はそれができなかったこと。

もしもう一度妖怪化してしまえばフェイト達を傷つけてしまう可能性があること。

それを聞いたクロノはしばらく思案した後


「………分かった。元々君は民間協力者だ。そんなに気に病むことはない。」

そうどこか闘牙を気遣うような口調で告げる。

「だが個人的に僕は君の力を当てにしている。闘えるようになったらすぐに言ってくれ。」

その言葉は執務官としてではなく闘牙の友人としてのクロノの言葉だった。


「………ああ、すまねえ。」

そんなクロノの言葉に感謝しながら闘牙は頭を下げるのだった………。





時空管理局本局の休憩室に一人の少年の姿がある。だがその姿はどこか落ち込み、暗い雰囲気を纏っている。少年は顔を俯かせたままただ一人座り込んでいる。それはユーノ・スクライアだった。

(僕の……僕のせいで………)

ユーノの脳裏に先の戦闘の光景が蘇る。自分の目の前で襲われるなのはの姿。それを見ながらも何もできなかった自分。倒れ込み、気を失ったまま目を覚まさないなのはの姿。自分の無力さにユーノが涙を流していたその時、

「ここにいたのか、ユーノ。」

犬夜叉の姿の闘牙が突然現れる。闘牙はユーノの様子がおかしいことに気づき、匂いでユーノを探してきたのだった。

「と……闘牙っ!?」

いきなり現れた闘牙に驚きながらユーノは慌てて自分の頬に流れている涙を拭う。

闘牙はそんなユーノの姿を微笑みながら見つめた後、その隣の席に座りこむ。ユーノはそんな闘牙に戸惑いながらもどうすることもできずにまた顔を俯かせることしかできない。

闘牙はそんなユーノの心境がまるで全て分かっているかのように何も言わずにその隣でただユーノの言葉を待ち続ける。

そしてしばらくの沈黙の後、ユーノは自分の本心を話し始める。




「……僕、怖かったんだ……なのはが襲われた時、なのはが死んじゃうんじゃないかって……」

ユーノは震える声で闘牙に自分の心の内を吐露していく。


「もう目を覚まさないんじゃないかって……本当に怖かったんだ………」

あの時のなのはの姿が脳裏に浮かぶ。もう目が覚めないかもしれない。もうあの声も、温もりもなくなってしまうかもしれない。

なのははユーノにとってかけがえのない存在だった。

いきなり現れた自分を助けてくれて、危険なジュエルシード集めを手伝ってくれる。

その優しさに何度も救われた。

その姿に、心に惹かれていく自分があった。

そして自分がなのはのことを好きなことに気づいた。

そんななのはの力になりたいと、そう思い闘牙にも特訓をつけてもらった。

幾度もの闘い。

なのはの隣で共に戦う続けることで自分はなのはに力になれていると、そう思っていた。

でも違った。

なのはの危機。

それを前にして自分は動けなかった。それは自分の心の弱さだった。




「………………強くなりたい。」

ユーノは知らずそう呟く。

それはユーノの心からの言葉。

ユーノは許せなかった。

なのはを傷つける相手が。

いや、なによりもなのはを守ることができなかった自分自身が。



「闘牙………僕、強くなりたい!………なのはを……なのはを守れるくらい強く!!」


ユーノは涙を流しながらそう闘牙に叫ぶ。

ユーノは自分が強くないことを知っている。

自分になのはやフェイトの様に魔法の才能がないことも

闘牙の様な強さが無いことも。

だがそれでも


誰かを守れる強さが、力が欲しいとユーノは願う。



『なのはを守れる強さが欲しい』


それがユーノの求める力。

それは闘牙がかつて自分に言ってくれた言葉


ユーノが見つけた自分にしかできないことの答えだった。




ユーノの言葉に闘牙は知らず自分の心が高まってくるのを感じる。

涙を流しながらなのはを守れる強さを求めるユーノの姿。その姿にかつての自分の姿が見える。

初めて妖怪化し、そのせいでかごめを傷つけてしまった後悔と恐怖。それは今でも忘れていない。そしてその時に自分は心の底から求めた。かごめが守れる強さが欲しいと。

その気持ちがあったから、その決意があったから今の自分はここにいる。

自分は結局それを守ることができなかった。

一番守りたかった、愛した女性を守れなかった。

だが目の前の少年は違う。

ユーノは自分よりも強い、誰よりも優しい心を持っている。それを闘牙は知っている。自分と同じようにはならない。そんな確信が闘牙にはある。

闘牙はその手をユーノの頭に乗せる。ユーノはその温もりを感じながら涙でぬれた顔を上げる。そこには自分に笑いかけている闘牙の顔があった。そして


「なれるさ、お前なら。なのはを守れるくらい強く………」

そう力強くユーノに告げる。それはお世辞でもなんでもない。確信に満ちた表情だった。


「闘牙………」

そんな闘牙の言葉と表情にユーノの目から大粒の涙が流れる。そんなユーノを真っ直ぐに見詰めながら



「ユーノ、絶対に『後悔』だけはするんじゃねえぞ、いいな?」


自らのユーノへの想いの全てをその言葉に込める。



ユーノはそんな闘牙の言葉に体が震えるのを感じる。


忘れてはいけない。

自分はこの言葉を絶対に忘れてはいけない。

それほどの重みがこの闘牙の言葉にはある。そうユーノは確信する。


「……うん、分かった!!」


ユーノは涙を拭いながら闘牙の言葉を心に刻む。


この日の誓いと決意。


これによりユーノの運命は大きく変わることになるのだった…………





ユーノと別れた後、闘牙は一人施設の廊下を歩いていた。闘牙は歩きながら考える。

ユーノは大丈夫だ。ユーノなら間違いなくなのはを守ることができる。そしてそれをサポートすることが自分の役目だ。その方法も考えている。あとはそれをクロノが了承してくれるかどうかだ。


そして妖怪化。


それが自分の大きな問題だ。


かつて自分は五分までなら妖怪化をコントロールすることができた。だが今回はそれができなかった。ある程度予想はしていたが全くコントロールできないとまでは思っていなかった。

今回はまだ理性が残っていたためフェイト達に襲いかからずに済んだが妖怪化は回数を重ねるごとに理性を失くしていってしまう。次、妖怪化すればどうなるか分からない。

かごめを傷つけてしまった後悔と恐怖。それを自分はまた繰り返すところだった。

フェイトが止めてくれなければ自分は騎士たちを殺し、後戻りできない状態になってしまっただろう。だがフェイトを危険にさらしてしまったこと、妖怪化の姿を目の前で見られてしまったこと。闘牙はそれに深い罪悪感を感じていた。

涙を流し自分を止めようとするその姿にかつてのかごめを見た。

でももうかごめはいない。

そのことが闘牙の心に寂しさを感じさせていた時



「あ、トーガ!」

自分の後ろからそんな少女の声が聞こえる。驚きながら闘牙は後ろの振り返る。そこにはどこか嬉しそうなフェイトの姿があった。普通なら匂いですぐ気付くのだが深く考え事をしてしまっていたため気づくことができなかったようだ。

「探してたんだ。一緒にご飯食べにいかない?アルフは待ち切れずに先に行っちゃたんだけど……」

フェイトはそう言いながら闘牙の目の前に近づきながらそう誘ってくる。その姿はいつもと全く変わらない。

それに闘牙は驚きを隠せない。妖怪化した自分を間違いなくフェイトは目の前で見た筈だ。そして後一歩で死ぬかもしれなかった。

アルフとユーノも必死に隠そうとしていたがやはりどこか自分にぎこちないところがあった。

だがフェイトにはそれがない。

一体何故。

闘牙は戸惑いを隠せない。


「………?どうしたの、トーガ?」

そんな闘牙の姿に気づいたフェイトが不思議そうな声を上げる。闘牙はそんなフェイトを見ながら


「………………怖くねえのか?」

闘牙は呟くようにそうフェイトに尋ねる。

「え?」

フェイトは闘牙が何を聞いているのか分からず、首をかしげる。


「俺が怖くねえのか?」

闘牙はそうどこか怯えるような声でフェイトに尋ねる。闘牙の脳裏にはかつての記憶が蘇る。

半妖だと。化け物だと差別され恐れられた日々。それだけの力がこの体にはある。だが


「トーガはトーガだから怖くなんてないよ。……それにあれはなのはのために怒ったからなんでしょ?だったらトーガは悪くないよ。」


フェイトはそう何でもないことの様に答える。その言葉にはフェイトの闘牙への絶対の信頼があった。同時に闘牙の脳裏にかつての光景が蘇る。

それは妖怪化し、落ち込んでいた自分を励ましてくれたかごめの姿だった。

闘牙はそのままその場に立ちつくしてしまう。そんな闘牙の姿を不思議に思いながらも


「あの……聞いてもいい、トーガ……?」

どこか恥ずかしそうにしながらフェイトはそう闘牙に話しかける。

「あ……ああ。何だ?」

フェイトの言葉によって我に返った闘牙は慌てながらそう答える。フェイトはそのまま顔を赤くしながらも意を決して


「襲われたのがなのはじゃなくて私でも……トーガは怒ってくれた……?」

そう闘牙に尋ねる。

闘牙はそんなフェイトの問いに一瞬驚いたような顔をした後、


「…………当たり前だろ。変なこと聞いてんじゃねえよ。」

そう笑いながら答える。その言葉にフェイトの表情が喜びに染まる。


「そういえば腹が減ったな。さっさと行くか、フェイト。」
「うん!」

どこか照れくさそうにしながら先に歩いていく闘牙に慌ててフェイトは付いていく。二人はそのまま並んだまま食堂へ歩いていく。




闘牙は自分の大切なものを守るために再び自分の弱さと向き合うことを誓ったのだった…………



[28454] 第21話 「約束」
Name: 闘牙王◆53d8d844 ID:e8e89e5e
Date: 2011/08/19 21:33
「さて、私たちアースラスタッフは今回、ロストロギア闇の書の探索、および魔導師襲撃事件の捜査を担当することになりました。」

リンディの声の凛とした声が部屋に響き渡る。今、闘牙たちは時空管理局本局の一室で今回の事件のミーティングを行っているところだった。既に体調が回復したなのはも含めてこれまでの事件の概要と資料が説明されていく。

『闇の書』

ロストロギアに指定される危険な本であり、魔力を蒐集することによってページが増え、完成すればその持ち主に絶大な力をもたらすと言われている。

だがこれまでの持ち主は皆、それを扱いきれずに破滅してしまっている。

そしてその危険性は以前闘牙たちが関わったジュエルシードに匹敵する。


『ヴォルケンリッター』

闇の書とその主を守るために生み出された守護騎士。

魔法生命体であると同時にプログラムであり、ベルカ式と呼ばれる対人戦に特化した魔法を使う。




「プログラムって……本当なんですか……?」

リンディの説明を聞きながらなのははそんな疑問の声を上げる。プログラムと言うことは機械、感情が無いということになる。だがなのはが闘った相手、ヴィータには間違いなく感情があるように見え、とてもプログラムの様には見えなかったからだ。

それを聞きながら闘牙も同じ疑問を持つ。自分と闘ったシグナムにも間違いなく感情、心があることを感じた。実際に剣を交えることで感じたそれは間違いなく相手がただの機械では感じられないものだった。

「そうね……私もまだ実際に見たわけではないから分からないけれど、管理局に残っているデータにはそう記録されているわ。」

そんななのはたちの戸惑いを感じながらもリンディはそう答える。今まで闇の書は何度も転生を繰り返しており、その中には管理局が対応に当たったケースも存在する。そう言った意味ではこの資料は信憑性があるものだ。そんなことを考えていると


「魔法生命って言うと……私みたいな……?」

少し儚げな表情を見せながらフェイトがそう呟く。

『魔法生命』

それはフェイトにとっても他人事ではない。自分もクローンとはいえ、ある意味魔法生命と言える存在、作られた命だったからだ。そんなフェイトの迷いに気づいた闘牙がそれを嗜めようとするが

「それは違うわ、フェイトさん。」

それよりも早くリンディそれをすぐさま否定する。その言葉には確かなフェイトを想うリンディの意志が込められていた。そんなリンディの言葉にフェイトは驚きの表情を見せる。

「……そうだ。君は普通の人間と変わらないことが検査でもちゃんと分かっている。めったなことを言うもんじゃない。」

そんなフェイトの様子を見ながらもクロノそう付け加えながらフェイトを嗜める。その言葉の節々からクロノがフェイトのことを心配していることが闘牙には感じられる。そしてそれはフェイトにもきちんと伝わっていた。

「うん……ありがとう……。」

そんな二人の言葉と優しさに救われたフェイトは微笑みながらそうお礼を告げる。闘牙はそんな三人の様子を見ながら、リンディとクロノならフェイトを間違いなく家族として迎え入れてくれるだろうと確信する。なのはたちも同じ気持ちなのかそんなフェイト達の様子を見守っていたのだった………。


その後、一通りの説明が終わった後、一呼吸置いてからリンディはこれからの人員配置の説明に入って行く。

なのはは民間協力者として、フェイトは嘱託魔導師として今回の事件に関わることになった。

なのはは民間人であり事件に関わる義務はないがすでになのははこの事件に関わることを決意しており、それはフェイトも同じだった。

ただ、なのはは体調が回復したと言ってもまだリンカーコアは回復しておらず魔法は使えないこと、レイジングハートとバルディッシュは先の戦闘によって深刻なダメージを受け、修復中のためなのはとフェイトがすぐに闘うことはないであろうことが伝えられる。そして


「闘牙君はしばらく戦闘には参加せず待機、そしてユーノ君はしばらくの間、管理局で魔法の訓練を受けるために離脱することになります。」

リンディはそう闘牙とユーノの配置について説明する。


「え?」
「ユーノ君が?」

そんないきなりの事態にフェイトとなのはは同時に疑問の声を上げる。フェイトは闘牙に、なのははユーノに慌てて視線を向ける。二人ともそんな話は全く聞いていなかったため驚きを隠せない。


「………悪いな、しばらくは戦闘についてはクロノやお前達に任せる。」

闘牙はそんなフェイトの様子を見ながらそう答える。何とか心配を掛けないように伝えたかったのだがやはり難しかったようだ。

フェイトも闘牙が何故そんなことを言うのか、その理由が分かっているだけにそれ以上何もいうことができない。だがその顔には明らかな戸惑い、闘牙を心配する様子が見て取れる。

「心配すんな、すぐに一緒に戦えるようになるさ。」

そう言いながら闘牙はフェイトの頭に手を置く。それは嘘偽りない闘牙の本心だった。

こんなところで自分は躓くわけにはいかない。何よりも新たな決意をしたユーノに負けないよう自分も動かなくてはいけない。闘牙の胸には新たな決意が宿っていた。


「どうしてユーノ君が……?」

なのははそうユーノに問いかける。

なのはの顔には明らかな困惑が見て取れる。闘牙ならまだ分かる。実際に自分は見たわけではないがみんなの様子を見て闘牙が今は戦えなくなってしまっていることは何となく感じていたからだ。だが何故ユーノが自分たちから離れていってしまうのか。ユーノはそんななのはの様子を見ながらどこか難しい表情をしている。ユーノの表情。そしてこのタイミングでの出来事

「……もしかして私のせいで……?」

なのはは自分が倒れてしまったことが原因でユーノがそんなことをしようとしていることに気づく。同時にその顔には暗い影が見え始める。

自分のせいで。自分がやられてしまったせいでユーノに、闘牙に迷惑を掛けてしまった。そのことで二人が。そうなのはがふさぎこんでしまいそうになった時

「……違うよ、なのは。これは僕の問題で……僕が何とかしなきゃいけないことなんだ。」

ユーノはそう真剣な表情でなのはに告げる。その瞳には確かな意志が宿っている。それはかつて闘牙がかごめを守る強さを求めた時、なのはがフェイトと友達になりたいと決意した時と同じものだった。そんなユーノの姿になのはは何も言うことができなくなってしまう。

「大丈夫だよ、なのは。闘牙やクロノだっているし、僕もずっといなくなるわけじゃないんだから。」

笑いながらユーノはそうなのはに告げる。

ユーノはこれから二週間ほどの予定で管理局でクロノの師匠であるリーゼ姉妹に魔法の訓練を見てもらうことになっていた。それは闘牙の相談を受けたクロノの計らいだった。

闘牙はユーノが決して弱いわけではないことを知っていた。むしろ状況判断や冷静さではなのはやフェイトを大きく上回っているとさえ思っている。実際、ジュエルシード事件が終わってからも闘牙はずっとユーノに稽古をつけていたからだ。(なのははこの二人の特訓を二人が遊びに行っていると勘違いしていた)

ユーノに足りないのは自信なのだと、そう闘牙は考えていた。ユーノはどうしてもなのはやフェイトと比較して自分を過小評価する傾向がある。だが自分では闘い方を教えることができても魔法自体を教えることはできない。そこで闘牙はクロノにユーノの魔法を見てもらい、教えてもらうことでユーノに自信を持ってもらおうと考えていた。

だがクロノ自身が人に魔法を教えるのが不得手であると考えていること、事件の関係がありその時間をとることが難しいため、クロノは代案として近々自分に会い来る予定の魔法の師匠、リーゼ姉妹にユーノを見てもらうことを提案したのだった。


闘牙とユーノを心配しているなのはとフェイトの姿に気づいたリンディはそんな空気を変えようと一度大きな咳ばらいをした後に再び闘牙たちに向かい合う。そのことに気づいた闘牙たちも気持ちを切り替えながらそれに向かい合う。そして少しの間の後

「……今回、アースラは整備中のため使えません。そのため、現地に本部を設けることになります。」

リンディはそう闘牙たちに告げてくる。その様子はどこか楽しそうなものだった。クロノはそれを見ながらもどこか呆れた顔をリンディに向けている。その隣にいるエイミィはリンディと同じようにどこか楽しそうだ。それがなぜなのか。闘牙たちは皆、首を傾げるしかない。そんな中

「ということでアースラスタッフは地球の海鳴市、なのはさんの家のご近所に本部を置くことになります。」

リンディは笑顔を浮かべながらそう大きな声でなのはたちに向かって宣言する。その言葉になのはとフェイトは同じように一瞬固まってしまう。だがすぐにその言葉の意味に気づき驚きの表情を浮かべる。

「ほ……本当ですか、リンディ提督!?」

「ええ、本当よ。これからいつでもなのはさんや闘牙君に会えることになるわ。」

慌てながら尋ねてくるフェイトに微笑みながらリンディは答える。それが本当であることを知りフェイトはその顔を喜びに染める。そしてフェイトは再びなのはと闘牙に目を向ける。闘牙はそんなフェイトを見ながらどこか安心したような顔をする。なのははフェイトと見つめ合いながら

「やったあ!」

そんな喜びの声を上げるのだった………




海鳴市のマンションの一室で騒がしく引っ越しが行われていた、そして今、何とかそれが終わり部屋は落ちつきを取り戻しつつあった。

「見て、あそこが私の家だよ!」
「そうなんだ。」
「凄く近いじゃないか、いつでも遊びに行けるよフェイト!」

なのはとフェイト、アルフの三人はベランダではしゃぎながらなのはの家がある方向を眺めている。その光景は本当に楽しそうなものだった。フェイトもなのはの家が近くにあることを知り、喜んでいる。

友達の家に遊びに行く。

それはフェイトがこの半年楽しみにしていたものだったからだ。そんなフェイトの姿を見ながらアルフも尻尾を振りながら喜びを表している。

今、アルフは人間の姿をしている。本当なら狼の姿でいなければいけないのだがなのはの関係者は皆、魔法のことは既に知っているため隠す必要もない。そのためアルフは周りを気にすることなく生活することができることになったのだった。三人はそのままさらにおしゃべりを続けようとしていると

「みんな、アリサとすずかが遊びに来てくれたよ。」

人間の姿のユーノが三人にそう声を掛ける。ユーノは今日の夜から管理局に行く予定になっているため、その前にフェイト達の引っ越しの手伝いに来ていたところだった。

「こんにちは。」
「お邪魔します。」

行儀よく挨拶をしながらアリサとすずかが笑顔で家に上がってくる。そんな二人をなのはとアルフは喜びながら、フェイトは少し緊張しながら出迎える。

「初めまして……って言うのも変かな?ビデオメールでは会ってるもんね。」
「そうだね。フェイトちゃん、会えてうれしいよ。」

笑いながらそう二人はフェイトに話しかけてくる。その姿はまるでもう自分のことを友達だと認めてくれているようなものだった。そのことに気づき、

「わ……私も会えてうれしい。アリサ……すずか……。」

そうどこかかみしめるように名前を呼ぶ。そんなフェイトの姿になのは、ユーノ、アルフは笑顔を互いに見せ合いながら喜ぶ。。初めはどこかぎこちないフェイトだったがすぐに慣れてきたのか、会話の中に自然に加わっている。

「すずか、前話してた図書館で知り合った子とはもう遊んだの?」

「ううん、でも今度、食事に誘ってもらったんだ。はやてちゃんていうの。」

「じゃあまた今度私たちにも紹介してね。」

「どんな子なの?」

それからは今までのこと、これからのことで話題に尽きないおしゃべりが続いていた。

「そういえば闘牙君は?来てないの?」

すずかはそのことに気づき、疑問の声を上げる。ビデオレターを送ったことや、なのはの話から闘牙がフェイトと仲がいいことを知っていたため闘牙もいるだろうとすずかは思っていたからだ。

「闘牙なら今日は翠屋で働いてるよ。今まで休みをもらってたから今日からは連勤だって。」

ユーノがそうすずかに向かって答える。闘牙はフェイトの裁判に参加するために休みを取っていたのだがヴォルケンリッターとの戦いやなのはのことがあり予定よりも長く休みを取っていたため今日からはその埋め合わせをすることになっていたのだった。

「そうなんだ……。まあ闘牙も最近やっと仕事がマシになってきたしね。」

どこか胸を張りながらアリサはそう告げる。その姿はまるで闘牙が仕事ができるようになったのは自分のおかげだと言わんばかりだった。

「アリサちゃん、闘牙君が働き出してからよく家に来るようになったもんね。」

なのははそんなアリサを見ながら何の気なしにそう話しかける。実際、アリサは闘牙が働き始めてから翠屋によくケーキを買いに来るようになっていた。元々翠屋に来ることはあったアリサだったが明らかに頻度が増えていることになのはですら気づいていたのだった。

「と……闘牙は関係ないわよ!いい加減なこと言わないで!」
「ご……ごめん……アリサちゃん……」

顔を赤くしながらアリサはなのはの頬を引っ張りながら詰め寄ってくる。なのはは涙目になりながらアリサに謝るもののまだ気が収まらないのかアリサはなのはに覆いかぶさって行く。すずかはそんないつもどおりに二人を見ながらそれを楽しそうに見つめている。

これがなのはの日常。

自分の友達の姿。

フェイトはそれを見ながら自分がなのはたちの友達になれたことを実感し、微笑むのだった。


「フェイトさん、ここじゃあ何だからどこか場所を変えたらどうかしら?」

そんなフェイト達の様子を見つめていたリンディがそう提案する。まだ引っ越したばかりで部屋は散らかっており、落ち着いて話をすることは難しい状況だったからだ。

「じゃ……じゃあ、うちのお店で!」

アリサにもみくちゃにされながらも嬉しそうな声でなのはがそうみんなに提案する。その言葉に皆が頷く。

「そ……そうね、翠屋なら闘牙もいるし、ケーキもあるし……。」

何とか落ち着きを取り戻したアリサもそう続く。そんな言葉にアルフの耳がピクリと動く。

闘牙とケーキ。その二つの単語にアルフは大きな反応を示す。

「フェイト、早く行こうっ!!ほらほら!!」
「ア……アルフ!お……落ち着いて!」

アルフはフェイトの手を握り我先にと翠屋に向かって走り出してしまう。フェイトはそんなアルフの行動が恥ずかしく顔を赤くしながらもそのままアルフに引っ張られていってしまう。

なのはたちはそんな二人の様子を見て笑いを漏らしながらもその後に続くのだった………。





「いらっしゃ……って何だ、お前たちか。」

闘牙はやってきたのがフェイト達だと気づいてそんな声を上げる。今、翠屋はお客のピークが終わり、落ち着きを取り戻しているところだった。

「ちょっと、その態度はなによ。あたしたちはお客なのよ!」

そんな闘牙の態度が気に入らなかったのかアリサが闘牙に向かって食って掛かっている。フェイトはそんな二人の様子を見てあたふたするがなのはたちはそんな闘牙とアリサのやり取りを見ても全く動じずそれどころか楽しそうに眺めている。どうやらこの光景はいつも通りの物らしいことにフェイトも気付く。

「分かった分かった……相変わらず可愛げのない奴だな。」
「何ですって!?」

どこかうんざりしながら呟く闘牙の言葉にアリサは怒りながら迫って行くもそれを闘牙は軽くあしらい続ける。そしてフェイトとアルフが不思議そうな顔でこっちを見つめていることに気づく。

「よう、フェイト、アルフ。引っ越しは終わったのか?」

「う……うん。みんなが手伝ってくれたからすぐに終わったよ。」

いつもとは違い、翠屋の制服を着ている闘牙の姿に少し戸惑いながらもフェイトはそう答える。そして

「闘牙、ここはケーキがあるんだろう!?早く出しておくれよ!」

目を輝かし、よだれをこぼしながらアルフが闘牙に迫ってくる。どうやらもう待ちきれないと言った様子だ。隠さなければいけない耳としっぽも姿を現してしまっている。

「分かったからとにかく落ち着け。持って行くからそこの席で待ってろ!」

アリサとアルフにもみくちゃにされながら額に青筋を浮かべた闘牙はそう叫ぶ。そんな闘牙の姿にフェイト達が笑いを起こしていると


「あら、盛り上がってるわね。」
「そうみたいだな。いらっしゃい、フェイトちゃん、アルフさん。」

騒ぎを聞きつけた士郎と桃子が姿を現し二人に近づいていく。二人ともビデオレターでフェイトとアルフのことは既に知っていたからだ。フェイトは緊張しながら、アルフは落ち着きを取り戻し恥ずかしそうにしながら自己紹介をしていく。そんな中

「お邪魔します……あら、ちょうど良かったみたいね。」

翠屋の入り口からそんなリンディの声が聞こえてくる。リンディもなのはの両親にあいさつをしておこうと思い、翠屋に訪れたのだった。大人たちはそのまま自己紹介をし、談笑を始める。そしてフェイトはリンディが何かの箱を抱えていることに気づく。

「リンディ提……リンディさん、それは……?」

「ああ……これね。」

フェイトが興味深そうにしていることに気づいたリンディは楽しそうな顔をしながらフェイトの目の前でその箱を開ける。そこにはまっさらな聖祥大付属小学校の制服が納められていた。

「これって……」

その制服にフェイトは驚きを隠せない。フェイトはビデオメールの中でその制服がなのはたちが通っている学校の物だと言うことを知っている。そしてその新品がここにある。それはつまり

「考えてるとおりよ。フェイトさんは明日からなのはさん達と同じ小学校に通うことになるわ。」

優しい笑顔を見せながらリンディはそうフェイトに伝える。その言葉にフェイトは顔を赤くしなが喜びを表す。自分がしたかった、夢見ていたことが次々に叶っていく。フェイトはそんな状況に戸惑いを隠せないようだ。

「本当、フェイトちゃん明日から学校に来るの!?」
「転校生になるのね。」
「同じクラスになれるかな?」

なのはたちもそのことに喜びフェイトの周りに集まりながら騒ぎ始める。フェイトはそんな三人にもみくちゃにされながらも嬉しそうに笑い続けている。そして闘牙はそれを少し離れた所から眺めながら考える。


あれから半年。

フェイトには元々どこか達観した、悟りきったような様子が見られていた。そのことを闘牙は少し心配していた。

特殊な生まれ、経験をしていること。それはやはり少なからずフェイトの人生に影響してくる。

それでもフェイトはまだ九歳の女の子。できるなら普通の子供の様に過ごしてほしいと、そう闘牙は考えていた。そしてどうやらその心配は杞憂だったようだ。魔法と言う力は持っているがフェイトならそれを間違ったことには使わないだろう。

なのはという同じ力を持った友達、そしてそれを受け入れてくれる友達がいるから。そんなことを考えていると

「闘牙君、何だか娘を見守ってる父親みたいな顔してるわよ。」

桃子が楽しそうに笑いながらそう闘牙をからかってくる。その言葉に闘牙は驚き、顔を赤くしながら慌てて厨房に戻って行くのだった………。




「お待たせ。」

そう言いながら闘牙は注文された品をフェイト達がいるテーブルに並べていく。その姿は半年前とは比べ物にならない程慣れた手つきだった。

「ありがとう、トーガ。」
「もう食べていいかい?フェイト?」

フェイトがお礼を言う中、アルフはもう待ちきれないと言った様子でフェイトに尋ねてくる。そしてフェイトに了承をもらえたアルフは飛びつくように目の前の料理を平らげていく。そんな姿になのはたちは苦笑いをするしかない。

「トーガはここでずっと働いてたの?」

フェイト達も料理を食べながらそう闘牙に尋ねてくる。フェイトは闘牙の事情については全てを知っているわけではなかったからだ。

「いや……ちょうど半年ぐらいになるな。」

少し考えながら闘牙はそう答える。口にして見れば簡単だがこの半年は自分でもよく頑張った方だと闘牙は考える。最初はメニューすら覚えきれなかったからだ。

「最初の頃はほんとにひどかったんだから!」

飲み物を飲みながらアリサはそうどこか勝ち誇ったように告げる。

「なんでお前が答えるんだ?お前には関係ねえだろ。」

不機嫌そうに闘牙はそう悪態をつく。確かにその通りなのだが何が悲しくて小学三年生にそこまで言われなければならないのか。しかしアリサはそんな闘牙の言葉を聞きながら

「そんなこと言っていいの、闘牙?あたしはあんたの弱点を知ってるんだから!」

そう自信をもって闘牙に対面する。その言葉に闘牙は背中に冷や汗が流れる。それは野生の本能だった。

「弱点……?」

アリサの言葉にフェイトは首をかしげる。闘牙に弱点なんかあるんだろうか。フェイトはこれまで闘牙の闘いを何度か見てきたが弱点らしいものは見つけることは出来ていなかった。


「そうよ、闘牙はおす」

アリサが高らかにある言葉を宣言しようとした瞬間、アリサは闘牙によって口を押さえられたまま店の隅に連れ去られてしまう。一瞬の出来事にフェイトはその場に固まってしまうのだった……。


「何すんのよ、闘牙!」

いきなり口を塞がれたことに怒りをあらわにするアリサ。だがそんなアリサを見ながらも闘牙は真剣な表情でそれに向かい合う。そして

「アリサ……おすわりのことはあの二人には言うんじゃねえ……」

そう告げる。その姿はどこか必死さが伝わってくるものだった。フェイトはともかく、アルフにそのことが伝わればどれだけからかわれるか分かったものではない。ただでさえアリサに散々からかわれているのにこれ以上それが増えるのは絶対に御免だった。しかしアリサはそんな闘牙の様子を見ながらもどこか試すような視線を向けてくる。全てを理解した闘牙は

「…………今日は全部、俺のおごりだ……。」

そうどこか悔しそうに呟くのだった………



「あ、トーガ、アリサ。どこに行ってたの?」

「いや、何でもねえ……」

どこか意気消沈した闘牙と満足げなアリサの様子を不思議に思いながらもフェイトはさらに言葉を続ける。

「トーガはこの近くに住んでるの?」

「ああ、少し離れたアパートに住んでるがそれがどうかしたのか?」

闘牙はフェイトが何を言いたいのか分からずそうどこか気の抜けた返事をする。しかし


「じゃあ……今度遊びにいってもいい……?」

フェイトはどこか戸惑い、恥ずかしそうにしながらそう闘牙に尋ねてくる。

「ああ……別にかまわねえけど来ても面白いもんはねえぞ?」

フェイトのお願いを了承しながらもどこか戸惑うように闘牙は答える。自分の部屋に来ても残念ながら女の子が喜ぶようなものは一つもない。どうしたものかと考えていると

「じゃあ、あたしも行くよ!闘牙、いいだろう!?」

口に食べかすを残したままのアルフがいつの間に聞いていたのかそう言いながら話に割り込んでくる。

「フェイトはいいがお前は部屋を汚しそうだから来んじゃねえ。」
「何でそんなこと言うのさ!?」

アルフは闘牙の言葉に驚きながらも慌てて詰め寄って行く。そんな漫才の様な光景にフェイト達は笑いに包まれる。

これがフェイト達の新たな日常の形だった。


だがそんな中、なのはは一人、ただ静かにユーノ姿を見つめているのだった………




夜の公園。そこはなのはたちにとってはなじみのある場所。闘牙に特訓をしてもらった場所だった。そこに闘牙、ユーノ、なのはの三人の姿がある。

これからユーノは転送によって時空管理局へ行き、それから魔法の特訓に行こうとしている。その見送りに闘牙となのはがやってきたのだった。


「じゃあ、行ってくるよ、闘牙。」

ユーノは荷物をまとめたリュックを背負いながら闘牙にそう告げる。そこには男同士にしか分からないものがあった。

「ああ………気をつけてな。」

そんなユーノを見ながら闘牙は答える。

『こっちは任せろ』

本当ならそうユーノに伝えたい。だがその言葉を今の自分は使うことができない。自分の不甲斐無さを痛感しながらもそれを見せまいとしながら闘牙はユーノを見送る。互いに強くなる。その誓いを守るために。

「ユーノ君………」

寂しそうな表情を見せながらなのははそう呟く。ユーノとはあれから何度か話す機会があったがやはりユーノ決意は変わらなかった。その姿になのははまるでいつもと立場が逆になっていることに気づく。いつもは自分が無茶をしてそれをユーノが止めてくれていた。

でも今は違う。

ユーノは誰でもない、自分自身の意志で旅立とうとしている。何だか自分が置いていかれてしまうのではないか。そんな不安がなのはの中にはあった。だが

「なのは、大丈夫だよ。二週間ぐらいで帰ってくる予定だから。あっという間だよ。」

ユーノはそんななのはの様子を見ながら笑ってそう伝える。ユーノにとってなのははいつも明るい、笑ってくれる存在。だから悲しい顔は見たくなかった。

「二週間………約束だよ、ユーノ君?」

「うん……約束する。」

二人はそのままどちらからともなく指切りをかわす。その瞬間、なのはの顔に笑顔が戻る。それを確かめた後

「行ってきます!」

ユーノは力強く声を上げながら、翠の魔法陣の中に姿を消していった……。



なのははそれを黙って見つめ続けている。その顔にはやはり寂しさが残っていた。そんななのはを見ながら


「………なのは、久しぶりに背中に乗って帰るか?」

そうどこかからかうような口調でなのはに話しかける。


「もう、闘牙君っ!!」

なのははそんな闘牙の言葉に顔を赤くし、頬を膨らませながら闘牙に向かって迫ってくる。だが闘牙はそんななのはをからかうように逃げ続ける。



夜の公園の中、闘牙となのはの鬼ごっこはしばらく続いたのだった…………




[28454] 第22話 「心」
Name: 闘牙王◆53d8d844 ID:e8e89e5e
Date: 2011/09/11 23:15
「はやてちゃん、お風呂が沸きましたよ。」

エプロン姿のシャマルが洗い物を終わらせた後に、そうはやてに話しかける。今はやてたちは夕食も済ませ、皆、リビングでくつろいでいるところだった。

「はーい。ほんなら一緒に入ろうか、ヴィータ?」
「うん!」

一緒にソファに座っていたはやての言葉に頷きながら立ち上がり、ヴィータはそのまま先にお風呂場に向かっていく。その姿は年相応、まるではやての妹であるかのようだった。そんなヴィータの姿を見て微笑みながらシャマルがリビングまでやってきてそのままはやてを抱きかかえる。

「シグナムはどうする?一緒に入る?」

ソファに座りながら新聞を読んでいるシグナムに向かってはやてがそう尋ねる。しかし

「いえ……今日はやめておきます。また明日入りますので。」

シグナムは新聞を置きながらそう申し訳なさそうに答える。そんないつもとどこか違うシグナムを見ながらはやてはシグナムの首に巻かれた包帯のことを思い出す。

「そうやな、首の傷がまだ治ってないもんな。まだ痛むん?シグナム?」

はやては心配そうな顔をしながらシグナムに話しかける。シグナムはそんなはやての気遣いに感謝しながらも微笑みながらそれに答える。

「痛みはもうほとんどありません。心配を掛けてすいません。」

「そうか……でもあんまり無茶したらあかんよ。剣道の稽古もほどほどにな?」

「……はい、気をつけます。」

シグナムの答えに満足したのか笑みを浮かべながらはやてはそのままシャマルに連れられてお風呂場へ向かう。お風呂場からはもう待ちきれなくなっているヴィータの声が家に響き渡る。そんなはやてたちをシグナムと狼の姿になっているザフィーラが見守っている。

これが闇の書の主、八神はやてと守護騎士ヴォルケンリッターの日常だった。



「シグナム……本当に傷の方は大丈夫なのか?」

はやてたちがお風呂の入ったのを見計らってザフィーラはそう真剣な様子でシグナムに問いかける。その空気を感じ取ったシグナムはヴォルケンリッターの将としての顔を見せながらそれに答える。

「ああ……痛みはまだ残っているが治るのにはそう時間はかからないだろう……。」

シグナムは包帯が巻かれた自らの首に手を当てながらそう静かに答える。同時にシグナムの脳裏にあの時の闘いが蘇る。突如獣の様に暴走しながら自分たちに襲いかかってきた闘牙。その力によってシグナムは首に大きな傷を負ってしまった。腕や足なら服で何とか隠すこともできたかもしれないが首ではどうしようもない。

苦肉の策としてシグナムは自らが通っている剣道場の稽古によって首を怪我してしまったということにして何とかそれを誤魔化すことにしたのだった。だが結果としては主を心配させる形になってしまいシグナムははやてに申し訳なさを感じてしまっていた。

「そうか……だがお前にそこまでの傷を……そしてあの強さ……」

ザフィーラもそう言いながら自らの防御を破り、自分たちを後一歩まで追いつめた闘牙の姿を思い浮かべる。その存在感、そして強さはまさしく規格外と言わざるを得なかった。

乱戦だったとはいえ実質上相手は自分たちヴォルケンリッター全員を一人で追い詰めた。しかも相手はどうやら魔導師でも使い魔でもない全く未知の存在だった。そんなザフィーラの胸中を悟ったかのようにシグナムは言葉をつなぐ。

「……以前にも話した通り、もし闘牙と出会った時には離脱を第一に考えてくれ。」

それがヴォルケンリッター達の決断だった。一対一ならベルカの騎士に負けはない。それがシグナム達の信念であり、誇りだ。だがそれ曲げざるを得ない程の強さを闘牙は持っていた。

真剣勝負、殺す気での三対一でなら対抗できたかもしれないが相手は魔導師ではない。例え勝てたとしてもこちらが得るものはない。何よりもリスクが高すぎる。今回は首の怪我だけで済んだが次もそれで済むかどうかなど分からない。これ以上、自らの主を心配させるわけにはいかなかった。

「……分かった。だがシグナム、我々はもはや止まることはできんのだぞ。」

ザフィーラは自らの将が出した命令を承諾しながらもそう決意ある表情で告げる。それはヴォルケンリッター達全ての決意を表した言葉だった。




『八神はやて』


それが新たな闇の書の主。そしてヴォルケンリッターの主の名前だった。

はやては九歳の少女。ただ普通の少女と違うところがある。それは足が悪く、車いすで過ごしていること。そして身寄りがなく一人暮らしをしていることだった。だがその生活は彼女の九歳の誕生日に一変することになる。はやてが物心ついた頃から持っていた本。ロストロギア、闇の書によって。

その起動により『剣の騎士シグナム』、『鉄槌の騎士ヴィータ』、『盾の守護獣ザフィーラ』、『泉の騎士シャマル』

四人の守護騎士たちがはやての前に現れた。

闇の書の完成を目指し、闇の書とその主を守るプログラム。それがヴォルケンリッターであり彼らも自分たちがそのための存在であると認識していた。だがその考えははやてによってすぐに打ち砕かれることになる。

『家族になってほしい』

それが八神はやてのヴォルケンリッター達への命令、いや願いだった。そんなこれまでの主とは全く違うはやてにヴォルケンリッター達は戸惑いを隠せなかった。

闇の書が完成すればその主は大いなる力を得ることができる。これまでの主たちもそれを手に入れるために自分たちを使役し闇の書の完成を目指していた。中にはまるで物の様に自分たちを扱う主もいたがそれを疑問に思うこともなかった。自分たちはプログラム。そう言った意味ではその扱いも至極当然と言えなくもなかったからだ。

だが新たな主、八神はやてはそんなこれまでの主とは何もかもが違っていた。自分たちに衣食住を与え、自分たちを人並みに、まるで本当の家族の様に扱ってくれる。初めはそんな生活になじめず、戸惑う日々が続いたがまるでそれ自体が楽しいと言わんばかりにはやてはヴォルケンリッター達の心を開かせていく。

一度、シグナムは聞いたことがある。闇の書の力が欲しくないのかと。その力があれば足を治すこともできると。だがはやてはそれを笑いながら否定した。誰かに迷惑を掛けるようなことはしてはいけないと。そして何よりも自分は今、幸せなのだと。その言葉に騎士たちは誓った。魔力の蒐集は行わない。そして何があろうとも目の前の少女、主であるはやてを守って見せると。

だがそれはある日突然終わりを告げる。はやての足の麻痺の悪化。それに伴う命の危機。そしてそれが闇の書、自分たちの影響のせいだということが分かったからだ。

騎士たちは絶望した。自分たちのせいで自らの主は命の危機に瀕している。にもかかわらずそれに気づくことなく自分たちはのうのうと暮らしていた。はやての命を奪いながら。

そして騎士たちは決意する。魔力の蒐集。闇の書を完成させることによってはやてを救うことを。

それは騎士の誇りを、あの日の誓いを破ることになる。だがそれでも、例えどれだけ怨まれようとも、どんな罰を受けようとも、必ずはやてを救って見せる。だから



「私たちは負けるわけにはいかない。」

自らの魂、レヴァンティンを握りしめながらシグナムは夜の星空を見上げる。その先に自分たちが望む未来があるのだと、そう信じているかのように………





時空管理局本局の廊下に三人の人影がある。それはクロノ、エイミィ、ユーノの三人。これからユーノの訓練を見てくれるクロノの師匠、リーゼ姉妹に会いに行くところだった。

「クロノの師匠ってどんな人たちなの?」

ユーノはそうクロノに向かって尋ねる。訓練については闘牙とクロノの提案であり、それも急遽決まったためユーノはまだリーゼ姉妹については詳しく聞かされていなかったのだった。

「実際、会ってみるのが一番早いさ………。」

そんなユーノの問いにどこか憂鬱そうな顔を見せながらクロノはそう答える。そんな様子のクロノをエイミィはどこか面白そうに見つめている。ユーノがそんな二人の姿に首をかしげているうちに三人はリーゼ姉妹がいる部屋に辿り着いた。クロノは一度大きな深呼吸をしてから


「……リーゼ、久しぶりだ。クロノだ。」

そう言いながら部屋に入って行く。中には二人の女性の姿がある。だがその頭の上には猫の耳、そしてしっぽがある。それがクロノの師匠、双子の姉妹の使い魔、リーゼロッテとリーゼアリアだった。

「わお!」

双子のうちの妹、リーゼロッテが入ってきたのがクロノであることに気づき、そんな歓声を上げる。そして同時に飛び上がりながらそのままクロノに抱きついてきてしまう。

「クロ助、お久しぶりぶり~!」

クロノを自分の胸に押しつけ、頭を撫でながら嬉しそうにロッテはクロノとの再会を喜ぶ。だが

「ロッテ!離せ、こらっ!」

顔を真っ赤にしながらクロノはそんなロッテに抵抗し何とかそれから脱出しようと試みる。だがそんなクロノの抵抗も空しく、ロッテはさらに強い力でクロノをはがいじめにしてしまう。

「何だと、久しぶりに会った師匠に向かって冷たいじゃんかよ~!」

そういながらロッテはさらにクロノをからかい続ける。ユーノはいきなりの事態にどうしたらいいのか分からずその場に立ち尽くすしかない。いつもの冷静なクロノからは考えられない程の狼狽ぶりだった。

「アリア、エイミィ、な…何とかしてくれ……!」

息も絶え絶えにクロノはそう二人に助けを求める。だが


「久しぶりに会ったんだしいいじゃないか。好きにさしてやりな。」
「クロノ君も満更じゃなさそうだしね。」

エイミィとアリアは微笑みながらそう告げる。二人にとってはこの光景は当たり前の物の様だ。もはや自分を助けてくれる存在は一人しかいない。そう考えながらクロノは最後の力を振り絞りながら

「そ……そんな……ユ……ユーノ、助けてくれー!!」

そんな断末魔を叫びながらロッテに押し倒されてしまったのだった………。




「久しぶり、リーゼアリア。」

「ああ、お久しぶり。エイミィ。」

手を合わせながら二人は久しぶりの再会を喜び合う。そんなやりとりからユーノは二人が旧知の間柄であることを悟る。どうやら思ったよりも砕けた人達の様だ。

それに少し安堵しながらもユーノはここから見えない位置に連れ込まれてしまったであろうクロノの方向に目を向ける。そこからはクロノの悲鳴が絶え間なく聞こえてくる。しかし目の前の二人はそんな声を聞きながらも談笑している。自分はどうしたらいいのか、そんなことを考えていると

「ふう、御馳走様!」

そんなどこか満足そうな声を上げながらロッテがこちらに戻ってくる。どうやら感動的な師匠と弟子の再会は終わったようだ。それに続くようにボロボロになり、顔に無数のキスマークを付けたクロノがふらつきながらも何とか立ち上がり、こちらにやってくる。ユーノはクロノがこの部屋に入る前に妙に緊張していた理由をようやく悟ったのだった。そんな中

「うん、こちらはどちら様?」

ユーノの存在に気づいたロッテが興味深そうに顔を近づけてくる。先程のクロノとのやりとりを見ていたユーノはそんなロッテに思わず後ずさりしてしまう。その姿にエイミィとアリアは苦笑いするしかない。

「連絡しただろう……その子がロッテたちに見てもらいたいと言ってたユーノ・スクライアだ。」

顔のキスマークを何とか拭いながらクロノが説明する。その言葉にロッテは思い出したような表情を見せる。どうやら本当に忘れてしまっていたようだ。

「紹介するね、クロノ君のお師匠さんで魔法教育担当のリーゼアリアと近接戦闘教育のリーゼロッテ。猫の双子の使い魔だよ。」

「宜しく。」
「ヨロシク~!」

エイミィの紹介に会わせるようにロッテとアリアがユーノに向かってあいさつする。どうやら双子と言っても性格は大きく異なるようだ。

「ユーノ・スクライアです……よ……宜しくお願いします!」

そんな二人に緊張しながらもユーノはそう力強くそれに答える。それはこれからの訓練への意気込みと闘牙との誓いを守ると言う決意に満ちていた。そんなユーノの言葉にクロノとエイミィは微笑みながら、リーゼ姉妹は驚いたような表情を見せる。

そしてロッテはそのままユーノに向かって近づきながらその顔を見つめる。ユーノはそれに驚きながらもその視線を真っ直ぐにロッテに向け続ける。しばらくの見つめ合いの後

「……ふ~ん、見た目と違って男の子なんだね~。いいでしょう、このロッテがちゃんと面倒見ちゃうよ!」

「あ…ありがとうございま……うぷっ!?」

そんなユーノが気に入ったのかクロノと同じようにユーノをはがいじめにしながらロッテはそう告げる。どうやらロッテの眼鏡には適ったらしい。

「私たちも仕事があるからずっと付きっきりってわけにはいかないけど、できる限りの協力はするよ。」

「ああ、すまない。」

アリアの言葉にクロノも胸をなでおろす。口には出さないがクロノはユーノの心配をしていた。魔法の才能がない。その点において自分とユーノは近い物がある。それ故にクロノはユーノの焦りと苦悩が手に取るように分かる。大切な女の子のために強くなりたい。それはかつての自分と同じものだったからだ。


「そういえば、もうお父様とは会ったの?」

「ああ、提督とは先に挨拶をしてきた。協力をしてくれると言ってくれたよ。」

お父様とはリーゼ姉妹の主である時空管理局提督、ギル・グレアム。「時空管理局歴戦の勇士」という通り名で呼ばれている程の人物だった。それからクロノ達は闇の書事件についての情報交換を始める。だがユーノはその間もロッテの猛攻にさらされ続けてしまっていた。


(闘牙……僕、本当に強くなれるのかな………)


もしかしたら自分は修行以前に駄目になってしまうかもしれない。ユーノはこれからの訓練のことを思いながら意識を失ってしまうのだった………





あるアパートの一室のベッドで横になっている少年の姿がある。それは人間の姿の闘牙だった。だがもうすでに時間は昼を過ぎている。にもかかわらず闘牙は横になったまま動く気配がない。

今日、闘牙は翠屋での連勤が終わり、久しぶりの休日だった。フェイトの裁判のためにアースラへ行ってから戦闘、ミーティングとほとんど休みが取れていなかったため闘牙は今日一日部屋でゆっくりしようと考えていた。だが



『ピンポーン』

そんな闘牙の心境を嘲笑うかのようにドアのインターホンが鳴り響く。しかしそれを聞きながらも闘牙は動こうとはしない。どうせセールスか何かだろう。ならこのまま居留守を使ってしまえばいい。そう考え闘牙はそのまま横になる。しかし


『ピンポーン、ピンポーン』

どうやら相手はかなり手強い業者らしい。さらにインターホンのチャイムは激しさを増している。もしかしたら何かの届け物なのかもしれない。だがそれでも闘牙は動こうとしない。もはや闘牙は意地になっていた。一体何と闘っているのか分からなくなりながらも闘牙はそれを無視し続ける。そして


チャイムはさらに激しさを増しもはやボタンの連打をしているのは間違いないほどの速度で鳴り続ける。そのあまりの激しさにとうとう闘牙はその場から飛び起きる。このままでは近所迷惑になってしまう。闘牙はイライラを何とか抑えながら


「はい、どなたですか?」

そう言いながらドアを開ける。そこには


「やっほー、闘牙!!」

満面の笑顔のアルフの姿があった。



「……………」

闘牙はそのまましばらくアルフの顔を見つめた後、




再び、ドアを閉め部屋の中に戻って行ってしまう。



「ちょ…ちょっと、何するんだい!せっかく遊びに来たってのに!フェイトもいるんだよ!?」
「ア……アルフ………」

アルフは涙目になりながらそう訴え続ける。そんなアルフを見ながら恥ずかしそうにフェイトは周りを見渡す。その騒々しさから他のアパートの住人や通行人からの視線が二人に突き刺さる。あまりにいたたまれなさにフェイトの顔は真っ赤になってしまっていた。そんな二人を見かねたのか

「……分かった、分かったからさっさと入れ!近所迷惑だ!」

闘牙は半ばやけくそ気味に二人を部屋に招き入れたのだった………



「へえ、ここが闘牙の部屋なんだね。」

アルフはそう言いながら興味深そうに部屋を見渡している。フェイトもそれに続くようにきょろきょろと部屋を見つめている。

「結構、綺麗にしてるんだね。もっと汚いかと思ってたよ。」

「………お前、今すぐ出ていきたいのか?」

アルフの傍若無人ぶりに青筋を浮かべながら闘牙はそう呟く。だがアルフはそんな闘牙の言葉などどこ吹く風と言った風に部屋を漁り始める。その姿は自分の住処を作ろうとする犬のようだった。

「ご……ごめん、トーガ……アルフがトーガをびっくりさせようっていうから……」

そんな闘牙の様子に気づいたフェイトが慌ててそう謝罪する。どうやら内緒で自分の部屋を訪れて驚かせたかったらしい。アパートの場所は恐らくなのはから聞いたのだろう。なのはもユーノと一緒に何回か遊びに来たことがあったからだ。ある意味その目論見は成功したと言えるがもう少し人目を気にしてほしい。

「まあいいさ……ちょっと待ってろ。何か飲み物取ってくる。」

「う……うん、ありがとうトーガ!」

そう言いながら闘牙は立ち上がり台所へ移動する。あの二人ならジュースの方がいいだろう。闘牙は慣れた手つきで飲み物とお菓子を準備する。こういうところでは翠屋での仕事の経験が生かせるため助かる。そして闘牙が二人分の飲み物とお菓子を運びながら戻ってくるとそこには


何かの箱をもったアルフの姿があった。


それを見た瞬間、闘牙は凍りつく。それは男ならだれでも持っている物。そして絶対に見られてはいけない物が入っている箱だった。



「見てよ、フェイト何だか大事そうな箱が隠してあったよ!」

「だ……駄目だよ、アルフ。勝手にもってきちゃ……」

まるで宝箱を見つけたかのようにはしゃぐアルフをフェイトが焦りながらたしなめている。しかしアルフはそんなフェイトの制止を振り切ってその箱を開けようとする。

「や……やめろっ!!そいつを開けるんじゃねえっ!!」

闘牙は持っていたお盆をすぐさま机に置いた後、必死の形相でアルフに飛びかかる。だがアルフは持ち前の瞬発力でそれをかわし闘牙から距離を取る。同時に闘牙の様子から自分が持っている箱が何か見られたくない物が入っている物であることに気づく。

アルフはそのまま箱を持ったまま部屋の中を逃げ回り、闘牙は必死にそれを追いかけまわす。フェイトはそんな二人を見ながらおたおたすることしかできない。そしてついに闘牙がアルフを部屋の隅に追い詰める。

「さ……さあ……そいつをさっさと返せ……」

息も絶え絶えに闘牙はそう警告する。しかしアルフはそんな闘牙を見ながらも余裕の表情を崩さない。そんなアルフを不思議に思いながらも闘牙は力づくで箱を奪おうと飛びかかろうとする。アルフはともかくフェイトには絶対に見られるわけにはいかない。それは男の意地だった。そしてその手が箱に届くかに見えた時



「おすわり!」

アルフの口からそんな言葉が発せられる。

その瞬間、闘牙は条件反射によって体が反応しその場に転んでしまう。

その光景にアルフとフェイトは唖然としてしまう。アリサから聞いていたとはいえ本当におすわりに闘牙が反応するとは思っていなかったからだ。


「あははははっ!!ほんとに闘牙は犬の半妖なんだねっ!!」
「ト……トーガ、大丈夫!?」

腹を抱えながら大笑いするアルフ、フェイトは転んでしまったトーガを心配しながら近づいていく。しかし闘牙はそんなフェイトに気づかないかのようにゆっくりと立ち上がる。


「……………え?」

その気配にアルフは体が震えるのを感じる。闘牙の表情は前髪によってうかがうことができない。だがその姿は犬夜叉の姿へと変わっていた。その圧倒的気配にアルフは今更ながらに気づく。自分がやりすぎてしまったことに。


「…………どうやらちょっと躾が必要みてえだな……」

闘牙は自らの拳を鳴らしながらアルフに迫って行く。アルフはそんな闘牙を見ながらも動くことができない。そしてフェイトはいつの間にか安全圏へと避難していた。


「ご……ごめん、闘牙……あ……謝るから!だから……」


アルフそう涙目になりながら謝るも闘牙の躾によって部屋にはアルフの悲鳴が響き渡るのだった………




闘牙の躾によって落ち着きを取り戻し、おとなしくなったアルフとフェイトを加えながら三人はそのまま闘牙の部屋でお茶をすることになった。といっても特別な物が闘牙の部屋にあるわけではないので世間話といった意味合いが強い物になっていく。

フェイトは主に学校関係の話。新しくできた友達。初めての学校。なのはたちとの交流。フェイトは楽しそうにそれらを闘牙に話してくる。フェイトにとって引っ越してからの生活は新しい、経験したことのないことで埋め尽くされているらしい。元々多弁ではないフェイトだが話題が尽きないのか放っておくといつまでもしゃべっていそうな勢いだった。

アルフもそんなフェイトを満足そうに見つめながらも自分の現状を話していく。おもにリンディやクロノたちの手伝いをしていること。お小遣いをもらって美味しい物を街へ探しに行くのが楽しみであること。想像通りの自由奔放な生活をしているらしい。

そして次第に話の内容は闘牙の話題へと変わって行く。フェイトとアルフは闘牙の事情をなのはやクロノから聞いてある程度は知っているがやはりまた聞きであるためよく知らないことも多かったからだ。そんな無邪気な二人の質問に答えながら闘牙は考える。

闘牙は自分の過去の話をすることが苦手だ。

それはどうしても暗い話になりがちになってしまうからだ。そのため何とか当りさわりのない、答えられない物については言葉を濁しながら対応していく。

なのはとユーノ。二人は闘牙が昔のことを話したがらないこと、『かごめ』の存在を何となくであるが察しているためその話題を上げることはなかった。

だがそれを知らないフェイトとアルフはどんどん突っ込んだ質問をしてくる。それをかわすことはかなりの重労働だった。



「ふーん、じゃあその犬夜叉の姿は闘牙のゼンセってやつの姿なんだ。」

アルフはそう分かっているのかいないのかといった風に呟く。どうやら魔法の世界には魂や転生と言った概念はあまり一般的ではないらしい。そんなことを考えていると

「…………」

フェイトが何か言いたそうな顔で自分を見つていることに闘牙は気づく。

「どうしたんだ、フェイト?」

闘牙はそんなフェイトを不思議に思いながらそう問いかける。そして闘牙はフェイトの視線が自分の犬の耳に向けられていることに気づく。激しい既視感が闘牙を襲う。そして


「……トーガ、その耳……触らせてもらっていい……?」

予想通りのお願いがフェイトの口から発せられる。それは犬夜叉の姿を見た人から必ず言われると言っても過言ではない言葉だった。

だがフェイトは既に何度もこの姿を見ているはず。それなのになぜいまさらそんなことを言うのか。そんな闘牙の疑問を感じたのかフェイトは慌てながら弁明する。


「だって……なのはたちはみんな触ったことがあるって言うから……」

顔を赤くしながらフェイトはそう白状する。どうやらなのはたちがしたことを自分もしてみたいということらしい。そういえばこの間の模擬戦もそうだった。小さい頃は何でもみんな一緒のことをやりたがるもの。闘牙はそう理解し

「分かった……この際だ、ついでにほかにやりたいことがあったら言ってみろ。」

フェイトに提案する。せっかくの機会だ。この際やってしまった方がいいだろう。フェイトはそんな闘牙の言葉に目を輝かせながら

「じゃ……じゃあ、トーガの背中に乗ってみたい!」

そう力強く闘牙にお願いしてくる。

「そ……そうか……分かった……」

その勢いに若干押されながらも闘牙はフェイトのお願いを聞くことになったのだった……。




今、闘牙とフェイトはある場所に向かって歩いている。正確にはフェイトをおぶった闘牙がだ。自分から言い出したにもかかわらずフェイトは恥ずかしさのあまり顔を真っ赤にしてしまっていた。

アルフはこの場にはいない。闘牙がフェイトと共にフェイトの行きたいところに行くという話になった時、お使いを頼まれていたといいだし、そのままさっさと去って行ってしまった。本当に嵐の様な奴だと呆れてしまうほどだった。その際、アルフはフェイトに何か目配せをしていた。恐らく念話をしていたのだろう。闘牙は魔力を持たないため念話を行うことができない。自分以外の関係者は皆それができるためそれが少しうらやましいと思うことがある闘牙だった。そんなことを考えているうちに二人は目的地に辿り着く。



そこは闘牙とフェイトが初めて話した公園だった。



「ほんとにここで良かったのか?街に行ってもよかったんだぞ?」

「う……ううん、いいの。ここに来たかったんだ……。」

慌てながら闘牙の背中から降りつつフェイトはそう告げる。一緒にもう一度この公園に来たい。それがフェイトのお願いだった。

闘牙は公園を見ながらその時のことを思い出す。あの時の自分は鉄砕牙を使えなくなったこと、闘う理由に迷いそのせいでフェイトに奴当たりをしてしまった。そのことを思い出してしまい、闘牙はどうもいたたまれない気持ちになってしまう。

だがそれとは対照的に隣にいるフェイトは嬉しそうにしている。なら自分がそれを壊すわけにはいかない。



「フェイト、ちょっとそこのベンチで待ってろ。」
「え?」

フェイトの疑問の声を聞きながらも闘牙そう言い残したままはさっさと姿を消してしまう。後には事情が分からないフェイトが一人残されただけだった。フェイトは仕方なく言われた通りベンチに座り闘牙を待つことにする。

誰もいない公園。その静かな時間の中、フェイトはかつて闘牙と過ごしたその時のことを思い出す。

初めて闘牙と話をした場所がこの公園だった。あの時の自分は母さんのことで頭がいっぱいで他のことが頭に入らない程だった。でも闘牙のことはなぜか気になって仕方がなかった。それがなぜなのかは今も分からない。それでもあの時、闘牙と過ごした時間は自分にとって本当に楽しい、かけがえのない時間だった。それを確認したくて無理を言ってここに連れてきてもらった。

そしてあの時とは違って今、自分はいつでも闘牙と会うことができる。それが嬉しい。自分の中にあるこの気持ちがいったい何なのか、そう考えていると


「待たせちまって悪いな、ほら。」

いつの間にか帰ってきた闘牙がそう言いながら何かを自分に向かって差し出してくる。それはあの時、闘牙が買ってきてくれたジュースだった。

そしてあの時とは違うところがある。それは闘牙も自分のジュースを持っていること。


「………ありがとう。」

闘牙の意図に気づいたフェイトは闘牙に向かって微笑む。それはあの時の笑顔と同じものだった。闘牙とフェイトはそのまま並んでベンチに座り、ジュースを口に運んでいく。その姿はまるで兄妹のようだった。



ジュースを飲み終わった二人はその後他愛ないことを話していく。それはまるであの日の再現のようだった。そして話が途切れ沈黙が二人の間に流れる。そんな中


「………何か俺に聞きたいことがあるんじゃねのか?」

闘牙が静かにそうフェイトに尋ねてくる。その言葉にフェイトは微かに反応する。闘牙はフェイトが何か自分に聞こうとしながらも言いだせないような仕草をしていることに気づいたからだ。フェイトは少しの間の後



「トーガは………『犬夜叉』のことを……どう思ってるの……?」

そう呟くように闘牙に尋ねる。闘牙はその質問が予想外だったのか驚いたような顔をする。フェイトがいったい何を言おうとしているのか闘牙にはすぐには分からなかった。だが


「闘牙にとっての『犬夜叉』は……私にとっての『アリシア』みたいなものなんだよね?だから……聞いてみたいと思って………」

聞いていいものかどうか迷いながらも勇気を振り絞って自分に向かって話しかけてくるその言葉によって闘牙はフェイトが何を聞きたいのか理解する。


闘牙はその問いに応えるために静かに目を閉じる。純粋な目の前の少女のために。闘牙はゆっくりと偽りない己の本心を語り始める。



「……………最初は怖かった……」

「怖かった……?」

闘牙の言葉にフェイトが疑問の声を上げる。闘牙が何かを怖がることがあるんだろうか。フェイトにとって闘牙は絶対の存在。フェイトはそんな闘牙の言葉に驚きを隠せない。


「ああ………自分が知らない自分がいるみたいで……明日には自分は消えちまうんじゃねえかって……怖くて眠れなかった………」

どこか遠くを見つめるような眼で闘牙はそう独白する。フェイトはそんな闘牙の言葉に聞き入ってしまう。

闘牙の言葉。それは自分が経験したものと全く同じだったからだ。

二人の間に長い沈黙が流れる。だがそれは気まずい物ではなかった。互いに互いを気遣っている。そんな暖かさすら感じる物だった。そして


「でも………気づいたんだ。俺は『犬夜叉』じゃない。誰でもない俺自身なんだってことに………」

闘牙の脳裏に一人の少女の姿が浮かぶ。彼女がいたから。彼女が闘牙である自分を認めてくれたから。俺は『犬夜叉』と真っ直ぐに向き合うことができた。憎しみでもなく悲しみでもない。『闘牙』として。

その言葉にフェイトは目を見開きそして気づく。

闘牙が自分を叩いて叱ってくれた理由。

その言葉の意味。


「お前が『アリシア』じゃなくて『フェイト』だってことと一緒だ。」

闘牙はそう言いながらフェイトの頭を撫でる。フェイトはそんな闘牙の手のぬくもりを感じながら理解する。

自分が『アリシア』とどう向き合うべきなのか。

そして

全てを理解したうえで闘牙がこの言葉を言ってくれたことに


「………そろそろ暗くなってきたな、帰るか、フェイト。」
「…………うん!」

立ち上がり、先に歩いていく闘牙の背中をフェイトは追って行こうとする。だがフェイトは不意にその足を止める。


その胸中にある疑問が浮かぶ。


あの日、なぜ闘牙は泣いていたのか。


その理由をフェイトは知らなかった。


何故泣いていたんだろう。


あんなに強い闘牙が何故。


だけどそれは聞いてはいけない。


きっと聞いてはいけないことなのだと、そんな確信がフェイトの口から出かかった言葉を押しとどめる。



「……?どうしたんだフェイト?」

立ち止まったまま付いてこないフェイトに気づいた闘牙が振り返りながら話しかけてくる。


「……ううん、何でもない。」

そんな闘牙に悟られまいとしながらフェイトは走りながらその隣に並んで歩き始める。




闘牙が泣いていた理由。



それをフェイトは遠からず知ることになる―――――



[28454] 第23話 「交錯」
Name: 闘牙王◆53d8d844 ID:e8e89e5e
Date: 2011/08/24 17:05
リビングのソファに一人に少年の姿がある。それは私服姿のクロノだった。クロノは目の前にあるコンソールを使いながら自らの前にいくつものモニターを映し出し、作業をしている。その顔は真剣そのもの。時空管理局執務官としての顔だった。


(やはり闇の書本体については断片的な情報しか残っていないか……)

動かしていた手を止めながらクロノは大きな溜息をつく。クロノは時空管理局のデータベースを使って過去の闇の書に関する情報を調べていた。

しかし守護騎士たちに関するデータはいくつか見つけたものの、闇の書本体についてはほとんど今分かっている以上の情報を得ることはできなかった。歴代の闇の書の主は捕まる前に皆、闇の書の力によって死亡してしまっているのだからある意味それは当然のことだった。


「……………」

クロノは一度目を閉じ、呼吸を整えた後モニターの写っている闇の書に目をやる。その目には様々な感情が入り乱れていた。



『闇の書』

それはクロノにとって深い因縁があるもの。

クロノは十一年前に闇の書によって自らの父親、クライド・ハラオウンを亡くしていた。

それによって自分は心を閉ざし、母であるリンディもまた心に大きな傷を負ってしまった。

クロノにとって闇の書は自らとその家族の運命を狂わせた存在、仇と言っても過言ではない物だった。

そして闇の書は再びこの世に現れ、自分とリンディが指揮するアースラがその事件を担当することになった。それはまるで運命、避けえない宿命だと言えるものだった。


それを知った時、クロノは自分の心にある感情が生まれてくるのを感じた。

それは『憎しみ』

かつて自分が抱き、そして克服できたと思っていた物だった。だがそれが今、再び自分の心に生まれつつある。それは『クロノ・ハラオウン』個人の避けえない感情だった。

だがそれを表に出すわけにはいかない。今の自分は時空管理局執務官。あの時のただ心を閉ざすことしかできなかった自分とは違う。

『憎しみ』

それは現場において冷静な判断力を失わせ、そのミスが部隊を危機に陥らせることがあるもの。だからこそ自分はそれを殺し、あくまでも執務官としてこの事件に向き合い、立ち向かっていかなければならない。

自らの母であるリンディも自分と同じ、いやそれ以上の迷いや戸惑いがあったはずだ。だが母はそれを微塵も感じさせずアースラ艦長の職務を全うしている。ならば自分もそれに負けるわけにはいかない。そんなことを考えていると



「あれ、クロノ君?今日は休みじゃなかったの?」

いつものように明るい雰囲気を纏ったエイミィがそう言いながらクロノに近づいてくる。どうやら休憩中らしい。

「いや……ちょっと調べ物をしていただけだ。」

そう言いながらクロノはモニターを消していきながらエイミィに目を向ける。エイミィはそのモニターを見ながらクロノが闇の書について調べていたことを悟る。

「闇の書のことを調べてたんだ……何か新しいことが分かったの?」

「……今分かっている以上のことは何も分からなかったよ。」

先程までの自分の迷いを感じ取られまいとしながらクロノはいつもの調子でそうエイミィの問いに答える。エイミィはそんなクロノ姿を見ながらもさらに質問を続けていく。

「そうなんだ……守護騎士についてはどうなの?クロノ君でも相手は難しそう?」

エイミィはそう少し心配そうにクロノに尋ねる。なのはやフェイト、闘牙の話から守護騎士たちがかなりの実力を持っていることは明らかだったからだ。

「………正直かなり厳しいな。一対一なら何とかなるかもしれないが……」

クロノは難しい顔をしながらそう呟く。四人の守護騎士。その誰もが魔導師、いや騎士として優れた使い手であるのは間違いない。

特にシグナムとヴィータ。この二人はカートリッジシステムが搭載されたデバイスを有しておりその力は凄まじい物がある。その力はAAAクラスの魔導師であるなのはとフェイトが手も足も出ず、魔導師でいえばSランクオーバーの実力を持つであろう闘牙がてこずるほどのもの。少なく見積もってもAAA+クラスを超える力を持っていることは間違いない。いくらクロノとはいえそんな相手を複数同時に闘うことは不可能だった。

「闘牙君が闘えたら話は違ったのにねー。」

残念そうな顔をしながらエイミィがそう愚痴をこぼす。そんなエイミィの言葉にクロノは内心で同意する。

もし闘牙が闘えたなら状況は大きく違ってくる。自分と闘牙がシグナムとヴィータを抑え、なのは、フェイト、アルフの三人でザフィーラとシャマルを確保する。この布陣ならほぼ負けることはなかっただろう。

「確かにそうだが仕方がない。元々闘牙は民間協力者なんだ。いつも当てにするわけにはいかないさ。」

クロノはそうエイミィの愚痴に釘をさす。これは元々は自分たちの任務であり役目。闘牙はそれを手伝ってくれている協力者。にもかかわらずジュエルシード事件、特に時の庭園での戦いでは結果として闘牙に頼りきりの物となってしまったことにクロノは大きな借りを感じていた。今回はそれを返すという意味でも自分たちが持てる力で対抗するしかない。


「そうだね……でも大丈夫だよ。この子たちも生まれ変わって戻ってきたし!」

そう力強く答えながらエイミィは自らの掌の上にある二つのデバイスをクロノに見せる。それは待機状態になっているレイジングハートとバルディッシュ。エイミィは先程までこれを受け取りに管理局に行ってきたところだった。

「生まれ変わった……そうか、確か」
「そう、二人ともカートリッジシステムを搭載したんだよ!」

クロノの言葉にエイミィはどこか自慢げにそう答える。レイジングハートとバルディッシュは騎士との戦いにより損傷を受け修復のために管理局に預けられていた。そして修復の際に自らベルカ式カートリッジシステムCVK792-Aの搭載を望んだ。それは自分たちの力で主を守れなかった二人の新たな決意から生まれたものだった。

「主人想いのいいデバイス達だ。」
「そうだね。」

二人はそう笑い合いながらレイジングハートとバルディッシュに目を向ける。カートリッジシステムの搭載によってなのはとフェイトは間違いなく今より強くなることができるだろう。

だが問題もある。カートリッジシステムはミッドチルダ式の魔法、そして繊細なインテリジェントデバイスとは相性が悪く、デバイスの破損や術者の負傷が相次いだため、実際に使われることはなかった。いわゆる試作機、諸刃の剣ともいえる物だった。だがそれを理解したうえでなお、二人はシステムの搭載を望んだのだった。

「クロノ君はカートリッジシステムは使わないの?」

「いや……カートリッジシステムは僕とはあまり相性が良くないからな……」

エイミィの言葉にクロノはそう言葉を濁す。確かにカートリッジを使えば瞬間的な魔力量を増やすことができるだろう。だがそれは術者に大きな負担を掛け、また戦闘もそれに頼りきった物になりがちになってしまう。それは自分の戦闘スタイルには合わない。元々クロノは魔力量で相手を圧倒するタイプの魔導師ではない。

「『魔法は魔力値の大きさだけじゃない。状況に合わせた応用力と的確に使用できる判断力』……でしょ?」

エイミィはそうどこか得意気にそう告げる。それはクロノの信条であり口癖だった。それを先に言われてしまったクロノはどこか不機嫌そうな顔を見せるも何も言い返すことができない。

「そういえばユーノ君はどうなの?上手くやってるのかな?」

そんなクロノの様子を楽しそうに見つめながらもエイミィはそうクロノに問いかける。既に一週間近く経っているが全く音沙汰がなかったからだ。

「ああ……どうやら上手く行っているらしい。昨日アリアとロッテから連絡があったよ。」

クロノはそう言いながら経過をエイミィに伝えていく。



ユーノの訓練は順調に進んでいるらしい。それどころか教える二人の方が驚かされることが多かったらしい。

二人の修行は一言で言うとスパルタだ。それは弟子であるクロノが一番よく分かっている。だがそれを受けながらもユーノは文句一つ言わずこなしているらしい。それはユーノの決意によるものもあるがそれ以上にこの半年、闘牙から受けていた修行によるものだった。その厳しさに慣れていたからこそ二人の訓練にも付いていけているらしい。

クロノはなのはから闘牙が修行をつけてくれなくなったという話を聞いたことがあったためユーノもそうなのだろうと思っていたがそうではなかったらしい。なのはではなくユーノを鍛えていた。そこに闘牙がユーノに期待していることがうかがえる。

そしてさらに驚かされたのがユーノが防御と補助の魔法だけを教えてほしいと二人に頼んできたこと。

普通この年代の魔導師なら攻撃魔法を教えてほしいと頼んでくるのが普通だ。それは一般的な魔導師にも当てはまる。だがユーノは一片の迷いもなくそれを切り捨て、防御と補助の魔法のみに力を注ぐことを決意していた。

それはなのはを守り、支える。それがユーノが求める力だったからに他ならない。

そんな普通とは違う魔導師のユーノに惹かれたのか特にロッテは熱を入れてユーノを鍛えているらしい。曰く

『クロ助より覚えがいいから教えがいがある。』らしい。


「そうなんだ、じゃあこのまま上手く行けば一週間後には戻ってくるんだね?」

「ああ、それまでにデバイスの準備だけ宜しく頼む、だそうだ。」

「了解!」

クロノの言葉にエイミィはそう元気よく答える。そんなエイミィに苦笑いしながらもクロノはこれからのことに想いを馳せる。


準備は整いつつある。あとは騎士たちを捕えるだけ。

闇の書の暴走による悲劇。あんなことをもう二度と起こさせるわけにはいかない。

あの時の自分には力も決意もなかった。だが今の自分にはそれがある。もう同じことは繰り返さない。そんなことを考えていると


「クロノ君、あんまり考えすぎてると疲れるよー?」

そう言いながらエイミィが突然クロノの頭を撫で始める。

「な……何をするんだっ!?エイミィッ!?」

いきなりのことに顔を真っ赤にしながら慌ててクロノは立ち上がりエイミィから距離を取る。だがそんなクロノが可笑しかったのかエイミィは笑いながら

「クロノ君は真面目すぎるところがあるからね。もうちょっと肩の力を抜いていこうよ?」

そう諭すような口調でクロノに話しかけてくる。

「………分かってるさ。でも僕は上官なんだぞ。ちゃんと分かってるのか?」

「分かってるよ。でも今、クロノ君は休みであたしは休憩中だからいいの。」

クロノの悪態を聞きながらエイミィはそんなよく分からない理論でそれを煙に巻く。そんなエイミィに向かってクロノはさらに突っかかって行く。その姿はいつものクロノのものだった。そんなやり取りをしばらく続けた後クロノが顔を上げた先には


こっちをじっと見つめている闘牙、フェイト、なのはの三人の姿があった。



闘牙たちはレイジングハートとバルディッシュが直ったという知らせを受けそれを受け取りに来たのだった。なのはとフェイトはそんな二人の様子を不思議そうな顔で、闘牙はどこか含みがある笑みを浮かべながら眺めている。そして



「………どうやらお邪魔だったみたいだな……なのは、フェイト、帰るか?」

闘牙はそうわざとらしく言い残し、二人を引き連れたままその場を立ち去ろうとする。

「ま……待てっ!!何を勘違いしてるんだっ!?エイミィ、笑ってないで君も何とかしてくれ!!」

そんな闘牙たちの様子にクロノは慌てながら迫って行く。そしてエイミィはそんなクロノ達の様子を楽しそうに見つめている。


それはアースラクルーのいつも通りの日常だった………。




その後、何とか落ち着きを取り戻したクロノは改めてこれまでの状況と方針を闘牙たちに伝えていく。

端的にいえば守護騎士たちを見つけるまでは今まで通り生活をしてほしいという物だった。そして一通り説明が終わった後

「はい、なのはちゃん、フェイトちゃん。」

エイミィはそう言いながら二人の手にレイジングハートとバルディッシュを手渡す。それはおよそ一週間ぶりの再会だった。

「レイジングハート、もう大丈夫なの!?」
「バルディッシュ……良かった……」

二人は無事に直って帰ってきてくれた自らの相棒に喜びの声を上げている。二人にとってレイジングハートとバルディッシュはなくてはならない家族の様な物だった。

「破損は全部直ってるから安心して。それと新しい機能も搭載してるの。」

そんな二人を満足げに眺めながらエイミィはそう二人に伝える。

「新しい機能……?」

なのはとフェイトはそんなエイミィの言葉に首をかしげる。見たところレイジングハートもバルディッシュも特別変わったところはないように見える。一体何が変わったのだろうか。

「ふふ、それは実際に使ってからのお楽しみ。説明は訓練室でするね。」

「「はい!」」

エイミィの言葉を聞きながらなのはとフェイトは嬉しそうにそう大きな返事をする。そして待ちきれないのか二人はそのまま先に訓練室へ走って行ってしまう。まるで新しいおもちゃを手に入れた子供の様だ。まあ実際、二人は九歳の子供なのだが。闘牙がそんなことを考えていると

「闘牙君には……はい、これ!」

エイミィが闘牙に向かって手を差し出す。その掌の上には黒い真珠ほどの大きさの宝石がある。それは闘牙が頼んでいたデバイスだった。

デバイスと言ってもなのはやクロノが持っているような一般的なものではない。闘牙は魔力を持たないためデバイスを使うことはできない。そのためカートリッジの魔力を使うことで起動できるデバイスを作ってもらうことにしたのだった。そしてそれは戦闘に使えるような機能ではない。

一つは簡易的な結界を張る機能。

闘牙は自らの力で結界を張ることができない。そのため町などで戦闘になった際、なのはたちが近くにいない場合はそれが大きな問題になる。そのため簡易的ではあるが結界を張ることができるようになるのは大きな利点だった。また敵の結界への耐性も備えている。そして何よりも妖怪化の制御の修行をおこなうためには必要不可欠なものだ。


もう一つが転送の機能。

離れた場所への転送はもちろんだがそれ以上に鉄砕牙と火鼠の衣の転送ができるのが一番の利点だ。今まで闘牙はその二つをいつも持ち歩く必要があり不便を感じていた。だがこのデバイスがあればなのはたちの様に一瞬でそれを取り出し、身につけることが可能になる。


「ありがとな、助かるぜ。」

そう言いながら闘牙はそのデバイスを自らが持つ首飾りに組み込む。そのためにこの形のデバイスにしてもらった。これなら常に首飾りを着けていれば不測の事態にも対応できる。そしてこれでやっと自分も妖怪化の制御の修行に入ることができる。闘牙は自分が自分である証、首飾りを握る手に力を込める。


「闘牙……僕が言うのもなんだが……あまり無茶はしないようにしてくれ。君に何かあればフェイト達も悲しむ。」

そんな闘牙の姿を見ながらクロノはそう静かに闘牙に告げる。闘牙相手にこんなことを言っても意味がないことはクロノも分かっている。だがそう言わざる得を得ない程の不安がクロノの中にはあった。


「……………ああ、分かってる。」


クロノの言葉を聞きながら闘牙はそう答えるしかなかった…………。




今、なのはは自分の部屋のベッドのうえで寝転びながら自らの手の中にあるレイジングハートを見つめている。

あれから訓練室で新しく生まれ変わったレイジングハートの力を試すことになった。

カートリッジシステム。

あの騎士たちが使っていたものと同じ力を手に入れたことでなのははヴォルケンリッター達と闘う力が手に入ったことを実感したのだった。

加えて再び魔法が使えるようになったことになのはは喜びを感じていた。一週間にも満たない期間だったが自分は魔法を使うことができなかった。そしてそこで初めて自分にとって魔法はもう体の一部、生活の一部であることを改めて感じたのだった。

そしてなのははこれからのことを考える。それはヴォルケンリッター達のこと。

リンディ達の話では彼らはプログラム、機械だと言うことらしい。だがなのはにはどうしてもそうとは思えなかった。自分と闘った赤い少女、ヴィータには間違いなく感情が、意志があった。なのははそう確信している。ならきっと分かりあうこともできるはず。魔力の蒐集にもきっと何か理由があるはずだ。だから今度出会った時にはそれを聞いてみよう。フェイトちゃんの時の様にぶつかり合って自分の想いを伝えてみよう。なのははそう決意を新たにし寝る準備をする。明日は学校。そしてその前にいつものように朝の訓練だ。夜更かしするわけにはいかない。


「じゃあもう寝ようか、ユーノく……」

そういつものように振り返りながら話しかけたところでなのはは動きを止める。

その視線の先にはいつもユーノが使っていた籠がある。だがその主は今はいない。なのはは何度目になるか分からない自分の間違いに気づきながら寂しげな表情を浮かべる。

ユーノがいなくなってから一週間。

なのはは事あるごとにいないはずのユーノに向かって声を出してしまう自分に気づく。

いつも一緒にいるのが当たり前だった自分の大切な友達。フェイトちゃんが転校してきて学校は今まで以上に楽しい物になった。それは自分が望んでいた生活。

なのに

ユーノがいない。

そのことがなのはの心に何か大きな穴を作ってしまっているようだった。

いつも優しく自分を見守ってくれる、導いてくれる自分と同い年の男の子。


なのはは自分にとってユーノがどれだけ大きな存在だったかをいまさらながらに気づいたのだった。


(でも……後、一週間だもんね………)

なのはは自分にそう言い聞かせながら布団にもぐりこむ。後半分の同じ時間が経てばユーノは帰ってくる。そう考えればあっという間だ。帰ってきたら新しくなったレイジングハートを見せて驚かせてやろう。


そんなことを考えながらなのはは一人、静かに目を閉じるのだった………。




人気のない夜の海岸に一つの人影がある。それは犬夜叉の姿をした闘牙だった。

だがその様子はいつもと大きく異なる。鉄砕牙を杖代わりにすることで何とか立っているがその顔は苦悶に満ち、体は汗により濡れ、疲労によってふらついている。

そしてその周りの光景も異常だった。闘牙の周りの砂浜はまるでなにか大きな爪か何かによって切り取られたかのような凄まじい惨状になっている。とてもこの世の物とは思えないような荒れようだった。だがそんな惨状にもかかわらず、誰ひとりそのことには気づかない。いや、闘牙の周りには人の姿が全く見られない。それはデバイスによって張られた結界の力だった。


(ちくしょう…………!!)

闘牙は杖代わりにしている鉄砕牙に力を込め何とか立ち上がろうとするも敵わずその場に座り込んでしまう。それは度重なる妖怪化による代償だった。


闘牙はクロノ達からこのデバイスを受け取ってから一人、いつもユーノと修行をしているこの海岸で妖怪化の制御に挑んでいた。そして今日はそれを始めてから三日目。にもかかわらず闘牙は妖怪化を全く制御することができずにいた。それは闘牙にとっても全くの予想外だった。

かつて妖怪化の修行をした時には制御をするのに一週間かかった。だがそれは五分間の制御の話。だが今、自分は五分どころか一分すら制御することができない。そしてそれが伸びる気配も全くない。


一体何故。

闘牙は自問自答する。

だがその答えは既に分かり切っていた。



かごめがいない。

それが妖怪化を制御できない理由。

だがそんなことは既に分かっている。だがそれでもここまでだとは思っていなかった。

妖怪化の制御には強い、闘牙の人としての心が必要になる。そして妖怪化を抑えることができないということ。

それは闘牙の心が妖怪の血に負けているということに他ならなかった。



体なら鍛えればいい。

知識なら覚えればいい。

経験なら積めばいい。

だが

心はどうすればいい。

どうすれば心を強くできる。

ユーノは新たな決意をし、自らを鍛えている。

なのはとフェイトも新たな力を手に入れた。

なのに自分だけが

自分だけがこんなところで足止めを食っている。

焦燥が闘牙の心を支配する。

だが焦れば焦るほど妖怪化の制御からは遠ざかって行く。


あの時の自分にあって、今の自分にない物

闘牙はそれを一人、あがきながら探し続ける。






それぞれの思いが交錯する中、決戦の火蓋は再び切って落とされようとしていた…………



[28454] 第24話 「再戦」
Name: 闘牙王◆53d8d844 ID:e8e89e5e
Date: 2011/08/29 01:22
「おはよう!」
「おはよう、二人とも。」

「おはよう、なのは、フェイト。」
「おはよう、なのはちゃん、フェイトちゃん。」

挨拶をしながらバスに乗ってくるなのはとフェイトに先に乗っていたアリサとすずかがそう返事をする。四人はそのままバスの後部座席に並んで座りながらおしゃべりをする。それがフェイトの新たな日常の光景だった。

フェイトの家はなのはの家から近いこともあり、学校へ行くバス停も一緒のためフェイトがなのはの家まで行き、その後一緒にバス停まで行くことになっていた。ただなのはは変わらず朝の訓練を行っているのでぎりぎりになってしまうのは相変わらずだったのだが。


「どう、フェイトちゃん。学校にはもう慣れた?」

「う……うん。まだ分からないこともいっぱいあるけど少しは慣れてきたかな……。」

すずかの言葉にフェイトは少し戸惑いながらもそう答える。フェイトが小学校に通い始めてからもう一瞬間が過ぎようとしていた。初めは分からないことばかりで混乱していたのだが親友の三人のおかげでそれも何とか乗り越え今は少しずつではあるが余裕ができつつあるフェイトだった。

「まあ、最初は大変だったしね。」

アリサがそう言いながら転校初日のことを思い出す。珍しい転校生しかも外人(と言うことにしている)のフェイトにクラス中大騒ぎとなり、質面攻めにされてしまうことになってしまった。元々あまり人混みは慣れていないこともあってフェイトは目を回してしまいそうになったのだった。それをなんとかアリサが収め、フェイトの小学生活はスタートした。物静かな性格ではあるが優しく、頭もよく運動もできるフェイトはたちまちクラスの人気者になったのだった。

「にゃはは……あ、そう言えばフェイトちゃん、この前はどうだったの?闘牙君には会えた?」

アリサの言葉に苦笑いしながらもなのはは思い出したようにそうフェイトに尋ねる。闘牙の家に遊びに行くという話になり家の場所は教えたもののちゃんと会えたかどうかはまだ聞いていなかったからだ。

「うん、ちゃんと会えたよ。アルフが騒いじゃって大変だったけど……」

どこか困ったような顔を見せながらもそうフェイトは答える。あの時のアルフのはしゃぎようは凄かった。元々明るく元気なアルフだが闘牙のこととなるとそれが一層増すようだ。

「フェイト、闘牙の家に遊びに行ったの?」

「うん、アルフがびっくりさせようっていうからトーガには内緒で行ったんだ。」

恥ずかしそうにしながらもそこか嬉しそうにフェイトはその時のことを三人に話していく。アルフが騒ぎすぎて闘牙に怒られたこと。一杯いろんな話をしたこと。闘牙の耳を触らせてもらって背中に乗せてもらったこと。一緒に公園へ行ったこと。

いつもは物静かなフェイトが多弁になっていることに三人は驚きながらもその話を聞き続ける。なのははその理由をよく分かっていないようだったがアリサとすずかはその理由を何となくであるが察する。


(ふーん……フェイトが闘牙をね……)

そんなフェイトの姿を見ながらアリサは考える。元々闘牙のことを気にしているようなそぶりは見せていたがここまでだとは思っていなかった。どうやら以前のジュエルシードと言う宝石を巡った事件での二人の関わりはアリサが思っていたよりずっと深い物だったらしい。フェイト自身はその気持ちが何なのかは分かっていないようだが。


(あとはなのはね……)

同時にアリサは自分の隣にいるなのはに目を向ける。なのはがこの一週間、どこか元気がないことをアリサは気づいていた。もちろん表だって分かるようなものではないがこれまでの付き合いからそれに気づいたのだった。恐らく原因はユーノのことだろう。理由は知らないがユーノはしばらくなのはの元から離れているらしい。なのははきっとそのことで元気がなくなっているのだろう。しかしそれはきっとなのはにとってはいいことなのかもしれない。なのはは自分のことになると鈍感になってしまう。一度ユーノから離れることでなのはもきっと自分の気持ちに気づくだろうとアリサは思う。


おせっかいと思いながらもどこか楽しそうにしながらアリサはそんな二人の様子を眺めるのだった………






夜の海鳴市街の上空に複数の人影がある。その姿から彼らがこの世界の住人ではないことは明らか。

一人は赤い服と帽子をかぶった少女。ヴォルケンリッター、『鉄槌の騎士』ヴィータ。

そしてその周りを取り囲んでいる複数の魔導師たち。彼らはアースラの武装局員たち。

(ちくしょう………!)

ヴィータは自らの相棒であるグラーフアイゼンを握りしめながら自分の周りを取り囲んでいる局員たちを睨みつける。

ヴィータは先程まで管理外世界で一人、魔力の蒐集を行いそれを終えた後、自宅に戻ろうとしていた。だがその際に転移魔法の魔力を感知されアースラに捕捉されてしまったのだった。ヴィータは臨戦態勢のまま局員達とにらみ合う。その数は八人。本来なら圧倒的不利な状況。だがヴィータは全く臆することなくそれに向かい合っている。それは目の前にいる局員たちの実力を感じ取っていたからに他ならない。

確かに数の上では圧倒的不利だが自分の実力なら負けることはない。その自信がヴィータにはあった。考えようによってはこれだけの数の魔導師から魔力の蒐集できるということでもある。だが一度管理局に捕捉されてしまった以上これから先、魔力の蒐集がやりにくくなってしまうのは間違いない。自分のミスで魔力の蒐集が滞ってしまうことに憤りながらもヴィータは戦闘を開始しようとする。しかしそこでヴィータはあることに気づく。それは局員たちがまるで自分と闘う気が全くないかのような雰囲気を放っていること。

そのことにヴィータが戸惑いを感じた時、新たな一人の魔導師が現れ自分に対峙してくる。


「なんだ、てめえ?」

その雰囲気からヴィータは目の前の魔導師が局員たちのリーダーであること、そして高い実力を持っていることを悟る。

「時空管理局執務官クロノ・ハラオウンだ。闇の書、および魔導師襲撃事件の容疑者として君を逮捕する。」

愛杖であるストレージデバイス『S2U』を向けながらクロノはヴィータに対峙する。その目には揺るがない意志が宿っている。

目の前の存在。守護騎士ヴォルケンリッター。それは自分の、自分の家族の仇。だが今のクロノには憎しみも悲しみも見られない。ただ時空管理局執務官クロノ・ハラオウンとして。クロノは今、一切の迷いを断ち切り戦場に臨んでいた。


ヴィータの反応を察知したアースラクルーはすぐさま戦闘態勢に移行。そのままなのはたちにも出動要請が出されたのだがまだこちらに合流するには時間がかかる。なのはたちが来るまで待つという選択肢もあったが今、ヴィータは他の騎士たちと共にはおらず単独行動をしていたと思われる状況。まさに千載一遇のチャンスだった。

ヴォルケンリッター達複数を相手にすることは困難だが一対一なら勝機はある。クロノはすぐさま単身でヴィータと闘うことを決断する。自分以外にも武装局員はいる。だが言葉は悪いがヴィータが相手では足手まといになりかねない。加えて最悪、相手に魔力蒐集のチャンスを与えることにもなりかねない。局員たちには結界の維持に専念するよう命令を下し、クロノはヴィータとの一対一の闘いに挑む。

その脳裏には自分を心配するエイミィの姿があった。彼女を心配させないためにも自分は負けるわけにはいかない。



「ふん、誰が管理局の言うことなんて聞くかよ!」

ヴィータは叫びながら自らの前に魔力で作った鉄球を出現させる。同時にその手に持ったハンマー形のデバイス、グラーフアイゼンを振りかぶる。

相手がだれであろうと関係ない。自分は鉄槌の騎士。ならば目の前にある障害は打ち砕くのみ。クロノに負けない決意を胸にヴィータはその鉄球をクロノに向かって放とうとする。だが


『Blaze Cannon』

それよりも早くクロノの砲撃魔法がヴィータに向かって放たれる。それは一直線にヴィータに向かって肉薄してくる。


「くっ!!」

ヴィータはそれを驚異的な反射神経で反応し紙一重のところで躱す。だがそれを見ながらもクロノは一切の隙もなく次々に砲撃魔法を放ってくる。ヴィータはそれを何とか避け、防御していくがその猛攻に防戦一方になってしまう。


(こいつ……速え……!)

ヴィータは内心で驚愕する。それはクロノの魔法の発生速度によるもの。自分とほぼ同時に魔法を発動させているにもかかわらず相手の方がそれよりも早く攻撃を発動させている。結果自分は後手に回っている。


驚異的な魔法の攻撃速度と制御。

それが魔導師としてのクロノの強さだった。

クロノは魔力量ではなのはやフェイト、そして目の前にいるヴィータには一歩劣る。それは攻撃力、防御力にも言える。だがそれを補って余りある技術と経験。それがクロノの武器。インテリジェンスデバイスではなく反応速度に優れるストレージデバイスを使っているのもそれが理由だった。


「こいつっ!!」

ヴィータは焦りながらも何とか一瞬で距離を取りながらクロノに向かって鉄球を打ち出す。それはシュワルベフリーゲンと呼ばれるヴィータの中距離誘導型射撃魔法。それは誘導性にも優れ、相手のバリアも貫通するほどの威力が込められている。その凄まじい弾丸が次々にクロノに向かって襲いかかってくる。同時にヴィータは一気に加速しクロノに接近を試みる。例えクロノがシュワルベフリーゲンを防いだとしてもその隙を狙って一気に勝負を決める。それがヴィータの狙いだった。だが


「スティンガースナイプ!」

クロノの叫びと共にその杖から光弾が放たれる。それは凄まじい速度で螺旋を描きながら加速し、一気に放たれていく。その光弾によってヴィータの放った鉄球は次々に撃ち抜かれ、破壊されていく。

ヴィータはその光景に驚き、目を見開くことしかできない。たった一発の魔力弾で自分が放った鉄球を寸分の狂いなく撃ち抜いていく。それはまさにクロノだからできる高等技術だった。そして光弾はそのままクロノに向かって突進していたヴィータにその矛先を向ける。


「……っ!!アイゼンッ!!」

ヴィータは旋回しながらそれを躱そうとするが敵わず、自らの周りにバリアを展開し、それを何とか防ぐ。その強度の前にスティンガーはその力を失い失速していく。それを見て取ったヴィータはその隙を狙い再びクロノに向かって行こうとするが


「スナイプショット!」

クロノが発したキーワード共に力を失いかけた光弾は空中にて螺旋を描きつつ魔力を再チャージし、加速しながら再びヴィータに襲いかかってくる。予想外の攻撃によってヴィータは再び足止めを食らってしまう。


(こいつ………!)

バリアによって光弾を防ぎながらヴィータはクロノを睨みつける。

目の前の黒い魔導師。

その強さをヴィータは認めざるを得なかった。

ベルカの騎士は魔導師には負けない。それがヴィータの持論であり誇りでもあった。そしてその中には魔導師には騎士は負けないと言う自負とヴィータ自身も気づいていない慢心があった。それに気づいたヴィータは熱くなりすぎた自分を落ち着かせ目の前の相手と対峙する。

その技術は自分以上の物だろう。だがそれでも攻撃、防御においては間違いなく自分の方が上回っている。その証拠にこれまで受けた攻撃で自分はダメージを負っていない。

そして元々接近戦こそが自分の、ベルカの騎士の真骨頂。

一対一ならベルカの騎士に負けはない。



ヴィータは一気に勝負を決めるべく、バリアを解き全速力でクロノに向かって疾走する。その速度に光弾は追いつくことができない。クロノはそんなヴィータの速度を見ながらもその表情には焦りは見られない。そして

「はああああっ!!」

咆哮と共にグラーフアイゼンがクロノに向かって振り下ろされる。その威力はまさに鉄槌の騎士に相応しい、防御されても相手を吹き飛ばすほどの威力を秘めている。しかしクロノはそれを何とか紙一重のところで避けながらヴィータから距離を取ろうとする。


クロノはヴィータの戦闘スタイルと力をなのはとフェイトから聞いていたためその攻撃の危険性を理解していた。故にヴィータとの接近戦は避けなければならないと判断しクロノはそのまま一気にヴィータとの距離を取ろうと試みる。

だがそれはヴィータにも分かり切ったことだった。ヴィータはその姿は幼いが数えきれない程の戦場を駆け抜けてきた強者。一瞬でクロノの狙いを見抜き、


「アイゼン、カートリッジロード!!」
『Raketenform.』

ベルカ式の真骨頂、カートリッジシステムを稼働させる。同時にグラーフアイゼンの形態が変形し、ヴィータの魔力も爆発的に高まる。そしてそのブースターによる圧倒的な加速によって距離を取ろうとするクロノに肉薄し、その間合いに一気に入り込む。

その速度はあのフェイトですら振り切ることができなかった物。それはいくらクロノといえども例外ではなかった。



(もらった!!)

己の全力を込めた一撃が相手に向かって振り下ろされる。それは相手の防御すら打ち砕くことができるまさに一撃必殺の威力。目の前の熟練の魔導師といえどこれを防ぐすべはない。ヴィータは自身の勝利を確信する。そしてその一撃がクロノを捕えようとしたその瞬間、




ヴィータは突如、魔力でできた鎖によって絡み取られてしまう。


「なっ!?」

突然の事態にヴィータは驚愕の声を上げる。それはクロノによるディレイドバインドと呼ばれる設置型のバインドだった。

だがあり得ない。

自分は戦闘中ずっと目の前の黒の魔導師から目を離さなかった。いくら設置型のバインドと言えそれを見逃すほど自分は甘くはない。

一体いつの間に。

ヴィータはあり得ない事態に混乱することしかできない。

そしてついに気づく。自分がいる場所。そこは戦闘が始まる前にクロノが立っていた場所。


クロノは戦闘が始まる前からこうなることを予測しその場にバインドを仕掛けていたのだった。

そんなクロノの戦術眼にヴィータは戦慄し理解する。自分が知らず知らずの内にこの場所へ誘導されてしまっていたことに。



相手の戦闘スタイルを見抜き、それに対抗する戦術を瞬時に思考、実践する。


クロノは魔力量も、制御も、フィジカルも、決して初めから優れた物を持っているわけではなかった。


だがそれでも、だからこそクロノは自らをただひたすらに鍛え、今の実力を身に付けた。


『努力の天才』


なのはやフェイトとは違うもう一つの魔導師としての完成形。



それが時空管理局執務官、アースラの切り札『クロノ・ハラオウン』だった。




「ここまでだ。おとなしく投降すればこれ以上罪を重くしなくて済む。」

デバイスをヴィータに向けながらクロノはそう宣告する。ヴィータは何とかもがきながらバインドから脱出しようとするが敵わない。そしてヴィータがあきらめかけたその時、


結界内に突如大きな爆発音が鳴り響く。その衝撃に驚きながらもクロノはその場所に視線を向ける。そこにはレヴァンティンを手にしたシグナムとそれに続くように結界内に突入し、こちらに向かってくるザフィーラの姿があった。


「はあっ!!」

叫びと共に一気に距離を詰めてきたザフィーラの拳がクロノを襲う。クロノは咄嗟にシールドを張り受け流そうとするもそのバリアブレイクの力によって吹き飛ばされてしまう。その間にシグナムはヴィータにかけられたバインドを解き、クロノに対峙する。


「これで二度目だな、熱くなりすぎるなといつも言っているだろう?」
「わ……分かってるよ!!」

シグナムの言葉を否定したいヴィータだったが流石に自分の失態に後ろめたさがあるのか素直に己の未熟を認める。そして再びヴィータはクロノに対峙する。その目にはもはや油断も慢心もない。その姿にクロノは内心で焦りを感じていた。


(まずいな………一対一の内に決着をつけたかったんだが……)

そう後悔しながらも自分の目の前にはシグナム、ザフィーラも加わった三人の騎士の姿がある。加えて姿が見えないがどこかにシャマルが待機しているとみて間違いない。武装局員もいるが騎士たち全員が相手では勝ち目は薄い。クロノは悩みながらも撤退を視野に入れ始める。だがその時


『お待たせ、クロノ君!とっておきの助っ人がそっちに向かったよ!』

そんなエイミィの明るい通信がクロノに伝わってくる。同時に結界内に新たな魔力を持つ存在が姿を現す。それは私服姿のなのはとフェイトとアルフだった。


「あいつらは……」

そんな二人に気づいたヴィータがそんな声を上げる。どうやら増援の様だがあの二人は自分たちには手も足も出なかった。なら何の問題もない。金髪の少女の方はまだ魔力を蒐集していない。ならばこれはチャンスでもある。

そして今、闘牙はいない。増援が来たときは闘牙が来たのかと思い一瞬、騎士たちは緊張したがどうやら杞憂だったようだ。だが闘牙が出てきた時のことを頭に入れながらも騎士たちは臨戦態勢に入る。


そんな騎士たちを見ながらもなのはとフェイトには全く恐れはない。いやそれどころか前以上の自信がその顔には満ちていた。そして二人は新しく生まれ変わった自らのデバイスを手に声を上げる。


「いくよ、レイジングハート!」
「いこう、バルディッシュ!」


二人の合図と共にまばゆい光が辺りを包み込んでいく。それは新たな力の現れ。それが収まった先には



レイジングハート・エクセリオンを握った『不屈』の魔導師、高町なのは。


バルディッシュ・アサルトを手にした『雷光』の魔導師、フェイト・テスタロッサ。


二人の魔法少女の姿があった。


魔導師とベルカの騎士の闘いが今、再び始まろうとしていた―――――



[28454] 第25話 「激闘」
Name: 闘牙王◆53d8d844 ID:e8e89e5e
Date: 2011/08/31 21:57
海鳴市に置かれたアースラの本部に三人の人影がある。

一人はエイミィ。その姿は真剣そのもの。いつもの明るく親しみやすい雰囲気は消え時空管理局局員として戦況の変化を見逃さまいとコンソールを目まぐるしい速度で叩き続けている。

そしてもう一人がリンディ。リンディもいつもの穏やかな表情は消え、アースラ艦長として目の前の事態に対応している。その目にはいつも以上の揺るがない決意が現れている。

そんな二人から少し離れた場所で一人モニターを見ている少年。それは人間の姿をした闘牙だった。闘牙は難しい表情をしながらモニターに目をやっている。

今、闘牙たちはフェイト達を送り出したところ。そしてモニターには変身したフェイトとなのは、アルフがヴォルケンリッター達と対峙している。間もなく戦闘が始まるのは間違いない。あのままヴィータを確保できれば一番だったのだが流石にそう上手くはいかなかったようだ。闘牙は自らの相棒、鉄砕牙を握りしめながらも静かにモニターを眺めることしかできない。

今の自分は闘うことができない。クロノにどうしようもない事態が起きた時には出動するよう頼まれてはいるが恐らく自分の出番はないだろう。もし自分が闘えたとしても自分が出ていけばいたずらに騎士たちを刺激するだけ。闘牙は自分の無力さと情けなさを痛感しながらフェイト達を見つめ続ける。

「大丈夫だよ、闘牙君。フェイトちゃん達は負けたりしないよ。クロノ君もアルフもいるんだし。」

「そうね、前と同じようなことにはならないわ。」

そんな闘牙の様子を察したエイミィとリンディがそう闘牙に話しかけてくる。二人の言葉はお世辞でも何でもない。それはフェイトとなのはの力を信頼しているからこそ出た言葉だった。


「………ああ。」

二人の気遣いに感謝しつつ闘牙は戦場を見つめ続ける。本当なら自分もいるはずのその場所を…………




なのはとフェイト、アルフは飛びながらクロノの元に集まってくる。その姿は既にバリアジャケットを纏っておりいつでも戦闘に移行できるものだった。そして同時に目の前の騎士たちに目を向ける。


騎士たちもまた集まりながらいつでも戦闘できるように身構えながらなのはたちに向かい合う。


魔導師とベルカの騎士。


同じ魔法を使いながらも大きく異なる二つの存在が互いを睨みあう。そんな中



「あの……私達、あなた達と話をしたいと思って来たの!」

なのはが意を決してそう自分の真意を騎士たちに伝える。既にクロノとヴィータの戦闘があり、難しいかもしれないがそれでも話し合いで解決いできるならそれに越したことはない。もしかしたら分かりあえるかもしれない。それがなのはがここにやってきた、この事件に関わろうとしている理由だった。

「……何か事情があるんなら話してほしい。もしかしたら力になれるかもしれない。」

そんななのはの言葉に続くようにフェイトもそう騎士たちに話しかける。それはなのは同様、フェイトの嘘偽りない本心だった。


シグナムとザフィーラはそんな二人の言葉に一驚いたような顔を見せるもののすぐに元の表情に戻る。恐らく目の前の二人の少女の言葉は真実だろう。できれば自分たちもこんなことはしたくはないがもはや止まることはできない。

主のために。それが自分たちの全て。そのためには目の前の少女たちの言葉に応じるわけにはいかない。シグナムはレヴィンティンに、ザフィーラはその拳に力を込める。それが騎士たちの答えだった。


「ふん、お前たちみたいな子供に誰が話すか!」

ヴィータはそう言いながらグラーフアイゼンを構えなおす。すでに戦うことは避けられない雰囲気になり、仕方なくなのはたちもデバイスを構え臨戦態勢に入る。

「ヴィ……ヴィータちゃんがそれを言うの!?」

自分よりも幼い姿のヴィータにそんなことを言われて困惑しながらもなのははそう反論する。実際ヴィータはなのはたちよりもはるかに長い時間を生きているためその言葉は真実なのだがどうしても違和感は拭えなかった。


「う……うるせえ!話が聞きたいなら力づくでやってみろよ!」

顔を赤くし反論しながらヴィータはそうなのはを挑発する。それを見ながらもシグナムはフェイトを、ザフィーラはアルフを見据え、対峙する。どうやら互いに自らの相手を見定めたようだ。


それを見ながらクロノは思案する。自分がなのはたちの誰かに加勢すれば二対一の状況を作り出せる。いくらヴォルケンリッターといえども二対一であれば捕えることは可能だろう。だがシャマルと闇の書の主の存在が気がかりだ。実際、先の戦闘ではシャマルのよってなのはは戦闘不能にされてしまった。放置しておくにはリスクが高すぎる。そして闇の書の主。この近くにいるかどうかは分からないが魔導師である以上警戒を怠るわけにはいかない。

クロノは迷いながらも目の前の三人の騎士たちをなのはたちに任せることを決断する。それはなのはとフェイトの力を既に確認していたからでもある。まだカートリッジシステムを完全に使いこなせているわけではないが今の二人ならシグナムとヴィータにも後れは取らないとクロノは考えていた。


『なのは、フェイト、アルフ、この場は任せる。その間に僕はシャマルと主の探索を行う。いいかい?』

『うん!』
『任せて、クロノ。』
『そうこなくっちゃ!』

クロノの念話を聞きながらなのはたちはそう力強くそれに答える。その言葉は自信に満ち溢れている。それを感じ取ったクロノは頼もしさを覚えながらも加えてエイミィにも指示を飛ばす。

『エイミィ、そちらからもシャマルと主の探索を頼む。それと、もしなのはたちが危険な状態になればすぐに転送をできるよう準備をしておいてくれ。』

『了解、こっちは任せてクロノ君!』

クロノの指示を受けたエイミィはそう答えながらすぐさま探索、転送の準備に入る。これでもしなのはたちに何かあってもすぐに対応できる。最悪、闘牙にも力を借りることも考えたがそれはリスクが高く何よりも闘牙に負担を掛けることはクロノ自身したくはなかった。

クロノはそのまま自らの魔力を隠しながら街の中に姿を消す。元々執務官は逃げる犯罪者を捕まえることが大きな任務の一つ。探索はある意味クロノにとってお手の物だった。


そしてクロノが飛び出していくと同時になのはたちも動き出す。



なのはとヴィータ。

フェイトとシグナム。

アルフとザフィーラ。


互いの信念を掛けた戦いの幕が再び切って落とされた………




「私が勝ったら話を聞いてもらうよ、いいね!?」

なのははレイジングハートを構えながらそうヴィータに叫ぶ。闘うしかなくなってしまったことは残念だがそれでもまだなのははヴィータと分かりあうことをあきらめてはいなかった。そんななのはを見ながらもヴィータは自身の前に鉄球を作り出し戦闘態勢に入る。

どうやら本当に目の前の白い魔導師は自分と話し合いがしたいらしい。だが相手は管理局。そんなことをしても意味がないことは今まで管理局と闘ってきたヴィータ自身が何よりも分かっている。なら自分の役目は目の前の相手を倒しシグナム達の援護に回ること。

白い魔導師からはすでに一度魔力を蒐集してしまっているためもう魔力を蒐集することはできない。それならば手加減する必要もない。何よりも一度は倒している相手。なら何の問題もない。


「やれるもんならやってみろよ!」

アイゼンを振りかぶり、すぐさまそれを鉄球に向かって振り下ろす。その瞬間、魔力を帯びた鉄球たちは凄まじい速度でなのはに向かって襲いかかる。だがそれは目くらまし。以前の闘いでもこの攻撃では相手のシールドを破ることはできなかった。白い魔導師のシールドは魔導師としてはかなりの強度を持っている。それを破るにはカートリッジを使った一撃が必要だ。ヴィータはそのまま疾走しながらなのはと距離を縮めようとする。

だがなのははそんなヴィータの姿を見ながらも慌てる様子を見せない。その目には確かな力が宿っていた。そんななのはの様子にヴィータが気付いた瞬間、


「レイジングハート、カートリッジロード!」
『Load Cartridge.』

なのはの言葉と同時にレジングハートが稼働し、マガジン式のカートリッジが装填される。その瞬間、なのはの魔力が爆発的に高まっていく。これがなのはとレイジングハートが新たに手に入れた力だった。

ヴィータはなのはがカートリッジシステムを使って魔力を高めたことに気づき一瞬、動きを止める。そしてその隙をなのはは見逃さなかった。


「アクセルシューター……シュ――トッ!!」
『Accel Shooter.』

叫びと共に桜色の魔力弾が凄まじい速度で次々に放たれていく。その威力は以前の物とは比べ物にならない。しかし驚愕するのはそこではない。

それはその数。以前は五つだったそれが今は十二。それは魔導師が操れる誘導弾の常識を遥かに超えた数だった。


「なっ!?」

ヴィータはその誘導弾の数に一瞬驚くもすぐに冷静さを取り戻す。ヴィータは数多くの戦場を駆け抜けてきた猛者。故に魔導師の力もよく分かっている。その経験が目の前の光景は恐るるに足らないと告げていた。


(こんな大量の弾、制御できるわけがねえ!!)

それは誘導弾を使うヴィータだからこそわかること。誘導弾はその数を増せば増すほどその制御が困難になる。それはある意味当然のことだ。ましてや相手はカートリッジによって魔力を増した誘導弾を使っている。それを十二個も同時に操ることなどできるはずがない。そうヴィータは判断し、すぐさま再び突進しながら鉄球を操りなのはに放つ。


ヴィータの認識は間違っていない。それは魔導師の常識。だがそれは高町なのはには通用しなかった。


自分に向かってくるヴィータと誘導弾。それを見ながらもなのはは静かに目を閉じイメージする。それは朝の訓練のイメージ。

なのははこの半年、デバイスに頼らない魔法の制御を磨いてきた。それはレイジングハートに頼るのではない、自分自身の強さを求めていたからに他ならない。そしてそれが今、発揮される時が来た。


「そこっ!!」

なのはが目を開き叫んだ瞬間、自分に襲いかかってきた四つの鉄球は同時にアクセルシューターによって打ち砕かれる。そして残った誘導弾は次々にヴィータに向かって襲いかかって行く。


それはカートリッジによる力ではない、高町なのは自身の力だった。



「このっ!!」

自らの攻撃を迎撃され、同時に襲いかかってくる誘導弾に驚きながらもヴィータは己の周りにバリアを展開しそれを防ぎ続ける。だがその攻撃によってバリアには次第にひびが入り始める。このままでは破られてしまうのは時間の問題。何とかしなければ。ヴィータがそう判断した瞬間、


「ディバインバスタ―――――!!」
『Divine Buster Extension』

桜色の砲撃魔法がヴィータに向かって放たれてくる。だがその威力は今までの物とは比べ物にならない。カートリッジによって魔力を増したまさに一撃必殺の砲撃がヴィータは襲う。

「くっ!!」

ヴィータは瞬時にバリアを解き、紙一重のところでそれを躱す。その際に誘導弾を何発か受けダメージを負ってしまう。だがそんなことは些細なことだった。

ヴィータはその砲撃の威力に戦慄する。以前の闘いの時も強力だったがそれがさらに増している。まともに食らえば間違いなく防御の上からでも落とされる。それほどの威力だった。背中に冷や汗が流れるのを感じながら振り返ったそこには再び誘導弾を自らの周りに作り、それを放ってくるなのはの姿があった。そしてヴィータは理解する。

誘導弾を囮に使い、一撃必殺の砲撃で相手を倒す。それが『砲撃魔導師』高町なのはの戦闘スタイルだった。


なのはの猛攻を何とか捌きながらヴィータは考える。目の前の白い魔導師。その強さは本物だ。その強さは間違いなく自分に匹敵するだろう。だが自分は負けるわけにはいかない。

なのはの強さがヴィータの騎士としての心に火をつける。そしてヴィータはなのはが誘導弾を使っている間はその場から動いていないことを見抜く。それは誘導弾の制御の代償でもあった。無論そのことはなのはも分かっている。だがなのはには強力な防御がある。堅固な守りで相手の攻撃を耐え、一撃必殺の砲撃で相手を倒す。その自信がなのはにはあった。だが


「アイゼンッ!!」

ヴィータの叫びと共にグラーフアイゼンはカートリッジを装填し、ラケーテンフォルムへとその姿を変える。同時に凄まじいブースターの加速によってヴィータは一気になのはへと接近してくる。何とか誘導弾で迎撃しようとするもその速度に対応できない。なのはは誘導弾の制御を切り捨てレイジングハートをヴィータに向ける。そして


「シュ―――トッ!!」

その矛先から先程同様、一撃必殺のディバインバスターがヴィータに向かって放たれる。ヴィータはブースターの加速によって一直線にこちらに向かってきている。これを避けることはできない。なのはは自身の勝利を確信する。だが


「なめんなっ!!」

ヴィータは突如、グラーフアイゼンの方向を変え、一気にその軌道を変える。それによりディバインバスターはヴィータに直撃することなく避けられてしまう。まさかあの状態から砲撃がかわされるとは考えもしなかったなのはは一瞬反応が遅れる。そしてその隙をヴィータは見逃さなかった。


「はああああっ!!」
「ううっ!!」

一気になのはの間合いに入り込んだヴィータはその鉄槌をなのはに向かって振り下ろす。だがなのはは咄嗟にバリアを張りそれを何とか防ぐ。その強度は以前より増しており、その証拠に前回は同じ攻撃によってバリアを破られてしまったが今回はそれに耐えている。なのははそのまま砲撃魔法によってヴィータを迎撃しようと試みる、だが


「ぶちぬけええええっ!!」

ヴィータの咆哮と共にアイゼンはさらにカートリッジを装填し、その力を増す。その圧倒的突破力の前についになのはにシールドにひびが入り崩壊し始める。このままではやられてしまう。なのはは咄嗟にバリアに力を込め


『Barrier Burst.』

バリアバーストによってそれを何とか防ぎ、ヴィータから距離を取る。だがタイミングが遅れてしまったため、その衝撃によってなのははダメージを負ってしまう。ヴィータは吹き飛ばされながらもすぐさま体勢を立て直しなのはに向かい合う。なのはもまたそれに答えるようにヴィータにその視線を向ける。


ヴィータは本当に強い。自分も同じカートリッジシステムを使っているにもかかわらず押し切ることができない。特に接近戦はだめだ。自分のシールドでもあの攻撃は防ぎきることはできない。

でも、それでも自分は負けるわけにはいかない。

目の前にいるヴィータは間違いなく感情を、意志を持っている。そして分かる。目の前の子が決して悪い子ではないことが。ならきっとこんなことをしているのにも理由があるはず。

同時になのはの脳裏にユーノと闘牙の姿が浮かぶ。

自分がやられてしまったせいで二人は戦えなくなってしまった。だから自分はもう負けるわけにはいかない。

きっと私一人ではヴォルケンリッター達には敵わない。でも私には仲間がいる。フェイトちゃんが、アルフさんが、クロノ君が。みんながいればきっとどんなことも乗り越えられる。

そしてユーノ君が、闘牙君が戻って来た時に胸を張って迎えられるように私は強くなって見せる。



それが高町なのはの新たな決意。闘う理由だった。





なのはとヴィータが闘っている空域から離れたビル群の中、金と紫の光が幾度も交差しぶつかり合って行く。その衝撃によって夜の空が光で照らされていく。それはまさに高速戦と呼ぶにふさわしい戦い。剣の騎士シグナムとフェイト・テスタロッサの闘いだった。

二人は互いに凄まじい速度でぶつかり合いながら刃を重ねる。レヴァンティンとバルディッシュ。二つのデバイスも主に応えんとその力を振り絞る。

「はあっ!!」
「ああっ!!」

二人の間にひときわ大きな鍔迫り合いが起こる。フェイトとシグナムは至近距離で互いを睨みあう。しかしシグナムの力によって次第にフェイトが押し込まれ始める。

しかしフェイトはそれを瞬時に判断し、その速度によって一気に離れ距離を取る。そのことに驚きながらもシグナムはそのままレヴァンティンを構えフェイトに向かい合う。フェイトもまたそれに応えるようにバルディッシュを構えなおしながらシグナムに対峙する。


シグナムは目の前の少女の強さに驚嘆する。

いくらカートリッジシステムを新たに搭載したと言ってもそれを扱う実力がなければ意味がない。そして目の前の少女はそれを使いこなし、前以上の、自分に匹敵する強さを手に入れている。まだまだ闘牙に比べれば闘い方に荒は見られるもののそれを補って余りある『速さ』がある。その速度には驚嘆するほかない。何とか力で誤魔化しているが一瞬でも気を抜けば一気に勝負が決まってしまうだろう。

だがそれでも自分は負けるわけにはいかない。負けられない理由が自分にはある。だが今戦場の状況は拮抗しているが闘牙が現れればそれは一変してしまう。


「……闘牙は来ないのか?姿が見えないが……」

シグナムはそうフェイトに尋ねる。もちろんそれに応えてくれるなどとは考えていない。それは少しカマを掛けると言うだけの意味合いの物だった。だが


「………トーガがいなくても、私たちは負けません。」

フェイトはそう言いながらバルディッシュのカートリッジを装填し、魔力を高めていく。その目には先程以上の力が満ちている。その姿から本気でこちらに挑んでくる気配が伝わってくる。どうやら自分は少女の逆鱗に触れてしまったらしい。シグナムもそれに応えるようにレヴァンティンを構え本気で戦うことを決意する。


「レヴァンティンッ!!」
『Schlangeform.』

シグナムの叫びと共にレヴァンティンがその形態を変え、蛇の様な連結刃となってフェイトに向かって放たれていく。しかしフェイトは一気にその速度を増しそれをかわし続けていく。それはフェイトの速度だからこそ可能なもの。だがシグナムの技量はそれをさらに上回っていた。

「っ!?」

フェイトはすぐさま気づく。自分の周りの避けた筈の刃がまるで取り囲むように自らの周囲に配置されている。

そして理解する。知らず自分が誘導され、その場所に誘い込まれてしまったことに。

『速さ』ではフェイトに『力』ではシグナムに分があり、総じて戦えば互角。だがシグナムはさらなる武器がある。

それは『技量』。数えきれない程の戦場を駆け抜けてきたシグナムだからこそ持ちえるもの。それは闘牙ですら苦戦するほどのもの。まだ九歳のフェイトではそれを超えることはできない。

連結刃が蛇のようにフェイトの周りを取り囲み、一気にその体を切り刻まんと襲いかかる。すでにフェイトには逃げ場はない。だがフェイトの目には恐れはなかった。


「バルディッシュッ!!」
『Haken Saber』

フェイトが叫びと共にバルディッシュを振りかぶる。同時にその先から魔力刃が姿を現す。そしてフェイトはそれを自分の間の前に迫る連結刃に向かって放つ。三日月状の魔力刃はブーメランの様な軌道を描きながら連結刃とぶつかり合う。だがそれでも連結刃の攻撃を止めることはできなかった。

しかしフェイトはそれを見ながらも一直線に自ら目の前の連結刃に向かって飛び込んでいく。そこにはハーケンセイバーによってできた連結刃の隙があった。フェイトはそこに向かって一片の迷いもなく飛び込んでいく。だがその斬撃の風圧によってフェイトの体には切り傷が刻まれていく。しかしフェイトはそれを受けながらも怯むことなく連結刃の網から脱出しシグナムに向かってバルディッシュを振り切ってくる。

その姿にシグナムは闘牙の姿を見る。フェイトが行った行動は闘牙と全く同じだったからだ。

だが例え脱出方法を知っていたとしてもそれは一朝一夕でできることではない。いくら隙ができたとはいえ自分から刃の網に飛び込んでいく。それはまさに決死の、特攻と言ってもおかしくない程の決意がなければできない物。

闘牙はその戦いの経験からそれを為し得た。だがフェイトは違う。フェイトには才能がある。それは間違いない。しかしそれでも経験、技量においてはフェイトは闘牙にもシグナムにも敵わない。だがそれを覆すほどの勇気と決意。それがフェイトにはあった。


「くっ!!」

予想外のフェイトの攻撃にシグナムは咄嗟に自らの鞘を盾代わりにすることで何とかそれを防ぐ。だがフェイトはすぐさまその速度でその場を一瞬で移動し再び死角からシグナムに向かってその刃を振りかぶる。


「はあああっ!!」

同時にバルディッシュのカートリッジが装填され、その魔力が魔力刃に注がれる。その威力は先程までとは比べ物ならない。

そのことを瞬時に悟ったシグナムは一瞬でレヴァンティンを再び剣の形態に戻しカートリッジを装填する。あの攻撃に対抗するには自分も技を使うほかない。


「紫電一閃!!」

シグナムの言葉に応えるようにレヴァンティンの刀身に炎が発生しその力を爆発的に高める。そして互いに全力の一撃がぶつかり合う。

雷と炎。その力がせめぎ合いその衝撃によって周りのビルは崩れ去って行く。だが次第にレヴァンティンの炎がバルディッシュの雷を押し戻していく。やはり力ではシグナムに分がある。フェイトはそう判断し、その刃を受け流しながら再び距離を取る。だがその目にはあきらめは全く見られない。

フェイトはすぐさま自らの手を前にかざしながら魔法陣を作り出す。それを見て遠距離砲撃が来ることを悟ったシグナムもまたレヴァンティンをその鞘に納め、カートリッジを稼働させる。

フェイトとシグナム。二人の魔力が高まり、夜の空に激しい風が巻き起こり始める。そして


「プラズマスマッシャ――――!!」
「飛竜一閃――――!!」

互いの遠距離攻撃が同時に放たれる。

その光が自身の光以外はいらないとばかりにぶつかり合い、その衝撃によって辺りの建物は破壊されていく。そして二つの魔力は拮抗したまま大きな爆発を起こす。

同時にその粉塵が辺りを覆い尽くしていく。その粉塵によってシグナムはフェイトの姿を見失ってしまう。そしてそれこそがフェイトの狙いだった。


フェイトは自身の最高の速度を持って一気にシグナムの間合いに入り込み、その背後を取る。

並みの魔導師ならばまるでフェイトが瞬間移動したかのように映るだろう。それは高速魔導師としてのフェイトの真骨頂であり、奥義でもあった。

フェイトはそのままその魔力刃をシグナムに向かって振り下ろす。それはまさにこの戦いの決着に相応しい攻撃。だが


シグナムはそれをまるで予期していたかのような反応で頭を下げ、その攻撃をかわす。それは百戦錬磨のシグナムだからこそとれた行動。まさに『直感』だといってもいいものだった。


シグナムはそのまま振り返りながらレヴァンティンを振り切ろうとする。砲撃魔法を目くらましに使った上での高速移動魔法による斬撃。素晴らしい攻撃だった。だがそれでも自分は負けるわけにはいかない。シグナムはフェイトの強さを称賛しながらも攻撃をかわされてしまい体勢を崩したフェイトに向かってその剣を振り下ろす。

だがシグナムはその瞬間、驚愕の表情を見せる。自分が振り返った先。そこにまるで自分を待ち構えていたかのように魔力弾が設置されている。



それはフェイトが用意していたプラズマランサー。

フェイトは自信の『速さ』に絶対の自信を持っていた。

だがそれに頼りすぎになっていることをクロノに指摘され、それを改善しようと努力してきた。実際、闘牙にもなのはにもその隙を突かれ敗北してしまった。フェイトは魔法の同時発動や遠隔操作を苦手としている。だがそれを克服するためにこの半年、クロノに鍛えてもらっていた。その成果が今、発揮されたのだった。



「ファイアッ!!」

フェイトの合図と共にプラズマランサーがシグナムに向かって放たれる。いくらシグナムといえどそれに反応しきることはできず、その直撃をうけてしまう。フェイトはすぐさま崩れた体勢を立て直しながらシグナムがいるであろう場所を見据える。

誘導弾の弾着の煙が晴れたそこにはダメージを受けながらも健在なシグナムの姿があった。

シグナムは自らの周りに常にバリア式の防御を展開している。だがそれをもってしてもフェイトの攻撃を防ぎきることはできなかったようだ。シグナムは体勢を立て直し再びレヴァンティンを構えながら


「私はベルカの騎士、ヴォルケンリッターが将、シグナム。そして我が剣、レヴァンティン。お前の名は?」

そうフェイトに問う。それはかつて闘牙にも問いかけたもの。それはつまりフェイトのことをシグナムが認めたことを示していた。


「ミッドチルダの魔導師、時空管理局嘱託、フェイト・テスタロッサ。この子はバルディッシュ。」

フェイトはそう静かに答えながらバルディッシュを握る手に力を込める。


フェイトは戦いながら気づく。目の前のシグナム。いやヴォルケンリッター達が何か大切な理由のために闘っていることに。それはかつての自分と同じだった。

あの時の自分は自分がこれだと決めたことしか頭になかった。今でも母さんのために闘ったことに後悔はない。でもジュエルシードを集めることで誰かを傷つけ、世界を危険にさらしてしまったこと。それは許されないことだった。だけど自分はそれをせずに済んだ。

トーガとなのは。二人が自分を助け、導いてくれたから。だから今度は自分が目の前の騎士たちにそれを示さなければいけない。それが私が嘱託魔導師になった理由。


そして何よりもトーガのために自分は負けるわけにはいかない。自分が負ければきっとトーガはまた悲しい思いをしてしまう。もうあんなトーガの姿を見たくない。私はトーガに何度も助けられてきた。だから今度は私の番。

トーガと一緒に闘うこと。それが私の夢。そのために私は負けるわけにはいかない。



それがフェイト・テスタロッサの新たな決意、闘う理由だった。





地上のビル群の中、二つの人影が幾度もぶつかり合い、その衝撃によって建物が次々に破壊されていく。それはアルフとザフィーラの闘いによって起こっている光景。

拳と蹴り。それが凄まじい速さで数えきれない程交差していく。奇しくも二人は同じく肉弾戦を戦闘スタイルとしている。

そしてそのいでたち、能力もまさに瓜二つと言ってもおかしくない程酷似していた。そのことを二人は互いに戦いながら悟る。


「あああああっ!!」
「ぬううううっ!!」

アルフの強力な拳がザフィーラに向かって放たれるもザフィーラはその強力な防御によってそれを受け止める。

その衝撃によって二人の足元のアスファルトはまるでクレーターの様にめり込み、崩壊していく。


「あんたも使い魔だろうっ!?何でこんなことしてんだいっ!?」

アルフは叫びながらその拳にさらに力を込める。間違いなく目の前の男は自分と同じ使い魔だ。本能でそれが分かる。しかしそんなアルフの猛攻を受けながらもザフィーラは全く動じない。


「使い魔ではない……俺は守護獣だっ!!」

ザフィーラの咆哮と共にアルフは吹き飛ばされ一気に両者の間に距離が開く。だがアルフはすぐさま体勢を立て直しザフィーラに飛びかかって行く。それに合わせるようにザフィーラもまたアルフに向かって突進してくる。

両者の激突によって周りの建物がさらに崩壊していく。そして互いに手を掴みあい、両者の間に力比べが始める。


「ぐううううっ!!」
「はああああっ!!」

互いに手加減なし、全力を持って相手を押し込もうとするも二人の力は拮抗する。

そしてアルフは悟る。

目の前のザフィーラが主の命令ではなく、自らの意志で主のために闘っていることに。

それはかつての自分と同じだった。

自分もまた主人が間違っていると気付きながらもそれを正すことができなかった。

そして主は傷つき、自分もまた瀕死の重傷を負ってしまった。

しかしアルフは救われた。

闘牙となのは。二人が自分に力を貸してくれたから。

自分一人ではきっとフェイトを助けることができなかった。だからこそ自分は目の前のザフィーラにそれを伝えなければならない。

誰かの助けを借りること。それが主のためであることを知っているから。


そして自分は負けるわけにはいかない。これ以上闘牙に負担をかけないために。そしてフェイトを守るために。

闘牙がどこか無理をしているのは半年前から分かっていた。だがその理由を自分は知らない。おそらくフェイトも同じだろう。だがそれでも何度も自分たちを助けてくれた闘牙に借りを返すまでは自分は負けられない。


それがアルフの新たな決意、闘う理由だった。




新たな決意と闘う理由を手に入れたなのはたちの力に押されながらもヴォルケンリッター達は決して臆さない。

自分たちの闘う理由。守りたい者。それを知っているから。

自分たちが守護騎士だからではない。プログラムだからでもない。

八神はやてのために。

それが騎士たちの絶対に譲れない闘う理由だった。




闘牙はそんなフェイト達の闘いにただ目を奪われていた。

フェイト達は初めて会った時とは比べ物にならないほど成長し、あの騎士たちと互角に戦っている。その決意が、信念がモニターからでも伝わってくるようだ。

自分はフェイト達を守るために闘ってきた。だが心のどこかで自分はフェイト達よりも強く、フェイト達は弱い存在だと思ってしまっていたのかもしれない。

今、自分は闘えず、守られる立場にある。

それは初めての経験だった。

それがどんなに辛いか、無力さにさらされるか。闘牙はそれを知らなかった。

闘牙の脳裏にかつてのかごめの姿が、言葉が蘇る。


『私、犬夜叉と一緒に戦いたいの』


それはかごめがいつも自分に言ってくれていた言葉。その言葉の本当の意味を闘牙は今、初めて理解した。


知らず鉄砕牙を握る手に力が入る。


どうして自分はあそこにいないのか。


どうして自分はここで見ていることしかできないのか。


フェイト達は決して守られるだけの存在ではない。


共に闘う、いや闘いたい存在だ。


自分もフェイト達と一緒に戦いたい。仲間として。戦友として。闘牙は心からそう願うのだった………




三対三の闘い。それは拮抗したまま激しさを増していく。だが疲労によって皆、傷つき、消耗し始めている。もうすぐ決着がつく。そんな気配が戦場を支配する。



(エクセリオンモード………やるしかない……!)

なのははレイジングハートを握りしめながらもそう決意する。しかしそれはまだ未完成の諸刃の剣。最悪レイジングハートがそれに耐えきれない可能性もある。だがレイジングハートにはそれを分かった上でなのはを信頼し、その命を預ける覚悟がある。目の前のヴィータを倒すにはそれしかない。



(ギガントシュラークを使うしかねえ……!)

ヴィータはグラーフアイゼンを握りしめながらもそう決意する。それは自らが持つ最高の攻撃。だがそれ隙が大きく外せば致命的な隙を生んでしまう諸刃の剣。だが目の前の白い魔導師のシールドを破り、一気に決着をつけるにはそれしかない。



(ソニックフォーム……使うしかないかな……)

フェイトはバルディッシュを握りしめながらそう決意する。それは防御をさらに薄くし、速さのみを追求したフォーム。だが攻撃に当たればそれだけで致命傷となってしまう諸刃の剣。だが目の前のシグナムに勝つにはそれしかない。



(シュツルムファルケン……当てられるか……)

シグナムはレヴァンティンと鞘を握りしめながらそう決意する。それはレヴァンティンのもう一つの姿、弓形態から放たれるシグナムの最高攻撃魔法。だがそれをはずせば大きな隙をさらしてしまう諸刃の剣。加えて相手は凄まじい速度を持ったフェイト。だが目の前のフェイトに勝つにはそれしかない。


各々が自らの切り札の使用を決意し、そのタイミングをうかがう。

戦場に一気に緊張が張り詰める。まるで時間が止まってしまったかのような静けさが辺りを包み込む。そしてそれがついに弾けるかに思われたその瞬間、



凄まじい魔力を纏った雷が結界を破り、辺りを襲い始める。


なのはたちはそれに驚きながらも何とかそれを避けながらその場を離脱する。

騎士たちはそれがシャマルが持つ闇の書から放たれた魔法であることを悟り、戦闘を中断しその場を離脱することを決意する。



「テスタロッサ……悪いがこの勝負、預ける。」
「シグナム!」

シグナムはそう言い残し、すぐさま結界から脱出し離脱していく。それを追おうとするも無数の雷の前にそれは叶わなかった。


「おい、白いの!今度は負けね―からな、覚えとけ!」
「し……白いの!?」

ヴィータのあまりの言い草に困惑しながらもなのははヴィータを捕えることができない。


それに続くようにザフィーラも戦線から離脱し、後には破壊された結界となのはたちが残されただけだった。




これが二度目のヴォルケンリッター達との戦いの終幕。



戦いが終わったことに闘牙たちは緊張を解き、安堵する。


そして誰も気づいていなかった。





この戦いを見ていたもう一つの存在のことを……………





[28454] 第26話 「嫉妬」
Name: 闘牙王◆53d8d844 ID:e8e89e5e
Date: 2011/09/01 21:59
辺り一面が白に染っている。

それはまるでどこまでも続くようなそんな光景。

それが自分の目の前に広がっている。



(なんや……ここは……?)

そんな光景の中に一人の少女がいる。

それは八神はやて。


はやては誰もいない世界に一人佇んでいる。はやては自分が何故こんなところにいるのか、ここはどこなのか、様々疑問を持ちながらも歩き出す。だがどこまで行ってもそこには何もない白い世界が広がっているだけだった。そんな中、はやてはあることに気づく。それは


(あれ……私、今……歩いてる……?)

自分が知らない内に歩いていること。同時に理解する。ここは現実ではない。夢の中なのだということを。それに気づき、再び顔を上げたその先には先程まで何もなかった場所に一つの人影があった。


(あれは…………)

はやてはその人影に目を奪われる。

その人影は女性だった。次第にその姿がはっきりと見えてくる。

長い銀髪、そしての目は深紅。年はシャマルやシグナムと同じぐらいだろうか。それははやてが会ったことのない女性だ。

だがはやては激しい既視感に襲われる。まるで何度もあったことのあるような。そんな感覚がはやてを支配する。はやてはそのまま銀髪の女性に向かって声を掛けようとする。だがはやては声を出すことができなかった。


(なんで……なんで声が出えへんの……?)

はやてはいきなりことに驚くことしかできない。ここは夢の中。その証拠に自分は動かないはずの足で歩くことができた。

なのに今、自分は声を出すことが、そして体を動かすことができなくなってしまっている。まるで金縛りにあってしまったようだ。

銀髪の女性はそんなはやてに視線を向ける。二人の視線が交差する。そしてはやては気づく。

その女性がまるで自分を見守っているような、そんな優しい眼を自分に向けていることに。そして同時に深い悲しみと寂しさ。そんな矛盾した感情がその瞳にはあった。

そしてしばらく二人が見つめ合った後、女性は振り返り、そのまま自分から離れていこうとする。

瞬間、はやては理解する。

あの子を一人にしてはいけない。

あの子はきっと自分にとって大切な子。

なら自分があの子を引きとめてあげなくては。

はやてはそう直感し何とか女性を呼びとめようとするもそれは叶わない。


はやてはただその寂しげな背中を見続けることしかできなった…………




「ん…………。」

はやてはそう声を漏らしながらゆっくりとベッドから体を起こし辺りを見渡す。どうやら今日はいつもより寝坊してしまったようだ。すでに外は明るく、カーテンから朝日がさしている。

同時にはやては自分が何か夢を見ていたことに気づく。だがそれがどんな夢だったか思い出すことができない。でもそれは何か大事な夢だったような。そんなことを考えていると


「ううん………はやて………。」

自分の横でまだ夢の中にいるヴィータがそんな寝言を漏らす。その顔は本当に幸せそうだ。そんなヴィータの姿を微笑みしく思いながらはやてはヴィータの頭に手を置き、撫でる。それがはやてのいつもの朝の光景だった。



「おはよう、シャマル、シグナム、ザフィーラ。」

車いすに乗ったはやてがそう言いながらリビングに入ってくる。すでにリビングにはヴィータ以外の三人の姿がある。

「おはようございます、はやてちゃん。」
「おはようございます。」

シャマルは台所で朝食を作りながら、シグナムはソファで新聞を読みながらそう挨拶を返す。ザフィーラは犬の姿のままはやてに近づいていき、その頭を撫でてもらっている。

「ごめんな、シャマル。今日はちょっと寝坊してしもうた。」

「いいんですよ、はやてちゃん。今日は私が作りますからそのまま寛いでてください。」

はやての言葉を聞きながらもシャマルはそう優しく答えながら朝食の準備を整えていく。その手際は最初にこの家にやってきた頃からは想像ができない程だ。

はやてにとってシャマルは優しいお母さんといった存在だ。といっても見た目も性格もそんな年齢ではないのだが。主にはやての日常のサポートを一番にしてくれているので自然とそんなことを感じるようになっているのだった。

「シグナムは今日も稽古に行くん?」

「ええ、傷ももうすっかり良くなりましたし。」

ソファに座って新聞を読んでいるシグナムに近づきながらはやてはそう尋ねる。シグナムはいつもと変わらない凛とした雰囲気でそれに応える。

はやてにとってシグナムは頼れるお姉さんというような存在だった。その物腰、雰囲気からとても頼りになる。一度まるでお父さんの様だと言ってしまった時にはさすがにショックだったのか、困惑していたのでそれからはそれは禁句になっている。最もそれを聞いてしまったヴィータから度々ネタにされてしまっているのだが。

「ほうか、でも怪我せんようにな。」

「はい、ありがとうございます。」

そう一応釘をさしながらもはやては自分の隣に座っているザフィーラを撫で続けている。

ザフィーラは本当は男性の姿にもなれるのだが家にいるときはほとんど犬の姿で過ごしている。物静かで自分からしゃべることは少ないがとても頼りになる存在だ。よくその背中に乗せてもらって移動することがはやての楽しみの一つでもあった。


「うう………おはよう……」

そんな中、寝癖が直っていないままぬいぐるみを手にもってるヴィータがリビングに姿を現す。どうやらまだ寝ぼけてしまっているようだ。昨日はいつもより遅くまで自分と一緒にテレビを見ていたせいだろう。

「ヴィータちゃん、ちゃんと寝癖を直してから来なさい。もうすぐ朝ごはんだから。」
「はーい………。」

そんなまるで親子の様なやり取りをシャマルとしながらヴィータはそのまま洗面所に向かって行く。

はやてにとってヴィータは妹のような存在だ。騎士たちの中でも一番年齢が近いということもあって特にはやては可愛がっている。初めは人見知りが激しかったが、今では本当の姉妹の様な関係になっている。


「そういえば……みんな、明日には前言ってたすずかちゃんを夕食に招待しとるからそのつもりでな。」

はやてはそう騎士たちに伝える。それはずっと前からしていたすずかとの約束だった。


「そういえば……この間、図書館で知り合った女の子でしたよね?」

「そうですか……では夕食には戻ってくるようにします。」

そんなはやての言葉にシャマルとシグナムはそう嬉しそうに答える。自分たち以外の、それもはやての友達が来ることは騎士たちがこの家に来てから初めてのことだったからだ。ザフィーラもはやてに寄り添うことでそれを伝える。


「よろしくな、私も腕によりをかけてご飯作るから楽しみにしといて!」

はやては自分の腕をまくりながらそう元気よく宣言する。はやては一人暮らしをしていたおかげもあり料理には自信がある。初めて友達を夕食に招待すると言うことで張り切っているようだ。

「ほんと!?はやての料理はギガうまだからな!!」

そんなはやての言葉を聞きつけたヴィータがそう嬉しそうな声を上げながらリビングなやってくる。特にヴィータははやての料理には目が無く、期待が膨らんでしまっているようだ。そんなヴィータにはやてたちの間に笑いが起きる。そんなはやてにたちにヴィータ赤くなりながらも反論していく。


それがはやての日常。


家族がいて、友達がいる。本当に自分が心から望んでいた生活。

きっかけは誕生日に起動した闇の書。

初めは驚き、戸惑いもあったがそれもあっという間になくなった。

騎士たちも最初は生活に戸惑いがあったようだがこの半年ですっかりそれもなくなり、自然にこの世界で生活を送れるようになった。

誰かと一緒にご飯を食べて、一緒にお風呂に入って、一緒に寝る。

それははやてが本当に心から望んだ、自分の夢だった。そしてそれが今、現実になっている。

自分は足が悪く歩くことができない。でもそんなことを忘れることができるぐらい、はやては今、幸せだった。



今がずっと続けばいい。はやてはそんなことを一人、願い続けるのだった………




夜の海に面した砂浜の中に犬夜叉の姿をした闘牙の姿がある。そしてその周りの海岸は妖怪化した闘牙の力によって無残な姿になってしまっている。

闘牙は一人、鉄砕牙を砂浜に突き刺したままその場に座り込んでいる。その視線は海に向けられているがその目はさらに遠くを眺めているようだった。

妖怪化の制御の修行を始めてから既に一週間以上が過ぎ去っている。だが妖怪化の制御を闘牙は全く行うことができないでいた。最初は自分の焦りによるものがあるのだとそう闘牙は考えていた。だが今、自分はあのときよりも落ち着き、冷静に妖怪化の制御に挑んでいる。それは先のなのはたちの闘いを見たからでもある。


なのはたちの成長した姿。

それを見て闘牙は自分がなのはたちの力を見誤り、自分が闘わなけらばいけないと言う強迫観念の様な物に囚われていたことに気づくことができた。

だがなのはたちは既にあの騎士たちと互角に戦える程の力を手に入れている。そしてクロノやエイミィ、リンディもそのサポートについている。なら自分は焦らずに確実に再び戦えるように修行をすればいいと、そう考えることができた。


だが気になることもある。

それは謎の仮面の男の存在。

クロノは先の戦闘でシャマルを補足し、逮捕寸前まで追い詰めた。だがその瞬間、仮面をつけた謎の男の乱入によってそれを邪魔され、結果騎士たちを逃がしてしまうことになってしまった。

そしてその強さも驚きに値する。あのクロノを仮面の男は体術だけで退けたことになるからだ。どうやら騎士たちの仲間ではないようだがその目的も不明。事態は混迷を深めつつある。



なのはたちと共に戦いたい。それが今の闘牙の願いだった。だがそれでも自分は妖怪化を制御することができない。

何か自分は根本的な間違いを、勘違いをしているのではないか。そんな不安が闘牙を支配し始める。



闘牙は大きな溜息を吐いた後、思考を切り替える。


それはこれからのこと。


騎士たちとの戦い。それは恐らくそう長く続くことはないだろう。もしかしたら自分は闘えないまま終わってしまう可能性もあるが、なのはたちなら自分がいなくともうまく対処することができるだろう。もっとも自分もこのまま指をくわえて見ているつもりは毛頭ないのだが。


そしてそのさらに先のことに闘牙は思いを馳せる。それは闘牙がこれまで考えていなかった、いや考えようとしなかったこと。


今、自分は翠屋で働いている。それは高町家の好意に甘える形でだ。自分もその仕事があんなに楽しい物であることは知らなかった。最初はなし崩し的始めた仕事ではあったがこんな仕事を続けるのも悪くない。そんな風に感じ始めている。


なのはとフェイトは恐らく魔法に関係した道に進むことになるだろう。それは確信に近い物だった。

特になのはは初めて出会った頃からずっと見ていた闘牙にはよく分かる。なのはなら魔法という力を正しく使うことができるだろう。もうすぐ帰ってくるユーノもその力になってくれるはずだ。

フェイトも恐らくはそういう道に進んでいくのだろう。だがアルフはもちろん、恐らく新しい家族になるであろうリンディ、クロノの存在がある。きっと彼らがいれば大丈夫だろう。


そして自分自身。


自分は闘う力は持っているがその力は魔法ではない。今は外部協力者ということで大目に見てもらってはいるがこの先はそうはいかない。時空管理局は基本的に質量兵器の使用は禁止しているらしいからだ。だが元々自分は闘うこと自体が好きなわけじゃない。無理にそういう仕事に就く必要もないだろう。


もう一度学校に通う。それも選択肢の一つだ。高校からはもう厳しいかもしれないが勉強して大学に進学すると言う手もある。学校に通う。それはかごめとした約束でもある。


闘牙は一人、静かにこれからの自身の未来を考える。




そして気づく。




今、俺は自分の未来のことを考えていたはずだ。




なのにどうして



どうして俺はまるで他人事の様にそれを考えているんだ………?





闘牙は気づく。


自分のことをまるで他人の様に考えている自分自身に。


自分はこの感覚を知っている。


それは初めてなのはと出会い、暴走体によって重傷を負わされた時。



『誰かを守れる力が欲しい』


あの時の強い想いがあったから今、自分は再び立ち上がることができた。


あの時の想いは今もまだ自分の中にある。


だが



それと同じぐらい心の中で俺は――――



あのまま死んでも構わないと――――――






瞬間、闘牙は自分の顔面に拳を叩きつける。


それは恐れ。


気づいてはいけない。


それに気づいてはいけない。


それに気づいてしまったら俺はもう――――――





闘牙は立ち上がり鉄砕牙を手に取ったままその場を後にする。まるで何かから逃げ出すかのように……………






「それで……フェイトはあれから闘牙と遊びに行ってるの?」

アリサが興味深そうに自分の隣で弁当を食べているフェイトにそう尋ねる。今、アリサ達はいつもの四人で集まり、屋上で昼食を取っている最中だった。すずかもそんな二人の話に聞き入っている。

「ううん……トーガはいつも翠屋で働いてるし……前もう一度家に行ってみたんだけど留守だったんだ。」

そんな二人の様子に気圧されながらもフェイトはそう答える。

実際闘牙はほぼ毎日と言っていいほど翠屋で働いており、休みの日も妖怪化の制御の修行で出かけているためフェイトと出会う機会が少なかった。もっと遊べると思っていたフェイトはそのことに少し寂しさを感じているのだった。そんなフェイトの様子を見て取ったアリサは

「それなら……そうよ、闘牙にデートの約束をすればいいのよ!」

突然大きな声を出しながらそうフェイトに提案する。それは本当にただの思いつきだったのだが。

「でーと……?」

そんなアリサの様子に驚きながらフェイトは疑問の声を上げる。デートが何なのかをフェイトは知らなかったからだ。アリサはそんなフェイトに自慢げに説明する。

「デートっていうのはね、好きな人と遊びに行くことよ!」
「ア……アリサちゃんっ!!」

声高らかに宣言するアリサにすずかが慌てて制止に入る。アリサは初めなぜすずかが自分を止めようとするのか分からなかったがすぐその理由に気づく。

フェイトは自分が闘牙を好きなことに気づいていない。にも関わらず自分がそのことを言ってしまった。アリサは一気に血の気が失せ、背中には冷や汗が流れ始める。そして恐る恐るフェイトに目をやる。だが

「へえ……そうなんだ……。」

フェイトは特に気にした風もなくそうアリサの言葉に頷く。どうやらアリサの言った好きの意味とは違う意味として捉えてくれたようだ。もしかしたらそういう好きという感情をまだよく分かっていないのかもしれないが。とにかく心配した事態にはならずアリサとすずかは胸をなでおろす。

「じゃあいつ行くかと場所を考えましょう!ちょっとなのは、あんたもさっきからぼーっとしてないで考えなさいよ!」

調子を取り戻したアリサはそう言いながら先程から一言も発していないなのはに向かってそう話しかける。だがなのははそんなアリサの声が聞こえていないのかまだぼーっとしているままだった。

「ちょっと、聞いてんの、なのは!?」

「ご……ごめん……アリサちゃん……」

いつも通りアリサにもみくちゃにされるなのはにフェイトとすずかは苦笑いするしかない。

だがそんな中、なのはの頭の中にはすでに一つのことで一杯だった。


それはユーノのこと。


今日の夕方、二週間ぶりにユーノが帰ってくることになっていたからだ。




「お……お邪魔します!」

なのはは肩で息をしながらもそう言いながらアースラの本部の部屋に入って行く。待ち切れなかったなのははフェイト達よりも先に走って帰って来たのだった。その目には喜びが満ちていた。

二週間。

言葉にしてみればなんてことのないような時間だがなのはにとっては今まで一番長い二週間だったかもしれない。そう感じるほどの物だった。

何度か連絡をしようとしたのだが時間が会わず結局できずじまいだった。でも訓練の方は順調に進んでいるらしいことはクロノからは聞いていたため安心することができていた。

なのはは慌てて走ってきてしまったため乱れてしまった髪と服装を直しながら部屋に入って行く。

いつも会っているユーノに会う。

なのになぜか緊張してしまう自分を感じながら意を決して部屋に入ったそこには



モニターの向かって話をしているクロノの姿があるだけだった。



「……………あれ?」

そんな光景になのははそんな声を上げてしまう。周りを見渡してみるもそこにユーノの姿は見当たらない。

間違いなく今日がユーノが帰ってくる日だったはず。

もしかして入れ違いでユーノは先に家に帰ってしまったんだろうか。そんなことを考えていると


「………ああ、なのはか。すまない、すぐに連絡しようと思っていたんだが……。」

いつの間にか部屋にやってきているなのはに気づいたクロノはそう言いながら自らが話していたモニターをなのはに向ける。そこにはいつもと変わらないユーノ・スクライアの姿があった。


「ユ……ユーノ君っ!?」

『な……なのはっ!?ひ……久しぶり、元気だった?』

驚きの声を上げるなのはにどこか照れくさそうにしながらもユーノはそう声を掛けてくる。その姿も仕草もなのはが知っているユーノと全く変わっていなかった。そのことに喜びながらもなのはは疑問の表情を浮かべる。

ユーノは今日帰ってくる予定だったはず。なのになんで本局にいるままなんだろう。そんななのはの様子に気づいたクロノがどこか罰が悪そうに説明をする。


「本当なら今日戻ってくる予定だったんだが……少し頼みごとをユーノにしてもらいたくてもう少しあっちで仕事をしてもらうことになったんだ……」

「頼みごと……?」

なのはの不思議そうな顔を見ながらもクロノは説明していく。


『無限書庫』

それは時空管理局本局内にある世界の書籍やデータが全て収められた超巨大データベース。

そこは、『世界の記憶を収めた場所』と呼ばれるほどの場所。

クロノはユーノにそこで闇の書に関する情報を探ってほしいと頼んできた。


無限書庫はその名の通り、膨大な量の資料があるものの、その数故に整理ができておらず資料を探すことは困難を極めていた。だがユーノ達スクライア一族は遺跡や古代史探索など過去の歴史の調査を本業としており、それらはいわばお手の物。そこでクロノは修行がひと段落したユーノにそれを依頼することにしたのだった。

なのはたちがカートリッジシステムを手に入れ騎士たちと互角に戦えるようになったこと。ユーノ自身のデバイスもまだ完成していないことからユーノもそれを了承することにしたのだった。

そして何よりも闇の書について今分かっている以上のことが何も分かっていないと言うこと。それがクロノとユーノにとって大きな不安要素だったからだ。先の戦闘でもシャマルは闇の書の魔法を行使してきた。

それはクロノにとって予想外だった。闇の書の力を行使できるのは主だけだと思っていたからだ。守護騎士をとらえれば何とかなると思っていたがどうやらそう一筋縄ではいかないらしい。もしこれ以上大きな見落としがあっては取り返しがつかない。

ユーノもこれもなのはを、仲間たちを守るためには必要なことだと判断し、本局に残ることにしたのだった。



「そうなんだ………」

どこか残念そうな表情を見せながらなのははそう呟く。今日会えると思っていただけに期待が裏切られたなのははそのまま俯いてしまう。

『だ……大丈夫だよ、なのは。調べ物が終わったらすぐに帰るからそれまで』
『あ、ユーノ。どこに行ったかと思えばこんなところに!』

そんななのはの様子を見て取ったユーノがそう口にしようとした瞬間、ユーノは突然、誰かに抱きつかれてその場に倒れ込んでしまう。

それはリーゼロッテの仕業だった。

ロッテは抱きついたままユーノをもみくちゃにしていってしまう。その姿に同じ弟子としてクロノも同情せざるを得ない。

『すぐ帰るなんてそんな寂しいこと言うなよ~!無限書庫でも手伝ってあげるんだから師匠の言うことは聞きなさい!』
『ちょ……ちょっと…!離して……ロッテさん!』

息も絶え絶えに抵抗しようとするも近接戦闘のエキスパートであるロッテから逃れることなどできるわけもない。そして




「…………………」

そんなユーノの様子を冷たい視線で眺めているなのはの姿があった。



『な……なのは……?』

そんな様子に気づいたユーノがそんな恐る恐るといった風な声を出す。まるでモニターからでもその空気が伝わっているかのようだ。

それを直に感じ取ったクロノは静かに既にその場から姿を消していた。

そしてしばらくの沈黙の後





「ユーノ君の……バカ――――!!」

なのははそんな叫びを残したまま部屋を去って行く。

ユーノはそんななのはの叫びを聞き、呆然とするもそのままロッテにいいようにおもちゃにされ続けるのだった………。




夕食の時間の高町家に闘牙の姿がある。今日は遅くまでのシフトで桃子に夕食に誘われ、久しぶりに御馳走になることにしたのだった。そして一人、闘牙がリビングでくつろいでいると


制服姿のなのはが玄関から戻ってきたことに気づく。


だがユーノの姿が見当たらない。確か今日はユーノが帰ってくる日。

それを迎えに行くとなのはが嬉しそうに言っていたため、闘牙は気を利かせてなのはだけに迎えを任せたのだった。


「おい、ユーノはどうしたんだ、なのは?」

闘牙はそうなのはに何の気なしに尋ねる。それはある意味当然の疑問。闘牙に全く非はなかった。だが



「……………っ!」

その瞬間、なのはは鋭い目つきで闘牙を睨みつけてくる。




その迫力と剣幕に闘牙は思わず固まってしまう。

それはこれまでで見たことない本気のなのはの怒りだった。

なのははそのまま階段を駆け上り自分の部屋に帰って行ってしまう。


闘牙はそんななのはを見ながら気づく。あの感覚。自分はそれを知っている。


それは桔梗にキスをされたところを見られた後のかごめのもの。






本能で状況を悟った闘牙は心の中でユーノに手を合わせることしかできなかったのだった…………



[28454] 第27話 「遭遇」
Name: 闘牙王◆53d8d844 ID:e8e89e5e
Date: 2011/09/03 11:41
まだ日が昇ってから時間が経っていない早朝、白い息を吐きながら歩いている少年の姿がある。それは翠屋に向かっている闘牙の姿だった。

今日は朝早くからの仕事になっており、店の準備や仕込みのために早朝から働きに出ているのだった。今では厨房にも入るようになっているため、初めに比べれば格段に任せられる仕事も増えているためそのことにやりがいを感じている。なんだかんだで楽しんで仕事をすることができている闘牙だった。


そしてそれほど時間を掛けずに闘牙は翠屋に辿り着く。闘牙のアパートはそれほど離れた場所ではないのでそれも助かっている理由の一つだ。

そして闘牙は翠屋の中に灯りが付いていることに気づく。いつもこの時間なら自分が一番早くに来るのでまだ誰もいないはず。士郎か桃子だろうか。そんなことを考えながらドアを開けて店内に入った瞬間、



「いらっしゃいませ―――!!」

なぜかメイド服を着ているアルフの大きな声が店中に響き渡った。




「…………………」

闘牙はそのまま静かにしばらくアルフに向けて視線を向けた後


踵を返し、そのまま店から出ていこうとする。




「ちょっ……ちょっと!!どこいくのさ、闘牙!?せっかく出迎えてあげたっていうのに!?」
「アルフ…………。」

アルフは慌てて闘牙にしがみつきながらなんとか引き留めようとするもそのまま引きずられて行ってしまう。店内にいたフェイトはそんなアルフを見ながら恥ずかしそうに顔を赤くすることしかできない。

どうやら面倒くさいことになりそうだ。そんなことを考え、大きな溜息をつきながら闘牙は仕方なく、そのまま翠屋に戻って行くのだった………



「で………その格好は何なんだ……?」

何とか落ち着きを取り戻した闘牙はそのまま店の準備をあらかたすませた後、そう言いながら改めてアルフとフェイトに向かい合う。今日は休日であるためフェイトも来ているようだ。

闘牙はそのまま再びアルフの姿に目をやる。その姿は間違いなくメイド服だった。だがなぜそんな恰好をしているのか、というかどこからそんなものを手に入れてきたのか。


「おかしいのかい?前テレビでは喫茶店ではメイド服で女の子は働いてるって言ってたのに。」

アルフはそう不思議そうな顔をしながら自らが着ているメイド服をいじりまわしている。どうやらテレビの、しかもあまり一般的ではない知識に振り回されてしまったらしい。


「確かにそういうところもあるが………それよりその服どこで手に入れてきたんだ?」

「これ?これはすずかの家のメイドからもらってきたんだ。何でも、もう古くなったからって。」

闘牙の疑問にそうアルフは胸を張って答える。そういえばすずかの家は大きな屋敷でメイドもいたことを闘牙は思い出す。どうやらアルフもフェイト一緒にいろいろと遊びに行っているらしい。

「そうか……で、今日は何しに来たんだ?悪いが今日は仕事だから遊びには行けねえぞ?」

闘牙はそういいながら店の開店の準備に入って行く。フェイトと一緒に来たということは恐らく遊びに来たのだろうが流石に仕事をほっぽり出すわけにはいかない。ならなのはと一緒に遊んでいけばいいとそう提案しようとするが

「心配いらないよ、今日私たちは翠屋の手伝いできたんだから!ね、フェイト?」
「う……うん。」

そう言われることは分かっていたと言わんばかりにアルフはそう自信満々に答える。フェイトもそんなアルフに続くように頷く。そんな三人の様子を厨房にいる桃子が楽しそうに眺めている。どうやら桃子はそのことを知っていたようだが自分にわざと教えなかったのであろうことを闘牙は察する。

「…………いろいろ言いたいことはあるが邪魔だけはすんじゃねえぞ。それとその耳は人前では出さないようにしろ。」

闘牙は頭をかきながらそうアルフに釘を刺す。アルフの知り合いのほとんどはアルフが使い魔であることを知っているため隠す必要はないが店で働くなら話は別だ。流石に一般人相手に見られるわけにはいかない。だが

「いいじゃないか、この世界の人間も同じようなもの付けてたよ?たしか……こすぷれとかいったっけ……?」

アルフはそう思い出したようにそれに応える。闘牙はそんなアルフの答えに呆れるしかない。どうやらアルフの知識はかなり偏ったものであるらしい。

「それに闘牙も犬夜叉の姿になればいいじゃないか。それならそう言う場所だってみんな分かってくれるさ!」

アルフは名案を思いついたとばかりにそうはしゃぎ始める。そんな訳の分からない理論を聞きながら闘牙は頭を抱える。

動物の耳を着けた自分とアルフが翠屋で並んで働く姿…………………嫌過ぎる。


「あら、いいじゃない。楽しそうだし、私は構わないわよ?」

そんな闘牙とアルフのやり取りが可笑しかったのか、笑いながら桃子はそう告げる。闘牙はそんな桃子の様子からその言葉が冗談ではないことを悟り、慌てながらそれを否定する。

だがアルフはまだ納得がいかないのかそれに噛みついてさらに騒ぎたてていく。まだ開店してもいないのに店はいつも以上に騒がしくなってしまっていた。

そんなやり取りをしながら闘牙はふとあることに気づく。それはフェイトが先程から一言も言葉を発していないこと。物静かなフェイトだがここまで静かなのは闘牙の記憶の中でも初めてだった。


「どうしたんだ、フェイト。調子でも悪いのか?」

「え…………う、ううん、そんなことない!」

何か考え事をしていたのか、闘牙に話しかけられたことに驚き、フェイトはあたふたしてしまう。相変わらず落ち着きがない奴だなと闘牙が考えていると

「ト……トーガ………お願いがあるんだけど………」

フェイトはどこか緊張し、手をもじもじさせながらそう闘牙に切り出してくる。その姿は何か言いづらいことを言おうとしているかのようだ。

「ああ……何だ?」

闘牙はそんなフェイトの姿に既視感を感じる。それは以前、自分のアパートに遊びに来た時の物。まだその時にやり損ねたことがあったのだろうか。

フェイトは一度大きな深呼吸をした後


「ク……クリスマスイヴに、私とデートしてくれない……?」


そう意を決したようにフェイトは闘牙に約束を持ちかける。フェイトは今日、それを言うために翠屋に訪れており、そのため来てからずっと無言のままだったのだった。


「デート……?」

闘牙はそんなフェイトの言葉に面喰ってしまう。デートと言う言葉もだがそんな言葉がフェイトから出てきたことの方が驚きだった。闘牙は改めてフェイトに目を向ける。フェイトは恥ずかしさのあまり顔を俯かせてしまっている。そしてそんなフェイトの姿をどこか楽しそうにアルフが見つめている。そんな二人の姿に闘牙は恐らく、アリサかアルフ辺りがフェイトにそんなことを焚きつけたのだろうと気づく。


「デートか………でもイヴはな………。」

闘牙はあごに手を当てながら難色を示す。

クリスマスイヴ。

それは翠屋にとって一番の稼ぎ時であり、そして毎年恒例の地獄の忙しさになる。まだ実際に体験したことはないが士郎や桃子、なのはの話からそれが比喩ではないことを闘牙は理解していた。そんな日にある意味、店員の中ではリーダーに近い位置にいる自分が抜けるわけにはいかない。

そんな闘牙の姿にフェイトは目に見えて落ち込んでいってしまう。

『デート』

それがどんなものであるかフェイトは完全に理解しているわけではなかった。それでもそれが何か特別なものであることはアリサの話や本などで調べて何となく分かった。

前、トーガと一緒に公園に行ったこと。あの時は本当に楽しかった。きっとデートはあれよりも楽しいことなのだろうと、そうフェイトは期待していた。しかし闘牙の反応からそれが難しそうなことを感じ、フェイトは意気消沈してしまう。しかし


「……じゃあ、イヴの前に行けばいいんじゃないかしら。それならお休みもあげられると思うし。」

そんなフェイトの姿を見かねた桃子がそうフェイトに助け船を出す。その言葉に闘牙は気づいたような顔をする。確かにイヴには難しいがその前なら何とかなるだろう。


「そうだな………じゃあ、二十三日でどうだ?イヴじゃあなくなっちまうが………」

闘牙はそうフェイトに提案する。妥協案だが仕方がない。もしイヴに何か強いこだわりがあるなら悪いが今回は断るしかない。そう闘牙は考えていたが

「う……うん!それでいい!」

フェイトはそうすぐさま闘牙の言葉に応える。闘牙はそんなフェイトの勢いに思わずのけぞってしまう。元々イヴと言うのはアリサの提案であり、フェイトはそれほどそれにこだわっているわけではなかったからだ。

「そ……そうか。じゃあ、二十三日ってことでいいな?」

「うん、ありがとう、トーガ!」

闘牙と約束できたことが本当に嬉しかったのかフェイトは満面の笑みでそれに応える。そんなフェイトの姿に闘牙たちは思わず微笑んでしまう。


(デート………か……)

よく考えれば自分はデートなんてしたことがない。

もしかしたらこれが初デートと言うことになるのかもしれない。もっとも相手はフェイトなので一般的なデートとは言えないが。

恐らくアリサ達から言われただけでフェイトもよく意味が分かっていなのかもしれないがあんなに嬉しそうにしているのなら約束する甲斐もあると言う物だ。

ならフェイトを楽しませてやれるように計画を立てることにしよう。



闘牙は自分でも知らない内に不安定になっていた自分の心が安らいでいることに気づくのだった…………




正午過ぎの街へと続く大きな大通りの中、闘牙は一人、歩いている。

それは翠屋の買い出しのためだった。週に一回は闘牙は店員の中で唯一の男性であるということで買い出しに行くことが日課になっていた。先程までの仕事を思い出して闘牙は大きな溜息をつく。

案の定、アルフは仕事中にも問題ばかり起こしてくれた。注文された料理に向かってよだれを垂らしたり、人目があるにもかかわらずいつもの身体能力で動いたりとやりたい放題だった。まだフェイトの方が何倍も働いてくれるという何とも情けない結果だった。


闘牙はそんなことを考えながらいつも買い物をしている店に向かって歩いていく。

そしてその姿は犬夜叉の姿だった。

もちろん、火鼠の衣ではなく私服、そして頭には帽子をかぶっている。それは大量の買い物をする時のいつもの闘牙のスタイルだった。

この姿ならどんなに大量の買い物をしても疲れることなく持ちかえることができる。桃子もそれを見越して普通ならありえないような量の買い物を頼んでくる。できるだけ不自然にならないように気をつけてはいるがそう言った意味では自分もあまりアルフのことを偉そうに言えないかもしれない。そんなことを考えていると



「あれ……闘牙君……?」

そんな声が自分の近くから聞こえてくる。闘牙は驚きながらその方向へと振り返る。犬夜叉の姿の自分を知っている人はかなり限られていたからだ。そして振り返った先に


月村すずかと見たことのない車いすの少女の姿があった。



「おう、すずかか。久しぶりだな。」

すずかに気づいた闘牙はそう何気なく挨拶する。それはフェイト達と一緒に翠屋に来て以来になるのでかなり久しぶりの再会だった。すずかもそれに嬉しそうに答える。いつも穏やかなすずかだが今日はいつも以上に楽しそうだった。

そして闘牙はそのままその隣にいる車いすの少女に目を向ける。それは闘牙が初めて見る少女だった。

年はすずかと同じぐらいだろうか。もしかしたらクラスの同級生なのかもしれない。だが車いすのクラスメイトの話は一度もなのはやフェイトからは聞いたことはなかった。


「紹介しますね、私の友達の八神はやてちゃんです。」

「八神はやていいます。初めまして。」

すずかに紹介され少し照れくさそうにしながらそうはやては自己紹介をする。その姿からどうやらすずかとは仲がいい友達であることが伝わってくる。


「はやてか……俺は闘牙って言うんだ。よろしくな。」

闘牙はそう言いながらはやてたちに近づいていく。


しかしその瞬間、闘牙は何かに気づいたように突然その動きを止めてしまう。



「………どうかしたん?」
「闘牙君………?」

そんな闘牙の様子に驚きながら二人は戸惑いの声をあげる。だが闘牙はそんな二人の声が耳に入っていないかのようにその場に立ちつくしてしまう。


その目は見開き、そしてその視線ははやてに釘づけになってしまっていた。




(これは……………)


闘牙はそのままはやてを見つめ続ける。


闘牙は今、驚愕していた。


それははやての匂い。


犬夜叉の姿をしている自分にはそれが分かる。


はやての匂い。その中にヴォルケンリッター達の、騎士たちの匂いが染みついていることに。

騎士たちが恐らく近くに潜伏していることはクロノから聞き闘牙も知っていた。ならすれ違った人間にその匂いが残っていても不思議ではない。

だがはやてから感じる匂いはそんな物ではない。それは間違いなく一緒に暮らしていなければつかないような匂いだった。



そして闘牙はふと我にかえる。そこには不思議そうに自分を眺めている二人の姿があった。


「す……すまねえ。ちょっと考え事しててな………。」

闘牙は慌ててそうその場を取り繕う。だがその内心はまだ混乱の中にあった。そして同時に気づく。はやてから本当にわずかだが魔力を感じることに。それは闘牙だから分かるほどの本当にわずかなものだった。そして悟る。

目の前の少女、八神はやてが闇の書の主であるということに。それは闘牙の直感と言ってもいい物だった。


「なんや面白いお兄さんやな。」

そんな闘牙の胸中など全く気付かずはやてはそう面白そうに笑いながら闘牙に話しかけてくる。それに続くようにすずかも笑いを漏らす。闘牙はそんな二人を見ながらもう少し様子を見てみること決意する。もしはやてが危険な魔導師であればすずかに危険が及ぶ可能性もあったからだ。


「お兄さん珍しい髪と目の色しとるな。外人さんなん?それともハーフとか?」

はやては興味深々と言った様子でそう闘牙に質問してくる。確かにこの姿ではそう見られても仕方ない。

なんせ銀髪に金色の瞳。通りすがりの人からも好奇の目で見られることは日常茶飯事だった。だが最初はそれに戸惑っていたが今はすっかり慣れてしまっていたため闘牙はそんな質問に戸惑ってしまう。


「あ……ああ。………俺はハーフなんだ。」

闘牙は戸惑いながらそう質問に応える。それは嘘ではない。実際犬夜叉は人間と妖怪の間に生まれた半妖。ハーフと言ってもおかしくない存在だったからだ。事情を知っているすずかはそんな闘牙の言葉を面白そうに聞き入っている。


「そういえば今日はどうしたんだ。何か用事でもあるのか?」

闘牙はそう話題を変えようと二人に尋ねる。ここは街に向かう大通り。どこかに出かけようとしていたのだろうか。

「今日、はやてちゃんの家の夕食にお呼ばれしてて……その前に図書館で本を借りてきたところなんです。」

「そうなんや。」

二人は笑い合いながらそう闘牙の質問に応える。その姿は本当に楽しそうな友達同士の姿だった。そんな二人の姿に闘牙は見入ってしまう。

目の前の少女。はやてはとても闇の書を、魔力の蒐集を命じるような人間だとは思えない。

だがまだ油断するわけにはいかない。

魔導師にとって年齢が大きな判断材料にならないことを闘牙は知っている。なのはとフェイト。二人は九歳の少女にも関わらずあれだけの力を持っている。今の二人を相手にするのは今の自分でも苦労するだろう。はやてにそれだけの力がないとは言いきれない。そして闘牙は決意する。



「すずか、はやて………俺もその夕食に一緒に行きたいんだが……いいか?」

闘牙はそうどこかいつもより低い声で二人に話しかける。それはまるで今の闘牙の心境を表しているかのようだった。

「闘牙君…………?」

そんないつもと様子が違う闘牙に気づいたすずかはそんな疑問の声をあげる。すずかはまだ会って半年だが闘牙がどんな人物であるかは知っている。そんな提案をしてくるとは全く予想外だった。はやてもそんな闘牙のお願いに少し驚いたような顔を見せる。


「……実は今、夕食の材料を買いに行くところでな。よかったら一緒にどうだ?これでも料理に少しは自信があるからな。手伝えると思うぜ?」

二人の驚きを感じ取りながらも闘牙はそう言葉をつなぐ。これで駄目なら後ですずかにはやての家の場所を教えてもらうことにしよう。そう闘牙は考えていた。だが


「ええよ、人数が多いほうが楽しいもんな!それに料理には私も自信あるから簡単には負けへんよ!」

闘牙の言葉が気に入ったのかはやては楽しそうにそう言いながら闘牙の提案を了承する。そんなはやての様子を見たすずかもそれに合わせるように笑顔を見せ同意する。



本当ならこの時点でクロノ達に連絡するべきだったのかもしれない。


だが闘牙はそれをしなかった。


それは無意識からの行動。


自分は自分の目ではやてと騎士たちを見極めなければいけない。


そんな想いが闘牙の中にあったからに他ならなかった。





闘牙たちはそのまま買い物を済ました後、はやての家へと辿り着く。どうやら騎士たちは出かけているようだ。夕食には帰ってくるとはやては二人に伝えてくる。その際、家族の名前がはやての口から告げられる。

シグナム、シャマル、ヴィータ、ザフィーラ。

間違いなくここがヴォルケンリッター達の拠点。そして目の間にいる少女が闇の書の主であることを闘牙は確信する。




「ほんまに闘牙君、料理上手いんやな。てっきり嘘かと思っとったのに。」

台所で三人並んで料理をしながらはやてはそう感心したような声を上げる。そんなはやての言葉にすずかは笑いながら答える。

「そうだよ、闘牙君は翠屋って言う喫茶店で働いてるの。」

「翠屋ってケーキが美味しいっていうあの?そうなんや。人は見かけによらんのやね。」

「お前な………。」

はやてのあまりに失礼な言い草に悪態をつきながらも闘牙は目の前の料理に手を加えていく。はやてはそんな闘牙の反応が面白いのか次々にちょっかいをかけてくる。すずかもそんなはやてと闘牙の姿を微笑ましく見ながらも会話に入り、笑顔を見せている。


「闘牙君、なんで部屋の中なのに帽子脱がへんの?」

「……………趣味だ。気にすんな。」

ある意味当然のはやての疑問に闘牙は焦りながらもそう誤魔化そうとする。だがその帽子に何かあると悟ったはやては何とか帽子を脱がしてやろうと車いすを動かしながら闘牙に迫ってくる。闘牙はそれから逃げながらすずかを盾にしそれをかわし続ける。そんな鬼ごっこを続けながらも時間はあっという間に過ぎていく



はやての姿は本当に楽しそうな普通の九歳の少女だった。


まだほんのわずかな時間しか関わっていないが闘牙はそう感じていた。とても演技だとは思えない。もしかしたらはやては何も知らないのではないか。そう考えてしまうほどだった。そして賑やかな夕食の準備が終わり、一息ついたところで



「ただいまー!!」

そんな元気な少女の声が家に響き渡る。その言葉にはやてが気付き、嬉しそうな表情を見せる。


同時に闘牙は気づく。


騎士たちが全員が一緒に帰ってきたことに。





騎士たちがいつもと同じようにはやての元に、家に戻ってくる。


そしてリビングに辿り着いた瞬間、



時間が凍りついた。





闘牙と騎士たち。


互いが互いを見つめ合う。


闘牙の顔には驚きも戸惑いも見られない。


だが騎士たちは対照的だった。ヴィータは目の前の状況が理解できていないのか目を見開き、闘牙を見つめている。

シグナムとザフィーラは状況を瞬時に理解したのか鋭い目つきで闘牙を睨みつけている。

シャマルは怯えた目で闘牙を見つめることしかできない。


騎士たちの反応はある意味当然だった。


自分たちを殺す寸前まで追い込んだ相手が目の前に、しかもはやてと共にいる。それは騎士たちにとって絶体絶命の状況に他ならなかったからだ。



「どうしたん、みんな?」

そんないつもと違う騎士たちの様子にはやては疑問の声を上がる。それはすずかも同じだった。だが


「てめえっ!!」

我に返り、状況を理解したヴィータはそのまま闘牙に向かって行こうとする。だがシグナムの手がその前に出されヴィータは制止させられる。


『シグナムっ!?』

『落ち着け、ヴィータ。この状況では闘うわけにはいかん。主はやてがいるのだぞ。』

『で……でもっ!』


シグナムは念話でヴィータにそう諭し何と落ち着かせる。

今、ここにははやてとさらにその友人であるすずかもいる。とても戦闘を行えるような状況ではなかった。

そして何よりはやてを狙われれば自分たちに勝ち目はない。いやそれを狙っているのなら当に決着はついているはずだ。


『どうやら闘牙はここで戦うつもりはないらしい……シャマル、もう無駄かもしれんが通信妨害を頼む。』

『は……はい!』

シグナムの言葉に我を取り戻したシャマルはすぐさま家の周囲に通信妨害の結界を張る。

既に管理局には伝わってしまっている可能性の方が高いが仕方ない。状況的には既に詰みと言ってもいい状況。それでも自分たちは負けるわけにはいかない。

シグナムはヴォルケンリッターの将として最善を尽くすことを心に誓う。幸いにも闘牙はこの場で闘う気は全くないようだ。その証拠に闘牙は闘気も殺気も全く放ってこない。まるで自然体そのものだった。


「そっか、闘牙君がおったから驚いとったんか。紹介するな、すずかちゃんの知り合いのお兄ちゃんで闘牙君や。」

はやては騎士たちが知らない男性が家にいたことで警戒していたのだと考えそう皆に闘牙を紹介していく。

騎士たちもこれ以上いつもと違う態度を取るまいと考え、いつもどおりを装いながら交流をしていく。そしてすぐに夕食に移ることになった。


「さあみんな。遠慮せずに食べてな。今日は私だけやなくて闘牙君とすずかちゃんも手伝ってくれたからいつもより量があるよ!」

はやてはそう嬉しそうに宣言しながら料理を配って行く。皆、そのいつもより豪華な食事に驚きながらも次々にそれを平らげていく。

だがそんな中、ヴィータだけが鋭い目つきをしたまま闘牙を睨みつけている。それは今にも飛び出して行きかねない程の様子だった。だが


「こら、ヴィータ。いつまでそんな怖い顔してるん?」
「は……はやて……。」

そのことに気づいたはやてがそう言いながらヴィータの頭を撫でてくる。そんなはやてにヴィータは為すがままにされるしかない。

「ごめんな、闘牙君。この子人見知りが激しいけど悪い子やないんよ。許したげてな?」

「ああ……分かってる、気にすんな。」

闘牙はそんなはやての言葉にどこか罰が悪そうな顔で答える。それは本当なら楽しいものになったであろう今日の夕食を自分が台無しにしてしまった罪悪感からだった………




夕食が終わった後、闘牙とシグナム、ヴィータ、ザフィーラは家の外で静かに対峙していた。


すずかはそのままはやての家に泊まることになり、シャマルは家に残ることになった。そしてシグナム達は闘牙を送って行くと言う口実の元、家の外に出向き、今の状況となっていた。



闘牙と騎士たちはそのまま何を言うでもなくただ睨みあう。


まるで時間が止まっているのかと思ってしまうほどの緊張が両者の間に流れていく。



「今、管理局はお前だけなのか?」

シグナムはそう静かに闘牙に問う。あれから周囲を警戒していたが他の魔導師の気配は全く感じられなかったからだ。


「ああ………まだこのことは管理局には伝えてねえ……。」


そんなシグナムの問いに闘牙はそう事実を告げる。今の自分の行動はまさに独断専行、命令違反と言ってもいいものだった。だがそれでも闘牙は自分自身ではやてのことを、騎士たちのことを見極めたいと考えていた。


「そうか………悪いが管理局にこのことを伝えられるわけには行かない。ここでは闘えん。場所を変えさせてもらうぞ。」


同時に騎士たちは魔力を放ち、その姿を変える。それは騎士甲冑。はやてが自分たちのために作り上げてくれた絆と言えるものだった。


それに応えるように闘牙も自らの首に掛けられた首飾りに手をやる。その瞬間、火鼠の衣と鉄砕牙が転送され、その姿が変わる。それは『犬夜叉』の姿だった。



そして闘牙たちの足元に転送の魔法陣が現れる。その行先は誰もいない管理外世界。



闘牙と騎士たちの視線がぶつかり合う。





今、闘牙と騎士たちの三対一。


そして




闘牙の自分自身との戦いが始まろうとしていた……………



[28454] 第28話 「願い」
Name: 闘牙王◆53d8d844 ID:e8e89e5e
Date: 2011/09/05 08:43
荒れ果てた荒野。そんな光景が地平線の彼方までどこまでも続いている。そんな荒廃した世界の中、四人の人影がある。

闘牙と騎士たち。

騎士たちは闘牙を取り囲むような形で対峙している。

三対一。

それは騎士の誇りに、誓いに反するもの。騎士たちもそれは理解している。

だがそれでも闘牙の強さを知っているから、何よりもはやてのために自分たちは絶対に負けるわけにはいかない。

卑怯と罵られようと卑劣だと断じられようと構わない。主の、はやての笑顔のためなら騎士の誇りも、誓いすら捨てると誓ったあの日。それを守るために騎士たちは全身全霊の全力を持って闘牙と闘う覚悟で闘牙と向かい合う。


闘牙はそんな騎士たちを見ながらも一言も言葉を発しようとしない。いや、もはや自分たちの間に言葉など必要なかった。

目の前の騎士たちの姿。その気迫と覚悟。それがまだ戦いが始まっていないにもかかわらず自分に伝わってくる。それは以前の闘いの時とは比べ物にならない程の物。


『真剣勝負』


騎士たちは持てる力の全てを持って自分と闘うつもりなのだと、そう闘牙は悟る。そこには以前あった余裕や甘さは全くない、自らの主を守る守護騎士の姿がそこにはあった。


そして闘牙も決意する。



自分もまた全力を持って騎士たちと闘うことを。





闘牙は自らの腰にある鉄砕牙を抜き、構える。その刀身には既に風が渦巻いている。


それに合わせるようにシグナムはレヴァンティンを


ヴィータはグラーフアイゼンを


ザフィーラは自らの拳にその力を込める。


半妖と守護騎士たち。


全く違う二つの力が向かい合う。その闘気によって辺りは一気に空気が張り詰め、緊張がその場を支配する。並みの使い手ならその闘気だけでも戦意を失ってしまうであろう、それほどの闘気が、殺気がぶつかり合う。


両者の間に時間が流れる。


それは時間にすれば数秒に過ぎない。だが闘牙にはそれがまるで数時間の様に感じられるような、そんな錯覚すら感じる時間。


そして一際大きな風が巻き起こったその瞬間、互いの信念と譲れない物のための闘いが始まった…………




最初に動いたのは闘牙だった。闘牙は騎士たちが動き始めるよりも早くその手にある鉄砕牙を振りかぶる。


その姿に騎士たちは驚愕の表情を見せる。まだ自分たちは闘牙の間合いに入り込んでもいない。にもかかわらず何故。そんな疑問が一瞬、騎士たちに巡って行く。そして気づく。

騎士たちの脳裏にある光景が浮かぶ。それは先の闘いの最後の時。自分たちにとどめを刺そうとした時の物だった。そしてそんな騎士たちの隙を闘牙は見逃さなかった。



「風の……傷っ!!」


闘牙は自らの妖力を鉄砕牙に込めながらその刀身を振り切る。その瞬間、凄まじい威力を纏った風の傷が放たれていく。その威力によって大地は裂け、暴風が辺りを吹き飛ばしていく。そしてその矛先はシグナムに向けられていた。シグナムはそれを見ながらも為すすべなく風の傷に飲みこまれていく。まさに一撃必殺に相応しい攻撃だった。



風の傷による各個撃破。それが闘牙の狙いだった。

守護騎士たちとの三対一。それはいくら闘牙といえど苦戦せざるを得ない。一対一なら風の傷を使わずにも勝利することもできるかもしれない。だが目の前のこの状況。風の傷なしでこれを切り抜けられると思うほど闘牙は自分の力を過信していない。

それでもつい先ほどまでの闘牙なら騎士たち相手に風の傷を使うことはなかっただろう。だが騎士たちの覚悟と決意。それを前にして闘牙は風の傷を使うことを決意した。それは騎士たちの力を、覚悟を認めたからこそ。


それは闘牙自身が犬夜叉の力を取り戻して以来初めて、全力の闘いをすることを意味していた。

そして何よりも戦いが長引くことで妖怪化の危険が生まれてしまうことを闘牙は恐れていた。




最初にシグナムを狙ったのにはいくつか理由がある。



一つ目は闘牙は一度シグナムと闘い、その実力を知っていたこと。

風の傷を使うといってもその加減を間違えれば間違いなく自分は騎士たちを殺してしまう。それは闘牙にとって敗北以上に侵してはならないもの。だが闘牙はシグナムと闘いその力量を知っている。それを計算したうえで闘牙は戦闘不能になるであろう威力の風の傷をシグナムに向かって放った。それでも危険がないわけではない。だがそうせざるを得ない程の強さがシグナムには、騎士たちにはあった。


二つ目はシグナムが騎士たちの中で中心的な役割を担っていること。それに気づいたからだった。

加えて恐らくシグナムはヴォルケンリッターの中では一番の実力者。それを最初に撃破することができれば他の騎士たちの戦意も削ぐことができる。それが闘牙の狙いだった。だが



闘牙は瞬間、驚愕する。


シグナムが風の傷に飲まれてしまったにも関わらず、ヴィータとザフィーラは全く動じることなく自分に向かってこようとする。そんな二人の姿に闘牙は戸惑ってしまう。ヴィータとザフィーラの姿には、瞳には全く恐れも怒りも見られない。それは自らの将であるシグナムを誰よりも信頼しているからに他ならなかった。闘牙がそのことに気づいた次の瞬間、



放たれた風の傷の中から傷つき、ボロボロになりながらも全く戦意も闘気も衰えていないシグナムが飛び出してくる。その手に握られたレヴァンティンはすでに刀身に炎を纏っている。

シグナムは自らの防御のバリアを瞬時に全面に集中して展開、同時にカートリッジで魔力を増したレヴァンティンの斬撃によって風の傷にひずみを作りそこを一点突破してきた。


それはまさに百戦錬磨のシグナムだからこそできた神業と言えるほどの絶技だった。




「くっ!!」

闘牙は自分に迫ってくるシグナムに驚きながらも再び鉄砕牙を振りかぶり、風の傷を放とうとする。同時に自らの甘さを痛感する。相手を倒したと思った時こそが危険であること。それは自分がなのはに教えたことでもある。闘牙はまだ心のどこかで騎士たちを侮っていたことに気づき瞬時に心を整え、鉄砕牙を振り切ろうとする。だが


「させんっ!!」

咆哮と共にシグナムがその速度によって一気に闘牙の間合いに斬り込み、再びカートリッジによって力を増した全力の一撃を闘牙に向かって振り切ってくる。その速さはまさに電光石火。闘牙は咄嗟に鉄砕牙を自らの前に構え、それを受け流そうとする。しかしその威力によって闘牙は遥か後方に向かって吹き飛ばされてしまう。


(くそっ………!!)

闘牙は咄嗟に受け身を取りながら体勢を立て直そうとする。だがその瞬間、目の前には既にレヴァンティンを振りかぶっているシグナムの姿があった。闘牙は焦りながらも鉄砕牙に風の傷を纏わせながらシグナムの攻撃に応じていく。

風と炎。二つの力がぶつかり合い辺りはその威力と衝撃によって吹き飛んでいく。だがその凄まじさは先の闘いの時とは比べ物にならない。その力の前に闘牙は風の傷を放つ隙を作り出すことができなかった。そしてそれこそがシグナムの狙い。

いくら自分といえど先程の攻撃をもう一度受ければ恐らく致命的なダメージを負ってしまう。ならばあの技を使う暇を与えない程の速さの接近戦。それを狙うしかない。それは剣士としての長くに渡る戦いの経験がもたらす直感とすらいえるもの。そしてその攻撃の激しさ、鋭さは以前とは比べ物にならない。それはまさに剣聖と呼ぶに相応しい力。それがシグナムの本気の姿だった。


シグナム達ヴォルケンリッターは魔力の蒐集において相手を無力化する必要があり、そのため戦いにおいても不殺の誓いを立てていた。何よりもはやてのために人殺しはしない。それが騎士たちの誓いでもあったからだ。

そしてそれは戦いにおいてはある意味リミッターの様な役割を果たしていた。もしそれがなければいくらカートリッジシステムを手に入れたと言っても今のなのはとフェイトでは騎士たちには敵わなかっただろう。

今、騎士たちはその枷を外し、正真正銘の全力を持って闘牙に挑んできている。それは殺す気での全力でなければ闘牙を倒すことができない、そう騎士たちが闘牙の力を認めているからに他ならなかった。

そしてここで負ければ自らの主、はやては死んでしまう。その極限状態が騎士たちの力を限界以上に引き出していた。



自分たちは絶対に負けるわけにはいかない。

ただ闘うだけのプログラムである自分たちを優しく、本当の家族の様に扱ってくれた、安息の日々を与えてくれたはやてのために。

それが騎士たちの闘う理由だった。




(これは………!!)

シグナムと刃を交えながら闘牙は気づく。

騎士たちが闘う、闘わなければならないその理由。その強さ。

それが鉄砕牙を通じて自分に伝わってくる。それは間違いなく感情、本物の気持ち。決してプログラムでも機械でもない、騎士たちの主への、家族への想いだった。


そして闘牙は理解する。


それはかつて自分が持っていたもの。


そして




今、自分が求めているものであることに。



闘牙とシグナムの間に無数の火花が散って行く。鉄砕牙とレヴァンティンがぶつかり合い、その衝撃によって荒れ果てた荒野はさらに大きくその姿を変えていく。シグナムの命を掛けた猛攻。だがそれを前にしても闘牙はそれを何とかそれをしのぎ続ける。

しかしそれを前にしてもシグナムは焦りの顔を全く見せない。全力の自分の力をもってしても追い詰めることができない。本来ならば少なからず焦りは生まれるはずだ。例えそれがシグナムであったとしても。

だがシグナムは既に知っていた。目の前にいる男、闘牙の実力を。単純な強さでいえば間違いなく闘牙はシグナムを上回っている。限界以上の力を出している自分でもそれを簡単に追い詰めることはできない。加えて既に自分は風の傷によって少なくないダメージを負ってしまっている。このまま長引けば自分は間違いなく負けてしまうだろう。


それは正しい。

このまま戦えば間違いなくこの戦いは闘牙が勝利するだろう。



それが一対一の闘いであれば。



闘牙とシグナムの間にひときわ大きな鍔迫り合いが起きる。互いの愛剣が刃を交え、その摩擦によって火花が起き始める。だが次第に闘牙の持つ鉄砕牙がシグナムの持つレヴァンティンを押し込んでいく。力では半妖である闘牙に分がある。いくらシグナムといえどそれを覆すことはできない。そしてついにその力の均衡が崩れ去ろうとしたその瞬間、

「アイゼンッ!!」

ヴィータの叫びと共に魔力を帯びた鉄球が凄まじい速度で闘牙に向かって放たれる。その一つ一つに並みの魔導師なら一撃で倒してしまえるほどの力が込められている。それは弾丸の様に鍔迫り合いを起こしている闘牙だけに襲いかかってくる。それはヴィータの誘導によるものだった。

「っ!!」

そのことに気づいた闘牙は一気に自分の腕に力を込め、シグナムを吹き飛ばしながらそれを何とかかわそうとする。だがヴィータの誘導によって操られている鉄球たちはすぐさまその軌道を変え、再び闘牙に襲いかかる。闘牙はそれを鉄砕牙で斬り払おうとするも先程までシグナムと闘い体勢を崩してしまったことで鉄球をその体に受けてしまう。


「ぐっ!?」

その威力に闘牙は苦悶の声を漏らす。

自分は火鼠の衣と言う鎧と言っても過言ではない防御を纏っている。それはなのはたちのバリアジャケットにも引けを取らない程のもの。にもかかわらずこのダメージ。このままではまずいと判断し闘牙はそのまま二人から距離を取ろうと試みる。だが


「はあっ!!」

闘牙が逃げようとしたその場所には既に人間の姿のザフィーラが待ち構えていた。そして同時にその強力な蹴りが闘牙を襲う。何とか咄嗟に鉄砕牙を盾代わりにするもその威力によって闘牙は再び、シグナムとヴィータの前に押し戻されてしまう。

そのことに闘牙は驚きを隠せない。まるで自分の動きを読んでいるかのようなその手際、連携。それはヴォルケンリッターのもう一つの力だった。



ベルカ式、騎士は一対一の闘いを得意としている。それは対人戦に特化しているからでもある。


だがそれは決して集団戦ができないと言う意味ではない。


ヴォルケンリッター達は長い年月を共に闘い続けてきた存在。そのため互いの力を、思考を知り尽くしている。それ故その連携は一部の隙もない。


本来守護騎士は主を守りながら闘う存在。今の守護騎士たちの姿こそ本来の姿だった。




「はあああっ!!」

叫びと共に再びシグナムが疾風の如き速さで闘牙に斬りかかってくる。そしてそれを援護するかのようにヴィーダの誘導弾が闘牙に向かって放たれてくる。その連続攻撃に闘牙は防戦一方になってしまう。何とかしなければ。焦りながら闘牙がその場を離脱する術を模索しようとしたその瞬間、


光の鎖が突如、闘牙の両手に絡みついてくる。闘牙はそのことに驚きながらもそれをちぎろうとするがその強さにすぐにそれを壊すことができない。

それはザフィーラの得意とする拘束魔法。『盾の守護獣』その二つ名の通りザフィーラは防御の魔法を得意としている。だがそれだけではない。

相手の動きを封じる、主を、仲間たちを守る力がザフィーラの強さだった。


そしてその隙をシグナムとヴィータは見逃さなかった。



「レヴァンティンッ!!」

シグナムの声と共にカートリッジが装填され、レヴァンティンは連結刃へとその姿を変える。そして同時にそれは闘牙に向かって襲いかかる。だがその狙いは闘牙自身ではなかった。連結刃はそのまま闘牙ではなく、鉄砕牙に向けて疾走し、絡みついていく。そしてその力によって鉄砕牙は風の傷の力を封じられてしまう。それは闘牙が鉄砕牙の風の傷の力でザフィーラの拘束から逃れようとしているのを見抜いたからだった。


そしてそれに続くように赤い鉄槌の騎士、ヴィータがその相棒を振りかぶりながら闘牙に肉薄する。



「ぶちぬけえええっ!!」


ヴィータの咆哮に応えるようにグラーフアイゼンはカートリッジによって変形し、圧倒的速度、威力によって力を増し闘牙に向かって振り下ろされる。その攻撃力はシグナムすら凌駕する。まさに一撃必倒の鉄槌だった。


闘牙は残された力を振り絞りながら何とかその腕を盾代わりにその攻撃を受ける。だが


「がっ!?」

その威力によって闘牙の左腕に鈍い音が起きる。それはグラーフアイゼンの威力によって砕かれてしまった骨の音だった。その激痛に闘牙は苦悶の表情を見せながら声を上げる。

そして闘牙はその威力によって吹き飛ばされ、地面に叩きつけられてしまう。その威力によって地面には大きな穴ができ、辺りは砂埃で覆われる。そしてそれが収まった先には左腕を力なくぶらさげながらも何とか鉄砕牙を杖代わりに立っている闘牙の姿があった。

だがその姿は満身創痍。とても戦えるような状態ではなかった。



闘牙はそれでも闘う意思を失っていないかのように騎士たちに向かい合う。だが既に闘うことができない程の傷を負ってしまっているのは隠しようもなかった。



確かにヴォルケンリッター達は一騎当千と言っても過言ではない程の凄まじい力を持っている、


だがそれは闘牙にも当てはまる。実際に闘ってきた年月、経験はヴォルケンリッター達とは比べるべくもないが、闘牙は間違いなくそれに匹敵する、いやそれ以上の強さを持っている。それは例え三対一であったとしてもだ。


だが心の強さ。戦いにおいて最も重要なものが今の闘牙には欠けていた。


もし今の闘牙にかつて奈落や竜骨精達、そしてプレシアと闘った時の様な心の強さがあれば騎士たちにも負けはしなかっただろう。


だがその強さは今の闘牙にはなかった。





そしてその瞬間、闘牙の体に異変が起き始める。

「う……ぐ………!」

闘牙は突然、その場にうずくまり苦悶の声を上げ始める。それは傷の痛みによるものではない。


熱い。


体が熱い。


目の前が赤と白の光に点滅し始める。


同時に凄まじい破壊衝動が自分を襲う。


これを俺は知っている。


それは妖怪化の前兆だった。



それは半妖の犬夜叉の体が己の命の危機に反応したために起きていること。闘牙は何とかそれを抑えつけているもののその力は段々と力を増していく。


だが騎士たちはそんな闘牙の様子に気づきながらも再び襲いかかってくる。相手はどんな状態であれ遠慮も容赦もしない。そこに全く油断はない。歴戦の強者の姿がそこにはあった。


シグナム、ヴィータ、ザフィーラの猛攻が闘牙に襲いかかる。闘牙は何とか片手の鉄砕牙でそれをさばき続けるもその攻撃によって、火鼠の衣は破け、無数の傷が体中にできていく。


そして同時に妖怪化の進行がそれに呼応するように力を増していく。


目の前の敵を殺せと、引き裂けと妖怪の血が闘牙に迫ってくる。



体と心。


そのどちらもが摩耗し、擦り切れていく。その痛みと衝動によって意識が遠のく。もはや闘牙は限界を迎えようとしていた。


騎士たちはそんな闘牙を見ながら一気に勝負をつけることを決意する。




「はああああっ!!」

先陣を切ったのはザフィーラだった。ザフィーラは咆哮と共に自らが持つ最高の拘束魔法を闘牙に向かって放つ。その数と強さはこれまでの比ではない。闘牙はそれを何とかかわそうとするもその数と自らの満身創痍の体によってそれは敵わない。闘牙はそのままその場に縛り付けられてしまう。

そしてそれを待っていたかのようにヴィータが自らの相棒、グラーフアイゼンを振りかぶる。

その瞬間、今までとは比べ物にならない程のカートリッジと魔力が注ぎ込まれる。それはヴィータの最大の切り札が発動されようとしている前兆だった。


『Gigantform.』

アイゼンの声が響き渡る同時にその姿が大きく変わって行く。だがそれはラケーテンフォルムではない。それはヴィータの身の丈ほどもある巨大な鉄槌。


「轟天爆砕!!」

そしてそれをヴィータが振りかぶった瞬間、その大きさはさらに増し、数十倍の大きさにまで巨大化する。その光景はまるでこの世の物とは思えない物。圧倒的な力。それがヴィータの切り札だった。


「ギガント……シュラ――――ク!!!」


ヴィータの叫びと共にその圧倒的な質量、魔力をもった破壊の鉄槌が闘牙に向かって振り下ろされる。だがその大きさゆえに攻撃速度はこれまでの物より大きく劣る。闘牙ならそれを避けることも可能だったろう。だが満身創痍の上にザフィーラの魔法によって拘束されている闘牙にはそれを避ける術はない。残されたのはそれを受け止めることだけだった。


ヴィータの最大攻撃が闘牙に向かって振り下ろされ、闘牙は残された右腕で何とかそれを受け止める。だがそのあまりに強力無比な一撃によって闘牙の足元の地面はまるで隕石が落ちてしまったかのようなクレーターができてしまう。

同時にその威力と衝撃によって鉄砕牙が悲鳴を上げる。体中の傷が痛み、広がって行く。このままでは間違いなく自分は押しつぶされてしまう。だが今の自分にはどうすることもできない。それでも片手でその一撃を耐えることができていたのは皮肉にも妖怪化が進んでいたからだった。だが


そんな闘牙を見ながらもシグナムは自らの魂であるレヴァンティンとその鞘を自らの前にかざす。そしてその柄と鞘を連結させたその瞬間、


『Bogenform.』

レヴァンティンは光を放ちながらその姿を変える。それは連結刃ではない。それは弓。それがシグナムの切り札、レヴァンティンの第三の姿だった。


シグナムは矢を作りながらそれをヴィータのグラーフアイゼンによって押しつぶされようとしている闘牙に向ける。その目には迷いはない。

自分たちは……負けるわけにはいかないのだから。

シグナムはそのまま魔力を集中させながらその弓を引き、狙いを定める。そして



「駆けよ、隼!!!」
『Sturmfalken.』


その弓を闘牙に向かって放つ。その速度はまさに隼。いかに闘牙といえどこれを避けることは叶わない。その威力もこれまでの攻撃とは比べ物にならない。まさに一撃必中の切り札。


その躱すことのできない矢、敗北が闘牙に迫る。

いや、この矢が無くとも自分はこの鉄槌によって間もなく敗北するだろう。どちらにせよ結果は変わらない。


その刹那、闘牙はある感情に支配される。





それは『あきらめ』


自分の目の前の騎士たち。


その強さ、その心に自分は勝つことはできない。それは騎士たちが持っている心の強さ。それをかつて持っていたからこそわかるもの。


その迷いない、純粋な力の前に今の自分が敵うはずなどなかった。


そして妖怪化。


騎士たちの攻撃にさらされている今この時もその力が自分の心を蝕んでいく。自分はそれに抗うことができない。それを制御するために修業に明け暮れた。自分の弱さと向き合いながらそれを克服しようと、そう努力してきた。


でも………自分はそれを制御することができなかった………。


『心の弱さ』


それを超えることはできなかった。


騎士たちにも、妖怪の血にも自分は勝つことができなかった。


そう認めるしかなかった。



なのはたちと出会い、再び犬夜叉の力を取り戻してからの日々。


なのはとユーノ。二人を守り、導くことが自分の役割だった。


そしてなのはは新たな仲間を、力を手に入れ


ユーノは自らの闘う意味を見出し、強くなろうとしている。






ならもう………いいんじゃないか…………?



もう休んでも………いいんじゃないか…………?



再び闘う意味を取り戻してから………ただがむしゃらに走り続けてきた。ずっと前を向いて、ただひたすらに…………


それは『恐れ』


後ろを振り返ればきっともう走りだすことはできないと………そう分かっていたから…………


でも………それでも誤魔化せなかった……………



一人でいる寂しさも………辛さも………一人で夜眠ることができない恐怖も………


だから………もう……………



闘牙が自らの心に負け、妖怪化に身をまかせようとしたその時、






『トーガ』

そんな少女の声が聞こえた。


瞬間、闘牙の脳裏にある光景が浮かぶ。



それは妖怪化した自分を涙を流しながら止めようとしてくれたフェイトの姿だった。


その姿に闘牙は自らの折れかけた心をつなぎとめる。



もし自分が負けてしまえば


もし自分があの時の様に妖怪化してしまえばまたフェイトにあんな顔をさせてしまう。


それは自分が二度と見たくないと思っていた姿だった。


同時に闘牙の心にフェイトとの思い出が次々に蘇って行く。




公園で泣いていた自分を、闘う理由に迷っていた自分を救ってくれたフェイトの姿。


ただ純粋に母親のために闘い続けるフェイトの姿。


恥ずかしそうにしながらもこんな自分に嬉しそうについてくるフェイトの姿。


自分とデートに行くことをあんなに楽しみにしてくれるフェイトの姿。


その姿に


言葉に何度救われたか分からない。


その白い雪の様に純粋な言葉に何度安らぎを覚えたか分からない。


闘牙は気づく。



自分にとって




フェイト・テスタロッサがかけがえのない唯一無二の存在であることを。




そして思い出す。


それは半年前の光景。


時の庭園での最後の闘い。



自らの過ちに気づきながらもそのまま虚数空間に落ちていくことを選んだプレシア・テスタロッサの姿。



そしてその最後の願い。


それが闘牙には伝わってきた。それは鉄砕牙の力だった。





『フェイトを頼む』


それがプレシア・テスタロッサの、フェイトの母としての闘牙への最期の願いだった



だから――――――



あいつのために――――――



フェイトのために――――――





俺は負けるわけにはいかない―――――――!!



その瞬間、闘牙は長い間探し続けた本当の『答え』に辿り着いた――――――






巨大な爆発。自分とヴィータの切り札の直撃によって辺りはまるで爆心地の様な惨状になってしまう。

それを見ながら騎士たちは自分たちの勝利を確信する。だが闘牙であればこの攻撃を受けても致命傷を受けることはないだろう。しかしもう動くことができないほどのダメージは与えられたはず。後は悪いが闇の書が完成するまでどこかで拘束させてもらおう。そうシグナムは考えながらその爆心地に近づこうとする。そしてその瞬間、


爆心地から圧倒的な『力』が放たれる。


その衝撃によって辺りを覆っていた煙は一瞬でかき消され、騎士たちはまるで台風の様な暴風にさらされてしまう。


その力に騎士たちは戦慄する。

それは妖気。

それは本来騎士たちには感じ取ることができないもの。にもかかわらず騎士たちは本能でそれを悟り、気づく。自分たちの体が震えていることに。



煙が消え去った爆心地。その中心に一人の少年の姿がある。


それは闘牙だった。


だがその姿は大きく異なっている。



頬には紫の痣が浮かび、


爪が鋭くとがっている。



それは妖怪化してしまった闘牙の姿だった。だが以前とは大きく違うことがある。



それは目。その目には確かな闘牙の人の心が宿っていた。



その放たれる妖気も以前とは大きく異なる。騎士たちはそれに気づく。以前の様な恐怖や暴力ではない。



それは『温かさ』



フェイトへの闘牙の想いが形になったものだった。


それに共鳴するように鉄砕牙から凄まじい風が巻き起こり始める。それは『喜び』

今、鉄砕牙は喜びに打ち震えていた。自らの主が今、再び守るべきものを自覚しその力を取り戻した。それは鉄砕牙が五百年間、ずっと待ち望んでいた瞬間だった。





今この瞬間、妖怪の力と人の心を持った存在、『闘牙』が復活した。


「行くぞ!!」



今、真の力を取り戻した闘牙の闘いが再び始まろうとしていた…………



[28454] 第29話 「光」
Name: 闘牙王◆53d8d844 ID:e8e89e5e
Date: 2011/09/10 21:48
ヴィータは自らの相棒、グラーフアイゼンを握りしめながらある一点を見つめ続けている。そこはまるでミサイルが落ちてしまったかのような惨状になってしまっている。それは自分とシグナムの切り札によって作り出された光景。そしてそこには先程まで自分が闘った相手がいるはずだった。

三対一での勝負。本来なら誇ることができない勝負。だがそれでもヴィータ達はそれに勝利した。にもかかわらずヴィータの顔には嬉しさも安堵も見られない。ただ厳しい顔でどこか苦しげな表情でヴィータは闘牙がいるであろう場所を見つめ続けている。


ヴィータにとって闘牙は恐怖の対象だった。

実際に殺されかけたのだから無理もない話だがそれ以上にその目。突如として獣のように自分たちに襲いかかって来たときに自分を睨めつけてきたその目にヴィータは恐怖を感じたのがその本当の理由だった。シグナムの話ではその前までは優れた剣士だったと言う話だったが自分には実感がわかなかった。


そして再び闘牙は自分の前に現れた。しかもはやてのすぐ側という最悪の状況で。


すぐにでもはやての傍からあいつを引き離してやりたかったがはやてとすずかの前ではそれもできない。あたしは仕方なくそのままあいつの動向を観察することにした。もし妙な真似をすれば容赦はしない。その覚悟をもって。

だがあいつはこの場では本当に闘う気は全くないようだった。それどころか本当にはやてやすずかと楽しそうにおしゃべりをしている。そんな光景に呆気にとられるしかなかった。初めは演技しているに違いないとそう思っていたがそうではないことに気づく。

はやてには人を見る目がある。それをヴィータは知っている。そしてそのはやてが何の抵抗も見せずに触れ合っている。その姿にヴィータは闘牙が本当は悪い人間ではないことに気づく。

だがそれでも相手は管理局の人間。

そしてはやては闇の書の主、自分たちはその守護騎士ヴォルケンリッター。

それは決して相入れることない関係。

もしそうでなければ自分もあの楽しそうな場に加わることもできたかもしれない。そんな感傷を抱きながらもヴィータは騎士として闘牙との戦いに挑む。三対一というヴィータ自身も経験したことのない戦いに。先の戦いでそうせざるを得ない程の強さを闘牙が持っていることが分かっていたからだ。そして自分たちは徐々に闘牙を追い詰めていく。その中でもヴィータは目の前の相手に称賛を抱かずにはいられなかった。

自分達ヴォルケンリッター三人を相手にしながらここまで持ちこたえることができる。その強さに驚嘆するしかない。だがそれでもこちらの勝利は揺るがない。そして自分たちの切り札の連続攻撃。それによって勝負は決した。ヴィータにとっては苦々しい勝利でしかなかったのだが。そして自らの将であるシグナムがその場所にむかって近づいていく。恐らく闘牙を捕まえ拘束するつもりなのだろう。後はシグナムに任せればいい。ヴィータはそう判断し踵を返そうとしたその瞬間、


まるで台風の様な暴風が辺りを襲い始める。そのあまりの強さにヴィータは思わず声を上げながらもその中心に目を向ける。そこは闘牙がいるであろう場所だった。そしてその風によって煙が吹き飛ばされた先には



鉄砕牙を握っている闘牙の姿があった。


だがその姿は先程までとは大きく違っている。顔には痣がそして手の爪は鋭くとがっている。その姿にヴィータは既視感を覚える。それはかつて獣のように自分たちに襲いかかってきた闘牙の姿と同じだったからだ。だがその時とは大きく異なることがある。

それは目だった。あの時はまるで獣の様な赤い目をしていた。それに自分も恐怖した。だが今は違う。その目は赤く染まってはいない。その目にはゆるぎない意志と力が満ちていた。そしてヴィータは自分の体が震えていることに気づく。だがそれは恐怖ではない。それは騎士としての、戦士としての本能。


目の前の男。


その圧倒的存在感、力、まるで先程までとは別人のようだ。


目の前の男に自分は敵わない。


それは歴戦の騎士であるヴィータだからこそ感じることのできるものだった。


ヴィータは自分のそんな感覚を何とか抑え込みながら再びグラーフアイゼンを構えながら闘牙と対峙する。シグナム、ザフィーラも同時に戦闘態勢に入る。だが三人は闘牙から放たれる未知の力に気圧されていた。


それは大妖怪に匹敵する妖気。並みの妖怪、魔導師ならそれにあてられただけで動けなくなってしまう程の物。それに耐えることができる。それは騎士たちが一騎当千の戦騎であることの証拠だった。そして



「行くぞ!!」


そう闘牙が口にした瞬間、騎士たちの目の前から闘牙が姿を消した。




「なっ!?」

その光景にヴィータが驚愕の声を上げる。戦闘中に相手を見失うなどありえない。しかも自分と闘牙の間にはかなりの距離があった。至近距離ならともかくこの距離で相手を見失うなど考えられない。そしてヴィータがすぐさま辺りを見渡した瞬間、凄まじい衝撃が辺りに響き渡る。そこには闘牙の一撃によって吹き飛ばされてしまったシグナムの姿があった。



(馬鹿な……っ!?)

闘牙の放った斬撃によって吹き飛ばされたのであろうシグナムはその刹那、驚愕に支配される。

自分は先程まで臨戦態勢で闘牙と対峙していた。そこには油断も慢心もなかった。にもかかわらず自分は闘牙の動きを、攻撃を察知することができなかった。

それは純粋な『速さ』

シグナムはそれ故に闘牙の攻撃を察知することができなった。それでもそれを紙一重で受け止めることができたのは偶然、いやシグナムの経験がそれに無意識に反応したからだった。


シグナムはすぐさま自らの体勢を立て直そうと試みる。だがそれよりも早く闘牙の追撃が自分に向かって振り下ろされる。自らの意識を極限まで集中し、何とかそれを感じ取ったシグナムはレヴァンティンを盾代わりにして受け止めようとする。だが闘牙の一撃を受け止めた瞬間、その威力によってレヴァンティンの刀身にヒビが入り始める。同時にシグナムは衝撃を受ける。


それは目の前の光景。闘牙は片手だけしか使っていない。それはすなわち手加減されているにもかかわらず今の闘牙と自分にはここまでの力の差があるということ。

シグナムはそのまま防戦一方になってしまう。いや防戦すらできていない。防いだはずの攻撃の威力によって武器は破損し、体は切り刻まれていく。このままではあと数秒も持たない。そう理解しながらもどうしようもない状況にシグナムが己の敗北を覚悟した瞬間、


闘牙の体に光の鎖が次々に巻きついていく。それはザフィーラの拘束魔法だった。


ザフィーラは自らの全力をもって闘牙の体の自由を奪う。いくら闘牙といえどその体の自由を奪われればシグナムとヴィータ、二人の騎士の攻撃を防ぐ術はない。自分が闘牙の動きを奪い、その隙をシグナムとヴィータが叩く。それがザフィーラの狙いだった。


だが次の瞬間、闘牙をからめ取っていた鎖は為すすべなく千切られその力を失っていく。まるで鎖などないかのように闘牙はその動きを止めることはなかった。


ザフィーラはその光景に戦慄する。

先程まで間違いなく自分の拘束魔法は闘牙に通用していた。にもかかわらず目の前の光景。本当に目の前にいる男は先程まで自分たちが闘っていた闘牙なのかと疑わずにはいられない程の力。


だが闘牙の動きを止めるには至らなかったものの、一瞬ではあるが闘牙に隙が生まれる。そしてそれをシグナムとヴィータは見逃さなかった。


シグナムは一瞬で体勢を立て直し、レヴァンティンを振りかぶりながら闘牙に飛びかかって行く。それは決死の覚悟。このまま受けに回れば自分に勝ち目はない。それを先程の攻防で悟ったからだった。レヴァンティンの刀身に炎が生まれ、シグナムの全身全霊の一撃が闘牙に放たれる。


それに合わせるようにヴィータもグラーフアイゼンの形態を変え、そのブーストによる加速をしながら一気に闘牙に接近していく。その目には先程までの迷いはなかった。たった一つ。自らの願いのためにヴィータはその鉄槌を振りかぶり、渾身の一撃を闘牙に放つ。


二人に一歩遅れる形になりながらもザフィーラは体勢を立て直し、自らの拳に力を込めながら闘牙に向かって行く。自らの主の盾となり、その身を守る。それが自分の役目。それを果たすためにも自分は、自分たちは負けるわけにはいかない。ザフィーラの全ての力を込めた拳が闘牙に向かって放たれる。



三人の騎士たちの最高の一撃が同時に闘牙に向かって襲いかかってくる。その一撃にはSランクオーバーの魔導師ですら倒してしまうほどの威力、魂が込められていた。だがそれを前にしても闘牙はその場から動こうとはしなかった。



「紫電……一閃――――!!!」
「ラケーテン……ハンマ――――!!!」


剣の騎士と鉄槌の騎士。二人の攻撃が同時に闘牙に向かって振り下ろされる。それには限界以上のカートリッジによってまさに一撃必殺の威力が込められていた。だが



闘牙はそれを鉄砕牙とその鞘によって同時に受け止める。



「「なっ!?」」


シグナムとヴィータは目の前の光景に驚愕の声を上げる。自分たちの限界を超えた攻撃が止められた。それも二人同時に、それぞれ片腕で。あり得ない。それは騎士たちの理解を超えた光景だった。



そして二人は同時に気づく。闘牙が左腕を使っていることに。

それはヴィータの攻撃によって折れてしまい使い物にならなくなってしまっていたはず。にも関わらずまるでそれが治ってしまったかのように闘牙は左腕で鞘を使い、グラーフアイゼンを受け止めている。治療魔法を使ったとしてもあれほどの傷をこの短時間で完治することなどできるはずもない。そしてさらにあることに気づく。

闘牙の体にあったはずの先程の戦闘による無数の傷がなくなってしまっていることに。それは妖怪化による完全治癒の力だった。



「はあああああっ!!」
「おおおおおおっ!!」


自分たちの常識を、理解を超えた事態に戸惑いながらも二人は自らの武器にその力を込め続ける。

それはデバイス達の限界を、自分たちの扱える魔力の限界を超えた力の行使。だがそれをもってしても闘牙を押し切ることができない。そして二人は遂に悟る。


目の前の存在。


桁が違う。


そうとしか思えない程の絶対的な力の壁。


それが自分たちと今の闘牙の間にはある。


それが闘牙の真の力。



かつて殺生丸と瑪瑙丸が認めた、大妖怪に匹敵する闘牙の力だった。





今、闘牙は自らの力に驚きすら抱いていた。


今の自分の力。それはかつての、いやそれ以上のもの。


鉄砕牙と自分が一つになっている。


長い間、自分の前に広がっていた霧が、闇が消え去った。そうとしか言えないような感覚。


それはフェイトという光が自分を導いてくれたから。


目の前の騎士たちの力。限界を超えた、自らの大切な、守りたい人のための力。


その強さを自分は誰よりも知っている。だがそれでも




俺は負けられない、否、負けるわけにはいかない―――――!!




闘牙はレヴァンティンを受け止めている鉄砕牙に力を込める。その瞬間、見えない力がシグナムを襲う。

それは風の傷ではない、ただの剣圧。だがその力によってシグナムの体を覆っていたバリアは一瞬でかき消され、その圧倒的力によってその体は切り刻まれ遥か後方にシグナムは吹き飛ばされてしまう。その剣圧には一撃でシグナムを戦闘不能にする程の力が込められていた。



「シグナムッ!?」

その光景にヴィータは思わずそんな声を上げてしまう。自分たちの将が、シグナムが為すすべなく倒されてしまった。そのことがヴィータに一瞬の隙を生む。そしてそれを闘牙は見逃さなかった。


凄まじい衝撃がヴィータを襲う。

ヴィータは一瞬何が起こったのか分からない。だがすぐさま理解する。

それは鉄砕牙の鞘。

先程までグラーフアイゼンを抑えていたそれが今、自分の腹部に突き立てられている。だが驚くべきはその威力。それは自分が身につけている騎士甲冑の上からでも自分を戦闘不能にするほどの威力を秘めている。

バリアを張る暇も、受け身を取ることもできず、ヴィータはそのまま遥か後方に吹き飛ばされてしまう。



「うおおおおおっ!!」


咆哮と共にザフィーラは闘牙の背後から己の拳を闘牙に向かって放つ。

シグナムとヴィータ。自分よりも優れた騎士が敗北した姿を見ながらもザフィーラは一片の迷いも見せずその拳を放つ。

それは闘牙の死角からの、そして攻撃の後の隙を狙ったもの。いくら闘牙といえど躱すことはできない。そうザフィーラは確信する。

だがその一撃は紙一重のところで闘牙に躱される。その光景にザフィーラは驚愕する。闘牙は間違いなく自分を、自分の攻撃を捉えてはいなかった。それなのに何故。

それは妖怪化によってさらに鋭さを増した半妖としての闘牙の力だった。

闘牙は一瞬で振り返りながらその拳をザフィーラの腹部に向かって放つ。カウンターとなる形になったその一撃はザフィーラを戦闘不能にする程の物。その凄まじい衝撃によってザフィーラはそのまま後方へと吹き飛ばされていく。




時間にすれば一分にも満たない時間。


三人の騎士たちはその闘う力を失った。



この瞬間、闘牙と騎士たちの闘いは終わりを告げたのだった……………





静まり返った荒野の中、闘牙は妖怪化を解きそのまま騎士たちに向かって歩み寄って行く。それはもはや騎士たちには闘う力が残っていないことを見抜いているからでもあった。


シグナムはレヴァンティンを杖代わりに何とか立ち上がろうとするも、ダメ―ジによってそれは叶わない。いや、例え立つことができたとしても、仮に自分が万全の状態だとしても目の前の相手には、闘牙には勝てないことをシグナムは先程の闘いで悟った。

シグナムはそのままその場に膝をつき頭を垂れる。それはシグナムが自らの敗北を認めたことを意味していた。そしてそれはザフィーラも同じだった。



「我らの負けだ……………。」

そうシグナムは呟く。その表情をうかがうことは闘牙の位置からはできない。だがその姿がシグナム達の無念さを何よりも物語っていた。そんなシグナムを見ながら



「聞かせてくれ……お前達は何で魔力を蒐集してたんだ……?」

闘牙はそうシグナムに問う。それは闘牙の当初からの疑問。闘牙はシグナム達が悪意や邪気を持っていなかったこと、そして先程の闘いで私利私欲のためでなく、はやてのために騎士たちが闘っていたことに気づいていた。闘牙にはどうしてそんな彼らが魔力の収集のため人を傷つけているのかが理解できなかった。


シグナムはそんな闘牙の言葉に一瞬、驚いたような顔を見せる。まさかそんなことを聞いてくるとは予想すらしていなかったからだ。シグナムは少し思案するがその理由を包み隠さず話していく。それは決して闘牙の同情を引くためでも、自分たちの正当性を主張するためでもない。ただ敗者として、自分たちを倒した勝者である闘牙へ。ただそれだけだった。


そして闘牙は知る。


はやての足の麻痺が闇の書の浸食によるものであること。


それによりはやてにはもう一月も余命が残されていないこと。


それを食い止めるために騎士たちが魔力を蒐集していたこと。


それははやての意志ではなく、自分たちの独断であったこと。



全てを知った闘牙は納得する。騎士たちから悪意を感じなかったこと、そしてはやてが何も知らなかったこと。


そして闘牙は考える。自分がこれからどうするべきなのか。



このまま自分が騎士たちを管理局に引き渡し、はやての居場所を伝えればこの事件はすぐにでも解決するだろう。それが自分たちの目的だった。

だがそれをすれば間違いなくはやては命を落とすだろう。闇の書が危険なものであることは闘牙も知っている。そんなものの完成を管理局が許すはずもない。そうなればはやてはそのまま死ぬしかない。

まだほんの短い間でしかないが一緒に触れ合った中ではやてが本当に優しい少女であることは闘牙も理解していた。彼女には何の罪もない。ただ家族と一緒に暮らしたい、そんな当たり前の願いをもっていただけだ。それは騎士たちも同じだった。

だがこれまでの闇の書の主はその力によって破滅してしまっている。はやてもそうなってしまう可能性が高い。そうなれば多くの人を、世界を危険にさらすことになる。なら自分ははやてたちを管理局に引き渡すべきだ。


それは正しい。


それは間違っていない。


なのにどうして、どうして俺の心はこんなにも――――


闘牙が自分の中の得も知れない感情に囚われかけたその時、




一人の少女がふらつきながらも立ち上がり、自分に向かって近づこうとしてくる。


それはグラーフアイゼンを杖代わりにしているヴィータだった。

ヴィータはそのまま何とか闘牙に近づこうとしてくる。だがその体は満身創痍。とてももう闘えるような状態ではなかった。だがそれでもヴィータはその体を引きずりながら歩を進めていく。

その姿を闘牙たちはただ見つめ続けることしかできない。



「痛くねえ…………」


絞り出すようにそう呟きながらヴィータはボロボロの体を引きずりながらも闘う意思を失っていなかった。


その脳裏には自分に優しく微笑みかけてくれるはやての姿があった。


初めてはやてに会った時、自分ははやてのことを全く信じていなかった。


どうせ同じだ。優しい言葉を掛けてきても結局みんな同じだ。主はあたしたちのことを道具だとしか思っていない。そしてそれがあたしたちの役目。そう考えはやてとは距離を取っていた。


だが違った。はやては本当に、心からあたしたちを家族の様に扱ってくれた。


それは一筋の光。


その安息が安らぎがあたしたちみんなを変えていった。闘うためのプログラムではなく、はやてを、家族を守るための存在として。



「痛くねえ……!」


でもこのままじゃあはやてはもうすぐ死んでしまう。


あの笑顔も、声も、温もりもなくなってしまう。


そんなのは嫌だ。やっと見つけたのに。あたしたちが見つけた本当に大切なものを。


ここで負ければ、このままあきらめてしまえばそれを失ってしまう。そんなのは嫌だ。


はやては麻痺によって体を蝕まれている。本当は怖くて仕方がないはずだ。でもあたしたちにはそんな姿を決して見せようとはしない。


でもあたしは知っている。一人部屋の中で死の恐怖と闘っているはやての姿を。だから――――




「こんなの全然………痛くねえええ!!」


ヴィータは残された力の全てを持って闘牙に向かって行こうとする。そこにはヴィータのはやてへの絶対に譲れない想いが込められていた。




そんなヴィータの姿に闘牙は目を見開く。


自分は知っている。


目の前のヴィータの姿にかつての自分が重なる。


それは奈落との、四魂の玉との最後の闘い。


『かごめ』か『世界』か。


そのどちらかを選ぶことしかできなかった自分。


そして自分は『かごめ』ではなく『世界』を選んだ。


それは正しかった。それは間違いじゃなかった。そう今でも信じている。


でも――――


でもそれでも――――


俺はあの時、本当は――――――――




目の前の自分に向かってくる少女の姿。その姿に心がざわめく。


俺はあの時、本当に大切なものを選ぶことができなかった


例え世界が滅んだとしても俺は『かごめ』を選びたかった。


それができなかったことを俺はこの三年間ずっと後悔し続けてきた。


俺は自分の心を、想いを信じることができなかった――――――



だが今は違う。


はやてはまだ生きている。そしてその死が決まっているわけではない。


闇の書の完成によって助かるかもしれない。もしかしたらユーノの調査で新しいことが分かるかもしれない。でも管理局に引き渡されればそれが難しくなるのは間違いない。


それは管理局が悪いということではない。それは正しい。


でもはやてを、一人の少女を救おうとすることが間違いであると、誰が言えるだろうか。


何が正しくて何が悪いかなんて俺には分からない。元々そんなことを考えるのは俺の性には合わない


俺はいつだって――――



「犬夜叉、『後悔』だけはしないようにしなさい」



俺自身の心に従ってきた―――――




ヴィータがその最後の力を持って闘牙に挑もうとしたその瞬間、闘牙は鉄砕牙の変化を解き、それを鞘に納める。その光景にヴィータは思わず動きを止めてしまう。それは闘牙が闘うことを放棄したことと同義だったからだ。



「てめえ……何のつもりだ……?」

鋭い目つきで闘牙を睨みながらヴィータがそう尋ねる。シグナムとザフィーラもそんな二人の様子を見つることしかできない。そして少しの間の後



「お前ら、もう人から魔力を蒐集しないと誓えるか………?」


闘牙はそう静かに騎士たちに問いただす。騎士たちはそんな闘牙の言葉の意味が分からず、ただそれに聞き入ることしかできない。



「それが誓えるんなら、俺はお前達のことは管理局には伝えねえ………。」


闘牙はそんな騎士たちの様子を感じ取りながらもそう告げる。それは闘牙のぎりぎりの妥協点だった。


はやてを救いたい。


その騎士たちの想いも願いも間違いではない。


でもそのために他人を傷つけるのは絶対に間違っている。


リンカーコアの蒐集は命には別条はないとされているがどんな後遺症や事故が起きるかは分からない。倒れるなのはと涙するユーノ。あんな光景をこれ以上作らせるわけにはいかない。これが闘牙の譲れない条件だった。


これは管理局を、クロノ達を裏切る行為になる。だがそれでも闘牙は自分の心に従うことを決意した。



その言葉にシグナムとザフィーラは驚愕の表情を見せる。目の前の闘牙の表情、態度がそれが嘘ではないことを物語っていたからだ。だが


「う……うるせえ、そんな約束誰が信じるかよ!!」

そんな闘牙の言葉を信じきれないヴィータはそのまま闘牙に向かって行こうとする。しかしその前にシグナムの手が現れヴィータを制止させる。


「シグナムッ!?」

「よせ、ヴィータ………我々は負けたのだ……勝者の言葉には従うほかない……。」


シグナムの言葉に苦渋の表情を見せながらもヴィータはその手にあるグラーフアイゼンを下ろす。



それを見届けた闘牙は自らの首に掛けられた首飾りを操作し転送の魔法陣を展開させる。



「感謝する……闘牙。」

シグナムはヴォルケンリッター達の将としてそう闘牙に礼を述べる。ザフィーラもその気持ちは同じようだ。だがヴィータはまだ納得いっていないのかあさっての方向を向いている。


「気にすんな………ただし、今度戦場で会った時には容赦しねえ……。」


闘牙はそう言い残し、その場を後にする。その胸中には一つの決意があった。



はやての命が救われるならそれに勝ることはない。だがそれでも


闇の書の力によってどうしようもないことになった時には


俺がこの手で――――


それがこの決断をした俺の責任だ――――



闘牙はそれが現実にならないことを祈りながら元の世界に戻って行く。





闘牙は知らなかった。自分と騎士たちの認識の齟齬に。


闘牙は騎士たちがこれまでの主たちが闇の書の力で滅びていることを知っている上ではやてを救おうとしているのだと思っている。


だが騎士たちは闇の書の改変によってそのことを知らない。闇の書の完成がはやてに危険をもたらすことを騎士たちは知らなかった。



もしそのことに闘牙が気づいていれば物語は全く違う物になったかもしれない――――





すっかり暗くなってしまった冬の夜道を闘牙は一人歩いている。その両手には抱えきれない程の荷物が抱えられている。それは翠屋の買い出しだった。

お昼過ぎに出てきたのだが結局帰ってくるのは夜になってしまった。悪いことをしてしまった。もしかしたら心配させてしまったかもしれない。そんなことを考えながら闘牙が翠屋の前までたどり着いた時



「あ、トーガ!」

そんな嬉しそうな声が響き渡る。そこにはコートを着たフェイトの姿があった。


「フェイト……?」

そんなフェイトの姿に闘牙はそんな驚いたような声を上げる。フェイトとアルフはもう帰ってしまっているだろうとばかり思っていたからだ。だがフェイトはそのまま走りながら自分に近づいてくる。

手はかじかみ、息は白くなりその体は震えている。その姿にどうやらフェイトが自分を待っていてくれたのだと言うことに気づく。


「お前、ずっとここで待ってたのか……?」

「え……ううん、ちょっと前からだよ!」

闘牙の言葉にフェイトはそう言い訳をするがその慌てようの前には何の意味も為していなかった。そんなフェイトを見ながら


「…………ありがとな、フェイト。」

そう闘牙は呟くように告げる。その言葉には闘牙のフェイトへの想いが込められていた。


「?何か言った、トーガ?」

それを聞き取れなかったフェイトは不思議そうな顔をしながら闘牙に目を向ける。だが闘牙はそんなフェイトを見ながらもそれに応えようとはしない。


「寒くなってきたからな、さっさと中に入るぞ。」
「うん!」

並んで歩きながら二人はそのまま翠屋に向かっていく。そこには賑やかな仲間たちが待っている。


闘牙はその大切さを心に刻みながら生きていくことを誓ったのだった…………



[28454] 第30話 「日常」
Name: 闘牙王◆53d8d844 ID:e8e89e5e
Date: 2011/09/13 01:10
「じゃあ、本当に二十三日に闘牙とデートすることになったの!?」

「う……うん。」

アリサの一際大きな声に気圧されながらもフェイトはそう答える。そしてそんな二人の姿をなのはとすずかが興味深そうに見つめている。

今、四人は学校の屋上でいつものように昼食を食べ終わった後、談笑を楽しんでいるところだった。そんな中、フェイトはアリサ達に闘牙とデートの約束をしたことを報告しているところだった。元々闘牙とのデートはアリサが発案したことでもあったからだ。

しかし、アリサはそんなフェイトの言葉に驚きを隠せない。


(まさか……本当にデートの約束をしてくるなんて……)

アリサは内心の混乱を何とか気取られまいとしながら考える。

闘牙とフェイトのデート。

それははっきり言って冗談半分の物だった。十七歳の闘牙と九歳のフェイトがデートすることなどないだろうとそう勝手に思い込んでいた。

何よりも本当にフェイトがそのことを闘牙に切り出したことの方が驚きだ。どうやらフェイトは闘牙のことになるといつもとは考えられない程の行動力を発揮するらしいことに今更ながらにアリサは気づく。


「……?」

フェイトはそんないつもとは違うアリサの様子を不思議そうな顔で見つめている。アリサはそんなフェイトに気づき慌てながら話を続ける。


「そ、そう……で、どこに行くかは決まったの?」

「ううん。でもそれはトーガが考えてくれるから気にするなって……。」

アリサの質問にフェイトはそうどこか楽しそうに答える。どうやら本当に闘牙はフェイトとデートをするつもりらしいことにアリサは気づく。もっともアリサが考えている意味のデートと闘牙が考えているデートは大きく意味が違っているのだが。しかし行くところも闘牙が考えているなら自分にアドバイスできることはほとんどない。

でもデートを提案した手前何もアドバイスできないのは何だが納得できない。何かフェイトにできるアドバイスはない物かとアリサは考える。そして


「……それならフェイト、デート中に闘牙とキスしてくるのよ!」

そういきなりとんでもないことをフェイトに吹き込む。


「「ええっ!?」」

そんなアリサの言葉になのはとすずかがそんな声を上げる。フェイトはその言葉の意味を反芻して考え、まだ考えがまとまっていないのか心ここに非ずと言った様子だった。どうやらキスの意味はフェイトも知っているらしい。


「ア……アリサちゃん、それはちょっと………。」
「やりすぎなんじゃ………。」

なのはとすずかはそうどこか心配そうな表情でアリサに告げる。しかしもはや引っ込みがつかなくなってしまったアリサはどこか開き直ったかのように捲し立てる。


「何言ってるのよ、今時デートでキスするぐらい当たり前なんだから!」

そう胸を張り威張りながらアリサは宣言する。アリサもまだ九歳の女の子。どこか自分がませているところをなのはたちに見せたかったのがそんなことを言い出した本当の理由だった。だが


「キス………トーガとキス………」

そんな三人をよそにフェイトはそう呟きながらずっと何かを考え込んでいる。アリサ達はそんなフェイトを見ながら何も言うことができない。

アリサはこの純粋な少女にとんでもないことを吹き込んでしまったのではないか。そんなことに今更ながらに気づき、冷や汗が背中に流れ始める。だが今更自分の発言を撤回することもできない。後は闘牙が何とかするだろうと、アリサは後のことを全て闘牙に丸投げすることにする。そしてアリサは話題を少し変えることにする。


「そ……そういえば、闘牙って誰か付き合ってる人がいるの?」

アリサはそうこれまで持っていた自身の疑問を口にする。闘牙と知り合ってから半年以上になるがそういう女性も噂もアリサは知らなかったからだ。


「私も知らないかな………」

アリサの言葉に続くようにすずかもそう呟く。アリサもすずかも闘牙に付き合っている人がいるかどうか、それどころか今まで闘牙がどこで何をしていたのかも知らなかった。


「でも闘牙だからね。そんな女性いるわけないわよ。」

「そうかな……私はいてもおかしくないと思うけど……。」

アリサとすずかはそんなことを言い合いながらさらに盛り上がって行く。まだ小学生と言ってもやはり女の子。そう言う話には興味が尽きないらしい。そして会話には参加していないがフェイトもいつの間にかその話に聞き入っている。

だがそんな中、なのはだけがどこか居心地が悪そうな雰囲気を放っている。そしてアリサはそんななのはの様子に気づき、どこか閃いたように尋ねてくる。


「そうよ、なのはなら闘牙に彼女がいるかどうか知ってるんじゃないの!?」

その言葉にどこか同調しながらすずかとフェイトもなのはに目を向ける。この中では一番闘牙と長い付き合いをしているのはなのはだった。ならなのはなら何か知っているのではないか。そんな期待が三人からなのはに向けられる。しかし


「闘牙君には………付き合ってる女性はいないと思う……でも………」

なのはどこか歯切れが悪い様子でそう言葉を濁す。そんななのはの姿にアリサ達は首をかしげる。


「何よ、何か他にあるの?」

「う……ううん。何でもない。」

アリサの疑問にそうなのはは答える。アリサはそんななのはの様子を不思議に思いながらもそれ以上追及することなく、闘牙には彼女がいないという前提のもとでフェイトと闘牙とのデートについて楽しそうに話を進めていく。そんなアリサの話にフェイトはどこか真剣そうに、すずかは楽しそうに聞き入っている。だがそんな中、なのはだけが一人考え込んでいた。


なのはとユーノは知っていた。


『かごめ』という女性の存在を。

そしてその人が恐らく闘牙にとって大切な人であることを。

そして恐らくはその人がこの世にはいないことを。

だがそれを闘牙は誰にも言っていない。なら自分がそれを口にするわけにはいかない。


なのははそう心に決めたままいつも通りの自分を演じながら三人の話に加わって行くのだった…………





海鳴市のアースラ本部の中、クロノはモニターに向かい合い、会話をしている。そしてそのモニターに映っているのはユーノ。今、クロノはユーノとの定時連絡を行っている最中だった。


「なら調査は順調に進んでいるということでいいんだな?」

「うん、流石は無限書庫。探せばきちんと資料が見つかるのは驚きだよ。」

クロノの言葉にそうユーノはどこか満足気に応える。今、ユーノは無限書庫でクロノに頼まれた闇の書についての情報を集める任務についている最中だった。そしてユーノは既にいくつかの資料を書庫の中から探し出すことに成功していた。

それは無限書庫の中にある膨大な資料のおかげでもあるがそれ以上にそれを見つけ出すことができるユーノの検索魔法、マルチタスクの力だと言っても過言ではなかった。


「でも、まだ情報の真偽や詳しい情報を手に入れる必要があるからもう少し時間が欲しいんだ。いいかな?」

「ああ、元々こちらの無理な依頼で二足のわらじを履かせてしまっているんだ。そのくらいは構わない。だができる限り早くしてくれると助かる。」

ユーノの提案にそうクロノは答える。情報はある意味、どんな事件でも最も重要視するべきもの。速さももちろんだがその正確さこそが現場では最も重視するべき点。なら多少の遅れは仕方がない。

元々ユーノには訓練をしながら無限書庫での調べ物というハードスケジュールをこなしてもらっている。これ以上無理をさせるわけにもいかなかった。そんなことをクロノが考えていると


「と……ところでクロノ……聞きたいことがあるんだけど……」

どこか聞きづらそうな雰囲気を放ちながらユーノがクロノに何かを尋ねようとしてくる。

「ああ……何だ?」

そんなユーノの様子に何か無限書庫で問題があったのかと思いながらもそうクロノは答える。ユーノは一度大きな深呼吸をした後


「………………あれから、なのはの様子はどう……?」

そうどこか呟くようにクロノに尋ねる。その言葉とユーノの様子でクロノは全てを悟る。そして


「……大丈夫だ、あれからなのはは一度も君のことを話題にしていない。」

そうきっぱりと告げる。


「ぜ……全然大丈夫じゃないじゃないかっ!?」

クロノの冷酷な言葉にユーノは思わずそんな悲鳴を上げる。そんなユーノの様子をクロノはどこか楽しそうに眺めている。そんなクロノの姿に自分がからかわれていることに気づきながらもユーノはまだ怒りが収まらないようだ。


「いいじゃないか、嫉妬してくれるということは芽があるってことだぞ。」

「ひ……他人事だと思って!!」

クロノの軽口にユーノはどこか涙目になりながら食って掛かる。なのはとモニター越しに会ってからユーノはまだ一度もなのはと話していなかった。いや、正確には一度も顔を合わせていなかった。その理由は分かっているものの謝ることもできず、ユーノは途方に暮れていたのだった。


「まあ、冗談は置いといて……ロッテのことはあきらめろ。あれにはどうやっても敵わない……。」

クロノはどこか哀愁を漂わせながらそうユーノに告げる。それは同じ師を持つ者、兄弟子としての言葉だった。そんなクロノの重い言葉にユーノも同意せざるを得ず二人の間に沈黙が流れる。そしてそれを何とかしようとクロノは咳ばらいをしながら話題を変える。


「そう言えばリーゼ達はどうだ?ちゃんと手伝ってくれてるのか?」

「え……うん、無限書庫でも訓練でもお世話になりっぱなしだよ。ただ最近忙しいみたいでよく出かけてるみたいだけど……」


「そうか………」

クロノはそのままどこか考え事をするような仕草を見せる。そんなクロノの姿にユーノは戸惑いを覚えるしかない。


「どうかしたの、クロノ?」

「いや、何でもない。」

ユーノの言葉にすぐに我に返ったのかクロノはいつもの雰囲気の戻る。そして再びユーノに向かい合いながら

「とにかく、もうすぐクリスマスだ。それまでには一度こっちに戻ってくるといい。その時になのはにも謝ればいい。」

「う……うん、そうするよ。」

クロノの提案にユーノは苦い表情を見せながらもそう呟く。どうやら思ったよりユーノのダメージは大きいようだ。まあもっともそれはなのはにも言えることなのだろうがクロノはあえてそれをユーノには伝えなかった。なんだかんだでクロノもユーノの恋路を楽しみながらも応援しているのだった…………



クロノとユーノがそんなやり取りをしているのと時同じくして闘牙となのは、フェイト、アルフの四人も本部にやってきていた。それは定時連絡と近況の確認のためでもあった。といっても先の戦闘から騎士たちは一度も補足できておらず、特に進展はなかったのだが。しかし


「本当、トーガ!?」

そんなフェイトの大きな声が部屋に響き渡る。その表情には喜びの色がある。そしてそれはなのはとアルフも同様だった。


「ああ、これからは俺も闘えるようになった。心配掛けたな。」

闘牙はそんなフェイト達を見ながらどこか照れくさそうにそう告げる。その言葉にフェイト達はそれが嘘ではないことを知り、さらに喜びを増していく。


闘牙は自分が妖怪化のコントロールを会得し、再び闘えるようになったことをクロノ達に伝え、戦闘に参加する許可を得てきたところだった。

できればヴォルケンリッター達との戦闘は避けたいところだがもし何かの時に出撃できなければどうしようもない。加えて仮面の男の存在もある。そして騎士たちにも戦場で会えば容赦はしないことはすでに伝えている。その時には悪いが闇の書の完成以外でのはやての命を救う術を探すしかない。


何よりもこれ以上フェイト達に心配をかけたくないのが一番の理由だった。


特にフェイトとなのはには大きな心配を掛けてしまっていた。それがやっと解消でき、闘牙もやっと肩の荷が下りたといった様子だ。そして


「あとはユーノが帰ってくれば完璧だな。」

そう何気なく闘牙はそう告げる。そこには何の悪意も意図もない、純粋な言葉だった。


だがその瞬間、なのはからどこか不機嫌そうな、暗いオーラが放たれ始める。その負の雰囲気に闘牙たちは思わず後ずさりをしてしまう。



(ト……トーガ………)

(わ……悪い………)

フェイトの言葉に闘牙は静かにそう謝罪する。

フェイトも最近のなのはにユーノの話が禁句であることは理解できていた。そのためできるだけその話題には触れないようにしていたのだが闘牙がその地雷を踏んでしまった。

だがそんなことには全く気付いていないアルフは楽しそうにしながら騒いでいる。相変わらず空気が読めない奴だと闘牙が呆れていると


「じゃあさ、久しぶりに模擬戦しようよ!あれからまだ闘牙とはずっとできなかったからさ!」

そう目を輝かせながらそうアルフは闘牙に詰め寄ってくる。闘牙はフェイトの裁判に参加するときに一度ユーノと一緒にフェイト、アルフと模擬戦をしてから一度も模擬戦をしていなかったからだ。


「そうだね、ちょうど四人いるから二対二でできるよ、トーガ!」

そんなアルフの言葉に続くようにフェイトもそう闘牙に提案する。闘牙もフェイトがこの場の空気を何とかするためにアルフに乗ったのだと悟り、仕方なく模擬戦を行うことを承諾する。もっともフェイトも半分以上闘牙と模擬戦がしたかっただけだったのだが。


何とか機嫌を直したなのはを連れながら闘牙たちはそのまま訓練室に移動する。もうすでにフェイトはバリアジャケットを身に纏っている。どうやら本当にフェイトはクロノが言っていたようにバトルマニアらしい。アルフも既に待ちきれないのかしきりに体を動かしている。

闘牙もそのまま犬夜叉の姿に変身し、戦闘態勢に入る。せっかくの模擬戦だ。やるからにはちゃんとやる必要がある。カートリッジシステムを手に入れてからのフェイト達の力を直に見れる機会だと思えばいい。

いざ戦闘になると闘牙は容赦がないことをフェイトもアルフも知っているためここまで来ればこっちの物だと内心安堵する。


そしていざ模擬戦を始めようとした瞬間、闘牙は動きを止める。




その隣には自分と同じ方向を向いているフェイトとアルフの姿があった。


三人は同時にそのことに気づき顔を見合わせる。



「…………なんでお前ら二人ともこっちにいるんだ……?」


どこか呆れ気味に闘牙はフェイトとアルフに尋ねる。まるでコントでもしているのではないかと思えるほどの間抜けな姿を自分たちはさらしていたからだ。そのことに気づいたフェイトとアルフは慌てながら弁明する。


「いや……だってバランスでいえばあたしがこっちに付いた方がいいと思って!」

「ず……ずるいよ、アルフ。私もトーガと一緒に闘ってみたかったのに……」


アルフはそうもっともそうなことを言いながら弁明するがただ単に闘牙と一緒に闘ってみたかったのが一番理由だった。そしてフェイトは最初からそのつもりだった。

二人はそのままどちらが闘牙と組むかでもめ始めてしまう。それはフェイトとアルフが主人と使い魔になってからの初めての言い争いだった。


「どっちでもいいから早くしろよ……」

そんな二人の様子を闘牙が呆れかえりながら眺めていると




「二人とも……そんなに私と組むのが嫌なの………?」


そんななのはの呟きが訓練室に響き渡る。その言葉に闘牙たちは一瞬で凍りつく。それはまるで地の底に響くようなそんな錯覚を抱かせるような呟きだった。


闘牙たちは恐る恐る振り返りながらなのはに目を向ける。


そこには既にバリアジャケットを装着し、レイジングハートを構えたなのはの姿があった。そしてその杖の先にはすでに魔力が集束している。


そのことに気づいた闘牙たちは戦慄する。


「お……落ちついて、なのは!あたしたちはそんなつもりじゃ……」
「そ……そうだよ、なのは。私たちはなのはと組むのが嫌なことなんて……」


フェイトとアルフはそう慌てながらなのはに謝り、その場を収めようとする。だが既になのはのストレスは限界を超えていた。もっともその大半はユーノのせいだったのだが。フェイト達はその最後の引き金を引いてしまったのだった。


闘牙はなのはを怒りを納めようとする二人を見ながらも自分だけは既に鉄砕牙を構えていた。

それは本気で怒ったなのはを知っているからこそ。フェイト達はなのはが本気で怒っていることにまだ気づいていない。




「………………模擬戦はバトルロイヤルに変更だな。」


そう闘牙が呟いた瞬間、訓練室は桜色の光に包まれる。




なのはを本気で怒らせてはいけない。


フェイトとアルフはそのことをこの日、心に誓ったのだった…………



[28454] 第31話 「恋心」
Name: 闘牙王◆53d8d844 ID:e8e89e5e
Date: 2011/09/19 06:22
「主はやては?」

「大丈夫だ、ぐっすり寝てるよ。」

シグナムの言葉にそうヴィータが答える。その口調、雰囲気は日常のものではない、騎士としてのもの。そしてそんな二人の傍には同じように真剣な表情をしたザフィーラとシャマルの姿がある。


今、騎士たちは深夜のリビングで話し合いを行っている最中だった。定期的に行っているものではあったが最近は蒐集のペースを上げているため、こうして全員が一堂に会するのは珍しい光景だった。


「シャマル、闇の書のページの方はどうだ?」

「大丈夫、順調に集まってる。この調子なら十分間に合うわ。」

シャマルはそう嬉しそうにシグナムの問いに応える。その言葉に騎士たちは安堵の息を吐く。はやての麻痺の進行は早くなっているがこのペースで蒐集を行って行けばほぼ間違いなくはやての命を救うことができる。具体的な展望が見え始めたことは大きな進展だった。


「あれから管理局にも補足されていないからな。」

ザフィーラがそう言葉を付け加える。騎士たちは先の闘いからまだ一度も管理局とは接触をしていない。そしてそれは一つのことを意味していた。


「闘牙は我らのことを管理局には伝えていないようだな……。」

シグナムはそう騎士たちの心境を代弁する。もっともシグナムはそんな心配は全くしていなかったのだが。シグナムは闘牙と闘う中でその人となりを理解していたため、約束を破ることはしないと確信していた。だが


「ふん、まだそう決まったわけじゃねえ………」

ヴィータがどこか不機嫌そうにしながらそう愚痴を漏らす。どうやらまだ闘牙のことが信用できていないようだ。だが闘牙が約束を守っていることは間違いないため、それはヴィータの一種の意地の様なものだった。


シグナムもヴォルケンリッターの将としてその可能性を考え、はやてを連れ、違う世界に移る案も検討したのだが結局断念するほかなかった。

管理局にマークされてしまった以上、それをかわし続けることは難しい。加えて自分たちには時間制限がある。拠点の移動に時間を取られれば本末転倒。加えてはやてには医療のケアが必要不可欠。はやての体にもこれ以上負担を掛けるわけにはいかない。それらのリスクを考え、シグナムは闘牙の言葉を信じ、ここに留まることを選択したのだった。


「とにかく、これからも管理局には見つからないように管理外世界での蒐集に専念する。それと人からの蒐集は禁止だ。いいな、ヴィータ?」

「わーてるって………」

そっぽを向きながらもヴィータはそう返事をする。人からの蒐集は行わない。それは闘牙と騎士たちとの約束だった。


もしこれを破れば間違いなく闘牙は自分達のことを管理局に伝えるだろう。


何よりもこれ以上、騎士の誇りを汚すわけにはいかない。それが騎士たちの決意だった………




「ありがとうございましたー!」

そんな大きな店員の声が響いた後、店の出口から二人の人影が姿を現す。それはフェイトとリンディの二人の姿だった。フェイトはどこか恥ずかしそうにしながら何かの箱を持っている。大事そうに持っているその姿からどうやら大事なものが入っているようだ。そしてそんなフェイトの様子を優しく見守るようにリンディは見つめている。


「あの……リンディ提督……これ、本当に良かったんですか?」

フェイトはどこか申し訳なさそうな表情を見せながらそうリンディに尋ねる。その手に中には先程の店で買った新しい服が入った箱がある。

今日、フェイトは休みのリンディと共に街に買い物に出かけているところだった。それは闘牙とのデートのためにフェイトの新しい服を買いに行こうというリンディの提案によるものだった。


「ええ、もちろん。フェイトさんにはお世話になってるし、少し早いクリスマスプレゼントだと思ってくれればいいわ。」

そんなフェイトの言葉を聞きながらもリンディはそうどこか楽しそうに答える。こちらの世界に来てからは忙しくなかなかフェイトと触れ合う機会が少なかったリンディも今日の買い物を楽しみにしていたからだ。


「あ……ありがとうございます。」

リンディの言葉が嬉しかったのかフェイトは大事そうに服を抱きしめ、顔を赤くしながらそうお礼を言う。恥ずかしがっているのは闘牙とのデートのことを知られてしまっていること、リンディと二人きりになることが珍しいからだった。

デートのことは翠屋で闘牙に約束してしまったため高町家のみんなには既に知られてしまっているが、アースラのスタッフにもアルフがなぜか得意気に触れまわってしまったためそのことを知らない人はもうほとんどいないだろう。その時には恥ずかしさのあまりフェイトはまともにアースラの本部に立ち入ることができなかったほどだった。もっともアルフはそのことが闘牙にばれ、再び躾をされてしまったのだが……。



「でもこれでデートの準備はばっちりね。」

「は……はい。」

リンディの言葉に恥ずかしそうに頷きながらもフェイトは少し心配そうな顔を見せる。そしてリンディもそのことにすぐに気づく。何か心配なことがあるのだろうか。リンディはそのままフェイトが再び口を開くまで静かに待ち続ける。そして少しの間の後、


「リンディ提督……トーガは私とデートに行くこと、迷惑に思ってないかな……。」

呟くようにそうフェイトは自分の不安を口にする。フェイトは闘牙とデートの約束ができたことで舞い上がり、ずっと楽しみにしていたのだが最近そんなことを考えるようになっていた。今から思い返せば自分はかなり強引に約束をしてしまった。もしかしたら闘牙は無理をして自分と約束をしてしまったのではないか。そんな不安がフェイトにはあった。



「……大丈夫よ、フェイトさん。そんなことはないわ。それにきっと楽しみにしてるのは闘牙君も一緒だと思うわ。」

「ほ……本当?」

「ええ。」

リンディはそう優しくフェイトの不安を失くすことができるよう話しかける。そしてその言葉はリンディの本心だった。


リンディは初めて闘牙と出会ってから、ずっと闘牙が無理をしていることには気づいていた。

確かに十七歳と言う年齢を考えればまだまだ大人になりきれない不安定な時期ではあるが闘牙のそれはそれとは思えない程の不安定さがあった。その強さに隠れがちだが、リンディは闘牙の精神面をかなり心配していた。

フェイトはまだ気づいていないかもしれないが闘牙にはどこか脆い、儚げな雰囲気を感じる時がある。まるでいつかふっと消えてしまうのではないか、そう錯覚してしまうほどに。

『抜き身の刀』

そう言ってもおかしくない程の危うさが闘牙にはある。なのはとユーノ。あの二人はどうやらそのことには気づいているがそれを見せまいとしているようだ。妖怪化の暴走からその危うさはさらに増していった。それが恐らくは闘牙自身の過去にかかわることであることは士郎と桃子と話す機会があり、耳にはしていた。もしかしたら闘牙はもう闘うことができなくなってしまうのではないか。リンディはそのことも覚悟していた。だがそれは杞憂に終わった。今、闘牙は妖怪化の制御を会得し再び自分たちと共に闘うことができるようになった。そしてそれから明らかな変化が闘牙に見られ始める。

それはフェイトへの接し方。

今までも闘牙はフェイトをよく気に掛ける、見守るような接し方をしていたがそれはなのはやユーノにも同じことが言えた。だが今の闘牙のフェイトへの接し方はこれまでとは違ってきている。なのはやクロノはまだ気づいていないようだがエイミィもそのことには気づいている。そんなことを考えていると


「リンディ提督………聞いてもいいですか?」

フェイトがそうどこか聞きづらそうにしながらその視線をリンディに向けてくる。


「ええ、何?」

リンディはそんなフェイトの姿を見ながら、先程までの思考を中断し、フェイトの視線の高さに合わせるように屈みこむ。フェイトは少し迷うような仕草を見ながらも


「『好き』って………どういう意味なんですか?」

そう自身の疑問を口にする。それは闘牙とのデートが決まってからフェイトがずっと考えている疑問だった。


「アリサやすずかから聞いたり、本で調べたりしたんだけど……よく分からなくて………」

デートに関して調べたり、知ったりするたびに必ずと言ってもいいほどにその言葉が出てくる。

デート。それは自分が好きな人と、自分を好きでいてくれる人とするもの。

でもそれがよくわからない。私は闘牙のことが好き。それは間違いない。

でもそれはなのはやアルフ、ユーノ、アリサやすずか、アースラのみんなにも言える。ならデートの好きとそれは一体何が違うのか。フェイトにはそれが分からなかった。リンディはそんなフェイトの純粋な質問に一瞬驚いたような表情を見せた後、すぐに微笑ましいものを見るようなそんな笑みを浮かべる。



「そうね…………フェイトさん、『好き』にはいくつも種類があるの。」

「種類?」

リンディの言葉にフェイトはそう疑問の声を上げることしかできない。リンディはそんなフェイトを見ながらも優しく諭すように、言葉をつなぐ。


「ええ、それはフェイトさんがもっと多くのことを経験して、大きくなれば分かることなの。だから焦らずにゆっくり考えていきましょう?」

「………うん。」


フェイトはリンディの言葉の意味を考えながらそう頷く。リンディはそれを見ながらも自らの手を差し出し、


「まだ時間があるからどこかでご飯を食べに行きましょうか?」


そうフェイトに提案する。フェイトはそんなリンディの手に慌てて自分の手を重ねながら並んで街の中を歩いていく。それはまるで親子の様な光景だった…………




「う~~~!」

机に突っ伏しながらアルフはそんなうめき声を上げ続けている。その顔は不機嫌でたまらないと言った風だ。そしてそんなアルフを苦笑いしながらなのはとエイミィが見つめている。


「アルフさん………。」
「もう、アルフ。いい加減機嫌直しなって」

エイミィがそうアルフを嗜める。今、三人は本部の留守番をしているところだった。今、クロノは整備が完了しつつあるアースラを確認するために本局に行っている。闘牙は翠屋で仕事。そしてリンディとフェイトは買い物に出かけているため、今は三人だけの状態だった。


「うう、あたしも一緒に行きたかったのに………」

まだおさまりがつかないのかどこか未練がましそうにアルフはエイミィとなのはに視線を向ける。二人が残っていたのは本当はアルフを監視することが目的だった。

リンディがフェイトに養子にならないかと言う話をしていることは皆知っていたが闇の書事件に関わってから二人はほとんど触れ合うことができていなかった。そこでアースラクルーは久しぶりにリンディに休日を取ってもらい、フェイトと触れ合う機会を作ろうと計画していた。

だがアルフはそのことを知り、自分も行きたいと言い出してしまった。できれば二人きりの時間を作りたいと考えたエイミィとなのははこうしてアルフを見張ることしたのだった。


「まあ、それはまたの機会ってことで………」
「そうだよ、また今度行けばいいよ、アルフさん。」

そう何とかアルフをなだめながらなのはたちは談笑をしていく。この三人だけになることは珍しかったため、話も弾んでいるようだ。


「でも楽しみだよ。二人のデートはアリサと一緒に尾行する予定なんだ!」

アルフはそう楽しそうに二人に話しかけている。フェイトがそれを楽しみにしていることは知っているため一緒に行くのはさすがに断念したがどうしても様子が気になるアルフとアリサは当日尾行しようと計画していたのだった。


「アルフさん、それはやめた方が………」
「あたしもそう思うよ。アルフ自身のためにもねー。」

なのははそう心配そうに、エイミィはどこか含みのある言い方でアルフを説得するが


「大丈夫だよ、こう見えてもあたしは気配を消すのには自信があるんだから!」

アルフはそんな二人の忠告にも関わらず、胸を張りながらそう宣言する。こうなったらもうどうしようもないと二人は悟り、あきらめることにする。そしてエイミィは同情する。フェイトにではなく、恐らく再び躾にあうであろうアルフに。


「そういえば、なのはちゃん、ユーノ君とは仲直りできたの?」

話題を変えようとエイミィはそう何気なくなのはに尋ねる。その言葉にアルフの耳がピクリと動き、体を縮こませる。今のなのはにとってユーノの話題は地雷であることを流石にアルフも悟ったからだった。


「………私、ユーノ君と喧嘩なんてしてません。」

不機嫌オーラを出しながらそうなのはは答える。だがその態度からその答えには全く説得力がなかった。どうやら頑固な性格がこんなところで現れてしまっているらしい。


「そうなんだ、でもユーノ君、言ってたよ。なのはちゃんが会いに来てくれないから寂しいって。」

そんななのはの様子を見ながらもいつもの明るさでエイミィはそうなのはに伝える。実際、ユーノはなのはに会えないことをかなり寂しがっていたので嘘ではない。


「………………」

そんなエイミィの言葉に少しは感じるところはあったようだがまだ納得がいっていないのかどこか頬を膨らませながらなのはは俯いている。


「ロッテのことなら気にしても仕方ないよ。あの子はいつもああなんだから。クロノ君もいつもやられてるしねー。」

そう言いながらエイミィはいつもロッテに言いようにやられているクロノ姿を思い浮かべる。あれはもはやロッテなりのコミュニケーションといったものと言える。加えてその実力からあれから逃れることはできないだろう。ユーノはタイミングが悪かったとしか言いようがない。なのはもそのことは分かっているのだろうが仲直りのタイミングがつかめないのだろうとエイミィは見抜く。


「クリスマスにはユーノ君も一度こっちに戻ってくる予定だからその時に仲直りしたらいいよ、なのはちゃん。」


「…………うん。」

エイミィの言葉にそうなのはは小さく返事をする。そんななのはの姿にエイミィは微笑む。

どうやらなのはもフェイトも恋心に目覚めているらしい。なら年長者としてできる限りアドバイスをしてあげなければ。自分のことを棚に上げながらエイミィがそんなことを考えたその時、



本部にけたたましい警報が鳴り響く。


それは緊急事態が起こった際の警報。同時にモニターに映像が映し出される。そこにはシグナムとザフィーラの姿がある。警報は二人を補足したことによるものだった。


「ヴォルケンリッター!?場所は………文明レベルゼロの管理外世界!?」

エイミィは慌てながら座席に付き情報を集め始める。どうやら魔法生物がいる管理外世界で蒐集活動を行っていたらしいことに気づく。

すぐさまエイミィはリンディ、クロノ、闘牙に連絡を取る。だがこちらに到着するにはまだ時間がかかる。その間に騎士たちが転移してしまえばそれを追うのは困難になってしまう。今、本部にいる艦長代理の自分がすべきことをエイミィが考えた瞬間


「私が行きます、エイミィさん!」

「あたしも行くよ。あいつにはちょっと言いたいこともあるしね。」

既に戦闘準備に入っているなのはとアルフがそうエイミィに進言する。もはやそれ以上の余計な言葉は必要なかった。


「うん、二人ともお願い!」

「はい!」
「任しときなって!」

なのはとアルフは笑顔を見せながら転送魔法を発動させ、現場に向かう。



再び、騎士と魔導師がめぐり会う。



剣の騎士と砲撃魔導師、守護獣と使い魔の闘いが今まさに始まろうとしていた…………



[28454] 第32話 「乱戦」
Name: 闘牙王◆53d8d844 ID:e8e89e5e
Date: 2011/09/21 18:34
誰もいない荒野。そこは人も文明もない管理外世界。そこに一人の騎士の姿がある。それはヴォルケンリッターの将、シグナム。そしてそこから離れた場所には人間の姿をしたザフィーラの姿もある。

二人は今、この世界に生息している魔法生物から魔力を蒐集しているところだった。既に何体かの生物の魔力の蒐集を終えたシグナムは大きな溜息をつきながらレヴァンティンに新たなカートリッジを装填していく。


(何とか予定の数の魔力は蒐集できたか………)

シグナムはそのことに安堵しながら戦闘態勢を解除する。魔導師からの蒐集に比べれば一度に奪える魔力の量は劣るが、手加減をする必要がないこと、管理局にばれるリスクも低いことから効率自体は以前よりも上がっている。何よりもそれは闘牙との約束でもある。それを破るわけにはいかない。

どうやら闘牙は純粋な時空管理局員ではないらしい。そうでなければ自分たちを見逃すようなことはしないだろう。何にせよ、闘牙にはいくら感謝してもしたりない程だ。事態が終わった後には個人的にもしがらみなしに手合わせをしたいものだ。そうシグナムが考えていた時

突然自分の真下の地面から巨大なワームの様な魔法生物が現れシグナムに襲いかかってくる。ワームはシグナムが油断する隙をずっと息を殺して待ち構えていたのだった。


「くっ!」

すぐさまレヴァンティンを構えなおしそれを迎撃しようとするもそれよりも早くワームの触手が次々に襲いかかりシグナムはそれに捕えられてしまう。それはシグナムの油断と、それまでの戦闘による疲労によるものだった。

ワームはそのまま間髪入れずにその巨大な口を開きシグナムを飲み込もうと迫ってくる。その攻撃を前にシグナムがカートリッジを起動させ、触手を焼き払おうとしたその刹那、


「シュートッ!!」

掛け声と共に桜色の光が一直線にワームに突き刺さり、その爆発によって触手は次々に千切れていく。その砲撃によってワームはすぐさま地中に逃げ帰って行く。シグナムは瞬時にその場から距離を取り、砲撃が放たれた場所に目を向ける。

そこには白いバリアジャケットを身に纏い、レイジングハートを手にした高町なのはの姿があった。



「お前は………」

シグナムはいつでも戦えるように体勢を立て直し、間合いを計りながらなのはに向かい合う。目の前の魔導師はテスタロッサ達の仲間。そしてヴィータがてこずるほどの砲撃を得意とする魔導師であることをシグナムは思い出す。


「私、なのは。高町なのはです。あなたたちにお話が聞きたいと思って……」

そんなシグナムの姿を見ながらも一切の迷いなくなのははそうシグナムに話しかける。騎士たちと分かりあうこと、事情を知りたいというのがなのはの一番の目的だったからだ。

そんななのはの姿にシグナムは一度小さな笑みを浮かべた後、すぐさまいつもの凛とした表情に戻る。


「……悪いがそれに応えるわけにはいかない。できれば見逃してもらいたいところだがそれも難しそうだな……。」

そう呟きながらシグナムは己の相棒であるレヴァンティンの切っ先をなのはに向ける。恐らく速度なら自分の方が上。振り切ることは可能だろう。だが相手は砲撃を得意とする魔導師。そんな相手に背中を見せることは自殺行為。なら残された手は一つしかない。そこには力づくでもこの場を押し通るというシグナムの意志が込められていた。それを感じ取ったなのはもそれに合わせるようにレイジングハートをシグナムに向かって構える。その目にはシグナムに負けない決意が秘められていた。


「分かりました……でも、私が勝ったら話を聞かせてもらいます。」

なのはの言葉と共に二人の間に緊張が走る。シグナムはそんな中、思考を巡らせる。

自分が補足されたとなるとザフィーラや、ここから近い世界で蒐集しているヴィータも補足される可能性が高い。テスタロッサやヴィータが以前戦った黒い執務官が相手ならば勝機はあるが闘牙に出てこられれば自分たちに勝ち目はない。以前は見逃してもらったがあれは管理局に気づかれていない状態での闘牙の独断。加えてもう一度交戦するときには容赦はしないと言われている。戦闘に関して闘牙に容赦がないことは身をもって味わっている。なら闘牙が出てくる前にこの場を離脱するしかない。シグナムはそのまま自らのレヴァンティンを握る手に力を込める。

もう少しで主を、はやてを救えるところまで来ている。ここで負けるわけにはいかない。


「行くぞ!!」

叫びと共にシグナムがなのはに向かって疾走していく。この瞬間、シグナムと高町なのはの闘いの火蓋が切って落とされた…………




(あれは…………)

シグナム達がいる場所から離れた場所にいるザフィーラはシグナムの近くに新たな魔力が現れたことに気づきその方向に目を向ける。同時にそこから桜色の魔力光が放たれ始める。自らの将の危機に気づいたザフィーラがすぐさまその場へ向かおうとした瞬間、



「残念だけどあんたの相手はあたしだよ。」

目の前に戦闘態勢になっているアルフが現れる。その姿には以前戦った時以上の闘気が満ちている。どうやら戦闘は避けられそうにないことを悟ったザフィーラはアルフに向かい合いながら自らの拳に力を込める。その姿にはアルフに劣らない、いやそれ以上の決意と闘気がある。


「あんたも使い魔ならご主人様の間違いを正そうと思わないのかい!?」

そんなザフィーラを見ながらそうアルフは語りかける。それは自らも同じ間違いを犯したことがあるからこそ。

ジュエルシード事件。あの時の自分はフェイトの助けになることがフェイトのためになると、そう信じて疑わなかった。でもそれは間違いだった。フェイトの間違いを正し、止めること。それが自分の使い魔としての、家族としての役目だったことをアルフはこの半年で理解した。

だからこそ自分は目の前の相手にそれを伝え、そしてそれを止めなければならない。


そんなアルフの言葉に何か感じるものがあったのかザフィーラは静かに目を閉じた後、再びその目を開き真っ直ぐにアルフを見据える。そこには一片の迷いもなかった。


「主は関係ない………これは我らの独断。主は我らの蒐集のことは何もご存じない。」

「え?」

ザフィーラの言葉にアルフは思わずそんな声を上げてしまう。主が魔力の蒐集を命じていない。それならなぜ騎士たちはこんなことをしているのか。様々な疑問がアルフの中を駆け巡る。だがそんなアルフの戸惑いをよそにザフィーラはそのまま拳を構え、アルフに向かい合う。


「貴様も俺も譲れないものがある。なら何も迷うことはない。………行くぞ。」


「………そうかい。ならあたしはあんた達を止めて見せる!」


その瞬間、二人の姿が交差し、拳が交り合う。


アルフとザフィーラ。

使い魔と守護獣。


互いに譲れない物を懸けた戦いの火蓋が切って落とされた…………




(ちくしょう……シグナムにもザフィーラにも連絡がとれねえ……!)

闇の書を抱えながら飛行しているヴィータはそう思案しながら焦燥に駆られていた。先程まで連絡を取れていた二人と念話が通じなくなってしまった。この世界と二人がいる世界はそれほど離れているわけではない。なら考えられる理由は一つしかない。ヴィータはすぐさま自らの足元に魔法陣を発生させる。それは転送の魔法陣。そのままヴィータが二人がいる世界へ転移しようとしたその時、


「そこまでだよ。」

そんな声がヴィータのすぐそばから聞こえてくる。慌てて振り返った先には黒いバリアジャケットを纏い、バルディッシュを手にしたフェイト・テスタロッサの姿があった。


フェイトはエイミィの連絡を受けすぐにリンディと共に本部へ帰還。まだ闘牙とクロノは帰還していなかったため先にヴィータの元へ向かって来たのだった。


「私たちはあなた達と闘うために来たんじゃない。武装解除して事情を聞かせてくれれば……」

そうフェイトがヴィータに話しかける。これまでの戦闘で騎士たちが悪意を持ってこんなことをしているわけではないことはフェイトにも分かっていた。もしかしたら自分達にも手伝えることがあるかもしれない。それはフェイトの心からの本心だった。だが



「……………すんな。」

ヴィータは俯きながら絞り出すような声を漏らす。フェイトからはその表情をうかがうことはできない。だがヴィータから放たれる殺気に気づいたフェイトは思わずそのままバルディッシュを構える。


ヴィータの脳裏には自らの主、家族であるはやての姿があった。


あと少し。


あと少しで助けられるんだ。


あの笑顔を、声を、温もりを。


あの安息の日々を。


目の前の黒い魔導師の言葉。それは真実だろう。もし管理局に話すことではやてを救うことができるなら喜んでこの身を差し出すだろう。


だがそれはできない。管理局にはやてのことが、闇の書のことがばれればどうなるかはあたしたちが一番よく分かっている。


一度闘牙にそのことがばれ、もう駄目だと思ったが闘牙は本当に約束を守ってくれている。


闇の書もあと少しで完成する。

もうすぐはやての体が治るんだ。


だから



「邪魔すんじゃねええええ!!」


叫びを上げながらヴィータはグラーフアイゼンを振りかぶりながらフェイトに突進していく。フェイトはそんなヴィータの姿を見ながら戦闘は避けられないことを悟り、迎撃する。


この瞬間、ヴィータとフェイト・テスタロッサの再戦の火蓋が切って落とされた…………




「遅れて済まねえっ!」

「闘牙君!」
「来てくれたのね、闘牙君。」

そう慌てた声を出しながら闘牙が本部にやってくる。そのことに気づいたエイミィとリンディは嬉しそうな声を上げる。その姿は既に犬夜叉の姿になっている。すぐに仕事を中断してやってきたのだが既にフェイト達は現場に向かい戦闘は始まってしまっているようだ。本部のモニターには戦闘の様子が映し出されている。どうやら三対三の状況らしい。

本当なら騎士たちとは戦闘は避けたいと思っていた闘牙だがこうなってしまってはどうしようもない。一瞬、迷うものの闘牙はすぐにそれを振り払い、戦士としての思考に切り替える。


「俺はどうすればいい?」

「そうね……それじゃあ、フェイトさんの援護に向かって頂戴。闇の書の本体もあそこにあるようだし。」

リンディはそう判断し、闘牙にそう命令する。闇の書本体を抑えることができればこの事件も早期に解決することができる。そう判断してのことだった。闘牙が命令に従い、そのままフェイトの元に向かおうとした時、


「いや、少し待ってくれ闘牙。」

そんな声が転移しようとした闘牙を制止する。驚いて振り返った先には本局から今戻ってきたクロノの姿があった。そしてその姿は既にバリアジャケットを纏っている。どうやらクロノも戦闘に参加するつもりらしい。

だが何故自分を止める必要があったのか。闘牙はまだクロノが自分が闘えないと思ってそう言ったのかと一瞬考えるがそれは違うことにすぐに気づく。それならクロノ自身がフェイトの援護に行けばいい。だが闘牙を止めたクロノは自分もその場を動こうとしない。どうやらすぐに出撃するつもりはないらしい。それなら一体何故。闘牙がクロノの行動に戸惑っていると


「……なるほど、そういうことね。」

リンディはそう悟った様な声を上げ、後の判断をクロノにゆだねる。そこにはリンディのクロノへの信頼があった。そのやりとりでクロノに何か考えがあることに気づいた闘牙もクロノに従うことに決める。


「頼りにしてるぜ、執務官。」

「………ああ、任せてくれ。」


闘牙のそんな軽口にクロノも笑みを浮かべながら答える。闘牙たちはそのまま戦闘の推移を見守るのだった…………




戦闘によって荒れ果てた荒野の中、シグナムとなのはは互いを睨みあっている。その体にはダメージらしいダメージは見られない。だが二人とも疲労のために肩で息をしている。それは一進一退の攻防によるものだった。


(まさかこれほどとは………)

シグナムは息を整えながら目の前の白い魔導師、高町なのはに目を向ける。なのはもそれに合わせるようにレイジングハートを構えながらシグナムに対峙する。その周りにはいくつもの魔力弾が浮かんでいた。


シグナムは魔導師との戦い方を熟知している。それ故に魔導師に関しての戦闘に関しては絶対と言っていい自信を持っていた。だがそれは目の前の魔導師には通用しないらしい。

テスタロッサは魔導師の中でも近接戦闘を得意とする魔導師のため自分と競り合うことができた。だが目の前の魔導師は違う。砲撃魔法と言う対人戦には向かない魔法で自分と互角に渡り合っている。その実力に驚嘆するしかない。


「強いな……高町。だがこのまま負けるわけにはいかん。一気に勝負を決めさせてもらう。」


「私も負けません。」


そんなやり取りの後、二人の間に緊張が走る。そしてそれが弾けた瞬間、シグナムは一気になのはに接近しようと試みる。その目には一切に迷いもなかった。



間合いの取り合い。


シグナムとなのはの闘いはその一言がすべてと言っても過言ではない。クロスレンジではシグナムに。ミドル、アウトレンジではなのはに分がある。故にいかに自分の間合いで闘うことができるかが二人の闘いの大きな鍵になっていた。

一気に自分との距離を詰めようとしてくるシグナムを見ながらもなのはは焦ることなく自らの周りに浮かんでいる魔力弾を次々にコントロールし


「アクセルシューター……シュ―――トッ!!」

それらをシグナムに向かって放って行く。それはなのはのコントロールによって縦横無尽に駆け回りシグナムに襲いかかる。その数は十二。とても対応できるものではない。だがその例外がここに存在する。


「はあっ!!」

シグナムは自らの手にある相棒、レヴァンティンを振るうことで次々に魔力弾を切り裂き、打ち払って行く。その光景はまるで舞。一切の無駄のない動きでなのはの魔力弾を捌きながらシグナムはなのはとの距離を詰めようと試みる。

シグナムにも連結刃や飛竜一閃という中遠距離の攻撃手段は存在する。だがそれらは発動に時間がかかり、また発動中には足を止めざるを得ないと言うリスクがある。それはなのはの戦闘スタイルとは相性が悪い。なのはと闘うには常に足を止めず、動き続ける必要がある。

誘導弾を操るなのはとそれを捌き続けるシグナム。これが先程から繰り返されている光景だった。そして


「ディバイン……バスタ―――!!」

なのはの砲撃魔法がシグナムに向かって放たれる。いくらシグナムといえど、これを捌くことはできない。そのためそれを大きく距離を取ってかわし、再び両者の間に距離ができる。それがこれまでの攻防の流れ。なのははこのまま戦闘が持久戦になることも覚悟していた。だが


シグナムはそれをかわすどころか自らその砲撃に向かって突進していく。それはまるで特攻と言っても過言ではないものだった。


なのははそんなシグナムの行動に一瞬、動きを止めてしまう。自分の砲撃は間違いなく一撃必殺の威力がある。それなのに何故。そう考えたのと同時に


「はああああっ!!」

シグナムは咆哮を上げながら自らの甲冑に展開していたバリアを自らの前面に展開する。そのバリアは並みの攻撃ではなくビクともせず、全力で展開すれば砲撃魔法ですら凌ぐことができるもの。

しかしそれをもってしてもなのはの砲撃には耐えることができず、次第にバリアにひびができていく。そしてそれが限界を迎えようとした瞬間、シグナムは体をひねり、砲撃を受け流した。


「えっ!?」

なのははそんなシグナムの技量に驚愕する。まさか自分の砲撃をそんな風にかわされるとは思いもしなかったからだ。そしてなのははすぐに我に返り、再び砲撃を放とうとするも次弾のチャージができるよりも早く、シグナムがなのはの間合いに入り込む。その速度になのはは誘導弾を迎撃に出すこともできない。

シグナムはそのままレヴァンティンのカートリッジを起動させ、魔力を高める。なのはのシールドの強度は既にヴィータから聞き及んでいる。ならそれを打ち崩すだけの一撃を放つしかない。


「紫電一閃―――!!」


シグナムの全力の一撃が容赦なくなのはに向かって振り下ろされる。なのははすぐさまシールドを展開しそれを受け止める。なのはのシールドの強度は高く、並みの攻撃ではビクともしない。だがシグナムの全力の攻撃によってそのシールドにはひびが入り、崩壊していく。そしてその一撃がついになのはに届こうとしたその瞬間


『Barrier Burst』


レイジングハートの声と共にバリアは爆発を起こし、二人の間に大きな距離を作る。その爆発によってダメージは受けなかったもののシグナムも吹き飛ばされ、何とか体勢を立て直す。煙が晴れた先には全く恐れも迷いもない真っ直ぐな瞳をもったなのはの姿があった。


シグナムは驚愕の表情でそれを見つめるしかない。

あれだけの斬撃を目の前にして冷静にそれを対処する。いくら才能があったとしても、勇気があったとしても一朝一夕でできることではない。それはまるで剣士との戦い方を知っている。そうとしか思えないような手際だった。

そして同時に気づく。そんな剣士の存在を。



「……どうやら剣士との戦い方を知っているようだな。闘牙に教えてもらったのか?」


レヴァンティンを再び目の前に構えながらシグナムはそうなのはに問いかける。


「……そうです。闘牙君は私の闘い方の先生ですから。」


そんなシグナムの問いになのははそう力強く答える。同時になのはの周りに再び誘導弾が作られていく。


「そうか……なら尚のこと負けるわけにはいかないな。」


シグナムはそうどこか楽しそうに呟きながら再びなのはに向かって挑んでいく。目の前の少女。その強さは本物だ。だがそれでも自分は負けるわけにはいかない。なのはもそんなシグナムの決意を感じ取りながら全力でそれ応えていく。


剣の騎士と砲撃魔導師の闘いはさらに激しさを増していくのだった………





黒と赤の少女。フェイトとヴィータは肩で息をしながら対峙している。だが疲労しながらも二人ともまだ意志も闘気も衰えてはいなかった。


(こいつ………!)

グラーフアイゼンを握りしめながらヴィータは目の前のフェイトを睨みつける。ヴィータは一度フェイトと闘い、その戦闘スタイルも強さも知っていた。

だがカートリッジシステムを手に入れたことでフェイトの強さは以前とは比べ物にならない程増している。その速さはさらに増し、自分の障壁を破ることができなかった攻撃も今は自分に届く域にまで上がっている。力ではこちらが勝っており、相手のシールド、防御も前戦った白い奴に比べれば大したことはない。攻撃が当たれば勝つことは可能だ。だがその速度を捉えることができない。

ならカートリッジを使った加速によって一気に決着をつけるしかない。そう決意したヴィータは大きくグラーフアイゼンを振りかぶる。その目には揺るがない決意が秘められていた。



(この子……やっぱりすごく強い……!)

フェイトは自らの相棒であるバルディッシュを握りながら目の前にいるヴィータに目を向ける。以前は手も足も出なかったがカートリッジシステムを手に入れた今なら負けない。そう思っていたがそれが甘かったことをフェイトは痛感する。

自分は相手の速さを上回っており、以前とは違いその障壁を超える攻撃を繰り出している。だがそれでもヴィータはそれを避け、捌き、反撃をしてくる。その攻撃には冷や汗が止まらない。おそらく攻撃力ならヴィータはシグナムを上回っている。その攻撃を受ければ間違いなく自分は一撃で落ちてしまうだろう。このまま闘い続けても速度が落ち、いずれやられてしまう。

ならさらに速度を上げ、全力の一撃で勝負を決めるしかない。フェイトはバルディッシュを振りかぶりながらソニックフォームの使用を決意する。



フェイトとヴィータ。二人の間に凄まじい緊張が走る。次の一撃で、攻防で決着がつく。そんな気配が辺りを支配する。風が辺りを吹き荒れ、時間が二人の間を流れる。そして同時に二人が動き出そうとしたその瞬間、



フェイトの胸から見知らぬ手がその姿を現す。その手には金色の光。フェイトのリンカーコアが握られていた。




「……………え?」


フェイトはいきなりの事態にそんな声を上げることしかできない。何とか動こうとするもリンカーコアを握られてしまっているため身動きを取ることができなかった。そしてそんなフェイトの後ろには仮面をかぶった男の姿があった。



「な……何だてめえっ!?」


いきなり現れた仮面の男にヴィータは驚き、距離を取る。仮面の男のことはシャマルから聞き知っている。シャマルは危ないところを助けてもらったようだがその目的も不明。どうやら闇の書に興味があるらしいことしか知らなかった。


だがそんなヴィータの戸惑いを見ながらも仮面の男は静かに




「さあ、奪え。」


そうヴィータに告げる。



「…………え?」


ヴィータはそんな仮面の男の言葉の意味が分からないかのようにその場に立ちつくすことしかできない。


奪え?何を?そんなの決まってる。目の前の光。リンカーコア。その魔力。それを奪えと仮面の男は言っている。



「…………何をしている?闇の書を完成させるのだろう、早く奪え。」

いつまでも動こうとしないヴィータを訝しみながらもそう言葉をつなぐ。だがヴィータにはそんな仮面の男の言葉は耳に入っていなかった。



魔力の蒐集。それが自分たちの目的だ。


はやてを助けるためにそれを行ってきた。もうすぐそれが叶う。


そして自分の目の前にはそれがある。その光には前に蒐集した白い魔導師に匹敵する魔力がある。これがあればページも一気に埋まるだろう。今ならそれが簡単に手に入る。



そんな誘惑がヴィータを襲う。



知らずヴィータの手が伸びる。


そしてその手がリンカーコアに向かって伸ばされようとした瞬間、




ヴィータはその動きを突如止めてしまう。



「………何のつもりだ?」



ヴィータの行動が理解できない仮面の男はそう疑問の声を上げる。ヴォルケンリッターは魔力の蒐集を目的にしたプログラム。そんな存在が何故。ヴィータはそのまま顔を俯かせ、その場に立ちつくす。


その脳裏にはあの日の光景が蘇っていた。


自分たちを倒した男、闘牙の姿。


自分たちを管理局に引き渡そうと思えばできた筈だ。


でも闘牙はそれをしなかった。


それは自分たちの決意を、はやてのことを気に掛けてくれたからだと言うことは自分にも分かった。


そんな闘牙の言葉が蘇る。


『お前ら、もう人から魔力を蒐集しないと誓えるか………?』


それが自分たちと闘牙の約束、誓いだった。


自分たちは既にはやてとの誓いを破り魔力の蒐集を行ってしまっている。でももしここでその約束を、誓いを破ってしまえばあたしたちは大事なものを失くしてしまう。だから




「………あたしはヴォルケンリッターの騎士、ヴィータだ!お前みてえな奴の助けなんていらねえっ!!」


ヴィータはそう咆哮しながらグラーフアイゼンを振りかぶる。それは騎士の誇り。その瞳にはもう一片の迷いもなかった。


「………プログラム風情が。」

仮面の男はそう冷たく吐き捨てた後、自らが手にしているリンカーコアに目をやる。そしてその手に力を込めようとしたその瞬間、



仮面の男は突如凄まじい衝撃に襲われ、そのまま吹き飛ばされてしまう。



「っ!?」

突然の事態に混乱しながらも仮面の男はすぐさま受け身を取り、体勢を立て直す。一体何が起こったのか。顔を上げたその先には



フェイトを抱きかかえた闘牙の姿があった。



「トーガ………?」

どこか夢心地な様子でフェイトはそう闘牙に話しかける。どうやらリンカーコアを取りだされかけたせいらしい。


「悪いな、遅くなっちまった。」

そんなフェイトの様子を見ながらも闘牙は優しくそう言い、フェイトをそのまま地面に下ろす。そしてそのままフェイトを庇うように立ちながら仮面の男に対峙する。


フェイトはそんな闘牙の後ろ姿に目を奪われていた。同時にこれまでに感じたことのない感情がフェイトの中に生まれてくる。それが何なのかフェイトには分からない。だがその感情はきっと大切なものなのだと。そうフェイトは気づく。


闘牙はそのまま仮面の男とヴィータに目を向ける。ヴィータは一瞬、呆けたような顔をしていたがすぐにいつもの表情に戻り、闘牙と仮面の男を睨みつけ、距離を取る。ヴィータにとってはどちらも敵であることに変わりはなかったからだ。


闘牙はそんなヴィータを一瞥した後、仮面の男に目を向ける。先程自分は一撃で意識を失うほどの蹴りを放った。にもかかわらず仮面の男はそれを受け流し、ほとんどダメージを受けていないようだ。その技量に闘牙は驚きを隠せない。そして同時にあることに闘牙は気づく。


(こいつ………)

それは匂い。目の前の男から感じる匂い。それは人間の匂いではない。

それはアルフと同じ使い魔のもの。それも恐らくは猫の使い魔。その姿は恐らくは変身魔法によるものなのだろう。ユーノも変身魔法でフェレットに姿を変えていたが匂いまで変えられてはいなかった。そのことを仮面の男に問いただそうとしたその時、



突然闘牙とフェイトに向かってバインドが掛けられてしまう。


「えっ!?」


突然のバインドにフェイトは驚愕の声を上げる。フェイトはすぐさまバインドを壊そうとするがそれは叶わない。その強度には驚くしかない。間違いなくこのバインドは高等魔法。すぐに解除できるようなものではない。それを複数、これだけの速度で展開させることはクロノでも難しいだろう。一体誰が。そう思い顔を上げた先には、

もう一人の仮面の男の姿があった。



「そんな………」

「こいつら………」


目の前の状況にフェイトとヴィータは苦渋の声を漏らすことしかできない。仮面の男がもう一人いる。さらにトーガと自分はバインドに捕まってしまっている。このままでは負けてしまう。何とかしなければ。そうフェイトが焦った瞬間、闘牙の顔が視界に入る。その顔には焦りも戸惑いも見られない。こんな状況なのに何故。そうフェイトが疑問を抱いたその瞬間、


「バインドブレイク。」

声と共に闘牙とフェイトを縛っていたバインドが粉々に砕け散る。フェイトが振り返ったその先にはデバイスを構えたクロノの姿があった。


「クロノ……?」

「すまないフェイト。遅くなった。」

クロノはそう言いながら闘牙の隣に並ぶ。

仮面の男の襲撃に備えて待機する。それがクロノの作戦だった。

仮面の男たちがどういった方法かは分からないがヴォルケンリッター、管理局、双方の動きを察知していることは先の戦闘で明らか。ならば今回の戦闘でも恐らく介入してくる可能性が高い。そう判断し、クロノは闘牙を温存していたのだった。もっとも仮面の男がもう一人いることはクロノにとっても予想外だったのだが。


仮面の男たちもそんな闘牙とクロノに向かい合うように対峙する。どうやら素直にこちらに投降する気はないようだ。そして仮面の男たちは騎士たちに匹敵、いやそれ以上の実力を持っていることは間違いない。そのことに気づいているフェイトとヴィータは緊張した面持ちを隠せない。だが



「久しぶりの共闘だ。頼むぜ、クロノ。」

「ふん、君の方こそ腕がなまっているんじゃないか?」


そんな二人の緊張を全く感じていないかのように闘牙とクロノは軽口を叩きあう。そこには互いに対する絶対の信頼があった。そんな二人の様子に面喰いながらも仮面の男たちはすぐさま戦闘態勢に入る。



闘牙とクロノ。


アースラの最強コンビと仮面の男達の闘いが今、始まろうとしていた…………



[28454] 第33話 「急変」
Name: 闘牙王◆53d8d844 ID:e8e89e5e
Date: 2011/09/25 02:10
フェイトとヴィータ。二人はまるで何かに魅せられるかのように同じものに目を奪われていた。それは自分たちの目の前で行われている戦い。闘牙、クロノと仮面の男たちの闘いだった。


「はあっ!!」

叫びと共に闘牙は一気に仮面の男に接近し、その拳を放つ。その一撃には並の魔導師なら一撃で昏倒させるほどの威力が込められている。だがそれを見ながらも仮面の男は焦らず確実のその拳を捌きながら、さらに反撃の蹴りを闘牙へ放ってくる。しかしそのカウンターともいえる蹴りを闘牙は驚異的な反射神経を持って感知し、紙一重のところでそれを躱す。

そんな攻防が幾度も両者の間に起こり、その衝撃によって大地は荒れ果てていく。とても肉弾戦とは思えない程の激しい戦闘が闘牙と仮面の男の間で行われていた。


闘牙は鉄砕牙を使っていなかった。それは相手の力量を図るため、そして何よりも相手がデバイスを持っていないのが一番の理由だった。

闘牙は基本的に魔導師と闘う場合は相手を傷つけないようデバイスの破壊を第一にしている。先日の騎士たちとの戦いは三対一と言う状況であったため例外だった。もし仮面の男たちとの二対一の状況であれば使わざるを得なかっただろうが今こちらにはクロノがいる。ならば問題はない。闘牙はそう判断し肉弾戦を挑んでいた。

そして改めて目の前の相手の強さに驚きを隠せない。闘牙は自分の近接戦闘での強さには自信を持っている。それは鉄砕牙を持っていなくてもだ。にもかかわらず相手は自分と互角、いや肉弾戦に関しては間違いなく自分以上の実力を持っている。今は何とかごまかしているがこのままいけば不利になるのは避けられない。

闘牙は自らの切り札を使うタイミングを見計らっていた………。



(すごい………)

フェイトは今、自分が戦場にいることすら忘れてしまう程に目の前の戦闘に目を奪われていた。

闘牙とクロノ。二人の共闘の強さに憧れすら抱いてしまう。自分もアルフとの連携には自信があるが二人のそれはそれ以上。さらに闘牙の肉弾戦の強さもフェイトの想像をはるかに超えたものだった。フェイトも半年前の事件で何度か闘牙が素手で戦っているのを目にしたことはあるがこれほどだとは思っていなかった。

鉄砕牙。それが闘牙の強さの大きな理由だとフェイトは考えていた。AIではない意志を持ち、使い手を選ぶ刀。その力を自分も海上で一度目にしたことがある。なのはとユーノの話では闘牙が本気を出せばスターライトブレイカーを遥かに超える力があるらしい。そんな鉄砕牙があるからこそ闘牙はあそこまで強いのだと、そうフェイトは思っていた。

それは間違いではない。実際、闘牙の強さの理由の大きな一つが鉄砕牙にある。そして闘牙は鉄砕牙を初めて手に入れた当初は鉄砕牙に頼り切ってしまっていた。それを刀々斎に指摘されたこともある。

だが妖怪化の制御を会得したことで闘牙は鉄砕牙の真の継承者となった。それは闘牙自身が鉄砕牙と対等な強さを身に付けたことを意味していた。そして再び自分の守る者を自覚した闘牙のその強さは以前を遥かに超えるほどの物だった。


しかし、その戦いに割って入るかのように魔力弾が放たれていく。それはもう一人の仮面の男によるもの。その矛先は闘牙に向けられていた。肉弾戦に気を取られている闘牙を遠距離から狙い、もう一人の仮面の男を援護する。それが狙いだった。だが



「スティンガースナイプ!!」

それを見越していたかのようにクロノのデバイスからも魔力弾が放たれる。それは凄まじい加速を見せながら闘牙たちの元へ向かい、魔力弾を次々に打ち落としていく。それはまるで闘牙を守るかのように舞いながら仮面の男の魔力弾を無力化していく。

しかしそれを見ながらも仮面の男は全く動じず、さらに新たな魔法を行使し、それを闘牙へ向かって発動させる。そしてそれを防ぐようにクロノの魔法も発動される。両者とも譲らない魔法戦が展開されていた。


その二対二の闘いは間違いなく魔導師の闘いの中で最高レベルの物。そして奇しくもその両者は瓜二つと言ってもおかしくないチームだった。


近接戦を得意とする前衛と魔法戦を得意とする後衛。


闘牙が前者でクロノが後者。それはジュエルシード事件で何度か共闘したことのある二人には既に暗黙の了解となっているスタイルだった。


もっとも二人は互いに連携の訓練をしているわけではない。にもかかわらずこれだけの、まるで長年共に闘ってきた様な戦闘がおこなえているのはひとえにクロノの実力によるところが大きかった。

この共闘の根底にあるもの。それはクロノが闘牙の動きに合わせるというものだった。

クロノは闘牙が魔導師との連携やチーム戦にはあまり向かないことを半年前から理解していた。もちろん闘牙がそれを全くできないというわけではない。しかし、闘牙の真価は直感、本能によるものといえる闘い方にある。その強さをクロノは誰よりも理解している。もし闘牙がクロノに合わせようと、足並みをそろえようとすれば間違いなくその強さが損なわれてしまう。ならば闘牙には好きに動いてもらい、それをクロノがフォローする。この形が闘牙の力を百パーセント引き出すことができるとクロノは判断し、実行している。そしてそれは幾多の経験と知識を持ったクロノだからこそできる芸当だった。


クロノは魔法の高速戦を行いながらも思考する。


自分と闘牙のコンビは間違いなく魔導師の中でも上位に当たるほどの力がある。にもかかわらず目の前の仮面の男たちはそれに劣らない、それ以上の連携を持ってこちらに向かってくる。その強さにクロノは驚きを隠せない。

自分と魔法戦を繰り広げている男は間違いなくAAA+以上の実力がある。特にその魔法の展開速度、精度は驚嘆するほど。本来その二つは極めるほどに相反していってしまう物。だがその常識を覆すほどの練度を目の前の相手は持っている。しかもデバイスを使わずにだ。自分も魔法の展開速度には少なからず自信があるが相手は間違いなくそれを上回っている。今は何とか拮抗しているが長引けば不利にあるのは確実。ならばどこかで勝負を仕掛けなければならない。

そう思考しながらもクロノは頭のどこかである疑念に囚われる。

それは先の戦闘で仮面の男と接触した時からのもの。そして目の前の闘い。格闘戦と魔法戦に優れた二人組。自分の直感が正しいならば恐らく………




(こいつ………!)

仮面の男の一人、リーゼロッテは目の前の闘牙を見据えながら内心舌打ちする。

今回の自分たちに役目はヴォルケンリッター達の魔力の蒐集の援護と戦場からの離脱を促すことにあった。だがどういうわけかヴォルケンリッターは魔導師からの魔力の蒐集を行おうとはしなかった。仕方なく離脱の援護を行おうとしたところに目の前の男とクロノがやってきてしまった。

クロノだけなら自分だけでも何とかなっただろう。だが目の前の男の参戦は完全に予想外だった。クロノやユーノからその存在は聞かされてはいたものの、実際に遭遇するのはこれが初めて。魔力を使わない存在だと言うことで甘く見ていたのが間違いだった。間違いなくこの相手は自分に匹敵する強さを持っている。この相手を前にして転送の魔法を使う隙を作るのは難しい。

アリアが援護に来てくれた時には何とかなると思っていたが同時にクロノも現れ、アリアと魔法戦を繰り広げている。その実力も自分たちが思っている以上に上がっているようだ。師匠として弟子の成長は喜ばしいことだがこの状況ではそんなことも言っていられない。

お父様の悲願を達成するためにもここで自分たちが負けるわけにはいかない。ロッテは一気に決着を着けることを決意する。



『アリア、一気に決める。あれを使うよ!』

『……分かった。』

ロッテの念話で全てを理解したもう一人の仮面の男、アリアはロッテに向かってその手をかざす。同時にその掌の前には魔法陣が展開されその光がロッテを包み込んでいく。



(あれは………!!)

その魔法陣と光景を見たクロノはすぐにそれが何の魔法なのかを理解する。

それは魔力ブーストと呼ばれる補助魔法。

対象者の魔力を高め、様々な能力の付与、底上げを行う魔法。そしてアリア程の使い手によるそれはまさに使われた者に圧倒的な力を与えるものだった。


闘牙は目の前の相手の魔力が爆発的に高まったことに気づき、臨戦態勢に入る。その力は騎士たちのカートリッジに相当している。そのことを瞬時に理解したからだった。だが



一瞬で目の前に現れたロッテの一撃によって闘牙は遥か後方に吹き飛ばされてしまう。


「ぐっ!!」

何とか受け身を取り体勢を立て直しながらも闘牙は苦悶の声を上げる。いつでも対処できるように構えていたにもかかわらず反応できなかった。そしてガードの上からでもこのダメージ。闘牙はしびれた腕を何とか動かしながらさらに追撃を仕掛けてくるロッテの猛攻を捌き続ける。

だがその姿は防戦一方。そして同時にアリアの魔法もそれを援護するように闘牙に襲いかかってくる。だが魔力ブーストはまだきれていない。

アリアはブーストを行いながら他の魔法を同時に展開している。それはまさに高等技術。これがクロノの師匠でありグレアムの使い魔、リーゼアリア、リーゼロッテの実力だった。



「闘牙っ!!」

そんな防戦一方の闘牙の姿に焦りながらもクロノはそれを援護しようとデバイスを構える。自分も魔力ブーストの魔法は使えるが闘牙は魔導師ではないため使うことはできない。ならば自分はどうするべきか。

闘牙の援護か、もう一人の仮面の男を狙いブーストを解除させるか、クロノがそれを判断しようとしたその瞬間、


クロノと闘牙の視線が交差する。


瞬間、クロノは全てを理解した。




クロノはすぐさま自らの足元に魔法陣を展開する。そのことに気づいたアリアとロッテも身構える。それはクロノの中規模範囲攻撃魔法。


「スティンガーブレイド・エクスキューションシフト!!」

クロノの叫びと共に無数の魔力刃がその周りに現れ、その矛先をロッテに向ける。そしてクロノがデバイスを振り下ろした瞬間、その全てが一斉にロッテに向かって射出される。それはまる豪雨の様な光景だった。だがそれらをロッテは難なく捌いていく。同時にアリアも魔力弾によってそれを迎撃し、ロッテを援護する。

確かにこの魔法は高ランク魔法だが範囲が広いため魔力刃一つ一つの威力はそれほど高くない。ロッテとアリアならばそれを捌くことは造作もなかった。だがその弾着と爆散によって辺りは砂埃に覆われてしまう。そしてその中から闘牙が飛び出してくる。それはクロノの攻撃によってできた隙に乗じてその場を離脱したところだった。だが


それを許さないとばかりに圧倒的な速度でロッテが闘牙に肉薄してくる。それは先程の攻撃が目くらましであることを既に見抜いていたからでもあった。闘牙はそんなロッテの追撃を目にしながらもその場を動くことができない。


そしてロッテは自らの足にその魔力を集中させる。それはロッテの最高の攻撃。例えガードの上からでも相手を倒すことができるまさに一撃必殺の技だった。



(もらった!!)


絶対に回避不可能なタイミングによる全力の一撃。ロッテは自身の勝利を確信する。だがその刹那



『っ!!ロッテ、逃げなさい!!』

クロノと闘牙の狙いに気づいたアリアの念話が響き渡る。ロッテはそのことに気づくもその攻撃を止めることができない。そしてその一撃が闘牙に振り下ろされたその瞬間、



闘牙は片手でその攻撃を受け止めた。



(な……っ!?)


その光景にロッテは驚愕する。あり得ない。自分の全力の攻撃が受け止められた。それも片手で。常識では考えられない事態に混乱した時、さらにあり得ない事態が起こる。


目の前の男。その姿が先程と大きく異なっている。頬には痣が、そして爪が鋭くとがっている。何よりもその存在感、力。魔力ではないこれまで感じたことのない力がロッテを襲う。それは妖気。その力に気圧されてしまう。体が震える。

それは使い魔としての本能。目の前の存在とは闘ってはいけない。それを体が感じ取ったからだった。


ロッテはそんな自分の体の反応を何とか抑え込みながら瞬時のその場を離脱しようと試みる。そこには戦術も狙いもない。ただ純粋な逃亡だった。



だがその瞬間、ロッテの足にバインドが掛けられてしまう。


ロッテは自分に起こったことに驚くことしかできない。これは設置型のバインド。その強度もすぐに解けるものではない。目の前の男は魔導師ではない。ならば答えは一つしかない。


クロノによる設置型のバインド。


それは先程の攻撃の粉塵によってロッテとアリアの視界がふさがれた際に仕掛けたもの。闘牙の離脱とバインドの設置。ロッテはその二重の罠にかかってしまったのだった。


ロッテがそのことに気づいた瞬間、凄まじい衝撃に襲われる。


それは闘牙の拳。それが自分の腹部に放たれたもの。その威力によって肋骨の何本かが折れる鈍い音が起きる。その威力によってロッテはそのまま吹き飛ばされてしまう。


『ロッテッ!!』

自らの妹の危機にアリアは思わずそんな念話を飛ばす。そしてその隙をクロノは見逃さなかった。


『Blaze Cannon』

デバイスの声と共にクロノの砲撃魔法がすぐさまアリアに向かって放たれる。咄嗟にアリアはシールドを張るも間に合わず、その威力によってアリアも吹き飛ばされてしまう。


何とか立ち上がろうとするもアリアはその魔力ダメ―ジ、ロッテは骨折によって身動きを取ることができない。


この瞬間、闘牙、クロノとアリア、ロッテの闘いは決着をみたのだった………




闘牙とクロノはそのまま倒れ込んでいる仮面の男に向かって足を進めていく。仮面の男たちもその場を何とか離脱しようと試みるも叶わない。あとはクロノにバインドを掛けてもらいアースラに連行するだけ。そう闘牙が考えたその瞬間、



凄まじい轟音と光が辺りを襲う。


その光と音に闘牙とクロノは動きを止めてしまう。



それはヴィータのアイゼンゲホイルと呼ばれる技。攻撃力はないが衝撃弾をハンマーで叩くことで相手の視覚と聴覚を封じる、いわば目くらましの技だった。


ヴィータは先程まで両者の闘いを静観していたのはずっと離脱の機会をうかがっていたからだった。


仮面の男たちは分からないが闘牙とクロノが勝てば自分は間違いなく捉えられてしまう。その時にこの技を使っても恐らくあの二人には通用しない。ならば決着がついたその隙を狙うしかない。そうヴィータは判断したのだった。


そしてその目論見は成功する。クロノもだが特にこの目くらましは闘牙には効果覿面だった。それは半妖ゆえの優れた聴覚を持っているからこそ。


そしてその隙は仮面の男たちにもチャンスを与えてしまう。闘牙とクロノが身動きが取れなくなってしまったその隙にヴィータと仮面の男たちは同時に転送魔法を展開し、その場を離脱してしまう。


「……っ!エイミィ、追跡は!?」

『ご……ごめん、仮面の男たちがジャミングをかけてたみたいで……』


クロノの言葉にエイミィがそう申し訳なさそうに答える。何とか二人が状態を回復したその時には既に仮面の男たちの姿はなかった。そのことに悔しそうな顔を見せながらも闘牙は思考を切り替え、フェイトに近づいていく。


「体は大丈夫か、フェイト?」

闘牙はそう言いながらフェイトの体に目をやる。どうやら外傷などはないようだ。だがリンカーコアを取り出されかけたこともある。一応すぐにアースラに戻って見てもらった方がいいだろう。そんなことを考えていると


「だ……大丈夫だよ、トーガ!わ……私、先に帰ってるね!」

顔を真っ赤にしながらフェイトはそう言い残し、一人先にアースラに転移していってしまう。闘牙はそんなフェイトの姿に呆気にとられるしかない。一体何に慌てていたのか。

そんなことを考えているとその視界にどこか難しそうな顔をしているクロノが映る。どうやら先程の戦闘について考えているようだ。そして闘牙は思い出す。一つの確信を。




「クロノ……さっきの仮面の男たちは猫の使い魔だぜ。」


闘牙はそうクロノに告げる。それは半妖としての嗅覚が捉えた間違いない真実だった。


そしてその瞬間、クロノの顔が驚愕に染まる。その姿に闘牙は驚きを隠せない。それはこれまで闘牙が見たことのないクロノの姿だったからだ。クロノはそんな闘牙の様子に気づきすぐにいつもの表情に戻る。そしてしばらくの間の後




「闘牙………そのことは他の誰にも言わないでくれないか?」


そう静かに告げる。その姿は紛れもない執務官としてのクロノの顔だった。それに気づいた闘牙は




「………ああ、分かった。このことは誰にも言わねえ。」


そう静かに答える。どうやらクロノには心当たりがあるらしい。自分はそういう方面には残念ながら力を発揮できない。ならそれはクロノに任せるしかない。闘牙はそう判断し、その話題にはこれ以上触れまいと心に決める。


同時にエイミィからシグナムとザフィーラも戦闘から離脱してしまったことが伝えられる。



こうして騎士と仮面の男たちを巻き込んだ三つ巴の乱戦は幕を下ろす。





だが事件はこれを機に急変を見せることになるのだった…………



[28454] 第34話 「絆」
Name: 闘牙王◆53d8d844 ID:e8e89e5e
Date: 2011/11/18 21:02
すっかり日も沈み辺りも暗くなった時間、賑やかなある一つの家がある。それはヴォルケンリッター達の家、はやての家だった。

「みんな、もう少し待っとってな。すぐにご飯にするから。」

はやてはそう元気に言いながら厨房でその料理の腕をふるっている。その隣にはシャマルの姿もある。どうやらはやての料理の手伝いをしているらしい。そしてリビングにはそれを見守るようにシグナム、ザフィーラ、ヴィータの姿がある。

今、騎士たちは戦闘から離脱した後に合流し、そのまま家に戻ってきたところだった。なかなか騎士たち全員がそろうことは最近では珍しかったため、はやてはいつも以上に嬉しそうに夕食の準備に取り掛かっている。そんな自らの主の姿を微笑ましく見つめながらも騎士たちは念話でこれまでの状況を確認していた。



『……つまり、あの仮面の男たちは闇の書の完成を狙っていたということか?』

『ああ、きっとそうだと思う。あたしに魔力を奪うように言ってきたしな……。』

シグナムの言葉にヴィータはそう静かに答える。仮面の男たちが恐らくは闇の書の完成を狙っているのは間違いないだろう。でなければあんな行動をとるはずもない。だがそれ故に分からない。闇の書が完成すればその主は大いなる力を得る。それは決して第三者が奪えるようなものではない。だとすれば仮面の男たちは一体何のために自分たちを援護しているのか。だがいくら考えてもその答えは出ては来なかった。


『とにかく、仮面の男たちには注意する必要がある……。ヴィータ、よく踏みとどまった。もしテスタロッサから魔力を蒐集していれば闘牙は恐らく容赦しなかっただろう。』

シグナムはそう自らの仲間であるヴィータに告げる。もしヴィータが仮面の男に言われるがままに魔力を蒐集していれば闘牙は間違いなくはやてのことを管理局に伝えただろう。もしかしたら仮面の男たちではなく、ヴィータにその矛先を向けられていたかもしれない。そう言った意味では先程の戦闘はまさに一触即発の戦闘だった。


『ふん、あたしはあの仮面の野郎が胡散臭かったから蒐集しなかっただけだ。』

ヴィータはシグナムの言葉が恥ずかしかったのか頬を膨らませそっぽを向きながらそうぶっきらぼうに言い放つ。そんなヴィータの姿を見ながらシグナムはこれからのことを考える。


『………魔力の蒐集はこれまで以上に慎重に行う必要がある。特に単独行動は避けるようにしてくれ。』

シグナムは他の三人に向けてそう将として命令を下す。一度捕捉されてしまった以上、管理外世界での蒐集にもリスクが生まれてしまう。だがそれを止めるわけにはいかない。できる限り管理局に見つからないようにこれまで以上に慎重に動く必要がある。

加えて管理局、仮面の男たちの戦力も甘く見ることはできない。少なく見積もっても一人ひとりが自分たちに匹敵する実力を持っている。もし単独行動中に複数の敵に出くわした場合、離脱すら困難になる。常に二人以上で動くことが絶対条件だ。幸いにも魔力の蒐集は順調に進んでいる。このペースでいけば問題ない。


『分かった。』
『心得た。』
『はい。』

シグナムの言葉に三人がそう同時に応える。そこには静かだが力強い決意が込められていた。もう少しで自分たちの願いが、望みがかなう。ならばここで負けるわけにはいない。騎士たちがそう決意を新たにしたその瞬間、



激しい音が部屋に響き渡る。騎士たちはその音に驚きすぐにその方向に目を向ける。そこには床に落ちてしまったために割れてしまった皿の姿があった。そして



「…………うっ………」


うめき声を上げながらはやては自らの胸に手を重ねる。その激痛によってその顔は苦悶に満ちている。そしてそのままはやては車いすから転げ落ちてしまう。

それは闇の書の浸食によるもの。その速度はシャマルの予想を遥かの上回る速度で進んでしまっていた。そしてその浸食がついにはやての命を脅かす段階まで到ろうとしていた。

その姿に騎士たちの時間が止まる。血の気が失せる。そしてすぐさま騎士たちははやての傍に駆け寄って行く。


「はやてっ!!はやてっ!!」


ヴィータの悲痛な悲鳴が響き渡る。シグナム達はすぐさま救急車を呼び、対応していく。




騎士たちの、はやてのタイムリミットがもうすぐそこまで迫ろうとしていた………




凄まじい本棚と本が辺りを埋め尽くしている。まるで異世界なのではないかと思えるような空間。それが無限書庫。そしてそこに一人の少年の姿がある。それはユーノ・スクライア。

ユーノは自らの足元に魔法陣を展開しながら目を閉じ、意識を集中させている。そしてそれに呼応するように本棚からまるで見えない力によって引き寄せられるかのように本が次々に取り出され、ユーノの周りに集まって行く。それはユーノの検索魔法。その魔法によってユーノは同時に複数の本の検索を行っていた。それはスクライア一族としてのユーノの実力だった。そんな中



「どうやら君にこの仕事を頼んだのは正解だったみたいだな。」

そんな声がユーノに向かって告げられる。ユーノは驚きながらその方向に目を向ける。そこには自分の仲間であるクロノ・ハラオウンの姿があった。


「クロノ!?」

「久しぶりだな、元気そうで何よりだ。」

いきなりに訪問にユーノがそう驚きの声を上げる中、クロノはいつもと変わらない冷静な様子でそう答える。だがユーノは驚きを隠せない。クロノはその立場上アースラの本部から離れることができないはずだ。そんなクロノが何故こんなところに。

ユーノの戸惑いに気づきながらもクロノは辺りを見回した後、どこか真剣な様子でユーノに向かい合う。その姿にユーノも思わず気圧されてしまう。それはクロノの執務官としての姿だった。


「調査の結果を直接聞きたいと思ってね。ここじゃあ落ち着けないだろう。少し場所を変えよう。」

「う……うん。」

クロノに言われるがままにユーノはその後に付いていく。そして本局のある一室に二人は場所を移す。二人は対面する形で机を挟み向かい合う。しかしユーノはいつもと違うクロノの様子にどこか緊張した姿を見せていた。そのことに気づいたクロノは自分の雰囲気をいつもの物に戻しながらユーノに話しかける。


「すまない、最近ちょっと忙しくてな。そんなに緊張しなくてもいい。いつも通りにしてくれるありがたい。」

「わ……分かったよ。それにしても急にどうしたの?調査の結果ならデータにしてそっちに送ろうと思ってたのに。」

クロノ言葉通りにいつも通りの態度でユーノはそうクロノに尋ねる。闇の書の調査は順調に進み、もうすぐその結果をまとめ、アースラの本部に送る予定になっていた。にもかかわらず忙しいはずのクロノがわざわざ無限書庫にやってきた。それがどうしてもユーノには理解できなかった。


「いや……直接君から聞きたいと思ってね。すまないが調査結果を聞かせてもらってもいいか?」

クロノはそんなユーノの疑問を察しながらもそう告げる。ユーノもそんなクロノの言葉通りにこれまでの調査で判明したことを報告していく。



闇の書、正式名称『夜天の書』は本来各地の魔法を蒐集、研究するために作られたものであること。

それが破壊の力を振るうようになってしまったのは歴代の主の誰かが意図的にプログラムを改変してしまったためであること。

そのせいで旅をする機能と修復する機能。今で言う転生と無限再生の機能が暴走してしまっていること。

一定期間魔力の蒐集が無いと持ち主に対して浸食を行い、闇の書が完成されれば無差別破壊のために主の魔力を際限なく使わせること。

闇の書が真の主だと認めた者でなければ管理者権限にアクセスできず、無理に外部から干渉しようとすれば主を吸収し転生する機能も存在しており、闇の書完成前に捉えることは難しいこと。



「そうか…………」

ユーノの報告を受けたクロノはあごに手を当てながらそう難しそうな表情を見せる。ある程度予想していたことではあったがやはり闇の書の完成前の封印は難しいらしい。もし無理に封印しようとしてもまた転生し、違う主の元に渡ってしまうだけ。だからこそあの人はこんな方法を取らざるを得なかったのだろう。それは恐らく闇の書を封印するためには最善方法。だがそれは………



「クロノ………?」

「……ああ、すまない。助かった、君の働きのおかげでこちらも動くことができる。ありがとう。」

心配そうにこちらを見つめているユーノにそうクロノは笑いながら礼を述べる。これでカードはそろった。後は勝負に出るだけ。だがタイミングに間違いは許されない。クロノは決意を新たにしながらもその場を立ち上がる。



「そういえばなのはたちにはどうする?僕から伝えようか?」

「…………いや、後日僕から調査結果は伝える。」

少し考えるような仕草を見せながらクロノはそう答える。だがその姿は先程までの執務官としての姿ではなかった。ユーノはそれに気づき同時にクロノの胸中を察する。



「そうか……今日は大切な『妹』のデートの日だもんね。『お兄ちゃん』」

ユーノはそうどこか含みのある笑みを浮かべながらクロノに告げる。ユーノもフェイトと闘牙のデートについては既に耳にしていたのだった。


「く……っ!君は……」

そんなユーノの言葉にクロノは顔を赤くすることしかできない。その言葉は以前闘牙にも言われたことがあるもの。やはり師が師なら弟子も弟子だ。ユーノはそんなクロノの姿を見ながらも勝ち誇ったような顔を見せる。それはいつもフェレットとからかわれていたクロノにやっと一本返すことができた喜びからだった。クロノはそのまま先に部屋を出ていこうとする。その間際



「……ユーノ、恐らく明日、事件は大きく動く。いつでも動けるようにしておいてくれ。」


クロノはそう静かにユーノに告げる。その言葉には魔導師としてのユーノへの、兄弟子から弟弟子への信頼が込められていた。それを感じ取ったユーノは


「分かった、任せてクロノ。」

そう力強くそれに応える。そこには以前とは違う自信に満ちたユーノの姿があった。それを見届けた後、クロノはその場を後にする。



クロノの執務官としての闘いが今、始まろうとしていた…………





人通りが多い駅前の広場。そこに一人の少女の姿がある。少女は時計を気にしながらもそわそわと落ち着かない様子を見せている。その姿と珍しい金髪のため通行人からは好奇の目で見られているのだがそんなことにすら気づかない程、少女は緊張しているようだ。

それはフェイト・テスタロッサ。そして今、フェイトは待ち合わせの場所、駅前で闘牙を待っているところだった。本当なら家に闘牙が迎えに来てくれると言ってくれたのだが、アリサの強い勧めで待ち合わせと言う形をとることになったのだった。


(お……落ち着かなくちゃ……)

フェイトはそう自分に言い聞かせながら息を整えようとするが上手くいかない。以前の戦闘の時から闘牙を前にするとなぜか落ち着かなくなってしまう。まるで初めて闘牙と話した時の様だ。せっかく楽しみにしていたデートなのにこんな姿を見られるわけにはいかない。フェイトはそう考えながら自分を落ち着かせようとする。だが


「何してんだ、フェイト?」

聞き慣れた声がフェイトのすぐそばから聞こえてくる。フェイトはそんな声に驚き、飛び跳ねるようにしてその方向へと振り返る。そこには私服姿の闘牙があった。


「ト……トーガ!」

慌てながらフェイトは闘牙へと近づいていく。だがその慌てようは全く隠し切れてはいなかった。そんなフェイトの姿を少し呆れて眺めながら闘牙はさらに言葉をつなぐ。


「フェイト……お前いつからここで待ってたんだ?」

「え……えっと……ついさっきからだよ!」

闘牙の言葉にフェイトはそうある意味お決まりの言い訳をする。だがフェイトの様子からそれが嘘であることは闘牙にもバレバレだった。闘牙は一応マナーとして三十分以上前に待ち合わせ場所に来たのだがフェイトはそれをさらに上回っていたらしい。実際、フェイトは一時間以上前に待ち合わせ場所についてしまっていたのだが。そんなフェイトの姿を見ながら闘牙は微笑む。どうやら本当に自分とのデートを楽しみにしてくれていたらしい。なら期待に応えることにしよう。だが



「その前にちょっとやることがあるけどな……」

そう言いながら闘牙は鞄の中から帽子を取り出し、フェイトにここで少し待つように言い残した後、その場を離れていってしまう。


「……?」

そんな闘牙を不思議に思いながらもフェイトはそのまま言われた通りその場で闘牙の帰りを待つのだった………。





「もう、闘牙の奴、一体何やってるのよ!」

駅前から少し離れた場所に二つの人影がある。それはアリサとアルフだった。アリサはフェイトを一人残して姿を消した闘牙に悪態をついている。そしてそんな様子を見ながらも楽しそうにフェイトの姿をアルフは眺めている。その顔にはサングラスが掛けられている。それは前見たテレビで見た尾行をする探偵の真似をした物だった。


アリサとアルフは以前からフェイトの恋路を応援しており、今回もそれを見届けようと尾行を計画していた。もっとも好奇心がその理由のほとんどだったのだが。



「落ち着きなよ、アリサ。きっとトイレにでも行ったんだよ。」

いつもは諫められる側であるアルフがそうアリサに声をかける。二人は気が合う友達の様な関係だった。


「でも相手は闘牙なのよ。あたしたちがしっかり見張ってあげないと!」

アリサはそう言いながら一人、闘牙を待っているフェイトに目を向ける。その姿にはどこか焦りがあった。それは一つの不安があったからに他ならない。それは先日自分がフェイトに言ってしまったこと。

『闘牙とキスをする』

それをアリサは心底心配していた。自分はそれを冗談で言ったのだがどうやらフェイトはそれを真に受けてしまっていたらしい。闘牙がそんなことをするとは思っていないがあのフェイトの姿を見る限り危険はある。何としてもそれだけは阻止しなければ。それがアリサの今日の使命だった。



「でもデートってやつを見るのは初めてだから本当に楽しみだよ!」

そんなアリサの胸中など全く知らずアルフはそう楽しそうな声を上げる。フェイトと闘牙が仲良くしているところを見るのもそうだが、アルフ自身、デートがどういう物か知らなかったためそれを見ることができると思い興奮していたのだった。



「そうか、そいつは楽しみだな。」

「ね、闘牙もそう思うだろう?」

アルフはそう自分の隣から聞こえた声にいつもの様にそう返事をする。そこに全く違和感はなかった。それはいつも通りのアルフと闘牙の会話。

だがその瞬間、アルフとアリサの時間が凍りつく。

同時に冷や汗が二人の背中を流れ始める。まるでスローモーションように二人の首がその声の方向に向けられる。そこには



帽子をかぶり犬夜叉の姿をした闘牙の姿があった。


闘牙は恐らくこうなるであろうことを予測し半妖の嗅覚で二人を探し当てたのだった。そんな闘牙の姿に二人は眼を見開くもののどうすることもできない。


「ぐ……偶然だね、闘牙。あ……あたしたちも近くに遊びに来てて……」


アルフが自らの知識を総動員して何とかその場を切り抜けようとするが既にどんな言い逃れもこの状況では意味がなかった。闘牙はそんなアルフとアリサを見て笑みを浮かべながら



「どうやら二人とも躾が必要みてえだな………」



そう死刑宣告を二人に告げる。その瞬間、二人の声にならない悲鳴が響き渡ったのだった…………





「あ、トーガ。どこに行ってたの?」

「いや、ちょっとな………」

フェイトの疑問の声をそう誤魔化しながら闘牙は再びフェイトの元に戻ってきた。これで余計な邪魔が入ることもないだろう。そう思いながら闘牙はあることに気づく。それはフェイトの姿。その服装がいつもと大きく違っている。

それは色。

今のフェイトは白を基調にした服を着ている。それはこれまで闘牙が見たことのない服。その見た目からかなり高価なものであることが闘牙にも分かる。


「フェイト、その服……」

「へ……変かな……?」

闘牙の言葉にフェイトは顔を赤くしながら緊張した様子を見せる。これは前にリンディに買ってもらった服。自分は黒の服を買おうとしたのだがリンディの勧めでこの白い服を買うことにしたのだった。


「いや、似合ってるぜ。黒のイメージがあったが白も似合うんだな。」

そんなフェイトの姿を見ながらもそう闘牙は素直な感想を口にする。闘牙の中ではフェイトは黒、なのはは白というイメージがあったがそうでもないらしい。実際フェイトも黒の服を好んで着ていたため白の服はどこか新鮮に感じるものがあった。


「あ……ありがとう。」

闘牙の言葉にさらに顔を赤くしながらもフェイトは嬉しそうな顔を見せる。心配していたのだが闘牙にほめてもらえたことでフェイトは安堵の声を漏らす。そして闘牙はフェイトの髪にピンクのリボンが結ばれていることに気づく。それはなのはのリボン。やはりそのリボンはフェイトにとって特別なもの。親友の証の様だ。


「じゃあそろそろ行くか。」

そう言いながら闘牙は歩き始める。フェイトも慌てながらその後に付いていく。それが闘牙とフェイトのいつもの光景。


「そういえばトーガ、今日はどこに行くの?」

闘牙の隣に並んで歩きながらフェイトはそう闘牙に尋ねる。デートでどこに行くかは闘牙に任せきりでフェイトはどこに行くのかも知らなかったからだ。


「……それは着いてからのお楽しみだ。」

そんなフェイトの言葉を聞きながらもそう闘牙はどこか楽しそうに答える。なんだかんだで闘牙もフェイトに負けない程この日を楽しみにしていたのだった…………





「わあ、凄い!!」

フェイトは目の前の光景にそんな歓声を上げる。フェイトの目の前には大勢の人だかりと数えきれない程の店がある。そこは今年できた駅近くのショッピングモールだった。

フェイトとのデートでどこに行くか。

闘牙はいろいろ考えたのだが結局、たくさんの店があるショッピングモールがいいだろうと決断した。どこかおしゃれな店でも知っていれば話は違ってくるが残念ながらそんな知識は自分にはない。何よりもそんな場所は自分の性には合わない。加えて相手はフェイトであり、九歳の小学三年生。そんなフェイトをそんな場所に連れて行っても楽しくはないだろう。ならいつも通り、フェイトにも楽しめるような場所にしようと闘牙は考えたのだった。そしてどうやらその目論見は成功したらしい。

フェイトはその大勢の人と店の数に驚き。目を輝かせている。フェイトもミッドや海鳴市で出かけたことはあるがこれだけの大きな店、人を目にするのは初めてだった。まだ二十三日でクリスマスではないがもうすでに世間はそのムードで満ちており、家族連れ、カップルで溢れている。フェイトはそんな人達の姿に目を奪われる。

家族連れ。小さな子供が母親の手を繋がれながら楽しそうにしている。

そんな姿を見ているフェイトの瞳にわずかな陰りが見える。そんなフェイトの胸中を悟った闘牙はそのままフェイトの手を握りしめる。


「ト……トーガ!?」

「人が多いからな、迷子にならないように着いてこいよ。」

フェイトの戸惑いをよそに闘牙は有無を言わさずフェイトの手を取りながら歩き始める。フェイトもそんな闘牙の自分への心遣いに気づき、笑みを浮かべながらその後に続いていく。闘牙とフェイトのデートはそんな始まりを迎えたのだった。




二人はそのまま人の流れに乗りながら様々な店に立ち寄り、時間を過ごしていく。


美味しいと評判の店のお菓子を食べ、


子供が溢れているおもちゃ屋の中を駆け回り、


クリスマスということで行われている催し物を巡って行く。


昼食ではフェイトが無理をして大人っぽい料理を頼もうとしているのに気づいた闘牙が気を利かせ、結局二人でお子様ランチを食べることになった。


そんな慌ただしくも楽しい時間があっという間に過ぎていく。



フェイトはそんな中、ある感情に支配される。それは闘牙に仮面の男から助けてもらった時に感じた感情。それが何なのか自分には分からない。でもそれが何だか嬉しい。

デート。

それがこんなにも楽しいものだとは思っていなかった。トーガと手をつないでいろんな店を、場所を巡って遊んでいく。ただそれだけのことがこんなにも楽しい、嬉しい。きっと自分が生まれてからの日々で今日が一番楽しい。そう思ってしまうほど。

今がずっと続いてくれればいいのに。フェイトはそんな願いを抱いてしまう。




闘牙は自分の感情に驚いていた。楽しい。そんなことをこれほど感じるのはいつ以来だろうか。フェイトと一緒に過ごしている。それだけのことが自分の心に安らぎを与えてくれている。そのことに闘牙は気づく。きっと師匠も、殺生丸もこんな気持ちだったのかもしれない。


半年前の闘牙にとって出かけること、人ごみに入ることは避けてきたことだった。楽しそうに、嬉そうに暮らしている人々。それを見るたびに自分の心が苦しくなってくるのを感じていた。

何故自分の周りはこんなにも暗いのか、寂いしいのか、苦しいのか。そんな感情がずっと自分を支配していた。

だがそれは今はない。なのはとユーノとの、そしてフェイトとの出会いがあったから。

自分の後悔、罪は消えることはないだろう。だがそれでもフェイトが、フェイト達がいれば自分はこの世界でも生きていけるのではないか。闘牙はそんなことを考え続けるのだった………



あらかた店を回った闘牙とフェイトは休憩を兼ねてある乗り物に乗っていた。それは観覧車。それを見つけたフェイトは乗りたいと言い出したため乗ることになったのだった。だが


「大丈夫、トーガ?」

「だ……大丈夫だ………」

心配そうなフェイトの言葉を聞きながらそう闘牙は答えるがその姿はとてもそうは見えなかった。闘牙は観覧車の席の中央で固まっている。それはできる限り下を見ないようにするための闘牙の悪あがきだった。

そんな闘牙にフェイトは笑いをこらえることができない。まさか闘牙が高いところが苦手だとは思いもしなかったからだ。闘牙は戦闘中であれば問題なく飛行することができる。だがそれ以外であれば闘牙はどうしても過去のトラウマから高いところに苦手意識を持ってしまう。自分で飛ぶのではなく、観覧車と言う乗り物であることも大きな原因だった。


「でもどうしてそんなに高いところが怖いの……?」

フェイトはそう純粋な疑問を闘牙にぶつける。闘牙は少し悩みながらも素直にその理由を話していく。

自分は最初は空を飛べなかったこと。それを師匠である殺生丸に教えてもらったこと。その際に何度も上空から叩き落とされてしまったためにそれがトラウマになってしまったこと。

そんな闘牙の話にフェイトは驚きながらも興味深そうな顔を見せる。闘牙が自分の昔の話をすることはとても珍しかったからだった。


「その殺生丸って人はトーガよりも強いの?」

「当たり前だ。俺じゃあ逆立ちしたって師匠には敵わねえ。」

できる限り外を見ないようにしながら闘牙はそうきっぱりとフェイトに告げる。確かに自分は妖怪化の制御ができるようになり強くなったが殺生丸の強さは別格だ。今の自分でも一太刀すら浴びせることもできないだろう。フェイトはそんな闘牙の言葉に驚きを隠せない。

フェイトにとって闘牙は誰にも負けない絶対の存在。そんな闘牙が手も足も出ない相手など想像もできない。フェイトの頭の中ではとんでもない怪物の姿をした殺生丸が作り出されていた。

そして新たな疑問がフェイトの中に生まれる。

どうして闘牙は昔のことを自分たちに話してくれないんだろう。

なのはやユーノからまた聞きで何度か聞いたことはあるがそれでも昔、何かのロストロギアを巡って闘っていたということしかフェイトは知らなかった。そのことを聞いてみようとフェイトが考えた瞬間、観覧車はちょうど地面に戻り、扉が開かれる。それと同時に闘牙は我先にと観覧車から下りていってしまう。そんないつもは見られない情けない闘牙の姿を楽しそうに見ながらフェイトもその後に続いて行くのだった。



その後、二人はアクセサリーを売っている店の中に入っていた。それは闘牙がフェイトにクリスマスプレゼントを買ってやると言ったためだった。

初め、闘牙はおもちゃ屋にフェイトを連れていこうとしたのだが流石にそれはフェイトも嫌だったようで仕方なくそれらしい店にやってきたところだった。

フェイトは興味深々に店内を動き回っている。こういうところはやはりフェイトも女の子なのだなと闘牙は感心しながら自分も店内のアクセサリーに目をやる。どうもやはり自分にはこういう店は合わないらしい。こんな店に来るのはいつ以来だろうか。そんなことを考えているとあることを思い出す。


それは三年以上前。かごめの首飾りを買うために自分はこういう店を走り回った。そしてその首飾りは今も自分と共にある。本当に贈りたかった、着けてほしかった相手の元ではなく。そんな感情に囚われかけるも闘牙は意識を切り替える。

今はそんなことを考えている場合ではない。こんな姿をフェイトに見られるわけにはいかない。闘牙は気を取り直しながらフェイトの姿を探す。そしてその姿を見つけたがフェイトはこちらに気づいていないようだ。その目は目の前のブレスレットに向けられている。

その色は金。確かにフェイトにはピッタリのアクセサリーだろう。幸い値段の方も自分でどうにかできる範囲。


「フェイト、これが欲しいのか?」

「えっ!?…………う、うん……」

いきなり現れた闘牙に驚きながらもフェイトはそうどこか小さな声で答える。だがその答えはどこか歯切れが悪いものだった。一体何に迷っているのか。闘牙がそれを尋ねようとした時、


「トーガ………これも一緒に買っていい………?」

フェイトはそう申し訳なさそうにしながらももう一つのブレスレットをこちらに見せてくる。それは先程のブレスレットと同じもの。だがその色が異なっている。

それは銀。

闘牙はフェイトの意図に気づき、


「ああ、一緒に買ってやる。」

そう笑いながらフェイトに告げる。


「ありがとう、トーガ!」

フェイトはそんな闘牙に向かって満面の笑みを浮かべるのだった。



そして二つのブレスレットを買った二人はそのまま店を後にする。フェイトは待ち切れなかったようにそれを手に取りながらその一つを闘牙に手渡す。

これがフェイトのお願いの理由。おそろいのブレスレットをしたいとそうフェイトは考えたのだった。闘牙もそれに気づきそのブレスレットを受け取る。だがそのブレスレットは金色だった。


「おい、フェイト。間違えてるぞ。」

闘牙はそうフェイトに話しかける。金がフェイトで銀が闘牙。そう意識してフェイトがこれらを選んだのは明白だったからだ。だがそんな闘牙の言葉の言葉を聞きながらもフェイトは全く焦らず

「いいの、私がこっちを着けておきたいから。」

そうどこか嬉しそうに答える。その言葉の意味を闘牙は分からず一瞬呆けてしまうがすぐにそれに気づく。それがなのはとのリボンの交換と同じ意味を持つことに。

フェイトは嬉しそうにそのブレスレットを見つめている。そこにはなのはとのリボンの様に自分とトーガの絆がある。そう感じることができたからだった………



あっという間に時間は流れ、辺りはすっかり暗くなり街はライトアップによって輝きを放ち始める。闘牙とフェイトは駅の公園からその光景を眺めていた。流石にこれ以上九歳のフェイトを連れ歩くわけにもいかないため最後にこれを見た後に家に送ろうと闘牙は考えていた。


だがそんな中フェイトはどこか落ち着かないような雰囲気を放っていた。そしてその胸中はあることで一杯だった。

それはトーガとキスをすること。

それをアリサに言われていたのに自分はすっかりそれを忘れてしまっていた。もうすぐデートが終わってしまう。何とかしなければ。そんな焦りをフェイトは感じていた。だが同時に気づく。

どうやってトーガにキスをすればいいのか。何よりもトーガとキスをする。その意味にフェイトは気づき戸惑ってしまう。あの時は特に深く考えてはいなかったがその行為がとても恥ずかしいことであることに今更フェイトは気づいてしまう。だが一人フェイトが内心慌てているとその視界に闘牙の顔が映る。その顔にフェイトは思わず思考を止めてしまう。


闘牙の表情。そこにはどこか儚い、寂しげなものがあった。それはまるで公園で泣いていた時のようだった。フェイトはそのまま闘牙の姿に目を奪われてしまう。そして




「トーガは………誰かとキスしたことがあるの……?」


そんな疑問をフェイトは闘牙に話しかける。それは無意識に近い、そんな問いだった。


闘牙はいきなりのフェイトの問いに驚いたような表情を見せる。何故いきなりそんな話になるのか混乱するしかない。そしてすぐそれがアリサかアルフに吹き込まれたことなのだと気づく。どうやら九歳と言っても女の子。そう言うことには興味があるらしい。闘牙はそれを何とかごまかそうと考えるがどこか真剣な様子のフェイトの姿に動きを止めてしまう。そして



「ああ……一度だけな。」


そう嘘偽りなくフェイトに伝える。実際には桔梗にもされたことがあるので一度ではないがあれは自分の意志ではなかったので数えなくてもいいだろう。


その言葉にフェイトはどこか考えるような表情を見せる。そして



「その人は……トーガの好きな人なの?」


フェイトはそう静かに闘牙に尋ねてくる。闘牙はそんなフェイトの言葉と姿に驚いてしまう。そこには何か、言葉で言い表せないような、そんな雰囲気があった。それを感じながらも



「……………ああ、そうだ。」


闘牙はそう静かにそれに応える。その言葉には闘牙のかごめへの想いが込められていた。


そしてそのことをフェイトも感じ取る。その瞬間、フェイトの胸にこれまで感じたことない感情が生まれてくる。



(何だろう………胸が……苦しい……?)


フェイトはそんな自分の胸を締め付けられるような感覚に囚われ、戸惑ってしまう。

トーガに好きな人がいる。それは何もおかしいことではない。トーガは自分よりもずっと年上。そう言う人がいても何もおかしくない。

なのにどうして。どうしてこんなに胸が苦しいんだろう。フェイトがそんな自分でも分からない感情に戸惑っていると


その頬に小さな白い粉が舞い落ちる。



「え………?」

その冷たさに驚きながら顔を上げた先には、空から舞い落ちてきている無数の雪の姿があった。それは瞬く間に街を銀幕の世界へと変えていく。その光景に闘牙とフェイトは目を奪われてしまう。その光景を前にすることでフェイトの先程までの感情は薄れていく。そして同時にその寒さが辺りを包み込んでいく。それを感じ取った闘牙は


「寒くなってきたな、そろそろ帰るか。」

「うん。」

フェイトの手を取りながら家路につく。だがフェイトの手にはいつも以上の力が込められている。それは無意識の行動。それはこれから待ち受ける二人の試練を現しているかのようだった。




こうして闘牙とフェイトのデートは幕を下ろす。





そして全ての運命が交錯する聖夜が始まろうとしていた………………



[28454] 第35話 「悪意」
Name: 闘牙王◆53d8d844 ID:e8e89e5e
Date: 2011/09/28 20:32
時空管理局の廊下を歩いている二人の人影がある。それはリーゼロッテとリーゼアリアだった。二人は並んで歩きながらどこかへ向かおうとしているようだ。しかしその表情はいつもの物とは違っている。それは真剣そのもの。いつもの余裕があるものではなかった。

『ロッテ、怪我の方は大丈夫なの?』

『平気さ。今日で決着がつくんだからこれくらいどうってことないよ。』

アリアの念話を聞きながらもロッテはそう自信を持って答える。だがそう言いながらもロッテの手はその胸に置かれている。そこは先の戦闘で闘牙によって負傷した場所。そのダメージは思ったより深く、治癒魔法をかけたもののすぐ治るものではなかった。だがそれでもロッテは全くそれを感じさせない程の気迫と決意を持っている。それを感じ取ったアリアはそれ以上は口にせず、これからのことに意識を向ける。



ヴォルケンリッター達の魔力を使った闇の書の完成。


それがこれから二人が行おうとしている最後の任務だった。


予定では騎士たちが魔力を蒐集し、完成した瞬間に介入するはずだったのだが事態が変わった。八神はやての浸食の進行の悪化と入院。それがその原因だった。

もしこのままはやてが浸食によって命を落としてしまえば闇の書は再び転生してしまう。そうなればまた一から主を探さなくてはならなくなる。そうなる前に闇の書を完成させる必要がある。幸いにも騎士たちによって闇の書は完成に近づいている。こちらの計算では騎士たち四人の魔力を闇の書に与えれば十分に足りるところまで来ている。


お父様の、私たちの長年の悲願。それがすぐそこまでのところにきている。失敗は許されない。二人はそのまま本局の転送ポートへと足を向けようとする。だが



「久しぶりだな、アリア、ロッテ。」

そんな声が自分たちの前から突然聞こえてくる。二人はその声に驚きながら同時にその方向へとその目を向ける。そこには自分たちの弟子、クロノ・ハラオウンの姿があった。



「クロノ、どうしたの一体?」

「クロ助、お久しぶり~!珍しいじゃん、本局にいるなんてさ。」

いきなりのクロノの姿に一瞬驚いたものの、二人はすぐにいつもの調子に戻りながらそうクロノに話しかける。その姿は自然体そのもの。流石はクロノの師匠といったところだった。


「ああ、ちょっとこっちに用があってね。君たちもどこかへ出かけるところか?」

クロノもそう二人に話しかけてくる。その姿はいつもと変わらない。どこか可愛げがないが真面目さがにじみ出ている自分たちの知っているクロノの物だった。このタイミングでの遭遇。もしもの事態を考えていた二人だったがどうやらその心配は杞憂だったようだ。


「そうなの、私たちも教導の仕事の打ち合わせに行くところよ。」

「そういうこと。せっかく来たんだからユーノのところにも顔を出してやりなよ。」


内心の緊張を解きながら二人はそう言い残し、クロノと別れようとする。だがその瞬間、二人の足元に魔法陣が展開され光の鎖が次々に巻きついていく。



「なっ!?」
「これはっ!?」


突然の事態に二人は混乱するものの何とかそのバインドから脱出しようと試みるもそれは叶わない。これはバインドの中でも高位に位置する魔法。いかにアリアとロッテといえど破ることは困難なものだった。そのことに気づきながらも二人は同時に同じ方向に目を向ける。

そこにはバリアジャケットを纏ったクロノの姿があった。その表情、雰囲気は先程までとは異なっている。それは時空管理局執務官クロノ・ハラオウンの姿だった。


「クロノ、一体何のつもり?」

「事と次第によっちゃあんたでも容赦しないよ!」

二人はそう言いながらクロノに話しかける。この状況を何とかするために少しでも時間を稼ぐ必要がある。そして少しでも油断をしてくれればこのバインドを脱出するチャンスがある。そう考えての行動だった。だがそんな二人の言葉を聞きながらもクロノは全く動じる気配を見せない。そして



「リーゼアリア、ロッテ。君たちを闇の書事件への違法関与の疑いで拘束させてもらう。」


そう静かにクロノは二人に告げる。その表情と声からはクロノの感情を読み取ることはできなかった。そしてその瞬間、アリアとロッテは悟る。クロノが自分たちの正体とその目的まで掴んでいることに。だが二人はまだあきらめようとはしなかった。


「何を言ってるの、クロノ!?私たちがいつ、闇の書事件に関与したっていうの!?」

「そうだよ、何の証拠があってあたしたちを拘束しようっていうの!?」

二人は内心の焦りを何とか抑え込みながらそうクロノに食って掛かる。そんな姿を見せながらも二人は自分たちを縛っているバインドを何とか破壊しようと試みるがそれは叶わない。それはクロノが今もバインドの維持を油断なく行っているからに他ならなかった。


クロノはそんな二人の追及を聞きながらも静かに自らのデバイスをアリアに向ける。そしてその杖の先から魔力光が放たれる。いきなりの事態に二人は驚き、目を閉じることしかできない。だがいくら経っても魔力ダメージは襲ってこなかった。アリアは驚きながらも混乱するしかない。一体さっきの行動は何の意味があるのか。そう思いながらも自らの体を見下ろしたその瞬間、アリアはあることに気づく。

自分の右手のひら。そこに先程までなかったマークの様なものが浮かび上がっている。これは一体何なのか。アリアがそのことに混乱していると


「それは僕が仮面の男の一人に仕掛けたマーキングだ。」

クロノはそう静かにアリアに告げる。それは先の戦闘の時にクロノが仮面の男の一人を砲撃魔法で攻撃したときに付与した魔法だった。


「そのマークは普段は見えないが特定の魔力パターンの光を当てることで浮かび上がる。本来は施設や建物への侵入の際の目印に使う物だがこういうときにも役に立つ。」


クロノの言葉にアリアとロッテは言葉を失う。この状況。とてももう誤魔化すことはできない。だが分からない。この方法は自分たちの正体に気づかなければとれない方法。それはつまり、クロノはあの時点で自分たちの正体に気づいていたことになる。


だが何故。自分たちは正体を悟らせるようなヘマは犯していない。そのために変身魔法を駆使し、その闘い方もクロノに分からないよう変えていた。それなのに。


クロノはそんな様子の二人を見つめながら



「……………僕は君達の弟子だ。師匠のことに気づかないほど馬鹿じゃない……。」


そうどこか寂しそうに二人に告げる。その言葉に二人は驚きながらも返す言葉を持たない。その言葉にはクロノのリーゼ姉妹への、弟子から師匠への想いが込められていた…………





時空管理局本局のある一室にクロノ達は場所を移す。そしてそこには先程までなかった一人の男の姿がある。それはリーゼ姉妹の主、ギル・グレアムだった。


初めはリーゼ姉妹が今回の一件は自分たちの独断だと主張していたが、既にクロノは全てを掴んでいるを悟ったグレアムは静かにこれまでの経過を告白していく。


クロノの父、クライド・ハラオウンが闇の書によって殉職してからずっと独自に闇の書の転生先を調査していたこと。


そこで現マスター、八神はやてを見つけたこと。


はやてが身寄りのない天涯孤独の身だと知り、それを援助していたこと。


そして騎士たちが魔力の収集を開始したその時から影でそれを監視、暗躍していたこと。


闇の書の完成させ、暴走が始める前に凍結魔法によって闇の書を永久封印する手はずだったこと。



全てを話し終えたグレアムは静かにその目を閉じる。その姿はクロノが知っているグレアムとは大きく違っていた。まるで年相応の、いやそれ以上に老いてしまっている男の姿がそこにはあった。そしてグレアムはクロノを見ながら自らの心の内をさらけ出す。



「罪悪感はあった……。何の罪もない一人の少女を……私は利用していた………。だがそれでも、あんな悲劇をもう二度と繰り返したくなかった。それが彼への罪滅ぼしだと…………」


そんなグレアムの言葉にリーゼ姉妹は顔を俯かせることしかできない。グレアムは前回の闇の書事件の際に、クロノの父、クライド・ハラオウンを犠牲にすることしかできなかった。そのことグレアムはずっと後悔し続けてきた。そして決意した。

もう二度と、あんな悲劇を繰り返させるわけにはいかない。そのためになら自分はどんな汚名も、罪をかぶっても構わない。そう心に誓い行動してきた。だがグレアムは非情に徹しきることができなかった。

はやてへの援助。それは本来なら必要のないもの。だがグレアムはそれを行っていた。それは例え偽善であったとしても、グレアムがまだ人の心を捨てていない確かな証だった。



そんな自らのもう一人の父と言ってもおかしくないグレアムの言葉を聞き終えたクロノは静かに目を閉じる。そしてしばらくの間の後、クロノは静かに語り始める。自らの本心、そして父を失ってから探し続けた答えを。



「例えどんな理由があったとしても………提督、あなたが行ったことは違法行為です。それは許されることではない。」


例え闇の書のマスターであっとしても今のはやてには何の罪もない。それを陥れるような行為は許されてはいけない。それが闇の書の暴走を止め、永久封印をするためであったとしても、それを破ることは許されない。それを見過ごすわけにはいかない。なぜなら



「………僕たちは時空管理局です。その強力な力を行使できるからこそ……僕たちはその法に従わなければならない。それが僕たちの権利であり義務だ。それを教えてくれたのは…………グレアム提督、あなたです。」



それは自分をここまで育ててくれた、グレアム提督を裏切ることになるから。


それに父、クライドも殉じていった。ならそれを曲げることはできない。



それがこれまでの人生で見つけたクロノ・ハラオウンの答えだった。




その瞬間、グレアムは眼を見開くことしかできない。そしてその目にはある光景が映っていた。

それは面影。目の前にいるクロノ。その姿に若き日のクライドの姿が見える。そして悟る。


自分たちの想い、魂は間違いなく目の前の少年に受け継がれていたことに。




グレアムはそのまま深く目を閉じ、黙りこんでしまう。それを見ながらもクロノはその席を立ち上がり、その場を後にしようとする。これで自分の仕事に一つが終わった。後は八神はやての、騎士たちの確保を行う必要がある。そしてそのままクロノが部屋を出ていこうとしたその時、


「待ちなさい、クロノ。」

グレアムの言葉によってクロノは引き留められる。クロノが振り返ったその先には一つのカード型の待機状態になったデバイスを手にしたグレアムの姿があった。



「……これが私たちの切り札。氷結の杖、デュランダルだ。どう使うかはクロノ、君に任せる。」


その言葉と共にグレアムの手からクロノへデバイスが渡される。そこにはグレアムからクロノへの、次世代への希望と願いが託されていた。



「……分かりました、任せてください。」

グレアムの想いを確かに受け取ったクロノはそのままその場を後にするのだった…………




クロノはその歩を早めながら転送ポートへと急ぐ。これからの仕事がある意味この事件の解決の成否を握る大一番。まだ気を抜くわけにはいかない。すでに八神はやての居場所の特定は済んでいる。だがまだサーチャー等は設置できていない。

それはグレアム達の存在があったからに他ならない。もしそれらを設置したことが気づかれてしまえば、グレアム達がどんな行動に出るか分からない、そのリスクがあったからだ。故に先にグレアム達を抑える必要があった。そしてそれは完了した。あとは闘牙たちと連携し、騎士たちを確保する。そうクロノが考えていたその時、


『クロノ君、大変だよっ!!』

突然大きな声と共にエイミィからの通信がクロノに送られてくる。そしてその声と焦りようから何かよくないことが起こったことにクロノは気づき、瞬時に緊張を高める。


『落ち着け、エイミィ。何があった?』

できる限り平静を装いながらクロノはそうエイミィに答える。そんなクロノの声に少し落ち着きを取り戻しながらもエイミィは言葉を続ける。


『さっき凄い魔力反応が発生して、慌ててなのはちゃん達に連絡を取ろうとしたんだけど連絡がつかないの!』

その報告にクロノは苦渋の表情を見せる。この状況で考えられる事態。それは間違いなく最悪の状況。クロノは自分の行動が一歩遅かったことに気づき、後悔する。だがそれは後だ。今は一刻も早く事態を収拾する必要がある。クロノはそのまま走りだし、現場へ向かおうとする。だが


『それとクロノ君、もうひとつ分かったことがあるの!あたしたちアースラ本部のデータがずっと前から誰かにハッキングされてた形跡が見つかったの!』

『ハッキング!?』


エイミィのもう一つの報告にクロノは驚きを隠せない。アースラのデータは何重のプロテクトで守られており、それに侵入することなどできるはずがない。それが何故。


『見られてたのは闇の書関連の情報とグレアム提督の個人情報………それと戦闘記録、これはジュエルシード事件からの物みたい!』



エイミィから伝えられる事実にクロノは混乱することしかできない。初めはグレアム提督たちのハッキングかとも考えたがそれは考えづらい。アースラの情報は提督なら何の問題もなく閲覧することができる。わざわざハッキングする必要などない。

闇の書を狙っている犯罪者と言う可能性が一番高いがそれなら何故ジュエルシード事件まで調べる必要があるのか。だがいくら考えたところで答えが今出るはずもない。クロノはそれらの思考を切り捨て現場へと急ぐ。





今、一つの悪意が新たにこの事件へと介入しようとしていた…………



[28454] 第36話 「闇」
Name: 闘牙王◆53d8d844 ID:e8e89e5e
Date: 2011/09/29 07:44
「いらっしゃいませー!」

翠屋の店内にそんな大きな声が響き渡る。その声の大きさに負けない程の賑やかさが今の店内にはある。その声の主は闘牙。闘牙は翠屋の制服を着ながら忙しそうに店内を駆け回っている。店内は家族連れやカップルで溢れかえっている。その数はいつもの比ではない。

何故なら今日はクリスマスイヴ。翠屋にとって一番の稼ぎ時であり、そして地獄の忙しさになる日でもあった。店内は翠屋の名物であるクリスマスケーキを買い求める人々で埋め尽くされている。そしてそれを何とか闘牙は捌き続けているところだった。


「アルフ、クリスマスケーキを三つ、包装されたものを持ってきてくれ!」

「わ……分かった!」

闘牙の言葉を聞いたアルフはすぐさま言われた通りのものを取りに店内を駆け回っている。今日、アルフは翠屋の助っ人としてやってきていた。それは先日、闘牙とフェイトのデートの尾行を行おうとした罰でもあった。初めはちゃんと働くかどうか心配していた闘牙だったが予想に反してアルフは真面目に働き続けている。それはこの前のことに対する負い目もあったがそれ以上にそれ以外のことに気を向けれるほど余裕がなかったのが一番の理由だった。


闘牙もこの尋常ではない忙しさに目を回しそうになりながらも何とか対応していく。だがその忙しさは犬夜叉の姿になりたいと本気で考えてしまうほどだ。今は夕方。その忙しさは昼過ぎまでとは比べ物にならない。厨房では士郎と桃子、恭也、美由希、忍が忙しく働いている。そのためそれ以外のことに関しては闘牙が対応している形になっていた。

昼過ぎまではなのはとフェイトも手伝いをしてくれていたが今は姿が見えない。どうやらどこかへ遊びに行ってしまったようだ。なのはたちも小学三年生。そして今日はクリスマスイヴ。きっとアリサやすずかと遊びに行っているのだろう。そんなことを頭の片隅で考えながらも闘牙は自分の仕事をこなしていく。

そしていくらかの時間が経った時、闘牙の首飾りからアラームが鳴り響く。それはアースラからの呼び出し音。闘牙の持つ首飾りには通信機能も取り付けられている。それは念話を行えない闘牙には必要不可欠の物だった。闘牙はその場を一時的に他の店員に任せ、休憩室へ場所を移す。そして他に誰もいないことを確認し、その通信を開いた瞬間



『闘牙君っ!!なのはちゃんとフェイトちゃんがどこに行ったか知らない!?』


エイミィの大きな声が部屋に響き渡る。その声の大きさに闘牙は驚きを隠せない。そしてその様子からどうやら尋常ではない事態が起きているらしいことに闘牙はすぐさま気づく。


「なのはたちがどうかしたのか!?」

闘牙が慌てながらそうエイミィに問いただす。エイミィは何とか落ち着きを取り戻しながら状況を説明する。

先程強力な魔力反応が感知されたこと。そのことに気づいたエイミィがすぐさま魔導師であるなのはとフェイトに念話を行ったのだが連絡が取れなくなっていること。クロノも今、こちらに向かっていること。

そのことを知った闘牙は焦る心を何とか抑えながら思考する。なのはたちはどこに行ったのか。その瞬間


「闘牙、どうかしたの?なんだか慌ててたみたいだけど。」

休憩室へアルフが突然現れる。アルフは闘牙がどこか慌てながら店内から出ていく様子を見て気になりその後を追ってきたところだった。そんなアルフを見ながら闘牙は気づく。アルフならなのはとフェイトがどこに行ったのか知っているのではないか。


「アルフ、なのはとフェイトがどこに行ったか知ってるか!?」

「ど……どうしたのさ、急に……」

凄まじい剣幕で尋ねてくる闘牙にアルフは思わず気圧されてしまう。だがそんなアルフの姿を見がらもアルフに迫る。アルフはそんな闘牙の姿に何か尋常ではない事態が起きていることにようやく気付き、その口を開く。



「確か……すずかの友達のところにお見舞いに行くって言ってたよ。なんでもいきなり行って驚かせるんだって……」



瞬間、闘牙の時間が止まる。


アルフの言葉。


それが何を意味するか。


全てが最悪の状況を意味していることに闘牙は気づく。


自分はどうするべきか。そう思考しようとした瞬間、


闘牙とアルフは凄まじい魔力の波に襲われる。その力の大きさに、禍々しさに二人は驚愕する。それはこれまで感じたことのないほどの強力な魔力の波動だった。


そして次の瞬間、闘牙は弾けるように走り出し、店を飛び出していく。その姿は既に犬夜叉の姿に変わっている。もはや人目を気にしていられる状況ではなかった。それに一歩遅れながらもアルフもその後に続いていく。その行先は先程感じた魔力の中心。そこには既にこの世の物とは思えない暗雲が立ち込め始めている。それを見ながらも闘牙はただひたすらに走り続ける。



今、闇の書を巡る物語の最終決戦が始まろうとしていた…………





寒空の病院の屋上に五つの人影がある。それはなのはとフェイト。そしてシグナム、ヴィータ、シャマル。魔導師と騎士は互いに緊張した面持ちで睨みあっている。既にその姿はバリアジャケットと騎士甲冑を身にまとい戦闘態勢になっている。だがなのはとフェイトはそんな状況でも戸惑いを隠せない。


なのはたちは先程まですずかの友達である八神はやてのお見舞いに訪れていた。

はやてのことはすずかから何度も聞いており、一度会いに行きたいとみんなで話をしていた。そしてはやてが入院してしまったという話を聞いたアリサはならみんなで内緒でお見舞いに行って驚かせようと提案してきた。すずかたちもその提案に賛成し、なのはたちは今日ここに訪れた。

そしてそこにはなのはたちが見知った人物達がいた。ヴォルケンリッター、騎士たちがはやてと共にいる姿になのはたちは驚愕し、そして悟る。八神はやてが自分たちが探していた闇の書のマスターであることに。

なのはたちはその場を何とか平静に装いながら乗り越えそして再び、この屋上にて騎士たちと対峙していた。


騎士たちの表情はこれまでの物とは大きく異なっていた。それはまるで無表情。感情を感じさせない、いや感情を見せまいとしているようだった。だがその手に握られたデバイスにはいつも以上の力が込められている。それはもはや立ち止まることができない。まさに決死の覚悟を現していた。


「あの……私たちは」

そんな騎士たちの尋常ではない雰囲気を感じ取りながらもなのはは騎士たちに話しかけようとする。だがそれを遮るようにヴィータの鉄槌がなのはに襲いかかってくる。なのはをそれを咄嗟にシールで出防御するも威力を殺しきれずに吹き飛ばされてしまう。


「なのはっ!!」

そんななのはの姿に慌ててフェイトがその助けに入ろうとするがその前にレヴァンティンを持ったシグナムが立ちふさがる。そしてそこから離れた位置にはクラールヴィントを操るシャマルの姿がある。シャマルは自らのデバイスを操り通信妨害の結界の維持に専念している。

今この場にはなのはとフェイトの二人しかいない。はやてのことを知られてしまった以上、二人をこのまま逃がすわけにはいかない。シグナムはその覚悟を持って目の前の少女、フェイトテスタロッサと対峙する。



「……闇の書は危険なものなんです。このまま完成させてしまえばはやては……」


もはや戦闘は避けられないと悟りながらもフェイトはそう騎士たちに告げる。はやてが闇の書の主であることは間違いない。なら闇の書を完成させてしまえばはやてに危険が及んでしまう。そのことはこれまで闇の書の事件からも明らか。フェイトは騎士たちが何故闇の書を完成させようとしているのかは知らない。だがはやてを危険にさらすわけにはいかない。

それはもしかしたらそのことを伝えれば騎士たちも矛を収めてくれるかもしれないという一縷の望みを託した言葉だった。だが



「うるせえ!!闇の書のことはあたしたちが一番知ってんだ……でたらめ言ってんじゃねえ!!」


ヴィータは目の前にいるなのを睨みつけながらもそうフェイトの言葉に反論する。騎士たちは闇の書のプログラムの改変によってそのことを知らない。故にフェイトの言葉には聞く耳を持たなかった。


「………ある意味で我々は闇の書の一部だ。悪いがテスタロッサ……お前の言葉には従うわけにはいかない……。」


ヴィータに言葉に続くようにシグナムその刃をフェイトに向けながらそう告げる。その瞳には悲哀が満ちている。目の前の少女とは騎士として、正々堂々と決着がつけたかった。こんな形でなければきっと私たちは………

そんな感傷を抱きながらもシグナムは己の感情を殺し、その剣を構える。

全ては主を、はやてを救うために。そのために魔力を蒐集してきた。多くの魔導師を、人々を傷つけてきた。そしてあとわずか、あと少しのところではやてを救うことができるところまで来ている。もはや自分たちは立ち止まることはできない。


シグナムの目には涙が流れていた。その姿にフェイトは目を奪われる。そして悟る。

目の前のシグナムは半年前の自分なのだと。決して譲れない物のために、大切な物のためにシグナムは闘おうとしている。ならきっとシグナムは言葉では止めることはできない。それでも自分はあきらめるわけにはいかない。

かつてなのはが自分を止めてくれたように。今度は自分が目の前のシグナムを止めて見せる。



「止めて見せます………私と、バルディッシュが。」

その瞬間、フェイトのバリアジャケットがその姿を変える。それはソニックフォーム。薄い装甲をさらに薄くしたまさに『速さ』に全てを掛けたフェイトの姿。それは全力をもって闘うというフェイトの決意を現していた。それを感じ取ったシグナムも臨戦態勢に入る。両者の間に凄まじい緊張が走る。




「あと少し……あと少しではやてが治るんだ………」

「え………?」


ヴィータが呟くようにそう口にする。それを耳にしたなのはは疑問の声を上げるしかない。はやてを治す?病気から?一体ヴィータが何を言っているのかなのはには知る術はない。しかしヴィータはそんななのはの姿を見ながらも涙を流しながら自らの相棒、グラーフアイゼンを振りかぶる。


その脳裏にはただ一人。自らの主、家族であるはやての姿があった。それを救うために自分たちは頑張ってきた。それがもうすぐ成就されようとしている。

もうすぐ帰ってくるんだ。あの安息の日々が。あの穏やかな日々が。笑顔のはやてが。だから



「邪魔すんじゃねええええ!!」


悲痛な叫びを上げながらヴィータがその矛先をなのはに向ける。それを合図にシグナムもフェイトに向かって疾走する。再び魔導師と騎士の闘いが始まろうとしたその瞬間、




「きゃっ!」



突然そんな少女の声が屋上に響き渡る。その声によって騎士たちは動きを止める。そこには




病室にいるはずの八神はやての姿があった。




(なんや……ここは……?)


はやては混乱した意識を何とか抑えながら周りを見渡す。


自分は先程まで病室にいた筈だ。


すずかちゃんとそのお友達が内緒でお見舞いに来てくれてささやかながらも自分の誕生日を祝ってくれた。いつも寂しいはずの誕生日がクリスマスがこんな大勢で迎えることができた。その喜びで一杯だった。体の調子はよくなかったがそれを忘れられるほどの楽しい時間だった。そしてみんなが帰り、シグナム達がそれを送って行ったあと流石に疲れが出て少しベッドに横になることにした。そしてそのまま睡魔に襲われ、眠りにつこうとしたその時、



誰かが私の手を握ってきた。


そのことに気づき、慌てて目を覚ますも辺りは暗く何が起こっているのか分からない。でもそうまるで建物をすり抜けていっているようなそんな感覚が体を襲う。そしてそのまままるで何かに救いあげられるかのように上に引っ張り上げられた後、目を開くとそこには病院の屋上の風景が広がっていた。

自分は夢を見ているのだろうか。そんなことを考えているとさらに信じられない光景が目の前にある。



シグナムとヴィータ、シャマル。三人の姿がそこにある。だがその姿は騎士甲冑。だが何故そんな姿をしているのか。そしてその近くに二人の少女の姿がある。

それはなのはちゃんとフェイトちゃん。さっきまで自分と遊んでくれていたすずかちゃんのお友達。なんで彼女たちがこんなところに。そしてその姿。まるでシグナム達の騎士甲冑の様だ。そしてなのはちゃんは空に飛んでいる。その光景にはやては目を奪われるしかない。そして気づく。

五人全員がまるで信じられないものを見るかのように自分に驚愕の目を向けていることに。





「みんな………なにしてるん………?」


はやてはそう呟くように自らの疑問を口にする。それは戦場にはあまりにも不釣り合いなそんな問いだった。そんなはやての言葉にその場の誰ひとり動くことができない。

何故はやてがこんなところにいるのか。はやては間違いなく病室にいた筈。そしてはやては自分では動くことができない。それが何故。まるで突然現れたかのようにこの場にいるのか。五人がそう疑問を抱いた瞬間、



見えない力が突如五人に襲いかかる。


「っ!?」


その感覚に全員が驚愕する。見えない力の波動。それが発生した瞬間、まるで力が抜けるような、そんな感覚が襲いかかる。上空に浮かんでいたなのはとヴィータはその瞬間、まるで魔法が使えなくなってしまったかのようにバランスを崩す。そのことに驚きながらもなのはとヴィータは自らの持つ魔力の力を一気に高め落下を何とか防ぐもまだ落ち着きを取り戻せない。

まるで何かに魔力の生成、維持を阻害されるような、これまで感じたことのない力に戸惑いを隠せない。



シグナムもその力によって動きを一瞬止めてしまう。はやての突然の出現。加えてこの未知の力。一体何が起こっているのか。シグナムがそのことに思考を巡らせたその瞬間、



目の前に突然仮面の男が姿を現す。



「なっ!?」


シグナムはその光景に驚愕することしかできない。目の前の仮面の男。その接近に全く気付くことができなかった。だがあり得ない。

自分は先程までテスタロッサと向かい合っていた。それも臨戦態勢でだ。例え偽装の魔法を使われていたとしてもこの距離になるまで接近に気づかないなどありえない。まるで目の前に突然現れた。そうとしか言えないような事態。それがシグナムの動きを惑わせる。


突然目の前に現れた敵。それだけなら何の問題もなかっただろう。だが主であるはやての突然の出現。そして魔法を阻害する未知の力。三つのあり得ない事態が同時に起こったことによって百戦錬磨であるシグナムに一瞬の隙が生じる。



そしてその瞬間、全てが終わった。






「シグナム………………?」



そんなフェイトの声が空しく響き渡る。フェイトは驚愕の表情でそれを見つめることしかできない。その瞳には





仮面の男の腕から生まれた光の刃によって胸を貫かれ絶命した剣の騎士シグナムの姿があった。





その光景にその場の全ての者たちは言葉一つ、身動き一つとることができない。自分たちの目の前で起きた光景。それが現実だと、そう認識することができない。



シャマルはそんな光景に目を奪われることしかできない。

あり得ない。何かの間違い。あのシグナムが、自分たちの将がやられるはずがない。これは夢だ。きっと悪い夢に違いない。

なら早く目を覚まさなければ。早く目を覚ましてはやてちゃんと一緒に朝ごはんの用意をしなければ。そんなことを考えたその瞬間、




シャマルは自分の胸からまるで爪の様な刃が生えていることに気づく。



「……………………え?」


それをシャマルは呆然と眺めることしかできない。自分の胸をから生えている、いや違う。後ろから貫かれている自分の体をシャマルはただ見つめることしかできない。その爪は血によって赤く染まっている。同時に自分の体から力が、そして意識がなくなって行く。



(はやてちゃん………みんな…………)


最後の力を振り絞り、自らの家族であるはやてをその目に移しながら泉の騎士シャマルはこの世を去って行った。





「シグナム………シャマル……?」


そんな光景の前にヴィータは目を見開くことしかできない。その視線先には自らの仲間の命を奪った二人の仮面の男の姿があった。仮面の男たちは消滅していく二人を見届けた後、その二人から奪った魔力をシャマルを殺した仮面の男が持っている本に吸収させる。

そこにはまるで一切にためらいもない。先程二つの命を奪ったことを微塵も感じさせない、まるで機械の様な冷たさが仮面の男たちにはあった。そしてその本にヴィータは戦慄する。


それは闇の書。それは間違いなく自分たちの持っている闇の書だ。だがそれは今、蒐集に行っているザフィーラが持っているはず。それが今ここにある。それが意味するもの。それに気づいたヴィータは絶望する。


しかしそんなヴィータの胸中を嘲笑うかのように仮面の男の一人が動き始める。その速度にヴィータは戦慄する。それは自分が知っている最速の魔導師、フェイトを超える速度だった。そして気づく。仮面の男が目指すその場所。


そこには八神はやての姿があった。






「え?」


はやては自分でも気付かないままそんな声を上げる。はやては思考ができない。いや思考できない程の混乱状態にあった。

突然病院の屋上へ連れ出されてしまった自分。そしてそこにいる五人の姿。そして仮面の男によって殺されてしまったシグナムとシャマル。一体自分はどうしてしまったのか。夢だとしてもやりすぎだ。どうしてじぶんがこんな夢を見なければならないんだろう。

なら早く起きなければ。この悪夢から一刻も早く起きてみんなの顔を見なければ。現実に。私の現実に戻らなければ。そう思い、顔を上げたそこには





自分を庇い、光の刃によって体を貫かれたヴィータの姿があった。





「ヴィータ…………?」


はやては呆然としながら目の前のヴィータに目を向ける。その体からは血が流れ出している。そしてその鮮血が自分の頬に降りかかる。はやては無意識にそれを自らの手でぬぐう。

その手が真っ赤に染まる。

その鮮やかさが、温かさが、これが夢でないことをはやてに突きつける。






「はやて…………逃げて…………」


そう言い残しながら鉄槌の騎士ヴィータはその命を散らす。その魔力が闇の書に蒐集されていく。後にはヴィータの帽子が残されただけだった。




それは自分がヴィータに買った最初のプレゼントのウサギを模したもの。ヴィータはそれをいつも嬉しそうに持っていた。その姿に本当の姉妹ができたように感じ嬉しかった。



シグナムはいつも凛とした一家の大黒柱だった。そしてそこには誰にも負けない優しい心があった。



シャマルは穏やかな温かい心を持っていた。その温かさに自分は安らぎをもらっていた。



ザフィーラはそんな自分たちを見守り、そして導いてくれた。



みんな私の大切な、大事な家族。



それは私が心から望んでいたもの。



一年前の闇の書の起動によってその願いが叶った。



例え病によってこの命がなくなったとしてもみんながいてくれればそれでいい。そう思っていた。



なのに――――――




なのにどうして――――――――





『解放』


はやての心が絶望に、闇に染まると同時に闇の書から声が響き渡る。



それを見届けた仮面の男たちはまるで見えないカーテンに包まれるようにその姿を消す。



同時になのはたちを襲っていた未知の力がなくなり、なのはたちははやてに向かって動き出す。だがその瞬間、




「いやああああああああああああああ!!!」




はやての絶叫が響き渡る。



それに呼応するように闇の書から圧倒的な禍々しい魔力が放たれ始める。





この瞬間、闇の書は完成し、世界は闇に包まれた………………



[28454] 第37話 「夢」
Name: 闘牙王◆53d8d844 ID:e8e89e5e
Date: 2011/10/20 21:54
漆黒が全てを支配した夜の街の空を駆ける一つの金の光がある。それはまるで流星の様な速さで動き回りながら一つの人影に向かって疾走する。そしてその人影と交差するたびにその衝撃と魔力光によって空が照らされる。

金の光はの主はフェイト・テスタロッサ。フェイトはソニックフォームによっていつもよりさらに増した速さを持って目の前の相手に斬りかかって行く。その速さはまさしく電光石火。並みの魔導師ならその動きすら捉えることができないだろう。だが


「くっ!」

フェイトがそんな中、苦悶の声を漏らす。その顔には明らかな焦りが見て取れる。それは無理もない話だった。

フェイトは今、自分の全力、最大の速度で目の前の相手に挑んでいる。にもかかわらず自分はまだ一撃すら相手に入れられていない。いや、全く疲労すらさせられていない。そんな胸中を振り払うかのようにフェイトは全力をもってその攻撃を繰り出していく。だが目の前の相手はそれを見ながらも全く動じず、その周りにシールドを展開することによってそれを捌いていく。

そこにはまるで何の感情も見られない。まるでフェイトの攻撃など何でもないかのように冷静にフェイトを見つめている女性の姿がある。その髪は銀。そしてその目は深紅に染まっている。その背中には大きな黒い翼がある。

『堕天使』

その言葉がまさしくその女性を現すに相応しいもの。それが闇の書の意志の姿だった。




騎士たちが仮面の男たちによって殺され、闇の書が完成したその瞬間、はやては凄まじい魔力に包まれ、その姿を大きく変えた。それがフェイトの目の前にいる存在。闇の書。

その名の通りこの世の闇を統べるのに相応しいほどの魔力と力を持った存在だった。それを見ながらもフェイトとなのははこの事態を何とかしようと闇の書に説得を試みた。だがそれは決して聞き入れられることはなかった。そのことを悟ったフェイトとなのはは何とか闇の書の暴走を止めようと決意し、戦いを挑んでいた。



フェイトによる目にも止まらない連続攻撃。だがそれをもってしても闇の書の防御を破ることができない。しかしフェイトにあきらめの色は見えない。そんなフェイトを見ながらも闇の書が反撃に出ようとその手に力を込めようとしたその瞬間、


「シュートッ!!」

掛け声と共に桜色の砲撃が一直線に闇の書に向かって放たれる。それはなのはのディバインバスター。それがフェイトとなのはの狙い。

フェイトが前衛で闇の書をかく乱し、なのはの砲撃でその隙を狙い打つ。そしてその目論見は成功する。フェイトは瞬時にその場を離脱し、距離をとる。そして闇の書はそのままなのはの砲撃に飲み込まれてしまった。




(やった………?)


自らの相棒であるバルディッシュを握りしめながらもフェイトは静かに着弾した後を見つめ続ける。先程の砲撃は間違いなくなのはの全力の一撃。その威力は自分が一番分かっている。あれならば防御の上からでも相手を落とすことができる。例え一撃で落とすことができなくてもダメージは負わすことができた筈。そう考えた瞬間、弾着の煙が晴れていく。そこには



まったくダメージを受けていない無傷の闇の書の姿があった。



(そんな……!?)


その光景にフェイトは驚愕する。間違いなくなのはの砲撃は直撃したはず。にもかかわらず相手は全くダメージを負っていない。予想外の事態にフェイトはただその光景を見つめることしかできない。

そしてその瞬間、闇の書は凄まじい速度を持って動き出す。その矛先はなのはに向けられていた。それはなのはの砲撃がこの場での一番の脅威であると判断したからだった。


「なのはっ!!」


そのことに気づいたフェイトは咄嗟にそうなのはに叫ぶ。なのはは自分の様に高速戦闘を行うことはできない。だが砲撃魔導師と呼ばれるなのはには鉄壁ともいえる防御がある。ならそれを楯にしての戦闘を自分もフォローする必要がある。そうフェイトは瞬時に判断し、闇の書の後を追撃する。だが闇の書の方がそれよりも早くなのはに接近する。

しかしなのははそれを見ながらも全く動こうとしない。その姿にフェイトは戸惑いを隠せない。一体どうしてしまったのか。いつものなのはなら誘導弾か砲撃で相手を近づかせないように牽制するはず。それなのに何故。フェイトがその視線をなのはに向ける。そこには



何かに脅えるように震えているなのはの姿があった。


今、なのはは一つの感情に支配されていた。


それは『恐怖』


なのはは恐怖によって動くことができないでいた。それは先程の出来事によるもの。騎士たちの死。それがなのはの心を揺るがせる。目の前での人の死。その光景になのはは恐怖する。そして理解する。

自分が関わっている、関わろうとしている魔法の世界ではそれが起こりうるのだと言うことに。


『魔法』

普通ではありえない力が自分にはある。でもなのはは自分にその力があることが嬉しかった。誰にもできない、自分だからこそできることをその力のおかげで見つけることが出来たから。この力のおかげで多くの人に出会うことができた。それが本当に嬉しかった。そして自分はいつの間には忘れてしまっていた。

力は怖いものであると言うことを。

そのことを私は闘牙君に何度も聞かされていた。力は怖いものだと。使う人によってそれは良いことにも悪いことにも使えるのだと。そして私はそれを理解していた。いや、理解したつもりになっていた。でも違った。私は何も分かっていなかった。闘牙君の言葉の本当の意味も。その言葉の重みも。

人を傷つける、命を奪ってしまうかもしれない程の力。それを私は相手に振るっている。そして相手もそんな力を私に向かって振るってきている。

その事実が、真実がなのはに襲いかかってくる。



それを闘牙は戦国時代の闘いによって、フェイトはリニスからの訓練によって理解していた。だがなのはは違っていた。闘牙もユーノもそのことをなのはに伝えていなかったわけではない。

だがなのはの天賦の才ともいえる才能。その成長によって闘牙達はなのはがそのことを理解しているとそう思いこんでしまっていた。

なのはは普通の九歳の女の子であるということ。

それを闘牙達は本当の意味で理解できていなかった。そしてそれこそがなのはにとっての『歪み』そのものだった。


身動きが取れないなのはにむかって闇の書の拳が容赦なく放たれる。なのははそれを見ながら咄嗟に目の前にシールドを展開する。そこには戦術も何もない。ただ純粋な防御だった。だが闇の書に拳はそのシールドをまるでないかの如く破壊していく。その光景になのはは戦慄する。それはバリアブレイクと呼ばれるバリア破壊の効果が付与された攻撃だった。加えて通常ではありえない程の強力な魔力がその拳には込められていた。


「きゃっ!!」


なのはは何とかその拳をレイジングハートで受け止めるもその衝撃によって遥か後方に吹き飛ばされしまう。そしてそのままなのはが後方のビルに激突しようとしたその時


「なのはっ!!」


凄まじい速度で一気になのはに追いついたフェイトがそのまま背中からなのはを受け止める。フェイトは何とか自分が間に合ったことに安堵するも自分が抱きかかえているなのはのいつもとは違う姿に戸惑うことしかできない。

だがその瞬間、闇の書の周りに無数の刃が姿を現す。その色はまるで血の様な深紅。



「穿て、ブラッディダガー。」


闇の書の声に呼応するようにその無数の刃がフェイトとなのはに襲いかかる。その数にフェイトは戦慄する。自分だけなら何とかそれを回避することもできるだろう。だが自分の傍にはなのはがいる。逃げるわけにはいかない。

フェイトは瞬時にソニックフォームを解除し、防御魔法を周囲に展開しようとする。だがそれよりも早く刃が二人に迫る。その攻撃の痛みに備え、フェイトとなのががその体をこわばらせた瞬間、血の刃は見えない力によって次々に消し飛ばされていく。その威力によって無数にあった刃は一つ残らず消え去ってしまった。驚きながらも顔を上げたフェイトの視線の先には



鉄砕牙を構えた闘牙の姿があった。


「トーガ!」


その姿にフェイトが歓声を上げる。同時に闇の書の体が次々に光に鎖によって拘束されて置く。それはアルフの拘束魔法だった。


「大丈夫かい、フェイト、なのは!?」


アルフは自らの魔法によって闇の書の動きを封じながらもそう二人に話しかける。そして闘牙とアルフはなのはの様子がいつもと大きく違うことに気づく。そこには不屈の心を持った高町なのはの姿はなかった。そのことを気にしながらも闘牙とアルフはフェイトからこれまでの事情を聴かされる。そしてそれを聞き終えたと同時に闇の書を縛っていたアルフのバインドが砕かれる。どうやら拘束魔法をもってしても闇の書を抑えることはできないようだ。



「フェイト、アルフ……なのはを頼む。」


そう言いながら闘牙は三人を庇うように一人、闇の書に対峙する。

その姿、魔力、威圧感。それはまるで四魂の玉を手に入れた奈落を彷彿とさせるほどのもの。それほどの力を目の前のはやて、いや闇の書は持っている。


知らず闘牙の鉄砕牙を握る手に力がこもる。そして闘牙の胸中には一つの感情があった。


それは『後悔』


目の前のこの状況。それを作り出してしまった責任は間違いなく自分にある。はやてが闇の書の主であること、そして闇の書が完成することでの危険。それを自分は全て知っていた。だがそれでも。それでも信じたかった。騎士たちの願いが、はやての願いが叶うことを。

だがそれは成就しなかった。そしてはやては闇の書に取り込まれ、世界を破壊しつくすまで止まらない存在へと姿を変えてしまった。


同じだ。何もかもがあの時と同じだ。あの日。自分が全てを失ってしまったあの日と。


闘牙は静かに鉄砕牙の切っ先を闇の書に向ける。その瞳にはかつての最期の闘いの光景が映っていた。


だがそれでも。まだすべてが終わったわけじゃない。

目の前の闇の書を止めること。それが自分の使命。それがこの選択を、この状況を生み出してしまった俺の責任。


闘牙と闇の書の間に沈黙が流れる。その光景にフェイト達は息をのむしかない。闘牙が発している空気、纏っている空気はこれまでフェイト達が感じたことのないもの。いや違う。フェイトはこの感覚を知っている。これは――――――



その瞬間、闘牙と闇の書の闘いが始まった。



激闘。その言葉以外に表すことができない程の闘いが二人の間に繰り広げられる。その速度、攻撃。全てがまさに魔導師の世界での最高峰の域での戦い。



「はああああっ!!」


咆哮と共に闘牙が鉄砕牙を闇の書に向かって振り下ろす。その刀身には風の傷が渦巻いている。それは闇の書に関して手加減することはできない。それほどの力が闇の書にあることを闘牙が認めていることを意味していた。そしてその狙いはその手に持っている闇の書の本体。それが魔導師で言うデバイスの様な働きをしているのかは分からないが重要な要素であることは間違いない。もしかしたらそれを破壊すればはやてを救うことができるかもしれない。そう闘牙は判断した。だがその刃がそれに届くかに見えた瞬間、


闇の書のシールドによってそれは阻まれてしまう。だが闘牙はそのまま鉄砕牙に力を込め続ける。それは間違いなく闘牙の全力。決して手加減していたわけではなかった。だがそれをもってしてもそのシールドを破ることができない。

その強度に闘牙は驚愕する。それは自分が知っている魔導師の最高の防御、プレシアのシールドを遥かに上回るものだった。闇の書は特別な魔法を使っているわけではない。今使っているシールドもごく一般的な防御魔法に過ぎない。だが一つ大きな違いがある。

それは魔力量。

そのシールドに注がれている魔力量は普通では考えられない程桁外れのもの。それは六百六十六ページにも上る闇の書のまさに無尽蔵ともいえる魔力によるものだった。


闘牙は全力を持って鉄砕牙を押し込もうとするもその防御を崩すことができない。そしてその瞬間、闇の書の拳が闘牙に放たれる。その一撃には並みの魔導師なら一撃で戦闘不能になるほどの威力が込められている。闘牙はそのことに瞬時に気づき、弾けるようにその場を離脱する。だがそれを見越ししていたかのように闇の書の前に魔法陣が展開される。それは闘牙にとってあまりにも慣れ親しんだもの。

ディバインバスターの魔法陣だった。

闇の書のもう一つの強さ。それは蒐集した魔法を自分の物にし、扱うことができることにあった。

そのことに気づいたと同時にその魔法陣から砲撃が闘牙に向かって放たれてくる。それはなのはにも劣らない程の威力を秘めている。闘牙は咄嗟に鉄砕牙を自身の前にかざし、その剣圧によって砲撃を受け流していく。


「く………っ!!」


だがその威力を完全に殺しきることができず、闘牙は次第に後ろへと徐々に押し出されていく。このままではまずい。そう闘牙が思考した瞬間、その周りに赤い刃が次々に姿を現す。それは闇の書による魔法の同時展開だった。そして次の瞬間、刃が闘牙に向かって襲いかかり、同時に砲撃による爆発が辺りを吹き飛ばしていく。


「トーガッ!!」

その光景にフェイトが悲鳴を上げる。あの闘牙が防戦一方になっている。そして闘牙が手加減をしているわけではないことをフェイトは知っている。

ロストロギア『闇の書』

その力にフェイト達は目を見開くことしかできない。だが



「まだ終わっちゃいねえぜ………」


その煙の中から傷つきながらもまだ戦意を喪失していない闘牙が姿を現す。そんな闘牙の姿にフェイト達は安堵する。だが闇の書はそれをどこか寂しそうな目で闘牙の姿を見つめている。そして



「闘牙………できればお前とは闘いたくはなかったのだがな………」


闇の書はそう静かにそしてどこか悲しそうに闘牙に告げる。闘牙はそんな闇の書の言葉に驚きを隠せない。今まで全くと言っていいほどしゃべることのなかった闇の書が自分に話しかけてきている。何よりも自分の名前をまるで前から知っていたかのように。


「私は騎士たちと意識を共有している………だからお前のことも分かる………」


そんな闘牙の疑問に答えるかのように闇の書は言葉を続ける。


「お前は主のことを………騎士たちの心を汲んでくれた………この場から去れ、闘牙………私はお前を殺したくはない………」


闇の書はどこか懇願するように闘牙に忠告する。それは自分たちのために約束を守ってくれた闘牙に対する闇の書の最後通告だった。だが



「悪いがそういうわけにはいかねえ………お前を止めることが俺の役目だからな………」


そんな闇の書の言葉を聞きながらも闘牙は決意を新たに鉄砕牙を構える。その目にはあきらめはない。そこには闇の書を、はやてを救って見せると言う闘牙の決意があった。



「そうか…………」


それに呼応するように闇の書の足元に魔法陣が展開されていく。闇の書はもはや自分で止まることはできない。暴走によって自らの意志を貫くことも、戦いをやめることも。ただ破壊の力を振るう。それが闇の書の姿だった。そして闇の書が新たな魔法を行使しようとしたその瞬間、その視界から闘牙が姿を消した。




「っ!?」


そのことに気づくと同時に闇の書は遥か後方に吹き飛ばされていた。一体何が起こったのか。闇の書が驚愕と共にその意識を周囲に向けた時、目の前に闘牙の姿が映る。だがその姿が先程までと異なっている。それは妖怪化した闘牙の姿だった。そして



「風の……傷っ!!」


その叫びと共に凄まじい風の傷が闇の書に襲いかかる。その威力はまさに一撃必殺。シールドを張るもその威力によって闇の書はそのまま風の傷に飲み込まれていく。その余波によって結界によって誰もいなくなっている街は吹き飛んでいく。それは一振りで百の妖怪を薙ぎ払う鉄砕牙の真の威力だった。



その光景にフェイト達は言葉を失いただ呆然とその惨状を目にすることしかできない。闘牙はそんな中妖怪化を解除しながら闇の書が吹き飛ばされたであろう場所に目を向ける。先程の風の傷には間違いなく闇の書を戦闘不能にする程の力を込めた。できれば使いたくはなかったがあの防御を破るには風の傷を使うほかない。できる限り手加減はしたが負傷は免れないだろう。そのことに心を痛めながらも目を凝らしたその先には




全くダメージを負っていない闇の書の姿があった。


「な………っ!?」

「そんな………」
「あ……ありえないよ………」

闘牙達はそんな闇の書の姿に言葉を失う。間違いなく闇の書は風の傷の直撃を受けた筈だ。にもかかわらずダメージ一つ負っていない。あり得ない。あれだけの威力の攻撃を受けて無傷で済む存在などあってはいけない。


そんな中、闘牙は気づく。闇の書の体に残っているわずかな傷が一瞬でなくなる光景に。そして悟る。闇の書はダメージを受けていないわけではない。それを再生しているのだと言うことに。


『無限再生』


それが闇の書のもう一つの力。圧倒的魔力量と魔力によって構成された肉体だからこそ可能なまさに反則と言ってもいい能力。それ故に闇の書は風の傷に耐えることができたのだった。



(ちくしょう………!!)

そのことを悟った闘牙は絶望する。先程の風の傷を受けてもこの再生速度。まさにもう一人の奈落と言っても過言ではない。それはつまり闇の書を止める方法はもはや自分にはないことになる。

いや違う。ある。自分にはある。闇の書を止める。その方法が、力が自分にはある。知らず闘牙の手が震える。息が荒くなる。汗が止まらない。

それを使えば間違いなく闇の書を止めることはできるだろう。だがそれを使えば間違いなくはやては…………

それは俺にとっては禁忌にも等しい行為。


もしもう一度同じことをすれば俺はもう二度と立ち上がることはできないだろう。


だがこのままでは闇の書の暴走によってこの世界は破壊しつくされてしまう。


それだけは防がなければならない。でなければ意味がなくなってしまう。これまで戦ってきた意味も。あの辛さに耐えてきた意味も。かごめをこの手に掛けてしまった意味も。


そしてついに闘牙がそのまま鉄砕牙に力を込めようとしたその時、あることに闘牙は気づく。


先程まではなかったはずの匂いがある。それは街の外れ。そこに二人の人の匂いがある。そしてその匂いを自分は知っている。それはアリサとすずかの匂いだった。闘牙がそのことに気づき意識を向けたその時、



「咎人達に滅びの光を…………」


闇の書はその言葉と共にその手を上空にかざす。その瞬間、巨大な魔法陣がその前に現れ強力な魔力が集束していく。その光景に闘牙達は戦慄する。それはなのはの最高攻撃魔法。



「スターライト……ブレイカー………?」

まるであり得ない物を見たかのようになのははそう呟く。だがその間にもその魔力は収束し、巨大化していく。そしてそれが自分たちに向けて放たれようとしている。そして闘牙は気づく。もしこの攻撃の余波がアリサとすずかを襲えばどうなるか。瞬間、闘牙は動き出す。



「お前ら、こっちだ!!」


闘牙の叫びと共にフェイト達もその後に続く。もう発射までの時間は残されていない。その前に闇の書を止めることができればいいがそれに失敗した場合、二人の身に危険が迫ってしまう。闘牙は瞬時に二人の元に向かい、直接二人の身を守ることを選択する。




「………え?」

「なのはちゃん、フェイトちゃん……?」


いきなり現れたなのはたちに二人は呆然とする。しかし事情を説明している時間はない。闘牙は二人を庇うようにその前に出ながら



「なのは、フェイト、アルフ、二人の周りにシールドを頼む!!」


そう叫び、鉄砕牙を構える。その刀身には既に風の傷が渦巻いている。



「う……うん!」
「分かった!」


なのはたちはそう返事をしながらシールドを二人を守るように展開させる。同時に闇の書のいる方向から凄まじい魔力の波動が起き始める。




「星よ集え……全てを撃ち抜く光となれ………」



闇の書の前の魔法陣の魔力が限界まで収縮し、巨大化していく。その光景はまさに星の輝き。



同時に闘牙は自らの相棒である鉄砕牙を大きく振りかぶる。瞬間、凄まじい暴風が辺りを覆い尽くす。その光景はまさに台風。そして





「貫け……閃光……スターライト・ブレイカー!!」


「風の傷っ!!」




風の傷と星の輝きが同時に放たれ、ぶつかり合う。その瞬間、世界は止まった。



「きゃあああっ!!」


その衝撃と光にアリサとすずかは悲鳴を上げる。両者の力は拮抗し、せめぎ合う。だがその余波による衝撃が闘牙達を襲う。なのはたちはそれをシールドを全力で展開し、何とか耐えしのんでいく。二つの力は荒れ狂いながら街を廃墟へと変えていく。もしここが結界内でなければどれだけの被害が出たか想像できな程の力のぶつかり合い。その力によって闘牙は徐々に後ろに押し出されていく。だが闘牙はその両足に力を込め、それを何とか耐え凌ぐ。



「あ……ああああああっ!!!」


闘牙の咆哮と共に二つの力は拮抗したまま大爆発を起こす。その凄まじい爆発によって街はまるで隕石が落ちたかような惨状へと姿を変える。そして闘牙達はそんな中、なんとか無傷で爆発を耐えきることに成功した。



「ハアッ………ハアッ……ハアッ……!」


闘牙は鉄砕牙を何とか杖代わりにしながらもその場にうずくまってしまう。それは妖怪化を、風の傷を連発したことによる反動だった。


「トーガ、大丈夫!?」
「闘牙君っ!?」

フェイトとなのはがそんな闘牙の姿に驚きながらも近づいてくる。闘牙はそんな二人に心配をかけまいとしながらその場を立ち上がる。だがその疲労を隠しきることはできてはいなかった。実際にダメージを受けているわけではないがやはり妖怪化の制御には体力と精神力を大幅に消費してしまう。これ以上の連発は厳しい。ならこれ以上戦闘を長引かせるわけにはいかない。



「…………アルフ、二人を結界外の安全な場所に連れて行ってやってくれ……」


息を切らせながらも闘牙はそうアルフに伝える。先程の攻防によって結界はかなり不安定になっている。これなら二人を結界外に連れ出すことができる。そう判断してのことだった。


「………わかった、任せて!」

そんな闘牙の言葉を聞いたアルフはすぐさま転送の魔法陣を展開し、アリサとすずかを連れてこの場を脱出していく。アリサとすずかはそんな闘牙たちの姿を見ながらも心配そうな顔でそれを見つめることしかできなかった。



そしてアルフ達が姿を消したその瞬間、闘牙達三人の前に闇の書が現れる。


その姿は先程と全く変わっていない。その魔力も存在感も全く衰えておらず疲労も見られない。まさに怪物。そう言わざるを得ない程の存在だった。



両者の間に緊張が走る。闘牙は鉄砕牙を、フェイトはバルディッシュを構えながらそれに対峙する。だが二人とも疲労は隠し切れていない。それは先程までの戦闘によるもの。そしてなのはは何とかレイジングハートを握りしめるもののその目には闘志が見られない。まさに絶体絶命の状況。そんな中



突如、巨大な地震が闘牙達を、街を襲う。そしてそれに呼応するように街のあちこちからマグマが噴出し、街を火の海に変えていく。それはまるでこの世の終わりの様な光景だった。



「早いな………もう始まったか…………」


それを見ながら闇の書はそう呟く。それは闇の書の暴走の最終段階。まさにこの世の終わりが始まろうとしている前兆だった。

そしてその頬には涙が流れている。それはまるで闇の書の悲しみを形にしたかのような涙だった。



「あなたはどうして………そんなに悲しそうに泣きながらこんなことをするの……?」


そんな闇の書の姿に目を奪われたなのははそう問いかける。涙を流しながら暴走する闇の書。その姿がまるで泣きながら助けを求めている小さな子供だと、そんな風に見えたからだった。


「これは私の涙ではない……これは主の涙……私に感情などない……」


そんななのはの言葉を聞きながらも闇の書はそう静かに答える。だがその言葉には確かな感情があった。そしてその涙もまだ止まらず流れ続けている。



「感情などない……?そんなこと、そんな風に泣きながら言っても……だれが信じるもんか!」


そう言いながらフェイトは闇の書に語りかける。目の前の女性。そこには間違いなく感情が、意志がある。騎士たちが皆そうであったように。それがあったから騎士たちは誓いを破ってまで闇の書を、はやてを救おうとしていた。それをフェイトは知っている。だからこそまだあきらめるわけにはいかない。世界を、はやてを私たちが救って見せる。フェイトの言葉にはそんな決意があった。




「そうだな………泣いてる奴は助けてやんねえとな………」


闘牙はそう言いながら再び闘う決意をする。状況は絶望的。だがまだあきらめるわけにはいかない。なのはが、フェイトがあきらめていないのに自分があきらめるわけにはいかない。そう考えたその時、




「お前がそれを言うのか………闘牙…………?」



闇の書はそうどこか悲しげに闘牙に話しかける。その言葉に闘牙達は動きを止めてしまう。それは闇の書の言葉に自分たちが知らない何かかあることを悟ったからだった。




「闘牙……お前の感情が……心が私には分かる。」



それは闇の書の力。先程までの攻防で闇の書は闘牙の心を感じ取っていた。その言葉に闘牙の動きが止まる。その目は見開いたまま。まるで時間が止まってしまっているかのよう。その姿にフェイトとなのはは思わず目を奪われてしまう。それを見ながらも闇の書は言葉を続ける。




「辛いのだろう………現実を生きることが……」



やめろ。




「悲しいのだろう……死んでしまいたい程に……」




やめろ。やめろ。やめろ。



それ以上言うな。これ以上言わせるな。ここにはフェイトが、なのはがいる。それなのに





「この世で一番愛した女性をその手に掛けてしまったのだから………」




俺の過去を、罪を口にするんじゃない





「黙れええええええええええっ!!!」





悲鳴と共に闘牙は鉄砕牙を振りかぶり闇の書に振るう。その目は怒りによって赤く染まっている。そこにははやてのことも、闇の書のことも頭にはなかった。ただそれ以上しゃべらすわけにはいかない。いや、それ以上聞くわけにはいかない。そんな恐怖が闘牙を支配していた。


だがその一撃は難なく闇の書に防がれてしまう。同時に光が闘牙を包み込んでいく。闘牙は驚愕し、その場を離脱しようとするも間に合わない。




「お前も我が内で……眠るといい………」



闇の書のその言葉と共に闇の書の本体が開かれそのページが光り輝く。




その瞬間、闘牙はこの世から姿を消した…………







「トーガ………………?」


フェイトはまるで呟くようにそう口にする。その目は見開かれたまま。

一体何が起こったのか。闇の書の言葉。それにも驚きを受けた。そしてそれに対する闘牙の反応。それは闇の書の言葉が真実であることを示していた。そして光によって闘牙は姿を消してしまった。どうして。どこにいってしまったのか。



「闘牙は我が内に取り込んだ……そしてもう二度と目覚めることはない……永久の安らかな眠り……幸せな夢の中で生き続けるだろう………………」


そんなフェイトを見ながら闇の書はそう事実を冷酷に告げる。


その言葉にフェイトの時間が止まる。



帰ってこない?闘牙が?どうして?なんで?



せっかく会えたのに。闘牙はこんな私を何度も、何度も助けてくれた。それが嬉しかった。



一緒に過ごした時間は本当に楽しい時間。それは私の生きる意味。理由。



闘牙がいたから、だから私は生きようと思った。なのに





「返せ………………」



顔を俯かせながらフェイトはそう呟く。その瞳には涙が溢れていた。






「トーガを返せえええええっ!!」


フェイトはバルディッシュを振りかぶりながら闇の書に立ち向かっていく。だがそれはあまりにも無防備な、子供の様な攻撃だった。




「そうか……………ならお前も、闘牙の元に行くといい…………」


フェイトの感情を悟った闇の書はフェイトの攻撃を受け止めながら再び光の攻撃をフェイトに放つ。



「フェイトちゃんっ!!」



なのはの悲鳴が響き渡るも、フェイトはそのまま闘牙と同じようにその姿を消してしまう。



『吸収』



そんな音声のあと、闇の書はその本を閉じる。後にはなのはと闇の書。二人が残されただけ。




「全ては安らかな眠りの内に……………」




今、なのはの一人きりの孤独な戦いが始まろうとしていた……………






「……………ん。」


まどろむ意識の中、フェイトはそんな声を漏らしながらゆっくりとその体を起こす。そしてすぐに辺りの様子を見渡す。先程まで自分は闇の書と戦闘をしていたはず。そう思いながらフェイトはすぐに気づく。

自分がバリアジャケットを纏っていないことに。その姿はいつもの私服の姿。そしていつも持っているバルディッシュの姿がなかった。



(ど……どうして……?)


フェイトは慌てながら自分の服、辺りを探すもバルディッシュは見つからない。そして同時に気づく。自分が魔法を使えなくなっていることに。何度試しても魔法も念話も使うことができない。

一体どうして。自分に起きている事態が分からずフェイトは混乱することしかできない。そしてついに気づく。目の前の光景。それはまるで森の中。そして辺りは暗くなっている。フェイトは自分が全く知らない場所にいることにやっと気づいたのだった。



(ここはどこなんだろう…………?)


森の中を歩きながらフェイトは思考を巡らせる。先程の場所で救援を待つことも考えたが魔法もデバイスも持たない自分を簡単に見つけることはできないと判断し、フェイトはとりあえず、どこか辺りを見渡せるような広い場所に出ようと考えていた。

だが森の中は本当に静かだった。そして辺りには全く人の気配が感じられない。いくら森の中でも灯りの一つくらいは見えてもおかしくない。なのにどうして。そんな不安を何とか抑えながらフェイトは開かれた場所があることに気づく。フェイトはそのことに安堵しながらその場所に足を向ける。そこには





一本の大きな御神木があった。




フェイトはその御神木に目を奪われる。



そして気づく。



その樹には一人の少年が磔にされて眠っている。



そこには





封印の矢によって封印された犬夜叉の姿があった――――――









「……………ん。」


闘牙はそんな声を漏らしながらゆっくりと目を覚まし、その体を起こす。そして同時に辺りを見渡す。俺はさっきまで闇の書と闘っていたはず。そう思いながら鉄砕牙を構えようとした瞬間、闘牙は気づく。自分が鉄砕牙を握っていないことに。


「なっ!?」


さらに驚愕が闘牙を襲う。今の自分が人間の姿になってしまっていることに。同時にその服装に混乱する。


それは高校の制服。それは闘牙が手に入れながらも結局一度も着ることのなかったもの。何故そんなものを自分は着ているのか。そしてついに気づく。自分が今教室の自分の席に座っていることに。あり得ない事態の連続に闘牙は呆然とすることしかできない。


一体何が起こっているのか。何故こんなところに自分はいるのか。何故犬夜叉の姿に変身することができないのか。自分はこれからどうするべきか、そう考えた瞬間、








「どうしたの、犬夜叉?」






そんな声が闘牙に聞こえてくる。









「………………………………………え?」





闘牙はそんな声を出すことしかできない。





あり得ない。そんなはずはない。そんなことが起こるはずがない。





その声を自分はもう二度と耳にすることはない。それは覆すことのできない現実。なのに





忘れるわけがない。聞き間違えるわけがない。その声を。それは何度も、何度も夢に見たもの。





息が止まる。時間が止まる。そんな中、闘牙はその声の方向へと振り返る。そこには








最愛の少女、日暮かごめの姿があった―――――――――



[28454] 第38話 「矛盾」
Name: 闘牙王◆53d8d844 ID:e8e89e5e
Date: 2011/10/02 01:25
「きゃあっ!!」

悲鳴と共になのはは凄まじい勢いで海面に叩きつけられ、その衝撃で海面には大きな水柱ができてしまう。それは闇の書の攻撃によるもの。その威力によってなのはは吹き飛ばされてしまったのだった。

しかし闇の書はそんな光景を見ながらも全く動じず静かに海面を見つめ続けている。まるでそうするのが当たり前であるとそう示すかのように。そして次の瞬間、海面から白い人影が飛び出してくる。そこには満身創痍の高町なのはの姿があった。

バリアジャケットは破れ、その表情は苦悶に満ち、呼吸は乱れている。そして何よりも今のなのはにはいつもの気迫が、心が見られない。なのはは完全に戦意を喪失してしまっていた。



(闘牙君………フェイトちゃん………)


満身創痍の体を何とか奮い立たせながらなのはは闇の書と向かい合う。対する闇の書は全くの無傷。疲労も全く見られない。その姿に、力になのはは気圧されてしまう。

騎士たちの死。それによってなのははいつもの力を発揮することができなくなってしまっていた。さらに加えて仲間である闘牙とフェイトがいない。二人は目の前の闇の書に取り込まれてしまった。そして闇の書の言葉通り、二人が戻ってくる気配も全くない。何とか自分が二人を助けなければ。だが相手は闘牙とフェイトですら倒しきることができなった相手。そんな規格外の相手に自分はひとりきりで挑まなければいけない。

でも怖い。

目の前の闇の書が。何よりも自分にかかる重圧が。もし自分が負けてしまえば、倒れてしまえばみんなを助けることができない。闘牙君も。フェイトちゃんも。

世界の崩壊。それが起きれば家族も、友達も、みんなみんななくなってしまう。そんなのは嫌だ。何とかしなければ。私が何とかしなければ。そんな焦りが、戸惑いがなのはの感情を支配する。だがその感情とは裏腹に、なのはの心には戦意が生まれてこない。レイジングハートを握るその手に力が入らない。どうしようもない状況になのははどうすることもできない。


なのはは先程からずっと闇の書攻撃を何とか防御し、耐え続けている。だがそれももう長く持たないだろう。自分の防御は鉄壁に近い物がある。その自信がなのはにはあった。だが闇の書の攻撃はそんな私の防御を打ち崩すほどの力を持っている。その攻撃を防ぎきることはできず、時間を稼ぐことしかできない。


絶望がなのはを支配する。なのはの心はもはや限界を迎えようとしていた。



闇の書はそんななのはの姿を見ながら、静かに対峙する。崩壊し始めた世界の中で黒と白の存在が向かい合う。



「お前も……もう眠れ……。これ以上闘っても意味がないことは分かっているのだろう……?」


闇の書はそう静かに、だがどこか諭すようになのはに告げる。それはなのはの心を感じ取った故の言葉。そしてなのははそんな闇の書の言葉を聞きながらも返す言葉を持たない。いや、返す言葉などあるはずもなかった。

自分では目の前の闇の書には敵わない。そんなことは最初から分かり切っていた。自分よりもはるかに強い闘牙が倒しきれなかった程の相手なのだから。

ならもういいんじゃないか。あきらめてもいいんじゃないか。今は私以外誰もいない。あきらめても誰も私を責めない。怒らない。



そうだった。私はいつも心のどこかでずっと良い子でいなければ。そう思っていた。でなければ皆に嫌われてしまう。そんなのは嫌だ。もうあんな思いはしたくない。

家の中で一人、みんなの帰りを待つ生活。

一人、誰もいない家で泣き続ける自分。


でも今、私を見ている人は誰もいない。ならもう……………


なのはの瞳の光が失われ、その心が闇に飲まれかけたその時、


『master.』


そんな声がなのはに向かって放たれる。なのははその声によって意識を取り戻す。目を向けたそこには自分といつも一緒に闘ってくれたレイジングハートの姿があった。


「レイジングハート…………?」


なのははどこか心ここに非ずと言った様子でそれに応える。だがそれに応えるようにレイジングハートは点滅し、その意志を示す。


『Call me "Exelion mode."』


「そんな………あれはまだ未完成で……もし上手くいかなかったら………」


レイジングハートの言葉にそうなのはは驚きの声を上げる。エクセリオンモード。それは自分たちの切り札。だがそれはまだ未完成の諸刃の剣。以前なのはもその使用を決意したことがある。だがあの時はレイジングハートも万全の状態だった。

だが今は違う。今、レイジングハートは闇の書の度重なる攻撃によって破損してしまっている。とてもエクセリオンモードに耐えられるような状態ではない。最悪、全壊してしまう可能性だってある。だが


『Call me. Call me, my master.』


レイジングはそんななのはの言葉を聞きながらそう自らの意志を、決意を示す。そこにはレイジングハートのなのはへの絶対の信頼があった。そんなレイジングハートの言葉になのはは折れかけた心をつなぎとめる。

そうだ。私は一人じゃない。ここには私と一緒にいつも闘ってくれた、大切な私のパートナーが、レイジングハートがいる。

同時になのはは思い出す。

それは闘牙の言葉。

力は良いことにも、悪いことにも使える。

でもそれは使う人の『心』によるのだと。

そうだ。

私は忘れていた。私が魔法に出会った意味。私がしたい、私にしかできないこと。その『心』


『誰かと分かりあいたい』

それが私の闘う理由。

目の前の泣いている子を救ってあげる。

それが今の私がすべきこと。だから


だから私はまだあきらめるわけにはいかない――――――



「うん………行こう、レイジングハート……力を貸して!!」


『Ignition.』


その瞬間、レイジングハートは変形し、その姿を大きく変える。それはまさに槍と言ってもおかしくない形態。同時にカートリッジによってなのはの魔力が高まって行く。その瞳には確かな光が、意志が宿っている。



今、ここに不屈の心を持つ砲撃魔導師、高町なのはが復活した。





闇の書はそんななのはの姿に目を奪われる。先程まで目の前の少女は絶望に支配されていた。もう闘う意志も、力も失っていたはず。だが目の前の光景。それがそれを覆す。デバイスが変形をした瞬間、なのはから無数の誘導弾が放たれてくる。


「っ!」


闇の書はそれをその速度によって難なく躱す。だがそれを予期していたかのように誘導弾はその軌道を変え、次々に襲いかかってくる。その誘導精度に驚きを隠せない。間違いなくその精度は自分すら凌駕している。闇の書は全てを避けることは困難だと判断し、そのシールドによって誘導弾を弾いていく。だがその威力も通常の誘導弾ではありえない程のもの。自分のシールドを破れるほどの威力ではないが危険はある。そう思考し、その視線をなのはに向けた瞬間、桜色の砲撃がその視界を覆い尽くす。


「何っ!?」


闇の書は咄嗟に自らのシールドに力を込める。その瞬間、二人の魔力がぶつかり合い、まばゆい光りが夜の闇を照らしていく。そして同時に大きな魔力爆発が闇の書を襲う。



「ハアッ……ハアッ……!」


なのはは肩で息をしながらも油断なくその弾着の後を見つめ続けている。今のは自分が放てる砲撃の全力。もしこれでもダメならもう闇の書を倒す方法はない。

いや、本当は一つだけ切り札は残っている。だがそれは使うことはできない。それは使用するまでに大きな隙をさらしてしまう。闇の書を相手にそんな隙をさらすわけにはいかにない。なら今の攻撃で決めるしかない。祈るような気持ちでなのははその視線を向ける。そこには



全くダメージを受けていない闇の書の姿があった。

いや、ダメージどころかそのシールドすら破れていない。まさに難攻不落の要塞。そう言えるほどの防御を闇の書は持っていた。



(そんな………!!)


なのはがそのことに驚愕したその瞬間、闇の書は凄まじい速度でなのはに向かって疾走してくる。なのははそのことに驚きながらも誘導弾と砲撃よってそれを迎撃しようと試みる。だが闇の書は全くその軌道を変えず、一直線になのはに向かってくる。それはなのはの攻撃では自分のシールドを破ることはできないと見抜いたからだった。



「シュ―――トッ!!」


そんな闇の書を見ながらもなのはの攻撃を緩めない。そこには絶対にあきらめない不屈の心があった。

カートリッジの使用。自分の闘う意味を見つけたなのはの力は先程までとは比べ物にならない。

だがそれでも届かない。目の前の闇の書には及ばない。

何が足りないのか。何があれば目の前の闇の書を、泣いている子を救ってあげられるのか。自分の力ではそれができないのか。

なのはは何とか自分の力でこの状況を打破する方法を必死に模索する。だが



「無駄だ。」

なのはの目の前に瞬時に闇の書が現れる。それは高速移動魔法によるもの。一瞬で間合いに入り込まれたなのはは焦りながらも距離を取ろうとするがそれよりも早く闇の書の拳が放たれる。その拳によってなのはの身を守るシールドは粉々に砕け散り、その衝撃でなのはは遥か後方に吹き飛ばされてしまう。なのはは何とか飛行魔法を駆使し、体勢を立て直そうとする。だが



「終わりだ。」


その言葉と共に闇の書の砲撃魔法がなのはに向かって放たれる。その無慈悲な一撃がなのはに迫る。なのはは咄嗟にシールドを張ろうとするが間に合わない。


でもまだ。まだあきらめるわけにはいかない。私は目の前の子をまだ救えていない。闘牙君とフェイトちゃんも助けられていない。私があきらめたらみんなを助けることができない。


まだ会えていないのに――――――


明日帰ってくるのに――――――


私の友達が――――――


大切な人が――――――


だから――――――



だがそんななのはの願いも空しくその砲撃は容赦なくなのはを飲み込んでいく。そしてその魔力爆発が海面に大きな水しぶきを起こす。後には凄まじい煙が辺りを埋め尽された光景が広がっているだけだった。


闇の書は静かにその光景を見つめている。だがすぐにその視線を外し踵を返す。これで全てが終わった。後は魔力の続く限りこの世界を破壊しつくすだけ。


直に自分も意識を失くすだろう。だが何も変わらない。これが自分の運命。闇の書の運命。今更それを憂う心など持ってなどいない。自分は道具。プログラム。ならそれに従うのみ。だがそんな思考を妨げるようにその瞳には変わらず涙が流れ続けている。


そして闇の書がそれを拭おうとしたその瞬間、煙の中から人影が現れる。その光景に闇の書は驚愕する。だがそれはなのはがいたからではない。それはそこにもう一つの人影があったからに他ならない。煙が晴れた先、そこには





なのはを守るように立っているユーノ・スクライアの姿があった。




「ユーノ君……………………?」


なのははまるで信じられないものを見たかのような表情でその名を呼ぶ。


その姿。


魔力光。


どうしてこんなところに。明日帰ってくるはずではなかったのか。


自分はもしかしたら夢を、幻を見ているのではないか。だが




「お待たせ。遅くなってごめん、なのは。」


ユーノの言葉によってなのははこれが現実であることを理解する。


その声と笑顔は間違いなく自分が知っているユーノのものだった。


その瞬間、なのはの目から大粒の涙がこぼれ出す。


そのことに気づきながらもなのははその涙を抑えることができない。


安堵と喜び。それらが入り混じった感情がなのはを支配する。


ユーノはそんななのはの姿を優しく見守っている。



それがなのはとユーノの再会だった。




だが二人には再会を喜んでいる時間はなかった。ユーノはすぐさま目の前の闇の書に向かい合う。闇の書はいきなり現れたユーノに対して警戒しているのかすぐには動こうとはしない。


なのははその間に念話でユーノにこれまでの経緯を説明する。そしてユーノは現状を理解する。目の前の存在。闇の書を止めることが自分の、いや自分たちの役目であることに。


ユーノはクロノの要請によってこの場へ転移してきた。何らかの理由で結界が不安定になっていたためそれが可能になったためだ。そのクロノは周辺への被害拡大を防ぐために動いている。このまま結界が壊れてしまった場合の対応がどうしても必要不可欠だったからだ。

そこにはなのはを助けるのはユーノの役目であると、そうクロノが考えていたのも大きな理由の一つだった。


なのはの話では闘牙とフェイトが闇の書に取り込まれてしまったとのことだったが、アースラからは二人の反応は消えてはいなかった。つまり闇の書を何とかすることができれば二人を助け出すことができるはず。何よりも闘牙がやられっぱなしでいるわけがない。なら闘牙が戻ってきたときに笑われないよう、約束を守ったことを誇れるよう闘わなければならない。


ユーノは決意と共にその拳に力を込める。その拳は以前とは大きく異なっている。そこにはグローブの様な物がはめられている。そしてその手の甲には翠の宝玉が埋め込まれている。それはユーノのデバイス。

その名は『イージス』


その名が示す通り、なのはを守る『盾』。その誓いが込められたユーノの新たな力の形だった。



「ユーノ君………」

そんなユーノの姿を見ながらもなのはは不安そうな表情を見せる。自分の攻撃は何一つ通用しなかった。その事実がなのはの不安の理由。だが



「大丈夫だよ、なのは。僕を信じて。」


そんななのはの姿を見ながらもユーノはそう力強く答える。そこには絶対の自信を持っているユーノの姿があった。そんなユーノの姿になのはは一瞬、見惚れてしまう。


同時に温かい気持ちがなのはの心に生まれ、力がみなぎってくる。この感覚を自分は知っている。それは時の庭園での闘い。

ユーノが近くにいる。そのことが自分に力を与えてくれる。きっとユーノ君となら何でもできる。そんな確信がなのはを包み込む。



「うんっ!!」


喜びの声を上げながらなのははレイジングハートを構える。同時にその周りには誘導弾が次々に作られていく。なのはは以前の力を、いやそれ以上の力を取り戻す。




今、高町なのは、ユーノ・スクライアと闇の書の闘いの幕が切って落とされた。






「シュ―――トッ!!」


なのはの叫びと共に次々に誘導弾が闇の書に向かって放たれていく。だがそれを見ながらも闇の書は身動き一つ見せない。それは先程の戦闘の焼き回し。なのはの攻撃は自分には通らない。それを理解していたからだった。

それは間違いではない。その判断は正しかっただろう。


この場にユーノの存在がなければ。



誘導弾に対するように闇の書が防御の魔法陣を展開しようとしたその瞬間、翠の光の鎖が闇の書に向かって疾走してくる。闇の書はその速度に驚愕する。

自分と翠の魔導師の少年はほぼ同時に魔法を展開したはず。にもかかわらず少年の魔法の方が自分よりも早くそれを為し得ている。それはイージスの力。イージスはストレージデバイスとして作られている。当初はインテリジェンスデバイスとして作成される予定だったのだがユーノの意向によりそれは変更された。

それは魔法の展開速度の上昇をユーノが最優先したからに他ならない。それは奇しくも兄弟子であるクロノと同じ選択だった。


そんなユーノの魔法を見ながらも闇の書は冷静さを失わない。確かに魔法の展開速度は自分を上回っているようだがバインドは自分には通用しない。すぐに解除できると判断したためだった。だがその予想は裏切られる。



光の鎖は闇の書ではなく、その展開されようとしているシールドに巻きついてきた。そして同時に闇の書は驚愕する。


「何っ!?」


光の鎖が巻きついた瞬間、展開しようとしたシールドが次々に崩壊していく。まるで魔法の結合が阻害されるかのようにその形成を維持できない。あり得ない事態に闇の書は混乱する。バリアブレイクの魔法であれば確かにバリアを破ることはできる。だがそれは魔力量が拮抗していればの話。自分のシールドの魔力量は間違いなく翠の魔導師を大きく上回っている。それなのに何故。そして闇の書はついに気づく。この魔法がこちらのシールドの魔法の構成を阻害していることに。

それはまさにハッキングと言ってもおかしくないもの。魔法はプログラムと言ってもおかしくない物。目の前の少年はそのプログラムに介入し、魔法の展開を阻害している。

だがそれは決して普通ではありえない。それを為し得るためには相手の術式を瞬時に判断し、それに対応する知識と速度が必要になる。それほどの絶技を目の前の少年は行っている。


ユーノは自分が魔力量に恵まれていないことを知っている。それは決して埋めることができないもの。カートリッジの使用も考えたが自分の扱える以上の魔力を行使することは体に大きな負担を掛けてしまう。

何よりもユーノが求めるのはなのはを守り、助ける力。ならば自分の長所を生かした違う道を探すしかない。

それがこの魔法。相手の魔法を瞬時に見抜き、イージスによって増した魔法の展開速度によってその発生よりも早くその発動を防ぐ。それはユーノの圧倒的な知識とマルチタスクだからこそできるもの。だがそれだけでは意味がない。例え魔法の発動を阻止できたとしてもユーノには相手を倒す手段はない。この魔法はユーノ一人では何の意味も為さない。だがそれを為し得る存在がここにいる。


闇の書がユーノの魔法に驚愕し、対応策を思考していたその時、無数の誘導弾が襲いかかる。闇の書はその攻撃を何とかかわそうとするもその数と誘導を振り来ることができず、次々に着弾していく。その攻撃によって今まで無表情だった闇の書の表情に焦りが浮かぶ。


闇の書には無限再生と言う能力がある。それはまさしく反則に近い能力。だが付け入る隙もある。それは魔力ダメージ。それは魔力で構成された体を持つ闇の書にとっては避けることのできない物。だが並みの攻撃ならば無限再生の力の前には通用しない。だが



「エクセリオン……バスタ―――ッ!!」


目の前の魔導師。高町なのはの砲撃は例外だ。その圧倒的な砲撃はいくら自分といえどもシールドなしに直撃すればタダではすまない。闇の書は瞬時に今展開しようとしている防御魔法をミッド式からベルカ式へと切り替える。それは術式をベルカ式に切り替えればミッドの魔導師であるユーノの魔法をかわすことができると考えたからだった。だが


「くっ!!」

瞬間、闇の書の表情が驚愕に染まる。それはベルカ式の魔法すらユーノは対応して見せたことによるもの。ユーノは修行中無限書庫でベルカ式の魔法についてもその知識を蓄えていた。

それは先の戦いでベルカ式の結界を破ることができず、結果としてなのはを守ることができなかった後悔、そして騎士たちがベルカ式の魔法を行使していることを知っていたからだった。



知恵と勇気。そしてなのはを守りたいという強い思いが今のユーノの力。



クロノと同様、『努力の天才』



それがユーノ・スクライアの魔導師としての力だった。




そして桜色の砲撃が闇の書に直撃する。シールドもなくそれをまともに受けた闇の書はその威力によって海中へと吹き飛ばされる。しかし、すぐさま闇の書はそこから復帰し、なのはとユーノの前に立ちふさがる。だがその姿は先程までと大きく異なっている。その動きはわずかではあるが鈍ってきている。それは間違いなく、なのはの魔法が通じていることの証だった。だがそれに加えてその表情。闇の書は先程まで無表情ながらも感情を感じさせる物があった。だが今それがない。まるで本当に機械そのものになってしまったかのような、無機質な表情だった。一体どうしてしまったのか。

ユーノとなのはがそのことに戸惑った瞬間、闇の書はまるで動きを止めるかのように苦しむような動きを始める。それはまるで自分の意志で動かない体を何とか抑え込もうとしているかのよう。そう、暴走を止めようとするかのように。



(これは………!!)


ユーノはその光景を見ながら思い出す。それは闇の書の調査で得た情報。


『闇の書は真の主であると認めた者しか管理者権限にアクセスできない』


それはつまり真の主と認められた者であれば闇の書を制御できる可能性があることを意味している。そして目の前の光景。ユーノは自分の直感に、閃きに賭けることを決意する。



『なのは、スターライトブレイカーの準備を!!』


ユーノの念話になのはは驚きを隠しきれない。確かにスターライトブレイカーなら目の前の闇の書を止めることができるかもしれない。だが


『でも……スターライトブレイカーは発射に時間が………』


なのははそう申し訳なさそうに答える。確かに自分もその手は考えた。今のユーノの魔法があればシールドがない相手に直撃させることができる。それならばいくら闇の書といえども倒すことができるはず。だがそれには時間がかかる。それは戦闘においては致命的な隙。フェイトとの戦いの時にはバインドによってその時間を生み出した。だが闇の書にはバインドは通用しない。それ故になのははスターライトブレイカーの使用をあきらめていた。だが



『任せて、なのは。僕に考えがある。』


ユーノはそう言いながら片手をなのはに向けてかざす。その瞬間、戦闘空間に散布されている魔力が結界よって圧縮されていく。そしてそれがなのはの周りに次々に集まって行く。なのははその光景に目を奪われるしかない。


それはユーノのオリジナル魔法。


対象者の周りに結界内の魔力を圧縮させる魔法。それによりスターライトブレイカーの発射までの時間を短縮することができるもの。


それはまさになのはの為に生み出されたユーノの魔法だった。


そのことに気づいたなのはは笑顔を見せながらスターライトブレイカーの発射態勢に入る。同時にレイジングハート周りに結界によって圧縮された魔力が集まって行く。


だがそれを阻止しようと海中から触手の様な物がなのはに向かって襲いかかってくる。それは騎士たちが蒐集した魔法生物の力を模したもの。それは闇の書本体が動けないことを理解した防衛プログラムの攻撃だった。しかしその全てをユーノはバインドによって縛り付け、動きを封じる。



なのはが『矛』でユーノが『盾』


かつて闘牙はそう二人に自身の願いと希望を託した。


それは一つ一つでは意味を為さない。


それは手を取り、力を合わせることで真の力を発揮する。




今、この瞬間、なのはとユーノ、無敵の『矛盾』が完成した。






「スターライト……………ブレイカ―――――――――!!!」




なのはの叫びと共に二人の力が放たれる。それは星の輝き。二人の願いと希望を託した桜色の輝きが闇の閉ざされた世界を照らしていく。






その瞬間、世界は光に包まれた―――――――――



[28454] 第39話 「涙」
Name: 闘牙王◆53d8d844 ID:e8e89e5e
Date: 2011/10/03 06:10
「どうしたの、犬夜叉?」



そんな声が自分に掛けられる。闘牙はそのままただ呆然と、まるで時間が止まってしまったのように動きを止める。その瞳には目の前の少女の姿が写り込んでいる。


その姿を、声を、温もりを自分は一日だって忘れたことはない。

それは何度も、何度も夢に見た少女。

日暮かごめが自分の目の前にいる。

その事実が、光景が闘牙の中に入り込んでくる。



「もう、ほんとにどうしたの、熱でもあるんじゃない?」


かごめはそう言いながら闘牙の額に自らの手を当てる。闘牙はそんなかごめにされるがままにされるしかない。そして気づく。


その手のぬくもりが。温かさが間違いなく自分の目の前にある。



瞬間、闘牙の目に涙が溢れてくる。

自分の中の感情が、気持ちが溢れてくる。

それは喜び。そして後悔。

自分が命を奪ってしまった少女が、もう二度と会えないと思っていた少女が、かごめが自分の目の前にいる。




知らず闘牙はかごめを抱きしめていた。




「ちょ……ちょっと犬夜叉!?」


かごめはいきなりの事態に驚き、顔を赤くすることしかできない。何でいきなり犬夜叉が抱きついてきているのか分からない。二人きりの時ならいざ知らず、今は学校の教室の中。あっという間にかごめと闘牙はクラスの注目の的になってしまう。かごめはそのことでさらに顔を真っ赤にしてしまう。そして抱きついてきている闘牙をとにかく何とかしようとそう考えたその時




「……ん………ごめ……」




自分の胸の中で闘牙が何かを呟いていることに気づく。一体何を言っているのか。そう疑問に思った瞬間、かごめは気づく。闘牙が泣きながら何かを自分に呟いていることに。




「かごめっ………ごめんっ………ごめんっ……………」


それはまるで子供が母親に縋りついて泣いているかのような光景。だが闘牙はかごめに縋りつきながら涙を流し、嗚咽を漏らしながらただずっと謝り続けている。

まるで何かを許してほしい。そんな風に思えるほどに。

かごめには闘牙が何を自分に謝っているのか分からない。だがかごめはそんな闘牙を見ながら仕方なくそのままその頭を優しく撫でながら



「もう………相変わらず泣き虫なんだから………」



そうどこか呆れながらも泣いている闘牙をあやし続ける。




闘牙はそのままかごめの胸の中でずっと泣きながら謝り続けるのだった……………





その後何とか落ち着きを取り戻した闘牙は改めてかごめに対面する。かごめは自分の記憶と変わらない姿をしている。違うのはその制服。それは自分が着ている高校の制服と同じものだった。なぜここにかごめがいるのか。自分はいったいどうしてしまったのか。様々疑問が闘牙の中を駆け巡る。だが



「さっきはどうしたの犬夜叉?何か怖い夢でも見てたの?」


まだ先程の出来事が尾を引いているのかどこか恥ずかしそうにしながらかごめは闘牙にそう尋ねてくる。そしてその言葉に闘牙は引っかかりを感じる。



「夢……………?」


夢。自分は夢を見ていたのか。いや違う。自分はさっきまで何かと闘っていたはず。そして俺は早くそこに戻らなければならない。

でもどこへ。それが分からない。それにどうしてここにかごめがいるのか。かごめはもういないはず。かごめは間違いなく俺がこの手で――――――




瞬間、闘牙の目の前にかごめの顔が近づいてくる。



「なっ!?」


いきなりのことに闘牙は驚きながらその場から飛び上がる。そんな闘牙を見ながらもかごめはどこか心配そうな表情を見せる。



「本当に大丈夫なの、犬夜叉?保健室に行った方がいいんじゃない?」


そんなかごめの姿を見ながら闘牙は戸惑いながらも理解する。目の前のかごめは間違いなく自分が知っているかごめだ。その仕草も、雰囲気も、しゃべり方も。ならいったいあれは何だったのか。

俺の中には自分の手でかごめを殺してしまった記憶がある。でもかごめは自分の前にいる。いつもと変わらない姿で。ならあれは夢だったのだろうか。かごめが言うように怖い夢だったのだろうか。

そうだ。きっとそうだ。俺がかごめを殺すなんてありえない。そんなことがあり得るはずがない。だってかごめは生きている。俺の目の前にいる。ならそれが真実だ。

そして闘牙は気づく、かごめの首に掛けられている物。それは自分がかごめに買った首飾りだった。



「かごめ……それ……」


「な、何よ、どこで着けようと私の勝手でしょ!?」


かごめはそんな闘牙の言葉にどこか慌てながらそう答える。どうやら闘牙に学校でまで着けるなとそう言われたのだと勘違いしてしまったらしい。そんなかごめの姿に闘牙は苦笑いするしかない。


「誰もそんなこと言ってねえだろ。」

闘牙のそんな言葉を聞きながらもかごめはどこか不機嫌そうな顔を見せる。せっかく先程まで闘牙の様子がおかしいことを心配していたのにどうやら何でもなかったらしいことにかごめは安堵しながらも納得がいかなかった。付き合っていることはクラスのみんなには周知のこととはいえあんなに恥ずかしいことまでさせられたのだから無理もないことだった。そんな中


「何、また夫婦喧嘩?」
「相変わらず仲がよろしいことで。」
「いーなー、私も早く彼氏が欲しいー。」


かごめの友人が騒ぎを聞きつけやってくる。どうやら三人にとってこの光景は既に見慣れた光景の様だ。


「だ……誰が夫婦よ!勝手なこと言わないでよ!」


「今更何言ってるんだか。」
「そーそー」
「二人ともお似合いだもん。」


かごめは顔を真っ赤にしながら反論するも三人はどこ吹く風と言ったように聞く耳を持たない。そんな騒がしいかごめたちの姿をどこか他人事のように闘牙は眺め続ける。

目の前の光景。それは俺にとっても見慣れた光景のはずだ。なのにどこか現実感がわかない。それが何故なのか闘牙には分からない。かごめの言う通り体の調子が悪いのだろうか。そんなことを考えていると



「犬夜叉、さっさと帰りましょう!」


かごめがものすごい勢いで闘牙の手を取り、教室を出ていこうとする。


「お……おい、かごめ………」


そんなかごめの姿に何かを言おうとするもののそのままかごめに引きずられるように連れていかれてしまう。そんな姿を見ながら三人はまだ冷やかしを言っているようだがかごめはそれを振り切るように足早にその場を後にするのだった。




「もう……犬夜叉も何とか言ってよ。私だけじゃみんな言うこと聞いてくれないんだから。」


「あ、ああ……悪い……。」


並んで歩きながら下校しているかごめがそう闘牙に悪態をついてくる。だがそんなかごめの言葉を聞きながらも闘牙はまだどこか心ここに非ずと言った様子だった。かごめはそんな闘牙の姿をしばらく見つめた後、



突然闘牙の手を握ってくる。



「なっ……何だよ、かごめ?」


いきなりのかごめの行動に闘牙は驚き、顔を赤くすることしかできない。だがかごめはそんな闘牙の様子をどこか楽しそうに見つめながら


「早く帰りましょ。今日は家で晩ご飯食べていく約束だったでしょ?」


闘牙の手を引っ張りながら家に向かって歩き始める。だが本当は恥ずかしいのかその顔は赤く染まっている。そんなかごめの姿を見ながらも闘牙もまたその手を握り返しながらその後に続いていく。




そうだ。これが俺の望んだ世界。


俺が欲しかったのは犬夜叉の力でも、鉄砕牙でもない。


俺はただ――――――



この手のぬくもりが欲しかったんだ―――――――――




闘牙はそのままありえたかもしれない、幸せな世界に囚われてしまって行くのだった―――――――――





薄暗い森の中、一人の少女が一つの大きな御神木を見つめている。いや正確には違う。少女は御神木に磔にされている一人の少年に目を奪われていた。それは


「トーガ………?」


フェイトはそう呟く。間違いない。自分の目の前にいるのはトーガだ。でもどこか違和感を感じる。それは容姿。目の前のトーガは自分が知っているトーガよりもどこか幼い感じがする。そう思いながらもフェイトは恐る恐る闘牙へと近づいていく。そして気づく。その胸に一本の矢が突き刺さっていることに。


「トーガっ!?」


そのことに気づいたフェイトは慌てながらそれを何とかしようと試みる。だがその瞬間、フェイトの体はまるで透明になってしまったかのように御神木をすり抜けてしまう。


「え?」

フェイトはそんなあり得ない事態に戸惑うことしかできない。一体何が起こっているのか。フェイトはそれから何度も闘牙に触れようとするもそれは叶わない。まるで自分に実体がなくなってしまったかのよう。どうしてこんなことになっているのか。フェイトが混乱しながらも何とか冷静さを取り戻そうとしたその時


『きゃっ!』

そんな女性の声が自分の近くから聞こえてくる。フェイトはその声に驚きながら振り返る。そこには黒い長い髪をした少女の姿があった。

それはフェイトが会ったことのない知らない人。だがその服装は制服。どうやら学生らしい。でも一体何に慌てているのだろうか。そう思いながら少女に視線を向けたその瞬間、その背後からまるでこの世の物とは思えないような化け物が姿を現す。その姿にフェイトは恐怖する。それは人間の上半身をもち、ムカデの様な下半身を持っている。フェイトの常識を超えた存在だった。

そしてその化け物は少女に向かって襲いかかっていく。このままでは少女が殺されてしまう。フェイトはそれを何とかしようとするも叶わない。自分は今魔法を使うことができない。いや、物に触れることすらできない。全く無力な状態。でもどうにかしなければ。その瞬間、フェイトは気づく。御神木に磔にされた闘牙がその目を覚ましていることに。

だが様子がおかしい。まるでなにが起こっているのか分からない。そんな風な様子で闘牙は混乱している。そしてついに二人はそのまま追い詰められる。このままでは二人とも殺されてしまう。フェイトがそんな二人の姿を見ながらもあきらめかけたその時、少女は闘牙の胸に刺さっている矢を抜く。その瞬間、辺りは光に包まれる。その瞬間、闘牙はその力を取り戻した。

だがその闘い方はまるで素人そのもの。とても自分が知っている闘牙と同一人物とは思えない程だった。そして闘牙が苦戦しながらも何とかその化け物を倒したその瞬間、フェイト周りの景色が動き出す。その光景にフェイトは驚愕する。まるでビデオの早送りのように時間が流れていく。そしてその情報が、光景が自分の目の前に展開されていく。


『かごめ』

それが目の前の少女の名前だった。どこか気が強そうなところがあるが優しい女性であることはフェイトにもすぐに分かった。どうやらごく普通の人間であるらしい。

そして闘牙についてもフェイトは理解する。今の闘牙は自分と出会う前の闘牙。そして気づく。自分が今、闘牙の記憶の中にいるのだと言うことに。だから自分には何も触れることができないのだと。


闘牙は自分の体がいきなり知らない人間になっていることに混乱している。それは当たり前だ。誰だって自分が知らない別人になっていれば混乱するに決まっている。だが闘牙はそのままかごめと些細なことで仲違し、そのまま別れてしまう。そしてそこから闘牙にとっての地獄が始まる。


『半妖』

それは人間と妖怪の間に生まれた存在。そのことをフェイトは闘牙から聞き、知っていた。いや、知った気になっていた。だが自分がその意味を全く理解していなかったことをフェイトは思い知る。

差別。

かごめがいなくなった後、闘牙は言われのない差別を受け続ける。それは半妖と言う人間ではない存在だからという理由で。その冷たい視線が、心ない言葉が闘牙を傷つけていく。闘牙はその差別によってどんどん追い詰められていく。次第に食事を取れなくなり、一人、森で暮らすようになる。そんな闘牙の姿を見ながらもフェイトにはどうすることもできない。知らずフェイトの瞳から涙が流れる。それは闘牙の気持ちが、辛さがフェイトには手に取るように分かるから。いや、いきなり全く知らない、それも半妖と言う人間ではない体になってしまった闘牙は自分の比ではないだろう。そして闘牙は夜もただ一人、その恐怖によって眠ることができない日々を送る。それによって闘牙は日に日に弱って行く。

壊れてしまう。このままでは闘牙の心が壊れてしまう。

でも自分にはどうすることもできない。フェイトはただ壊れていく闘牙の姿を見続けることしかできない。そのことにフェイトが絶望しかけたその時、一人の少女が闘牙の前に現れる。それは元の世界に帰ってしまったはずのかごめだった。闘牙はそんなかごめを見ながら冷たくあしらい、その場を離れていこうとする。

その光景にフェイトは既視感を感じる。自分はこの光景を知っている。それはまるで自分が初めて闘牙と公園で会った時のよう。

闘牙はそのままかごめを残したままその場を去ろうとする。だがそれは止められる。かごめのその手によって。

そしてかごめの言葉が、涙が闘牙の心を救う。闘牙はその瞬間、まるでせきを切ったかのように泣き叫ぶ。

それは闘牙がかごめによって救われた瞬間だった。



そしてそれから闘牙とかごめの日常が始まる。そしてその闘牙の姿にフェイトは驚きを隠せない。それは自分が全く知らない闘牙の姿。自分やなのはたちに接するのとは違うまるで年相応の純粋な闘牙の姿。そんな姿を闘牙はかごめに見せている。それは決して自分には見せてくれなかった闘牙の嘘偽りのない本当の姿だった。


だが二人のそんな生活は長くは続かなかった。妖怪化。それによって闘牙はかごめを傷つけてしまう。そしてそこから闘牙の闘いが始まる。

殺生丸。犬夜叉の兄であり闘牙にとっての師匠。その下での過酷な修行。それはとても何も特別な力を持たない普通の人間だった闘牙には耐えられるようなものではなかった。だが闘牙はそれでもあきらめず強さを求め続ける。その姿にフェイトの心がざわめいてくる。

何で。何でトーガはこんなに強くなろうとしているんだろう。こんなに傷だらけになりながら。こんなに辛い目に会いながら何故。そして殺生丸と共にいる少女、りんがその問いを闘牙に投げかける。



『犬夜叉様はどうしてそんなに強くなりたいの?』


それは純粋な少女の問い。そしてフェイトの問いでもあった。そして闘牙は答える。



『かごめを守れる強さが欲しい』


それが闘牙の強さを求める理由。闘う理由だった。


フェイトは気づく。闘牙の強さ。その理由。それはあの少女。かごめのためのものであったことに。


同時にフェイトの心中にある感情が生まれてくる。その感覚をフェイトは知っている。これは――――――



フェイトがそのことに気づきかけたその時、周りの景色が再び凄まじい速度で流れていく。


弥勒、珊瑚、七宝、雲母。かけがえのない仲間たちとの出会い。


四魂の玉と呼ばれるロストロギアを巡る奈落との戦い。


大妖怪竜骨精との人と妖怪の未来を懸けた決戦。


そんな中、闘牙はついにかごめと結ばれる。




「私は犬夜叉じゃなくて………『あなた』を好きになったんだから。」


その言葉にフェイトの体が震える。それは知っているから。その言葉が闘牙にとってどれほどの意味をもつか。そしてそれがどれだけ闘牙が望んでいた言葉であったかを。


それは闘牙が自分に言ってくれた言葉と同じ意味を持った言葉だった。


そして二人はそのままキスをかわす。


キス。


それは自分が好きな人と、自分を好きでいてくれる人とするもの。


フェイトは悟る。闘牙が言っていた好きな人。それが目の前の少女。日暮かごめであることに。


その瞬間、フェイトの頬に一筋の涙が流れる。



「え……?」


フェイトは自分の瞳から流れる涙に気づき、それを何度も拭おうとする。だが何度それを拭っても涙が止まらない。何で。どうして。そしてまるで胸を締め付けるような痛みがフェイトを襲う。そうだ。私はこの痛みを知っている。これは――――――



そしてついにフェイトは理解する。




そうか――――私―――――



トーガのことが『好き』だったんだ―――――――



自分の本当の気持ちを。



そしてついにその時が訪れる。



そこはまるでこの世の終わりの様な世界。そこには闘牙と四魂の玉の姿がある。そしてその四魂の玉にはかごめが取り込まれてしまっている。


闘牙は叫び、傷つきながらそれを救おうとするも叶わない。そして闇が世界を覆い尽くしていく。



闘牙は迫られる。『かごめ』か『世界』か。そんな残酷な選択を。



闘牙の持つ鉄砕牙が黒く染まっていく。フェイトはそれを知っている。それは鉄砕牙の最後の形態、冥道残月破。



そして闘牙は慟哭しながらその力を振るう。その瞬間、四魂の玉は冥界へと葬られていく。二度と戻れない闇の世界へ。



フェイトは気づく。闘牙が冥道残月破を使ってジュエルシードを消滅させたときに何故闘牙が倒れてしまったのか。



そしてあの日、どうして闘牙が泣いていたのか。



そのすべてをフェイトは理解する。



瞬間、闘牙の記憶は途切れていく。



その刹那、フェイトは願う。



それはたったひとつの願い。



自分は何も知らなかった。闘牙の苦しみも、辛さも、寂しさも。


私はずっと思っていた。闘牙は強い、誰にも負けない存在だと。


でも違った。闘牙も私と同じだった。でもそれを隠して、我慢して私を、私たちを助けてくれていた。だから



『トーガに会いたい』


それがフェイトの願い。



その瞬間、フェイトの目の前が光に包まれた。






闘牙はかごめと二人、並んで歩きながら学校へと足を向けている。それはいつも通りの光景。闘牙の日常。


かごめと一緒に学校に行って、一緒に遊んで、一緒に過ごす。俺が本当に望んでいる願いの形。でも――――――


何かが違う――――――


何かを忘れている――――――


その瞬間、闘牙の目にある場所が写る。


「どうしたの、犬夜叉?」


いきなり立ち止まってしまった闘牙に気づいたかごめがそう声をかける。だが闘牙はそんなかごめの言葉が聞こえていないかのようにそのままある場所を見つめ続けている。



そこは公園。ただの公園だ。でも違う。俺はこの場所を知っている。俺は――――――



知らず、闘牙の視線が自らの腕に移る。そこには



金色のブレスレットがあった。



そのことに闘牙が驚いたその瞬間、



「トーガ」


そんな少女の声が響き渡る。目を上げたそこには


銀のブレスレットをしたフェイト・テスタロッサの姿があった。


同時に闘牙は思い出す。自分がここにいる理由。自分がすべきこと。そして自分が犯してしまった罪を。


フェイトはそのまま静かに闘牙へと近づいていく。闘牙はそんなフェイトをただ見つめることしかできない。そして



「トーガ……帰ろう……みんな、トーガを待ってるよ。」


そう言いながらフェイトはその手を闘牙へと差し出す。その小さな手が闘牙へと向けられる。


だが闘牙はまるでそんなフェイトに怯えるかのように後ずさりをする。そんな闘牙の姿にフェイトは驚きを隠せない。今の闘牙の姿。それはまるで記憶の中の闘牙のようだった。



「違う………俺は……俺の居場所はここなんだ…………」


闘牙はそう絞り出すような、かすれた声でその手を拒絶する。その手を握れば戻らなくてはいけない。あの世界に。現実に。かごめがいないあの世界に。そんなのは嫌だ。せっかく、せっかく会えたのに。二度と会えないかごめに会えたのに。ここにはあるのに。俺が欲しかった、望んだ世界が。

戻ったら受け入れなければならない。自分の罪を。かごめの死を。またあの日々が。一人で生きるあの日々が。


闘牙はそのまま振り返り、その場を逃げ出そうとする。それは逃避。耐えきれない現実からの。だが



そんな闘牙の手をその小さな手がつなぎとめる。闘牙はそれによって動きを止める。そこには目の前の、フェイトの温かさがあった。



「大丈夫だよ……トーガ……」


そんな闘牙を見ながらフェイトはそう優しく声をかける。そこには涙を流しながら闘牙に微笑みかけているフェイトの姿があった。そんなフェイトの姿に闘牙は目を奪われる。

そこにはまるで全てを、自分のことを全て分かっているような、そんな慈愛があった。




「私はちゃんと聞くよ………だから、話して、トーガ。」


フェイトは自らの闘牙を握っている手に力を込めながらそう告げる。

そうだ。闘牙は私が壊れそうになった時、死んでしまいたいほど辛い時にただずっと話を聞いてくれた。私の気持ちを、心を受け止めてくれた。

それがあったから今の私はここにいる。だから今度は私の番。だって――――――


だって私は――――――


トーガのことが好きだから―――――――――



その言葉を聞いた瞬間、闘牙は膝を折り、その場に座り込む。その顔は俯いたままだ。だがその目には涙が溢れていた。


そして闘牙は自らの心を、気持ちをさらけ出す。


それはこの三年間ずっと誰にも言えないでいた闘牙の心の叫びだった。





「かごめが…………死んだんだ…………」



それが辛かった。悲しかった。



「俺が………殺してしまった…………」



それが許せなかった。自分自身が。



「もう…………いないんだ………」



認めたくなかった。その事実を、現実を



「一人で生きていかなきゃいけなかったんだ………」



それが寂しかった。苦しかった。



「死にたかったんだ………」



そうすればかごめに会える。こんな辛い日々からも解放される。



「でも………できなかった………」



死ぬ勇気も、生きる勇気も自分には残されていなかった



「俺は………俺はっ………!!」



顔を両手で押さえながら闘牙は慟哭する。フェイトの純粋な、白い雪の様な言葉が闘牙の纏った鉄の心を溶かしていく。



ずっと誰かに聞いてほしかった。許してほしかった。断じてほしかった。



でも、誰も、誰も分かってくれない。この苦しみも、辛さも、寂しさも。



強くなければいけなかった。自分を信じ、慕ってくれる人たちのために。



でも誤魔化すことはできなかった。



一人になれば震える手も、一人になれば眠れない恐怖も



だから――――――



その瞬間、闘牙は温かさに包まれる。その温もりに闘牙は気づく。それはフェイトの抱擁だった。




「大丈夫だよ………トーガは一人じゃないんだから………」



フェイトの言葉が、温もりが闘牙の心を救っていく



その時、どんな気持ちだったのかは覚えていない。




闘牙はその瞬間、三年ぶりに本当に心の底から泣いた



そしてそれが――――――



闘牙がかごめの死を受け入れた瞬間だった―――――――――







そしてしばらくの間の後、闘牙は静かにその場を立ち上がる。


その姿はすでに犬夜叉の姿へと変わっていた。


「トーガ…………」


フェイトはそんな闘牙を見ながら心配そうな声を上げる。そんなフェイトを見ながら闘牙はその頭を優しく撫でる。


「大丈夫だ………ありがとな、フェイト。」


涙の痕が残った顔で、それでも笑顔で闘牙はそうフェイトに告げる。そして次の瞬間、世界がまばゆい光に包まれていく。それはこの夢が終わりを告げようとしていることを意味していた。そんな中、




「行くの……犬夜叉?」


かごめがそう闘牙に向かって問いかける。闘牙はそんなかごめの姿を目に焼き付ける。



「ああ…………」



例え夢でも、幻でも――――――



もう一度会えて嬉しかった――――――


光が闘牙とフェイトを包み込んでいく。その刹那




「いってらっしゃい、犬夜叉。」



かごめはいつか見た笑顔で闘牙を送り出す。



「いってきます、かごめ。」



闘牙はそれに応えるように笑いながら歩き始める。




その手にはフェイトの手が重ねられている。




闘牙は帰って行く。フェイトと共に。





自分が生きる、生きるべき現実へと――――――



[28454] 第40話 「奇跡」
Name: 闘牙王◆53d8d844 ID:e8e89e5e
Date: 2011/10/06 21:35
辺り一面が白に染っている。

それはまるでどこまでも続くようなそんな光景。

それが自分の目の前に広がっている。



(なんや……ここは……?)

そんな光景の中に一人の少女がいる。

それは八神はやて。


はやては誰もいない世界に一人佇んでいる。自分が何故こんなところにいるのか、ここはどこなのか、様々な疑問を持ちながらもはやてはまるで何かに魅入られるような、吸い込まれるような眠気に襲われる。それはまるで全てを包み込むような、そんな優しさがあった。その温かさのままはやてがその身を任せようとしたその時、はやては気づく。

それは人影。自分の視線の先に一つの人影がある。はやては自分を襲ってくる眠気を何とか抑えながらその人影に目を凝らす。それは女性。長い銀髪に深紅の様な眼。でもどこか寂しそうな、悲しそうな表情をしている女性が自分の目の前にいる。瞬間、はやては激しい既視感に襲われる。知っている。自分は目の前の女性を知っている。なのに思いだせない。目の前の女性が誰なのか、どこで会ったことがあるのか。まるで自分の記憶に霧がかかってしまっているかのよう。それでもはやてはその口を開く。


「ここは……どこなん……?」


それははやての疑問。この真っ白な世界。ここは一体どこなのか。何故自分はこんなところにいるのか。だがそれだけではない。

目の前の女性。あなたは誰なのか。それがはやてが一番聞きたいこと。だがそれは口に出すことができない。いや出したくなかった。

それは聞いてはいけない。それは誰でもない、自分自身が思い出さなければ、気づいてあげなければいけないこと。そうはやては直感したからだった。



「ここはあなたの夢の中です………誰にも妨げられることのない安息の世界……」


女性はそう静かにはやての問いに応える。その姿にははやてに対する想い、慈愛が感じられる。はやてはそんな女性の言葉の意味を理解する。

夢。そうここは夢の中。この感覚を私は知っている。この心地よさ、安らぎは間違いなく夢の中だ。そしてはやては思い出す。何か怖いことが、悲しいことがあったのを。

それが嫌で、認めたくなくて私はこんな夢の中に逃げ込んでしまったことに。そんなはやての様子に気づきながらも女性は微笑みながらはやてに告げる。


「ここにはあなたを傷つけるものも……悲しませるものもありません。ここはあなたが望む世界……どうか、安らかな眠りを………」


女性はそう言いながらはやてを見つめ続けている。だがその姿には微笑みとは裏腹にどこか悲しさが、寂しさが溢れている。そんな女性の姿にはやては自分の心を取り戻す。

ここは夢。私が望んだ世界。辛いことも、悲しいこともない安息の世界。きっとずっとこんな世界で生きていけたら、それはどんなに素晴らしいことだろう。

でも………違う。きっと違う。それは夢だ。現実じゃない。望み。私の本当の望み。それは………



瞬間、はやての脳裏に、心に記憶が蘇る。それは家族の記憶。



シグナムがいて


ヴィータがいて


シャマルがいて


ザフィーラがいる。


そんな騒がしくも楽しい日々。


それが自分にはあった。


そう。


それこそが自分が望む世界。望んだ幸せ。それは夢ではない。それは確かに自分の前にあった。だから



はやての手が女性の頬に当てられる。その温もりに、温かさに女性は驚きながらもその場を動くことができない。その表情は驚愕に満ちていた。

何故。何故そんな表情を自分に向けるのか。主は自分のことは何も知らないはず。そしてその心は騎士たちの死によって絶望し、壊れてしまっていたはず。自分にできるのはそんな主を、安らかな夢の中で過ごしてもらえるようにすることだけだった。それは道具の、プログラムである自分の限界。そう悟り、あきらめるしかなかった。なのに、なのにどうして



「ごめんな………ずっと気づいてあげられんで……ずっと一人ぼっちにさせて……ごめんな………。」


なのにどうして自分は涙を流しているのか。



はやては全てを思い出した。何故自分がここにいるのか。今、現実の世界がどうなってしまっているのか。そして、自分の目の前の子が一体誰なのか。


何度も、何度も私は目の前の子と夢の中で会っていた。でも私はそれを覚えていなかった。いや、覚えることができなかった。


でも分かる。目の前の子が私の、私達家族の一人であることを。


その悲しみが、寂しさが私には分かる。


それは『孤独』


それがどれほど辛く、寂しいものかはやては誰よりも分かっている。はやては足が悪く歩くことができない。周りの人々はそれがはやての一番の辛さだと思っていた。


でも違う。はやてが本当につらかったのは孤独。一人でご飯を食べて、一人で過ごして、一人で眠る。その寂しさが、悲しさが、はやてが最も辛かったこと。でもそれは終わりを告げた。騎士たちが、新しい家族が自分の元にやってきてくれたから。


でも私は気づいてあげられなかった。もう一人。大切な家族が一人、孤独に耐えていたことに。だから



「帰ろう………もう、あなただけを一人ぼっちにはさせへん。」


一緒に私と夢ではない、現実へ。


その言葉に、心に女性の目から涙が溢れだす。それは道具でもプログラムでもない、心の涙だった。だがそれでも女性は顔を俯かせたままその場を動こうとはしない。それはどうしようもない状況がそうさせていた。


「ですが……防御プログラムの暴走が止まりません……外で管理局の魔導師たちが闘っていますが……それでも……」


絞り出すような声で女性はそう告げる。防御プログラムの暴走。それが闇の書の暴走の原因。だがそれを止めること、抑えることができない。このままでははやてを、主を喰い殺し、世界を崩壊させてしまう。どうしようもない絶望が女性を襲う。だが



「大丈夫や……私はあなたのマスターや。それにきっと、みんな力を貸してくれる。あきらめたらあかん。」


そんな女性を優しく撫でながら、包み込みながらはやてはそう力強く告げる。そこには確かな決意と意志を持った八神はやての姿があった。そしてはやてはまっすぐに女性を見つめながら


「名前をあげる。」


そう優しく、微笑みながら語りかける。


『名前』それは自分が自分である証。意味。闇の書なんて名前ではない、本当の、私たちの家族の名前。それは


「強く支える者……幸運の追い風……祝福のエール……」



『リインフォース』



それが新たに送られた夜天の書の名前。



その瞬間、二人の間に魔法陣が浮かび、世界が光に満ちていく。それは夢の終わり。そして新たな始まりの証だった。




夜の海鳴市の海上がまばゆい光に包まれる。それはなのはのスターライトブレイカーによるもの。その星の輝きが辺りを桜色の光に染めていく。そしてそんな中、二つの人影が姿を現す。それは闘牙とフェイトの姿だった。

「フェイトちゃんっ!!」
「闘牙!!」

二人に姿になのはとユーノが喜びの声を上げる。どうやら二人とも無事のようだ。心配していた内の一つがなくなり、二人は安堵する。


フェイトはそんな二人の姿を見た後に自分の隣にいる闘牙へと眼を向ける。自分の隣にいるのは闘牙だ。記憶の中で見たと闘牙でもなく、間違いなく自分が知っている闘牙だ。一緒に帰ってくることができた。そのことを実感したフェイトは安堵する。

もしかしたら闘牙はあのままあの世界に留まってしまうではないか。そうなってもおかしくないとフェイトは思っていた。もし、もし自分が母さんと一緒に幸せに生きられる世界に囚われてしまえば自分は現実に帰ってこれないかも知れない。それと同じぐらい、いやそれ以上に闘牙にとってあの世界は幸せなものだったはず。でも闘牙は帰ってきてくれた。そんなことを考えている中、フェイトはあることに気づく。

なのはとユーノ。二人がどこか不思議そうな顔で自分を見ている。いや、正確には自分たちを見ている。そして気づく。自分が闘牙と手を握ったままだったことに。


そのことに気づいたフェイトは顔を赤くし、慌てながらその手を離す。そんな光景をなのはとユーノはどこか楽しそうに、闘牙は優しく見守っている。フェイトはただそのまま恥ずかしさのあまり、立ちつくすことしかできない。


そして闇の書を覆っていた光が徐々にその力を失くしていく。そのことに気づいたなのはたちは身構える。先程の攻撃は間違いなく直撃したはず。加えてあの威力の砲撃。だがそれでも相手はあの闇の書。なにがあるか分からない。そう考えながら臨戦態勢をとる。そして次の瞬間、光に中から人影が姿を現す。



その光景になのはたちは目を奪われる。



その数は五つ。



剣の騎士シグナム。


鉄槌の騎士ヴィータ。


盾の守護獣ザフィーラ。


泉の騎士シャマル。


命を散らしたはずの四人の守護騎士たちがその姿を現す。


そしてその中心に一人の少女の姿がある。


その姿は騎士たちと同じように騎士甲冑を纏い、剣十字の杖を持っている。


そしてその瞳と髪の色はいつもと異なっている。


それはリインフォースと融合したためのもの。


それが夜天の主、八神はやての姿。


この瞬間、夜天の書と守護騎士は本来の姿を取り戻したのだった。




騎士たちが同時にはやてに視線を向ける。その顔は驚きと後悔が入り混じったもの。既に騎士たちはリンフォースと意識を共有することによって事態を把握していた。騎士たちは自分たちが犯した罪、そしてはやてを心配させ危険に巻き込んでしまったことに顔を俯かせる。だが


「おかえり、みんな。」


はやての笑顔が、言葉がそんな騎士たちの心を癒し、救う。騎士たちはそれにより涙を流しながら再会を喜び合う。


「はやてっ!!はやてっ!!」


ヴィータは泣きじゃくりながらはやての胸の中で泣き続ける。そしてはやてはそんなヴィータを優しくあやしている。本当の姉妹の様な光景がそこにはあった。


そんな騎士たちの元に闘牙達も集まって行く。その顔には笑顔が満ちている。

どうしようもない絶望。それが闘牙の中にはあった。だがそれは振り払われた。あの時とは違う。はやては自らの力を持ってその絶望から立ち上がり、それを覆して見せた。闘牙はあの時の自分の決断が間違っていなかったことに気づく。



「闘牙君、みんなごめんな………いろいろ迷惑掛けてしもうて……」


はやてはそう申し訳なさそうに闘牙達に謝罪する。自分は知らなかったとはいえ、騎士たちは多くの人に迷惑ををかけてしまった。それは簡単には許される物ではない。でもそれを受け入れた上で先に進む覚悟。それが今のはやてにはあった。

そんなはやての姿を見ながら闘牙達はその言葉を受け入れる。和やかな雰囲気がはやてたちを包み込みかけるがそんな空気を壊すかのように強力な魔力の波動が皆を襲う。その視線の先には海上に現れた暗い闇の様な存在があった。

それは闇の書の防御プログラム。それこそが闇の書の闇と言ってもおかしくないものだった。そんな存在を前に闘牙達が緊張に包まれかけたその時、



「フェイト!!」


喜びの声を上げながらアルフがフェイトに飛びついてくる。そしてその後からクロノが現れる。どうやら二次災害の対策は完了したらしい。


「遅くなってすまない。どうやら事態は大きく変わってしまったみたいだな。」


クロノはそう言いながら皆からこれまでのいきさつと現在の状況を把握する。そして防御プログラムに対する対応策を二つ提示する。


一つはグレアムから託された氷結の杖、デュランダルによる凍結。だが闇の書の防衛プログラムは純粋な魔力の塊であるため凍結では再生機能を完全に止めることができないことが騎士たちから告げられてしまう。


二つ目がアースラの武装であるアルカンシェルを使う方法。これならば間違いなく防御プログラムを消滅させることができる。実際以前もこの方法で闇の書を消滅させたことがある。だがその威力が強力すぎる。使用すれば周辺に甚大な被害を与えてしまうためできれば使いたくない策だ。だがこのまま闇の書の防御プログラムを止めることができなければそれ以上の被害が出てしまう。


そんな八方ふさがりの状況にクロノ達は顔を俯かせることしかできない。だがもう残された時間はわずか。クロノが心を鬼にしながらもその決断をしようとしたその時




「………いや、手ならあるぜ。」


そんな声がクロノ達へ告げられる。クロノ達が驚きながら向けた視線の先には、鉄砕牙を握りしめた闘牙の姿があった。クロノはそんな闘牙の姿に驚きを隠せない。それは闘牙の言葉を疑っているためではない。闘牙がこんな冗談を言わないことは分かっている。それはつまり、闘牙には本当にこの状況をどうにかできる方法があることを意味していた。

だがそんな中、騎士たちは気づく。フェイト、なのは、ユーノ、アルフ。四人の様子がおかしいことに。



「トーガッ!!」

「闘牙、それは……っ!!」


闘牙が何を言おうとしようとしているのかを察したフェイトとユーノがそう声を上げる。なのはとアルフもその心は同じだった。四人の脳裏には同じ光景が蘇っていた。それはジュエルシードの暴走。その時と同じことを闘牙は行おうとしている。そう悟ったからだった。だがそんな四人の心配を感じ取りながらも



「大丈夫だ………もう前みたいなことにはならねえ。」


闘牙はそう言いながら鉄砕牙を握りしめる。そこには一切の迷いも恐れもない。自信に満ちた闘牙の姿があった。そんな闘牙の姿に四人はそれ以上何もいうことができなくなってしまう。


「クロノ、鉄砕牙にはもうひとつ能力がある。それを使えばあれをどうにかできるはずだ。」


闘牙はそう確信を持って告げる。例え相手がどんな強力な存在であったとしても、どんな再生力をもっていても、転生する力を持っていたとしても、この力の前では通用しない。


「能力……?」


クロノはそんな闘牙の言葉に疑問の声を上げる。鉄砕牙の能力。クロノはそれを風の傷だけだと思っていた。いや、それだけでも十分すぎるほどの力であることは知っている。だがそれでも闇の書を倒しきるのは難しいはず。ならいったいどんな能力なのか。そんなクロノの疑問を見ながら


「ああ………斬ったものをあの世に送る力だ。」


闘牙はそう説明する。その瞬間、クロノとはやて、騎士たちの時間が止まる。それは闘牙の言葉の意味が、真意が理解できなかったから。


「あの世に……送る……?」


クロノはまるで意味が分からないと言った表情でそう呟く。あの世。それは死後の世界。それが本当にあるのかさえもクロノ達には分からない。だが闘牙はそこへ闇の書の闇を送ると言っている。とても本気とは思えない言葉だった。だが闘牙の姿が、そしてどうやらそれを知っているらしい四人の様子からそれが冗談ではないことを悟る。



「ああ……お前達に分かりやすく言うと虚数空間の先に相手を送る技だ。」


どうやらクロノ達には上手く伝わっていなことを悟った闘牙はそう言いなおす。虚数空間はあの世とこの世のはざま。ならそう言った方がクロノ達には分かりやすいと闘牙は考えたからだ。そして闘牙はさらに続ける。その技は確かに強力だが流石にあの大きさの物体を一撃で葬ることはできない。できる限りその大きさを削り取る必要がある。そしてそのコアを露出させることがどうしても必要だった。そんな闘牙の話を聞きながらクロノは大きな溜息を吐き、



「全く……君の非常識さにはもう慣れたつもりだったが……まだまだ甘かったらしい……」


そうぼやきながら顔を上げる、だがその言葉とは裏腹にその目には力が宿り、デバイスを握る手にも力が戻っている。元々他に方法はない。何よりも闘牙ができると言っているのだ。ならそれを信じてやるしかない。そこにはクロノの闘牙への絶対の信頼があった。


そしてその瞬間、防御プログラムがその力を解放し始める。同時にその姿が現れていく。それはまさに怪物。様々な魔法生物が融合した巨大な怪物がうごめいている。その魔力も桁外れ。どうやら闇の書の魔力のほとんどをあちらに持って行かれてしまったらしい。その力は間違いなくこの世界を崩壊させることができる程の物。だが



その前に立ちはだかる者たちがいる。


これまで互いに譲れぬもの、信念のために闘い続けてきた魔導師と騎士がその手を取り合い、力を合わす。



今、闇の書から始まったこの物語の最後の闘いの火蓋が切って落とされた。





防御プログラムはその魔力使い自らの体を増殖させ、その触手を闘牙達へ向ける。同時にその先に次々に魔力が集まっていく。その数はまさに数えきれない程の物。そしてその光が、魔力弾が一斉に放たれる。それはまさに誘導弾の豪雨。とても避けきれるようなものではない。その光の雨が容赦なく闘牙達へと降り注ごうとしたその瞬間、



それらは一つ残らず見えない壁によって阻まれてしまう。そこにはユーノ、アルフ、ザフィーラの姿がある。そしてその前には魔法陣が展開されている。

それは三人による防御魔法。三人には共通した願いが、力がある。それは『守る力』。

ユーノは自分の好きな人を、アルフとザフィーラは自らの主を守るための力を求め、手にしている。そして今、守りたい人を、仲間を守るためその力を発揮する時が来た。

三人による鉄壁の防御が防御プログラムの無数の魔力弾を防いでいく。それはまさに三人の想いと力が合わさっていることを現していた。




そんな中、二つの人影が動き出す。それは高町なのはとヴィータだった。その手には自らからのパートナーであるレイジングハートと相棒であるグラーフアイゼンが握られている。防御プログラムは魔法と物理の四重の障壁によって守られている。それを破壊することが狙いだった。



「ちゃんと合わせろよ、高町な……なのはっ!!」


どこか恥ずかしそうにしながらもヴィータはそう初めてなのはの名前を呼びながらグラーフアイゼンを振りかぶる。それはなのはを仲間として認めたことを意味していた。


「ヴィータちゃんこそ!!」


それを感じ取りながらなのはも嬉しそうに答える。同時になのはの心に力がみなぎってくる。ヴィータが、騎士たちのみんなが今、力を合わせて私たちと闘ってくれている。そのことが嬉しい。そうだ。私はこの時のために闘って来たんだ。魔法。この力があればきっとみんな分かりあえるはず。



「行くよ、レイジングハート!!」
『Yes, my master.』


その瞬間、カートリッジが装填され、その杖から光の翼が生まれる。同時になのはの魔力が高まって行く。それを見た触手からなのはに向かって魔力弾が襲いかかる。だが


「エクセリオンバスター・フォースバースト!!」


それよりも早くその魔力球から四連の魔力砲が放たれ、触手からの誘導弾を次々に消し飛ばしていく。そして



「ブレイク……シュ――――トッ!!」


その間を駆け抜けるかのようにさらに強力な砲撃が放たれる。その光が次々に触手を薙ぎ払って行く。そしてそこに一筋の道ができた。



「行くよ、アイゼンっ!!」
『Gigantform.』


そしてそれを待っていたかのようにグラーフアイゼンのカートリッジが装填され、その形態が大きく変わる。それはまさしく破壊の鉄槌。ヴィータの身の丈の何倍もある巨大な鉄槌がその姿を現す。それは主を、はやてを守るための物。その力を今、ヴィータは本当の形で使うことができる。そのことに体が、心が震える。


「轟天爆砕………」


今、自分の目の前には道ができている。それはなのはが作ってくれた道。かつて何度も自分たちと話をしようとしてくれた存在。今、その想いに応える時がきた。



「ギガント……シュラ――――クッ!!!」


鉄槌の騎士ヴィータの最強の一撃が振り下ろされる。その威力によって絶対的防御を誇るはずの四重の障壁の一つが粉々に砕け散る。そのことに気づきながらもプログラムはその圧倒的速度によって触手を再生させ再び攻撃を開始しようとする。



だがその前に新たな二つの影が立ちふさがる。


それはフェイトとシグナム。二人は隣に並んで立ちながら同じ方向を向いている。それは互いに願いながらもできなかった光景。



「行くぞ、テスタロッサ。」

「はい、シグナム。」


それは本当に短いやり取り。だが二人の間にはそれだけで十分だった。




「フェイト・テスタロッサ。バルディッシュ・ザンバー……行きます!!」


掛け声とともにカートリッジが装填され、バルディッシュはその姿を大きく変える。それは大剣。それはフェイトの身の丈を超えるほどの物。それがフェイトの全力の姿。フェイトはそれを大きく振りかぶる。その心はこれまでにないほど高まっていた。騎士たちと共に闘う。それは少し前までは考えられないようなこと。でもそれが今、現実になっている。そして闘牙と共に闘うこと。その夢が今、叶っている。今の自分はきっとだれにも負けない。


「撃ち抜け、雷神!!」


掛け声と共にその巨大な刀身が振り下ろされる。同時に凄まじい衝撃波と魔力刃が触手たちを切り裂き、薙ぎ払って行く。


それを見ながらもシグナムは静かにレヴァンティンとその鞘を連結させる。その瞬間、レヴァンティンは光と共にその姿を大きく変える。それは弓。レヴァンティンの第三の形態。それを手にしながらシグナムはその弓を引き、狙いを定める。


シグナムは今、自分の体にみなぎる力に戸惑いすら感じていた。自分の隣にいるテスタロッサ。まさか彼女と共に闘える日がこんなにも早く来るなど思ってもいなかった。加えて主、はやてと共に闘うことができる。それはまさに守護騎士にとっての至高の喜び。ならばそれに応えることこそが自分の役目。



「駆けよ、隼っ!!!」
『Sturmfalken.』


叫びと共にシグナムの最速、最強の攻撃が放たれる。フェイトの攻撃によって隙をさらしてしまっている防御プログラムはその矢を迎撃することもできない。そしてその矢の威力によって二枚目の障壁も粉々に砕け散って行く。


これで残りは二枚。それを破ればもう防御プログラムを守るものは存在しない。なのはたちの心に希望が見え始める。だがそれを嘲笑うかのように防御プログラムは急激にその姿を変えていく。


それはまるで巨大な砲台。その巨大な口に凄まじい魔力が集中していく。その魔力量はこの世の物とは思えない程の物。スターライトブレイカーを遥かに超える砲撃がまさに放たれんとしていた。それはいかにユーノ達と言えども防げるレベルを超えている物。そのことを瞬時に悟り、なのはたちはその場から一気に距離を取り、回避をしようと試みる。だがそんな中



闘牙は一人、そんな防御プログラムの前から動こうとはしなかった。



「トーガ!?」
「闘牙君っ!?」

そんな闘牙の姿にフェイトとなのはが悲鳴を上げる。何故闘牙は動こうとはしないのか。あの砲撃はまさに一撃必殺。とても個人で対抗できるものではない。なのに何故。


だがそんななのはたちの心配をよそに闘牙は静かに鉄砕牙を振りかぶる。その目にはゆるぎない力がある。そこには恐れも何もない。



「待たせたな、鉄砕牙。」


闘牙の言葉に反応するように鉄砕牙の刀身から凄まじい風が巻き起こる。それはまさに台風。これまで感じたことのない力になのはたちは戦慄する。闘牙の体は既に妖怪化している。その妖気と風の傷の前兆が海上に無数の竜巻を巻き起こす。


鉄砕牙は五百年の時を超え、再び闘牙の元へ戻ってからただ一度も真の力を解放していなかった。だが目の前の相手は一切の手加減も容赦も必要ない相手。そしてここは結界内の海上。ならば問題ない。


全力全開。闘牙と鉄砕牙の真の力が今、解放されようとしていた。



そんな闘牙にむかって防御プログラムから極大の砲撃が放たれる。それはまさに一撃必殺。いや、辺りを消し飛ばしてしまうほどの魔力が込められていた。その強力無比な咆哮が闘牙に向かって迫る。だが闘牙は一切の迷いなくその砲撃に向かって飛び込んでいく。



その光景になのはたちは驚愕し、声にならない悲鳴を上げる。目の前の砲撃。それはいかに闘牙といえど直撃を受ければ一撃でやられてしまうのは明白だった。だが闘牙はそんな刹那、感覚を研ぎ澄ます。そして感じ取る。その目で鼻で。その魔力の流れと匂いを。



鉄砕牙。その力である風の傷。それは一振りで百の妖怪を薙ぎ払う。だがそれはその力の一部にすぎない。鉄砕牙にはさらに上の力がある。


闘牙は眼を見開き、その魔力の流れの歪を捉える。そして





「爆流破―――――――っ!!!」



そこを全力で振り切った。その瞬間、風の傷が一気に砲撃を飲み込み、その流れを逆流させていく。



相手の力の流れを見抜き、それを風の傷で巻き込み相手に返す。



それが鉄砕牙の真の力。奥義『爆流破』



真の風の傷と砲撃の二つを合わせた力が防御プログラムへと跳ね返される。その威力によって二枚の障壁は一瞬で砕け散り、本体も吹き飛ばされていく。その衝撃と威力によって海が切り裂かれていく。後には竜巻の様な爆流破の力によってまるで滝ができてしまったかのような海の無残な姿が残っているだけだった。




そのあり得ない光景になのはたちは呆然とすることしかできない。自分達は闘牙の強さを知ったつもりになっていた。だがそれは間違いだった。まさしく桁違いの力が闘牙にはある。その力にヴィータは苦笑いするしかない。自分達はあんな相手を本気で倒そうとしていた。よくあれだけの怪我で済んだものだと。



「や……やったのかい?」


アルフがそんな光景を見ながらそう声を漏らす。目の前の光景。もしかしたら今の一撃でプログラムは消滅してしまったのではないか。そう思ってもおかしくない程の一撃だった。だが



「いや、まだだ!」


そんな空気をかき消すかのようにクロノの声が辺りに響く。同時になのはたちの視線がその先へ向く。そこにすでに再生を開始している防御プログラムの姿があった。。あれだけの攻撃を受けてまだこれだけの再生力。単純な力では闇の書の闇は葬ることができない。そのことを全員が悟る。そして




「彼方より来たれ、やどりぎの枝。銀月の槍となりて、撃ち貫け……」


呪文と共にはやての足元に魔法陣が展開される。単純な魔力攻撃では通じない。ならばその動きを止める魔法。それをはやては選択し、詠唱する。リインフォースと融合しているはやてにはその知識が魔法が使える。同時にリインフォースの意識が想いが伝わってくる。


それは『喜び』


プログラムとしてではなく、騎士として家族としてはやてと共に闘うことができる。それは長い間夢見てきた儚い夢だった。そしてついにそれが叶う時が来た。



「石化の槍、ミストルテインッ!!」


叫びと共にはやてがその杖を振り下ろしたその瞬間、光が次々に防御プログラムを貫いていく。同時にその体が一気に石化していく。何とかそれに抗おうとするも防御プログラムはそのまま完全に石化してしまう。その光景になのはたちは目を奪われるもののすぐに我に帰る。石化を防げないと判断した防御プログラムはその体を切り離し、新たな体を生成しようと試みる。しかし



「行くぞ、デュランダル。」
『OK, Boss.』


その隙をクロノは見逃さなかった。その手にはグレアムから託された氷結の杖、デュランダルがある。目の前の闇の書の闇。それによって自分の、多くの人の運命が狂わされてきた。そしてその長い悲劇が今、終わりを告げようとしている。


この一撃に、自らの憎しみと悲しみを置いていく。過去の因縁を振り切り、未来を生きるために。クロノは一度深く眼を閉じた後、その杖を振り下ろす。



「凍てつけっ!!!」
『Eternal Coffin.』


その瞬間、強力な凍結魔法が防御プログラムを襲う。その威力によってその海上まで凍りついていく。そしてついにその全てが凍てつき、その動きを止める。まるで時間が止まってしまったかのような静けさが後には残っただけだった。だがまだ終わっていない。今は抑えられているがすぐにまた暴走が始まる。



そして後は全て闘牙へと託された。




闘牙は防御プログラムを見つめながらも鉄砕牙を自分の前にかざす。それ姿はまるで何かに祈りを捧げているかのよう。瞬間、鉄砕牙の刀身が黒く染まって行く。その光景をフェイトは息を飲んで見守っている。


その剣が、行為が闘牙にとってどれだけの意味を持つことかそれを知っているから。だが闘牙はその鉄砕牙を手にしても全く動じない。闘牙の心は今、静かに落ち着いていた。以前ならこの力を手にしただけで手が震え、汗が流れ、倒れそうになった。だが今は違う。



かごめの命を奪ったこと。その罪は消えない。いや、消すことなど許されない。それは絶対に変わらない。


でも――――――


それでも――――――



闘牙の脳裏に二人の姿が浮かぶ。



自分を笑顔で送り出してくれたかごめと



自分のために涙を流しながらも微笑んでくれるフェイトの姿。



だから―――――――





そんな闘牙に合わせるように、なのは、フェイト、はやての三人は砲撃の体勢に入る。それは最大の攻撃で防御プログラムのコアを露出させるため。


「響け終焉の笛、ラグナロク―――」


「雷光一閃、プラズマザンバ―――」



「全力全開、スターライト―――」



三人の最大攻撃魔法の前兆が辺りを覆い尽くす。その魔力が、力が高まりそして




「「「ブレイカ――――――――――!!!」」」



その全てが解き放たれる。三人の願いと思いが込められた三つの光が防御プログラムを包み込んでいく。その威力によって凄まじい水柱が巻き起こる。そしてその攻撃によってついに防御プログラムのコアがむき出しになる。



「捕まえたっ!!」


それを決して逃がさないかのようにシャマルがクラールヴィントの力をもってそのコアを捕える。この瞬間、全ての準備が整った。



「闘牙、今だっ!!」


瞬間、ユーノが闘牙へ叫ぶ。そこには闘牙への想いが込められていた。あの日。自分がした約束、誓い。それがあったから今の自分はここにある。そして闘牙はその誓いを破る男ではない。そのことをユーノは誰よりも知っている。今の闘牙にはきっとその力がある。そう信じている。


そんなユーノの言葉に応えるように闘牙は鉄砕牙を振りかぶる。



『冥道残月破』


これは殺生丸の母の力。それを犬夜叉と殺生丸の父が鉄砕牙に与えたもの。


それは命の重さを知り、慈しむ心がなければ扱えない力。


そして師匠が、殺生丸が自分を認めてくれた証。


だから――――――





「冥道残月破――――――!!!」




俺は今を、現実を生きていく―――――――





その瞬間、無数の冥道の刃がコアを切り裂いていく。その力の前にコアは為すすべなく冥界へと葬られていく。

そして塵一つ残さず、闇の書の闇はその姿を消した―――――



その光景になのはたちは目を奪われたまま動くことができない。だがそれとは裏腹に消え去った闇の書の闇はその姿を再び現すことはなかった。それを感じ取った闘牙は鉄砕牙の変化を解き、それを鞘に納める。


それが永きに渡る闇の書の悲劇の終焉だった。




「「「やったあああああっ!!」」」


その瞬間、なのはたちは歓声を上げ、喜びを分かち合う。


ユーノはなのはに抱きつかれ顔を真っ赤にし、アルフにからかわれている。


フェイトは闘牙の元へ行き、互いに喜びを分かち合う。


騎士たちははやての元へ集まり、涙を流しながら闇の書の終焉を悼む。



そんな中、クロノは別のことを考えていた。


それは仮面の男たちのこと。


そのタイミングからそれがリーゼ達であることはあり得ない。ならいったい何者なのか。


その強さ。そして魔法が阻害される状況で動ける能力。


この戦いにも介入してくる可能性を考えていたのだがその気配もない。一体何のために闇の書を完成させる必要があったのか。その狙いも分からない。


得も知れない不気味な気配に囚われながらもクロノは闘牙達の元に足を運ぶ。



今、この時は喜ぼう。仲間たちが起こしたこの奇跡を―――――――――



[28454] 第41話 「因果」
Name: 闘牙王◆53d8d844 ID:e8e89e5e
Date: 2011/10/08 21:15
深い寒空が辺りを覆い、数えきれない程の雪が街に降り注ぐ。その白さにより、街は白銀の世界へとその姿を変えていく。そんな中、一つの終わりが訪れようとしていた。



白銀の世界の中心に一人の女性の姿がある。その銀髪はまるでその景色に溶けこんでしまうかのよう。だがその深紅の目が確かにその女性がそこにいることを現していた。


そしてそれを挟み込むように二人の少女の姿がある。それはなのはとフェイト。二人は自らのデバイスであるレイジングハートとバルディッシュを構えている。だがその表情には陰りが、悲しみが見える。その足元には魔法陣が展開されている。それは目の前の女性を中心に展開されている。


そしてその光景を息を飲んで見守っている者たち。それは騎士ヴォルケンリッター。シグナム、ヴィータ、シャマル、ザフィーラ。四人はその光景を固唾を飲んで見つめている。ヴィータは知らず、隣にいるシグナムの袖をつかむ。それはこれから行われることがなんであるかを知っているから。



夜天の書『リインフォース』



その終焉が今、訪れようとしていた――――――






闇の書の闇との最終決戦。それにより闇の書事件は解決されたかに思われていた。だがそれは覆される。目覚めた管制人格であるリインフォースによって。

今は防御プログラムが破壊され、安定しているが元々自分と防御プログラムは一つであったもの。遠からず防御プログラムが再生してしまう可能性が高い。そうなれば再びはやてを、世界を危険にさらしてしまう。そうなる前に自分を消滅させてほしい。それがリインフォースの願いだった。

もちろんなのはたちは反対した。きっと何か他に方法があるはずだと。だがリインフォースはそれを受け入れなかった。それはこれが最善の方法だと夜天の書であるリインフォース自身が誰よりも分かっていたから。


はやてはこの場にはいない。それは先の戦闘の後、意識を失ってしまったからだった。それは初めての魔法の行使による負荷によるもの。命に別条はないがしばらくは目覚めることはないだろう。その間に自分を消滅させてほしい。その願いによって今、なのはたちはこの場に集まっていた。だがその話を聞いていたはずの闘牙はこの場にはいない。待っていたのがその姿はいつまでたっても現れない。そのためなのはたちはそのまま儀式を始めようとしていた。



だがそんなリンフォースの決意を知りながらもなのはとフェイトは最後の説得を試みる。



「本当に……はやてちゃんとお別れしなくてもいいの……?」


なのはの言葉にリインフォースは一瞬考え込むような表情を見せるものの、目を閉じながらその首を振る。



「これでいい……それは主を悲しませるだけだ……」



そう静かにリインフォースは告げる。その姿は本当に儚いもの。今にも消えてしまうのではないか。そう思ってしまうほどに。



「でも…………」


そんなリインフォースの姿を見ながらもフェイトは言葉をつなごうとする。だがそれが出てこない。それはリインフォースの気持ちがフェイトには理解できたから。そんな自分を案じてくれる少女達に姿にリインフォースは微笑む。そして



「いずれお前達にも分かる時が来る………海より深く愛し、その幸福を守りたいと思う者に出会えれば………いや………」


そう言いながらリインフォースはその言葉を止める。そして改めてなのはとフェイト、自分を止めてくれた、騎士たちを、はやてを救ってくれた小さな勇者たちに目を向ける。そして



「お前達はもう出会っているのかもしれないな………。」


そうどこか嬉しそうに二人に微笑みかける。その微笑みには悲しみでも寂しさでもない。純粋ななのはとフェイトへの慈しみの心があった。



その言葉に、微笑みになのはたちはもう何も言うことができなくなってしまう。



「さあ、始めてくれ………夜天の書の終焉だ………」



リインフォースの言葉と共にその足元の魔法陣が光り輝き、その力を発動しようとしたその時、




「やめて、リインフォース!!」


そんな聞きなれた少女の声が辺りに響き渡る。リインフォースが驚きながら振り向いたその先には



闘牙の背中に背負われた八神はやての姿があった。




「主はやて…………」


そんな自らの主と闘牙の姿にリインフォースは眼を見開くことしかできない。そして気づく。闘牙が全てをはやてに伝え、自分に会わせるためにはやてをここまで連れてきたことに。そしてリインフォースと闘牙の視線が交わる。だが闘牙の目には一切に迷いもなかった。そこには確かな意志が宿っていた。そして



「最後の別れなんだ………後悔だけは残すんじゃねえ………」


闘牙はそうどこか力強くリインフォースに告げる。その言葉にリインフォースは何も答えることができない。それは知っているから。闘牙の言葉に込められている意味が、願いが。



「それにお前は俺に貸しがあったはずだ。それをここで返してもらうぜ。」


そんなリインフォースに向かってどこか明るく闘牙は告げる。確かに自分は闘牙に借りがあった。自分たちを見逃してもらったこと。暴走した自分を止めようとしてくれたこと。闇の書の闇を倒してもらったこと。他にも数えればきりがないかもしれない。



「そうだな………なら借りはきちんと返さなければいけないな………」


そうどこかおかしそうに笑いながらもリインフォースは静かに闘牙の背中にいるはやてに向かって近づいていく。一歩一歩、雪を踏みしめながら。まるで何かをかみしめるかのように。



そしてはやてとリインフォースは互いに向かい合い、見つめ合う。リインフォースは微笑みながらどこか愛おしそうにはやてを見つめている。しかしそれとは対照的にはやての顔は涙で濡れていた。その表情は悲しみで満ちている。それは知っているから。これからリインフォースが何を行おうとしているか。そしてそれが自分にとってどれだけ辛いことであるか。



「なんでや………なんでなんや……リインフォース………」


涙によってかすれた視界で、嗚咽にまみれた声で、まるで小さな子供のようにはやては泣きじゃくる。それはいつも大人びて自分たちを見守り、支えてくれたはやての姿からは想像できない物。それがはやての本当の姿だった。そしてリインフォースは気づく。はやてがそれほどまでに自分のことを想っていてくれていることに。



「主を……皆を守るためです。……そのために私は空へと旅立ちます。どうか、それを許していただきたい………」


「あかんっ!!そんなんあかんっ!!」


リインフォースの言葉を遮るようにはやては叫びを上げる。その姿を闘牙も、なのはたちも、騎士たちもただ見守っている。それは二人の会話を、邂逅を決して忘れないため。最後になるであろう二人の時間を。



「やっと………やっと一緒になれたのに………これから一緒に暮らしていけると思っとったのに………」


はやての目から大粒の涙が流れ続ける。


家族になれたのに。


これまでずっと自分たちを見守ってくれていた子と。


優しい心を持った私の家族と。


これからは寂しい思いをさせてしまった分、楽しいことを、嬉しいことを、自分と、自分たちと分かち合えると思っていたのに


それなのに


はやてはそのまま顔を俯かせ闘牙の背中で泣き続ける。


分かっている。


リインフォースが何でこんな選択をしたか。


どれだけの覚悟でそれを為そうとしているのか。


自分でもそれは止められないことを。


でも――――――


それでも――――――


はやてが震える体を押さえながらその顔を上げたその時



リインフォースの手が優しくその頬に添えられる。その温かさに、温もりにはやては我を取り戻す。


それは夢の中でのやり取りの再現だった。違うのはその立場が入れ替わっていること。


それは自らを救ってくれたはやてへのリインフォースの感謝の形だった。



「私のためにこんなにも涙を流してくれる………そんなあなたに出会えたことだけで、私は生まれてきた意味がありました………私は世界で一番幸福な魔道書です………」


その言葉と共にリインフォースは優しくその手ではやてを撫でる。その温もりを温かさを決して忘れないように。はやてもその手のぬくもりを忘れないように心に刻む。



「主はやて……ひとつお願いがあります…………。」


それは小さな願い。



「私は消えて……小さく無力なカケラへと変わります……。もしよろしければ私の名前はそのカケラにではなく……あなたがいずれ手にするであろう新たな魔道の器に送ってあげていただけますか………?」


例えこの身が消えたとしても


「祝福の風『リインフォース』………私の魂は……きっとその子に宿ります。」


その魂はずっとあなたと共にあると。



その言葉にはやては目を見開く。その心を、願いを受け取ったから。なら自分はそれを失くすわけにはいかない。それを守ることがきっとリインフォースの想いを引き継ぐことになる。



「分かった………約束や……リインフォース………」


はやてはその手で涙を拭いながらそう告げる。それは誓い。


「だから……見ててや……リインフォース。私……強くなる……泣いてばっかりで何もできない私じゃない………みんなを守ってあげられるくらい強くなって見せる……だから………」


それは約束。



「はい……私はいつでもあなたの傍で見守っています……我が主………。」



大切な家族との絆の証。



その瞬間、光がリインフォースを包み込んでいく。その光にはどこか温かさが感じられる。それはなのはとフェイトの心が現れているかのよう。そんな中、リインフォースは騎士たちに視線を向ける。その顔には笑みが浮かんでいる。


『主を頼む。』


それは言葉にしなくとも騎士たちに伝わる意志。騎士たちはそれを感じ取り、それを受け止める。


そしてリインフォースは最後にはやてと闘牙へと目を向ける。



「ありがとう……闘牙……お前のおかげで最後に主と会うことができた………それと……すまなかった………。」


その言葉の意味に闘牙は気づく。そして


「気にすんな………お前のおかげで大切な人に会えた……ありがとな………」


どこかぶっきらぼうに言いながら闘牙はリインフォースを見送る。



「リインフォース…………」


光が全てを包み込んでいく。はやては最後までその姿を見続ける。その刹那



リインフォースは満面の笑みをはやてに向ける。それははやてへのリインフォースの想いが全て込められた笑顔だった―――――



その光が収まった瞬間、はやての手には一つのペンダントが握られている。


それは剣十字のペンダント。


リインフォースが遺したはやてへの願いの形だった




それが永くに渡って続いた夜天の書の終焉、そして新たな始まりだった――――――






雪が降り続ける夜空の下、夜道を並んで歩く二つの人影がある。それは闘牙とフェイト。なのはの家に遊びに来ていたフェイトを闘牙が家まで送っている最中だった。


そんな中、闘牙は想いを馳せる。


それはこれまでのこと、そしてこれからのこと。


リインフォースとの別れから既に一週間以上が経ち、すでに新しい年が始まり街はお正月ムードに包まれている。


はやてはあれから正式な魔導師として管理局で働くことになった。元々はやての魔導師としての資質はなのはたちに匹敵するものであり、リインフォースから譲り受けた力もあるため何の問題もなかった。

だが騎士たちはそう簡単にはいかない。理由があったとはいえ、魔導師を襲うという犯罪を犯してしまったことは間違いない。クロノ達の働きかけもあり保護観察、管理局の任務への従事という軽い刑で済んだもののしばらくは肩身が狭い思いをすることになるだろう。

そしてはやてたちは今、事件に巻き込んでしまった人々への謝罪に回っている。それははやての意志。例え謝ったとしても許してもらえるかどうかも分からない。もしかしたらずっと恨まれる続けるかもしれない。それでもはやてはその行為を続けていくことを騎士たちと誓った。自らの過ちと向き合い、未来へと歩いていくために。


なのははそのまま管理局の嘱託魔導師を続けることになった。進路にはいろいろな道があるらしいがそれが決まるまでは今まで通りアースラへの協力がメインになるらしい。そしてユーノもそれに加わる形になっている。

ユーノにも無限書庫から司書にならないかという誘いがあったらしい。それは闇の書事件での働きが評価されたため。ユーノ自身その誘いは嬉しいものであったらしいがしばらくは非常勤と言う形で無限書庫には関わって行くことになった。それはなのはが進路を決めるまではその傍にいようと決めたから。

もちろん闘牙は知っているがなのははそのことを知らない。だがなのははユーノと一緒にいれることに喜んでいるようだ。闇の書事件からなのはとユーノの関係は明らかに変わってきている。正確にはなのはのユーノへの態度がだ。自分でも分かるのだから間違いない。どうやら修行で長い間離れていたのが大きな影響をなのはに与えたらしい。しばらくはユーノをからかうネタには困りそうにない。



皆がそれぞれの思いを胸に新たな道へ旅立とうとしている。そろそろ自分も進むべき道を決めなければ。そんなことを考えていると


自分の隣にいるフェイトが何かを言いたそうにこちらを見ていることに気づく。


「どうした、フェイト?」


「う……ううん……。」


闘牙の言葉を聞きながらもフェイトはどこか言いづらそうな雰囲気をしながら黙りこんでしまう。ここ何日かフェイトはずっとこの調子だった。だが何度問いただしてもフェイトはそれをしゃべろうとはしなかった。闘牙は仕方なくそのまま歩き続ける。

だがフェイトはその場に立ったまま動こうとしない。二人の間に沈黙が流れる。闘牙は静かにフェイトが話し始めるのをただじっと待ち続ける。そして



「私………トーガに謝らなきゃいけないことがあるの……」


フェイトはどこか怯えるような表情を見せながら告白する。闘牙にはフェイトが何を言っているのか全く見当がつかない。フェイトが自分に謝らなければいけないようなことをするなど想像できなかったからだ。だがそれとは裏腹にフェイトの姿は真剣そのもの。それを感じ取った闘牙も真剣にフェイトへと向かい合う。そしてしばらくの間の後




「私……見ちゃったの……闇の書の中で………トーガの記憶を…………」


フェイトはそう自分の罪を独白する。それはきっと闘牙にとって最も知られたくない物。それを自分は見てしまった。例え不可抗力だとしてもフェイトはそのことをどうしても闘牙に謝らなければいけないとずっと思っていた。黙っていてもよかった。そうすればきっと闘牙に嫌われることもない。でもできなかった。それは闘牙との絆を、信頼を壊すことになってしまう気がしたから。



二人の間に時間が流れる。その間にも雪が降り続け、辺りは白に染まって行く。街の明かりによってそれはさらに輝きを増していく。一体どれだけの時間が経ったのかフェイトには分からない。そして





「……………………そうか。」


闘牙はそう呟くように告げる。だがそこには怒りも悲しみもなかった。ただ純粋にその事実を受け止めている。そんな姿だった。


不思議と驚きはなかった。きっとそうなのだろうと、そう闘牙は思っていた。あの夢の中でフェイトが自分に言ってくれた言葉、涙には自分の苦しみを、悲しみを知っていなければあり得ない程の心があった。だがそれがあったからこそ自分はここにいる。なら何を謝る必要があるだろうか。


闘牙は自分の前で顔を俯かせているフェイトの頭を撫でながら



「気にすんな、お前には助けてもらったからな。これでおあいこだ。」


そう優しく告げる。それは嘘偽りない闘牙の本心だった。それを感じ取ったフェイトは顔を上げながら安堵の顔を見せる。それは闘牙に許してもらうことができたこと、自分を認めてもらえたことによるものだった。



「でもみんなには言わないでくれ。言っても心配させるだけだからな。」


闘牙は最後にそう付け加える。フェイトが言いふらすような真似をするなどとは思わないが念のためだ。特になのはにはばれるわけにはいかない。既に何となくではあるが気づいている節もあるがこれ以上心配をかけるわけにはいかなかった。


「うん!」


そんな闘牙の言葉をフェイトは承諾する。その心にはどこか喜びがあった。それは優越感。誰も知らない、なのはとユーノでも知らない闘牙のことを自分が知っている。その事実がフェイトの中に駆け巡る。それは何か自分が闘牙の特別になれたようなそんな気分。



そして二人は再び歩き始める。だがそんな中、フェイトは突然ある不安に襲われる。その胸中には先日のリインフォースとの別れがあった。その悲しみがはやてからフェイトにも伝わってきた。そして思い出す。かつての別れ。母、プレシアとの別れを。自分の大切な人との別れ。それを自分と闘牙は経験している。その事実が、現実がフェイトの中にある不安を生みだす。それは





「トーガは……………どこにも行ったりしないよね………?」



フェイトの失うことへの恐怖だった。




闘牙はそんなフェイトの言葉に思わず足を止めてしまう。そして振り返りながらフェイトへとその目を向ける。そこには不安そうに自分を見上げている少女の姿があった。それを見ながら




「……何言ってんだ、俺はどこにも行かねえよ。」



フェイトへ向かって自分の手を差し出す。その言葉に、差し出された手にフェイトは安堵する。



フェイトはその手で闘牙の手を握る。その手を決して離さないように――――――

























薄暗い廊下を一つの人影が歩いている。その足音が反響し、辺りに響き渡る。どうやらそこは地下にある何かの施設であるらしい。だがその廊下の長さからそれが巨大なものであることが伺える。


そしてその廊下の光が徐々に明るさを増していく。それに伴いその人影がその姿を現す。それはセミロングの水色の髪の少女。だがその姿は一般人とはかけ離れている。その身に纏っているのはまるでアンダースーツの様な服、いや戦闘服だった。少女はどこか不機嫌そうな様子で廊下を歩いている。どうやら何か気に触るようなことがあったらしい。そして少女が廊下の曲がり角に差し掛かった時、



「おかえり、セイン。」


そんな声が少女、セインにかけられる。セインは驚きながらその方向に振り返る。そこには銀髪の小柄な少女の姿があった。だがその少女もセイン同様戦闘服を身につけている。ただの一般人ではないことは明白だった。


「チンク姉、ただいま!」


姉であるチンクとの再会にセインはそう喜びの声を上げる。最もその姿から知らない人が見ればチンクが姉だと分かる人は一人もいないだろう。


「どうしたんだ、任務は成功したと聞いていたが?」


チンクはそう不思議そうにセインに尋ねる。先に帰還した仲間たちからは任務は成功したと聞かされていた。にもかかわらず目の前のセインは不機嫌そうにしている。その理由がチンクには分からなかった。


「だって、ドゥーエ姉もトーレ姉もあたしのこと乗り物扱いするんだもん!」


セインはそう言いながら頬を膨らます。セインも今回は任務に参加していた。最もセインは戦闘能力自体は他の仲間に比べれば高い方ではない。セインの真価はその能力にあった。だがセインはそれを便利扱いされているのが何となく納得できていないようだ。自分の今回の役目が一人の少女を屋上へ連れ出すだけだったのもその理由だった。


「そう言うな。それだけお前の能力が重宝されているということだ。」


そんなセインを優しくあやすようにチンクはそう言葉をかける。その言葉によって少しは気が晴れたのかセインは機嫌を直し始める。


闇の書の完成。


それが今回セイン達に与えられた任務だった。最も完成させるだけでそれを捕えることも、その場にいる魔導師たちを倒すこともその任務には含まれていなかった。そのことにセインも疑問を抱いたがすぐにそれを振り払った。自分たちの造物主であるドクターの命に従うことが自分たちの存在意義。


チンクは今回はその任務には参加せず待機していた。流石にアジトの防衛に誰も残らないのはリスクが高すぎるからだ。ガジェットも配備されているが万が一ということもある。


「でも闇の書を暴走させてよかったのかな?あそこにはドクターが探してるものがあるんでしょ?」


セインはそうどこか心配そうに呟く。確かあの管理外世界『地球』にはドクターの探しているロストロギアがあったはず。今回はどうやら闇の書の暴走は管理局によって防がれたらしいがもし失敗すればどうなっていたか分からない。


「聞いてなかったのか。あそこにはドクターが探している二つの宝石のロストロギアは既にないことが分かったらしい。」


そんなセインの疑問にチンクはそう答える。それが分かったからこそドクターは闇の書の完成を任務にしたとチンクは考えていた。もっともAMF下での戦闘機人の有用性と実戦データが恐らくはドクターが欲しかったものなのだろう。


「そうなんだ。でもドクターも急にロストロギアに興味が出てきたよね。あの剣もそうだし。」


セインはそう言いながらもチンクと共に歩き出す。任務も終わったのでゆっくり機体洗浄をしようと考え、気分が浮かれ始めている。


「そうだな、これからも忙しくなるだろう。期待してるぞ、セイン。」

「任せて!」



二人はそのまま施設の奥底へと姿を消していくのだった―――――






薄暗い研究室に一人の男がいる。その男は白衣を着ており、その前には無数のコンピュータが並んでいる。そのいでたちが、雰囲気が、その男がチンク達が言っていたドクターであることは明らかだった。そしてその目の前には無数のモニターが映し出されている。そしてそれを男は眺めている。だがその様子はどこかおかしい。まるで生気が感じられない姿。


そうまるで何かに取り憑かれているかのような。



そのモニターにはある光景が映し出されている。それは闇の書の暴走とその戦闘記録。だがそれだけではない。一つには騎士たちとの戦闘記録。一つにはジュエルシード事件の戦闘記録。様々な戦闘記録が無数に表示されている。だがそこには一つの共通点がある。




それは闘牙。



その全ての戦闘は闘牙の戦闘記録。




それを男は見続けている。




そしてその腰にはある物が携えられている。





それは刀。





そしてその刀は妖しげな光を放っている。







その刀はかつて犬夜叉の父が持っていた三本の刀の内の一つ。





その剣を持つ者は天下を制すと言われるもの。





天下覇道の剣。





『叢雲牙』






今、逃れられない犬夜叉の因果が再び闘牙へと襲いかかろうとしていた――――――



[28454] 第42話 「分岐」
Name: 闘牙王◆53d8d844 ID:e8e89e5e
Date: 2011/10/11 12:07
「お邪魔するぜ。」

そう言いながら闘牙はアースラの制御室に入って行く。その姿はまさに勝手知ったるといった風だ。そして部屋には既に多くの人数が集まっている。どうやら闘牙以外はもう皆、集合してしまっているらしい。


「闘牙!」
「闘牙君!」


闘牙がやってきたことに気づいたユーノとなのはがそう喜びの声を上げる。その声に気づいた他の仲間たちも同じように闘牙のことに気づき、集まってくる。そしてその中にははやてと守護騎士たちの姿もある。



「久しぶりやな、闘牙君。元気やった?」


はやてはそう言いながら嬉しそうに闘牙へと近づいていく。その姿は以前とは異なっている。それははやてが自らの足で歩いていること。そしてその姿が少し成長していること。それは闇の書事件からの二年の月日によるもの。闇の書からの浸食がなくなったことではやてはその体も本来の機能を取り戻すことができたのだった。


「ああ、お前らも元気そうだな。」


そんなはやての姿を見ながら闘牙はそう答える。もうあれから二年。本当にあっという間だ。闇の書事件がついこの間に感じるほど。だが確実に月日は流れている。それははやてたちの成長を見ていれば一目瞭然。フェイト達は既に小学五年生。その背も、顔つきも少しずつだが変わってきている。それを見ていると何だか自分が急に老けてしまったような気になる。最も闘牙もまだ十九歳。とてもそんなことを言える歳ではないのだが。


「久しぶりだな、闘牙。」
「おっす、闘牙。」


そんなことを考えているうちにシグナムとヴィータも闘牙へと近づいてくる。二人の姿は二年前と全く変わらない。変わっているのはその服装が武装隊甲冑のアンダースーツであること。騎士たちは二年間の管理局への従事を終え、正式に管理局の魔導師(実際には騎士だが)として働くことになっていた。もっとも配属先ははやてと同じため、これまでとそう変わりはないともいえるが。


「久しぶりだな、シグナム。ヴィータはちょっと前に会ったばっかだけどな。ケーキのほうはどうだった?」

「ま……まあまあだな。」


闘牙の言葉に少し照れながらヴィータはそう答える。ヴィータはあれから翠屋のお菓子が気に入ったらしく、常連になっているため闘牙と会う機会は一番多い。つい先日は新しいお菓子を試食してもらったところだった。だが他の騎士たちとはやはりなかなか会う機会も多くないためかなり久しぶりの再会になってしまっていた。


「お前も変わりなさそうだな。しかしその姿を見るのも久しぶりだな……。半年前の模擬戦以来か。」


シグナムはそのまま闘牙の姿に目を向ける。その姿は犬夜叉の物。闘牙は翠屋の買い出し以外では人前ではこの姿になることはないため、はやてたちも闘牙の犬夜叉の姿を見るのは半年ぶりだった。


「そ……そういえばそうだったか……。」


しかしそんなシグナムの言葉を聞きながら闘牙はなぜか顔を引きつかせる。その脳裏には半年前の模擬戦が蘇っていた。その時は特に任務があったわけではなくただ単にアースラに遊びに来ていたのだがそれをシグナムに見つかってしまい、あれよあれよという間に模擬戦と言う流れになってしまった。元々模擬戦については二年前からの約束でもあり、何度か行ってはいたが闘牙の仕事の関係上なかなか機会が持てずじまいだったためシグナムも心待ちにしていた。

だがその戦闘はとても模擬戦と言えるようなものではなかった。妖怪化、風の傷はなしと言うルールの中ではあったがそれはまさに真剣勝負。血戦と言っても過言ではない物。そのあまりの苛烈さはバトルマニアのフェイトが引いてしまうほどの物。それに懲りた闘牙はできる限りアースラでのシグナムとの接触を避けていたのだった。


「どうだ、闘牙。今日の任務が終わった後に久しぶりに模擬戦をしないか?」

「い……いや………」


ある意味予想通りのシグナムの提案に闘牙が冷や汗を流していると


「何だよ、シグナムまだあきらめてなかったのか。まだ一度も闘牙に勝ててないのに。」


ヴィータがそう呆れながら呟く。ヴィータも自らの将であるシグナムの模擬戦に何度も巻き込まれているため若干呆れ気味だ。それはヴィータははやて以外のために無駄な戦いはしないと言う信条を持っているため。また闘牙の強さも理解しているためだった。


「ふん、半年の間に私も腕を上げた。前のようにはいかん。」

「あっそ。やるのはいいけどあたしらを巻き込まないでくれよ。」

「誰もやるなんて言ってねえだろ………」


どこか自信ありげに答えるシグナムにヴィータと闘牙は大きな溜息をつく。どうやら二年経っても変わらないところは変わらないらしい。



「そう言えば闘牙、お前はこのまま翠屋で働くことになったと聞いたが……」

「ああ、そのつもりだ。」

「そうなん?」


シグナムの言葉に闘牙はそう頷く。正確には一年以上前から正式に先を見越して働き始めてはいたのだが。将来は翠屋を継ぐか、新しい店を開くことができるよう今は免許の取得のための知識と料理を学んでいるところだ。


「確か、局の方からも誘いがあったと聞いていたが……。」

「確かにそれもあったが俺はやっぱり組織には向かねえからな……」


シグナムの疑問に闘牙はそうきっぱりと答える。実際、闘牙へ正式に外部協力者にならないかという提案が管理局からあった。それはPT事件、闇の書事件の功績が高く評価されから。鉄砕牙の所有や使用などの条件も認められた異例の形もそれに現れていた。もっとも参加できる任務などにはある程度の制限はあったが。

だが闘牙はその誘いを断った。元々闘牙は闘うことがそれほど好きではないこと、何よりも組織の中で動くということに苦手意識を持っていたのが一番の理由だ。アースラに関してはリンディ、クロノを信頼しているため例外だ。もし正式に働くことになれば様々な場に赴く必要もある。恐らく魔法ではない力はなかなか受け入れられないであろうことも想像がつく。そんな事情もあり、闘牙は本格的に翠屋でそちらの道へ進むことを決断した。喫茶店での仕事が楽しいことが一番の理由だがこれまで迷惑をかけてしまった高町家に恩返しをしたいと言う気持ちもあった。今回のようにアースラの任務に協力するのも恐らくは今回が最後になるだろう。何より今のフェイト達は自分がいなくとも全く問題ない程の力を持っているからだ。


「そうか……お前がそう決めたのなら仕方あるまい。」


シグナムはそう少し残念そうにしながら告げる。同じ剣士として通じるところを感じていたシグナムは闘牙と共に闘えなくなることに寂しさがあるらしい。だがそれはなのはやフェイト達も同じだ。だがそれは仕方のないこと。皆、新しいそれぞれの道に進もうとしている。


なのはは来年から武装隊の士官になり戦闘技術を教え導く戦技教導隊入りを目指していく。


ユーノも正式に無限書庫の司書として働き始める。


正式にリンディの養子となったフェイトは執務官を目指し、来年試験を控えている。


はやてはそのレアスキルと騎士たちの力を生かした特別捜査官として将来は指揮官を目指している。


そう言った意味では今回の任務は恐らくこのメンバーで行える最後の任務になるかも知れなかった。



そんなどこか寂しさを感じる雰囲気をかえようとはやては自らのデバイスを手にしながら闘牙へと近づいていく。闘牙はそんなはやての姿に呆気にとられてしまう。そしてそのデバイスから光が放たれる。そしてそれが収まった先には、小さな妖精の様な少女の姿があった。その姿に闘牙は目を奪われてしまう。


「闘牙君にはまだ紹介してなかったな。私たちの新しい家族、リインフォースⅡや。よろしくな。」


「リインフォースⅡです。よろしくです!」


はやてに紹介されたリインフォースⅡ、リインは元気よくそう闘牙へと挨拶をする。その姿は本当にまだ生まれたばかりの子供の様な無邪気さに溢れていた。そしてその姿に闘牙はかつてのリインフォースの面影を見る。それはリインフォースとはやての約束。闘牙は確信する。間違いなく目の前のリインにはリインフォースの魂が宿っているであろうことを。


「ああ、俺は闘牙だ。よろしくな。」

「はい!闘牙さんのことははやてちゃん達からいっぱい聞いてます!」

「そうか、でもさんはいらねえ。闘牙でいいぜ。」

「分かりました、闘牙!」


リインはそう言いながら楽しそうに闘牙の周りを飛び回っている。どうやら噂をよく聞いていた闘牙に会えたことでテンションが上がってしまっているらしい。そんなリインをヴィータが姉の様な態度で諫めている。そしてその姿をシグナムにからかわれヴィータが騒ぎ始める。その騒ぎをはやて達は楽しそうに眺めている。だがそんな闘牙たちの姿をどこかうらやましそうに眺めている少女がいる。

それはフェイトだった。フェイトは楽しそうに闘牙と話しているはやて達を見ながら自分もその輪に加わろうとするのだがまるでそれに戸惑ってしまうように動きを止めてしまう。それはここ最近のフェイトの姿だった。

上手く闘牙と話ができない。それが最近のフェイトの悩みだった。確かに闘牙と話す時は緊張する時がある。でもそれはいつものこと。でも最近の自分はそれとは大きく違ってきている。こんなことは初めてだった。闘牙が自分に何かをしてきたわけでもない。自分が闘牙に何かをしたわけでもない。にもかかわらず自分は上手く闘牙と接することができない。以前は恥ずかしくてもその手を握ることができていたがここ一年ほどはそれもできていない。そんな自分の変化にフェイトは戸惑い、悩んでいる。いや、フェイトは自分が変わってきていることにまだ気づいていない。

それは成長。そして闘牙を異性として意識し始めている証。これまでのフェイトは子が親に、妹が兄に持つような感情が強かった。だがそれが変わり始めている。しかし、フェイトはそれが分からず、闘牙とどう接していいか分からなくなってきているのだった。そしてそんなフェイトを少し離れた所からエイミィが微笑ましく眺めている。


「いやー青春だねえ。」
「セイシュン?」

エイミィの言葉の意味が分からず隣にいたアルフは首をかしげることしかできない。そんな騒ぎの中、



「みんな、遅れてすまない。」


そう言いながら一人の青年が部屋に入ってくる。その姿に闘牙達はそれまでの騒ぎを止め、その青年に目を向ける。それはクロノ。その姿は二年の月日によって大きく変わっている。背は伸び、声は声変わりを終えている。クロノは少年から青年へと成長していた。


そしてクロノは皆に今回の任務の概要を説明していく。


最近発見された違法研究施設の調査。それが今回の任務の概要。


そこは管理外世界にあるものであり、その世界での文明レベルでは考えられない物。そのため管理局にその調査の任務が依頼されたのだった。

だがそれだけの任務ならばこれだけの戦力、ましてや闘牙の助けまで借りる必要はない。事実、ここ一年ほどはクロノも闘牙の力を借りるようなことはしていなかった。だが未確認の機械兵器らしきものが目撃されたとの報告。そしてクロノの執務官としての直感が今回の闘牙への協力要請をした理由だった。



そして闘牙達はその現場へと急行する。クロノはアースラでの指揮、ユーノ、アルフ、ザフィーラ、シャマルは現地の民間人の避難と保護を行うことになった。そしてそれ以外のメンバーは飛行しながらその違法施設へとその進路を向けるのだった。


「あ、見えてきたよ。あれがそうみたい。」

「そうやね、でも思ったより大きな施設みたいやな。」

なのはの言葉にそうはやては相槌を打つ。その施設の大きさからそれがとても個人の力で作ることができるようなものではないことは明らか。では一体誰が何の目的でこんなものを作ったのか。そして施設からは生体反応は確認できていない。恐らくは無人。はやてが疑問を持ち、思考しはじめたその時、



施設から無数の影が姿を現す。それはまるで施設を守るかのようにその矛先を闘牙達へ向け、接近しようとしてくる。その姿はまさに機械兵器。情報ではその存在が示唆されていたが実際に目の当たりにすることでなのはたちに緊張が走る。


「はやてちゃん、機械兵器らしき未確認体が多数出てきてます!」

その様子を見ながらリインが焦りながらそうはやてへ報告する。それを聞きながらもはやては冷静に思考する。目の前に現れた兵器はこれまで一度も確認されたことのないアンノウン。その能力も不明。ならば


「シグナム達は一旦下がって!なのはちゃん、フェイトちゃん、遠距離からの攻撃で様子見するで!」


遠距離からの攻撃で相手の能力を見極める必要がある。そう判断し、はやては指示を飛ばす。それに従うようになのはとフェイトの周りに魔力弾が作られていく。同時にクロノから機械兵器への攻撃許可が下りる。そして


「プラズマランサー………ファイアッ!!」

「アクセルシューター……シュートッ!!」


なのはとフェイトから桜色と金色の光が一気に機械兵器に向かって放たれる。その速度、精度から機械兵器はそれらをかわすことは叶わない。そしてその光が機械兵器を貫くかに思われたその瞬間、



機械兵器から見えない力が発動される。同時になのはたちの魔力弾がまるで何かにかき消されるかのように次々に無力化されていく。


「なっ!?」

その光景にはやては言葉を失う。なのはたちの攻撃は全力ではないとはいえ並みの魔導師では防ぐことができない程の攻撃を繰り出したはず。それをああも簡単に防いでしまう。一体どんな防御を行ったのか。そしてはやては気づく。なのはたちの、騎士たちの様子がどこかおかしいことに。その姿は何かに戸惑い、恐れているようだった。



(あれは………!!)


なのははレイジングハートを握る手に力を込めながら確信する。目の前の兵器が使っている防御。それを自分は、自分達は知っている。それはAMFと呼ばれるフィールド防御。それは魔力の結合を阻害する高等魔法。

そしてあの日、仮面の男たちが使ってきた魔法だった。

そのことに気づいたフェイト、シグナム、ヴィータの顔に緊張が走る。それはなのはたちにとってトラウマと言っても過言ではない物だったからだ。そしてそんななのはたちの胸中を嘲笑うかのように機械達は一斉になのはたちに襲いかかろうとする。戸惑いながらも意識を切り替えながらそれを迎撃しようとしたその時、



機械達を一陣の風が薙ぎ払う。その光景になのはたちは一瞬目を奪われる。それは闘牙の放った風の傷だった。


「どうしたんだ、お前ら。しばらく見ない間に腕がなまっちまったのか?」


闘牙は鉄砕牙を担ぎながらそうなのはたちに軽口を叩く。その言葉に、姿になのはたちは我を取り戻す。


「……ふん、誰に物を言っている?」
「闘牙こそ腕がなまってるんじゃねえのか?」


シグナムとヴィータ、二人の騎士がそれぞれ己の相棒、レヴァンティンとグラーフアイゼンを起動させる。そこには先程までの迷いは全く見られない。半年以上実戦を離れていた闘牙に後れをとるわけにはいかない。そんな不敵な笑みが二人の顔に現れていた。


「主、私たちが前に出ます。援護を宜しくお願いします。」

「うん、分かった!」

はやての言葉と共に、剣の騎士と鉄槌の騎士が弾けるように動き出す。それは主を守る守護騎士の本来の姿。そしてそれに合わせるように闘牙も動き出す。


それはAMFに対抗するため。

AMFはその特性上、特にミッド式の魔導師にとっては天敵となりうる。対抗策が無いわけではないが苦戦は免れない。だがベルカ式の守護騎士たちなら話は別だ。純粋な魔力攻撃に頼らない騎士たちならその防御を撃ち抜くことができる。シグナムたちとはやてはそう判断した。


「まとめてぶっ潰すっ!!」
「はあああああああっ!!」


そしてその判断通り、機械兵器達は騎士たちの前に次々に為すすべなく破壊されていく。機械兵器たちも熱光線のようなもので騎士たちを迎撃するも全てを捌き、かわされ二人にかすり傷一つ負わせることすらできない。


「邪魔だあああっ!!」


それに続くように闘牙もその剣を振るいながら機械兵器たちを切り裂いていく。AMFは確かに魔導師にとっては脅威となる。だがその例外がここに存在する。半妖という魔法ではない力を持つ存在。そして人ではない相手には手加減も遠慮も必要ない。闘牙にとっては目の前の機械兵器がどれだけいようが何の障害にもならない。


シグナムの連結刃が、ヴィータの鉄球が、闘牙の鉄砕牙がその力を持って機械兵器たちを薙ぎ払って行く。そして瞬く間に機械兵器たちは一つ残らず、タダの鉄屑へとその姿を変えてしまうのだった。


「流石はあの三人やね。」

「でも私たちの出番が全然ないよ……。」
「にゃはは……確かに……。」


はやては満足気に、フェイトはどこか不満げにそう愚痴を漏らす。せっかくAMFに対抗した戦術を披露しようとしたにもかかわらずその間もなく戦闘が終わってしまったからだ。なのははそんなフェイトを見ながら苦笑いするしかない。

そしてしばらくはやて達は研究施設から距離を置きながら様子をうかがう。残存した機械兵器がまだ存在している可能性を警戒してのことだった。だがその気配も見られないため、はやて達はそのまま施設内部に侵入を開始する。だがはやて達はすぐに拍子抜けをすることになる。それは施設の内部がすでに全く機能していないことが一目瞭然であったから。その様子からこの施設が既に破棄されたものであることは疑いようがなかった。


「既に破棄されてから数年は経っとる感じやね。」

「うん、でも一体何のために使われてたんだろう……?」

「さあな、でもきっと碌でもないことにきまってる。」


なのはの疑問にヴィータがそう投げやりに答える。だがそれは正鵠を射ていることは間違いない。これだけ巨大な施設。そして先程の残されていた機械兵器。まっとうな研究に使われていないことは間違いなかった。


そしてはやて達は注意しながら施設の奥へと進んでいく。だが進むにつれてある変化がはやて達に起こる。


それは息苦しさ。奥に進むにつれてまるで何か見えない力に気圧されるような、感じたことのない悪寒がはやて達を襲う。だがそれは汚染された物質などではない。その類の物質が無いことは既に確認している。ならこの違和感は、寒気は一体何なのか。フェイトが疑問を感じながらふと目を向けた先、そこには




険しい顔をした闘牙の横顔があった。


その表情にフェイトは驚愕する。それはまるで闇の書と対峙していた時の闘牙のよう。そしてさらに気づく。それは闘牙の腰に携えられた刀。鉄砕牙が震え始めている。まるで何かに反応しているかのように。



「トーガ………?」


フェイトはどこか恐る恐るといったように闘牙へと声をかける。だが闘牙はそれに全く反応しない。その脳裏には驚愕が、そして戦慄が満ちていた。



(これは………!!)


知らず闘牙は息を飲む。その背中には冷や汗が流れ始めている。


知っている。


俺は知っている。


いや違う。


俺ではない、犬夜叉の記憶がこれを知っている。


これは邪気。


かつて犬夜叉が殺生丸と共に闘った――――――




闘牙がそのことに気づいたその瞬間、




「なんや、これ?」


そんなはやての声が響き渡る。闘牙達はそのままはやての方向へと目を向ける。そこには何かを拾い上げているはやての姿があった。その手には何か長い物が握られている。その姿からそれがかなりの年代物であることは間違いない。そしてはやてがその埃をはらったその瞬間、



『何するんじゃ、もっと優しく扱わんかい。』


そんな声が辺りに響き渡る。その声にはやて達は驚き、戸惑う。辺りを見回してもどこにも人影も見当たらない。何よりもその声はまるではやてが持っている物から発せられているかのようだった。そして気づく。はやてが持っている物。それが刀の鞘であることに。



「鞘が………しゃべった?」


フェイトが驚きながら呟くようにそう口にする。それと同時に、鞘から老人の姿をした霊の様な物が姿を現す。シグナム達は未知の存在が突然現れたことに驚きながらも臨戦態勢をとる。だがそんなシグナム達を見ながらも老人はどこ吹く風と言った風に全く焦る様子を見せない。


『何じゃ、鞘がしゃべったらいかんのか?何かお前らに迷惑かけたか?』


老人はそうどこか不満げにはやて達に食って掛かる。その姿にはやて達はあっけにとられるしかない。


「何や、随分ひねくれた鞘やね……。」


はやてが冗談交じりにそうぼやく。そしてそれは皆同じようだ。だが目の前の存在はいったい何者なのか。デバイスならば確かに話してもおかしくない。だがそれはAI。決して目の前の様な存在ではない。ならリインの様な管制人格をもった存在なのだろうか。はやて達は戸惑いながらも鞘にそのことを尋ねようとする。だがすぐにはやては動きを止める。


それは老人がある方向に目を向けたまま動かなくなってしまったから。そしてその先には闘牙がいる。そして闘牙も老人と同じように固まってしまっている。二人の視線が交差したままいくらかの時間が流れた後、




『お前……ひょっとして犬夜叉か?』


老人はそう闘牙へと問いかける。その言葉にはやて達は驚愕する。


『犬夜叉』


その言葉と存在を知っているのは自分達だけのはず。にもかかわらず目の前の鞘、老人はそれを言い当てた。一体何が起こっているのか。もしかした闘牙の知り合いなのか。だが闘牙も驚愕の表情で鞘を見つめ続けるだけだった。



これが闘牙と鞘の出会い。



そしてこの数日後、ある事件が闘牙を襲う。



その直後







闘牙は鞘と共にフェイト達の前から姿を消した―――――――



[28454] 第43話 「再動」
Name: 闘牙王◆53d8d844 ID:e8e89e5e
Date: 2011/10/15 22:36
春の温かさが近づきつつも、まだ肌寒い空気が残る季節。そんな海鳴市の街に一つの人影がある。それは女性。いや、少女だった。その制服から少女が中学生であることが分かる。サイドアップのポニーテールの髪形をした少女は鞄を持ったまま一人佇んでいる。どうやら誰かと待ち合わせをしているようだ。そしていくらかの時間が経った時



「なのは、おはよう。」
「おはよう、なのはちゃん。」


そんな声が少女の後ろから聞こえてくる。そこには同じ中学の制服を着た二人の少女の姿がある。それに振り返りながら



「おはよう、アリサちゃん、すずかちゃん。」


なのはは笑顔を見せながら親友であるアリサ・バニングスと月村すずかに手を振りながら挨拶を返す。それが中学三年生、十五歳の高町なのはのいつもの登校風景だった。



三人はそのまま並んで歩きながら中学校へとその足を向ける。その姿には既にかつての幼さは残っていない。少女から女性へと変わろうとしている。そんな言葉が似合うような姿だった。だがいつもとは違うところがある。それはその人数。本当ならいつもはもう二人、ここにいるはずだった。


「そう言えばフェイトちゃんとはやてちゃんは?」

「二人とも今日はお仕事だから学校はお休みなんだ。」

「また?仕事もいいけどちゃんと学校にも来なさいよね。いくらもうすぐ卒業だからって休みすぎると取り消されるかもしれないわよ。」

「にゃはは………」


アリサの言葉になのははそう苦笑いすることしかできない。それはなのはにとっても他人事ではなかったから。

なのは、フェイト、はやての三人は学校に通いながらも管理局魔導師として働いていた。できる限り学業に支障が出ないように気をつけてはいるもののやはり任務によっては休まざるをえない場合もある。その時にはアリサとすずかに後から授業の内容、ノートを移させてもらうのが日課になりつつあった。それを申し訳ないと思いつつもついつい二人の好意に甘えてしまっているなのはたちだった。


「ま、あれだけ休んでおいてもちゃんと卒業できるのだけは安心したわ。なのはたちは最後の学生生活なんだからちゃんと楽しんどきなさいよ。」

「そうだね、三人とも卒業したらそのまま魔法使いとして働き始めるんでしょ?」

「うん、その予定だよ。」

アリサとすずかの言葉になのははそう相槌をうつ。今は中学三年の二月。一カ月後、卒業すればなのはたちはそのままミッドへと転居し本格的に魔導師として働くことになる。今はその準備も進めている最中だった。


「なのはちゃんは向こうで一人暮らしするの?」

「ううん。フェイトちゃんと一緒にルームシェアで暮らす予定。」

「相変わらず仲がいいのね……。あんまり仲が良すぎるとユーノが嫉妬するわよ。」

「そ……そんなことないよ!」

アリサの冗談になのはは顔を赤くしながら反論するもアリサとすずかはそんななのはを見ながら笑い続けている。自分がからかわれたのだと気づくもなのははそのまま不貞腐れてしまう。それはいつもの三人の光景。それは例え年月が経ったとしても変わらないものだった。


「ま、冗談は置いておいて。なのは、無茶はしないようにしなさいよ。前みたいなことがないようにね。」

「そうだよ、なのはちゃん。怪我がなかったからよかったけど本当に心配したんだから。」

「ご……ごめん、二人共。約束する。」


二人の言葉になのはは顔を俯かせながらそう約束する。あの時は本当に二人に、いやみんなに心配と迷惑をかけてしまった。そのことを身にしみて理解しているなのはは素直にそう答えるのだった。



「でも……そうか……あれからもう四年も経つんだね………。」


すずかはそうどこか感慨深げにそう呟く。しかしその顔はどこか寂しそうな、悲しそうなもの。そしてそれはなのはも同じ。三人の間に沈黙が流れる。


『四年』


それはなのはたちにとっては特別な時間。いや、止まってしまった時間と言ってもいい物。三人の脳裏には同じ人物が浮かんでいた。それは一人の少年の姿。自分達よりも一回り年が離れた大切な友人、仲間。



「………全く……連絡くらいよこしなさいよね………。」


アリサはそうどこか吐き捨てるように呟く。だがその言葉にはその人物への想いが込められている。そんな言葉になのはとすずかも答える術を持たない。





闘牙がなのはたちの前から姿を消してから四年が過ぎようとしていた―――――――




夜の管理外世界の市街地に一つの赤い光が疾走している。その動きはまさに彗星。そしてその光はまるで何かを追っているかのような軌跡を描いている。その追われているのはまるで棺桶の様な銀の光を放つ物体。

それは『ガジェット』と呼ばれる機械兵器。ガジェット達はその赤い光から逃げるために蜘蛛の子を散らすように散らばって行く。だが



「逃がすかっ!」

叫びと共に赤い光、魔力光を纏った少女、ヴィータが自らのデバイスを振り上げる。その瞬間、少女の周りに次々に鉄球が生み出されていく。そしてそれに向かって鉄槌のデバイス、グラーフアイゼンが振り下ろされる。同時に鉄球たちはまるでガジェット達に吸い寄せられるかのように凄まじい速度で疾走していく。それを感知したガジェット達はそれを何とか回避しようと試みるもその速度と精度に対応しきれない。ガジェット達はヴィータの放った鉄球によって為すすべなく打ち貫かれ、本来の鉄の塊へとその姿を変えていく。

逃げ切れないと悟ったのかその中の何体かはその矛先をヴィータに向け襲いかかってくる。その瞬間、ガジェット達から次々に熱光線が放たれる。それは全てヴィータに根らを定めていた。だがヴィータはすぐさまその場を弾けるように動き出し、その攻撃をまるで何でもないかのように避けていく。その姿には全く恐れも恐怖もない。ただ目の前の敵を打ち砕く。鉄槌の騎士の姿がそこにはあった。



「終わりだっ!」


咆哮と共にその容赦ない破壊の鉄槌がガジェット達を打ち砕いていく。後には機能を停止したガジェット達の残骸が残されただけだった。他に敵が残っていないことを確認し、その場を離脱しようとした時、



「どうやら少し遅かったようだな。」


そんな聞き慣れた声がヴィータの後ろから響き渡る。驚きながらヴィータが振り返った先には自らの仲間であり将、剣の騎士シグナムの姿があった。


「シグナムか、驚かすなよ。」

「悪かった。だが援護に来るまでもなかったようだな。」

悪態をつくヴィータに謝りながらシグナムは目の前の光景に目を向ける。管理世界外でのガジェットの襲撃の情報が入り、ヴィータが出撃することになった。だが念のためシグナムにも援護の要請が来たのだがどうやらいらぬ世話だったらしいことにシグナムは気づく。まあ万が一にもヴィータが機械兵器ごときに後れをとるとは思ってはいなかったのだが。


「当たり前だ。こんな雑魚、何体いたって関係ねえ。」

「そうだな。だがこいつらがいると言うことは近くにロストロギアがある可能性が高い。そちらの方が危険性が高いだろう。」

ヴィータの言葉にそうシグナムは釘をさす。そのことを失念していたのかヴィータは一瞬ばつが悪い表情を見せるもすぐに緊張を取り戻す。


ガジェットはロストロギアを収集するために行動している。


それがガジェットに関して判明している数少ない事実の一つだった。どうやらこれを作り、利用している犯罪者は何かのロストロギアを狙っていることは間違いない。だがそれほどその感知機能は優れていないのかどうやらロストロギアであれば何であれ反応するようなものらしい。そのため相手が何のロストロギアを狙っているのかはまだ掴めてはいなかった。


「でもこいつら数だけは多いんだよな。倒しても倒してもきりがねえ。」


ヴィータは目の前のガジェットの残骸を眺めながらそう愚痴をこぼす。実際にガジェットの数は最近さらに増加しており、またその行動範囲も広いため対処しきれていないのが現状だった。


「確かにな……。いずれにせよ大元を叩かない限りは意味がないだろう。」


そんなヴィータの言葉に同意しながらシグナムそう呟く。ガジェットは所詮機械兵器。それを作り出している犯罪者を捕えない限り事件が解決することはない。また機械兵器であるがゆえに得られる情報も、あちらへの損害もたいしたものにはならない。だが


「しかしそれももう少しで終わりになるかもしれん。」


シグナムはそうどこか含みを持たせる言葉をヴィータに告げる。


「……?どういう意味だ?」


ヴィータは訝しみながらシグナムの言葉に疑問を抱く。まるで四年前から始まったガジェット、ロストロギアに関する事件がもうすぐ解決するようなニュアンスがそこにはあったからだ。そんなヴィータの姿を見てどこか楽しげにしながら




「……主はやての夢がもうすぐ叶う。そういうことだ。」





シグナムは力強くそう宣言するのだった……………






(ちくしょう………!!)


男はどこか焦った様子でいらだちを見せている。そしてその男がただの一般人ではないことは明らかだ。何故ならその男、ライルは今空を飛んでいる。それはすなわちライルが魔導師であることを意味していた。そしてその手には大きなケースの様な物が握られている。その中身は金や宝石と言った貴金属で詰まっている。


ライルは次元世界で指名手配されている犯罪者だった。


もっとも指名手配と言っても殺人等の凶悪犯罪を犯しているわけではない。ライルはその手に持っているケースが意味するように窃盗犯。だがただそれだけなら指名手配などされる物ではない。だがその手口の悪質さがその理由だった。


それは管理外の文明が未発達な世界ばかりを狙い窃盗を行っていること。ライルは魔導師としてはCランク程の実力しかなく管理世界で犯罪を犯したとしてもすぐに捕まってしまうだろう。

だがそれが未発達な世界なら話は別だ。そこならば例えライルの魔法の力であっても十分に通用する。例え追って来たとしても空を飛んでしまえばその世界の住人は自分を追ってくることもできない。まさにやりたい放題ができる世界だった。だがそんな生活もたった今、終わりを告げてしまった。



金髪の長髪の女性。恐らくは魔導師であろう女がライルを追ってきたからだ。それに気づいたのは本当に偶然だった。いつも通り盗む品を物色している中、人ごみの中で偶然その姿に気づいた。それはまさに直感と言ってもいい物。微かではあるがその女性から魔力を感じたことが最後の決め手となった。すぐさまライルはそのまま上空に飛び立ち、逃走を開始する。

こんな辺境の世界まで追ってきているということは恐らくは女は執務官なのだろう。自分の様な犯罪者に武装局員や部隊を派遣するとは考えづらい。本来なら執務官に見つかればほとんどの犯罪者はそこであきらめる。それほどの力を執務官は持っているからだ。だが焦りながらもライルの顔にはあきらめの色は見えない。それはある自信があったから。

それは飛行速度。それにライルは絶対の自信を持っていた。攻撃や防御に関しては並み以下だが飛行速度に関してライルは例え執務官であっても負けない自信があった。現にこれまでもライルは追手の魔導師御をその速度で振り切っている。もし相手が複数であれば難しかったかもしれないが自分相手に複数の魔導師を派遣できるほど管理局に人員は余ってはいない。それがライルが管理外世界で犯罪を行っているもうひとつの理由だった。


ライルは振り返ることなくその全力を持って空を駆け抜ける。その速度はまさに疾風。これまで管理局の魔導師が取り逃がしてしまうも無理もないほどの速度。ライルはあっという間に先程までいた街から遠く離れた位置にまで飛び続ける。

ここまで引き離せば十分だ。後は身をひそめ、転移魔法で違う世界へ逃げるだけ。一度見つかってしまった以上少しほとぼりが冷めるまでは身をひそめていた方がいいだろう。幸いにも今持っている貴金属類を換金すればしばらくは遊んで暮らせる。そう内心ほくそ笑みながら顔を上げたその先には



黒いバリアジャケットを身にまとったツインテールの女性の姿があった。


その姿にライルは目を見開くことしかできない。


あり得ない。


自分は全速力でここまで飛行してきた。そこに油断はなかった。にもかかわらず女は自分よりも先にいる。それはつまり


目の前の女は自分よりも遥かに『速い』ということ。



「時空管理局執務官フェイト・テスタロッサ・ハラオウンです。あなたを次元世界違法渡航と窃盗の罪で逮捕します。」


そんなライルの驚愕をよそにフェイトはそう静かに告げる。その姿にライルは焦り、恐怖する。自分が逃げきれない程の速度。それを目の前の執務官は持っている。


このままでは捕まってしまう。そうなれば終わりだ。せっかくここまでやってきたのに。こんな、こんな二十歳にも満たない小娘に自分の人生を台無しにされるわけにはいかない。



「なめんなああああっ!!」


叫びながらライルは自らのデバイスを起動させる。それは何の変哲もないストレージデバイス。そして目の前にいるのは執務官。勝ち目などあるわけがない。そんなことは誰の目にも明らか。だがライルは正常な判断力を既に失っていた。そしてその魔法は殺傷設定。もはや自棄にも近い行為だった。だが


「な…………っ!?」


ライルがそのデバイスを構えるよりも早く金の魔力刃がその首元に突きつけられる。


それはまるで死神の鎌。


驚愕するのはその速さ。


見えなかった。


目の前の執務官が自分の間合いに入り込むまでの姿が全く見えなかった。


桁が違う。


そうとしか言えない程の力の差が目の前の相手と自分にはある。


「…………続けますか?」


それを悟ったライルはそのままデバイスを手放し、両手を上げる。




それが時空管理局執務官フェイト・テスタロッサ・ハラオウンの実力だった。






「ふう………」


そうどこか溜息をつきながらフェイトは自分の職場へと足を向ける。そこには先程まで凛としていた執務官としてのフェイトの顔はなかった。それまさに十五歳の少女の物。決して無理をしているわけではないがやはり任務中は執務官としての自分を保つことが必要であり知らずそれが解けると溜息が洩れる。それを考えればそれを全く感じさせない兄であるクロノの偉大さが身にしみて分かってきたフェイトだった。


今回の任務は潜伏していた犯罪者の確保だったためどうしても長期任務にならざるを得ず、学校も休むことになってしまった。またアリサ達に迷惑をかけてしまった。今度会うときは翠屋のケーキをお礼に持って行こう。そんなことを考えた瞬間、フェイトの心に寂しさが蘇る。


『翠屋』


そこは自分には特別な場所だった。そこに行くことが、そこにいる人に会いに行くことが自分の喜び、楽しみだった。でもその人はもういない。そんなもう分かり切った事実にフェイトが落ち込みかけたその時、


「何や、暗い顔して何かあったん、フェイトちゃん?」


そんな親友の声が響き渡る。驚きながら顔を上げたそこには


「はやて………?」


自分の親友、八神はやての姿があった。





「ふーん。ここがフェイトちゃんの職場なんか。」


はやてはそう言いながらきょろきょろとフェイトのデスクを眺めている。まるで観光にでも来ているのではないかと思ってしまうほどの騒がしさだった。そんなはやての姿に他の職員の目が集まり始めてしまう。流石にこのままではまずいと判断したフェイトはそのまま別室にはやてを案内するのだった。


「それで……今日は一体どうしたの、はやて?いきなりこっちに来るなんて……」


テーブルを間に挟んで向かいながらフェイトはそう問いかける。自分ははやては同じ管理局員だがその部署も働く場所も異なっている。はやてがここを訪れるなんてことは初めてだった。



「いや、ちょっとフェイトちゃんに話があってな。できる限り早い方がいいと思ってここまで来たんや。」


そんな訝しんでいるフェイトをどこか楽しそうに見ながらそうはやては切り出す。


「話………?」


フェイトはそんなはやての言葉にそんな声を上げることしかできない。はやてがわざわざここまで自分に会いに来てまでするような話。その内容が全く見当がつかなかったからだ。


「そうや………単刀直入に言うで。フェイトちゃん………私が作る部隊に参加してくれへん?」


はやてはそう力強くフェイトに告げる。それはある意味引き抜き、いやスカウトに近いものだった。


「はやての……部隊……?」


フェイトは驚きながらそう呟く。部隊。それを持つことがはやての夢だったはず。それを自分となのははよく聞かされていた。だがそれは恐らくはもう少し先の話になるだろうとフェイトやなのはもちろん、はやて自身もそう思っていたはず。それが何故こんなに急に。そんなフェイトの戸惑いを悟ったはやてはそのまま説明を続ける。


「そうや……古代遺物管理部『機動六課』その名の通り、ロストロギアに関する事件を担当する部隊や。」


その言葉にフェイトは納得する。確かにはやてはロストロギアに関する事件を担当することが多かった。ならその部隊の隊長を任されてもおかしくはないだろう。だがそれにしても早すぎる。確かにはやては指揮官の道を目指して勉強を、鍛錬を積んでいたがそれを考慮してもどうにも腑に落ちない点が多かった。だがそれを見て取ったはやてはその理由を話し始める。


「でもそれは表向きの話や。本当の理由は別にある。機動六課は近年多発しとるガジェットによるロストロギア強奪事件に対抗するために作られる部隊。その首謀者を逮捕することがその任務や。」


「首謀者を………?」


フェイトははやての言葉に驚きを隠せない。その言葉。それはガジェットを裏で操っている首謀者の目星が既に付いているということと同義だったからだ。


「そうや。フェイトちゃんを誘ったんは幼馴染のよしみもあるけどそれだけやない。二つ大きな理由があったからや。」


「二つ?」


「そう、一つはその首謀者についてや。最近ガジェットが作られていたと思われる施設が発見されてな。その痕跡からどうやら次元犯罪者のジェイル・スカリエッティが関与してる疑いがあるんや。」


「スカリエッティがっ!?」


はやての言葉にフェイトが思わず声を上げる。だがそれは無理のない話だった。


『ジェイル・スカリエッティ』


生体操作や生体改造によって広域指名手配されている次元犯罪者。


その他にも数々の犯罪の嫌疑も掛けられている犯罪者であり、フェイトが今追っている相手でもあった。


「フェイトちゃんもスカリエッティを執務官として追ってるってことを知ってな。是非フェイトちゃんの力を借りたいと思ったんよ。」


フェイトははやての誘いの理由にようやく納得がいった。確かに同じ犯罪者を追うのならその方が効率がいい。何よりもガジェットを通して今までその行方をくらまし続けたスカリエッティの居場所を掴むことができるかもしれない。フェイトは既に執務官としての顔に変わっていた。そのことに気づきながらもはやてはさらに続ける。


正式に六課が設立し動きだすのは一ヶ月後。ちょうどはやて達が中学を卒業してからだということ。


メンバーには騎士たちも入っており、明日にはなのはにも声をかけるということ。


設立に関してはクロノやリンディ、それ以上の後ろ盾もあるため心配はいらないこと。


フェイトは知らず自分の心が高まってくるのを感じる。なのはやはやて達とまた共に闘うことができる。何よりもこれだけの戦力が必要となる任務。執務官としても、フェイト個人としても興奮しないわけにはいかなかった。


そしてそんなフェイトの様子を見ながらはやてはどこか意味ありげな笑みを浮かべながらその最後の理由を告げる。



「最後にフェイトちゃんにはある重要参考人を見つけてほしいんや。」


「重要参考人?」


重要参考人。その言葉通りならその人物はこの事件に深く関わっている人物と言うことになる。スカリエッティの協力者か何かだろうか。フェイトはこれまで得ている情報からそれを理解しようとするがそれよりも早くはやての言葉が続く。


「実はさっき言ったガジェットを製造していた施設は何者かにすでに破壊されとったんや。しかもその中にいたガジェットは全て全滅。施設も半壊。魔力残滓も全く測定されんかったらしい。」


はやての言葉にフェイトは驚愕する。ガジェットの製造施設と言うことはその数はこれまで自分たちが闘ってきた数とは比べ物にならないはず。よっぽどの大人数か、エース、ストライカー級の実力が無ければそんなことは不可能だ。


そしてフェイトは気づく。


はやての言葉。


その中には魔力残滓が測定されなかったとあった。それはつまり、施設を破壊したのは魔導師ではないと言うこと。


そんなことがあり得るのか。いや、知っている。自分は知っている。そんなことをできる存在を。


「そして近隣の住民達からガジェットから助けてくれた人がおるって情報があった。」


はやてはどこか嬉しそうに、楽しそうに言葉をつなぐ。


だがそんなはやての姿は既にフェイトの目には映ってはいなかった。


心臓が高鳴る。


息が止まる。


まるで時間が止まってしまったようだ。





「『銀髪の使い魔』………それが住民を助けて、施設を破壊した重要参考人や。」



その言葉にフェイトの心が、体が震える。






今、四年間止まっていた運命の歯車が再び動き出そうとしていた――――――



[28454] 第44話 「軌跡」
Name: 闘牙王◆53d8d844 ID:e8e89e5e
Date: 2011/10/18 01:59
ミッドチルダにある施設の廊下に一人の女性の姿がある。女性は管理局の制服を着、足早にある部屋に向かって歩みを進めていく。そしてその部屋のドアの前に辿り着くと一度大きく深呼吸した後、そのドアをノックする。


「どうぞ。」


するとすぐに部屋の中から聞きなれた女性の声が響き渡る。それを確認した後


「失礼します、八神部隊長。」


部屋を訪れた女性、高町なのははどこか楽しそうにそう告げる。その視線の先には大きなデスクに腰掛けている八神はやての姿があった。



「あはは。まだ設立してないから部隊長やないんやけどな。」


はやては笑いながらなのはの冗談に応じる。だがどうやらその呼び方は満更でもなかったらしい。なのははすぐにいつもの雰囲気に戻りながらはやてに近づいていく。今日、なのはは間もなく設立される機動六課についての細かい打ち合わせのためにはやての元を訪れていたのだった。だが

「あれ、フェイトちゃんは?」

なのはは首をかしげながらそう口にする。確か今日はフェイトも加えて三人で打ち合わせをする予定だったはず。だが部屋にはどこにもフェイトの姿は見当たらなかった。フェイトは遅刻をするような性格ではない。一体どうしたのだろうか。

「ああ、フェイトちゃんなら今、『重要参考人』を捜索しに出かけてるところや。」

そんななのはを見ながらはやてはそうどこか楽しそうに告げる。その言葉でなのはは全てを理解する。なのはもすでにはやてからそのことは知らされていたからだ。もっとも正式なスタートはもう少し後なのだが待ち切れなかったのか既にフェイトは独自に捜査を開始してしまっている。本来なら止めるべきところなのだろうが事情が事情なので仕方なく大目に見ているはやてだった。


「でも闘牙君が帰ってくれば久しぶりに全員集合だね。」


なのははそう嬉しそうにはやてに話しかける。これまでなのはたちは個人同士で同じ任務に就くことは何度かあったが、全員で同じ任務に就くのは本当に久しぶりだった。闘牙はなのはにとっては師でもありもう一人の兄と言ってもいい存在。無事なことが分かっただけでもよかったがやはり直接会いたいというのが本音だった。


「そうやね……もうあれから四年も経つんやね………。」


嬉しそうにしているなのはに相槌を打ちながらもはやてはそうどこか感慨深げに呟く。だがその顔はどこか憂いを帯びている。そんなはやての姿を見ながらなのはもどこか考え込むような表情を見せ、目を俯かせる。二人は同じ日のことを思い返している。


それは四年前、自分たちが最後に闘牙を見た日のことだった。



クロノの要請で闘牙と共に違法施設の調査の任務を行う中でなのはたちは一つの存在と邂逅する。それは鞘。それはなのはたちの理解を超えた存在。そして闘牙はどうやらその鞘のことを知っているらしかった。鞘も闘牙のことを知っているかのようなふるまいを見せている。

そして闘牙はそのままその鞘を少し預からせてほしいとクロノに申し出た。その言葉にクロノは難色を示すものの、鞘のことに心当たりがある闘牙がそう言うのならそうしたほうがいいだろうと判断し、一時的に闘牙が鞘を持つことになった。その際に簡単にではあるが闘牙は事情を説明する。その鞘は叢雲牙と呼ばれる刀を封印していたものであり、五百年以上前から存在している物であること。その封印されていた叢雲牙は危険なものであること。そのためそれに関する事情を鞘から聞きたいと言うのが闘牙の提案だった。クロノ達もその言葉を聞き入れ、そのまま鞘を闘牙に託す。


そしてあの事件が起こる。



それはガジェットによる海鳴市襲撃事件。


それは死者は出さなかったものの多数の負傷者を出す惨事となってしまった。そしてその中心には闘牙と鞘の存在があった。その日、闘牙はいつものように翠屋の買い出しに街へ出かけていた。その際に一緒に鞘を連れ歩いていた。鞘が現代の世界を見てみたいと言い出したためだ。そして闘牙達が街に着いたのとほぼ同時に悲鳴が辺りを支配する。

それは機械兵器であるガジェットが突如街に現れ何かを探しているかのように破壊活動を開始したためのもの。突然の事態に人々は逃げまどうしかない。闘牙もすぐさま犬夜叉の姿に変身し応戦しようとする。だがそこで致命的な問題が起きる。

それは結界を張ることができないということ。闘牙の首飾りには簡易的な結界を張る機能は存在している。だがガジェットのAMFによってそれは阻害されてしまう。なのはたちであれば魔力を高めることで結界を張ることもできただろう。だがそれは闘牙には不可能。闘牙はそのまま結界を張れないままの戦闘を余儀なくされる。

だがそれは想像を遥かの超えた困難さ。人と建物が密集した場所では風の傷を使えない。闘牙は鉄砕牙によって一体一体を切り裂いていくしか手立てはない。だが逃げ惑う人々、傷ついた人々を庇っての闘い。それは闘牙がこれまで経験したことのない事態。そして異変を察知したなのはたちが現場に駆け付けた時には全てが終わっていた。


そこには全てのガジェットを破壊した闘牙が惨状の中で一人佇んでいる姿があった。その姿、表情は今でも忘れられない。

本当ならその時に全ての事情を聴くべきだったのかもしれない。だがそれはできなかった。


そしてその次の日、闘牙は鞘と共に姿を消した。自分たち、フェイトにも何も告げずに。



二人はそのまま何を言うまでもなく黙りこんでしまう。


あの日からのフェイトの様子は今でも忘れられない。まるでプレシアを失ってしまった時のような姿だった。執務官になってからはそんな姿を見せることもなくなっていたがきっと心の中では辛かったに違いない。それは親友でもある自分たちでも力になることができない物。だがそれが今、再び動き出そうとしている。ならそれに自分たちも続かなければならない。



「何や暗くなってしもうたけど……大事なのはこれからや。闘牙君が戻ってきた時にビックリさせれるようにな!」

「うん、そうだね!」


はやての元気な言葉になのはもそう力強く頷く。過去は変えられないがこれからのことはきっと変えていける。そのためにフェイトも動き始めている。なのはもそれに負けないように頑張ろうと決意を新たにする。



「それにしても銀髪の使い魔か……やっぱり知らん人から見たらそう見えるんやね。」


はやてはそう言いながらどこかおかしそうに笑い続けている。その言葉になのははどこか懐かしい気持ちになる。闘牙は最初、フェイトとアルフに出会った時もなのはの使い魔だと勘違いされ落ち込んでいた。その後も散々それをアルフにネタにされていた。今度はきっとはやてにそれをネタにされてしまうだろう。なのはは今はまだここにはいない闘牙に同情するしかない。


「あんまりいじわるしたらだめだよ、はやてちゃん。闘牙君、怒ると怖いんだから。」

「分かっとるって。とにかくこれから忙しくなるよ。よろしくな、なのはちゃん。」


はやてはそう言いながらなのはに手を差し出す。なのはもそれに応じるようにその手を握り返す。そこには出会った頃から変わらずある友情があった。そしてそんな中、はやてはあることに気づく。


それはなのはの姿。その顔は薄くではあるが化粧をしている。いつもはなのはは化粧をするようなことはしていない。それはつまり



「……ふうん、そうか。彼氏を待たせとんやったら長く引き留めるわけにはいかんね。馬に蹴られんうちに退散することにするわ。」

「は……はやてちゃんっ!」


はやてはそう含みがある笑みをしながら部屋を後にしていく。そんなはやてに向かってなのはが顔を赤くしながら何か言っているがはやてをそれを無視してさっさとその場を後にするのだった。



そしてはやてはそのまま自動販売機のある食堂にまで足を向ける。その脳裏には先程のなのはの姿とフェイトの姿があった。

二人ともどうやら色気づくような歳になってしまったらしい。からかうネタには当分困りそうにない。これからの部隊も楽しいものになりそうだ。だがそんな中、はやてはあることにふと気づく。それは



(あれ………そういえば……私もなのはちゃん達と同い年のはず……)


自分もなのはたちと同じ年であるということ。にもかかわらず自分には男っ気が全くない。恋するなのはとフェイトの姿をはやてはずっと見続けている。だが自分にはそういった機会が、経験が全くない。

知らずはやての背中に嫌な汗が流れ始める。はやては気づく。二人の恋をからかっている場合ではないのではないか。そんな焦りと戸惑いがはやてを支配し始める。


(ち……違う!私はまだ十五歳や!あ……あの二人が早すぎるだけなんや!そうや……そうに決まってる!)


はやてそう力強く自分に言い聞かせる。それはまるで自己暗示のよう。向き合えない現実からの。はやては頭に手を当てながら苦悩し悶えている。そして



「はやてちゃん、一体何してるんですか?」
「さあ?」


外から戻ってきたリインとヴィータは自販機の前で一人怪しい動きをしているはやてを少し離れた所から眺め続けるのだった…………





ミッドチルダの地上本部の一室に二つの人影がある。それは男性。一人はデスクに座り、もう一人はその正面に立っている。その姿から二人が一般人ではないことは一目瞭然だった。



「すまんな、ゼスト。急な呼び出しをしてしまった。」


「気にするな。いつものことだ。」


立っている男、ゼストはそう静かに何でもないことのように答える。だがそこには目の前の男への信頼があった。そしてそれを悟ったデスクに座っている男、レジアスはそのデスクに肘をつき、手を顔の前で組みながら再びゼストに向かい合う。何か重要な話が二人の間で行われようとしているのは明白だった。


『ゼスト・グランガイツ』

それが一人の男の名前。時空管理局首都防衛隊に所属するストライカー級の魔導師。ベルカ式の魔法を駆使する優れた騎士であり、その実力は広く知られている人物だ。


そしてもう一人の男。


『レジアス・ゲイズ』

中将であり、地上本部の数多くの実権を握り、多大な影響力を行使できる事実上の地上本部総司令。「地上の正義の守護者」とまで言われるほどの人物だ。


本来なら身分が違いすぎる二人だがその間には全く遠慮も容赦もない。まさに自然体。それはゼストとレジアスが階級を超えた親友であることを現していた。


「悪いがさっそく話しを進めさせてもらう……ゼスト、もうすぐ新設される機動六課を知っているか?」


レジアスは静かにそれでもどこか威圧感を感じさせるような声でそうゼストに問う。それはいつも通りのレジアスとの会話。だが全く知らない人が聞けばまるでゼストが責められているように聞こえてしまうだろう。


「ああ、俺も耳にしている。確かロストロギアに関連した事件を担当する部隊だと聞いているが………」


しかしゼストはそれに全く動じず即答する。それは気心が知れたゼストだからこそできるものだった。


「そうだ……だがそれは表向きの話だ。六課はガジェットによるロストロギア強奪事件……ジェイル・スカリエッティを逮捕することを目的として設立される。」


レジアスはそうどこか苦悶の表情を見せながらそう告げる。その言葉の意味をゼストはすぐさま理解する。


「それは………」


「そうだ。機動六課は遠からずスカリエッティとその戦闘機人計画と向き合うことになるだろう………。」


レジアスの言葉にゼストは静かに聞き入ることしかできない。それには理由がある。


『ジェイル・スカリエッティ』と『戦闘機人計画』


レジアスとゼストはその両者と切っても切り離せない因縁がある。


レジアスは静かに目を閉じながら回想する。それはレジアスがこれまで歩んできた道だった。


レジアスは元々は武闘派であり、そのつながりでゼストとは階級を超えた親友となっていた。レジアスは地上の平和と言う理想を持って上を目指し続けていた。そしてゼストはそんなレジアスの理想に共感し、力を貸していた。だがそれも時間が経つうちに徐々に変化が生じてくる。上を目指すこと。それが綺麗事だけではできないことをレジアスは痛感する。そしてレジアスは次第にその権力に固執するようなる。いつの間にか権力を握ることのみに執着し、かつての理想を見失ってしまう。そう、まるで目的と手段を履き違えてしまうかのように。

そしてレジアスは非人道的な計画に手を染める。それは人造魔導師、戦闘機人計画。地上の戦力不足を解決するために最高評議会から提案されたジェイル・スカリエッティの計画。

それが実現すれば地上の平和は保たれる。何よりも自分のバックボーンである最高評議会の要請。断ることなどありえなかった。そしてその頃からゼストはレジアスの姿が変わって行ってしまっていることに気づき、何度もアプローチを掛けてきた。だがレジアスはそれにすら気づかない程ただ権力と言う魔物に取り憑かれてしまっていた。

だがそれに一抹の疑問が生じる。それはスカリエッティの行動。ある時を境にその行動はエスカレートしていく。それまでは体面上ではあるがこちらの指示や、最高評議会の意志に従っていたのだがまるでそれを無視するかのような行動が目立ち始める。このままでは間違いなくスカリエッティは捕まり、自分との関係が明るみに出てしまう。最高評議会は強力なバックボーンではあるが管理局の全てがその支配下にあるわけではない。その力にも限界はある。レジアスは密かに計画から離れることを考え始める。


だがそれが間違いだった。それは最高評議会にとってこの計画はレジアスが思った以上に重要なものであったということ。そしてレジアスの態度、裏切りを防ぐために評議会はある手段に出る。

それが今から四年前。それはレジアスの親友であるゼストの部隊への粛清。

評議会からゼストの部隊に向かってスカリエッティの施設の情報がリークされ、ゼスト達はそこに誘い込まれてしまう。レジアスがそのことに気づいた時には既に手遅れ。ゼスト隊が謎の機械兵器達による襲撃を受けたという連絡がレジアスに届く。

その瞬間、レジアスは絶望した。自分を信じて、その理想のために尽くしてくれた親友を自分が死なせてしまった。それはまるで罰。これまで非人道的な犯罪に手を染めてまで権力に執着し続けた自分への。レジアスはその時に後悔し、気づく。自分が既にかつての理想を失ってしまっていたことに。

だがそれはまだ失われていなかったことが判明する。それは知らせ。ゼスト隊が重傷を負いながらも命を取り留めたと言う知らせだった。レジアスは驚愕する。あの施設にはガジェットだけではなく戦闘機人もいた筈。いくらゼストといえど罠におびき寄せられそれらを相手に命があるとは思えない。そしてその理由は後に判明する。それはゼストの証言。

自分たちが追い詰められ死を覚悟した時、犬の耳をした銀髪の使い魔が、いや青年が現れ、自分たちを救ってくれたのだと。だがその使い魔が何者であるかは聞くことはできず、そのまま青年は姿を消してしまったこと。

レジアスは涙を流しながらゼストへと懺悔する。これまでの自分の行い、そして罪を。ゼストはそれを黙って聞き続けた後、一つの約束をレジアスとかわす。

『二度と理想を見失わないこと』

それがゼストが約束させたこれまでレジアスが行ってきた罪に対する罰、償いだった。


だがそれはすぐに実現できるものではない。評議会が再びゼスト達を狙う可能性をレジアスは警戒していたがその気配もない。自分の命を狙ってくるのかとも考えたがそれも一向に感じられない。どうやら評議会は自分を消して新しい支配者を作るよりもゼスト達を首輪とすることで自分を傀儡にすることを選んだらしい。

そしてそれはスカリエッティと戦闘機人計画から離れることができないことを意味していた。今、レジアスは表面上は評議会に忠誠を誓いながらも反撃の機会をうかがっているところだった…………




「六課の連中はまだ気づいておらんのだろう……自分たちが踏もうとしている物が虎の……いや、竜の尾であることに……。」


レジアスの言葉をゼストはただ静かに聞き続けている。ゼストは自分がレジアスを縛る首輪になってしまっていることに無念を感じていた。だが自分が死ねばレジアスもまたかつてと同じ様な道を歩んでしまうことは間違いない。八方ふさがりの状況だがゼストはまだ決してあきらめてはいなかった。



「だがこれはチャンスでもある……ゼスト、またお前に働いてもらう時が来るかもしれん。」


レジアスは目に力を込めながらそう告げる。高ランク魔導師ばかりを集めた部隊。本来なら地上の司令官としては見逃すことができるものではないが今回はそんなことにこだわってはいられない。少なからず六課はスカリエッティ達とぶつかることになるだろう。六課が評議会の力が及ぶ部隊であればすぐに終わっただろうが六課はそのバックボーンは異なっておりそれも強力だ。すぐに潰れるようなことはないだろう。ならばその衝突の際には評議会にも隙が生じるはず。それが自分の、いや自分たちの勝負の時。



「分かっている、一度は失くしたこの命。お前の正義になら殉じても構わない。」


レジアスの言葉にそうゼストは静かに、だが力強く答える。そこには揺るがない決意と気迫がある。騎士として、親友としてその誓いを破ることはないと、そう宣言するかのように。


「ああ……だが死ぬことは許さん。わしはまだお前を失うわけにはいかん。」


ゼストの覚悟を感じ取りながらもレジアスはそう釘をさす。自分の理想。それは自分だけでは実現できない。それを四年前、レジアスは確信した。だからこそもう二度と同じ過ちは犯さない。


そんなレジアスの言葉にゼストは思い出す。

そうだ。自分にはまだ借りがある。この命を、部下達の命を救ってもらったあの青年に。

最初は使い魔かと思ったが魔力を全く感じなったこと、そしてその戦い方から使い魔ではないのだろう。ならそれを返すことが騎士としての役目。

ゼストはいずれまたあいまみえるであろう青年に想いを馳せながら決意を新たにするのだった……………





ある管理外世界を歩いている一人の青年がいる。その青年はその腰に長い鞘を携えている。だがそこは人も建物もないまるで秘境の地の様な世界。だがそんなことなど何でもないと言わんばかりに青年は歩みを進めていく。


「おい、じいさん。本当にこっちなのかよ!」

『うーん……そんな気がするんじゃが………』


そして青年の周りからそんな騒がしい声が響き渡る。だが遠目から見る限りそこには少年以外の人影は見えない。そしてそれは青年がしゃべっている声ではなかった。


「ちゃんとしろよ!そんなだから兄貴がいっつも迷惑するんだ!」

『やかましいのう……年寄りはもっと労らんかい。』


だがよく見ると少年の周りにまるで妖精のような影が飛び回っている。そしてそれは青年が携えている鞘に向かって叫んでいるようだ。



「とりあえず、人の耳元で騒ぐんじゃねえよ………」


青年はどこかうんざりしながらそう溜息を突く。




青年は頭をかきながらもそのまま鞘に導かれるままに歩き続けるのだった……………



[28454] 第45話 「邂逅」
Name: 闘牙王◆53d8d844 ID:e8e89e5e
Date: 2011/10/16 09:37
地上本部のある一室に女性の姿がある。年齢は二十代後半程だろうか。長い髪を後ろでポニーテールにし、明るく親しみやすそうな雰囲気を感じることができる。女性は自分のデスクでパソコンを使い何か事務作業をしているようだ。そしてそれがひと段落し、大きな背伸びをしていると


「クイント、さっき隊長が呼んでたよ。面談室で待ってるって。」

「隊長が?分かった、ありがとう。」

同僚の女性がそうクイントに向かって知らせてくる。その伝言を聞いたクイントはすぐに席を立ち、隊長が待っている面談室へと足早に向かう。そして


「失礼します。クイント・ナカジマ。ただいま参りました。」


ノックをした後、そう力強くあいさつしながら部屋へと入って行く。そこには隊長であるゼストの姿があった。


「いきなり呼んですまん。少し話したいことがあってな。座ってくれ………。それとそんなに堅苦しくしなくていい。」

「分かりました、じゃあそうさせてもらいますね。」


ゼストの言葉を聞いたクイントは笑顔を見せながらそう告げる。先程まで軍人の様な雰囲気を発していたクイントはそのままいつもの親しみやすい雰囲気に変化する。こちらの方がクイントのいつもの姿だった。それを見ながらもゼストは席に着いたクイントをしばらく見つめた後、案件を伝え始める。


「お前に来てもらったのには二つ理由がある。一つはあの日、俺たちを救ってくれた銀髪の青年の目撃情報があったらしい。」

「本当ですか!?」


クイントは思わず身を乗り出しながらそう声を上げてしまう。だがすぐに我を取り戻し慌てながら席に戻る。だがその顔には喜びが満ちていた。表情は変えないもののゼストも同様に喜んでいることに長い付き合いのクイントは気づく。


「ああ、どうやら管理外世界のガジェットの製造施設を破壊していたらしい。恐らくはあの時と同じ状況なのだろう。」


ゼストはそう事実と自らの予想を口にする。それにクイントも頷きながら同意する。恐らくゼストの言うとおりだろう。その状況もあの時と酷似している。クイントはそのまま回想する。それは四年前の出来事。


あの日、自分たちゼスト隊の元に次元犯罪者であるスカリエッティの研究施設が見つかったという情報がもたらされた。本当ならその情報についてもっと精査するべきだったのかもしれない。だが相手はすぐに行方をくらませてしまう犯罪者。ならば迅速さこそ最優先すべきと判断し、クイントたちはそのまま研究施設へと乗り込むことになった。

だがそれは罠だった。そこにはまるで私たちを待ち構えていたかのような機械兵器、正式名称ガジェットの大群が存在していた。だがそれだけであればゼストを含める歴戦の部隊が後れをとることはなかっただろう。だが施設内部に設置されていた強力なAMF発生装置。それにより部隊は窮地に陥る。それはガジェット達が発生させるAMFを遥かに超える出力のもの。いくらゼスト達といえどもそれに加え閉鎖された逃げ場のない空間、大量のガジェットには苦戦せざるをえない。

そしてそこに最後の刺客が現れる。それは少女だった。年齢でいえば恐らく十一、二歳ぐらいだろうか。小柄な銀髪の少女がゼスト達の前に現れる。だがその姿は普通ではない。見たことのないスーツをその少女は身に纏っている。そしてその雰囲気はとても普通の少女ではありえない戦士のそれだった。そしてそのままゼストと少女の戦闘が始まる。だがゼストは既にそれまでの闘いと仲間を庇ったことによる負傷により満身創痍。クイントとその相方であるメガーヌも襲いかかってくる無数のガジェットによってその場を動くことができない。その圧倒的物量の前に為す術がない。そして少女の放ったナイフのような物によって爆発が辺りを襲う。それは魔法ではない。そして少女はこのAMFの状況下であっても全く問題なく動いている。そしてその実力は間違いなくAAAクラス以上。その猛攻によってついにゼストは追い詰められる。そしてその無慈悲な刃がゼストを貫こうとしたその瞬間、ゼストと少女の間に一つの人影が突如現れ、割って入る。

それは犬の耳をした銀髪の青年。年は恐らく二十歳前後だろうか。青年はそのまま一度辺りを見回した後、まるでゼスト達を庇うかのように前に出る。その姿にゼスト達も少女も戸惑うしかない。

目の前の青年。いったい何者なのか。そして何故自分たちを守ろうとしているのか。様々な疑問がゼスト達に巡るも、少女とガジェットたちは青年を敵だと判断したようだ。特に少女の方は青年に対して驚きながらも戸惑うような様子を見せている。まるで青年のことを知っているかのように。

そして戦いが始まった。それはゼスト達の理解を超えたものだった。青年はその腰にある剣、いや刀を抜き構える。クイントはそれが『地球』という世界での剣であることを知っていた。それはクイントの夫であるゲンヤの先祖がその世界の出身であり、その知識があったから。だがそれはクイントが知っている刀とはかけ離れたものだった。

それはまるで巨大な牙。青年はそれを振りかぶりながら少女へと疾走する。少女もそれに対抗し次々にナイフを放つもその全てを青年は捌きながら接近していく。その青年もまるでAMFなどないかのように凄まじい動きを見せる。そして青年からも少女同様全く魔力を感じない。自分たちが知らない力のぶつかりあい。だが次第に青年が少女を圧倒し始める。それを援護するかのようにガジェットたちがその矛先を青年へ向けようとするがその瞬間、青年がその刀を振り下ろす。その瞬間、一陣の風がそのすべてを薙ぎ払ってしまう。その光景にただ目を奪われることしかできない。自分たちは夢を見ているのではないか。そう思ってしまう程。

だが少女は地面に向けてそのナイフを次々に突き立てていく。瞬間、青年の顔が驚愕に染まる。それは少女の能力を看破したから。それは金属を爆発物に変換する能力。そしてその威力は凄まじい物がある。それがこの密閉空間でこれだけの数。それが起きれば自分はともかくその後ろにいるゼスト達を巻き込んでしまう。

青年は一瞬でその刀を振りかぶり、その刀身を振り切る。同時に爆発が辺りを襲う。だがその刀から発せられる風がその爆発を切り裂きながら少女に襲いかかる。

その瞬間、少女の右目から鮮血が飛び散る。それは青年の斬撃によるもの。少女は何とか体勢を立て直しながら、その場を離脱していく。青年はそんな少女を見ながらもその後を追おうとはしなかった。その顔にはどこか戸惑いが見える。まるで少女の目を傷つけてしまったことを悔いているかのように。

そして青年はそのまま自分たちを一瞥した後、すぐにその施設の奥に姿を消してしまう。ゼスト達はそれに声をかける間もなくそのまま施設から脱出する。後からその施設は半壊してしまったことをゼスト達は知る。それを行ったのがあの青年であるのはもはや疑いようもなかった。

だがその足取りもその正体も結局何一つ分からず、クイント達は今に至っているのだった…………




「でも無事でよかったわ。あの男の子にはちゃんとお礼もしたいと思ってたし。」


クイントがそう楽しそうに口にする。あの青年には感謝しても感謝し足りない程だ。もしあのとき青年がいなければ自分たちは間違いなく全滅していただろう。青年が自分たちを助けるためにあそこを訪れたわけではなかったのだろうがそれでも自分たちを救ってくれたことには変わりない。


「男の子か……そんな歳でもなかったと思うが……」

「いいんです。私から見れば男の子ですよ。」


ゼストの疑問にクイントはそう自信満々に答える。年齢でいえば青年とそれほど離れているわけではないがクイントにはどこか肝が据わっているようなそんな頼もしさがある。それは二児の母としての力だった。


「それはともかく……まだその青年が誰でどこにいるのかもまだ分かっていない。だが遠くない内に恐らく出会うことになるはずだ。」

「それって……」

「ああ……ジェイル・スカリエッティと戦闘機人、それらがまた再び動き出す可能性が高い。それがお前を呼んだもう一つの理由だ。」


ゼストの言葉にクイントの顔が緊張に染まる。それはその両者にクイントは強い因縁があるから。ジェイル・スカリエッティに関しては既に語るまでもない。

だが戦闘機人。それはクイントにとっては切っても切り離せない問題。いやクイント自身ではなく、その娘たちに関係することだった。


ゼスト達は先の事件以降、ジェイル・スカリエッティと戦闘機人については捜査を禁じられていた。それはレジアスからの苦渋の指示でもあった。もし捜査を強硬に行ったとしてもあの時の二の舞になることは必至。悔しさに打ちひしがれながらもクイント達はそれに従うほかなかった。

だがそれが今、事態が変わろうとしている。機動六課。その存在によって再び止まっていた、止めるしかなかった時間が、因縁が動き始めている。


ゼストの説明を聞いたクイントの目には既に力がみなぎっている。そこには女性でも母でもない一人の戦士としてのクイントの顔があった。


その姿にゼストは何も言うことができない。本当ならその任務からクイントに外れるように言うつもりだった。それはクイントを侮ってのことではない。

家族。それがクイントにはある。もし前と同じようなことになれば家族を悲しませることになる。メガーヌもそのことに悩みながらも今は娘と共に暮らすため現役を引退している。そして危険が迫った時、前の様な幸運が続くとは限らない。そう配慮してのことだった。

だが目の前のクイントの姿。それを前にしてそれを口にすることなど誰ができるだろうか。

クイントはそんなゼストの胸中を悟ったのか


「大丈夫ですよ、あれから腕も磨いてきました。それにあの子たちが自分の道を選ぶまではこの仕事を続けるつもりですから宜しくお願いしますよ、隊長。」


そうガッツポーズを見せながら宣言する。そこには母として、魔導師としての力に満ちたクイント・ナカジマの姿があった。


「分かった……頼りにしているぞ、クイント。」

「任せてください!」


二つの頼もしい力が今再び、その輝きを取り戻そうとしていた………





ミッドチルダから遠く離れた管理外世界。そこは人も文明もない世界。そんな世界に一人の女性の姿がある。それは黒いバリアジャケットを纏ったフェイトだった。

フェイトは何かの小さな機械を手に持ちながら深く考え込んでいる。そしてその機械の反応を確認しながら上空に飛び上がり、飛行を始める。まるで何かを探しているかのように。それがここ一カ月ほどのフェイトの姿だった。


フェイトが手にしているのは魔導師の魔力を探知する機械。その精度はかなりの物で本来なら霧散してしまったかのように見える魔力の残滓さえ感知できる執務官にとっては必須と言えるもの。それを使いフェイトは重要参考人、いや闘牙を探していた。


(間違いない………この反応……ごく最近の物だ……!)


そのことを確信したフェイトに緊張が走る。心臓が高鳴っているのが分かる。しかしフェイトはそれを何とか抑えながら平常心を取り戻し、探索を続ける。


はやてから闘牙の目撃情報を入手したフェイトはすぐさま行動を開始した。まずはその行動目的。その現場の状況から闘牙がガジェットかそれに関連した施設を狙っているのは間違いない。そう判断したフェイトは闘牙が姿を消してから起こっているガジェット関連の事件を洗い直す。それは膨大な量の資料であり、執務官といえど投げ出しかねない程の物。だがそれをフェイトは何の苦もなく読み込んでいく。そしてその中からある事実に気づく。

それはガジェットの行動目的。これまでの調査からガジェットはロストロギアの反応を狙って動いていることが分かっている。それ故にその行動範囲は広く、特に人が密集している場所が襲撃されている。それはロストロギアはその危険性から街や施設に保管されているケースが多いことからも明らかだ。だが資料の中には不自然なケースがいくつかある。

それは破壊されたガジェットの残骸。それが管理外世界でいくつか発見されている。ガジェットが破壊されることはそう珍しいことではない。AMFを持っているとはいえ魔導師であればそれを倒すことも可能だからだ。だがその数が多い。多い時には十体を超える残骸が同じ場所から発見された例もある。そしてそれを行ったと思われる魔導師、人物も不明。

そんな事例がいくつか存在している。だが管理外世界であること、被害が出ていないことから管理局はその事例にこだわってはおらず見逃していた。フェイトは気づく。ガジェットはロストロギアを狙うようプログラムされている。だがもし、それ以外の標的がプログラムされていたとしたら。

フェイトの脳裏にあの日の光景が、事件が蘇る。闘牙が自分の前から姿を消す前に起きた事件。自分はあれは鞘をロストロギアだと判断したガジェットによる事件だと思っていた。


だがもし鞘だけではなく『闘牙』もその標的にされていたのだとしたら。


フェイトは直感し、確信する。それこそが闘牙が自分たちの前から姿を消してしまった理由。そして一度も帰ってこない理由なのだと。


それに気づいたフェイトはさらに新たな事実に辿り着く。それははやてによって知らされたガジェットの製造施設が闘牙によって破壊された事件。その少し前にそこからそう遠くない管理外世界でそれまでの事例同様破壊されたガジェットの残骸が発見されている。恐らくその距離関係からも施設を破壊する前の闘牙の仕業だろう。

だがその破壊のされ方がそれまで発見された物とは違う物が混じっている。これまでは恐らくは鉄砕牙か風の傷によって破壊されていたためほとんどが粉々に砕け散っていた。だがそれはまるで何かの熱によって破壊されたかのような跡が残っている。その残骸を手に入れたフェイトはその魔力残滓を測定する。そしてそれは炎熱変換を持つ魔力であることが分析で判明する。

フェイトは闘牙に恐らく炎熱変換資質を持つ魔導師の協力者がいるのだと言うことに気づく。闘牙は魔法を使うことができないため転移や結界をそのデバイスに頼り切っている。だがそれはカートリッジによって起動するもの。ならばどこかで必ずその魔力を補充する必要がある。フェイトもかつては自分の魔力を闘牙のカートリッジに込めるのが日課だったからそれは間違いない。

それはつまり闘牙が転移する際にはこの魔力反応が起きるということ。フェイトはそう確信し施設が破壊された世界から近い管理外世界に絞り、その転移の反応を探り始める。それは闘牙が恐らく他人を巻き込まないために管理外世界を渡り歩いていると悟ったから。

そして転移の魔法の感知はどの魔法よりも進んでいる。それは転移の魔法が次元世界において最も重要な魔法の一つであるため。

フェイトの地道な捜索がその日からスタートする。だがそれは困難を極めるもの。

例えある程度近い世界が特定できたとしてもそれに隣接する世界の数は決して少なくない。中には魔法が発達した世界もある。そんな中から一つの魔力反応を探し出すことは至難の業。


だがそれでもフェイトはあきらめなかった。

それはたったひとつの想い。


『トーガに会いたい』


それはあの夢の中で抱いた願いと同じ。


それは四年の月日が経った今でも変わらない。いやその時よりももっと強くなっている。


あの時、私は自分の気持ちが、変化がなんであるかが分からなかった。でも今は違う。それが何なのか今の私には分かる。


その右手には銀のブレスレットがつけられている。フェイトはそれを四年間、肌身離さず身に着けていた。


それは闘牙との絆、思い出の証。


もうただ泣いていることしかできなかったあの時の自分とは違う。


だから私はトーガを探し出して見せる。


フェイトの願いが、想いが通じたかのようにその時が訪れる。計測していた炎熱変換の魔力反応をフェイトの持つ機械が捕えることに成功する。


フェイトは焦る気持ちを抑えながらもその最高速度で反応のあった場所へと疾走する。その速度はまさに雷光。それはフェイトの闘牙への想いが形に現れているかのよう。



そしてそのまま魔力反応の近くまで辿り着いたその瞬間、凄まじい轟音と、暴風がフェイトを襲う。同時におそらくは何かを襲おうとしたのであろうガジェットと思われる残骸が辺りに散らばっていく。


そしてフェイトは悟る。自分はそれを知っている。それは風の傷。闘牙の持つ鉄砕牙による技。


間違いない。間違えるわけがない。そこに闘牙がいる。フェイトがそのまま煙に覆われた地上へと降り立つ。


そして徐々にその煙が晴れていく。そしてその先には一人の青年の姿がある。



だがその青年の姿はフェイトの記憶とは大きく異なっている。


髪は肩よりも長く伸び、


火鼠の衣の上に鎧の様なものを身につけている。


その顔立ちもどこか凛々しさを感じさせるもの。



フェイトはその姿に既視感を感じる。その姿はまるでかつて闘牙の記憶の中で見た『殺生丸』のよう。


フェイトはそんな青年の姿に戸惑い、そのまま立ち尽くしてしまう。そしてそんなフェイトの姿を青年も驚愕の表情で見つめている。



二人の間に時間が、沈黙が流れる。それは本当はほんのわずかな時間だったのかもしれない。だがフェイトにはそれがまるで何時間も経ったかのように感じられる。そして




「……………………………フェイト……か……?」


青年がそうどこか呟くように問いかける。その瞬間、フェイトは確信する。


その声。それは自分の記憶と全く変わっていない。自分が好きな、好きだった声。その瞬間、フェイトの目から涙が溢れてくる。



「そうだよ………………トーガ。」


フェイトはそう涙を手でぬぐいながらその名を呼ぶ。闘牙にいつも注意されても直らなかったその発音で。





それがフェイトと闘牙の四年ぶりの邂逅だった――――――



[28454] 第46話 「機動六課」
Name: 闘牙王◆53d8d844 ID:e8e89e5e
Date: 2011/10/18 02:14
「久しぶりやね、闘牙君。」

「………ああ、お前も元気そうだな………。」

自分のデスクに腰掛けているはやてが目の前にいる青年に向かってそう笑顔を見せながら話しかける。だが青年、闘牙はどこか項垂れながらその挨拶に返事をする。その姿はいつもの闘牙とはかけ離れていた。そしてそんな闘牙の隣には六課の制服を着たフェイトが並んで立っている。そしてその表情は闘牙とは対照的にとても嬉しそうだ。こんなに機嫌が良さそうなフェイトを見るのははやても久しぶりだった。


今、闘牙はフェイトと再会した後、そのままここ機動六課の隊舎へとやってきていた。その連絡を受けたはやては二人を自分の部屋まで来てもらうよう要請し、今に至っている。なのはたちは今は外に出ているため、この場にははやてしかいない。それは既に機動六課が設立し、動き出しているから。はやて達も無事に中学を卒業し、本格的に管理局魔導師として働き始めているところだった。はやては一度大きな咳ばらいをした後、改めて闘牙と向かい合う。その顔は真剣そのもの。まさに部隊長に相応しい威圧感を感じさせるもの。そんな姿を見せながら



「とりあえず、いろいろ闘牙君には聞きたいことがある……………」


はやてはそう静かに闘牙に向かって話しかける。二人の間に沈黙が流れる。そして


「でもその前にどうしても聞かなあかんことがある………………」


そうどこか聞きづらいことを聞かなければならないそんな気まずい雰囲気をはやては放っている。そんなはやての姿を闘牙とフェイトは黙って見つめ続けている。はやては一瞬、間をおいてから




「闘牙君………………その格好は何なん……?」


はやてはどこか呆れながらそう闘牙に問いかける。はやての瞳には金色のバインドによって何重にもバインドを掛けられ、身動きができなくなっている闘牙の姿があった。それはまるで簀巻きにでもされてしまっているかのような間抜けな姿だった。



「知るかよ………フェイトに聞いてくれ…………」


闘牙はそうはやての質問に投げやりに返事をする。最早何かをあきらめているような、そんな哀愁を漂わせている闘牙を見ながらフェイトはどこか慌てる様子を見せるもそのままあたふたするだけ。そんなフェイトを見ながら


「フェイトちゃん………そんな趣味があったんか……知らんかったわ………。」


はやてはそう静かにどこか引くような態度を見せる。


「ち……違うよっ!これはトーガが逃げないようにって思って………!」


そんなはやての言葉に顔を真っ赤にしながらフェイトはそう弁解する。だが闘牙に掛けられているバインドの量は凄まじく、あらぬ疑いを掛けられても仕方がないほどの物。フェイトは今更ながらそのことに気づき、狼狽している。

闘牙と再会したフェイトはそのまま闘牙をバインドによって捕獲しここまで連行してきていた。それは知らない人から見ればまるで拉致されたかのように見えたことだろう。闘牙もまさか四年ぶりの再会でそんな目に会うとは全く思っていなかったため、完全に不意を突かれるような形になってしまい抵抗すらできなかった。本当なら力づくでバインドを解くこともできたが心配させてしまった負い目もあり、闘牙はそのままフェイトにここまで連れられてきた。だが道中は周りから連行される犯罪者のように見られ、闘牙は落ち込んでいるのだった…………


そんな闘牙とフェイトの姿を見ながらはやてが呆れていると



「おい、金髪!早く兄貴のバインドを解けよ!兄貴が迷惑してんだろ!」


そんな少女の様な声が部屋に響き渡る。その声にはやては驚きながらも部屋を見渡すも闘牙とフェイト以外にこの部屋に人影は見当たらない。一体誰が。そう疑問を抱いたのとほぼ同時に闘牙の背中から一つの小さな人影が姿を現す。

それはまるで妖精。その大きさも姿もまるでリインのよう。違うところと言えばその容姿。まるで悪魔と言えるような服装、見た目をした少女。そんな少女にはやては目を奪われてしまう。


「初めて見る子やね………もしかして融合騎なん?」


はやてはそう少女に向かって尋ねる。それは同じ融合騎を仲間に持っているはやての直感と言ってもいい物。そしてそれは事実だった。だが少女はそんなはやての言葉を聞きながらもなぜか敵意をむき出しにしながら視線を向ける。


「だったらどうだってんだよ。それにあたしにはアギトって名前があるんだ!気安く話しかけんじゃねえ!」


アギトはそう言いながら闘牙の周りを飛び回っている。どうやらかなり荒っぽい性格の融合騎らしい。そのことを悟ったはやては苦笑いをしながら闘牙に向かって話を続ける。


「その子とはずっ一緒に旅をしとったん?」

「ああ………三年ぐらい前からだな………。」


敵意をむき出しにしながらはやてとフェイトを睨みつけているアギトを宥めながら闘牙は初めてアギトと出会った日のことを思い出す。



それは偶然だった。小さな村で食糧の調達を済ませた闘牙はそのまま村から少し離れた森の中でいつものように野宿の準備をしていた。だがそんな中、急に森が慌ただしくなる。闘牙は半妖の嗅覚と聴覚によっておおよその事態を把握する。どうやら盗賊のような集団が何かを捕まえようとしているらしい。そして追われているのは人間ではない。そしてその匂い、感覚に闘牙は既視感を覚える。そして気づく。

それははやての新しい家族、リインに近いようなもの。闘牙はそのままその騒ぎの方へと足を向ける。そこには傷つき地面に倒れ伏しているアギトの姿があった。そしてそれを捕まえようとしている盗賊の集団。闘牙はそのまま自らの爪を使い盗賊たちを追い払う。そしてそのままアギトを治療し、看病することにする。人間と同じような方法でいいのかどうか不安があったがどうやら問題はなかったらしい。目を覚ましたアギトは混乱し、暴れ始めるがそれを何とか抑え、闘牙はこれまでの事情とアギトの事情を尋ねる。そしてアギトは話し始める。

自分は烈火の剣精と呼ばれる融合騎であること。どこかに封印されていたようだが目が覚めた時にはそれ以外の記憶はほとんど失ってしまっていたこと。そして自分を狙う盗賊たちに追いかけまわされ、追い詰められてしまったこと。自分の身の上を話し終えたアギトはそのまま黙りこんでしまう。

それを見かねた闘牙はアギトに自分と一緒に来ないかと提案する。このままこの場にアギトを残したとしても恐らくはまた先程の様な連中に狙われるだけ。ならどこか安全な場所か、アギトのロードと呼ばれる正式な融合相手が見つかるまで面倒を見た方がいいと闘牙は考えた。アギトはそんな闘牙の提案に驚き戸惑うような姿を見せるもののすぐにそれを了承する。

しかし結局アギトはそのまま闘牙と共に行動をするようになる。何度か安全な場所へ行った方がいいと勧めはした。自分はガジェットに狙われている。そう言った意味では危険と隣り合わせの生活になる。だがアギトはそんなことは何でもないとばかりに闘牙へと付き纏ってくる。それに根負けした闘牙はそのままアギト共に旅をすることを承諾する。アギトはリイン同様、人格を持った存在であり、自ら魔法を使うこともできる。魔法を使うことができない闘牙にとってそれはとてもありがたいこと。それ以上に鞘に加え、アギトがいることは闘牙にとって心の支えでもあった。

そしてアギトは闘牙のことを『兄貴』と呼んでいる。最初は自分のことを『旦那』と呼ぼうとしていたのだが流石にまだそんな歳ではないと言うことでそれに落ち着いた。根は優しい性格なのだが人見知りであり、自分と鞘以外には先程のように警戒し、敵意をむき出しにしてしまうことだけが闘牙の悩みの種だった。



「そうなん………でも闘牙君、ユニゾンできるん?」

「できるわけねえだろ、俺は魔導師じゃねえ。」


はやての質問に闘牙は呆れながらもそうきっぱりと答える。自分は魔導師でもなく、魔力も持たないためアギトとユニゾンすることはできない。もしできればアギトの力も百パーセント引き出してやることもできるが仕方ない。それが闘牙の気がかりの一つでもあった。だが


「ふん、ユニゾンできなくたって闘牙はあたしのロードなんだ!」


アギトはそんなはやてと闘牙の会話に割って入るようにそう宣言する。そこにはアギトの闘牙への絶対の信頼があった。例えユニゾンできなくても自分を助け、共にいてくれた闘牙こそが自分のロード。それがアギトの信念であり、誇りだった。そんなアギトの姿にはやてとフェイトは微笑みながら眺めている。しかしそんな二人の態度が気に入らないのかアギトはさらに大きな声で騒ぎ始め


『うるさいのう……おちおち寝てもいられんわい……』


闘牙の腰にある鞘が姿を現し、目をこすり始める。どうやらフェイトの再会からここまでずっとしゃべらなかったのは寝ていたからだったらしい。


「じいさん、また寝てたのか!?あんだけ騒ぎがあったのに!」

『仕方なかろう……ずっと働きっぱなしじゃったんじゃから。』


アギトに鞘が加わり、部屋はさらに騒がしくなっていく。そしてそんな二人の様子を闘牙は呆れながらもどこか慣れた様子で諫めている。どうやらこれが闘牙たちの日常らしい。はやては闘牙が一人、孤独な生活をしていたのではないかと心配していたのだがどうやらそれは杞憂だったらしい。そんな中



「とにかく……このバインドを取ってくれ。もう何も言わずにいなくなったりしねえ。」

「ほ……本当?」

「ああ、約束する。」


闘牙はそうフェイトに約束する。その言葉に戸惑いながらもフェイトは闘牙に掛けられていたバインドを解除する。ようやく自由の身になった闘牙はそのまま大きな溜息と共に体を動かし始める。アギトも闘牙のバインドが解除されたことで少しは怒りが収まったらしい。そして鞘は再び眠りについてしまう。


「それにしても…………」


そんな闘牙の姿を改めて見ながらはやてはどこか感慨深げな声を漏らす。はやては何度も闘牙の頭から足の先までを見直す。まるで何かを品定めしているかのようだ。


「何だよ……?」


そんなはやての視線に気づいた闘牙がそうどこか居心地が悪そうな態度を見せる。そしてフェイトも同じように闘牙の姿を何度も見直している。まるで見世物になってしまったのようだ。


「いや……何や知らんうちに随分イケメンになったな思うてな。」


はやてはそう闘牙の顔を眺めながら口にする。それははやての嘘偽りない本音だった。はやてが覚えている闘牙はまだ顔にどこか幼さが残っていたが今の闘牙にはそれが無い。それはどこか凛々しさを感じるほどの物。そしてその雰囲気も異なっている。それは少年から大人へと成長した闘牙の姿だった。


「まるで前の俺は不細工だったみてえな言い方だな………。」

「あはは。中身はあんまり変わってない様で安心したわ。」


闘牙の愚痴を聞きながらそうはやては笑いを漏らす。姿が変わったとしても闘牙はどうやら自分が知っている闘牙のままなことを知り、はやては安堵する。そしてそれはフェイトも同じだった。だがフェイトははやて以上に今の闘牙の姿に見覚えがあった。

それは闘牙の記憶の中で見た『殺生丸』のよう。殺生丸に比べればまだどこか幼さは残っているように見えるがその背丈も、服装も、髪形もそっくりだ。そしてそれは犬夜叉と殺生丸は兄弟であるからある意味当然だった。闘牙の犬夜叉への変身はジュエルシードの力によるものであり、その姿も闘牙の年齢、成長に左右される。恐らくは闘牙の記憶の中の犬夜叉も歳を重ねれば今の闘牙の様な姿になったのだろう。しかしそれ以上にそれは闘牙のせいでもあった。

闘牙は殺生丸の様に強くなりたいと言う願掛けで髪を伸ばし、それに似た鎧も身につけている。そのせいでさらにその姿は殺生丸に近づいているのだった。



「お前は随分性格が変わった様な気もするけどな………。でも大きくなってて驚いたぜ。」

闘牙はそう言いながらはやてとフェイトに改めて目を向ける。そこには女性の姿に成長した二人の姿があった。初めてフェイトを見た時も匂いで分からなければ誰だか分からない程だった。だがそれは無理のない話。闘牙が最後に見た二人の姿は十一歳のもの。ある意味一番の成長期を見ていない闘牙にとってはその変わり様の驚きは二人の自分に対するものの比ではなかった。



「そうやな………でも本当はフェイトちゃんが綺麗になっとったんが一番驚いたんやない?」


はやてはそうどこか意地悪そうな笑みを浮かべながら闘牙に詰め寄っていく。闘牙はまるで痛いところを突かれたかのように口をつぐんでしまう。闘牙の記憶の中のフェイトはいつも自分の後ろを付いてくる小さな少女の姿だった。だが今自分の目の前にいるフェイトはその記憶とは大きく異なっている。その背は自分に近くなり、その体つきも女性のそれに近づきつつある。まるで別人になってしまったかのようだ。そんなフェイトの姿に戸惑いながらもどう接していいのか分からず闘牙は狼狽するしかない。もっともそれはフェイトも同じだったのだが。


「そ………そんなことねえよ。」


そんなはやての追及を何とかかわそうと闘牙はそう口にするがそれが苦し紛れの言い訳であることは誰の目にも明らかだった。それを悟ったフェイトはそのまま顔を赤くすることしかできない。そしてそんなフェイトの様子をアギトはどこか面白くない顔で睨みつけていた。


「まあ、そう言うことにしとこうか。」

はやてはそう言いながら楽しそうに闘牙から離れていく。そしてその視線はある一点に向けられている。

それは闘牙の右腕。そこには金色のブレスレットが着けられている。それがこの四年間でも変わらなかったものであることをはやては気づく。そして同時にフェイトもそのことに気づき、その表情が喜びに染まるものの、闘牙と視線が合い、フェイトは慌てて視線をそらす。闘牙もそんなフェイトの様子に気づきながらも気恥ずかしさから話しかけることができない。そんな中、はやてがそろそろ話題を変えようと闘牙へと話しかける。



「でも一番変わったんはなのはちゃんとユーノ君やろうね。完全にお似合いのカップルになっとるし。」



「……………………………は?」



はやての何気ない言葉に闘牙はそんな間抜けな声を漏らすことしかできない。まるでその言葉の意味が理解できない、そんな様子だった。


「あれ、フェイトちゃんからまだ聞いてないん?あの二人、三年前から付き合っとるんよ。」


そんな驚愕の表情を見せている闘牙を見ながらもはやてはそのまま話を続けていく。



きっかけは今から三年前。闘牙がいなくなってから一年後のことだった。その頃にはすでになのはたちはそれぞれ自らの進路へと進んでおり今までの様に皆で任務に就くことはなくなっていた。ユーノも既に無限書庫の司書として働き始めており、以前ほど二人は触れ合う機会はなくなってしまっていた。だがそれが大きな問題だった。

闘牙がいなくなったこと。それはなのはたちに少なからず大きな影響を与えていた。特にフェイトはそれがひどく、一時期はふさぎこんでしまい、そのせいで執務官試験も落ちてしまう程。それをフォローすること、闘牙がいなくなってしまった心労、そして新しい部隊での激務。それによりなのはは徐々にその疲労を重ねていってしまう。だがなのははその性格からそれを表に出そうとはしなかった。

それは皆に心配をかけないようにするため。闘牙がいればそのことに気づき、なのはを諫めたかもしれない。ユーノがいればそのことを相談することができたかもしれない。だがなのははユーノに相談することはできなかった。それはユーノが無限書庫で働いていることもあったがそれ以上にユーノのことを異性として強く意識し始めていたからに他ならなかった。

だがたまたまユーノと出会う機会があり、ユーノはすぐになのはが疲労していることに気づき、休養を取るよう伝える。だがなのははそんなユーノの言葉を聞き入れず、そのまま任務を続けてしまう。

そしてついにその時が訪れる。それは任務中に突如現れた未確認のガジェットの襲撃。もしなのはがいつも状態ならば新型とはいえ後れをとることはなかっただろう。だが度重なる疲労と心労がなのはに致命的な隙を生み出してしまう。一緒に任務についていたヴィータがそのことに気づくも時すでに遅く、その刃がなのはを貫く。なのははその凶刃を前にしながらもただ目をつむることしかできなかった。

だがいくら待っても痛みが襲ってこない。そのことに気づき、目を開けたそこには翠色のシールドが自分の周りに張られている光景が広がっていた。なのははその光景に目を奪われるしかない。目の前の魔力光。それは間違いなくユーノの魔力光。だが自分の近くにはユーノの姿などない。一体何故。そう思い辺りを見渡した時なのはは気づく。

それは首元のネックレス。それはユーノが誕生日にレイジングハートを取り付けられるようにと渡してくれたプレゼント。そこからユーノの魔力が、シールドが作られている。それはユーノが仕掛けていたもの。いずれ自分たちは違う道へと進んでいき、自分はずっとなのはについていくことはできなくなってしまう。それでもなのはを守りたい。その願いを込めたデバイス型のネックレスをユーノはなのはに送っていた。そしてそれが今、その力を発揮していた。それはなのはに危機に反応するように作られていた物。だがなのはがそれをいつも肌身離さず付けていたこと。それこそがこの奇跡を起こした本当の理由だった。

そのシールドのおかげでなのはは一命を取り留めた。だがそのことを知ったユーノは凄まじい剣幕でなのはを叱りつける。どうして休養を取らなかったのか。なぜそんなになるまで誰にも言わなかったのかと。その今まで見たことのないユーノの姿になのはは泣き出してしまう。その場にはフェイトやはやて達もいたがそんなことなどどうでもいいとばかりにユーノはなのはを叱りつける。その恐怖ははやてが絶対にユーノを怒らせてはいけないと心から誓ってしまうほどの物。

そんなユーノの姿を見ながらもなのはは尋ねる。どうしてそんなに怒るのかと。それはこんなに怒られたことは生まれてから初めてだったこと、今まで自分を怒ったことのないユーノだったからこそ出た純粋な子供の様な問い。そしてユーノは答える。


『そんなの………なのはが好きだからに決まってるじゃないかっ!!』


そう力強く叫ぶ。その言葉になのはは目を丸くすることしかできない。そしてそれははやて達も同様だった。そしてユーノは気づく。ここはなのはの病室。そしてここにははやてやフェイト達がいると言うことに。にもかかわらずユーノは自分の気持ちを激情のまま告白してしまった。そのことに気づいたユーノは顔を真っ赤にしながら病室を駆けだしていく。まるでなのはから逃げ出していくように。

そして全てを理解したなのははその後を追っていく。そして自らの気持ちに、ユーノの気持ちに気づいたなのはからの告白によって二人は恋人になったのだった…………




「というわけや………………ってどうしたん、闘牙君?」


事情を話し終えたはやての前には顔に手を当てて何かに呆れている様な闘牙の姿があった。



「いや………何でもねえ………。」


そう言いながらも闘牙は呆れるしかない。いや、呆れると言うよりもどこか恥ずかしがっているようだ。今、闘牙の脳裏にはかつての自分の姿があった。なのはとユーノが付き合うようになった経緯、それはまるで自分とかごめの焼き回しのよう。確かに自分はユーノとなのはに自分とかごめを当てはめて意識していた。だがそんなところまで同じにならなくてもいいだろう。ずっとユーノの恋路を応援していた闘牙は恥ずかしいやら嬉しいやらよく分からない気持ちに陥っていた。


そして闘牙の記憶を見ているため事情を悟ったフェイトはどこか複雑そうな表情でそんな闘牙を見つめている。このままでは収拾がつかないと判断したはやては再び大きな咳ばらいをした後、部隊長としての顔に戻る。そのことに気づいた闘牙たちは落ち着きを取り戻しながら再びはやてと向かい合う。



「世間話はこれくらいにして本題に入らせてもらう………闘牙君、私の新しい部隊、機動六課に外部協力者として協力してくれへん?」


はやてはそう静かにだが力強く闘牙へと話しかける。闘牙はそんなはやての話を黙って聞き続けている。だがその顔にはどこか苦悶の表情が見て取れた。それを感じ取りながらもはやてはさらに言葉を続ける。


「私らは最近多発してるガジェットとその首謀者に対抗するために作られた部隊や。闘牙君もガジェット達を追ってるみたいやし、きっと協力したほうがいいと思うんや。」


そうはやては闘牙へと提案する。これまでの経緯から闘牙がガジェットとその関係者を追っているのは間違いない。もしかしたら自分たちが知らないことも把握している可能性も高い。何よりその強さが今の自分たちには必要だった。自分たちも高ランクの魔導師ではあるがやはり闘牙の強さは別格であり、またAMFの影響も全く受けない。はやてでなくとも管理局からは引き手数多なのは間違いだろう。

フェイトもそんなはやての言葉に頷きながら心を躍らせる。また闘牙と一緒にいられる、闘うことができる。それはこの四年間、フェイトがずっと夢見ていたことだった。だが




「……………………悪いが協力はできねえ。それにそろそろ俺はお暇させてもらうぜ。」


そんなフェイトの期待を打ち砕いてしまうような言葉を告げる。そしてそんな闘牙の顔には苦渋の表情があった。それを見て取ったはやては静かに口を開く。


「…………理由を聞いてもええか?」


闘牙は少し迷うような表情を見せるもののそのまま理由を告げていく。


「俺はガジェットに狙われてる。あんまり人混みに長居はできねえんだ。」


その言葉にフェイトは思い出したような顔をする。それは自分の予想と同じもの。闘牙と再会できたことで浮かれ失念してしまっていたがそれがあったからこそ闘牙たちは自分たちの元から姿を消してしまった。そしてその状況は今も変わってはいない。つまり闘牙は再び自分の前から去って行ってしまうということ。その事実にフェイトは気づき、落ち込んでいってしまう。

せっかく会えたのに、やっと見つけることができたのにまた闘牙と別れなくてはいけない。そんなのは嫌だ。じゃあどうすればいい。自分も闘牙についていけばいい。そんな誘惑がフェイトを襲うがそれはできない。自分はもう子供ではない。責任ある仕事と義務がある。そんな勝手なことはできるわけがない。じゃあどうすればいいのか。このまま黙って闘牙を行かせることしかできないのか。フェイトが自分の中で考えを巡らせていると


「なるほどな………でもその心配はせんでええよ。それに対抗するための部隊が私たち『機動六課』なんやからね。」


はやてはそう笑顔を見せながら闘牙の言葉を否定する。そんなはやての言葉に闘牙とフェイトは思わず顔を見合わせてしまう。はやての顔には絶対の自信が満ちていた。


「言ったやろう、私たちはガジェットとそれに関係する事件に対抗する部隊や。その相手があっちから来てくれるんやったら願ったり叶ったりや。」


そうはやては冗談なのかそうでないのか分からないような理論を展開する。だがそれはある意味で正しい。ガジェットから狙われている以上、敵が何らかの意図を持って闘牙を狙っているのは間違いない。ならそれを迎え撃つことで敵の狙いも居場所も掴めるかもしれない。何よりも



「闘牙君、私たちはもう四年前の私たちとは違うで。」


四年前、何もできずに全てを闘牙に押しつけてしまった自分たちではない。そんな想いと決意がはやての言葉には込められていた。それを感じ取った闘牙は何も言うことができない。そして少しの時間が経った後、再び闘牙は口を開く。



「でも………あいつらもいるしな…………。」


闘牙はそうどこか呟くように言葉を漏らす。その顔から何か気になることがあるようだ。


「あいつら………?」


フェイトは思わずそう聞き返す。その言葉からどうやら何者かの話をしているらしい。だが自分は闘牙がガジェットに狙われていることしか知らない。でもガジェットなら『あいつら』なんて呼び方はしないだろう。それはまるで複数の人物のことを指しているかのよう。それが誰なのかさらに尋ねようとした時


けたたましい警報が管内に響き渡る。それは非常事態発生の警報。

そして同時にはやての元に情報がもたらされる。この隊舎からそう遠くない位置にガジェットと思われる複数の反応が現れたと。



「もう来やがったか…………」


そう呟きながら闘牙は鉄砕牙に手を掛けながら部屋を出ていこうとする。その言葉が意味する通り、恐らくは闘牙と鞘を狙ったガジェットの部隊だろう。


「ふん、あんなやつらあたしと兄貴がいれば一捻りさ!」

闘牙に言われ会話中ずっと黙っていたアギトがそう元気よく宣言しながら闘牙の後に着いていく。その姿は自然体そのもの。闘牙とアギトにとってこの事態は日常茶飯事らしい。そんな二人を見ながら


「フェイトちゃん、機動六課の初陣や。六課最速のオールレンジアタッカーの実力、闘牙君に見せてやり。」


はやてはそう不敵な笑みを見せながらフェイトに伝える。その言葉の意味を悟ったフェイトはすぐさま執務官の顔に戻り、自らのデバイス、バルディッシュを起動、バリアジャケットへとその姿を変える。



「了解しました、八神部隊長!」


フェイトは優しい笑顔をはやてに向けた後にそのまま走り出す。いつも追いかけていたその背中に向かって。





今、機動六課の初陣の幕が切って落とされようとしていた……………………



[28454] 第47話 「機人」
Name: 闘牙王◆53d8d844 ID:e8e89e5e
Date: 2011/10/19 19:47
機動六課の隊舎から少し離れた海岸の上空を飛行している二つ、いや三つの人影がある。それは闘牙、フェイト、アギトの三人。今、闘牙たちは補足されたガジェットと思われる部隊を迎え撃つため現場へと急行している最中だった。そしてフェイトは半妖の嗅覚と聴覚によって既にガジェット達の動きをつかんでいるのか迷いなく飛行している闘牙へと速度を上げながら追いつき、その隣に並ぶ。その表情はどこか嬉しげだ。


「どうした、何かおかしいのか?」

「ううん、何でもない。」


そんなフェイトの姿に疑問を抱いた闘牙がそう問いかけるもフェイトは微笑みながらそう誤魔化す。またこうして闘牙と共に闘うことができる。そのことが本当に嬉しい。いつかの懐かしい感覚にフェイトは顔を綻ばす。闘牙はそんなフェイトの様子を気にするもその理由が分からず首をかしげることしかできない。そんな中


「おい、金髪!なんで着いてくるんだ、あんな奴らあたしと兄貴だけで楽勝なんだぞ!」


そんな二人の間に割って入るようにアギトがそう悪態をつく。どうやら自分たちに着いてくるフェイトが気に入らないらしい。それは人見知りの性格もあるがそれ以上に妙に闘牙に馴れ馴れしいフェイトを警戒してのことだった。


「そ……それは、私は機動六課の隊員だし……それに私はフェイト、金髪じゃないよ。」


そんなアギトの姿に戸惑いながらもフェイトはそう答える。フェイトは初対面の時からアギトに嫌われているのではないかと感じていた。確かに人見知りの部分もあるだろうかそれだけではない。

それはまるで闘牙が誰かに取られてしまうのを警戒しているようなそんな姿。それを悟ったフェイトはそう優しく話しかけるのだがアギトはそんなフェイトを見ながらも不機嫌そうな様子を崩さない。仲良くなりたいと思うフェイトだったがどうやら簡単にはいきそうにない。そんなことを考えていると


「見えてきたぜ。」


闘牙の言葉によってフェイトとアギトはすぐにその視線先に目を向ける。そこにはまるで航空機のような姿をした機械の大群がこちらに向かってきている。それはガジェットⅡ型と呼ばれるもの。カプセル状のⅠ型とは違い、その機動に優れているタイプ。そしてガジェット達は一直線にこちらへと向かってくる。どうやらやはり闘牙と鞘を攻撃対象としているらしい。そして徐々に両者の距離が縮まって行く。闘牙はすぐさま自らの腰にある鉄砕牙に手を掛け構えようとするが


「トーガ、ここは私に任せて。」


そんな闘牙を制止するかのようにフェイトが静かにその前に立つ。その姿は闘牙の記憶にあるフェイトとは大きく異なっている。その背丈も、背中も。

そこには四年間のフェイトの魔導師として、執務官としての成長が現れていた。そんなフェイトの姿に一瞬、闘牙は目を奪われてしまうがすぐに我を取り戻し


「………ああ、お手並み拝見させてもらうぜ。」


そうどこか楽しそうに答える。そんな闘牙の向けて微笑みを向けた後、フェイトはすぐさま真剣な表情を取り戻しながらガジェットに向かって疾走していく。その速さはまさに雷光。ガジェット達は自分たちに接近してくるフェイトを敵と判断したのか次々に攻撃を放ってくる。その数は数えきれない程の物。とても避けることなどできるようなものではない。

だがその例外がここに存在する。金の閃光はまるでその攻撃の網を何でもないと言わんばかりにかいくぐって行く。なおもガジェット達も追撃を加えようとするもその速度を捕えることができない。それは当然だ。ガジェット達が放つレーザーよりも、弾よりもフェイトの速度は上回っている。それはガジェット達が捉えきれるものではなかった。そして



「プラズマランサー……ファイアッ!」


フェイトはそんなガジェット達に向かってバルディッシュを振り下ろす。その瞬間、フェイトの周りに既に展開されていたスフィアが凄まじい速度で放たれていく。そしてその全てが寸分の狂いなく敵を打ち砕いていく。その光景に闘牙とアギトは思わず目を奪われる。

ガジェット達はその全てがAMFと呼ばれる魔法を阻害するフィールドを展開している。そのため魔導師の攻撃も無効化、もしくは軽減されてしまう。それは魔導師ではない闘牙も知っている。だがフェイトの攻撃はまるでAMFなど無いかのようにガジェット達を容赦なく撃墜していく。それはフェイトの技術。確かにAMFは強力だが破る手はある。その一つが魔力弾の二重膜。魔力弾の周りにさらにもう一つの魔力の膜を作ることで敵のAMFを撃ち抜く戦法。だがそれはAA クラスの高等技術。だがそれをフェイトは難なく、それも複数の同時展開を行っている。それが時空管理局執務官フェイト・テスタロッサ・ハラオウンの実力だった。


なおも襲いかかってくるガジェット達をフェイトは誘導弾で、そしてすれ違いざまにその魔力刃によって撃墜していく。それはまるでダンスを踊っているかのような優雅さすら感じさせるもの。そんな光景にしばらく闘牙とアギトはその場に立ち尽くしてしまう。だが



「あんなもん見せられちゃあ黙ってられないな…………」


闘牙はそうどこか不敵な笑みを見せながら鉄砕牙を抜き、それを肩に担ぐ。その目にはいつも以上の力が満ちている。まるでフェイトの闘う姿に鼓舞されてしまったようだ。何よりも自分たちを狙って来た相手をフェイト一人に相手をさせるわけにはいかない。


「そうさ、あたしたちの力も見せてやろうぜ、兄貴!」


既に待ちきれなくなっていたのかその手にすでに炎の弾を作り出しながらアギトも戦闘態勢に入る。いきなり現れたフェイトに遅れをとるわけにはいかない。そんな対抗心がアギトの心を高まらせる。そして弾けるように半妖と烈火の剣精が動き出す。その矛先は目の前の鉄の鳥達。


「喰らいな、ブレネン・クリューガ―――ッ!!」


叫びと共にアギトの両手から複数の炎弾が打ち出される。その炎弾の威力と熱によってガジェット達は撃ち落とされていく。それはアギトの持つ炎熱変換が為し得る技。ただの魔力弾なら高い魔力でない限りAMFの前には通用しない。だが既に炎として発生している効果ならばAMFでも無効化することはできない。烈火の剣精の炎の前にガジェット達は為すすべなく倒されていく。


「はあっ!!」


叫びと共に闘牙はその手にある鉄砕牙を振り下ろす。その瞬間、その剣圧によって次々にガジェット達は本来の鉄の塊へとその姿を変えていく。そし闘牙はまるで後ろに目があるのではないかと思ってしまうほどの反応で自分に向かってくるガジェット達を切り裂いていく。そこには全く油断も恐れもない。完全な自然体そのもの。

確かにAMFは魔導師にとっては脅威となる。だがそれは闘牙には全くの無力。加えて相手は機械兵器。一切の容赦もためらいもない無慈悲な斬撃がガジェット達を葬って行く。


金。銀。赤。三つの光が縦横無尽に空を駆け回り、その力を振るい続ける。そしてその三つの力の前に無数に思えたガジェットはその全ての翼を奪われ地に落ちてしまう。そしてそれは時間にすれば数分に過ぎない時間だった。



「どんなもんだ、あたしにかかればこんな奴ら一捻りさ!」

「凄いね、炎熱変換資質を持ってるんだ。驚いたよ。」

「ふん、あたしはずっと兄貴と闘って来たんだ。これくらい当たり前だ!」


自分の闘いをほめられたことが嬉しかったのかアギトは顔を赤くしながらもそう威張り散らしている。そしてそんなアギトの姿を楽しそうにフェイトが見つめている。アギトも言葉には出さないが先程の戦闘でフェイトの実力を認めたらしい。だがそれを表に出すことが恥ずかしいのかアギトはいつもの調子で騒ぎたてている。だが少しずつではあるが打ち解けるのはそう遠い話ではないだろうと闘牙は考える。

同時に闘牙はフェイトへとその目を見ける。先程の戦闘。恐らくは全力ではなかったにもかかわらずあの強さ。間違いなく自分が知っている四年前よりも成長している。何よりもその練度。それが段違いだ。それはこれまで足りなかった経験をフェイトがこの四年間で身につけていることの証だった。なのはたちもきっとフェイト同様実力を上げているに違いない。先程はやてが自分に放った言葉。それはどうやら間違いではないらしい。なら自分もまた再びフェイト達と。そう思考した瞬間、闘牙は急に振り返る。まるで何かに気づいたかのように。


「兄貴?」

「どうかしたの、トーガ?」


そんな闘牙の様子に気づいた二人が声を上げた瞬間、闘牙に向かって地上から何かの弾丸が放たれる。だがその弾速は先程までのガジェット達の物とは比べ物にならない。しかしその弾丸を闘牙はまるで予期していたかの様に鉄砕牙で斬り払う。いきなりの事態にフェイトは驚きを隠せない。

しかしそれとは対照的に闘牙とアギトに驚きは見られない。まるでこの事態が慣れたものであるかのように。そんな二人の姿に戸惑いながらもフェイトはすぐに弾丸が放たれたのであろう地上へとその目を向ける。そしてそこには先程まで誰もいなかった場所に二つの人影がある。

それは少女。だがその姿は普通ではない。二人ともまるで戦闘服の様なスーツを身に纏っている。



一人は濃いピンク色の髪を後ろでまとめた少女。外見から恐らく自分と同じぐらいだろうか。そしてその手には身の丈ほどもある巨大なサーフボードの様な機械を抱えている。だがそれはそんなものではない。その先からは煙の様な物が出ている。恐らく先程の射撃を行ったのはこの少女なのだろう。そしてその表情はどこか楽しそうだ。


そしてもう一人は小柄な銀髪の少女。恐らく十一、二歳程だろうか。そしてその右目には眼帯がつけられ、スーツに加え外装の様なものを身に纏っている。その表情からはその感情は読み取ることはできない。


一体あの二人は何者なのか。そんな疑問をフェイトが抱いていると闘牙はそのまま高度を下げ、その二人がいる場所へと降り立って行く。その後にはアギトも続いている。どうやらあの二人と対面するつもりらしい。そのことに気づいたフェイトも慌てながらその後に続く。



そして海岸で闘牙たちは二人の少女たちと対峙する。フェイトは闘牙たちの後に続きながらもいつでも戦闘を行えるように臨戦態勢をとる。相手が何者なのか分からないが先程の射撃から有効的な相手でないことは明らか。フェイトは緊張した面持ちで闘牙の隣で構える。そしていくらかの時間が経った時



「流石っスね、闘牙!久しぶりっス!」


髪を後ろでまとめた少女がそう明るく闘牙に向かって話しかけてくる。そんな少女の姿にフェイトは思わず面喰ってしまう。それはまるで久しぶりに友人に会ったようなそんな雰囲気を感じさせるものだった。どうやら闘牙の知り合いらしい。でもなら何故あんな攻撃を仕掛けてきたのか。フェイトが混乱していると


「ウェンディ、てめえまた兄貴を不意打ちしやがったな!」


アギトが怒りをあらわにしながらそう少女、ウェンディに食って掛かる。だがそんなアギトを見ながらもウェンディはどこ吹く風と言った様子で飄々としている。


「アギトっスか。相変わらず小さいっスね。」

「何だとっ!?」


激高しながら叫んでいるアギトを見ながらウェンディは楽しそうにからかっている。端から見れば仲が良い喧嘩仲間のように見えるだろう。もちろんアギトはそんなつもりは毛頭ないのだが。

そしてそんな二人をよそに闘牙ともう一人の小柄な銀髪の少女は互いを静かに見つめ合っている。だが闘牙の顔にはどこかやりづらそうな困惑した表情が現れている。事情が分からないフェイトはそんな闘牙とアギトを少し離れたところで眺めることしかできない。そして


「久しぶりだな、闘牙。見ての通り今回は私とウェンディが相手だ。」

「覚悟するっスよ!」


銀髪の少女、チンクとウェンディはそう闘牙へと宣言する。その言葉通りに捕えるなら二人は闘牙を狙って襲いかかってきていることになる。だがチンクはともかくウェンディはまるで遊びに来ているかのような雰囲気だ。とても戦闘に来ているとは思えない。


「懲りない奴らだな、何度やっても兄貴には勝てないって分かんねえのかよ!」


そんな二人を見ながらアギトがそう声を荒げる。その言葉から二人が既に何度も闘牙と闘っているらしいことをフェイトは悟る。


「失礼っスね。確かにまだ一度も勝ててないけどあたしたちは闘えば闘うほど強くなるんス。前のようにはいかないっスよ!」

「前も同じこと言ってたじゃねえか!」

売り言葉に買い言葉。二人はまるでコントのようにそのまま言い争いを続けている。最も必死になっているのはアギトだけでウェンディはそれをからかっているだけだったのだが。


「それぐらいにしておけ、ウェンディ。闘牙と闘うことが私たちの任務だ。」

「了解っス。」

このままでは収拾がつかないと判断したチンクはそうウェンディを諫めながら戦闘態勢に入る。それを感じ取ったウェンディもその大きなプレート、『ライディングボード』を構える。その姿に闘牙たちも同じように武器を構え、臨戦態勢に入る。そいてついに戦闘が開始されようとしたその時



「それに、闘牙には私を傷物にした責任を取ってもらわなければいけないからな。」



そう何の気なしにチンクが闘牙に向かって呟く。その瞬間、闘牙とフェイトが同時に固まってしまう。まるで二人の時間が止まってしまったかのようだ。



そんな闘牙の姿を見ながらチンクはどこか不思議そうな顔をする。まるで何故闘牙が固まっているのか分からない。そんな様子だった。


「お……お前………意味分かって言ってんのか?」


何とか思考を取り戻した闘牙が焦りながらチンクに問いかける。事実無根のことに加え相手はチンク。本当なら間違いなく自分は犯罪者扱いされてしまう。何よりも自分にそんな趣味はない。闘牙は慌てながらチンクを問い詰める。


「?使い方が間違っていたのか……?こう言えば闘牙は喜ぶはずだとクアットロが言っていたのだが………。」


狼狽している闘牙をよそにチンクはそう冷静に答える。チンクはその言葉を自分の右目のことをあてはめて使ったつもりだった。その右目は四年前の闘牙との戦闘によって負った傷。ならば言葉としては何も間違っていないはず。そうチンクは考えていた。


そのことに気づいた闘牙は呆れながらもどこかやりづらそうにチンクへと目を向ける。どうやら先程の言葉はクアットロの入れ知恵だったらしい。闘牙の脳裏にはしてやったりと言った顔のクアットロの顔が浮かんでいた。

そして闘牙は改めてチンクの眼帯、右目に目を向ける。それは四年前の戦闘によって自分が傷つけてしまった物。あの時は状況から手加減をすることができなかった。チンクはそのことをそれほど気にしている様子ではないがどうしても闘牙はその実力も加えてチンクと闘うことに苦手意識を持ってしまっていた。



「でも闘牙。あんまり気にしなくてもいいっスよ。チンク姉、本当なら右目治せるのにわざと治してないだけなんスから。」

「よ……余計なことは言わなくていい、ウェンディ!」


そんな闘牙の姿を見かねたウェンディがそう事実を暴露してしまい、珍しくチンクは狼狽しながらそれを誤魔化す。そんなチンクの姿は珍しいためウェンディも楽しんでいるようだ。



(こいつら……………)


闘牙はどこか呆れながらチンクとウェンディに目を向ける。目の前にいる二人の少女は『戦闘機人』とよばれる存在。魔法ではない力。機械と人の融合を目指した存在らしい。そしてその実力も高ランク魔導師に匹敵するもの。

闘牙はガジェットに加え彼女たちにも命を狙われていた。そして彼女たちも本気で手加減なく闘牙へと襲いかかってくる。それはまさしく真剣勝負、命のやり取り。

だが闘牙が彼女たちの命を奪うことをしないこと、その実力差、そして戦闘機人たちの悪意や敵意のない純粋さ(例外も存在するが)のため知らない人から見ればまるで闘牙が少女たちとじゃれているように見えるだろう。



「随分楽しそうな四年間だったんだね………トーガ………。」


そう、今、闘牙の後ろにいる少女のように。


その言葉に闘牙は凍りつく。それはいつもどおりのフェイトの声。だがその言葉から、そして自分の背後から凄まじい殺気を感じる。自分はこれを知っている。

だが闘牙はその場を動くことも、振り返ることもできない。そんなフェイトの姿に流石のアギトも口をはさむことができない。だがそんな空気を察することができないのかチンクとウェンディはそのまま闘牙へと向かって行こうとする。だがそんな二人の前にフェイトが立ちふさがる。二人はそのままどこか驚くような表情を見せる。どうやらフェイトのことは二人の眼中にはなかったらしい。



「見たことない奴っスね。闘牙の仲間っスか?」

「私たちが用があるのは闘牙だけなんだがな………」


二人はそう言いながらフェイトと対峙する。だがチンク達の任務は闘牙を倒すこと。できれば無駄な戦闘は避けたいところ。だがそれは目の前の少女、フェイトには通用しなかった。


「時空管理局機動六課フェイト・テスタロッサ・ハラオウンです。事情を聴かせてもらいます。」


フェイトは既にバルディッシュをその手に構えながら二人に対峙する。それは既に目の前の二人とは戦闘は避けられないと悟ったからでもある。そしてそんなフェイトを見ながらチンクは思考する。



(機動六課………確かドクターが言っていた私たちに対抗するための部隊だったな………)


チンクはそのことを思い出す。確か設立したばかりのはずだがまさかもう接敵するとは予想外だった。そして何故その機動六課と闘牙が共にいるのか。だがそれを考えたところで仕方ない。そして目の前の金髪の魔導師、フェイトは恐らくはかなりの実力者。ならばここでその戦力を削っておくのも悪くない。そう判断したチンクはそのままフェイトに向かって対峙する。



「………こいつの相手は私がする。お前は闘牙の相手をしてくれ。」

「了解っス!久しぶりの一対一、楽しくなってきたっス!」


チンクの言葉を聞きながらウェンディはそのまま闘牙に向かって射撃を開始する。その速度、精度はまさに戦闘機人だからこそできる物。闘牙はその場から一瞬で離脱しながら距離をとるもそれを許さないとばかりにその射撃はさらに激しさを増していく。それは飄々とした態度のウェンディから想像できない程。


「兄貴っ!」

「アギト、お前はいつも通り離れてろ!」


そんな闘牙の姿を見ながら近づこうとするアギトにそう闘牙は命令する。それは二人の取り決め。戦闘機人との戦闘にはアギトは加わらないというもの。

アギトは確かにかなりの強さを持っているが戦闘機人の強さはそれをさらに上回っている。加えて戦闘機人はAMF下でもその戦闘能力は変わらない。言葉は悪いが足手まといになりかねない。そのことを分かっているからこそアギトもその取り決めを承諾している。実際闘牙はこれまでも何度も戦闘機人と闘いそのすべてに勝利している。アギトは闘牙の強さに絶対の信頼を持っている。負けるなんてことはあり得ない。それは分かっている。でも


(あたしも………兄貴の力になりたいのに……………!)


アギトはそう悔しさをにじませる。もし自分が闘牙とユニゾンできれば力を貸し、共に闘える。だがそれはできない。それは仕方のないこと。それは闘牙が悪いわけでも自分が悪いわけでもない。それでも闘牙の力に助けになりたい。それがあの日から今日まで自分を助け、共にいてくれた闘牙への恩返しになる。だがまだその方法をアギトは見つけることができないでいる。


アギトはそのまま離れた場所から闘牙の闘う姿を苦渋の表情で眺め続けるのだった――――――



闘牙とウェンディの戦闘場所から少し離れた場所で二人の少女、フェイトとチンクが向かい合っている。だがその姿は対照的だった。

金と銀の髪。その背丈。体格。

その全てがまるで正反対。

チンクはその手にナイフの様なものを握りながらフェイトに向かい合う。その姿は冷静沈着。先程までの姿からは想像できない程のもの。それは純粋な戦機。


そしてそれに向かい合いながらフェイトもバルディッシュに魔力刃を作る。だがその表情はいつもとは異なっている。それは何かに戸惑い、焦っているよう。

フェイトも自身のこれまで感じたことのない感情に戸惑いを隠せない。目の前の少女。その正体も実力も自分は知らない。それは戦闘においては大きなハンデ、不利。だがそれは相手にも言える。なら条件は同じ。何も焦ることもない。にもかかわらず自分は目の前の少女に何か言葉に言い表せれないような感情を抱いてしまう。



「悪いが時間をかけるわけにはいかない……すぐに終わらせて闘牙の元に行かせてもらう。」


そんなフェイトの胸中など全く知らずチンクはそう静かに宣言する。その言葉にフェイトは反応する。魔導師としてでもなく、執務官としてでもない。


「………それはできません。勝つのは私ですから。」


フェイト・テスタロッサ・ハラオウンとして自分は目の前の少女、チンクには負けるわけにはいかない。




今、金の閃光と刃舞う爆撃手の闘いの火蓋が切って落とされた――――――



[28454] 第48話 「天敵」
Name: 闘牙王◆53d8d844 ID:e8e89e5e
Date: 2011/10/24 02:16
ミッドチルダの海岸とその上空を金と銀の光が縦横無尽に駆け回っている。そのうちの金の光、フェイトは飛行をしながら海岸にいる銀の光、チンクを見据えている。どうやらチンクは飛行能力を持たないらしい。なら頭上と言うアドバンテージを生かし、中遠距離から攻撃を仕掛けるのが得策。そう判断し、フェイトは自らの周りに魔力弾を展開していく。

そしてそれは先の戦闘で見せたAMFに対抗した魔力弾。目の前にいる少女、チンクの周りからも広範囲にわたってAMFが展開されていることを悟ったからだ。だがAMFを展開していればチンクも魔法を行使することができないはず。なら一体何故。そんな疑問を抱きながらもフェイトはその魔力弾を一斉にチンクへと向け


「ファイアッ!!」


一気にその全てを解き放つ。金の矢はそのまま凄まじい速度を持ってチンクへと疾走する。その一発一発にはガジェットを軽々と破壊するほどの威力が込められている。加えて相手はAMFの範囲の中。魔法を行使できない状況ならば対処も不可能。フェイトは自身の勝利を確信する。

だがチンクはその金の矢の雨をまるで何でもないかのように次々にかわしていく。その瞬発力と運動能力にフェイトは驚愕するしかない。相手は魔法を使っている様子も見られない。にも関わらず自分攻撃をいとも簡単にかわし続けている。その技量もだがその身体能力は一体何なのか。闘牙の様な自分たちの知らない力を目の前の少女、チンクは持っている。

フェイトがそう油断していた自分に気づいた瞬間、目の前に黒いナイフの様な物が現れる。それはチンクが放ってきた『スティンガー』と呼ばれるスローイングナイフ。フェイトはそのことに気づき。焦りながらもその速度を持ってそれをかわしていく。だがそれを見ながらもチンクは次々にスティンガーを放ってくる。

それはどうやら魔法の攻撃ではなく質量兵器らしい。先程の射撃を行っていた少女、ウェンディの攻撃も魔法ではなかった。どうやら彼女たちは魔法とは全く違う技術や攻撃を行ってくるらしい。だがこのナイフも特に何か特別な効果や能力が付与されている様子も見られない。この距離の自分に向かってこれほどの速度でナイフを投げ放ってくるチンクの身体能力には驚くしかないがそれでもナイフ程度で倒されてしまうほど自分、魔導師は甘くはない。そう判断し、決着をつけるべく自分に向かって放たれてきたスティンガー達をフェイトがバルディッシュによって斬り払い、砲撃魔法につなげようとしたその瞬間、

フェイトは突如大きな爆発に襲われる。その威力は例えフェイトといえども直撃を受ければ落とされてしまうほどの物。そして辺りは爆煙に包まれていく。


その光景を静かにチンクは見つめている。その姿には戸惑いも焦りも見られない。それは先の爆発がチンクによる攻撃だったからに他ならない。


『ランブルデトネイター』

それがチンクの先天固有技能。

一定時間手で触れた金属にエネルギーを付与し、爆発物に変化させる能力。それをチンクは金属でできたナイフ、スティンガーに付与しフェイトを爆発に巻き込んだ。

チンク達戦闘機人は皆『インヒューレントスキル』通称ISと呼ばれる固有技能を有しており、それはどれも強力な能力。そしてそれは魔法とは全く別の力であるためAMFとの相性は抜群。

故に戦闘機人は魔導師にとって『天敵』といっても過言ではない存在。

これまでチンク達は闘牙という魔導師ではない規格外の存在と闘ってきたためその力を完全に生かすことができなかった。だが皮肉にもフェイトと言う魔導師を相手にすることでチンクはその能力の真価を発揮することができた。だがそれはチンクの戦闘機人としての能力だけで為し得ない。

それはチンクの戦術にある。チンクは戦闘が始まってからずっとスティンガーを爆発させることなくフェイトへと放ち続けていた。それは油断を、先入観を植え付けるため。こちらが使っているスティンガーをただのナイフだと判断し、油断をさせたところでランブルデトネイターによる爆発によって一撃で相手を爆撃に巻き込み勝利する。それがチンクの狙い。そして初見の相手はほぼこの一撃によって勝負が決まる。それが通じなかったのは闘牙と四年前に戦ったゼストという騎士だけ。

チンクはそのまま踵を返し、闘牙とウェンディが闘っているであろう場所へと足を進めようとする。ウェンディの実力はこの一年で急激に上がっているがそれでも闘牙との一対一では長くは持たないだろう。ならばその援護に向かうのが自分の役目。なによりも自分はそのためにここに訪れている。そしてチンクが動き始めようとしたその瞬間



爆煙の中から金色の砲撃が凄まじい速度でチンクに向かって放たれてくる。


「っ!!」


チンクはそのことに瞬時に気づき、飛び跳ねることによってその砲撃を何とかかわす。だがその余波によってダメージを負ってしまう。そして顔を見上げたそこには


ダメージを受けながらもまだ戦う意志も力も失っていないフェイトの姿があった。


その姿にチンクは驚きを隠せない。確かに自分の攻撃はフェイトに直撃したはず。にもかかわらず相手はあれだけのダメージしか負っていない。そしてチンクは気づく。それはフェイトの位置。そこは爆発の中心から距離が離れている。自分が捕えていた位置からフェイトはその速さによって一瞬でそこまで移動し、シールドによってその爆風を受け流していた。それはまさに幾多の戦闘経験がなければ為し得ない芸当。それを目の前の魔導師、フェイトはやってのけたと言うこと。

そしてチンクは先程の砲撃にも脅威を感じ取る。間違いなくフェイトは今、自分が発生させているAMF内にいる。にも関わらず先程の砲撃の威力。間違いなくフェイトはSランクオーバーの実力を持っている。加えて砲撃には電気が含まれている。恐らく電気の魔力変換資質を持っているのだろう。それはチンクにとっていや、戦闘機人にとってはまさに天敵ともいえるもの。自分達戦闘機人はその名の通りその体に機械を融合させている。それにより常人ではありえない身体能力、機能を有している。だがそれ故に電気によるダメージは致命傷になりかねない。自分はシールドや防御外套である『シェルコート』も装備しているがあの攻撃の直撃を受ければタダではすまない。

チンクは知らず自分の中にフェイトに対する油断と慢心があったことに気づき、意識を切り替える。どうやら闘牙のことを意識しすぎるあまり目の前の戦闘を疎かにしてしまっていたらしい。チンクは改めてフェイトへと向き合いながらその両手にスティンガーを構える。そこには先程まであった油断も甘さもまったくない。


それが戦闘機人№5『刃舞う爆撃手』チンクの真の姿だった。


そんなチンクの姿を見つめながら、フェイトも思考する。先程の爆撃。あれは自分といえども直撃すれば間違いなく致命傷を受けてしまうほどの物。油断はあったがそれは相手の誘導でもあった。それは間違いなく目の前の少女、チンクの戦術。加えてこのAMF下で戦い。ここでは自分はランクでいえば間違いなくワンランクは魔力が落ちてしまう。

なのはの砲撃ならばこの状況でもチンクを一撃で落とすこともできるかもしれないが先程の砲撃が通じず避けられてしまった以上遠距離からチンクを倒すことは難しい。何よりもチンクはその能力から遠距離戦を得意としているようだ。ならば例えAMF下であったとしても接近戦によって一気に勝負をかけるしかない。それこそが自分の本気、真骨頂でもある。例えAMFがあったとしても自分は『速さ』に絶対の自信を持っている。フェイトがそう決意した瞬間、バルディッシュが起動しその姿を大きく変える。それはまるで大剣。そしてその魔力による刀身が形作られていく。それはバルディッシュの第三形態ザンバーフォーム。それを構えながらフェイトはチンクへとその目を向ける。目の前のチンクもその両手にナイフを構えこちらを待ち構えている。互いに互いの実力を認めたからこその真剣勝負。

だがそんな中、フェイトはある疑問に襲われる。それは戦闘が始まる前から抱いていた物。そして自分の中の知らない感情がもたらしたもの。フェイトはバルディッシュを構えたまま


「あなたは……どうしてトーガを狙うの……?」


そうチンクへ問いかける。それはフェイトの純粋な、そして聞かなければいけない問いだった。


そんなフェイトのいきなりに問いにチンクは一瞬驚いたような表情を見せる。何故この状況でそんなことを問いかけてくるのか、その意図が掴めなかったからだ。だが


「妙なことを聞く……先程言ったようにそれが私たちの任務だからだ。」


チンクはそう迷いなくその問いに応える。それは戦闘機人として、ナンバーズとしての答えだった。だがそんなチンクの答えを聞きながらもフェイトはまだどこか納得いっていないような表情を見せる。

そんなことは分かっている。だが違う。自分が聞きたいのはそんなことではない。もっと違う理由があるのではないか。それをフェイトはチンクから感じ取っていた。それは女の直感と言ってもいい物。そんなフェイトの様子を感じ取ったのか



「それに……個人的にも闘牙には興味があるからな。」


チンクは嘘偽りなく自らの本音を口にする。それはまさに自然体そのもの。戸惑いも迷いもない純粋な言葉だった。


それを感じ取ったフェイトは一度目を閉じた後、バルディッシュを握るその手に力を込める。それはまるでこれからの闘いへの決意を表しているかのよう。



「私は……あなたには負けません。」


フェイトは静かに、だが力強くそう宣言する。そこにはフェイトの譲れない想いが込められていた。そんなフェイトの姿に何か感じるところがあったのかチンクもそれに応えるようにフェイトと向かい合う。


二人の少女の闘いはさらに激しさを増していくのだった……………




フェイトとチンクの戦闘場所から離れたところで、凄まじい射撃音が起こり砂埃が舞い上がっている。それはウェンディの射撃によるもの。そしてその矛先は闘牙へと向けられている。その射撃は正確無比に闘牙へと迫って行くがその全てを闘牙は難なくかわしていく。まるでその攻撃を全て看破しているかのような動き。そこには全く危なげがない。


「流石っスね、闘牙。でも負けないっスよ!」


そんな闘牙の様子を見ながらもウェンディはそうどこか楽しそうにしている。自分の射撃が全て避けられている。本当なら焦ってもおかしくない状況。だがそんな状況でもウェンディは全く焦りを見せない。それは闘牙の実力を知っているから。

今、ウェンディは自らの武装ライディングボードからエリアルショットと呼ばれる射撃を行っている。それはボードの前部にエネルギーを集中させ弾丸状にして発射するもの。そしてそれには魔法のように非殺傷設定は存在しない。当たれば間違いなく負傷は免れない物。魔導師であっても殺傷設定の魔法や攻撃には少なからず戸惑いや恐れが現れる。だが闘牙にはそれが無い。まるでいつもと変わらないような動きでそれらをかわし、対応していく。

それは経験。闘牙は戦国時代においては常に命のやり取りをしていた。闘牙にとっては非殺傷設定だろうが殺傷設定だろうが関係はない。

闘牙はそのまま鉄砕牙を構えながらウェンディとの距離を詰めようとする。だがそれをさせまいとウェンディの射撃がさらに激しさを増していく。そして


「今日こそは闘牙に風の傷を使わせて見せるっス!」


ウェンディはそうどこか楽しそうに宣言する。まるで自分の目標を披露しているようなそんな雰囲気だ。


「風の傷?」


射撃を捌き、かわしながら闘牙はそう疑問の声を上げる。一体ウェンディが何の話をしているのか全く分からなかったからだ。


「そうっス!闘牙、トーレ姉やチンク姉には風の傷を使ってるのに私やノーヴェにはまだ一度も使ってくれたことがないっス!」


ウェンディはそうどこか駄々をこねるような姿で闘牙に訴える。そんなウェンディの姿に闘牙は呆れるしかない。



(こいつ………………)


闘牙は目の前のウェンディを見ながら思考する。それはナンバーズ達とこれまでの戦闘。ウェンディは一年ほど前に稼働したらしく、付き合いは他のナンバーズと比べれば浅いがその明るく、どこか憎めない性格のため闘牙はどうしてもやりづらさを覚えてしまう。同じ時期に稼働したらしいノーヴェの方がまだその性格からやりやすい物がある。そしてその二人に関してはまだ稼働したばかりであること、またその実力から風の傷を使うほどでもないためまだ一度も使用はしていない。どうやらそのことを気にしているらしい。

そしてナンバーズの中で闘牙が一番苦手にしているのがトーレだ。その実力は間違いなくナンバーズの中で最強、そしてその性格から戦闘に関しては全く油断も容赦もないため闘牙はトーレとの戦闘が一番苦手だった。どこかシグナムとの模擬戦を彷彿とさせるところがあるのもその理由だ。そして次がチンク。やはり右目を傷つけてしまった負い目とその実力からやりづらい物がある。その性格も無垢、純粋さがあるためそれも大きな理由の一つだ。



「今、ノーヴェとどっちが先に闘牙に風の傷を使わせるかで勝負してるんス。だから今日はいつものようにはいかないっスよ!」


そんな決意表明をしながらウェンディの猛攻が闘牙へ襲いかかる。そんなウェンディの姿に呆れながらも闘牙は一気にその速度を上げ、鉄砕牙でその弾丸を捌きながらウェンディへと接近していく。その姿にウェンディは一瞬反応が遅れる。

それは一気に勝負をつけるため。チンクの実力は恐らくトーレに次ぐもの。その実力も間違いなく四年前のフェイト達と同じかそれ以上。フェイトの実力が上がっていることは先程の戦闘で分かったがチンク、いや戦闘機人たちは魔導師にとっての脅威となるAMFを使用してくる。加えてチンクの攻撃力の高さは脅威だ。いくらフェイトといえども危険がある。そう判断し、闘牙はウェンディとの決着を一気につけようとする。

その狙いはその手にあるライディングボード。それがウェンディにとっても武装であり弱点でもある。それを失えばいかに戦闘機人といえどもまともに闘うことはできなくなる。それはいつも通りの自分とウェンディの戦闘の決着。そして反応が遅れたウェンディの間合いに入り込んだ闘牙が鉄砕牙によってライディングボードを破壊しようとしたその瞬間、


ウェンディは驚異的な反応でその斬撃を後ろに飛び跳ねながら躱す。それはまるで闘牙の動きを読んでいたかのような物。そのことに闘牙は驚き、一瞬反応が遅れる。そしてその隙をウェンディは見逃さなかった。


「もらったっス!」


その瞬間、ウェンディの射撃が闘牙へと放たれる。闘牙は何とかそれを鉄砕牙で捌くもその中の一発が頬を掠め、一筋の血を流す。


「兄貴っ!」


そんな闘牙の姿に思わずアギトが声を上げる。それは今まで闘牙が戦闘で傷を負うことはほとんどなかったからだ。そんなアギトの言葉を聞きながらも闘牙は体勢を立て直しながらウェンディと向かい合う。


「本当に腕を上げたみてえだな。」

「そうっス。あたし達戦闘機人は闘えば闘うほど強くなるんスから!」


闘牙にほめられたことが嬉しかったのかウェンディはそう自慢げに答える。


ウェンディの成長。それは戦闘機人のデータ蓄積という機能によるもの。それは他のナンバーズが活動した動作データを共有、再編して自らの動作にフィードバックし活用することができるもの。これによりウェンディ達戦闘機人は常人よりも遙かに早い速度で経験を積むことが可能となる。それは人と機械の融合と言う存在である戦闘機人だからこそできる芸当だった。

闘牙は自分が知らず、ウェンディを侮っていたことを知り意識を切り替える。そんな闘牙の気配を感じ取ったのかウェンディはさらにテンションを上げながらライディングボードを構える。

「でも驚くのはまだ早いっスよ!これからが本番っス!」


そう叫びながらウェンディは一発の弾丸を再び闘牙へ向けて放つ。だが馬鹿正直に放たれた弾丸が闘牙に当たるわけもなくそれは地面へと着弾してしまう。だがその瞬間、辺りはその弾丸の炸裂によって煙に包まれてしまう。そしてそれこそがウェンディの狙いだった。

闘牙がその煙によって視界を封じられたのと同時にその周囲にいくつものエネルギー弾が姿を現す。それはまるで闘牙を包囲するかのように配置されている。それはフロータマインと呼ばれる反応弾。相手の周囲に配置することでその行動を阻害するための物。それによって闘牙は動きを封じられてしまう。

だがそれは闘牙には通用しなかった。闘牙はそんな反応弾の位置をまるで後ろに目があるような反応で見抜き、その包囲から脱出する。それは半妖の嗅覚と聴覚が為し得る芸当。例え煙で視界を塞いだとしても闘牙にそれは通用しない。だがそれはウェンディも理解していた。

ウェンディは既にライディングボードを地面につけその砲身を上空へと向けている。それはまるで砲撃の体勢。その目には闘牙の姿がしっかりととらえられている。それは熱センサーによるもの。ウェンディは闘牙には目くらましが通用しないことは既に身をもって経験していた。故に今回はそれをさらに超えた作戦。それは二重の罠を仕掛けること。いくら闘牙といえども煙とフロータマインに気を取られたこの一瞬なら隙が生じる。そしてそこを自分の最高の砲撃で撃ち落とす。それがウェンディの作戦。

そしてそれは完璧にはまった。ウェンディは自身の勝利を確信し、その砲撃を上空に脱出しようとしている闘牙に向かって放つ。タイミング、狙い共に完璧。そしてその砲撃が闘牙を飲みこもうとしたその瞬間、

闘牙はまるでそれを予期していたかのように鉄砕牙の剣圧によって切り裂いてしまう。


「ええっ!?」


信じられない光景にウェンディはそんな声を上げることしかできない。あり得ない。例え闘牙が優れた嗅覚と聴覚を持っていたとしてもあの隙を狙った攻撃をああも簡単に防ぐなんてありえない。


それは直感。数多の闘いの経験と才能によるもの。それは既に予知の域に辿り着きつつある。


四年間の半妖の力の成長。ガジェット、戦闘機人との絶え間ない戦闘。そして叢雲牙に対抗するために続けてきた鍛錬。


今、闘牙は妖怪化すればかつて闘った大妖怪、瑪瑙丸を超えるほどの実力を身に着けていた。


そしてその力の前にはいかに戦闘機人といえど敵わなかった。


闘牙は砲撃をさばいた後、動きを止めてしまっているウェンディに向かって鉄砕牙を投げつける。それはライディングボードを狙ったもの。ウェンディはまさか鉄砕牙を投げつけてくるとは思いもしなかったため驚愕するも何とかそれを間一髪のところで躱す。そしてその隙を狙うかのように闘牙は疾走してくる。ウェンディは何とか落ち着きを取り戻しながら接近してくる闘牙へとその砲身を向ける。そして射撃を行おうとしたその瞬間、

その背後から先程避けた筈の鉄砕牙再びウェンディに向かって接近してくる。それは闘牙が鉄砕牙の鞘によって鉄砕牙を呼んだために起こったこと。


「そ……そんなんアリっスかっ!?」


自分の全く知らない闘牙の戦法にウェンディはそう悲鳴を上げる。それはウェンディの実力を認めたことの闘牙なりの証だった。


その鉄砕牙によってライディングボードは切り裂かれ、闘牙の拳によってウェンディは吹き飛ばされてしまう。



それが今回の闘牙とウェンディの戦闘の決着だった………………



金の光と黒いナイフ。二つの力が絶え間なく交差し、上空では爆発が、海岸では砂埃が舞っている。それがフェイトとチンクの戦闘、間合いの取り合いだった。
フェイトはその速度によってチンクのスティンガー、爆撃を紙一重でかわしながら誘導弾によってチンクを牽制、その隙に接近しようと試みる。だがそれを避けながらチンクは接近を許さないと言わんばかりにその爆撃の激しさを増していく。そんな戦闘の硬直状態がしばらく続き、両者ともそれを打開すべくチャンスをうかがっている。そして先に仕掛けたのはチンクだった。


「はあっ!!」

チンクは自らの手にあるスティンガーをこれまでとは違い複数重ねながらフェイトに向かって投げ放つ。それは通常よりも爆発力を高めるためのもの。そのことに気づいたフェイトはその速度によってそれをかわし、地面に降り立つことでその距離をとる。そしてその背後で巨大な爆発が起こる。もしこれまでと変わらないように避けていればダメージは避けられなかっただろう。そのことにフェイトが冷や汗を流していると複数のスティンガーが再びフェイトを襲ってくる。

だがその軌道がこれまでと異なっている。今までは正確無比に自分を狙ってきていたそれがまるでフェイト以外の物を狙っているかのような軌道を描いている。そしてその軌道の先にある物があることに気づく。

それは先程の戦闘によるガジェットの残骸。その一部がフェイトのすぐ近くにある。何故そんなものに向かって攻撃を仕掛けようとしているのか。

そして瞬間、フェイトは戦慄する。その瞬間、フェイトは凄まじい爆発の中に姿を消してしまった…………………


(終わったか……………)

チンクは自らの手にあるスティンガーをしまいながらその爆心地に目を向ける。ガジェットの残骸までフェイトを誘導し、その残骸を使ったランブルデトネイターによる爆破。それがチンクの狙いだった。フェイトは恐らくは自分の能力はスティンガーを爆破する能力だと考えていたのだろう。そしてそう思いこませるよう自分も動いていた。

だが自分の能力はそうではない。自分は金属であればそれを爆破することができる。そしてその威力はその大きさに左右される。故にガジェットの残骸を使った爆破はこれまでの物とは比べ物にならない。恐らくフェイト程の魔導師なら致命傷は避けられただろうが重傷は免れない。しばらくは戦闘に参加することはできないだろう。これで機動六課の戦力を削ぐことができた。

そうチンクが考えた瞬間、チンクのその目のセンサーが何かを感知する。それは生体反応。それも凄まじい速度で動いている。チンクがそのことに気づき、再びスティンガーを構えようとしたその瞬間、その背後に人影が現れる。それはバルディッシュを振りかぶったフェイト。フェイトは爆発の間際、その直感と言ってもいい物で危機を悟り、最高速度によってその場から離脱していた。そしてその速度を持ってチンクの背後を取った。

それこそが『金の閃光』フェイト・テスタロッサ・ハラオウンの実力だった。


目の前のチンクはそのことに気づくもスティンガーを構えることは叶わない。そしてその大剣をチンクに向かって振り下ろそうとした瞬間、フェイトは気づく。


それは手。チンクの手がまるで待ち構えていたかのように自分に、いやバルディッシュに向かって伸ばされようとしていることに。


「くっ!!」

フェイトは弾けるようにその場から離脱する。そして両者の間には再び大きな距離が開いてしまった。そんなフェイトをチンクは見つめている。だがその顔には驚きと称賛があった。


「驚いた……まさか気づかれるとはな……。」


チンクはそう言いながら再びスティンガーを構えながらフェイトに向かい合う。それは敵への惜しみなき称賛。チンクの真の狙いは近接によるデバイスの破壊。

デバイスはそのほとんどが機械である以上金属でできておりそれに触れることさえできればチンクは苦もなくそれを破壊することができる。こちらの弱点が近接戦闘だと思わせるように闘っていたのもこのための布石。まさに魔導師にとっての天敵の様な能力。だがそれを一瞬で看破した目の前の魔導師、フェイト。間違いなくエース、ストライカー級の存在。相手にとって不足はない。

そしてチンクが再び動き出そうとしたその時、その隣に見知った少女が吹き飛ばされてくる。それは闘牙に敗北し、吹き飛ばされてしまったウェンディだった。


「うう……チンク姉、負けちゃったッス………」


海岸の砂まみれになった体を起こしながらウェンディはそう悔しそうに声を漏らす。そしてそれに続くようにフェイトの隣に闘牙がその姿を現す。その姿は全く変わっていない。やはりまだウェンディ一人では荷が重かったらしい。もっとも自分やトーレであってもそう結果は変わらなかっただろうが。そしてこれからどうするべきかチンクが考え始めたその時

『は~い、チンクちゃん。元気にしてる?』

そんな聞き慣れた声がチンクの頭に響いてくる。それは戦闘機人同士で行うことができる通信。魔導師でいう念話の様な物。そしてその声は間違いなくクアットロの物だった。

『どうした、クアットロ。何かあったのか?』

『それがね~、さっきクライアントの方からクレームがあってミッドでの戦闘は避けてほしいの。お楽しみのところ悪いけど撤退して頂戴。迎えもそっちに行ってるからヨロシク~!』

いつものように演技なのかそうでないのか分からないような態度を見せながらクアットロの通信は途切れてしまう。チンクは仕方なくそのスティンガーを構えながら撤退の準備をする。どちらにせよウェンディが戦闘不能になり、フェイトに加え闘牙まで来てしまった以上戦闘を続けることはできない。

「悪いが今日はこれで失礼させてもらう。また会おう、闘牙。」

「今度は負けねえッス!」


そんな言葉を残しながらチンクはスティンガーを足元に放ち、爆発を起こさせる。その煙によって辺りは覆われてしまう。そしてそれが収まった先にはチンク達の姿はなくなってしまっていた。


「そんな………」

そんな光景にフェイトは驚きを隠せない。チンク達は飛行した様子も転移した様子も見られない。一体どこに消えてしまったのか。だがそんなフェイトとは対照的に闘牙は慣れた様子で鉄砕牙をその鞘に納め戦闘態勢を解除する。おそらくセインがあの二人を連れて離脱してしまったのだろう。いくら闘牙といえどそれを追いかけることはできない。もっともそれ以外にも彼女たちを追えない理由もあったのだが。


「へん、おととい来やがれってんだ!」


いつの間にか自分の傍にやってきていたアギトがそういなくなったウェンディ達に向かって悪態をついている。まるでかつての七宝を見ているようだ。まあほとんど闘えなかった七宝と一緒にしてはアギトに失礼かもしれないが。

何はともあれ戦闘は終わった。だがフェイトの強さには本当に驚かされた。AMF下でもチンクと互角以上に渡りあっていたのだから。そのことをほめてやろうと闘牙がフェイトに向かって振りむいた瞬間、


「トーガ……あの子たちとの事情、聞かせてもらえるよね……。」


微笑みながらフェイトはそう闘牙へと告げる。その微笑みはいつものフェイトの物。だがその雰囲気が全く異なっている。その雰囲気にアギトは思わず闘牙の後ろへと隠れてしまう。


「………………はい。」



闘牙は顔をひきつらせながらそう答えることしかできなかった………………



[28454] 第49話 「集結」
Name: 闘牙王◆53d8d844 ID:e8e89e5e
Date: 2011/10/24 17:49
戦闘機人たちとの戦闘の後、闘牙たちは再び六課の隊舎へと戻ってきた。そして戦闘の結果を報告するためにフェイトが闘牙と共にはやての部屋を訪れたそこには


「おかえり、闘牙君。」


懐かしい笑顔を見せながら自分を迎えてくれる高町なのはの姿があった。


「なのは………」


闘牙はそんななのはの姿に目を奪われてしまう。それはその姿。フェイト達同様、四年間の成長によって闘牙の記憶から大きく変わっている。その背丈や体格はもちろん、一番変わっているのがその雰囲気。どこか温かさ、包容力を感じさせるそれはまるで母親の桃子を思わせるものがある。そして闘牙はさらに気づく。なのはの近くに多くの人影がある。

それはヴォルケンリッター達、そしてアルフ。その姿はなのはたちとは対照的に全く変わっていない。闘牙はそのことにどこか安堵する。久しぶりの再会だが変わらない物もある、そう感じることができたからだ。騎士たちはそんな闘牙をどこか驚いたような表情で見つめている。まるで目の前にいる闘牙が本当に闘牙なのか、そんな風に疑っているかのように。それは騎士たちが覚えている闘牙の姿と今の闘牙の姿が大きく変わっていたのがその理由。フェイトとはやて同様、騎士たちから見ても闘牙の変化は大きい物だったらしい。

そしてそんな見つめ合いがしばらく続くかに思われた時、一つの人影が闘牙に向かって近づいていく。それはアルフ。だがその表情は闘牙の位置から伺うことはできない。そしてアルフがそのまま闘牙の目の前までたどり着いたその瞬間、



闘牙はアルフの鉄拳によって殴り飛ばされてしまう。


「アルフッ!?」


いきなりの事態にフェイトはそんな声を上げることしかできない。まさかアルフが闘牙を殴るとは思いもしなかったからだ。闘牙はそのまま尻もちをつき、殴られた頬を拭うことしかできない。その表情には苦悶が、いやどこか申し訳なさそうな雰囲気が現れている。


「闘牙……なんで殴られたか分かるかい……?」


そんな闘牙の姿を見ながらもアルフは怒りに満ちた表情でそれを睨みつけている。その威圧感に割って入ろうとしたアギトも思わずその動きを止めてしまう。それほどの怒りがアルフにはあった。


「フェイトが……みんながどれだけ心配したと思ってるんだいっ!?」


その言葉にその場にいた誰ひとり口をはさむことができない。それはアルフの言葉が嘘偽りない真実だったからに他ならない。それが四年間、フェイト達が闘牙へと抱いていた想いだった。それを感じ取った闘牙は



「…………すまねえ……みんな……………」


そう顔を俯かせながら謝罪する。皆に心配を、迷惑をかけることは分かっていた。それでも行かなければならない理由が自分にはあった。今でもそれが間違いだったとは思わない。だがそれでも自分のことを心配し、怒ってくれる仲間たちを裏切ってしまった罪は変わらない。闘牙はアルフの鉄拳の痛みを心に刻みながらそう謝罪する。そこには闘牙の四年間の懺悔が込められていた。そんな闘牙の姿を皆が、アルフが黙って見つめ続けている。だが次第にアルフの様子が変わってくる。その体は震え、その目には涙が溢れだす。それはアルフの闘牙への想いの形だった。


「闘牙っ……ほんとに……ほんとに無事でよかったようっ!!」


アルフはそのまま凄まじい勢いで床に座り込んでいる闘牙に向かって抱きついていく。いきなりの事態に闘牙はそのままアルフに押し倒され、もみくちゃにされてしまう。何とかそれを引きはがそうとするもその力は凄まじく闘牙の力でも簡単には抜け出すことができない。


「おいっ……アルフ、いい加減に離れろっ!」

「いいじゃないか!四年ぶりの再会なんだよ!」


その感触に狼狽しながら闘牙はそう訴えるがアルフは全く聞き入れずそのまま闘牙を押し倒したまま好き放題にしている。そんな光景になのはたちの間に笑いが起こる。そこには先程までの緊張した空気はない。それが闘牙が四年ぶりに仲間たちの元に戻ってきた瞬間だった。


そしてそんな闘牙とアルフの様子をフェイトはどこか羨ましそうに見つめていた。



(そうか……私もああすればよかったんだ………)


フェイトは目の前の光景を見つめながらそう後悔する。その脳裏には先日の闘牙との再会の光景が蘇っていた。あの時の自分は闘牙との再会に喜び、感動していたがすぐに闘牙をバインドで捕獲してしまった。それは闘牙が自分に見つかったことですぐに逃げ出してしまうのではないかと言う不安が一番にあったから。

だが今考えればそれはチャンスでもあった。あの状況なら自分も闘牙に抱きついても全く問題なかったはず。もしかしたその勢いでキスぐらいできたかもしれない。にもかかわらず自分はその機会を棒に振ってしまった。今更闘牙にそんなことをすれば間違いなく変人扱いされてしまう。フェイトはそんなことを考えながら一人落ち込んでしまう。もっともフェイトの性格からどっちにしてもそんなことはできなかっただろうが。


フェイトが一人そんな妄想をしているとはつゆ知らず闘牙は四年ぶりの仲間たちと再会を喜び、交流している。


「久しぶりだな、闘牙。アルフには感謝しておけ。もしアルフがやらなければ私が鉄拳を食らわせようと考えていたからな。」


シグナムはどこか意地が悪そうな笑みを浮かべながらそう闘牙に告げる。その姿は四年前と何ら変わりがない。いや、むしろ自分をいじるその姿は四年前よりもひどくなっているのではないか。


「そうかよ……俺は殴られて喜ぶ趣味はねえからもうお断りだ。」

「そうか、残念だ。」


どこかうんざりしている闘牙の言葉にシグナムはからかいを込めた様子で答える。それはシグナムなりの喜びの表現だった。


「ま、あたしは別に心配してなかったけどな。」


そんな二人の間に入りながらヴィータがそう告げる。それは闘牙のことを信頼している証でもあったが照れ隠しの意味合いが強かった。


「そうか?その割には落ち込んでいたように見えていたが。」

「う……うるせえな、それはシグナムも同じだろうが!」


シグナムの言葉が図星だったのかヴィータは顔を赤くしながらシグナムに突っかかって行き、シグナムはそれをいつものようにかわしていく。そしてそんな二人をシャマルは楽しそうにザフィーラは静かに見守っている。どうやら騎士たちは闘牙の記憶のまま変わらずにいてくれたらしい。


「だが一番堪えていたのは間違いなくテスタロッサだろう。執務官試験を二度も落ちてしまった時はもうだめかと思ったが。」

「シ……シグナムッ!あなたはまたことあるごとにそれを……!」


シグナムの言葉にフェイトは赤面しながらうろたえている。それはフェイトにとっては禁句になっていること。フェイトは闘牙がいなくなってしまったショックでふさぎこんでしまい一度目の試験は落ちてしまった。そこまでならまだ言い訳できるのだが二度目の試験の時にはそれを克服していたにも関わらず後一歩のところで届かなかった。それでも三度目で難関と言われる執務官試験に通ったことは驚きなのだがフェイトはそのことをかなり気にしており、それをいつもシグナムにネタにされてしまっているのだった。



「そういえばアルフ、お前も六課のメンバーなのか?」


そんな中、闘牙はようやく自分から引きはがしたアルフにそう尋ねる。確かはやての話ではフェイトとなのは、騎士たちはメンバーだと聞いていたがアルフのことは耳にはしていなかった。


「ああ、あたしは六課のメンバーじゃないよ。今は家のことをするのがあたしの仕事だからね。」


闘牙の疑問にアルフはそう元気よく答える。アルフは数年前から第一線を退いており今は家の手伝いをすることが主になっている。それはフェイトが既に魔導師として一流になったこと、共に闘うことだけがフェイトを守ることではないとアルフが判断したから。そして何よりも


「今はエリオの面倒をみるのが一番大変だけどね。」


それがアルフが家の手伝いをしている一番の理由だった。


「エリオ?」


闘牙は聞いたことのない名前に首をかしげることしかできない。その言葉からどうやら小さい子供らしいことは想像できるがそれ以上は想像もつかない。


「ああ、フェイトが保護した男の子さ。今は六歳になったところだよ。今度遊びに来た時に紹介するよ。」


アルフはそう嬉しそうに答える。そしてそんなアルフの言葉に同調するようにフェイトも笑みを見せている。それから闘牙はアルフから詳しい事情を耳にする。フェイトは任務によって違法な研究の犠牲になっている子供たちを助けており、エリオもそんな子供の一人であり、今はフェイトが母親代わりで保護していること。

そんな事情に闘牙は思わず感心してしまう。恐らくは自分の境遇にも重なるところがあったのも理由だろうが小さな子供の母親を十五歳で勤めているフェイトに闘牙は驚きを隠せない。どうやら四年間と言うのは自分が思っている以上に人を成長させるには十分な時間だったらしい。


「そういえば闘牙君。今日は仕事で来れないけど明日、ユーノ君が会いたいって言ってたよ。」


なのはがそう嬉しそうに闘牙に伝言を伝えてくる。どうやら無限書庫の司書と言うのは自分が思っている以上に激務らしい。


「ああ、分かった。」


そう答えながら闘牙はユーノに想いを馳せる。なのはたちの成長から恐らくユーノも自分の記憶とは違い、大きく成長しているのだろう。ユーノは闘牙にとっては弟の様な存在。何よりもなのはとのことを詳しく聞かなければ。そんなことを考えていると


「闘牙、久しぶりです!」


そんなどこか可愛らしい声が闘牙の耳元から聞こえてくる。驚きながら振り返った先には六課の制服を着たリインの姿があった。


「リインか、久しぶりだな。ちょっと見ない間に大きく……はなってないか。」

「ひ……ひどいです!闘牙!」


いきなりの闘牙の言い草にリインはそう抗議の声を上げ、闘牙の周りを飛び回っている。その姿は四年前と全く変わらない。闘牙は四年前に一度しかリインにしか会ったことはないがどうやら問題なくはやて達と暮らしていたらしい。そしてそんな怒っているリインを何とかなだめようとしていると


「おい、てめえ、兄貴にまとわりついてんじゃねえ!」


それまで黙っていたアギトがそう言いながら闘牙とリインの間に割って入ってくる。これまでは闘牙の知り合いらしい連中との再会を邪魔しないよう空気を呼んでいたアギトだったが同じ融合騎であるリインには何か思うところがあったらしい。

いきなりのことにリインは驚きながらアギトに目向ける。そしてその表情は驚愕から喜びに変わる。それはアギトは自分と同じ融合騎であることに気づいたから。これまでリインは自分以外の融合騎と出会ったことがなかったためそのことに喜んでいるらしい。はやてたちとも家族となっているリインだがやはり自分と同じ存在には心惹かれるものがあった。


「あなたも融合騎なんですね。私はリインです。よろしくです!」


リインはそう言いながら嬉しそうにアギトへと目を向ける。だが対照的にアギトはそんなリインをどこか恨めしそうに見つめている。そして


「ふん、気安く話しかけてくんじゃねえ、このバッテン!」


そうリインに向かって怒鳴り散らす。それはリインがつけている髪留めを揶揄したもの。そこにはアギトの嫉妬があった。闘牙と楽しそうに話していたこともそうだがそれ以上にリインにはやてという正式な融合相手、ロードがいることを悟ったことが一番の理由だった。


「ひ……ひどいです!リインにはリインっていう名前があるんです!」

「うるせえ、自分のことを名前で呼んでるお子様の話なんて誰が聞くか!」


そのままアギトとリインは痴話喧嘩を始めてしまう。もっともそれは第三者から見れば子供がじゃれているような微笑ましいものでしかなかったのだが。しかしこれ以上は流石に収拾がつかないと判断し


「そこまでにしとけ、アギト。」

「リインもや。」


二人の保護者によってアギトとリインはその場からつまみ上げられてしまう。二人はそんな二人の言葉に黙って従うしかなく、そのまま説教されることになる。そしてそんな光景をフェイト達は楽しそうに眺め続けるのだった…………




そして騒ぎも落ち着き、しばらくの時間が経った後、フェイト達は真剣な面持ちである一点を見据えている。そこには同じように真剣な様子の闘牙の姿がある。それはこれから闘牙によってこれまでの事情が話されることになっていたから。闘牙は少し迷うような仕草を見せるものの、包み隠さず全ての事情を話し始める。


きっかけは四年前の鞘との出会い。その鞘は叢雲牙と呼ばれる剣を封印していたものであり、闘牙にはその記憶があった。もっとも鞘を見るまでは闘牙も鞘のことは全く覚えてはいなかったのだが。それは鞘と出会ったことで闘牙の中にある犬夜叉の記憶が呼び起こされたから。そして闘牙は知る。叢雲牙と鞘が自分たちがいた世界から違う世界へと持ち去られてしまったことを。それは恐らくは次元犯罪者の仕業。管理外世界のロストロギアを狙う犯罪者は後を絶たないためだ。だがそれだけなら何の問題もなかっただろう。

何故なら今、叢雲牙はその力のほとんどを失ってしまっているから。それは長くに渡る封印によるもの。そのため叢雲牙は例え持ち出されたとしても誰もそれを鞘から抜くことはできなかった。だがそれは覆される。それは白衣を着た男の存在。その男が叢雲牙に触れた瞬間、それまで誰にも抜けなかった叢雲牙が鞘から解き放たれてしまう。鞘は驚愕するもどうすることもできない。それはその男が持っている無限ともいえる欲望によるもの。叢雲牙はその欲望の力によって解き放たれてしまう。そして何とかその場から離脱し、隠れていた鞘を数年後、闘牙たちが見つけることになる。そして闘牙は叢雲牙を破壊するために鞘と鉄砕牙の力を頼りに次元世界を渡り歩いていたのだった………………



「その叢雲牙って剣はそんなに危険なもんなん?」


それまで静かに闘牙の話を聞いていたはやてがそう疑問を口にする。はやて達は四年前にも闘牙から叢雲牙が危険なものであることは聞かされていたがその具体的な内容は教えてはもらえていなかったからだ。そしてそれははやて以外のメンバーも同じ疑問を持っていた。


「ああ………多分、ジュエルシードや闇の書より危険なものだ………………」


闘牙はそう言いながら説明していく。


叢雲牙は元々犬夜叉の父が持っていた三本の刀の内の一つであること。


『天生牙』『叢雲牙』『鉄砕牙』それがその三本の刀の名前。


それは神や仏が住まうと言われる『天界』、黄泉の世界、あの世である『地界』、そして人が住まうこの世『人界』にそれぞれ対応している。


『天』の『天生牙』は一振りで百の命を救う。


『地』の『叢雲牙』は冥界を開き、一振りで百の亡者を呼び戻す。


『人』の守り刀『鉄砕牙』は一振りで百の敵を薙ぎ払う。


その力は三本を手にした者は天下を制すと言われるほどの物。


そのうちの二本、鉄砕牙と天生牙は犬夜叉の父の牙から犬夜叉の母を守るために作り出された物。だが叢雲牙は違う。叢雲牙は犬夜叉の父がもともと持っていた剣で太古の邪な悪霊が憑りついている。その力はあまりに強大で当時それを扱えるのは犬夜叉の父か殺生丸ぐらいだった。


「そんな刀を三本も闘牙の親父さんは持ってたのかい?」

「俺じゃなくて犬夜叉の親父なんだけどな……………」


事情がよく分かっていないアルフのそんな的外れな感想に溜息を吐きながらも闘牙は話を進めていく。


そんな叢雲牙を抑える役割が鉄砕牙と天生牙にはあったこと。そして犬夜叉の記憶の中では鉄砕牙と天生牙の力を合わせることで叢雲牙を倒したこと。だがこの世界ではまだ叢雲牙は倒されてはおらず、その役割を自分が果たさなければならないこと。そのために闘牙は四年間、叢雲牙を追い続けていたこと。


そんな自分たちの理解を超えた話にフェイト達はただ驚くことしかできない。

死者を蘇らせる、亡者を呼び戻す力。

それは魔法ですら不可能なもの。そしてフェイトとはやてはやはり動揺を隠しきれない。それは二人とも大切な人を失くしてしまっているから。特にフェイトはその母、プレシアの事情からも胸中は複雑だ。

天生牙。その力があればアリシアを蘇らせることが、願いを叶えることができたかもしれない。闘牙もそんな二人の様子に気づきながらも何も言うことはできない。それが叢雲牙のことをフェイト達に話さなかったのは理由の一つ。だが一番の理由は他にある。


それは人間では叢雲牙には敵わないから。


叢雲牙はその力も強力だが何よりも冥界の力を操ることができるのが脅威だ。


記憶の中でも冥界の扉を開いた時にはその邪気と力によって弥勒や珊瑚たちは身動きすら取れなくなってしまった。故に闘牙はフェイト達を巻き込むことはできなかった。言葉は悪いが足手まといになるのは目に見えていたからだ。



「闘牙、今のお前でもその叢雲牙を倒すことはできないのか?」


そんな空気を変えようとシグナムがそう闘牙へと尋ねる。今の話からだと鉄砕牙を持つ闘牙だけでは勝てないように聞こえたからだ。シグナムは闘牙の強さを理解している。特に妖怪化した時の強さは桁外れだ。闇の書の闇との戦闘のように手加減なしなら尚のこと。加えて四年間の間に恐らく闘牙はさらに腕を上げているはず。それでも敵わない存在にシグナムは驚きを隠せない。


「いや……今の力を取り戻してない叢雲牙なら俺だけでも倒せるはずだ。」


闘牙はそうシグナムの問いに応える。それは鞘からも確認した間違いない事実。白衣の男、恐らくはスカリエッティの手によって解放されはしたものの叢雲牙はその力を取り戻したわけではない。それならば今の闘牙と鉄砕牙のみでも倒すことはできる。そして叢雲牙がその力を取り戻すには長い時間がかかる。ならばそのうちに叩く必要があるため闘牙はこの四年間それを追い続けている。だが逆を言えば叢雲牙がその力を取り戻してしまえば闘牙には勝ち目がないと言うこと。


「その天生牙がどこにあるかは分かってないの?」


なのはがそうどこか希望を見出すように尋ねてくる。先程までの話通りなら天生牙があれば例え叢雲牙が復活したとしても倒すことができるのではないか。そんな希望が込められた問い。だが


「いや……それは分からねえ……それにもうこの世にはねえのかもしれねえしな………」


闘牙はどこか苦渋の表情を見せながらなのはの問いに答える。天生牙を探し手に入れること。それは闘牙も考えた。天生牙を使うことができれば間違いなく叢雲牙を倒すことができる。もし自分が天生牙を使うことができなくとも天生牙と鉄砕牙が傍にあるだけで叢雲牙は実力を出し切ることができない。それだけでも意味がある。

だが天生牙がどこにあるのか全く見当がつかないこと。鉄砕牙の反応を頼りに探す手もあるが現代の世界をそれで探しまわるのは無理があり、またどれだけ時間がかかるか分からない。何よりも自分と鞘はガジェットに狙われているためまた以前の様なことが起こりかねない。何よりも殺生丸が天生牙を遺している保障はどこにもない。そのため闘牙は天生牙の捜索を断念したのだった。


「大丈夫さ、兄貴は強えんだ!それに鞘のじいさんだっている、負けるわけねえ!」

「うーん………わしは気が進まんのじゃが…………」

「何言ってんだじいさん、力が戻ってきたから叢雲牙を抑えることができるって前言ってたじゃねえか!?」


どこか暗くなってしまったフェイトたちの姿を見かねたアギトがそう声を荒げるも鞘はどこかやる気なさげに言葉を濁す。この数年間で鞘も力をかなり取り戻しており叢雲牙の力を弱めることぐらいは問題なくできる。そして闘牙の今の力は記憶の中の殺生丸、犬夜叉の力を超える物。例え力を取り戻した叢雲牙を倒しきるのが無理でもその力を削ぎ、再び封印することは可能。もっとも叢雲牙が復活するには少なくとも数十年単位の時間が必要なため心配はないだろう。


一通りの説明を終えた闘牙はそのまま黙りこんでしまう。そしてしばらくの時間が経った後



「つまり………スカリエッティは叢雲牙に操られとる可能性が高いんやな?」


これまでの情報をつなぎ合わせながらはやてはそう口にする。鞘の話から叢雲牙を抜いたのはまず間違いなくスカリエッティ。闘牙と鞘を狙っていることからもそれは明らか。闘牙もその言葉に同意する。次元犯罪者のスカリエッティといえども人間である以上叢雲牙の支配から逃れることなどできるはずがない。例え叢雲牙が本来の力を取り戻していないとしても。


「でもそれやったら闘牙君を狙ってる戦闘機人たちからその居場所を聞き出したらいいんとちゃうん?」


はやてはそう闘牙へと当然の疑問を投げかける。戦闘機人もガジェット同様間違いなく闘牙と鞘を狙っている存在。そしてどうやら闘牙はそれを何度も退けている。ならばその際に捕えてスカリエッティの居場所を聞き出すか、その撤退の後を追うこともできるはず。だがそんなはやての疑問に闘牙は苦渋の表情を見せる。


「それができたらよかったんだけどな………………」


闘牙はそう呟きながら説明する。それは四年前。チンクとの二度目の戦闘の時。

闘牙は激闘の末チンクに勝利しその身柄を拘束しようとした。それははやてが言っていたようにスカリエッティ、叢雲牙の居場所を聞き出すため。だがその瞬間、突如チンクが苦しみ出し、その場に倒れてしまう。闘牙は慌てながらそれに駆け寄るもそれは収まらない。一体何故。そんな闘牙の元に一つのサーチャーの様な物が姿を現す。闘牙はすぐさまそれを破壊しようとするもそれよりも早くそのサーチャーから音声が聞こえてくる。それはまるで闘牙へのメッセージ。

その内容は簡単にいえばチンク達戦闘機人にはスカリエッティを裏切ったり、不利になるような状況に陥った時に機能停止、つまり死ぬようにプログラムされていると言う物。故に闘牙は戦闘機人たちからその情報を得ることもその後を追うこともできなかった。もっとも戦闘機人たちは機密をしゃべれないよう元々プログラムされていたのだが。


そんな闘牙の話をはやては難しそうな表情で聞き入っている。だがその脳裏にはある確信があった。

それは叢雲牙、スカリエッティが間違いなく闘牙の甘さ、性格を理解したうえでそんな手段を講じているであろうこと。それはまるで時間稼ぎ。闘牙が戦闘機人たちを殺すようなことをしないであろうことを見越した上での。それはつまり



「とにかく……大体の事情は分かった………その上で闘牙君、改めて私達機動六課に協力してくれへん?」


そんな内心の疑惑を隠しながらはやては改めて闘牙にそう提案する。そしてそれは何も闘牙がなじみのある仲間であるからというだけではない。


「機動六課っていう組織なら間違いなく闘牙君よりも正確にスカリエッティの居場所も掴めると思う。それに叢雲牙は無理でも私達なら戦闘機人やガジェットとは十分渡りあえる。それはさっきのフェイトちゃんの強さを見たから分かるはずや。」


そんなはやての言葉に闘牙は返す言葉を持たない。確かに鞘の力だけではどうしても限界はある。それはこの四年で結局一度も叢雲牙を捕えることができていないことからも明らか。闘牙は自分で全てを背負いこみ、結局は何もできていなかった自分に気づく。それはかつて自分がなのはに諫めたこと。知らず闘牙はそれと同じ間違いを犯してしまっていた。


「まあ、難しい話は抜きにして…………闘牙君、また私たちと一緒に闘ってくれへん?」


はやてはそういつもの雰囲気で闘牙へと話しかける。そしてその周りにいるフェイト達もその気持ちは同じ様だ。そして



「………………ああ、宜しく頼む。」


照れくさそうにしながら闘牙はそのまま差し出されたはやての手を握る。それが機動六課のメンバーが全員集結した瞬間だった――――――




そしてしばらくの談笑の後暗くなってしまったため解散という流れになり、闘牙はそのまま六課の隊舎の廊下を歩いている。どうやらどこかの部屋を探しているようだ。そんな中


「ま……待って、トーガ!」


フェイトがどこか慌てながら闘牙の後を追ってくる。その姿はまるでかつてのフェイトのよう。そんなことを考えながら闘牙は振り返りフェイトに向かい合う。どうやら走って追いかけて来たらしい。何か忘れたことでもあったのだろうか。


「トーガ、まだ泊まるところ決まってないんでしょ?私の部屋に来ない?なのはもいるし………」


フェイトはそう何でもないことのように闘牙に提案してくる。闘牙はそんなフェイトの提案に戸惑うことしかできない。


「いや………今日はここの隊舎に泊めてもらえるようにはやてに許可をもらったから大丈夫だ。」


闘牙は苦笑いしながらそうフェイトの提案を断る。フェイトは最初何故闘牙がそんな態度をとっているのか分からなかったのだがすぐにその理由に気づき、顔を真っ赤にしてしまう。フェイトは四年前の様な感覚でそれを言ったのだが今自分となのはは十五歳。例え闘牙だと言っても一緒の部屋に泊まるのは問題があると言うことに今更ながらに気づいてしまう。だがフェイトがそんな提案をしたのは違う理由もあった。それはまた闘牙がいなくなってしまうのではないか。そんな不安があったから。それを悟ったのか


「大丈夫だ、もういなくなったりしねえ。それに今、鞘ははやてに預けてるからな。」


闘牙はそうどこか感心するように告げる。先程の集会の後、闘牙ははやてに鞘を預けていた。何でも叢雲牙やその他の事情を鞘からも聞きたいと言うのがその理由。確かにそれもあったのだろうが自分がまた姿を消してしまう可能性を考えたのが本当の理由だったことに闘牙は後から気づいた。どうやらはやては本当にいろいろな意味で成長しているらしい。そんな闘牙の言葉に安心したのかフェイトはそのまま闘牙を見送る。その隣にはアギトの姿がある。


「じゃあ今夜は兄貴と二人っきりなんだな!」

「………誤解を招くようなことを言うんじゃねえ………」


どこか嬉しそうに騒いでいるアギトに呆れながら闘牙は今日泊まる部屋に向かって歩いていく。




そんな二人の姿をフェイトは少し羨ましそうに見送るのだった……………



[28454] 第50話 「変化」
Name: 闘牙王◆53d8d844 ID:e8e89e5e
Date: 2011/10/26 14:35
闘牙が機動六課に正式に加わった翌日。機動六課の隊舎の廊下に一つの怪しい人影があった。その人影はどこか落ち着かないそわそわした様子で廊下を行ったり来たりしている。そしてその視線の先には一つの部屋のドアがある。どうやらその部屋に何か用事があるらしい。だがその人影は何度かその部屋の前で動きを止めるのだがしばらくするとまた再びそこから離れ廊下をうろうろするだけ。そんな中


「なにしとるん、フェイトちゃん?」


偶然通りかかった機動六課の隊長、はやてがそうその人影、フェイトに向かって話しかける。それは出会った親友への挨拶でもあったがそれ以上にまるで不審者の様なフェイトに驚いたからでもあった。


「は……はやてっ!?お……おはようっ!」


いきなりはやてに話しかけられたことに驚き、体を震わせながらもフェイトはそう何とか挨拶する。だがその表情はどこか焦りに満ちていた。まるで見られたくない物を見られてしまった、いたずらに気づかれてしまった子供の様。そんなフェイトの様子を訝しんだ後、はやてはフェイトが気にしていた部屋を見た瞬間、全てを悟る。その顔にはどこか楽しそうな笑みが浮かんでいる。


「なるほど……闘牙君に会いに来とったんやね。」

「ち……違うよ、私はトーガがまたいなくなっちゃうんじゃないかと思って……!」


はやての言葉にフェイトは顔を赤くしながらそう言い訳するも結局は同じ意味であることに気づき、黙りこんでしまう。はやてはそんなフェイトを見ながら


(なんなんや……この可愛い生き物は………)


そんな感想を抱いてしまう。同性である自分から見てもこれなのだ。きっと異性から、男性から見ればその破壊力は計り知れないだろう。それは決して自分には出せない魅力。そのことに羨ましさを感じながらも


「闘牙君やったらさっき出ていったよ。ユーノ君が来たから会いに行くって言うとったで。」


はやてはフェイトにそう告げる。それは昨日なのはが言っていたこと。こんなに朝早くから来たと言うことはユーノもフェイトたち同様、闘牙に一刻も早く会いに来たかったのだろう。


「そ……そうなんだ、ありがとうはやて!」


そんなはやての言葉を聞いたフェイトは自分が誰もいない部屋の前でずっとうろうろしていたという事実に気づき狼狽し、走りながらその場を去っていく。その後ろ姿を呆れながらもどこか楽しそうにはやてが眺めていると


「おはよう、はやてちゃん。」


その後ろから聞きなれた親友の声が聞こえてくる。そこには六課の制服を着たなのはの姿があった。どうやら出勤してきたばかりらしい。


「おはよう、なのはちゃん。今日も元気そうやね。」

「はやてちゃんもね。そう言えばさっきのフェイトちゃんじゃなかった?」


なのははそうはやてと挨拶をかわしながらフェイトが走って行った方向を見つめている。その後ろ姿からフェイトであるのは間違いないがこんなに朝早くからどうしたのだろうか。なのはがそんな疑問を抱いていると


「ああ、さっきまで朝からラブコメを見せられとったんや……。独り身の私への当てつけかと思うたわ。」


はやてはそう溜息をつきながら呟いている。本気なのか冗談なのか分からないような雰囲気がそこにはあった。


「にゃはは……そんなことないと思うけど……」


そんなはやての言葉でだいたいの事情を悟ったなのははそう苦笑いをするしかない。最近のはやては自分に対してもそんな愚痴をこぼすようになっている。どうやら自分だけに意中の相手がいないことに思うところがあるらしい。これまでもユーノのことで散々いじられてきたなのははこれからいじられ続けるであろうフェイトと闘牙に同情するしかない。


「でも……闘牙君もほんとに鈍感なんやな。あんなフェイトちゃんの姿見とったら普通すぐに気づきそうなもんやけど………」


先程までのいじけていた雰囲気を何とか変えながらはやてはそう呟く。それは客観的な視点から見たはやての本音。元々昔から闘牙の前ではそんな態度をとっていたフェイトだが再会してからはそれがさらに激しさを増している。知らない人から見ても一目瞭然だろう。にもかかわらずそれに気づかない闘牙の鈍感さには呆れを通り越して感心すらしてしまう。その鈍感さは自分の隣にいるなのはを上回っているのでは。そんな失礼なことを本人の隣ではやてが考えていると


「ううん……違うよ、はやてちゃん。闘牙君はそのことはきっと気づいていると思う。」

「そうなん?」


なのはがそうどこか確信を持った言葉でそれを否定する。そんななのはの言葉にはやてはそんな声を上げることしかできない。だが自分たちの中で誰よりも闘牙と長い付き合いをしているなのはがそう言うのなら恐らくは間違いないのだろう。だが


「ならどうして闘牙君はフェイトちゃんに何も言わんのやろう……?やっぱり歳の差のことを気にしとるんやろか?」


はやてはそう首をかしげながら戸惑いを隠せない。闘牙がフェイトのことを好きでないことはないだろう。それは六年前からの闘牙のフェイトへの態度、接し方からも明らか。それが恋愛感情なのかどうかまでははやてには分からないが。そうなればやはり考えられるのは歳の差。闘牙とフェイトは八つその歳が離れている。それを気にしていると言うのが一番現実的かもしれない。



「それもあるかもしれないけど………きっと本当の理由は別のことなんだと思う………」


そんなはやての言葉に苦笑いをしながらもなのははそう静かに口にする。その顔にはどこか陰が見える。それはなのはにしか分からないこと。いや、それは違う。きっとそれはフェイト自身が誰よりも分かっていること。だからこそフェイトは今以上に闘牙へとその気持ちを伝えることができないのだろう。そんななのはの様子にはやては闘牙とフェイトの間に自分が与り知らぬ事情があることを悟る。そして



「そうか………まあ、どっちにしても私は二人の恋路を楽しませてもらうだけやけどな。」


そうどこか楽しそうに宣言する。それはなのはの雰囲気を変えようとするはやてなりの気遣いだった。


「にゃはは……お手柔らかにね、はやてちゃん。」


そんなはやての意図に気づきながらなのははそう笑顔を見せながら告げる。そのまま二人は並んで歩きながら仕事へと歩みを進めていくのだった……………






「久しぶりだね、闘牙。元気そうでよかったよ。」

「ああ、心配掛けて悪かった。お前も元気そうだな、ユーノ。」


闘牙はそう嬉しそうに目の前にいる青年、ユーノ・スクライアへと話しかける。今、闘牙は六課の隊舎の一室でユーノと向かい合いながら談笑していた。それは昨日なのはから伝えられた約束。この場にはアギトの姿はない。今は恐らく六課の隊舎の中を探検しているのだろう。そして闘牙は改めてそのユーノの姿に目を向ける。そこには闘牙の記憶の中にあるユーノとは大きく異なる姿があった。その背と体格は自分と大差なくなり、眼鏡をかけ伸びた髪を後ろで束ねている。その表情、雰囲気はどこか優しさを感じさせるものがある。それが成長した十五歳のユーノの姿だった。


「闘牙もね。でも驚いたよ。闘牙も随分変わってたから。」

「それはもう勘弁してくれ……。はやて達にも散々からかわれたからな………」


ユーノの言葉に闘牙はそううんざりした様子を見せる。闘牙としてはそれほど自分の容姿が変わった自覚はなかったのだが会う人会う人全てにそれをからかわれてしまったため、闘牙はそれにうんざりしてしまっていた。


「はは。はやて達らしいね。でも闘牙はやっぱり闘牙のままだって分かって安心したよ。」


ユーノは闘牙の愚痴に苦笑いしながらもそうどこか安心したような表情を見せる。それは不安があったから。この四年間の間に闘牙が自分たちの知らないような存在になってしまったのではないかという。だがそれが杞憂であったことにユーノは安堵する。だが


「ああ………でもお前となのはの関係は随分変わったみてえだけどな。」

「っ!?」


闘牙のどこか含みを含んだ発言にユーノは思わず飲んでいたコーヒーをむせ込んでしまう。そしてそんなユーノの姿を闘牙はどこか楽しそうに眺めていた。


「全く………ほんとに昔と変わってないんだね、闘牙……」

「悪かったな。で、どうなんだ、上手くやってるのか?」


何とか落ち着きを取り戻したユーノがそう恨めしそうに愚痴をこぼしているのを見ながらも闘牙は全く気にせず話を進めようとする。はやてのことを言えた義理ではないのではと思いながらもユーノは話を続ける。


「うん、上手くやってるよ。高町家のみんなにも伝えてあるしね。」


やはり恥ずかしいのかユーノはどこか照れながらそう告げる。闘牙はそんなユーノ姿を見ながらも感心する。まさかそこまでやっているとは思わなかったからだ。もっとも高町家の皆は既にユーノとなのはのことはとっくに気づいていたのだが。特に桃子はそれを楽しみながら見守っていた程。ある意味当然のことだった。今はまだ事情もあり海鳴市に帰ることはできないが戻った時には謝罪と挨拶に行かなければ。そんなことを考えながらも


「そうか………じゃあキスぐらいはもうしたのか?」


闘牙はそう何でもないことのようにユーノに尋ねる。その瞬間、再びユーノは再びせき込んでしまう。その反応が何よりの答え。どうやらそこまでは進展していないらしい。ある意味二人らしいと言えば二人らしい。


「闘牙……いい加減にしないと怒るよ?」

「悪かった、悪かった。ついな……」


流石に怒りが収まらなくなってきたのかユーノは鋭い目つきで闘牙を睨みつけている。そんなユーノの姿に闘牙は自分がやりすぎてしまったことに気づき、慌てて弁明する。これでははやてのことも言えない。何よりもユーノと話すことで四年前の感覚が蘇ってきているのが本当の理由だった。


「でも安心したぜ。『約束』……守れたみたいだな。」


闘牙はそう微笑みながらユーノへと告げる。そこにはユーノの師としての、兄としての闘牙の姿があった。


「うん……闘牙との『約束』だからね。」


そんな闘牙の姿を見ながらもユーノはそうどこか力強く答える。


『約束』

それは『なのはを守ること』

それがあの日、ユーノが闘牙に誓った約束。そして誓いだった。

そしてそれをユーノは守り切った。それは闘牙ができなかったことをユーノが成し遂げた、弟子が師匠を、弟が兄を超えたことを意味していた。


闘牙はそんなユーノ姿と言葉に思わず目頭が熱くなってくる。あんなに小さかったユーノが既に自分を超えるほどに成長し、自分の前にいる。そのことがこんなにも嬉しい。きっと師匠が自分に冥道残月破を譲ってくれたときもこんな気持ちだったのだろう。闘牙がそう一人、感動していると



「じゃあ、次は闘牙とフェイトの番だね。」


ユーノがそうどこか楽しそうに闘牙に告げる。その瞬間、闘牙は飲んでいたコーヒーをむせ込んでしまう。それはまるで先程の光景の焼き回しだった。


「ユ……ユーノ……お前………」

「さっきのお返しだよ、闘牙。」


息も絶え絶えの闘牙にユーノはそう笑顔を向けながら答える。そこにはどこかしてやったりといった雰囲気があった。先程まで同じことをしていた闘牙はそれ以上何もいうことができなくなってしまう。


「ま、冗談は置いといて……フェイトとは何も進展はないの、闘牙?」


ユーノはどこか真剣な様子で闘牙へと問いかける。そんなユーノの様子に闘牙もどこか気圧されながらも観念し、自分の状況を話し始める。


「ああ……特に変わりはねえな………」

「…………闘牙も気づいてるんでしょ?フェイトの気持ちには………」


ユーノの言葉に闘牙は何も答えることはない。だがそれこそが何よりも闘牙の答えを物語っていた。フェイトの自分への好意。それは六年前から分かっていた。自分が鈍感なことは十四の時から分かっていたがあれに気づかない程自分は都合よくはできていない。だが闘牙はそれが今まで続くとは思っていなかった。

フェイトの自分への想い。それは親愛、初恋に近いものだと思っていた。闘牙も経験がある。幼稚園の先生や、年上の近所のお兄さんやお姉さんに抱くような好意。時間が経つにつれ、成長するにつれいつの間にかなくなっていく思い出。そう思っていた。だが違っていた。フェイトはその想いを今でも変わりなく自分に持っていてくれていた。それが恋愛感情なのかまでは自分にも分からないが。

そして自分のフェイトへの感情。自分の中のフェイトは小さな姿で後ろを着いてくる姿のまま。そのため今のフェイトの姿の違和感がまだ拭えない。だが六年前からフェイトは闘牙にとって特別な存在だった。

騎士たちとの戦い、そして闇の書の中での夢の中で闘牙はフェイトが自分にとって唯一無二の存在であることを自覚した。フェイトがいてくれたから今の自分はここにいる。だがその時の感情は恋愛感情ではなかった。それは当たり前。フェイトはまだ九歳の少女だったのだから。

だがそれが変わりつつある。それは間違いない。だがそれでも――――――



闘牙はそのまま口を噤んだまま黙り込んでしまう。そんな闘牙の姿にユーノは悟る。闘牙が何に悩み、そして苦しんでいるのかを。


「大丈夫だよ、闘牙。僕もなのはも二人のことを応援してるんだから。」


ユーノはそう微笑みながら闘牙に告げる。そこには今まで自分となのはを見守り、導いてくれた闘牙への感謝と信頼があった。


「お前にそんなことを言われるなんてな……俺も歳かもな………」


そんなユーノの言葉と姿に闘牙はそう冗談交じりに答える。だがその表情には明るさが戻っている。二人はそのまま四年ぶりの再会を喜び合い、話に花を咲かせるのだった……………





どこか薄暗い機械が溢れている空間に複数の人影がある。それは三人の少女。だがその姿から彼女たちが普通の人間ではないことは明らか。それは戦闘機人『ナンバーズ』たち。どうやら何かの集会の様なものを開いているらしい。

そんな中、茶髪の眼鏡をかけた少女が一人、前に出ながらしゃべりだす。彼女は戦闘機人№4クアットロ。その能力から後方指揮官として役割を果たしている存在だった。


「さっき伝えた通り、これからはミッドでの戦闘行為を禁止することになるからみんなヨロシクね~。」


クアットロはそう陽気に二人に伝えていく。今、チンク達はそのことを含めたミーティングを行っているところだった。もっとも他ののナンバーズ達はすでにそれを終わらせており、戦闘にいっていたチンクとウェンディだけが遅れる形で説明を受けているところだった。


「それはミッドチルダ全体のことなのか?」


ケアットロの言葉にチンクがそう疑問を口にする。チンクは既にフェイトとの戦闘のダメージも修復し、基地に帰って来たばかり。状況をまだ把握しきれていなかった。


「そうよ。クライアントからのクレームでミッドでの戦闘行為はできなくなったの。無視してもいいんだけど流石にまだこっちの準備も整ってないし仕方ないわね~。」


クアットロはそうチンクの疑問に答える。どうやら自分たちのクライアント、スポンサーはミッドチルダでは戦闘を起こしてほしくないらしい。自分たちの創造主であるドクターがそう判断したならばそれに従うしかない。そうチンクは判断しかけるが


「え~!?じゃあもう闘牙とは遊べなくなっちゃうんスか!?」


それは隣にいるウェンディの叫びによって妨げられる。ウェンディは武装であるライディングボードを破壊されてしまったものの体へのダメージは大したものではなかったため普段と全く変わらない様子で騒いでいる。だがその言葉でチンクも気づく。自分たちの任務の一つが闘牙を倒すこと。だが闘牙が機動六課のメンバーと共にミッドチルダにいる以上、自分たちはその任務を続けることはできなくなってしまう。その事実にチンクはどこか内心動揺している自分に気づく。



同時にチンクは回想する。それは自分と闘牙のこれまでの闘いの記憶。


初めて出会ったのは四年前。自分たちの施設に乗りこんできた部隊を殲滅することがチンクの任務だった。撃退ではなく殲滅。それは部隊の人間を皆殺しにすることを意味している。その事実にチンクは知らず動揺していた。これまでチンクはまだ人を殺したことはなかった。それはこれまで相手がそれほどではなかったこともあるがチンク自身がそれを避けていたこともその理由だった。

自分達戦闘機人、ナンバーズが社会倫理から見れば犯罪行為を行っていることは理解していた。それでも創造主であるドクターのために。そのために自分も、姉達も妹達も闘っている。ならば自分が迷うわけにはいかない。チンクはその覚悟をもってその任務に挑む。

そして戦闘はこちらの有利に傾いていく。強力なAMF発生装置、大量のガジェット。その罠によって敵の部隊は大きな損害と消耗をしている。むしろこの状況でこれほど持ちこたえていることの方が驚きだ。だがそれもここで終わる。チンクは自らの手にスティンガーを構えながら部隊のリーダーと思われる騎士の前に出る。そして戦闘が始まる。騎士の強さは本物だった。もしAMF下ではない、消耗していない状態での戦闘ならば勝負は分からなかったかもしれない。だがそれでも結果は変わらない。チンクの猛攻によって騎士はついに追い詰められる。そしてチンクはとどめを刺すべくその刃を振りかぶる。

本当ならガジェットにとどめを任せる選択肢もあった。だがチンクはそれをしなかった。これは自分の任務。ならばその責任も罪も自分の物。そう言い聞かせながらチンクが自分の心を殺しその刃を放とうとしたその瞬間、目の前に突如一つの人影が割って入る。

それは犬の耳をした銀髪の青年。その姿にチンクと騎士たちの動きが止まる。その顔には驚愕がある。当然だ。この状況で見知らぬ第三者が戦闘に割って入ってきたのだから。だがチンクの驚きは騎士たちとは異なっていた。チンクは目の前の男を知っていた。それは闇の書事件のデータを見ていたから。自分はその任務には着いていなかったがその存在は知っていた。

魔法の力を使わない剣士。その実力は間違いなくSランクオーバーの魔導師に匹敵、凌駕するもの。そんな存在が何故ここに。そして自分はどうするべきか。様々な想いが交錯するもチンクはその刃を構えながら闘牙へと戦いを挑む。部隊の殲滅。それが自分に与えられた任務。ならばそれを達成するために目の前の障害を排除する。それが戦闘機人、ナンバーズとしてのチンクの役目だった。

そして二人の戦闘が始まる。だがそれは長くは続かなかった。目の前の男の、闘牙の強さにチンクは驚愕する。データでその強さは知っていた、いや知った気になっていた。闘牙は自分の攻撃、爆撃をまるで知っているのではないかと思えるほどの反応で避け、反応していく。そのまるで野生の動物の様な直感、そして恐らくは凄まじい戦闘経験による技量の前にチンクは追い詰められていく。このままでは負けてしまう。

そしてチンクは最後の手段に出る。それは複数のスティンガーによる一斉爆破。そしてここは密閉された空間。その威力はこれまでの比ではない。それは間違いなく闘牙の後ろにいる騎士たちも巻き込むほどの物。チンクは決死の覚悟と罪悪感を抱きながらその刃を放つ。そしてその爆発が全てを巻き込むかに思われた時、凄まじい衝撃波の様な物がそれを切り裂き無効化していく。それは闘牙の放った風の傷。そしてその斬撃によって自分はその右目を失ってしまう。だがあの攻撃でそれだけの傷で済んだのはむしろ運が良かったといえるだろう。

だがこのままでは戦闘の続行は不可能。そのままチンクはその場を離脱しようと試みる。だが内心ではそれはできないであろうことは覚悟していた。目の前の男、闘牙の実力から逃げきることはできない。それは確信だった。

だがそんな予想とは裏腹に闘牙はその場を動こうとはしなかった。そしてその表情にチンクは目を奪われる。それはまるで何かに戸惑い、後悔しているかのよう。そう、まるで自分の右目を傷つけてしまったことを後悔しているかのように。その表情がチンクの脳裏から焼き付いて離れなかった。同時にどこか安堵している自分に気づく。それは自分が人殺しをせずに済んだという事実から。

そしてチンクはその右目を治すことをしなかった。それは自らの失態への戒め。そうチンクも考え、他のナンバーズもそう思っている。だがそれは違う。チンク自身も気づいていないがそれはチンクの闘牙へのこだわり、想いがそうさせていた物。

そして二度目の闘牙との戦い。その結果もやはり一度目と同じ。そしてチンクはドクターの仕掛けていたプログラムによって機能停止に陥ろうとする。チンクはそのまま死を覚悟していた。それは任務を達成できなかった自分への罰。だがチンクは意識を取り戻した。

チンクは驚くしかない。自分は間違いなく闘牙に捕えられ、自壊プログラムによって機能停止するはずだったはず。だが自分はまだ生きている。そしてその体には見たことない毛布の様な物が掛けられている。それは間違いなく闘牙の物。チンクは気づく。闘牙が自分を助けるためにあえて見逃したのだと。それは本来屈辱のはず。だがチンクの中にはそんな感情は微塵もなかった。代わりこれまで感じたことのない感情が自分の中に生まれていることに気づく。だがそれが何なのかチンクには分からなかった。

そしてそれからも何度も闘牙との戦闘が続く。その結果はいつも変わらない。それは殺し合いですらない。自分は間違いなく闘牙を殺す気で戦っている。だが闘牙はそんな自分を相手にしながらも決して自分を殺そうとはしない。そんな奇妙な関係。だがチンクは気づく。

知らず自分が闘牙のことを考えている時間が増えていることに。闘牙との戦闘を心待ちにしている自分がいることに。それが今のチンクの闘牙への感情だった……………




「闘牙がミッドチルダにいる間はそうなるわね。でも闘牙もずっとミッドにいるわけじゃないだろうし機会はあるでしょ。」

「うう、せっかく初めてほめてもらえたのに………」


クアットロの言葉を聞きながらもウェンディはそう残念そうな声を上げる。初めて闘牙に認めてもらえたのにしばらく闘えなくなることに悔しさがあるらしい。そんなウェンディの姿を見ながらもチンクが何とか平静を装おうとしていると


「チンクちゃんも残念だったわね~闘牙と会えなくなって~。」


クアットロがそうどこか意地が悪そうな笑みを浮かべながら話しかけてくる。それはまるでチンクの胸中などお見通しだと言わんばかりの態度だった。


「な……何を言っている、クアットロ。私は別に」


チンクはその言葉に焦りながらも何とかそれをかわそうとするも


「あら~私が何も知らないと思ってるの?チンクちゃんいつも闘牙からもらった毛布で寝てるものね~。」

「なっ!?」


クアットロの爆弾発言によってチンクは思わず叫びを上げてしまう。まさかそのことを知られているなどとは思いもしなかったからだ。


「そうなんスか、チンク姉?」

「ウ……ウェンディ、お前もあまり姉をからかうな………」


そんな二人のやり取りをどこか楽しそうに眺めながらウェンディはそう口にするもチンクは頬を染めながら俯いてしまう。そんなチンクの姿がお気に召したのかどこか満足そうな顔を見せながらもクアットロは話を進める。



「とにかく、これからは闘牙よりも二つのロストロギアの探索の方に力を入れていくことになるわ。これはドクターからの命でもあるからそのつもりでね~。」

「分かってるっス。■■■■と■■■を探せばいいんスね?」


クアットロの言葉にそうウェンディは元気よく答える。だがその言葉の内のいくつかは聞き取れない。それはウェンディ達戦闘機人達には機密をしゃべれないようにプログラムされているから。


「そうよ。チンクちゃんも闘牙のことは残念だけどちゃんとお仕事してね~。」

「……分かっている。」


流石に気に障ったのかチンクはそのままその場を後にし、自分の部屋へと戻って行く。そんなチンクをクアットロは意地悪く、ウェンディは楽しそうに眺めている。



少女たちはまだ知らない。




その二つのロストロギアがミッドチルダに、次元世界に終焉をもたらしてしまうことに―――――――



[28454] 第51話 「平穏」
Name: 闘牙王◆53d8d844 ID:e8e89e5e
Date: 2011/10/31 15:43
「はあ~っ」

大きな溜息をつきながらフェイトは六課の隊舎の廊下を歩いている。その表情はどこか浮かないもの。まるで何かに悩んでいるかのようだ。そんな自分に気づき、何とか気を取り直しながら仕事に向かおうとするもやはりその足取りは重いままだった。


(ダメだ……こんな姿で仕事してたらはやて達に心配かけちゃう……)


フェイトはそう自分に言い聞かせるもどうすることもできない。今日で闘牙が機動六課に加わってから一週間が経とうとしている。初めはまた闘牙がいなくなってしまうのではないかと心配していたフェイトだったがどうやら闘牙にはその気はないらしい。そのためフェイトはそのことに関しては一安心することができた。そして先の戦闘以来、ガジェットも戦闘機人も闘牙を狙った襲撃を仕掛けてきていない。そのことに疑問を抱きながらも機動六課は着実に動き出している。今は世界各地にガジェットの事件の情報の収集やスカリエッティの居場所、研究施設と思われる場所の特定を急いでいるところ。そしてフェイトも六課の隊員、執務官として動き始めている。だがどうしてもフェイトはその仕事に集中しきれていなかった。その理由は闘牙との関係にあった。

闘牙は機動六課に加わって以来基本的に隊舎の中で生活している。ガジェットに狙われていると言うこともあり万全を期すためでもあった。そのためフェイトも闘牙と触れ合う機会は少なくない。だがフェイトはいまだに闘牙と上手く話すことができないでいた。自分ではそれほど意識しているつもりはないのだがどうしても闘牙を前にするとぎこちなくなり戸惑ってしまう。それは闘牙の姿が記憶を異なっているせいもあるがそれ以上に昔の自分との違いのせいでもあった。

あの頃の自分は今の自分よりももっと素直に闘牙に話しかけたり、触れ合うことができた筈。でも今はそれができない。その手を昔のように握ってみたいと思うも今の自分はそれすることができない。昔はあんなに簡単にできたことなのに。しかしフェイトはそんな自分の変化に気づいている。もう自分は十五歳。今の自分の感情が何なのか、その正体も理解している。いや、きっと六年前、闇の書の夢の中に取り込まれた時から自分の気持ちは決まっていた。そしてそれは今もこの胸の中にある。

だがこの想いを闘牙に伝えることはできない。その勇気がまだ自分にはない。何よりも闘牙が自分をどう思ってくれているのかも分からない。そしてもうひとつ、どうしてもそれができない理由がある。それ故にフェイトはその一歩を踏み出すことができずにいた。だがこのままではいけない。とにかく普段通りに闘牙と接することができるようにならなければ。


(そうだ……明日、闘牙を買い物に誘ってみよう!)


フェイトはそう思いつく。闘牙はミッドに来てからまだ一度も隊舎を出ていない。いろいろ必要なものもあるだろう。幸いにもガジェット達が襲撃してくる気配もない。なら護衛と言う名目の元、自分が買い物に付き添うこともできるはず。そして明日、自分は休日。なら何の問題もない。フェイトは凄まじい速さで思考しながらそう決断する。

そしてそのことの許可をはやてに取りに行こうと足早に歩き始めたその時、ロビーの椅子に一つの人影があることに気づく。それは黒の長髪の男性。そしてその服装は六課の制服ではない。そんな普段見かけない人影に気づいたフェイトは静かにその男性に近づいていく。そして



「…………トーガ?」


フェイトはそう驚いたように呟く。それは人間の姿になっている闘牙。だが闘牙はそんなフェイトの声にも全く反応しない。どうやら眠ってしまっているらしい。そんな闘牙の姿を見ながらフェイトは考える。そういえば自分は再会してから一度も元の姿の闘牙を見たことが無かった。もっとも元の姿と言っても犬の耳がなくなりと髪の色が変わっただけなのでそう見た目に変化があるわけではないのだがやはりどこか新鮮味がある。

そしてフェイトは気づく。闘牙は犬夜叉の姿の時には半妖の嗅覚と聴覚によって周囲の状況の変化に敏感になる。だが今の人間の姿ならそれには気づかない。

そう、例え自分が近づいたとしても。

そのことに気づいたフェイトはどこか慌てながら辺りを見渡す。自分たちの周りには人影はない。そのことを何度も確認した後、フェイトは静かに闘牙の席の隣に腰掛ける。そして横目で闘牙の様子を見ながら徐々に距離を縮めていこうとする。闘牙は思ったより深く寝込んでいるようだ。

これなら大丈夫。ならもっと近づける。それは四年ぶりの触れ合い。そしてフェイトがついに闘牙の体と触れ合うところまで近づいた瞬間




フェイトの目の前には腕を組み、ジト目でフェイト睨みつけているアギトの姿あった。



「~~~~~っ!?」


フェイトは顔を真っ赤にし、そう声にならない悲鳴を上げることしかできなかった……………




「フェイト、お前兄貴の寝込みを襲おうとしやがったな!」

「ち……違うよ!ちょっと近づいてみようと思っただけで……!」


烈火のごとく怒りをあらわにしているアギトの叫びにフェイトは焦り、狼狽しながらもそう弁明する。もしこんな言葉を誰かに聞かれでもしたら自分はもう六課で働けなくなってしまう。もっともアギトの言葉はそれほど的外れではなかったのだが。

そしてアギトはフェイト達六課のメンバーを名前で呼ぶようになっていた。それは本人は認めようとはしないがフェイト達をアギトが認めたことの証。ただリインだけはまだあだ名で呼ばれてしまっていた。それはアギトのリインへの嫉妬と対抗心によるもの。


「兄貴の寝込みを守るのはあたしの役目なんだ!お前でもそれは譲れねえ!」

アギトはそう言いながらフェイトに食って掛かって行く。それはアギトの役割の一つ。闘牙はガジェット達に狙われている。それは昼夜問わずだ。そのため闘牙が眠る際にはアギトか鞘がその番をすることがルールになっていた。だがほとんどの場合は闘牙自身がその嗅覚と聴覚で敵襲に気づき目を覚ますのでそれほど重要な役ではなかったのだが。そんなアギトの剣幕に押されながらもどうにかこの場を収めようとフェイトがあたふたしていると


「うるせえな……何を騒いでるんだ、アギト………?」


騒ぎによって目を覚ました闘牙が目をこすりながらそう声を漏らす。そんな闘牙の姿にフェイトは思わず固まってしまう。それは今、自分は闘牙の隣に座っていたから。そのことに気づき、闘牙も驚いたような顔を見せる。そして


「兄貴、気をつけろ!さっきフェイトが兄貴の寝込みを襲」


アギトはそこまで口にしたところでフェイトによって捕まり、はがいじめにされてしまう。そんな光景に闘牙は呆気にとられるしかない。アギトはそれを何とか脱しようとするもフェイトの想像以上の拘束によってそれは敵わない。


「だ……大丈夫なのか………フェイト……?」

「だ、大丈夫だよトーガ!ちょっとアギトと遊んでただけだから!」

そんな闘牙の心配をよそにフェイトはそう笑顔で答える。だがその胸でアギトは息が苦しいのか暴れているがフェイトは何でもないかのように振る舞い続けている。このままでは命が危ないと悟ったアギトは仕方なく先程のことはしゃべらないという約束をフェイトと念話で行い何とか解放される。普段はおっとりとした奴だが、こういうときには逆らってはいけないとアギトは改めて心に刻みながら安堵のため息をつく。だがその姿はどこか息絶え絶えと言った物。


「おい、ほんとに大丈夫かアギト?」


そう言いながら闘牙がその場から立ち上がろうとしたその瞬間、闘牙はそのまま目の前のテーブルに向かって盛大に転げ落ちる。その勢いは凄まじく闘牙はそのまま床に倒れ込んでしまう。


「あ……兄貴っ!?」
「トーガッ!?」

そんな闘牙に向かって二人は慌てて近寄って行く。幸い怪我はないようだ。だが一体どうしてこんなことに。何かに躓いたようにも見えなかったため二人は困惑するしかない。


「だ、大丈夫だ……ちょっと力加減を間違えただけだ……。」


そんな心配する二人を見ながらも闘牙はどこか恥ずかしそうにしながらそう罰が悪そうに呟く。


「力加減?」

「ああ、今までずっと犬夜叉の姿だったから加減が上手く出来ねえんだ………」


闘牙はそう言いながら自分の手を何度も握っては開くことを繰り返している。人間と半妖の体ではその身体能力は桁違いであり、力加減も大きく違ってくる。そのため闘牙は朔の日や現代に戻ってきた当初はそれのせいで何度も転んだり、力加減を間違えることがあった。そして闘牙はこの四年間のほとんどを半妖の姿で過ごしていた。

それは常にガジェット達に狙われていたこと、そして次元世界を渡り歩く上では飛行する必要、また気候や体調の問題もあったから。それが無ければ闘牙も一人で次元世界を四年間も渡り歩くことはできなかっただろう。だが機動六課に加わったこと、また最近襲撃がなくなったことで闘牙は本当に数年ぶりに人間の姿に戻っていた。そしてその結果がこの間抜けな惨状だった。もっともここ一週間ほどは周りを警戒せずに眠ることができるようになったためかなり体調も回復していた。やはり知らず疲労がたまっていたらしい。先程ロビーでうたた寝してしまっていたのもそのためだった。


「やっぱしばらくはこのままの方がよさそうだな………」


闘牙は何とか立ち上がりながら犬夜叉の姿へと変身する。元の姿になれないのは残念だがもし敵襲があった際にまた力加減を間違うようなことがあったら取り返しがつかない。叢雲牙を倒すまでは犬夜叉の姿で過ごすことを闘牙は決断する。幸いにもミッドでは使い魔は珍しい存在ではないためこの姿で出歩いたとしても目立つことはない。使い魔を装うことに思うところはあるが仕方がない。


「やっぱりそっちの方が兄貴って感じだな!」

「そうかい………」


アギトのそんな言葉に闘牙が呆れながら答える。フェイトも闘牙にもいろいろと事情があることに今更ながらに気づき、感心するような様子を見せている。そしてフェイトは先程まで考えていたことを思い出す。それは買い物に闘牙を誘うこと。まだはやてに許可は取っていないが恐らくは大丈夫だろう。アギトもこの場にいるが一緒に行ってもっと仲良くなれればそれに越したことはない。そう判断し


「ト……トーガ、よかったら明日私と一緒に」


そう意を決してフェイトが闘牙に話しかけようとしたその時、



「お前達、そんなところで何を騒いでいる?」


そんな聞き慣れた声がフェイト達に掛けられる。三人が振り返った先には六課の制服を着たシグナムの姿があった……………




(やっぱりどうにも違和感があるなあ………)


機動六課の隊長、八神はやては自分のデスクの上に多くの資料を広げ何かを深く考え込んでいる。それはスカリエッティ、戦闘機人たちの情報と闘牙によってもたらされた新たな情報。それを照らし合わせながらはやては今、六課の方針を再び練り直しているところだった。

当初、はやては闘牙を狙ってくるであろう戦闘機人、ガジェット達を迎撃する形でスカリエッティを追って行くつもりだった。だがその目論見は大きく外れることになった。あれから一週間が経つものの一向に戦闘機人たちは闘牙を狙ってくる気配がない。これまでこんなに期間が開くことはなかったと言う闘牙の話からどうやら相手にとって今の闘牙の状況は手を出すことができない物らしい。初めは六課の隊員であるフェイトの実力、また防衛に優れている機動六課の施設を狙うことが難しいと判断したためかとはやても考えていた。実際、調べてみるとこれまでガジェットは一度もミッドチルダを襲撃したことはなかったことが判明した。

だがどうしても違和感は拭えない。ガジェットはロストロギアに反応するように作られており、その精度はお世辞にも優れているとは言い難い物。なら間違いなくロストロギアを保管しているミッドチルダにも襲撃があってもおかしくないはず。それが無いと言うことはスカリエッティが意図的にミッドを避けるようにガジェットをプログラムしていると言うこと。しかしはやてたちが手に入れている情報からいくらミッドの防衛が優れているからという理由があったとしてもあの次元犯罪者のスカリエッティがそれを避けるようなことをするとはどうにも考えづらい。一体何故。はやては思考するもまだそこまで到るには情報が足りない。はやては思考を切り替え、考え始める。

それはこれまでのスカリエッティが関与したと思われる事件。自分たちが初めてそれに遭遇したのは六年前の闇の書事件。はやてにとっては思い出したくない騎士たちが仮面の男たちによって殺された事件。

当初、はやてはそれがスカリエッティの仕業だとは分からなかった。だがあの見えない力がAMFというフィールド魔法であったこと。そしてその影響下であっても全く問題なく動いていた仮面の男たち。そしてアースラ本部へのハッキング。それらの事実からはやては最近になってそれがスカリエッティの仕業であったことを確信した。だがなぜスカリエッティが闇の書事件に関与してきたのかまでは分からなかった。しかしその謎はついに解けた。

それは闘牙を狙っていた物であることが分かったから。そのため仮面の男たち、戦闘機人たちは闇の書を完成させるだけでその場を離脱し、ハッキングも闇の書事件だけでなくPT事件まで行われていた。恐らくは闇の書の力で地球ごと闘牙を葬り去りたかったのだろう。だがそれが失敗に終わりスカリエッティは表立って闘牙を狙うことはなくなっている。それは恐らくは闘牙が言っていた通り、叢雲牙はその力を失ってしまっているからなのだろう。そしてこの時点では闘牙も叢雲牙の存在には気づいていない。ならそのまま気づかれないようにすることが叢雲牙の計画だったはず。

だがそれは崩れ去る。叢雲牙の鞘と闘牙が出会ってしまうことによって。それにより闘牙は叢雲牙の存在に気づいてしまう。同時にその頃からガジェットと戦闘機人が闘牙の命を狙うようになる。それがこれまでの流れ。それは一見理にかなっているように見える。だが


(戦闘機人達と闘牙君の関係………やっぱりどう考えてもおかしいもんがあるな………)


それこそがはやての違和感。闘牙の抹殺。それが戦闘機人に与えられた任務のはず。だが先日の二人の戦闘機人からは闘牙に対する悪意や敵意の様な物が感じられなかった。闘牙の話から他の戦闘機人の情報も得たがやはりそこは変わらないらしい。スカリエッティからすればいつまでたっても任務を達成できない戦闘機人に対して何かしらのアクションがあって当然のはず。だがそんな様子も闘牙の話をから見えてこない。

そう、まるで『戦闘機人たちでは闘牙を殺すことはできない』と最初から分かっているかのように。

先の戦闘でもフェイトがいなければ闘牙は二対一の状況で戦闘になっていたはず。だが闘牙はこれまでもそれを退けてきた。もし戦闘機人達人員が一斉に襲いかかってきたとしても結果は変わらないだろう。何故なら妖怪化という切り札が闘牙にはあることをはやては知っているから。そして闇の書事件を監視していたスカリエッティ、いや叢雲牙もそれを知っているはず。にもかかわらずスカリエッティは戦闘機人に闘牙を狙わせている。だがそれは一つの可能性を意味している。

『時間稼ぎ』

そう考えれば全てに納得がいく。戦闘機人達に闘牙への敵意、悪意が無いこと。自壊プログラムを仕掛けるという闘牙の甘さを利用するような手段。

だがそう考えるとおかしいことが一つある。それはガジェット、戦闘機人達が何かのロストロギアを探索している形跡がみられること。それは自分の居場所や目的を知られてしまうリスクがある行為。だが逆を言えばそんなリスクを冒してでも手に入れたいロストロギアがスカリエッティ、叢雲牙にはあるということ。それが何なのかは全く見当が付いていないのが現状だが。



(とにかく……これからはこっちから打って出る必要があるな……)


はやては資料をまとめ、デスクを片付けながらそう決断する。元々その予定で六課は動き出している。そして闘牙から戦闘機人たちの情報を得ることができた。その能力も強力な物があるがなのはやフェイト、騎士たちなら対抗できるはず。何よりもそれと闘い続けてきた闘牙の存在もある。ならそれを信じて自分は突き進むだけ。

そう思いながらはやてはそのまま昼食をするため食堂へと足を向ける。気づけば既に一時過ぎ。すっかり遅くなってしまった。そして食堂へと足を向けようとしていると何か騒がしい気配をはやては感じ取る。どうやら訓練室あたりかららしい。そこには六課の職員の人だかりができている。


(一体何の騒ぎや……?)


はやてが疑問に思いながらもそこに近づいていくと


「あ、はやてちゃん!」
「はやて、お疲れ。」

なのはとフェイトの声がはやてに掛けられる。どうやら二人とも人だかりの中で何かを見ているらしい。そしてその近くには騎士たち、そしてユーノの姿もあった。


「ユーノ君、一体どうしたん?また闘牙君に会いに来とったん?」


ユーノの姿に驚いたはやてはそう問いかける。確か先日闘牙に会いに来たばかりだったはず。また何か用事があったのだろうか。だがユーノはどこか苦笑いしながらそれに答える。そしてその手にはデバイスがはめられ、魔力光が放たれている。どうやら何かの魔法を使っているらしい。


「うん……そのつもりだったんだけど捕まっちゃって……」

「捕まった……?」


ユーノの言葉にはやてが首をかしげていると訓練室の方から凄まじい轟音と衝撃が響き渡ってくる。驚いたはやてはその方向へと目を向ける。そこでは闘牙とシグナム、二人の剣士の模擬戦と言う名の真剣勝負が行われていた。


シグナムの愛剣レヴァンティンが凄まじい速度で次々に闘牙に向かって振るわれていく。その速度はまさに疾風。それは闘牙の記憶にあるシグナムの強さを上回っている物。その容赦ない斬撃が襲いかかってくる。だが闘牙もそれを鉄砕牙によって危なげなく捌いていく。その衝突によって両者の間には無数の火花が散る。その光景にそれを見ていた職員、観客からは歓声が上がる。


「なるほど……そういうことか……」


それを見たはやてはすぐに状況を悟る。それは四年以上前、ある意味日常的に目にしていた光景だったからだ。


「まったく……うちのリーダーにも困ったもんだ……」


そう言いながらヴィータははやての隣に姿を現す。その顔はどこか呆れ気味だ。だがそれ以上にどこか懐かしさを楽しんでいる、そんな雰囲気があった。そしてそれはなのはやフェイト達も同じようだ。本来なら職員達には持ち場に戻ってもらうように言うのが自分の役目だが闘牙の存在を理解してもらうにはある意味うってつけの機会だろう。はやてはそう判断し、そのまま二人の模擬戦に目を向ける。そこにはシグナムもそうだが四年ぶりに闘牙の実力を見せてもらう意味もあった。



(どうしてこうなった…………)


闘牙はシグナムと刃を交えながらも心の中でそう溜息をつく。あの場でシグナムと出くわし、あれよあれよという間に模擬戦と言う流れになってしまった。どうやらバトルマニアぶりは変わりないらしい。だが本当なら断るつもりだった。しかし結界魔導師であるユーノが自分に会いに来てしまったこと。そして何よりもシグナムの放った言葉。


『どうせやることが無くて暇なのだろう?』


それに何も言い返すことができなかったのが一番の理由だった。闘牙はこの機動六課に来てから一週間、ほぼニートと言ってもいい生活を送っていた。もちろん闘牙が何もせずサボろうとしていたわけではない。だがガジェットに狙われているため出歩けないこと。また鞘を使った叢雲牙の探索の許可も出ていないこと。これは今までも行ってきたが結局一度も叢雲牙を追い詰められていないため、ある程度場所を六課で特定してからと言うはやての提案のため。そして闘牙はデスクワークも経験がないため行うことができない。結局シグナムの言う通り時間を持て余していたのが現状だった。そしてそんな闘牙に拒否権などあろうはずもなかった。


そんな思考をしながらも闘牙は目の前の騎士、シグナムに目を向ける。その実力は全く衰えていない。いや、それどころか間違いなく増している。どうやら成長していたのはフェイト達だけではないらしい。

本来シグナムたち守護騎士はプログラムであり成長することはない。だがそれは変わりつつある。それははやてという最後の夜天の主につかえたいという騎士たちの願いの形。それが実現し始めている証でもあった。


(間違いない………闘牙は腕を上げている……!)


幾度も剣を合わせてきたシグナムには分かる。闘牙の実力が四年前とは比べ物にならに程上がっていることに。妖怪化、風の傷なしというハンデ。純粋な剣技のみでの闘いにも関わらず攻めきれない。自分もなのはたちほどではないが腕を上げている。だがそれすら霞んでしまうほど目の前の男、闘牙は成長しているらしい。そのことに嫉妬を覚えながらも同時に喜びが湧きあがってくる。やはり超えるべき相手は高くなくてはいけない。何よりもやはり闘牙との、剣士との戦いは心躍る物がある。シグナムは自らの魂、レヴァンティンのカートリッジを装填し、炎を纏う。その目は輝きに満ちている。まるでこれからが本番だと。そう宣言するかのように。


「分かってんのか……これは『模擬戦』なんだぜ?」


そんなシグナムに顔をひきつらせながら闘牙も鉄砕牙に風の傷を纏わせる。そんな闘牙の姿に満足したのかシグナムは笑みを浮かべながら


「そうだ……だがこのままお前に一太刀すら浴びせられずに負けるわけにはいかないからな。」


そう力強く宣言する。その瞬間、炎と風がぶつかり合い凄まじい衝撃が起こる。その結界を維持することになってしまったユーノは苦笑いをしながらその魔力を注ぎ続ける。それは二人の模擬戦の際のユーノのいつもの役割でもあったからだ。


「大丈夫、ユーノ君?」

「大丈夫だよ、なのは。これでも鍛錬は怠ってないからね。」


少し心配そうに話しかけてくるなのはにそうユーノは笑いながら答える。無限書庫の司書として働いているため第一線を退いたユーノだったが決して魔法の鍛錬を怠ってはいなかった。例えすぐに戦闘になったとしてもなのはたちに後れをとることがないようにする。それがユーノの誓いを守ることにつながるからだった。


そして闘牙とシグナムの闘いに目を奪われている存在がいる。いや正確にはシグナムの姿にだ。それは烈火の剣精アギト。



(何だ……この気持ち……!?)


アギトは自分の心に生まれてくる感情に戸惑いを隠せない。目の前の騎士、シグナムの姿。それに目を奪われてしまう。あの闘牙にここまで戦えている。その実力は本物だろう。


だがそれ以上にその炎、その輝きに心が震えるのを感じる。まるで自分の失われた記憶がそれに反応しているかのように。アギトは自分の中に生まれた知らない感情に知らず体が熱くなるのを抑えることができなかった…………



そして二人の模擬戦は終わりを告げる。結果は闘牙の勝利。シグナムも善戦はしたもののやはりまだ闘牙には届なかった。だがその表情には不敵な笑みがこぼれている。その表情に闘牙は悟る。これからの自分の運命に。


そして闘牙は訓練室から出ながらあることに気づく。それはアギト。その様子がいつもと異なっている。既に模擬戦が終わったにも拘らずアギトの目は真っ直ぐシグナムへと向けられている。そして闘牙はその意味に気づき



「………アギト、お前、シグナムとユニゾンしてみたらどうだ?」


そうアギトに提案する。その瞬間、アギトは顔を真っ赤にさせながら狼狽し始める。まるでいたずらがばれてしまったかのような焦りようだ。


「な……何言ってんだよ、兄貴!?」

「いいじゃねえか、シグナムは騎士だしお前と同じ炎熱変換資質を持ってる。相性はいいんじゃねえか?」


闘牙はそうアギトがユニゾンできやすくなるよう言葉を選びながら勧める。口には出さないがやはり融合騎として融合相手がいないことは悲しいものがあるはず。リインへの態度からもそれは明らか。ならば試しでも騎士たちとユニゾンをして見ればどうか。そんな闘牙の心遣いだった。だが


「あ……あたしのロードは兄貴だって言っただろ!他の奴となんかユニゾンするもんか!」


アギトはそう言いながらそっぽを向いてしまう。それが強がりであることは誰の目にも明らかだったのだが。だがそんなアギトには何を言っても通じないのは闘牙が一番分かっている。自分に気を遣ってくれるのはありがたいがやはり正式な融合相手、ロードを見つけてやりたいと言うのが闘牙の願いの一つ。きっとまた機会はあるはず。闘牙がそう考えながら顔を上げたそこには


バリアジャケットを身に纏ったはやてたちの姿があった。


「お……お前ら……一体何のつもりだ……?」


既に答えは分かり切っているのだが闘牙はそう絞り出すように問いかける。そしてそれに向かって笑みを浮かべながら


「いや、私も最近デスクワークばっかりでな。ちょっと勘を取り戻したいと思っとったんよ。」


はやてはそう楽しそうに答える。そしてその隣にはヴィータとザフィーラも控えている。どうやらはやては団体戦をやるつもりらしい。


「あたしははやてがやるって言うんなら付き合うだけさ。」
「俺も異議はない。」

ヴィータとザフィーラはそう揃って口にする。そしてフェイト、なのは、ユーノも既にバリアジャケットを身に纏っている。フェイトは分かるがなのはたちまで乗ってくるとは闘牙も完全に予想外だった。


「トーガ、久しぶりにみんなで模擬戦ができるね。」
「お手柔らかにね、闘牙君。」
「あきらめた方がいいよ、闘牙。」


三者三様にそう闘牙に声をかけてくる。どうやら皆、闘牙の実力もそうだがこの四年間で成長した力を闘牙に見せたいらしい。そして先程まで自分と闘っていたはずのシグナムも再び闘う気満々の姿を見せている。


「はい、これで回復できたわ、シグナム。」

「すまんな、シャマル。これで思う存分闘える。」


それはシャマルの回復魔法によるもの。医務室にいるはずのシャマルまで参加するつもりらしい。


「覚悟しろよ、バッテン!」

「リインはあなたには負けないです!」


加えてアギトといつの間にかやってきていたリインは既に痴話げんかによる舌戦を開始している。もはや逃れることはできない。



「じゃあ、久しぶりの団体戦といこかー!」


はやての号令と共に機動六課のメンバ―による団体戦の幕が切って落とされる。そんな騒がしい仲間たちに振り回されながらも闘牙は自分が仲間たちの元に帰ってきたことを再び実感するのだった……………



[28454] 第52話 「師妹」
Name: 闘牙王◆53d8d844 ID:e8e89e5e
Date: 2011/11/03 08:50
「みんな揃ったわね、じゃあ今回の任務の説明をするからちゃんと頭に入れておいてね~。」

どこか楽しそうに眼鏡をかけた茶髪の少女、クアットロが目の前にいる少女たちに向かって話しかけ始める。どうやら何かの任務の説明を行っているらしい。そこにはチンク、セイン、ウェンディの姿がある。そしてそれに加えて以前の集会にはいなかった二人の少女の姿もある。

一人は赤い短髪の少女、№9ノーヴェ。だがその様子はどこか不機嫌さを感じさせるものがある。もっともそれは普段通りなので特別機嫌が悪いわけではなかったのだが。

そしてもう一人が茶髪でロングヘアーを後ろで縛っている少女、№10ディエチ。ノーヴェとは対照的にどこか寡黙そうな雰囲気を纏った少女だった。そして姉妹たちが自分に意識を向けていることを確認した後、クアットロは今回の任務の概要を説明し始める。


「今回の任務は管理外世界にあるロストロギアの違法研究施設を襲撃して二つのロストロギアを探索する任務よ。」

「襲撃?襲っちゃってもいいんスか?」


クアットロの説明にウェンディはそう疑問の声を上げる。基本的に自分たちは隠密行動を行っている。闘牙との戦闘やよっぽどの理由がない限り戦闘は避けるのが原則だったからだ。


「そーねえ。でも今回は管理外世界だし、襲う施設はクライアントとは無関係の施設だから気にしなくてもいいわ。今回はセインちゃんがチンクちゃんと一緒に別任務に着くから隠密行動も難しいの。」


クアットロはそうウェンディの疑問に答える。本来ならセインのISディープダイバーを使い施設に侵入することがセオリーなのだが生憎セインはチンクと共に別任務に従事する予定のためそれは叶わない。それが今回、施設を襲撃する一つの理由。そして


「それと今回は二つの施設を同時に狙うことになるの。片方ずつ襲撃してもいいんだけどそうなると後に狙う方の警備が厳しくなってやりにくくなるから~。」


それがもうひとつの理由。今回クアットロが得た情報からその二つの施設は同じ組織が持っている施設であることが判明している。ならば時間差を置くよりも同時に襲撃を行った方がリスクは少なく済む。そう判断しての計画だった。


「一つは私とディエチちゃん、もう一つはウェンディちゃんとノーヴェちゃんが担当になるからヨロシクね~。」

「ほんとっスか、クア姉!?」


クアットロの言葉にウェンディはそう目を輝かせながら喜びに声をあげる。それは初めて自分達後発組が任務を任せてもらえたことによるもの。これまでウェンディとノーヴェは任務の際にはチンクやこの場にはいないトーレと必ず組むようになっていた。それはやはり稼働したばかりの二人に不安要素があったから。それが今回は二人きりで任務を任せてもらえる。それは二人が一人前だと認められたということ。


「ええ、失敗しないように気をつけてね~。」

「了解っス!やったっスね、ノーヴェ!」

「ふん、あたしは別にいつも通りやるだけだ。」


喜びのためいつもより強くからんでくるウェンディをいなしながらノーヴェはそう言葉を放つ。だがその言葉にはやはり喜びがにじみ出ており隠し切れていない。二人の教育係であるチンクとセインもそれをどこか楽しそうに眺めている。それは妹たちの成長がやはり姉として嬉しい物だったから。


「そ……それに最近戦闘がなかったからな。思いっきり暴れてやるだけさ。」


そんな皆の視線を感じ取ったノーヴェはそうどこか恥ずかしそうに言い放つ。だがウェンディはそんなノーヴェの言葉を聞きながらどこか楽しそうな笑みを浮かべている。まるで何か楽しいことに気づいてしまった、そんな態度。


「何だよ、何か文句があんのかウェンディ?」


どこか怪しい態度を見せているウェンディに向かってノーヴェが喰ってかかって行く。だがそんな二人の姿にも周りのだれ一人慌てる様子を見せない。それはこれがこの二人の日常的な光景だったから。そして


「ノーヴェも闘牙と闘えなくなって寂しかったんスね?」

「なっ!?」

ウェンディの言葉によってノーヴェはどこか狼狽した様子を見せる。まるで痛いところを突かれたといった表情。だがすぐにそれを皆に見られていることに気づき


「闘牙は関係ねえだろ!それにお前だって闘えなくなってつまんねえって言ってただろが!」


顔を赤くしながらノーヴェはそう反論する。だがそんなノーヴェの言葉を聞きながらもウェンディはどこ吹く風と言った風に飄々としている。まるでそんな返しなどお見通しといった感じだ。


「そうっスよ。まだ闘牙に風の傷を使わせる勝負がついてないっスからね。でもあたしの方が誉められてるから一歩リードしてるっスよ。」

「かすり傷負わせただけだろうが!」

「ノーヴェはまだそれもできてないっスよ?」

「うるせえ、ぶっ壊すぞてめぇ!」

「お、やるッスか?受けて立つっスよ。」

「ケンカすんなー。」

二人の痴話喧嘩を見かねたディエチがそう声をかけるも騒ぎはさらに大きくなるばかりで収拾がつかない。もっとも二人は仲が良くこれもスキンシップの一環でもあったのだが。


「そこまでにしておけ、二人とも。ノーヴェ、お前も姉なのだからもっとしっかりしなければいけないぞ。」

「う………」


微笑みながらもチンクはそうノーヴェに釘をさす。その言葉にノーヴェは黙りこんでしまう。チンクはノーヴェの教育係であり、ノーヴェはチンクのことを姉以上に慕っているため頭が上がらないのが弱点だった。それによってようやく二人の騒ぎも収まり一段落かと思われたところに


「そうねー。でも闘牙のことを気に入ってるところまで似るなんてやっぱり姉妹なのかしらね~?」

クアットロがそう意地悪気にチンクに向かって語りかける。その言葉にチンクは驚きながらも平静を保とうとするがもはや手遅れ。どこか不満げな表情を見せるもののそれ以上何も言い返すことができない。クアットロそんなチンクの姿に満足したのか笑みを浮かべながら


「とにかくそういうことだからみんなヨロシクね~。」


そう言い残しクアットロは施設の奥に姿を消していく。それに続くようにディエチもその場から離れていく。


「……二人とも、私もセインも任務が済み次第そちらに向かう。あまり無理するんじゃないぞ。」

「そうそう。お姉ちゃんたちもいるから安心しなさい!」


何とか落ち着きを取り戻したチンクと陽気なセインがそう二人に声をかける。その言葉にウェンディとノーヴェの顔に安堵が浮かぶ。なんだかんだ言ってもやはり初めての単独の任務。不安はあったようだがその言葉によってそれはいくらか和らいだようだ。そんな二人を見守りながらもチンクは考える。

それは闘牙のこと。すでに先の戦闘から一カ月以上が経とうとしている。だが闘牙はミッドから動いていないようだ。ならば自分たちはロストロギアの探索を主に行っていくしかない。それに元々闘牙との戦闘はドクターからの命。ならそれがない以上こだわる必要はないはず。

だがどうしてもそのことが頭から離れない。それが何故なのか分からない。まるで戦闘機人、ナンバーズ以外の自分がいる。そんな感覚が、感情が生まれつつある。それがいったい何なのか。


(もう一度闘牙に会えば分かるだろうか………)


チンクはそう自問しながらも自らに与えられた任務に向けて動き始めるのだった…………





どこか薄暗いシンプルな作りの部屋に二人の人影がある。一つは闘牙。だがその姿はどこか退屈そうにみえ、椅子に座り机に突っ伏している。暇で仕方がない、そんなオーラが体中から溢れていた。


「闘牙君、はい、コーヒー。」


そう言いながらもう一つの人影、高町なのはが微笑みながらコーヒーを闘牙の前へと持ってくる。その姿はどこか様になっているように見える。


「ああ、悪いな。なのは。」


闘牙はそう言いながら体を起こし、なのはに礼を言いながらコーヒーへと手を伸ばす。そんな闘牙の姿を見ながらもなのはも同じように席に着き、コーヒーを口にする。二人の間にはまるで長年連れ添ったかのような雰囲気がある。一カ月たったとはいえ四年ぶりのはずなのにこの安心感は一体何なのか。そう思いながらも闘牙は目の前のモニターに目を向けながらもなのはに話しかける。


「今日で三日目か……ほんとに来るのか?」

「どうだろう……でもはやてちゃんがあんなに自信満々に言ってたぐらいだからきっと大丈夫だよ。」


闘牙の言葉になのははそう笑いながら答える。そう言われては闘牙もそれ以上愚痴を言うわけにもいかない。何よりも今のなのはにはどこか母親である桃子の面影、雰囲気を強く感じることがあるため闘牙は最近なのはに強くでることができずにいた。そんな中


「でもフェイトの奴、大丈夫だったのか?元気がなかったが………」

「にゃはは……きっと大丈夫だよ……」


闘牙の言葉になのははそう苦笑いをすることしかできない。事情を知らない闘牙はそんななのはの様子に首をかしげることしかできない。そしてなのはは回想する。それは今から三日前、機動六課のはやての部屋でのことだった…………




「「潜伏任務?」」

「そうや、今回は戦闘機人の襲撃を潜伏して迎え撃つのが私たちの作戦や。」


なのはとフェイトの疑問の声にはやてはそうどこか自信ありげに答える。今、なのはとフェイトははやてに呼び出され六課の部屋を訪れていた。どうやら内容はこれから行われる作戦の説明だったらしい。だがその内容に二人は驚きを隠せない。

それは戦闘機人達が襲撃するところを潜伏し、待ち構えること。それができれば確かに理想的だ。だがそれが上手くいかないことはここ一カ月の六課の活動で嫌と言うほど味わっている。今、ガジェットを含めたスカリエッティの活動は活発さを増しておりその数も以前の比ではない。そしてその行動範囲も広大だ。管理世界だけならまだこちらの情報網も当てにできるが管理外世界までは流石に全てをカバーすることはできない。例え察知したとしても出動した時には既に逃げられてしまう。そのためはやてたち機動六課はまだ戦闘機人を捕えることができずにいた。そんな事情があるためなのはとフェイトははやての言葉に驚きを隠せない。それが真実ならはやては戦闘機人たちの襲撃先を知っていると言うことになる。そんなことが可能なのだろうか。


「じゃあ、はやては戦闘機人が襲撃してくる場所の情報を手に入れたの?」


フェイトはそう自らの疑問を投げかける。だがその可能性は低いであろうことは執務官であるフェイトにはある程度予想がついている。そんな情報網があるなら既に自分たちは戦闘機人達を捕えることができているはずだ。だがそんなフェイトを見ながらもはやては表情を崩さない。そして


「いや、流石にそんな情報は私ももってへん。でも違う方法で私はこの作戦を立てたんよ。」

「違う方法?」


なのはとフェイトはそんなはやての言葉に顔を見合わせる。一体はやてが何を言っているのか分からない。そんな様子だった。そんな二人に満足したのかはやてはその答えを口にする。


「撒き餌や。」


はやてはそう言いながら今回の作戦の概要を伝えていく。今回の作戦は六課が設立し、闘牙が仲間になった時からはやてが動かしていたもの。それは単純明快。ロストロギアがある違法研究施設のダミー情報を流すこと。つまりこちらから相手を追うのではなくあちらの動きをこちらで誘導することがはやての狙いだった。

スカリエッティ、戦闘機人達が何かのロストロギアを狙っているのは既に一目瞭然。その活動は凄まじくまるでスカリエッティ、叢雲牙の焦りが伝わってくるかのよう。恐らく機動六課に闘牙が加わったことで闘牙の動きが掴めなく、読めなくなったこともその原因なのだろう。ならばその焦りを利用しない手はない。はやてはこの一カ月の間で二つの施設を違法研究施設を装うように準備し、その情報を流していた。もちろんロストロギアの反応が出るようにするなど偽装は完璧。

そしてつい先日、何ものかのサーチャーと思われる物を施設の外に配置していたカメラが捉えることに成功した。恐らくは下見のための物だろう。ならば近日中に何らかの行動を起こしてくる可能性が高い。そして施設の防衛自体はかなりのものであり、ガジェットだけでは突破は難しい物。ならば戦闘機人、ナンバーズが直接出てくる可能性が高い。そのためはやては本格的に作戦を開始することを決断したのだった。


「そうだったんだ……。」

「すごいね、はやてちゃん。」


そんなはやての作戦に二人は感嘆の声を漏らす。自分たちが手をこまねいている間にここまで動いていたことに驚きを隠せない。これが機動六課の隊長として、そして特別捜査官としての八神はやての実力だった。


「それで今回はその二つの施設の近くの地下に隠れ家を用意しとってな。そこでツーマンセルで潜伏してほしいんや。とりあえず期間は一週間ほどを予定しとる。」


そんな二人の称賛に少し恥ずかしそうにしながらもはやてはそう説明を続ける。いつ敵の襲撃があるか分からないこと。見張りのために何度も転移を行っていてはこちらの罠に気づかれる可能性が出てきてしまう。そのため期間を限定し、そこで潜伏する作戦だった。

そして今回の任務には闘牙にも参加してもらう旨が伝えられる。それは戦闘機人との戦闘になった場合にはAMF下での状況になること、そして闘牙には戦闘機人達との戦闘経験があるためそれはある意味当然だった。闘牙はガジェットに狙われているがここに来てからはそれもなくなり、闘牙を監視する目的で放たれていたのであろうサーチャーも全て排除しているため問題はない。何よりも闘牙の今の状況をどうにかしてあげたいと言うはやてなりの気遣いでもあった。

闘牙は今、厨房で働いている。それは何もできない自分にできることを闘牙が探した結果でありそれ自体は楽しんで仕事をしているらしい。だが自分は厨房の料理人をしてもらうために闘牙に六課に加わってもらったわけではない。その約束を守るためにもここで一つ動く狙いがあった。

だがそれを聞いた瞬間、大きくフェイトが反応する。それは闘牙がこの任務に参加すると言う一点。そして今回はツーマンセルでの潜伏任務。その意味に気づいたフェイトはどこか緊張しながらも期待し始めている自分に気づく。結局自分はあれ以来まだ闘牙と買い物にもいけていない。そして闘牙の傍にはいつもアギトがいるため二人っきりになれる機会もなかった。でもこれなら何の問題もない。何よりも任務なのだから余計な横やりも入らない。そのことに気づき、フェイトは期待に胸を膨らませ始める。だが



「人選は闘牙君となのはちゃん、ヴィータとシグナムの二組や。」


はやての言葉によってその期待は粉々に砕け散ってしまう。その人選になのはも驚いたような表情を見せている。はやてならきっと闘牙とフェイトを一緒にするだろうと思っていたからだ。


「は……はやて、私は?」

「フェイトちゃんとザフィーラにはここに残ってもらう。ないとは思うけどここが狙われる可能性もあるしな。」


フェイトのどこか慌てた様子を見ながらもはやてはどこか真剣にそれに答える。そこにはいつもの飄々とした姿はない。そんなはやての姿にフェイトは思わず気圧されてしまう。そして



「それに……フェイトちゃんには執務官としてちゃんと仕事をしてもらわんとあかんからな。報告書………溜まっとるやろ?」


笑顔を見せながらはやてはそうフェイトに告げる。その雰囲気にフェイトは冷や汗を流すことしかできない。それはこの一カ月、闘牙のことばかり気にしていておおろそかになっていた業務のツケ。最初は目をつむっていたはやてだったが流石に堪忍袋の緒が切れたらしい。


フェイトはまるで飼い主に怒られてしまった子犬のような姿でそれに頷くことしかできなかった………………



そんな事情を闘牙に話すわけにもいかずなのはは苦笑いするしかない。今頃フェイトは涙目になりながら書類と闘っているのだろう。そしてこの場にはアギトもいない。もちろんアギトは着いてこようとしたのだが戦闘機人との戦闘が予想されること、何よりも潜伏任務と言うアギトにとっては不可能に近い任務であったため六課に残ることになった。恐らくはリインとまた痴話げんかでもしている頃だろうか。

そして今なのはたちの潜伏任務は三日目を迎えていた。だがまだ敵襲の気配も全くなく、先程のように闘牙は暇を持て余していたのだった。だがこの部屋での生活自体は何不自由ない物。電気も水も通っており、いくつか部屋もあるためプライバシーも問題ない。

そしてなのはは改めて気づく。そういえば闘牙と二人きりになるなんて何年振りだろうか。いつも自分に加えてユーノやフェイトもいたためこんなふうに二人きりになる機会はめったになかった。そう考えればこの時間は貴重なものなのかもしれない。そんなことを考えていると


「それにしても……なのは、お前本当にでかくなったよな……」


闘牙はどこかぼやくようにそう口にする。まるで久しぶりに娘に会話を試みようとしている父親の様な姿がそこにはあった。


「闘牙君、それもう何回も聞いたよ?」

そんな闘牙の姿に呆れながらも笑いながらなのははそう答える。どうやらもう再会してから一カ月もたつにもかかわらず闘牙は自分たちの成長にまだ慣れていないようだ。なのはたちも闘牙の変化に最初は戸惑いはしたものの中身はほとんど変わっていないことがすぐに分かったためそれほど意識することはなくなっていた。もっとも一人の例外は除いてだが。


「そうか……あんなに小さかったのにな。覚えてるか、よくお前を背負って走りまわってたんだぜ?」

「もう……ちゃんと覚えてるよ。でもいつまでも子供扱いしないでよ。私たちももう十五歳なんだから。」


そんな闘牙の言葉に少し恥ずかしそうにしながらなのはは答える。そしてその脳裏にはかつて闘牙の背中に乗って夜の街を眺めていた光景が蘇っていた。あの頃の自分はジュエルシードの封印の後に闘牙の背中に乗って帰るのが楽しみの一つだった。いや、自分だけではなくユーノもそうだったのだろう。

よく考えればそれからもう六年が経っている。闘牙とユーノとの出会い。そしてフェイトとの出会い。自分の運命はあの時に決まったと言っても過言ではないだろう。そんなことを考えていると目の前の闘牙の表情がなのはの目に移りこんでいる。その表情から恐らくは闘牙も昔のことを思い出しているのだろう。そして


「そうだな………でもあの頃のお前はユーノと一緒に風呂に入って寝てたもんな。」

「と……闘牙君っ!」


闘牙はそうどこか楽しそうに告げる。その言葉になのはは思わず顔を真っ赤にしてしまう。それは忘れ去りたい、なかったことにしたいなのはの記憶の一つでもあった。


「そんなに怒るなって……でもまあよかったぜ。お前本当に鈍感だったからな。気づくのはまだずっと先だと思ってたぜ。」

「むう……。闘牙君だって人のこと言えないんじゃない?」

「う………」


自分のことを棚に上げながら自分をからかってくる闘牙に向かってなのはもそう切り返す。その言葉に何か思うところがあったのか闘牙は顔をひきつらせながら狼狽している。やはり思い当たる節はあるようだ。散々はやて達にもからかわれてきたのだからこのぐらいやり返してもいいだろう。


「まあ、ほんとに安心したんだぜ。ユーノの奴本当にお前に惚れこんでたんだからな。」

「………うん。」


闘牙は一度咳払いした後、そうどこか静かに告げる。そこにはずっとユーノの姿を見てきたからこそ闘牙だからこそ分かる重みがあった。その言葉に頬を染めつつもなのはは笑みを浮かべながら頷く。そんななのはの姿でどうやら二人とも上手く行っていることを確信した闘牙は感慨深く目を閉じコーヒーを飲んでいると


「じゃあ次は闘牙君とフェイトちゃんの番だね。」


なのはが笑みを浮かべながらそう闘牙に向かって話しかけてくる。その瞬間、闘牙は飲んでいたコーヒーをむせ込んでしまう。その言葉はつい先月ユーノが自分に行った言葉と全く同じ。まるで示し合わせたかのようなもの。やはり恋人同士、通じ合う物があるらしい。


「もう、あんまりむせたら服が汚れるよ?」

「お、お前のせいだろうが………」


息も絶え絶えに闘牙はそう反論するもなのははそんな闘牙を楽しそうに見つめ続けている。闘牙は自分が知っているなのはが変わらずいてくれたことを実感しどこか安堵する。どうやら構えすぎていたのは自分だったらしい。ユーノもはやても成長し大人になりつつあるがその芯となる物は変わってない。何だか自分だけが置いていかれたような気がしていたのだが杞憂だったようだ。


「ごめんごめん…………。でも闘牙君、もうフェイトちゃんを心配させちゃだめだよ。本当にフェイトちゃん悲しんでたんだから………」


なのははそう真剣に闘牙へ向かって告げる。そこには先程まで雰囲気は残っていなかった。それはフェイトの親友としてのなのはの言葉。なのはの脳裏にはあの当時のフェイトの姿が蘇っていた。涙を流し、引きこもってしまった親友の姿。それはもう二度と見たくないもの。例え闘牙がフェイトの気持ちに答えられなかったとしても構わない。それは闘牙とフェイトの問題。でももう二度と勝手にいなくなるようなことは許さない。そんな想いと決意が込められていた。



「ああ…………約束する。」


そんななのはの心を感じ取った闘牙はそう静かに、それでも力強くそれに答える。それに安心したのかなのははいつもの優しい雰囲気に戻る。全くこれではどちらか年上か分かったもんじゃない。恐らくユーノに加え、自分もなのはには頭が上がらなくなりそうだ。


「でもお前も教導隊入りしたんだろ?ちゃんと指導できてんのか?」

「ちゃ……ちゃんとできてるよ!」


調子を取り戻した闘牙の言葉になのはは焦りながらもどこか頬を膨らませながら食って掛かってくる。どうやらなのはもかつての自分と闘牙の関係、雰囲気を取り戻してきたらしい。


「そうか……じゃあたまには教えられる側に戻ってみるか?帰ったら久しぶりに修行つけてやるぜ?」


「そ………それは遠慮しとく……」


闘牙の本気か冗談か分からない提案になのはは顔を引きつらせ冷や汗を流す。その脳裏にはトラウマと言っても過言ではない闘牙との修行の日々が蘇っている。どうやら師と弟子の関係はそう簡単に覆せるものではないらしい。


「でも私もユーノ君も昔とは違って成長してるんだから。忘れないでよ」

「分かってるって………」


どこか呆れ気味の闘牙を見ながらもなのはは思い出す。

それはかつての誓い。

それは自分のせいで闘牙が倒れてしまった時にユーノと共に誓った誓い。それを実現するために自分たちは強くなってきた。その時が訪れるのかどうかは分からないがその時には自分とユーノの想いを闘牙へと伝えよう。そうなのはが決意を新たにしたその時


けたたましい警報が部屋に響き渡る。同時にモニターに映像が映し出される。そこには施設に向かって襲撃を開始したガジェットの姿が映し出されている。どうやらはやての策は成功したらしい。しかしガジェット達は施設の防衛設備によって次々に破壊されていく。

だがそんな中一筋の光が防衛設備に向かって放たれてくる。その光によって一瞬でそれらは灰になってしまう。闘牙はその攻撃、いや砲撃に覚えがある。だが匂いは自分が感知できる範囲にない。どうやら長距離射撃を行っているようだ。どちらにせよこのまま黙って見過ごすわけにはいかない。この時のために自分たちはここで待ち構えていたのだから。


闘牙は首飾りのデバイスを起動させ戦闘態勢に入る。その隣には既にバリアジャケットを纏ったなのはの姿がある。もはや何を語るまでもない。



「よろしく頼むぜ、『教導官』」

「こちらこそ、『お兄ちゃん』」



二人はそんな軽口を言い合いながら戦場へと飛び立って行く。今、四年ぶりの『師妹』の共闘が始まろうとしていた……………



[28454] 第53話 「宝玉」
Name: 闘牙王◆53d8d844 ID:e8e89e5e
Date: 2011/11/07 17:32
機動六課の隊舎へ向かう人影がある。だがその姿に気づく人間は一人もいない。それは当然。なぜならその人影は地中をまるで泳ぐように潜行しながら進んでいたのだから。


(反応はこのあたりかな………)


その人影の正体は戦闘機人№6セイン。セインは今回、ある任務を実行するためここ機動六課に侵入を試みていた。

それは鞘の奪取及び破壊。本来ならミッドでの戦闘行為はドクターによって禁止されていたのだが潜入、そして直接の戦闘行為を行わないという制限の元、セインはこの潜入任務を行っている。幸いにも隊舎には何かの任務のためかほとんどの高ランク魔導師が出払ってしまっているようだ。まさに千載一遇のチャンス。セインは自らの手にあるロストロギアの探知機を使いながらその場所に向かって潜行していく。鞘の反応は六課に入ってからほぼ同じ場所から動いていないことが確認されている。どうやらどこか決まった場所に保管されているらしい。前のように闘牙が持ち歩いているならば手を出すことは難しいが今の状況ならそれも可能。そしてセインはその保管場所に苦もなく辿り着く。

それはセインのIS『ディープダイバー』の力。

それは無機物に潜行し自在に通り抜ける能力。突然変異によって発生した希少な能力であり、潜入任務においては絶大な力を発揮する物。それ故にセインはナンバーズの中でも特に重宝されている。それはナンバーズの任務は基本的に隠密性を求められる物であったからだ。

セインは目的の部屋に辿り着いた後、その指先のペリスコープ・アイと呼ばれるカメラを使い天井から中の様子を確認した後、部屋に降り立ち辺りを見渡す。そしてその視線の先にある物を見つけ出す。それはまるで金庫の様な箱。そして鞘の反応はそこから発生している。恐らくこの中に保管されているらしい。ならこれを持ち帰れば任務は達成される。ここで解錠することも可能だが流石に時間がかかる。そう判断しセインがその手を金庫へと伸ばそうとしたその瞬間、


「そこまでだ。」


そんな男性と思われる声がした後、光の鎖が突如その体に向かって巻きつきセインはその動きを封じられてしまう。


「えっ!?」


セインは突然の事態に驚愕するしかない。自分に掛けられているのはバインド。しかもその強度も強力な物。セインはそのままその声の主の元に目を向ける。そこには青い狼、ザフィーラの姿があった。そしてそれに続くようにもう一人の人物が姿を現す。


「戦闘機人ですね……あなたを施設侵入とガジェット関連の事件の容疑者として拘束させてもらいます。」


それは黒いバリアジャケットを身に纏ったフェイト。その状況にセインは自分の侵入が既に察知されてしまっていたことを悟る。だが一体何故。それは六課の隊舎の防衛システムにあった。

はやては闘牙から戦闘機人たちの能力について情報を得ており、その対策も講じてきた。その中でも特にはやてが警戒したのがセインの能力。それは拠点を持つ組織にとってはまさに天敵ともいえる能力。そのため建物内部にそれに対応するためのセンサーを設置することでそれに対抗しようとはやては考えた。その結果が今の状況。セインはそうとは知らず、罠の中にまんまとおびき寄せられてしまったのだった。

セインは自らの失態に気づき何とかバインドから抜け出そうとするもそれは叶わない。そしてフェイトとザフィーラがセインに向かって近づこうとしたその時、黒いナイフの様な物が次々にセインを縛っていたバインドを切り裂いていく。同時にそのナイフによって小規模な爆発が起こり、フェイトとザフィーラは一瞬でそれをかわしながら距離をとる。


そしてその爆発が収まった先には外装を纏った小柄な少女、チンクの姿があった。


「大丈夫か、セイン?」

「た……助かったよ、チンク姉。」


チンクのスティンガーによってバインドの拘束から解放されたセインは安堵の声を漏らしながら体勢を整える。そんなセインを庇うように前に出ながらチンクは両手にスティンガーを構えながらフェイトとザフィーラに対峙する。チンクがここにいるのは偶然ではない。この任務は元々チンクとセインのツーマンセルでのもの。

セインのディープダイバーは対象に触れていればセインに加え、人間二、三人程度なら同時に潜ることができる。セインは希少な能力を持ってはいるが直接の戦闘能力は高くはない。そのためそのフォローのためにチンクが同行することになっていた。もちろんセインのみで戦闘を行わずに任務を達成することができればチンクの出番もなかったのだがそう上手くはいかなかったらしい。ミッドでの戦闘行為の禁止という命令に背く形になってしまったが状況からやむを得ない。それに関しては後回しだ。今はこの状況を何とかしなければならない。


「あなたは………」

「………また会ったな、フェイト。」


フェイトの驚きの声にそう答えながらもチンクは通信によってセインに話しかける。それは先程トーレから届いた情報に関すること。


『セイン、ここは私が抑える。お前は先に戻ってノーヴェとウェンディの援護に回ってやってくれ。』

『どういうこと?』

『どうやら嵌められたのは私たちだけではないらしい。詳しい話はトーレに聞いてくれ。』

『………分かった、チンク姉もあんまり無茶しないでよ。』


チンクの言葉と提案にセインは少し戸惑うような様子を見せるもすぐにその場をチンクに任せることを決断し、再びディープダイバーによって潜行し姿を消していく。そのことに気づいたフェイトとザフィーラがそれを阻止しようとするもそれはチンクの攻撃によって妨げられる。


「くっ!」
「ぬうっ!」

密室空間での爆発の威力と爆炎に部屋が包まれる。閉鎖空間での戦闘こそがチンクの真骨頂。特に施設内であれば金属も多く存在しており爆発の威力も桁違いになる。だが曲がりなりにも戦闘禁止の命が出ている以上あまり派手にここで戦闘を行うわけにはいかない。何よりも自分たちはフェイト達、機動六課を甘く見ていたらしい。自分たちに加え、クアットロ達も恐らくはその罠に乗せられてしまったのだろう。だがこれ以上の失態を続けるわけにはいかない。チンクはそう判断し、爆発によって生まれた壁の穴から室外に向かって飛び出していく。


「なっ!?」


ここは隊舎の最上階。こんなところから飛び下りればひとたまりもない。しかもチンクは飛行能力を持たない。フェイトは驚きながらもその後を追う。だがそんなフェイトの予想を嘲笑うかのようにチンクはその驚異的な身体能力によって難なく地面に着地し、凄まじい速度でその場から逃走を開始する。その速度はとても人間とは思えない物。例え魔導師であってもあんな身体能力は発揮できないであろう力。それが戦闘機人、人と機械の融合という存在だった。

フェイトは一瞬で状況を整理する。先程の地面に潜行する能力を持つ少女、セインを追うことは恐らく不可能だろう。流石に自分といえども地中を追跡することはできない。例え闘牙であったとしてもそれは変わらない。ならば自分はこのままチンクを追うしかない。何よりも自分は一度チンクと交戦した経験がある。ならばそれを生かさない手はない。


「ザフィーラ、私はこのまま追跡するからここをお願い!」

「心得た。」


フェイトの言葉にザフィーラはすぐさまそう力強く答える。それはまだこの場に鞘が残っていること。もし自分とフェイトが同時にこの場を離れれば再び先程の少女がそれを狙って戻ってくる可能性もある。何よりもさらなる増援、襲撃が無いとも限らない。それを瞬時に理解したから。それは歴戦の戦士であるザフィーラの経験。フェイトはそんなザフィーラに頼もしさを感じながらその場を任し、すぐに飛翔しチンクの追跡を開始する。その視線の先には銀の輝きがある。フェイトその胸中に秘めた想いを抱いたまま疾走する。



今、再びフェイトとチンクの因縁の対決が始まろうとしていた……………




森林に囲まれた施設の周辺で二つの存在が空を縦横無尽に飛び回っている。それは闘牙となのは。二人は己の相棒である鉄砕牙とレイジングハートを構えながらも何かを迎え撃とうとしている。それはガジェットの大群。戦闘機型、カプセル型が混ざり合った編隊で二人に襲いかかってくる。その数も通常では考えられないようなもの。そこから戦闘機人達が本気でここを落とそうとしていたことがうかがえる。だがそんなガジェットの大群を目の前にしながらも二人は全く動じない。いや、それどころか力がみなぎっているのではないかと思えるほどだ。そして最初に動き出したのは闘牙だった。


「邪魔だあああっ!」


闘牙は鉄砕牙を振りかぶり、それを振り下ろす。その瞬間、その剣圧によってガジェット達は次々に粉々になり、タダの鉄くずへとその姿を変えていく。だがそれを見ながらもガジェット達は全く動じずに闘牙へと襲いかかる。それは意志を持たない兵器だからこそ。もしそうでなければ闘牙相手をすることはできなかっただろう。闘牙はそんなガジェットを捉えながらも慣れた手つきでそれを迎撃していく。それはこの四年間で培われてきた経験と実力。流石に正攻法では敵わないと判断したのか何機かのガジェットが闘牙の背後、死角から攻撃しようと試みる。

だがそれは闘牙には通用しない。例え死角を突いたとしても闘牙はその半妖の聴覚と嗅覚でそれを感知することができる。そして闘牙がそれに対応しようとした瞬間、それらは桜色の魔力弾によって撃ち抜かれ破壊されていく。闘牙が一瞬驚きながら目を向けた先にはレイジングハートを構えながら自らの周りに魔力弾を生み出しているなのはの姿があった。


「アクセルシューター……シュ―――トッ!」


叫びと共に無数の魔力弾が次々に打ち出され、闘牙を守るように戦場を駆けまわって行く。そしてそれは闘牙の死角を、攻撃の隙をフォローするようにコントロールされている。そのことを悟った闘牙は一度、なのはへと笑みを向けた後、再びガジェットの大群に向かって飛び込んでいく。その姿には一切の迷いも恐れもない。それは自分の力となのはの力を信じているからこそ。

今、闘牙は懐かしい感覚に包まれていた。それはかつてのクロノとの共闘。まるであの時の再現のようだ。それはなのはの成長。なのはは闘牙の動きを生かすために共闘を行っている。それは奇しくもかつてクロノが行っていた方法と同じ物。それは教導官として、魔導師としての成長によってなのはがクロノと同じ領域まで腕を上げていることを意味していた。そのことに師として驚きと嬉しさを抱きながら闘牙はなのはと共に戦場を駆け抜ける。二人の前にはいかに大群のガジェットといえども無力同然。

だが二人には全く油断は見られない。それは先程の砲撃からまだ一度も戦闘機人の攻撃が行われていないから。二人はそれを警戒しているのだった。



闘牙となのはが闘っている戦場から遥かに離れた岸壁に二つに人影がある。一人は身の丈ほどもある巨大な砲身をもった少女、もう一人はどこか楽しげに岸壁に腰掛けている眼鏡をした少女。それはディエチとクアットロ。

二人は先程の射撃から身動きせず、戦況を見守っていた。それは戦闘機人の驚異的な視力によるもの。特に狙撃手であるディエチのそれはまさに鷹の目と言っても過言ではない物。その距離は闘牙の嗅覚でも感知できない程の距離を見渡すことができる物だった。


「どうする、クアットロ。このまま撤退する?」


ディエチはその手の狙撃砲『イノーメスカノン』を担ぎながら横にいるクアットロへ問いかける。先程の砲撃で施設への砲撃で防衛機能を奪いはしたものの闘牙と白い魔導師がまるで待ち構えたように姿を現してしまった。どうやら自分たちは機動六課に一杯喰わされてしまったらしい。闘牙はもちろんだが白い魔導師の実力はかなりの物。恐らくはSランクオーバーの実力者だろう。だが幸いにも自分たちに居場所までは掴めていないらしい。それは狙撃手である自分にとっては当然ではあるがそれでもそれは大きなアドバンテージ。

だが自分たちの任務はロストロギアの探索。それができないと分かった以上無駄な交戦は避けるべき。ディエチはそう判断し、撤退の準備を開始しようとするが


「そ~ね~。確かに撤退するのがセオリー何だけど~このままやられっぱなしってのも癪に触るわよね~。」


クアットロはどこか邪悪な笑みを浮かべながらそう呟く。その姿にディエチは思わずため息を漏らす。どうやらクアットロの悪いところが出てきてしまったらしい。クアットロはその性質上相手を陥れる戦術や作戦を立てることを得意としている。だが逆に自分がそういった目に会うことに対しては異常に嫌悪、屈辱を感じるらしい。それはプライドが高いとも言いかえられる。クアットロは自分が偽の情報を掴まされてしまったことに憤りを感じていた。恐らくはもう一つの施設も同様だろう。だが通信妨害によってウェンディたちとも連絡が取れない。まさにしてやられたと言った状況。このまま尻尾を巻いて逃げ出すなどクアットロのプライドが許さなかった。そして長い付き合いでそれを理解しているディエチは再び持ち場へと戻りながら問いかける。


「……じゃあどうするの?」

「そ~ね~……じゃあ、あの白い魔導師にちょっとお灸をすえて上げましょうか。」


ディエチの問いかけにクアットロはそう楽しそうに答える。こうなってしまっては仕方ない。戦闘はできる限り避ける原則には反するが副指揮官であるクアットロの命令には従うのがルールだ。ディエチはその巨大な狙撃砲を再び構える。それはとても少女であるディエチには持ち上げることすらできないであろうもの。そのアンバランスさが逆にその砲撃の脅威を現しているかのようだ。


「………闘牙は狙わなくてもいいの……?」


砲撃態勢に入りながらもディエチはそうクアットロに確認する。それは先程の言葉から察するに狙うのは白い魔導師だけであるように聞こえたから。


「そうよ。ディエチちゃんだって分かってるんでしょ?闘牙を狙ったって無駄だってことぐらい。」

「……………」


クアットロのどこか吐き捨てるような言葉にディエチは返す言葉を持たない。それは既にディエチも理解している事実でもあった。そんなディエチの姿を見ながらもクアットロは機嫌が悪そうな表情を見せる。



(………あんな化け物の相手なんてまっぴらごめんだわ。)


クアットロはそう内心でそう愚痴を漏らす。その脳裏にはこれまでの闘牙とのかかわりが蘇っていた。


クアットロが闘牙を知ったのは六年前。闇の書事件の始まりの戦闘の時。その時、クアットロはドクターが探しているロストロギアがあると思われる地球を探索に訪れていた。そして偶然にもヴォルケンリッター達が張った結界の反応をキャッチする。クアットロは任務の障害になる可能性と好奇心から自らの能力で偽装したサーチャーをその結界内に放ち様子をうかがうことにする。そこでは魔導師と騎士、そして半妖である闘牙の戦闘が行われていた。どうやら高ランク魔導師達の戦闘らしい。ならば長居は無用。クアットロはそう判断し、その場を離脱しようとしたその時、異変が起こる。

それは闘牙の妖怪化。その圧倒的力によって騎士たちは殺される寸前まで追い詰められる。その光景にクアットロは恐怖する。それは本能。サーチャー越しであるにもかかわらずその殺気が、力が伝わってくかのよう。クアットロは自身の生まれて初めての恐怖を抑えながらもその場を離脱する。だがそれで事態は終わらなかった。

それは何故かドクターが闘牙に興味を示してしまったから。そしてクアットロはその監視を行う任務を与えられてしまう。本当ならばそんなことは御免だったのだが創造主であるドクターの命であるため断ることもできずクアットロはそのまま闘牙の監視の任務に就くことになる。その時のように獣の様な姿は見せることはなくなったもののその妖怪化と呼ばれる力をクアットロは騎士たちとの、闇の書の闇との戦いで目の当たりにする。それは戦闘機人である自分たちであっても決して敵わないと確信できるほどの力。ドクターもそのことは分かっているはず。にもかかわらずドクターは自分たちにそんな闘牙を殺すよう任務を告げる。結果は既に語るまでもない。

最近稼働したウェンディとノーヴェはまだ気づいていないのだろう。闘牙が自分たちと闘う時には恐らくは半分の力も出していないことを。妖怪化のことも自分以外のナンバーズは知らない。それはドクターからの口止め。それを知ればナンバーズ達が恐れを抱いてしまうことを見越してこと。だが恐らくトーレとチンクはその実力に気づいているのだろう。

だがトーレは任務であればそれをこなすことしか興味はないため、チンクは闘牙へ好意を抱いているため気にはしていないらしい。だが自分はそんな考えを持つことはできない。

あの恐怖と力。今はその甘さから何度も見逃されているがその気が変わればいつ殺されてもおかしくない。それがクアットロにとっての闘牙という存在だった。



「っ!?」

なのはは突然起こった出来事に驚きの表情を見せる。それは先程まで闘牙を狙っていたガジェットが急に自分に矛先を向け始めたから。そしてもう一つ。そのガジェットの数が一気に増したこと。しかもそれは増援で増えたようなものではない。まさに突如その場に現れたかのよう。そして数を増したガジェットは一気になのはへと襲いかかってくる。なのはは意識を切り替えその大群に向かって魔力弾を撃ち込んでいく。標的が自分に変わったとしてもガジェットに後れをとるほど自分は甘くはない。その自信がなのはにはあった。だがその魔力弾がガジェットを破壊するかに思われたその時、その魔力弾はそのままガジェットをすり抜けてしまう。そのことに驚き、なのはに一瞬の隙が生じる。その瞬間、ガジェットの攻撃がなのはに向かって放たれる。なのははすぐさまシールドを張りながらその場から距離をとる。そしてなのはは思い出す。それは闘牙から聞いた一人の戦闘機人の能力。


幻惑の銀幕『シルバーカーテン』

それがクアットロの先天固有技能。幻影を操り対象の知覚を騙す能力。直接の戦闘能力をほとんど持たないクアットロはこの能力を駆使し「戦わずして勝つ」ことを基本戦術としている。その一つがガジェットの幻影を使った撹乱。その幻影はレーダーやデバイスすらだますことができるいわば幻影魔法の様な物。そしてそれは戦場、特に乱戦においては脅威となる。

ガジェットの大群の中には幻影だけでなく本物も多く存在している。だがなのはにはそれの区別がつかない。レイジングハートの探索でもそれは不可能。故になのはは全てのガジェットに対処するしかない。だがそれには多くの魔力、そして何よりも精神力を要する。なぜなら本物のガジェットを破壊しても幻影によってそれは蘇り、傍目には全くその数が減ったようには見えない。それはまるで終わりの見えない消耗戦。なのはといえどその疲労は例外ではない。なのはが何とかそれを打開する術を模索しようとしたその時


「なのは、ここは俺に任せろ!」


闘牙が声を上げながらガジェットの大群に向かって突進していく。その光景になのはは思わず声を上げそうになる。例え闘牙といえども幻影が混じった大群相手では苦戦は免れないはず。加えてガジェット達は散開しながら攻撃を仕掛けてくる。そのため闘牙となのはは風の傷、砲撃を放つことができない。使ったとしても効率が悪く疲労が増すだけ。はやての様な広範囲魔法が使えれば話は違ってくるがなのははそれを使うことはできない。なのはがそう焦りを感じたその瞬間、それを振り払うかのように闘牙の鉄砕牙が次々にガジェットを切り裂いていく。


「え?」


その光景になのはは目を奪われる。闘牙はまるで本物の存在を見抜いているかのような最小限の動きでガジェットを葬って行く。幻影によってその数は減っていないように見えるがその落下していく残骸からそれが確実に減っていっていること明らか。そしてなのはは気づく。闘牙には本物と幻影を見分けることができるのだと。



(ふん………相変わらずむかつく奴だわ………)


そんな光景を眺めながらクアットロは心の中でそう悪態をつく。闘牙にはシルバーカーテンが通用しない。シルバーカーテンは幻影を生み出したり、姿を消すことができる能力だがあくまでそれは偽装。本当に新しい存在を生み出したり、物質を消しているわけではない。それ故に闘牙の感覚はそれを捉えることができる。これがクアットロが闘牙を毛嫌いしているもう一つの理由。まさにクアットロにとって天敵と言えるのが闘牙という存在だった。

だがそんなことはこれまでの戦闘で嫌と言うほど理解している。これは闘牙を足止めするための布石。今、闘牙となのはの間に距離ができた。そして二人の意識はガジェットへと向けられている。そしてそれを管制と狙撃手の二人は見逃さなかった。


「いいわよ、ディエチちゃん。」


クアットロの言葉に合わせるようにディエチはその目になのはを捉え、砲撃、いや狙撃態勢に入る。それに呼応するようにイノーメスカノンのチャージが完了する。その威力、エネルギーはまさに一撃必殺、ナンバーズの中でもトップレベルのもの。そして



「発射。」


そんな静かな声と共にその強力無比な咆哮がなのはに向かって放たれる。その精度、速度ははるかに離れた両者の距離を一瞬にしてゼロへと変えていく。


『master!』

「くっ!!」


レイジングハートの警告とほぼ同時に圧倒的なエネルギーの奔流がなのはに迫る。なのははその声に一瞬で反応し、その機動でそれを何とか紙一重で躱す。それはまさに直感と言ってもいい物。だがその余波だけでなのはのバリアジャケットは破れダメージを負ってしまう。なのははその砲撃、狙撃に驚愕する。間違いなくこの砲撃はSランクオーバーの威力がある。すぐさまなのははその砲撃が放たれた方向に目を向けるも狙撃手の姿を捉えることができない。恐らくはそれほどの長距離狙撃なのだろう。だがそれだけではなかった。

今、ディエチとクアットロはシルバーカーテンでその身を隠している。例え視認できる距離にいたとしてもなのはではそれを捉えることはできなかっただろう。見えない狙撃手に狙われる状況。その不利をなのはは砲撃魔導師として誰よりも理解している。そんな中


「なのは、お前は一旦撤退しろ!ここは俺がやる!」


ガジェットと交戦している闘牙がそうなのはに告げる。この状況はあまりにもなのはに不利。それを庇いながら戦うのは流石に自分でも骨が折れる。悪いがここは一旦なのはに退いてもらうしかない。自分なら手加減は難しいが爆流破によって砲撃は跳ね返すことができ、また匂いで二人を探すこともできる。闘牙はそう判断した。だが



「………大丈夫だよ、闘牙君。ここは私に任せて。」


どこか不敵な笑みをを浮かべながらなのははそう闘牙に答える。闘牙はそんななのはの姿に一瞬、震えを感じる。それは寒気。どうやら自分は何かのスイッチを踏んでしまったらしい。


「行くよ、レイジングハート!」


その言葉と共になのはのバリアジャケットがその姿を変える。

それはなのはの新しい力、『エクシードモード』

同時になのはの魔力も高まり、レイジングハートもまるで槍の様な姿へと変形する。それはなのはが本気になった証でもあった。そして


「シュ―――トッ!!」


なのははその矛先を先程の砲撃が放たれた方向に向けて砲撃魔法を放つ。そのことにディエチとクアットロだけでなく闘牙も困惑するしかない。その砲撃は確かに砲撃が放たれた方向に向かって放たれたが二人がいる位置からは離れた場所に着弾し爆発を起こしてしまう。まるで何の意味もない砲撃。そのことに闘牙は不安を感じるもなのはの表情を見た瞬間、それは杞憂だと悟る。その目には砲撃魔導師、管理局の『エース・オブ・エース』高町なのはの姿があった。



「どうやら大したことない相手だったみたいね。ディエチちゃん、次で終わらせるわよ」

「分かった。」


どこか呆れ気味の表情を見せながらクアットロはそう命令を下す。どうやら何か狙いがあったのだろうがそれでもこちらの圧倒的優位は変わらない。なら次の一撃で落とし、撤退することにしよう。そしてノーヴェ達もどうなっているか分からない。つまらない子たちだがそれでも使える駒が減るのは面白くない。そんなことを考えているうちに最後の一撃の準備が整う。

ディエチはそんなクアットロとは対照的に冷静そのもの。それはまさに狙撃手に相応しい姿。そしてその標準が再びなのはを捉える。だがなのははその場所から全く動こうとはしない。どうやらこちらの砲撃を防御するつもりらしい。だがそれは不可能。次弾は先ほどよりもさらに威力を増したもの。そしてその最後の引き金が引かれた瞬間、その砲撃が一瞬でなのはを飲みこんでいく。同時にその背後になる施設もその威力によって大爆発を起こす。後には凄まじい爆煙が辺りを包み込む光景が広がっているだけだった……………



「さあ、帰るわよ。ディエチちゃん。」


それを見届けたクアットロはそう言いながらその場を後にしようとする。一応手加減はする様にしている。もし誤って殺してでもしてしまえば闘牙の逆鱗に触れかねない。だが戦闘不能は免れないだろう。だがいつまでたっても声をかけたディエチはその場を動こうとはしなかった。そのことにクアットロが気づいた瞬間、爆炎の中から一つの人影が姿を現す。


そこには片腕のバリアジャケットが砲撃の威力によって破れ、火傷を負っているものの全く戦意を失っていない高町なのはの姿があった。


そんななのはの姿に二人は思わず言葉を失ってしまう。それは当然だ。手加減したとはいえ先程の砲撃に耐えうる魔導師がいるなどとは考えもしなかった。それがなのはのまさに鉄壁ともいえる防御。それでもそれを防ぎきることができない程の砲撃であったことは疑いようがない。その証拠に少なくないダメージをなのはは負っている。ならば次でとどめを刺せばいい。そうクアットロが考えた瞬間、なのはの持つレイジングハートが砲撃の体勢に入りながらその矛先を向ける。

その光景に二人は戦慄する。それは先程の様に考えなしの物ではない。それは間違いなく自分たちを捉えている。同時にその巨大な魔力が集束していく。その光から凄まじい砲撃が放たれることは明らか。だが分からない。何故自分たちの場所が分かったのか。自分たちはシルバーカーテンによってその身を隠している。それともただの偶然なのか。クアットロがそう焦り混乱した瞬間その目にある物が写り込む。

それはサーチャー。それがまるで自分たちがそこにいるのを見抜いているかのようにその視線を向けている。クアットロは気づく。自分たちが罠にはめられたことに。

そのサーチャーはなのはが放った物。そしてそれは最初の砲撃によるもの。その目的は砲撃が放たれたと思われる近辺にサーチャーを設置するため。そしてその配置を完了させたなのははその場から動かずわざと砲撃を受け止めた。それはサーチャーの操作に意識を割くため、そして同時に相手の油断を誘うため。それによりなのははサーチャーによってその砲撃の発射地点を特定した。

自らを囮にし、場所を見抜いた後の砲撃による一撃必倒。

だがそれは思いついたとしても実行に移せるような作戦ではない。それは『砲撃魔導師』であるなのはだからこそ取れる戦法。そして


「エクセリオン……バスタ――――!!」


その真の力が今解き放たれる。桜色の光の咆哮が凄まじい速度で二人に向かって放たれる。その光景にクアットロは身動きをとることができない。ディエチもそれに応戦しようとするがチャージが間に合わない。為すすべなく二人はそのまま光の波に飲み込まれていった……………


「ふう………」


溜息をもらしながらなのははレイジングハートを下ろす。同時にレイジングハートの排気口から煙が排出される。カートリッジも使用した遠距離砲撃。狙いもタイミングも完璧。少しやりすぎてしまったかもしれないが相手の砲撃も強力なものであったため仕方がない。そしてなのはは闘牙へと目を向けた瞬間、あることに気づく。それは闘牙の表情。闘牙はまるで何かを見つめるような視線を上空に向けている。同じように視線を向けたそこには



ディエチとクアットロを抱えた紫のショートカットの女性の姿があった。

その腕と脚からは光の翼の様な物が生えている。何よりもその佇まい。それはまさに歴戦の戦士を思わせる物。なのはがこれまで聞いていたナンバーズ達の様子とは大きく異なる存在だった。


「ふ~っ、トーレ姉様、助かりました~」

「…………感謝。」


トーレの両脇に抱えられたクアットロとディエチがそう感謝の言葉を漏らす。実際後一瞬助けが遅ければ間違いなく自分たちはやられていたのだからそれは当然。だがそれ以上に命令違反を犯してしまったことに二人は気後れしてしまっているようだった。


「ボーっとするな、この馬鹿者ども。命令違反のことは後だ。すぐにこの場を離脱する。」


それを見抜いたトーレはそう言いながら一度振り返りながら闘牙となのはを見据えた後、すぐさま凄まじい速度でその場を離脱していく。そのことに驚きながらもなのはは砲撃を行おうとするがその速度を捉えることができない。一瞬の間に三人は姿を消してしまい後には破壊された施設とガジェットの残骸が残されただけ。闘牙もそんな光景を見つめることしかできない。トーレの速度はフェイトに匹敵、もしくはそれ以上の物。いくら自分でもここから追いつくことはできない。何よりもナンバーズの中では間違いなく最強でありなのはとの相性は最悪だろう。AMF下であの速度の相手を砲撃で捉えるのは至難の業だからだ。

闘牙となのははそのまましばらくトーレ達が去って行った方向を眺め続けるのだった………………




トーレはそのまま凄まじい速度で飛行しながら闘牙達から距離を取って行く。そんな中トーレは二人に今の状況を説明する。


チンクとセインの潜入任務も失敗し、現在もチンクが交戦中であること。


ノーヴェとウェンディも六課の高ランク魔導師、いや騎士たちの待ち伏せにあったらしいが間一髪のところでセインの救援が間に合い脱出したらしいこと。


その内容にクアットロ達は肩を落とす。それはこうも失態が続くとは思いもしなかったから。機動六課に対する認識を正す必要がありそうだ。そんなことを思考しながらトーレはあることに気づき、突如飛行を停止する。そして



「クアットロ、そのコートを捨てていけ。」

「え?」


そう告げる。その言葉にクアットロは目を丸くするしかない。それはシルバーケーブと呼ばれるクアットロの固有武装。それを何故この場に捨てていかなければならないのか。


だが気づく。そのコートの一部に気づかれないように偽装された魔力によって作られたであろうマークの様な物があることに。それは先程の砲撃になのはが付与していた魔法。それはマークの場所を特定できる追跡の魔法。それこそがなのはたちの狙い。


戦闘機人達は自壊プログラムが施されおり、捕えることも後を追うこともできない。そこでその追跡魔法を使うことでスカリエッティの居場所を特定する作戦だった。危うくそれにかかるところだったクアットロは悔しさに顔を歪ませながらそれを降下に投げ捨てる。どうやら思った以上に油断ならない相手らしいことをトーレは確信し、再び飛び始めるのだった…………




ミッドに面した海岸で金と銀の光が交差し、同時に爆発と砂埃が辺りを覆い尽くしていく。それはフェイトとチンクの戦闘。奇しくもその場所も戦況も先の戦闘と全く同じ。互いの手の内を知っているが故の互角の戦闘。両者は疲労により肩で息をしながらも互いを睨みあいながら対峙する。だが以前とは違うことがある。

それは立場。チンクは逃げる者であり、フェイトはそれを追う者。その意識の違いがあった。チンクは何も闇雲にここまで逃走してきたわけではない。それには理由がある。そしてその条件は整った。ならば後はそれを実行するだけ。そう考えながらもチンクはあることに気づく。

それは闘牙のこと。チンクは心のどこかで今回の任務で闘牙と相見えるのではないかと期待していた。だがその姿が見当たらない。そして



「………闘牙はここにはいないのか?」


チンクはそうフェイトに問いかける。その瞬間、フェイトの顔が驚愕に染まる。それはまるで前回とは逆の光景。しばらくこの場が戦場であることを忘れてしまうほどフェイトは呆けてしまうがすぐに我を取り戻しながらチンクに向かい合う。


「それを聞いてどうするんですか……?」


フェイトはどこか警戒するような声色でそう逆に問いかける。その姿を不思議に思いながらもチンクは続ける。


「いや……少し用があってな。」


それは消して嘘ではない。だが明確に何か用事があるわけではない。戦闘をしたいというわけでもない。ただ会ってみたい。自分の理解できない感情を、気持ちを確認したかったのがその理由。それはまるで純粋な子供の様な願望。そんなチンクの姿にフェイトはなぜか危機感を感じる。そしてその理由に気づく。

それは目の前のチンクの姿にかつての自分の面影が見えたから。それが自分が目の前の少女、チンクに対抗意識を持ってしまうわけであることを確信する。



「トーガは………私の………私たちの仲間です。あなたには関係ありません。」


フェイトはバルディッシュを構えながらそう言い聞かせるようにチンクに言い放つ。だが本当は違う。本当はトーガは私の。その想いが口に出かかるもそれを何とか抑えながらフェイトは言葉をつなぐ。

それは恐れ。それを口にしてしまえば自分とトーガの関係が崩れてしまうのではないか。そんな不安があったから。


だがそんなフェイトの言葉にチンクは何かを考えるような仕草を見せる。そんなチンクにフェイトは目を奪われる。そんな中チンクの胸中では様々な想いが駆け廻っていた。

目の前の女性、フェイトの言葉。それは正しい。自分は戦闘機人で闘牙は恐らくは機動六課の人間。それは間違いない事実。だがその言葉に自分はどこかいらだちを、嫉妬を感じている。それが何故なのか。そしてチンクは気づく。

今の感情が自分の闘牙への感情に結びついていることに。そしてフェイトが間違いなく闘牙に対して好意を抱いていることに。それはつまり




「……………そうか、私は闘牙に惚れていたのか。」


自分が闘牙に好意を抱いているということ。まるで何かの問題が解けたかのようなそんな当たり前の様な姿でチンクはそう答えに至った。




「……………………は?」


そんなチンクの言葉にフェイトは間抜けな声を漏らすことしかできない。それは当然だ。いきなり闘っていた相手が自分の思い人を好きだと宣言したのだから。それもそれに今気づいたかのように、何でもない当たり前のことのように。その姿にフェイトは驚愕と共に恐れを感じる。

自分がその想いを自覚するのにどれだけかかったのか。どれだけその想いを口にすることができずにいるのか。それを目の前の少女、チンクはあっさりとやってのけた。もちろんその想いを闘牙本人に告白したわけではない。だが



「礼を言う、どうやら私はどうしてももう一度闘牙に会わなければいけないらしい。」



間違いなく目の前の少女はそれを闘牙本人にやってのけるだろう。



そのことに気づき、フェイトの体を焦りが支配する。そしてその瞬間、チンクのスティンガーが砂浜に次々に突き刺さって行く。フェイトはすぐ我に帰り、一瞬で距離をとる。同時に爆発が辺りを包み込む。そしてフェイトは追撃に備えて辺りを警戒する。だがそれは間違い。フェイトは失念してしまっていた。

これは以前の様な戦闘ではない。自分にとってこれは追撃戦。つまりチンクにとっては逃亡戦なのだと言うことに。


フェイトがそのことにすぐに気づくも時すでに遅く煙が晴れた先にはチンクの姿はなかった。そしてその足跡は海に向かって消えている。それがチンクがここまで逃走してきた理由。チンク達戦闘機人はその呼吸も人間に比べて長く持たすことができる。加えてチンクはこうなる可能性を考え酸素マスクを携帯していた。それは爆撃を使うチンクにとっては必須の物。流石のフェイトも海中に逃げられればその後を追うこともできない。電気によって攻撃する手も考えたがそれが届く位置には既にチンクがいないことは明白。


間違いなくこれは自分の失態、敗北。だがそれ以上にフェイトは違う意味で敗北感に胸を痛め続けるのだった………………










スカリエッティのアジトの広場にナンバーズ達が勢ぞろいしている。そしてその中心には紫のロングヘアーの女性の姿がある。彼女は№1ウーノ。最古参のナンバーズでありスカリエッティの秘書を務めている。戦闘や作戦のリーダーはトーレの役割だが実質的なナンバーズのトップはこのウーノであることは周知の事実。

そんなウーノが自分たちの前で何かの説明があるとのことでナンバーズ達の間には緊張感が漂っている。特にノーヴェとウェンディはそれが顕著だ。先程任務を失敗してきたばかりなので無理もないだろう。そんな妹たちの様子を見て取ったウーノはどこか笑みを浮かべながら


『安心しなさい、悪い話じゃないわ』


そう通信を使って妹たちに話しかけてくる。それは機密に関する話を行う時の物。それはつまりそれに関して何か動きがあったことを意味している。一字一句聞き逃さないようナンバーズ達は緊張を高める。そして



『一つ、朗報があってね。ドクターが四魂の玉を手に入れたそうよ。』


そう事実を妹たちに告げる。その言葉にナンバーズ達は驚きを隠せない。何故ならそれは六年以上前からずっと自分たちが探し続けたもののいまだ発見できていないロストロギア。それを、しかもドクターが自身で手に入れてきたとなれば驚かないわけにはいかなかった。


『い……一体どこにあったんスか!?』
『おい、ウェンディ!』


思わずいつも調子で聞き返してしまったウェンディをノーヴェが諫める。だがウーノは特にそれを期した風もなく話を続ける。


『それは私も気になったのだけれど結局教えては下さらなかったわ。とにかくこれで私たちが探すものは後一つだけ。』


その言葉と同時に全員の視線がウーノに注がれる。そして





『黒真珠………引き続きその探索を行って頂戴。』




そう最後の宝玉の名前が伝えられる。



彼女たちには知る由もなかった。





その二つの宝玉の意味を―――――





そしてそれが何をもたらすかを―――――――



[28454] 第54話 「親子」
Name: 闘牙王◆53d8d844 ID:e8e89e5e
Date: 2011/11/08 23:54
多くの建物、店が立ち並ぶ都市部。さらに休日であるためかその人通りの人の数は平日の比ではない。もし全く地理が分からないものであればすぐに迷ってしまうのではないか。そう思ってしまうほどのもの。そしてそんな人混みの中に一人の青年の姿がある。

それは闘牙。だがその姿はいつもと異なっている。それは服装。火鼠の衣ではなくTシャツにジーパンというラフな格好。そしてその犬の耳も帽子で隠すことなく人目にさらしている。それはここがミッドチルダの都市部であり使い魔が珍しい存在ではなかったから。もっともそれ自体は闘牙も否定していたが。

そして闘牙はどこか難しい、いや困惑した表情で途方に暮れていた。そしてその視線はある一点を見つめている。そこには赤い髪をした少年の姿がある。だが少年はその場にうずくまったまま動こうとしない。その表情は不機嫌さを物語っている。そしてそんな少年を闘牙はただ見つめることしかできない。



(どうしてこうなった……………)


闘牙は今の状況に困惑しながらも回想する。それは昨日のフェイトの提案から始まった……………






「買い物?」

「うん、トーガ、六課に来てからまだ一度も買い物に行ってないでしょ?必要なものもあるんじゃないかと思って……」


フェイトの突然の提案に闘牙は戸惑いながらも考える。確かに自分は六課に入ってから一度も外に出て買い物をしたことがない。そのことを気にしていなかったと言えば嘘になる。だが必要最低限の物は支給されていたこと、またガジェットの襲撃の可能性もあったためそれはあきらめていた。最近はそれもなくなっているが万が一ということもある。誘いは嬉しいが断らせてもらおう。そう闘牙が考え口にしようとするが


「そ……それにはやてにはもう許可を取ってるから大丈夫だよ。それに案内するところはミッドの都市部だから防備も完璧だし。」

「そ……そうか………」


それをまるで予期していたかのようにフェイトは言葉を続ける。その言葉に闘牙は気圧されるしかない。そしてそこまで根回しをしてくれているならば断る理由もない。何よりも今日のフェイトにはいつもはない強引さ、必死さの様なものを感じる。何かあったのだろうか。


「じゃあ、すまねえがよろしく頼む。」

「うん、任せて!」


そう思いながらも闘牙はフェイトの提案を受け入れ買い物の案内をしてもらうことにする。久しぶりの休日でもある。自分もだがフェイトにとっても息抜きになればいい。何よりもミッドチルダの街を訪れることに興味があった。闘牙は六年前から数えきれない程その名を耳にしてきたが一度もそこを訪れたことがなかったからだ。

そんな闘牙の姿を見ながらもフェイトはどこか安堵の様子を見せる。フェイトはこの誘いをするために様々な根回しをしてきた。前回はシグナムやアギトの存在があり誘うことができなかったが今回は上手くいったようだ。そしてフェイトをここまで焦らせているのは言うまでもなく先日のチンクとのやり取りのため。

その告白に焦りを感じたフェイトはこのままではいけないと決意し、いつもらしからぬ強引さで闘牙を買い物に誘う計画を立てることになった。はやてにもそれに協力してもらった。休みのシフトもだがアギトをその日、預かってもらうことが一番の理由だった。はやてもそんな必死さを感じさせるフェイトの姿に押され協力せざるを得なかった。いつもはそれをからかうはやてなのだが押されると断れない、弱いところもあるらしい。

何はともあれ買い物に闘牙を誘うことができた。そのことに喜びを感じながらもそれを何とか抑えながらフェイトは職場へと戻って行く。闘牙もそんなフェイトを少し呆れ気味に眺めながらも自分が働いている厨房へと足を向けるのだった……………



そして翌日、闘牙は六課の隊舎の前でフェイトを待っていた。流石にいつもの恰好で出歩くわけにもいかず、無理を言ってザフィーラから服を借りてきていた。体格的にもほとんど差もないため問題ない。お礼に何か食べ物でも買って帰ろう。

お金についても問題ない。六課に入ってから外部協力者としての報酬も支払われており、また闘牙自身管理外世界を渡り歩いていた際に賃金を得るために用心棒、傭兵の様な仕事も請け負っていたため全く蓄えがないわけではなかった。

そして闘牙は気づく。そういえばこんなふうにフェイトと出歩くのはいつぶりになるのだろうか。それは思い出せない程前のこと。あの頃のフェイトはまだ小学生だった。だが今のフェイトは成長し女性になりつつある。


自分たちの関係も遠からず変わっていくのだろうか。だが俺にそんな資格が――――そんなことを考えていると



「お待たせ、トーガ!」


そんなフェイトの声が響いてくる。闘牙が思考を切り替えてその方向に振り向くとそこには二つの人影があった。一つはフェイト。その姿は私服であり黒を基調にしたもの。再会してから六課の制服姿しか見ていなかったためその姿はどこか新鮮味を感じるもの。そしてもう一つが赤髪の少年。歳は恐らく五、六歳程だろうか。フェイトの手を握りながら一緒にこちらに歩いてきている。


「フェイト、その子は?」

「うん、前話した私が預かってる子でエリオって言うんだ。ほら、エリオ、挨拶して。」


闘牙の問いにフェイトはそうどこか嬉しそうに答える。どうやら目の前にいるこの子がアルフが前言っていたフェイトが預かり、育てている男の子らしい。実は半信半疑の所もあったのだが本当だったらしい。フェイトの接し方もまさしく母親のそれ。そんな自分の知らないフェイトの姿に驚きながらも闘牙は改めて目の前の少年に目を向ける。エリオはそんな闘牙の姿に戸惑うような姿を見せながら


「エリオ……エリオ・モンディアルです……」


そう呟くように自己紹介をする。どうやらかなり人見知りする子らしい。この時点では闘牙はそう思っていた。そして


「エリオか、俺は闘牙っていうんだ。宜しくな。」


闘牙がそう返事を返すもののエリオはそのままフェイトの後ろへと隠れてしまう。フェイトはそんなエリオを優しくあやしながら


「今日はエリオも一緒に街に連れていきたいんだけどいいかな、トーガ?」


そう闘牙に尋ねる。フェイトは六課が設立されてからは忙しく、またなのはとの二人暮らしであるためそれまでのように家に帰ることが難しくなりエリオと触れ合う時間が少なくなってしまっていることをずっと気にしていた。だが久しぶりの休み、加えて闘牙との買い物というこの機会に一緒に遊びに連れてこようとフェイトは思いついた。一度闘牙に紹介したかったこと、何よりエリオに闘牙と仲良くなってほしかったのがその理由。エリオにはまだ男の子や男性との付き合いがある人がいなかったため男同士の方がきっと通じるところもあるかもしれないとも考えていた。それはフェイトの母としての想い。それはエリオを思ってのもの。


「……ああ、俺は構わねえぜ。」


だがフェイトは気づいていなかった。それは自分がエリオにとってどれほどの存在なのか。そして今のエリオにとって闘牙がどんな存在であるのか。


それに気づかないまま二人はそのままミッドの街へと向かうのだった……………





世間も休日ということもあって街は多くの人であふれている。そんな賑やかな街の中をフェイトの案内の元、闘牙は買い物のために訪れていく。買い物といっても闘牙にとって必要なものは主に服と生活用品。特に服はこれからも出歩くことがあるかもしれないこと、そのたびにザフィーラに迷惑をかけるわけにはいかないため必須だ。そして個人的に、男として欲しい物もあるのだが流石にフェイトとエリオの前では買うことなどできない。また今度ユーノが来た時に頼んでおこう。そんな他愛ないことを考えながらも闘牙はフェイトとエリオと一緒に街を回って行く。


自分の隣を歩いているフェイトは本当に楽しそうだ。その姿はまるで六年前のクリスマス前のデートの時の様。もっともあの時とは違いフェイトが案内をするという意味では立場が逆になってしまっているが。自分もそうだがフェイトにとっても息抜きになってくれているようで闘牙は安心する。だが分かりやすいところは昔のままらしい。

それはフェイトの手。その手がしきりに自分の手に延ばされようとしては引っ込んでいく。どうやら手を繋ぎたいらしい。六年前であれば自分もためらいなくその手を握ったかもしれないが今は違う。それにここは街中。そんな中で今のフェイトと手をつなぐのは流石に恥ずかしいため闘牙もそれは断念する。そのことに気づいたのかフェイトも顔を赤くしながら誤魔化そうとしている。そんなフェイトに苦笑いしながらも闘牙はもう一人の存在に目を向ける。


それはエリオ。

エリオは街には入ってから自分とは少し距離を取りながら歩いている。そしてその表情、態度からどうやらかなり不機嫌らしい。何度か話しかけてみたものの反応はない。元々こういう少年なのかとも思ったがフェイトがそんなエリオの様子を心配していることからそれは違うらしい。それはそうだろう。エリオもまだ六歳の少年。本当ならもっとはしゃいでもいいはず。

そしてその原因が自分にあることは間違いないだろう。全く知らない男と一緒に買い物をすることに人見知りをしているのだろうか。だが時間が経てば慣れてくれるだろう。そう闘牙は考えていた。だがその気配も一向にない。だがエリオの視線はずっと自分に向けられている。それに目を合わせようとするがエリオはすぐに目をそらしフェイトの後ろに隠れてしまう。そして闘牙はついに気づく。


エリオは自分を警戒しているのだということに。


闘牙は思い出す。それはアルフとフェイトから聞いたエリオの出自。あまり詳しいことは聞かせてもらえなかったが両親に捨てられ、その魔力資質から違法な研究所で実験をされていたところをフェイトが助け保護したと言うことは聞き及んでいる。最初は人間不信に陥っており心を閉ざしていたがフェイトの献身的な援助で立ち直ったということ。そして闘牙は確信する。

エリオは恐れている。自分にとっての母であり、家族であるフェイトが自分に取られてしまうのではないかと。恐らくフェイトの性格からして自分のことはエリオには話をしているのだろう。だがエリオからすればそれは面白くなかったに違いない。

そして今日のこの状況。フェイトはエリオのいつもとは違う様子に気づいているもその理由までは分かっていないようだ。加えてこれまでの自分とフェイトの姿。エリオから見ればフェイトが、母親が自分に取られてしまっているように見えていたに違いない。このままではよくない。元々六歳と言う年齢に加えてその出自。少しずつならともかくこの状況はエリオにとっては悪影響を与えかねない。


「フェイト、悪いがそろそろ戻ろうぜ。」


闘牙ができるだけ自然を装いながらフェイトに話しかける。だがいつまでたっても返事が返ってこない。闘牙が振り向いたそこにはエリオしかいない。一体何故。そして悟る。知らぬ間に自分たちとフェイトがはぐれてしまったことに。


そしてその場には闘牙とエリオだけが残されてしまっていた……………





フェイトは今、喜びに満ちていた。闘牙と一緒に買い物に出かける。ただそれだけ。だがそれは自分にとってはデートの様な物。まるでクリスマス前のデートの時の様に自分が浮かれていることにフェイトは気づく。何度か闘牙の手を握ろうとしたのがやはり恥ずかしく握ることができない。どうやらそのことにも気付かれてしまったようだ。恥ずかしさ顔が赤くなるのを抑えることができない。かなり強引だったが誘ってみて本当に良かった。まだ自分の気持ちを伝える勇気は出ないがその気持ちを再確認できた。だが一つ気がかりがある。

それはエリオ。

街を回っていると言うのにその姿には元気がない。いつものエリオなら遠慮しながらももっとはしゃぐはず。まだ闘牙のことで人見知り、緊張しているのだろうか。そのことに気づいた闘牙が何度か話しかけるもそれは変わらない。きっと闘牙となら仲良くなってくれると思っていたフェイトは困惑するしかない。だがきっと大丈夫だろう。まだ会ったばかり。それに久しぶりのエリオとのお出かけでもある。なら自分もそれを楽しまなくては。そう思いながらフェイトはふと周りを見渡す。

そこにはカップルや家族連れで溢れた光景が広がっている。そしてフェイトは考える。今の自分たちは他人から見ればどんなふうに見えるのだろう。兄妹、それともカップル、エリオも加えれば家族のように見えるだろうか。そしてそのどれを自分は望んでいるのか。そして何より闘牙にとって自分はどんな存在なのか、自分は闘牙にどう思われたいのか。そんな想いにフェイトは包まれる。そしてしばらく間の後フェイトはふと我に帰る。


(ダメだ……こんなことばっかり考えてたらまた闘牙に変に思われちゃう……)


フェイトはすぐに思考を切り替えながら振り返る。だがそこには既に二人の姿はなかった。


「トーガ……エリオ……?」


そう口にしながら辺りを見渡すも二人の姿は見つからない。そして気づく。自分が二人とはぐれてしまったことに。フェイトはそのまま人混みの中で焦り、狼狽するのだった……………




エリオは今、一人地面に蹲りながら目の前の男性、闘牙の姿を見つめていた。闘牙ははぐれてしまったフェイトを探そうとしているようだが自分がここから動かないことからどうしたものかと困惑している。そんな闘牙の姿を見ながらエリオは考える。

エリオにとって『闘牙』という存在は怖い存在だ。だがそれは文字通りの意味ではない。エリオはフェイトによって救われてからずっと闘牙について何度も聞かされていた。どんな人なのか、どんなに強いのか。その話を自分も真剣に聞いていた。だがあるとき気づく。自分がその話を聞くたびに何か言い表せないような感情に襲われることに。

それは嫉妬。

エリオにとってフェイトは自分の母であり、そして全てと言っても過言ではない存在。あの地獄の様な生活から、悲しみから自分を救いだしこんな温かな生活をくれた人。どんなに感謝してもしきれない。そんなフェイトがこんなにも気にしている相手。もしかしたら自分よりもその人のことが大事なのではないか。

そんな嫉妬を、恐れをエリオは感じずにはいられなかった。そしてフェイトが機動六課と言う所属になってからは忙しくなりあまり自分と会う機会がなくなってしまった。それは仕方ないこと。フェイトが執務官であり、毎日働いていることをエリオは知っている。家にはアルフやリンディもいる。決して一人ぼっちではない。でも寂しさはやはりあった。

だがそんな時、久しぶりにフェイトから連絡が入る。そしてフェイトから街に買い物に行かないかと言う誘いがかかる。エリオは喜んだ。久しぶりにフェイトと、母と会うことができる、出かけることができる。だがそれはすぐに消え去ってしまう。それはその買い物に闘牙が一緒に来るという知らせによって。どうやら行方不明だったのだがフェイトがそれを見つけ、再会したらしい。エリオは複雑な心境の中そのまま今日を迎えた。そしてその買い物の中でエリオは気づく。

フェイトにとって闘牙がとても特別な存在であることに。それはフェイトの姿。それは今までエリオが見たことのない物。エリオはまだ知らないがそれは恋する少女の物。母としてのフェイトの姿しか知らなかったエリオはその姿に驚き、同時にある感情に支配される。


それは『恐怖』


フェイトが目の前の存在、闘牙に取られてしまうのではないか。フェイトの闘牙への態度からフェイトが闘牙に好意を持っているのが自分でも分かる。そしてこれまでの聞いた話からフェイトがずっとこの人を探していたことも。

闘牙は自分の様子がおかしいことに気づいたのか何度も話しかけてくる。だが自分はそれに答えることはしなかった、いやできなかった。まだ少ししか触れ合っていないが闘牙が悪い人でないことはエリオも子供心ながらに理解していた。だがどうしても上手く接することができない。次第にエリオは自分の中に黒い感情が芽生えてくるのに気づく。

そんな中、自分たちはフェイトとはぐれてしまう。唯一の支えであったフェイトがこの場からいなくなってしまったことでエリオはさらに追い詰められ、その場にうずくまってしまう。


そしてエリオは気づく。もしこのままフェイトが闘牙に取られてしまったら。そうなったら自分はどうなってしまうのか。瞬間、エリオの脳裏にあの日の光景が蘇る。それはトラウマ。自分の両親が自分を捨てたあの時。自分が本物のエリオではなかったことを知った時。そうだ。あの時の様にまた自分は―――――



その瞬間、エリオは突然走り出してしまう。まるで受け入れたくない現実から、恐れから逃げ出すかのように。


「おい、エリオッ!どこに行くんだっ!?」


いきなりの事態に闘牙は驚きの声を上げるもそれを振り切るかのようにエリオは人混みの中に姿を消してしまう。その速さはとても六歳の少年とは思えないようなもの。ともかくこのままエリオを放っておくわけにはいかない。匂いでフェイトを探そうとしていたがそれは後回しだ。闘牙はそのままエリオの後を追って行く。だが人混みの中。小さな子供のエリオに比べて闘牙は思うように進むことができない。闘牙は焦りながらも何とかその後を追い続けるのだった……………



「ハアッ………ハアッ………!!」


エリオはただひたすらに走り続ける。どこに向かっているかの分からない。何故走っているのかも分からない。ただ逃げたかった。あの恐怖から、不安から。


『捨てられる』


その恐怖がエリオの脳裏を支配する。フェイトが闘牙に取られてしまえばきっと自分は捨てられてしまう。あの時の様に。両親に捨てられたあの時の様に。


そんなのは嫌だ。絶対に嫌だ。


そうなればあの日々が。あの地獄の日々に戻ってしまう。


偽物だと。実験動物だと扱われたあの日々に。


フェイトがそれから自分を救ってくれた。でもフェイトには自分よりも大事な存在が、闘牙がいる。


それがあればきっと自分はいらなくなってしまう。


どうすれば。どうすれば。どうすれば―――――



その瞬間、エリオはつまずきその場に倒れ込んでしまう。だがエリオはその場に倒れ込んだまま動こうとはしない。そして



「うう………うっ……うう……!!」


そのまま涙を流し、嗚咽を漏らしながら泣き出してしまう。そんなエリオの様子に気づいた通行人達がエリオに近づこうとする。

だがそれを拒むかのように光がエリオの周りに発生する。それは光ではない。それは電気。それがまるで全てを拒絶するかのようにエリオの周りを包み込み、その力を暴走させている。


「きゃあっ!」


悲鳴と共に通路の外灯のガラスが次々に割れ、はじけ飛んでいく。その光景に人々はその場から逃げ去っていく。その光景を見ながらエリオは絶望する。


やっぱりそうだ。自分はやっぱり一人なんだ。


こんな、こんな力のせいで自分は差別されてきた。実験の道具にされてきた。


それを助けてくれたフェイトももういない。きっと今の自分を見たらフェイトを悲しませてしまう。


でも、それでも自分の力を、感情を抑えることができない。


エリオの精神は既にフェイトに救われる前の頃に戻ってしまいつつあった。涙と共に電気が、いや雷が周囲を傷つけていく。だがそんな中一つの人影がエリオの前に姿を現す。



それは闘牙だった。





(これは…………)


闘牙は目の前の光景に目を奪われる。涙し蹲っているエリオの姿。それに加えてその周りに発生している電気。それは魔法。闘牙はエリオが恐らくフェイトと同じく電気の魔力変換資質を持っていることに気づく。どうやらその魔力が暴走してしまっているらしい。だがに周りに人の姿はない。既に避難してしまった後の様だ。


だがエリオは嗚咽を漏らし、泣きながらその力を振るっている。いや振るわざるを得ないのだろう。その魔力から深い悲しみが伝わってくるかのよう。恐らくは自分がここまでエリオを追い詰めてしまったのだろう。


それは間違いなく自分の責任。なら自分が何とかしなければ。何よりも。


『大人』として『やってはいけないこと』を目の前の少年、エリオに教えなければいけない。



闘牙はそのまま一歩一歩静かに地面に蹲っているエリオに向かって近づいていく。そのことにエリオは驚愕する。

何故こんな自分に近づいてこようとするのか。状況が見えていないのか。自分から無数の電気が、雷が荒れ狂っている。そんな中を闘牙は身じろぎ一つ見せず歩いてきている。



「く……来るな……」


エリオはそう声を漏らす。それは明確な拒絶。だがそれを聞きながらも闘牙はその歩みを止めようとはしない。その光景にエリオは戸惑うしかない。



「来るなって言ってるだろっ!!」


叫びと共に一際大きな電気が闘牙の横を掠めていく。それは恐れ。目の前の闘牙への。何よりも自分自身への。その意識は過去に戻りつつある。


とにかく悲しくて、自分の不幸を誰も分かってくれないと、そう絶望していたあの頃。


それを救ってくれたフェイトがいなくなってしまうかもしれない、取られてしまうかもしれない。


そんな想いがエリオの心を支配していく。


だが



「エリオ。」


その声と共に闘牙の手がエリオに向かって伸ばされる。その光景にエリオは驚きながらも



「さわるなああああっ!!」


悲鳴と共にエリオはその手に電気を纏わせながら闘牙の手を拒絶する。その瞬間、その電撃によって闘牙の手が襲われる。だがそれが収まった後にもその手はそこにあるまま。



そしてエリオは気づく。その手が自分の手を握っていることに。



「え……………?」


その光景にエリオはそんな声を漏らす。それは二つの驚き。


一つは先程の電撃を受けたのにもかかわらず闘牙の手が自分の手をまだ離さず握っていること。


二つ目はその光景。自分はこの光景を知っている。当たり前だ。忘れるわけがない。この光景は



「エリオ……フェイトに習わなかったのか?魔法は危ないものだってことを。」


フェイトが自分を救ってくれたときと同じもの。


そしてエリオはその言葉の意味に気づく。それは何度もフェイトが自分に教えてくれたこと。魔法の力は怖いものだということ。それを目の前の人、闘牙は自分に伝えて、叱ってくれている。その言葉が自分を想ってくれている物であることが伝わってくる。


そしてその手は電撃によって火傷を負ってしまっている。だが闘牙はそれが何でもないとばかりにその手を離そうとはしない。その温もりがあの日の記憶を呼び戻す。


それはフェイトが今と同じように自分の手を握りながら言っていた言葉。





『私もね、エリオとおんなじだったんだ………』


それは言葉。


『一番大好きだった人にいらない子だって言われて……失敗作だって言われて……寂しくて苦しくて死んじゃいそうだった………』


フェイトの闘牙への想い。


『でもね……言ってくれた人がいたんだ、私は私なんだって。その人が私を認めてくれたから私はここにいるの。』


そして



『だからエリオも忘れないで。私もエリオのことを想ってるってこと。そして悲しい気持ちで人を傷つけたりしないで。』


フェイトの自分への想い。



エリオは悟る。目の前の闘牙があの時フェイトが言っていた自分を認めてくれた人なのだということを―――――



その瞬間、エリオの体から発生していた電気がその力を失い、霧散していく。後には下に俯いた一人の子供の姿があるだけ。そして



「ごめん……なさい………」


エリオはそう絞り出すように言葉を口にする。だがその言葉は確かに闘牙の耳に届いた。闘牙はいつもの表情に戻りながら



「………よし、じゃあ仲直りだ。」


その手に力を入れエリオを立ち上がらせる。エリオはそんな闘牙の姿に面喰らいながらも慌てて立ち上がる。もっと怒られるかと思っていたのだがそんなことはなかったらしい。


そしてエリオはそのまま握られた手に目を向ける。その手には火傷の痕がある。それはいつかのフェイトと同じもの。自分はまた同じ間違いをしてしまった。そのことにエリオは表情を暗くしてしまう。


「あの………」

「ああ、気にすんな。こんなもん唾つけときゃ治る。」


エリオの言葉を遮るように闘牙はそう告げる。実際このぐらいの傷は闘牙にとっては何でもない。明日には治り、痕も残らないだろう。だがやはり後ろめたいものがあるのかエリオはそのまま俯いてしまう。せっかく仲直りできたのにこれでは意味がない。闘牙は何とかできないものかとしばらく考えた後



「ほら、乗れエリオ。」


そう言いながらしゃがみ込みその背中をエリオに向ける。


「え?」


いきなりのことにエリオは目を丸くすることしかできない。そんなエリオを楽しそうに見ながら



「『母さん』を探さなきゃいけねえからな。早くしな。」



そうエリオに向かって告げる。エリオは気づく。その言葉の意味を。それは自分に向けられたもの。そして自分のフェイトへの想いを汲み取ってくれたものであることに。



「……うん!」


エリオは笑みを見せながらその背中へとしがみつく。同時にどこか懐かしい感覚をエリオは感じる。それはきっと――――



「じゃあちょっと飛ばすからな。しっかり捕まってろよ!」


そう言いながら闘牙は凄まじい速度で街の中を駆け抜けていく。本当なら避けるべき行為なのだがまあいいだろう。背中に乗っているエリオもその光景に喜び目を奪われている。何よりもこれは闘牙にとっても懐かしい光景。

六年前、なのはとユーノを背負って走りまわっていたあの頃。あれからもうこれだけの月日が経っている。きっとエリオもすぐに大きくなっていくのだろう。だがそれを見守って行くのが自分たちの役目。闘牙はそんな柄にもないことを考えながらもフェイトの匂いを追って行くのだった………





「大丈夫だって……闘牙が一緒なんだろう?」

「で……でも………」


アルフの言葉を聞きながらもフェイトはまだ心配なのかおろおろしている。今、アルフはフェイトからの連絡を受けて一緒に二人を探しているところだった。闘牙に念話が通じれば話は早かったのだが仕方ない。アルフも一緒になって探しているのだがやはりこの人混みの中。簡単には見つけることができない。もっともアルフは全く心配はしていなかったのだが。

そしてフェイト達が再びその場から動こうとしたその時、その目に見慣れた二人の姿が見える。そこにはエリオを肩車した闘牙の姿があった。



「トーガ、エリオ!!」

「ほら、あたしの言ったとおりだっただろ?」


フェイトとアルフはそのまま二人の元に近づいていく。だがフェイトは驚きを隠せない。それは二人の様子。それは自分がさっきまで一緒にいた時とはまるで違うもの。そして



「ほら、『母さん』が心配してるぞ。早く行ってやれ。」


そう言いながら闘牙は肩車していたエリオを地面に下ろす。フェイトはそんな闘牙の言葉に驚きながら動きを止めてしまう。聞き間違いだろうか。何か凄いことを闘牙が言ったような気がする。



「ト……トーガ……今、何て言ったの……?」


フェイトはどこか慌てながらそう闘牙に尋ねてくる。そんなフェイトの姿に闘牙とエリオは呆気にとられてしまう。そんな三人の姿をアルフはどこか満足そうに見つめている。事情を悟った闘牙は



「………さあな、それは男同士の秘密だ。な、エリオ?」


そう楽しそうにエリオに向かって告げる。


「うん!」


エリオはそんな闘牙の言葉に笑みを見せながら頷く。事情が分からないフェイトは困惑し、狼狽しているがアルフの介入もあり何とか落ち着きを取り戻す。そして三人に新たな一人を加えて闘牙たちは再び街へとその足を向けていく。



そしてエリオの両手には闘牙とフェイトの手が握られている。




それはまるで親子の様な光景だった――――――



[28454] 第55話 「過去」
Name: 闘牙王◆53d8d844 ID:e8e89e5e
Date: 2011/11/11 09:40
日も暮れ、辺りも暗さを増し深夜へと街がその姿を変えようとしている頃、一人の青年が機動六課の隊舎に向かって歩みを向けていた。それはユーノ・スクライア。

ユーノは無限書庫の仕事を終わらせた後、ある用事でここ六課を尋ねようとしていた。といってもその用事は個人的なもので闘牙へのもの。だがそれは特に珍しいことではない。闘牙が見つかり、六課の所属となってからはユーノは何度か闘牙へ会いに来ている。言うならばいつも通り、慣れたことのはず。

だが今のユーノはどこか落ち着きのない様子を見せている。それは知らない人が見れば何違和感も気づかない程度の物。だがユーノは内心の動揺を隠しながら六課の隊舎へと訪れる。もう定時も過ぎ、時間も遅くなっている。恐らく皆既に帰宅してしまっている時間だろうが闘牙はこの隊舎に寝泊まりしているため問題ない。むしろだからこそこの時間にユーノは闘牙に会いに来ていたのだが。そしてそのまま受付を済ませた後、静かに、それでも素早くユーノは闘牙の部屋へと向かって行く。そしてついにその部屋の前まで辿り着いたその時


「あれ、ユーノ君?」


そんな聞き慣れた声がユーノの背中から響き渡る。その瞬間、ユーノの体が震える。それはまるで何かの条件反射の様。それを何とか抑え込みながらユーノは声の主に向けて振り返る。そこには自らの恋人。高町なのはの姿があった。


「なっ……なのは、久しぶり。まだ仕事、終わってなかったんだ?」


ユーノは何とか動揺を抑えながらそうなのはに話しかける。まさかこんな時間までなのはが残っているとは思っていなかった。そして今、もっとも会いたくない人物に出会ってしまったことにユーノは内心焦りを感じていた。


「うん、ちょっと終わらせたい仕事があって……ユーノ君こそどうしたの、闘牙君に用事?」


そんなユーノの姿を見ながらもそうなのはは問いかける。こんな時間、しかも闘牙がいる部屋の近く。なら闘牙に会いに来たのだろうとなのはは気づく。だがそれならば何故そんなに慌てているんだろう。それはユーノと長い付き合いのなのはだからこそ気づける程の物であったがなのはにはユーノが間違いなく何かに焦っていることが分かる。だがそれが何なのかまでは分からなかった。


「うん、ちょっと闘牙に用があってね。」


ユーノはそう答えながらも闘牙の部屋へと足を向けようとする。なのはには悪いがこのまま行かせてもらおう。そしてそのままユーノはその場を後にしようとするが


「あ、でもユーノ君、闘牙君なら今出かけてるよ。確か今日は遅くなるって。」


なのはの言葉によってそれは遮られてしまう。その言葉にユーノは驚き、戸惑ってしまう。これまで闘牙は六課の隊舎から出ることはほとんどなかった。そのため今日もここにいるだろうと思っていたのだが失敗だった。できる限り出歩かないようにしていた闘牙が出かけるのだから何か大事な用事なのだろう。ならば仕方ない。今回は出直すことにしよう。


「そうなんだ。じゃあまた今度出直してくることにするよ。」


ユーノは苦笑いしながらその場を後にしようとする。そんなユーノの姿を不思議に思いながらなのはは見つめ続けている。そして気づく。その手に何かの袋が握られていることに。


「あ、ユーノ君、もしかしてそれを闘牙君に届けに来たの?」


そのことに思い至ったなのははそう口にする。確かフェイトと買い物に出かけるよりも前に闘牙がユーノに買い物を頼もうかと話しているのを聞いたことがある。それを今日持ってきたのだろうことになのはは気づく。


「そ、そうなんだ。でも今日は出かけてるみたいだからまた今度持ってくるよ。」


ユーノはそう言いながら足早にその場を後にしようとする。それは最も気づかれたくないことに気づかれてしまったための行動。ならば一刻も早くこの場を離れなければ。そうユーノは判断する。だが


「え、いいよ。私が明日、闘牙君に渡しておいてあげる。」


なのははそう言いながらユーノの持つ荷物に向かって手を伸ばそうとする。それはなのはの厚意。ユーノは無限書庫の仕事で忙しいはず。そのため今日もこんな遅くに闘牙に会いに来たのだろう。なら明日出勤する時に自分が渡してあげればいい。そう考えてのもの。しかし


「だ……大丈夫だよ。また今度会いに来る時に持ってくるから。」


ユーノはそんななのはの提案をどこか焦りながら断ってしまう。だがそれは失敗だった。そんなユーノの姿になのははどこか疑念を抱いてしまう。何故荷物を渡すだけでそんなに焦ったり、断ったりする必要があるのだろうか。


「遠慮しなくてもいいよ、ユーノ君。私、明日も仕事だからその方が早く渡せるし。」


そう言いながらなのはは少し強引にその荷物に向かって手を伸ばそうとする。それはユーノのことを思っての物でもあったが、その中身に興味がわいたからでもあった。だがそんななのはの行動に慌てながらユーノは荷物を持つ手に力を入れながら距離を取ろうとする。しかし、いきなりのことで力加減を間違えてしまったユーノはそのまま荷物をその場に落としてしまう。



その瞬間、二人の時間が止まる。



そこには男が女性に見られたくない本が散らばった光景が広がっていた。





「ち……違うんだ、なのは!こ、これは闘牙に頼まれてたもので……その……」


声にならない悲鳴を上げた後ユーノはそうしどろもどろになりながら弁明する。それがこんな時間にユーノが闘牙を訪れていた理由。闘牙に頼まれていた買い物の内容だった。本当なら断りたかったのだが闘牙も自分以外に頼む相手がいなかったであろうこともあり仕方なく承諾した。だがまさかこんな、しかもなのはに、思いつく限りで最悪の状況にユーノは焦り、狼狽することしかできない。


なのはは一瞬、フリーズしてしまっていたのだがすぐに我を取り戻し顔を真っ赤にしてしまう。そしてすぐにそれがユーノが妙にそわそわしておいた理由であることに気づく。だが自分も十五歳。男の人がそう言う物を持っていることも知っている。きっと闘牙もそれを自分たちに頼むわけにもいかずユーノに頼んだのだろう。そう言った意味ではユーノも被害者だろう。そう思いながらその視線はその本たちに向けられる。これまでなのはもそういう本はあまり目にしたことがなかったからだ。そして気づく。

それはその内容。それらは胸が大きい、巨乳の女性ばかりのもの。恐らくはそういうジャンルのものを買って来たのだろう。そして悟る。

それらはユーノが選んできたものであることに。

それは女の直感。そしてそれは当たっていた。当然ユーノは闘牙から頼まれた時にどんなものを買ってくればいいかを尋ねた。だが『それはお前に任せる』とだけしか闘牙は言わなかった。それは闘牙の冗談半分のからかい。だがユーノはそれを真に受け、本当に自分の判断でそれらを買ってきてしまった。そしてそのジャンルが致命的だった。

なのはは自分の胸に密かにコンプレックスを感じていた。それは自分の周りの親友たちと比べての物。もっとも十五歳と言うことを考えれば気にするほどのことではなかったのだが。しかしなのははそのままどこか不機嫌なオーラを発しながら




「ユーノ君………ちょっとお話しようか……?」


そうユーノに告げる。それは死刑宣告。その瞬間、ユーノの顔は絶望に染まる。そのままユーノはなのはに引っ張られながら連れ去られていく。それはある意味で二人の関係を如実に物語っているもの。


ユーノは心の中で闘牙を恨みながらそのままなのはの説教をうけることになってしまうのだった………………





「ん?」

「闘牙、どうかしたのか?」


いきなりどこか変な声を上げた闘牙に向けて闘牙の隣の席に座っている青年が声をかける。それはクロノ。今、闘牙はクロノに誘われ、ミッドのバーに訪れていた。六課の所属になってから随分たつがクロノは特に忙しく今日やっと四年ぶりの再会を果たすことができたところだった。


「いや、誰かに呼ばれた気がしてな……」


そう言いながらも闘牙は再び目の前のカウンターに置いてある飲み物に口を着ける。誰かの断末魔が聞こえたような気がしたがきっと気のせいだろう。そんないつもと変わらない闘牙の姿をどこか懐かしそうに眺めながらクロノも自分のグラスに手を伸ばし、酒を口にしていく。それはどこか様になっている。クロノも今年で二十歳。そのため酒を嗜める場所へ闘牙を誘ったのだった。だが


「そういえば君は酒が飲めないのか?」


クロノはそう気づいたように闘牙へと尋ねる。闘牙が手にしている物はアルコールが含まれていない物。見た目とは裏腹に飲めない体質なのだろうか。


「いや、そう言うわけじゃねえんだが、酒にはちょっとトラウマがあってな…………」

「そ、そうか……」


闘牙はそうどこか昔を思い出すような顔を見せながら呟く。その顔は何か悲壮感を漂わせるもの。どうやらそれには触れない方が良さそうだと感じ、クロノはその話題をそこで終わらせる。そしてそんな雰囲気を変えようと闘牙がクロノに話しかけていく。


「どうやら仕事が忙しいらしいじゃねえか、『艦長』?」

「よしてくれ……君にまでそう呼ばれると調子が狂う。」


闘牙の冗談にクロノはそうどこか呆れながら答える。今、クロノはリンディの後を継ぎアースラの艦長に就任している。やはり艦長と言う仕事はその責任と責務から多忙を極めるらしい。間違っても自分にはそんな仕事は出来そうもない。四年前から既に優秀だったクロノだが今はそれをさらに上回っているらしいことを闘牙はフェイト達から耳にしていた。


「そう言うなって。それにもうすぐエイミィと結婚するんだろ?」

「っ!?」


そんなクロノに闘牙はさらにそう追い打ちをかける。その瞬間、クロノは飲んでいた酒をむせ込んでしまう。その姿に闘牙はやはりクロノは自分の知っているクロノであることこを感じ取り笑みを浮かべる。だがそれとは対照的にクロノはどこか呆れかえった顔で闘牙を見つめている。考えていることは恐らく自分と同じなのだろうと闘牙は確信する。


「全く……変わっていなようで安心したよ……。ユーノから聞いたのか?」

「ああ。でも思ったより早かったんだな。」

「まあ……色々あってな……」


どこか恥ずかしそうにしながらクロノはそう答えていく。どうやら身を固める決心をしたらしい。もっとも闘牙から見ていても四年前からすでに夫婦の様な関係だったような気がするが。しかし自分よりも三つ年下のクロノが結婚することにはやはりどこか驚きがある。だが確かに年齢から言えばそうなってもおかしくはない。加えてここはミッドチルダ。地球に比べれば就業年齢は低いため結婚も早いのかもしれない。


「そうか、でもよかったぜ。おめでとう。」

「ありがとう………だが次は君の番かもしれないな。」


闘牙の言葉を受け取りながらもそうクロノは切り返す。それは先程までの意趣返し。だが


「そうだな。その時は宜しく頼むぜ。」


そう闘牙はまるで待っていたかのように答える。その姿に逆にクロノの方が面喰らってしまう。それは間違いなくそう言えば闘牙も狼狽するだろうと考えていたから。


「……冗談だ。散々同じことを言われてきたからな。もうその手は食わねえよ。」


そんなクロノの反応に満足したのか闘牙はそうネタばらしをする。会う人会う人に同じことを言われてきた闘牙はそれをやり返す機会をずっと狙っていたのだった。


「そうか、はやて達にも言われていたのか。もう少し早く会えればよかったんだが。」

「残念だったな。」


闘牙とクロノはそう言い合いながら笑い合う。そこにはまるで久しぶりに会った友人様な空気がある。それはユーノとはまた違った関係。まるでかつての弥勒との関係のよう。それが今の闘牙とクロノの関係だった。


「冗談は置いといて、本当に進展はないのか?」

「………ああ、いろいろ考えてはいるんだけどな………」


クロノはそうどこか真剣さを見せながら闘牙に尋ねる。それはフェイトの兄としてのクロノの姿。二人の関係については理解しているからこそクロノはそれを心配していた。だがどこか考え込む闘牙の姿にクロノはそれ以上何も言えなくなってしまう。


闘牙は今、自分の感情に、気持ちに戸惑っていた。自分のフェイトへの想い。それは日に日に大きくなっていく。それは間違いない。だがそれが親愛なのか、それとも恋愛感情なのか。小さい頃からフェイトを見てきた闘牙にはそれがはっきりと分からない。だがフェイトの自分への想いが恋愛感情であるのはもはや疑いようがない。先日の買い物の時の姿からそれは明らか。だがそれでもそれに答えることができない。


それは自分の中にあるかごめへの想い。それは今も変わらずこの胸にある。そしてそれがなくなることはないだろう。かごめへの後ろめたさ。それが無いと言えば嘘になる。だが自分は六年前のあの時、フェイトに救ってもらったあの時にかごめの死を受け入れた。ならその先に進まなければいけない。きっとかごめをそれを望むだろう。


だがそれでもそれができない。こんな想いを残したままフェイトの気持ちに答えるわけにはいかない。それはきっとフェイトを傷つけるだけ。そんなことはしたくない。


そして何よりも自分に幸せになる資格があるのか。そしてそれをまた失ってしまうのではないか。その恐怖が一番の理由。


かごめを失ってしまったあの日の様なことが再び自分に起こってしまうのではないか。そんな恐怖を、不安を抱かずにはいられない。


それは自分の弱さ。妖怪化を制御し、そしてこの四年間でさらに強さを身につけてもそれを振り払うことはできていなかった。


そんな闘牙の姿にクロノは悟る。闘牙が真剣にフェイトのことを思っていてくれていることを。それでも尚まだ答えが出せないでいることに。



「そんな気に負うことはない……男女の仲なんてのはなるようにしかならないさ。」


クロノはそうどこか明るく闘牙に告げる。だがその言葉にはとてつもない重みが感じられる。



「お前が言うと説得力があるな………」


闘牙はそうどこか呆れながらそう言葉を漏らす。それはある意味人生の先を行っているクロノだからこそ言える言葉。ならきっとその通りなのだろう。焦っても仕方がない。自分は自分なりに答えを探すしかない。そう悟った闘牙はいつもの雰囲気を取り戻す。そのことに安堵しながらもクロノはさらに話を闘牙へと振っていく。


二人の青年はそのまま四年ぶりの再会を喜び合うのだった……………





ユーノがなのはに『お話』をされている時とほぼ同じ頃、フェイトは六課の廊下を歩いていた。それはなのはの仕事が終わるのを待っていたから。そして今、なのはに飲み物を買って持って行こうとしているところ。だがある部屋から何やら騒がしい声が聞こえてくる。こんな時間に自分たち以外にも残っている人がいたのだろうか。フェイトはそう思いながらもその声がしている部屋に近づく。すると中から少女と老人のような声が聞こえてくる。それによりその正体に気づいたフェイトは部屋をノックした後、その部屋に入っていく。そこには



騒がしくいつものように言い合いをしているアギトと鞘の姿があった。



「二人ともまた喧嘩してるの?」


フェイトはそう苦笑いしながら二人話しかける。フェイトにとってはこれは見慣れた光景らしい。だがそんなフェイトに気づきながらもアギトはまだ声を荒げている。喧嘩と言ってもほとんどアギトが一方的に話しかけているのを鞘がのらりくらりかわしていると言った方が正しいかもしれない。


「しょうがねえだろフェイト、また鞘のじいさんが頼りないことばっか言うんだから!」

『しょうがないじゃろ、わしももう歳なんじゃから………』

そんな二人の姿にフェイトは呆れながらもどこか楽しそうな笑みを浮かべる。それはアギトの態度。最初六課に来た頃はまるで子供の様に闘牙から離れようとしなかったアギトだったが最近はそれにも慣れたのかよく六課の中を飛び回っているのを目にするようになった。また六課のメンバーも名前で呼ぶようになりその関係も良好。もっともリインだけはまだ例外だったが。

だがもう夜遅いこと、いつもなら闘牙が場を収めるのだが闘牙はクロノと会いに行っているためこの場にはいない。フェイトは仕方なく闘牙に代わりその場を収めることにするのだった………



「お爺さん、まだ叢雲牙は力を取り戻してないんだよね?」


フェイトはそう落ち着きを取り戻した鞘に向かって尋ねる。それは鞘とこうして面を向かって話す機会があまりなかったから。事情については闘牙やはやてからおおよそ聞き及んでいるがやはり直接聞いてみたいこともあったのがその理由だった。


『ああ、間違いない。もし力を取り戻したんならすぐに分かるわい。』


フェイトの言葉に鞘はそう確信を持って答える。今の力を失った状態では近づかなければその気配を感じることはできないがもしかつての力を取り戻したのなら間違いなくそれを感じ取ることができる。それがないということはまだ叢雲牙が力を取り戻していない証だった。それに叢雲牙がその力を取り戻すには数十年はかかることからもそれは間違いない。


「そうなんだ……でもそんな刀を犬夜叉のお父さんは持ってたんだよね。どうして大丈夫だったの?」


フェイトはそうかねてからの疑問を口にする。叢雲牙が恐ろしい力を持った存在であることは闘牙の話から理解できていた。だがそんな刀を持つことができた犬夜叉の父親、そして持つことができたであろう犬夜叉の兄、殺生丸のことをフェイトは気にしていたのだった。


『御館様は西国を支配する大妖怪じゃったからな。叢雲牙も御館様には従うしかなかったんじゃ。』

「そうなんだ……やっぱり犬夜叉のお父さんは今のトーガよりも強かったの?」

『当たり前じゃ。闘牙も確かに強いが御館様と竜骨精の力は桁違いじゃったからな……』


そうどこか懐かしさを感じるように鞘は答える。闘牙の本気の姿を鞘は何度か見せてもらったことがある。その強さは凄まじくそれは恐らく自分が知っている殺生丸、瑪瑙丸の強さを上回るであろうもの。

だがそれでも犬夜叉の父や竜骨精には及ばない。もっとも今の力だけでも十分すぎるほどの物ではある。例え叢雲牙が復活したとしても易々と後れをとることはないだろう。


「そうなんだ………」


その話を聞いたフェイトはどこか安堵の声を漏らす。もし叢雲牙が復活すればどうなるのか。フェイト個人としても、執務官としてもその最悪のケースを考えずにはいられなかったがそうなったとしても手が無いわけではないらしい。もちろん復活を阻止することが自分たちの役目なのだが。


そして同時にやはり驚きは隠しきれない。フェイトも闘牙の記憶の中で竜骨精と覚醒し、大妖怪へと至った殺生丸の力は目にしていたがその力、強さは自分が理解できるものではなかった。四年間の間で強くなった闘牙でもやはりそれには及ばないらしい。もしあの殺生丸と言う人が生きていれば自分たちに力を貸してくれただろうか。そんなことを考えながらもフェイトは再び鞘に目を向ける。その姿に鞘もアギトもどこか気圧されてしまう。

それはこれから聞くことが一番フェイトが聞きたかったことに他ならなかったから。フェイトは一度大きく深呼吸してから



「お爺さん……叢雲牙と天生牙なら……本当に死んだ人を蘇らせることができるの………?」


そう静かに鞘へと問いかける。それはその二つの刀の力を初めて聞いた時からのフェイトの疑問。そして闘牙には聞くことができなかった問いだった。



『ああ……じゃが叢雲牙の場合は天生牙と違って死者を亡者としてこの世に呼び戻すだけじゃから話は別じゃ。』


鞘はそんなフェイトの心境を知ってか知らずかそう事実だけを述べる。だがその言葉にフェイトはどこか考え込むような姿を見せる。それに気づいた鞘は



『なんじゃ、お前さんにも誰か生き返らせたい人がおるのか?』


そう確信をついた問いを投げかける。その言葉にフェイトは驚き、そして俯いてしまう。その脳裏には一人の女性の姿がある。自分が愛していた、幸せになってほしかった人。フェイトは自分の胸が締め付けられるような感覚に襲われる。きっと、闘牙は自分がこうなってしまうことを知っていたから天生牙のことも叢雲牙のことも話してくれなかったのだろう。


そう悟りながらもフェイトはそのまま黙りこみ、俯いたまま。だが



「と、とにかく、早いとこその叢雲牙をやっつけちまえばいいんだろ!?兄貴と鞘のじいさん、それにあたしだっているんだ、そんなの簡単さ!!」


そんな暗い雰囲気を消し飛ばすかのようにアギトがそう大声を上げた後、騒ぎだす。それによってフェイトと鞘の雰囲気もいつもの物に戻って行く。



「そうだね、宜しくね、アギト。」

「任せろって!」


それがアギトなりの自分への気遣いであることに気づいたフェイトは微笑みながらアギトにそう声をかける。アギトも恥ずかしそうにしながらもそれに答える。


そうだ。きっと大丈夫。過去は変えられない。でも私は今を生きている。今の自分には多くの仲間が友達が、家族がいる。




だがそれでもフェイトは心のどこかに不安を感じずにはいられなかった………………






「ふう………」


大きな溜息をつきながらもはやては自分のデスクの上の資料に目を向ける。そこには様々な情報、報告書がある。それらの処理、デスクワークが今のはやての主な仕事。本来なら隊長としてなのはたちと共に戦いたいが機動六課の隊長としてはこういったところもおろそかにするわけにはいかない。それに加え先の戦闘で分かった事実がはやての頭を悩ませていた。


それは恐らくスカリエッティが管理局内部と通じているであろうこと。


その疑念は前からあった。これまで何度も追われていながらまだ捕まっていないと言うこと。何よりも一度もスカリエッティがミッドを襲っていないこと。それがはやてにはどうしても気にかかっていた。


そして先日の戦闘機人の襲撃でその疑念は確信に変わった。はやてはそのダミー情報を管理局内部のみに流していた。襲撃後にはそれに気づかれないように偽装も施したため相手にはそれには気づいていないだろう。つまりスカリエッティ達は管理局内部に協力者が存在しているということ。そう考えれば様々なことに説明がつく。


だがそれは今まで以上に厄介なことになる。それはつまり内側の見えない敵とも戦わなければならないということ。残念ながら今の自分にはそんな力はない。悔しいが自分たちの後ろ盾の方たちの力を借りなければいけないだろう。


それでも自分は機動六課の隊長。ならばそれをやり遂げなければならない。部下たちに弱みを見せるわけには、不安を与えるわけにはない。そう思い、振る舞ってきたつもりだ。だがなのは達にはもうそれはばれてしまっているのだろう。だがそれでも自分は進んでいくしかない。



これは私の夢の第一歩。ロストロギアによる犠牲者、不幸になる人を一人でも少なくすると言う私の夢、誓い。


はやてはそのまま自らの手にある剣十字のデバイスに目をやる。


それは絆。


自分とその大切な家族との。


あの時の誓いを守るために自分はここまで進んできた。それを見守ってくれているあの子のためにも自分はあきらめるわけにはいかない。




(だから見ててや………リインフォース……………)



その手に力を込めながらはやてはそう今は亡き家族に想いを馳せる。それはまるで何かに祈りを捧げているかのよう。







皆がそれぞれの想いを胸に抱きながら、全ての過去と運命が交錯するその時が刻一刻と近づこうとしていた――――――



[28454] 第56話 「遺産」
Name: 闘牙王◆53d8d844 ID:e8e89e5e
Date: 2011/11/13 04:44
どこか高級感が漂う大きなロビーの中に多くの人が集まり賑やかな雰囲気が溢れている。そしてそこにいる人々は一般人ではないことがその服装、姿から伺える。恐らくは皆、上流階級に属するであろう人々。そんな人々で賑わっている場所に二人の青年の姿がある。

それは闘牙とユーノ。だがその姿はいつもとは大きく違っている。二人ともその場に合わせるようにスーツを身に纏っている。だがユーノはともかく闘牙はどこか不機嫌そうな表情を見せていた。


「やっぱりこういう服は性に合わねえな………」

「はは。確かに闘牙には似合わないかもしれないね。」


闘牙の愚痴にユーノは笑いながら答えるしかない。今、闘牙達機動六課はここホテル・アグスタで行われる骨董美術品オークションの警備を行うために訪れていた。だがただのオークションであれば六課の警備が必要になることはない。ここで行われるオークションには危険性のない取引許可の出ているロストロギアも出品されているのがその理由。そのロストロギアの反応を感知したガジェットがここを襲撃してくる可能性があったため六課にその任務が任されたのだった。


そしてユーノは六課とは別の理由でここに訪れていた。それはユーノが考古学者としてこのオークションに協力していたから。そのためユーノもこの場にゲストとして招待されていたのだった。流石にこの場でいつもの服装をするわけにもいかず、しぶしぶ闘牙もスーツを身につけたのだがやはり違和感は拭えない。加えて銀髪の髪であるため余計に目立ち、さらにその頭には犬の耳があるためどうしても皆の視線を集めてしまう。いくら使い魔が一般的な存在だとしてもこんな場にいればどうしても目立ってしまう。アルフ達の様に耳を隠すことができれば問題はないのだがそんな器用なことはできない。人間の姿になることも考えたが前回の二の舞になることは目に見えており、一応今回は可能性が少ないとはいえ警護の任務。それに支障も出かねないため闘牙は仕方なく現状を維持しているのだった。


「お前は随分慣れた感じだな。やっぱり着る機会も多いのか?」

「うん、どうしても正装しないといけない場所に行くことも多くなるから……」


感心するように話しかけてくる闘牙にどこか恥ずかしそうにしながらもそうユーノは答える。無限書庫の司書としてもそうだが特に考古学者としては研究の発表の場などに訪れる機会も多いためユーノはこういう場にはすっかり慣れてしまっていた。それはどこか大人の貫録を感じさせるもの。それに比べて闘牙はどうしてもこういう場には慣れておらずどこか落ち着きがない。これではどちらが年上か分かったものではない。闘牙はそんな成長しているユーノの姿を見ながら考える。


どうやらユーノも今の自分の仕事を楽しんでいるらしい。そういう意味では自分よりも遥かに大人、社会人だ。自分も今は機動六課の外部協力者として働いてはいるがそれはある意味状況によるもの。クロノやユーノとは違う。かつては自分も自分の進むべき道を選び、進もうとしていた。そのために高町家のみんなにも協力をしてもらっていた。だが自分は今の道を選ばざるを得なかった。それが間違いだとは思わないがそれでやはり後悔と申し訳なさがある。もし全てが終わったらもう一度一からそれを目指してみよう。そんなことを考えていると


「お待たせ、闘牙君。」

「二人とも早いな。やっぱり男の子は着替えも早いんやね。」


そんな聞き慣れた声が二人に向かって響き渡る。二人が振り返ったその先にはドレスを身に纏ったなのはとはやての姿があった。一緒にこの会場に到着したのだがやはり闘牙達とは違っていろいろと用意に時間がかかったらしい。

そして闘牙はそのまま二人の姿に思わず目を奪われてしまう。ドレスに加えていつもはほとんどしていない化粧をしていることで二人ともいつも以上に女性らしさが際立っている。仕事場では隊士服しか目にしない闘牙にとってはそれはとても新鮮なもの。そしてそれは隣にいるユーノも同じだった。


「どうかな、ユーノ君?」

「う、うん。綺麗だよ、なのは。」


少し恥ずかしそうにしながらも感想を尋ねてくるなのはにユーノも同じように恥ずかしがりながらもそう賛辞を贈る。それは嘘偽りないユーノの本音。それを感じ取ったなのはは微笑みながらユーノと会話を楽しんでいる。それはまさしく恋人同士の姿。これまで闘牙は二人のそんな姿をほとんど見たことが無かったため少し驚きながらその光景を眺めている。これまであまり実感していなかったのだがなのはとユーノが本当に恋人同士になっていることを闘牙は確信する。そんな中


「闘牙君、私を見て何か言うことはないん?」


闘牙の視線に割って入るようにそうどこか楽しそうにはやてがその姿を見せつけてくる。それはまるで何かのプレゼントを待っている子供の様。はやてが何を言っているのかすぐ理解した闘牙は


「ああ、見違えたぜ。上手く化けたもんだな。」


そうどこかからかいながらはやての言葉に答える。それは正直に褒めるのがどこか恥ずかしかったからでもある。


「あはは。称賛として受け取っとくわ。」


それを感じ取ったはやても楽しそうに応じる。どうやら闘牙の感想が満更ではなかったらしい。軽口、冗談を言い合える友人同士。それが今の闘牙とはやての関係だった。そして闘牙はふと気づく。そう言えばもう一人の姿が見当たらない。確かなのはたちと一緒に着る予定だったはず。そう思いながら闘牙が辺りを見渡すと一人の少女の姿が目に写る。


それはフェイト。だがその様子がどこかおかしい。まるで小動物のようにロビーの柱に隠れてしまっている。どうやらドレス姿を見られることを恥ずかしがっているらしい。だがいつまでもそうしているわけにはいかないと観念したのかフェイトはおずおずと闘牙たちの元にと近づいてくる。その姿に闘牙は思わず見とれてしまう。

それはまさしく美女と言ってもおかしくないもの。フェイトが美人であることは闘牙も分かっていたが服装一つでこうも印象が変わるとは全く思っていなかった。


「ど……どうかな、トーガ?」


フェイトはそんな闘牙の視線を感じながらも恥ずかしそうに尋ねてくる。だが闘牙はしばらくその姿に見惚れてしまっていたためそれに答えることができない。だがすぐに我を取り戻しながら


「あ、ああ。似合ってるぜ、フェイト。」


何とかフェイトの問いかけに答える。だがその動揺は隠し切れておらず、それを感じ取ったフェイトはますます顔を赤くしてしまう。それは闘牙の言葉が本当であることを悟ったから。二人はそのまま気恥ずかしいのか黙りこんでしまう。それを見かねたのか


「……なんや私の時とは随分反応が違うな、闘牙君?」


はやてがそうどこか不満げに愚痴を漏らす。その言葉で二人は我を取り戻し、慌てながらも落ち着きを取り戻そうとする。だがやはりどこか戸惑いがあるようだ。いつの間にかこちらに戻ってきていたなのはとユーノもそんな二人の姿をどこか微笑みながら見守っている。


「まあそれは置いといて……今日は一応警護の任務やから気は抜かんといてな。」


はやては一度咳ばらいをした後そう二人に釘を刺す。今回のオークションで扱われるロストロギアは全て危険性が無いものであることは確認が取れているため戦闘機人が襲撃してくる可能性は低いだろう。だがそれでもガジェットがその反応を感知して襲ってこないとも限らない。施設外の警護に関しては現在シグナムとヴィータが、そして探知にはシャマルが付いている。もしガジェットが襲って来たとしても問題はない。

だがこのオークションに来ている多くはかなりの有識者達。万が一のことがあってはいけないということで六課全員での任務となっている。アギトと鞘は今ザフィーラが警護しているため問題ない。何よりも今、六課、いやはやてはまだ動くことができないでいた。

先日の戦闘以降、まだ一度も戦闘機人との接触は起きていない。そしてその後ろにある管理局内部の協力者についても調査中。そのためはやてはまだ攻めるための準備を進めている最中だった。


「分かってるさ、足を引っ張ったりしねえ。」

「わ、私も大丈夫だよ、はやて。」


はやての言葉でやっと落ち着きを取り戻した闘牙は真剣さをみせながら答える。それに慌てながらもフェイトも続く。フェイトの姿には少し不安を感じてしまうがなのはやユーノもいる。ならば問題ないだろうとはやては判断する。


「分かった。私は施設内の見回りをするからなのはちゃん達はオークション会場の方をお願い。何かあったら連絡してな。」

「うん、はやてちゃんも気をつけてね。」


なのは達にそう告げた後、はやてはそのまま姿を消してしまう。セキュリティについてはかなりの物だがそれでも万が一もある。そう判断してのもの。そして闘牙たちはそのままオークションが行われる会場へとその足を向けるのだった……………





オークションが始まった時とほぼ同じ頃、施設の外で辺りを警戒しながら見回りをしている二人の姿がある。それは隊士服を着たヴィータとシグナム。二人ははやてから施設外の警戒と警護を任され、それを行っている最中だった。だが今のところ異常は見られない。二人は一旦、その場に足を止め施設へと目を向ける。どうやらオークションは無事開催されたらしい。



「そういえば……こんな風に全員で同じ任務に就くのって久しぶりなんだよな。」


そんな中、気づいたようにヴィータが言葉を漏らす。六課が設立してから随分たつが同じ現場で全員が任務に就くのは今回が初めてだった。


「そう言えばそうか……闘牙を含めれば四年ぶりになるな。」


ヴィータの言葉を聞きながらシグナムはそうどこか感慨深げに呟く。自分もあの時が恐らく闘牙を含めたメンバーで行う最後の任務だと思っていたのだが様々な巡り合わせで再びその機会がやってきている。やはり奇縁と言うのはあるものだ。もっとも闘牙にとってはそれが喜ばしいことではないのは間違いないだろうが。


「そんなに経つのか……でもはやて達も大きくなったしな、当然か。」


四年と言う言葉に何か感じることがあったのか少し感慨深げにヴィータも呟く。自分達は歳をとらないため外見の変化はないが主であり家族であるはやての成長、友人であるなのは、フェイト、闘牙の姿を見ているとやはり時間の流れを感じる。自分たちがその流れに乗れないことに無念が無いと言えば嘘になるがこうして家族を得、共に暮らせることができる幸せがある。


それは自分たちがずっと心のどこかで望んでいた、そして空に還って行ったあいつの夢、願い。ならそれを守ることが自分の役目。しかし



「シグナム……やっぱはやては無理してるのかな……」


ヴィータはどこか顔を俯かせ、暗い顔を見せながらそう言葉を漏らす。それは六課が設立してからずっと抱いていたこと。間違いなくはやては無理をしている。いや、どこか生き急いでいるところがある。それは六年前からあったものだが最近はそれがさらに増しているのではないか。そんな不安がある。一緒に暮らしてきたヴィータだからこそ分かるものだった。


「ああ………恐らくその通りだろう……」


そんなヴィータの言葉にシグナムは静かに答える。シグナムもそのことには気づいていた。いや恐らくは自分達騎士だけでなくなのは達もそれには勘づいているに違いない。そしてそれは恐らくは自分たちの元から旅立って行った家族との誓いを、約束を守るための物。故に自分たちはそのことを口にすることができないでいた。

そして自分たちは力、強さは持っているがはやてが望む夢を叶えるためにはそれだけでは届かない。それは知識、経験、そして権力とでもいうべき力。それを手に入れるために我らが主は自らを鍛え、そしてあがいている。だが自分たちはその力を持つことができない。それを知っているからこそヴィータは悩んでいる。


だがそれは仕方ないこと。自分たちは万能ではない。一人の人間ができることはいつだって一つだけ。



「だが我々は騎士であり、家族だ。そして私たちができるのは主はやてを信じ、守ること……そうだろう?」


シグナムはそう確信を持ってヴィータに告げる。それが自分たちの揺るがない答え。六年前、最後の夜天の主、八神はやてに出会ったあの時から変わらず抱いてきた誓い。ならそれを信じ進んでいくしかない。それがこの六年間で得たシグナムの生きる意味だった。


「……わーってるよ。」


そんな自らの将であるシグナムの言葉に感じるところがあったのかヴィータはそのまま恥ずかしそうにそっぽを向いてしまう。月日が経っても変わらないヴィータの姿にシグナムが笑みを浮かべていると


『シグナム、ヴィータちゃん、今、ここから南西に離れた所から多数の未確認物体が接近中。恐らくガジェットよ。迎撃をお願い!』


探知を行っていたシャマルから二人に向かって緊急の念話が伝えられる。残念ながらこのまま平和な時間は続かなかったらしい。


「どうやらこの任務、気楽にいくものではなさそうだな。」

「上等だ!」


シャマルの言葉と共に二人は騎士甲冑をその身に纏う。それははやてが自分たちに送ってくれた物。自分たちは守護騎士ヴォルケンリッター。そして己が信じる武器を手にあらゆる害意を貫き敵を打ち砕くのがベルカの騎士。ならば為すべきことは一つだけ。


赤と紫の光。鉄槌の騎士ヴィータと剣の騎士シグナムはその決意を胸に空へと飛びたって行くのだった――――――





オークションが開幕され会場はそれにより賑やかさを増していく。多くの招待客達がその紹介されていく骨董美術品、ロストロギアに一喜一憂し競り合っている。闘牙はそんな自分の価値観、世界とはかけ離れた光景に呆気にとられるしかない。おそらくミッドだけではなく地球でも同じような世界はあるのだろう。だが間違っても自分はこんな世界には首を突っ込むことはできない。もし機会があったとしても自分の隣にいるユーノの協力は欠かせないはず。

ユーノはオークションの光景を興味深そうに、熱心に見つめ続けている。その姿は真剣そのもの。それは働く男の姿。とても話しかけられる雰囲気ではない。なのはもそんないつもとは違うユーノに驚きながらも感心したように見つめている。きっとなのはにとっても今のユーノの姿は見たことのないものなのだろう。そんなことを考えながら闘牙はオークション会場を見渡す。何度も見回りを行ったが特に問題はなかった。オークション側のセキュリティも厳しいものでありそれをかいくぐって侵入するのは難しいだろう。それに加え六課のメンバーの警護。本当の非常事態にでもならない限り自分の出番はないだろう。

そう考えながら闘牙は何の気のなしにオークションが行われている場所に目を向ける。どうやら今の品の競り落としが終わったらしい。そして新しい品が運ばれてくる。


だがそれを見た瞬間、闘牙の時間が止まる。


目は見開かれ息が止まる。闘牙の視線の先、そこには


一つの黒い真珠があった―――――




フェイトは会場の警備を行いながらも闘牙の姿に目を奪われていた。前の私服もそうだったがスーツと言う珍しい姿がその理由。闘牙自身は嫌がっているようだが十分似合っていると思う。そんなことを考えながらもフェイトはオークションの状況に目を向ける。

危険性はないとはいえロストロギア。ならばガジェットの襲撃があってもおかしくはない。だがシグナムとヴィータがいる以上心配はないだろう。そして次に運ばれてきたのは小さな黒い真珠だった。


(へえ……黒い真珠もあるんだ………)


フェイトはそう感心する。フェイトは真珠と言えば白いものと言う認識があったためそれに驚きを隠せない。だがそれはロストロギアの反応があり、またその出所、材質なども不明の曰くつきのものらしい。恐らくは管理外世界から違法に持ち出されてしまった物がここまで流れ着いたのだろう。

でも一体何のロストロギアなのだろうか。反応がある以上それが何らかの力を持っていることは間違いないがその力も使い方も分からないらしい。流石にそんな曰くつきの物には手が出づらいのか誰も落札に名乗りを上げず時間だけが流れていく。そんな中、突然自分の隣にいた闘牙が身を乗り出す。それはまるで何か信じられない物を見たかのような反応。



「ど……どうしたの、トーガ?」


そんな尋常ではない様子の闘牙にフェイトは慌てながら話しかける。だがその言葉は全く闘牙の耳に届いてはいなかった。その表情にフェイトは驚愕する。それはまるでいつかの闇の書との闘いの時の様。全く余裕がない、真剣そのもの。再会してから一度も見たことのない闘牙の姿だった。



(あれは………まさか………!?)


闘牙は驚愕に包まれていた。


自分の視線の先にある黒い真珠。


知っている。自分はそれを知っている。


それは『黒真珠』


それは妖怪の墓場につながっているもの。かつて自分はそれを使い犬夜叉の父の亡骸から鉄砕牙を手に入れた。


そしてそれはその時に消滅してしまった。間違いない。


だからこそあり得ない。もうこの世界に黒真珠があるはずがない。だがそれが本物であることが自分には分かる。そして感じ取る。その力が何なのか。


それは妖気。それが誰のものなのか自分には分かる。当たり前だ。それは自分が最も尊敬し、憧れていた人の物。



殺生丸の妖気だった。



そして闘牙は悟る。それが殺生丸が遺した黒真珠であることに。


それは殺生丸が闘牙へと遺したもの。


かつて犬夜叉の父は自らの形見である鉄砕牙を亡骸と共に黒真珠に封じ、犬夜叉へと遺した。


そしてそれと同じように殺生丸は闘牙へと天生牙を自らの亡骸と共に黒真珠に封じ遺していた。


それはかつて弥勒たちが闘牙へと鉄砕牙を遺したことと同じこと。


それは師から弟子への贈り物。


そのことに闘牙も気づく。


そして闘牙が我を取り戻し、動き出そうとしたその時



凄まじい衝撃が会場を襲う。それはまるで何かの砲撃を受けてしまったかのよう、その衝撃によって会場は大混乱に陥ってしまう。客たちが混乱し、入り乱れ逃げまどう。そんな混乱の最中、まるでそれを狙っていたかのような存在が姿を現す。


それはセイン。まるで床を通り抜けてきたかのような姿でセインは突如会場に姿を現した後その手を伸ばす。その先には黒真珠がある。そしてそれを手にした後、セインはすぐさまその場を離脱しようとする。


「なっ!?」


そんな光景にフェイト達は驚くものの動くことができない。それは仕方のないこと。突然の襲撃に加え、この混乱。それに乗じたセインの奇襲。例え分かっていたとしてもそれを防ぐことは至難の業だったろう。だがそれを覆す存在がここにはいた。セインの存在に気づいたのとほぼ同時にフェイト達の目の前を一つの人影が飛び出していく。


それは闘牙。その姿は既に戦闘態勢に入り、その手には鉄砕牙が握られている。そしてその動き、表情はいつもとは比べ物にならない程。まるで獣の様な反応で闘牙はセインへと向かって行く。その光景にフェイト達はもちろんセインも驚愕する。


それは闘牙が気づいたから。


スカリエッティが狙っていた物が黒真珠であったことに。恐らくはそこに封じられた天生牙を手に入れることが目的なのだろう。そう闘牙は見抜いた。だがそれだけではない。


もう一つの理由。それに至ったことが闘牙をこれほどまでに焦らせていた。


それは犬夜叉の記憶に中にあるかつての叢雲牙との戦い。


その時、叢雲牙は刹那猛丸という犬夜叉に深い因縁と恨みがある人間を蘇らせ、それを操っていた。確かに人間はどんな生き物よりも強い欲望と自我を持つ存在。だがそれだけでは叢雲牙の力を扱うことはできない。それは人間では叢雲牙の奥義である獄龍破を放つことができないから。それ故に叢雲牙はある手段をとる。それは失われた殺生丸の左腕を使うこと。それによって刹那猛丸は獄龍破を使うことができた。


そして今、叢雲牙は恐らくはスカリエッティを操っている。そして人間である以上スカリエッティは獄龍破を使うことができない。ならば叢雲牙はどうするか。考えるまでもない。



獄龍破をいや、叢雲牙を使うに最も相応しい『最高の体』を手に入れること。



それが叢雲牙が黒真珠を手に入れようとしている真の理由。





今、殺生丸の遺産、黒真珠を巡る『機動六課』と『戦闘機人』の最後の闘いの火蓋が切って落とされた―――――



[28454] 第57話 「因縁」
Name: 闘牙王◆53d8d844 ID:e8e89e5e
Date: 2011/11/25 12:31
オークション会場であるホテル・アグスタのから離れた上空で二つの人影が縦横無尽に飛び回っている。その姿には一片の迷いも見られない。その二つの人影、いや光はその力を持って無数の機械兵器、ガジェットに向かって疾走しその翼を奪って行く。


「はあっ!」


叫びと共に二つの光の内の一つ、ヴィータが自らのデバイスであるグラーフアイゼンを振りかぶり、目の前に作り出した鉄球たちをその力を持って次々に打ち出していく。その鉄球はまるで吸い寄せられるように襲いかかってくるガジェット達を打ち落としていく。だがガジェット達もただそれを見過ごしているわけではない。ヴィータを障害、脅威だと判断し、ガジェット達はその矛先をヴィータに向けようとする。しかし


「させんっ!」


それをまるで予期していたかのようにもう一つの光、シグナムが自らのデバイス、レヴァンティンを連結刃へと変換させその刃を持ってガジェット達を切り裂いていく。その刃の網から機械兵器であるガジェットが抜け出すことなど敵わない。その無慈悲な斬撃によってその周囲のガジェット達は一つ残らず切り裂かれ、地面へと落ちていく。


それが機動六課、守護騎士ヴォルケンリッター、シグナムとヴィータの実力だった。


今、二人はシャマルが感知したガジェットの迎撃を行っている最中。そして視認できたガジェットの破壊は既に完了したところ。だが二人は戦闘態勢を崩すことなく周囲を警戒し続けている。なぜなら二人はまだ敵襲があるであろうことを確信していたから。それはガジェットの数。偶然この場のロストロギアの反応を感知したにしてはその数が多すぎる。それが意味するのは間違いなく何者かが意図的にこの場にガジェットを送り込んでいるということ。そしてそれを証明するかのように新たなガジェットの部隊が現れ再びホテルへと襲撃を開始する。


「させるかよっ!」


だがそれを易々と許すほど騎士たちは甘くはない。ヴィータはすぐさまその鉄球を再び放ち、迎撃する。確かにガジェットの数は脅威だ。だがそれだけならば歴戦の騎士である二人にとっては何の問題にもならない。そう、それがただの機械兵器ならば。


「なっ!?」


瞬間、ヴィータの顔が驚きに染まる。それは二つの驚愕。

一つはガジェットの何体かが自分の放った鉄球の攻撃を回避したこと。先程まで問題なく通じていたはずの自分の攻撃が避けられてしまった。だが自分はその速度と精度を落としてはいない。それはすなわちガジェット達の動きが先程までよりも上がっているということ。ヴィータは悟る。目の前のガジェット達のまるで自分の攻撃を見越したような動きは有人操作によるものであることに。

二つ目は自分の攻撃をすり抜けたガジェットの存在。それは通常ではありえない光景。だがそれが何であるかをヴィータとシグナムは知っている。それは戦闘機人クアットロの能力である幻惑の銀幕『シルバーカーテン』先日の任務で闘牙となのはが苦しめられた時と同じ戦法。その厄介さを二人は知識としては理解した気になっていたがやはり実際にそれと相対すのとでは大きく違ってくる。


(これは……思ったよりも厄介だな……)


そう内心で焦りを感じ取りながらもシグナムはそれを全く表に出さず攻撃を繰り出していく。だがいくら撃墜しても傍目にはその数が減っているようには見えない。そしてこれは自分たちにとっては防衛戦。相性でいえば最悪に近い能力の相手。このままではジリ貧になってしまうのは目に見えている。ならばどこかで打開策を見出さなくては。


シグナムがそう思考を走らせたその時、一筋の閃光がホテルに向かって放たれる。それは正確無比、そして一瞬でホテルに直撃してしまう。シグナム達は自分たちがいる場所と反対から放たれた恐らくは砲撃に対応することができなかった。二人は最悪の事態を想像し、血の気が失せるのを感じる。だがホテルの防衛機能、いうならばシールド装置によって建物は衝撃を受けたものの損害は免れたようだ。そのことに安堵しながらも二人はすぐさま事態に対処する術を模索しようとした瞬間


『シグナム、ヴィータ、聞こえるか!?』


機動六課の隊長であり自らの主でもある八神はやての念話が二人に向かって響き渡る。


『はやてっ!?』

『主、無事なのですか!?』

はやての通信を受けた二人は驚きながらも恐らくは無事であったはやての様子に安堵する。だが安心するのはまだ早い。まだ状況は何も解決していないのだから。二人はすぐさま騎士としての顔を取り戻しながらはやての念話に耳を傾ける。


はやては今の状況を簡潔に二人に伝えていく。


先程の砲撃と同時に戦闘機人の一人であるセインが突然会場に現れ、出品されていたロストロギアを奪って逃走をしてしまったこと。

だがそれに気づいた闘牙がそのままセインの後を追って行ってしまったこと。

フェイトとユーノには現在、会場にいる客たちの避難の誘導、保護を行ってもらっていること。

なのはには先程の砲撃を行ったであろうディエチとクアットロに対抗してもらうために迎撃に向かってもらったこと。


『ヴィータはそのままガジェットの足止めをお願い、すぐに私もそっちに行く!それとシグナムには闘牙君の援護に向かってほしいんや!』


はやては走りながらそう矢継ぎ早に指示を飛ばす。現在の状況は間違いなく敵の思惑通り。そしてその真の目的は恐らくセインの奪って行ったロストロギアにある。フェイトの話によれば闘牙は逃亡するセインを鉄砕牙を使い施設を破壊しながら強引に追って行ってしまったらしい。それは普段の闘牙なら周りの危険を考え行わないであろう行為。だが逆を言えばそれを行わざるを得ない程の理由がそのロストロギアにはあるということ。

反応から二人は恐らく地下の用水路に沿って移動しているはず。だがセインの能力『デープダイバー』は逃走に関しては完璧と言ってもいい力を持っている。今は闘牙が追っているため何とか捉えることができているが一瞬でも隙があれば逃げられてしまうのは間違いない。ならその援護が必要になる。しかし会場にいるフェイトとユーノには客の避難と誘導を行ってもらう必要がある。加えてなのはには砲撃を行っている戦闘機人の迎撃を頼むしかない。それに対抗するには砲撃魔導師としてのなのはの力が必要不可欠なためだ。加えて自分となのははその攻撃方法、移動速度から閉鎖空間を移動している闘牙の援護には向いていない。今の状況には対人戦に特化したシグナムかヴィータの方が適任。それがはやての判断だった。


「分かった、シグナム、ここは任せろ!」


ヴィータがそう宣言しながら肩にグラーフアイゼンを担ぐ。その姿は先程までよりもさらに力強さを、頼もしさを感じるもの。それははやてにこの場を任されたこと、何よりもはやてがこの場に向かってきていることがヴィータの心に火を付けたことがその理由。シグナムがそのことに気づき、その場をヴィータに任せようとした瞬間、凄まじい射撃音が響き渡る。同時にヴィータは障壁を展開、防御する。

それは魔力ではない弾丸。ヴィータはそれを知っていた。そしてそれに続くようにまるで光の帯の様な物が空を覆い尽くす。その帯の上を一つの人影が凄まじい速度で走りながら、いや疾走しながら迫ってくる。それは赤髪の少女。その拳には籠手、脚にはローラーブレードの様な物を身につけている。


「おおおおっ!!」


咆哮と共に少女、戦闘機人ノーヴェはその速度を利用した凄まじい蹴りをヴィータに向かって繰り出す。ヴィータはそのまま障壁でそれを受け止めようとするがその圧倒的な衝撃によってその場から吹き飛ばされてしまう。ヴィータの防御は並はずれたものであり、なのはに匹敵する物。だがそれを吹き飛ばしてしまうほどの突破力がノーヴェにはあった。


「ちっ!」


舌打ちしながら体勢を整え視線を向けた先にはどこか不機嫌そうな表情を見せるノーヴェと対照的に楽しそうな表情を見せるウエンディの姿があった。言うまでもなく先程の射撃はウェンディによるもの。それがナンバーズの仲好しコンビの姿だった。


「流石っスね、でも今回は負けないっスよ。この前の借りを返して見せるっス!」


自らの固有武装ライディンボードにまるでサーフェンをするかのように乗りながらウェンディは高らかに宣言する。それは先日の戦闘に関すること。その時、ウェンディとノーヴェはヴィータとシグナムの待ち伏せに会い撤退せざるを得なかった。それは行動を読まれてしまったこともあったがそれ以上に実力的な差によるもの。

シグナムとヴィータはAAA+以上の実力の持ち主であり、AMFによる影響を受けにくい攻撃手段を持つ騎士。いくら戦闘機人といえども一筋縄でいく相手ではない。だが負けず嫌いである二人はそれ以来、リベンジの機会を狙っていた。闘牙はともかく魔力をもつ者に簡単に負けるわけにはいかないという戦闘機人の意地ともいえるのものだった。ノーヴェも無言のままだがその雰囲気が考えていることがウェンディと同じことを何よりも物語っていた。

シグナムはそんな二人を見ながらも再びレヴァンティンを構えようとする。飄々とした態度をとっているが目の前にいる二人の戦闘機人の実力は決して侮れるものではない。それを自分たちは先の戦闘で経験している。その能力、成長は戦闘機人だからこそ可能なもの。シグナムがそのままその刃を二人に向けようとしたその時、まるでそれを遮るかのようにヴィータが前に出る。


「シグナム、ここはあたしに任せろって言っただろ。こんなひよっ子どもあたしだけで十分だ。」


どこか不敵な笑みを見せ、その小さな背中を見せながらヴィータは自信を持ってそう告げる。そこには一切の迷いも恐れもない。そこには六年前、はやてを守ると誓った時から何一つ変わっていない意志を持った鉄槌の騎士ヴィータの姿があった。


「……分かった、だが無理はするなよ。」


シグナムはそう一言残した後、凄まじい速度でその場を離脱し闘牙の元へ向かって行く。そこにはヴィータへの絶対の信頼があった。ヴィータが自らの役割を決めたのなら自分は自分の役割を果たすだけ。シグナムはそのまま闘牙がいるであろう反応を目指して疾走する。後にはヴィータと二人の戦闘機人が残された。


「いいんスか、あいつを行かせちゃって?二対一でも容赦はしないっスよ?」


そんなまるで友人に話しかけるような態度のウェンディに呆れながらもヴィータは自らの相棒であるグラーフアイゼンを構えながら戦闘態勢に入る。その目には確かな決意に満ちている。


「言っただろ、お前達にはあたし一人で十分だってな。」


「……その吠え面、二度とかけねえようにしてやる!!」


ヴィータの挑発についに耐えきれなくなったのか、怒りの表情を見せながらノーヴェが脚に付けたローラーブレード『ジェドエッジ』を起動する。ウェンディもそれに合わせるようにその周りに誘導弾を生成しながらヴィータに向かい合う。



今、鉄槌の騎士と二人の戦闘機人の再戦が始まろうとしていた―――――





砲撃による衝撃によって混乱に陥っている人混みの中をはやては駆け抜けていく。その向かう先は施設外の上空。

自分は広範囲の魔法を得意としているため闘牙の援護に向かうことはできない。行ったとしても邪魔になるだけ。ならば今は自分にできることをするだけ。ロストロギアの奪還もだが人命が最優先。はやてはそう判断しながら自らのデバイスである剣十字のペンダントを取り出す。同時にその中から小さな人影が姿を現す。

それはリイン。はやての家族であり、そして共に闘う仲間。



「行くで、リイン!久しぶりの戦闘や、油断せんようにな!」

「はい、はやてちゃん!」


同時にはやての姿がドレス姿からバリアジャケットへと変化する。それはかつてのリインフォースの姿を模したもの。そしてそれに続くようにリインもはやてに近づいていく。


『ユニゾン、イン!』


まばゆい光と共にはやてとリインは融合し、その髪と瞳の色が大きく変わる。それが融合騎であるリインの力。先代リインフォースと同じ、主と一つとなることでその力を発揮する存在。その魔力に呼応するようにはやての背中から黒い大きな翼が姿を現す。そしてそれを羽ばたかせながらはやては大空へと飛び立って行く。向かう先は自らの家族であり、守護騎士であるヴィータの元。



今、機動六課隊長であり最後の夜天の主、八神はやてが再び戦場へと舞い戻ろうとしていた―――――




(この辺りのはずだが………)


シグナムは闘牙が持っている首飾りのデバイスの反応を頼りにその場所へ向かって飛翔し続ける。かなり近くまで来ているはずだがその姿は見当たらない。一体どこに。シグナムが詳細な場所の確認のためにシャマルへと確認の念話を試みようとした瞬間、少し離れた場所から大きな爆発音が響き渡る。その方向は闘牙の反応があると思われる付近。ならば今の爆発は恐らくは闘牙の戦闘によるもの。シグナムがそう瞬時に判断し、その場へと向かおうとした瞬間、シグナムは突如動きを止めてしまう。それは直感と言ってもいい物。シグナムはそのままレヴァンティンを構えながらその方向へと目を向ける。そこには



冷たい眼をしたショートカットの女性の姿があった。その姿から戦闘機人であることは間違いない。その腕と脚からは光の翼の様な物が発生している。


彼女は戦闘機人№3トーレ。最強の戦闘機人。


シグナムは臨戦態勢を取りながらもトーレと向かい合う。その顔には全く余裕がない。それはトーレの実力を感じ取ったから。今まで出会った戦闘機人とは明らかに異質なその気配、佇まい。間違いなく目の前の女性が闘牙から聞いた戦闘機人トーレであることをシグナムは確信する。そしてトーレはそんなシグナムを見ながらも表情一つ変えず、その前に立ちふさがる。どうやら自分を足止めするつもりらしい。それはすなわち闘牙が追っているセインが奪って行ったロストロギアがスカリエッティにとって、いや叢雲牙にとって極めて重要なものであることの証。ならば一刻も早く目の前の相手を倒し先に進まなければならない。だがそれが困難なことにシグナムは既に気づいていた。


何故なら自分は目の前の戦闘機人を知っていたから。それは知識としてではなく、経験。忘れるわけがない。


何故なら目の前の相手は六年前、自分を殺した相手なのだから。


知らずレヴァンティンを握る手に力がこもる。六年前のクリスマスイヴ。あの時の仮面の男の内の一人が目の前にいるトーレであることをシグナムは確信する。あの時は不意打ちに近い形だったがそれでもその実力の凄まじさは理解できた。そしてそれは今、さらに増しているはず。



(すまんな、闘牙………すぐには援護には行けそうにない………)



シグナムは心の中でそう謝罪しながらもすぐにそれを振り切りながらレヴァンティンに炎を纏わせる。それは目の前の戦闘機人相手に余計なことを考えている余裕がないことを悟ったから。それに合わせるようにトーレも体に力を入れ、戦闘態勢に入る。



殺した者と殺された者。本来ならあり得ない因縁の対決が今、切って落とされた―――――




「皆さん、落ち着いて避難してください!ここは安全なので焦らなくて大丈夫です!」


フェイトは大きな声を上げながらオークション会場にいる客たちを誘導していく。その先は地下にあるシェルター。それは緊急事態に備えた避難施設であり、その安全性はかなりの物。外は戦闘中であるため一時的にそこに避難してもらう手はずだった。そして誘導を行っているフェイトから少し離れたところにはユーノの姿がある。その手にはデバイスがはめられ、翠の魔力光が放たれている。それはシールドの魔法。客たちを覆うようにそれは展開されている。施設の防備によって砲撃による建物の崩壊は起ってはいないが万が一ということもありユーノはそれを展開していた。

なのははこの場にはいない。既にはやての指示によって砲撃手に対抗するために出動したためだ。加えてもう一人この場にいた筈の存在がいない。それは


(トーガ…………)


フェイトは誘導を行いながらもある方向に目を向ける。それはオークションが行われていた壇上。だがそこは既に崩壊し、無残な姿になってしまっている。それは先程の砲撃によるものではなく、闘牙の風の傷によるもの。

セインが黒い真珠のロストロギアを手にした瞬間、まるで弾けるように闘牙はセインへと向かって行った。セインはそのことに驚く様子を見せながらもディープダイバーによって床を通り抜けその場から消えてしまう。その光景に目を奪われるもののフェイトはどうすることもできない。いくら自分でもそれを追うことはできない。そうあきらめようとしたその瞬間、闘牙は鉄砕牙を振り切り、風の傷によって壇上を破壊してしまう。

その光景に客はもちろんその場にいたフェイト達も驚愕する。だがそんなことなどどうでもいいとばかりに闘牙はその攻撃によってできた穴に向かって飛び込み姿を消してしまう。その後を追おうとしたのだがはやての指示もあり、フェイト達はその場にとどまるしかない。だが闘牙の様子がいつもと大きく違っていたのは間違いない。普段の闘牙ならこんなところで風の傷を使うことなど考えられない。その理由は間違いなくあの黒い真珠なのだろう。それを見た時の闘牙の反応は尋常なものではなかった。その姿にフェイトは不安を覚えるもののどうすることもできない。自分はこの場を任された。なら外のことはみんなに任せるしかない。そう判断しフェイトは執務官の顔に戻りながら指示を飛ばしていくのだった―――――




(一体どうなってるの!?)


今、セインは恐怖していた。それは自分を追ってくる闘牙の姿。

自分は今、地下の用水路を使って何とかこの場を離脱しようとしている。それは誰にも追ってくることはできない逃走経路。ディープダイバーという能力を持つ自分だからこそできること。だがそんな自分を闘牙は今、この時も追ってきている。あり得ない事態にセインは焦りを募らせる。


今回の自分の任務はオークションに出品される黒真珠を手に入れること。それはドクターの悲願。そのため今回の任務はほとんどのナンバーズによる総力戦になっている。そしてディエチの砲撃による混乱に乗じて黒真珠を奪い、他のナンバーズ達が六課の連中を足止めしている間に離脱する算段だった。だがその目論見は大きく外れることになる。

それは闘牙の追撃。闘牙は床を通り抜けた自分を追うために風の傷を使い、施設を壊しながら進んできている。その光景にセインは驚きを隠せない。セインは戦闘型ではないため他のナンバーズの様に闘牙と戦闘を行った経験は多くない。だがそれでも闘牙の人となりは理解していた。何だかんだ言いながら自分たちを必要以上傷つけることなく、見逃してくれる、妹達もどこか慕っている存在。それがセインにとっての闘牙だった。

だがそれは覆される。自分に向かって飛びかかってきた闘牙の姿はまるで獣そのもの。とても同一人物とは思えないその姿。その理由が何であるかは疑いようがない。セインは自らの手の内にある物に目を向ける。

それは黒真珠。これが闘牙がなりふり構わず自分を追ってきている理由なのだろう。こんな何の力も感じられない宝石にそこまでも価値があるのか。そんな疑問を抱きながらもセインはすぐさま我に返る。考えるのは後だ。とにかくもっと深くに逃げなければ。セインがそう判断し、再び深く地面に潜行しようとしたその瞬間、凄まじい衝撃がセインを襲う。それはセインが潜ろうとした地面を吹き飛ばしながら襲いかかってくる。


「うっ!!」


セインは何とか受け身を取るもののそのまま床に倒れ込んでしまう。その衝撃によって用水路は煙に包まれてしまう。


そしてそれが収まった先には鉄砕牙の切っ先を自分に突きつけている闘牙の姿があった。



「……ここまでだ。おとなしくその真珠を渡せ。」


闘牙は倒れ込んだセインに向かってそう静かに告げる。その目が従わなければ容赦はしないと物語っていた。セインはそのまま闘牙の姿に魅入られ身動きをとることができない。それは恐怖。

それがいつもの甘さなど微塵も感じさせない本気の闘牙の姿だった。セインがそんな闘牙の殺気に体を震わせながらもどうしようもない状況にあきらめかけたその瞬間、爆発と爆炎が闘牙に次々に襲いかかって行く。闘牙は一瞬反応が遅れながらも鉄砕牙の鞘と火鼠の衣によってそれを何とか受け流す。爆炎が収まった先には



スティンガーを両手に構えながらも、その隻眼で真っ直ぐに闘牙を見据えている少女、戦闘機人チンクの姿があった。



「久しぶりだな……闘牙。」


闘牙はそんなチンクに目を奪われる。それは目の前のチンクの姿、雰囲気が以前と大きく違っているように感じられたから。どこか自信を、いや力強さすら感じさせるものが今のチンクにはある。闘牙にはそれが何なのか知る術はない。だが今の自分には譲れないものがある。闘牙はそのまま体勢を立て直しながらチンクに対峙する。



四年前から幾度も繰り返されてきた闘牙とチンクの闘い。




今、その最後の闘いの火蓋が切って落とされようとしていた―――――



[28454] 第58話 「接戦」
Name: 闘牙王◆53d8d844 ID:e8e89e5e
Date: 2012/01/06 19:54
「はあああっ!」
「おおおおっ!」

咆哮と共に二人の少女が空中で激突する。その瞬間、衝撃によって辺りの空気が弾ける。その光景はとても少女たちの姿からは想像もできない程のもの。それが守護騎士ヴィータと戦闘機人ノーヴェの戦闘だった。そして奇しくも二人は同じ共通点、いや特性を持っていた。それは突破力。相手の防御を打ち破り、一気に撃破する戦闘スタイル。その一点においてヴィータは機動六課、ノーヴェはナンバーズの中で最も優れている。互いにそのことを瞬時に悟った二人は自らの渾身の一撃によって相手を打倒しようと試みる。それはまさに矛と矛のぶつかり合い。純粋な破壊力の勝負。それがヴィータとノーヴェの戦いだった。


「アイゼンッ!」


自らの相棒を振りかぶりながらヴィータはカートリッジを起動させる。同時にアイゼンのブースターを展開し、一気に加速しながらヴィータはノーヴェに向かって突進していく。その速度は離れていた両者の距離を一気に縮めていく。


「ジェットッ!」


それに応えるようにノーヴェも自らの相棒、ジェットエッジを起動させる。同時にジェットから凄まじい駆動音と排気煙が発生し、そのローラーが駆動する。その瞬間、ノーヴェは目にも止まらぬ速さで文字通り空を駆け抜けていく。その道はまるで光の帯。


瞬間、二つの力がぶつかり合う。それは何の小細工もない純粋な力と力のぶつかり合い。グラーフアイゼンによる一撃とジェットエッジによる蹴り。互いの渾身の一撃が交差する。その衝撃と威力によって両者のデバイスの間に無数の火花が散り、せめぎ合いにより両者の表情が苦悶に歪む。互いが自らの前に立ち塞がるものはいらないとばかりに道をこじ開けようとする。しかしどちらもその道を譲らずその力は拮抗し、そのまま再び両者の距離が開くかに思われた。だが


「邪魔だあああっ!」


ノーヴェの叫びと共にジェットエッジのジェットノズルが火を噴き、その推進力によってノーヴェの蹴りはさらに威力を増していく。それに気づいたヴィータもグラーフアイゼンのブースターを起動させ対抗するがその力を抑え込むことができない。そして拮抗が崩れた瞬間、ヴィータはその蹴りによってその場から吹き飛ばされてしまう。それは鉄槌の騎士の一撃が通じなかったこと意味していた。


「くっ!」


そのことに内心焦りを感じながらもヴィータはすぐさま体勢を整える。だがそれはノーヴェの追撃を警戒したためではない。それはもう一人の射撃を警戒してのこと。それを証明するかのように無数の誘導弾が待っていたかのように次々に吹き飛ばされたヴィータに向かって放たれてくる。それを全て避け、捌くことはいかにヴィータと言え不可能。ヴィータはそのままアイゼンによって障壁を展開しそれを受け流していく。だがその全てを防ぐことができず、いくつかの弾丸がヴィータにダメージを与えていく。それは致命傷には程遠いもの。だが決して甘く見れる物ではない。その証拠に既にヴィータの体には無数の傷がある。それが今までの戦闘でウェンディによって負わされたダメージだった。


「どうしたんスか? まだまだこれからっスよ!」


ライディングボードに乗っているウェンディがそうどこか嬉しそうに告げる。だがその飄々とした姿からは想像できない程の正確無比、無慈悲な射撃が絶え間なくヴィータに向かって放たれ続ける。ヴィータはこのままではまずいと判断し、飛翔しながら距離を取ろうと試みる。だが


「逃がすかよっ!」


それをまるで待ち受けていたかのように先回りしていたノーヴェが凄まじい速度と共に蹴りを繰り出してくる。障壁だけではそれを防ぎきることはできないと瞬時に悟ったヴィータはグラーフアイゼンの一撃によってそれを相殺しようとする。しかし先程とは違い、拮抗することもできずヴィータはそのまま衝撃によってダメージを負いながら再び吹き飛ばされてしまう。二人の戦闘機人よって圧倒的不利に立たされている。それが今のヴィータの状況だった。


(ちくしょう……!)


自分の置かれている状況に焦りを感じながらも何とかそれを抑えヴィータは冷静に状況を分析する。今、自分は目の前の戦闘機人二人を足止めすることを目的している。その意味では役割は果たせているということになる。今頃はシグナムも闘牙の元に辿り着いた頃だろうか。だがここまで一方的に追いつめられるとは完全に予想外だった。悔しいが知らず相手を侮っていたのを認めるしかない。それは戦闘機人故の強さ。それをヴィータは見誤っていた。


一つはAMF。戦闘機人たちは常にそれを発生させながら戦闘を行っている。そのためヴィータは全力を出し切ることができない。だがAMFとはいえヴィータほどの実力者ともなればそれによって致命的なハンデを負うことはない。だが目の前の二人の戦闘機人を相手にするにはそのわずかな差がまさに命取りになりかねない程の差となってしまっている。特にノーヴェの突破力。恐らくはそれは自分に匹敵するほどのもの。そしてこのAMFによって結果的に自分はそれに競り負けている。この差は大きい。だがそれだけならまだ対抗する手段もあっただろう。だがそれを覆す力を戦闘機人たちは持っている。それをヴィータは知らなかった。


それがデータ蓄積と呼ばれるもの。それはナンバーズ同士で蓄積した経験を共有し、成長することができるというもの。これによりナンバーズは飛躍的な速さで成長している。それに加えヴィータは一度、戦闘機人達と交戦したことがある。またガジェット達とは数えきれない程。その戦闘データによって今、ウェンディとノーヴェはまさに対ヴィータに特化した戦闘を行っている。ヴィータの動き、パターン、癖などを考慮したそれはまさにヴィータにとって天敵と言ってもいい物。


そして最も致命的なのが二対一と言う状況。もし一対一なら先の条件でもヴィータが後れを取ることはなかっただろう。だが前衛のノーヴェと後衛のウェンディのコンビ。本人たちは認めないかもしれないがこの二人の相性は抜群だ。それは動作データ継承という機能によるもの。それによりナンバーズは動作データを共有することによってコンマ一秒単位での正確なコンビネーションが行うことが可能になる。それ故にノーヴェはウェンディの弾幕の中を縦横無尽に駆け回り、またウェンディは誤射を行うことなくヴィータを狙うことができる。


ナンバーズ達は皆インヒューレントスキルと呼ばれる固有技能を持っている。それはいうならば一芸に特化しているということ。そしてそれは集団戦、連携戦において最も力を発揮する。それこそが戦闘機人、ナンバーズの強さ。


もちろん個人の能力が低いというわけではない。特にトーレとチンク、この二人においては例外だ。二人はその能力と経験により一対一でもなのはやフェイト達に匹敵、凌駕する強さを持っている。



ヴィータは傷ついた体を動かしながらもグラーフアイゼンを握る手に力を込める。確かに状況は圧倒的に不利。だがそれでも自分はあきらめるわけにはいかない。


いつだって自分はどんな状況でもあきらめず戦ってきた。それが守護騎士の役目。この場を任された自分の為すべきこと。最後の夜天の主であり、家族であるはやてのために。自分は絶対に負けるわけにはいかない―――――


ヴィータはそのまま一気に体勢を立て直し、反撃に出ようとする。このまま受けに回っていてはジリ貧になる。ならばリスクはあれど打って出、どちらか片方を撃破、もしくはダメージを与え連携を崩すしかない。そう判断してのもの。それは間違いではない。事実この状況を打破するにはそれが最善手。だが間違いがあったとするならば、


「……それを待ってたっスよ!」


それは既に二人の戦闘機人には見抜かれてしまっていたということ。



ヴィータが二人に接近しようとしたと同時にウェンディは新たな弾丸をヴィータに向かって放つ。だがそれはこれまで放っていた物とは種類が異なる。そのことに気づいたヴィータはその弾丸を紙一重のところで回避する。しかしその瞬間、その弾丸はまるでそれを待っていたかのように炸裂してしまう。


「っ!?」


その光景にヴィータは瞬時に自らの周りに障壁を展開する。それは先の弾丸が炸裂弾の類であることを見抜いたから。確かにそれは間違いではない。炸裂弾であるのは間違いない。しかしそれは爆発によって相手を襲うものではなかった。


(これは……!!)


瞬間、凄まじい脱力感がヴィータを襲う。まるで魔力が霧散していくような感覚。その感覚をヴィータは知っている。それはAMFの効果。だがその効果が先程までの比ではない。その凄まじさによってヴィータは一瞬、飛行の制御すら危うくなる。それこそがウェンディが放った弾丸の力。弾丸が炸裂した場所から数メートルほどという狭い範囲だが通常とは比べ物にならないほどのAMFを発生させる代物。対魔導師のための切り札。それは六年前の闇の書事件の際、AMF発生時の隙を狙うことの有効性を証明できたことにより開発していたもの。闘牙に対しては何の意味もないためお蔵入りになっていたそれが再び騎士たちに使われてしまったのは皮肉としか言いようがない。


その弾丸によってヴィータに一瞬の隙が生じる。それは時間にすれば数秒にも満たないもの。だがそれは全てを決してしまうには十分なものだった。


「終わりだあああっ!!」


その隙を狙った完璧なタイミングでノーヴェが己の最大速度で一気にヴィータへと肉薄する。その速度はまさに疾風。ヴィータはそれを何とかかわそうとするもそれは叶わない。そしてその強力無比な蹴りがヴィータを襲う。それには速度と重量からまさに一撃必倒といっておかしくない程の威力が込められていた。まともにその一撃を食らってしまったヴィータはそのまま地上に向かって落下していく。まるで翼をもがれてしまった鳥の様に。しかしそれを見逃すほど戦闘機人たちは甘くはない。ウェンディはそのまま落ちていくヴィータに向かってその砲身を向け、砲撃の体勢に入る。そこには油断は全くない。それはヴィータの実力を知っているから。恐らくは先程の一撃でも倒し切れてはいないはず。


「これでおしまいっス。」


そう告げると同時に凄まじい砲撃が放たれる。それは一直線にヴィータに向かって迫って行く。ヴィータは何とか意識を保ちながらも為す術がない。ただ自分に向かってくる光を見つめることしかできない。


ヴィータはそのまま光の奔流の中に姿を消した―――――





「ハアッ……ハアッ……」

呼吸を何とか整えようとしながらも肩で息をすることを止めることができない。その体には無数の傷、そして騎士甲冑のあちこちが破けてしまっている。その顔は苦悶に満ちているもののその眼には揺るぎない意志が満ちている。それが剣の騎士シグナムの姿だった。


シグナムは自らのデバイスであるレヴァンティンを構えながら目の前の相手に対峙する。その先には冷徹な眼をした戦闘機人トーレの姿があった。だがその体は全くの無傷。まさにシグナムとは対照的なもの。そしてそれが二人の戦闘の結果だった。


(まさか……これほどとはな……)


シグナムは油断なくトーレと向かい合いながらそう思考する。最強の戦闘機人。そしてその能力を自分は闘牙から聞き及んでいた。それは超高速機動能力。いわばフェイトに近い能力の持ち主。それを侮ってはいない。だがこれまで何度も同じタイプであろうフェイトと模擬戦をしてきた経験を当てにしてしまっていたのは確かだ。そしてそれは目の前のトーレには通用しなかった。


まずはその速度。間違いなくトーレの速度はフェイトを上回っている。恐らくAMFの影響下でなくともだ。加えて自分は今、AMFの影響下にあり、わずかであるがその動きを制限されてしまっている。そしてその差はこの相手と闘うにはあまりにも大きな差だった。


「………」


トーレは自らに剣を向けているシグナムを見ながらも表情一つ変えない。その瞳からはその感情を読み取ることはできない。トーレは戦闘が始まってから一度も言葉をかわしていない。それはまるで戦闘においては言葉など無用なものだと、そう言わんばかりに。ただ刃を交えることが二人の間のやりとり。いや、正確には刃すら合わせることができずにいるというのが正解だ。


シグナムは戦闘が始まってからただの一度もトーレに攻撃を当てられていない。それはその速度に加えてトーレの戦闘スタイルによるもの。それは一撃離脱、ヒットアンドアウェイといえるものだった。一気に初速から最高速まで加速しながら瞬時に相手の間合いに侵入し、腕に生えた光の刃によって相手を切り裂き反撃を受ける前にその速度で再び距離を取る。単純が故にその戦法の厄介さにシグナムは焦りを募らせる。自分もその速度に合わせるように斬撃を繰り出しているがそのすべてをかわされてしまっている。AMFによる影響もあるがそれを差し引いてもこの速度を捉えることは困難だろう。加えてトーレは追撃を加えてこない。そちらの方がシグナムにとっては問題だった。


それは意識の違い。


トーレにとってこの戦いは『足止め』を最優先としている。極端な話シグナムがこの場から動かなければトーレは恐らくは攻撃を仕掛けてこないだろう。その証拠にトーレはシグナムがこの場から動こうとした時にのみ攻撃を仕掛けてくる。そのためトーレは自分に追撃してくることも、とどめを刺そうとしてくることもない。だがそれはシグナムにとって攻撃のチャンスが減ることを意味している。乱戦に持ち込み、その隙を突くことを狙っていたのだがこの状況ではそれも不可能。


だが自分の役目は闘牙の援護に向かうこと。本来ならば無理に戦闘を行う必要もなく、その場を離脱するという選択肢もあった。だがトーレを前にしてはそれを行うことはできない。その速度から振り切ることは不可能。もし背中を見せようものなら一瞬で殺されてしまうだろう。故にこの場での選択肢は二つしかない。


このまま動かずに膠着状態を続けるか、自ら動き勝機を見出すか。そのどちらを選ぶかなど考えるまでもない。


「行くぞ、レヴァンティン。」
『Jawohl.』


シグナムの言葉と共にレヴァンティンのカートリッジが装填される。だがその数が今までよりも遥かに多い。それに連動するようにシグナムの魔力が一気に高まって行く。それはシグナムの限界を超えた魔力の行使。AMFの影響を失くすための単純ではあるが一番効果的な方法。だがそれにはリスクがある。自分の扱える以上の魔力は体に大きな負担を掛ける。それを扱えなければもちろん、扱えなくても深刻なダメージが体に与えてしまう。もし失敗すれば自滅しかねないまさしく諸刃の剣。だがそれをもってでしかこの状況を、トーレを打破することはできないということ。そしてもう一つ確実なこと、それは


自分とトーレの闘いは文字通り、一瞬で決まるということ。


シグナムは軋む自分の体を押さえ込みながら自らの魂であるレヴァンティンを構える。同時にその脳裏にある光景が浮かぶ。それはかつての自分の姿。極限状態での殺し合い、命のやり取りが当たり前だったあの頃。トーレとの戦いはまさしくそれだ。そしてあの頃の自分なら差し違えても相手を倒すことしか考えなかっただろう。


だが今の自分は違う。今の自分には心から守りたいと思える人が、場所がある。


だから私は絶対に負けるわけにはいかない―――――


揺るがない決意と誓いを胸にシグナムはその場所に向かって一歩を踏み出した――――――





爆炎と硝煙、崩壊しかけた用水路の中で一人の少女と青年が向かい合っている。


少女、チンクはその両手にスティンガーを構えながら目の前の青年、闘牙と対峙している。既にこの場にセインはいない。チンクの援護とその意味に気づいたセインはすぐさまその場を離脱し、逃走している。だが闘牙はそんなセインを見ながらもその跡を追うことはなかった。それは目の前の少女、チンクの存在。もし不用意に動けばこの密閉空間も相まって自分でもただではすまないことを悟ったから。何よりもその姿。そこにはこれまで感じたことのないような力がある。ならばこちらも一気に勝負を決めさせてもらうしかない。あの黒真珠を渡すわけには絶対にいかない。


「悪いが手加減はできねえ……ここを通らせてもらうぜ。」


静かに、それでも絶対の意志を持って闘牙は鉄砕牙を構える。だがそんな闘牙の姿を見ながらもチンクは全く動じる様子を見せない。その隻眼にはあの日の光景が蘇っていた。


それは四年前、自分が初めて闘牙と出会った日。奇しくも今の状況はそれに酷似している。そしてその時、自分はこの左目を失った。だが今になって思う。自分はもうあの時には既に闘牙に惹かれてしまっていたのだと。それを今、闘牙と再会して確信した。ならば


「闘牙、私は―――――」


自らの気持ちを形にするだけ。伝えるだけ。


そう、それだけ。簡単なこと。でも―――――




チンクはその言葉を告げることができなかった。




その様子に闘牙は疑問の表情を浮かべている。当たり前だ。自分に向かって何かを言いかけたのに突然口ごもってしまったのだから。


チンクは自分の馬鹿さ加減に呆れかえっていた。自分は忘れてしまっていた。そう、告白をすればその答えが返ってくるという、そんな当たり前のことを。


その答えの結果など分かり切っている。考えるまでもない。自分たちは敵同士なのだから。加えて自分の容姿。それはとても女性としての魅力があるとは思えない物。フェイトとは比べ物にならないその姿。だがそれでも―――――



「………なんでもない………行くぞ、闘牙!」



自分の闘牙への想いは変わらない―――――



その瞬間、チンクの周りに無数のスティンガーが姿を現す。その数は今まで闘牙が闘ってきた時とは比べ物にならない。それはまるでチンクを守るかのようにその周囲を取り囲んでいる。それこそがチンクの切り札。三百六十度、全ての死角を補う攻防一体の戦闘スタイル。チンクが扱える限界の数のスティンガーを使った奥義。その威力はこれまでの比ではない。だが一歩間違えば文字通り自爆しかねない程の危険を孕んだ諸刃の剣。だがチンクの目には一片の恐れも迷いもない。その眼はただ真っ直ぐに闘牙だけを捉えていた。



そうだ。自分は戦闘機人。その名の通り『戦う者』


ならば言葉ではなくその中で自分の想いをぶつけるしかない。それはフェイトとは違う、自分だからこそできること。チンクはそう自らの答えと至った。


そんなチンクの本気の姿に闘牙は眼を奪われる。そこには先程までの焦燥はない。ただ目の前の少女の姿に闘牙はその場を動くことができない。そして闘牙は静かにその眼を閉じる。それは決意。自らもその全力を持ってチンクへと挑むという。


瞬間、辺りに風が巻き起こり始める。それはチンクが起こした爆発に匹敵するのではないかと思えるような暴風。その中心には闘牙がいる。だがその姿が先程までとは大きく異なっていた。頬には紫の痣、爪は鋭く尖っている。それが闘牙の本気、妖怪化した姿だった。


その圧倒的力と存在感にさらされながらもチンクはある感情に支配されていた。


それは喜び。


目の前の闘牙の姿。間違いなくそれが本気の闘牙の姿なのだろう。自分たちと闘っていた闘牙が全力を出していないことは気づいていたがこれほどだとは思っていなかった。まだ戦ってもいないのにその力が伝わってくるようだ。そしてそれは他の姉妹たちも見たことのないもの。それはすなわち自分を認めてくれた証でもある。


その眼は間違いなく自分を、自分だけを見てくれている。他の姉妹でもない、フェイトでもない、戦闘機人である自分自身を。


その事実に心が、体が震える。


もはや言葉は必要ない。ただ自分の想いを、気持ちをこの一瞬に込めるだけ。誰にも邪魔されないこの二人きりの時間の中で。




互いに正真正銘の全力全開、チンクと闘牙の闘いが始まった――――――



[28454] 第59話 「騎士」
Name: 闘牙王◆53d8d844 ID:e8e89e5e
Date: 2012/01/09 23:40
(ここは………?)


朦朧とした意識の中でヴィータは考える。今、自分はどうしてこんなことになっているのか。そうだ。自分は戦闘機人たちと戦闘中だったはず。そしてその連携によって追い詰められ砲撃に飲み込まれてしまった。だが体に痛みはない。それどころかどこか温かさすら感じる。もしかしたら自分はもう既に命を落とし、ここはあの世と呼ばれる場所なのかもしれない。プログラムである自分たちはきっとそんな場所にはたどり着けないはず。だが自分たちはプログラムから命ある存在へと変わりつつあった。ならそうなってもおかしくない。それは自分が、いや騎士たち皆が心のどこかで望んでいたこと。でもまだ自分はここに来てはいけない。まだ自分には為すべきことがある。何よりも自分の一番大切な人を悲しませることになる。ヴィータはその意識を取り戻しながらその眼を開く。そこには



「ごめんな、ヴィータ。遅くなってしもうた。」


自分を抱きかかえながら優しい微笑みを向けている八神はやての姿があった。



「はやて………?」


ヴィータはそんなはやての姿を見ながら同然とそんな声を上げることしかできない。どうしてここにはやてがいるのか。何故自分ははやてに抱きかかえられているのか。突然の事態に混乱していると


『もう、ヴィータちゃん無茶しずぎです! リインは心配しましたよ!』


もう一人の家族、リインの声が聞こえてくる。だがその姿は見当たらない。それは既にリインがはやてとユニゾンをしているから。同時にその言葉によってヴィータは状況を理解する。自分が砲撃によってとどめを刺される瞬間にはやてによって救われたということに。そんな中


「いつまでいちゃいちゃやってるんスか? そろそろ続きを始めたいんスけど。」


どこか呆れ気味の声がはやて達に掛けられる。そこにはライディングボードの上で胡坐をかきながら退屈そうにしているウェンディと同じく不機嫌そうな表情を見せているノーヴェの姿がある。どうやら突然現れたはやてを警戒しているらしい。もっとも目の前の光景がどこか場違いだったためでもあるのだが。そしてヴィータもすぐにそのことに気づく。今の自分の状況。それはまるではやてにお姫様抱っこされているようだった。


「っ!? もう大丈夫だから下ろしてくれ、はやてっ!」


顔を赤くしながらヴィータはそう慌てながらはやての腕の中で暴れ始める。それはまるで母親の腕の中で暴れている子供の様。


「そうなん? 残念やわ、久しぶりにヴィータを抱っこできたのに。」


ヴィータの狼狽ぶりに楽しそうに笑みを浮かべる。そしてはやてはそんな冗談か本当か分からないようなことを言いながらヴィータを下ろす。恥ずかしさを隠しきれないのかヴィータはそのままそっぽを向いてしまう。はやてだけならともかくリインにもこの状況を見られてしまったのがその理由だった。はやてはそんなヴィータの姿に自分が間に合ったことに安堵する。もう少し遅れていれば手遅れだったかもしれない。シグナムからの念話によっておおよその事態は把握していたがいくら二対一でもヴィータが後れを取るとは思っていなかった。どうやら自分を含めて戦闘機人に対する油断があったらしい。今の状況も後手後手に回ってしまっている。だがこれ以上相手の好きにさせるわけにはいかない。そのための自分たち、機動六課なのだから。


「ヴィータ、『一撃』で決める。その間、あの二人をお願いしてもええか?」


はやてはそうどこか不敵な笑みでヴィータに告げる。そこには機動六課隊長として、そして夜天の主のはやての姿があった。その言葉の意味を悟ったヴィータは


「……ああ、任せろはやて! リインもあたしの活躍ちゃんと見てろよ!」

『はい、分かりました、ヴィータちゃん!』


はやてと同じように不敵な笑みでそれに応える。その眼には先程までと同じ、いやそれ以上の力が戻っている。それこそが守護騎士ヴォルケンリッター、鉄槌の騎士ヴィータの真の姿だった。それを見て取ったはやてはそのまま自らのデバイスである杖『シュベルトクロイツ』を構える。瞬間、凄まじい魔力がその杖に注がれていく。


「「っ!?」」


そのことに気づいたウェンディとノーヴェは驚愕の表情を浮かべる。当たり前だ。その魔力量はこれまで自分たちが感じたことのない、AMFの影響もものともしない程の物。それだけで何か凄まじい魔法が行使されようとしていると判断するには十分な物。自分たちのデータには目の前の魔導師が機動六課の隊長であるということ以外の詳細な情報は存在しない。自分たちはどう動くべきか。二人は一瞬、思考する。だが


「来よ、白銀の風……天よりそそぐ矢羽となれ……」


瞬間、強大な力がまるで形を得たかのように集束していく。それはリインの力。はやては魔力量においてはなのはやフェイトを上回っている。だがそれ故にその制御と運用は困難を極める。そしてそれを補うのがリインの役目。リインとユニゾンすることによってはやては夜天の主として力を発揮することができる。だがそれだけでははやては真の力を発揮することはできない。そのためにはもう一つ、必要なものがある。


はやての詠唱を前にして二人の戦闘機人は弾けるように動き出す。それは本能。ヴィータではなく目の前の魔導師、八神はやてこそがこの場での一番の脅威であると悟った故の行動。ノーヴェはその蹴りによって、ウェンディはその射撃によってその詠唱を妨害しようとする。だがそれを前にしてもはやては身動きを取ろうとはしない。いや、正確には身動きを取ることができない。


それははやての戦闘、魔法の運用スタイルによるもの。はやてはその得意とする魔法の性質故に後方支援専門の魔導師。そのためなのはやフェイトの様な機動戦を行うことはできない。それは覆すことのできない事実であり、弱点。こと一対一の戦闘においてははやては機動六課の中でも最弱と言える。だがそれを補うことができる存在がこの場にはいる。


「はあああっ!」


咆哮と共にヴィータは鉄槌によって複数の鉄球を打ち出していく。それは凄まじい速度で正確無比にウェンディの射撃を撃ち落としていく。その光景にウェンディは思わず息を飲む。そこには先程までとは比べ物ならない程の気迫、力の様な物がある。自分は決して手を抜いていない、全力を持ってあの魔導師を狙っている。だがその射撃の一つも魔導師には届かない、いや防がれてしまっている。


「調子に乗るなああっ!!」


そんな先程までとは違うヴィータの姿を見ながらもノーヴェは疾走しながらはやてへと接近しようと試みる。どうやらあの魔導師は魔法の詠唱中には身動きをとれないらしい。ならばその発動の前に撃墜してしまえばいい。そう判断しての物。だがそれは今のヴィータの前には通用しなかった。


「させるかよっ!!」


まるでそれを予期していたかのようにヴィータがブースターのよる凄まじい加速を見せながらノーヴェへと突進する。それに一瞬驚きながらもノーヴェはその蹴りをヴィータに向かって放つ。それは先と同様全力の一撃。こと突破力おいては自分の方が上回っている。ならばヴィータごと突破し魔導師まで巻き込めばいいという狙いだった。しかしそれは覆される。互いの武器、デバイスがぶつかり合う。それはこれまでと変わらない光景。だが次第にその拮抗が崩れ、ノーヴェは押され始める。その光景にノーヴェは眼を見開くことしかできない。間違いなく先程まで自分の攻撃は相手を上回っていたはず。そのダメージを回復したわけでもない。デバイスを強化したわけでもない。ただ援軍が来ただけ。その援軍である魔導師も今、ヴィータを援護しているわけではない。それなのに何故。ノーヴェは自分の理解を超えた力に恐れすら感じる。


それこがヴィータの真の力であり、本来の姿。主を守り、導く存在。

戦闘機人は集団戦、連携戦でその力を発揮する。だがそれは戦闘機人だけではない。

夜天の主と守護騎士たち。彼らもまた集団戦、連携戦においてこそ真の力を発揮する存在。そしてその力が今、解き放たれようとしていた。


「はあっ!!」


ヴィータはそのままグラーフアイゼンによってノーヴェの一撃を防ぎ、そのまま吹き飛ばす。それははやてを、守るべきものを持つ者の力。ヴィータは自分の体にみなぎってくる力を感じていた。そうだ。何を迷う必要がある。自分は守護騎士ヴォルケンリッター。主を、はやてを守るための騎士。ならばそれを為すことこそが自分の望みであり、為すべきこと。


ヴィータはそのまま自らの手に鉄球を生み出し、それをその場で叩きつける。瞬間、凄まじい光と轟音が辺りを襲う。それによって二人の戦闘機人の動きが一瞬止まる。だがすぐに二人は活動を再開する。どうやら先程の行動は目くらましだったらしい。だがその程度でやられてしまうほど自分たちは甘くはない。だが眼を開いたそこには先程までいたヴィータの姿が無かった。一体どこに。戸惑いながらも周りを見渡した瞬間、二人の戦闘機人は動きを止めてしまう。


それは寒気。その視線の先には自分たちから離れた場所にいるヴィータの姿がある。どうやら距離を置くために目くらましを使ったらしい。だがその隣にいる魔導師の姿に二人は戦慄する。そこには詠唱を完了した八神はやての姿があった。


「ほんなら行くで……久しぶりの砲撃魔法!」


掛け声と共にはやての前方に複数の魔法陣が展開される。同時に凄まじい魔力が込められていく。その光景に二人は身動きを取ることができない。それははやてが使える魔法の中でも最大の効果範囲を持つ魔法。そしてその発動まで時間を稼ぐことこそがヴィータの役目。そしてそれはこの瞬間、成し遂げられた。



「フレースヴェルグ―――――!!」


その名と共に白銀の矢が放たれる。その光と輝きが辺りを照らしながら二人の戦闘機人に向かって襲いかかる。二人は何とか意識を取り戻し、回避運動に入ろうとする。だがその光は二人の横を素通りし、そのまま遥か後方に逸れていってしまう。予想外の事態に二人は呆気にとられるしかない。まさか狙いを外してしまったのだろうか。そんなあり得ないことを思考したその瞬間、二人の後方に逸れてしまった光が着弾し、大きな爆発を起こす。だがその爆発の規模に二人は戦慄する。


「なっ!?」
「そ……そんなんありっスか!?」


それはまるで全てを飲みこむようにその規模を広げながら自分たちに向かってくる。同時にその空域の存在していたガジェット達も一つ残らずその光の中に飲み込まれていく。それこそがはやての狙い。二人の戦闘機人に加え、シルバーカーテンによるガジェットの幻影を巻き込んでの一帯殲滅。それはまさに殲滅兵器といってもおかしくない程の魔法。こと広域戦闘においてははやてはなのはとフェイトを凌駕する。それが夜天の主、八神はやての実力だった―――――





「……やったのか、はやて?」

爆発の収まった着弾地点を見ながらヴィータはそうはやてに尋ねる。そこにはまるでミサイルでも落ちたのではないかと思えるような惨状が広がっていた。非殺傷設定ではあるがこれに巻き込まれれば間違いなく戦闘不能は免れない程の威力が先の砲撃にはあった。


「いや……多分、離脱したんやないかな。あんま手応えがなかったし。ダメージは負ったと思うけどな。」


戦闘態勢を解除しながらはやてはそう答える。ガジェットに関しては間違いなく全滅したが戦闘機人たちの姿は見当たらない。恐らくは離脱したのだろう。だが少なくないダメージは負ったはず。


『ヴィータちゃんもはやてちゃんもカッコよかったです!』

「ふん、ざっとこんなもんさ。」


リインの興奮した言葉にどこか照れくさそうにしながらもヴィータが答えている。その姿はまるで姉妹の様。だがその姿にいつまでもみとれているわけにはいかない。この場では自分たちは勝利したがまだ戦闘は終わっていない。奪われたロストロギアの奪還。それこそが自分たちの任務。砲撃手についてはなのはが抑えてくれている。ならば自分たちは闘牙とシグナムの援護に向かわなければならない。


「ヴィータ、リイン、おしゃべりはそこまでや。急いで闘牙君たちの後を追うで!」

「ああ!」
『分かりました、はやてちゃん!』


はやての言葉に続くようにヴィータとリインも返事をしながらすぐに気を引き締め、飛行を開始する。だがそんな二人の姿を見ながらもはやては自分の中にある不安を拭うことができずにいるのだった―――――






はやてたちのいる空域から離れた位置で二つの人影が向かい合っている。それはトーレとシグナム。そこでは一対一の文字通り命を懸けた戦いが行われていた。そんな中でもトーレはその表情を変えることはない。だが内心ではある感情に支配されていた。


それは『称賛』


目の前にいる騎士、シグナムに対するもの。その技量もだがその精神力に驚きを隠せない。AMFという魔力を使う者にとっては圧倒的に不利な状況。加えて遮蔽物がない空中と言う自分にとってはこれ以上にないアドバンテージ。にもかかわらずシグナムは自分の攻撃を紙一重のところで致命傷を避けている。自分の役目はセインが離脱するまでの敵の足止め。どうやら闘牙がセインの後を追ったようだが今、セインからチンクが援護に来たという連絡が入った。闘牙に勝利することは難しいだろうが時間稼ぎにはなるはず。だがそれで十分。自分たちの役目は黒真珠をドクターの元まで届けること。相手の撃破はそれに含まれてはいない。ならば自分も目の前の相手をセインに近づかせないことがその任務。もっともその戦闘においても手加減をしてはいない。いや手加減ができるほどの相手ではない。今はその速度で圧倒しているがそれでも徐々に自分の動き捉えつつある。あまり長引かせるのは得策ではない。


トーレはそのまま改めてシグナムの姿をその眼で捉える。その姿はまさに満身創痍。自分の攻撃を致命傷を避けたとはいえ受け続けた代償。本当ならその場に立っているだけでも辛いはず。だがそんなことを微塵も感じさせない気迫と決意を感じさせる瞳でシグナムは自分を見据えている。その眼光に思わず見とれてしまうほど。


それはトーレの戦士としての心。機械ではない人間としての部分。戦闘機人だからこそ持てる生命の揺らぎともいえるもの。それは力にもなりうるが隙にもなりうるもの。それ故にトーレは任務においては『我』と呼べるものを切り捨て動いてきた。自分たちは戦闘機人ナンバーズ。創造主であるドクターの命に従うための存在。それ以上でも以下でもない純粋な戦機。それが戦闘機人№3トーレ。


だが決して人間としての『我』の部分を否定しているわけではない。それを完全に否定することは戦闘機人である意味の否定にもなる。もっともセインやウェンディのようになることまで肯定するわけではないが。


そういった意味では闘牙は人間でありながら自分たちに近いところを持っているのかもしれない。任務上闘牙とは幾度も戦闘を繰り返してきた。残念ながら一度もその任務を成し遂げることができていないがその普段の姿と戦闘の姿の差異こそ自分のそれに近かった。姉妹たちも少なからずその影響を受けているのだろう。そしてそれは自分も例外ではないらしい。目の前の存在、シグナムとの戦闘を楽しいと思い始めている自分がいるのだから。だがいつまでも感情に浸っているわけにはいかない。


シグナムの目つきが変わる。同時にそのデバイスが起動し、魔力が高まって行く。それはこれまでの比ではない。それは限界を超えた魔力の行使。魔導師ではない自分もそれがどれほど危険なことかは理解できる。だがそれを行いながらもシグナムの目には恐れも迷いも全くない。命を捨てることもいとわないであろうその姿。ならばそれに自分も応えることにしよう。


シグナムの動きに合わせるようにトーレの腕と脚にある光の翼の力が増していく。それがトーレ正真正銘全力の姿。そこから繰り出される一撃はまさしく音速の一撃といっても過言ではない。そして一歩間違えれば自分も自滅しかねない危険な攻撃。だがそんなことなどトーレの頭にはなかった。例え命と引き換えにしても任務を全うする。それこそが自分にとっての全てであり誇り。それだけは誰にも奪わすことなどできない―――――



先の動いたのはシグナムだった。



その限界を超えた魔力と炎を纏った剣を構えながらもシグナムは唯一直線にトーレへと向かって行く。その速度は先程までの比ではない。AMFの影響など微塵も感じさせない程の騎士の魂を込めた踏み込み。



だがトーレの速度はそれすらも上回る。



トーレは自らのスキル『ライドインパルス』によって初速から一気に最高速へと加速する。



その加速による衝撃によって体が軋む。それは人の身でありながら音速を超えようとするための代償。唯の人間ならその衝撃に耐えることはできないだろう。だがトーレは戦闘機人。機械の体を持つ彼女だからこそその速度に耐えることができる。


その速度によって両者の距離は一瞬にしてゼロになる。だがトーレにはそれがまるでスロ―モーションの様に感じられる。それは極限状態にまで研ぎ澄まされた感覚が捉えたもの。



自分と相手の呼吸が聞こえてくる。その鼓動が、体の騎士身が感じられるのではないか。そう思えてしまえるほどの刹那。そんな中、トーレはその右腕の刃を構える。



それはまさに死神の鎌、さしずめここは断頭台だろうか。その言葉の意味する通り、その狙いはシグナムの首筋。一撃で相手を絶命たらしめる急所。



シグナムの剣は動き始めているものの自分の初動には追いつけていない。それはこれまでの攻防の焼き回し。確かに魔力の増加によってその動きは先程までとは比べ物ないほど上がって入るがそれでも自分には及ばない。



その刃が、鎌が、無慈悲に、正確無比にその首へと迫る。そこには一切の容赦はない。それは戦士としての最大の賛辞。敵とはいえその力量を認めた証。それ故の全力の一撃。



そしてその刃がその速度を持ってシグナムの首を落とす――――――はずだった。





(なっ―――――!?)


瞬間、驚愕によってトーレに思考は止まってしまう。それは目の前の光景。自分の攻撃が、斬撃が文字通り首筋の紙一重のところで止まってしまっている。いや違う。防がれてしまっている。


それはシグナムのバリア『パンツァーガイスト』


だがそれをトーレは知っている。だからこそ分からない。自分の今までの攻撃は全てそのバリアを切り裂いてきた。だからこそシグナムは今も体に無数の傷を負っている。それが何故この瞬間に、まるで狙ったかのように自分の攻撃を防ぐことができているのか。そして気づく。


それはシグナムが自分の首筋のみにバリアを集中させていたから。


だがそんなことなどありえるのか。いや何故そんなことを。そんなことをすれば首以外の部位については裸同然、何の防御も纏っていないことになる。そんな狂気にも似た行動をシグナムは取っている。その事実にトーレは戦慄する。それはまさに決死の覚悟を持ってしかできない極地。


だがトーレは一つ大きな間違いをしている。


シグナムは動き始めるその時までバリアを全身に展開していた。その狙いは『肉を切らせて骨を断つ』というもの。自分の初動ではトーレの攻撃を捉えることはできない。それは身をもって味わっている。ならばそれをその身で受け、その一瞬を捉えることに賭けるしかない。そう判断しての物。だがそれは覆されることになる。


それはトーレの殺気。


これまでほとんど感じたことのなかったそれが間違いなく、今自分に向けられている。今までは自分を足止めするという一点のみに集中していた相手が間違いなく自分を殺そうとしている。


瞬間、シグナムの時間が止まる。このままいけば間違いなく自分は死ぬ。その確信がシグナムを支配する。それは覆すことができない程確実なもの。幾多の経験が、記憶がそう訴える。それは戦士としての直感。だがそれ自体に悔いはない。自分は戦いに身を置く者。ならば戦場で命を失うのもまた必定。


そこに恐れなど無い。そんなものはとうの昔に失くしている、だがそれでも――――――



シグナムの中に力が湧いてくる。それは捨て身では決して得ることのできない力。それは今のシグナムだからこそ得ることができるもの。


この六年間で手に入れた大切な、失くすことのできないもの。それは





自分はまだ死ぬわけにはいかない―――――――



『生きる』という絶対の意志だった――――――――




刹那の時間の後、シグナムはバリアの全てを自らの首元のみに集中する。それは直感。何の根拠もないもの。だが確信があった。目の前の相手は間違いなくその刃でこの首を狙ってくるだろうと。シグナムは自らの直感に全てを賭ける。


それはまさに無謀の極み。もしそこ以外の個所を狙われればこれまでは軽傷で済んでいた物も致命傷になりかねない程の危険を孕んだもの。だがそれをシグナムは掴み取った。それは生きようとする意志、そして真の強者の為せる絶技だった。



自らの渾身の一撃を防がれてしまった。あり得ない状況に冷静沈着であるトーレの感情、動きに迷いが生じる。それはまるで正確な歯車が狂ってしまったかのような感覚。それは間違いではない。それはあり得ない事態によって起こされたトーレの隙。しかしトーレは気づいていなかった。それがこの一撃の前に既に決まっていたことだということを。



『足止め』ではなく、『戦闘』を知らず挑んでしまった自分自身に気付けなかったことこそがトーレの敗因だった。



瞬間、時間が止まる。周りの景色が、音が消え去って行く。それほどの速度の勝負。両者はそのまま自らの刃を交差させながらすれ違う。




その跡には切り飛ばされたトーレの右腕が残されただけだった。



それがシグナムとトーレの因縁の決着。それはシグナムの勝利で終わる。



だがシグナムは気づいてはいなかった。これは個人での勝負ではないということに。



トーレの役目が『足止め』だけではなかったことに。この勝負ですらトーレにとっては手段、通過点であったことに。



シグナムがそのことを悟った瞬間、闘牙がいるであろう場所から凄まじい爆発が起こった――――――



[28454] 第60話 「敗北」
Name: 闘牙王◆53d8d844 ID:e8e89e5e
Date: 2012/01/19 20:50
炎の灯りと熱が全てを支配する閉ざされた場所で一人の少女と一人の青年が向かい合う。その眼は互いを外すことなく捉えている。同時に両者は動き出す。何の合図もなく、まるで合わせるかのように。


一瞬で決まる勝負。


それが闘牙とチンクの勝負。両者ともにそのことは理解している。この閉鎖された空間。ここでは相手の隙を突くことなど不可能。ならば小細工など無用。自らの最大火力を持って正面から相手を打破する。単純にして明白な勝負。それを選択できるほどの火力と破壊力を闘牙とチンクは合わせ持っている。


チンクの意志を表すかのようにその周囲に待機していた無数のスティンガーがその矛先を闘牙へと向けた後、一斉に射出されていく。それはまるで避けようのない豪雨。その一本一本には並みの魔導師なら一撃で戦闘不能にしてしまうほどの力が込められている。その刃が、爆炎が闘牙に襲いかかる。


だが闘牙はその攻撃を捌き、避けながら体勢を整えていく。その眼は真っ直ぐに目の前の少女、チンクに向けられている。知らず手に握っている鉄砕牙に力がこもる。それは感じ取ったから。この刃に、爆炎に込められているチンクの想いを。


まるでそれはかつてのなのはの様。自分の想いを伝えるためにフェイトと闘い続けたなのは。恐らくはフェイトも今の自分と同じようにその相手の気持ちを感じ取ったのだろう。ただその時と違うところがあるとすれば


チンクの自分への想いはまさしく『好意』そのものであったこと。それは異性だからこそ抱ける感情。そしてかつて自分が一人の少女に感じた感情。


その力が、想いが伝わってくる。何故自分に。そんな疑問が浮かぶもののすぐにそれを切り捨てる。それを考えることはこの瞬間には何の意味も持たない。今の自分にできること。それはこの想いに応えること。自らの想いを持って。機動六課としてでもなく、戦士としてでもなく、一人の男として。


瞬間、闘牙の脳裏にある光景が浮かぶ。それは



自分に微笑みかける金髪の少女の姿だった―――――



闘牙が自らの全力を持って鉄砕牙を振り切る。その瞬間、真の風の傷が全てを薙ぎ払い、チンクの爆炎を、想いを押し返していく。だがそれでもチンクは自らの全力を持ってそれに応え続ける。四年間の自分の想いの全てをぶつけるかのように。互いの想いを込めた一撃によって辺りは凄まじい爆発と衝撃に包まれた―――――





「……姉!……チンク姉!!」

「…………ん」


自分を呼ぶ声によってチンクは静かに目を開ける。そこには自分を抱きかかえている妹のノーヴェの姿があった。一体何があったのか。目覚めたばかりのチンクは何とかそれを思い出そうとするも体中の激痛によって思わず蹲ってしまう。だがその瞬間、思い出す。自分が先程まで闘牙と闘っていたことを。


「無理して動いちゃダメッスよ、チンク姉、大怪我してるんスから!」

「とにかく早くこの場を離脱する、行くぞウェンディ!」

「了解ッス!」


ノーヴェの言葉と共にウェンディはライディングボードの乗りながら、ノーヴェはチンクを抱きかかえながら走り始める。二人はヴィータ達との戦闘に敗退したものの、そのままチンクの援護のためにこの場へと急行してきた。もっとも二人が到着した時には既に闘牙の姿はなかったため、文字通りチンクの救援を行う形となったのだが。


チンクはノーヴェに抱きかかえられながらその場所に目を向ける。爆炎と煙が全てを包み込んでいる場所。だがそこには既に闘牙の、自分の思い人の姿はない。きっと先に行ってしまったのだろう。自分を倒してそのまま。だが甘いのは変わらないらしい。それは自分の体。重傷を負ってはいるもののその体は五体満足。最後まで自分は手加減をされてしまったらしい。それでも


「ノーヴェ……どうやら私は負けてしまったらしい……」


チンクは呟くように言葉を口にする。その眼には涙が流れ落ちる。失ってしまっている左目からも。だが不思議と心は晴れやかだった。成就はしなかったけれど自分は全ての想いを闘牙にぶつけることができた。その喜びがあったから。でもやっぱり悔しさがある。いや羨ましいのかもしれない。闘牙の心の中にあった少女が。


「チンク姉………」


そんな見たことのない姉の姿にノーヴェは掛ける言葉を持たない。だがそれを振り切るかのようにノーヴェは力強くチンクを抱きしめながら疾走する。


それが戦闘機人チンクの敗北。そして生まれて初めての失恋だった―――――





(チンク姉……)


自らの姉であるチンクを心配しながらもセインは地下を潜行しながら戦域からの離脱を試みようとしている。チンクのおかげで時間を稼ぎ、距離を取ることができた。これだけ距離があけば大丈夫。そう判断しセインが転送の準備に入ろうとしたその瞬間、凄まじい地鳴りが襲いかかってくる。そうまるで地面が裂けるかのような


「っ!!」


瞬間、セインは地下から地上へと一気に上昇する、いや脱出する。それはまさに直感と言ってもいいもの。だがそれは正しかった。セインが地上に脱出すると同時にその足元の地面が、大地が崩壊していく。その光景にセインは目を見開くことしかできない。まるで地割れが起こってしまったかのような惨状がそこにはあった。もし地下に潜行したままなら唯ではすまなかっただろう。そして気づく。それが闘牙の風の傷によるものであるということを。


それは刹那の思考。決して油断とはいえないもの。だがその隙がセインにとっては命取りだった。


「え?」


知らずそんな声が漏れる。その視界には闘牙の姿がある。自分から遥かに離れた場所。恐らくはチンクと闘っていた場所からそうは離れてはいない場所。なのに、なのにどうしてそんな闘牙が自分の目の前にいるのか。まるで瞬間移動をしたのではないかと思えるようなあり得ない事態にセインは身動きすらとることができない。それは速さ。妖怪化によって遥かに増した犬夜叉の身体能力が為せる技。その力はセインが稼いだ距離を一瞬でゼロにしてしまうほどのものだった。


闘牙はそのまま自らの拳に力を込める。言うまでもなくそれはセインを行動不能にするためのもの。いつもならその離脱を阻止することもないが今は違う。絶対にそれを持ったまま逃がすわけにはいかない。闘牙は一切の躊躇いも容赦もなくその拳を振り切る。セインはその攻撃に為す術がない。闘牙は自身の勝利を確信する。だがその拳がセインを撃ち抜くかに思われたその瞬間、


闘牙の視界からセインが姿を消した。


「なっ!?」


空を切った拳を何とか抑えながら闘牙は瞬時に体勢を整える。同時にその眼がある方向へ向けられる。それは上空。そこには片腕でセインを抱きかかえているトーレの姿があった。


『足止め』とともにセインが離脱困難な場合に直接『援護』に入ること。それこそがトーレの任務。片腕を失い足止めができず、セインが離脱困難な状況に陥ったことによりトーレはその本来の任務を完遂すべくこの場に現れた。闘牙はその事実と状況に戦慄する。それはこの状況が意味することを悟ったから。トーレの特性、その速度、それはまさに逃亡戦に最大の力を発揮することに。


瞬間、トーレとセインの姿が消える。いや違う。凄まじい速度でトーレはセインを抱えたままその場から脱出しようとする。ライドインパルスによる加速によってまさに音速のごとく飛翔していく。同時に闘牙もその後を追わんと飛翔しようとする。確かにトーレの速度は自分を上回っている。だが妖怪化をしている今ならすぐに見失うようなことはない。間合いに入れれば風の傷を使い、撃墜することもできる。そう判断しての行動。だが


瞬間、闘牙の体に異変が起きる。まるで時間が切れてしまったかのようにその力が抜けていく。それは妖怪化の限界。その五分を超えてしまったが故のもの。これ以上それを使おうとすれば自分の体は耐えられない。それはチンクとの戦闘によって消費してしまった時間。その意味で闘牙はチンクに敗北してしまったと言える。いや、もし妖怪化を使わなくともその結果は変わらなかっただろう。


闘牙はその場に足を止め、ただ遠ざかって行くトーレ達の姿を見送ることしかできない。その跡を追うこともできずただ無力に、それを見続けることしか。同時にその胸中が絶望に染まる。黒真珠が叢雲牙の手に渡る。それが何を意味しているかを誰よりも分かっているから。


闘牙はそのまま鉄砕牙を地面に突き立てる。まるで行き場のない怒りをぶつけるかのように。その顔は苦悶に満ちている。そんな闘牙の元へはやて達が駆けつけてくるも闘牙はそれに気づくこともなくただ顔を俯かせることしかできない。



それが闘牙の、いや機動六課の敗北だった―――――






「諸君、良くやってくれた。これで私たちの悲願は達成されるだろう。」


そんな男の声が施設に響き渡る。その声の主の名はジェイル・スカリエッティ。次元犯罪者であり、戦闘機人ナンバーズの創造主。白衣を着たまさに研究者と言った風貌をしながらもその表情は喜びに満ちている。その姿をナンバーズ、少女たちは嬉しそうに眺めている。今、彼女たちは任務を終え、研究所に帰還してきたところ。黒真珠の奪取という任務を達成したことによる喜びと自らの生みの親、父ともいえる存在であるスカリエッティに褒められてことによって少女たちはまるで年相応のように喜んでいる。いつもならそれを諫めるはずのウーノやトーレも今回は見逃しているようだ。だが全て首尾よくいったわけではない。特にトーレとチンクは深刻なダメージを負ってしまった。しばらくは戦闘を行うことはできないだろう。


「任務で疲れただろう。皆、しばらく休んでいてくれたまえ。」


そう少女たちに告げた後、スカリエッティはそのまま自らの研究室に戻って行く。少女たちは任務が終わったこと、そして解放されたことの喜びによってさらに騒がしくなっていく。故に気づくことはなかった。その言葉の意味も、そして自分たちが何をしてしまったのかを。



自らの研究室の中でスカリエッティは一人、その掌の中の物に目を向ける。だがその姿は先程とは違いまるで生気が感じられない。そう、操り人形であるかのように。そしてスカリエッティはその腰にある刀の切っ先を自らの掌にある宝玉、黒真珠に向ける。瞬間、光が辺りを覆い尽くしていく。それこそが黒真珠の使い方、その力は妖怪の墓場へと持ち主を誘うものだった。目の前の景色が変わって行く。いや塗りつぶされていく。それが収まった先には



一人の妖怪の墓場があった。


生きたものは何一つない世界。骨でできた鳥だけが住む世界。それこそが妖怪の墓場。その中には一つの巨大な亡骸がある。まるで山のように巨大な亡骸。鎧を身に付けた妖怪の骨。それは


『ふっ……久しぶりだな、殺生丸。』


かつての大妖怪、殺生丸の亡骸だった。


その声はその場にいるスカリエッティの声ではない。まるで腰にある刀がしゃべったかのような声。そしてそれは間違いではない。


『叢雲牙』


それがその刀の名前。そして今、スカリエッティを操っている存在だった。


叢雲牙は思い返す。それはこれまでの五百年の日々。かつて叢雲牙は犬夜叉の父によってその力を封じられていた。その力はまさしく大妖怪に相応しい物。いくら叢雲牙でもそれを破ることはできなかった。だがその機会が訪れる。それは犬夜叉の父の死。人間の女と半妖である子供のために人間に殺されるという惨めな最期。それによって自分は自由になれるはずだった。だがそれは覆される。鞘による封印によって。それによって再び自分は封じられてしまう。しかしあきらめてはいなかった。その封印は時間が経てば解けるものであることを悟ったから。


そして長い月日が流れる。そしてついに自分の封印を解く者が現れる。それがこの体、ジェイル・スカリエッティ。その無限ともいえる欲望が自分を解き放った。だが封印を解かれた自分はその力のほとんどを失ってしまっていた。全ての力を取り戻すには長い年月が必要だろう。だがそれは些細なこと。それ以上にこの男、スカリエッティのもつ知識と頭脳に驚かされた。特に次元世界と言う概念。それを支配することができるかもしれないという喜びが自分を支配する。自分はそのままこのスカリエッティを利用することにする。その頭脳もだが、スカリエッティは様々な権力とつながりがあるらしい。ならばそれを利用しない手はない。


四魂の玉と黒真珠。その二つを手に入れるために自分は動き始める。年月が経てば力を取り戻せるがそれが早まるのならそれに越したことはない。四魂の玉はまさに無限の妖力を持っていると言ってもいい宝玉。それがあれば自分は間違いなく力を取り戻すことができる。四魂の玉は五百年周期で現れる存在。ならばこの時代に現れているはず。そして黒真珠。この時は犬夜叉の父が封印された黒真珠を手に入れるつもりだった。それは自分にとっての最高の体を手に入れるため。スカリエッティは確かに優れた知識と頭脳を持っているがそれだけでは自分は真の力を発揮できない。その二つを手に入れることが狙いだった。しかしそれ自体に焦りはなかった。自分を邪魔する者はもう存在しない。それがその理由。だがそれは覆される。クワットロが捉えた映像によって。


そこには半妖であり、奴の息子、犬夜叉の姿があった。何故この時代に犬夜叉が。だがその手にある鉄砕牙が間違いなくその少年が犬夜叉であることを示している。その力も並みのものではない。父や竜骨精には及ばないもののそれは間違いなく大妖怪に匹敵するほどの物。今の自分では間違いなく対抗できない程の力。だが奴は自分の存在には気づいてはいないようだ。だがこのまま放っておくには危険が大きすぎる。そう判断し、叢雲牙はある手段を取る。それは闇の書の暴走による世界の崩壊。それにより犬夜叉を排除しようと画策する。だが結果的にそれは失敗に終わった。そのことに悔しさはあったものの叢雲牙は沈黙を続けることにする。直接手を出せばこちらの存在が犬夜叉に気取られる危険があったからだ。とにかく一刻も早く二つの宝玉を手に入れること。それさえ出来れば犬夜叉など恐るるに足らない。だが叢雲牙にとっても予想外の事態が起きる。


それは鞘が犬夜叉と接触してしまったこと。それにより犬夜叉は叢雲牙の存在に気づいてしまう。そこから叢雲牙と犬夜叉の四年間に渡る戦いが始まる。戦いといっても叢雲牙が犬夜叉の追撃か逃げ続けているといったほうが正しいだろう。直接的な戦闘は戦闘機人たちが行っていた。元はスカリエッティが自らの計画のために作り出した存在だったようだがそれを利用しない手はない。文字通り捨て駒として叢雲牙は彼女たちを利用する。もっとも犬夜叉がそれを見逃すのは予想外だったが。だがそれは嬉しい誤算でもあった。その甘さはかつての奴の様。やはり蛙の子は蛙。その甘さが命取りになるのは間違いないというのに。だが戦闘機人たちは思いのほかよくやってくれた。おかげで黒真珠を手に入れることができたのだから。ここにはいない二番には最高評議会の始末を既に命令している。これで自分を縛るものは存在しない。


四魂の玉を見つけることが出来たのはまさに偶然と言ってもいい。それは叢雲牙が自分の回復した力の一部を試すために冥界への道を一時的に開いた時。そこで叢雲牙は四魂の玉の力を感じ取り、それを手に入れた。何故四魂の玉が冥界に。だがそれは四魂の玉を手に入れたことによって判明する。それは五百年前の争い、そしてその結末。今の犬夜叉が本物の犬夜叉ではないという事実。だがそんなことは叢雲牙にとってはどうでもいいこと。だが四魂の玉を手に入れただけでは完全とは言えない。万が一ということもある。それはかつての叢雲牙にはない慎重さ、いや狡猾さと言ってもいいかもしれない。スカリエッティを操っているからこそ得られたもの。その力によって今自分は全てを手に入れた。



『ふん……天生牙か……だが残念だったな……お前が現世に戻ることは二度とない』


叢雲牙は殺生丸の墓の中にある天生牙に向かってそう告げる。恐らくはそれは殺生丸が犬夜叉に遺したものだったのだろう。もし天生牙が犬夜叉の手に渡っていればいくら四魂の玉で力を取り戻した自分でもどうなっていたかは分からない。だが運は自分に味方してくれたようだ。殺生丸の体だけではなく、天生牙を奴の手に渡ることを阻止できたのだから。


そして叢雲牙はついに四魂の玉の力を解き放つ。今まで叢雲牙は鞘にそれを気づかれるのを考え、使ってはいなかった。だがもはや自分が恐れる者は、いや自分を止められる者はこの世には存在しない。


四魂の玉がその力を解放しながら叢雲牙によって吸収されていく。それは叢雲牙だからこそできること。妖怪であれば四魂の玉の意志によって操られてしまう。だが太古の悪霊である自分にはそれは通用しない。文字通り、叢雲牙は四魂の玉を我がものとした。


その瞬間、この世の物とは思えない程の邪気と妖気が辺りを包み込んでいく。それが叢雲牙の真の力。手にした者は天下を取ると言われる天下覇道の剣。その呪われた剣が今この瞬間、復活した。


その力が殺生丸の亡骸を包み込んでいく。その妖しい光が禍々しい力を持ってそれを取り込んでいく。それこそが叢雲牙の力。そしてその光が収まった後、風景は既に研究所の物へと戻っていた。それは黒真珠がその力を使い果たしたこと、そして天生牙が二度と現世には戻ってこないことを意味している。


そこには二人の男の姿がある。


一人はスカリエッティ。だがスカリエッティはまるで糸を切られた人形のように床に倒れ込んでいる。まだ息はあるようだが意識を失ってしまっているようだ。


そしてもう一人。


それは一人の青年。長い銀髪に鎧を身につけている。だがその表情はどこか冷たさを感じさせるもの。だがまるでその体から生気が感じられない。まるで死んでいるのではないか、そう思ってしまうほどに。だがそれは間違いではない。間違いなくその青年は死者、亡者なのだから。そしてその手にはある物が握られている。それは叢雲牙。その刀身から凄まじい力が解き放たれていく。それにより研究所はまるで腐って行くかのように崩壊を始めていく。その力はまさにこの世の終わりを告げるもの。

その力に叢雲牙すら驚きを隠せない。それは四魂の玉によって全盛期以上の力を手に入れた、そして戦国最強の妖怪『殺生丸』の肉体を手に入れた叢雲牙の力。


叢雲牙は確信する。これこそが究極の力。かつての犬夜叉の父、竜骨精を遥かに超える力。例え犬夜叉が天生牙を手にしたとて足元にも及ばない程の力を今、叢雲牙は手に入れた。



さあ、始めよう。


まずは試し斬りをあの用済みの人形たちで


そしてこの世界の人間たちを根絶やしに


最期に犬夜叉と人間の分際で自分に楯突いた機動六課の魔導師たちに恐怖と絶望を。そのための駒も既にこの手にある。


瞬間、叢雲牙が地面に突き立てられる。同時にその力が、まるでこの世のすべての不吉を孕んでいるのではないかと思える程の邪気がミッドチルダを包み込んでいく。


それは『一振りで百の亡者を呼び戻す』叢雲牙の力。


その力がこの地に眠る魂を、冥界にある魂を呼び戻していく―――――


この世とあの世の境が、境界が崩れ去って行く―――――



『さあ、祭りの始まりだ』



今、ミッドチルダ、そして全次元世界の命運をかけた決戦の火蓋が切って落とされた――――――



[28454] 第61話 「叢雲牙」
Name: 闘牙王◆53d8d844 ID:e8e89e5e
Date: 2012/01/21 07:06
「ま……待って、トーガ!」


制止の声と共にフェイトが慌てながら闘牙の後を追って行く。だが闘牙はまるでそんなフェイトの声が聞こえていないかのように早足で歩き続けている。今、フェイトと闘牙は機動六課の隊舎の中にいる。それは闘牙がホテル・アグスタでの戦闘が終わった後、自分たちに何も言わないまますぐに転移し六課の隊舎に戻って行ってしまったのをフェイトが追いかけてきたから。フェイトは会場での人命の保護を行っていたため詳しい経緯は知らないが戦闘機人たちにあの黒い真珠を奪われてしまったという報告だけは受けていた。だが目の前の闘牙の様子は尋常ではない。その表情はまるで今すぐにでも戦いにでも行くのではないかと思えるほどの物。全く余裕がない、いや焦燥に駆られているかのようなその姿。何とか事情を聞こうとするものの闘牙はそれに全く聞く耳を持たないまま歩き続けている。そしてそれは唐突に止まる。フェイトもそれに続くように驚きながらもその足を止める。そこは闘牙の部屋の前だった。そして闘牙は迷うことなくそのままの勢いで部屋の中へと入って行く。


「あ、兄貴っ!? どうしたんだ、一体!?」


部屋の中にいたアギトがいきなり部屋に入ってきた闘牙に驚きの声を上げる。ただそれだけならそこまでは驚きはしなかっただろうがその尋常ではない、鬼気迫るような闘牙の姿がその理由。闘牙はそんなアギトの姿を見ながらもそのままある物に向かって手を伸ばす。そこにはいつもように眠りについている鞘の姿があった。闘牙はそれを起こすかのように乱暴に手にとる。


『な……何じゃ!? もっと丁寧に扱わんか、闘牙!』


いきなり起こされたこととその扱いに鞘がそう悪態をつく。いくらいつも寝ていると言ってもこんな扱いはないだろうというある意味当たり前の愚痴。だがそれを聞きながらも闘牙はそのまま今の状況を簡潔に鞘に伝える。


「殺生丸の黒真珠が奪われた……叢雲牙の居場所は分かるか……?」


まるで呟くように闘牙はその言葉を口にする。だがその言葉には余人には分からない程の重みがあった。鞘もその言葉によって今の状況を理解する。それは叢雲牙の力と殺生丸の存在を知っているからこそ。だが


『いや……わしにはおおまかな場所しか分からんし……あまり気が進まんのう……』


鞘はどこか冷や汗を流しながらそう言葉を濁す。その姿はまるでかつての冥加の様。危険を感じとった故の行動。


「それで十分だ、行くぜ。」


しかしそんな鞘のささやかな抵抗などどうでもいいとばかりに闘牙は鞘を手にしたままその場を後にしようとする。どこに闘牙が行こうとしているかなどもはや語るまでもない。その気迫に押されながらもフェイトは何とか闘牙を止めなければと焦った時


「闘牙君、一人でどこに行くつもりなん?」


はやての声が闘牙に向かって掛けられる。いや、はやてだけではない。そこには任務に参加していた六課のメンバー全員の姿がある。はやてはフェイトに遅れながらも闘牙の後を追ってきたところ。そして目の前の状況。六課の隊長として見過ごせるものではない。そんな雰囲気を発しながらはやては闘牙と向かい合う。


「……決まってんだろ、叢雲牙のところだ。」


闘牙はそんなはやての雰囲気を感じ取りながら迷いなく応える。その眼が邪魔することは許さないと語っている。二人の間に緊張が走る。フェイトたちはそんな二人の姿に言葉をはさむことができない。


「鞘のお爺さんだけじゃ正確な位置が分からんのは知っとるはずやろ? なのに何でそんなに焦ってるん?」


闘牙の焦りを見抜いたはやてはそうまるで諭すかのように闘牙に話しかける。今の闘牙の様子は異常だ。鞘だけでは叢雲牙の居場所を正確に見つけることができないことなど既に分かり切っているにもかかわらずそれを強行しようとしている。しかも自分たちには何も告げず、恐らくは一人きりで。


「…………」


はやての言葉によって少しは冷静さを取り戻したのか闘牙はどこか苦渋の表情で顔を俯かせる。だがその鞘を握る手に力がこもる。その力に鞘が声にならない悲鳴を上げているが誰もこの場ではそんなことは目には入ってはいなかった。沈黙が部屋を支配する。フェイト達もただそれを見守ることしかできない。だが皆、心の中で気づいていた。闘牙がこんなにも焦っている理由を。それは


「あの黒い真珠のロストロギア……あれが原因なんやろ?」


戦闘機人たちに奪われた黒い真珠。それが闘牙が焦っている原因であることは明らか。特にそれを見た時と、奪われた後を追う姿を見ているフェイトには一目瞭然だった。だが分からない。あの黒い真珠にはそれほどの力が、何かがあるのだろうか。話しぶりからするに鞘はそれが何であるかを知っているようだ。それはつまり五百前の戦国時代に関係する物だということ。そのことに思い当った瞬間、フェイトの脳裏にある記憶が蘇る。それは六年前、闇の書に取り込まれた時にみた闘牙の過去。その中で自分は見ていた。黒い真珠を。あれは確か―――――




瞬間、世界を闇が覆い尽くした―――――



「「「っ!?」」」


その感覚にその場にいる者全てが戦慄する、いや恐怖する。それは寒気。例えようのない寒気が、悪寒が体を支配する。心の底に響くような暗い、嫌悪するような感覚。知らず体が震えだす。それは本能。死を恐れる人間の本能。だがこれをフェイト達は知っていた。同じだ。これは四年前、鞘を見つけた研究所に残っていた邪気。ただあの時とは決定的に違うことがある。それはその強さ。その邪気の強さは先の比ではない。そして恐らくは叢雲牙から距離があるにもかかわらずこれ程の力。それはつまり


『叢雲牙が復活してしまったようじゃな……』


叢雲牙がその力を取り戻したということ。同時に自分たちがそれを食い止めることができなかったことを意味していた。


そのことにフェイト達が戦慄し、立ちつくしている中、闘牙は一人、鞘を手にしたまま部屋を後にしていく。その姿には一切の迷いも恐れもない。ただ戦いに向かう剣士の姿がそこにはあった。


「ト、トーガ、私たちも」

「最初に言ったはずだぜ。叢雲牙とは俺が闘うってな。」


フェイトの言葉を遮るように闘牙がそう告げる。それは闘牙が六課に入る時の取り決め。叢雲牙とは闘牙が闘うこと。故に自分たちは戦闘機人、ガジェットと闘うことがその役目だった。だから闘牙が言っていることは正しい。何も間違っていない。でも


「叢雲牙は俺がぶっ壊す……これは俺の戦いだ。」


闘牙はそう言い残し、背中を向けたまま六課を去って行く。その言葉に、姿にフェイト達は掛ける言葉を持たない。それは悟ったから。これから闘牙が挑もうとしている相手、叢雲牙には自分たちは敵わないことを。付いて行っても足手まといにしかならないであろうことも。

機動六課はただ闘牙が去って行くのを見送ることしかできなかった――――





悪夢


それ以外の言葉ではこの状況を、光景を言い表すことはできない。


泣き叫ぶ人々の声。


崩壊し、廃墟と化した街。


嵐が起こるのではないかと思えるような暗雲。


それが今のミッドチルダの姿。あの温かな、人が溢れていた街の面影はどこにもないまさに地獄そのもの。


そんな中、一人の男が立ち尽くしている。その手には杖のデバイスが握られている。彼は地上部隊に所属している魔導師。決して高ランクの力を持っているわけではないがそれでも魔導師として、管理局員としてミッドチルダを守ってきた。だがその顔は恐怖に、体はそれによって震えてしまっている。上手く呼吸することができない。自分が何故ここにいたのかすら忘れてしまうほど。


それは突然訪れた。何の兆しもなく、まるで天災の様に。正体不明の魔導師の集団によるテロ。それがその第一報だった。その鎮圧のために自分たちは出動した。だがその任務はこれまでの自分たちの認識を、常識を大きく超えたものだった。そこではまさに虐殺が行われていた。まるでごみの様に倒れ伏している人々の姿。破壊しつくされた街の姿。これが現実なのか。そう思ってしまうほどの凄惨な光景。そしてそれを行ったであろう魔導師の集団。だがそれこそがこの光景、世界の中でもっとも異質なもの。


それは人だった。


その姿はまさしく人そのもの。だが違う。それは本能。目の前にいる存在は人の形をしたナニカだと。


その眼にはまったく意志が感じられない。その顔には全く生気が感じられない。


『死者の軍勢』


その言葉がそれを現す最も相応しい言葉だろう。その数は恐らくは千を超えるであろう程の物。いや、それを大きく超えているのは間違いない。


その死者たちは何のためらいも、容赦もなくその力を振るってくる。まるで生きている者全てをこの世から葬るかのように。


そしてそのもっとも恐ろしい点はその全てが魔導師であり、その魔法が全て殺傷設定だったということ。


その凶刃が、魔導師と民間人の区別もなく、大人と子供の区別もなく襲いかかる。自分たちの部隊もその全力を持ってそれに対抗した。だがその圧倒的数、そしてその力の前に為すすべなく倒れて行った。


確かに自分たちの魔法は通用しているらしい。その証拠に致命的と思える魔力ダメージを与えた相手はまるで砂に還るかのように消えて行ってしまう。それこそがまさに目の前の存在が自分たちの理解を超えたものであることの何よりの証明でもあった。


そして彼は唯一人、その場に残された。その傍らには仲間だった、戦友だった者たちの亡骸がある。そして死者の軍勢は何の意志もみせずただ自分に向かってくる。まるで人形のように、無慈悲に、正確に。


その体が震える、目が見開かれる。だがそれは自身の死を悟ったからではない。自分は地上を守る管理局魔導師。ならばその中で命を落とすことは既に覚悟している。確かに死ぬことは怖い。それは隠しようもない事実。だがそれ以上の恐怖が、戦慄がその眼に写り込んでくる。それは


「兄さん………?」


目の前にいる死んだはずの兄の姿だった。


何故。何故兄がこんなところにいるのか。兄は間違いなく死んだはず。管理局魔導師として市民を守るためにその命を失ったはず。そんな兄の様になりたくて自分はこの道を選んだ。それなのに、それなのに何故兄が、守るべき人達をその手に掛けているのか。


その兄であった死者から光が放たれる。何の誇りも、意志もないただ相手の命を奪う力、魔法が放たれる。彼は絶望を抱いたままその光に飲み込まれていく。



かつてミッドチルダを守るために闘ってきた魔導師達。それが死者の軍勢の正体。この地に眠る魂たち。それこそが叢雲牙の狙い。かつて守ってくれた者たちによって滅ぼされる。そんな残酷な結末をみせるための駒がその正体だった―――――





「一体どうなっている!?」

「わ……分かりません……通信が妨害されているのかどの部隊とも連絡が取れません!」


レジアスの怒号が響き渡るものの通信士はただそう言葉を返すことしかできない。だがそれはその場に限った話ではない。ここは地上本部の指令室。だがいつもの冷静な局員の姿はそこにはない。皆、あり得ない事態、そして緊急の事態に混乱し、まともに動くことができない。だがそうなってしまうほどの危機が今の地上を、ミッドチルダを襲っているという事実だけは皆悟っていた。


(スカリエッティか、最高評議会の仕業か……!? いや、それにしてはこの状況は異常すぎる!)


レジアスは焦る心をさえながら何とかこの状況を分析しようと試みる。


『死者の軍勢』


そんな信じられない事態。だが信じざるを得なかった。目の前で起きている現実。たとえどんなに信じられないような光景でもそれが今、ここで起こっているのは間違いない。それにより地上の平和が、ミッドチルダの平和が脅かされている。その事実だけで十分だ。だがそれが現れた地点が気にかかる。それはまるでミッドチルダの中心部から生み出されているかのようにその数を増している。間違っても転移などによって呼び出されているわけではない。そしてその場所は恐らくはスカリエッティの研究所があった地点。自分には既にスカリエッティの詳細な情報は最高評議会からは与えられていないため絶対とは言い切れないが独自の調査でそのことは掴んではいた。だがこの状況は最高評議会の狙いとは思えない。ミッドチルダを崩壊させることは最高評議会にとっては何のメリットもない。その証拠に評議会はスカリエッティにもミッドチルダを襲わないように釘を刺していた。ならばスカリエッティの仕業と考えるのが妥当だろう。だがこの力。それは魔法ではありない。死者を蘇らせる魔法など存在しない。ならば古代のロストロギア。考えたくはないがその力の可能性が一番高い。しかし今はそんなことを考えている場合ではない。


「通信が可能な部隊には民間人の保護を最優先させろ! 残った部隊は一旦下がらせて防衛ラインを作らせろ!」

「は……はいっ!!」


レジアスの命令と共に混乱していた司令部は何とか落ち着きを取り戻しながら動き出す。だがそれすら苦肉の策であることには変わりない。千を超える魔導師の軍勢。しかも倒しても次から次に新しい死者が増えていく。まさしくゾンビの様な不死の軍団。その原因をどうにかしなければ追い詰められてしまうのは明白。だがそれでも自分たちは二つの施設をまず守り抜かなければならない。


一つが避難シェルター。


言うまでもなく救助された民間人を保護している施設。それを守ることが最優先。


二つ目が転送施設。


それはミッドチルダから他の次元世界への転移を制御する施設。ミッドチルダへの転移の出入りの際にはこれを介す必要がある。今、その施設によってミッドチルダから別の次元世界への転移はできないように設定されている。それはバイオハザードに匹敵する事態が起きた時の対応。今それを解いてしまえばあの死者の軍勢がミッドチルダだけでなく他の次元世界にまで溢れだしてしまうことを意味している。それだけは許してはいけない。だがそれは民間人たちをミッドチルダから逃がすことができないことも意味している。まさに苦渋の決断。


どうすることもできない事態と無力な自分に怒りを覚えながらもレジアスは遺された手段でこの事態に対応するべく声を上げ続けるのだった―――――





まだかろうじて崩壊を免れている高層ビルの上に一人の青年の姿がある。荒れ狂う風によってその銀髪と赤い着物がたなびいている。だが青年、闘牙はそれを気にすることもなくただ眼下の光景を見つめている。そのまさに地獄とも言うべき惨状を。


その顔は後悔に満ちていた。分かっていた。自分はこうなることを分かっていた。それを防ぐためにこの四年間戦って来た。だが結局自分はそれを防ぐことができなかった。この事態を、状況を防ぐことができたかもしれないのに。


闘牙は静かに目を閉じる。後悔は後だ。今はただ自分ができることを、為すべきことをするだけ。


その眼が捉える。そこにはまるで地面が隆起したかのような、塔の様なものがある。恐らくはあそこに叢雲牙はいる。恐らくは自分を待ち構えているのだろう。叢雲牙が考えそうなことだ。だがそこに辿り着くにはあの死者の軍勢を退けなければならない。その数は優に千を越えている。時間が経てば恐らくその数はさらに無尽蔵に増えていくのだろう。ならば今しか叢雲牙と闘う機会はない。どちらにせよ逃げたところで何の意味もない。この世とあの世が繋がってしまえば逃げ場など無いのだから。


その軍勢を見ながら闘牙は思いだす。それはかつての竜骨精との決戦。その時と状況は酷似している。だが違うことがある。


あの時、自分は師匠を竜骨精と一対一にするために戦った。だがここにはもう師匠はいない。ならばその役目を自分が果たさなければ。恐らくはこの先には自分が想像した光景がある。ならば弟子としてそれを止めなければならない。


そして自分の傍にはかつての仲間たちはいない。かごめも、弥勒も、珊瑚も、七宝も、雲母も。


だがそれは仕方のないこと。あの時と状況が大きく異なる。フェイト達を巻き込むわけにはいかない。どちらにせよ人間では叢雲牙とは戦えない。何よりもこれは俺の、犬夜叉の因果の戦い。ならば俺が決着をつけるしかない。そんなことを考えたその時


自らの腰にある鉄砕牙が騒ぎだす。まるで自分がいると、そう訴えかけるかのように。これからの戦いを前にした武者震いの様に。



「そうだな………」


そんな鉄砕牙の姿に闘牙はどこか不敵な笑みを見せる。そうだ。自分は一人ではない。五百年前からずっと共に闘ってくれた戦友がここにいるだから。だから行こう。例え勝ち目がない戦いでも、それでも道を切り開くために。



「行くぜ、鉄砕牙っ!!」


咆哮と共に鉄砕牙を抜きながら闘牙は全力を持って死者の軍勢の中に飛び込んでいく。



五百年前、犬夜叉の体に憑依し、かごめと出会ってから続いてきた闘牙の戦い。その最後の戦いの火蓋が切って落とされた―――――――



[28454] 第62話 「絶望」
Name: 闘牙王◆53d8d844 ID:e8e89e5e
Date: 2012/01/23 12:06
それは風だった。


突如それは巻き起こった。何の予兆もなく、まるで全てを薙ぎ払うかのような暴風が、嵐が。


その光景を彼らは、彼女たちはただ呆然と見つめることしかできない。それは地上部隊に属する魔導師達。他の部隊との連絡も途絶え、孤立無援、ただ死者の軍勢に飲み込まれるのを待つことしかできなかった。そしてついにその時が訪れようとした瞬間、目の前の光景が展開された。


一陣の風が死者の軍勢を薙ぎ払って行く。その力によって死者たちは為すすべなく、吹き飛ばされていく。自分たちが手も足も出なかった相手が一瞬で葬り去られていく。夢なのではないか。そんなことを考えてしまうほど現実感が湧かない。死者が蘇る、そしてこの理解できない光景。だが彼らは確かに見た。


赤い服を着た銀髪の青年が巨大な剣を持って死者の軍勢に飛び込んでいく光景を―――――




「おおおおおおっ!!」


咆哮と共にその手にある鉄砕牙が振り下ろされる。瞬間、その風が全てを飲みこんでいく。まるで道を作るかのように目の前の死者の軍勢を薙ぎ払って行く。それは風の傷。一振りで百の敵を薙ぎ払う鉄砕牙の力。その力によって無数にひしめき合っていた死者の軍勢の中に一筋の道ができていく。その先には凄まじい邪気の塊がある。それこそが死者の軍勢の中心。天下覇道の剣、叢雲牙が待ち構えている場所だった。その一点を目指して闘牙は自らが作った道を駆け抜けていく。だがそれをさせまいと風の傷から逃れた死者たちが襲いかかってくる。それはまさに数の暴力。圧倒的な物量。その光景を目の前にすれば立ちすくんでしまう、怖気づいてしまう程の光景。しかしそれを前にしても闘牙は全くひるむことはない。その眼には一切の迷いも恐れも見られない。自らの手のある鉄砕牙を振るい、その死者たちを斬り伏せ、吹き飛ばしながらただ進み続ける。


それはもうこの世には存在しないはずの半妖、犬夜叉の力。魔法ではない力。闘牙はそれを持って死者たちを葬って行く。人の姿をした者たちを倒していくこと。それに抵抗がないはずなど無い。だがそれでも彼らは死者。この世にいてはいけない者たち。その意志を奪われた存在。ならば魂を縛られた彼らを解放してやるのが自分の役目。そう迷いを振り払いながら闘牙は闘い続ける。しかしその死者の姿はまさしく生前そのもの。記憶の中では叢雲牙によって呼び戻された亡者たちは骸骨に近い姿だった。だが目の前の死者たちは生気は感じれないもののその姿は人間そのもの。それが意味することは一つ。叢雲牙がかつて以上の力をもって復活したという事実。そのことに焦りを感じた瞬間、背後から魔力弾が次々に闘牙に襲いかかってくる。その気配を瞬時に感じ取った闘牙は体を翻しながら何とかそれを躱す。その視線の先には


倒したはずの死者たちの姿があった。その光景に闘牙は思わず目を見開くことしかできない。それが叢雲牙の、死者たちの力。まさしく不死ともいえる再生力だった。


だがそれを闘牙は知らなかったわけではない。記憶の中で蘇った死者たちも再生力は持っていた。しかし目の前の死者たちのそれは闘牙の記憶を大きく超えている。闘牙はそれを考え風の傷によって粉々に死者たちを葬っていた。中には致命傷を免れる者もいるだろうが闘牙の目的は叢雲牙の元に辿り着くこと。死者をすべて倒すことではない。ならばその間の時間が稼げればいい、そう考えていた。だが目の前の状況はその考えを打ち砕いてしまうもの。闘牙は一瞬の内にその周囲を死者の軍勢に囲まれてしまう。逃げ場などどこにもない、まさに四面楚歌の状況。


「邪魔だあああっ!!」


それを打破すべく、鉄砕牙の風の傷が再び死者たちに向かって放たれる。それはそのまま一陣の風となって軍勢の中に穴を作って行く。闘牙はそのまま飛び上がり、その穴を、道を駆け抜けようとする。だがその瞬間、まさに一瞬で倒したはずの死者たちは蘇り、闘牙の前に立ちふさがる。闘牙はそのことに気づきながらも力づくでそれを突破しようと試みる。だがそれを許さないとばかりに死者たちがその力を振るう。無数の魔力弾と砲撃。まるで豪雨のような魔法が闘牙に襲いかかってくる。その光は闘牙の視界を遮ってしまうほど。


「ぐっ………!!」


瞬く間に闘牙は魔力の爆発の海に飲み込まれていく。その周りがその衝撃と威力によって焦土と化していく。闘牙は咄嗟に鉄砕牙とその鞘の守りによってそれを受け流そうとするがその規模は凄まじく全てを受け流すことはできず、徐々にダメージを負って行ってしまう。風の傷でそれを薙ぎ払うも、死者たちはすぐに蘇り再び魔法の雨を降らせてくる。


『闘牙、このままではまずいぞ! ここはいったん退いたほうが……』

「うるせえぞ、鞘! 弱音を吐いてねえでお前も何か考えろ!」


闘牙の腰にある鞘が今の状況にそう弱音を口にするも、闘牙は声を荒げそれを一喝する。
だが鞘が言っていることはある意味正しい。闘牙はどうしようもない状況に苦悶の表情を見せながらも、何とか対抗策を模索する。


妖怪化。それを使えば力づくでもこの場を突破することはできるだろう。だがそれでは意味がない。妖怪化は叢雲牙と闘うために温存しておく必要がある。ここで使ってしまえば自分は叢雲牙と闘うことができない。


冥道残月破。これならば風の傷とは違い死者たちは再生することはない。だがそれを使うには風の傷以上の体力を使う。連発することは難しい。何よりも相手は死者。冥道残月破が通用しない可能性もある。


上空を飛行し、一気に叢雲牙の元まで突っ切る。それが恐らくは最短で叢雲牙へたどり着ける方法。だが魔導師には空戦ができる者がいる。またそれをすれば自分は死者たちからの全ての攻撃の的になり、撃墜されてしまうのは目に見えている。いくら自分でも千を超える魔導師の一斉攻撃に対抗などできるはずがない。


まさに八方塞がりの状況に闘牙が焦りを募らせながらも鉄砕牙を握る手に力を込めようとしたその瞬間、白銀の矢が死者の軍勢を貫いた。同時にその着弾点から凄まじい規模の爆発が起こり、次々に死者たちを巻き込んでいく。それはまさに殲滅兵器と言ってもおかしくない程の威力。恐らくは風の傷にも匹敵しうるであろうもの。だがそれだけではない。その爆発から逃れた死者たちが翠の鎖によって絡み取られ、その動きを封じられる。加えてそれを待っていたかのように金と桜色の光が動きを封じられた死者たちを飲みこんでいく。


闘牙は驚きながらその光景に目を奪われることしかできない。だがすぐに悟る。目の前の光景が意味すること。それは


「なんや、闘牙君、随分苦戦しとるやんか。」


自分の仲間たちが来てくれたという、ただそれだけのことだった。


「お前ら……」


闘牙は体勢を整えながらそこに目を向ける。そこにはフェイト、なのは、ユーノ、はやての四人の姿がある。そこにはシグナムとヴィータの姿はない。それははやての判断。二人は先の戦闘機人との戦闘によって大きなダメージを受けており、この戦闘には耐えられない。そのため今は避難シェルターと転送施設の防衛に付いている。叢雲牙についての情報を本部に伝える役目も兼ねての物だった。


フェイト達は皆、バリアジャケットを身に纏い、どこか自信がある姿を見せている。まるで親に良いところを見せようとする子供の様に。



「ごめん、トーガ……でも私たちも一緒に戦いたいの。」


どこか気まずそうな表情を見せながらも、はっきりとフェイトは闘牙に告げる。その言葉を証明するかのように自らの相棒であるバルディッシュを握る手には確かな力が込められている。闘牙と共に戦うこと。それがフェイトが六課に加わった一番の理由。それが今なのだと、そう伝えるかのように。その言葉にかつての光景が蘇る。それは自分に同じ言葉を告げた一人の少女の姿。


そんなフェイトの姿に闘牙が目を奪われていた時、闘牙は気づく。それは先程の攻撃によって倒された死者たち。それが復活していない。あれだけの再生力を持っていた死者たちが何故。だがすぐに悟る。それは死者たちが魔法によって倒されたからであることに。死者たちは魔導師であるがゆえに魔力によるダメージなら倒し得るのだと。


「そうだよ。私たちは仲間なんでしょ。だったらもっと頼ってくれなきゃ。」


フェイトの言葉に続くようになのはが告げる。その表情は微笑みながらもどこか意地悪をしているような雰囲気がある。闘牙は思いだす。なのはの言葉。それは六年前、自分がなのはに告げた言葉であることに。


「残念だけど嫌だって言っても僕たちは付いていくよ、闘牙。」


とどめとばかりにそんなユーノの言葉が告げられる。そこには優しさの中にも揺るがない強さを秘めたユーノの姿がある。その手にはなのはを守るために手に入れた力、デバイスの姿。


闘牙は知る。六年前出会った少女達。彼女たちは成長し、自分と肩を並べることができるほどに大きくなったことに。かつての仲間たちはもういない。だが今の自分にはそれに勝るとも劣らない仲間がいる。なら何を恐れ、迷う必要がある。


「………ああ、お前たちこそ遅れるんじゃねえぞ!」


闘牙はどこか照れくさそうにしながらも宣言する。仲間たちがいれば目の前の死者の軍勢など恐るるに足らない。そう伝えるかのように。



「エクセリオン……バスタ――――!!」
「プラズマ……スマッシャ――――!!」


なのはとフェイトの砲撃が、光が道を開いていく。その光によってまるで浄化されるかのように死者たちは砂に還って行く。闘牙たちはその道を一気に駆け抜けていく。だがそれをさせまいと魔法の嵐が闘牙たちを襲ってくる。だがそれは一つも届くことはない。それはユーノの力。その翠の盾が全てを弾き、受け流していく。遠距離からでは手がないと判断したのか死者たちはその身をもって接近戦を仕掛けようとしてくる。だが


「させへんよっ!」
『はいです!』


それははやてとリインの広域魔法によって防がれる。なのはとフェイトの砲撃から逃れた死者たちをまとめて倒すことがはやての役割。ユニゾンをしているリインもそれに応えるべくその力を振るう。


フェイトたちは互いが互いを補い合い、全く淀みも危なげもなく進み続ける。お互いを信頼し、完璧な連携で戦いぬいていく。それがこの六年間で得たフェイト達の力、魔法の力。そしてその中で培われた絆の強さを物語っていた。それは今、一つのことに使われている。それは闘牙のために。闘牙を消耗させずに叢雲牙の元へと辿り着かせることために。それはかつて闘牙が殺生丸のためにしたことと同じこと。その役目をフェイト達は果たそうとしていた。


その力によって闘牙たちは一気に叢雲牙がいるであろう場所へと駆け抜けていく。そしてその場所が見えてきた時、死者の軍勢はその動きを止めてしまう。いや、それだけではない。そのまま死者たちはまるで道を空けるかのような動きを見せる。その先には



『よく来たな、犬夜叉』


一人の男の姿があった。


その姿にフェイト達は目を奪われ、身動きを取ることができない。目の前の男はその手に剣を握っている。恐らくはそれが叢雲牙なのだろう。その剣から放たれている力になのはたちはさらされる。唯それだけで体が震え、身動きが取れなくなる。咄嗟にシールドを展開することでそれを防ごうとするがそのすべてを防ぐことはできない。相手は立っているだけ。まだ戦ってもいないのにこの力。ロストロギアと言う枠からすら逸脱しかねない存在。なのはたちは理解する。自分たちが、人間では叢雲牙には敵わないという闘牙の言葉の意味を。


その眼は男に向けられる。それはまるで闘牙の様。その髪も、見た目も。だがその頭には犬の耳はない。加えてその顔も雰囲気も異なっている。だがなのは達は悟る。目の前の男が人間ではないことに。それは本能。目の前の男から感じる感覚。それが絶対的強者が持つものであることをなのは達はその身で感じ取っていた。


だが闘牙はそれに応えようとはしない。ただその眼が全てを物語っていた。それは視線で相手を殺すことができるのではないかと思えるほどの怒りに染まっていた。鉄砕牙を握る手に力がこもる。まるで今すぐにでも飛び出しかねない勢い。その眼には叢雲牙の姿はなかった。そこには



自分にとっての師、自分が知るままの殺生丸の姿があった―――――


『五百年ぶりの兄弟の再会だ。いや、お前にとっては師か。感謝しろ犬夜叉。我のおかげでそれができたのだからな』


心底面白いとばかりに叢雲牙が闘牙に向かって告げる。その残酷な事実を。だが殺生丸はまったく表情を変えない。いや変えることができないかのように無表情のまま。それこそが殺生丸が死者として蘇らされ、操られている証でもあった。


そんな殺生丸の姿に闘牙は掛ける言葉を持たない。


分かっていた。こうなることは分かっていた。黒真珠を奪われたあの時からこうなることは分かっていた。だがそれでも信じたくはなかった。師匠とこんな形でもう一度相見えるなど。何の意志もない、人形の様なその姿で。確かに自分は師匠の様に強くなりたいと、そうずっと願っていた。そのためにこの四年間、腕を磨いてきた。だがこんなことなど望んではいなかった。だがそれは現実のものとなってしまった。何よりも自分自身のせいで。ならば犬夜叉として、いや俺自身、弟子としてそれを止めなければならない。


闘牙はそのまま鉄砕牙を構える。もはや言葉は必要ない。そう告げるかのように。その光景になのは達は言葉をはさむことはできない。闘牙の殺気と闘気。それを感じ取ったから。なのは達はそのまま向かい合う二人から距離を取る。これから始まる戦いに巻き込まれれば唯ではすまない。だがそんな中、フェイトだけがその場から動こうとしない。


「フェイトちゃん!?」


そのことに驚きながらもなのははその手を取りながらその場から離れていく。だがフェイトはそんななのはの姿に気づくことなくただその姿を見続ける。殺生丸。あの人を自分は知っている。犬夜叉の兄であり、闘牙にとっての師匠。闘牙よりも強いという存在。それが今、自分たちにその牙を向けている。


闘牙は強い。誰にも負けない。そうフェイトは信じてきた。今まで闘牙は一度も負けたことがない。ならば何の心配もいらない。鞘のお爺さんも言っていた。例え叢雲牙が復活しても後れを取ることはないと。なのに、なのにどうしてこんなに胸が苦しくなるのか、何故こんなに怖いのか。それは心のどこかで悟っていたから。この戦いの結末を。


『叢雲牙、お前どうやって復活したんじゃ!? まだ力を取り戻すことはできんかったはずじゃ!』


言葉を発しない闘牙の代わりに鞘がそう叢雲牙に問いただす。叢雲牙はその力をほとんど失っていた。それを取り戻すには長い年月が必要なほど。なのに何故。しかもただ取り戻しただけではない。その力は間違いなく全盛期以上の力。今、自分は封印の力を叢雲牙に向けて放っている。だが力を弱めるどころかその動きを鈍らすことすらできない。いくら殺生丸の肉体を手に入れたといってもあり得ない事態に鞘は狼狽することしかできない。それを見ながら叢雲牙は楽しそうにその答えを告げる。それは


『そうか……お前達は知らなかったのだったな……四魂の玉を手に入れた、それだけだ。』


闘牙にとって聞き逃すことができない事実だった。


「四魂の……玉……?」


どこか呆然とした姿で呟くように闘牙はその名を口にする。その眼は焦点が定まらず、体は震えている。


四魂の玉。自分にとって全ての始まりでもあり、終わりでもあった存在。決して忘れることはできない、忘れることなど許されない罪の証。だがそれがあるはずがない。自分はその手でそれを葬ったのだから。そのために、そのために俺は―――――


『そうだ……お前が冥界に送ったようだが無駄なことだ。我は冥界の力を持つ存在。手に入れることは造作もなかった。』


満足気に告げながら叢雲牙はその刀身を闘牙に向ける。同時にその邪気が、妖力が高まって行く。それは記憶の中の叢雲牙の力を大きく上回るほどの力。それが意味するところ。それは


『心配はいらんぞ、犬夜叉。もうこの世に四魂の玉は存在せん。そして四魂の玉はこの身に取り込んだ……あの女と共にな。』


四魂の玉の因果はまだ自分を縛っていたということ。


その最後の言葉を聞いた瞬間、全ての音が消え去った―――――


それは闘牙の力。妖怪化した、全力の姿。それは怒り。まるで自分の運命を弄ぶかのような現実への。その妖力が、剣圧が全てを吹き飛ばしながら一瞬で叢雲牙へと飛び込んでいく。目の前の叢雲牙の力。これを前にして様子見など必要ない。そんな余裕などあるはずもない。全力全開。自分が持てる力の全てを持って挑むだけ。


それはフェイト達の眼にも映らない程の速度。まさに疾風。その一撃必殺ともいえる一刀が叢雲牙へと振り下ろされる。だがそれを叢雲牙は難なく受け止める。瞬間、その衝撃と威力によって二人の周りの建物が吹き飛ばされていく。その足場がまるでクレーターができたかのような惨状になり果てる。両者の力が拮抗し鍔迫り合いが起こる。そのせめぎ合いによってまるで地震が起きているのではないかと思えるほどの地響きが辺りを支配する。それは魔法も魔力も使っていない純粋な力と力のぶつかり合い。


鉄砕牙と叢雲牙。二つの名刀がぶつかり合う。かつて鉄砕牙は天生牙と共に叢雲牙を抑えることを役目としていた。だがこの場に天生牙の姿はない。鉄砕牙だけではその力を抑えることはできない。だがそれでもあきらめるわけにはいかない。それは自分の役目を果たすため、そして自らの主の敵を薙ぎ払うため。


同時に両者の間に距離ができる。だがそれはほんの一瞬の間。再び両者はその力を持ってぶつかり合う。その踏み込み、剣閃、剣圧、一挙一動によって無人の街が崩壊し、荒野となって行く。お伽噺。それがフェイト達の目の前で行われていた。だが一際大きな打ち合いの後、両者は無言で睨みあう。互いに無傷。全く互角の戦いが繰り広げられていると、そうなのはたちは思っていた。だがそれは違っていた。なのはたちはまだ気づいていない。闘牙と叢雲牙、殺生丸の間に大きな差があることを。


(ちくしょう……!!)


闘牙だけはそのことを誰よりも理解していた。自分は間違いなく全力を持って向かっている。だが唯の一太刀も浴びせることができない。そして先程の攻防で悟った。自分と叢雲牙との覆すことができない程の力の差を。


自分では殺生丸には敵わない。


そんなことは最初から分かり切っていた。その強さを自分は誰よりも知っている。だが自分はあのときよりも大きく力をつけた。例え敵わなくとも足止め、力を削ぐくらいはできると思っていた。だがそれは間違いだった。先の攻防で感じた力の差はかつて竜骨精に感じたものよりも大きい。それはつまり今の叢雲牙は爆砕牙を持つ殺生丸を超える力を持っているということ。


かつて感じた竜骨精との力の差は使い手の差。だがそれだけであったなら力を削ぐくらいはできただろう。だがそれができない。それはつまり鉄砕牙の力が叢雲牙に劣っているということ。四魂の玉を取り込み力を増した叢雲牙は鉄砕牙の力を大きく上回ってしまっている。使い手とその刀。両者ともに劣っている闘牙には叢雲牙に一太刀すら与えることができなかったのだった。


その事実に闘牙は戦慄する。いかに自分の見通しが甘かったか、何よりも叢雲牙の力の増大に。今この場で戦っても勝ち目はない。自分だけならまだいい。だがこの場にはフェイト達もいる。ならばフェイト達だけでも逃がす隙を作らなければ。


闘牙は鉄砕牙を振りかぶり、自らの妖力を込める。それは正真正銘の全力の妖力。その刀身に凄まじい風が巻き起こり、嵐を起こす。だがそれを見ながらも叢雲牙は全く動じる様子を見せない。それを見ながらも闘牙には既に残された道はない。例え通じなくとも目くらましとして隙を作り、この場からフェイト達を離脱させる。まさに決死の覚悟。


「風の……傷っ!!」


闘牙の本気、鉄砕牙の真の風の傷が放たれる。その圧倒的力が全てを飲みこんでいく。避けることなど叶わない程の規模のまさに一撃必殺の切り札。だが叢雲牙は身動き一つせず、その風の傷が自分に向かってくるのをただ眺めているだけ。そしてその風が叢雲牙を飲みこむかに思えたその瞬間、風の傷は真っ二つに斬り裂かれた。


「なっ……!?」


それは誰の声だったのか。しかし闘牙はもちろんフェイト達もその顔が驚愕に染まる。その視線の先にはまるで海が裂けたかのように切り裂かれてしまった風の傷の姿がある。斬り裂かれた風の傷は叢雲牙を巻き込むことなく街を破壊していくだけ。傷一つ与えられていない。だがそれだけではない。闘牙たちは確かに見た。叢雲牙が刀のただの一振り、唯の剣圧だけで真の風の傷を切り裂いた光景を。それこそが闘牙と叢雲牙の力の差だった。


『どうした、それで終わりか? なら今度はこちらから行くぞ』


叢雲牙の言葉を耳にした瞬間、闘牙は咄嗟に鉄砕牙を構える。それは本能、直感とも言っていい物。そしてそれは正しかった。それと同時に凄まじい衝撃が闘牙を、鉄砕牙を襲う。闘牙の目の前には叢雲牙を振り切ってきた殺生丸の姿がある。その速度と力によって闘牙は為すすべなく吹き飛ばされる。だがそれ以上の衝撃が、戦慄が闘牙を襲う。それは目の前の光景。


そこには刀身にヒビが入った鉄砕牙の姿があった。


そのあり得ない光景に闘牙は言葉を失う。鉄砕牙は大妖怪である犬夜叉の父の牙から作られた刀。その力はそれに相応しい物。事実、かつての竜骨精の刀、竜骨刀にも後れを取ってはいなかった。それなのに――――



闘牙は受け身を取ることもできず、そのまま無人のビルの中へと吹き飛ばされる。その衝撃によってビルは崩壊し、崩れ去って行く。その光景にフェイト達は声を上げることすらできない。叢雲牙。その圧倒的力にただ目を奪われることしかできない。不思議と恐怖はなかった。いやそんな感情を抱けない程フェイト達の心は折れてしまっていた。


そんな中、崩壊したビルの中から衝撃と共に黒い刃の様な斬撃が次々に叢雲牙に向かって放たれてくる。それは冥道残月破。鉄砕牙の最後の形態であり斬ったものを冥界へと送る防御不能の技。だが


『ふん、無駄なことを』


まるで嘲笑うかのように叢雲牙はその剣からまばゆい光を放つ。その瞬間、光に呼応するかのように冥道残月破は消え去って行く。その刃は一つも叢雲牙に届くことなくその力を失ってしまう。闘牙は瓦礫の中から傷だらけで這いあがりながらも鉄砕牙をかまえたまま叢雲牙に再び向かい合う。だがそこには全く覇気がない。冥道残月破。それが通じなかった以上もう自分に打つ手はない。まだ奥義である爆流破は残っている。だがそれは通用しない。何故なら



『遊びは終わりだ……まとめて冥界へと送ってやろう……』


それを超える技を、叢雲牙は持っているから。


叢雲牙はその刀を自らの頭上へと突きだす。まるで天へと向けるかのように。だがその瞬間、まるでこの世の物とは思えないような邪気と妖気がその刀身へと集まって行く。その凄まじさは風の傷の比ではない。その余波だけで大地は枯れ、ビルが腐り、崩壊していく。それはまるで黒い太陽。この世の終わりを告げるかのような力と不吉さ。その力の流れの前に闘牙もフェイト達も身動きすらできない。


『獄龍破』


それがその奥義の名前。地獄の龍の名を冠する叢雲牙の奥義。その威力は爆流破を凌ぐ、まさに究極の技。


その滅びの力が無慈悲に闘牙に向かって放たれる。だが闘牙はその場から動けない。いや動くことができない。これを受けることなどできない。避けなければ命はない。だが今、自分がこれを防げなければフェイト達は間違いなく命を落とす。故に闘牙はそれに挑む道しか残されてはいなかった。例え一片の勝機がなくとも。



「爆流破――――――っ!!」


咆哮と共に闘牙は全ての力を込めた奥義、爆流破を放つ。それは相手の力の流れを読み、それを返すまさに奥義に相応しい技。だがそれが通用しないことを闘牙は知っていた。爆流破では獄龍破を返すことはできない。それは覆すことができない事実。だがそれでも闘牙にはそれしか手は残されてはいなかった。



瞬間、世界は止まった。



その力のぶつかりによって全てが無に還って行く。世界の終わり。そんな光景が二つの奥義のぶつかりによって巻き起こる。フェイト達はシールドを張ることでそれを何とか凌ぎ続ける。だが余波だけならともかく獄龍破の力を受け止めることなどできるはずもない。


「ああああああああああっ!!」


ただ叫びながら闘牙はその力の全てを、限界以上の力を鉄砕牙に込め続ける。だがそれをもってしても獄龍破を抑えることができない。その力が、滅びの力が迫る。


あきらめるわけにはいかない。何のために、何のためにこれまで戦って来た。


守りたいものが、失いたくないものがあったからがここまで来た。


なのに、なのにまた繰り返すのか。


桔梗の時の様に、かごめの時の様に


もう二度と後悔しないと、そう誓ったんだ。だから


だから俺はもう二度と負けるわけにはいかない―――――



闘牙の命を賭けた力が放たれる。そしてその瞬間




鉄砕牙は粉々に砕け散った――――――




その光景に闘牙は目を見開くことしかできなかった。



『鉄砕牙』


自分の戦友。五百年前からずっと共に戦い続けてくれた存在。こんな自分にいつも力を貸してくれた存在。


鉄砕牙がいたから、力を貸してくれたから今の自分がある。己の半身と言ってもいい存在。それが無くなってしまった。呆気なく、粉々に、まるで何もなかったかのように。


闘牙はその瞬間、戦う力と意志を失った―――――





「トーガ………?」


何とかその身を起こしたフェイトがそんな声を上げる。既に獄龍破は消え去っている。どうやら闘牙がその力を相殺してくれたようだ。だがそれは違っていた。フェイトは目の前の光景に言葉を失う。そこには


満身創痍の闘牙の姿があった。体中の傷から血が流れている。その血が火鼠の衣をさらに赤く染め上げていく。既に折れてしまっているのか片腕は力なくぶら下げられているだけ。


それが獄龍破を文字通り受け止めた代償。爆流破によって威力を抑え、火鼠の衣と鉄砕牙の鞘の守りを使ってもなおこの姿。何故立っていられるのか分からない程の重傷。このまま放っておけば間違いなく命のかかわるほどの瀕死の姿。その手には鉄砕牙が、いや鉄砕牙であった物が握られている。刀身がない唯の柄。それが変わり果てた鉄砕牙の姿だった。


だが何よりもその眼。そこには全く光が見られない。まるで死者たちと同じような意志を感じさせない瞳。それにフェイトは恐怖する。このままでは闘牙が死んでしまう。


フェイトは弾けるように動き出す。後のことなど何も考えてはいなかった。ただ闘牙の元に行かなければ。そんな感情がフェイトを突き動かす。だがそれは遅すぎた。



『もはや戦う意志も失くしたか……ではお前達には相応しい絶望をくれてやろう』


叢雲牙はそう告げた後、力を解き放つ。それは獄龍破でも剣圧でもない。その力こそが叢雲牙が叢雲牙たる所以。


瞬間、意志を失っていたはずの闘牙の目が見開かれる。


その体が震える。息ができない。


そうだ。分かっていた。


叢雲牙の言葉と力からこうなることは心のどこかで分かっていた。でも気づかないふりをしていた。


それに気づいてしまえばきっと戦うことができなくなってしまうと、そう気づいていたから。




「かごめ………」


そこには記憶の中と全く変わらない最愛の女性、日暮かごめの姿があった。



同時にある感覚が闘牙を襲う。それが何なのか分からない程闘牙の体は傷ついていた。だがその眼が捉える。そこには


自らの胸に突き刺さっている矢があった。


なんだ。そうか。自分は知っている。これは封印の矢。かつて犬夜叉が封印された時と同じもの。


それをかごめが自分に放った。ただそれだけ。まるで何でもないことかの様に闘牙はその視線をかごめに向ける。そこには感情を感じさせない表情で矢を構えているかごめの姿がある。


思い出す。それは犬夜叉の記憶。桔梗の放った矢によって封印された犬夜叉の記憶。


知らず体の力が抜けていく。だが不思議と痛みはない。まるで眠気の様な物が自分を包み込んでいく。その視界も次第にぼやけ、闇に染まって行く。


そうか。これが自分の運命らしい。前世と同じ、愛する女性によって殺される、覆すことができない運命。


消えるこのない自分の罪に対する罰。ただそれだけ。


闘牙はその矢によって心を失い、覚めるこのない永遠の眠りに着いた―――――






「トーガ……?」


その光景を唯見ていることしかできなかった。闘牙が矢によって射抜かれるその光景を。かごめによって封印の矢を打たれる闘牙の姿を。どこかおぼつかない足取りでフェイトは倒れている闘牙に寄り添う。その手が闘牙の顔に触れる。そこには温かさがある。いつもと変わらない温かさが。

「ねえ……トーガ……起きてよ……」

フェイトは呟きながらその体を揺する。だが闘牙はそのまま目を閉じたまま。まるで眠ってしまっているかのように目覚めることはない。フェイトは知っていた。その意味を、この矢の意味を。


もう二度と闘牙が目を覚まさないということを。



「いやああああああああっ!!」


涙を流しながらフェイトは泣き叫ぶことしかできない。何も知らない子供のようにただ涙を流し、闘牙に縋りつくことしか。それは愛していた人を再び失ってしまったフェイトの心の叫びだった。


瞬間、三人は弾けるように動き出す。それはまさに刹那の間。凄まじい緊張感の中、三人はそれぞれ動き出す。三人はすぐさま倒れている闘牙とそれに縋りついているフェイトの元へと辿り着く。


はやてはすぐさま泣き叫んでいるフェイトを抱きかかえながら闘牙から引き離す。このまま無理に闘牙を動かせば命にかかわる、そう判断しての物。


ユーノは瞬時に回復魔法を闘牙に掛けながら転移の準備に入る。このままでは全滅は必至。ならばここから離脱し、体勢を立て直すしかない。焦りと恐怖を抑え込みながらユーノは自身の役目を果たさんとする。


なのははレイジングハートを構えながら叢雲牙とかごめに対峙する。その眼には一片の迷いもない。自分が叢雲牙に敵うなどとは思ってはいない。だがそれでもあきらめるわけにはいかない。ユーノが転移の魔法を発動させる間だけでいい。足止めを行う。例え命を賭けることになってもそれを成し遂げなければならない。不屈の心を持ってなのはは己を奮い立たせる。


だがそんな三人を嘲笑うかのような攻撃が放たれる。それは二つの魔法。なのはとユーノはそれに何とか反応しシールドを展開することで防御する。だがその表情は驚愕に、戦慄に満ちていた。


なのはとユーノだけではない。はやての驚愕は二人の比ではない。それだけの理由がその攻撃にはあった。フェイトも涙に濡れた目でそれを捉える。



血のように赤い刃と紫の雷



はやてとフェイト。その顔が絶望に染まる。そこには





今は亡きリインフォースとプレシア・テスタロッサの姿があった。




今、逃れられない過去の因果と絶望がフェイト達に襲いかかろうとしていた―――――――



[28454] 第63話 「崩壊」
Name: 闘牙王◆53d8d844 ID:e8e89e5e
Date: 2012/01/24 23:20
静寂。まるで時間が止まってしまったのではないか。そう思えてしまうほどの静けさ。なのはたちはそのまま身動きを取ることができない。その視線は皆、同じものに向けられている。その表情は驚愕に満ちている。信じられない、いや信じたくないものを見たかのように。ここが戦場だということなどもはや頭にはなかった。二人の女性。その姿にただ目を奪われることしかできない。


リインフォースとプレシア・テスタロッサ。


もうこの世にはいない、もう二度と会えないはずの存在が今、なのはたちの目の前に現れていた。



『どうした、わざわざお前達のために用意してやったのだぞ。もっと喜んだらどうだ?』


心底面白いと言わんばかりの声色で叢雲牙が言葉を告げる。その言葉が目の前の二人が間違いなく本人であることを証明していた。


だがそんな言葉ははやてには届いてはいなかった。はやてはただ目を見開いたままリインフォースを見つめることしかできない。


知らず息が止まる。鼓動が早まる。体が震える。間違いない。目の前にいる女性はリインフォースだ。見間違えるはずがない。忘れるはずがない。


その姿を。瞳を。何度も、何度も夢に見たのだから。自分の大切な仲間、家族。かけがえのない存在。そして救うことができなった人。



「リイン……フォース……?」


知らずその名を呼んでいた。かすれるような声で、震えた唇で呟くように。唯それしか言葉が分からないかのように。


その言葉にリインフォースがその瞳をはやてへと向ける。その深紅の瞳がはやてを捉える。その表情からは感情を読み取ることができない。やはり間違いだった。あり得るはずがない。自分はあの時にリインフォースを見送ったのだから。空へと還るその瞬間を。だからこれは夢だ。幻だ。そうはやてが自分に言い聞かせようとしたその時



「お久しぶりです……主はやて……」


そんな懐かしい声が返ってきた。



「………え?」


その言葉にはやては呆然とするしかない。その声を覚えている。優しさの中にどこか寂しさを含んだ済んだ声。いつもずっと自分を見守ってくれていた人の声。もう二度と聞くことができないはずの声。それは自分たちの家族、祝福の風リインフォースの姿だった。


その光景にはやてだけではなく、なのはとユーノも言葉を失う。これまでの死者たちはまるで意志がない人形の様な者たち。決して何かをしゃべるようなことはなかった。それが今、はやてに話しかけている。それは決して偽物が出せるような言葉では、声ではない。それが間違いなくリインフォース本人であることがなのはたちにも伝わってくる。そしてそんなはやて達の姿を叢雲牙はただ黙って見続けている。まるで見世物を見るかのように、ただ静かに、邪悪な気配を漂わせながら。


「ほんまに……ほんまにリインフォースなん……?」


よろよろと立ち上がりながらどこか心ここに非ずと言った様子ではやてが尋ねる。知らず、その眼は涙に濡れていた。何故自分が涙を流しているのか分からない。凄まじい感情が、抑えきれない想いで胸が張り裂けそうだ。


それははやてのリインフォースへの想い、後悔。この六年間、ずっと、ずっと抱いてきたもの。決して誰にも言えなかった後悔の念。それが一気に膨れ上がって行く。そして



「はい……大きくなりましたね……我が主。」


それはその瞬間、決壊した。大粒の涙が、その視界を覆い尽くす。嗚咽が漏れる。どうしてこんなに涙が流れてくるのか分からない。でもただ嬉しかった。もう二度と会えないと思っていた、二度と話せないと思っていたリインフォースが目の前にいる。夢でも幻でもない。ずっと、ずっと、夢見ていた瞬間。


はやてはおぼつかない足取りでそのままリインフォースへと近づいていく。それはまるで失ってしまった母を求める子供のよう。それはまるで失ってしまった子供を求める母のよう。故にはやては気づかなかった。その魔力の流れを。


「はやてちゃんっ!!」


なのはの絶叫がはやてに放たれる。それはまさに悲鳴だった。その声によってはやてはその光景に気づく。


リインフォースの手。それが自分に向けられている。何故そんなことをリインフォースがしているのか分からない。だってそんなことあるわけがない。そんなことをするわけがない。リインフォースが私に向けて魔法を放ってくるなんて、そんなこと、あるわけない。


そんなはやての思考を断ち切るように、夢を砕くようにその無慈悲な深紅の刃がはやてに向かって放たれる。


その光景をはやてはただ見つめ続けることしかできない。涙に濡れたその瞳で。



「なんでなん……リインフォース……?」


自分の、救えなかった大切な家族の姿を―――――





瞬間、なのはは何とか倒れ込むはやてを抱きかかえる。だがその赤い刃がはやてを貫くのを防ぐことができなかった。その魔法は間違いなく殺傷設定。その事実になのはの顔が絶望に染まる。だが気づく。はやての体に何の傷もないことに。あれだけの攻撃を受けた筈なのに何故。だがその理由になのははすぐに気づく。


それははやての胸に眠っている、いや気を失っている小さな少女、リインの姿。はやては既にユニゾンが解けてしまっている。それはリインがはやての危機を感じ取り、自らの意志でシールドを張ったため。だがそのせいでリインは衝撃と負荷を受け、気を失ってしまっているらしい。それははやても同じ。その眼に涙を残したまま気を失い、眠ってしまっている。体ではなく、心に深い傷を負ったまま。



「すまないな、高町なのは……私はやはり、呪われた魔道書のままだったようだ……」


そんなはやての姿を見ながらリインフォースは静かにそう告げる。まるで感情を感じさせないような、いや感情を感じさせまいとするかのような声で。その眼には涙が流れている。まるで自分の無念を、愚かさを呪うかのように。その姿になのはは言葉を失う。


自分は知っている。目の前のリインフォースの姿。それはまるで六年前、闇の書の暴走によって破壊を止めることができなかった時のよう。変えることのできない運命を唯受け入れるしかなかったあの時のよう。それを自分たちが、いやはやてが解き放ったはずなのに、それなのに。


リインフォースとプレシア・テスタロッサ。


叢雲牙がこの二人を選んだのは言うまでもなく機動六課のメンバーに因縁がある存在を蘇らせ、その手によって葬られるという絶望を与えるため。もっともその力は叢雲牙にとっても予想外と言ってもいいほど強力なもの。


本来リインフォースはプログラムであり、叢雲牙の力によっても蘇らすことはできない。だがはやてによって闇の書ではなく、夜天の書としての名を与えられたリインフォースはまさしく守護騎士たち同様、一個の命として生まれ変わった。だが皮肉にもそれ故にリインフォースは再び亡者として現世に蘇ることになってしまった。しかもその意志を残したままで。意志を残したままでかつての主と、仲間たちと殺し合わされるという悪夢のような現実へ。


なのはがあまりに残酷な、無慈悲な叢雲牙の仕打ちに怒りを感じたその瞬間、無数の紫電がなのはたちを襲う。まるでそれは囲むかのように全方位から強力無比な雷が襲いかかってくる。


「くっ!」
「ううっ!」


なのはとユーノは何とか自らの最大の防御を持って自分たちを包み込みそれに耐え続ける。だがその雷の威力は凄まじく、まさしく二人揃えば鉄壁とも言っていいなのはとユーノのシールドに亀裂を生じさせていく。なのはとユーノだけであったならまだどうにかなったかもしれない。だがこの場には瀕死の闘牙と気を失ってしまったはやてとリイン、そして涙を流したまま身動きが取れないフェイトがいる。


その攻撃を前にユーノは転移を行うことができない。片手では闘牙の回復を続けなければならない。それができなくなれば闘牙は間違いなく死んでしまう。だが片手だけではこの雷を防ぎきれない。なのははそれをカバーする形でシールドを張り続ける。本来なら反撃を行う手もあるのだがこの状況ではそれも不可能。ただなのははレイジングハートを握りしめながら耐えることしかできない。だが鉄壁と言ってもいい防御を誇るなのはを持ってしてもそれを完全に防ぎきることができない。


まるで見えない場所から次々に襲いかかってくる雷。無数に飛ばされたサーチャーと空間跳躍魔法を使った全方位、死角を確実に狙ってくる技量。凄まじい魔力量を誇る雷撃。その力はかつて病を患っていた時とは比べ物にならない。皮肉にも叢雲牙によって亡者として蘇らせられたことによって本来の力を取り戻した、これがSランクオーバー、大魔導師プレシア・テスタロッサの真の実力だった。


だがそれは突然やんでしまう。いきなりの事態になのはとユーノは戸惑いを隠せない。あのまま続けていれば間違いなく自分たちは敗北していたはず。なのに何故。だがすぐに気づく。それはプレシアの姿。その視線がフェイトに向けられている。瞬間、なのはとユーノは悟り、戦慄する。叢雲牙が死よりも残酷な仕打ちをフェイトに行おうとしていることに。


それを何とか阻止しようとなのはとユーノは動き出そうとするもそれは無数の赤い刃の攻撃によって防がれる。それはリインフォースの攻撃。それがまるで二人の動きを足止めするように放たれてくる。それを前に二人は為す術がない。



一歩、一歩、静かに、それでも確実にその足がフェイトに近づいていく。その光景をただフェイトは見つめ続けることしかできない。その姿を。自分の記憶と何一つ変わっていないその姿。自らの母、プレシア・テスタロッサの姿を



「久しぶりね……フェイト……」


母、プレシアはそう娘であるフェイトに告げる。だがその言葉にはおよそ感情と言うものが感じられない。まるで機械的な、いや冷徹な雰囲気がそこにはある。その視線がフェイトを貫く。



「母さん………」


どこか怯えるような、震えるような声でフェイトはそれに応える。闘牙を失ったことで既に心が壊れかけているフェイトはどこかうつろになっている。だがそんな中でもはっきりと分かる。目の前の女性が間違いなく自分の母、プレシア・テスタロッサであることに。


でもどうしてだろう。どうしてこんなに体が震えるんだろう。上手く声が出せないんだろう。どうしてこんなに怖いんだろう。ただ、ただ母さんと話しているだけなのに。


その理由。それはその視線。覚えている。それは六年前と同じ。自分が悪いことをした時に母さんが見せた表情。あの時の感情と記憶が蘇ってくる。辛くて、苦しかったあの時の記憶が。



「聞いたわよ、フェイト……闘牙と一緒に六年間、幸せに暮らしていたそうね……」


そんなフェイトの姿を見ながらもプレシアはそう何でもないことのように言葉を続ける。だがその言葉には感情が込められていた。それは憎しみ、憎悪、嫉妬。自分たちが手に入れることができなかったものを持っているフェイトへの。


それは叢雲牙の仕業。叢雲牙はプレシアの、人間の負の感情のみを表に出させている。そのもっとも残酷なこと。それは今のプレシアの口から告げられる言葉は間違いなくプレシア自身の言葉であると言うこと。


「私とアリシアのことを忘れて……あなただけ……」


それは求め続けた自分とアリシアではなく、フェイトがそれを手に入れているという事実への嫉妬、恨み。


「ち、違う……私は母さんとアリシアのことを忘れたりなんか……」


体を震わせ、焦点が合わない瞳を向けながらもフェイトはどこか狼狽しがら言葉をつなぐものの途中でそれを止めてしまう。


忘れてなんかない。母さんのことも、アリシアのことも私は忘れたことなんてない。忘れたことなんてない。そう言いたい。でもそれができない。それは今まで何度も感じたこと。自分だけが闘牙やなのはたちと幸せに暮らしていたという後ろめたさ。それを私は何度も感じてきたから。でもそれを闘牙たちに言ったことはない。言えばきっと心配をかけるだけだと分かっていたから。でもそれを、他でもない母に言われてしまったことによってフェイトはその感情に支配される。


「どうして……どうしてあなたなの……どうしてアリシアじゃないの……? あなたはアリシアの偽物なのに……どうしてあなただけ……」


それはまさに呪いと言ってもいい言葉。


『偽物』


それはフェイトにとって逃れることのできない呪い。アリシアの代わり、偽物だという変えることのできない真実。それによってかつて自分は心を失った。だがフェイトはそれによって身を引き裂かれる思いをしながらも耐え続ける。


それは闘牙の言葉。自分はアリシアではなくフェイトだと。そう認めてくれた今の自分を支える言葉。それを支えにすることによってフェイトは心を繋ぎとめる。だがプレシアはさらなる言葉を、呪いをフェイトに告げる。



「フェイト……あなた自分が本当に幸せになれると思っているの……?」

「…………え?」


フェイトはプレシアの言葉にそんな声を上げることしかできない。母が何を言おうとしているのか分からない。そんな表情。だが知らず鼓動が、呼吸が乱れている。それは本能。これから語られるであろう母の言葉が自分にとっての心の闇だと言うことを悟ったから。


「人形のあなたが……普通の人のように生きて……子供を産んで育てられると本当に思っているの……?」


その言葉によってフェイトの息が止まる。それはその言葉の意味を誰よりもフェイトは知っていたから。


『クローン』


それが自分の正体。自分ではない誰かの複製。それがどんなに意味を持ち、世界にとってどんな存在であるかをフェイトは大人になるにつれて知って行った。もしかしたら知るべきではなかったのかもしれない。ただ自分を誤魔化して知らないふりをすれば良かったのかもしれない。でもできなかった。他でもない自分自身のことだったから。


そこでフェイトは知る。クローンが世間で、一般的にどう思われているか。人道に反し、倫理に反していると言われていることを。だがそれだけならよかった。確かにそれは事実だろう。だがそれでも闘牙やなのはたちは自分を認めてくれた。そこに迷いなんてない。でもそれでも振り切ることができない事実があった。


それはクローンの体の問題。クローンは多くの場合が何らかの欠陥をかかえている場合が多い。そんな事実が、記述が多くの本や資料に溢れていた。寿命が短い者、病気にかかりやすい者、子供を産むことができない者。そうでない者もいることは確かだ。実際クロノとリンディ提督も自分は普通の人間と変わらないと言ってくれた。二人が嘘をついているなんて思わない。きっとそうなんだろう。でも、それでも不安を失くすことはできなかった。

もしかしたら若いうちに死んでしまうかもしれない、大きな病気にかかってしまうかもしれない、好きな人、愛する人の子供を産むことができないかもしれない。そんな不安と恐怖を心のどこかで抱かずにはいられなかった。普通に生まれてきたなのはたちを羨ましいと思うこともあった。


でもそれを誰かに言うことなどできなかった。そんなことを言うことなどできない。誰にも言えない、言うべきでないこと。でもそれを見抜かれてしまった。他でもない、自分の母に。いや母だからこそなのかもしれない。自分でも向き合いたくなかった、フェイト・テスタロッサの心の闇。それが自分が闘牙に好きだと告白できなかった理由。そして


「分かっているんでしょう……闘牙が好きなのはあの子だってことを……」


それがもう一つの理由。そこには叢雲牙によって蘇らせられた日暮かごめの姿がある。だがそこにはまるで何の意志も感情も感じられない。でも自分は知っている。きっとだれよりも知っている。


闘牙がどんなにかごめを愛していたか。記憶の中で見た二人の姿。闘牙が一人、かごめを想い涙している姿。それを見てきたのだから。


それが羨ましかった。あんなに闘牙に思ってもらえるかごめが。何故自分ではなくかごめなのか。そんなことを思ってしまうほど。そのことに自己嫌悪した。そんなことを考えてしまう自分自身に。でもそれを抑えることはできなかった。


「あなたじゃあの子の代わりにはなれないわ。アリシアの代わりになれなかったように。」


その言葉にフェイトは返す言葉を持たない。何故ならそれは真実だから。自分はかごめの代わりには決してなれない。あんな風に闘牙を包み込むことなんて自分にはできない。幼い自分にはきっと。母さんが求めたアリシアになれなかったように。私はきっと誰の代わりにもなれない。


これまでの六年間で得たものが、築き上げたものが崩れ去って行くのをフェイトは感じる。まるで足元が無くなって行くかのような感覚。それを自分は知っている。あれはいつだったか―――――



「フェイト……最後にいいことを教えてあげるわ。」


そうだ。あれは六年前。アースラに連行された時に、今と同じように母さんが言った言葉。


「フェイトちゃん、聞いちゃだめっ!!」


なのはの慟哭がフェイトに放たれる。リインフォースの猛攻から闘牙とはやて、リインを庇いながらもなのはは力の限りの声で叫ぶ。それは直感。いや、既視感。


六年前のあの時。フェイトが心を失ってしまったあの時。それと同じことが起ころうとしている。そう悟ったから。だがその言葉はフェイトには届いてはいなかった。ただ壊れかけたその心でプレシアの言葉が告げられるのを待っていることしかできない。



「闘牙がどうしてあなたをいつも助けて、一緒にいてくれたか……」


そうだ。どうしてトーガは私を助けてくれたんだろう。いつもどうしてトーガは私と一緒にいてくれたんだろう。


でもきっとそれはトーガが私のことを―――――


フェイトは自らの願望を、最期の希望を胸に抱く。


それがあったから、まだ私は私でいられる。だから



「簡単なことよ。あなたが今、助けた小さな男の子と『家族ごっこ』をしているのと同じ理由。」


だからお願い、母さん。それを奪わないで。


言わないで。お願い。


それだけは。それに気づいてしまったら私は―――――


フェイトの最期の願い。それは



「それは……あなたが好きだからじゃなくてあなたが『可哀想だった』からよ。」



その最後の言葉によって粉々に崩れ去った。





「フェイトちゃん………?」


なのははただ呆然と見ていることしかできなかった。自分の親友が、友達が心を失うのを。力なくその場に倒れ込むのを。その瞳には光が失われている。まるで人形のように。それは六年前の光景と同じもの。自分の生きる意味を失ってしまったフェイトの姿。あの時は闘牙がその心を救った。でも今はその闘牙もその心を失ってしまっている。覚めることない眠りによって。


かけがえのない人達が、絶望によって心を壊されていく。その光景を叢雲牙はただ見続けているだけ。自分が手を下すわけでもなく、それを楽しむかのように。そして



『茶番は終わりだ。そろそろ幕切れと行こうか。』


その最後の命令が下される。それに従うようにリインフォースとプレシアの魔力が高まって行く。それはこれまでの比ではない。まさに大魔法に匹敵するものを発動させようとしている前兆。自分たちにとどめを刺さんとする二人の姿。それを前にしてなのはとユーノは為す術を持たない。闘牙の腰にある鞘も何も言葉を発せずただ沈黙を続けているだけ。


二人はただ破られるのを分かっていながらもその身を盾にすることしかできない。


闘牙、フェイト、はやて、リイン。かけがえのない仲間たち。それを守るために。だがそれを守ることすら自分たちにはできない。


ユーノは悔しさによってその手を拳にし握りしめることしかできない。その手からは血が流れ始めている。だがその眼には確かな光が灯っている。まだあきらめるわけにはいかない。自分だけではない。なのはの、闘牙たちの命がかかっているのだから。


なのはは渾身の力を持ってレイジングハートを構える。だがその眼には涙が滲んでいる。だがそれは恐怖ではない。それは悔しさ。自分の大切な人たちを守れないかもしれないという事実への。誰かを守れる力。それが自分にとっての魔法だった。それを信じて走り続けてきた。その中で多くの人と出会えた。それが自分が魔法に出会った意味。でもそれをもってしても守ることができない。一番守りたい仲間たちを。



なのはとユーノの覚悟。それを見ながらもリインフォースとプレシアはその魔力を持って全てを葬り去らんとしたその瞬間、




それは現れた。



その光景にリインフォースとプレシアはもちろんなのはとユーノも驚愕する。叢雲牙すらそれは例外ではなかった。


光の道。まるで帯状の蒼い道。それが空を覆い尽くしていく。『ウイングロード』それがその魔法の名。その名の通り翼の道。


瞬間、凄まじい衝撃がリインフォースを襲う。その威力と速度にリインフォースは反応することができない。鉄壁に近い障壁を持つリインフォースがその威力を相殺できず、吹き飛ばされる。


そこには一人の女性の姿がある。


腰に届く程の蒼い長髪。ローラーブレードの様な靴。何よりも目を引くのはその両手。そこにはまるで機械でできた拳がある。その手首にはリボルバーの様な物が組み込まれている。


突然の乱入者に驚きながらもプレシアはその冷静さを失わずその雷をなのはたちに放つ。それはまさに終わりを告げるに相応しい雷撃。だがそれはなのはたちに届く前に消え去った。いや違う、切り裂かれた。


そこには一人の男の姿がある。


外装を身に纏った大柄な男。だがそこには歴戦の戦士の風格がある。何よりも目を引くのはその手にある武器。それは槍。無骨な一切の無駄がないデバイス。だがそれを持って男はプレシアの雷撃を切り裂いた。まるでなのはたちを守るかのように。


その光景になのはとユーノは言葉を失う。目の前の二人が何者なのか。それを二人は知らなかったから。



『ゼスト・グランガイツ』と『クイント・ナカジマ』



闘牙にかつての借りを返すため、そして次世代のエースたちを救うため地上の二人のストライカーが再び戦場に舞い戻った―――――



[28454] 第64話 「希望」
Name: 闘牙王◆53d8d844 ID:e8e89e5e
Date: 2012/01/26 23:00
なのははその二人の姿にただ目を奪われることしかできない。突如現れた蒼い髪の女性と大柄な男性。だが分からない。自分は目の前の二人とは面識はないはず。それなのに何故。加えてその実力が並はずれていることが先の攻撃と動きで分かる。間違いなくエース、ストライカー級の魔導師だ。そんな人達が何故。混乱したままなのはが呆然としていると


「大丈夫、なのはちゃん? 怪我はない?」


そんなここが戦場だと言うことを忘れさせるような声色で女性、クイントはなのはに話しかけてくる。まるで何度もあったことがあるかのような自然な振る舞いだった。


「ど……どうして私の名前を……?」

「あなたは有名人だからね、名前くらい知ってるわ。それよりも涙を拭いた方がいいわよ。涙は女の武器なんだから。」


なのはの疑問に答えながらどこか本気か冗談か分からないようなことを口にする。そんなクイントの姿になのはは驚きながらも圧倒されっぱなしだった。それはユーノも同じ。いきなり現れたにもかかわらず、この場を一気に和ませ、支配してしまっている。それはどこか温かい、懐かしい感覚。そう、まるで母と一緒にいるような――――


「クイント、おしゃべりはそこまでだ。」


それを戒めるような低い声がクイントに向かって男、ゼストの口から告げられる。だがそこには言葉とは裏腹に厳しさは感じられない。それはクイントの言葉があきらめに支配されかけていたなのはとユーノのためを考えての物であったことを理解していたから。だがいつまでもそれを続けるわけにもいかない。既に目の前の二つの脅威が体勢を整えながら再びこちらを捉えている。


リインフォースとプレシア。二人の死者は新たに現れた二人の魔導師を警戒しているのか臨戦態勢のままこちらに対峙している。そのことを理解したクイントは一度なのはたちに笑みを浮かべてからその両手にあるデバイス、リボルバーナックルを構える。それと同時にゼストも自らのデバイスである槍、その矛先を向ける。その姿からクイントとゼストがなのはたちを守ろうとしているのは明らか。だがその理由が分からない。それを見て取ったのか


「私たちはね、そこの男の子に昔、命を助けられたの。そのお礼をするためにここに来たの。」


クイントは優しい笑みを見せながらも揺るがない決意を持ってなのはとユーノに告げる。その眼には傷つき、倒れ伏してしまっている闘牙の姿がある。


首都防衛隊であるクイントたちは突如現れた死者の軍勢たちと交戦を開始した。だがその力は凄まじく、劣勢に追い込まれざるを得なかった。何とか民間人たちを保護、避難することはできたものの、一旦下がり防衛ラインを作り体勢を立て直すしか手は残されてはいなかった。だがそんな中、ある情報がクイント達に届けられる。それは銀髪の使い魔と思われる男が死者の軍勢に向かって行ったという情報。加えて巨大な剣の様な物で死者たちを吹き飛ばしていたらしい。クイントとゼストは確信する。その男がかつて自分たちを救ってくれた男であることを。さらにそれを追うように機動六課の魔導師たちが出撃したと言う情報。二人は悟る。銀髪の男と機動六課。その両者に共通するであろう目的。恐らくはこの事態がスカリエッティに関連したものであることを。二人はそのままその跡を追うことを決断する。部隊の指揮に関しては一時的にレジアスにゼストは預けた。このまま守りに回ってばかりでは敗北は必至。ならばリスクを冒してでも攻勢に出る必要がある。何よりもこの事態の原因を掴む必要があるという判断。それは嘘偽りない判断。だがその中には闘牙にあの時の借りを返すという想いがあったのは言うまでもない。


ゼストはそのまま倒れ伏している闘牙とその仲間、機動六課のメンバーに目を向ける。どうやら自分たちが来るのは遅すぎたらしい。だがまだ手遅れではない。ゼストは瞬時に理解する。この場の状況とそれを打破する方法。自分とクイントが為すべき役目。それが何なのかを。


「……俺たちがあいつらを抑える。その間に転移の準備を整えろ。」


静かに、それでも力強くゼストはなのはとユーノにそう告げる。その言葉に二人は我を取り戻し、そして意志を取り戻す。自分たちが為すべきこと、そして守るべき人のことを。


瞬間、クイントとゼストは弾けるように動き出す。その先には二つの存在がある。リインフォースとプレシア・テスタロッサ。Sランクを超える大魔導師に匹敵する存在。それがどんな意味を持つのか二人は知っている。その実力が文字通り化け物じみていることを。そしてその背後には銀髪の男の姿がある。その存在がこの事態の原因であることはもはや疑いようがない。人智を超えた存在。しかしその男は動く様子を見せない。どうやら自ら動く気はないようだ。ならば自分たちは目の前の二人の魔導師を足止めするのみ。その眼には一片の迷いもない。地上を守る二人のストライカーが今、その力を解き放った。


『空を駆ける』


それ以外に目の前の光景を現すことはできないだろう。リインフォースはそんなことを考えながら自分に迫ってくる魔導師、クイントをその瞳に捉える。その足にあるローラーブレードの様なデバイスによって空に描かれた道を縦横無尽に駆け抜けてくる。その魔法に素直にリインフォースは驚き、感嘆する。数えきれない程の魔法の知識を持つ自分ですらこんな魔法は知らない。恐らくは目の前の魔導師固有の魔法なのだろう。確かにこれなら空戦の適性がない者でも擬似的な空戦が可能になる。だが所詮は擬似的なもの。その機動も限られてくる。ならば迎撃することもたやすい。


「刃を以て、血に染めよ。穿て、ブラッディダガー。」


詠唱と共に無数の血の刃がリインフォースの周りに現れ、その矛先をクイントに向けたまま放たれていく。その名の通り、その刃を相手の血によって染め上げるために。もはや自分にそれを止める術はない。かつてと同じように意志を奪われている、プログラムである自分には。


その刃が無慈悲に、正確にクイントへと迫る。それはクイントの進行方向を見越したかのようなもの。決して避けることができない場所、機動を描く刃。それがついにクイントを貫かんとしたその時、


無数の刃たちはその役目を果たすことなく空を切った。


その光景にリインフォースの変わることのなかった表情にわずかな変化が生じる。そこには自らの進む道をまさしく自在に変えながら疾走してくるクイントの姿がある。それはクイントの技量。ウイングロードはその名の通りクイントが駆け抜ける道を作るための魔法。だがそれは決して固定される物ではない。それはクイントの意志で常に変化させることができる。囚われることのない自由な道。まるでクイント自身の心が形になったかのような魔法。それが翼の道の力。


その一瞬の隙を見逃さないかのようにクイントが爆発的な加速を見せながらリインフォースへと突進する。予想外の展開にリインフォースは迎撃を行おうとするも間に合わない。それほどの速度が目の前のクイントにはある。擬似的な空戦でありながら本来の空戦を凌駕すると言う矛盾するほどの力を持っている。だがそれを目にしてもリインフォースは動じず、自らの前面にシールドを作り出す。


それは唯のシールド。だがそこに込められている魔力の量は桁違いのもの。リインフォースは数えきれない程の魔法を扱うことができるまさにオールラウンダーといってもいい実力を持っている。だがその中でもその防御力は群を抜いている。それはかつてなのはの全力の砲撃をもってしても破ることができない程の力を誇る。まさに無敵の盾。それを展開しながらリインフォースはその拳に力を込める。それはカウンターを狙うため。


先の一撃からクイントが近接型、その拳を持って戦うタイプであることは明らか。先程は不意をつかれる形であったため相殺できず吹き飛ばされてしまったがもう同じ手は通用しない。


「はああああっ!!」


咆哮と共にクイントの拳、リボルバーナックルが駆動し、カートリッジが装填される。それによる魔力の増加と加速による力によってまさに一撃必倒の拳が放たれる。それは弾丸のごとくリインフォースのシールドに突き刺さる。その衝撃によって周りの空気がはじけ飛び、轟音が響き渡る。拳と盾。両者がその力を持ってぶつかり合う。だがそれは拮抗したまま、いや違う。リボルバーナックルは回転しながらその威力を増していくも、その無敵ともいえる盾を突破することができない。クイントの全力を込めた渾身の一撃をもってしても敵わない程の強度。


それを見ながらリインフォースは己の拳に凄まじい魔力を込めながら振りかぶる。それはバリアブレイクを付与した拳。例え強固な防御を持った相手でも打倒しうる一撃。クイントは今の状態からはそれを躱すことができない。リインフォースが己の勝利を、望まぬ勝利を確信したその瞬間、気づく。


それは左腕。


もう一つのクイントの拳。リインフォースは失念していた。リボルバーナックルが両手であることを。何故、両手にそれがあるのかを。


「おおおおおっ!!」


クイントはそのまま体を捻りながらもう一つの拳を解き放つ。だがそれを見てもリインフォースは冷静さを失わない。確かに自分はそれを失念していたがその一撃は恐るるに足らない。何故ならこの場で放たれるそれは加速の力を加えた先の右腕の一撃には大きく劣ることは明らか。それは間違いないはず。だがリインフォースは囚われる、その感覚に。


それは直感。気づけばリインフォースはその両手を己の前に構えていた。それは防御の姿勢。先程まで拳を放とうとしていた動きを中断しながらのただ身を守る行為。そしてそれは正しかった。


瞬間、クイントの拳がシールドを破り、リインフォースに向かって突き刺さる。まるでシールドなど無かったかのように。


その光景に今まで崩れることのなかったリインフォースの表情が驚愕に染まる。何故自分のシールドが破られたのか。それが分からなかったから。相手が何か新たな魔法を使った様子も見られない。この拳にバリアブレイクが付与されているわけでもない。それなのに何故。


『アンチェイン・ナックル』


それがその拳の名前。


魔法ではない、純粋な体技。


クイントが生み出した技。脱力、制止状態から全身を使った加速で拳を押し出し、全威力を炸裂させる一撃。極めればどんなシールドもバインドも打ち砕くことができるまさに奥義。


だがそれは一朝一夕でできるものではない。実際、かつてクイントもそれを完全に使いこなすことはできなかった。だが今のクイントにはそれが為し得る。それはこれまでの修練によるもの。もう二度と同じ間違い繰り返さないために。必ず愛する夫と娘たちの元に帰るために。


『繋がれぬ拳』


それがクイント・ナカジマがその揺るがぬ意志によって身に付けた力だった―――――




プレシアはただ静かに目の前の男、ゼストに目を向ける。ゼストはそれに視線を返しながらも無言のまま槍を構えているだけ。プレシアはそれを見ながらも己の魔法を展開させようとする。先程の攻防からゼストがかなりの実力者であることは間違いない。まさに歴戦の戦士を感じさせるものがある。だがそのデバイスから近接型であることは間違いない。ならば自分にとっては与しやすい相手。


こと遠距離戦においてはプレシアは無敵に近い力を持っている。サーチャーと空間跳躍魔法による全方位、死角からの雷撃。加えて儀式魔法による鉄壁とも言っていい防御。それらによりその場を動かずに相手を封殺する。それは大魔導師プレシア・テスタロッサの戦法。だが


「フルドライブ」


ゼストがその言葉を発した瞬間、プレシアは驚愕する。


それはまさに一本の矢だった。


まるでそれ以外知らないかのような、愚直な一直線の前進のみでゼストはプレシアに肉薄せんとする。特攻、そう言い変えてもいいほどの無謀な行為。


「そう……そんなに死にたいのならあなたから相手をしてあげるわ。」


冷酷な宣言と共にプレシアがその魔力を解放する。同時に接近しようと突進してくるゼストに向かって上下左右、至るところから紫の雷が襲いかかってくる。それは雷の豪雨。とてもかわすことなどできない攻撃。ましてや唯一直線に向かってくるゼストにはそれを避ける術はない。ゼストがそのままその雷撃によって貫かれたかに思われたその瞬間、プレシアの顔が驚愕に染まる。


ゼストはその雷をその身に受けながらもその速度を落とすことなく、いやさらに増しながら接近してくる。プレシアは気づく。それはゼストの魔力。フルドライブによって限界まで高まったそれをゼストは自らの前面とその手にある槍にのみ集中させている。ゼストの進行方向から襲いかかる雷撃はそれによって防がれている。同時にそれ以外からの雷撃はその角度、その速度からゼストに対して決定打を与えることができない。プレシアは悟る。一見無謀に見えたゼストの動きが全て計算されたものであることに。


全魔力を使った一点突破と接近戦。それがゼストの狙い。


それはプレシアの戦法を瞬時に見抜いた故の判断。その戦法の前では中遠距離の戦闘では勝ち目はない。加えて儀式魔法によるシールドを遠距離から破る手段をゼストは持たない。ならば己の全力を持って接近戦に持ち込むしか勝機はない。そのためにゼストはその魔力を自らの前面と槍にのみに集中する。それはプレシアがその場を動けないことを知っていたから。儀式魔法は強力であるがその場を動くことができないと言う弱点がある。ならば自分はそれに向かって唯一直線に最短距離を駆け抜けるだけ。下手に動きまわれば逆に多くのダメージを受けることになる。それは歴戦の戦士であるゼストだからこそ為し得る戦法。何よりも揺るがない騎士としての誇りを持ってゼストはそれを為し得た。


ゼストの渾身の一撃が雷の雨をかいくぐり、ついにプレシアのシールドに突き刺さる。その威力によって鉄壁に近いプレシアのシールドに亀裂が生じていく。自分の間合いに入りこまれたこと、そのシールドが破られんとしていることに戦慄しながらもプレシアは再び雷撃を槍を突き立てているゼストに向かって放つ。だがそれをゼストは予期していたかのように後ろに飛び跳ねることによって難なく躱す。同時に間髪いれずにその槍を再びプレシアに、シールドに向かって振り下ろす。その動きには一部の無駄もない。そしてこの状況こそがゼストが狙っていた物。


この接近した距離ならばその角度、自らを巻き込まないためにプレシアからの雷撃は制限される。加えてシールドにも意識を割かなければならないためその精度も威力も落ちてしまう。それでも襲いかかってくる雷は容赦なく振り続けている。だがゼストは表情を変えぬままその槍を振るい続ける。


それが騎士、ゼスト・グランガイツの力。かつて救われた恩を返すために、そして友の理想を叶えるために身に付けた力だった―――――




「なのは、そのままシールドの維持をお願い! 僕は転移の準備に入る!」

「う、うん! 分かった!」


ユーノの叫びに応えるようになのはは闘牙たちを守るシールドに力を込め続ける。ユーノはシールドの維持に使っていた片手を転移の準備に切り替える。それはクイントとゼストがあの二人を抑えてくれているからこそできること。ゼストもそれをユーノ達に託した。ならば一秒でも早くそれを成し遂げる。ユーノが生涯で最高とも言える速度でそれを為していく。


なのははそんな中、自らの心に希望が蘇ってきたのを感じ取る。あの二人のおかげでもしかしたら自分たちはこの場を脱出できるかもしれない。いや、脱出して見せる。だがその瞬間、戦況に変化が起き始める。今まで優勢に立っていたはずのクイントとゼストが押され始める。わずかではあるが徐々に確実に。その光景になのはは驚愕する。確かにリインフォースとプレシアは凄まじい力を持っている。だがクイントとゼストもそれに決して大きく劣っているわけではない。むしろ初めからその全力を持って向かって行ったクイント達の方が優勢だった。それなのに。


それは死者故の強さ。


死者たちはその再生力に加えもう一つ、大きな力を持っている。それは尽きることのない体力と魔力。どんな高ランクの魔導師もそれを使い続ければ体力と魔力を消費する。それは闘牙でも例外ではない。生きている限りは逃れることができない真理。だがそれを死者たちは覆す。叢雲牙によって呼び戻された死者たちは疲れることも、魔力が無くなることもない。まさに反則とも言っていい力。


それを悟ったクイントとゼストの表情に焦りが見えるも、二人は自らの全力を持って戦い続ける。だがそれでもリインフォースとプレシアを抑えることができなくなっていく。しかしそれでもその眼にあきらめはない。何故なら自分たちは目の前の二人を倒すことではなく、足止めすることがその役目なのだから。そしてその時が訪れた。


「っ!! ……なのは、二人とも、準備ができた!!」


ユーノの声が、叫びがなのはたちに響き渡る。その言葉が意味するようにユーノを中心として翠の魔法陣がなのはたちを包み込んでいく。それは転移の魔法。この場から脱出するための最後の希望。


それを見たクイントとゼストは残された力の全力を持ってリインフォースとプレシアを吹き飛ばし、大きな隙を作り出した後、なのはたちの元に集結する。これで全ての準備が整った。ユーノがそのまま一瞬でその魔法を発動させようとしたその瞬間、



『そこまでだ』


希望は絶望へと変わった。



瞬間、ユーノは動きを止める。いや体を動かすことができない。まるで金縛りにあってしまったかのように。それはなのはたちも同様。まるで蛇に睨まれた蛙のように、ただその場に立ち尽くすことしかできない。その声の先には


悠然と自分たちに視線を向けている殺生丸、いや叢雲牙の姿があった。


その姿になのはたちは絶望する。先程まで静観していた叢雲牙がその矛先を自分たちに向けている。その邪気と殺気が襲いかかってくる。唯それだけ。だがそれだけで自分たちは身動きができなくなってしまっている。それは今までの比ではない。


これまではそれは闘牙に向けられていた。それが自分たちに向けられただけ。その事実になのはたちは戦慄する。まさに次元が違うほどの差が自分たちと叢雲牙の間にはあった。



『興醒めな終わりだが……我が幕を引いてやろう』


どこかつまらないといった風に呟いた後、刀が、叢雲牙が振り下ろされる。瞬間、凄まじい衝撃が、力が巻き起こりなのはたちに襲いかかってくる。大地を切り裂き、街を巻きながらその絶望が迫る。


それは獄龍破ではない、唯の剣圧。

だがそれには鉄砕牙の真の風の傷を超える力がある。その絶対の死がなのはたちに突きつけられる。それを目の前にしながらももはやなのはたちに為す術はない。叢雲牙の力にさらされたなのはたちには指先一つ動かすことができない。



(ごめんなさい……あなた……ギンガ……スバル……今度は帰れそうにないかもしれない……)


クイントは心に中でそう自らの愛する家族に想いを馳せる。あきらめない。決してあきらめたりしない。でもそれをもってしても目の前の状況を打破することができない。



(すまない、レジアス……約束は守れんかもしれん……)


ゼストはそう自らの親友に向かって心の中で謝罪する。共に理想のために生きると約束した。だがそれは守れないかもしれない。一度は失くしたこの命。それを失うことには悔いはない。だがこの場にいるクイント、そして闘牙たちだけでも。そんな願いを抱くも為す術を持たない。



その無慈悲な、終末を告げる力がなのはたちを飲みこみかけたその瞬間、



それはまるでなのはたちを避けるかのように受け流されていく。



そのありえない光景になのはたちは目を見開くことしかできない。それはまるで膜。見えない膜が包み込むように自分たちを守っている。その力には温かさがある。心を癒すような、邪悪なものを振り払うかのような何かが。なのはとユーノは気づく。



それは鞘の張った結界だった。


その結界がなのはたちを守るように張られている。同時になのはたちの体に自由が戻る。まるで金縛りにあったように動けなかったはずの体が動くようになっている。それは鞘の力が叢雲牙の邪気を打ち消したからこそ。だがなのはたちは驚愕する。いや戦慄する。それは鞘の姿。その本体である鞘に無数にヒビが入っている。いや今この時もそのヒビがその数を激しさを増していく。まるでそのまま壊れてしまうかのように―――――


「お爺さんっ!!」


なのはの悲鳴が、絶叫が響き渡る。隣にいるユーノもその心は同じだった。なのはたちは悟る。この結界の力。それがまさしく鞘の命を懸けた力なのだと言うことを。



『そんな声をあげるでない……年寄りにはもっと優しくせんかい』


だが鞘はそんな二人の姿を見ながらもいつもと変わらない様子で答える。どこかやる気のない、それでも憎めない声で。


『心配せんでもええ……もう長いこと生きたからのう……そろそろ頃合いじゃろう……』


その言葉に呼応するようにその鞘はひび割れ、砕けていく。その姿も段々と薄く、見えなくなっていく。まるで鞘が壊れるにつれてその存在が無くなって行くかのように。


だが鞘には何の迷いもなかった。それは自らの過ち故。


叢雲牙の封印が解かれるのを防げなかった。


闘牙が獄龍破に飲み込まれた瞬間。自分はあの瞬間、我が身可愛さに結界を張ることができなかった。もう何百年も生きてきたはずの自分が。


だがそれを償うことができる。二人の魔導師が援護に来てくれたおかげでそれができる。誰かを守るという鞘の本来の役割を。


それを感じ取ったなのははその眼に涙を流すことしかできない。そんななのはに呆れながらも笑みをみせながら


『闘牙とアギトに伝えておいてくれ……短い間じゃったが楽しかったとな……』



自らの最期の言葉を託す。そこには闘牙とアギトへの想いがあった。



騒がしくもにぎやかで楽しかった日々。それが二人との旅の記憶。


そして確信。



闘牙が必ず復活し、なのはたちと共に叢雲牙を倒してくれるという。



その言葉には若い世代への希望が込められていた―――――


なのはたちはそのまま鞘の結界に守られながら翠の光に包まれていく。その眼に最後まで鞘の姿を捉えたまま―――――



消えていく自らの体を見ながら鞘はその光景を見る。それはかつての仲間たち。




御館様……冥加……刀々斎……少し遅くなったがそっちに行くわい…………




鞘はその長い役割を終え、この世を去って行った―――――――



[28454] 第65話 「烈火」
Name: 闘牙王◆53d8d844 ID:e8e89e5e
Date: 2012/01/28 18:42
何もかもが消え去った破壊の跡を叢雲牙は見つめ続けている。そこには先程までいた闘牙たちの姿はない。だがそれは闘牙たちがその破壊に巻き込まれたからではなかった。


『鞘め……余計なことを……』


叢雲牙はそのまま足元にある鞘の残骸を無慈悲に踏みつぶす。もうそこに鞘の魂はないにもかかわらず。それはこれまでの封印に対する、そして先程の悪あがきに対する叢雲牙の憤りだった。


『ふん……まあいい……もう奴らにできることなど何もないのだからな……』


叢雲牙はそう呟いた後、自らの後ろに控えている三人の死者に目を向ける。そこにはリインフォースとプレシア・テスタロッサ、そして日暮かごめの姿がある。だが日暮かごめは二人とは違い、何の意志も感情も感じさせない。そしてそれは叢雲牙の意図ではなかった。


叢雲牙は当初、かごめの意志を残したまま闘牙と殺し合いをさせるつもりだった。プレシアにそうしたように。だがそれはできなかった。それはかごめの意志を操ることが叢雲牙の力をもってしてもできなかったから。巫女の力。それ故にかごめの意志を完全に叢雲牙は操ることができなかった。そしてそれはこの体、殺生丸についても同様。その意志の強さ、存在の強さはまさに戦国最強の妖怪と言ったところだろうか。もし、四魂の玉によって力を増していなければいかに叢雲牙といえどこの体を自由に操ることなどできなかっただろう。


だがそれも今や何の障害にもならない。闘牙はかごめに封印の矢によって封じられた。それは決して解けることのない封印。巫女の力によるもの。それに匹敵する巫女の力があれば解くこともできるかもしれないがこの世界には巫女は存在しない。もし存在していたとしてもかごめの力に匹敵する巫女などいるはずがない。


もし封印が解けたとしても何の脅威でもない。奴は既にその刀である鉄砕牙を失っているのだから。いや、例え鉄砕牙が健在だったとしても今の自分の前では無力。先の戦いでもそれは明らか。


魔導師たちについてはもはや語るまでもない。人間である以上、自分の敵ではない。管理局が保有する魔道砲の存在は確かに厄介だが既にスカリエッティを操っていた際にその対策は施してある。もしそれが自分に向けられたとしてもそれは通用しない。この世ではない世界、冥界の力を持つ自分には。


『さあ、終わりの始まりだ』


その言葉と共に叢雲牙の足元が崩れ去って行く。同時にそこに大きな穴が生まれていく。まるで底がないかのようなどこまでも続く深淵。それに呼応するように大地が裂け、空は暗黒に包まれていく。それは冥界の扉。あの世への道。それが開かれ、そして際限なく広がろうとしていく。まるでこの世を、現世を飲みこむかのように。その力によってこの世の生きとし、生きる者たちが生き絶えていこうとしている。この世とあの世が交わり、生者がいない、死者たちだけの世界へミッドチルダが変えられていく。



今、ミッドチルダ、全次元世界の滅亡へのカウントダウンが始まろうとしていた―――――




「レジアス、すまん、遅くなった。」

「っ! ゼスト、無事だったか!」


混乱が続く地上本部にゼストは傷ついた体を庇いながら訪れていた。そこには既になのはたちの姿はない。機動六課は闘牙の治療、そして傷ついたメンバーたちの安静のため医務室へと向かって行った。クイントも今はこの指令室の前で控えている。大きなダメージはなかったものの体力と魔力については大きく消費してしまっていたためだ。それはゼストも例外ではない。だがそれを全く感じさせない姿でゼストは己の知る限りの情報と、今の状況をレジアスに伝えていく。


叢雲牙と呼ばれるロストロギアの存在。その力と目的。


闘牙と呼ばれる男とその目的。それに関係する機動六課。


簡潔に、だが必要な情報をゼストはレジアスに伝える。レジアスはその話をただ黙って聞き続けている。だがその姿には苦渋の表情がある。本当なら荒唐無稽な妄言だと断ずるところ。だが今の現状。死者が蘇るという信じられない現状を目の前にしてはそんなことはできない。何よりもそれを裏付ける情報が既にレジアスの元に届けられていた。それは


「ゼスト……今しがた戦闘機人と……スカリエッティの身柄が拘束されたという情報が入った。」


変わることのないゼストの表情を変えるに十分すぎるほどの情報だった。


「それは……」

「正確にはこちらに戦闘機人が投降、保護を求めてきたと言った方がいいだろう。現にスカリエッティは意識を失ったまま。だが戦闘機人からおおよその経緯は聞きとることができた。」


レジアスはそのままその情報をゼストへと伝えていく。スカリエッティがそのロストロギア、叢雲牙によって操られていたらしいこと。そして戦闘機人たちはそれを知らず、命令に従っていたらしいこと。だが突如、その剣を持った銀髪の男によって戦闘機人たちは瀕死に追い込まれてしまったこと。間一髪のところで戦闘機人たちは脱出に成功したものの、その傷は深く、そのままこちらに投降してきたこと。


ゼストはその情報によってなのはたちによってもたららされた情報がすべて正しかったことを確信する。同時に悟る。これが最高評議会の思惑ではなったことを。それはレジアスも同じ。そしてレジアスはさらなる衝撃をその情報から得た。それは最高評議会が既に叢雲牙の手によって、正確には戦闘機人の手によって亡きものにされていたと言うことに。まさにこのミッドチルダを、次元世界を崩壊させんとする存在であることをレジアスは確信する。その力はまさに悪夢と言っていい物。防衛ラインを作り、何とか凌いでいるもののそれが破られるのも時間の問題。そしてレジアスにとって、いやミッドチルダに住む全ての人たちにとって最悪のシナリオが行われんとしていることをレジアスはゼストへと伝える。それは


「最終防衛ラインが突破された時……アルカンシェルによるミッドチルダ一帯殲滅の命が下された……」


文字通りミッドチルダの滅亡を示す作戦の内容だった。その言葉にゼストの顔に緊張が走る。それは悟ったから。その作戦、それが何を意味するのかを。


『アルカンシェル』


管理局が誇る殲滅兵器、魔道砲。それは特定の条件、対象にしか使われないまさに最終兵器。使われた地点から百数十キロに及ぶ範囲を消滅させる代物。


それを使えば間違いなく死者の軍勢といえどもひとたまりもない。間違いなく殲滅することができるだろう。それと共にミッドチルダに住む人々を全て巻き添えにしながら。


最終防衛ラインが突破され、転送施設が破壊されること。それがこの作戦が行われる理由。もしそれが現実のものとなればミッドチルダからの他の次元世界への転移が可能になり、死者の軍勢が溢れだしてしまう。それを防ぐための作戦。ミッドチルダと他の次元世界を天秤に掛けた判断。それを糾弾することなど誰にもできない。それが分かっているからこそレジアスは己の無力を呪いながら苦悶の表情を浮かべることしかできない。


だがそれすら最善のケースに過ぎない。叢雲牙は長い間スカリエッティを操りこの計画を立ててきた。ならば当然この展開は予想できたはず。それはつまり何らかの対策を講じている可能性が高い。何よりも叢雲牙は人智を超えた力を持ったロストロギア。死者には通用したとしてもアルカンシェルが叢雲牙に通用しない可能性すらある。


ゼストはそのまま、無言のまま自らの友であるレジアスの姿を見つめ続けることしかできない。絶望的状況。まさに自分たちは逃れることができない絶望に飲み込まれつつある。だがそれでも自分が為すべきことは変わらない。ただ地上の人々を守ること。それこそが自分の為すべきこと。ならばあきらめるわけにはいかない。だがその胸中には一筋の希望があった。


銀髪の青年、闘牙と機動六課。


それは何の根拠もないもの。だがそれでも彼らなら、彼女たちなら。そう感じずにはいられない何かをゼストは感じ取った。それを胸に抱きながらゼストは歩き始める。自分が戦うべき戦場へと―――――




「兄貴っ!!」


叫びと共に小さな少女がドアを勢いよく開けながら医務室へと飛び込む。それはアギト。だがその表情は焦りに、不安に満ちていた。それはこの事態によるもの。突然の緊急事態。それに向かって行った闘牙と鞘、機動六課のメンバー達。事態が掴めぬままそれでもアギトはただその帰りを待つことしかできなかった。そして闘牙たちが戻ってきた。その報にアギトは喜び、安堵する。だがそれは一瞬だった。その喜びは瞬時に絶望と不安に変わる。目の前の光景によって。


そこにはベッドの上に寝ている闘牙の姿がある。その体には無数の包帯が巻かれている。それだけで闘牙が重症であることが分かる。だが何よりも目を引くのはその胸。その胸には一本の矢が突き刺さっている。


「兄貴っ!?」


その光景に驚愕し、アギトはすぐに眠っている闘牙の元に駆けつける。その部屋にはなのはとユーノの姿もある。だがアギトにはそんなことなど目には入っていなかった。アギトはそのまま慌てながらその矢を何とか抜こうとする。だがどんなに力を入れてもそれを抜くことはできない。まるで見えない力が働いているかのように。


「兄貴………?」


アギトは呼吸を、息を乱しながらも再びベッドに横たわっている闘牙に目を向ける。そこにはいつもと変わらない闘牙の姿がある。静かに、目を閉じて眠っている闘牙の姿。それをアギトは何度も目にしている。闘牙の寝込みを守るのが自分の役目だったのだから。だからこれはいつも通り。少し経てば闘牙はいつものように起きてくれる。今は傷ついているから起きないだけだ。アギトはそう自分に言い聞かせる。だが気づいていた。心のどこかで。それは直感。闘牙はきっとこのまま目覚めないのだと。


「なのは……ユーノ……何があったんだよ……兄貴はどうして起きないんだ……?」


体を震わせながら、どこか泣くのを堪えるような声でアギトは二人に問いただす。だがなのははそんなアギトの言葉を聞きながらもただ顔を俯かせることしかできない。その姿が今の闘牙の状態を何よりも物語っている。アギトはそれを呆然と眺めることしかできない。だがそんな中、なのはの隣にいるユーノが静かに今の闘牙の状態をアギトへと伝える。


今、フェイトとはやてはこの場にはいない。二人は外傷はないものの精神的なショックが大きく別室に待機している。その時には二人とも意識を取り戻していた。だが二人ともとてもすぐに動けるような状態ではなかった。特にフェイトはそれがひどく、今はベッドに横になっている。だがその口から闘牙の今の状態がどんなものであるか二人は聞かされた。


『封印の矢』


それが今、闘牙の胸に刺さっている矢。それは巫女の力により、射抜いた相手を醒めることない永遠の眠りにつかせる矢。それはかつて桔梗が犬夜叉を御神木に封印したものと同じもの。決して解けることのない封印。それが今の闘牙の状態。



「な……何だよそれ……それじゃあ……それじゃあ……兄貴は……」


その事実にアギトは声を震わせながら再び闘牙に目を向ける。その姿は本当に眠っているだけ。でも、でも本当にそれが真実なら、闘牙は、兄貴はもう二度と―――――


「でっ、でたらめだっ! 兄貴が起きないなんて、そんなことあるわけないだろ! 爺さんも何とか言えよ!」


アギトは決してそんなことは認めないとばかりに叫ぶ。だがその声には誰も応えてくれない。そのことにアギトは気づく。もう一人。自分が声をかけた人物がこの場にいないことに。


アギトはそのことに気づき、慌てて部屋中を見渡す。だがどこにもその姿がない。間違いなく、闘牙と一緒に出て行ったはずなのに。


「爺さん……?」


自分の仲間である鞘の姿がどこにもない。そのことにアギトの顔が蒼白に染まる。この場に鞘がいない。そのことの意味を、悟ってしまったから。


「なのはっ、ユーノっ、爺さんはっ!? 鞘のじいさんはどこに行ったんだよ!?」


アギトは慌てながら二人に詰め寄って行く。その眼には既に涙が滲んでいる。だがそれでもアギトは二人に縋りつく。まるで認めることができない現実に抗うかのように。だが


「お爺さんは……私たちを助けるために………」


なのははかすれるような声で呟くことしかできない。その表情は俯き、前髪によって隠れているため伺うことはできない。だがそこには隠すことのできない悲壮感と後悔が溢れていた。それが何よりも物語っていた。鞘が既にこの世にはいないのだと。


「嘘だろ………?」


アギトは目を見開いたままどこかうつろな姿で声を漏らす。まるで全ての力が抜けてしまったかのように。


「爺さんが……鞘のじいさんが死ぬわけねえ……死んでも死なないような奴なんだぞ!」


目に涙を流しながらアギトは慟哭する。その脳裏にはかつての記憶が蘇っていた。いつもやる気がない態度でいた鞘の姿。それに食って掛かる自分。そんな自分をのらりくらりと躱す鞘の姿。そしてそれを諫める闘牙。それがアギトにとっての日常。かけがえない仲間との楽しい、大切な日々。


「どうして二人を助けてくれなかったんだよ! お前達が一緒にいたんだろ!?」


知らずアギトは罵声を二人に向けていた。それはまるで子供の様な姿。それ以外今の感情を表すことができないかのように。ただの八つ当たりのように。そんなことはアギトも分かっていた。皆に付いていけなかった自分がそんなことを言う資格がないことも。自分がどんなに無力なのかも。


「何とか言えよ! なのは、ユーノっ!!」


気づけば顔が涙で濡れていた。嗚咽が漏れていた。それは想い。いつも一緒にいてくれた二人の仲間、家族への。そして自分自身への悔しさへの。


なのはとユーノはそんなアギトに返す言葉を持たない。なのはは顔を俯かせたまま、ユーノは厳しい表情をしたままただアギトの言葉を、慟哭を受け止めることしかできない。そんな二人の姿に絶望し、アギトが激情のままその拳を振り上げようとしたその時


「そこまでにしておけ、アギト。」


その拳はシグナムによって止められる。いきなり現れたシグナムにアギトは驚くことしかできない。その隣にはヴィータの姿もある。二人ははやて達の帰還を聞き、この場にやってきたところ。だが既におおよその事態は把握していた。その証拠にその表情には苦悶が見て取れる。しかしそれでもこれ以上、なのはとユーノを責めることは許さないというシグナムの意志の現れだった。


それを感じ取ったアギトはそのまま力を失い、地面に座り込んでしまう。シグナムの制止によって我を取り戻したかのように。だがそれでも、その悲しみは抑えられるものではなかった。


「うっ……ううっ……うわあああああああ!!」


アギトはただ泣き続けることしかできない・子供のように、その感情のままに。その涙が、慟哭がなのはたちを支配する。まるで泣くことができないなのはたちの代わりのように。ただ純粋に、その心を現すかのように。その光景に誰ひとり、言葉を発すことができない。


その光景になのはは心が砕けそうになる。目の前の少女の嘆き。家族を、闘牙と鞘を失ってしまったアギトの姿。自分はそれに何も答えることができない。闘牙を助けることができなかった。ただ鞘のお爺さんに助けてもらうことしかできなかった無力な自分。まるでかつての自分のよう。


ただ一人、誰もいない家で涙を流していた自分。それを変えられたと思っていた。闘牙やフェイト、魔法と出会えたことで。でも自分は何もできなかった。誰かを守ることも、救うことも。一番大切な仲間を。


そんななのはの姿にシグナムとヴィータは目を奪われることしかできない。顔を俯かせ、絶望してしまっているかのようななのはの姿。これまで一度も見たことのない姿。どんな時でもあきらめない不屈の心を持つ高町なのはが。同時に二人は悟る。それほどの絶望が自分たちを包み込んでいるのだと。


逃れようのないあきらめと絶望がなのはたちを支配しかけたその時



「大丈夫だよ……なのは。」


そんなユーノの声と共にその手がなのはの肩に置かれる。


「………え?」


なのははそんな声を上げながら顔を上げる。そこにはいつもと変わらない優しい笑みを向けているユーノ・スクライアの姿があった。まるで何も心配はいらないと、そう自分に伝えるかのように。そんなユーノの言葉と姿にアギト達も呆気にとられるしかない。しかしそれを見ながらもユーノは告げる。その言葉を


「みんな……一つだけ……闘牙を助けることができるかもしれない方法があるんだ。」


その言葉に皆の目が見開かれる。それは希望。一筋の、だがそれでも確かな希望。それは



「『ジュエルシード』……それを使えば闘牙を目覚めさせることができるかもしれない。」


願いをかなえる宝石、そして闘牙にとっての始まりの宝石。


なのはとユーノ、そしてフェイトと出会うことになった運命の宝石。


そして闘牙の力を呼び起こした力だった。



その事実になのはたちは言葉を発することができない。だがそれは悟ったから。ユーノ言葉の意味、そしてそれが闘牙を目覚めさせることができるかもしれないと。


『ジュエルシード』


それは使った持ち主の願いをかなえる宝石、ロストロギア。その力はまさにロストロギアに相応しいもの。かつてそれを巡ってなのはたちは戦った。そしてそれによってなのはたちは闘牙に出会った。何よりも闘牙はそれによってかつての力、犬夜叉の力を取り戻した。


ならばそれを使えば再び闘牙の力を呼び起こすことができるかもしれない。決して解けることのない封印も解くことができるかもしれない。だが


「でも……どうやってジュエルシードを……」


なのははそう言葉を口にする。そこには二つの意味が込められていた。


まずどうやってジュエルシードを手に入れるのか。ジュエルシードは既に封印され、保管されてしまっている。それがどこにあるのかも分からない。


そしてもう一つ。どうやってそれを制御するのか。ジュエルシードはその制御が困難でとても使いこなせるようなものではない。それをなのはは誰よりも分かっている。それはユーノも同じはず。それができたのは知る限り闘牙だけ。それも四魂の玉の力によって為し得た偶然の産物。それをどうやって。そうなのはが困惑しかけた時


「あたしがやる………」


そんな声が響き渡る。涙の枯れた声で、それでも絶対の意志を持って


「あたしが……ジュエルシードを制御して兄貴を助けて見せるっ!!」


烈火の剣精が自らの信念をもって宣言する。その目には揺るぎない炎が宿っていた。それは希望、そして決意。


今まで何もできなかった自分。それがアギトには許せなかった。共に戦うことができない。ただ守られるだけの自分が。融合騎という力を持っていながら何もできない無力な自分が。


そんな自分を助けてくれた、一緒にいてくれた闘牙が好きだった。融合できなくとも自分のロードは闘牙だと。そう誓うほどに。


そんな闘牙が今、危機に瀕している。かつてないほどの、絶望的な状況。でもそれを救うことができるかもしれない。自分が、融合騎である自分の力なら。


自分の力は魔導師とユニゾンし、その魔力を制御、強化することにある。それを使えばジュエルシードを制御できるかもしれない。だがそれは危険を伴う。自分がそれをできる保証もない、もしできても闘牙は目覚めないかもしれない、自分が死んでしまうかもしれない。だがそんな迷いも、恐怖もアギトにはなかった。


ただ闘牙のために。孤独だった自分に居場所を、安らぎをくれた闘牙のために。そのためならこの命を散らすことになっても構わない。


それが烈火の剣精、アギトの決意だった―――――




それを前にしてなのはたちはただ圧倒されるしかなかった。ただ真っ直ぐに、それでも力強くあれるアギトの姿に。例え闘牙が復活したとしても叢雲牙を倒せるとは限らない。あの力の前には誰も敵わないかもしれない。それなのに。


それは信頼。アギトの闘牙への。闘牙なら叢雲牙にも負けない。それは今はいない鞘が託した希望と同じもの。


その力になのはたちの心に希望が蘇りかけた時



「……ジュエルシードのことやったら心配いらん。保管場所は私が知っとる。」


そんな声が扉から響き渡る。驚きながら振り返ったそこには八神はやてとリインの姿があった。


「主っ!?」
「はやてっ、大丈夫なのか!?」

「ごめんな、みんな心配掛けて。情けないところ見せてしもうた。」


心配し駆けよってくるシグナムとヴィータに微笑み返しながらはやては部屋の中に入ってくる。だが言葉とは裏腹にその姿はとても大丈夫だとは思えないようなもの。憔悴し、その頬には涙の跡が残っている。それははやての負った心の傷の深さを物語っているかのよう。だがそれを振り払うかのようにはやては機動六課の隊長として振る舞い、事実を告げていく。


「ジュエルシードはミッドチルダの遺失物保管庫に保管されとる。今そこは死者の軍勢の中にあるけどな……」


その言葉になのはたちの顔に緊張が走る。ミッドチルダにあったことは幸運だがその場所が問題だ。死者の数は既に千を優に超え、今この時も増え続けている。それを退け、保管庫まで辿り着く必要があると言うこと。それは生半可なことではない。だが


「そんなの関係ねえ! あたし一人でもジュエルシードを手に入れて見せる!」


叫びながらアギトはまさに一人でもこの場を飛び出していこうとする。だがそれは再び止められる。ほかならぬシグナムの手によって。だがそれは先程とは違う。何故なら


「焦りすぎるな、私も一緒に行く。」


その眼が、言葉がシグナムも共に行くと物語っていたから。その言葉にアギトは驚きを隠せない。自分が向かおうとしているのはまさに死地。生きて帰ってこれる補償など無い戦い。だがその眼には一片の恐れも迷いもない。まさしく一人の騎士の姿があった。


「闘牙には大きな借りがある……それにこのまま勝ち逃げされるわけにはいかないからな。」


シグナムはそんなアギトを見ながらも軽口を叩く。その言葉は嘘ではない。だがそれ以上に目の前のアギトの姿に、決意に心を動かされたのが一番の理由。絶望に支配されかけた自分たちを救ってくれたその姿。誰かのために命を懸けるその姿はまさに騎士そのもの。これに応えないことなどあり得ない。それを感じ取ったアギトの顔が喜びに染まる。自分に力を、闘牙のために力を貸してくれる者の姿によって。


「お願いや、ヴィータもシグナム達と一緒に行ってくれるか?」


それを後押しするようにはやてがヴィータに告げる。いかにシグナムといえどあの死者の軍勢の中を一人で駆け抜けることは難しい。ならば誰よりもシグナムと長く共に戦って来たヴィータにその援護を。それがはやての考え。だがそれにはもう一つ、大きな理由があった。


「……わーったよ。でもはやて、一つ約束してくれ。」


自らの相棒、グラーフアイゼンを肩に担ぎながらヴィータはその言葉を告げる。それは



「あいつを……リインフォースを止めてやってくれ。お願いだ。」


かつての家族に対する想い。そして願い。


はやてがそのために一人で戦う決意をしたことをヴィータとシグナムは感じ取っていた。本来なら自分たちははやての守護に付かなければならない。それが守護騎士の務め。だが今のはやてを前にしてそれを口にすることなどできるはずがない。何よりも自分たちの主であるはやてを信じる。それだけだった。


「ごめんな……私の我儘に付き合わせてしもうて……」


それ感じ取ったはやてはばつが悪そうにそう告げる。だがこれだけは譲れない。あの子を止めるのは自分でありたいと言う、子供の様な我儘。


「いいよ、その代わり、終わったらギガうまの料理、食わしてもらうからな!」


「……約束する。それに後のことは何の心配もせんでええ。責任は全部私が取るからな。」



ヴィータはどこか照れ隠しをしながらシグナム、アギト共に部屋を去って行く。自分たちの役目を果たすために。


ロストロギアを管理する自分たちがロストロギアに頼るしかない。そんな矛盾した、皮肉な状況。だがそれでも構わない。その罪も、罰もいくらでも受けよう。今はただ自分たちができることを。

はやては涙の跡を拭いながら歩き始める。その隣にリインを連れながら。かつての約束を守るために―――――




「ユーノ君……私たちも行こう。」


そんなはやて達の姿を見送った後、なのははその顔を上げながらその手を自らのデバイスであるレイジングハートに置く。その眼には先程までの不安も後悔もない。ただ前だけを向いている。不屈の魔導師、管理局のエースオブエース、高町なのはの姿があった。


「うん……でもいいの? フェイトの傍にいてあげなくて……」


そんな力を取り戻したなのはを見ながらもユーノはそう尋ねる。フェイトは今、別室にいる。その心に深い傷を負い、心を失ったまま。かつて、同じようにプレシアによって絶望に落とされてしまった時のように。その傍にいてあげることが必要なのではないか。他でもない親友であるなのはが。だが


「大丈夫……フェイトちゃんはきっと戻ってくる。あの時と同じように……」


なのははどこか確信を持った口調で告げる。そこには親友であるフェイトに対する絶対の信頼があった。必ずフェイトは立ち上がると、前以上の力を持って。何よりもそれはフェイト自身が乗り越えなければいけないもの。自分にできるのはそれを待つことだけ。


今の自分にフェイトを救い、立ち直らせることはきっとできない。恐らくは闘牙でも。きっとそれができるのは――――――



「だから行こう、ユーノ君。フェイトちゃんが、闘牙君が戻ってきた時に笑顔で迎えられるように!」

「……うん、行こうなのは!」


なのはとユーノはそのまま走り出す。その先は最終防衛ライン。そこを守り抜くことが自分たちの役目。ミッドの人たちを、そして闘牙が、仲間たちがいるこの場所を守るために。


二人の胸にはある誓いがあった。


それは六年前。自分たちを救うために傷つき、倒れてしまった闘牙の姿。その時にふたりで誓った誓い、約束。


『いつか闘牙を守れるぐらい強くなる』


それは自分たちを守り、導いてくれた闘牙への二人の想いの形。


今、それを果たす時が来た。



それぞれの想いを胸に機動六課がその翼を取り戻す。



その希望は全て、一人の少女、烈火の剣精に託された――――――



[28454] 第66話 「不屈」
Name: 闘牙王◆53d8d844 ID:e8e89e5e
Date: 2012/01/29 06:09
小さい頃のあたしは本当に弱くて、泣き虫で、悲しいこととか辛いことにいつもうずくまって、ただ泣くことしかできなくて―――――


「お母さん……お父さん……お姉ちゃん……」


ただ泣きながら家族の名前を、助けを呼ぶことしかできなかった。


「痛いよ……熱いよ……怖いよ……」


体中が痛かった。目の前に迫る炎が熱かった。そこには崩壊しかけた建物、避難所がある。


誰もいない無人の避難所。そこに自分は一人、取り残されてしまった。一緒に避難していた姉ともはぐれてしまった。いつも自分を守ってくれた姉と。


そして目の前には知らない人たちの姿がある。まるで人形の様な怖い人達。その人達がわたしに気づいて近づいてくる。



「こんなのやだよ……帰りたいよ……」


その恐怖にその場にうずくまることしかできなかった。その脳裏には家族と、幸せだった家での生活がある。どうしてこんなことになってしまったのか。どうして、どうして―――――



「助けて……」


知らず、助けを呼んでいた。涙を流し、嗚咽を漏らしながら。


それはきっと届くことのない、叶わない願い。


でも、それでも呼ぶことしか、願うことしかできなかった。



「誰か……助けて……」


自分を助けてくれる誰かを。



そして、その人は現れた。


「良かった……間に合った。助けに来たよ。」


優しい、それでも頼もしい女の人の声が掛けられる。わたしはそのまま涙に濡れた瞳をその人に向けた。


白い服に身を包んだ女性。長い髪をツインテールにした、杖を持った魔法使い。


「良く頑張ったね、偉いよ。もう大丈夫だからね。」


そう告げた後、その人は杖を構える。その瞬間、桜色の光が辺りを包み込んでいく。その光にわたしは目を閉じることしかできなかった。でもそれが収まった後、あの怖い人達はいなくなってしまっていた。まるで消えてしまったかのように。


わたしはそのままその人に抱きかかえながら空に舞い上がった。


炎の中から助け出してもらって連れ出してもらった広い夜空。冷たい風が優しくて抱きしめてくれる腕が温かくて。


助けてくれたあの人は強くて、優しくて、カッコよくて


泣いてばかりで何もできない自分が情けなくて


わたしはあの時、生まれて初めて心から思ったんだ。


泣いてるだけなのも、何もできないのも、もう嫌だって。


強くなるんだって―――――


それが少女、スバル・ナカジマと高町なのはの運命の出会いだった―――――





「こちら、機動六課所属高町一等空尉、要救助者の女の子をA地区の避難所に避難させました!」

『了解しました、そのまま防衛ラインの防衛にあたってください。』

「了解!」


なのはは本部の指示に従い、再び防衛ラインへ向かって行く。その桜の色の翼を羽ばたかせながら。先程までなのはは死者の軍勢によって侵攻されてしまった避難所の避難を援護していたところ。間一髪のところだったが一人の犠牲者も出さずに全ての民間人を別の避難所へと避難させることができた。だが安心するのはまだ早い。防衛ラインの死守という最も重要な任務があるのだから。


なのははその翼で一気に空を駆け抜けていく。空を飛ぶこと。それはなのはにとって特別なこと。魔法と言う、自分を変えてくれた力を感じさせてくれる瞬間。そしてそれを教えてくれた人を想うことができる瞬間。それは


「お待たせ、ユーノ君!」

「おかえり、なのは、そっちは大丈夫だった?」


自分にとってのかけがえのない人、恋人であるユーノ・スクライアを想うことができる瞬間だった。


「うん、みんな無事に避難できたよ。後はここを守り抜くだけ!」


ユーノと背中合わせになりながらなのはは自らの周りに誘導弾を次々に生み出していく。それに合わせるようにユーノはなのはと自分を包み込むように翠のシールドを作り出していく。そこには一切の無駄も迷いもない。それが二人の連携、戦闘スタイル。なのはが矛でユーノが盾。六年前から変わることのない『無敵の矛盾』の姿。


なのはとユーノ。互いに進みべき道が別れてからこうして背中合わせに戦うのは一体いつぶりになるだろうか。だがそんなブランクなど感じさせない程の力強さが、いや優雅さすら二人には感じられる。


「シュ――――トッ!!」


叫びと共になのはの誘導弾が次々に死者の軍勢に向かって放たれていく。それは縦横無尽に戦場を駆け回り、死者たちを元の世界へと送り返していく。それはまるで浄化の光。その力によって死者の軍勢はそれ以上前に進むことができない。


だがなのはをこの場での最大の脅威と判断した死者たちはその矛先をなのはに向け、魔法の雨を降らせてくる。その数も相まってそれは凄まじい光となってなのはに向かって降り注ぐ。だが


「させないっ!!」


それはユーノの翠に盾によって防がれる。その盾が、なのはを守るための盾がその全てを防ぎ、受け流す。それだけではない。まるで死者たちの動きを封じるかのように無数の翠の鎖が絡みついていく。それはユーノのバインド。複数の魔法の同時展開。その精度と展開速度はなのはやフェイトすら凌駕する。それがユーノの力。なのはを守るために、そして大切な仲間を守るために手に入れた力。


「ディバイン……バスタ―――――!!」


ユーノのバインドによって身動きが取れない死者たちに向かって桜色の砲撃が放たれる。それはまるで全てを薙ぎ払うかのような力を持って死者たちに襲いかかる。それこそがなのはの真骨頂。砲撃魔導師と呼ばれるなのはの力。


なのはとユーノ。二人の力はまさに高ランク魔導師に相応しい、それすら凌駕するほどの物。だがそれだけではない。それは二人が揃った時に、力を合わせた時に真の力を発揮する。


二人は互いに感じ取る。背中合わせになりながら互いの温もりを。大切な、愛する人が共にあると言う喜び。それがどんなに心強いことか。それが自分たちにどんなに力を与えてくれるか。


「ユーノ君……まるであの時みたいだね……」

「うん、僕も同じことを考えてた……」


背中を合わせながらなのはとユーノは笑い合う。その脳裏には同じ光景があった。それは六年前の光景。時の庭園での傀儡兵との戦い。あの時も自分たちは今と同じように背中を合わせながら戦っていた。その感覚が、想いが蘇ってくる。二人なら何でもできる。そんな想いと確信が。


なのはは思う。きっとあの時から、いやそのずっと前から自分はユーノに惹かれていたのだと。そしてそれを闘牙君は知っていたのだろう。自分の気持ちも、ユーノ君の気持ちも。でもそれをただずっと見守ってくれていた。私が自分の想いに気づくのを。ユーノ君がそれを私に伝えるのを。ただずっと。まるで自分にはできなかったことを私たちに託すかのように。


私たちが結ばれたと聞いた時、闘牙君は本当に心から喜んでくれた。口には出さなかったけど知っていた。闘牙君の目に涙があったことを。そのことが本当に嬉しかった。本当の兄のように自分たちを想い、見守ってくれた闘牙君。だから今度は私たちの番。闘牙君が託してくれた想いに応える時。


なのはとユーノは自らの力を持ってそれを示す。その心を、想いを。それが戦場に広がって行く。それが二人の力。


闘牙が願いと希望を託した高町なのはとユーノ・スクライアの力だった。


その光景に地上の、ミッドにいる魔導師たちは目を奪われることしかできない。その姿も、心も既に限界、あきらめ、そして絶望が彼らを支配していた。どんなに倒しても尽きることない死者。かつて共に戦った仲間が操られている姿。崩壊した故郷。その全てが彼らの心を支配していた。勝ち目などない。口には出さないが皆、既に悟っていた。自分たちはこのまま負けてしまうのだと。


なのに、なのに何故あの二人はあそこまで戦うのか。全力で、まるで何も恐れていないかのように。まるで何かを信じているかのように。


それは決意。必ず闘牙を救ってみせるという。


それは信頼。闘牙は必ず復活するという。


それは確信。闘牙ならきっと叢雲牙を倒してくれるという。


それを胸になのはとユーノは絶望的なこの状況を駆け抜けていた。



その姿に皆の心に希望が蘇る。まるで忘れていた何かが目覚めるように。


その光景をレジアスは通信によって目にしていた。そして目を奪われる。その二人の姿に。自分の半分にも満たない歳の少女と少年が命を懸けて、あきらめることなく戦い続けるその姿。誰もがあきらめかけている、絶望しかけている状況で。それでもただ真っ直ぐに、己が信念に従って。


その姿にレジアスの体が震える。知らず感情が溢れだす。それは遠く忘れていた感情。誰かを守るために。そんな原初の願い、希望。自分が、いや管理局員が皆、初めは持っていたはずの信念、誓い。


自分と友の理想。その原点。それがあの二人の姿に見える。いつの間にか忘れかけていた、忘れてはいけないもの。それが今、自分の目の前にある。


そこには何の垣根も存在しない。地上も、空も、海も関係ない。ただ次元世界の、ミッドチルダの平和を守る。その信念のもとに自分たちは存在する。


何故自分はあの場にいないのか。そんな想いすら抱いてしまうほどに心が高まってくる。だが自分の役目はそこではない。自分が為すべき役割は他にある。ならばそれを持って答えるだけ。



「あの二人を中心に体勢を立て直す!! ミッドチルダの、管理局の誇りと信念に掛けて防衛ラインを守り抜け!!」


レジアスの誓いが、宣言が管理局に響き渡る。その声と共になのはとユーノによって芽生えた希望が大きく、花開いていく。皆の想いが、力が一つになって行く。



今、一つの想いの元に全ての管理局に集う者たちの心が一つとなった―――――





「ハアッ……ハアッ……」


肩で息をしながらもなのははレイジングハートを握る手に力を込め続ける。だがその疲労は隠し切れていない。それはユーノも同じ。なのはとユーノの力は凄まじい物がある。だがそれでも死者たちのまさに無尽蔵ともいえる物量に次第に押されていく。それは覆すことのできない現実。そしてついに死者の中の一体が一瞬の隙を付いてなのはに接近し、その魔の手を伸ばす。それになのはも、ユーノも反応することができない。だがその瞬間、


死者は一発の拳によって為すすべなく吹き飛ばされてしまった。


その光景になのはとユーノは呆気にとられるしかない。何故ならこの光景をなのはたちは一度目にしていたから。それは



「お邪魔するわよ、お二人さん。」


クイント・ナカジマのリボルバーナックルによる一撃だった。


「ナカジマさん……?」

「クイントでいいって言ったでしょ? 二人きりの所悪いんだけど割り込ませてもらったわ。」


楽しそうに笑いながらクイントは二人を庇うように拳を構える。そこにはまるで子供を守るような、そんな頼もしさがある。


「あんな姿見せられたら燃えざる得ないわ。若いっていいわねー。」


二人に向かってウインクをしながら悪戯するような雰囲気でクイントは告げる。その言葉によってなのはとユーノは顔を赤くすることしかできない。そんな二人の姿に緊張がほぐれたと見て取ったクイントはさらに言葉を続ける。


「それになのはちゃんにはお礼を言わないとね……ありがとう。あなたが助けてくれた女の子、私の娘だったの。」


それがクイントがこの場に急行してきたもう一つの理由。だがその役目は既になのはが果たしてくれたらしい。


「スバルって言ってね。優しい子なんだけどちょっと引っ込み思案なところがあるの。これが終わったら遊びに来てね。きっとあの子も喜ぶと思うわ。」

「は、はい!」


とても戦場とは思えないような雰囲気を感じさせながらクイントはなのはに告げる。そんなクイントになのはもユーノも振り回されっぱなしだった。だが既に先程までの焦りも不安もなくなっている。それを吹き飛ばしてしまえるほどの何かがクイントの姿にはあった。


だがそんなことなどお構いなしに死者たちは一斉に再びなのはたちに襲いかからんとする。だがそれは一陣の風、衝撃波によって薙ぎ払われる。そこには槍を振り切ったゼストの姿がある。無骨なそのデバイスとその姿。だがそこにはクイントとはまた違う頼もしさ、力強さがある。


「遅いですよ、隊長。」

「お前が速すぎるだけだ。それにいつも言っているだろう。油断は禁物だ。」

「了解!」


長年の付き合いによる気兼ねのなさでやり取りした後、二人の地上のストライカーがなのはとユーノを庇うように体勢を整える。だがそれだけではなかった。


それは光。なのはたちの後ろから無数の光が放たれ始める。その光景になのはたちは目を奪われる。それは地上を、ミッドを守る魔導師たちの魔法。その光。それが自分たちを援護するかのように次々に死者たちに向かって降り注いでいく。まるで戦うなのはたちの姿に鼓舞されたかのように。その力によって崩壊しかけた防衛ラインが再び、その機能を取り戻し、死者たちを押し戻していく。


その光景によって再び力を取り戻したなのはとユーノは死者たちに向かい合う。自分たちの大切な人たちを守るために。その姿にクイントとゼスト、そして全ての管理局魔導師たちが心を、力を取り戻し、結集していく。



今、不屈の心の下に、人間の、管理局の反撃の狼煙が上がった――――――



[28454] 第67話 「夜天」
Name: 闘牙王◆53d8d844 ID:e8e89e5e
Date: 2012/01/31 12:10
不屈の心によって魔導師たちは力を、心を取り戻し、死者たちに立ち向かって行く。それにより崩壊しかけた最後の砦がその息を吹き返す。それは高町なのはとユーノ・スクライアの力。市民を守らんとする管理局に集う人々の力。だがそれをもってしても足りない。この戦局を覆すにはまだ足りない。


天下覇道の剣、叢雲牙。


それを打倒しなければなのはたちに勝ち目はない。いくら死者を倒そうとも、叢雲牙がいる限りその数は無尽蔵に増え続ける。今は押し返しているがそれをいつまでも維持できるはずもない。


そして押されつつある死者の軍勢の中にあって尚、その力を失わない存在がある。それはまさに一騎当千の力を持つ死者の軍勢にとっての両翼。その片翼の姿がそこにある。


黒い大きな翼をもつ、銀髪、深紅の瞳の女性。それはまさに堕天使。


祝福の風、リインフォースの姿がそこにある。だがその姿はその名とは程遠いもの。それはそう、かつての闇の書の姿のよう。


その表情も、その瞳から流れ続ける止まることない涙も。


彼女の周りにはある光景が広がっている。それはまるで世界の終りの様な光景。燃え盛る炎、破壊しつくされた街、崩壊を始めんとする大地。六年前の闇の書の暴走の時と瓜二つの、破壊の、滅びの運命に囚われたかつての光景。だがそれを前にしても、ただリインフォースはその力を振るい続ける。自らの意志ではなく、ただ破壊のために。かつての自分、呪われた魔道書であった闇の書のように。


かつてはなのはとユーノ、二人の小さな勇者が自分を止めてくれた。だがその姿は今はない。自分を止められるかもしれない闘牙もその力を失っている。もはや自分を止める者は、止めてくれる者はいない。だがその時


風が吹いてくる。まるで自分を包み込むような、そんな温かな風が。


知らず顔を上げていた。涙で濡れたその瞳が捉える。そこには


最後の夜天の主、八神はやてと蒼天をゆく祝福の風、リインフォースⅡの姿があった―――――




はやてとリインフォース。かつての主従、家族が互いを見つめ合う。本当ならもう二度と出会うことのなかった、出会うべきではなかったのかもしれない二人が今、再び集う。誰もいない、廃墟と、焦土と化したこのミッドチルダの地で。それを証明するかのようにリインフォースの瞳にははやてと出会えた喜びも、希望もない。ただ悲しみを秘めた瞳があるだけ。


「主……どうしてここへ……?」


呟くように口にしていた。その瞳が既に全てを語っていた。どうして再び自分の前に現れたのかと、もう来てほしくはなかったと。己が主であったはやてを傷つけてしまった自分を見られたくなかったと。そんな後悔と恐れが込められていた。


「そんなん決まっとる……リインフォースを止めるのが私の役目やからや。」


そんなリインフォースの姿を静かに、それでも真っ直ぐに見詰めながらはやては宣言する。自分がリインフォースを、かつての仲間、家族を止めて見せると。


そこにはもう一切の迷いも戸惑いも見られない。もう二度と同じ間違いは繰り返さない。そう伝えるかのように。


「騎士たちを連れずに……ですか………。お願いです、主はやて……この場からどうか去ってください……もう私はあなたに刃を向けたくはない……」


震えるような、耐えるような声でリインフォースは懇願する。自分から離れてほしいと、もうその手で主を、はやてを傷つけたくないと。


「私はもう、かつての私ではありません……祝福の風ではない、ただ破壊を繰り返すだけの……闇の書だった頃のまま……」


何よりも今の自分を見られたくなかった。かつての闇の書そのものである今の自分の姿を。新しい名前、祝福の風、夜天の書と言う名前を送ってくれたはやてに。それによって救われたはずの自分の変わり果てた姿を見られたくなどなかった。


「違う……どんなに変わっても……リインフォースはリインフォースや。だから何も心配せんでええ。私が……リインフォースを助けて見せる。」


その言葉を示すかのようにはやては自らの杖であるシュベルトクロイツと夜天の書を構える。それは遺産。かつてリインフォースから受け継いだ力と知識。八神はやての魔道の力、その原点。それがあったからこそ自分は今、ここにいる。そして


「そうです! はやてちゃんとリインがあなたを助けて見せるです!」


あなたの魂を受け継ぐ新たな家族がここにいる。小さくともその願いと希望を受け継いだ魔道の器が。だから何の心配もない。もう二度と、あなたを悲しい運命になんて巻き込ませない。もう二度と、呪われた魔道書なんて、闇の書なんて呼ばせない。



「私はあなたのマスターや! マスターの言うことはちゃんと聞かなあかんで!」


私は夜天の書、祝福の風『リインフォース』のマスターなんやから―――――



今、六年間の時を超え、最初で最後、そして運命の戦いの火蓋が切って落とされた――――――





鏡合わせのように二人は動き出す。その杖が、その手が魔力の流れと共に紡ぎだす。己が持つ魔道書に記された魔法を持って相手を打倒せんと。


「「闇に染まれ……デアボリック・エミッション―――――!」」


詠唱と共に、二人の魔法が放たれる。同時に、まるで合わせるかのように。瞬間、辺りはその衝撃と威力によって崩壊していく。崩壊していた建物の瓦礫さえも残さない程の力のぶつかり合い。術者を中心とした黒い球体の様な魔力波がぶつかり合い、せめぎ合う。


それは広域空間攻撃。その名の通り、凄まじい射程と、その空間にいる相手を殲滅する魔法。それはかつてフェイトでさえ避けきれず、なのはですら防御することが困難だった程の魔法。Sランクオーバーの力を持つ両者のぶつかり合い。巻き込まれれば一瞬で魔導師だろうと、死者だろうと全滅しかねない程の力。だがそれは拮抗したまま大きな爆発を起こし、互いに決定打に至らない。


「ううっ!!」
『はやてちゃん!』

爆発の余波で吹き飛ばされながらもはやては何とか飛行を制御し、体勢を立て直す。だがその表情は苦悶に満ちていた。


はやてとリインフォース。両者はまさに親子、姉妹と言ってもおかしくない程に瓜二つの力を持っている。だがそれはある意味当然のこと。何故ならはやてはリインフォースからその魔道の力と知識を引き継いでいるのだから。つまりはやてが保有する、使用できる魔法は同じくリインフォースも使えると言うこと。その証拠に先程からの攻防はまさに鏡合わせの焼き回し。同じ魔法の相殺の繰り返し。


魔法だけではない。はやてとリインフォースは同じ『広域攻撃』の魔法資質を持っている。そしてその力が拮抗していると言うことはその放出できる魔力量もほぼ互角だということ。それがこの六年間で成長したはやての力。だがそれははやてだけでは為し得ない。それができるのはユニゾンしているリインの補助があってこそ。その力によって今、はやてはリインフォースと互角の勝負ができている。傍目にはそう見えているだろう。実際、その力は拮抗している。それは間違いではない。なのに何故、はやての顔に苦悶が、焦りが浮かんでいるのか。


「来よ、白銀の風……! 天よりそそぐ矢羽となれ……!」


すぐさま杖を構え直しながら焦りと共にはやては詠唱に入る。まるで何かが行われる前にそれを完成させなければならないかのように。だがその詠唱が終わるよりも早くはやての目の前にリインフォースが現れる。一瞬で、まるで瞬間移動したかのように。


それは高速移動魔法によるもの。同時にリインフォースはその拳を振りかぶる。その拳には凄まじい魔力が込められていた。それに気づいたはやては魔法の詠唱を中断し、瞬時に自らの周りにシールドを展開する。制御など考えない程の力技でただ身を守るために。だがそれはリインフォースの拳によって呆気なく破られる。まるでシールドなど無いかのように。


「くっ……!」


そのことに驚愕しながらも何とか後方に飛び退くことではやてはリインフォースから距離を取ろうと試みる。だがそれを許さないかのように更なる追撃をせんと凄まじい速度でリインフォースがその距離を詰めていく。はやてはそれを振り払うかのように自らが持つ発生速度に優れた魔法で何とか迎撃しようとするも、その全ては鉄壁ともいえるリインフォースのシールドを突破することができない。まさに防戦一方。それがはやてとリインフォースの力の差、能力の差だった。


はやては広域魔法を得意とする遠距離、後方支援を専門とする魔導師。リインフォースもその力を持っている。だがそれだけではない。それに加えリインフォースは優れた近接戦闘能力を持っている。それはフェイトにも匹敵するほどの物。その力はまさにはやての戦闘スタイルにとっては天敵とも言っていい。はやては近接戦闘能力に関してはほぼないと言っても過言ではない、その意味では六課最弱。それを見抜いたリインフォースははやてに魔法を展開させる間を置かない程の接近戦を仕掛けてくる。はやてはそれをただ受け、距離を取ろうとあがき続けるも次第に追い詰められていく。そして


『っ!! はやてちゃん、後ろです!!』


リインの悲鳴がはやてに向かって放たれると同時に、先回りしその背後を取ったリインフォースの拳がはやてに向かって振り下ろされる。リインの声によって何とか反応し、杖でそれを受け止めるもその威力を抑えきれず、はやてはそのまま後方のビル群へと吹き飛ばされてしまう。ユニゾンしているリインが何とかはやての身を守るために防御を展開するも、はやてはビルに向かって追突してしまう。その衝撃と威力によってビルは崩壊し、辺りが粉塵によって包まれていく。


だがそれはある意味ではやての狙いだった。あのまま空中で接近戦を挑まれていれば敗北は必至。ならば強引にでも遮蔽物がある地上戦へと持ち込むしかない。それはこれまで積んできた経験の為せる技。だが


「響け、終焉の笛……ラグナロク……」


リインフォースの前にそれは通用しなかった。


詠唱と共にその手から三本の光の矢が、奔流が放たれる。それはその名の通り終末を告げるに相応しい大魔法。その滅びの光がはやてがいるビル群ごと辺りを消滅させていく。広域魔法どころではない、まさに殲滅魔法ともいうべき規模の破壊力。風の傷に勝るとも劣らない程の力。それがリインフォースの実力。


リインフォースはそのまま静かにその惨状に目を向け続ける。焦土と化してしまった、焼け野原になってしまった街の光景。身を隠すなどと言う選択肢すら与えない無慈悲な、一切の油断もない戦法。そう、これが自分の真の姿。自らの意志などなく、ただ災厄を振りまく存在。それなのに、それなのに何故


何故、あなたは私を救おうとしてくれるのですか―――――


そこには傷つき、バリアジャケットがボロボロになりながらも、あきらめなど一片も見せない八神はやての姿があった。


だがその息は上がり、肩で息をしている。顔は苦悶に満ち、額には汗が滲んでいる。満身創痍といってもいいその姿。だがその瞳には最初と変わらない揺るぎない意志がある。


だがそれでも変わらない。自分と主の力の差が覆るわけではない。これはそんな甘いものではない。


「分かっているのでしょう……守護騎士を連れずに私の前に立っている……それがこの結果だと……」


それこそが最大の、そして犯してはいけない間違い。騎士たちを連れずに自分と一対一になった時点で勝負は決まっていたのだと。


はやての力は強力な前衛があってこそのもの。そのための存在が守護騎士ヴォルケンリッター。彼らがいてこそ夜天の主は本来の力を発揮できる。だがそんなことなど主とて分かり切っているはず。なのに何故―――――


「その通りや……だからこれは我儘や……」


はやては知っていた。こうなることを。騎士たちがいなければ自分はきっと追いつめられると、敗北してしまうかもしれないことを。


分かっていた。本当ならなのはちゃんとユーノ君に任せればリインフォースを止めることができることも。


でもできなかった。いや、したくなかった。


譲りたくなかった。これだけは。



「リインフォースを止めるんは私でありたいっていう……自分勝手な我儘や……」



大切な家族を止めるのは自分でありたいという、この願いだけは―――――




その姿に、言葉にリインフォースの顔が驚愕に染まる。今までただ涙を流し、それでも感情を見せまいとしていたその表情が。


その瞳には目の前のはやての姿が、そしてかつてのはやての姿が映る。幼く、闇の書の浸食によって蝕まれていた頃。それでも、それでも尚、自分たちを温かく、優しく包み込んでくれた小さな少女。


ただ戦い、争う運命にあった自分たちに安息を与えてくれた少女。


己が呪われた運命をただ嘆き、涙を流すことしかできなかった自分を救い、『名前』を贈ってくれた少女。


六年の月日によって女性へと変わりつつあるその姿。それなのに、それなのに何故―――――


あの頃と変わらない姿がこの眼に見えるのか―――――




自分を見つめているリインフォース。あの時と変わらない、記憶のままの姿。自分の大切な、かけがえのない仲間、家族の姿。


その記憶が、光景が蘇る。まるで昨日のことのように鮮明に


真っ白な雪が舞う、一面が白銀によって包まれた世界。


自分を、自分たちを救うために旅立って行った彼女の姿。


夢の中で何度も見てきた、自分を見守っていた、優しさの中に寂しさを含んだあの笑顔。


それをただ、ただ泣きながら見送ることしかできなかった幼い自分。


たった一人の、大切な家族を助けることができなかった無力な自分。


でも今は違う。


今の自分にはあの時にはないものがある。その名を継ぐ、新しい家族が。だから





二人の瞳に同じ日の、同じ時の光景が蘇る。


『分かった………約束や……リインフォース………』


その手で涙を拭いながら告げた。それは誓い。


『だから……見ててや……リインフォース。私……強くなる……泣いてばっかりで何もできない私じゃない………みんなを守ってあげられるくらい強くなって見せる……だから………』


それは約束。



『はい……私はいつでもあなたの傍で見守っています……我が主………』



大切な家族との絆の証。




それを叶えるためにただひたすらに走り続けてきた。だから



「だから私は……絶対に負けるわけにはいかん―――――!!」



その誓いと約束を守るために、八神はやては決して負けるわけにはいかない―――――



一冊の魔道書との出会いによって始まった魔法少女の物語。その一つの結末が訪れようとしていた―――――



[28454] 第68話 「祝福」
Name: 闘牙王◆53d8d844 ID:e8e89e5e
Date: 2012/02/03 15:25
生きた者が誰ひとりいない街。死者たちがうごめく死者の町を見据える三つの人影がある。剣の騎士シグナム、鉄槌の騎士ヴィータ、烈火の剣精アギト。三人は一言も発することなくただその光景を見つめ続けている。その凄惨な光景を、そしてこれから自分たちが挑むべき敵の姿を。


シグナムは自らの魂であるレヴァンティンを鞘から抜きながら変わり果てたミッドチルダの地をその瞳に捉える。同時に蘇る。それは記憶。遥か昔、かつて敗北が死であり、全てを失う時代だったあの頃。その戦火によって焼きつくされた街、国の姿。それが再び自分の目の前にある。それを防ぐために戦い続けてきたにもかかわらず。だが後悔は後だ。今は今の為すべきことを。その視線先、そこには一つの建物が、施設がある。遺失物保管庫。そこに辿り着き、ジュエルシードを手に入れることが自分の為すべきこと。文字通りこの戦いを、惨状を止めるための最後の希望。


そのためになのはとユーノは今、最終防衛ラインで死者たちの侵攻を抑えている。ザフィーラも避難シェルターの防衛のためにその力を振るい、シャマルは医務室で傷ついた人々の治療のために奔走している。そして主、はやてはかつての家族であるリインフォースを止めるために単身で、いやリインと共に向かって行った。それを前にして共に着いていくなど口にできるはずもなかった。それは主にとって避けることのできない、主自身が乗り越えなければならないものだったから。皆がただひたすらに自らができることを、為すべきことのために命を懸けて戦っている。ならば自分たちもそれに負けるわけにはいかない。自分たちの作戦の、行動の成否が全てを決するのだから。


「行くぞ、ヴィータ、アギト。」


静かに、それでも揺るがぬ決意を持ってシグナムは剣を構える。目の前には無数の死者の軍勢。もはやその数は数えきれるものではない。それを突破し、保管庫までたどり着くこと、そしてそこからジュエルシードを持ち出すことは至難の業。恐らくはこれまで経験してきた中でも比べ物にならない状況。それでもそれを成し遂げる。その絶対の決意がその言葉には込められていた。


「おう!」

自らの将であるシグナムの言葉にヴィータはグラーフアイゼンを担ぎながら答える。そこには一片の恐れも迷いもない。その心は隣にいるシグナムと全く同じ。ただ自分の役目を果たすために。はやてとの約束を守るために。


シグナムはそんないつでも変わらない仲間であるヴィータの姿に頼もしさを感じ、笑みを漏らす。だがあることに気づく。それはアギト。恐らくは自分たち以上にその闘志を燃やしていたはずのアギトがここに来るまで唯の一言も発していない。一体何故。シグナムはそのまま自らの隣にいるアギトに目を向ける。そこにはどこか落ち着かない様子で、そわそわしているアギトの姿があった。


「どうした、アギト?」


そんな今まで見たことのない、普段の姿からは考えられないようなアギトにシグナムは声を掛ける。だがアギトはそんなシグナムに眼を向けながらもすぐに視線を外し、もじもじしているだけ。


ヴィータもそんなアギトに首をかしげることしかできない。だがようやく気づく。アギトが何かを言おうとして、それを言えずにいることに。自分ではなく、恐らくはシグナムに。その意味を悟り、ヴィータは思わず笑みを浮かべる。そして


「い……一度しか言わねえから良く聞けよ……シグナム……」


顔を赤くし、緊張した面持ちでアギトがシグナムに向かって告げる。それはまるで想い人に告白する少女のよう。だがそれはある意味その通りだった。何故なら


「あ、あたしとユニゾンしろ、シグナム!!」


それは融合騎にとってまさに告白に当たるものだったから。アギトは顔を赤くしながらも大きな声で、はっきりと自らの想いを、決意をシグナムに伝える。その予想外の言葉にシグナムは思わず目を丸くすることしかできない。


「……いいのか、アギト。お前は」

「あ、あたしが良いって言ってんだ! 余計なこと気にすんな!」


シグナムの言葉を遮るようにアギトは言葉を告げる。まるでシグナムが何を言おうとしているかなど既に分かっているかのように。


アギトにとってのロードは闘牙。例え融合できなくともそれは変わらない。その言葉を聞いていたからこそシグナムはこれまでユニゾンについてアギトに持ちかけたことも、口にしたこともなかった。その誓いを汚すことになると思っていたから。


だがそんなシグナムの心を知りながらもその眼を背けることはなかった。自分にとってのロードは闘牙。その言葉に嘘はない。その誓いは今もこの胸にある。そしてその闘牙は今、解けることのない永遠の眠りの中にある。そしてそれを救えるかもしれない力が自分にはある。だがそれを手に入れるためには目の前の死者の軍勢を突破しなければならない。自分ではこの二人の足手まといにしかならないことは分かっていた。だがそれでも自分は着いてきた。


闘牙を救うための戦い。それを前にしてただ座して待つことなど自分にはできない。その役目だけは、それだけは自分が果たしたかった。鞘が自分の役目を果たしたように、自分ができることを、自分が為すべきことを。その力を目の前のシグナムとならきっと得ることができる。


「シグナム……お願いだ……」


それは確信。あの日、シグナムの炎を、姿を目にした時からの。知らず心惹かれていたその姿。自分が一人で出て行こうとした時に、共に行こうとしてくれたその姿。闘牙のために命を懸けてくれる騎士。シグナムならきっと自分の力を、想いを託すことができる。


「兄貴を助ける力をあたしに貸してくれ……」


それが烈火の剣精の、一人の少女の家族への想いだった。



剣の騎士と烈火の剣精が互いを見つめ合う。その瞳に、お互いの姿が映り込む。まるで永遠に続くのではないか。そう思えるような刹那の間の後


「ああ、約束しよう。騎士の誇りに懸けて。」


シグナムは宣誓と共にその手をアギトに向ける。それがシグナムのアギトの願いに対する答え。アギトはそれに重ねるように手を伸ばす。瞬間、凄まじい炎が二人を包み込んでいく。その炎が、灯が夜の闇に包まれかけていた街を照らし出す。それは希望の光。それが収まった先には一人の騎士の姿がある。


剣の騎士シグナム。

だがその姿はいつもとは大きく異なる。その甲冑も、その瞳と髪の色も。それがアギトとユニゾンしたシグナムの姿。その背中には翼がある。それは炎の翼。アギトの闘牙への想いの形。それに応えたシグナムの新たな力。二人の心と体が一つになった証。


「行くぞ、アギト。」
『ああ!』


知らずアギトは涙を流していた。それは歓喜の涙。自らの想いに応えてくれたシグナムへの。融合騎として真の力を振るえることへの。そして、初めて闘牙のために戦うことができることへの。


『猛れ、炎熱! 烈火刃!』


瞬間、アギトの炎がレヴァンティンを包み込む。その炎と魔力によってシグナムの力が高まって行く。まるで際限なく力が満ちてくるかのように。知らずそれを心地いいと感じる自分がいる。アギトの想いが、力が自分に流れ込んでくる。ならば騎士の誓いを、その力を持って応えるのみ。


「剣閃烈火! 火龍一閃――――――!!」


叫びと共にその炎がその名の通り、火の龍となりながら死者の軍勢に向かって行く。その力によって死者たちは為すすべなく薙ぎ払われ、焼き払われていく。まるで道を作るように炎が、光が走って行く。その先にある希望に向かって。


魔導師の死者たちは魔力による攻撃によって倒すことができる。そしてもう一つ、死者たちを倒し得る術がある。それは炎。炎ならば死者である者たちをあの世へと送ることができる。シグナムとアギト。二人の力はまさに死者にとって天敵ともいえるものだった。


「ったく、見せつけてくれるよな、アイゼン。」


そんな二人の姿を見ながらヴィータは愚痴をこぼす。だがその言葉とは裏腹にその顔は不敵な笑みを作っている。目の前の二人の力。その凄まじさに、その姿に嫉妬すら覚えてしまう。帰ったらリインとのユニゾンの訓練をもっと積まなければ。そんな他愛ないことを考えながらもヴィータはその手に鉄槌を構えながら二人に続いていく。


三人の騎士たちが走り出す。ミッドチルダを守るために、そして一人の青年を救うために―――――





夜の闇が辺りを覆い尽くし、街の炎だけが辺りを照らしている廃墟の上空に二人の女性の姿がある。はやてとリインフォース。二人は同じ様に互いを見つめ合っている。だがその姿は対照的。バリアジャケットが破れ、満身創痍のはやてと息一つ乱すことなく無傷のリインフォース。それが覆すことができない現実だと。そう告げるかのように。だがそれでもあきらめるわけにはいかない。まだ自分には残された手が、最後の手段がある。


「行くで、リイン!」
『はい、はやてちゃん!』


はやては言葉と共に杖を自らの前にかざし、魔法を展開していく。その瞬間、はやての目の前に巨大な魔法陣が生み出されていく。それはこれまでの魔法の比ではない。同時に凄まじい魔力が魔法陣に注ぎ込まれていく。いや、それだけではない。それはまるで辺りの魔力まで吸収していくかのようにその力を増していく。その光景にわずかにリインフォースの瞳が開かれる。それは知っていたから。はやてが今、使おうとしている魔法が何なのか。それは


「スターライトブレイカー……ですか……」


なのはの最大の切り札である集束砲撃魔法。星の輝き。それを今、はやては展開しようとしている。そしてこれこそがはやてが狙っていた最後の切り札。


自分ではリインフォースには敵わない。それをはやては知っていた。自分と同じ魔法を使うことができ、近接戦闘まで可能なリインフォース相手に勝つための手段。それがこの魔法。


自分とリインフォースの一度に放出できる魔力の量はほぼ互角。それは先程までの攻防から明らか。だがそれだけであったならまだ他にも手段はあった。しかしはやてにはこれしか残されてはいなかった。それは死者であるリインフォースには無尽蔵の魔力と体力があるから。それがなければ持久戦に持ち込む手もあった。だがそれはできない。戦いが長引けば長引くほど自分は不利になって行く。ならば短期決戦しか勝機はない。それでも今まで魔法の相殺を繰り返してきたのは全てこの時のため。この空域に魔力を散布するため。そして今、それは成し遂げられた。


自分とリインフォースの魔力の放出量は互角。ならば自分以外の、空域の魔力すら集束させる魔法、自らが持つ魔法の中で最も強力な魔法であるスターライトブレイカーによる相手の魔力を上回る砲撃で決着を着けるほかない。


それは正しい。確かにその方法であればリインフォースを打倒することもできるだろう。



「分かっているのでしょう、主……それは高町なのはだからこそ扱える魔法であることを……」


それが高町なのはであったのなら。


「くっ……!」
『はやてちゃん……!』


リインフォースの言葉を証明するかのようにはやての顔が苦悶に染まる。それは自分の限界以上の魔力を制御しようとするためのもの。その反動で杖にヒビが入り、体に激痛が走る。それがはやてがスターライトブレイカーを扱おうとするための代償。スターライトブレイカーはまさに一撃必殺ともいえる力を持つ大魔法。だがその制御は至難の業。空中に拡散した魔力を集めることは並大抵の魔導師でできることではない。それはまさに高町なのはだからこそ為し得る技術。だがそれを前にしてもはやては決して魔法の展開を止めることはない。少しずつではあるがその魔法陣に魔力が集束していく。体の痛みを、代償を払いながら。今にも暴発しかねない危うい制御で。一歩間違えば自爆しかねない危険を承知の上で。


かつてなのはがフェイトを救うために使ったこの魔法。それに最後の希望を託すかのように。


だがそんなはやての姿を見ながらもリインフォースは動き出す。それは知っているからこそ。スターライトブレイカーの弱点。発射までの隙を狙うため。それこそがこの魔法の最大の、そして致命的な弱点。それを前にして待つほど自分は甘くはない。そのままリインフォースが動き出そうとしたその瞬間


その両手と両足が突如拘束される。それはバインド。それをはやては設置していた。決して得意ではないバインドだがその魔力量によって技術を補い、まさに相手の動きを完全に封じるために。それが先程までの戦闘のもうひとつの狙い。この六年間で得たはやての魔導師としての成長。だがリインフォースの力はそれすらも上回る。


「なっ!?」


はやては痛みによって朦朧としながらもその光景に驚愕する。自分が仕掛けたバインドは間違いなくSランクの魔導師でもすぐには抜け出せない程のもの。それをリインフォースは両手だけとはいえ、力づくで解いていく。それはまさに無限の魔力量を持つ死者だからこそできる力技。そして次の瞬間、その拘束が解かれその手が自分に向けられる。同時にその周囲に赤い刃が無数に展開され、その矛先が向けられる。


だがそれを前にしてはやては身動き一つとることができない。この状態で他の魔法を同時展開することなどできるはずがない。そんなことをすればその瞬間、スターライトブレイカーが暴発してしまう。


「終わりです……我が主……」


その眼に涙を流しながらリインフォースの無慈悲な、避けることができない血の刃が放たれる。どうしようもない絶望にはやてがあきらめかけたその瞬間、


『はやてちゃんっ!!』


もう一人の祝福の風、リインフォースⅡが強引にユニゾンを解除し、はやてを庇うように前に出ながらシールドを展開する。まさに間一髪のところでシールドによって刃は防がれる。だがその威力を抑えきることができず、リインはダメージを負っていく。その小さな体が無数の傷にさらされていく。


「リインッ!!」


その光景にはやてが悲鳴を上げるも、ユニゾンが解かれたことにより、失われた魔力の制御のバックアップを補うためにはやてはその場を動くことが、いや手足一つ動かすことができない。だがそれでもリインは決して逃げることなくその刃の豪雨を耐え凌いでいく。


『リインは……リインはあなたを絶対に止めて見せます……!!』


自らの目の前に迫る恐怖に耐えながら、涙を流しなら、それでもリインは慟哭する。目の前のリインフォースにむかって。もう一人の自分、母、姉のような存在に向かって。


『祝福の風』


それが自分に与えられた名前。その意味を、その名に託された想いを小さいながらにリインは感じ取っていた。かつてその名を贈ってもらったもう一人の家族。その話を自分ははやてや騎士たちから何度も聞かされてきた。もう会うことのできない、自分にとって特別な存在。


でも自分はその人に会ったことがあった。それは夢の中。自分は夢の中でその人に出会ったことがあった。それがいつだったのか、何を話したのかは覚えていない。でも一つだけ覚えている。その人が本当に、心からはやてを愛していたことを。だから自分は目の前の女性を、リインフォースを止めなければいけない。同じ名を持つ者として。


リインフォースはその小さな少女の姿に目を奪われる。それは主としたもう一つの約束。自分の想いと魂を受け継ぐ魔道の器。それが今、自分の前にいる。ほかならぬ自分を止めるために。だがそんなリインフォースの想いを打ち砕くようにその手が向けられる。


「ディバイン……バスタ―」


呟きと共に砲撃魔法がリインに向かって放たれる。それはリインの力では防ぎきることができない規模の魔法。だがそれを前にしてもリインはその場を動くことはない。主を守るため。そこには一人の小さな騎士の姿があった。


その光によってリインは力を失い、地へと落ちていく。その光景をはやてはただ見つめることしかできなかった。だがそんな間すら与えないとばかりにリインフォースの手がかざされる。同時に巨大な魔法陣が展開される。その光景にはやては戦慄する。それは今、自分が展開しようとしている者と同じもの、スターライトブレイカーの魔法陣。それはまるで鏡合わせの様な光景。だが圧倒的に違うものがある。それは集束速度。リインフォースは後から展開したにもかかわらず、はやてを圧倒的に上回る速度でその魔力を集束させていく。


その光景を前にしながらはやては自らに残された最後の力を振り絞り、発射態勢に入る。これ以上相手に時間を与えれば敗北は必至。何よりもリインとのユニゾンがない今、自分はこれ以上魔力を制御しきることができない。


その視界が霞んでくる。既に杖を握っているのかも分からない程その腕は痛みによって蝕まれている。いつ倒れてもおかしくない、いや倒れていないのが不思議なほどの姿。それが自分の限界を超えた魔法を行使しようとする反動、代償。


だがそれでもあきらめるわけにはいかない。自分を助けてくれたリインのために、自分を信じてくれた騎士たちのために。



「スターライト……ブレイカ――――――!!」


はやては自分の想いを、星の輝きを解き放つ。そしてそれに合わせるかのように、リインフォースからももう一つの星の輝きが放たれる。光が全てを覆い尽くしていく。


瞬間、世界が止まった。


全てが無くなっていく。音も、周囲の建物も。それがブレイカー同士の、集束砲同士のぶつかり合い。その衝撃と威力が辺りを支配する。世界の終りの様な光景。


「ううっ……!!」


だがそれに変化が生じ始める。はやての光がリインフォースの光によって押し込められていく。拮抗していたのはほんの一瞬。次第にリインフォースの光がはやての光を飲みこんでいく。あれだけの時間の差があってなお、この力の差。自らのできる限りの、持てる力と知恵を持っても覆すことができない差。リインが命を懸けて作ってくれたチャンスをもってしても届かない。


ここまでなのか


自分はここまでなのか


あれから六年間、自分を磨いてきた


あの時の約束を守るために。後ろを振り返らずにただ前に。


幸せな日常。


シグナムがいて、ヴィータがいて、シャマルがいて、ザフィーラがいて、リインがいる。


大切な家族がいる。そんな当たり前な、かけがえのない日々。


自分が小さいころに夢見ていたもの。それを自分は手にいれることができた。



でも、それでも思わずにはいられなかった。


ここに、この中に彼女がいればどんなに幸せだったか。何故ここに彼女がいないのか。それを思わずにはいられなかった。


そんなもしもを、夢を抱かずにはいられなかった。あり得ないことだと分かっていても、それが彼女の選択で、自分の無力が招いた結果なのだと分かっていながら。


自分の目の前にいる彼女の姿。かつてと同じように悲しみに囚われてしまった彼女の姿。それを救う。それが自分の役目。


知らず涙が頬を伝う。杖を握る手に力がこもる。既に感覚がないその手で、いつ壊れてもおかしくない杖を。歯を食いしばりながらもただ前に。


強くなる


その約束を果たすことが、この六年間のはやての答え。あの雪の中、見送った彼女の魂に応えるたった一つの方法。



かつてなのははユーノを助けるために魔法の力を手に入れた。


かつてフェイトは母を助けるためにリニスに魔法を学んだ。


はやては夜天の書と出会い、魔法と出会った。だがはやてにとっては魔法よりも大切なものが手に入った。


それは家族。ただずっと夢見ていたもの。一人きりの寂しさから、孤独から自分を救ってくれた家族。それを守る力をはやては望んだ。守護されるだけではない、本当の夜天の主に、本当の家族になるために。


それが八神はやての魔法の意味だった―――――



瞬間、その手に手が添えられる。ボロボロな手に小さな、それでも温かさを持つその手が。


「リイン………」


自分たちの願いと想いを受け継ぐもう一つの祝福の風の手が。その名の通り、祝福の風をはやてにリインフォースに与えるために。傷つき、ボロボロになった姿でも、その決意に満ちた瞳を持ったまま。


「一緒に行くで……リイン!!」
『はいです!!』


再びはやてとリインの力が合わさる。瞬間、はやての光がその力を取り戻す。前以上の力を持って。二人の光が一気にリインフォースの光を飲みこんでいく。


それが夜天の主の真の力。心と体。それが完全に合わさりあったユニゾンの力。そしてリインフォースへの想いの力。



それがはやてとリインが先代を超えた瞬間だった――――――





全てが終わった空に三つの人影がある。はやてとリインの前にはリインフォースの姿がある。あれだけの砲撃魔法を受けてなお立っていられる。まさしく規格外の強さ。だが既にはやてとリインは戦闘態勢を取ってはいない。それは悟っていたから。


もうリインフォースには戦う力が残されていないことを。そしてもうこの世にいる時間が残されていないことを。


それを証明するかのようにリインフォースが光へと変わって行く。それはまるで六年前の光景のよう。そして同じようにリインフォースの顔には笑みがある。だがそこにはいつもの寂しさがない。本当に心からの笑顔。


「強くなりましたね……主……」


その深紅の瞳がはやてを捉える。満身創痍、立っているだけでもやっとであろうその姿。それでも最後まで自分を見つめ続けてくれるその姿。再び自分を救ってくれたその強さ。


「リインフォース………」


震える声で、それでも涙を見せまいとしながらはやてはリインフォースを見つめ続ける。その姿にやさしく微笑みながら


「ありがとうございます……あなたは約束を立派に果たしてくれました……」


自らの想いの全てをその言葉に込める。こんな形とはいえもう一度、大きくなった主の姿を、強くなった少女をこの目で見ることができた。その喜びがそこには溢れていた。そしてリインフォースはそのままはやての隣にいるリインに目を向ける。大粒の涙を流しながらも自分を見送る小さな騎士。自分の名を受け継ぐ、自分を超える騎士の姿。それを目に焼き付けながらリインフォースは静かに眼を閉じる。自らがいるべき、帰るべき場所に還るために。そしてその姿が消えようとしたその瞬間



「またな……リインフォース……」


はやての言葉が告げられる。その言葉にリインフォースは眼を開き、その姿を捉える。そこには涙を流しながらも笑顔で自分を見送るはやての姿がある。


それがはやての最後の贈り物。


ただ泣きながら見送ることしかできなかったあの時とは違う。心からの笑顔でリインフォースを見送るという叶わないはずだった願い。強くなるという約束。涙をこらえることはできなかったけれど、それでも心からの笑顔で家族を送り出すこと。それがはやての成長の証。



「はい……いつでも私はあなたの傍にいます……我が主……」


それを見届けながらリインフォースには空へと還って行く。もう二度と妨げられることのない安らかな眠りへと。再び出会うのはきっとまだずっと遠い先のこと。でもその時まで自分は見守り続けよう。


きっと大丈夫。主たちならきっとこの困難を乗り越えられる。そう信じ、自分はただ見守り続ける。祝福の風『リインフォース』として――――――




それが一人の魔法少女、八神はやての物語の終わり、そして新たな始まりだった――――――



[28454] 第69話 「雷光」
Name: 闘牙王◆53d8d844 ID:e8e89e5e
Date: 2012/02/03 23:47
一番古い思い出は大好きな母さんと微笑みあっていた記憶。

だけど母さんといたのは私じゃなくて死んでしまった私の姉さん、アリシア。

アリシアの記憶を受け継いで生まれてきた私は、だけどアリシアにはなれなかった。

母さんは私の手を取ってくれなかった。寂しい記憶を残したまま逝ってしまった。

私の大切な子にはそんな想いをさせたくなくて、だけど、私は―――――




ふと目が覚めた。何か古い夢を見ていたような気がする。それが何だったのかは思い出せない。そのまま辺りを見回す。自分以外には他に誰もいない。どうやらここは病室のようだ。そのベッドに自分は寝かされていたらしい。どうして自分がこんなところに。はっきりとしない意識、おぼつかない足取りで病室の窓へと足を向ける。その視線の先には夜の闇の中に無数の光が行きかう光景が広がっている。その音と衝撃がこの病院にまで響き渡る。それはまるで戦場のよう。いや、そうではない。今、間違いなく自分の目の前で、このミッドチルダで戦争が起こっている。


フェイトは思い出す。叢雲牙とそれにより蘇らせられた死者の軍勢。それに対抗する管理局との戦いが行われていることを。自分たち機動六課が叢雲牙に敗れたことを。そして


蘇った母によって自分が全てを失ったことを。


フェイトはそのままバルディッシュを手にしたまま歩きだす。かつて自分に魔法を教えてくれた、大切な人がくれたデバイス。自分にとっての相棒である存在。いつも自分に力を貸してくれた。でもそれを手にしても自分の心は力を失ったまま。まるで力が抜けてしまったかのように。それでもフェイトは歩き続ける。まるで何かに導かれるように。そして辿り着く。それは一つの病室。そこには


静かに眠り続けている自分にとって大切な人、闘牙の姿があった。


「トーガ………」


フェイトはそのまま静かに眠っている闘牙へと近づいていく。その名を口にしながら。いくら注意されても直らなかったその発音で。だがそれでも闘牙は目覚めることはない。身動き一つせず、ただ眠り続けている。すぐにでも起きるのではないか。そんな風に思えるのに。


だが闘牙が決して目覚めないことをフェイトは知っている。その瞳が捉える。それは封印の矢。それが今も闘牙の胸に刺さっている。解けることない永遠の眠りを与える矢。それが解けない限り闘牙は目を覚ますことはない。封印を解くことができるのはこの矢を放ったかごめしかいない。自分ではそれを解くことはできない。それはつまり闘牙は二度と目覚めないということ。そして自分がまた大切な人を失くしてしまったことを意味していた。


知らずフェイトの頬に涙が流れる。同じだ。あの時と同じ。母を救うことができなかったあの時と。あれから六年の月日がたった。その間に自分は成長し、強くなれたと思っていた。でも違った。私は何も変わっていなかった。あの時から何一つ。


母の言葉。それによって全てを失ってしまった。トーガを想う気持ちも、エリオを想う気持ちも全て否定されてしまった。その言葉に何一つ言い返すことができなかった。この六年間で手に入れた筈の、自分が自分であるための全てを。それが何よりの証拠。母の言葉が他ならない自分自身の心の闇を捉えていたという。


ここにはなのはたちの姿はない。きっとみんな行ってしまったのだろう。叢雲牙に、死者たちに立ち向かうために。人々を守るために。己が信念に従って。魔法と言う力をもって。


自分もそれに続かなければ。でも、でも体が動かない。心が動かない。分かっていても、それができない。支えとなっていたものが、今まで築いてきたものが全部無くなってしまったかのような喪失感、脱力感。それが自分を支配している。この感覚を知っている。それは六年前と同じ。今と同じように母からの言葉によって、その真実によって心を失いかけたあの時と。


あの時はトーガが私を救ってくれた。でも今、トーガはいない。覚めることのない眠りについている。自分に何も語りかけてはくれない。自分が好きだったあの声で。ぶっきらぼうで、それでもその中に優しさを含んだあの声をもう二度と聞くことができない。その温もりも、笑顔も、全て―――――



「フェイトッ!!」


瞬間、女性の声が病室に響き渡る。驚きながら振り返った先、そこには自分の使い魔、家族であるアルフの姿があった―――――



アルフはシャマルから事の経緯を聞き、エリオを避難所に避難させた後、そのままフェイトの元に駆けつけてきた。だが病室にフェイトの姿がなく慌てるしかなかったがすぐに悟る。フェイトがどこにいるのか。それは闘牙の病室。その予想は当たっていた。


だがアルフはその姿にただ目を奪われることしかできない。眠っている闘牙の横で涙を流しているフェイトの姿。まるで光を失っているかのような瞳。


「アルフ………」


その感情が、苦しみが自分に流れ込んでくる。それは六年前と同じ、いやそれ以上の悲しみと絶望。それにフェイトが支配されていることにアルフは気づくも言葉を発することができない。今のフェイトに掛ける言葉が見つからない。それがその理由。


「私……また失くしちゃった……大切なもの……全部……」


どこか自嘲気味に、呟くようにフェイトは自らの心を曝け出す。それはアルフではなく、自分自身に向けるかのように。


「母さんに言われたんだ……トーガとエリオへの想いが……気持ちが偽物だって……」


自分の想いが、気持ちが全て偽物だと、嘘だと言われてしまった。それに言い返すことができなかった。心のどこかで抱いていた不安。それを暴かれてしまった。


「トーガが私と一緒にいてくれたのも、助けてくれたのも……私が可哀想だからだって……」


涙に濡れた瞳でフェイトは子供のようにその心を吐露していく。耐えきれない、認めたくない事実に、現実に飲み込まれるかのように。その心の闇に飲まれていくかのように。辛くて、悲しくて、苦しいこの世界から逃げ出したい。消え去りたい。もう何も―――――



「本気で言ってるのかい……フェイト……?」


瞬間、凄まじい衝撃がフェイトを襲う。その力にフェイトは驚きながらもただされるがまま。その表情が驚愕に染まる。


当たり前だ。だってこんなこと信じられない。あのアルフが、いつも優しいアルフが自分の胸倉を掴むなんて。あり得ない光景にフェイトは言葉を失う。


「本気でそんなこと言ってるのかって聞いてるんだよ! フェイトッ!!」


その手に力を込めながら、涙を流しながらアルフは慟哭する。それは悲しみと怒り。そんな言葉を口にするしかないフェイトへの。そしてフェイトを追い詰めている自分自身への。今の光景。それはまるで六年前、フェイトを虐待していたプレシアの胸倉をつかんだ時のよう。自らの主に、家族にそんなことをしている自分に対する怒り。でも、それでも許せなかった。


「プレシアに何言われたかは知らないよ……でも、それでも……いくらフェイトでも許さない……」


それだけは、それだけは許せない。その間違いだけは。


「闘牙も……エリオも……フェイトのことを想ってる!! それは絶対に嘘なんかじゃ……偽物なんかじゃないっ!!」


二人の想いを否定することは、汚すことだけは絶対に許さない。


あたしは知っている。闘牙がどんなにフェイトのことを想っているか。大切にしていたか。本人は決して認めようとはしなかったが、あたしには分かっている。フェイトのことを大切に思っている自分だからこそそれが分かる。


エリオもフェイトことを本当の母のように想っている。まだ面と向かってそう呼べていないがそれでもエリオにとってフェイトはかけがえのない人、心の支え。自分は知っている。いつも遅くまで、フェイトが家に帰ってくるのを待っているエリオの姿を。


だからその間違いだけは許さない。例えフェイトでも。


かつて自分はプレシアのために間違いを犯すフェイトを止めることができなかった。でも今は違う。もうあの時と間違いは犯さない。家族だからこそ、大切な人だからこそ自分は今度こそその間違いを正して見せる。それがこの六年間で得た、アルフの答えだった―――――


「私は………」


アルフの言葉に、涙にフェイトは顔を俯かせながら黙りこんでしまうことしかできない。
アルフの言葉、その意味が、心が伝わってくる。こんな自分のために心を痛めながらも、立ち直ってほしいと、そう願うアルフの姿。その姿に忘れかけていた何かがフェイトの心の中に生まれかけてくる。でもそれが何だったのかが思い出せない。それは―――――



「やめて、アルフ!!」


フェイトが何かを口にしかけた瞬間、そんな声が二人に向かって掛けられる。その言葉によってアルフの手の力が抜け、フェイトはそのまま解放される。だが二人の目はただその声の主に向けられていた。そこには肩で息をしている少年、エリオ・モンディアルの姿があった。


「エリオ……?」


どこか心ここに非ずと言った風にフェイトが呟く。それはアルフも同様だった。何故ここにエリオがいるのか。そんな疑問と驚き。エリオはシャマルとアルフの話を耳にし、そのまま避難所を抜け出し、ここまでやってきていた。自らの母であるフェイトと、闘牙の安否を確かめるために。


エリオはそのままベッドに横になっている闘牙に目を向ける。そして涙を流しているフェイトの姿。幼いながらもエリオはおおよその状況を理解する。それは人の心の機敏に敏感なエリオだからこそ。そして悟る。先程までの二人のやり取り。フェイトが、母が一体何に悩み、苦しんでいるのか。


エリオは一歩一歩、その足で、静かにそれでも力強くフェイトに近づいていく。フェイトはそんなエリオを見つめ続けることしかできない。アルフはそんなエリオの姿を静かに見守っている。


そしてエリオはその足を止め、真っ直ぐにフェイトに向かい合う。その目には悲しみも、恐れもない。ただ純粋に自らの母親を見つめている息子の姿がそこにはあった。


フェイトはそんなこれまで見たことのないエリオの姿に戸惑いながらもそれを目を見開いたまま見つめ続けることしかできない。その心の動揺を抑えることができない。何故、何故先程のやり取りを聞きながら自分の前に立てるのか。


何故その姿に、かつての自分の姿が重なるのか――――


「僕は……フェイトさんに会えて……本当に嬉しかった……」


エリオは静かに、それでも力強く、自らの想いを伝えていく。


「辛くて……悲しいことも一杯あったけど……でもフェイトさんと会ってから、楽しいこともいっぱい教えてもらいました……」


両親に捨てられて、施設に移されて、ただ痛くて辛いだけだった日々。それから助け出してくれた。育ててくれた。本当の子供ではない自分を。本当の子供であるかのように。優しく、温かく。


その視線が闘牙に向けられる。フェイトと闘牙。二人に手を繋がれながら歩いたあの日。本当に楽しかった時間。思わずにはいられなかった。あの温もりが、あの手がずっとあればいいと。フェイトと闘牙とアルフ、そして自分。四人でいられることができたら、それはどんなに幸せなことだろうと。そんな小さな願い。


「母さん……闘牙を……みんなを助けてあげて……」


それがエリオの願い。母を想う、そして母の幸せを願う子供の心だった。



その言葉に、姿にフェイトは思い出す。それはかつての自分の姿。いつの間にか忘れかけていた、忘れてはいけない大切な気持ち。誰のものでもない、私の、私だけの本当の気持ち。偽物ではない、本物の気持ち。


そうか、疑うことなんてないんだよね。


私は弱いから迷ったり悩んだりをきっと、ずっと繰り返す。


だけど、いいんだ。


それも全部、私なんだ―――――


フェイトはそのまま優しく、それでも力強くエリオを抱きしめる。自分の全ての想いを、そこに込めるかのように。この温もりを、温かさを忘れないように。


「ありがとうね……エリオ。約束する。きっとみんなを助けて見せる……だから、待っててね……」


それは約束。エリオとの、母と子との。決して破られることがない誓いだった――――――




アルフとエリオがいなくなった病室でフェイトは一人、眠っている闘牙を見つめ続けている。二人には無理を言って闘牙と二人きりにしてほしいと頼んだ。今、ここには自分たちしかいない。


フェイトは思い返す。それは六年前からの記憶。自分が闘牙と出会ってからの記憶。




ねえ、トーガ、覚えてる? 初めて出会った時のこと。あの時、私たちは敵同士だったよね。


私は母さんのことで頭がいっぱいでそれ以外のことなんて考える余裕もなかった。でもトーガに負けてしまったのが最初のきっかけだった。思えばあの時から私はあなたに惹かれていたのかもしれない。でもその気持ちが何なのか幼い私には分からなかった。


でも闇の書に取り込まれたあの時、分かったんだ。私の気持ちが何なのかを。でもそれを伝えることができなかった。心も体も幼い私にはその想いを、この胸にあふれる想いを形にすることができなかった。その時の私ではあなたと一緒に歩むことも、あなたを支えることもできなかった。


でも今は違う。今はそれができる。四年間離れていてもその気持ちは変わらなかった。でも気持ちを伝えることができなかった。人とは違う生まれ方をした自分に自信が持てなかったから。きっとトーガならそんなことどうでもいいって言ってくれる。でも、それでも怖かった。トーガじゃなくて自分自身が。トーガが想うかごめに嫉妬する自分自身が。トーガの中のかごめを失くすことなんてできない。だってそれはトーガにとってかけがえのないものだから。


私はかごめの代わりにはなれない。そんなの当たり前だ。私は私なのだから。アリシアになれなかったように、私はかごめにはなれない。


でも、それでも構わない。報われなくても、受け入れてもらえなくても構わない。トーガを想うこの気持ちだけは、心だけは本物だから。


だから許してほしい。今、この時だけでいい。私は弱くて、臆病だから。こんな時でしか想いを伝えることができない私を。


フェイトは目を閉じながら静かにその顔を闘牙へと近づけていく。それは口付け。フェイトの闘牙への想いの形。その誓い。応える者のいない、一人きりの誓い。



「トーガ……あなたを愛しています……」


愛する男性への、一人の少女の想いの形。


フェイトは涙に濡れた瞳で、それでも笑顔を見せながら歩き出す。自分が向かい合うべき相手、そして乗り越えなければならない人の元へと。



雷光の魔導師、フェイト・テスタロッサ・ハラオウンにとっての避けられない、運命の戦いの火蓋が切って落とされようとしていた―――――



[28454] 第70話 「意志」
Name: 闘牙王◆53d8d844 ID:e8e89e5e
Date: 2012/02/06 21:40
三人の騎士たちがひたすらに駆け抜けていく。その剣と炎、鉄槌と鉄球をもって。無限ともいえる死者の群れの中をただひたすらに。たった一つの希望に向かって。


「おおおおおっ!!」
「はああああっ!!」


剣の騎士シグナム、鉄槌の騎士ヴィータ。二人の守護騎士ヴォルケンリッターが自らが持つ全力をもって死者の軍勢たちを退けながら進んでいく。だがその姿は既に満身創痍。騎士甲冑は壊れ、体中には無数の傷と出血。その表情には疲労が見て取れる。まさに極限状態。二人はまさに一騎当千の力を持つ騎士。だがその二人をもってしてもこの無数の死者たちを前にしては多勢に無勢。それは覆すことのできない物量の力。だがそれでも二人はそれを全く感じさせない気迫と覚悟で戦場を駆け抜けていく。唯一つの出口を、目的を果たすために。


『っ!! 見えたっ!! あそこだ、シグナム!!』


烈火の剣精アギトの叫びが響く。その言葉が意味するように、その先には一つの施設がある。それは遺失物保管庫。多くのロストロギアが管理されている場所。本来なら厳重なセキュリティがあるのだがそれは既に死者たちによって破壊されているらしい。だがそれはある意味好都合。このまま一気に内部に突入することができる。だがその喜びとは裏腹にアギトの表情に焦りが見て取れる。それはシグナムとヴィータの状態を危惧してのもの。
その姿は満身創痍、疲労困憊。死者の軍勢との戦い、そして先の戦闘機人との戦闘からほとんど時間を間に置くことのない連戦。いかに二人といえども限界が近い。自分もユニゾンによって力を消費しているが二人に比べれば雲泥の差。


このままではまずい。一刻も早くジュエルシードを手に入れ、脱出しなくては。だがそんなアギトの焦りを見越したかのように施設の内部からも死者たちが溢れだしてくる。まるで自分たちが来るのを待ち構えていたのではないかと思えるほどの数。それを前にしてアギトが緊張を高めると同時に


「悪いが……お前達の相手をしている時間はない!!」


揺るぎない決意と共にシグナムがその剣を振るう。その瞬間、凄まじい衝撃と炎が施設の入り口から湧き出てくる死者たちを飲みこんでいく。その威力によって施設の入り口が破壊され、一気に道ができていく。もはや形振りなど構っていられないかのように。だがそれそうせざるを得ないほどシグナムが追い詰められている証でもあった。その証拠に先の一撃によってシグナムの息はさらに乱れ、額には汗が滲んでいる。ユニゾンしているアギトにはシグナムの状態が手に取るように分かる。それは隣にいるヴィータも同様だろう。その額からは血が流れ、鉄壁とも言っていい硬度をもつグラーフアイゼンにひびが入っている。もはや一刻の猶予もない。三人の騎士たちは決して弱音を吐くこともなく、一直線に施設内部へ、そして辿り着く。その場所へ。だがその前には大きな、そして絶対の強固な壁が存在していた。


『そんな………』


その光景にアギトは言葉を失う。その先には金庫があった。だがその大きさはまるで巨大な倉庫のよう。扉には何重もの防護結界が掛けられている。その強固さは一目見ただけで分かる。恐らくは魔力による破壊は不可能であるのは疑いようがないほどの力。それが遺失物保管庫の扉。危険物であるロストロギアを補完するに相応しい鉄壁の壁。その力が自分たちの前に立ちふさがっていた。


無論、そのことは既にはやてから聞き及んでいた。そこでアギト達はその扉を開くための暗証番号を手に入れこの場にやってきた。だがその暗証番号を打ち込むはずのパネルがすでに破壊されてしまっている。恐らくは死者たちの襲撃によって破壊されてしまったのだろう。いくらためしても機械は反応を示さない。それはつまり自分たちにこの扉をあけることはできないということ。その事実にアギトは絶望する。ここまで、ここまでたどり着いたのに。文字通り命を懸けて。自分だけではない。シグナムとヴィータ。二人の騎士も万全ではない体で、それでも闘牙を救うために命を懸けてくれた。そのおかげでここまでたどり着けた。


すぐそこに、目と鼻の先にあるんだ。自分たちが手に入れなければならない物が。希望が。それを信じてなのはたちも戦っている。それなのに―――――


「まだあきらめるには早いぞ、アギト。」


そんなアギトの心を感じ取りながらもシグナムは自らの前にレヴァンティンを構える。同時にその刀身に凄まじい炎が発生していく。その眼が力づくでも目の前の扉を突破していくと語っていた。だが


『駄目だ、シグナム!! いくらシグナムでもこの障壁は破れねえ!!  それにこれ以上それを使ったら……!!』


アギトの言葉によってシグナムの行動は止められる。それは間違いない事実。自分とユニゾンしたシグナムの奥義、火龍一閃はまさに奥義の相応しい技。だがそれは自分とシグナム、そしてレヴァンティンのカートリッジによって高まった魔力を放つ技。目の前の魔力の対する耐性をもつ障壁には通用しない。それほどの圧倒的な障壁が扉には、保管庫には掛けられている。いくらシグナムでもこれを突破することはできない。何よりもこれ以上奥義を連発すれば先にシグナムの体の方が限界を超えてしまう。だがそれを聞きながらもシグナムの目には迷いはない。


無理など百も承知。それでもここを突破できなければ自分たちに未来はない。騎士の誓いに、誇りに懸けて、目の前の少女との約束を違えるわけにはいかない。シグナムがその決意を持って己が剣を振るわんとしたその時、


「……ったく、二人で勝手に盛り上がってんじゃねえよ。」


それを遮るように小さな少女がシグナムとアギトの前に現れる。それは鉄槌の騎士ヴィータ。どこか呆れ気味で、それでもどこか決意を感じさせる背中を見せて。その姿に二人は目を奪われることしかできない。


『ここは自分に任せろ』

そうその背中が語っていたから。


「魔法が効かないってんなら直接ぶったたけばいいだけだろうが。」


流血によって流れる額の血を拭いながらもヴィータは不敵な笑みを浮かべる。まるでシグナム達だけにいい格好はさせないと、そう告げるかのように。同時にその鉄槌が振りかぶられる。傷つき、ボロボロになりながらもそれを感じさせないような気迫を持って。


その光景に思わずアギトが制止に入ろうとするがそれはシグナムによって止められる。まるでヴィータの決意を、覚悟を感じ取ったかのように。それは信頼。永い時の中でずっと共に戦い続けてきた小さくとも、気高い騎士への。


「いくぞ、アイゼンッ!!」
『Jawohl.』


咆哮と共にその鉄槌が大きく姿を変える。その先端部分にそれまでなかった巨大なドリルが生え、その大きさと重量が桁外れに上がって行く。連続したカートリッジの装填と相まって魔力がその先端に集中していく。


それがヴィータのリミットブレイク。奥義。

『破壊の槌』

その名の通り、どんなものでも打ち貫く、絶対の鉄槌。



「ツェアシュテールングス……ハンマ―――――!!」


瞬間、鉄槌の騎士ヴィータの全力全開、命を懸けた鉄槌が振り下ろされた。



その無敵の鉄槌と無敵の障壁、盾がぶつかり合う。両者のぶつかり合いによって凄まじい火花と轟音が響き渡る。その先端のドリルが回転し、その壁を打ち破らんと咆哮する。だがその威力に耐えきれず、グラーフアイゼンに無数の亀裂が生じていく。まるで無敵の盾に挑む代償であるかのように。それだけではない。それを持つヴィータの体にも凄まじいダメージが襲いかかる。傷口が広がり、出血がさらに激しさを増していく。その痛みによってヴィータの意識が遠のいていく。


本来プログラムである自分たちは死ぬことはない。正確には死んだとしても蘇ることができる。それが守護騎士プログラム。だが今は違う。今、守護騎士たちは夜天の書に生まれ変わった時から、一個の命としてこの世界に根を下ろした。それは守護騎士たちが心のどこかで望んでいたこと。はやてを最後の主として共に生きていくという誓い。それを胸にヴィータは耐え続ける。だがそれをもってしても扉を突破することができない。魔力ではない純粋な、物理的な破壊にたいしてもまさに鉄壁と言っていい強度をこの扉は誇っている。


でも、それでもあたしは負けるわけには、あきらめるわけにはいかない。


みんな、みんな戦ってるんだ。なのはも、ユーノも、ザフィーラも、シャマルも。今この時もあたしたちと同じように。


はやてとリインも戦ってる。あいつを止めるために。悲しみの囚われているあいつを助けるために。


あたしがこの扉を壊せなけりゃ全部、全部無駄になっちまうんだ。これまでの全部が。


あいつを、闘牙を助けることができねえんだ。


それができなかったら、きっとフェイトを助けることもできない。


はやての幸せ。それがあたしの、あたしたちの願い。


でも、それと同じぐらい、闘牙とフェイトにも幸せになってほしい。見ている方はもどかしくてつい口を出したくなるような関係のふたりだったけど、それでもその姿は本当に幸せそうだった。


それを守るにために、取り戻すために。守護騎士としてでなく、ただ一人の人間としてあたしは絶対負けるわけにはいかねえ。だから―――――



「ぶちぬけええええええっ!!」


鉄槌の騎士ヴィータとグラーフアイゼンに壊せない物なんてない―――――



その瞬間、破壊の槌がそのすべてを打ち抜いた―――――




「相変わらず無茶をする……立てるか?」

「うっせ―な……もう大丈夫だ……」


ふらつくヴィータをその手で支えながらシグナムが声をかける。だがそこにはどこかからかうような含みがある。それは親愛。それが照れくさかったかのかふらつく体を立て直しながらヴィータはそのままそっぽを向いてしまう。それはいつもどおりの二人のやり取り。そして


「見つけたぞ、二人ともっ!!」


喜びの声を上げながらユニゾンを解き、手分けして捜索をしていたアギトが二人の元に飛んでくる。アギトは抱えるようにその宝石を持ってくる。青い、数字が刻まれた宝石。始まりの宝石、ジュエルシード。それをついにアギト達は手に入れた。だが喜んでばかりはいられない。手に入れたそれを再び持って帰らなければ、そして何よりもそれを使って闘牙を救うまでが自分たちの役目。だが


それをまるで阻むように無数の死者たちがアギト達の前に立ちふさがる。それはまるでアギト達が持っているジュエルシードに反応しているかのように。その危険性を察知したかのように。その光景に息を飲みながらもアギトは自分自身を奮い立たせる。あと一歩、後一歩で届く。ここであきらめるわけにはいかない。そう決意を新たにしたその時


「……アギト、お前は一人で先に行け。殿は私たちが引き受ける。」


シグナムは静かに、それでも決意を持ってアギトに告げる。その言葉の意味を悟ったアギトの顔が驚愕に染まる。当たり前だ。この状況でのその言葉。それはまさに死ぬと言っているようなもの。


「何言ってるんだ、シグナム!? ここまで来てあきらめるのかよ!?」


焦りながらもアギトは叫びながらシグナムに食って掛かる。このまま自分だけが逃げ出すことなどできない。皆で一緒に帰ること。それがアギトの願い。だが


「あきらめてなどいない。だがこれ以上お前を消耗させるわけにはいかん。お前にはまだやることが残っているのだからな。」


シグナムは告げる。それこそがこの決断の、行動の理由。このままユニゾンを続ければアギトに致命的な消耗を強いてしまう。アギトには果たしてもらわなければならない使命がある。ジュエルシードを制御し、闘牙を救うという使命が。何よりも今の自分ではもうユニゾンによる力を生かしきれない。それほどの状態になっている。ならば三人で脱出するよりも自分たちが囮になり、アギトを先に離脱させるしかない。騎士としての判断、そして決断だった。それを悟ったアギトはそれ以上言葉を発することができない。


「ふん、あたしたちが簡単にやられるわけないだろ。余計な心配はしないでお前は先に帰ってな。後ですぐに追いつくさ。」


そんなアギトを見かねたのかヴィータが自信に満ちた声でそう宣言する。それは嘘偽りない言葉。ここで死ぬ気など毛頭ない。それを確信できるほどの力がその言葉にはあった。それを前にして、その言葉を裏切ることなどできるはずがない。


「……分かった、でも絶対帰ってこいよ!! 約束破ったら承知しないからな!!」


アギトは目に涙を浮かべながらも、決して振り返ることなく戦場を後にしていく。それだけが二人の騎士たちに報いる唯一つの方法だと知っているから。



「行ったか………」

「ああ、世話が焼ける奴だぜ……」

「ふっ、お前がそれを言うとはな。」

「何だよ、何か文句があんのか、シグナム!?」


飛び立って行ったアギトに姿を見送った後、二人はそんないつも通りのやり取りを繰り返す。そこには死地にいるにもかかわらず一片の恐れも迷いもない。まさに自然体そのもの。そんな中、死者たちが飛び立って行ったアギトの後を追撃せんと動き出す。だがその瞬間



その全ては連結刃と鉄球によって葬り去られた。一瞬で、容赦なく、完璧に。



そこには二人の騎士の姿がある。決して揺らぐことのない、絶対の意志を持った騎士の姿が。



「お前達に恨みはないが……ここは一歩も通すわけにはいかん……」

「ああ、分かってんな? シグナム……」

「ああ………」


自らの相棒であるレヴァンティンとグラーフアイゼンを構えながら二人は笑い合う。違えることのない誓いを、誇りをたてるために。



「ベルカの騎士に……負けはない!!」
「ベルカの騎士に……負けはねえ!!」


二人はアギトに全ての希望を託し、絶体絶命の死地において最後の力を尽くさんと動き出した―――――




騎士たちが己の命を懸けて戦っている時と同じくして、四人の魔導師、ストライカーもまた命を懸けてその力を振るっていた。


高町なのは、ユーノ・スクライア、クイント・ナカジマ、ゼスト・グランガイツ。


そして彼らを中心としながら管理局の魔導師たちも自分たちの全ての力をもって最終防衛ラインを死守すべく戦い続けている。対するは無限の死者の軍勢。いくら倒してもその数が減ることない消耗戦、体力、魔力が尽きることのない怪物たち。それを前にしても彼らは全く臆することなく戦い続ける。


なのはとユーノによって芽生えた希望によって、それにより突き動かされたレジアス達の力、全てが合わさり今、状況は拮抗している。あとは時間の勝負。アギト達が間に合うのが先か、それとも自分たちの限界が先か。それでもなのはたちにあきらめは見られない。それは信頼。アギト達への、かけがえのない仲間への。だがそれは訪れた。


紫の球体。

それを一つや二つではない。十は超えるであろう紫の球体が突如、なのはたちがいる場所へと姿を現す。死者たちと戦い続けているなのはたちもその存在に気づく。だがそれは魔力弾ではない。自分たちに襲いかかってくることもなく、ただこの戦場の様子を伺うかのように浮かんでいるだけ。他の魔導師たちもそれに気づくも首をかしげることしかできない。だが


(あれは……!!)


なのはは瞬時にそれが何なのか悟る。いやなのはだけでなく他の三人も気づく。それは知っていたから。それはサーチャーであることを。文字通りそれは戦場の様子を観察するための物。だがそれだけであったならなのはがここまで驚愕することはない。その理由。それは


それがプレシア・テスタロッサの放ったサーチャーであったから。



「みんな、気をつけてっ!! 雷が来るっ!!」


なのはの悲鳴と共にまるで突然現れたかのように戦場に無数の雷が降ってくる。それはまるで豪雨。しかもそれが寸分の狂いもなく魔導師たちを打ち抜いていく。なのはたちは瞬時にシールドを張ることによってそれを何とか防ぐ。だがその強力な雷撃によって少なくないダメージを負ってしまう。それがSランクを超える魔法の力。管理局の魔導師たちはそれによって次々に倒されていってしまう。だがそれを責めることなど誰ができるだろうか。目の前の死者の軍勢と戦いながらさらに死角からの雷撃に対応することなどできるはずがない。


「ううっ!!」
「ぬうっ!!」


それはなのはたちとて例外ではない。何とか持ちこたえてはいるもののそれを防ぎきることができない。クイントとゼストもそれを何とか捌こうとするが限界を超えている。それを何とかしようとユーノが検索魔法によってプレシアの居場所を捉える。だがその場所はここから遥かに離れた場所。それも死者の軍勢を超えた場所。ここからそこまで攻撃を加えることなどできない。


それこそがプレシアの真骨頂。空間跳躍魔法の恐ろしさ。遥か離れた場所からでもサーチャーを通して敵の場所を死角を捉え、雷撃で貫く。この乱戦状態、防衛戦においては悪夢と言えるほどの力。


この事態を打破するにはサーチャーを破壊するか、プレシア自身を倒す必要がある。だがなのはたちは身動きを取ることができない。今、自分たちの誰か一人でも欠ければ防衛ラインが崩壊してしまう。それほどの危ういバランスでここは成り立っている。それが分かっているからこそなのはたちは死者たちを食い止めながら、ただ雷撃をその身に受け続けるしかない。だがそれも長くは持たない。なのはたちがどうしようもない絶望的状況に陥りかけたその瞬間、



金の閃光が戦場に舞い降りた。


その光景に思わずなのはたちは目を奪われる。それはまさに雷光。金の光がまさに流星のように、目にも止まらない程の速さで戦場を駆けまわって行く。その金の光が紫の光を次々に切り裂き、打ち抜いていく。まるでダンスを踊っているのではないか、そう思えるような優雅さがそこにはある。そして金の光はその全てを斬り払った後、静かになのはたちの前に降り立つ。


「フェイトちゃん……?」


「うん……遅れてごめん、なのは。」


雷光の魔導師フェイト・テスタロッサ・ハラオウンが今、再び蘇った。


フェイトはいつもの優しい笑みをなのはたちに向ける。そこにはいつものフェイトの笑みがある。いや、いつも以上の力を感じるほど。その光景に思わずなのはの目に涙が滲む。


それは記憶。六年前での時の庭園での戦い。その時に自分たちを助けに来てくれたフェイトの姿。その表情。それが今、再びここにある。六年経っても変わらない、自分の大切な、親友の姿。フェイトはそんななのはの姿に微笑みかける。その心は同じだと、そう伝えるかのように。


だがすぐにフェイトはその表情を引き締める。それは魔導師としての、執務官としての顔。その視線がある方向を向いている。それは死者の軍勢のさらに先。自分が止めなければいけない、向かい合わなければならない人がいる場所。それを悟ったなのははすぐに涙を拭いながら告げる。ただ一つ。伝えるべきことを。


「フェイトちゃん……ヴィータちゃん達が闘牙君を助けに行ってくれてる……だから、闘牙君はきっと来るよ。」


フェイトが待ち望んでいる人が、きっと帰ってくると。


「うん……ありがとう、なのは。私、行ってくるね。」


その言葉を胸に刻みながらフェイトは空へと飛び立つ。ただ一直線に、金の光、雷光となって。死者たちの軍勢を超えるように。それをさせまいと死者たちから無数の魔力弾、砲撃がその光を打ち落とそうと迫る。だがそれらは一つとしてフェイトを捉えることはできない。力を取り戻した雷光には、その速さには誰も追いつくことなどできない。


フェイトは空を駆けながら思い出す。それはかつての記憶。自分が持つ最も古い記憶。自分ではないアリシアの記憶。でも、自分にとっては大切な、かけがえのない記憶。


かつての自分。幼く、ただ疑うことなく期待に応えようと、認められようとしていた自分。


たった一つ。自分だけの、自分の答えを見つけたその時。


そしてそれからの六年間の日々。


それを、今までの自分を証明する時が来た。あの時の私ではない、今の私を。



その瞳が捉える。黒い衣装に身を纏った女性。冷たい雰囲気を持った、それでもその瞳に悲しみを秘めている女性。私にとって大切な、かけがえのない人。



フェイト・テスタロッサ・ハラオウンとプレシア・テスタロッサ。


今、六年前のあの日の続きが始まろうとしていた――――――



[28454] 第71話 「母娘」
Name: 闘牙王◆53d8d844 ID:e8e89e5e
Date: 2012/02/08 11:45
夜の闇の中で街を焼く炎と魔法の光だけが光を放つミッドチルダの街。死者の軍勢を超えたさらに先の一角で二人の女性がお互い見つめ合っている。


一人は妙齢の、どこか冷たさを感じさせる女性。黒い衣装、バリアジャケットを身に纏い、杖を手にしているその姿はまさに魔女。それは大魔導師プレシア・テスタロッサ。


それを見つめている一人の少女。金髪のツインテール、プレシアと同じ黒いバリアジャケットを身の纏い、黒い斧の様な杖を手にしている。雷光の魔導師フェイト・テスタロッサ・ハラオウン。


二人はそのまま無言でただお互いを見つめ合う。母と娘。六年の時を超えた邂逅。本来ならあり得ないその再会。


それはまるであの日の続き。自らの決意を、想いを伝えた娘と、それに応えることなく去って行った母。


母の姿はあの時と全く変わることなくそこにある。それは死者であるが故。母の時間があの時のまま止まっているという証。


だが娘の姿は六年前とは大きく異なる。その背丈は母と変わらなくなるほど成長し、その姿も少女から女性へと変わりつつある。それは娘の時間があれから進んできた証。


何もかもが対照的な二人。決して交わるはずがない二つの時間が今、再び交差していた―――――




「何をしに来たの……? もうあなたに用はないわ。どこへなりと消えなさい。」


プレシアはその瞳でフェイトを一瞥した後、つまらなげにそう言い放つ。その言葉には感情と言うものが感じられない。まるでフェイトのことなどどうでもいいと、眼中にないと告げるかのように。その言葉はかつてと同じ。かつてフェイトに真実を告げた時と同じ言葉。フェイトが心を失い、絶望するしかなかった言葉。


だがそれを聞きながらも、その冷酷な瞳を見ながらもフェイトはただ真っ直ぐにプレシアを見つめ続けている。まるでそれは六年前のあの時のよう。自らの本当の気持ちを伝えるために、ただ純粋に母に向かい合おうとしたあの時と。


「私は……母さんを止めるためにここまで来ました……」


静かに、それでも力強く、フェイトはその言葉を告げる。自らの決意と覚悟を示すように。目を逸らすことなくはっきりと。それは先のフェイトとはまるで別人。ただ怯え、恐れることしかできなかったあの時とは。


「あなたが私を……? 知らない間に冗談が言えるようになったのね……フェイト。」


そんなフェイトの姿を見ながらも表情一つ変えることなく、プレシアはそう告げる。そこには二つの意味があった。一つはフェイトが自分に逆らうことなどできないという確信。もう一つはフェイトでは絶対に自分には及ばないと言う魔導師としての自負。それはフェイト・テスタロッサを誰よりも知っているプレシアだからこそ。


「あなたでは私には勝てないわ……あなたは私が造り出したお人形なんだから……」


それはまさにフェイトにとっては禁忌、トラウマとなる言葉、真実。それがフェイトに突きつけられる。他でもない、母であるプレシアから。六年前以上の憎悪を持って。まるで生きているフェイトへの嫉妬、呪いを掛けるように。


だがそれを前にしてもフェイトは全く臆することはない。静かにその眼を閉じる。それはまるで何か祈りを捧げているかのように、何かを誓うかのように。同時にその手にある閃光の戦斧バルディッシュがその姿を大剣へと変える。まるでフェイトの心に呼応するかのように。その決意を現すかのように。


「それでも止めて見せます……私は……あなたの娘ですから……」


宣言と共に瞳を開きながらフェイトはその剣を構える。自分の背丈を超えるその大剣を。自らの心を、魂を乗せるかのように。



「違うわ……あなたは唯の人形……私の娘はアリシアだけよ!!」


鋭い眼光でフェイトを射抜きながらプレシアはその言葉を否定する。自分の娘はアリシアだけだと。それはフェイトの全てを否定する言葉。プレシアの妄執、執念と言ってもいい呪い。その全ての元凶。それが無数の紫の雷へと形を変えながらプレシアを包み込んでいく。決して逃れることができない、自分自身を縛る鎖、呪縛のように。


フェイトはそれを見ながらも動き出す。その鎖を断ち切ろうとするかのように、自らの因縁を、母を呪いから、鎖から解放するために。


今、母と娘の、フェイトとプレシアの最初で最後、運命の戦いの火蓋が切って落とされた――――――




それはまさに雷光。一筋の閃光。並みの魔導師ならまるで消えてしまったように、瞬間移動したかのように見えるほど速度。それをもってフェイトは一直線に、瞬時にプレシアを自分の間合いに捉えようと疾走する。それは母の、プレシアの戦法を知っているからこそ。中遠距離においてまさに無敵に近い力をプレシアは持っている。自分はオールラウンダーに近い実力を持っているがそれでも分が悪いのは明らか。ならば接近戦で一気に間合いに侵略し、一撃でそのシールドごと斬り伏せるしかない。それは自分の真骨頂でもある。ならばそれを為し遂げるのみ。フェイトは決意を持ってその雷の剣を手にしながらプレシアに肉薄せんとする。


その光景にわずかにプレシアの表情が変わる。それは驚き。フェイトが自分に逆らってきたという事実への。そのわずかな隙を縫うかのようにフェイトが自らの間合いにプレシアを捉えようとしたその瞬間、


まるでそれを狙い澄ましたかのような雷撃がフェイトに向かって降り注いでくる。その速度はフェイトの速度を優に超えるほどのもの。


「っ!!」


フェイトは瞬時にそれを感じ取り、一気にその進行方向を変え、強引にその雷撃を紙一重のところで躱す。だが紙一重で避けた筈の雷撃によってそのバリアジャケットが焼け焦げ、破れてしまう。その光景にフェイトは戦慄する。直撃したわけではないのにその余波だけでこの威力。まともにこれを受ければ防御が薄い自分は間違いなく為すすべなく落ちてしまう。そう悟るに十分すぎるほどの力。それがプレシアの魔法の力。だがそれだけではなかった。


何とか雷撃を避けたフェイトがその体勢を整えようとした瞬間、まるで見えない死角から現れるかのように再び雷がフェイトに襲いかかってくる。フェイトはその最大の速度を持って飛行しながらそれを振り切ろうとする。だがそれを嘲笑うかのようにその進行方向から、背後から、まるで全てを見抜いているかのような場所、タイミングで無数の雷がフェイトを追撃せんと追い縋ってくる。そのまさに一瞬の隙すら許されない状況にさらされながらもフェイトは己の全力をもってそれを躱し続ける。


それはまるで一歩でも踏み外すことが許されない綱渡り。その綱を踏み外すことなく、全力を持ってフェイトはただ走り続ける。だが避けているはずの雷撃の余波だけでも少しずつだが、それでも確実にフェイトはダメージを負って行く。だがフェイトは防御を展開することも、そのバリアジャケットの装甲を厚くすることもできない。そんなことをして今の速度を少しでも落とせばその瞬間、自分は敗北してしまう。それを直感していたから。それはこの六年間で得たフェイトの魔導師としての経験と知識。


(でも……このままじゃだめだ……受けに回ってたら勝てない……!)


フェイトは己の思考を分割しながらも反撃の手を模索する。このままただ避け続けていても勝機はない。何よりも持久戦は母には、死者には通用しない。相手は無尽蔵の体力と魔力を持つ存在。自分が勝つには短期決戦を挑むほかない。既に自分の動きは鈍り始めている。だがそれはただ魔力と体力を消費しているからだけではない。その理由を自分は分かっている。だがどうすることもできない。


それは自分の恐れ。母の力、この雷に対する恐怖。自分にとって逃れることのできない恐怖。六年前、自分を貫いた、母の力。それを前にしたことで知らず体が、心が恐れを抱いている。それが自分の力を削いでいる。まさに自分にとっての呪縛であるかのように。でも、それでもあきらめるわけにはいかない。


フェイトはまさに極限状態の中でそれを為し遂げる。瞬間、フェイトの周りに無数の金の光が生み出されていく。それはフェイトの魔力弾。この状況を打破するための布石。


「プラズマランサー……ファイアッ!!」


自らに襲いかかる雷を避け、捌きながらもフェイトはその金の弾丸を次々に打ち出していく。それは凄まじい速度を持ってプレシアに向かって疾走していく。だがそれは一瞬で全て消えてしまう。いや、違う。それらは一つ残らず打ち落とされてしまう。プレシアの雷撃によって。


それはまさに神業と言ってもいい程の絶技。小さな魔力弾を、しかもあれほどの速度と数を同時に全て打ち落とすことなど不可能。だがそれを成し遂げる者がここにいる。普通ならそれを見ただけで戦意を喪失しかねない程の光景。しかし、それでもフェイトの目にはあきらめは見られない。何故なら今の状況は予想していたもの。もとよりそれが通じるとは思っていない。


これは布石。次に繋げるための。それを示すようにその手には既に魔法陣が展開されている。それは砲撃魔法。先の魔力弾とは比べ物にならない、雷撃であっても防ぎきれない程の一撃。魔力弾はそれを展開するための時間稼ぎ。


「プラズマ……スマッシャ――――!!」


プレシアに向かって疾走しながらフェイトは己の砲撃魔法を解き放つ。それはまるで金の光。その光が一直線にプレシアに向かって走る。その威力は例え雷撃であっても打ち落とせるものではない。砲撃の光がプレシアを飲みこまんと迫る。だがそれを前にしてもプレシアは表情一つ変えることはなく、身じろぎ一つしない。まるで何も自分を傷つけることはできないと確信しているかのように。そしてそれは現れる。


紫のシールド。まるで宝石の様な形をしたそれが一瞬でプレシアを包み込む。その瞬間、フェイトの砲撃はまるでかき消されるかのようにシールドによって防がれ、切り裂かれてしまう。シールドにヒビ一つ入れることもできずに、その力を失ってしまう。それがプレシアの防御。儀式魔法による絶対防御。その場を動けないというデメリットはあるものの、通常のシールドとは桁外れの強度をもつ盾。本来それは膨大な魔力を消費するため実戦で使う魔導師はほとんどいない。だが圧倒的な魔力を持つプレシアにはそれが為し得る。加えて今のプレシアには無尽蔵の魔力と体力。そしてかつて体を蝕んでいた病もない。まさに全盛期以上の力。その前にはいかにフェイトの砲撃魔法でも通用しなかった。しかし、それすらもフェイトの計算の内だった。


プレシアがシールドによって砲撃を防ぐのと全く同時に、その背後にフェイトが現れる。まさに電光石火。いきなり現れたといっても過言ではない速度とタイミングでフェイトはプレシアを間合いに捕え、その背後を取る。それこそがフェイトの真の狙い。魔力弾、砲撃の二重の布石を打ったうえでの最後の一手。自らの魔力の全力を注ぎこんだザンバーフォームによる一刀両断。例え儀式魔法のシールドであっても切り裂くことができるほどの一撃。


(もらった……!!)


フェイトは自らの勝利を確信する。それほどの完璧なタイミング。自分の持てる力を尽くした一撃。それを振り下ろさんとした瞬間


フェイトの意識は途切れた―――――


何が起こったのか分からない。だがその意識が途切れる刹那にフェイトは気づく。自分が母の雷撃によって貫かれたことに。それが自分には分かる。何故ならこの感覚を自分は知っている。それはまるで六年前の海上のよう。逃れることのできない、覆すことのできない運命を感じさせるほどの一撃。


それが母の、プレシアの実力。自分の狙いなど全て見抜いたうえで、完璧にその全てを上回るほどの力。同じSランクオーバーでありながら決定的に違う、超えることのできない壁。


『大魔導師』


その名の意味をフェイトはその身を持って知りながらその場に倒れ伏すことしかできなかった――――――





その姿を、自らの娘が倒れ伏す姿を見ながらもプレシアは顔色一つ変えることはない。まるで物を見るかのような無慈悲な、冷酷な視線。近づくことも、声を掛けることもなくプレシアはその場を離れていく。同時にその周りのサーチャーたちが動き出し、どこかに向かって飛び立とうとする。


その先は最終防衛ライン。なのはたちがいる場所。先程フェイトの邪魔が入ってしまったがもうそれはない。今度こそその最後の砦を崩壊させんとプレシアは動き出す。だがその瞬間



「………まだ……です……」


かすれるような、今にも消えてしまいそうな声がプレシアに向かって放たれる。その言葉によってプレシアの動き出そうとした足が止まる。ゆっくりとプレシアは振り返る。それはまるでスローモーションのよう。まるで時間が止まっているのではないかと思えるような光景。振り返ったプレシアの視線の先には


満身創痍の体をバルディッシュで支えながらも、立ち上がろうとしているフェイトの姿があった。


「驚いたわ……まだ生きていたのね……」


プレシアは本当に驚いたように呟く。だがそれは無理のないこと。プレシアの雷にはSランクを超える魔力が込められている。しかもそれは殺傷設定。加えてフェイトはその速度を維持するために必要最低限の装甲しか纏っていなかった。間違いなく致命傷を負ったはず。だがフェイトはまだその命を落とすことなく、ここにいる。


それはバルディッシュの力。主の危機に反応し、自らの意志で防御を展開したからこそ。まるでバルディッシュを作り、託したリニスの魂が宿ったかのように。


だがそれでも重症には違いない。その証拠にその体は雷によるショックと火傷によって傷つき、その足は立っているのがやっとなのではないかと思えるような姿。もはや戦う力が残っていないのは誰の目にも明らか。いや、例え戦えたとしても無駄なことだ。先の戦闘で悟ったはず。自分とフェイトの間にある絶対的な力の差を。覆すことのできない現実を。


なのに、なのに何故その瞳には光が失われていないのか―――――



「無駄よ……あなたでは私には勝てないわ……人形の、偽物のあなたでは……」


プレシアは自らの魔力を再び高めながらそう告げる。もはや結末は変えられないと、そう宣告する。だがその声は知らず震えていた。その事実にプレシア自身気づいていない。何故自分の声が震えているのか分からない。何故自分の足が後ずさりをしようとしているのか分からない。その理由が分からない。


だがその記憶が、光景が蘇りつつある。それは何だったのか―――――



痛みと疲労によって朦朧としながらもフェイトは立ち上がる。ここで倒れるわけにはいかない。そんな想いがフェイトの心を支配する。その心が、精神が肉体を凌駕する。


分かっている。自分の力が、魔導師としての力が母には届いていないことを。先の戦闘をする前から、そんなことは分かり切っていた。母の魔法に、雷に怯えていた私が母に敵うはずなど無い。


『フェイト・テスタロッサ』ではプレシア・テスタロッサには敵わない。


母さんの言う通り、人形の、偽物の私では。


でも、それでも―――――


「それでも……私は……あなたの娘です……」


それだけは譲れない。私の、私だけの本当の気持ち。偽物ではない本物の想い。


でもそれだけではない。今の私にはあの時にはなかったものがある。


あの日から送ってきた六年間の日々。


母とアリシアを失ってからの日々。


その中で、その悲しみと寂しさの中でも得ることができたかけがえのないもの。


こんな私を娘として、妹として迎えてくれた新しい優しい家族。

こんな私と友達になりたいと言ってくれた大切な親友。

私を受け入れてくれた、認めてくれた仲間達。

私を母だと言ってくれた子。

私を救い、生きる意味をくれた愛する人。


だから私は負けるわけにはいかない。


だから母さん。認めてくれなくてもいい、振り向いてくれなくてもいい、ただ見ていてください。



「私はあなたの娘……『フェイト・テスタロッサ・ハラオウン』です!!」


あの時の私ではない、今の私の姿を―――――




瞬間、金の光が全てを照らし出す。その光が夜の闇を消し去って行く。それはまるで太陽のよう。同時に凄まじい魔力が辺りに巻き起こる。まるでフェイトの決意に心に呼応するかのように。


それが収まった先には一人の少女の姿がある。だがその姿は先程までとは大きく異なる。マントが無くなり、バリアジャケットの形状は大きく変わり、その両手にはそれぞれに剣が握られている。



それがフェイトのリミットブレイク 『真・ソニックフォーム』


全ての魔力を速度に費やすフォーム。まさに『速さ』に全てを懸けたフェイトの心の、覚悟の形。


その光景に、姿にプレシアですら目を奪われる。それは悟ったから。そのフォームの意味を。速さに全てを懸けた代償にその装甲は無きに等しい。もし自分の攻撃が一撃でも当たれば、いやかすっただけでも致命傷になるのは間違いない。プレシアをもってしても信じられないような、まさに狂気と言ってもおかしくない程の選択。


それがフェイトの決意。自らの速さへの絶対の自信。そして傷つくことを恐れない心。その全てが合わさった姿。



そしてフェイトは動き出す。その二刀の剣を構えながら、その瞳でプレシアを捉えながら。その全力を持って。


それはまさに光速。音すら置き去りにする程の速度。まさに目にも写らない速さ。その光が一直線にプレシアに向かって駆ける。それは人間の反応速度を超えるほどのもの。だがそれすら大魔導師プレシア・テスタロッサは捉える。そのサーチャーで、その高速思考とマルチタクスで。


もはや言葉すら発することができない程の刹那の間。それに二人は全てを懸ける。


人の限界を超えた速さを見せるフェイトですらその雷撃は捉える。まるでフェイトを逃がさない運命、鎖のように。それを避ける術はない。全方位、逃げ場のないまさに結界。それがフェイトを捕えんとした瞬間、


光の刃によってそれは次々に切り裂かれていく。その光景にプレシアは目を奪われることしかできない。


二本の光剣。それを振るうことによってフェイトはその雷を、鎖を断ち切って行く。まるで自らの道を、運命を切り開くかのように。


だがその体が悲鳴を上げる。それは音速を人の身で超える代償。その中で剣を振るうことへの対価。骨が軋み、筋肉が断線し、視界が霞む。その雷の余波だけで傷が開き、肌が焼け焦げていく。このままではプレシアに辿り着く前に自滅しかねないほどの姿。


だがそれでもフェイトは駆ける。遠のいていく意識の中で、霞んでいく視界の中で。たった一つ。自らの母を見つめながら。そこに辿り着くために。


その脳裏に蘇る。それは記憶。変えることができない現実。二度と戻ってこれない場所へと落ちていく母の姿。それを救うことができなかった自分の姿。たったひとつの、自分の生きる意味を失ってしまったあの時。


あの時の私ならきっと、母さんに刃を向けることなんてできなかっただろう。
きっと母さんにいなくなるように言われれば、きっとそうしただろう。


でも今は違う。


あの時、私は誓ったんだ。なのはが私の手を取ってくれた時に


この世界で生きていくと。


あの時、私は願ったんだ。自分の気持ちに気づいた時に


私はあの人と、トーガと共に生きて行きたいと


だから私は――――――――――




金の光が視界の全てを覆い尽くしていく。その刹那、プレシアは思い出す。それは想い。虚数空間に落ちていく中で抱いた想い。それは――――――




光が生まれていく。そんな中、フェイトとプレシアは互いに背中合わせのように佇んでいる。プレシアの表情を伺うことはできない。ただその足元から光が生まれていく。それは終わりの証。死者として蘇ったプレシアの。そしてこの戦いの。


フェイトは後ろを振り返ることなく、ただ無言でその手にあるバルディッシュを握り続けている。その表情には様々な想いが満ちていた。譲れない想いが、願いがあったとはいえ母にその刃を向けた自分への。再び母と別れなくはならない自分への。


そんなフェイトと同じようにプレシアもまた、決して振り返ることなく唯その時を待つ。再び自分があるべき場所へと帰る時を。


背中合わせの母と娘。それはまるで決して交わることはなかった二人の運命。


光がプレシアを包み込んでいく。それは二度目の母との別れ。そして自分の選択の、決意の結果。それをフェイトが背負おうとしたその時



「…………行きなさい、フェイト。」



母からの娘への最期の言葉が贈られる。短くとも、その想いを込めた言葉が。



「……………はい、母さん。」



フェイトは決して振り返ることなく、それでもその瞳から涙を流しながらそれに答える。最初で最後の、母とのやりとり。



光と共にプレシアはこの世を去って行く。その呪縛から解放されながら。フェイトはそれを見ることはなかった。だがその口元はまるで笑っているにように見えた―――――




フェイトは静かに、その場から動くことなく母のことを悼む。数えきれない程の後悔。だがそれでも自分は今を選んだ。ならば前に進むしかない。それが生きている自分たちのできる唯一のこと。フェイトは再び歩き出す。まだ戦いは終わっていない。一刻も早くなのはたちの援護に戻ろうとフェイトが満身創痍の体を庇いながら動き出そうとしたその時




『なかなか面白い見世物だったぞ、娘』


地の底に響くような声が響き渡る。その声によってフェイトは動きを止めてしまう。いやまるで動くことができない。だがその眼が捉える。その先には



殺生丸、いや天下覇道の剣、叢雲牙の姿があった――――――



[28454] 第72話 「犬夜叉」
Name: 闘牙王◆53d8d844 ID:e8e89e5e
Date: 2012/02/10 12:47
ふと、目が覚めた。


だが本当に目が覚めたのかが分からない。何故なら目の前には何も見えない。ただ闇が、どこまでも続く暗闇があるだけ。


体の感覚はある。手足の感覚も、体の輪郭も分かる。でも分からない。


自分が誰なのか分からない。ここがどこなのかも、どうしてこんなところにいるのかも。


たったひとつの光もない世界。何もない世界。その闇のせいで自分の体も、姿も見えない。


もしかしたらここは夢の中なのかもしれない。その証拠に不思議と恐怖は感じない。まるでこの世界と、闇と自分が溶けているかのよう。どれくらいの時間、自分は眠っていたのだろう。時間の感覚も分からない。ただ、何も見えない、何もないこの世界で漂い続けることしかできない。そのまま再び、目を閉じる。だが目を閉じたのかもあいまいだ。だって目を閉じてもそこには先程と変わらない闇があるだけ。


なら、もういいだろう。このまま何を考えても仕方ない。自分が誰なのかも、ここがどこなのかもどうでもいい。ただ今はもう、このまま――――――



「………え?」


知らず声が出ていた。自分が声を出せることを忘れてしまっていた。でも、それ以上の驚きがあった。それは光、一つの小さな、それでも確かな灯りが自分を照らし出している。先程までは何もなかったはずなのに。


その光が自分の姿を照らし出す。闇によって、暗闇によって見えなかった自分の姿がその形を得ていく。


そこには自分の、俺の体があった。黒の長髪、赤い着物を着た俺の姿。生まれた時から持っていた俺の体。同時に俺は全てを思い出していく。まるで再び生まれたかのように。


『闘牙』

それが俺の名前。俺が俺である証。

思い出す。それは記憶。二十三年の短くも、長かったこれまでの人生。


幼いころに失くした両親。一人きりの生活。だがそれでも自分は生きてきた。そのことに寂しさがなかったと言えば嘘になる。でも人並みに、何不自由なく学校に行き、暮らしてきた。これからもそれがずっと続くのだと、そう信じて疑わなかった。


だがそれは覆される。一本の御神木によって、一つの宝玉、四魂の玉によって。自分の人生は、運命は大きく変わることになる。


戦いの世界へ。日常から非日常の世界へ。否応なく巻き込まれていく。


その中で多くの出会いがあった。本来ならあり得ない出会いが。


だがその物語は終わりを告げる。一番大切なものを失って。


そこで自分は死んだ。体ではなく、心が。それで全てが終わるはずだった。でも違った。


それは新たな物語の、戦いの始まり。


時間も、場所も、何もかもが違う世界。だがそれでも自分は戦い続けてきた。
再び立ち上がり、ただ駆け抜けるように。同じ間違いを繰り返さないように。なのに―――――


闘牙は思い出す。これまでの人生を、戦いを。そして何故自分がここにいるのか、その理由を。



『兄貴っ!!』


何も聞こえない世界から少女の声が響き渡る。闘牙はその声の方向を見つめる。そこは一つの光がある場所、自分を照らす光から響いてくる。その光が次第に形を得ていく。まるで炎の様な揺らぎが激しさを増しながらその姿を現していく。それは小さな少女。まるで妖精の様な。それが誰なのか自分は知っている。


「アギト……?」


それが彼女の名前。烈火の剣精の名を持つ騎士。四年間共に生活してきた自分の仲間、家族。


アギトはそんな闘牙の言葉に嬉しさから涙を流しかけるも、それを食いしばりながら真剣な表情で闘牙に向かい合う。本当なら抱きつき、再会を喜び合いたい。そんな想いが感情が溢れだす。でもそれは後だ。
自分は自分の役割を果たすためにここに来た。だがその時間は長くは持たない。一刻も早くそれを為し遂げなければならない。それは


『兄貴っ、行こう! みんな待ってるんだ!』


この暗闇から、眠りから闘牙を救いだすこと。その小さな手が差しだされる。一緒に帰ろうと、戻ろうと。この眠りから覚めようと。夢から現実への誘い。だが


闘牙はその手を取ろうとはしなかった。


『………兄貴?』


アギトはそんな声を上げることしかできない。それは戸惑い。闘牙が自分の手を取ってくれないことへの。何よりもその姿に。そこにはいつもの闘牙の姿はなかった。


顔を俯かせ、瞳には光が失われている。まるで死者の様なその姿。その光景にアギトは驚愕し、息を飲む。自分の知っている闘牙からはかけ離れた、見たことのないようなその姿。


それは六年前、なのはとユーノに出会う前の闘牙の姿。全てに絶望し、生きる意味を失ってしまっていたあの頃に闘牙は戻ってしまっていた。



「………すまねえ、アギト。俺はもう……」


かすれるような、絞り出すような声を出すことしかできない。それはあきらめ。叢雲牙との戦いに敗れたことによるもの。その覆すことない力の差。叢雲牙との、いや殺生丸との超えることのできない壁。それを前にして闘牙の心は折れてしまっていた。


鉄砕牙。自分にとっての戦友、半身。それを失ってしまった。戦う力を。


自分では叢雲牙には敵わない。そう認めるしかなかった。


そしてかごめの存在。その矢に打ち抜かれたことによって闘牙はその心すら砕かれてしまっていた。


自らの罪の証。それに対する罰。まさにそれが今、自分を縛っている。それを抜け出すことができない。まるで逃れることない運命のよう。何をしても変えることのできないもの。


もういい、もう疲れた。


戦うのも、生きることも。


どんなにあがいても、その結果を、結末を変えることはできなかった。どんなに希望を抱いても、絶望が待っているだけ。それが何度も繰り返されるだけ。


だからもういい、もうこれ以上、繰り返すのは。これまでの自分の人生は無駄だったと、そう認めるしかなかった。



『兄貴………みんな、戦ってるんだ………』


アギトは声を震わせながら呟く。闘牙が何に絶望し、あきらめてしまっているのかは分からない。きっとそこには闘牙にしか分からない理由があるのだろう。それがどんなに辛いか、苦しいか。今の闘牙の姿をみればアギトにもそれは分かる。でも、それでも自分は伝えなければならない。


『みんな……兄貴が戻ってくるのを……帰ってくるのを信じて戦ってるんだ………』


みんなが闘牙を待っていることを。帰ってくることを信じてあの絶望的状況の中でも命を懸けて戦っていることを。


なのは、ユーノ、はやて、騎士たち、みんな信じて戦っている。それがあったから今、自分はここまでたどり着けた。


『鞘のじいさんも……後をあたしたちに託してくれたんだ……』


鞘は命を散らしながらも、後のことを全て自分たちに託していった。あたしたちなら叢雲牙にも負けないと、そう信じて。だから


『だから……帰ってきてくれよ、兄貴っ!!』


アギトの、少女の叫びが響き渡る。その眼からは大粒の涙が流れている。それでも真っ直ぐに闘牙を見つめながらアギトは自分の、仲間たちの想いを闘牙に伝える。絶望の淵にいる闘牙の心に届くように。


「俺は………」


その言葉に、姿に闘牙は目を奪われることしかできない。ただ純粋に自分を想ってくれているアギトの姿。そこから伝わってくる仲間たちの想い。それが闘牙の心の何かを蘇らせていく。


忘れてしまっている、忘れてしまってはいけない何かを。


だがそれが何なのか分からない。


失くしてはいけない、大切なものだったはずなのに。




そしてその時が訪れる。願いの石の力の限界。その終わりが。


次第にその光が、炎が小さくなっていく。まるでろうそくの炎が消えていくように。


アギトの姿が次第に見えなくなっていく。アギトはそれを何とかしようとあがき続けるも、その終わりを止めることができない。世界が再び暗闇に包まれようとしていく。


だがそれでもアギトは叫び続ける。もう聞こえなくなってしまった声で。ただひたすらに、自らの家族である闘牙に。自らの誓いを立てたロードに。


『帰ってきて』


たったひとつの、願いを込めて――――――




その炎が消えるその瞬間、闘牙は思い出す。失くしてはいけない、大切なものを。


それは金の光。自分が見つけた、かけがえのないもの。



アギトの姿にそれが重なる。それはかつての少女の姿。


幸せな夢の中に囚われていた自分を救ってくれた少女。


こんな自分をずっと待っていてくれた少女。


その光景が見える。


眠っている自分に向かって話しかける少女の姿。


出会った時からは考えられない程大きくなり、少女から女性へと変わりつつあるその姿。


傷つき、心を失いかけながらも立ち上がり、戦い続けるその姿。


涙を流しながらも、その心を、想いを自分に伝えてきてくれる。



『トーガ……あなたを愛しています……』


口付けと共に、自分への心からの言葉を。


瞬間、闘牙は思い出す。それは誓い。自分が戦う理由。自分にとっての強さの意味。そして


自分のフェイトへの本当の気持ちを―――――



それは起こる。それは奇跡。アギト達の闘牙への想いが起こした奇跡。



「何をしておるんじゃ、犬夜叉!」


そんな声が自分の後ろから聞こえてくる。その言葉に、声に闘牙は驚愕し、目を見開くことしかできない。当たり前だ。それはありえない声。二度と聞くことができないはずの声。ゆっくりと振り返る。まるで時間が止まってしまっているかのように。その先には


「七宝………?」


記憶の中と変わらない、かつての仲間、七宝の姿があった。だがそれだけではない。


「全く、見てられないよ犬夜叉。らしくないじゃないか。」


どこか呆れ気味に、それでもかつてと変わらない姿で珊瑚が闘牙に告げる。


「そうですよ、犬夜叉。あまり女性に恥をかかせるものではありませんよ。」


珊瑚に続くように、あの頃と変わらないからかいの中に、親愛を込めた言葉を弥勒が告げる。


かつて五百年前、共に戦い、暮らしてきた仲間たちの姿がそこにあった。夢でも幻でもないその魂が。


ジュエルシード。願いをかなえる宝石。人の想いを、願いを叶えるロストロギア、その本当の力が為し得る奇跡がここにある。


その光景に、言葉に闘牙はただ目を奪われることしかできない。だがそこには既に先程まで自分を縛っていた物が全てなくなってしまっていた。まるで全ての枷が無くなってしまったかのように。そして気づく。その姿が大きく変わっていることに。


『犬夜叉』


それが今の自分の姿。自分のもう一つの姿。もう一つの名前。


かつての仲間たちはその名で自分を呼んでくれる。その名に、自分への想いをこめて。



「何も迷うことはない……犬夜叉。」


そんな声が新たに聞こえてくる。それは女性の声。忘れることができない、忘れるわけがない声。


「桔梗……?」


自分が救うことができなかった女性の姿。それが今、目の前にある。その光景に闘牙は言葉を失う。


今、桔梗の魂はかごめに転生しているはず。その魂は叢雲牙に囚われているはず。なのに何故。でも分かる。目の前の女性が、その魂が本物であることに。それはあり得ないこと。だがそれが今、ここにある。


「お前ならかごめを救うことができる……私を救ってくれたように………」


桔梗は静かに、それでも自らの想いを込めながら言葉を贈る。闘牙が自分を救えなかったことを悔いていることを知っているからこそ。自分は救われていたのだと。そう伝えるために。そして


「あの少女を守り抜け……お前は『犬夜叉』なのだからな……」


かつての自分たちのようにはならないでほしいという、願い。闘牙の幸せを願う言葉。いつかと変わらない微笑みを桔梗は闘牙へと向ける。仲間たちも同じようにその笑みを向ける。


例え時が、場所が離れていても、その魂は共にあると。



記憶が蘇る。それは言葉。六年前、再び鉄砕牙を手にした時。


『あの子は……かごめはあなたと会えて本当に幸せだった……それだけは忘れないであげて』


かごめの母が自分に伝えてくれた言葉。かごめの想いを、それを知る母の言葉。そして



あなたも幸せになりなさい――――――



自分の幸せを願ってくれた言葉。その意味を、闘牙はついに知る。


もうすでに自分は得ていたことに。六年前に。


自分が探し続けていた本当の『答え』を―――――――



「………ああ、行ってくる。」


たった一言、だがそれだけで十分だった。その言葉には闘牙の仲間たちへの想いの全てが込められている。同時に世界が光に包まれていく。闇が消え去り、光が全てを照らし出す。闘牙は立ち上がりながらも、最後までその眼に焼き付ける。


かけがえのない、その仲間たちの姿を――――――





「うう……ううっ……兄貴……」


アギトは涙を流し嗚咽を漏らしながら、その場に泣き崩れている。そこには宝石だったもののカケラが散らばっている。それはジュエルシードのカケラ。それを制御し、アギトは擬似的なユニゾンで闘牙を目覚めさせようとした。それはアギトの命を懸けるほどの行為。だがそれをアギトは全く臆することなく実行した。それが自分の役目、そして皆の願いだったから。


だがそれは成し遂げられなかった。自分は闘牙を目覚めさせることが、連れて帰ることができなかった。ジュエルシードはその力を失い砕け散った。もう元に戻ることはない。もう、どうすることもできない。


自分が全てを無駄にしてしまった。なのはたちの決意を、想いを。応えることができなかった。自分に全てを託してくれたシグナムとヴィータに。


その涙が、嘆きが部屋を包み込もうとしたその時、



「すまねえ……待たせたな、アギト。」


そんな声と共に、その頭に手が添えられる。その光景に、感覚にアギトは驚愕しながら面を上げる。当たり前だ。あたしは知っている。この声を。この手の温もりを。四年前、あたしを救ってくれた、そしてずっと共にいてくれた家族の温もり。その瞳が捉える。


銀の長髪、金の瞳、赤い衣を纏ったその姿。


その魂を縛っていた矢は既にない。まるで消えてしまったかのように。


その姿はいつもと変わらない。いや、違う。前以上の力強さがある。誰にも負けない。そう信じられるような力がある。



「アギト、案内してくれ………フェイトのところに。」


その言葉にアギトの体が、心が震える。それは歓喜。自らの家族が、ロードが蘇った喜び。


「……ああ、任せろ、兄貴っ!!」


アギトは涙に濡れた顔を拭いながら宣言する。その表情は満面の笑み。もう何も恐れることはない。自分たちが待ちわびていた、信じていた人が帰って来たのだから。



今、五百年の時を超え、『犬夜叉』が再び現世に舞い戻った―――――――



[28454] 第73話 「新生」
Name: 闘牙王◆53d8d844 ID:e8e89e5e
Date: 2012/02/10 19:21
最後の砦、最終防衛ライン。次元世界の、ミッドチルダの命運を懸けた戦いの最前線。終わりのない消耗戦。その中心となっている四人の魔導師たちはただ、己の力を尽くし、戦い続けている。その光景は先程までとは大きく異なる。


それは雷。先程まで自分たちを襲っていた紫の雷、プレシアの魔法が収まっている。そのサーチャーの姿も見えない。それはフェイトのおかげ。フェイトが単身、プレシアを止めに向かってくれたおかげ。それから既に時間が経っている。だがその雷撃が再開される気配はない。それはつまり、フェイトがプレシアを止めることに成功したであろうことを意味していた。しかし


(フェイトちゃん……)


レイジングハートを振るい、魔力弾を放ちながらもなのはは厳しい表情でフェイトが向かって行った方向を見据える。恐らくはもう戦闘は終了しているはず。にもかかわらずフェイトは戻ってこない。念話を送ってくることもない。それが何を意味するのか。なのはは最悪の状況を思い浮かべ、すぐにそれを振り払う。


まだだ。まだそうと決まったわけではない。フェイトちゃんが負けるはずがない。あの時のフェイトちゃんの姿。六年前と同じ、それ以上の力に、決意に満ちていた姿。ならきっと大丈夫。


なのはは自分にそう言い聞かせながら戦い続ける。その隣にいるユーノも、地上部隊のゼスト、クイントも、皆弱音を吐くことなく戦い続けている。だが、それでも届かない。この防衛ラインを保つことが精一杯。それ以上押し返すことができない。相手は減ることない死者。自分たちは人間。覆すことのできない現実が確実に迫ってきている。それをなのはは体で感じ取る。自分の限界が、自分たちの限界がもう目の前にまで迫ってきていることに。


あきらめない。あきらめたりなんかしない。私はもう二度とあきらめたりなんかしない。だって―――――



瞬間、なのはは動きを止める。まるで何かに気づいたかのように。それはユーノも同じ。二人はまるで鏡合わせのように動きを止めた後、同じ方向に目を向ける。それは最終防衛ラインの奥。自分たちが守っている施設が、人々がいる方向。いきなりの二人の行動にゼストもクイントも戸惑うことしかできない。一体何があったと言うのか。だが二人はただその方向を、空を見上げ続ける。それは感じ取ったから。その力を。六年前の時の庭園と同じ。本来なのはたちでは感じることができない力。妖気の力。


その瞳が捉える。その光景を、その姿を。


アギト共に、こちらに向かってくる闘牙の姿を―――――



「すまねえ……なのは、ユーノ、遅くなっちまった。」


闘牙はそう言いながらなのはたちの元に降り立ってくる。そこにはいつも変わりない闘牙の姿がある。自分たちが待ち望んだ人の姿が。その姿に微笑みながら


「おかえり、闘牙君。」

「遅いよ、闘牙。待ちくたびれたよ。」


なのはとユーノ。二人は闘牙を迎え入れる。自分たちにとって師であり、兄である人の帰還を。アギトもそんな三人の光景を満足気に見つめている。自分の役目を果たすことができたことへの、皆の願いが叶ったことへの喜び。


そんな闘牙たちの光景をゼストとクイントもまた、どこか温かく見守っている。自分たちを救ってくれたあの青年。それが帰ってきたことでなのはとユーノに力が戻ってきているかのよう。いや、前以上の力が。


闘牙はそのまま顔を上げ、その顔をある方向に向ける。それは先程なのはが向いていた方向と同じ。闘牙は決意に満ちた顔で、瞳でそこに視線を向けている。その意味をなのはとユーノは悟る。


「フェイトちゃんのところに行くんだね……闘牙君?」

「……ああ。」


なのはの言葉に闘牙は短く、それでも力強く答える。もはや何も語るまでもないと、そう告げるかのように。


その言葉の意味を感じ取ったなのはとユーノはお互いを見つめ合う。そこにはどこか不敵な笑みが浮かんでいる。二人は頷き合う。互いの想いは一つだと、そう確認するかのように。


「闘牙、任せて。道は僕たちが作る。」


ユーノは宣言しながらその両手にあるデバイスに力を込める。その翠の光が輝きを増していく。ユーノの心を、決意を示すように。なのはを守るための力。それがこのデバイス、イージスの意味。そしてもう一つ、叶えなければ、守らなければならない誓いを果たすこと。それが今、果たされる時が来た。


「行くよ、なのは!!」
「うん!!」


ユーノの言葉に応えるように、なのはがそのまま空高く舞い上がる。その空は暗雲に、夜の闇に包まれている。その中に桜色の光が、翼が舞い上がる。その手に不屈の心、レイジングハートを持って。


「行くよ、レイジングハート!!」
『Clear to go.』


レイジングハートは答える、自らの主の言葉に。その不屈の心を持って。瞬間、光がなのはを包み込んでいく。その姿が大きく変わる。バリアジャケットが、レイジングハートの姿が。その周囲には四つの機械がある。ブラスタービットと呼ばれる四基のビット。なのはを守るようにそれらは現れる。


それがなのはのリミットブレイク 『ブラスターモード』


最後の切り札に相応しい力を秘めた姿。砲撃魔導師、高町なのはの真の姿。なのはの心の、覚悟の具現。それが今、ミッドチルダに舞い降りた。


その桜色の光を包み込むように翠の光が現れる。それはユーノの魔法。なのはのために作り出した、ユーノだけの魔法。空中に拡散した魔力を集め、なのはの元に届ける魔法。なのはの切り札を補助するための、助けるための力。ユーノの心の、覚悟の具現。


それを受けながらなのはは大きくレイジングハートを振りかぶる。同時にその杖に、ビットに魔力が集束していく。凄まじい桜色の光がなのはの元に集う。この戦場で戦い続けた魔導師たちの、そして操られ、意志を奪われてしまっている死者たちの無念を、願いを、その全てが不屈の魔導師、高町なのはに集って行く。



「全力……全開……!!」


その力が、願いが形を得ていく。それは星の輝き。人の願いを、想いを集めた輝き。かつてフェイトを救うために、リインフォースを救うためになのはが使った大魔法。それが今、再び放たれんとしている。一つの誓いのために。


『闘牙を守れるくらい強くなる』


あの日、共に誓った誓いを果たすために。六年間の自分たちの成長を見せるために。そして


闘牙とフェイト。二人のために。今、なのはは解き放つ。



「スターライト………ブレイカ――――――!!」


自らの全力全開、星の輝きを。闘牙の、フェイトの道を切り開くために――――――




その光が全てを照らし出し、道を作って行く。一直線に、たった一人の少女の元へと、闘牙を待っている親友の元へと。


「行って、闘牙君!!」
「任せたよ、闘牙!!」


なのはとユーノ。二人の声が、叫びが重なる。その言葉の意味。闘牙の目に蘇る。それは二人の幼い姿。小さくとも、その胸に揺るがぬ想いを持っていた少女と少年。それが今、自分のために道を切り開いてくれた。ならば―――――


「ああ……行ってくる、なのは、ユーノ!!」


それに応えること。ただそれだけ。自分にとっての妹と弟。二人の姿を目に焼き付けながら闘牙は駆ける。その道を。フェイトへと続くその道を。


高町なのはとユーノ・スクライア。その出会いから始まったこの物語を終わらせるために――――――





死者の軍勢を超えた一角に二人の存在が向かい合っている。だがその一人、フェイトはその場に立っているのがやっと。それは二つの理由。一つは先の戦闘のせい。大魔導師であるプレシアとの戦闘によってフェイトは既に満身創痍。立っていられるのが不思議なほどのダメージを負ってしまっている。そしてもう一つ。それは


『ほう、まだ動けるのか。大したものだ。』


目の前にいる殺生丸、いや叢雲牙の邪気によるもの。その力によってフェイトはその場を動くことができない。ただ立っていることしかできない。だがそれだけでも称賛に値する。この体で、叢雲牙を前にして立っていられる。それはフェイトの意志の強さ。決してあきらめないという覚悟。それが為し得るもの。


『……ふむ、どうやら我はお前達のことを少し侮っていたようだな……』


そんなフェイトの姿を見ながらも叢雲牙はそう告げる。それは嘘偽りない言葉。人間に対する称賛だった。自らが手を出していないとはいえ、あの死者の軍勢相手にここまで持ちこたえるなど思ってもいなかった。すぐに終わると見越し、ただそれを眺めて楽しませてもらおうと考えていたがいささか侮りすぎていたらしい。その証拠に軍勢の核となっていた二人、プレシアとリインフォースも敗れてしまっている。大局に影響を与えるほどではないが、それでもその意味は大きい。その証拠にいまだに最終防衛ラインを超えることができないでいる。まさに魔導師の、いや人間の意地ともいえる力。


『先の見世物の礼だ……お前はそこでただ見ているといい、この世界の終わりをな……』


叢雲牙はそう言い残したまま歩き始める。ゆっくりと、まるで楽しむかのように。その意味にフェイトは戦慄する。叢雲牙が自ら動き始める、それが何を意味するか。これまでは死者たちだけだからこそ何とか持ちこたえることができた。それは叢雲牙の気まぐれ、戯れのおかげと言ってもいい。


だが今、自分たちは叢雲牙を本気にさせてしまった。防衛ラインは今、まさに拮抗状態。そこに叢雲牙まで現れれば勝ち目はない。どんなに抗おうとも覆すことができない程の力の差が叢雲牙と人間にはある。


「くっ……ううっ……!!」


フェイトは最後の力を振り絞りながらも動き出す。足を引きずりながら、バルディッシュを杖代わりにしながら。止めなければ。それだけは止めなければ。それができなければ全てが終わってしまう。これまでの全てが無駄になってしまう。みんなの戦いが、希望が。今の自分では何もできない。そんなことは分かっている。でも、それを許すわけにはいかない。


フェイトはそのまま叢雲牙の行く手を遮るように立ちふさがる。このまま行かすわけにはいかないと。その瞳は恐れも迷いもない。たったひとつ。信じているもののために。


そんなフェイトの姿をつまらなげに一瞥した後、叢雲牙は思いつく。フェイトにとって最も残酷な仕打ちを。それは


『……いいだろう、お前からあの世に送ってやろう。あの女の手でな……』


闘牙の想い人である日暮かごめの手でフェイトを葬ること。そしてその後、フェイトを死者として蘇らせ、仲間たちと殺し合いをさせること。


叢雲牙の言葉と共に、少女が姿を現す。日暮かごめ。その弓がフェイトに向けられる。その表情には何の感情も見られない。まるで操り人形のように。


その姿をフェイトはただ見つめることしかできない。もう指先すら動かすことができない。それでもその瞳で彼女を捉える。


トーガの記憶の中で見た時と変わらない姿。でも違う。彼女は決してこんな表情は見せない。私は見ていた。その表情を、その笑顔を。トーガと共に笑い合っていたその姿。それが羨ましかった。二人の関係が、決して無くなることのないその絆が。


でも、それでも構わない。私のトーガへの想いは変わらないと、そう誓ったから。


だからあきらめない。もうすぐ帰ってくるんだ。あの人が、大切なあの人が。だからそれまで私は絶対にあきらめない。だから――――――


その弓が放たれる。機械的に、それでも正確に、無慈悲に。躱すことのできない矢がフェイトに迫る。フェイトはそれを前にして、ただ目を閉じることしかできなかった――――――





「…………え?」


そんな声を上げることしかできなかった。何が起こったのか分からない。自分を襲うはずの痛みがいつまでたってもやってこない。間違いなく避けることができない矢が放たれたはずなのに。


そして気づく。それは温かさ。それが自分を包み込んでいる。それが何であるか私は知っている。だって、だってそれは――――――



「悪い………遅くなっちまった、フェイト。」


私が愛する人の温もりだったから。




「トーガ………?」


まるで夢を見ているのではないか。そんな姿でフェイトはその名を口にする。自分を抱きかかえている闘牙に向かって。その姿に知らず涙が溢れてくる。


間違いない。目の前にいるのは本物の闘牙だ。その姿も、声も、温もりも。


私にとってのかけがえのない、愛する人の姿。


闘牙はそのままゆっくりとフェイトをその場に下ろす。その光景を叢雲牙はただ見続けることしかできない。それは驚愕。犬夜叉が、闘牙がこの場に現れたことに対する。


奴は間違いなく封印の矢によって封印されたはず。それなのに何故。だがいくら考えたところで答えが出るわけもない。何よりもそんなことなどどうでもいい。犬夜叉など恐るるに足らない。


それなのに何だ。何だこの感覚は、この感情は。まるで、津波が来る前の海岸に立っているかのようなこの感覚は――――――



「フェイト……すぐに終わる。ここで待っててくれ。」


闘牙はそんな叢雲牙を見ながらもフェイトに告げる。その言葉には重みがあった。まるでこれから起こることが全て分かっているような、そんな確信にも似た言葉。その言葉に、姿にフェイトは目を奪われる。それは信頼。闘牙へのフェイトの絶対の信頼。以前とは違う、誰にも負けないと、そう信じてしまえるほどの何かがそこにはあった。


「……はい!」


フェイトは笑みを浮かべながらそれに答える。もうそこには先程までのフェイトの姿はない。ただ安堵し、見守っている。その大きな背中を。



『ふっ……今更何の用だ、犬夜叉。まさか我と戦うつもりなどと世迷言を吐く気ではあるまいな?』


叢雲牙はその刃を向けながら、侮蔑と挑発を込めた言葉を吐く。それは絶対の自信。自分と犬夜叉の間にある覆すことなどできない程の力の差。それを知っていたからこそ。封印が解かれたしてもそれは変わらない。


その刀である鉄砕牙も既にない。犬夜叉の腰にはその刀身が無くなった柄と鞘があるだけ。もはや戦う力がないことは明白。自分の勝利は揺るがない。そう、揺らぐはずなど無い。叢雲牙がそう判断し、その力を解き放とうとした時、



凄まじい風が巻き起こる。


それはまるで暴風。圧倒的な力が、妖力がそこから生まれている。その中心には闘牙の姿がある。それは闘牙の妖気。それはまるで台風のように、その力を解き放って行く。


その力に叢雲牙は驚愕する。それはまるで以前とは異なる。だが自分は知っている。この力を知っている。この強さと、妖気の質を。それはまさにかつての犬夜叉の父のそれ。大妖怪が到達できる域。


その光景に、力にフェイトは目を奪われる。その力、凄まじさはこれまでの比ではない。妖怪化した時を遥かに超える力の奔流。だがその眼は捉える。


それは闘牙の姿。その姿はいつもと変わらない。妖怪化した時の痣も、爪も、瞳も見られない。半妖の犬夜叉の姿。


『半妖』


人でも妖怪でもない存在。そして妖怪の力と人の心を持つ存在。それは決して妖怪にも、人にも劣るものではない。その本当の、真の姿がここにある。



数多の戦いを潜り抜け

多くの人と出会い

愛する人を、守るべきものを自覚した今、


闘牙は半妖として、真の大妖怪の域にまで到達した――――――




その光景に、姿に叢雲牙は戦慄するもすぐに冷静さを取り戻す。確かに犬夜叉はかつての父に匹敵する力を手にしたらしい。だがそれはこちらも同じ。自分も戦国最強の妖怪である殺生丸の体を手に入れている。ならば何も恐れることはない。犬夜叉はその牙を失っている。いや、例え鉄砕牙が健在だったとしても、四魂の玉を取り込んだ自分の力には遠く及ばない。叢雲牙はそう自分に言い聞かせる。それは無意識の行動、逃避。それは本能で気づいているから。


その存在を。同じ刀として。それが既に犬夜叉の、闘牙の内にあることを。


瞬間、大きな鼓動が響き渡る。その力がフェイトにも伝わってくる。それはまるで胎動。何かが生まれようとしているような前兆。それが闘牙の腰にある鉄砕牙の柄から起こっている。その力強さ、そして温かさが辺りを支配していく。まるで叢雲牙の、冥界の邪気を浄化するような力が生まれていく。闘牙は静かに、それでも力強くその柄に手を伸ばし、一気にそれを引き抜いた。



光。まばゆい光が全てを照らし出していく。その力が戦場の全てを包み込んでいく。まるで夜明けが来たかのように。それはまるで太陽。


そこには一本の刀がある。無くなってしまったはずの鉄砕牙がそこにある。その刀身から光が溢れている。その力をフェイトは、叢雲牙は知っていた。


浄化の光。破魔の力。


それが鉄砕牙から生まれている。巫女が持つその力を、鉄砕牙が生み出していく。それだけではない。その光が次第に形を得ていく。凄まじい力を持って。


それは雷。破魔の光が、無数の雷となって鉄砕牙から生まれていく。その雷が荒れ狂い、大地を切り裂いていく。まるで闇を、邪気を払うかのように。


それが生まれ変わった鉄砕牙の力。闘牙だけの、闘牙自身の刀。



かつて犬夜叉の父は十六夜を守るために、全ての敵を薙ぎ払う『鉄砕牙』を手に入れた。


かつて殺生丸はりんと邪見を守るために、全ての敵を打ち砕く『爆砕牙』を手に入れた。


そして今、闘牙も自らの刀を、牙を手に入れた。



『破魔の雷』


それが闘牙の力。かつて自分を愛してくれた少女と、今、自分を愛してくれている少女への想いの形。


かごめを救うための、そして



『フェイトを守るため』の刀。



それが生まれ変わった鉄砕牙、『新生鉄砕牙』の力。



闘牙が永い旅の末に手に入れた、闘う為の牙。



「行くぞ!!」



今、十年に渡る闘牙の永い旅の終わりが訪れようとしていた―――――――



[28454] 第74話 「闘牙」
Name: 闘牙王◆53d8d844 ID:336a0ada
Date: 2012/02/13 06:46
叢雲牙。亡者を呼び戻す力を持つ呪われた剣。天下覇道の剣と呼ばれる存在。その力により始まったミッドチルダの、全次元世界の命運を懸けた戦い。ミッドチルダの歴史でもっとも長い夜。だがそれが今、終わろうとしていた。


それは夜明け。だがまだ日は昇ってはない。だが人々は確かに目にする。その光を、輝きを。それが自分たちを、全てを照らし出し、包み込んでいく。温かさを感じるそれはまさに太陽。そしてこの長い戦いの終わりを告げるものだった―――――



叢雲牙はその光景にただ目を奪われることしかできない。だが知らず震えていた。それは本能、恐れ。闘牙への、いや生まれ変わった鉄砕牙への。鉄砕牙が復活したこと。それ自体に驚きはない。確かに闘牙の覚醒は予想外ではあったがそれでも恐るるには足らない。
真の大妖怪は己の内にその力の、想いの具現の武器を手に入れることができる。犬夜叉の父、竜骨精、そして殺生丸。かつての大妖怪たちは刀と言う形でそれを手にしてきた。その強力さはもはや語るまでもない。まさに一国を得るに相応しい力。


だが自分、叢雲牙はそれを上回る。その証拠にかつての犬夜叉の父も自分を封じることはできても破壊することはできなかった。そして今、自分は四魂の玉をも取り込み、全盛期以上の力を手にしている。その力により鉄砕牙すら破壊してみせた。例え闘牙が自らの刀に目覚めたとしてもその力はかつての犬夜叉の父や殺生丸を大きく超えるものではない。ならば何の問題もない。先の戦いと何も変わらない力の差が自分と闘牙にはある。


それは正しい。闘牙の刀、『新生鉄砕牙』の力はかつての鉄砕牙や爆砕牙、竜骨刀とほぼ同等の力を持つものの、それを大きく上回ってはいない。その力は今の叢雲牙の方が勝っている。だが


「行くぞ!!」


その真の力は、単純な力ではなくその特性にあった。


宣言と共に闘牙が一瞬で肉薄しながら叢雲牙に向かって鉄砕牙を振り下ろす。闘牙の姿に目を奪われていた叢雲牙は一瞬、反応が遅れながらもすぐにその刀をもって迎え撃つ。瞬間、凄まじい衝撃と威力が辺りを包み込む。その力のぶつかり合いによって大地が割れ、地震が起こり、地形すら変わって行く。ミッドの地に谷ができてしまうほどの戦い。その光景にフェイトはただ目を奪われる。だがその目にはある光景が蘇っていた。それはかつての殺生丸と竜骨精の戦いのよう。二人の妖気のぶつかり合いによって嵐が起こり、全てを飲みこんでいく、世界の終りの様な光景。それが真の大妖怪の力を持つ者のぶつかり合い。


闘牙はそのまま一瞬で距離を取りながらも再びその鉄砕牙を振るいながら叢雲牙に迫る。その動き、力は先の戦いとは比べ物にならない、殺生丸に全く引けを取らないもの。それが闘牙の真の力。半妖としての、そして心の成長によって完成された力。師に匹敵する弟子の姿。今、使い手の力は互角。そこに優劣はない。故にこの勝負を決するのはたった一つ。それは刀の力。


『貴様……調子に乗るな……!!』


叫びと共に叢雲牙がその力を込めた一刀を振り下ろす。その刀身には凄まじい妖気と邪気が渦巻いている。まさに叢雲牙の力を纏った殺生丸だからこそ為し得る力。どんなものでも切り裂いてしまうであろう剣閃が闘牙を襲う。だが闘牙は全く臆することなく自らもその全力を込めた一刀でそれに応える。


鉄砕牙と叢雲牙。二つの名刀が再びぶつかり合う。その力のぶつかり合いによってその周囲はまるで隕石が落ちたかのような惨状へとなり果てる。フェイトは離れた場所からそれを見つめながらもその光景に驚愕する。だがそれはフェイトだけではない。それを超える驚愕が叢雲牙を襲う。それは


『ば……馬鹿なっ!?』


鍔迫り合いをしていた叢雲牙の刀身にヒビが入り始めていたから。それはまるで先の戦いの焼き回し。だがその立場が逆転してしまっている。間違いなく力では自分の方が勝っているはず。なのに何故。叢雲牙は戦慄しながらも気づく。それは鉄砕牙の刀身。そこに無数の雷が走り、荒れ狂っている。その雷が自分の邪気と殺生丸の妖気をかき消し、さらにダメージを与えてくる。


それが新生鉄砕牙の力 『破魔の雷』


浄化の、破魔の力。鉄砕牙に備わった新たな力。闘牙のかごめへの想いの形。それは妖怪や魔に対して圧倒的な力を発揮する。人間が持ちうる妖怪に、魔に対抗するための力。本来なら鉄砕牙が持ち得るはずがない力。何故ならその力は妖怪には扱うことができないもの。だがそれを為し得る存在がここにいる。半妖という、人の心を持った存在が。


しかしそれだけでは叢雲牙には届かない。いくら破魔の力であっても真の大妖怪の、叢雲牙の前では通用しない。だそれを覆す力が鉄砕牙には、闘牙にはある。


それは魔法。六年前、闘牙が出会った新たな力、存在。その力が破魔の力に雷と言う形を与えている。闘牙のフェイトへの想いの形。鉄砕牙には風の傷や冥道残月破の他にある力が備わっている。それは斬ったものの力を奪い取る力。かつての犬夜叉はそれにより多くの力を鉄砕牙に持たせていた。これまでの六年間に闘牙は魔法という力と幾度も戦って来た。そしてその魔力は鉄砕牙に蓄えられていた。だがそれが表に出てくることはなかった。それを受け止めることができる力を、器をその時の闘牙は持っていなかったから。だが今の闘牙にはそれが為し得る。


『破魔の雷』


魔法に、フェイト達に出会った闘牙だからこそ持ちうる、まさに叢雲牙にとって天敵ともいえる力。それを今、闘牙は手に入れた―――――



その力の前に叢雲牙は恐怖する。それはこの世に生れてから叢雲牙が初めて感じる感情。自分を倒し得る存在が目の前にいることによる恐怖。だがこのまま退くことなどあり得ない。自分は叢雲牙。天下覇道の剣。何よりも自分は四魂の玉の力と殺生丸の体を手に入れている。ならばもう一つ手段がある。


それは殺生丸の刀、爆砕牙。それを使うこと。確かにこの鉄砕牙は自分に対しては天敵と言っても過言ではない力を持っている。ならば今まで使っていなかった爆砕牙なら対抗、凌駕できる。叢雲牙はそう判断し、一気にその場から距離を取り、殺生丸の内から爆砕牙を手に入れんとする。だが


(なっ……!?)


それを為すことができない。殺生丸の刀、爆砕牙を取り出すことが。いや、それだけではない。自分の、殺生丸の体の動きが徐々に鈍ってきている。まるで自分の制御を受け入れないかのように。それは鉄砕牙の浄化の力。その力によって今まで叢雲牙の力によって縛られていた殺生丸の魂がその力を取り戻そうとしている。あり得ない事態に叢雲牙は言葉を失う。だがそれだけではない。今、近くに待機させているかごめも操ることができない。闘牙にとっての想い人であるかごめの破魔の矢で再び闘牙を封印しようとしたその狙いすら叶わない。追い詰められた叢雲牙はそのまま後ずさりをしてしまう。それは叢雲牙にとってあり得ない、認めてはならない物。


「どうした、誰かを操らなきゃ何もできねえのか……?」


そんな叢雲牙を見ながら闘牙はその切っ先を向ける。決してお前を許さない、逃がさないという決意を持って。


その言葉に、闘気に叢雲牙は気圧される。何故だ。何故こんなことになっている。何故自分は追い詰められている。


完璧だったはずだ。スカリエッティを、戦闘機人たちを操り、四魂の玉と殺生丸の体を手に入れた。これ以上にない力を、究極の力を自分は手に入れた筈。だが自分は追い詰められている。


犬夜叉に、鉄砕牙に。半妖に、奴の息子などに。こんなにも無様に、屈辱にさらされて。


どこだ。どこで間違えた。間違いなど無かったはず。それなのに、それなのに何故―――――


叢雲牙は気づかない。自らの間違いに。それは油断、慢心。人間を、魔導師たちを侮ったことへの。闘牙を、鉄砕牙を侮ったことへの。そして


鞘の力、その決意。それが今、叢雲牙を窮地へと追い詰めていた―――――




『認めん……この我が……この叢雲牙が貴様などに……貴様らなどに……』


叢雲牙はヒビが入り、傷ついた刀身を頭上へと掲げる。同時にその上空にこの世の物とは思えない妖気と邪気が集まって行く。叢雲牙の奥義『獄龍破』の前兆。だがその規模は先の比ではない。叢雲牙は自らの力の全てをそこに注ぎ込む。後のことなど考えない、まさに捨て身の力。闘牙はおろか、その遥か後方の最終防衛ラインまで易々と飲みこんでしまうほどの破壊の力が今、放たれんとしている。


このまま鉄砕牙と打ち合っても勝ち目はない。ならば奥義を持って全てを消し去るのみ。天下覇道の剣、叢雲牙。その真の力がそこにはある。


だがそれを見ても闘牙の目には一片の迷いも恐れもない。ただ真っ直ぐにそれを見据えながら鉄砕牙を振りかぶる。それはまるで風の傷を放つ時の体勢。だが決定的に違うところがある。


それはその刀身。その刀身からは風ではなく、雷が生まれている。凄まじい光と力を持って。それが今の自分の力。


六年前の自分では持ち得なかった力。


多くの人との出会いによって得たもの。


仲間たちのおかげで目覚めることができたからこそ。


そして


自分を愛していると言ってくれた少女の力。



叢雲牙が振り下ろされる。瞬間、その黒い太陽が全てを飲みこまんと闘牙へと迫る。まさに世界の滅び、終わりの光景。圧倒的な絶望と恐怖、その具現。


だがそれを覆せる者がここにいる。人々の、仲間の想いをその牙に宿す者が。


俺には守るものがある。俺を信じて、共に戦ってくれる人達がいる。守るものがあれば人間はその力は何倍にもなる。例え半妖であっても、妖怪でもあってもその心があれば誰にも負けない。否、負けるわけにはいかない。だから



「俺は……絶対に負けねえ――――――!!」


咆哮と共にその雷撃が鉄砕牙から放たれる。その輝きが、光が獄龍破を、地獄の龍を打ち砕いていく。まるで光が闇を照らしていくかのように。その雷が全てを飲みこみながら叢雲牙へと返って行く。爆流破ですら返せないはずの奥義が破られたことにより叢雲牙はその場を動くことすらできず、ただその雷撃に飲み込まれていく。


その力によって叢雲牙は粉々になりながら消えていく。生まれる前の、ただの無へと還って行く。最後まで自らの敗因を解せぬまま。それが天下覇道の剣、叢雲牙の最期だった――――――




その雷によって、叢雲牙がこの世から消え去ったことにより、開かれようとしていた冥界の扉はその力を失い閉じていく。その光景を目にしながらも闘牙はその場を動くことなくただ佇んでいる。その光景にフェイトもその場を動くことができない。その視線の先には


未だ健在な殺生丸の姿があった。その姿にフェイトは思わず身構える。あれほどの攻撃を受けて尚、まだ叢雲牙が存在していることへの驚愕。だがすぐに気づく。それを前にしながらも闘牙が全く戦う気を見せていないことに。だがその表情は先程までとは異なる。それはまるで郷愁。懐かしい人に会えたことによる喜び。


「師匠………」


闘牙はどこか呟くように静かにその言葉を口にする。自らに戦い方を教えてくれた、そして自分にとっての憧れ、目標であった師が目の前にいる。間違いなく本物の魂が。叢雲牙による呪縛から解き放たれた魂が。


だがその足元から光が生まれていく。それは叢雲牙の力が無くなったが故。元あるべき場所へと戻って行くためのもの。殺生丸は表情を変えることなく、ただ目の前にいる闘牙に目を向ける。記憶と変わらない姿で、雰囲気で。それを前にして闘牙は言葉を発することができない。いや、言葉など出てくるはずもなかった。


光が殺生丸を包み込んでいく。それは別れ。六年前、自分は果たすことができなかった別れ。だがどうすればいいのか分からない。ただそれを見つめることしかできない。そしてその姿が消えようとしたその刹那



「………よくやった、犬夜叉。」


言葉が闘牙へと掛けられる。その言葉の意味に闘牙は驚きながらも目を見開くことしかできない。それは師から弟子への最期の言葉。師が弟子を認めたことの証。その喜びによってその眼から涙が流れかけるがそれを耐えながら闘牙はその姿を見送る。決してもう二度と情けないところを見せないように。そう誓うように。それが闘牙と殺生丸の別れだった――――――




そして、もう一つの、闘牙にとっての別れが目の前に迫っていた。それは


「犬夜叉………」


自らの想い人、日暮かごめとの永遠の別れ。


闘牙は声に導かれるようにその姿を瞳に映す。記憶の中と変わらない、あの時のままの姿。叢雲牙によって操られていた時とは違う、本当の、本物のかごめの姿。その表情も、声も、恐らくはその温もりも。


『犬夜叉』


その名でかごめは自分を呼んでくれる。それはかごめが自分の本当の名前を知らないから。その現実が、かごめの時間が、魂があの時から動いていないことを現している。もしかしたら、何かがほんの少しでも違っていたら自分たちは違う道を選べていたのかもしれない。だがそれでもそれを変えることはできない。だから――――――


かごめはそのまま真っ直ぐに闘牙を見つめ続ける。自分の知る姿から大きく変わったその姿を。背は大きく伸び、その顔つきも、雰囲気も大人のそれになっている姿。何よりもその表情。それが全てを物語っていた。闘牙が選んだ者、そして選んだ道を。


その瞳がもう一人の姿を捉える。自分の知らない、金の髪をした少女。かごめは悟る。


「犬夜叉……その子が、そうなんだね……」


その少女が、闘牙が選んだ女性、そして選んだ道であることに。


「……ああ。」


かごめの言葉に静かに、それでもはっきりと闘牙は答える。自分が見つけた、選んだ答えを。一片の迷いなく、ただ真っ直ぐに。


例えかごめが生きていたとしても、自分はあの少女と共に生きていくと。その決意と覚悟を持って。



「そっか………やっぱり、ちょっとうらやましいかな……」


どこか寂しげな笑みを浮かべながらもかごめはそう口にする。だがすぐにいつもの優しい笑顔を見せながらかごめはその姿を目に焼き付ける。闘牙が選んだ人の姿を。自分ができなかったことを、きっと果たしてくれるであろう少女の姿を。


そしてその時が訪れる。光がかごめを包み込んでいく。かごめは還って行く。二度と妨げられることない世界へ、魂のあるべき場所へ。


闘牙とフェイトはその姿を最後まで見つめ続ける。この光景を、生涯忘れないと、そう誓うように。


「私ね、最後に言わなきゃいけないことがあったんだ……」


光になりつつあるかごめがそう告げる。それはたった一つの後悔。四魂の玉に取り込まれ、戦い続けた中でも忘れることのなかった、たった一つの後悔。



「ありがとう………犬夜叉。」


最後に言えなかった、伝えることができなかった言葉。あの時とは違う笑顔で、これまでの犬夜叉への想いの全てを込めた別れの言葉。


「ああ……ありがとな、かごめ。」


闘牙もそれに応える。同じようにこれまでのかごめへの想いを全て込めた別れの言葉。



かごめは笑みを浮かべながら還って行く。五百年の四魂の玉の運命から解き放たれて。安らかな眠りの中に。


闘牙とかごめ。二人の四魂の玉との因果、運命の物語が今、ついに終わりを告げたのだった――――――





「これは……」
「ああ!」


シグナムとヴィータは目の前の光景に目を奪われながらも言葉をかわし合う。そこには死者たちが光になりながら消え去って行く光景が広がっていた。まるで元いた世界へと還って行くかのように。二人は視線を合わせながら頷き合う。もはや言葉は必要ない。この状況が全てを証明している。アギトの、自分たちの願いが、希望が叶ったのだと。二人がその手にあるレヴァンティンとアイゼンを下ろしたその時


「どうやら全部終わったみたいやな。」
「シグナム、ヴィータちゃん、大丈夫ですか!?」


その上空から聞き慣れた声が響き渡る。そこには自らの主である八神はやてと仲間であるリインの姿があった。


「主、ご無事でしたか。」
「はやて、リイン、怪我はねえのか!?」


シグナムは安堵の声を上げながら、ヴィータはどこか慌てながら二人へと近づいていく。互いに満身創痍、とても無事とは言えない姿。だがそれでもそこには笑顔が満ちている。そこには間違いなく互いを想い合う家族の姿があった。だが


「とにかく、いつまでもここにおるわけにはいかん。大団円に遅れてしまうで!」


はやては拳を握りながら楽しそうに宣言する。同時にはやてはその翼で再び空に舞い上がって行く。その視線の先、向かおうとしている場所。その意味を騎士たちはすぐに悟る。


「そうですね、危うく見逃すところでした。」
「ああ、ここまで来てそれは御免だ!」
「リ、リインも行きます!」


騎士たちも笑みを浮かべながらはやての後を追って行く。その場所へと、そこで起こるであろうものをその眼で見るために――――――



最終防衛ライン。そこは歓声に包まれていた。長く続いた戦いの終息。悪夢の終わり。人々が皆、涙を流しながら抱き合い、喜びを分かち合っている。既にその中心であったなのはとユーノの姿はない。二人ともはやて達同様、その場所へと向かって行った。だがそんな中、騎士ゼストだけはどこか難しい顔を見せながら二人が向かって行った方向を見つめ続けている。


「どうしたんですか、隊長? そんなに厳しい顔をして?」


皆と喜び合っていたクイントがゼストの様子に気づき、近づいてくる。確かに感情をあまり表に出さないゼストだが何故こんな時にそんな表情を見せているのか。


「いや……何でもない。」


ゼストは一度目を閉じた後、そう口にしたまま再びその光景を見つめる。


叢雲牙。死者を蘇らせるという人智を超えた力を持ったロストロギア。だがそれをあの青年は倒した。たったひとりで、魔法ではない力を持って。その意味は大きい。魔法ではない力、加えてこれほどの被害を出したロストロギアを止めてしまえるほどの。それが公になればあの青年は望まぬ争いに巻き込まれかねない。例えあの青年に悪意が無くともそれに興味を示した者、利用しようとする者、危険視する者は必ず現れる。ロストロギアを手に入れようと、利用しようとする者がいなくならないように。その事実にゼストは胸を痛めていた。そんな中


「終わったようだな……ゼスト。」

「レジアス……」


自らの隣に親友であるレジアスの姿がある。どうやら直接現場に出てきたらしい。ある意味レジアスらしいと言えるがあまり褒められたことではない。司令官が現場に出てくることなど普通はあってはならないこと。だが今はそれを口にするのも野暮というもの。この歓声を、喜びを直に感じたいというのは自分にも分かる。だがレジアスはゼストを一度見つめた後、その視線を同じ方向に向ける。叢雲牙がいたであろう、あの青年がいるであろう場所へ。そして


「……叢雲牙を倒したのは機動六課だ……そうだな、ゼスト?」


レジアスはゼストに顔を向けることなく、まるでひとり言のように呟く。だがその言葉の意味にゼストは思わず目を見開く。それはレジアスの計らい。ゼストの危惧を感じ取った故の、そして自分たちを救ってくれた青年への。本来なら間違っているのかもしれない判断。だがそれでもレジアスは己が信念に従いそれを口にする。


「……ああ、間違いない。」


ゼストはどこか笑みを浮かべながら答える。あの日の誓い。それは失われてはいない。それを確信しながらゼストは動き出す。戦闘は終わったがこれからすべきことは山のようにある。


だが大丈夫だろう。その理想を失わない限り、ミッドチルダはすぐに元の姿に、いや前以上の姿になって蘇るはずなのだから――――――





全てが終わった地でフェイトはただその背中を見続けている。自分が愛する人、闘牙の背中を。その表情をここから伺うことはできない。かごめとの別れ。闘牙にとってそれはきっと何よりも辛いこと。だからこそフェイトはただその姿を見つめ続けることしかできない。だがそんな中、闘牙は振り返り、鉄砕牙を鞘に納めた後、そのまま自分に向かって近づいてくる。


フェイトは驚きながらもその顔を見る。だがそこには悲しみも、涙も見られない。いつもの、いつもどおりの闘牙の姿がそこにある。


一歩、一歩、まるでかみしめるような足取りで闘牙はフェイトへと近づいていく。その姿にフェイトは驚きながらも声を掛けることもできない。


何でだろう、本当は話したいことがたくさんあったはずなのに。トーガが目覚めたら言いたいことが、たくさん、たくさんあったはずなのに。それが出てこない。ただトーガがこちらにやってくるのを待つことしかできない。


それはまるであの日のよう。初めてトーガと話した公園。あの時から六年の月日が経っているのに自分はその時から変わっていないらしい。


闘牙はそのままフェイトの目の前までやってきたままその足を止める。フェイトはどこか恐る恐るといった風にそれに向かい合う。闘牙はそんなフェイトを真っ直ぐに見つめたまま


「フェイト……」


その名を呼ぶ。瞬間、フェイトの体が震える。緊張で上手く体を動かせない。そんないつも通りのフェイトの姿を見て、笑みを浮かべながら



「愛してる……ずっと一緒にいてほしい。」



自らの気持ちを、想いを告げる。自分を救ってくれた、支えてくれた少女への告白。


フェイトはその言葉に大粒の涙をこぼす。まるで子供のように、それでも美しい少女の姿で。


二人の周りにはいつの間にか仲間たちの姿がある。アギトとヴィータ、リインは号泣し、はやて達は満足気に、なのはとユーノは笑みを浮かべながらそれをただ見守っている。そして



「……はい!!」


フェイトは涙を流しながらも満面の笑みでそれに応える。二人はそのまま抱き合いながら口付けをかわす。互いの想いを、誓いを示すように―――――――



[28454] 最終話 「君と望む世界」
Name: 闘牙王◆53d8d844 ID:336a0ada
Date: 2012/02/15 12:54
桜も散り、段々と温かさが、夏が近づきつつある季節。どこか真新しい施設の中を並んで歩いている二人の少女たちの姿がある。その服装は隊士服であることから二人が管理局員であることが分かる。どうやらどこかに向かっているらしい。だが二人の少女の内の一人、ツインテールの少女はどこか辛そうな表情を見せていた。


「大丈夫、ティア?」

「まあ何とかね、ちょっと筋肉痛になってるけど……」


ツインテールの少女、ティアナ・ランスターは肩を回しながらそう答える。それほど筋肉痛がひどいわけではないようだがやはり気になるらしい。


「なのはさんの訓練ハードだもんねえ。」

「今までも結構鍛えてたつもりだったけど、あの指導を受けてるとまだまだ甘かったんだなって思うわ。」


そんなティアナの姿に苦笑いしながらもう一人のショートカットの少女、スバル・ナカジマが話しかける。その表情からスバルもまた、ティアナと同じ感想を抱いているらしい。もっともティアナと違ってそれほど疲れを見せてはいなかったが。


ティアナ・ランスターとスバル・ナカジマ。二人は十六歳の魔導師であり、訓練校からの腐れ縁、コンビともいえる関係だった。そして二人は今、新設された部隊、正確には復活した部隊に新たに配属されたところ。先日初めての出動もこなし、何とか慣れてきたところでもあった。


「でもあの機動六課に配属されたんだからこのくらいは当たり前かもね。」


『機動六課』

それは魔導師で知らぬ者はいない伝説の部隊。その理由は四年前の事件、俗に言う『死者の日』にあった。突如ミッドチルダを襲った災害と言っても過言ではない事態。死者を蘇らせるという信じられない力を持ったロストロギアによってミッドチルダは滅亡の危機にまで追い詰められた。だがそれを解決したとされるのが今、自分たちが所属している機動六課。その活躍によって文字通り世界は救われた。何故かその後、機動六課はすぐに解散してしまったが、四年の月日を経た今、またその伝説の部隊が復活したのだった。


「でもやっぱりなのはさんは凄いよ! 訓練もだけど、手も足も出ないんだもん!」


目を輝かせながらスバルは嬉しそうに親友であるティアナに向かって捲し立ててくる。まるで好きなアイドルを語っているようなスバルの姿にティアナは溜息を漏らすしかない。だがこれはある意味日常的な光景。訓練校にいた頃から全く変わらないもの。スバルの高町なのはへの憧れだった。


『高町なのは』

管理局のエースオブエースの異名を持つ魔導師であり、機動六課のメンバー。今はスターズ分隊の隊長として、教導官として新人たちを監督している。いわば自分たちにとっては直属の上司と言ってもいいだろう。だがスバルのなのはに対する憧れ、尊敬はそれが理由ではなかった。


それは四年前の『死者の日』にスバルがなのはに命を助けられたことがその理由。それがスバル・ナカジマが魔導師になった、そして強くなりたいと思った原点だった。そのため自分たちが機動六課に配属、正確には引き抜かれた時のスバルの喜びようは凄まじく、親友であるはずのティアナですら引いてしまうほどのものだった。今は何とか落ち着いてきてはいるもののやはりそれはすぐになくなるようなものではないらしい。


「確かにね……リミッター着けててあれなんだから全力ならどうなるのか想像できないわね……」


どこか難しい顔をしながらティアナは口にする。今自分たちは毎日なのはから訓練を受けているがなのはは魔力を制限するためのリミッターを着けた状態で模擬戦などを行っている。にもかかわらず自分たちは四人がかりでもまだまともにダメージを与えられたことが無い。それはつまりなのはが魔力量だけではなく、その制御、運用が優れている証。伊達にエースの異名を持っているわけでないということをティアナは身を以て実感している。今の自分たちとなのはたち隊長陣にはそれほどの大きな力の差がある。なのに何故自分たちがこの部隊に引き抜かれたのか。


次世代の育成。

恐らくはそれが自分たちが選ばれた理由であることをティアナは悟っていた。機動六課は高ランクの魔導師たちで構成されている部隊。ほとんどがニアSランクという信じられないような部隊。そんな部隊についこの前Bランクになったばかりの自分たちが付いていけるわけがない。ならば次の世代の育成のために自分たちが選ばれたとするのが妥当だろう。その証拠に


「あ、ティアさん、スバルさん!」
「すいません、遅くなりました!」


自分たちよりもずっと幼い二人がいるのだから。


「そんなに慌てなくても大丈夫だよ、エリオ、キャロ。」
「そうよ、まだ昼食をとる時間は十分あるしね。」


慌てながらこちらに走ってきた少年と少女、エリオとキャロと合流しながら自分たちは食堂に向かって歩き出す。今、時間は昼休み。午後からはまた訓練が待っているのであまりゆっくりはしていられないのは間違いなかったのだが。ティアナは何の気なしにスバルと楽しそうに会話をしている二人に目を向ける。


エリオ・モンディアルとキャロ・ル・ルシエ。

同じ十歳の魔導師であり、ライトニング分隊に所属する自分たちと同じチームの一員。まるで兄妹のような関係の二人。だがその実力はその姿からは想像できないほど。


特にエリオの実力は自分たちの中では群を抜いている。高速機動と電気資質に加え、その気迫とどこか経験を感じさせる戦い方。普段の大人しく、優しい性格からは想像できないような実力。

キャロもまた竜召喚というレアスキル、支援の魔法に優れており、高い実力を持っている。

親友であるスバルもまた恵まれた魔力と体力、そして突破力を持っている。


その事実に焦りを感じ始めている自分がいる。自分にはレアスキルも、優れた魔力もない。ただの凡人。このままでは皆に置いていかれてしまうかもしれない。だがまだ自分はあきらめるわけにはいかない。兄の魔法。それが無駄では、無能ではないことを証明するために私はあきらめるわけには――――――



「どうしたの、ティア? もう食堂に着いたよ?」


そんなスバルの声によってティアナは現実へと帰ってくる。どうやら知らない間に深く考え込んでしまったらしい。スバルだけではなくエリオとキャロにも心配をさせてしまったようだ。


「ごめん、ちょっと考え事してた。早く昼食にしましょ。」


ティアナは思考を切り替えながら足早に食堂に向かって行く。そんなティアナの姿に疑問を感じながらも三人はその後に続いて行くのだった―――――




「それにしてもあんたはほんとによく食べるわよね……」


四人でテーブルに着きながら昼食を食べながらティアナは呆れ気味にスバルに声をかける。そこには山盛りと言う言葉ですら表すことができない程の量の料理を次々に平らげていくスバルの姿があった。だがスバルだけではなくエリオもその体からは想像ができない程の量を食べている。だがキャロはそんなエリオの光景を見慣れているためかそれほど気にしたそぶりもなく楽しそうにその光景を眺めている。


「ほうはな? ひふもほんなもんはへど」
「分かったからちゃんと飲みこんでから話しなさい!」


口いっぱいに料理を頬張ったままスバルが何かをしゃべっているがとても聞き取れるようなものではない。ティアナの注意でやっと気づいたのかスバルはそれを飲みこんだ後にさらに言葉を続けていく。


「でも普通だよ。家ではみんな同じぐらい食べてるもん。」
「あんたの家を基準にするのは間違ってるわ……」


スバルのさも当然と言った言葉にティアナはあきれ果てるしかない。スバルの家、ナカジマ家は八人家族。もっとも大黒柱のゲンヤを除けば全て女性という家庭。にもかかわらずゲンヤとその妻であるクイントを除く六人の娘たちは皆、スバルと同じぐらい食べるらしい。一体ナカジマ家のエンゲル係数はどうなっているか考えるだけで恐ろしい。だがあのクイントさんなら全てをこなしていそうな貫録がある。元々は陸戦魔導師であったらしいが今は引退し、そのデバイスであるリボルバーナックルを片方ずつスバルとその姉であるギンガに譲った後、家庭に入っているらしい。


ティアナはスバルのどこかずれた常識に呆れながらも思い返す。それは先程のやりとり。なのはの実力、いや六課の隊長陣について。


「そういえば前から気になってたんだけど……機動六課で一番強いのって誰なのかしらね。」


それはこの機動六課に入ってからずっと抱いていた疑問。高ランク魔導師である隊長たちの中で一体誰が一番強いのか。そんな子供の様な疑問。だが誰でも思わずにはいられない疑問だった。


「やっぱりなのはさんでしょ! 航空戦技教導隊の教導官でエースオブエースって呼ばれてるんだから!」


ティアナの疑問にスバルは自信を持ってそう答える。まるで自分のことを自慢するかのような姿にティアナは苦笑いするしかない。こうなることは分かっていたがその憧れは自分の認識を遥かに超えているらしい。


「そうね……でも八神部隊長たちもかなりのもんなんだし……」


飲み物を口にしながらティアナはそう言葉を漏らす。確かになのは隊長はエースに相応しい実力の持ち主だ。だがこの機動六課にはそれに勝るとも劣らないであろう魔導師たちがいる。


「でも僕は今の機動六課で一番強いのは母さんだと思います!」
「私もそう思います!」


スバルに負けじとエリオとキャロもその会話に加わってくる。その瞳にはスバルに劣らない憧れと尊敬があった。そんな微笑ましい光景に笑みを見せながらもティアナは考える。


「そうね……フェイト隊長ならなのはさんより強くてもおかしくないかも……」


『フェイト・テスタロッサ・ハラオウン』

執務官として数多くの凶悪事件を解決してきた一線級の魔導師。六課最速のオールレンジアタッカーと呼ばれる女性。エリオとキャロの保護者、母親。


確かにフェイト隊長ならなのは隊長にも匹敵するかもしれない。子供としての母への憧れを考慮してもそれは間違いないだろう。だがフェイト隊長だけではない。


機動六課の部隊長である八神はやて、副隊長であるシグナムとヴィータ。この三人も決して二人に劣るものではないはず。やはり実際に見てみないことには分からないことなのかもしれない。スバルたちはそのまま楽しそうにどちらが強いかを言い争っている。まるで自分の憧れの人の方が強いはずという、自慢のしあい。その光景を見ながらもそろそろ止めようとした時にティアナは気づく。それは


「そう言えば……エリオ、さっきちょっと変な言い方してなかった? 今の機動六課ならって……?」


先程のエリオの言葉の言い回し、その違和感。それはまるで今の機動六課でなければその答えが違うと、そういう意味に聞こえる言葉。


「はい、今の機動六課なら母さんが一番強いと思います!」


ティアナの疑問を聞きながらもエリオは先と同じ答えを返す。だがその言い回しは変わっていない。それはつまり


「じゃあ……前の機動六課なら誰が一番強いの……?」


四年前の機動六課ならその答えが違うということ。それを聞いたエリオとキャロは声をそろえながら


「父さんです!!」
「お父さんです!!」


そう確信に満ちた答えを口にした。



「お父さん……? フェイト隊長の旦那さんのこと……?」


二人の勢いに押されながらもティアナはそう困惑の声を漏らす。二人の口ぶりからするにそれはフェイト隊長の夫、旦那さんのことなのだろう。自分はフェイト隊長が結婚していることは知っていたがその人を見たことはなかった。


「はい、母さんが言ってました。父さんは世界で一番強いんだって!」


エリオは目を輝かせながら宣言する。そこには一切の疑問の迷いもない年相応の子供の様な姿があった。隣にいるキャロもその胸中は同じらしい。


「へえ、そうなんだ!」


スバルもそんな二人の言葉に驚きながらも一緒になって騒いでいる。だがそんな中、


「ちょっと、スバル……」
「え、何……ティア!?」

「「……?」」


ティアナがその腕を掴みながら強引にスバルをその場から連れ出していく。エリオとキャロはそんな二人の姿を見ながら頭の上に疑問符を浮かべることしかできなかった――――



「どうしたの、ティア。急に引っ張ったりして?」


ティアナに引っ張られるままエリオとキャロがいるテーブルから少し離れたところでスバルは疑問の声を上げる。だがそれを見ながらもティアナは顔をスバルに近づけながら小さな声で話しかける。まるで秘密の話をするかのように。


「スバル……話を合わせるのは良いけどちょっとやりすぎよ。あれじゃあ二人とも本気にしちゃうじゃない。」


ティアナはそうスバルに釘をさす。恐らく先程の話はフェイト隊長の子供の夢を壊さないようにするための嘘。それに合わせるのはいいが流石にやりすぎだ。そう考えティアナはここまでスバルを引っ張ってきたのだった。だがそんなティアナの言葉を聞きながらもスバルはどこか考えるような表情を見せている。そして


「でもティア、世界で一番かどうかは分からないけど……闘牙さんが強いのは本当だよ。」


自分が知る事実を何でもないことのように口にした。


「……そうなの?」

「うん、母さんが言ってたもん。昔、闘牙さんに命を助けられたって……姉さんたちも強いって言ってたし……」


ティアナはそんなスバルの言葉に驚きながらも納得するしかない。闘牙と言うのがその名前なのだろう。だが実際に戦うところは見たことが無いらしい。あのクイントさんが助けられたと言うのだから恐らくは高ランクの魔導師なのは間違いない。だがそれならば何故今この部隊にはいないのだろうか。それに自分は機動六課に男性のメンバーがいたという話は聞いたことが無い。


「じゃあその闘牙さんって人は今は違う部隊にいるの?」


様々な疑問がある中ティアナはそうスバルに尋ねる。どうやらスバルはその人と顔見知りであるらしい。ならその辺りの事情も知っているのではないか。そんな問い。だが


「ううん、闘牙さんは喫茶店の店主だから部隊にはいないよ。それに闘牙さんは魔導師じゃないし……」

「………は?」


自分の理解が及ばない答えにティアナはそんな声を上げることしかできない。なんでそんなに強い人が喫茶店の店主をやっているのか。そもそも魔導師じゃないのなら一体何なのか。初めはからかわれているのかと思ったがスバルの姿からそうではないことが分かる。だがこのままずっとこうしているわけにはいかない。とにかく一度席に戻ろうということになり二人はエリオとキャロの元に戻って行く。だがその胸中の疑問は残ったまま。ティアナは直接エリオとキャロにその人について尋ねてみることにする。


「二人ともお父さんのことが好きなのね。」

「はい、父さんは僕の目標です!」
「私もよく遊んでもらってます!」


自分たちの父親のことを聞かれたのが嬉しかったのか二人はいつも以上に元気な姿を見せている。そんな二人の姿を見ながらもティアナは考える。二人がフェイト隊長の本当の子供ではないことは明らか。フェイト隊長は今、十九歳。こんなに大きな子供がいるはずがない。恐らくは複雑な事情があるのだろう。だがそれを全く感じさせない二人の姿。きっとフェイト隊長と闘牙と言う人のおかげなのだろう。


「そう……でもお父さんもお母さんも若いのに凄いわね……」


ティアナはそう自らの本音を口にする。十九歳と言う年齢にも関わらず二人の子供を育てているフェイトたちにティアナは驚きを隠せない。歳で言えば自分と三歳しか違わないのに。やはり結婚していると違ってくるのだろうか。最初、フェイト隊長が結婚していると知った時は驚いた。何よりも結婚した時の年齢。フェイト隊長は今から三年前、つまり十六歳の時に結婚したらしい。今の自分と同じ時に結婚したと言う事実にティアナは軽くカルチャーショックを受けた気分だった。加えてなのは隊長も何でも小学生のころから付き合っている人がいるらしい。もしかしたら自分たちは遅れているのでは。そんな心配を抱いてしまうほどだ。だが


「え……でも今、闘牙さんは確か二十七歳だよ、ティア。」

「………え?」


その言葉によってティアナの常識はさらに崩れ去って行く。ティアナはてっきり闘牙と言う人はフェイトと同い年か少し歳上くらいだと思っていた。だがその予想は大きく外れていた。今二十七ということはフェイト隊長とは八つ以上歳が離れていることになる。だがそれだけならここまで驚きはしなかっただろう。それは結婚した年齢。つまりその闘牙と言う人は二十四歳の時に十六歳のフェイトと結婚したと言うこと。それは一般的に、常識的に考えて問題があるのではないか。そう考えてしまうほどのもの。もしかしたら自分の常識の方がおかしいのだろうか。そんな不安が生まれ始めた時


「……みんなどうしたの、そんなに大きな声で?」


そんな声が自分たちに掛けられる。四人が驚きながらも振り返った先には、隊士服を着た高町なのはの姿があった。


「な、なのはさんっ!?」
「なのは隊長っ!?」

「いいよ、みんなそんなに堅苦しくしなくても。今は休憩中なんだし。」


突然のなのはの登場に四人は慌てながら席を立ち、敬礼をしようとするがなのはは苦笑いしながらそれを止める。訓練中ならともかく、休憩中まで堅苦しい空気を作らないことがなのはの教導のやり方だったから。もっともそれは六課全体に言えることなのだが。


「一体何の話をしてたの? 随分盛り上がってたみたいだけど……」


なのはは不思議そうな顔を見せながら四人に尋ねる。遠目から見てもその盛り上がりは一目瞭然であったため興味がわいたなのははそのまま食堂へと訪れていたところ。スバルとティアナがどうしたものかと考えていると


「今の六課の中で誰が一番強いかみんなで話してたんです。」


迷うことなくキャロが事情を説明していく。その姿はまさに純粋そのもの。その姿と言葉でおおよその事態を把握したなのははどこか楽しそうな笑みを浮かべながらスバルとティアナに目を向ける。その視線に二人は苦笑いするしかない。


「そっか……でも今の六課の誰が一番強いかは私も分からないかな。よく聞かれることなんだけどね。」


なのははキャロに諭すように答える。それは偽りない本音。自分たち隊長陣の実力は伯仲している。そこに大きな差はない。実際の戦闘にはコンディションや状況、相性が大きく影響するため今の六課の中で誰が一番強いかは分からない。その言葉にスバルとティアナも納得するような表情を見せる。他でもないなのは自身が言う言葉なのだからそれが真実なのだろう。だが


「でも、エリオとキャロが言ってたように一番強いのは間違いなく闘牙君だよ。」


なのははどこか確信をもってそう告げる。そこにはまるでその人への信頼が現れているかのよう。その言葉にエリオとキャロの顔には喜びが、スバルとティアナの顔には驚きが浮かぶ。なのはの姿から嘘や冗談を言っているようには見えない。


「なのはさん……その闘牙さんはそんなに強いんですか……?」


ティアナはどこか気後れしながらもなのはに尋ねる。口にはしない物のその胸中はスバルも同じだった。自分が尊敬し、憧れているなのはがそこまで断言できるほどの強さを闘牙が持っているとはスバルも思っていなかったから。


「うん、闘牙君は私の先生だしね。きっと六課の全員で挑んでも今の闘牙君には敵わないんじゃないかな。」


なのはは笑いながらそう口にする。だがその言葉にスバルとティアナだけでなくエリオたちまで固まってしまう。確かに自分たちは父が強いと言うことは聞かされてきたがそこまでだとは思っていなかった。それが本当なのかどうか四人が尋ねようとした時


「なんやえらい楽しそうやな、なにかあったん?」
「お疲れ様、みんな。」


新たな二人の女性が姿を現す。そこには機動六課の部隊長、八神はやてとライトニング分隊長フェイト・テスタロッサ・ハラオウンの姿があった。


「母さ……フェイト隊長、はやて部隊長、お疲れ様です!」

「はは、そんなに無理せんでもええよ。あんまり他人行儀やとお母さんが泣いてしまうで。」
「は……はやてっ!」


エリオの言葉にはやてが笑うのをフェイトはどこか顔を赤くしながら抗議している。そんな光景に自然となのはたちに笑いが起こる。それがこの機動六課の日常でもあった。そのままはやてとフェイトも事の経緯を聞き及ぶ。そして


「なるほどな……でもちょうどよかったわ。今、催しをすることをなのはちゃんたちに伝えようとしてたところやったんよ。」

「催し……?」


はやての言葉になのはは首をかしげることしかできない。それは他のメンバーたちも同じ。だがはやてはそんななのはたちを見ながらもどこか楽しそうな笑みを浮かべているだけ。だがなのはは知っていた。その表情がはやてが何か悪だくみをしている時に見せるものであることを。


「お、噂をすれば……やね。」


はやてはそう言いながらある方向に目を向ける。その視線を追うようになのはたちもその方向に一斉に目を向ける。そこには



「相変わらず元気そうだな、お前ら。」


どこか呆れ気味の表情を見せながら両手に大きな荷物をもった闘牙の姿があった―――――



「闘牙君!?」
「お父さんっ!?」


なのはとキャロの驚きの声が響き渡る。スバル、エリオもその驚きは同じ様だ。対照的にはやてとフェイトはどこか楽しそうにその姿を見つめている。ティアナはそんな皆の様子を見ながらも改めてその姿を見つめる。


黒の長髪にどこかの店の制服の様な物を身につけている男性。恐らくはそれが先程まで話題に上がっていた闘牙と言う人なのだろう。だが言葉は悪いがそんなに強そうな人には見えない。変わっているところと言えばその首に見たことのないような首飾りをしているところぐらいだろうか。


「遅いで、闘牙君。こっちはお得意様なんやからもっと早く届けてくれんと。」

「うるせえな……こんなに大量の注文ならもっと前もってしてこい。これでも急いできたんだからな……」


はやての言葉に悪態をつきながらも闘牙はその両手にある荷物をはやてへと渡す。どうやら何かのお菓子らしい。ケーキか何かだろうか。そう言えばさっきスバルが闘牙は喫茶店をしていると言っていた。その関係だろう。


そんな中、エリオとキャロがそのまま闘牙に向かって近づいていく。まさか闘牙がここに来るとは思ってもいなかったからかその表情には喜びが満ちている。


「ちゃんと上手くやってるのか、エリオ、キャロ?」

「はい!」
「なのはさんにいつも訓練をしてもらってます!」


闘牙はそう言いながらエリオたちに目を向ける。どうやら本当に上手くやっているらしい。内心かなり心配していたのだがどうやら問題はないようだ。なのはの教導官としての腕は知っていたが如何せん我が子のこととなると話は違ってくる。闘牙はそのまま同じように近づいてきたフェイトに向かい合う。こちらもいつも通り、問題なく働いているらしい。


「母さんもはやてに何か言ってやれ。おかげで今はアルフが店番してんだからな。」


闘牙はそう呆れながらフェイトに同意を求める。いきなりの大量のケーキの注文。それ自体は嬉しいことなのだが何故か配達まで要求してきた。そんなサービスまでは行っていないため取りに来いと言い返したのだがはやては頑としてそれを譲らなかった。それを闘牙は根に持っていたのだった。だがいつまでたってもフェイトの返事は返ってこなかった。


「……? 母さん?」


闘牙は思わずもう一度フェイトに声をかける。だがフェイトはそれに全く反応を示さない。間違いなく自分の声は聞こえているはず。にもかかわらずフェイトはまるで無視するかのように闘牙と目を合わせようとはしない。闘牙はそんなフェイトに呆気にとられるしかない。だがようやくその意味に気づき、



「………フェイト。」
「何、トーガ?」


闘牙はその名を呼ぶ。その瞬間、まるで待ってましたとばかりにフェイトは笑みを浮かべながらそれに応える。それは二人の取り決め。家の中、エリオとキャロの前では互いのことを『父さん』『母さん』と呼ぶこと。そして人前では名前で呼び合うこと。それが結婚した時にかわした二人の約束だった。


「全く……結婚してもまるで恋人みたいやね、二人とも。」


熱にあてられてしまうとでも言わんばかりにはやては自らの手をうちわのようにしながら顔に向けて扇いでいる。その光景になのはも思わず笑いをこらえることができない。


「うるせえよ……」


そんなはやてのからかいを軽くあしらいながら闘牙はスバルとティアナに目を向ける。スバルは何度も会っているがティアナと会うのはこれが初めてだった。


「初めまして、闘牙だ。エリオとキャロが世話になってる。これからも宜しく頼む。」

「は、はい。ティアナ・ランスターです。こちらこそ宜しくお願いします。」


ティアナは驚きながらもすぐにいつもの雰囲気に戻りながら挨拶をかわす。そんなティアナの姿に闘牙は安堵する。どうやら話に聞いた通りの子らしい。きっとこの子ならチームをまとめることができるだろう。


「スバルも久しぶりだな。元気にしてたか?」

「うん、元気だよ。そう言えば闘牙さん、チンク姉たちがまた遊びに行くって言ってたよ。会ったら宜しく言っといてって。」

「そ、そうか………」


スバルの言葉にどこか罰が悪い様子を闘牙は見せる。ティアナは何故そんな態度を闘牙が見せているのか分からなかったがすぐにその理由に気づく。その視線の先にはいつもと変わらない笑みを浮かべながらもどこか黒いオーラを発しているフェイトの姿があったから。あえて触れることはないと自分に言い聞かせティアナはそれを見なかったことにする。


「と、とにかくこれで注文は届けたからな。」


闘牙は冷や汗を誤魔化しながらその場を去って行こうとする。まだ店のこともありあまり長居するわけにはいかない。一度見ておきたかった機動六課のメンバーとその様子も目にすることができた。これで自分の用は終わった、そう判断し闘牙がそのまま踵を返し、その場を後にしようとした時


「あれ? 闘牙君にはこれから新人四人と模擬戦をしてもらうことになっとるんやけど?」


はやてがまるで当然のようにそう口にした。その言葉に闘牙は思わず動きを止めてしまう。まるで何をこいつが言っているのか分からない。そんな表情で。


「な、何で俺がそんなことしなきゃなんねえんだ!?」

「何でも何もそういう用件で電話させてもらったんやで。店員さんは快く承諾してくれたはずやけど?」


その言葉に闘牙は言葉を失う。それは全てを悟ったから。はやての店への電話。それを取ったのはアルフだった。アルフはそれを快諾し、闘牙に六課へと注文を届けるように言ってきた。何故店主である自分が行かなければならないのか。そう抗議したもののアルフは有無を言わさず自分にその役割を押しつけてきた。今になって気づいた。あれはつまり


「………嵌めやがったな、はやて。」

「……さあ、何のことやろか?」


自分がこの狸に一杯喰わされてしまったと言うこと。


「父さん、僕たちと模擬戦してくれるんですか!?」
「凄い、頑張ろうね、フリード!」


エリオは闘牙が自分たちと模擬戦をしてくれるという喜びと自分の成長を見せるチャンスで目を輝かせている。キャロもまたその相棒である使役竜フリードに話しかけながらやる気を見せている。フリードもそんなキャロの言葉に鳴き声で答える。


「ティア、あたしたちも負けてられないね!」
「スバル……あんたね……」


既にバリアジャケットを身に纏っているスバルにティアナは呆れることしかできない。どうやらこれだけ話題に上がった闘牙と模擬戦ができることに興奮しているらしい。だが自分もあまり人のことは言えないかもしれない。なのは隊長たちにあそこまで言われる人の力を見てみたいと言う好奇心はやはりある。恐らくは二度とないかもしれない機会。ならばそれを無駄にはできない。


そんな新人たちの姿にもはや逃げ場ないと悟った闘牙はあきらめる。ここに呼ばれた時点で気づかなかった自分の甘さの招いた結果だと割り切るしかない。


だが闘牙はまだ知らなかった。新人たちだけでなくその後、シグナムやアギト達を含めた団体戦が既に計画されていることに。


「お手柔らかにね、トーガ。」

「ああ……分かってるって……」


優しい笑みを浮かべているフェイトを見た後、闘牙は溜息を突きつつその首飾りと金のブレスレットに目を向ける。


今の自分を形作っている二つの証。



これからもきっと少しずついろんなことが変わっていく。


俺はここで生きていく。


フェイトと一緒に。



毎日を積み重ねていく。




俺とフェイトは、明日につながっていく――――――



[28454] あとがき
Name: 闘牙王◆53d8d844 ID:e8e89e5e
Date: 2012/02/15 05:07
作者です。皆さまのおかげでこのSSを無事完結させることができました。ありがとうございます。ここからはこのSSの設定や、今までの総括をさせていただきたいと思います。本編のネタばれが含まれますのでまだ未読の方はご注意ください。



















ここまでお付き合いくださりありがとうございました。まずは最終話について触れたいと思います。

この最終話はプロットの段階から決まっていました。コンセプトとしては前作の『犬夜叉(憑依)』の最終話との対比でした。

前作では主人公である闘牙は犬夜叉の力を失い、ただの人間としてかごめと共に日常へと戻って行くラストでした。ですが今回はそれとは逆のラストになっています。犬夜叉の力を持ったまま、魔法と言う非日常の世界でフェイトと共に生きていくというものです。非日常と言ってもめったなことが無い限り闘牙が戦うことはもうないのですが。

そしてヒロインとの関係も対照的になっています。かごめとは恋人でありながら夫婦の様な関係。フェイトとは夫婦でありながら恋人の様な関係をイメージしていただけると分かりやすいと思います。また最終話では消化しきれなかった部分や、あえて深く語らなかった部分については後日談で補完する予定です。もし読みたい話や場面があれば感想でおっしゃっていただければ可能な限り描いてみたいとも思っているので良ければ希望を聞かせてくれれば嬉しいです。

また質問があった新生鉄砕牙ですが残念ながら破魔の雷以外の力は全てなくなっています。流石に全ての能力を持ったままだと都合がよすぎるのがその理由です。破魔の雷は威力で言えば風の傷にも劣らない物があるため特に支障はない形です。もっとも覚醒した闘牙は鉄砕牙を使わなくても爪だけでなのはたちを圧倒できる力を持っているので使う機会すらほぼないかもしれませんが。


次にこのSSのテーマについて。

このSSではなのはとユーノを結ばせること、そしてフェイト対プレシア、はやて対リインフォース。この三つを描くことが一番の目的でした。そのための手段として闘牙と叢雲牙をリリカルなのはの世界に放り込んだというのが一番分かりやすいかと思います。

当初の案ではフェイトとの恋愛も含まれてはいませんでした。やはり歳の差がありすぎるため難しいというのがその理由でした。ですがやはり恋愛要素がないと盛り上がりが欠けると言うことがあり、感想でも一度触れたことがあるように『紅』という小説を参考にさせていただくこと、第二部までは殺生丸とりんのような関係に抑えることで何とかそれを描くことができました。

もう一つが前作でやり残したこと、闘牙対殺生丸を描くことにありました。もっとも殺生丸本人ではなくそれを操った叢雲牙が相手でしたが。弟子が師匠を超えるというある意味ベタですがそんな展開をやりたかったためこのような流れになりました。また最後に殺生丸が闘牙に掛けた言葉は前作で奈落を倒した闘牙に掛けた言葉と同じものになっています。そのため前作ではあえて何と言ったかは描写しませんでした。


全三部で描かせていただきましたが作者としては第三部が一番書きやすかったです。一部と二部はどうしてもある程度は原作の沿に必要があったため読者の皆様に飽きられないかが心配でした。


長々と書かせていただきましたが感想をくれた方々、読んでくださった皆様本当にありがとうございました。少しでも楽しんでいただけたなら幸いです。


最後に主要なキャラクターに関する感想を上げておきます。作者の自己満足に近いものなのでそれでも見たいと言う方は読んでみてください。では。













『闘牙』

前作に続いての主人公。ただ設定上最強オリ主の要素を多く持っているため妖怪化の禁止と精神的弱さの二つ制限をつけさせてもらいました。それでも妖怪化しない状態での強さの上ではシグナムやヴィータと同等にすればもっとバランスが取れたかもしれないと後悔しています。扱う上で一貫して気をつけていたのは前面に出すぎないこと。出すぎてしまうと無双、なのはたちの出番を奪いかねない危険があったからです。特に第二部の中盤と第三部の終盤はその理由から戦闘から離脱してもらっていました。そう言った意味では主人公でありながら動かしづらいキャラクターでした。ですがなのはの世界では少ない男性の登場人物としてユーノに影響を与えるという役割は果たせたと思います。


『高町なのは』

原作の主人公であり、このSSではもう一人のヒロイン。なのはに限った話ではありませんがこのSSでは年少期のキャラクターには少し子供っぽくなってもらうように描写するように心がけていました。やはり原作の主人公であるため要所要所で重要な役割を担ってもらいました。ただどうしても闘牙とフェイトが前面に出がちであったためユーノとの恋愛が深く描けなかったこと、第一部ではもっと闘牙とのやりとりがあってもよかったのではないかという反省がありました。


『ユーノ・スクライア』

第二部まではこのSSではもう一人の主人公として描かせてもらいました。異物である闘牙の影響でもっとも変わったキャラクターかもしれません。このカップリングは完全に作者の趣味だったのですが感想ではおおむね好意的に受けてもらえていたのが救いでした。第三部でも彼がいなければ物語がバッドエンドになってしまうほどの役割を担ってもらいました。また後日談でなのはとのエピソードも描く予定です。


『フェイト・テスタロッサ・ハラオウン』

原作でのもう一人の主人公、このSSではヒロインになります。物語の構成上、闘牙に次いで出番が多かったキャラクターでした。ただ原作通りのままでは物語の進行が難しいところもあったためかなり性格的には変えさせてもらった点も多くあります。そう言った意味では原作とは大きくかけ離れたキャラクターですが目をつぶってもらえると助かります。プレシアとの戦闘もおおむね満足がいくように描くことができました。


『八神はやて』

原作では主人公の一人であり、このSSでは主に裏方として動いてもらっていました。登場時期が二部からということ、隊長と言う立場からあまり戦闘を行う機会を与えることができませんでした。ですがリインフォース関連については目立たせることができたので満足しています。実は闘牙との相性が一番いいという設定を持っています。それに関連する役割があったのですが物語の展開上没にさせていただきました。それに関連する話を後日談でしたいと思っているのでまた見ていただけると嬉しいです。



[28454] 後日談 「小さな召喚士のある休日」
Name: 闘牙王◆53d8d844 ID:e8e89e5e
Date: 2012/02/18 05:17
「ん……」

そんな声を漏らしながらゆっくりとその体を起こす。同時に暖かい陽の光が差し込んできていることが分かる。その眩しさに目をこすりながらも目を覚ます。今、わたしは布団の中にいる。そのままきょろきょろとあたりを見渡す。だがそこには探している二人の姿はない。どうやら少し寝坊してしまったらしい。だけど今日はお休みだから大丈夫。きっとそれで二人はわたしを起こさなかったんだろう。


「おはよう、フリード。今日も宜しくね。」
「キュクルー」

わたしの挨拶にフリードは元気に応えてくれる。それを見届けた後、布団から起き着替えを始めます。


それがわたし、キャロ・ル・ルシエの一日の始まりです。



着替えと歯磨きを済ませた後、階段を下りながらリビングへと向かっていきます。そこがわたしたちが食事をする場所。そこに近づくにつれていい匂いと包丁のリズミカルな音が聞こえてきます。本当は手伝いをしたかったのにもうほとんど終わっちゃってるみたいです。


「おはようございます、お母さん!」
「おはよう、キャロ。よく眠れた?」


エプロンを着たフェイトさん、母さんが優しい笑顔を見せながら挨拶を返してくれます。それが家の朝のいつもの光景。朝ごはんを作っている母さんがいる光景です。


「はい、よく眠れました! ね、フリード?」
「キュクルー!」


そんなやり取りをしているわたしたちを楽しそうに見ながら母さんは慣れた手つきで料理を作って行きます。いつもなら手伝うのですが寝坊してしまったせいでもうほとんどできてしまってるみたいです。

今日はわたしとエリオ君はお休み、でも母さんは出勤です。一緒にお休みが取れればいいんですがなかなか難しいみたいです。でも母さんは出勤の日でも必ず朝ごはんを作ってから出かけています。朝ごはんは母さんが、お昼と夕食をお父さんが作るのがルールになっています。本当はお父さんの方が母さんよりも料理が上手いのですがそれは言ってはいけないとアルフさんに強く言われたのでしゃべらないようにしています。でもどうしてなのかは良く分かりません。お父さんが料理ができたらいけないのかな。そんなことを考えているうちにあることに気づきました。それは


「あれ、お父さんとエリオ君は……?」


わたしよりも早く起きた筈のお父さんとエリオ君の姿が見当たらないこと。辺りを見渡すもののやはり見当たりません。どこに行ったんだろう。


「二人なら庭で稽古してるみたい。ちょうどいいから呼んできてくれる、キャロ?」
「はい、行こう、フリード!」


母さんがどこか楽しそうにわたしにそう頼んできます。その言葉ですぐに思い出しながらフリードと一緒に庭へと向かいます。そこに近づくにつれ何かがぶつかり合っているような音が聞こえてきます。急いで庭に出るとそこにはお父さんとエリオ君が木刀で稽古をしている姿があります。それはエリオ君が休みの日にお父さんとしている日課。そのことをすっかり忘れてしまっていました。


「キャロ、おはよう。フェイトに言われてきたのかい?」
「はい、朝ごはんができたって……」


わたしよりも早く来て観ていたのかアルフさんが楽しそうに話しかけてきます。その姿はわたしと同じかそれ以上に幼いもの。アルフさんは母さんの負担を減らすために家にいるときにはいつもこの姿でいます。でもやっぱりわたしにとってはお姉さんです。そんなことを思いながらわたしは二人の姿に目を奪われます。


エリオ君はわたしが来たことにも全く気付かないほど真剣に木刀でお父さんに向かって行っています。なのはさんとの訓練にも引けを取らない程の凄さがあります。でもそんなエリオ君の木刀をお父さんは片腕で全部受けていっています。剣のことは詳しくないわたしでもお父さんが凄く強いことは分かります。その姿もいつもとは違い銀の髪に金の瞳、そして頭には犬の耳の様なものが生えています。まるで隣にいるアルフさんのよう。ハンヨウというお父さんの魔法ではない力。でもそれが凄いことをわたしとエリオ君はこの前初めて知りました。

それはわたしたち新人との模擬戦。お父さんはその腰にある刀と言う剣を使うことなくその手、爪だけでわたしたちに勝ってしまいました。なのはさんとはまた違う凄さを実感するほど。元々お父さんに憧れて稽古をつけてもらっていたエリオ君もそれ以来さらに熱心に稽古をするようになっています。わたしもそれに加わりたい思うのですがやはりふたりとは戦闘スタイルが大きく違うので難しいです。今度母さんに相談してみようかな。


ふと、我に返ると同時に一際大きな音が響き渡ります。どうやら稽古が終ったようです。


「よし、こんなもんでいいだろ。飯にしよう、母さんが待ってるだろうしな。」
「は、はい。ありがとうございました!」


お父さんがそう言いながら家の中に戻って行きます。でもエリオ君は息が切れているのかまだその場から動こうとはしません。


「大丈夫、エリオ君?」
「キャ、キャロ!? お、おはよう!」


心配になって声を掛けたのですがエリオ君は驚きながらなぜかわたしから距離を取ってしまいます。その顔は稽古のせいなのか赤くなっています。やっぱり稽古がきつかったのかな。そうだ、あんまり得意ではないけど回復魔法をかけてあげよう。そう思いついたのですが


「もう大丈夫だから先に戻ってるね!」


それを口にする前にエリオ君は慌てながら家の中に戻って行ってしまいました。どうしてあんなに慌てていたのか分かりません。でも最近そんなことが多くなってきたような気がします。


エリオ君はわたしと同い年の男の子。兄妹のような関係です。初めはなかなかお話をすることが難しかったけど今は何でも話すことができます。でも最近少し距離ができてしまっているように感じる時があります。それはひと月ほど前。それまでわたしたちは同じ部屋でお父さんとお母さんに挟まれながら一緒に寝ていました。でもその時からエリオ君は一人で寝たいとお父さんとお母さんにお願いしていました。わたしはそんなエリオ君の言葉に寂しさを感じてしまいました。四人で一緒に寝る。家族一緒にいられるのが当たり前になっていたからです。お母さんもそれは同じだったようで凄く心配していました。


でもそんな中、お父さんだけはエリオ君のお願いを聞いて部屋を一つエリオ君にあげてしまいました。何度かその理由を聞いてみたもののお父さんもエリオ君もそれには答えてくれません。何だか二人ばっかり仲好くなっている気がします。なので今日、わたしはお店の手伝いをしようと思っています。いつもは仕事のせいでお父さんとゆっくり話せることが少ないのでエリオ君に負けないように頑張りたいと思います。そう意気込んでいると


「いやー青春だねえ。」
「セイシュン……?」


アルフさんが走って行ったエリオ君を見ながらそんな良く分からない言葉を口にしています。それがどういう意味なのか結局わたしには分かりませんでした。




「「いらっしゃいませー!」」


そんな声が店内に響き渡っています。今、わたしはお父さんのお店である喫茶翠屋でお手伝いをしています。お手伝いと言っても注文を聞いたり、料理を運ぶぐらいしかできませんが。お父さんは厨房に入って料理を作っています。ちょうどお昼時なのもあってとても忙しいです。でも初めからこうではありませんでした。この翠屋は元々なのはさんのお父さんとお母さんが経営している喫茶店をモデルにした二号店なんだそうです。お父さんはそこで料理などの勉強をしてミッドチルダにこの店を開きました。母さんやわたしたちのことを考えてそうしたということを以前アルフさんから聞きました。最初はやはり慣れないことや知られていないこともあって大変でしたが最近は常連さんもでき、一度雑誌にも取り上げられたのでお客さんの数は増えています。今はバイトを雇おうかと考えているとか。


「キャロ、これを二番テーブルにお願い!」
「は、はい!」

「アルフ、レジを頼む!」
「あいよ!」


めまぐるしい忙しさの中で中心になっているのはアルフさんです。その姿は家にいる時とは違い、お母さんと同じぐらいの女性の姿。店の制服が良く似合っていると思います。厨房はお父さんが、接客やレジをアルフさんがするのがこのお店の姿です。アルフさんは慣れた手つきで次々に仕事をこなしていきます。その明るい性格もあってお客さんからの人気も高く、お店の看板みたいになっています。


でもたびたびアルフさんがお父さんの奥さんだと間違われてしまいます。初めて来た人はもちろん、常連さんでもそう思っている人もいるそうです。極めつけは取り上げられた雑誌でも夫婦で経営しているお店として書かれていたこと。それを知ったお母さんは落ち込み、寝込んでしまうほど。対照的にアルフさんは満足気、嬉しそうにしていました。我が家ではそれに触れることは禁句になっています。


何とか忙しい時間も終わり、お父さんたちも休憩に入っています。テーブルに腰掛けながらわたしはお店のケーキを食べながら二人とお話をしています。これが密かなわたしの楽しみです。


「そう言えばエリオの奴はどうしたんだ? 姿が見えねえが……」
「エリオ君なら今日はルーちゃんとお買い物に行ってます。約束してたみたい。」


お父さんの質問にそう答えます。何故かこっそり家を出て行こうとしていたエリオ君からそう聞いていたから。ルーちゃん、ルーテシアちゃんはわたしたちと同じ年の女の子。クイントさんの友達、メガーヌさんの娘さん。わたしの親友でもあります。とても元気で一緒にいるととても楽しいです。でもエリオ君は何故か少し苦手にしているみたい。どうしてだろう。それを聞いたお父さんもどこか顔を引きつかせています。


「全く……誰に似たんだか……」
「お……お前な……」


アルフさんは呆れ気味に、お父さんはどこか焦りながらそんな良く分からないやり取りをしています。こういうときはわたしがやっぱり子供なんだなと思ってしまいます。そんなやり取りをしながら三人でおしゃべりをしていると


「邪魔するぞ、闘牙。」
「闘牙、久しぶりっス!」
「邪魔するぜ、闘牙。」


そんな三人の女性の声が店の入り口から聞こえてきました。でもそれは聞き覚えのある声。振り返ってみるとそこにはチンクさん、ウェンディさん、ノーヴェさんの姿があります。どうやら遊びに来てくれたみたいです。


「お前らか……冷やかしならさっさと帰ってくれ。」


そんな三人の姿を見ながらお父さんは何故か顔を引きつかせながら失礼なことを言っています。お父さんはチンクさん達が来るといつもこうです。なんでそんな態度を取るんだろう。アルフさんはどこか笑みを浮かべながら眺めているだけ。


「失礼な、私たちはちゃんと客としてやってきているのだぞ。」
「そうっス。早く何か食べさせてほしいっス!」


そんなお父さんの態度を全く気にすることなくチンクさん達は話を続けていっています。言葉は悪いけれどやっぱりお父さんとチンクさん達は仲良しなんだと思います。


お父さんは文句を言いながらも三人に料理を出していきます。チンクさん達は騒ぎながらもあっという間にそれを平らげていってしまいます。やっぱりスバルさんのお姉さんたちなんだなあと感心してしまいます。


「そういえば聞いたぜ、闘牙。スバルたちと模擬戦したんだってな。」


料理を食べながらノーヴェさんがどこか楽しそうにお父さんに話しかけています。きっとスバルさんから聞いたんだなと気づきます。スバルさんもティアさんもお父さんの強さに驚いていたから誰かに言いたくなったのかな。


「ええ!? ずるいっス、あたしたちが頼んだ時にはしてくれなかったのに!」
「全くだ、これは責任を取って私とデートしてもらうしかないな。」
「おい、何でお前とデートすることになる!?」
「何を言っている。模擬戦はデートの一部だろう。」
「それはお前の頭の中だけだろうが!」
「ふむ……ならどうだ、キャロと一緒に私とデートをするというのは?」
「さらっと家庭崩壊を招くようなことを口にするんじゃねえ!」


チンクさん達としゃべっているお父さんは本当に楽しそうです。アルフさんとノーヴェさんもその光景を楽しそうに眺めています。お母さんも休みならみんなでお話しができたのに残念です。





お店の営業時間も終わり、わたしたちは家に帰ってきました。今はお父さんと一緒に夕食を作っているところです。お父さんは慣れた手つきであっという間に料理を作って行きます。やっぱりお店で働いているからなのかな。わたしはそのまま隣にいるお父さんの顔を見上げながらあることを思い出していました。


それはわたしがこの家にやってきて間もない頃。周りの人が怖くて、何よりも自分が、自分の力が怖かったあの頃。わたしは最初はお父さんと上手く話すことができませんでした。それはエリオ君も同じだったけどやっぱり大人の男の人というのが一番の理由。お父さんもわたしとどう接していいか悩んでいたみたいです。でもそれが変わるきっかけがありました。


それはわたしがフェイトさんと一緒出かけた後、家に戻ってきた時。わたしは家で留守番をしてもらっていたフリードのところに行こうとした時、お父さんがフリードと話しているところを見てしまいました。お父さんにはフリードの言葉は分からないはずなのにそれでも一生懸命何かをしゃべっている。わたしが帰ってきたことに気づいたお父さんはどこか気まずそうな雰囲気を見せながらもあることをわたしにお願いしてきました。それはフリードの背中に乗ってみたいというもの。どうしてそんなことを言うのか分かりませんでしたがわたしはフリードを元の姿に戻ってもらいました。でもフリードがお父さんを乗せてくれるかどうかはわたしでも分かりません。もしかしたら怪我をしてしまうかも。でもそんな不安など一瞬でなくなってしまいました。


お父さんはどこか慣れた様子でその背中に乗り、フリードもそれに従っています。お父さんはそのまままるで子供のようにはしゃぎながら空を飛びまわっていきます。その光景にわたしは呆気にとられるしかありませんでした。いつの間にかやってきていたお母さんとエリオ君もそれは同じ。お父さんはそんなわたしたちの様子にやっと気づいたのか、顔を赤くしながら言い訳を始めてしまいます。何でも同じような仲間に昔よく乗っていたからという話でした。でもそんなお父さんの姿にわたしもお母さんたちも笑いをこらえることができませんでした。あまりにも笑いすぎたせいでお父さんは不貞腐れてしまったけれど。

思えばあれがきっかけでわたしは本当にこの家の子供になれたような気がします。


「……? どうしたキャロ?」
「ううん、何でもないです。」


わたしの様子が変なことに気づいたお父さんそんな風に話しかけてきますが笑いながらそれに応えます。少し子供っぽいところがあるけれど、強くて優しいわたしのお父さん。そんなことを考えていると


「ただいまー!」

そんな声が玄関から聞こえてきます。その足音からエリオ君と母さんが帰ってきたみたいです。わたしは振り返りながらそれを出迎えます。お父さんもその手に包丁をもったまま二人を出迎えようとしますがそのまま何故か固まってしまいます。その理由は



「トーガ……随分楽しい仕事だったみたいだね……」


母さんが笑みを浮かべながら黒いオーラを出しているからでした。それが何を意味しているのか知っているわたしとエリオ君は静かにリビングから出ていきます。その時に目にしました。お母さんの背後からお父さんに向かって罰が悪そうに謝っているアルフさんの姿。お父さんは冷や汗を流し、手に持った包丁が震えています。


「ま……まて、母さん……これにはわけが……」


「トーガ……ちょっと『お話』しようか……?」


お母さんが名前でお父さんを呼ぶのは二つの時。一つは人前である時。もう一つは本気で怒っている時。


騒がしさの中でわたし、キャロ・ル・ルシエの一日は終わって行きます。


お父さんがいて、お母さんがいて、エリオ君がいて、アルフさんがいる。


そんな当たり前の、大切な日常。


それがずっと続いてほしいと、そう心から思います――――――



[28454] 後日談 「ある執務官の憂鬱」 前編
Name: 闘牙王◆53d8d844 ID:e8e89e5e
Date: 2012/02/18 05:38
「それでは今日の教導はここまでになります。お疲れさまでした。」

「「「お疲れさまでしたっ!」」」


そんな女性の声ととともに魔導師たちの声が響き渡る。それを合図に魔導師たちはその場を離れていく。だがその姿からかなりハードな訓練をしていたことが伺える。だが対照的に教導をしていたと思われる女性は疲れを感じさせない様子を見せている。むしろ楽しんでいるのではないかと思えるほど。


それが十六歳、航空戦技教導隊教導官、高町なのはの姿だった。


「ヴィータちゃんもお疲れ。ごめんね、無理言って手伝ってもらっちゃって。」
「いいさ、今日は暇だったからな。」


なのはの隣にいる小さな少女がどこか面倒臭げに応える。その手にはハンマーの様な物が握られている。少女の名はヴィータ。守護騎士ヴォルケンリッターの一員。その姿からどうやらなのは同様、教導を行っていたらしい。それはなのはのお願いによるもの。教導官の資格は持っているもののまだはなのはには不足している点も多い。戦闘経験もだがどうしても近接型の魔導師に対する教導に関しても十分でにはできないことも多い。そこでなのはは自分の勉強も兼ねてどちらも兼ね備えているヴィータに教導の補助を頼んだのだった。


「でもヴィータちゃん教導に向いてるんじゃない? みんなの評判もいいし。」
「そーかあ―――? 正直ガラじゃあねえと思うんだがな。」


なのはの言葉にヴィータはそう答えるもその表情からそれが照れ隠しであることは誰の目にも明らか。確かに厳しいところもあるが元々面倒見がいい性格なのである意味なのは以上に教導に向いていると言えるのかもしれない。なのははそんなヴィータを楽しそうに見つめながらも一緒に歩き始める。もう時間もお昼、せっかく手伝ってもらったのだから昼食ぐらい御馳走しようという話になったためだ。


「そういえばあれからもう一年になるんだね……」
「そうだな、この間みたいに思えるけど……」


ふと、思いついた、思い出したようななのはの言葉にどこか感慨深げにヴィータも応える。あの日、一般的には『死者の日』と呼ばれる事件からちょうど一年が経とうとしていた。関係者以外には死者を蘇らせるロストロギアとしか知られていないがなのはたちはその当事者であったため全ての事情を知っていた。叢雲牙と呼ばれる呪われた剣とそれを倒した仲間である闘牙。だがその事実は公にされることはなかった。やはり自分たちも協力したとはいえ実質一人で叢雲牙を倒してしまったことは公になれば面倒なことになるからだ。それはゼストさんから、正確にはそれよりもさらに上の人の計らいだったようだ。当の闘牙もそれを了承し、体面的には機動六課の魔導師たちが事件を解決したという形に収まった。だがその影響は凄まじくなのはたちもそれに振り回されることは間違いない。

しかし事態は予想外の形で収まることになる。機動六課の解散という形によって。それは隊長である八神はやての決断。当然反発は大きかった。形だけとはいえミッドを救った英雄の部隊、加えて高まったロストロギアへの脅威論、様々な方面から部隊を継続するよう働きかけがあったようだがはやてはその全てを断り、半ば強引にそれを断行した。それは二つの理由によるもの。

一つは自分自身の実力不足、それを痛感したが故。結果で言えばスカリエッティ達は捕まり、叢雲牙も倒すことができたがそれはいくつもの偶然、綱渡りの結果。本当ならそれが復活する前に止めることが本来の自分の役目。その機会もあったがそれを活かすことができなかった。もう一度自分を鍛え直す必要があるという反省。

もう一つがジュエルシードを使ってしまったという問題。いくら緊急事態、やむを得ない理由があったとはいえそれを管理する側の自分がそれを使ってしまったのは問題になる。その状況や、功績から免責はされたものの部隊の隊長として責任は取らなければならない。


そうした事情によって機動六課は一年前に解散となった。自分の我儘でなのはたちを振りまわすことになってしまったとはやては申し訳なさそうにしていたがなのはたちはそれを快く受け入れた。皆で一緒に働くことができなくなることは確かに残念だが何よりも自分たちの気持ちが一番大切。このまま続けても新たな面倒事が起きることは目に見えており、スカリエッティ、叢雲牙を止めるという自分たちの役目は終えることができたのだから。もっともはやては部隊の再編をあきらめているわけではないようだが。きっと力をつけてまた機動六課を復活させるに違いない。そう思えるような姿だった。


「そういえば闘牙の奴は元気にやってんのか? ミッドにはあんまり来てねえみたいだけど。」
「うん、頑張って働いてるみたいだよ、お父さんたちが言ってた。忙しくてこっちに来る暇がないみたい。」


闘牙は今、地球の海鳴市に戻り翠屋の店員として働いている。それは五年前の続き。どうやら闘牙は元々叢雲牙を倒せばそうする気だったらしい。自分がこっちにいれば面倒なことになるという理由もあったのかもしれないがきっとあの時できなかったことに後悔があったのだろうとなのはは考えていた。


「そっか……まあ戦うだけが全てじゃないし……あいつにはその方があってるかもな。」
「そうだね……でもシグナムさんは残念がるかもしれないけど。」
「違いねえ。」


なのはの言葉にヴィータは笑みを浮かべる。五年前、闘牙が一線を退くと聞いた時に一番残念がっていたのはシグナムだった。その強さもだがやはり同じ剣士として惹かれるものがあるのだろう。そんなことをフェイトの前で言えばまた闘牙が苦労するのは目に見えているため口には出すまいとヴィータが考えていた時、その視界にあるものが映る。それは


「……なのは、あれフェイトじゃねえか?」
「ほんとだ、珍しいね。いつもは外に出てて会うことはめったにないんだけど……」


ヴィータの言葉によってなのはもその姿に気づく。金の髪に黒い制服の女性。後ろ姿だがそれは間違いなく親友であるフェイト。だが何故だろう。心なしかその足取りに、背中に元気がないように見える。隣にいるヴィータも同じことを考えているようだ。


「フェイトちゃん!」

「なっなのはっ!?」

なのははそのまま挨拶をしながらフェイトへと近づいていく。だがフェイトの反応はいつもと大きく異なっていた。その声に体をビクンと動かした後、どこか慌てるような様子を見せながら振り返る。そこにはどこか憔悴したような姿のフェイトがいた。その頬には涙の跡のようなものもある。まるで泣きはらしたようなその姿になのはとヴィータは驚くことしかできない。


「フェイトちゃん、何かあったの!? 大丈夫っ!?」


なのはは慌てながらフェイトに駆け寄っていこうとする。フェイトのこんな姿は見たことが無い。フェイトは自分たちに心配をかけてしまった五年前以来、涙や辛そうな姿を見せないようにしていたようだった。それなのに何故。一体何があったのか。疑問がなのはとヴィータの中に次々に生まれてくるが


「だ、大丈夫だよ、なのは! 私、まだ仕事があるからごめんね!」


そんな二人を振り切るようにフェイトはその場から走り去って行ってしまう。その速さになのはたちは追いつくことができない。流石は六課最速と言ったところだろうか。そんな姿に呆気にとられながらもなのはとヴィータは顔を見合わせる。初めはフェイトの姿に呆気にとられて思い至らなかったが、あの姿と反応。恐らくその原因は


「きっと闘牙君が原因なんだろうね……」
「だろうな……」


どこか溜息を吐きながら二人はここにはいない闘牙に想いを馳せるのだった―――――





「お邪魔します。」


挨拶をしながら一人の青年がお店のドアを開けながら店内へと入って行く。髪を後ろで束ね、眼鏡をかけた青年、ユーノ・スクライアはどこか慣れた手つきで、懐かしむようにそこへ足を踏み入れる。翠屋。なのはの両親が経営している自分にとってはなじみ深い場所だった。


「おお、ユーノ君じゃないか! 久しぶりだね!」
「本当ね、今日はどうしたの? なのはは一緒じゃないみたいだけど……」


ユーノの来店に気づいたなのはの父、士郎と母、桃子は嬉しそうにそれを出迎える。それはまるで久しぶりに帰ってきた息子を迎えているかのような雰囲気がある。もっともそれはある意味間違ってはいないのだが。


「はい、今日はちょっと闘牙に用があって……」


いつもと変わらない士郎と桃子に笑みを浮かべながらユーノはそう用件を伝える。いつもはここに来るときはなのはと一緒なのだが今回は違う。それは個人的な用があったから。


「ユーノじゃねえか……どうしたんだ一体……?」


そんな声と共に厨房から一人の青年が姿を現す。翠屋の制服に身を包んだ黒の長髪の男性。ユーノにとって兄のような存在。闘牙は驚いた表情を見せながら久しぶりにユーノと再会したのだった―――――



「この部屋はやっぱり昔と変わってないんだね、闘牙。」
「ああ。長い間ほったらかしだったから掃除が大変だったけどな。」


闘牙は苦笑いしながら飲み物をユーノに差しだす。ユーノはそれを受け取りながらもまだきょろきょろと部屋を見渡している。今、二人は闘牙の部屋に場所を移していた。本当はまだ仕事なのだがせっかくの機会だからということで士郎たちは闘牙に早めに上がってもらったのだった。


「でも安心したよ。元気にしてたんだね、闘牙。みんな心配してたよ。」
「そうか……ちょっと最近忙しくてな……悪かった。」


ユーノの言葉にどこか罰が悪そうな表情をみせながら闘牙はそう口にする。そんなに心配させるつもりはなかったのだが悪いことをしてしまったようだ。最近は特に忙しく、なのはたちにも連絡が取れていない。もっともなのはたちの心配は全くしていないのだが。目下課題になっているのは自分自身のこと。それに手一杯というのが真相だった。


二人はそのまま久しぶりの交流を楽しんでいく。お互いの仕事、出来事、近況を談笑しながら語り合っていく。なのはたちが苦手なわけではないがやはり男同士でなければ気軽に話せないこともある。そう言った意味では闘牙とユーノは互いに貴重な友人ともいえるかもしれない。あっという間に時間が流れていく。しばらく会っていなかったせいか話題が尽きることはない。そんな中、闘牙は一度大きな呼吸をした後


「……で、本当は何の用で来たんだ?」


そう確信を突く言葉を口にする。その言葉に驚きながらもユーノは参ったと言うポーズを見せる。どうやらとっくに見破られてしまったらしい。


「やっぱりばれちゃったか……でもしょうがないか。」


だがそれは当然かもしれない。いつも忙しくなかなかこっちにやってこれない自分がなのはも連れず闘牙に会いに来たのだから。何か特別な用事があることはバレバレだ。ユーノは一度座り直し、改めて闘牙と対面しながら


「でも……闘牙も何で僕が来たのかはもう分かってるんじゃない……?」


そんな言葉を投げかける。もはや語るまでもない。そう告げるかのように。それにどこか観念したような姿を見せながら


「………フェイトのことか……」


そう自ら答えを口にした。その言葉に頷きながらユーノは自分の事情を伝える。先日なのはがフェイトと会ったこと。フェイトの様子がおかしかったこと。本当ならなのは自身が闘牙のところに来ても良かったのだがやはりユーノの方が話しやすいだろうと言うことでユーノは今日、闘牙を訪ねてきたのだった。


「お節介かもしれないけど、なのはがかなり心配してたからね。フェイトとは何があったの、闘牙?」

「…………ちょっと喧嘩しちまってな……」


闘牙はどこか苦しげな表情を見せながらそう吐露する。まるで自分の失敗を見られてしまったように。そんな闘牙の姿に苦笑いしながらもユーノは内心安堵する。もしかしたらもっとひどい事態かもしれないと思っていたから。恋人同士なら喧嘩なんてあって当たり前。それは経験しているユーノだからこそ分かること。でも同時に疑問もわく。いくら喧嘩したといってもなのはがあんなに心配するほど落ち込むだろうか。


「俺も少しイライラしてたしな……悪いことしちまったかもな……」


闘牙はどこか考えながらそう呟く。しかしユーノは気づく。恐らくは闘牙が何かを隠していることに。


「闘牙……本当にただの喧嘩だったの……?」


ユーノはそう問いただす。だがそれはどこか優しさを含んでいる物。言いたくなければ言わなくても構わない、そんな雰囲気を感じさせる言葉。これではどちらが歳上か分かったものではない。闘牙はいつかと同じことを考えながら


「お前には話してもいいかもしれねえな………」


闘牙はその内容をユーノへと明かすのだった――――――




どこか高級感が溢れる部屋に三人の女性の姿がある。三人はテーブルに着きながら紅茶とお茶菓子を楽しんでいる。いや、正確には二人だけが紅茶を飲んでいるという状況だったが。部屋には猫の鳴き声だけが響いている。


「でもフェイトちゃんが家に来るのも久しぶりだね。いつ以来かな。」


そんな雰囲気を何とかしようと穏やかな声でこの部屋の主、月村すずかが目の前に座っているフェイトに向かって話しかける。


「そうよ、いくら忙しいからってもうちょっと連絡しなさいよね。あんたもなのはも恋人だけじゃなくて親友も大事にしなさい!」


続くようにどこかからかうような雰囲気でもう一人の少女、アリサ・バニングスがフェイトに告げる。それはある意味いつも通りのやりとり、挨拶の様なものだった。だが


「………うん。」


フェイトはどこか俯き加減のままそう呟くだけ。その雰囲気はまるで失恋でもしてしまったかのようなもの。いや、もしかしたら実際そうなのかもしれない。


(これは……かなり重症ね……)


アリサはそう内心で焦りながらフェイトの姿に目を奪われる。隣に座っているすずかも心境は同じ様だ。何故こんな状況になっているのか。それはフェイトから二人に相談があるとの連絡があったから。だがその様子がおかしかったことを気にしていたのだが目の前のフェイトの状況からおおよその事態を二人は悟る。


(やっぱり……闘牙君のことなのかな……)


すずかは意気消沈したフェイトを心配そうに見つめながらそう考える。なのはやはやてではなく自分たちに相談したいこと。それはきっと闘牙のことなのだろう。実際今までも何度かそれに関連した相談を受けたことがあった。だがそれはなのはやはやてを当てにしていないわけではない。それは二人が闘牙と近すぎるから。どうしてもなのはとはやてでは客観的に闘牙とフェイトの関係を見ることや悩みを聞くことができない。それを知っているからこそフェイトは二人に相談をしてきたのだった。だがやってきてから時間が経っているにもかかわらずフェイトはまだ何もしゃべろうとしない。流石にアリサも我慢の限界だった。


「……もう、フェイト! 黙ってちゃ何も分からないわよ。なのはたちにも内緒にしてあげるから話しなさいよ!」
「ア. アリサちゃん……落ち着いて……」


興奮しているアリサをすずかは何とか抑える。ある意味いつも通りの二人の姿。それを見ながらフェイトは意を決して話し始める。自分がここに来た理由、その相談の内容。


「私……トーガと喧嘩しちゃったの……」


フェイトは呟くように告げる。だがその言葉にアリサとすずかの顔にどこか安堵がみえる。二人はフェイトと闘牙が別れてしまったのではないかと心配していたのだがそうではなかったらしい。


「何よ、喧嘩くらい当たり前じゃない。さっさと仲直りしちゃいなさいよ。」
「そうだよ、フェイトちゃん。どうして喧嘩しちゃったの?」


二人はそのままいつもの雰囲気に戻りながらフェイトにアドバイスをしていく。かなりフェイトは落ち込んでいるようだが喧嘩なんてのはある意味当たり前。親友同士である自分たちでもあるのだからそんなに落ち込むことはないだろう。もっともフェイトはあまりそういうことに慣れていないのかもしれないが。フェイトは少し間を置きながらも口にする。その喧嘩の理由を。




「私が……トーガに結婚しようって言ったから………」




瞬間、アリサとすずかの時間が止まる。部屋の中にはしばらく猫の鳴き声だけが響き続けるのだった――――――



[28454] 後日談 「ある執務官の憂鬱」 後編
Name: 闘牙王◆53d8d844 ID:e8e89e5e
Date: 2012/02/20 01:13
「私が……トーガに結婚しようって言ったから………」


フェイトは呟くようにそう二人に告げる。だがアリサとすずかはそんなフェイトの言葉を聞き、呆然としたまま何も反応を示さない。まるでフェイトが何を言っているのか分からないかのように。フェイトも俯いていたものの全く二人からの反応が無いことに気づき、面を上げる。そこには何か信じられないようなものを見るかのような目で自分を見ている二人の親友の姿があった。


「ちょ……ちょっと待って、フェイト……それはプロポーズしたってこと……?」
「? ……うん。」


どこか自分に何かを言い聞かせるかのような、落ち着かせようとしているような姿を見せながらもアリサは絞り出すような声でフェイトに確認する。だがフェイトは何故アリサやすずかがそんな態度を取っているのか分からないのかどこかきょとんとした表情を見せている。


「闘牙じゃなくて、あんたがプロポーズしたってこと……?」
「……うん。」


アリサは淡々と状況をフェイトから聞いていく。フェイトもまたそれに意気消沈しながらも応えていく。先日久しぶりに闘牙とデートをしたこと。デート自体は何の問題もなく楽しめたこと。その最後にフェイトが闘牙に結婚してほしいとプロポーズをしたこと。だが闘牙からそれを断られてしまったこと。


アリサとすずかはそんなフェイトの話に唖然とするしかない。確かにフェイトがあんなに落ち込んでいた理由は分かった。だがその理由が問題だ。何故ならフェイトはまだ十六歳。働いてはいるものの本当なら高校二年生でもおかしくない。就業が早いミッドの世界ではどうかは分からないがこの世界では明らかに早すぎるのではないか。だがフェイトの様子から本当に本気でフェイトは闘牙にプロポーズをしたらしい。二人はここにはいない闘牙に同情するしかない。恐らく闘牙も自分たちと同じ、いやそれ以上に呆然とした姿をさらしたことが目に浮かぶようだ。


「私……トーガに嫌われちゃったのかな……」


二人の戸惑いに気づかないままフェイトは意気消沈し、落ち込んでいってしまう。どうやらフェイトはプロポーズを断られてしまったことで自分が闘牙に嫌われてしまったのではないかと心配しているようだ。そんな親友の姿にアリサは呆れ、すずかは心配する。確かにフェイトは闘牙のことになると普段からは考えられないよう行動を起こすことがある。かつてはアリサの言われるがままに闘牙にキスをしようと本気で考えていた程。それは今も変わっていないらしい。

「フェイトちゃん……どうしてそんなことしたの……?」

「それは……」


すずかは穏やかな声で、どこか諭すような声でフェイトに尋ねる。アリサはこの場はすずかに任せた方がいいと判断したのかテーブルに肘をつきながらそれを見守っている。フェイトもようやく落ち着いてきたのか自分の状況と、行動の理由を少しずつ明かしていく。


一年前、あの戦いが終わった時、フェイトと闘牙は恋人同士になれた。それはフェイトにとっては六年前から抱いていた恋の成就、これ以上にない喜びだった。それによって今まで以上に闘牙と触れ合う機会が増え、デートも何度も行った。それがずっと続くのだと、そうフェイトは信じて疑わなかった。だがそれはいつまでもは続かなかった。

闘牙が地球へ、海鳴市へ戻ってしまったから。それは翠屋で働くため。そのことにフェイトは驚くことしかできなかった。てっきり闘牙は自分たちのように管理局の仕事につくなのだとフェイトは思いこんでしまっていたから。きっと自分たちと同じ道を選んでくれるのだと。だが闘牙はどうやら初めから叢雲牙を倒せばそうするつもりだったらしい。なら仕方がない。少し残念だがそれで何かが変わるわけではないと、フェイトはそう考えていた。だがそれは違った。

それ以来、フェイトは闘牙に会える機会が段々と少なくなってしまう。闘牙が働き始めたこと、場所が離れてしまったこと、自分の仕事の忙しさも重なってしまったから。決して会えなくなってしまったわけではないが寂しさと不安が募って行ってしまう。自分も執務官としての仕事があるためどうしてもミッドから離れるわけにはいかない。加えてエリオ、そしてもう一人の子、キャロのこともありフェイトは思うように動くことができなくなってしまっていた。このままではいけないのではないか。そんな焦燥が、不安がフェイトを包み込んでいく。だがそれを変えられるかもしれない時がやってくる。

『十六歳』

それはフェイトにとって特別な意味を持つ歳。小さな頃から憧れていた年齢。この世界で『結婚』ができるようになる年齢だった。それを知った時からフェイトはずっとこの年齢になれること、そしてこの年齢で結婚をしたいと憧れていた。家族への、幸せな家庭を持ちたいという夢。それは誰しもが持っているもの。だが様々な理由からフェイトのそれは普通の人よりも強い。そして、誰にも言えないがやはり心のどこかで十五歳で自分と同じように恋人になったかごめへの対抗心があったのは間違いない。

それができる年齢になれたことでフェイトは意を決してプロポーズをした。結婚すれば闘牙と一緒にいれる。今までのように離れて暮らすこともない。何よりもエリオやキャロも一緒に暮らせる。きっとそれはあの子たちにとってとてもいいこと。フェイトはそんな期待と希望を抱きながらプロポーズをした。だがそれを断られてしまった。フェイトは唖然とするしかなかった。断られることなど全く考えていなかったから。そのショックでフェイトはその場から逃げ出すように走り去ってしまう。もしかしたら喧嘩と言えるものですらないのかもしれないが。


「フェイトちゃん……」


事情を聞き終わったすずかはどこか悩むような表情を見せる。それはどこから、どこまで自分が口にしていいのか分からなかったから。年齢の問題についてはもういいだろう。確かに早すぎる気はするが二人の気持ちが一番大切。闘牙もフェイトと付き合うと決めた以上それがついて回ることは覚悟しているはず。だとすれば後は


「……フェイト、闘牙はあんたのことを嫌いになったわけじゃないわ。それだけは間違いない。」


今まで黙っていたアリサが確信を持った声でフェイトに告げる。その言葉にフェイトは目を見開くことしかできない。でも分からない。それなら何で闘牙は自分のプロポーズを断ってしまったのだろう。


「本当なら闘牙から聞いた方がいいんだろうけど……いいわ、一つだけ言わせてもらうわ。」


アリサは少し迷うような様子を見せながらもそう決断する。自分がしようとしていることはお節介以外の何ものでもない。でもそうでもしなければ今のフェイトには伝わらないだろう。闘牙も恐らくはその性格から口にはしない。ならば自分がその役目を果たそう。


「フェイト、闘牙が何で今、翠屋で働いてるかは分かってるわね?」
「う、うん。」


どこかアリサの姿に押されながらもフェイトは答える。闘牙が翠屋で働いている理由。それは自分のお店を持つため。そのために闘牙は料理や経営などの勉強をするために翠屋で働いている。


「それが理由よ。あいつはね、自分がちゃんとした仕事に就いてないからプロポーズを断ったのよ。」
「え……?」


アリサの言葉にフェイトは疑問の声を上げることしかできない。どうしてそれが理由になるのか分からない。確かに闘牙はきちんとした仕事には就いていないのかもしれない。でもそんなことは自分は気にしたりしない。自分も執務官として働いている。結婚しても生活に困ることはない。それなのに。


「フェイト、男って言うのはねプライドがあるの。ちゃんとした仕事に就いて家族を養いたいっていうね。中にはそうではない男もいるでしょうけど……闘牙は間違いなく前者よ。」


アリサは確信を持って告げる。フェイト達よりは短い付き合いだがそれでも闘牙がそういう性格をしていることは分かる。隣にいるすずかもその心境は同じ様だ。フェイトはそんなアリサの言葉に驚くような表情をみせる。フェイトの中では結婚はお互いが助け合うような関係なのだと思っていた。だからどちらが仕事をしていようと、養っていようと関係ないと思っていた。だがそうではないらしい。そういった機敏に自分は疎いことは分かっていたがアリサの言葉でフェイトはようやくその意味を悟る。そして知らず、自分の事情を闘牙に押しつけてしまったことを。やはり、少し焦りすぎて、早すぎてしまったらしい。


そんなフェイトの姿にアリサとすずかはどこか安堵の表情を見せる。一つ、これと決めると頑固なところが、それしか見えなくなるところがあるフェイトだがどうにか伝わったようだ。ある意味、親友であるなのはと似ていると言えなくもない。だが


「それとフェイト……最後に一つだけ言わせてもらうわ。」


アリサは真剣な様子でそれを告げる。親友として。一人の女性として。


「確かにあんたたちが結婚することはエリオやキャロって子にとってはいいことなのかもしれない。でもね、絶対に忘れちゃだめよ……」


間違えてはいけない。もっとも大切なこと。


「結婚っていうのはね、あんたと闘牙が幸せになることなんだからね。」


結婚の本当の意味。それはフェイトと闘牙が幸せになること。決してエリオやキャロを理由にしてそれをしてはいけない。そんな親友からの言葉。すずかもそれに優しい笑みを浮かべている。その心は、気持ちは同じだと。


「……うん、ありがとう。二人とも。」


フェイトはそんなかけがえのない親友たちの言葉に感謝の笑みを浮かべるのだった―――――





「ありがとうございました!」


闘牙は最後のお客を見送った後、慣れた手つきで店内の片づけを行って行く。それがいつも通りの闘牙の仕事の終わり。四年以上離れていたため勘を取り戻すのに時間はかかったが今はもう問題ない。だがそれ以上に違う問題が出てきてはいるのだが。そんな中


「そうだ、闘牙君。今日は久しぶりに家で夕食を食べていかないかい?」


厨房の片づけをしながらもなのはの父、士郎が闘牙に向かってそう提案してくる。その言葉に闘牙は驚きを隠せない。確かに四年前はなのはやユーノがいたため何度も食事に誘われることがあったが最近はそれはほとんどなかった。それなのに何故。だが闘牙はすぐに気づく、その意図に。同時にいつかの光景が蘇る。四年前のある時の光景。


「はい、お邪魔します。」


闘牙はどこか懐かしむような顔でそれに応えるのだった―――――




「悪いね、付き合わせてしまって。」
「いえ。」


士郎と闘牙は向かい合わせに座りながらリビングで談笑をしている。既に夕食は終わり、二人以外はこの場にはいない。まるで自分たちを二人きりにさせるかのように。恐らくそれは間違いないのだろうが。


「単刀直入で悪いが……闘牙君、最近何かで悩んでるんじゃないかい?」
「………やっぱりばれてましたか……」


士郎はお酒を口に運びながらそう告げる。その言葉に闘牙は悩むような表情な見せるものの、すぐに苦笑いをする。やはりとっくに見抜かれてしまっていたようだ。もっとも自分は隠しごとができる性格ではない。四年前も同じように士郎には見抜かれてしまったのだから。


「しばらくは仕事のことで悩んでたようだけど、最近は明らかに違ってたからね。」


士郎は笑いながら闘牙に話しかける。闘牙が随分前から恐らくは仕事関係で悩んでいるのは悟っていたが最近はそれとはまた違う戸惑いや焦りを見せ始めていたことを士郎は気にしていた。できる限り触れないようにはしようとしていたが流石に最近の様子は普通ではなかったためこの場を用意した形だった。そんな士郎の心遣いを感じ取った闘牙はこれまでの経緯を話していく。


仕事の悩みとフェイトのこと。


一年前、自分の戦いに全ての決着が付いたことで自分は再びこの場所に戻ってきた。もう一度、最初からあの日の続きを始めるために。こちらの事情で迷惑をかけてしまったのに関わらず再び自分を迎え入れてくれた高町家の人達にはいくら感謝してもしたりない。そこから自分のもうひとつの挑戦が始まった。自分の店を持つという夢を。

だがそれは簡単に行くようなものではなかった。料理についてはある程度めどはついてきたが経営の知識などこれまで全く知る機会のなかったことを勉強しなければならない。自分なりに全力に取り組んでいるのだが最近は思うように上手く行かない。その忙しさのせいでフェイトとも少し距離ができはじめていたことに気づいていたがどうすることもできなかった。

焦り。それが闘牙を包み込む。自分はもう二十四歳。世間一般的には就職し、早い者では結婚し家庭を持っている者もいるだろう。そんな中の自分の状況。どうしても焦りを感じずにはいられなかった。フェイト達のような道を進むことも考えた。色々な制約はあるだろうがその方が簡単に犬夜叉の力を活かすことができるであろうことは分かっていた。でもそれはできなかった。いや、したくなかった。戦うこと以外での自分を証明したい、そんな自分勝手な、それでも譲れない夢のために。戦うことが悪いわけではない。ましてや戦わない道が悪いわけでもない。そこに優劣はない。それでも一度はその道を志した以上やり遂げなければ。

だがそう簡単に上手く行くわけがない。戦いのように誰かを倒すのではない、人との関わりや知識が必要になる世界、働くことの本当の難しさ。それをこの歳になって自分は知ることになった。戦うこととはまた違う難しさ、大きな壁の様な物を最近は感じずにはいられなかった。

そんな中でのフェイトの告白。それ自体は嬉しかった。もちろん自分も結婚を考えていないわけではなかった。だが年齢的な問題、何よりもこの中途半端な状態で結婚することはできない。きっとそんなことはフェイトは気にはしないだろうが、どうしてもそれは譲れなかった。だが知らず優秀な、働くと言う意味では自分よりも遥か先に入るフェイトに嫉妬していた自分がいた。そんな情けない感情によって断る際に必要以上に剣呑な雰囲気を発してしまった。それまでのストレスがたまっていたこともあったのかもしれないが悪いことをしてしまった。そしてもう一つ、子供の様な小さな意地。

プロポーズは自分からしたかった。そんな想いがあったから。



「そうか……しかしフェイトちゃんには驚いたな。そんなことをするような子には見えなかったんだけどね……」


事情を理解した士郎は一度、雰囲気を変えるようにおどけながら再び、お酒を口に運んでいく。それを見ながら闘牙もまた、自らの飲み物を口にする。もっともそれはお酒ではなくただのソフトドリンクだったが。


「だけど闘牙君、仕事についてはそんなに焦ることはない。ちゃんと君は成長しているよ。それは僕が保障する。ただ結婚に関しては何とも言えないかな。どっちの気持ちも分かるからね……」


それは士郎の嘘偽りない本音。闘牙は間違いなく成長している。まだお店を持つことができるほどではないがあと一年もすれば形にはなるだろう。今闘牙が感じている壁は大人なら、社会人なら誰でも感じるもの。それを乗り越えられればきっと今以上に成長できるはず。


まだ結婚には早い。ちゃんと仕事を得てから結婚したいと言う闘牙の気持ちは男として良く分かる。だがフェイトの一緒にいたいという気持ちも分かる。それに関してはやはり闘牙とフェイトが決めること。


「きっと正しい選択なんてないよ、闘牙君。でもね、選んだことを正しいものにすることはできるはずだよ。」


士郎は自分の想いを伝える。二人の幸せを願う一人として。どんな選択を選んでもきっと闘牙ならそれを正しいものにできると信じた言葉。


「……はい!」


闘牙はどこか迷いを振り切ったような、いつもの様な姿でそれに応える。そしてその言葉を胸に刻む。自分にとっての父親の様な人の言葉。



闘牙はその後、一通のメールを送る。それはフェイトへの待ち合わせの誘い。初めて二人が心を通わせた場所への。


二人はその日、結ばれる。一つの約束と共に。


父と母になりながらも、夫婦として、闘牙とフェイトとしてその名を呼び合う約束を―――――


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