未来ガジェットM03号『雷ネットアクセスバトラーズ』より、ある日のやり取り。
082『綯おねえちゃんは、おねえちゃんなんだよね?』
012『はい?そうですよ、オカリンおじさんと同じ今は中学三年生です!』
082『おっぱい小さいのに?』
071『ゆまちゃん!?』
061『ああ言っちゃった・・・・でも綯先輩は背もちっちゃいですよね』
052『最初は年下かと思っちゃったよねー』
072『駄目ですよそんな言い方、人の身体的特徴を―――』
012『あはは、いいんですよ。私は高校に入れば一気に伸びることが確定してますから』
022、052『くっ、羨ましい・・・!』
041『まどか、落ち着いて』
051『ユウリ、大丈夫だよ』
081『そうそう、つまりアンタ達も今後成長の可能性があるって事だろ?』
022『はっ?その通りだよ!』
052『未来の可能性は無限だって言うしね!』
072『え・・・?でもお二人の未来は――――あッ、ごめんなさい!』
022,052『勝手に何を観測したー!!?』
062『お二人は可愛らしいですから・・・その、大丈夫ですよ』
022,052『その言葉のどこに安らぎを得ればいいの!?』
082『問題外のおねえちゃん達はおいといて・・・・綯おねえちゃん、ゆまも大きくなるかな?』
022,052『問題外!?』
012『ええ、きっとなれますよ。ちゃんと正しい食事と適切な運動をこなせば素敵な女の子になれます』
082『綯おねえちゃんみたいな?』
012『可愛いこの子!!―――こほん、ゆまちゃんが素敵な女の子になればきっと、ね。ゆまちゃんならお姉ちゃん達と同じくらいにはすぐなれますよ』
082『マミおねえちゃんみたいに!?それとも・・・キョーコぐらい?』
081『な、なんだ?アタシのじゃ不満か、あんま気にしてねえけど一応ゆまの姉としてラボメンの中ではそれなりの地位を・・・・でもないな』
022『みんな大きすぎるんだよ!』
052『中学生にあるまじきだと思うなー!』
082『うーん』
022『む、無視された?』
052『貧乳には発言すら許されないだと!?』
082『うーん』
071『?』
081『なんだ、アタシとマミに何か・・・・・どこ見てんだよ』
082『キョーコ』
081『なんだ?』
082『(A;´・ω・)』
081『十分に伝わったよ!』
082『キョースケはどのくらいが好きなの?』
032『ここでまさかのキラーパス!?』
041『っていうか居たの?』
012『乙女の会話を盗み聞きはちょっと感心できませんねぇ恭介くん?』
032『最初からいましたよ!?急に始まったからログアウトするタイミングが掴めなかったんです!』
082『ねえねえキョースケっ』
032『な、何?』
082『今度一緒にゆまのブラジャー買いに行こう!』
999『・・・・・・』
032『沈黙が怖い!ゆまちゃん何で急に!?しかも僕となの!?』
082『大きくなってきたらブラジャーをつけないと逆に育たないんだよ・・・って誰かが言ってた』
022『そうなの!?』
052『明かされる真実にビックリだよ!』
082『え?おねえちゃんたちは・・・・ああ、うん―――そうだね』
022,052『なんか納得された!?』
012『それでゆまちゃん、なんで恭介くんと?』
082.『キョースケは将来ゆまと結婚するから当然だよ!』
061,062,081『・・・・ふーん、へーぇ、ほー?』
032『いつの間にそんな未来が・・・・ゆまちゃんは凶真と結婚するんじゃなかったの!?』
082『おにいちゃんにはキョーコがいるからゆまはキョースケと結婚することにしたの!』
082『ほほう?』
062『それはそれは』
061『詳しく聞きたいねー』
082『ゆまはキョースケとチューもしたから大丈夫だよ!!』
061,062,081『今はヴァイオリンの練習の帰りぐらい・・・か』
081,061,062がログアウトしました。
032『ぎゃー!?一気に危険が迫りつつあるよー!!?』
051『なんだ、いつのまにそんな・・・・』
032『誤解だよ!』
071『どういうこと?』
082『おにいちゃんとキョースケがこの前キスしたでしょ?ゆま感動したからやりたくなったの!!』
032『忘れたい黒歴史がー!!なんで僕は意味も無く追い詰められるんだ!?』
052『冤罪ではないでしょう?やることはやってるんだし』
022『オカリンともね!!』
032『か、鹿目さん?』
041『まどか・・・・まあ良いか』
999『止めようよ!?』
032『とにかく僕は―――――』
072『あら?』
012『恭介くん?』
032がログアウトしました。
999『・・・・・』
061,081,062がログインしました。
061,062,081『すっきりした(しました)』
999『何をしたの!?』
082『うわーんキョースケー!』
081『大丈夫だゆま・・・・まだ大丈夫だ』
082『そうなの?ならいいや』
051『いいんだ』
052『この子意外と逞しいよねー』
082『綯おねえちゃんは、おにいちゃんのこと沢山知ってるんだよね、おにいちゃんはどれくらいが好きなの?』
999『・・・・・』
012『オカリンおじさんですか?そうですね~』
082『あとね』
012『はい?』
082『綯おねえちゃんは、おにいちゃんのこと好きなの?』
012『ええ、好きですよ』
082『どれくらい?』
012『もちろん―――大好きです』
『妄想トリガー暴走小町【フラット・アウト・プリンセス】編』
終わる日が、失う日がいつかくることを、あなたは悲しいほど知っている。
その事を、それを、私は知っているのだ。
観てきたから、“いつか“を、その日を、その日に怯えて全力で回避しようと足掻く、誰にも頼らずに、手を伸ばさずに、誰も知らない場所で苦しんでいたあなたを知っている。
今までのようにあなたは頼らない。その日、失うのはあなただけだから、大切な人を失う事はないから、それを知っているあなたは誰にも縋らない。
誰も傷つけず、傷つけない代わりに、いつだって消える準備をしている事を知っている。
時間が止まればいい、この瞬間が永遠になればいい、観測することしかできなかったから何度もそう思った。
例えば、みんなでご飯を食べているときとか。
例えば、暇そうにゴロゴロしながら中身の無い会話をしているときとか。
例えば、未来ガジェットを作りながら言い争いをしているときとか。
例えば、例えば、例えば・・・・少しでも彼の緊張が緩んでいるときに、全てが止まってしまえばいいと思った。
極論、世界が終わってしまえばいいと思った。
だって、そうすれば幸せでいられるから、もう傷つかないから。
疲れたと、零さない。
もう嫌だと、叫ばない。
辛いと、絶対に言わない。
私は優しい人が怖い。私は彼が怖い。いつの間にか、何も言わずに消えてしまうから。いつの間にか、全てを背負い込んでしまっているから。
だから私は泣いてしまう。どうしようもなく、あなたは優しいから。誰にも気づかれないように、傷が付かないように振る舞う姿があまりにも寂しすぎるから。
せめて私にだけは・・・と願っても、伝えても、あなたは私すらも庇いながら立つのでしょう。一番弱いくせに、誰よりも前に立とうとする。
自分の体がどんな状況でも、残された時間が僅かでも、背負われている人がもういいと叫んでも、庇うなと怒っても、捨てろと懇願しても、生きろと願われても、決して身捨ててはくれない。
きっと世界の果てでも、違う世界線でも、遠い過去でも、近くにある未来でも、あなたのために、あなたは私達に何一つさせない・・・・・一人で、孤独に、私達に触れようとしない。
どうして護ろうとするのだ。自分の幸せも癒しも望まぬまま、どうして救おうとするのか。
壊れている。狂っているんだ。
どうしようもないくらいに優しい人だったから、彼は壊れてしまったのだ。
残酷なほどお人好しだったから、彼は狂うしかなかったんだ。
だから守れた。護ることができた。
誰も傷つかず、誰も気づかぬまま、誰もが背負い込むことなく救われた。
沢山傷ついて、知りたくもないものも沢山知って、たった一人で全ての記憶を背負い込んだ。
彼は独りだったが孤独ではなかった。良い意味でも悪い意味でも、何事にも真摯に対応してくれる。だが、そうかと思えばとある事柄に関しては触れてこない。仮に触れさせても解決を手伝わせたり、共に行くような事はしない。
だけど絶対に応援はするし、最後は自分の力でいけと後押しする。
この世界では、この場所ではそのおかげで救われた少年と少女達がいて、その甲斐あって自分を赦せるようになったのが岡部倫太郎その人だ。
弱いくせに一番前に出ようとする人、正しく有ろうとするのに間違い続ける選択をする者、愛することはしても恋はしない人間。
優しい狂気のマッドサイエンティスト、哀しい孤独の観測者。
岡部倫太郎は戦士ではなく科学者だ。だから本来は前線で戦わないし戦えない。
鳳凰院凶真は正義の味方ではなくマッドサイエンティスト、悪役だ。だから負ける、最後には敗れる。
男は大人ではなく少年だ。彼は知り合いではなく他人だ。
いつかの世界に魔法があれば彼は幸せな人生を送れたのかもしれない。感情一つで世界の定めた決定を覆し、常識を凌駕する力。この世界で得た現実的な確かな力なら。
しかし現実的理論を感情で打破する魔法の概念はタイムマシンといった非現実的な存在ですら科学的に証明してしまった彼にとって最も強固な障害になった。
感情次第で展開が変わり、前回までの経験や経過、流れを無視して前に進む力は科学者たる彼にとって予測が難しいモノになった。
また科学者ゆえに、彼は魔法が感情に左右される事を承知はしていても論理的に解明しようとしていた。感情【マジカル】ではなく論理【ロジカル】。使用する魔法の質と量で消費する魔力はある程度決まると。
だから完全に魔法を、十全に魔法を、完璧に魔法を使えない。感情のみで生まれる奇跡を科学者たる彼は肯定しながらも否定している。無意識に、自覚しても直せない。科学者ゆえに彼は魔法を信じきれない。
だから彼は世界を騙すまでに至った科学者でありながら、だからこそ魔法との相性は悪かった。
だからいつかの世界のように後方に構える事が出来ず、弱いにも拘らず前に出た。同じように異性でありながら魔法少女の傍に居ることができた少年のように敵を圧倒して戦えるほど強くはなかった。
科学者としての知識、時間逆行者としての経験、戦士としての技量、奇跡を纏う魔法使い、彼はどれも満足に演じる事は出来ず、どれも満足に全うできない。
それでも戦い続けて、何度も繰り返して、幾度も抗って―――――ついに終焉を迎えることができた。
先は無く、だから終わりが有った。
望みは果たし、だけど願いは叶わなかった。
それでよかった。
彼は満足していたから。
岡部倫太郎は笑顔のまま死ねたのだから。
鳳凰院凶真は成し遂げたのだから。
だけど、世界はそれでも彼を離さなかった。
いつまでたっても終わらない。
元の世界での戦いが終わっても、新たな世界での戦いを終えても、男に終わりは無かった。
最後に手を引いてくれた人の記憶はあるのに、男はまだ世界に捕まっていた。
誰のために?
これは、それは、男にとっての救済になるのか?
これは、それは、彼にとっては絶望ではないのか?
あとどれだけ岡部倫太郎は繰り返せばいい?
あとどれだけ鳳凰院凶真は物語を紡げばいい?
どれだけ救えば■■は満足するのか、どれだけ捧げれば■■は納得してくれるのか。
世界は岡部倫太郎を離さない。
■■は鳳凰院凶真を逃がさない。
幾度も繰り返してきた。
なんども抗ってきた。
だけどついに、男は完全に捕まった。
■
「オカリンは、私にもっと言いたい事があるんじゃないのっ」
見滝原にある未来ガジェット研究所で、その設立者岡部倫太郎はリビングで正座していた。
正座して既に一時間以上が経過している。梳かされた髪の奥にある目は苦痛に耐えようとしていたが既に限界が近いのか、目元には涙が浮かんでいた。
フローリングの床に素足で正座だ。慣れていない者にはかなりの苦行だ。この世界線では中学三年生の鳳凰院凶真、ショタリンこと岡部倫太郎は耐えた方だろう。
「あの、そろそろ足を崩しても・・・っ」
「オカリン、まだお話の途中だよ?」
しかし鹿目まどか、ラボメン№02の彼女はまだ足りないようだ。
ご立腹でご満足まで程遠いようだ。
「し、しかしもう・・・・いえ、なんでもありません」
「それで、オカリン・・・まだいるよね?あるよね?」
「だから何がなのだ?俺はコレ以上の知り合いはいないし特に話す事も―――」
「だから、まだだよね?」
「うう・・・」
ずっと、朝早く叩き起こされてからこのやり取りを繰り返している。彼女が何を言いたいのか、何を自分の口から吐かせたいのか分からない。いや・・・・最初は理解していた。自分の人間関係についてあれやこれやと問われたのだ。別世界線の事も含めて、だ。
確かに自分はこれまでの世界線漂流で多くの魔法少女と関わってきた。魔法少女ではない少女とも立場上多く関わってきたし、前回の世界線ではそれこそ世界中の・・・・。
しかし過去の関係がどうあれ、この世界線ではラボメンの彼女達しか“主に”関わっていない。最低限、それこそ3号機についてラボメンの協力のもとに伝えたぐらいで物理的接触なんて“ほぼ”無いのだ。
それは彼女も知っているはずだ。まどかだって最初の頃とは違って岡部倫太郎の友好関係は把握しているはずで・・・・・把握されている?よく考えれば少し怖い事だが今は流そう。これ以上負担を増やしたくない、心も体もキツイ。
もう泣き叫んで許しを乞おう・・・でも理由が分からないまま謝っても逆効果になりそうで・・・・詰んでいる。
バタン!
「おい岡部倫太郎!」
「あれ、杏子ちゃん?」
軽く絶望し始めた岡部の空気を払うようにラボの扉を開けはなったのはラボメン№08、佐倉杏子だった。
「おおバイト戦士!良い所に来てくれた、まどかを―――」
朝早くからまどかに正座を強要されていて逆らおうにもプレッシャー負けしていた岡部はラボにやってきた杏子を歓迎した。
形はどうあれ希望が見えた。どのような用件であれ、それを理由にこの拷問まがいの状況を打破しようと思考をフルに動かし―――
「って、まどかの分も終わってないのかよ、まだ後がつかえてんだからさっさと済ませろよなっ」
「・・・・うん?」
「うん、じゃねえだろ。いつまでまたせんだよ!」
「まつ、とは?」
これがシュタインズゲートの選択!と叫ぶ間もなく、思考する間もなく嫌な予感が押し寄せる。
なんだか良からぬ事が起きている。それを感じ取って、だけど動けない。足が痺れていて、もう感覚も薄くなってきて怖い。
最近はこんなことが増えてきたと思う。あれだ、『彼女』が現れてからは頻繁にある。
「・・・・」
岡部倫太郎の片翼であるラボメン№01の少女。本来の世界線での知り合いである年下の少女。この世界では“魔法少女”で戦闘能力は序列三位。自分と同じように年齢はこの時代とはズレていて・・・調整して中学生時代の姿で現在を過ごしている。
彼女との再会は予想外で不覚にも泣き崩れてしまった。彼女の体温と言葉に鳳凰院凶真としての仮面は維持できず、ずっと年下の少女に泣きついて、そのまま寝落ちしてしまったのだ。
この世界にきて、あんな醜態を晒したのは初めてだった。そして気づいている。あの瞬間、自分は救われたのだ。間違いなく岡部倫太郎は救われた。彼女の言葉に、想いに。
永遠と繰り返される世界線漂流の中で一時的な逃避からではなく、自己犠牲からくる自己満足でもない確かな救済。岡部倫太郎が、鳳凰院凶真が自ら救われたと思えた瞬間が確かにあった。
当時の事を思い出すと顔を伏せてしまう。情けない自分を誰にも見られないように。見た目こそ子供だが自分は立派な大人だ、それは彼女も知っている。だから情けなくて恥ずかしくて、だけど彼女はそんな自分を優しく受け止めた。再会した日も、次の日も、その次も、受け止め、優しく抱きしめてくれた。
それからだ。まるで迷子の子供のように、道しるべを無くした子供のように足がすくんで動けない。軽はずみな行動がとれない。ここで“終わってしまうのがもったいない”と、自分の事をそう思えるようになった。
そんな期待と不安な気持ちが綯い交ぜになったのもまた、初めてだった。
ちょっとしたことで彼女の姿を探してしまう。ほんとうに、子供のように。朝起きては彼女の姿を探し、ふとした瞬間に彼女の存在が幻だったのではないかと不安になり探しだす。
岡部倫太郎は彼女を求めている。それにどんな意味と感情があるのか、初めての事ばかりで自分自身把握しきれていない。牧瀬紅莉栖に向けていた“それ”ではない、逃避から抱いてきた女に向ける■■でもない、同情でも恋慕でも憎悪でも友情でもない“これ”は一体なんなのだろうか。
「・・・・・なに考えてるの」
「はっ?え?」
「誰のこと考えてたのッ」
なんて考えていると、まどかが覗きこむようにして視線を合わせてきた。
目の前にしゃがみこんで岡部の両手の上から自分の手を重ねる。膝の上に乗っけている手にだ。
彼女は―――そのまま体重をかける。
「っふぅううううん!?」
かつて体験した事の無い感覚が足下から全身に這い上がってくる。痛いのか痒いのかよくわからない未知なる攻撃だった・・・・・やるじゃないか。
岡部は反射的に顔を上げて歯を食いしばるが、そこにはまどかの顔があった。目と鼻の先、鼻は触れ合いそうなぐらい近い。とっさに呼吸を止めて耐える岡部に対し、まどかはジト目のまま動かない。
「・・・・」
「っ、っ!?あ、あぐ・・・ちょっ?」
「なに?」
「ち、近いんですけど?あと膝はマズィ―――」
「オカリンにとってそんなの関係ないでしょ」
「え、ん・・・?」
「関係ないし、問題無いよね」
「えっとな、まどか俺は―――」
「オカリンにとって“女の子との距離”なんか関係ないもんねっ」
「ううん?」
至近距離からの問いかけに岡部は首を傾げるばかりだ。長時間の正座に真意の見えない問いかけばかりで既に思考が散漫としていて、岡部はまどかの意図が何なのか予想もできない。
視線を逸らす事も出来ず、今も体重をかけ続けられる事で発生している超感覚に岡部の顔には嫌な汗が流れ続けるがまどかは動かない。
ならば自分が、とも思ったがヘタに身体を動かしたらバランスを崩し目の前の少女に対し大惨事を起こしかねないので動けず、更に緊張が増して・・・・限界である。もう勘弁してほしい。
ただでさえ『彼女』のことで情緒不安定気味で余裕が持てないのだ、なのに朝から理不尽な責め苦でいろいろと限界がマッハで倒れそうで倒れたらまどかと接触しそうで回避したいが動けずにだけどまどかは動かなくて――――
「まどか、いいかげん交代だ」
「ぁうっ?あ、ちょっと待ってよ杏子ちゃん!私まだオカリンに訊きたい事が―――!」
「次の番まで待てっ、持ち時間は一人ニ時間だろうが・・・・・お前もう30分もオーバーしてるぞ」
「ええ!?まだ10分しか話してないはずなのに!?」
そんなわけがなかった。杏子に首根っこから持ち上げられて宙に浮き、ジタバタと暴れるまどかは杏子に懇願するが杏子はそれを認めない。
そのまま杏子は玄関に・・・ではなく窓に向かう。そして流れるような動作でガラガラと締め切られていた窓を開けてニ階の窓から――――まどかをポイした。
「へ?」
「ちょっ、おま―――!?」
当たり前のように、あまりにも自然に窓から捨てられたのでまどかも、岡部も反応が遅れた。
人間一人をあっさりとニ階から放り投げるショッキングシーンにビビる岡部、そして―――
「もーっ、オカリンみんなの話が終わったらお話し再開だからねー!!」
声から察するに余裕で無事なまどかだった。解ってはいたが、判ってもいるが、やはり改めて思うが魔法少女って怖い。
突然ニ階の高さから捨てられても別の件で叫ぶ余裕があるのだから、かつ今朝からの責め苦をリトライする気なのだから恐ろしい。
「・・・・バイト戦士よ、まどかの言う“みんな”って誰だ」
「ラボメン№01以外の全員だ」
「・・・・全員?」
「一人最長でニ時間の質問タイムだからな。さっさと用件を済ませようぜ」
「・・・・」
一人ニ時間で14人。つまり単純計算で最長28時間・・・・?プラスまどかの再ターンによって最悪プラスプラスで、おまけに休憩挟んだ計算じゃないから実際にそれを実行された場合は岡部の精神は深いダメージが確定している。
「安心しなよ岡部倫太郎。アタシの話は確認したい事が1個だけだからすぐに済む」
「あ、え?」
「内容もハッキリしているからまどかや他みたいに長くは・・・・・なに涙目になってんだよ情けない。一応男だろうがっ」
「っふぅうううううん!!?」
ノースリーブのポロシャツにアーミー調のハーフパンツ、そこから伸びる白い素足が岡部を踏むが・・・ふとももは駄目だ。今は駄目だ。絶対に――駄目だ!
「へ、変な声出すなよ!アタシが変な事したみたいじゃねーかっ!!」
「いろいろと限界だから踏むなー!!!」
岡部が「アッー!」と叫ぶから外からバタバタと待機中の皆がラボに駆けあがってくる。
が、杏子が入口に結界を張って「大丈夫だから入ってくんな!」と牽制(?)・・・・・岡部が痺れから回復し、杏子が皆を説得できたのは30分が過ぎてからだった。
「「はぁー」」
ドッと疲れた。杏子と共にだらしなくラボでくつろぐ・・・・・ようやくだ。朝、目が覚めてからようやくの休息だった。未だ寝間着のままの岡部倫太郎14歳だった。
岡部がソファーで身を楽にしながらドクペで削られた体力と精神を癒し、テーブルを挟んで対面する杏子は座布団に座りながらラボに常備されている麦茶で喉を潤す。
「ふぅ、ようやく落ちつける」
「ようやくアタシとの話ができるな」
岡部の零した言葉を杏子が速攻で拾う。
がくりと、岡部が首を垂れるから杏子は慌てた。
「あーまてまて岡部倫太郎。言っただろ簡単な質問だけだって、そんでそれが終わったらあとは次の時間まで休憩に使っちまえばいい」
「・・・・バイト戦士、君は―――」
「だから安心しろって、他の連中はどうかしらねぇけどさ、アタシはホントにすぐ済むからよ」
気楽に、安心させるように杏子が笑うから岡部は再び落ちかけた精神の緊張を解いた。
佐倉杏子、ラボメン№08の魔法少女。“いろんな意味で暴走しがちなラボメン”の中でも常識派である彼女がそう言うのなら、“こうゆう場合”なら本当に大丈夫なのだろう。
彼女は勘違いしない。誤解はしても“それ”に関して言えば他の少女とは一歩下がった、第三者としてのポジションで接してくれる、普段からストッパーにもなってくれるので信用できる。
「そうか、よかった・・・」
「・・・・まどかに相当絞られたみたいだな?」
「ああ、しかも論点が微妙にずれて・・・・というかワザとニュアンスを隠しているから意図が読めない」
「ん、ああ・・・・まあなぁ、まどかには無理だろ」
「杏子、何があった」
「・・・」
名前で呼ぶ、問う。真剣に真面目に鳳凰院凶真は佐倉杏子に問う。信頼と信用から冗談を混ぜない口調で、まどかの質問の意図ではなく、“彼女達が急に岡部倫太郎に関わろうとする原因”を。
似たようなやり取りは過去にもあった。他の世界線を含めて多くの少女と岡部倫太郎はこんな“思わせぶりな態度”に直面してきた。
知っている。魔法少女にとって自分という存在がどんなふうに観えるのか・・・自覚している。彼女達は少女で、自分は男なのだ。彼女達は年頃で、自分は異性なのだ。彼女達から見て自分は“そういう人”になれる存在だ。
人間の三大欲求。睡眠欲、食欲、性欲。
痛覚遮断等のスキルをもつ魔法少女にとって人間の三大欲求は将来的に一つの意味を持つ、ある結果を導きやすい。戦闘慣れし、経験を積んだ魔法少女は無意識に魔力の恩恵を受ける。ソウルジェムが穢れなければ、魔力に余裕があれば病気や怪我、体力の低下は基本的に起きない。
その気になれば食事や睡眠の必要が無い。好きな事、やりたい事、興味のある事があればそのことに集中するために睡眠時間を省くことができる。その気になれば、だが。
良い意味で、例えばラボメンのように日々を騒がしくも楽しく謳歌していれば“それ”は、少なくても知っている岡部がうまく立ち回れば“一カ月程度”では起きないだろう。気づかないだろう、考えもしないだろう。
常に誰かがいるラボメン達には遠い話で遠くの出来事だろう。隣に仲間が、友がいるラボメンは堕ちない。堕ちにくい、その身を投げ出さない。
しかし他の魔法少女は違う。独りぼっちの魔法少女達は違う。大多数の魔法少女はそうではない。
誰にも見向きされない宿命を背負う彼女達は堕ちやすい。
誰にも見えない場所で命懸けの戦いを繰り広げる彼女達は堕ちやすい。
誰かに必要とされたい彼女達は堕ちやすい。
誰かに求められたい彼女達は堕ちやすい。
堕ちないために、堕ちていく。知っているからこそ堕ちやすく、堕ちていく。
自らの意思で、己を護るために。その精神に休息を、その魂に救済を求めて彼女達は求めるのだ。
思春期で、その手の知識を得て、彼女達は気づく。
どうすれば必要とされるか、どうすれば求められるか・・・・その行為はうってつけと言えた。
なぜなら、その行為には過程はもちろん――――その果てには救いがあった。
その瞬間は間違いなく世界のしがらみから解放されるから、後悔も悲しみも絶望も―――その一瞬には存在しないからだ。
岡部倫太郎もそうだったから。一瞬のために、その瞬間だけは全てを忘れる事ができる行為を、精神を安定させるために、過剰負荷からくる精神崩壊を防ぐために、愛する人がいながら岡部は――――――
「いや、おおかた彼女が何か噴きこんだ・・・か、または零したか」
「まあ、な」
もちろん、彼女が本当にその事を口にしたわけではないだろうが可能性はある。
「それで、お前が聞きたいのはそのことか?」
「へ・・・あっ!?ば、バカ違う!」
子供相手に何を言いふらしたのか、まだそうとは決まってはいないが岡部は顔をしかめた。もし予想通りだとしたら・・・・さすがに看破できない。彼女が相手とはいえ黙っている事は出来ない。
根の深いプライベートだ。すべてを観測してきた彼女なら本当に知って、視って、識っているのだろうが、それを年端もいかぬラボメンに言いふらしたとしたら・・・・。
岡部倫太郎とラボメンの彼女達がそういった関係になった世界線は無い。
それはまだ彼女達が精神的に幼く、何よりも彼女達の付き合いが基本的に“一ヶ月間しかなかった”からだ。
前回の世界線のように緊急処置で岡部から行う事も、繰り返しの経験で事前に察知し、各人を暁美ほむらと共にケアできていたから問題は無かった。
「あいりやまどかなんかは気にしてたかもしれねぇけどアタシは違うぞ」
「そうか」
「アタシはただっ、旅行がどうなるのか・・・だな、アイツが来てからお前の様子が変だからよ・・・」
「旅行?」
「・・・」
「それなら何も・・・何か都合でも悪くなったのか?」
「いやっ、そうじゃなくて変更とかすんのかなって思ってよ」
「変更?」
「ああその・・・最初はアタシとゆまだけだったじゃんか、マミやまどかも別で、アタシ達だけのって・・・お前がそう言っただろ」
「最初も何も、最初から最後までそのつもりだが――――」
「ほ、ほんとか!?」
「あ、ああ?」
杏子の言う旅行とは岡部と杏子、そしてゆまの三人でちょっとした旅行に行く話。前回の出来事【妄想トリガー佐倉杏子編】の後日談で、杏子と買い物にでた時、福引で当てたペアチケット―――。
「ああいやっ、あの時はお前が三人で行こうって言ったじゃん!?でも予定を変えて皆で行くとか―――」
“ペア”チケットだ。基本二人用だ。なら岡部と杏子が使うのが普通だろうが、この時の杏子はたぶんこのチケットは売るか、もしくは――――ラボの皆も巻き込んで使用するものだと思った。
二人はタダで、他は自費で、普通ならそうだった。今までならそうだった。だけど違った。
岡部が言った。岡部倫太郎から佐倉杏子に提案した。
―――運が良いな、売るか・・・・それともバイト戦士、一緒に行くか?
一瞬、何を言っているのか分からなかった。
しかしすぐに理解した。ああ、他の連中も一緒に、との意味だと。
―――ああ?でも使用期限が・・・・他の連中は金たりねぇんじゃねえか?わりと良いとこだぞコレ?
―――他・・・?
―――うん?だから他のラボメンも
―――俺とお前に・・・・あとは、ゆまぐらいでいいだろう
―――・・・・へ?
―――ChaosHeadの罰だな、今回は俺達だけで遊びに行こう。ゆまの分はなんとか出して三人で
―――え?うん・・・?あれ・・・マミは?
―――マミ?
―――え?だってお前いつもマミを最優先で考えてるし三人だけでってお前なんかそれって・・・
―――お前から見て俺はそう見えるのか・・・・、あれだ、果たせなかった約束を
だけど違った。岡部は杏子に伝えた。一緒に旅行に行こうと、他のラボメンは今回留守番で―――あのマミ大好き人間が、事あるごとにマミを介入させる変態が、二人っきりではないが、それでも今までにない事だった。
前日に合作ガジェットChaosHeadの事もあり何かしらの変調や自分に対し何らかの心境の変化が起きたのかと焦ったが・・・・そうではなかった。
いつも通りで、だからこそ杏子は勘違いしなかった。だけど「俺はもう帰れないから」と寂しそうに岡部が苦笑するから了承した。辛気臭い顔をしながら隣を歩く異性を励ますために。
問題はこの事を他のラボメンにどう伝えるか・・・・未だに話せていないのだ。三人だけの秘密状態で杏子は旅行の時期が近付くにつれ頭を抱えている。
自分がラボメンに説明するから他には黙っておけ、と言わなければよかったと後悔する日々が続いていた。
「でもさ――――」
「お前とゆまの都合が悪くなければ問題は無いぞ?」
「だ、だからその―――」
思う事があるのだろう、杏子は何と伝えればいいのかと悩みながら言葉を探す。
岡部はそんな一生懸命な杏子の姿に、これ以上彼女の優しさに甘えるわけにはいかないと、いい加減覚悟を決めた。
周りから見ても、今の岡部倫太郎は片翼の彼女のことを意識しているように見えるのだろう。
「君達から見て・・・・・今の俺はそんなにも変か?」
「・・・・正直、今のお前は変というか・・・・危うい」
杏子が何を言いたいのか、なんとなく分かった。自分でも理解していたから、最近の岡部倫太郎がおかしい事に、彼女との再会で情緒不安定になっていることに。
それを主観的には年下の彼女達に気づかれ、さらに気を使われている事に恥ずかしさから誤魔化し続けていたが・・・潮時だろう。
「杏子」
「お、おう!?」
岡部の名前呼びに、杏子は緊張した声を出した。
「大丈夫だ。確かに今の俺は彼女の事で慌てているのかもしれない、だけど旅行の件は別だ――――楽しみにしている」
その言葉に杏子は驚いた顔をして、次いで顔を伏せながら安心した声をだした。
「当たり前だろっ、ゆまも現地のパンフレットをマミに隠しながら集めて・・・・楽しみにしてんだからな!」
「ああ、本当に楽しみだな」
「おう!約束は破んじゃねえぞ、アタシも楽しみにしてんだから」
「ああ」
杏子の話はそれで、本来の用件は済んだのか満足した様子で、岡部も表情は穏やかだった。そうして残りの時間を二人でまったりと過ごした。
岡部はとりあえず寝間着から私服に着替えて白衣を纏い、杏子は岡部の朝ご飯を簡単に調理する・・・・岡部倫太郎に食事を作るのはかなり久々だと杏子は思考の片隅で思った。
「しっかしあれだな、ここは毎日が騒がしいな」
「幸いだよ」
「・・・・・すげぇ、マジでマゾなんじゃねえの?」
「お前な・・・・」
佐倉杏子は勘違いしない。だから安心して岡部倫太郎は接する。彼女が相手だから気軽に旅行に誘えるし愚痴も言える。
いい加減、覚悟を決めるべきだ。自分を知っている少女がいることで変に意識してしまって不安定になっていることを自覚し、それを無理に隠さず受け入れ、そしてちゃんとしようと思った。
心配かけないように、きちんと気持ちを整理しようと思った。
「ちなみに、彼女とはどんな話を?」
「ああ、『オカリンおじさんは愛する人でもバスト80未満は問答無用で“無い者”として扱う業の者です』ってさ」
「何言ってるんだあいつは!?」
だからまどかの視線に憎悪が混じってたのか!!
あと変に邪推した自分の愚かさも際立って軽く死にたくなった。
「『80からは意識するけど79までは問答無用で貧乳、無い乳、無乳、貧相、虚ろな乳と書いて虚乳と断言し、80以上はロリだろうが構わない都条例かかってこい!と豪語する勇者ですよ』って言ってたな」
「最低すぎる・・・・まってくれバイト戦士、その話には別の人間が混じってるぞ別の人間が!」
「あのな岡部倫太郎、アタシ達はまだ成長期だから未来に可能性はあるんだけどよ。さすがに力強く宣言されるとさ、引くわー」
「・・・・、まどかが異常に怒っていたのは」
「まあ、ユウリもだけど基本あの二人は未来も大きさがあんま変わんないからなぁ」
「未来は決まってはいないというのに・・・」
「あいりの魔法とChaosHeadの予想演算が裏目にでたな」
毎日が幸いだ。・・・・だからという訳ではないが、とにかくだからこそ岡部倫太郎は本当に楽しみにしていた。杏子達との旅行を、果たせなかった約束を、ここに居る岡部倫太郎には果たせなかった約束を、本当に楽しみにしていた。
なにがともあれ旅行だ。純粋な、周りを気にしないで思いっきり楽しもうと思った。もしかしたらこの世界に来て・・・・否、牧瀬紅莉栖を失って初めてかもしれない。
遊び心だけで行く旅行なんて・・・。
「旅行、楽しみだなっ」
「ああ、楽しみだ」
だけど、その約束が果たされる前に岡部倫太郎は別のラボメンと海外へ旅立った。
岡部倫太郎を含めた五人で、そのメンバーには佐倉杏子も巴マミも鹿目まどかもいない。
相手の一人は未来ガジェット研究所ラボメン№01天王寺綯。
岡部倫太郎の片翼で、鳳凰院凶真を誰よりも理解している少女。
この世界で唯一岡部倫太郎が泣き、縋りついた相手だった。
そして岡部倫太郎を何処か遠くに連れていってしまう人。
誰も口にはしないが、そんな不安がラボメンにはあった。
■
『妄想トリガー;暴走小町【フラット・アウト・プリンセス】編』中編
ふと、あの頃の記憶が蘇った。
―――おお、綯。今日も来たのか
―――綯、うぃ~っす
―――うぃ~っす
いつも、お店にはお父さんがいて、バイトのおねえちゃんが眠そうにしていて。バイトのおねえちゃんの、ゆるい雰囲気が私はけっこう好きだった。
天井からドタンバタンと激しい音がすると、お父さんは決まってムッとした。
―――・・・・・なんだぁ?また二階の連中、騒いでんのか?ったく、落ち着きのねえヤツらだな。そろそろ本気で追い出してやろうか
―――えー?追い出すなんて薄情だよ
―――なんだおめぇ、岡部達の肩を持つのか?
―――ちょっと騒がしくするぐらいさ、見逃してあげてよ。あの人達は今、世界の命運にかかわる重要な使命に従事しているんだからさ
―――はあ、ダメだこりゃ。バイトもすっかり岡部に毒されちまったか
お父さんはいつも、上の階での騒ぎに眉をひそめていたし何度も追い出してやるって怒っていたけど。それでも私にはそれを本気で言っているようには見えなかった。
最後はそのピカピカの頭を手で撫でながら――――。
―――ったく、しょうがねえなあ。ごっちん一発で許してやるか
そう言って優しそうに笑うのを、何度も、見ていた。
私はお父さんがいて、バイトのおねえちゃんがいて、上の階で“らぼめん”の人達が騒いでいるあの場所が、好きだった。
あの頃の私はオカリンおじさんやダルおじさんと直接話すのは怖かったけど、家でお父さんの帰りを待っているよりも、そこにいる方が楽しかった。
それに、たまにだが、本当にたまにだが、近所から夕飯のおかずをお裾わけしてもらったときは、お父さんは二階にオカリンおじさん達がいればよく声をかけていた。
あの頃の私は、オカリンおじさんの事が苦手で避けていたが・・・お父さんと、まゆりおねえちゃん、オカリンおじさんとテーブルを囲んで一緒にご飯を食べるのは好きだった。大好きだった。
―――ミスタ~~~ブラウン!
―――ンだぁ岡部、お前から顔を出すたぁ珍しいじゃねえか?滞納してる家賃、払いにでも来たか
―――スミマセン、あと数日待って下さい
―――・・・・・で?何の用だ
―――ふっ、隠さなくてもいいのですよミスターブラウン!
―――あん?
―――既にまゆりが其処に居る小動物から情報を聞き出している。言い逃れは―――
―――うちの娘を変な名前で呼ぶんじゃねぇぞ!
―――そんな事はどうでもいい!
―――家賃上げっぞコラ
―――スミマセン、勘弁して下さい
いきなり現れて、偉そうに叫んで、そして一瞬で低姿勢になるオカリンおじさんは情けなかった。
どうしてこんな人と、まゆりおねえちゃんが一緒に居るのか分からなかった。まゆりおねえちゃんは趣味が悪いなぁと、当時はよく思ったし、変な事されてないか子供ながら心配もしたものだ。
でもオカリンおじさんにとって、まゆりおねえちゃんの存在がどれだけ大きかったか、大切だったか、私は知らなかっただけで、もし当時の私が知ればきっと羨ましがったことだろう。憧れただろう。
人が誰かをあそこまで想えるなんて知らなかった。きっと女の子にとって最上級の親愛を注がれていた。受け取っていたはずだ。
―――それで、用件はなんだ
―――惚けても無駄ですミスターブラウン、今日もご近所から酢豚を受け取ったそうですね・・・・つまり本日は我がラボで夕飯を――――!
―――俺と綯の分しかねえからな
―――なん・・・だと?既に人数分のご飯を炊いている我々はどうなる!?
―――炭水化物は豊富だ。よかったな
―――それで食欲旺盛のまゆりが納得するとでも思いかっ、貴方に人の情があるのなら!
―――知らねえよ。勝手に人をあてにすんな。晩飯のオカズ程度そこのコンビニででも買えるだろうが
―――実はラボの資金が昨日の買い物で尽いてしまい・・・・
―――ほう、つまりあれか?家賃を滞納しておいて買い物する金はあったと・・・
ひぃ!?と怯えるオカリンおじさんは相変わらず好きなれなかったけど、その時の私はオカリンおじさんが私達と一緒にご飯を食べる準備をしていた事を知って喜んでいた。
そして頭に拳骨されたオカリンおじさんが床でもだえていていると、まゆりおねえちゃんが何も知らずに二階から降りてきて笑顔で「今日もご飯一緒だねっ」と言って、私がお父さんに期待の眼差しを向ければ―――
―――ったく、しょうがねえ野郎どもだ
と言いながらも、お父さんは笑顔でオカリンおじさんの勝手な提案に乗って、私も笑った。
それからも何度か二階の未来ガジェット研究所で一緒にご飯を食べた。
その数はとても少なかったけど、お裾わけをしてもらった時は、その度にお父さんは声をかけた。私も、その度に――
確かにあった幸せを・・・・・
あなたは憶えていますか?記憶に存在していますか?
同じ記憶でなくてもいい。少しでも、ちょっとだけでもいい・・・私に関する記憶で、幸せや、嬉しさを連想してくれるものはありますか?
絶望と挫折の繰り返しに疲弊したあなたの心に、それでもなお、あなたを支え続けてきた想いに、少しでもいい・・・私はいましたか?
あなたの記憶にいる天王寺綯はどんな子ですか?どんな人でしたか?ただの子供?大家の娘、ちっちゃな子・・・・・大切な人を殺した殺人鬼・・・。
私はあなたに憎まれてもいい、恨まれても構わない、嫌われて、恐れられて、殺されたってかまわない。
だけど、誤解されたままなのは嫌です。
誤解されたまま、あなたの前から消えたくない。
願わくば、私は
貴方の傍で、貴方を―――護れる存在になりたい。
私は、貴方を幸せにしたいです。
他の誰かがじゃなく、私が、貴方を幸せにしたい。
我が儘なのは承知している。
そんな資格が無いことも理解している。
私じゃダメだと、私が一番分かっている。
だけど、そう願わずにはいられない。
私は貴方に、幸せになってほしいから
私は―――
χ世界線3.406288
必要とされていた。愛されていた。
でも正義じゃない。彼は悪だった。
気にいらない正義があれば、待望される悪もある。
不愉快な善性もあれば、切実なる悪もある。
今回の相対者はそういう人だ。そうすることしかできなかった。そうしなければならなかった。それしか、できなかった。
天王寺綯から見て岡部倫太郎と、彼に相対している敵はまさにそれだった。
彼らは似ていた。誰かを想うあまりに狂気に走るしかなかった。そうしなければ耐えきれなかった。そうしなければ進めなかった。そうしなければ救えない人達がいた。
その果てに世界が彼らに与えたのは安息のない人生だ。いつになっても終わらない戦い、終える事ができない運命。彼らは悟っている。癒えることなく、赦されることなく、延々と永遠と繰り返される闇。解っている。
もう二度と逃れられないことを、曙の光が自分たちを照らすことは永遠にないと。
そんなこと、誰よりも自分達が赦さないと。
牢獄だ。手足を縛る鎖や枷は無い、世界を隔てる鉄格子も無い・・・・だけど牢獄だ。この世界は彼等にとって牢獄だ。
死闘。苦闘。悲嘆。苦痛。想い。願い。祈り。決意。絶望・・・牢獄には彼らの全てがあった。だけど、本当に大切なモノだけが無かった。大切なモノのために戦っているのに、戦ったのに、いつだって彼らの手元にはそれが無い。
それを知っていて、理解しながら、それでも彼らは戦う。終えることなく、諦めることなく、いなくなった人をそれでも守るように。決して想い人に届かなくても手を伸ばし足掻き続ける。
思う。考える。自分は、天王寺綯は、そんな彼ら・・・いや、鳳凰院凶真の力に、支えになれるだろうか?
彼の敵を滅ぼす刃金に、彼の身を護る鋼鉄に、彼の心を癒せる風に、彼の狂気を受け止めきれる女に、自分なんかがなれるのだろうか。
知っている。識っている。岡部倫太郎は天王寺綯を女性として見てはいても『女』としては見ない。“そう”見てほしい―――――と、願われる事すら恐れている。
他の誰でもない、私にだけは“そう”見てほしくないのだ。唯一の同郷である私には、牧瀬紅莉栖を愛している事を知っている私には純粋に『仲間』としての親愛だけを求めている。
全てを知っている私には、そうであってほしいと・・・。
そんな岡部倫太郎を、想いを寄せる事を拒まれているのに、そんな男を私は支える事ができるだろうか?誓えるだろうか?自分だけは、彼を裏切らないと・・・・。
私は彼の力になりたい。
私は彼の想いに応えたい。
私は彼に求められたい。
戦闘面において自分は『ソールマーニ』には届かない。サポート面において『ヒュアデス』のようにはなれない。だけど精神面に関しては『テュール』よりも、『フレイ』よりも、『ブリュンヒルデ』よりも、何より『ウルド』や『スクルド』・・・・彼女達よりも一歩抜きんでていると思う。
無敵の戦闘能力じゃない、万能な能力じゃない、だけど近くに、傍に居てほしい人として見てもらえたら――――見てくれるなら、そんなのはいらない。力はいらない。肩書も証もいらない。ただ彼に想われたくて、応えたい。
たぶん私は、ここにいる私、天王寺綯はそれが可能なポジションにいる。彼を知っていて、理解しているから。
例えば世界線漂流のキーマン。鹿目まどかや暁美ほむら。彼女達は何も間違っていない、自分より彼と親しくない、と言うわけでもない。彼女達は間違いなく彼と親しく彼の傍に居た。ただ彼女達は分かってはいるが、解ってもいるが、判った筈なのに、岡部倫太郎を肯定する事ができないのだ。素直に褒める事ができない。認めきれない。
鹿目まどか、暁美ほむら、彼女達にとって岡部倫太郎は間違えていないのに間違えている。正しいのに正しくない。優しいのに優しくない。矛盾に挟まれた存在として、だから受け止めきれない。
彼女達はそこで止まる。鹿目まどかは、暁美ほむらはそこまでしか岡部倫太郎に踏み込めない。いつだって、どの世界線でも全てを無かったことにしても変わらない。関係をゼロにしても変化はない。だから岡部倫太郎は託せない、鳳凰院凶真は委ねない、オカリンおじさんは独りで背負うしかない。
だけど自分は違う。天王寺綯はそうじゃない。彼女達と違い岡部倫太郎に、鳳凰院凶真に寄り添う事ができる。意志も覚悟もある。言葉にできる。行動に移せる。迷わない、悩まない。
例え内に秘める想いを無碍にされても、天王寺綯は岡部倫太郎に尽くす。受け止める。
「戦えてる・・・よかった」
綯は晴天の青空に手をかざしながら視線を向ける。そこには日々弱くなっていった男が自分との再会を通して・・・今は遠くの空で、空全体を戦場とするほどの戦闘を行っている。
それを可能にしたのが自分だとすれば嬉しい。形はどうあれ、自分の存在が彼に何かしらの影響を与えたのだから。
今の彼に戦える力を与えているのは自分ではないが、それでも一歩リードとカウントしてもいいだろう。
いろんな意味で、これからの事を思えば――――――。
「いえ、そもそも勝負にもなりませんね!ええ、そうですとも!」
ぼやき、叫んで天王寺綯は頭を振って落ち着こうとした。冷静に考える。想定した相手(敵?)は中学生だ。今の自分も見た目こそ幼いが内面は違うのだ。張り合う時点でおかしい。
だから“これ”は勝負ではない、と言い聞かせる。この世界線のヒロインは自分であって彼女達ではないと思いこむ。
そうだ、この世界線には前回の世界線のように『椎名レミ』や『ズワルトクローゼット』の彼女達はいない。ラボメンの中には怪しい子もいるが・・・・いやだからまさかの子供相手に真剣に意識しているのだろうか?中学生相手に?仮にも自分は岡部倫太郎同様に精神は成熟しているのに?
「うーん」
腕を組んで悩む。だが、とも思う。しかし、とも思う。精神は肉体の奴隷、健全なる精神は肉体から、身体と心の関係は密接なのは理解している。
内面はどうあれ肉体が若ければ多少は引っ張られるのはこれまでの岡部倫太郎を観測してきた自分が良く分かっている。
「・・・・・どちらにせよ、今をこうして一緒にいられるのは私達だけです」
ポジティブに考えよう。この場に居る時点で大きくリードしているのは確かなのだ。
別の場所に我らがラボメン第一位もいるが、彼女は別枠として扱えば―――。
「・・・・やっぱり彼女は要注意人物指定です」
美国織莉子、巴マミとはまた違った意味で危険な子、戦闘面はもちろんだが精神面、男女関係(?)でいえば間違いなく現在もブッチギリの第一位――――。
「オカリンおじさんのロリコン・・・」
とにかく今後、“こういう場に立てる”機会を今この場に居ないラボメン達は、それを得ることすら難しいのだから―――つまりこの世界線で彼女達が“選ばれる”可能性はかなり低い。
今後、今の自分が見ている光景と聴こえてくる音を彼女達は体験する事はないから、それができなければ岡部倫太郎の傍にいることはできないから。
だけど、ここにいる自分ですら駄目だと判っている。今のままじゃ彼女達となんら変わらない理解している。
「ちくしょう、私は・・・・・弱いなぁ」
大きな音が、連続で響き渡る音が、遠くから聞こえてくる。音が聞こえてくる。
それは鉄の音。それは鋼の音。それは動の音。機械の存在音だ。
それは風の音。それは土の音。それは町の音。動きの存在音だ。
それは打の音。それは撃の音。それは剣の音。戦闘の存在音だ。
それは破の音。それは砕の音。それは壊の音。彼らの存在音だ。
窓から見える遠くの空に、視線に映る大空に、その全てを使って螺旋を描きながら激突し合う二つの輝き。
四方だけじゃない。八方越えの天上と大地を駆ける二つ、二人の音が聞こえる。
剣が走る。弾が注ぐ。鎧が弾く。鉄が鳴る。鋼が打つ。機が走る。奇跡と呪い、魔法が世界を照らしだす。
彼らの動作は全て回避となり、攻撃と化して止まることなく互いの存在をぶつけあう。音は応じて呼び、応えるように響く。
全ての動作が一瞬で音速を超えて、加速するたびに水蒸気の爆発を繰り返す。
若草色の光。紫の混じった白い光。誰にも手出しできない超々高速戦闘。
火花が散り、風が割れた。大地が砕けて、空が裂けた。
いつか、こんな状況が岡部倫太郎の日常になる。前回の世界線のように、彼の傍に居たいなら、その日常に耐えきれる精神、自分の身を守れる実力、なにより巻き込んででも一緒に居てほしいと岡部倫太朗に想われる人にならなければならない。
自分にはある。私にはある。天王寺綯にはそれがある。それを望んでいる事を伝えた。あとは彼についていくだけだ。何があっても、何があろうとも、彼を独りにしない。させない。
「それでも私はオカリンおじさんにとっては・・・・・・・」
きっと、それでも足りないだろう。知っている。岡部倫太郎にとって天王寺綯は他のラボメンとはいろんな意味で別格の存在だが・・・だけどそれだけだ。確かに彼にとって特別で、奇跡を超えた存在、だけど“それだけ”だ。その程度なのだ。
確かに彼の特別になれた。世界でたった一人の特別。本来の世界を共有する女性。誰よりも岡部倫太郎を理解し、誰よりも鳳凰院凶真を慰める事ができる人として。
「だけど・・・」
今の彼に必要なのは、そんな唯一の異性じゃない。
今の彼が求めているのは、そんな理想の女性じゃない。
今も、これからも、今後の人生、伴侶として望む人にそれは関係ない。
今も、これからも彼が必要とし求めるのは、今も彼と繋がっている第一位のような都合のいい女だ。
「でも・・・ね、私は諦めないよ。オカリンおじさん」
視線を室内へ戻し、綯は目を閉じる。激しい戦闘が続いている。自分には手出しできないほどの・・・それなのに胸に飛来するのは未来への期待感と遠い過去の記憶。
きっと恐れが無いからだ、彼と一緒にいられるから。今も、今後も、それを確信している。
天王寺綯は日本から遠い異国の地の、とある町の、とある家屋に居た。そこは外見が、内装があの大檜山ビルに似ていた。とは言え、実際に似ているのは外見と見取りが多少似ているだけで普通の建物だったが、あの頃の記憶が浮上する程度には似ていた。
「・・・・嬉しかったな」
一緒にご飯を食べた事も、“らぼめん”の皆がいたあの頃も・・・・・。
「帰ったら酢豚に挑戦してみようかな?」
未来ガジェット研究所。岡部倫太郎と天王寺綯、自宅になりつつある場所で、その台所で彼に料理を作ってあげて、一緒に食べる。
「うん、いいかもしれません」
そんな未来予想図を思い浮かべれば自然と口元がニヤけてしまう。
ニヨニヨと表情が動く様は可愛らしいが彼女自身分かっている・・・・ラボには他のラボメンが寝泊まりしている。
それはつまり――――。
「いえ、乗っ取りとか横取りとかじゃないですよ?」
と、誰かに言い訳をする綯は己の状況に、なんら危機感を抱いていなかった。
「とりあえず片付けますか・・・ご飯の話は後ですね」
目の前の相手には恐怖を抱かない。
“彼”と“彼女”以外には、天王寺綯は緊迫感を抱かない。
「アナタ達には同情はしますが手加減はしません」
ゾロゾロと、破壊された天井や廊下から異形が現れるまで天王寺綯は気になっている異性の心配をしていて、その周囲にいる彼と親しい子の事を考えて、おまけに過去に浸っていた。
だからいけない、と彼女は気持ちを切り替える。それは危険に対しての防衛反応からの行いではない。あの優しい子供たちと大切な記憶に少しでも目の前の存在を関連付けてしまいたくないからだ。
天王寺綯はラボメンの少女達の事が好きだ。優しくて、純粋で、可愛いい彼女達が大好きだ。最初の頃は苦手意識を持たれていたが懐かれてからは毎日ハグである。その前からハグばっかりだったが、彼女達の方からしてくれえるようになってからは感激の嵐。
キリカではないが――――まったく、中学生は最高です!と、つい力説してしまい彼に若干引かれたが本心だ。みんな優しくて、愛らしい子供たち。
だからこそ、うっかり目の前の存在と同時に思い出してしまえば、悔しさからこの使い魔を世界中から根絶やしにするための旅に出てしまう。
せっかく岡部倫太郎に追いつけたのだ。彼女達と触れあえるのだ。この程度の雑魚に有限たる時間を奪われたくない。雑魚とはいえ、この『使い魔』は今や世界中に存在しているのだから。殲滅するにはある意味一生を賭けなければならない。
この使い魔は『ワルプルギスの夜』や『救済の魔女』同様に、世界にとっての脅威の一つに数えきれる存在だから。
「ん~、実物はやっぱりキモいですねー」
唇に人差し指を当てながら異形を観察する綯は見た目こそ年相応に可愛らしかったが、その態度は周囲の状況とあまりにも乖離していて、その笑顔は逆に不気味だった。目も相変わらず笑っているようには見えない。
綯を包囲している使い魔の大群。それらは一応、人間としての形を持っていた。建物の床や壁、天井に四つん這いになって蜘蛛のように張り付いている姿は不気味で、廊下や部屋、それどころか外を含めた周囲を埋め尽くすその数は死体に群がる虫のようで不快だった。
全身が生身と機械の融合した鎧できている。銃弾はおろか個体によっては小さなミサイルにも耐えきる耐久力、人間には絶対に真似できない機動力、魔法をある程度反射し吸収する能力。その機械で出来た肌は生物的な滑らかさがあった。触れれば温かく、脈動を感じる事ができる身体。
奇妙な体躯だ。生身の部分は金属の質感を持ち、逆に鋼鉄は生物らしい生々しさがある。人と鋼鉄が融合した身体。溶け合い、区別が曖昧になっている。
『■■!』
『■ ■■■!!』
『 ■ ■■!』
機械でありながら人間のような柔肌、無機物でありながら人間のような温かさ、残骸と成り果てたそいつ等のうち一体を綯はゴミを捨てるように壁に投げた。
「うるさいですよ」
残骸は壁に張り付いていた一匹を巻き込んで――――そのまま壁を突き破り外まで噴き跳んだ。どれだけの力が発揮されたのか、文字通り噴き跳んだ。
『■■!!』
上半身部分だけとはいえ、見た目よりもずっと重い使い魔を、空気の壁を突破して叩きつけた。
そして手のひらについた汚れを落とすように両手を叩きながら、魔法少女に変身している天王寺綯は小さな室内を埋め尽くそうとしている使い魔を眺めながら思う。
(・・・・こんなんでも“元人間”のはずなんですけどねー)
目の前の使い魔は全て元人間だ。それも数日前までは普通の生活をしていた一般人。それを自分は躊躇いなく攻撃し、容赦なく破壊し、遠慮なく粉砕した。まるで加減することなく。それらに妥協なく。
終わった存在を終わったモノとして雑に扱う。他の、この世界のラボメンならどうしただろうか?連れてきた彼女達ならともかく日本に残っている彼女達は・・・・なんて、“どうでもいい”ことを考えた。さっきから彼女達の事が頭をよぎる。意識しすぎだ。
意識を切り替えるために自分の両腕を眺める。既に手遅れ、終わった存在に対して引導を渡した自分の手は独自の魔法によって巨大なライトグリーンの装甲に包まれている。
今の天王寺綯は魔法少女に変身していて、その姿は前回の衣装から変更がされ今は本来の世界で中学生の時に使用していた夏服セーラー服と、その上から白衣を纏っているだけの姿なので・・・ロボットのような強大な鋼鉄が両手に無ければ一目だけでは普通の女子中学生にしか見えない。
もっとも日本ではない異国、ロシアで日本の女子中学生が白衣を纏っている姿は異様だが、中学生にしては小柄すぎるが・・・彼女はこの衣装に納得していた。気にいっていた。成長したら多少変更を余儀なくされるが白衣はそのままにしようと思っている。
『■!!』
余所見を好機と思ったのか、その程度の知恵があるのかは不明だが一斉に使い魔は綯に襲いかかる。
正面から同時の――――しかし向かってきた全ての使い魔が鋼鉄に覆われた腕の一振りで粉砕される。
「ふっ!」
身長が150㎝にも満たない天王寺綯の大振りな一撃に個体によっては2mを超える使い魔達は圧倒的パワーに身体をバラバラに粉砕された。
どこか丸く感じる、気の抜ける声にも聞こえる掛け声、しかしそれから繰り出された攻撃で強力な装甲を持つ使い魔は一気に数を減らした。
「まだまだぁ!」
さらに返す刀のように、もう一撃。振るわれた腕から衝撃波が走り直撃しなかった使い魔も弾き飛ばされる。
まるで暴風。竜巻。使い魔ですらこの有様だ。家屋はあっさりと崩れ去った。
遠くの空で行われている戦闘にはついていけないとはいえ、それは向こうが規格外なだけであって彼女もまた世界中にいる魔法少女と比べれば高レベルな存在ではあるのだ。
それもかなり稀有な存在として。
建物が崩れたことで大量の粉塵が舞う。あっさりと壊れ、瓦礫は山のように積もるが所々で使い魔が這い出してきた。普通の使い魔なら瓦礫のプレス、それだけで倒せる場合が多いがこの相手は違う。普通の魔法少女相手にはかなりの脅威になる存在、一匹一匹の戦闘力はかなり高い。
綯にあっさりと撃破されてはいるが、この使い魔は決して雑魚ではない。間違いなく強敵で、脅威なのだ。普通は、通常は、一般的には。例えばここにはいないラボメンにとっては―――やはり脅威なのだ。
「ボルトヴァリアブル――――」
だからこそ、その使い魔をあっさりと倒す彼女が、その強すぎる使い魔が50や100いようが問題視しない天王寺綯が瓦礫程度に押し潰されるはずはなく、寧ろ敵の動きが状況把握のために建物の内外問わず止まっているこの状況は、自身の上に瓦礫が積まれていても良しとする程度の事にしか感じられない。
彼女にとってこの程度はまるで苦ではない、そこから分かるように彼女の実力は他を凌駕していた。
そして、これができなければ、この程度を自分だけで対処できなければ岡部倫太郎の傍に居る事は出来ない。
「バーストハンマー!!!」
綯を中心にして大地に爆炎が走る。それは周囲に居た使い魔を巻き込んでの半径50m以上の全方位攻撃、使い魔の数は60以上、全ての使い魔の足下に爆炎が走った瞬間、その一秒にも満たない時間での全方位攻撃で―――その爆炎は使い魔の身体を浸食し―――彼女は敵の全てを爆散させた。
ドガァアアアアアアン!!
爆散された使い魔は文字通り木端微塵、塵となり灰となる。天王寺綯、彼女は世界中から見ても危険とされる使い魔を圧倒的戦闘力で蹂躙した。撲殺し、爆殺した。
ぱらぱらと、粉砕爆砕された使い魔の身体の一部が小雨のように瓦礫から這い出てきた綯に降り注ぐが彼女は気にしない。自動で展開されている微弱な魔力が破片や欠片を弾いてくれる。
自分の体よりも大きな両腕に装甲されたライトグリーンの魔法、それを天にかざして う~ん と伸びをする彼女は一息ついて言葉を紡ぐ。
「スキルパージ ボルトヴァリアン」
言葉と意思を受け取った魔法は粒子となって霧散する。白衣の裾は摺り下がって小さな手と真っ白な腕が、彼女の健康的な肌が外気に触れる。
「ん、ん~っ、風が気持ちいいですねー!」
ただ一匹の存在が及ぼす影響力はとても大きく、たた一匹でも脅威の戦闘力を持つ使い魔を圧倒的に、暴力的に、作業的に100近く粉砕した魔法は消えた。
残るのは白衣姿のセーラー服女子中学生というシュールな光景だ。
「さて、私達の実力はいい加減解ってもらえましたか?」
にっこりと、綯は笑顔を空へと向ける。目だけは相変わらず笑っていない。
『・・・・・』
そこには粉砕してきた使い魔と似ているが、似ていない存在が宙に浮いていた。その数は三体。
その内のニ体は同じ形だ。機械のような身体は今まで潰してきた使い魔と同じように黒い、違いは身体に走る節々のラインに血のような色の光を放っている事だろう。航空戦闘が可能な稀有な個体、その強さは今までとは違う。
しかし綯はそのニ体に声をかけたつもりはない。どうせ聞いていないだろうし破壊する事に変わりはない。何より彼女にとってこのニ体も雑魚にすぎない。
真ん中にいる残り一体。綯が声をかけたのは“彼女”だ。使い魔の『デモニアック』ではなく、その上位種である『ブラスレイター』の“彼女”にだ。
魔女本体ではない。しかし魔女よりも強い。『ブラスレイターアスタロト』。“彼女”も人の形をしている。全身を薄い緑色の滑らかな装甲に身を変質させている。女性的フォルムの装甲、今までの個体とはだいぶ違う、頭と腰には赤い網目状の王冠とスカートがある。道化師のようにも見え、女王のようにも見える。強壮で、禍々しい姿。
それは使い魔を従える魔女にも、有象無象に増え続ける悪魔を統率する王にも観えた。禍々しいのに美しくも感じる。ディソードとはまた違う存在感が彼女にはあった。
綯は知っている。識っている。“彼女”の強さを、“彼女達”の強さを、岡部倫太郎を通して観測した事がある。はっきりいって見滝原に残してきたラボメンで“彼女”に対抗できる存在は・・・・・勝てる要素がある子はよくて二人だけだろう。
「黙らないでくださいよ。ベアトリス・グレーゼさん――――殺しますよ?」
とは言え、綯も普通に戦った場合“彼女”に勝てる見込みはほとんどない。
というか無い。“彼女”と戦うなんて無理で、無茶で、無謀だ。
『――――』
それほどの実力がある“彼女”を綯は挑発し、しかし“彼女”がとった判断は――――上空への退避だった。
「・・・・・へ?」
それは一瞬での出来事だった。並みの銃弾は弾き返しミサイルにも怯まず魔法ですら決定打を与えきれない装甲を持ち、その機動力は現代の戦闘機を凌駕する存在である飛行型のデモニアックと、その上位種たるブラスレイターの“彼女”は、見た目は小柄な中学生である天王寺綯に背を向けて逃げ出した。
綯は予想もしていなかった展開に唖然として、ハッとした時には既に雲の上にまでその三体は退避していた。
「あ、あっちゃ~~っ、まさか脇目も振らずにその判断、油断しました」
“彼女”は本当に強い。岡部倫太郎と繋がり、彼の能力を引き出さなければ正気が見えない相手だ。
だから挑発した。自在に空を飛翔し、遠距離からの魔力弾を撃ち込まれては面倒なので地上戦へと持ち込もうとしたのに――――。
「ああもうっ、文句も言ってられない!」
“彼女”は自分を警戒している。何処かで自分の情報を得ていたのか、厄介な事になった。油断は誘えず、おまけに空中は“彼女”の十八番、空戦可能なデモニアックもニ体残っている。
見送るべきだ。下手に手出ししない方が良い。それを承知している。それを理解している。
そもそも“彼女”と戦う理由はない。だけど、それでも、天王寺綯は―――。
「スキルセット―――ガンヴァレル!!」
気づかぬ内に、暴走していた。
言葉と同時に彼女の両の拳と上腕部分を白い装甲が覆い、首元には若草色に輝くマフラーがリアルブートされる。
綯は拳同士を打ち付け気合いを込める。肺一杯に空気を吸って視線を上空に向ける。
戦う。戦う。戦う。戦って――――勝つ!証明する。天王寺綯は強いと、死なないと。
勝利をあの人へ届けたいから、鳳凰院凶真に認めてほしいから、岡部倫太郎に選んでほしいから。
「元気一発!疾風怒濤の―――」
意思を、意志を、感情を、想いを魔法へとシフトする。自分の想いを力へと変える。この世界で手に入れた確かな奇跡を身に宿らせる。
地面に届くほど長い首元に巻かれたマフラーは光を放ち、足下には茶色のラインで描かれた魔法陣が展開される。
彼女は行く、敵の十八番である土俵へとワザワザ踏み込んでいく。不利を承知で挑む。
負けたくないから、絶対に負けたくないから、“戦わなくてもいい戦い”に――――天王寺綯は跳び出していく。
―――未来ガジェットM10号『バタフライエフェクト』起動
魔力光がブラウンからスカーレッドへと変わる。
電子音と同時に魔力が強化される。沸き上がる。吼える。
戦える。意志が、想いが力になるというのなら自分は誰にも負けない!
「ガンヴァレーーーーーーーーーールッッ!!!」
なによりも彼女達に、これまで岡部倫太郎を支えてきた未来ガジェット研究所にいる彼女達に負けたくないから。
ッッッッッッキュドン!!!!!
それもまた一瞬のことだった。マフラーの光が掛け声と共に炸裂し綯を飛翔させる。彼女は空気の壁を突破して青空へと突撃していった。
綯の動きは、その速さは、もし近くに誰かが居たのなら“ロケット花火”と表現したかもしれない。ロケットそのものではなく、ロケット花火。
ロケットのように遠くから見る限り発射した後も目視できるそれらと違い、近くで点火した場合、視界から消える速さ。
「―――――か~~~~ら~~~~~~~の~~~~~~~~~~~!!」
『ナニッ!?』
一気に、一瞬で、爆発的な加速をもって上昇した綯は、まさかここまでやってくる事はないだろうと油断していた三体の敵に向かって拳を振るう。
・・・この三体に油断したからだと指摘できる者はそう多くはないだろう。この三体がいる位置は旅客機が飛行する空の高さにある。地上からその高さまでの距離を一瞬で詰める敵を想定できるはずもない。
普通は、仮に魔法の存在があったとしても、知っていても転移ではなく純粋飛翔でそれを可能にする存在は世界に10人もいないのだから。
「ガンヴァルウウウウ―――!!」
なんだかんだ、結局隙を突ける形になった。瞬時に“彼女”を護るように移動した使い魔だが――――遅い。それではダメだ。迎撃も回避できないのだから判断自体は間違えていないが、その一瞬の判断力は脅威とも言えるが、殺せるのだから脅威足りえない。
既に綯の片腕には魔力で出来たトルネードが形成されている。あとは叩きつけるのみ、防御に魔力を割く暇も無いのなら防げるはずがない。
「ドリラァアアアアアアアアア!!!」
現に、あっさりと使い魔は粉砕される。
メギャァアアアアアアッ!!
ドリル状になった綯の魔力攻撃はニ体の使い魔の装甲を砕き、貫き、圧搾し、細かな破片へと砕断した。
そして彼女の攻撃はそれだけでは終わらない。十分な攻撃力を保持したまま、その加速度は衰えることなく“彼女”にも届く。
『――――ッ!!?』
ボンッ!!
聞こえた音は上空の雲が大きく抉られた音だ。空にかかった雲がドーナツ状に大きく抉られる。
彼女が、天王寺綯が高速で上空を“突き抜けた”影響で、その衝撃波で雲が払われたのだ。
そしてその時には使い魔ニ体は残骸となって空に散っていった。
「わおっ!流石に一撃では無理でしたかー!」
『ギ、キッサマァアアアア!!』
そして綯の攻撃は“彼女”の魔力で創られた防護壁を突破はしたものの、その左肩から先を貫き―――そこから先を消滅させるに終わった。
“彼女”相手に言えば十分な、まともに戦っていれば傷一つ付けきれなかったと思えば奇跡的な、稀に見る偉業だが致命傷には今一歩足りない。
空中で、ほぼゼロ距離で顔を合わせる。
『オオオッ!!』
「フッ!」
完全に加速を失った綯に“彼女”は残った腕で、薄緑色の装甲に変質した手で目を狙った貫手を発射、弾丸の速度を超える貫手だ、発射という表現で間違いはないだろう。
対し、綯はそれに臆することなく、反射的に目を閉じることもなく首を回すことでそれを回避。髪を結っていた片方のシュシュが髪の毛数本と一緒に切断されたが綯は貫手を避けた。
ダメージによって“彼女”の動きは鈍くなっている。“彼女”相手に勝機があり、それを見逃すわけにはいかない。本来の目的から逸れるが可能なら撃破しておくべきだ。
『ナ――!?』
「言い忘れていました」
そのまま体全体を高速で回転させ――。
「私の得意分野は足技です」
“彼女”の頭部を蹴り飛ばす。
ズドンッ!!
網目状の王冠が破壊され、顔が変形、めり込むほどの威力。空気が爆発した音と、ソニックブームの衝撃波が広がり、当然“彼女”は噴き跳んだ。
しかし綯は見た。左肩から先を失い、胸部にも少なからず亀裂が入り、更に今は頭部にも深刻なダメージを与えた。普通ならここで終わり、ブラスレイターといえども戦闘続行は不可能で、それこそ死んでしまってもおかしくはない損傷具合。それでも動く、諦めていない意志をその瞳に見た。
知っている。識っている。“彼女”の強さを、意志の強さを観測した事がある天王寺綯は覚えている。そこから生まれる感情は奇跡にも呪いにもなって世界を超える力となる。
『マ、マダッ、マダダアアアアアア!!』
“彼女”は変質した自分の体のあちこちから真っ赤なフレアを放出し、高速で噴き跳んでいた体に急制動をかけて己の敵、魔法少女である天王寺綯のいるべき方向へと身体を向ける。
“彼女”の視界にはノイズが走り体中から体液が零れていくが構わない。“彼女”は必死ではなく決死の攻撃、体内に宿る魔力を最大限に引き出し追尾型の魔力弾を右腕に―――――
「スキルセット スナイデル」
途切れ途切れの“彼女”の視界に、極太の銃を構えている綯の姿が観えた。
「私は貴女を認めています。その意志の強さ、主に向ける忠誠心、貴女は間違いなく強い」
『ァ――――』
「だから殺す。危険だから、あの人の敵になるから、今ここで確実に殺す―――お前は 絶 対 に 殺 す 」
『騎手の魔女』の使い魔デモニアック。使い魔の血を浴びた人間を新たな使い魔にする感染タイプの魔女の使い魔。ただ一匹だけで町が滅んでしまう危険を持つ存在。魔女本体こそ既に滅ぼされているが魔女の特性を受け継いでいる使い魔が未だに殲滅できていない。感染率が高く日々その数を“世界中”で増やしている災厄。
しかし世界には感染しても天文学的な確率で呪いに対抗し魔女の力を得る事ができる存在がいた。人の意志をもったまま人を超えし者、魔法少女を凌駕しデモニアックを従える覇者『ブラスレイター』。
“彼女”は、ベアトリス・グレーゼは現存するブラスレイターの中でもトップクラスの実力者だ。現代兵器はもちろん、使い魔を、魔女を、高レベルの魔法少女ですら彼女を傷つける事は至難の業であり、それによって忘れていた感情がある。
その感情を“彼女”は思い出していた。目の前の少女によって久しく忘れていた感情を強制的に呼び起こされた。見た目は中学生で愛らしい少女に、その眼光だけで魂を刈り取られるような錯覚を覚えながら。
「Jackpot」
恐怖を。
“彼女”、ベアトリス・グレーゼはこの世界からしてみればとても稀有な存在で、それゆえ彼女は普通の人間のように日常を謳歌できない。使い魔の血に浸食されながらも発狂することなく人の意志を保ち続け、呪いを克服し魔女でも魔法少女でもない魔法の使い手、ブラスレイターとなった。
それが始まりで、終わりだった。
“彼女”は既に人間とは呼べない存在だ。纏っている装甲を魔法少女の衣装のように魔力へと霧散させれば人間としての身体が装甲の中から現れるが、見た目がどんなに人間であっても“彼女”は既に人類から逸脱している。
『申シ訳・・・アリマセン・・・』
魔法少女とは違い肉も、内臓も、血も、魔女同様に呪いと穢れで出来ている。
本人の意思には関係なくデモニアックを引き寄せてしまう。
人里離れようが何処からともなく現れる。群がり、暴走し始めるデモニアックをどれだけ殲滅しようが終わらない。
厄災として憎悪され、利用されるために攻撃される。
『ザーギン・・・様』
人じゃない、化け物。ブラスレイターになったその日から“彼女”は世界中から憎悪される存在になった。世界中の魔法機関から追われる身となった。誰も彼もが“彼女”を利用し、排除し、抹殺するために奇跡を願い、願いを託し挑んでくる。
それでも彼女は幸せだった。憎まれ、疎まれようと、世界中から狙われようと彼女にとって問題無かった。彼女は傍に居る事ができたから、ただ一人、“彼”の近くで生き、“彼”に支えられ、時に支えてきたから・・・大切な人の力になれたから彼女は幸せだった。
世界で一番大切で、大好きな人のために生きてきたから彼女は間違いなく幸せだった。
それを承知で“彼”もまた“彼女”を受けいれていたから、間違いなく“彼女”は幸せ者だった。世界中から憎悪されようと、少なくとも天王寺綯からみればベアトリス・グリーゼは羨むほどに、女として幸せだったろう。
例えここで朽ち果てようと、“彼女”は既に自分一人では抱えきれないほどの幸運を手に入れていた。
綯が“彼女”に打ち込んだ弾丸は真っ直ぐに心臓を目指し突き進む。距離、威力、タイミング、“彼女”に対処は不可能で当たればば間違いなく機能停止――それは死だ。
己の死をまえに“彼女”は恐怖し、だけどそれ以上に“彼”のことが気になっていた。強者として存在していたにもかかわらず一瞬の油断から格下相手に死に瀕しておきながら、彼女の胸に宿るのは“彼”に対しての想いだった。
敵対者の事など、目の前の天王寺綯も、今“彼”と戦っている鳳凰院凶真の事も気にしない。“彼“が負けるはずがないと信じているから、だから気になっているのは自分がいなくなることで、自分が死んでしまう事で“彼”にいらぬ負担があるかもしれないと・・・心配した。
きっと自分がいなくても“彼”は大丈夫だろう。自分の死を悲しんで、それでも止まらずに歩き続けてくれるのは分かっている。だけど・・・少しでもその負担を背負ってきた、支えてきた、それができなくなる事が何よりも怖かった、恐怖した・・・・・・もう“彼”に全てを託すことしかできない事が悲しかった。
自分はもう傍にはいられない、力になる事は出来ない。たとえわずかでも重荷を和らげる事は出来ない。それが申し訳なかった。自分程度の事で“彼”がまた傷つくのが分かるから――――
『ワタシハ、ココマデノヨウデス』
迫りくる弾丸を、時間を先延ばしにしたような感覚のまま、“彼女”はアイレンズ状の眼を閉じた。
死ぬことに恐怖が無いわけではない。未練が無いわけでもない。まだ生きて“彼”の傍で“彼”の役に立ちたかったが、そうもいかない事をリアリストである彼女は理解している。
だから“彼女”は“彼”のことを想いながら自分の死を前に、ただただ“彼”の未来を思った。
いつも誰かのために行動していた人を、いつだって誰かを想っていた人を、いつまでも優しかった人の幸福と未来を祈りながら、“彼女”は凶弾を受け入れる。
“彼”と出会い、共にいれた。必要とされていた。そんな抱えきれないほどの幸運を噛みしめながら―――
『―――ベアトリス』
“彼”は、世界に抗う者は、そんな“彼女”の想いを裏切る。
「え!?」
『!?』
綯は眼を見開いた。完璧に完全に仕留め切れるはずだった弾丸が弾かれた。
『マダ死ヌナ』
“彼女”の幸運は止まらない。終わらない。終わらせない―――――諦めない。岡部倫太郎のように、鳳凰院凶真のように、世界中を敵にしてでも戦う“彼”の意志が“彼女”の運命を覆す。
「まずっ!!?」
バッと、綯はとっさに右腕の装備していた銃を身体の前に翳す。少しでも“彼”と距離を開けるように、少しでも遮蔽物を求めるように、“彼”を相手にそんなモノは無駄でしかないと分かってはいたが―――・・・やはり、あっさりと銃ごと綯の胸は切り裂かれた。
白と紫の分厚い装甲を纏った巨漢。巨大な翼を具象化させた馬に跨った西洋甲冑。英雄のような出で立ち、事実“彼”は間違いなく英雄だ。我を通し、仲間を護り、悪を憎み理不尽を覆す。憎悪をぶつけるべき相手を間違えず、いつだって正しい怒りを胸に、その手には敵を討つ剣を握る。
「がっ、はぁ!?」
綯は状況を確認する。認識する。胸元から鮮血が、意識が途切れそうになる。しかし致命傷じゃない、まだ死んでいない。なら問題は無い。ここは魔法のある世界、自分は奇跡を纏う事ができる存在、あの人と違い自分には確かな力がある。常識に対し理不尽と表現しても言い魔法を使えるのだ。
致命傷でなければ耐えきれる。意識があるなら動ける。意志があるなら戦える。奇跡も魔法もないのに戦い続けた人を知っている。文字通り感情一つで戦い続けた狂気のマッドサイエンティストを・・・・だから怯まない。
あの人は一度だって言い訳をしなかった。ならば魔法を扱える自分が、奇跡を纏う自分が、この程度で根を上げるわけにはいかない。この程度・・・・いつだって乗り越えてきた人の隣に立ちたいのなら。
「スキル、パージッ・・・」
目の前の騎士。最強のブラスレイターから距離を置くために装備している魔法を変更する。
「スキルセット!スティングーマ!!」
口と胸から零れる血を無視し叫ぶ。痛がるのも怖がるのも後からできる。今は生きる事を最優先にすべきだ。それこそが絶対条件、自分まで・・・・岡部倫太郎を悲しませる訳にはいかない。
魔力が収束し形となって顕現する。腰から下方向に向けて二枚の翅のような青いパーツが伸び、足には同色の鋼鉄が装備される。この瞬間まで綯は零れる血に動揺せず、突然の割り込にも焦ることなく冷静に対処しようとした。
各パーツの先端から魔力フレアが勢いよく放出し後方へ加速、最高速度で距離をとって綯は現状打破を――――――
(―――――オカリンおじさんは?)
視線の先で“彼女”を片手で抱きとめている騎士を確認しつつ綯は気づく。目の前の敵は先刻まで岡部倫太郎と戦っていたはずだ。遠くの空で、全てを戦場に変えて、誰にも手出しできない決闘を――、彼はどうなった?
敵は目の前に居る。此処に居る。遠くの空に居たはずなのに、今はここに居る。居る事ができる。つまり、それは・・・・・。
(負けた!?M3―――オカリンおじさんが・・・!?)
一瞬浮かんだ予想と予感は魔法を扱う感情に大きく刺激した。ドクン、と心臓が跳ね上がり冷静になるべきだと解っていたが魔法は正直に、素直に持ち主の意志を汲み取り実行する。
魔力は感情で制御する。魔法は感情で動かす。個人の抱く気持ちが常識を覆す。漫画やアニメのような陳腐な設定・・・それがどんなに危険なことか、実感した。
“自分の意思で”、だけど“勝手に”綯は身体を反転させる。距離を取ろうとしていたのに無理矢理方向転換、身体の奥から無限に沸き上がる力に逆らえない。一瞬の感情が魔法へとシフトし、それに引っ張られて身体が勝手に動く。だけどそれは暴走じゃない、確かに自分の意志だ。
目的と過程【手段】が逆転するように、魔法の使用によって、発動によって感情が加速する、沸き上がる。強い感情が魔法を生み、それがさらに感情を誘発する。
ドンッ!!
だから最強の騎士に正面から突撃する愚行を犯す。
『・・・・・・』
騎士は右手に持つ武骨なクレイモアを横薙ぎに振るう。
無言で、その兜の下でどんな表情をしているのか綯には分からない。連れを傷つけられた事に怒っているのか、仲間を失った者を憐れんでいるのか、愚かな挑戦者に呆れているのか、その攻撃は手を抜かれていた。
とは言え、それでも神速の斬撃。刃は空と音を引き裂いて綯に迫る。
「っああ!!」
身体を回転させてのバレルロール、斬撃をかわし、綯は勢いをそのままに“彼”の側頭部に装甲を纏った右足を叩きつける。
先程“彼女”の頭部を蹴りつけた時よりも強力な一撃。魔力が込められた一撃はまさに閃光一閃。10号機の効果はまだ続いている。威力は通常時の攻撃力を遥かに上回っている。
そして直撃した。カウンターとしてのタイミングは最高だったはずで、ドバン!と空気の破裂する音と一緒に確かな手ごたえを綯は感じた。
『・・・』
「―――――」
それでも、まるでダメージが無い。吹き飛ばせない。
―――未来ガジェットM10号『バタフライエフェクト』停止
「――――ぁ」
綯の身体から紅い光が消えて魔法が、魔力によって強化されていた効果がぐっと下がる。
同時、ようやく自分の行動の・・・・最初から気づいていたが、それでも動いてしまったのだから魔法とは厄介だ。
本当に厄介だ。魔法は本人の感情に敏感に反応する。例え意志で押さえつけても、強力な魔法少女ほど突然の事態には完全に制御できない。どんなに押さえつけて、否定しても自分の心の底の願望は、想いは消せない。
だから魔法となって顕現する。時に魔法少女の意思に反して。
知っていた。岡部倫太郎を通していろんな少女達を見てきたから。だからこれは、こうゆう自体は何時か起きると予想していた。自分がここまで我武者羅に引っ張られるのは予想外だったが―――
「がっ!?」
追撃、逃走、どれでもいい、何でもいい、ただ止まったままでは意味が無い。行動しなければいけなかった。
しかし綯が動くよりも先に、行動の選択を、それを思い浮かべるよりも先に相手が動いていた。
(この馬ッ)
騎士が騎乗している馬に前足で蹴り飛ばされた。騎士の跨る馬、足場の無い宙を闊歩している時点で普通じゃないのは見た目の巨大さをおいても分かる通り、この馬も―――
「―――ッの、このくそ!」
口から汚い言葉が零れる。テレビゲームで熱中する時以外でこんな言葉が出すのは悔しくて情けなかった。
もう一度、実力差に諦めずに、生きるために再度攻撃しようとして―――
ドシュ
左足を切り落とされた。泣きたくなった。
「スキルセットスターラプター!!」
情けなくて、悔しくて、涙が溢れる。
ボンッ
右手に巨大な剣をリアルブートした瞬間、“彼女”の魔力弾に右肩を撃ち抜かれる。
仕返しか、“彼女”と同じになった。肩から先を失った。
「ス、スキルセッ――――」
ドッ!
馬の突貫からの頭突きによって身体を九の字にしながら落ちる。
「ハッ、ァ―――」
ああ、勝てない。抗えない。分かってはいたが・・・・ほんとに、どうしようもない気持ちになる。
彼を独りにしないと、あの日、あの時言ったのに、彼が涙を見せるほど心をさらけ出してくれたのに裏切ってしまう。私が死んで、彼を悲しませて――――
―――そんなのは、嫌だ
自分だけは、天王寺綯だけは“それ”をしてはいけない。
絶対に、何があろうと、例え相手が最強の騎士だろうが魔女だろうが関係ない。
死んではいけない。いなくならない。岡部倫太郎の元から絶対に――――喪われない事を証明しなければならない。
もう一人しない。誰もがおいていく、誰もがついていけない、誰も憶えていない、ずっとずっと一人ぼっちだったのだ、岡部倫太郎という人は――――
―――いや・・・・嫌だ!コレ以上、悲しませない!
ぐっ、と残された左手の拳を握る。胸元からは最初の事よりも血が勢いよく流れるが魔力は全て左腕に、喉には血が溜まり呼吸ができない。それでも肺から残った酸素を吐き出す。
身体状況は極めて危険、魔力は残りわずか、予備のグリーフシードは無し、敵は最高位のブラスレイターが三騎。
勝ち目は無く、勝機は無い。逃げる手段は無く、逃走は不可、凌ぐ技量は無く、耐えきれない。逃走も抵抗も無理で無茶で無謀。
―――だからなに? 上等だ!
「―――セット、ガンヴァレル!!!」
九の字に曲がった身体を起こして前を向く。上を向く。
首元にマフラー、左腕に渦巻いた魔力が白い装甲をリアルブート、敵機が迫るなか白の装甲はアンクの光を宿らせる。
ギッ!と落ちながらも綯は相手を睨みつける。それで怯む相手では決してないが、その間に身体を切断されかねないが綯は真っ直ぐに睨みつける。
沸き上がるいろんな感情を、たった一つの想いで塗りつぶし魔法へと変える。それを眼前の敵に叩きつけるために吼える。
「負けない、負けられない――――負けてたまるか!!」
二人を乗せた巨躯の馬が突撃し、抱かれた女王が魔力弾を放ち、最強の騎士が剣を振るう。
今や綯にとってどれもが必殺になる攻撃で、どれ一つ防ぐ事は出来ない。
分かっている・・・・・感情は沸騰し、激情に駆られながらも冷静にその事を理解していた。
―――それがどうした!!
それでも諦めない。諦めきれない。やっとこの手は届いたのだ。ついに想いを伝える事ができたんだ。
なによりも約束した。ただの口約束だがそれが彼の希望であり、彼が唯一望んだことだったから―――それを破らないために抗う。
感情が、想いが魔法へと変わり常識を覆す。その強さが威力を底上げする―――だからといって状況打破できるほど世界は優しくないが、何もしないままやられてたまるか!
全力全開乾坤一擲!持てる力と沸き上がる感情を左腕に集め解放する。
―――私は 天王寺綯は岡部倫太郎の、鳳凰院凶真のパートナーになるんだ!
眼前の死に向かって、綯は左腕を前へと突き出した。
「ガンヴァルアンクッ、ストライカァアアアアアア!!!」
激突は大爆発を起こし、ロシアの空を赤色に染めた。
■
人生は判断と決断の連続だ。
日本、見滝原。
「うーん」
ラボメン№02鹿目まどか。彼女は涼しげな仕立てのワンピースの上から更にゆったりとした袖のボレロを羽織り、鏡の前でおかしな個所はないか入念にチェックしていた。
普通に可愛らしい格好だ。小柄な彼女にとてもよく似合う。だが、どこか着慣れていないというか『慣れないお洒落をしている』感がある。こう・・・ぎくしゃくしているのだ。
もっとも彼女の場合、そんな微かにみえる態度がむしろ微笑ましく、余計に可愛らしさを増強しているが、そんなことに彼女は微塵にも気づいていなかった。
「変じゃ・・・ないかなぁ?」
くるくると、鏡の前で何度も角度を変えながら自分の姿を確認して早30分。ようやく彼女は納得したのか脱いだ制服と散らかった洋服をクローゼットに収めて自室から出る。
学校が終わって寄り道せずに家に戻ってきて、しかし用事を済ませるためにこれからまた外出するのだ。
長々と着替えに30分かけてしまった彼女だが割と急いでいたりする。本当なら学校から目的地に直接向かってもよかったのだが母親からついでとばかりに用事を追加されて――――――
「遅いぞーまどかー・・・って、わざわざ着替えたのかい?」
リビングに降りれば母親の鹿目洵子が呆れているような表情でまどかに視線を向けてきた。
「だ、だって帰り遅くなって泊まりになるかもしれないしっ、久しぶりだから、せっかく買ったもの着ていこうかなって・・・」
「たかが数日だろうに・・・・あーはいはい、じゃあ悪いけど資料お願いね」
「もーっ」
話を振ってきといて反応が薄い事に若干まどかは不満を抱いた。結果論だが時間がかかってしまったのは、集合時間に遅れるのは母・洵子の都合であってまどかはそれに巻き込まれたのだから思うことはある。
普段は朝が弱い事をぬかせば完璧で理想の大人の体現者たる母だが今回はなんだか納得がいかない。そもそも彼女は娘の自分に『女は外見を舐められたらダメだ』と普段から言い聞かせてきた・・・・・自分なりに頑張ったのだ。
なのに投げやりな態度で対応されれば年頃の娘としてはこう・・・・ね?普段の格好良い母親とのギャップもあって落胆という気持ちが出てくるものだ。
「コレって何の資料なの?」
だからか、まどかもつい投げやりな態度を取ってしまうが、そんな娘の様子を洵子は微笑ましそうに受け止め質問に答えた。
「小額献金システムの整備関連と広報業務、メディア各社への売り込み案にマーケティング、それから――ー―」
「えっと・・・・ママのお仕事ってなんだっけ?」
「色々だよ」
娘が言葉につまった。母は面白そうにしていた。
「えー・・・・と、これって大切なモノじゃないの?」
「アイツもちょっと噛んでるから問題ないよ」
「で、でもまだオカリンは――」
「織莉子ほどじゃないよ。織莉子にはウチの会社がロシアに新しいブランドを建設させるから現地での資材調達ルート確保やそれに連なる鉄道のアイディアを・・・・ああ、織莉子は岡部と違って本気で期間限定なのがもったいないな」
「・・・・織莉子さんまだ学生だよね?」
「一つ上だっけ?大学卒業まで長いね・・・・うーん」
「やっぱりすごいなー・・・ママにそこまで言わせる人って滅多にいないよね?綺麗だし・・・」
「たぶん史上初の快挙だね。今のうちに契約でも結んで高校卒業と同時に会社に入ってくんないかなぁ・・・美人だし」
美国織莉子はまだ高校も出ていない未成年。そんな事はできないし洵子もそれは十全に理解しているが、その声にはマジな成分が十分に感じられた。
しかし本当に何の仕事をしているのか分からなくなってきた。いや一つ一つは何となく分かるのだが仕事の幅が大きすぎて何がどれが本業なのか分かりづらい。
受け持った仕事のジャンルが雑多すぎて理解が追いつかないのだ。聞くだけでこれだ、直接巻き込まれた先輩は無事だろうか?大型連休を利用してのまさかの国外研修、自分の母親ながら本当に大胆な女性だった。
「いや待てよっ、その前に会社を乗っ取って!いや・・・新しい会社を立ち上げてからのほうが―――」
「えっと・・・・オカリンはどうなのかな?ママの会社に就職とか、できそう?」
ふと、気になって問うてみた。もし彼が母親の会社に・・・乗っ取りは冗談としても独自に立ち上げた会社を経営するとして、そこに彼が居たら楽しそうだなと思った。
仕事の内容は想像ができないが、自分も就職すればきっと彼が教えてくれると思うから安心だ。将来目指したい夢や務めたい職業といったビジョンは今のところ無いから・・・・・。
と、そんな考え方で仕事が務まるはずがないと頭を振ってみるが――――中学高校大学と経て、その先も一緒にいられるなら、未来ガジェット研究所のみんなと何でもない毎日を過ごせるなら嬉しいな、と素直に思えた。
「大雑把だけど四年分の未来情報、現代社会での価値は計り知れないからね・・・うん、それにあいつは今から鍛えればそれなりに使えそうかなぁ、任せている仕事は一応そのための予行練習みたいなもんだが・・・・」
「魔法の力なのに夢がないような気がするけど・・・それにオカリンは頭いいよ?」
「知ってるよ。それにビジネスだってロマンさ、あと奇跡に頼るのは今回でお終い」
「え、そうなの?」
「ああ、岡部から何度も忠告されたしね。いや警告か・・・それにあたしは最初から利用するつもりは無かったんだ。未来視なんて力、周りに知られたらまともな生活は永遠に来なくなるからね」
「え、じゃあなんで?」
「矛盾してるけど今回の言いだしっぺは岡部だよ」
「・・・?」
「織莉子の未来視が必要な事態があって、その過程であたしの会社のプロジェクトが絡んでるのか、巻き込まれるのか、偶然か、とにかく岡部が未来視の力をあたしに打ち明け、あいつが外国に行くほどの用件が今回の『研修先』にあったんだろ」
「なに・・・・それ、初めて聞いた・・・」
「口止めされていたからね。現に向こうについた途端に岡部はチームから離れたそうだよ。最初から織莉子の付き添い扱いで、事前に本人から連絡あったから大きな問題には成らなかったけど・・・現地メンバーから連絡があった。合流はできたけどかなり弱ってたらしい」
「そっか・・・」
「連絡があったのはまどかが学校に行ってる間だったから、もうラボについてるんじゃないか?・・・・詳しい話は直接聞いてみな、言い訳もね」
「・・・うん」
またか、と思ったが、それを聞いてまどかは怒る事はしなかった。少し前の自分なら憤りを感じていただろう。なぜ相談してくれなかったのかと岡部を責めるだろう。
だけどもう・・・慣れてきてしまった。彼が、岡部倫太郎が、鳳凰院凶真が知らないところで戦っている事に。
自分以外のラボメンの誰かを連れて、特に最近仲間になった―――・・・・いつものように、今までのように、自分達の知らないうちに。
「なんで、言ってくれないのかな・・・・」
初めて出会った時からそこだけは変わらない。
きっとこれからも、ずっと先も、彼はそうなのだろうか?
ズルイと思う。卑怯だと思う。
誰かを助けるくせに、助けたくせに、助けられる事を否定するなんて酷いと思う。
大切に思われているのに、執着されない。
信頼されているのに、必要とされない。
求められているのに、欲されない。
愛されているのに、そこに恋は芽生えない。
―――欲しいもの?そうですね・・・・・・私は9号機が一番欲しいです
そう言ったのはあの人だった。
―――あのガジェットは証明、オカリンおじさんに選ばれた証だから
あの人なら、あの人はどうなのだろうか?なんて考える。よく思う。予想して邪推する。
未来ガジェットM09号『泣き濡れし女神の帰還【ホーミング・ディーヴァ】』。
よくわからないガジェットだった。知ってからは最も意味のあるガジェットだった。11号機、4号機・・・・0号機よりも岡部倫太郎が大切に想うガジェット。岡部倫太郎に選ばれたラボメンだけが託されるガジェット。
彼はそれを誰に託すのか、誰に受け取ってもらいたいのか。
やっぱりあの人なのか。未来ガジェット研究所ラボメン№01天王寺綯。
あの日、ラボに駆けつけた皆が見た涙は彼女が原因、彼女のおかげ。
岡部倫太郎が誰にも見せなかった脆く弱い部分を唯一さらけ出した人。
受け止めた人。受け止めきれる人、受け入れる人。
「――――急がなきゃ」
まどかは気分が沈まぬうちに家を出た。
「今日は・・・・・どんなお話しを聞かせてくれるのかな」
大きな鞄に預かった資料とちょっとした食材やお菓子を詰めてまどかは目的地を目指す。徒歩で向かう場所の名前は『未来ガジェット研究所』。自分達ラボメンの大切な居場所。最近開業(?)した岡部倫太郎の自宅兼研究施設。
大家は彼女の母親だ。古いがそれゆえに激安で岡部にテナントビル一棟を全て貸し与えている。もっぱら二階の自宅部分が岡部の、皆の使用する場。一階は専用ガジェットがスペースを使い、三階は空いたまま、屋上は洗濯物を干す場として使用している。
岡部曰く五階建てなら完璧だったらしい。何が?と問われれば 何でもない、が過去でのやり取りだ。
「あ、もう帰ってきてるんだ」
視線を向ける先、ラボの二階に視線を向ければ窓があいているのが見えた。だからという訳でもないが、いつもだがラボに近づくと、その存在を確かめると温かい気持ちが溢れてくる。きっと自分だけでなく他のラボメンもそうだろう。
怒涛の一カ月。そう表現してもいい時間を皆で乗り越えた。その記念のように作られたこの場所は本当に特別なのだ。気づけば足を向けてしまうほど気にいっている。そんな自分の好きな場所を皆が同じ気持ちで共有しているのだから嬉しくないはずがない。
それに未来ガジェット研究所は人通りの多い路地から一つずれている場所に存在する建物だ。中学生の身でありながらお金を気にすることなく、親の目を気にすることなく皆で騒ぎ集まれるだけでなく、内装も好き勝手できるので女子である彼女達にも男子特有の秘密基地ロマンを理解することができる場所だ。
内装をある程度自由にできる。それは何かと彼女達にとっては嬉しいものだ。自分達のセンスで好きなように部屋を改造、もとい趣味でフロア一つをまるまる染めることができるのだ。
自分の好きな場所を、居場所を自分達で好き勝手できるのは・・・・受け止めてくれるこの場所が本当に大切だから意味がある。
ちなみに彼女達にとってラボが他人の家という意識は薄い、まるで自宅にように過ごしている。
だからというか、必然というか、最近ラボに置かれる荷物が増えている。
食べ物はもちろん内装を整えるために写真立てや花瓶、自分専用のコップやお箸など雑貨な物はもちろんだが男の岡部や上条からは用途の解らないモノまで、とにかく多岐にわたる代物が自然と増えていった。
最終的に使用せずに持ち帰る物品もあるが、わざわざ持って帰るには判断に困り、しかしせっかく整えた内装を無粋に乱したくはない、だから奥の寝室にはそれらの未使用の物品が段ボールの中に大量に放置されている。
そうやってコツコツと荷物が増えていき、次第に彼女達は大きな私物も置いていくようになった。最初の頃はケータイの予備充電機や傘、ハンカチ、教科書といった小物の『忘れ物』だったが最近ではジャケットなどの衣服や毛布といった大きな忘れ物(?)が増えてきている。
それはまるで縄張りを示すように、自分達の存在を主張するように徐々にだが確実に―――それらの私物を増やし続けている。
最初は気にしなかった、というよりもむしろ歓迎していた岡部だが最近は苦笑気味だ。アコーデイオンカーテンで遮った寝室フロアはもはや折りたたみ式ベットを広げれば足場がほとんどないくらいにダンボールや私物が置かれている。ダンボールの中には着替えや下着が入っている場合もあるのでヘタに移動させる事も出来ないと岡部は上条に愚痴っていた。
またラボの鍵はラボメン全員が所持しており、ラボに寝泊まりする場合ベットは女子優先になるから岡部はソファーで眠る・・・結果、岡部倫太郎は自宅でありながらプライベートスペースがほぼ無い。なんとなく皆がそれを察してはいるが荷物は日々増えているので改善の目処は立っていない。
まどかは心持ち早足で階段を上る。少し息を切らしながら扉に手をかける。
「おかえりなさい!オカ―――」
「遅いぞっ、いったい何時まで待たせるつもりだ!」
まどかがラボの扉を開けようとした時、扉は中から勝手に開かれた。同時に聞こえた声は彼のモノではない、少女の声だ。
ショートカットの髪に強気の視線、怒った口調だけど口元には笑みを浮かべた少女。タンクトップにショートパンツ、その上からエプロンを着ている・・・なんだが裸エプロンみたいで困る。
その手にはオタマが握られているので料理中だったのかもしれない。
「ご飯作りにくるから早く帰ってこいってメールしただろって――――まどか?」
「う、うん、こんにちは。あいりちゃん」
まどかも驚いたが相手もそうだったのか、顔を合わせた二人は予想していた相手とは違っていた事でキョトンとして、次いで僅かながらの気まずさを感じてしまった。
別に二人の中が悪いわけではない。ただなんとなく、はやまったと言うのか、対応を間違えてしまい、それもなんだが今の自分を見られてしまった事が気恥しいからだ。
うまく言葉で表すことができないが「う、うわあああああ!?」と言った感じの何かを互いが感じてしまったのだ。もちろん・・・何がもちろんなのか、やはり言葉にはできないがそれを例え相手に悟られていても平静を保たなければいけない。それを互いが熟知している。だから何だかぎこちない。
「えっと、お料理?」
「あ、うん」
「オカリンはまだ・・・・なのかな?」
「うん、まだ」
そう言って彼女はまどかに道を譲る。玄関で靴を脱いでラボに入れば台所には大きな鍋がぐつぐつと美味しそうな匂いを放出しながら鎮座していた。
杏里あいり。ラボメン№05。飛鳥ユウリの片翼。今は『杏里あいりの姿に変身している』魔法少女。本物の杏里あいりなのに杏里あいりに変身しているという矛盾を孕んでいるがラボメンはその事情を理解しているので疑問に思う者はいない。
途中だった料理を仕上げるため彼女はまどかに背を向けて鍋に向かう。まどかはその様子を視線の端で追いかけながら荷物をテーブルの上に広げる。食材は冷蔵庫に、預かっていた資料はパソコンの傍に。
「他には誰か来たの?」
「ん、マミとユウリが一緒だったけど飲み物買いに行ってる」
巴マミは最近まで岡部倫太郎と一緒に住んでいた。この場所ができるまで彼が彼女の家に居候していたのだ。現在は佐倉杏子と千歳ゆまが彼女のマンションで共に生活をおくっている。
飛鳥ユウリ。杏里あいりの親友にして恩人。あいりは変身魔法を解いてしまうと彼女と瓜二つの姿になる。契約の願いでそれは細胞レベルで同一だ。
今でこそ慣れてはいるがこれには一つ問題があった。今となっては偽物(?)になってしまった本来の姿、杏里あいりとしての姿に変身したまま日常生活を送らなければならないのだ。
微々たるものとは言え魔力消費はもちろん、日常生活全てに気を使うはめになっている。本来なら気を使うことなく自由気ままに過ごせるはずの自宅ですら彼女は油断できないのだ。特に就眠時。浅い眠りなら大丈夫だが深い眠りに入ると変身魔法は自動で解かれてしまうので過去に一悶着があった。
「そっか、あいりちゃんは何を作ってるの?」
「本格ビーフストロガノフ、ユウリに習ったばっかりで不安だけどちゃんとできそう・・・たぶん、きっと、大丈夫、のはず」
「へー、それって手間暇かかるって聞いたけど凄いねっ」
「今日は早めにラボについたから大丈夫、問題無い」
「ふーん、あいりちゃんもユウリちゃんもあすなろ市からだよね?いつからラボに?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「?」
「なんでもない、そろそろ二人も帰ってくるから、もうちょっと待ってて」
「うん。あ、何か手伝う?」
「ダ、ダイジョウブデス!」
「?」
あいり。彼女には悪癖がある。彼女は普段なら、翌日が学校等の平日時には早起きだ。どんなに疲れていても早起きできるのだが翌日が休みといった休日には・・・・・『絶対』に起きないという癖があった。
どんなに揺すっても声をかけても絶対に起きない。だから過去に変身が解けた状態で親に目撃されており・・・その時はユウリとの裏口説得で誤魔化せたが、この件で事態の深刻さに気がついた。
その解決策がなんとも突拍子もないものだからラボは一時混乱したが前例がないわけでもないので妙な習慣が彼女にはついた。解決策、それは変身魔法の持続に慣れるまで杏里あいりは翌日が休みの場合、他のラボメンの家にお泊りに行くというものだった。その中には当然のようにラボも含まれる。
休日前夜とはいえ他のラボメンの自宅に何度もお邪魔するのはさすがに抵抗がある、しかしラボなら岡部が一人で暮らし、状況も理解している、親兄妹もいないので迷惑にならないし常日頃からリラックスできる場所だったので気も楽だ。
ラボにはよく佐倉杏子と千歳ゆまが泊まり込んでいたが巴マミの自宅に住む事になったのでその頻度は減り、他のラボメンは泊まり込む事自体少なかったので問題はかった。
また、家主たる岡部倫太郎は基本的に生活能力が低いので家事をこなせる彼女の滞在は歓迎していた。なのでやはり問題は無かった。岡部倫太郎的には。
問題は、あいり本人と周りだったが佐倉杏子や呉キリカといった前例があるだけに彼女の貞操的な安全は保障され・・・むしろこの場合は腕力的に岡部のほうが危ないのだがそんな根性はまどかの片翼しか持ち合わせていないのでやはり問題は特になかった。
最初の頃は緊張気味のあいりだったが近頃は慣れたのか、休みの前日には晩御飯の相談を岡部としながらあすなろ市からやってくる。現在では親御さんにも魔法の存在、娘の状況を説明し、納得してもらい問題は解決している。
しかしこの習慣はなくなっていない。純粋に首を傾げる者もいれば変に納得する者もいる。あいり本人は慣れたからと週末にはいつもラボに泊まりにくる。親御さんも止めることなく、寧ろ今の状況を推奨していた。週末の食費代を娘だけでなく岡部の分も出してくれている。岡部は当初現金の受け取りには困っていたが貧困的理由からその厚意を受け取っている。
だからか、他のラボメンの荷物は段ボールに詰め込まれているが彼女だけは違う。過去は違ったが今では岡部が使用するラボ唯一の洋服タンスにはあいりの私服も詰め込まれている。
岡部はもとから荷物が多くないので今ではあいりの方がスペースをとっているほどだ。洗濯物の出し入れも最近ではあいりが率先してやってくれるので・・・・というかラボの物品等の位置は岡部よりも彼女の方が熟知している。
未来ガジェット研究所はラボメンにとって秘密基地であると同時に憩いの場、第二の家みたいな感覚があるが、第二の自宅と言う意味では杏里あいりが最もそれを感じているだろう。周りもそう受け取っている。
「まったく、それにしても遅いなアイツはっ」
「・・・・・」
「ん、まどか?」
「あいりちゃん」
「なに?」
あいりは口調こそ若干悪いがとても良い子だ。他人の世話をよく焼くしとても優しい。感情表現が豊かでよくユウリやキリカからからかわれている。
愚痴りながら、でも鼻歌を零しながら調理を再開しているあいりの後ろ姿を眺めながら、まどかはぼんやりと思っていた事を口にする。
今の状況を、今のあいりの姿を見たら彼はどんな反応をするのだろうか?と思い、そう思ったら質問を投げていた。なぜか、その前に気づいてほしかったから。
「正面から観たら裸エプロンみたいだね」
「ふぁっ!?」
あいりの調理する音と、ラボでの独特の安心感からぼんやりとしていたまどかはNGワードを口から滑らせてしまった。
彼女は普段悪ぶって見せているが親友の前や、ふとしたことで素を見せる。彼女はまどかから見て最高位のおっちょこちょいでかなりの暴走キャラだ。この手の話題には誰よりも弱い。ある意味純情で残念な女の子なのを失念していた。
ハッ、としてまどかは口に手をやるが遅かった。あいりはまどかに背を向けたまま妙なポーズで固まっていた。左足を右足の膝後ろに、両手を万歳したポーズ、鍋をかき混ぜていた手にはオタマ・・・・・ビーフストロガノフがなみなみと頭部に注がれていた。
「熱うううううううううう!!?」
「きゃああああああ!?あいりちゃん水みずみずー!!!」
ドタバタと時間は過ぎ去っていった。だいたい何時もこんな感じの空間。
ここはダイバージェンス3%の世界線。
なんか気づいたら辿りついてしまった世界線。
手に入れた全てを■■■■ことにした後の世界線。
■■■の願いに引っ張られた状態の岡部が辿りついた世界線。
やり遂げた岡部倫太郎が辿りついた世界線。
「“たっだいまー!”倫君帰ってきてるー!?」
「あら、鹿目さん」
「あ、“おかえりなさい”ユウリちゃん、マミさん」
「ふふ、“ただいま”」
「あれ、あいりどうしたの?」
「うぅ・・・」
「あはは、うん、一応あいりちゃんは大丈夫だよ」
流し台でアツアツのビーフストロガノフを流し終えたあいりの頭をバスタオルで拭いていたまどかはラボの玄関を勢いよく開けはなった飛鳥ユウリと、買い物バックを下げたマミに苦笑しながら挨拶をした。
マミは制服姿だ。きっと学校が終えると家に戻らずに直接こっちにきたんだろう。寝室の方が片付いているのは、もしかしたら彼女が掃除をしてくれたからかもしれない。
ユウリはノースリーブの黒いワンピース姿。頭にはふんわりした帽子。あいりもだが彼女も私服姿。この二人、学校はどうしたのだろうか?途中で着替えたのか、ここで着替えたのか、まさかサボってはいないと思うが・・・。
「そうだユ、ユウリっ」
「ん、あいりどうしたの?」
「こ、この恰好なんだけどッ」
「エッチで可愛いよ?」
「えっ!?まってユウリこれユウリがっ!!?」
髪を拭かれながらバタバタと両手を振りまわして何事かを伝えようと必死になるあいりだがユウリは笑顔のままだ。
まどかは知っている。飛鳥ユウリ。普段はアホの子代表としてアッパー上等の少女だが・・・なかなかの策士だったりする。主にあいりを弄る事に関して、もっともそれはあいりが純情で親友の言葉を鵜呑みにするからだが――――。
「倫君も喜ぶと思うよ?」
あと気になったのだが、可愛らしく首を傾げる彼女はいつから彼の呼び名を『倫君』にしたのだろう?
前回までは『岡部』と呼び捨てにしていたような気がする・・・だぶん、そうだったような気がする。
「え、でもエッチって・・・・え?」
「うん、あいりの可愛いところをいっぱい倫君に見てもらおうねっ」
ニコニコと笑顔を向けるユウリに、あいりは言葉を失う。
身体を両手で抱くようにして親友の言葉に疑問符が浮かんでは消える。
「えうっ?で、でも恥ずかしいよっ!?」
「それ以上に可愛いよ?」
きっと今のあいりの恰好はユウリが勧めたのだろう。その情景が簡単に思い浮かぶ。
「あぅ、いえっと・・・・その、あの私は――――」
「んー?あいりは倫君に“可愛いよ”って言ってもらいたくないの?」
「え!?いや別に私はあいつにそんなこと―――!」
「じゃあなんで昨日アタシに―――」
「うわああああああユウリィイィイイ!?」
大慌てでユウリの口を塞ぐ。
「な、なんでいつも誤解されるような言い方するの!?」
「むぐぐぐぐっ」
「あいりちゃん?」
「あらあら」
「違う・・・からっ!」
キッ、と鋭い視線を向けるが怖くない、どちらかというと可愛い・・・どうしてラボメンのみんなはこんなにも可愛い反応をしてくれるのだろうか、ついつい抱きしめたくなってしまう。
(ほむらちゃんもだけど・・・・私ってツンデレな子がタイプなのかな?)
良い反応はもちろんだが、普段強がっている子がふと見せる弱さにキュン!とくることがしばしば・・・マミさんとか杏子ちゃんとか、織莉子さんとか――――。
いつも通りの時間を愛しく思った。やかり自分はこの場所が、ここにいる皆が好きだ。ずっとこの時間が、この関係が続けばいいなとベタな願いを抱いた。
永遠なんてない、知っている。でもこの世に絶対は無い、可能性は無限。
「オカリン、まだかなぁ」
だから思うのだ。だから考える。この愛しい時間には時間切れがある。少なくとも数ヵ月後には。
きっとそれは今の時間と持続していない可能性がある。きっとその時には色々なことが変化しているはずだ。半年でこれだけ変わったんだ。受験に恋愛、部活にバイト、自分達の未来には変化が否応なしに訪れる。変わらずにはいられない。
目に見える変化、分かっている変化、どんなときも味方でいてくれた、いつだって此処にいてくれた、そんな巴マミや呉キリカ、岡部倫太郎は数ヵ月後には見滝原中学からいなくなる。
「違うからっ、別にあいつは関係ないんだからな!」
「でもその恰好は確かにちょっと・・・刺激が強すぎると思うわ」
「ひゃう!?」
「ぷはっ、だが――――それが良い!」
「ユウリ!?」
「もうユウリさん、あまりからかっちゃダメよ?」
「でも可愛いよ?」
「それは、まあ」
「ね?」
「で、でもエッチなんだよね?じゃあ私―――」
「倫君絶対喜んでくれるよっ」
「で、でもっ」
「うんうん、あとは『養ってやる!』って言えばイチコロだね!」
「なにが?」
「基本的に倫君は生活能力ないから大丈夫だよ!あいり、男の子はね・・・胃袋を掌握すればいいんだよ!アタシは秋山さんに返り討ちにあったけどね!」
「掌握?」
「大丈夫!あとはアタシにまかせて!!」
「で、でも・・・・うう」
親友の言葉に不安を感じたあいりの表情は泣きだしそうだった。
(楽しそうだなー・・・)
みんなが岡部倫太郎の事で盛り上がっている様子を眺めていると思い出す。
最初の頃を、自分だけが避けられていたあの頃を。今が楽しくて、騒がしいから、過去を過剰に意識してしまう。
岡部倫太郎と鳳凰院凶真。最初は岡部倫太郎の事が怖かった。しだいに鳳凰院凶真を演じる岡部倫太郎が可愛いと思った。どっちもオカリンで、だけどなんだろうか、最近はもやもやする。
最初の頃、素である岡部倫太郎は同年代の少年には見えなかった。魔女と戦っている時の鳳凰院凶真が優しかった。
今では、いつだって岡部倫太郎は優しい。鳳凰院凶真は厳しくて怖いときもある。
素の岡部倫太郎は優しくて怖い。仮面の鳳凰院凶真も同じだ。優しくて温かい、でも怖いと感じる事もある。
素と演技の曖昧さ、本音と仮面の融合、同じだけど違いは分かる。彼が今はどっちなのか見れば、聴けば分かる。
だけど分からない。彼の本音が、何を考えているのか、初めて出会った頃のように判らなくなってきている。
遠ざけられて、やっと近づいて、解り合ったのに――――また、あの頃のように解らなくなった。
岡部倫太郎に出逢った頃を思い出す。
ファーストインパクト。もとい第一印象は重要だ。だからこそ“わたし”にとって岡部倫太郎は最初の頃、決して良い人ではなかった。
彼の第一印象は怖かった。
初めて岡部倫太郎と出会ったのは魔女の結界の中だった。
「はっ、はっ・・・・・はっ――――ン!」
魔力を込めた矢を放ち、正面から突っ込んできた人型の使い魔を貫く。
「おい次がくるぞ早く倒せ!」
「あぅっ、あ、あの離してください・・・」
「はやくっ、はやくしろよ!」
目の前には沢山の使い魔がいて、後ろには結界に捕えられていた人達、背中にはパニックから罵倒侮蔑の声に、大きな手が肩を掴んで揺さぶってくるから狙いが逸れて使い魔の数がなかなか減らせない。倒せない。
戦闘開始からどれだけの時間が経ったのか分からない。一時間?それとも二時間?または30分?・・・・・分からない、必死になって、混乱して、気づけばこんな状況だ。
マミさんと合流する前に結界を発見して、既に囚われている人達がいたから単身で挑んだ結果がこれだった。
「はやくここからだしてよ!」
「はやく倒せって言ってるだろ!」
「なんだよ糞ったれが、なんなんだよここはっ」
「お前が大丈夫だからってついてきたんだぞ!はやくなんとかしろよ!」
「きた・・・・またきた早く追っ払ってよっ」
「はやくッ、死んじまったらどうするんだ!」
「ご、ごめんなさいっ、でも後ろにさがっていてください!危ないですからっ」
「ああもうっ、はやくしろよ!」
「痛っ、あの離してください・・・・ッ」
捕まっていた人達を助けきれた所までは順調だった。誰も死んでいないし怪我も軽い擦り傷のみ。魔女の口づけも無し、周囲にいる使い魔を殲滅し安全な場所まで誘導、そのまま結界の外まで案内しようとした。
問題はここからだった。混乱からか、好奇心からか、助けられた人達がまどかに質問責め、特にしつこく問うてくる人達に困惑しながらも簡単に受け答えしながら出口付近まできた。
そのときになって使い魔の大群に囲まれていることに気づいた。まどかはとっさに自ら前に出て使い魔を倒していく。使い魔は数こそ多かったが動きも鈍くそれほど脅威ではなかった。
しかし一般の人間からすれば、普段命の危険を感じる事のない人達からすればそんなことは関係ない、冷静な判断ができるはずがない、相手は常識外れの異形なのだから。
だから混乱し焦りからパニックが起きた。一か所にまとまらず、それぞれが別々の行動を取った。逃げ出す者、泣きじゃくる者、怒りをあらわにする者、まどかに掴みかかる者。
せめてまどかが落ち着いて行動すれば、冷静になればまだ対処できた。しかしまどかはできなかった。初めての単独での戦闘、周囲からの罵倒に泣きたくなる、大きな手に掴まれた肩が痛い、誰にも言葉が届かず、誰からも求められ、しかし誰もが責めてくる。
「っ、ひっ・・・・ぅ」
怖い。
「はやくしろってば!」
「おねがい守ってよ!」
「どうすんだよテメエ!!」
「きたよどうすんのこれヤバいよ!?」
「はやくっ、君!はやくしろ!」
使い魔も、助けた人達も、誰もが硬い言葉をぶつけてくる。味方がいない。誰も“わたし”を――――。
「でもっ・・・・!」
それでも、ここで逃げたり泣くわけにはいかない。
弓矢を引き絞る。狙いは正面にいる使い魔。
「うわぁ、きたああああああっ!!?」
「きゃっ!?」
肩を掴んでいた男性が――――・・・・・矢はまったく関係ない所に飛んでいった。
まどかは頑張っていた。見捨てても問題は無かったし、そもそも義理もない、勝手な発言に戦闘の邪魔、他の魔法少女なら見捨てていただろう。
だが、まどかは耐えていた。もちろん簡単じゃない、怖いし理不尽を感じていたりもする。だけど見捨てない、放っておくことはできない。
きっとそれは優しいからだ。例えそれが原因で自らの命に危険が迫っても、まどかはまどかだからこそ、そんな行動をとる。
『■■■』
「駄目っ」
「ひいっ!?」
しかし優しさは、愛は、状況によっては生物的欠陥になる。
「―――――――ぁ」
優しさゆえに、時に他者のために自分の生命を放棄する行動をとるからだ。
まどかは使い魔の攻撃から男性を護るためにその身を盾にした。結果、背中からは血が噴水のように噴出した。
まどかに押し倒されていた男性の顔は蒼白、ガチガチと歯を鳴らし、顔を押し付けた胸からは心臓の音が聞こえた。
「わあ!?わああああああああ!」
振り回した腕でまどかを自分の体の上から叩き落とし男性は逃げ出した。
『■ ■■』
「だめ・・・ッ」
使い魔が男性を追おうとしたが、まどかがそれを止める。
人型の使い魔の足にしがみついて時間を稼ごうとする。自分を置いて逃げていく人達のために。
「わ、わたしがっ、わたしは魔法少女だから!」
使い魔が足下にしがみついているまどかに視線を向ける。首を傾げて、光のない瞳で、その腕を振り上げた。
今の状態で攻撃されれば・・・さすがに死んでしまう。そう感じた。だけどまどかは離さなかった。むしろいっそう力を込めてしがみ付く。
誰かのために力の限りつくす。命をかけて誰かを護る。一分一秒でも誰かの生命を繋げるために時間を稼ぐ。その精神は高潔で清廉で尊い、美しいものだった。
しかしそれで大切な人が失われたら悲しいだろう。
優しい人の周りにいる人は、親しい関係の者は傷付くだろう。
優しい人が、誰かを救うたびに傷つき、擦り切れていく様を見せつけられるのだから。
「―――ああ、なるほど。度のこした博愛は確かに吐き気がするな」
一人の少年が、すぐ傍でまどかを見ていた。
『―――』
「・・・ぇ・・・?」
いつのまにか、少年はそこに居た。
「まどか、君はもう少し自分の身を労わって行動しろ」
『!』
少年がまどかに手を伸ばせば使い魔は突然の乱入者を警戒したのか、まどかの拘束を解いて飛び下がった。
一瞬、気が緩んでしまったのだろう。まどかは細い悲鳴と共に逃げられた使い魔に向かって手を伸ばす。しかし届かない、足は、身体は自分の意思通りに動かない。
守らなきゃ、わたしは魔法少女だから――――と、まどかは手を伸ばすがズキズキと今になって痛みが神経を撫でていく、痛覚遮断のスキルがあるが思考がまとまらずできない。
それでもなんとかしないと、まどかは必死に倒れた身体に鞭打って立ち上がる。誰かの為に、自分の命を零していく。
背中から血が零れていくが無視、弓矢を拾い使い魔に―――――。
ふに
「ふぇ?」
「ぁ」
この時、自分の思い通りに動かない身体に、震える身体に、死にそうな自分の身体に、そろそろ十四年の付き合いになる身体の一部に初めて異性の指が触れた。
突然の事にまどかの反応は遅れた、どうしたらいいのか分からなかったし頭の中が真っ白になってしまって本当に動けなかった。
この危機的状況でありえないほど素っ頓狂な声を出し、視線を下に、胸元に向ければ――――
隣に居た少年に胸を揉まれていた。
正確には触れていた。だけど揉んではいないと彼は後日主張する。
その話をした日のオカリンはほむらちゃんにボコボコにされる一日になった。
「・・・・・・・・」
「・・・・・・・・」
胸から少年に視線を向ければ、少年は難しい顔をしていた。
「これは・・・・“ない”なぁ」
「ひぅ!?」
そして難しい表情のままポツリと放たれた言葉。あとになって聞いてみれば、このとき彼の言った“ない”の意味は胸のことではなく、この状況で上条恭介でもないのに“こんな事”が起きたことへの皮肉(?)だったらしい。
それでもほむらちゃんにはボコボコにされたのは・・・・・今となってはいい思い出なのだろう。
「ぁ、あの・・・っ!?」
ただ当時のわたしには知る由も無かったのでパニック状態になっていた。確かにわたしのは“無い”と言われても・・・でも一応女の子で、もう中学二年生だ。勘違いだとはいえハッキリと言われたらショックだった。恥ずかしかった。
触れられた個所から熱が広がる、一気に血液が沸騰する。首筋はもちろん顔は大赤面、身体を硬直させ呼吸も停止した。
ボンッ、と頭から熱を放熱するように魔力が散る。
そして胸を触られている事実にようやく羞恥と恐怖が追いついてきたとき――――
「リアルブート」
わたしは異性に胸を触られ、かつ酷評価されるという人生初めての特異の羞恥心を抱いたが、一瞬でそれを超える辱めを受ける。
「あぅっ!?」
胸から・・・・違う、もっと奥、すっとずっと奥にある自分の大切な場所に触れられている感覚に言葉を失う。
わたしの体の、心の主導権は少年に移っていた。背筋を伸ばし、仰け反るような体勢で後ろに倒れそうになるが魔法なのか胸を触っていた手から一定以上離れない、ほとんど浮かんだ状態で、それ以上は重力に逆らっていた。
喘ぎ声に近い、今まで出した事もない声色が勝手に口から洩れる。身体の奥から大切なモノが胸元に集まり外へと溢れていく、行きつく先にあるのは胸に触れた少年の掌だ。
―――Future Gadget Magica04『Giga Lo Maniac』version4.5
それはソウルジェムを通して外に、桜色のそれは形を得ていく。
涙に滲んだ視界の隅で、わたしはそれを観測した。
少年の手と自分の胸の間で魔力の粒子は結晶化する。
それは輝いていた
桜色の粒子は真紅の宝石へ、そこから黄金の枝が伸び、再び真紅の宝石が生まれる。黄金で作られた杖。
それは優雅で神秘的で犯しがたい印象を与えた
桜色の光は続いて刃を顕現させる。杖の倍以上ある長さの優雅な曲線を描く刀身。
それは威風堂々と存在を主張する
黄金の杖の半場部分で刃は浮遊したまま停止。枝が成長する。杖から枝が伸びる。
それは圧倒的存在感と力強さ、生命力に溢れていた
薔薇の蔓のように黄金の枝が刀身を絡めたとき、それは剣として存在した
それは絢爛豪華で神聖邪悪、強靭な威容をしていた
黄金の茨で形作られた剣、少年がそれを手にとって感触を確かめるように真横に大きく一閃した。
それは振るわれるたびに魔力で構成された薔薇の花弁を舞い散らせていく
ただ振るうだけで音が、空気が、空間が斬り裂かれた。
それは強烈で、凶暴に猛烈な咆哮を謡う
「あ、ああ・・・・・」
そして、なによりもそれは涙が出るほど美しかった
―――OPEN COMBAT
電子音がまどかの耳に届いた時、わたしはポケーッとしたまま地面に座っていた。尻餅をついていた。背中の傷は塞がっていた。
僅か数秒の間に大切なモノが、大変な出来事が連続で起きてしまったかのような気分、しかし妙な解放感と、どこかスッキリとした安堵感から放心してしまったのだ。
今は魔女の結界内、呆けていては命が幾つあっても足りない。そんなとき意識を戻したのは音だった。
ゾン!
「・・・・え?」
それは魔法少女になってから初めて見る光景だった。
突撃してきた一体の使い魔が倒された光景。
魔法少女以外の存在が使い魔を難なく撃破する光景。
「あ、あのッ!?」
わたしの声は届かなかったのか、無視されたのか、彼は片手で握っていた剣を逆手に持ち変えて地面に突き刺す。
わたしに何をしたのか、何が起きているのか、それを問おうとして、だけど再び遮られる。
クワァアアアアアアァン・・・!!
「ッ!?」
音だ。強烈な、わたしの中から出てきた剣、使い魔を斬った剣から不可視の何かが広がる。耳を両手で塞いで何事かと周りに視線を向ける。
集まってきた使い魔も、後ろでパニックになっている人達も突然の音に動きを止めていた。劇的に動きを止めたのは助けた人たちだった。剣から放たれた音の壁が通過した後、ピタリとパニックが収まったのだ。
何を言っても、どんなにお願いしても、あんな事があっても静まらなかった人々が一人残らず―――一斉に動きを止めて、一斉に此方を見てきた。
「ひッ!?」
それは異様な光景だった。その目には何もなかった。意思も、感情も、まるで誰かに操られているようで、まるで『魔女の口づけ』のようで―――
それを可能にしたのがわたしの・・・・だから―――
「使い魔が7・・・・魔女本体はいない、人間が23か?」
ぶつぶつと独り言を呟いている少年の背中に手を伸ばした。
「やめて・・・やめてくださいッ」
「?」
わたしの言葉に振り返った少年と目が合う。わたしは伸ばした手が背中に届く前に引っ込めた。怖かったからだ。わたしは少年が怖かったのだ。
わたしの心を勝手に手に取り、我がもの顔で扱う姿が怖かった。手慣れた手つきが恐ろしかった。何もかもが見透かされているようで、わたしを利用して魔女と同じような事ができる彼が怖かった。
視線が合って、何も言えない。きっと彼からは何も言わないわたしが怯えているように見えただろう。魔法少女のくせに、弱虫なわたしを、彼は軽蔑するんだ。
わたしの弱さ、醜さはとっくにバレているのに、その剣を引き抜かれた時から―――
そこまで考えた時、気づけば身体は既に動いていた。
「まど――――っ!?」
ビンタ。右手で思いっきり頬を叩いた。ぺちーんと良い音が、快音が響いた。わたしは生まれて初めて男の子にビンタした。
恥ずかしかった。怖かった。目も合わせきれないと思っていたが気づけば彼の頬を叩いていた。
ズキズキと塞がった筈の背中の傷が痛むが、熱さは手の方が圧倒的に上だった。痛覚を多少はカットしたはずの背中よりも、初めて異性を叩いた手の方がずっと熱くて、熱がこもっていた。
「ま、まどか?」
「ぁ・・・ぅ」
叩いた後、サァーと血の気が引いた。咄嗟だったのだ。反射と言えばいいのか、だって彼が悪い、わたしの大切な部分に断りなく触れて、乱暴に扱うから。
何故かは分からない、だけど分かるという矛盾。あの剣はわたし自身で、わたしの最も純粋で汚い部分を内包している。彼が触れたのは鹿目まどかの最も汚い所で、家族にすら晒せないデリケートな部分、それを彼は扱っている。
それは裸を見られる事よりも恥ずかしい。それは胸を触られる事よりも――――。わたしはそれを感じ取ったから、気づけば彼を叩いていた。
「っ、うぅ」
せっかく一度は引いた熱が再び浮上する。顔が熱くて鼻をすする。涙が零れそうで、赤面した顔も泣いている所も見られたくなくて顔を伏せる。
彼の頬を叩いた右手はそのまま宙をさまよってしまい、きっと今のわたしは―――――
「はぁ」
ため息が聞こえて、彼の手が動くのを感じて恐怖から身体が硬直する。
「ひぅっ」
ぽふ、と頭に感じたのは彼の掌。
ビクリと身体を硬直させたが、その手は優しく髪の毛を撫でただけで聴こえた苦笑と共に離れていった。
「あ」
顔を上げたときには既に彼は背を向けていた。
「コキュートス」
そして静かに言葉を紡ぐ。
その声は温かくて、安心できて、何よりも優しかった。
数十分後、マミさんと合流した。
「鹿目さん?」
「あ、マミさん」
「遅れてごめんなさい」
「あ、いえ大丈夫です。わたしもさっき着いたばかりですから」
結界の外、待ち合せの場所である喫茶店でわたしは魔法少女の先輩である彼女に全てを話した。
魔女、使い魔の結界を見つけ単身で囚われていた人を救助、結界の外に出る前に交戦、そこで魔法少女の魔法とは別の魔法(?)を使う少年に出逢った事を。
「その人は?」
「・・・・・・・」
「鹿目さん?」
「その・・・・たぶん、ですけど。わたしが叩いちゃったから怒ったのかもしれなくて・・・・」
「?」
「結界から脱出したあとに、周りの人達に何かして・・・・・多分記憶を消したんだと思います。それで、そのままどっかに行っちゃって・・・・」
氷結の世界から抜け出した後、再び黄金の剣から音の壁が発せられて、突っ立っていた人達が急に意識を取り戻し、しかし状況がまるで分かっていないように、何があったのか憶えていないように、どうしてここに居るのか首を傾げながらそれぞれが帰路についた。
少年が「変身をさっさと解け」と言うので人目の付かないところで変身を解いて元の場所に戻れば既に姿は無かった。あったのは地面に突き刺さっていた黄金の剣。それもすぐにガラスが砕ける音と共に消えた。
わたしは聞きたい事が沢山あったが――――・・・・・結局、名前すら訊けなかった。
「マミさん、キュウべぇ、魔法少女以外にも魔女と対抗できる存在っているんですか?」
「そうね・・・・キュウべぇ、一応魔女にも現代兵器は通じるのよね?」
『うん 十全ではないけどね 大抵の魔女には効果があるよ 威力だけなら兵器の方がずっと強いからね』
問題は、人間の兵器は所詮対人間用であり、何よりも普通の人間は『魔女の口づけ』を受ければ無力化される。
だから魔法少女しか対応できない、対等に対戦できない。少なくてもそれがスタンダード、あくまでも、少なくてもだが。
『数こそ少ないけど 魔法少女以外で それも男で魔女と対抗できる存在はいるよ』
「そう・・・なの?」
「鹿目さんが会った男の子みたいに?」
『うん 中には人と定義していいか分からないモノもいるけどね』
キュウべぇから色々世界中に居る特殊な状況を聞けた。
例えば『魔法少女と合体(?)して戦うタイプ』。魔法少女の特性で一般の人と合体(?)して戦うらしい。あの有名な『シティ』に割と多いタイプらしい。
逆に『魔女の力を利用して戦うタイプ』。こちらも『シティ』に居たらしいが15年前の大戦で壊滅状態。
例えば『ブラスレイター』。デモニアックと呼ばれる特殊な使い魔の血で感染した存在、大抵は人間としての意識を失うが時たま魔女の力を得たまま人間としての意識を持続できる者がいるらしい。
例えば『ネクロマンサー』。魔法少女の魂、ソウルジェムそのものを加工、利用して創られる人造魔法少女『リビングデット』を使用して戦う者。
最後の人造魔法少女と言う単語が気になったがマミさんから深く聞かない方が良いと言われた。
『まどかの出逢った少年は――――』
「どれも・・・・違うと思う」
「そうなの?」
マミさんの言葉にわたしは頷く。
剣・・・・のせいかもしれない。わたしは覗かれたけど、勝手に知られたけど、同時にわたしも少しだけ彼の事を感じたと言えばいいのか。
あの時、魔女の口づけの様に人を操っていたが彼から魔女特有の気配は感じなかった。それに別の魔法少女の気配も、あの時感じた気配は確かに自分と彼だけ、二人しかしなかったから―――――?
「っ、・・っ」
ボッ と染まった顔を振って浮かんできた妄想を祓う。
邪悪よ去れ!あんなのはダメだ、あれは犯罪だ!あれはある意味レイ――――
「っ!・・・・っ・・・っ!!」
ぶんぶんと邪念を払おうと腕を宙で動かす。
「か、鹿目さん?」
『まどか?』
きっとおかしな子として見られていると思ったが暫くは顔の熱が引くこともなく、わたしは尊敬する先輩の前で暴走を続けてしまったのだった。
それが私、鹿目まどかが初めて岡部倫太郎と出会った日で、私がきっと忘れる事のない怒涛の一カ月の始まりとなった日だ。
第一印象は最悪だ。胸を触られて、心を覗かれて、先輩の目の前で変な考え事をしてしまったのだから当然だ。
何よりもあの剣だ、あれは酷い、トラウマものだ。責任・・・・は事情により、あの場では人命優先でどうにか、わたしが我慢すればいいが、ちゃんと謝ってもらわないといけない・・・・と思う。
「また会えるといいわね」
「ふぇ!?」
喫茶店で談笑して、その帰り道に突然マミさんがそんな事を言ってくるので驚いた。
確かに色んな意味で気になる存在だが、マミさんの事だから不明な点が多い彼には注意を促すと思ったのに・・・・。
「もしかしたら私達の仲間になってくれるかもしれないわよ」
「えっと・・・そう、ですね」
『僕も気になるから探してみるよ 魔法少女に深く干渉できる存在がこの国にまだ居るなんて知らなかったしね』
マミさんもキュウべぇも出逢った少年に会いたがっていた。わたしは・・・・できれば暫くの間は会いたくないと思っていた。恥ずかしいし、酷い事されたし・・・・。
だけど形はどうあれ、彼の意図がなんであれ、わたしと他の人達を救ってくれたのは事実で・・・・・わたしはまだお礼も言っていないのだ。
なにより今になって思えば、わたしはこの時すでに暫くは会いたくないと思っていながら、今度会えるのは何時だろう?何処に住んでいて、どこの学校の生徒かなと考えていた。
心を覗かれたのに、ずっとずっと恥ずかしかったのに、学校への行き帰りも、魔女探索の時も、お出かけした時も、気づけばあの後ろ姿を探していた。
再会できたのは夢の中に出てきた女の子、ほむらちゃんが転校してきた頃。
「鹿目まどか、あなたは・・・・その・・・・」
「なに、ほむらちゃん?」
保健室に案内している時にいろんな話をした。驚いた、彼女は自分やマミさんと同じ魔法少女だったのだ。
秘密を明かされた時、わたしは大声で驚いて、慌ててほむらちゃんに口を塞がれた。周りの視線が痛かったです・・・・わたし達の正体は事前にキュウべぇに聞いていたみたい。そういえば最近キュウべぇの姿をみていない。
これからは一緒に頑張ろうと約束して、風見市やあすなろ市で起こった謎の発光現象とか何でもない話をしながらゆっくりと歩いた。嬉しい気持ちのまま保健室の近くまで来た時、ほむらちゃんが遠慮がちに聞いてきた。
「岡部倫太郎・・・・って人を知っているかしら?」
「おかべりんたろう?」
りんたろう、今時珍しい可愛い名前だなぁと思ったが、生憎わたしにはその名前に心当たりは無かった。
男の子の名前、知り合いなのかなと思い、だけどわたしには憶えが無い事を伝えたらビックリした。
「そう・・・、よね」
「ほむらちゃん?」
今まで楽しそうに話していたほむらちゃんの顔は一瞬で泣きそうな表情になり、次いで何かを耐えるように顰めたのだ。
悲しみか、憎しみか、痛いのか寂しいのか、いろんな感情が混ざり合った泣きそうな顔。綺麗な彼女の横顔に涙を見て、わたしはとっさに彼女を抱きしめていた。
「まどっ・・・か」
「いいんだよ、ほむらちゃん」
何がいいのか、悪いのか、わたしは何も分からないけど抱きしめ続けた。
授業開始の鐘が鳴り、さやかちゃんからメールが届き、授業終了の鐘が鳴り止むまでずっと、ずっと胸の中で泣き続ける女の子を慰めた。
「ありがとう」「もう大丈夫」と言って真っ赤になっている目で笑う彼女は心配するわたしに「この程度で負ける“私達”じゃない」と綺麗で真っ直ぐな笑顔で応えてくれた。
ほむらちゃんは憶えていた。無限の繰り返しで交差しないはずの、記録を保持したまま彼と再び同じ世界線で巡り合えた。
それもまた、彼が私達を避ける原因になるなんて思いもしなかった。
数日が経過した放課後、さやかちゃんと別れてマミさんと合流し、魔女探索をしながら今後の活動模様を三人で思案している時にわたし達は大きな結界に囚われた。
少年の名前が岡部倫太郎と知り、ほむらちゃんの言っていた人が彼と知り、だけどそれが原因でわたし達は・・・・わたしはこの日から避けられることになる。
「まだ―――!?」
「ぇ―――?」
一瞬の油断だった。マミさんの目の前で魔女が大きな口を閉じようとしていた。わたしもマミさんも動けなかった。
大きく、広い結界だった。そこはお菓子が沢山ある結界、わたし達は囚われている人達を助けながら無尽蔵に沸いてくる使い魔を相手に奮戦していたが気づけば孤立していた。
助けきった人を結界の外にまで、そしてすぐに二人を探しに戻った。すぐに魔女と交戦しているマミさんと合流できたわたしは参戦、協力して魔女にダメージを与えていく。
無事に救出できた事、マミさんと一緒に居る事、ほむらちゃんという新たな仲間ができた事、その事がソウルジェムを、魔力をいつもより活性化させ、そこから放たれる魔法で敵を圧倒した。
事前に「絶対に油断しないで」とほむらちゃんにそう言われていたのに、わたしもマミさんもその言葉を、忠告を受け止めていたのに気が緩んでいた。
「巴マミ!!?」
倒したと思っていた魔女は身体の内側から新たな異形を吐きだしてマミさんとの距離を一気にゼロにする。
駆けつけたほむらちゃんの悲鳴、魔女の鋭い牙の生えた口は閉ざされた。
ドシュンッ!!
ほむらちゃんの目の前で、わたしの目の前で――――マミさんの目の前で。
「「「え?」」」
魔女特有の気配は感じなかった。
上から落ちてきた槍のような剣。
それが魔女の口を強制的に地面に縫い付けていた。
「マミ!!!」
上から叫び声。焦っていて、怒っていて、叫ばずにはいられないといった感情がひしひしと伝わってくる。それは魔女の口を縫い付けている剣から発される異音からも伝わった。なぜだろう、この剣からあの人の感情が漏れているような、代役しているような気配を感じる。
マミさんが視線を上に上げたとき、すれ違うように彼はマミさんの後ろに着地した。前回と違ってパーカー姿じゃない、和洋合一した白い袴にもドレスにも見える衣装。彼から魔法少女の魔力を感じた。
驚いて振り返るマミさんに彼は無造作に手を伸ばし、その白く細い首に手を添えた。
「怪我は!?」
「ひゃっ?あ、あの!?」
身長差のためか、手を添えられたマミさんは自然と顎を持ちあげられて強制的に視線を合わせられる。
突然の接触にマミさんは断片的な言葉しか出てこないのか、自分の首筋に触れてくる手に自分の手を重ねてオロオロと、頬を染めて身動きが取れない。
至近距離から真剣に全身を、そして首元を凝視されたマミさんが緊張していくのが遠くからでも分かる。んくっ、と唾を飲み込んだマミさんが色っぽく見えた。
傍から見ると真剣にキスを申し込んでいる彼氏と真っ赤に染まった彼女に見えなくもない。
「あ、あの―――」
「無事なら・・・・いい、よかった」
「は・・・ぇ・・?」
手を離して安堵の表情、彼はマミさんの頭を優しく撫でながらほむらちゃんと同じ言葉を贈る。
「マミ、最後まで気を抜くな」
そう言って魔女の前に立った。
『■■■!!』
同時に魔女が動き出す。縫い付けられたまま無理矢理身体を引きちぎりながら―――拘束を解く。
距離を開けるように魔女は遠く、高く宙へ。地面に残された剣を・・・・剣?を彼が掴んだところで魔女は脱皮する。大きな口の中から無傷の身体を新たに吐き出す。
睨み合い。空と大地で魔女と少年が対峙していた。
「ああ・・・・・・・すぐに戻る。他の人達を頼む」
「え?」
それは誰に向けた言葉なのか、マミさん?それともここにいない、だけど彼から感じる誰か、わたしの知らない人にだろうか。念話、という単語が頭に過った。
事態の急展開に何も言えない、動けない。おそらくほむらちゃんも。
マミさんに背を向けたまま彼が動く。足下に銀色の魔法陣が展開される。
ガシュン! と駆動音。槍が変形した。右手で握ったスコップの持ち手を中心に刃が広がる。刃渡りの太い突撃槍は中心から分かれ二股の刃となった。
彼が右手首に左手を添えながら変形した異形の剣を高々と掲げる。口元で何かを呟いたと思ったそのとき、剣が灼熱を纏った。
「――――ッ!!」
ゴッ! ボッ! と熱気が一気に届いた。
距離はそれなりにあるのに熱風だけで肌が焼かれる。魔法少女に変身しているのに有無を言わさぬ熱量。
彼のすぐ隣に居たマミさんが下がって距離を取る。魔女が警戒したかのように身を縮める。
そして――――
「岡部・・・?」
ほむらちゃんが、誰かの名前を呼んだ。その姿がわたしの視界から消える。
そして空中にいる魔女の体が爆散した。
「は?」
彼はまだ何もしていないのに魔女の体は破壊されていく。破壊され、口から新たな身体を生成するが次々に身体中に爆弾を仕掛けられ爆散していく、そしてついに限界に達したのか魔女は大爆発後グリーフシードを落とし消滅した。
景色が揺らぐ、結界が解かれていく。あっさりと魔女は退治された。
「ほむら?―――――っ!!?」
所在なく呆然と立ち尽くしていた彼が急に掲げていた剣を投げ捨てる。無造作に投げ捨てられた剣はガラスの砕ける音と共に消滅し、残ったのは焼き焦げた両腕――――重傷だ。
あまり使用した事のない回復魔法を、急がなくちゃ、と地面を蹴る。肉の焼ける匂い。両手が炭化した視覚的狂気。マミさんの顔も青ざめていた。
マミさんと二人、何故か治療を拒否する彼を押さえつけて両手を片方ずつ担当するように全力で回復魔法をかけた。展開の早さについていけなくて、どうしたらいいか分からなくなってきて、それでも治さなきゃいけない、焦る気持ちが魔法を正常に作用しているのか分からなくする。
怖くて情けなくて涙が出てくる。マミさんが彼に何かを必死に語りかけているが頭に入ってこない。ただわたしも何かを言わなければと思い顔を上げたら――――
彼の顔面に、ほむらちゃんの膝が勢いよく突き刺さる場面に遭遇した。
「ええ!!?」
治療のために触れていたわたしとマミさんの手から彼の存在が消える。目の前には綺麗な黒髪を ふぁさ! とするほむらちゃん。奇襲からの会心の一撃に満足しているのか口元には笑みが浮かんでいた。
見惚れる笑顔。綺麗ではなく可愛い笑顔、カッコイイ女の子ではなくやんちゃな女の子、クールに見えたほむらちゃんでも泣いていたほむらちゃんでもない、知り合って間もない女の子の新たな一面を垣間見た瞬間だった。
・・・感想を並べている場合ではない。こんなのおかしいよ。
今は手当の途中なのだ、当たり前だが彼は重傷患者である事には変わりない。見た感じ自爆したようだが彼はマミさんを助けてくれた恩人だ。なのに何故に彼女は膝を叩き込んだのだろうか?
「もんぶらん!?」と聴こえた叫び声を上げる彼は勢いよく鼻血を流しながら転がり地面に伏した。
「よしっ」
その様を見降ろすほむらちゃんは拳を握りガッツポーズをとった。
「“よし”じゃないよ!?」
「“よし”はおかしいわ!?」
「“よし”じゃないだろーが!!」
わたし、マミさん、彼の順で疑問と抗議の声をあげる。
どうして怪我人に奇襲攻撃をした彼女の表情は晴れ晴れとしているのか分かんない、わたしの中にあったほむらちゃんの人物像が凄い勢いで変わっているが元より出逢ったばかりだから本当はコレがデフォなのかもしれないと思いなおす。
クール、泣き虫、アッパー、どれが本当の暁美ほむらちゃんなのだろうか?全部違うのか、全部が本当なのか、でも――――。
「ふふっ」
とても嬉しそうに笑う彼女は今まで出逢った誰よりも美しかった。
「でも違うよね!?」
何やら感極まった感想を抱いてしまったが、やっぱりおかしな状況だよねコレ!?怪我人の、恩人の顔面に膝蹴りってなにさ、その後に最高の笑顔ってちょっと・・・・。
連れの奇行に謝りながら治療を再開するマミさんとわたし、鼻血を流しなら大人しく無言で治療を受ける彼、何故か仁王立ちで頷いているほむらちゃん・・・・・ほむらちゃんのキャラが分かんない時間だった・・・・。
数分後、両手をぐっ、ぱっ、と何度も握ったり開いたりして調子を確かめた彼は礼を言って―――――
「ありがとう・・・・」
「いえ、こちらこそ危ない所を―――」
「あのっ、この前も助けて―――」
「じゃあ、この辺でお暇させてもらいます」
「「ええ!?」」
何故か敬語で、すぐさま立ち去ろうとしたのでマミさんと共に声を上げてしまった。
「あ、あの―――」
「急いでいる」
淡々と、いろんな意味で興味があったこちらに構わず本気で立ち去ろうとした。背を向けて、振り向く様子も無いままに駆けだした。
不思議だった。彼の立ち位置がどうあれ魔女と戦っている以上・・・同じ立ち位置に居る魔法少女であるわたし達に何ら意識を向けないのはおかしいと思った。変、とも言えた。
第一条件として魔法少女は絶対的に少ない、それゆえに過酷な境遇を分かち合う事ができる稀有な存在だ。見知らぬ他人でも、粗暴な人でも、それが自分と同じ魔法少女なら少なからず興味が沸く、話が聞きたいと思う。
「ま、まって―――」
でも彼はそうではない。誰が相手でもそうなのか、わたし達だから相手にしないのか。わたしの言葉が聞こえていないのか、いや聞こえているはずだ。だけど振り向かないし止まらない。
わたしもマミさんも宙に手を伸ばしたまま言葉を失う。なんて声をかければいいのか分からない、仮にかけたところで無視されたら、嫌な顔をされたらと思うと怖い。
急いでいる―――といっていたから今回はやめておこう。と自分に言い訳をして、そんな自分に嫌気がして、そして何もできずに、わたしは彼の背中に―――――
「待てっていってんでしょこのショタ男がァァアアアア!!」
ドロップキックをかましたほむらちゃんの行動に唖然とした。
・・・・・。
・・・・・・・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・?
「ほむらちゃん、やっぱりおかしいよ・・・・」
ラボのソファーで私は頭を抱えて項垂れた。思い起こした記憶はなんだかんだで最初の、出会いの時以外はギャグパートが多めだったような気がする。
ドロップキックをモロに受けて転んだオカリン。その隙にほむらちゃんはオカリンを袋叩きにして何かと抵抗するオカリンを問答無用に・・・問答有用に制圧、無力化し、引きずるようにして私達に差し出した。
―――さあっ、二人とも好きにするがいいわ!
―――え?へ?
気絶したオカリンは、あの時はまだ『知っているけど他人』レベルでしかなかったからマミさんと一緒に戸惑った。いきなり差し出されても・・・・ほむらちゃんの行動にも驚いて、いいかげん事態についていけなくて理解はキャパを超えて何が何やら。
とりあえずマミさんともう一度オカリンに回復魔法を、と思ったときに『彼女』が現れたのだ。空から、上から、オカリンを傷つけたと、敵だと勘違いされて、そう思われてもおかしくなかったが、兎にも角にも彼女が爆炎と灼熱を纏いながら―――――
ドガァアアアン!!!
「ふぇ!?」
未来ガジェット研究所が大きく振動した。爆発音と同時に、横にではなく縦に。
「あうっ」
回想に浸っていたのでとっさの反応が遅れた。腰かけていたソファーから私は床にお尻から落下、他の皆は周囲(調理中の鍋など)の転倒を防ぎつつ魔法少女へと変身していた。
私も慌てながらすぐに変身する。身体の奥から溢れだした魔力が身体を包みこむ。ピンクと白のふわふわした衣装、その手には黄金の杖・・・・・だけど緊張と共に恐怖が心の中に宿る。
だって、ここは未来ガジェット研究所だから。大切な場所で、岡部倫太郎の家だから。そこを襲撃された、それは・・・・もしかしたらこれを機会に、これが原因で――――“岡部倫太郎がここからいなくなってしまうかもしれない”と思ったからだ。
「おい今のはっ!!」
「ええ、下ね」
「人ン家でなにしてンだろうねェ?」
あいりちゃんが叫び、マミさんが冷静に、だけど厳しい表情で床を睨みつけていた。ユウリちゃんにいたっては殺気を隠そうともしていない。
普段は能天気のゆるいキャラなのだが一度スイッチが入ると攻撃性が・・・・本来は回復特化型なのに・・・・だけど誰も気にしない、私はもちろん誰もが同じ心境だから、全員が殺気立っている。
全員が気づいている―――――今の揺れは、爆発は真下からだ。
未来ガジェット研究所の一階から発生した―――――一階には魔力を使用して起動する大型の未来ガジェットの一つ『コンティニュアムシフト』の一部がある。
未来ガジェットは注目を集めつつある―――――悪い意味で、世界中にある魔法関係の組織に目を付けられつつある。
それを岡部倫太郎は、鳳凰院凶真は危惧していた―――――それが原因で彼は私達と距離をとろうとしていた。
気づいていた、気にしていた。みんなが知っていたけど訊けなかった。
彼は敵対者が組織的な“人間の集団”だった場合、そんな泥塗れの汚い争いから私達を遠ざけたいがために――――いつか、見滝原を出ていくのだ。
人を無差別に襲う魔女ではなく、暴走した魔法少女でもなく、私利私欲のために魔法少女を、魔法という奇跡を利用しようとする人間の組織に私達を関わらせたくないのだ。
日本では少ないが世界中から見れば魔法少女を利用した組織は数多くある。教会や協会、秘密結社など、マフィアに戦争屋、呼び方も存在理由も目的も多々あれど、その多くは年端もいかぬ少女を誑かして利権を求めるモノが多い。
彼らは日々求めている。新たな可能性を、新たな刺激を、新たな歓喜を、新たな願望を、新たな欲望を。
未来ガジェットは彼らの眼に留まる。世界中にある魔力を秘めたオーパーツと比例しても遜色ない性能と、安定し完全な起動率を誇るそれに興味を持っている。
それを創った人物にも、それを使用する魔法少女にも彼らは興味を持って、彼らは欲しがる。その欲望を満たすために人間だからこそできる“あらゆる手段”を躊躇いなく使用してくる。
知っている。魔女を駆逐できる魔法少女だからと言って現代社会でそのスキルを生かせるだろうか?基本的には何もない、私生活においてあまり意味はない。強化された身体能力はせいぜい体育で、個人個人で違う特殊魔法は偏っていて、魔法である時点で人前では使えない。
普通の世界で発揮できない。できるのは暗い裏の世界でのみ、大抵は暴力の世界。だから利用される。魔法の存在を知っている人間に。孤独からか、求められたいからか、必要とされたいからか、魂を賭けた願い、叶えた事実、手に入れた力を否定したくないからか、幼い少女達は悪に闇に外道に手を伸ばす――――。
中には、そう誘導された事も知らずに運命と勘違いしてその手をとる少女もいる。脅されて、脅迫されて・・・・魔女化しないように、限界まで利用できるように表面上はあからさまな悪意は見せないまま、感じさせないように、親切な皮を被って近づいてきた彼らに―――。
「倫君が帰ってくる前に片づけないとね!」
「うん、いこうユウリ!」
同じ容姿、違う衣装。飛鳥ユウリと杏里あいりが攻撃的な口調のまま動き出す。
ユウリの言葉の意味は理解できる。あいりが同意した意図も理解できる。この状況を岡部倫太郎に悟られる前に“無かった事”にしたいのだ。
彼が帰って来たときには日常しかなく、私達は誰にも狙われていない、と示さなければならない。
誰が相手でも負けない。では、もう駄目なのだ。もうそのレベルの話ではない。
私達が被害に遭う事が、周りの人達が巻き込まれる事が、もう彼には我慢できないのだ。耐えきれず、押さえきれない。
ノスタルジアドライブ―――未来の知識。未知なる技術。直接か間接かは関係ない、自分の持つそれらが原因で自分の周囲に何かがあれば、何かがあるのなら彼は迷わない。迷ってくれない。決断してしまう。
目の前に居る私達と一緒に今を生きるよりも、目の前にいなくても私達のいつかを優先する。
「鹿目さん、雷ネットでラボメンに呼び掛けて」
「はいっ!」
「あいりさんは結界を」
「もうした。一階は壁も床も天井も・・・・絶対に逃がさない!」
「ん、ニコにラボの修理頼んだよ。あ・と・は~・・・」
マミさんが指示し、あいりちゃんが結界でコレ以上の被害を抑え、ユウリちゃんがラボの修理を他の魔法少女に依頼した。
後は閉じ込めた敵を皆で倒して、それから――――
ズドンッッ!!
また、ラボが揺れた。
「う、そっ!?」
ビックリした。かなり驚いた。私も、マミさんもユウリちゃんもあいりちゃんも。さっきと違って魔力を感じたからではない。本当に魔法少女が攻めてきたからではない。魔法少女との戦闘が初めてだからでもない。今まで何度も戦ってきた。組織に利用されている彼女達と戦うのに遠慮したからでもない、今まで何度か撃退してきたから。
驚いたのは、緊張が全員にはしったのは下に居る誰か、魔力を感じることから魔法少女だと解るが、その人物があっさりと、ただの一撃で強力なあいりちゃんの結界を破壊したからだ。
杏里あいりの使う結界がどれだけ強力か、ラボメンである自分達は誰もが知っている。それを破壊した相手は相当の強さだ。
一階のシャッター側の道に、二階に居る私達の視界に結界を破壊した爆炎が映る。
「あっ、あ・・・あれ?でもこれって!?」
「んん!?」
「「・・・・・」」
身構えて、私達は行動に移そうとした。武器を手に外に跳び出す。5号機で隔離空間を築く。合体魔法で一気に迎撃する。それぞれがそれぞれの動きに出る前に―――気づいた。
下から感じる魔力、結界を破壊した魔法に憶えがある。
マミさんとユウリちゃんが念話で下に居るであろう“ラボメン”に確認をとる。
「やっぱり・・・」
「あいつッ」
マミさんが困った顔で呟き、ユウリちゃんが怒りながら窓から跳び出す。あいりちゃんがそれを慌てて追いかける。
下に居るのが彼の危惧する敵ではない事に安堵し、だけど別の要因で、ある意味でもっと危険な状態になったことに気がついて焦る。
―――ちょっと、なんのつもり!
―――なに・・・・、文句でもあンの?
外から声が聞こえる。ユウリちゃんの怒鳴り声。それともう一つ、“彼女”の声だ。
オカリンの名前を知ったとき、ほむらちゃんがオカリンをボコボコニにしたとき、あのとき爆炎と灼熱を纏っていた魔法少女、オカリンと繋がっていた彼女の声。
誰よりも近くに居て、誰よりも頼りにされていて、今現在も“天王寺綯さんよりも傍に居る事が望まれている”魔法少女。
―――当たり前でしょ!いきなりなにやって―――!
―――ユウリ危ない!!
そして唯一、岡部倫太郎が未来ガジェット研究所から離れる時に同伴を願う魔法少女。
未来視の美国織莉子でもなく、大好きな巴マミでもなく、理解者である暁美ほむらでもなく、私でもない。ラボメンの中で・・・いかなる危険な場所でも岡部倫太郎の傍に居る事ができる魔法少女。
例えその性質が■■だとしても、それでも岡部倫太郎に認められた少女。
爆音が世界を揺るがす。
爆炎が窓の外を埋め尽くす。
―――あッ、痛・・・ッ
―――この野郎!ユウリに何しやがる!!
―――うるっさいなぁ・・・
彼女はラボメンでありながらラボに寄りつかない。
彼以外の誰にも懐かない。
仲間だろうが容赦なく攻撃する。
揺るがず、曲がらず、鈍らない。
「いけない!?鹿目さん5号機でこのあたり一帯をできるだけ全部囲んで!」
未来ガジェット研究所のラボメンで構成されるチーム『ワルキューレ』の誰よりも強い魔法少女。
「やめなさい貴女達!」
私の片翼・・・・違う、私が片翼。最初に選ばれたラボメン。
ラボメン№02。超常秘密結社ワルキューレ序列第一位。
唯一、岡部倫太郎を前線で戦わせることができる少女。
―――ああもうっ、うるっっさい!
マミさんに言われたとおりに5号機でラボの周囲を結界で囲んで私達と炎を擬似世界に移動させる。
これで本物のラボが傷つくことはない―――若干手遅れだが
いくらでも暴れる事ができる――――彼女が本気でこの世界を壊す気にならなければ
とりあえず彼女を止めるために力を合わせて戦う―――同じラボメンと
爆炎が再び世界を覆う。私は5号機をスカートのポケットにしまい急いで窓から跳び出した。
二階から跳び出した私の眼下で“彼女”と対峙している三人の援護に入る。一対多だが遠慮しない、それはラボを壊した張本人だからではない、本当に、本気で全員で挑まなければ“彼女”は止めきれないからだ。
あの時もそうだった。いや違う、戦闘に入っていたら全てが終わっていた。
思い出せる、あの時の状況を。
「さあっ、二人とも好きにするがいいわ!」
「え?へ?」
ドヤ顔で少年を差し出すほむらちゃんに、マミさんと困惑しながらも回復魔法をと思ったとき、いきなりそれはきた。
上から急接近してくる魔力の気配にわたし達が視線を向ければ“彼女”が炎を纏った剣をほむらちゃんに振り下ろしていた。
「――――ほむらッ」
「なっ?」
どんっ、と彼がほむらちゃんと突き飛ばしていなかったら危なかった。
彼が剣に纏わせていた炎と同等以上のそれを、彼女は加減も容赦もしないまま地面に打ち込んだ。
その一撃は大地を穿った。周囲にある全てに破壊を齎した。
爆心地、と言っても過言ではない。炎は、打ち込まれたエネルギーは彼女を中心に広がり撃音の跡には大きなクレーターが出来上がっていた。場所が廃墟でよかったと思う。翌日には周囲の建物は今回のダメージで自然と崩れ落ちたから。
「ねえ・・・・・人の連れに何してんの?」
爆風に尻餅をついたわたしと両手で炎から顔を庇うマミさんを無視し、“彼女”はほむらちゃんの首を狙って逆手持ちのブレードを振るう。
初撃も、今も、“彼女”の攻撃には加減が無い。本気でほむらちゃんを殺しに来ていた。
「―――!?」
カチン
ほむらちゃんの首に刃が食い込む寸前に“彼女”はほむらちゃんを見失う、そのブレードは空を切る。
「ん?」
確実に捕えたつもりだったろう“彼女”が呆けて、わたしのすぐ傍にほむらちゃんがいつの間にかいて、気づけばわたし達は対峙していた。
爆心地を中心に、爆風を至近距離からモロに受けて引っくり返っている彼を真ん中においた状態で。
「あら?」
「「「あ」」」
彼は顔から地面に突っ伏し、そのくせ両足は天を突くように伸ばされていた。
彼女の攻撃で、衝撃波をモロに受けて誰よりもダメージを受けて、不格好の体勢で私達にお尻を向けていた。
「・・・・」
「「「・・・・・・」」」
奇妙なオブジェを中心に悲しい思考が浮上したが、目の前に居る“彼女”が信じられない言葉を放つ事で一気に事態は動きだす。
確かにわたし達は、正確にはほむらちゃんのせいだが、彼に一方的な攻撃をして傷つけてしまった。
それは否定できない、誤魔化してはいけない。だが、それでも―――
「こんな火傷になるまでボロボロに・・・・・許せないわ!」
誰よりも先に突っ込んだのは彼だった。
「犯人はお前だー!!」
前衛的な体勢、綺麗な、美しいとも表現できるオブジェと化していた彼がクレーターから頭を引っこ抜いて彼女に抗議した。
ビシィ!と突きつけられた指から彼女は視線を逸らし、私知らな~い、私のせいじゃな~い、と耳を両手で塞ぎながら首を振る。
「っていうかどいてよ。ソイツ殺せないじゃん」
「ぇ?」
一瞬、彼女が何を言っているのか分からなかった。
尻餅をついたまま、呆けた声を零したわたしに彼女はゆっくりと近づいてくる。
「なに意外そうな顔してんの?貴女たち敵でしょ?」
「え、ちがっ―――」
「じゃあ何でコイツがボロボロなの?」
彼を押しどけて剣に灼熱を纏わせ、彼女は口調こそ穏やかだが冷たい雰囲気のまま近づいてくる。ほむらちゃんとマミさんが身構えた。
コッ、コッ、と純白のドレスを靡かせながら距離を詰める彼女にわたしは何もできなかった。動けなかった。
怖い。恐ろしい。魔法少女同士の争いもある事をマミさんから聞いた事はある、だけど身を持って経験するなんて思いもしなかったから、わたし達の使う魔法は魔女を・・・だけど人間だって簡単に殺せる。
彼女がそれを実行できる事が、わたしにもそれができる事が怖くて、目の前で魔法少女同士の戦いが始まると思うと緊張から息がつまりそうだった。
「やめろっ、彼女達は敵じゃない」
それを止めたのは彼だった。彼女の肩を掴んで静止させる。チリッ、と緊張が全員にはしったが幸いにも彼女は刃を、炎を収めた。
彼女は若干不機嫌そうに彼に振り返る。完全にわたし達に背中を向けるが、それはわたし達が背後から攻撃しないと信じていたからか、それとも迎撃できる自信からくるものなのか、後者である事を今なら分かる。
肩を掴んでいた彼の右手をそっと外し、そのまま導くようにその手を自分の頬に当てながら、甘えるような仕草で、実際に甘い声色で彼に問う。
「じゃあなぁに?そんなに痛みつけられて“また”見逃すの?」
「だから、コレは、お前が原因だ」
頬に当てられた手とは逆の指でピン、と彼女の鼻の頭を弾く。
「―――ん、でも」
「話しただろ」
「・・・・・・・?ああ、もしかして“あれ”のこと?」
「彼女達が“それ”だ」
すぐ目の前で、緊張から身構えているわたし達を無視して二人は謎のやり取りをしていた。
ただ二人の仲は極めて良好のようだ。いちゃついていると言えばいいのか、互いが異性の体に触れることに躊躇いが無い。慣れているかのように、当然のように触れ合う事を許容している。
わたしだって、もう中学二年生だ。異性相手に身軽にそうゆうことはできない。一番身近にいる上条くん相手にだって目の前のやり取りは真似できない。
つまりそれができる彼らは“そういう関係”なんだな―――と思う事は、ある意味当然とも思えた。この状況でそんな思考が過ぎったわたしは間抜けなのか、それとも怖い事からの現実逃避なのか・・・。
「ふーん」
「だから―――」
「なら、やっぱり殺した方がいいのかな?」
「おい、冗談でも――」
「冗談?私は本気、だって“そういうことでしょう”?」
彼の表情に厳しさが宿り、後ろ姿だから確認はできないが彼女はきっと笑っている。
「大丈夫だ、だからそんなことは言うな」
「どうかしら―――――ねぇ、名前教えてよ」
振り返った彼女が笑顔のまま訊いてきた。
「暁美ほむら」
意外な事に、真っ先に応えたのはほむらちゃんだった。
「巴マミ」
「わ、わたしは鹿目まどかっ、です」
マミさんに続いてわたしも急いで名乗った。
「ふーん?誰が何だったか忘れたけど、聞いた名前だから確定ね」
「え?」
こちらの疑問に関心を向けることなく彼女は再び背を向ける。
「帰るわ」
「・・・・貴女は名乗らないのかしら」
「あら、知りたいの?」
「それが礼儀よ」
「あはっ、真面目ぶって嫌な感じ―――――“またね”」
彼女は勝手に納得し、結局自分は名乗らないまま歩き出す。
同時に純白のドレスが弾けて消える。彼、少年の衣装も連動していたかのように霧散した。
彼女はぶかぶかの裾の短いセーターとショートパンツ姿に、角度によってはサイトテールにも見える膝裏まで伸びたポニーテールを揺らしながら彼女は私服姿の彼に寄りかかり耳元で何かを伝える。
「――――――」
「そうだ」
聞こえなかった。だけど彼が何かを了承したのは分かった。
「そ、なら先に戻ってるわ」
「ああ」
「なるべく早く帰ってこないと怒るから」
「努力する」
「努力だけじゃ足りないわ、覚悟もしていてね」
「・・・・?」
「“私も”独占欲強いよ。だから帰ってきたら―――」
「問題ない。目的を果たせれば俺には“君達二人”だけで十分だ」
「今は信じてあげる。でも帰ったら分からない」
「・・・」
「だから覚悟も決めてね。意味は分かるよね―――――もちろん逃げてもいいけど?」
彼から離れ、そのまま振り向かずに何処かへ行く彼女の背中に少年は告げた。私達に背を向けて、彼女の方を向いて。
繰り返しの世界線漂流の中で唯一彼女だけに贈られた言葉。彼女達だけが引き出せた台詞。
「――――お前達は俺のモノだ」
「素敵、あなたは私達のモノよ」
彼女は満足そうに手をヒラヒラさせながら遠ざかる。
彼女がいなくなり、残されたのは目を閉じて考え事をしている少年と、それを鋭い目つきで睨んでいるほむらちゃん、そして意味深な台詞を文字通り受け止めて勝手に頬を染めるわたしとマミさんの四人。
あたりが暗くなってきた。日が沈み夜か来る。廃墟にいつまでもいるわけにはいかない。そう思い声をかけようとして、だけど沈黙を破ったのはわたしではなくほむらちゃんだった。
「意外ね」
「なにが」
難しい表情のまま、ほむらちゃんの台詞に疑問を返すが、きっと彼にはほむらちゃんの言わんとする事が解っていたのだろう。
さっきまでの険悪な雰囲気は彼にも、ほむらちゃんにも無かった。
「ヘタレのあなたが異性に対してあんな台詞が吐けるなんて思ってもいなかったわ」
「成長したんだ」
「外見は若返ってるわよ」
「・・・やはり君は“憶えている”のか」
「ええ、また会えたわね岡部・・・・・・倫太郎」
「・・・・・・・・・・確認したい事がある。時間を貰ってもいいか」
「ええ」
オカベリンタロウ。彼の名前を知る事ができた。転校してきたときにわたしに訊ねてきた名前で、きっとほむらちゃんの探し人。
二人の会話に割り込めないわたしとマミさんはとりあえず変身を解いて改めて自己紹介をしようと思った。
助けてもらったお礼も、今ならできると思っていたから、だけど―――
「じゃあ彼女達も一緒に―――」
「“駄目だ”。お前だけだ・・・・“鹿目さん”、“巴さん”、彼女を少し借ります」
「は?」
その言葉に一番驚いたのは、ほむらちゃんだろう。素っ頓狂な、あまりにも意外な台詞を聞いたような、呆けた表情をしている。
彼は呆然とするほむらちゃんの手をとって早足に場を離れようとする。引きずられていくほむらちゃんを、わたしとマミさんは見送ることしかできなかった。
離れていく二人の会話を聞きとることしかできなかった。
「ま、まって岡部・・・・っ?なんで、二人はラボメンでしょう!?」
「この世界線では違う」
「だからっ、あなたは二人に話してそれから―――」
「必要ない」
「なっ!?何を言っているのよ岡部・・・?だってっ、このままじゃ―」
「さっきの少女に見覚えは?」
「・・・っ、ないわ」
「そうか・・・・君の知っている俺と、今の俺には差があるな。そうでなければ“こう”はならない」
「何を言ってっ、それより必要ないってどうゆうこと?あなたの口から彼女達に向かってそんな言葉が」
「もう『ワルプルギスの夜』は問題ない。その後の問題も切り離した・・・・・」
「だからっ、何をッ、私達には、いえっ、あなたには彼女達が―――」
「必要ない」
「ふざけないでよ!!」
掴まれていた手を振りほどいて、彼とほむらちゃんが対峙する。
ほむらちゃんは怒っているのか、悲しんでいるのか、まるで信じていたモノに裏切られたかのような、悲痛な叫び声を上げた。
対し、彼はただそんなほむらちゃんを黙って見守る。
「私だけに話?どうせ1号機のことでしょっ」
「“違う”。もう必要ない」
「――――」
「確認したいだけだ。見返りに全部話そう。聞きたい事も、俺が歩んできた過程も、ここにいる彼女達が失われずに未来を歩ける方法も」
「あなた・・・?」
「それが終わったら、もう二度とお前達とは関わらない」
後になって知った。今なら分かる。理解できる。岡部倫太郎は、鳳凰院凶真は、オカリンはこの時も、その前も、今も、それでも私達のために、終わった筈なのに再び立ち上がっていたのだ。
終わって、終えて、やり遂げて、それでも立ち上がっていたのだ。
お互いがまた出逢えた事を喜んでいたはずなのに、ほんとうに嬉しかったはずなのに、世界線を越えての再会、別視点の観測者との会合は無限にある世界の中で、たった一つの世界線を見つける事よりも奇跡だったのに、彼は“それ”を全力で封じこめた。
感情を表に出さないように、それを悟られないように、嫌われても役目を果たすために、たとえ誤解されようと私達を護ろうとした。
「ああそうっ、そういうことね」
「・・・・・」
わたしには何も分からなかったけど、ほむらちゃんはなんとなく、察してはいたんだろう。ほむらちゃんの知っている岡部倫太郎がどうゆう人なのか、この場で、この世界線で唯一知っている彼女は察してしまったのだ。
「また自己満足の自己犠牲?」
「違う、ただ必要な事だ」
「どうだか、あのときだって――!」
「あのとき、とお前が呼ぶ出来事に居た俺が、ここにいる俺と連続しているのか不明だ。それも踏まえて話し合おう」
「・・・・いいわ、前は言えなかった事をたっぷり話してあげる」
「お手柔らかにな」
「約束できないわね」
「ほむら」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・なに」
「俺の、俺達のこれまでの世界線漂流を無駄にさせないでくれ」
「―――――」
それは拒絶の言葉だった。誰よりも、自分よりも私達を優先する岡部倫太郎からの拒絶。その意味を理解していたほむらちゃんの心境はどれほどのモノだったのか、考えるだけで胸が痛む。
それから、ほむらちゃんはわたしとマミさんに一言二言告げて彼についていった。いろんな急展開にマミさん同様、わたしはそれを見送ることしかできなくて、後悔した。
その時から、もしかしたらその前から、いつもわたしは、私は彼の後ろ姿しかみれない。
いつも後ろからしか見れない。誰かと歩いている姿しか観れない。その隣に立つ事は、前を歩くことはできない。
その日から、わたしは彼に避けられ続ける。『ワルプルギスの夜』がやってくると言われた日まで、ずっと、ずっとすれ違う。決戦にいたる過程で他の皆は仲良くなれていたのに、わたしだけが仲良くなれなかったのだ。
互いのタイミングが神懸かり的に悪くて、誤解も勘違いも解けないまま何日もの間。
運命のように、宿命のように、使命のように―――――因縁のように、すれ違う。
何をどうすればよかったのだろうか、この時も、今も、どの判断が正しかったのか誰にも分からないはずだが、結果論にしかならないが、でも悩む、考える、違う可能性があったのではないかと。
可能性は無限。だからこそ動けない、選べない、“正解が無い”。
岡部倫太郎は部外者でありながらラボメンである彼女達を巻き込んだ。判断を仰いだ。突きつけた。選ばせ、時に押し付けてきた。
今後の人生に影響するかもしれない判断を、選択肢を、未来にあったかもしれない可能性を潰してしまう事を承知でそれを提示し選ばせた。
人生には判断と決断の連続だ。選択式に時間制限つきで連続で行われる。それは自分自身で選ばないといけない。
選択肢。結局最後は自分の判断で、決断で始まり終わる。生きるのも死ぬのも足掻くのも自殺するのも自分で決める。死にたくなっても生きるのか死ぬのか、殺されるにしても足掻くのか受け入れるのか、脅されても従うのか戦うのか、自分で選択する。抗えなくても抵抗するのか、意味が無くても考えるのか、自分で決める。
選択は自己で決定する。しかし、しかしだ・・・それでもだ。それでも選択肢がどれも選べないモノばかり――――というのは存在する。他人からはそうではない、とるに足らないモノでも本人からすれば選べないというモノは、状況は確かに存在する。
“時間は待ってくれない”。考える時間も覚悟を決める時間もない。
だからこそ、すぐにでも“何かを選び取らなければならない時”、答えを提示してくれるのは救いだ。
鳳凰院凶真は確かに可能性を積んだかもしれない。
だけどそれは、きっとそれは、それは――――救済だった。
一緒に、背負ってくれたのだ。
過去を思い出しながら、まどかは現実で強力な攻撃を受けて気を失った。
いつもなら岡部倫太郎が助けてくれた。
今までなら鳳凰院凶真が解決してくれた。
だけど、もう、それでは駄目なのだ。
それを判っているのに駄目だった。
大丈夫だと言える強さがない、安心させる言葉を持たない。
いつも、どの世界線でも、きっと今も、だから駄目なんだと、まどかは思った。
未来ガジェットマギカシリーズ9号機。認められた証、求められた証明、願いを託した―――
私も、みんなも、ここにいる弱い私達にはそれを受け取る資格が無い。
■
ロシア。
『尽くすだけで誰かが傍にいるなんて、思いあがりにもほどがある』
そんなフレーズが思い浮かんで、意識が浮上した。
「―――――っ、ここは?」
「ただの廃屋。でも存在する全員が異常の連中だから“ただの”って言葉はニュアンス的には不具合かも」
目を覚ましたら知らない天井が映り、次いで視界に妖精が映った。・・・・・ボケていないし思考は正常だ。意識が二次元に旅立ったわけではない。
琥珀色の髪、真白の肌、未成熟の裸体の上から民族衣装のようなマントを纏い頭にはピエロのような帽子、背中からは薄い花弁のような四枚羽。
神話の登場人物と言われても違和感の無い神秘的な少女。無表情に淡々と語る口調は気だるそうで、だけど不思議とそれが彼女を妖精であると一層思わせる。
魔法少女だ。ソウルジェム『アンブロシウス』を魂に持つ世界最高位の魔法少女の一人。
「葉月・シュリュズベリイ―――!?」
「・・・・・ふーん」
幼さの残る横顔、瞳を細めて綯を見降ろすのは15年前起きた世界の命運を賭けた大戦の覇者。大黄金時代であり大暗黒時代にして大混乱時代の街『シティ』にいるはずの魔法少女。三年と半年後には再び世界を賭けた戦闘が約束されている魔法少女。
そんな彼女が何故異国であるロシアにいるのか。何故彼女に見降ろされているのか。綯がその事に思考を割く――――、何故自分が伏しているのかも含め綯は現状を理解した。
「痛ッ!?」
「動かない方が良い、まだ手足は“はえてない”よ」
彼が最初から呼んでいたのだ。交渉のために、これからのために、毎日を、日々を、世界の均衡をギリギリで護っている守護者たるシティの英雄を、ガジェットと未来の情報を餌に異国の地であるロシアまで引っ張ってきたのだ。
最悪、彼女と彼女のパートナーであるラバン・シュリュズベリイを欠いたことで『シティ』が堕ちる可能性を危惧しながらも、世界に与える影響を知っていながら鳳凰院凶真はそれを実行した。
「・・・オカリンおじさんはッ・・・どこですか!」
「ダディと一緒に“彼”と話してる」
無事らしい。安堵し、安心した。上半身の力だけで起こした身体を再びベットへと・・・・全身が痛む、痛覚を遮断、魔法少女の体は本当に便利だ。死ぬ気が無ければ死にたくなる姿でも生きていられる。
視線を扉に向ける葉月に習うように綯も、首と目を動かしてこの部屋唯一の扉へと視線を送る。その先に、扉の向こうに彼はいる。
「よかった・・・」
「ちなみに、あなたは半日寝てた」
そんな長い期間寝込んでいたほど重症だったのかと一瞬思ったが綯にとってあまり関係ない。
ああ、彼は無事だったんだ。と綯は心の底から安心した。もうこれ以上望む事は無いように、例えここで四肢を全て失った自分が死んでしまっても、思う残すことは――――
「いやいやありますよ!」
「・・・なに?」
思い残すことは沢山ある。大量だ。盛り沢山だ。第一に死んでは駄目だ。『死んでいいのは岡部倫太郎の後だ』。しかし綯の決意はさておき、いきなり叫ぶ綯に葉月が怪訝な表情を向ける。可哀想な子に観えたのかもしれない。
ちなみに妖精幼女の彼女は見た目通りの年齢ではない。正確には解らないが別世界線で15年前も今の姿だったのを観測した事があるので■■歳オーバーは確実、自分と同じ―――合法ロリだ。
そもそもシティに在籍している魔法少女は基本的にそうだ。契約後、歳を重ねない、経験は蓄積するが身体的特徴は・・・・老化は完全に止まっている。まさに永遠の美少女、ずっと幼女。ずっと魔法“少女”を名乗っても罪にはならない者。
あらゆる魔法少女の悩みであり、決して免れない限界を超越した存在だと言える。
「うわっ、なんか考え方がダルおじさんみたい」
「今度は沈み始めたけど、なに?傷のことが原因?すぐ直せるんでしょ?」
ずーん、と凹んでいる綯にクール幼女が問う。治すではなく、癒すでもない――――直す、直せるんだろ?と。両腕も両足も失いダルマのような姿に成り果てた少女を気遣うそぶりは一切見せずに事務的に、だ。
見た目は中学生の(しかし一般的に綯は小学生に見える)少女が無残な姿なのに彼女は同情しない、感じないし向けない。優しさを向けない。このレベルの損傷で心の折れる程度なら彼女は最初から期待しない。ここで今すぐに果てた方が幸せだと思っているからだ。
これから先、自分達と共に歩むなら、そうした方がいいと思っているから。
「ええまあ、そうなんですけど・・・・どんな状況ですか?あと私、正直なところ死んでしまったと思いましたけど・・・」
実際のところ天王寺綯はこの程度で絶望しないし嘆かない。視っているから、知っているから、識っているから、観測し実践済みだからだ。岡部倫太郎がいるなら身体的損傷なんてまるで意味を成さない。
とは言え重症だ。四肢欠損、これほどのダメージは経験が無い。数々の現代兵器、魔女という異形を相手にしてもこれほどのダメージは初体験だ。
だから思い返せば不思議だ。何故自分は生きている?死ぬ気なんかなかったが、微塵も砂塵もなかったが、それでも状況は死へと向かっていたはずだ。
「・・・・もしかして、オカリンおじさんが?」
「撃墜されてたよ」
「無事なら、いいです・・・・・・・・・では貴女とラバンさんが?」
「私達でもない」
岡部倫太郎はあの時点で“彼”に敗北していた。目の前の少女は違う。だとしたら誰があの状況の綯を救ってくれたのだろうか?
答えは横から来た。侮蔑と憎悪を含んだ声で。女の声だった。
「ザーギン様に感謝するんだな、小娘」
横から声、聞き覚えのあるその声に綯は身体を硬直させた。
一瞬後、強張らせた身体を、四肢の無い身体を、そんな戦闘不能状態の体に無理矢理魔力を流し込み変身し―――ようとして、背後から押さえつけられる。
「いいかげんにしてくれない?戦闘はダメ、あなたは大人しく寝ていて」
「っ!」
「はッ、・・・・殺されても文句は無いよな?」
妖精幼女に後ろから後頭部を掴まれベットに押し付けられた綯の目の前に褐色でグラマーな女性が歩み寄ってきた。彼女に右手は無い、しかし抉られたかのような傷跡は消失している。綯が伏せていた間にかなり再生したらしい。
綯を見下ろす眼光は鋭く冷たい、殺してやると言わんばかりに殺気を叩きつけてくる。
強張り怖がる精神、だけど視線は逸らさない。押さえつけられたままでも綯は獣のような眼光で睨みかえす。意識が途切れるまで殺し合いをしていた相手に、“彼女”に、ブラスレイターであるベアトリスに。
「ベアトリス・グレーゼ。今は休戦、無駄な戦闘は止めて」
綯を押さえつけたまま妖精幼女の葉月が静止の声をかける。
「だがコイツはその気だぞ、第一貴様の命令に従う理由は無い」
「実力行使で屈服されたいの?今の貴女ならダディがいなくても簡単に倒せる」
「・・・・・試してみるか?」
綯の頭上でビキッと空気が固まり砕けそうになる。
(冗談じゃない!)
パートナーがいなくても、片手を失おうとも二人の戦闘力はそれでも強靭で最高だ。戦闘が開始されたら成す術も無く自分は死ぬ、二人にその気がなくても戦闘の余波であっけなく、だ。
綯はさっきから魔力を開放し変身しようとするができない。阻害されている。自分を押さえつけている幼女によって。
(くそッ、これだから融合型は―――!)
焦る。だから必死に決死に綯はどうにかしようと足掻く。足掻いたところで、変身できたところで現状に好転がみられる可能性は低いが生身のままよりは遥かに生存率は上がる。
自分は死ねない。死んではいけない、死にたくないからじゃない――――死んだら誰よりも岡部倫太郎が悲しむからだ。哀しむからだ。今までのように、希望を与えられて、絶望を濃くして。
(それだけは・・・ッ、だから―――!!)
呻き声を上がる綯に、無力な綯の足掻きに、本来ならその行動を気にする事も、存在すら意識する必要が無い綯に彼女達は動きを止めた。
いつまでたっても戦闘がはじまらない事を不思議に思い焦りながら、緊張しながらも綯はその様子に視線を上げた。
そこには自分を呆れる表情で見降ろす二人がいた。
「――――?」
見下すのではなく呆れている。目の前でもがいている無力な女を憐れむのではなく呆れている。軽蔑でも嫌悪するでもなく、ただ呆れていた。
解らない。何故そんな感情を向けられるのか綯には分からない。彼女達のその判断が判らない。
「・・・おい、こいつホントにあの男の連れか?」
「そのはず」
「頼もしいようには見えないぞ?無配慮で無計画、重荷にしかなっていない」
「なん―――!」
「違うのか、否定するのか?お前はあの男に今回の件を事前に聞いていて“あんな無意味な戦闘”を行ったのだろう」
「それ、は・・・」
「勝とうが負けようが関係ない。お前の行動はあの男にとってマイナスにしかならない」
「違う!」
「違わない、お前は――――」
「貴女は“敵になるんだ”!だから―――」
「私達とは『戦うな』と言われていたんだろう。なのに“共闘”を持ちかけてきたあの男の意思を無視してお前は此方を攻撃してきた」
今回の天王寺綯の戦闘行為は岡部倫太郎の意思を無視していた。それどころか彼の立場を窮地に追いやった。
綯は否定の声を上げてしまったが理解している。自分の行動の愚かさを、彼に認めてもらいたい一心で暴走していたことを。感情が先行してしまい身体と意志が引きずられた。魔法少女に陥りやすい現象ということを観測してきて知っていたはずなのに・・・・実際にはコレだ。
美樹さやかが初対面の佐倉杏子に斬りかかった時と同じだ。さやかは一般人の犠牲を良しとする杏子の考えに反発し感情の赴くままに剣を振りかざしたが・・・もし佐倉杏子が防御していなかったら人殺しになっていた。杏子に実力が無ければ、強がっていただけの魔法少女ならそうなっていただろう。
自分の行動が“どんな結果を招くのか普通は判る筈なのに”魔法少女は時折、そんな行動をとる。悪気なく、感情に流されるがまま自分の正しいと思う正直な気持ちで魔法を使う。その異常さに気づかぬまま、気負うことなく自然に他者を殺す。
「あの男の提案にザーギン様は乗った。シティの英雄もな。だが貴様が私達と戦闘を開始したために、実力を確かめるだけの戦いが本気になった」
「オカリンおじさんは負傷し、私は―――」
「ザーギン様の慈悲で生かされている事を知れ」
「私が生きているのは“彼”が手加減していたから・・・?」
「本来ならこれまでの襲撃者同様に殺しているがな、今回はあの男に免じて見逃してやる」
「・・・・・・・」
ギリッ、と悔しさと情けなさで唇を噛みしめる。血が滲み出るほど。腕が健在なら頭を掻き毟っていただろう。“彼女”の言葉は正しい、あまりにも正確で間違いが全く無い。
なんたる不様、岡部倫太郎の支えになると誓っておいて足を引っ張るどころか生命の危機に追いやってしまった。終えても続けようとする彼の人生を自分のせいで壊れるところだった。
自分が殺されても文句は言えない、言う気は無い。しかしその時はとばっちりで彼まで・・・・・交渉は上手くいっていたのに、台無しにするところだった。自分の感情に、望みに引っ張られてこの有様――。
「ん」
「・・・・・・なん、ですか」
葉月が拘束を解いてグリーフシードを差し出す。
気分が沈んでいた綯は意味が判らず―――
「浄化」
「・・・・ぁ」
まただ。何度も観てきて、体験し反省しているはずなのに・・・まだ引きずられている。
胸元に光、収束した光は穢れたソウルジェムへと収束した。感情に左右される魔法少女のシステムはやっかいだ。この世界に顕現し岡部倫太郎と触れあった最初の頃は順調だったのに・・・慣れれば慣れるほどこれがネックになる。
やっかいだ、魔女化する魔法少女が後を絶えないわけだ。観測してきた自分がコレだ。色々知っているからこそ、いろんな考え方を持っているからこそ警戒し対処できるはずなのにこれはキツイ。かといって知らずのままでも危ない。シンプルはシンプルで手札の少なさから突然の出来事に応用や対処ができない。心を護れない。
考え方が複雑でも単純でも駄目で、知識が有っても無くても成る様になる。絶対の正解が無く全てが間違いに結びつく。
「なんて、言い訳もいい加減にしろって・・・くそっ」
自分に悪態を吐いて、葉月にソウルジェムを浄化してもらい綯はしなければならない事を実行した。
凹むのも、落ち込むのも、自虐するのも後にしなければならない。それよりも何よりも先にしなければならない事がある。
綯にとって最も重要なのは岡部倫太郎の安否だが、それを確認できた以上、次に重要なのは――――謝罪だ。
「ベアトリス・グレーゼさん。ごめんなさい。私が、“私だけ”が間違えました」
敵だけど、それでも綯は頭を下げた。
戦う必要は無かったのに戦いを挑んだ。殺そうとした。間違いを指摘されたのに反論した。他にも色々あるが、綯は全てを一言に込めた。
「――――」
言葉が足りず、謝罪としては不十分かもしれない。しかし謝られた相手であるベアトリスは どかっ と近くにある椅子に腰を下ろし何も言わなかった。
綯もそれ以上は何も言わず、葉月も何も言わない。
「――――お前は気にくわないが、生きようとした執念は認めてやる」
その言葉に綯は顔を上げた。
「私は、あのとき諦めていたからな――――ザーギン様を置いていくところだった。それを良しとしていた」
「・・・・・」
「そう選択してしまった。もう仕方が無いと諦めていた。もうこれしかないと達観し、判断した」
顔を伏せて告白する“彼女”が何を想っているのか、綯は少しだけ判る。共感できる。それだけはしていけないことだと、自分の命よりも優先すべき事だから・・・。
その考えは岡部倫太郎や“彼”からすれば・・・・怒られるかもしれない。しかしその考え方はイコールで岡部や“彼”が生きている限り“生きる事を諦めない”と同義なので、やはり怒られないかもしれない。
「お前も状況は同じだったが諦めなかった・・・・だから、あの時の執念だけは認めてやってもいい」
そう言ってベアトリスは背を向けた。
「「・・・・・」」
綯と葉月は顔を見合わせ頷き合う。
「これがジャパニーズ・ツンデレね」
「はい、これがツンデレです」
「・・・・・TUNNDERE?」
後ろを向いたまま首を傾げる褐色金髪巨乳美女に二人は笑った。
バカにされたのかと勘違いし憤慨しかけた“彼女”を二人で宥めようとして―――扉の向こうから足音がした。
駆け足急ぎ足、バタバタと駆けこんできたのは綯が心配し、迷惑をかけてしまった相手だった。
「綯!!」
「―――」
謝ろうと、絶対に頭を下げて謝ろうと思っていたのに綯は何も言えなかった。罪悪感を凌駕してしまった・・・・嬉しかったのだ。未だに、何度も呼ばれたのに、そんな場合じゃないのに、嬉しくて愛おしくて何も言えなくなってしまった。
岡部倫太郎に名前で呼ばれることが、こんな自分を心配してくれることが、その視線を独占し、意識を自分だけに注いでくれる事が嬉しくてたまらなかった。
ああ、と綯は思った。不謹慎かもしれないが、今、この場において世界で一番彼の関心を集めているのは自分だと、そうゆう時間なのだと歓喜した。
謝らないといけない、だというのに口元には笑みが浮かびそうで必死に耐えようとするが押さえきれない、不謹慎すぎる。顔を伏せてせめて彼にだけは表情を見られないように――――
「気分は!?どこか体調―――が悪いのは当たり前かッ、何か異常や不気味な感じ―――もするからそれに―――!」
―――したがったが、両肩を掴まれ強制的に視線を合わせられる。焦り、困り、涙がでてきた。彼の必死な、泣きそうな顔で迫る表情に愛おしさを感じる・・・・どうしようもないくらいに嬉しくて。
口元は勝手に笑みを浮かべようとして、だけど駄目だと理性が無理矢理にそれを押さえつけようとして・・・結果、表情が歪んでしまう。
周りから見れば、それこそ正面から覗きこむ彼から見ればどんな醜い顔をしているのか判らない。恥ずかしくて顔に熱がこもる。
だけど嬉しいのだ。何度も繰り返すほどに嬉しくて嬉しくて我慢できない。声を上げて泣きだしたい、両腕があれば抱きしめたい、想いを告げて願いを伝えて、こんな役立たずな身でありながら未来を約束したい。
それができないことが悲しくて、彼が慌てているのに彼の優しさに一人だけ幸福を抱く自分勝手な己が許せない。
「ぁ・・・ご、・・な、さ―――」
「綯!?」
謝るべきで、謝りたかった。私は彼に謝らなければならない。だけど言えない、伝えきれない。嗚咽混じりの言葉に過剰に反応したオカリンおじさんが一層困惑し焦りながら私を心配する。
困る。嫌だ。コレ以上心配かけたくなくて、これ以上情けないところを、自分勝手で汚いところを見せたくないのに逆効果にしかならない。
もう、こんな自分が嫌過ぎて―――死んでしまいたい。
「やれやれ、落ちつきたまえ少年」
ポロポロと零れる涙に焦る私とオカリンおじさんを助けてくれたのはオカリンおじさんの後ろからやってきた長身で壮齢の男性、サングラスをかけた筋肉質な魔術師―――ラバン・シュリュズベリイだった。
葉月・シュリュズベリイのパートナー。男性だが魔法少女の彼女と合体(融合)して魔女と戦うことのできる世界最高最強戦力の一人、世界を守護する大英雄。
子供の姿である私やオカリンおじさん程度の頭なら握り潰せるんじゃないだろうか?と思えるほど大きな手でオカリンおじさんの襟首を掴んで持ち上げる。
「おわ!?なにをするっ、俺は綯を―――!」
「ならば落ちつきたまえ、君がそれでは彼女も落ちつけん」
諭すように、現状を理解させるようにゆっくりと告げられたオカリンおじさんは一瞬顔を歪めるが大人しく従う、困惑し焦っているのを自覚しているのだろう。
深く息を吐き出し、そして私をまじまじと観察する。
「――――」
自分で言うのもなんだが客観的に見て一応、私は重傷だ。そんな私の肩を掴んで揺さぶったことに罪悪感でも抱いたのだろうか、自分を責めるように目元を細めた。
私はオカリンおじさんにそんな顔をさせたくなくて、誰よりも強くあろうとしたのに・・・・結局、私も弱いということだろう。このままじゃ隣にいれない。そう思うとさらに涙が零れる。
涙を流す私、それを自分のせいだと勘違いしてオカリンおじさんは・・・・・・・違うのに、そうじゃないのに、それを伝えきれなくてオカリンおじさんが自分を責める。
悪循環で最悪最低の展開だ。嗚咽のせいで言い訳も訂正も出来ない。これじゃあ・・・・一緒に連れていってと言えない。ずっと傍にいたいなんて言えない。
弱い天王寺綯は岡部倫太郎の傍にはいられない。きっと置いていかれる。やっと追いついたのに、約束したのに――――。
「はぁ、見た目通り子供なのね」
それが怖くて一気に血の気が引いた。そしてソウルジェムに穢れが生まれそうになったとき、隣にいた葉月に頭を撫でられた。
「大丈夫」
優しい感触と温かい心地よさ、強張った身体の緊張が不思議と解れていく。
「大丈夫だよ」
「ぇ・・・ぁ・・?」
「落ちついて、彼は貴女を責めてないよ。ただ心配してるだけ―――彼は無事、貴女は安心したでしょ」
「う・・・・ぁ、は・・・い」
「なら、今度は貴女が彼を安心させてあげて」
もしかしたら何らかの魔法を使っているのかもしれないが今はどちらでもいい、素直に感謝した。スゥ、と気持ちが落ち着いてきた。
息を吐き出せば身体の奥に溜まっていた嫌な気持ちが一緒に出ていくようで、思考が冷静さを取り戻していく。
(大丈夫、大丈夫だから・・・お願い落ちついてっ)
自分に言い聞かせる。自己嫌悪で落ち込んで、場違いな歓喜をして、そして勝手に絶望しかけた。もういいだろう、もう十分だろう、いい加減に、本当にいい加減十分だろう。
もう散々凹んで落ち込んで自己嫌悪に浸った。なら自分のやるべきことを果たせ、己のすべきことを行え、岡部倫太郎はそうしてきた、悲しくても辛くてもこなしてきた。彼の相棒を名乗るならこの程度で躓くな。
「お、オカリンおじさんッ」
「ああ・・・・どうした、綯」
ラバンさんの拘束から解かれたオカリンおじさんと正面から向き合う。
言おう、伝えよう。私の抱いていた恐怖と不満を。
「無事で・・・何よりです。心配しましたよ」
「ああ、心配かけてすまない」
「まったくです。オカリンおじさんは弱いヘナチョコなんですから荒事は私に任せてください」
この中で一番重症の身で、説得力の無い言葉を吐いた。でも本心だ。心配した、無謀な彼の行動に怒りを抱いたのも本心だ。
言おう、伝えよう。私の状態を、安心を与えよう。
「私は御覧の通り重症ですけど問題ありません。オカリンおじさんと繋げればオカリンおじさんの■■が使えますから」
「・・・気分は?身体的欠損は修復できても精神への負担は―――」
「問題無いですよ。ええ、まったくもって全然へっちゃらです!」
「・・・・・」
「だから安心してください
勘違いしないでください
頼りにしてください
信じてください
私は――――天王寺綯はこの程度で潰れるほど弱くありません」
真っ直ぐに、視線を逸らさずに伝えた。散々不出来な状態を晒しといて説得力はまたも無いが構わない、怯まない――――一オカリンおじさんの視線が逃げるように逸らそうとした時、身体の奥底から絶望が這い上がってくるが捩じ伏せる。捻じ伏せる。
「私はっ、私はねオカリンおじさん!」
声を大にして言おう。溢れる感情を伝えよう。正直に、自分勝手でも、何よりも先に謝るべきだけど・・・自分勝手な言葉を先に贈ろう伝えよう。
文句は言わせない。聞かない。オカリンおじさんだってこれまでをそうやって過ごしてきたんだ。なら私の我が儘も通してもらう、この件については絶対に。
彼にも彼女達にも誰にも魔女にも女神にもこの決定事項は譲らない。
ドクドクと心臓が鼓動を刻む、血液が熱を発する、感情が高ぶって声を荒げる。また暴走し始めているのを自覚する。
ああそうか、ラボメンの彼女達がいる時はお姉さんぶる事ができるのに、彼女達がいなければ自分はこんなもんなのかと心の奥底で悟った。やはり自分は意識してる。まだ中学生の彼女達を、これまで岡部倫太郎を支えてきた女の子たちを、鳳凰院凶真に託されてきた彼女達に――――嫉妬している。
「絶ッッッッッ対に、オカリンおじさんから離れないんだからぁああああ!!!」
全員が唖然とした。いや―――オカリンおじさんだけだ。
他は頷いたり肩をすかせたり微笑を浮かべたりして此方を眺めている。
「・・・は?」
「駄目です赦しません!絶対に了承してもらいますから覚悟して懺悔してください!」
「え・・・ん?」
「なんですか嫌なんですか認めませんよ!そんなの絶対に断固抗議して訴えます!!」
「うん・・・ちょっと落ちつけ、言ってる意味が―――」
「うるさい黙れロリコン!変態に意見なんか求めていませんからさっさと頷いて私に誓ってさかって守って歌え!」
「う、歌?いやまて何か不適切な単語が混じって―――!?」
「loli is not right!!」
「そこじゃないがそこもだバカ者!いきなりなんだ一体!?」
私は何が言いたいのだろうか、何を言おうと思ったのか、考えていた言葉は勢いと共に時空の彼方へと消えた。
後は勢いと共に不満と混乱が混ざり合って無理矢理跳び出していくだけだ。
止まらない、止めきれない。不安だったから、怖かったから、悔しかったから、寂しかったから。
我慢できるはずなのに我慢できない
「いいから大人しく誘導に従ってオカリンおじさんは認知して通知してください!」
「何を・・・、ああもうっ、それより横になって―――」
「逃げも隠れもしなければ弁護士を呼ぶ権利を与えずに逮捕して黙秘権を執行した瞬間に断罪します!!」
「暴君か君は・・・・、そんな圧制政治が現代で認められると―――」
「ああもうっ、子供じゃないんですから我が儘言わないでください!!」
「我が儘なのかコレ?綯、とりあえず落ち着いて―――」
「うるさああああああい!!」
「なっ、バ――!?」
四肢の無い体に魔力を流して無理矢理に動かす。痛覚はカットしているので痛みは無い、不快ではあるがどうでもいい。
当たり前で当然の事にバランスを崩した私にオカリンおじさん以外の人達は慌てず焦らず静観していた―――オカリンおじさんは本当にちょろい、寝台から落ちそうになった私の体を抱きとめてくれた。
私は謝りたかった・・・・・はずだ。しかし実際はこうなった。こうで、これで、よかった。このくらいが丁度いい。
伝えたかった事、謝りたかった事、これからの事、いろんな考えと感情がごっちゃになって溢れだし、勢い任せのデタラメな会話とも言えない対話を持ってオカリンおじさんに私という女を押し付けた。
あれだ。再会の仕方がアレだったので誤解されがちだが私はこういう女だ。変に神格化してほしくない。彼女達同様に自然にかまってほしい。変に意識して、腫れものを扱うように、外面の仮面で接しないでほしい。変に紳士的に接しないで、昔のように、いつものように、大雑把に躊躇いなく一人の■として見てほしい。
本当は違うけど、テンパってこうなっちゃったけど、こんなアッパーな女だと誤解されたくないが今はコレでいい。
「バカか君は!そんな身体で無茶をするな!!」
本気で怒られるとやっぱり悲しい。心配させてしまって申し訳ない。演技だとバレたら嫌われるかもしれないから怖い。
だけどコレでいい。よくないが今はいい、今はこうして密着する事が目的だから――――密着する事が本来の目的ではないが過程で必要というか、前座というか、大切な事なのでしょうがない。
幸い、周りにいた人達は気を効かせて退室してくれる。
「そういえばザーギン様は!?」
「もうちょっと空気を読んで・・・・」
「ああ、“彼”なら―――確かあのブラスレイターの馬の名前はヴァイスだったかな?」
「む、ヴァイスがどうした?」
「ブラスレイターとなったヴァイス君だが念話で多少の意思疎通が可能でも、人間レベルでの会話はできていなかったらしいじゃないか」
「それがどうした。私とヴァイスは幼いころから一緒だったからなっ、ブラスレイターとなる前から以心伝心だ!」
「そのヴァイス君との完全な意思疎通が少年の連れてきたインキュベーターの補助で可能になった」
「なん・・・だと?」
「それ以降“彼”はヴァイス君につきっきりで――――」
「ザーギン様ズルイ!!私もヴァイスと戯れたいしヴァイスと戯れてる少年心全快なザーギン様のお姿を写真に収めつつ一緒に戯れ勢いを利用してちゃっかり抱きつきたい!!」
「・・・・・ダディ、あの女のキャラクターがよくわからない。殲滅認定されている存在には見えない」
「そうだなレディ、“彼女”を見習ってお淑やかに成長してくれ」
「イエス、ダディ」
“彼女”が己の主と愛馬のもとへ駆けだし、葉月とラバンさんが後をゆっくりと追いかけていく、後ろ手で扉を閉めてくれたので部屋には私とオカリンおじさんの二人っきりだ。
しかし彼らは自由だなぁ、と思う。必要以上に気を使わずにいてくれるのはありがたいが一大決心の大告白をしようとしているのだから雰囲気をあまり壊してほしくないのだが・・・・まあオカリンおじさんはそれどころじゃないのか気づいていないので我慢しよう。
いい加減オカリンおじさんも我慢の限界だろう。一応怪我人の私に配慮しているが自身を蔑ろにするなら本気で怒る人だからさっさと本題に入った方がいい。
抱きしめられながら顔を上げれば眉間に皺を寄せた中学生時代のオカリンおじさんの眼と合った。
(・・・うわっ、やっぱり私って最低だ・・・)
オカリンおじさんは怒っているのに泣きそうな顔、叱っているのに辛そうな顔、怒鳴っているのに心配している顔をしていた。
そんな表情を向けられる事が嬉しいと感じ、剥き出しの感情をぶつけられて喜んでいる。
「綯!聞いているのかッ、確かにNDを使用すれば―――」
「あむっ!」
「む――ぐ!?」
パクッ と口を塞ぐ。食べるように、覆うように、重ねるように唇で彼の口を塞ぐ。
「―――」
「っ、んゥ!?」
キスじゃない。だから卑怯じゃないと自分に言い聞かせる。
だから謝罪しない、謝らない。彼にも、彼女達にも――――牧瀬紅莉栖にも。
―――未来ガジェット0号『失われた過去の郷愁【ノスタルジア・ドライブ】』起動
―――『天王寺綯』
―――ソウルジェム『現在と“因縁”を司る者【ベルダンディ】』発動
―――展開率91%
ラボメンの彼女達は気づいてなかっただろうが、あの日からずっとオカリンおじさんは躊躇いがちにしか私に声をかけてくれなかった、触れてくれなかった。その挙動不審からオカリンおじさんが私に対し特別な思いを抱いていると勘違いしている子が多いがそれは決して彼女達が予想している“それ”ではない。
“それ”とは程遠いモノだ。オカリンおじさんは私のおかげで救われたって言ってくれるけど、だけど“恐れていた”。怖がっていた―――私を、天王寺綯に恐怖していた。
―――■■発動
―――術式検索開始 対象魔法検索完了
―――対象SG『愛欲と豊穣を司る者【フレイヤ】』術式選択『――-―』
―――対象SG『過去と宿命を司る者【ウルド】』術式選択『――-―』
―――合体魔法『――-――-』
「ぷっ!?っ、ンン!?」
「あむ、むぅ」
驚いて反射的に突き放そうとしたがオカリンおじさんは私が重傷で受け身もろくに取れない体なのでそうもいかず、寧ろバランスをとるために、逆に離れないように支えてくれた。
意図したわけでなく、それこそ反射なのだろうが・・・・罪悪感は無い、抱いてはいけない。ここで引いては今後ヘタレてしまう。
電子音と同時に身体中に光が灯る。一瞬で構築された魔法少女の衣装であるセーラー服と白衣が顕現した時には私の両手と両足は傷一つなく、違和感無くいつもの場所に有った。
失っていた体の一部が全て蘇った。両足、正確には両膝は地面についてバランスを確保し両腕はオカリンおじさんの背中に回して姿勢を保つ。
「かぷ」
「ちょっ!?こら―――」
私の身体的損傷は既に無い。体力気力も全開だ。問題は高ぶったテンションのみ。
私を引き剥がそうとしたオカリンおじさんの頬に甘噛みしつつ背中に回した両手で力強くしがみつく。
暴れるオカリンおじさんを魔力で強化された身体能力で押さえつけ、存分にかぷかぷする・・・・・・逃がさん!
頬から顎、顎から首筋へと―――
・・・・・。・・・・。
・・・・?
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・??
「あれ、私は何をやっているのでしょうか?」
「だぁッ、いいかげんにせんかHENTAI少女ッ!!」
「きゃっ?」
身体能力が強化されているのはオカリンおじさんも同じだ。拘束する力が弱まった瞬間に私を座った状態のままベットへと投げ飛ばした。
私はくるん、と宙で回転しベットの上に正座で着地、寝台がギシギシと異音を発しながらも体重を受け止めた。軽いから問題ありません!
「いきなり何するんですか、危ないじゃないですかっ」
「こっちの台詞だ!いきなり何をするんだ!」
「親愛をダイレクトに表現してみただけです!」
「まさか・・・・暴走しているのか?」
「いえ、あのオカリンおじさん?真剣に悩んでいるところ悪いんですけど純粋に私欲に身を任せてみただけですから心配ないですよ」
「暴走してるじゃないか!」
「だって何十年何百年もお預け食らっていたんですよっ、ちょっとくらいいいじゃないですか!!」
「・・・・」
「ああっ!?呆れてますねオカリンおじさん!!」
ゴシゴシと口元を袖で拭うオカリンおじさん。その反応は結構傷つくんですけど・・甘噛みされた頬や顎や首筋も同じように拭いながら立ち上がる様は乙女心を削る。
オカリンおじさんに乙女心を今更期待はしないけど要教育が必要ですね、前回はできたのに、と思いながら寝台に正座する私をオカリンおじさんは真剣な様子で見ていた。
「・・・それで、ほんとうに大丈夫なのか」
「大丈夫ですよ、今しがた気力も充電しましたからね」
「―――」
突然の奇行はおいといて、最初に私の体調を気にしてくるオカリンおじさんは相変わらず優しくて、嬉しかった。
でも同時に私の返答に絶句し、次いで難しい顔をして頭をかくオカリンおじさんには少し不満だった。
女の子に、私にキスされたにしては反応が淡泊というか、あっさりとし過ぎている。私が相手だからというのもあるが、やり慣れている感があるので―――。
「“相変わらず”オカリンおじさんはキスされても戸惑いませんね」
「な、なんだいきなり・・・・」
「やっぱりこんな形じゃダメですね」
不意打ちでのキスに価値は見出さない。事故での身体的接触はカウントにいれない。岡部倫太郎はその程度の行動に、もはや反応しない。多くの孤独の魔法少女と関わってきたから、それを理由には受け入れない、かわし誤魔化し茶を濁す―――冷めた反応をとる。
それは一時的な気の迷いだと知っているから、たまたま自分しかいなかったからと解釈するから。そう思う事で、そう思っていると相手に伝えることで距離をとる。
私はそれを知っていたが、さすがに自分相手にその反応をされると傷つく。少しは今までの彼女達とは違った反応を期待したのに・・・。
「はぁ、まだ二回目なのにその反応は傷つきますよー」
「・・・・二回?」
「あ」
最初の一回、前回は彼が眠っているところを奪ったので――――
「おい、まさか君は―――」
「(・ω≦) テヘペロ」
呆れた視線を向けられた。憐みの視線でもいい。
「ああー!?酷いですよオカリンおじさん!!」
「全てを観てきた君なら判るだろうに・・・・、綯、俺は―――」
「ファーストキスだったのに!」
「・・・む、むぅ」
押し黙り、悩むように顔を伏せる。本当に押しに弱いなぁと実感した。ある意味で隙だらけ・・・上条恭介もだが、ラボの男性陣に対しラボメンガールズはこの手の話は正確に理解していると思う。
基本的に鈍く、勘違いし、それでも優しさに嘘は無く純粋で無防備、一線は確かにあるが・・・・だけど押しに弱い。
キスをしても捧げても冷めた反応をされたら大抵は身を引いてしまうが、それでも先に動ける少女達がいて、それでどうなるか観測してきたので―――。
顔を伏せて腕を組み、私にかける言葉を探しているオカリンおじさんに寝台の上で四つん這いになりながらにじり寄る。気づかれないように首元に腕を伸ばす。
「―――ねえ、オカリンおじさん」
「なんだ。ああ、もう今後はさっきみたいに軽はずみな――――」
呼びかけに応じ、さらに私に注意を促そうと顔を上げた時には既に私の手はオカリンおじさんを捕えていた。
オカリンおじさんを寝台へと、私の元へと引っ張る。
「うお!?」
身長差も魔力強化された身なので関係ない。ほぼ無抵抗の状態だったから、オカリンおじさんはあっさりと引き倒され私に馬乗りにされる。
下敷きに、私に見降ろされているオカリンおじさんは、最初はキョトンとしていた。無垢で、無知で、純粋な少年の顔で――-―。
(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・なんかゾクゾクしますね)
なんて背徳感を漲らせようとする寸前にオカリンおじさんの表情に緊張が走るのが判った。
投げ出されていたオカリンおじさんの両腕は急いで私との距離をコレ以上近づかないように伸ばされるが、その両腕を掴んでオカリンおじさんの頭の上に押しつける。
ちっちゃな手なので普通なら無理だが・・・魔力様々である。ぐっ、と寝台に押し付けられる男の子、押し付ける少女、立場が逆なら立派な犯罪だろう。逆じゃなくても立派な犯罪だが。
「お、おい綯?」
「・・・」
不安そうな声、強張った声、不思議だ・・・こんな哀しいに分類される声と表情をさせたくなかったのに、今の私の中には――――。
(いけないいけない)
オカリンおじさんは顔を背ける。腕を押さえつけることで距離が近づいてしまったからだ。身長の低い私だから自然と顔の距離が近くなるのだ。
なんとなく、噛みたくなった。その首筋に噛みついて傷を残したいと思った。消えない傷を、消えない証を、彼を―――――。
「大丈夫です・・・よ」
沸き上がる欲望を我慢して、小さな声で語りかければ視線で私の様子を確かめながらゆっくりと顔の向きを戻すオカリンおじさん。
私は自分が暴走気味なのを理解している。だけど冷静だ。オカリンおじさんはそれを感じ取っているのだろう、これまでの魔法少女達とは違う対応をしてくれる。
これまでの彼なら何を言われても顔は背けたままだっただろう。信頼されている、他の子達とは違う、それは嬉しくて―――申し訳なかった。
「ビックリさせないでくれ。どうした、いきなり―――」
「“あの子”とは頻繁にしてるのに、私にはこんな態度だから嫉妬しただけです」
「いや・・・・・あれは契約であって、その、な?」
「何が“な?”、ですか・・・・解ってますよ観測してきましたから」
「・・・というか嫉妬か?」
「嫉妬ですよ」
睨みつけるように視線を合わせれば逃げるように、誤魔化すように視線を泳がせるオカリンおじさん。
知っている。観てきたから、第一位の魔法少女との契約を知っている。契約というかただの口約束だが。
「だからって流石にどうかと思いますよオカ・・・いえ、ロリリンおじさん」
「誰がロリリンか!」
「まどかちゃん達に気づかれたらどうなりますかね?」
「なにそれ超怖い」
「まあ教えないですけどね」
間違いなく折檻される・・・・最悪の場合は―――どうなるのだろうか?予測できそうで、予感はできるが判らない。既に気づいている子もいるし・・・。
考えながらそっと拘束していた腕を解いてあげればオカリンおじさんはホッとした表情を浮かべた。
安心したのだろうか・・・この状況で?
「・・・・・・」
私にその気がないと思ったから?
私が彼女達にバラさないと言ったから?
駄目だろう、駄目でしょうオカリンおじさん。
それは無防備で無神経すぎる。
それじゃあ隙だらけで好きにできてしまう。
前回は黙ってしてしまったから、さっきは不意打ちだったから、今回はしっかりと受け止めてもらう。
その気は無かったが、冷静になっていたのにオカリンおじさんが悪い。
喰ってくれと言わんばかりにノーガードだから、だから女の子は勘違いすると教えてあげないといけない。
私が何もしないと理解しているような態度だから。
私が何もしないと油断しきっているから。
私を神格化しているから・・・その勘違いを壊そうと思った。
寄り添うだけでは何も変わらない。
尽くすだけでは振り向いてくれない。
だけど行動しなければ置いていかれる。
馬乗りにされたまま目を閉じて安心し、信用しきっているオカリンおじさんの頬に手を添える。
ん?と目を開けて、近づいてくる私にまるで身がまえない無防備で無垢なオカリンおじさんに―――口づけする。
「――――ん」
「―――」
数秒、十秒にも満たない接触、抵抗も受容も選択される前に体を起こす。
ポカンと、身体を離した私をオカリンおじさんは呆然と見上げていた。
分かっていたのに知らない振りをするからだ。
私が理解のある女だと勝手に思った罰だ。
私は裏切らないと思った?残念、私は貴方を幸せにできるなら平気で裏切るよ。
私の行為で貴方が不幸になる?それはない、幸せに、無理矢理にでもなってもらう。
放っておいたら自滅する人だから、誰かが無理にでも引っ張らないといけない。
それができる子がいるなら任せてもよかったけど今は誰もいない。
だから―――
「大好きですよ、オカリンおじさん」
言ってはいけない台詞。伝えてはいけない言葉。
私はそれを知っていたし、彼もそれを知っていた。
だけど伝えた。
前回は眠っていたから意味は無く、さっきは不意打ちだからカウントされず、しかし今は届いた。
これまでの世界線漂流で彼に伝えてきた魔法少女のように、無理だと悟った上で、無茶だと理解したうえで―――無駄ではないと知っているから。
無駄じゃない。これは恋じゃないから、実らなくてもいい。
無駄じゃない。これは恋じゃないから、振られてもいい。
無駄じゃない。これは恋じゃないから、選ばれなくてもいい。
無駄じゃない。愛は勝たなくてもいい。
「諦めてください。オカリンおじさんは私に捕まりました」
嫌われても迷惑がられてもいい。それでも誰かのために戦い続けた彼のように尽くそう。
その思いが実らなくても蔑ろにされても構わない。それでも大好きな人達のために戦い続けた鳳凰院凶真のように抗おう。
忘れられ、無かった事にされても無駄にはしない。それでも愛する人達のために戦い続けた岡部倫太郎のように挑もう。
私は彼に尽くそう。力になろう。彼が遠くに行くとしても、置いていかれても、彼の力になって尽くそう。
だけどコレは譲らない。コレだけは誤解しないでほしい。これまで彼に伝えてきた少女達と同じように、コレだけは勘違いしないでほしい。
拒絶された程度で、受け入れられなかった程度で、私が諦めたなんて思わないで、勘違いしないで、誤解しないで!
私はあなたに憎まれてもいい、恨まれても構わない、嫌われて、恐れられて、殺されたってかまわない。
だけど、誤解されたままなのは嫌です。
誤解されたまま、あなたの前から消えたくない。
貴方を想う気持ちが、この程度で消えたなんて思わないでください。
例え未来永劫、私の想いに応えてくれなくても―――私は貴方が好きです。
■
日本
「・・・・ん?」
未来ガジェット研究所の時計がそろそろ翌日を示そうとしたとき、暁美ほむらは瞼を開け、そして視線の先に天使を見た。
自分のすぐ隣、すぐ傍で可愛らしい寝顔を至近距離で無防備にかます天使だ。
「天使!?」
多くの魔法少女や魔女と出会い相対してきたが天使との会合は初めてだった。しかし目が覚めて最初に観測したのが天使とは一体何なのか、ほむらは謎の状況に混乱する。
いかに可愛らしく保護欲がそそられる愛らしさ全開のまどか似の天使だろうと油断はできない、しかしやはり天使は愛らしく敵だった場合は攻撃を躊躇することは必須でかといって逃げるのはもったいないと判断できるのでどうにか無傷かつ嫌われないようにまどか似の天使を確保し―――――っていうかこの天使はまどかだ!
「・・・・まどか?」
すやすやと、自分と同じ毛布を被って寝息を零す天使は鹿目まどかだった。
「・・・・」
ほむらは天使もとい親友まどかの寝顔を真剣な表情で観察しながら状況を整理する。
ここは未来ガジェット研究所寝室兼物置、私はまどかと折りたたみ式ベットで同じ毛布で一緒に包まっていた。時刻は零時五分前――――。
暁美ほむら。ラボメン№04の魔法少女で岡部倫太郎を観測した少女。彼女は状況を理解した。
「つまり天使=まどか、まどかは天使だったのね!」
寝起きで深夜帯、妙なテンションで気分は悪くなかった。左手に埋め込まれているソウルジェムが輝きを放つ。
天使とは大雑把な解釈なら愛や平和、友愛や友情といった幸せを運び与えそれらを主張する存在だ。まどかにはピッタリで天使のイメージは人それぞれだが概念は世界中に広まっている。
天使=まどか。博愛精神=まどか。世界中にまどかが広がっている。
「世界が輝いている・・・・・生きるのが楽しみになってきたわ!」
「うん。なんというかラボにいると最初の頃の面影が完全に消失するよね暁美さん」
拳を力強く握り堂々と宣言する少女に後ろから声がかけられた。
「・・・・上条恭介?」
「気分はどう暁美さん?一応ゆまちゃんが回復魔法かけたみたいだけど―――」
ターンッ
発砲した。
「おうわああああ!?」
チュイン、と頬に弾丸が掠り叫び声を上げる上条にほむらは無表情のまま標準を合わせる。今度は外さないように慎重に――――。
ぎゃー!?と上条がバタバタと両手を上げて無抵抗無条件降伏をアピールするがトリガーが引かれるのを予知し横に伏せれば数瞬前まで自分の頭があった場所に弾丸が撃ち込まれた。
「なんで毎回空砲じゃなくて実弾なの!?」
「バカね、空砲でどうやって貴方を殺せるのよ」
「どうして殺されそうになっているんだ僕は!?」
「乙女の寝顔を無断で覗くからよ」
「理不尽じゃないかな!?」
「そもそもなんで貴方がここにいるの?私とまどかだけの世界に介入するなんて酷いじゃない」
「仮にも傷ついた君たちをラボまで運んだのは僕なんだけど感謝どころか罵倒って酷いのはそっちじゃ―――」
ターンッ
また発砲した。
「うわあああああ!?」
「気を失っている私達の体を自分勝手に弄ったと――――万死に値するわ」
「最近の僕は何をやっても暁美さんから撃たれる気がするんだけど何でかな!?」
「スカートを脱がされた胸を揉まれた裸を見られた入浴中に突撃された気を失っている間に体に触れられた寝顔を観られた―――――異論は?」
「僕って最低だ!不思議と異論を唱えきれないし反論も述べにくいけど――――事故だよ不可抗力だよ!!」
「罪には罰を、悪には裁きを」
「室内でロケットランチャーは流石に不味くないかな!?」
この距離での発射はほむらも無事では済まないが関係ないのか、その指はトリガーを――――
「ん・・・にゅ、ほむらちゃん?」
今まさにラボメンの一人が、序列第二位の戦力が度重なるセクハラが原因で命を落とそうとした瞬間、目元を擦りながらまどかが起きあがった。
毛布が落ちてぶるっ、と体を震わせながらもまどか。彼女はチッと舌打ちしながら上条を睨みつけるほむらと、腰を抜かして涙目の上条を見て思った。
「相変わらず、二人は仲が良いね」
ふにゃ、とした笑みを浮かべながら想いを言葉にした。
「鹿目さん寝ぼけてる?」
「戦闘の後遺症が残ってるのかしら・・・」
普段から(一方的な)喧嘩ばかりの二人は外側から見ると仲がいい。ほむらは心底嫌そうに、上条は震えながら否定するが二人の絡みはよくあるし、それになんだかんだで一緒にいる事が多い。
ツンデレだなぁと、まどかは地平線の彼方への感覚で納得し、ふらつきながらベットから下りる。
「洋服・・・・ボロボロだ」
「あ、鹿目さんまだ無理は―――」
「見ては駄目よ!!」
ドシュ
買ったばかりの洋服が悲惨な状態になっていた事にまどかが哀しそうな顔をし、上条が気遣いの言葉をかけようとし、ほむらがまどかの若干淫らな姿を邪な視線を遮るため―――目潰しを行った。
結構深く突き刺さった。割とエグイ音が聞こえた。
「目がー!?」
「ふう、危なかったわ」
「い、いきなり何をするんだよ!?」
「まどかのサービスカットを観測したさいに発生する対価よ」
「だからって目潰しは罰としてはいささか重いんじゃないかな!?」
「まったく、貴方は言い訳ばかりで責任一つとれないのね」
「責任って・・・それを言ったら暁美さんも凶真に対して責任とらなきゃいけないじゃないか!」
ブシュッ
「目がぁああああ!?躊躇いの無さが凶真にホントそっくりだよ!!失明したらどうすんのさ!!」
「暴言を吐くからよ」
「何なのその等価交換!」
「銅四十グラム、亜鉛二十五グラム、ニッケル十五グラム、照れ隠し五グラムに悪意九十七キロで私の暴言は練成されているわ」
「悪意の固まりすぎで怖いよ暁美さん!そもそも僕の暴言で目潰ししたんじゃないの!?なんで自分の暴言の構成成分を語ったの!?暗に今から“殺す”という意思表示か何か!?」
「ゴメンナサイ、照れ隠しというのは嘘よ」
「無視された上に唯一の良心が消えたちゃったよっ」
「あふぅ、お風呂はいろっと・・・・予備の洋服・・・無い・・・・あ、上条君このTシャツ借りてもいい?」
「うん、かまわないよってマイペースだね鹿目さん!?眠たげでもこの手の事態には昔は過敏に反応してくれてたのに!!」
「私は二人が仲良しなのはもう知ってるから」
「誤解よまどか――――まどかが上条恭介から服を借りる?」
「誤認だよ鹿目さん――――ああ殺気をビシビシ感じる!?」
もふっ、と若干寝ぼけている鹿目まどかは自然の流れで天然な行動をとった―――上条のTシャツに顔を埋めた。
特に意味は無く、なんとなくの行為であり深く複雑な経緯は無い。だが―――
「あ、上条君の匂いがする」
「天然って怖いなぁあああああああああ!!」
「ブッコロスワ上条恭介ェエエエエエエ!!」
玄関へとダッシュする上条の後を追うように弾丸とほむらの深夜の追いかけっこが始まった。
上条恭介と暁美ほむら。二人が外へと(命懸けで)駆け出した理由に見当もつかないまどかは寝ぼけたまま一人不思議そうに首を傾げ備え付けのシャワールームへと向かう。
ラボには自分だけなので服を脱ぐのに躊躇は無い、脱いだ服と下着を洗濯籠にいれて洗面台から自分専用の容器をとって狭いシャワー室へ。
「はふぅ~~~~」
温かいお湯を被れば眠気が徐々に剥がれていき思考が徐々にデフォルトに戻る。
此処がラボで、今は零時前で、先月までは一人でも入るのが躊躇われたラボでのシャワーを気軽に使用している。と無意識の部分で自分の現状を把握する。
上条君とほむらちゃんが相変わらずで深夜にもかかわらずハイテンションに追いかけっこを始めて、その間に私がお風呂に入って眠気を祓って着替える。とハッキリしてきた意識の部分で状況を確認する。
(でも・・・お洋服、買ったばかりだしもったいなかったなぁ)
手遅れだが、ラボを修繕してくれた魔法少女に頼んでおけばまだ希望はあっただろうか?今からでも?しかし今さら自分の都合で再び足を運んでもらうのは悪い気がして・・・魔力もタダではないのだから・・・・・。
ここにきて、ようやく、まどかは現状を、状況を、一人きりなのを理解した。思い出した。
(・・・・・え?)
今は夜だ―――その前の記憶は夕方だったのに。
帰りを待っていた―――買ったばかりの洋服を見せたかったはずなのに。
だけど今は自分だけしかいない―――彼は帰ってきていない。
「・・え・・?」
温まってきたばかりの体、ハッキリしてきた意識、それらが一瞬で凍りつくような感覚に襲われる。寒気に体を震わせる。
シャワールームの扉を開け放ち借りたTシャツの上に置いていたバスタオルで体の前を隠しながらラボを、室内を見渡す。リビングにあhいない、パタパタと駆け足にアコーデイオンカーテンの奥、荷物が溢れる寝室にも、ベットの下、しゃがみこんで―――もちろんいない。
「いない・・?」
夕方の戦闘からどれだけの時間が経った?窓を開けて下、一階の部分を除きこんでみたら破壊された後はない。誰もいない、気絶していた間に他のラボメンは帰った?時間は深夜帯・・・・なんでいない?帰ってきていない?
自分達が学校にいっている間に日本には戻っているはずで、途中寄り道したとしても既にラボにはついているはずだ。そもそも一緒にロシアに行っていた彼女が戻ってきていて、傷ついた私達を放っておける性分じゃないはずだ。
だから帰ってきているはずなのに、どうしていない?
「あれ・・・オカリン?」
いない、いなくて・・・・もういない?
嫌な予感は前からしていた。予兆はあった。ラボの設立者である少年は『いつか居なくなる』。それは誰もがなんとなく知っていた。なんとなく、だ。だから考えないように、考えた上で日常を謳歌していた。
その日が来ない事を願って、そんな日は来ないと思って、いつかを先送りにしてきた。
全部予想でしかないのだから・・・・でもその予想を誰も訊けなかった。訊こうとして、はぐらかした。来年卒業の彼に、卒業後の進路を、マミさんやクラスメイト、見滝原中学の生徒ならほぼ全員が選択する高校へ当然のように進学するんだと思いこんだ。
いつか別れはあるだろう。生き別れに死に別れ、理由はなんであれ期間はどうあれ決別か決意か、選択次第で未来には別れの・・・だけど、まだ早いだろう?
あまりにも早すぎるだろう?急がなくてもいいじゃないか、焦らなくてもいいじゃないか、まだ出逢って間もないのだ、本当に、冗談ではなく、過ごした時間は短いだろう。まだ先には沢山の事がある。思い出を作れるし紡げる。イベントもアクシデントも沢山あるのだ。
だから、お別れはまだまだ先なはずだ。
「だめ・・・だよ、まだっ」
だけど、だけどだ。だけど彼の事を知っていて、解っていた。本当は、ずっと前から私達が認めるかどうか、だけなんだって。
彼は『いなくなる』。新しい事を始めるために、誰かのために、私達のように・・・ようやく初める事ができる。今度こそ、きっと今度も――――自分自身の意思で。
解っていて、知っていた。前を向いていこうとする彼を、新しい何か【誰か】を望んでいる岡部倫太郎を。
それをするために卒業後、いつか見滝原を去るんだと・・・・・今から思えば彼は出会ってからずっと『外』へと一人跳び出していた。いつも、出会ってからずっとずっと、平日も休日も時間があれば見滝原だけではなくずっと遠くの、広い範囲を駆けずり回っていた。
ほんとは、ずっと前に、『ワルプルギルの夜』襲来の日を過ぎてからの数日後に実行すべきことを今日まで永らえてきたのは私達が原因だ。それを無意識に悟っていた。
その事実は彼にとって自分達が特別という意味であって嬉しかった、誇らしかった。誰もが望む稀有な人は、いろんな人に求められている彼は自分たちを優先してくれる、私達の事が好きなんだって教えてくれたから。
だからもう、これ以上縛ってはいけないと、いい加減、彼を解放して上げないといけない。なんども私達のために繰り返してきた人を、幾度も私達のために傷ついた人を、私達に巻き込まれ続けた人を自由にしてあげないといけない。
私達が抱く寂しさや哀しさは自業自得だ。そうじゃないけどそう表現するのが正しい。ここじゃない世界線で、私達がもっと頑張っていたら彼は『解決後も一緒に居てくれたかもしれない』が、私達だけじゃダメだったから他にも協力を求めた。
この世界線にいる私達に実感はないが、私達は未来を手に入れた。先を歩む事ができる――――私達は。
彼は・・・今度は私達を助けることに協力、助力してくれた人達を助けに行くんだ。私達を助けてくれたみたいに、放っておけないから、新しい事を、新しい可能性を、未来を求めて走り出す。
「だって―――でも!」
岡部倫太郎を、鳳凰院凶真を誰よりも知っている自分達だから、彼が直接口にしなくても解っていた。そんな単純なこと、ラボメンである自分達が誰よりも“彼よりも知っている”。
止まらない。躊躇わない。諦めない。無視できない。全部を救えないと知っているくせに足掻く馬鹿な科学者を、限界を悟りながらも、崩壊を承知で自分を酷使する優しい観測者を―――私達は知っている。
縛ってはいけない、縋ってはいけない、重荷になってはいけない、迷惑をかけてはいけない、我が儘を押し付けてはいけない。心配を、不安を彼の中に残してはいけない。これ以上自分達の事で彼を苦しめたくない。
「―――じゃあ、どうすればいいの・・・?」
そうだとしても、解っているけど、それなら自分達はどうすればいいのだ?
まだ彼に何もしていない、まだ彼に何もできていない、頑張って、尽くして、傷ついて、愛してくれた彼に何も―――――。
彼は何だかんだと自分達の力になってくれた。いろんな形で、時に手はかさず私達だけの力だけで解決させてくれた。いろんな方法で、想いで支えてくれた。
恩返しがしたい。お礼をしたい。だけど彼は自分の問題に、自分の巻いてしまった『悪』に一人で行こうとする。そこで新しい何かを、誰かを探すように。
どうしたらいい?彼を縛ってはいけない、いい加減自由になってほしい。誰もがそう思い、どうしたらいいのか悩んでいる。全ては想像でしかないのに、全員が全員―――気にしていた。
だからだろう。ある時、私達はこんな話をした。
―――卒業旅行ってわけじゃないけど、一緒に遠くまでいってみたいわね
―――世界中を回るとか楽しそうだよな!
それは誘ってほしくて、欲しくて、期待と不安から出た言葉だった。
―――世界中にガジェットをこっそり配置してみたり?
―――それだと日本全国ツアーからよ
―――何年かかるかな?
それは遠まわしに彼を止める行為で、だけど遠慮している台詞だった。
―――旅費や建設費を稼ぐのも苦労しますね
―――高校生になったらみんなでアルバイト?
―――ゆまは?小学生でもできるのかな?
―――未来ガジェット研究所で何かお店とか立ち上げて稼ぐとかは?
―――おお、それだ!
冗談で、だけど嘘にしたくない会話だった。
―――・・・・・っていうか、魔法って便利よね
―――犯罪は駄目だぞ?
―――え?
―――え!?
日々、いろんな話をして、いろんな付き合いを繰り返して、一緒に悩んで解決して乗り越えて、私達には今がある。
そのかいあって幸か不幸か、少なくても彼は一人で行くことを選ばなくなり、だけど―――
「でも、まだ・・・まだだよね?いやだよっ」
超然として、自分の考えを持っていて揺るがない。不安や戸惑いをあまり外に出さない。弱音を自ら見せてくれない。そんな彼は決めたのだろう。
見滝原を出ていく時期を、共に歩く人を、後を任せる人を――――私達を信じているから。
岡部倫太郎は決めたのだ。この場所を去る事を。
どうしよう・・・・私達はいろんなモノを捧げようとしてきて、だけど彼は受け取ろうとしない。与えるだけで、いなくなろうとしている。
―――俺は進学しません
あの日、彼は自分の母親にそう宣言した。
私は嫌いだ。彼が嫌いだ。嫌いになった。
―――やるべきことを終えたら、シティに行きます
あっさりと、そう言った彼が嫌いだ。
悩んでいるそぶりなんか見せなかった。悩んでるくせに、相談してくれなかった。
迷っている様子は無かった。ずっと前から考えていたんだろう、一人で。
決めたんだ。決めてしまったんだ。選んだんだ、何も言わずに。
その理由がなんであれ、私は・・・いやだと、そう思った。
何故か――――まだ、ここでも駄目なのかと、悲しくなった。そう思った。
岡部倫太朗はどの世界線でも選んでくれないんだと、そう思うと悲しくなった。
やっぱりそうなのかと、落胆してしまう。
別に惹かれていたわけじゃない、恋をしてたわけじゃない、ただ・・・・私は―――。
大切に思われているのに、執着されない。
信頼されているのに、必要とされない。
求められているのに、欲されない。
なら、どうして助けてくれるのか解らない。
理由なんかいらないのかもしれない、彼は優しいから。
だけど、それでは誰でもいいという意味になってしまう。
そうじゃないと知っているけど、そういうことだと思ってしまう。
疑う訳じゃない、信じることができない訳じゃない、そう思うことが彼への裏切りだと思う。
だけど、それでも、彼にとって自分は何だろうか?なんなんだ?
愛されている。特別に想われている。知っている、だけどそれだけだ。
不満じゃない、嬉しいし誇らしい。不安じゃない、“みんな一緒だから”。
だから――――私は■■■■■■■。
ぺたん、と力が抜けてへたりこんでしまう。中途半端にしか拭かれていない体から水滴が落ちて床を濡らしていく。
最近はこんなんばっかりだな、と。自分だけじゃない、ラボメンのみんながそれぞれ思い悩んでいる。今はただ、一人だから、彼がいないから不安から自虐的に、悪い方向へと思い込んでいるだけだと、ただの妄想だと、それでいいと、顔を伏せる。
ぼんやりと、勝手にネガティブになっているだけだと指摘する思考に気づいて落ち込んでしまう。
「・・・・・・」
自分がいつも“ここ”で止まっていることに気づいていた。
考えないようにしている。この場所が、この空間が、ここに集まる皆が大好きだから失うのが怖い、変わってしまう事を恐れている。
誰かが欠けることで関係に変化が訪れるのが・・・・、その理由で失う事を極端に恐れている。
鹿目まどかは誰かを失うことに、何故かその痛みを知っているような気がして・・・・
「いや、だな」
縛る気なんかない、自由になってほしい。でも見捨てないでほしい。その気が彼には無くても・・・・・私達の元からいなくなってほしくない。
矛盾している。知っている。自分がどれだけ酷い事を考えているのか、だけど仕方がないじゃないか、我が儘でもいいじゃないか。
私達はまだ中学生だ。大人なら、愛してくれるなら、ここにいる私達をもっと―――――
~~~~♪
「え・・」
メールの着信音。ソファーに置きっぱなしの私の携帯からだ。ヨロヨロとふらつきながら手に取る。
気が沈みこんでいて気だるい、中途半端に浴室から出てきたから寒い、彼の事で悩むことが多すぎてもう――――
「・・・・うん?」
メールの文面を読んで、まどかは固まる。ぎこちなく首を傾げてその内容に意味を理解しようとする。
ずっと悩んでいた。最初に出会ったときから今までの事を思い返しながら。
ずっと考えていた。どうしたらこの場所に居てくれるか、一緒に連れていってくれるか。
ずっと解らなかった。なんで助けてくれるのか、尽くしてくれるのか、愛してくれるのか。
ずっと怖かった。いつか捨てられるんじゃないかと、いつか嫌われてしまうんじゃないかと。
だけどメールを読んだ瞬間・・・・・頭の仲が真っ白になった。
「・・・・」
まどかは再び立ち上がった。バスタオルが床に落ちるが気にしない。ただ――――叫んだ。
「オカリンのアホーーーーーーーーー!!!」
全力で、周辺住民に気を配らない大声だった。
なんか・・・・いろいろとキレた。
「バァカーーー!!ヘタレーーーー!!」
知っている。今をどうにかしてもいつか必ず岡部倫太郎はどこか遠くへと旅立つ。
「将来は低収入貧困生活ー!!」
誰かを助けるために飛び立って、追いかけて、救ったみんなを置いていくんだ。
「年間取得1■■万ー!!」
いつか、どこか遠くに行っちゃって『私達の岡部倫太郎』じゃなくなってしまう。
「誰もがッ、私がなんでもかんでも言うこと聞くと思わないでよっ!!」
それを理解して、その上で彼を縛らないと決めていた。絶対に重荷にならないようにしようと、でも止めだ。そんな考えはメールを見た瞬間に速攻で破棄だ。
だから『私達の岡部倫太郎』でいる間は思う存分甘えてやる。迷惑をかけて、困らせて、忘れられないようにさせてやる。私達がいない寂しさを刻みつけてやる。
沢山我が儘言って、困らせて騒がしい記憶ばっかり植え付けてやる。安らぎなんか与えてやるもんか、頭下げてお願いされるまで悪行を働いてやる。
一杯心配かけて、それから送り出してやる。すぐに帰ってくるように、帰ってこないと心配から何もかもが手に付かないように、速攻で向こうでの戦いを終わらせるように焦らせてやる。
私は最初からオカリンに振り回されたんだ。出会った当初から私は彼に弄ばれたのだ。気になって落ち込んで慌てて泣いて勘違いしてやっぱり事故って絡まって・・・・やり返してやる。同じ想いをさせてやる。
「もうっ、絶対に許さないんだからああああああああああああ・・・っ」
沸々と、ぐつぐつと怒りが沸いてくる。いつも自分勝手で手前勝手、振り回される私達の・・・・ううん、私の身にもなってほしい!
こんなに悩んでいるのに、怖がっているのになんで絡みが無いんだ!相談の事もだが日常からメールも電話も全然してくれないしこっちから動かないと会えもしない。会いに行けばいつも誰かと一緒に居るくせに、私がその場面に現れても平気な顔だ。誤魔化さないし慌てない。
私が誰かと一緒にいても気にしない。男の子に呼び出されても関心を向けない、マミさんの場合は遠くから射撃体勢に移動するのに私の場合はおざなりだ!
そもそも・・・なんでいつも私ばっかり後回しなんだ!気を使ってなのかは知らないが放置が一番悲しいんだよ、そのつもりが無くても声をかけてくれないと、触れてくれないと、誘ってくれないと女の子は辛いんだ。
さんざん繰り返してきたなら解っているはずだ。知っているはずだ、私を、鹿目まどかを・・・・なのに、それなのに、その上でこんな対応なの?それでいいと思っているの?
「う~、う~~~~~~~」
これまでの鹿目まどかは何をしてきたんだ!今までの私にオカリンはどうしてきたんだ!まるで駄目だ!不合格の留年モノだ!
むかむかしてきて、わなわなと指先に力が入る。我慢の限界だ、押さえてきた物がもう溢れ出す、我慢なんかしてやるもんか!
寄り添うだけでは何も変わらない。
尽くすだけでは振り向いてくれない。
だけど行動しなければ置いていかれる。
私は、私達は彼を縛りたくないから邪魔はしない・・・・つもりだったが、私はもう―――我慢しない。
縋りついてやる、泣き叫んでやる、困らせてやる、それでも彼が置いていくならしょうがない――――追いかけて追い詰めて問い詰めてやる。
本音と建前を洗いざらい吐かせて言わせてやる、私達が居ないとダメだって無理矢理にでも言わせてやる。
きっと逃げる、全力で拒絶する。でもいつか追いつく、追いついてみせる。
きっとみんなもそうでしょう?
いつまでも置いてきぼりは嫌なんだ。
だから皆は考えている。迷惑をかけないように、縛らないように、縋らないように、我が儘を言わずに彼に認められようと頑張っている。
それぞれのやり方で――――私は間逆でやってやる。
嫌われるかもしれない?そんなことない、オカリンは絶対に私を嫌いになんかならない。
困らせるかもしれない?存分に十分に十全に構わない、仕返しだ。構うもんか、私が今までされてきたことだ。
迷惑をかけるかもしれない?最初からそのつもりだ、もうお利口さんでなんかいてあげない。
彼に嫌われないために――――お利口さんでいようなんて・・・もう思わない。
迷惑に思われても追いかけてやる。嫌われたって縋りついてやる。命がけでも――――傍にいてやる。
もう許さん!絶対に許してなんかやるもんか!
まどかは携帯電話を投げ捨てるのをギリギリのところで自制する。なんども文面を見直して、そのたびに頬を膨らませて、目元には涙を浮かべるほど興奮している。
いつもの自分らしくない。解っている、自分がこんなに誰かを責めるなんてこと生まれて初めてだ。救出した人質になじられても、理不尽に避けられてもここまで怒ったことはないのに、今はメール一つで怒っている。
他ならぬ彼からのメールだからだ。彼は他の世界線でもこうだったのかと、その世界線の自分はそれでどうしたのかと気になってきた・・・・・一瞬後には関係ないとその思考を追い出す。
自分は自分だ。ここにいる鹿目まどかは私だけだ。世界線が違えば別人、他との私の関係なんか知らないし、もうどうでもいい。
勝手に重ねられても困るというか迷惑だ。他人だろうが恋人だろうが今はここに居る私が鹿目まどかだ。『冷やしたぬき』を作った鹿目まどかも『大人しい』鹿目まどかも『過去出会ってきた』鹿目まどかも――――みんな私であって私じゃない。
勝手に重ねて、勝手に解ったふりして、勝手に決めないでほしい。今までの出会ってきた鹿目まどかはどうだったかしらないが、今までの鹿目まどかだったら解らないが今現在の私は、鹿目まどかは――――岡部倫太郎に遠慮なんかしない。
「もうっ、ギッタンギッタンにしてやるうううう!!」
吼えて、その時深夜のラボの扉が外から開けられた。
その先に、少年が居た。
まどかは瞬時に跳びかかる。うがーっ、と普段と違うテンションのまま少年に襲いかかる。
優しく、お淑やか、我が儘なんて家族にもしたことが無い。そんな彼女が生まれて初めてキレたのだ、制御できるはずもない。解放的で清々しい半面なにも考えきれない。
少年の胸に飛び込んで、力いっぱい抱きしめて、まどかは溜まった鬱憤をぶつけようと顔を上げた。
「ぁ―-―?」
少年の隣には少女が居た。まどかは選択を間違えたのだ。
それを、誰よりもこの世界線に居る鹿目まどかが理解した。
まどかの体から桜色の魔力が暴力の嵐となって解放された。
■
暗くなった室内。天王寺綯は隣の寝台で寝ている岡部倫太郎に尋ねた。
「オカリンおじさん」
「なんだ?」
「もう見滝原には戻らないんですか?」
私はオカリンおじさんに謝った。“それ”についてじゃない。今日の戦闘に関してだ。当初から謝りたかった事、計画を歪めそうになったことに関してだ。
もっともオカリンおじさんはその事については特に怒っていなかった。元を辿れば危険を承知で対応を任せたのは自分で、説得と証明に時間をかけたのは自分だからと、むしろ頭を下げてきた。
私は“それ”については謝らなかった。彼も、特に追及はしなかった。想いを告げて、それで“それ”に関しての話は終わった。今後に持ち越しになった。
「なぜ?」
「『ソールマーニ』と『ヘイムダル』。オカリンおじさんにとって主力を先に帰したからそうなのかなって」
「織莉子は学生だ。ミス・カナメの会社の人達の事もあるから飛行機にちゃんと搭乗してもらった・・・・さすがに全員が戻らない事態は心配をかけるからな」
「残してきたラボメンのみんなも不安がりますからね」
「あと俺と君では7号機を使うのは危険だ。特に君はまだ世界に馴染んでいな―――」
「ばっちり馴染んでますよ?」
「え?」
「言いませんでしたっけ?完全に固定されてますから粒子化もいけますよ」
ベットに寝転びながら休憩中だ。休憩中とはいっても別々の寝台なので倫理的に問題はない。私は気力体力全快なのだがオカリンおじさんの体力気力は限界に近いのだ。
あの後、空気読めない褐色美女のブラスレイターが部屋にノック無しで現れたのも原因の一つだ。あわよくば内面だけでなく表面上も進展しようとした私の意気込みをブチ壊したのでお開きになったのだ。“それ”に関しては。
本来の目的だった“彼”と覇導財閥所属の英雄達との会談は関係者全員がリビングに再集合し行った。それは1時間にも満たない簡単な確認と報告だけで本日の会議は終了した。
体力も気力も弱まっていたオカリンおじさんに気を使った判断だろう。オカリンおじさんは後回しにしたくなかったようだが妥協した。会談をもちかけたのは自分で、万全の状態で行わなければならないと理解していたからだ。彼等もそうだろう。
本人の意思とは関係なくデモニアックを引き寄せるブラスレイター、世界中から憎まれ殲滅対象とされ、しかし自殺する事すら問題拡大になることを知っているゆえに行動に制限があった彼ら。それを未来ガジェットと覇導財閥の特性と権威で解決する。
アンチクロスの生き残りと『ネームレスワン』との決戦がある。その時のために未来ガジェットや合体魔法、連携魔法の情報、有効性、秘匿と共有を持ちかけられた。ラボメンの彼女達と関係者の保護を約束に協力体制を築く。
どれもが大切で、妥協を赦さない内容だ。双方共に、誰もが真剣に取り組みたいことだからこそ持ちかけた本人、中心となる鳳凰院凶真には万全であってほしいのだ。
岡部倫太郎だってそうだ。解釈の違いや誤解、何であれ彼女達に何かあれば赦さない。彼らの力や特性をあてにしているのは岡部とて同じだ、彼らの信念や目的に共感しているし恩もある、感謝しているが・・・世界を敵まわそうと戦う覚悟はある。
彼らのミスで、裏切りで彼女達に被害があるのなら、それを良しとするのなら―――――鳳凰院凶真は敵対するだろう。
「聞いてない・・・・」
「そうですか」
まあ、今はそんな事はどうでもいい。天王寺綯はそう思う。今はどうでもいい、今はラボメンのことと、彼と自分の今後の事が大切だ。
今この家屋には自分と彼しかいない。他のメンバーはそれぞれ別の場所で寝泊まりしている。キュウべぇは“彼女”に拉致られた。馬との会話にハマった連中に。
つまり二人っきりだ。身内の話をするにはもってこいだし――――その身内の邪魔もない。
「ちなみに彼女・・・・彼女達は抵抗しませんでした?」
「・・・・」
「・・・・転送先はラボですよね?」
「ああ」
「雷ネットにラボメンからの苦情が殺到してますよ」
「?」
「無理矢理されたから怒ってたんじゃないですか?転送後大暴れだったみたいですよ」
「そうっ、か・・・・しまったな。そんなに怒るとは」
「オカリンおじさんの事に関しては短気ですからねー」
「全員にいえることだがな・・・マミは別だが」
「またマミちゃんですかー・・・」
「雷ネット起動――――怪我や被害は・・・・一応みんな無事で、修復済み、と。はぁ・・・いい加減仲良くしてほしいのだがな」
「オカリンおじさん以外には容赦無しですからねー」
「・・・ラボもユウリが事前に―――」
「オカリンおじさんだけにしか懐きませんからねー」
「到着した織莉子が―――」
「オカリンおじさんにそっけなくされたらマジ凹みしますからねー」
「説明と―――」
「可愛いですよねー、オカリンおじさんの前では」
「送り届けて―――」
「なにせロリリンおじさんとは毎回キ―――」
「だぁああああああもうっ!!なんださっきから!!」
横にしていた体を起こし叫ぶオカリンおじさんに私は細めた視線を向ける。
仰向けに寝転がりながら、足をパタパタとさせながら不満を訴える。
「べつにー、いじけてるだけですよー」
「・・・・はぁ」
「なんで貴方がため息を吐いているんですかヘタリンおじさん」
「・・・・・誰がヘタリンだ」
疲れた声で岡部は言葉を零す。しかし、いつものように誤魔化すために叫んではみたものの相手が綯なので無駄だと悟った。知っていて、それでも乗ってこないのだから―――彼女は本気なのだろう。
本気で、だけど気を使ってくれている。そのことに感謝している。彼女はつきあってくれるのだ、これからの計画に。ようやく得た第二の人生を、新たな生を自分なんかに捧げてくれる。
だけど、限界だ。
いろんな意味で本当に疲れていて、考えきれなくて、だけど真面目に対応しなければならない。しかし気力は残りカスで、気絶するように眠りについてもおかしくないほど、それを知っているのに問うてくるから、無視できないから困る。困っている。
ぼすっ、と再び布団に倒れ込む岡部はそれでも考えた。言葉を贈ろうとして、その前にボスッ、と誰かが自分の上に倒れ込んできた。
「・・・・シスターブラウン」
「駄目ですよ」
「・・・・綯」
「はい、なんですか」
疲労からの肉体限界から眠たげな視線を向ける少年と、名前を呼ばれた事で嬉しそうに微笑む少女の視線が暗闇の中、至近距離で交わる。
少年は言葉を贈る。少女は言葉を受け取る。
「重い」
「ふんっ」
頭突き。彼はあっさりと意識を手放した。
ぱたりと、力なく全身から意識が途絶えた少年、岡部倫太郎を綯は見降ろす。
「はぁ、やれやれですよオカリンおじさん」
制裁を加えておいてなんだが、綯は反省した。
「さすがにイジメすぎましたかね」
今の岡部に答えは出せない。応えきれないのは解っていた。それを知っていて、だけどそれでも欲しかった、求めてしまった。自分が欲しかったモノを求めた。
迷惑で、我が儘だった。今の疲れ切った状態なら言質だけでもと、あわよくば繋げて無理矢理・・・とも考えた。
下劣で、自分勝手だった。今の精神状態なら牧瀬紅莉栖の時のようにと、最低の事を考えた。
「あ~~~も~~~~~~~っ」
ぼやきながら綯はもぞもぞと岡部の布団に潜り込む。そういう知識はあるが寝込みを襲う気は無いので大丈夫だ。
それでは意味が無いし実行した場合、彼の中から綯ルートは完全に消滅するだろう。
いや、逆に開き直って受理されるのだろうか?
「・・・・・・・・はあ~」
気だるい声が漏れる。なんか疲れてきた。考えるのが嫌になってきた。今回の件で自分がますます嫌いになった。
謝りたかった。信じられず、裏切られたと憎悪してしまったから。
謝りたかった。何度も行く手を阻み、彼の行動を邪魔したから。
謝りたかった。繰り返し、彼をなんども殺したから。
謝りたかった。憎しみのはけ口として利用してしまったから。
お礼を言いたかった。見つけてくれて、想ってくれてありがとう、と。
お礼を言いたかった。諦めず、みんなを救ってくれてありがとう、と。
お礼を言いたかった。死んでも、それでも助けてくれてありがとう、と。
お礼を言いたかった。こんな私でも貴方の支えになっていた。だからありがとう、と。
手遅れで、だけどこうして会えた。触れあえる。
見向きもされないはずだったのに、だけど誰も憶えていない事を自分だけが観測できた。
永遠に閉じ込められたのに、だけどいつだって彼の生き様を見てきた。
何もかも失ったのに、だけどそれを取り戻そうと足掻く人を想う事ができた。
何もないはずなのに、だけどいつだって希望は消えなかった。
「私は、卑怯です」
綯は眠る岡部の腕を抱くようにして体を密着させた。
自分の罪を棚に上げ、こうして想い人と一緒にいる。直接、触れる事ができる。気負わず、押し潰されそうになる重圧から解放されている一人の男性を、未来を望んで静かに眠る彼を、抱きしめる事ができる。
彼に罪悪感を抱かれることなく、だ。誰にもできなかったことだ。実際に触れる、抱きしめる事は出来ても、男にとってそうしてくれる女性達の想いは、その行為は逃避からくるものでしかなかったから。
こうして純粋に、きっとこのまま眠っても朝には注意されるだけの自分は幸せ者だろう。誰もが彼を解放してあげたくて、慰めたくて、一瞬でも忘れさせたくても・・・・・彼は行為の後、いつも絶望したのだ。己の卑小さに、自分を想う女性の優しさに付け込んだと、自分を責め、自分をなじり、自分を嫌いになるのだ。嫌に、なっていったのだ。
抱きしめられるだけで彼にとってそれは苦痛になった。優しさを向けられる事が、好意を向けられることすらも耐えきれない。多くを巻き込み、それでも最後は他人任せ・・・・そんな自分が嫌いだから、だから彼は好意を受け止めきれず、応えきれず、申し訳なく思い、やはり―――自分を嫌いになった。
「わたし、私は・・・」
そんな彼が、ようやく赦せた。少しだけ自分を赦せたのだ。本当に少しだけ・・・・あまりにも多くの対価を払って少しだけ。
何十億人も救い、何万回もタイムリープし、誰にも褒められず、皆に忘れられ、愛する人との再会は閉ざされて、それでもやり遂げたのち世界から追放され、その後も戦い続けてようやく、少しだけ赦せた。
悪夢に魘されることなく眠る事ができ、誰かと添い寝する程度には―――自分を赦せた。
疲労から気絶することができる程度には、彼は自分を赦すことができた。
「オカリンおじさん、私はね・・・」
そんな岡部倫太郎に、たとえ僅かとはいえ自分を赦せた男に触れる事が自分にはできる。
“らぼめん”の彼女達にはできなかったこと、だけど―――
「・・・ん・・」
「オカリンおじさん?」
眠った岡部の口から名前が零れた。
「―――紅莉栖」
「――――――――――――――」
知っている。何故自分なのだ、駄目だろうそれは・・・・天王寺綯がそんな恩恵を受けていいはずがない。
最低だ。最悪だ。私は、居座ったんだ。この人の弱さに付け込んで、その優しさに縋って。
ころした―――私が
たいせつなものを―――奪った
せめて胸を張らなければならないのに、私なんかでも、ここには到達できなかった彼女達の代わりに・・・・なのに駄目だ。
ようやく赦しを得た岡部倫太郎を慰める事ができない。思いつかない。今ならできるのに、彼に遠慮しているわけじゃない、私に勇気が無いからだ。
拒絶される事じゃない。私は嫌われても憎まれてもいい、だけど勘違いされる事が怖いのだ。どうしようもなく、そのことが恐ろしい。
彼を慰めたいのに、いつだって自分のことばっかりだ。
彼に、私が後悔や贖罪、救済や感謝から好意を向けられていると思われたくない。
彼に、天王寺綯が同情や同族意識から恋慕を抱かれたと思われたくない。
彼に、彼女達の代わりとして、過去の面影から慕われたくない。
彼に、同情や同族意識から情を抱かれたくない。
私は卑怯で、欲張りだ。自分を嫌いになる。彼もそうだったのかと、そう思う事すら許せない。
憎まれても嫌われてもいいと思っていながら、勘違いしてほしくないと思っている。
一人の女性とみてほしい―――そんな資格はないのに
過去に縛られずに―――過去に犯した罪を忘れて
彼女達と同じ立場で―――観測してきたくせに
目の前に居る自分をみてほしいと、我が儘を――――
「ふっ、く・・・・うぅ」
自分の抱く想いが、勘違いと思われたくない。
たまたま自分しかいなかったからと、唯一助けたのが自分だったからと、他にも良い奴がいるはずなのにと、そんな風に受け取ってもらいたくない。
同郷の者だから、世界線を渡り続けたから、昔からの知り合いだから、全てを知っているから・・・そんな理由で勘違いしていると思われたくない。
私の想いは、天王寺綯の岡部倫太郎を想う気持ちが同情や贖罪から生まれたモノだなんて勘違いしてほしくない。
私は我が儘だ、最低だ、最悪だ。
“らぼめん”の彼女達を差し置いてここにいることができるのに。
「ごめん、なさいっ、ごめんなさい・・・わたしなんかで、ごめんなさいっ」
自分のことばっかりだ。本当に、そんな自分が大嫌いだ。
今も、自分を責めながら日本に居るラボメンの彼らはどんな思いで、どんな選択をするのだろうかと、自分の事を棚に上げて考えてしまう。
彼は、ある意味で子離れをしようとしている。もはや自分は、この子たちには必要はないのだ、と。
対し、彼女達は彼に気づかれないように頑張っている。自分達は大丈夫だと、彼に心配かけないように、自分達は誰にも負けないと、絶望なんかしないと強く有ろうと努力している。
その結果、彼の決意が固くなっていくと知らずに、逆に彼が・・・・遠くに行っても大丈夫だと思ってしまうのに――――。
自分達が弱いから、岡部倫太郎は護るために遠くへ行ってしまうと、ラボメンの彼女達は思っている。
彼女達は強いから、ラボメンに鳳凰院凶真はもう必要ないと、岡部倫太郎は思っている。
すれ違っている。みんな子ど場にしないから、私はそれを心配している。勘違いは正さないといけない。しかし何と言えばいいのか解らない。無駄に主観時間で言えば一番長く過ごしてきておいて解決への考えがまとまらない。
自分は結果がどうあれ彼についていくと決めているからか?何にも縛られず、彼に頼りにされているから楽観している?数少ない理解者であり、かつ戦力になる自分を彼は手放さないと思っているから?
「ごめんなさい・・ごめんなさい」
涙を零しながら綯は謝り続けた。岡部倫太郎に、“らぼめん”の彼女達に、ラボメンの彼女達に謝り続けた。
自分なんかでは駄目だと思っていながら、それでも言い訳を繰り返し、理由をでっち上げ、自分を責めて慰めて彼に縋る。
暗く寒い、だからというように綯は岡部の腕を抱く力を強めた。
小さな体全てを使って岡部倫太郎を抱きしめる。その温かさを得るように、泣きながら、自分を卑下しながら綯は眠りに落ちた。
決して、岡部倫太郎を離さないように。
絶対に、鳳凰院凶真を失わないように。
■
悩むだけじゃ解決しないモノもある。行動しても変えきれないモノもある。
時に人は、世界は、周りや状況が動かなければ変化できない事がある。
身を持って知っている。体験してきた。ならば今回もそうなのだろう。
「結局のところ凶真に置いていかれない解決策はあるかな?」
「戦闘能力なら『ワルキューレ』があれば問題ないわ」
「う~ん・・・・鹿目さんのシンフォギア、暁美さんのノルン、グリーフシードを使った凶真のリべリオン、天王寺先輩のフラットアウトプリンセスに僕の・・・シルバーだっけ?どれも強力なんだろうけど駄目じゃないかなぁ」
深夜の公園で、上条恭介と暁美ほむらは缶ジュースを片手に今後のことについて話し合っていた。
岡部倫太郎を見滝原に引きとめる方法ではなく、既に置いていかれないようにする方法を模索している。まどかの前ではできなかった話だ。
まあ、そのために深夜にワザとらしく追いかけっこに興じたわけではない。しっかりと上条の頭にはタンコブが積み上がっているので結果的にそうなっただけだ。
「なぜ?岡部が言うには能力的にはシティの人達にも負けてないんでしょう?なら問題はないわ」
「あるよ、八人揃わなければ使えないなんて欠陥すぎる」
「・・・・・」
「シティでの戦闘は個人の能力だけじゃついていけない、だから同行は認められない。10号機は魔力消費が激しすぎるし11号機じゃ一人でも欠けちゃ発動は不可・・・そもそも“外国”に全員で行くなんて現実的じゃない」
「そうかしら・・・・いえ、そうよね」
「僕達はまだ中学生だからね。数日の旅行ならともかく・・・凶真は長期間の予定だろうから」
いつ岡部倫太郎が見滝原から去るのか正確には解らない。だけど自分達は岡部倫太郎においていかれたくない。
でもそう遠くない時期だと思う。今回の研修先が海外な事もあって岡部の旅先は国外で、この件が下準備なのは帰国してきた美国織莉子から話を聞いて予想はできる。まさか黙って突然居なくなる事はないと思うが、いきなり告げられそうで内心では皆が怖がっている。
どうすればいい。彼の、自分達の敵の大元は外国に居る。実害も無い現在は簡単に動けないし軽々しくいける距離でもない、
できれば向こうが諦めてくれればいい。自分達が強い事を証明し、争う事は損だと思わす事ができれば・・・・・まあ、それは無理だと思う。未来ガジェットに興味を持つ組織は正確にはしらないが数は多いだろう。
後ろ盾の無い自分達は常に後手に回る。本来なら、だけど岡部倫太郎には未来の知識と経験がある。過去の実績がある。将来敵対する可能性のある連中の目星は付いているから攻め込む事ができる。相手が相手だから遠慮もしない、容赦もしない、加減しない、全力で。
だからもう決定事項なんだと上条恭介は気づいている。
どんなに強くなっても、頑張っても、いつか岡部倫太郎が見滝原を離れることに変更はないんだと。自分達は間に合わない。そのことに、その事を、その事実を何人のラボメンが自覚できているのだろうか。
(少なくても美国先輩や暁美さんは・・・・)
ホントはみんな気づいている。ただ認めきれなくて、意識したくないんだろうと上条は思っている。自分だってそうだった。ただ今日、先輩から外国での話を聞いて覚悟を決めた・・・とは言えないが、少なくても逃避はしない、できなくなった。
一年後か、半年後か、それとも卒業後すぐかは解らないけれど、その時に自分はどうするか考えなければならない。時間は待ってくれない、“いつか”は必ずやってくる。
今のままでは確実に置いていかれる。ついていけないのではなく、共に行く事を拒絶されるだろう。多くのラボメンは戦力不足で、数少ない数人はその能力ゆえに。
鹿目まどかや暁美ほむらは戦力外、美国織莉子や上条恭介は能力的価値からラボの、ラボメンを含めた周囲の人達を護るために遠くへはいけない。
「・・・・今のうちに潰せれば・・・・・不意打ちで一気に」
「どうやってさ」
「貴方がそれを言うの?」
「僕は見滝原までしか観えないよ」
「ワルキューレを使えば―――」
「凶真と天王寺先輩が絶対に許可しないよ、12号機に搭載されてたらとっくの昔に使ってるよし」
「だから許可しないんでしょうね」
「だね」
「現地で使うとかは?」
「場所が場所だから・・・あれ?もしかして僕が一番連れていってくれない可能性があるんじゃないかな!?」
「さようなら上条恭介、留守番はまかせたわ」
「あっさりと見捨てられたっ!?・・・・・あ、でも今のって」
「なに?」
「暁美さんは凶真に付いていく気満々だねって――――!」
「フッ」
ドスッ
「目がぁああああ!?目潰しで聞こえる音じゃないほど深くっっ!!」
当たり前だが自分達はまだ中学生だ。先輩達ですら来年から高校生、人生これからで色々だ。そんな時期の自分達を生き死に関係において境界線が曖昧になる『シティ』に岡部倫太郎がつれていくはずがない。
一時的ならかまわないだろう。観光なら大歓迎だろう。だけど違う、そうじゃない、あの場所に自分達みたいのが長居するには危険が伴う。
強力な魔女はもちろん、それを超える魔人がうじゃうじゃいるのだ。中途半端な・・・・いや、割と強力な能力を持っているからこそ、そういった連中に狙われる。
あそこで生きるには魔法少女はキツすぎる。超常現象関係を無しに考えても、日常においても毎日の変化が大きすぎて精神への負担が大きい・・・・・。
(うん?うーん、でもそこに関しては割といけそうだよなぁ・・・)
方向性は違うだろうが日々あのクラスメイト・・・普段から学校でヒャッハ―!してる連中と勉学に励んでいるので日常生活については大丈夫な気がしてきた。
あと気になる事は・・・・上条は目潰しされた目を擦りながら確認する。
「うう、そうだ・・・暁美さんはどうしたいの?」
「なにがかしら?」
「なんていうか、こう・・・・将来したい事とか、夢とか?」
訊いてみた。岡部倫太郎のように誰かを救うために永遠と繰り返してきた少女に、上条恭介は訊いた。
鳳凰院凶真同様に、やり遂げた彼女は何を望むだろうか。何を想うのだろうか。そして、これからに――――一体何を願うのか。
わりと重要なことだ。普段は喧嘩・・・・一歩的に虐められているが同じラボメンだ。大切な少女だ。知っている、一緒に苦楽を共にしてきたから。
暁美ほむらは誰よりも岡部倫太郎に近い存在でありながら、何事にも彼に対し、何故か一歩を踏み出せないでいることを知っている。
「夢?」
「暁美さんはさ、将来――――何をしたいの」
「――――――」
彼女は、答えなかった。
「わたし・・・・?私は・・・・まどかを助け・・・・いえ、それはもう―――」
「・・・うん」
答えなかったのか、答えきれなかったのか、上条には分からない。もしかしたらほむら自身も。
上条は空になったジュース缶をゴミ箱に投げて捨てる。
「・・・上条恭介?」
「帰ろっか、もう遅いし鹿目さんも心配しちゃうかも」
「―――ええ、そうね。帰りましょう」
言われ、素直に頷き同じように空缶をゴミ箱に捨てたほむらは自分の長い髪の毛をはらって先を歩く上条のあとに続く。いつのまにか岡部倫太郎の隣に居る事が自然な絵になっている少年の後に続く。
なんとかく、普段は絶対にしない感謝を彼に対し思った。気づかされたから、自分がふらついていることに、流されている事に、自分が何をしたいのか、それが解ってなかったことに気が付いた。
問われ、自分が将来何をしたいのかまったく考えてなく、漠然と他の皆と同じように――――無意識に引きずられていた。誰かが行くから行く、皆がそうだから自分も、そんな考えでは駄目だ。ついていけないし、いつか限界が来る。
「よく考えないとダメね」
返答はない。聞こえない振りをしてくれたのか、もしそうなら気を使わせ過ぎかもしれない、感謝は・・・・相手が上条だからいいかと、そう思う事にする。
ふらついて、浮ついて、定まらない。自分自身のことを疎かにしてはどのみち駄目だろう。何事も決めきれないままだ。変化はこれから先ずっと続くのだから将来への指針は小さくても、少なくともあって損はないだろう。
ここから先は経験した事の無い完全なる未知な世界、全てが今まで繰り返してきた1カ月と違うのだ。自分は魔法少女、普通とは違うのだからより意識しなくては。
さっきは口から自然に岡部倫太郎についていくかのような発言をしてしまったが、実際にその時がきたらどうだろう?
皆も、だからこそ怖がっていると思う。『ワルプルギスの夜撃破』みたいな明確な目標が見えないから、ゴール地点が見えない事だから悩むんだろう。
自分は現状維持を求めている。今を愛している。だから岡部倫太郎がどこかに行ってしまうのが怖いのだ。他の皆も、もしかしたら同じ感覚かもしれない。今の生活を、欲しかった時間を、みんながいるこの瞬間がずっと続けばいいと思って。
だけど現実はそうではない。だから考えなければならない。皆考えている、どうすればいいのかを、自分もそうあるべきだ。それで決めきれたなら、納得し覚悟したのなら、そのときは――――。
「上条恭介」
「なに、暁美さん」
少しだけ気になって、参考程度に訊いてみた。
「貴方は将来・・・・・そうね、どうなりたい?」
ようやくスタート地点に立った自分と違い、普段から考えていたであろう彼はあっさりと、あまりにも簡単に答えた。
難しくなく、単純に、理想であり願いを口にした。
「とりあえずラボメンの皆と同じ高校に入って、それで青春を謳歌したいな」
こちらの現実的な意味での質問を無視し、いつかくる岡部倫太郎との別れを無視し、それぞれの学校【進路】が別になる可能性を無視し、彼はあまりにも稚拙で実現が難しい将来の希望を口にした。
前を向いて歩く彼の表情は窺えないがきっと笑っているのだろう。口調から予想できる。
訊いといてなんだが、人がせっかく真面目に将来について考え始めたのに、と思わなくおない。ほむらは呆れたように言う。
「子供ね」
「何言ってるのさ、もちろん子供だよ」
僕達は中学生だからね。という彼は気楽に言った。
どうしろと、と思う。重く考えすぎなのか、でも真剣に向き合わなければならないから――――だけど、そういうものなのだろうか?
普通の人も、そうなのだろうか。もしかしたらそうなのだろうか?魔法に関係なく、受験や就職、将来に関する方針を真剣に悩み考えはするが重く、それこそ一生の事として考えてしまうことは稀なのか。
そうじゃないかもしれない。というか、そう考える人もいる、という話か?
(どうしたい・・・か)
他の人はどうだろう、どんなふうに捉えて、どうしたいのか、ラボメンの皆に訊いてみよう。もちろん―――岡部倫太郎にも。
誰も訊けないなら自分が訊こう。なに、自分は岡部と一度は生き別れている。経験あるし踏ん切りとかはいいだろう・・・・・だぶん、それに引き延ばしてもメンドイのでいい機会だ。
あの自分勝手な男の事で悩むのも癪だ。みんなを、まどかを悩ますなど許さん。ラボの責任者としてあるまじきことだ。
「そうね」
「そうだよ」
あいつが帰ってきたら今度こそ問おう。訊こう。逃げず、誤魔化さずに向き合おうと決めた。
思えば自分は岡部を避けていた・・・・とは言わないが、だけど前回よりも遠慮していたのは確かだ。遠慮なく制裁はできるが、精神的に近づくことはしなかった。
怖がっていたから、恐れていたから、もう一度失うことに耐えられそうになかったから、私は岡部倫太郎から逃げ続けてきた。
今が幸せだから、あの一ヶ月を最高の形で乗り越えたからこそ現状の変化を恐れていた。新しい誰か、新しい出来事には我慢できた。増える事はあっても失う事は無かったから。
「私は・・・・・私もみんなと一緒がいいわ」
「うん、僕もだよ」
「たまには貴方と同じ見解も良いわね」
ぽんぽんと言葉のキャッチボールをしながらラボへと向かう。上条恭介と心持ち優しい気持ちで会話できるのは珍しかった。自分でそう思う。
やるべきことを、目標を定めたからだろうか、それが余裕を生んで優しくなれたのかもしれない。
「ふむん」
「どうしたの?」
「不愉快と思って」
「え、なにが?」
「貴方が」
「何でいきなり!?」
「不思議ね」
「ホントだよっ、意味も無く嫌われるなんて悲しすぎるよ!!」
「あら、不思議と言ったけど理由はあるわよ?」
「え・・・・あるの?ちなみに理由はなに?」
「気にくわないのよ」
「・・・・・・・僕の、なにが気にくわないのかな、努力して直すよ」
こんなんでも暁美ほむら視点では優しく接しているつもりだった。優しい気持ちだった。他の誰かなら泣いていただろう、歩み寄ろうとは思えないだろう優しさだが・・・。
同級生の少女から辛辣な優しさを込められた暴言を受け止めた上条恭介は器が大きいのか、それとも彼女の性格に対し悟りを開いているのか、彼は彼女に嫌われないように自分の駄目な部分を治そうと・・・・直そうとする気概を見せた。
上条恭介は本当に良い子だった。彼は好きなのだろう。ラボメンが、彼女が、暁美ほむらが、恋愛云々はおいといて一人の友人として彼女のことが好きだから嫌われる原因を取り除こうと奮起した。
相手の理不尽を責めずに自分が変わろうとするのは好感が持てるが――――
「そうね・・・存在?」
「それは厳しい――――って言うか卑怯だよそれはっ!僕が関与できないところに責任を投げられても対処できないじゃん!!」
優しく接するも彼女はやはり彼には優しくなかった。
「うう、なんで僕は暁美さんに嫌われてるか未だに解らないんだけど何で?」
「だから存在が気にくわないのよ」
「じゃあ凶真は?」
「気にいらないわ」
「存在が?」
「在り方よ」
「納得」
気にくわないと気にいらない。わざとニュアンスを変えてきているが同じだろう。自分と凶真に対し彼女は同じ想いなんだと・・・知っている。どちらも気にくわないし、どっちも気にいらない。でも大切に思われているのも知っている。自惚れじゃない、事実だ。
彼女は何かと気にかけてくれる。日常に置いても戦闘に置いてもだ。日常は生活態度や他のラボメンへの接し方や相談には悪態をついても必ず乗ってくれる。戦闘中は絶対に自分達から離れない・・・いつでもフォローできる場所に居る。
「暁美さんってさ」
「なにかしら」
「優しいよね」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・貴方もマゾなのね、気持ち悪い」
「違うよ!?しかも気持ち悪いってそんな、酷いじゃないか」
「近寄らないでちょうだい、マゾがうつるわ」
「うつらないよ!そもそも僕はマゾじゃないんだから――――凶真もきっと違うよっ」
「どうかしらね」
「ホントだよ!」
「どうでもいいわ」
「うう・・・・いつの日か暁美さんも僕に優しくなってくれるのかなぁ?」
「高校生になったらバイト先にいらっしゃい、接客業の予定だから優しい言葉を送ってあげる」
「先は長いけど・・・・うん、楽しみにしておくよ」
「あらあら、サービスでの優しさが欲しいなんてよほど飢えてるのね――――しかも有料」
「暁美さん僕の事嫌いだよね!?」
「え、貴方まさか知らなかったの!?」
「ここで真顔はやめてよ!?」
こんなんでも・・・いつもより優しさに満ちたほむらと、相変わらずの上条だった。
まどかから見れば、そんな二人は仲良しに観えるらしいが他人から見たらどうなのだろうか、それでも一緒に居るのだから険悪ではないのだろうが、その場しか知らないモノが見れば最早これはイジメ以外のなんなのだろうか。
「ん・・・あれ?」
「今のは―――まどか?」
二人は深夜帯にそんな会話を繰り返しながらラボを目指すが会話がピタ、と止まる。止めた。視界の先、ラボから叫び声が聞こえる――まどかの声だ。
「「―――!」」
同時に走り出す。
「上条恭介!」
「うん!」
走り出しながら互いの手をぶつけるように横に振るう。
ばしん、とぶつかった手に痛みが走り――紫色の魔力光が辺りを照らしだす。
「「ノスタルジアドライブ!」」
12号機が起動し、二人は速攻で互いの役割を決めた。視線も言葉も不要、二人はいつものように自然に行動した。上条は階段を駆け上り鍵の掛かっていない扉を開けはなつ。ほむらは後ろから援護、追撃に回る。
この時間帯にまどかの叫び声だ。それも周囲を気にしないほどの絶叫、只事ではない。ゆえに焦りと恐怖が上条を襲った。
まさか、だけど、でも、と嫌な予感がよぎる。夕方のは勘違いだった。しかし敵は確かにいるのだ。まだ現れなかっただけで、いつかやってくると覚悟はしていたが――
「鹿目さ――!」
そして上条恭介は理解した。自分の嫌な予感は悪い事にばっかり当たるんだと。
(凶真・・・・・早く帰ってきてよっ)
衝撃が走った。ドクンッ と鼓動が、呼吸を上手くすることができない。
自分の観てしまった光景に、胸元に感じた重さに、状況に上条恭介は―――自分はここで死ぬんだと、悟った。
(君が居ないと、僕は――ッ)
一瞬前まで自分は仲間と一緒に居たのに、ただ一瞬で上条恭介は失ってしまった。
彼は独りになった。仲間はいない、ラボの中にも、隣にもいない。失ってしまったんだ。慎重になるべきだった。今の日本には彼が、岡部倫太郎が居ないのだから。
護ってくれる彼はいないのだから、自分は、僕達ラボメンはもっと慎重になるべきだった。
少なくとも僕は、それを身に染みていたはずなのに――――。
上条恭介は
「ぁ、あれ?か、上条・・・・くん?」
全裸の少女、まどかに抱きしめられていた。
「へ・・・・ぁ、やっ!!?」
「あ、あの鹿目さん―――」
「み、みないでー!!!」
ぶわっ、と一瞬で桜色の魔力光が室内を一杯にし、そして――――
「おおおおおお落ち着いて鹿目さん!暴発しちゃ―――」
「 カ ミ ジ ョ ウ キ ョ ウ ス ケ ェ 」
後ろから、殺気を通り越して殺意を実体化させた紫色の魔力光が階段を暴力的な力で一杯にする。
目の前に居る少女も、隣に居る少女も今この瞬間は自分の事を仲間だなんて思っていない。純粋な感情に流された彼女達は叫びを、怒りをそのまま打撃力へと具象化する。
解っていた、何処かで悟っていた。上条恭介はどこかで予感していた。
「や、いやあああああああああ!!!」
「シネェエエエエエエエエエエ!!!」
岡部倫太郎がいないと自分への被害が急上昇する。
「ギャーーーーー!!!?」
普段はあまりこの手のドッキリハプニングが発生しない№02は、岡部倫太郎がいない場合に限って反動なのか、ここ一番で天然ドッキリ命懸けのハプニングをかますのだ。
あかん!これは死んだ!?と思いながらも上条は――――
―――未来ガジェットM04号『超誇大妄想狂【ギガロマニアックス】』起動
ゼロ距離と後ろ(横)からの魔力による打撃で圧殺されそうになりながらも、それでもラボを護ったのだから大したものだろう、いろんな意味で主人公に適している人間だった。
ラボの玄関と階段を繋ぐ場所を境目に、中心に打撃力がラボ全体を穿つ。それは空間を大きく押しつぶし、振動させ、一瞬で大切な場所を瓦礫へと粉砕する――――上条はその衝撃を全て一か所に収束させた。
「―――ッ」
衝撃、体が破裂しそうになる。全方位に向けられた打撃力を全て自分へと収束させる、圧縮だ。衝撃の圧縮の中心に自分はいる。痛いが我慢できる、苦しいが耐えきれる、し
かし押し縮められたものはやがて溢れる。
周りにある空気は、空間は急激な魔力の圧縮によって密度を上げて淡く加熱し水蒸気を生みだす・・・・ここで限界だった。一瞬でここまでできれば上出来だろう。
圧縮され、圧伏し圧迫した魔力は爆発した。空中や屋外なら別に構わなかったがここはラボだ、拡散するエネルギーを全て自分ごと上へと逃がす。
上条恭介。ラボメン№03の彼は今日も今日とてラボメンガールズの暴走を受け止めていた。岡部倫太郎がいない分、いつも以上の労力と被害を被りながら、自業自得に自主的に――――今日も空を舞う。
ズトン!
三階建の建物の二階の階段から天上方向へ真っ直ぐに貫く衝撃波は爆音だ。深夜帯に大爆発・・・・しかし通報はされなかった。周辺住民は誰も、建物含め被害を受けなかったから、その音と衝撃に気づきもしなかったから。
十数メートルも上空に弾き飛ばされた上条恭介によって、その影響によって誰一人、彼らには今回の件に何一つ関われなかった。
「ぎゃふッ!――――っ、いたた・・・・!死ぬってっ、これいつか死んじゃうってば・・・」
どしゃっ、と鈍い音が聞こえた。近隣の建物、空家のテナント、そこに背中から墜落した上条は生きていた。
事前に暁美ほむらと繋がっていたので最低限の加護と、繋がっていたことで4号機を起動できたのが幸いだった。・・・・・全身打撲の重傷、とは程遠い軽い怪我で済んでいるが一歩間違えれば割と本気で死んでいた。
ごろんと、痛む体を頃がして上条はラボの方へ視線を向ける。もくもくと黒煙を漂わせているがしかし・・・ラボは健在だ。
「ああ、まったく・・・・・なんとか無事そうだ」
ため息交じりに彼は安堵の表情を浮かべた。責める事も、不満を訴えることなく、ただただラボの被害が最小限に収まったことに心底安堵していた。ラボは修復可能レベルだ。
ある意味、彼も、彼女達もイカレテいた。躊躇わない、躊躇しない、感情に素直で危険だ。信頼からのツッコミと思えば平和だが第三者、一般の人間から見れば彼らも十分な危険人物だった。
「まったく、はやく帰ってきてよね――――凶真」
そんな彼らには、まだ岡部倫太郎は必要だろうか?必要・・・だろう、絶対に。ストッパーとして、反面教師として、被害を集中させないように、拡散する意味で、それ以外の理由からも、まだ必要だろう。
しかし時間は止まらない。世界は廻り続けて物語は紡がれる。時間切れは刻一刻と近づいて決断を突きつけられる。
天王寺綯は岡部倫太郎に戸惑いながらも尽くそうと決めた。
鹿目まどかは岡部倫太郎に我が儘に甘えようと決めた。
暁美ほむらは岡部倫太郎にふらつきながらも向き合おうと決めた。
「でないと、無理矢理にでも連れ戻しにいくよ?」
ラボメンの女の子達がそれぞれ決意していくなか岡部を除いて唯一の少年、上条恭介は少しだけ怒っていた。苛立っていた。暴言を吐かれようが暴力の嵐に吹き飛ばされようが少しも怒りを抱かなかった少年は、岡部倫太郎に対し怒っていた。
いつからか生まれた小さかったそれは、その思いは日々強くなっていた。ラボメンとて少なからず岡部倫太郎の事で怒りを抱くことはある。相談してくれないし勝手にいなくなる、いつも無理して怪我をするから、そんな自分を蔑ろにする彼に対し良くない感情を向けることは当然ある。
自分だってそうだ。勝手に救い、勝手に傷ついて苦しんで、一人じゃ達成困難のくせにまったく頼らない仲間に苛立ちを募らせる。巻き込んでくれない、道連れにしてくれない先輩に怒りを抱く。
「だいたい、なんで僕を連れていかないんだよっ」
右手に握ったディソードを寝転んだまま空に掲げる。
「僕が一番、君の力になれる」
普段、自分を過大評価しない少年は、いつもラボメンがールズに吹き飛ばされている少年は、彼女達や岡部倫太郎にあまり見せない表情で呟いた。
それは力強くて、自信に満ちていた。それは悔しそうに、悲痛な声色だった。
「・・・・・僕だって、君の力になりたいんだよ」
そして、これだけは譲らないと、こればっかりは誰にも負けない意志と意思を妄想の剣に流し込む。蒼く、淡い光を宿しながらシンプルで、飾り気も無い己のディソードは世界に“それ”を拡散させる。
いい加減にしてほしい、気づいてほしい。恩返しがしたいのは、鳳凰院凶真に助けられ感謝しているのは何も魔法少女達だけじゃない。岡部倫太郎に命を賭けてもいいと思う相手が何も異性だけと限らない。
ゾン!!
紫電一閃。どこぞの屋上で、寝転がったままの上条はディソードを振るった。
ディソードは断ち切る。世界に発信しそうになった妄想を、何もできない自分への八つ当たりを、岡部倫太郎が危惧している■を、上条恭介はギリギリのところで切り裂いた。
祈りや呪いにも近い概念を、自分で生み出した“それ”を消滅させた。
「・・・・・」
痛む体を起して上条は空を見上げる。
見滝原は都市開発が活発な地域だ。少し遠出をすれば深夜帯でも明るい場所が多い。しかし幸いこの場所は住宅地の中でも辺鄙なところで街灯も少なく星を観測するにはもってこいの場所だ。
都市開発が進めばいずれここも・・・・だけど今は違う。明るく輝く星は確かに観測できる。手を伸ばせば星に届きそうだ。
「魔法を使っても・・・届かないよなぁ」
ラボメンの皆と屋上で焼き肉パーティーをしたことがあるが、岡部はほとんど空ばかり見ていた。そして自然に、無意識に手を伸ばしていた。
何を思ってか、誰を想ってか。誰もが手を伸ばし、しかし決して届かないモノ代表である星空に手を伸ばしていた。
―――『星屑との握手【スターダスト・シェイクハンド】』
敵味方問わず上条が観てきた中で最も綺麗な魔法の名前が、ふと思い浮かんだ。厨ニ的センスで・・・大切なナニか。あの頃からだろう。上条恭介が岡部倫太郎に対し怒りを覚え始めたのは、同時に頑張ろうと思ったのは、間違いなくあの瞬間だ。
左手を空へと伸ばす。左手を、再起不能に陥った手を、今はこうして動かせるようになった手を決して届かない星空へと翳す。
「――――違う、届くさ」
開いていた手を握りしめる。ほら、届いた。掌握した。自分の力は天に届く、世界中に響く、時を超えて世界線の壁すら突破する。
ただの少年だ。無力で一人じゃ何もできない。だけど彼から受け取ったガジェットと仲間がいれば全ては覆せる。
敵を倒す武器も、身を護る衣も、戦う勇気も、やり遂げる意志も――――この手には存在する。
「みんなには悪いけど、こればっかりは譲れない」
鹿目まどか、暁美ほむら、天王寺綯、決意し行動を開始した彼女達には悪いが自分も参戦させてもらう、遠慮はしない。
決めたから、決めていたから、彼女たちよりも先に、誰よりも先に、上条恭介はずっと前から決めていた。
彼女達が岡部倫太郎に抱く感情がなんなのか上条は正確には把握していない、彼女達自身が迷っているのだから当然だ。だけど待ってやらない、今まで時間は沢山あったのに行動してこなかった彼女達が悪い。
時間は待たない、止まらない、時間切れが近づいてきたからもう我慢しない。
「凶真の――――――」
彼もまた、彼女達のように決意を顕にしようとした。が、そのとき―――
「見つけたわよ上条恭介」
トン、と軽い着地音と共に死神がやってきた。
「え?」
首だけを後ろに向ければ、そこには拳銃を片手にほむらが立っていた。
・・・・・・・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・・・・?
「あ、あれ・・?」
上条は背後の殺意に震えながら首を傾げた。
おかしい・・・・順番的に今は自分の独白の場面でターンは完全に自分のモノのはずなのに何故に彼女は介入してきたのか、あれか、もう終わりか、不完全燃焼だ。
途切れ方が半端で、おかげで今までの流れを文章にしたら意味の解らない回想・・・最悪ホモ扱いされかねない。これ以上自分と凶真の話題で雷ネットの記事のトップを独占したくない。
「・・・え・・・あれ・・・暁美さん?」
「安心しなさい、人権を尊重し記憶を失うまでゴム弾で脳に衝撃を与え続けるだけよ」
「一思いに殺さないだけ残虐性が高まっていると言えなくもないよね・・・」
「あら、ゴム弾も実弾だから大丈夫よ」
「なにが大丈夫なのかな暁美さん・・・・って、ちょっ、まってまって暁美さんまだ僕のシリアスパートが――――!!」
「そんなものはないわ」
ターン、と深夜帯の住宅街に銃声が響いたが、連続で銃声が響くが、この音はしっかりと近隣の住民にも届いたが、しかし誰も通報はしなかった。
毎度のことだから、誰も気にしなかった。せいぜいが「ああ、またか」程度の事である。
「アッーーーーー!!?」
続くように聞こえた少年の絶叫もまた、いつもの事なので、やはり誰も通報はしなかった。
岡部倫太郎が帰ってこないまま結局そのまま一日が過ぎた。
そして、岡部倫太郎はその翌日も帰ってこなかった。
その次の日も、次の日も、帰ってはこなかった。
■
「―――」
銃声が辺りを喧しく包囲し、怒声が悲鳴となっては途切れていく。
黒服の集団がたった一人の少女に虐殺されていく、日本のジュニアスクールに通っているような少女に為すすべなく殺されていく。
包囲し、周りから銃弾をどんなに叩き込んでも当たらない。見た目通りに軽いのか、とん、とん、とん、と地面を、壁を、あらゆるモノを蹴って跳躍し白衣を纏った少女は弾丸を回避し続ける。
「―――」
そして、その小さな手には不釣り合いな軍用ナイフである者は喉を切り裂かれ、ある者は心臓を突き刺され、ある者は頭部を切り落とされる。
とん、とん、とん、と軽やかな足音とともに一人一人丁寧に確実に命を奪って行く。
不意打ちはまるで通じない、向かっていってもあっさり対応される、逃げても先回りされ、諦めればいたぶる様な間をもってから殺される。
全てが終わるには戦力差から見れば時間がかかったほうだ。時間をかけて殺したからだ。皆殺しにするのに人数が多くて時間がかかったというよりも、勘を取り戻すために彼女が実験感覚で彼らの命を解体していったからだ。
「う~ん?」
周囲を死体の山にした少女、天王寺綯は首を傾げた。自分はこんなものだったか?と、記憶を掘り返していた。
「うん、やっぱり魔法みたいな理不尽よりもこっちの方が私にはあってる」
魔女や魔法少女よりも、対人間の方が自分には向いている。強力な魔法を使用して敵を駆逐するよりもナイフや銃で殺した方が“しっくり”くる。
今しがた殺した連中は魔女でも使い魔でもない“ただの人間だ”。自分達魔法少女、及び関連する存在を我が物にしようとする悪鬼だ。その悪鬼を魔力を用いずに身体能力だけで殺した。
上の命令に動いていただけの下っ端、ただの偵察員だが――――魔法無しでの実戦の勘を取り戻すためにワザワザ殺した。前回の世界線では岡部倫太郎に見逃された連中だが綯はキチンと殺すことにした。将来敵になることは解っていたから、脅威にならないとはいえ、危険があるのなら、減らせるならやる。
「うん・・・・ちゃんと動けるし殺せる。大丈夫、この体でも動ける」
『イヤ、ダメダロウ』
上から声がした。ベアトリスだ。
鋼鉄を纏い、宙に浮いている彼女は綯を見降ろしながら問う。
『ドコノソシキカ、キキダセン』
「何処でも構いませんよ、目星は付いているので問題ありませんしね」
『フンッ、シカシ・・・・キタナクコロシタナ』
「綺麗ですよ。あっさりと殺しましたから苦痛もそう無いでしょうし」
『イタブッテルヨウニモ、ミエタガナ』
「敵ですよ?そこまで配慮しませんよ」
『アイツモ、ソウナノカ?』
「オカリンおじさんですか?まさか、“まだ何もしていない”人達にあの人は手出ししませんよ。だからこうして私がこっそり処理しているんです」
『ナンテイイワケヲ?』
「言い訳なんかしません。この件は―――“この件も”黙ってます」
『ウソヲツクノカ』
「好きな人には嫌われたくありませんから・・・・・可愛いでしょ?」
『イッテロ、ロリータガ』
そういって彼女は一瞬で別の地点へと飛び立った。ここで死んだ黒服の連中以外のもとへ、壊滅した町を遠くから眺めている敵対者のもとへ。
綯はそれを見届けてから軍用ナイフを腰のケースへと収める。とりあえず自分のノルマは達成だ。あとは僅かに残った残党を彼女に任せればいい。
「さて、オカリンおじさんの所に戻りますか」
自分達がデモニアックを殲滅した翌日に、つまり今日、私欲と我欲のために町一つを見殺しにしていた連中が我が物顔で攻めてきた。研究用の素材を得ようと、奪おうと複数の組織が同時に、ある程度の連携をとりながら早朝に攻めてきた。
表向きは交渉だったが誰が見ても好戦的で、俗物的だった。当然のごとく開戦だ。
四方を囲まれていたが問題はかった。数百人いようとも個人で携帯できる現代兵器程度に、魔人、英雄クラスの存在にまるで届かない魔法少女が数十人束になろうと彼らを抑え込めるはずもない。
世界の均衡を護る大英雄。世界最強の騎士。このメンツだけで事足りた。前回同様に、適当に追い払い適当に薙ぎ払うだけでもよかったが―――――前回同様に“彼女”は遠くで様子を探っていた連中を殺しに行き、自分はそれに付いていった。
「オカリンおじさんは甘いからなぁ、前の世界線も“彼女”がこうしてくれたから・・・・はぁ」
ため息、自分のしている所業を知れば岡部倫太郎は傷つくだろう。悲しんで、自分を責めるだろう、自分の甘さが天王寺綯を殺人鬼にしたと。そんなこと関係ないのに。
天王寺綯は、ここにいる天王寺綯はラウンダーだった記憶をオリジナルに持っている個体だ。今さら人殺しに怯まないし怯えない。敵に容赦はしない、遠慮しない、加減しない、悪意をもってくる者には相応の悪意で応える。
敵対する者には決して妥協しない。白黒敵味方損得を徹底的に分析し行動を開始する。岡部倫太郎がどう思おうが、余程の事が無い限り見逃しはしない。
鳳凰院凶真も概ねそうだろうが自分との違いは我慢強さだ。
岡部は「取り返しのつかない敵対行為」を現世界線でしないかぎり最後まで解り合おうとする。
対し自分は「確かな敵意及び此方を陥れ様とした場合」は躊躇わず戦闘を開始する。場合によっては殺す。これまで観測してきた世界線で、もし自分の逆鱗に触れるモノがあれば・・・・その場合も殺す。例えまだ何もしていなくても、考えているだけでも十分に殺す動機になる。
自分と岡部倫太郎だけなら我慢できた。逃げてもいいから、それが可能だから、だけどラボメンは違う。その周囲に居る人達は違う。全てを、皆を護ることは困難で、だから先手必勝、やられる前に、奪われる前に殺す。
我慢しない、辛抱強く耐えたりしない。ようやく岡部倫太郎が手に入れた幸せになれる世界線、その可能性を、その希望に影を刺そうとするのなら天王寺綯は全力で排除する。何物にも邪魔はさせない、誰にも――――彼にも。
「あーもうっ、嫌われるかもしれないし悲しませるかもしれないけど・・・・・今のオカリンおじさんは不安定だからなあ」
ぼやく、嘆く。彼に嫌われたくない。彼を悲しませたくない。だけど今はマズイ。少しでも悲劇への可能性を取り除かないといけない。
恐ろしいまでの生への貪欲さ、恐るべき死への拒絶感。前回の岡部倫太郎には“それ”があった。だけど今は失われている。危険だ、前回の世界線ではどうしても死ぬわけにはいかなかったがここでは違う・・・・駄目な時は駄目だし死ぬ時は死ぬ、と悟っている。何を犠牲にしてでも生きようとする意志が無い。
他者を退けてでも生きようとする気持ちがない。生きたいと思う意志が無いわけではない。この世界線では自分も幸せになろうと、死んでしまうのはもったいないとようやく思えてきたのだ・・・なのに、だから、絶対に“自殺できる事に気づかれるわけにはいかない”。
「もー、いつになってもオカリンおじさんは私を困らせるんだからなぁ・・・・」
辛い時代も、幸いと呼べる時代も、生死に関わる事態でもそうでなくても、良くても悪くても困らせる。何がどうあれ彼は自分を悩ませ困らせる。
トコトコと岡部倫太郎がいるであろう廃村の中心へと向かう。
「あ、そのまえに」
背中に背負った十字架型のディソードに手を伸ばす。指先でそっと表面に触れて――――世界を覆っていた妄想を解除する。
バキン!と背後で大きな音がして、空間が割れた。
「今回は見逃してあげます――――次は殺しますから、“関係者全員”」
死体の山が生き返った。生き物から肉の塊へと成り果てたはずの黒服達が起きあがる。
殺される恐怖と、殺される痛み、そのリアルすぎる両方の妄想を叩き込まれ精神を破壊された者達がゾンビのように立ち上がる。
その瞳に生気は無い、その様子に意思は感じられない。
「帰っていいですよ、戻った時にはちゃんと元通りに―――・・・・記憶はそのままですから、再起不能になるかもしれませんけどね」
そう言い残し、彼らを残し、保険を残し綯は再び歩き始めた。
中心地に向かう途中、多くの人達が顔を伏せながら自分とすれ違う。ほとんどが大人で、なかには魔法少女もいた。
敵だ――――どうしようか?
「って、どうしようもないですよね」
呟いて、それに周りに居た全員が怯えたように身を固くする。
「あ、大丈夫ですよ?私は殺した方がいいと思いますけどオカリンおじさんからお説教を受けたんですよね?」
全員が頷いた。必死に、綯に命乞いを――
「だから今回だけですよ―――――次は命令だろうが脅されようが関係ありません」
冷たい声と視線で黙らせる。
「私達に関わっただけで、殺しますから」
一人一人にその光景を、妄想を直接頭に叩き込んで綯は彼らの横を通り過ぎる。
腰を抜かす者、恐怖に気絶する者、反応は多々あれ皆―――絶望していた。彼らの未来にはほとんど希望は無いからだ。
組織の命令には逆らえない、しかしその場合は目の前の悪魔に殺される。
綯は振り向かない、同情しない、彼らの多くが自殺しようが魔女化しようが気にしない。本来なら殺していた所を見逃したのだ、後は彼ら次第だろう。
諦めるなら死んでしまえ、足掻くなら生き残れ。敵対するなら殺してあげる―――――手助けしてほしいなら手伝ってあげる。
全部人任せにするなら彼の足枷にしかならないから滅びろ、精一杯足掻いたうえで駄目なら、それでも諦めきれないなら手伝うから覚悟を示せ。
覚悟があるなら生きるだろう。どうせ彼から全員が個別に連絡先を貰っているはずだから・・・。
「甘いなぁ、オカリンおじさんは」
やはり振り向かず彼女は歩き続けた。確実に彼らの半数以上が近いうちに死ぬだろう。それでも・・・・それでもだ。甘えるな、こんな世界だ覚悟はあっただろう、少し前まで彼らは奪うモノだったのだから、この程度の罰は当然だ。
どのみち先は無い人生。そこに小さいが希望は残してやったのだ、感謝こそあれ非難はありえない。あるなら遠慮なく排除する。
「その分は私がしっかりと厳しくしないと」
トコトコ歩く、歩幅の間隔が短いから多少時間がかかるが焦らない。歩けば出会えるから、この手は届くから、手を伸ばせば繋いでくれるから。
優しい人、だから壊れた人。終われなかった人、もう死ねる人。背負う人、でも脆い人。岡部倫太郎、鳳凰院凶真。護りたい人で支えたい人。
同じ世界にいる、同じ場所に居る、触れあえるし伝えきれる。
「あっ、オカリンおじさーーーーん!!」
頑張ろう。精一杯尽くそう。この身が滅びても魂が枯れ果てるまで。
彼がこの世界から解放されるいつかまで、彼が死んでしまう一瞬まで、天王寺綯は岡部倫太郎の力になろう。
優しい人を護ろう。最低限、遠くからの悪意からは。
身近な悪意からは仕方が無い、あの人は自分から跳び込んでいくから回避の使用が無い、それをしない岡部倫太郎はありえないのだから。
ならば自分はそこから生まれる因縁を共に背負おう、この世界線では見滝原はおろか日本を跳び越え世界中で活動する予定だ・・・・多くの出会いがあるだろう、彼一人には背負いきれなくなる。
「ああ、おかえり――うぉ!?」
「ただいまです!」
後ろから抱きついて腕を回す。
「さぁ、次はどうしますかオカリンおじさんっ」
「げ、元気だな?」
「ええ、これからが肝心ですから!」
回した手に、彼の手が重なった感触に頬が緩む。
「―――そうだな、この場所と7号機の増幅器については動作の最終確認が終わり次第シティの連中に託す」
「最初からそのつもりでしたしね」
「施設の維持には莫大な資金と権力が必要だからな」
「場所にも問題が山盛りですからねー」
押し付けた頬と触れられた手に感じる熱に鼓動が高まる。
「あとは“彼ら”に渡した『メタルう~ぱ』が完璧に起動しているなら問題は無い、覇道財閥に任せてここを離れよう」
「念話も通じないし魔力の波動も漏れてませんから大丈夫ですよ」
「そうか、なら“彼”から素体強化のために血を採取してニートを迎いに行くか」
「ニートって・・・ソロモンちゃんだけですか?たしかに強化が必要なのは彼女だけですけど」
「フローレンス達のジェムは覇道が掻き集めている最中だ・・・前回と違って俺は今年からしか存在してないからな。ノエルはジェリのジェムと共に保護済み。ジャンヌを始めとした連中は最高峰の聖遺物・・・保管場所からいまだに奪われていない。あとは覇道の権力で回収、な」
「おお、いつのまにっ」
「最初からだよ」
「此処に来る前?」
「この世界線に来てからさ」
「・・・・・そんなにまえから?」
「ああ、観測してたんじゃなかったのか?」
「嘘です、知ってました」
むぎゅ、と抱きしめる力を強める
「・・・・・いや、苦しい」
「いいじゃないですか」
「ちょっ、小動物の称号を得ている君の力はラボメンでも随一の怪力なんだか――」
「むー」
あれだな、これから色んな事が起こるし起こす私達だが最初に一つ約束事をしなければならない。
絶対に付いていくし置いてなんか行かせない。だからそれに関しては約束しない。
約束、まず最初にお願いしたい事は――やはりコレだろう。
「オカリンおじさん、私の事はキチンと呼んでください」
「シスターブラウン?」
「・・・・」
「ごふぅっ!?」
ギリギリと、背中から回した腕に力を込めて抱きしめる。抱き締める。
名前で呼ばれる事には対して特別な意味はない。意味があるのは、意味を感じるのは呼ばれた方だ、普段から妙な仇名でしか呼ばれないから一層その思いは強くなる。
親しみを持って呼んでくれるのは嬉しいが、それよりもそんな彼だからこそちゃんと名前で呼んでほしいと思う。他の子達とは違うと意識できるから、いろんな意味で自信が持てる。
そもそも今しがた出てきた女の子たちは名前で呼んでいるではないか、全員が前回の世界線で活躍したのは確かだが・・・・何もこうしている私の前でそれは駄目だろう。
「オカリンおじさん、私は遠慮しませんよ?」
「な、なにがだ?いやそれよりも苦しいのですけど――」
「彼女達同様、私も女の子ですから独占欲は強いです」
「女の子イコール独占欲強しってわけでもないだろう・・・・・・・そもそも女の子?」
意味は分かっているだろう、誤魔化しているだけだろうが―――――一言多い。
「えい」
ごきゅ♡
鈍い音と共にオカリンおじさんは白目をむいて気絶した。
「ていっ」
ごきっ
「おうふっ!?」
気付けの一発、速攻で起こす。
「寝てる暇はありませんよオカリンおじさん。時間は有限でやるべきことは沢山ありますから」
「・・・あ、うん?あれ・・・・なにをしていた・・・・・?まあいいか・・・ああ、そうだな綯、善は急げだ」
「よろしい」
周囲を見渡し状況を確認しちゃんと名前で呼ぶオカリンおじさんに満足し私は満足した。
立ち上がり報告へと向かうオカリンおじさんの腕に自分の腕を絡めてついていく、一瞬失礼にも身がまえたが――――何も言わずに受け入れたので流れは上々だ。
「このまま迎えに?」
「ああ、あのニートなら俺でも一つのジェムで安定させきれる。・・・・元から自力でなんでもできるからな」
「その後は・・・・シティに?」
見滝原に、ラボで彼の帰りを持っているラボメン達に会わずに―――死ぬかもしれない戦いに備えにいくのだろうか?
きっと彼の帰りを怯えながらも待っている彼女達に何も言わずに―――帰ってこないつもりなのだろうか?
役に立ちたくて必死に頑張っている少年少女を巻き込まないために―――また背負うのだろうか?
私は、それでもいいと思っている。全面的に賛成できる事ではないが彼女達の力が有能すぎて、彼と近すぎて、あの場には連れていけない。
彼女達は手に入れたのだ。よくやく、暁美ほむらが幾度も繰り返しようやく手に入れたのだ。誰も死なずに、失われずに、未来を歩いていける力と強さを手に入れたのだ。
もう保険は無い、やり直しは効かない、“繰り返せない”。暁美ほむらが、岡部倫太郎が、みんなが何度も絶望に抗って今があるのだ―――それを崩されたくない。
彼女達の人生だ。だから彼女達の自由だとしても――――お願いだから、彼を想うなら幸せになってほしい。
私は思う、もしオカリンおじさんの姿が少年ではなく本来の時代に適した・・・・否、もっと年上の二十代や三十代だったなら“こう”はならなかったんじゃないか?と。
彼女達よりもっと年上で大人なら想われなかった。慕われても望まれなかったのではないかと・・・恋に年齢も役職も性別(?)も種族(?)も関係ないとはいえ、もしそうだったなら憧れだけで済ませきれたのではないかと、そう思う。
必要以上に束縛しない、共にいる事を強要しない、彼が居ないと絶望する――――この世界線のラボメンの彼女達は大丈夫でも、これから関わる多くの少女達はどうだろうか?憧れだけで縋ったりしないだろうか?
怖い、優しいオカリンおじさんは優しい彼女達には手を伸ばし自身を犠牲にしてでも動きだすから。
恐ろしい、そのとき自分は彼に頼ろうとする・・・・頼るしかない彼女達を排除できるだろうか?
彼の心を護るために殺せるだろうか?見逃せば、許容すれば岡部倫太郎が確実に今までのように傷つき摩耗すると知って・・・・・。
私は、天王寺綯は―――――――
「いや、見滝原に戻るぞ?」
なんて考えていると隣の彼はあっさりと言った。
「え?」
「えって・・・・・学校もそろそろ始まるしな」
「学校ってオカリンおじさん―――」
「ふふ、俺はマミと同じクラスだからな・・・・教師だった時とは違い全力で応援できるのだ!」
「わあ、死ねばいいのに」
私の笑顔の発言にマジで凹み始めたオカリンおじさん。
しかし彼の発言には驚いた・・・マミちゃんのことではなく見滝原に戻ることを良しとしている事にだ。それも学校にも今まで通りに通うつもりだから。
ああ、場違いな嬉しさが込み上げてくる。
今までの彼ならシティに直行だろう。それ以前にこの場を他人任せにはしないだろう、ブラスレイターの“彼女”達のこともあるし、何より未来に向けて万全以上を求める彼が悲劇を回避する前に日常へと帰ろうとしている。
いつまでもこのままじゃいられない・・・・誰もが知っている現実を誰よりも経験してきた彼が、あの場所に戻ると言った。
誰を助けて誰を見殺しにするかなんて決められなかった彼が、ラボメンのいるあの場所に帰ると言った。
大切な自分の居場所に、そう思える場所に――――戻りたいと思えるようになっていた。
これまでの世界線では思うだけで、決して自分の安息のために戻ろうとはしなかったのに、ここに居る彼は、自分を少しだけ赦せた岡部倫太郎はそうではない。
誰もが願う安らぎを、安息を、癒しを求めていた。数年後の大戦にむけて一秒でも一瞬でも貢献するような脅迫概念に縛られることなく、一時の間でも大切に想える人の傍に居たいと、思えるようになっていた。
自分を労わることができる。自分を休めることができる。身体の傷を癒し、心をほぐそうとしている。
誰が言っても止まらなかった。休まなかった。動き続けた。安らぎを求めず幸せを放棄していた人が――――ようやく本当の意味で前を向いている。
他の誰かじゃなくて、大切な誰かじゃなくて、自分を、岡部倫太郎の未来を見据えて考えて行動しようとしている。
彼は彼女達と距離を置くために早期から海外に跳びたしたわけではない。彼は彼女達と決別するために先に日本に帰ってもらったわけでもない。
ああ、嬉しい。ああ――――抱きしめたい、“自分自身の幸いを求めてくれる”。
誰もが願い、誰もが望み、誰もが祈ってきた。優しい観測者の幸せを―――それを唯一拒んできた人が、よくやく折れてくれた、妥協してくれた、根負けしてくれた、やっと自分の未来を望んでくれた。
彼がここに来たのは大事だと思ったから、あの場所に戻るのは大事だと解ったから。あの場所に居てもいいのかと、彼はもう言わないだろう。あの場所に居ると、そう決めてくれたのだ。
幾千幾万も繰り返して、ようやく思えるようになったのだ。
「ねぇ、オカリンおじさん」
「なんだ」
「絶対に、幸せになりましょうね!」
あらゆる困難を打ち砕き、迫りくる厄災を薙ぎ払い、それでも前を向こう。
魔法の存在で未来は完全に不確定で、未来視が在ろうと絶対ではないと証明された。
それでいい。怖くて、先が見えなくて、不安はいつか後悔と絶望に変わるかもしれないけれど、ようやく皆と一緒に慣れた。同じになれた。
未来にいろんな想いを抱きながら、そこに自分の幸せを望めるようになった。
護ろう、支えよう。
天王寺綯は――――きっと彼の支えになりたいと躍起になっているラボメンと、今頃は此方に来ようと暴走し始めている彼女達と一緒に、岡部倫太郎を想おう。
私は――――きっと彼の今後に、彼の今までとは違う在り方に戸惑いながら、驚きながら、喜びながら焦りながら彼女達と一緒に嫉妬しながら、鳳凰院凶真を救おう。
「あの子たちと一緒に・・・・みんな一緒に幸せになりましょうねオカリンおじさん」
「もちろんだ。頼りにしているよ―――――綯」
「はい!」
さあ、さっさと用事を済ませてラボに戻ろう。愛しい彼女達を安心させ喜ばせよう。
そして皆一丸となって頑張るのだ。
自分のために、仲間のために、彼のために、一緒に未来を歩くために。
「ノスタルジアドライブ!!」
―――未来ガジェット0号『失われた過去の郷愁【ノスタルジア・ドライブ】』起動
「え?」
―――『天王寺綯』
―――ソウルジェム『現在と“因縁”を司る者【ベルダンディ】』発動
―――展開率97%
「ちょっ!!?」
「こうしてはいられません!あの子たちのためにも速攻で終わらせますよ!!」
「だ、だからってなぜここで起動させるのだ!?おい・・・・まさかっ!!?」
この世界で手に入れた感情を力にする奇跡。
感情の強さが運命を覆す、想いの強さが宿命を断ち切る、願う気持ちが因縁を終わらせる。
素晴らしい、私にもってこいの力だ。なぜなら私の岡部倫太郎を思う気持ちに勝てる者など存在しないから、あらゆる厄災から彼を護れる。
「スキルセット ガンヴァレル!!」
唯一の障害が自己犠牲の固まりかつ己の幸せを願わなかった彼自身の心だったが――――それも解決した。
「空港まで一気に跳びます!」
「まてまてそんな悪目立ちしてどうする聴いてないですねせめてスティングーマでゆっくりと――――!!」
「善は急げ!時間は有限で幸せは若いうちに謳歌しないとダメですよオカリンおじさん!」
「――――歳を食っても幸いであるべきだ。俺は、そうでありたい」
「言いますねオカリンおじさん!嬉しいですっ、でも多いに越したことはありません!学生ならではの甘酸っぱい幸せを速く体験しに行きましょう!」
―――未来ガジェットM10号『バタフライエフェクト』起動
「だからまてその速度に俺は―――!」
「では“私とオカリンおじさ”んの輝かしい未来と幸せのために―――――いざっ、元気一発!」
ガン!!と足下の魔法陣が強烈な光を放ち、周りに居た複数の連中が此方に何事かと視線を送る。
妖精幼女とパートナーがやれやれと肩をすかし、到着した覇道財閥関係者がうろたえ、キュウべぇが事態と状況を察知して跳びついてくる――――危うく彼女を置いていくところだった。
私とオカリンおじさんを抱きしめながらキュウべぇと必死にナニかを訴えるオカリンおじさんを無視し私は青空を見上げ声を張り上げる。
「疾風怒濤のッ!!」
ごめんなさい無理です聞こえません。嬉しすぎて我慢できない。
だってそうだろう、諦めていたのに彼から宣言されたのだ。
可能性が生まれた。私の願いが叶うかもしれない可能性がついに発生したのだ。
牧瀬紅莉栖だけしか観ていなかった彼にも――――己の幸せを望むことで“それ”が他にも向けられるかもしれないのだから。
興奮せずにはいられない。歓喜して何が悪い。彼女達には悪いが戻る前に色々アプローチしなくては!
頑張れ私!凹むのも懺悔するのも後回しだ!
今は過去の事を水に流しい今までの失態を無視し二人だけの時間(キュウべぇはしかるべき処置をして一時的に排除)を満喫しつついかに好感度を上げるか考えなければ!
ああ楽しい、嬉しい!生きるとは素晴らしい!彼については悩んでばっかりだったのに今は最高に幸せだ、今後の事を想うだけで、想像するだけで世界は輝いているかのようだ。
さあ行こう!飛び立とう!天王寺綯の望んでいたこれからはまさに今始まるのだから――――精一杯頑張るのだ!!!
彼に愛してもらえる。一人の女性として、それだけで、その可能性があるだけで、自分と誰かを愛せる岡部倫太郎と共に居るだけで、例え世界がどんなに残酷で理不尽でも
自分が愛する人と一緒の世界で生きていけるなら
なら天王寺綯は―――――
「ガンヴァレーーーーーーーーール!!!」
全ての因縁を断ち切って世界にだって打ち勝てる。
「・・・・ぁっ、そうと決まれば彼女達はライバルですね――――やっぱりこのまま世界一周旅行とかどうですか!?」
「――――」
「世界中に7号機の増幅器を設置しながらその辺の魔法少女を勧誘しつつ私とオカリンおじさんの親愛度を見せつけて外堀からの既成事実を世界単位で築きつつあわよくば本当に既成事実を―――――――聴いているんですかオカリンおじさん!?私達の未来に関わる重大なお話ですよ!!」
「――――」
「え!?息ができない!?急いでいるんですから当たり前じゃないですか!!」
「――――」
「暴走してる?ええもちろんしてますけど何か!?これからが楽しみすぎてヒャッハーですよ!!」
「―――」
「キャラが違う――――ええ!?何を言ってるんですかオカリンおじさん!おかしなこと言わないでください!!」
高速で青空を飛翔する私に、何度も輝くマフラーを炸裂させ加速し続ける私に、酸欠と高度からくる寒さから彼はトチ狂った事を言っている。
私が暴走している?
当たり前だ、その通りだ―――――それが私だろう。天王寺綯は最初からそうだった。
そう定めたのは他でもない愛しい貴方なのだから。
だって
「私は――!」
天王寺綯は―――
「フラット・アウト・プリンセスなんですから!!」
その名の通り、暴走小町なのだから
あとがき
『おっぱい談義』から修正を繰り返し・・・・・・変な感じに着陸しました。
おかしい、最初はラボメンガールズの『おっぱい談義』を107000文字程度書いて読み返し軽く引いて・・・・・修正した結果がこうなってしまいました・・・・なぜ?
気を取り直して『妄想トリガー巴マミ編』を書いていたら今回の倍くらいの文章になったし・・・・当方はおっぱいが大好きなのか・・・・・大好きですけど最近はBLも面白いと思っているし雑食化しつつある自分に危機感を覚えます。
新たなジャンルの開拓、同人誌は高いし・・・・・破産しそうです。
買いあさり、読みふけっていて更新が遅れている当方の作品ですか長い目で優しい視点で根気強く読んでくれましたら嬉しいです。
本編も早く更新し、無限に沸き上がる妄想トリガーも早く投稿していきたいです。
願わくば、最後までお付き合いしてくだされば、当方の幸いです。