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[28390] [習作]Steins;Madoka (Steins;Gate × まどか☆マギカ)
Name: かっこう◆7172c748 ID:3f6e4993
Date: 2012/11/14 00:27
投稿SSはsteins;gateと魔法少女まどか☆マギカの二次クロスオーバーです。

SSを書くのは初めてなので、至らぬところも度々出てくるとおもわれますが、皆さまに楽しんで読んでもらえるようがんばります。

当方の作品に目をとおしてくれた方、感想を提示してくれた方々、本当にありがとうございます。

思考 考察 検証 ―――あとがき

当方の作品に目を通してくれた皆さま方に、まずは心からの感謝を




早速本題へ。みなさんは「STEINS;GATE」はご存じとは思われますが、「うみねこの鳴くころに」はご存じでしょうか。

私かっこうはこの二作品に心奪われました。

文章による絶対の真実。にもかかわらず発生する矛盾的状況。これらをただ否定するのではなく。己の中で状況を確認。登場人物の台詞。状況。考え方。でも決して全てをそれに頼ってはいけない。その人物の先入観や、それによる台詞に引っ張られないようにする。なにが絶対の真実で、なにがひっかけなのか。真実の中の向け道等、私はこの二作をとおして読み手の思考、考察、検証することの楽しみ方をしりました。


わかりずらい説明かもしれませんが当方の作品も読み手に自ら作品の矛盾点をみつけてもらいたいです。



皆さんが物語上感じた違和感、矛盾点を、『こう考えたら、あれ、理屈はとおるな』と

皆さまの考えを思考し、考察、検証していきながら当方の作品に目を通してくだされば、うれしいです。


このSSでシュタゲキャラとまどマギキャラをくっつけるつもりはありません!
しかし適度にイチャイチャします!『妄想トリガー』に関しては全力で!
あと微妙にまどかがヤンデレ化しています。
それでもイケルという人はどうぞ!無理という人も読んでくれたら幸いです

このSSは厨二全開です!




そして、いつかこの作品が完結したとき『こういう結果になったか』『自分の考えはこうなったな』『結局矛盾したまま終わりやがった』等の、感想をいただけたらと、日々思いながら投稿していきたいです。




[28390] 世界線x.xxxxxx
Name: かっこう◆7172c748 ID:3f6e4993
Date: 2011/06/17 21:12
世界線 ×、××××××


「・・・・・ッ、はぁ、はぁっ、ぐぅ」

声が聞こえる。男が一人、ただ一人。血を口から滲ませながら大地に手をついている。男は戦い続け、今死を迎えようとしている。指は折れ、手足は裂け、体は満身創痍、呼吸は度々途切れ、意識は気を緩めるものならすぐにでも失い二度と起き上がれることは無いだろう。男は何度も命を賭して戦い続けた、でも、それでも失った、失ったものが大きすぎた、失ったものが多すぎた。だから戦うと決めた、過去を、未来を変えるため、何があろうと、何度繰り返そうと、その過程で、避けえない、孤独と破滅が待っていると理解していながら。

『・・・・・・・・・・・・キョ―マ』

とん、男しかいなかった場所に別の存在が現れた。それは重さを感じさせない身軽さで男のそばにかけより大地から手を離すことができない男の顔を見上げた。

『キョ―マ、まだ意識はあるかい?』

その声の持ち主は人語を解しながら人間ではなかった。一見にはクレーンゲームの商品にありそうな白いヌイグルミだろうか、四本の短い足を持ち、二十㎝ほどの体にその倍ほどある狐のような尻尾もつ、丸い顔にはこれまた丸い赤い瞳、愛らしい口、二つある三角の耳から筆のような毛が一房ずつのびていた。その姿は朝の子供番組、魔法少女に出てくるマスコットのようだった。


「・・・・・・ああ、・・・ッ、キュウべえか?」

男は、キョ―マと呼ばれた死に掛けの青年は白い生き物に返事をした。

『・・・もう目も見えていないようだね。まあ耳さえ無事なら報告はできるから君はいいのかな?』

青年はもちろんキュウべえと呼ばれた生き物も青年の命が尽きるのを理解している、もはや奇跡や魔法が無い限り青年の死は時間の問題だろう。そして彼らは奇跡も魔法も存在していることを知っている。キュウべえは奇跡の代償と共に魔法を少女に与える者として、キョ―マはそんなキュウべえと少女達とかかわっていくなかで知っている。

「・・・そうッ、・・だな、目が見えなくても聞こえるし、内容を・・・、理解す・・ッ、こともできる。」

しかし、ここには奇跡と魔法が使える少女達はいない。いや、一時間ほど前には五人はいた。皆キョ―マとキュウべえの知り合いだ。彼女達がいまのキョ―マの姿をみれば誰もが奇跡を願い、魔法を望むだろう。でも彼女たちはいない、先ほどまで残っていた最後の一人もいない。

「そうか、・・・・悪いな・・最後ま・・で、・・損な・・役回りで。」

『暁美ほむらには最初からうとまれていたから特におもうことないよ。・・・ただ。』

ゆえに彼らはもう助からないことを理解している。

「・・・・?。」

『君のリーディング・シュタイナーは移動後の世界線を観測できる、今日までの記憶を保持できる。でも暁美ほむらは時間逆行、タイムリープこそ君より精度は高いけど彼女にはリーディング・シュタイナーはない。ゆえに世界線が移動すれば記憶はなくなる。そして君の持つ「未来ガジェット」のタイムリープマシンは記憶の逆行だけでなくリーディング・シュタイナーに蓄積されたこれまでの君の繰り返しの戦いがあった数多の世界線に引っ張られてしまうことが確認できているんだろ?逆行と共におこる世界線の移動、キョ―マ、それが何を意味するか誰よりも解っているはずだ。世界線の移動、再構築はこの世界線の暁美ほむらの繰り返しの時をすべてなかったことにする。』

暁美ほむら、彼女はたった一人の少女を助けるためにこの世界線の歴史を何度も繰り返している。ただ一人で、過去を変え、望むべき未来のために、親友である少女との約束のため、何より自分の願いのために、たとえ今、この瞬間まで人生を歩んできた世界中で生きているすべての人を巻き添えにしても―――。それは独善で、それは決して許されない。彼女はそれを理解しているだろうか?いや、理解してなお彼女は繰り返すだろう。

かつての自分のように。

理解した時にくる、一人の女の子が背負うには大きすぎる罪悪感、自分以外は誰も知らない未来の記憶、それにともなう孤独、かつての自分のように、――否。
かつて自分には仲間がいた。何度時間を逆行し、世界線を越えようとも自身の話に耳を傾け打開策を提示してくれた。いつもの妄言と貶すことなく、世界再構成によるこれまでの経験努力人生がリセットされると理解しながら、過去、未来を共に歩いてくれた。戦ってくれた。だから戦えた、だから立ち上がれた、諦めても誰も責めることはできないだろう、逃げても誰にも文句はいえないだろう、何度も死に掛け、何度も心が折れた、それでも戦えた。彼女達が支えてくれた。言葉で、行動で、想いで。何度も何度も――――だから、だから戦って戦って戦って戦い続けた。だから辿りつけた。辿りつけさせることができた。『シュタインズ・ゲート』に。

だが暁美ほむらの場合は話を聞く限り最悪だった。時間を繰り返すほど元の仲間との齟齬が生まれ、話を信じてもらえず、尊敬する先輩、親友の少女から孤独を味わった。結果二人とも助けきれなかった。何度も繰り返した。真実を話し信じてくれた。結果、真実に耐えきれず仲間割れ、助けきれなかった。何度も繰り返した。この手で―――、助けきれなかった。何度も繰り返した。助けきれなかった。何度も繰り返した。

『それでも暁美ほむらは君と出会い、皆とここまでたどり着いた。巴マミは脱落せず、美樹さやかは絶望せず、佐倉杏子が加わり、彼女がいうには過去最高の戦力に辿りついたらしいじゃないか。今回は駄目でも次は鹿目まどかを助けきれるかもしれないよ?何より彼女はタイムリープ後に君がいるから、「記憶を保持している君」が、もう一人じゃないという希望、いままでなしえなかった「――――わかっている」・・・・・・・』

彼女の努力を、後悔を、孤独を、――そして希望を、俺は―――、無かったことにしようとしている。いや、無かったことにするのだ。彼女のこれまでを踏みにじっても、皆から恨まれようとも、俺は跳ぶ。

この新しい世界線で出会ったラボメンのみんなを助けるために。

『君がその決断をするということは、つまり世界線の収束かい?』

「・・・・ああ、お前にはッ、・・話したな、そうだ、このままでは・・・だれも、・・生き残れない」

そしてなによりタイムリープした暁美ほむらの世界線にはキョ―マ、「岡部倫太郎」は存在しない。できない。―――それは、それは本来ならありえない。だから跳ぶ。本来の因果ならいるはずの自分が、過去に確かに存在するはずの自分が、いなければタイムリープができない。ゆえに別の世界線の自分にタイムリープしなければならない。

岡部倫太郎は同じ世界線に存在できない。――――暁美ほむらに話していない真実。知れば希望を抱いた彼女はもう―――。

「だから、・・いく、 もう・・・、もたない・・みたいだ。」

『・・・・わかったよ。キョ―マ、むこうの僕にもよろしくね』

「もちろんだ。忘れるな・・・・・お前も、ラボメンなのだから。」




もう動くことのない青年の前で、本来は人間のような感情を持たないキュウべえ、「インキュベーター」は、滅びゆく世界の空見上げ―――――。

『さようなら、<オカリン>ボクの、ボク達の―――――――――










[28390] 世界線0.091015→x.091015 ①
Name: かっこう◆7172c748 ID:3f6e4993
Date: 2011/06/18 01:20
世界線 0.091015


それは叫びだった。
―――――叫びかもしれなかった。それは叫びとは言えないかもしれなかった。それは叫んだ本人の近くにいた人間にも解らなかったほど小さな叫び。仮に場所が満員のエレベーター内でも誰にも聞こえない、小さな、吐息のような小さな言葉。ゆえにそれは叫びとは言えないかもしれない。
それでも少女にはそれが聴こえた―。聞いているだけで身がすくみ、目をそらし、耳を塞ぎたくなる―――――、ただ一言の、決して表にはださないときめた。小さな小さな、本人すらきずかないその絶叫が――――聴こえた。


ならばそれは、きっと叫びだったのだろう。


世界線x.091015



「・・・・朝か」

カーテンの隙間から朝日が差し込む。脳に突き刺すような―――――、跳ぶたびに感じる。もはや『慣れた』痛みに顔をしかめながら長身の青年、「岡部倫太郎」は寝床にしていたソファーか体をほぐしながら立ち上がる。

「・・・・・・・・・・」

目をつむり、記憶をよびおこす。たった数瞬前まであったはるか未来という矛盾を。失ってしまった大切な、かけがえのない人たちを、もう、決してもどらない思い出を。

「・・・・・・・・それでも俺は戦おう。」

岡部は部屋を見渡す。この世界線の自分の状況を知るために。

「何故ならば、この俺は―――」

確認すべきはこの部屋にある折りたたみ式ベット。

「世界を混沌に導き―――、世界を創りかえる――――」

我が右腕キュウべえ。リアルホームレス中学生であるバイト戦士・「佐倉杏子」。そのオトモの小動物・「ゆま」。癒しの掌をもつ閃光の指圧師・「飛鳥ユウリ」。―――――はいない。この世界線では彼女たちとはまだ出会っていないのだろうか?

「狂気のマッドサイエンティスト―――――――」

かまわない。それは諦める理由にはなりえない。――――というか、いたらいたらでちょっと困る。キュウべえはともかく、自分が人道を外すとはおもわないが――――数多にある世界線の数だけ可能性はある。ゆえに、だからこそ、念のために、大丈夫だとしても、――――――いや、この世界線の俺を信じている。信じている。うん。二回いったから大丈夫だ。

――――さあ、今のところ我がラボに寝泊まりしているラボメンはいない。たまたまいないのか、まだ知りあってもいないのか――――。それを確かめに外にでるためドアノブをつかむ。

そのさきは、繰り返される絶望がまっているかもしれない戦いの日々、それでも彼は、岡部倫太郎は

「そう、俺の名は――――――――」

あの涙も、あの痛みも、あの記憶も、意味があったと信じているから、もう一度呼び起こす。彼を、世界を変え続けたもうひとりの自分、やさしいやさしい救世主。

「鳳凰院 凶真なのだから。」

外の世界へと足を己の意思で再び歩みだした。



やさしい救世主は知らない。ドアノブに手をかけた瞬間から、ラボメンである大切な少女から、先ほどまで感じていた頭痛を忘れるほどの苦しみを与えられることを、彼は――――知るよしもなかった。



「いってきまーーーーす。」

鹿目まどか。見滝原中学校に通う中学2年生の少女。150㎝未満の身長と、桃色の髪をツインテールにしている可愛らしい少女は、学生が登校するにはやや早い時間帯に家族に声をかけ家をでる。

「キョ―マ君へのお弁当忘れていますよ」

そしてすぐにUターン。父、鹿目和久から慌てて弁当を受け取る。

「あ、ありがとうお父さん。じゃ、じゃいってくるね」

「はい、気をつけていってらっしゃい。キョ―マ君にもよろしくね。」

「まろかーー。いってら・・?・・らしゃい?」

恥ずかしかったのか、若干頬を染めながら父と半分寝ているであろう弟タツヤに手を振って今度こそ家をでる。母親はまだ寝ているのだろうか?。

目的地はここからそう離れていない古びた二階建ての建物。一階は数年前からシャッターが下りている。まどかは建物にたどり着くと外側にある階段からニ階にスキップをするように駆け上がる。普段の彼女を知るものが見れば首を傾げるかもしれない。

「ふんふんふ~ん♪。オカリン起きてるかな~、昨日帰ってきてからすぐ寝るんだから。今日こそちゃんとお話きかせてもらうんだから」

彼女、まどかは赤いチェックの制服のスカートからこの部屋のマスターキーを取り出す。―――――部屋の住民が持つのがスペアキーという謎の上下関係が発生。

「おっはよ~~~オカリン。朝だよ~~~~♪」

その程度のことに、まどかは疑問を感じることなく勝手知ったるドアノブを「いきおいよく」あける。そのさい鈍い音が響いたが、朝早いのが関係あるのか、テンションが高い彼女は気づかなかった。結果、中学生の女の子の前で、土下座をしているような恰好で鼻をおさえている青年という混沌が発生していた。

「トゥットゥル~~~」という幻聴と共に寝起きの頭痛がとんでいった青年、岡部倫太郎にして、狂気のマッドサイエンティスト・鳳凰院凶真は電源の切れている深紅の携帯を耳にあてつぶやく。

「・・・・・・ッ、ああ、俺だ。どうやら機関からの攻撃をうけている。」

「ん~?オカリンは朝から何と戦っているの?」




「・・・・・・これが<シュタインズ・ゲート>の選択か。エル・プサイ・コングルゥ」






















[28390] 世界線0.091015→x.091015 ②
Name: かっこう◆7172c748 ID:3f6e4993
Date: 2011/06/28 21:37
世界線0.091015


―――――――もう無理だよ

黙れ

「暁美ほむらです」

何度目の自己紹介だろうか。いつもと同じガラス張りの変わった教室で、変わり映えのしないクラスメイト。変化の無い質問、回答。同じ授業、同じ時間。

―――――――無茶だよ

うるさい

「保険室まで案内してくれる」

何度目の再開だろうか。いつもと同じ席、いつものメンツ。

――――――もう無駄だよ

騒ぐな

「ほむらでいいわ」

何度目のやり取りだろうか。いつもと同じ――――――いや、魔法少女ではない鹿目まどかは、自分のことを過小評価しているようにみえる。私のことを自信なさげにみつめる。

―――――――誰も私をみてくれない

喚くな

「鹿目まどか、あなたには――――――

―――――――だって私は、ここにいる私は、世界でただ一人の放浪者。そして―

やめろ やめろ

「あなたには、大切な―――

―――――――尊敬するマミさんも、声を掛けてくれた美樹さやかも、協力してくれた杏子も見殺しにして―

やめろ やめて これ以上は

「た、たい・・たいせつ・・・ッ、・・・・たい――

―――――――まどかさえも、この手で――

やめろやめろやめろだまれだまれしゃべるなわめくなほざくなあきらめたぶんざいでさけぶなわたしはまだやれるあきらめないあがくぜったいたすけてみせるなんどくりかえしてもなんどだって―――

―――――――殺すの?また?なんどでも?彼女を?この手で?

指先が震える。声がどもる。視線をまどかにむけられない。体の感覚がぐらつく。今まで何度だって繰り返してきたのに。私は―――。

いけない。だめだ、この感情はだめだ。これがでてきたらもう保てない。動けない。耐えろ。今はたえろ、まどかを助ける。私はもどるんだ。彼女達と共にいたあのころに。

―――――――戻れるの?

「―――――ッ」

暁美ほむら。友達――――鹿目まどかの不遇の未来をかえるため何度も時を繰り返し、そのたびに絶望をあじわった。それでも絶望を払いのけここまできた。そして、繰り返すたびに、まどかとの関係がはなれていく。諦めず今度こそ乗り越えてみせると繰り返すたびに、仲間のもとから、この身は孤独になっていく。

(だめ、弱気になるな。私はまどかをたすける。たとえ無限の時間に閉じ込められても絶対にわたし――――――

「えっと、ほむら・・・ちゃんと、私ってさ、どこかで会ったことあったけ?」

「~~~~~~~~~~~~~~~~ッ」










――――――――――――――絶叫

まどか、まどかまどかまどか―――――――――――私はいるよ ここだよ ここにいるよ 目の前に――――いるんだよ やだ やだやだやだ やめて そんな目で そんな声で よくしらない他人のように接しないで 私は 私は――――――――ここにいるんだよ まどか――――もう もう一人はいやだよ 寂しいよ 怖いよ







「・・・・・・・・・・・・・・・助けて」






一人はもういやだよ


それは叫びだった。
―――――叫びかもしれなかった。それは叫びとは言えないかもしれなかった。それは叫んだ本人の近くにいた人間にも解らなかったほど小さな叫び。仮に場所が満員のエレベーター内でも誰にも聞こえない、小さな、吐息のような小さな言葉。ゆえにそれは叫びとは言えないかもしれない。

―――――――私のしてきたことは、私の願いは、無理だったの?無茶だったの?無駄だったの?












リーディング・シュタイナー
世界線を観測する岡部倫太郎の有する力。世界線の移動にともなう記憶の再構築を受けぬかわりに、移動前の世界線での記憶を保持することができる。本来はありえない現象。過去が変われば世界線は移動する。過去が変われば未来、つまり現在が変わる。過去を変えた時からの現在までの経験が変わる。右の道に進む過去を、左の道に進む過去に変えれば、右の道に進んだ経験は消去され、左の道に進んだ現在までの経験しか残らない。右の道に進んだ記憶は、世界線の移動とともに、左の道に進んだ記憶に再構築される。ゆえに、リーディング・シュタイナーをもたないものは移動前の記憶を保持できない。



かつて岡部倫太郎の仲間はいった。

『みたこともないのに、きいたこともないのに、何故か知っていたり。見たことがあるように感じる――――デジャブってやつ?それは別の世界線での経験を少なからず覚えているのかもしれないよね――――――つまりリーディング・シュタイナーは誰しもが持っている可能性があるね』




それは叫びだった。
―――――叫びかもしれなかった。それは叫びとは言えないかもしれなかった。それは叫んだ本人の近くにいた人間にも解らなかったほど小さな叫び。仮に場所が満員のエレベーター内でも誰にも聞こえない、小さな、吐息のような小さな言葉。ゆえにそれは叫びとは言えないかもしれない。

――――ほむらの脳裏に聞いたことのない言葉がきこえる

『無理だったかもしれない。無茶だったのかもしれない。でも―』

それでも少女には,鹿目まどかにはそれが聴こえた―。聞いているだけで身がすくみ、目をそらし、耳を塞ぎたくなる―――――、ただ一言の、決して表にはださないときめた。小さな小さな、本人すらきずかないその絶叫が――――聴こえた。

――――知らない青年の声

『絶対に無駄なんかじゃ無かった。』

だから――――世界は――――

世界線0.091015 → 0.954815




「助けるよ。ほむらちゃん」


世界線0.954815 → 1.264856


越える。



「私は、ほむらちゃんをたすける」



世界線1.264856 → 4.687157


声が聴こえる。



世界線4.687157 → 7.684265


まどかの表情はいつか、どこかでみた。―――自信に満ちている―――大好きなやさしい笑顔



世界線7.684265 → 世界線9.678541


「私は――――― 『俺は―――――



世界線9.678541 →


「ほむらちゃんと―――――   『君と――――――




「ここに―――  『ともに―――





世界線x.091015














[28390] 世界線0.091015→x.091015 ③
Name: かっこう◆7172c748 ID:3f6e4993
Date: 2011/06/22 03:15
世界線x.091015



トゥットゥル~~~

「・・・・・・・・むう。」

あの後、この世界線での自分の立ち位置を知る為に、まどかと朝食(鹿目和久作弁当)をとり、世間話ながら探りをいれる。自分とまどかは幼馴染。これはよし、現在共に市立見滝原中学校に向かっている。

幼馴染との学校までの散歩ではない。かといって学生でもない。当然だ、この世界での姿は自分の元いた世界の時よりも若返っている。記憶がたしかなら、今の年齢は18~20といったところか。これで中学生としてつとめてみろ。ただでさえ実年齢よりも上にみられることが多いのだ。トラウマが新たに刻まれるだろう。

つまり俺は市立見滝原中学に散歩や登校ではなく出勤するために歩いているのだ。警備員や清掃員ではなく「教師」として鞭をとるのだ。むろん正職員ではなく、臨時のバイトのようなものだ。特別課外授業の一環で外からの人間を招き生徒達に・・・・・簡単にいえば様々な授業を受けていろいろ経験しろ。といったものだ。自分が採用されたのは外部の人間、何も全員が大学の教授じゃなくて、高校生や、地域の大人など、文字どおりいろんな人間を採用していて、職員に鹿目夫妻の友人がおり、そこからの推薦があったのだ。・・・鹿目夫妻には頭があがらないな。

あの世界の我が右腕{マイ・フェイバリット ライトアームズ}にしてHENTAI紳士、スーパーハカ―、頼りになる男、大切なラボメン――――、奴なら喜ぶだろうか?。

話がそれた、ともかく俺は臨時教師だ。―――これも問題無い。すでに別の世界線で経験済みだ。まどかに聞いたところ授業内容も変化はみられないし大丈夫だろう。

「さやかちゃ~ん。仁美ちゃ~ん。おっはよーーー」

「おはよ、まどか、岡部さん。」

「おはようございます。まどかさん、岡部先生。」

まどかが、前を歩いている生徒に声をかけ早足でおいつく。美樹さやか。志筑仁美。まどかの同級生、クラスメイト。自分の受け持ちの生徒。

「おはよう英雄殿&お嬢。元気そうでなによりだ。課題の方は大丈夫だろうな?あと二人とも俺の事は鳳凰院先生と――――、」

「はあ、相変わらず人のことを変な仇名で呼ぶよね。しばらく休んでたのはそれを治すためじゃなかったの?」

「―――もう、さやかさん。年上の方に失礼ですよ。すいません鳳凰院先生。課題の方は・・・一応?大丈夫かと」

さやかは呆れ顔、志筑仁美はやや困った顔で返答する。きっといつものやりとり、でも大切な時間、だから俺はこう返すんだろう、きっといつものように―――――。

「フゥ~~~~~ハハハハハハ。その強気のs「オカリン、朝から大きな声はダメだよ」――――むう。」

まどかの正論に沈黙してしまう。たしかにまだ早い時間帯といえなくもないし口を閉じる。しかし、このての世界線でのまどかは俺に対して意外と強気というか何というかツッコミがよくある。幼馴染効果だろうか、朝探りをいれて感じたときは、キュウべえとまだ契約はしていない。魔法少女になっていないまどかは大抵の場合引っ込み思案の女の子だったが――――。まあいい。元気があるのはいいことだ。そうゆう世界線も無かったわけじゃない。

「相変わらずだね~~~~。」

「仲が良くて羨ましいですわ。」

「うん。幼馴染だからね。」

「だがしかし、まどかは私の嫁なのだーーーー・」

「きゃあ、――もうさやかちゃんったら」

「あらあら、ふふ。」

三人の楽しいそうな声がきこえる。いくつもの世界線できいてきた声。大切な時間。守ってみせる。だから暁美ほむら。彼女が転校してくる前に確認すべきことをすませておかなくてはならない。――――特に美国織莉子。未来視の魔眼をもつ彼女の存在は不安と期待の両方だ。彼女が現れる世界線はそう多くはない。しかしほとんどの場合がラボメンの命に関わるから楽観はできない。ゆえにすぐにでも確認したいところだが―――――――



『おっはよ~~~、オカリン』

『オカリン、トゥットゥル~~~』


まどかの、あの朝の挨拶をきいてから、どうも元の世界の幼馴染の口癖が幻聴になって頭にさっきからリピートしている。

(落ち着け―――――と、いったところか。―――そうだな、時間はある。今はこの時間を大切にしよう。)

余裕がある。というわけではないが、あせって失敗してもしかたがない。今は何よりこの時を無視してまで動くことはない。この温かな気持ちに今は身を委ねようと、岡部は三人のやりとりに視線をむけ、「ふう、」と息を吐き、この大切な時間を眺めていた。



「「「・・・・・・・・・・・・・・・」」」

「―――ん?どうした三人共?」

気がつけば三人がこちらの様子をうかがっている。

「いや~、岡部さんってさ、私たちのことを

「たまにですけど

「とっても、やさしい顔でながめてることがあるな~~って、

「・・・・・・・・・。」

気づかれていた、というかそんな顔をしていたのかと、それも年下の女子中学生に。岡部は深紅の携帯を耳にあて―。

「――――ああ俺だ。小娘どもが俺の演技に騙されているのに気づいていない。このまま奴らを―――、なに心配するな、勝利はこちらの――――」

すこし恥ずかしく思い、岡部は鳳凰院凶真となる。そしてそれを知る彼女たちは

「はあ、まぁーたそうやって逃げる。」

「オカリンは照れ屋さんだからね~」

「そうですわね、まどかさん。」

「ええいうるさい。さっさといくぞ。」

そこには、とても温かい時間がながれていた。







――――――市立見滝原中学校 廊下

「早乙女先生。わかっていますね?」

「はい」

この学校の教頭が女性の教師、まどか達の担任、早乙女和子に確認をとる。彼女達は今、岡部の授業が行われているクラスに向かっている。彼をクビにするかどうかについて話し合うために。

「彼の授業内容は思考実験、試行錯誤による論議。ディベートのようなものと最初はきいていたが、最近は生徒達に未来ガジェットとかいうガラクタを作らせているようではないですか。ご家族から苦情がでてますよ。最近は子供が岡部先生の珍妙な言動ばかりの話をしていると、帰るなりガラクタをつくっているとね。あなたの推薦できた彼がね。」

「はい」

早乙女先生は素直に答える。言い返したい気持ちもあるが教頭の云うことも少なからずわからないでもない。特に最近生徒に作らせ始めた未来ガジェット。これがヤバい。彼がいうには、「独創的なアイディアがこれからの人生には必要でしょう・・・・・なんたら」。その結果。

美樹さやか 未来ガジェット『俺を誰だと思っている』 部屋にセットすることによりプライベートを守ります。三回ノックせずに扉をあけるとペットボトルロケットがとんでくるコンセプト

教室に配置したところ犠牲者多発。部屋は水浸し。誰も幸せになれない未来ガジェットだった。

鹿目まどか 未来ガジェット『これが私の全力全壊』 同じく部屋にセットすることによりプライベートを守ります。特定のモノ(盗まれそうなの)を正しい手順で取り出さないと大きな音を出して犯人を威嚇する防犯ブザー的なコンセプト

教室に配置したところガラス張りの壁に亀裂、保険室に駆け込む生徒多数。散々だった。

他にも似たような未来ガジェットが生産中である。それも生徒が進んで参加。もはや次の授業までの課題である。たしかに自主性はあるが、自宅でこんなのが生み出されていると知ったら、保護者の苦情もわからなくはない。

「今日の授業で彼と生徒達の様子を確かめます。問題があれば即刻クビです。」

「はい、本人には秘密にしています。抜き打ちではありますが本人もあれだけはっちゃけてたら、ある程度覚悟はあるでしょう。」

早乙女先生は真顔で嘘をはき、教室に辿りついた。岡部には抜き打ちのチェックがあることを伝えている。ゆえに今日は課題である未来ガジェットの発表を延期(どのみち彼らはやる たとえ放課後でも)し、男子と女子に分かれたディベート、討論を行っていた。ガラス張りの教室は中の様子は確認できるが声は聞こえずらい、なんの議題かはしらないがなかなか白熱している様子が窺えた。

「だから必殺技には名前を叫ばなきゃダメだろ、常識的に考えて」「どうして人はパンツをはくんだ」「絆創膏の英語がファーストエイドなのが納得いかないの。ゲームで使ってて意味知ったらとてもショックだったわ。」「私達がガンダ―

「とても白熱してますね教頭先生。」

「彼は生徒を焚きつけるのがうまいわね。・・・・そこは評価していいかしら。」

防弾性の高いガラス(たび重なる修理による強化)により岡部の職生活は助かっていた。日々の積み重ねである。

しばらく授業風景を眺めていると授業終了の鐘がなり、教室から岡部がでてくる。

「これは教頭先生、どうなされました?」

「はあ、なにちょっと話がしたくてね。」

これはいつものどおりだな~と、早乙女は思った。教頭も知っているのだ。彼、岡部倫太郎、鳳凰院凶真は

「ではしばしお待ちを、それでは諸君。この俺鳳凰院凶真の授業は終了だ。」

彼は生徒達に右手をまっすぐ向け、左手を人差し指を額にくっつけポーズをきめ、声を出す。生徒が皆、岡部に顔を向ける。いつものように、授業終了のあいさつを。


「エル」


家で岡部先生の珍妙話ばかりするほど


『『『『『『『プサイ』』』』』』』』生徒一同


彼は、


『『『『『『『『『『コングルゥ』』』』』』』』』』 岡部 生徒一同



生徒に人気があるのだ。







「「・・・はあ」

教頭先生と共に私は今日もため息をはいた。











思考 考察 検証 ―――あとがき

当方の作品に目を通してくれた皆さま方に、まずは心からの感謝を




早速本題へ。みなさんは「STEINS;GATE」はご存じとは思われますが、「うみねこの鳴くころに」はご存じでしょうか。

私かっこうはこの二作品に心奪われました。

文章による絶対の真実。にもかかわらず発生する矛盾的状況。これらをただ否定するのではなく。己の中で状況を確認。登場人物の台詞。状況。考え方。でも決して全てをそれに頼ってはいけない。その人物の先入観や、それによる台詞に引っ張られないようにする。なにが絶対の真実で、なにがひっかけなのか。真実の中の向け道等、私はこの二作をとおして読み手の思考、考察、検証することの楽しみ方をしりました。


わかりずらい説明かもしれませんが当方の作品も読み手に自ら作品の矛盾点をみつけてもらいたいです。



皆さんが物語上感じた違和感、矛盾点を、『こう考えたら、あれ、理屈はとおるな』と

皆さまの考えを思考し、考察、検証していきながら当方の作品に目を通してくだされば、うれしいです。




そして、いつかこの作品が完結したとき『こういう結果になったか』『自分の考えはこうなったな』『結局矛盾したまま終わりやがった』等の、感想をいただけたらと、日々思いながら投稿していきたいです。











[28390] 世界線x.091015 「巴マミ」①
Name: かっこう◆7172c748 ID:3f6e4993
Date: 2011/07/01 13:56
世界線 x.091015


私、巴マミは

「・・・・やっと、・・・やっと会えた。」

中学三年生で、魔法少女で、

「俺は―、・・・・君をずっと探していた。

最近胸の大きさに悩んでいて

「―――――――てほしくて」

今年上の男性から、

「でも―――――――あって、何故か――――――で、」

学校の有名な臨時講師から

「だけどこうやって・・・・ッ。君に――――」

今まさに全ての問題、障害を突破してきたような真剣な顔で

「巴マミ」
「は、はい?」

私の目をまっすぐ見詰めながら

「―――――――――――俺と一緒にいてほしい。」



友達とか告白をとばして生まれて初めて求愛されました。










数時間前 見滝原中学校玄関付近
――――――――ヤンデレ魔法少女とエンカウント。

・・・・・・・・最初から話そう。教頭先生との会話(未来ガジェット創作での注意・保護者からの苦情等の報告)を終え、今日の授業を全て消化した俺は暁美ほむらが転校してくる前に他の魔法少女とのコンタクトを果たすために三年生のいる教室に足をむけた。目的の人物の名は「巴マミ」。金髪縦ロールの、おそらくこの世界線でもすでに魔法少女として活動しているであろう少女。

「休み?」
「はい、巴さん今日は風邪でお休みって朝担任が言ってました。」

―――風邪で休み。魔法少女は普通の人間よりもずっと丈夫だ。風邪などそうそう罹らんし、変身すればすぐに完治するだろう。優等生である彼女がズル休みをするとは思えないし、おそらく魔女関係だろうか?

「・・・・・ふむ。食事中邪魔したな。ありがとう。」
「いいえ~。」
「っていうか巴さんに何の用なの鳳凰院先生?」
「あ、気になる!なになに、何かやらかしたの?」

巴マミの所在を教室でお昼の弁当をつついていた女子グループに聞いたところ、彼女は休みとの情報はつかんだ。が、いかんせん。彼女は有名だ。成績優秀、スポーツ万能、容姿も良く、物腰柔らか、面倒見もいい性格。ようするに人気があるのだ。そして会話が聴こえたのだろう。教室に残っていた生徒もこちらに集まってきて次々に言葉を発する。

「何々?巴さんがどうしたって?」「なんか鳳凰院先生がマミさんに会いにきたって。」「・・・・・逢引?」「告白か!?」「許さない、絶対にだ」「あれじゃね?先週のー」「―――ああ、未来ガジェット?」「すごかったよね~、私感動したし」「ウチワと小型扇風機で何故か壁が――――」「射線上に人、いなくてよかったよね」「自動であおいでくれるってコンセプトがな」「あの時のマミさん可愛かった」「目が点だったね」「ラブ」「ああ、ラブ」「ラブだね」[Yes we love]

気づけば教室でいかにマミが可愛かったかの討論が始まっている。彼女は皆から愛されていると実感する。このことを伝えたらきっと顔を真っ赤に恥じらうだろう。――――――すぐにでも伝えたい。「君は愛されているな」。と、やさしい彼女につたえたい。

「・・・・・まったく、相変わらずだな。」

何度も繰り返してきたこの[世界]で、もっとも仲良くなりたい人物。彼女はベテランの魔法少女であり、なにかと融通もきく、彼女はやさしく頼りになる、岡部は何度もそのやさしさに助けてもらった。だから彼女に頼ってしまう。年下の少女に頼りすぎの気もするが最早なんのそれ。それに岡部は知っている。彼女の脆さを。彼女はかっこづけで、見栄っ張りで、厨二病で、――――とても、さみしがりやだった。

巴マミは、皆の前では明るく面倒身がよく頭もいい優等生としてすごし、生徒からはもちろん、生徒の模範というべき存在として教師からも評価は高い。彼女に告白する生徒も数多くいる。そして、外では人知れず人外の魔女と戦い平和を守っている。きっと必殺技を叫ぶ彼女に危機を救ってもらった人がこの町にはたくさんいるだろう。戦う彼女の姿は美しく、彼女に憧れる人間はどれだけいるのだろうか?

そしてどれだけの人が彼女のことを知っているのだろうか?彼女は一人暮らし。両親は事故により他界している。彼女の面倒見のいいところや、魔女との戦いは彼女の性格や、戦いの「恩恵」にもよるが、そこには寂しさの裏返しもある。

彼女は寂しいのだ。一人は怖い。孤独は嫌。―――――ゆえに彼女は人の世話をやく。頼りにされたくて、寂しくないように。

聡明な彼女は気づいている。自分が寂しがり屋のことを
そして自分には勇気がないと、臆病者だと、一人ぼっちだと塞ぎこむ。

岡部も最初のころは気づかなかった。彼女はいつも明るく、余裕をもって、皆を安心させるように笑っていたから。でも何度も彼女と関わるたびに、何度も繰り返すたびに気づいた。彼女は自分で思っているより何倍も寂しがり屋だ。すこし突き放すとすぐに不安になる、気づいていないのか若干涙目だ。よくバイト戦士とからかった。――――そんな彼女を、すごく愛おしいと思う。
寂しがり屋のくせに、臆病者のくせに、誰かのために戦う彼女を―――。

彼女は守りたい人で、自分は彼女に守られていた。
彼女は助けたい人で、自分は彼女を助けきれなかった。


――――――――――会いに行こう。巴マミに。


相変わらず自分は彼女に頼りたいらしい、そして頼りにされたいらしい。君にいてほしいと伝えたいらしい。

(やれやれ、中学生相手にまるで惚れこんでるみたいだな。)

・・・・・・・あくまでも仲間として、友人としてだ。

しかし目の前で彼女の話題で盛り上がるクラスメイトを見ているとなんか悔しい。彼女はラボメン(まだ予定だが)、魔法少女のことも含め自分の方が彼女を知っている。なのに「超電磁鈴蘭なんたら」なる未来ガジェットの記憶を持たない自分は会話に参加できない。――――ゆえに。

「諸君。俺はこれで失礼する。――――エル」

『『『『『――プサイ――』』』』』

『『『『『『―――コングル―――』』』』』』


――――彼女に、巴マミに会いにいくため教室をあとにする。








巴マミはおそらく登校中に魔女の気配でも感じて街中をうろついているのだろう。ならば適当にうろついてれば彼女には会える。仮に会えなくても時間になれば彼女の住むアパートにいけばいい。不審がられるとおもうが魔法少女関連といえばなんとかなるだろう。

(とにかく一つでもグリーフシードを分けてもらわねば)

先ほどの騒動で忘れかけたが当初の目的を再確認。

グリーフシード。魔女が孕んでいる黒い宝石状の物質。魔法少女は魔法を使用するとソウルジェム、各魔法少女がもつ魔法少女の証にして魔法の源。これは魔法を使用すると(宝石状のソウルジェム内に)穢れがたまる。穢れがたまるほど魔法の効率がわるくなる。グリーフシードはソウルジェムに溜まった穢れをこれに移し替えることで、再び魔法を使えるようになる。

岡部が求めているのはこれだ。ソウルジェムを持たない岡部には必要ないと、魔法少女以外には無用の長物と思われるが岡部には必要だ。他の魔法少女への交渉用――――では無く。戦うために。

(しばらくは他の世界線での経験上必要ないと思うが、同じ世界線でない以上油断は禁物だ。あるにこしたことはないだろう。)

まずは学校からでるため玄関に向かう。

そこで

「・・・・ん?そこの生徒、授業はそろそろ始まるぞ。」

玄関に向かう途中に女子生徒を見かけ岡部は臨時(バイト)とはいえ一応教師として声をかける。

岡部の声に背をむけていた女子生徒は振り返る。左側につけたヘアピン。裾から覗くシャツ、リストバンド、靴下はみな左右バラバラ。

(・・・・・・・なんか不吉な予感が)

それらは決してだらしのない印象ではなく。

(・・・うん。逃げよう。俺の会いたい魔法少女は巴マミ。マミマミだ)

黒髪の―――どこか浮世離れした、美少女といってもいい彼女には似合っていた。

「?・・・・・・・・ああ、なんだオカリン先生じゃないか。私はこれから緒莉子に会いに―――って、なんで急に逃げるんだい?―――――――ッと、捕まえた。さあ正当な理由を述べよ。でないと私は腐って拗ねて織莉子にいいつける――――」

「うお、わ、わか、わかった。わかったから離れろ抱きつくな。あの距離を一瞬でつめるな哀戦士。」

彼女、「哀戦士・呉(くれ)キリカ」が振り向く直前には来た道を全力で逆走しはじめた(この時点で7メートルはあった)が、岡部が逆走していることに気づくと2秒もかからずに岡部の背後まで追いつき背中から彼を逃がさないように飛びついてきた。その際、岡部の背中にはやわらかい感触があったのだが、彼にはその感触に浸る時間も気づく余裕もなかった。

(しまった。この学校にはこいつが――、)

呉キリカ。見滝原中学にいるもう一人の魔法少女。彼女の戦闘能力は高い。魔法で創った足まで届く鋭い三本の爪。その一振りは並みの魔女なら一撃。元からの身体能力による素早さ、さらに相手の時間を遅滞させる独自の魔法。一対一の戦闘で彼女に勝つのは難しいだろう。パートナーの魔法少女と組まれたら勝算の――――。

「愛戦士。なんて嬉しい言葉だ。」

自分にしがみ付く少女。味方ならどんなに頼もしいだろうか。だが簡単にはそうはいかない。

数多の世界線で岡部は何度も彼女に殺されかけている。油断はできない。

「・・・哀戦士?」
「うむ、愛戦士だオカリン先生」

彼女はパートナーの少女を狂的なまでに溺愛している。彼女の障害になるものには一切の遠慮、加減、容赦をしない。彼女のためなら同じ魔法少女でも殺す。「愛」について独自の考えをもっていて「愛は無限に、有限だ。」を合言葉に呉キリカとの会話にはいつ戦闘に発展するかわからないので注意が必要だ。

(今戦いになれば何もできんぞ、―――――しかし何だ?これまでの世界線と様子が?)
「哀戦士よ、すこしいいか?」
「ん?なんだオカリン先生、・・・・ああなるほど、前からがいいのだな。心得た。君は大胆だな」
「ええい違うは馬鹿者め。」

いそいそと岡部の正面に回り込むキリカを岡部は引き剥がす。

(なんでこんなになれなれしいんだ?オカリンとか呼んでるし、)

あまりにも自然にくっ付いてくる。ようやくこの「魔法のある世界」に「元の世界」、この世界に因果の無い自分にもようやく因果というものが定着してきたと、時間の繰り返しの中べ漠然と感じてきたというのに、それが妙な方向に向かっているような気がする。

「なんだ、つれないではないか。私とオカリン先生の仲ではないか。」
「どんな仲だ。それに俺はオカリンではない、鳳凰院凶―――
「あの愛らしい生徒が『オカリン』と呼んでいるではないか。」
「・・・・・・・まどか、か。はあー」

この世界線の幼馴染は―――――

「ふう」。岡部はため息をつき冷静になる。どうやらこの世界線の彼女とは「まだ」敵対関係にはないらしい。
それでも油断はできない。どこか壊れている哀戦士はパートナーの彼女のためなら顔見知りでも殺す。殺せるのだ。いつかの世界線で彼女は学校の皆を巻き込んだ殺戮を行ったこともある。そう簡単に安心はできない。

「まあいい、授業のにはなるべくちゃんと出ろよ哀戦士、留年するぞ」
「それは困る。緒莉子と同じ高校に通いたい。」
「ならば少しは勉学に励むことだ。俺はもう講義がないのでな、これで失礼させてもらうぞ」

もう少し彼女との会話で情報を集めたいがグリーフシードが無くては何かあった時に対応できない。
ゆえに当初の目的、巴マミの探索にうつるべく会話をきる。―――それに。

「むう、もう少し会話のキャッチボールをしようよ、私は織莉子以外にあまり話し相手がいないのだ~よ」
「口調が変だぞ哀戦士。すまんが急ぎの用件があってな、また今度だ。」
「・・・・わかった。また今度、その時は『また』―――――

彼女、呉キリカも、パートナーの「美国織莉子」も本来はやさしい少女だ。ほとんど殺しあいの敵対者でしかなかったが、彼女達と協力した世界線もたしかにあったのだ。ならばきっと彼女たちとも

(彼女達と解りあえると信じて――――――

信じて。岡部は世界に――――裏切られる

「あの夜のようにお互いの愛を語り合おうオカリン先生。」
「ぴょッ?」










世界が凍った。世界は凍った。


岡部は気づいてなかったが二人のやりとりを眺めていた者は以外といた(岡部は何かと有名人だ)。聞き耳をたてていた生徒は固まり、近くを通りかかった職員は運んでいた教材を落とし、鐘が鳴る前に教室に戻ろうと走っていた生徒はそのまま壁に突っ込んだ。――――――岡部は思考が固まり社会性を落とし、今後の生活のための壁にぶつかった。

「うん。私の『愛は無限に有限』にという考え方は変わらないが、オカリン先生のいった愛の考え方には少なからず感銘をうけた。まさか私が愛について織莉子以外の他人とここまで話するとは――――――

その台詞に周りは状況を理解。

(((((((―――ああなんだ、いつものか、ああびっくりした。いやホントびっくりした!)))))))

岡部の女性関係の誤解は彼の臨時講師のバイト開始のころからあとがたたない。よくも悪くも彼は有名人で何かと噂がたつ。いつもの厨二病の台詞も奇跡的のタイミングで生徒と職員の心をうち、勘違いさせてしまう。だから今回も「それ」だろうと考えそれぞれの向かうべき場所に向かう。
そして岡部は――――

「うんうん、時に愛は弱く、儚く、一時の幻のような存在かもしれない。だが確かに――――――ん?おーーーーい、オカリン先生どこにいくのだ。まだ話は――――――」



今度こそ運命石の扉{シュタインズ・ゲート}に辿りつくために―――――――――逃げた。




そおして、夕日が沈みかけた誰もいない公園で岡部は「まどか」から届いていたメールを読み終えて時間を確認する。

16;45

メールの内容は『なんかお昼頃オカリン関係の騒ぎで職員会議寸前だったみたいだけど「いつもの」誤解で解けたみたいだから怖がらずに早くラボに帰っておいで~~~~♪』

このメールに気づくまで岡部は走り続けていた。自分の明日からの社会的状況と後ろから「愛について」だの「織莉子に」だのと聴こえてくるキリカの追跡から逃げ切るためひたすら走り続けた。気づけば16;45.
学校を出たのがお昼頃だとすれば実に3時間近く走っている。

「・・・・・時間の進み方がおかしい。・・・なぜ俺は一人でこんな時間まで全力マラソンを」

キリカからの追跡を奇跡的に振り切り、まどかのメールから「いつもの」の単語が気になるが我が身の明日は刑務所ではないらしく、また3時間あまりの運動も可能と理解できた。だが――

「・・・・・結局マミには会えず足はパンパン、たった一つの出来事でビクビクするとは――。情けないな俺は」

『帰りは遅くなるから今日は家に戻れ』と簡単なメールをまどかに送信し、公園のベンチに横になる。

(今日は無駄に、・・・いや一応有意義に?疲れたな)






体力の限界か、慣れないことでの心労か、岡部は落ちてくるまぶたに抗うことができなっかた。
そして、岡部が寝息をつき始めた時、公園に彼女が現れた。

「あら、鳳凰院先生?」

魔女探索を終えてこれから帰宅しようと公園を通りかかった「巴マミ」は、学校で話題沸騰の臨時講師をみつけた。
――――?
どうしてこんな所で?まだ本格的に寒いというわけではないがこの時間帯は肌寒い。こんな所で寝ていては風邪をひいてしまう。

「えと、先生起きて・・・起きてください。風邪を引きますよ。鳳凰院先生」

ゆさゆさと体を揺らすと岡部は身を震わせゆっくりと体を起こす。まだ寝ぼけているのか視線が危うい。

「あ、あの、大丈夫で―――――



「・・・・やっと、・・・やっと会えた。」
「え?」

マミの言葉を目の前の青年の言葉が遮る。

「俺は―、・・・・君をずっと探していた。」

まだどこか眠たげな視線だったが、途切れ途切れの言葉だったが、私、巴マミは

「―――――――てほしくて」

そこには確かな意思と

「でも―――――――あって、何故か――――――で、」

今まさに全ての問題、障害を突破してきたような真剣な顔と

「だけどこうやって・・・・ッ。君に――――」

やさしい笑顔で

「巴マミ」
「は、はい?」

私の目をまっすぐ見詰めながら

「―――――――――――俺と一緒にいてほしい。」



友達とか告白をとばして生まれて初めて求愛されました。そして――――



「・・・ふ?ふにゃ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~う!!?」

ボシュウッ、顔どころか体中を真っ赤にして公園の真ん中で、いままで出したことのない奇声を大声で発していた。







「・・・・・・・はッ!?」
「ん?どうしたまどか」
「なんかオカリンがかつてない程の勘違いをさせているような?」
「・・・・・・あーうん。またかい、岡部の奴、次から次えと飽きもせず」
「まあキョ―マ君には自覚がないんでしょうけどね」
「・・・立ち悪いよな、相変わらず。しかし相変わらず感度いいな岡部レーダー。」
「幼馴染だもん。・・・・大丈夫かな~オカリン?」










[28390] 世界線x.091015 「巴マミ」②
Name: かっこう◆7172c748 ID:3f6e4993
Date: 2011/07/02 00:00
世界線x.091015


見滝原中学校三年のとある教室は現在混沌と化していた。

「・・・・・うにゃぅ///」ポテッ
「わーーーマミさんしっかりーーー」
「なぜここでクロスカウンター?」
「これは・・・・もう、駄目だな」
「まさかのオーバーキル」
「無自覚でよくもここまで・・・・・」
「大丈夫かマ――――
「もうやめてオカリン先生、巴さんのライフはもう0よ」
「俺はオカリ―――
「それはいいから、衛生兵、衛生兵はいないのかーーー」
「・・・・・ちくしょう。巴が超可愛い・・・・鳳凰院の野郎、・・・・本当に・・・・ありがとう」
「「「ですよねーw」」」
「きゅ?・・・きゅきゅ・・ッ!うきゅう」シュウ~~~・・・
「あ、痙攣してきた。」
「くそ、いったい何がおこって―――――

『『『『『『いや、全部あんたのせいだから』』』』』』




昨日
岡部はヤンデレとの闘争(逃走)をのりきり、明日の我が身を手に入れ(刑務所回避)、ついに公園でマミと出会えた(というかむこうから来た)。
そこまではよかったのだが、岡部は――――全力で暴走した



「・・・・やっと、・・・やっと会えた。」

この世界線からの数々の試練に耐え

「俺は―、・・・・君をずっと探していた。」

巴マミ、俺の捜し人

「(話を聞い)てほしくて」

この世界で何度も助けられて助けられなかった人

「でも(ヤンデレ魔法少女に)あって、何故か(刑務所いきになりかけるわ)で、」

もう、会えない――――そう思っていたのに

「だけどこうやって・・・・ッ。君に――――」

やさしい君は

「巴マミ」
「は、はい?」

また俺のことを助けにきてくれた 会いにきてくれた 

「(君に、また一緒にいてほしい、俺達ラボメンと)俺と一緒にいてほしい。」

心からそう思う。

(何を言っているのか、今は解らないだろう、でも言わずにはいられない。俺は、俺達ラボメンには君が必要なのだから)

言い訳として、岡部は三時間近く走り続け、訳の解らない誤解からこの世界線の自分の性癖等を必死に悩んでいた、疲労は大きい。おまけに寝起きだった。が、数多の世界線を越え、数々の思い出を記憶している岡部の真剣の想いはたしかに巴マミに伝わった。

もう一度確認するが岡部の真剣な想いは伝わった。疲労困憊の身で起きかけの頭での言葉でも確かに伝わった。そんな状態だから言葉も不明瞭で声も本人が気付かないほど途切れ途切れで小さく、聞き取れない部分もあった、―――当然(   )の部分である。
確かに巴マミには伝わった。

「・・・ふ?ふにゃ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~う!!?」

致命的な伝え方をしてしまった。


「マ、マミ?」
「ひゃッ、ひゃい?」

かみかみである。マミは本来こういう場面には強いとはいえない、告白こそ何度かされた経験こそあれど、ここまで真剣に告げられたことはない。豆腐のメンタルに数々の戦いを越えてきた男の真摯な言葉は絶大の衝撃を与える。悪い言い方だが、その辺の告白など最早漫画でいう背景である。
―――さらにこの男

「・・・・ッ、すまない巴マミ。突然こんなことを言われても困惑するだろう」
「―――あ、あの、その・・・・・////」

マミの奇声が自分の台詞のせいと察知し詫びる。その声、その態度は真剣そのもので、岡部が本気でマミの身を案じていることが伝わった。

「わ、わたし―――
「わかっている。返事は今すぐにとは言わん。だが大切なことだ、君にとって―――、いや、これは言い訳だな。巴マミ。」
「は、はい?」

一度言葉をきり、真剣な顔で

「これは俺の独善で我がままだ。俺の話をきいてくれないか?俺には君が必要なんだ。」

再度豆腐メンタルに衝撃をあたえた。







翌日

昨日は結局限界に達した巴マミの「あ、あし、あした明日・・・、明日返事します~~~!」という発言と共に走って逃げられたことにより今日に持ち越しになった。

(この世界線のマミは情緒不安定なのか?それとも突然すぎたか?―まあ本来魔法少女や魔女に男の俺が関わっていると知ったら驚くか、しかし前回までのマミならあそこまで――――?)

今日もまどかと共に学校に向かいながら岡部は昨日の出来事を思い出す。
ちなみに岡部は昨日マミに自分が魔法の存在等の関係者であると伝えたと思いこんでいる。
実際は魔法の魔の字も出ていない。もちろん自分の問題発言にも気づいていない。

(出来れば昨日のうちがよかったが、昨日は俺も限界だったしな。)
「ねえオカリン、難しい顔してどうしたの?悩み事?」

隣りを歩いていたまどかが声をかける。その声に岡部は一度考えを切り替え―――告げる。

「ん?・・・なに大した事じゃない、それよりまどか」
「なにオカリン?」

岡部はまどかに告げる。今日から平穏は無くなるかもしれないことを、絶望との戦いが始まることを、「今回」も目指した未来を歩めないかもしれないことを、―――――だけどそれ以上に

「機密情報だが今日はお前のクラスに黒髪ロングストレートのクール少女が転校してくる。」


大切な友達との何度目かの「出会い」と「再開」があることを


「―――――その子と仲良くな、まどか」

まどかの柔らかな髪をポンポンやさしく触れるように叩きながら告げる。暁美ほむらの転校を――――。








「なんか巴さん変じゃね?」
「うん、なんかさっきから―――

クラスの視線が集まる中、巴マミは考えていた。

(昨日の岡部さ――鳳凰院先生の話ってやっぱり?・・・・ッ///、ううん、よくよく思いだしてみたら勘違いさせることに定評のある人だしきっと昨日のもそうだよね?そうよね?)

彼女は岡部のこの手の話題をいくつも知っている。岡部にその気がないことも含めて、その後自分の行いに迷惑をかけたと関係者全員に謝りにいっていたことも噂でしっている。きっと自分も勘違いしたのだと思い込む。

(あれだけ真剣な顔されたら誰だって・・・・・でもあの顔は本気で・・・・、でもいつもって、)
「むう~?」

あの時の岡部の真摯に自分に語っていた姿を、頬を染めながら首を傾げ腕を組む、その際中学生にしては大きめの胸がタユンと揺れる。

『『『『『『おお!』』』』』』

彼女は注目を集めていた。そして―

(だ、だけどもし、もし本気だったら?・・・・・ちがうちがうそうじゃない、・・・・だけどあの時のお、お・・岡部さんからは・・・私の事を思っていてくれるって伝わったな・・・・///。)
「う~~~?」

頭を抱えるマミ。さらに集まる視線。

(・・・ほ、本気だったら―?・・・ど、ど、どどどどどうしよう?私男の人と付き合ったことないし、まともに話せるのって・・・お父さんぐらいしか、クラスの男子とも恥ずかしくてあまり話せないし、・・・それにそれに、あ、あれ?付き合いだした男女は名前で呼び合うんだよね?・・・じゃ、じゃあ、えっとこう)

「きょ、きょーま・・・じゃなくて、りり、りん///、りんたろう・・・・さん///・・・・・って、―――――って、う、うきゅぅ~///」

ボヒュッ、一瞬でリンゴのように赤くなるり、何もない空間に手を振り邪念を振り払う。

(わたし――――なんてことを考えて~~~!)

机に赤くなった顔をクラスの皆から隠すため寝たふりをきめる。――――耳は完全に赤いしすでにクラス全員が自分に視線を向けていることに気づいていない。

「―――ブフォ、は、鼻血が」
「――ッ、な、なんなの、可愛いわ」
「く、くそ。なにか呟いているがきこえねー」
「もう我慢できない、抱きしめてくるわ」
「何をだよ。その手のワキワキを止めろ、・・・・・いいぞいけ」
「止めなさい馬鹿、あんたは背中にでもくっついてろ。・・・私は正面をいただくわ」
「させるかボケェー、そのアヴァロンは俺んだー」
「とりあえず写メ――
「ばか、それじゃ気づかれる」

ガシィ。全員で円陣を組む。作戦会議である。そして己の目の前で自分以外の人間が円陣を組む光景に気づかないままマミは冷静になる。

(落ち着きなさい巴マミ。あなたはベテランの魔法少女。冷静になるのよ。昨日のことはいったん忘れて今日改めて話をきけばいいじゃない!うんそう、キュウべえを数えておちつくのよ。)

彼女は顔を上げる。うん大丈夫、もうなにもこわくない。である。

「1きゅっぷい、2きゅっぷい、3きゅっぷい・・・・・・」

声に出ていたが彼女は気づいていない。所詮豆腐メンタルである。クラスの注目度が上がりゆく中




「フゥーーーーーハハハハハハハハ、鳳・凰・院・凶・真・降・臨。おはよう諸君、さあ授業の時間だ、さっさと――
「きゅっぷい///!?」

混沌降臨

「ゴフゥ、な、なんなんだいったい」
「へ、変よ?今日のマミ・・・あなた―」
「ち・・・鼻血が・・・」
「・・・・意味が、わかんね」
「なにが、・・おこってんだ?」
「なにしてんだよ」
「―ッ、しんじらんね」

(『『『『『『か、可愛すぎる?why?』』』』』』)

クラスの皆がマミの姿に感銘を受ける中、世界を混沌に導く鳳凰院凶真は―――

「・・・・・・どういう状況だ?」
「あ、あの・・・その・・・・・」

マミが奇声を発する中、彼女以外が彼女の前で円陣を組んでいる状況をどう勘違いしたのか―――

「落ち着けマミ、何があったか知らんが俺は君の味方だ(やはりこの世界線の彼女は情緒不安定なのか?)。」
「ひゃ、ひゃい!?」

何とも失礼なことを考えていた。

『『『な、なんだってーーー』』』

そのやりとりを聞いていた一部の生徒があることに気づく。

「うわ、なによいきなり?」
「馬鹿野郎気づかないのか?」
「え、え、なに?なにが?」
「・・・?ああ!そういえば」
「だからなんだよ?」
「オカリン先生が名前で呼んでる」
「なん・・・・だと?」

そう、これは驚くべきことだ。彼はこれまで数多くの誤解を生んできたが、彼は学校の教師と、二年にいる彼の幼馴染以外の名前をまともに呼ばないことで有名だ。その彼が「マミ」と呼ぶ。

「え、どういうこと?」
「まさか本気なのか今回は?」
「あの鳳凰院先生が?まさか・・・」
「でもこれは・・」
「あうあう・・・・」

周りの声にマミも思うことがあるのかさらに真っ赤になる。――――そこに

「先生、そのへんどうなんですか?」

生徒の一人が踏み込む。その言葉にマミを含む全員が注目する中、岡部は

「ん?マミはマミだろう?」

何を言っているんだお前たちは?と、当たり前のようにかえされた。

「「「「素で返されたーーーーーー?」」」」
「わた・・・わた・・・わたし・・・?」

もはやマミのライフは0に近い。

「なにが先生をそこまでさせるんだ?」
「二人にそんな接点あった?」
「ん~ないんじゃね?」
「巴さんは授業終わればすぐに帰るしー」
「岡部先生はいつもあの幼馴染と一緒だしな」
「有名すぎて女性関係ならすぐ噂になるのに」
「マミちゃんに関しては何も聞かなかったよね?」
「なして?」
「見た目だけで・・・・はないね、うん」
「他に先生がマミに興味をもつことってある?」
「ん~あるとはおも――――

「そんなことはない」

岡部の言葉がクラスに響く。

「聞くがいい諸君、貴様らが何を思おうと勝手だが、あえて言わせてもらおう。―――――彼女巴マミは――最高の女性だ」

マミ「にゅ!?」
クラス全員「「「「「Σ(゜口゜;)」」」」」」

生徒の言葉を遮りさらなる混沌へ向け全力で走りだした。彼はどの世界線でもラボメンのことになると視野が狭くなるようだ。

「彼女は弱い。意地っ張りで頑固でカッコつけで、頼りにされたくて他人にやさしく接っしながらも内心ビクビク怯えているような人間だ。」

それでいきなり演説を、それも相手をたたくかのように話し始める。皆は「なにいってんだ?」と思っていたが――
巴マミを想っていると解らせる。そう感じるほどに言葉には力があった。
岡部の言葉は続く。

「だが彼女は頑張っている。安心させるために笑い、誰かのために行動を起こせる、起こしている。義務や使命などでなく己の意思で。」

魔女と日々命がけの戦いに身を投じている。ほとんどの魔法少女は無視する戦っても実りの無い使い魔にも挑む。犠牲者を出させないために。
     
(たとえ情緒不安定という疾患をかかえていたとしても、誰かのために恐怖と戦えるのだから)

岡部はマミに対し失礼な勘違いをしたまま駆け上がる。

「それでも彼女の内面は人並み以下かもしれない。臆病者かもしれない。だが、遠くない未来にはもっと魅力的な女性になっているだろう。」

「!#%‘*!!??」
「・・・・おい、なんかマミさんやばくね?」
「さっきから日本語じゃないわよ」
「・・あんだけベタ褒めされればねぇ?」
「俺、なんか聞いてるだけで顔赤くなってきた・・・・」
「安心しろ俺もだ」
「わたしも」
「ウチも」
「なぜ朝から生徒を本気で口説いているんだろーな」

その言葉に岡部は冷静になる。そして自分の発言で皆がいう「いつもの」誤解からマミに迷惑をかけてしまったのだろうと思い、普段皆には決して見せることの無い不安と後悔を浮かべながら謝罪する。

「・・・・熱くなりすぎた。・・・・聞いてくれ、誤解させるつもりはなかったんだが―――すまん。マミも悪かった、俺の考えもしない言葉で君にも迷惑をかけた。ほんとうにすまない。」

年下の自分達に頭を下げるその姿は本気で皆に迷惑をかけたと謝罪していた。それを見たマミと生徒達は

「い、いーよオカリン先生頭上げてって!」
「そう、そうだよ鳳凰院先生いつものことじゃん!」
「だ、だよな~。だから大丈夫だって」
「みんな先生のこと知ってるから大丈夫だよ」
「ね、マミもそうでしょ?」
「―――――はっ?う、うん。そうです。」

岡部の謝罪にいつもの誤解だと理解した生徒が次々と擁護する。混乱から回復したマミもやはり勘違いだったと安心したようなガッカリしたような複雑な感情で岡部に声を掛ける。

「大丈夫です、おか・・・・鳳凰院先生。私は大丈夫ですから顔をあげてください、確かにすこし・・・(すこし?)、驚きましたけど大丈夫です。・・・・・そ、それに、ぅ・・・・嬉しかったというか・・・・・わたしのこと見ててくれたんだなって、・・・いうか・・・なんというか・・・。・・・・・って!?あう、ちが、ちがくて?いやちがわなくて!?」

再び混乱するマミ。その姿に悦にはいるクラスメイト。その愛らしい真っ赤な顔に、つい目を逸らしてしまう岡部。

(妙な誤解は解けたみたいだな。よかった、彼女にいらん迷惑をかけずに済んだようだし、この様子なら彼女との関係に悪影響はないだろう)

安心する。彼女に嫌われることがなかったことに、彼女のやさしさに。―――そして

「マミ」
「あ、はい。なんですか鳳凰院先生?」

岡部は先ほどまで見せていた不安と後悔の顔をけし、まっすぐにマミを見詰める。
その顔はこの世界線では誰もまだ見たことの無い―――

「ありがとう。」

「ありがとう。君に嫌われたかと思うと、俺はもうどうしたらいいかわからなっかた。・・・・だから、ありがとう。」
(こんな迷惑しか掛けない、情けない俺をゆるしてくれて)

マミに嫌われなかったことに、許されたことに本気で安堵し、嬉しそうに微笑む、やさしい笑顔だった。





「・・・・・うにゃぅ///」ポテッ
「わーーーマミさんしっかりーーー」
「なぜここでクロスカウンター?」
「これは・・・・もう、駄目だな」
「まさかのオーバーキル」
「無自覚でよくもここまで・・・・・」
「大丈夫かマ――――
「もうやめてオカリン先生、巴さんのライフはもう0よ」
「俺はオカリ―――
「それはいいから、衛生兵、衛生兵はいないのかーーー」
「・・・・・ちくしょう。巴が超可愛い・・・・鳳凰院の野郎、・・・・本当に・・・・ありがとう」
「「「ですよねーw」」」
「きゅ?・・・きゅきゅ・・ッ!うきゅう」シュウ~~~・・・
「あ、痙攣してきた。」
「くそ、いったい何がおこって―――――

『『『『『『いや、全部あんたのせいだから』』』』』』






「転校生です。みなさん仲良くしてあげましょうね」

早乙女先生の声

三年生の教室の混乱の中、二年の、まどかのいる教室でも岡部の予想していなかった出来事が起こっていた。

(あれがオカリンの言っていた女の子かな?)

まどかの知っている岡部は、普段はおかしなことをよくいうが、時に予知のように様々なことを言い当てる。―が

(今回はハズレだねオカリン。この手の事には100発100中だったのに)

目の前の『おさげ』の女の子に視線を向けながら、岡部がしれば彼が驚く事も知らずに のほほんと考える。

(たしかに黒髪だけどストレートでもないし、クール系っぽいというか、どちらかといえば私よりおとなしめにみえるよね)

そこには






「ぁ、暁美・・・・・ほむら・・・です。・・・・よろしくおねがいします。」

長い黒髪を三つ網にし、赤いフレームをつけた。『魔法』も『魔女』も知らない内気な、どこまでも『普通の女の子』がいた。

岡部の知っている「再会」は    どこにもなかった。









あとがき

暁美ほむら転校  =  魔女の出現  =  ニトロプラス展開が近づいてきています





[28390] 世界線x.091015 「暁美ほむら」
Name: かっこう◆7172c748 ID:3f6e4993
Date: 2011/08/12 02:35
世界線0.091015→x.091015





―――――――――ノイズ

   ――――?   ――?
―ここは?  ―――――なんだっけ?   ―わたし? ―――・・・・まどか?
   ―――そうだ   ――わたしは   ―――?
 ―――あれ?   ―――こんなにちかくに?     ――手を
       ―――まどか?   ――――つたえなきゃ   ―――?
                               ―――――――なにを?

「ほむらちゃん?」

―――――まどか   ―――こんどこそ・・・・・・・?  ―――なに?

――――ノイズ 

   ――――わたしは   たしか?   ―警告      ―――まどかに ――?
――――魔女になんかさせない    ―――魔女?
                       ―魔法  キュウべえ   時間 ―――?
   ―――――なんだっけ?
                    ――――わたしー?

「大丈夫?気分悪くなっちゃった?すぐ保健室に案内するからね。」

『わたしの手を引いて前を歩いていた』まどかが焦った声をだしている。

――――――――あれ?     前を歩いていたのは――――わたしじゃ?    ―あれ?

「・・・・・まどか?」
「なに、ほむらちゃん?あ、歩くのはやかった?ごめんね、すこし休もうか?」
「ううん、大丈夫だよ。・・・・・・・?」

まどかに心配させたくない。まどかにはいつも笑っていてほしい。まどかの笑顔を無くさせない。そのためにわたしは――――。・・・・・・・・・あれ?

(わたし・・・今日転校してきたのに、鹿目さん―まどか――――のことを知っている?なんか記憶が?)
「――――?―――??」
「そう?よかったー、あ、今まどかって呼んでくれたね。―――――改めて、これからよろしくね ほむらちゃん。」
「う、うん。こちらこそよろしくおねがいします、かな・・・・・・・・ま、まどか?」
「うん!じゃあ行こうほむらちゃん、保健室まですぐそこだよ。」
「・・・・・ありがとう、まどか」
「いいよいいよ、『さっき』も言ったけど何かあったらすぐにいってね?『私は、ほむらちゃんをたすける』よ」

まどかがほむらの手を引いて保健室に歩きだす。



暁美ほむらは疑問に思う。

まどかが手を引いて笑顔を向けてくれる。この学校で初めて友達ができた。嬉しい。
まどかが、わたしの手を引いてくれる。嬉しい。
まどかが、わたしに笑顔を向けてくれる。嬉しい。
まどかが、わたしの友達に『また』なってくれた。嬉しい。   ―――?

嬉しい。当たり前だ。今までわたしの世界は病室だったんだ。初めて中学校に来て、困惑していたわたしを助けてくれたやさしい彼女が友達になってくれたんだ。嬉しいにきまっている。感動だ。きっとトロくさくて、勉強も運動も、はやりの服も、今時の遊び方も知らないわたしに友達なんてできないかもって思っていたのに、鹿目さん・・・まどかが友達になってくれた――なのに

――――なのになんで?   なんでわたしは―――












――――――――――――――――――――――こんなにも泣いているんだろう?

ぽろぽろ  と大粒の涙が次から次に溢れてくる。

―――でも、なぜ涙がとまらないのか
―――なんとなくわかった

とまらない。涙はとまらない。でも決してこの涙は不快じゃない。
とまらない。涙はとまらない。でも解るこの涙は不安からくるものじゃない。
とまらない。涙はとまらない。だって感じるのだ、――――この涙は

「わわわ?ど、どうしたのほむらちゃん?やっぱりどこか体調が――――?」
「―――ッぐす、…だ、だいじょ・・ッく・・・大丈夫だよ・・・・ッ・・・・ひっく・・・・うぅ・・・・・」

右手から伝わる、自分以外のあたたかい感触が、まどかだから。
彼女とは今日初めて出会ったはずなのに

――――――彼女、鹿目まどか。右手から伝わる先にまどかがいる。まどかとこうしていられる。

それがどうしようもなく愛おしくて、この瞬間のために自分は頑張ってきたと、この瞬間を自分は望んできたと、この瞬間が自分の祈りだと―――  漠然とだが、感じた。―――だから

「・・・・ひっく・・・・・・・うっく・・・・ぐす・・まどか・・・・まどかぁーーーーーーーー」

涙はとまらない。湧き上がる感情に抗えない。抗う気すら起きない。ほむらは流れ続ける涙を拭うこともせず目の前の少女、まどかの胸に飛び込む。

「にゃ?――――とと、・・・・・・・・・・・えっと、・・・・うん、大丈夫。大丈夫だよ、ほむらちゃん。・・・ここにいるよ」

自分の胸に飛び込んできた少女をまどかは倒れそうになりながらもなんとか耐え、抱きしめる。

「よしよし、ほむらちゃん、今はい~~~~~っぱい泣いていいからね。」

まどかには何故ほむらが泣いてるのか解らない、でも――――
今なお、泣き続ける女の子の髪を撫でながら、まどかはやさしく、でも決して離れることがないように抱きしめ続けた。








世界線x.091015


「転校生大丈夫?無理しすぎだって。」
「・・・・ぜえ・・・ぜえ・・・ッ、ごめんなさい、何故か・・・いける気がして」
「暁美さん心臓の病気でしたっけ?なのにいきなり全力疾走は・・・・」
「・・・・・ぜえ・・・うく・・・・、べ・・・別の授業の・・・・・ぜえ・・はぁ・・時みたいに・・こうすればできるって気が・・・・・・・・うう」
「そういえばほむらちゃん、最初は解らなさそうだったのに、次の瞬間答えわかったようにスラスラ解け始めたよね?」
「う、うん。こうすれば・・・正解かもって、・・・何故か思って書いたら正解だったから、・・・・体育も同じようにすれば大丈夫かなって・・・・」

ほむらは今木影でのびている。心臓の手術が成功し、病気も治ったとはいえ、その身は長い病院暮らしで「もやしっこ」だ。急な運動に耐えられるわけがない。ほむらもそれは解っているが何故かいけると思ってしまった。

―――――友達ができて浮かれすぎていたのかな?

まどか、さやか、仁美に囲まれながら思う。
大泣きしてから教室に戻るとクラスの皆が駆け寄ってきた。
この学校はガラス張りの教室のため、双眼鏡であたりを探索(何故か双眼鏡を持っていた そしてパンツを探索)していた皆から「教授」と呼ばれている生徒が渡り廊下でまどかに泣きついているわたしを見つけ皆に知らせたらしい。その際

「ホントはすぐに駆けつけるつもりだったんだよ、でも」
「うん、まあなんか、ねえ?」
「あの距離で謎の固有結界が――な」
「あそこに突入は無理だろ常考」
「だから空気よんでみんなで静観することにしました」

「みんなで静観」とのこと。
そのあと恥ずかしさのあまりにパニックになったりもしたが、まどかからのフォローもありなんとか落ち着いた。
ほむらが無謀に挑戦した原因はそのあとからの授業からだ。

「では、この問題を暁美さん。」
「は、はい。」(どうしよう。全然わからないよ)

ボードの前まできたほむらは問題の答えが解らない。せっかくまどかや皆と仲良くなれたのに恥ずかしい。そう思ったほむらの脳裏に映像が浮かぶ。

(あ・・・・あれ?これかな?)
「・・・・ん、正解です。席に戻っていいですよ。」
「・・・・・え?あ・・・いえ、わかりました。」

授業が終わりさやかが話しかける。

「転校生さっきの問題解ったんだ、ねね、あたしにも教えてよ」
「えと、ごめんなさい美樹さん。わたしにもよくわからなくて。」
「へ?どういうこと?」
「なんかデジャブ?答えの書かれた画面が見えたって、今ほむらちゃんとその話してたの。」
「なにその特殊能力!あたしもほしい。」

というやりとりがあって、それ以外の時間でも似たようなことがあった。そして体育の時間。

(こうやって走れば体に負担も少なく早く走れる。・・・・うん、やってみよう)

結果

「うう、気持ち悪い。」
「・・・・はぁ、ほら転校生こっちおいで。」

そう言ってほむらのそばによって膝枕をするさやか。

「はい暁美さんこれタオル濡らしてきましたから使ってください。」
「あ・・・・ありがとう、美樹さん、志筑さん。」
「気にしない気にしない。」
「そうですわ、でも無理はもうダメですよ」
「そうだよほむらちゃん、急に倒れた時はホントにビックリしたんだから。」

ほむらの髪を撫でながらまどかは皆が心配してたことを伝える。

「うん、・・・・・・・ごめんね、まどか」

注意されているのに髪を撫でられる感触が気持ちよくてついつい頬が緩む。

(みんなやさしいな、こんな時間がずっと続いてほしいな)

願う 祈る 望む 心から

(他の何もいらない、だから、わたしからこの時間を奪わないで)








昼休み教室

岡部はまどかからほむらを紹介された。――――だが。

「・・・・・・・・・・・・君は誰だ?」
「え?ぁ・・・あの・・・・・・あ・・・・暁美・・ほむらです。」
「今紹介したばっかじゃん岡―――」
「――?貴様があの『ほむほむ』だと!?」
「ほむ!?」
「鳳凰院先生相変わらず飛ばし――――」
「わあ!それいい響きだよオカリン!」
「「「!?」」」

まどかの言葉に三人が驚愕する。

「ほむほむちゃん♪」
「ま、まどか?それは・・・それだけは・・・・でも・・・・・・うう、・・・・まどかが・・・そういうなら・・・」
「だめです暁美さん。」
「そうだぞ転校生。ここで折れたら未来永劫『ほむほむ』だぞ?」
「人生で一番輝く場面で『ほむほむ』ですよ?」



『ほむほむちゃん』 『大丈夫だよほむほむちゃん』 『ほむほむちゃんは最高の友達だよ』


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ギリで・・・・・いや・・・・・・・・・・・・意外と?」
「ほむほむちゃん♪」
「うん、まど――――」

ほむらが今後の人生のターニングポイントを決定しようとしたとき



「そんなことはどうでもいい!!」



岡部の怒気―――――普段の彼からは想像もできない焦りと戸惑った。これまで聞いたことの無い声に、ほむらはもちろん、さやかや仁美、まどかさえも体を硬直させた。

「暁美ほむら、俺の質問にこた――――「オ、――――オカリン!!」――――――――――――――ッ!」

岡部の台詞をまどかの、涙交じりの叫びが遮る。
――――ギリッ
拳を握り、唇を噛みしめ耐える。落ち着け。冷静になれと自分に言い聞かせる。まだ確かめる事がある。

「・・・すまない。怖がらせてしまったな、謝罪する。だが暁美ほむら、君に質問がある。正直に答えてほしい。」
「あ・・・あのねオカ―――」
「すまないが少し黙っていてくれまどか、すぐにすむ。・・・・・・いいか?」

まどかの問いかけを遮りほむらに確認をとる岡部。
固まるまどか。
その様子に息をのむさやか達と他のクラスメイト。
ビクビクしながらも頷くほむら。

「・・・・は・・・・・はい」
「・・・・・・・すまない、本当に怖がらせるつもりはなかったんだ。この質問もちょっとした確認だ、質問の意味が理解できなければそれでいい。・・・・・もし思い当たることがあれば俺はそれらの『関係者』だと理解してほしい。君の答えがどうあれ俺は君に危害を与えるつもりはない。・・・・・・・・・質問だ。君は『何度繰り返した?今回が初めてか?』。」

岡部の質問に少し悩み顔をしたほむらは怯えながら首を振る。

「あの、ご・・・・ごめんなさい、なんのことか・・・・わたし、わからないです。」
「・・・・・そうか、・・・・・・突然こんなことを聞いて悪かった。・・・君が俺の『知っている』少女かと思ってな。・・・俺はこれで失礼する。・・・・・・・・・ああ、そうだ、暁美ほむらよ。」
「はい!ななななんでしょうか?」

教室から出でいこうとした岡部が振り返り声を掛ける。

「まどかと、まどか達と仲良くな。君は何も心配することは無い、『あとのことはまかせろ』。彼女達は知ってのとおり良い子だ。」

その声にさっきまで感じていた恐怖は消えた、そしてその声はほむらを不思議と安心させる効果があった。

「まあ、さっきまで怯えさせた俺が言っても微妙だがな」
「い、いえ、そんなことないです。」

あわててお辞儀するほむらを、「ふっ」と、やさしく微笑みながら再び教室の外に向かう岡部。
そのやさしい顔を何故かほむらには寂しげに見えた。―――――そして彼女にも

「ねえ、オカリン。」

岡部の白衣の裾をちょん、と掴み顔を伏せながら岡部を引きとめる。

―――――――なにかあったの?

・・・・ポンッ

「・・・・・・・そうだ!まどか、おまえにも聞きたいことがある、というかこの場にいる全員にな。」

まどかのやわらかい髪をワシャワシャと撫でながら岡部は出来るだけ不自然にならないよう意識しながら声をかける。
その声に今まで聞き耳を立てていた生徒も岡部に注目する。

「なに?なにオカリン、私なんでも答えるよ?」
「ありがとな、まどか。」

まどかは伏せていた顔を上げ岡部に詰め寄る。両手で岡部の胸元を掴み見上げる彼女は、どこか子犬が必死に親に縋りついているように見えた。親に甘えるように、そして子供ながら親を守るように、安心させるように。

(・・・・・・心配をかけさせたな、相変わらずこういうときはどの世界でも鋭いな。)

やさしい気持ちが生まれる。
岡部はそんなまどかを抱きしめるように、今度はやさしく両手で髪を撫でていく。
その感触に安心したようにまどかは微笑む。

「それで?なに?なにオカリン?」
「・・・・・・・・むっ」
「「ほッ」」

両手を背中にまわしはやくはやく と、まどかがせかす。険悪なムードから脱したと安堵するさやかと仁美、まどかを盗られた気がしてなんかむくれるほむら、―――ガッテムと唸るクラスメイト。

「なに、この中に――――――グリーフシードを知っている奴はいるか?」

瞬間――ザッ!と視線をはしらせる。

(とくに怪しい奴はいないな・・・・・・ほむらもまどかもシロか。)

以前まどかには探りをいれたが念のための確認だ。彼女はまだ魔法少女では無い。ほむらも、さやかも何のことか解らないようだ。

「どうやらいないようだな。ではまた明日だ。」

まどかと岡部は最後にお互いをギュウゥ~~~~ッと抱きしめ離れる。そして岡部は右手をまっすぐ向け、左手の人差し指を額に付けポーズをきめる。

「エル」
『『『『『『プサイ』』』』』 ほむら除く生徒一同
「え?え?」
『『『『『『コングルゥ』』』』』』 岡部 ほむら除く生徒一同
「な、なんなのーー?」

戸惑うほむら、当たり前だ。彼女はまだ転校初日で岡部の授業を受けたことが無い。

「フゥーーーーハハハハハハハ。今まで病院でパソコンしか相手がいなかったお前にこの鳳凰院凶真がチャンスを与えよう。我が言葉に続くがよい。―――――いくぞ!」
「――え?―――え?」

あまりにも突然の振りに戸惑うほむら。

「がんばってほむらちゃん!」
「転校生、あんたならできる!」
「暁美さんファイトですわ!」
『『『『『ガンバ』』』』』

そこにまどかの応援、それにクラスメイト達からの声援に応えるため決意をかためる。

「ど、どうぞ!」

そして―













「ぬるぽ!」
「がっ!」
『『『『『『・・・・・・・・・・・』』』』』』


―――――病院生活の彼女は@ちゃんねらーだった。









必死に言い訳をしている彼女を放置し教室をでる岡部は気づかなかった。
今までの会話を聞き、今岡部の背後から近づいてくるどこか浮世離れした女子生徒がいることに。
情報を整理する岡部は気づいていなかった。








[28390] 世界線x.091015 「休み時間」
Name: かっこう◆7172c748 ID:3f6e4993
Date: 2011/07/10 22:08
世界線x.091015




「いや~、さっきの岡部さんはビックリだね。」

さやかの言葉に教室にいた生徒達が頷く。

「確かにな~、今まであんな先生見たことないよな?」
「そだね、いつも自信満々のオカ・・・・・鳳凰院先生らしくないっていうか」
「なんかこう~」
「不安というか焦ってたというか・・・・・」

クラスの皆が先ほどの岡部の言動について次々にあげる。

岡部倫太郎。鳳凰院凶真。
年上の男性。細身の長身。黒髪の短髪。いつも白衣。臨時講師。おもしろおかしな言動。未来ガジェット。鹿目まどかの幼馴染。無自覚の女性問題騒動。自信に満ちた姿。楽しい授業。時折見せるやさしい笑顔。―――――寂しそうな笑顔。


「・・・・・・・わ、わたし・・・・その・・・・」

周りの反応にほむらは戸惑う。最初まどか達に岡部を紹介された時は怖かった。いきなり怒鳴られた。男の人に。初めて。

(―――――でも)

『君は何も心配することは無い、あとのことはまかせろ』

その言葉にほむらは安心した。岡部に抱いていた恐怖も忘れて安心したのだ。肩の荷がおりたというか、もう、皆と一緒にいていいんだと、一人でいなくていいんだと   ―――――――なぜそう感じたかも、意味も解らず、ただ漠然とそう感じ、安心した。

「ん?大丈夫だよ転校生。皆気にしてないって」
「そうですわ暁美さん」
「う、うん。ありがとう」

安心して――――――――――――――――――このままでは








――――まどかが■んでしまう。

「~~~~~ッ!?」

体が震える。悪寒が止まらない。

(・・・・・なに?・・・・わたし今何をかんがえたの?)

岡部が怖い人ではないと解った、それはいい。彼の言葉とやさしい笑顔、それに安心できたのは嘘じゃ無い。寂しそうに見えた横顔は疑問に思ったが、確かに安心できる何かを感じた。なのに―――
頭をよぎったこの不安は?この身を震わす悪寒は?
ほむらは頭に浮かんだ不安を打ち消すように頭を振りまどかを探す。

「・・・・・・・・・まどか?」
「・・・・・・・・」

まどかは岡部が出て行った扉を見詰めていた。今まで会話に参加していなかった。彼をオカリンと呼ぶほど慕っている彼女が。そのことに周りで雑談していた生徒も気づきまどかに視線が注目する。

「・・・・・・大丈夫だよ、ほむらちゃん」
「え?」

まどかは視線を扉に向けたまま話す。

「私には何のことか解らない」

彼が、いったいなにに焦っているのか解らない。

「でもオカリンは本当に怒ってないし怖くないんだよ?」

自分が見たことの無い岡部のあの取り乱しよう。

「それにさ、・・・・『まかせろ』って言ってた」

岡部はいつも自信満々で、出来ることと出来ないことを混同させる。

「なら、きっと大丈夫だよ」

でも、彼のあのやさしい声と笑顔は信じられる。

「・・・・まあ、何のことか解らないけどね。・・・・・なんせオカリンだし」

それが自分ではなく、初対面のほむらに向けられたものでも

「でも大丈夫、きっと大丈夫だよ」

それでもいい、彼は笑ってくれたから、髪を撫でてくれた時の笑顔は決して無理をして笑ったのではなく、心から笑ってくれた。

「知ってるんだ。オカリンは―」

そう、知っている。私は知っている。彼は、岡部倫太郎は、オカリンは、いつだって、どんなときだって。

「オカリンは『―――――』なんだから」

まどかは振り返る。
戸惑うほむらを安心させるように。
自信に満ちた笑顔で、見る者全員を見惚れさせるよな笑顔で。
――――そして


「・・・・・・・あれ?なんかわたし牽制された?」







オカリンのことを知っているんだぞ。と自慢するように。


うむ。と皆は頷く。そしてほむらから距離をとる。『巻き込まれないように』

「あ、あれ?なんでわたしから離れるんですか?・・・・美樹さん?志筑さん・・・・みんな?」

クラスの皆が自分から離れていく、ほむらはまどかの笑顔に、先ほどの不安は幾分紛れた。
・・・・・・紛れたが、しかし新たな不安が襲う。

「オカリンはねぇ、ほんとうにやさしいんだよ。」

まどかがほむらに詰め寄る。岡部のことを教えてあげようと、笑顔で。

「う、うん。そうなんだ・・・・でもなんとなく解るか・・・な?・・・最初は怖かったけどやさしそう―――だよね?」

その笑顔になぜかプレッシャーを感じ、まどかからほむらは一歩下がる。

「うん?そうだよほむらちゃん、オカリンはやさしいんだよ。今日初めて会ったのにオカリンの事を解るなんてほむらちゃんはホントに良い子だね、やさしいね、かわいいね。」
「え?え?ま、まどか?」

まどかはほむらの肩に手を乗せる、やさしく、しかしそこには絶対に離さない意思を感じる。

――――――あちゃー、やっちまったよ転校生。
――――――暁美さん、お気の毒に。
―――――あれ長いのよねー。
―――――あれさえなければなー。

周りから不安を掻き立てる声が聴こえる。しかしまどかは聴こえてないのかまるで気にしない。

「そんなほむらちゃんにはオカリンの事教えてあげるね、オカリンは私の幼馴染でいつも――――」

―――――休み時間もうないけど売店行ってくる。
―――――あ、俺もいく。
―――――わたしもー。
―――――私も行く。・・・・鹿目さん案外もてるのに。
―――――あれだもんな。告白するまえに撃沈だぜ。

「オカリンね、私の作った(失敗した)朝ごはん全部食べてくれてね。あ、オカリンとは毎日一緒に―――――」

クラスの皆が教室から出ていく。逃げていく。ここにいたらたまらんと言うように。

(みんなどこにいくの?お、おいていかないで。ていうかこの状況はなに?)

まどかがいる。目の前に、それはとても嬉しい。保健室に案内されていた時に感じた感動はまだこの胸に残っている。
――――が

「あ、あの・・・・あのね、まどか?」
「それでオカリンったらー――――ん?なにかな、ほむらちゃん?」

正直キツイ。大切な友達からなぜか惚気話のようなものをいきなり聞かされて、おまけにまどかは自覚していないだろうが確実に牽制に入っている。誤解ですまどかさん。

「そろそろ休み時間も終わっちゃうし、話はまた今度に―――」
「大丈夫だよほむらちゃん。まだ五分も残っているよ?ラーメンが作れるよ?あ、ラーメンといえばオカリンの家にはね、ラーメンばっかりでたまにチェックしとかないと――――」

ほむらの提案をまどかは突破する。そこからさらに話題を広げる。それに若干頬を引きつかせながらも、ほむらはなんとか耐える。

(あ、あと五分・・・・・あと五分でみんなが帰ってくる、中学校の授業が始まる。・・・・・・・たのしみだな~)

初めての中学生生活に想いをはせながら思う。

(岡部倫太郎・・・・さん。)
「それでね・・・・・・・・・。聞いてるのほむらちゃん!」
「あぅ、も、もちろん聞いてるよまどか」

初めての友達を盗られたような気がして、おまけにその友達から無自覚とはいえ牽制されるなんて散々だ。と




ちなみに、
午後の授業は担当の先生が病欠のため自習になった。そのためほむらは岡部の話をまどかから自習時間を含め次の休み時間をくわえてさらに教室にくるのが遅れてきた早乙女先生が来るまで涙目で聞かされ続けた。

・・・・・・・・クラスメイトはその間帰ってこなかった。


(・・・・・・岡部倫太郎・・・・・・・・。・・・・・・・・・・・・・・・・許さない。絶っっっっっっっっ対にだ!)

また、早乙女先生から岡部が「三年生の女子生徒を『また』勘違いさせて保健室行きにした」と、クラスメイトから岡部が「さっき(逃げた時)鳳凰院先生が階段の所で女子生徒と抱き合っていた」という情報を与えた。与えてしまった。

「フフフ、オカリンったら『また』。ねぇほむらちゃん。」
「ひっ、な、なにまどか?」

それを聞き、「フフフ」の部分で若干教室の温度を下げたまどかは

「オカリンはね~、じょせいをかんちがいさせることがおおいからきをつけてね~」
「うん!気をつけるよまどか、大丈夫だから!」

ほむらは宣伝する。大丈夫だと。しかし

「ほむらちゃんも騙されないように、帰りながらオカリンのこともっと教えてあげるね?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・うん」

周りを見ればクラスの皆はやっぱりいなかった。












(魔法少女になっていない「まどか」と「ほむら」。・・・・・・・予想していなかった訳では「無い」。それは十分にありえた可能性だ)

まどか達のクラスを後にして岡部は思考する。

そう、二人が魔法少女にならないで出会う可能性はあった。
かつて暁美ほむらはいった。『最初私は魔法少女のまどかに助けられた』と。その後何度も時間逆行、タイムリープしていく中でまどかの、キュウべえに騙される前の自分を止めて(助けて)という約束から『転校してきた時点では魔法少女になっていないまどか』に出会ったと言っていた。

(おそらくそのとき、ほむらはタイムリープだけでなく、世界線も越えたんだろう。)

最初の、転校時すでに『まどかが魔法少女になっている』世界を世界線Aとする。
転校時まだ『まどかが魔法少女になっていない』世界を世界線Bとする。

暁美ほむらが何度もループしてきた世界線A,Bで共通していること、それは『鹿目まどかの死』である。
まどかの魔法少女化の時期は含まれてはいない。

(つまり今回の世界線は、『世界線Aで魔法少女になった暁美ほむら』が世界線Bにタイムリープ(世界線の移動)する前の状態ということか?)

それはつまり、魔法少女になっていない二人が出会う世界線。
暁美ほむらのタイムリープは見滝原中学校入学前、退院日にしかタイムリープしない。
ほむらが意識せず世界線を越え、幾度も繰り返してきた世界線B。いままでは岡部が介入してきたのはそこに酷似してきた世界線付近であって、こういう可能性が0であったわけではない。
もっとも、このままでは未来、魔法少女になったほむらがタイムリープしてくる、または世界線Aからタイムリープしてくる可能性が高いが。

(しかしこうなると状況はプラマイ0・・・・・・いや、マイナスか?)

マイナスの状況、もちろん暁美ほむらの協力が得られない。これまでの世界線全てで岡部とほむらは途中意見の違いによる対立はあった。あったが最終的には協力関係は築けた。彼女はその繰り返しから魔女の弱点や特性、主な出現場所に詳しく、岡部や他のメンバーも助けられてきた。戦闘では悪い言い方かもしれないが魔女に慣れている。巴マミのようにベテランというわけでなく(そうとも言えるが)、何度も戦っている相手なので攻撃パターンが身に染みている感じだ。それはいかに相手の情報を持っていても、やはり実践との違いは大きい。

(それに、彼女の協力なくして『キュウべえが救えるか』が解らないのが痛いな。)

そう、暁美ほむらの協力なくしてキュウべえを助けきれるか、これが解らない。

(『メタルうーぱ』の開発にはその特性状、主にキュウべえとほむらが関わっていたからな。・・・・う~む)

岡部は頭を悩ます。こんなことならもっと他のメンバーでもためしておくんだったと。
未来ガジェットM01号『メタルうーぱ』
岡部がこの世界、『魔法のある世界』にきたとき、『とある女神』から魔改造されたあの未来ガジェットではなく、正真正銘岡部達ラボメンが創り上げたこの世界の未来ガジェットである。

(ほむらでなくともバイト戦士やマミでもできなくはないが・・・・・・・・・・恐らく期待の性能は無理だな)

だからこそキュウべえ、インキュベーターを諸悪の根源と思い込んでいるほむらを苦労してまであんなにも説得したのだ。他の者で出来るならあんな苦労はご免だ。

(ラボメンが内部分裂しかけたからな・・・・・・まあ、おかげである程度歩み寄ることもできたし、それは良しとするか)

それに――――――――結局岡部達は誰一人未来を――――――――

「―――――――ッ、ええい、こんなことでは世界と戦えまい!」

岡部は自分を鼓舞する。『結局』なんて言葉はいらない。彼は知っている。
失敗した未来、守れなかった未来、歩めなかった未来。そのすべての世界で、世界線での経験は、決して無駄ではないことを岡部は知っている。

(あの涙も。あの痛みも。あの記憶も。決して、頭を伏せるものではなかったと信じている。)

歩んできた世界線を、変えてきた世界を、変えてしまった世界での思い出を
世界線漂流を。
無かった事にしてはいけない。
否定してはいけない。
そう

(全て、意味があったんだ!)

誰にも否定させない。その大切さを岡部は知っている。その想いが、かつてのラボメンを救った。
大切な人を
数多の世界線での思い出が、その想いがあったから、だから戦って戦って戦って戦い続けた。だから辿りつけた。 『辿りつけさせることができた。』 シュタインズ・ゲートに。『岡部倫太郎』を。












(さて、少々ネガティブになってしまったが、今の状況にもプラスはある)

岡部は一度頭を冷やし再び状況を確認する。暁美ほむらがまだループしていない状況。
つまり鹿目まどかには現在『あの』デタラメな力は無い。
キュウべえは言っていた。『鹿目まどかの才能は暁美ほむらの繰り返す時間逆行によって因果が彼女に集中した結果』
簡単にいえばそういっていたはずだ。ほむらがタイムリープをしていないこの世界線ではまどかは「最高」の魔法少女にはなれない。しかし、「最悪」の存在にならずに済む。
つまり未来視の魔眼をもつ美国織莉子。白の魔法少女にして白巫女{ホワイト・サーチャー}オリコ(命名;岡部倫太郎)と争わずに済む。哀戦士・呉キリカとも。
彼女達との敵対関係はまどかが最高の魔法少女から「最悪」の存在に堕ちることによる世界の滅びを回避するためであり、それが無ければ見滝原にやってくる『ワルプルギスの夜』討伐のため、敵対どころかむしろ協力してくれるだろう。

(・・・・・・とりあえずこんなところか?)

一応の状況確認を終えた岡部は階段の一番下についた。―――――そして

「オーカリンセンッセ!」

突然ギュッ!と抱きつかれる。
女生徒のどこか甘い声と共に、顔の横から伸びてきた手を首に巻かれ、後ろから抱きしめられる。
―――その声には聞き覚えがあった。
岡部は長身だ。だから後ろから抱きついてきた女生徒は階段の上からとはいえ、ある程度腰を曲げて岡部に体重を預けている。
―――見えた両腕は左右非対象のリストバンドをつけていた。
岡部の肩に顔を乗せる女生徒。
―――彼女の体の感触を感じる、猫のように岡部の頬に髪を擦りつけながら喋る少女。
その彼女に、呉キリカに

「―――――――――――――――――――――――――――――――君は何者?」



―――――ゾッ!!




死んだ。



間違い無く今岡部倫太郎は死んだ。
岡部倫太郎は殺された。
そうおもわせるほどの気配を岡部は感じた。
周りから見れば恋人に甘えるような仕草をしている彼女から己の死を感じた。

「ねぇオカリン先生」
「ッ!」

キリカの綺麗な指が岡部の首筋をやさしく撫でる。
耳元から聴こえるキリカの声と指の感触に体を震わす。
一瞬の恐怖と快楽に震える。それを――無駄だろうが誤魔化すように岡部は問う。恐怖を振り払うように。

「いきなりだな哀戦士。だが、あえて言わせてもらおう、俺は俺だ!」
「わかっているよね?そういう意味じゃ「違わない、そういう意味だ!」―――――。」

それでも、それでも岡部は強気にでる。その圧倒的に不利の状況で岡部はキリカの言葉を遮る。岡部の命はキリカが握っている。ここが学校の階段でも構わない。キリカは殺せるなら殺す。それは互いに理解している。キリカはもちろん、その彼女から甘い声の中に隠しようの無い殺意をぶつけられている岡部も。

「・・・・・・オカリン先生は馬鹿なのかな?それともすごいのかな?」

キリカは岡部の首に抱きついたままグルッと岡部の正面にまわる。

「そんなことも解らないのか?それとも理解したくないのか?」

階段の高さを失った彼女は岡部を見上げる。彼の不遜の態度に口元を三日月に変える。彼は気づいてる。自分が「彼女」のためなら人を殺せることを。その現場を見たわけでも聞いたわけでもないのに理解している。その顔、震える体でわかる、彼は理解している。その上でこの態度。やはり彼は『織莉子の云う通りだ』。

「もう一度聞くよ、君は誰?」

挑発するように岡部の首に抱きつけたままの腕に力を入れる。
私はお前が震えているのを知っているぞ?というように、視線で岡部にくぎを刺す。返答次第で殺す、と。
それに対し岡部は

「フッ、俺を誰だと思っている?」
「んん?」

キリカの背と腰に手を回し抱きしめる。逆に彼女を引きよせる。恐怖を祓うように、怯えに付け込まれぬように、あえて踏み込む。効果は・・・・・・・あった。

「ん?ん?」
「どうした哀戦士、いきなり様子が変わったぞ?」
「なっ?そんなこと――――」
「ならばこのまま続けよう、質問に答えるぞ。俺は俺だ。」

いかに哀戦士といえど所詮は中学生。どこか壊れているとはいえ、さすがに年上の男性から抱きしめられれば思考は一瞬とはいえ停止するはず、そう考えた岡部はすかさず抱きしめる腕に力を入れる。視線はキリカから外さない。

「俺は岡部倫太郎、そして狂気のマッドサイエンティスト鳳凰院凶真だ。それ以外の誰でも無い唯一にして無二の存在だ。」
「・・・・・・・・・・・」

岡部とキリカは目を互いに逸らさず見つめあい続ける。目を逸らしたら負けだというように。これ以上弱みを見せないように。

「・・・・・・・・」
「・・・・・・・・」

見詰めあう。抱き合ったまま。恋人のように。決して逸らさない。

「・・・・・・・・」
「・・・・・・・・」


数秒したうちキリカの方が折れた。

「あきた」
「・・・・・・・そうか・・・・・・・・なによりだ」

キリカは飽きっぽい。それを思い出してホッと息を吐く。彼女からプレッシャーが無くなったのを感じキリカから両腕を離す。あきたというなら本当に飽きたのだろう。彼女の言動は危険だがその分解りやすい。もう自分をどうこうしようとは今のところ無いだろう。
岡部の腕の中から解放されたキリカも両手を岡部の首から離す。

「時間をとらせてすまないオカリン先生。私は織莉子・・・・・親友がらみだといてもたってもいれなくてね。」
「理解しているつもりだ。・・・・・これからはほどほどにな」
「それは無理だ、有限の私には限りがある。彼女に無限の愛を捧げるためには全力を尽くす」
「・・・・・まあ、お前らしいな。そんななか俺を・・・・・・・・・・・・いや、何でもない」

余計な事を云って先ほどの再戦を繰り返さないために言葉を詰まらせる。そんな岡部の言葉に笑みを浮かべるキリカ。

「くふ、なに、私はオカリン先生が気にいっているからね。」
「それは光栄だ。・・・・・いや、この鳳凰院凶真のカリスマをついに哀戦士も理解したか!フハ、フゥハハハハハ―――」
「フゥハハハハハーーーーーーーー」

階段の下で声を荒げる二人。キリカは岡部を真似て素で、岡部は先ほどまで感じていた緊張感を拭うため。

「ではさらばだ哀戦士。エル」

ビシィッ!!いつものポーズを決める岡部。

「プサイ」

ビシィッ!!両手を広げ片足を上げるキリカ。

「「コングルゥ」」

岡部は白衣を大袈裟に翻しながら職員室に向かう(今朝の件について教頭からのありがたい説教のため)。

「オカリン先生、時間をとらせたお詫びだ。」
「む?」

キリカが投げ渡してくる物を慌てて振り返り受け取る。それは――――

「!おい哀戦士『これは』!!」
「昨日織莉子と散歩中に先生を見かけた公園でGETしたんだ。さっき教室での会話を聞いていてね。『それ』のことを知っているようだし、ただの興味本位で探している訳では無いんだろう?」
「・・・・・・そうだ」
「必要?オカリン先生になら譲ってもいいよ、ほしい?」

岡部は手の中の品を見詰める。

「いいのか?これは『お前達』にとって貴重な――――――」
「余分に持ってるから大丈夫だよ。」

魔法少女にとってとても重要な『それ』をこともなくキリカは岡部に譲った。

「・・・・・すまない、助かる」
「くふ、私とオカリン先生の仲だから気にしないで、それじゃねオカリン先生。今度は織莉子も一緒に三人でお茶でも飲もうね」
「ああ――、必ず」

学校から出ていくキリカを止めることなく岡部はキリカから譲り受けた『グリーフシード』を白衣のポケットに納める。
そして深紅の携帯を代わりに取り出し呟く。

「俺だ、ようやくこの世界での最低限の戦力を手に入れた。」

岡部のこの世界にきてから再び行うようになったいつもの癖、照れ隠しや話の節目節目に使う癖。
それはどこにも繋がっていない深紅の携帯。
しかし

―――未来ガジェット0号『―――――――――』起動
―――デヴァイザ―『バージニア』確認
―――展開率34%
―――消耗率

そこには本来返事のない携帯から返答があった。











あとがき
魔女が出てきてから出す予定のネタを出してしまいました
第一話の{だから戦って戦って戦って戦い続けた。だから辿りつけた。辿りつけさせることができた。『シュタインズ・ゲート』に}の

『辿りつけさせることができた。』と 『この世界での姿は自分の元いた世界の時よりも若返っている』

今回の{数多の世界線での思い出が、その想いがあったから、だから戦って戦って戦って戦い続けた。だから辿りつけた。 『辿りつけさせることができた。』 シュタインズ・ゲートに。『岡部倫太郎』を。}から

この世界の岡部倫太郎は正確にはシュタインズ・ゲートには到達していません。
次回にはこの世界の岡部倫太郎のことについてと、やっと魔女を出す予定です。
ニトロ+な展開を書けるよう最大限努力します。



[28390] 世界線x.091015 魔女と正義の味方と魔法少女①
Name: かっこう◆7172c748 ID:3f6e4993
Date: 2011/07/19 07:43


?????????



風が吹き、荒れていた。
空に浮かぶ大地。上から大きく抉られた建物。荒れ果て、今なお荒れ続ける世界。
普段は保たれている海水が空へと散っている。
大地と海が共に散っている空は終焉。
抉られ、荒れる地上は地獄。

大地と海がある空は、地上の破片と粉塵と海水の霧、そして爆発によって生じた蒸気や風によって薄暗い。

「・・・・・・・・・・・・街が崩れていく・・・・・なんて力」

暗い空の色は朱と黒が渦巻き、人工の光を失った地上の建物のほとんどが倒壊し、山肌は大地ごと削られ倒壊した建物ごと空に巻き上げられる。

「・・・・・こんな!!・・・・・こんなものに、・・・・どうやって!?」

崩れていく世界を、荒れながら空へと引かれながら落ちていく大地と海を、原形をほぼ失った建物の上から眺める白のドレスを着た少女がいた。

(私じゃ、私達だけじゃ勝てない・・・・・・・・)

この世界の中心。この地獄の原因。この混沌の発生源。
見滝原、守ると決めた街。自分と親友の住む街。壊れていく。大切な居場所が。
白の少女の視線の先。朱と黒の嵐を纏う存在。虹色を背負う異形。巨大な理不尽。

「・・・・それでも・・・止めてみせるわ」

それでもなお、白の少女は視線を逸らさない。






世界線x.091015




わたしたちはCDショップで買い物して、他愛無い会話に笑いあいながら過ごしていた。わたしにはそれが楽しくて、嬉しくて、とても幸せだった。



――――でもこれは?なに?どうして?



――――――――これはなんだろう?



凍りついて、ただただ目の前の亡骸に視線を張り付けている。
自分だけではない。周りにいる――――――同級生も、自分達のように買い物に来ていただろう―――人達も。
まどか達と一緒に岡部さんを探すために行動をしようとした直後、景色が変わった。突然に、唐突に。
そして戸惑うわたし達の前に『あれ』が現れて、不幸にも近くにいた学生が最初の犠牲者になった。
同時に『私』は訴える。逃げろと。まだ■■■■でない「わたし」は無力だからと。


「―――――――――――――」


誰も言葉を、行動を起こせないなか、『あれ』が顔を上げる。視線の先にいる獲物・・・・・・自分達に殺到する。

――――――――え?

その時ようやく、呆然としていた私達は我に返り―――――直後、恐慌に陥った。

「ひっ!」

誰の声か解らない。もしかしたら自分の声だったかもしれない。でもどっちでもいい、重要なのはそれが引き鉄になったことだ。おかげで動かなかった体は動く。走る。逃げる。ここから一歩でも遠くえ、一秒でも早く離れる。
自分だけでは無い。誰もがそうした。
何が起きようとしているのか。自分達がどうなるか、悟ったからだ。


その理解は裏切られなかった。


悲劇が、一方的な虐殺が始まった。
人が死ぬ。人が殺されていく。

――――――――なんで?なんでこんなことに?

「・・・・・・・・・あっ!?・・・・あが?」

近くにいた年上の男性が捕まる。

「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

―――ズルズル
――ガリガリ

音が聞こえる。『あれ』に引きずり込まれる音と。

「ああああああああああ!!ま・・・・まって!まって・・・うあ・・ああああああああああああ!!」

抵抗しているんだろう。床を掻き毟る音が聞こえる。

―――ブンッ!!
――ドチャッ!!

「・・・・やだ・・・・・こんなの・・・・いやだよ・・・・」
「だめ!走ってまどか、追いつかれる!」
「な、なんなのこれ・・・・夢?・・・・ねえ転校生・・・あたしまだ寝てんのかな?嘘だよね!?こんなの嘘だよね!?」

呆然とするまどかとパニックになる美樹さんの手を引いて、わたしは走る。

「やっ・・・やめてよー!」「ひいやああああああああ!」「・・・・あ・・・・・が」「マァマァーーー!」「はなせ・・・はなせよー!」「ああああ!」「だ・・・だれか・・」「おいていかな――」「たすけて!」「うわー!」「ひい・・・」「おねがいします・・・おねがいしま―」「あ・・・あは・・・あははは」「ゆるして・・・たすけてよー!」「いやだ・・・いやだー!」

―――ブンッ!! ――ドチャッ!!
  ―――ブンッ!! ――ドチャッ!!   ―――ブンッ!!  ―――ブンッ!!
 ――――――――ドチャッ!!

「なっ・・・なに?」
「振り向かないで美樹さん!今は走って!」
「う、うん」

息が苦しい、体がもう悲鳴をあげる。走れない。でも走る。止まったらもう動けない。
美樹さんもまどかも、今は混乱からうまく体を動かせない状態だ。だから今しかない。動ける今しか。

「・・・・はっ・・・・はっ・・・・・ぜぇ・・・・ぜぇ・・・・ッ!」

混乱していていつもより早く走れない。でも、混乱から覚めたらもう動けない。
この状況、目の前で人が死ぬ非日常の光景。
それを理解したとき、彼女達は動けるだろうか?
・・・・・恐らく無理だ。二人は尊敬する『■ ■■が■された時』のように動くことは―――――。

――――ズキッ!!

「―――――ッ!?」

―――――また?さっきから一体・・・・わたしは・・・・「私」は『あれ』が何なのか・・・知って?

頭痛に顔を顰めながらほむらは さやかと まどかの手を引っ張る。『あれ』から逃げるために悲鳴をあげる体で走る。


「わたし」が知らない、「私」が知っている、でも「私」も知らない『あれ』から逃げる。化け物から逃げる。


軽々と人間を振り回し、地面に叩きつける『あれ』は  ――――――――身の丈は3メートルをゆうにこえ、アニメのような猫の顔を二つくっ付けたような頭部、人間の女性のような体つき、背中から成人男性の腰ほどありそうな自信の身長ほどある指のような腕、それが8本生えている。全身を裁縫糸で縫いつけられた異形 ――――『あれ』は■■、化け物だ。






数時間前



「オカリーン!」
「ん?まどかと英雄とほむほむか。・・・・・・・・この時期では珍しい組み合わせだな」
「「「?」」」
「いや、こっちの話だ。それで、三人でこれから買い物か?」

放課後の帰り道、まどかと美樹さんと一緒に買い物の道すがら鳳凰院先生・・・・・・岡部倫太郎さんを見かけ、まどかが声をかけた。・・・・・・あれ?

「おか・・・・鳳凰院先生は午前中で帰ったんじゃなかったんですか?」
「・・・・・・・異端審問会があってな。」
「は?異端審問会ですか?」
「うむ、遺憾ながらこの鳳凰院凶真を裁こうと挑んできてな。先ほどまで行われてたのだ。むろん俺の勝利で終わったがな」

・・・・・・?よくわからず首を傾げる。そこにまどかがフォローしてくれた。

「ほむらちゃん、職員会議のことだよ」
「・・・・・・・ああ」
「あ、裏切ったなまどか!」
「じゃあ岡部さん、朝に三年の先輩を保健室にって噂ホントだったんだ」

まどかからさっきまで鳳凰院先生のことを聞いていたけど本当だったんだ。・・・・女性を勘違いさせる男。うん、わたしは気をつけよう。・・・・・まどかがなんか怖いし。

「・・・・いや、今回は事前に誤解を解いたはずなんだがな・・・・・あれはいったい?」
「オカリン、きっと引いたところを押したんだよ」
「岡部さん・・・・また?しかもやっぱり自覚無し?」
「・・・・?なんのことだ?職員か・・・・・審問会でもそんなこと言われたが?」
「はぁ~、オカリンはオカリンってこと・・・・もう!ダメだよオカリン」
「いやだからだな―――」
「・・・あれ?まどか怒んないの?」

あれ?わたしのときは「あんな」だったのに・・・・あれ?

「ん?なんのこと、ほむらちゃん?」
「あ~転校生、ちょっとこっち」

美樹さんがわたしの腕を引いてまどか達と距離をあける。

「美樹さん?」
「まあ見てなって」
「?どうしたのさやかちゃ・・・・・そうだオカリン!」
「うわ、急になんだ?」
「今日オカリンが女子生徒をハグしてたって聞いたよ!」
「うぐ・・・・・・な・・・なんのことだ!俺は知らんぞ!」

あきらかに動揺している岡部さん。む~、と岡部さんを上目づかいで睨みつける(こわくない かわいい)まどか。

「オカリン・・・・・私には嘘つかないよね?」
「いやまて違うんだまどか!抱き合っていたわけじゃない、抱き合っていたわけではないのだ。そうあれはそのあれだ、つまりだな、あ~あれだ、地球の自転が・・・・・プレートテクトニクスが俺の計算を裏切ってだな――」

・・・・なんか浮気がばれたダメ男みたいだな~、と眺めるわたしと美樹さん。

「ねえオカリン?私はオカリンが誰かと抱き合っても別にいいんだよ?だって今までその手の話は全部事故や偶然や誤解だったんだよね?」
「そっ・・・・そうだ!今回もきっとそういうものなのだ!フハ・・・・・フゥーーハハハハハハハハ!さすがラボメン№02にして我が鳳凰院凶真の――――」
「でもね~オカリン」

岡部さんのセリフをまどかが遮る。・・・・・・あ、この感じ・・・・。

「まさかオカリンの意思で、事故でも偶然でも誤解でもなく、オカリンの方からハグしたりしてないよね?」
「・・・・えっ?・・・・・・・あ・・・あの~まどかさん?どのあたりから―――」
「してないよね?」
「あの・・・その・・・まど――」
「してないよね?」
「ま・・まど―――」
「してないよね?」

こ、こわいよまどか

「~~~~~ッ、ええーーーい、なんだなんだ!人のことを疑ってからに!」

あ、岡部さんが耐えきれなくなって逆ギレ(?)した。

「だいたいだな、仮に抱きしめなかったとしてもそんなふうに言われたら誰だってー―――――」
「『仮に』?」
「ハッ!?」

岡部さんが盛大に自爆している。あの人絶対浮気できないな。

「ねぇオカリン?」
「はっ・・・はい!?」

もう岡部さんはダメだな。まどかに完全におされている。

「私はオカリンを信じているよ。オカリンは誤解をうけやすいけど教え子に手を出す人じゃないよね?」
「も・・・もちろんだ!それは確固たる真実だ、問題無い!」
「うんうん、そうだよねオカリン!」

ああ、もしかしてこの人馬鹿なのかな?「それは」って・・・・また自爆してるし。

「ならオカリンは女子生徒と抱き合ってなんかないよね?」
「・・・・・・・・・・・・・ぇ・・・・と・・・・・・・・・・・も・・・・・・・・もちろんだ!」

・・・・・・・・まさかここで誤魔化そうとするとは。ある意味尊敬する。完全にばれてるのに。

「・・・・・いや、気持ちは解らないわけでもないよ?」
「・・・うん、そうだよね」

美樹さんと想いがシンクロする。あそこで同意できなければどうなるか、頷く以外の選択がはたして自分にとれるだろうか?・・・・・・・たぶん無理だ。

「よーするにさ、まどかって岡部さんが誰かとラッキーイベントとかにあっても別に気にしないんだよ。たとえ目の前でもね。ただ・・・・・」
「本人から――――、岡部さんからのアプローチはダメってこと?・・・・・・まどかは岡部さんが好きなの?」

自分で聞いといてなんだけど、嫌だなーと思うのは我が儘かな?せっかくまどかと仲良くなれたのに。いきなり誰かに盗られたと思ってしまう。・・・・・・独占欲強いのかな?今日初めて知り合ったのに・・・・・・・・・・・・・・わたし・・・・・それとも朝に感じた違和感・・・・のせい?

「ん~それは無いみたいってのがあたし達クラスの見解かな?」
「えっ、そうなの?」
「うん、まえにまどかに聞いたらお互い兄妹みたいな感じなんだってさ・・・・真顔だったし、あれはホントにその気は無いね」
「・・・・そうなんだ」

顔を蒼くさせたり白くさせたりする岡部さん。笑顔で詰め寄るまどか。わたしには仲の良い兄妹とか幼馴染はいないけど、普通はあんな感じなのかな?漫画やドラマみたいな関係にみえるわたしはやっぱり世間知らずだなと自分を納得させる。付き合いの長い美樹さんやクラスの皆がそういうんだからその通りなんだろう。

「そんなオカリンは今日はウチで晩御飯だね。パパとママを交えた家族会議だよ」
「・・・・・・・・・・・はい」

向こうは何やら決着がついたようだ。とどめはまどかが岡部さんに抱きついて首筋を スンスン と可愛らしく鼻を動かし、岡部さんに笑顔を向けて、「うん、知らない匂いだね」のセリフに岡部さんは全て諦めたらしい。

「・・・・・・ただ」
「・・・・なに?」
「最近まどかのブラコンが激しいという見解も・・・・・」
「・・・・・・・」








?????????


死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ。
私の親友が。大切な人が。命がけで戦ったのに。その身を■■に堕としてまで守ってくれたのに。
なのに

――――未来ガジェット0号『         』起動 

憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い。
私の親友を。大切な人を。■した。■した彼女の心で。願いで。想いで。魂で。
私を

―――デヴァイサ―『■ ■■■』

許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない。
私の親友で。大切な人で。その彼女の心で。願いで。想いで。魂で。
傷つける。■し合いをさせる。

―――グリーフシード『マルゴット』

「・・・・・てやる。」

目の前の男を睨みつける。彼女から何度も聞いていた。面白い臨時講師だと。学校に行くのも悪くないと。愛について語り合ったと。楽しい人、私達の力になってくれると、いつか三人でお茶を飲もうと言っていた。――――――――――なのに!

「岡部・・・・・・・倫太郎・・・・・」

よくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくも。
―――よくも!

「――――――――――」
「殺してやる!岡部倫太郎!!」

ドンッ!!

殺す。持てる力を全て使って殺す。岡部倫太郎を。生み出した球体に残りの魔力を全力でこめて突っ込む。

ドンッ!!

目の前の男。人間の身でありながら地面を踏み砕く力で、岡部倫太郎もこちらに向かってくる。
今は変色した、元は白かった白衣の背中から生えた、黒い、人間の腕の様な異形の大鎌をこちらに向け突っ込んでくる。

――――その身はすでに死にかけ。両腕は吹き飛ばした。右目は引き裂いた。腹は突き刺さした。全身血だらけだ。散々苦しめた。――――それでもなお、岡部倫太郎はこちらに向かってくる。自分を止めるために。

構わない。―――逃げようが戦おうが策を巡らそうがただ怯えようが、一顧だにせず殺す。
祈る。願う。奪われた純粋な怒りを胸に。


白の少女は視線を逸らさない。






世界線x.091015


した・・・・ した・・・ ・・した・・・

「ひっ!」
「しっ・・・・・大丈夫、大丈夫だから」

『あれ』の足音が聞こえる。
突然変化した世界。まるで「不思議の国のアリス」の世界だ。周りの全てが巨大。
ファンシーな装飾をされた部屋。裁縫針やハサミを始める裁縫セット。毛糸玉。ミシン。その全てが人間を軽々しく凌駕する巨大さ。
その見た目から、かつて味わったことがないほどの恐怖と血の臭いがする。

『結界』 ほむらの脳裏に知らない、しかし知っている知識が浮かぶ。

ズキンッ!

――――逃げられない

『あれ』から身を隠して息を潜める。あれからどれだけの時間がたったのか。いつの間にか周りの悲鳴や、人間の■を叩き潰す音は聞こえなくなっていた。

ズキンッ!

――――どうする?

今はまどかと美樹さんと一緒に巨大なミシンと巨大な毛糸の塊の間に身を隠している。『あれ』の・・・・『魔女』の足音が遠ざかり、十分に距離があいたのを確認し――。

「・・・・・・ふぅ・・・・もう大丈夫だよ二人とも」

震える二人に声をかける。まどかも美樹さんも少し首を下に動かしただけの返事をかえす。
当然だ。
理解したはずだ。
今現実で己の死を感じたのだ。
もしかしたら自分がすぐそこで「潰れている」ものになっていたかもしれない。それは平和な日常を過ごしてきた、「まだ」一般人の二人には、――いや

(この二人は、いつになっても人の死に慣れなかったな、「私」と違って・・・・・)

ズキンッ! 頭痛がする

―――このままではまずい

当たり前だ。この日本で普通に暮らしていて目の前で人が死ぬ、それも殺される場面に慣れるなんてこと、そうそうあるわけがない。

ズキンッ! 頭が痛い

―――「わたし」じゃ戦えない

それもいきなり景色が変わり見知らぬ場所で、唐突に、遠慮なく、容赦なく、加減なく、無意味に、無駄に、無作為に、無目的に、無計画に、無用に―――――理由もなく理不尽に殺される。

ズキンッ! 

―――「私」でも戦えない

「・・・・こわい・・・・・怖いよ・・・・パパ・・・ママ・・・・・・オカリン・・・・ッ」
「・・・・・・・・・・だめ・・・・あたしのケータイも繋がらないよ!・・・どうして・・・・?・・・・さっきまでCDショップにいたのに・・・・・・、なんなのよここはっ!?」

ズキンッ!

―――今の「私/わたし」には  力が無いんだ

大好きな家族がいて、親友がいて、時には笑い、時には泣く、そんなどこにでもある日常。
まどかの居場所。
まどかのいるべき世界。

(まどかを・・・・まどかの居場所(日常)を守る・・・・・・「私」はそのために―――――――――)

―――たとえ・・・・何を・・・犠牲にしてでも・・・・彼女を、まどかを守る

ズキンッ!  ズキンッ!!

「・・・・・うっ・・・・・・うぇ・・・・ひっ・・ッ」
「あっ、だ・・・・大丈夫だよまどか。・・・なッ・・・なかッ・・・・・・・泣かないで、・・・・ほらこっちおいで・・・・」

この状況でどこか冷静な自分が思考する。どうやってまどかを守るか、ただそれだけを思考する。他のことはどうでもいいと、まどかを抱きしめる美樹さやかや自分を犠牲にしてでも ―――犠牲にしてでも

「まどか大丈夫だよ・・・・泣かないで、ほらこっち・・・・・・“ほむら”も」
「えッ?・・・・・・ぁ・・あ・・・・・・・・ぅん・・・美樹さん」

―――なのに、
美樹さんが名前をよんでくれた。頭の中を知っているのに知らない、知らないのに知っているという矛盾を孕んだ記憶で、「わたし」じゃない「私」が思考する。まどかを守るために。何を、誰を、自分を犠牲にしてでも。
――――でも

「ほらこっち、うん・・・・まどかもほむらも目、つぶってな。・・・・・・大丈夫・・・・大丈夫・・・。」
「・・・・ありがッ・・・・・と、さやかちゃん」
「・・・・・・・・・・」

美樹さんが   “美樹さやか”が  わたしの        私 の     名前を  呼んでくれた。

「・・・・?・・・・大丈夫だよほむら、あたしがちゃんと抱きしめてあげるから・・・・ね。まどかももっとしがみ付いていいよ」
「・・・・・・ッ・・うん・・・・うん・・うん!」

―――ああ、ダメだ   ダメだ     ダメだよ  

涙が零れる。泣いてる場合じゃないのに
美樹さんが繋がらない携帯を握りしめながら震えて泣くまどかを抱きしめて励ます。大丈夫だと。そしてまどかを抱きしめながら、私にも手を差し伸ばす。そして抱きしめてくれた。こんな「私」に手を、差し伸べてくれる。

―――この感情は・・・・ダメだ・・・・・いけない

「大丈夫・・・・きっと大丈夫だからね」

場違いにも程がある。なんでこんなに嬉しいんだ。やめろ、「私」は彼女が嫌いだと思っていたのに。
まどかと私を美樹さんが・・・・美樹さやかが抱きしめる。少しでも落ち着かせるように、やさしく背中をさすってくれる。大丈夫だと励ます。

―――ああ、このままじゃ「私」は戦えない  誰も、自分も・・・・失いたくない  だって


涙声で、震える声で大丈夫だと励ます。
ぎこちない動きで、震える体で落ち着いてと背中をさする。

―――ああ、「私」は戦えない    「私」は もう 一人は

震える声で、震える体で、――――それでもなお 小さな体で抱きしめる。
わたし達を護るように、自分の体で周りの怖いことから、理不尽から隠すように

―――「私/わたし」は    美樹さやかと、美樹さんと  いつの日か      一緒に   叶わないと  思って 諦めて  でも それでも心のどこかで   いつかと        願い 心を閉ざして   なのに   あなたは

「美樹ッ・・・さんっ・・・・わたし・・・わたし!」

ギュッ!抱きしめる。「私」が。失いたくないと。声に出さない絶叫を上げる。

―――いやだ、失いたくない、嘘だ、どうでもよくなんかない。「私」はまどかだけじゃない。巴さんも、杏子も、あなたとも一緒に、一緒にいたいんだ。だから・・・・だから

「・・・・うん、いるよ。大丈夫だからね、ほむら」

―――――ッ、だから!わたし、私は!

死にたくない。まどかと出会えた。だってやっとあなたが、あなたが私の名前を呼んでくれた。「ほむら」と。だから―――

「・・・・・・・あ・・ッ!二人ともッ・・・しっかりつかまってな・・・・・顔・・・・・あげちゃダメだよ」
「!!さっ・・さやかちゃん!」

ビクッ!!
美樹さやかが・・・・・・、美樹さんの体が硬直する。私達の体を一層強く抱きしめる。
きっと見つかった。彼女の視線の先にはあれが、『魔女』がいるのだろう。
まどかもそれを悟ったのか体を強張らせる。

「美樹さ―――」
「ダメッ!!」

顔を上げようとしたまどかと私を抑え込むように抱きしめる。震える声で、震える体で――――護る。自分はその身を魔女にさらそうと、私達をできるだけ魔女の視界にいれないように。
彼女は気づいていないが、すでに泣いていた。泣きながら鼻水を垂らし、震えはすでに抱きしめられた私達にも痛いほど伝わる。歯をガチガチと鳴らす。彼女は強くない。決して強くない。涙を流し、壊れたラジカセのように、途切れ途切れの声で大丈夫だと繰り返す姿は見るに堪えない。
でも、それでも・・・・・・それでもなお誰かのために、私達のために動けない体で動こうとあがく彼女を、護ろうと足掻く彼女を、その姿を、その心を、その生き方を、笑うことができる?

ああ、あの『知らない彼』の言う通りだ。
恐怖に怯えながら誰を護ろうとする彼女は
震える体で誰かのために戦う彼女は間違いなく

―――『英雄』だった






・・・した・・・・・・した・・・・・・

自分達の心臓の音と、歯が当たる音以外がまるで死んでしまったように錯覚した世界で

・・・・・・・・した・・・・・した・・・・・した・・・・・

魔女の足音が近づいてくる。死が迫る。

いやだ。彼女達を失いたくない。死にたくない。穴だらけの矛盾に満ちた記憶。その中にある力があれば―――このままじゃ

声が聴こえる。

『運命を変えたいかい?』

ほむらの脳裏に声が聴こえる。
音が死んだような世界で足音以外の音(声)が生まれた。一つは

『それを可能にする力が君には、君達にはあるんだ』

それは幼い少年のようであり、同時に少女のような声。

『この状況を覆すことができるんだ』

それは親しみをこめた響きでありながら、どこか無機質な声。

『だから僕と契約して、魔法少女になってよ!』

それともう一つ。

~~~~~~~~~♪

近くで携帯の着信を告げる音が響いた。
まどかの抱きしめていた携帯から。
着信ディスプレイには


『オカリン』














[28390] 世界線x.091015 魔女と正義の味方と魔法少女②
Name: かっこう◆7172c748 ID:3f6e4993
Date: 2011/07/26 14:17
世界線x.091015


頬っぺたをムギュ~ッと伸ばす。

「いッ・・・いひゃいっ!・・・・・・いひゃいよ!」

むぅ、よく伸びる。パッと手を離し彼女の柔らかい頬っぺたを開放する。

「う~、ひどいじゃないか織莉子。せっかく学校を抜けてきてまで会いに来たのに」
「あなたホントに進学できないわよ?・・・・・・・・・・もう、しょうがないわね」

頬をさするキリカにため息を零しながら微笑む。

「それで?倫太郎さんの事、教えてくれるんでしょう?」
「・・・・う~あ~あ~、織莉子が昨日の夜からオカリン先生のことばっかり・・・・・・ハッ?まさか・・・・・・まさかそんな・・・・・・・やだーーーーーー織莉子に捨てられたら私は腐って果ててやるー!!」

ガバッ!

「きゃッ!・・・・・もう危ないでしょっ・・・・・・・まったく、私が貴女から離れるわけないでしょ?」

キリカが織莉子の胸に、なかなかにしたたかな双丘に飛び込む。
織莉子。美国織莉子。見滝原中学校とは別の制服に身を包む少女。キリカと同じ年頃の、腰まで届く長い亜麻色の髪をサイドテールにまとめた美しい女性といえる少女。巴マミに負けず劣らぬ美貌の持ち主。岡部倫太郎曰く白巫女のオリコ。未来視の魔眼を持つ魔法少女。
彼女は自分の胸の中で悶えるキリカを抱きしめ優しく微笑む。

「昨日も言ったでしょ?」
「う~、オカリン先生が未来を変えてくれる・・・だっけ?・・・・あれ・・・・・・?」

なんか違う気がしてキリカは昨日のことを織莉子の胸の感触を味わいながら思い出す。
織莉子もキリカをあやしながら昨日の出来事を思い出す。未来の光景が不安定になった出来事を。



前日 夕日が沈み始めた公園付近にて――――

「~~~~♪」
「ふふ、なんだか楽しそうねキリカ?」
「君と一緒に夜の散歩だよ?楽しいにきまってる。うん、お昼から学校をサボって君を待っていたかいがあった」
「・・・・・・・・・夕方まで遊んでただけでしょ?あんまり学業を疎かにするとダメよ、一緒に高校に行くんでしょ?なら―――」
「ちがうよ?」
「え?」
「大学もその先もずっとだよ?」

親友の、キリカの言葉に思考が一時停止する織莉子。

「・・・・・・も・・・・・もうキリカったら!ならもっと真面目に学校にいかなきゃダメでしょ!」
「むう、織莉子もオカリン先生みたいなこと言う・・・・・・・・なるべく努力するよ」

嬉しくて、嬉しくてつい照れ隠しに注意する。
呉キリカ。私の親友。私と同じ魔法少女。
大切な人。私を救ってくれた友人。

私は裏切られた お父様に すべての 信頼していた人達に
  『美国さんはなんでも良くお出来になるわね』『良家の方ですものあれくらい普通なんでしょう』『すごいわ美国先輩』『さすが美国先生の娘さんですな品のある美しい子だ』『美国さん』『美国議員の娘』『何不自由のないお嬢様』『なんでもこなす完璧人間』『優秀なのは当然』『美国だもの』『美国』
『美国議員が自宅で首を吊っているのが発見されました』
『我が校の恥』 『もう来ないで下さい 迷惑です』 『美国?ああ あの汚職議員の娘だろ?』

『美国』   『美国』   『美国』

皆が私を美国の、お父様を通してしか見てくれない

―――でも

『織莉子!』

―――キリカ

『一緒にいこう!』

―――あなたがいてくれた

見滝原市にやってくる伝説的魔女の到来を伝えた。魔法少女の残酷な真実を教えた。インキュウベーターの目的を話した。このままじゃ未来に希望が無いことを―――

『私は織莉子と一緒にいる!』

―――全てを知ったうえで

『織莉子!』

―――名前を呼んでくれる 一緒にいてくれる

「ねぇキリカ」
「ん・・なに、織莉子?」

他愛もない会話。貴女は私の名前を呼んでくれる。知ってる?私はそれがとても嬉しいんだよ?

「私は貴女が大好きよ」
「知ってる。私もだよ、織莉子」

・・・・・・まさか即答するとは思わなかった。予想外。でも・・・・・・温かい気持ちになった。

―――キリカ。私にとって貴女は最高の―――

「あっ!オカリン先生だ!!」

ビキッ

「・・・・・・・本当に・・・・本当に貴女って人は」

ムギュギュッ~~~~~~~~~~~~~!!

人がシリアスというかなんというか、ともかく二人だけの感動に浸ってもいい場面でいつもいつもいつも。

「いっ?・・・・いひゃい!?いひゃいよ!おひゅこ~~??」

人の気も知らないで。最近はいつもいつもオカリン先生オカリン先生って

「いいわ、そこまでいうなら貴女のお気に入りの先生とやらを私がしっかりと品定めしてあげるわ!」
「おひゅほ!?」
「なによ、確かに私は貴女のおかげでまた学校にもいけるようになったけど、だけど・・・・・・だけどもっと私にかまってくれてもいいじゃない・・・・・・・・キリカのバカーーーーーーーーーーー!!」
「にょ~~~~~~~!?も・・・もげ?も・・・・げるもげりゅ~~~~!?」

いきなり精神年齢が低下した織莉子にもげるんじゃ?と思われるほど頬っぺたを力一杯伸ばされる。

「噂のオカリン先生がどれほどのものか見せてもら・・・・う・・わ・・・」
「う~~あ~~~ひどいよ織莉子いきなりどうしたんだい?・・・・・・・・・・・・・・織莉子?」

解放された頬っぺたをさすりながら急に静かになった織莉子に視線をむける。織莉子は公園からヨロヨロと、疲れているのかおぼつかない足取りで出てきた岡部を見て固まっていた。いや、正確には岡部を見ていない。どこか遠く、遠いどこか。――――未来。

「織莉子!」
「あ、あぁ!!・・・・・・、ぅあ・・・・あ、ああ・・・・・・・・っ!!」
「織莉子!?どうしたのっ・・・・・ねぇ織莉子!?」

キリカは青ざめ、震える織莉子の体を支える。
そして織莉子がこの状態になった原因に目をむける。それは直感。だが確実。この瞬間このタイミング。原因は彼しかいない。きっと織莉子は観た。未来を。望まない未来を。あの織莉子が。魔法少女の真実を知っても揺るがない彼女が。青ざめ、恐怖するほどの未来を。オカリン先生が。彼が観せた。あいつが原因だ。なら私は。織莉子のために。そうだ。織莉子のため。私の恩人。親友。大切な人のために。最近親しくなった臨時講師。学校に行くのも悪くないと考えさせた人物。見滝原中学校で一番の・・・・いや織莉子の次にお気に入りの存在。―――――だが関係無い。織莉子を揺るがす存在ならば私は―――

―――――岡部倫太郎を排除する

だが

「・・・・・・・・邪魔をするな」

岡部倫太郎を殺す。それを実行しようとした瞬間、岡部が視界から消えた。

「・・・・織莉子・・・・・少しまってて。君の障害になるものは全て私が消す」

だが、周りから見れば消えたのはキリカ達の方だろう。

「・・・・・ああ、織莉子の家にあるといいなって思っていたんだ」

結界に捕まった。
『結界』  世界から隔絶された世界。普通の人には見ることができない空間。魔女と使い魔が支配する独自の世界。脱出の方法は大雑把にわけて三つ、結界の主たる魔女の撃破。魔女の逃走。結界の出口まで逃げる。が、その三つともただの人間ではほぼ不可能だろう。超常の理の存在たる魔女に十全の装備がない人間では相手にもならない。故に魔女自身から逃走することは無い。そんな非力な人間が出口を見つけ、かつ逃げ切れるだろうか?ここで死んだ者は遺体すら元の世界に戻ることはなく朽ち果て、その存在は魔女と共に世界には伝わらない。

「ブルジョアは鎧を置くのがしきたりだもんね・・・・・・・・・でも」

ガシャン!

キリカと織莉子は魔女の結界に捕えられた。岡部の姿が見えないということは彼はギリギリ結界の範囲外にいたんだろう。

「今は・・・・・・いや、有限の私は常に織莉子のためにある。だからさ」

キリカ達はいつの間にかギリシャ神殿の聖地であり廃墟。神聖のようで邪悪。現実のようであり幻。明るいようで暗く。キリカ達の周りには様々な彫刻が飾られた石柱が存在し、それはすべて空中で静止している世界。そんな結界に捕えられた。

「さっさと終わらせよう」

キリカが視線をこの空間の中心に向ける。感情の・・・・・先ほどまで織莉子と話していた温かさも、織莉子が青ざめていた時の慌てていた混乱もすべて消えた、ただただ目の前の障害に対し、冷たい、冷酷な、存在を、ただこちらの都合で一方的に否定する残酷ともいえる態度で語りかける。――――――――目の前の『鎧を纏った魔女』に

『魔女』 人としての形状を保っておらず、その姿は異端にして異形、ものによっては家庭用品や絵画、ヌイグルミ等の玩具の様な存在もいれば、人間の内臓やゾンビ、見ただけで吐き気を堪えなければならないようなグロテスクな形状をしているものもいる。魔女は絶望と呪いから生まれ、絶望と呪いを世界にばら撒く。絶望と呪い。魔女の「それ」を受けたもの、「魔女の口づけ」という印が現れ、印を受けたものは原因不明の殺人や自殺を引きおこす。また魔女は独自の部下、「使い魔」を生みだす。使い魔は生まれた当初は主たる魔女に使えるが、成長するにつれ独自に活動し、いつしか主に酷似した魔女へと成長、進化する。そして魔女は人を襲い殺す。結界に閉じ込め人を殺す。それは魔女自身の意思であるのか、そうでないのか、それに意味があるかもしれないし意味が無いかもしれない。そこに理由があるかもしれないし理由が無いかもしれない。とにかく魔女は人を殺す。絶望と呪いをばら撒き殺人と自殺を引き起こし、人を襲い殺し、使い魔を生みだし魔女をさらに創造する。

そんな人間の理から外れた怪物。化け物。■■■■のなれの果て。

ガシャン!!

『鎧を纏った魔女』 全長は距離があるにもかかわらずキリカが仰ぎみなければならないほどの巨体。黒をベースに銀のラインをひいたデザインの西洋甲冑の上から赤茶色のローブを纏い、肩から甲冑は消え鉄骨を無理やり螺旋状に伸ばした腕(?)、 鎧の隙間から緑色の人間の肌が見え隠れしている。その姿は異形でありながらも神聖な存在感を醸し出している。

「私はオカリン先生を・・・・・岡部倫太郎を排除しないといけない」

その魔女に、――――近づいてくる超常の存在に、人の身では抗うことができない存在に、中学生の女の子であるキリカは臆することも無く、臆する理由が無いとでも言うように軽い足どりで近づく。

ガシャンッ!!

『この程度』は織莉子の障害にならない。だが障害たる岡部の排除の邪魔だから「ついで」程度の気持ちで・・・・・・・・・・しかし速やかに岡部の排除のためにはやはり邪魔だ。

ギギギギギッ!

距離にして5m。キリカにとってはまだ距離があり、魔女にとっては近すぎる距離で互いに止まる。魔女の――――異形の、人間を一瞬でミンチにできる――――腕が、錆びついた自転車のチェーンのような異音を発しながら高く揚げられ、自身を見上げるキリカに

『―――――――――』

ゴッ!!

叩きつけられる。―――――――――――――――――――ことは無かった。

「ん」

ヒパッ!

『!?』

ズンッ!

無造作に振るわれた、なんの技術も、特別力を込めていない腕で振るわれたキリカの動きに、振り下ろされた魔女の腕が―――――体の半身ごと――――――地面に落ちる。

『?』

あっさりと

『―――??』

ガシャンッ!!

半身を失った事によりバランスを崩したのか、見上げていた巨体がキリカの前に膝をつく。
いつの間にか身にまとう衣装が変わったキリカの前に。
キリカに許しを請うように。
キリカに首を差し出すように。
キリカは――――。

『――――――!――――!』






結界が解けた。
『変身』を解いたキリカは織莉子のいる方へ振り返える。―――その背にはバラバラにされた、先ほどまでこの世に確かに存在していた鎧は―――――もういない。
キリカは落ちている黒い宝玉に、グリーフシードに関心をむけることなく織莉子に声をかける。

「織莉子、すぐに―――――」
「キリカッ!」
「え?はっ、はい!?」

岡部倫太郎を排除しに行こう。
そう伝えようとした矢先に織莉子がキリカに詰め寄ってきた。
先ほどまであった一方的なジェノサイドなど眼中になく、そんな出来事があったことも知らなかったように、いや実際彼女は知らないのだろう。そんな些細なことよりも今後の自分達に重大で重要な――――

「彼のことッ!『倫太朗さん』のこと教えてッ!!」
「・・・・へ?りっ・・りんたろうさん?」
「そうよ!彼は・・・・・倫太郎さんがいれば未来が変わるわ!今までどんなに頑張っても私達の未来には光が無かった!
でも・・・・でもねキリカ!あの人なら・・・・・あの人ならもしかしたらっ!!」
「お・・・・・おち・・・・・・落ち付いて織莉子!くる・・・・・くるしい・・・うぷっ」

先ほどまで顔を青ざめていた人物とはおもえぬほどのハイテンションでキリカの肩を掴み激しく揺らす。

「これが落ち付いていられますかッ!?よく聞いてキリカ!」
「うぇ・・・っぷ・・・・な・・・なに?」

ガックンガックン体を揺らされながらキリカは気づく。織莉子の目がグルグル回っている。恐らく混乱しているのだろう。彼女は一体何を観たんだろうか?

「倫太郎さんはどういう訳か未来が不安定なの!ううん、決して近いうちに亡くなってしまうわけじゃなくてね彼は不安定なの!『世界から切り離されそう』というか『この世に完全に定着していない』というか!そのせいで未来が観えづらいんだけ・・・・ど・・・・・・・・あれ?・・・・私は・・・?・・・・?」

どんな未来が彼女に観えたのか?
少なくとも最初は望まない未来だろう。彼女は怯えていたのだから。それはキリカには解る。
では今は?先ほどとは違い頬を染めながら岡部のことを聞く。
未来が不安定。彼女が観た未来は一つではない?
――――――だが
違和感。矛盾。
ハイテンションから一転。織莉子は冷静になる。

「・・・・?・・・・・キリ・・・カ?」
「・・・織莉子?」

また様子がおかしくなった織莉子に心配そうに声をかける。

「・・・・・私は今まで貴女から倫太郎さんのことを聞いてきたけど・・・・・その記憶は確かにある・・・・けどね、キリカ?私はさっき倫太郎さんを見るまで彼のことを・・・彼を・・此処にいると・・・・存在していると理解していなかった・・・の?いえ・・・・今日になって?・・・・初めて世界にいると・・・・認識できた?」

冷静になった織莉子はキリカに感じた違和感を説明しようとした。しかしまだ混乱しているにか、それは己に言い聞かせるように、納得できるように、理解できるように。確認するように。自分で感じたことがうまく説明できないようだった。

「織莉子、私の容量の無い頭じゃ何を言っているか解らないよ?」
「えっと・・・・そうね。ねぇキリカ、貴女はこれまで彼のことをたくさん話してくれたわよね?」
「?うん、オカリン先生は面白いからね。君にもたくさん彼の武勇伝を語ったさ、オカリン先生との出来事もね。それがどうしたんだい?」
「その記憶に違和感は無い?・・・・・私は何故かあると思うの、彼と会ったこともない私が・・・・何故か・・・感じるの・・・・・ねぇキリカ、・・・・・貴女の記憶のオカリン先生は本当に今まで・・・・」

キリカは首を傾げる。
織莉子の言っている意味が理解できない。
いるけどいない?
今まであったことが無いならそう感じても?
ダメだ、やっぱり意味が解らない。
織莉子は頭が良いから。
―――――だが

「本当にこの世界にいたの?」

当たり前のように簡単な日本語が。その言葉が。発せられた理解できる言葉が。質問の意味が理解しづらい言葉が。頭に―――
瞬間キリカは―――キリカの頭は


                岡部倫太郎という人間は本当に

          自分の隣りに








            ―――――――――――――――――――――――――――――――存在して  
いた      か?

「――――――ッ!?」

ゾッとした!全身から鳥肌がたつ。

「・・・・・え?・・・え?」

なんだそれは?震えが止まらない。嘘だ。おかしい。おかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしい。
彼はいた。自分の隣りに。彼はいた。初対面は教室だった。彼はいた。初めて会話した時は嫌いだった。彼はいた。偶然愛について討論して互いの価値基準を語りあった。彼はいた。それ以降チョクチョク絡んだ。彼はいた。親友のことを話した。彼はいた。自分に何度も笑みを浮かべて話しに付き合ってくれた。彼はいた。いたはずだ。いたんだ。

「いたよ・・・・・?オカリン先生はいたんだよ?」

織莉子に・・・・自分に言い聞かせるように。

「そうだよ!いたんだ!今日だってオカリン先生と『いつもみたいに』―――――――?」
「今日以外は?昨日は?その前は?」

いつもみたいに―――――自分の発した言葉がゆれる。そこに織莉子の質問が重なり―――

「・・・・・・あ?・・・・・う・・あ?」

解らなくなってくる。彼は本当にいたか?自分のこれまでの人生に岡部倫太郎という人間はいたか?―――存在していたか?

―――消える

昨日までの彼の姿が記憶から消えていく。

「私は話だけは聞いてきたつもりだけど・・・・・今まで貴女から聞いていた彼と今見た倫太郎さんが重ならないの。なんというか・・・・・今日初めて存在を認識できた。『今日になって』、昨日まで聞いていた人の存在が定着したというか・・・」
「・・・・・いや・・・・・なんとなく解るよ・・・・織莉子・・・・」

薄れていく。自覚すればするほど彼が、岡部倫太郎という人間が、『昨日までの彼が』、自分の記憶から、世界から薄れる。

「彼が・・・・・初対面の人に感じるんだ・・・感じてしまうんだ・・・まるで・・・・・」

キリカはスカートを握りしめる。瞳に涙を浮かべながら。自分の気に入った人が。大切な思い出が。嘘のような。騙されていたような感覚におちいる。

「今日初めてこの世に・・・・・世界に現れて・・・・・・・それを無理やり調節したみたいに・・・・」

世界が。今までの『岡部倫太郎という人間がいなかった世界』に、私達の世界に、『岡部倫太郎が存在していた場合の世界』に無理やり書きかえられた。

「・・・・・・・そう感じるんだ。・・・・・うまく・・・・言えないけどね」
「・・・・いいえ、それでなんとなくだけど解るわ」

自分と違い接触の機会が多かった彼女がそういうんだ。それがもっとも近い表現だろう。
滅茶苦茶な話だ。出鱈目な話だ。支離滅裂な話だ。荒唐無稽な話だ。憶測にもほどがある。
でも

「・・・・・・魔女かな?」

キリカは内から沸いてくるドス黒い感情に瞳が暗くなる。

「今まで見たことの無いタイプでさ・・・・・絶望や呪いをばら撒くみたいに・・・さ。」

なんらかの能力で人間を世界から消す。存在を忘れさせる。または岡部自身が魔女が創りだした存在だとしたら?

「もしそうなら・・・・・・どうしてくれようか?」

キリカにとって世界は織莉子で十分だ。岡部が織莉子の敵なら排除する。それはいい。それはいいんだ。

「でも・・・・・・それとこれとはべつだな・・・・・」

キリカは岡部を殺せる。きっと躊躇いなく。しかし

「彼との思い出を否定されるのは・・・・・否定できてしまうのは・・・・・ゆるせないな」

たとえ今日抱きついた彼が魔女でも、たとえ昨日までの彼が偽物でも

「なんか・・・・・ゆるせないんだ・・・  自分が・・・織莉子・・・・くやしいだ」

自分と一緒にいてくれた。織莉子のように。自分と。私と。一緒にたくさん話した。私を『知っていてくれた』。
仮に最初から岡部が魔女が創った存在ならまだ悩まない。でも―――
もし魔女が岡部を殺したのなら。もし魔女が岡部になり変っていたのなら。

「殺そう」

キリカは先ほどの魔女――鎧の魔女――のときよりも明確な殺意を持って岡部がいるであろう道筋に視線を向け駆け出す。変身して――――キリカの姿が変わる。

右目に眼帯。服装は見滝原中学の制服から黒の姿。黒い襟のたかいロングコート。裾からは白く広がるレース。黒のミニスカートに。太股に白いソックス。黒い靴。コートの腰には黒い菱形のソウルジェム。キリカの魔法少女としての姿。

魔法少女 「どんな願いでも一つ叶える」ことと引き換えにインキュベーターと契約し、魔女と戦う運命を背負う存在。魔女の存在を感知し、単独での戦闘で魔女を滅ぼすことができる稀有な存在。故にそのポテンシャルは常人を遥かに凌駕し、さらに各人オリジナルの魔法をしようする。剣 槍 弓 盾 銃等の武器や、炎や電気、時間等を操る力などを持つ超人。

当然、その力を人間に振るえば結果は先ほどの鎧の魔女よりもはやく肉塊が出来るだろう。

「落ち着きなさい」
「―――え?わぎゅっ!?」

ぼかんっ!!

駆け出すキリカの眼前に金色の刺繍がされた黒い球体が現れて――爆発した。

「もうダメでしょ?落ち付きなさいキリカ、倫太郎さんは確かに謎が多すぎるけど大丈夫よ」

キリカに静止を呼び掛ける織莉子。その姿もまたキリカと同じように変わっていた。
キリカの黒に対する白い魔法少女。亜麻色の髪はサイドテールからかるくウェーブのかかったストレートに変わり、腰まで届く白いヴェールをつけた白い帽子。童話に出てくるお姫様のような真白のドレス。胸元に輝く白のソウルジェム。白の魔法少女。

「さっきはあんなふうに言ったけど彼は人間よ、魔女じゃない。昨日までの存在があやふやなのは確かだけど、今日の彼はちゃんと存在を感じたんでしょ?倫太郎さんとの思い出は確かにあるんでしょ?」
「・・・・・・・静止のツッコミが痛すぎるよ織莉子」

先ほどの爆発は織莉子の魔法だ。魔法少女に変身してなかったら死んでたと思われる。もちろん痛い。

「たしかにある。オカリン先生が人間なら・・・・・・・それは喜ばしいことだ。だけどいいの?彼はそれでも危険じゃないの?君のさっきの取り乱し方は異常だ、彼が原因なら――――」
「確かに私が観た未来は最悪のものもあった・・・・・・でもねキリカ、私が観た未来には光もあったのよ」

親友の彼女が死んでしまう。そんな未来。今まで観てきた未来と変わらない・・・・・いや、それを超える耐えがたい未来もあった。でも

「彼は、倫太郎さんは私達と戦ってくれてた。傷ついた体で、折れかけた『私達』を何度も助けてくれて、一緒に未来を掴むために戦ってくれる未来が観えたの」
「え?オカリン先生が?男だよ?」

魔女に対抗できるのは魔法少女のみ。たしかに結界に入りさえすれば現代兵器も魔女には有効だ。しかしそれにはかなりの装備と弾薬を携帯しないといけない。男とはいえオカリン先生が魔女に対して十分な装備を携帯できるだろうか?そして、それでも常人の人間に織莉子が期待するだけの戦果をあげきれるのか?半端な戦力ならいっそ最悪の未来の回避のために不安の種を今のうちに排除した方がいいのでは?

「男よ、魔法も使えない人。でもね、私が観た未来の彼は―――――」

織莉子は嬉しそうに己が観た未来を語る。自分の探し求めていた未来を見つけたと、暗闇しかなかった世界に光が見えたと、嬉しそうに『頬を染めながら』。

「でもそうね、キリカ、明日倫太郎さんのこと軽く確かめてきて、私はあなたの判断に任せるわ」
「私の独断でいいの?」
「ええ、最悪の未来も確かにあるのだしここは貴女の判断に賭けるわ。・・・・・もっとも大丈夫だと思うけどね」
「すごい自信だね、さっきまであんなに混乱していたのに?」

岡部倫太郎にはまだ不明な点が多い。あの織莉子があまりにも簡単に信用している。彼女が言う最悪の未来を観たにもかかわらずだ。

「まあね、ふふ・・・・・・ねぇキリカ」
「なんだい織莉子、改まって?」
「私達の未来の旦那様によろしくね♪」





「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・え?」

―――旦那様?






「―――――っていう内容だっけ?」
「だいたいあってるわね、・・・・・それで、倫太郎さんは貴女から見てどんな感じだった?」

昨日の回想から復帰したキリカは今日軽く岡部に脅しを込めた対話をした。その時の岡部の印象を織莉子に伝える。昨日ゲットしたグリーフシードを彼に譲ったことも。

「オカリン先生はやっぱりオカリン先生だったよ!昨日までのオカリン先生になにあったかは解らないけどそんなのは関係ない!私はオカリン先生が気にいっている。重要なのはそれだけさ!」
「そのとおりよキリカ!貴女は立派なレディーになれるわね!」

織莉子の胸の中でテンション高く己の意思を織莉子に伝える。
鼓舞する。
確かめたいことがあるから、親友が岡部倫太郎の『いつもの』に勘違いしている可能性がある。彼女は直接の被害にあったことは無いし、現場を目撃したことも無い。自分との会話でしか彼の破壊力を知らない。故に織莉子には耐性が無い。

「・・・・・・それで織莉子、聞きたいことがあるんだ」
「?なにかしらキリカ?」

キリカは慎重になる、真剣に問う。昨日は聞けなかった。あまりにも突然で聞けなかったし、今まで暗い未来しか観てない織莉子が初めて明るい未来が観えたと喜んでいたのだ、あんなに嬉しそうな織莉子は久しぶりに見た。言えるわけがなかった。

「え~と、昨日のオカリン先生が私達の旦那様とかプロポーズされたとか・・・・・・」
「ま、また?私も恥ずかしいのよ・・・・・でも・・・・もうしょうがないわね貴女の頼みならしょうがないわ聞かせてあげるわ倫太郎さんがあの時私にしてくれたプロポーズを真剣な顔で顔を伏せる私に倫太郎さんは―――――」

頬を赤く染める織莉子の話を聞きながらキリカは思う。

(・・・・・・・・・まずい、確実だ)

未来で岡部倫太郎は『いつもの』ように女性を勘違いさせている。確信がある。とくに「倫太郎さんが」の部分。あの岡部倫太郎が自ら女性を口説くだろうか?・・・・・・・・ありえない、あるわけがない。
岡部倫太郎自らプロポーズ?。なんぞそれ?それはもはや神々の領域仏の御業。魚は宇宙へ進出し鳥は大地を開拓、人はきっとティッシュで魔女を駆逐しゲロカエルンは世界を救うだろう。

(・・・・・・どうしてこうなった?オカリン先生・・・・今日見逃した責任はしっかり取ってもらうよ)

未来のこととはいえ・・・・・・思春期の女の子に・・・・・・それも自分の大切な親友にまで・・・・・・

「生まれて初めてのプロポーズがあんな場所だもの吊り橋効果って解ってはいるんだけど本当に嬉しくてねそれでね貴女とも一緒にいたいからキリカもって考えてみたら失礼なトンデモ発言も倫太郎さんったら笑顔で了承してくれてもう私なにがなんやら解らな―――――」

さっきから息づきなしで喋る織莉子に、頭を抱えるキリカという珍しい光景が生まれていた。





?????????

顔を伏せる白の少女に、黒の男女が語りかける。

―――もう無理だよ
「織莉子?」
―――未来がみえないの
「力を消耗しすぎただけだよ」
―――ちがうの 暗い未来しか観えないの
「・・・・・・織莉子」

白の少女は身体を丸め震える。瞳には無数の未来が観える。どれもが先の無い未来。

―――怖いよ
「織莉子」
―――ごめんなさい
「・・・・いいんだよ」
―――ゆるして
「君の力は時に君を苦しめる みんなしってるから」

今なお白の少女の瞳は明るい未来を探し迷走する。無い。無い無い無い。見つからない。

―――震えが止まらないの
「・・・・織莉子大丈夫。大丈夫だよ」
―――みんが戦っているのに
「今は目を瞑ってて」
―――もう何も観たくない
「うん・・・いいよ」

親友の言葉に、無駄だと悟りながら目を閉じる。怖いことから逃げるように・・・・・実際逃げているんだろうと知りながら。




「馬鹿かお前ら?目を閉じて何になる」

そこに黒の少女と似た服装の青年が口をはさむ。沈む白の少女に遠慮なく容赦ない言葉がささる。

―――ごめんなさい
「オカリン先生!」
「逆だ、目を開けろ白巫女。閉じてても不安なだけだろうが」
―――?
「・・・え」
「ここにはお前が望む未来があるぞ」
―――嘘だ
「嘘なものか、いいか“オリコ”良く聞け、ここには――」
『おにーさーーーーーん!プレイアデス聖団全員配置についたよ~!』
『オカリ~ンはやくはやくー!』
『ぎゃ~~~こっちきたー!さっさとしろよ岡部倫太郎!』
『キョ―マ。未来ガジェット“業火封殺の箱”【レーギャルンの箱】いつでもいけるよ』

青年の声を遮り次々と音無き声が聴こえる。念話。たくさんの、たくさんの諦めず戦い続ける声。

「よろしい、ならば戦争だ」
『ふっっっっっっっっざけんなーーーーーーーーーーー!!』
『やぁ~いっぱいきた~!』
『オリコおねいちゃーん、次はどうするのー!!』

―――これは?
「寝ぼけたか?俺達がたてた作戦だろう、まだみんな諦めていないぞ。なのにお前が、ここで諦めるのか?」
―――私は
『またきたー!』
『まあ中心部だしね』
『ティロ・フィナーレ!!』
『お~やったれやったれ!!』
『わー!?あの影絵の連中ついに巴さんまで真似てきたぞ!?』
『なんかスッゴイ攻撃きたよ!』
『・・・・・・・・』
『・・・・・ごめんなさい』
『『『『本人のかよ!?』』』』
「・・・皆元気そうだな。結構、大いに結構だ」
『『『『『『『『『キリカさんそいつ殴っといて!!』』』』』』』

黒い青年は白の少女、織莉子に手を差し出す。

―――私は
「約束しよう、賭けてもいい」
―――でも未来は
「俺が一緒だ。君と共にいる」

黒い青年の姿は一瞬光を発するといつもの白衣姿に変わる。

―――一緒に?
「ああ、俺を誰だと思っている。・・・・・見たくない未来ならみなくていい」
―――でも
「簡単だ。俺だけを見ろ」

顔をあげ、おずおずと青年に手を伸ばす。

「俺がお前の見たい未来をつくってやる!」
『キョ―マ。いまの発言に対し抗議の念話が殺到しているよ?』
「・・・・・・・なぜだ?」

織莉子の手に触れた青年の姿がまた変わる。

―――未来ガジェット0号『失われた過去の郷愁【ノスタルジア・ドライブ】』起動
―――デヴァイサ―『美国織莉子』

「まあいいか・・・・・・・“オリコ”いくぞ」
―――?
「君だって未来をつくりたいだろう?自分自身の力で」

青年が織莉子の手をギュッと握り、伏せていた体を起こす。

「どんなに絶望的でも自分の意思と覚悟で望みに向かうならきっと・・・・・・そう教えてくれたのは君だ。“オリコ”」
―――私が?
「そうだ・・・・・そうやって君は俺を導いてきた、これからもそうしてくれると心強い」
―――それって
『・・・・・念話がそろそろ100件超えそうだよ』
「そろそろみな限界か」
「違うと思うよオカリン先生」
「?」

織莉子が白いお姫様なら、青年はそんな姫を護る白い騎士のような姿

―――ソウルジェム『光と門番を司るもの【ヘイムダル】』発動

青年はいつものポーズをとる。右手にもった剣を前方に伸ばし、左手の人差し指を額につける。

「いくぞ。これより『作戦未来を司る女神【オペレーション・スクルド】』第二段階に入る」

宣言。

「これより、世界から未来を取りもどす!・・・・・さあ、返事はどうした!!」
『『『『『『『『『『了解っ!!』』』』』』』』』』










世界線x.091015



まどか達の買い物に付き合っていた岡部の視界に金髪がよぎる。

「まさか?」

走る。見違いかもしれない。今時金髪などこにでもいる。でももしかしたら彼女かもしれない。走る。追いつく。深めにかぶった帽子から零れる、綺麗な絹の様な金髪をツインテールにし、薄手のパーカーにジーパン。見知った姿とは違う。しかし似ている。傷ついた自分を助けてくれた彼女に。

「ユウリ!」

先行く少女の手を掴む。そこに――――

「―――ッ!?だっ・・・・だれっ?」
「え?・・・・・・あ・・・・ユウリ・・・か?」
「・・・あ・・・・・・ユウリ・・・・・・ユウリの・・・・知り合い・・・・・?」

岡部の目の前に
そこには閃光の指圧師【シャイニング・フィンガー】こと飛鳥ユウリと瓜二つの―――いや、飛鳥ユウリそのものに生まれ変わることを願った少女がいた。













[28390] 世界線x.091015 魔女と正義の味方と魔法少女③
Name: かっこう◆7172c748 ID:3f6e4993
Date: 2011/08/12 02:04

世界線x.091015



『君の願いは叶えられない』




Side 暁美ほむら

『僕と契約して、魔法少女になってよ』
「――ッ!」
「なつ、なに?」
「・・・・ぅっ」

この声にわたしの頭が警告を発する
戸惑いながらもまどかとわたしの体を美樹さんが強く抱きしめる。
脅威が近づいてくるなか突然頭に直接響く声。
気づけば猫顔の化け物、魔女とわたし達の間に白いヌイグルミのような可愛らしい生き物がいた。

『僕はキュウべえ、鹿目まどか、美樹さやか、暁美ほむら。君達にお願いがあるんだ』
「ひっ」
「なっ・・・・なんなのあんた?・・・・また変なのが・・・・あいつの仲間?」
「・・・ィ・・・・キュ・・・・ベー・・・」

まどかと美樹さんが突然のことに体を固くする。この状況で頭の中に聴こえる声、彼女達の緊張は限界だろう。・・・・・・・でも・・・・わたしは
した・・・・した・・・と、今なお近づいてくる足音、それは明確な死をイメージさせる。足音の主の魔女は目の前で人間を殺し続けた悪魔だ。捕まったら最後、確実に殺される。わたしも、彼女達も。ただ買い物をしていただけの自分達に突然襲ってきた。その理不尽に怒りを、その存在に恐怖を抱いた。

なのになんで、なんでだろう

なんでわたしは・・・・あの魔女よりも・・・・この可愛らしいヌイグルミの様な存在に・・・・初めて出会ったはずなのに・・・・せまる脅威よりも明確な

怒りを・・・・・・憎悪を抱くんだろうか?


『違うよ美樹さやか。むしろその逆さ、僕は君達にお願いがあってきたんだ』
「・・・・・おねがい?」
「こんっ・・・・こんなときに・・・・っ」
『君達にはこの状況を覆すことができるんだよ』
「――っ!?ほんとう!?」
『もちろんさ。だから美樹さやか、僕と契約し「その必要はないわ」―――』

「契約」 たしかにこの状況を打破できるなら人はなんでもするだろう。追い詰められているのだから。死はすぐそこまできているのだから。選択の余地は無いのだから。
そしてそれで自分を、友人を助けることができるなら美樹さんはなんでもするだろう。それが得体の知れない存在からの言葉でも、それがどんなペナルティを背負うことになっても、それが考えも及ばない不幸を呼ぶことになっても、それが自身だけでなく周りも悲しめることになっても、それがよく考えず行った行動でも、いきあたりばったりでも、誰かに強要されなくても、魔法少女の真実を知っても、この状況なら、もしかしたら・・・・・・・・・彼女は・・・そしてまた・・・・絶望していく・・・・・・・・そして・・・・まどかも。
二人は本当に優しいから・・・・だから

わたしは美樹さんの腕を解いて立ち上がる。

知らない知識が教えてくれる。
「キュウべえ」と自己紹介した人語を語る生物はこの状況を打破することができる存在。
少女に奇跡を与える魔法の使者。
一つの奇跡の代償に魔女と戦う運命を少女に望む者。
世界の、宇宙の崩壊を防ぐために活動する放浪者。

そして、契約した少女達が絶望し果てることを目的にする「私」の敵。

「わたしが契約する・・・・・・まどかと美樹さんを―――――」

それでも「わたし」は構わない。
頭をよぎった目の前の存在に対する覚えの無い憎しみを無視する。
すぐそこまで死は迫っている。魔女はすぐ傍だ。急がないと。
まどかと美樹さんを殺させない。
もう一人は嫌だと、皆と一緒にいたいと願いながら。
契約すれば一緒にいることはできなくなるかもしれないのに。
その理由も解らないのに。
「私」の知識がやめてと訴える。
でも失うのはもっと嫌だ。
そして、まどかと美樹さんをコイツの企みに利用させない。
だから。

「護る力がほしい―――」

解らない。「わたし」の知らない「私」がコイツを信用するなと訴える。コイツは敵だと。
契約すれば最後、この身は彼女達と日常は歩めない。いつか破滅がくる。私自身の手で。
「わたし/私」は戦いたくない。魔法少女になんかなりたくない。
それでも。

「わたし(私)の願いを叶えて」

胸に、いや、体のどこからか解らない
ただ熱く大切なものが出ていく感覚におそわれて 気を失いそうな瞬間












『・・・・・・・・・君の願いは叶えられない』
「――――――え?」

一気に収まった
何事もなかったように
その言葉の理解を拒む。
その声に視界が歪む。
なにをいっているの?わたしには素質があると言ったのに何故?魔女はすぐそこにいるんだよ?急がないとまどか達が・・・・・あれ?・・・わたしじゃ駄目?なら誰なら?まどか?美樹さん?駄目だよ・・・二人ともわたしの友達なんだよ?だから―――――

『君の願いは既に叶えられている・・・・・・君は一体なんなんだい?訳が解らないよ』
「ほむらちゃん!!」
「ほむら!危ない!!」
『暁美ほむら。君は「すでに」魔法少女にな―――――

ぶちゅっ!!

「あっ!?」

キュウべえの白い体が押し潰された。
まどかと美樹さんが大きな声を出した時にはすでに魔女はわたしの目の前にいた。
そしてキュウべえを潰した。――――潰して殺した。死んだ。キュウべえが死んだ。
死んだ?

「・・え・・?・・あ・・・あ・・・・・ぁっ・・・・ああ」

それはつまり、願いを叶えることができない。
それはつまり、魔法少女は生まれない。
それはつまり、だれも魔女を倒せない。
それはつまり・・・・・・・・殺される

「あ・・・・・あう・・・・・あ」

魔女の視線はわたしを見ている。アニメ顔の猫の瞳がわたしを捕える。
体がいうことをきかない。逃げたいけど動けない。震える体がわたしの意思を無視する。
魔女の腕が持ち上がる。

―――死ぬんだ

自然とそう思った。これは死んだ。逃げられない。動けない。まともに声も出ない。これじゃまどか達に逃げてというのも無理だ。

―――せっかく・・・・まどかと「また」友達になれたのに
―――美樹さんがわたしのこと「ほむら」って呼んでくれたのに
―――こんなのって・・・・・

思考が白濁する。
脳が考えてるのか、動いているのか解らない
何を思えばいいのか、何を考えればいいのか

魔女の腕が振り落とされる。魔女にとっては軽く・・・・ほむらを捕まえるつもりでの動作かもしれない、それでも ほむらにっとては・・・・・・・・・・・どのみち、捕まったらそのへんの人達のように叩きつけられて同じ肉片になるだろうが――――




「~~~~~ッの馬鹿ほむら!」
「――え」

ブン!

目の前を魔女の腕が掠める。
魔女の指の様な腕がわたしに届く前に美樹さんがわたしを引っ張り庇う。勢いがつきすぎて二人揃って転んでしまう。魔女の目の前で。これじゃあ無防備だ。なんで逃げてないの?まどかは?ああもう、これだから美樹さやかは。構わず逃げなさい、貴女まで死んじゃうでしょう?わたしはもういいから―――

「さやかちゃん!?」
「~~~~~~~~っ」
「美樹さん!?」

まどかの絶叫。美樹さんの痛みに震える声。
濁った意識が浮上。
気づいた、自分のあんまりな無能さに。
なんで?どうして?

―――ああ、死んでしまいたい

ああ畜生。どうして、「私」は―――
なんで私はこんなにも馬鹿なんだ。愚かなんだ。なにを偉そうに妄想にふけているんだ。どうしようどうしようどうしよう。全部わたしのせいだ。私がでしゃばったからだ。すべてわたしがまねいたことだ。キュウべえが死んだのは私のせいだ。そのせいで魔女を倒せなくなった。私が・・・・・私がいたから。唯一の希望だったのに。私のせいだ。美樹さんが、優しい彼女が友人を見捨てないと知っていたのに。私のせいだ。

ああくそ、ちくしょう。美樹さんが、美樹さんが

「美樹さん!!」
「こわい・・・こわいよ・・・恭介ぇ」

美樹さんに大声で呼びかける
温かい
「わたし」の声に反応しない
柔らかい
血が、美樹さんから血が出ている
感じたことの無い感触 ―――えぐれてる
こわいと、同じ言葉を繰りかす
背中が
抱きしめられた彼女の体は震えていて
背中に回したわたしの手は温かい液体の感触がして
涙を流しながらもわたしを庇う彼女は優しい女の子で
そんな女の子を怪我したのはわたしのせいで

―――やめて
魔女がわたしに、美樹さんに手を伸ばす。
―――もうやめてよ
ゆっくりと、こんどこそ逃がさないように
―――わたしが死ぬから
異形の腕を伸ばす。
―――こんな私が死ぬから
わたし達を殺すために
―――だから・・・・・もう許してよ・・・・誰か・・・・助けてよ
温かい流れていく彼女の血の感触に
感情が停止して
思考が停止して
世界が停止して
涙が流れ続けた









ポコ



聴こえた音は小さかった

「こわく・・・・ない」
『―』
「なっ!?」

それでもその声に、彼女の世界は動きだす
停止することを許さない
諦めることを認めない

ポコ    ポコ

魔女の顔に小さな小物があたる。
シャーペン、消しゴム、ノート、変な人形、ストラップらしきもの、飴玉。
誰かの鞄に入っていた物だろうか?鞄からバラ撒かれた物を魔女に向かって投げる。

「おまえ・・・・なんか・・・・怖くない」
「だめっ!だめだよ!」

誰が?決まっている。今ここで動けるのは、魔女の視線を、意識をわたし達から自分に向けさせることのできるのは

「さやかちゃんと・・・・ほむらちゃんに」
『―』
「私の友達に」
「駄目、逃げて、まどかーーーーー!!」

鹿目まどかしかいない。

「さわるなーーーーーーーーー!!」

8本ある魔女の腕が彼女を捕え、叩きつけるように大きく振りかぶる。

そして

「オカリーーーーーーーーーーーーーーーーン!!」








Side 鹿目まどか

~~~~~~~~~♪

さやかちゃんに抱きしめられながら震えていると握りしめた携帯から着信の音がして死んでしまうと思った。
バクバクと心臓が破れるんじゃないかと思うほど動いてるのが解る。
着信ディスプレイには『オカリン』の文字。
涙に滲んで良く見えない。それでも『オカリン』の文字が見えた。
震える指で手間取りながら携帯を開く。
着信メールが1件
さっきまで何処にも通じなかったのに。
訳が解らない、でもそれ以上にこの状況の方が解らない。どうしてこうなったんだろう?
私達はただ買い物をしていただけなのに、どうして?どうして皆殺されているの?私達が何をしたの?どうして?どうして?
あのオバケはなに?

『僕と契約して魔法少女になってよ』
「・・・・ぅっ」

この声もだ。頭に響く声。テレパシー?漫画やアニメにでてくる?そんな馬鹿な・・・・・でもこの状況ではありなのかな?
パニックなっている頭は何も考えてくれない
震える身体は動かない
思考は異常に対し停止し
体は意思に反し活動を拒否する
魔法少女?魔法少女になれば助かるのかな?「さやかちゃん」と「ほむらちゃん」は助かるかな?なら私は―――――

「その必要はないわ」
―――?

混乱する頭で、恐怖でパンクしそうな頭で、死んでしまいそうな頭で今私に出来ることがあるんだと思った。
それが現実逃避のような行動でも。
でも、ほむらちゃんがさやかちゃんと話していた宇宙人(?)っぽいキュウべえの台詞を遮る。
どうして?キュウべえは私達を助けてくれるかもしれないんだよ?なんで?
さやかちゃんの腕を優しく解き立ち上がる
震えて呼吸することさえ困難な私とは大違いだ
でもなんで?
なんで必要無いの?
何故立ち上がれるの?
怖くないの?
それに―――

「・・・・・・?」

どうしてそんなに怖い顔でキュウべえを睨みつけるの?
ほむらちゃんの表情は

「わたしが契約する・・・・・・まどかと美樹さんを―――――」

どうしてそんなに泣きそうなの?
辛そうに、いやだ、いやだと訴えるような気持が伝わってくる―――どうして?
顔を見て、目を見て、声を聞けばわかる。彼女は怖がっている。キュウべえに。
この状況で何故?目の前のオバケのことじゃない、キュウべえに怖がっている?
ほむらちゃんは「キュウべえ」から私とさやかちゃんを引き離すように、隠すように私達とキュウべえの間に立つ。

「わたしの願いを叶えて」

表情は見えない。
でも、その声には意思があった。覚悟があった。勇気があった。
でも、その声には諦めがあった。逃避があった。嘆きがあった。
その声は諦めない覚悟と勇気があった。
その声は意思なき逃避と嘆きがあった。
その声はどこまでも矛盾していて
それでもその声は
その声はどこまでも―――優しかった

でも

『・・・・・・・・・君の願いは叶えられない』
「え?」
『君の願いは既に叶えられている・・・・・・君は一体なんなんだい?訳が解らないよ』



した・・・・・した・・・した・・した した。

視界に影が差す
血の気が引いた
気づいた、呆けてる場合じゃない
関係無い。そんなことより目の前に・・・・ほむらちゃんの前にきている。
ほむらちゃんの前で大きな腕を振り上げている。
だめだめだめだめだめ
震えてた声が、出せないと思っていた声が自分でも驚くほど大きな声ででた。

「ほむらちゃん!」
「ほむら!危ない!!」
『暁美ほむら。君は「すでに」魔法少女にな―――――     ぶちゅっ!!「あっ!?」

その音に体がまた硬直する。
怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い
さやかちゃんの体にしがみ付く。
やだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだ
この音はさっきまで散々聞いた肉の潰れる音。
助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて
今の音は?潰れた白色・・・・キュウべえ?死んじゃった?どうなるの?ほむらちゃんは?

「・・え・・?・・あ・・・あ・・・・・ぁっ・・・・ああ」

声が聞こえる、生きてる!よかった!助けなきゃ、ほむらちゃんを――――――
顔を上げる。そしてまた固まる。

―――ああ、「それ」じゃダメだよ

「あ・・・・・あう・・・・・あ」

ほむらちゃんの声が聴こえる。震えているんだろうな。怖いんだろうな。私と違って目の前に悪魔がいるんだ。私達のために立ち上がってくれたから。それにくらべて私は恐怖に顔をまた伏せてしまう。友達の危機に目を逸らす。

―――私なんかに何ができるの?

さやかちゃんは自分もとっても怖いはずなのに慰めてくれた。抱きしめてくれた。震える体で、涙を零し続けながら。それでも私達を護ろうとしてくれた。
ほむらちゃんは今日初めて出会った私達のために契約というものから、恐らくなんらかの懸念があるんだ、ほむらちゃんの声からわかる。それを知っていながらその身を差し出した。私達のために。

―――ねえ、私に何ができるの?

二人ともホントに怖いはずなのに、逃げ出したいはずなのに
二人ともホントに怖いはずなのに、逃げ出さない。
正確には逃げられないだけど、仮に逃げれたとしたら二人はどうするかな?

―――私は私に、何か出来ると思っているの?

それでも誰かを、私を庇うのかな?
二人は優しいから。
共倒れになっても、巻き込まれても、人によっては愚かと評されても
それはきっと、強さといってもいいはずの二人の優しさ。
なのに私は守られているだけで何もできなくて、ただ震えていることしかでき―――

「~~~~~ッの馬鹿ほむら!」
「――え」

ブン!

さやかちゃんが私を振りほどき―――また誰かを護る
その姿に憧れと恐怖を抱いた

赤 あか 血 ち

「さやかちゃん!?」
「~~~~~~~~っ」
「美樹さん!?」

ああ、気づけばさやかちゃんがほむらちゃんを助けていた。
私がしがみ付いていた震える体で
あの状況で動ける、誰かを助けきれる彼女が
誰かのために行動できる彼女が
私の大切な友達が
さやかちゃんが


赤い血

さやかちゃんの背中から血が出てる。
見てしまった。
オバケの腕に引っかかった制服と■。
さやかちゃんの背中の■。

―――なにか出来る?

オバケの腕からほむらちゃんを庇って背中に鋭い爪があたった?
血が出てる!

「美樹さん!!」
「こわい・・・こわいよ・・・恭介ぇ」

―――なにか?

二人の声を聞いて私は



―――なにもしない
―――なにもできない

―――私は


―――得意なことも   自慢できることも 才能も 何も無くて
―――何ができるのか 何がしたいのか
―――何をしたらいいのかも 解らないまま 毎日をすごして









沈んだ視界に

   『―――――』



                              めーる



私は

                  気づけば



ポコ

「こわく・・・・ない」

お前なんか怖くない。

『―』
「なっ!?」

ポコ    ポコ

魔女の顔に小さな小物をぶつける。
シャーペン、消しゴム、ノート、変な人形、ストラップらしきもの、飴玉。
鞄からバラ撒かれた物を魔女に向かって投げる。

「おまえ・・・・なんか・・・・怖くない」

許さない。もう許さない。

「だめっ!だめだよ!」

ほむらちゃんの声が聴こえる。

「さやかちゃんと・・・・ほむらちゃんに」

でも止まらない。止めるつもりはない。止めたくない。
このオバケはさやかちゃんを傷つけた。
ほむらちゃんを泣かした。
優しい私の友達を殺そうとした。
ようやく理解した。
今までできなかった。
理解しようとしなかった。
コイツは殺そうとした。
殺そうとしたんだ。
絶対に許さない。

『―』
「私の友達に」

体の向きを私に向けたオバケと視線があう。
私に異形の腕を伸ばす。

「駄目、逃げて、まどかーーーーー!!」

携帯を握りしめる
なんだその顔は、よく見ると愛嬌がある猫顔だ
それならまだゲロカエルンの方が不気味だよ
それなのに調子に乗って私の友達を傷つけたんだ
お前なんか怖くない、お前なんかに負けるもんか
お前なんかに私の友達を殺させるもんか
私の優しい友達 大切な友達 自慢の友達 私の―




     私の最高の友達に




「さわるなーーーーーーーーー!!」

目の前のオバケに物を投げ続ける。
こんなのにオバケは怯まない、怖がらない、恐れない。
それでもいい。私はコイツが許せないんだから。
私じゃ絶対にコイツには勝てないけど。

『無理かもしれない』
『何度も繰り返した』
『無茶だったかもしれない』
『何度も失敗した』
『でも』『だけど』
『『絶対に無駄なんかじゃなかった』』

誰の言葉だっけ?
友達を傷つけられた、泣かした。酷く傷つけられたんだ
絶望?憎しみ?違う
違う違う違う違う
私は怒ってるんだ。力の差がなんだ
彼の言葉?彼女の言葉?
あらゆる方法を、あらゆる手段を、あらゆる可能性を考えろ
私の行いは無理かもしれない。友人を助けることはできない
私の行動は無茶なのかもしれない。人の身であのオバケは倒せない
でも    でも    それでも
一分でも一秒でも一瞬でもほむらちゃんとさやかちゃんをオバケの意識から逸らす
ならそれは絶対に無駄じゃない。
彼のように 彼女のように
その時間で奇跡が起こるかもしれない。「二人は」助かるかもしれない
滅茶苦茶?支離滅裂?荒唐無稽?
知らない、それがどうした。関係あるもんか。

継ぎはぎだらけのオバケの腕が私の体に絡みつく。
予想していたよりもずっと温かく、いや、熱く、ドクドクと脈をうっていて気持ち悪い。
そして私の体を高く振り上げる。―――あとは叩きつけるのみ。私は死んじゃう。

(・・・・・・・・私がんばったよね?)

一気に冷えた頭で思う
怖い、恐ろしい、死にたくない。
ママ、パパ、たっくん・・・・・・・・オカリン
握りしめた携帯電話に視線を向ける。

(・・・・・・・これ・・・投げなかったな)

彼からのメール。さっき届いたよくわからないメール。
何もできなかった 何もしなかった 何も解らなかった 何かしたかった
たった五文字の文章。短い言葉。ちょっと寂しい。

(最後のメールが・・・・・・・・・でもやったよオカリン。私がんばったよね?)

メールの内容通りにした。 ―――何もできなかった私が
いってやった。あのオバケに。私が。 ―――何もしなかった私が
怖がりな私が大きな声で。 ―――何も解らなかった私が
うん、私がんばった。えらい。 ―――できたから
だから 
      だから

(・・・・・・きっと、褒めてくれるよね?)

何かしたかった私は友達のために何かできた。
もう怖くて泣きそう。いやもう泣いてるんだ、涙で前がみえないや。
これで最後、ならもう一度だけ。
メールの通りにしよう。
うん、それがいい。
最後までこんなオバケに付き合うこと無いよね?
だからもう一度。
オバケの腕が最高頂まで延ばされた。
すぅー 息をおもいっきり吸う。
あとは叩きつけられるだけ
あとはメールの通りにするだけ
見えない空を見上げる
ただの五文字。短い文章。意図が解らない文。状況と関係ない。意味が解らない。主語が無いメール

――――――――――でも、それでも 彼には届かないけど それでも 


       『大声で呼べ』


「オカリーーーーーーーーーーーーーーーーン!!」












                    「―――――――――――」


声は    

ヒィン

耳に届いたのは風を引き裂く小さな音
目に映ったのは小さな影
届いた言葉は彼の言葉

「・・・・・・あ・・・・・オカリ・・・・ン?」

オバケの動きが止まる。視線を抱え上げた私を越えてさらに上に

ィィイイイイイイイイイイイイ!!

耳に聞こえる音はロケットのような音
目に映ったのは壊れた大きなハサミを持った彼の姿
そして

ドゴッッッッッッガァアアアアアアアアア!!!

衝撃。そして浮遊感。

「きゃっ!?」
「ん」   ポス

一瞬の落下感を味わって抱きとめられる。
視界の端にオバケの腕が落下していく。
オバケは突然現れた彼から距離をとるため一気に跳躍し離れた。
それと同時に私も地面に落ちる、というか落とされた。

「え・・・・・ほえ?・・・・・・・私・・・・?わきゃ?」
「・・・・・・・・ぎりぎりだな・・・・・・まったく今回の世界線は」

彼の声。落ち着いた。けれど怒ってるような安堵してるような声
落ちた際にお尻をぶつけて痛い。
彼は私を無視してほむらちゃんとさやかちゃんに声をかける。
身体を屈めてさやかちゃんの傷口を確認している。
ほむらちゃんを庇うように倒れるさやかちゃんを

「・・・・・・・・・ふぅ、相変わらず君は誰かのために傷つくんだな」

バキィィン!

彼の右手から右肩までを覆っていた黒い甲冑の一部、肩の部分が独りでに解け魔法のように空中に舞う。
それはさやかちゃんの傷口に被さるように動き始めた。

「・・・・・・・・恐怖に震える身体で誰かを守れる君は本物の英雄だ・・・・・・君と出会えて・・・・・本当によかった」

彼は、オカリンはさやかちゃんの髪に優しく触れる。
気を失っているのか返事が無いさやかちゃんに微笑む。
慈しむように、大切な宝物に触れるように。

「ほむほむ、二人を頼む。『あとのことはまかせろ』・・・・・・といっても出遅れた訳だが・・・・・まあ、お前も相変わらずだな、おおかた力が、記憶が無いのに魔女相手に挑もうとしたな?」
「お・・・・岡部・・・さん?」
「鳳凰院だ」

ほむらちゃんの手をひき、体を起こしてあげた彼は安心させるように微笑む。
状況がよく解っていないのか、ほむらちゃんは呆気にとられている。
私もなんだけど
ポンポンッ!と、ほむらちゃんの頭をやさしく叩くオカリンを見る

いつもの白衣姿。
ぼさぼさの黒髪。
右腕に黒い甲冑?
そしてさっきの衝撃を生みだした物。
壊れたハサミ、片刃の大きな刃、この空間のどこかにあった物を剣のように利用しているのだろう。
いつもと同じ彼だけど、やっぱり違う彼。
さっきのが現実ならオカリンはこの空間の最も高い所から落ちてきた。
見上げる私の視界には学校よりも高く感じる天井。
人があの高さから降りて無事でいられるの?
オカリンはあのオバケ・・・・魔女?を知っているの?
なんで?どうして?ねえオカリン
どうしてオカリンからあの魔女と同じ気配がするの?
オカリンは本当にオカリン?
本物?オカリンは私の幼馴染――――

ガチャッ

思考がゴチャゴチャになりかけたとき、彼の右腕の甲冑がハサミを握る。
それに今思った事を悟られたと思いビクッ!と震える。
一閃

「――――フッ!」

オカリンが後ろを確認しないままハサミを放つ
ゴッ!!と風を切る音
あまりの速さに目で追えなかった

バキン!

「・・・・・チッ、さすがに不意打ちでは無理か。やれやれ、まどか」
「はっ、はい!?」

でも結果は解った。
背中を見せていたオカリンに襲いかかろうとしていたオバケ、魔女に放ったハサミは、さっきのオカリンが私を助けてくれたときの傷をこの時間で再生、癒し、鞭のように撓らせた腕でハサミを迎撃された。

「声・・・・・聴こえたぞ。がんばったな」
「――――あ」

その言葉に その声に その表情に
バサァッと白衣を翻しながら立ち上がる彼を見上げる
―――オカリンだ
疑念は晴れた
―――オカリンだ
左手で髪をクシャッ と撫でられながら彼が横を通り過ぎる
―――いつものオカリンだ
魔女へと向かう彼は毎日見ている姿
自信に溢れる頼もしい背中
右腕の甲冑なんか関係ない
彼は来てくれた
叫びに答えてくれた
そうだ私は知っていた
彼は 
岡部倫太郎は 
鳳凰院凶真は 
オカリンは
幼馴染で 
狂気のマッドサイエンティストで 
優しくて 
元気をくれて


「オカ・・・・・リン」
「ん?」
―――いつだって
「オカリン」
「おう」
―――どんなときだって
「オカリン」
「ああ」
―――私にとって
「助けて・・・・・・・さやかちゃんを、ほむらちゃんを・・・・・・」
―――彼は
「助けて!!」
「舐めるなよまどか」

私の願いに対し叱責、そして訂正

「え?」
「俺を誰だと思っている!俺は『全員』助けるぞ」
「・・・・・?」
「『お前も』俺は助けるぞ、いいかげん助ける人間に『自分を』含めろ」
「―――あ」
―――オカリンは
「遠慮するな、絶対助けてやるからな」


―――『正義の味方』なんだから








―――未来ガジェット0号『失われし過去の郷愁』【ノスタルジア・ドライブ】起動
―――デヴァイサ―『バージニア』
―――展開率34%

「さあ――――戦いだ」

―――【OPEN COMBAT】




あとがき
まどかの心理的描写を書きたかったんですが、書けば書くほどサイコな電波になって・・・・・
大幅に削除
うまく書けなくて申し訳ありません
他の作品をみて勉強勉強です




[28390] 世界線x.091015 魔女と正義の味方と魔法少女④
Name: かっこう◆7172c748 ID:3f6e4993
Date: 2011/09/08 01:26
世界線x.091015

岡部倫太郎は知っている。自分が弱いことを

何度経験しても慣れない
何度戦っても怖い
何度死にかけても強くなれない

きっと、一生この弱さと共に生きていくんだろうと








(―――違う!?)―――慣れない

ゴウッ!!

岡部のすぐそばで風が凪ぐ音がする
全身を冷や汗が伝う 思考する
襲いかかる影、視界を最大限まで広げ目の前の現状を再確認
距離にして約10mの位置に存在する魔女
結界から脱出するには魔女を撃退または駆逐しなくてはならない
自身にそれは実行可能か? 思考する

バキンッ!  右からきた影を右腕の甲冑でたたき落とす

(くそったれが、グリーフシードじゃ、いや、俺一人じゃ魔女単体にすらこのざまか)―――怖い

再度の攻撃に備え再び甲冑が“打ち込まれた”右腕を身体の前に突き出し、拳を握らず構える
可能、しかし20%以下と予測
眼前の魔女の知識を再確認 猫の魔女『ステーシー』
3mを超える身の丈 双頭の猫 背中から生えた8本の腕 継ぎはぎの女性の身体
腕の一本一本が成人男性の腰ほどある太さを持ち指先は鋭い爪 長さが身長と同じ約3m
直接の戦闘経験無し されど別の世界線での情報有り 二件

『―――――――――――』

魔女が笑う 笑ったのかもしれない 笑ってないのかもしれない
ただ、岡部には笑って見えた
ぎちっ 魔女が口を歪ませ吠える―――その残響が絶えぬ内、
五つの影が岡部を襲う

「ッ!」 ガガガガガンッッ!!

右腕を振るう 他の部位で受けてはいけない 思考する
捌く 被弾なし 右腕の『呪い』が這い上がってくる    ―――気持ち悪い
速く 鋭く 一撃でこちらを行動不能に出来る影
魔女は一歩も動いてはいない 互いの距離は10m
ゴウッ!目の前に映る影 高速に動く8本の腕
その継ぎはぎだらけの腕を振り回す 目視は困難

(前の世界線で聞いた特徴と違う?)   ―――予想より強すぎる

この身はすでに人間にあらず
右腕に装甲された黒の甲冑 ―――魔女
呪いにより肉体のポテンシャルは人間を凌駕する
情報を確認 思考する
M・Tさん「出てきたところを一撃で・・・・弱かったですよ?」
K・Kさん「出てきたところをこう、さくっと・・・・・・え?終わりだよ」
情報提供者に難あり そもそも情報とはいえない 強すぎたのか 魔女が弱すぎたのか ―――否

(「俺」が弱すぎるんだ) ―――強くなれない

この距離で相手の腕―爪―が届く “伸びている” ブチブチ プチプチ ―――不快音
継ぎはぎだらけの腕から腕が生える 伸びる 法則無視 当然 あれもまた奇跡の存在
消えゆく現実に抗う力 エントロピーの法則を凌駕する力
右腕に不快感 呪いが這い上がってくる ―――吐き気がする
ダイバージェンスの海を渡り アトラクタフィールドの壁を超え 収束を破壊する力
魔法 奇跡 岡部倫太郎が望み 欲し 求め 彼個人では欠片も得られない力

(このままでは・・・・)

ガンッ!   ギンッ!   ゴッ!      ぶしっ!

『―』
「ッ!」

被弾 左足に出血 薄皮のみ がくん と身体が傾く ―――痛い 苦しい 熱い
魔女の影―腕―が加速 速く 強く 強靭に 同時に襲撃 全ての影は距離を詰める
魔女は動かない 距離は変わらない しかし道は出来た 今まで影が邪魔していた魔女までの最短ルート
全力で踏み込む 好機にして勝機 20%以下の可能性
彼我の戦力差 圧倒的不利

「おおっ!!」  ドンッッ!!

踏み込んだ地面が砕ける 駆ける 翔る 凶刃が身体を引き裂く 直撃無し 全て突破
正面に魔女 顔面 右腕 全開 呪い 嘔吐感 一撃で ―――何度経験してもなれない
自身の戦力 右腕の黒い甲冑 鎧の魔女『バージニア』 グリーフシード 偽り無き奇跡
失われた魔女としての力 34% 僅かばかりを美樹さやかの手当てに ―――直撃

――ずどむっ!

サンドバックをバットで殴ったような重低音 水袋? 感触 魔女の首がのけぞる それだけ 踏みとどまる 倒せない
左の視界ギリギリに影 回避 空中 不可 右腕の甲冑 咄嗟に左目を庇うように

(―――――――ああ、・・・・・・・・・無理か)

衝撃に岡部の視界は左の光を失い、そのまま吹き飛ばされた






「オカリンッ!?」
「ッ!」

まどかとほむらは岡部が巨大な裁縫用の毛糸玉の山に突っ込むのを見て血の気がひいた
最初は岡部と魔女、実力は拮抗しているように見えたが、すぐにそれは勘違いと気づいた。
岡部は辿りつけないのだ、魔女に。
鞭のように撓り、高速で動くそれは、それだけで魔女を守る盾となり一瞬で槍になる。二人にはそれがただの影にしか見えないほどの高速。
岡部はすでに人間の動けるスピードを越えた動きで影を右腕一本で凌いでいた。凌ぐしかなかったのか、岡部が近づこうとしてもその度に影に阻まれ体を弾き返されただただ防戦一方の構図ができた。
魔女は余裕なのか一歩も動かない。影は彼に届くのだから、対し岡部は右腕以外は生身、動きこそ人間離れしているが明らかに無理をしている事が解る。
そして今
ドンッ!という音と共についに魔女に接近し、一撃を与えた岡部は、魔女のただ一撃で吹き飛ばされた。

「オ・・・オカリン・・・・オカリンッ!」
「だっ、駄目だよまどか」
「オカリンが・・・・・・オカリンが!」

よろよろと、まどかは岡部が吹き飛ばされた巨大な毛糸玉が山積みにされた、今崩れていく場所に近づこうとし、ほむらが静止の声をかけるがまどかは止まらない。
ふらふらと、

『―――――』

そして、岡部が埋もれている場所に、その前に魔女はいた。
魔女が近づいてくるまどかに視線を向ける。
そこでようやくまどかの動きが止まる。
魔女は身体はそのまま崩れた毛糸玉に向けたまま、視線と一本の腕をまどかに向け――――

ゾクリッ  背筋に悪寒が走った

「まっ――――――」
ぼっ!!

ほむらが声をだしきる前に魔女の腕はブチブチッと不快音をたてながらまどかの顔に伸びる。

その動作は魔女にとっては何気ない動きの一つで
ほむらにとっては言葉一つ発することができない速さで
まどかにとっては腕を向けられたところまでしか知覚できなくて
その腕は、その爪は



バギャァァァァァァンッ!!

まどかの眼前で、黒の光沢を放つ物体がその身を破壊されながらも弾き返す
それは後になって美樹さやかの傷口を覆っていた黒の甲冑だったとわかった
まどかは未だ何が起こったのか解らず
ほむらは目を瞬きする暇もなく
魔女は予想しなかった手ごたえに一瞬の躊躇を生み  

―――――直後 魔女の正面で 風と声が炸裂した

「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!」

自身の体の上に積み重なっていた人間サイズの毛糸玉の山を吹き飛ばし岡部は駆ける
走る 駆ける 翔る 飛ぶ 跳ぶ 
左目は潰された 右腕の甲冑は爪の直撃で貫通していた
目と掌に蛆が這いずる様な感触がする 修復と再生 呪いの進行が加速
バボッ!岡部に向かって魔女が左の側の4本の腕を高速で打ち出す 伸ばす 加速する腕 影 必殺の爪

いかに巨大でも裁縫道具では決定的なダメージを与えられない
右腕の甲冑でも出力不足 倒しきれない

走る 駆ける 翔る 飛ぶ 跳ぶ 跳躍 飛翔
4本の影を飛び越える 空中 逃げ場無し 回避不能
ズギュル!!
一瞬で魔女の右側の腕が絡み合い一本の腕になる
ぎちぎち!
絡み合った魔女の腕が軋んだ音を上げる 視線が交差 伸ばされた岡部の拳は魔女にはまだ届かない 二つの猫顔が刃の様な歯を愉快そうに歪めている それは一瞬の出来事
届かない 黒の甲冑は魔女を倒す奇跡に届かない

この空間には代償無き結果は存在せず 対価無き奇跡は有り得ない

「穿てッ!!」

ギシィッ と異音を放ち黒の五指が

故に、代償ある結果は存在し 対価あり奇跡は有り得る

―――『firing』

白衣 深紅の携帯 電子音
ズパンッ!! “岡部の五指が発射”され魔女の頭を突き刺し、抉り、――――貫いた

『―――!――』
「ああああああああああああああああっ!」

魔女の右腕は岡部に放たれること無く震え、二つの顔を一つ潰され悶える
着地 これが最後 踏み込み 叩きつける

ズンッ! 指無き拳を魔女に叩きこむ 魔女の体がくの字に曲がる

(―――右腕 どのみち時間切れだ―――― くれてやるっっ!!)

「バージニアーーーーーーーーーーーーッ!!!」
―――『burst』

その叫びと炸裂する光と音が、世界を白く包みこんだ












「オカリン!オカリン!」
「・・・・う・・・・・・・あ・・?」

ゆさゆさと体を揺らされ、痛む体の痛覚と、まどかの呼び掛けに岡部は目を覚ます
気絶していた そう頭が理解した瞬間体をはね起こす

「魔女はっ!?――――ッぐぅ・・・・・ぁ・・・・・がっ?」
「駄目だよオカリンッ!もういいんだよっ!・・・・・・このままじゃ死んじゃうよぉ」

激痛に倒れる岡部の背中をまどかが支える
が、身長差があってまどかは岡部と共に後ろにそのまま倒れる
まどかは小さな悲鳴を上げたがすぐに体を起こし岡部に縋りつく、もう彼が動かないように 傷つかないように
まどかは倒れた岡部の頭を優しく、でも強く抱きしめた
叫びに答えてくれた彼を 助けに来てくれた こんなになるまで戦ってくれた彼を

「・・・・・っ・・・・・まどか」

その温かい感触に岡部はまた気を失いそうになるがなんとか耐える
本当はすべて投げ出して眠りたい 魔女がいないなら結界は解けて元の空間に戻る 後のことは知らん 頭は休息を要求している
―――でも

「さっきのオバケならもう動いてなっ・・・・いよ・・・・・・オカリンがやっつけたんだよ・・・・・・・だから、だからもう動かないでよぉ、オカリンいっぱい血が出てるんだよ?右腕だって・・・・・うっ・・・・うっ、ぐすっ・・・・・うぅ~~~~~~」

額に温かく、熱い水滴がぽろぽろ落ちてくる まどかが泣いている
ならば岡部倫太郎にはまだやることがある
体の様子を確認する まどかに目立った外傷はないようにみえる
視線を横にずらせばほむらがさやかの体を支えながらこっちに向かってくるのが見えた。
泣きそうな、こちらを心配するような視線を向けている
さやかもちゃんと確認はできないが動かせる程度には傷は塞がったのと判断する
・・・・・とりあえず三人共無事らしい
―――なに、問題無い
そう言いたかったが右腕に違和感を感じ視線を向ける
すぐに逸らした。
今、右腕には弾け飛んだ甲冑が戻ってきていて失った肉体の部位を再生・修復していた
それはいいことだ だが欠けた黒の甲冑の隙間からは血が絶えまなく流れ続けピンクと白の筋肉のようなぶにぶにしているモノが見えた
感覚がまるで無いが、意識すれば痛みを感じそうで怖い
それに蛆が這い上がってくるあの独特の感触は正直嫌いなので痛覚、感触が感じられないのに場違いの安堵
呪いも気になるが今呪い【バージニア】を解除すれば余裕で死ねるだろう

(・・・・・・・・・・右腕の肉のほとんどが持っていかれたな)

最後の攻撃 装甲を炸裂させて相手に叩きこむ純粋な力技 一時的に火力を上げる捨て身の攻撃 岡部が独自で編み出した本来のノスタルジア・ドライブでの使用を想定されていなかったグリーフシードでの攻撃方法 
一応前方に向けて炸裂するが基本的に無理やり装甲している(肉体に直接打ち込まれている)ので、炸裂させれば肉ごと弾ける

(・・・・・・まぁみんな生きているし、覚悟の上・・・・といえば恰好もつくが・・・・結局は俺の力不足なんだよな)

幸い、この使い方は本来の使用方法よりも肉体の再生、修復が驚異的に高い、魔女様々だ
三十分もしないうちに完全に回復するだろう
だから心配無いと、まどかに声をかける

「・・・・・・大丈夫、心配するな」
「う~~っ」
「いや痛い、痛いから」
「う~~~~~~~~っ」
「あーあれだ、見た目はヤバいがすぐに治る。英雄をみてみろ、今頃背中の傷は塞がっているはずだ」
「う~~~~~~~~~~~~~~~~~っ」
「ちょっ、ほんとに、まどかさん?ロックしすぎだ・・・・・後頭部にアバラがあたって痛いんだがっ」
「・・・・・・先生、それはセクハラです」

岡部はう~う~唸りながら岡部を抱きしめるまどかを何とか宥めようとし、近くまで来たほむらから注意を受ける
ほむらは気絶したさやかを横にし、う~、と泣き続けるまどかの頭を優しく撫でる
ほむらの姿は三つ編みにした髪がほどけてストレートに伸びていた

「・・・・・大丈夫か?」
「美樹さんなら大丈夫です、少なくとも背中の傷は完全に塞がってます」

おちついた表情でまどかをあやすその姿に岡部は違和感を覚える

「ほむほむ」
「ほむほむ言うなっ!・・・・・・いえ・・・・・・なんですか?」

岡部の呼び掛けにほむらは強気に返事を返す
このほむらはお昼に紹介された時に感じた知らない人間の雰囲気じゃない
岡部の知っている少女に似ている 似すぎている

「お前に聞きたいことがある」
「ええいいですよ、「私」も貴女に聞きたいことがあります」

この世界線でほむらは魔法少女になっていない
この世界線にほむらはタイムリープしていないはずだ
アイツはいっていた、自分の時間逆行は転校してくる 退院時にしかしたことがなかったと
この短時間で魔法少女になった?なら戦っていたはずだ キュウべえは見当たらないし変身もしていない

「・・・・・疑問は多々あるが今は・・・・・・まどか」
「う~~~~~」
「・・・・・てい」
「――ひゃん!?」

いつまでもくずっているまどかの脇を左手でつつく
突然の感触にまどかは普段はだしたことのないレアな声を出してしまい
ほむらはそんなまどかの姿に目を奪われながら岡部に拳を放つ
岡部は殴られながらもふらつく体で立ちあがろうとする

「あっ、オカリン駄目だよ!」
「先生まどかのいうとおり横になっていた方がいいですよ」
「・・・・・そうしたいのはやまやまなんだがな」

岡部はよろつきながらも立ち上がりまどかを引き剥がす
右腕からの血はまだ流れ続けているが指先の感覚は戻りつつあった

「オカリンッ!」
「なら―――」
「結界がまだ解けない、遅すぎる」
「「え?」」

―――ずるずる   ―――ずるずる

再生され、両目が使えるようになった岡部は気づいた いまだに解けない結界 それはつまり魔女がまだ生きているということ そして視界の先に見つけた異形の存在と重い物を引きずる異質の音

「離れてろ、今度こそ「――――だっだめだよ!」―――ほむほむ」
「・・・・はい」

岡部の声をまどかが遮るが岡部はまどかを無視しほむらに声をかける
ほむらは一瞬躊躇したがすぐに行動に出た
さやかを抱えまどかの手を引き、さがろうとする 魔女から

――ずるずる

岡部の、ほむら達の視線の先には、腹から内臓を垂らしながら図太い裁縫糸で無理やり収めようとボトボトと血を流しながらこちらに近づいてくる猫の魔女
その二つの顔のうち一つから脳みそのようなものをたらしながらもギラギラと血走った眼を岡部に向ける

「・・・・・・・・・・・・・やれやれだ」

はぁ とため息をついた岡部は魔女にむかって歩く
右腕は動かない 体に力が入らない 

「オカリンッ!!はなしてほむらちゃん、オカリンが!」
「・・・・・・・」
「まどか」

魔女に向かう岡部をまどかは止めようとするがほむらがそれを許さない。まどかの手を引きさやかを支えながらのためゆっくりだが、それでもその場から離れようと努力している

「あまりほむほむを困らせるな」
「~~~でもオカリンは!」
「・・・・・・英ゆ・・・・・・・・さやかはどうする?二人と一緒に隠れてろ」

まどかの叫びの意味を岡部は拒否する
友人をそのままにするのかと、ある意味脅迫じみた言葉でまどかを引き離す
何も言えないまどかを、ほむらにいやいやながら引きずられるまどかに視線をむけず歩く
岡部は魔女の目の前に立つ 

ズギュル

魔女の腕が絡み合い8本あった腕を2本にし振りかぶる
大振りで その姿は隙だらけで でも効果的だった 岡部はもう動けない
ならば小細工無く殴った方がいい 相手は避けないのだから
内臓を露出させ、腐臭をまき散らしながらもその目ははっきりと岡部をみている
岡部に出来ることは時間稼ぎ
まどかのように
1分でも1秒でも時間を稼ぐ
違うところは死ぬ気が無いということ
自分が前にでたのはこの中で一番死ににくいから
この状態では誰が出ても一撃で死んでしまうだろう
3人はもちろん、岡部も きっとあの腕の一撃で潰される
魔女の甲冑はもう傷の再生と破損個所の修復しかできない
右腕は動かず身体強化も無い状態 ただの生身 ただの人間

『――――――――――――――――』
「来いよ“弱虫”」

それでも振り落とされる腕を岡部は歯を食いしばって睨みつける
負けるかと 負けてなるものかと

岡部倫太郎は知っている。自分が弱いことを
何度経験しても慣れない
何度戦っても怖い
何度死にかけても強くなれない
きっと、一生この弱さと共に生きていくんだろうと

それでも耐えてみせる 彼女達が助かるまで
もしかしたらその間にマミが助けに来てくれるかもしれない
キュウべえが来るかもしれない
はやければ岡部も助かるかもしれない
それは希望的願望で楽観主義で現実逃避といえた
マミが来る可能性はあまりにも低く
キュウべえがきてもそれは彼女達がこの先戦いの人生を歩むことを意味する
「できれば」それは避けたい

もっとも、世界はそんなにも優しくは無い

「やだーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!」

叫び、まどかがほむらの腕を振りほどいて岡部にむかって走りだしたのと

ぐしゃりっ

という肉が潰れた音が響いたのはほぼ同時だった
その音は 見たたとおり肉が潰れた音。聞こえたとおり肉が潰れた音
体をくの字に曲げながら背骨を折られ、そのまま地面に叩きつけられた音
まどかの叫びが岡部にすべて届く前に














            「コルノ・フォルテ」




ただ、それよりも先に聴こえた静かな声が魔女の体を潰した音

「え?」
「「なっ!?」」

まどかが驚き、岡部とほむらは戸惑う
魔女を潰したのは闘牛のようにデカイ鹿・・・・・だろうか
上から、岡部のように空から降ってきた新たな異形
猫の魔女を叩きつぶし暴れる魔女をズンッ!と踏みつける

とん 岡部の前に先ほどの声の持ち主が空から降りてきた
その声は

「シャイニング・・・・・フィンガー・・・・」
「ユウリだ」

金色のツインテール
血の様な、紫とも赤ともいえる色彩を主体にした衣装
三角の尖がり帽子 手と足に赤と白のシマシマのリストバンドとハイソックス 水着の様な体にピッチリとしたボディースーツ 両腰を包むようにおおきな花をつけたスカート状のものが二つ 全体的にまだ幼さを残す容姿に関わらず確かな意思を宿した鋭い瞳

「言ったはずだ、危ないから近ずくなって」
「・・・・・・そうだな、せっかく忠告してくれたのに・・・な」

彼女は、飛鳥ユウリは岡部に告げる

「ユウリの知り合いみたいだから忠告したのに・・・・・無視してこのざまか、私とは違う力を使うみたいだけど――――弱いな、お前は」

金色の輝きを放つソウルジェム
インキュベーターと契約した魔女を狩る奇跡の使い手
魔女と違い、呪いではなく希望の奇跡を担う者
『魔法少女』
戦いつづける人生を背負う人間
その少女は今だに地面に倒れ伏している魔女に背を向けボロボロの岡部を―――身長の差により―――見上げ、告げる、お前は弱いと
その言葉に岡部が苦笑する

「しってるさ、嫌というほどにな」
「そう、無様ね」
「くく、厳しいな」
「真実よ」
「違いない」
「ボロボロね」
「弱いからな」
「当然ね」
「おまけに臆病だ」
「男のくせに」
「しまいに何度繰り返しても一人じゃ魔女の相手は慣れない」
「情けない」
「まったくだ、基本的に一人で戦うお前達を尊敬するよ」
「他の連中は知らない、私は一人で戦うわ」
「強いな」
「お前らが弱すぎるんだ」
「おまけに可愛い」
「―――ふん、ユウリだからな」
「ときに指圧師よ、お前は自分のことをユウリと呼ぶのだな?」
「―え?ちがっ、ユウリは私ってちゃんと、私はユウリの―――――あ?」
「ん?意味がわからんぞ、ちゃんと日本語で頼む、今血が足りなくてな」
「うっうるさい!だいたいシアツシってなんだ!?」
「くくく、一人称が名前と言うお子様なお前に教えてやろう、お前のニックネームだ」
「ユウリの?き、聞いたこと無い」
「まあこの世界線でまだ知りあってないようだし当然だな」
「?意味が解らないぞ、お前はユウリの何なんだっ?私はユウリからお前みたいな奴の話は聞いたこと無いぞ」
「・・・・・・なんか文面がおかしいぞ?」
「ふぇ?」

まどかとほむらが呆気にとられるなか岡部とユウリは視線を合わせながら話す、会話に飢えていた人間同士がようやく話し相手を見つけたように、互いの存在を確かめあうように
実際それに近いのかもしれない
岡部倫太郎はこの世界線に来てから魔法と言う存在を知る者とまともな接触をとれていない、通常通りなら暁美ほむらがいた。しかし彼女はまだ魔法少女でも魔法の存在も知らないし(先ほどの様子から現段階は解らないが)、巴マミとは何の因果かまともに話ができない・・・・・世界線の収束だろうか?魔女のこと、未来を勝ち取ることの相談を誰にもできず過ごしてきた、わずか二日とはいえほむらが魔法を知らない状況に焦りがあったのも確か、もしかしたら巴マミすら魔法とは関わっていないかもしれない。ゆえにこれまでの世界線漂流に出会えたことはほとんどないが、それでも自分の知っている敵では無い魔法少女に出会えたことは嬉しかった。
飛鳥ユウリ、彼女は正確には飛鳥ユウリ「本人」では無い、本名は「あいり」。岡部が知る飛鳥ユウリとは別人。彼女はある事情により魔法少女になった、その願いが「ユウリの命を引き継ぐ、私をユウリにして」という内容で彼女はユウリになった。しかしそれは「ユウリ」でも無く「あいり」でも無い存在、ユウリが生きがえったわけでもなく、しかし姿はユウリのどっちつかずの存在、ユウリの家にはもちろん、自分の家にも帰れない。周りは誰も信用できず日々魔女を狩り、同じ魔法少女とは敵対の関係、そんななかユウリ、自分のことを――たとえそれが「あいり」のことではないけど――知っている人物にあえた。それも魔法関係で、興味が無いといえば嘘になる。

「とにかくなんでもないん――――」
「くるぞっ!」

だらだらと会話していると牛鹿の異形に潰されていた魔女が潰されながらもユウリに腕を、その爪をむけてきた
ボッ!と、もはや今の岡部には視認できない腕の伸縮による攻撃を彼女、魔法少女のユウリは

「コルノ・フォルテ」
『―』

ズンッ!

その一声にまるで重量がましたかのように牛鹿がさらに魔女を地面に叩きこむ
それにより魔女の腕はユウリに当たらずユウリのすぐそばの地面に刺さる、命中することはなかった

ズンッ!ズンッ!ズンッ!

牛鹿が魔女を地面に叩きこむ度に8本の腕が牛鹿を、ユウリや岡部を攻撃するが牛鹿はまったく意に関せず、ユウリはいつの間にか出現していたショットガンで魔女の腕の軌道を逸らす

「・・・・・・器用だな、普通は壊れるかと思うが」
「軌道をそらしているだけ、それにそれほど速くない」
「・・・・・・・・・」

ユウリの言葉に岡部はまた苦笑する
岡部はユウリの魔法少女としての姿を見たことが無い
彼女には魔女との戦闘の際死にかけていたところを助けてもらった
その頃の岡部にはまだこの世界に『因果』がなく、まどかの幼馴染という肩書も無くただ携帯片手に魔法少女と魔女の調査を行う日々だった
その際岡部は気絶していてそのまま彼女に介抱され、その礼に宿にしてた廃墟で食料と寝床を提供し、3日ほど共に過ごした程度の関係だ
それっきり、しかしあだ名、それも元の世界のラボメンと同じ閃光の指圧師【シャイニング・フィンガー】の称号を与えるほどの仲はあった
彼女の力は治癒 その際掌が輝くのでそれが決め手だ

「俺の知り合いの魔法少女が強いのか、それとも基本これぐらいが普通なのか悩みどころだな」
「どういうこと?」
「俺の弱さを再確認したってことだ」
「・・・・・・・ほかにもいるんだ」
「なにが」
「魔法少女の知り合い」
「こっちの一方的な知り合いだがな・・・・・そういう意味で言えばお前が初めてだ」
「?」
「この世界線でのファーストコンタクトはお前だ」
「世界線?・・・・・・ううん、どうでもいいよ」

鋭すぎる目つきを一時的に年相応な、くりっとした目にしてたユウリは思い出したように会話を断ち切る
たん! 地面を蹴る軽い音
しかしそれでユウリは魔女の頭の方まで跳躍した
そこには ひゅー ひゅーと息が絶え絶えな魔女の顔

『――』
「さようなら」

ジャコンッ!        ドンッドンッドンッ!!

ショットガンのレバーを引く音と次いで銃特有の発砲音と火薬の臭い
ここからは牛鹿の影になって見えないが魔女の頭が破裂したように見えた
同時、景色が揺らぐ

「なっなに?」
「落ち着けまどか、心配無い。こんどこそ終わった、帰れるぞ」

魔法少女の手にかかれば本当に一瞬
己の弱さを岡部は噛みしめる

(しかたがない・・・・といえばその通りだが・・・・・な)

揺らぎが消えた時、岡部達は駐車場にいた

「駐車場?・・・・・ああ、だから落ちたのか」
「私達がいたのは三階だった」

ユウリの言葉に岡部は頷く、岡部がユウリの忠告を無視し結界に飛び込んだ際、場所は巨大な棚の上だった。まどか達を探すためあたりを捜索しながら武器(ハサミ)を調達、恐らくあの魔女の結界は駐車場から三階付近までを覆ったんだろう。まどかの声が聞こえなければさらに捜索に時間がかかるほど巨大だった。もっともその巨大さのおかげで結界の存在に気付いたが、結果はだけみれば巻き込まれた人間は多いがまどか達は無事だ。同情はするが見知らずの人間に今の岡部は力不足だ、割り切る。

「指圧師よ」
「ユウリだ」
「嫌なのかっ!?」
「ん」

頷かれた。
ガーン!
岡部は項垂れる
「ああ、あのときは喜んでくれたのに」とか「これが世界線移動による改変の影響か」とか「そういえば性格が怖くなって」とぶつぶつ呟く、
落ちているグリーフシードを拾いユウリは岡部の元に近づく

「ねえ名前教えて、憶えてない」
「くっ、仕方が無い。あだ名はいつかまた定着させてやる」
「断る」
「俺の名は――――」
「オカリーーーーーーーーーーーーーーーーーンッ!!!」
「ごふぉっ!?」
「ちょっ?まどか危ないよ」

ユウリに名を告げようとした瞬間まどかが腰に突っ込んできた
限界に近い体力に不意打ちでのタックルは効果が絶大で岡部はそのまま地面とディープなキスをすることになった
ほむらはそんなまどかに注意するが時すでに遅し、さやかの容体を確認することにした
岡部はユウリの足もとで痛む体をなんとかひっくり返しお腹の上に馬乗りになったいるまどかに声をかける

「いきなり何を――――「オカリンのバカーーーーーーーーーーーーッ!!」」

まどかの大声に台詞を失う岡部

「オカリンのバカバカアホ、スケベエッチ変態女たらしっ!」

馬乗りになりながら、まどかは岡部の胸に握った拳を何度もぶつける
ぽかぽかと、それはとても相手に苦痛を与えることはできないほど弱く
でも傷ついた岡部には少なからず痛みを与え
それ以上に、体以上にまどかの顔をみると心がいたんだ

「あほ・・・ばか・・・ぐすっ・・・・う・・・く・・・・ばかぁ」

ぽろぽろと岡部の胸に大粒の涙が零れ落ち続ける
ぽかぽか叩いていた手はいつしか止まり白衣を握りしめ、まどかは岡部の胸元に顔を乗せしゃくり続けた

「・・・・・・心配をかけた・・・・すまない まどか」
「ほんとうに・・・・しんぱいしたんだから・・・・」
「ああ」
「オカリンがし・・・・しんじゃうかもって」
「大丈夫」
「けがっ・・・いっぱい」
「もう塞がってる」
「くるしそうで・・・・・」
「明日には元通りだ」
「わ・・・わたしっ・・・・なにも、なにもできなくて――」
「そんなことないさ」

岡部は胸の上で泣き続けるまどかを抱きしめ髪をそっと撫でた
右腕は感覚を取り戻しつつあるがまだ動かせない
だから左腕をまどかの背中に乗せながら桃色の柔らかい髪に指をとおし、くしゃくしゃと、できるだけ自分が生きていることを伝えられるように
泣き続ける優しい幼馴染を安心させるように

「まどか」
「・・・・・なに、オカリン」

髪を撫でていた指を耳の裏に移動させ、まどかの耳を形を確かめるようになぞる
まどかはその感触がくすぐたかったのか ん、と押し付けていた顔を横にずらし問う なに?と

「あたたかいな」
「・・・・・うん」

小さく頷いたまどかの、耳から頬に指をさらに移動させ、その温かさと柔らかさに笑顔を浮かべ、岡部はまどかの目尻にたまった涙を拭き取りながら伝える

「あのとき俺を呼んだだろう?その前に魔女に立ち向かっただろ?そのどれもがなかったら俺は間に合わなかった」

今だ興奮収まらない体にその手の感触は心地よかった ぐりぐりと無意識に擦りつける
まどかは頬に感じる感触に身をゆだねながら彼の言葉を聞く
怖かった 動けなかった ただ泣きながら震えているしかなかった
さやかとほむら
二人の友達がいなかったらきっと殺されてた 壊れていた
だからそんな二人のために動くことができて嬉しかった
動くきっかけを 行動の選択を与えてくれた彼に感謝していた

「お前は逃げてもよかったのに、戦った。魔女相手に、その身一つで・・・・・俺ですら借り物の力に頼っているのに」

その彼が認めてくれている まるでさやかとほむらのように立ち迎えたと
褒めてくれた
それが嬉しくて嬉しくて涙がまた零れ始めた

「私なんかが・・・・・・奇跡だね。でもそれはオカリンが―――」
「違う。奇跡なんかじゃない、『そんなもの』じゃない」
「え?」

まどかの体を支えながら岡部は身体を起こし床に座り、頬を撫でる指で顔を上げさせ視線を合わせる

「お前は戦って戦って戦って戦い続けた、だから―――――――だから俺が間に合った。そこにはお前の意思があった。お前の勇気がなければ確実に誰か死んでいただろう。そうなっていたらきっと俺は泣くぞ、そして呆気なく魔女に殺されたんだろう、そうならなかったのはお前が、まどかがいてくれたからだ」

岡部は伝える

「それは奇跡なんて偶然の産物じゃない、奇跡なんて与えられたもんじゃない。お前が自分の意思で、行動で俺達三人を守ったんだ」

―――がんばったな まどか

「無理かもしれない、無茶だったかもしれない、でも絶対に無駄じゃ無かった」

それはこの場にいる全員にいえる
さやかも、ほむらも、まどかも、岡部も、誰か一人でも諦めていたら、動くことができなかったら、きっとみんな死んでいたから 誰も諦めなかった 戦った だからここにいる

その言葉を聞いてまどかは岡部の首に腕を巻きつける
震える唇ではうまく言葉を発せる事ができないから
できるだけ正確に伝えるために近づく

「・・・オカリンは」
「ん」
「もう・・・・無茶しないで」
「無理だな」
「う~・・・・・こういうときは頷くんだよ?」
「普通はな」

お願いを即答で断られた、もっともそれは予想していた 知ってるから
彼はきっとまた傷つくんだろう 死にかけるんだろう
私が心配してもきっとやめない 泣いても 怒っても
彼が戦う理由はきっと誰かのため
あの二人のように 彼もまた優しい強さをもっているから

「俺は狂気のマッドサイエンティストだからな」
「うん知ってる」              ―――そう彼はマッドサイエンティスト
「だからこれからもきっと無理もするし無茶もする」
「うん」                  ―――そして
「だからまたまどかに心配をかける」
「うん」                  ―――いつだって
「でもちゃんと帰ってくるよ」
「うん」                  ―――どんなときだって

体を後ろに傾ける 彼が支えてくれる     ―――私を助けてくれる
互いに笑顔をむける

「たたいま、まどか」
「おかえり、オカリン」           ―――私達を助けてくれる

『正義の味方』なんだから

「大好きだよ、オカリン」
「俺もさ、まどか」
「うん、知ってる。幼馴染だもん」










微笑ましい家族愛を展開しているなか


「大丈夫よ美樹さん、空気扱いされてても私達はまどかの親友よ。あとであの男は然るべき罰を与えるわ」
「人の足下でなにやってるの?結局名前はオカリンでいいの?ばかなの?しぬの?」
「「「え?」」」
「え?」














[28390] 世界線x.091015→χ世界線0.091015 「ユウリ」
Name: かっこう◆7172c748 ID:3f6e4993
Date: 2011/09/08 01:29

世界は収束する
どれだけ足掻いても
抵抗しても
繰り返しても
結果は変わらない
変えきれない
世界は矛盾を許さず、そして許容する
その過程に意味は無く
後に残るのは結果のみ
そこに『  』は既に無く
『  』以外に何も無い
それは変えようもない現実で
予め定められた事象であり
世界にとっての決定事項

人はそれを運命という

運命というのは確かにある
世界の意思。自然の摂理。そう言い換えることのできる、人では抗えない絶対的な力が―――

幸か不幸か確かにそれは存在している








世界線x.091015

夕日が沈み始めた公園にエンジン音
岡部達の前にタクシーが停まる

「私はもう行くぞ」
「うむ、いろいろ助かったぞシャイニング「ユウリだ」―――ユウリ」

公園の入口に人影
いつもの白衣姿ではなく長袖の白いワイシャツの岡部倫太郎、制服姿の鹿目まどかと暁美ほむら、制服の上からぶかぶかのジャージを着せられた美樹さやか、そして私服姿に戻ったユウリ
あれから―――結界から脱出してから―――すでに一時間が過ぎていた
今岡部達は近場の公園にいる

「着替えから何まですまんな」
「別にお前のためじゃない、ユウリの知り合いだからだ」
「・・・・・それはどんなツンデレなのだ?」
「ツンデレじゃない!」

場所が公園なのはあのままでは騒ぎに巻き込まれるのは面倒と思ったからだ
おそらく今頃は結界に閉じ込められなかった人達が突然多くの人間が集団失踪、行方不明になったと、また、魔女の脅威から生き残った者も含めパニックになっているだろう

「わざわざ服まで持ってきてくれたのだ、この礼は必ず返そう」
「必要無い」
「とりあえず携帯を借りるぞ」
「きゃあ!?どどどどどこ触ってんだHENTAI!!」

一時間 この時間は岡部達が、体力の限界に達した岡部が気絶し、岡部が起きる間に血で汚れた服のかわりをユウリが調達してくれた時間でもある
まどかとほむらはまだ大丈夫だったが、さやかと岡部はそうはいかない、さやかは制服の背中部分が大きく破れていて、岡部は白衣の右腕部分は完全に失われ、所々破れている
また、ふたりとも血で汚れているのでとても表通りを歩ける姿ではなかった

「HENTAIではない、俺はマァァドサイエンティスト、鳳凰院――――凶真だ!」
「し、知らない、返してよ私の携帯」

さやかと岡部は気絶しているので当然服を買いに行けず、まどかは危機から、皆が生きて帰ってこれた安心から気が抜けて体に力が入らず動けない、ほむらはさやかのかえり血を多少浴びてしまったがそんなに目立たない程度だったので問題はないが、助けてくれたとはいえユウリには、あまり知りもしない人間にまどか達のことを任せるのには気が引けた

「お前は一度姿をくらますと見つけることができんからな・・・・・よし、アドレスは交換させてもらったぞ」
「か、勝手なことするな!」
「・・・・・・登録件数少ないな」
「よけいなお世話だーーー!!」

それを感じ取ったユウリが「・・・・・・・・・・ちっ」と舌打ちをしながらも二人分の服を買ってきてくれたことにほむらは驚き、まどかはユウリにお礼を言った

「くそっ、もういくからな!!」
「うむ、メールするから明日にでも我がラボにくるがいい」
「らぼ?・・・・・・・じゃなくて誰がHENTAIの住みかなんかに―――!!」
「まどか、もう歩けるか?とりあえずラボに戻るぞ、英雄殿もじきに目を覚ますだろうからいろいろ説明してやる」
「うん、わかったよオカリン」
「私もいいですか先生?」
「もちろんだ、お前も“いろいろ”聞きたいことがあるだろうからな」
「無視するなーーーーーーーーーーーーーーー!!」

ユウリの叫びを軽く聞き流しながら携帯で呼び出したいたタクシーに岡部は気絶したさやかを後部座席に乗せ、怒りながら遠ざかりつつあるユウリの背に声をかける

「ユウリ」
「今度は何だ!?」
「お前はこれから用事があるのか?なければ一緒に来てほしい」
「断る、私にはやるべきことがある」
「そうか・・・・できればお前には協力してほしかったが・・・・無理強いはできんしな、また今度にしよう」

岡部は積極的にユウリのことを引きとめようとは思わない
岡部は知っている 彼女は「あいり」という友人を助けるために魔法少女になったことを、そしてその後も魔女と戦う傍ら見知らぬ人々の治療を続けていると別の世界線で教えてもらった

「まあ携帯の情報は手に入ったから今回の収穫はまずまずだな」
「勝手なことばかり・・・・」

ならば無理に引きとめはしない、彼女もまた自分と同じように誰かのために戦っているのだから、だからこそ伝える

「ユウリよ」
「なに」

言動は出会ったときとは違い荒っぽくなっていているが、イラつきながらも返事をする彼女は良い子だと岡部は場違いな感動をおぼえた

「お前は憶えていないだろうが以前にも、俺はお前に命を助けられた。だから何かあったら俺を頼ってくれ」
「・・・・・憶えていない、だから関係無い」
「ならば今憶えろ、俺はお前の味方だ、たとえ何があろうと助ける」
「・・・・・お前の知ってるユウリは・・・・・今のユウリと違う・・・・・」

ユウリは顔を伏せぼそぼそとつぶやく
そう違う、今の「ユウリ」は「あいり」だ
岡部の知っているユウリとは違う、だから岡部のその言葉は本物のユウリのものだ あいりのじゃない
ユウリは優しかった、魔法少女になってまで自分を助けてくれた
そしてその後も見知らずの人達の傷を癒し続けた

「ユウリ?」
「だから・・・・もうかまわないで」

そのうえ魔女と戦い続けてついに■■なって同じ魔法少女に■された
そう、ユウリは■された

「ユウリ―――」
「私はっ!私はお前が知ってるユウ・・・・・・・・・・・お前なんかに助けられるほど弱くない!!」

ユウリは叫ぶ
優しいユウリはもういない 岡部の知っているユウリはもういない
ここにいるユウリは偽物で
ここにいるユウリは復讐者
たとえ祈りによってユウリになっても
たとえ奇跡によってユウリになっても
たとえ岡部にとってユウリにみえても
たとえ世界が彼女をユウリと認めても

「味方?助ける?笑わせるなっ!あんな雑魚にも勝てないお前なんかになにができる」

あいりは決してユウリにはなれない
あいりは優しいユウリにはなれない
だから

「私のことをよくも知らないで勝手な事を言うな!」

その言葉はユウリのモノ
その言葉はあいりのじゃない
その言葉を受け止めてはいけない
やさしいユウリとは違い、あいりは非難されるべき存在だから
あいりはユウリと違い、助けるために魔法少女になったのではない
あいりは復讐者

目の前の男が憎い
その言葉をあいりではなく、ユウリにかけてくれればユウリは■■にならずにすんだかもしれない
■されずにすんだかもしれない
この男がユウリを一人にしなければ、あの場にいたならユウリは『死なずにすんだかもしれない』のに
また私と一緒に―――――――

「私は違う、お前が知っているユウリとは・・・・・いや、ちがう、違う違う!」

あいりは誰かを傷つけるために、復讐するために、殺すために魔法少女になった
そのためなら他人など関係無い 復讐のために利用する 他人が死のうが関係ない
もう何人かで実験もした
やさしいユウリにはなれない

「お前の知っているユウリは・・・・・ユウリは・・・・ユウリはやさしいんだ!・・・・でも・・私は・・・・」

支離滅裂な言葉
伝えたいけど伝えきれない
本当は伝えたい ユウリのことを知っている岡部に「ありがとう」と
ユウリのことを想ってくれている人に 彼女の優しさを知っている人に
ユウリのことを憶えていてほしい 忘れないでいてほしい
私の大切な友達を

「ユウリ、いや“君は”―――」
「私はっ、わたっ・・・しは・・・・っ」

ユウリはパーカーの裾を握りしめ、帽子で隠れた顔をさらに伏せる
嬉しかった もういない、優しいユウリを知っている人がいてくれて

「私は・・・・もう・・・・・」

だからこそ、目の前の男とこれ以上関わってはいけない
あいりは、ユウリはきっとこれから人を傷つける、殺す
ここには優しいユウリはいない ここにいるのは復讐者のユウリ
知られたくない 優しいユウリを想ってくれる人に
知られたくない 優しいユウリを憶えている人に
知られたくない ユウリのことを理解してくれている人に
岡部の中にいるユウリが
私の中の優しいユウリが
自分のせいで 悪 とおもわれたくない
自分のせいで 嫌い になってほしくない

「・・・・・・・・」
「ユウリは・・・・・ユウリは・・・・」

本当は理解している
これは逆恨み
理に合わない
あの時のこともそうだ
ユウリは死んだ
死んだあと、「殺」された
否、ユウリは既に死んでいた 殺されたのはユウリじゃない
それはあいりのため、なによりそれがユウリのためだった
あいりの復讐すべき人間
■■になったユウリから、あいりを助けられた人達
■■になったユウリを殺した人達
■■になったユウリを―――――――助けてくれたんだろう人達

タクシーの運転手が未だに乗り込まない岡部に声をかけてくる
ユウリは視線を下げたまま背を向け立ち去ろうとする
関わってはいけない 縋ってはいけない 知られてはいけない
優しいユウリを自分のせいで汚してはいけない

「もう・・・・いくから」
「おい」
「私のことよりも・・・自分の心配をしろ、右腕・・・・普通じゃないだろ」

右腕 岡部がユウリの買ってきた長袖のシャツに着替える際見てしまった
血まみれだったボロボロの白衣を脱いだ岡部の右腕にはびっしりとした黒い刺青、痣があった
その刺青からユウリは魔女と同じ気配を感じる
それは決して人が纏ってはいけない“モノ”
“魔女の口づけ”

「他の連中もまってる」
「・・・・そうだな」

                ―――関係無い それでも関係無い
―――あいりは殺す 復讐する
     ―――だってそれは

『ユウリのため』だから

あいりはもう壊れている    自覚している
ユウリはもういない 死んでいる
だからこれは『あいりの意思』
論理に非ず 道理に非ず 合理性の欠片もない
優しい彼女はこんなことを望んだりしないかもしれない
だが、望んだかもしれない   ならば    やる
復讐には正当な権利がある 奪われたのだから
彼女はもういない
だから変わりに『あいりがやる』 復讐を
殺された時、一番復讐したいと思うのは殺された本人だ 残された人間じゃない
復讐は、死んだ人間にはできないから
自覚している あいりは壊れていると

ユウリの言葉に岡部が頷き動く気配を背中に感じた
―――ユウリ
ユウリは歩きだす
―――私はユウリじゃないから
もう会うことは無いと、関わることは無いと確信し
―――私のせいでユウリが嫌われるのはいやだ
立ち去ろうとして


「やっぱりお前も来い」
「っ!?」

岡部に手を握られて引きとめられた
そしてそのままタクシーの後部座席に放り込まれる

「なっ?」
「出してくれ」
「いいんで?」
「かまわん」

いきなりの事に戸惑いの声を上げるユウリを無視し岡部は助手席に座り運転手に声をかける
運転手は一度ユウリの方に視線を向け確認をとったが岡部の言葉に従いタクシーを発進させた
放り込まれた際にバランスを崩しまどかに支えられる形になっているユウリは声を荒げる

「なっ、なんなんだよ!お前は!」
「鳳凰院凶真」
「ちが、ううん、そうじゃない、私にはも―――」
「飛鳥ユウリの友人で、俺にとっては大切な仲間だ」
「――――――」
「ねえユウリちゃん」

まどかがユウリの体を支えたまま優しく声をかける
気づいていない
まどかは彼を、自分達を助けてくれた小さな少女を抱きしめる
震えていた
それに気づいていないのはユウリだけだった
頬は濡れていた

「ラボにはね、お菓子もあるしお風呂もテレビもあるの」
「だからなんだ!私はもう―――」
「それにね、オカリンがいつもいてくれるんだよ」

未来ガジェット研究所
岡部倫太郎のいる場所
彼がいつもいてくれる場所
大切な居場所

「だから大丈夫だよ」




世界は収束する
幸も不幸も、良くも悪くも収束する
今度こそ揃うだろうか
何度も繰り返してきたこの魔法のある世界で
今度こそラボメンの皆が一緒に
















「とうちゃーく!」
「ふえっ?」

日が沈んだ頃まどかの声が響く、近くに民家の無い、ほとんどが空き家状態のテナントビルばかりの少し寂しい場所、古い二階建ての建築物の前にタクシーがついたころで美樹さんが起きた

「・・・ここ・・・・・どこ?あれ、まどか?」
「おはようさやかちゃん、痛いところ無い?」
「・・・・ん?」
「まどか、今は・・・・一旦ラボ(?)に入ってから・・・」
「あっ、そっか、そうだよね」

美樹さんがまだ寝ぼけていてよかった
もし今彼女が魔女の事を思い出したらパニックになっていたかもしれない
周りにほとんど人の住んでいる気配はしないがこちらも体力の限界に近い、騒ぐにしてもできれば一度落ち着いてからがベストだ
今日はいろいろあった
・・・・・・本当に、今まで体験したことが無いことばっかりだ
まどかと美樹さんを支えながら建物の二階に上がるための階段を上がる
階段の横に二つの郵便ポスト、何かのチラシと新聞が無造作に入ったのが一つ、まどかが美樹さんを支えながら片手で回収する
階段を上がると三階、おそらく屋上へと続く階段と一枚の扉
ボロボロの表札には「未来ガジェット研究所」の文字
・・・・・・未来ガジェット?
その下に住人の名前 「岡部倫太郎」 さらにその下にはボンドで付けたであろう木の名札
ぱっと見で斜めに傾いている
背の低い子供が頑張って付けました感を醸し出している

「あ、それね、私が小学生の時に付けたんだ」
「あ~、たしか転校してきたころだっけ・・・・・・・・あれ?ここラボ?なんで?」

まどかと美樹さんの言葉に私は名札にもう一度目を向ける
そこにはひらがなで『かなめ まどか』の文字

「・・・・・・・・・・・ん?」

『かなめ まどか』

「まどか」
「なに、ほむらちゃん?」
「・・・・・・・・・・ここに住んでるの?」

まどかは当たり前のようにスカートのポケットから鍵を取り出す
鍵にはまったくやる気の感じられないデザインのカエルストラップ
岡部から鍵を受け取っていた場面はなかった
ならこの鍵はまどかの物?
家族は?この世界は一体?
疑問、違和感がますます強まる

私はまどかを護る

あの時、『再び契約しようとした時』に思い出した

思い出したこの誓い

でも、守れるだろうか、護れるだろうか
やるべきことは沢山ある
確認しなければならないことが沢山ある
表札の事も
私のことも
私は何だ?
何故こんなことに
私はこれからどうすればいい
何故魔法が失われている
何故ソウルジェムが無い
私は魔法少女だった
今日、まどかに会うまでは
保健室に行く途中までは
あの時頭痛が原因?
いやおかしい、何故それで最初の「わたし」になった?
「わたし」が「私」にならず学校に来た記憶がある
「私」が学校に来たはずなのに?
記憶が、思い出が混同している
解らない
知らない
怖い
この世界の情報を集めなければ


階段の下に視線を送る
アイツはまだあの魔法少女と話しているのか、上がってくる気配は無い
アイツは私のことを知っていた
魔女の事も、グリーフシードのことも
「私」の記憶にいない、知らない人間、それも魔法関係者


岡部倫太郎
鳳凰院凶真
オカリン

「アイツ」は―――――誰だ?

敵・・・・・・ではなさそうだ、彼は私達のために戦ってくれた
だが油断はできない、出来るはずもない
いままで一人で繰り返してきた
ずっと、ずっと一人で私は―――

私が表面上落ち着いて、内面で暗い感情に支配されつつある中、まどかがカギを開けて

『おかえり、鹿目まどか。暁美ほむら。美樹さやか』
「――――え?」

混乱する私の頭にさらなる負荷がかかる
どうしてこのタイミングで
まどかの戸惑う声、それと聞きなれた声が開けられた扉の中から聞こえてきた
私は、まどかと美樹さんを強引に後ろに引っ張る
いきなりの事にバランスをとることもできず二人は廊下に倒れこむ

「きゃっ」
「ぅわっ」

後ろからまどかと美樹さんの苦悶の声が聞こえるが無視して部屋の中に体を滑りこむように入る、そして施錠―――これでまどか達は入ってこれない

「ほむらちゃん!?」
「ほむら!?」
「先生を呼んできて!はやく!」

ドンドンと扉をたたく音、まどか達が心配しているのが解る、でも今はそんなことより「彼」を呼んできてほしい
今の私はどんなに強がってもただの中学生―――戦えない

「でもっ!」
「はやく!!」

躊躇う二人に強い口調で伝える
目の前、わりと広いフローリング、部屋のやや中央に四角いカーペット、その上に足の短いテーブルと座布団、近くに三人ほど座れそうなソファー

『警戒しなくてもいいよ、僕は敵じゃないんだから』
「だまれ!!」

テーブルの上にはお盆のったお菓子、コースターの上にのったコップ、そして白いヌイグルミのような『私の敵』

「インキュベーター!!!」













「ここが我がラボ、未来ガジェット研究所だ」
「・・・・・・・・」

まどか達が先に建物の二階、岡部の住処未来ガジェット研究所に向かっていくなか、ユウリは岡部に手を引かれ無言のまま放置されていたベンチに座った

「・・・・・・・」
「・・・・・・・」

ユウリは何も答えない
まどかに説得されるままここまできた
自分が泣いていたことに気づいてからは何も話さず黙ったまま

「・・・・・・・」
「・・・・・・・」

何を言っても反応が無い 返事が無い
沈黙が続く中岡部は自分の手に感じる小さな手の少女のことを観察していた
飛鳥ユウリ
別の世界線にて自分を助けてくれた魔法少女
三日間だけの短い時間を共に過ごした
誰かのために動ける魔法少女
それが岡部の知る飛鳥ユウリ
なら“この子”は誰だ?
岡部の中の飛鳥ユウリとは別人に見える

「俺の知っている飛鳥ユウリは料理がうまかった」
「 」

繋いだ手から僅かな反応があった

「彼女は あいりという友達のために魔法少女になったときいた」
「・・・・・・・・」
「その後も魔女を駆逐するかたわら誰かを助けていた」
「・・・・・・・・」
「俺もそうだ、魔女に襲われ死にかけていたところを救われた」
「・・・・うん」

岡部の感じている疑問、それはもしかしたら同じかもしれないということ
岡部倫太郎と暁美ほむらと同じ“タイムトラベラー”

『・・・・・お前の知ってるユウリは・・・・・今のユウリと違う・・・・・』
『私はっ!私はお前が知ってる・・・』
『お前の知っているユウリは・・・・・ユウリは・・・・ユウリはやさしいんだ・・・・でも・・私は・・・・』
『私は・・・・もう・・・・・』

この台詞は、“未来の彼女”がタイムリープしてきたのではないか?
未来のユウリは過去のユウリとは違う、現在にいるユウリとは違う
岡部倫太郎、暁美ほむら同様に時を遡った存在ではないのか?
同じ人物でありながら別の人物

「短い期間とはいえ彼女の優しさは本物だったと確信が持てる」
「・・・うん」

もしそうだとしたら彼女はいつから来た?
姿は岡部の知っている姿と変わらない 当然だ、タイムリープは記憶を過去に送る
“未来の記憶を思い出させる”
見た目は変わらない ただ中身が違う
人は変わる、過ごした時間で、切っ掛け一つで別人になる なってしまう

厨二病の大学生がテロリストになったように
病弱で弱気な少女が冷徹な人間になるように
父親想いの優しい少女が悪魔になるように

「そして重度の@ちゃんねらー」
「・・・・うん・・・・・・うん?」

もしそうなら全て話そう
俺も同じタイムトラベラーだと
未来に何があっても、何が起ころうとも一人じゃないと伝えよう
自分と似た境遇の人がいる
それだけで人は救われた気持ちになれる
幸い、岡部倫太郎の事を、この世界のことを話しても世界線変動率(ダイバージェンス)には影響はない
この世界は、岡部倫太郎によって歪んだこの世界線はある一点において「シュタインズゲート」と同じ―――――

「そして知的飲料水ドクペをこよなく愛し――」
「え?あれを・・・・?ユウリが?」

もっとも、それは岡部の楽観的予想だ
都合良く彼女が岡部達と同じ経験をしているとは思えない
時間逆行という特異すぎる能力はそうそう無い

「毎日携帯で@ちゃんねるを巡回し続け――」
「そんな・・・・ユウリが・・・・・いってくれれば私は――」

たしかに彼女は岡部の知っている彼女とは雰囲気が違う
未来から来た、または他の世界線から来たといえば経験上岡部は納得できる

「彼女はいっていた、IDが真っ赤になってしまったと」
「そんな・・・ユウリっ!」

が、それよりも有力な予想がある
その予想が当たった場合、さらに疑問が生まれる
その疑問の答えはある程度予想はつく
最悪は避けたい、だが聞かずには、聞かなければならない――――だから

「そして全てに嫌気がさしたユウリはカリスマ性溢れるこの鳳凰院凶真に全てを委ね心の拠り所にした」
「・・・・ふぇ?」
「そう、俺と飛鳥ユウリはその時から爛れた関係にシフトした」
「なっ・・・・・・なっ・・・・」
「いや~可愛かった」
「おっ・・・おま・・・・おまえ・・・・まさか」
「なに、最初は年齢差とか社会性とか悩んでいたがあそこまでアタックされては男としては・・・・・な?」
「まさかっ・・・・ユウリと?」
「当然、若い男女が一つ屋根の下・・・・・あとは言うまでもあるまい」
「&%&#&‘?*‘@!!!」
「なに、恥ずかしがることあるまい、この鳳凰院凶真、臀部の蒙古班ごと愛する度量を――」
「貴様アアアアアアアアアアアアアアッ!!!」

ゴッ!とユウリの体が輝く
岡部と繋いでいた手は振り払われた
ユウリはベンチから二階に上がる階段の所まで飛び引き岡部を睨みつける
輝きが収まるとそこには魔法少女に変身した深紅の姿

カマかけ【サイズ・ハング】にこうまでかかるとは素直な子だと岡部は感心する
感心する一方でユウリの鋭すぎる視線に一歩下がる

「何を怒っている?同意の上でのことだ」
「ゆ、ユウリはまだ中学生なんだぞ!?」
「そっちから誘っておいてその言い草は酷いな」
「なっ!?・・・・・くぅ・・・ゆうりは・・・・ユウリは」

怒りに拳を震わせる彼女に岡部はさらに追い打ちをかける

「だいたい俺達の事に“他人”のお前が口を出す権利は無い」
「なんだとっ!私はユウリの一番の親友だぞ!お前なんかよりもユウリのことを知っているんだからな!」
「――――――」

その言葉は岡部の思考を一度止めた
予想が当たってしまった
彼女は彼の知っている飛鳥ユウリでは無い
それは覚悟していた、解っていた、元々ここは別の世界線、岡部の知っている彼女とは違う別人

「いいか!ユウリはただ料理が上手いだけじゃない、大会に出てそれに優勝できるくらい素晴らしい腕なんだぞ!そんじゃそこらの連中と一緒にするな!それに料理だけじゃなくて他の家事全般も完璧だ、掃除も洗濯もこなすスーパー中学生で友達思いの超可愛いんだ!普段は悪ぶっているように見せているけどホントは可愛らしい物が大好きでいろんな小物を持っているけど皆の前では恥ずかしくてそれを表に出さないようにしてるけど皆そのこと知ってて、なのにそれに気づかないままカッコ良く見せようと振る舞う萌えキャラなんだ!」

だからそれについては驚かない
ただ彼女は飛鳥ユウリではない、岡部の知っている飛鳥ユウリではないのはもちろん、「この世界」の飛鳥ユウリ本人でも無い
彼女がこの世界の飛鳥ユウリなら岡部の言っていることが嘘だと解るはずだ、否定するはずだ
岡部はこの世界線でまだ飛鳥ユウリとは出会っていない
仮に、仮に彼女が未来からタイムリープしてきた・・・・・という可能性もあるがそれも無いだろう
彼女が未来から、“これから、未来に岡部と出会いタイムリープしてきた”、なら解るが、それは“無理だ”
暁美ほむら、そして自分自身の経験で解った『この世界』特有の残酷性
“タイムリープによる現在いる世界線でのやり直しが出来ない”“岡部倫太郎は同じ世界線に存在できない”“シュタインズゲートに似た特性”
α世界線でも、β世界線でも、この本来の世界線、μ世界線でもない
岡部倫太郎によって生まれた、交わるはずの無かった世界線、存在しない世界線――――χ世界線

世界線x.091015 → χ世界線0.091015

「金髪のツインテールという希少価値だけでなくジャージ+スパッツという萌え精神武装【メイド・オブ・エンブリオ】のファッションセンス!私が入院した時に毎日お見舞いに来てくれた博愛精神!もっともそれは私が相手だからであって他の人間では毎日とはいかないだろう、なぜなら私がユウリにとって一番の親友であり、仮にユウリが私以外の人間に毎日お見舞いに行くようなら私があらゆる手段で妨害するからだ!」

ならば目の前の飛鳥ユウリそっくりの少女は誰だ?双子の姉妹という感じではないし本人曰く一番の親友
親友、友達、それはいい、だがここまで外見が似ているのは偶然か?親戚?自分のことをユウリと言った、名前も同じユウリ?
なぜ彼女は岡部の中の飛鳥ユウリを演じようとする?
「本物の飛鳥ユウリ」はどうした?

「いいか!お前がいかにユウリの事を理解した気になろうが私に比べれば月とすっぽん、たっ、たとえお前がっ、お前がユウリの彼氏だとしてもそんな一時的な関係で―――」

どうした?  予測はつく、目の前の少女が飛鳥ユウリを演じているなら

(「お前の知っているユウリは・・・・・ユウリは・・・・」)

あの台詞は?親友のことをまるで過去のように話す彼女の様子は?泣きだしそうなあの表情は?

「つまり、私はお前とユウリの関係を認める訳には―――」
「君は“飛鳥ユウリ”ではないのだな」
「―――――――え?」
「さっきまでのことは嘘だ、すまない、だがおかげで君が飛鳥ユウリではないことが解った、・・・・・・・・・本物のユウリは今どこにいる?」
「え・・・・・あ」

勢いよく喋っていた少女は勢いをなくし自分の失言に気づく
岡部は金と深紅の少女から目を逸らさない
彼女には助けてもらった、恩はある、恨みなんてあるはずが無い、だけど、たとえそれが目の前の少女を傷つけることになっても

「彼女は俺の仲間だ、答えてもらうぞ」

岡部は真実を、飛鳥ユウリの存在を確かめる
詰め寄る岡部にユウリは下がってしまう
目の前の男よりも圧倒的に強いユウリが後退る
あいりは願いによってユウリになった、誰に知られても関係ないと思っていた
それは別に復讐に影響は無い、邪魔になれば殺せばいい―――そう思っていた

「ユウリ・・・・ユウリは―――」

だけど、コイツはユウリのことを知っていて、ユウリのことを心配していて、大切に想ってくれている
それが解ってしまって、でも真実は―――
ユウリのことを話していいのか解らない
怖い
彼女を知る彼に伝えることが、何よりその事実を自分の口から、ユウリが「死んだ」と言うことが何よりも怖い
なにか、ないか言おうとし、でも結局何も言えない

「ゆっ・・・・・ゆう・・・・ユウリは「オカリーーーーーーン!!」「岡部さん!!」ごふっ!?」

そして逃げ出そうかとも考えた矢先に・・・・・・・・突如現れたまどかとさやかにユウリは押し潰された
二人ともかなり急いでいたのか階段の下にいたユウリに気づくこと無く降りてきたためユウリとぶつかり三人仲良く地面に転んだ
まどかとさやかはユウリがクッションになったためダメージは低そうだが、横からの不意打ちで二人分の突進で地面に叩きつけられたユウリは顔からダイブしていた

「いたた、あっ!?ごめんねユウリちゃ―――」
「うっ、いた」
「んなこと言ってる場合かまどか!岡部さんほむらが―――」
「ふご!?」

ユウリの上に圧し掛かる形で現れた二人
まどかはユウリを潰す形に謝ろうとして、それをさやかが遮る
いつもの彼女ならそんなことは有り得ない、ただあまりにも非常事態なのだろう、余裕が無く切羽詰まった感情が此方まで届く、彼女は今軽いパニック状態だった
だから自分の下にいるユウリの頭を結果的に地面に押し付けてしまったことに気づいていない

「ふご!?ちょっ、いたっ、痛い」
「ほむらが大変で中に何かいて私たちにお願いしてほむらがいけってそれで岡部さんが―――」
「落ち着け!何があった!?」

二人の様子にユウリとの会話を一時的に切り上げ二階に跳びだそうとする岡部

「オカリンほむらちゃんが一人で家の中でヌイグルミと一対一なの!」
「は?」
「おりて!どいてっていってイタィ」

跳び出そうとした岡部は普通は訳のわからない二人の言動を理解した
もちろんこれが“初めて”の時は解らなかった、ただ似たようなことは“毎度”あったので理解できたのだ
暁美ほむらが未来ガジェット研究所にくる
ラボメンのナンバーは未来ガジェット研究所に訪れた順で決めてきた
毎回№05以降はバラバラだったが№04まではいつも一緒だった
世界線の収束
予め定められた事象
世界の決定事項
鹿目まどかは№02、暁美ほむらは№04
ほむらが№04になることを世界が決定している
なら今だ№02までしかいない未来ガジェット研究所にほむらは踏み込めない
世界が邪魔をする、どんな偶然を起こしても、絶対に
この世界で彼女がラボに踏み込むには収束を破壊するか、№03がいないと出来ない
そしてまどかのいったヌイグルミ
世界が決めたラボメン№03
ほむらよりも先にラボに踏み込める存在

「安心しろ、アイツは仲間だ」
「「え?」」
「い・い・か・げ・ん・に!」

岡部は胸の不安を一旦おろす
非常事態、たとえば泥棒や犯罪者、魔女が再び現れた訳で環無いと解り安心した
ユウリがキレかけるなか、岡部の言葉に二人は呆気にとられる
あの声はあの時、恐怖と共に現れた。「キュウべえ」と名乗った生き物だろうと二人は予想した
実際はほむらが扉を速攻で閉めたため姿を見たわけではないが、あの頭に直接聞こえてくる独特の声は未だに頭の中に残っている
岡部は言った、仲間だと、でもほむらの取り乱しようは普通じゃない
だから、もしかしたら岡部はあの白いヌイグルミと別の何かを勘違いしていて大丈夫と安心しているかもしれない

「オカリン!」
「岡部さん早くほむらの所に!」
「ふぎっ!?」

だから取りあえず岡部をほむらの所に、今も一人でいる友達を助けるためにユウリの頭を無意識に地面に押し付けていることに気づかぬまま声を荒げる

「オカリン急いで!!」
「岡部さん!!」
「わかった!わかったから取りあえず彼女を―――」

岡部が取りあえず二人をユウリの上から退くよう伝えようとして―――ユウリが爆発した

「コルノ・フォルテーーーーーーーー!!」

ぼひゅっ

さやか達の下から、ユウリとの間から牛鹿の異形が現れる
まどかは横に転がされ、さやかは牛鹿に跨る形に、ユウリの顔はようやく地面と離別した
いきなりの事にさやかはパニックになる

「おわーーーーーーっ!?」
「さやかちゃん!?」
「いいかげんにしろよお前ら!!」
「落ち着け指圧師!彼女は普通の人間だ」
「ユウリだ!!」

一気に場が混乱してきた
さやかは夕方にあったことを思い出したのか、突然現れた異形に驚いたのか、落とされないように首にしがみついているが確実にパニックになっていた
まどかはそんなさやかに駆け寄ろうとするが牛鹿が暴れるように動いて近づけない
岡部はこのままでは不味いとユウリに声をかけるが咄嗟の事にあだ名で呼んでしまいユウリの癇癪を煽る形になった

「う~~~~~~~~~~~っ!!!」
「さやかちゃん!!」
「落ち着くんだ!!」
「はっ」

鼻で笑うユウリを余所に岡部とまどかはさやかが振り落とされないように声をかける
岡部が携帯を取り出し『失われし過去の郷愁【ノスタルジア・ドライブ】』を発動させようとする

「おっ――――!!」
「!?」
「え?」
「む?」

しかしその前に美樹さやかは自ら動く、
美樹さやかは普通の人間だ、一般の家庭に生まれ、普通に生きてきた
どこにでもいる中学生で普通に友達がいて、好きな異性がいて、普通に学校にきて帰り道に寄り道して遊ぶ、日本の何処にでもいる普通の女の子だ
だが、彼女は岡部曰く『英雄』である
たとえその身に魔法が無くとも、たとえ自分の身が危険に晒されようとも、彼女は誰かのために行動を起こせる人間だった
それは夕方の魔女の時でも発揮された
それは彼女の強さと言ってもいいだろう
そして今その強さが再び現れる

「―――――――オッ!!」
「さやかちゃん!?」
「―――――オッ!!」
「君は!?」
「――オッ!!」
「」

まどか、岡部、ユウリが見守る中、美樹さやかは動く
彼女は今確かにパニック状態だった、それでも彼女は動く
震える体でまどかとほむらを抱きしめたように
振り下ろされる魔女の腕から友人を守ったように
暴れる牛鹿の上で魔法を知らない少女はパニックになりながらも行動を起こす
いままでの経験の中に打開策は無い、それでもこれまでの人生で蓄えられた知識を、走馬灯の様な一瞬の中で走らせる
震える友人を、どうすれば慰められるかと、とっさに行動したように
振り落とされる狂気からどうすればほむらが助けきれるかと、咄嗟に行動したように
それは最善の行動とは違ったかもしれないけど美樹さやかはどうしようもない状況において動ける強さを持っている
そう、暴れる異形の牛の上に跨る中、彼女の知識はこの状況に近い知識を無意識ながら引き出し、実行した












「オーーーーーーーーーーーーーーレッ!!!」






その言葉がどういう影響をユウリの牛鹿にもたらしたかは謎だが、牛鹿はさやかを乗せたままラボの空きテナントになっている一階に突っ込んだ

「ああああああああああああああああああああ!!?」
「さやかちゃーーーーーん!?」

それからも一悶着あったが、幸い、“背中の呪い”の事もあってさやかには大きな怪我もなく救出できた
岡部は再び気絶したさやかを抱き上げ残りの二人に声をかける

「まどか、ラボに上がるぞ」
「うん!ほむらちゃんがまってる!」
「ユウリ・・・・と呼んでいいのか解らんが、お前も来い」
「・・・・・・・」
「・・・・・・・俺も俺の知っているユウリの事を話してやる、取りあえず上がれ」
「・・・・・・・・・・・・わかった」

しぶしぶながらユウリも了承してくれた
岡部を先頭に階段を上がる
階段を上がるにつれ二階のラボからほむらの怒りの籠った声が聞こえてくる
まどかが心配そうに岡部に声をかけるが、岡部は問題ないと諭す
そんな岡部にまどかは不満そうな感情を抱くが岡部は気にしない
大変なのはここからだ、「キュウべえ」と「暁美ほむら」の関係、ほむらの協力なくしてキュウべえは完全な仲間に“なれず”、しかしてそのほむらがキュウべえを憎んでいる
やるべきことはやるべきことは山積みだ
“呪われた”自身の体
“最悪の可能性が生まれた”鹿目まどか
“魔法少女じゃない”暁美ほむら
■■を蓄積できないキュウべえ
確かな確証が持てない“ユウリ”
未だに“親御さんに連絡していない”美樹さやか

「ユウリよ」
「・・・・・・なに」
「俺より先に・・・・・正確にはこの子より先にラボに入ってくれ」
「・・・・・?なんで?」

ラボの入口の前で岡部はユウリに意味の解らない事を要求する
ユウリはもちろん、まどかも首を傾げている
そんなことより、ほむらちゃんを早く助けてと訴える
岡部にしても、この行いに深い意味は無い
これはただの我が儘、世界の収束も関係ない
ただ、岡部にとってラボの№06は美樹さやかで
№05は、元の世界と同じ『閃光の指圧師』であってほしい
そう、ただの郷愁みたいなものだ
目の前のユウリは飛鳥ユウリではないが、彼女は飛鳥ユウリの親友のようだし、それならと思ったから、ただ、本当にそれだけだ

この世界の、χ世界線でのラボラトリーナンバーは“一つに突き二人存在する”

「特に意味は無いが、出来れば頼む。一応この子を抱っこしていて両手が使えんし、扉を開けるついでだ、頼む」
「それなら私が――」
「わかった」

まどかの言葉を遮りユウリは扉を開けた、その瞬間ほむらの怒鳴り声が大きく聞こえたが岡部達に気づいたのか―――まどか達、さやかが何故かお姫様抱っこ状態で気絶しているのを見て―――声を失う

「キュウべえ、ほむほむ、ユウリ。この瞬間をもってお前達を未来ガジェット研究所のラボメンに任命する」

『あれ?君には僕が見えているの?君は女性でも無いのに変な人間だね?』
「・・・・先生、それはどういう意味ですか?」
「・・・・・・・」

岡部の言葉にキュウべえは不思議そうに首を傾げ、ほむらは岡部の言葉に不信感を抱いている、恐らくキュウべえと一緒の扱いに嫌気がさしたか、または岡部がインキュベータ―に対し友好的に接するからだろう
ユウリは岡部を見上げて何も言わなかった

「ファンタジー最前線のお前がいうな、あと言葉通りの意味だ」

岡部はキュウべえとほむらにそれぞれ返事を返しさっさと本題に入る

「取りあえず汗をながして飯だ―――――その後」

宣言

「円卓会議を始めようか!」













[28390] 世界線x.091015→χ世界線0.091015 「休憩」
Name: かっこう◆7172c748 ID:db861159
Date: 2011/09/22 23:53



『フゥーハハハ!貴様のその身体、この鳳凰院凶真に任せるがいい!
 神の如き正確さと、修羅の如き大胆さ、そして女性を扱うかの如き繊細さを持って解放してやろう』







χ世界線0.091015



しゃー と、シャワーから流れる温かいお湯が己の頭から足、そして足下から排水溝へと流れる所を眺めながら美樹さやかは、ため息をついた。

「・・・・・・はぁぁぁぁぁぁぁぁ」

短髪の髪からは水滴が落ちていき、そこから先には発展途上の肢体、そこには未だに先ほどの余韻が残っていて、それを流し落とすように彼女は手で軽く体を擦る。
ここはラボのシャワー室、親友の鹿目まどかの幼馴染、オカリンこと岡部倫太郎の自宅にして未来ガジェット研究所。通称『ラボ』。
キュッ!
お湯の蛇口を閉めて、先ほどの自分の醜態を恥じる。
初めてだったとはいえ、友人たちの前であんな「まロい」姿を晒してしまった。
恥ずかしくて消えてしまいたい。
ガンガンと頭を壁に叩きつける。
ガッテム!あれは無い!せめて、せめて声だけでも、いや、声が決定的だったような気がする。ならば何処を如何すればよかった?どうにかできたのか?

「はあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ・・・・・」

重いため息が零れる。こんなことが今は入院中の幼馴染の想い人に知られたら・・・・・・・

「ぬわああああああああああああああ!」  がんがんがん!
「さやかちゃん落ち着いて!あれはその・・・・あの、うん!あれだよ!」
「どれさ!?うぅ、まどか~、あれは違うんだよっ、いきなりだったからびっくりしちゃって―――」

シャワー室、実際は畳二枚分程度の浴室で現在さやかとまどかの二人で使用している。
浴槽は無いため二人なら余裕を持って入れる。もっとも気分的には一人で入りたかったさやかだが、“確認”があるためまどかも一緒に入っている。

「大丈夫だよさやかちゃん、私もほむらちゃん達も気にしてないから・・・・・・うん、大丈夫だよ?」
「疑問形!?・・・・・ねえ、このこと絶対に恭介に言わないでよ!」
「あはは、言えるわけないよ」

まどかは苦笑いしながら、そして若干の同情の念を抱きながらさやかの“背中を確認”する。元々彼が彼女に“あんなこと”をする事になった原因は背中の痣にあった。
あの時、魔女の爪で抉られた彼女の背中は傷一つ無い、染み一つ無い綺麗な、どちらかと言えば怪我する前の状態より(確認していないが)健康的な肌をしている。
つい先ほどまで背中にあった痣。黒く暗い不吉な痣は無い。今は彼の腕に移った。
あの痣は重症のさやかを癒してくれた証であり後遺症、彼が言うにはとても危険なモノらしい。まどかは痣のあったであろう場所に指で触れ、痣の跡、痕跡が無いかゆっくりと撫でていく。

「う~ん」
「ひゃう!?ちょっ、まどか!?」

あの時、彼女の背中の傷をしっかりと見たわけでは無い、しかしあの出血量と魔女の爪に引っ掛かっていた背中の■。
思い出すだけで鳥肌が立つ。もう死んでしまうと思ってしまった。でもその傷を完全に、それも短時間で完治させた黒い甲冑。でも彼が言うには“あれ”はしばらくの間は肉体的、精心的にプラスに働くと言っていが、すぐにマイナスになるらしい。
“呪い”“魔女の口づけ”と呼ばれるらしく、肉体は衰え、精神は侵され人を狂気に、犯罪や自殺に追い込む危険を孕んでいると言った。
今でこそ目の前で何故か悶えている彼女だが、右肩から背中まで一直線に走っていた痣。

「う~ん」 むにむに ぐにぐに
「まっ まど、ほんとにっ まって、やぁ―」

背中の感触を念入りに確かめる。違和感は無い。普通の背中だ。彼は徹底的に、確実に取り除くと言っていた。
大切な親友にそんな物騒なモノを背負っていてほしくない。彼もそうおもったんだろう、だから彼はそれを取り除くため“彼女の背中から自身の腕に、同じ呪いの罹った右腕に移した”。手っ取り早く取り除くにはこうするしかないらしい。
でも―――
元々彼女よりも痣が多かった、右腕全てに蛇のような痣があった彼はどうなるのだろうか?大丈夫だと、心配無いと、慣れていると言った、優しく微笑んだ彼はどうなってしまうのだろうか?

「オカリン、大丈夫かな・・・・」 むにむに
「~~~~~ッ!!!」

狭い浴室で二人の少女はそれぞれの事情で顔を伏せていた。










ぱら・・・・
「・・・・・・・・・」
ぱら・・・・
『・・・・・・・・・』
ぱら・・・・・
「・・・・・・・ふむ」

20畳ほどあるフロア。
その大部分を使用しているテレビとパソコン、そして四角いカーペットの上にテーブル、ソファーと座布団があるリビング兼台所。
二つの扉。一つはトイレ、もう一つは浴室。
そしてカーテンで遮られている場所は寝室。大きめの折りたたみ式ベットと洋服タンスがある小さめの簡易的な部屋。
未来ガジェット研究所、通称ラボ。
ほむらは今、テーブルの前のソファーに腰掛け熱心に雑誌を読んでいる。

ぱら・・・・・
『ねぇ、暁美ほむら』
ぱら・・・・・
「・・・・・・ほう」
ぱら・・・・・
『暁美ほむら』
ぱら・・・・・
「なにかしらインキュベータ―、踏みつぶすわよ」

パタン

雑誌『今月の未来ガジェット特集』を座っているソファーの横に置いて目の前、足下で狐の様な白い尻尾をくるくる動かしていたキュウべえに視線を向ける。赤い瞳と視線が交差する。

むぎゅ!

『躊躇わずに踏んできたね?』
「有言実行の言葉を知らないの?」

黒いタイツに包まれた足で目の前の生物の頭を むぎゅ むぎゅ と感触を確かめるように踏む。

『キョ―マからは後で説明するって言われたけど気になってね、彼の事を教えてほしいな。それに君自身の事も』
「そのまま動かないで頂戴、今やっと的確に踏み砕くポイントを見つけたわ」
『そのまま足を押し込まれると首が背中にくっ付いちゃうよ』
「そういえば骨ってあるのかしら?」
『それは―――』
「しゃべらないで頂戴、イライラして踏みたくなるわ」
『え?君は既に――』

むぎゅう!

キュウべえを踏みながら先ほどまでのやり取りを思い出す。
彼のいきなりの発言によりキュウべえ、私、ユウリさん、美樹さやか・・・・美樹さんは未来ガジェット研究所のラボラトリーメンバー、通称ラボメンになった。
彼は取りあえず時間が時間なので、親御さんに連絡するよう全員に声をかけた。そのさい気絶していた美樹さんを、まどかがわき腹への刺激により起こし、すぐさま連絡させた。まどかは何度もラボに泊りこんだことがあるらしくスグに許可が取れ、美樹さんは最初の方は手こずっていたがまどかも一緒とのことで許可が下りた。私は一人暮らしだしユウリさんも特に問題は無いらしい。

「動かないでくれる?踏みづらいわ」
『暁美ほむらは僕の事を知って――』

むぎゅ! ぐりぐり

『話を―』
「口を塞いでも聞こえるとは困ったわね、仕方が無いから――――踏むわ」 むぎゅ

口から放たれる声ではなく、頭の中に直接聞こえる声。
キュウべえ、インキュベータ―がとるテレパシーのような(実際そうなのだろう)意思伝達方法、口をふさごうと関係無い。ほむらはキュウべえを踏む。

『現状なにも変わら―――』
「こんな事ならまどかと一緒にお風呂に入ればよかった・・・・どうしてくれるのよ?」 むぎゅ!
『それは君が――』
「そういえば雑誌にまどかが載ってたわね」 ぐりぐり

ぱら・・・・。見滝原中学校新聞部が作成している「今月の未来ガジェット特集」。毎月末に購買にて販売(150円)。現在最も売れている記事(まどさや談)らしい。見滝原中学校で創作されたFGシリーズを各ランキング方式で写真付きで乗せている。なお発売は学校からの認可は降りており、売上代はFGシリーズの発表等による被害の修復代にまわされている。

「確か『破壊力ランキング』に3位で載ってたわね」
『ねえ暁美ほむ――』
「どこだったかしら」 むぎゅ

ぱら・・・・。え~と確か “広域暴徒殲滅型の音爆弾”で名前が『これが私の全力全壊』。目覚まし時計を防犯ベルとして改造した物らしいが、その威力は防音性の高いまどか達の教室のガラスにひびを入れ、中にいた生徒達を全員無力化したことで有名。幸い鳳凰院先生の直属の生徒達のためいろいろと耐性があったので深刻な事態にはならなかったらしい。また製作者の まどかはコメントにて 「ただの防犯ベル予定でした」 との事だが来年には警察にて公式採用が検討されている。

「・・・・・・テレビの上の☢マークの入った時計」 まさか?
『ねぇ――』
「・・・・・まあ、私手製の爆弾ほどではないわね」 むにむに

ふぁさっ、とストレートに伸びた髪を手で掻き上げる。勝った!余裕で私の勝ちだ。未来ガジェット?所詮は鄭和の国の学生。数多の魔女とインキュベーターを粉砕するため改良に改良を加えた私の爆弾制作技術。破壊力部門では私の爆弾が――――ん?

ぱら・・・ぱら・・・ぱら・・・

「まさか火薬は使用禁止?薬品も!?」
『君はいったいなにを読んで―――』 むぎゅ!
「そんな!?家庭の物であんな破壊力を・・・・・それも本来は人体に被害が出るはずもない製品のみを使用して!?確かにまどかは目覚まし時計と釣りのリール、それに家庭ゴミしか使ってない?このコストでこの効果・・・・・流石まどか、警察が採用を検討するのもわかるわ」
『まどかがどうし――きゅっぷい』 むぎゅぎゅ!!
「一位は『超電磁鈴蘭砲』。製作者三年巴マミ・・・・・・・・・貴女も作ってるの?しかも一位?・・・・・・ウチワと小型扇風機を合体させて超電磁砲【レールガン】?何処までぶっ放すのが好きなのかしら、・・・・・射線上にあったガラス壁及びコンクリートを・・・・・・・やるじゃない」
『あれ?マミのことも知っているの?』

製作者コメントに「こんなハズじゃ・・・・・いつの間にか名前まで決まってて」とあるが一位の余裕だろうか?雑誌を再び横に置く。むう、どうやってあんな威力を?まどかと美樹さんに相談してみよう。きっといいアイディアがもらえるはず。くやしいが彼女達の方がガジェット開発には経験があるのだし・・・・・・家庭で作れるパイプ爆弾も駄目か。

「まったく、どうしてくれるのよインキュベーター?」 むぎゅう
『いきなり矛先が?』
「まあいいわ、後で先生にいろいろきけばいいしね」 ぐりぐり
『取りあえず足を退かしてくれるかい?』
「未来ガジェット研究所ね・・・・・」 げしっ
『ねえ、会話してない?』
「・・・・・・・・・」   ―――ここは“怖いよ”

未来ガジェットの製作には心躍るが―――ひとたび意識すると―――怖い。

この世界の全てが怖い。

知らない場所だ。知らない空間だ。“怖い”。
私はこれからどうすればいいんだろうか?
知らない魔女。経験した事のない未知の展開。
全てはあの時――――。
その結果がこの世界、この状況、失われた魔法。
私はどうすればいいのだろうか?
視線を私の足で踏まれているキュウべえから横に移す。
ああ、お願いします。
どうか、どうか、せめて彼が味方でありますように。








「・・・・・・・なにこれ?」
「まどかが作った“何か”だ」
「このフラクタル構造的な“何か”が?―――なんで冷蔵庫に?」
「・・・・・・生ものらしい」
「食材!?」
「“おそらく”!!」

台所、流し台と二つのコンロ、その横に大きいが年季がかかった冷蔵庫と電子レンジ、食器は申し訳ない程度に流しの上の棚にあるのみ。そこで俺とユウリ(?)は晩御飯をどうするか相談していた。

「・・・・・・どうだろうか?」
「食べたいの?」
「・・・・・やめておこう」
「懸命ね」

いや本当に“コレ”は何だろうか?『電話レンジ』の無いこの世界でどうやって?魔法?それなら納得がいくが・・・・・・・むう。誰が食べるんだろうか・・・・・俺か?俺だ!エル・プサイ・コングルゥ!

「・・・・・・・・」
「・・・・なんだ?」
「・・・別に」

こちらの様子を窺っていたユウリ(?)が顔をフイッ、とそらす。さっきからこれを何度か繰り返している。最初は気にしないようにしたがそろそろ限界だ。

「あのな―――」
「わかってる」
「いや、お前その割には―――」
「ちゃんと我慢する」
「しかし―――」
「大丈夫!」
「そ、そうか?」
「うん」

キュウべえ達をラボメンに任命し、親御さんに連絡を取らせ、英雄殿に・・・・・いや、あれは背中の痣を取り除くためにしたのであって決して女子中学生にセクハラをしたかった訳でなく、そもそも俺は背中の痣を自分の腕に移しただけであって、そう見えたのは間違いなく美樹さやかの声のせいでありつまり――――

「俺は無実だ!」
「っ!?」 ビクッ
「あ、すまん。なんでもないから気にしないでくれ」
「・・・・うん、あの・・・・ちゃんと我慢するから」
「あ、ああ、ホントに気にしないでくれ」
「うん」

まどかとさやかが風呂に入っている間に夜食の準備をしようとしたが、冷蔵庫には大量のドクペ、調味料、そして“何か”しかなかった。

「明日食材を買ってこなくていけないな」
「そうしたほうがいい」
「時にお前は料理できるのか?その――」
「少しだけ、・・・・教えてもらった」
「・・・・・そうか、今度作ってくれ」
「・・・・うん」

誰に教えてもらったか、予想はつく。彼女の腕前は大会で優勝を勝ち取れるほどだ。ユウリ、君はまだ世界にいるか?それとも、もう―――。

「・・・・・・」 じー
「・・・・・ああ、カップ麺は大量にあるから今日はそれで――」
「うん」

見上げるように此方を見ていたユウリ(?)が頷き、手際よくヤカンを棚から取り出し水を入れ火にかける。ラボの前で話してからずっとこの感じだ。最初にあった時の覇気が無く、ただ岡部の言葉を待つ。ユウリについて知っている事を話す。岡部はそう言ったがそれは皆に話す事を話した後で、と伝えた。
ほむらやキュウべえに対してもそうした。用件が済めばそのままユウリは消えそうだし、ほむらは、今はキュウべえを苛めているが、あの時はいつ爆発するか解らなかった。こちらの情報を知るまでの間は焦った行動を自粛するような状況を一応作ったつもりだ。彼女は今情報を欲している。ならばその間は自重するだろう。キュウべえも、イレギュラーたるこちらを野放しにする訳にはいかないだろう。

「・・・・・・・・」 じー
「・・・・・・・・」
「・・・・・・・・」 じー
「・・・・・・・・」










数分後、ほむらがキュウべえの耳と尻尾を結んでいると浴室への扉が開きまどかの声が響く。

「はぁ、すっきりした。次は ほむらちゃんとユウリちゃんの番だよ」
「まどか」 ぐりぐり
「ほむらちゃん苛めちゃかわいそうだよ」
「私はいい」
「いいのか?」
「後でいい」
「まどか・・・・・このシャツちょっとキツイかも」
「ごめんねさやかちゃん、ここに置いてあるのほとんどお古だから・・・・・・・・キツイ?」
「うん」
「私はまだ着れ―――」
「お古ってもしかして小学生の時の?」
「えっ?」    ―――今年買った物なんだけど
「流石にもう中学生だし無理っぽい」
「・・・・・・そういえば、さやかちゃんおっきくなったよね」 ――ある一部が
「まどかは相変わらずちっさいけどね」 ―――身長が
「むう、それは意地悪かも」
「あははごめんってまどか」
「もう」
「でも正直胸元が苦しいかも」
「・・・・・・そっか・・・・・ナンカゴメンネサヤカチャン?」

まどかと美樹さんがお風呂から出てきたので私はキュウべえの耳をつかんで持ち上げそのまま電子レンジの中にブチ込む。
私とユウリさんはお風呂を辞退する事を事前に彼に伝えているので、ユウリさんと一緒にカップラーメンをテーブルに運ぶ。
自然、皆がテーブルの周りに集まる。

「ほむらちゃん達はお風呂はいいの?」
「食べてからでいいわ、・・・・・えっと、その、まどか、私にも―――」
「うん、洋服はいっぱいあるから大丈夫だよ・・・・・・うん、ほむらちゃんは大丈夫だよ」
「・・・・・大丈夫よまどか、私と貴女は一緒よ」
「うん!」
「なんであたしを見るの!?」
「・・・・・・むう」 ぺた
「気にするなユウリ(?)――」
「うん」
「あと英雄よ、シャツなら俺のが――」
「断る!」
「なに!人がせっかく気を使っていると言うのに―――キツイのだろう」
「“あんなこと”があったのにさらに服まで―――――絶ッッッッ対に嫌だ!!」
「あれは貴様の所為だろ、俺はやましいことはしていないぞ」
「オカリンまでキツイって・・・・・あ、ほむらちゃん下着はどうしよっか?」
「え?」
「予備はさやかちゃんにあげちゃったんだ、ごめんね。一応私のがあるけど嫌だよね?近くのコンビニに―」
「それには及ばないわ!」
「即答!?ほむらアンタちょっとはためら――」
「私のでもいいの?」
「ええ、無い物は仕方が無いし外はもう暗いし外出は控えるべきであり岡部先生の話もあるしまどかのパンツだしご飯はラーメンなのでのびるといけないまた動くのはたいへんでしょう先生は男性で家主としてここにいるべきだしまどかは疲れているでしょうから無理をしてはいけないかといって私はここの地理に詳しくはないし美樹さんは一部が潰れればいいしユウリさんにこれ以上迷惑をかけるわけにはいかないからであって以上の事からも私はそれでかまわないわ」
「そう?よかったー、もう夜も遅いしどうしようかと―――」
「何かあたしに対して潰れればって言った!?」
「そういえばユウリ(?)、お前はちゃんと帰る家はあるのか?」
「・・・・・・・」
「・・・・まぁ、深くは検索しないが、お前はもうラボメンだ、好きな時にラボに訪れるがよい」
「・・・・・・うん」
「うわ、岡部さんがさっそく金髪少女を口説いてる!」
「くっ口説かれてなんかない!」
「オカリン!最近節操無さ過ぎと思うよ」
「なにをいう!俺は純粋にラボメンを―――」
「オカリンは言い訳ばっかだね!」
「誤解だ、俺は常に世界の混沌を――」

チンッ

『やれやれ、訳が解らないよ』

「「「なんで電子レンジに!!!?」」」



閑話休題

ほかほかのキュウべえが電子レンジから無事帰還した事によって一時会話を中断し、取りあえず全員がテーブルを囲む形で座る。ソファーの前に岡部、迎いにまどかとユウリ、両端にほむらとさやかがそれぞれ座り、ほっこりキュウべえはまどかの膝の上に座った。座ったキュウべえをほむらが耳をつかみカーペットの上に移動させ、テレビの上にあった目覚まし時計をキュウべえの頭に乗せる。

「落としたら踏むわ」
『またかい?』
「ほむらちゃん苛めちゃ可哀そうだよ」
「ほむら、そいつになんかされたのか?」
「・・・・・・すこしね」
「「・・・・・・・」」

さやかの疑問にほむらは間をおいて答え、岡部とユウリはラーメンをすする。
このほむらが“岡部の知っているほむら”なら、キュウべえを恨んでいるのを岡部は知っている。ほむらにとってキュウべえは『敵』だ。ユウリは我関せずとラーメンをすすり続ける。彼女はほむらが何なのか知らない、でも恨んでいても別におかしくないと思っている。

『僕には何の事か解らないけどね』
「そうなの?」
『うん、彼女には今日初めて会ったはずなんだけど』
「ほむら?」

キュウべえは嘘をついていない。キュウべえにとって、暁美ほむらは今日間違いなく初対面。ほむらの恨みがあるキュウべえは“別の世界線”のキュウべえだ。かといって今それを話しても確実にこじれるので岡部は成り行きを傍観する。

「・・・・・・ごめんなさい、空気を悪くしてしまったわ」
「あっその違うぞほむら!別に私達責めてる訳じゃないから!」
「ごめんねほむらちゃん、ただあの時から ほむらちゃん・・・・・その・・・・変わちゃった感じがして・・・・」

夕方の事件、正確にはキュウべえと関わってからだろうか、まどかにはもちろん、気絶していたさやかにとっても急激な変化に感じた。今日一日の付き合いしかないが、暁美ほむらは、まどか達にとっては内気な女の子。という印象だった、でも現在の彼女は違う。三つ編みだった髪はストレートに伸ばされ、その長い黒髪はまどか達女性から見ても美しかった。また会話の流れからみても彼女は内面、精神的に成長しているように見える。見方によれば今の彼女は別人に見えるが、何故かそこに余り違和感なく感じる。彼女は元々こういう性格なのだと錯覚するほどに。

「いいの、自分でも自覚してるわ」

何よりも今の彼女には意思がある。その姿に、その声に、その在り方に。
まどか達にはそう見えた。
たとえそれが、最早上っ面の仮面でも。

「・・・・・・ごめんなさい、私もキュウべえには今日初めて会ったわ。―――だから、私はただ純粋にキュウべえが嫌いなだけよ」

その言葉に、岡部は顔を周りに気づかれない程度に歪め。
まどかは言葉を失い。
ユウリは関せず。
さやかはうろたえる。
キュウべえは首を傾げ――

~~~~~~♪

沈黙が続く空間に岡部の携帯から着信音。ある者は息を吐き、ある者は安堵した。
着信ディスプレイには『鹿目洵子』。岡部は「少し席を外す」と立ち上がり、皆に背を向け玄関付近に移動する。
岡部がテーブルの方に視線を向けるとキュウべえは特に気にしている様子もなく、まどかとさたかは気まずい雰囲気ながらも場を和ませようと必死に会話を投げかけていた。
自分はあの場から着信を理由に逃げ出したみたいだなと思いながら電話に出る。

「俺だ」
≪ああ!?≫
「スミマセン、岡部倫太郎です」
≪おう、まどかは元気か?≫
「はい、御友人共々今は夜食を食べておられます」

最初はいつも道理に電話に出たがすぐに岡部は口調を正す。
鹿目洵子。鹿目まどかの母親にして鹿目家の大黒柱。腹の黒さと目覚めが悪い事を抜かせば完璧なキャリアウーマンといえる美貌と才能、それを生かせる行動力を持ち合わせる女性。この世界で岡部が逆らえない数少ない人間であり、“元の世界”のブラウン管工房の店長を思い出させる肉体言語を岡部に対し行う。現在この建物の大家として“世界に設定されている”人物。

≪まどかとさっき話した感じじゃなんかあったみたいだよな≫
「・・・・・・」

まどかは外泊の許しを得る為に家族、鹿目洵子、鹿目和久に連絡をいれた。その時のまどかとの会話で彼女は異変に気付いたのだろう。

≪なにがあった≫

何かあったことを断言する口調。岡部には電話をしているまどかの様子は特に変わりなかったと思ったが彼女には解るのだろう、何せ彼女は鹿目まどかの母親なのだから。
それに忘れていた。岡部は“慣れてしまっていた”が、まどか達はあの地獄を見ている。失念だ、彼女達は中学生だ。平気でいる筈がない。きっとこれから先も今日のことを思い出し眠れない夜を過ごすかもしれない。

≪話せないことか≫

無論バカ正直に貴女の娘は魔女に襲われ危うく死にかけた、と話すわけにはいかない。かといってこの女性に半端な嘘は通じない。沈黙は肯定と言われるがきっと彼女は自分の娘になにかあったとわかっている。沈黙する岡部に洵子は返事を待つことなく会話を続ける。

≪岡部≫
「・・・・はい」
≪まかせていいんだろうな?≫

言葉自体はヤンキーだが彼女の優しさを岡部は知っている。岡部に対し彼女はこんな言葉使いだが普段は“かっこいいできる女”である。別段岡部のことが嫌いなわけでなく信頼からくるものだと思うようにしている。平時なら岡部に対しても気さくに話しかけてくるが、今は娘のことが気になってこんな言葉使いになっているのだろうと岡部は推測する。

まどかに視線を向ける。

「?」

視線に気づき首を傾げるまどか。
何でもないと手を振り再び電話の相手に戻る。

≪お前の事は信頼している、和久もお前の事を気にいっている≫

そんな中、彼女は娘を岡部に託す。岡部を信頼している。本当なら何かを抱えている娘の力になりたいだろう、話を聞いてあげたいし、せめて一緒にいてあげたいと思っているかもしれない。なのにまかせてもいいのかと言う、気づかれないように、心配かけないように悩みながらもラボに泊まると伝えた娘の願いを尊重する。それだけ彼女は岡部を信頼している。だからこそラボにまどかの外泊が許されているのだろう、まどかの私物がラボにあるのだろう。

≪まどかが笑っていられるのは、引っ込み思案なあの子があんなに楽しそうなのはお前がいるからだ。あのまどかが――≫
「違う」

しかし岡部は洵子の台詞を遮る。洵子は岡部に感謝している。それを岡部は否定する。
岡部の存在はまどかに影響を与えている。それもいい方向で、そういうニュアンスを伝えようとしたんだろう。でもそれは――――

「それは違う。彼女のあの姿は、あの優しさは、俺とは関係ない」
≪・・・・・・・岡部?≫

そう関係無い。それは紛れもない事実。仮に岡部がいなくとも、まどかはあの性格のままで、鹿目洵子がそう思うのは世界がそう設定しているからだ。この世界の岡部は、まどかと知り合ってまだ二日しかたっていない。なら―――

「彼女の笑顔も、優しさも、すべては貴女達の―――」

おかげだ。そう言おうとした。――――言おうとして・・・・やめた。

(そうじゃないだろう?岡部倫太郎よ)

思い出せ これまでの世界線漂流を そこにいた俺は、俺達には意味があった
例え世界戦の再構成により無かったことになったとしても、その思いと経験は無駄ではない
世界の設定による関係でも、そこには確かに大切な思いがあった

岡部が出会った鹿目まどかはいつも心優しい少女だった。
彼女は弱い。それはどの世界線でもそうだ。特に取り柄もなく、自信なさげで、すぐ泣き、傷つき、暴力には無力だ。でも彼女の持つ世界は強かった。家族はもちろん、美樹さやか、志筑仁美、暁美ほむらといった友人、佐倉杏子といった関わりの薄かった人達も含め、彼女の認識する世界は強固だった。
岡部が関わる前からそうだった。暁美ほむらの知る彼女の話から知った。
家族や友人が危険に晒されれば、彼女は願う、祈る。その先に自身の破滅があっても。
目の前で尊敬する先輩が死んでしまっても、目の前の脅威と戦う。
願う事で自身に訪れる不幸を理解しながらも他者もために祈る。
偽善とも、浅はかな、短絡的行動だという奴もいるかもしれない。
それは間違いじゃない、たとえ善意でも、彼女のやろうとしていることが誰かを助ける行為だとしても、それは時に誰かを悲しませる。いや確実に悲しませてきた。何度忠告しても彼女はその身を戦いに駆り出す。犠牲にする。目の前の人たちが、彼女を知る人が皆泣いているのに。
彼女はどの世界線でも誰かを悲しませる。
でも だけど それは―――辛くても、悲しくても―――やっぱり優しさからくるものだったから。

≪おい岡部――≫

優しさだけで世界は回らない。優しさだけじゃ守れない。優しさは時に人を傷つける。優しさだけじゃ解決しない。優しさのみでは進展しない。
それは嫌というほどに経験している。それを理解している。だけど、だからといってそれは過ちじゃない、見て見ぬ振りをすることができることに立ち向かうことが、助けたいと願うその優しさが間違っている筈がないから。
何より岡部は、まどかの優しさで“再び生を取り戻した”。その優しさを否定しない。

≪聞いてんのか!!≫

電話から少なからず怒気の気配がある。きっと岡部の言葉が気に食わないのだろう、まるで自分はいなくても関係ないというような言葉、そう聞こえる言葉を、彼女が聞き流すわけがない。
そんな洵子の言葉に岡部は答える。勘違いをしている彼女の声に被せるように。

「まどかの優しさは、俺がいるいないは関係ない!」
≪お前本気でそんなこと――≫
「なぜなら俺にとって鹿目まどかとは、いついかなる時もこの鳳凰院凶真の隣に立つ者、そう、まどかがまどかである限りそんなこと関係ない!」
≪は?≫
「わからないのかミス・カナメ?」
≪え・・・・はぁ?≫

岡部の言葉に怒りの勢いを失い一瞬理解が追いつかない洵子。岡部は続ける。

「この俺鳳凰院凶真にとって優しさや自愛の精神など不要!俺は世界に混沌を齎す者。世界の支配構造を書き換える者。俺はメァァドサイエンティストの―――」
≪おーい≫
「ようするに俺にとって彼女の性格なぞ二の次、彼女がどうあれ俺にとって大切なのは――」
≪ほぉ、まどかがどうあれ関係ないと≫
「そう、“まどか”が“まどか”であれば――――俺と共にいればそんなこと関係ない!」
≪む?≫

まどかの性格がどうでもいいという岡部の台詞に再び怒気を再発させかけたが、よく聞くとその言葉は――――?
岡部が急に叫びだしたのでテーブルの前にいた全員が視線を岡部に向ける。

「オカリン?」
「まどか、お前はいつも俺の所にいるな!」
「うん」
「ならばそれで問題ない!お前はお前のままでいい、お前がどうあれ俺はお前の隣にいる」
≪ん?≫
「うん、わかったよオカリン。ありがとね」
「礼など無用、お前が俺の所にいるのならば、俺の手の届く場所にいれば俺にとって何の問題もないのだからな!お前が危険な目に合えば助けよう、悩んでいるなら相談にのろう、間違ったことをすれば正そう」
≪ほほう≫
「俺がいる限りお前はお前のままだ」
≪まどかと一緒にいると?≫
「そのとおりだ、そして本題だが、まどかの性格は確かに一般的に言えば善だろう、だぁがしかし!この俺、狂気のマッドサイエンティストにして鳳凰院凶真の傍にいて博愛精神など生まれる物だろうか?否、否だよ諸君、常人が俺の狂気のオーラを受けて正気を保っていられるものか!にもかかわらずまどかは何時でも何処でもお花畑だ」
「お花畑?」
「あ~」
「分かるのさやかちゃん?」
「ノーコメント」
≪つまり?≫
「まどかはどこにいようと誰といようとその根本は変わらん!」

変わらない。鹿目まどかは優しい。誰といようと、誰と過ごしても、どの世界線でも彼女は変わらない。岡部によって歪められた世界線でも、岡部がいない元の世界線でも変わらない。ゆえにまどかの性格のありかたに岡部の存在は関係ない。岡部がいようといなかろうと鹿目まどかの本質は変わらない。

「まどかは何処にいても優しいってこと?」
「そのとおりだ英雄よ」
「えへへ、なんか照れるよオカリン」
「私もそう思うわ、まどか」
「ふん」

ほむらが同意し、ユウリが興味なさげにため息をつく。

「最も、その優しさは俺と共にいればいずれ混沌へと落ちるだろうがな!いや、落してみせる」
「まどか、あの男にはもう近づかないで」
「えっでも」
「フゥーハハハハ!無駄だほむほむ、まどかは既にラボメンなのだ、もはや俺の元から逃れることは叶わんのだ!」
「あれ、それじゃあたし達も?」
「当然だ、ラボメンは全て俺の仲間だからな フゥーーハハハハハハ!!」
『キョーマは元気だね』
「他人事だなキュウべえよ」
『?』
「キュウべえもだよ」
「あんたもラボメンになったんだから」

まどかとさやかの言葉に白い尻尾をふりふり動かしていたキュウべえは、首を僅かに傾げた。














≪まどかを泣かす事はするなよ。もし泣かしたら――≫
「家賃でも上げますか?」

ふっ、と岡部は余裕の態度を崩さない。仮に家賃が一万円上がったとしても今の岡部には痛くも痒くもない。いや実際に上がったら翌日には頭を抱えているだろうが今は違う。
これまでの世界線では常にラボメン№05は揃うことはなかった。しかしこの世界線では僅か二日で五人ものラボメンが揃っている。問題は山積みだが今の岡部は絶好調だ。そもそも今は臨時とはいえ職持ちの身だ。確認したところ、この世界線の岡部は割とお金に余裕がある(あくまでいままでの世界線よりもだが)。

≪家賃?何言ってんだ岡部。んなもんいらねえよ≫
「は?ではいったい――」

これまでの世界線では容赦なく家賃の引き上げに泣いた。
鹿目洵子はできる女性だ。殺さず生かさずの精神で岡部から死なない程度に家賃をギリギリまで刈り取る。

≪今までどうりまどかを泣かせるたびにお前の肋骨が一本ずつ折れていくんだよ≫
「・・・・・・聞き間違いですか?」
≪なにが?≫
「・・・・・あまりにも暴力的ルールが聞こえたのですが」

法治国家日本とは思えない発言があったような?

≪いいか岡部≫
「・・・・なんでしょうかミス・カナメ」
≪肋骨には限りがあるんだから気をつけろよ?≫
「心配してくれるところ恐縮なのですが・・・・・」
≪なんだぁ?・・・・・ああ心配すんなよ岡部!≫
「おお、やはり冗談ですか―――」
≪また入院した時には金は出してやるから安心しろ≫
「何に安心できるんですか!?俺が言っているのは――――――――――“また”?」

え?また・・・・・・・だと?
あれ?この世界線の俺は既に入院歴有り?

≪そんじゃぁ、今日の所はまどかのこと頼んだぞ岡部。他の子もいるみたいだけどちゃんとまどかのこと責任とれよ≫
「まったーーーーー!!先程の発言に対して確認したいことが―――――!」
≪責任のことかい?お前毎度毎度違う女を引っかけてくるからなー≫
「ちがーう!!そっちじゃなくて―――」
≪(タツヤーお風呂入るよー・・・・・・・あ~い・・・・)≫
「聞いてーーーーーーー!」

ぶつっ!

「切れた―!切りやがったあの女!」

電話の向こう側で洵子とまどかの弟タツヤの舌足らずの声が聞こえ・・・・そのまま切れた。
未知なる世界線での恐怖に岡部が震える中、まどかとさやかが岡部のことを驚愕の目で見ていた。岡部が二人の視線に気づき震える声で尋ねる。願わくば先ほどの狂言が否定されることを―――

「オカリン・・・・・記憶が?」
「一昨日退院したばかりだよ・・・・岡部さん・・・まさか・・・」

一昨日。その言葉に岡部は思い当たる事がある。この世界戦にきた昨日の朝、まどかと朝食をとりながら、この世界線での己のことを聞いていたがその時まどかは「一週間ぶり」という言葉をつかっていたような、それに美樹さやかも「一週間休んでいた」という台詞を言っていたような気がする。〔2・4話参照〕

「まっまどか?俺はこの―――」

この世界線で入院していたのか?そう聞こうとして、それをまどかに止められる。さやかと共に。

「大丈夫だよオカリン!大丈夫だからね!」
「岡部さん、あたし達のこと仲間だって言ってくれたよね?」
「あっああ」
「ならあたし達も岡部さんのこと守るから、大丈夫だからね!」

まどかとさやかに抱きしめられて岡部は理解する。
この世界は危険だと まどかを泣かすことは己に直接被害が出ると
岡部は未知なる世界線に対する心構えを新たに構築する。
岡部を慰めるように抱きしめる二人の少女の暖かさを感じながら深紅の携帯を耳にあてる。

「・・・・・・俺だ。ああ、確かに問題は山積みだが俺は諦めない。エル・プサイ・コングルゥ」












「・・・・・・結局なんなの」
「まどかを泣かせたら私が折るわ」
『キョーマはいろんな業を背負い込んでいるね』













[28390] χ世界線0.091015「魔法少女」
Name: かっこう◆7172c748 ID:3f6e4993
Date: 2011/10/29 00:06
α世界線0.571046


『さよなら』

“リーディング・シュタイナー”は発動した。
世界線変動率が変わる。
紅莉栖の泣き顔も。
ダルやまゆりも。
ラボの室内も。
すべての歪みが加速していく。
すべての色が失われている。
この世界線から、俺の意識が遊離していく。
せめて最後に、紅莉栖の顔をこの目に焼き付けようと。
小さく手を振っている、彼女へと向き直った――

『私も、岡部の事が―――』








χ世界線0.091015



「――――以上が魔女に関しての基本的な事だ。何か質問等はあるか?」

まどか達ラボメンメンバーは、テーブルの前に各々が適当に座りながら壁に取り付けられた大きなホワイトボードに魔女に関して解りやすく書き出している岡部に視線を向ける。

「えーと、要するにあたし達が見たあの猫みたいなのが魔女で――」
「普段は気づかないけどいっぱい種類がいて――」
「ほうっておけばネズミ式のように増えていく」

さやかとまどかの回答に岡部は相槌を挟む。そしてそれに続く形で――

「魔女や使い魔は普通の人には見つからない結界にいるから退治できない」
「それを駆逐するのが私みたいな――」
『魔法少女だね』

ほむら、ユウリと続いてキュウべえのシメの言葉に岡部は再びボードに文字を書き込んでいく。
魔法少女と。
洵子との電話の後、なんとか持ち直した岡部は早速まどか達に伝える事を伝えるために円卓会議を始めた。

「ふむ、魔法少女についてはキュウべえやユウリから聞いた方がいいか」
「・・・・・めんどくさい」
『なら僕が説明するよ。元々はその為にここに来たんだしね』

キュウべえが皆に見えるように岡部の肩に飛び乗るように移動する。
重さを感じさせない動きで肩に乗っかるキュウべえ、実際に重さを感じていなさそうな岡部。見た目以上にキュウべえには重さが無いのかもしれない。

『僕と契約した女の子のことを魔法少女っていうんだ。魔法少女は唯一魔女に対抗できる存在。そして同時に魔女と戦い続けることを課せられた者でもあるんだ』
「あんなのと戦うの?」

キュウべえの言葉にまどかがつぶやく、そしてその視線の先にはユウリがいた。
ユウリ。岡部が殺される瞬間に助けてくれた魔法少女。岡部ですら倒せなかった魔女をいとも簡単に倒した、キュウべえいわく戦い続ける事を課せられた少女。軽く自己紹介はしたが岡部との関係はやや複雑の模様。

『見返りもあるよ、戦う運命を課せられる代わりにどんな願いでも一つだけ叶えてあげる』
「願い?」
「どんな願いでも?」
「・・・・・・」

どんな願いでも、その言葉に反応したまどかとさやか、ユウリは相変わらず黙っていて岡部はその様子を眺め、ほむらは―――

「駄目よ!」
「「え?」」
「まどか、美樹さん、絶対に契約をしては駄目!」
「ほっほむらちゃん?」

大声でまどかとさやかに警告する。いや、それは懇願にも似ていた。まどかはその姿に、ほむらの泣きそうな顔に見覚えがあった。それも数時間前。あの地獄の様な場所で。そう、キュウべえが現れ契約を持ちかけた時。それに自らが名乗り出た時と同じ。

「駄目だ!まどかも美樹さんも絶ッッッッ対に駄目!!」
「・・・・・ほむら?」

まどかとさやかは何故そこまでほむらが否定するのか分からない。願いを叶えてくれる。魔法少女はあの魔女と呼ばれる存在に対抗できる。岡部はいった、魔女はあの猫の魔女だけでなく無数にいると、それらは使い魔で数を増やしさらに増殖する。特にこの見滝原は魔女が異常に多く存在する激戦区らしい。なら少なくとも魔法少女になっていれば今日の様な事件にまきこまれても大丈夫なのでは?とも考えられるのに。

「駄目!絶対に駄目・・・・契約しないで・・・・・・お願い・・・まどか・・・・・美樹さん」
「ほむらちゃん」
「・・・・ほむら」
「お願い・・・・おねがいします・・・・」

ほむらは頭を下げ、まるで土下座する勢いで泣きながら訴える。分からない、まどかとさやかにはほむらがそこまで固執するのが分からない。契約。それにどれだけの重みがあるのかいまいち理解できない二人、でも、ほむらの様子から二人は

「ねえ、キュウべえ」
『なんだいまどか?』
「どうしてほむらちゃんはここまで怯えるの?」
「まどか」

泣いているほむらをあやしながらまどかはキュウべえにどうしてと、その疑問を岡部が答える。それは少し、ほんの少しだが、いまだに状況の分かっていない二人を責めているようにも、これ以上関わる事を拒むようにも聞こえた。
岡部から、岡部倫太郎からの僅かとはいえ、はっきりとした拒絶。

「ある意味では・・・・・お前たちは運がいいな」
「え?」

岡部の台詞にまどかとさやか、そして涙を流しながらも顔を上げるほむら。

「お前たちは理解したな?魔女の脅威を、あの超常の存在を、あの地獄を」
「うっうん」
「はっはい」
「・・・・・ぐす」

岡部の真剣な声に頷く三人。

「魔法少女になれば戦わねばならない。キュウべえは確かにいったぞ、“戦い続ける事になる”と、契約すれば一時的ではない。それこそ一生かけて魔女と関わる事になる・・・・・いいか?一生だ、軽く考えるなよ。キュウべえは確かに願いを叶えてくれる」
『うん、僕はその願いを叶える事によってソウルジェムを生みだし魔法少女にするんだ』
「ソウルジェム?」
「ユウリ」
「・・・・・・ふんっ、コレよ」

ユウリはポケットから金色のソウルジェム、手の平に収まる程度の――消しゴムほどの大きさの、綺麗な装飾が施された卵型の宝石を取り出してまどか達に見せる。その美しさにまどかとさやかは目を奪われる。ただ、ほむらだけは己の胸元をギュッと握りしめ、そこに無い物を探すように、ただただユウリのソウルジェムを見詰める。

『それがソウルジェム。魔法少女の証さ』
「そして・・・・それが・・・・」
「願いの対価、魔法の源で、魔法少女になったものが戦い続けることになる理由だ」

ほむらの言葉を岡部が引き継ぐ・・・・が、

「・・・・・・?ユウリ、浄化しないのか?」
「今はいい・・・・・その方が“都合がいい”」
『キョ―マ、ユウリは願いではなく―――』
「それ以上はいうな!」
『・・・・やれやれ、わかったよ“ユウリ”』
「どういうことだ?」
「・・・・なんでもない」
「え~と、どういうことオカリン?」

一連の流れが分からずまどかが岡部に問う。岡部は頭を掻きながらズボンのポケットから黒い宝玉を取り出しまどかの問いに答える。

「これはグリーフシード。魔女を倒す事によって得られるものだ」
「きれーな宝石だね・・・・あれ?」
「岡部さんが教室で言ってたのってもしかして―」
「うむ、これだ。これは基本的に魔女・・・・・使い魔が成長した奴が持っている場合もある」
「それがソウルジェム?と関係あるの?」
「大ありだ、魔法少女は魔法を・・・・魔女と戦うだけでなく日常生活をおくるうえでも微弱ながらも魔力を消費しながら生きていく、それは戦う時に比べると本当に少ない、“何もしなければ、何も考えなければ”半年近くは賄えると思うが詳しくはわからん」
「「?」」
「魔法を、魔力を消費するとソウルジェムに濁りができる。ユウリのソウルジェムの中心に黒い染みみたいのがあるだろう?」
「あっ、ほんとだ」
「ちょっとだけ濁ってるね」
「・・・・・じろじろ見ないで」
「その濁りが溜まれば溜まるほど魔法を使うのに効率が悪くなり、溜まりすぎると身体にも影響が出る・・・・・最悪死ぬこともある」
「死んじゃうの!?」
「それホント!?」

二人の驚きの声があがる。

『グリーフシードはソウルジェムに溜まった濁りを移し替える事が出来るんだ』
「魔法少女はソウルジェムの濁りを浄化するために、グリーフシードを得るために魔女と戦わないといけない・・・・分かるか?」

岡部はまどかとさやかに問いかける。これがどういうことか理解しているかと。

「魔法少女にとってグリーフシードを持つ魔女の存在は必要不可欠だ。人は食事をとらなければ飢えて死ぬ。それと同じように魔法少女達はグリーフシードがなければいずれ死んでしまう・・・・・ここまでは分かるな」

まどかとさやかは頷く。

「さて、なら解ると思うが魔法少女になれば魔女に積極的に関わる必要がある。・・・・・今日お前達が経験した地獄を、そしてそれはお前達の近くにいる人間にも関係がある。なぜなら魔女の存在が必要である以上魔法少女は魔女のいる所にいなければならない、それは必然的に周りにいる人間の周りにも魔女がいる事になる」

魔女がいなければ魔法少女は生きていけない。ならば魔女のいる所にいかなくてはいけない。あの地獄の様な場所に。

「それとソウルジェムの濁りは魔力の消費だけでなく感情の浮き沈みにも影響が出る・・・・・・というかこれが一番ヤバい」
「そうなの?」
「まどか、正直これがなければかなり助かると俺は思っている・・・・・・これは魔法少女になれる人間が年頃の女の子って部分も関係がある」
「う~ん?岡部さん具体的にどんな感じ?」
「魔法少女の使う魔法はテンションによって威力が変わる。テンションが高ければ強く。低ければ弱く」
「なんかゲームみたいだね」
「確かに」
「そのテンションだが、それらはゲームのように正義の心とか愛とか勇気とかじゃなくて憎しみや怒りでもいい・・・・・むしろ普通はそっちの方が多いと思うんだがな」
「なんで?魔法少女は魔女と戦うんでしょ?」
「ならどちらかというと正義の味方っぽいけど」

まどかとさやかの疑問に、魔法少女は正義じゃないの?と、岡部はあっさりと答える。

「お前たちは“あれ”と戦う時に愛とかなんとか考えると思うか?」
「「ッ!!!」」
「まぁ、慣れれば鼻歌交じりに戦う奴もいるが、文字通り命がけだからな」

あの猫の化け物。魔女と戦う、そのさい漫画やテレビのヒーローのように正義感だけで戦えるのか?戦う理由はある。誰かを守るため、自分の為、ではそのためなら憎しみを抱かずに戦えるか?知っているはずだ。今日気づかされた。むこうはこちらに何の遠慮もなく殺しにくる。そんな奴を相手に怒りを抱かないのか?

「魔法少女の感情にソウルジェムは反応する。それが強い攻撃的感情なら魔法の威力は例外なく高まる。だが感情の方向性しだいで結果は大きく変わる」
『プラスの感情、希望や勇気、愛といった君達人間の持つ特有の意思で魔法を使えばソウルジェムにはほとんど濁ることなく高威力の魔法が使える。
逆にマイナスの感情、絶望や怒り、憎悪をもって魔法を使えば威力こそプラスの感情の時とそう大差はないけどソウルジェムの濁り方はプラスと比べられないほど早い』
「・・・・・・一回の戦闘で限界に達する魔法少女も少なくは無い」
「そんな・・・・」
「岡部さんは・・・・・見た事ある・・・の?」

さやかの質問に岡部は頷く。

「ある。戦闘中に限界が来るやつもいるが・・・・・むう」
「オカリン?」

岡部はやや躊躇いがちに伝える。限界を迎える魔法少女達の状況を。

「大抵の奴は戦闘中に魔力を使い過ぎて・・・・・・だが、戦う前からソウルジェムが濁っている場合が多い」
「「・・・・・?」」
「ソウルジェムは何も魔法を使ったときだけじゃなく日常の生活での感情にも反応する。現役のお前たちは分かりづらいかもしれないが・・・・・まだ子供で、中学生でお年頃ってやつだ」

感情の揺れ幅が大きい時期

「若く活力があり青春の時期、とでもいえば聞こえはいいが実際は大きな不安との隣合わせだ。新しい環境の変化や勉強等の受験、友人や年頃なら恋愛関係など心情が激しく動き出す時期ともいえる。ソウルジェムはそんな日常の感情にも過敏に反応する。
そんななか命をかけた殺し合い。ストレスは尋常じゃないだろうな、なにせ命がけで戦っているにも関わらず誰にも認識されない結界の中、理解してくれる人はそうそうおらず、気づけば孤独になっている。戦う事をしなくても、魔法を使わなくても徐々に追い詰められていくんだ」

そしてその濁るスピードは予想よりも大きい。
それは戦うために魔法を使う時よりも早い時がある。
それだけこの時期の少年少女の感情の波が激しいとも、強いともいえる。
ソウルジェムはまってくれない。
普通は時間と共に癒える心の傷に反応する。
岡部の言葉にまどかは質問する

「・・・・・・なんで一人ぼっちになるの?」
「そうだよ!別に悪い事をしてるわけじゃないんでしょ?」

さやかの言葉に岡部は頷く。
魔法少女が魔女を倒す。何も間違っていない。
魔法少女が孤立するのは魔法少女本人が原因だ。

「たとえばだが、まどかやさやかは自分の身近に・・・・・いや知り合いの近くに魔女がいたらどうする?戦う力があったらどうする」
「・・・・・戦うよ」
「わっ私も、こっこわくて何もできないかもだけど!でも――」

―――放っておけない

「それが原因の一つだ」
「「え」」
「誰かのために戦う。それは否定できない確かにすばらしい精神だ、でもな・・・・それをずっと続ける事が出来るか?お前たちは学生だ、授業中でも登校中でもその気になれば無視して魔女退治に出られるが、それを続けきれるか?学年が上がれば受験もある。それに友人との付き合いにも影響がでるな、偶には休もうと思っても、その間に知り合いが魔女に殺されるのでは?と思いまた魔女を倒すために探索に出る。付き合いはへるな。そしてその事を誰に認めてもらえるか?魔女という脅威に魔法少女でもない人を巻き込めるか?戦えるのが自分だけではワザワザ危険に晒す訳にもいかない、一人で動くことが結果的に効率がいい、一般の人間には魔女をどうこうできる術は無いからな。故に一人でいる事が多くなり孤立する。誰にも迷惑をかけたくないから、巻き込みたくないから」

岡部は淡々と話す。つまり彼はこう言いたい。

「誰かのために戦いたいと、守りたいと願う優しい人間ほど、魔法少女になれば孤独になっていく。他の誰でもない魔法少女本人の行動によって」
「そんな・・・」
「学生でそれなら学生でなくなればどうなる?親元で面倒を見てくれるならいいがずっとという訳にはいかないだろう、バイトするなり仕事をするなりしなくてはいけない。だがそれらに向かう途中で魔女がいたらどうする?戦うか?遅刻するぞ、人命がかかっているか?遅刻の原因を魔女がいましたで許されるか?」
「いや・・・・それはそうだけど岡部さん・・・」
「社会に適応できなければ辛いぞ。自分だけでなく周りもな・・・・・・悪い言い方になるかも知れんが全部を救うことはできない。かといって手の届く場所にいるからと全てに手をだせば自分の生活もできない。生きるのにはお金がいるからな」

それからも岡部の話は続いた。
まどかとさやかは岡部の話しに時折頷き時に反論するという事を繰り返すが岡部にバッサリと切捨てられる。

「お金は大切だけどさ――」
「今の世の中金がすべて―――とはいわない。だが、ほとんどだ」
「・・・・やっぱりほっとけないよ」
「なら戦え、それは絶対に間違っていないのだからな」
「岡部さんはどうするのさ!」
「状況によるな」
「助けないの?」
「助けきれるなら・・・・・だな」
「だったら――!」
「さっきも言ったが毎回は無理だ・・・・・おれは弱い」
「・・・・でもオカリンは私達を」
「お前たちだからだ。他人のために戦えるほど俺は強くない」
「・・・・でも戦えるんだよね」
「だから戦えというのは無神経だな」
「ちがっ!!!」
「分かっている。だがその言葉は同じ立場・・・・いや実際に戦う本人達にしか言えないさ」
「・・・・オカリン」

はぁ、と岡部はため息をつく。彼とて別に苛めたくて、魔法少女を否定したくて言っているのではない。

「あー、話が多少ずれてきたが要するにソウルジェムは感情の浮き沈みに反応するし、それは日常の中でも同じだ。思春期特有の不安が多いこの時期は特にな、それは時が経つにつれて大きくなる」
「・・・・・一人になるの?」
「大抵はな」
「岡部さん・・・・一人にならない人もいるんだよね?」
「ああ、大抵は志が同じ魔法少女といっしょになったりするな、だがグリーフシードには限りがある。何もしなくてもソウルジェムは濁るんだ、正直この時期の少女達には予備のストックが必要だし、時に仲間割れも起きるだろうな」
「じゃあ・・・・どうすればいいの?」
「今話したのは何でも誰でも助けようと無茶をする奴のたとえ話だ。全員がこういう生き方をしている訳じゃないからな。
それでどうすればだが・・・・・基本的には割り切るしかないな、そうすればまず孤立することはある程度避けられる。精神的にも肉体的にも負担をかける事も少なくなるしソウルジェムも長持ちするさ、他の魔法少女とも余裕があれば争うこともしないしな」
「でも・・・だけど」
「だからお前達には向いていないのかもしれない・・・・・・お前たちはきっと、他人だからといってほおっておく事ができないから」

たとえ魔女関係でなくとも、例えば災害や事件にも魔法の力は絶大、もちろん戦争にも。

ほむほむはそれを分かっているのかもしれないぞ。
岡部はまどかとさやかにそう伝える。

「そもそもお前たちは魔法少女になりたいのか?」
「いや、それは特に無いというかこんな話し聞かされた後じゃちょっと・・・・」
「だろうな、それでもなお“命を、人生を対価にしてもいい願いがあるなら別”だが、正義感だけで魔法少女になる事はおススメしない」
「・・・・・なりたいってだけじゃ、駄目なんだよね?」
「そうだな・・・・・例えばまどか、ほむほむがさっきお前達に契約しないでと言った理由はもう分かるか?自分の知り合いが、友達が、ほむほむが魔女と戦う人生を、誰にも分かってもらえない人生を歩むことをお前は良しとするか?たとえ本人の意思とはいえ止めきれるなら止めたいと思わないか」

もしあの時、ほむらがキュウべえと契約していたら、まどかはその考えが頭をよぎった瞬間、愕然とした。もし、契約していたら、彼女はどうなっていたんだろう?そしてその前に契約してもいいと少しでも考えてしまった自分の考えの無さに寒気を覚えた。

「・・・・・・・今日、お前たちは魔女という存在を、一部とはいえ魔法少女の今後の人生を知ることができた、そういう意味ではきっと、運がよかったのかもしれない」

何も知らずに契約する事が無く、闇雲に願いを叶える事が無くて、よかったのかもしれない。
本当はこんな事いいたくは無い。誰かのために願った少女も、守るために戦っている少女もいたから。

―――でも、

―――愛とか、正義とか、人間の上等と呼ばれるその精神性が

―――一番人間性が無いとも言われているんだ
















しばらく話して今回の円卓会議は終了となった。
休憩をいれたとたんに、まどかとさやかは座ったまま寝てしまった。
疲れがピークに達したんだろう。いや、最初から達していたのかもしれない。無理もない、命の危機に相対することが日本で起こる事はそうそうない、それも中学生の少女だ。
本来ならラボについた時点で休ませるべきだったが、常識外の事態に逆に疲れていることを自覚していなかったのかもしれない。二人があまりにもいつもどおりだったので気がまわらなかった。
岡部は二人を寝室にあるベットに移動させ、リビングと寝室を遮るカーテンを閉める。
正直な所、岡部も寝てしまいたい。傷は塞がったとはいえ、一度は死にかけた。その事実が消えたわけじゃない。疲労は確かにある。
ユウリは寝室にあるタンスから適当にシャツを拝借すると浴室に姿を消した。
ほむらは―――

「・・・・・先生はキュウべえに対してどう思いますか」
「どう・・・・とは?」
「貴方の肩にいる生き物を信用するんですか?」

ユウリが風呂にいっている間にほむらは疑問を問いかける。
彼が何者なのか、味方なのか敵なのか。
キュウべえを知っている。少なくとも成り立ての魔法少女よりも。
そして、『私』の事も知っている。
彼はこの時間軸の人間ではないのかもしれない。

『僕は君達を――』
「アナタには聞いてないわ」
「信用・・・・信頼か・・・・・キュウべえが願いを叶えるのは本当だし、契約の際に“その魂を対価に望むのか”とも最終的な確認もとっている。今日にいたってはユウリが助けてくれなかったら確実に誰か死んでいたかもな・・・・・・・あの場で皆殺しにされるよりかは契約してでも、死ぬ事に対し足掻くべきかもしれない・・・・・・・・・・・・・もっとも」

あの場で死ぬか、その後の人生を魔女狩りに尽くすか。
あの時ほむらは後者を選んだ。でなければ自分以外の人が、大切な彼女達がどちらかを選んでしまうから。
視線を逸らさず岡部を見詰める。
ほむらは思う。この人はどこまで知っているんだろうか?魔法少女の、そしてソウルジェムの秘密を。それと同時にある程度分かっている、ある程度の真実を知っていてキュウべえに対し敵意のないこの人は知らないんだと。ソウルジェムの、魔法少女の本当の真実を知っているならキュウべえを肩に乗せるという事はしない、キュウべえを憎むはずだ、恨むはずだ、真実を知っているなら誰だって―――

「ソウルジェムは魔法少女の魂そのもの、砕ければ魔法少女は死ぬ。魔力を使い過ぎたり穢れをため過ぎればその身は衰え、最悪新たな魔女を生む。生命線であり最終安全装置でもある。同時に爆弾だ。それを明言しないのはマイナス評価だな」
「なっ!?」
『・・・・・・君は一体何者だい?』

変わらぬ態度で淡々と言葉を発する岡部。
まどかとさやか、何より既に魔法少女のユウリには話せない真実。
契約の際に生み出されるソウルジェムは文字通り魔法少女達の魂そのもの。
魔法少女の体は普通の人間とは違いソウルジェムの魔力で動いている。
ソウルジェムこそが魔法少女本人。自覚症状は無い。このことに気づかぬまま生涯を終える魔法少女は多い。
ソウルジェムが体から100m以上離れると肉体の活動は停止、一般的に死んでいる状態になる。
また、ソウルジェムを物理的に破壊されると魔法少女は確実に死亡する。
魂を物質化する事にキュウべえは戦う上での利点だという。
魔法少女は意識(魂)と肉体を離す事により、その連結を無くすことで戦闘での受けるダメージの苦痛をセーブできる。
苦痛のセーブ。痛みを感じにくくする。それはダメージによる肉体の停止からの危険を回避できると同時に危険察知を鈍らせる両刃の状態だが、ある程度は使用したほうがいい。
人間は脆い。ただの一撃で行動不能になる。人は生命が維持できなくなると精神まで消滅してしまう、逆もまたしかり。
精神の消耗、消滅までの過程にソウルジェムは反応する。無論マイナスに。
痛みとはそれほどの刺激を与える。
しかし魔法少女はその痛みを任意によるセーブでき、脳や心臓といった重要器官を損壊しても致命傷にはならず魔力による修復が可能である。個人によって回復力はおおきく変わるが場合によれば一瞬で失った半身を修復できる魔法少女もいる。
事実上ソウルジェムさえ無事なら、魔力があれば魔法少女は不死身の存在である。
常識外の存在である魔女と戦う上ではこれは確かに、この上ない安全の一つともいえる。

――が、魂が分離した状態。ソウルジェムが本物の自分。体はただの器。
言葉だけでは伝わらないかもしれない。100m。たかが100m。しかしその距離で己は死ぬ。それを自覚したらどうなるのだろうか。自分の体はただの入れ物。この小さな宝石が自分。魔法で動く体。魔力が無くてはその身を動かす事も出来ずに腐り果てる。宝石が本体。体は器。器に魂は無い。心臓は動いている。命は無い。呼吸はしている。この肉の体は入れ物。生きていない。

―――まるでゾンビ。だれがいったか分からない。少なくても普通の人間じゃない。
―――“人間じゃない”
―――魔法少女は人間じゃない

ゾンビ。そうかもしれない。人間に超常の存在である魔女と戦えるか?科学の力を借りずにコンクリートの壁を破壊する力を、5m以上の高さを跳躍一つで越えられる脚力をだせるか?小さな宝石一つ持ち忘れるだけで死ぬか?何より頭や心臓を貫かれて人間が生きていられるか?

それを知ったのが既に魔法少女になった後だったら、まだ少女の彼女達は何を思うのだろうか。
既に人間でない身で、この先ずっと生きていくんだ。

岡部の言葉にほむらは立ち上がる。岡部の言葉に、その意味を理解していながらなんら変わらぬ態度でキュウべえに接する疑問と、怒りを抱きながら。

「先生!あなたはそれを知っていて―――!」
「お前は“諦めた”のか?」

どうしてキュウべえに対し警戒しないのか、憎まないのか、岡部はいった。絶望に消えていった魔法少女達を知っていると。なのに何故?そう言おうとしたほむらに岡部の一言。それだけで沸き起こった怒りから冷め、体が固まる。

「“暁美ほむら”、ここが境界線上だ」
「な―――にが?」
「キュウべえ、確認したい事がある」
『なんだい?』

此方を引き離すような一言。
ほむらの疑問を無視しキュウべえに確認をとる岡部。確認内容はもちろん不安の一つ

「お前から見て鹿目まどかの素質はどの程度だ?」
「岡部さんそれは―!」
『まどか?彼女は優秀な魔法少女になれるよ』

ほむらは息をのむ。その事実は重い。
素質。それは魔法少女になった時点でのステータスともいえる。素質が高ければ高いほどその魔力、身体的ポテンシャルは高い。経験によりそれは補う事はできるだろうが魔女との戦いに二等賞はない。ほとんどが死ぬか生きるか。ならば開始時点からの能力の高さは必須だ。経験を積む前に死んでしまったら本末転倒だ。“だが――”

「そうか・・・・素質として彼女はどの程度だ?・・・・有り得ないくらいの才能を持っていたりするのか?」

此処で言う素質とは、才能とは『因果の量』。
魔法少女の潜在力は背負い込んだ因果の量で決まる。
平凡な人生を歩む一般の人間なら普通の素質が与えられる。
しかし、一国の女王や救世主といった平凡とはいえない人生を歩む人間には、それ相応の莫大な因果の糸が集中する。
英雄、伝説として語られる人物など、歴史歴に知られる、歴史に転機をもたらした人達のなかにも魔法少女はいた。
その誰もが強力な魔法少女になっている。
なかには、その少女達のおかげで今の歴史があったともいえる偉業を成しえた者もいる。
その偉人達は―――



代償として、それ相応の魔女となった。



魔女。人の、そして魔法少女の敵。魔法少女の対なる存在。闇。絶望。憎悪。悪。邪悪。
魔女を倒すはずの魔法少女が魔女になる。
魔女の絶望に対抗するための希望の魔法少女が魔女になる。
希望を祈り、奇跡を願った。
絶望を知り、憎悪をばら撒く。
希望を胸に、絶望を撒く。
守るために、殺していく。
誰かを救い、恨みや妬みを生みだす。
誰かの幸せを祈り、誰かを呪う。

ソウルジェムが濁りを、絶望や憎しみを、憎悪や妬みを限界までためた時、その許容を越えた時、ソウルジェムはグリーフシードに変化して魔女を生む。

魔女を駆逐する魔法少女が魔女になる。

『有り得ないほど?よく分からないけど鹿目まどかは平凡な少女の割には素質はやや高めってとこかな』

それが魔法少女の秘密。キュウべえ、インキュベーターが話さない。隠された真実。
魔法少女から生まれた魔女、その魔女の強さはその魔法少女の素質に比例する。
つまり、素質が、“因果の量が大きければ大きいほど生まれる魔女は強力になる”。

「そうか・・・・・ならまだ道はある」
『?』

ぼそっと呟いた岡部にキュウべえが首を傾げる。
キュウべえにとっても岡部は謎の存在だ。
素質ある少女にしか見えない己の姿を観測する人間の男性。
契約した少女の内の一人マミ、巴マミから彼女の通う見滝原中学校の特別臨時講師という役職の男。話題の尽きない人物らしく毎日彼の話を聞かされ――――――?
―――――毎日?
記憶領域に疑問――――昨日はマミが魔女探索から帰ってきてからも岡部倫太郎について語られた。告白、求愛に対しどう返事をすべきかを相談された。
いつものように彼の話を―――――“いつも”?
彼の話を昨日も―――    昨日以前に話を聞いたことがあっただろ―――・・・・・・・?
彼の因果は―――の糸はこの世界と繋がって―――

彼は―――岡部倫太郎は    世界に






     【Error】



     【No problem】


――――――以上により記憶に齟齬はない。岡部倫太郎はこの世界の因果に組み込まれている。現状において岡部倫太郎の因果の糸に関する考察を終了する

『・・・・・・・・・・・・』
「キュウべえ?どうした」
『え?』

目の前の景色が変わっている。正確には岡部の立ち位置が多少移動していて視線が変わっていただけ。
何かを考察していて、それだけ、問題は無い。後は何を確認していたのかを―――?
何の確認をしていた?岡部倫太郎の――?
岡部倫太郎はこの世界の因果が微弱ながらにある。・・・・・・?当然だ。この世の全てに因果は有る。人にも動物にも植物にも家にも鉄にも何にでも―――なら何を確認しようとしていた?岡部倫太郎にはちゃんと“有る”。ここに彼は存在している。

「・・・・・・・どうやら自傷行為にも似たコレは意味があったな」

キュウべえの様子に心当たりがある岡部は複雑そうに笑う。
岡部は自身の、右腕の痣に目を向けた。
黒い痣。呪い。魔女の口づけ。この世界の因果を持つもの。

「なあ、キュウべえ、ほむら」
『なんだいキョ―マ?』
「・・・・・なんですか」

「俺は―――――ちゃんとこの世界にいるか?」






あまりにも遠くの世界線からきた。
世界線変動率【ダイバー・ジェンス】1%オーバーどころじゃない。
αでもβでもない。遠い、余りにも遠すぎて。ここがどこかも分からない。
余りにも遠すぎて。
最早ここは別の地球といっても変わらない。
余りにも遠すぎて。
岡部倫太郎が存在しない世界線。
岡部倫太郎と世界が繋がっていない世界。
岡部倫太郎の因果が無い世界。
岡部倫太郎の親も、幼馴染も、親友も、愛した人も、仲間も、友人も知り合いも誰もいない世界。



世界線収束範囲【アトラクタフィールド】μの世界線。




ここは岡部倫太郎が一人ぼっちの世界線。




『?ここにいるじゃないか?』
「そうだな・・・・ここにいるな」

キュウべえの返事を聞いて、周りを見渡す。此処は未来ガジェット研究所。
あの辛くとも、一番輝いていた時を過ごした未来ガジェット研究所じゃない。
ここは岡部が望んで作った場所じゃない。
無論、元からこの世界に有ったものじゃない。
アトラクタフィールドμには未来ガジェット研究所は存在しない。

自ら己の人生に幕を閉じたときに―――この世界に招かれた。
岡部倫太郎が存在しない世界線、故に未来ガジェット研究所も存在しない。
この世界に来た時の岡部には何もなかった。

親も友も知識も居場所も―――――――生きる意味も。何もなかった。

まどかの幼馴染という肩書もなく。
未来ガジェット研究所もない。
ただ一人、世界から放逐された。
ただ一人、何も知らない世界に放り出された。

そこに現れたハコの魔女。

それが決定的に岡部の生きる意味を   奪い去った。

いや、すでに岡部には生きる理由は無かった。
死にたかった訳じゃない、生きたくなかった訳じゃない。
ただ、彼は生きていてはいけなかった。
だからといって死ぬべきという訳じゃない。

ただ、彼はやりとげたから、世界の意思に打ち勝ったから、大切な人達を、愛しい人を――――確かに守れたから、その身で支えきれないほどの幸運を知ったから、それすらも超える再会をハコの魔女によって観測したから

だから彼は満足した。

死にたかったわけじゃない、生きたくなかった訳じゃない、死ぬべきだった訳でもない。
ただ、もう彼には何もなかっただけ。

『執念』が無かった。



牧瀬紅莉栖を救う事が出来たから



















まどかはふと想う。
夢だろうか?
彼とこんな風に過ごした記憶はない。
鹿目まどかは岡部倫太郎と一緒に喫茶店でケーキを食べている。

「・・・・・食い過ぎとおもうが」
「知らないんですか“岡部さん”、ケーキは別腹です」
「手加減してくれ、知っての通り手持ちの所持金が少なくてな」

夢だろう。私は彼の事を岡部さんなんて呼ばない。

「今日はお詫びがしたいって言ったのは岡部さんですよ、それにそのお金も出所はマミさんですよね?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・すいません」
「なんでしたっけ、こういう人をテレビで・・・・・ヒモ・・・・でしたっけ?」
「すいませんでしたー!」

彼が頭をテーブルに向かって勢いよく下げる。
マミさんって誰だろう?
ただここが駅近くの喫茶店なのは分かった、さやかちゃん達と一緒に何度か来た事がある
ケーキが美味しくて、ちょっと贅沢したい時によくくるお店。
あと彼がとても甲斐性無しの雰囲気がバンバン感じる。ヒモってなんだっけ?

「情けないですよね~、事情があるのはしょうがないですけど年下の女の子にお金を借りる男の人って」
「はい・・・・まったくもってそのとうりです」
「おまけに寝床もご飯もいつもいつまでもお世話になって」
「ワタクシオカベリンタロウハヒモヤロウデス」
「年頃の女の子の所に居候状態のくせにいつもマミさんに迷惑かけて泣かせるし」
「いやまどか?その件は無事誤解を解いたから―――」
「毎回毎回別の女の子を引っ張ってきて毎回毎回イベント起こすし」
「いやだからそれは魔女の――」
「その度にフォローに走る私達に対しての扱いが、女の子が増える度に雑になるし」
「そんなことは無い!俺は君達にはいつも感謝している、君達がいたからこそ今の俺がいるのだから」
「本当にそう思っているんですか」
「当たり前だ!俺は―――」

彼は夢の中でも相変わらずのようだ。そして夢の中でも相変わらず私は彼のフォローに動いているんだなって思った。それがちょっぴり嬉しくて、必死に私に弁解しようとしている彼が可愛くて夢を見ている私は、夢の中の私に彼を余り苛めないでと声をかけようと―――

「その割にはずっと前から約束してたのに――――」
「うぐっ」

声をかけようとして、しばらく様子を見る事にする。オカリン?

「約束の時間一時間も過ぎてるのに連絡もくれなくて」
「うう・・・」
「こっちから連絡してもなかなかケータイに繋がらないし」
「うぅ・・・」
「やっと繋がったと思ったら約束の事完璧に忘れてたし」
「そっ、それについては散々謝ったじゃないか」

・・・・・オカリン?何か理由でもあるんだよね?まさか理由無しに忘れてたって訳じゃないよね?もしそうならまたママに連絡して肋骨だよ?オカリンは誤解される事が多いけど私は分かっているからね?肋骨は数が限られているんだよオカリン?

「そうですね、理由もあったし岡部さんらしいと思いますよ?人助けはいい事です、私だってそれについては怒ってません・・・・・・別に怒こってませんよ」
「いや・・・・・怒ってるだろ?」
「怒ってません!」

ケーキをバクバク食べながら夢の私は誰が見ても怒ってました。
怒ってるよ夢の中の私、駄目だな~、オカリンと付き合う(恋人とかではなく知り合いとして)ならそんなことでいちいち怒ってたら身が持たないよ?オカリンにはそんな気が無いんだって知らないの?まったく、夢の中とはいえ私は幼馴染なんだから―――

「岡部さんが約束を破ったのが他の女の子のためなのもしょうがないですよね!なんせ命に関わる事らしいですし」
「・・・・・まあ、悪いとは本当に―」

・・・・・・しょうがないよね?命に関わるならしょうがない。しょうがない!

「よくそのあとすぐに駆けつけてくれましたね」
「約束だからな、忘れていた身としてはあまり言えないが・・・・・俺も楽しみにしていたんだ」
「・・・・・・どうですかね」
「嘘じゃない」
「ふ~ん」

夢の中の私は不機嫌そうだ。しょうがない、しょうがないよ夢の中の私!きっとオカリンは嘘ついてないよ!きっと魔女に襲われていた誰かを助けていたんだよ、ならしょうがない、広い心で許すんだよ!オカリンの事をオカリンって呼ばない貴女はきっと彼の幼馴染じゃないんだね。幼馴染の私はオカリンの事を信じて―――

「件の女の子と手を繋いでやってきましたけどね。ええ、怒ってませんよ?」

さやかちゃんサイリウムセイバー!!!
あいよー
さやかちゃんこれただの金づちだよ!むしろこれでいいよ!

「いやだからあのまま放っておけないだろう、震えていたしあのままじゃ――」
「だから怒ってませんよ?二人で遊びに行く約束を三人になっただけですから」
「人数が増えてよか――」
「はい、始終岡部さんと茜さんが楽しそうに話していましたね」
「・・・・・ほらあれだ・・・・彼女も男で魔法関係者の存在が珍しかったんだろう」
「そうですね、あすなろ市に来てほしいとかなんとか」
「めっめめめ珍しいもんな!」
「だから私は怒っていませんよ。珍しいですから、岡部さんは当たり前ですけど」

怒ろうよ夢の中の私!!!
その人魔法少女だよね?なら大丈夫だよね?なんでワザワザオカリンが面倒みてるの?約束の場所に手を繋いで現れるってなに?オカリンより強いんだよね?私はオカリンの恋人でもオカリンの事好きでもないけどそれは無いよ!オカリンもオカリンだよ。なんで二人で出掛けるのに別の人と意気投合してるのかな、夢の中の私を無視するかな!

「怒っていませんとも、始終二人の会話に魔法少女でもない私は口を挟めませんから、怒っていませんから」
「・・・・・・あぁ」
「怒っていませんよ、だいたい岡部さんは何時もいつも―――」
「だからこうして詫びの――」
「マミさんのお金で」
「・・・・・・・・・そろそろ許してくれないだろうか、周りの視線が―」
「何をですか?岡部さんは何かしたんですか?」
「いや、その・・・・・」
「何をしたかも分からないのに謝るんですか?ふ~ん、分からないんだ」
「・・・・・・俺だ――」
「ケータイに逃げたら許しません」
「ではどうしろと!」
「どうしたいんですか?岡部さんは私をどうしたいんですか?」
「詫びを―」
「マミさんの」
「うぅ・・・・」

店内にいつまでも続く夢の中の私の責める口調にオカリンがあたふたしていた。
夢の中の私は刺々しい言葉で彼を責めているけど楽しそうだ。
きっと楽しいんだろう。
夢の中の私も私だからなんとなく分かる。

「どうせいつもみたいに口説いていたんですよね、岡部さん魔法少女が大好きですもんね」
「誤解を招く言い方はやめてくれ!見ろ店内の視聴率№1だぞ!」
「出会う魔法少女全員に決まり文句を言わずにはいられない人ですもんね」
「無視か!?普段のお前ならこう――」
「マミさんやほむらちゃん、杏子ちゃんに引き続きここにきてまた別の人を口説いて何考えているんですか?」
「口説いたことなど一回も――」
「どうせまた別の魔法少女からの相談を受けてとかいって別の街に行って、やる事やったらまた都合よくマミさんの家に泊るんだ」
「なんだその最低の野郎は!」
「岡部さんの代名詞ですね」

・・・・・・・楽しいんだろうな、普段言えない事を言えて、彼女はとてもいい笑顔だ。
彼はどうなんだろうか?少なくとも楽しんではいない、今も周りを気にしていて顔色が悪い。
できればその場に加わり私もオカリンに一言申したいけど、夢の中の私がいっぱい言ってくれるので今回は不問にしよう。私に感謝してよねオカリン。

「それで、今回はどんな内容の相談を受けたんですか?」
「・・・・例のごとく同じだ」
「『一人ぼっちは嫌だから』・・・・・ですか」
「ああ・・・・・・自業自得とはいえどうしたものか」
「あんなこと言うからですよ。もっと考えて発言することを毎回私達に注意されているじゃないですか」
「しかし、他に言い方が思いつかん。お前達も・・・・・マミもオトモアイル―と一緒に喜んでいたではないか」
「・・・・それはそうですけど」
「上条の件でも上手くいった、きっかけの言葉としては最適だろう?」
「う~ん、さやかちゃんがそれでいいならいいんですけど・・・・・」
「『お前達が俺の翼だ!』を『君達が僕の~だ』に変えて素でいったからな、あのリア充」
「将来が不安だよ、さやかちゃんと仁美ちゃん大丈夫かな」
「・・・・・どちらかというと心配なのは上条だな。アイツには女難の相がある」

会話の内容が変わった事に安心した様子のオカリン。
夢の中では私の親友は想い人と上手くいっているらしい・・・・・仁美ちゃんの名前が出てきたけどなんでかな?
オカリンは皆になんて言ってるのかな?いろんな疑問が頭に浮かんで―――




―――魔法少女が孤立するとは限らないし、絶望することがあっても負けるとは限らない

―――理解してくれる人もいるし、好きになってくれる人もいる

―――逆に好きな人がいる、愛する人がいる

―――それだけで戦える事もある。

―――幸せになれる

―――理解されなくて、嫌われて、不幸になる事もあるかもしれない

―――でも、それでも、分かってくれなくても、振り向いてくれなくても

―――俺達は真の意味で絶望することは無い

―――少なくともここには俺がいる

―――なら何処かに必ずいる、君の事を想ってくれる人が、君が愛する人が

―――『この人だ』と想える人が、世界には必ずいる

―――人はそれだけで『世界』とだって戦える

―――だから大丈夫だよ 他でもない、この俺が証明しているのだから

―――魔法を宿すお前達に出来ないはずが無い

―――なにせ、文字通り奇跡と魔法もあるのだから

―――それでも辛いなら頼れ

―――不安も後悔も挫折も恐怖も痛みも絶望も

―――俺達が一緒に背負ってやる




これは彼の言葉だったのかな?
余りにもクサイ台詞に超上から目線。魔女という存在を知った私には、魔法少女という存在を知った私には、この言葉がどれだけ身勝手な感想なのか分からない。
彼女達魔法少女にとってこの言葉はどう聞こえるのだろうか?私は魔法少女じゃないから分からない。
奇跡を願い、祈りを捧げ、魔女と殺しあう人生。たった一つの願いにより生まれた環境で一人で戦い続ける。
そんな彼女達に彼の言葉はどう聞こえるんだろうか。

知ったかぶり 何が分かる 偉そうに 知らない癖に 分からないだろ お前もなってみろ

罵声を浴びるんだろうか、失笑を買うんだろうか、呆れられるかも、敵意を、殺意を抱かれるかもしれない。
戦うのは、その人生を歩むのは彼女達なのだから。
もしくはその言葉に―――――希望を抱いてくれるのだろうか




「岡部さんはそんな人がいたんですか?」
「ああ、いたよ。とても大切な人が」
「本当ですか!?聞きたいです!まさか岡部さんが―――――女の人には興味ないかと思ったのに!」
「いきなり目が輝いたな、お前もスイーツ(笑)というわけだ」
「それでどんな人ですか?綺麗ですか可愛いですか大きいですかそれから―――」
「落ち着け!他の客に迷惑だ」
「あっ、ごめんなさい。ちょっとビックリしちゃって。・・・・・一応聞きますけど女の方ですよね?」
「当たり前だ!」




「それでその人とはどうなったんですか?告白したんですか?」
「ああ」
「うわー!コレは皆に報告だよワクワクしてきました!それで!?それでどうなったんですか!」
「わからん」
「・・・・・・・・・・・・・えぇー、ここまできてそれはないですよぉ」
「仕方ないだろう。俺も―――」

夢の中の彼の顔は


                       『さよなら    私も、岡部の事が―』


「その言葉の続きを、聞けなかったからな」



どこか寂しげで、でも嬉しそうで、悲しくて、でもよかったと

私達には見せた事が無い

優しい笑顔があった











あとがき

更新遅くて悪戦苦闘。当方の作品に目を通していただき感謝を
当方の作品は始まりと終わりは決まっていたんですけど、その間が決まってません。

簡単に流れを想い浮かべて見て大変な事になりました

Steins;Gateの前作Chaos;HEADの各ヒロインルート並みの『ユウリ編』『まどか編』『ほむら編』 の各バットエンド

唯一のノーマルエンドが『上条編』

さらに岡部倫太郎のデットエンドが二つ。

どうやって望むトゥルーエンドに辿りつけるのかまったく分かりません。




[28390] χ世界線0.091015 「キュウべえ」 注;読み飛ばし推奨 独自考察有り
Name: かっこう◆7172c748 ID:3f6e4993
Date: 2011/10/15 13:51
注意;読み飛ばしても物語に支障はきたしません。
   これは作者が『こんなんだったらいいな~』と思える願望があります。
   あんまりなら削除する可能性もあります。

















「みんなのためにがんばっているんだって・・・・・少しだけわかるよ」
『うれしいよ まどか それじやあ僕達の宇宙のために 魔法少女になってくれるかい?』
「あなたは・・・・・」

私が大切と思う―――友達も 家族も かけがえないと感じる者―――全てを知らないんだね

「あの時死んでしまったあなたは・・・・・今のあなたと違う存在なの?」
『同じだよ』

希望を与えて、絶望に突き落とす事が出来るキュウべえが

『僕達は経験や記憶を常に共有している』

いつもの無表情で

『だから君達がどうして』

そう言うキュウべえが

『そんなに個々の存在にこだわるのか』

私には

『僕には分りかねるよ』

とても寂しそうに感じてしまった






χ世界線0.091015


閉じた瞼の向こうから光を感じる。誰かがリビングと寝室を遮るカーテンを小さく、少しだけずらした音が聞こえた。向こうの光が此方の顔を照らす。寝室の暗闇に慣れた瞳には普段なら気にならないほどの光が眩しく感じ、本能からくる嫌悪感から体をよじる。

―――あれ、オカリンまだ起きてたの?
―――ああ、キュウべえと少しな・・・・・・トイレか?
―――うん、あの・・・・・ねオカリン
―――まだしばらく起きているからさっさと行って来い、電気はつけたままだから
―――よかった
―――電気がついていて安心したか?お子様め
―――ちがうもん!ばか


―――キュウべえ、今日はこれくらいにしとくか
―――ああ、できればもう少し話しておきたいが、少し仮眠をとらせてくれ
―――明日は英・・・・さやかを家まで送らないといけないからな
―――座布団でいいか?・・・・・なかなか快適そうだな


―――オカリン
―――明日も学校だ、さっさと寝ろよ
―――ここで寝てもいい?
―――駄目だ
―――けち
―――二人の傍にいてやれ、俺はここにいるから


再びカーテンの開く音と僅かに感じる光の気配、そして体の近くに人の温もりがポフッ、とやってくる その人物はすぐに寝息をたてた。あたたかい、その感触に意識がいっそうおちていく。

しばらくして


―――岡部さん
―――明日は早い、寝ろ
―――岡部さんは?
―――しばらくしたら寝るさ
―――ふーん、もしかしてさ
―――なんだ
―――まどかを安心させるため?
―――・・・・・・全員だ
―――かっこいいー、そこに痺れる憧れるー
―――さっさとしろ、俺も本当は寝たいんだよ
―――・・・・・えーとですね
―――駄目だ
―――まだ何も言ってないですよ!ちょっと話を――
―――悪いが俺も限界だ、また今度な
―――・・・・・・じゃあ一言だけ
―――なんだ
―――助けてくれて――――――ありがとうございました
―――・・・・・・ああ、十分だ。おやすみ、“さやか”
―――はい、おやすみなさい岡部さん。・・・・・・・あれ?

無意識に捕えた会話を暁美ほむらは―――――











数時間後。
鳥の鳴き声、バイクのエンジン音、テレビからのニュースを読み上げるアナウンサーの声。
暁美ほむらは眠たげな瞼をこすり眠気を追い払う。上半身を起こし周りを見渡す。視界には三つの人影、割と大きめのベットとはいえ四人で寝るにはいささか小さすぎるのか、小柄の体躯をさらに小さくして寝ている三人。
大きなシャツを着け下には下着以外なにも履いておらず、上半身のみをタオルケットに巻き付けながら寝ている飛鳥ユウリ。
まどかに頭を叩かれながらう~う~と苦しそうに寝ている美樹さん。
「むしろ・・・・これで・・・いいよ・・・・・ウェヒヒ・・・」と、寝言を呟きながら美樹さんの頭にぶんぶんと振っている手で打撃を与えるまどか。
口元から涎が垂れていてすごくかわいい、きっと素敵な夢をみているのだろう。べしべしと友人の頭を叩いている点を除けば完璧だ。

(美樹さんには悪いけど、しばらくの間堪能させてもらおう)

べしべし う~う~ べしべし う~う~ ウェヒヒ べしべし

その光景に感動していたほむらの脳裏に昨日の記憶が蘇る。

―――諦めたのか

昨日の、彼の言葉が―――。その度に

―――ここが境界線だ

あの男が、私達を助けてくれた岡部倫太郎が

―――あとのことはまかせろ

“憎い”。 暁美ほむらは、嘘偽りなく岡部倫太郎の事が嫌いになった。
“あとのことはまかせろ”。嬉しかった。最初にその言葉をかけてくれた時、本当に嬉しかった。

―――でも彼は私の事を知っていた。なら話は別だ。何処までかは分からない。でも、私の事を知っていてあの台詞を吐いたなら絶対に許せない。許さない。私の事を気にかけてくれているのは分かる。理解できる。彼の言葉には私の安否を、平穏な時を望んでいる。彼は私の事を知っていた。どういう訳かは分からないがきっと私が魔法少女だったのをしっている。この時間軸の私は魔法少女になっていないのに。なら分かる、彼の話が本当なら協力者、それも魔法少女の力が必要だ

―――あとのことはまかせろ

でも彼は任せろといった。きっと協力できるであろう私に。魔法少女の協力が無い彼はグリーフシードを使うしかない。使えば呪われるのに。ソウルジェムなら安全なのに。私の安全を優先している。私はこれまでの繰り返しの中で何度も夢を見た。皆と過ごせる日常を、誰も魔法と関わらない人生を。まどかと一緒に・・・・・・

―――あとのことはまかせろ

彼は私の望みを知っているのか、きっと叶えようとしている。私の代わりにまどかを、私達全員を守ろうとしている。人の身で、それがどういう事か知らないはずが無い。彼は間違いなく死にかけた。生きているのが奇跡だった。キュウべえがいうには私はすでに魔法少女らしい、ならばその力を利用すべきだ。拒否したりしない。使えるなら私はそうするし、そうしてほしい。彼女達を守れるなら私は協力したい。彼の事、完全ではないが信頼してもいいと思っている。死んでほしくない。イレギュラーである彼は謎が多いけど彼は私達の味方だ・・・・・と思う。でも自分だけでも戦うと、私達を巻き込まないとする意思がある。

―――あとのことはまかせろ

その意思を完全に否定できない、私も一人で戦ってきたから。
でも、だけど、それは、その言葉は。全てを理解した上の言葉だとしたらそれはつまり、彼は私にこう言っている。

―――あとは俺がやるからお前はもうやめておけ
―――お前はもう戦わなくていい
―――魔法と関係ないこれからを
―――全て俺が引き継ぐ
―――お前は何もしなくていい
―――こっち側に関わるな
―――お前はもう必要ない
―――がんばらなくていい
―――何もするな
―――全て忘れろ
―――もういい

―――お前の努力も、後悔も、孤独も、罪も、絶望も全て無かったことにする

彼は私を戦いから遠ざけようとしている。
でもね、先生。
それは―――――それは駄目だ
“それは私の物だ”!
何度も繰り返してきた。何度も何度もなんども。数えるのが嫌になるくらい。
たくさん泣いた。助けきれなかった、救えなかった、守れなかった、誓ったのに。
分かってくれなかった、駄目だった、説得できなかった、離れていった。
見殺しにしてしまった、何度も、助けられたかもしれないのに、見捨てた。
何度も悲しみを、絶望を味わい、その度に乗り越えてきた。

―――あとのことはまかせろ

貴方はそれを、それを忘れろというの?
私は確かにそれを望む。魔法なんか関係ない平穏を、彼女達と過ごす日常を求める。
でも、だけど、だからこそ、私は
あの記憶を―――――忘れてはいけない。
何度も繰り返した努力も
何度も助けきれなかった後悔も
何度も分かってくれなかった孤独も
何度も見殺しにしてしまった罪も
何度も味わった絶望も
私のだ!
奪うな!
それは私の物だ!
その努力も後悔も孤独も罪も絶望も私の物だ!
後から出てきて奪わないで!
私が背負うべきものだ!
でなければ“私達”は何だ?
何のために私は――――

「―――――――ッ!!!」

拳を握りしめ声を出さないように耐える。そうしなければきっと大声で叫んでしまう。

駄目だよ!

何より許せないのが、彼はそれを知っている。知っていながら奪おうとしている。
たとえそれが失敗の繰り返しでも、それは背負わなければならない。私が。他の誰でもない私が。
なのになぜそんなことが言える。
貴方は知っているはずでしょう?

“それ”は忘れてはいけない
“それ”は背負わなければならない

でなければ、“なかったことにしてきた”人達の想いはどこにいけばいい

あの涙も、あの痛みも、あの記憶も、確かにあった現実(世界)も、私が何度も繰り返し、多くの死を重ねて、何度も最初からやり直した。
でも、だからといって何もかもを無かった事にしてしまったら、無かった事にしてきた想いは、確かに生きていた彼女達の想いは、繰り返す事によって、無かった事にしてしまった世界は、奪われた想いはいったい、いったいどこにいってしまうんだ。

無かった事にしてきた世界にも人生はあった。家族と幸せに過ごしている世界があったかもしれない、想い人と心を通わす事が出来ていたかもしれない、絶望をはねのけ強く生きようとしていたかもしれない、手術が成功してこれからの生活に希望を抱いていたかもしれない。
それは世界中にあったかもしれない、確かにあったこれまでの人生を無かった事にしてきた。

私が背負うべきだ。私がしてきたんだから。それが私の罪。誰にも背負わせてはいけない。
貴方はそれが分かっているはず。
何故か分からないけど分かる。彼がそれの大切さを知っていると直感がつげる。
だからこそ分からない。だからこそ許せない。
それを知っている貴方がそれを奪おうとしている事が―――――どうしても     許せない。







ソファーに身を預けて岡部は、ぼんやりとした思考のままテレビを眺めていた。室内の電気は昨日から点けっぱなしだ。まどか達が夜中に起きた時、結界に囚われていた時の感情をなるべく誘発しないように―――本当に焼け石に水程度の―――彼なりに気を使ったつもりだが、あれから結局誰も起きてくること無く朝を迎えた。

「・・・・・・・・おはようございます」
「ん?ああ、おはよう。よく眠れたか?」
「・・・・・・・・ずっと起きていたんですか?」

朝日が外を照らし始めたばかりの朝早い時間、照明がついたままのリビングでテレビを眺めていた岡部にほむらが声をかけた。

「いや、多少の睡眠はとった」
「そうですか・・・・・・少しいいですか」

ほむらは座布団の上で眠っているキュウべえを起こさないように電子レンジの中に移動させ岡部の隣に・・・・・・・・ソファーの端に座る。
昨日はあのまま何も話すことなく終わった。
岡部の様子から疲れた気配があり、ユウリがお風呂から出てきたため続ける事ができなかった。岡部はユウリとも話したかった事があったようだが、とうのユウリが――

―――ねむい・・・・・ふぅ・・・・・・ん・・・・おやすみ・・・・なさい

虚ろな目でふらふらと寝室のほうに消えていき今もぐっすりと寝ている。
ならばと話を続行しようかと思ったが岡部からまた今度とされ、一応まどかから借りた衣服を手に浴室に向かった。
戻ったころには岡部は寝息をたてていた。キュウべえがいうにはほむらが戻ってきたら起こすよう言われたらしい、しかし自分自身疲れていたので起こさないでいいとつげ、寝室に移動し横になった。横になった瞬間すぐに眠気から意識が薄れ瞳を閉じた。
時折会話のようなものが聞こえてきたがあの後岡部は目を覚ましキュウべえと何やら話したのだろう。そしてそのまま電気を点けっぱなしにしていたが、もしかしたらそれは、まどか達が目を覚ました時に怖がらせないように、怖くないように気をつかっていたのかもしれない。

「キュウべえのこと・・・・・」

もっとも、それだけで岡部に対して警戒を緩めるつもりはない。
彼はキュウべえを味方と認識している。ならばそれだけで彼はほむらにとって気に食わない存在になる。恩もある、感謝もしている。でも、すべての原因であるインキュベータ―、それもその正体に気づいていて変わらぬ態度。そして何より―――

「そっちか、てっきり自分自身の事からくると思ったぞ」
「――――ッ、貴方はッ!」

―――あとのことはまかせろ
―――諦めたのか

考えないように、彼に八つ当たりにも似た態度をとらないようにワザワザ別の、でも無視できない話題を出したのに台無しにされた。ほむらは頭に血が上るのを感じながらソファーから立ちあがり岡部を睨みつける。睨みつけられた岡部もその事に憶えがあるのか失言だったと眠たげな顔から顔をしかめる。

「貴方は知っているはずなのに!インキュウベーターの事も!それに―――」

私の事も、なのに――――あの言葉

「どうしてあんなことがいえるんですか!?どうして貴方は――」
「落ち着け!俺の失言だった」
「これが落ち着いていられ―――!」
「キュウべえには聞かれたくないのだろう」

その言葉に勢いを奪われ再びソファーに座るほむら。
勢いよく、歯を食いしばり、それでも我慢できないと、怒っていると、不機嫌と、貴方が嫌いだというように座る。
今は彼と口論しても仕方が無いと無理やり自分を納得させる。それにキュウべえに自分の事を知られるのも避けたい。

「すまない、俺の配慮不足だった。そうだな・・・・・・お前は俺を批判していい、俺の言葉は到底受け入れがたいだろう、逆の立場なら俺は怒り狂っていただろう」
「・・・・・・それが分かっていて・・・なんで」
「・・・・・・・すまん」

岡部は頭を下げながら謝罪する。自分の言葉がどんな意味を持つか、やはり理解している。
ほむらは枕代わりに使われていたと思われる丸いバスケットボール大の犬なのか狸なのかよく解らないデザインのヌイグルミを膝の上に置き、涙を浮かべた顔を見られないようにヌイグルミに顔を埋める。

「すまないが確認させてくれ・・・・・教室でも聞いたが君は“何度繰り返した?”」
「・・・貴方はやっぱり知っているんですね。・・・・・・・憶えていません」

ほむらの抗議ともいえる問いに答えることはせず、岡部は逆に問う。昨日初めて会った時と同じように“何度繰り返した”かと。

「では次に―――」
「私の質問には答えないんですね」
「・・・・・確認してからだ。それにお前が・・・・・・・いや」
「なんですか・・・・・私のためっていうならお節介です」
「“それもある”。それがある意味お前のこれまでを否定するということも知っていながらな」
「・・・・やっぱり・・・・・分かって言っていたんだ」
「キュウべえも言っていたがお前はすでに魔法少女らしいが・・・・・・今ならまだ戻れる」
「アイツの言う事はしりません」
「それにお前が再び魔法を“取り戻したら”―――」
「・・・・・なにかあるんですか?私は戦えるなら、まどかも美樹さんも守りたい」

危うく確認前にミスを犯す所だった岡部は慌てて口を閉じる。言えない。恐らく、だが可能性があるならまだ言えない。伝える事は出来る。でもそれは全てを知った上で覚悟があれば―――だ。
キュウべえは言った。まどかの素質は“やや高め”。
暁美ほむらの魔法少女としての覚醒はそれを高める形になる。
最悪な形で。
その理由をまだ話すべきではないと判断する。正直に言おう。岡部は暁美ほむらの協力が必要だ。故に言葉と態度はほむらの協力を極力避けているが彼女の復帰を望んでいる。

「・・・・・・確認するがお前は何度も繰り返してきた。それに間違いはないな?」
「・・・・・はい」

再度の問いも流されたがほむらは岡部の質問に答える。今は頼るしかない。例えキュウべえに与する相手でも、まどかとさやかを守れるのは現状では彼だけだから。

「お前はタイムリープ・・・・・・時間逆行ができてそれは退院時にのみ戻る・・・・でいいか?」
「はい・・・・・・そこまで知っているだ・・・・貴方は他の時間軸で私とあっているんですね、それにここにいる。・・・・・・一体何なんですか貴方は」
「正確には他の世界線だ」
「せかいせん?」
「おいおい話すさ、それで確認だがお前は昨日教室で会った時には別人だったがどういうことだ?お前はあの時とは明らかに別人だ、逆行してきたのが魔女に襲われた時だったのか?今も魔法は使えないのか?」
「いえ・・・・・正確には最初の休み時間です・・・・時間を遡った感じじゃなかった・・・・・・私自身良く分からないので抽象的な表現で話しますけど・・・・・・」
「かまわない、ゆっくりでいいから詳しく頼む、とはいえキュウべえを含めいつ皆が起きるか分からんからその辺も頼む」
「・・・・・・はい」

ほむらは話す。自身に起きた出来事を、いきなり「私」から「わたし」になったことを。
そのさいいろんなものが“変わった”ことを。
まどかとの立ち位置、まどかの性格、「私」が学校にきたのに「わたし」が学校にきていた。
まるで「わたし」のいる世界に「私」が移動したみたいに。
そのさいに記憶に混乱がみられ「私」が「わたし」に浸食されたように記憶が塗りつぶされた。
授業中に「私」の記憶が蘇って問題の答えが解ったり、魔女に襲われた時に部分的に「私」の記憶が出てきた。
決定的に思い出したのはあの時、キュウべえと契約しようとした時だった。

「ふむ、この世界線のお前にリーディング・シュタイナーが発動した訳でなく・・・・・・いや部分的に発動したのか?だが魔法は不完全ながらも継承している・・・・・織莉子も世界線を越えた時には継承していた。・・・・・・・・やはり別の世界線から跳んできたのか?だが何故完全に・・・・・いやしかし・・・・・・まさか本当に?あのほむらが・・・」

ぶつぶつと独り言を繰り返す岡部にヌイグルミに埋めていた顔を上げてほむらは―――

「・・・・・先生は私がどうして魔法を使えないのか分かるんですか!?」
「・・・・・・・・確証は無いが・・・・・・・仮説はある」
「本当ですか!」
「ああ、だが・・・・・・」
「教えてください!」
「・・・・・いいのか?」
「なにがですか!いいにきまってます!」
「では織莉子という名前に聞き覚えはあるか?それとお前が知っているまどかの中には最強の存在はいたか?あの『ワルプルギスの夜』を圧倒するぐらいの」
「知りません!いいかげんにはぐらかすのは―――」
「そこまでだ!―――キュウべえ」
「ッ!?」

ゴトゴトと音が聞こえる。キュウべえ。その言葉にほむらは震える。

(しまった!聞かれた?なんて迂闊な―――)

『ちょっ、何だい動けな・・・・・あれ?』
「・・・・・・大丈夫だ、聞かれていない。これでも付き合いが長いからわかる。今起きたようだ」
「・・・・・・・本当ですか?」
「ああ、保証する」

電子レンジの中で目を覚ましたキュウべえが狭い空間でジタバタもがいている様子を岡部は頭を掻きながら眺めている。その顔には苦笑。

「織莉子という人名に憶えは有りません・・・・・・まどかの事は知っています」
「・・・・そうか、まあそうだろうな」
「先生は―――」
「お前はキュウべえのことをどの程度知っている?」
「・・・・・またはぐらかすんですね」
「キュウべえには聞かれたくないんだろう?」
『キョ―マ、ほむら、ここから出してくれるかい?尻尾が絡まって身動きがとれないんだ』


キュウべえ、インキュベーターとは地球外生命体の端末。
キュウべえは一人(一匹?)だけでなく地球上に数多く存在している。
それらはすべて同じ姿をしていて互いの意識を共有している。
違う場所にいるキュウべえが経験した事をすべてのキュウべえが経験、感じる事が出来る。
全てのキュウべえは繋がっている。
一にして全、全にして一。一体の身に何が起きようとも変わりがきく。
どこぞのアニメや漫画にゲームにでてくるヴェーダやシャヘル、ミサカネットワークを御存知ならそれを想い浮かべてほしい。
またキュウべえ、インキュベーターは一見感情があるように見えるが実際は有るように見せかけており、その姿も契約を行う少女達に不信感を持たれないように長年の統計からいまの形になっている。
インキュベーターには感情がない。
それは本人たちの証言もあり、彼らの故郷では感情とは精神疾患として捕えられている。

「そしてインキュベーターの目的は―――」
「宇宙の寿命を延ばす事、その為に――――」

契約した魔法少女を絶望させ魔女に変える事。
ソウルジェムをグリーフシードに変える事。
希望を与えた少女達に絶望を与える事。
希望を与え絶望させる、実際にそれに連なる行動もとる。またそれを望んでもいるがインキュベーター達の真の目的は宇宙の寿命延命のエネルギー回収だ。
彼らから見れば別に悪意を持って人間に関わっている訳ではない。

エネルギーは全てゼロに進んでいく。

熱は冷に
生は死に
有は無に

それは世界も同じだ。
エネルギーには限りがある。
それは日々失われていく。
“失ったエネルギーは戻らないし増えない”。
世界もまた失われていく、ゼロに近づいていく。死に向かう。

「エントロピーの法則・・・・・熱力学の第二法則、すべてはゼロに、死に向かって進む」

原子炉、核分裂は無限にエネルギーを生む。昔はそう思っていたが正確には違う。
莫大なエネルギーを生む人類の科学さえも逆らえない世界の死。
インキュベーターはそれを回避するため宇宙をさまよいエントロピーの法則を超える、凌駕する、世界の法則に抗う方法を探した。

「そして見つけたのが魔法少女の魔力」

インキュベーター達の文明は知的生命体の感情をエネルギーに変換にするテクノロジーを生みだした。
感情をエネルギーに。
インキュベータに感情は無い。故に彼らは宇宙の様々な異種族の中から人類を見出した。
一人の人間が生み出す感情エネルギーはその人物が誕生し成長するためのエネルギーを凌駕しエントロピーを覆すエネルギーたり得た。
とりわけ最も効率がいいのが第二次成長期の少女の希望と絶望の相転移。
希望からの絶望までの落差。

「ソウルジェムとなった魂がグリーフシードへと変わる瞬間に膨大なエネルギーを発生させる。インキュベーターはそれを回収する。そのために契約・・・・人間から魔法少女に変える」

岡部の言葉をほむらが引き継ぐ。視線は電子レンジで未だに悶えているキュウべえに。憎しみと敵意を滲ませた視線を。

「回収後の・・・・・使用済みの魂を魔女に変え、素質のある少女達に世界の脅威が存在すると伝え、願いを代償に戦いの人生を求める。あたかも正義の味方になってくれというように」

夢と希望の存在になってほしいと、邪悪な存在に立ち向かうヒーローのように、誰かのために戦う英雄のように。年頃の少女達に。夢見がちな時期に。現実に漫画やアニメ、小説の様な展開があるんだと誘う。

「その魔女を生みだす張本人なのに!
「宇宙の延命?そんな訳のわからない事のために私達は―――
「騙して!私達のことをただの消耗品みたいに―
「知っているんでしょう?アイツは私達の事を仲間だなんて思ってない
「なのにどうしてアイツに――――



「味方だよ、俺にとってラボメンは命をかけて守る大切な存在だ。例えこのままだと何千年たとうと、“絶対にキュウべえに感情が、仲間意識がめばえない”としても・・・・・・な」



「だから、“ここにいる”キュウべえを仲間にするために、君の力が必要だ」

































電子レンジからキュウべえを回収した岡部は戸惑いといってもいい視線を向けるほむらに向きなおる。寝室、まどか達さんにはまだ夢の中なのをキュウべえに確認させ口を開く。

『助かったよキョ―マ』
「気にするな、ところで確認したい事がある」
『なんだい?』
「この星に来て・・・・・有史以来からお前達は俺達人類に関わってきたな?」
『昨日言った通りだよ。僕達は君達と一緒に―――』
「その過程でお前達の中に感情を得た個体は無かったのか?」
『ないよ、確かに故郷では稀にみられるけどね。この星で感情という疾患を患った個体は無いよ』
「本当か?では疾患を患った場合はどう対処するんだ?また故郷での待遇はどうなっている?僅かながらもいるんだろう?感情をもった個体が」
『さあ?この星でそんな個体は確認されていないし故郷の方は向こうで何とかしているんじゃないかな?管轄外だよ』
「感情が無いとされるお前達の故郷ですら稀とはいえ感情を持つ者が現れるのに、お前達が選んだ感情を持つ俺達人類と長年過ごしてきたインキュベーターが、一体も変わることなく、何の影響も受けずこれまでを過ごしてきたのか?」
『・・・・・・うん?そういえばそうだね。なんらかの影響は受けていてもいいと思うんだけどね?』
「そうすれば感情について詳しく知ることができるからな」
『そうだね、そうすれば―――』
「インキュベーターの強みはその合理性だ」
『・・・・・・?』
「なぁキュウべえ、どうして感情を知るべきであるお前達に故郷で発生した精神疾患の情報が伝わっていない」
『・・・・・・』
「何故感情を持たない連中が、感情をエネルギーに変えるテクノロジーを生み出せる」
『・・・・・・』
「何故これほどまで一緒に過ごしてきた中で一体も感情を得る事が無い」
『・・・・・・』
「思考する事ができ、生命の危機に、宇宙の寿命に対し危機を持つお前達は本当に感情が無いのか?死に対する恐怖を持つのに」
『・・・恐怖?』
「動物・・・・いや植物よりも感情が無いよう見えるが実際は“有る”んじゃないのか」
『僕達に感情は“無いよ”』
「恐怖があるのに?」
『それは君達感情有る者の独特のものだ』
「では何故寿命を延ばすために行動する。何を想い何を動機に活動している」
『宇宙の延命のために―――』
「何のために?」
『延命させなければ――――』
「どうなる?」
『――――?』
「分からないのか?それとも動揺しているのか?」
『僕達にも分からない事は有るよ』
「恐怖とは
自己を揺るがす事柄に対し発生する生物特有の反応だ。
意思ある者、
思考する者、
理性ある者が抱く――――“感情”だ」






















「俺の勝手な推測だがインキュベーター自身か、その上の存在から感情に関してプロテクト・・・・・いや、一定以上の感情を蓄積できないようにしているんじゃないかと考えている・・・・・・かってな予測だがな」

コンピューターのように記憶や経験を消去するのではなく。
一定水準に満ちた感情を理解できないようにされている。

一つのコップを想い浮かべてほしい
このコップに入る水が感情だ
コップ内に満たされた分だけ感情を得られる
キュウべえが感じることのできる、動物のように動くことなく、植物よりも少ないかもしれない感情
すでにコップ内はいっぱいで、何年も前から満たされている
すでに会得できる感情の量を満たしている
これ以上は入らない、これ以上新たな感情が芽生えないように
蛇口のしたにコップをおいても、水を流し続けてもコップに入る水の量は変わらない
注がれる水の勢いで多少は乱れても最大貯水量が変わる事が無い
これが限界値。今が最大値。すでに満たされている。

ほむらと岡部はテーブルを挟んで対話している。
キュウべえは今目覚めたまどかとさやかと一緒にお風呂に入っている。
ユウリは今だ寝ていて起きる気配は無い。

「・・・・・・・なんのために」
「全部予測だが・・・・・・感情があったら邪魔だろ」
「インキュベーターの行いにですか」
「ああ、感情があったんじゃ続けていられないだろ、こんなの」

永遠に絶望に落ちていく少女を見続ける。それも己の手によって。

「耐えられないと?勝手ですね、自分達が始めといて」
「しかしやらないといけない、“誰かが”」
「他人ですからね。もう一度言いますけどキュウべえは私達の事を仲間だと思っていませんよ」
「分かっている、そしてそれはこれからも変わらない。何千年と人類と共に生きてきて感情が芽生えなかったんだ。それが俺達との短い時間で生まれるはずが無い・・・・・・いいすぎか・・・・・だがまあ事実だ。ではここで疑問だが何故感情だけでなく仲間意識すら持たないんだろうな、持てばそれなりの成果がある」
「それは・・・・・絶望させるため?」
「それもあるかもな、憎むべき対象が、感情にはある程度方向性が必要だ。それを意図的にしているかは別だが・・・・・・・・そもそも仲間意識を持つべきではないんだろうな、インキュベーターは」
「・・・・・・?」
「お前は肉を食べる時罪悪感を抱くか?」
「・・・・まさかここで可哀そうとかいわ――」
「ああ、まさか食べませんとか可哀そうとか言うならアホだ」

生きる上で誰にも迷惑をかけたくない、傷つけたくないという奴がいるなら、そいつは生まれてくるべきではない。

「では、その肉に、魚や牛に自分達と“同等の意思”があるとしっていたら?」
「・・・・・・は?」
「思考し、他者を想う心があり、こちらと“意思疎通”がとれるとしたら」
「それは・・・」
「姿形が異なる、しかしこちらと同じように泣き笑い怒り悲しむ。嬉しいとも、悲しいとも伝える事が出来る存在をお前は“殺せるか”」

殺し続ける事が出来るか
回収には、希望と絶望の相転移
希望を与え絶望を知らせる
絶望する少女達を観測し続ける
そうしなければ“全て”が消える
熱は冷に 生は死に 有は無に
ゼロに
死ぬ
回避するための方法が、“自分達では不可能だとしたら”
感情の“薄い”自分たちでは無理としたら
他者を巻き込まないといけないとしたら
結果的に殺す事になっても
自分達と同じ存在を
正常な感情を、思考を保ち続けきれるか
壊れずに宇宙を延命させるほどのエネルギーを集めきれるか





「インキュベーターは一にして全。一個のバグが全体に広がる危険がある。
「一体でも感情を持てば全体に広がる
「そして感情を持てば理解する
「自分達の行いに
「それでも続けることはできるかもしれない
「でも永遠には“不可能”だ
「“失っていく”
「想いは無限じゃない
「精神は摩耗する
「心は色あせる



「そして感情は――――己を殺す力を持つ」

「その結果―――エネルギーは集まらず、すべてが消える」


これは全て岡部の“勝手な予測で願望”。
そもそもこれが本当ならキュウべえを仲間に――――感情を持たせるべきじゃない。
現に過去、岡部はそれでキュウべえと敵対した事もある。

『どうして』と 『なぜ』と 『感情』を 『観測』させたんだと

感情を持たないといったインキュベーターに、『後悔』と『絶望』を抱かせ、『涙を浮かべる』インキュベーター、キュウべえに―――















「あなたが寂しくないようにしたいっていったら――――叶えてくれる?」
『?』
「どうかな?キュウべえ」
『まどか 僕達には感情が無いんだ だからその願いは元から叶っているよ』

私にはやっぱり

『何でもいいよ 願いを叶える それが僕達の役目だからね』

どうしようもなく

『願い事が思いついたらいつでも言ってね』

寂しそうにみえた

『君の願いは――――なに?』












[28390] χ世界線0.091015 「アトラクタフィールド」
Name: かっこう◆7172c748 ID:3f6e4993
Date: 2011/11/18 00:25
『アトラクタフィールド理論』

世界は、世界線と世界線収束範囲【アトラクタフィールド】でできている。
世界の構造は“より糸”のようなもの。
いくつもの可能性世界線が重ね合わせの状態になっていて、それらは常に無限個に枝分かれしている。
それら一つ一つが違う世界。似ているけど違う別の世界。世界線。
より糸を全体からみると一本に見えるが、ミクロなレベルで見るとより細い糸が絡み合うように世界を構成している。
そして、最終的にそれらの細い糸は一つに収束する。経過は違うが結果は同じになる。
世界線の収束。
分岐はするが結末が同じ。
そして、その収束範囲内にある世界線の束(無限個に枝分かれしたより糸)が、アトラクタフィールド。
そして、そのアトラクタフィールドもたくさんある。

まどか達のいる“本来”の世界はアトラクタフィールドμ。
範囲内にあるのはμ世界線。

岡部がいた元の世界はアトラクタフィールドβ。
範囲内にあるのはβ世界線。

今、岡部とまどか達のいる世界はアトラクタフィールドχ。
範囲内にあるのはχ世界線。

それぞれμ世界線やβ世界線やχ世界線を、範囲内にたくさん内包している。
それこそ何億個、無限個という数を。
μ、β、χのアトラクタフィールドそれぞれのより糸を絡み合わせる。アトラクタフィールドも世界線同様に、重ね合わせ状態になっている。

それぞれのアトラクタフィールドごとでは、起きる事象も収束する結果も違う。
干渉性は損失している。
それぞれが独立をたもっている。

元を辿れば一つ、アトラクタフィールドもさらにマクロな視点で見れば収束はするが、そのスパンは何百年というレベル。より大きな分岐点といえる。










χ世界線0.091015



朝食のカップ麺。これはいい。昨日の夜と同じだがラボには基本的にはインスタントラーメンしかない。ちゃんとした材料があればご飯を作ってあげようと思い日々忠告しているがいまだに改善される事が無い。
冷蔵庫にはドクターペッパーと調味料、私が作った“飲み物”しかない。
飲み物だが『女の子の手料理には価値がある。
それを手にするためなら全てを賭けよ。
無償で手には入らない、勝ち取れ、努力せよ。
それは数に限りがあり相応の対価が必要である。
手に入れたものは英雄であり勇者であり先生兼師匠。
今後の学校での安泰と引き換えに得る青春。
妨害よし、共闘良し、策略よし。
この聖戦には年齢性別環境全て関係無し。
女の子の手作り。
青春とは、恋愛とは勝ち取るものだ!
ただし上条!!テメエはダメだ!!!』
それが私達クラスの見解だ。
いかなる困難にもめげない精神が必要らしい。

『女の子の手作りのためなら新大陸発見してくるよ!』
『たとえ火の中水の中、空の上でも!』
『金神片発掘してくる!』
『パンツ!』
『最強の魔導書を見つけてくる!』
『てけり・り!』
『手始めにラピュタから――――』
『バルス!』
『巫女の封印を解いてくるよ』
『ゼロ時間!』

・・・・・・ウチのクラスの男子(一部女子)ならかぐや姫もビックリな事も成し遂げそうだ。

(クラスの男の子は女の子の手料理のためなら全力で全開で頑張るって言っていたけど、オカリンはちがうのかな?・・・・・・・食べたくない?)

視線を横に、彼は五人分のカップ麺にお湯を注いでいてこちらの視線に気づいていない。
ご飯は彼が用意してくれているので自分は飲み物を準備するために此処にいる。

「うんっ・・・しょっ」
「まどか?」
「ん~・・っと、みんなの分の飲み物の準備」
「ドクペしかないぞ?」
「いいの」

小さな踏み台を使って台所の上にある戸棚から飲食店で使われる水差し、ピッチャーを取り出す。
身長が低いので踏み台を使ってギリギリで手が届いた。
それに満足し冷蔵庫から昨日持ってきた飲み物をピッチャーに投入し、ヤカンに残ったお湯を少しだけ入れよくかき混ぜる。

(これなら喜んでくれるよね?)

「・・・・・まどか?」
「特製!」

笑顔を彼に見せ自作の、父・和久にも内緒で作った自信作。
冷蔵庫から彼の好きなドクターペッパーを数本取り出しピッチャーに入れ軽く混ぜる。
ここで気をつけなくてはいけないのは炭酸がぬけないように軽く混ぜることだ。

「うん!―――完成!」

大変良くできました。

「ねえオカリンこれね―――」
「ふっ、真のドクターペッパリアンは別の容器に移したりせずダイレクトにそのまま飲むのだ」

こちらの言葉を遮るように宣言した彼の言葉、それはつまり私の飲み物は要らないという事。
こっちに視線を合わせることなくテーブルにカップ麺を運ぶ彼。

「・・・・・・・せっかくがんばって飲み物作ったのに」
「・・・・飲み物?」
「いいよもう、みんなに飲んでもらうから、オカリンはそのままでいいよ」

せっかく作ったのに!と、その様子から『私怒ってます』というオーラが漂っているが岡部はそれについて何も言わない。
それがいっそうまどかの反感をかっているのに気づいていながらだ。

(せっかく夢の中のことについては見逃してあげたのに・・・・・もうしらない!)

夢の中の出来事である。岡部には責められる謂れもないのだがそれはそれ。
しかし岡部の態度、仮にも自分を慕う幼馴染の手料理をないがしろにしてしまったが許してほしい。
何せ彼は近くで見てしまったのだから。
彼女の手料理(?)を。

岡部視点
まどかは取り出したピッチャーに冷蔵庫から“何か”をつまんで投入し、余ったお湯をピンポン玉サイズの“何か”が沈む程度まで注ぎかき混ぜた。

「・・・・まどか?」
「特製!」

いい笑顔だった。怖くて聞けなかった。
そしてそのあと再び冷蔵庫から我が愛しの知的飲料水。20種類以上のフルーツを使ったフレーバーなドリンク、ドクペをピッチャーにいれ“何か”とフュージョン、シンクロさせ未知なる存在をこの世に創生した。
ドクペの本来の色、黒い“何か”、あとはお湯を入れただけなのに何故かその色は琥珀色。
その見た目はとろみをつかったのかタプタプと弾力があるように見える。

「うん!―――完成!」

嬉しそうな自身に満ちた幼馴染たる少女の声。
もはやとるべき道は一つ。
戦術的撤退である。







チンッ!

ほむらが電子レンジからキュウべえを取り出す。

『暁美ほむら 体を乾かすのに電子レンジは違うんじゃないかな』
「知らないの?昨今の電子レンジで出来ない事は無いのよ」
『確かに日本の電子レンジで作れない料理は無いと言われているけどこれは違うよね』
「綺麗に乾いているわよキュウべえ、そのまま湯たんぽとして―――――踏むわ」
『君は僕の事を踏むのが好きだよね』
「勘違いしないでちょうだい、私が貴方を踏むのはちゃっかりまどかとお風呂に入ったからであって別に好きで踏んでいる訳ではないのよ」
『ツンデレ?』
「ふん!」

べしんッ!

「踏むわ」

ぶぎゅるッ!!!

フローリングの床に叩き付け、抉りこむように捻りを加えながらキュウべえを踏むほむら。

「気持ち悪いわね、何処でそんな言葉おぼえたのかしら」
『昨日キョ―マから“勘違いしないで”って言う少女の事はツンデレと思えばいいって聞いたよ』
「・・・・・・貴方達そんなくだらない事話してたの」
『だいたい僕をお風呂に叩きこんだのは君じゃないか』
「だから?それが貴方を踏んではいけない理由になるの?」
『え?原因は君なん―――』

ぶぎゅッ

「憶えておきなさいキュウべえ、人は感情で行動する生き物よ。貴方はまどかとお風呂に入った。だから踏むの。理屈じゃないわ」
『人間が争いを止められない原因だよね』
「例え間違っていても人は守るべき人のために戦わなくてはいけないのよ」

そう、例えそれが間違った、誰かを傷つけてしまっても戦わないといけない事がある。

『それが感情?』
「ええ、それが感情よ」





美樹さやかは思う。転校生の性格が変わりすぎだ と。
最初は状況の分かっていないハムスターみたいにオドオドしていたのに今は気力ゲージがビンビンでブートキャンプをやり始めた皇帝ペンギンのようだ。
男子三日なんたら、出会いは人を、経験は人格を と言うがほむらは女子だし僅か一日足らずでこのありさまである。

(クラスの連中驚くだろうなー、・・・・・・いや割と受け入れられそうだ)

あっさりと、なんせあのクラスだし。
あんなクラスだし。
あと宇宙人に誤った真実を教えないでほしい。
間違ってはいないんだろうが何かが間違っている。このままでは宇宙の人(?)に間違った認識をもたれてしまうような気がする。
使いどころを間違えている。
・・・・・・・間違いが多い子になっていた。

「ああもうっ!ほむらが暴走してるし早く起きなって!」

ゆさゆさと目の前の毛布に身を包ませている女の子の体を揺らす。
流れる金髪、自分達と同じ年齢ほどの小柄な少女、憶えていないが命の恩人、魔女と戦う運命の魔法少女。
なかなか起きない少女にさやかは眠る少女の頬に手を伸ばす 伸ばして そのまま

「ほんとに気持ちよさそうに寝てる・・・・」

触れることなく、その顔に視線が引き寄せられる。
ユウリ。
小さな女の子。昨日簡単な自己紹介のときの第一印象は不気味だった。
彼女は何もない空間から鹿・・・・・牛?を召還した。漫画やアニメ、ゲームのように。普段ならきっと歓迎した、感動した。現実にはあり得ないと理解していながらきっとどこかに存在しているんだと。子ども心に夢見ていた。そしてそれは現実に。
タイミングが悪かったとしか言えない。
知ってしまったから、魔女を、悪意を、人の死を。
あれが―――奇跡。
あれが―――夢見た現実。
漫画やアニメ、ゲームの中だけにあった、夢見た現実の片割れ、奇跡。
ヒーローがいるなら悪党もいる。
正義があれば邪悪もある。
ヒーローがいるから悪党がいる。
正義があるから邪悪もある。
そんな、バカみたいな事を考えてしまった。
そんな、どうしようもない逃避を一瞬でも感じてしまった。
あの魔女と、化け物と同じ非現実そのものだから。

(だから最初はこの子の事も得体が知れなくて怖かった・・・・でも)

魔法。奇跡。祈りの代償に魔女と戦う事を選んだ人。
あの化け物と戦う力を持つ人。
怖かったのは、不気味に思ったのはその一瞬だけ、あとは尊敬と、少しばかりの憧れ。
魔女と戦う事に対し恐れていない堂々とした姿勢、強い意思を感じる瞳。
恰好良かった。
聞いた話になるがあの魔女を苦戦することなくあっさりと倒したらしい、それを当然と、たいした事ないと言う自信。
岡部が教えてくれた魔法少女の事、人生を一生魔女と関わって生きていく事になんら臆することなく平然としていた精神。

(私もそんなふうに、恰好良くて勇気があればな・・・・)

美樹さやかには想い人がいる。
上条恭介。
美樹さやかの幼馴染にして、世間から将来を有望されたヴァイオリニスト。まどか達と同じクラスメイトだが現在彼は事故により入院している。命に別状は無いが事故の後遺症として左手の指が動かせない状態である。
さやかからの好意には気づいていない。子どものころからの付き合いのためその手の意識、異性としての意識に乏しい。
容姿鍛錬、中性的な顔立ち。女の子にモテるが、さやか同様その好意に気づいていない。アタックしてきた少女達の想いを単純な友達としての好きと勘違いする朴念仁。
対価なく、代償なく女の子の好意を、手作りを得る者。
クラスメイト曰くリア充。主人公。
岡部曰く某メサイアパイロット。

「本当はあたし、キュウべえに言われた時に、恭介の手を元に戻してほしいって・・・・そう祈ろうとしたんだ、だけど・・・・ね」

魔法少女の人生は過酷だ。岡部の話を聞くまでどこか楽観していた、簡単に考えていた。
祈りの、願いの対価に悪い魔女を倒す。
魔女は分かりやすいほど悪い奴で人の敵。
たしかに怖いけどキュウべえ曰く不可能を可能にしてくれる奇跡と引き換えなら、誰かのため、魔女と戦う事ができるなら、ヒーローのように、アニメに出てくる魔法少女のように悪い魔女を倒す事が出来るならそれはとてもいい事だと思ってしまった。
まどかもいる、ほむらもいる、岡部倫太郎もいる、だから大丈夫だと思っていた、話を聞くまでは。

「やっぱり・・・・怖かったんだ・・・・・・・それに気づいて」

幼馴染の怪我を治す願いに躊躇している。
だって彼は言った。一生関わる事になる。戦い続ける。ソウルジェム。平穏ではいられない。守りたいほど孤独になる。死ぬ。周りの人達にも。生活。一人。お金。祈り。願いの対価。グリーフシード。身捨てきれるか。人生。まだ中学生。
躊躇ってしまった。
人生全てを捧げることの重大さに気付かされた。

「だから・・・・・・さ」

そんななかでさえ、まるで動揺することなく、変わらぬ態度のままであるユウリに、その強さに、その姿勢に、その精神に美樹さやかは強い尊敬と、憧れを抱いた。

「あたしはアンタの事が――――」
「惚れたか?」
「ほぇ?」

突然後ろから岡部の声。

「さっきから呼んでいるのだが・・・・・のびるぞ、ラーメン」
「あっ、あれ?」

気づけばずっとユウリの横顔を見ながら考え事をしていたらしい。







「ユウリちゃんまだ寝ているの?」
「うん、ありゃ全然起きる気配ないわ」

まどかの問いにさやかは左手を振りながら答え右手でカップ麺をすする。
もう起こすのは諦め四人でカップ麺をすする。
キュウべえは残りの、余った麺だけでいいらしい。ユウリの分の残ったカップ麺は岡部が食べる。
ユウリは岡部、キュウべえ、まどか、ほむら、さやかと順に起こしにかかったが一向に起きる気配が無い。

「寝かせてやろう、せっかく気持ちよさそうに寝ているのだから」

毛布に包まれながら身を丸め、幸せそうに眠る彼女を岡部はそっとしておこうときめ、皆に無理に起こす必要はないと伝えた。
岡部は思う、彼女は普段どんな生活をしていたんだろうかと、別の世界線にて岡部はラボ(または仮の寝床)に泊めた少女達のことを思い出す。
少女達のなかには帰るべき場所が無くずっと一人で過ごしていた者もいた。
そんな少女達のほとんどは最初は岡部に対し警戒はするが、いざ寝るときになると決まってぐっすりと眠りにつく。
ときに悪夢に、ほとんどが悪夢にうなされている少女もいたが次第に岡部との、自分の事を、戦っている自分の事を見てくれている人の存在に気付くと、岡部がヨコシマ(ただのロリコン野郎)な奴ではないと分かると安心して、幸せそうに眠るものが大半だった。
孤独な人生で、生活で、誰かがいてくれる場所。
自分の事を分かっていてくれる人がいる場所。
その存在と有り方を認めてくれる。
此処にいてもいいんだと思える――――居場所。
そんな安心していられる所での睡眠は、ある特別な意味もあるのかもしれない。

「――――未来ガジェット研究所はそのためにある」

安心して安らげる居場所を。
あの頃のラボがそうであったように。
かつての巴マミの自宅がそうであったように。
一時的でもいい、安心して休める場所を、その役割を果たせるなら是非もない。
寝室で今も眠るユウリの方に視線を向け小さく呟く。

「ん?オカリンどうしたの?」
「いや、なんでもないさ」
「岡部さんニヤけて・・・・・あの子に欲情したとか?」
「失礼な事を言うな!」
「・・・・・オカリン?」
「手伝うわ」
『キョ―マ、ほむらが☢マークの入った時計をまどかに渡してまどかが君の背後に立つまでの動作を流れるように行ったよ』
「はやっ!」
「そら見たことか!落ち着くんだまどか、この俺が中学生ごときに欲情などするものか!」
「オカリンは魔法少女が大好き!」
「はあっ!?」
『そうなのかい?』
「「・・・・・うわぁ」」

まどかの発言に岡部が驚きキュウべえが訪ね、ほむらとさやかが引いた。

「いきなり何を言い出すんだまどか!?違うぞみんな!俺はいたってノーマルだ!」
『キョ―マ、魔法少女は魔力である程度体調、プロモーションが維持できるから君達で言う綺麗所が多いよ―――』
「それは何のフォローになるんだキュウべえ!」
「あたしは信じてますよ岡部さん、今まで彼女を作らなかったのは好みの人がいなかったんですよね?そりゃなかなかいませんよね、ええ普通は」
「信じているのか!?それは俺を信じての発言なのか!」
「そうやって知らない振りしてオカリンは沢山の女の子に貢がせるヒモ野郎になるんだ!そうなんだ!オカリン私にはオカリンの事が分かっているんだからね!幼馴染の私に隠し事なんかさせないんだから!!!・・・・・・・ほむらちゃんヒモってなんだっけ?」
「この世のクズよ」
「幼馴染なのに信用度が最悪だと!?くっそ昨日のミス・カナメといい親密度が高い関係ほど信用してもらえないというのか?どんだけ俺に厳しいんだこの世界線!」
「ちなみに岡部さんエロ本とか持ってんの?やっぱり少女モノ?」
「・・・・・あるんですか、まどかが来る家にそんなものが」
「よし!まどか、ほむら、せっかく男の人の家に来たんだからお約束なイベント!エロ本探そうよ!」
(ふっ、なにを馬鹿な事を、紳士にして狂気のマッドサイエンティストの俺がそんな低俗な物を所持している訳が無いだろう)
「馬鹿め!女に見つけきれる訳がないだろうが!」
「オカリン、きっと本音と建前が逆だよ」
「しまった!?」
「「しまった?」」
「いや違うんだよ君達、決して俺はロリコンではないし魔法少女が好きという変態でもないしそもそもラボにエロ本など無い!」
「過去にオカリンはトイレの貯水タンクに袋に入れた・・・・・女の人が裸で移ってる本を、天井の照明の裏に・・・・女の人の水着の人のえ・・・・・エッチな本隠してた!」
「どういうことだ世界!!!」

ばれてんじゃねえか!どういうことだ世界!!朝から女子中学生にエロ本の存在を知られた!!!
・・・・・・というかどうして見つけきれるんだろうかこの幼馴染。そしてエロ本の行方は?


未来ガジェット研究所は朝からにぎやかなスタートをきった。
限時刻AM6;10








「ねえねえほむらちゃん、私が作ったジュースどうだった?」
「え・・・・・と・・・」
『「「・・・・・・」」』

視線を周りに向けると全員から逸らされた。
彼女の味方はどこにもいない。
世界は一人で戦う事を彼女に押し付けた。

「どうだった?まどか印特製『芋サイダー』」

大切なまどかから、純粋な無垢なる期待に満ちた求める答えを欲しがるとても可愛らしい罪悪感が欠片も感じられない笑顔、ほむらに残酷な質問を問う笑顔だった。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・新たな味覚の開拓に雄々しく挑戦して華々しく散っていった英雄的ドリンクな感じがして・・・・・とてもおいしかったわ」
「ほんと?やったー、まだいっぱいあるから沢山飲んでね!」
「・・・・・・うん、楽しみにしてるよ・・・まどか」

岡部、さやか、キュウべえから見たほむらの後ろ姿は嗚咽するように、口元を押さえていた。
ちなみにそのドリンク、キュウべえが食したさい・・・・飲んだ際に「ごふっ!?」とむせた。
『ごふっ!?』ではなく「ごふっ!?」である。
お分かりいただけるだろうか?インキュベーターたる彼(彼女?)が念話ではなく己の口で「ごふっ!?」とむせたのだ。発音、発声したのだ。
これはほむらの記憶にある限り初の快挙(?)である。
『芋サイダー』なる存在の破壊力がどれほどか分かってくれるだろうか?
ちなみに各コメントにて
「甘いとか辛いとかじゃなくて・・・・・辛かったわ」
「急に視界が暗くなってきてとても怖かったんだ・・・・」
『訳が分からないよ』
「俺の選択は間違っていなかった。これがシュタインズ・ゲートの選択だ」
「おいしいよね」
「「『「!?」』」」

まどかの曇りなき眼での発言に全ての者が驚いた。



閑話休題。

寝ているユウリに書き置きを残し、岡部達は朝早い時間からラボをでていた。
理由はさやか。
彼女の制服は昨日の魔女騒動で使い物にならない。なので自宅に帰り予備の制服をとりに行くのだ。また、ラボに泊って制服紛失の言い訳、否、“外で”遊んでいたら汚してしまったなど言い訳をしっかりと考えてもらいたい。ご両親に誤解を与える訳にはいかない。教師職業の人間が肩身狭い時代なのだ。

それはまあ別として。

「必殺技?」
「うむ、魔法少女には必殺技が、それの名前が必要だ」
「やっぱ必殺技は叫ばないと駄目ですよね岡部さん!」
「その通りだ!」
「必殺技かぁ」
「・・・・・・・・厨二病乙」
「「「え?」」」
「はっ?いえなんでもありません!」
「ほむらちゃんやっぱり――」
「貴様は――」
「@ちゃんね――」
「まどか美樹さん違う!―――そう私は@ちゃんとかそんなんじゃ――!」
『ぬるぽ』
「がっ!」
「「「・・・・・・・・・・・・」」」
「・・・・・・キュウべえ?」

ぎぎぎっ、と首だけを動かし岡部の頭の上にいるキュウべえに視線を向けるほむら。
その視線には怨念とも殺気、いやそれを通り越して殺意を抱いていた。

『・・・・キョ―マがこう言えば君とのコミュニケーションが円滑になると――』
「なるかーー!!!」

閑静な住宅街に中学生の叫び声が響いた。
AM7;00

「・・・・・落ち着いたか?」
「ぜえ、ぜえ・・・・ええ、なんとか」

事情により手が出せないので足で岡部を蹴ろうと切磋琢磨していたが事情ゆえに余り動けずそのまま息切れを起こしたほむら、ギロッと視線で睨みつけるが岡部は呆れるだけだった。

「“その手を”――」
「いやです」

宣言。
キュウべえは首をかしげ、岡部は呆れ、まどかとさやかは苦笑した。

「まあいい、話を戻すが魔法少女が必殺技を叫ぶのは意味がある」
「「だよね!」」
「・・・・・そうですか?」

まどかとさやかは同意し、ほむらは半信半疑だ。

「魔法少女の魔法はテンションによって変化する、それは昨日は話した通りだ」

要するに魔法少女達が使う魔法の使い方、それは―――

「気合いだ」
「「「気合いなの!?」」」
「ああ、テンション問題だからな魔法は、それが全てでは無いはずだが大雑把にいえば大部分は気合いだろう」
「「確かに」」
「・・・・・二人とも納得するの?」

先日まどか達は「だから必殺技には名前を叫ばなければダメだろ、常識的に考えて」と論議したばかりであり、岡部の授業を受け続けている。その手の理解は早いかもしれない。

「『うおー』とか、『おりゃー』とかでもいいが・・・・・ふむ、魔法少女は厨二病の方が優秀なのかもしれんな、あと変身のポーズとか決め台詞とかあったほうが魔力の流れとかにいいんじゃないか?」

たぶん、そう言う岡部の言葉にほむらはこれまでの繰り返しの時間軸で思い当たる事がある。
ほむらの脳裏に一つ上の少女が浮かび上がる

―――ティロ・フィナーレ!!!

(・・・・・・思い当たる節がありすぎる)

彼女はとても優秀な魔法少女で尊敬する先輩でとても強かった。

(言われてみれば杏子も割と叫んでいたし美樹さんも『これでとどめだー!!!』とか叫んでいたような)

思いかえしてみれば魔法で戦う皆叫んでいたような気がする。逆に自分は実弾兵器、マシンガンとか手榴弾にRPGなど、叫んでも威力に意味の無い物を使っていて・・・・・・・?

(・・・・・・叫ばないから攻撃用魔力が無い?)

いやいやそんなまさか・・・・・だがしかし―――あれー?

「ほむらちゃん?」
「なんで急にう~う~言ってんだ?」

“事情”により己の手で頭を抑える事が出来ないほむらはう~う~唸っていた。

「では諸君、英雄殿の自宅に着く前に一つレッスンだ」
「わかりました!」
「うわわ!?」
「ほッ、ほむら!?」

ほむらにとって岡部はどこか気に食わない存在だが言っている事には納得できる部分もある。自分がこの先どうなるかまだ分からないが聞いていて損は無い、ならば学べることは学ぶべきだ。それは結果的に大切な人達を守る力になるはずだから。

「では三人共思い浮かべろ。フリルのついたスカート、ふわふわな装飾の着いた淡い色のガウン、そのなかには黒のインナー」

岡部の言葉に三人はそれぞれの想像を固めていく。
ほむらはもちろん、まどかとさやかは奇跡を、魔法の存在を知ってから少なからず興味があったので割と真面目にイメージしていく。そして――

「某超時空シンデレラのポーズを決める―――













                  上条恭介の姿を」



―――――見滝原の平和は僕が守る!     キラッ☆


「「「ぶほぉッッッ!」」」



吹いた、しかし三人の中の想像で生まれた彼は割と似合っていた。



さやかの自宅に到着し、さやかが拳骨一つで親からの制服損失の件の許しをもらい皆で登校中のこと。

「あらあらまあまあ?」
「おはよー仁美ちゃん」
「おはよう、仁美」
「おはようございます志筑さん」
「え~と、鳳凰院先生“これ”は?」
「・・・・いろいろあったのだ」
「まあ!それはまさかでまさかですの!?」

志筑仁美。まどか達のクラスメイトの彼女はまどか達三人にケータイのカメラのフラッシュを連続でたきながらテンションを上げていた。三人の“状況”ゆえに。

「一晩でそんなにも三人の仲に進展が?」
「あ~、仁美実はさ――」
「暁美さんの雰囲気が 状況の分かっていないハムスターみたいにオドオドしていたのに今は気力ゲージがビンビンでブートキャンプをやり始めた皇帝ペンギンのようですわ!」

どっかで聞いたことが有る様なフレーズだった。

「それはつまりなにがあれでこれがあれ?何か人格に変化が訪れるほどのあれこれが?」
「いやいやちょっと落ち着きなよ仁美―――」
「一緒にお泊りしたんだー」
「やっぱりですのー!」

まどかの証言に一気にテンションが上がり

「そんな女の子同士でなんて――!それは禁断の!」
「だから落ち着きな―」
「女の子だけじゃなくてオカリンもいたよ?」
「禁断がさらに同時で同期で同日同意でー!!?」
「まどか少し黙っててー!」
「あとユウリさんもいたわね」
「倍プッシュがきましたのー!!!」

まどかに続きほむらの不必要な不誠実な発言により志筑仁美はお嬢様にあるまじき大声を上げ走り去った。誰も見た事が無いほどの、とてもとても良い笑顔で。すんげぇいい笑顔で。

「いきなりが4・・・・5Pだなんてハイレベルでハイリスクでハイテンションでとても輝いていますわー!!!」
「ちょっと待て仁美!!アンタ朝っぱらからとんでもない誤解をばら撒くなー!!!」

ハイテンションでハイリスクにハイレベルで暴走している少女がいた。
残念ながら自分達の大切なクラスメイトで友達だった。




見滝原中学校の廊下

美樹さやかは正直困っていた。
唯一フォローしてくれそうな岡部は今はいない。
職員会議だ。役に立たない。

「・・・・・ねぇほむら」
「なに美樹さん?」

さやかは“このまま”教室に入ろうとしている朝から“デレた”ほむらに一応確認するが彼女は分かっていないようだ。まどかにいたっては―――

「さやかちゃんどうしたの?」

まるで気にしていない、“この状況”に対しまるで違和感をもっていない。
仁美があんなに暴走したのだ、このクラスは基本的にアレなのでおそらく同じ反応をする。
さやかは左手を、まどかは右手、ほむらにいたっては両手を動かせない“状況”。
それにいたったほむらの“事情”。

「入るよ?」
「え?まっ――」

さやかの静止は間に合わず がらっ と教室の扉を開けたまどか、教室内にいた生徒、クラスメイトが自分達に振り返り挨拶を―――

「「「はあ!!!?」」」
「「「ええええええ!!?」」」
「「なんぞー!?」」
「やっぱりあれでこれでそれでどれですのー!」
「「「きゃー!!」」」
「「「「ガッッデーム!!!!」」」」

視線と共に驚愕の叫びの嵐。

「一晩で何があったんだ!」
「そんなー!俺密かに狙っていたのにー!!」
「私も狙っていたのにー!!」
「どっちをだー!!!」
「くっそ、たった一日で二人を攻略しただとー!!?」
「転校生があんなに積極的だったとは!」
「不覚!不覚でゴザルー!!」
「昨日は状況の分かっていないハムスターみたいにオドオドしていたのに今は気力ゲージがビンビンでブートキャンプをやり始めた皇帝ペンギンのようになっているし!!!」

やっぱりどこかで聞いたことのあるフレーズだった。

「いやこの場合むしろ美樹達が手を出したんじゃ!?」
「「「「「混ざりたかった!!!」」」」」
「私もよー!」
「「「さっきから誰だー!?」」」

あんまりな混沌に他のクラスの生徒達も廊下に出てきて様子を窺う。

「さらにそこに昨日は金髪の女の子と鳳凰院先生を含めた禁断で禁句で言葉にするのも禁則事項の禁書な禁止で危険なあれでこれでそれだったんですのよーー!!!」
『きゃあ―!!!』 女子
『ぎゃあー!!!』 男子

まどか達はユウリの容姿について教えていないハズだが第六感を超え第7感【セブンセンシズ】で予測した未だに良い笑顔で悦に入っている暴走お嬢様の言葉でさらに混沌は加速し駆け上がる。

『『オオオカカベェええええええええ!!!』』

―――ヴォン!
―――キイイイイ!
―――ぎちぎち
―――10・・・9・・8・・
―――ヴヴン!
―――スタンバイ・レディ?
―――ギュイン!
―――ヒュィィイイ!

男子(一部女子)は各製作の未来ガジェットをロッカーから取り出し起動させ、それぞれが岡部がいるであろう職員室に駆け出す。
この感情は憎悪の空きたりて、正しき怒りを胸に、彼らは唯一殴れる存在を襲う。
彼ら彼女らは行く。
分かっている。彼らは皆理解している。これはただの八つ当たりかもしれない。やっかみかもしれない。間違っている。道理に非ず。理解しているのだ。分かっているのだ。
―――だが
これとそれは別だ。
彼らは理屈で動いているのではない、心で、感情で動いているのだ。
人は感情で動いている。
「快」「不快」の違いがあろうと人はそれで動く。
例え間違っていても、敵わないとしても“戦うべきときは戦う”。
彼らは知っている。
“奪われる事は悪なのだ”。
失うことは―――諦める事は悪なのだ。
だから―――いく。

その感情に嘘はつけないから。

どこまでも間違いまくっている彼らは教室から飛び出した。





彼らは皆教室から飛び出す前にケータイのカメラを3人に向けていた。
状況の分かってなくて戸惑うまどか、どこか此処じゃないどこかを夢見るさやか、“二人の間に入り腕を組んで指を絡める・・・・恋人繋ぎで仁王立ちするほむら”。
ラボを出た時からずっとこの状態だ。
どういう訳か暁美ほむらはデレた。
まるで、長らく友達と過ごしていなかったのが反動で爆発したように。
この様子だとHRまで(もはや行う事ができるか定かではないが)このままかもしれない、ほむらと繋がれた小さな、柔らかい手は未だにしっかりと繋がれている。
さやかはさすがに恥ずかしくてほむらに尋ねる。

「・・・・・ほむら、もういいだろ」
「・・・・・やっ」

そんなほむらが、ちょっと可愛いと思ってしまった美樹さやかだった。















この世界に岡部は存在していなかった。
いまの岡部の因果は世界により設定されている。
“岡部倫太郎がこの世界にいたらこうなっていたハズ”。
それが世界が岡部に与えた設定。世界の対抗処置。
因果をもたない、しかし持たないゆえに未来に影響を与えるまどか達魔法少女に、世界線に多大な影響を与える。
世界線の収束。
過程が変わろうと結果は変わらない。
あらゆる因果がそれに収束させるために動かされる。
世界が決めれば死ぬべき人間はその時まで絶対に死なない、捕まるべき人間は何をしても絶対に捕まる。
例え小石だろうと落ち葉だろうと、それらが銃弾をはじき足を滑らし逃走を許さない。
あらゆるものが操られる。
しかし岡部は因果を全く持たない。
持たないから世界の意思に囚われない。
世界の収束に逆らえる。
それも凡人より多大な因果をもつ魔法少女達に。
未来に多大な影響を与えるまどか達に。
時にそれは世界の分岐点で。
決められた未来の道筋が大きく変動し続ける。
本来は内気な女の子が自身に満ちているように。
未来を予知する巫女が別の未来、『別の世界線を観測』したように
出会う事がなかった少女達が出会うように。
岡部が存在するだけで世界線は刻一刻と変わっている。
岡部が持つリーディング・シュタイナーが反応を示さないほど小さくだが、確かに世界に影響を与えている。

リーディング・シュタイナーが反応しない。
本来なら世界の再構成が起きる分岐点。
それがこの世界線。本来のμ世界線――――では無い。
アトラクタフィールドαとβに存在し、μには存在しない岡部倫太郎が存在することで生まれた世界線。
交わることの無かった世界線が交差した世界線。
アトラクタフィールドχ。
世界が岡部にとった世界の応急処置。岡部倫太郎に因果を与える事。

世界が収束するように、世界には抑止の力がある。外敵に対し拒絶する力がある。
因果の無い岡部は常に世界から弾かれる。
ふわふわと存在があやふやだ。“過去が無い、未来が見えない”。
“タイムリープ先に過去の自身がいない”。

世界が収束するように、世界には抵抗力がある。ウイルスに対し世界には抗体の力がある。
幾度も繰り返すうちに学習する。
世界の収束を、因果を狂わせないように与えていく。
いきなりでは駄目だ、世界への影響が大きい。彼の関わる人物は皆未来に影響を大きく与える者ばかりだから。
徐々に与えていく。

世界は学習する。岡部倫太郎はどんなに排除してもアトラクタフィールドμに戻ってくる。
誰かが彼をここに送り込んでくる。ここに留めようとしている。

だから生まれた世界線。アトラクタフィールドχ。
“岡部がアトラクタフィールドμにいた場合の世界線”。
未来が決まっていない世界線。
生まれたばかりの世界線。
岡部がいることで存在する世界線。
岡部がいないと存在できない世界線。
世界線μと隣り合わせの世界線。
いまだに脆く儚い、壊れやすい世界線。
常に、文字通り無限の可能性がある世界線。

岡部は未だに世界から弾かれ続けている。存在を否定されている。世界線χそのものの存在がまだ薄いから。
岡部はタイムリープしようとすれば、その瞬間世界から弾かれる、ただでさえ因果が無い身、世界はここぞとばかり岡部を世界から拒絶する。
今いる世界線から弾かれ別の世界線へ。
タイムリープ先は別の世界線μ。
初めてこの世界線に来たように岡部はそこで目覚める。
岡部が存在しない世界で、存在しないはずなのにタイムリープできる。
“タイムリープは記憶を過去に転送する”。記憶だけ、肉体は違う。
だが岡部はタイムリープすることができる。
“記憶の転送先に肉体が準備されている”。
恐らく岡部をこの世界に招いた存在。“NDメール”、失われた過去の哀愁【ノスタルジア・ドライブ】を概念兵装にした存在。
何故かは分からない、誰が何のためか分からない、岡部はあの“連中”の目的が分からない。
――――いや、うすうすと分かってきた。
そして岡部が世界線μに跳んでくる度に生まれる。世界線χ。

繰り返す度に世界は岡部を拒絶しながらも受け入れる。
繰り返すたびに岡部には徐々に因果が生まれる。
世界から設定される。
まどかの幼馴染という役を 与えられた。
未来ガジェット研究所が 存在した。
いつの間にか、徐々に、世界に影響を与えないように。
世界に岡部を取り込んでいく。
アトラクタフィールドχは強固になっている。
世界は、存在は『観測』される事で現実になる。
未来視で数多の別の世界線χを観測する事によってそれは加速している。
複数の可能性世界線を観測することでアトラクタフィールドχを補強していく、してしまう。

世界は因果を持たない岡部に因果を与える。

矛盾を生まないように、バランスを崩さぬように。






繰り返すたびに岡部倫太郎は世界に捕えられていく。
世界に捕まる。
そして問題無く収束していく。





世界は    『鹿目まどかが魔法少女になる』   ことに収束していく。




あとがき



当方の作品に対し考察検証、ご自分の考えを教えていただき心からの感謝を やる気が出てきて本当に助かっています。

人数は増えてきた説明文は大抵出てきた、ならば後は行くのみ!

当物語に最後までお付き合いいただけるよう努力いたします。




[28390] χ世界線0.091015 「最初の分岐点」
Name: かっこう◆7172c748 ID:3f6e4993
Date: 2011/12/09 22:13
χ世界線0.091015


――うぉー開けろー!
――オォカァベェー!
――ばんばんばん!!!

「あすなろ市?」
「そうだよ、本校でおこなっている特別授業を別の学校でも採用する事になってね。いやー評判がよくて見滝原中学の評価が高くてねー」

HAHAHAと軽快に笑う初老の男性、彼が見滝原中学校の校長にして岡部達のような外部の人間を招き入れる特別課外授業の立案者。
彼は朝の職員会議で職員及び岡部を含む臨時講師達の前に立ち他校からの見滝原中学校の評価が高くなっている事を伝える。

――くっそ、ぶっ壊してやる!
――シェルブリットォオオオ!!!
――ゴキンッ!

「あすなろ市にある中学校の校長達とは縁があってね。君達外部の人間、多種多様の人材を招き生徒達に沢山の事を学んでもらう。言うだけなら簡単なんだけど実際には似たような授業ばかり、ところが君達(ていうか岡部倫太郎)は今までにないくらい生徒達からやる気をひきだしている。警察から表彰されたりテレビの取材がきたりして最近は親御さんからの苦情も減ってきているし・・・・・・・うん、嬉しいねぇ」
「たしかに苦情は減ってきていますが・・・・・・・評価が高いのですか?」

顎を撫でながらうんうんと頷く校長に岡部は皆が気になっている事を代表して訪ねる。
岡部が訪ねなければならない。評価が高いと言ったがそれは果たして

――いってー!拳がー!?
――基本ガラス張りの校舎だからなぁ、やっぱ耐震のために頑丈だよな・・・・・知ってたけど!
――じゃあ言えよ!見ろよ俺のガジェットばらばらになっちゃったよ

「校長先生、失礼を承知してお尋ねしますがその評価は良い意味でですか?」
「もちろんだよ岡部君!特に君の授業のおかげでね、我が校の知名度は上がる一方だよ」
「・・・・・どう思いますか」
「わっ 私に振らないで下さい!・・・・困ります」
「ん?どうかしたのかね二人とも?」

――やっぱ野球グローブと単三電池じゃ光るだけで攻撃力無いな、そもそも壁相手にスタン効果は意味ないし
――所詮使わない家庭物からの作品だしなっ・・・と    ズガン!
――しっかしカテェな、なんでこんなに防弾性高いんだ、何に備えてんだよこの学校?テロ?  ドゴン!

他の教師同様に決してガラスの向こう側の光景を視界に入れないようにしている校長が岡部と早乙女先生に声をかける。
その声はいたって普通で、さも二人の様子を不思議がっている。
しかしその額には確かに汗が流れていた。
岡部は聞かない事が社会人として正しいのでは?と思い口に出さない方がいいのかと悩む。
あと校舎が頑丈なのは外ではしゃいでいるテロリスト・・・・彼らが作った作品のせいだろう。

――わあっ?・・・・ゴム切れた
――お前の『これが増すドライバー!』って中のゴム切れたら唯の銛以下だよね    がんがん!
――ぜんまい巻かないと唯の物干し竿です・・・それがなにか?

「・・・・・本当に採用するんですか?」
「・・・・・ああ、すでに準備を始めている学校もある。料理人の立花宗一郎といった雑誌に取り上げられている人物など、なかなか大きな動きをみせているよ」
「へえ、あの―」
「生徒が持ってた雑誌で―」
「バケツパフェでしたっけ、あれは食ってみたいな」
(・・・・確か別の世界線でまどか達と行った喫茶店のマスターか?)

実技があるなら確かにそれは将来料理人やパティシエを目指す子には大きな経験になるだろう。マミあたりも参加したがるかもしれない。そうでない子もこれを機会になんらかの将来性について考えるかもしれない。中学生ではまだそういうことを考えるのは早いかもしれないが、きっかけにしてはこの手の職業は生徒達の興味を引きつけるだろう。

「・・・・考えてみればここの学校の生徒が向こうに行く訳ではないのだから大丈夫か」
「そういえばそうですよね・・・・なんだ、心配する事ないじゃないですか!」
「「「ああ確かに」」」

岡部の言葉に教頭先生を含めた教員達が皆安心したように呟いた。
最初から問題など無い。心配する必要などなかったのだ。何も我が校の品行可愛い生徒達が他校で器物損壊や傷害事件をいつものように起こしたり未来ガジェットを創って気づけば学園公認の雑誌の販売等を学校側に後には引けない感じにまで追い詰めて許可を出させるようなことをしに行く訳ではないのだから。
校長はただ“他校”が我が校の特別授業を真似るだけで、別に我が校のように“外(で)は(基本的に)穏やか中では(かなり)賑やか(?)”な学校になる訳ではない。
バレたらきっと評判は地の底に落ち別の意味でテレビと警察のお世話になるだろう。
そして我が校と同じ事になれば生徒達の自主性と活発性との引き換えに爆発とトラップとの生傷絶えない学校生活が待っているかもしれない。
本校の各教員の今年の労災はかなり通ったのではないだろうか?
本校が未だに世間から騒がれないのは最初からこの学校がガラス張りという特殊構造で耐震などの対処をしており頑丈で、また見晴らしの良い空間なので“いざという時に問題の場所が分かりやすく避難も救助も早く行う事が出来る”。そのため問題が発覚する前にもみ消せるからだ。
さらにFG(未来ガジェット)シリーズは最初から威力が高い物は無く、基本的に徐々に威力が上がっていったのでそれを予測して休みのたびに防弾性を高めに改築している。見滝原中学校は基本生活が豊かな生徒達が通う学校なので寄付金等が多く、テレビ取材等でもいくらかもらっていたのでコレもおおきい。
本校の人間は慣れた・・・・というか諦めたような悟った感じだが、他校ではこうはいかないだろう。

「・・・・・・ちなみにそこの校長は岡部君を雇いたいと言ってきてね」
『『『『なんて愚かなっ!?』』』』

安心したのもつかの間、校長の発言に室内の人間全員の台詞が校長を襲う。
FGの存在は岡部の存在があってこそだ。この混沌を見滝原中学校以外で創造するのは上記で示した通り危険だ。

――電池きれた!あと壊れた!
――ちくしょお!出て来い岡部ぇー!てめえは俺らを怒らせた!  ガンガン!
――こっちもガス欠だ・・・・・自転車の空気入れじゃ無理か―

「――ってどういう意味だ貴様らぁ!」
「いやいやいや岡部先生本人も叫んでましたよ!?」
「ぐっ!?ええいそんなことはどうでもいい――――どういうことですか校長!貴方は誤解とはいえせっかく上がった評価を自ら捨て去るのですか、その結果被害にあうのはこの学校の関係者全員に及ぶというのに!それが教育者として正しいと思っているのですか!」

岡部の台詞に室内の全員が頷き校長を見詰める、この学校以外でFGシリーズを扱うのは危険だ。

「・・・・・・元は君が原因なんだがなぁ、いやほら向こうの校長がね、岡部君の授業を実は何度か見学した事があってね――」
「にもかかわらずこの俺を欲しがるとは・・・・・一体生徒を何だと思っているのだ!」
「ぇえ!?君がそれを言っちゃっていいの?」
「そうです校長先生いくらんでも危険すぎます!」
「まったく何を考えて・・・・・まさか承認していませんよね?」
「早乙女先生に教頭まで・・・・いやそれなんだが―――」

まさかの返答に戸惑う校長、さらに―――

「いいですか校長、今我々が――、いや生徒達が無事なのは我が校の生徒だからなんですよ」
「そうですよ、最近感覚が鈍ってきていますけどウチの生徒は特別なんです」
「普通の学生と一緒にしたら可哀そうですよ!」
「他校の生徒が」
「ここの生徒はその――あんなんだし」
「・・・・じゃなくて“アレ”ですよ」
「彼らは“アレ”なんですから・・・・・理解して下さい。貴方は今まで何を見てきたんですか?」
「君達も教え子にシビアだね!?」

ちなみに、最近の見滝原のゴミ収集所には稀にガジェットの材料に使えそうなパーツを求め生徒が現れるようになった。

――どんどんどん!
――くそーきたないぞ岡部ぇー!  がんがん!
――五人ってどういう事だコラー!!   ばんばん!

「えー、彼は岡部君の授業を見学をしたときは本来の岡部君の思考実験や試行錯誤の論議の時の授業だったんだよ・・・・運がいいというか悪いというか」

ちなみにその授業内容も『どうして漫画にでてくるヒロインの女の子は料理が壊滅的に不味いのかな?』という鹿目まどかの出したテーマで二チームに分かれてディベート形式で論破合戦をしていたが発案者が鹿目まどかだったことも含めなかなか白熱していた。
また、防音性も高いガラスだったので外から見る分には真面目に授業をしているように見える。もちろん彼らは議題はともかく真面目に論議していたので学生達が積極的に取り組んでいたようにも見えた事だろう。

「・・・・・何もFGシリーズを創(作)りに行く訳ではないんだし―――」
「そういえば何故あんな火力が高まる事に?」
「・・・・本来俺はFGにそんなものを求めてはいない」
「えっ、そうなんですか?」

元々FG(未来ガジェット)は完成された製品を二つ以上くっつけて作るリサイクル的な概念が強い物だったハズ・・・・・だ。
火力とか攻撃力等を求めた覚えは無い。
岡部は世界に混沌を・・・・もとい、役に立つ物を作る、独創的なアイディアを生む精神性を育てさせるハズだった。
だが気づけば皆は法廷に立つ際に「いえいえこれって家に有るもの適当にくっ付けただけですから、危ない物何もついてませんからセーフセーフ」で逃げ切れるのか、危険の無いものでどこまでいけるのか?そのギリギリで火力を上げる事に何らしかのプライドを賭けているように日夜知恵を絞り己のFGのversion upに費やしている。
それは世界を繰り返す度に高まる傾向がある。世界が何を学習しているのか分からない。
もちろんまともな思考の持ち主もいるがそういう輩が超電磁砲や音爆弾を偶発的に生みだしてしまう。
そしてそれが拍車をかけまた皆のやる気に火をつける。今では『今月の未来ガジェット特集』なる物まである。

「・・・・・どうしてこうなったんだ」
『『『『う~ん』』』』

岡部達は皆で唸る。どうしてこうなったと。

「いやいや皆さん結果的に生徒達の自主性が芽生えたと思えば――」

――う~ん、やっぱランキング並みの火力が必要かな?
――ウチのクラスのランキング持ちは鹿目さんの音爆弾だけだし・・・・意味ね~
――そこの消火器使えば作れるけど・・・・違反(危険物)だしな―、ゴミじゃないし

自主性?

首を傾げる。
芽生えた結果確かに行動力が生まれたかもしれないが、ついでにいろんな知識も増えた。でもいつか間違いを起こしてしまいそうだ。

「・・・・サバイバル知識が豊富になっていざという時に役に――」

――んー、壊れたガジェット繋げてみるか?
――おお!?割と行けそうな気が!
――よっ・・・・と。いくぞー       ズガンッ!!!

「・・・・サバイバル技術というよりゲリラ戦術っぽいですよね」
「持久戦に強そうですよね、ウチの生徒」
「誰と戦うんだ?」
「壊れたパーツを最大限に生かしていますよ」
「あ、自壊した」
「でも今の一番威力が高そうでしたね」
「日本で需要あるスキルかな?」
「成長したなぁ・・・・」
「・・・・・・はあ」

各教師が室内の外で繰り広げられているゲリラ戦術にコメントする。
第三次世界大戦があるならともかく少なくとも現日本の中学校で必要なものではない。
将来の就職活動のさいに「私はゲリラ戦法が得意です。最後まで粘って見せます!」とアピールしてもそれはユニークとして評価されるのだろうか?AP入試ならいけるか?

「・・・・なんだいなんだい皆して私だけを悪者にして!本当は私だってコレはヤバいって思っているんだよ!?」
「というか校長、俺はあすなろ市に行く事が決まったのですか?」
「・・・・・せっかく本音で喋ったのに流されたよ」

――もう戻るか?動いてなんかすっきりしたし
――だねー、どうせいつも通りに誤解何だろうしね
――それでも駆け出す俺ら・・・・・青春だ!

がしゃがしゃと職員室の外で残骸を片付ける生徒達に一瞬視線を向け岡部は確認をとる。

岡部は知らない。ここがこの世界線の最初の分かれ道。
正か誤か。分からない。解らない。知らない。
その選択のどれが正しくて、どれが間違いなのか。

「一応君の意見を聞こうかと思ってね、どうかな岡部君」
「あすなろ市にはいつから?」
「来月の頭からだよ・・・・どうかな?」

ただ、岡部に選択の余地は無かったのかもしれない。
岡部は一ヶ月後にこの見滝原にやってくる魔女に相対するためにやるべき事がある。
まどか達ラボメンを守るために最低一ヶ月間は傍にいないといけない。世界はまどかを魔法少女になる事を望んでいる。収束する。昨日のようにまどか達に魔女をぶつけ、きっかけを与える。魔女だけじゃない、まどかに契約させようとあらゆる因果をそこに収束させる。
それを阻止できるのは基本的に事情を知る岡部倫太郎と暁美ほむら。
しかし現在のほむらには魔法の力は無い、これまでの世界線のように留守を預ける事はできない。
すでに昨日は想定外の魔女が現れた。
今まで相対した事の無い魔女。
早すぎる危険との接触。
動けない、今の岡部には時間も仲間も準備も力も足りない。

“だから”――

「雇ってもらっている立場から申し訳ありませんが・・・・・今回は辞退させていただきたい」
「――ふむ、一応理由を聞いてもいいかな?」
「この見滝原でやるべき事があります。あと一カ月は離れることはできません」

一時的になら恐らく・・・・いや、世界はそんなに優しくない。
鹿目まどかの契約の理由と時期は常にばらばらだ。
『契約して魔法少女になる』 世界が鹿目まどかに与えた運命。
時期は含まれていない。もし契約して魔法少女に何月何日何時何分と世界が決定していれば、それはその時間まで絶対に契約しない。できない。他でもない世界が保証している。そう収束する。
だから契約の時期が収束で定められているならそれを逆手にとって行動できたが、これでは何に備えればいいかわからない、安心できない。
契約の理由も解らない。突発的な事故や事件、不幸な出来事などで世界はまどかに契約をせまる。
“安全な時間帯が無い”。“安心できる保証も無い”。

「申し訳ありません」
「いや、頭を上げてくれ岡部君。こちらも急な話だ。向こうにはこちらから話しておくよ」
「ありがとうございます」

岡部は頭を上げ、取りあえず学校側との関係を崩さずにここに残れる事に安堵した。

「では朝の会議はこれで終了です。皆さん今日も提示で帰れるように――――以上」

教頭の言葉で朝の職員会議に幕が下りた。
最初の分岐点を通過した。





「ふぅ」
「岡部先生、今日は三年の授業だけですよね?もしよければ一緒にお昼食べませんか」
「お昼ですか?そうですね―――」

早乙女先生の言葉に岡部は頷きそうになる。今日はニ限目に三年生の授業があるだけで終わりだ(マミのクラスではない)。
しかし今日の岡部には昨日できなかった事をするための用件がある。

「ああ、すみません。今日はラボに客を待たせているので授業が終わりしだいすぐに出るつもりです」
「そうでしたかぁ、なら仕方ないですね、では次の機会に」
「ぜひ、貴女ともいろんな話がしたかったのでいつか必ず」
「ふふ、楽しみにしてますから今度誘ってくださいね?」

眼鏡に童顔な早乙女先生はそういって職員室を出ていった。他の先生と臨時講師も各々の準備をしたり、各教室に向かって歩き出す。
岡部は携帯を取り出し現在ラボにいるであろう客人に電話をかける。

『ユウリかい?』
「ああ、さすがに起きていると思うが・・・・・」

職員室でキュウべえが初めて岡部に声をかけた。
別にいままでどこかにいっていた訳ではない。キュウべえはずっと岡部の肩の上にいて先ほどまでの会話を聞いていた。青年の肩に謎のヌイグルミが常時いたのだが誰もツッコミをいれなかった、ツッコミをいれたら負けというわけでも岡部が空気扱いされている訳でもない。今朝の志筑仁美の時もそうだが、キュウべえの姿は岡部達ラボメン以外にはみえていなかった。
インキュベータは基本的に才能ある人間、魔法少女の素質ある人間にしか見えないのだ。

コール音が数回続くがユウリは電話に出ない。かといって留守電にもならないのでしばらくまってみることにした、幸い岡部の授業はニ限目からだ。

『キョ―マはあすなろ市に行くのを断ったね』
「やることがあるからな」

電話が繋がるまでの合間、岡部とキュウべえは先ほどの校長の提案について話し合う。

『あすなろ市にも魔法少女はいるよ 見滝原よりも多いんじゃないかな?』
「・・・・そうだな、茜すみれ も確かあすなろ市出身だったし・・・・今度ラボメンをつれていってみるか・・・・例の喫茶店にもしばらくいっていないしな」

魔法少女が多い。なら行く価値は有る。
別の世界線で出会った少女茜すみれ、あだ名は「オデ子」。できることなら仲間にしたい。
今この世界線で確認できている魔法少女は四人。

巴マミ
飛鳥ユウリ(仮)
呉キリカ
美国織莉子

茜すみれは解らないが、美国織莉子は恐らくキリカの言動からほぼ間違いは無いと思う――

「キュウべえ」
『なに?』
「美国織莉子という少女を知っているか?」
『彼女は魔法少女だよ』
「そうか、ありがとう」
『知り合いかい?』
「ああ、俺と同じリーディング・シュタイナーを・・・・・・」
『?』
「おいおい話すさ・・・・・・しかしそれでも後三人か」

まどかとさやかは仕方が無いとして、ほむらの脱落が厳しい状況だ。
織莉子とキリカ、まだ仲間になるとは限らないがこの世界線のまどかは『最高の最悪』では無い、またキリカの様子から友好的な態度をとられているので・・・・・・彼女達を相手に油断をするつもりはないが未来視を、『他の未来の世界線を観測できる』状態のこの世界線の織莉子なら話し次第でこちらの味方になってくれるかもしれない。
『ワルプルギスの夜』に立ち向かうには彼女達だけでは火力不足だ。こちらの力も欲しいはずだ。
もっとも『最高の魔法少女である鹿目まどか』をぬきにした場合は魔法少女を五人十人集めた所で結果はあまり大差が無い。“アレ”は異常だ。

超ド級の大型魔女。
異端の中の異端。
魔女の中の魔女。
異形の中の異形。
最強の魔女の一角。
虹を背負う者。
超えるべき絶望の“一つ”。

『ワルプルギスの夜』に個々の魔法はあまり効果が無い。
地力の差が大きすぎてダメージが通らない。
数を集めても意味が無い。むしろ邪魔だ。戦力的にも、相手の特性的にも。
だからあと三人でいい。

『なにが後三人なんだい?』
「ん?」

キュウべえが白い尻尾を岡部の頭の後ろで揺らしながら尋ねる。何が後三人なのか。

「ああ、あと三人いれば七人だなぁって」
『七人?』
「俺を使えば“八人”。だから“最低七人”。これが“俺達が”考えた未来を勝ち取るための最低限の数だ」

八人;ラボメンメンバー最大数の数

「未来ガジェット0号 失われた過去の郷愁【ノスタルジア・ドライブ】を元に”俺達ラボメンが作った“FGMシリーズの最高傑作」

FGM;Future Gadget Magica

「『ワルキューレ』の発動には――――七人の仲間が必要なんだ」


『ワルプルギスの夜』を超えて、“その先のためにも”―――
岡部には少なくとも、“七人”の信頼できる魔法少女が必要だった。





ただ、岡部は一つ選択を間違えたのかもしれない
間違いなのかは分からない、その先の未来は誰も観測していないのだから。
ただ、未来視を持つ少女の観測した未来で

あすなろ市にいる魔法少女達と岡部が共闘する未来が薄れ





互いに殺しあう未来が色濃く付加されたことを そんな可能性世界線が観測された事を

岡部は知る由もなかった
















未来ガジェット研究所 寝室

鳴りやまないケータイのバイブレーションに顔を顰めながら、もぞもぞと毛布から手を少しだけ外に這い出す。
ユウリは普段あまり活用することが無いケータイを恨めしい視線で睨みつけると―――自分が柔らかいベットの上で毛布に身をゆだねていると理解し・・・・・・

「―――っ!?」

ばばっ と自分と周りを確認する。
ここは何処?私は誰?なんでここに?何かされた?ていうか昨日アイツの家に?ユウリ!・・・ん?

「・・・・・何で私・・・ここで寝てるの?」

おかしい。確か私はあの鳳凰院とかいう男にユウリの話を聞くためにここに来た・・・・そして?
思い出せ。
ユウリの話を聞いてすぐに帰る。出ていく。そのつもりだった。
ラボというこの建物に入ったらいきなりラボメンに任命するとか言って私は№04に。
あの男とその幼馴染と友人の自己紹介、キュウべえを含めた魔女と魔法少女についての説明、彼なりの考察を聞いていた。
一旦会話が途絶えると、私と同じくらいの年の子が二人共寝てしまい円卓会議(?)が一時中断になってその間に私はシャワーを借りた。
男の家でシャワー、昔なら思う事は有ったかもしれないが今は特にない、いざとなればこの身は魔法を使える。HENTAIなど敵ではない。

そして―リビングに残った彼らは魔法少女の秘密に関する会話をしていた。
彼らは気づいていなかったが―――私は“魔法少女の真実をしっている”。
最初から知っていた。契約する前に、魔法少女が魔女化する事を私は知っていた。
だからその事についてはなんら思う事は無い。
私は彼の言うところの『命を、人生を対価にしてもいい願い』があったのだから。
それでも、一人でいることに、孤独でいる事がまったく大丈夫という訳ではなかった。
だからか、シャワーを浴びながら彼の話を、変身することで強化された耳で聞いて、それでいろいろ“安心した”。
安心してしまった。
魔法少女は魔女になる危険を孕んでいる。
魔法少女は正直、一般的に見れば付き合いが面倒だ、その事情、その精神、その在り方。
なのに彼は、鳳凰院凶真は全てを知ってなおユウリと一緒にいてくれたみたいで、そして私と一緒にいてくれる。自分の家に招いてくれた。面倒事の塊を。
・・・・・自分で思っていたより私の精神は存外脆かったようだ。
緊張の糸が切れてしまった。まだ完璧に信頼できる存在かもわからないのに睡魔に負けた。
№05.ラボラトリ―メンバー。ラボメン。仲間。私の仲間。私の味方。
彼は魔法少女の味方。ユウリの味方。

・・・・・昨日の記憶はそこまで。
今着ている男物のシャツも、羽織っている毛布もあの鳳凰院のものだろう。

でも―

「・・・・・・私達魔法少女に味方なんているもんか」

鳴りやまない電話を手にとり呟く。誰からだろうか、魔法少女になってから今日まで、実験に巻きこんだ人間以外の電話は受け足らないようにしてきた。
最初の頃は頻繁に電話もメールもあったが・・・・今ではもう親からすら毎日はかかってこない。
どうでもいい。昨日はユウリの事を知っている男に、それも魔法関係で、だから珍しさに興味があっただけで他の他意など無い。あってはいけない。私はユウリじゃない。あいり。“希望ではなく呪いを願った魔法少女”。
飛鳥ユウリのように優しい魔法少女でも、鳳凰院凶真が知っているような希望を願った魔法少女でもない。
だからきっと、このまま一緒にいたら幻滅される。
今ならまだ命の恩人としてプラス面で印象に残っているはずだ。

「なんせギリギリで助けてやったわけだし?まさに魔法少女って感じだったよね?あっ・・・でも・・・・・」

最初はクールに会話していたはずだけど鳳凰院との会話はなんか地が出てしまったというか割と話しやすくて油断したというか楽しかったというか気づけば私はユウリと一緒の時みたいにベラベラと喋ってしまって―――

「あう・・・・口悪い子って思われた・・・・・?」

それに思い返してみればユウリの事で泣いているところを見られてしまった・・・・・それに簡単な嘘に騙されてユウリと彼がいわゆるオトコとオンナな関係と早合点して・・・・・エッチな子とも思われたかもしれない。

ユウリは味方なんていないと心に戒めをしいたのにだんだん昨日の事を思い出してオロオロとうろたえる。
起きたならさっさとユウリの事を聞いて立ち去ればいいから関係ないといえばその通りだがそれはそれ。

「うぅ、おまけにその後に地面とのディ―プキス・・・・・お風呂入ったらすぐに寝るとかお子様すぎる・・・・・」

(ユウリ、私はもしかしたら彼にすっごくダメな子ってみられたかも・・・・・ごめん・・)

私のせいでユウリは口悪い生意気な、そのくせ泣き虫でエッチでファーストキスがアスファルトで初めてきた男の人の家でシャワー借りて警戒心ゼロですぐ寝る愚行を犯した訳のわからない魔法少女になっちゃったよ。
今の私はユウリだからきっと彼に誤解された。ユウリはちょっと変な子だと。
私のせいでユウリが――――

「・・・・・・・ん?」

いやまて、彼は確か私とユウリが別人たと気づいていたんじゃ?なら―――

「・・・・・ぁっ、なぁーんだ、だったら―――」

大丈夫。
恰好付の口悪い生意気なそのくせ泣き虫でエッチでファーストキスがアスファルトで初めてきた男の人の家でシャワー借りて警戒心ゼロですぐ寝る愚行を犯した訳のわからない魔法少女として認識されたのはユウリではなく『私』という事で―――

大丈夫ッ☆ やったねユウリ!

「――ッなわけがねえ!!!」

ガッツポーズをとって・・・・すぐに折りたたみ式ベットから勢いよく立ちあがり吠える。
つまり私は彼から“そういう子”として見られたという事だ。命の恩人もクソも無い。
改めて自分の姿を確かめる。下着と・・・・大きさからみて彼のシャツと薄手の毛布―――以上!

「はっ・・・はしッ・・・・・はしたない!?」

願いによりユウリと同じになったサラサラの金髪長髪は背中を撫でる様に流れ、よれよれの男物のシャツからは首元をさらし屈めば見えてはいけない場所が見えそうだ。下の部分からはシャツで隠れてはいるがパンツが見えそうで見えない、目のやり場に困りそうな、いや足そのものを主張するように毛布の隙間から・・・・・足先からシャツの裾までを覗かしている。ユウリは寝るときにお腹の部分のみ毛布をかけて寝ていた、・・・・・・つまり寝ている間は下着が丸見えのopen combat――――――?

「う・・・・うわぁあああああああああ!!!?」

未だに鳴りやまないケータイを握り潰しそうになりながら再び毛布に包まりながら悶える。
見られた?否、見させた?見せた?私が?自分から?HENTAI?

「ユウリ!どうしようユウリ、私ってHENTAI?はしたない子?違うよね?私―――」

この年頃の女の子でこの醜態。女性からはどうあれ男性からはどうなんだろうか。
昨今の日本において少女や女に幻想を抱くなよ とよく言われるようになったこの頃とはいえ―――

「し・・・・死んじゃう・・・・・恥ずかしさで死ねる・・・・・・・・ぐす」

この少女は羞恥心をもって悶えていた。というか泣き始めた。
顔を羞恥で真っ赤にしたユウリ(あいり)は毛布の中でぐすぐす鼻を啜りながら今は亡き親友にどうすればいいか相談していた。返事の有る無しは関係ない。取りあえず縋りつく存在を求めて毛布の中で泣き続け――――

「―――――って違うぞ私!」

―――再び立ち上がり吠えた。

「さっきから何でそんなこと気にしてんだ私は!!アイツにどう思われようと関係ないじゃん!!!」

だらしないところを見られたのがユウリだったら嫌だけど他人ならへっちゃらだ。気にしない気にしない。
それにアイツがユウリじゃなくて私の事をHENTAIと思っているならユウリの威厳(?)に傷はつかない。
大丈夫大丈夫大丈――――

「大丈夫ぅ・・・・うぅ・・・ぐす・・・・ぜったいみられたぁ・・・・・」

そしてまた毛布に包まる。朝から彼女は浮き沈みが激しかった。
目尻に涙を浮かべながら彼女は落ち着こうとベソをかきながらも楽しかったユウリとの思い出に現実逃避していた。が、ケータイのバイブに・・・・意識を現実に向け改めて自分の状況を確認する。取りあえず変な事はされてないっぽい。衣服がずらされていたり体がべたついたり蚊に刺されたようなあとも無い。それにひとまずの安心を得て今度は周りに気を配る。耳を澄ませても人の気配がしない、遠くから車やエンジンの音が聞こえるくらいだ。

「・・・・今何時だろ」

目の届く範囲に時計が無いので彼女は毛布を引きずりながら寝室とリビングを遮るカーテンの元に移動する。
目に溜まった涙を、ベソをかきながらカーテンを開けてリビングの様子を顔だけを出して確認する。気配はしないが念には念を だ。寝起きの、それもこんな姿を付き合ってもいない男に・・・・いや、付き合ってもしばらくはダメだ。寝起きを見られる・・・・・見せるってどんな上級者だ!私はまだ中学生だ、学校には行ってないけど。これ以上の辱めは許さない。絶対にだ。

「いない・・・・・よね?」

いない、誰もいない。ユウリの視界には人はいない。もちろん幽霊も妖怪も魔女もいない。
なので彼女はずかずかとテーブルの有る所まで進みリモコンで見たい訳でも時計を確認するためでもなく、ただなんとなくテレビの電源を入れた。そしてテレビから流れてくる音が耳に入ると、ユウリは息を吐いた。

ここが“ちゃんとした場所”として存在している事に・・・・・人のいる場所としてある事に

「―――――ん、よかった」

自然そう呟いていた。
テレビの上の時計で現時刻を確認し、ソファに身を委ねる。
テーブルの上にはカップ麺と魔法瓶、そして書き置きのメモ。

朝ごはんたべてくださいね
私達学校に行ってくるからあとで話聞かせてよね
昨日はありがとうございました
エル・プサイ・コングルゥ

・・・・・昨日の会話のやりとりから誰がどれを書いたのか、分かる様な気がする、試されているのだろうか?
ユウリは取りあえずカップ麺に使うお湯を調達するため立ち上がる。ここにはポットが無いのでヤカンで沸かすしかない。
座ったばかりで面倒くさいと思ったがそれはそれ、安心してというか落ち着いて食事をとれる事に悪い事は無いと、これからどうしようとかと思いながら立ち上がる。
そして未だにしつこく自己主張を繰り返すケータイにようやくまともな意識が向かう。しかし―

「・・・・・・・誰?」

ディスプレイには『岡部倫太郎』の文字。

「・・・・・・・?」

首を傾げる。彼女の携帯に男の名前が記載されているのは別に不思議ではない。親や親せき、実験に利用している奴等のがある。しかしこの『岡部倫太郎』の文字に身に覚えが無い。登録した覚えもない。男の知り合い自体が少ないのだ、ならばこれは誰だ?とユウリはケータイを耳に運ぶ。

(・・・・どこかで聞いた事がある様な?)

最近聞いたような・・・・・昨日登録した(された)のは鳳凰院凶真だから違うとして――
まあ誰でもいいかと通話をボタンをON。

「もしもし」
≪・・・・・・・≫
「・・・もしもし?」
≪・・・・・・・≫
「もしもーし!!」

さんざん自己主張しといていざ通話に出ると電話先の相手は何も答えない。もう一度もしもし?と尋ねるが応答は無い、朝から意味の分からない醜態を晒す事になった始まりの電話だけにユウリはイライラしながら大きい声でもう一度声を出した。もしかしたら此方が電話に出なかったのを理由に対しての仕返しかもしれないと、そんな器の小さな事をする奴がこんなに電話をかけ続けるのか、大事な要件じゃないのかとか考えきれず乱暴な言葉でユウリは叫んでみたが電話先の相手は何も言わない。電話をかけておいて繋がったに気づいていないかのような無視っぷりだ。

「―――ッ、無視すんな!」
≪・・・・ッ・・・・・・ッ≫

耳を傾げると向こうは電話が繋がったというのに別の存在と、恐らく近くにいる相手と話していて電話が繋がった事に今気付いたらしい、慌てた様子の声が機嫌の悪くなったユウリの耳に全て届く前に―――

≪―――すまん、繋がっている事に気がつか―――≫
「朝っぱらから誰だお前は!だいたい電話かけたんならちゃんと対応しろよ非常識!!いたずらだと思うだろうがバーカバーカ!!!」

幼稚かもしれないが朝の鬱憤を全部この知らない誰かにぶつけた。どうせ名前も憶えていない相手だ、実験の被験者かもしれないが関係ない。別に被験者の一人や二人どうなろうとユウリには関係ないのだから。

≪すっ、すまん指圧師!・・・・もといユウリ。なかなかでないモノだからキュウべえとの会話に夢中になって―――≫
「・・・・ん?」
≪ユウリ?≫

気のせいだろうか、電話から聞こえる男の声は先ほどまで自分を辱めた(ということにした)人間、鳳凰院凶真その人の様な感じがする。
彼はユウリの携帯電話で昨日勝手に向こうのアドレスを登録していたので此方に電話をかけることはできる。だからケータイから彼の声が聞こえてきてもそれは怪奇現象でも何でもない。

「・・・・・・ん?」
≪・・・?もしもし、ユウリ?≫

しかし、ケータイを顔の前に持ってきて確認してもディスプレイには『岡部倫太郎』の文字しかない。
ちょっとだけ昨日の記憶が蘇る。


『俺の名は鳳凰院―――』
『オカリンだよ』
『・・・・・鳳凰院オカリン・・・・ハーフ?キョ―マじゃないの?』
『まどか、人の自己紹介に口を挟むのは感心できないぞ』
『だってオカリンちゃんと名前言わないもん』
『先生ちゃんとお願いします』
『ほむほむまで』
『ほむらです』
『ユウリよ、俺の名前は鳳凰院『オカリン』凶真だ――――ってまどかぁ!』
『・・・・・ミドルネーム?』
『岡部倫太郎が本名だからね。あ、私は美樹さやか、よろしくね』


改装終了おかえりなさい世界。つまりあれか?普段は鳳凰院凶真って厨二な名前を豪語している猛者のくせにケータイのプロフィールには本名である岡部倫太郎で登録しているということか・・・・・・・その結果私はまた彼に電話に出るのが遅い恰好付の口悪い生意気なそのくせ泣き虫でエッチでファーストキスがアスファルトで初めてきた男の人の家でシャワー借りて警戒心ゼロですぐ寝る愚行を犯した訳のわからない魔法少女として再登録された事だろう。

「・・・・うっ・・・・うく・・・」
≪ん?なんだって?ユウリ―――≫
「・・・・・うぇえええ」
≪ええ!?どうした!?なにがあった・・・・今はラボか?すぐ戻るか――≫
「くんなばかぁー!!!」

先ほどの混乱からまだ完全に立ち直っていないのにさらに混乱が後押しして混乱がぶり返してきてなんかいろいろ訳わかんなくて再びぐすりだした。
彼女のなかでは昨日会ったばかりの年上の男の人に恰好良い所を見せたのは最初だけで、あとは世間知らずのはしたない口悪い女の子というレッテルを貼られたのと同義であり、それは中学生の少女としてはかなりアウトでそのうえ誰にも見せた事が無い肌を寝ている間に観察するようなHENYAI厨二の男性にみられるコンボで私は汚されたと、ユウリの体なのに実際は私の体なのにゴメンと謝って結局――――恥ずかしくて訳分からなくて泣いた。






閑話休題

≪え~・・・・・落ち着いたか?≫
「だまれ・・・・ぐす・・・・しんじゃぇへんたい・・・」
≪・・・・・なぜだ・・・・ほんとに大丈夫か?なんなら迎いに―≫
「きたらころすから・・・・コルのえさにするから・・・・」

私はしばらくの間泣き続けた。
迷惑をかけたと思った。彼は私をあやそうと電話越しでアレコレ話しかけて落ち着かせようと四苦八苦しながら現在いるであろうバイト先の学校からラボに戻ると何度も言ってきたが、私はそれを全部断った。
ぐすっ と何度も鼻をすすり、その度に心配そうに声をかけてくる彼には申し訳ないが、今彼が目の前に現れたら間違いなく「コルノ・フォルテ」をけしかける。
さんざん泣いているのを聞かれていながら私はまだ見栄を張っていた。ソファーの上で毛布を頭からかぶり膝を抱えて倒れているよわよわしい姿を見られる事を拒んだ。
これ以上ユウリの姿で情けない所を見せる訳にはいかない。

≪――――で、――――なんだが――≫

これは別にユウリの姿だからという精神的防御ではなく決して自身の醜態をこれ以上晒したくないという事ではないからねユウリ。と自分に言い訳しておく。

≪――――どう―?≫

取りあえずこれ以上コイツに関わっていてはいろいろボロが出そうなのでケータイの通話を切ろうとボタンに指をそえた。

≪―――聞いてるか?できれば返事がほしいのだが≫

・・・聞いていなかった、テレビの上の時計を見ると意外と時間が過ぎていた。
返事?そえられた指をいったん離して聞き返す。これを聞いたらもう絶対いつも通り、クールな私になってユウリの話を聞いてここからオサラバだと決意する。

「・・・・・・なに?」
≪いやだからさっきから言ってるだろう、ユウリ―――≫

さっきからと言われてもこっちはずっとこれ以上ないくらい混乱の極みなのだ、話を聞いてもらえるだけ感謝しろと思いながらテーブルの上の魔法瓶からコップに中身を注ぐ。









≪―――――俺と付き合ってほしいと言っているんだが≫
「うんわかった」


コップから溢れだす琥珀色の液体を眺めながら私は―――

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ほぇ?」
≪うむ、了承もされたしさっそく―――≫

あまりにも自然に彼が告白してきたのでうっかりOKを出してしまった。
あれだ、「またな」って言ったら「じゃあな」。「いくか」って言われたら「いこう」。「ぬるぽ」ときたら「がっ!」って返す世界共通のあれだ。自然すぎてあっさりきっぱり返事をしてしまった。してしまった。

≪俺は今日ニ限目までしかシフトが入っていないからな・・・・街にでも乗り出すか?≫
「それってデー・・!・・・・いやいやまてまてまってまってよ!?」
≪ん?どうした?≫

彼は平然としている。
こっちが人生初めての告白・・・・・それも年上の男性からの突然の申し出だ、これ以上ないくらい混乱の極みだと言ったばかりだが何だコレ?なんでいきなり?ユウリ、私いきなり告白されたよどうしよう?こんな時はどんな顔をすればいいの?笑えばいいの?
いやいや先に確認だ!昨日から私は早とちりの連続だ、これ以上の失態は死ねる。人は羞恥心で死ねる。ソウルジェムが有る分それは謙虚に現実性をはらんでいるし・・・・・羞恥心の場合ソウルジェムはどう反応するんだろうか・・・・・・いやそんな考察は後だ現実と戦え私!

「え?えっと・・・・なななんで?なんできゅうに?」

大丈夫か私?彼に声はちゃんと届いているか?ろれつは?返事しちゃったどうしよう!
取りあえず確認だ!さあ来い!!

≪急にって・・・・昨日言っただろう?≫
「えっ・・・・え~と?」

昨日?中身が空になった魔法瓶を左手で置いたり持ったりしながら昨日の彼との関わりを思い出す。彼が私に惚れたとすれば魔女の脅威から恰好良く助けに入った時だろう・・・・その時の会話に確か――――


『まったくだ、基本的に一人で戦うお前達を尊敬するよ』
『他の連中は知らない、私は一人で戦うわ』
『強いな』
『お前らが弱すぎるんだ』
『おまけに可愛い』
『―――ふん、ユウリだからな』


コレか!?これだな!!これしかないな!!?うんッ、これだ!!!!
なんだ朝から自分が情けないとか だらしないとか はしたないとかなんとか思っていたけどコイツは最初から私のことをちゃんと分かっていたようだ!
ふふ、そうだよ昨日の私はピンチの時に現れた主人公のように魔女を圧倒して倒したのだ、おまけに今はユウリの姿・・・・・完璧じゃないか!

≪思いだしたか?それでお昼頃街に――≫
「うんわかっ――♪」

朝の悩みの大半を一気に解消され言われるまま彼の言葉に同意しようとして――――

「いやいやまってよストップ!!?」
≪今度はなんだ?≫

急いで止めた。熱くなりすぎだ私、クールになれ。STOP温暖化!
もう一度、いいかクールになれ私、告白されたのは私だ 主導権はこっちにある!
落ち着け、私はそんな軽い女じゃないぞ冷静に対応するんだ!
そもそも付き合うって決めてないしさっきのは急だったからノーカンノーカン、私はユウリのためにやるべき事があるんだ!ここは『悪いけどアンタとは付き合えないよ』と恰好良く振るべきだろう・・・・深呼吸深呼吸・・・・・よしいくぞ私、言ってやれ!

「・・・あにょ・・・ほらわたしたちャきのうあったばかりで・・・その、まだややいっていうか・・・・」

台詞が考えていたのとは全然違った!なにより噛みまくった!『にょ』ってなんぞ?呆れたよ自分に!窓はどこだ!飛び出して落ちれば記憶をリセットできるか?チャンスをくださいどうすればいいですか!?教えて神様ティーチミー!

≪そう・・・・か?まぁお前がそういうならそうか・・・・わかった≫
「あぅぅ・・・・」

此方の噛み噛みの台詞をスルーしてくれた彼には感謝すべきだろうか?
流されるとそれはそれで生殺しな感じだ。

なにはともあれ彼は此方の意図をくみ取ってくれたようだ、そこには感謝しなくてはいけない。もしかしたらそのまま流されていたかもしれないのだから。
いまだ高鳴る胸の鼓動を抑えつつ・・・・・残念だったような良かったような心境で彼にお礼と謝罪を告げようとして―――

≪楽しみは“夜”にとっておくか・・・・・ならば昼は外で外食にするか?≫
「ふぇ!?」

鳳凰院凶真の言葉に一気に緊張がはしる。
デートは続行?っていうか楽しみは夜に?『夜』!?
私まだ中学生で未経験でユウリはこっちで私の明日はどっちだ!?

「ななななななんでどうして―――!!!?」
≪お前も了承しただろう、言ったからには責任を持て≫
「そっ・・・そんなぁ・・・」

私は泣きそうになった。確かに返事しちゃったけどあれはノーカンにしてくれたんじゃないのか?昼はデートで見逃すから夜までに覚悟を決めろと?中学生にいきなりその覚悟は重すぎるよぉ。

≪では昼頃にラボに迎いに―――≫
「ひゃわわわわわ!?まってまってそんないきなりそんな!!?」
≪・・・ユウリ?≫
「ひゃいッ!?」
≪大丈夫か?やはり一度ラボに―――≫
「だっ・・・・大丈夫だよ!私が行くから!12時頃学校行くから待ってて絶対待っててちゃんと行くから心の整理をさせてー!!!」
≪おおう!?≫
「後でメールするから!!!」

ケータイのボタンを壊れる勢いで押し通話を切断する。

「な・・・な・・なう?」

自分の口から意味不明な言葉が紡がれる。ケータイを持つ手は汗でぬれて震えていた。

「なあああああああああああう!!!?」

ソファーの上にあった丸い犬なのかタヌキなのかよくわからないヌイグルミを思いっきり抱きしめ悶える。ソファーに倒れた体を起こすことなく足をバタバタと振り回し先ほどの会話を思い出す整理する整頓する理解する。

「なあああああああああああう!!?」

落ち着け私!どうしてこうなった?私が何をした?どうすればいい?とりあえずお風呂か?いやいやお風呂ってノリノリか?ちがう落ち着くためだよ私冷静になれcoolに羽ばたけ!・・・・・意味が分からないホント今日の私に何が起こっているんだ、いつから私の世界は歪み始めた?実はこれ朝から暴走してる私が見ている夢とか妄想なんじゃ?じゃあ何処からが現実で何処までが妄想だ!?
くそ、どうしてこんなことに!最初から冷静で有れば、鳳凰院からの電話をすぐにとっていれば、ちゃんと話を聞いていれば、自分の考えに埋没しなければ――――妄想する事も暴走する事も勘違いする事も泣く事も告白をちゃんと断ることもできたはずだ!
まさかあの鳳凰院はそれを狙っていたのか?もしそうだとしたらかなりのやり手だ。

「ユウリ・・・どうしよう・・・・・・・あの時の私に言ってやりたいッ 軽率な事をするなと!もっと注意を払えと!!陰謀の魔の手は思った以上にずっと身近にあって いつもお前を陥れようと手ぐすね引いているのだと・・・!」

起き上がってダンッ、とテーブルに両手を叩きつける。
そのさいにコップから溢れるほど注がれた琥珀色の液体が目の前を跳びはなる。
テーブルの下を除けばカーペットまでビショビショで―――

「うぅ・・・・・・・もう・・・・ふんだりけったり・・・・・」

肩を落とし脱力する。・・・・・疲れた。
連続した緊張と叫び声で喉がカラカラだった、ユウリは片付けを後回しにし目の前の飲み物を手に取る。
魔法瓶に入っていたものなので、手からキンキンに冷えた感触がある。
ありがたい。素直にそう思えたユウリはその新たに開拓した味覚に雄々しく挑戦した英雄的ドリンクを一気に喉に流し込んだ。

「ぶッ!?」

そして豪快に吹いた。
まどか印特製『芋サイダー』を。










見滝原中学校


『ユウリはなんだって?』

キュウべえの言葉に岡部は答える。

「ああ、料理の買い出しに付き合ってくれるようだ。昨日教わった料理を作ってくれると言っていたし・・・・・まあ、とりあえずそれは夜からだな。昼は俺とユウリとお前しかいないから楽しみは夜にとっておこう。マミも誘ってみるか」
『マミも?』
「彼女は我がラボの要になる。今日中にラボメンに勧誘するさ、昨日は出来なかったし今日の夜はみんなの歓迎会としよう」

岡部はキュウべえに視線を向ける。

「マミは今日学校に来ているか?」
『―――――うん、今は教室にいるみたいだよ』
「そうか、ではマミにも軽く挨拶をしておくか・・・・・って授業開始の時間か、割と長電話してたな」
『ならその間もっと話を聞かせてほしいな 僕も君の言う未来ガジェットには興味があるよ』
「それは何よりだ相棒、FGMシリーズの開発にはお前の力が必要不可欠だからな」

岡部はキュウべえと今後の方針を話す。
やるべきことは沢山ある。
だからできるところから、今のキュウべえに話して大丈夫なラインギリギリまでを見極めて、確実に未来を勝ち取るために前進する。

『そういえば昨日マミは知恵熱で早退したって言ってたよ』
「知恵熱?」

よく分からないがそれが原因で彼女は・・・・・・・?昨日?

「・・・・・俺が原因か?ていうか俺だ」
『?』

昨日はマミに要らぬ誤解から迷惑をかけた、自分ではちゃんと謝罪をしたつもりだがそれがより状況を悪化させたようだ。あの後結局倒れたマミは教室に戻ることなく家に帰ったと聞いたが・・・・・うん。

「それもふまえて全部話そう」
『よくわからないけどキョ―マはマミに告白したんだよね?一昨日マミから相談されたんだ』
「コクハク?・・・・告白・?・・・ああカミングアウト」
『いろいろ相談されたんだけど知っての通りその手の事(恋愛うんぬん)にはうとくてね』
「頻繁に(男の魔法関係者との接触が)ある事ではないしな」

岡部は未だにこの世界線のマミに自分が魔法関係者であることを伝えたと勘違いしていた。

『マミの返事は?昨日は結局よくわからないまま寝込んじゃってさ』
「まだもらっていない・・・・・そうだな、次の休み時間の間に返事を――」
『念話があるよ』
「授業中だろう・・・・・・次の休み時間に返事を聞きに行くと伝えてくれ」
『うん分かったよキョ―マ』

どこまでも平行線のままの会話はそのままマミに伝わった。
ゆえに――

『マミ』
≪どうしたのキュウべえ?≫
『キョ―マが次の休み時間に告白の返事を聞きにくるから待ってて欲しいだって』
「きゅっぷい!!!?」

三年の教室で突如奇声を上げる少女が生まれた。
巴マミは知らない。
岡部が魔法の関係者であることも、魔女と戦った事も、キュウべえの姿を視認でき昨日から会話を続けていた事を、現在進行で岡部の頭の上でくつろいでいる事を、一昨日の告白は本気だったのかと混乱する頭で、クラスメイトと教師から視線が注目されている巴マミは何もかもが分からなくて顔を真っ赤にしてプルプルと突然の情報に体を震わせていた。




岡部は間違えたのかもしれない
間違いなのかは分からない、その先の未来は誰も観測していないのだから。
ただ、未来視を持つ少女の観測した未来で

今日いろんな女性・・・・・少女達を勘違いさせたまま、地雷原を歩く事になることを、今の岡部には知るすべが無かった。






とある教室にて


かしゃん

その音を聞いた生徒達は喉に溜まった唾をゴクリッと飲み込んだ。

「・・・・・・・・」

授業の準備をしていて筆記用具を落としたまどかは無言でそれを拾う。

――ひっ
――ばかッ動くな
――どうしてこうなった
――・・・・こわい

その動作一つに教室各所で小さな悲鳴、それを抑える生徒達の小声の会話が聞こえてくるが鹿目まどかは気にすることなく落ちたシャーペンをいじりながら暁美ほむらと美樹さやか、そして志筑仁美に尋ねる。

「・・・・・ねぇ」
「「「はいなんでしょうかまどかさん!!!」」」
「ええ?なんで敬語なの三人共?」

一瞬前まで普通に会話をしていたのに急に敬語になった友達に戸惑うまどか。
だが真に戸惑っているのは彼女のクラスメイトだ。
一瞬前まで、まどか達はケータイのボイスレコーダーをONにした仁美から昨日何があったのかをアレコレ聞かれていてソレドレと答えていた。
岡部討伐ミッションを失敗した生徒も戻ってきていて、一限目の授業の先生が遅れているので皆それぞれのグループに分かれて気ままな時間を過ごしていた。それは何処にでもある普通の学生の光景で――――しかしそれは突然やってきた。
鹿目まどかが志筑仁美からの質問を周りのクラスメイト全員から聞かれている事に気づかぬまま答え、授業に使う教科書や筆記用具を取り出したその時――――

後にクラスメイトはこう答えた

――――ゾッ としました
――――いきなり空気が固まった
――――気温が下がったんです
――――ええ“あれ”です

「え~・・・・と」
「・・・・?」

まどかのきょとん、とした顔を見てさやかは視線を逸らす。
さやかはどう言うべきか分からなかった。なにせ彼女は皆の様子が変わった事に、変わった原因に気づいていない。いやもしかしたら周りの皆の変化にも気づいていないかも知れない。それほど彼女はいつも通りだからだ。

「?」

さやかの視線を追って周りに視線を向けるまどか、そこには―――――

―――ポケモンってさー
―――なにー?
―――最初は小動物っていうか昆虫みたいのが多かったじゃん
―――うん
―――でも今は怪獣みたいのが多いよな、あんなのが街の外にいたらヤバいだろ?
―――確かに、一歩も外に出れないね!・・・・ときにピカチュウの進化なんだけど
―――うん?
―――私あれは認めないわ、あれは進化じゃなくてメタボよ!
―――・・・・なんて危険な台詞を・・

いつも通りのクラスだった。
彼らは瞬時に別の話題にシフトして難を逃れる。
まどかは首を傾げながら視線を三人に戻す。

「・・・・?どうしたの?」
「いや・・・・・なんでもないよまどか」
「・・・・?あっ、そうだ!ちょっと聞きたい事があるんだ」
「・・・・なに?お手柔らかに頼みよ」

さやかが代表して答えた。どうせ彼が何かしたんだろう、まどかが反応するくらいの事を。
いいかげん慣れよう、今に始まった事じゃない。今回はどんな事をした岡部倫太郎。

「オカリンを『ヒキリン』と『ショタリン』にするならどっちがいいかな?」

・・・・…・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・意味が分からなかった

彼は何をしているんだろうか?






未来ガジェット研究所


室内をウロウロしながらどうしようかと考える。
初告白初デートだ、何を如何すればいいのか分からない。
どんな服を着ていけば?会話は?いやそもそもデートするべきなのか?
アレコレ三十分以上は悩んでいる。

(・・・・・こんな時ユウリなら)

悪ユウリ―既成事実で一生アイツを下僕にすればいいんだよ!アイツも戦えるし使えそうだし良い買い物っしょ!あいりドーンとやっちまいな!

天ユウリ―ダメだよそんな事!いいあいり?デートコースは男に任せてどっしり構えておくんだ、がっついちゃダメ!最初は優しくボディタッチから

頭の中で二人のユウリがそれぞれの意見を伝えてくれるが過程は別だが結果が同じに収束していた。
悪魔と天使のユウリが半端に結託しているから私の理性が孤独に別の可能性を支持している。
違うのユウリ、私が聞きたいのはゴールまでのプロセスじゃなくて返事の仕方とか着ていく服とかどんな話をすれば場を濁すことなくいられるかを教えてほしくて・・・・・・・・じゃなくてデートに行くか行かないかを――

悪ユウリ―このご時世に社会的信用を盾にとれば全てはあいりの思うがままだよ!使えるうちは使って用が済めば貯金箱にすればいいよユウリ!

天ユウリ―経済面も大切な要素!向こうから誘ったんだから確かめるためにもこっちから財布を出しちゃNG!イケルイケル!

悪・天ユウリ―あの雰囲気ならイケルイケル絶対大丈夫!

「うぅ・・・・」

天使と悪魔が完全に同盟した。とりあえず行くべきなのか?最悪貯金箱にする?生きるのにはお金が必要だし・・・・・

悪・天ユウリ―そうそうヤッちま―――

「そうだ素行調査だ!アイツが信用できる奴か隠れて調べるべきだよね!?そうだよね!!?その通りだよそうときまればさっそく潜入だ!!!」

幸いユウリ(あいり)の魔法には潜入等には有効なものがある、見滝原中学校の制服も簡単にコピー出来る。
ユウリは頭の中の雑念を振り払い立ち上がる。
行くべき場所は鳳凰院凶真がいる見滝原中学校。

悪・天ユウリ―チッ

ユウリは頭の中の雑念を振り払い立ち上がる。
行くべき場所は鳳凰院凶真がうる見滝原中学校。
頭の中の友人が舌打ちをした事は無理やり聞こえなかった事にした。







[28390] episodeⅠ χ世界線0.409431「通り過ぎた世界線」①
Name: かっこう◆7172c748 ID:3f6e4993
Date: 2012/01/10 13:57
岡部倫太郎には自分自身に対し覇気が無い。意思が無い。目的が無い。理由が無い。先が無い。心が無い。意味が無い。
生きるための覇気が感じられない。確固たる意志が感じられない。目指すべき目的が感じられない。やりとげる理由が感じられない。進むべき先が感じられない。有るべき心が感じられない。存在する意味が感じられない。
現在に、そして未来に執着も未練も無い。
だから何もかも無い。何も感じない。



『世話になった』
『これで・・・・・お別れですね』
『・・・・・・』
『・・・・・・さよなら』
『違う』
『―――?』
『またな だ』
『―――――それは・・・・・意地悪じゃないですか』

『また―――――会えるさ』




これは終わった物語
通りすぎた世界
今も確かに存在している場所
隣り合わせの可能性世界
でもきっと、もう戻れない

岡部倫太郎が――――――――かもしれない世界線

魔法が、想いが、世界の意思を超えた世界






χ世界線0.409431


     ―――本当は気づいていたんだ

「結界!?」

見滝原中学校に魔女の結界が展開している事に岡部は焦りの声を上げた。
繰り返してきた世界線での初めての事態に冷静さを保てない。

(何故・・・・どうしてこんなにもずれる)

岡部倫太郎はタイムリープによって“同じ世界線を繰り返しているはずだった”。
確かにタイムリープにより、その世界線での行動の変化からダイバージェンスの数値に変化は起こる。それは世界の分岐点たる『今』ならよりいっそう。
しかしそれは岡部のリーディング・シュタイナーが反応を示さないほどの変動。
世界の、記憶の再構築を必要としない程度の変化。
そのはずだ。

―――世界は岡部が記憶する世界線と変わっている

なのにまるで“Dメールを使用した時のように世界が変わっている”。
起こる事象が、記憶にあることからずれている。
岡部はこの世界線で過去改変を行っていないのに。

―――『魔法の在る世界』での繰り返しには常に違和感と、矛盾があった

「ボサッとすんな岡部倫太郎!」
「お兄ちゃんいっくよー」

赤い長髪のポニーテールの少女と、その少女の後を追うように、髪に黄色いプラスチックの髪留めをした女の子が岡部の背を追い越し外見上なんら普通の見滝原中学校の中へ――何もないはずの空間に――ガラスを叩き割る音を響かせながら結界の中へと飛び込んでいく。
見滝原中学校の校門を境目に見えた向こう側の世界、岡部の視界には、彼女達が飛び込んでいった世界がいつもよりいっそう不気味に映った。

「―――今はやるべき事をやるべきか!」

岡部は思考を中断し白衣から両耳にかけるタイプのワイヤレスイヤホンを取り出し二人の少女に続く形で結界に飛び込む。
飛び込んだ結界の中、そこは学校の校庭ではなくチェス盤のようなマス状の世界。おもちゃみたいなアンティークの家具が乱雑に置かれている。

そしてシルクハットの様な帽子をかぶった使い魔の大群に襲われている見知らぬ生徒と教師。

使い魔。大きさは個体によりバラバラだがほぼ同じ形状をしている。枝豆の様な体躯にシルクハットをかぶり目や耳は無い、蝶の触角の様なものを数本はやし枝豆のような胴体に大きな口、牙を持って生徒に捕りつき“捕食”している。
人間大の大きさや、小型犬並みの大きさの使い魔が集団で生徒一人一人に捕りつき群がりその肉を食らっている。
視界に移る使い魔でできた山の中には今もその身を食われている人間がいる、周りから聞こえる悲鳴や怒声に混じり声が聞こえる。

―――――たす・・・・け・・・

「―――!」

目の前の使い魔でできた山から聞こえた声に答える間もなく ゴキン ゴキュン と、声の持ち主が息絶えと悟るには十分な、普段は聞く事が無い異音が聞こえた。そして食事を終えた使い魔の山が次の標的として岡部に向かって雪崩れこんでくる。

     ―――毎回毎回違うステージに立たされる

「たぁーッ!」

ドゴンッ!

その瞬間、岡部の目の前にあった使い魔でできた山が轟音と共に押し潰された。
岡部の眼前に一メートルほどの深さのクレーターができあがった、あと少しでも近ければ岡部自身も潰されていたかもしれない。

「ん、しょっ」

衝撃により生まれたクレーターから少女が這い上がってくる。
轟音を生んだ張本人が、岡部の前に少女が姿を見せる。バスケットボール状の先端をした猫のようなハンマーを持った、先ほど岡部より先に結界に飛び込んだ小さな少女。

「大丈夫お兄ちゃん?」

千歳ゆま。
深緑のソウルジェムを首筋に、うなじあたりに付けた魔法少女。
猫耳のような帽子。モコモコした手袋に膝下までフワッとした靴下と柔らかそうな靴を履き。体にフィットした肩出しの二色のワンピース、その裾からはリボンでとめられたドロワーズ(?)。背中には大きなリボン。
肩出しでありながら温かそうな少女はテテテと岡部に近づいてきて白衣の先を摘まむ。

「変身する?」
「・・・・ああ、そうだな」

彼女のハンマーによる攻撃でクレーターになった個所を視線から外し、白衣を掴み此方を見上げるゆまの頭をわしゃわしゃと撫でる。
ゆまはそれをくすぐったそうにするが嫌がる事は無かった。
その様子に自分が今、使い魔以外の者を潰したことに気づいていない。

(どのみちあれでは間に合わなかった・・・・・)

ならば余計なことは言わなくていいだろうと判断する。

     ―――やり直しがきかない

人の死を目前で感じておきながら、岡部はさして動揺することなくその事実を受け入れる。
“2010年の岡部倫太郎”ならわからないが、数えきれない人の死を観測し続けた『今の岡部』にとって・・・・他人の死はもはや慣れてしまった。魔女という超常を相手にする今の岡部倫太郎にとって他人の死によっておこる恐怖や怒りに流されることが無くなったと捉えることもできるが、それが幸せなことかどうかは分からないが。

この学校の岡部の知り合いは鹿目まどか、巴マミ、美樹さやか、暁美ほむらのみ。
とはいってもこの世界線で顔を合わせたのは巴マミと暁美ほむらの二人だけ。鹿目まどかと美樹さやかとは正面からあっていない。
会えなかった。
前回のタイムリープからすぐにおかべは行動を起こした。
彼女達に会うために。

(やはりこの世界はおかしい・・・・・いや、この世界がではなく・・・・まるで)

―――“岡部倫太郎は別の世界線に移動している”。

結果的に岡部は会えなかった。まどかとさやかに。
結果的に岡部は協力体制を気付けなかった。マミやほむらとの。
タイムリープした時に岡部が意識を覚醒させるのはいつも知らない場所だった。知っている場所もあったがそれは“岡部が記憶している居場所と違う場所に岡部がいるのだ”。
タイムリープは過去の自分に記憶を思い出させる。過去の自分に今の自分を上書きする。
タイムリープマシンは時間指定ができる。二日前の自分にタイムリープしたなら二日前の岡部倫太郎がいる場所で目覚めるはずだ。だが実際にタイムリープした先は二日前に過ごした場所ではなかった。時間も場所も常にずれていた。

「あんこ」
「杏子だ!」

思考がループしている。考えるのは後だと、再び思考を切り替えもう一人に少女に声をかける――が、岡部に呼ばれた長髪の少女が間を置くことなく間違いを指摘する。ニ週間近く繰り返してきたやり取りを。
最初に結界に飛び込んだ赤髪の少女。
この世界線で最初に出会った魔法少女。別の世界線で出会ったことのある少女。

佐倉杏子。
胸元に真紅のソウルジェム。真っ赤なノースリーブの簡易なドレス姿、そのくせ軍用ブーツのように膝近くまであるしっかりとした靴。赤い槍を肩に乗せ、岡部の視界に映る使い魔を短時間で全て殲滅した真紅の魔法少女。
赤髪の長髪を黒いリボンでポニーテールにし、好戦的な視線と八重歯が特徴的な中学生程の少女。
経験、スピード、パワー、テクニックといったフィジカルだけでなく、絶望を払いのける確固たる精神を持つ岡部が知る限り完璧に近い魔法少女の一人。

「・・・・・ん?」
「ん?―――じゃねえよ!ちゃんと名前で呼べ!」
「呼んだではないか?」
「アタシの名前は佐倉杏子(さくらきょうこ)だってなんべんも言ってんだろうが!」

そんな少女が岡部に怒りを体全体で伝える様にその手に紅い菱形の矛先をした槍をブンブン振り回しながら近づく。ゆまが岡部と杏子の間でオロオロとうろたえる。出会ってニ週間ずっと繰り返してきた恒例のやり取り。特に意味の無い。気づけば恒例になっただけ。岡部の物覚えが悪い訳でなく。佐倉杏子が嫌いな訳でもない。

     ―――ただ 気づいてしまった

「やれやれ、落ち着けバイト戦士」
「誰がバイト戦士だ!何でわざわざ変な―」
「バイトしているだろ」
「アンタが無理やり押し付けたんだろうが!」
「ケンカはだめー!」

ゆまの声に岡部と杏子の争いは止まる。いつものように、同じやり取りをニ週間。
岡部も杏子も何も本気で喧嘩していた訳ではない。もちろん岡部がちゃんと名前で呼ばない事に腹をたてているのは確かだが慣れた。

岡部倫太郎という人間には“己が無い”。

それが、佐倉杏子が最初に抱いた印象だった。
杏子にはよく分からなかった。岡部倫太郎はどこか空っぽな人間だった。
気づけば何処か遠く、此処じゃない何処かを見ていた。少なくとも“ここにはいなかった”。
杏子にはこの時には知る由もなかったが、それは果たせなかった、目指した目標に辿りつけなくて全てに絶望した―――――のではない、逆に全てをやり遂げて完遂したからこその虚無感だった。
やりとげ、満足したからこそ彼には何もなかった。
必要が無かった。
目指した理想に届いた魔女と戦える男。空虚な人間。限界まで壊れかけた心。どこまでも終わった人生。

     ―――世界から拒絶されている

それが佐倉杏子が最初に感じた岡部倫太郎の印象だった。
杏子は元々教会の人間で、父親についていっていろんな人間を見てきた。聞いて、知っていた。
喜びに震える人、怒りを胸に抱いている人、悲しみを隠している人、楽しもうと努力する人、なかには罪を犯した人、生きたいと、死にたいと願っている人もいた。その他にも多種多様な人達がいた。直接間接を問わずいろんな人たちからいろんな話を聞いてきた。知った。
今を精一杯に生きている人、もう生きていけないと絶望している人、聞いているだけで身が凍る様な問題を抱えている人もいた。
でも、それでもまだ『終わってはいなかった』。明日には死んでしまうかもしれない、そんな人間もなかにはいた、恐れ、恐怖しみっともなく取り乱す人、狂ったような人、でもだからこそその人達には“己があった”。いろんな問題を抱えた人達には常に自分自身がいた。生きていた。死んでいない。どんなに辛くても、どんなに苦しくても、たとえ一人になってもまだ自分自身は在るのだから。続いていく。死んでしまうまで、終わるまで。自分が世界からいなくなるまで終わらない。
―――岡部倫太郎にはそれが無かった。自己を感じられなかった。『終わっていた』。だから分からなかった、ここまで『終わった』人間は元に戻れるものなのか。生きていけるのか。どうしてまだ生きているのか。生きていられるのかが分からなかった。

杏子は何も一目でそれに気づいた訳ではない。そこまで心理眼にたけている訳じゃない。
彼と出会ったのは魔女の結界内だった。一組の親子と共に。彼は魔女と対峙していた。
その後も一緒に行動していて、そこで気付いた。
彼には“他人はいても、己が無かった”。
それはそれ以降の魔女との戦闘でもそうだった。
むしろ、そういう時だからこそ分かった。
だから気づいた。

―――でもそれは間違っていたのかもしれない。

「安心するがいい小動物、少しじゃれただけだ」
「ゆ!ま!」
「アンタほんとに人の名前呼ばないよな・・・・・なんか意味あんの?ジンクスかなにか?」
「あえて言おう―――――特に意味は無い」
「う~」
「・・・・はぁ」

喧嘩の仲裁に入ったゆまが今度は岡部に詰め寄り抗議する。
ふわふわした手袋で岡部の足をペチペチと叩き不満を主張するが岡部はその様子を微笑ましいというように、呼び名を訂正することなくゆまの頭を撫でる。そこには人間性を感じられた。岡部倫太郎という自己を感じる事が出来る。
これだ、岡部倫太郎は確かに己を持っている。
分からない。こうして見ると彼はいたって普通の人間だ。壊れてない。終わってない。生きている。『今』は。笑う。“心から”。アタシ達の前では。『終わっていない』。
なのにふとした瞬間に彼は薄くなる。存在が不安定になる。いつの間にか姿を見失い、話しかけられるまで岡部倫太郎という人間の事を忘れていた時さえある。
アタシ達と一緒の時には冗談や訳のわからない事を言って・・・・・・親を失ったばかりのゆまを気づかれないように支え、アタシが魔法少女になった理由やその後どうなったかを真剣に聞いてくれた。その上で彼は言った。一家心中を招く事になったアタシの願いを、過ちを、対価を、アタシのその後の生き方を。

『それでも、お前の祈りは―――――――――――――――』

最初はその言葉が理解できなかった。
理解して、殺意がわいた。

結果的に言えば、その後アタシは岡部倫太郎と勝負した。
岡部倫太郎の提案で真剣勝負。加減容赦遠慮無しの全力で魔法の力で魔法少女じゃない人間相手に躊躇いなくぶつけた。むろん岡部倫太郎は無防備では無い。条件付けの勝負だった、そうでなければそもそも勝負にならない。ただの人間が魔法少女に勝てる訳が無いのだから。だからいつものように岡部倫太郎にアタシは“繋げた”―――

「まあいい、では今回は―――」
「はいはい!ゆまがする!」
「・・・・・ふむ、キュウべえがいうには白い魔法少女・・・・・美国織莉子がいるようだし小動物で―」
「ゆ~ま~!!!」
「はいはいわかったわかったよちゃんと呼ぶよ“オトモアイルー”」
「呼んでないよ!なんでアイルー!?ゆまは立派な戦士だよ!キョーコと一緒に戦えるもん!ゆまはハンターレベル5ぐらいあるよ・・・・たぶん」
「だってお前ちんまいし後ろをトテトテ付いてくる姿は・・・・・なぁ?」

――――そして“負けた”。

アイツにも魔法を使う事は出来るとはいえ負ける要素は無かった。負けるハズがなかった。アタシが負けることはできないハズだったのに。負けた。佐倉杏子は岡部倫太郎に負けた。もちろん一方的に負けた訳じゃない。むしろアタシの方が何度も岡部倫太郎を地面に叩きつけた、何度も何度も、なのに何度もアイツは立ちあがってきた。手加減なんかしていない。

「じゃあやらない!」
「フゥーハハハハ!どうしたどうした?まさか拗ねたのかこのお子様め、だからお前はちっこいのだ、牛乳を飲めアイルー、温泉ドリンクだ」
「ちっこくないもん!おっきくなってバインバインになるもん!」
「はぁん?そのテの台詞はこの俺の視界に入ってからにするがいい小動物ぅ」
「う~ッ、なんでいじわるするのー!」
「フゥーハハハハ!貴様のような小動物に植えつられたトラウマの仕返しだ!」
「ゆま関係ないじゃん!」
「当然だ、お前と綯は同じ小動物だが別人だからな」
「ゆまはいじめるなーっ!」

ゆまが岡部に跳びかかって岡部が軽い動作で受け止める、岡部がからかうのはいつもの事、ゆまが自然に触れ合う事が出来る様に。虐待を受けていた子供が安心して感情を出せる様に。最初の頃、大きな、ゆまにとっては大人に見える岡部が怖い存在では無いと分かってもらえるように。二人がじゃれあっているのを眺めながら思う、アタシが負けたのはアタシが原因だ。岡部倫太郎の力が徐々に上がったからだ。それは主人公パワーで強くなった!―――ではなくアタシが原因、あの時の岡部倫太郎の力の源はアタシだったから。彼の力は繋がったアタシの力で、それの強さはアタシが――――

「あんこ」
「・・・・・杏子だ」
「・・・む」
「キョーコ元気ないよ、どうしたの?」
「どうした、何か気にかかる事でもあったか?」
「・・・・いんやなんでもねぇ、それで?なんだよ岡部倫太郎、さっさと変身しろよ」

岡部の強さの変動が話した通りなら認めたくはないが認めざるを得ない、なによりコイツは勝った。元とはいえシスターたるアタシは約束を破る訳にはいかないし、ゆまにカッコ悪い所を見せたくない。

だから―――よく分かんないしムカつくけど、約束通りしばらくは一緒に行動してやる。

今はそれでいい、コイツの力はお得だし他の事にも何かと岡部倫太郎の存在は便利だ、ゆまの教育とか今後の生活の仕方とかいろいろプラスに働く事も多い。
だから今はこの関係でいい。
何に悩んでいるのか分からないが、アタシ達と一緒の時にはちゃんとコイツは“此処にいる”。
ならちゃんと見てやればいい、消えてしまわないように、寂しくないように。ゆまとコッソリ決めた事、今回の件が片付いたら何処か遠くえ行こうと計画している。秘密で。お金は大丈夫、無理矢理押し付けられたバイトで少し、後は岡部にださせればいい。サプライズで罰だ。アタシ達の過去を知った癖に自分の事は話さない、過去の事を教えてくれない罰だ。しかも後になってゆまが教えてくれた、あの勝負は実はインチキだった。岡部が倒れる度にゆまが回復させていた。今はもう気にしていないがそれはそれ、罪には罰を。悪には裁きを。

だから、だからさ岡部倫太郎。何を悩んでいるか分からないけど

全部終わらせて、みんなで、ゆまと岡部とアタシの三人で、新しいことを―――始めよう。




     ―――世界にたった一人で放り出される

     ―――ただ一人追放される

     ―――暁美ほむらがそれを証明した

     ―――タイムリープした彼女が岡部のことを憶えていない

     ―――当然だ、彼女は一度も岡部倫太郎と会ったことは無いのだから

     ―――岡部が出会った暁美ほむらは別の世界線の暁美ほむらだから

     ―――彼女がたとえリーディング・シュタイナーを持っていてもそれは“その世界線の暁美ほむら”

     ―――他の世界線で世界と戦っていた岡部倫太郎のように

     ―――この世界線の暁美ほむらも、岡部の知っている暁美ほむらではなかった

     ―――その事実を、自分と同じように戦う少女と、再び出会える事がもう出来ないと、気づいたんだ

     ―――気づいていたんだ、ただそれを認めるのを怖がっていた

     ―――それは、暁美ほむらを裏切った事になるから

     ―――希望を与え、絶望を与えた

     ―――バタフライ・エフェクト





     ―――それが後に、アトラクタフィールドμとχ、双方の世界を巻き込む現象を招く事になるなんて思いもしなかった

 















視界には岡部達と使い魔の脅威から助けられた生徒と教師が多数。
岡部は先ほど取り出したワイヤレスイヤホンを耳にかけて杏子とゆまに声をかける。

「正直な話、今は美国織莉子の事も気になるが・・・・まずは魔女と使い魔を駆逐する」
「・・・・・つまり」
「お前でいく」
「ぶー」

ゆまが不満を訴えるが今はおいておく。

「・・・・・・・・・まじか」
「マジも何もあるか、さっさとやるぞ、この瞬間にも襲われている奴がいるかもしれん」
「まあ・・・・そうなんだけど・・・え~・・・・とな」
「・・・・・・なんだ?」
「その・・・」

約束通り一緒に行動してやる。と想いを新たに確認した直後だが杏子は躊躇う、そんな杏子に岡部は首を傾げる。自分らしくないと思う。彼女らしくないと思う。

「最近さ・・・・アンタと繋げるとこう・・・・な?」
「・・・・・・・?」

普段の杏子なら年上相手にも遠慮なく喋るのに何かと口元をごにょごにょと言葉をはっきりと伝えない。

「だからこう・・・・お腹のあたりがざわざわすというか・・・・かゆくなるというか」
「・・・・・・・・・?――――まさか副作用が!?どうして早く言わなかったんだ!」
「え?――ちがっ、そうじゃなくて――」

岡部の持つ未来ガジェット。『失われた過去の郷愁【ノスタルジア・ドライブ】』。
魔法少女の力になってほしいという願いのもとに岡部に託され概念化されたガジェット。
魔法少女の持つソウルジェムを、魂を繋げるカジェット。共に歩むため、分かりあうための道具。

「他に何か違和感や変わったと思う事はないか!?よく思い出すん――」
「うわわッ、まてって落ち着きなってば岡部倫太郎大丈夫大丈夫だから!!」

そう思っていた。岡部は『コレ』が魔法少女の助けになる物と、少なくともコレの使用に副作用があるとは思わなかった。思いたくなかったと言ってもいいかもしれない。しかし岡部には不安材料最初からあった。本来の使用目的とはかけ離れた用途。本来の性能を失い、それでも名残は、概念は残っていたかもしれないという不安、Dメール、タイムリープマシン、ミニブラックホール、LHC、VR技術、世界線圧縮技術・・・・・etc.
NDメール。本体のこのガジェットには岡部の人生、それも何十何百何千回分もの繰り返しの全ての結晶といっていいだけの技術が組み込まれていた。

良くも悪くも岡部の、世界の運命を幾度となく動かした技術ばかりだ。

「記憶や意識に食い違いはないか・・・・・・くそッ、分かっていたはずなのに俺はッ!」

岡部が概念化されたガジェットで懸念していた事、『失われた過去の郷愁【N・D】』は魔法少女と繋がるガジェット。想いを、意識を、感情を。五感の一部を。繋げる。繋がる。
『VR技術』。それは岡部の記憶にも干渉する可能性があった技術。現に岡部はその概念を利用した未来ガジェットM04号を耳につけている。

「落ち着け!」
「ごふっ?」

岡部が自己嫌悪に陥るなか、ドスッ と岡部の鳩尾に拳を叩きこむ杏子。
己の考えの無さに後悔に震えている中の突然の奇襲、岡部はなすすべもなくその場に倒れる。
周りにいた、杏子達に助けられた人達から悲鳴があがる。彼らには仲間割れに見えたのかもしれない。そしてそれは自分達を守ってくれると思っていた人間がどう行動するのか分からないということだ。
杏子は一瞬視線を騒ぎ出した連中に向け手に持った槍を力強く地面に叩きつける。

ガンッ!

その音に地面で苦しそうにしている岡部を除き全員が押し黙る。杏子はそれに舌打ちし振り返る。助けられた全員が注目するなか杏子は槍を地面に突き刺し両手を組み―――

「死にたくないなら此処から出るな」

直後、助けられた人達の周りに手の平サイズの赤い菱形の物質一つ一つが鎖のように繋がり、それは杏子の目の前の人達全員を囲むように展開した。
結界。鎖で出来ているため小さい使い魔なら入れそうだがある程度は弾いてくれそうな神秘の結界。杏子はそれだけ言うと背を向け岡部に 「さっさと行くぞ」 と声をかける。その言葉に一部が反応した。
杏子に恐怖を感じていた態度から一変。

「ちょっ ちょっと待てよ、俺達はどうすんだよ!」
「え・・・・・まさかこのまま置いてくつもり!?ちゃんと守ってよ!」
「アンタ戦えるんだろ、だったら最後までちゃんとしろよ!」
「責任感ないのかよ君は・・・・」
「おいおいそりゃねぇだろ!」
「ちゃんと守れよ!」

いや一部じゃない。男も女も生徒も教師も全員が杏子に、ゆまに罵倒をとばす。
これを安全なところから、テレビや映画のスクリーンの向こうから見ていれば彼等はこんな事は言わなかったかもしれない、しかし現在は突然の理不尽と不条理に襲われ文字通り食われかけた瞬間に助けられた。しかし唯一自分達を守ってくれる存在が自分達を放って何処かに行こうとする、これで冷静になれというには、そもそも彼等はまだ子供だ、大人ですら対処できない状況に無理もないのかもしれない。

「・・・・・・うるせえぞ」

もっとも杏子にとってそれは関係ない。別に見ず知らずの他人がどうなろうとかまわない。わざわざ助け、結界と言う守護まで作ってやった、これでだけでも十分貢献していると思っている。元より杏子は周りに気にせずさっさと魔女本体や織莉子のもとに行こうとしたが岡部とゆまが使い魔に襲われている人達を見過ごせないのを知っていたので先に殲滅しただけだ。

「ひっ」
「アンタら状況分かってる?まだ助けないといけない連中がいるかもしれないんだぜ、なのに我先に助けてーかよ、はっ くだらねぇ」

この状況で力ある者が力なき者に対し言うべきではないかもしれない、しかし杏子は我慢しない、いつもの杏子なら無視するが彼等はゆまを、自分たちよりも圧倒的に幼いゆまに対してまで罵倒を突き付けた。むしろ見た目が幼い分、杏子よりも矛先が向いているのかもしれない、ゆまはどうしたらいいか分からずに涙を浮かべ岡部の隣でオロオロとしている。

「こっちにゃ別にアンタらを助ける義理はないんだよ、それをわざわざ助けてやれば―――」

杏子が結界に一歩一歩近づくたびに顔を青ざめ後ろに下がる人達。
杏子がさらに言葉を紡ごうとしたとき

「ごほっ・・・・ッ、放っておけバイト戦士。どのみちやるべきことは変わらんし彼等にできることは限られている」
「うん・・・・もう行こうキョーコ」
「・・・・・・ちッ」

岡部の言葉にゆまが同意、杏子は最後に一睨みし岡部達に近寄りゆまの頭を撫で岡部に手を差し出し倒れた体を起こす。

「・・・・・人がいいのは損するぞ」
「お前より面倒見のいい優しい奴を・・・・・・俺はそんなにはしらないぞ」
「キョーコのツンデレー」

岡部とゆまの台詞に杏子が赤面する。岡部達は杏子が怒っている理由を理解しているつもりだ。助けに入ったにも拘らず罵倒を上げる連中に怒りを感じたのは確かだが、杏子が言動で怒りをあらわにしたのがゆまのためだと知っていた。それに結局彼女は岡部達がいなくとも彼等を助けただろう。彼女とて『助けきれるなら助けたい』とおもっているのだから。

「ゆまに変な言葉教えんなよ!」
「勝手に憶えて・・・・・または最初から知っていたんだろ」
「お兄ちゃんがキョーコに言ってた」
「・・・・・おい」
「うむ、聞かれていたようだ」

杏子の視線を岡部は受け流し改めて確認をとる、もし本当に副作用があるならこれからの戦いはFGMシリーズのみ、しかしほとんどのFGMシリーズはN・Dとの連動で起動している。
今岡部がつけているワイヤレスイヤホンもN・Dが無ければ起動しない。もっともコレはエネルギー源(グリーフシード)があればソウルジェムが無くとも起動するので問題はないが・・・・・魔女と相対するならば最低限の加護は必要不可欠だ。

「それで“杏子”、大丈夫と言っていたがその訳を話せ、お前が感じている違和感も全部だ」
「いやその・・・だな、こうなんというか・・・・・ホントにたいしたことはないんだけど・・・・・・あれ?今名前で呼ばれた!?」
「呼んでたよキョーコ!お兄ちゃん名前で呼んでた!」
「そんな事どうでもいいから真面目に答えろ、状況によってはお前にはもうN・Dは使えない」
「「ええ!?」」

初めて岡部にあった時、彼は杏子の事を知っていたかのように名前を呼んだ。その時は妙に馴れ馴れしい奴だと思った杏子だが、その後は変な仇名で呼ばれ名前を呼ばれる事は出会ってからのこの二週間全くなかった。
微妙な感動だ。しかしそのちょっとした感動も岡部の宣言によって何処かに飛んでいった。
正直な話、岡部の持つ未来ガジェット0号『失われた過去の郷愁【ノスタルジア・ドライブ】』はとても使い勝手が良い物だ。
杏子にとって。全ての魔法少女にとって。
コレの起動により岡部も魔女との戦いに参戦出来る上に“繋がった”魔法少女の地力を上げてくれる。おまけに魔力の消費も岡部とのリンクにより二人で支えあうので抑える事が可能、“魔法は感情で扱う”。一人より二人の方が大きな力になる。またソウルジェムの穢れも岡部がグリーフシードを持っているならそのまま負荷を受け取ってもらえるので安心して戦う事が出来る。上がったパワーに安心して戦えて共に闘う存在を常に感じる以上ソウルジェムはさらに輝きを増し負荷をかけずに常に高火力な魔法を扱える。
もちろん共に繋がっている以上お互いがマイナス感情を持てばそれだけ負荷が大きくかかるが上記の示した通り『圧倒的脅威』に追い込まれない限りそう簡単には負けることはない。

そもそも

数多の世界線で世界に挑み続け勝利した岡部倫太郎
絶望に負けず前に突き進む強靭な精神力を持つ佐倉杏子

繋がったこの二人のコンビに正面から勝てる者はそうはいない。故にこれまで苦戦することなく魔女を撃退する事ができた。ある意味、敗戦したといえる事があるのは一度だけ。
現時点で展開率も岡部が記憶する限り最大値で歴代二位に位置している。
それだけにこのガジェットは今の状況においてとても重要で今後も活躍すること間違いなしと言えよう、しかし岡部は今後は杏子と、そして原因次第ではゆまとも繋げる事はしないと発言している。

「ちょ、まてよ岡部倫太郎。アタシはホントに大丈夫だから―――」
「ならばはっきりと言え、俺とてコレが無ければ戦えん、だがそれ以上にお前達に負担をかける訳にはいかない」
「でもお兄ちゃんは―――」
「俺は・・・・・お前達の不安や絶望を受け止めるためにいる、だから―――」






「なら今度こそちゃんと死んでくれるかな・・・・・・・岡部倫太郎」



突然の第三者による言葉、岡部が声の聞こえた方角に視線を向ける。

ヒュ と空気を引き裂きながら影が岡部の眼前まで迫る。しかし岡部にはどうする事も出来なかった、先手を取られ未だにN・DもFGM04号も起動させていない。
ただの人間である岡部には対処できない。

(しまッ―――――)

ガキン!

「させねえよ!」
「・・・・・ッ」

一瞬の攻防、杏子が岡部と影の間に入り弾き跳ばす。黒い影が無言で大きく跳躍し岡部達から距離をとる。
影は黒かった。その姿に岡部は憶えがある。
この世界線で初めて会った魔法少女。黒い魔法少女。魔法少女殺しの魔法少女。そして杏子と繋げた岡部を絶命一歩手前まで追い込んだ少女。

「黒の魔法少女・・・・・呉キリカ・・・・だったか」
「くふ・・・・憶えてもらえてて嬉しいよ岡部倫太郎」
「・・・・・あの後、別の奴から聞いたんだ」
「・・・・・・ん?名乗り忘れてたかな・・・・・まあどうでもいいか」

頭を掻きながら心の底からどうでもいいと言うキリカ。

「それよりさ・・・・・なんで生きているの?たしかに心臓を串刺しにしたと思ったんだけどね」

両手の、手の甲と服の裾から足下まで届く伸びる三本の爪。長く太く硬質感を与える魔法で出来た光の大型の鍵爪。それをぶらぶらと揺らしながら岡部に話しかける。
どうして生きているのか?
あの時のキリカは岡部の心臓をこの爪で破壊した。貫いた。杏子と繋がっていたとはいえ大きさが半端無い。心臓と言わず他の生きるための重要器官はもちろん、そのダメージ自体がすでに岡部を殺しえた一撃だった。
当然キリカは疑問に思う。岡部倫太郎はあの時は杏子と繋がっていたがそれでもあのダメージ、死は免れない。
岡部はそれに「ふんっ」とバサァと白衣をはためかせながら答える。

「残念だったな、我が家のオトモアイルーは優秀でな」
「そうだぞ悪者め!・・・・・・・・オトモアイルーじゃな~い!!!」
「・・・・・千歳ゆま・・・・・忘れていたよ、先に始末しておくべきだったな」

かしゃん

「今すぐにでも。君の力は邪魔だ」

両手の鍵爪、計6本の凶器を自身の後ろに回し加速の体制に入るキリカ。
眼帯をしていない左目はゆまに殺気を放ち、ゆまを殺す意思に満ちた体の下には幾何学的な紋章、魔法陣らしきものが展開し今にも跳び出そうとしている。
ゆまの魔法は回復に特化している。たとえ四肢を切断されても一瞬で回復させる事が出来た。
岡部はそれのおかげで今も生きていられる、杏子もそうだ。
彼女の存在に岡部も杏子も助けられた。
戦闘面だけでなく、日常の何気ない一日のなかでも、この子の存在はすでに二人にとってなくてはならないモノになっている。
故に―――

「させると思うか」
「人の家族に手ぇ出して五体満足でいられると思うなよ」

岡部と杏子がゆまを庇うように前に出る。

岡部が右手を前に差し出す
杏子が左手を前に差し出す

「相手は織莉子じゃない・・・・・すまんが頼めるか」
「あったりまえだ!さっきも言ったろ岡部倫太郎、ホントに大丈夫だって・・・・ただ」
「なんだ?」
「繋げるときは・・・・その・・・こっちは絶対に見んな」
「・・・・・分かった?それでいいなら―――――いくぞ!」
「応!」

ゆまはまだ戦闘経験が足りない、キリカを相手にゆまではまだN・Dの展開率が少ないので相対には向いていない。
故に今は杏子と繋げる。不安はあるが現状これが最も確実な選択、キリカ相手に出し惜しみは自殺行為だ。
あの時は油断していたとはいえキリカの戦闘能力は高い、巴マミからの情報では時間の、速度低下能力も持っている。決して侮ってはいけない。岡部は現に殺されかけたのだから。例えそれが杏子の基本能力からは岡部は下で、岡部が一対一の状況だったからでも関係ない。
呉キリカもまた絶望を撥ね退ける精神を持つ魔法少女。彼女は強い。
故に最大戦力で挑む。
背中合わせのような岡部と杏子。伸ばしたお互いの手の甲を たん とぶつける。

歴代二位の―――――二人並んでからの勝負では負け無しの戦闘力で 岡部と杏子の声が異界の世界に響く


「「ノスタルジア・ドライブ!!!」」


直後、二人を中心に風が舞い魔力が踊った。赤い旋風真紅の竜巻。
杏子の魔力が上がり岡部の身に魔法と言う名の奇跡が宿る。
杏子の足下に真紅の紋章。
岡部の足下に無色の紋章。
共に鋭角なデザインをした幾何学的な紋章が光り輝く。

―――未来ガジェット0号『失われた過去の郷愁【ノスタルジア・ドライブ】』起動
―――デヴァイサ―『佐倉杏子』

岡部の持つケータイから電子音。
同時に岡部の足下の――何処か蝶の羽を連想する――紋章が、杏子と同じ真紅の色に染められる。

何時でも来い!キリカに視線でそう答えたとき――――

「ひゃうん!?」
「――え?」

ガジェットを起動した瞬間、岡部の体が真紅の光に包まれたと同時杏子が、どこか艶っぽい声を出した。岡部のすぐ隣で。
突然の杏子の・・・・・ま口い声に岡部は一瞬思考が凍りついたが―――――すぐに解凍し杏子に視線を向ける、『副作用』。岡部の脳裏に嫌な単語が浮かぶ。

「杏子!」
「ぇ?―――――バカッ!こここんな時に名前で呼ぶなこっち見んな!」

最近、正確には展開率が60%を超えてからというもの毎回杏子はこの謎の感覚に襲われていた。意識してしまっていた。突然ゆえに対処ができない。別にエロい・・・・・そういう感情とかが湧きあがっている訳ではない。断じて。ただガジェットが起動したこの瞬間のみ湧き上がる感触。後の岡部の・・・・・文字通り血を流しながらの調査(原因究明のため各少女から事情聴取で反撃された)で岡部とのリンク、二人分の感情の相乗効果が展開率を60%を超えてからは身体に多大な反応が出ることが解った。これはテンションの急上昇やアドレナリンの増加などが関係あるのか、それともリンクが高まり岡部の記憶や経験が相手に流れた結果なのか、詳しく聞くにはさらに調査(という危険行為)が必要のため断念。

「そんなことを言っている場合か!やはりなにかおかし――」
「こっここここの!」

こちらを凝視し肩に手を置いてくる岡部に、杏子は拳を握り先ほどの手加減した打撃ではなく、魔力を乗せた――地力の上がった――拳を岡部の顔面に叩きつけた。

―――ソウルジェ「だからこっちみんなー!!!」「ぶっ!」「お兄ちゃん!?」
―――展開率68%
―――expansion slot『ローザシャーン』

―――【open combat】

後にこれはテンション上昇による戦闘意欲の増加による―――ある意味当たり前の事で―――感情活動の一種であり、意識しなければ、例えば目の前の敵に攻撃的意識、目下の目的意欲があればどうこうなる事は無いと言えるが、“それ”をわざわざ意識すればそれにひっぱれるとが解った。
わざわざ“それ”を意識しなければなんの問題も無い、現に他の世界線にて杏子以上の展開率を誇る巴マミに“それ”はなかったと記憶している。
岡部の視点では。
今の岡部、その後の世界線でようやく知る知識だった。

岡部を包んでいた光が形をなし岡部の衣装はベルトが大量についた赤のロングコートに、黒い厚手のズボンと丈夫そうなブーツに変わっていたが、いつもの決め台詞を言えないまま岡部は杏子の打撃によって吹き跳ぶ。
そしてその余りにも隙だらけな状況を晒している獲物をキリカが見逃す訳が無く―――

「――――今度こそさよならだね岡部倫太郎」

一気に岡部との距離を詰め、両腕の凶器を、未だに空を舞い此方に背を向けている岡部の背中に振り下ろす。
岡部は宙を舞い。杏子は岡部を打撃した姿勢のまま。ゆまは岡部の後にいてキリカからは姿が下半身しか見えない。
だがらここで確実に岡部に一撃、直撃は確実だった。
キリカが知る限り、この場のメンバーでこの攻撃を迎撃できる者はいない。
今までキリカは何度か岡部達の偵察目的で戦闘場面を見た事がある。
佐倉杏子は強い。ほぼ単独で魔女を圧倒的に倒しているこのメンバーで間違いなく主力。しかしこのタイミングでの迎撃は間に合わない。
岡部倫太郎は正直“弱い”。彼も今は前線で戦う力を持っているかもしれない。しかし彼の本来の役割は魔法少女の補助。ブースター的存在でその戦闘能力はキリカから見て高いとは言えない。そもそも彼には武器が無い。相対するさい必須の武器が無い。姿こそ魔法で変わり人を超えた身体能力を見せるが、キリカにとってはなんら脅威にはならない。全てのポテンシャルが上で、さらにこちらの攻撃を防ぐすべを持たないからだ。
千歳ゆまはそれ以下だ。攻撃手段こそもっているがまだ幼く戦闘経験などほぼゼロ。これまで見てきた戦闘でも彼女は常に岡部達の後ろから回復をメインとし、二人に見守られるなか使い魔相手に戦う訓練を危なっかしくやるのみ。

「――――――――まかせた」
「うん!」

だからこそ吹き跳ぶ岡部の言葉に彼女がすでに行動を起こしている事に驚いた。既に彼女は攻撃モーションに移っている。それは岡部の言葉を聞くまでもなくキリカの行動を先読みし動き始めていた証拠。

「――――――ッ!?」
「インパクトッ!」

ゆまが宙に舞う岡部の下から飛び出しハンマーをキリカに向かってゴルフのフルスイングの要領で全力で振るってきた。とっさに岡部に振り落とそうとしていた両手の鍵爪を自分の体、顔を守るように移動させ魔力の宿ったハンマーを防御する。

ドギィイイイン!

「ッ!」

ど という重低音に続き金属同士がぶつかり合ったような音が響く。
完全な不意の一撃。それも攻撃の途中で。しかし、ゆまからの思いがけない一撃であったとはいえ、魔力を込めた鍵爪はハンマーを受け止め、一撃でクレーターを作りだすゆまの攻撃を、顔を苦痛に歪めながらも、吹き飛ばされることなくその場に留まるキリカ。

「驚いたな・・・・まさか君がここまで動けるとは思いもしなかった」
「あっ」

呉キリカは強い。それも全てを受け入れた今の彼女は普段よりもずっと。
受け止められる、そうでなくとも衝撃で後方に吹き飛ばすぐらいはできると思っていたのだろう、ゆまはキリカの言葉と視線を受け固まってしまう。

「でも君の方から来てくれたのは―――――たすかるよ!」

ゆまのハンマーを後方に弾きとばしキリカは腕をバンザイした状態の、ゆまのガラ空きの心臓部めがけて右手の鍵爪を突きそうとせまる。ゆまの顔が恐怖に歪む。

―――ぐふっ

この時ようやく岡部は落下し終えて無様に喘ぐ。
キリカは今度こそ攻撃を敵に与えようとし――――

ガギン!

またしても防がれる。紅い菱形の槍。横から飛来した槍がキリカの爪を弾き―――

「させねぇっていったろうが!」

その槍を両手で回転させキリカに追撃の攻撃を放つ杏子。

(はやッ!)

首を後ろに傾けかわす。が、それもつかの間次々と槍を横凪ぎに振るう杏子、高速で迫る槍をギリギリでかわし続けるキリカ。“この結界内でキリカに早いと思わせる”ほどの槍捌き。キリカはここにきて岡部達を、あの時岡部に確実な止めをさせなかった事を後悔した、ここまで早くなるほど岡部は杏子とのリンクを高めている。ただでさえ手強い杏子を強化している。
しかし引く訳にはいかない、冷や汗を流しながらもカウンターをきめようと踏み込む決断をキリカがした刹那、杏子の槍はキリカと杏子の中心程の地面を横一直線に削りとる。

「!?」

視界が塞がれた。杏子の槍で削られた個所が杏子の魔力を受け炸裂したのだ。キリカの視界は破壊された床の粉塵と紅い魔力で塞がれた。一瞬。しかしキリカは即座に後方へと跳躍し油断なく構える。

「おぉ!」

ごばッ! と、視界を塞いでいた粉塵と魔力のカーテンを引き裂きながら槍を構えた杏子がキリカに突っ込む。

「ふッ」

紅い稲妻を纏う杏子の槍を ヴン! とパソコンの起動音のような音とともに白い鍵爪は漆黒の色に、その数も三本から五本、計十本へと数を増やし 二人の魔法少女が激突した。

ガキュン!

杏子の一撃を右腕の爪で横から受け流すように裁いたキリカが回転するように左手の爪で杏子の体を引き裂こうと振るう。一撃を受け流され立ち位置が変わり相手に背を向ける様になった杏子は両足で無理やり勢いを殺し迫りくる爪に、視線をむけることなく全力で振り回した槍をぶつける。

どん!

衝突した空間を中心に衝撃がはしる。
ここにきてようやく周りのギャラリー、救出された人々が騒ぎ出す。しかし杏子もキリカもそれを気にせず再び互いの武器を振るい敵の攻撃を避けより早く、より速く、スピードを上げていく。

「「あああああああああ!!!」」

二人の魔法少女は加速していく。







同時刻 結界学校内部

暁美ほむらは白い魔法少女、未来視の魔眼を持つ魔法少女。美国織莉子と交戦していた。

「・・・・・・貴女はあの場所にいた貴女なのね」

織莉子の問いに、―――白い制服の中から黒い長袖のインナー、紺色のスカートにタイツ、どこかの学校の制服のような姿の―――魔法少女に変身した暁美ほむらは、銃弾で返事をした。

「まどかは殺させない」

ストレートに伸ばされた美しい黒髪、目の前の敵を見る裸眼の瞳は冷酷な殺意を宿している。

「なのに貴女は鹿目まどかを守ろうとしている」

二人の目的は鹿目まどか。片や殺す事。片や守る事。相反する二人はぶつかり合う。世界の終末を回避するために、求める未来を掴むために。目指す未来は同じなのに、どこまでも違う二人の魔法少女は互いを排除するために戦う。現代兵器のトリガーが引かれ弾丸を吐きだし薬莢をばら撒き、魔力の込められた美しい白と黒の球体が孤を描きながら降り注ぐ。
周りのアンティーク家具や使い魔を爆殺しながら二人は攻撃し、回避し、言葉を交わす。

「貴女は“あれ”が何かを知っていながら、“あれ”を見てなお鹿目まどかを諦められないのね」
「まどかを魔法少女になんかさせない!」
「“無理ね”」

ほむらの言葉を、誓いを織莉子は切り捨てる。

「『どの未来でも彼女は魔法少女になる』。どんな選択をしても、どれほど止めても、どんなにがんばっても 未来は変わらない」
「黙れ!」

そして言葉を紡ぐ。優しい少女の未来。その願いの代償。

「願いにより彼女は魔法少女になって、その代償に――――」
「黙れえッ!」






「世界を滅ぼす最強最悪の魔女になる」









最初は悲鳴を上げていたギャラリーは全員、呼吸することを忘れたように目の前の光景に目を奪われていた。

―――しゃおん

音が聞こえる。赤と黒の人影がチェス盤上の世界を高速で駆け抜けるのが見える。

――きん     ―っ    ――――かん      ―っ

人影は時に跳び、跳ね、屈み、伏せ、振り向き、振り返り、避け、交わし、受け流し、受け止め、繰り出し、繰り出され、近づき、離れ、打ち、叩き、切り裂き、突き刺す、交差し、ぶつかり、螺旋を描くように疾走する。加速していく。
火花がちかちかと灯り、同時に小さな音が聞こえる。
その刹那。

ヒュッ――――――――ゴッッッ!!!

雷が落ちた時、光の後に音が届くように二つの影、杏子とキリカの後を追うように二人に武器が作りだした破壊の衝撃が疾走する。
それぞれの武器が地面を抉り、互いの武器が衝突した際に起きる破壊の衝撃は、それが発生する前に二人に置きざりにされ、結果、二人の後をまるで追いかける様に巻きあがった粉塵が舞い上がる。

「――――――綺麗」

ギャラリーの中の誰かがポツリと呟いた。それに全員が言葉なく頷いた。

「「おお!」」

どん!

回転する体の遠心力を力に乗せ武器の先端を叩きつけ互いに停止、衝撃は円球に広がり周りにいる全員に届いた。
ぶつけあったまま、鍔迫り合いをしながら視線をぶつける。

「・・・・・やるじゃねぇか」
「君の方こそ、ここでここまで速いなんてすごいよ」

キリカの言葉に疑問を感じる杏子。
自身が速い、それは岡部とリンクしているのだから当たり前だ。普段よりかなり動けていると自己判断できる。むしろその自分に速度は並び、パワー負けせず今の杏子と正面から戦えるキリカこそすごいと言える。彼女単体の力で地力の上がった自分と戦っている。それにこれほどの魔力を使っているにもかかわらずまるで疲労が見えない。自分と違い岡部と繋がる事により負荷を軽減している訳ではないのに。
これは単純なポテンシャルの差なのか、それとも―――。
それに彼女から感じる力は何か違和感がある。どこが、と言われれば分からない。でもどこかで感じた事のある――――でもはっきりと分からない。無視していいものなのか、今は力が拮抗している。岡部がいるので持久戦は有利。ゆまがいるのでどんな傷も瞬時に回復できる。不利は無い。油断もしない。警戒は緩めない。しかし違和感がある。

「・・・・・・・・・・ここはまかせていいかバイト戦士」
「は?」

岡部の言葉に杏子は首を傾げる。N・Dは一度繋がればどちらかが変身を解除しない限り持続する。ここから岡部が離れる事に、元から戦闘に参加してないのでさしたる問題は無いがわざわざバラバラに行動する意味は無い。他の人間を助けにいくというなら分かるが正直キリカを相手には全員で挑みたい、不測の事態に対応できるように今は三人でいるべきでは?今のキリカの戦闘力は未知数だ、それは岡部も感じているはずなのに。

「さっきから妙だ、コイツは最初からゆまを狙わずに俺を攻撃してきた。回復役のゆまを後回しにしてお前と戦ったり、見たところテンションは絶好調らしい・・・・・かと思えばさっきから戦闘を引き延ばすかのように消極的だ」
「割といっぱいいっぱいだよ?」

岡部の疑問にキリカは正直に答える。本当だ、キリカは全力で戦っている。
出し惜しみで戦えるほど今の杏子は弱くない。気を抜けば今にも紅の槍はキリカを貫く。

「速度低下はどうした」
「使ってもそこの千歳ゆまがすぐに治療しちゃうでしょ?私は今まさにピンチだよ!」
「それでも逃げないのだな」
「織莉子のためならなんのその」
「つまり噂の白巫女はここの何処かで何かしらの―――」
「―――織莉子の邪魔はさせない!」

岡部の言葉を遮りキリカは叫ぶ。
ある種の余裕を持って会話していたが、豹変する。その身に宿る魔力が高まり鍵爪が強靭に強化される。
だがキリカは動けない、いかに感情を、魔力を上げようと今の杏子からは簡単にはのがれられない。
だからキリカは―――

「―――おいおい」
「・・・・・・どういうことだ?」
「うわわ、いっぱいきたよ!?」

援軍―――といってもいいのだろうか。
キリカの豹変とシンクロするように結界の一部、壁が突然崩壊し、その向こう側からシルクハットをかぶった使い魔の大群が押し寄せてくる。
まるでキリカの意思に答える様に、人外の魔女の手先が、キリカの想いに従うように岡部達に向かう。強力な魔力を秘めた杏子とキリカを無視して岡部とゆまに向かってくる。

「呉キリカ・・・・・何をした」
「質問は受け付けない、私に対するすべての要求を完全に拒否する!」

まるでキリカの味方のように行動する使い魔。
使い魔を、又は結界を展開している魔女を飼いならした?
そんなまさか、岡部は知っている。魔女はこの世の理を曲げてまで望んだ祈りの対価。不可能を可能にした代償。エントロピーの法則を打ち破って生まれた因果。『魔女は敵』。そういう存在として固定されているはず。その存在をさらに捻じ曲げ使役することが可能なのか?
もしそれが可能なら――。

「有限たる私は、織莉子のために無限に尽くす!」

―――愛は無限に有限だよ

キリカの誓い。殺されかけた時に聞いた呉キリカの言葉。
岡部は想う。もしキリカが使い魔を、魔女を使役しているなら―――。
突然の使い魔の出現にギャラリーは再び悲鳴を上げる。
ゆまのハンマーを持つ手は震えていたが、それでも視線は使い魔の大群から目を逸らさない。彼女は岡部と杏子、二人と短い時間とはいえ一緒に戦ってきた。その自信と経験は決して目の前の大群に潰されるような弱さじゃない。
杏子はキリカの鍵爪と鍔迫り合い状態で動けない。助けに入りたいがキリカを自由にする訳にはいかない。今キリカとまともに戦えるのは自分しかいないのだから。
キリカは決意を新たにさらに魔力を体にはしらせ自身を強化する。杏子が隙を見せれば即に殺す。無論杏子はそんなヘマはしないだろうが岡部とゆまだけではあの数は苦戦するはずだ。その結果、岡部とのリンクが途切れれば、または乱れてもそのときはこの均衡を崩すチャンス。時間稼ぎは十分。このまま現状を維持するだけでキリカの目的は果たせるし、もしかしたらこのまま岡部とゆまを始末できる。ゆまはともかく、岡部は無手だ。岡部は武器を――この場合杏子の槍――を生成できない。素手であの数の使い魔を相手に戦うのは無理だ、まして岡部倫太郎は格闘技に精通している訳でもないのだから。

それぞれの思惑、思考を、覚悟を決めていくなかただ一人、己の手で口元を隠し、誰にも気づかれることなく隠した口元を歓喜に歪めている者がいた。

――素晴らしい

「――――え?お兄ちゃん何か言った?」
「・・・・いいや、なんでもないよ――――“ゆま”」

岡部倫太郎。この場違いな笑みを見られないように、誤魔化すように大袈裟な言動を、芝居を始める。

「貴様の目的は時間稼ぎと見破った!ならば最早ここに用は無い、バイト戦士よ、此処は譲ろう。俺と小動物は先に行く」
「あいよー」

右手を杏子にビシィと突き付け、なんら恐怖を感じぬ足取りで使い魔の群れに向かって歩いていく。

「岡部倫太郎、“お前のは使うなよ”。―――あれは不愉快だ」
「お兄ちゃんのは“使っちゃダメだよ”?―――ゆま大っきらい!」
「・・・・・・分かってはいるが微妙に傷つくな」

岡部達に背を向けながらも杏子は返事を返し岡部に忠告する。ゆまもまた杏子の忠告に子ども独特の残酷性で同意した。
その言葉のやり取りにキリカは少なからず焦りを見せる。やむを得ず“引っ張られる”事を解った上で力を行使したにもかかわらず、自分が有利なはずの展開で岡部達の言葉に思った以上の動揺が見られない。
無論杏子は少なからず驚いているが、今はそれよりもキリカに集中しているし、ゆまは怯えながらも目的を岡部が示してくれたので岡部の指示に従おうと、もとより難しく考えないようにしていた。

「いくぞオトモアイルー、突貫だ!」
「ち~が~う~!」
「――――なん、待て岡部倫太郎!君は戦えないだろう!」

キリカが静止の声をかける。この三人のメンバーで間違いなく最強は佐倉杏子だ。しかし。織莉子にとっての一番の敵は岡部倫太郎だ。
未来視を持つ織莉子にとって岡部倫太郎は危険すぎる。
織莉子には岡部が観えない。もちろん肉眼では見えるが未来が観えない。しかし確かに存在している。
例えば岡部と杏子を同時に相手する。例え杏子の攻撃を予知しても、攻撃の流れを観ても、それは杏子一人しかいない未来での動き。実際には岡部もいるので杏子の行動パターンは変化する。
見えている景色と観えている景色がずれる。
実際に戦った事は無いが織莉子はそう予測していた。
さらに岡部が物語に介入することになってからというもの、織莉子の観る未来は複数に分岐してしまいどれが正しい未来なのか判断できなくなる事がある。
理由は分からない、理由は分からないが岡部を織莉子の所には行かせる訳にはいかない。

「まさか素手であれを突破できると?」

小馬鹿にするように挑発する。しかし―――

「フゥーハッハッハッ!愚か者め!この俺が何の準備もしていないと思ったか!」
「ふぅーはっはっはっ!そうだぞ悪者め!お兄ちゃんは狂気のまっどさいえんてぃすとだぞ!」

岡部が両手をクロスさせ声高らかにキリカを嘲笑う。ゆまもそれを真似て笑う。

「変な遊びを教えるな」

杏子がキリカから視線を逸らさずにツッコム。
使い魔は岡部達に迫っている。10mも無いだろう。先頭には巨大なシルクハットをかぶった枝豆に似た使い魔。素手での撃退は固有の魔法を使えない、ただ強化された身体だけの岡部には難しいかもしれない。その後ろにも使い魔はいるのだから。
しかし杏子は焦った表情をみせず、ゆまは岡部の背後に回る。
アレが完成してから今日まで、ずっとこの陣形。

「この俺が戦えないだと?俺を誰だと思っている、清心斬魔流合戦礼法を作りだしたこの俺が?甘いぞ、俺が何の対策もしていないと思ったか!」
「思ったかー!」

とりあえずそれらしいハッタリをかます。岡部はそんな流派を獲得した覚えは無い。
耳元のワイヤレスイヤホンの電源を入れる。

「刮目して見るがいい、我が未来ガジェットM04号を!」

岡部は右手を自身の胸元に持っていき、“何かを引き抜いた動作”をとった。

「・・・・?」

キリカの視界の端に映った岡部の右手には“何も握られてはいなかった”。
岡部はそのまま右手を体の上に伸ばし、左手を右手の下、拳一つ分の間をあけて添えるように動かし止める。
それは剣道で言う上段の構えに見える。

『■■■■』

そして岡部の正面にひときわ大きな使い魔―――3mサイズ―――が迫る。
人間一人を丸のみ出来る牙を、無手の岡部に向かって突き出し、その醜悪な顎で捕食しようとせまる。
その後に続く形で多数の使い魔も迫る。
杏子なら槍の一振りで絶命させ、かえす一撃で後方の使い魔も薙ぎ払える。
ゆまなら魔力を込めた一撃で後方にいる使い魔もある程度吹き飛ばし、次に備えるだろう。
だが武器の無い岡部は、固有の魔法を使えない岡部は迫る使い魔に対し三人の中で最も無力だ。
岡部倫太郎は千歳ゆまよりも魔法少女としては弱い。ほとんど闘えない。

だからこそ―――――――――岡部倫太郎は“妄想する”。




「『リアルブート』」



岡部の落ち着いた静かな声が、しかし確かな強固さを持ってこの場にいる全員の耳に届いた。

かつて岡部は一人の女性を助けるために多くの知識と技術を集めた。
それこそありとあらゆる研究機関、国家機密情報、合法違法を問わずに―――だ。
そのなかの一つ『VR技術』。Virtual Reality技術。
かつての岡部に居場所、アトラクタフィールドαでタイムリープマシンを作る際に使用された技術。
アトラクタフィールドβに辿りついた岡部倫太郎は再びタイムリープをするためにVR技術の知識を求めた。
しかしその時にはすでにVR技術に詳しいラボメンを失っていた―――失ったからこそ求めた―――ので岡部は他から知識を集めた。
そして岡部は因縁ある組織からVR技術に関する資料を手に入れたがその時にその組織、『SERN』の黒幕といえばいいのか、VR技術を使ったディストピア。『プロジェクトノア』『ノアⅡ』といった、既に凍結された『妄想を現実にする』、まるで科学で魔法を起こすという、しかし荒唐無稽というには無視できないレベルの確かな情報も手に入れていた。
手に入れていた当初はさほど気にする事もなかった代物だったが、この世界での経験、N・Dに残されている概念、蓄えられた知識、SERNに残されていた資料の記憶、キュウべえの協力。
そして完成した。

―――未来ガジェットM04号『超誇大妄想狂【ギガロマニアックス】』起動
―――デヴァイサ―『佐倉杏子』
―――Di-sword『グラジオラス』

あたりに響きわたる音。飛行機の離陸する音、スポーツカーのエンジン音、ガラスが割れる音、何かが収束する音、“何かが現実になる音”。

ズパンッッ!

岡部が振り下ろした手の先にいた使い魔はあっけなく、まるでトロットロのチーズを切った時のようにあっさりと三mの巨体を真ん中から二分され、続く横凪ぎの一振りで後方の使い魔共々さらに分割されその体積を小さくしていく。

「次!」
「うん!――――インパクトォ!」

それでも後方にいた使い魔は、岡部によって分割された使い魔を乗り越え前進する、数はまだかなり残っている。しかし岡部が後ろに跳躍、ゆまが岡部の背後から前進し魔力を込めたハンマーを振り下ろす。

どっごん!

ハンマーを叩きつけられた先頭の使い魔は潰れ、さらに衝撃がゆまのハンマーから扇状に広がり前方にいた使い魔が吹き跳んでいく。

「うまいぞ、上達したな」
「もっちろん!ゆまは立派な戦士だよ!」

岡部が着地し褒める。ふんぬ! と両手を胸の前で握り胸を張るゆま、岡部は左手でゆまの頭、猫耳帽子の上からわしゃわしゃと撫でる。
実戦経験が少ないにも拘らず異形の存在に対し動ける少女、自分達に近づこうと幼いながらも頑張る姿に岡部の口元が緩む・・・・・・・親友の娘を、大切なラボメンを。辛い時代を生き、過酷な使命を背負った少女。彼女の事を思い出し――――――。

「なんだそれはぁ!!!」

がきゅん!

鍔迫り合いの状態から杏子を突き飛ばしキリカが絶叫を上げる。
岡部は右手に持ったものを両手で構え直しキリカに視線を向ける。
キリカの視線には怒り、憎しみが宿っていた。
どんな状況でも諦めない、策略謀略妨害暴力全てを覆す岡部倫太郎にキリカは抑えきれない殺意をぶつける。
代償を払い感情を殺しただ未来を、世界を救おうと戦う織莉子に立ち塞がるイレギュラー。

「何度も何度も!お前さえいなくなれば織莉子は負けない!お前は絶対に排除する!」

ヴヴンッ!

空気を震わす音がキリカの黒く染まった鍵爪から響く。
今回もまた此方の予測を裏切り威風堂々と、まるで人の生き死を数多く乗り越えてきた戦士のように立ち塞がる姿に憎悪が湧き上がる。
怒りが、憎しみが一層ソウルジェムから魔力を引き出していく。

「・・・・・やる気だな」
「こ 怖い」
「安心しなゆま、アタシ達が一緒だ」

杏子が岡部の横に立ち、槍を構える。

「うん!杏子達と一緒なら大丈夫!」

ゆまが岡部と杏子のやや後方でハンマーに魔力を込め始める。

「そういうことだ、悪いが総力で潰させてもらうぞ」

岡部は両手で持った『剣』を握り直しキリカに伝える。
『剣』。ブルーメタルカラーの装甲で作られたSFのような刀身。両面に攻撃的な鋭い刃を持つ巨大な剣。
岡部の体とほぼ同じサイズの刀身は見る者を圧倒させ、赤紫色の光を明滅させながら世界に己の存在を主張している。

「やれるものならやってみろ!」

そしてキリカは全力で跳び出す、三対一という圧倒的不利でありながら決して引かない。
負けない、負けられない、負けたくない。
自分を変えてくれた織莉子に報いるために、大好きな親友のために。
勝てなくても負けない。
守る。織莉子の世界を、想いを、決意を、誓いを。
例え後戻りできなくとも後悔は無い。
例え自らが果てても織莉子を守る。

愛は無限に有限。

有限たる呉キリカは無限に織莉子を支える力になる。

「ああああああああ!」

速度低下。自身の持つ独自魔法を全開にし目の前の三人に接敵。

「ッァ!?」

ガギン!

相手の速度を落とし先手をとる。その意識はしかし、岡部の持つ剣がキリカの爪に振り下ろされキリカの突進を止められたことで霧散した。
すでに限界に近い身で行った速度低下の魔法、しかしその効果そのものを切り裂いたように振り下ろされた剣。
確かに発動した魔法。訳も分からず歯ぎしりするキリカ。

「ぐ・・・それ・・・一体なんなん―――」

両手の爪で剣を受け止め抑え込まれる。さらに――

「たあ!」

ずかん!

「ごっ・・・・・ふ?」

ゆまの一撃を横から食らい弾きとばされる。宙に投げ飛ばされたキリカに杏子が追撃。

「ッ、こっの―――――調子に!」

槍を一直線に突き出してくる杏子の攻撃に宙に飛ばされながらも迎撃せんと左手の爪をぶつける――――が、手ごたえが薄い。

ぱきんっ と音をたて衝突した槍がそこで“分割”した。

(しまっ―――!)

ぎゃりぎゃりぎゃり と伸びて分解した槍を魔法で出来た鎖でつないだ状態に変化させた多節棍がキリカの体の周りを旋回、動きを制限される。
そこに―――。

「らぁ!」
「がっ・・!」

杏子のひざ蹴りが直撃しそのまま地面に追突、瞬時に置きあがるキリカ。
そこに岡部が赤紫の紫電を纏う剣を勢いよく突き出す。

ガガン!

防御できたもののキリカは後方に飛ばされる。

「くそ、このままじゃ――」

キリカは圧倒的に不利で、三人のコンビプレーに徐々に押され始め結界の奥へと、不本意ながらも戦いの場所を移動しなければならなかった。

織莉子のいる場所へ。

それでもキリカは全力で戦っていた。
少しでも時間を稼ぐために。
命を賭けて、存在を賭けて。
そして岡部達も全力で戦っている。
強化された杏子。
武器を手にした岡部。
共に闘うゆま。
この三人相手に押されてはいるが、真っ向から戦えるキリカに手は抜けない。
誰もが死力を尽くして戦っている。
故に全員が、否、岡部達三人は気づかなかった。






キリカの腰にある菱形のソウルジェムはひび割れ、既に真っ黒に淀んでいた事に。













[28390] episodeⅠ χ世界線0.409431「通り過ぎた世界線」②
Name: かっこう◆7172c748 ID:3f6e4993
Date: 2011/12/18 22:44
未来ガジェットM04号『超誇大妄想狂【ギガロマ二アックス】』
この世界線で創り上げた魔力を用いた未来ガジェットの四号機。
01~03はこの世界線には存在しない。
それらを作るには「彼女達」の協力が必要なのだから。
このガジェットは“使用者と対象者を選ぶ”ガジェット。



『ギガロマ二アックス』
岡部倫太郎の世界にいた“VR技術を使わずに妄想を現実に変える力を持つ者”。―――魔法のように
自分の妄想を現実に書き換えたり他人の妄想を見る事ができる。「妄想の剣」であるディソードをリアルブートされていない状態でも視認でき、自分のディソードを得ることで覚醒する。―――ソウルジェムを得るように
ギガロマニアックスが現実に変えた妄想は「エラー」と呼ばれた。―――世界の矛盾
ギガロマニアックスとして覚醒するには想像を絶するほどの肉体的、精神的苦痛を耐え抜いて己の剣を見つけ引き抜かなければならない。―――耐え抜く
それ故にギガロマニアックス全員が心の中に何らかの傷を持っている。―――心の傷

『ディソード』
ギガロマニアックス達が所有する「妄想の剣」。形状は所有者によって異なる。「あらゆるリアルブートのショートカットの鍵」であり、ディラックの海(負のエネルギーに満ちた人の深層意識の集合体)に干渉するための端末。
コレを手に入れることでギガロマニアックスはギガロマニアックスとして覚醒し妄想を現実に変える事(リアルブート)が出来る。ディソードそのものを真剣にリアルブートすることもでき、そのさいディソードはあらゆるどんなに強固の物質も容易く切断できる強力な武器になる。
ただし本来の用途はディラックの海に干渉しリアルブートを補助するための端末であり、剣の形状をしているが斬り合うために使用するものではない。
妄想の剣であるためリアルブートされる前はギガロマニアックスの人間以外には見えず他のギガロマニアックスにも触れることはできない、妄想のためあらゆる物を透過する。一度得る事が出来れば使用しないときにはディラックの海に収納され必要に応じて引き抜く事が出来る。
また妄想の剣であるためか、どの剣も長大だが重さを感じさせないように片手で振り回せるほど所有者の手に馴染む。

妄想を現実に、一見便利な力に見えるが限界もあるし副作用もある。ディソードはリアルブートする度に剣に『負の力』が蓄積されていき抑えきれなくなれば剣自体が意識を持つかのように暴走する。人体の構造を無視した攻撃を所有者の意思に反して行う。―――対価を望むように

『リアルブート』
妄想を周囲の人間のデットスポット(視覚の死角;人の視覚には、目に観えている映像には無意識の死角がある)に落とし込み、個人の妄想を周囲共通認識になることで現実化させる。本来無いはずのものを共通認識として量子力学的に現実化するため「無い物が有る様に見える」だけでなく最終的に『本当は存在していないハズのモノでも本物になる』。
しかし周囲共通認識は他人の視覚、周囲の人間に働き掛ける力なので一人では使えない、また『負の妄想』が作用しているので無闇に使えばやがては使用者に現実、妄想とのズレが起き『存在としての自己崩壊』が起きる。―――魔法少女の魔女化のように
リアルブートとはギガロマニアックス個人が考えている妄想を周囲の人間に認識させて現実に書き換える能力、ディソードを真剣(実体)化させることも指す。



またギガロマニアックスは他にも妄想シンクロ、思考投影、思考盗撮、思考誘導、五感制御等も行う事が出来る。

岡部の持つガジェットは『ノスタルジア・ドライブ』に残っているVR技術の概念的機能と岡部の記憶に残る『ノアⅡ』の資料を融合させて作った模索型のため本来の“ギガロマニアックスとしての力を引き出せない”。
岡部の使用しているディソードも今は繋がった佐倉杏子のディソード、深層心理(心理的外傷;トラウマ)をディソードとして概念化、ソウルジェムからの魔力を利用し固定化しているにすぎない。武器としてしか使用できない。魔女に対し十分な戦力だがギガロマニアックスとしての本来の力は発揮できない。


―――岡部が、杏子が真のギガロマニアックスとしての力を発揮するには“己の剣”を、肉体的、精神的苦痛を耐え抜く過程を得て、“他人のではなく”、“他人がではなく”、“自分のディソードを引き抜かなければならない”。







問い

―――貴方は誰?
―――・・・・・・・・

―――貴方は誰?
―――岡部・・・・倫太郎

―――貴方は誰?
―――岡部倫太郎

―――貴方は誰?
―――岡部倫太郎・・・・・唯の・・・

―――貴方は誰?
―――岡部倫太郎・・・・よく、分からない

―――貴方は誰?
―――岡部倫太郎・・・・・なんでだろうな

―――貴方は誰?
―――岡部倫太郎・・・・・話がしたい

―――貴方は誰?
―――岡部倫太郎、・・・・・力になりたい

―――貴方は誰?
―――岡部倫太郎・・・・・どうして

―――貴方は誰?
―――岡部倫太郎、俺は・・・・

―――貴方は誰?
―――岡部倫太郎、・・・・だめだ

―――貴方は誰?
―――岡部倫太郎、今度こそ――

―――貴方は誰?味方?
―――岡部倫太郎・・・・味方でありたい

―――貴方は岡部倫太郎?
―――・・・・・・・・・・

―――貴方は誰?
―――鳳・・・・いや、岡部・・・・・倫太郎

―――岡部倫太郎は正義の味方?
―――否

―――貴方は■■■ ■■?
―――否




世界線0.409431



――――17回

「岡部倫太郎―――」
「お兄ちゃん」

杏子とゆまが躊躇いがちに岡部に声をかける。気遣うように。まるで傷つけぬように。

「皆まで言うな・・・・・分かっている」

ブルー・メタルカラーの二股の大剣。ディソード『グラジオラス』を右手一本で重さを感じさせないように持つ岡部、しかし切っ先を床に落とす岡部には普段とは違うどこか憂鬱な口調だった。
岡部達の目の前には一人の少女が倒れている。
呉キリカ。先ほどまで岡部達三人と戦っていた黒の魔法少女。魔法少女狩りの魔法少女。倒すべき敵。

――――17回

「恐ろしいものだな・・・・・自身の強さを確認することは・・・・」
「お兄ちゃん!」
「ゆま!・・・・・アタシが言うよ」

血まみれで倒れる敗者の少女の前で、三人の勝者の胸に想うことは多々ある。
敵たるキリカをここまで痛みつけた事、それは覚悟していた。彼女は生半可な攻撃では止まらなかった。だからそのことは仕方が無いと割り切る。彼女は敵で、でも殺そうと思った訳ではない、ただ長引かせる訳にはいかなかった。彼女の異常なまでの力はあきらかに彼女自身を傷つけていた、早急に決着をつけるためには全力で叩きつぶすしかなかった。
キリカにこのまま魔力を行使させる訳にはいかなかった。岡部は知っている。魔力を、『負のエネルギー』をため込みすぎたソウルジェムがどうなるか知っている。
その果てを杏子とゆまに見せる訳にはいかない。“今はまだ”。故に岡部はキリカとの戦闘中まだ生きている人間を視界に映しながらもその存在を黙殺した。
結果、敵対者キリカを三人は沈黙させる事が出来た。今のキリカは満身創痍、先ほどまでの力戦奮闘の戦いは終わり魔力で出来た鍵爪は消失、血だまりの中で荒い呼吸を苦しそうに繰り返している。岡部達のやったことだ。
ゆまは気づいていなかっただろう、戦闘に集中していたから。杏子は分からない、気付いていなかった可能性もある。キリカと正面からまともに戦えるのは杏子だけ、必然的に一番負担がかかる。もしかしたら助けを求めていた人間を見逃していたかもしれない。
それは結果的に襲われている者を見捨て三人がかりで追い詰めた一人を血だまりにした。

――――17回

三人の胸に想うことは多々ある。しかし上記で記した通り気づかなかった、見落としていた、仕方が無かった。訳もある。動機もある。理由もある。故にそれらは三人の中では、特に杏子とゆまはあまり気にしていなかった。
気にする余裕が無かった、気づいていなかったから。
キリカは血まみれだが魔法少女である彼女達が一番知っている。“この程度では死ねない”。死なないのではなく死ねない。
二人が今一番気にしているのは岡部の事。視線を足下に、知らなかった事に気づき落ち込んでいる岡部。
二人は目の前で肩を落とす年上の男に声をかけづらかった、しかしこのまま此処でじっとしている訳にはいかない。
ゆまが岡部に慰めの言葉をかけようとし、杏子がそれを止める。
今の岡部に必要なのは慰めでは無い、“叱責”だ。
杏子は戦士として岡部に伝える。

「岡部倫太郎」
「バイト戦士・・・・・・」

岡部は大丈夫だと、理解していると伝える。だから何も言うなと。言わないでくれと。
だが杏子は容赦しない、確固たる真実を伝える。

――――17回

誰かが伝えなければならない。前に進むために。これから先も戦い続けるために。岡部と繋がった杏子が、ゆまよりもきっとこの中で―――杏子が伝える事が正解なのだ。


        「アンタ弱すぎるだろ!!!」


この瞬間は魔女の結界の中でも、少しだけ日常の三人だった。

二人は気づいていなかった。二人は本当に気づいていなくて目の前の敵に集中していたから。
だから岡部だけが知っていた。背負わなければならなかった。
原因は全て、岡部なのだから。
だから岡部だけが三人のいつものやりとり、しかし表面上はともかく内心では独りだった。
岡部倫太郎の弱さは、どこまでも岡部倫太郎のせいなのだから。







「なんなんだよそのトロさは!?いつもよりダメダメじゃねぇか!」

杏子の怒り爆発。17回、それはキリカとの戦闘で岡部が死にかけた回数。

「エラソウナコトイッテスイマセン」
「ねぇ杏子、ゆまのジェム大丈夫?」
「・・・・・・すまん」

岡部が謝りさらに落ち込む。
ててて、と杏子に近づき首筋についたソウルジェムを確認してもらう。ゆまのソウルジェムは自分では確認しづらい位置、杏子がゆまの髪を掻きわけ確認する。
ゆまの白い健康的な肌に装着されたソウルジェムはほとんどが真っ黒に染まっていた。岡部のたび重なる回復を行った結果だ。
ゆまの回復魔法が無ければとっくに岡部はこの世界から退場、弾き飛ばされていただろう。
ディソードを手に、杏子の力を32%落ちとはいえかなりの魔力行使を出来るにもかかわらずこのありさまだった。

「ねぇ大丈夫?ゆま大丈夫?」
「・・・・・・・」 じろっ
「・・・・面目ない」 さっ

不安そうにするゆまの首筋に予備のグリーフシードを当てながら岡部を睨みつける杏子、視線を逸らす岡部。
ゆまからは見えないが黒い煙、かなりの量の穢れが予備のグリーフシードに移った。

「―――うん大丈夫、ありかどう杏子!お兄ちゃんも気にしないでね、ゆまは大丈夫だから」
「・・・・・・・・」

ジェムが浄化されたのを感じたのだろう、ゆまは『元気』とアピールするように岡部の胸に跳びつき笑顔を向ける。
満面の笑みを浮かべるゆまが眩しすぎて岡部は泣きたくなった。
なんだろうか、強力な武器、人間を超越した身体能力、数々の戦闘経験。それらを得てなおこの“弱さ”・・・・・・マッドサイエンディストは頭脳派ですから・・・・・言い訳としては最低ではなかろうか?
ああ、こちらを気遣う少女の優しさが岡部の心を抉る抉る。

(―――――戦える、俺は―――岡部倫太郎は戦える)

己を鼓舞し無理矢理復帰する。
岡部とて、ただやられた訳ではない。
キリカの強力な攻撃を受けたとき、岡部を殺しえる攻撃を行ったとき、それはキリカの隙でもある。その瞬間を杏子は攻撃、ゆまは岡部を回復、ゆまの回復魔法により痛みを感じる間もなく回復と即反撃に移せる岡部、結果的にみればキリカを無力化させるのを短時間で出来たのは岡部の文字通り身を呈したおかげともいえる。

「お兄ちゃんは弱くないよ!」
「いや―――弱いだろ」

ゆまと杏子の言葉を受け“俺は傷ついていないぞ”と示すように岡部が声を上げる。

「フゥーハハハハ!ぶぅわかめバイト戦士ぃ、俺が全力で戦っていたと思うのか」
「ほら杏子!お兄ちゃんは本気を出していなかったんだよ!」
「あの状況で出し惜しみする意味があんのかよ・・・・・んじゃ、どの程度本気(?)だったんだ」
「なに・・・・・ほんの九割五分といったところか」
「ほぼ全力じゃねえか!」

杏子の指摘に岡部は不敵な笑みで答える。

「次は全力を出す」
「いやもう・・・・いっぱいいっぱいだろ」
「だすー!」
「ゆまっ、こんなの真似しちゃダメだ」
「こんなのとはなんだバイト戦士」
「なんだー!」
「ええぃくっそっ、なんでこんなに懐いてんだ?最初はアタシの言う事聞いていたのに」
「仁徳だ!」
「だー!」
「―――ああ、ゆまがどんどん残念な子に」

杏子が肩を落とす。ゆまが岡部に抱きついたまま笑う。
岡部もそんな二人を見て自然笑顔になった。
魔女も織莉子も残っている。しかし最強の敵は間違いなくキリカだ。そのキリカは既に撃破済み。
最大の脅威はとりあえず沈黙した。後はキリカを拘束して魔女を排除、白の魔法少女織莉子を問い詰め今回の騒動に決着をつける。

それでグランドフィナーレだ。









岡部は■■■ ■■を演じる。
『かつて』のように
『今』を生きるために
『いつか』を迎えるために

「くふっ、・・・・・・・ッ、くく、・・・・・くふ・・・ふ・・・」

そこに、岡部達とは別の声が聞こえた。

「・・・・・・呉キリカ」

岡部の視線の先、血だまりの中でキリカが笑っていた。

「くくく、・・・・・・ごふっ・・・・ッウ・・・・ふっ・・・ふっ・・・・ふふ、あはっ」

笑っていた。死臭がそこらに立ちこめる世界で。

「あははっ、なに・・・・それ?げっ・・・・ふぅ・・・ふっ、くくく」

嗤っていた。視線だけを岡部達に向けながら。

「ふふ・・・あはっ、あははははは!なにそれなにそれ?あはははははははははははははは!」

嘲笑っていた。“岡部倫太郎を”。

「あはははははははははははは!ねえ岡部倫太郎!―――――君は一体誰を演じているの?」


“自身”を演じるのに必死に、躍起になっている男を―――心の底から嘲笑っていた。







岡部倫太郎は“道化”を演じる。少しでも“彼に近づけるように”


満面の笑みを浮かべるゆまが眩しすぎて岡部は泣きたくなった。―――本当に泣きたかった その弱さに

マッドサイエンディストは頭脳派ですから・・・・・言い訳としては最低ではなかろうか?―――そう思いこむ 自分はマッドサイエンティスト

(―――――戦える、俺は―――岡部倫太郎は戦える)―――岡部倫太郎のように ■■■ ■■の様に

岡部とて、ただやられた訳ではない。―――そう信じたい

結果的にみればキリカを無力化させるのを短時間で出来たのは岡部の文字通り身を呈したおかげともいえる。―――そう思いたい そう思わせてくれ

“俺は傷ついていないぞ”と示すように岡部が声を上げる。―――解りやすく、彼のように 演じる

杏子の指摘に岡部は不敵な笑みで答える。―――かつての彼のように 今はいない彼のように

杏子が肩を落とす。ゆまが岡部に抱きついたまま笑う。―――笑える、もう演じなくとも笑える




何という滑稽。愚者。道化。自分と彼は同一にも関わらず――わざわざ演じてきた。

「あはははははははははははは!ねえねえ岡部倫太郎!―――――君は一体?あはははははははははははははははは!」

呉キリカは岡部倫太郎を笑う。

岡部倫太郎は岡部倫太郎を必死に演じていた。
岡部倫太郎は自分自身を必死に演じていた。

岡部倫太郎は自分を―――――――鳳凰院 凶真を必死に演じていた。

裏表なんかじゃない。共に表であり裏であった彼を、鳳凰院凶真を、岡部倫太郎はいまだに失ったままだった。




魔法少女に宿る魔法は感情を源とする。
それはエントロピーを凌駕する力。
論理(ロジカル)ではなく感性(リリカル)で。
程度はあれ魔法少女の使う魔法の行使には感情は必要不可欠だ。
それは『失われた過去の郷愁【ノスタルジア・ドライブ】』で繋がった力も同様。
魔法には感情を。想いを乗せる。
愛 正義 希望 憧れ 意思 色欲 友情 強欲 憤怒 恋慕 怠惰 憂い 傲慢 嫉妬 絶望 情熱 恐怖 喜び 悲しみ 憎悪 情熱・・・・執念・・・etc
感情が必要だ。想いが必要だ。
―――かつて岡部の『執念』は異常だった。
ただ一人の女性を助けるために『運命』と、『世界』と戦い続けた。
人でも魔女でも世間でも時代でも善でも悪でもない『世界そのもの』に抗った。
世界中の人々の為でなく、名誉でも栄光でもなく、ただただ大切な一人を助けるために。
何度も絶望し失い死にかけた。何度も諦めずに立ちあがりその度に裏切られ、それでも足掻き続けた。
心は色あせて精神は摩耗し感情を失い続けた。
繰り返される死とタイムリープ。
永遠に戦い続けて。
繰り返し傷ついて。
何度も失って。
戦うことも傷つくことも失うことにもにも慣れて。
仲間の想いを振り切り無かった事にしてきた。
戦って戦って戦い続けた。
その事を誰にも理解されなくても、全ての人々に忘れ去られようとも。
確かな努力と苦闘に、誰も報いないとしても。
誰もが受け止めきれず、無価値なものとして廃棄されても。
例えその先に『彼女』との再会がなくても。
繋がりが無くとも。
自分の事を憶えていなくても。
感謝されなくても。
自分以外の誰かといっしょになっても。


二度と会えなくても。


それでも―――それでも生きていてほしかった。


ただそれだけのために世界と、運命と戦い続けた。
その『執念』は。岡部倫太郎の『執念』は確固たる力を魔法の力に変換できる――――ハズだった。
その執念はこの世界に、ハコの魔女に出会ったことで完全に消失し、それは同時に岡部倫太郎という人間についに訪れた安息だった。

その瞬間、岡部倫太郎はようやく“終える事が出来た”。受け入れる事が出来た。




「あはははははははは!ねぇ岡部倫太郎、わかるよ分かるよ解るよ!私にはわかっているよ!君は―――」
「―――ッ!」

ダンッ!

キリカは傷つき倒れている。しかし彼女からは新たな魔力放出を感じる。
それは暗く黒い歪んだなにか、純粋な魔法少女じゃない岡部には詳しくは解らないが“アレ”は魔法少女とは対極の力。
岡部はしがみついている少女を引き剥がすほどの加速で地を蹴りキリカに迫る。
その速度、先ほどまでとは比べられないほどの魔力行使。
動けないキリカとの距離を一気に詰める。視界に、血だまりに伏せているキリカの床と体の間から何かが蠢いている。

ザンッッ!

一閃、紫の光を刀身に宿らしたディソードがなにもない空間を突く。
岡部の視界の右端にシルクハットの使い魔に背負われたキリカ。

「あははははは!」

人間サイズの――キリカを背負い跳躍することのできる大きさの使い魔がいきなり現れた。キリカを守る様に。魔女の手先が人を守る。
何度も枝豆のような体躯くねらせ跳躍し岡部達から距離を置こうとする。

「またかッ」
「岡部倫太郎!君と私は同じだ!―――同士だ!」

まるで味方のように、認めよう―――キリカは使い魔を使役している。
どこか上機嫌のキリカの言葉を岡部は無視するように剣を構え直し再度追撃する。

ザンッ!

ディソードが振るわれる度に響く不協和音。

「もう“止めろ”!」
「くふふ・・・・あはははははは!」

キリカの失笑は止むことなく響く。それに呼応するように使い魔が壁や床から生えてくる。

「君は私と同じだっ、変わりたいんだ!今のままの自分じゃ役に立たないから!」
「違う!」

ディソードを振るう。キリカを守る様に多数の使い魔が岡部の進路を塞ごうとするが刀身に宿る紫色の光が増加し―――

ゾンッ

紫電一閃、重みを持った音が響くと同時、キリカと岡部の間に入った使い魔、キリカを乗せ跳躍し逃走しようとする使い魔が両断される。
岡部は地を蹴り空中で使い魔を失ったキリカの襟首を掴み上げ落下のエネルギーと強化された力を合わせそのまま床に叩きつける。
どん! と床に罅がはしるほどの衝撃を受け身もとれないまま叩きつけられ、キリカは口から血と苦悶を吐き出す、しかしキリカは自分を抑えつける人物に笑みを魅せる。

「がっ、はは・・・は、確かに違う・・・・私と・・・・・同じだ、そして全然違う」
「いい加減にしろ!限界だぞ」

長身の岡部に首元を掴まれたまま持ちあげられ足が宙に浮くがキリカの失笑は止まらない。

キリカは変わりたいと願った。
この世のすべてがキライだった。興味が無かった。
『そうなんだ』で全部返せるようなスカスカの会話、バカ丸出しの友情ごっごや恋愛ごっこ。
ああ ぜんぶ くだらない    ―――そう思っていた。

「変わったんだ」
「呉キリカ、いいかげんに―――」
「織莉子と出会えた、変わりたいんだ・・・・・・変わりたかったんだ」

ぜんぶ―――嘘だった。
何もかも興味が無いなんてウソだ。
何にも興味ないフリをして、みんなを見下したフリをして妬んでいた。
私なんかのことを気に留めてくれる人なんていない。
そんな自分が嫌いだった。
そんなときに出会えた、美国織莉子と。
変わりたい・・・・違う自分になりたい。
例えば陽気で感情表現豊かな明るい少女。
笑顔で人と接することを臆さない少女。
それを望んだ少女がいた。対価に魔法少女になる事を選んだ。
それがキリカ、呉キリカ。今のキリカは願いで手に入れたニセモノでホンモノ。

「同じだろ岡部倫太郎、自分じゃ戦えないから誰かを投影してなりきる、そうでもしないと“支えきれない”んだよね?」
「・・・・・・・・」
「それとも異常なこの関わりから少しでも離れるための自己防衛?違う、君はそこまで弱くない。今の動きはなかなか・・・・さっきまでと全然違うじゃないか?」
「・・・・・・・・」
「君は異常だよ、弱くないのに弱すぎる」
「俺は―――」
「君は守らなかったの?私は手放さないよ・・・・・変わった自分を」
「・・・・・・」
「私は絶対に守って見せる」

私はお前とは違う 
それは同士と言いつつも拒絶する同族嫌悪。
たとえニセモノでもそれは呉キリカ。確固たる自分。
一度捨てたのに再び手に入れようとする岡部を憎む、憎悪する。
「それ」をもって織莉子の邪魔をする岡部倫太郎を嫌悪する。
だから失ったものをかき集め模倣して足掻く岡部を笑う。

「お前は“放りだしたんだ”、“手放したんだ”」
「・・・・・・ああ、そうだな」

キリカは魔法少女に、変わった自分になって織莉子と共にいる。
例えそれが魔法で、奇跡で生まれたモノでも構わない、彼女はそれを知った上で共にいてくれる。
弱さを知っても一緒にいてくれる。一緒にいてほしいと思ってくれる。
キリカは変わった自分を誇りに思っている。織莉子と共に歩めるキリカ(自分)を。

「私は例え“どんな姿になっても”織莉子を守る」
「―――――君は」
「その強さをくれた今の私を絶対に捨てない、変わった自分を手放さない。無かった事にしない。全部で彼女を支える」

例え“死んでも”織莉子を守る。
例え“役目を終えても”見捨てない、手放さない。
有限たる存在でも無限に存在してみせる。

「―――“止めろ”」
「君も同じじゃないの?後ろの二人の為に戦っているんじゃないの?わからないなぁ、どうしてそんなに弱いの」
「呉キリカ、それ以上の魔力の―――」

死にかけの状態から既に会話ができるほど回復したキリカから感じる力に岡部は憶えがある、「コレ」は―――

「“君達”は強い筈だろ」
「――――ッ」

岡部倫太郎を強いというキリカ。同時にそれは鳳凰院凶真も強いという事。魔法は感情、テンションで効力を発揮するならきっと厨二病で形作った“彼”の方が適任だろう。誰かを守るためのペルソナたる鳳凰院凶真は常に自信に満ち溢れていた。例えそれが仮初の虚勢だとしてもそこにあった感情に諦めも絶望も無かった。独善的になれず、誰よりも独善的になるしかなく足掻き続けた優しいマッドサイエンティスト。それが鳳凰院凶真。
『彼女』を失ってからの―――主観で半世紀以上の繰り返しで埋もれていった彼。
神に、奇跡や運命に抗い続ける岡部倫太郎よりも鳳凰院凶真の方が魔法と言う奇跡を扱える。
岡部倫太郎は奇跡や運命といったモノと戦い続け否定してきたから。
―――でも両者に明確な違いなんかない、だから誰が魔法を使うとか、ましてや演じるとかは関係ない、二人は同じ人間で同一。
鳳凰院凶真のように岡部倫太郎は諦めることも絶望もしなかった。岡部倫太郎のように奇跡や運命を否定してきた。否、諦めても絶望しても歩みを止めず戦い続けた。
二人は同じ表と裏じゃない、ましてや二重人格じゃない、上も下もない、照れ隠しで恰好つけで出してしまうその場しのぎの感情の一部程度ともいえる、でもそれ以上に大切な自分の『感情』。

「なんで強い自分を捨てたの?あはははは!今の君はちぐはぐだ、空っぽだ!」

キリカは鳳凰院凶真を知らない、この世界で彼を知っている者は岡部を除いていない。
この「魔法のある世界」で一度も岡部は鳳凰院凶真になっていない。演じているだけ。それも最近ようやく演じるだけの余裕ができた。
長い年月で忘れた―――と言う訳ではない。岡部倫太郎と鳳凰院凶真は同一。どちらがかが欠けることはありえない。
“鳳凰院凶真がいないということは岡部倫太郎もいないということ”。
“彼が鳳凰院凶真でないならこの岡部倫太郎は岡部倫太郎ですらない”。
キリカは「捨てた」と言ったが正確には違う、でもそれは当たっているのかもしれない。岡部は確かに手放したと言っても過言ではない。自分自身を。
キリカの欲しかったものを岡部倫太郎は手放した。「ソレ」を願ったキリカには許せない。
大切なハズのそれを捨て、再び得ようとする勝手が許せない。
キリカは鳳凰院凶真を知らない。しかし解る、彼女の望みは「ソレ」だから、求めたから、同じように求めている岡部の事が解る。
漠然とだが岡部倫太郎には違和感があった、存在が薄い、まるで自分自身が無い、だから戦える。『キリカの鍵爪に自分から突っ込んでくる』ことができる。
己が無いから戦える。犠牲に出来る。その身を。その命を。

「諦めたの?」

生きる事を

「・・・・違う」

キリカは目の前の青年に問う。“諦めた”のか。“見捨てた”のかと。だから演じるのか、生きている振りをするために。諦めたのを否定するために。
岡部はその問いに答えきれない。是とも言えるし否とも言えるから。
でもキリカは一つ勘違いをしているとも言える。
岡部は諦めなかった、見捨てなかった、その結果“こうなった”。
今の岡部はかつての自分を取り戻そうとしている、失った自分を、岡部倫太郎を、鳳凰院凶真を。
バラバラに砕けた自分を取り戻そうとしている、ただ鳳凰院凶真より先に岡部倫太郎を大分取り戻せただけ。
どうしてこうなったのか―――分かっている。

だって―――


「君は・・・・・なんで生きているの?なんのためにここにいるの―――もういない筈だろ、だって君は捨てたから、失ったから、君はもう――」

キリカは気づいている。岡部倫太郎は既に――――




とっくに■わっているから、鳳凰院凶真も、岡部倫太郎も。
そしてまた■わる、キリカの言葉で。バラバラになる。
それを知っている。“だから”――



「―――――――――――――――ねぇ、もう殺そうよ」

少女は動いた。

ゴキン

キリカの支離滅裂な、しかしどこか真実である言葉に反論しようとした瞬間に第三者の声。
同時に肉が潰れ骨が砕ける音を岡部は聞いた、掴み上げていたキリカが急に視界から消えた。

「が!?―――こっの!!」
「ん」

ぐしゃり

キリカは突然の攻撃に吹き飛ばされながらも使い魔に迫りくる敵を迎撃せんと床から召還し差し向ける。しかし敵対者は現れた小さな使い魔を片手で握り潰しハンマーを持ったもう片手でキリカを再度殴打した。

「もういいよ、おねえちゃん」

それは一瞬の出来事。
しかし吹き飛ばした相手を追いかけ空中で再び殴打した人物は、今の一撃でほとんど死にかけだった少女に手加減なく再び武器を叩きつけた。

ドゴンッ!

「――え?」

岡部は突然の事態に間抜けな声を出してしまう。
キリカは吹き飛ばされ何度かバウンドし床の上を数mすべりようやく停止した。―――動かない。
キリカを掴んでいた手に僅かな痺れを感じながら岡部は視線を下に、キリカを攻撃した少女をみる。
現れた使い魔を片手間に退治しながら会話を聞いていた杏子は唖然とした。

「んっ、まだ生きてる」

キリカを殴打し吹き飛ばしたハンマーを担ぎ直した少女はキリカの生存を確認し再び攻撃しようと駆け出す。
『殺そう』。視界映る少女がそんな言葉を発し、実行しようとしていることに岡部と杏子は思考が停止した。
“千歳ゆま”は猫型ハンマーに魔力を宿らせ一気に倒れているキリカへと接近し武器を無防備な頭にむかって叩きつけようとする。
停止していた思考が一気に覚醒し震えるように叫ぶ。

「ゆま!」
「よせ!」

ずがんっ!

杏子と岡部の静止の声を掻き消す轟音をたてたハンマーをゆまは見下ろす。

「――――ッ」

キリカは最初の一撃でほとんど死に体になっていて身動き一つしなかった、今も荒い息をしていることから生きている事は確認できるがさっきから意識は無く無防備だ、避けきれない、しかし無防備に今の一撃を頭に喰らって生きているはずが無い。

「杏子邪魔しないで!」

つまりキリカが生きているのは邪魔が入ったから、ゆまは人殺しにならずにすんだ。ゆまのハンマーはキリカのすぐ横に打ちつけられていたから。ハンマーの軌道をずらした鎖が巻きついている。
静止は間に合わず、キリカは動けない、ゆまは加減するつもりはなかった。
キリカが生きているのは杏子が間に合うだけの力量を持っていたから、しかしギリギリ、正真正銘ギリギリだった。杏子が間に合ったのは本当に奇跡とも言えた、あと少しでも反応が遅れたら、N・Dによる強化がなければ、間に合わなかった。本当に奇跡的に間に合った、ゆまが人を殺すことを阻止できた。
その事に安堵し、しかし冷や汗を拭う間もなく再びハンマーを構え直すゆまに杏子は――――

「ゆまやめろ!何をしているか解ってんのか!」
「お兄ちゃんを“殺そうとした”!」

杏子の叫びを無視して ぶんっ と再び振り落とされたハンマーを今度はキリカとの間に入ってきた岡部のディソードが防ぐ。

「止めろ!」
「―――もうっ邪魔しないでよ!!」

半端に振り下ろされたハンマーを受け止められたゆまは苛立ったように岡部のディソードにありったけの魔力を込めたハンマーを打ちつけた。

「っ、おぉ?」

地力の差か、武器や魔法の特性か、遠心力も勢いもほとんど無いハンマーに岡部は吹き飛ばされる。『ゆまに攻撃された』。その事が吹き飛ばされながらも思考を乱し着地に失敗、岡部は背中から床に落ちる。
吹き飛ばされた岡部を見てゆまは泣きそうな顔を浮かべた―――――が、即視線をキリカに切り替えハンマーを振りかぶり――

「いいかげんにしろ!」

ハンマーに巻きついた鎖が体全体に巻きつき引き寄せられ杏子の元まで引きよせられそのまま床に抑えつけられる。
ゆまは苦しそうにせき込むが杏子は手加減しない、瞳に怒りを宿しながら叫ぶ。

「おまえはなにを―――!」
「邪魔しないで!!!」

が、ゆまは杏子の台詞を遮り叫ぶ。魔力を解放し杏子を振りほどこうとするが元々の強さ、加えて今の杏子は強化されている。ビクともせず、しかし抵抗は止めずゆまはもがく。
一方杏子はゆまから言い返されるとは思ってもいなかったので内心では混乱していた。しかし抑える力は緩めない、絶対に。
う~と唸るゆまを杏子は睨みつける。

「離してよぉ!」

ゆまからの初めての反感、少なからずショックを受けつつも次第に思考は復帰した。岡部も起き上がり此方に向かって駆け寄ってくる。

「どうしてあんなことした!」
「う~ッ」

もがき続けるゆまに杏子は問いかける。疑問がある。「お兄ちゃんを“殺そうとした”!」とはいうが岡部とキリカは会話をしていただけだ。ゆまがいきなり殺すほどの動機とも言えない。何よりさっきまでの戦闘中岡部は何度も死にかけた。怒るならその時のはずだ。その時のゆまは相手を殺そうという殺意は無かった。

「お前がいれば岡部倫太郎は死なない、そうだろ」

いざという時には人を殺すことも見捨てることもある、しかし今は違う。
不穏な魔力行使はあったがすでに敵たるキリカは無力化されていてあそこからは脅威にはならない。わざわざ殺す必要もない。
だから言いきかす、しかし

「あの人はお兄ちゃんを殺す!」

断言。ゆまがいれば死なない、彼女は欠落した体の部位を瞬時に復元できる回復魔法を持つ、しかしゆまはそれを否定する。だから殺す。
子どものように単純で、大人のように効率的な判断。
生きる、生き残ることの意味をゆまは知っている。死ぬ事、殺される事の意味を知っている。
短い時間ながらもゆまは杏子と岡部と共に生きてきたのだから。

「杏子は直接見てないから――――聞いていないから解らないんだ!」
「いいから一旦落ち着け!並大抵の事じゃアタシも岡部倫太郎も死なな――」
「死んじゃうの!お兄ちゃんは簡単に死んじゃうの!」
「ッ、――――たしかに今日は調子が悪そうだけどゆまもアタシもいるんだ、それに―――」
「違う違う違う!杏子は解らないんだ!」
「だから・・・・なにを?」

要領を得ない会話だと判断しゆまに何が問題なのか話させる。
見たことないほど、ゆまが魔法少女になった時、それを否定してしまったときよりも興奮している今の状態ではまともな会話は困難だと思いながらも―――

「お兄ちゃんの“ディソード”!!!」

それだけで――――納得した。

ゆまはそれこそ命がけで回復魔法を使い杏子と岡部を治療するだろう。
でも―――あれは“無理だ”。
どうしようもない
どうにもならない
成長しても
強くなっても
治しても
治せても
あれはどうしようもない
どうしようもなく―――どうしようもない
自分達とは違うモノだった
強いとか 弱いとか
そういうモノじゃない
異常で異様で異形だった
ああはなれない アレはありえない アレはなりようがない
違う―――アレは違う

罅割れ砕けたディソード
色あせた装甲
バラバラになった心
無理矢理繋ぎ合わせた精神
消滅した想い

どうしようもないほど壊れていた
どうにもならないほど壊れていた
どうにもできないほど壊れていた

佐倉杏子が思った通り、岡部倫太郎は既に終わった人間だった

岡部倫太郎はこの「魔法のある世界」にきたその日に死んだ
喜びも怒りも悲しみも寂しさも理想も悲願も希望も絶望も耐えてきたその瞬間までずっとずっと保ち続けてきた
狂えばどんなに楽だったか、壊れればどんなに楽だったか、諦めればどんなに楽だったか、死ねればどんなに楽だったか
繰り返されるタイムリープ、託される技術と想い
全てをやり遂げた、そしてそれを観測した
それはため込んでいた全てから解放されたと同時に全てが終わった
心を、精神を壊れる度に補強し、狂う寸前に修正を繰り返した反動なのか
例え死んでもその執念を別の岡部に託し続けた
狂うことも壊れることも出来ないまま頑丈になった精神がようやく役目を終えた
諦める事が出来ず走り続けるしかなかった男がついに足を止めた
死にたかった訳じゃない
生きたくなかった訳じゃない
死ぬべきだった訳じゃない
ただ、多くの岡部倫太郎はついに辿りつけさせる事が出来た 
『彼女』が生きている世界線『シュタインズ・ゲート』
呪いにも近い輪廻から解放され足を止めて休むことが―――“終わる”事が出来た
例え死んでも消える事の無かった執念は、ここにいる岡部倫太郎と共に終わる事が出来た
行き詰まり息詰まり生き詰まったといえる永遠の繰り返しで止まる事も休むことも狂うことも死ぬことも出来なかった

―――ようやく肩の荷を下ろすことが出来た

やり遂げた達成感、同時に来る底抜けに虚ろな喪失感
擦り切れ続けた全ての感情は反動を受け―――岡部倫太郎の精神は鳳凰院凶真と共に砕け散ったように『終わった』

リーディング・シュタイナーを持ち数多の世界線を越えて世界に挑み続けた。
アトラクタフィールドα、βに多大な影響を与えてきた。
あらゆる陰謀と絶望にも最後まで抵抗し続けた。
大切な人を助けるため一世紀以上の時間を生きてきた。
力尽き倒れてもその想いと経験を託し託され繋いできた。
きっとどれもが偉業だった。

でも だけど  だからこそ   どうか理解してほしい

どれほどの功績を残そうと どれだけの性能があろうと 岡部倫太郎は 鳳凰院凶真は

ただの 日本の何処にでもいる一人の人間だった

ただ、彼には支えてくれる人達がいて、戦う手段と、やるべき理由と、やり遂げる意思があった

でも、それでもやっぱり彼も、ただの一般人だったのだ

物理的に死んだわけじゃない、でも生きているとも言えない、狂ったわけでもない、でも壊れてしまった
終わることができた、終わってしまった、岡部倫太郎はどうしようもなく――――――『終わった人間』だった








「お兄ちゃんはよわいもん!つよくなんかないもん!」

ゆまは涙交じりに叫ぶ。事実岡部は弱い、だが強い。魔法は感情で扱うモノだから。

「お兄ちゃん死んじゃうもん――――もうッ、わけわかんないぐらいボロボロなんッ・・・だ・・・・ひっ・・・ぅっくぅ」

ゆまはFGM04号『超誇大妄想狂【ギガロマニアックス】』で岡部がリアルブートした自分のディソードを持った事がある。
あの時、廃墟と化した教会で響く耳をつんざく強烈な高音。凶暴に猛烈に反響の咆哮。
ものすごく手に馴染んだ。それこそ己の手足のような感覚で、重さを感じさせることなく振り回す(その際に教会に無視できないダメージを与えた)ことができた。
そして漠然とだが理解した。“コレ”は自分だ。ディソードは千歳ゆまそのものといっていい存在。
自身の身長を超える従来の剣の形とはかけ離れた板状のディソード『スノードロップ』。
その名の可憐さからは想像もできない暴力性を秘め、敵を叩き切り打ちのめす凶器の刃。
敵対する者を徹底的に排除する巨大な剣。
杏子のディソード同様メタルカラーの傷一つ無い美しさと強靭さ、神聖で邪悪な二面性を持つ圧倒的存在感を持つモノ。
コレが千歳ゆま。
それを否定できないほど理解させられる。
己の内面にある恐ろしく醜い闇。しかしそれを不思議と受け入れられた、その恐ろしいまでの暴力性を秘めた剣は紛れもなく自分だと。
自身の心と向き合えた。少なからずショックはあったけどこの“温かい”剣は自分の最高の味方だと思えたのだった。

このガジェットはきっと自身と向き合える『善』いガジェットだと思った。

岡部のディソードを見て致命的な間違いだと痛感した。
岡部は完成したばかりの未来ガジェットM04号の動作テストとして杏子、ゆまのディソードを引き抜き、最後の調整で今度は自分のディソードを引き抜いた。

―――未来ガジェットM04号『超誇大妄想狂【ギガロマニアックス】』起動
―――デヴァイサー『岡部倫太郎』
―――Di-sword『――――』

引き抜いて、岡部は自身の内面と向き合った。
壊れていた 砕けていた 傷ついていた 色あせていた 終わっていた
ソレは全身に罅が走り装甲は砕け内部を血のような光が脈動していた。自身の内側から出る音でいっそう亀裂を広げ苦しんでいた。
そのとき、岡部倫太郎はどこまでも壊れてしまった自分にようやく気付けた。杏子もゆまも。

『―――――――』
『岡部倫太郎・・・・これは・・・・』
『なに・・・・・これ?』

杏子のディソードもゆまのディソードも巨大で長大。絢爛豪華。神聖邪悪。形状こそ違うが強靭な威容、圧倒的存在感、力強さ、生命力に溢れていた。

―――ズキン

岡部のディソードも巨大で長大、人一人磔にすることも出来そうなほどの大きなディソードだった。
岡部には強力なリーディング・シュタイナーがあり、無意識の別世界線の記憶が常人よりも謙虚に現れる。かつてハコの魔女がそれをのぞきこんだように。
もしかしたらソレと関係しているのかもしれない、関係ないのかもしれない。別の世界線の岡部の意識、記憶とも関与しているかもしれない。
M04は模索型で副作用も誤作動も解らないのだから。

―――ズキン

どうしようもないほど壊れていた
どうにもならないほど壊れていた
どうにもできないほど壊れていた

―――ズキン


「お兄ちゃんは殺させない!絶対に守るんだから!」


それは痛がっていた、まるで傷口を無理矢理縫合し余計に痛みを感じているようで
それは苦しんでいた、動けない体に鞭打ち再び走りだすことを強要されているようで
それは泣いていた、訪れた安息をかき乱されたことによりまた繰り返すことを嘆くように
それは叫んでいた、もうやめてくれと 無理だと
それは訴えていた、もう嫌だと 耐えられないと

―――ズキン

ソレは終わっているのに続いているようで
ソレは死んでいるのに生きているようで
ソレはまるで――――ゾンビのようだった


「傷ついたらゆまが治す!泣いたんなら一緒にいるもん!でもっ、だけど―――」


元より岡部倫太郎は体が傷つくだけでは死なないし死ねない、やるべき事があるから。
知っている、彼は傷つくだけでは止まらない、いや“止まれない”、止まるつもりもない。

―――ズキン

でも死ぬときは死ぬ、それは理解している。だから守るんだと、この身の奇跡はその為の物と思った。

―――ズキン

ディソードは心の形、自身の写し見、それを知って理解した。

―――ズキン

ゆまは岡部倫太郎と佐倉杏子の事が好きだ。
ゆまは親からの虐待を受けていた、体中にその痕を残すほどの身体的虐待もザラにあったがその親はもういない、魔女によって殺された。
ゆまは杏子によって助けられた、岡部ともその時に出会った。

―――ズキン

あんな親でも死んだ時は悲しかった、そして自分も杏子のように魔法少女になりたかったがそれを杏子に否定されたのは悲しかった。役立たずだと思われたくなかった。
一人になるのは嫌だから。

―――ズキン

ディソードを、『ソレ』をみた岡部の表情は慌てるわけでもなくショックを受けているわけでのない、どこか納得したといった顔だった。

―――ズキン  ズキン        ズキン

二人の事が好きだ。出会って二週間しかたっていないが三人での生活はとても充実していて幸せだった。
目覚めたときにやさしい朝を感じることができた。
おはようと声をかけられるたびに温かい気持ちがこみ上げた。
共に戦うことができない自分が悲しかったが、そんな自分のもとに二人はいつも帰ってきてくれた。
自分を気にかけてくれることが嬉しかった。
傍にいられる時間が堪らなく愛おしかった。
頭を撫でてくれる感触が大好きだった。


「お兄ちゃんは死んじゃうの!よわいんだもん・・・・・もう・・・・いつ・・・・んでも・・・・おかしくないもん―――」


嗚咽がこみ上げてきて、ゆまは杏子に伝えたい事を言葉にできない。
二人は強かった、杏子も岡部も常に魔女に怯まず戦っていた、負けなかった。
二人が一緒なら、そこに魔法少女になった自分の魔法も加わるならどんなことがあってもどんな魔女が来ても大丈夫だと、現実の冷たさを知っていながら何一つ不安を抱くことなく過ごしていた。
ゆまは岡部倫太郎がギリギリで生きている事にまったく気づいていなかった。

『―――――不様だな』

岡部の声はどこまでもいつも通りで、ありえないぐらい普通通りだった。
独り言のように小さく呟いた声は平坦で冷くその声は侮蔑も嘲りもなかったが悲しかった。

『すまない・・・・・・・見ていてあまり気持ちの良い物ではないな』

正直それは不快だった、不気味だった、気持ち悪かった。嫌悪感がどうしても拭えなかった。
それを否定できないことが悲しかった、悔しかった。ソレは岡部倫太郎そのものなのに。
視線を伏せディソードを消そうとした岡部、岡部に視線を向けていた杏子はディソードが消失していくのを見ていなかった。岡部は視線を伏せていて杏子は岡部の姿でディソードが隠れてしまい見えなかったのかもしれない。
だからゆまだけが気付いた、砕けながら消えていくディソードに、心が崩壊していく様を。
杏子とゆまのディソードは消えるときはガラスが砕けたような音と共に消失した。
ディソード全体が氷細工のように粉々になって消えていったのだ、しかしゆまが見た岡部のディソードはそれとは別に砕けていた。
割れた、と言ってもいいかもしれない。岡部の言葉に反応したように、傷ついたように、止まっていたモノが動きだしたように、本来の姿に戻る様に。
ぴき、と音の無い音をたてながらゆまの目の前で少しだけ、でも確かに刀身の一部が砕けて破片がゆまに跳んできた。
それは小さな欠片、ほんとうに小さな・・・・・・・小指の爪よりも小さな欠片。
ゆまはとっさに手の平でそれを受け止めてしまった。
もうほとんど妄想に、世界から消えゆくそれを受け止めた。

   もう   くない        き     たく   ない

聞こえた。

―――ズキンズキンズキンズキンズキンズキン

聞こえた気がした。欠片が薄くなり消失する寸前にその声が聞こえた気がした。
はっきりとは聞こえなかったがその声は―――

『ダメ!』

叫んで変身して、それで全力で回復の魔法をその欠片にかけた。その傷を癒すように。
無駄だと理解していながら。

もう戦いたくない もう傷つきたくない もう失いたくない もう繰り返したくない

『ダメッ!絶対ダメだよ!』

もう――

『やだっ、やだやだやだ・・・・・いやだよ ダメー!!』


  もう■にたい


ソウルジェムが濁り始め岡部達に無理矢理止められるまでゆまは魔力を注ぎ込んだが欠片はそのまま消滅した。欠けたまま、癒えることなく。
二人に宥められながらもゆまは一日中泣き続けた。なぜ泣いたのか、その理由は絶対に話さないまま。
ズキンズキンとずっと痛かった、見ているだけで痛みが伝わるほどに岡部のディソードは苦しんでいた。
きっかけ一つでバラバラになると思えるほどに。
その日からも変わらず三人で魔女退治を続けた、ディソードも使って、ただ岡部のは絶対に使わない事を約束させた。
いまの岡部から目的を奪ってはいけない。きっとそれは立ち止まることだから。
いまの岡部は立ち止まってはいけない。きっとそれは目的を奪う事になるから。
それは岡部倫太郎の生きる理由を失うことになる。生きている理由を失うことになる。
そうなればギリギリで形を保っているディソードは砕けてしまう。そう思わせるだけの気配があの剣にはあった。
ソレに気づかれてもいけない、感じさせてはいけない、自覚させてはいけない。
それだけで傷つく、今の彼は余りにも脆い。
バラバラになった心はすぐにでも砕けそうだった。
砕け散ったガラス細工を掻き集めただけではソレはただのガラス屑。
解らない、なぜ岡部があそこまで終わってしまったのか。ゆまは何も知らない。
ただ一度壊れればもう目の前の青年とは二度と会えないと理解している。死んでしまう。肉体ではなく心が、優しく接してくれる彼は二度と帰ってこない。頭を撫でてくれる、杏子や自分を助けてくれてありがとうと言う彼は帰ってこない。今度こそ完全に壊れる。


「いやだ・・・・いやだいやだ」
「ゆま・・・・」
「死んじゃったら・・・」

杏子はゆまと視線を合わせるように屈み青ざめ震える身体を抱きしめた。ゆまは杏子の背に手をまわしておもいっきり抱きしめた。

「うぇっ・・・・うく・・・・うえええええ―――」

ついに耐えきれなくなり泣きだしたゆまを杏子は優しく抱きしめ続けた。
岡部はその様子を一歩離れた位置から眺めていた。

(・・・・・・・・・・・)

ゆまの言う通り岡部はこの世界での繰り返しで何時死んでも、再び心が砕け散ってもいい状態だった。
砕けた精神を掻き集め再構築し訪れた安息を捨て再び立ち上がった。
それは彼女達の“あんまりな最後”に耐えきれなかったから。
自分の心を取り戻してくれた少女達を助けたかったから。
でもそれはかつて抱いた想いからは程遠く、弱く脆かった、なによりも――――

――――岡部倫太郎は魔法少女のことが嫌いだった。

繰り返せば繰り返すほどその想いは強くなった。
ふう、とため息をついて歩み寄る。
片膝を突き杏子の肩に頭を乗せ泣きじゃくる少女の髪を優しく撫でる。

「ふぇ?」
「すまない、そんなに思いつめていたことに気づかなくて」

しゃくりあげる少女は岡部が謝った事に、“謝らしてしまった”ことにさらに泣きそうになる。
自分が泣くことは彼を責め立てるのと同義、ゆまが泣いてる原因は間違いなく“岡部倫太郎のせい”なのだから。
それを知った岡部は謝った、彼は優しいからゆまが泣いたのが自分のせいだと知れば傷つくだろう、今以上に心が砕けて。
ゆまが泣いたせいで、なのに―――

「それから―――――――――ありがとう」

ゆまの髪を優しく撫でる岡部倫太郎は本当に嬉しそうに微笑んだ。

「俺の為に泣いてくれて」

こんな自分のために泣いてくれる人がいることが―――不謹慎ながら、とても嬉しかった。
砕け散った心の奥底に温かいモノが溢れてくる、もし精神や心をソウルジェムのように形があるなら“形作っていく”力になる。

――――岡部倫太郎は魔法少女のことが嫌いだ。

それは今も変わらない。
願いを叶え魔法を宿した奇跡の体現者でありながら簡単に絶望しあっけなく死んでいく彼女達が嫌いだった。
たとえそれが岡部の勝手な意見だとしてもどうしても許せなかった。
だって知っているから、岡部の知る彼女達の『強さ』と『弱さ』を。世界線が違えばそれは別人、でも彼女達はみんな同じだった。
誰一人として“諦めていなかった”。
なのに死んでいく、絶望していく。それが悔しくて悲しくて嫌いだった。時間切れが常人よりも早い魔法少女が嫌いだった。
岡部の前で泣き続ける甘ったれな彼女達が大嫌いだった。
でもきっとそれ以上に―――

―――岡部倫太郎は彼女達の事が大切で大好きだった。

「おっ・・・おにいちゃ・・・・ん?」
「大丈夫だよ、俺はもうここまで来れた」

嗚咽で言葉を上手く話せないゆまに岡部は語る、ゆまだけでなく杏子に対しても。

「一度終わった俺は・・・・・それ以前に部外者な俺は本来ならここにいちゃいけないんだ
 でも俺は此処にいる、それを望まれたからじゃない、俺がそう望んだんだ
 全てをやり遂げて何もかもを失った俺に再び生きる活力をくれた人がいる
 すべての負を背負い、それを是とした奴がいた
 俺と同じように何度でも抗い続ける少女と出会った
 見知らずの他人のために戦い続ける決意をもった娘と出会えた
 逃げ出してもいいのに最後まで逃げ出さなかった娘に出会えた
 壊れた俺に気づき支えたいと言ってくれた人と出会えた
 自分の祈りの対価に負けない強さを持った奴に出会えた
 ――――そして俺の為に泣いてくれる娘にも出会えた」

ここにはいない彼女達にも語る様に続ける。

「でっ・・・・も、でもっ・・・・“ゆまのせいでっ”!」
「違う、“ゆま達のおかげでここまでこれた”。ゆま達じゃなかったら俺はここまでこれなかったよ」

彼女達がいなかったらここまで辿りつけなかった。
再び立ち上がることも生きることも止めていた。
でも彼女達がいたから立ち上がることができた、辿りつくことができた。
そして今、時間こそかかったが全てを取り戻そうとしている。
再構築された心は繰り返すことで再び冷えて傷つき砕けようとしている。
しかし同時に熱を与えてくれた。繰り返す度に嫌いになり大切になった人達のおかげで。
遅かったのかもしれない、もしかしたら彼女達を悲しませることなく解決できた世界線もあったはずだった。
岡部倫太郎が、鳳凰院凶真がもっと強ければそれは叶ったかもしれない。
それを悔やんでいるのは事実で、それを思い出す度に、否、常にそれは岡部の心を削る。
しかしもう岡部は止まらない。未来を知ったから、そうでなくともきっと止まらない。
なぜならもう彼はここまで来れたから。ここまで取り戻せたから。


「だから大丈夫だよ、俺は『―――――』だから」




リアルブートした日から岡部のディソードは今も崩壊を続けている。苦しんで泣いて、痛いと叫んで訴えている。
砕けた装甲の中を血のような光が走り脈動していた。
それは日に日に強まり今にも内側からディソードを砕こうとその勢いを増している。
岡部だけがそれを知っていた。
軋みだした精神(ディソード)を感じつつ岡部はゆまを宥めながらも無性に話をしたかった。

鹿目まどか、美樹さやか、暁美ほむら、そして呉キリカと美国織莉子とも。

「えぅ・・・っく、うう・・・・・うえええええええええええん」
「大丈夫だ、俺はここにいる」
「・・・・・・はぁ、ほんといっぱいいっぱいだな」
「すまん」
「いいよ、知っていて黙ってたアタシにも非はある」
「ぐす・・・・・キョーコ知ってた・・・の?」
「なんだかんだで何度も繋がってたからな」
「そうか・・・・・・すまない」
「だから謝んな」
「・・・・・なら、ありがとう杏子。この世界線で最初に出会ったのが君で本当によかった」
「ぶっふぉ!!?」

杏子がむせた。
世界線の意味は知らないがなかなか隙を突いた一撃だった。
岡部自身いささかクサイ台詞だと思ったが事実だ。絶望に負けない彼女は岡部にとってとても好感がもてる。

「いいいいいいきなり何言ってやがんだ!!!」
「・・・・ふふ、キョーコ照れてる」
「照れてねぇ!」


杏子から岡部に跳びつき泣きじゃくっていたゆまを岡部は抱きしめその背を撫でる。おそらくゆまはまだ安心していない。なまじディソードをその手にしたからその異常性を感じている。いまさら言葉だけでは納得しないだろう。しかし構わない、それももうすぐ“終わる”。

「安心しろ――――――本心だ」
「っんな!?」
「わぁ」

からかいの言葉を思いのほか純情娘の杏子になげかけ真っ赤になるその顔を笑顔になったゆまと共に観賞する。
岡部も今は笑顔だ、心から笑える。
演じることなく本心から、岡部はここまで来れた。



胸の奥底で、またディソードが砕けた事を感じながら






「――――ッておい、アイツは何処に行った?」

杏子の言葉に岡部は該当する人物の方に視線を向ける。
呉キリカが―――――姿を消していた。
すぐさま意識を切り替える。

「なに!?」
「あっ、あれ!」

ゆまが指さす方向にキリカはいた。遠い。使い魔だ。キリカを背負いいつの間にか距離をとっていた。

「何時の間に、岡部倫太郎!」
「ああ!」

後を追おうと走りだす。正直油断していたというか間抜けである。
身内のとのやり取りですっかりその存在を視界からも意識からも外してしまっていた。
しかも走りだした岡部達の前で使い魔は続々と壁やら天井やら床下と際限なく現れてゆく、大きいモノで5m級もいる。
それが30・・・・40・・・・50と数を無尽蔵に増やして行く手を阻む。
余りにも異常だった。

「こりゃあ・・・・・ちょっとばかしめんどいね」
「・・・・・・・・」

―――expansion slot『ローザシャーン』 消耗率79%

最も使い魔程度でいまさら脅威に感じる岡部達では無い。
電子音。杏子のジェムの穢れを受け持っているグリーフシードの状態を岡部は確認し杏子に視線を向ける。

「残り15%だ、織莉子や魔女本体までとっておきたかったが・・・・・・一気にいくぞ」
「ああ、逃げられたら厄介だからな、ゆまっ、しっかり岡部倫太郎に捕まってろよ」
「うん!」

いまや100を超える使い魔が迫るなか杏子はゆまを抱きかかえた岡部の前に立ち武器である槍を地面に刺し手放した。
杏子は両手を合わせ祈る様に目を閉じる。
それは救助した人間を守るために行った動作と似ているが内容は違う。
結界を張るのではない。あの数が相手ではいずれ破られる。故にこれから行うのは攻撃、そして逃走するキリカの追尾である。
『失われし過去の郷愁【ノスタルジア・ドライブ】』の真骨頂。

「「連携魔法」」

岡部と杏子の声が重なる。
同時に足下に真紅の魔法陣が現れ混じり合うように回転する。
高速で回る魔法陣は溶け合い歯車が二つ重なり合った一つの紋章へと変わり輝く。

「「『世界蛇の口【ミドガズルオルム】』!!!」」

ドゴガァ! と迫りくる使い魔の群れを杏子達を囲むように地面から生えた支柱が何本も現れ使い魔を宙へと巻きあげる。
支柱は直径1mほどありそれがすべて杏子達を守る様にそびえ立つ。
しかし先ほども述べたようにコレは攻撃のためのモノ、当然これで終わりではない。ジャラジャラと船を固定する碇(アンカー)に繋がっている極太の鎖を各支柱が生やしそれぞれの支柱の鎖に生き物のように繋げそれは姿を現す。
杏子の持つ槍を馬鹿げたほど巨大にした多節根。岡部達がソレに飛び乗ることで準備は終えた。あとは行くのみ。
繋がった支柱の先端は紅い谷内の先端。それがディソードのように二股に分かれまるで蛇の口の様だった。

「一気にいっくぜー!!!」

杏子の咆哮をうけ巨大な大蛇が群がる使い魔の大群をものともせず突き進む。


その先にこの騒動の首謀者、美国織莉子がいる。
そして今一度岡部は、いや、この場にいる魔法関係者は敵も味方も含め全員が再度選択を与えられる。

その結果はこの時点では誰にも、未来から来た少女にも、未来視の魔眼をもつ少女にも解らない。
もちろん、岡部倫太郎も。


今わかっていることは刻一刻と、ディソードが砕けていく感覚だけだった。










[28390] episodeⅠ χ世界線0.409431「通り過ぎた世界線」③
Name: かっこう◆7172c748 ID:3f6e4993
Date: 2012/01/14 00:58


ディソードには花の名前が用いられている。


ディソード・グラジオラス。グラジオラスの花言葉は「情熱的な恋」「忍び逢い」「用心」「忘却」「勝利」

ディソード・スノードロップ。スノードロップの花言葉は「希望」「慰め」「逆境のなかの希望」「恋の最初のまなざし」「初恋のため息」

ディソード・リンドウ。リンドウの花言葉は―――





χ世界線0.409431




―――約束するわ、絶対にあなたを救ってみせる
―――何度繰り返すことになっても
―――必ずあなたを守ってみせる





「成る程、時間操作の魔法ね」

(ッ、当たらない!)

ガンガンガンッ ダンダンダンッ

暁美ほむらは白の魔法少女美国織莉子に向かって銃弾を撃ち続けていた。
魔法では無く現実にある実銃。攻撃魔法を持たないほむらが繰り返される時間漂流で戦う手段を求めた結果の攻撃方法。
魔力を用いず、しかし強力な火力を持つ人類の暴力の結晶。超常の存在たる魔女といえども殺傷可能の凶器。

「それならば貴女の存在が理解できるわ」

それを中学生のほむらが所持しているのは無論正規の方法では無い。
戦う力を求めた彼女はコレらを大量に所持する組織(ヤクザや自衛隊)から拝借していた。もちろん無断で。
今ほむらの元には、ほむらが左手に装備しているバックラーには多種多様の武器と弾薬が―――魔法により圧縮され―――収められている。
それらの武器の殺傷能力の高さは魔女を殺すことはもちろん人間相手においては絶大な威力を発揮する。元より人を殺すモノなのだから。
しかし今それらの武器はその暴力性残虐性を何一つ発揮できずにいた。

「手を組めたら良かったけど無理そうね」
(美国織莉子の魔法は恐らく予知、攻撃の着弾点を先読みして回避・・・・・面倒ね)

数多くの武器を、ハンドガン手榴弾ショットガンに機関銃、はてはロケットランチャーまで使用してほむらは織莉子を攻撃するが当たらない。
弾丸のほとんどは回避され、回避不能な弾丸は織莉子の生み出した宝玉に弾かれる。爆風は爆発前に有効射程外まで逃げられ魔法、最低限の障壁で受け流されて効果が無い。
戦闘が始まり大分経つが未だにほむらは織莉子に傷一つ、一発も攻撃を当てられないでいた。
人間に向けての攻撃に躊躇がある訳ではない。
ほむらは織莉子を殺す気で攻撃しているし、今更その程度の事で精神は揺らがない。
まどかを守る。そのためなら遠慮なく容赦なく加減なく戦える。
不明な点が多いが目の前の敵は魔女の結界を展開、すでに犠牲者がでている。
躊躇う余地は完全にない・・・・・ないのだ。

(こちらの手が読まれている上に・・・・・これはいったい!?)

しかしその決意、覚悟とは裏腹に攻撃は悉くかわされ、さらに今まで経験したことが無い現象に遭遇していた。

「「「■■■」」」

使い魔。魔女の手先。魔法少女の宿敵。それが織莉子を守り、それどころが彼女の意思に従うようにほむらを襲う。

「邪魔よッ」

ダンダンダンッ

魔法少女に従う使い魔というイレギュラーに少なからず戸惑う。
ほむらは襲いかかってくる使い魔を右手に持った銃で迎撃、襲いかかってきた三体の使い魔を銃弾で吹き飛ばす―――が、その影から織莉子の宝玉が複数高速で接近してくる。
この宝玉、弾丸を弾くほど硬く、直接触れれば削り取り、かといってギリギリで回避し反撃しようとすれば爆発する。
二種類の攻撃ができるうえに防御もできる魔法の宝玉。回避は間に合わない。

「チッ」

舌打ち。そしてカチッ、と聞こえない音をほむらは感じて宝玉から距離をとるため跳躍する。回避不能のタイミングで、目前まで迫っていた攻撃は一ミリも動くことなくほむらの回避を許していた。
正確にはそうすることしかできない、世界はほむら以外の時を止めていた。
時間停止。暁美ほむらに宿る魔法の力の一つ。この力でほむらは数々の武器を調達していた。この力で数々の戦闘を行っていた。
ほむらは時間を止めた世界で動ける、銃も撃てる。
ほむらの撃ったあとしばらく進むと弾丸の時は止まってしまうがほぼ最強の力と言っても過言ではないハズだ。
止まった世界で発砲、魔法を解除すれば相手はいきなり“すでに発砲された弾丸に撃ち抜かれる”。“銃口をかまえられることなく撃たれる”。
ほむらはそれを広範囲にやることもできる。ほとんど無敵だ。だが例外もある。勘の鋭い者、着弾までの僅かな時間で回避する力を持つ者。迎撃する者。強力な防御力を持つ者。そして予知を持つ者。
ほむらは止まった時の中で銃口を織莉子に向けるが彼女の周りにはすでに宝玉が、そして使い魔が配置されている。
美国織莉子単体のスピードは決して弾丸を余裕を持ってかわせるほど速くは無い。そんな彼女が弾丸を回避できるのは予知で弾丸の着弾点を見切り撃たれる前に回避する、撃たれる前に防御する、撃たれる前に対処するからだ。ほむらの“すでに発砲された弾丸”を見切って。
そして行動予測も。時を止めた後どこに現れるかも予知で観測されている。

「ッ!?」

時を止めた中で動き再び時が動き出せば相手にはほむらが瞬間移動したように見える。実際に織莉子は回避不能のタイミングで放った攻撃をあっさりと時間停止の魔法でかわされて、ほむらを視界の外に逃げられ見失った。―――――そんなこと関係無かったが。

「■■」
「■■■■」
「■」
「またッ」
「■■■」

ほむらが時間停止を解いた瞬間、解いた場所に使い魔が現れる。足下から、壁から。ほむらの現れる場所に先回りして。

「こ――――っの!」

カチッ、と再び時を止める。

「―――――ッ」

足と背中、肩と首に使い魔の牙が僅か数ミリの距離で静止した。
ほむらは冷や汗を止めきれないまま―――しかし慎重に―――体を動かす。
決して自身の体と使い魔が接触しないように。すれば最後、使い魔は躊躇いなくほむらの肉を食いちぎるだろう。
この魔法はほむらと接触することで止まった時の中を動くことができる。
だから慎重に、かつ速やかに別の安全圏へ移動しようと視界を前に向けて―――

「――――ぁ」

呆然とする。前だけじゃない。上も右も左も後ろも全方位に宝玉と使い魔が展開されていた。
逃げ場が無い、と言う訳ではない。時間は止まっていて体に触れさせることなく動ける程度の隙間はある、そんな圧倒的な攻撃は織莉子にも無理だ。物量的にも魔力的にももたない。

「う・・・・あ・・・・」

しかし、この布陣はほむらを追い詰める、肉体的にも精神的にも。
二人のいる場所は広い。しかし、ほむらが移動できる個所は限られている。宝玉と使い魔がいない個所、少ない個所。
そこに移動する。さっきからずっとそうしてきた。でもそうすればするほど追いつめられる。今もまた寸前まで。
ほむらは織莉子のいる場所に視線を向ける。―――居た。視線はほむらを見ていた。止まった世界を移動していたのに。止まった世界で、ほむらに視線を合わせていた。

「――――このッ」

視線が合っていたのは偶然、しかし咄嗟にほむらは織莉子に向かって発砲した。視線に呑まれ織莉子まで届かぬと分かっていながら・・・・・銃のトリガーを引いてしまった。
銃の一部がスライド、薬莢が排出され弾丸が突き進み―――停止した。この弾丸は届かない。時が動き出したら宝玉に弾かれる。削られる。解っている。分かっている。

(まずい・・・・・まずいまずいまずいっ!)

焦る。このままではまずい。なんとか反撃の余地を作らなければならない。
そのためには距離を、しかしそれはさっきからやっていて追い詰められている。
では接近・・・・自殺行為だ。この距離でここまで―――すぐそばまで―――使い魔の牙の接近を許している、さらに密度の高い中心に向かえば敵の牙はこの身に届く。
ならばフェイントを、否、それすらも既に予知されて―――。

(こんなことッ・・・・でも私は――)

何処に移動しても先回りされる。どんなに攻撃しても当たらない。
“倒せないし逃げられない”。
一人では勝てない。
時の止まった世界でじりじりと追い詰められる。
暁美ほむらは世界で動ける唯一の人間でありながら、世界で唯一追い詰められていた。









結界内部に閉じ込められ、使い魔の脅威から逃れた三人の少女がいた。

「わたし行かなくちゃ・・・」
「行くって何処にですの?」
「ほむらちゃんが戦っているの」
「戦ってるって・・・・ほむらが?あのおばけ達と?」

クラスメイトの仁美とさやかの言葉にまどかは頷く。

「ごめんねっ!」
「まどかさん!」

まどかは走る。自分を守るために戦ってくれている友達の元に。
まどかは想う。自分を守るために他を見捨てるしかなかった友達の傍に。
まどかは祈る。自分を守るためにそんな決断をさせたしまった友達の無事を。
まどかは願う。そんなにも想ってくれる大切な友達を一人にさせたくない。一緒にいてあげたい。力になりたいと。
まどかはタッ、と走りだしガシッ、と足を掴まれビタン! と床に盛大にダイブした。

「・・・・・・・さ、さやかちゃん痛いよ・・・」
「まどか、アンタが行ってどうなるっての?」

仁美の静止の声を振り切り走りだそうとしたまどかの足を、美樹さやかが掴み強制的に止めた。

「ほむらがどうしてあんなのと戦えるのか分かんないけどさ、まどかが役に立つわけないじゃん」
「う・・・・」
「どうせほむらの足ひっぱるだけでしょ」

まどかはさやかの言葉に反論できない、ぶつけて赤くなった鼻をおさえながら俯く。分かっている。自分が駆け付けたところで足手まといになることぐらい。

「でもっ、それでもわたしは―――」

きっとなにも力になれない。でも、彼女を一人にしておけない。
この世界で、たった一人で戦っている友達を一人っきりにさせたくない。

「うん、わかってる」

そして、それは彼女も同じだった。
まどかの想いに答えるように、さやかは手を倒れたまどかにむける。

「だからさ、さやかさんが助太刀してやろうかな」
「え?」
「美樹さん」

そう言って倒れたまどかの手を握り、立ち上がる手助けをする美樹さやか。
彼女は常に、どの世界線でもこうだった。
この異常な状況で、人の死を、どんなふうに殺されるのか目撃しながらも、それでも戦う力を持たない少女は、戦うことができる少女を助けるために宣言する。

「友達でしょ、ほっとけないって」
「さやかちゃん!」
「ほらっ、さっさと行くよ!」
「うん!」
「こうなったら何でも来いですわ!」

その姿に触発されるようにまどかと仁美は声を上げ走りだす。
中心に、その身に魔法も武器も知識も理解も覚悟も無く走りだす。それを無知と無謀というのか、それとも勇気と優しさというのか。
過程と結果、どちらも大切で、だからこそ最後までわからない。
最後、それは結果と同じ意味に近くても、『今』を決めるのは彼女達だから。







「何度繰り返したの?」

織莉子はほむらに語りかける。

「あと何度繰り返すの?」
「―――ッ」

地に伏し、満身創痍のほむらは傷ついた体を無理矢理起こし織莉子を睨みつける。
あの後、ほむらはあっけなく追い詰められ倒れた。
繰り返してきた時間漂流で、一人で戦う事を決意して、ここまで何もできず倒れる事を、『最悪の魔女』以外の相手では初めての事だった。魔女ですらない相手にこうまで一方的に。

「貴女が歩いた昏い道に」
「うるさい・・・・・黙りなさい」
「望んだものに似た景色はあった?」
「黙れっ!!」

バックラーに残されていた銃器の一つ、9mm機関けん銃を瞬時に取り出し発砲。
通称M9。至近距離で弾をばら撒いて敵を制圧する銃であり、織莉子との距離は5mほど、不意をうつ形で最適な選択、最速の動作で実行、避けきれる距離では無い。

ギャッギャッギャッギャンッ!

銃口から僅かに離れた距離に配置された宝玉が、全ての弾丸を弾き返さなければ、ソレは織莉子に命中していただろう。
火花を散らし、しかし数十発もの弾丸を弾き返す強度の魔力を、“予め込められていた宝玉”を呆然と見詰めるほむら。

「あ・・・・・」
「私はあなたとは違う」

ばくっ、と使い魔がほむらが握っていた銃を噛み砕く。

「道が昏いなら自ら陽を灯す」

ほむらは宝玉を三つ生み出し歩み寄る織莉子から距離をとろうとし――――足下に感触、踏みつけられた使い魔が、ほむらの足首に噛みつこうとしていた。
ほむらはとっさに跳躍。時間停止の魔法の発動に意識をむける暇も無く、しかしそれは結果的に使い魔の牙から回避し織莉子との距離もかせげた。

「違う道に逃げ続ける貴女が」
「―――あ」

対価として美国織莉子に背を向け、無防備な姿を晒す結果にもなった。

「私に敵うはずがない」

ドキャ、と、あまりにもあっさりと宝玉をくらい、血を吐き出しながら暁美ほむらは再び地に伏した。
どさ、と、こうして地面に倒れるのも何度目か。

「づっ・・・・・はっ・・・・つぅ・・・・う・・・」

しかし、それでも、ほむらの冷静な思考はまだ戦えると判断していた。ソウルジェムが無事なら、魔力があれば戦える。グリーフシードのストックはまだ有る、回復力に特化しているわけではないが魔力を注ぎ込めば傷口を塞ぎ再び立ち上がれる。戦える。武器も弾薬もまだ有る。
一方で勝てない。立ちあがったところでどうすると、逃げるべきではないかと判断する自分もいた。
逃げ切れないからこうなったとも言えるが、ほむらはまだ“逃げ切れる”。時間を止めて遠くまで逃げる。という程度の話では無く『この世界』そのものから。時間停止で距離をとっても予知され先回りされたがコレなら逃げ切れる。織莉子とて追ってこれない最高の逃げ道。
無論死んであの世に、と言う訳ではない。死んでしまってはまどかを助けきれない。
『救う』。何度繰り返すことになっても、必ず助けてみせると誓った彼女との約束。
すでに遠い過去の記憶。

―――約束するわ、絶対にあなたを救ってみせる
―――何度繰り返すことになっても
―――必ずあなたを守ってみせる

幾度も繰り返し戦い続け、傷つき失い続けて、それでも歩みを止めずにここまできた。
しかし死んでしまってはここまでの旅が無駄になってしまう。諦めてはまどかを助けることが、救うことができない。
だから死ねない。死なないために逃げるべきだと叫ぶ自分もいる。魔法で過去に戻れと。
独自の魔法。時間逆行の魔法でこの時間軸から離脱しろと。
それなら織莉子も追ってこれない。追いようがない。
しかし、それは―――

(また・・・失敗するのか・・・)

何度目の失敗なのか。虚ろな瞳で自問する。

(私ひとりではコイツにすら勝てないの?)

相手が、鹿目まどかが魔法少女になるほとんどの原因である超ド級の魔女、『ワルプルギスの夜』なら分かる。しかし目の前にいるのは、ほむらと同じ魔法少女だ。使い魔を従えているとはいえこうまで圧倒的に、傷一つつけることもできないまま敗北した。この差はなんだ。使い魔がいようとこちらには現代兵器の数々、予知・・・・・時間停止を使えるこちらが不利とは言えない。

「く・・・・・あ・・・・」

ほむらの中からじわじわと、抱いてはいけない感情が湧き上がってくる。
勝てない、死ねない、ならば逃げるべきだ。過去に。今を無かった事にして。

(でも・・・まだ・・・・)

この世界のまどかは生きている。ならば諦めるのは早いかもしれない、イレギュラーの多いこの時間軸ならまどかを救えるかもしれない、しかし読み間違えれば死んでしまう。死んでは過去に戻れない。まどかを救えない。
もっとも――――このままではこの世界のまどかは殺される。

(また・・・・また失うの?)

それは何度目の離別になるのか。
そして過去に戻ったところで、たった一人の魔法少女すら倒せない自分がはたして『ワルプルギスの夜』を打倒し、まどかを救うことができるのか。
無理、無茶、無駄と、じわじわと感情が、『絶望』が湧きでてくる。

「私・・・私はっ・・・・・・!」

震える体を、自覚してきた感情を必死に抑え込もうとほむらは叫ぶが、その瞳からは涙が、その口からは嗚咽が聞こえるだけで体は立ち上がる事を拒否していた。
ほむらは魔力によるダメージ回復を止めていた。意識的にではなく、無意識で。それは心の奥底で戦う事を諦めた証明なのかもしれない。

「・・・・・・」

その姿を織莉子は静かに見つめていた。倒れ、顔を伏せるほむらは、織莉子がどんな表情でいるのか見えなかった。同じように大切な人のために戦っているほむらを、織莉子はどんな心境で戦い、今どんな顔で止めを刺そうとしているのか、ほむらには見ることができなかった。

「・・・・・・これで終わりね」

ヴン と、掲げた右手の真上に宝玉を生みだした織莉子は、その手を振り下ろそうとして―――気づく。

「・・・・・?」

執拗にほむらを攻撃していた使い魔が動きを止めていた。正確にはある一点を見つめていた。この広大な部屋の出入り口の一つである扉。暁美ほむらが破壊して入ってきたのとは別の扉。不審に思い―――声が聞こえた。振り下ろそうとした手を止める。聴こえた。頭の中に。

『やあ織莉子』
「――――インキュベーター」

そして自分の後ろに、いつのまにか白いヌイグルミのような存在、キュウべえがいた。

「なんのようかしら」
『キミの能力は解った、目的もね。大それたことだ、キミの・・・いや、人間の考えることはいつも理解できないよ』
「・・・・・・・それで?あなたに何ができるのかしら」

突然の乱入に困惑したが・・・・・関係ない、インキュベーターは戦えない。生み出した宝玉をキュウべえに放とうとした。イレギュラーはもういい、さっさと排除しようとし、キュウべえが言葉を返した。
いつもと同じ無感情な、少年のような少女のような声で、冷たく宣言する。

『美国織莉子。キミを処分させてもらうよ』

直後、ドドドドドドドドドドッッッ!!!と地鳴りが聞こえてくる。近づいてくる。
近づいてくる音に使い魔が慌てたように扉に向かう。僅かながらも織莉子の指示にも従っていた使い魔が一体残らず扉の前に集合する。その扉の向こうに、なによりも大切なモノがあるというように。

「!」

織莉子は、最初は新たな敵が現れたと思い、未来視の魔眼はソレを観測した。

「キリカッ!」

叫ぶ。現れるのは大切な友人呉キリカ。そして―――敵対者。
扉は開かれることなく外の者をこの空間に通した。扉は閉まったまま。友と敵は扉を開けることなく、壁そのものを粉砕しながら雪崩れこんできた。
美国織莉子は破壊された壁の向こうから、使い魔に背負われる形で吹っ飛んできたキリカを空中で受け止める。暁美ほむらに止めを刺すことを後回しにし、キュウべえも無視する。優先すべきことは別にある。キリカの安否、傷の具合を確かめる。知っている。キリカは既に限界だった、にもかかわらず戦闘を、佐倉杏子という難敵と、回復とブースターをこなす千歳ゆまと岡部倫太郎をふくめた計三名を相手に魔力全開で戦った。
その行きつく先を識っている。
それを理解したうえでキリカは戦うと言った。それを理解していながら織莉子は承諾した。
とても無事とはいえないキリカの体を抱きしめる。

「キリカ!ああ、キリカ――――」
「・・・う・・・ん?・・・ん、ああ・・・・織莉子、また会えて・・・本当に嬉しいよ」
「ええ!ええ、私もよキリカ!キリカ!」

傷ついた体で、親友が、震える指先でこちらの体を抱きしめ声をかけてくれる。

(よかった・・・・・また・・・・会えた、キリカのままで・・・・傷ついて、それでも会いに来てくれたっ)

ボロボロで、意識を保つのがやっとの状態の親友が今自分の前にいる。それがとても嬉しい。例えどんなに傷ついていても、この温もりは人のモノ、いつからか、無数に枝分かれした未来視のほとんどで、こうしてキリカと再び出会える未来はほとんどなかった。人の温もりを捨て去ったキリカ、それすらも叶わない未来のキリカ、ほとんどがそんな未来だった。二度と、声を、名前を呼んでくれることがない未来。

ズドドドドドドドドドドッッ!!!

と、轟音を響かせながら織莉子とキリカのすぐ横を巨大な何かが通り過ぎるが二人は気にすることなく、再会を喜び、互いを抱擁しあう。

「織莉子・・・・・約束は守ったよ」
「うん・・・・うんっ、貴女はいつだって、どんなときだって――」
「うん、私は織莉子の傍にいるよ」

彼女は約束した。“ほとんど確定した未来”を知ったうえで。もう一度、人のままの呉キリカとして。すでに限界の体で三人の魔法の使い手を相手に時間を稼ぐと言って、その上で最後まで自分を護る。最後は自分の元で。そして―――

―――例えどんな姿になっても 私に尽くし護りなさい

織莉子の、それがどんなに達成困難な願いか、どれだけ無理難題か、魔法少女が生まれ、ソレができた魔法少女がかつていたのかも解らない偉業。二人を超える強さを持つ魔法少女すら成しえなかった奇跡。
それを知っている、識っている自分が、それでも涙ながら望んだ祈りを、願いを彼女は、呉キリカは―――

―――わかった 約束するよ

笑顔で了承した。してくれた。希望という言葉から何処までも遠いこの世界で。今もまた笑顔を浮かべ微笑んだ。誇らしく、どこまでも真っ直ぐな親友を、涙を流しながら抱きしめた。

―――ありがとう、キリカ。私はもう――――――

「――さあ織莉子、私達の居場所を護ろう」
「――ええ、私達の世界を守りましょう」

そう言って共に立ち上がる。織莉子は傷ついたキリカを支え、キリカは泣き虫な織莉子を支える。
そして、にっこりと、飛びっきりの笑顔で、満足そうに、微笑んだ。

「「だから―――」」

窮地に立たされながらも、二人には生きる覇気があった。決して諦めない確固たる意志があった。目指すべき先が、目的が、やりとげる理由が二人にはあった。
重なった心が、想いが二人にはあった。存在する意味が、互いが生きる意味が二人にはあった。
だから今を、そして未来を望む。
無かった事にはしない。否定しない。
どんなに辛くても、悲しくてもここまできた、ここまで来れた。
織莉子がいたから、キリカがいたから。
その幸運を、過ごしてきた幸せを噛みしめながら。

「「一緒に行こう!」」

白と黒のソウルジェムは共に嬉しそうに、吠えるように、主の想いに応えるように、この場にいる誰よりも力強く輝いていた。





暁美ほむらは目の前、視界に映る巨大な三節根を呆然と眺めていた。
強力で、勢いが強すぎたのか、反対の壁すらも破壊し―――使い魔を殲滅させながら―――こちらに反転した魔法に視線を向ける。
それは巨大な蛇のようで武器、武装、魔法、100近くの使い魔を難なく突破し壁を破壊、その勢いは収まることなく牙をむけて突撃していく。

「あれ・・・は・・・・杏子?」

暁美ほむらには、あの魔法に見覚えがあった。この時間軸とは別の・・・・無かった事にしてきた世界で、佐倉杏子が決死の覚悟で使用していた魔法。
赤毛のあの少女が来ているのかと、どうしてここに、と、疑問があるがこれは―――。
そう思った瞬間にほむらは体の傷が一気に回復した。

「大丈夫?」
「――え?」

気づけば、ほむらの横には小さな女の子がいた。その出で立ちから魔法少女だと分かる。

「痛いとこある?ゆまが治すよ」
「どうして子供が―――」
「ゆっ、ゆまは戦えるよっ、役に立つんだよ!」
「杏子の・・・・知り合い?」

このタイミングならその可能性はある。今までの時間軸で杏子が別の魔法少女とつるんでいるのを見たことは無いが―――

「うん!ゆまは杏子と同じ戦士なんだよ!」
「・・・?」

戦士?魔法少女では無く戦士、よく分からないが杏子の関係者であり織莉子とは敵対している。それが解っただけで十分だ。
傷の癒えた体を起こし、先程まで湧いてきた絶望を抑え込む。

(・・・・いけるの?)

ほむらの視線の先には残存する使い魔の群れを刻みながら突進する巨大な蛇、杏子の武装を巨大化させた魔法があった。以前見たことがあるモノよりも強力な威圧感と迫力がある。一体あれは―――

「すごいでしょ!お兄ちゃんと杏子は強いんだよ!」
「お兄ちゃん?・・・・・・・・男!?」
「うん!狂気のまっどさいえんてぃすとなんだよ」
「魔法少女じゃ・・・・・・ない?」
「それでねっ、あれは『ミドガズルオルム』って言うの」

少女は自慢するように、ほむらに秘密情報を話す。
連携魔法;世界蛇の口【ミドガズルオルム】
とは言えそれほどの、というか秘密でもないなんでもない、本来の岡部のポジション。後方からNDによる二人分の感情で魔法を使用することで威力の底上げをしているにすぎない。
一人より二人の方が大きな力になれる。ただそれだけで、それ以上の効果を発揮する。それがN・Dであり、それが魔法。
ちなみに『連携魔法』や『世界蛇の口』の名称は岡部とゆまが名前を叫んだ方が恰好良い、効率がいいのでは?“感情が乗る”のではないか?という結論から出された。当初は杏子一人に『卍解!』と叫んでもらおうとしたが本人の強い希望で今の段階(せめて二人で言うこと)に落ち着いた。


今後、岡部は『連携魔法』と、特に意味の無い言葉―――少なくともこの段階では―――に積極的に取り組んでいくことになる。
具体的には、二人以上の魔法少女で、合体魔法が使えるような、複数の魔法少女とNDで繋がった状態になれるようなガジェットを編み出すために。岡部がいなくても、NDが無くても魔法少女同士で合体魔法が使えるように。




「岡部倫太郎は強いよ」
「え?」
「とても弱い、なのに強い。織莉子の言う通り彼は普通じゃない。とてもとても不安定だ。でもね―――」

織莉子はキリカの言葉を、岡部倫太郎と直接戦ってきたキリカの言葉を聞く。
岡部倫太郎。男性でありながら此方側に関わりを持つ人。いかなる理由か織莉子には彼が観えない、未来に彼は映っていない。死んでしまうのか、否、死んでいない。時折未来視に映る事もある。未知の技術で彼は魔法少女に干渉して共に闘うことができる。千歳ゆまの存在も大きい。死にかけることはあっても死なない。それはいい、生きているなら死ぬ。それは絶対。だから疑問なのは謎の技術もだが、未来視に映らない事だ、岡部倫太郎、彼の存在を知ってからというもの織莉子の未来視にバクが生まれた。織莉子の観た未来と現在にズレが現れ、岡部倫太郎を直接見たその瞬間―――観測した瞬間、未来は枝分かれした。分岐した。可能性は―――■■になった。ただ、時間だけが無かった。

「だから強いのかも・・・・・彼は最初、佐倉杏子や千歳ゆま、どちらかと繋がっていただけだった、後ろから見ているだけ。でも次第に前に出て戦い始めた。魔力も武器も無いのにね。でも次に確認した時には戦えるようになっていた。私に殺されかけた後は武器を使えるようになっていた。確実に成長してる・・・・・・いや、戻って?でも中身が外見の強さに追いついていなかった、中身の強さに外見が追いついていなかった事もあった。罅だらけのガラスみたいで・・・・たった一言で、揺れて乱れて壊れかけて・・・・・・・なのにたった一言で立ち直る」
「キリカ?」
「何度も負けて、諦めて・・・・・そのたびに立ちあがるんだ。怖いくせにね」

気づけば彼女は自分の足で立っていた。瀕死の重傷であった体で、意識をはっきりとして、視線を織莉子に向けて。

ほむらは見た、キリカのソウルジェムから溢れていた歪んだ光を、不吉な魔力を、ソウルジェムから溢れる光がキリカを侵食するように、それが、その魔力が傷ついたキリカの体を急速に回復させていた。

「彼はとても弱い、なのに強い。ねぇ織莉子―――」

キリカは織莉子に正直に伝える。

「私は織莉子のためなら死んでもいい」
「キリカ・・・・」
「それは揺るがない、今も昔も・・・・・それにちっとも怖くなかった、昨日までは――――」
「・・・・・」
「揺るぎはしない、でも今はとても怖い、死ぬことも、自分が“他の何かに変わってしまうこと”も」

死にかけて、変わりかけて、怖かった、恐ろしかった、寂しかった。

「今でも織莉子の為に私は戦える、きっとこの身が果てようと・・・・・でも知ってしまった。死んでいく感覚を、変わっていく感覚を、書き換えられる、沈んでいく感触と冷たくなる体、薄れていく感情に崩れていく心、刻まれ散っていく記憶・・・・・どれもが怖かった、自分がどんどん失われていく・・・・・・それを知ってしまったんだ」

本当に、二度と味わいたくない。近づきたくない感覚。

「ほんとうに・・・・・こわかった、こわかったんだ」
「・・・・・・・」

織莉子の前に立ち、迫りくる脅威に背を向けるキリカ、なんと言葉をかければいいかわからなかった織莉子も、さすがにこれには声を上げた。無防備な状態でアレは防げない、万全な状態でも危ういというのに。
しかしキリカは織莉子に

「でもね織莉子、私は――――」

お互いの顔を見つめる位置で、しっかりと織莉子に伝える。

「私は――」

ミドガズルオルム。織莉子の正面、キリカの背後で巨大な蛇の牙が二人を引き裂かんと迫り――


「それを超える喜びを知ったんだっ!!!」


再度、キリカの半壊しているソウルジェムから黒い輝きが、不吉な魔力を撥ね退け吹き飛ばし、純粋なるキリカの魔力が、極光の魔力が炸裂した。



――――――――キン



と、音が、聴こえた気がした。気がしただけで聴こえなかったかもしれない、極限まで圧縮された魔法の鍵爪の刃、書道の筆をスッ、と、横に走らせたように、限りなく無音に近い一撃。
ミドガズルオルムが二人の頭上を通り過ぎる。
キリカの体制は、右腕に生み出した鍵爪を背後に向かって横凪ぎに、振りぬいた体制のまま静止している。
轟音響く世界での行いのため、耳が音を捕えることができなかった。それだけだ、それだけだが、その程度で。

ピシッ と

巨大で強大で強力な世界蛇の口【ミドガズルオルム】が――――――――――半壊した。

ズギャァアァアァアアアアアアア!!!

と、黒板を引っ掻いたような異音を放ちながら巨大な蛇は織莉子とキリカの上を飛ぶように、破壊されたパーツをばら撒きながら通り過ぎ、そのまま壁に激突していく。

「え?」
「―――――は?」

ゆまが、ほむらが呆気にとられる。

「キリカ!?」

無論、半壊したソレの上にいた杏子も。続いて織莉子も声を上げる、キリカが――――前に跳び出した。さっきまで半死人だった体で、嬉々として前に、待ちきれないというように。

「君はそれを知っていたんだ!!なら弱いはずがない!!!」

ゆまも、ほむらも、杏子も、織莉子も咄嗟に動く事が出来なかった。だから、キリカの一撃によって破壊された欠片が織莉子とキリカ、二人の周りに落下していく中、残りの一人だけが動いていた。
落下していく巨大な欠片、瓦礫の一部をキリカは鍵爪で切断する。

「そうだろうッ――――――岡部倫太郎ッ!!!」

叫ぶ、必ず彼はやってくると、絶対の自信を込めて吠える。
岡部倫太郎、呉キリカの相対者。

それに応えるように切断された瓦礫の影から岡部が、ディソードを両手で担ぐように構えながら落下、否、崩壊していくミドガズルオルムの欠片を蹴飛ばしながら突っ込んでくる。対するキリカは右手の鍵爪を下から上に叩きこんだ。

ギャリンッ!!!

火花を散らしながら互いの武装は僅かに弾かれあう、立ち位置が逆転する。上から攻撃した岡部は着地し、勢いを吸収するためやや屈む姿勢で、下から突き上げるように攻撃したキリカは右腕の勢いを殺せず、僅かに体が流される。

「ッ!」
「ははっ!」

一瞬、互いに背を向ける形で互いが停止し

「「アァッ!!」」

同時に一歩を、一歩分のタメを作り、振り返りながら、全力で互いの武器を叩きつけた。
キリカは上から叩きつけるように、岡部は下から薙ぎ払うように。
くぁん、と甲高い音、ゴッ、と衝撃の音が同時に聴こえ、再び互いの武器が弾かれあう。
互いに体が、弾かれた衝撃で一歩、後退してしまう―――が、かわまず水平に武器を叩きつける。武器は弾かれる、しかし体は弾かれなかった。今度は互いに一歩踏み出し同時に武器を突き出した、上に弾かれる。上段から一気に振り落とす、弾かれる。叩きつける、弾かれる。

一合、二合、三合・・・・・・・。

加速する、声を高鳴らせながら、足を前に出し腕を振るう、ぶつかり合い、紫電をまき散らせながら弾きあい、無理矢理後退させられ、再び前に踏み込む、音は大気を震わせ火花は互いを照らした。そして―――

「―――――ほら、やっぱり強いじゃないか」

金属のぶつかり合う音とズンッ、と、空気を叩く音が響き、鍔迫り合いの状態になった。
くふ、と笑うキリカの言葉に岡部は苦い表情で答える。ダメージの有無、身長差で圧倒的有利な岡部は結局一撃もキリカにあたえることは出来なかった。岡部が荒い呼吸をしているにもかかわらず、キリカは涼しい顔だ。もちろんダメージが完全に回復した訳じゃない。よく見れば衣装のあちこちは破れ血が滲んでいる。

「その体でよく・・・・・動けるな」
「愛の力だよ」
「恐れ入る」
「無敵だね」
「まったく・・・・・お前には驚かされることばっかりだ、今もまた―――」
「そんなに褒められると―――」
「わざわざ此方に合わせて戦って――――何のつもりだ、呉キリカ」
「―――ん?」

何のことが解らない、そんな顔をするキリカに岡部は、不思議な事に、本当に不思議な事に苛立っていた。そんな感情を、今こうして浮かべる事に、しかし、たしかに苛立っている事を自覚しながら問いただす。

「お前は俺をすぐに無力化できる・・・・・・・・・・何故わざわざ手加減する」
「ん?」
「そんな余裕はないはずだ、お前は―――」
「ん?ん~?わかんないけど、んん?そんなつもりはないけど・・・・・・・うん、まあ?あえて言うなら?・・・・・そうだね・・・・・私はね、岡部倫太郎」

ガキュンッ

小柄なキリカが、今まで鍔迫り合いをしていたのが嘘のように、あっさりとディソードを弾き飛ばし岡部を数m弾き飛ばす。
岡部はその事に、やはり苛立つ。キリカとの実力差にではなく、本気で戦ってくれなかったことに、呉キリカに、全力でぶつかってもらえなかったことに、その事に怒りにも似た感情が湧きあがっていた。
同時に、ミドガズルオルムを破壊した時のような、理不尽を理不尽で踏みつぶすかの在り方で相対してくれている事に、岡部は――――。

「オォッ!」

叫び、キリカに向かって一直線に、ただ真っ直ぐに突き進み、ディソードを振るう。




時を同じく、岡部達のいる場所から離れた場所に三人はいた。
まどか達三人は窮地に立たされていた。三人はまどかの証言(?)で得られた情報、ほむらが向かったかもしれない場所に向かって進んでいた。幸いその方向の先にはほむらがいる部屋がある、勘による行き当たりばったりな進軍だが確実に三人はクラスメイトのいる場所との距離を縮めていた。
結界の中心に、当然そこには使い魔が多く存在している。

「ひっ」
「さがって二人ともっ・・・だっ・・・・大丈夫!たった、たった一匹―――」
「待って上ですわ!」

三人の前にいる20㎝程度の使い魔が目の前にいる。この程度ならその辺に落ちていたステッキで追っ払える、さやかはそう思ったが仁美の声に視線を上に向けると――――

「うわぁ!?」

天井から、ぼとぼとと、大小様々な使い魔が三人の周りに落ちてきた。

「さっ、さやかちゃん後ろからもっ」
「ひっ」

うぞうぞと、自分達が通ってきた道からも多数の使い魔が押し寄せてくるのを見て三人は身動きが取れなくなる。すぐそばに落ちてきた使い魔が体制を直し起き上がり、足下の傍にいるというのに三人は動けない。

「あ・・・うぅ・・・・」
「二人ともにげっ・・・逃げて!」
「無理ですわっ、こんなっ・・・もう」

三人が体を寄せ合い恐怖に震えるなか、使い魔のほとんどはまどか達を無視するように奥の部屋、おそらくほむらがいるであろう場所に向かって雪崩れこんでいく。が、数匹は動きを止め何かを確認すかのように、三人を、まどかを観察していた。

「わたしを見て・・・・る?何で・・・・何でっ」

まどかは気づいた。このお化け達は何か焦っていて本来なら周りの人間を気にかけることなく向こうの部屋に行っていたハズだ。自分さえいなければ。

「何で・・・・何でなの!?」

解らない、分からない。どうしてこのお化けは、わたしを睨んでいるの?狙っているの?
囲まれて、睨まれて、近づいてきて、それにつられるように別の使い魔も次々と自分達に注目してきて、そして―――――一斉に襲いかかってきた。





ギャリリリリリッッ!!!

と、火花を散らしながら岡部の持つディソードはキリカの鍵爪に受け止められ、そのまま押す事も引く事も出来ないまま抑え込まれた。

「っ・・・・ぐ・・・ッ」
「・・・・・こんなもんなの?」

ぎちぎちと、二股のディソードを三枚の鍵爪で抑え込みながらキリカは岡部に問う。抑え込んだディソードを拘束したままキリカは岡部に顔を近づける。

「う~ん?」
「このっ、く・・・」
「ねぇ岡部倫太郎」
「くそっ」

まるで動かすことができないディソードに岡部は焦る、キリカがもし左手にも鍵爪を――――いや、このまま殴りかかってきても岡部は倒れるかもしれない。それだけの差がある。
展開率68%。本来なら杏子の力を半分以上使える状態だが、今の岡部はそれが出来ない、魔法を扱うのに必要な感情に、まるで殻が覆っているように、魔法という奇跡と感情の間に異物が在って―――――――それで常に出力不足。魔法に感情が乗らない。騙し騙し今日まで来れたが、日に日にそれは強くなってくる。
今までの世界線でもそうだった。あの日、自身のディソードを観測してからはそれが一層強くなった。
観測することで世界は生まれる。変わる。終わる。
自覚する、自覚した。自覚もする。
だから――――
岡部倫太郎は目の前の奇跡に、自分を認めてほしい。もう一度立ちあがる為に。
岡部倫太郎の歪みに気づき、罵倒し、否定した敵を、その実、誰よりも認めていてくれた敵に、奇跡の対価をさらなる奇跡で塗りつぶす『本物』に。
手間暇程度にではなく、ただの好奇心だけでなく、ちゃんと、しっかりと、ここにいると、対等に相手してほしいのだ。
呉キリカに、岡部倫太郎を認めてほしい。認められたい。
認めてもらった時、岡部倫太郎は取りもどせるかもしれないから。
そのために本気で相手をしてほしい、可能性はほとんど0だが、もし打ち勝つ事が出来ればきっと岡部は取りもどせるハズだから、自身(自信)と、感情を、だから―――

「君と戦いたいんだ」
「――――ぇ?」
「だから、私は、君と、戦いたいんだよ。本気で、片手間じゃなくて、全部で、全てを賭けて」

岡部に対しどこか不満そうに、不貞腐れているような、先程の岡部と同じように。苛立っているように。
その言葉は―――――それは、こちらの台詞のハズで、それに岡部はキリカと戦っている。本気で、それも過去最高の状態で。
今までは全力で戦っても、全開では戦えなかった。
N・Dでどれだけ展開率を上げても、それで岡部も戦えるようになっても、ブレーキがかかり全開で戦えなかった。
魔法には感情が必要で、岡部倫太郎の感情は冷え固まっていたから、忘れてしまったともいえる。全てをやり遂げたから、辛い過去を、諦めて、挫けて、それでも抗い助けたかった彼女、その彼女の面影すら薄れ、あの姿も、あの声も、共に笑い、考え、悩み、言葉を交わし、時に口論し、ぶつかり合った大切な女性。

未来ガジェット研究所ラボラトリ―メンバー№04.牧瀬紅莉栖。

救うことができた大切な人。救うことが出来たから『この岡部倫太郎』の人生はそこで終わった。終えることができた。

「“君と”戦いたいんだ」

再び立ちあがっても、それは既に終わった、終えた男の残骸で、その感情は不安定で儚く脆く、過去の人物とは同義とは言えず、別人とは言えない、確かにそれも岡部倫太郎、されど岡部倫太郎たりえない。
やり遂げたのだから、かつての岡部はすでになく、ここにいる岡部は残骸で、過去の自分と現在の自分のズレを感じながら、時間を賭け、それでもここまで来た。
繋がった力を全力全開で発揮できるように、今はまだ、綻びがあるけれど、それももうすぐ埋めることができる。

「君の全力で」

朽ちるはずだった岡部の感情に再び熱を与え、支えてくれた少女達がいたから、そして目の前に、かつての自分と同じように世界に抗い、理を覆し、収束を越えようとする存在がいる。
もう、終わってしまったけれど、それでも思いだすことはできる。
今はそれを、証明するように岡部は全開で戦える。繋がった佐倉杏子の力を、展開した分を全力で、もう少しで全開で使用できる。感情を素直に乗せることができる。
最後の後押しはきっと、それは・・・・・・目の前にいる彼女達だ。
岡部に熱を与えた鹿目まどかでも、始まりのキュウべえでも、似た境遇である暁美ほむらでもなく、美樹さやかや巴マミでも、佐倉杏子や千歳ゆまでもなく、呉キリカと美国織莉子、この二人が最後の欠片、きっかけ。
その彼女が全力で来いという。全力だ、今出せる全開だ。岡部は持てる力を出せる力を最大限発揮している。
それを否定されるのが、本気で相手にされないことに苛立つ、キリカに、そしてキリカに本気で相対することができない自分自身に。そう思う。不甲斐ない自身が許せない。

「君にちゃんと見てほしい」
「――――――」
「相手をしてほしい」

なのに、彼女のその言葉は―――

「私じゃダメなのかな?そんなことないよね岡部倫太郎、だって私達は同じだ、同士だ」

虚実のない、飾りもない、素直な言葉。

「私は君を超えることができればきっと――――――だからさ、岡部倫太郎 私と本気で戦ってよ」

岡部倫太郎が呉キリカに想うことと同じで、彼女もそう思ってくれている。それを望んでくれている。

「俺と―――」
「そう、君と」

キリカは拘束していたディソードを解放する。岡部はタッ、と距離を置いて、しかしディソードを構えることなくキリカに視線を向ける。

岡部は砕けていく己のディソードを感じながら
キリカは既に限界が訪れている自分を感じながら
それでも、二人は目の前の存在と話がしたかった。
ちなみに、キリカは岡部が嫌いだ。理由は多々あるが、何より彼は織莉子の敵。呉キリカは岡部倫太郎が大っ嫌いだ!

「さっきは否定してしまったけど、私は岡部倫太郎の事をこれでも気にいっているんだよ?だって君はどうしようもないほどヘタレのくせに戦っている」
「ヘタレか」
「救いようのないくらいのね。いくらか観察してきたけど君は常にビビってるよ、使い魔相手にも、そこの千歳ゆまですらガンガン行くのに君ときたら常にビクビクしてて、そのくせ大口たたいて息巻いて、雑魚相手に大苦戦して回復してもらって、結果だけ見たら無駄な魔力消費で・・・・・・正直あの子より弱いよね、あと普段の生活から言えば――――最悪だよ、ヘタレ極まるよ」
「・・・・・・」
「ビビりでヘタレで弱くて甲斐性無し・・・・・・ううん?最悪だね君」

何が言いたかったのか本人が解らなくなってきているようだった。鍵爪のある右腕をぶらぶらさせながらキリカはスラスラ答える。
ついさっきは存在を否定された、ようやくこの世界で立ち直りかけていたところを崩されかけ、今もまた侮辱ともとれる言葉を投げられる。
しかし自分を想ってくれる人がいる、泣いてくれる人がいる、認めてくれる相手も、それに認めてほしい相手も、ならもう――――大丈夫だった。まだ完全とは言えないけれど、完全にあの頃の岡部には、あの『執念』を保ち続けた岡部倫太郎には戻れないけれど、それでも大丈夫だ。ここまで来れたのだから。
それを、目の前の少女も望んでくれているのだろうか、望んでくれているのだろう。彼女の台詞は、岡部が彼女に望んでいることと同じなのだから。
認めてくれて、望んでくれている。

(それだけで・・・・・・・・・)

岡部倫太郎はそう思う事が、感じることができるまで取り戻した。そのきっかけは、それには間違いなくキリカも含まれる、呉キリカの在り方は歪で在りながら、本人は気づいていないだろうが、奇跡を起こしている。現在進行形で。
岡部倫太郎の知っている世界は、この世界も含め、きっかけ一つで、ささいな出来事で変わるほど曖昧でありながら、その一方でどこまでも厳格に残酷に無情に確定した未来を突きつける。
決定された死はどんなに防ごうとも訪れて、決められた死には何度繰り返そうとも覆せない。
キリカの状態はそれを解りやすく証明しようとして、否定していた。
そのキリカ自身が岡部を認めてくれている。それも、理由は解らないが岡部が望んでいるように対等に扱えと―――――願ってもない。
だから、もう言葉では崩れない、揺るがない、ここまで来れた、ここまで取り戻せた、他でもない彼女達の、キリカのおかげで。
なら、彼女の話に、限界を超えながらも此方を見てくれる彼女の話に乗ろうと決め、合わせる。

「ストーカー宣言か?だが情報不足だな、俺はコレでもコツコツとバイトをしているしリアルホームレス中学生の乱暴者を手なずけ―――今ではバイトをさせる事を可能とした人間。確かに魔法関係では一歩遅れてはいるが日常生活で言えば俺はかなりの立役者だ」
「そうかな~、ヘタレだと思うな~・・・・・ヘタレしかないと思うな」
「お兄ちゃんをバカにするなー!」

ゆまがキリカに吠える、先程の件もあり殺気を少なからず感じるが手を振り落ち着けと合図する、岡部は飄々と、友達に話しかけるように、会話を楽しむように声を賭けてくるキリカに合わせる。善し、この感情はきっと、そうに違いない。敵だが、こうして相対しているが、しているからこそきっと同じだと解る。キリカの後ろにいる少女もきっと同じ。

呉キリカも、美国織莉子も岡部倫太郎、そして暁美ほむらのように世界と、運命に抗い戦っている。

どうすれば勝てるのか、そもそも戦うこと自体できるかも分からない敵、世界を前に諦めず、ソウルジェムという大きなハンデを背負いながらも絶望に負けず戦う少女が此方との会話を、本気の闘争を望んでいる、この世界で希望を抱き続けながら、尊敬に値する。
そんな彼女が自分を認めてくれて、認めてほしいというのだ、ならばそのためにも理由を知るべきだ。いや知りたい。どうすれば彼女の望んでいる自分になれるのか、そう思ってしまう。

「君はヘタレだよ」
「ふんッ、何を根拠にそんな―――」

内容自体はなんら今と関係のないモノ、キリカは既に限界だ、今後どうするかも含め、どちらにせよ急ぐべきだ。しかし岡部は乗る。キリカはきっと対話を求めている。この会話でどんな結果になろうと、この会話でキリカに限界が訪れようと、岡部が再び崩れようと後悔は無い。キリカが笑っているように、岡部もこの世界で、ようやっと笑えるようになったのだから。キリカとの対話を求めているのだから。きっとお互いが覚悟の上で、だから後悔なんて――――在る筈がない。

「先日交際をせがまれて逃げてたよね?」
「なんのことですかッ!」

つい敬語で対応してしまった。後悔した。






壁に激突していたヨドガズルオルムが半壊しながらも、その身を勢いよく起こした。

「はあ!?」
「えっ・・・・・浮気?」

キリカの発言に岡部が噴出し、瓦礫から立ちあがった杏子が驚き――――

「・・・・・呉キリカ、今はそんな戯言に付き合ってる暇は―――」
「なに言ってるのさ?大切なことだよ、私が戦い理由なんだから」
「・・・・・む?」

キリカの突然の意味のわからない――――ここまでの話の流れをぶった切る問いかけに首を傾げる岡部。そのままの意味ではないのは流石に分かる。ソレが直接ではないにしろ、彼女が岡部と相対したい理由の一つに繋がるのだろうが―――――コレはマズイ、そう判断する。これは彼女のトラウマに繋がる事だから。

「・・・・・・・・お兄ちゃん?」
「ゆっ、ゆま?違うぞ?お兄ちゃんは――」

ゆまの冷える言葉に岡部は視線を向ける、戦闘中にも拘らず、しかしそこには―――メギャァアッ、と異音を放ち、掲げるハンマーに莫大な魔力を収束させるマスコットのような可愛らしい・・・・・・容姿とは間逆の存在がいた。

「ゆまのママとパパは・・・・・・・・知ってるよね?なのにそういうことするのかな?かな?」
「ッ?」

岡部はにじり寄ってくる少女にビビリ後退る。見た目が“高校生の青年”は小学生のプレッシャーに本気で恐怖していた。

「待てゆまッ、騙されるな俺は無実だ!そうッ、コレは敵が仕掛けてきた罠―――」
「と、被告人は訳のわからぬことを述べており――」
「呉キリカッ、冗談もほどほどにしてもらおうか!そのような戯言で俺達の絆が揺らぐとでも―――」
「でも本当の事だよね?」
「それは・・・・・まあ・・・・うん」
「 お に い ち ゃ ん ? 」
「嘘に決まっているだろうが!」

岡部は断言する。そう、キリカの言うことは嘘だ。品行方正にして紳士の中の紳士。ジェントルメンたる岡部倫太郎が浮気などするはずがない、この岡部倫太郎、日本の法律に従い一夫一妻の名の元に妻は一人、ゆえにそこにまでの道のりたる恋人も一人であり、杏子とゆまの知らない魔法少女と接触していた事実があったとしてもそれはなんら関係ない事であり・・・・・・・・・・・・・浮気?

「そもそも俺には相手が―――」
「ゆまと杏子がいるのにそういうのはダメなの!」
「ちょっと待て!一応言っておくがアタシは岡部倫太郎の事は何とも思っていないからな!」
「それはそれで・・・・・・少し寂しいな」
「え?じゃあ杏子とお兄ちゃん結婚しないの?」
「「しないよっ!?」」
「あっはっは、見てよ織莉子、楽しそうだね」
「キリカ、貴女――――」
「負けてられないねっ、こっちもイチャイチャしようか?」
「「イチャイチャなんかしてないっ!」」
「二人は仲良し!」
「「ゆまっ、余計な事――」」
「・・・・・息ぴったりね」
「「ちがっ!?」」
「何で結婚しないの?」
「誰がこんなリアルホームレスと―――」
「誰がこんな戸籍無しの根無し草と―――」

「「・・・・・・・・」」

「「それはお前だーッ!!」
「君らって濃いよね」
「「貴様(アンタ)には言われたくないわッ!!」」
「いやいや君達には負ける」
「「負けてねーよ!!」」
「・・・・キリカ」
「ん?」

ふぅ、と織莉子は一呼吸おきキリカに先を促す、親友の、キリカの笑顔を見ていると気が引けるが時間がないのも確かだ。出来るだけ彼女の望みを果たしたい。が、既に彼女は限界を超えている。臨界を。未来視を超えてここにいる。だからこそ何時『反転』するか解らない。

「結局どういうことなの?」
「うんそれはね―――佐倉杏子」
「あ?」
「街中でいきなり岡部倫太郎に繋がされて、急いで寝床の教会まで戻った事あったろ」
「・・・・・そこまで知ってんのかよ、で?それがどうしたよ?」
「その時の岡部倫太郎なんて言ってた?」
「ああ?教会の方に魔女の気配がなんたらって・・・・・・結局勘違いだったけどな、意外と岡部倫太郎の勘や予測は当たるから拍子抜けし―――」
「それさー」
「いかん!バイト戦士ッ、敵の言葉に耳を――」
「実はその時に岡部倫太郎は別の魔法少女の子に交際を申し込まれて断れずに焦り、視界に映った君に助けを・・・・・逃走するために・・・・・ねぇ?」
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
「嘘だっ騙されるなッ・・・・・・・・って何だその目は!?杏子違うぞッ、俺はあの時は本当に魔女の気配を感じて!」
「今思えば・・・・お前魔女の気配なんて読めないよな」
「ゆまはお兄ちゃんを信じているよな!?」
「・・・・・・・・・・(怒)」
「何故だ!?そんなさけずんだ目で俺を――」
「・・・・・・・きらい」
「―――――――――――――――――!!!!?????」

見滝原には巴マミの他にも魔法少女は数多く存在している。見滝原は魔女が数多く存在する場所で絶好の“狩り場”だ。数が膨大なため他の街からもグリーフシードをもとめてやってくる魔法少女はいる。ただ、ほとんどの魔法少女は岡部が知っている魔法少女のように単独で狩りを行うには不安がある。岡部の知っている魔法少女の実力がそもそも強すぎるのだ。彼女達はコソコソと、使い魔を、使い魔から成長し魔女となったばかりの魔女を狙う。他の魔法少女が仕留めそこなった魔女に止めを刺してグリーフシードを得る。
しかしここは見滝原、“あの巴マミのテリトリー”。
見つかればどうなるか・・・・・テリトリーを犯したなら、同じ魔法少女でも戦闘になる事はある。マミの性格を知らず、別の、ほとんどの魔法少女のように敵対したらどうなるか。
しかし、それでも彼女達にはグリーフシードは必要で、一人孤独に闘いながら、巴マミという強力な魔法少女にまで怯える日々。
しかし、もしそこに自分の理解者がいたらどうなるか?
此方側の知識と『理解』があり、命の危機にヒーローよろしく、本来なら助けるべき、戦えないはずの『異性』が自分を『助けてくれる』事があったどうなるか?
その上『優しく』、見た目以上の『大人な対応』をとられればどうなるか?
彼女達は基本的に幼い少女で、過酷な生き方をしている。そして魔法少女という常人を超えた力を発揮できる。ならば異性に、ましてや自分達に近い年頃の異性に対し『普通の女の子のように守ってほしい』という想いはおのずと薄れていく、自分が一番解るのだから、自分の方がその辺の男性より、もしかしたら世界中の男性より強いのだと。
それだけならまだ・・・・・我慢とは言わないが、妥協という言葉も悪いが、とりあえず納得できる。恋に強さは関係ないと、しかし、それでも女の子だ、誰にも理解されない生き方だ、そんななか守ってくれる存在が、岡部倫太郎の存在を知ったら?優しくされたら?憧れないか?縋りたくないか?求めたくないか?年も近く、見た目も悪くない少年がいたらどうなる?

「・・・・・・・最悪だな」
「お兄ちゃんのあほー!!!」

岡部は杏子とゆまの言葉に内心挫けそうになりながらも、それでも視線はキリカから、そして織莉子から外さない。

「・・・・・はあ、もういい」

そしてゆっくりと息を吐いて、茶番は終わりだ。お互い。

「暁美ほむら、気づかれてるぞ」
「っ」
「ほぇ?」

岡部の言葉にほむらは攻撃の動きを止め、ゆまは間抜けな声を出す。
ゆまが周りを見渡せば杏子は油断なく槍を構え、背後に半壊したミドガズルオルムを従え何時でも攻撃に出れるようにしている。岡部はキリカから視線を外すことなくディソードを構え、黒髪のお姉ちゃんは気づけば瞬間移動したように別の場所にいて、白い悪い奴はボールをプカプカと浮かしている。

「・・・・・・・・・・・・・・・あれ?」

状況が解らない、というかもしかしてもしかしなくてもこれは

「みんな・・・・・・演技?」
「あたりまえだ、この状況下で今の会話は有り得ない」
「・・・・えー・・・・・・・・うん、ごめんなさい」

岡部の言葉にゆまは凹む。周りはキリカ以外戦闘態勢を維持している、さっきまでは緊張を緩和するための、体制を整えるための時間稼ぎなのだろう、お互いの。
そうとは知らず岡部を責めてしまったことを恥じる。傷つけてしまった。目元に浮かんだ涙をゴシゴシ擦りながら顔を上げ謝る。
でも、ゆまは一応?念のため、それとなく、信じてはいるが、とりあえず、聞いてみた。

「そうだよね・・・・・・お兄ちゃんは浮気なんてしないもんね!」
「その通りだ」

即答した。

「うん!私達に内緒で他の女の人と会ってなんか無いもんねっ!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

両手を腕の前に持ってきてガッツポーズをするゆま、しかし岡部からの返答は沈黙だった。

「 お に い ち ゃ ん ? 」
「もちろんだともっ!!」
「え~でも岡部倫太郎は―――」
「さっさと先を話せ呉キリカ!そもそも今の話は今と関係あるのか!」
「いや?ないよそんなの、ある訳ないじゃん?」
「じゃぁなんで話したぁ!?」

茶番で本当に絆の脆さが露わになっている。計算してこうなっていたのなら恐ろしい。

「・・・・・・なんでだっけ?」

首を傾げるキリカに若干怨念籠った視線を向ける、が、岡部ははぁ、と、ため息をこぼしキリカを真っ直ぐに見詰めながら問う。

「なんだ今の問いかけは?一応お前なりに意味はあったのだろう?さずがに世間話に華を咲かせるほど余裕はないはずだ」
「・・・・・・あ~うん、こうすれば岡部倫太郎の感情が爆発するかなぁって思って」
「感情を・・・・・」
「な~んかさ、岡部倫太郎は出し切って感じ、しないんだよね。私相手じゃ物足りないの?」
「そんなことは―――」
「じゃなんで?君がこの程度のはずが無いんだ、死ぬ事を知っている君が、恐怖におびえる君がその程度のはずがない
戦うことができる君は、いいかい?彼女達を守ろうとする君の行動は“当然の行いじゃない”、だって君は弱いから」

岡部倫太郎の行動は普通に考えて当たり前の行動じゃない。強い連中なら、それこそ巴マミや佐倉杏子といった魔法少女なら、我が身を盾に戦う事もあるだろう、危険に飛び込んで行く事もあるだろう、戦う力があり、戦う理由もある。死という隣り合わせの環境にいながらも、彼女達は実際に死んだ事が無いのだから。
しかし、岡部は違う。弱い、一人では戦う力も無く、わざわざ危険に関わる必要もなく、魔法少女とは違い、戦う義理も義務も無い、死ぬことの恐怖も“識っている”。ソレを超える恐怖も。
ソレを知っていて岡部は此方側に飛び込んでくる。それは決して、当たり前に出来る事なんかじゃない。だから―――

「だからこそ――――弱いはずが無いんだよ、強くなくちゃいけないんだ」

それはどこか、懇願にも似た願い。岡部がソレをもって自分と相対し、それを超えることを望んだ、岡部倫太郎を、彼が望むモノを超えたいと。
岡部倫太郎が、呉キリカを超えたいと願ったように。
共に同じもの、同じ事を願っている。
目の前の彼女を、目の前の彼を、見て、聞いて、感じて、知って、ぶつかって、超える事が出来ればきっと、今よりも先に、未来に進めるはずだから。

「キリカ―――」
「呉キリカ・・・・・・お前は――――」
「でも・・・・・・・・・・・・あーあ、もう時間切れかぁ」

織莉子と岡部、二人が言葉を伝え終えるよりも早く、キリカは呟いた。直後


ドゴォッッッ!!!!


黄金色の極光が、キリカと岡部の間を貫き薙ぎ払う。

「ッ!?・・・・・・いや、この光・・・・・・そういやアイツの学校だったなっ」
「うわわわっ!?」
「これは―――」

杏子はいきなりの、部屋の向こうからの壁抜きの砲撃に憶えがあり
ゆまは突然の出来事に驚き
ほむらはようやく現れた先輩に、僅かながらの安堵を得て

「すまない織莉子、支配下にある使い魔を全て集めたけど突破されたみたいだ・・・・・・・私は良く考えたら凄いんじゃないかな?200はいたと思うんだけど・・・・・そんな相手を一度は追い込んだんだよね?」
「いいえ、気にしないでキリカ。これは私のミスよ、あの時で始末しておくべきだったわ・・・・・その様子だとやっぱり―――」
「うん、いいとこまではいったと思うんだけどね・・・・彼女、三人も守りながらあれだよ」

キリカと織莉子は砲撃者が誰か知っている。彼女は有名人だし、キリカは戦闘経験もある。相性が良かったのか、キリカは彼女を追い詰めあと一手、というところまできたがキリカの魔法を逆手にとり逆転、その時の織莉子はキリカの治療のため撤退を余儀なくされた。その事に後悔はないし同じ事が起きてもそうする。しかしそれでもこのタイミングはマズイ。

(キリカは既に限界だというのに・・・・・・キリカの最後の願いすらも奪うというの・・・・・どうしてこのタイミングで彼女が、これじゃまるで世界が―――)

世界が織莉子達の邪魔をしているような、悪意を持って此方の行動を、意思を、未来を妨害する。

織莉子は知らない。この世界の残酷性を、変えようも無い現実を、予め定められた事象、世界の決定事項を、『運命』の強さを。
織莉子は『視っている』。

世界は『鹿目まどかは魔法少女になる』事を決定している
世界は『鹿目まどかは魔法少女になる』事を定めた

『鹿目まどかは魔法少女になる』

世界はそうなるように収束していく




「・・・・・・・」

岡部の視線の先、この部屋にいる全員が撃ち抜かれた壁の向こうからやってくる少女に視線を向ける。
部屋に足を踏み入れた彼女の背後は地獄だった。
積み上げられた死体の山。
歩く足下は死体から流れる大量の血液で溢れている。
夥しい死体死体死体死体死体死体死体死体。

多くは頭を吹き飛ばされ体に大きな穴をあけ、次に硬い鈍器で殴られ潰れた体を別の死体と重ね、他は細いロープのようなものでグルグル巻きにされそのまま圧殺されている。
視界に映らないモノ、それこそ原形すら残すことなく吹き飛ばされるなど、ただただ圧倒的な力の差をもって殲滅された使い魔の群れ。死体の山。

「・・・・・・・?なんで佐倉さんがここに?あと確かゆまちゃんと・・・・岡部さん?」

その身に返り血を一滴も浴びることなく、息一つ乱すことなく、この地獄のような世界で、悪夢のような光景の中で、それでもなお輝く黄金のソウルジェム。
その後ろからは三人の少女、絶体絶命のピンチを助けてもらったまどか達がやってくる。
三人は辺りをキョロキョロと見渡して目的の人物、ほむらを見つけると警戒心もゼロに駆け寄ってくる。

「ほむらちゃん!」
「え!?まどっ・・・・まどかっ?どうして―――」
「どうしてもあるかいこの馬鹿!アンタ一人じゃ心配するに決まってるでしょうが!」
「美樹さやか?」
「無事で・・・・・何よりですわ、本当にっ」
「志筑さんまでっ」
「ほむらちゃん!ほむらちゃんっ、よかっ・・・・・た、本当に・・・・よかったよぉ」

あまりにも無防備に此方に駆け込んでくる三人に、まどかの行動にほむらは心臓が停止してしまうほどの寒気を、怖気を感じた。
美国織莉子は未来予知能力者。彼女の目的は――――鹿目まどかの抹殺。

「だ――――だめっ!!」

ほむらが叫ぶ、その視線の先にいるまどかの頭上に白と黒の魔法の宝玉。
ほむらの持つ銃器の弾丸を弾くほどの魔力を込められたソレがまどかを襲う。

「~~~~~~~~ッッッ!!!」

叫びにならない叫びを、狂いそうになるほどの感情を沸き立たせて、時間を止めようとして。

「――――あ」

それすらも、織莉子に、優先的にマークされていた。すぐ目の前に宝玉が―――――――“当たる“。

ババンッ!!

「―――――いきなりね、白の魔法少女さん?」
「・・・・・・・」
「これで会うのは二回目、美国織莉子。魔女はどこかしら?貴女達が何らかの関与をしているのは間違いないわよね」
「・・・・・・なんのことかしら」
「結界を解きなさい」

有無を言わさぬ言動。ほむらが動くよりも早く奇襲の宝玉を撃ち抜いた少女。
単発の、ほむらの持つ銃器とは違い連射性能も生まれた時代も劣る、しかし性能は全てを凌駕する白銀のマスケット銃を両手に構える少女。
まどか達三人を守りながら200体以上の使い魔を難なく殲滅した魔法少女。
地獄のような背景を背負いながらも、それすらも美しさを惹きたてる要素にする見滝原最強の魔法少女。

巴マミ。彼女が事件の中心であるこの場所に現れた。







カチッ

「まどかっ!」
「うわっ!?」
「え?」
「ひゃっ?」

いきなりの攻防に動きを止めていた三人のもとに、いきなりほむらが現れ驚く。

「ここから離れて!」
「えっ・・・・でもほむらちゃん」
「はやく!貴方達も!!」
「あ・・・その――」
「暁美さ――」
「彼女の言う通りよ、私の後ろまでさがって」

ほむらの言葉にとっさに反応できない三人は、自分達に向かってきた宝玉をマミが再び撃ち抜いて、そこは危険だと注意されることで急いで言われたとおりに実行する。
マミは三人を、いや、ほむらを合わせて四名の後輩に迫る宝玉を撃ち抜きながら自身も前に出る。そして四人が背後に回ったの確認すると、胸元のリボンを引っ張り彼女達の周りに“展開”した。

「ここからでないでね?約束よ」
「これって・・・・ほむらちゃんが使ってたのと同じ?」
「巴マミ・・・」
「暁美ほむらさん、彼女達三人と一緒にいてあげてね。みんな貴女の事を心配していたわよ」
「・・・・・・まどか達を・・・守ってくれて、ありが・・・とうございます」
「どういたしまして」
「マミさんこれって結界ってやつ?」
「不思議ですわね~」

まどか達三人は、もしかしたら、この中で一番安心しているのかもしれない。
巴マミの戦闘を、圧倒的火力に絢爛華麗のごとき体術にて使い魔を殲滅した優しい先輩が傍にいる。
安心するのも仕方が無いのかもしれない、ここには使い魔がいないのだから、まどか達は誰に攻撃されたのか、誰が敵で、誰が強くて、誰がこの事件の中心人物なのかも解らないのだから。
だから、目の前にいる黒と白の少女が敵だなんて、そんな思考は生まれなかった。

岡部とキリカを中心に、ピリピリとした緊張感が辺りを支配しようとしていた。が、キリカが気の抜けたような声を出し、硬直状態から時間は動きだす。

「はぁ~・・・・・ごめんね織莉子」
「・・・っ!キリカ」

キリカが右腕で、鍵爪のある方の手で頬をかく、その表情は冷静で不安はなかった。しかし、どこか不満の表情だった。
その言葉に織莉子は、胸を締め付けられるほどの悲しみを、でも決してそれらの事実から目を背けない。
キリカの背後、腰にある黒のソウルジェムから黒い渦―――そう表現できる何か―――がザワザワと、ジワジワとキリカの体を這うように広がっていく。

「じゃあ・・・・・そういうわけだからさ、岡部倫太郎。悪いけど私はここまでだ、残念でならないよ」

それは気楽に言ったように聴こえるが、キリカが本当に残念そうにしているのが岡部には解った。
岡部もこのままでは納得が出来ない、この終わり方は認めない、まだ、“諦めきれない”。

「――――――」

ここで、気づく、岡部は、目の前の少女が、その隣の少女も、その言葉は、これから起きる事を前もって知っている。
魔法少女の真実を、揺るがない事実を、避けられない運命を、希望の対価を。
そうでもなければその台詞は出ない。
そして、その台詞を吐けるなら、彼女は、この少女は――――

「―――――呉キリカ、君は、君は知っているのか?知っていながら・・・・・・・・・」
「うん?」
「絶望を知っていながら・・・・・・・それでも君は“諦めずにそこに立っている”のか」
「・・・・・そうでもないよ?私はもう結界も使い魔も従えきれるほど“引っ張られている”し、何よりもう――――もたない。諦めてるよ。私はもう『反転』する。自分を殺す呪い・・・・いや、願いかな?その力を利用してでも生きようと足掻く卑怯者だしね」
「・・・・・卑怯者なんかじゃないさ」
「そうかな?」
「そうさ」
「ホントに?」
「ああ」
「どのへんが?」
「お前は・・・・・・それでもまだ諦めてなんかいないだろう?」
「・・・・・・・・」
「ソレを知っていながら、そこまで引っ張られていながら、それでもまだ立っている。君はまだ――――」
『いや、岡部倫太郎。彼女はここまでだよ。彼女は既に諦めている』

岡部とキリカの会話に、インキュベーター・キュウべえが介入してきた。
いつものように、感情が読めない表情と声で、残酷な事実を淡々と語る。この場にいる全員が絶望する事になるかもしれないというのに、それすらも構わないというように。

『彼女は既に限界だ、境界を超えている』
(まさか・・・・この結界を作っているのは・・・・)
『今が既に奇跡なんだよ、コレ以上を望むのは酷というものだよ』

ほむらはキリカの体を覆い始めた黒い渦に心当たりがあった。アレは魔法少女の限界。あそこまでなればもう、ここまで引っ張られたらもう無理なのだ。今まで何度もみてきた、正義感溢れる美樹さやか、優しい鹿目まどかすら抗う事が出来なかった代償。それを、“結界を張り、使い魔を生みだし使役する”まで出来れば、もう手遅れだ。
キュウべえの言う通り、限界で手遅れ、既に今が奇跡なのだ。

なのに―――  それなのに―――

「だからこそ―――だ、キュウべえ」
『?』

岡部の言葉はキュウべえの言葉を是としない。

「奇跡、確かにその通りだ。この状況で・・・・・お前の言う通り限界なのだろう、でもな?それでも彼女は立っているよ、いつ反転するかも解らない恐怖に歯を食いしばって耐え、傷ついた体で絶望に抗い立ち、それでもなお、立ち向かう」
『だからそれももう―――』
「未だに絶望していないんだよ・・・・・解るか?」
『?』
「それは、諦めていないということだ。呉キリカの意思は――――」

「絶望に負けたりなんかしない!」

きっと、そんな彼女が敬愛する隣の白の魔法少女、美国織莉子も同じなのだろう。

「もう一度言おう。呉キリカは絶望もしていないし卑怯者でもない!
 そして憶えておけキュウべえ、希望と絶望の相転移を望むお前達が、真実を伝えない理由はここにある
 先に向かって一歩でも進もうとしている限り、俺達人間が真に敗北したり絶望することは断じてない!!」

―――error

電子音、次いでガシャンッ、と、岡部の持つディソードがガラス細工のように砕け、消失する。

「それを今から証明する―――――!」

全員が視線を岡部に集めるなか、右手を高々と伸ばし、妄想する。
剣を、それは壊れかけた精神、バラバラになった心を繋ぎ合せ再構築した新たな岡部倫太郎。



              「 『リアルブートッ!!!』 」



世界に響く不協和音。
岡部が掴んだ虚空の空間に罅が刻まれていく。

―――未来ガジェットM04号『超誇大妄想狂【ギガロマニアックス】』起動
―――デヴァイサー『岡部倫太郎』
―――Di-sword『リンドウ』

そのディソードは罅割れ砕けていた、色あせた装甲、バラバラになった心、無理矢理繋ぎ合せた精神、消滅した想い
そのディソードはどうしようもないほど壊れていた、どうにもならないほど壊れていた、どうにもできないほど壊れていた
そのディソードは痛がっていた、苦しんでいた、泣いていた、叫んでいた、訴えていた
そのディソードは誰が見ても終わっていた
そのディソードは完全に死んでいた

でも、だけど、それでも岡部はそれを引き抜いた。
前に見たときとは違い、いつの間にか完全に死んでしまった己を、ディソードを。
ガラスを叩き割る様な音を響かせながら、一度大きく振るう。ボロボロと、腐った老樹のように欠片が舞う。
従来の剣とは違い大型スコップの柄のようなグリップ、剃刀を重ねた刃を左右に広く展開し、主軸の刀身は杏子のディソード同様に二股で、違いは杏子のディソードと比べ刺々しく攻撃的な、その巨大な姿からは考えられない片手持ちのディソード。

ディソード・リンドウ

岡部はそれを目の前の少女、呉キリカに切っ先を真っ直ぐに向け、左手で右手の手首よりやや上を掴み――――構える。

「呉キリカ、コレが俺だ。コレが岡部倫太郎だ」

宣言。キリカの望みを叶えるために、岡部の望みを叶えるために、相対を果たすために。

「これが俺の全力だ」

互いが今よりも一歩前に、先に、未来に進むために

「さあ―――――勝負だ!」


―――【open combat】


死んだディソードを構え岡部は吠える。普通に考えれば、この選択は間違っている。それは岡部が一番理解している。
ディソード・グラジオラスとディソード・リンドウ。どちらが強力で、どちらがキリカと戦うのに最適か、考えるまでも無くわかる。感じる。
岡部自身、この死んでいる自身のディソードよりも杏子のディソードのほうが、ゆまのディソードのほうが扱いやすく強力と理解している。
それでも、こうすることが正しいと、これが目の前の少女と相対するに相応しいと思った。
今までの岡部には出来なかった。
そして、岡部自身気づいていないが、『彼女』を失ってからの彼にも出来なかった行動だった。
死んでしまっては救えない。
だから、彼もあと一歩を進めなかった。進む訳にはいかなかった。

でも、あの頃の彼ならできることを、今の岡部は―――――取り戻してきているのかもしれない。



ディソード・リンドウ。リンドウの花言葉は『あなたの悲しみに寄り添う』『誠実』『正義』『貞節』『寂しい愛情』



岡部の構えるディソードは、誰が見ても、岡部自身も死んでいるように見えるが、それでも自壊する事も厭わず内側から異音を響かせ、そして、砕けた刀身の内側から赤紫色の光を煌々と輝かせていた。







あとがき

パ ソ コ ン 購 入 !
ネ ッ ト 完 備 !

更新遅れて一月・・・・・長かった。
誤字脱字の多く、指摘忠告ありがとうございます。
当方の作品に付き合っていただき感謝を







[28390] episodeⅠ χ世界線0.409431「通り過ぎた世界線」④
Name: かっこう◆7172c748 ID:3f6e4993
Date: 2012/03/02 18:32

一人じゃ、まゆりを助けられない
一人じゃ、限界があった
そう悟った
その事に気付けただけでも、同じ時間を何度も何度も繰り返してきた事には意味があった
何度も同じ痛みを味わい、何度も同じ場所の傷を抉られたことで
俺は、一人で足掻く事を諦めた

―――無茶しやがって、バカ・・・・
―――あんた、壊れててもおかしくなかったんだからね・・・

紅莉栖が手を差し出してくる 俺はそれを支えに立ち上がった 再び 立ち上がれた 諦めて それでもまた

―――行こう

―――忘れないで、あなたがどの世界線にいても、一人じゃない
―――私がいる

―――諦めない限り 未来の可能性は無限よ

俺は諦めない 絶対に


俺は―――――




世界線0.409431



キリカと岡部の最後の勝負はあっさりと幕を閉じた。
キリカは右手の鍵爪、三本のうち一本は根元から砕かれ、残りの二本には罅がはいった己の武装を見詰める。

「・・・・・・・・・」

一撃、最後の彼との衝突は、ただの一撃で終わった。

「う・・・・ゔ・・・・・・あっ、ああ・・・・・ああああああああああああああああああああああ!!!」

ずん と、ゆまは空気が沈むような、どう表現すればいいのか、落ちてくるような、確かな重圧を感じさせるほどの魔力を解放する。幼い体から溢れだす魔力は紫電し、限界以上の身体強化を、ハンマーに凶悪的な威力を上乗せする。

「あああああああ!!!!」

ゆまは一歩でキリカのもとまで跳躍する。踏み込んだ足下は爆散、砕け散ったディソードの欠片、現実から消失するディソード・リンドウの破片を吹き飛ばしながら突撃していく。

「ゆまッ、まてっ・・・!?・・・・つあ?」

ゆまを制止しようとする杏子、しかし彼女はその場に胸を押さえ蹲ってしまう。それに呼応するように後ろに控えていたミドガズルオルムも。
ヨドガズルオルムは岡部がキリカに吹き飛ばされると同時に、ディソードが砕かれたと同時にその存在を維持することが難しくなっていた。
連携魔法。文字通り複数の人間が連携して行う合体魔法。連携が崩れれば崩壊する。どちらか片方の感情が弱かったり、逆に強すぎてもダメだ。
そして、それは『失われし過去の郷愁【ノスタルジア・ドライブ】』にも似た事が言えた。
もとより分かり合うための道具。繋がる為の、連携するためのガジェット。
片方の急激な感情の揺れは連携のブレを、歪みを生む。その歪みが大きければ大きいほど相手に負担が掛かることも―――必然的にある。繋がっているのだから。

「ぐっ・・・つ・・・くぅ、・・・・くそ・・・・いっ、いけぇ!」

それでも杏子は槍を振るいヨドガズルオルムをキリカに向け突進させる。ゆまを援護するように、半壊はしても、先程までの威力はなくても、現状維持がやっとの状態でも構わずに。

「 イ ン パ ク ト ォ !!! 」

ゆまはメギィ!と、異音を放つほどの魔力を乗せたハンマーを大振りで、相手からのカウンターなどを一切考慮しない激昂に任せた力任せの攻撃を、しかし、それ故に感情は魔力を引き出して魔法となり、確かな威力を持ってキリカの頭上に振り落とされる。

「――――――ん?」

ここにきて、ようやくキリカはゆまが攻撃に出ている事に気がついた。
罅の入った鍵爪に一瞬視線を向けて、“確かめるように”ゆまのハンマーに合わせた。
今までのように、迎撃するために攻撃して相殺する訳でなく、純粋に防御のために、直撃は死を招くハンマーに、当てるのではなく、受けるように防御する。

ドッッ――――ギィイイイイイイイイイン!!!

結果、ゆまとキリカの二度目の武器の鍔迫り合いは偶然にも最初と同じように攻撃する者、防ぐ者の構図になった。
ただ最初と違い周りに破壊の衝撃が伝わる。
互いの武器の接触面から円状に衝撃が走る。マミの結界の中にいたまどか達にもソレが観えた。
まどか達から見て、小さな女の子が振り下ろしたハンマーを右手の鍵爪だけで受け止めた黒い女の人、二人の間から見えない、しかし知覚できるエネルギーのような、衝撃が互いを弾きあうようにバチバチと火花を散らしながら――――それは拮抗していた。

「うっ・・・・ぐッ」
「・・・・・・」

しかし、そんなまどか達の感想とは違いゆまは信じられなかった。自分は今最大の攻撃を放ったと、相手が誰であれ叩きつぶすことが出来るほどの攻撃をした。と、そのはずなのに相手は、呉キリカは片手で此方と拮抗している・・・・・いや、徐々に、罅の入った鍵爪の状態を確認しながら、確認する余裕を持ちながら、“押し返されつつある”。

「う・・・・ううううっ、ああああああああ!!」
「――――うん、そうか・・・・やっぱりこれは」

二人の中心、地面に立ち片手一本で防御するキリカ、空中で握るハンマーに更なる魔力を込めるゆま、二人の間で起こる衝撃が透明なカーテンのように広がるなか、ここにきて片方の武装に亀裂が入った。

ぱき

ゆまは目を見開く、最初は小さな亀裂だったが徐々に広がっていく。
一本が欠け、残りは罅の入っていたキリカの鍵爪ではなく、ゆまのハンマーが、その亀裂は止まることなく広がり限界に近づいて――――

「―――アアアッ!」
「あっ うわぁ!!!?」

キリカの気合いの入った声、ついに拮抗は崩壊し、ゆまは自身の力に吹っ飛ばされるように弾き返された。

「ゆま!?」
「ははっ、次は君かい佐倉杏子!!」

ゆまを追撃することなくキリカは背後からくる、巨大な質量を誇るヨドガズルオルムに向き直る。その態度には一切の不安はなく、だからこそソウルジェムからの魔力提供を妨げられることなく全力で力を発揮できる。今の杏子と違って。
巨大なヨドガズルオルムと小柄なキリカの影が交差する。

ズギャァアアア!!!

キリカと交差したヨドガズルオルムは今度こそ――――――完全に崩壊した。

「っ!?」
「ははっ!すっごいなぁ岡部倫太郎は!」

右腕を体の前にかざしたキリカは機嫌が好さそうに、実際ハイテンションに叫びながら突然の銃撃を苦も無く防御する。

「っ!?」
「ダメだよそんなんじゃ、今の私には届かないよ。全然ダメダメだね!少しは彼を見習いなよっ」
「なら――――これならどう!!」

ほむらの的確なタイミングで急所を狙った射撃をものともしないキリカの頭上から声。見上げるキリカの視界には

「おおうっ!?」

白銀のマスケット銃を空中に無数に召還した巴マミの姿。
このマスケット銃は単発式、魔法の弾丸とはいえ曲がったりしない普通の射撃武装だとキリカは知っている。
しかし、この銃。『鎧の魔女』を難なく、それも一撃で刻むキリカの鍵爪を防ぎ、かつ高威力の弾丸を、トリガーを引くことなくマミの意思で発射できる。
無論、キリカは負ける気はしない。が、さすがにこれには躊躇した。

「受けなさい!」

数十丁のマスケット銃、マミの号令一つでキリカへと黄金の弾丸は放たれた。
今のキリカにとって威力はともかく、その量が脅威だった。

「―――キリカ。その位置から動かないで」

しかし、親友の声が聴こえた時にはすでにキリカはなんら不安も、躊躇いも無く、右腕の構えを解き、そのまま身を任せた。

ドドドドドドドドドドドドドド!!!

マミが地面へと着地し視線をキリカのいた場所に向ける。弾丸の雨によって粉塵が舞い、足場が無いほど崩壊したその場所で、呉キリカと、美国織莉子は無傷で立っていた。

「全てを防いだというの!?」
「いいえ、さすがにあの威力を全て防ぐことは出来ないわ。私の魔法は予知。当たる弾丸だけを弾いただけよ」
「ははは、助かったよ織莉子。片手であの量は不味かったからドキドキしちゃった」
「―――ッ」
「まぁまぁ、まちなよ恩人」

再びマスケット銃を召還しようとするマミに静止の声をかけるキリカ。キリカは笑っていた。笑顔だった。当然かもしれない、彼女は岡部と戦い、相対者たる彼を吹き飛ばした。それも彼女の望んだ形で、全力で戦い、彼女はこうして立ち、彼は倒れ半身は瓦礫の下。




『さあ―――――勝負だ!』

あの時、そう言った岡部に対しキリカは笑った。

『――――――・・・・・ははっ、あははははははははははははは!!』

そこには歪んだ、狂った感情は無く、ただただ求めていたモノが目の前に、もう決して手に入らない存在が、手を伸ばせば届くと、そんな、喜びに満ちた、歓喜の、純粋な笑顔だった。

『―――そうだ!戦おう岡部倫太郎!全部をかけて、私達の全てをかけて戦おう!戦って戦って戦ってっ、そして私は―――!
『んん?何を言っているんだい君達は?岡部倫太郎は生きているじゃないか?
『そんなことないよ岡部倫太郎、だってこんなに元気じゃないか!もうワクワクしていてたまらないんだろ?やっぱり私達は同士だね!
『・・・・・・・むう、千歳ゆまも佐倉杏子もうるさいなぁ、君達は岡部倫太郎と一緒にいたんだろ?なのにホントに気づかなかったのかい?
『織莉子もかい?まったく・・・・・・って、一番の原因は岡部倫太郎だよ!君も君で何でそんなに卑屈なのさ?
『死んでる?当たり前だろ、蝉の抜け殻が生きてたら怖いよ!新生物だよ!宇宙人もビックリの新事実だよもうっ・・・・・君は人間なんだからソレは当然でしょ
『そうだよ、死んでるなら泣かないよ、痛がらないし叫びもしない
『ん?いやいやお礼なんていらないよ、同士じゃないか。それにお礼はこちらの台詞だよ。私のために君はまた戦ってくれるんだから、こんなに嬉しい事はない
『・・・・・・そうかな?そうかもね、でも私はね、岡部倫太郎
『君の方が凄いと思うけどなぁ、確かに私達は一度絶望すればそれまでだ、やり直しなんかできない
『・・・・・・うん。でもね、だからこそ私は知っているんだ
『そこからまた立ちあがることのできる奇跡を
『だから・・・・・だからさ、また立ちあがってくれて、私と戦ってくれて・・・・・・本当にありがとう
『誰にも邪魔はさせない、加減なく容赦なく遠慮なく全力で全開で――――

『―――――さあ、戦いだぁ!!!』

そう言って、互いはぶつかり合った。
岡部はキリカに向かって走りだし、キリカは、その身の大半を覆っていた黒い渦を、魔法少女の逃れることができない因果を叫びと共に吹き飛ばし、そのソウルジェムはこの場にいる誰よりも、岡部と繋がった杏子よりも、巴マミよりも、未来を知りながら絶望しない織莉子にも負けないほどの輝きを放ちながら、互いの全部で、全てをかけて相対した。
衝突したさいに目を開けられないほどの閃光が辺りを包みこんだ瞬間、ディソードの破片を撒き散らしながら―――――岡部は吹き飛ばされた。
結果はこの通り、キリカは立ち、岡部は地に倒れた。

「巴マミ、すぐに終わるからさ」
「・・・・・・何のことかしら」
「私の事さ」
「・・・・・・・・?」

マミが疑問に思っていると、怒声がした。

「ふざけないでっ・・・・・お前はっ、よくも――――お兄ちゃんをっ!!!」
「ん?なんだい千歳ゆま?」
「こっ―――の、絶対に許さない!!」

自壊も厭わずに、魔力を再びハンマーに収束させる。ゆまは怒りに震えていた。
約束を破った岡部にも、ディソードを使えば死んでしまうかもと、それなのに止める事が出来なかった自分にも。怒りが。
吹き飛ばされた岡部には回復魔法をかけた、でもいまだに彼は起き上がってこない。傷は完全に塞いだはずなのに。
そして何よりも許せなくて、怒りが湧くのが

「落ち着きなって・・・・そうだ千歳ゆま!岡部倫太郎に伝えてほしいんだ!まぁ伝える機会があればだけど―――」

この呉キリカだ。笑顔のままで話しかけてくる、それも、自分たちよりも岡部の事に関して詳しそうに振る舞い、自分たちよりも親しいように、こんな事をしておいて、ずうずうしく話しかけてくる。
それが、我慢できない。

「お前は―――ッッ!!」


「私の負けだって――――伝えてほしいだ」


呉キリカは、やはり笑顔のままで、満足そうに、己の敗北を認めた。






衝突したさいの傷はゆまに治してもらったので今は壁に激突した傷、N・Dが起動しているのでたいした負傷は無いが、岡部は立ちあがれなかった。身体に問題はない。問題は中身、内臓ではなく・・・・・精神に異常を感じていた。
そう、異常だ。ディソードが砕かれた瞬間に精神に異常を感じて、岡部は上手く思考することができない。
砕け散ったディソードの破片は一つ残らず消失し、妄想の海へと戻った。
それでも岡部の右腕にはしっかりとディソードが握られていた。
ディソードは■■していた。
ぼんやりと、それを見詰めながら、外から聞こえてくる声に耳を傾けることしか、今の岡部には出来なかった。
ディソード・リンドウから伝わる振動が、徐々に強くなっていく事を感じながら。



「キリカ?」
「いや~参ったね岡部倫太郎には、ホントは刻んで撃ち砕いてやろうとしたんだけどさ、予想外、予想以上に硬かったよ」
「なにを言って・・・・・貴女は、岡部倫太郎に勝ったのでしょう?」

飄々と語るキリカに対して織莉子の言葉は、この場にいる全員の代弁だった。

「いや?私の負けだよ――――ほら」

笑顔のまま、キリカは織莉子に鍵爪を掲げてみせる。ゆまの最大威力の一撃を受け止め、杏子のヨドガズルオルムを撃ち砕いた鍵爪。
一本が欠け、残りは罅が入ったままの、“岡部と衝突してから一度も欠けていない武装”を。

「貴女は――――彼の武器を砕いたわ、きっとあれは彼そのもの・・・・・・そういっても過言じゃないわ。貴女は彼に打ち勝ったんじゃないの?」

織莉子も、見ただけだがディソードの特性というか、それがどういったものなのか漠然とだが解っていた。どうしようもなく終わっていたアレは、死んでいたアレは岡部倫太郎そのものだと。そう思わせる何かが、あの剣にはあったのだ。
直接ぶつかりあったキリカが一番分かっているはずなのに。

「抜け殻の事?あんなの唯の飾りじゃないか、誰でも壊せるよっ、私は今の岡部倫太郎を砕く事は出来なかったよ」
「え?」
「んん?・・・・・・あれ?もしかして・・・・・みんな勘違いしてる?」

キリカはそれを是としない。ゆまですら、岡部は負けて、キリカが勝利したと思っているのに。逆にキリカが皆、状況を理解できていない事に不思議がっている。

「ん~。まぁ・・・・・いっか。とりあえず伝言は任せたよ千歳ゆま。さっきも言ったけど出来たらでいいからね」
「え・・・・・え?なに・・・・なんなの、お前何言ってるか分かんない!」
「ふふん、君よりも私の方が岡部倫太郎の事を理解しているという事さ!」
「ッ、お前なんかにお兄ちゃんの何が解るっていうの!お前なんかよりゆまとキョーコの方がもっと知ってるもん!!」
「いやいや、私の方が」
「ゆま達だもん!」

ゴッ と、再度の魔力を込めたハンマーを構える。瞳には怒りを灯し突撃の姿勢にはいる。
そうだ、惑わされたはいけない。自分達はずっと(二週間)一緒にいたし何度も(N・Dで)繋がっていた。全てとは言わない、でも誰よりも彼の事を知っていると、何か抱え込んでいる事は知っていた。それはN・Dがなくてもきっと気づいてあげられたと胸をはって言える。そうだ、目の前の女よりも自分達の方が彼の事を知って―――

「岡部倫太郎が浮気していた事に気づいてなかったろ?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・しないもん」
「ん?」
「お兄ちゃんは浮気なんかしないもん!」
「それはどうかな~、君は知らないだけだもんね、私は知ってるけど」
「キョーコ!」
「え?あ、ああうんそうだな、岡部倫太郎はそうだ・・・・・・・・よな?」
「ほら!キョーコもこう言ってるもん!お前の嘘なんかに騙されるもんか!!」
「でも佐倉杏子は完全には否定してないよ?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・杏子?」
「まあまあいいじゃないか千歳ゆま、男の子はある程度発散させないとね。あんまり束縛すると嫌われちゃうぞ」
「お兄ちゃんはゆまの事嫌いにならないもん!!!」

叫び、また一歩の跳躍でキリカまでの距離を詰めハンマーを振るう。
キリカはソレを「ん」と、軽い動作で、罅だらけの鍵爪で迎撃する。

ズパンッッ
「!?」
「そんな壊れた武器で戦っちゃダメだよ」

元より壊れかけ、ゆまのハンマーはそれだけで砕け散った。両手で握っていた柄の部分も、連鎖するように罅割れて粉々になった。。

「その点、私と織莉子なら―――」
「キリカ」
「ぐぇっ――」

自慢気にその続きをしようとしたキリカの襟を引っ張りながら織莉子は後ろに跳躍する。直後、キリカのいた場所に杏子の槍が突き刺さる。
杏子は立ちあがっていた。未だに不調があるのか胸をおさえたままだが、落ち着いてきたのか、キッ とキリカ達に視線を向ける。

「ゆまっ、近すぎる、離れろ」
「でもキョーコ―――」
「武器も無しにどうするつもりだ!!さっさとさがれ!」
「うっ・・・・うう」

ゆまがさがるのを、マミに引っ張られるのを確認してから杏子はキリカに尋ねる。

「で、どう言うことだよ?」
「げほげほっ・・・・・ふぅ、びっくりした。・・・・・・ん?ああ岡部倫太郎の事かな?」
「ああ」
「うん、私と織莉子ならある程度の浮気には寛大な心で許すから君たちよりも―――」
「・・・・・・・・・そっちじゃねえよ」
「・・・・・私もなの?」
「ああ、こっちじゃなくてそっちのこと?・・・・・・・あれ?というか佐倉杏子は岡部倫太郎と今も繋がっているんでしょ?なら解るんじゃないかな、彼・・・・・今はどんな感じ?」
「お前がっ、お前がお兄ちゃんのこと言うな!!!」
「・・・・・・・・わからない」
「キョーコ!?」
「んん?わからない?」
「・・・・・・・ああ、わからない」

ゆまの叫びを、非難ともとれる叫びを聞きながら、杏子は岡部を、視線を倒れている岡部にチラッとむける。仰向けに倒れ、半身を、壁との衝突の際に崩れた瓦礫に右腕を潰されるようにして動かない岡部に。
ゆまが回復魔法をかけた。なら少なくとも肉体的には問題はないはずだが起き上がらない。気絶しているわけではない、繋がっている杏子には分かる。なら、何故立たないのか。分からない。岡部の感情が、漠然とだが、どう表現すれば解らないが、近い、一番分かりやすく表現するなら今の岡部の精神は

暴走していた。





「・・・・・・・・・・・ふ~ん、まぁいいかな?織莉子」

キリカは杏子の返事に納得がいかなかったような表情だが、さして気にすることなく織莉子に向き直る。さっきから話がポンポン変わるキリカ、それは彼女が急いでいるからだと織莉子には感じた。

「なに―――キリカ?」
「うん、君にも伝えておきたくてね!」

もう、彼女は―――――。だから、親友の言葉を聞き逃さないように、織莉子は真っ直ぐにキリカを見詰めながら言葉をまった。どんな言葉でも受け止めてみせると。


「私はね織莉子、君が別の道を選んでも怒らないよ?」


だけど、驚いた。

「キリ・・・・カ?」
「あっ、言っておくけどこれまでを否定する訳じゃないよ?これは絶対だから信じてよね」
「う、うん それはもちろんよキリカ、でも・・・・それは?」
「うん、この道が間違っているなんて私は思わない。織莉子じゃないと防げないって私は思っているしね・・・・・・・でも、君がこの選択を選んだ事を悔やんでいる事も解っているんだ・・・・時間は限られているからね」

岡部倫太郎を観測した事で可能性は増えた。しかし時間は有限で、そのことに織莉子が悩んでいるのをキリカは知っている。

「でもね、だからこそ――――」

チラッ と、キリカは岡部に視線を一瞬向けて、織莉子の瞳を真っ直ぐに見詰めながら伝える。

「今よりも君の望む未来があって、それを求めるなら、その可能性を信じたいと願うならさ、ソレを目指すなら――――私の事は気にせずそうしてほしい」
「キリカ!」
「大丈夫だよ。私は怒らないし応援する。だって私はキリカと一緒にいたいから、キリカと共に歩んでいくから。例え今とは別の道を選んでも私は織莉子と共にいる。」

キリカの想いを織莉子は聞いて―――――。
ただ、ソレを聞いていて、周りは黙っていなかった。

「・・・・・・貴女達はこの学校の生徒に何をしたか忘れた訳ではないでしょうね」

巴マミ。彼女は織莉子とキリカの事情を知らない。だが、彼女達が魔女を使って結界を張り、それが原因で被害が出ている事に変わりはない。見過ごすわけにはいかない。彼女達は『魔法少女狩り』の犯人でもあるのだから。

「・・・・・都合良く、このままゴメンナサイで済むと思ってるのか」

佐倉杏子。ゆまと岡部、自分の家族を傷つけた人物を彼女は許さない。マミ同様、彼女もキリカ達の事情は知らない。しかし、ゆまを魔法少女に誘導し、一度は岡部を殺しかけた連中だ。危険な存在であることは間違いなく、このままでは気が済まない。

「・・・・・・・・」

暁美ほむら。彼女は・・・・・どうなのか、正確には本人も解らない。まどかの排除。それが、それに類似するものなら絶対に受け入れられない。しかし戦って勝てるとは思えない、なら、このまま手を引くというのならこの場は見逃し一旦体制を整えるべきか、しかし今は味方、杏子もマミもいる。この機会を逃せば勝機は無いかもしれない。

それぞれが、それぞれの想いで武器を構える。

「・・・・・う~ん、岡部倫太郎がいれば話が出来たと思うんだけどなぁ」
「テメエのせいだろうが・・・・・」
「違いない。それじゃ交渉は決裂で話し合う間もなく、後は互いの望んだ未来のために・・・・・・じゃあ、最後の戦いを始めようかな」

ガシャン と、それぞれが武器を構え再度戦闘が始まろうとした――――その時、キリカは膝から崩れた。

「あっ・・・・・あれ?」
「キリカ!」

かくん と、倒れそうになるキリカを織莉子は後ろから支える。
ガシャンッ、と、キリカの右腕から鍵爪が消滅する。
マミ、杏子、ゆまは困惑した。今の今まで無敵の戦闘力を発揮していたキリカの突然の不調に、織莉子とほむらだけが、その意味を正しく感じ取っていた。

「・・・・・・あちゃー、もうホントに限界みたいだ」
「――――ッ」

ソウルジェムから、魔力で強化されていた体から一気に力が抜けたのか、キリカは急速にその表情から生気を失いつつあった。
しかし、それでもその顔には笑みがある。満足しているのだろう、後悔が無いとは言わない、可能な事ならもっとこのまま織莉子と過ごしたかった。
でも、それでも彼女は、呉キリカはこの状態を受け入れていた。今ならまだ“自殺が出来る”にも拘らず――――死ぬことの恐怖を、変わる恐怖を理解しながら。

「キュウべえ、君が真実を話さないのは・・・・・・さ、こういうことがあるからなのかな?」
『どう言うことだい?』

キリカの胸に後頭部を埋めながら、キリカは傍観を続けていたキュウべえに語りかける。

「だからさ・・・・・真実を知った魔法少女は、いや、契約する前の少女達に真実を話したらどうなるのかなって」
『契約を渋ると思うよ 経験上 ソレを知って契約してくれる子は少ないね』
「そう、少ない。でもいるんだね?それでも契約するんだよね・・・・・・その子たちはどうなったの?」
「キュウべえ・・・・・何の話?」
「おい・・・・お前アタシ達に何か隠してんのか?」

マミと杏子が会話に疑問を問いかけるがキュウべえは答えない。キリカとの会話に集中する。

『それは―――』
「自殺する人もいたかもね・・・・・・・でも、そうじゃない人もいたんじゃなの?最後まで戦って、でも絶望することなく『反転』した人もいたんじゃないかな?そしてその人達に限って、もしかしたら理解者・・・・・“君たちに賛同する人達に限って得られるエネルギーは少なかったんじゃないかな”」
『・・・・・・・・・・・その思考にいたった訳はなんだい?』
「・・・・・ふふ、続きは岡部倫太郎にでも聞いてみてよ」
『岡部倫太郎?』
「きっとさ、岡部倫太郎は・・・・・・・・・まあ、これも岡部倫太郎から聞きなよ」
『?』
「うん、じゃあねキュウべえ。私は君にも感謝しているよ。“ありがとう”」
『真実を知ってお礼を言われたのは――――』
「初めて?それとも“憶えていない”?」
『・・・・・・・』
「それも含めて聞いてみると良いよ、私はいろいろ“観ちゃった”から」
「――――ッ、お兄ちゃんの!?」
「うん、そうだよ千歳ゆま」

ゆまはキリカの台詞に憶えがあるのか叫ぶ。そんなゆまの言葉をキリカは肯定する。
彼女は岡部倫太郎を観た。砕かれたディソードの破片を至近距離か浴びて、ゆまが教会で砕けた破片から岡部の感情を感じたように、ソレを超える量を、濃度を至近距離から浴びることで呉キリカは岡部倫太郎を“観た”。

「最後にもう一度言うよ、『今回は私の負けだよ。諦めたうえで立ち上がった君は、ある意味では諦めずに立ち続けることよりも凄い事だと』・・・・・・私はそう思うんだ。諦めるという事、それがどういうことか知っているから尚更ねぇ」
「う・・・・あ?」
「じゃあ、確かに頼んだからね?」

そう言ってキリカは自分を抱きしめる織莉子の腕に触れ、そしてそのまま後ろ向きのまま頬に、優しく触れていく。

「ほらほら泣かないでよ織莉子」
「キリカ・・・・・私ね」
「うんうん」
「頑張るから、貴女の分も、もっともっと頑張るからっ!」
「頑張りすぎて倒れちゃダメだよ?」
「それでもっ・・・・・」
「ダメだよ、君はいつもそうやって無理をする。心配じゃないか。だからさ―――」
「え」
「私が半分持ってあげる。一緒にいるんだからね」
「キリ―――カッ」

濡れている頬を優しく撫でながら、キリカは視線を上に、涙を流しながら此方を抱きしめる織莉子と視線を合わせる。

「約束したでしょ 私は例えどんな姿になってもキリカを支える――――だから、一緒にいこう」

そう言って、にっこりと微笑んだキリカは、そっと瞳を閉じた。
キリカの体から完全に力が抜けていく、それを感じ取り織莉子はいっそう強く彼女を抱きしめた。



「忘れないでね織莉子、例えどんな道を選んでも私がいる。絶対に一人なんかにはさせないから――――――」



直後、キリカのソウルジェムが織莉子とキリカの間から飛び出し二人の頭上でソレは成る。
魔法少女の杏子、マミ、ゆま、そしてまどか達の間の前でソウルジェムは反転した。
宙に浮いた黒い菱形のソウルジェム。それを中心に狂った風が舞う。

「なに?」
「うわっ!」

希望は絶望に、祈りは呪いに、願いは妬みに。魔法少女の全てはこのために。
希望から絶望への相転移、そこから生まれるエネルギーで世界の消失を防ぐ。

「この結界を作っていたのは―――」

ほむらは理解する。理解した。キリカ達の会話からある程度の予測はしていたがそれはとても馬鹿げた、しかしソレは今、目の前で事実となり形となる。
ソウルジェムの許容量を超えた呪いと穢れはソウルジェムを破壊し世界へと溢れだす。
新たな形、存在へと再構築される。
皆が見詰めるなかキリカのソウルジェムはグリーフシードへと、魔法少女の魂は魔女の卵へと反転した。

そしてこの瞬間、世界に新たな魔女が誕生した。







・・・・・・・・ィィィィィィィィン


キリカの最後の言葉を聞いて岡部の体はピクッ、と動きだす。それに呼応するように瓦礫の中で、岡部のディソード・リンドウが僅かな、しかし確かに世界に対し反応を見せ始めた。
キリカの言葉に、何時か聞いた誰かの言葉を――――思い出しながら。




「なに・・・・・・これ?何が起こったの?」

マミが呆然となって呟くなか、ソレは形を成した。
それは全体的に黒く、細長い魔女だった。
女性の胴体を三人分くっ付けたような体から刃を伸ばし、自身の身長並みに長く細い腕の先端は禍々しい鎌。顔のパーツな無く、のっぺら坊のようで頭にはシルクハット。シルクハットには咲いた華、華のように見える。リボンを花弁のように見立てながら中心からは大きな目玉が此方の様子を観察するようにギョロギョロと動く。それがなければシルクハットを飾る華に見えたかもしれない。

「キリカ・・・・・・」

織莉子は親友の変わり果てた姿を見ながら思う。ここは私の観た未来とは違うと。自身の持つ固有の魔法、予知には既に意味が、信頼性が失いかけている。
しかしそれでも構わないと織莉子は思っている。


『大丈夫、私は何があっても決して織莉子を傷つけたりなんかしない。いや、むしろこうなることでキミを護ることができるならば』
『やすらかに絶望できる!』


枝分かれした未来。そのほとんどので―――――そう言って魔女になったキリカと共に戦う未来。
それは結果だけ見ればそれは今と変わりはしない。

「でも――――貴女は最後まで絶望なんてしていなかった!最後まで笑って、そして私と―――――またっ、また約束してくれた!!」

ヴヴヴッ、と、織莉子の周りに光か次々と収束し、それは黒と白の合わさった宝玉となる。その数は7・・・・・13・・・・25と増えていく。
そして、ある程度の数を生成し終えたとき、なにも知らない彼女達が立ち直る間もなく、戦闘は再び開始された。


『・・・・・・・・・・・』

キュウべえは無表情のまま戦闘を観測していた。疑問がある。最初からおかしかった。美国織莉子の魔法は予知。呉キリカの魔法は速度低下。魔女を、使い魔を操る魔法を持っていないにも関わらず使い魔を使役していた。今なら理解できるか?否、さらに出来なくなった。キリカのソウルジェムは半壊していて魔法少女と魔女の中間のような機能をしていた。“それなら解る”。いかに引っ張られようと魔法少女、そんな奇跡を起こすかもしれない、それだけ彼女達の感情の生み出すエネルギーは・・・・・・・奇跡?では今も奇跡なのか?既に彼女は魔女となった。先程までの中途半端な存在ではなく完全なる魔女に。何故戦える?呉キリカという少女の魂は反転した。既にアレは呉キリカとは別の存在。何故未だに“織莉子と協力して戦っている”?。アレはもうキリカではないのに。『魔女は敵』。火は燃えて水は流れる。投げたモノは地面に落ちる。熱い紅茶は時間と共に冷える。それと同じだ、そういう概念レベルで魔女とは、『そういう存在』のはずなのに・・・・・・どうして。かつて前例のない・・・・・・・・・・・・・・・・・・・前例の・・・・・・無い

『・・・・・・・・・・・・』

本当に?本当にそうか?過去、有史以来から続く関係の中で本当に無かったのか?キリカ以上の素質をもった魔法少女も沢山いた。その彼女達も魔女になって・・・・・・・・・キリカのような、いや、あの魔女のような存在は皆無だったか?自分は全てのインキュベーターと記憶と経験を共有している。ならあるかもしれない。それだけ自分達は長い時間を人類と共有して―――――――なぜ、すぐに思い出せない。呉キリカは言っていた。理解者がどうのこうのと、いない、そんな人類は―――――“思考する”。

――――――初めて?それとも“憶えていない”?

呉キリカはそう言った。

プツンッ



『・・・・・・・・』

キュウべえは感情の読めない無表情のまま戦闘を観測していた。
しかしそこには何の疑問も無く、ただこのままではマミ達が負ける。と、やはり感情の感じられないまま――――――キリカが魔女へと反転してずっとこのまま、思考することなく目の前の戦いを観測していた。
何も疑問に思うこと無く。キリカが自分に何を言ったかも――――既に憶えていなかった。





「マミさん!ほむらちゃん!」

結界内のまどかが叫ぶ目の前で、一方的な戦闘は続いていた。

「貴女達は絶望を知って戦えるの?戦うことができるの?」

魔法の宝玉が光の軌跡を描きながら迫る。10や20どころではない、さっきから30,40と数を増やし四人の魔法少女に襲いかかる。

「たあっ!」

ずん と、ようやく新たなハンマーを生成したゆまがハンマーを地面に打ちつけ、その衝撃が扇状に広がり眼前に広がる宝玉と衝突していく。ほむらの弾丸を弾いたほどの魔力が込められていないのか、質より量を優先したのか、ほとんどの宝玉は衝撃波のカーテンを突破できず爆散する。

「おおっ!!」

それでも宝玉の勢いは止まらず、しかしその間を縫って杏子は魔女へと接敵する。
魔女が体から伸びる刃を発射し牽制するも杏子は槍を回転、弾きそのまま勢いをつけて魔女の胴体目掛けて槍を振るう。
ガキンッ と、金属同士が当たる音、寸前で鎌のような腕に受け止められるも杏子の動きは止まらない。
ぱきん と、キリカ相手にも使ったように槍を多節根へと変えて鎖を伸ばし魔女の体を拘束、伸びた多節根の一部を槍へと再接続し連撃する。

(いける!)

岡部の状態は解らないが徐々に落ち着いてきた。そう思い、そう思おうとして、―――――やはり杏子の感情は揺れていた。彼女は気づいていない。叩きこんだ攻撃には魔力がこもっていなく、ダメージとは程遠い打撃にしかなっていないことに。
さらに―――

ドン!
「うわッ!?」

マミの放った弾丸が杏子の傍を通過、危うく同士討ちになるところだった。

「マミ!何すんだよ邪魔すんな!」
「あなたこそむやみに突っ込んで射線に入らないで!」

普段なら起こらない連携のミスが目立つ。
魔女がそれを見逃す訳も無く大振りで空中のいる杏子に攻撃する。巻きつかれた鎖にさほど邪魔されることなく、今や大鎌となった腕を叩きつける。

「っ!」

防御には成功するが後方にいたマミを巻き込みながらそのまま吹きとばされる。
そこにカウンターとしてほむらが前にでるが――――魔女の攻撃が加速した。

「ッ!?」
カチッ 

時間停止、目前に迫った大鎌の軌道から身を逸らす。

(速い・・・・長期戦は不利)

恐らく速度低下、この魔女は呉キリカの魔法をそのまま継承していると判断する。

(!)

大鎌の先、ほむらの後方に少女、千歳ゆまがいた。おそらくほむら同様カウンターを決めようと自ら前に出てきたのだろう。ただ、止まった時間の中で彼女は魔女の攻撃にまるで反応できていないようだ、攻撃が加速している事に気づいていない。このままでは直撃だ。

カチッ
ズガン!

世界が動きだしたとき、魔女の大鎌はなにも無い地面を撃ち砕いた。
ほむらは首根っこを掴んだ少女をポイッ と投げ捨てる。

「あいたっ・・・・・・・・って、あれ?」
「あいつ等は私が倒す」

何が起きたのか解らないゆまを無視し、ほむらは三人に言葉をなげる。

「あなた達は足手まとい。引っ込んでいて」
「なっ、ふざけんなよ!」

杏子が吼える。ほむらとて解っている。しかしダメだ。今の彼女達には迷いがある。さっきから同士討ちを繰り返し・・・・・これではいない方がまし、といった状況だ。
ほむらは解っている。このままでは勝てない。彼女達の協力が必要で、でもこのままでは――――。
誰もが不安を抱えたまま戦闘は続いていく。
不安を、負を、ソウルジェムはソレに反応し、魔法の効率を下げますます悪循環で脆くなる連携、織莉子はその様子を冷静に、落ち着いて、けれど油断なく観察する。

「・・・・・・・・貴女達は、真実を受け止められないのね」

彼女達は何が起こったのか理解している。しかし受け入れられない。異物のように毒のように、えづき侵され壊れていく、だから心乱れて戦えない。
今まで敵対してきた魔法少女のように。

「私は、キリカは真の恐怖を識っている。こんな真実恐れることなどないわ」

パリッ と織莉子の周りで紫電が舞う。

「自らの運命すら受け入れられずただ立ち竦む哀れな魔法少女達」

それらは光を収束し宝玉へと、魔力を込められて杏子達へと殺到する。

「立ち上がることが、乗り越えることができないならここで―――――せめて安らかに眠りなさい!」

魔女を相手に苦戦する四人は宝玉による攻撃を回避することができず爆発に巻き込まれる。
否、一人を覗いて。

カチッ
「そうね、貴女は識っていたわね・・・・・・・それで?」

時間停止で回避したほむらは織莉子に向け攻撃、銃弾を叩きこむがやはりかわされる。

「貴女は諦めずに戦い続けるの?」
「っ!?」
「私は・・・・・・私は諦めない!」
「なにを―――私だってまどかを必ずっ、必ず助けてみせる!」

光の軌跡を描く宝玉と、火花を散らす銃弾が幾度も交差して、そして――――

「あぐっ、つぅ・・・!」

ほむらは叩きつけられた。せき込み、血を吐き出す。一体何度目になるのか。勝てない。暁美ほむらは美国織莉子にどうしても勝てない。
ほむらは知らない、既に未来は、織莉子の未来視は意味を成さないモノになっていることを。それでも、彼女は勝てない。
織莉子はそんなほむらの、後ろにいる杏子達全員に、それこそ結界内のまどか達、そして未だに倒れている岡部にも向かって宣言する。

「私は絶対に諦めない!」

白のドレスは魔力を大量に内包し、その可憐で豪華な衣装からは想像できないほどの魔力を解放、周りには圧縮されたエネルギーを限界まで溜めこんだ宝玉。
そしてそれらの魔力を全開で操りながらも胸元のソウルジェムは一滴たりとも濁ることなく輝きを魅せつける。

「例えどんなに暗い未来が訪れようと抗う」

その姿は、敵対しながらも杏子達には、まどか達には

「キリカが教えてくれた!」

魔法の担い手に恥じる事のない

「どんなに絶望的でもっ、意思と覚悟をもって―――――私は望みを叶える!」

奇跡を叶える者。

「私は・・・・諦めない。絶対に・・・!」

魔法少女。

「私は未来を紡いでみせる!!」

美国織莉子は間違いなく今、誰よりもその名が相応しい存在だった。

そして戦闘は激化していく。
一方的に、キュウべえはそれを安全な位置で傍観していた。逃げるわけでもなく、マミ達に助言をすること無く、ただ観測するだけ。
だから気づいた。戦闘とは別の音が。闘争の音に負けない力強い音が。
不協和音が―――――キュウべえの視界、瓦礫に埋もれる岡部の右腕から響いている事に。







戦闘は続いていく、杏子は槍を振るい、マミは射撃を繰り返し、ほむらは織莉子、魔女に直接攻撃を、ゆまは回復と衝撃波による牽制を、誰もが戦っていた。
少なくとも表面上は、目の前の真実に抗っていた。

(魔法少女が魔女に・・・・・?私も・・・・私もああなるって言うの?)
「マミ!」
「―――え?きゃあ!?」
ズガンッ!

キリカの、魔女の大鎌が地面に打ち込まれる。寸前で回避した杏子は着地と同時に前に出る。

「戦えないなら下がれ!」
「私はまだっ――――――あぁっ!?」

杏子の言葉を否定しようとマミは新たなマスケット銃を召還するが魔女の刃が彼女を襲う。魔女の加速した、正確には此方が減速された状態だが、普段のマミならその攻撃をかわして反撃もできた。しかし出来ない、揺れている、戸惑っている、恐怖している。
巴マミは魔法少女として高い能力を有し使い魔を、自身に実りが無くとも他人のために魔法を使う稀有な存在だ。魔法少女である事、魔女を倒す事、人を助ける事に誇りを持っている。
それは少なからず寂しさや、孤独といった感情からきている。彼女は知っている。それでもその誇りを支えにして生きている。ソレを理解しながらも彼女は戦ってきた。
そして今、その誇りを、支えを失ったと理解した。誰かを助けるために戦っていたはずなのに、孤独に耐えながら戦ってきたというのに、いつしかその身は呪いを振りまく存在、魔女になる。そのことが、どうしても彼女から力を奪う、生きるという絶対の意思すらも。

「マミ!――――ちっ、調子に乗るなよッ!」

叫び、己を鼓舞する杏子。

「オォッ!」
ヒュパッ

槍に魔力を乗せ――――しかし、あっさりとその槍は魔女の大鎌に弾かれる。
普段の彼女なら有り得ない事態。揺れている、戸惑っている。

「しまっ――――!」
ブンッ―――ゴッ!
「うわぁっ」

とっさに鎖による結界、盾を生成し防ぐが、ゴキャッ と、鈍い音と共に叩きつけられる。

「かッ・・・・はぁっ・・・・はぁ・・・」

即座に置きあがり追撃の攻撃をかわす杏子、しかしそこにはいつものキレはなかった。
佐倉杏子の精神は岡部倫太郎が知る限り誰よりも強い。もしかしたら岡部よりも、ほむらよりも、岡部は本気でそう思っている。時間をおけば杏子はこの真実とも向き合えたかもしれなかった。
しかし今は、どうしようもなくタイミングが悪い。
今の彼女の頭の中は複数の思考がめちゃくちゃになっていて冷静ではいられない。
魔女や織莉子との戦闘、攻撃か回避か、続行か撤退か、起き上がらない岡部、戸惑うマミ、織莉子と魔女の連携を崩そうと動く知らない魔法少女、そして―――ゆま。出会って二週間、自分と関わることで契約してしまった、知らされた真実。フォローは。新たな家族。もう後戻りはできない。優しい未来。内緒に計画している旅行――――――。
杏子は歴戦の魔法少女、戦士だ。今は戦闘中、あとで考えればいい。分かっている。彼女一人ならそうした、そうすることができた。
でも今の彼女は一人じゃない、どうしても気になってしまう。自分といてくれる二人の事を、ゆまを、岡部の事を考えてしまう。
一人になってから自分のためだけに魔法を使うと決めて、だけど忘れていた想いを思い出させてくれた二人が、家族が。皮肉にも、そんな大切な二人の存在が杏子を、その精神を弱くしてしまった。

ズドンッ!

「あぐっ・・・・・ぁ――――」

そしてまた彼女も倒れた。

「キョーコ!マミお姉ちゃん!」

ゆまは倒れた二人に駆け寄り回復を行おうとして―――――――宝玉と魔女からの攻撃を受けた。

「きゃあっ」

直撃は避けたもののゴロゴロと数mも地面を転がる。痛みに震え、それでも顔を上げた彼女の視界に新たな宝玉が襲いかかる。ゆまはつい反射で、両手で頭を庇う、その程度では防げないと解っていても恐怖でそうしてしまう。

「止まらないで!」
ドンドンドン!

銃声。ゆまに迫っていた宝玉を撃ち抜き叱責するほむら、幸い今の宝玉には銃弾で対処できた。でも次は解らない。だからほむらは前に出る。ゆまに二人の回復させる時間を与えるために。単身織莉子と魔女の相手をする。
ほむらの意図を正確に感じ取ったゆまは杏子とマミに駆け寄る。

ドゴンッッ!!!

しかしその直後に爆音が辺りに響く。ゆまは爆風によろめき、次いで背中に衝撃を受けた。

「うわぁっ?うく・・・・・うぅッ?―――おねえちゃん!!?」
「う・・・・・・あっ!」

背中の衝撃は吹き飛ばされたほむらがゆまの背中に激突したモノだった。
ほむらは前に出た瞬間魔女の速度低下と大鎌、織莉子の宝玉の爆風全てに対処しなければならない波状攻撃を受けた。
彼女は常に観測されていた。織莉子の予知に。いや、もう予知じゃない、予測・・・・枝分かれしすぎた未来視の中で高確率の可能性を織莉子が予想、勘で。対応される。
ゆまが視線を向ける先には織莉子と魔女が追撃せずに立っていた。距離は10m前後、いつでも攻撃できる距離、しかし攻撃することなく倒れている此方を見降ろしている。その視線に油断はなく、侮蔑も無い、そして絶対の意思を宿しながら、挑むというなら容赦はしないと、理解させられる。いかなる障害、絶望からも逃げず、立ち向かう確固たる意思を感じさせた。

――――勝てない。

「あ・・・・、ああ・・・」

幼いながらも、ゆまは思った。ダメだ、勝てない。だから急いで皆を治さないと。

「まっ、まっててすぐ治しから!」

諦めない。ゆまはまだ諦めていない。でも―――

「いい・・・・!ゆま、お前は逃げろ!」
「――――え?」

杏子から、想定外の言葉を聞いた。マミからも―――

「そうね・・・傷を治してどうするっていうの?見たでしょう?・・・・・・ソウルジェムは魔女を産むのよ」

杏子と岡部がとても強いと教えてくれた彼女からも弱音を・・・・・・・諦めている言葉を。絶望している言葉を聞いた。

「魔女になるくらいなら・・・・ここで死んじゃった方が良いじゃない・・・・」
「マミおねえちゃん・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・キョーコ」

マミの涙を流しながらの・・・・・疲れ切った顔と声に杏子は何も反論せずに口を塞いだまま沈黙する。ゆまはそんな二人に何を言ったらいいか解らず、どうしたらいいか混乱する。信じられなかった。マミの事は話でしか知らない、でも杏子とは一緒に過ごしてきた、そのなかで杏子の強さと在り方を知ったゆまは今の杏子の弱々しさに衝撃を受けていた。





「・・・・・・・・」

織莉子はその様子を眺めていた。全員が満身創痍。おまけに戦う事を放棄している。回復魔法の使い手に逃げろと、それは諦めている事にほかならない。
巴マミは完全に。佐倉杏子は中途半端に、しかし起き上がろうとしない。暁美ほむらは体の痛みに震えている。戦おうとしているのか、その割にゆまに回復を望む声をかけない。

「・・・・・貴女達は」

ポツリと、呟く。キリカが反転した・・・・親友だった魔女が彼女達に近づき腕を振り上げる。四人に止めを刺すために、無抵抗な彼女達に。このまま大鎌の直撃を食らえば死んでしまうだろう。織莉子は冷静にそう思う。
その方が彼女達にとって幸いなのかもと、真実に耐えきれないなら、このまま生き残っても、見逃しても後に魔女化することは目に見えている。なら、そうなる前に人として終わらせることは、終わる事は彼女達にとって救いかもしれない。絶望に呑まれ、後悔して死んでしまうよりも、完全に絶望する前に・・・・・これまで殺してきた魔法少女達のように。
そう思う。

「ここで・・・・・・・・・・・諦めるの?」
「え?」

なのに、織莉子は自然に声を出していた。独り言のように、語りかけるように。

「貴女達はまだ・・・・・・・・」

ゆまがその言葉に振り返る。織莉子と視線が合う。

「・・・・・・・・」
「・・・・・・・・」

織莉子の瞳に吸い込まれるように、ゆまは視線を外せない。織莉子の視線は何かを訴えているようだった。不思議と、何かを求めているようだった。
ゆまはその瞳を知っているような気がする。つい最近見たことがある――――と。
織莉子が何故このタイミングで言葉を投げかけたかは解らない、何を望んでいるのか、何を求めているのか解らない。
何かに気づきかけ織莉子から視線を、外せなかった視線をチラッ、と、視線を動かし大きな存在、近づいてくる魔女を見る。

(・・・・同じだ)

そして気づいた。思い出した。そう、今の織莉子から感じる視線、瞳は魔女の・・・・・呉キリカと同じ―――――。

ズン!

目の前、魔女はゆま達のもとに辿りつき、そしてゆまの頭上、魔女の大鎌は―――――振り抜かれた。
ゆま以外は立ち上がらず、傷ついたまま、諦めて。

「マミさん!ほむらちゃん!逃げ―――」

まどかが叫ぶなか、絶望する少女達をこれ以上苦しませないために―――――その大鎌は振り落とされた。













「―――――――諦めないよ」

直撃する。誰もが、“織莉子以外”がそう思ったその時、ゆまのハンマーに魔力が走る。

ドバンッ!!!

魔女の大鎌を弾き返したゆまのハンマーには力強い威力が宿っている。
それは、未だ諦めていない証拠、ソレを見て、敵である織莉子は無意識に微笑んでいた。

「・・・・・・・そうね、諦めてはダメ。だってあなた達はまだ生きているもの」

その言葉は小さくて聴こえなかった。
ゆまがこうする事を織莉子は知らなかった。識らなかった。見えなかった。でも、そうすると思っていた。そうしてほしかった。
ギュッと、両手で武器を握りしめる小さな少女に織莉子は視線を向ける。今度は聞こえるように問いかける。

「あなたは諦めないの?」
「諦めないよ」
「他の・・・佐倉杏子も諦めてるのに?あなた以外が諦めているこの状況で?」
「うん、ゆまは諦めないよ!」

ゴッ、再びハンマーに魔力が走る。うなじにあるソウルジェムから輝きが見てとれる。そして視線は真っ直ぐと織莉子と魔女に。怖くない訳じゃない、その体は震えている。やけになっているわけじゃない、確固たる意志を感じる。

「どう・・・・して?」
「――――マミおねえちゃん?」
「どうして・・・・・まだ生きようと思うの?」

マミが泣きながら、懇願するようにゆまに尋ねる。どうして真実を知って生きようと思えるのか。
問う。“どうしたら生きていてもいいのか”。

「ゆまはね、ママにいじめられた時いつも考えてたよ。死んじゃった方がいいって」

母親からの虐待。幼い少女の体に傷跡が残るほどの、愛情を欲する時期に与えられたのは理不尽で暗い絶望。

「でも魔女に襲われて死んじゃうってとき・・・・ゆまは必死に生きようとしたんだ」
「いつか!・・・・私達はその魔女になるのよっ、呪いをばら撒いて・・・・人を殺す化け物に!」

それが真実、それが魔法少女。絶望しソウルジェムが濁りきった時、それは決して覆らない。
でも、だけど―――



「“いつか”は“いま”じゃないよ」



ゆまは視線を織莉子と合わせる。彼女は此方をじっと、まるでゆまが生きる事を諦めない事を信じていたように、呉キリカが岡部倫太郎に向けていた視線をゆまに向けていた。

「人はいつか、みんな死ぬよ」

次に魔女となった呉キリカにも視線を合わせる。魔女は此方をじっと、まるでゆまが戦う事を放棄しない事を迎えるように、その身を構える。相対するに相応しいと、身構える。

「キョーコとマミおねえちゃんは―――――ほんとうに“いま”死ぬの?」

そう言って、唯一立ち上がろうとしているほむらに回復魔法をかけて、千歳ゆまは跳び出した。

「ゆまはそんなの認めない!諦めない!」

目の前の敵に向かって。経験、実力、能力、覚悟、全てにおいて上回る相手に単身で。
恐怖は当然ある。勝てない、でも戦う。退路は無く、戦わないと負ける。
彼女は、諦めない。
呉キリカのように。
美国織莉子のように。
かつての彼のように、魔法を、奇跡を宿す彼女は諦めない。



ガキュン と、ゆまの攻撃は魔女の鎌に弾かれる。
ギュン と、お返しとばかりに魔女は反撃する。
キュン と、その鎌に合わせるように武器を乗せ、杏子のように攻撃を受け流し、勢いを殺さぬままハンマーを振るう。
ゴガキッ と、魔力の込められた宝玉が三つ、ハンマーの軌道上に入り振り抜く動作を妨害。
ズガンッ と、宝玉は爆発しゆまを弾き飛ばす。追撃で魔女は攻撃、鋭い大鎌は少女を狙う。

「ッ!」

ゆまはそれをギリギリで防ぎ着地。すぐに攻撃がきてまた防ぐ、また飛ばされる。

「ゆま!」
「あ」

杏子が叫びマミが唖然と声を出す。ゆまは戦う。例え一人でも。

「まっ、負けない!」
「―――――そう、諦めないのね」
「だって―――!」

織莉子は、魔女は容赦しない。ゆまを全力で叩きのめす。油断しない。加減しない。彼女を認めたから、全力で戦うべき相手だと。たとえ幼くても、自分たちよりも弱くても、彼女は相対者。全部を賭けて、全てを賭けて、全力で戦うに相応しい相手なのだから。
千歳ゆまは希望を、決して楽観的なご都合主義ではなく、自分の力で未来を掴もうとする強い敵。だからこそ織莉子もキリカも、今や魔女になった彼女も全力全開で戦う。今より先へ、望んだ、求めた未来を繋いでいくために。

「ゆまはっ!知ったんだ―――」

対し、ゆまは叫ぶ。そう、ゆまは知っている。教えてくれた。彼が、彼女達が。


「絶望に負けない強さを持った人達を――――」


佐倉杏子が、岡部倫太郎が、そして、目の前の相対者。美国織莉子が、呉キリカが教えてくれた。

「絶望なんかに!絶望ごときに負けない!」

終わってしまうのは、その足を止めてしまう原因は絶望だけじゃない、諦めだ。
逆に、始める、続けていく、走り続けるのに必要なのは希望だけじゃない、意思だ。
“ならば”

「ゆまは絶対に諦めない!! ――――― イ ン パ ク ト ォ !!!」

諦めない限り――――“可能性は無限だ”。既にそれは証明されている。
世界は、アトラクタフィールドは――――






ヴヴヴヴヴヴヴヴッッッ!!!

数秒間の攻防で既にゆまはボロボロだった。
回復に意識をまわす暇も無く連続で攻撃がくる。
そして今、50・・・・60・・・・・・・・80と数を増やしていく宝玉にゆまは顔を顰める。
もう魔力も、体力も少ない。あの数を防ぐ事は出来ないと理解した。

「あなたは強いわ、本当に」
「当然ッ・・・・だよ!はぁっ・・・・はぁ・・・・・ゆまはっ・・・・戦士なんだから!」

それでも、怖くても、震えても、諦めない。絶対に。目の前の人達の前で諦める事なんかできやしない。そんな事は絶対に嫌だと、そんな恥ずかしい・・・・・もったいない事は出来ないと、ゆまは震える両手でハンマーを構える。
応えるように、織莉子は片手を上に、ぶわっ、と、十数の宝玉が舞いあがる。

「だからこそ――――千歳ゆま、私達はあなたを超えてみせる」
「のぞ―――むっ、はぁ・・・・・ところだー!!!」

彼女達に認められた事に・・・・・・どうしてか喜びの、嬉しいという感情があることに、それが可笑しくて、不思議で、でもその感情は悪いものでは無くて。ゆまが叫び、洪水のように軌跡を描きながら宝玉がゆまに殺到してきた。
汗ばんだ手で、目尻に涙を浮かべながらも――――ゆまは踏み出した。一歩、確かに前へ。

「あうっ!」

だがペタンと、足を崩して倒れる。限界だった。未だに諦めないゆまだが・・・・・それでも彼女は契約したばかりの小学生。連続の戦闘、露わになる真実。精神に、意識に体が付いていかなくなっていた。
魔法は元より魔法は感情で動く、肉体が限界でも感情で動かすことができる。ならゆまはまだ戦えるはずだった。
ただ、ゆまのソウルジェムがたび重なる戦闘で黒く濁っていなければ、浄化されていればソウルジェムは主の想いに応えきれていたのかもしれない。
それに痛みの、息切れなどの疲労を完全にシャットアウトする術を熟知していない。
もっとも、この状況下では結果に違いはないかもしれないが。
誰かが助けに入らない限り。

「いけなっ――――」

ほむらがゆまを助けようとするよりも先に、彼女を追い越した影があった。

「ゆま!!!」
「ッ?キョーコ!?」

倒れているゆまの上に杏子が身を重ねる。洪水のように押し寄せる宝玉からゆまを護る様に。
もう諦めて、どこか達観していたはずなのに。

「ばかッ!」

ほむらはとっさに杏子の行動に悪態をついてしまう。本気で罵倒した訳ではない。たぶん、だが考えも無しに跳び出した事に対する軽率な行動は―――――思い返せば、実に彼女らしい。

カチッ
「あら、もう大丈夫なの」

織莉子の意外そうな声。尋ねるような問いかけ。しかしその表情には微笑み。

ざぁっ!

時間停止で距離をとり体制を整える三人。そこに新たな宝玉が迫る。かわされた宝玉と織莉子達の周りを衛星のように廻るうちの幾つかを含めた30にもなる数の宝玉が。迫る。

「おいなんだ今の!?」
「あとで話すわ、今は―――」
「キョーコ!キョーコもう大丈夫!?ねぇ大丈夫!?」
「ああ、心配かけたな―――――って、うわっ泣くな!」
「だってっ、だってぇっ」
「あなた達今は―――!!」

しかし三人は、ほむらを除く二人は抱きつき抱きつかれ縺れて――――こけた。

「――――え?こっこのバカッ!?」
「えっ?」
「ふえ?」

宝玉が。

「「あ」」

視界一杯に広がり。

「ティロ・フィナーレ!」

黄金の光が、視界に映った宝玉全てを薙ぎ払う。振り返って視線の先には巴マミが右腕に大砲を抱え立っていた。
目はまだ赤く、鼻をすすっているが・・・・・しっかり立って目線は真っ直ぐに前を向いて。
ほむらが知っている頼りになる先輩で、杏子が知っている数少ない認めた人物。いつもの巴マミのように、立ち上がっていた。

「マミ!」
「マミおねえちゃん!」
「・・・・・ごめんなさい、出遅れたわ」
「ふう・・・・・さっさと立ちなさい」
「「・・・・・・はい」」

そう言って二人は立ち上がる。
四人は全員ボロボロだけど、先程までの悲観的な表情は無く、各人想うことは多々あるが、少なくとも絶対に絶望はしていなかった。


「・・・・・・・・・」

織莉子はその様子を眺める。
真実を、未来を受け入れられず絶望してきた彼女達が団結している。
本来ならそれは織莉子にとって障害にしかならない。織莉子の目的は鹿目まどかの排除。暁美ほむらはそれを阻止しようとするし、巴マミはそんな事は元より許すはずも無く、彼女達と共闘関係になった杏子達も同様だろう。
しかし織莉子はこれを“良し”としている。
傍に控える魔女、キリカに視線を向けると“彼女は”織莉子に視線なき視線を返す。伝わる。この身は自分と共に在ると。
魔女でありながら魔法少女と共に戦う彼女は態度で―――その存在そのものでそれを証明していた。
織莉子は四対二、いや・・・・・“五対二”の不利な状況にもかかわらず微笑んだ。

「あなた達は絶望しないの?」

織莉子は解りきった質問をする。

「しない!」
「だな・・・・・ったく!ガキに説教されるなんてアタシもヤキが回ったかな、らしくないね」

ゆまの返事に杏子は頭を掻きながら同意、そして真紅の槍を生成し構える。

「巴マミ、貴方は?」
「この結界を解かないと皆がどんどん犠牲になっていく、考えごとは後にしておくわ」
「そう」
「美国織莉子」
「なにかしら暁美ほむら」
「私は・・・・・私達は諦めないわ」
「ええ、そうであるべきね」

なぜなら彼女達は最強の相対者。絶望、いや真実を知りながらも諦めず抗う本物の魔法少女達。
打ち勝つ。それができれば自分達を止められる者はこの世界にはいない。
そう思う。そうとしか思えない。
彼女達に勝てるなら他の誰にも負けるはずが無い。
だからこそ相対を望む。

「貴女もそう思うでしょう?」

ズンッ!と、応じるように両手の大鎌を地面に叩きつけ威嚇するように構える魔女。
旋回する宝玉に速度を与えながら織莉子は目の前の相対者たちに声をかける。


「さあ、加減なく容赦なく遠慮なく全力で全開で――――戦いましょう!!!」


それぞれがグリーフシードでソウルジェムの穢れを浄化し武器を構える。
佐倉杏子の槍は紫電を纏いながら伸長し、時に多節根に成りフィールドを鋭く疾走する。
美国織莉子は光の洪水のように膨大な数の宝玉をフィールド全体にばら撒き牽制を、しかし確かな威力が込めたソレを隙あらば確実にぶつけてくる。
巴マミのマスケット銃は随時召還され続けその高威力の弾丸を精確無比の命中率で魔力の込められた宝玉を、時に大砲へと姿をかえて薙ぎ払う。
魔女、キリカは光の洪水の中を突っ切って接敵する。杏子の武器を弾きマミの砲撃をかわし、時に直撃しても大鎌を振るい攻撃する。
暁美ほむらは時間停止と現代兵器を使い彼女達の回避と攻撃に最大限のフォローをする。
千歳ゆまは衝撃波による牽制と、大部分を回復の役割にまわりほむら同様サポートに徹する。
共にグリーフシードのストックは残りわずか、これで最後、ここで魔力が尽きれば終わり。
穢れが許容量を超えれば魔女になる。
ソレを知った上で皆が全力で戦う。
怖くない訳じゃない。でも戦う。
諦めたくないから。

ソウルジェムは輝く。主の想いに応えるように。五色の輝きは勢いを弱めることなく戦場を照らす。






「なんで・・・・・戦ってるのかな・・・・」
「まどか?」

まどかの言葉にさやかと仁美は目の前の戦闘から視線をまどかに向ける。
戦っている理由。白い人が悪い奴だから。お化けを、使い魔を学校に連れてきたのはあの人達。マミさん達はだから戦う。これ以上人が死なないように。
解っている。でも、どうしても違和感がある。ソレが何なのか分からない。
さやか達もなんとなく、まどかの言っている事が解る。
今戦っている彼女達は戦う必要があるのだろうか?――――当然ある。共に譲れないモノがある。
でも、“いまの”彼女達なら手を取り合い助けあうことができるんじゃないか。
そう思ってしまう。白い人の事は分からない。でも今ならそれが出来るはずだと・・・・・人の死んでしまっている現状で、そんな考えがよぎった。
もしかしたら、自分の知り合いも死んで、殺されたかもしれないのに。
なにも知らない彼女は織莉子の目的を知らない。
それでも、まどかはこのままではダメだと、いやだと思った。

「どうして・・・・・」
『“どうして”――――なぜここで君がその発想に思いついたかが僕には分りかねるよ』
「え?」
「「ひゃっ?」
『はじめまして、鹿目まどか』

キュウべえが、インキュベーターがまどか達のすぐそばまできていた。

「えっ、えっと?あなたは――――」
『僕はキュウべえ マミの知り合いだよ』
「マミさんの?あ・・・・・来るときマミさんがキュウべえって言ってたかも・・・・・」
『マミから聞いたのかな? なら話が早いね ねぇまどか この状況をどうにかしたいかい』
「う・・・うん。こんなの間違ってるよ!皆で力を合わせればきっと何でもできるのにっどうして戦うの?」

あの希望に満ちた彼女達が。力強く生きている彼女達が。きっと――――同じものを目指しているはずなのに。そう感じるのに。
なにも知らない彼女はそう思う。

『それぞれが別個の自我を持つ以上 そこには摩擦や歪みが生じるのは避けられないよ ましてや彼女達は魔法少女 願いの強さ その我欲からくる感情は他人と衝突すれば確実に争いは起こるよ―――――ほら』

キュウべえに促されるように視線を向けた先。戦闘の勢いは片方に傾き始めた。織莉子達に。




ドドドドドドドドドドドドドドッッッ!!!!

どれほど破壊しても、かわしてもまるで無尽蔵に途切れることなく襲いかかってくる宝玉に、光のカーテンを引き裂いて突撃してくる魔女に四人は押され始める。
速度低下もあるが宝玉の数と特性が四人を苦しめていた。
光の尾をひいて高速で動く宝玉はその数を生かして敵対者には津波のように光で視界を塞ぎ、数が膨大ゆえに回避も難しく、時折爆発、さらに光を目くらましに利用し魔女の接近をギリギリまで隠す。魔女を先に仕留めようとも盾になり剣になるこの宝玉は四人を苦しめる一番の原因だった。

「くそっ!このままじゃ―――」
「ならっ!」
「マミおねえちゃんダメ!」

カチッ

「止まらないで!」
「ッ!」

四人の中でこの津波のカーテンを突破できる防御力を持った魔法少女はいない。マミの砲撃なら貫く事は出来るかもしれない。だが、それが解っているのか宝玉は止まることなく旋回し続け、動きを止める者がいれば即座に攻撃に出る。
強力な攻撃の溜めの時間を与えないように。

「織莉子の魔力も無尽蔵じゃない!今は耐えて!」

ほむらの言葉は正しい。織莉子の魔力も決して無限ではない。極光とも言える輝きを放つソウルジェムも今は穢れを映し出していた。そしてこの量の宝玉の存在、維持にもかなりの集中力を要している。一つ一つを操る余裕はない。今はほとんどを自分とキリカを中心に高速で旋回させているだけ、だが、それだけでも牽制には十分だった。たまに一つ二つを攻撃に使ったり爆発させることで、あとはキリカがやってくれる。魔女になろうともこちらの思う通りの働きを、息の合った連携をしてくれる。それが織莉子達を有利に運んでいる。
速度低下によって回避と攻撃を困難にし、情報を与えてくれる予知がキリカの被弾を最小限にする、互いを支え合うような固有魔法。
織莉子とキリカだからこそできる連携。この二人だからこそここまで来れた。辿りつけた成果。

ズガンッ!

「うっ・・・あ!」
「暁美さん!」
「マミ!」

時間停止の魔法が間に合わず魔女の一撃をバックラーで防ぐも弾き飛ばされるほむら、そのフォローにマミが動くが宝玉に後ろから攻撃される。

「野郎ッ!」

マミが、マミもほむら同様弾き飛ばされるのを見て杏子は前にでる。宝玉の嵐は収まりつつある。いまなら突破し反撃できる。消耗はどちらが激しいか解らない。四対一とはいえ押されているのは此方、起死回生の一撃を、その為に前に出る。しかし

ボバッ!

正面、光のカーテンから魔女が大鎌を振りきって―――――

「うっ!?」
ガキュンッ!!

寸前で防御、ザザザッ、と、吹き飛ばされそうになる体を足で踏ん張り耐える。数m地面を削りながらも衝撃耐え、両手の大鎌を振り上げる魔女の攻撃を回避しようとして――――杏子は気づく。

「キョーコ!?」
「ッ!」

杏子の後ろに倒れたほむらとマミ、二人を治そうとしているゆまがいた。

「おお!」

振り落とされる大鎌を、咄嗟に槍を水平に構えて防ぐ。

ゴキィイィイイン!!
「つぅ!」
「キョーコ!」

激痛が杏子を襲う。受け止めた、しかしその衝撃は杏子を襲う。どれだけの力を込めたのか、杏子の足下の床は衝撃に砕かれ沈んでいた。
ギギギッ、と、そのまま抑え込まれた杏子はゾッ、と、寒気を感じた。
視線を魔女の背後・・・・・・宝玉が複数、いやそんなものじゃない。ほとんど全部の宝玉が殺到してくる。
動けない四人を襲う。

「うっ、うわあああああああ!!!」

叫び、大鎌を弾き返そうとするが力は拮抗していた。動けない。この魔女は直撃こそはないとはいえ、それなりのダメージを受ける事も理解しながらこの場を離れない。杏子の動きを封じる事に徹する。
そして、直撃する。

「「ああああ!!」」

一瞬、黄色のリボンと、赤の鎖が四人を護る様に展開するが


ドドッ ドドドドドドドドドドッ ドッ ドドドドドドドドドッッッ!!!!

と、流星のように、雨のように降り注いだ宝玉が全てを包み隠し、飲み込んだ。





「ほむらちゃんっ!!!マミさんっ!!いやっ・・・・・いやー!!」

まどかの叫びが響き渡る。戦闘の音は止まっていた。視界は粉塵で良く見えない。

「あ・・・・ああ・・・・」

結界の中でがくがくと震える三人、まさか死んでしまったのではないかと不吉な想像をしてしまう。
視界がひらけてきた。その先に倒れているのは四人の少女。
怖い、視界に映った彼女達は血だらけで倒れている。

「あ・・・・う・・・・」

ぴくっ、と動いた。全員。しかしそのダメージは甚大、すぐには誰も立ち上がれない。

「うう・・・・・」

でも一人、一番小さな少女。千歳ゆまがよろよろと立ち上がる。
ぽぅ、と、小さな光が一瞬灯り、僅かばかりの回復を全員に行う。

「ま・・・だ・・・!」

それは本当に僅かな回復で、ソウルジェムにはまだ光が、しかし急速な回復を行う魔力行使は誰にもできなかった。今の状態、集中力を欠いたままやれば即座に限界が来る、余裕が無い状態だった。

「まだ・・・・ゆまはっ、諦めない・・・よ」

そう言って前に出る。その手に武器は無く・・・・・前に、息を切らす織莉子とダメージを負った魔女に向かって進む。

「ゆまっ・・・・・」
「つ・・このっ!」
「・・・・・・・ふう・・・ふぅ」

他の三人も、傷ついた体で立ち上がる。
徐々に、ゆっくりと魔力を体に流し込んで傷口を塞ぐ。
まだ、誰も諦めてはいない。
しかし、勝敗はすでに決まっていた。
誰が見ても解る様に。







『まどか』
「あ・・・・ああ・・・・・こんなのってないよ・・・・どうしてっ・・・・」

キュウべえの言葉もまともに耳に入らないまどか、しかしキュウべえの一言が彼女の視線を、意識を全て――――

『君になら この状況を覆す事が出来るよ』

魅了する。

「・・・・・・え、ほんと・・・に?こんなっ・・・・・みんながっ、けがしないで・・・・それで」
『造作も無いよ 君になら何だってできるよ 争いを止める事も さっき言っていた協力させる事も 全部ね』

目の前の現実に揺れるまどかに、キュウべえは嘘のない真実を伝える。

『君が望めば僕が叶えてあげる』
「ほんと・・・・に、みんなが・・・・・もう・・・・?」

まどか達を護っていた結界が消える。結界の維持に魔力を割けないほどマミは消耗していた。
そして結界が消えたことで膝をついたまどかとキュウべえの間には、何も阻むモノはなかった。

『出来るよ 君の望みをなんでも一つ叶えてあげる』
「なら・・・・ならっ、おねがい!キュウべえっ・・・・私・・・・」
『だから まどか』

泣きながら伸ばされた、縋る様に伸ばされたまどかの手を、キュウべえは避けずに受け止める。
奇跡を叶える魔法の使者として。




『僕と契約して 魔法少女になってよ』




奇跡を叶えるための対価を要求した。








キィイン




同時に、誰にも気づかれることなく世界に小さな音が鳴った。

















[28390] episodeⅠ χ世界線0.409431「通り過ぎた世界線」⑤
Name: かっこう◆7172c748 ID:3f6e4993
Date: 2012/03/02 19:08


『私の願いを叶えて――――』
『私――――魔法少女になる』

こんな私でも誰かの役に立てるなら、それはとっても嬉しいなって思った。

―――本当に?
―――願うの?
―――それで魔法少女になるの?
―――いいの?

『ほむらちゃん達を助けたい』

―――その願いは叶うよ でも覚悟はあるの?
―――一生を魔女と関わることになるよ?もう普通じゃいられないよ?恋もできない体になって孤独になる

『私はちゃんほむら達を助ける そのことに後悔なんかしない!』

―――そう なら貴女は助けきれるよ その覚悟と意思は・・・・『世界』にすら打ち勝てるから
―――・・・・・・でもね

『?』

―――対価に・・・・・世界全てを殺す覚悟はある?彼女達を助ける代償を払う事が出来る?貴女は誰かを助けるために 誰かを犠牲に出来る?
―――みんなから嫌われる覚悟はある?憎まれる覚悟はある?
―――その願いはとても綺麗で決して間違っていない 誰が見ても正しくて否定できない真っ直ぐな善だよ。優しさ、愛、正義・・・とも言えるよね
―――でも知っているよね 誰もが幸せになれるハッピーエンドなんかなくて 誰かがどこかで泣いているんだ
―――貴女が誰かを助けたから誰かが傷ついて、貴女が願ったから誰かが呪われる。貴女が祈ったから誰かが妬まれる。
―――貴女は誰かを呪い傷つけ妬み拒絶する。貴女が望んでそうなる。そして同じように貴女は誰かに呪われ拒絶される。
―――もう知っているよね?この世界に正義はある。でも、“それだけ”。貴女が誰かの味方をすれば誰かの敵になる、誰かの味方も貴女の敵になる。
―――誰かのために戦い続ける限り貴女の敵は増えていく。敵の想いを、相手の正義を叩き潰す貴女は間違いなく悪だから。


―――この世界に、みんなを助けてくれる『正義の味方』なんていないよ?








???????????


ここはどこだろう?何もない空間。どこでもない空間。それがとても寂しくて手を差し伸ばした。
何もない空間で、どこでもない空間なのに、私は――――


『こんにちは!』
「ひゃっ?」

世界にバタン、と大きな音がして私は振り返った。そこには、気づけば扉があり、扉を勢いよく開けたのは身長の小さな女の子。髪をリボンでツインテールにしているどこかで見た事のある少女が目の前にいた。

「え?・・・・・ええっ?」
『今日もいろんなお話聞かせてくださいね!』
『こんにちわー』
『また一人増えたね』
『私もまだ三回目だから楽しみなんだ』
「え!?」

目の前の少女の存在に驚いていると背後からも声が聴こえた。振り返って見ればそこには座敷タイプのテーブルを囲むように三人の少女が座っていた。
三人共背が150㎝もなくお揃いのリボンで髪をツインテールにしていた。三人共、何処かで見たことがある少女だった。

―――この少女達を私は知っている。知らないはずがない。だって彼女達は

『こんにちは、貴女は初めての「私」かな?』
「ッ!?」

近くから声、すぐ隣のアコ―ディオンカーテンが開けられそこからまた一人の少女がでてくる。身長はやはり小柄で、しかし髪型が違う。彼女は他の少女達とは違い少しだけ私よりも、他の子よりも長い髪をポニーテールにしている。彼女は、彼女達は―――

「え・・・えっと?ええ!?」
『あはは、やっぱり驚くよね・・・・私も最初は驚いたよ。はじめまして「私」、私は世界線変動率【ダイバージェンス】3.406288の鹿目まどかだよ』

そう言って微笑む彼女の笑顔に引き込まれる。
続くように『私は0.334『私は1.1302『・・・・・なんだっけ?』『私も・・・・そもそも聞いてないかも』と、発言する彼女達は五人共間違いなく私―――鹿目まどかだった。

『ここは“アトラクタフィールドの狭間”、“事象の地平線【イベント・ホライゾン】”、“ただの妄想”で“白昼夢”。時間も世界線も違う私達が交差する場所、ここでの経験はここでしかほとんど憶えられないけど、それでも無駄なんかじゃない』

彼女は私に手を伸ばし握手を求める。反射的に私は私の手を握った。突然の事だったので頭は深く考えることなく、体は危機感無く握手に応じてしまった。
でも、そうでなくても私は握手に応じていたと思う。
繋がれた手を離さないように、繋いだ手に想いを込めるように、私は繋いだ私の手をギュッ、と握った。
すると目の前の私は私に嬉しそうに微笑み、繋がれた手を離さないように、繋いだ手に想いを込めるように、握り返してくれた。

『一緒に、私達の大切な友達を助けよう』

その言葉に頷きながら、私は心の底から嬉しかった。きっとこの部屋にいる全ての私、鹿目まどかもそう思っていると、理屈も抜きに感じた。





χ世界線0.409431



「私、魔法少女になる」

その言葉に最初に気づいたのは未来視を持つ美国織莉子と時間逆行者暁美ほむら。
戦闘に夢中になって意識が鹿目まどかからそれていた瞬間を狙われた。ソレに気づいた二人は共に動きだす。

「だ・・・駄目ッ・・・まどか!そいつの言葉に、耳を貸しちゃ駄目!!」

暁美ほむらは鹿目まどかを契約させないために。助けるために、止めるために。たとえ永遠の迷路に閉じ込められようとも。

「させない!」

美国織莉子は鹿目まどかを契約させないために。殺すために、止めるために。後悔と罪悪に永遠に苦しむ事になろうとも。

きっと、どちらも間違っていない。大切な人を守るため、助けるため、その人達が生きる世界を守るために。
間違っていない。決して、どちらも間違ってなんかいない。どちらも正しくて、どちらも正義で、だからこそ譲れない。
織莉子はほむらが守るまどかを殺したいわけじゃない。
ほむらは織莉子が世界を救うのを邪魔したいわけじゃない。
でも、ほむらはまどかが死ぬところを何度も繰り返し見続け、織莉子はまどかが世界を殺す事を観測し続けた。
だから、ほむらは世界を救おうとする織莉子の邪魔をする。
だから、織莉子はほむらが守るまどかを殺そうとする。
二人はどこまでも平行線だった。
そして、二人の視線の先で、鹿目まどかはキュウべえに己の願いを口にする。契約の言葉を。

「私の願いは―――――」

決して後戻りのできない選択を。自らの意思で。
織莉子の宝玉がまどかとキュウべえに高速で迫り、ほむらの叫びが響くなか、まどかの意識は―――

          0.409431 → ※.33※※※※

一瞬で―――跳んだ。










目の前が真っ暗だった。
それが嫌で瞼をゆっくりと、億劫ながらも持ち上げる。しかしすぐに瞼は落ちて再び視界は暗くなる。嫌で、悲しくて、頭をもたげる気力も無い身でがんばって視界に光を求めた。
みんなで掴んだはずだ。未来を取り戻して、また明日を迎えて、これからの事を悩んで考えて話し合って―――『いつか』について皆で語り合った。何度も繰り返してきた一ヵ月から友達を解き放ち、皆で『これから』を一緒に・・・・・出来るはずだった。出来た筈だった。私が・・・・・・私がいなければ


視界に映った世界には終わりだけがあった。


本来なら視界を遮る高層の建物があったはずなのに、今は『アレ』を隠すほどのモノは何も無い。
黄昏の橙色、金色、黄金の光が瞳に映す世界全てを幻想的に彩り世界が終わった事を私に押し付ける。
私の体の半分は水に浸かっていた。感覚のほとんどが失われているが指先に触れる感触は砂だろうか、砂利だろうか、ざらざらとしていた。
SFチックな、周りは漫画やアニメで出てくる滅んだ文明の名残と言ってもいいような惨状だった。惨状と言っていいのか・・・・・・惨状という言い方にはどこか悲惨的なイメージがあるから不適切かもしれない。
少なくとも視界に映る範囲で悲惨的な存在は“無い”。罅割れ崩壊した建物、明かりの点いていない街頭に信号機、僅かに原形の残った道路の跡。どこから流れてきたのか、私達の住んでいた都市は膝下まで浸水していて地面は何故か砂状にまで粉砕されている。粉砕されてこうなったのか、それとも『何かを吸収されて』こうなったのか。
この世界は終わっている。それでもこの状況に対し、この風景に対し悲観的に見えないのは黄昏時の温かい光が幻想的に世界を照らすからか、それとも生物、動物はおろか植物さえもいない完全に生きているモノが、命あるモノがいないからか、それともここが『既に終わった世界』だから悲しく感じないのか、それとも悲しいと感じられないほど精神が摩耗したのか、それとも・・・・・諦めたからなのか。
額に、頬に温かい滴が落ちてくる。泣いている。ほむらちゃんが泣いている。どうしてこうなったのか・・・・・・、全てを乗り越えたはずなのに・・・・・・・、そんなの決まっている。“私のせいだ”。
せっかく『■■■■■■■■』を倒したのに・・・・どうして『アレ』がいるのか。いてはいけない、いてはおかしい、いては矛盾する、『アレ』が存在することは『私』がここにいる以上有り得ないはずなのに・・・・・どうして。
どうして・・・・貴女はここにいるの?

『天を貫く黒い影』。貴女はいてはいけない。貴女は存在してはいけない。貴女は純粋なる正しい願いから生み出された存在。
誰かを助けたいという正しい願い 誰かのためにという善い祈り 

―――貴女の救いたいという感情は正しい
―――貴女の護りたいという想いは正しい
―――でも貴方の行いは、決して正しくない
―――行きつく先は『終わり』しかないのだから
―――貴女は間違えた

忠告を無視し、目の前の悲しい事にのみ固執して、その場しのぎの平穏を求めた。
私は間違えた。私は失敗した。だから世界は終わる。
みんなを救済するために、そして終わる。
私の祈りが全てを終わりにする。







でも、・・・・・・声が聴こえたんだ。こんな世界で・・・・。私に・・・・・。



―――お前は、『お前達』は何も間違えていない



暗くて寒い。ここがどこで、私がどうなっているのか解らない。怖い。周りは真っ暗で自分が立っているのかどうかも解らない。
怖い・・・・、怖い・・・・・、こわい・・・・、こわい・・・・。ああ、まっくらが・・・・・、なにもないが・・・・ひろがる。ソレを・・・・私がやっているんだ。
こわい・・・・、こわいよ・・・・、助けて・・・・・、助けて・・・パパ・・・ママ・・・・・・・・・マミさん、ほむらちゃん・・・・・。
助けて・・・・・・・・■■■■。
みんなが私のせいで消えていく・・・・・・・、私が消えていく・・・・・・。いなくなっていく。
でも・・・・・それでいいかもしれない、“私は”いなくなった方が良いんだ、だからお願いです・・・・・・私が消えるから・・・・・私が死ぬから・・・・・、みんなを・・・・たすけてください。
おねがい・・・・、おねがいだから・・・、私は・・・・、私は・・・・・・もう、いいから・・・・・・、だから・・・・・。“みんなを助けて”。



―――舐めるなよ、まどか。



・・・・・でも、聴こえたんだ。暗く黒い世界で、償いきれない罪と終わることのない罰に怯えて震える。
それしかできない“私達”のもとに・・・・・その声は聴こえた。届いた。



―――俺を誰だと思っている!俺は全員助けるぞ!



彼女のように、そう言ってくれる誰か。でも、だけど、私はいいよ・・・・・、私は助けなくていい、助からなくていい・・・・、“助かってはいけない”。だって・・・・、私は世界を殺すから・・・・。
誰かを呪い、恨み、妬み、憎悪する存在となって全てを殺す。
大切な人達をまとめて助けるために殺す。護るために、敵対者を消すために殺す。男も女も子供も大人も悪い人も善い人も敵も味方もそれ以外も含めたすべてを護るために、守るために殺す。
殺すことで救済する。一つになることで助ける。
そんなのは嫌・・・・、嫌だ。



―――『お前も』俺は助けるぞ、いいかげん助ける人間に『自分を』含めろ



死にたくない、殺したくない、生きたい、食べたくない、・・・・・・・・・・、ホントは死にたくない・・・・、生きたい・・・・・、生きていたい。みんなと一緒に・・・・、でも見上げる空も、見渡す大地も終わってしまう。
私がそうする・・・・・・。私の行いがそうする。
私の願いが、私の祈りがそうする。
私の願いが、私の祈りがそうした。

私はそんなこと求めていない。そして、それは私以外のみんなも。世界も。

だから世界は『私』を拒絶する。そんな『救済』はいらないと。必要無いと。そこに在る命も、その命が生きる場所も、それらが創り上げてきた歴史も、全てが、『世界』が私を、『鹿目まどか』を否定する。拒絶する。嫌悪する。憎悪する。威嚇する。敵対する。呪う。誰もが認めない。世界が認めない。自身ですら認めない。なら認めるしかない。認める以外の選択肢はない。消えるべきだ。もはや私の意思は関係ない。生きたい、死にたくない、でもダメだ。もうダメだ。

世界が、みんなが私を憎んでいるんだよ?

これほどの悪意、拒絶、それをむける事すら嫌悪されるならいっそ・・・・・、もう―――。
貴方は・・・・知っているのに。識っているはずなのに。気の遠くなるような事実はのしかかってくる。それが事実、真実。私なんかよりも実感しているはずだ。何度も繰り返しているのだから。
ほむらちゃんも、・・・・・・なのに、どうして?どうして・・・・その声は呪いと悪意、憎悪と絶望、呪詛と怨嗟が渦巻く終わった世界にいる私に言うのだ。



かつての彼女のように いつかの私のように 辿りついた彼のように



―――遠慮するな、絶対助けてやるからな



そう言って、“私達”に手を伸ばしてきた。

逆光のせいで顔がよく見えない。解らない。顔だけじゃない。私に手を伸ばす彼の心情も。
私は定められた。世界を殺す。そう確定された私に、そう在るべき私達に、何のためらいも無くその手を伸ばす。

「う・・・、ああ、・・・ああ・・・あ、ああっ・・・!うわーー~~~~~~~~!!!」

怖かった、辛かった、悲しかった、痛かった、泣きたかった、苦しかった、死にたかった、終わりたかった、でも―――それでも生きたかった。
“みんなと一緒にいたい”。
ここにいていいと、生きていていいと、一緒にいてほしいと思ってくれている。
とめどなく涙があふれ出してくる。その手を掴もうと手を伸ばす。

彼は、彼女は、みんなが、微笑んだように、見えた

繋いだ手は温かく、そこから光が溢れてくる。繋いだ手には、気づけば彼女達の手も重なっていた。


―――未来ガジェット0号『失われた過去の郷愁【ノスタルジア・ドライブ】』起動
―――デヴァイサー『鹿目まどか』
―――S・G『未来と運命を司る者【スクルド】』発動


ボロボロのくせに誰よりも偉そうに、誰よりも弱いくせに一番強そうに、誰よりも怖いくせに前に立ち、誰よりも他人事でありながら誰よりも独善的に関わり、誰よりも無力でありながら決して諦めない。


―――お前たちの祈りを、絶望で終わらせたりなんかしない


私達は知っている。識っている。彼が本当に弱い事を。彼は絶望に、己の弱さに膝をつき、いつも泣いていた。嘆いていた。どの世界でも。どの世界線でも。
彼は弱かった。決して強くない。
でも、それでも彼は、かつての『彼女』のように再び立ち上がる。立ち上がって何度でも手を伸ばす。
立ち上がってくれる。手を伸ばしてくれる。何度でも、私達に。

例え千の絶望と挫折を突きつけられても決して諦めない。

もう―――私は知っている。『正義』は確かに在る。でもこの世界に『正義の味方』なんかいない。



―――諦めない限り、俺達に負けは無い



なら彼は、正義の味方ではない彼を一体、何と呼べばいいのか―――――私達は識っている。
彼は岡部倫太郎。ボロボロな人。一番弱い人。絶望を経験してきた人。独善的に他人事に介入してくる―――どうしようもないほどのお人よし。
彼は―――――。混沌を望む者。世界の支配構造を破壊する者。そして世界の野望を撃ち砕く者。


彼は絶対の如き意思で武装した凶悪なまでの観測者。


私達は彼をこう呼ぶ。たとえそれが世界から押し付けられた設定だったとしても、仕組まれた事だったとしても、それが後に悲劇を生んだとしても、私達が出会った事は―――絶対に間違いじゃない。


―――さあ、世界から未来を取り戻すぞ


「うん・・・・、うん!いこう――――オカリン!!!」



震える体で立ち上がって、気づけば私の周りにはみんながいた。逆転は望み薄。緊張の瞬間を限られた可能性、奇跡で凌いでも一瞬後には分からない。
でも、誰も諦めていない。だから、私も―――もう一度、ううん、何度だって、だから――――


その刹那―――――。





ゾンッ!!!



世界に亀裂が入り、暗闇の世界が崩壊していく。終わった世界が再構成されていく。

「――――え?」



世界を、未来を切り開いたのは      黒い  剣








χ世界線0.409431



気づいた時、私は誰かに抱きとめられている感触があった。左手で肩を抱かれ私の顔を胸に押し付けるようにして抱きしめられている。

『・・・どういうつもりだい岡部倫太郎。まどかに介入したね』
「なに、確認を一つ・・・・な」

気づいた時、私の耳には強烈な音、ビリビリと世界を震わせる音を捕えていた。それと、男の人の声。
どこかで聞いた事のある人の声。無意識に私の手は彼のコートを掴んでしまう。離れないように。

『ガジェットの件で協力したのに邪魔をするのかい』
「いや、もう俺はお前の邪魔をする気はない」

気づいた時、私の視界は氷の、氷結の世界で満たされていた。氷で出来た柱の一つには、ほむらちゃんやマミさん達を傷つけていた宝玉があった。完全に凍りついている。

「――――あなた・・・・は、オカ・・・リ・・・?」
「ん?」

気づいた時、私の口は言葉を発していた。だけど何と言えばいいのか解らない。白昼夢のように、妄想のように、さっきまで私が見ていた、どこか此処じゃない何処かの私の記憶が思い出せない。思い出したい。思い出さなければいけない。
刻一刻とさっきの記憶が薄れていく、思い出せなくなっていく。
ボロボロの人、知らない人、でも不思議と懐かしさ、温かさ・・・・なによりも強さを感じる人。
彼女のように、ほむらちゃんのように

(いや・・・、いやだ!)

だから、なんでもいいから私は声を出した。せめて、せめて私は貴方を知っていると、“憶えている”と伝えるために。
私は“幼馴染の彼”に、“岡部倫太郎”に伝える。

「―――――オカリン!!!」

まだ幼馴染じゃない彼に、そこまで辿りついていない彼に。いつか、そこまで来てくれる彼に。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・は?」







ガシャン

と、視界に在る氷結の世界が崩れる。元から無かったように、存在が妄想だったように氷の一欠片も、肌に感じる冷たさも全て消えた。
氷漬けにされていた全てを巻き込むように、後には何も、最初から何もなかったかのような風景だけがあった。
私は抱きとめられたまま彼の顔を見上げて固まってしまっていた。きっと今の私の顔は赤くなっていると自覚できるほど真っ赤になっている。口をパクパクと動かしながら音なき叫びを頭の中で響かせる。

「・・・・・・・、今、オカリンって呼んだか?」
「あう・・・・、あううう」

驚いた顔で彼は私を見つめる、名前が思い出せない。元より私は彼の名前を知らないのだから当たり前か、そう気づきさらに混乱する私の頭、名前も知らない高校生くらいの男の人に「オカリン」という可愛らいしあだ名を・・・、そうあだ名を、言葉をいきなり放った私を彼はどこか呆れたような、驚いたような表情で見つめていた。

「あのっ、その・・・、わっわたしそのあの―――」
「お前は―――」

これは何と言えばいいのか、たぶんおそらくきっと絶対に確実にこれは恥ずかしい―――だ。年上とはいえ自分とそう変わらない男の子といってもいい人物に抱きしめられながらいきなりあだ名で呼ぶなど意味が分からなすぎる。抱きとめられている現在の体制と自分の意味不明の言動が恥ずかしくて混乱してしまう。そもそもどうしてこんな体制になったのかが分からない。恥ずかしい、それを自覚出来て顔が赤くなっていくのを彼に見られている事が、さらに私の羞恥心を生みだしていく。

「あのっ・・・・・、私は――!」
「――――まさか・・・・、この世界で・・・・・オカリンと呼ぶ奴が現れるとは・・・・」
「ごっ、ごめんなさ―――!」
「いいさ、“まどか”」
「ほえ?え・・・・・あれ・・・・私の、なま・・・え?」
「お前になら、・・・・・・・・お前にそう呼ばれるのは悪くない・・・、ああ、悪くないな」

彼の言葉を受けて、私の顔はさらに赤くなった。だって――――。

「ありがとう、まどか。俺の名を・・・・呼んでくれて」

本当に、本当に嬉しそうに、見た事も無いほどの笑顔で、至近距離で微笑んでいる。私は頭をわしゃわしゃと撫でられ、今以上にギュッ、と抱きしめられたのだから―――きっと仕方が無い事なのだ。

「ふ・・・ふふ、まったくこの世界線は、いいのか世界?俺はもうここまで来たぞ」
「・・・・・・・・あ」

それに彼に、オカリンに、今の彼にこうされるのは―――うん、悪くない。まったく全然これっぽっちも悪くない。
だから私は今の状況も状態も頭からポッカリぬけて――――彼の“いつもと違うと感じる”出で立ち、赤いコートをギュッと握りしめた。離れないように。離れたくないから。





岡部は泣かないように、涙を流さないようにしていた。それを悟られないようにさらなる力を込めてまどかを抱きしめる。
決して苦しくないように、心持ち配慮して。

ここは岡部倫太郎が一人ぼっちの世界線。

余りにも遠くの世界線からきた。αでもβでもない世界線。
もう場所が分からないくらい遠くの世界線からきた。
自分が存在していない世界線。
親も幼馴染も親友も愛した人もいない世界線。

唯一人世界から放逐されて、たった一人で知らない世界に放り出された。

その世界ですら常に拒絶されている。例え絆を結んでも、ふとしたはずみに記憶が曖昧に、記憶から薄れる。
世界から否定されている。
時を戻せばそこは既に別世界線。誰も自分の事を憶えていない、きっといつまでも一人。
リーディング・シュタイナーを持っていても、無限に存在する世界線の一つである“岡部倫太郎が存在した世界線の記憶”を思い出す事なんか奇跡に等しい。
なのに、鹿目まどかは岡部が存在した世界線を観測した。
その記憶は、此処にいる岡部倫太郎ではないけれど、それでも

(呼んでくれるのか・・・、このアトラクタフィールドで・・・・・・君は俺を憶えてくれているんだな)

あだ名でも、自分の事を呼んでくれる。知っている、此処にいる事を認識している。
大切な呼び名だった、もう聞く事のないと思っていた『あだ名』。
『まゆり』や『ダル』が親しみを込めて呼んでくれていた――――大切な、もはや宝物に近い記憶の中だけの呼び名。
どうして彼女がそのあだ名を知っているのか分からない、岡部はまどかに、岡部の知っている可能性世界を投影して見せただけのはずなのに。
この世界線ではもちろん、“今までの世界線で鹿目まどかは「岡部さん」と呼んでいた”のに。

“リーディング・シュタイナーは誰もが持っている”。

(・・・・・たしか、まどかは他の世界線で戦っているほむらを憶えていたな)

妄想、デジャブ、勘、白昼夢、夢という形で。確かに鹿目まどかは憶えていた。だとしたら今回もそうなのかもしれない。
別の世界線の岡部倫太郎を。未来の岡部倫太郎を。未だ此処にいる岡部倫太郎が経験していない、観測していない世界線の記憶を。
この世界に存在しない、世界から認められていない自分が、“此処にいる岡部倫太郎”以外に存在しているのか、という不安があった。
気づいたんだ。岡部倫太郎は世界に拒絶されている。遡った時間に、過去に自分がいない。ずれた時間と場所、違う世界線、年齢の異なる自分、常に違和感と戸惑いに晒されていた。分からない、このアトラクタフィールドでの立ち位置が、存在自体が希薄。

「あの、その・・・・私・・・」
「・・・・・・まどか」

だけど疑問、違和感、考える事はここにきて多々あるが今はいいと思った。知らない自分を認識したまどかがいる。“なら答えは在る”のだろう。“そんな世界線が在る”のだろう。オカリンと呼ぶほど親しい間柄でいる鹿目まどかが、必ず。世界のどこかに。

(・・・・そうだ、――をこの世界にも作ろう)

まどかをギュッと抱きしめ、そう思った。そして視界に自身の右腕に在るディソードが映った。
そのディソードは泣いていた。






胸元のソウルジェムに溜まった穢れが浄化されていく。
繋がった先にあるグリーフシードへと、今までほとんど途切れていたパスが復活している。

「なんだよ・・・、無事ならさっさと立てっての」

岡部の無事をその目で確認できた杏子は呆れたような、それとも怒ったような口調で呟いた。が、その表情はとてもやわらかい。

「佐倉さん、貴女って・・・・そんな顔もできるのね」
「は?なんだよ急に?」
「貴女笑ってるわよ」

隣にいたマミの言葉に杏子は意味が解らなかった。今現在自分達はボロボロで傷だらけ、そこに味方が―――戦力外に近いが―――増えたなら少なからず安堵してもいいはずだ。
笑顔、だからなんだと言うのか、いままで笑わなかった訳じゃない、マミの前でもそれなりに笑った事もある。
好戦的に、友好的に、侮蔑的に、純粋に。それが今更何を言っているのか解らなかった。

「彼が無事だったのが嬉しいのね。今の貴女の顔、女の私から見てもとても魅力的よ」
「んなっ・・・・!?」

珍しく、本当に珍しく、それもこんな状況で、からかうようなマミの言葉を受けて、ばばっと、両手で頬を掴み摩ったり揉んだりするが当然そんなことで自分の顔の表情が分かるはずも無く、ただ唯一解る事はマミの言葉に顔が真っ赤になっていることぐらいだった。それを誤魔化すようにさらに揉んだり摩ったりするが効果はあまりない。
きっと、マミがニマニマしながらこっちを見てるから、自分がどんな表情をしてマミが“そんな顔”をして笑うのか分からなくて、だから、さらに顔が赤くなるのを自覚できる。

「これは違っ・・・!?ちょ・・・まてっ、ってマミ!ニヤニヤすんな!」
「なんだか新鮮ね、なに?彼って貴女の―――?」
「おいコラ勘違いすんなよ!アイツはただの――」
「ただの?」
「その、ただの・・・・・・」

・・・なんだろうか?こう改めて岡部に対して考えてみると自分との関係をどう他者に言えばいいのか。
ただの知り合い、それでは余りに寂しすぎる。ただの友達、そんなまさか。ただの利害の一致した関係、その場しのぎの協力関係・・・・・仲間?それに間違いはない、でも違和感と嫌悪感と・・・・それを否定するハッキリしない自分がいる。
ゆまならハッキリといえる。岡部の事をおにいちゃん、家族だと。ゆまに関してならハッキリ言える。妹、家族だと。
なら岡部に対してもそれでいいと思う反面、マミの一言のせいでどうしても気恥ずかしさがある。自分は今、マミの言葉を肯定するかのように顔を赤らめているせいでいつものように対応できない。

「ともかく違うからな!ったく、お前のせいだぞ―――」

岡部倫太郎!そう言おうとした杏子は気づいた。岡部の持っているディソード・リンドウに。
そのディソードは叫んでいた。







「それ以上は駄目ぇー!!!」

そう叫び、ゆまは近くにある銃器、ほむらが落としたと思われる銃を拾い標的に向けて引き金を引いた・・・・・引きたがったがトリガーが引けない。変身したゆまの両手はキッチン手袋のような、親指とそれ以外の指をまとめられた“もふもふ”とした構成なので指がトリガーに引っかからない。
ならばとゆまは変身を解いた。この状況下で変身を解いた。

「ゆま!?」
「何を!?」
「んぎぎぎぎぎぎ・・・・・!」

杏子とほむらが叫ぶなか、ゆまは変身を解いたことで予想よりも重たくなったトリガーを全力で引く。が、苦労してトリガーを引いてもカチン、と空しく音が鳴るだけだった。弾切れだった。

「いらないっ、おねぇちゃん他の頂戴!」
「それ私の!?っと言うか貴女―――」

私物(盗品)である銃を叩きつけるように地面に捨てるゆまにほむらは問いただす。彼女は標的に向けて銃口を向けていた。それはいい、向けなければ当たらない。だが二人いる標的の内“どちらに向けて引き金をひいたのか”、それによって対応は変わる。
場合によれば目の前の少女を無力化させるつもりだ。

「いま・・・・、どちらに向けて引き金を引いたの」
「おにいちゃん!!!」
「なんでだよ!?」
「さあ受け取りなさい、しっかりと狙ってね。間違ってもまどかには当てないように」
「いやいや!?」
「浮気者ー!」
「はぁ!?」

不穏なやり取りに気づいた岡部が叫ぶがどこ吹く風、ほむらはゆまの返事を聞いて躊躇いなく予備の銃器を、ゆまにでも使えそうなタイプを渡す。
ゆまは今度こそ標的である岡部に忠告、、もとい物理的警告と言う・・・・制裁を与えるために片膝を落とし両手で銃を構える。
ゆまは“外さないようによく狙いをすませていた”ので視線の先に在る岡部のディソード・リンドウに気づいた。
そのディソードは訴えていた。

「・・・・・まさか本気で狙っている?なんで!?ゆまっ、お兄ちゃんだぞ!?味方だぞ!?」

ついでに岡部も訴えていた。
ターン、と、銃声が響き『ゴム弾』が岡部の頭に直撃した。






白の魔法少女と、黒い魔法少女だった魔女はそれを見ていた。

―――ッ!?ホントに撃ちやがったっ・・・・しかも実弾じゃねえか!
―――あ、あの大丈夫ですか?
―――・・・ああ、一応まだ杏子と繋がってたからなんとか大丈夫・・・・・・、まどか・・・・・
―――な、なんでしょうか!?・・・・・あれっ私名前言いましたっけ?えっと私鹿目まどかっていいますパパとママとたっくんの四人家族でそれから―――!
―――落ち着け、確認したいんだがお前は何を見た?俺は―――って痛い、大丈夫だからっ、ハンカチはいいから質問に
―――でっ、でも血が
―――駄目ぇー!

ターン

―――痛ァーー!?
―――あわわ、大丈夫ですか!?
―――だから駄目ぇー!!

ターン ターン

―――いたたたたッ!!?なんだこの的確な射撃!?さっきからいったい何なのだ!?
―――うるっさい浮気者!これは天罰なの!でも弁解があれば一応聞くの!
―――だから浮気って・・・・・・・・・まあいい、浮気なんかしてない!あと明らかにこれは人災だ!
―――うるさい言い訳なんか聞きたくない!
―――・・・・・・え?ええ!!?
―――弁解もないとして当裁判所は判決を言い渡します――――有罪!
―――何もしていないのに!?むしろかなり良い場面で復活を果たしたのに!だから俺は浮気なんか――――
―――言い訳も無い――――と・・・・・もう何も言う事も無いんだね。おにいちゃんは浮気した事認めるんだっ・・・・!
―――何この魔女裁判怖い!・・・いやいや待て待てちょっと待て、だから俺は―――って、ウェイウェイウェイ!!?
―――おにいちゃんのアホー!

ターン ターン ターン

銃弾が岡部に当たる様を織莉子は眺めていた。先程までの戦闘で、諦めてこそないが疲労困憊だった彼女達は彼の登場で息を吹き返したようだ。
体の傷が癒えたわけじゃない。体力が回復したわけじゃない。ソウルジェムの穢れが浄化されたわけじゃない。状況が劇的に好転したわけじゃない。
ただ岡部倫太郎は再び立ち上がった。でも、それで佐倉杏子と千歳ゆまは幾分か余裕を取り戻し、暁美ほむらと巴マミはそれに引っ張られる形で在る程度は持ち直した。
これで“ちゃんとした五対二”。圧倒的優位から僅かだが戦力差が埋まる。織莉子も無傷ではない、キリカも、何より岡部の能力は不明。
キュウべえ曰く、鹿目まどかに何らかの介入をし宝玉を氷漬けにする何かを持っている。

(まあ・・・・、間違いなくあの“剣”の仕業よね)

視線の先にある岡部の持つ剣。キリカが砕いた剣。キリカが砕けなかったと言った剣。キリカが抜け殻と比喩した剣。
キリカの言う通りだ。“アレ”は抜け殻だった。死んでいるのは外面だけで中身は・・・・コレだ。
織莉子は知らない事だがディソードとは本来壊れた人間であるギガロマニアックス達がリアルブート(具現化)した剣。元より“壊れた人間が生み出すツルギ”。
そして、ギガロマニアックス達が生み出すディソードに“壊れたディソードは確認されていない”。
どれだけ狂っていても、どれだけ壊れていても、どれだけ死に続けても。
かつて一人の少女がいた。何年も監禁され拷問を受け、辛い現実から自己の精神を、心を何度も何度も殺してきた。殺そうとも生み出されたディソードに傷の入ったモノは確認されていない
まるで少女の剣は少女の精神が死ぬたびに、生まれるために再構築されていた。
“ディソードに壊れかけなど存在しない”。
精神が、心が壊れているからこそディソードは手に入れることができるのだから。

(とりあえずお礼はしておくわ、岡部・・・・倫太郎さん)

無論そんな事を知らない、知れたところで関係ない織莉子は岡部とまどかに向かって、気づいていない二人に魔力の籠った宝玉を一つ、高速で射出した。
まどかの契約を防いでくれたお礼を。






「さっさと離れるのー!!」
「え・・・ああ、“そういうこと”か・・・・・・、つまりは慣れればいいんだな?ほら、これでいいだろ!もう撃つなよ!俺は痛覚遮断とかできないんだからな!」 ぐい
「・・・・・・・・あ」 ちょん
「・・・・・・・・」
「・・・・・・・・」
「・・・・・?」
「・・・・・・・・」 ぷい
「・・・・・・まどか?」
「・・・・・えっと、一応怪我したところはハンカチでバイ菌を・・・・・」
「・・・・・大丈夫だ。この程度ならすぐに治るからお前は離れて―――」
「でもっ、バイ菌はいると危ないし、さっきまで倒れてたしそれにあとそのっ、だから―――」

私服姿に変わった(戻った)ゆまからの(恐らく無意識での魔力制御による)的確な射撃を止めるべく、まどかを引き剥がした岡部だが、まどかは岡部の赤いコートを ちょん、と指先で摘まむようにして離れる事に対してささやかな、本当にささやかな拒否、抵抗をまどかがみせた。

「・・・・少し、頭冷やそうか」

チャキッ☆

「まてぇい!?なんで俺に銃口をッ、まどか取りあえずここは―――!」
「でも血が出てるしそれに私まだ聞きたい事が―――」

ターン

「―――増えるぅ!このままじゃ“主に味方からの攻撃で”新たな傷が!・・・・・・って、おい貴様ァ、我が家のアイルーに予備の弾薬を持たすな!」
「えっ、ほむらちゃん?」
「まどかすぐにそのロリコンから離れなさい!女子中学生に抱きつくなんて真性のペド野郎だわ!」
「誰がロリコンか!」
「キョーコ、ろりこんってなに?」
「・・・・・・・・・」
「・・・・杏子?」
「・・・・・まずい・・・・・おいっ、もう限界だぞ岡部倫太郎!!!」
「ああそろそろ俺の額も限界に・・・・・・―――!まずっ―――!!!?」

杏子の突然の叫びに一瞬勘違いをした岡部、しかしすぐに指摘を正しく理解する。

―――・・・・・slot『ローザシャーン』消耗率103・・・109・・・・・・・115・・・・・・

聴こえる電子音、その内容を認識理解し岡部はまどかを突き飛ばす。こちらから離れる事にささやかながらの抵抗を、今できる精一杯で表現したような仕草をする愛くるしい少女を岡部は傷つけないように、なんて、“そんな余裕はない”、可能な限り速やかに自身との距離を開けるため力一杯にまどかを突き飛ばす。そうしなければならない。

―――Put off

岡部がまどかをさやか達のほうに突き飛ばした瞬間に電子音。同時に岡部のコートを内側から食い破る様にして黒い物体が跳び出した。
何かが岡部の腹部を食らい跳び出す。同時に杏子のソウルジェムの浄化が止まる。岡部が持つ穢れを請け負う存在が消失したのだ。
グリーフシード。魔女の卵。それが今、岡部達の目の前で孵化する。
杏子のソウルジェムの穢れを請け負い続けて、内包できる穢れの限度を超え、呪いが溢れだす。
ごぽごぽ、じゅくじゅくと、その音は不吉で不快でぞっと寒気がする。
それは岡部の目の前で黒い霧と黒い泥を撒き散らしながら形となる。

「■■■!!!!!!」

それは人形のような魔女。一度杏子によって討伐された魔女。大きさはゆまと同じくらいで黒いマネキンにふわふわとした服装を着せたような魔女。左手で脇腹を押さえる岡部に視線を向ける魔女。

玩具の魔女『ローザシャーン』

世界に再び蘇った魔女は即座に行動に出る。
まるで岡部が己の敵であることを事前に知っていたかのように襲いかかる。

「このっ――――――――ッ!?」

ソレに対し岡部は即座に右手に持ったディソードで魔女を迎撃しようとして―――――横から織莉子の宝玉が高速で激突し、そのまま部屋の端まで吹き飛んだ。


ドゴンッ!!!


そして大地を震わす爆音。速攻の出来ごとにこの場にいる全員が動けなかった。

「・・・・・・・・・・・・・」
「さっきのお礼です。その傷じゃまずいと思い勝手ながら―――――ご迷惑でしたか?」

爆発で、体を構成するパーツがぼたぼたと、質量を感じさせる音をたてながら床を黒く汚していく。
そして織莉子の言葉に、視線を向けられた岡部は答える。

「いや・・・・・・、正直対応できるか分からなかった。助かったよ」
「こちらこそ、先程は鹿目まどかの契約を阻止していただき感謝を」

優雅に一礼する織莉子に習うように岡部も軽く頭を下げる。

その背後で、復活後速攻で“織莉子の宝玉に爆殺された魔女”ローザシャーンの残骸がある場所からカツン、と音がした。
そこには黒い綺麗な宝石、グリーフシードが鎮座していた。

「・・・・・・まさに瞬殺だな」
「ええ、邪魔ですから」
「・・・・・・こうして正面から話をするのは初めてだな。噂は聞いているぞ、未来視の魔法少女、美国織莉子」
「光栄です岡部倫太郎さん。私は貴方とお話しできる事を嬉しく思います。キリカから貴方の話を聞くたびに未来が変わっていく・・・・・・、ねぇ岡部倫太郎さん。突然の質問を許してくれますか」
「構わない。何でも聞くがいい」

その言葉に全員が、ほむらもマミも杏子もゆまも、まどか達が少なからず驚いた。
岡部の態度が敵対者に向けるものではなく、親しい友人に向けるように柔らかかったからだ。

「――――とはいえ、俺がそう答える事を知(視)っているのだろう」
「・・・・・・・・ねぇキリカ、本当に読めないわ彼の未来」
「・・・・・?遠慮なく何でも質問しろ。お前達には感謝している」
「・・・・・感謝・・・ですか?」
「ああ、おかげでいろいろと思い出した。だから――――――“覚悟しろ”。お前達はもうどれだけ嫌がろうと何度諦めようと――――」

岡部の言葉に疑問、不安を感じて声を出そうとしていた他のみんなも岡部の言葉に更なる戸惑いを受ける。


「必ず助けてみせる」


この状況下で、この場にいる奇跡の担い手で一番弱い岡部が宣言した。


「覚悟しろ、“お前達が俺をここまで連れてきた”。責任は取ってもらうぞ」


この状況で、生きるか死ぬかの闘争の場で、誰が見ても岡部は――していた。


「俺の仲間になれ美国織莉子、そして呉キリカ。俺の元に来い!」


それと同調するようにディソードも――している。






差し出された手に誰もが戸惑いを感じた。
最初に口を開いたのは杏子達でも織莉子でもなく、キュウべえだった。

『岡部倫太郎 “それは無理だよ”』

ある意味、その言葉は全員の代弁でもある。無理なモノは無理なのだ、それは不可能なのだ。普通に考えて“それはあってはいけない”。
彼は杏子達の味方でまどかを護る側の人間だ。助ける。全員は不可能だ。誰かを助けるなら、誰かの味方なら、それは同時に誰かを助けない、誰かの―――敵だ。
岡部が杏子達の味方なら、まどかを護るなら、岡部は織莉子達の敵だ。
仲直りして手を取り合う。協力する。それができればと思った。“仲間”なら。
でも彼女達はここまで来てしまった。もう後戻りはできない。今さら手を取り合う事なんかできない。
戦っていた魔法少女達はもちろん、まどか達さえもそれを理解している。彼女達は後戻りできない。きっとしてはいけない。してしまっては、死んだ人間は何のために―――――。
だが、男は言うのだ。

「キュウべえ、魔法の使者であるお前が無理とか言うなよ。不可能を可能にするのはお前の専売特許だろ」
『ぼくじゃないよ、奇跡を起こすのは彼女達魔法少女だ』
「はじまりはお前だ。無関係じゃない」
『何を願い奇跡を起こすのか その“結果”は僕達にも分からない 叶えた後に何を言われてもどうしようもない 結局それは“彼女達が選んだ事”なんだから 契約は果たした あとは彼女達しだいだよ』
「ここにいる魔法少女達との契約は終えていない。お前の契約は対価を持って完了とする。“その魂を代償に奇跡を起こす”なら契約者の魂を最後まで・・・・役目を終えるまでお前は見守るべきだ」
『彼女達は奇跡を起こす でもそれは自分自身の願望だ なら他人との齟齬はどうしても生まれるし それに連なり争いは起きる 現に今彼女達はそうやって戦っているじゃないか』
「“そんなもの”世界では日常茶飯事だろ。彼女達が特別なわけじゃない」

全員が彼の言葉を止めきれない。胸に抱く“それ”を問いかけ、答えてほしいとも感じてしまう。
目の前の男はそれに全て答えてくれるような気がした。
分かっている。問いに応えてくれてもその答えが正しいわけじゃない。どうしたってそれは彼の意見であり、彼の偏見からの感想でしかないから。
でも―――――問わずにはいられない。

「まって・・・、貴方は何を言っているの?私達はインキュベーターに騙されているのよ!そいつが私達をただの消耗品みたいに―――!!」
「・・・・・確かに。“聞かれなかった”からでは許せる許容範囲を超えている。しかし、奇跡を起こしたにもかかわらずお前達魔法少女の魂はお前達のモノだ。キュウべえは対価である魂をもらっていない。暁美ほむら、美国織莉子、お前達は理解しているな、魔法少女は奇跡を起こした時点では、奇跡を起こしていながら言葉通りの対価を払っていない。“対価を払うことなく人生を過ごせる”。その魂も感情も、思考も意思も全てお前達のモノだ。唯の人間とそれは変わらない。変化としては魔法の使用による身体強化と魔女との戦いが生活に追加されただけだ」

『それだけ』。男が言葉にした一言。たった一言。しかしその重さは計り知れない。

「なにを――――なにを言っているんだアナタはッッ!!!!そいつが私達に何をしたか知らないくせにッ・・・・・そいつは―――!」
「お前の願いを叶えた、そうだろ?」
「それ・・・は・・・だからって許されるとでもっ!」
「“許せないさ”、その危険を正確に教えないキュウべえは間違いなく許されない。が、少なくともお前は契約すればその後の人生がどうなるか理解していたはずだ。お前には魔法少女の先輩がいて、魔女と戦う恐怖を知っていたはずだ。そのうえでお前は示された対価と要求に同意して魔法少女になり奇跡を起こした・・・・・お前は、“お前達はそうやって魔法少女になった”」

一瞬、わずかにだが言葉に詰まった。織莉子は何も言わずただ男の言葉を聞いていて同じ魔法少女であるほむらの言に加勢しようとはしない。
ただ、ほむらの隣にいたマミが問う。

「でも・・・・、キュウべえは魔女に・・・、私達が魔女になるなんて言わなかったわ・・・・それは騙していたと言えないの?」
「言えるさ、否定はしないよ。だがなマミ、それでも契約する奴はいる。たとえ全てを知っていても契約するし・・・・魔女化を目の前で見てもする。魔女化する事さえ厭わない」
「そんな人――――いるはずない!だって魔女になるよの!?どんな願いがあれば―――自分を失う覚悟がっ、誰かを傷つけるかもしれないのに!」
「呉キリカ」
「・・・・・」
「―――――――――ぁ」

男が出した名前に織莉子は目を閉じ、マミは口を閉ざす。

「なによりマミ、お前が知っているはずだ。ある意味、お前の願いが一番魔法少女に向いている」
「え?」
「死にかけている時に、生きたいと願う事は間違っているのか?事故で、病気で、事件で、死にかけた時に奇跡に手を伸ばすことは間違っているのか?」

マミは事故で死にかけた。それで助けてと、キュウべえに手を伸ばした。生きたいと願った。
その願いは間違いか?その祈りは失敗か?その奇跡は罪か?

「・・・・・・大切な人が“そんな事”になった時にそれを覆せるなら、その手段があるとき・・・・・お前はそれを拒絶できるのか?それを願う誰かを否定するのか?」

“まゆり”が死んだ時にタイムリープマシン―――覆せる奇跡(可能性)―――に手を伸ばしたのは間違いか?失敗か?罪か?

仮に、もし仮に岡部倫太郎に奇跡を起こせるとしたら、全てを知った上で岡部は契約するだろう。
まゆりを助けきれるなら、紅莉栖を助けきれるなら、二人を・・・・・二人とも助けきれるなら岡部はきっとそうした。
例え、それが原因で一人ぼっちになるとしても構わない。
例え、七千万年前の地球に、たった一人取り残されても。
抗えるなら、覆せるなら、諦めない。

だから、きっと間違いで、失敗で、罪かもしれないけれど―――――幾千幾万の世界線を渡り歩いてでも辿りついてみせる。

未来の決まっていない。でもきっと生きていける。みんなと幸せに過ごせると信じている世界線『シュタインズ・ゲート』に。


「でっ・・・・でも、それでも―――」
「生きる事を放棄するのは自殺と同じだ。そしてマミ、生きたいと願う感情を否定することは―――――例えお前でも絶対に許さない」
「私達は・・・・間違えたんじゃないの?」
「なにを間違えたというんだ」
「奇跡に・・・・頼ってしまった」

マミの言葉に杏子とまどかが反応する。
奇跡を願い、奇跡に頼り、奇跡に絶望した。
杏子はそれで家族を死に追いやった。
まどかはそれで―――――――――憶えていない。でも恐怖は残っている。
“私達は”間違えた。
それは、摂理を捻じ曲げた瞬間からか、それとも願いを抱いた時からか。
分不相応の、それが原因で引き起こされる悲劇なんか考えもしなかった罰か。

「誰だって祈っている。誰だって願っている。誰だって望んでいる」
「でも・・・・・岡部倫太郎、それでもアタシ達はさ、いいや、アタシは・・・・アタシの願いは―――」

杏子は思う。杏子は問う。それでも間違っていたんじゃないかと。
マミとは違い、杏子の願いは別の手段で回避できた可能性があった。
奇跡に頼らずに、杏子が願わなければ、ああはならなかったかもしれない。

「間違っていない。お前の祈りは、誰かの幸福を願った想いに間違いがあるはずがない」

杏子は思う。それでも男はこう言うんだな、と、あの時のように。

―――その奇跡の道筋に不幸があったとしても、その結果が悲惨で、絶望に彩られたとしても、“その奇跡が間違っていても、その想いと感情は絶対に間違っていない”。

男は、岡部倫太郎はいつだって、どんなときだって、そう言うのだ。言ってくれるのだ。
本気で、嘘偽りなく、真っ直ぐに。
“過程”を踏み間違えた彼女達に、沈む彼女達に手を伸ばす。―――――のように。
清算しきれなかった禍根【過去】と 目の前の障害【現在】と 行き場のない不安【未来】
それが現実で、それが重かった。真実は必要以上に私達に問いかける。
その罪を、その罪悪を。
魂を、人生を対価にした奇跡の間違いを。
既に彼女達は失った。後戻りはできない。失った人は帰ってこない。分かっている。解っている。
男の言葉はただの都合が良いありきたりな同情にも近い言葉。現実を直視していない妄想。真実を受け入れない逃げ。
そんな言葉に揺るがない、騙されない、信じきれない、信じない。でも―――



でもアタシは――――たった一言でいいから。


あの時の祈りを あの時の願いを あの時の 助けたいと思った感情を アタシの       命を 魂をかけた 奇跡を

“否定してほしくなかった”
“間違いじゃないって”
“ここにいてもいいんだって”

都合のいい、ありきたりな同情にも近い誰にでも言える言葉。
でも“誰も言ってくれなかった言葉”は、“私達が”――――




誰かに――――――そう言ってほしかった言葉だった。










「おしえて・・・・・・、おしえてください」

震える声で、問いかける。
織莉子は、どこまでも都合のいい言葉を吐く男に問いかける。
いずれ世界に呪いを撒く自分を、呉キリカを肯定する彼に問いかける。
摂理を曲げた奇跡を起こした私達を認める彼に問いかける。

「岡部倫太郎さん・・・・・、教えてくだ・・・・・さい」
「さっきも言ったが何でもいい。答えきれる事なら―――――“応えよう”」

“応える”。そう言った。そう言ってくれた。


ならば・・・・・・・・問おう。
幾度目の問いかけか、何人目の問いかけか、その答えを今度こそ確かな意思で返答してもらおう。
問うのは美国織莉子。奇跡の担い手にして未来視を持つ白の魔法少女。
答えるのは岡部倫太郎。アトラクタフェイールドの海を渡り続ける観測者。


「貴方は、誰?貴方は――――――なんなんですか!?」
「岡部倫太郎。なんなのか、だと?分かるだろう?」

このシチュエーション。答えは一つ。

定められた未来を観測し続けた織莉子の前で、
その魂を魔に染めたキリカだった魔女の前で、
願いで家族を死に追いやった杏子の前で、
幼い身でありながら辛い真実を知ったゆまの前で、
いつか魔女になる事に傷ついたマミの前で、
繰り返される悲しみに挑むほむらの前で、
何も知らないさやかと仁美の前で、
“知っている”まどかの前で、
正義の味方なんていない世界の前で、


「俺は―――!」


応えよう。応じよう。
岡部の右手に持つディソードからエグゾーストの様な強烈な咆哮が世界を揺らす。その在り方を、存在を世界に認めさせるように。
そして岡部倫太郎は問いに応える。
渡り歩いてきた世界線で幾度となく問われ続けてきた答え(応え)を。



「俺は―――――正義の味方だ!!!」






誰もが望んだ存在を、誰もが祈った存在を、誰もが望んだ存在を此処(世界)に宣言する。

それは痛がっていた、まるで傷口を無理矢理縫合し余計に痛みを感じているようで
それは痛がっていた、当然、押さえきれないほどの感情が湧きあがってきているのだから

知っている。岡部倫太郎は世界に『正義の味方』がいない事を。いてはいけない事を。そんな都合のいい矛盾の存在を、もう信じることはできない。

それは苦しんでいた、動けない体に鞭打ち再び走りだす事を強要さられているようで
それは苦しんでいた、当然、動きださなければ爆発してしまいそうなのだから

知っている。アトラクタフィールドαで知った。戦争のない、争いのない平和な世界。飢餓もなく、イジメもなく、虐待もない、誰も傷つかない平穏な世界。表向きは。平和と言う名の大義名分の名の元に世界人口は10億人まで減少、徹底された管理における自由意志の無い世界。逆らう者には洗脳拷問殺害、平和な世を乱す『悪』として『SERN』の『正義』に断罪される。そんな理想世界【ユートピア】と言う名の管理世界【ディストピア】。

それは泣いていた、訪れた安息をかき乱された事によりまた繰り返すことを嘆くように
それは泣いていた、当然、ようやく取り戻した、帰ってきた担い手に歓喜しているのだから

知っている。アトラクタフィールドβで知った。タイムマシン技術の独占による支配を防ぐと言う大義名分の元に、『悪』を生みださないために『正義』を行うために他国に核攻撃を。“それを世界中がやった”。それぞれの『正義』で『悪』と定めた国に、人に。核汚染された世界で人々は生きるのに必死だった。“生きるために仕方なく”、それを理由に奪う乱す犯す殺す。それを理由に、それを盾にして何でもする。何でもできる。それが許される。『正義』の名の元に、飢えた誰かを助けるために奪う。乱す輩を沈めるために暴力を行使する。精神が耐えきれず犯し、環境を護るために罪を犯す、そうすることで平静を保つ。助けるため、沈めるため、保つために、その間違っていない行いを理由に殺す。『悪』を殺すために奪う事を、暴力を行使する事を、耐えきれず犯す事という己の『悪』を正当化する。『正義』として。

それは叫んでいた、もうやめてくれと、無理だと
それは叫んでいた、当然、もう立ち止まる必要はないのだから

岡部倫太郎は知っている。決して自分は正義の味方ではない事を。ましてや岡部倫太郎は救世主なんかじゃない。岡部倫太郎は二つの世界の可能性を変えた。ではそんな岡部は『正義』か?否、断じて否。
この岡部倫太郎は経験していないがα世界線で岡部は『SERN』の支配から世界を解放するレジスタンスとして活動していた。死んでいるように生きている人々、抵抗する者には容赦しない世界。そんな世界を変えようとした岡部倫太郎は『正義』か?きっとそうなのだろう、大切な人を殺されながら抗い、そんな世界を変えようと戦ったのだから。でも、それは岡部の考えに賛同する者だけだ。それ以外は岡部を正義とは認めない。敵対するSERNはもちろん、“それ以外も”岡部を『悪』と定める。
β世界線で岡部は世界を汚染した元凶である核戦争を防ぐために過去に干渉した。戦争は起きることはなく、誰も奪う事も乱す事も犯す事も殺すことのない未来を作る為に。何より愛する人を救うために。世界を変えようとした岡部倫太郎は『正義』か?きっとそうなのだろう、でも、それは岡部の考えに賛同する者だけだ。それ以外は岡部を正義とは認めない。岡部を『悪』と定める。
岡部倫太郎は知っている。自分の悪行を。
α世界線で世界を解放するという大義名分で、聞く分には間違いなく『正義』でありながら敵対者を殺すテロリスト、間違いなく『悪』。人殺しだ。
β世界線で岡部だけが罪を犯さなかったと言えるのか?知っている、あの時食べた食事の出所は全てが正当であったわけではない事を。
そして何よりも理解している。岡部が変えてきた世界でも人々は精一杯・・・・生きていた。
今日を生きるために明日を捨ててでも生きようとした人がいた。
明日も生き続けるために今日を全力で生きようとした人がいた。
そして、そんな世界だから生きられた人がいた。そんな世界だから出会えた人がいた。そんな世界だから幸せになれた人がいた。そんな世界だから生まれた人がいた。
“そんな世界だからこそ辿りつけた人々がいた”。
その世界でしか生きられない、出会えない、幸せになれない、生まれない人達がいたんだ。
その世界以外では飢餓に飢え死に、イジメに、暴力に、虐待に苦しみ、ましてや生まれる事ができない人もいた。
幸せになれない、不幸に、自分と同じように悲しみ、苦しみ、嘆く人間がでる可能性が絶対に在った。
それを知っていて岡部は世界を変えた。まして岡部は世界を守るとか、見知らぬ何十億人という人々を助けるために世界を変えたわけじゃない。
岡部倫太郎はα世界線では復讐、大切な人を殺された恨みから、β世界線では愛情、愛する人を救いたいから、結果的に多くの人間を救済した岡部倫太郎のそれはどこまでも『独善』だ。
岡部の行いは間違っていない。正義と言えた。しかし絶対に間違っていないとは言えない。絶対に正義とはいえない。
岡部の行いは確実に誰かの幸せを奪い、誰かの平穏を乱し、誰かの人生を犯し、誰かを殺していて、間違いなく岡部倫太郎は『悪』と言えるのだから。

それは訴えていた、もう嫌だと、耐えられないと
それは訴えていた、当然、助ける、決して諦めない事を、その感情を彼女達が散り戻してくれたのだから

知っている。岡部倫太郎は知っている。『悪』が語る『正義』ほど邪悪なモノはないと。
あの組織のように、あの国のように。あの人々のように。
自分の悪を正義と正当化し、相手の正義を悪として殺す。
正義を殺しておいて正義を語る。
誰かの味方なら、誰かの敵で、でもその敵は誰かの味方なのだ。
大切な人を傷つけた奴らがこれが正義だと言う。
殺しておいて、傷つけておいて、奪って乱して犯しておいて正義を語る。
そんなものが『正義の味方』であるものか。
知っている。『正義』が何を奪い何を為さしめるのか。
知っている。きっと誰かの大切な人を奪った『正義の味方』じゃなかった彼等は正しかった。
そうすることでしか助けきれなかった人がいて、きっと助けるために行動した人もいたんだろう。
知っている。それが、助けようとした行いが『正義』でなくて一体何なのか。
知っている。大切な人を奪った人達は間違いなく正義で、絶対に正義の味方じゃないことを。
知っている。子供でも、時間がたてば自然に知ることができる事実。
知っている。この世に『正義』は在る。でも『正義』の『味方』なんていない。
知っている。誰もかもを助けてくれる。何もかもを解決してくれる。そんな『正義の味方』なんかいない。
知っている。岡部倫太郎は知っているのだ。

だが

「正義の・・・・・・味方?」
「このシチュエーション、間違いなくそう名乗るべきだろう!むしろそう名乗らなければ失礼というものだ!」
「何に・・・・ですか、岡部倫太郎さん、何に対して失礼だと言うのですか?貴方はこの状況で――――」
「当然、お前達にだ」
「――――え」

岡部はそれを名乗る。
彼女達は知っている。そんなものはいてはいけないと。そんな『悪』はいらないと。
彼女達は知っている。そんな都合のいい存在はいないと。助けてくれるヒーローはいないと。
だが岡部は名乗る。知っているから。

「言ったはずだ。お前たちを俺は助ける――――絶対にな」

それはどうしようもないほど壊れていた。どうにもならないほど壊れていた。どうにもできないほど壊れていた。
でも、それでも次の自分に託そうと足掻いていた。かつての、今までの岡部倫太郎のように、■■■ ■■のように。
死してなお、朽ちてなお、それでも諦めるなと、その想いと知識を、『執念』を託すように。

「あえてもう一度言おう。この俺、岡部倫太郎は―――――正義の味方だ!!」

岡部は名乗る。
それを誰もが、彼女達が望んでいる事を知っているから。助けてくれるヒーローを求めていることを知っているから。
誰かを助け、誰かを救い、誰も死なせない、みんなを幸せにする。そんな滅茶苦茶で支離滅裂で自分勝手で荒唐無稽な存在。
絶対の矛盾の存在である事を知っていながら岡部はそれを名乗る。“名乗ることができる”。

「なぜならば――――!」

なぜならば、岡部倫太郎は。


「俺は『狂気のマッドサイエンティスト』!!!」


故に、そんな当たり前の誰もが知っている“たかが常識ごときに縛られない”。縛れるはずがない。


「“世界を混沌に導き世界の支配構造を破壊する――――そして世界の野望を打ち砕く者”!!!」


大袈裟なまでの身振りで、わざとらしく眉を上げ、やたらと芝居のかかった仕草で宣言する。
アトラクタフィールドの海を渡り、ダイバージェンスの網を超え、絶望的なまでに諦めの悪く、狂おしいほど優しいどこまでも独善的な救世主。
呪いと絶望が充満している世界を知っていながらご都合主義の未来を目指し動きだす。


―――“はじめまして、世界”


「我が名は―――」


―――俺が、俺達が!


「 鳳 凰 院  凶 真 だ ! ! ! 」




岡部の右手に握られた漆黒のディソード・リンドウが吼える。猛る。叫ぶ。
世界からの、精神の再構築に抗い、例え死んでも朽ちても今の心を守り続けた“前回までの己の残骸に別れを告げるように”。
それは痛がっていた、押さえきれないほどの感情が湧きあがってきているのだから
それは苦しんでいた、動きださなければ爆発してしまいそうなのだから
それは泣いていた、ようやく取り戻した、帰ってきた担い手に歓喜しているのだから
それは叫んでいた、もう立ち止まる必要はないのだから
それは訴えていた、助ける、決して諦めない事を、その感情を彼女達が散り戻してくれたのだから

「もう一度言おう。“覚悟しろ”。お前達はもうどれだけ嫌がろうと何度諦めようと必ず助ける!」

岡部倫太郎、鳳凰院凶真。やりたいこと、やるべきこと、なすべきことが一致した。
ならばあとは行くのみ。遠慮なく容赦なく加減なく妥協なく頼まれることなく望まれることがなくとも独善的に関わり一方的に助け一方的に救い一方的に幸せに導く。
彼女達に拒否権など無い。岡部を、狂気のマッドサイエンティスト鳳凰院凶真を蘇らせた責任は彼女達に在るのだから。
漆黒のディソード・リンドウは傷一つないブラックメタルカラーの装甲に真紅の光を宿らせながら吠える。岡部の、鳳凰院凶真の意思を顕現するように。

「最後に勝つのはこの俺。狂気のマッドサイエンティスト鳳凰院凶真!」

結界全体を揺らしていると勘違いするほどの金属音を響かせる剣を、抗う事を示すように振るいながら宣言する。

「世界は――――!!俺の掌の中に在る!!!」


目覚めた心は走りだした。未来を紡ぐために。






???????????


『――――以上、オカリンが教えてくれたアトラクタフィールド理論でしたー。解り易かった?』

そう言って、私達の中で唯一ツインではなくポニーに髪を縛る『私』がホワイトボートの前に立ち、雰囲気を出すためにかチェック柄のフレームとシンプルなオーバルタイプのメガネをかけたまま感想を求める。

「あ、あの、一つ聞いてみいいですか?」
『いいよいいよ何でも聞いてね!』
「えっと、じゃあ―――」

私は『私』に聞いてみる。今の話、アトラクタフィールド理論が成立するなら一つ疑問がある。
世界は一つ。並行世界がある訳ではない。ならどうして『私達』はこうして集まれるのだろうか?それぞれの世界の記憶を保持したまま。
世界が再構築されたのなら記憶も―――

『そういえば・・・・・・なんで?』
『・・・・・・・・魔法?』
『つまり・・・・・・・・・・・・・気合い?』
『魔法から遠いな~』

魔法=気合いになった考えは謎だが、それぞれの『私』が首を傾げる。今まで考えなかったみたいだ。実際にこうして集まれている以上あまり関係はないのかもしれない。
私の疑問にはポニーでメガネの『私』が応えてくれた。

『再構築されてもその世界は可能性世界として残るんだって、それにアトラクタフィールド理論がすべて正しいとは限らないんだってさ』

ある法則が特定の状況で真であっても、それをあらゆる状況に適応できるわけではない。

「・・・・・う~ん、そのオカリンさんって人は物知りなんですね」
『そうだよオカリンは―――』
『頭いいんだよ!』
『勉強教えてくれるしいろんなお話ししてくれるしそれに―――』
『私の料理も「おいしい」ってお代わり何度もしてくれて―――』
『『『『ダウト!!!!』』』』
『なんで!?嘘じゃないよ!』
『オカリン・・・・・無理してるんだね・・・・』
『私のは食べてくれないのに・・・・そもそもガジェットみたいに完成品をくっつけるようになったのはオカリンのせいなのに・・・・・』
『私一応料理は人並みにはできるんだよ?なのにこんなのってないよ・・・・!』
『・・・・私だけど私じゃない私の料理は食べるんだ?・・・・・・ふふ、いい度胸だねオカリン?ふふふふふふふふふふ』

ポニーメガネの『私』が ぞっ、とする声をだして私は体が震えた。
『私』は私だ、だからこそビックリした。私があんな声を出せるとは思わなかった。
一体オカリンなる人と『私達』の関係はなんなのだろうか?

「あの――」
『本当だもん!確かに『芋サイダー』はドクペがあるから不評だったけど『冷やしたぬき』は絶品だって褒めてくれるし他のラボメンのみんなも―――』
『『『『「そんな反人類的な代物があるわけがない!!!!!」』』』』
『満場一致で否定された!?私は私なのにっ』

一人の『私』があまりにもあんまりな妄言を言うものだからつい質問を後回しにしてしまった。
まったく、別の世界とはいえそんなものあるわけがない。あっていいはずがない。
『冷やしたぬき』ってそんな、そもそも『芋サイダー』ってなんだろ?あまりにも英雄的すぎるドリンクは美味しくなさそうなんだけど・・・・・。
本当に私が作ったのだろうか?信じられない、きっとそれは料理に対する冒涜だよ。


閑話休題


「そうだ、オペレーションジ―バックってどんな作戦ですか?」
『『『『『・・・・・・・・・え?』』』』』

私の質問に『私達』が、ポニーメガネの『私』にも緊張がみてとれた。

『えっと・・・・・私は、あなたの所にいるオカリンは戦っているんだよね?』
「えっと・・・・は、はい・・・・その、なにか不味いんですか?」
『『『『『え~とっ』』』』』

『私達』が気まずそうにするので私は不安になる。

「でも、そのっ、オカリンさんは自信満々で元気一杯(?)なんで――――!」
『えっとね、私――――落ち着いて聞いてほしいんだ』

不安になる私をポニーメガネの『私』が肩に手を乗せ優しく諭すように告げる。

『Operation・G-BACK・・・・・・・・・ジ―バック』
「え?」
『ジ―バック・・・・ジ~バック・・・ジ~バク・・・』
「え・・・・・それって・・・・・」
『ジ~バク・・・・・じ~ばく・・・・じばく・・・・・もう・・・いいよね?』
「まさか・・・・じばく、自爆!?」

『私達』全員が悲痛な顔で頷く。その顔には「あ~、またかぁ」という表情。
G-BACK=自爆。ダジェレですね・・・・・・・って!?

「え・・・・・えええええ!!!?」

私は振り返り――――そこはラボと呼ばれる空間、どうする事も出来ない。どうやって戻ればいいのか、戻った時にはここでの記憶はないらしいけど・・・・・そもそも戻っても手遅れだし意味がない。
それでもとっさに出口のない出口を探しているあたり私はかなり焦ってしまっている。
だって、だってさ!?

「あっ、あの!」
『えっと・・・・・なに?』
「オカリンさんは“変身といたら”どうなりますか!?」
『無力だね』
『弱いよ』
『貧弱だよ』
『一番へぼいかも』
『どうしようもないよ』

即答で辛辣な言葉が返ってきた。
どうしてあの人は変身を解いたのだろうか・・・・・。

「G-BACKってどれだけまずい状況ですか!?」

『私達』が顔を合わせながら「これ言ってもいいの?」って顔で確認し合っている。
やめて、そんな顔しないで、私から希望を奪わないでください。
お願いだからもうちょっと私にオカリンさんを信じさせてください。

『う~んと・・・ね、私?』
「はい!」

代表で一人の『私』が教えてくれた。
Operation・G-BACKがどれだけ不味い状況で発動するのか。

『ほとんどオカリンの自爆からなんだけど・・・・・・もうギリギリ?ううん、ギリギリまで頑張ってから・・・、いや・・・ギリギリまで頑張ってからもうどうにもならないこれは明らかに異常事態でもう死んじゃうこれって死んじゃうまずいってうわ~おで――――』
「もっもういいです!」

要するにどうしようもない状況なのだ。それも自爆でそういった状況に陥った時に発動・・・・使う作戦らしい。
分かりやすく言うとSOS信号、周りに助けを求める作戦らしい。

「ばっ、ばかー!オカリンさんのバカ―!!」

私は聞こえないと分かっていながら叫ぶ。少しでもこの声が彼に届くように。
何が悲しいってそんな状況になったのは明らかに彼の自爆で、「あそこにいる」私はそんな彼を恰好良いと思っていて、何も知らない私はG-BACKがどんなすごい作戦なのか胸を高鳴らせているのだ。
もう・・・・・これは泣きたい。叫ばずにはいられない。
なのに、不安になる私を『私達』は苦笑いしながらも―――言うのだ。
彼女達は知らない。彼がどれだけポカをやらかしたか、今あそこにいる私がどんな状況なのか知らない。
でも、彼女達は言うのだ。彼女達は知っているのだ。

『大丈夫だよ私、きっと大丈夫だよ』
「な、なんでそんな事言えるんですか!今とっても―――」
『だって、ねぇ?私のオカリンは―――』
『『『『私達の』』』』
『・・・・・・私達のオカリンは―』

そう言って『私達』は声をそろえて、私にはできない自信に満ちた表情で告げる。



『『『『『正義の味方なんだから』』』』』



私は知っている。そんな存在はいないと。
それを察してくれたのか、『私』が聞いてくる。

『ねぇ私、正義の味方の絶対条件って知ってる?それさえできれば、もうその人は正義の味方そのものって言っていい条件』
「それ・・・・え?」

分からない。私は――――そんなの知らない。

「えっと・・・・正義の、正しい人?」
『違うよ。そんなの世界中にいる』
「じゃ、じゃあ優しい人?」
『近い・・・・かな?』
「勝った人?」
『ぶッぶー』
「勝ち続ける人?」
『そんなんじゃないよ、勝ち負けは関係ない』
「え、じゃあ強い人・・・・でもないんだよね?」
『うん』
「えっと、・・・・・・う~・・・・・」
『分からない?』
「分からない・・・・・だって、そんな人はいない・・・・よね?」
『いるよ』

自信を持ってそう答える『私』が、答えることのできる『私』が羨ましかった。
だから、聞かずにはいられない。
だって、『私』は私なのだから。

「教えて・・・・・、その条件ってなに?どうしたら・・・・みんなを助けきれるの?正義の味方になれるの?」
『私達はなれないよ』
「え?」
『ほむらちゃんもマミさんもさやかちゃんも杏子ちゃんにもなれない。なれるとしたらオカリンと上条君かな』
「・・・・・・・・・・・・・・・・ほえ?」
『ふふ、“難しく考えすぎ”だよ私』

予想外の答えに唖然とする私に『私』は教えてくれる。
私は知っていたはずなのに、忘れてしまった正義の味方の定義。

『いい?正義の味方の絶対条件、それは――――』

成長するうちに、知識を、世界を知る度に薄れていく、忘れて行った条件。
でも、女の子はきっといつまでもそれを抱いている“それ”を実行できる人。
でも、男の子はきっといつまでも胸の奥に抱いている“それ”。
それは何も難しい事なんか無い。難しく、ややこしく、“卑屈に考えまければ”、おりこうさんぶって世界を斜めにみなければ簡単だ。


正義の味方である絶対条件。


『泣いている女の子の前に颯爽と現れる!王子様みたいにね?それができれば―――それだけで正義の味方だよ』



『私』は、『私達』は自信をもってそう答えた。
あんな世界で、そんな綺麗な、奇跡のような存在を、魔法のように口にする。
反論しようとした私は気づいた。

―――ああ、そうか、そうだった

私はもう知っている。
それを見て、『私達』が嬉しそうに微笑んだ。

『そうだよ私、この世界には奇跡も魔法もあるんだよ―――信じようよ。だって、魔法少女は、オカリン達はさ――――奇跡を叶えるんだから』



声が聞こえる。私がいるあの世界で。

―――颯爽登場!

『正義』の花言葉を持つ剣を心に宿す男の人の声。

―――全力全開!

『希望』の花言葉を持つ剣を心に宿す女の子の声。


それを聴いて、彼女達の言葉を信じてみようと思った。ううん、私はもう信じている。
彼女達のように、まだよく知らない彼の事を、きっと『ほむらちゃんを助けてくれる』と信じている。
あんな状況でも、どんな状況でも諦めない彼らなら―――信じられる。



ただ少しだけ、ほんとうに少しだけ、誰かのために戦える彼と。
そんな彼と一緒に戦える、戦っている私よりも小さな女の子の事を羨ましいと――――嫉妬した。












[28390] episodeⅠ χ世界線0.409431「通り過ぎた世界線」⑥
Name: かっこう◆7172c748 ID:3f6e4993
Date: 2012/05/08 15:21
人は常に選んできた。世界は常に選択を与えてきた。

前か後ろか。右か左か。上か下か。進むのか戻るのか。始めるのか終わるのか。
逃げ続けることはできない。奪うのか与えるのか。得るのか失うのか。壊すのか創るのか。
いつか、選ばなければいけない。手を引くのか、それとも置いていくのか。抱きしめるのか、それとも突き離すのか。
選んできた。救うのか、それとも見捨てるのか。世界か、人か。大切な人か、愛する人か。
『椎名まゆり』か『牧瀬紅莉栖』か。
そして、選び続けなければならない。諦めるのか、足掻くのか。
時間は無限だが有限だ。選ばなくとも世界は廻る。だが選ばなければ―――終わる。
時間切れはある。時は動き続ける。いつまでもそのままではいられない。
だから選び続けなければならない。切り捨てて犠牲にして前に進むしかない。
『鹿目まどか』か『世界』か。
選ばなければならない。選択しなければならない。差し出さなければならない。妥協しなければならない。

それとも―――――





世界線0.409431



―――忘れないでね織莉子、例えどんな道を選んでも私がいる。絶対に一人になんかさせないから
―――私は・・・諦めない。絶対に・・・!

呉キリカと美国織莉子。彼女達のやり取り、会話、在り方、それはいつかの記憶を刺激する。
牧瀬紅莉栖と岡部倫太郎。俺と彼女のやり取りを、会話を、在り方を、世界の意思、収束する未来に絶望しながらも足掻き続けていたころを思い出させる。
諦めないとか、一人じゃないとか、恥ずかしげもなく言葉を紡ぎながら『世界』が統べる絶対無慈悲な決定に逆らい続けている。
摂理すら捻じ曲げて奇跡を起こし、それゆえに抗えきれない対価―――魔女化。“世界の理(ことわり)を覆してまで生まれた因果”を一身に受けた呉キリカ。
未来視の魔法。そして枝分かれした未来、可能性世界、“他の世界線の未来すら観測”し、未来は確定さている事を知った美国織莉子。
それでも二人は諦めない。それでもなお抗い続ける。『最初の自分と世界を騙した』岡部と違い、自分にも世界にも正面から挑み正面から戦い、キリカにいたっては既に堂々と“勝利している”。

『魔女は敵』。素質だけなら『鹿目まどか』や『ワルプルギスの夜』といったキリカよりも圧倒していた魔法少女はいる。その彼女達ですらその因果には逆らえなかった。人の、魔法少女の敵になった。魔女は悪として存在する。そういうモノだ。それが“世界の決定を覆してまで得た因果”。
摂理(ルール)であり自然の掟(ルール)であり世界の決定(ルール)だ。だが、その大前提を覆している呉キリカ。魔女化し、その自我、その意思、その想い、その魂が失われようと美国織莉子のために存在し続ける。
世界の意思に、世界の理に反逆し続ける。

繰り返す術を持たず、やり直しがきかず、観測した未来は終わりだけだったにも関わらず未だに諦めない織莉子。
あの時のキリカと―――よく似ていた。織莉子の真剣なまなざしが、その瞳が俺を射る。
それは、いつかにも見た強い意志。彼女に―――牧瀬紅莉栖とよく似ていた。

そのらんらんと輝く瞳が、俺をせき立てる。
その諦めない意思が、俺をせき立てる。
その揺るがない想いが、俺をせき立てる。
その可能性を秘めた姿が、俺をせき立てる。
その彼女の『執念』が、俺をせき立てる。

俺に―――紅莉栖を助けるために『執念』を託し続けた“俺達”によく似ていた。
彼女は、彼女達の在り方はあまりにも似すぎている。
おかげで思い出してしまった。あの時の俺を。あの頃の俺を。鳳凰院凶真を。『執念』を。

「ふっ、くく・・・・」

原因は彼女達だけじゃない。まどか達も―――お節介をやいて俺をここまで連れてきた。
その責任はしっかりと果たしてもらおう。全員を独善的に助ける。俺が望んで俺がそうする。拒否権はない、強制的だ。俺は狂気のマッドサイエンティスト。理不尽?知らない?憶えていない?そんなものは関係ない。俺が憶えていて俺がそうしたいからそうする。

「・・・・・・ふっ、くく・・ははっ」

笑みが、笑いが込み上げてくる。
当然か、『シュタインズ・ゲート』への道も見えてきた。
だが、“こう”じゃない。笑うのなら“こう”ではいけない。

笑うのなら――――そう・・・・・




「ククク―――――フゥーハハハハハハハ!!!」

まともな口で「くくく」や「ふーははは」と発音し、練習したとしか思えない痛いポーズを芝居がかった仕草で実行する声の主はノリノリで、若干体をのけぞって此方にビシッ、と、左手の指を突きつけてくる高校生ほどの青年。
演技が過剰だった。そのせいか緊張感があまり感じられない。彼はどこか嬉しそうな、この時を待っていたかのような喜びを態度で、言葉の端からにじみ出していた。
正直、どうしようもなく鬱陶しくて、ずいぶんと純粋なんだなと感じた。
彼女に似ているな、とも思った。彼女は鬱陶しくなんかなかったが―――――でも、嫌いじゃない。
この状況で笑う事が出来る。彼女のように。キリカのように。
私は―――嫌いじゃない。

そのらんらんと輝く瞳が、私をせき立てる。
その諦めない意思が、私をせき立てる。
その揺るがない想いが、私をせき立てる。
その可能性を秘めた姿が、私をせき立てる。
その彼の『執念』が、私をせき立てる。

その覚悟と意思は嫌いにはなれない。尊敬できる。
絶望を知っていながら、体験していながら、再び立ち上がれる彼が、立ち上がってくれる私は嫌いじゃない。

「ふふ」

自然、笑みが零れる。

(ねえ、キリカ。もし・・・もしも私達がもっと早くに出会えていたら、そして私達がもっと早く彼に出会えていたら、違う未来もあったのかな)

誰かを助け、誰かを救い、誰も死なせない。みんなで幸せになるご都合主義の物語。

(未来を知っていながら、そんな滅茶苦茶で荒唐無稽な結末を、未来を目指せたのかな?)

―――君の望む未来があって、それを求めるなら、その可能性を信じたいと願うならさ、ソレを目指すなら―――

「―――ッ」

―――大丈夫だよ

「キリカ―――」

―――例え今とは別の道を選んでも私は織莉子と共にいる




織莉子は再び此方に手を差し伸べる岡部を、鳳凰院凶真を見詰める。

「どうして・・・」

織莉子はポツリと口にする。

「俺には君が必要だからだ」

そして、後ろにいる彼女達にも。
小さな、独り言のように呟いた織莉子の言葉に岡部は答える。即答する。応える。
美国織莉子と牧瀬紅莉栖は別人。そう思い気持ちを切り替えるために目を閉じ大きく息を吸い――――吐く。
再び目を開ければ思考はクリアに、視線の先には美国織莉子。呉キリカ。相対者。
知っている。彼女達はこのままでは岡部の提案を絶対に呑まない事を。

「では、現実的な話をしようか美国織莉子」

それをどうにかするのが岡部倫太郎・・・・否、鳳凰院凶真。
対話による解決がベストなのは当然、ゆえに説得と具体案を述べようとした。

『その前にいいかな 岡部倫太郎』
「――――鳳凰院凶真だ。・・・・・後からでかまわないか?今は織莉子と―――」
『一つだけ確認したい』

しかし、対話に入ろうとしたところでキュウべえからの割込。
確認したい事。ソレは何か。岡部倫太郎の事か。ディソードの事か。まどかに介入した事か。織莉子の事か。皆の頭をよぎった疑問と予測を前にキュウべえは岡部に尋ねる。
岡部の誓いを試すように。想いを揺さぶる様に。

『鳳凰院凶真 君が正義の味方だと言うのなら みんなを救うと言うのなら 僕のエネルギー回収に協力してほしい』

そんな、ここにいる魔法少女全員の神経を逆撫ですかのような台詞を吐いた。

「―――」
『まさか嫌とは言わないよね?君は知っているよね なら分かるはずだ 世界が消えれば誰も助からないよ』

世界の消滅を防ぐために行動するインキュベーター。世界を救うために活動する彼等は世界にとって、そこに住む命にとって間違いなく『正義』なのだろう。
決定された死は何も人だけではない。世界といえどもいつかは死ぬ。その収束はいつか必ず起きる。
キュウべえ達インキュベーターはそれを覆すために―――そういう意味では、彼等も世界の決定に抗っている。他でもない世界のため、そこに住む命のために。
しかし、それには魔法少女達の絶望が、希望を与え絶望させることで相転移、そこから生まれるエネルギーが必要だった。
みんなの前で岡部は試される。世界の守り手たるインキュベーターは、“正義の味方なら”、みんなを助けるというのなら協力しろと岡部に迫る。

拒否すれば正義の味方ではない。みんなを救うと言った言葉に反する。
同意すれば正義の味方ではない。みんなを救うと言った言葉に反する。

「―――当たり前だ。そのためにはお前の協力も必要不可欠なのだから協力・・・は当然か。そもそも未来ガジェットはお前がいなくては製作不可な物ばかり、具体案は後で話すからお前も俺の仲間になれ、といか決定事項だ」

『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・え?』
「「「「「「「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・え?」」」」」」」」

しかしあっさりと、鳳凰院凶真はキュウべえの言葉に同意した。

「取りあえず一号機から三号機・・・・・まてよ・・・・・・四号機の・・・・・確立理論に事象・・・・・・・観測・・・・キュウべえの魂という概念を形に出来る力あれば・・・・・・・・・・むう?・・・・・・・・・・まあ、後でいいか」

誰もが言葉を紡げない。
魔法少女である織莉子達も、そうでないまどか達も、そして尋ねたキュウべえですらも。

『岡部り―――』
「鳳凰院凶真だ」
『・・・・・・・・・・・君は手伝うのかい?』
「当たり前だ、世界が滅びたらどうする」
『うん?あれ・・・?』
「今後の事は後で話すから取りあえずお前は下がっていろ、今は織莉子を説得しなければ――――」
「ちょっ、岡部倫太郎!?」
「貴方は何を言っているの!」
「え?あれ・・・・あれれ?」
「にゅ?」

珍しい事にキュウべえは言葉を濁す。続いて杏子、ほむらは言葉の意味が分からず叫ぶ、マミとゆまは混乱する。
織莉子は口をポカンと開けたまま呆けている。

(本当に・・・・・本当に未来が読めないわ)

完璧な予知はともかく、予測すらできない―――此方の想像を超え続ける存在に織莉子は愕然とした。
この男は今何と言った?

「あ、あのっ」
「ん?」

くいくい、と、まどかにコートを引っ張られて岡部はまどかに意識をむける。
なにか・・・・・岡部が織莉子に対して接しようとすると何かと横やりが入る。そういう収束が働いているとしたら面倒だな、と岡部は思った。
これからを始めるために織莉子の持つ未来視には『観測』してもらわなければならない。その為にはその収束を越えなければいけない―――そんな収束があるのならだが。

「どうした?・・・というかそろそろ離れてく――」
「嫌です」
「」
「それよりキュウべえと協力するんですよね?」
「ああ、お前達の世界も守るさ・・・・・俺は正義の味方だからな!」
「えっと・・・・ありがとうございます?」
「いやまどか・・・ちょっと違うんじゃない?」

まどかのズレたお礼にさやかが疑問を挟む。

「どういう事ですか・・・」

織莉子が岡部を真っ直ぐに見詰めながら問う。その真意を。その発言の意味を彼が分かっていないはずがない。故に聞かずにはいられない。
彼はキュウべえに協力すると言った。“世界を救うために協力すると”。

「言葉通りの意味だ」
『ならどうして鹿目まどかの契約を邪魔したんだい?』
「いきなりすぎだ。だから、もし全てを知った上でまどかが契約するというなら・・・・叶えてやればいい」
「「!!?」」
「きっと引き止めるし、契約はさせたくないが・・・・まあ、事前に相談があれば対応するさ。それでも叶えたい望みがあるのなら、まどかはそうすべきだ。周りを押し切って叶えられるならな」

ほむらと杏子の叫び、織莉子はマミと一緒に目を見開く。まどかもどこか驚いているようだ。
まどかは憶えていない。しかし願いが叶ったその結果、恐ろしい事が起こったはずだ。
まどかは憶えていない。しかしその恐怖だけは確かに魂に刻まれている。
それを教えてくれたハズの彼が肯定する。魔法少女になる事を。

「あなたは―――いい加減にして!お前はさっきから言ってる事が滅茶苦茶だ!!」

ほむらの激昂、怒りを、もはや明確な殺意すら乗せて言葉を発する。
しかしそれは少なからず皆の代弁でもある。

「ふざけないでっ、まどかは契約させない!!」
「『約束』か?」
「―――――――――――――なっ・・・・んでッ・・・どうして、それを!!?」
「俺はお前と“そのまどか”の約束を否定しない・・・・・・だが俺は“ここにいるまどか”の祈りも否定しない。望みを潰しやしない。その願いを叶えてみせる」

誰だって願い祈り望む事はある。それを否定しない。その想いを否定させない。
巴マミが生きたいと願ったように。佐倉杏子が話を聞いてほしいと祈ったように。千歳ゆまが一緒にいたいと望んだように。
美樹さやかが、暁美ほむらが、美国織莉子が、呉キリカが、岡部の知らない魔法少女達がその魂を代償に、魔女と戦い続ける事を覚悟してまで叶えたいと願った彼女達の想いを否定しない、させない。
分かっている。知っている。理解している。その先に在る悲劇を。だからと言って全てを拒絶はしない。
分かっているから。知っているから。理解しているから。その想いが間違っていない事を。
なかには正しくない、決して善とは言えない願いがあるかもしれない。だが、全てを知った上での願いは、世界を超えエントロピーを超えるほどの強い願いは潰してはいけない。
それほどの想いを否定することはβ世界線のSERNのディストピアと変わらない。そもそも人の想いを監視、管理、否定する行為は絶対に許されない。
岡部はそう思う。もっとも、まどかが契約を決意したら岡部は止めに入る。だけど、まどかが全てを知って願いを叶えるために足掻くならきっと協力するだろう。
一緒にその願いを叶えるために。契約することなく努力し、仮に契約しても絶望させないように足掻き続ける。
彼女の願いを叶えるために不可能を可能にする。岡部倫太郎は彼女の正義の味方で、鳳凰院凶真は常識に逆らうマッドサイエンティストだから。

「何を言って―――!」
「暁美ほむら、一つ忠告しておくが・・・お前は『ワルプルギスの夜』を越えたら勝ちと思ってないか?解決だと思っていないか?」
「なに―――?貴方一体・・・なんなの―――――」

怒気を含んだほむらの言葉に岡部は怯まない。もう決めたのだから―――みんなを助けると。
逆に、ほむらが岡部の言葉に怯む。何かが、前提を崩されるかもと恐怖する。

「“それで終わりじゃないぞ”」
「え・・・?なに・・・・それ、だって『ワルプルギスの夜』を―――」
「まどかの契約内容はソレに関する事だけか?違うだろ・・・・・いつだって彼女は“誰かのために祈る”。『ワルプルギスの夜』は奇跡を起こす“きっかけの一つにすぎない”」

だから仮に、まどかが契約することなく『ワルプルギスの夜』を越えても次の日には契約するかもしれない。
要因は、原因は何だっていい。怪我でも病気でも事故でも事件でも偶然でも当然でもまどか本人でも他人でもいい。世界はまどかに契約を迫る。
少し考えれば分かる事だろう。岡部はソレをほむらに伝える。『約束』は鹿目まどかが生きているなら、インキュベーターがいるなら、この世界にいるなら、それは続く。
それは世界線を越えても続くかもしれない。まどかの優しさは誰かを助けたいと願う想いはいつだってエントロピーを超えるから。
世界線の収束も関係ないのかもしれない。ただ、あからさまな出来事が立て続けに起きないだけで、まどかはいつだって契約を行う可能性がある。

「あ・・・・・・、私・・・・・・そんな・・・」
「だから『ワルプルギスの夜』を越えただけで満足するな。まして“いなくなろう”とか考えるなよ」
「――――ッ」
「ほむらちゃん・・・・?」
「だから暁美ほむら、君は―――」
「私は・・・・!そん・・・な・・・・」
「一緒にいたいなら、お前はまどかと一緒にいればいい。変な遠慮なんかする必要はない」
「あ、貴方にッ・・・・何がわかるっていうんだッ・・・!私は・・・・・まどかを・・・このっ・・・手で・・・!」
「分かるさ」
「なにがッ!!!」
「俺も大切な人を失った。この手で、自分の意思で・・・・!」

そして世界の意思で。牧瀬紅莉栖を失った。二度も、他でもない自分の手で。

「あ・・・ぅ、・・・・・あ?」
「それでも今まどかは生きている。だからお前は一緒にいていいんだ。お前の目の前にはちゃんと・・・まどかはいるんだろう?」
「私っ、でもッ・・・」
「まあ、俺がどう言おうと実際のところ・・・・お前達次第なんだ」
「え・・?」
「ほむらちゃん!」
「まど・・・か?」
「私はほむらちゃんと“一緒にいたい”!一人になんかさせない!もう・・・・絶対に諦めないから!だから―――」

ほむらが“あの光景”に、あの終わりにたった一人で取り残されていた。唯一人で、なのに誰にも泣き顔を見られないように―――泣いている。泣いていた。
そんな状況がまどかの脳裏に浮かぶ。そんな想いはさせない。させたくない。“ここで止める”。

「あれ、私・・・・?」
「まどか・・・私・・・・わたし・・・は・・・」

岡部達とほむら達の間には距離があり、中間に織莉子達がいる位置関係で、まどかとほむらが会話するにはいささか距離がある。
だから顔を伏せながら喋るほむらの声は聞こえない。違和感に戸惑ったまどかの声も聞こえにくい。

「お前達はどうしたい?」
「え・・?」
「私・・は・・」
「俺は俺の望みを果たすためにやる。お前達はどうしたいんだ」

だからか、岡部は二人に聞く、彼女達の願いと望みを。聞こえるように。

「私はほむらちゃんと・・・・みんなと一緒にいたいです」
「わかった。お前はどうだ・・・・暁美ほむら」
「わたし・・・・・は・・・・・」
「ほむらちゃん」
「わたし・・・も、私もッ・・・・・まどかと・・・・」

ほむらは本心を口にしようとした。だが、一度開いた口をほむらは止める。塞ぐ。
首を振って発言を取り消す。

「ちが・・・う」

それは本心が言えからじゃない。彼女はこの時間軸で、世界線で取り戻したから―――あの頃の自分を。あの時に抱いていた感情を。

「私・・・“わたし”はっ・・・」

いつのころからか心と感情は冷えた。誰も真実を受け止めきれないと悟り諦めていた。
でも、
この世界では違う。真実を知ってなお誰も諦めていない。この瞬間をどれだけ望んだ事か。待ちわびた事か。尊敬していたマミも、気にかけてくれるさやかも、頼りになる杏子も此処にいる。
それに諦めない女の子と、男の人もいる。イレギュラーだらけのこの世界。誰も諦めていない。真実を知っても戦っている。“一緒に”。

いつか、どこかの時間で確かにあったソレを。
いつか、どこかに置いてきたソレを。
いつか、どこかで無くしてしまったソレを。

忘れようとして、忘れきれなかった大切な記憶。

自分の手は、心はもう彼女達とは一緒にいられないと思っていた。
冷えて固まった精神は彼女達の死に対し悲しんでも、いつのころからか仕方がないと何処かで悟っていた。
まどかを助けるために―――まどかを殺した。
そんな自分はもうみんなと一緒にいては駄目だと―――諦めていた。
でも、だけど、冷えて固まった感情は溶けてしまった。それは言葉に出してはいけない。それを意識してはいけない。―――弱い自分が出てくるから。
でも、ここには尊敬してきた先輩、声をかけてくれる級友、頼もしい戦友と、なにより親友の彼女が一緒にいてくれる。―――一緒に戦ってくれている。

暁美ほむらは常人を超える身体能力を持つ魔法少女であり時間逆行という特異能力を宿していても彼女はまだ中学二年生の女の子だ。
まして、彼女は魔法少女になる前は病院生活を余儀なくされた病弱な体で気弱な女の子だった。

だから、ほむらはこう答える。―――もう、我慢できるはずがなかった。

「わたし・・・私も・・・・“みんなと一緒にいたい”・・・!一人はもう、嫌だよぉ・・・!」

それは、何度も何度も繰り返して、そのたびに絶望して、泣く事も叫ぶ事も出来なくなった少女が、ようやく弱音を吐く事ができた瞬間だった。

だから、岡部はこう応える。―――今度こそ、自分の意思で応える事が出来る。

「大丈夫だよ、“ほむら”」

自分は一人じゃ魔法を宿せない身でありながら、きっとずっとボロボロになりながら友達を守ってくれていた優しい女の子を助けることができると信じている。
年相応の、失った自分を取り戻せた女の子を助けるために岡部倫太郎は宣言する。

「俺は、君と―――」

あやふやな存在で、未だに一人じゃ何もできないけれど、ただの中学生の女の子を助けることができる事を信じている。

「ともに――――」

知っている。

「全部、憶えているから」






岡部は話した。友達を助けるためにたった一人で世界に抗い続ける少女の事を。永遠の繰り返しを。選ばなければならなかった残酷な選択を。
全てではない、掻い摘んだ話は矛盾があり周りの人間には理解できない。
暁美ほむらを除いて。

「俺が憶えている。戦って戦って戦い続けている事を知っている」
「なん・・・で?わたし・・・でも・・・何度やっても救えない・・・・勝てなくて、何度も何度もっ、諦めかけて――――」
「それでもその子は探している。1%の向こう側・・・・なら、大丈夫だよ」

その声は優しくも安っぽく聞こえた。でもそれゆえに本気で言っている事が伝わった。岡部倫太郎は本気でみんなを助けるつもりで此処にいる。
鳳凰院凶真は本気で信じている。その可能性を疑わない。諦めない。みんなで幸せになる。『未知なる世界線』ですら明日には不幸な出来事があるかもしれないと言うのに、知っているのに、そんな荒唐無稽でお伽話みたいな未来を目指している。
世界には無限の可能性があって、きっと“そこに辿りつける”ことを知っている。それは一人では辿りつけない。岡部も一人では絶対に辿りつけなかった。でも、仲間がいれば―――――みんながいれば辿りつける事を知っている。


「諦めるな、というのは酷かもしれない。救えない悲しみと、信じてもらえない悔しさ、倒せない絶望・・・一人では支えきれない重さと残酷さを知っているから・・・・でも、戦い続けていることを俺は知っている。理解されなくて、嫌われて、分かってくれなくて、振り向いてくれなくても、一人になっても頑張っているのを俺は憶えている―――――“だから此処まで辿りつけた”!」

何度も同じ時を繰り返し続けた。

「ここには俺がいる。“お前がまどかを救いたいと願い繰り返してきた一ヵ月を無駄にはしない”」

暁美ほむらは少しだけ。

「誰もが憶えていないとしても俺が憶えている。俺がここにいる。ここにいる俺が証明する。ほむら―――君の戦いは無駄じゃない、君は独りじゃない」

一人で世界に取り残された女の子は

「大丈夫だ。俺にもできたんだ。なら魔法を宿すお前に出来ないはずがない。お前達魔法少女は奇跡を叶えることができるのだから」

孤独から―――少しだけ、ほんの少しだけ・・・・解放された。





「っ、・・・・・・ぅ・・・・・」

ほむらは嬉しかった。自分の境遇を知っている。認めてくれている。それが、どうしようもなく嬉しかった。
繰り返しの、誰にも頼れなくなってから過ごしてきた一ヵ月間のループ。誰にも理解されず分かってもらえず、それでもひたすら頑張ってきた。
しかし幾度繰り返そうと打開策はなく、事態は悪化を辿り自分は無駄な事をしているのではないかと、そんな絶望がよぎった事も一度ではない。
何度繰り返してもまどかが救えず、何度繰り返しても『ワルプルギスの夜』は倒せない。悔しさと悲しみ、絶望を積み重ねてきた。
繰り返す度に仲間との心は離れていって独りになった。どんなに頑張っても誰にも認められない。

「うっ、・・・・、ぐす・・・」
「暁美さん!?」
「お、おいアンタ泣いてんのかよ?」
「おねえちゃん!?」

認められたいわけじゃない、褒めてもらいたいわけじゃない。でも悲しかった、寂しかった。独りぼっちの夜に泣きだし叫びたかった。
でも出来なかった。一度でも泣けば、弱い自分がでれば、もう立ち上がれないかもしれないから、そうなったら諦めてしまうかもしれないから。
悲しくて、悔しくて、寂しくて泣きたくて、それでも一人で頑張ってきた。どんなに辛くても、悲しくても、その先に自分の居場所が無くても。
でも、言ってくれた。憶えていると、繰り返してきた私の努力を無駄にはしないって・・・・・言ってくれた。
世界にただ一人取り残されたと思っていた。自分しか知らなくて自分だけが離れていって、自分のみ抗っていて、そのうち誰にも気づかれることなく消えていくと思っていた。
それでもいいと・・・・いつしか思っていた。まどかが助かればそれでいいと、諦めていた。
でも、ここにいていいと、一緒にいていいと言ってくれた。いてもいい理由も、認めてくれた。
こんな私を憶えてくれていて、独りじゃないと証明してくれた。

「うっく・・・、ひっ、く・・・ぐす・・・うわっ・・ああ・・・・!」

本当の自分を認識してくれる存在に、嗚咽を押さえきれずほむらは泣いた。
久しぶりに頬をつたい流れていくそれは、その涙は決して不快からくるものではなかった。
いつからだろう、泣く事に苦痛を感じるようになったのは。
いつ以来だろう、こんなに素直に泣く事が出来たのは。
ようやく、自分の弱さを人前で出せた。弱さを出しても周りが支えてくれる。
マミが、杏子が、小さな女の子が、弱い自分を気にかけ、弱い自分を受け入れてくれる。
そんな彼女達が愛おしく、嬉しかった。あの頃のように自分を受け入れてくれる。
それは、ほむらが取り戻したかった大切なもの。堰を切ったかのように感情が溢れだしてくる。

「おいおいおいおいマジ泣きじゃねえか!?」
「お、岡部さん!」
「おにいちゃん!」
「え?いやこれは違うんじゃ―――」

だが、よく分からない人間には分からないので周りは岡部を責める。
岡部は反論しようとする。しかしコートの袖を引っ張るまどかとさやか達からもブーイングを受ける。

「あのっ、ほむらちゃんを泣かせないでください!」
「なにいきなりあたし達の友達を泣かしてんのよ!」
「殿方の風上にもおけません!」
「お前達まで・・・・・」

あれ・・・?おや・・・?と、岡部は誰にも理解されない現実の冷たさに悲しくなったのだった。





しかし思えば、あまりにも無防備だったと思う。だけど織莉子もキリカだった魔女も攻撃に移ることはなかった。
こちらの会話が気になったのか、それとも憂いなく対話するために気を使ってくれたのか、ほむらが泣きやむまで攻撃や言葉を向けることなく身を引いていた。


「さて、ほむらも泣きやんできたしもういいだろ・・・・もういいよな?・・・・またせたな美国織莉子」
「ちゃんとほむらちゃんに謝ってください!」
「だいじょう・・・ぶ、まどか、わたしは・・・・大丈夫だから・・・」
「ほむらもそう言っている。謝りもするし・・・詳しい話も後でしてやるからいいかげん離れろっ」
「嫌です」
「・・・・いや、だからなぜ・・・?」
「い、いやですからね!」

頑なに拒否するまどかを岡部は無言で引き剥がそうと左手でまどかの頭を掴みさやか達の方に押す。
岡部はいいかげん、本当にいいかげんに織莉子との会話に集中したいのだ。
『シュタインズ・ゲート』に到達するためには岡部の存在を世界に固定しなければならない。
あやふやな存在感を、織莉子の未来視で岡部倫太郎を『観測』させることで固定する。
世界は0と1。有るか無いか。『ギガロマニアックス』のリアルブートの原理。周囲共通認識。観測することで、観測させることで現実化する。
妄想の様な存在である岡部倫太郎を観測させる。この世界線だけではなく別世界線を含めて観測させ存在感を強固にする。
できるはずだ。織莉子の未来視は複数の未来を観測している。“他の世界線を観測している”。
杏子の魔力を、この世界の因果を纏う自分を今なら観測できるはずだ。因果を持たない岡部も今なら因果がある。
一人でもいい、この世界線だけでなく別世界線にいる岡部倫太郎を観測させれば周囲共通認識で存在を固定できる。
そして、あわよくばその世界線にいる。別の世界線にいる織莉子にここにいる岡部を観測させる。
まどかが可能性を示してくれた。オカリンと呼ぶほどの親しい関係にある岡部倫太郎を観測している。
だが、さっきから織莉子との接触は周りから邪魔が・・・・・・いや、邪魔とは言わないが・・・いや、やっぱりもうハッキリ言って邪魔が入る。

「いいかげん離れろっ まどか、織莉子と話ができないだろうがっ!」
「な、なんでですか!?お話だけなら私がいてもいいじゃないですか!」
「いや・・・もうホントに邪魔なんだが・・・・」
「え・・う、な、なんで、あの人と私がいたら話せないことを言うんですか!」
「え・・・?いや、いやいや違うぞ!?大切な話だから集中するために―――」
「正義の味方なら女の子のお願いは聞くものです!」
「なん・・・・・・・・・って、ええいもうっ!この際だから言っておくが正義の味方に頼り過ぎるのは駄目だぞ!いつでもどこでも助けてくれる存在なんてフィクションで実在したら頼りまくって駄目人間になるからあまり関わってはいけないんだ!」
『君はさっきから言っている事が滅茶苦茶だね?』
「狂気のマッドサイエンティストだからな!」
「私の願いを叶えてくれるってさっき言って――――」
「そんなリア充発言は正義の味方にでも言うがいい!」
「せ、正義の味方って言ったじゃないですか!」
「自主休憩で臨時休業中だ!だからいいかげん離れろと言っているっ!」
「い、いーやーでーすー!」
「さやかっ!まどかを引き剥がせ!!」
「さやかちゃんも手伝って!!!」
「え?いや、なんかあんた達・・・・・・・・仲良いね?」

摘まむようにコートを掴んでいたまどかが今は両手で引き剥がされないように握りながら抵抗し、そんなまどかを引き剥がそうと岡部は左手でぐいぐいと押す。
その様子は仲の良い友達同士がじゃれ合っているようで微笑ましかった。正直、和む。
シリアスとコメディを行き来していて緊張感がほぐれていく。

「なにこんな時にズレたことを言っているんだお前は!」
「なにこんな時にズレたことを言っているのさやかちゃん!」

「えぇー・・・・・なんであたしが責められるの・・・・?」
「コラー!おにいちゃんから離れろー!」
「まてゆまっ!?銃口を向けるなぁ!」
「今は私と話しているんですからちゃんと―――!」
「言ってる場合か!」

数分前までは殺し合いを、そう言っても間違いではない事をこの空間ではしていたから、きっとそれでは駄目だと思ってはいるがさやかは口元を笑みにかえる。
願わくば、どうかこのまますべてが解決してほしいと、心から祈った。

そんなことはありえない。

どんなに誤魔化そうと、綺麗ごとを吐こうともここは既に人が死んでいる世界。
優しく甘くご都合主義の世界ではない。


『■■■』


だから今までの流れをぶった切るように魔女の理解できない声が、叫びが響き渡る。
そしてそれに呼応するように、世界は再び氷結する。
世界は再び殺し合いの舞台に変わる。戻る。本来あるべき姿に。

ズギャァアァアア!

―――と、黒板を引っ掻くような不協和音が世界を震わせ岡部とまどかの正面、織莉子達との間の進路を塞ぐように、柱のように氷の壁が地面から―――否、何もない空間から現れた。
同時に、ズガンッ、と、その大鎌で巨大な氷の柱を砕いた魔女は動きを止める。氷の壁を砕かれた事で互いを遮るものを失い魔女と岡部の視線は交差する。
それは一瞬で、一時の静寂で、魔女は右手の大鎌を大きく振りかぶり、岡部はまどかをさやか達の方に突き飛ばし右腕に持ったディソードを振るう。

「あ――――だめぇええ!!」

叫ぶ。まどかから見て、いや誰から見ても間に合わない動きで、一瞬でどうなるか予測できた。
まどかの予想通り岡部は彼女の前で――――腰から切断された。
まどか達の目の前で、上半身は空中で回転しながら舞い。下半身はゆっくりと後方に倒れていく。

「ひっ―――!?」

どちゃっ、と、それなりの重さを感じさせる物が上から落ちてきた。仰向けに倒れている岡部の視線がまどかを見つめる。
その眼は見開いていた。口はポカンと開いていて表情は思いのほか苦しそうではなく、ただ現状の意外な展開に驚いているようだった。
まどかと視線を合わせた岡部は――――。

「や、やだっそんな―――――――!?」
「いや・・うん、びっくりだな?」
「!!?」

呑気に言葉を発した。当たり前だが・・・かなりショッキングな状態だ。
上と下が分離していた。それも今さっきまで触れ合っていた人が――――だ。法治国家日本に住んでいるまどかはそんな場面に対しての耐性は皆無だ。
そんな耐性がある女子中学生が果たして存在するかは謎だが、まどかの頭は発狂寸前だった。後ろにいるさやかと仁美も同様に。

「魔女は人と違うからデットスポットにちゃんと届くか分からなかった・・・というか目玉はあるがデットスポットってあるのか?最初は全員に思考投影が成功したと思ったがいかんせん・・・・・やれやれだ」
「あうあっ、あう?」
「変身していれば耐性があるのか魔法少女にも・・・・・あまりつうじてないようだな。最初は奇襲に近い形で意識外からだったから・・・・・・一度意識されれば無理か・・・・?」
「まっぷ・・・まっぷたつ―――――!?」
「となると五感制御も・・・・・・思考盗撮も加護と言えばいいのかブロックされている。魔女を相手にそれをやればソウルジェムが一気に濁りそうだし・・・・・・せっかくギガロマニアックスの力を十全に使えると思ったが・・・・・・・はあ、簡単にはいかないか。まあ、このガジェットは他にも使い道があるしいいとしよう」
「・・・・・・はぅ」
「しかしそうなるとやはり・・・・・まずいな。現在デットスポットに妄想を送り込めるのは・・・・四人。いや、ゆまには届かないか・・・・三人分じゃさっきの半分以下―――どころか彼女達のプレッシャーでさらに・・・・・むう、ピンチだ」

その異様な光景の中でまどかはまともな言葉が出せず、さやかは目の前の光景を脳が理解しようとしてさらに訳がわからなくなり、仁美は気絶寸前になる。
そして上半身のみの岡部は苦痛を訴えることなく淡々と何かの分析をしていた。まるで体が分割されていることに気づいていないかのように。
まどかはそれを現実からの逃避と思った。自分の身に起きている出来事を直視できなくて、または理解していながら自己の精神を守る為に―――。
まどかは分からない。なんと声をかければいいのか。どうすれば彼が助けきれるのか。へたな言葉は動揺を与え死に導くかもしれない。動けない。喋れない。正義の味方の彼に何もできない。
それが悲しくて、悔しくて、寂しくて、ただただ自分の無力さに絶望し――――

「あっ、コレは大丈夫だからな」
「え――?」
「見えているものが真実とは限らない。魔女という存在がいるように世界には魔法もある。世界に騙されるな。その眼に映ったモノが現実か妄想か、この場合は幻覚と言えばいいのか、だから“これ”も問題ない」
「で、でもこんなの―――!」

思えばハッキリしている意識、苦痛を感じていない表情。でもあまりにも生々しい・・・・・・・・ん?

「あ・・・あれ?」
「えっと・・・血が出てない?」
「あら・・・?」

混乱する頭で、発狂しそうな恐怖の中で、怖いもの見たさではなく、本当に無事なのか、これは夢なのかと希望をのぞかせながら、それでも恐る恐る視線を岡部に向ける三人。
超常な体験を立て続けに目の辺りにしたとはいえこの惨状、泣き叫びパニックを起こさないだけ彼女達は強いなと岡部は思った。そんな彼女達に――――一言。

「その目、誰の目?」



ズガンッッ!!!



その瞬間、ビリビリと、まどか達は空気を震わす音と衝撃を受けた。すぐ目の前で黒と赤が視界を縦横無尽、緩急自在に疾走している。
黒い魔女と赤い男が大鎌と大剣をぶつけ合いながら戦っていた。

ギャガン!

「えっ!?」
「うわっ!?」
「きゃっ!?」

ギャガン!

黒と赤。疾走する黒はキリカだった魔女。
その大鎌を大振りで岡部に振るう。その動きは杏子達と戦っていた時よりも遅かった。

ギャガン!

疾走する赤は岡部倫太郎。
大振りの魔女の攻撃を必死に弾き返している。漆黒の装甲に紅い光を纏った長大な二股のディソードを振り回し人間離れしたスピードを見せていた。

ギャガン!

そんな動きを上半身だけで出来るわけがない。岡部の体はちゃんと上下くっ付いている。ならさっきまでの光景は、あの風景は彼(?)の言った通り妄想だったのか?

「あ・・・れ?」
「無事・・・本当に大丈夫だった?じゃあ・・・・・・・・いつから?」

さやかの言う通り、あれが、あの光景が妄想だとしたらいつから三人は・・・・・どこからが妄想だったのか。
分からない。でもそれでもいい、無事ならひとまず安心だとまどかは無理矢理納得した。
無事なら、“消えてしまわないならいい”。まだ、彼はここにいる。

「でも、負けそうですわ―――」
「え?」

ガギャン!

大振りの一撃を防ぎ、しかし勢いを殺せずにまどか達の目の前まで岡部が転がってきた。岡部は がばっ、と、せき込みながらもすぐに立ち上がりディソードを構える。
まどか達の前で剣(?)を構えている岡部。守ってくれる人、ほむらやマミの仲間(?)、でも、それにしてはまどか達から見て岡部はとても弱そうだった。事実、岡部は既に息を切らし足が震えていた。
それは体力が残り少ないのか、怖いのか、それとも両方なのか。まどか達からは分からない。ただ、魔女と比べて岡部は弱い。このままでは勝てない。それだけは漠然とだが理解できた。
しかし魔女が追撃してくる事はなかった。ぎぎぎ、と、動きが明らかにおかしい。確かに動き自体はまどか達が目で追えないほど速い。でも見える。ほむら達と戦っていた時は大鎌が消えるほどの、それこそどうやって攻撃しているのかも分からないほどの速度で戦っていた。
でも、今は目で追う事は出来なくても大振りで戦っているのは分かる程度の動き。速いが遅い。
岡部もそれに気づいたのか、ぜえぜえと息を切らしながら魔女を観察している。

「ぜえ・・・ぜえ・・・、まったく、自分の弱さにうんざりするよ―――」
「あ、あの――」
「まどっ・・・ぜえ・・・うっ、・・・・・はぁ・・・・なんだ?手短に頼む」
「えっと・・・・大丈夫ですか?」
「・・・・・・・・・・ぜぇ・・・はぁ・・・」
「何か言って下さいよ!?」
「あのな・・・さやか・・、正直、きつい・・・・」
「殿方ならここは「まかせろっ」って言う場面ですよ!?」
「ぜえ・・・・・・ぜえ・・・・・・・」
「あ、ほんとにきつそう・・・」

息も絶え絶えな岡部は動きのおかしい魔女をもう一度注意深く観察し、次いで織莉子に声をかける。
顔を真っ青に、何かに怯えている彼女に声をかける。彼女も気づいている。魔女が、キリカが完全に堕ちようとしている。

「美国織莉子っ」
「キリカ・・・・・・キリ・・・カ・・・・?」
「織莉子!」
「あっ、岡部・・・さん?」

岡部の一括で織莉子は意識をむける。
それでも目元には涙、口元は震えていて両手はきつく胸元で握られている。分かっていた。知っていた。キリカは魔女に堕ちても織莉子を護る。でもいつまでも、それは永遠じゃない。
今のキリカは揺れていた。敵として完全に魔女として堕ちようとしている。織莉子の敵にもなろうとしている。
織莉子の意思が伝わらない。意思が伝わってこない。急に、唐突に岡部に襲いかかって行った。
動きが悪いのは揺れているから。織莉子を護る魔女か、人の敵としての魔女か、その二つの存在に揺れていて――――暴走しようとしている。
ぎぎぎ、ぎちぎち、と、魔女の体が前に出ようとする度に無理矢理後ろに下がろうとする。それを繰り返しながら魔女は大鎌を振り回す。
何かに抗うように、何かに苦しんでいるように、何かに訴えるように、何かを求めるように。皆がその様子に只ならぬ事態が起きるのではないか、と、不安になるなか岡部は再度織莉子に声をかける。

「織莉子」
「なんで・・す・・か・・・・」
「俺は戦うぞ―――お前はどうする?」

その問いかけは確認、岡部はキリカとの約束を守ろうとしている。
加減なく容赦なく遠慮なく全力で全開で戦う。もはや相手の状態がどうであれ関係ない。持てる力―――全てで戦う。
それに織莉子は同意するのか。揺れている親友に戦いを挑もうとしている男を、いや、今のキリカをそのままでいいのかと。

「私は――――」
『■■■■!!!』

織莉子の返事は魔女の咆哮に打ち消された。魔女は両手の大鎌を振り回しながら織莉子に向かって突撃する。
その動きは先ほどよりも遅い。しかしその威力は一撃で行動不能にする破壊力を宿している。
このまま何もせずにいれば織莉子は死ぬ。なにも果たせないまま親友のなれの果てによって。
織莉子はソレを理解した。そして覚悟していた。だから答えなんか決まっていた。彼女と約束したのだから。

ソレは―――――――――駄目だ。

それは許されない。ここで諦めるわけにはいかない。ソレは彼女に対する裏切りだ。
命を賭して傍にいてくれた彼女の想いをこんな形で裏切ることは絶対にしてはいけない。
キリカは魔女に堕ちようとも守ってくれた。反転しようとも、世界の理に逆らってまで付いてきてくれたのだ。
ならば親友として、呉キリカの親友、美国織莉子として―――魔女を倒す。

「キリカ―――」

ヴヴヴッ、と、織莉子の周りを衛星のように廻っていた18の宝玉が迎い打とうと輝く。
邪魔者はすべて戦い討ち滅ぼす。例え、それが過去に親友だったものでも、今こうして障害となるのなら、未来を閉ざすというのなら戦い―――倒す。

ヴヴヴ!

体の震えは止まり瞳には意思が戻る。

「貴女ならきっと、そうしろって言うのでしょうね・・・・・・だから、私はもう、大丈夫。絶対に諦めないから――――」 

たとえ、どんなに悲しくても二人で約束したから。

キッ、と、視線を前に向け必殺の魔力を込められた宝玉を魔女に放とうとして――――。


「コキュートス」


岡部がディソードを持っていない左手を魔女に向けながら静かに言葉を発する。
直後、織莉子の宝玉を氷漬けにしたときのように、まどか達が見た妄想のなかの出来事を再現したかのように世界は氷結し―――魔女は氷漬けになる。
魔女の足下から一気に氷の柱が伸びてきて魔女を囲み覆う。バキン と、地面から生えた氷柱の中に閉じ込められた魔女が動きを止めた。止められた。

「それが・・・答えか?だとしたら不合格だな。俺は納得できない」
「岡部・・・倫太郎さん・・・・・・・それは正義の味方として味方同士で戦うなという意味ですか?だとした私は―――貴方を軽蔑します」
「まさか、お前が魔女と戦うのは構わないさ。ただ――――俺はキリカと戦いたいからその魔女を倒されるのは困るんだよ。キリカとの約束はまだ終わっていないようだしな」
「―――――」
「“キリカと戦うのは俺だ。魔女と戦いたいなら後にしろ”」

織莉子はその言葉に、すぐに返事を返せなかった。そして「あ、」と言葉を発する僅かな時間で魔女は氷柱を砕く。少し、ほんの少しの身動きだけで簡単に砕いた。
ソレを見て、四号機は現時点では剣としてしか活用できないと岡部は悟る。
ぎょろり、と、魔女の巨大な目玉が岡部の方に視線を向けギチギチと体をゆっくりと動かしながら一歩一歩迫ってくる。
目の前にいた織莉子に関心を払うことなく、再び何かを訴えるように暴れ出し岡部に向かって突撃の姿勢に入る。
対し、岡部は腰を落とし弓矢を引き絞る様にディソードを構える。

―――デヴァイサー『佐倉杏子』
―――展開率76%
「だから―――さっさと目を覚ませ呉キリカ!俺はお前と戦いたいんだ!」

ドン!

電子音。その音をスタートに魔女と岡部が同時に突っ込む。
魔女はやはりどこか鈍い、しかし確かな威力を込めた一撃を大振りに放ち、岡部は紫電を纏うディソードを魔女の大鎌に叩きつけるように突き出す。
インパクトの瞬間、岡部は脳を焼かれるかのような痛みに顔を歪ませ―――またしてもまどか達の所まで弾き飛ばされた。

「きゃっ」
「うわっ!?ちょ、ちょっとあんた!?」
「あのっ、もしかして―――」
「ッ、ああ・・・・やっぱり勝てないな!」

さやかと仁美の疑問と不安に岡部は正直に答える。恰好良く否定し余裕を持って返事をしてやりたいが現状は無理だった。どのみちこの状況じゃ何を言っても説得力が無いだろう。
岡部倫太郎は鳳凰院凶真を取り戻しても相変わらず戦闘においては弱い。強くなれない。暴走し、動きも鈍く、攻撃も大雑把な魔女が相手でも有利に戦うことができない。
それに明確な感情を取り戻したことで痛みや恐怖と言ったマイナスの部分が今まで以上に感じる。正直・・・怖い。
魔法を身に纏い戦う武器もある。感情を取り戻し目的も手に入れた。ノスタルジア・ドライブの展開率も上がりこれまで以上の力で戦える。
それでも怖い、だからこそ怖い。怖いモノは怖い。どれだけ恰好つけても、どれだけ鼓舞しても、どれだけ絶好のシチュエーションでも岡部倫太郎は、鳳凰院凶真は弱い。彼女達のように戦闘面において強くなれない。

(・・・・・理解している。わかっていたさ――――だが、“それがどうした”!)

もう、それを理由に止まることはない。卑下することはない。弱くてもいい、ただ戦う意思と覚悟があるなら動ける。
それを、そんな強さを彼女達が教えてくれた。

「俺は狂気のマッドサイエンティスト・・・・・頭脳派だ!」
「なんで威張ってんの!?あんた今最高に恰好悪いよ!」
「分かっている!―――あんこっ!」
「杏子だ!」
「魔女の動きを止めろ――――キリカに一発かます!」
「あいよ!」

此方に向かって再度突撃してくる魔女に対し岡部は杏子に指示を出す。戦闘を行える程度にはソウルジェムを浄化できた彼女に。魔力に若干の余裕を取り戻した杏子は岡部の意図を明確に感じ取り疾走する。
岡部倫太郎は独りじゃない。ずっと前からいつだって支えられてきた。もしかしたら・・・・・この世界線に辿りつく前から。
杏子は織莉子の横を通り抜けて魔女の前に回り込む。その動きは速い。暴走し、揺れている状態の魔女が相手なら敵ではないというように、恐れることなく速攻で魔女の前に立つ。

『■■!!』
「はっ、遅ぇえ!」

魔女の大振りの一撃に槍先を合わせ内側に受け流す。バランスを崩した魔女は巨体をぐらつかせる。
しかし、それでも追撃にでようとした杏子に反撃の打撃、数メートルほど弾き飛ばす。
そこで―――即座に岡部が織莉子にも指示を出す。

「織莉子―――足場!」
「はい!―――――――――――え?」

咄嗟に、いきなりの指示に従ってしまった。残り18ある宝玉のうちの一つを魔女の足下に向け発射し爆破、魔女の体が宙に投げ出される。
どうして従ってしまったのか、それに思いかえせば杏子が横を通り過ぎる時も妨害することなく見送ってしまった。どうしてと、混乱する頭は一瞬で、次いで理解した。
見えたのだ。観ていた。観測していた。数ある可能性の内“ソレ”を無意識のうちに感じ取っていた。
だからこそ正確に的確に、杏子と違い繋がっていないにもかかわらず岡部の指示に狂いなく応じる事が出来た。
織莉子の未来視に、岡部倫太郎を観測した。観測した未来は――――岡部倫太郎がいる世界線。

「リアルブート―――――」

織莉子の耳に岡部の言葉が聞こえた。岡部は胸元に左手の拳を当てるようにして動かし叫ぶ。
拳と胸元の間の空間が罅割れ“そこ”から透明で長い剣の柄が現れる。
岡部がそれを握りしめた瞬間に罅割れは更に広がり―――世界に不協和音が響く。

「――――――グラジオラス!」

右手に持つ自分のとは違い正しい剣とした形状をしたツルギ。最初に持っていたブルーメタルカラーの二股の大剣を左手で引き抜き現実にリアルブートする。

―――未来ガジェットM04号『超誇大妄想狂【ギガロマニアックス】』同時起動
―――デヴァイサー『佐倉杏子』
―――Di-sword『グラジオラス』
―――負荷 80% 上昇

電子音。ギィイン と、現実化した剣を、硬質でありながら温かく、冷徹でありながら柔らかな優しさを持つ剣。ディソード・グラジオラスを岡部は左手でしっかりと握りしめる。
右手に黒の大剣、左手に蒼の大剣。「正義」と「勝利」の言葉を込められたツルギを重ねるように構えながら岡部は宙を舞う魔女に視線を向ける。
帽子にある巨大な目玉と視線が合う。やはり怖い。痛いのも死ぬのもゴメンだ。やりたい事が見つかったのだから。

「俺は―――――ッ」

岡部は思う。魔法は感情で扱うモノ、ならば叫び吠えた方が感情が乗り威力が上がるのではないのかと、想いは届くのでは、と。
そして岡部は思いだしている。最も純粋で根源的な憧れを。どんな困難にも危険にも障害にも負けず諦めず立ち向かう存在を。
大人になるにつれ、いつしか物語の中の存在として薄れていった存在。でも、その一瞬前までは確かに信じていた。子どもの頃はそれを信じ演じてきた。好きな女の子を絶対に守れる無敵な存在を。

「俺は―――――正義の味方だ!!」

だから叫び、吠える。感情を乗せるように、想いを届けるように。

「 豪 快 !! 」

二本のディソードはそれぞれが紫電を纏い赤紫の光を宿しながら岡部の言葉に反応するように咆哮を上げる。
宙を舞いながらも岡部に向かって大鎌を打ちおろす魔女、岡部はそれに対し二本のディソードを―――全身全霊全力全開で―――――叩きつける。


「 イ ン パ ク ト ォ ! ! ! 」







憶えている。これまでの世界線で彼女達が支えてくれていたことを。
そして思い出した。誰かを想える事を、そんな感情を思い出させてくれた彼女達に感謝している。
だからこそ今度は―――支えていきたい。だから、もう一度世界に干渉する。
彼女達が笑顔で過ごせる未来を―――一緒に目指して行きたいと願った。

いつか―――世界から、人から、彼女達から■まれて■■されてしまうまで。
そして―――いつか彼女達に■されるその時まで せめて 精一杯 がんばろうと 確かに 自分の意思で そう――――









―――error

ばしゃん と、岡部の持つディソードが二つともガラスが砕けるようにして弾け、消えていく。
現実から妄想の海へと還っていく。
その様子を―――左腕が折れた岡部を皆が見つめる。

「どうして・・・・・・」

織莉子は問う。答えてもらうために、二度目の問い。
織莉子の傍には魔女が鎮座している。
織莉子の目の前、数メートル先には負傷した岡部が立っている。

「どうして貴方は私達に・・・・関わるの?どうして貴方はそこまでしてくれるの・・・?」

どうして関わるのか。岡部には『失われた過去の郷愁【ノスタルジア・ドライブ】』という魔法少女に関われるモノがある。だが、それはきっかけでしかなく絶対に関わる理由にはならない。
魔法少女のように戦わなければいけない理由があるわけでもなく、願いを、奇跡を叶えてもらえるわけでもない。
世界が岡部を排除しても岡部は見滝原に跳んできた。しかし関わるかどうか、それを決めるのは岡部の意思でありそこには絶対的な強制力が働いているわけではないはずだ。
本来、岡部倫太郎には彼女達と関わる明確な理由も意思も無かった。岡部倫太郎には何もなかった。生きるための覇気も、確固たつ意思も、目指すべき目的も、やりとげる理由も無かった。現在と未来に対し未練も執着も無かった。
でも、此処まで辿りつけた。覇気も意思も取り戻し、目的も理由もできた。此処まで辿りつく事ができた。今と未来に対しての執着もある。
それを彼女達が与えてくれた。あのとき、満足して諦めたけれど、ずうずうしくもまた立ち上がり、抱えきれない幸福を観測しておいて今また――――それ以上を求めようとしている。

「どうして―――か、決まっている」

この場にいる視線が全て岡部に集中している。理由を、どうして見ず知らずの私達のためにここまでしてくれるのか、その答えを知りたくて。
岡部の答えは決まっている。答えは既に刻まれている。
誓いを独善的に、願いを叶えるために、求めを己が内に、届かぬ想いとして。
その二つを『彼女達』と『世界』に『観測』させることで『約束』とする。
だから、まどかが契約したいと、全てを知った上で叶えたい願いがあるなら岡部はまどかの意思を尊重する。
きっと何度も説得をして引きとめてしまうと予想できるが、それでもいいと思っている。岡部に望みがある様に、まどかにも望みはあるのだから。
世界を変える事を望み続けた岡部がいまさら言う資格も無いのかもしれないが・・・・・・それに仮にまどかが契約しても支えればいい。みんなで、お互いを、そう思う。
きっとこれが、それも、全部がそうなのだろう。
岡部は一瞬で思考を放棄した。答えなんか決まっていた。最初からあった。
いつからか、どこからか生まれたかもわからない口癖、世界に打ち勝った証、目指すべき世界線。
岡部倫太郎の望む奇跡への道しるべ。




「それが――――運命石の扉【シュタインズ・ゲート】の選択だからだよ」




皆の耳に届いた岡部の言葉、英語とドイツ語の混ざった造語。
織莉子は岡部の答えを、返事を己の口で呟く。
『運命石の扉の選択』。『未知なる世界線』。

「シュタインズ・・・・ゲート・・・?」
「そうだ。“俺の目指す世界線だ”」

呉キリカのなれの果て、帽子の魔女が下がる。織莉子に道を譲る様に。岡部の返答に対する織莉子の答えを遮らないように。
片腕を失い、しかし正気を・・・・確かな意思を取り戻した魔女は織莉子へと道を譲る。
答えの応え、返事の返答。織莉子の質問に岡部は応えた。次は織莉子が応え返答すべきだと言うように。
隣にいた彼女が後ろに下がることで織莉子は意識を目の前の青年に向けるしかない。
変わらない未来を観測した。終わる世界しか観測できなかった自分の前に現れた存在。世界(未来)が分岐した原因。
鹿目まどかを世界から排除する。“それしか選択肢が無かった”。“それしか方法がなかった”。“それしか選べなかった”。

「俺は答えた、いいかげんお前の返事を聞かせてもらおうか」

もうこれしかないと。それは達観とも、諦めとも言える選択だったかもしれない。

「でも・・・・・だけどっ、“それでも未来は終わってしまう”!」
「・・・・・・・・・」

織莉子が止まれない理由。確かに未来は分岐した。でも、それでも観測した未来には終わりしかなかった。“終わりしか観えなかった”。
もし、もし可能性があれば織莉子とてこんな手段になんか出なかった。
もし、まどかが契約しなければ織莉子はこんな強硬手段をとらなかった。
もし、まどかが契約しなければ危険を冒してまで杏子やマミ、ほむらと戦おうとは思わなかった。戦う理由も無い。
キリカと魔法少女狩りなどせず他の魔法少女と協力、目の前の彼女達とも、そして『ワルプルギスの夜』と戦っただろう。織莉子とキリカ。四人の魔法少女と戦い勝利する事も出来る彼女達ですら『ワルプルギスの夜』には勝てる見込みが限りなくゼロなのだから。
なのに、危険を承知の上で戦力の低下を危惧しながらも彼女達と戦った。一人で『ワルプルギスの夜』と戦うよりも『アレ』のほうが遥かに不味い事を知っているから。魔女になった鹿目まどかは――――存在するだけで終わる。勝敗は関係ない、抗う事に意味はない、抵抗に価値はない、『アレ』はそういうものだった。

「だから・・・・・私達は止まりません」

岡部の存在は可能性が生まれた。今だって感謝している。もしかしたら違う未来が、終わり以外の世界があるかもと、未来が分岐した日はひたすらその可能性を探した。
でも、数々の可能性はどれもが同じだった。近くに映る可能性も、遠くにある可能性も、映し出す結末は同じ。

「貴方の提案は現実と真実からの逃避で・・・・ただの感情論でしかない」
「だが魔法とは本来感情で扱うモノだ。そして想いの強さは世界線を越える。タイムリープしたほむらに記憶だけでなく魔法が継承していたように、約束を守る為に魔法少女になっていないまどかがいる世界線に移動したように」
「え?あの、私は・・・・魔法少女じゃないですよ?」
「ほんとうに・・・・憶えているって・・・いうの?私のこと・・・知っているの?」
「織莉子、もう一度言おう。俺の仲間になれ、俺には君が必要だ」
「だっ・・だめ・・・です」

それでも織莉子は諦めなかった。最初は分岐した原因が岡部と気づいた時に織莉子は協力を求めようとした。でもできなかった。岡部に近づこうと―――観測―――すると未来は細かく分岐していく、無限といえるほどに、“何も変わらない未来が”。
映しだされた未来の映像、それが細かく分裂し視界を覆う。変わり映えのしない、過程の変化の少ない似たり寄ったりな同じ結末の未来が遠くの未来を隠す、可能性を隠す。終わる世界しか観測できなくなった。
分岐させた原因である岡部に近づけば未来は分岐する。しかしそれは終わった未来しか観測できない。もしかしたら違う可能性があったかもしれない、でも他でもない岡部の存在がそれを覆い隠す。
そして、“もう時間が無い”。

「私達は未来を変えます」
「俺は世界を変える」

数ある未来の中でまどかが契約する理由は多々ある。そのなかで決定的なのが『ワルプルギスの夜』。
他の事ならフォローできるかもしれない。怪我を治す、事故を防ぐ、病気の治療に不幸な出来事。
それらは後手でも対処できるかもしれない。しかし『ワルプルギスの夜』は対処できない。誰も倒せないのだから、契約した鹿目まどかしか倒せない。
そして世界が終る。『ワルプルギスの夜』がくるまでもうあとわずか、時間はもう残されていない。

「だから、私は――――!」

五つの宝玉が旋回する速度を上げ岡部に向かって放たれる。それはそのまま岡部にぶつかることなく警戒するように―――岡部の周りを旋回し続ける。
もう話すことはない、決着をつけようと、武器を取れと、迷いを払うように威嚇する。

「美国織莉子」

岡部が右腕を水平に振るう。同時にキンッ!と、何もない空間に罅割れが現れ“そこ”から漆黒のディソードがリアルブートされる。

「どんなに絶望的でも、自分の意思と覚悟で望みに向かうならきっと辿りつける・・・俺はそれを実感した事がある」
「―――」

それは誰の言葉だったか、杏子達と戦っていた自分の言葉ではなかっただろうか。
リィィイン、と、今までとは違い攻撃的ではなく優しげな、落ち着かせる音色を岡部のディソードは奏でる。

「さあ、解決への対話を始めようか美国織莉子」
「解決の・・・・・」
「ああ、インキュベーター、魔法少女、魔力を持たない少女、そして・・・・魔女。さすがにこれ以上の邪魔はないだろう。あえて言うなら時間ぐらいか?」
「その時間が・・・・無いんです・・・・」
「ならさっさと話せ。解決しようにも問題が分からないとどうしようもない」
「貴方には――――分からないんです!無理なんです!」
「それを決めるのはお前じゃない―――俺だ」 

―――そして、俺達だ    もし世界が決めつけたというのなら 抗おう

織莉子の叫びを岡部は受け止め―――否定する。

「何もっ、なにも知らない癖に!」
「当たり前だ!お前はまだ何も話していないんだからな」
「それでっ、それでどうするんですか!?」
「お前の抱えている問題を解決し、ここにいる全員で世界の意思を突破する」
「貴方にそれができるとでも思っているんですかっ?借り物の魔法でっ、あやふやな存在で!今にも―――もうっ、いなくなりそうなくせに!」
「俺は正義の味方だ お前一人の悩みなど造作も無い。借り物?十分だ、お前達の強さはお前たち以上に知っている。借り物でも十分な力を発揮するぞ」

そして一拍置いて、岡部は答える。

「そして俺のあやふやな存在、それはお前がいれば解決できる問題だ」
「なに――――何を言っているんですか貴方はっ!」
「お前の質問に答えて(応えて)いるんだ。だからお前も俺に返事をしろ」
「だからッ、それはさっきから―――!」
「答えていない。お前が諦めない事は分かっている。だが、俺の問いにお前はしっかりと否定の言葉を吐いていない」
「―――ッ」

そう、答えていない。仲間になれと言う岡部の言葉に対しハッキリと拒絶の言葉を織莉子の口から聞いていない。

「経験者として偉そうにも一つアドバイスをしておこう。ほむら、お前達も一応聞いておけ」

数ある選択肢を観測する織莉子と、やり直せるほむらに告げる。

「俺達が選んで進んだ未来は――――それがどれだけ考えて選んだとしても、繰り返したとしても、その選択肢の中には世界にとって正解と言えるモノは存在しない」

世界にとって選択と言うのは予め定められた決定事項でしかない。
だから、そのときの選択は世界にとって分かりきったモノで当然のモノ。
世界にとってそこに矛盾はなく、そこに不満はなく、そこには希望も絶望も無い。
世界は収束する。世界はただそうあるべくしてあるだけ。

「なら・・・、わたしがしてきたことに・・・・意味なんて・・・なかったんですか?」
「貴方は全ての選択が間違っていると、そう言いたいんですか・・・」

ほむらと、織莉子。世界の決定に抗い続けている少女達に、世界の決定に抗い続けた岡部倫太郎は答える。

「ちがう、だからこそ意味がある。選んだ後で正解にすればいい」

世界は矛盾を許さず許容する。
過去に変化があれば、決められた未来を変えれば現在を含め再構築しソレをなかった事にする。
初めからそれを当たり前の、当然のこととして許容する。
ならば、それは意味のない事か?無駄なことだったのか?

そんなこと――――あるわけがない。

「それでもっ、守れなかった・・・・・助けきれなかった!」
「周りを見てください。キリカは魔女になった・・・・、私はここに来るまでに多くの人の命を犠牲にしてきた」

なにか方法があったかもしれない。在ったハズだ。選んできた選択以外の何かが、選んだ以上の冴えたやり方があったはずだ。
たった一つの正解が、間違いなく在ったはずだ。
ほむらは独りになることなく、キリカは魔女化せず、岡部は失うことなく、織莉子はこうして敵対することなく――――そんな選択肢があったはずだ。

「後悔しているのか?」

選んできた現在は、辿りついた結果はここだ。後悔している。選んできた道は助けきれず見捨て失い傷ついてきた。

「私はもう、後戻りはできません。じゃないと・・・・・ここにくるまでに犠牲になった人達はどうなるの・・・無駄だったんですか?ただ・・・・間に合わなかっただけなんですか?」

後悔なんて―――ずっとしている。後悔しない日なんてきっとない。
この後悔をずっと抱えて生きていくことになる。

「なら、失った人達とその後悔を忘れるな。お前達はその時その瞬間を全力でやれることをやってきたはずだ。頑張ってきた・・・・なら、それがその時のベストだったんだ。それを否定してはいけない」

それは都合のいい言葉かもしれない。同情からくる台詞かもしれない。慰めから来るモノかもしれない。
選んで進んできた以上、後戻りはできない。過去に戻れても、その時の記憶は残る。魂に刻まれている。
その後悔と罪過は拭い去ることはできない。奪い犯し乱し殺してきたのは己なのだ。誤魔化すことはできない。偽ることは許されない。

「もし、次に同じ事があったときに目指した正解に辿りつけることができたなら・・・・それは“彼女達”のおかげだ」

でも、それでも彼女達の心に、その言葉は―――。

「お前達が過ごしてきた時間を、選択を、想いを否定してはいけない。無かった事にしてはいけない。お前達が助けたいと、守りたいと願い戦い続けたからこそ――――今こうして俺達はここまで来れたんだ」

泣いて、傷ついて、失って、後悔して絶望して、それでも懲りずに手を伸ばしてきた。想いを乗り継いで走り続けてきた。
いつかきっと、目指した世界に辿りつけると信じて。
通り過ぎた時間は戻せない。選んできた選択は否定できない。失った人は帰ってこない。
だけど、それでも、だからこそ確かにここまで来れた。ここには“みんながいる”。
取り戻せない、戻せない、許されない、許せない、当然だ。ソレを選んできたのは間違いなく自分なのだから。
知っている。分かっている。それでも岡部は手を伸ばす。傷つけ傷つき奪い奪われ後戻りできない彼女達に手を伸ばす。

「私は――――」

織莉子は一歩下がる。

「――戦います・・・・貴方と!」

だけど踏みとどまる。 ゴッ、と、岡部の周りを旋回していた宝玉が勢いが増す。

「そうだな・・・・・、だからお前達はここまで辿りつけた」

五つの宝玉が岡部を貫き―――爆散する。




「そんなお前達だから――――俺には君達が必要なんだ」




最後まで諦めない彼女達だからこそ岡部はとりもどせた。ここまで辿りつけた。そんな彼女達だからこそ憧れたのだ。
絶望に負けない強さに憧れた。諦めない意思に感動した。そんな彼女達のようになりたいと願った。
トン、と、宝玉が爆発した場所から離れた位置に、まどか達の眼前に岡部が静かに着地する。
右手に持ったディソードは静かに優しい音を奏でている。

「ここでお前達に負けるわけにはいかない。正義面を剥いで正直に言おう・・・・俺は戦い勝利し――――お前達を俺のモノにする」

―――失われた過去の郷愁【ノスタルジア・ドライブ】負荷67%
―――超誇大妄想狂【ギガロマニアックス】負荷88%

電子音。岡部はそれに耳を傾け不敵に笑う。
一瞬でもいい。魔法少女にも、織莉子にも届くなら―――――今ので精一杯だが――――負荷を気にすることなく行使すれば、壊れるのを視野に使用すれば織莉子の元にこの手は届く。
彼女達に直接妄想を送り込むことはできない。しかし他の人間、まどか、さやか、仁美、ゆま、そして自分自身。五人分の周囲共通認識を全開で行えば一瞬でも騙せる。
騙す。正面からこの言葉を口にすれば悪者にしかなれない。正義の味方とはいえない。悪党が語る正義ほど邪悪なモノはない。
でも知っている。騙すことと信じさせることは同義だ。信じさせることはもちろん、偽りを信じさせる。やることは同じだ。
偽る事にも意味はある。あとはそれを正解にもっていけばいい。
俺は狂気のマッドサイエンティスト鳳凰院凶真。世界を、弱い自分を、ヒーローを求める彼女達を騙す(信じさせる)事など容易い。

リィィイ

ディソード・リンドウから鈴の音が響く。

「は、はは・・・、なんですか・・・それ・・・・?口説くにしても強引ですね」
「そうでもなければお前は頷かないだろう?」
「私は・・・・貴方を倒します。絶対に・・・・」
「倒してどうする?」
「望みを・・・・・・果たします」
「お前の望みは何だ?」
「知っているでしょう?とぼけないでください。私は鹿目まどかを――――」
「キリカは『変わりたい』だったな」
「え?」
「お前は何を望んでいるんだ?何を願い魔法少女になった?」
「それは・・・・」
「他の奴は知っているが・・・・・お前のは聞いていなかったな。せっかくだから話せ」

遠慮なく、不躾にも節操無く岡部は織莉子に尋ねる。もしかしたらこの場面では関係ない話。
魂を対価にした願い。それは他から見れば小さく、対価には釣り合わないと、くだらないと呼べるものもあるかもしれない。
しかし、それらの願いは全てエントロピーを凌駕した。それは、その時の想いが強かった証拠。もちろん、だからと言って万人が評価するとは言えない。

「いきなりですね・・・・。それに、少し失礼ではないですか?それがどんな願いであろうと私達にとっては特別なモノであると知っているでしょう」
「まあ・・・・そう言われるとなんだが、お前にはもう遠慮しない。何だかんだ返事しない酷い女だからな」
「誰が酷い・・・・まあ、それは・・・・・・・・・・・・、わかりました。隠す必要も無いですしいいですよ」
「・・・いいのか?」
「貴方が聞いてきたんでしょう・・・、それに私は質問にはちゃんと答えます。貴方みたいな人に礼儀について・・・・・言われたくありませんから」

思う事があるのか織莉子は―――岡部に呟くように己の願いを伝えた。
魔法少女になる為の契約、魂を対価にした報酬の願い、魔女と戦い続けることと引き換えにしてでも望んだ祈り、終わる未来を観測する事になった奇跡。

「私の願いは―――――――――――――――――――――――――――」






美国織莉子の魔法少女になった契約の内容を誰もが聞いた。
いろんな願いで魔法少女になった少女達がいる。織莉子の願いは誰もが長らく生きていれば似たようなモノは一度は考えたことがある願いだった。
それは漠然とした願いで、誰もが気になる祈りで、それは恐らく人生の最後、または岐路に立たされた時ようやく得ることができるかもしれない奇跡。
でも正確には誰にも分からない願い事。それは知ることができない類の悩みの一つ。解った気になっても本当は分からないモノ。
魂を対価に願った織莉子ですら未だに叶っていない願い事。織莉子の固有魔法。未来予知。それは彼女の願いを可能な限り果たすために生まれた魔法だと、彼女を知る誰もが思った。
その願いで彼女はここまで来た。ここまで来れた。それとも――――ここまで来る事になってしまったと言えばいいのか。もし、予知という固有魔法がなければ彼女は奪い失い犯し傷つくことはなかったかもしれない。
美国織莉子。決して諦めない少女の願いを聞いて誰も喋れなかった。彼女の願いが特別重かったからでも軽かったからでもない、ただこの話を聞いてどう言えばいいか、どう行動すればいいか、きっかけがまったくつかめなかった。
織莉子の願いはある意味誰もが抱いた事があるもので、それが今回の事態に繋がっていたから。

「これが私が対価に叶えた・・・・・願った奇跡です。満足ですか岡部倫太郎さん」
「・・・・・・・」
「なにか感想はありますか?あるなら聞いてみたいですね、それとも・・・・正義の味方は私の願いを叶えてくれますか?」

岡部は言った。否定しないと、間違っていないと。そして正義の味方だと。
織莉子は問う。魔法少女の存在を肯定する岡部倫太郎は美国織莉子の望みを聞いてどう思ったのか。
そして、岡部倫太郎は彼女の願いを叶えてくれるのか。鹿目まどかのように。
知っている。そんなこと出来やしない。織莉子の願いの答えは誰もが自分でしか見つけきれない。叶えられない。誰かが答えを知っているわけがない。誰かが決めていいモノでもない。
だから岡部は織莉子の問いに正確には答えきれない。完全に否定するか、言葉巧みに誤魔化すしかない。そのはずだ。
そして、皆が見守る中で岡部は顔を伏せながら震える。震えている。何かに耐えるように。

「ふっ、・・・ふふ・・・・くっ・・・」
「・・・・?」
「くくっ、・・・ふはっ・・・・ははっ―――」

目の前の男は――――“笑っていた”。
皆は気づいた。岡部倫太郎は、鳳凰院凶真は美国織莉子の人生をかけた、魂を対価にした祈りを聞いて笑っていた。
本当に笑っていた。噴出さないように口元を押さえて肩を震わせ、それでも我慢できなくて―――そんな、友人のちょっとしたジョークに腹を抱えて爆笑するのを無理矢理押さえこむように。
「え?」と、誰もが思った。

「はっ、はは!まさかここまでとはっ!くくっ・・・・あはははは!」

笑っている。岡部倫太郎は本気で、冗談や偽りでなく美国織莉子の祈りを聞いて、体を震わせ大声で笑い出した。
誰もが唖然とした。今までの流れでこの反応はおかしい。彼らしくない。少なくとも今までの言動からこの流れはおかしい。
岡部倫太郎は大声で笑い、痛む左手に顔を顰めながら―――それでも笑っていた。

「あははははははははははは!」
「な、なにが可笑しいんですか!?」
「ふはっ、っ――――いやっ、くく・・・・すまない・・・・・くっ、・・・ふ・・・」
「ッ!」

織莉子は顔を真っ赤にして怒鳴る。岡部も不謹慎と思ったのか謝るが―――笑いは収まらない。
笑う。何がそんなに可笑しいのか本当に嬉しそうに笑う。
岡部にとって、この世界に来てここまで笑えた事は初めてだった。ここにきて純粋に笑う事ができた。織莉子達にはどれだけ感謝してもたりないな、と、岡部は目元に浮かんだ涙をぬぐいながら前を見据える。
いいかげん自分が笑ってしまった理由を言わないと周りの少女達から、それこそ敵味方関係なく責められそうなので話す。

「織莉子」
「なんですか!!」
「すまん。ふふ、いや君の願いを知って感動してしまった―――――決して馬鹿にしたわけではない」

そう言いつつも岡部の口元には笑み、織莉子の頭に血が上る。当然だ、真実を知った上での願いは・・・・知らないときとは重みが違う。
もう、決して後戻りできない。自分で選んできたとはいえ軽々しく扱ってほしいモノではない。
なのに岡部倫太郎は、鳳凰院凶真はソレを笑う。純粋な笑顔で、邪気のない笑顔で、見ている方もつられて笑顔にするような・・・・・・・・・・・・・?

「・・・・・・・岡部倫太郎?」
「くっ、はは・・・・なんだバイト戦士?あと今は鳳凰院凶真だ」
「いや・・・・お前なにか・・・・・」
「ん?」
「いや・・・・なんでそこまで笑えんだ?」

不思議な事に今の岡部の笑う顔は杏子やゆまも見たことが無い、この世界線で長らく一緒にいた彼女達ですら見たことが無い眩しい笑顔だった。
織莉子も、他の少女達もそれに気づいたのか怪訝な表情で岡部を見る。
本来、彼女達の願いがどうあれ笑うという反応は失礼、というか非常識で神経を疑うがこの笑顔は何か違う。
鳳凰院と名乗った不思議な男は本当に嬉しそうに笑っている。決して馬鹿にしたわけではなく、純粋に織莉子がその願い事をしてくれた事に感動している。
在り余る幸運、たった一枚買った宝くじが当たったような、本来なら一生有り得ないような偶然に出会えたような喜び。
ただ、訳も分からず笑われ続けるのは気分が悪い。織莉子は顔を真っ赤に染めスカートを両手で握りしめながら岡部を睨み―――

「『私が生きる意味を知りたい』という願い――――俺の答えを聞きたいか?」

その言葉に――――捕えられた。

「無論それは俺の答え、つまり独自解釈となる。その願いは本来自分自身で納得するしかない。だから今から言う答えは俺にとっては都合が良く、お前にとってはただの戯言かもしれない」

それでも聞いてみるか?と、岡部は笑顔のまま織莉子に問いかける。もちろんその答えは正しくない、正解じゃない、そうであってはいけない。
その願いの答えは自分で掴まなければいけない。他人に委ねてはいけない・・・・・と言う訳ではない。しかし彼女達は魔法少女・・・・いや、例え何者であろうと、例えどんな人生を歩んでいようと、その答えには自分で応えるのが―――――『答え』と言えるのではないだろうか?
「お前の生きている理由は“―――――”だ」と言われても普通は納得できるものではない。映画や漫画やアニメの最高のシチュエーションで親友恋人恩師強敵からならともかく現実で出会ったばかりの他人から言われた言葉に誰が共感するのか。
ましてや美国織莉子は絶望を撥ね退ける精神力、選択した未来に対する覚悟、託された想いを受け止める勇気、諦めない強固な意思を備えている。
今さら――――他人の言葉一つで懐柔されるはずもない。納得できるはずがない。

「・・・・・・逃げ道を用意している貴方は臆病者ですね」

されど目の前にいる男は可能性を秘めた存在。“それしかなかった”未来を可能性の一つにした・・・・選択を与える男。

「実際に怖がりだからな。何度経験しても慣れないし強くなれない、告白も――――――怖くて直前にしかできない情けない奴だ・・・・・」

だから、彼からの答えを聞きたい。
奇跡も魔力も借り物で、その存在すら危ういくせに在り余る自信を持って答え、ボロボロのくせに強がり、決して諦めないとその瞳に決意を燃やしながら立ち向かってくる―――私達を肯定する男。
そのくせ一瞬で泣きそうで、怖がりな子供のように弱さをさらけ出す。自分の答えの逃げ道を予め用意する情けない男としての姿を晒す。

「おにいちゃんアイツって誰!?浮気なら許さないからね!!」
「浮気じゃない・・・・・・・・よな?」
「こっちに同意を求めないでください」
「不倫も駄目!」
「・・・・・その違いは?」
「叩き潰すか磨り潰すか!!」
「それは俺の末路か!?過程と結果は同じと言うことか!?」

強いのか弱いのか。自信があるのか無いのか。本気なのか勢いなのか。痛くないのか強がりなのか・・・・・・分かりにくく捉えづらい。
弱いくせに強さを持ち、強いくせに弱いままの人。知っている。視っている。識っている。
私の未来視は、今まで彼を観る事が出来なかった私の魔法は、彼が鹿目まどかの契約を阻止した時から彼の姿を捉え始めていた。

「さっきは突然口説いてきて、何なんですか貴方は・・・・・」
「・・・・?」
「何でもありません!それで・・・・・よければ貴方の答えを聞かせてもらってもいいですか・・・・」
「俺なんかの答えでいいならな」
「貴方の見つけた――――私の願い、私の祈り、その答えを・・・・・教えてください」
「ああ、お前の生きている意味。とは言え、正直ウンザリするぞ?ここまで来る事とか、世界を守る為とか、・・・・“キリカに会うため”とか・・・・・・そういう気のきいた答えじゃないからな」

岡部の答え、それはキリカには悪いが――――

「君の生きている意味、君は俺と“―――――――――――――――――”」


美国織莉子。彼女は岡部倫太郎、鳳凰院凶真と――――――



―――――――――――離さないで!
「――――え?」

この時、まどかは誰かの声を聞いた。だから、岡部の言葉を鹿目まどかだけが聞きそびれた。
そしてまどかは震えながらも前に歩き出す。恐る恐ると手を伸ばす。
岡部倫太郎、鳳凰院凶真。“壊れたままの正義の味方”、救いようのないほど優しい狂気のマッドサイエンティスト。
終わることができた人生を、幸せになれる世界線を放棄してでも彼女達を救おうと決めた間違い続ける人を止めるために、鹿目まどかは手を伸ばす。
彼がしてくれたように、今度は自分達から――――その手を伸ばす。



織莉子の『私が生きる意味を知りたい』という願いに対し岡部倫太郎の答えを聞いた全員の時間が停止した。

「―――これがシュタインズ・ゲートの選択。まさにお前と俺は出会うためにここまできたのだっ・・・・・フゥーハハハハハハハハ!!!」

時間停止の魔法を使ったわけではない。岡部の答えに全員が固まっただけだ。唯一キュウべえだけが首を傾げている。

『凶真 それって君達人間で言うプロポ――――』
「おにいちゃーーーーーーん!!!!」

ドゴンッ!

「えっ、なに!?ゆ、ゆま?」

爆発したかのような魔力解放、叫ぶと同時に私服姿のゆまは魔法少女に変身し怒りを顕に岡部を睨む。
ぐしゃり、と、その手に持った銃を強化された握力で粉砕し殺気を隠す事も無くその手にハンマーを構築。
じり、じり、と間合いを測る様に岡部との距離を詰める千歳ゆま。
頬を薄くだが桜色に染める美国織莉子。
なぜか後ろからゆまと同様に距離を詰める鹿目まどか。

「あれ・・・・・今回は何もしてないよな?何か怒らすこと言ったか・・・・?いや確かに俺の答えは余りにも自分本位だったかもしれんが――――」
「叩き潰されるのと磨り潰されるの・・・・・どっちがいい?両方?うんわかったよおにいちゃん」
「自問自答した・・・・あ、ヤバイ割と本気だこの子!?だから何でだ!?織莉子ならともかくゆまは関係な―――」

ずん!!!

「関係?なに?」
「・・・・・・言い訳を」

―――命乞いとも言う

「天地神明に誓って鳳凰院凶真はやましいことは―――」
「ん、つまり本気の言葉だと言うんだね?」
「殺気が殺意に変わった!?バイト戦士ゆまを止めろっ―――」
「とりあえず・・・・・言い分を聞いてやろうな、ゆま?ほらこっちに来い」
「にゃ?キョーコ離してよっ、おにいちゃんを殺せない!」

ハンマーを地面に打ち付け威嚇するゆまを杏子がなんとか宥め(?)それを見逃さず織莉子に向き直る。

「・・・・・・・・・・織莉子?」
「ひゃいっ?」
「あーッ!キョーコ、おにいちゃん白い人の事名前で呼んで―――!!」
「だから・・・・今は待っていような?」
「だって―――!」
「あとで一緒に刻もうな?」
「え・・・・?あ、うん?」
「バイト戦士!?」

杏子が、頼りになる相方が・・・・・・どうしよう。本当にどうすればいいのだろうか。
心なしかノスタルジア・ドライブの出力が落ちたような・・・・・杏子との繋がりが薄れたような気がする。

「まて、なんかおかしいぞ?俺は織莉子に伝えただけだ・・・・そう―――――」

だが念のため・・・・・・・もう一度、俺が織莉子に伝えた答えを頭の中で反芻するようにし――――――・・・・・・ん?これって周りから見れば普通に――――

「プロポーズだな」

びくっ、と、織莉子の肩が震え再び時間が停止したように全員の動きが止める。
己の言葉に冷や汗をかきながら岡部は視線を周りに向ける。全員の視線が此方を見ている・・・・・そうそうに誤解を解かねばいけない。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・」

ゆまの視線が怖い・・・・と言うか危ない。

「織莉子ッ」
「なん、でしょうか・・・」
「・・・・・今の俺の答えなのだが――――」
「ごっ、ごめんなさい!」

誤解がないように―――と、台詞をそう繋げる前に織莉子が頭を下げた。

「振られましたわ・・・」
「よし!」

仁美の台詞にゆまがガッツポーズをとる。
織莉子に告白した事にされた。しかもそのまま振られた・・・・・だが、これでいいのかもしれない。さっさと本題に―――

「後はおにいちゃんを叩き潰して磨り潰して刻むだけだねキョーコ!」
「そうだな」
「ッ!?ご、誤解しないでもらおうか美国織莉子!プロポーズではない・・・・・プロポーズではないのだ!ちょっと言葉をはしょったらプロポーズに聞こえてしまっただけだ!」

やはり誤解はすぐに解かなくてはいけない。円滑な会話は人間関係、これからの計画のためにも互いの齟齬を残しながら進めるのは危険だ。

「振られた言い訳にしては女々しいなぁ・・・・」

後ろでさやかが呟くが・・・・どんなにみっともなくともちゃんと正直に話せば分かり合えるはずだ。武器を収めてくれるはずだ!
だからプロポーズ・・・・・・じゃなくてキチンと答えの理由を伝える。

「まずは話を聞け!俺と織莉子は互いが特別だ・・・・まてまて武器を収めろ!・・・・・・いいか?俺達はその在り方、存在が既に代用のきかない奇跡に等しい特異性を持っている」

ゆっくりと、誤解のないように己の答えの真意を伝える。
岡部倫太郎にとって美国織莉子は、美国織莉子にとって岡部倫太郎は魔法のある世界でなお特別な存在。己の存在があるから互いが求めているモノを備えている。
岡部倫太郎は存在を確立させるために“世界線を越えての『観測』”(リーディング・シュタイナー)を備えた織莉子の未来視を求めている。
美国織莉子は終わる世界以外の未来を歩むために『可能性』を生み出せる岡部の未知を求めている。
美国織莉子がいるから岡部は存在を強固にできる。自分がいるから彼女は別の世界線を観測できる。
岡部倫太郎がいるから織莉子は別の未来(可能性)を観測できる。自分がいるから彼は存在をより確立させることができる。

「お互いの特異性がそのまま互いの希望(望み)に繋がっている」
「それは・・・・でも・・・」
「美国織莉子、今なら最高の状態で世界に挑む事が出来る。俺の存在がお前の未来視にエラーを起こす。それ故に未来という可能性が分岐し、俺達はその未来を選びとれる」

元より存在しない身、因果を持たないゆえに世界(未来)に姿が映らない。結果、関わった人物の行動に変化が出る。織莉子の未来視に歪みが生まれる。
未来が、可能性が無限に増える。どうなるのか、織莉子の未来視は絶対なる未来を観測できない。

「貴方の望む私の魔法は・・・・私の未来視は・・・・・・・無限に増えた可能性を観測しました・・・・・・でも、もはや一つ一つを観測することは不可能です」
「無限・・・素晴らしい。ならば文字通り俺達の手には世界があるということだ!」

どこか興奮した岡部の言葉に織莉子は否定の言葉を放つ。

「聞こえなかったんですか?貴方の存在を知ってから未来は分岐しました。でもそれは何も観測できないほど細かく――――」
「今もか?」
「・・・・・・・・・・・」
「今なら観えるはずだ。因果を持たない俺だけでは未来視は様々な可能性を映し出す。それこそ視界を塞ぐほどの無限の数に未来の可能性は分岐する。だが、今の俺は佐倉杏子というこの世界の因果を纏っている」
「それが・・・・どうしたというのですか」
「分かっているはずだ。何もない俺じゃない。因果は確かにこの身に宿った。例え僅かでも在るのなら世界はお前の未来視は俺を映し出す。世界は寛容で容赦がない。完全な因果を持たない俺は・・・・・それでも在る俺は完全ではないゆえに収束された結果に逆らえる、無限にある可能性をある程度絞りだしお前に複数の未来を観測させる・・・・それはノスタルジア・ドライブの展開率が上がればさらに詳しく可能性を選択できるはずだ!」

『失われし過去の郷愁【ノスタルジア・ドライブ】』によりこの世界の因果と繋がることができる。世界に観測される。ならば世界に、未来に姿が存在する。いるのだから、在るのだから。しかし完全ではない。借り物の因果、本物とは違う偽物、薄く儚い・・・だからまだぶれる。完璧じゃない未来を、数ある可能性を織莉子の未来視は映し出す。

「そして観測できる状態の未来から望むモノを選択し続け――――望む世界を目指す。今この世界線にいる俺とお前は未来を文字通り選びとれる」
「それが・・・・可能だと?そんな出鱈目な・・・・自分に都合の良い空想を信じろと?」
「ああ―――できる」

岡部は織莉子の問いに即答で応える。
もちろん今、織莉子に伝えた岡部の考えは即興で考えた――――――『嘘』だ。
穴だらけの構想で要所がなく証拠がなく確信が無い都合のいい概念理論。
だが関係ない、信じさせる。それでもそれは可能性の一つ。

「知らないんですね・・・・・・私の映す未来は確かに分岐して――――今は貴方の映る未来も観測できる」

例え嘘でも、実際に最初の頃に比べ映し出される未来は数が減った。あまりにも細かく分岐した未来の数は時間が経つにつれ、岡部が杏子達との繋がりが強固になるにつれ、ノスタルジア・ドライブの展開率が上がるにつれて・・・岡部の未来はこの世界の因果を纏えば纏うほど数を減らしある程度予測できるように収束していった。
でも、織莉子にとってそれはあまり意味がない。未来が分岐した。可能性が生まれた。でもどれだけ探しても見つからない。織莉子が観測できるほどまで減った数ある未来の中に望んだ世界は存在しない。どれもが終わる世界。すべてが消える未来。

「それでも世界は変わらない!」
「それでも世界は無限だ」

織莉子の言葉を、未来を観測する者の台詞を否定する。
重ねるように言葉を発した岡部はそれを証明するように右腕を振るう。

―――purge

電子音。岡部が纏っていた赤いコートが パン! と、風船が割れたような音と共に粒子となり霧散するように散っていく。
魔法のコートを脱ぎ棄て岡部は白衣姿に変わる―――戻る。力が抜ける―――元々のスペックに戻っただけ。
奇跡がその身から失われていった。“この世界の因果を失って行く”。

「――――ッ」

可能性を絞り込んだ織莉子の未来視は再び可能性を無限個に拡散させる。

「さあ、これで未来は再び無限に分岐した。地道な道のりとなるがもう一度因果を取りこみ徐々に分岐した未来を絞り込んで――――」
「だけどっ、時間が無いんです!もう――――」
「―――ある。タイムリミットまで二日間しかないわけじゃあるまい・・・・まだまだ諦めるのは早いぞ」
「ちがう・・・違う違う違う!貴方は分かっていないんだ!どれだけの選択肢があっても時間切れはある!時間がすぎるほど選択肢は消えていってッ――――残された打開策までもが失われる!!」
「それでも可能性はある。焦りすぎて可能性を見過ごすな・・・・・お前には無限の可能性が観えているんだろ?」
「だけどッ!」
「ここには俺がいる。俺が証明する。俺達の目指すシュタインズ・ゲートは必ずお前の魔法に映しだされている――――信じろ。この俺、狂気のマッドサイエンティスト鳳凰院凶真はお前に本来の未来――――未知を与えてやる」

『未知』。未来は本来そうあるべきで・・・・・・だからこそ未来には無限の可能性がある。
美国織莉子と岡部倫太郎―――この二人が出会えたように。

「――――~~~~~~~~~~ッ、キリカァー!!!」

ズン!

織莉子の叫びを受けて魔女が前に出る。
織莉子の周りを旋回していた12の宝玉は最後の力を振り絞る様に輝く。
織莉子の視線は眼前、片腕を損傷した白衣の少年に向けられる。

「私はッ、私は貴方を倒して未来を――――私達の“世界を守ってみせる”!!!」
「俺はお前達を仲間にして“世界もまどかも守る”」

岡部は右腕のディソードを構える。

「私はッ・・・・貴方なんかに負けない!負けられない!」
「上等だ、だが覚悟しろ――――俺はお前たちよりも諦めが悪い」
「だから!」
「絶対に」

「「諦めない!!!」」

もう――――言葉はいらない。あとは戦うのみ。
話す事、かけるべき言葉、伝えるべき想いは多々ある。
今それらを放棄し戦闘に入るのは対話を諦めたとも言える。
しかし知っているのだ。もう誰もがいっぱいいっぱいで、誰もが真実に、事実に感情が爆発しそうなほど揺らいでいる。
もう知っているのだ。彼女達は言葉では止まらない。揺らいで迷って、自分の願いに絶望して、それが分かっていても止まれない。
だから戦う。争い傷つけぶつかり泣いて悲しんで―――“それでも未来を求める”。

言葉でも想いでも出会いでも可能性でも駄目で・・・・時間すら無いのなら―――それすらも与えてくれない運命なら―――与えてみせる。
選択を、可能性を戦ってでも世界から―――運命から創り出し与えてみせる。

対話ではなく争うことで。それを否定しない。卑下しない。躊躇わない。時に人は争い戦うことで分かり合える事を知っているから。
誰かが起こした何かに巻き込まれてではなく、何が原因か分からないままではなく、どうして戦っているのか理解できないままではなく、自分の意思で、互いがちゃんとした明確な目的を持って戦うことで辿りつける何かがある事を知っている。

知っている。彼女達も本当は分かっている。止まりたくても止まれない。認めたいけど認められない。諦めたいけど諦めきれない。泣きたいのに泣けない。叫びたいのに叫べない。進みたいけど進めない。
それは、いつかの岡部倫太郎によく似ている事を知っている。
泣いて傷ついて落ち込んで悲しんで諦めて絶望して、それでも走ってきて、やっと見つけた答えはそれでも失う事を強要して、どれだけ手を伸ばしても求める理想には遠くて、それが最良の選択だと納得するしかない。
探して選んで、選んで決めて、決めて考えて、考えて確信して、これまでの歩んできた道のりを信じて辿りついた。今さら戻れないと、無かった事にはできないと関わってきた全てに誓って――――

でも・・・・・知っているんだ。彼女達は、俺達はもう後戻りは出来ない事を知っていながら―――“それでも諦めきれない”。

どこかに失わずにすむ冴えたやり方が、答えが、選択が――――『希望』があるって足掻く。
誰も傷つけず、誰も失われない。頑張れば辿りつける。そんなご都合主義の物語。
知っている。それがあっても彼女達は止まれない。止まる事は出来ない。歩んできた、選んできた過程で失ったモノのために彼女達は止まれない。

だから示さなければならない。

彼女達は止まれなくなっている自分を、誰かに止めてほしいと望んでいる事を知っているから。
戦ってでも、滅茶苦茶でも、それが無理矢理にでも、彼女達を説得納得させる―――諦めない絶対無敵の荒唐無稽なヒーローを信じさせるために――――

鳳凰院凶真は彼女達に示さなければならない。

世界にはまだ救いがあって、運命はまだ決まっていなくて――――希望はまだまだ目の前に在ることを。





誰も気づかなかった。いや、さやかと仁美以外は気づかなかった。
物語の要である少女が・・・・・・いつの間にか、鹿目まどかの手は岡部の白衣に手が届いていた。





この世界線で美国織莉子と岡部倫太郎の最初で最後の直接戦闘が始まる。

まどかが岡部のすぐ後ろまで来ていて、その手が白衣に届いた瞬間にそれは起きた。
織莉子と魔女、岡部、岡部から近いが遠いという距離にいる杏子とゆま、離れた位置にいるほむらとマミ。全員がこれで最後だと思った。
それぞれが残りの力を振り絞り跳び出そうとした瞬間に――――ソレは訪れた。

―――未来ガジェットM04号『超誇大妄想狂【ギガロマニアックス】』―――停止

「「「―――――――あっ」」」

その意味を知るゆえに間抜けな声が岡部と杏子、ゆまから零れた。
聞こえた電子音。同時に パリンッ と岡部の持っていたディソード・リンドウが一瞬で半透明になりガラスが砕け散る音と共に砕けるよう飛び散り消失した。
岡部倫太郎はギガロマニアックスじゃない。あくまで未来ガジェットで擬似的にディソードを操っていただけでありガジェットを動かす動力である魔力―――今回の場合ノスタルジア・ドライブで繋がっていた杏子の力―――が失われたことで停止しただけだ。
しかしその瞬間、この瞬間、誰もが戦闘に入ろうとしているタイミングで完全に岡部倫太郎は無防備になっていた。
岡部の視線の先には突然の事態に様子を窺う織莉子の姿があり、彼女との視線がガッチリと合って岡部は――――

「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・?」
「・・・・・・・・・・・・・・・ゃベ」
「え」

ポロッ、と出た本音の言葉に織莉子が反応する。
もし、もし織莉子の未来視が無限個に分岐していなく、複数程度の数まで絞られ観測できていたなら恐らくその全てに映し出される未来は岡部が成す術も無く敗北する未来だろう。
幸い、織莉子も魔女も岡部の状態が何なのかよく分かっていないようだ。まさかこの状況で無防備になる間抜けはいないはずで、岡部が何か仕組んだと勘違いしている可能性がある。
内心さんざん恰好つけて己を鼓舞してきた岡部だが正直のところ“やらかしてしまった”。
岡部は焦る思考をフル回転させ状況の改善を、打開策を巡らせる。織莉子でも魔女でも攻撃された場合・・・この距離では杏子達からの援護は期待できない。攻撃されれば被弾する。無防備で。

「全員動くな!!」
「ッ!?」

織莉子と魔女が動き出す瞬間、ズビシィッ!と岡部がポーズを決めながら静止の声を上げる。
左腕に激痛・・・・・・ギリギリだった。タイミングが少しでもずれていたら終わっていたかもしれない。早すぎれば戦闘の合図になり遅すぎればそのまま攻撃されていた。
まさにベストのタイミング、事情を知る杏子とゆまは心臓をバクバクと動かしながらも安堵のため息を気づかれないように吐いた。
ちなみに岡部の危機は去っていない。以前続行中である。誰もがタイミングを逃して動けないが指先が不自然に震えている岡部は俄然無力である。
『失われし過去の郷愁【ノスタルジア・ドライブ】』の再起動が必要だった――――が、起動に必要な魔法少女のソウルジェムが、魔法少女が近くにいない。

「G!」

今、岡部ができる事は時間稼ぎ。

「B!」

突然の岡部の叫びに織莉子と魔女は身構え、それに一瞬岡部と杏子とゆまはビクッ、と震えるが弱みを表に出さないように耐える。

「A!」

ほむらとマミは岡部の意図が分からず、しかし何かを仕掛けるつもりだと確信(勘違い)し、いつでもフォローに入れるように、動けるように集中する。

「C!」

まどか達はこの状況、このシチュエーション、目の前の背中をむける存在がどんな奇跡を魅せるのか――――期待と不安、羨望と畏怖、場違いに高鳴る鼓動を胸に見詰める。

「K!・・・・・・作戦名――――――G-BACK!!!」



皆が緊張に耐えるなか、岡部は軽くなった右腕を己の額に当てて天を仰ぐようにし笑う。
それは余りにも隙だらけで、それゆえに迂闊には跳びこめない一種の威圧感があった。

「フゥーハハハ!警告する――――全員動くな!もっとも・・・・・どうなってもいいと言うのなら止めはしないがなっ」

もちろんハッタリである。

「なにを・・・・・・したのですか」
「聞く馬鹿がいるか、そして答える馬鹿がいるとでも思っているのか?」
「ッ」
「だがッ、ヒントをやろう―――」

警戒しながらの織莉子の問いを岡部は侮蔑と共に答える。が、即座に危険を覚悟で行動に移ろうとした織莉子に言葉を投げる。
岡部は強気に出て警戒させ時間を稼ごうと思ったが織莉子達に今さらそんなものは効かない、逆効果なので対応を即座に変える事にした。

「俺の持っていた剣・・・・名をディソードと言う。対象者の心を具現化したツルギだ」
「ディソード・・・・・」

もういっそ真実を混ぜた言葉で興味を引き時間を――――

「消えたように見えましたね・・・・」
「・・・・・・・では織莉子よ。“一体何度この空間で粉々に消えたように見えた”?」
「――――ッ!?」
「正解は五回・・・・五本のディソードの粒子が今この空間に存在している」

織莉子が周囲を警戒し魔女が身構える。
岡部の言葉に思う事があるのか・・・・・行動に躊躇いが生まれている。

≪岡部倫太郎・・・・お前・・・≫
≪その通りだバイト戦士よ!・・・・・・・・助けてくれ≫
≪おにいちゃん何やってるの!?馬鹿なの?なんで変身解いたの?訳分かんないよぉ!≫
≪お前も解いたではないかぁ!取りあえずハッタリが効いているうちにこっちに――――≫

岡部と杏子とゆま、念話による密談で現状を確認しつつ何とか合流しようと企む。
今なら杏子の跳躍一つで岡部の元まで辿りつける。警戒している織莉子達からの妨害も、マミやゆまの射撃と衝撃波で何とかできるかもしれない。
時間は限られている。織莉子も魔女もこんなハッタリには一秒もかからずに気づく、しかしだからといって迂闊な行動は戦闘開始の合図となる。
動けない、動くしかない、動きたい、動きたくない、動かしたい、動かしてほしい、誰がどう行動し岡部の元に辿りつくか・・・・一瞬で複数の案が浮かび――――

「そう言えばさっき何か『停止』って聞こえたんですけど、あれって何ですか?」
「え?」

第三者の声で無理矢理状況は動きだす。その声に岡部は振り向く、すると自分のすぐ傍に・・・・というか真後ろに白衣を ちょん と摘まみながらこちらを見上げる少女の姿があった。
彼女は岡部を見上げたまま先程聞こえた電子音が何だったかの純粋に気になっているようだ・・・・・・・このタイミングで。
特に意味は無いが会話の切っ掛けとして尋ねてみた様子である・・・・・このタイミングで。

『そう言えば聞こえたね』
「・・・・・いや・・・・・・・ほら、あれだろ?」
「なんですか?」

キュウべえが少女の言葉に便乗し岡部が言葉に詰まる。少女・・・・まどかが状況の分かっていないまま岡部に尋ねる・・・・このタイミングで。
まどかは岡部を『離さない』ことに集中していて状況を把握できていなかった。それどころか捕まえる事が出来てよほど安心したのか・・・・・・

「私、これからオカリン・・・・さん?のことちゃんと捕まえておきますから!」

なんか意味深な発言をした・・・・・・このタイミングで。この状況で。
再び、しかし今度はまどかの言葉で時間が停止する。
さやかは「いや、アンタさっきからどうしたの?」と、まどかを心配そうにしている。仁美は「まあ!」と口元を手で隠し驚いている。

「「「「―――――――ッ!!?」」」」

ほむらもマミもまどかの以外な行動に驚いていた―――――が、四人と一体はそれどころではなかった。まどかの言葉の意味も意図も意識すらすることなく行動に移る。
余りにも突然で不意を打つ形になった、全員が予想しなかった介入で僅かながら初動が乱れて遅れて戸惑って、それでも無意識は、魔法は体を動かし魔力を走らせ――――戦闘は開始される。

「うわあぁあああああああ!」

最初に行動の結果を出せたのは千歳ゆま。彼女は残された魔力のほとんどを込めて地面に向けがむしゃらにハンマーを討ちつける。

ドゴンッ!

と、ゆまを中心にクレーター上の大穴が発生しゆまの隣にいた杏子、もちろんゆまもクレーターに落ちていく。
代わりに、杏子達と入れ替わる様に押しつけられた地面が反動で――――粉塵がこの場にいる全員の視界を覆い隠す。

『■■■!』

呉キリカのなれの果て、片手を失った魔女は構わず視界がゼロの粉塵のカーテンへその身を投じる。

「いって!」

織莉子は岡部達がいた位置に向かって宝玉を放つ。その数は三。高速で打ち込まれた宝玉は魔女のすぐ傍を縫うようにして打ち出される。
魔女と織莉子の行動は早かった。それこそゆまの攻撃により地面に衝撃、視界を粉塵で塞がれたにも拘らず対処は素早く的確だった。
突然の揺れにも人間離れした身体能力及びに魔力制御によるバランスの安定確保、目標への攻撃をほぼ同時に行い反撃、抵抗、迎撃全てを相手に与えないほどの時間で完遂した。
突然の事態にも的確かつスピーディーに対応した。
現にほむらは完全に出遅れていた。気を抜いていた訳ではない、まどかが取った行動、戦闘が始まり恐らくその中心とも言える場所に彼女がいる。恐怖した。それがほむらの行動に一瞬の戸惑いを、動きを鈍らした。

≪マミ!≫
≪分かってる!≫

ギャララララララッ!

ただ、それ以外の人間はゆまに続き、魔女と織莉子よりも瞬き一回分ほど遅れて既に動いていた。
宝玉が粉塵のカーテンに突っ込み、魔女の大鎌が岡部がいたであろう位置に振り落とされる。

手ごたえは―――――無い。

宝玉は目標を貫くことなく地面に討ち込められ、魔女の大鎌の一撃は同じく地面へと突き立てられる。同時にその衝撃が粉塵を吹き飛ばしクリアな視界が魔女を中心に広がる。
―――居た。岡部達は大鎌のすぐ横に倒れている。被弾したわけではない。粉塵が舞ったと同時に岡部はまどかの腰に手を伸ばし横に跳んでいた。全力で、それこそ滑り込むように、一瞬でも早く今立っている位置から僅かでも離れるために。
結果、辛うじて、ギリギリで、運よく直撃も余波のダメージにも逃げ遅れることはなかった。
混乱しているまどかと、折れた左手から走る激痛に顔を顰める岡部達の一メートルも離れていない所に魔女が存在しているので安心も安堵も到底出来ないかもしれないが、それでも初撃はかわした。

『■■■!』

魔女の咆哮。大鎌を即座に引き抜き岡部達に向け再び振り落とす。が、既に杏子の鎖は二人を捉え―――カタパルトのように勢いよく引っ張る。

「きゃっ」
「ッ」

加減なく引っ張られる―――が、黄色いリボンが岡部とまどかを優しく受け止める。

「そこッ」
「させない!」

カチッ

織莉子の宝玉が岡部達の所に発射される―――――その寸前でほむらが二人の前に現れる。

「掴まって!」
「ほむら!」
「きゃっ」

岡部は手を差し伸べるほむらの手を取ろうとして――――左手が動かせない事に気づいて、まどかを抱き寄せた右腕で無理矢理ほむらの手を握る。
抱きしめられていたまどかは急な動きに対応できず、ただ岡部の胸元で白衣をぎゅっ、と握りしめることしかできなかった。

だが、それ故に気づくことができた。岡部倫太郎と暁美ほむら。共に時間を逆行する術があり似た境遇でありながら――――――拒絶していた。

(だめ!?もう魔力が限界――――――ッ)

ほむらは二人を連れたまま時間を停止し距離をとろうとした。が、今の時間停止で魔力が限界にきたのか能力が発動しない。

「ノスタルジア・ドライブ!」
「!?」

宝玉が向かってくる―――――岡部の言葉が届いた。
ほむらの中から何かが流れ、何かが外から流れてくる。繋がる。
ほむらの限界近い魔力が底上げされ僅かながらの余裕が生まれて岡部の身に奇跡が宿る。
暁美ほむらの足下に菫色の紋章
岡部倫太郎の足下に無色の紋章

―――未来ガジェット0号『失われし過去の郷愁【ノスタルジア・ドライブ】』起動
―――デヴァイサー『暁美ほむら』
―――Soul Gem『過去と宿命を司る者【ウルド】』発動
―――展開率17%

岡部の紋章がほむらと同じ色に染められる。

―――戦闘開始【OPEN COMBAT】

カチッ

世界は停止し時は凍りつく。ほむらは自身の身に起きた現象に戸惑う。世界中でたった三人だけが動ける。
残りわずかな魔力、時間停止という固有魔法が発動できないと、目の前にまで迫っていた宝玉にその身を盾にしてでもまどかを守ろうとした瞬間に魔力が回復した。

(いえ・・・これは回復と言うよりも活性化した・・・・?)
「ほむら、一旦さやか達の所まで・・・・・魔力はもつか?」
「あっ、・・・・・・でも余裕はないわ・・・・急ぎましょう」

この時ほむらは杏子の魔法、この世界ではゆまと呼ばれる少女が教えてくれた『ミドガズルオルム』が、かつて見たことが無いほど強力になっていた理由を知った。
この力、この男が協力し皆と連携が取れれば未来を、まどかを護れるかもしれないと―――未だに現状は緊迫した状態でありながら暁美ほむらは今までにないほど歓喜していた。
『希望』。ほむらは歓喜していた。マミも杏子もさやかもいる。ゆまと言う少女にイレギュラーすぎる男・・・・絶望を切り開く要素が揃い過ぎている。そう―――――怖いくらいに。
それとは正反対に岡部は顔には出さないが―――――戸惑っていた。

展開率17%

“その数値は余りにも小さすぎる”。
NDの展開率は相性と経験、それと互いの想いだ。
相性―――心情が境遇が環境が在り方が近いほど、他では共有できない特異性と経験があるほど相性は高い。
経験―――実際にNDで繋がり経験値を積む。何度も回数をこなすうちに自然に上げる。これは他世界線での経験もある程度引き継いでいると予想している。
想い―――元より繋がり手助けのための概念武装・・・・・というより補助装置、魔法少女の力になる為に。互いの想いが同じなら高まり反発するなら下がる。
暁美ほむらとは相性も経験もそれなりに高いと岡部は思っている。想いも・・・・さっきは泣かれたが不快からではなかったと思う。
相性経験想い。岡部とほむらはそれなりに高いと思っていた・・・・しかし現在の展開率は17%―――“過去最悪の状態だ”。

「ありがとうございます・・・・・貴方となら、みんなとならきっと『ワルプルギスの夜』も倒せるって信じています!」
「そう・・・だな」
「そのためにもっ、もう少しだけ一緒に頑張りましょう!」

分からない。ほむらは岡部を信頼している。笑顔を浮かべるほむらは希望を持って現状を打破しようと確かな意思を瞳に宿している。
分からない。かつての世界線で共闘した事もある。回数こそ少ないがND繋がった事も・・・それでも今回よりは展開率は高かった。
17% この数値は異常だ。反発、喧嘩というには血の気が多すぎるトラブルがあった時ですら30%はあった・・・・それも岡部が“鳳凰院凶真を取り戻してすらいないにもかかわらず”。
分からない。今までと何が違うのか、相性と経験に急激な変化は無い。なら想い?しかし今のほむらから拒絶されているとは思えない。むしろ好意と信頼を向けられていると―――――

鹿目まどかは別の世界線の岡部を観測した。
リーディング・シュタイナーは誰もが持っている。無意識で、夢で白昼夢で勘でデジャヴュで・・・・・

(もし、ほむらが前回の世界線の記憶を思い出したら・・・・・・・・)

その時の記憶があるのなら・・・・・無意識にその記憶があるのなら――――納得できる。
納得できる。理解できる。分かる。立場が逆なら岡部もそうなるかもしれない。いや、弱い岡部は無理かもしれない。
しかし暁美ほむらは強い。岡部と違い諦めず戦い続けるだろう。

(なら・・・・それでいい)

恨まれても、憎まれても、嫌われても、■されても構わない。

“それでいい”。

今どこかで息をして、声を出して、いろんな事を考えて、絶望せずに・・・・・諦めずに戦い続けている証拠だから。

別の世界線・・・・・『岡部倫太郎がいないアトラクタフィールドに戻った暁美ほむら』『岡部倫太郎に裏切られた暁美ほむら』『岡部から希望を与えられ再び絶望を突きつけられた少女』の記憶を憶えているなら――――

暁美ほむら、彼女が岡部倫太郎を拒絶する理由はある。

「すまない・・・・・」

繋がれた右手の温かさと、彼女の手の小ささに胸が軋み始める。

「え?」
「いや・・・・なんでもない。急ごう、全員が限界に近い――――一気に終わらせるぞ!」
「はい!」


この状況で笑顔を向けてくれる少女に岡部は罪悪感を抱き―――――狂いそうなほど自分の存在を呪った。

ほむらは前を目指していて、岡部はそれでも前を目指していた。
だから・・・・・まどかが震えている事に岡部とほむらは気づかなかった。

まどかは、なんとなくだが理解してしまった。




オカリンさんは―――――すべてから拒絶される。






???????????



『お願い・・・・・オカリンを離さないで』
「え?」

突然、一人の『私』が私にお願いをしてきた。

『うん、私からもお願い』
『もう・・・・いいの。私達はたくさん、たぁーくさん助けてもらったから!だから――』
『だからっ、今度はオカリンが救われてほしい・・・・ううん、私達が助けたいの』

一人だけじゃない。この場にいる私以外の『私』が彼を助けてあげてと、離さないでと言う。でも魔法少女でもない私に、戦えない私はどうすればいいのだろうか?離さないで?それでどうやって助けきれるのか。ポニーテールメガネの『私』が教えてくれる。

『貴女の世界にいるオカリンは状況から見て最初のオカリンと思うんだ』
「最初?」
『うん、始まり・・・・オリジナルのオカリン。略してオリリン!』
「ほぇ?」
『・・・・・・・何でもないよ、えっとね私、オカリンは私達ラボメンのためなら必死になって戦ってくれる』
「ラボメン?」
『うん、きっとこれからオカリンが作ってくれる部活みたいな・・・・魔法少女のみんなやその関係者が安心していられる空間、大切で尊い『私達の居場所』。そこのメンバーのことをラボメンって言うの』

居場所。みんなでいられる空間。部活みたいにみんなで集まって・・・・・それはとても楽しそうで、みんなと他愛のない会話で笑い、バカみたいな実験で大騒ぎして・・・・・それでみんなが慌てながらも楽しそうにしている―――そんな映像が、記憶が頭をよぎる。

「あ・・・・・」

涙が・・・・・零れそうになった。
そこにいる私達は誰もが傷ついて、泣いて悲しんで苦しんで悩んで叫んで間違って・・・・誰かを傷つけながら自分すら傷つけて、そして絶望して――――。
でも最後には笑っていた。いっぱい間違えて互いを傷つけ合いながらも再びその手は繋がれていた。何度離れても何回すれ違っても分かりあえていた。
真実に打ちのめされて絶望しても手を引いてくれた。間違った事をすれば真意になって叱ってくれた。疑い拒絶し暴言を吐こうとも最後まで見捨てなかった。もうダメだとか、どうしようもないとか、誰かが諦めても誰かが前に立って支えてくれた。
例え何があっても『そこには岡部倫太郎がいる』。例え全てに見放されても、例え全てを見放してもそこには彼がいると確信できる拠り所。
『みんな』がいる。『岡部倫太郎』がいる。それを絶対の信頼で保障されている『私の居場所』。

未来ガジェット研究所――――ラボラトリーメンバー。通称『ラボメン』

世界中が敵になってしまっても迎え入れてくれる居場所。間違っても独りになってもいい。それでも彼はラボメンを迎える。世界を滅ぼしてしまう可能性を秘めた私を受け入れてくれる所。
私の大切な人達が一緒に居てくれる。そんなみんなを守ってくれる。
世界には綺麗なモノばかりじゃないのは知っている。辛い事も苦しい事も悲しい事も嫌な事も沢山ある事を知っている。
私達はどんなに頑張っても、考え抜いて選んでも必ず間違える。誰かを傷つける。

『知っているよね?オカリンは・・・・・岡部倫太郎はそれでも私達の味方で、鳳凰院凶真は世界が見捨てても絶対に私達を見捨てない。凄いよね・・・・・こんなにも誰かを想えるなんて・・・・・嬉しいよね、こんなにも想われるなんて』
『だけど・・・・もういいの』
「え・・・・?」
『オカリンはずっとそうやって生きてきたの。“あの人のために”手を伸ばして頑張って傷ついて、何度も挫折して絶望して・・・・・それでもっ、それでも辿りついたんだ』
『ようやく終わることができたのっ、だけど私達のためにまた始めちゃう・・・・また傷ついてまた壊れてまた・・・・・またっ、泣きながらも戦うのっ』

そう、“私達に殺された記憶があっても”彼は――――――

「―――――――――――――――――――え?」

無意識に思考をよぎった言葉。
“私達に殺された”?

『それに全部持っていっちゃうの。罪も罰も悲しみも悩みも後悔も恐怖も絶望も―――――一緒に背負おうって言ってくれたのに・・・・・最後の最後でいつも持っていっちゃう・・・・酷いんだよ?ずっと助けてくれて、何度も支えてくれて、勝手に救っておいて・・・・最後はさよならも言わせてもらえない』
『私達が背負うモノを全部持っていっちゃう・・・・・それは私達のモノなのに。“すべてを守る為に独善的に奪うの”』

奪う。言葉だけで捉えればそれは『悪』なのだろう。そして内容を正確に捉えてもやはりそれは『悪』だ。
それは岡部倫太郎が一番理解しているはずなのに、彼女達を助けると言う大義名分で奪って行く。

『知ってるんだ。彼がそうでもしないと私達が壊れる・・・・・絶望して魔女になっちゃって・・・・・・、それを回避するために全部背負ってくれているって・・・・分かってるんだ』

『私』達の誰もが泣いているような震える声で、泣く事を我慢しているような笑顔で囁く、伝える。

『だけど無限にある世界のなかで何も知らない私達がいて・・・・・その私達はオカリンを元凶として戦うの。全部背負ってくれている彼を絶対の敵と勘違いしたまま・・・・・それはオカリンがそう誘導したとも言えるけど・・・・・よく考えれば分かる事なのに私達は誰もが責任を押し付けて納得するの―――――疑問に思う事も、間違いに気付かないように』

願ったのも望んだのも彼女達で・・・・・それでも何かに、誰かにぶつけるしかなかった。
因果応報自業自得。魂を捧げてでも叶えたい祈りと言いながら―――真実を拒絶して生きていく。誰かを憎み呪い拒絶する。

『あのね、世界には無限の可能性があって・・・・・貴女の世界にいるオカリンがこれから歩む世界では・・・・・オカリンは何度も魔法少女や魔女と戦うの』
「魔法少女とも・・・・?」
『うん、分かり合う為に何度も何度もね・・・・・・もちろん魔女とも戦うよ。それでね、私達が憶えている世界線の記憶・・・・・ここでしか思い出せない記憶の中でオカリンは何度も死にかけるんだ』
「・・・・・・・」
『でも最後まで諦めない・・・・・・だから死なない。どんなに悲しくても、辛くてもオカリンは生き残って次の私達を助けるためにまた戦うの・・・・』
「・・・・・・」
『でもそんなオカリンも死んじゃう世界線があるんだ』
「それ・・・・」
『うん。私達が知る限りオカリンは魔女に殺された世界線は無い・・・・・・・分かる?』
「まって!そんな・・・・だってオカリンさんは私達のためにっ!みんなを助けてくれて――――」

知っている。オカリンさんはやっぱりどこか壊れている。壊れたままだって・・・・・もう元に戻れないし治せない・・・・・・かもしれない。それでも支えてくれて、手を引いて一緒に背負ってくれて居場所を与えてくれた。
彼は私達が泣く事も傷つく事も悲しむ事も悩む事も肯定した。憎む事も怒る事も・・・・それは誰もが通る道で間違っていないはずだからって・・・・・ただ普通の人と違い時間切れがある私達のために、せめて居場所を用意してくれた。
世界には、ここには味方が・・・・・想ってくれる人がいるんだと教えてくれた。

―――なのにどうして・・・・?

せっかく帰ってこれたのに、取り戻したのに、感情を、想いを長い時間をかけて・・・・ようやく心を―――――。
岡部倫太郎は世界から、運命から逃げなかった。足掻いてもがいて探し続けた。必ず在る筈だからと、誰もが悲しまずに済む方法を――――いつだって、そう信じて戦っていた。

―――どうして?

『酷いよ・・・・どれもが全部酷い終わり、世界中から憎まれて、そこに住む人たちから拒絶されて、私達から『悪』としての役割を押し付けられて・・・・・・・いつも『岡部倫太郎は魔法少女に殺される』・・・・・・・・・助けようと何度も何度も繰り返して、最後は全てから拒絶されて死んじゃうんだ』

それを世界中から祝福される。悪党がクライマックスで倒されるように。

―――なんで?

取り戻した精神が、心がまた摩耗しながら、また傷つきながら戦う。“終わることができた”にもかかわらず再び立ち上がり繰り返す。
今度こそ完全に死んでしまうかもしれないのに、取り戻したのに、ボロボロになってまで私達に手を伸ばし支える。“最後はその私達に殺される事を知っているのに”。

『だからお願い・・・・・オカリンを離さないで』
『私達は大丈夫だから・・・・・救ってもらったから、今度こそ諦めないから―――』
『離さないで・・・・・その世界線のオカリンはまだ不安定で因果が薄い。まだ未来が本当の意味で決まっていない世界線・・・・『未知なる世界線』。オカリンが幸せになれるかもしれないの・・・・もう、戦わなくていいの、傷つかないでほしい。私達はもう何度も助けてもらったから』
『もしその世界線を越えればオカリンには・・・・・もうチャンスが無いのかもしれない。別世界線の私が願った『みんなと一緒にいたい』に類似した漠然とした願いが中途半端な因果を持ち始めたオカリンを撒きこんじゃう』

繰り返すうちに因果を徐々に与えられていく岡部。そして岡部倫太郎は鹿目まどかの祈りに、因果の糸に囚われる。
いつしか彼女に近い存在として、より近くに在るために本来の2010年での年齢よりも若い姿で、世界に適合する前に引っ張られる。
例えば『幼馴染』として、例えば本来大学生の年齢にも関わらず『高校生』や『中学生』の姿として世界に設定される。
『みんなと一緒にいたい』。何処かの世界線の鹿目まどかの奇跡が、その願いをかなえた時に近くにいた脆弱な因果しか持たない岡部を捕まえる。
この世界線でも既にその傾向がみられる。高校生の姿で設定された。岡部の知らない岡部を観測された。
世界は徐々に岡部倫太郎を捉え始めている。
例えあの三週間を取り戻せなくても戦った岡部倫太郎が、終わることができた鳳凰院凶真が再び繰り返しの世界線漂流を歩もうとしている。
出口のない世界を、いつしか残酷な未来しか用意しない世界を、どうしたって彼を拒む世界を――――


『―――だから、せめて鹿目まどかだけは岡部倫太郎を離さないで』


もう、誰かのために終われなくなってしまった人を止めるために。
助けようとした人達に恨まれても、存在すら拒絶する世界すら救おうと足掻く人を、自分の事が誰よりも嫌いな人を、壊れたまま、それでも誰かのために辛うじて生きている人を。
どうか――――今度こそ、岡部倫太郎が―――――――ちゃんと“此処にいる彼も”生きていていい『シュタインズ・ゲート』に辿りつけるように。

この世界には奇跡も魔法もある。

だから、希望も絶望も意思も諦めも幸福も不幸も誇りも後悔も夢も失望も愛情も友情も尊敬も嫉妬も感謝も落胆も歓喜も悲哀も経験も―――沢山の事を与えてくれて教えてくれた彼を
自分がいなくなっても大丈夫のように私達に接する彼を
いつも誰かを助けている彼を
そのくせ誰かに命がけで助けられる事を拒む彼を
幸せになる事に――――どうしようもない罪悪感を持っている馬鹿な人を
また、心も体もボロボロに崩れながら歩み続ける彼を
いつか、私達の前から消えていこうとする自分勝手な人を


『オカリンを助けて』









χ世界線0.091015


ひとつ・・・・・こことは違う世界線のとある未来を観測しよう・・・・
貴方は立っている。場所はあすなろ市。時間は夜。星空の下で貴方は観測する。
上空の雲は戦闘により吹き飛ばされ満天の星空が輝いていて美しい。
地上は隕石が落ちてきたような巨大なクレーターになっている。
深く広大なクレーターの中心部には岡部倫太郎。近くに複数の魔法少女。外周部付近につれ数は増える。その数は総数で30人を越えている。
魔法を持たない一般人も多くいる。クレーターの外周部で震えていて、この場を離れようとしても逃げられない。結界に閉じ込められているみたいだ。

観測を開始

中心部にいる岡部に一人の少女が近づいてくる。
岡部は動かない。声も上げない。

「岡部・・・・・」

返事をしない。

「また・・・・・駄目だったのね・・・・・」

その声に反応することなく立ち続ける。

「殺してあげる」

少女の言葉に・・・・やはり動かない。声を上げない返事をしない反応しない。
代わりに電子音。音源は少女のほうから。

―――未来ガジェットM12号『時を超えた郷愁への旅路【ノスタルジア・ドライブ】』起動
―――グリーフシード『ワルプルギス』
―――展開率100%

「リアルブート」

―――未来ガジェットM04号『超誇大妄想狂【ギガロマニアックス】』起動
―――デヴァイサー『ワルプルギス』
―――Realization『クトゥグア』

轟ッ!!!

少女の周りを爆炎が包み込む。その余波だけで結界内にいる全ての命ある者は震えた。恐怖した。
アレと戦ってはいけない。関わってはいけない。ここにいてはいけない。
爆炎が爆流が爆音が爆撃が――――破壊と破砕と粉砕を―――純粋なる暴力性に昇華し具現化する。

全てを焼き払う炎は少女の右手へと収束していく。

少女の手には不釣り合いな巨大な拳銃。
装飾性を排したモーゼル拳銃カスタム。
ありとあらゆる暴力性と凶暴性を強制的に叩きこんでくる存在感。
黒と紅色の鋭いデザインのオートマチック拳銃。

「さようなら・・・・・また何処かの世界線で会いましょう」

誰かの叫び声が聞こえた。岡部は何も言わなかった。

――――――!

たった一発放たれた弾丸は射線上に在った存在全てを薙ぎ払った。
その弾丸は結界を突き破りあすなろ市を引き裂きながら遠く、破壊の音が聞こえづらくなった頃ようやく爆発し消滅した。

―――Error

同時に電子音。少女のすぐ傍に落ちている真紅の携帯電話からだ。

―――Human is death mismatch

液晶の画面には文字。

―――岡部倫太郎;死亡













あとがき

感想ありがとうございます。毎度毎度励みになります!
一応次回で終える予定で本編に戻る・・・・・・はず。本当は二話ぐらいで閉めるハズが何故かこうなってしまって不思議です。
そんな作品ですが感想や意見を貰えるようにがんばります!












































おまけ   なんか カッ! となって書いていた妄想


「織莉子と俺は最高に相性が良い!これこそまさに―――――――――運命だ!」
「・・・・・・・・・?」
「えっと・・・岡部倫太郎?」
「鳳・凰・院  凶真だ!!」

ビシッ!と、左手は折れているので右手だけでポーズを決める鳳凰院。
さっきから連れの言動が理解できない杏子。
疑問符を浮かべる織莉子。

「あ、あの・・・」
「フゥーハハハハハ!どうしたまどか!今の俺は最高に―――」
「 お に い ち ゃ ん ? 」
「ゆま!?」 Σ(゜口゜;)
「あ、あの!」
「まどか後にし―――」
「浮気は―――駄目です」
「・・・・・」 

何故だろう・・・・・・銃口を構えたゆまは視線の先にいるのに後ろから■■を感じる。
後ろには・・・・まどかとさやかと仁美と言う名の友人の三人だったはず・・・・・?気のせい・・・・か?

「お、落ち着くんだゆま!まずは話し合おう・・・・・俺達は分かり合えるはずだ!」
「おにいちゃん説明してほしいかも・・・・・・」
「です」

後ろから何か聞こえたが気にしてはいけない。

「あれだ、俺は・・・・・・あー、織莉子」
「な、なんでしょうか?」
「警戒するな!いいか・・・・俺は――――」
「浮気は駄目!」
「絶対駄目です!」
「そんなんしない!」

やっぱり後ろから・・・・いや、気のせいだ。これ以上織莉子との会話に邪魔が入ってはいけない。
もしかしたら本当にこの世界線では『織莉子と関われない』に近い収束でもあるのだろうか。
だとしたらマズイ。鳳凰院凶真と美国織莉子はある意味、互いの存在が希望そのものなのだから。

「おにいちゃんにはっ、ゆまとキョーコがいるから駄目!」

だから・・・・もう取りあえず連れの少女を落ち着かせるために何でもしよう。約束でも何でも。

「わかった!お兄ちゃん浮気はしない!絶対しない!」
「不倫も駄目!」
「えっふりん!?し、しないっ、絶対!」
「じゃあ証拠にキョーコと結婚するの!」
「なんでアタシが!?」
「その話はまた後日みんなの意見を聞いて交わして感じて実際にどうするかの詳しくはその内に―――」
「そう言っているうちに他のオンナの人と一緒になるでしょ!具体的には偶然助けた人の事情に巻き込まれてハリウッド映画のラスト15分前みたいな雰囲気になって後日で親権とか責任とか生まれてドロドロになっちゃうんだから!」
「いやいやいや」 
「おにいちゃんは押しに弱いからオンナの人から見たらカモなんだからね!逃げ場なくして携帯奪って押し倒せば勝ちだもん!」
「具体的すぎる!?・・・・・・・・・マミ、俺はそんな男にみえるのか?カモなのか?」
「え?私ですか・・・・・あの、他のご家庭の事情に口を挟むのは――――」
「そんなんじゃねぇっての!・・・・って、どうした岡部倫太郎?」
「いや・・・・マミにそうやって他人行儀に言われると・・・・割とくるものが・・・・」
「え?」
「いや・・・アンタってマミとこの間知り合ったばかりだろ」
「ここではそうだが・・・・・」
「おにいちゃんはおっぱいなの?やっぱりおっぱいで決めるの?」
「は?」
「白い人もマミおねえちゃんもおっぱい大きいもん!」

皆が、岡部を白い目で見つめる。マミと織莉子は胸元を隠し魔女は織莉子を守る様に前に出る。

「ゆま・・・・ちょっと待つんだ」
「なに『パイレーツ・オブ・おにいちゃん』?」
「ネーミングが残念すぎる・・・・・!しかし少しだけ恰好良いと勘違いするとこだったのが悔しい」
「それで?おにいちゃんは大きいのが好きなの?白い人の『生意気なおっぱい』?マミおねえちゃんの『けしからんおっぱい』?」
「そういうわけじゃ・・・・・・」
「生意気?」
「けしからんって・・・・そんな・・・・」

ゆまの言葉に織莉子は首を傾げマミは落ち込む。コンプレックスと言ってもいいソレが揺れながら哀愁を漂わせる。

「じゃあ、ゆまや黒いおねえちゃんみたいな『ぺったんこ』?」
「それはないな」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・じゃあ、後ろのおねえちゃん・・・・・は『問題外』だから―――」
「まって!問題外って私!?」
「まどか・・・」
「人には向き不向きというものが・・・」
「さやかちゃんも仁美ちゃんも優しく諭さないでよ!?こ、これからだよ!」
「あっ・・・・・・・」

ゆまの言葉に、次いで友達の言葉に必死の反論をするまどか。
しかしここで顔を逸らす織莉子。彼女は予知能力を持っている。

「その・・・・ごめんなさい」
「なんで謝るんですか!?や、やめてください勝手にどんな未来を観測しているんですか!?大きくなりますよ!未来の可能性は無限なんですから!」

鹿目まどかは胸を張って宣言する。

「少なくとも私の胸はそこの小学生よりは大きくなります!」
「なっ、なんだとー!?ゆまは『問題外』なんかに負けないもん!」
「問題外って言わないで!」

そのやり取りを聞いていた岡部達は視線を上に目元を隠し、または視線を下に口元を隠す。
涙と嗚咽を無理矢理押さえこむ。
小学生よりは大きくって・・・・・・目標が小さすぎだ。彼女は悟っているのかもしれない。

「可能性は無限!私だってマミさんみたいに・・・・・そうだよねキュウべえ!」
『うん、その願いはエントロピーを凌駕するよ・・・・・・間違いなくね』
「そうだよね!・・・・・・・あれ、それってどういう意味?」

エントロピーを凌駕=『不可能を可能にする』。

『僕は君達の不可能を可能にする魔法の使者・・・・・ただ、それだけの事だよ』
「え?あれ・・・・?」

ゆま以外の皆が・・・・・・・・何にも言えなかった。

「『問題外』はおいといておにいちゃんは結局どれが良いの?」
「問題・・・外・・・・・」
「まどか、大丈夫よ」
「ほむらちゃん!」
「そうだよまどか!この世には奇跡も魔法もあるんだから!」
「つまり・・・・・奇跡や魔法がないと駄目なんだね・・・・」

ほむらの励ましもさやかの言葉で上書きされ・・・・・・隅っこで落ち込むまどか。

「で、どっち?」
「まどかは放置か・・・・・・。俺は別にどっちとかは―――」
「青髪のおねえちゃんみたいな『ほどよいおっぱい』?緑髪の『おっとりおっぱい』?それともキョーコみたいな『中途半端』?」
「この場合・・・・あたしは褒められているのかな?」
「おっとり?」
「中途半端って、なんか一番雑な・・・・」
「大丈夫だよキョーコ!問題外に比べればカメハメ波と太陽拳!」
「違いは?」
「どちらが万人に求められるか!」

重要なのは貧乳ではなく問題外ということ。もう男と言う可能性すら内包するのが問題外なのだ。

「また言ったぁ!あ、あなただって私と変わらないよっ」
「ふふん、ゆまの胸には無限の可能性が秘められているの!」
「私だって秘められてるよ!成長期だもん・・・・・・・これからだよ!」

顔を伏せる織莉子。

「だからそれをやめてください!」
「あっ、ごめんなさい!そうよね・・・・諦めては駄目・・・・・諦めちゃ・・・・・ッ」

何かに耐えるように口元を押さえる織莉子。彼女は予知能力者。

「う、うわぁ~~ん、ほむらちゃーん!」
「大丈夫よまどか!私はあなたの味方」

ほむらの胸に飛び込んだまどか、そんな彼女を受け止めたほむら。そこには友情があった。

「そうだよねッ、ほむらちゃんだけは私の味方だよね!」
「ええ、例え世界中が貴女の敵になっても私はまどかを裏切らない」
「ほむらちゃん!」
「まどか!」

熱く抱擁し合う二人は親友だった。

「うん、ほむらちゃんも私とそんなに変わらないもんね!」
「えっ、ええ・・・・そうね、まどか」
「でも暁美ほむらは・・・・あっ、いえ何でもありません!いえホント何でもないんです・・・ゴメンナサイッ」

いきなり織莉子が呟いて即座に謝った。彼女は予知能力者。何かを観測し、まどかを傷つけないように口を閉ざす。

「・・・・・・・・ほむらちゃん」
「な、なにまどか?」
「・・・・・・・」
「ま、まどか?」
「・・・・・・・・・・・・・」 じわっ
「Σ(゜□゜)」


「ほむらちゃんのブルータス―!!!」  
「まどかぁー!?」


目元に一杯の涙を溜めたまどかはほむらの抱擁を振りほどいて走り去っていった。
岡部はその様子を杏子と共に見送り

「バイト戦士よ」
「杏子だ・・・・で?」
「帰ったら―――――家族会議だ」
「ゆまの今後の教育について?」
「ああ」
「賛成だ・・・・・ところでよ」
「む?」
「結局お前は誰のおっぱいがいいんだ?」
「・・・・・・・・・・」
「ちなみに『問題外』は因果を突破してアルティメットな存在になっても『ささやかなおっぱい』にしかならないからね!」
「ゆま・・・なぜお前がそんなメタなことを知っているん―――」
「そうなの!!?」
「あ、帰ってきた」

原作という呪いは強力であり、彼女はどんなに頑張っても・・・・・・・

「キュウべえ!私の胸をマミさんぐらいおっきくして!」
『え?』
「まどか!?」
「止めないでほむらちゃん!私・・・・魔法少女になる!」
「待っていくらなんでもソレはないんじゃ――――――」
「ブルータスなほむらちゃんには私の気持ちがわからないんだよ!!」
「ほむ!?」

まどかの切なる願いにキュウべえは答える。

『まどか、願いを叶えるにはエントロピーを越えなければならない』
「うん?」
『必要なのは二つ、一つは思いの強さ。君の強いその感情は条件を天元突破しているから問題ない』
「じゃあ大丈夫なんだね!」
『もう一つは因果の量だね。それが足りなければエントロピーは越えられず願いは叶えられない』
「・・・・・・・・・なにが言いたいのかな」
『足りないんだ』

風が・・・・・どこからともなく吹いて皆に哀愁を漂わせる。
もう、誰もが辛かった。


「俺だ、・・・・・・なに?これがシュタインズ・ゲートの選択だというのか!」

原作の呪いは強力だった。

「エル・プサイ・コングルゥ」


「あんまりだよ!こんなのってないよぉおおお!!!」








終わり


なんか受信してました。こんな感じの電波を複数受信してました。
やっぱり夜にいきなり書き始めるととんでもないですね?
でも『妄想トリガー』としてたまには息抜きで書きたいな―って思ったりなかったり。


追加文を後日投稿した時に消しますので気にしないで流し読みしてくだい・・・・・だったのですか割と好評だったので・・・・せっかくなので残しておきます。


もう一度・・・・妄想なので気にせず読み流してください!






[28390] episodeⅠ χ世界線0.409431「通り過ぎた世界線」⑦
Name: かっこう◆7172c748 ID:3f6e4993
Date: 2012/05/10 23:33

同じ時を繰り返し、同じ失敗を繰り返す以上岡部倫太郎はずっと弱いままだ。鳳凰院凶真は決して強くなれないままだ。
自分自身ソレを理解している。これまでずっとそうだった。
何度経験しても慣れない。何度戦っても怖い。何度死にかけても強くなれない。
いつだって誰かに助けられてきた。一人じゃ前に進めなかった。
だから何度も戦った、だから何度も傷ついた、だから何度も失った。

「それでも―――」

見上げた先に岡部は観た。微笑む織莉子のソウルジェムに罅が、濁りが、呪いが溢れだそうとしている。
伸ばした手は織莉子には届かない。離れていく、織莉子は既に動いていない。岡部が遠ざかっているだけだ・・・・・その意思に反して。
届かない、追いつけない。いつも肝心な時に、その想いに反し岡部はあと一歩が足りない、だからいつだって望みに辿りつけない。
どんなに祈っても、どんなに願っても奇跡は起きない。そんな運命を、因果を岡部倫太郎は持たない。

「俺は――――」

落ちていく。結果が岡部の望みを無理だと笑う、岡部の行動を無茶だと非難する、岡部の足掻きを無駄だと―――

『無駄なんかじゃないよ』  ―――ああ そうだ 絶対に無駄なんかじゃない

『不死鳥の名を抱くのは伊達じゃないニャ!』   ―――足掻き続ける その先に何が待ち受けていようと 

『そんなことはどうでもいい、ですよ』   ―――今やるべきことはたった一つ

『証明・・・・』   ―――示すべきだ 間違っていない 無駄なんかじゃないと

『存在が消えてしまっても、過去に残した言葉はきっと、未来へと届く』   ―――想いは繋がっている 世界を超えて届く

『ごちゃごちゃ細かい事はいいから、女の子を助けることだけ考えればいいんじゃね?』   ―――まったくもってそのとおりだ

『鳳凰院凶真はね、昔、まゆしぃのことも助けてくれたんだよ』   ―――そうだな まゆり そうだったな



・・・・・・・さすが俺が見込んだラボメンだ 分かっているじゃないかっ この俺、鳳凰院凶真は無敵だっ

なぜなら俺は諦めない――――絶対に   諦めない限り    俺に敗北は無い!

だから――――


「跳べよぉおおおおおおおおおおお!!!!」









χ世界線-0.275349



燦々と降り注いでいる温かな日光が木漏れ日となり、その優しい光のせいで学内のカフェで転寝をしてしまった織莉子。
その場にいる男性陣は織莉子の寝顔に瞳を奪われ、女性陣は連れの男性を叱責することなく制裁ノートにチェックをいれる。
そして、睡魔が織莉子を本格的な睡眠に誘おうとしたとき――――

「隙あり!」
「ん・・・」

むちゅっ、と、唇を奪われた。

五分後、白女の制服を纏った少女が元気良く現れた。
背中の中間まで伸びたストレートの髪、その先端を黒と白の二匹の猫がプリントされた髪留めでまとめている。
彼女はカフェ内を見渡し探し人を発見、鞄を持っていない方の手を振りながら駆け寄って行く。

「いた!オリコお姉ちゃん、キリカお姉ちゃんっ・・・・・て、にゃああああああああああああああああ!!?」
「あら、ゆまちゃん。もう学校は終わったの?」
「平然と話しかけてきているけど大丈夫!?キリカお姉ちゃんが愉快な怪奇死体みたいに土下座しながら痙攣しているけど!?」
「大丈夫よ、肋骨と肋骨の間に手刀を打ち込んで肺を直接打撃して抉る様に捻りを与えながら助けを呼べないように口を塞いで酸素を制限しつつ貴女がくる直前までそれを繰り返し行っただけよ?」
「文法が若干意味分からないけどえぐすぎるよっ、どうしてそんな事を――――」
「そうね・・・・・まだ足りないわ」

びくっ!   愉快で怪奇な変死体が震える。

「死んじゃう!キリカお姉ちゃん死んじゃうよ!!」
「“眠たそうで可愛かったから”と言う理由で唇を奪った者には相応の罰が必要よ」
「私・・・・キリカお姉ちゃんの事は絶対に忘れないから」
「速攻で見放された!?」

変死体は勢いよく立ち上がり己を弁護する。

「これには訳があるんだよ!」
「“眠たそうで可愛かったから”でしょ?」
「うん!」


閑話休題


「学校の方で何か変わった事は?」
「うん!みんなから尊敬と崇拝を集めつつ女子からは履歴書を、男子からはラブレターを大量に貰うようになって・・・・・正直めんどい!!」
「元気に正直すぎるけどこっちと余り変わらないわね・・・・・はぁ・・・」
「オリコお姉ちゃんのところもなの?」
「ええ、本気の気持ちは伝わるんだけど・・・・こればっかりはね」
「オリコお姉ちゃん綺麗だからね」
「・・・・・・?ゆまちゃん、履歴書の事よ」
「そっちかー、まあ・・・・・気持ちは分かるかな。小規模事務所の割には全員、それぞれが各分野で有名になったもんね」
「ここまで大きくなるとは思わなかったわ・・・・・未だに10人も所属してる人はいないけど・・・・新人が入る度に話題になるし――――」
「それに実質お姉ちゃんが事務所のトップだからね。興味がある人は一度は頼み込んじゃうのも仕方がないよ」
「どんなに頼みこまれても『未来ガジェットプロダクション』は雇用条件が厳しいから・・・・・ある意味緩いんだけどね。どんなに熱心にアピールされても困るわ」
「『魔法少女』であること・・・・・短命な魔法少女達を救済する一環で創られた居場所だからね」

一つ。居場所
一つ。お金
一つ。支え

彼女達が生きていく上で必要な最低限のモノを与えるために織莉子と一人の男・・・・・あと一匹(?)が立ち上げた芸能事務所。
魔法少女は時間が経つにつれて普通は当たり前に関わる社会に適合することが難しい。
『グリーフシード』。それを生きるために求める、学生の時は・・・・・社会に出ながらソレを獲得するのは難しくなる。
職場に勤めながら魔女を倒しグリーフシードを求める。簡単のようで難しい。日々ストレスにおわれながら命がけの戦い。ソウルジェム、魔力の疲弊は膨大で必ず魔女と出会える保証も無い。
もし、自身の住んでいる地域から魔女が居なくなったらどうなる。遠出して魔女を探す・・・・・学生にくらべ社会人にそれほど休みはない。無理をすれば最悪クビだ。
仮に魔女だけを倒し使い魔を放置すれば・・・・・それも一つの手段、しかし魔法少女は一人ではない。同じように求める者がいる。なかには“正義感から使い魔を魔女諸共一掃しようとする新人が現れるかもしれない”。
故に命がけで戦う存在は魔女だけではない。魔法少女も敵となる、むしろ知能がある分一層やっかいな存在である。
グリーフシードには限りがある。時間も環境も仲間も理解者もいない。基本的に彼女達の未来には困難が多い。一人では確実に限界があり、求めるモノにも限りがあるので協力者もなかなかできない。
それを解決するために立ちあげられたのが『未来ガジェットプロダクション』。通称『FGP』。訳ありの彼女達を支えながら仕事を与え、事情を知るゆえにある程度の融通も利く。
ちなみに職員のほとんどが魔法少女の関係者だったりする。家族や親戚、友人や恋人といった信用できる人物、かつ彼女達の事情に理解と納得、その両方を持ちえる人達。
グリーフシードも協力体制、手の空いている者で遠征に出かけ確保し、また五号機で実践訓練的な活用方法もできた。

―――芸能事務所・・・ですか?
―――うむ。お前達は基本的に可愛い奴が多いからな、アイドルでも歌手でもモデルでもやっていけるだろう。お金も稼げて他人から応援される・・・・なかなか良い案ではないか!
―――そうでしょうか・・・・・そう簡単にはいかないと思いますよ?業界には黒い事も多々ありますから逆にマイナスになる可能性も・・・・
―――手は打ってある。全てとは言わないが我らには特殊ステルスエージェントのキュウべえがいる。ある程度の妨害陰謀謀略暴力暴論に対しての情報は安全に確保できる
―――僕も手伝うのかい?
―――当たり前だ。ちなみに表舞台に立つのが嫌という奴や引きこもり気味の奴も声優なら喜んでやるだろう
―――・・・・・・?
―――引きこもりは基本アニメが好きだし、何よりお前達が声優をやればヒット間違いなしだ!
―――でも、私は・・・・
―――織莉子、君は可愛いし周りと比較して綺麗だと・・・・俺は自信を持って言える
―――ふぇっ!?
―――凶真 君は知り合いの魔法少女みんなに同じことを言っているよね?
―――へぇ・・・・・
―――ちょっ!!?
―――サイズハング【カマかけ】を他の子から依頼されていてね・・・・悪く思わないでほしいな 僕だって無駄に死にたくはないしね
―――・・・・・・・何か言いたいことはありますか?
―――これが・・・・・シュタインズ・ゲートの選択か・・・・・・・

そんな、訳の解らない会話と“爆発”と“折檻”からあれやこれやで今がある。最初の頃はトラブルが多く、新人が入る度に揉め事が絶えない状況だが概ね順調と言える。
死人、魔女に返り討ちになった少女も今の所存在せず行方不明等の理由から世間の追及も特にない。彼女達との付き合いも長いモノで・・・・・今では織莉子のように退役し事務と魔女の討伐に身を置く者、芸能関係に力を注ぐ者に分かれ支え合ってやり繰りしている。

「あ~も~、お兄ちゃんはいつ帰ってくるかなぁ~」
「会いたい?」

座った椅子を後ろに倒しながらゆまは不満を漏らす。
その拗ねた表情が可愛くて愛おしく、織莉子は身を乗り出し彼女の口元についていたクリームをハンカチで――――

「にゃあっ?も、もうっ、子供扱いしないでよ!」
「中学生はまだまだ子供よ。それに、そんなんじゃ立派なレディにはなれないわよ?」
「ラブレターも沢山貰ってるって言ったでしょ!」
「そうだったわね、それで気になる子はいた?貴女と出会ってもう長いけど・・・・・男の子の話題がまったくないから心配で・・・」

―――お前達は基本そのレ・・・・、アレの傾向が強いから・・・・いや、俺は他人の趣味趣向にいちゃもんは付けないし君とキリカを見れば一層理解できる
―――そう・・・・・愛は世界を超えるのだな 素晴らしい

そう言って意味深に頷くあの人の誤解を解くのに苦労したなぁと、織莉子は内心ため息をつく。
実際にそのケの少女は多い。特殊な環境で生きているのは確かなのでしょうがないと・・・・・理解し分からなくもないと思っていたが困る事もある。
それも頻繁に・・・・・ここでは深く述べはしないが。
ファーストキスが・・・・・・・!いやっ、女の子同士ならノーカンだ!突然でいきなりだったから無しだ!タイムマシンが欲しい・・・・。一年・・・・いや一年と三カ月前に!!

「もうっ、余計な御世話だよ!」
「やっぱり女の子に興味があるのかなって・・・・」
「ホントに余計な御世話だよ!?」

床でゾンビのように悶えているキリカを黙殺しながら二人は雑談に華を咲かす。
出会って四年、“再会して四年”。織莉子とキリカは大学生で、ゆまは中学生になっていた。

「そういうオリコお姉ちゃんはどうなのさっ、いっぱい告白されてるんでしょッ」
「今は・・・誰かと付き合うつもりはないわね」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・お兄ちゃんがいるしね」
「ちがっ・・・!だからっ、彼は関係ないわよ・・・・・うん!」
「ふ~~~~~~~~ん」
「な、なに?」
「べぇっつに~~~~・・・・」

ゆまは ずずず、と、注文したコーラをストローで音を立てながら不満を訴えるように飲む。
そして声を沈ませ視線を伏せながら尋ねる。もうずっと何度も何度もした質問。
元気一杯という言葉を体現したような少女が、いつも笑顔で苦しい事も辛い事も叩き潰すように歩く千歳ゆまが寂しそうに呟く。

「お兄ちゃん、いつ帰ってくるの?」
「・・・・・・・・・・」
「もう、一年以上も帰ってきてない・・・・最後に会ったって何ヶ月も前だよ?それも私達が会いに行ってだよ」
「うん・・・・・」
「帰ってこないの?」
「ううん、ソレは無い。ちゃんと帰ってくるわ」
「ホント・・・・?」
「ええ、“ソレは本当”。ようやくね・・・・・ほんと毎回毎回ハラハラさせる困った人だわ。でも大丈夫、ちゃんと日本に帰ってくるわよ」
「オリコお姉ちゃん本当に!?帰ってくるの!?いつお兄ちゃん帰ってくるの!?」

泣きそうな顔から一転、ゆまは満天の笑顔で織莉子に跳び付く。あまりの嬉しさに涙が目元に浮かんでいた。
織莉子は首に抱きついてきたゆまを抱きしめ背中を優しく撫でる。嘘は言っていない。
ただ、出会えるかは分からない。きっと・・・・二度と出会えない。

「そこまではまだ分からないわ」
「でも帰ってくるんでしょ!よ~し、成長したゆまをお兄ちゃんにみせてビックリさせてやるぞー!」

それを伝えきれない、その罪悪感が織莉子を襲う。

「そして浮気について洗いざらい吐かせて折檻して拘束して二度と外国に行かないように洗脳・・・・じゃなくて魅了してそれから――――」
「何か・・・・不適切な単語が混じってたわね」
「浮気の事?大丈夫ちゃんとゆまが洗脳・・・・・じゃなくて調教っ・・・でもなくて躾け・・・・・・違くて拷問ッ・・・・尋問?・・・・でもなくて洗脳しておくから!」
「一周して洗脳に戻っているわよ」
「魅了しておくから大丈夫!」
「ゆまちゃん、あの人は――――」
「ゆまも大きくなったから任せて!」

腕を解いて正面から織莉子の顔を見詰めサムズアップする少女は確かに可愛くなった。
出会った当初は鬱もあり他人に心を開かなかった、それが今では身長も伸び第二次成長期特有の成長部位は四年前の面影を残すことなく・・・・・?深く言及はしないが純粋に見た目も笑顔も魅力的な愛らしい少女へと変貌していた。
その少女は混乱しているのか、彼が帰ってきた時のプランをブツブツと呟いている。聞き取れる言葉の中に『約束』『監禁場所』『旅行』『資金』『カメラ』『準備』『武器』『グリーフシード』『証拠』『拘束』『世界地図』『逃走経路』と一部に危険な単語が混じっている。

「えっと・・・・ゆまちゃん?」
「ハッ!?そういえば既成事実!でもゆま・・・まだ中学生だし・・・・う~ん?」
「・・・・ゆまちゃん?」
「そもそも既成事実ってなに?クラスのみんなは教えてくれないし・・・・・・どうしらいいかなぁオリコお姉ちゃん?」
「どうされたいのかしらね? ゆ ま ちゃ ん ?」
「――――あ」

閑話休題

「ゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイ・・・・・」 ((((;゜Д゜)))カタカタカタ
「次は許さないからね?」
「い、イエス・マーム!!」

説教と言う名の教育を受け正気を取り戻したゆまに、織莉子はため息を吐きながら力が抜けていくのを感じた。
彼の事になると彼女達は毎度暴走する。分かってはいるが毎回こうなので・・・・・最近は諦めかけている。
・・・・・・悩む必要も、今日で終わるかもしれない。結果はどうあれ代わりに新たな理由で悩む事になるのは確実だろうけど。
帰ってくる。久しぶりに会える。彼に会いたい会いたくない。
悩みは日々織莉子を責め立て選択を迫る。まだ、どうすればいいのか決断できない。
それでも世界は周り、時間は進み、未来を紡ぐ。

「さて・・・・・・・・それじゃあ帰りましょうか」
「うん、まっすぐ家に帰る?それとも一度事務所に顔出しに行く?オリコお姉ちゃん久々のオフだけど・・・・」
「そうね・・・・一度事務所に――――」
「復・活!!」

ゾンビが復活し会話を遮る。

「・・・・・・・・・反省した?」
「HAHAHA!何を言っているんだい織莉子、愛は不滅という言葉を知らないのかい?」
「ゆまちゃん五寸釘とか持ってない?」
「持ってないよ!?オリコお姉ちゃんは私を何だと思っているの!」
「まったくだよ織莉子、私達の可愛い妹がそんな危険な―――」
「『バールのようなもの』ならあるけど・・・」
「\(゜ロ\)!?」
「それでいいわ」
「汚れても水で流せば綺麗に落ちる新素材なんだ!」
「都合が・・・・じゃなくて丁度いいわね」

得意げに鞄から取り出したバールのようなバールそのものを織莉子に渡すゆま、不穏な言葉を言い直し・・・・やっぱり不穏な言葉のままだったが気にしない織莉子。
身の危険、生命の危険を感じ取ったキリカは即座に行動に移る。呉キリカ、彼女は愛に生き愛のため動き愛のために死ぬ。

「もう黙ってキスしたりしません!」

DO・GE・ZA!愛のためならば彼女は躊躇わない。例え地面だろうが観衆の前だろうが怯まない勇気が彼女にはあるのだ。命がかかっているのだ。命は愛だ。切実なのだ。
最近の二人の愛情表現(?)は耐久力の限界を試すようにギリギリまで行われるのを一番近い存在であるキリカがよく分かっている。
「恥じ?愛の前では何の価値も無いよ!」 呉キリカの名言である。

「許可を取っても駄目よ」
「そんな!?じゃあ私はどうやって織莉子やゆまちゃんとキスすればいいの!?」
「事前に確認と承認と相互理解があれば・・・・私はいいよ?」
「やったぁーッ!!!」

ゆまの言葉に、カフェ内にいる人間全員の注目を浴びながらキリカはゆまを抱きしめ喜びを大声で表す。踊る廻る歌う。彼女は人生を謳歌していた。
ちなみに叫んだり騒いだり床にゾンビを作ったりしても何も言われないのは諦められたからだ。もうこのテの騒ぎは日常化している。

「じゃあ―――これからお姉ちゃんとデートに行こうかゆまちゃん!」
「これから?」
「そうだよっ、良い具合に今日の夜は雨が降るし中学生でも気づかれることなくホテ・・・・ではなくゲームセンターにいれるしね」
「雨とゲームセンターに因果関係は無いよ!何する気なのさッ」
「大丈夫!優しくするから問題無いよ任せてよ!」
「身の危険を感じる!?」
「さて、事前確認は済ましたし・・・・後は織莉子の承認とゆまちゃんとの相互理解だね」
「あまり遅くならないようにね?」
「もちろんさっ、健全な学生としてまっとうな思春期にありがちな過ちを間違わないように一般的なそれでいて決して一夏の思い出みたいな失敗はそれでも若さは時に―――――――大丈夫さ!」
「にゃー!?オリコお姉ちゃんがあっさりと見捨ててキリカお姉ちゃんは大丈夫と言いつつ台詞に若さゆえの過ちも内包する言葉を混ぜながら――――私どうなっちゃうの!?相互理解は何処に行ったの!!?」
「そんなもの楽しんでいるうちに・・・・・じゃなくて遊んでいるうちにゲットできるよ」
「何で言い換えたの!?そこに何処となく不安と恐怖を隠せないよ!それって事後承諾だよね?相互理解の言葉を誤魔化してるよ!不良のやり方だよ!」
「問題無いさ・・・・・好評だったし」
「手慣れている!?」
「HAHAHA!じゃあ行ってくるよ織莉子、遅くなるときは連絡するからっ」
「助けてオリコお姉ちゃん!朝帰りの可能性を否定できない事態が目の前にあるよっ」
「連絡だけは忘れないでね?気をつけて遊んでらっしゃい」
「危険は今オリコお姉ちゃんの目の前だよぉ!?人生のターニングポイントはきっとここで――――!!」

そのままゆまを肩に担いだままカフェを出ていくキリカを織莉子は手振って見送った。

―――は~な~し~て~!
―――そんなに嫌がらないで、大丈夫私達の相性は抜群じゃないか!そう―――好きなBLとか!
―――な、なななななななあなんのこと!!?
―――おや?事務所での最近の話題は主に“コレ”だけど知らなかったのかい?みんな知っているよ、最近のゆまちゃんのお気に入りは『学者君とヴァイオリ二スト』でしょ?
―――みっ・・・みんな?事務所のみんな?
―――あまりにもハードな内容だから織莉子も悩んでたよ?まあ気にすることないよ人の趣味趣向は自由さ!私も買ったしね!
―――み、みんな・・・・・?
―――ん?ああ、織莉子はこうゆうのは不得手だから相談しているのはいつも通り彼に―――
―――にゃああああああああああああ!!!?

と、彼女達の会話が遠くから聞こえてきた頃、ようやく織莉子は席を立ち会計を済ませ外に出る。
ちなみに会話を聞いていたギャラリーの女性陣は「仲間!」と目を輝かせ、男性陣はゲンナリしていた。

≪織莉子≫
≪キリカ?≫

キリカからの念話。

≪辛いなら・・・・・、かわろうか?≫
≪・・・・・・・・・・いいえ、大丈夫よ。ありがとう・・・・・キリカ≫
≪そう・・・なら、ゆまちゃんのことは任せて君は君の成すべき事を、結果はどうあれ私は君と共にいる。それを忘れないで≫
≪ありがとう、大好きよキリカ≫
≪私も大好きだよ≫

念話を終え織莉子は目的地を目指し歩き出す。
キリカには感謝している。ゆまと一緒に遠出し、彼女に万が一でも現場を見られることなく彼に会える。

岡部倫太郎。鳳凰院凶真。『未来ガジェットプロダクション』の設立者の一人にして社長。
二年前にとある『シティ』に拉致(?)され・・・・現在は、というか二日前まで絶賛そこで自分を拉致した人達と意気投合し戦い続けていた。
“戦い続けていた”。予知した通り彼のシティでの戦いは終わった。あとは日本に帰ってきて織莉子が約束を果たす・・・・それで終わる。

「誤解が解けたなら・・・・・さっさと帰ってきてくれれば・・・・・みんなと一緒にいれたのに、あの人は私の時と同じように・・・・・」

ホント、馬鹿な人。と、織莉子は小さく呟き歩き出す。



そして、どれだけの時間が流れたのか。夕日が世界を緋の色に染めている。織莉子は目的地に向けて、彼がいる場所、見滝原中学校に歩いて向かっていた。
歩いて、だ。時間が無いのは分かっている。早く逢いたい気持ちもある。
だが織莉子は歩いていた。少しでも時間を稼ぐように、もう少しだけ可能性を信じて。観測された未来視に別の可能性が生れる事を願って。

そして、見滝原中学校に向かう途中の河原でそれは起きた。―――空が割れた。

「ッ!!?」

同時に織莉子の固有魔法『未来視』がブレる。観測された未来に歪みが発生、“一つに収束されつつあった未来が分岐する”。
分岐した未来の情報、いきなりの膨大な情報に織莉子は頭痛を感じ一瞬ふらつくが口元には笑み、『もしかしたら』と、希望と期待を胸に空を見上げる。
“空が割れた”。“未来が分岐した”。
空が割れたのは未来ガジェットM07号『確率事象干渉方陣【コンティニュアムシフト】』。今いる自分の存在を可能な限り0(無)に近づけて、何処か遠く、其処にいた可能性を、其処にいる可能性を限りなく1(有)にすることで存在を固定する――――早い話がワープ装置。
未来が分岐したのは織莉子の魔法で映し出した未来の過程と結果が現実とずれるから、世界の理を超える存在――――強力な因果を持つ魔法少女や魔女――――か、逆にこの世界の因果をまったく持たない故に織莉子の未来視に引っかからない人物のどちらかを観測する事でおきる。

夕方の見滝原の上空には巨大な紋章が刻まれていた。『紋章』。魔法少女とか魔女とか関係ない、現実世界で見かける家紋だ。
この世界のほとんどの人間が知っている紋章。合衆国にある元は田舎町を、ただ一代で巨大な大都市にまで投資発展させた財閥の家紋。繁栄を極める一方で治安の悪化は止まらず、それでも人々はそこで日々逞しく生きる街。
大黄金時代にして大暗黒時代にして大混乱時代の街。岡部倫太郎が先日まで戦い続けていた場所―――――『シティ』。

「倫太郎・・・さん?」

織莉子の羨望と歓喜、もしかしたら・・・・・いや、“岡部倫太郎がこのガジェットを使用できるなら既に問題は解決している”。
本来、この世界の因果を持たない彼はこのガジェットを使用できない。確たる存在を持たない岡部倫太郎の存在をさらに0に近づければ世界から弾かれる、別の世界線へと跳ばされる危険性があったから。
呪いを背負った彼は、このガジェットを使用できない。呪いが、結果的にこの世界の因果をその身を食わせることで手にいれた、が、その浸食は致命的な損害を与えた。七号機の使用は最悪岡部の死を招く。

「倫太郎さん・・・・・」

実際に己の目で見るのは初めてだが・・・・・このガジェットは恐ろしく目立つ。魔女の結界内とは違い人目につく、今は夕方で会社や学校から帰宅する人達で外は出歩く人が多い時間帯、織莉のいる河原沿いですら――――多くの人達が空を見上げている。

「倫太郎さん!」

でも、そんなの関係ない。今はそこから現れる彼に逢いたい、話たい・・・・逢って話してそれから・・・・これからの事を沢山、沢山あるはずだから。
織莉子の未来視に岡部は映っている。岡部は因果を纏っている。このガジェットを彼が使用したのなら。つまり呪いは浄化できた。なら彼は世界から消えない。
矛盾に・・・・・・気づいていながら、気づく事を織莉子は拒否していた。分岐した未来に映る彼は何一つ変わっていない。織莉子と岡部は見滝原中学で再会、ここでは逢えない―――――――未来は、過程は変化しても一つに収束していた。何も変わってはいない。変えられない。織莉子が約束を果たすために収束する。
空に刻まれた紋章は一点に収束し織莉子の目の前、数メートル先に落下。爆弾が落ちてきたような衝撃と爆音、粉塵が舞い視界が塞がる。
しかしガジェットの本体があるシティから召還された人物が片手で埃を払うように動かすだけで、全ての粉塵を吹き飛ばす。

「ふ~ん、ここが・・・・お父様と凶真の生まれ故郷の日本?」

織莉子の目の前には少女。岡部倫太郎じゃない。彼は七号機を使えない。
赤く紅い、血のように真紅で深紅、夕日のような緋色、どこまでも『あかい』強力な因果を内包する魔法少女。
岡部倫太郎じゃない。彼には魔女の因果が限界まで刻まれている以上未来視にブレは“ほぼ無い”。

「はじめまして、お姉さま」

少女が優雅に一礼。駆け寄ろうとした織莉子の足は止まっている。既に彼では空を割る事も未来を分岐させる事も出来ない。
赤い大きな丸い帽子、真紅の瞳に朱色の長髪、首に黒のチョーカー、胸元には真紅の薔薇のような紋章、胸元から腰、二の腕部分を深紅のドレスで包み半透明な光が緋色のドレスとなり秘所を隠す妖艶な姿。

「私は大十字九朔。世界でもっともイレギュラーで不純な魔法少女にして、鳳凰院凶真には『純粋種【イノベイター】』と呼ばれる者です」

鳳凰院凶真。その名前を聞いて織莉子は、ゆまと同じ年頃の少女を見る。
知っている。話には聞いていた。キュウべえと契約することなく生まれた時から魔法少女だったソウルジェムを持たない魔法少女。
天然ゆえに自然ではなく、純粋ゆえに不純の存在、鹿目まどか、暁美ほむらを超えるイレギュラーの少女。

「突然の訪問をお許しください。私が貴女の前に現れたのはお願いが一つ」
「・・・・・・・・」
「“私達は彼に感謝しています”。彼の協力のもと、14年かけてようやくお父様達の親友エンネア・・・・・魔女を先日撃破できました。また、彼は数々の非礼がある此方に惜しみない協力を――――」
「倫太郎さんは、どこですか・・・・」

織莉子は少女の台詞を切る。
・・・・・・・・ああ、ぬか喜び、目の前の少女に対し理不尽な怒りが湧いてしまうのを織莉子は自覚していた。
分かっていた。岡部倫太朗同様に特別な彼女が織莉子の目の前に現れることで未来視は、観測できる未来は分岐した。それだけだ。せいぜい織莉子が岡部に会うまでの未来が分岐した程度、その程度・・・・・未来は変わらない。
未来視に映った岡部倫太郎は呪われたままだ。未来が分岐しないほどにその身を食らわせ因果を手にいれ・・・・・あとは約束を果たす。

「・・・・・・・・・・・いいわ――――別にアンタの事なんかどうでもいいし」

織莉子から不穏な気配は感じているだろうに緋色の少女はまるで気にしない。
ため息をつきながら髪を掻きあげる。礼儀正しく、優雅に対応していたのはポーズだったように。
おもむろに彼女は小さい箱を自分と織莉子の丁度中間あたりに向かって投げる。

―――未来ガジェットM05号『業火封殺の箱【レーギャルンの箱】』展開
―――グリーフシード『サイクラノーシュ』
―――デヴァイサー『大十字九朔』
―――消耗率66%

ルービックキューブのような四角い箱から魔力が溢れる。それは織莉子と少女を世界から隔離する結界となり―――――部外者を排除。これで邪魔者は存在しない。

「これが何なのか知ってる?量産型だから凶真が貴女にも送ったはずだし――――」
「私はもう行きます」

織莉子は背を向け歩き出す。背後から緋色の少女の殺気にも似た気配を感じるが織莉子には関係ない。
莫大な魔力を必要とする七号機を使い、わざわざ外国から単身織莉子に会いに訪れ、さらに五号機で部外者を排除、余程の用事が、『お願い』があるのだろう。理解している。そうでもなければ目撃者が多いこの時間帯に堂々と現れたりしない。
でも関係ない。お願いなんか知らない。いかなる理由があろうと織莉子は彼女達を許さない。

「私達は凶真に感謝している。これは本当、なんせ14年以上かけた因縁を二年足らずで解決に導いたからね、戦闘面では役不足だったけど・・・」
「・・・・・貴女達の事情は理解しています。それで?彼はもう役目を果たしました、ならもう帰ってください。私はこれから彼に会う約束があるので失礼します」
「そ~もいかないのよ、このままアンタを凶真に会わせるわけにはいかない・・・・・私のお願いはアンタに金輪際凶真と会わないでって――――」

ドゴン!!!

大地を、結界を震わす一撃が少女の台詞を止める。

「ッ、野蛮だわ・・・・・・聞いていた話と違って好戦的ね?一応私は友好的に歩み寄ろうとしているのだけれど・・・・・・、わざわざ慣れない敬語も使っているのにっ」
「・・・・・警告しておきます。私達は貴女方の事が嫌いです」

織莉子は一瞬で真白のドレスに変身していた。少女は元いた場所から数メートル後ろに跳躍していた。
いま、彼女の元いた所には織莉子の手加減抜きの一撃でクレーター状に破壊されている。
動かなければ確実に無事では済まない一撃、そして織莉子は当てるつもりだったし避ける事を予知していたわけでもない。
当たったならそれでよかった。と、本気でそう思っている。

「わかってはいたけど・・・・随分とハッキリ言ってくれるのね?傷ついちゃうわ」
「時間がありません。邪魔するなら殺しますよ」
「時間・・・・・?あはっ、あはははははは!貴女何言ってるの!?いまさら気にすることないじゃないっ」

ヴヴヴヴヴン

織莉子の周りで光が収束し形を成す。白と黒の美しい装飾をされた宝玉、先程の破壊を生みだした魔法を14、一斉に少女に向け発射。

「ロイガー、ツァール」

緋色の魔法少女は怯むことなく迎撃に出る。少女の両手には既に刃が握られていた。

「貴女よりも年齢は下だけど・・・・・・戦闘経験は私が上よ?それに凶真に聞いた話じゃ『未来視』に私は映し出されないのよね」

高速で接近してくる宝玉をかわしながら二本のブレードで切断、彼女の後ろで宝玉は爆散し緋色の少女は爆炎を背景に微笑む。
かつての世界線で暁美ほむら、巴マミ、佐倉杏子と言った高レベルの魔法少女を相手に圧倒した宝玉による攻撃をあっさりと捌く。

「・・・・・・」
「まあ怖い。でもね、お姉さま。時間が無いって貴女は言うけど大丈夫・・・・・“そんなものとっくの昔に過ぎている”。彼、もう半年もまともに寝てないわよ?」
「それをっ、そこまでさせたのは貴女達だ!私達からあの人を奪ったのはお前達だ!!」
「そうね、悪いと思っているわ・・・・・・・で?」
「なん・・ですってっ」
「それで貴女はどうするの?言っておくけど、此処にきたのは私の独断だけど『お願い』は私達全員の意思でもあると理解してほしいわね」

ちりちり、と、少女の握る刃に熱が、強力な魔力が宿り空気を焦がし視界を歪める。

「凶真にはみんなが感謝している。常人ならとっくの昔に発狂していてもおかしくない状況下で一緒に戦ってくれた。NDやFGMシリーズ、なにより連携魔法や合体魔法の発想には助けられた・・・・・これが無かったら私達は全滅してたわ」
「貴女達は・・・」
「ええ、凶真を・・・・岡部倫太郎を大切な仲間だと認識しているわ」

その言葉に、織莉子は神経が焼き切れそうなほどの熱を、怒りを抱く。

―――仲間。それは私達と岡部倫太郎のモノだ。突然現れ彼をシティまで連れ去った連中の言っていい台詞ではない。こいつらが現れなければ彼は私達と一緒に・・・・平穏とは言わない、でも笑って、悩んで、それでも一緒に過ごすことができたはずだ
―――仲間?彼を私達から奪っておいて、彼の残り時間を奪っておいて、彼と私達が過ごせたはずの時間を奪っておいて、これ以上お前達は何を求めていると言うのか、彼になにをさせようとしているのか分からない

どれだけ皆が悲しんだかコイツは理解しているのだろうか?どれだけの時間を不安と恐怖で過ごしたか知っているのか?
彼が戦えなくなったのを知っている。背負った呪いがどういうものか知っている。ずっと一緒にいれない事を知って、それでも彼はいつでもあの場所に居てくれると思っていた。
なのに、その時間は奪われた。彼女達の出現によって、その日のうちに失った。

ヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴンッ

チカッ、チカッ、と、織莉子の周りで再び火花のような光が灯り収束、宝玉を周りに展開していく。

「なに?言っておくけど数を増やしても私には効果ないわよ。シティで戦い続けてきた経験は伊達じゃ―――」
「ほんとに、許せない―――」

ヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴッ ヴヴヴヴヴヴヴヴヴッ ヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴッ

居なくなった。私達をおいて彼は遠い外国に、突然・・・・・・詳しい事情も無しにメールで一言二言・・・・・・
光が収束し宝玉の数は次々と増えていく。28・・・・・34・・・・・・42・・・59・・・
その光景をみても、緋色の少女は怯まない。この程度、あの街では脅威にならない。一人でも対応できる自信があった。

「許せないねぇ?誤解のないように・・・・・って言うか凶真から聞いてないの?」
「全て・・・・・・・全部聞いてる」
「なら―――――」
「ほんっとに許せないわ」
「貴女のそれは―――――」

ヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴッッッ

66・・・・・79・・・・・・・・103と、宝玉は数を増やしていく。

「・・・・・そろそろ止めておいた方がお互いのためなんじゃ――――」
「理解しているわ、貴女達は悪くない・・・・・そうでしょう?だって協力を要請はしたけど強制はしなかった。・・・・・・そうよね?」
「ええ・・・・、事情を話して出来る事なら事態解決のためにシティに招待したけど・・・」
「彼が早速速攻迅速特急で動こうと言って関係者への連絡を疎かにしたのよね・・・・・・彼がっ、倫太郎さん本人がッ」

宝玉の数は増え続ける。織莉子の言葉は刺を突き出すように鋭くなっていく。さすがに緋色の少女の顔が少し引きつってきた。
一人で“コレ”に対応は・・・・・・・限定空間内でこの量の“爆発物”を処理、対応するには限界がある。なのに宝玉は勢いを失うことなく、むしろ加速するように増え続ける。

「あの・・・・・お姉さま・・・・・・?」
「なにかしらイノベイターちゃん」
「凶真がよく言っていたのだけれども・・・・・」
「聞きましょう」
「私達は理解り合うことで未来を築ける――――――と、思ったり提案したりなんかしたり――――」

ぶちっ☆

「いい言葉ね―――――――怒りが湧いてくるわ。死になさい」
「ひぃ!?」

ヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴッ ヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴッッ ヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴッ ヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴ ヴヴヴヴヴヴヴヴヴッ  ヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴ ヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴッ ヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴ ヴヴヴヴヴヴヴッ ヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴッッ ヴヴヴヴヴヴヴヴ!!!!!

116・・・・・128・・・137・・・・・151・・・・・164・・・・・・・・・193、織莉子の背後には星空が輝いていた。

「本当に自分勝手で自己中心で自己完結するのがお好みのようね・・・・・・、理解り合う?突然私達を置いていってよくもまあそんな言葉を吐けますね?ええ分かっていますよ困った人を助けようとする人だから皆が懐いて集まって感謝してついていって、でも誰にでも手を伸ばすモノだからすぐに無理して傷ついて心配する身にもなってと何度忠告しても毎回毎回事後報告で新しい女の子連れてきて問題解決したら放置とは言わないけど私達に年頃の女の子だから任せた!なーんて言って面倒は押し付けるしそもそもFGPの社長なのに私に全てを押し付けて海外?それも突然メールでしかも現地に着いてからってなんなんですか?いきなりそんなこと言われても状況把握と皆に説明するのにどれだけ手間取ったのか分かっていませんよね?探しに行くと跳び出す娘はいるし泣きだすはソウルジェムは濁ったりでおまけに仕事の打ち合わせに社長不在のフォローにしっちゃかめっちゃかで私は泣く事も悲しむ事も考える事もする暇がなくてなのにメールでこの街スゲェー今度皆で遊びに来ようって呑気にしていてホント一生懸命頑張っているのは知ってたから強く言えなくてそもそもコッチも忙しいのを知っていながらみんなで来れるわけないってじゃあ誰が行くかでもめるにもめて事務所半壊させて相談したら爆笑で―――――」

許さない。織莉子は許さない。許せない事は多々ある、例えば目の前の少女とその関係者。
彼等がいなければ岡部と一緒に沢山の時間を過ごすことは出来た。少なくとも海外といった気軽に会えなくなるような事態にはならなかった。

「まってっ!その怒りは凶真本人に直接ぶつけて――――!!?」

だが、何よりも許せないのは岡部倫太郎本人だ。

「―――――だいたい今回の件も自分の立場を考えずに相談も無しに了承して信頼とか綺麗事で私に事務所の事任せて一年以上も留守にって神経イカレテいるんですか?そうですかそうですねそのとおりですね―――――覚悟しなさい!!」
「私が!?さっきから気づいていたけど貴女のそれって理不尽極まる八つ当たり――――」
「それが?言いましたよね私は貴女達が嫌いだって」
「ちょっ、凶真から聞いていた話と違い過ぎるでしょこの女―――――!!?」

織莉子が片手を天に伸ばすと連動するように星空となった宝玉――――その数は300を超えていた―――は天へと上がり怒りと激怒を表現するように過激に輝いている。

「誰かに八つ当たりしたい時に都合よく来てくれてありがとう――――消えないさい」
「喜んで消えるわよ!結界解くからソレを引っ込めなさ―――!」
「遠慮しないで、せっかく遥々遠くからわざわざ彼に会うなって忠告を命知らずに言いに来てくれたんだもの―――吹き飛ばしてあげるわ」
「ちょまっ、まってそれはシャレにならないから本気で待ちなさいよ!それには理由があって―――」
「知っています」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「彼が私と会ったらどうなるか、予知なんかしなくても予想も予測もできる。理解しているわ」

一瞬で素に戻った織莉子に少女は返せる言葉をもたない。約束をしたのは岡部倫太郎と美国織莉子、なにより岡部は彼女との再会を望んでいる。それを妨害などホントはしたくない。
緋色の魔法少女、大十字九朔とその関係者は岡部倫太郎の事を大切な仲間だと本気で思っている。そして岡部も彼等の事を仲間だと、だからこそ一年以上も日本から遠く離れた土地で、織莉子達と離れ離れになりながらも戦った。
感謝している。やり遂げた彼等は岡部にこれからも街で一緒に過ごさないかと提案・・・・断られると知っていながら何度も何度も言い続けた。
“大切な仲間だからこそ、岡部が美国織莉子に会う事を彼等は拒んだ”。会えばどうなるか知っているから。でも、本当に大切だから岡部の意思を拒絶することができなかった。既に時間切れで限界を超えてしまった仲間の、その最後の願いを無碍には出来ない。
彼等は織莉子同様に知っている。すでに岡部倫太郎は限界で手遅れということを、それでも彼等は探し続けている。“今この瞬間も岡部倫太郎と言う仲間を助けきれる方法を模索し続けている”。
織莉子は知っている。目の前の少女は時間稼ぎを、他の仲間は岡部を助けきれる可能性を今この瞬間も探し続けていることを知っている。
もう、どうしようもないと理解しながらも抗う。岡部倫太郎のように彼等もまた、どうしようもないほどの“お人好し”だから。

「なら、貴女は凶真に―――」
「会います。私は倫太郎さんとの約束を果たす」
「――――ッ」

誰もこんな結末は望んでいない。望んでいる彼以外は。選ばねばならなかった。選ばなくてもいいのに、選択する。
四年前、再会したときの約束を果たす。それの邪魔はさせない。
岡部倫太郎はそれを望んでいるから、それを支えに今も生きながらえているから。

「・・・・・・~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ッ、勝手にしなさい!!!」
「・・・・・・・・・ごめんなさい」
「謝るな!」

その台詞は岡部倫太郎を彼女達から遠ざけ一緒に過ごす時間を奪った自分達が言うべきで、彼女達は此方を糾弾する事が出来る。どんなに謝っても許されない、どんな償いも意味を成さない。
でも、九朔達も岡部を大切な仲間だと、過ごしてきた時間は嘘じゃないと言える自信と想いがある。伊達や酔狂で共に命をかけて戦ってきたわけじゃない。
だから悔しい。だから苛立つ。奇跡と魔法を宿しながら岡部に何も・・・・せいぜい願いの邪魔をしないことしかできない。まだ、なにも返せていないと言うのに・・・・。やり遂げた自分達には『これから』が、なのに岡部には『既に』・・・・・・・・こんなにも悔しい事は無い、無力な自分達に苛立つ。
なのに岡部は此方に感謝している。そして、岡部は美国織莉子に会うために、時間が無いのは知っているがさっさと日本に帰ってしまった。あっさりと、自分たちよりも美国織莉子を選んだ。
きっとそんな単純なことではないと分かっているが、それでも納得は出来ない。日本にいるよりもシティの方が、彼女達よりも自分達の方が彼の力になれると確信していたから。

「・・・・いいわ。せいぜい貴女が未来を変えきれる事を祈ってあげる」
「・・・・・・」
「それが・・・・・“それも、私達の意思よ”」

そう言って、緋色の少女は立ち去ろうとし――――。

「ありがとう・・・・・・、じゃあ吹き跳んでね?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・え?」
「ボケっとしていると、っていうか本気でかまえないと死にますよ?まあ、それでもいいですけどね」

織莉子に呼びとめられる。

「あの・・・・・・・・・なぜ?」
「嫌いだから」
「・・・・・・・・さすがにこの量はマズイ・・・・と思うのよね?・・・・・うん、たぶんお父様もビックリするぐらいシャレにならないんだけど?」
「貴女がどうなろうと関係ありません」
「そんなあっさり!?」
「『流星【ミーティア】』」

笑顔のまま怒りを内包した織莉子が腕を振り下ろし、宝玉が流星群のように視界を覆いながら少女に殺到する。
逃げ道なんか―――在る筈がなかった。

―――あと織莉子は怒らせると怖いから・・・うん、もし会うことがあって――――それで怒らせる事があったら・・・・・・・もう諦めろ

岡部が言っていた言葉を思い出しながら、生まれて14年間の思い出を走馬灯で上映しながら、緋色の少女は結界内が爆散されるなか必死で叫んだ。

「いぃいいいいいいいいいいいやあああああああああああああああああああ!!!!!?」






星が、光が全てを照らしつくし数分後、衝撃に耐えきれなくなって結界が解けた。破壊されたとも言う。
そして織莉子は変身の解けた少女をその辺のベンチに放置し再び目的地に向け歩き出す。
岡部倫太郎との約束を果たすために。
岡部倫太郎をこの世界から――――







χ世界線0.409431


カチッ

「わっ!?」
「きゃ?」

ほむらの時間停止の魔法でさやか達の傍まで移動した岡部とほむら、そしてまどかの三人は打ち合わせ通りに行動を移す。さやか達からは突然三人が現れて見えたので驚いているが対応している暇は無い。
同時、岡部の体が発光し元の白衣姿に戻る。限界だった。岡部はほむらと繋がる事に■■していて、それを繋がっているほむらに勘付かれる前にNDを停止した。

「杏子ッ、一旦下がれ!」
「貴女達は後ろに下がってっ」

岡部が魔女と戦っている杏子に声をかける。杏子は魔女の大鎌の一撃を弾き岡部達のいる方向に跳躍、マミとゆまも織莉子の宝玉を警戒しながら後退する。
ほむらはまどか達に自分の後方に移動するように伝え決戦に備える――――が、ここで後ろに下がるはずのまどかが岡部の服を離さない。何かに怯えるように、顔色は良くない。

「まどか・・・・?」

ほむらの言葉にまどかはハッ、と、自分が何を考えていたかのか、何を思い出していたのか――――思い出せなくなり混乱する。

「え・・・?あれ?」
「下がっていろ、すぐ元に戻る」

岡部の言葉にまどかは不安を、違和感を、恐怖を、言葉に出来ない何かを感じた。岡部は「元に戻る」と言った、それは結界が解けて元の学校に戻るのか、異常の今が終わり日常に戻るのか、戦闘が終わり平和に戻るのか、それとも“誰かがいない本来の世界に戻るのか”、何を意味しているのか分からない。
分からない、自分が何に怯えているのか、だから手を握っているほむらを無意識に引き寄せ、残った片手で岡部の白衣を握りしめ続ける。分からない、でも離したら何かが起こってしまう。私にじゃない、彼と彼女に・・・・でも『私』は―――――

「んっ!」
「あっ!?」

べしっ、と、ゆまのもふもふした手でチョップ・・・・・上から叩(はた)かれてまどかは白衣から手を離してしまう。いつの間にか、いや、岡部が杏子に声をかけてから、すぐに全員が集合していた。
ゆまはさらにぐいぐいと、岡部から引き剥がすように両手でさやか達の方に押しこむ。

「えっ?やめっ、わたし―――」
べしん
「やっ、まって―――」
「シャァー!」
「ひゃう!?」

まどかが再び手を伸ばせばゆまがそれを叩(はた)き落とす、それでもめげずに手を伸ばすまどかを今度は威嚇する。
ゆまは岡部の右腕にギュッ、と掴まりながらまどかを睨みつけて叫ぶ。

「お前さっきからなんなんだっ、おにいちゃんの邪魔しないで!」
「ちがっ、私邪魔なんて―――」
「おい岡部倫太郎、そいつお前の知り合いなんだよな?なら話は後にして下がらせろっ」
「いや、知り合いと言うか・・・・・」
「まどか、今は下がって」
「まって、ほむらちゃん私は――!」
「今はさやか達と一緒にいろ」

ほむらに手を引かれて、岡部に言われて、まどかは力なく伸ばした手を下げる。
怖いのだろう、そう思ったさやかと仁美に抱きしめられ、さらにほむらが傍で手を優しく握り、落ち着かせようとしてくれる。
だから、まどかはこれ以上、理由の分からないまま彼等に迷惑をかけるわけにはいかないと、不安が消せないまま、きっとこれは皆より怖がっているだけだと自分に言い聞かせながら―――それでも、言葉だけはと声を届ける。
何もできない自分とは違い、ほむらや岡部と一緒に戦える人達に。

「お願いっ、ほむらちゃんとオカリンさんを離さないでっ」

意味が分からず皆が怪訝な顔で首を傾げるなか、ゆまはまどかに反論する。

「おかりんさんなんて知らないっ、おにいちゃんはおにいちゃんだ!」

正直な話、千歳ゆまは鹿目まどかが好きではない。会ったばかりどころかろくに話もしてないのだから当たり前だが、岡部にやたらくっ付いているので好きにはなれない、岡部もなにかとまどかを、よく分からないが特別な、そんな感じで接しているように見えるのでそれも手伝ってあまりいい気はしない。
子供じみた、実際に子供そのものなのだからおかしくはないが、ゆまは親しい自分の兄に馴れ馴れしく接するまどかのことを警戒していた。

「おにいちゃんは、ゆまと杏子と一緒にいるもんっ」
「何の事か分かんないけどさ、岡部倫太郎もそこの黒いのもちゃんと守ってやんよ」

ゆまは、それに杏子も、それでも言葉に、岡部倫太郎を離しはしない。と、まどかに伝わる様に意味深に答える。
意図的ではなく、無意識的なものだったが、その優しさと言ってもいいのか分からない小さなモノに、まどかは少なからず安堵した。
ここには、二人の事を想っている人達がいることに安堵した。

―――二人が その想いにどう応えるのか どの世界線でも 無限にある世界で それが何よりも重要なのは知っていながら 鹿目まどかは安堵していた

岡部倫太郎、暁美ほむら。似ているようで似ていない彼等。同じでありながら違う彼等。近いようで遠い彼等。二人は世界で誰よりも似ていて、同じで、近くにいる存在でありながら、お互いを遠い存在として観測し続ける。

―――皆がどれだけ手を伸ばしても、どれだけ想っても、彼等がどれだけ手を伸ばしても、想っても、その手と想いは一時的に繋がっても、最後には離れてしまう。

この世界線での行動の結果が、まだ未来が定まっていなかった世界での彼等の意思が後に全てを巻き込む。
本来の世界の在るべき形であるアトラクタフィールドμ
岡部が関わることで生まれたアトラクタフィールドχ
二つの世界を巻き込んで岡部倫太郎と暁美ほむらは自分の望む世界を目指し戦い続ける。

他の誰でもない、自分の望む未来のためにだ。



「織莉子、キリカ。決着をつけよう」
「――――」
『――――』

岡部の眼前、織莉子と魔女も合流して視線を岡部達に向けていた。魔女は片手を失い、新たに精製した、織莉子の周りを旋回していた宝玉も数を減らし続け残り8。魔力に余裕があればまだ精製できると思うが限界が近いのは確かだ。
とは言え、それは此方も同じ。一応ある程度の魔力を回復はできたが本調子とはいえない杏子、限界近いマミ、ゆま、ほむら。岡部はNDを停止し左腕は折れている、と言うか全身が痛い、それを思い出して痛みから目元に涙を浮かべそうだったがなんとか堪える。
状況は相手も此方も疲弊が多い、が、魔女と違い時間が経つほど魔法少女は不利になる。人数では上だが有利とは言えない、最悪この中で再び魔女化する者が現れたら・・・・・・・・・・。
勝率を上げるには『失われた過去の郷愁【ノスタルジア・ドライブ】』をどう活用するか、魔法少女と繋がり共に歩むための未来ガジェットを誰に使うか。
ここには佐倉杏子、千歳ゆま、巴マミ、暁美ほむらの四人の魔法少女がいる。
佐倉杏子は現在このメンバーの中で一番展開率は高い。展開率が76%。過去最高値。
巴マミはこれまでの世界漂流で一番多く岡部と共に戦い続け、この世界線では一度も繋げた事はないが、それでも杏子の次には展開率も高い・・・・と思う。彼女が憶えていなくても岡部が彼女の事を憶えていて、マミの戦い方に合わせることができる。
暁美ほむらは論外。繋げて分かった。この世界線・・・・少なくとも今のままでは岡部は彼女とだけは繋がってはいけない。
千歳ゆまは・・・・・・・正直よく分からない。今の岡部なら、取り戻した岡部なら以前よりも高いと思うが杏子やマミと比べると見劣りするかもしれない、それに限界近い彼女に、一番幼い少女にこれ以上の負担はかけきれない。

「貴方は、覚悟があるのですか」

誰と繋がり、どんな戦術で、いかにして織莉子達を押さえるか、これまでの世界線漂流での経験を―――壊れかけの自分は、あまり明確には憶えていないが―――思い浮かべていると織莉子が岡部に問いかける。

「覚悟?俺は――」
「貴方のやり方は、想いはいつか自分自身を殺しますよ」

その問いかけに岡部が、傍にいた杏子とゆまにも、思い当たるふしでもあるのか動揺ともとれる震えをみせる。

「なにか・・・・・・観測できたのか?」
「・・・・・・・」
「そうか、お前は優しいな・・・・・」
「貴方はここまでです。ここで・・・・・このままでいいんです」
「お前がそう言うのなら、きっとその通りなのかもしれない。でも―――」

織莉子の言葉には優しさがあった。そこに嘘はなく、まるで岡部の身を案じていた。だからか、岡部の言葉にも刺はなく柔らかい。
くいくい、と、右腕に掴まっていたゆまが岡部の腕を軽く引っ張るが気にしない。織莉子の問いに応える事が先決と判断している。

「そこに、お前達はいるのか?」
「・・・・・・・・・」
「なら俺は抗おう。お前が何を観測しても、それでも俺は全員を助けたい」
「全員は・・・・無理です。そして分かっていますよね。今なら貴方の周りには彼女達がいる・・・・・貴方が本来助けるべき人達はそこにいる」

もし、織莉子と魔女がいない状況なら悪くない状況で『ワルプルギスの夜』に挑む事が出来る。まどかとさやかは魔法少女ではないが代わりにゆまが参戦、岡部も自身の精神を取り戻していて皆は対立していない。敵対していない。むしろ友好的な状態だ。
もし、織莉子と魔女をこのまま倒せばそれは現実となる。まどかが魔法少女になることなく彼女の世界を守ることができるかもしれない。
だから目の前にいる織莉子達を、今回の世界線でたまたま出会っただけの魔法少女のために、それも敵のために、その可能性を放棄するのは、手放すのは間違っている。

「私は貴方なんかの助けは必要ありません・・・・そもそも頼んでもいません。私の目的は貴方の傍にいる鹿目まどかの抹殺、私は貴方の敵で殺人鬼、私の願いも目的も意思も行動も、貴方の目指す世界から遠い・・・・」

―――私が目指す世界には、なにも・・・誰も・・・

織莉子の言葉は小さく、途切れながら紡がれていく。知っているのだ。仮に、織莉子の目的が達成されて、そこに何があるのか。まだ何もしていない少女を殺して、世界を救って、その先に何があるのか。
きっとその世界はいつものように廻る。進む。紡ぐ。ただ、誰かが居なくなっていて、誰も満たされない、誰も幸せになっていない。
目指した未来の過程で大勢の人が死に、関係者は悲しみ、織莉子自身もそこには達成感や充実感も無く、これからの人生を、その罪を一生背負いながら生きていく。
覚悟していた。それでも世界を守ると、それでも織莉子にはやり遂げる意思と想いがあった。それこそ、過程で失われたモノに対する礼儀と義務として。
だけど一人でいる以上、いつか限界はあって、『ワルプルギスの夜』にも勝てなくて、破壊された見滝原を眺めて、それすら乗り越えても独りじゃ、いつしかこの身は呪いを振りまく魔女に堕ちる。
知っている。識っている。美国織莉子が勝利した結果の未来に――――幸福なんか無い。世界を救った。だが、世界を救っても、目的を達成できても、美国織莉子の目指した世界には何もなかった。

「岡部倫太郎さん、貴方の提案・・・・・私の応えを伝えましょう」

ならば、岡部倫太郎の提案をのんで仲間になるか?そうすれば目先の脅威である『ワルプルギスの夜』は越えられるかもしれない。
鹿目まどかの契約の最大の要因である『ワルプルギスの夜』を撃破、または撃退できれば、あとは支えればいい。そのときには彼女の周りには多くの人達がいる。
展開次第では、『ワルプルギスの夜』を越えた後に殺せばいい。例えどんなに恨まれようと、それが一番被害の少ない最善手。

「私は、私達は貴方の仲間にはならない」

しかし、それが出来ない。それは出来ない。それはしてはいけない。それは“全てを無かった事にする”。
織莉子はソレを知らない。元より織莉子は今さら岡部達と手を結ぶことは出来ない。沢山の人達を犠牲にしてきて、今さらソレを裏切ることなんかできない。
このアトラクタフィールドでは『鹿目まどかは魔法少女になる』。それが世界の定めた決定事項。だが、だからこそ“鹿目まどかを魔法少女になる前に殺せたなら”、“世界の決定事項に矛盾を生み出せたなら”、この世界は、アトラクタフィールドから脱出できる。世界は、世界線は移動する。
もちろん、織莉子はソレを知らない。

「私は―――貴方の敵です」

今、美国織莉子が岡部倫太郎と・・・・、正確には鹿目まどかと手を取れば同じ事が起きる。もし、世界に意思があるのなら、この世界は、χ世界線0.409431は織莉子と岡部のことが憎いのだろう、嫌いなのだろう。そうとしか思えない。
『美■■莉子は■目まど■■対し■■する』。それがアトラクタフィールドχの世界線0.409431で発生している決定事項。無限にあるχ世界線の中に極稀に決定された設定。この世界線の呪い。
無限の可能性世界を内包するα世界線で、ラボメン№007の父親が世界線によっては生きていたり死んでいたりする世界線があった。

“アトラクタフィールドを越えなくても変化する事例はある”。

同じアトラクタフィールドでも、例えばIBN5100を岡部倫太郎が手にいれることが出来る世界線と、絶対に手に入れきれない世界線があったように。
同じβ世界線でも、彼女が生きていける未知なる世界線があったように。
だとすれば可能性がある。例えば美国織莉子が岡部倫太郎と、鹿目まどかと手を取り合える世界線がある様に、“絶対に手を取り合えない世界線がある”。
このアトラクタフィールドχ世界線0.409431のように。
『鹿目まどかは魔法少女になる』。それが世界の決定事項、それを覆せば世界線は移動する。その決定はアトラクタフィールドχ全体に及ぶ、それを覆せば他のアトラクタフィールドまで移動する。
『美国織莉子は敵対する』。それがχ世界線全体に及ぶのか、この世界線のみの決定なのか、どちらにしても織莉子が岡部達と手を結べば世界線は移動してしまう。
織莉子はソレを知らない。世界線の移動も、それがもたらす結果も、無かった事になる事実も、再構成された世界も、これまでの人生が変わる意味も、何も知らない分からない。

「さあ、戦いましょう」

織莉子は周りを旋回していた宝玉に残った魔力を注ぎ込み不敵な笑顔を岡部に向ける。何かを悟ってしまった寂しい笑顔で。
何も知らない分からない。だから鹿目まどかを殺せない事を知らない、だから鹿目まどかを殺せたらどうなるか分からない。でも知っている分かっている。理解できないが理解している。
この世界で美国織莉子の目的は達成されない。この世界は失われる。
世界を救うために、アレを誕生させないには殺せない鹿目まどかを殺すか、可能性を内包した手を組むことが出来ない彼等と手を組むしかない。なのに、仮にそれをなせば世界が再構成される。どれを選んでも世界は再構築される。

「岡部、倫太郎さん――――」

何も知らなくても織莉子の魔法には、未来視にはソレを映し出している。直接観測したわけじゃない。無限に分岐した未来を一つ一つ確認することは出来ない。それでも岡部の言葉にとっさに反応し、宝玉でキリカの足下を爆破したように、同じように数ある可能性世界を無意識に観測した。

「貴方は、世界を守れますか・・・・守ってくれますか?」
「守るさ、この世界にも大切な人達ができたからな」
「その世界に・・・・・殺されても?」

その言葉に、一瞬だが岡部は戸惑う。ゆまが掴んでいる右手が震え、織莉子を見つめる瞳が揺れる。
美国織莉子は予知能力者で、この場面でその台詞が出ると言う事は――――“そういうこと”なのだろう。
でも、だけど、だから岡部倫太郎は、鳳凰院凶真は応える。もう決めたのだから

「ああ、俺は守ってみせるよ」
「貴方自身が、世界の敵になったらどうしますか?守るべき人達から嫌われて、憎まれて、呪われて、裏切られて、最後はその人達に分かってもらえず殺されるとしても?」
「そのときは―――」
「おいっ、テメエいきなり何言ってんだ!」
「おにいちゃん・・・・・」

岡部が何か言う前に、杏子が怒気を込めながら発言し、ゆまが岡部の右腕を掴む力をさらに強める。
杏子は織莉子の言葉に苛立ちを感じた、が、その原因は岡部にも在る。だから岡部の言葉を遮る形で発言した。ゆまも、それを感じたのかもしれない、岡部倫太郎が美国織莉子の言葉を肯定するのではないか、自分は殺されてもいいと、それに類似した答えを言いそうな気がしたのだ。
それを、杏子とゆまの心情を岡部も感じたのか、苦笑しながらも岡部は織莉子に答える。

「そのときは精一杯抗うさ・・・・少なくとも誰かのために死んだ方がましだなんて思わない、俺は――――最後まで生きるのを諦めない」

その言葉に、杏子もゆまも、後ろにいるまどかも安堵した。

「貴方が生きている事が、誰かを傷つける事になってもですか?世界を滅ぼすことになっても――――」

まどかが、ほむらがその言葉に震える。岡部はそれに気配だけで察して―――

「いいかげんにしろよ・・・・・!」
「おにいちゃんはそんなことしないもん!」

杏子とゆまの反応に、もう一度苦笑した。岡部は知っている。
知っている。世界には無限の可能性があって、岡部がいることで、岡部のせいで世界が滅びる世界線も・・・・もしかしたらあることを。岡部にはその自覚はないし、自分にそんなたいそうな力があるとは思っていない。
でも、それでも世界には無限の可能性がある。ソレを知っている岡部は、織莉子の言葉を否定することは出来ない。
きっと『そうする理由がある』のだと、ここにいる岡部はそう思った。そうする理由が、意味が、その過程が必要な世界線もあるはずだと、経験してきた岡部は知っている。
元よりこの身は世界にとってのイレギュラー、いつか排除される、弾き出されるか、否定されるか・・・・この世界にとって岡部倫太郎は確実に異物なのだから。

「もし、そんな可能性があるのなら―――」
「おいっ岡部倫太郎!」
「おにいちゃん!」
「それでも俺は生きる事を諦めない。それでも最後の最後まで意地汚く足掻き続けるよ」
「そう・・・ですか」

それでもこう答える。もう生きる事を放棄しない、彼女達のおかげで取り戻せた。
誰かを想えることを思い出した。そして“誰かのために、世界の敵になれることを思い出した”。

「だから、その俺がどんな奴だったとしても、どんな選択をしても、どんな結果が待ち受けていても俺は諦めない。例えお前達のためでも・・・・俺は最後まで足掻き続ける」
「・・・・・・・・」
「それに、何の心配もいらない」

岡部の言葉に織莉子は沈黙する。少しだけ、その答えが意外だったから。岡部は自分と同じ答えを選ぶと思っていたら。
そうではないと分かり安心半分、意外や戸惑い、残念といったよく分からない、自覚できない気持ちが半分のまま岡部の声に聞き返した。

「なにが、ですか・・・・?」
「仮に“そうなったとしても、俺が堕ちた存在になっても、その時は俺を止めてくれる奴がきっといてくれる”」

―――岡部倫太郎のような半端な偽物じゃなくて、本物の英雄・正義の味方【ヒーロー】が世界を救う

間違ったとき、自分を止めてくれる人がいてくれる。岡部はそれを言葉にしないまま織莉子に伝える。
それが美国織莉子と岡部倫太郎の違うところかもしれない。と、織莉子はそう思った。
もう、自分では止まる事は出来ない。止めてくれる人はいない、もしかしたらキリカがいたのかもしれない。しかし、その彼女もいなくなって――――。もしかしたら岡部倫太郎がいたかもしれない。しかし、彼は隣にはいない。

「なら、安心ですね――――」

美国織莉子の目的、この世界を守る―――世界線を移動することなく―――世界を救う方法はある。確実とは言えない人任せの方法、それは美国織莉子が『■■』として、このまま岡部達に■■、手を取り合うことなく■■■■事。
第一条件として岡部倫太郎達を鹿目まどかを契約させることなく現在の戦力を保ったまま『ワルプルギスの夜』に挑戦させる。そのために岡部達にとって敵として、世界にとっての『■■』になること。
意思を貫いて、ここまで来るまでに犠牲になった人達のためにも、ついてきてくれたキリカのためにも、鹿目まどかの抹殺を完遂するために足掻くつもりだった。未来視で彼女を殺せない事を知っていながら、それでも『私達の世界』を守りたかった。
でも仮に彼女を殺せても、その結果は余りにも報われない、多くの人が悲しみにくれる未来・・・・・それどころじゃない、世界は全て変わる、未来視には、織莉子の知る世界とは違う歴史が築かれていた。この世界を無かった事にされる。

「可能性は少ないけど・・・・・貴方達を信じてあげる」

織莉子はソレが何を意味しているのか、どうしてそんな歴史があるのか分からない。未来視は未来を観測するのに、失われた人達が世界にはいた。生き返った?ありえない、世界はそんなにも優しくない。そこはこの世界と似た並行世界のようでいて、もしかしたら織莉子にとっては幸せな世界かもしれない。
でも『そこは違う』。此処にいる美国織莉子が守りたい世界は、沢山の人を犠牲にしてでも守ろうとした世界は、キリカが命をかけて・・・ついてきてくれた世界は此処なのだ。“私達の守りたい世界は此処にある”。
悲しみも苦しみも犠牲も苦痛も悲劇も沢山ある世界だけど、それでも此処まできたことを、此処まで来るために失ったモノのためにも、それらを無かった事にしないためにも、この世界を守りたい。
たとえ、“自分自身がそこにいなくても”。
この世界を守る。この世界線の可能性の一つ。本来の未来。『美国織莉子達を■■した岡部達がワルプルギスの夜に挑む』。
そこに織莉子達の姿はなく、観測はそこまでしかできない。もしかしたらそのまま世界は終わるのかもしれない。
でも、岡部倫太郎がいる。可能性を、未来を分岐させる存在がいる。もしかしたらこの世界をこの世界のまま守れる可能性が其処にはある。

「キリカ、最後まで私に付き合ってくれる?」
『■■■■』

一歩、織莉子の前に進み出る帽子の魔女。魔女は、呉キリカのなれの果ては織莉子の言葉に言葉ではなく態度で示した。
もう、織莉子には殺す意思はないのかもしれない。自分が居ない世界、それでも守りたい世界を岡部達に託したのだから。

「ありがとう、キリカ」
『■■』

でも、唯ではあげない。それでも織莉子はキリカと共に岡部達を全力で殺しに行く、彼等に未来を託す、でもここで果てるようなら、自分達に負けるようならそれは無しだ。
自分達に負けるようじゃ世界は、未来は任せられない。負けるなら、失うなら、やはり自分達で背負う。
彼等は示さなければならない。自分達の代わりに世界を守れる強さを証明しなければならない。
ソレが出来なければ、可能性がゼロでも・・・・いや、それでも分岐した世界で自身の望みを果たす。アレを生みださないために。
負けることなく、殺されることなく、魔女化することなく、彼等にとっての敵である美国織莉子と呉キリカを倒さなければならない。
映し出された未来、辿りついた思考、望んだ結末、ここで抵抗することに意味はないのかもしれない、でも―――無駄じゃないと信じている。

「参ります」
「ああ、受けて立つ」

岡部の返答に織莉子は場違いな微笑みを浮かべてしまう。嬉しい。この感情はそう言えるモノだと感じた。自分の想いを、全力を真っ向から受け止めてくれる存在がいるのは幸せな事だ。
ましてや人生最後の見せ場、それを自分達の事を理解していてくれる人に挑む事が出来るなら、最後にしては悪くないと織莉子は思った。
岡部倫太郎は美国織莉子が、どんな決意で岡部の提案を拒んだか正確には分からない、何を想い戦うのか知らない、何を観測し何を悟ったのか理解できない、だが、自身では止まれなくなった彼女達に、それでも―――――

「全力で来い、美国織莉子、呉キリカ。俺達が――――お前達を止めてやる!」
「―――――――――」

それでも、何かを届ける言葉を、想いを伝えることができる。
もう、誰にも止められないと、自分でも止めきれなくなった織莉子に、間違った事をしたときに止める存在として、織莉子の自己犠牲にも似た覚悟を知らないまま、自分を諦めてしまったとも言える織莉子に手を伸ばす。

「ばか――――」
「杏子!」
「応!」

織莉子は小さく呟く、こっちの気も知らないで、ただひたすらに自分達を助けようとする男の事を罵倒する。
嬉しすぎて頬に涙が流れた。提案を蹴って、不吉な言葉を投げかけられておいて、それでも懲りずに手を伸ばす・・・・・・憎めないではないか、戦い辛い、その手を取りたいと、決意が鈍ってしまう。

「「ノスタルジア・ドライブ!!」」

―――未来ガジェット0号『失われた過去の郷愁【ノスタルジア・ドライブ】』起動

赤い旋風、真紅の竜巻。真紅の紋章と無色の紋章が二人の足下に展開。
杏子の紋章が、岡部の足下の紋章を自分色に染め上げる。
杏子の身に岡部の力強い感情が繋がる。岡部の身に魔法という奇跡の力が宿る。

―――デヴァイサー『佐倉杏子』
―――Soul Gem『戦いと勝利を司る者【フレイ】』発動
-――展開率76%

―――戦闘開始【OPENCOMBAT】

岡部の姿が白衣姿から赤いロングコートに変わる、同時に岡部は念話で各魔法少女に作戦概要を伝える。

「ゆま!」
「うん!」

ゆまが残りわずかな魔力を振り絞って岡部の左腕を治す。無理はするな。と、岡部は伝えたがゆまは完治するように全力で治療する。もちろん限界を超えて魔女化しないように冷静に、かつ素早く翡翠の魔力光を岡部の腕に当てる。
岡部はぐっ、と左手で二度三度拳を作って感触を確かめる。異常を感じられない事をゆまに感謝しつつ此方を見詰める織莉子達から視線を逸らさぬまま叫ぶ。

「リアルブート―――リンドウ!」

右腕の拳で自分の胸元を叩く、同時に電子音。拳と胸の間、空間に亀裂が入り世界に不協和音が響く。

―――未来ガジェットM04号『超誇大妄想狂【ギガロマニアックス】』起動
―――デヴァイサー『岡部倫太郎/鳳凰院凶真』
―――Di-sword『リンドウ』

岡部が右腕で、何もない空間に亀裂のラインを引きながら勢いよく水平に振るう、空間の亀裂の膨張が限界に達した瞬間、世界の裂け目からソレを具現化する。
甲高い音を響かせ漆黒のディソードをリアルブート、さらに岡部は左手の拳でも胸元を叩く。

「リアルブート―――グラジオラス!」

―――未来ガジェットM04号『超誇大妄想狂【ギガロマニアックス】』同時起動
―――デヴァイサー『佐倉杏子』
―――Di-sword『グラジオラス』

空間の裂け目から現れたツルギの柄を勢いよく引き抜く。蒼い、ブルーメタルカラーのディソードをリアルブート。

―――負荷91%

四号機の本体、岡部の耳に装着されているイヤホンからピシッ、と、軋んだ音が岡部にだけ聞こえた。
左手のディソード・グラジオラスの切っ先を正面真っ直ぐに伸ばし、右手のディソード・リンドウを弓矢を引き絞る様に構える。
四号機が限界に近い、自壊するのは時間の問題。が、瓦解しようと、壊れようとやることに変わりはない。もとより、そんなに時間をかけるつもりはない。

「止めきれるものなら―――――――」

織莉子の言葉に反応し、旋回していた宝玉のうち五個が織莉子の伸ばされた腕の前で自壊していく。

「私達を――――」

光を纏い、その身を破壊し、込められていた魔力が溢れだす。それは爆散することなく黒く暗い光となって、黒い光という矛盾をかかえたまま蠢く。
その光、一つ一つが人間の上半身を飲み込むほどに肥大化し―――――

「止めてみてください。でも、もし負けるようなら――――」     

五光の光は一瞬で一つに集まり圧縮縮小――――

「ああ、そのときは好きにしろ、そのかわり―――」

織莉子の伸ばされた手の中で、ビー玉よりも小さく圧縮されていた黒い光は―――決壊したダムのごとく勢いよく魔力を放出した。 

「俺が勝ったら、お前は俺の   になれ」

言葉の一部は放出された魔力の音に掻き消されほとんどの者が聞き取れなかった。

ギャッアアァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!

岡部からは光が炸裂したようにしか見えず、その攻撃に対し迎撃や回避といった対応がまったくできなかった。
岡部の眼前を、皆の視界を黒い光が覆う。解放された光は視界を覆う範囲攻撃、この火力、岡部でなくても一撃で死に瀕するのはもちろん、直撃すれば食らった部分が世界から消滅すると、その予想は裏切られることはないだろう。
岡部倫太郎はこの攻撃に対し対抗手段を持たない。しかし岡部はその攻撃に対し元々意識を向けていない、岡部が意識を向ける相手は最初から魔女だった。いかなる攻撃、いかなる展開になろうと岡部の相手は変わらない。

杏子は回復した魔力のほとんどをただ一撃に、一瞬のためだけに使う。応えるために。

岡部の即席の作戦プランは実にシンプルだ。千歳ゆまは治療を、岡部倫太郎は魔女との相対を、巴マミには一瞬を、暁美ほむらには回収を、そして佐倉杏子、彼女はそのために、他の仲間のミッション達成のために害ある全ての対応を一人で背負う。
魔力に一番余力があると言っても一任された内容は突然で大雑把で範囲が広く、負担があまりにも大きい。岡部が織莉子に向けて発した言葉に予想以上に揺れながらも、それでも杏子は岡部の無茶とも言える“お願い”に忠実に応える。
繋がっているからこそ分かる。こんな無茶苦茶な事を、岡部倫太郎は佐倉杏子なら任せきれると、一方的な信頼と絶対的な自信を持って前を見据えている。

「ミドガズルオルムッ!」

ならば信頼を、岡部から託された想いに全力で応えよう。
世界蛇の口【ミドガズルオルム】。岡部は魔女との相対に集中している、故に岡部と繋がっていても連携はしていない、今の杏子の使用している魔法は一人で、それも魔力の半分は岡部に持っていかれている状態で、その強力無比なる魔法を使用する。

ガッ! ガガッ! ギャガガガガガがガガガガガガガガガガガガガガガッッ!

杏子の眼前に展開したミドガズルオルムが織莉子の攻撃とぶつかった瞬間削られていく、杏子の魔法は決して弱くはない、むしろ強力な部類に入る。連携していなくとも火力と強度は岡部が知る限り上位、それもかなり上だ。
その魔法を、織莉子の魔法が勢いよく削り取っていく、その巨大な魔法を削り、徐々にその余波を杏子へと届ける。杏子は、このままでは突破されると理解している。拮抗しているだけでは魔力が尽きて魔女になるとわかっている。
だが引けない、かわせない。避ければ、力尽きれば黒い光が、暗い波の様な魔力が後ろにいる岡部達全員を飲み込んでしまう。

「アタシはッ、絶対に―――」

負けない、守りたい人達が後ろにいる。守るべき人達がいる。守ってくれる人達がいる。
負けたくない、一緒にいたい人達が自分の事を信じている。その人の信頼を裏切りたくない、失いたくない。

「負けられないんだ!」

バガンッ!!

黒い閃光の魔力が、杏子のミドガズルオルムを完全に破壊した。破壊され、その砕かれた欠片が、祈る様に両手を組みながら目を見開いていた杏子の体を裂いていく。
だが、杏子の眼前に存在した魔法は、ミドガズルオルムは、その存在全てを賭けて黒の光を全てを防ぎきった。
杏子の目の前には、片手を此方に向けて佇む相対者の美国織莉子と―――――

「いけ―――――岡部倫太郎!!」

同時に前に、申し合わせたように幾度目かの激突、全力で仕掛ける魔女と岡部倫太郎の姿があった。
魔法の反動と、直撃はしなくとも強力な魔力の余波を受け、今も繋がった先にいる男に残った魔力を持っていかれる。
杏子は気を失いそうなほどの立ちくらみに倒れそうになり――――それに歯を食いしばって耐え、弱いくせに戦う不器用な家族から視線を逸らさないように震える足で立ち続ける。





『■■■■■!』
「オオオォッ!!」

理を覆した異端の魔女と、理に挑む異常の人間が衝突する。
織莉子と杏子の魔法が相殺されると同時に魔女と岡部は突撃していた。互いが突撃の加速を一撃に乗せる。
体ごと地面を滑る様に迫ってきた魔女は残った片腕を岡部の心臓に向けて弾丸のごとく発射した。
その身を宿った奇跡、既に自分では把握しきれない加速で岡部は前にでていた、引き絞ったディソード・リンドウを全力で突き出す。

『■■』
「ッ」

ゴギャッッ!!

初撃は互いの一撃を鈍い音と共に弾き合う。加速、衝撃の反動から一瞬の停止を余儀なくされ――――岡部よりも早く魔女は次の攻撃に移った。
弾き合った反動に逆らうことなく魔女は体ごと回転し、薙ぎ払うように岡部の頭部にむかって刃を振るう。

「――――――」

思考が追いついていない。岡部は攻撃が上から来るのは何となく理解している。反射と言えばいいのか、岡部だけではそれに気づかなかった、それが杏子と繋がっているからなのか、とりあえず分かってはいる。が、どう対応すればいいのか、通常なら魔女の刃状の腕と分かるが初撃の反動が、痛む右腕が、肩が、痛みが、高速で動く景色が、視界の端に移る魔女の肢体が、刃が、岡部には分からない。
いや、分かってはいるのだ。ただ、どうすればいいのか分からない。どう行動すればいいのか、初撃の激突から一秒にも満たない刹那の時間では思考が追いつかなかった。
上から攻撃が来る。右腕は反動で体の後ろに流れて使えない。半身が痛む。危ない。動けない。

「岡部倫太郎!」
「ぅ―――オォアアアアアア!!」

ギャリ――――――――ドンッ!!

杏子の言葉に、一括に、ディソード・グラジオラスを握っていた左手が応えた。
振り落とされる刃に、紫電の魔力と真紅の光を纏ったディソード・グラジオラスが迎撃するように突き上げられる。
切っ先が接触、左手に衝撃が走る。魔女の大鎌の勢いは収まる事はなかったが軌道は僅かに変わり、魔女の刃は岡部に届く事はなく地面を穿つ。
魔女と岡部の視線が交差、この時になって反射に思考がようやく追いついてきた。現状を正しく理解できる。体を動かせる。

―――ッ   ギャリッ  ゴッ   ガンッ ガンガンガンガンガンッ!!!

廻る。討ち合う。片腕の刃と二本の長剣が斬線のラインを描きながら高速で激突していく。
魔女の体が回転し刃を振るう。同じように回転しながら岡部の持つ二振りのディソードがそれを迎撃し、防御、反撃と徐々に加速しながら切り結んでいく。

「がんばれ、倫太郎――――」
「―――――」

後ろから名前を呼ばれた。後ろを向いて確認する余裕はないが杏子だと、今までフルネームで呼ばれていたので引っかかるものを感じたが、岡部は杏子だと確信していた。
声を聞けば分かるのは当然だが、この場面、この状況で名前を呼ぶのは佐倉杏子以外にいないと確信していた。彼女の咄嗟の掛け声はいつも力をくれる。
冷たく、利己的で自己中心的な性格と思われがちで、自分自身もその通りだと発言する彼女だが、知人に対しては面倒見がよく、周りに気を配り危険な事から大切なモノを絶対に守ろうとする精神が常にあった。
この世界で佐倉杏子と出会えた。岡部はソレが嬉しい。この世界線で最初に会ったのが彼女で本当によかったと再確認した。
良く言えば明朗快活、悪く言えば大雑把で愉快犯的な行動力からくる勢い重視の生き方が、その思いっきりが、その不器用な優しさが好ましかった、爽快で豪快で単純でありながら思慮深くもある彼女から目を離せなかった。
何度目かのNDで繋がった時、彼女から伝わった想い、彼女から大切な家族だと認識してくれている事を知ったとき、不覚にも涙が零れた。
弱い自分を信じ、魔女化の真実を知りながらも魔力を届けてくれる、想いを繋げてくれる、彼女が後ろにいる。自分を信じていてくれている。
ソレを知って、それだけで戦える。そのおかげで戦える。


―――ありがとう、君に出会えて・・・・・本当によかった


声が、背中を向けた男の声が杏子には聞こえた気がした。

「ぇ―――?」

間違いなく、それは岡部倫太郎が佐倉杏子に個人的に向けた言葉だった。
でも杏子はその言葉が何故か、どうしてか、それが岡部と交わす最後の―――――

『■■■』

数合の攻防に乱れが生じる。岡部が高速化する戦闘速度についていけない、片腕とはいえ魔女は強く、どんなに強くなっても岡部は弱い、戦闘開始からまだ十秒程度しか経っていないのに岡部は限界近い。
数合目の討ち合いに岡部の膝が崩れる。そこに魔女の攻撃、その渾身の一撃は岡部には弾き返せない、魔女も岡部もそれを理解していた。回避は間に合わず、仮に防御してもそのときはディソードごと弾かれる。
それでもディソードを体の前に、防御の体勢に入る岡部、魔女はディソードを岡部の手から奪うために刃を全力で叩きつけるように振るい――――

「キリカ駄目ッ!」
『』

織莉子の静止の叫び、だが遅い。
大鎌は空振りした。確かにディソードに叩き込んだハズなのに魔女の刃は空を切る。

「リアルブートッ!!」

岡部は半透明な、“妄想状態のディソードを再びリアルブート”。
バシィイイイイイイイイッ!!と、空間を叩く音を響かせながらディソード・グラジオラスがリアルブートされると同時に岡部は前に出る。

『■■■■』
「逃がさん!」

不意を突いた奇襲、魔女はそれに対し後ろに跳んで回避行動にでた。その対応速度は素早い、少し前までの岡部なら追いつけなかった。
でも今は違う、取り戻した岡部は少しだけ、いまだ弱くても、皆と比べるとどうしても貧弱だけども、それでも少しだけ・・・・前に進む力を得た。
再びリアルブートしたディソード・グラジオラスを紫電の斬線を刻みながら振るう。

ゾンッ!

ディソードが一閃の斬撃線を世界に描く、魔女は片足を失いバランスを崩し背中から倒れた。

「コキュート―――!」
『■■!!』

地に倒れた魔女を氷漬けにしようとして―――魔女から、その体から生えた楔形の刃が発射され、岡部の身に突き刺さる。
その巨大な楔は岡部の腹部に深々と…背中まで貫通していた。魔法で編まれたコートを突き破り岡部の行動を阻害、思考と動きの停止を余儀なくされた岡部はそれでも一瞬後には動きだす。

「あ・・・・ッ、それでもっ――――まだ!俺は―――!!」

―――負荷96%

ボン

岡部の叫びにディソードが吼える。その瞬間に電子音と破砕音。
それは四号機が壊れた音じゃない。壊れたのは、吹き跳んだのは、千切れたのは岡部の両腕だ。

「あ?」

意思と魔力を乗せたディソード・グラジオラスを握っていた腕と魔女に伸ばした岡部の腕は倒れた魔女の頭上を越えてきた二つの宝玉に吹き飛ばされた。
岡部の視界に千切れて宙に舞った己の両腕が映る。確実に両腕を奪うためか、削り重視で爆風の範囲を絞ったのか、両腕以外にはダメージは感じられない。痛みが追いついていない。

「―――――――」
『■■■■!!』

―――error

ギョロリッ、と、魔女の視線が岡部を射ぬく。宙を舞う両腕に握られたディソードがガラスの砕けた音と共に消失していく。
脳に痛みが追いついていないのか・・・・それでも岡部は動けない。
魔女は勢いよく半身を起こし刃の腕を、大鎌を、今度こそ岡部の胸を貫くために高速で――――

―――お前達は強いな

魔法少女と魔女。相反する存在同士でありながら互いを支える、例え失っても消えない絆。運命と定めを超えた本物の奇跡。
本当に尊敬する。心から感動する。誰かをここまで想える二人に憧れる。決して諦めない彼女達を尊いと思う。
強い、本当に、その心も意思も想いも――――。

「でも―――――」

バキンッ!

岡部の心臓を貫こうとした魔女の腕を黄金色の弾丸が弾きかえす。

「俺にも―――仲間がいるんだっ!」

振り向かなくても分かる。信じていた。一瞬でもいい、ただ一撃分の魔力しかなくても彼女なら、巴マミならその一撃で最大の成果を上げてくれると。
魔女の腕が弾丸に弾かれ、その身を岡部の前で無防備に晒す。腕は撥ね上げられ地面に倒れたまま、あまりにも隙だらけ。

「ぁ」

織莉子は未来が収束しつつある事を悟っていた。分岐した未来は戦闘開始から一点に集まりつつある。
大まかに分けて二つ。『美国織莉子達の勝利』と『岡部倫太郎達の勝利』。片方が生き残り片方が全滅する。
最初は、この瞬間までは岡部が死んでしまう、重傷を負う未来に収束していた。それは今この瞬間も同じだが織莉子が観測した未来では岡部は魔女の刃に心臓を貫かれていた。
だが結果は重傷を負いはしたが死んでいない、心臓に刃は届いていない。観測した未来、最も確率の高い予測した結果と食い違う。高確率の可能性の未来が覆され代わりに次の高確率の可能性未来が複数織莉子の魔法に映し出される。
映し出された未来では再び振り落とされた大鎌に岡部が両断される。

カチッ

「おにいちゃん!」
「ッ!?魔力は限界のハズ―――」

突然岡部の傍に手を繋いだ暁美ほむらと千歳ゆまが現れる。暁美ほむらの固有魔法時間停止。既に限界だったはずの暁美ほむらが再び何らかの理由で魔力を回復していた。
そして気づく、魔力の回復方法は基本的に一つ。グリーフシード。織莉子が一撃で葬った玩具の魔女ローザシャーンの―――――

「また―――!?」

映し出された未来。数多の分岐した可能性世界で最も現実になる可能性が高い未来が再び覆される。
巴マミには一瞬の隙を、暁美ほむらには使用可能なグリーフシードの回収を、二人は岡部の作戦を完璧にこなした。そして岡部の後ろから跳び出し魔女の顔面にカウンターの一撃を与えた少女、ゆまも。

「おにいちゃんは殺させない!」
『■■!』

グリーフシードで回復した魔力を乗せた一撃で魔女を殴打、無理矢理後退させる。
ゆまは着地、振り返ると同時に岡部の胸に突き刺さった楔を引き抜く。噴出した血がゆまの顔を汚すが少女は目を逸らさない。
岡部の体中を深緑、翡翠の優しい光が包み込み傷ついた個所を完全に再構築、治療する。
岡部は大量の血と身体の欠損、その破損個所の瞬時回復に意思とは関係なしによろけてしまう。
ゆまがその体を正面から支えた。彼女は顔を、体を岡部に押し付けギュッと抱きしめる。震える体で、瞳に涙を溢れさせながら、泣き声を噛みしめて、岡部に髪を撫でられ見上げた顔に笑顔を浮かべながら。

「さあ―――――いくぞッ」
「うん!」

―――purge

ありがとう、頑張ったな、偉いぞ、よくやった、さすがゆまだ、信じていた・・・・と、その他にも沢山かけるべき言葉はある。震える身体を抱きしめて、溢れた涙を拭って、泣く彼女を宥めて、全力で褒めたい。
言いたい事、してやりたい事は多々あって、だけど彼女は今やるべき事を理解している、その小さな体で一生懸命頑張っている。
その想いに岡部倫太郎は、鳳凰院凶真は全力で応えなくてはいけない。繋がっていた杏子の魔力を解放、白衣姿に戻った岡部は最後にもう一度ゆまの髪を撫ででポーズを決める。ゆまも岡部から離れ、岡部と同じポーズをとる。
目の前でクロスした両腕、片腕をやや伸ばした左右非対称の立ち姿。バサァッ、と岡部の白衣が、ふわっ、とゆまの衣装にあるリボンがに魔力の風に翻る。

ガッ!!

岡部とゆまの足下に二つの紋章が浮かび上がる。
魔法は感情で扱うモノ。ならば『技名』や『決め台詞』を叫べば効率が上がるのではないか。

「颯爽登場!」

テレビの向こう側にいた正義の味方のように。無色の紋章が岡部の足下に。

「全力全開!」

諦めない彼女達のように。自分達のように。翡翠の紋章がゆまの足下に。

「「ノスタルジア・ドライブ!!」」

魔法は存在した。奇跡は在った。なら純粋に叫べ、吼えろ、想いは確かな力となる。感情は奇跡に繋がる。

―――未来ガジェット0号『失われた過去の郷愁【ノスタルジア・ドライブ】』起動
―――デヴァイサー『千歳ゆま』
―――Soul Gem『愛欲と豊饒を司る者【フレイヤ】』発動
―――展開率70%
―――戦闘開始【OPENCOMBAT】

深緑の旋風翡翠の竜巻。翡翠の紋章が岡部の無色の紋章を自分色に染め上げる。
ゆまの魔力が上がり岡部に魔法と言う奇跡が宿る。
白衣姿から民族衣装のような装飾のされた服装と山岳靴、柔らかいクリーム色のマント、首の後ろにはウサギの様な耳がついたフード。

「―」
『■■』

織莉子の目の前にはポーズを決める岡部とゆま、その姿はアニメや漫画の世界から飛び出してきたかのような出で立ち。
変身の台詞、決めポーズ、自身に満ちた顔、ハッタリじゃない、理解している。彼等は強い、決して諦めない。
めぐるましく未来が書き変わっていく。確率の高い可能性、岡部達が敗北する未来が否定され続けていく、一瞬ごとに可能性を否定し一秒ごとに新たな可能性を生みだしていく。
無限にある可能性を、分岐した未来を引き寄せていく、僅かな可能性を紡いでいく。次の瞬間には死んでしまう可能性を否定し続ける。

『■■■■!!』

魔女、キリカが前に跳び出す。片足を失ったにも関わらずかなりの速度で二人に迫り大鎌を振るう。僅か一蹴りで距離を詰めて大振りの一撃を、全力の攻撃を叩きつける。
相対する岡部とゆまは魔女を既に待ち構えていた。突然の事態にも間をおかず、必ず反撃に来ると、一種の信頼に似た確信で、ゆまは背中を岡部に預けるように、岡部はゆまの両手を包むように。

「「リアルブート―――スノードロップ!!」」

世界に響く言葉、世界を震わす不協和音。

―――未来ガジェットM04号『超誇大妄想狂【ギガロマニアックス】』起動
―――デヴァイサー『千歳ゆま』
―――Di-sword『スノードロップ』

岡部とゆまの両手に包まれるように半透明な剣が、板状のディソードが輪郭を浮かべ世界に存在を訴える。
それは剣と言うには大きすぎる形状だった。大きめのスノーボード、その真ん中に小さな穴、そこに柄がある異形の剣。敵対する者を徹底的に排除する意思を、凶暴性を押し付けてくる狂気の刃。

ィイィイイイイィイィイイイイイイイインッ!!!

輪郭だけの存在だった剣が空間を叩き割り実体化する。白銀のディソード。荒々しく暴力的な存在でありながら、ソレは希望を宿すシルバーメタルカラーの剣。
振り落とされる大鎌に対し岡部達は下から、迎撃するようにその手に宿るディソードを振るう。

ディソード・スノードロップ。スノードロップの花言葉は『希望』―――「慰め」「初恋のため息」「恋の最初のまなざし」「逆境のなかの希望」

ゆまと、岡部の叫びが皆の耳に届く。

「 超 ッ ! 」
「 豪 ッ 快 ッ ! 」

技名を叫ぶことで信じ込む。―――それゆえに自己暗示や高速催眠に近く応用も利く。
自身を鼓舞し感情を高揚させる。―――同時に敵対者には恐怖を、躊躇いを与える。

魔法戦でそれは概ね正しい、それなりに理にかなっている。もっとも岡部達はそれを意識して行動はしていない。今はただ、叫ばずにはいられないから。

魔女の大鎌と、ゆまのディソードが交差する。



「「  イ  ン  ッ  パ  ク  ト  ォ  ! !  」」



ドゴッッ――ンッッ!!

接触した、激突した互いの一撃は衝撃と撃音を周囲に撒き散らし――――

――――ゾン!

そして魔女の大鎌は切断された。
―――――魔女は体から生えた楔を岡部達に向けて発射しようとし、岡部達は返す形でディソードをもう一度振るう。
先に攻撃を当てたのは岡部達のディソードだった。
だが、ゴッ!と、ディソードが届く前に一つのアクションがあった。楔が発射される前に魔女の体を捉えたディソード・スノードロップ、しかし魔女の体とディソードの間には白と黒の宝玉。
織莉子の未来視には一つの、しかし複数の未来が観測されていた。白銀の剣が魔女を切断する――――そんな未来を織莉子は見ていることしかできない未来。そんな可能性世界。
そのはずだった未来を、結果を織莉子は越えた。岡部達が覆してきたように織莉子もこの瞬間結果を変えた。キリカを守る為に放った宝玉に力を、魔力を、想いを込める。
本来、世界の決定を覆すことは不可能だ。決められた閣下を覆すことは出来ない。
どんなに抗っても、対応しても、予防しても備えても頑張っても覚悟しても『現在だけでは世界の決定を覆せない』。いかなる偶然でも理不尽でも決定事項を完遂される。運命として。
岡部が知る限り対抗手段は二つだけだった。『過去の世界に干渉し世界を変える』。『今』をどれだけ足掻こうと世界の決定には逆らえない。ならば『過去』に干渉し未来を変化、確定された過去を改変する、世界線を移動することで運命を変える。もう一つは世界を騙す、『確定した過去を変えずに、結果を変える』。
だが、それ以外の方法がある。その場で運命を、世界の意思を越えられる事をこの世界で岡部は知った。それが魔法少女の『願い』。『祈り』。『望み』。
本来、時間をかけてしか治らない傷をおった猫を一瞬で完治させたように。
本来、現代医療では治せない腕を完治させたように。
本来、聞く耳を持たない大衆を、集まるはずのない人間を集めたり。
本来、巻き戻せない、やり直せない”はじめまして”を繰り返したり。
そして・・・・・・・・・例えばその願いの力は、過去にメールを送る程度は造作も無いだろう。エシュロンに捉えられたメールの文章をIBN5100を使用せずに削除することも可能なのだろう。
また、契約した彼女達は、魔法少女は魔法、その奇跡そのもので世界の決定に抗えるのではないかと考えている。自然の物理現象を凌駕する奇跡ならと。
たとえば回復魔法。ゆまのようにそれが超強力な場合、死せる命を低コスト低リスクで挽回できるのではと岡部は考えている。
例えば、突然の心臓マヒや大量出血でも奇跡たる魔法があれば・・・と、仮にそうできても世界が定めていれば結果は変わらず、とも予想できるが或いは、と、もしかしたらと、そう思えてならない。
魔法少女は契約により対価を払う。SGが濁りきれば魔女になる。インキュベーターが作ったとはいえ、それは世界のシステムと言ってもいいかもしれない因果。ならいかに魔法とは言え、いやだからこそ余計に世界に縛られるのかもしれない。因果律が強い者が魔法少女になる。因果律、世界から運命を決定されている存在ともいえる。
そもそも運命を覆すなら、決められた定めを書き換えたなら願い事を叶えた時点で世界線が変わるはず、“この世界ではそれが元からそうあるべきだった”のか“世界線の移動、リーディング・シュタイナーが発動しないほど些細なこととして世界に受け入れられた”のか―――――。
だが、この世界の在り方がどうあれ、それでも魔法と奇跡は世界を超えるのだ。現に呉キリカが魔女化しても織莉子と共にいる。死にゆくはずの運命の岡部を救った。世界の決定に、ルールに抗った。その力の源は感情だ。想いだ。

「ッ、オオオオオ!」
「ぁ、っあああああ!」
『■   ■■■!!』

ドッ!と、空気が炸裂する。空間が爆ぜる。宝玉に受け止められたディソードに力を、魔力を、想いを込める。
攻撃を打ち込まれた衝撃で魔女の刃は岡部達の横をギリギリでハズし地面を穿つ。そして未だ自分の懐で暴れるディソードに、魔女は抵抗しようにも懐で暴れる力に身体のバランスをとれずただ吼える。

「まだッ・・・負けないっ、負けられない―――この程度じゃ私達はまだっ、貴方達を!」

織莉子が、織莉子も吼える。感情を顕に叫ぶ。まだだ、まだ負けたくない、負けられない、宝玉は輝きディソードの刃に抗う。
が、その拮抗も一瞬で終える。全力の魔力を込められた宝玉を切り裂いたディソードが魔女の体に食い込む。

「「うぁああああああああ!!」」

ズンッ!と、重い音が、観えない衝撃の壁が魔女とディソードの接触点から炸裂した。

「「あああああああああああああああッ!!」」

ドガンッッ!!!

魔力を内包した刃を受けた魔女は壁際まで吹き飛ばされる。叩きつけられた壁が壊れるほどの衝撃を受けて魔女はその身を瓦礫と化した壁に沈めた。
魔女の体は切断されていない。まるで鈍器のようなモノで殴られたようにひしゃげていたが魔女の回復力なら失った片腕も同様に時間をかければ全快するだろう。
織莉子はそれを見てホッとした。よかったと、しかしその思考も瞬時に切り替えて前を見据える。

―――くるっ!

ディソード・スノードロップをゆまが手放し岡部に託す。ゆまはソレと同時に力尽きたのかふらつき尻もちをついた。岡部は織莉子に向かって疾走、突撃していく。

「織莉子ッ」
「ま――――だっ」

岡部の呼び声に織莉子は攻撃で応える。魔力がなかなか収束しない―――――

「このっ!」
ザンッ!

何とか収束した光を、宝玉を岡部に向かって放つもディソードの斬撃にあっけなく消失する。
唇を噛みしめながら織莉子は自身の限界を悟った。魔力が、ソウルジェムが魔力を生みださない。織莉子の感情についてこれない。限界が―――。

―――だめ 駄目だ   まだっ このままじゃっ

岡部倫太郎は諦めていない。織莉子とキリカ。敵対者たる二人に手を伸ばす。ここまできて、ついさっきも殺されかけたくせにまるで懲りていない。
目的は織莉子を止めるために。魔女の体が切断されていないのはもしかしたらそこに何か在るのかもしれない。ディソードもまた魔力を、感情を利用して発動しているのだから。
だからこそ――――駄目だ。まだ戦わなければ、彼が諦めて織莉子を倒すと決心するまで、または織莉子が岡部を倒す。正確には織莉子が『鹿目まどかを■■■■■■と思ってしまう』まえに決着を・・・・そのためには最悪魔女化してでも―――

魔女化

ふと浮かんだキーワード。これは・・・・それはある意味解決策かもしれない。さすがに魔女化すれば・・・・・・・・・・織莉子が魔女化すれば―――――

「織莉子っ」
「ッ」

必死に、織莉子に手を伸ばす岡部が視界に映る。

―――やめて もうやめて

今だけじゃない。ずっとそうだった。鳳凰院凶真と名乗った時からこの男は織莉子達に手を伸ばし織莉子はそんな男から視線を逸らせなかった。
ボロボロなくせに、弱いくせに、怖いくせに、どうしてそんなに自分達のためにそこまで必死になるのか。
知っているくせに、私達が何をしてきたか、ここに来るまでに犯した非道の数々、同じ魔法少女を、無関係な学校な生徒と教師を沢山殺した。
沢山沢山殺して此処まで来た。その目的は岡部が守るべき鹿目まどかの殺害のためと知っていながら―――どうして。

―――もういいからっ もう分かったから    お願いだから戦って

そんな織莉子の声なき声に、応える者がいた。

ヒュォッ    ゴガガ!!

「うおッ!?」

岡部の眼前に、動きを封じるように黒い巨大な楔が討ち込まれる。魔女の体から発射された楔だ。
倒れながらも魔女は織莉子を援護した。まだ戦えると、まだ動けると、動けないほどのダメージを受けながらそう伝えるように。

ゾン!

岡部はディソードを振るい周りの楔を破壊する。もう少しで届く、あと一歩でこの手は織莉子に届くというのに届かない。
楔を破壊し前に出る。岡部に合わせるように織莉子は後ろに跳躍、距離が再び拡がる。
あと少しがいつも届かない。あと一歩がどうしても足りない。どの世界線でも、どのアトラクタフィールドでもそうだった。

「それでも!」

―――error

頑なに手を伸ばし続ける。せめて動きだけでも――――と、唱えようとした言葉は耳元から聞こえた警告音の前に無情にも砕ける。
ここにきて四号機が、ギガロマニアックスがついに負荷に耐えられなくなり自壊する。手元のディソード・スノードロップが砕けて消失していく。
一瞬焦った織莉子はさらに跳躍。岡部はソレを追うために魔力を総動員し大地を蹴るが追いつけない。

―――どうしていつも肝心な時にっ

届かない、いつも、どの世界線でも岡部倫太郎の手は、鳳凰院凶真の手は彼女達には届かない。
どんなに願っても、祈っても、望んでも、“離れていく彼女達の手を掴むことはできない”。
どんなに経験を積んでも、どれだけ戦っても、何度も死にかけても、強くなっても弱いままの岡部の手は“自暴自棄状態に入った彼女達には届かない”。
一番傍にいなければならない時に“岡部倫太郎から彼女達の手を握ることは出来ない”。
一時迫った距離は織莉子が上に、最初にミドガルズオルムで破壊した壁の穴まで跳んだ、岡部では到底届かない高さにまで織莉子は跳んだのだ。
そこは既に岡部では辿りつけない位置。知っている。岡部倫太郎は己の弱さを理解している。いつだって誰かに助けられてきた。一人じゃ何もかも足りない。

「まだだ!」

足下に魔力を集中、魔力の使い方、魔法の使い方、岡部は知らない。それでも想いに、感情に応えようとゆまから繋がった奇跡は岡部に力を与える。
翡翠色に染まった岡部の紋章が足下に展開していく。でもきっと届かない。当たり前だ。さっきから奇跡も魔法も既に宿っている。それでも届かないのだ。
辿りつけない。それが結果、織莉子が観測し続けた未来の終点の一つにして最も確率の高い未来。
『岡部倫太郎は美国織莉子に追いつけない』。分岐した未来が収束し続け辿りついた一つの未来。未来視は未だに複数の未来を映し出しているがほとんどの結果は同じ、岡部は今後・・・織莉子の目の前に立つことはない。
織莉子の未来視はすでに『確率による予測』『高確率の未来予想』という絶対ではないモノになっている。『完全なる予知』じゃない。だからその未来も可能性の一つにしか過ぎない。

―――だけど

壊された壁の穴に着地し織莉子は視線を下に向ける。未来視は岡部が跳躍する未来、跳躍せずに声をかける未来、壁を破壊し壁を登る場所を探す未来、他にも多くの可能性を観測した。
だが収束しつつある未来の結果は同じ、絞り込まれた観測できる可能性は、岡部は織莉子に辿りつけないまま魔女化を目撃する未来。織莉子はここで、このまま魔女化する。
織莉子は此方に手を伸ばす青年に微笑みを、感謝の言葉を零す。届かぬと知りながら諦めず自分達を助けようとする人に―――

「岡部さん、もういいんです。もう私は――――」
「まだだ!!」

織莉子の限界まで濁ったソウルジェムを、織莉子の意図も岡部は何となく理解していた。知っている、その表情からはいつかの覚悟を思い出させる。15年前の岡部倫太郎に全てを託した“此処にいる岡部倫太郎に似ている”。
彼女ほど聡明ならSGの濁る危険信号を戦闘に集中するあまりに見過ごすというミスをするはずがない。なのに魔力を限界・・・・否、限界以上に使用している。何のためらいも無くだ。
まるで魔女化してもいいと、それで上手くいくと言うように、既に彼女はやり遂げた顔だ。間に合ったと、一体何を安心した顔で突っ立っているのか、何を悟ってしまったのか。

―――まだ諦めていない 俺はまだっ

鳳凰院凶真は何も諦めていない、だから手を伸ばす。届かぬと知りながら、馬鹿みたいに、必死に、何かを悟った彼女に手を伸ばし続ける。

「―――届けよ」

そして全力で蹴った、必死に手を伸ばした、強く思った、なのに――――視線は上を向いたまま、手は上に伸ばされたまま、想いは届かない。
跳躍の勢いを失いつつある岡部に優しい微笑みを織莉子が浮かべる。岡部に何か言いたそうな顔、口元は小さく開いて言葉を紡いでいく。聞こえない、でも分かる。伝わる。彼女の想いは距離に縛られない。

ありがとう、ごめんなさい、がんばって、世界を―――――

「ふっ―――ざけるなぁあッ!!」

叫ぶ、知っている。それは諦めだ。達観した弱音だ。岡部に織莉子を非難する資格はない、岡部もそうだったから、だけど織莉子は違うはずだ、間に合うはずだ。

―――君はまだ終わっていないはずだ!

手を伸ばす、我武者羅に、でもついに落下が始まる。重力に逆らえない。世界に逆らい続けてきて、世界の理に抗ってきて、ここにきて当たり前の現実に敗北する。
視線の先にいる織莉子は困ったような、でも嬉しそうな、だからこそコレでいいと、そんな笑顔のまま・・・・真っ黒に染まった胸元のソウルジェムに触れながら岡部を見詰めていた。
そして岡部は観た、織莉子のソウルジェムに罅が入って―――

駄目なのか、無理なのか、無駄なのか

彼女は、『織莉子はここにいる』。あの時にも何もできなかった、震えるアイツに何もできなかった。
それしかないと、そうすべきだと、自分を選ぶ事もできたのに、そうすることが正しいと選んだアイツのように――――また、妥協するのか?織莉子は、此処にいるのに。
落下し始めた体、届かない想い、思考をよぎる黒い感情――――


『――――――』


だけど、分かっていながら、知っていながら、理解していながら、それでも望んでしまう。
奇跡も、魔法も、確かにこの世界にはあるのだから。
そしてなにより、今の岡部倫太郎は取り戻したのだから――――『鳳凰院凶真』を

だから――――

彼等の声が聞こえた気がした








??????????



『まあ・・・・・無理で無茶かもしれないけどね?』
「へ?」
『無駄ではないと信じたいんだけどね・・・・それこそオカリン次第だし』

ポニーメガネの『私』が先程まで支配していた暗い気持ちをどこ吹く風で切り捨てる。周りを見れば他の『私達』もウンウンと頷いている。
さっきまでの泣きそうな声や表情はどこえやら、自分達を責めるような態度から一変―――急遽岡部さんへの不満が炸裂する。

『私達がどんなに説得しても結局オカリンは次の女の子を助けに行くんだろうね・・・・ヘタレのくせに!』
『そもそもオカリンが困ってる人をなりふり構わず助けるのが悪いんだよっ・・・・ヘタレなのに』
『まあ別にそれ自体は構わないんだよ・・・・・?でも毎回その後一悶着起きて私達に押し付けるってどういうこと?・・・・・そんなんだからオカリンはずっとヘタレなんだよ!』
『誰だって勘違いしちゃうでしょ!?少なくとも意識しちゃうでしょ!?その気がなくてもしちゃうでしょ!?』
「え?え?」
『なのにあっさりと次の娘に行くってどういうこと!?』
『キャッチ&リリースの悪徳版だよヘタレー!』
「え・・・・あの?」

戸惑う私を『私達』が教えてくれる。

『あのね、オカリンはどうしようもなく弱いの!あとヘタレなの!』
「あ、はい」

とりあえずオカリンさんがヘタレなのは共通認識みたいだ。

『あ~もう!とりあえずッ・・・・・それでも助けようとするの、頼んでもいないのに必死に手を伸ばして、でも弱いオカリンは離れていく私達に追いつけなくていつも届かない』
『ならどうすれば間に合うのかな?どうなればオカリンは私達に追いつけるのかな?その手は届くのかな?』
「え・・・?魔法とか―――」
『オカリンが使っても本気になった魔法少女には届かないよ、だって弱いもん』
『もっと簡単で単純、逃げる私達にあと一歩の距離、手を伸ばしてあと少し届かないオカリンが・・・・・・・あ、やっぱりムカついてきた』
「ええっ?」

ムスッ、とした『私』。周りを見れば他の『私』もそんな感じだ。

『あのね『私』?』
「はい」
『答えを言っちゃうとね?あと一歩までオカリンは来てくれるの・・・・・あとは“私達から少しだけ手を伸ばせば、その手は届くんだ”』
「あ・・・え・・?」

本末転倒の答え。そもそも逃げるから、離れるから届かない。いつだって岡部は辿りつけない。
本気を出せば岡部程度いつでも倒せる。引き剥がせる。殺せる。
それは双方が理解している。岡部倫太郎も、魔法少女も。

『それでもオカリンは追いかける・・・・・・・傍まできてくれる』

魔法少女はどんなに強くても幼い少女で、どんなに強がっても子供で、どれだけ覚悟しても女の子だ。

『だから振り返って少し、ほんの少しでも手を伸ばせば届くんだ。そうすればオカリンは引き寄せるんだよ・・・・振り向けば、本当にすぐ傍まで来てくれるから』

いつもいつもあと少しが届かない。でもそれはつまりあと少しで届く。魔法少女の本気に岡部は届かない、でもあと一歩と言う所まで来てくれる。弱いくせに怖いくせに分かっているくせに。
その姿に、その想いに揺れてしまう。諦めても岡部が諦めない。振り払っても岡部は手を伸ばす。ぶつけても岡部は受け止める。嫌われても岡部は見捨てない。泣きだしても岡部は隣にいる。

『だからさ・・・・つい手を伸ばしちゃうんだよ』
『別に嫌いだから逃げていたわけじゃないしね、巻き込みたくないから離れて行った感じの子が多いから・・・・そういう優しい子をオカリンは追いかけるから』
『おもしろくないけどね!?・・・・意思を曲げた弱いことだって言う人も情けないって言う人もいるけどさ』
『やっぱり嬉しいんだよ、手を取りたいって思っちゃうんだ。だってそこまで必死になってくれる人って・・・・“そこまで辿りつける人”ってなかなかいないよ』
『最終的にこっちから手を出させて放置するのは酷いと思うけどね・・・・・』

困った顔で、呆れた顔で、それでも彼女達の知っている岡部の事を誇らしげに・・・・・やっぱり困った感じで語る。

『だから、そんなオカリンが傷つくことはないって思ったけど・・・・『私』達は願うけど、ソレを言っても・・・・・それでもやっぱりオカリンは手を伸ばすんだろうね』
『さんざん勘違いさせといて・・・・その気無しっていう鬼畜な人だけどさ、そのせいで『私』達と確実に一悶着があったりするんだけど・・・・』
『それでも・・・・やっぱり嬉しいんだ。その想いにはまったくの嘘がなくて、本当に私達の事が大切で好きなんだって伝わるから』

自惚れではなく、本当に想ってくれていると感じる。誰でも助けようとしているわけじゃない、誰でもいいと言う訳じゃない、本当に大切な人と思われている。
その身に呪いを背負おうと、自身の誓いを曲げてでも一緒に生きていたいと思ってくれている。
だから、きっと止まらないのだろう。岡部倫太郎と言う人は、鳳凰院凶真と言う優しい人は。
どんなにやめてと、もういいと言っても納得しない。自分達が悲しんでいる事を知っているから。
理解していても納得する事が出来ず諦めきれない。

『そんなオカリンだから・・・・・私達魔法少女は自分よりずっと弱いオカリンに手を伸ばしちゃうんだろうね』
『自分より弱い人と一緒にいたいって思うんだ』
『誰よりも弱いのに諦めない・・・・そして少しだけ、本当にちょっとだけ前回よりも前に進める人だから、それをいつも目の前で証明する人だから―――』

だから、だからさ―――きっとこれからも傷ついて悲しんで、心を削って摩耗して、それでも戦い続けるお人好しの弱い人は、それでも辿りつけると信じている。

何度も繰り返して、何度も―――試行錯誤の果てに死ぬことがあっても、それでもいつか辿りつけると信じている。

きっと“あの人達もそう信じている”。誰よりも彼の近くにあった人達。岡部倫太郎が命がけで守り抜いた未来を託された人達。

憶えていなくても、知らなくても、それでもきっと―――言ってくれる。

岡部倫太郎を、鳳凰院凶真を信じていると、幸せになってほしいと。

本人が知らない以上に、彼はいろんな人達から慕われている。

きっとその想いはリーディング・シュタイナーを持っている彼に届く。

過去も未来もアトラクタフィールドの壁すらも超えて、世界から消えてしまってもその想いは彼を支える。

『無駄なんかじゃないよ』と、彼自身にそう教えてもらった人も

『不死鳥の名を抱くのは伊達じゃないニャ!』と、何度も立ち上がり続ける彼を信じていた人も

『そんなことはどうでもいい、ですよ』と、自身の行いに疑問を抱く彼を勇気づけた人も

『証明・・・・』と、言葉は少なくとも、動きだすきっかけを与えた人も

『ごちゃごちゃ細かい事はいいから、女の子を助けることだけ考えればいいんじゃね?』と、迷い揺れる彼に最後まで付き合ってくれた人も

『鳳凰院凶真はね、昔、まゆしぃのことも助けてくれたんだよ』と、最後の最後まで彼を支え後押し続けたあの人も

そして『存在が消えてしまっても、過去に残した言葉はきっと、未来へと届くはずだから』と、教えてくれた、誰よりも彼の愛した・・・・・あの人も―――

誰もが信じている。ホントは弱くて臆病で・・・・争いごとに不得手の彼が最後まで諦めない事を。

だから確信している。彼になら、どんなに荒唐無稽でも、たった一つの願い事を叶えることに不可能なことはないと。

彼になら、いつまでも終わらない物語に、千切れた未来に、無限の世界に終わりを告げて、たった一つしかない可能性を掴み取ると断言できる人達。

そんな・・・・あの人達と過ごした時間が、あの人達と交わした思い出が今の岡部倫太郎を形成している。

それは決して色あせない大切な・・・・・・・

『だから・・・・さ、どんなに心配で・・・・見ているだけで怖くなっちゃう事も沢山あるけどさ』
『オカリンは諦めないから・・・・』
『そのせいで・・・・・いつかいなくなっちゃう事もあると思うんだ』
『でもね・・・・、言ってくれたんだっ』

―――いつかまた、必ず逢える

『通り過ぎた世界に、また帰ってくるって―――約束したの』
『そんな滅茶苦茶なことを、約束してくれたんだ』
『だから、そのときまではオカリンを助けてあげて』
『きっと『私』達だけじゃ難しいけれど、きっと同じように助けてくれる人は沢山いるから』

『私達』が教えてくれる。私に彼の事を教えてくれる。
いつまでたっても幸せになれない、幸せを手放していく人の事を、いつか辿りつけると信じている。

『そのときに、そのときが一体どの『私達』がいる世界なのか・・・・・、傍にいるのが私達なのかも分からないけれど』

ポニーメガネの『私』が私の目を真っ直ぐに伝える。
悔しいけれど、それでも彼が幸せになれる世界があるなら、一緒に過ごせる世界がきっとあるはずだから・・・・・それでいいと。

『きっとオカリンは辿りつけるって信じてる。誰も死んでいない、失っていない、誰もが幸せに歩める世界線。そんなお伽話のような世界に―――オカリンも一緒にいられる世界にいつかきっと―――』

だから――――


『『『『『大丈夫だよ』』』』』






χ世界線0.409431




―――大丈夫だよ

声が聞こえた気がした。それが誰の声なのか。一人じゃない、沢山の声が聞こえた気がした。
リーディング・シュタイナーが発動したのか――――あの声は・・・・その声はいつかの彼らで・・・・そして見捨て続けたこの世界の彼女達―――

「はっ・・・ははっ」

なぜだろう。笑いがこみ上げてくる。さっきまで自分の弱さと罪深さを呪い嘆いていた、絶望しかけていたのに笑えてくる。
思い返せば取り戻した俺はあまりにも痛々しい、見た目はともかく中身はおっさんだと言うのに、自分に呆れてしまう。
その声は勝手に信頼していた。確信していた。まるで俺の事を俺以上に熟知しているように。
お前ならやり遂げられると、無責任にも大丈夫だと伝える。いいかげんであやふやで、どこからそんな結論が出たのか分からない。
知っているくせに、岡部倫太郎がどんな奴か分かっているくせに、弱くて情けなくて一人じゃ何もできない厨二病の人間・・・・ソレを知っておいて、それでも俺になら何とかできると思っている。
勝手な連中だ、自分より弱い存在に、この俺に任せようなどと・・・・見当違いもそこまでいけば立派だ、呆れてくる。
どれだけ繰り返したと思っている。唯一人を助けることに100年近くかけた。魔法を身に纏いながらもこの弱さ・・・・・・なのに、大丈夫だと?頭が悪いにもほどがある。

―――だが、そんな思われ方は悪くない

こんな俺でも許してくれるなら
こんな俺でも希望があるのなら
こんな俺でも信じてくれるのなら

また――――あの日のように、一緒に笑い合おう

知っている。気づけば傍にいるだけで心地よさを感じていた。気づけば終わったはずの、壊れたはずの俺は彼女達と笑い合っていた。
彼女達は俺に助けてもらっていたと言うが・・・・・ずっと助けてもらっていたのは俺の方だった。
だからか・・・・例え彼女達が世界に何を齎そうとしても―――幾千幾万の世界が拒んでも―――幾千幾万の世界線の海を渡ってでも―――遠くて、どんなに離れていても、この手を伸ばし続けよう。
捕まえて、引き寄せて、失った願いと想いを取り戻そう。そのために、いつだって手を伸ばそう。
俺は諦めない。思い出したから、思い出させてくれたから。もう心配いらない。

―――大丈夫だよ

この世界にまで終わった俺を、こんな俺を未だに気にかけ信じている。信じてくれている。

―――だから、今度こそ




「跳べよぉおおおおおおおおおおお!!!!」




―――getset goahead

落ちていく体。懐から電子音。クリーム色のマントが量子化し翡翠の魔法陣が足下に展開、描かれた紋章に稲妻が疾走―――――炸裂した。

―――burst!

ドンッッ!!

届かない、届かなかった距離が一気に縮まる。足下の紋章が弾けて、衝撃で岡部の体を上へと飛翔させる。
織莉子に向けて伸ばされていた右腕は、織莉子を見上げていた視線は、辿りつけなかった位置は今この瞬間――――織莉子と同じ高さにあった。

「織莉子ッ!」
「あ――」

ダン、と織莉子のすぐ傍、破壊された穴に岡部は着地する。岡部の目の前に織莉子は居る。織莉子の目の前に岡部はいる。
彼女は何が起こったのか、不思議そうな、泣きそうな、どんな顔をすればいいのか、一体何に戸惑えばいいのか分からないと、呆気にとられていた。
今、織莉子の目の前にある結果。『岡部倫太郎が美国織莉子の目の前にいる』。

―――また 未来がっ 世界が こんなにも変わっていくよ キリカ   

未来が、過程が結果が想いが意思が決意が覚悟が揺れる。
涙が視界を歪ませる。岡部倫太郎は来てくれた。織莉子のために、拒絶されても、否定されても、言葉で態度でどれだけ顕にしても―――――来てくれる。未来の可能性すら覆して。

(だめ、ダメッ・・・それは駄目だよ!)

だからこそ、その手を取るわけにはいかない。例え負けても、織莉子は目の前の青年の手を取ってはいけない。
その手を取れば鹿目まどかを殺せない。分からない、知らない、理解できない、でもその意思が、『鹿目まどかと■■する』定めを覆されたらこの世界を失う。
拒絶しなければならない。織莉子は岡部の手を取ってはいけない。でないと世界から弾かれる。
自分だけじゃない。ここに至るまでに失った人も、ここまで来てくれた人を自分のせいで、これ以上苦しめてはいけない。やっとここまで来れたのだから。
目の前にあるその力は、その想いは自分ではなく佐倉杏子や千歳ゆま、“この世界”のためになくてはならない。

「わたしっ、私達はっ、一人で戦わなきゃいけないんだ!だってっ、だっていつか絶望して魔女に――――負けちゃうんだから!!」

だから織莉子は何度でも突き放す。心にもない事を言う。諦めてくれるように。
織莉子は今いる位置から更に跳躍、上に、岡部の元から離れる、拒絶する。

「一人になる必要なんかない!一人になんかさせないっ、絶望したってお前達が負けるとは限らない!お前もっ、まどかもっ―――俺も!」

今さら突き放された程度では岡部は怯まない。彼女が心にもない事を言っている事は分かっている。だから諦めない。
着地した位置からさらに跳ぶ、届かない。本気の魔法少女達に岡部は追いつけない。

―――burst

再び電子音。繋がっていた奇跡を量子化し全てを足下に、展開した紋章に全てを捧げる。岡部の姿は白衣に戻り炸裂した紋章が岡部の体を織莉子の元まで届ける。飛翔する。

「違うっそんなの嘘だ!私達の事を理解出来るハズないっ!分かるはずがない!私達はいつか呪いを撒く化け物になってっ、そんな私達が受けいられるわけ―――」
「理解り合える!俺はお前達の事が好きだ!」

一緒にいたい人がいる。だから、岡部倫太郎は相対する。
守りたい世界がある。だから、美国織莉子は相対する。

「私は―――嫌いだっ!みんなきらいっ、世界も人もみんな私達を見捨てて・・・・嫌いになって―――憎んで拒絶する!いつだってっ・・・・それなら私達だって―――!!」
「お前達のことが好きな奴がいる!お前達が愛する人がいる!」

視線は真っ直ぐに、織莉子と岡部は叫ぶ。
会話が噛み合っていなくてもいい。今はただ想いをぶつけあう。
拒絶するために。解り合うために。

「それだけでっ、たったそれだけで世界とだって戦える!絶望ごときに負けない!」
「戦ってどうなるんですか!世界なんて――――勝てるわけがないっ、運命に逆らって一体どうなるんですか!」

未来を知る織莉子が叫ぶ、その意味を体現してきた岡部が叫ぶ。

「ただ傷ついて・・・・泣いて悲しんで、大切な人を失い続けてっ、その先に何があるの!?それなのに未来に幸せな事なんか――」
「幸せになれる!幸せにしてみせる!」

もう、自分が生きていては願いが達成されない事を知っている織莉子が叫ぶ、かつて自分自身を犠牲に未来を託した岡部が叫ぶ。

「ウソだ!こんなに悲しくてっ、怖くて沢山の人を傷つけたてっ、沢山殺してきた!」
「理解されなくて、嫌われて、不幸にもなるかもしれない」

魔法を宿す織莉子が叫ぶ、魔法を持たない岡部が語る。

「そんな未来に何があるの!ただ戦って、ただ傷ついて、ただ失って!」
「分かってくれなくても、振り向いてくれなくても!」

泣きながら織莉子が叫ぶ、世界から弾き出された岡部が叫ぶ。

「誰からも嫌われて誰もいなくて、希望なんかない!幸せになっちゃいけないんだ!いつか魔女にっ・・・・・絶望して―――」
「絶望なんかしない!」

織莉子が真実を語る。岡部がソレを否定する。

「俺が此処にいる」
「――――ッ」

岡部が動く、それに反応し織莉子は右腕を後方に下げる。

「俺だけじゃない!お前達が『この人だ』と想える相手が、お前達の事を『この人』だと思う人が世界には必ずいる!」
「私は―――――――違う!そんな人いない!いても何も変わらないっ、いても世界は―――」

魔法を宿す織莉子は逃げるように後ろに、何もない岡部は挑むように前に出るように。

「それだけで生きていける!戦っていける!前に進める!」
「そんなわけない!それだけで世界と―――運命と戦えるはずがない!勝てるわけない!」

岡部は手を伸ばす。でも届かない。伸ばしてもこの距離では届かないから。
今、岡部が手を伸ばしても本気になった彼女達には届かない。

「俺が証明している!魔法を宿すお前達に出来ないはずがない!」
「私は―――強くないっ、貴方みたいに強くないもん!!」

拒絶するように、後ろに下げたその手に魔力を編んでいく。

「一人じゃ戦えない!もう一人じゃ・・・・・もう、こうするしかないじゃないかぁっ・・・!」

白と黒の装飾をされた魔法の宝玉が一つ、織莉子の手に生まれた。
叫び、吼えて、押さえていた感情を爆発させ訴える。織莉子はどうしようもない状態で此処まで来た。
鹿目まどかは殺せない。殺したくない、そう思う事すら・・・それはこれまでの否定で裏切りだ。
岡部倫太郎と手を繋げない。その手を取りたくてもとれない。それはこれまでの否定で裏切りだ。
逃げ切れない。勝てない。でも諦めきれない。此処まで来るために失った、犠牲になった人達を否定することになるから。
自分のために此処まで付いてきてくれたキリカを裏切ることになるから。

「私にはっ、もう何もっ・・・!」

選択肢がない。選びたい選択肢がない。差し出された選択肢も選べない。この勝負に勝っても、その後の世界に織莉子の望んだ未来はきっとない。負ければ世界はいつかまどかを魔法少女に導く。
そうなれば余りにも強すぎる彼女は魔女では殺せない、かと言って彼等は岡部倫太郎がいる以上絶対に彼女を殺せない。最後まで諦めない事を知っている。
魔女化、その真実を知れば彼女は自殺する可能性もある。誰も殺せなくても彼女なら自身で殺せる。きっとそれは岡部倫太郎が阻止する。元より、その前に魔女化するかもしれない。
そしていつか彼女は魔女化する。その可能性を否定できない。魔力を使い過ぎたのか、悲しい現実か、理由は多々ある。その時彼女を殺せる存在がいればいいが、もしいなければ・・・・・世界は滅びる。
守りたい世界は失われる。

「それでも・・・・・もしかしたらって選んだんだ!」

鹿目まどかが魔法少女にならない未来を。
鹿目まどかが魔女に堕ちない未来を。
自分では、世界に捕まった自分では出来ない未来を。
誰かに任せることしかできない未来を。
沢山を犠牲にして、今さら道を違えることはできない。
今さら他の可能性に、別の世界を、未来を私だけが歩むわけにはいかない。
この世界を無かった事にしてはいけない。
私はそれを背負わなければならない。
この世界を守れるのは、この世界が続いていける僅かな可能性は自分がいては不可能で、だから選んだんだ。
たとえ自分がいなくても、これまでを否定されても、それでもこれまでを無かった事にはさせないために。

「駄目なんだ!もう・・・・私だけじゃ―――!だって苦しいの!どこにも・・・・こんなのっ・・・・・こんなのっ・・・!」
「なら頼れ!」

―――織莉子、例え今とは別の道を選んでも私は織莉子と共にいる

「――――」

見開いた目の前に、涙を浮かべた織莉子の眼前で岡部倫太郎は織莉子に手を差し伸べていた。

―――君の望む未来があって、それを求めるなら、その可能性を信じたいと願うならさ

宝玉を生みだした右腕を岡部に向けて振りかぶる。生身の岡部なら一撃で殺せる。奇跡を失った岡部は唯の人間でしかない。
今さら・・・魔女化してまでついてきたキリカに報いるためにも、失った人達のためにも――――――思い出した望みに、ずっとあった・・・忘れようとしていた可能性に縋れない。

「お前の全部を――――――俺が一緒に背負う!!」
「~~~~~~~ッ」

右手を眼前の男に、宝玉を、魔法を岡部に向けて――――

―――大丈夫だよ

「あっ・・・・・ああ・・・・・・、ぅ・・・あ・・ああっ・・・!」

なのに・・・・・魔法が霧散する。収束された魔力が粒子になって虚空に消える。

「あ・・・・、うあっ・・・あああ・・・!」

涙が零れる。伸ばした右手の先が、体が震える。泣き声が零れる、漏れる声が震える。
伸ばされた岡部の右手に、織莉子の右手が弱弱しく触れる。岡部の届かなかった手が、織莉子がとりたくてもとれなかった手が触れた。
織莉子の触れたその手は奇跡を持たない人の手で、とても大きかった。
岡部の触れたその手は震えていて、とても小さかった。

「ああっ・・・・・・ぅ・・あ・・・・・!」

崩れていく、これまでの想いが、意思が、決意が、覚悟が――――決壊していく。
泣きながらいろんなものが、重荷が一気に取れたかのように、流れていったかのように織莉子は放心してしまう。
何もかもが失われたかのように―――――ただその瞬間ギュッ、と手を握られた。

「ぁ・・・・っ」

そして乱暴に、躊躇いなく遠慮なくその身をぐいっ、と、引き寄せられ織莉子は抱きしめられた。

「やっと・・・・・届いた・・・」

押しつけられるように顔を胸に、離れないように抱きしめられ、その温かさに、その体温に・・・零れたモノをがもう戻らない事を悟った。
もう戻れない。時間を戻さない限り、この記憶を失わない限り戻れない。

「うっ・・・・くっ、ふ・・・・・うぅ・・・!」
「やっと・・・・追いついた・・・」

その声を、繋がれた右手を、背中に回され頭を優しく撫でる左手の感触を離せない。諦めずに追いかけてくれた想いと覚悟を失いたくない。
怖かった、ずっとずっと怖かった。全てに裏切られて魔法を得て、それでも幸福には程遠く、手を取ってくれたのはキリカだけだった。
諦めていた。でもずっと求めていた。この世界のしがらみも、未来の絶望も全部打ち壊してくれるような―――「大丈夫だよ」って教えてくれる強さ。

「私っ、わたしはっ・・・・!ずっと・・・・ずっと怖くて・・・・・・だけどっ・・・・選べなくてっ・・・・」
「そうか・・・、がんばったな。もう大丈夫だ」
「ッ、くぅ・・・・うっ・・・・・うぅ・・・!」

ぽんぽん、と、優しく髪を撫でられる感触に身を委ねながら顔を胸に押し付け織莉子は目を閉じる。
岡部はおずおずと背中に回された手が白衣を握りしめる感触にようやく安堵し想いを繋げる。

―――未来ガジェット0号『失われた過去の郷愁【ノスタルジア・ドライブ】』起動
―――デヴァイサー『美国織莉子』
―――Soul Gem『光と門番を司る者【ヘイムダル】』発動
―――展開率56%
―――hello world

「これからは――――俺が一緒に背負う」
「いいっ・・・ですっ・・・・・私が背負います・・、あなたは・・・・・そこまでしなくっ・・・わたし・・・・」

とん、と、白い魔力光を纏いながら軽い音と共に二人は地面に着地する。

          0.409431

視界が一瞬ぶれるのを岡部は感じた。その一瞬で観えた世界に誰かの■が観えた。

―――これは・・・・!?

白衣姿から白い軍服、貴族の様な、騎士の様な姿に変わった岡部は織莉子の肩を掴み顔が見えるように体を離す。
涙を流し、真っ赤になった目と頬を優しく撫でながら岡部は苦笑する。

「君は・・・・・ほんとうに優しいな」
「あっ・・・そんなっ、わたしは・・・・・ごめんなさ―――!」
「いい」

何かを悟った織莉子が謝ろうとする。が、それを岡部が止める。
頬を両手で撫でながら岡部は微笑む、大丈夫だからと伝えるように。

「この世界は――――きっと大丈夫だよ」
「ちがっ・・・!わたしっは・・・・・あなたまでっ・・・・・!」
「いいさ、今のお前を一人にするわけにはいかない」

勤めて明るく振る舞う岡部に、織莉子はまた泣きだした。彼は悟っている。知っている。きっと織莉子以上にソレを知っている。
繋げて分かった。美国織莉子が岡部の提案を拒否する理由。未来視が何を観測したのか、それは一体誰の為でもあったのか。
一人で真実と未来の結果に悩み、手を取ってくれた親友もいつしか魔女になる事をしり、それでも守るために戦っていた。
数少ない選択肢、残り僅かな時間、そのギリギリまで迷い、あまりにも重すぎる・・・それでも決断しなければならなかった。
普通ならとっくの昔に、それこそ魔法少女になった時点で魔女化していてもおかしくはなかったのに、たいした精神力だと思う。
そこまで耐えておきながら最後は他人の事を心配している。

「まったく、そんなところまで――――」

“似ているなんて”。その言葉を飲み込む。彼女は美国織莉子だ。

「ああもうっ!」
「きゃっ!?」

邪念を振り払うようにもう一度織莉子を引き寄せ抱きしめる。
やっている事は周りから見れば邪念に囚われた者そのものだが気にしない。
周りもそれを気にしない。気にしている場合ではない。


          0.409431→


「おにいちゃんダメッ!ダメだよぉ!!」
「岡部倫太郎!!」

ゆまと杏子の声が聞こえる。この世界で出会った大切な人達。
岡部が視線を織莉子から横にずらせば二人が血相を変えて此方に向かってくる。
岡部が織莉子を抱きしめているから――――ではない。そんな些細なものではない。

「二人とも―――」
「ダメッ、絶対にだめだよ!」
「まってっ・・・・・!まだアタシ達はっ・・・・!」


0.409431→


“世界が歪む感覚”。この感覚には憶えがある。この世界に来てから初めての感覚。世界線変動率が変わる。
世界線が変わる。移動する。世界は寛容だ。あらゆる要素を内包し“矛盾を許さない”。

「おにいちゃん!やだっ・・・・やだやだやだっ!!」

世界はあらゆる偶然と確率を操作し「世界線の移動」によって発生する矛盾を可能な限り過去に戻って修正する。
修正された過去は人々の記憶には残らない。

「まってっ、・・・・・まってよ!岡部・・・・・!」

ゆまも杏子も、もう魔力も気力も限界なのだろう。それでも岡部に近づこうと急ぐ、震える足で、枯れた声で、“薄れていく記憶が消えてしまわぬ内に”。

「お前達が内緒で計画していた旅行・・・・・・どうやら行けそうにも――――」

ゆまの泣き顔が映る。泣きながら必死に手を伸ばしながら駆け寄ってくる幼い少女。
杏子の泣きそうな顔と傷ついたような顔が映る。何を言えばいいのか分からず、いつもと違う口調の少女。

「―――――ッ」

すべての歪みが加速していく。すべての色が失われていく。
リーディング・シュタイナーが発動している。
この世界線から意識が遊離していく。この世界から岡部倫太郎に関する記憶が消滅していく。
岡部倫太郎が消えることでこの世界線はアトラクタフィールドχからアトラクタフィールドμへと、元ある世界へと回帰しようとしている。
『岡部倫太郎が存在しない世界線』へと。あるべき姿へ、本来の世界に。
きっと、もう出会えない。この世界線以外で出会うことは出来ても・・・・・同じ時を過ごしてきた彼女たちじゃない。
世界線が少しでもずれればそこは別世界。知っている。もう彼女達とは逢えないのかもしれない。

「―――――――」

二人に手を伸ばし、声を・・・・・聞こえなかったかもしれない。岡部が消えれば憶えてないのかもしれない。
それでも、岡部は二人に『約束』した。

「――――――――――――――――-――」

すぐ傍まで、あと一歩で届く距離にいる少女に岡部は手を重ねる。いつも届かなかった手は、ゆまが岡部に手を伸ばすことで届いた。

いつだって、彼女達から手を伸ばせば届く距離に岡部倫太郎という人はいた。

その手は、想いは、彼女達が手を伸ばせばいつだって届く距離にあった。

「おにいちゃ――――!!」

涙を流すゆまに岡部は精一杯微笑んで・・・・・・、そして―――――



          0.409431→-0.275349



世界から追放された











χ世界線-0.275349



「あ~もうっ・・・・・・・・死んだかと思ったわ!」
「お疲れ様、九朔ちゃん」
「ライカ・・・・」

緋色の少女がぐったりとベンチに体を沈めながら愚痴る。ライカと呼ばれた、少女の横に、いつの間にかいたメガネをかけた金髪の女性いて、愚痴る少女を宥める。
九朔と呼ばれた少女は真っ黒に焦げていたが傷は見た目に反してかなり軽い。回復に集中すれば即全快できる。

「まさか魔女や貴方達以外にシャンタクを全開で使うはめになるとはね・・・・・・、いっそ手加減なくやられた方がマシだったわ・・・・・・・・・疲れたし痛いし散々よ」
「中途半端な手加減で気に障った?」
「そうじゃないけど・・・・・、いやそうだけどね?あの魔力量は・・・・・以上よ、何なの一体?」
「アレじゃないかしら?確かフューチャーガジェットマギカ№06の――――」
「クーリングオフ?」
「そうそれ!」
「改めて思うけど・・・・・・・凶真はネーミングセンスが最悪だわ」
「倫太郎ちゃん№07の名前を決めさせてくれなかったときは、かなりショック受けていたわよね」
「あれはほとんどこっちもちの開発だからね。名前のセンスを凶真に預けきれないわ・・・・・で?」
「今頃久方ぶりの逢瀬をしている頃でしょうね」

岡部の目的地まで付き添っていた彼女は九朔の言葉にあっさりと答える。あの二人が出会うのは実質岡部倫太郎の最後を意味するのに。
既に限界の岡部は最後を彼女と共にいることを望んだ。ずっと前からの約束らしい。それこそ自分達と出会うずっと昔からの。

「ほんと・・・・・、どうしようもないほどのお人好しよね」
「私達も、倫太郎ちゃんも、そして約束の織莉子ちゃんもね」
「そのお人好しが沢山いて、そのほとんどが奇跡持ち・・・力もあるのにただ一人救えないとは・・・・魔法も奇跡も大したことないわね」

そう言って背中を預けたベンチで座ったまま背中を伸ばし暗くなってきた空を眺める。
つまらない。やるせない、魔法を宿しておきながら、奇跡の体現者でありながら私達は恩人一人救えない。

「そうかしら?」
「・・・・・・・なによ」

この状況で笑うライカの横顔を見つめる。
その微笑は何かを予感しているのか、この後にある別れに対し悲観的要素はない。

「なに・・・?何か隠しているわね!」
「うふふふふふふふふふっ」
「ちょっ、貴女まさか・・・っていうかお父様達も一枚かんでいないでしょうね!?」
「さあ?少なくても私とアルちゃんはちょっとだけ・・・・・奇跡を信じているわよ」

ぎゃー!ぎゃー!と、遠い外国の地である日本の帰宅時間で人通りもそれなりにある河原で、緋と金の魔法少女は周りの視線を気にすることなく騒ぎ続けていた。







見滝原中学校 

「・・・・・・あ」

織莉子は人がいない、人払いをされた見滝原中学校に足を踏み入れた。
視界の正面、ガラスの校舎を背景に一人の男が織莉子の到着を片手・・・・利き手じゃない左手を上げて迎える。

「倫太郎さん!」
「久しいな、とは言えメールでのやり取りは頻繁だったから――――」

駆け寄ってきた織莉子に、岡部倫太郎は何か言われる前に少しでも自身を弁護しようと言葉を返す。

「それは何の言い訳ですか?」
「・・・・・スイマセン」

が、邪悪に笑う織莉子に素直に岡部は謝った。

「今後、このような事はないように!」
「あ~・・・うん、そうするよ。だからその話はやめよう何度も聞かされて反省して―――」
「事務所の娘達の親御さんからも苦情の言葉を預かっていますが?」
「一昨日も大量にメールを貰った気がするが・・・・・新しい奴か?」
「はい、『ウチの娘をほっといて別の娘の所に行くとはいい度胸だぁオイッ!』的なモノと倫太郎さんの将来に関してのプランや愚痴と言った数々のお言葉があります」

鞄から大量の書類が入っていそうな茶封筒を取り出し岡部に見せる織莉子。

「・・・・・・・・・・毎回毎回ありがたいな。毎回毎回同じように言葉を変えながら謝ったり何度も返事をしているはずだが・・・」
「私達を置いていった罰ですね」
「違いない」

肩をすくめ自身の非を認める岡部に織莉子は苦笑する。

「分かっているとおもいますが・・・・・・・、皆さん心配していましたよ」
「うん、手紙やメールの最後にはちゃんと飯を食えとか健康に気をつけろとか、ずっと気にかけてもらっているよ。それこそ息子のようにな」

俺の方が主観では年齢は上なのに、と、惚ける。それにまた苦笑で織莉子は応える。
仕方がないと思う、岡部倫太郎と言う青年は、自分の娘を助けた彼は、彼らから見ればどこか抜けていて危なっかしく感じるのだから。
ふと気づけば互いの距離は近く、手を伸ばせば届く距離。
織莉子は右手を伸ばし――――左手に変えて、白い綺麗な掌を岡部に差し出す。

「おかえりなさい、倫太郎さん」
「ただいま、織莉子。逢いたかったよ」

自分の左手を織莉子に重ね岡部は微笑んだ。
それに岡部は「完璧だ!」と内心頷いていた。このシチュエーションなんかよくない!?と思っていた。
この流れなら怒られないと、そんな漫画みたいなワンシーンに一人浸っているとその顔面に織莉子の右拳が突き刺さった。
本気で、魔力はもちえず、しかし戦闘慣れした拳が無防備な顔に突き刺さった。

「ごふぅ!?」

不様に尻もちをついた岡部は織莉子の突然の行動に文句を叫ぼうとしたが・・・その言葉を飲み込む、笑顔のままの織莉子を見て固まってしまった。
ゴゴ・・・・  ゴゴゴゴゴゴゴゴ・・・・!と、笑顔なのにその怒りが伝わってくる。
ニコニコと、右拳を胸の前で構えている織莉子からとっさに視線を外し何かやらかしたっけ?と考える。

「倫太郎さん・・・・、言い残すことはありますか?」

いきなり最後通告なあたりかなりマズイと判断した岡部はこの世界線で最大の心残りを正直に伝える。
下手な嘘や誤魔化しは通じない。なにより彼女に嘘は言いたくない。ゆえに岡部は正直に想いを告げた。

「可能なら・・・・・マミをプロデュースしたかった!!」
ゴスッ!
「おぅふ!!?」

魂の叫びに対する返答は頭上から降ってきた宝玉に頭を押さえられ、そのまま年下の女の前で土下座するというマニアックな罰だった。
キリカなら喜んだかもしれない、しかし岡部には残念ながらその気の性癖はない・・・・・微妙に回転する宝玉が髪の毛を伐採するのでかなり痛い。

「え、なぜ・・・・・?」
「逢いたかった?その割には全然帰ってこなかった人にムカついただけですけど?」
「あ・・・、ごめ――――」
「しかもまた巴マミですか?佐倉杏子やゆまちゃんならともかく・・・・・一体どれだけ彼女の事が好きなんですか?」
「え・・・・?あえて言うなら・・・・・全部?可愛いし優しいし家事も何もかもっていてててててててててて回転速度が上がったー!!!?」
「ふふふふふ(怒)」
「まて織莉子俺は正直に――――!!」
「まったく!ほんとうに貴方と言う人は!!」
「いたたたたたた――――って、あつぅー!?」

ちなみに、どんなに怒っても他の少女達と違いマミなら対話でもって解決してくれるからだ。他の連中は対話(物理)のため解決こそ早いが過程がかなり痛い。
摩擦でこんがりしてきた頃になってようやく織莉子は岡部を解放する。若干涙目だった。岡部も織莉子も。
よろよろと立ち上がる岡部に手をかし真っ直ぐに立たせ、汚れた白衣を大雑把に叩いて埃を落とす。
そのついでとばかりにペタペタと岡部の体に触れて感触を確かめる。

「・・・・・・・・・」
「織莉子?」
「・・・・・・・いえ、それよりも倫太郎さんっ、巴マミは魔法少女じゃないんですから無理ですって何度も言いましたよね?」
「だがッ、可能性は決してゼロじゃない!」 キリッ
「 ( ̄ー ̄)o゛」プルプル

やられる前に岡部は土下座した。

この世界線で巴マミは魔法少女ではなかった。両親は健在で魔法とは関係ない生活を送っている。ゆえにFGPにスカウトする事が出来ず・・・・・それに越したことはないのだが。
この世界線に辿りついて四年、様々な事があった。いろんな変化もあった。慣れたとはいえ最初の頃は織莉子ともども焦ったり動揺したりと大変だったのだ。あまりにも世界が違い過ぎて。
まず巴マミ、述べたとおり彼女は魔法少女ではなかった。両親と暮らしているごく普通の女の子。美樹さやかも同様だ。
呉キリカは前の世界線と大差ない性格で、しかし織莉子に出会う前からその性格だったらしい、今は既に魔法少女だ。
千歳ゆまは織莉子が引き取った。この世界線でも虐待があったのでいろんな・・・・・細かい事は省いて取りあえず今は織莉子と一緒に住んでいる。魔法少女だ。
佐倉杏子、家族ともども健在、あれやこれやと岡部達が織莉子の父親と結託して地域貢献とか社会復帰の慈善事業を教会主導で行い今も教会で忙しそうに働いている。普通の少女だ。
織莉子の父親・・・・・。前の世界線で死んだ織莉子の父親はこの世界線では生きていた。当時混乱していた織莉子も汚職事件に関するあれこれの真相を解明し疑いを晴らしたり真犯人に罪を五割増しで擦り付けたりして事なきを得た。精神的に。
そして鹿目まどか、暁美ほむら、両者はこの世界線に――――存在していなかった。一体どういった改変を行えばこのような結果になるのかは分からない・・・・・とにかく二人はこの世界にはいなかった。家族はいる、しかし彼女達が生まれた歴史はこの世界には無かった。
そして最後にもう一つ、この世界線で『ワルプルギスの夜』は見滝原にやってくることはなかった。

「はぁ・・・・、ほら立って下さい。もっとお話しすることがあるんですから!」
「ああ、それなんだが―――」
「いいですか?そもそも貴方は社長なんですから―」
「織莉子」
「ッ」

立ち上がった岡部に織莉子は会話を続けようとする。それこそ岡部から催促されたくない内容を恐れて。
しかし、その時間稼ぎももう終えようとしている。

「さっき空に紋章が――――」
「ああ、それなら・・・・・・・・・・・吹き飛ばしましたよ?」
「え?」
「吹き飛ばしました」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・死んでいないよな?」
「ふふふっ」
「いやいやいや」
「もうっ、冗談ですよ・・・・・・ふふふ」

その言葉に苦笑いする岡部、可能性はゼロじゃないだけにその冗談は笑えなかった。
そして織莉子は「また向こうの女ですか」と岡部を責めれば「違うから」と弁解する岡部。
もっと話したい事はたくさんあって、でも気づけばいつものようにいつものような会話ばかりで、その事に安心して、やっぱり残念で織莉子は笑う。

「あっ・・・あれ?」
「・・・・・」

笑っているのに、楽しい時間なのにポロポロと、涙が零れてきた。

「あ、まってッ・・・、待って下さいッ」

すぐに泣きやみますと、目元を擦る織莉子に岡部は近づき小さな箱を差し出す。

「早めに済ませよう」
「え!?」
「受け取ってくれ、これは――――」
「・・・・指輪ではないのは確かですね」
「うん?まぁそうだが・・・・・?しかし考えてみれば未来視を持つお前と付き合うのは大変だな」
「・・・・?」

鼻をすすりながら箱を受け取る。

「プレゼントの中身がばれる」
「なんですかっ・・・・それ、もう」

ポコ、と岡部の胸を叩く。しかし確かに未来視を持つ自分にはそれは――――

「でも、・・・・・・倫太郎さんのは分かりませんよ?」
「ん?ああ・・・・確率か・・・」
「ええ、未来視である程度は予測しても・・・・・倫太郎さんだったら予測だけで確実に当てることはできませんから」
「ふむ・・・・つまり」
「・・・・・・」
「この俺、狂気のマッドサイエンティスト鳳凰院凶真は白巫女の予知魔法を超える器の持ち主と言うことか!!ククク・・・フゥーハハハハハハハハ!」

まあ、だからなんだ、という話なのだが、織莉子はため息を吐いた。
受け取った箱の中身は大方新たな未来ガジェットなんだろうな、と思った。
前回がそうだった。おかげで皆の前で大恥をかいたのを憶えている。

「・・・・・?」

手の平サイズの箱を開けて覗いてみるとそこには小さな金属、バッチの様なものがあった。

「まあもっとも、今となっては余り意味はないな・・・・ここまで刻まれた以上そうとうの因果が刻まれているはずだからな」
「・・・・・・・・」

その言葉に、箱に向けていた視線をあげて岡部を見る。岡部はバツが悪そうに苦笑する。自分以上に織莉子がソレを、みんながそれを気にしているのを知っているから、その体がもう耐えられない事を知っているから。
今の岡部は人前を歩ける姿じゃない。服装がヤバいとか匂いがキツイとかではなく・・・・・・体の半分が・・・・見た目が既に人間離れしている。

きぃ・・・・きぃ・・・・・・     ギチ・・・   ギチ・・・・・

瞬間、岡部の右腕が、白衣の下から虫の這いずるような音が聞こえた。音だけじゃない、白衣の下で何かが動いている。
岡部がそれに視線を向けて顔を顰める。織莉子が何も言えないまま時間が数秒流れ・・・・・・・・・・・それは収まった。
ふぅ、と、大粒の汗を額にかいた岡部は左手で拭い体をふらつかせる。織莉子が支えようとすると手でそれを止め、ゆっくりと地面に座る。
もう、立っていられないほど疲弊している。

「というわけだ、織莉子――――約束を果てしてもらおうか」
「―――――――――」

約束。それは岡部倫太郎が堕ちた存在になった時は美国織莉子がそれを止める。岡部倫太郎が間違った存在になった時、美国織莉子がそれを止める。逆もまたしかり。
ただそれだけで、それは言葉以上に重い。本来、魔法少女じゃない岡部は堕ちる存在にはならないはずだった。
しかし現在の岡部は―――――その身が魔女に変貌する可能性があるほどに呪われている。いつでも発狂し、持てる力全てで世界を呪う存在に堕ちるかもしれない。
原因は未来ガジェット0号『失われた過去の郷愁【ノスタルジア・ドライブ】』。本来はソウルジェムでの運用のみのガジェットでグリーフシードを使用した事による副作用。

「余り気にするな。気づくのが遅かった・・・・・と言えば聞こえがいいが、結局は俺の意地が問題だったんだ」

グリーフシード。魔女の卵。魔法少女のなれの果てに生みだされた存在。この世界線で試された実験の一つ。ソウルジェムと同様に奇跡の産物であるグリーフシードでもNDは発動できるのではないか?
結果は・・・・まぁ発動はできた。あの世界で魔女のキリカが見せてくれた奇跡。それならばと何度か試しているうちにNDが発動するようになった。
結果は散々なことになった。後戻りができない、使用すればその時点で岡部の運命が決まっていた。
発動した力はSGの時とは違い出力が余りにも低い、展開された魔女の力はあまりにも弱く戦闘では足手まといだった。おまけに発動時は岡部の体に魔女の力が食い込む、そのままの意味で肉を裂いて血を吸って。
それでも非常時には使えた。例えば岡部が一人の時に魔女と遭遇したときとか、事故事件に巻き込めれた時は大いに役に立った。それがなければ死んでいたと思われる事態もあったから。
他にもプラス面も多々ある。発動中は岡部の回復力が化け物並み、SGと違い回復力が凄まじく高く、展開率が高ければ出力は低いが魔女特有の能力も操れる。他人の傷も治せた。
反面、使えば使うほど『魔女の口づけ』ではなく魔女そのものが岡部の体に刻まれた。魔女の力が岡部を食らう。とり込み刻む。その身に魔女を、この世界の因果を内包し岡部の存在は常時世界に刻まれた。
NDを使用している時のように。これで突然世界から弾かれることはないと思った。
そして、そんな不吉なモノをずっとそのままではいけないので発動できたその日にグリーフシードや回復魔法で岡部に刻まれた呪いを浄化しようとした。

結果は無理だった。一度刻まれた呪いは浄化できなかった。グリーフシードでも、回復魔法でも。

岡部の体に刻まれたのは『魔女の口づけ』という呪いじゃない。魔女と言う呪いそのもの。
切り落として即回復と言う手も、岡部の存在があやふやなせいか食われた部分が魔女として回復する。
他の人間ではこうはならなかった。岡部だけが、その存在を魔女として書き換えられた。食われた部分は世界から失われた。

「本当にッ、本当にその通りですよ!」

それを理解していながら岡部は使い続けた。自棄になったわけじゃない。そうするしか道がなかったことがあったから・・・・まるで世界がそれを急かすように、周りに魔法少女がいないときに岡部は事件に巻き込まれ続けた。
見て見ぬ振りも出来たのに、少し待てば助けは来るのに、他人のためにその身を文字通り削った。馬鹿みたいに我武者羅に、私達の心配を余所に無茶苦茶に、多くの人を救ってこうして人知れず消えていく。

「貴方はそうやってッ、貴方はそれでもいいけどッ!残された私達はどうするんですか!?私達はまだっ・・・・・何もっ・・・!!」

自分の吐いた言葉に嫌悪した。その台詞は、あの世界の佐倉杏子と千歳ゆまと同じだった。吹き飛ばしてきた緋色の少女と同じだった。
岡部が手遅れになった理由は彼の意思が大前提だった。でもそこまで戦わせたのは間違いなく自分達で、そのおかげで助けられた人は沢山いて、その中には織莉子も、この世界線で出会った少女達も含まれる。
関われば放っておけない。そんな人だから―――そんな人だから、鹿目まどかは岡部が他の人と親しくなるのを妨害するのかもしれない―――助けきれた人がいて、そんな人だから心配で、いつか・・・それが原因で消えてしまうと分かっていた。

「・・・・・・・っ」
「う・・・むぅ」

そして、それが今日だ。知っている。呪いは常に岡部を狂気へと突き立てる。魔女の口づけ、その濃度を濃くしたモノをずっと抱え込んで生きてきた。
突然の怒りや嫌悪、憎悪に襲われたり自殺に導いたりと呪いは岡部を毎日責め立てた。
眠れば悪夢を、例えばいつかの世界線で延々と繰り返してきた死を観測し続けた。
いつしか呪いは痣から刺青のように右腕を中心に伸びて岡部を犯し続けた。服を脱げば全身に刺青が“這っている”かもしれない。さっき岡部に触れた感触は人のそれとは違っていた。

「その・・・、すまない」
「あ・・・、ゃ・・・・」

この後に及んで岡部に謝らしたことに深い、泣きだしたくなるほどの後悔を胸に感じた。
感じて、泣きそうなのを我慢して何か言おうとしても、やっぱり泣いた。
このままでは岡部は死んでしまう。それは誰も望んではいない。岡部も、まだやり残したことがある。
ずっと前から、岡部の持っている深紅の携帯は、数年前から一つの選択を岡部に迫っていた。それを選択すれば岡部は離脱できる。呪われていない体がある世界線に。
『タイムリープマシン』。本来備わっていないはずの機能がノスタルジア・ドライブには備わっていた。コレを使えば岡部は無傷の体に戻れる。
特異の性質上、此処とは違う世界線に移動できる。織莉子達を置いて、此処とは違う世界に。違う世界の四年前に。この世界線の経験を生かしてより良い未来を目指す。
岡部倫太郎が移動してもこの世界線には観測者の織莉子がいる。元より可能性世界として消えることなく存在するはずだと、それが岡部とシティにいる少女の見解だ。
世界は一つ、それでも無限。無数の世界線でそれぞれの観測者の岡部が戦っていたように世界は岡部が消えても続いていく。此処にいる岡部も別の世界線で再び自分の目的を果たすために動きだすハズだ。
岡部視点では、誰もいなくなっていない。死んでいない、だけど織莉子視点では違う。この世界の住人の視点では―――目の前の青年は間違いなく死亡した事になる。
岡部倫太郎という意思が跳べば、残された体は、既に大半を呪いに覆われた体は、すでに実体化できるほど岡部の体を食らった魔女の呪いは枷を失った体を完全に乗っ取る。
するとどうなるのか、それは分からない。そのまま朽ちるのか、魔女になるのか、それとも半端な呪いとして残るのか、そんな事例は無く―――――だから、なにかあったとき、それを止める存在として織莉子と約束した。

―――そのときは、織莉子。君が俺を止めてくれ

「ごめんなッ・・・さい・・!」

鞄から、緋色の魔法少女と同じ箱を取り出し起動させる。

―――未来ガジェットM05号『業火封殺の箱【レーギャルンの箱】』展開
―――グリーフシード『ロベルタ』
―――デヴァイサー『美国織莉子』
―――消耗率46%

結界が織莉子と岡部を包む。
分かっている。岡部が限界なのは。いつでも離脱出来た。それでもこの世界に残ってくれていたのはこの世界が消える可能性があったから、そして、この世界で知り合った人達のために限界まで何かしておきたいというお節介からだ。
もう十分だ。幸いを私達は与えられた、あとは彼がいなくなってもそれを維持し繋げていくために頑張ればいい。それが彼に報いることになる。だからもう解放してやればいい。眠る事さえできなくなった体で、それでもずっと笑顔で接してくれる彼をこの世界から解放しなければならない。
それを躊躇っているのは織莉子の我が儘なのだろう。彼が過去に跳んでも世界は失われない、岡部もやり直せる。だけど嫌だった、目の前の青年が世界から消えてしまうことが、もっと沢山何かあったはずなのに、と、それが最良だとは分かってはいても納得が出来ない。
あの世界の事を憶えてくれている唯一の人が、あの世界が夢じゃないと言ってくれる人がいなくなる。
失うのが怖い。それにこの世界じゃない世界で彼が幸せになるのは・・・・・・悔しい。ここで一緒にいたかった、この世界で、例え会えなくてもいいから同じ時を歩きたかった。だけどこうするしかなくて、此処じゃない何処かで彼は誰かと過ごす。
それはもしかしたらその世界の織莉子やキリカ、ゆまや杏子かもしれない。彼が幸せを得られるならそれでもいいと思う。だけど、やっぱり悔しいのだ。四年間を離れ離れでも共に過ごしてきた人が、私たちじゃない私達と過ごして幸せに・・・・・、それがどうしても悔しく思う。

「謝るのは・・・・俺の方だ。すまない、帰ってきたばかりでまた・・・君に全てを任せることになる」
「そんなことッ・・・ないっ・・です!」

だけど、もうやらなきゃいけない。早くタイムリープしなければ彼は呪いに犯されその精神も自壊してしまう。今日まで耐えきれたことが奇跡だったんだ。人の身で日々侵食していく呪いに抗い続けたことが既に奇跡なのだ。
それに、この世界から離れても彼の戦いは終わらない。“暁美ほむらが歩んだ世界線を追う形で設定された運命”を、解決するその日まで彼は挑み続ける。
私達にとっては終わりだけど、彼には次がある。コレ以上縛り続けることは出来ない。

「世話になった」
「これで・・・・・・お別れですね」

彼の声に、決別の言葉に声が震える。

「・・・・・・」
「・・・・・・さよなら」

それでも、悲しくても悔しくても声に出して彼に示す。
約束した事を果たすと、私は大丈夫だと。
それに頷き、岡部は携帯を携帯に耳に当てる。
後は岡部が跳ぶと、そう意識すだけで、意思表示するだけで跳べる事を知っている。
せめて、最後まで岡部の意思があるその最後の瞬間まで目を逸らさないように、涙で織莉子はぐしゃぐしゃになった顔を岡部に向ける。
みっともない顔を見られたくなかった。だけど最後まで・・・・・それを選んだ。
約束を果たした後も、織莉子にはやらなければならない事が沢山あるから、暗い感情に負けないように、岡部がいない世界で強くある為に。

「違う」
「―――?」
「またな、だ」
「―――――それは・・・・・意地悪じゃないですか」

なのに、目の前の男はそんな織莉子の決意に水を差す。未練を残させる。
もう会えないと、誰よりも経験してきたくせに期待させる。

「また―――会えるさ」
「嘘つき・・・っ」

それはとても残酷で、酷い・・・・それこそ呪いと言われる類の呪縛だ。
美国織莉子は岡部倫太郎が無自覚に少女達を誤解させるのを知っている。だから自分は勘違いしないように心掛けてきた。
だけど、このタイミングで・・・・・その言葉はあまりにも酷過ぎる。いくらなんでも許されない。

「嘘じゃない」
「うるさいバカッ!なんでこんなときにッ・・・・、ずっとそんなこと言わなかったくせに!嘘つきッ、嘘つきウソつきバカバカバカばかぁ!なんで今になってそんなこと言うんですか!?どうして今まで言ってくれなかったの!?こんなのってっ・・・・!」
「なっ!?俺はお前にウソはつかない!そう誓ったはずだろうがっ、約束しただろ!」
「うるさいこのアンポンタン!たらしっ、貧弱コンニャクつまようじ!人の気も知らないで自分勝手の厨二病!!!」

押さえていた感情が爆発した。決して出さないようにしていた本音。きっと漏れれば・・・・・それは――――。
そして中身は基本33まで生きてきた男、その言葉は岡部の心を的確に削る。

「中身はいい歳のくせに女の子の前では恰好つけの厨二で乗り切ろうとするヘタレの恋愛へたれ!キングオブヘタレ!へたれ・・・・へたれ・・・・このキング・オブ・ヘタレー!!」
「なぜそこまで言われなければならないのだ!だから謝ってるだろ!?皆に挨拶もせずまたいなくなるが半年もすれば戻って―――」
「黙れ嘘つきペドフィリア!戻ってくるなんて嘘ついてなんで期待させるのよ!ちゃんと未練を断たせてよ!このままじゃ私はずっと後悔して躊躇って――――!」
「誰がペドか!それはヘボ探偵でなんちゃって魔術師のアイツの称号であって俺を一緒にするな小娘がぁ!」
「またシティの話しですかこの変態!女の子なら誰でもいいんですかこのロリコン!日本人なら親しみやすさを優先して一人に絞ってください!外人の女がそんなにいいんですか!?だから巴マミなんですか!」
「何の話だ!?そもそも向こうの奴等は全員アブノーマルすぎで若干怖いくらいで引くような連中だけだったわ!」
「言い訳ですかこの嘘つき毛虫巻きびしタヌキ(?)!!かえってこれない癖に嘘ってどうするんですかっ!出来もしない事言わないでよバカ!」
「だから嘘なんかついていないと言っているだろうが!何か?帰ってきたらダメなのか俺はっ、さてはFGPを乗っ取るつもりかっ このいやしんぼめ!」
「誰がそんなことしますか分からず屋の鈍感愚艦男!帰ってきてくれるなら何だってしてみせるし―――――・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・?」

愚艦、という謎の単語を生みだし・・・・・やっと違和感に気づいた織莉子。
「分からず屋はお前だ」とばかりに織莉子がようやっと気づいてくれたかと、呆れたようにため息を吐く岡部。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あの、倫太郎さん?」
「何かな白巫女」
「あっ、あだ名で呼ばないでくださいっ!お・・・・怒ってるんですか・・・?」
「・・・・・・・」
「あぅ・・・・・、だっ・・・だってあんなこと言うから・・・・・!」
「あんな事とはなんだ?」
「かえって・・・・・きてくれるって・・・・・・・・・・」
「なにも嘘は言っていないぞ」
「う・・、あ?え・・・?だって、え?」

軽い・・・・・パニックに、それでいて何かを掴ませるような、期待してはいけないと、落ち着けと精神を守ろうとして、それでも何かを期待してしまうと、織莉子は感じていた。勘違いなら、それこそもう立ち直れないから。
織莉子の様子からある程度察してくれたのか、岡部はため息を吐きながら一度耳に当てた携帯を白衣のポケットに押し込む。

「俺は帰ってくる。謝ったのはもうしばらくお前にFGPと彼女達の事を一任したまま一旦退場するからだ」
「かえって・・・・・これるんですか?だって同じ世界線に戻ってこれないって言ってじゃないですか?あなたが・・・・・そう言って・・・・だから」

岡部は織莉子に自分の知識とNDのタイムリープのズレを話したことがあって、それでただ跳んだだけでは絶対に戻ってこれない事を語った事がある。

「そのためのさっき渡した九号機だ・・・・・・、未来視で予知していたと思ったが・・・・・・危うく戻ってきたときに居場所がないという事態になったな」
「え・・・?へ・・・・・?」
「未来ガジェットM09号『泣き濡れし女神の帰還【ホーミング・ディーヴァ】』。ダイバージェンズメーターの製作にはただでさえ俺視点ではランダムに跳んでいる・・・あと数回の跳躍が必要だ。。だから同じ世界線に跳べん俺では実行できないから代わりにアンカーとして作ったガジェットだ」
「あん・・・・かー・・・?」
「この世界線を別の世界線にいても特定できるようなもの・・・として考えればいい。そう簡単ではないが大まかに言えばそう言うモノだ」

説明された意味がよく理解できず、織莉子はのろのろと、先程渡された箱をパカッと開ける。
中には小さなピンバッチがあった。歯車に矢印が横切り何かアルファベットが刻まれている。

「それは本来の年齢的に見れば持っていない筈のモノで、恐らくだがND同様になにか概念的なモノで常に俺の手元にもあった。それならばと思って九号機の素体に選んだんだ」

ボケッ、と、未だによく分からないがとりあえず一つだけ織莉子は確認したい事があった。
聞くのはやはり怖い。混乱した頭が都合のいいように解釈したかもしれない。でも聞かずにはいられない。奇跡も、希望もまだあるのだと。
岡部倫太郎は、私達を置いていかないと・・・・・・信じたかった。

「かえって・・・・帰ってこれるんですか?」
「ああ、理論上は可能だし俺以上に生きている古本娘とも半年かけて確認した。俺の特性状いらん混乱を避けるために今から大まかに半年をメドに帰ってくる」

その岡部が、どれだけの時間を過ごしたかはわからないけれど。

「ほんと・・・う・・・に?」
「ああ」

それで、その言葉で織莉子の頭が真っ白になり、そのせいで喝采のような叫びを、全身で喜びをあらわそうとして―――
さきほど彼にぶつけた言葉を思い出して衝撃を受けた。

「あ・・・・・・・っ」
「それで?俺は帰ってきてもいいのかな白巫女よ?なにせお前にとって俺は嘘つきのバカ野郎らしいからな」

どこか、いや、確実にムスッとした岡部に織莉子は慌てる。

「えぅッあうやわわわわッ!!!?ででででもそれは倫太郎さんがペドでたらしでへたれで酷くてもやしでつめようじで!!?」
「おい・・・・・・・もやしは聞いてないぞ?」
「はう!?あわわわわわごごごごごごごめんなさいでもそれはだって毛虫で巻きびしタヌキのハトポッポが倫太郎さんでコキュートスで!!!?」

顔が赤くなるのを自覚できる。

「はあ・・・・・・、もういい」
「ごめんなさい!!!」
「いいさ、ああそうだ。俺の携帯は確保しておいてくれ、多分だが・・・・・そのうちに携帯が鳴る。そのときは協力してくれ」
「あ、はいっ」

岡部のため息が聞こえて勢いよく織莉子は頭を下げる。

「じゃあ・・・・・・頼んだぞ織莉子」
「まっ、まってください!」
「・・・・・なんだ」
「そのッ・・・あの・・・っ」

嬉しい。しかしそれでもやはり・・・・・・・・・怖かった。
本当に帰ってきてくれるのか――――だから

「い、いってらっしゃい!」
「・・・・・・ああ、いってきます」

おかえりなさいを言えるように・・・・・・その言葉を贈った。

―――タイムリープマシン起動

そして電子音が聞こえた。
そして、織莉子の葛藤とは違い余りにもあっさりと岡部の意識は旅立った。
それだけ限界で、辛かったのか・・・・・それを分かってはいるが・・・・・それでも織莉子の眼から涙が止まるにはしばらくかかった。

そして―――――

『■■    ■』
「ちゃんと・・・・・帰ってきてくださいね?」



涙を振り払って――――戦闘が始まった。











数日後


「織莉子お姉ちゃーん」
「どうしたのゆまちゃん?」
「鞄から携帯のバイブ―――」
「ゆまちゃん今何かエロい―――!」

ドスッ

なにか言いかけたキリカが手加減抜きの正拳突きに突っ伏した。

「何か言ったキリカお姉ちゃん?」
「の・・・・、ノー・・・・・」
「何をやっているの貴女達は?」
「おかしいんだよ織莉子・・・・、この前のイベントで好感度はマックスのハズなのにゆまちゃんがデレないんだ!」
「ガクッと下がったよ!?」
「ツンデレかい!?大好物さドンと来い!!」
「キリカお姉ちゃんがMすぎて太刀打ちできない!?でも・・・・貞操だけは守ってみせる!」
「ふたりとも・・・・、一応外だから不謹慎な発言は控えてね?」

―――怒(∟・ω・)∟
―――\(・ω・\)喜

実に楽しそうだ。
幸いにも周りは気にせず受け入れられているので・・・・・・・

「ダメだ!知らない男に奪われるくらいならいっそ今のうちに私が―――!」
「そんなことさせないもん!ゆまの始めてはちゃんとお兄ちゃんにあげるんだから!・・・・・・ちなみに貞操ってなに?誰も教えてくれないの・・・こう言えば好感度が上がるって教えてはくれたけど・・・」
「おまかせだよマイ・シスター!!詳しく丁寧に図解して教えてあげよう!!」
「やっぱり駄目ね」


閑話休題


「―――」
「―――」
「コレで良し・・・・」

モノ言わぬ状態になってテーブルに突っ伏している家族同然の二人に満足し織莉子は携帯を取り出す。

「・・・・・・・?」

しかし自身の携帯は沈黙を保っている。
一体何が・・・・・・、瞬間織莉子は二人を残し駆け出した。
人目の付かない場所に―――――


―――いいさ、ああそうだ。俺の携帯は確保しておいてくれ、多分だが・・・・・そのうちに携帯が鳴る。そのときは協力してくれ

「ほんとにもうっ!いっつも、いきなりなんだからあの人は!!」

口調は怒っていて、それでも表情は笑っていた。
岡部がいなくいなって数日、この世界は今も続いている。この数日を織莉子は不安と恐怖で過ごしていた。
岡部が信じられなかった訳じゃない、でもどうしてもそれは消えなくて、観えない何かに押し潰されそうで――――。
それを見かねたキリカとゆまが多忙な日々の織莉子の休日を無理矢理作り外に連れ出した。
思えばあの騒がしさは織莉子の気がまぎれるように、彼女達ならではの演技だったのかもしれない・・・・・・・素かもしれないが。
でも、それがどちらにせよ彼女達に気遣いと想いやりは確かに届いていて、今はもう大丈夫だ。



―――未来ガジェットM08号『■■■■■■;■■■■』展開確認



聞こえた電子音は深紅の携帯。
選択肢が二つ。
この世界線にいない彼からの協力要請。
私は約束を果たしたなら、ならきっと彼もそうするはずだ。

「だからッ、ちゃんと帰ってきてくださいよ?倫太郎さん!」

―――YES or No ?

だから躊躇い無く私はボタンを押した。
きっとこの瞬間も過去の世界で頑張っている人の手助けのために。
安心して帰ってこれるように

「おかえりなさい」を伝えるために










おまけ


???????????


『と、言っても無駄かもしれないけどね?』
「へ?」

ポニーの『私』が先程まで支配していた暗い気持ちをどこ吹く風で切り捨てる。周りを見れば他の『私達』もウンウンと頷いている。
さっきまでの泣きそうな声や表情はどこえやら、自分達を責めるような態度から一変―――急遽岡部さんへの不満が炸裂する。

『何だかんだ言ってさ・・・・・・結局ぜ~~~~~~~~~~~んぶオカリンの自爆じゃないかぁ!!』『そうだー!』『そもそも誰振り構わず手を差し伸ばすから収拾が付かなくなるのであってオカリンや上条君が女の子をあれやこれやと収穫するから爆発しちゃうのに―――!』『だいたい因果の固まりそのものって言える魔法少女にオカリンが深くかかわりすぎたら世界線が変わる可能性が無駄に高いんだよ!?』『それだけで変わっちゃうかもしれないのに毎回毎回・・・・もぉ馬鹿ー!!』『オカリンはソレで良くても置いていかれた私達はどうするのさアンポンタン!』『オカリンのたらしー!』『根無し草ー!』『そんなんだからマミさんの家から追い出されるんだからね!』『え、マミさんの家に住んでるの!?マミさん一人暮らしだよね!?』『ラボじゃないの!?』『私の所は杏子ちゃんと同棲してるよ?』『なっ・・・・・何で?』『ちなみに私の所のオカリンは知らない女の人の所で居候してるよ・・・・』『『『オカリーン!!!』』』『なにそれ最近ラボに顔出してもいない事が多いのは・・・・そんなことしてるの!?』『ソレ違う世界線のオカリンの事だからきっと別件なんじゃ・・・・・ってオカリンは私をないがしろにしてる?』『他の子に手出して面倒は押し付けてその仕打ちはおかしいよ!!』『戻ったらギッタンギッタンにしてやるー!』『どの世界線でも結局オカリンは女の子のお尻追いかけてるじゃない・・・・・嘘の代償は大きいよオカリン?』『馬鹿ー!』『ヒモー!』『低収入男―!』「あの・・・・みなさんそれくらいで、聞いてるこっちが悲しく―――」『そんなんだからオカリンはファーストキスが皆の前で上条君との熱いキッスだったんだからねー!!』

「『『『『 k w s k !!!』』』』」 Σ(・ω・ノ)ノ!

ポニネガの『私』が何か聞いてはいけない未来の知識をもたらした。

『えっと!?え~と何がどうなってそんな事態に!?あっ、もしかして事故とか偶然とか―――』
『ううん?しっかりと本人達の意思確認の元に大衆の前で堂々とディ―プな奴を――――』
『『『『「わきゃー!!?」』』』』

不謹慎ながらテンションが何故か上がった私と『私達』はさらに説明を求めようとして――――ぐにゃりっ、と空間が揺れる。

『あ、今回はこの辺でお開きかな?じゃあみんなそれぞれの世界で頑張ろう!!』
『『『『「ここで!!?」』』』』

それはない、そんな事を聞いて今後どうやってあの二人を見ればいいのやら!

『まって3%の世界線ではどうなってるの!?上条君が女とか!?』
『そういう世界線かもしれないよね!?きっとそうだよね!?それはいやだけど・・・・!』

『私』の一人が薄れていく体を前に必死で質問していた。それに便乗するようにもう一人も。
しかし・・・・・その言葉はどうも女よりも男の方がいいようなニュアンスで聞こえる・・・・・・きっとさやかちゃんの事を想っての言葉のはず!

『へ?上条君は男の子だよ、そうじゃなきゃ“あんなこと”にならないよ』

どうしよう・・・・・気になってしまって仕方がない。それは他の『私』達もそうなのか次々に質問していく。
いいぞ『私』、私はちょっと聞くのが怖いから何も言えないけどガンガン聞いてほしい。

『そっちのオカリンと上条君の関係は!?』
『ラボで一番仲が良いよ。ある意味同族だしね』
『どんな感じで!?』
『こっちのオカリンは私達と一緒に学校に通ってるよ・・・・・お母さんが無理矢理強制的に・・・・』
『生徒として?』
『うん』

同級生・・・・かな?

『ちなみにラボメンは01~08まで、さらに片翼も含んだ全員が集結してるよ』
『揃ったんだ!?』
『うん、それで上条君はラボメン加入後全員の裸を目撃するという主人公展開を発揮しました・・・』
『それはっ・・・・・・・・・・って言うか上条君・・・・・生きてる?』
『ゆまちゃんがいるから一命は毎回取り留めてるよ』
『毎回なんだ・・・・』
『ちなみにオカリンは逆で全員に裸を見られました』
『『『『「なんで!!?」』』』』

オカリンさん(真)ヒロイン。上条君(真)主人公 みたいな構図が出来ているみたいだ。

『え、え~とさ、オカリンは大丈夫だったの?』

おずおずと『私』の一人が聞くとポニメガの『私』が顔を赤らめポソッと呟く。

『オカリンの【ディソード!】は幸い私しか【リアルブート!】からきっと大丈夫・・・・かも?』
『『『『「なんだって!!?」』』』』

伏字+乙女フィルターによる新たな謎に私達の腰が上がる、その瞬間この世界から二人の『私』がログアウトした。

『ちなみにキュウべえはガンダムにハマって上条君と一緒に「トランザムができるなら量子化もッ!」ってはしゃいでるよ』
『ねえ・・・・その世界の上条君は何処に向かっているの?あとそのキュウべえは大丈夫なの?』
『ほむらちゃんはオカリンに騙されて“ほむスティーナ・ほむほむ”・・・・通称「ほむにゃん」として学校中で有名になって―――
ユウリちゃんはともかく、あいりちゃんはほとんどオカリンと一緒にいるかも・・・・
さやかちゃんと仁美ちゃんは上条君を毎日説教していて周りをハラハラさせてるし
マミさんはオカリンやみんなから愛されまくってて毎日が可愛いよ?抱きしめたいよねマミさん!
杏子ちゃんはマミさんとオカリンの所を行き来していて
ゆまちゃんはキリカさんと元気に暴れているし
織莉子さんはオカリンと何か計画していて―――』
「えっと・・・私は?」
『そうそう、貴女はどんな感じなの『私』?』

また一人がログアウト・・・・・・・・あ、最後に聞いて消えちゃった。

『私は今しがた約束をドタキャンされて怒り心頭中かな?』
「あ、・・・・はい」

笑顔が怖いので深く突っ込めない。そうしているうちに私の体も透けてきた、向こうに帰るみたいだ。
でも、ここでの記憶は向こうに持ちこせなくて・・・・・・何より、そこにはもうあの人はいないんだ。
そう思っていると『私』が声をかけてくれた。

『もしかしたら・・・・・いるかもよ?』
「え・・・・、でも」

分かっているんだ。私の世界が始まりの世界。彼女達の世界がその後に続いている。
それはつまり・・・・・・過去の世界、私の世界は通りすぎた世界。
オカリンさんは他の世界線に移動したんだ。確実に。

『それすらも世界にとっては可能性なんだよ』
「え?」
『オカリンは分かりやすく世界に抗うって言ってるけど、世界が敵ってわけじゃなくて唯あるだけってこと』
「・・・・?」
『もとからそうあるだけで憎まれてるわけでもないんだよ。だからそこにいるオカリンが――――世界線を移動しない可能性世界も確かに抱えているの』

誰かが、その世界で観測している限り、憶えている限り可能性は残る。


そう言って、私達の中で唯一メガネをかけたポニーテールの『私』は消えていく。
手を振りながら、最後に『次は私と仁美ちゃんの合同同人誌持ってくるね~』と謎の言葉を残して。
しばらくしたら私の体も完全に消えて元の世界に戻るのだろう。
もし・・・・、戻った先にオカリンさんがいるなら沢山お話をしよう。


そして・・・・・取りあえず同性愛について探りを入れようと思う。































χ世界線0.409431→μ世界線0.409431


μ世界線0.409431



パァァァアアアンッ

「わあ、結界がとけたよ!」
「ひとまず安心ね」

マミの砲撃が魔女を、ほむらの弾丸が織莉子をそれぞれ撃破した。
帽子の魔女の結界がとけてゆまが喜びの声を上げる。マミがその声に同意し微笑む。
未来視の魔法少女に魔女、そして魔法少女の真実という三つの脅威から無事生還し皆が喜びを、歓声を上げる。
ほむらは周りを見渡す。巴マミ、佐倉杏子、千歳ゆまがいる。少し離れた位置に鹿目まどか、美樹さやか、志筑仁美。
誰も失われずにすんだ世界。

「みんなに、聞いてほしい話があるの」
「そうだ、ならこれからみんなで私の家に来ない?沢山お話しましょう」
「飯は奢りだろうね?」
「奮発してあげるわ」
「やったぁー・・・・・・・・・・・・ぁ?」
「・・・・・・ん?」

ゆまが突然黙ったのを見て杏子が声をかける。

「ゆま?」
「・・・・・・・・・・・・・」
「おいどうした?」
「えっ・・・?あれ・・・・・・キョーコ?」
「ん?」
「なんで・・・・・・泣いてるの?」
「は?」

ゆまの言う通り目元を擦ってみれば確かに泣いていた。頬を伝う涙に首を傾げる。

「あれ・・・・・?」
「キョーコ大丈夫?」
「あ、ああ、大丈夫・・・・・だ。ゆま・・・・なんでお前も泣いてんだ?」
「え?」

ごしごしと、ゆまも両手で顔を大雑把に擦る。すると擦った個所に水滴が、涙があった。

「あれ・・・・?」

両手を前に首を傾げる。自身の両手を見詰めるゆまはもふもふした両手をジッと・・・・・・・・・

―――「  絶 に    に              約束  」

「あれ・・・・・?あれ・・・あれっ?」

きょろきょろと、ゆまは視線を周りに・・・・・杏子も気づけば周りに何かを、誰かを探している。
でもいない。ここにはいない。誰もいない。世界には元からいなかったのだから。
そもそも“誰を”。誰かなのか、それすらも分からない。

「あ・・・れ?どこ・・・・?」

消えていく。感じている違和感さえも――――すでに消えかけて

「なに・・・・?」

消えた。もう何を、何に違和感を感じていたのか、それすらも覚えていない。

「・・・・・・・・?」

訳が分からず、傍にいた杏子と手を繋ぎマミ達のもとに歩き出す。杏子も――――。
もう一度、杏子と繋いだ手と反対側の手をなんとなく見詰める。
なにか・・・・・たりない。そんな気がして・・・・やっぱり気のせいだと思った。





























「・・・・・・・・・・」
「なぁ・・・・ゆま」
「なに・・・?」
「“憶えてるか”?」

ここにはいない。いなかった人間を。憶えているか―――――。
いつも白衣姿の青年。戦い続けた結果壊れてしまった人。傍にいてくれた大切な――――


          0.409431→


「おぼ・・・えてっ・・・・る」
「そっか・・・・憶えてるか」
「うん・・・うんっ」


          0.409431→


憶えている。二人の事が好きだ。忘れられない。
出会って二週間しかたっていないが三人での生活はとても充実していて幸せだったのを憶えている。
目覚めた時に優しい朝を感じることができたのを憶えている。
おはようと声をかけられたときに温かい気持ちがこみ上げた事を憶えている。
自分のもとに二人がいつも帰ってきてくれた事を憶えている。
どんなときも気にかけてくれてた事を憶えている。
傍にいられることが、その時間がとても愛しかった事を憶えている。
頭を撫でてくれる感触が大好きだった。あの人の事を憶えている。

「さて、どうする?」

わかりきった質問を、杏子がゆまに問う。
目元に浮かんだ涙をはらって顔を上げる。答えなんか決まっている。

「ここにっ・・・・いたっ・・らっ、おにいちゃん困っちゃうね・・・!」
「そうだなぁ、あのままじゃアイツは探すのに苦労しちまうし・・・・・時間かけられんのもムカつくし、しゃあねえな!」
「うん!行こうっ、キョーコ!」

泣いて、何度もつっかえながらも返事を返す。繋いだ手に力をこめて、笑顔で微笑みあう。ゆまも、杏子も答えなんか決まっていた。
無理矢理与えられたバイトをせっせとしたのだ。せっかく無い頭を使って旅行のプランを考えたのだ。言いたいのを我慢して計画したのだ。
それを無かった事にするのはいただけない。言いたい事もやっておきたい事も一杯あるんだ、このままではいられない。

「おーいマミ!」
「マミおねえちゃーん!あと黒いおねえちゃーん!」

先を歩いていた二人に杏子とゆまは声をかける。


          0.409431→


何事かと振り返るマミとほむらに二人は手を振り声を大にして伝える。
約束を守ってもらうには此処では駄目だ。迎いに来てもらおうにもここでは分からないだろう。

「ちょっくら連れを待たなきゃならねえから――――――ちょっくら行ってくるわ!」
「おにいちゃんとこ行ってくるからまた今度ねー!」

その言葉にそれぞれの反応をみせる。

「佐倉さん貴女ってお兄さん・・・・いたの?」
「杏子の家族は・・・・」

それに、杏子とゆまは笑顔で応える。



「「大切な家族だよ!!」」



さあ、迎えに行こう。
よその女に尻尾振って付いていったお節介な家族を迎えに――――。
否、そいつの帰りを、約束を果たしに行こう。

―――絶対にお前達の所に帰ってくる  だから待ってろ 全部終わらせて迎いに行くから 約束だ

杏子と繋いだ逆の手で・・・小さなピンバッチがキラッと輝いた。



          μ世界線0.409431→χ世界線0.409431



今頃いるはずの家族を必死で探している家族を迎いに・・・迎えに?二人は再び世界を渡る。
とりあえず出会いがしらに殴ろうと、その後抱きしめようと考えながら。














あとがき


終わったー!!長かったー!!
本編で3人【まどか・ユウリ(仮)・マミ】がどうしても修羅場的展開になるからハーフタイム的に挟んだ結果がこうなった。
どうしてでしょうか・・・・?2~3話で終わるはずが予想外な
あと本当はこの話・・・まどかの願い事でそれぞれ選択形式で選んだ内容で織莉子ルート・杏子ルート・デットエンドに分岐するはずが今より長くなりそうなので全部無理矢理くっ付けました。
妥協してごめんなさい ようやっと本編に帰還・・・・・しかし思い返せば未だに薔薇園の魔女すら出ていない始末。

あと信じてもらえないかもしれませんが本編ではオカリンとまどマギのキャラがくっつくことは、くっつけるつもりは微塵もありません!













[28390] χ世界線0.091015 「どうしてこうなった 前半」
Name: かっこう◆7172c748 ID:3f6e4993
Date: 2012/06/07 20:57




すべては偶然だ
だがその偶然は、あらかじめ決められていた世界の意思でもあった
俺はイカれてなどいない。いたって正常だ
ここでは真実を語っているんであって、断じて厨二病の妄想なんかじゃない
・・・・・・きっかけはほんの些細なことだとしても
それが、未来の大きな流れを決定付けてしまうことがある
バタフライ効果という言葉を知っているか?
知らないなら調べるのだ
それぐらいの慎重さが求められているのだということを理解しろ
残念ながら俺は慎重じゃなかった
自分の愚かさを知っていたらこんな事にはならなかった
現在を、こんな形にしてしまうこともなかった
だが、分かるはずがないだろう?
何気ない自分の選択に、すべての運命を決定付けるような、重大な分岐点のスイッチが握られているなんていうことは、分かるはずがないんだ
考えてもみるがいい
普段の人間の知覚は99%が遮断されている
人は自分が思っている以上に愚鈍な生き物なんだよ
普段の生活の中に埋もれている何気ないことなど気にも留めないし、知覚してもすぐに忘れるか、脳が処理をしないかのどちらかなんだ
あのときの俺に言ってやりたい
迂闊なことをするなと
軽率なことをするなと
見て見ぬフリをするなと
もっと注意を払えと
陰謀の魔の手は、思った以上にずっと身近にあって、いつでもお前を陥れようと手ぐすね引いているのだと・・・・・!









「絶対に~離さない繋いだ手は~~♪」

俺はそれを知っていたはずなのに・・・・、どうしてこうなった・・・・

「こんなにほらっ 暖かいんだっヒトの作る温もりは~♪」

俺はガンバム・・・・・・いや、ガンダムにはなれないのか・・・
どこで間違えたんだろう、どこで間違えてしまったんだろう
気づいていたはずなのに、気づかない振りをしていたからか

「いっぱい食べてね、た~くさんあるからね!」
「あ、ああ・・・・その、まどか」
「ん~なに~?」

上機嫌にまどかが鼻歌を歌いながら料理(?)をしている・・・・・。
ごりごりと、残り物をすべて一つの鍋に集め、そこにフラクタル構造的な“何か”を投入し混ぜる。
ごりごりと、残った材料の寄せ集め、野菜の切れ端や残ったご飯、お菓子の食い残し・・・・しかし次第に聞こえてくる音は何故か――――ちゃぷちゃぷ、と。

「いや・・・・なんでもない」
「そう?よ~しっ、だいぶ液体になってきたよ」

昨日はあんなに恐ろしい体験をした彼女があんなにも・・・・・だから嬉しそうなまどかに「いらない」の一言がどうしても言えない。
タプンタプン、と粘り気のある音が聞こえてくる・・・・・・・・・・・・・え?液体?
ごりごりと胡麻をするように動かしていたまどかの腕は気づけばオールでカヌーを漕ぐような動きにシフトしていた。

「~~~♪」

一つ・・・・言っておきたい。俺はまどかから視線を逸らしていない。つまり一瞬で鍋の中身は液体へと・・・・・・・わぁ・・・・・・・わあっ!!?
ビーフシチューを作ってくれたユウリは調理の手際が良く材料の無駄を極端に減らし本当に僅かばかりの野菜の切れ端しか残っていなかったのだ。それだって明日のご飯に・・・・・・・

(なのになぜ・・・・あの鍋からは“琥珀色”の粘液が今にも零れそうになるほど溢れているのだ?)

「よ~しっ『芋サイダー』完成!」
「\(゜ロ\)(/ロ゜)/!!?」

いつの間にか世界線が変わった!?どうして琥珀色のそれが完成するのだ!?・・・・・いやまて諦めるな、俺は狂気のマッドサイエンティスト鳳凰院凶真!そう、たかが少女の手料理一つ・・・・・・いやいやまてこれ料理じゃないよ錬金術や超融合っぽい何かだよ・・・・・助けてシュタインズ・ゲート・・・・

「・・・・・」

周りに視線を向ければ全員から視線を逸らされた。ラボの長である人間に全てを押し付け・・・・委ねているようだ。
しかしユウリやマミはともかく、さやかやほむらは率先して召し上がるべきではないのだろうか?お前達の大好きなまどかの手料理だぞ・・・・・・負担を減らすべきだろう。それにほら、芋サイダーは最初こそ万年補欠の野球部員みたいな心境になるけど数時間後はホームラン王(ただしバッティングセンターで)のように体調がよくなる不思議ドリンクであって初撃を防ぎ切れればあとは割と飲み込めるのであの鍋なら一人当たり一リットルをめどに呑めば世界は新たな変革へと導かれて――――

「あとは芋サイダーをフルーツと合わせれば完璧だね」
「「「お待ちを!!?」」」
『まどか・・・・君は神になるつもりかい?』

ガタガタッ、と皆が座布団に下ろしていた腰を上げて静止の声をかける。

「ふふ、芋サイダーの材料が何か知っているかなオカリン?」

まどかが自慢するように問うが正直聞きたくないし知りたくない・・・・・・・あれって自宅で作っているらしいが主成分はなんだろうか?
ミスター・カナメは家庭菜園でいろんな・・・・・いやいやまさか?

「鹿目夫妻に電話しないとな・・・・」

構成素材を全て処分してもらおう・・・・・もちろん今夜生き残れたらだが、さやかとほむらも同じ考えなのか力強く頷いている。
ムッ、としたまどかが何故か豆腐のようにプルプルしている何か(きっと芋サイダーの進化した姿)をお皿に乗せたまま電子レンジでチンする。乗せただけだ、ラップといった蓋も何もない・・・・・・・・・・・・・時間は三分。

「お礼はパパじゃなくて私にしてよねオカリンっ、料理を教えてくれたのはパパだけど作ったのは私なんだからね?」

・・・・願わくば、あの電子レンジはそのまま電話レンジへと変わり“何か”を原材料まで戻してくれないだろうかと心から祈る。いっそゲル化してほしい。それならば味を無視して流し込めばいいのだから。
あとな、まどか・・・・・・お礼はないよ。謝罪を求め・・・・・いや分かっている、きっとミスター・カナメも尽力したのだろう、だけど・・・・・ちくしょう!


「ティヒヒッ、今のオカリンっていつもより近くにいる感じがしていいよね、ずっとこのままならいいのに」


まどかは嬉しそうに岡部の横に座り“少年の腕”を取る。
それが無意識なのかは分からない。ただ彼女が上機嫌なのは誰が見ても分かる。
ニコニコと、笑顔を向けるまどかに岡部倫太郎は苦笑いするしかなかった。

チン

「あ、できた!ガングニール」
「「「「それ料理名!?」」」」

叫ぶが・・・・できあがってしまった物体を目前に岡部は逃走抵抗といった選択肢はない。食べるという選択以外に存在しない。
それはつまり選択ではなく運命、定められた決定、選べない、自由ではないということだ。

自由とは英語でフリーダム・・・・・そう、皆の知っての通りガンダムだ。

そして選択という自由を持たない俺はガンダムではない。だが、それでも――――

(俺は・・・・ガンダムだ!)

震える手にまどかからスプーンを持たされて目の前の四角い黒い(白さはどこかにいった)物体に挑む。
今の俺はガンダムだと、未来を切り開くのだと鼓舞する。
これは俺が選んだんだ。笑顔のまどかを裏切らないために俺が選んだ選択。決してコレしか道が無かったわけじゃない。
そう思う、そう心を強くもとうとするんだ。
逃げることも抗うこともできるにもかかわらず挑み・・・戦うことを選んだ。つまり自由意志からこの選択を・・・・・・自分で選んだんだ。

と、岡部は己を鼓舞する。そうすることで死亡フラグという運命を覆せるように。
そして“何か”を舌に極力触れないように食していく。

「ッ!?」

冷汗は止まらず目は真っ直ぐに前をむき続ける。“何か”を直視しないようにただただスプーンを動かす。
岡部は気づいていない。“何か”を一口飲みこんで以降「俺がガンダムだ・・・・俺はガンダムだ・・・・・」と呟きながら皆が見守るなかスプーンを“何か”に突き刺し口に運ぶ姿は既に重度の疾患を抱え込んだそれで、その瞳は光を失い完全に死んでいた。
どうしてこうなったか・・・・もう誰にも分からない。
ユウリやほむら、マミは想像もしなかった。
さやかは――――岡部がまどかに責められてまどママに肋骨を砕かれ悶えると予想していた。そう思っていた。だけど違った。何故かこうなった。
岡部の横で微笑むまどか、ひたすら“何か”を口に運び「ガンダム・・・ガンダム・・・」と呟く岡部。
皿の中身が残りわずかになれば追加の“何か”を乗せるまどかにキュウべえは顔を背ける。

「いっぱい食べてくれて嬉しいよオカリン!」
「ガンダムだ・・・・俺がガンダムだ・・」
「まだいっぱいあるよ。どうする?」
「俺は・・・・ガンダムだ!」
「そっかー、喜んでもらって嬉しいかも」
『おや・・・・・会話が成り立っていると言うのかい?』

感情を持たない宇宙生物が不思議そうに首を傾げるが違う。
人は極度の幸福や恐怖に陥ったときに自己に都合のいい解釈をする。良くも悪くも。

「あ、このままじゃみんなの分が無くなっちゃう・・・」
「「「「え!?ううん気にしないで沢山食べてもらうといいよ!!」」」」

まどかの言葉に背筋が凍る感覚がした一同は世界の歪みを岡部に託した。

「そう?じゃあオカリン沢山食べてね?」
「俺が・・・、俺達が・・・・ガンダムだ!」
「うんうん!あ、お水飲む?」

かいがいしく世話を焼くまどかのなすがままにダークマターを口に運ぶ岡部。岡部の言葉に何故か責められた感じがして顔を背ける一同。
本当にどうしてこうなったのか、どこで選択を間違えたのか。今日の岡部の行動結果は本来なら今に結びつかない。さやかと岡部の経験上絶対にだ。一体何が原因だったのか・・・・・・


これがシュタインズ・ゲートの選択なのか


今はただ、岡部の“何か”を食べる音だけがラボに響いていた。








χ世界線0.091015



数時間前 見滝原中学一階廊下


『つまりM07号『確率事象干渉方陣【コンティニュアムシフト】』は製作自体は可能ということかな?』
「知識と経験はあるから製作は出来る・・・・・問題は資金と場所と時間だな」
『お金が足りなくてラボじゃ狭くて君一人じゃ時間が掛かる?』
「ああ、あれは座標固定が難しいというわけではない。同じ時間帯への跳躍だから地球の自転等の細かいズレはほぼ気にしないでいい・・・そこはかなり高度な演算システムが必要だったタイムマシンとは違う・・・お前達インキュベーターの共通認識を利用すれば全て事足りる。問題は可能性世界線を強制的に・・・・場合によっては世界線の移動という危険もあったがこの世界特有のイレギュラーを利用することで問題無く運用できる」
『この世界のイレギュラー・・・君は本当に他の世界を知っているのかい?』
「昨日も言ったが俺は別の世界線・・・・アトラクタフィールドから来た」
『アトラクタフィールド理論。確かに面白い解釈なんだけど矛盾があるよね』
「ふむ、聞かせてもらおうか・・・・いつそれに気づいた?」
『ほんとは昨日の時点で問うべきだったんだけどね、君の話は興味深くてつい聞きそびれちゃったよ』
「ほう、その態度はこの俺の話が間違っていると言いたいらしいな」
『そう気を悪くしないでくれよ鳳凰院凶真』
「まあ、お前なら当然気づくとは思っていたが・・・・」
『つまり君は自身の解釈に矛盾があると理解しているわけだ』
「ああ、アトラクタフィールド理論をそのまま定義した場合、お前達インキュベーターが魔法少女の祈り願いを叶えた瞬間世界線が移動するはずだ」
『全部とは言わないけどその可能性はあるよね。彼女達の願いは世界の常識を覆す。君の言葉で言うなら世界の定めた運命を否定する』
「ああ、例えば『失った体の一部を完全修復』と言った願いを叶えた場合『失った人生』の世界線から『失わなかった人生』の世界線に移動すると思ったんだがな・・・・厳密に過去を改変したわけではないが世界の常識、現在を変えたんだ。失ったモノ、無いものをギガロマニアックスの様な一時的な妄想ではなく確かな現実として再構築している。“失ったはずなのに失っていない”。その矛盾を世界が許容している・・・・世界線を移動することなくだ。これは魔法が存在するが故の世界の処置なのか・・・・あるいは『魔法のある世界』にとってその願いは世界で許容できる範囲・・・・?それとも願いそのものが世界の決定事項なのか?しかしそれではエントロピーを・・・・・・いや、そうでなければ俺は世界を騙すことで紅莉栖を・・・・・・・・・そういえば空間移動の使える魔法少女も四号機で世界を欺くのも同様に・・・・・・」

魔法少女の契約の祈りはエントロピーを超える。常識を覆す。不可能を可能にする。世界の決定を覆す。
世界がそれを許容するなら、それはその時点で世界は変わるはず・・・可能な限りの矛盾を修正して結果、それ(願いの内容)が当然の世界へと再構築するのではないのか?
牧瀬紅栗栖がラジ館で死んでいない世界のように
桐生萌花がIBN5100の所在を知っている世界のように
漆原るかが女の子の世界のように
秋葉留美穂の父親が生きている世界のように
阿万音鈴羽を呼び止めた世界のように
もっとも、アトラクタフィールド理論が全て事象に対応できるわけではない事は実際に岡部自身が証明しているので―――――

『でも世界線の移動を知覚できなかったんだよね、リーディング・シュタイナーという君の特殊能力は、もっともそれがホントにあったらだけどね?』
「キュウべぇ・・・・・・なにがいいたい」
『君が昨日教えてくれた暁美ほむらへの対応の中にあった台詞、たしか・・・・・・厨二病乙っ』
「いい度胸だ不思議生命体・・・・!カイトウシテカイバニデンキョクヲブッサシテヤロウ―――」

最初の授業が終わりかけてきた見滝原中学校の廊下を歩きながら岡部とキュウべぇはFGMについて語り合っていた。が、次第に岡部の語るアトラクタフィールド理論の矛盾についての論議に移り『実際に経験してきた科学者』と『最古から最新の情報を持っている探究者』、そこに『常識を覆す奇跡』の存在が間に入り納得も興味も大いに引くがいかんせん、互いの認識が亀裂を生む。
しかし岡部はこの時間を楽しんでいた。未だにこの世界には謎が多く残っている。感情を取り戻した岡部にとって新たな謎による知的好奇心は精神高揚に繋がり、それが結果的にまどか達ラボメンを救う新たな発見にも繋がる。
何より純粋に思考実験を誰かと繰り広げることに、切羽詰まった環境でないまま行えるのは実に楽しく嬉しいと感じていた。
いつかの、あの頃のように純粋な興味をもって取り組めることは幸いだ。誰だって興味のある事や好きなことをするのは楽しいだろう。岡部はこの世界での趣味(未来ガジェットの開発研究など)を結果的に見れば皆の役に立つものとして得たのかもしれない。


「ふむ・・・、お前には脳と言う器官がはたしてあるのだろうか?」
『知りたいからって解体や解剖はしないでほしいな』
「しないさ、お前はすでにラボメンだ。俺はもう仲間を失いたくない」
『おや、君は僕が――――』
「目の前にいるお前が・・・・・俺の仲間で、そしてラボメン№03だ。憶えておけキュウべぇ、ラボメン№03はお前だけだ」
『うーん、それは非効率的な考えじゃないかな?コンティニュアムシフトの座標固定には僕達の共通意識を利用するんだろ?ここにいる僕がラボメンなら他の僕もラボメンじゃないかな』



―――これが、感情というものなら・・・・・・・っ、僕はいらない、こんなものはいらない!



「・・・・・・」

キュウべぇの言葉に、こことは別の世界線で共にいたキュウべぇとの記憶が脳裏をかすめる。
それは岡部の――――――――・・・・・。

「それでも俺はお前と・・・・・・もう一度、何度だって仲間になりたいよ」

体の真ん中を、心を砕くような痛みに顔を歪めながら、岡部は自身の頭の上で寝そべっている白い魔法の使者の事を思う。
誰にも理解されず、ただひたすら関わった者の絶望を観測し続けることでいつか世界を救おうと・・・・・きっと永遠にそれを繰り返す仲間が、それを悲しいとも思えない友の事を――――――――

『どうかしたのかい?』
「いや・・・、今はまだ大丈夫だ」
『?』
「なに、全てに片を付けて――――それからさ」
『訳が分からないよ』





岡部は思考を切り替え確認する。
過去を改変すれば現在が変わる。それは確かだ。それは観測済みだ。
そして定められた運命を覆しても世界は変わる。たとえ世界が騙され、勘違いでも世界は修正するはずだ。

美国織莉子と呉キリカと始めて戦った世界線で一瞬だが岡部は確かに『殺せない筈の■■ ■■■の死』を観測していた。その世界線は移動したように思える。観たんじゃない、感じた・・・・だから確証はない。
しかし織莉子に聞いた話ではその可能性はあったらしい、実現できれば世界線を移動した可能性があると。だから彼女は・・・・・。
だが、それならやはりおかしい。似たような事は多々あった・・・・・なぜ移動しない?美樹さやかや千歳ゆまの契約時リーディング・シュタイナーは発動しなかった。治せない筈の上条の腕は治った。絶命寸前の杏子は全快した。普通は不可能なことを・・・奇跡を起こした。本来の世界ではありえないはずのそれ、世界は矛盾を許さない、それを許容するには過去から現在までを再構築するのではないのか?それともリーディング・シュタイナーが発動しない、知覚できない程度の変化だったのか?世界にとって彼女達の願いの原因は“どちらでもよかった”ものだったのか?
それとも魔法少女は・・・・魔法少女だから世界は干渉できないのか?そもそも世界の理に抗う存在だ、否定は出来ない。契約した時点で魔法少女、しかし因果の量で干渉できる範囲は決まるなら逆に―――――魔女の結界は世界から切り離されている。それはつまり一時的とはいえ世界から消えている・・・・世界の定めた運命からその時は逃れているのか?現に殺せない筈の■■■は結界内で・・・・・一般人も含まれているぞ?魔法少女じゃないものが世界の決定から・・・・・・・・やはりズレがある。そもそも過去改変は確実におこっているのだから――――


『さっきのは君が教えてくれた対応だよ?しっかりと実践しているというのに酷いじゃないか』
「それは対ほむほむ用であって俺には関係ない、そもそも俺は厨二病ではない。なぜなら俺は正真正銘のマッドサイエンティストだからな」
『イタイ人、邪気眼と呼ばれる人を厨二病と呼ぶんじゃないのかい?』
「純粋に言われると割とくるものがあるなぁ・・・・・・・・」

頭の上にいたキュウべぇにアイアンクローをかけながらループし始めた思考を一時遮断し頭をクリアに持っていく。この議論はこれまでの世界線漂流で何度もやってきていて答えが出てこない。『メタルうーぱ』がまだない以上キュウべぇの答えに変化はない・・・・・はず。それでも嬉々として話してしまうのは何かを期待しているのか、それとも暇つぶしか、楽しんでいる以上それはないのかもしれないが――――

「オーカリンセンッセ!」
「ん・・・・・哀戦士?」
「とうっ」
「ぬお!?」

声に振り向けば正面からキリカが抱きついてきた。貧弱ゆえに倒れそうになるがそこは男の意地、ふらつきながらもキリカを抱きとめる岡部、頭の上にいたキュウべぇは前足をばたつかせ、崩れたバランスを取り戻そうと必死に悶えている。

「おはようオカリン先生!貴方の一番の生徒愛戦士呉キリカだ!今日も最初に出会えて嬉しいよ、どうやら今日の私は幸先が良いらしい!」
「ええいっ、人前で抱きついてくるな!ん・・・おい授業はどうした!?」

あと、ここはガラス張りの校舎だ。周りを見渡せば生徒や教師が幾人視線を向けている・・・・いまのやりとりはもちろん、つまりさっきまでのやり取りを見られていた可能性もある。周りから見れば岡部はただの独り言をベラベラと喋っているイタイ人そのもので若干・・・否、かなりへこむ。
そして昨日のように正面から首に腕を回し抱きついてくるキリカの女性特有の柔らかい感触と甘い菓子のような香りに―――――

――――――■■■

また、右腕の呪いが僅かに反応したのを感じた。それは一瞬で収まり何事もなかったかのように沈黙する。

「」

油断した。この世界線に辿りついて三日目の朝、その時点ですでにラボメンが№06まで揃っていてマミを迎えれば07の席も・・・・・キリカ、織莉子ともこのままいけば片翼も得られる。気を抜きすぎていたのかもしれない。緩んでいたのかもしれない。だからまた・・・・いつものように時間を奪われた。
今のところ呪いを解く方法がない。なら岡部はいつか飲み込まれる。あの『通り過ぎた世界線』のように確実に別れが来る。引き返せない、それを知っていてグリーフシードでNDを起動した。
呪いは岡部の感情に反応し、それを糧として成長する。だから今後使用を控えても必ず別れは来る。事故でも事件でもなく、使用した時点で岡部の人生は決して長くはない。
そして呪いを背負う身では―――――

「ねぇオカリン先生」
「なんだ・・・・哀戦士よ、言っておくが遅刻やサボりの弁護はできんぞ。あと離れろ」
「い・や・だ!そうじゃなくてさー」

抱きついたまま、岡部の首にぶら下がったまま、キリカの左手が岡部の右腕に手を伸ばす。呪われたその腕を、自身の手を皿にして岡部の手を上に乗せるように優しく、すくい上げるように、貴重品を壊さないように丁寧に。

「哀戦士・・・・?」
「“これ”、切り落としてあげようか?」


―――――――ゾッ


「な・・・・に?」
「なーんか嫌な感じがするんだよね~。私はもうオカリン先生がなんであれ気にしない事にしたけど・・・・・これってやっぱマズイものなの?ならさ・・・ぶった切った方がいいと思ってさ」

冷や汗が背中を流れる。彼女は本気で言っている。“これ”とは明らかに呪いの事だろう。なぜ知っているのか、織莉子からの情報提供か、勘や気配か、どちらにしても岡部の返答次第で躊躇わず“これ”を切り落とすつもりだ。
白衣の袖口からスルスルと左手を差しこむキリカ、岡部は優しく肌を撫でる感触に別の意味で背筋が震える。
殺気は感じない、殺意はない、それでも震えてしまう。恐怖と快感、どちらも表に出してはいけない感情、呪いが反応してしまう。

「くふっ、ビクッて震えたよオカリン先生・・・・・興奮しちゃった?」

岡部と視線を合わせてキリカは微笑む、キリカの左手はそのまま岡部の右腕をなぞるように体の中心を目指し這い上がっていく。
吐息が伝わる距離で此方を見上げるキリカに、岡部は右腕の呪いが知られた事、意識してしまった・・・・キリカに対し一つ感情を抱いた。

「調子に乗るな哀戦士」

ぶすっ☆

「ふぎゃあああああああ!!?」

どうしてこの娘はいちいちエロいんだろうか?という呆れと、年下の娘にからかわれてからの怒りが・・・・・この場合二つの感情か。“そう思うことにした”。そうしなければならない、そうするしかないと知っていて呪いを背負ったのだから。
割と深めの目潰しにさすがのキリカも廊下で目を押さえながら悶えている。基本的に服装は左右非対称な出で立ちのキリカだが下着は普通なんだと岡部は感情を極力抑えながら思考した。
ついでにガラスの向こう側で此方を見守っていた生徒と教師に片手を振って何でもないとジェスチャーで伝えると彼等は納得したのか授業に戻る。納得したのか、それともこれがいつもの日常なのか、興味がないのか、この世界線でのやりとりは完全に把握できていない。しかし苦笑するように笑みを見せる彼等はやはりいつもの彼らなのだろう。


岡部倫太郎では助けきれない『彼女』を助けきれる彼らなのだろう。


「何をするんだオカリン先生!せっかく現役女子中学生がセクハラしてあげたのに!」
「自覚ありかこのHENTAI少女!悪いことは言わんから少しは改善しろっ」
「なんでさっ、オカリン先生が喜ぶと思ってサービスしたのに・・・・・嬉しくなかった?感触を楽しんでもらえるように一応ノーブ―――――」
「黙れ」

ぶすっ☆

「のぎゃああああああ!!?」

キリカの不適切な発言に、防音に関してはかなりの性能を持つ見滝原中学校の壁にもかかわらず多くの生徒と教師が再び岡部達に注目する。

「風紀の乱れが多いと聞くが・・・・・原因は未来ガジェットではなくお前か」
「うう・・・でもねオカリン先生、他の子は喜んでくれてるよ?だからこれもまた―――」
「ちょっと待て、いやまさかお前はノー・・・・・・その状態で他の奴にも抱きついているのか!?」
「安心してくれオカリン先生、今のところは織莉子とオカリン先生だけだ。他の子には話だけで意識だけしてもらっている・・・・ちなみにそんな私をちらちらと見詰める思春期の少年少女の視線を感じてゾクゾクするのが最近の私の日課だ」
「見つけたぞ風紀の乱れ――――貴様がその元凶かぁ!」
「やだなぁもう冗談だよオカリン先生、そんな不快な視線を向けてきた奴には相応の罰を与えるよ」
「お前は・・・・そんな意味もなく下ネタにはしる奴だったか?」
「何を言うんだオカリン先生っ、世界の半分はエロでできているとバファリンも日本中に宣伝していたではないか。私の場合は不特定多数の人間にも青春を送ってもらいたいと思う博愛精神、そうこれはアガペーだよ!風紀という言葉に行動を起こせない者達のために私は戦う、そしてそこから得るエロい精神・・・!中学生男子なら誰だって気になるし女子だって少なからず意識し先生達だって幼い私達の肢体に欲情する人はいる・・・・・皆に青春特有の精神性を謳歌してもらうために私は体を張ったプレイに興じているのだ!それを間違っているのだと非難するならば、間違っているのは私じゃない・・・・・世界の方だ!」
「バファリンはそんな卑猥な事を宣伝していないしここの教師に対する誤解は解け、あとそれはお前のエゴであって世界は関係ない」
「オカリン先生、世界とは・・・・・・・・一体何だろうか」
「む?」

急にキリカが哲学的な事を語りだす。

「この世界は人によって見え方が違う。人それぞれの主観によって幸福に包まれている世界にも絶望に満たされている世界にも見える、または楽しい世界つまらない世界と・・・世界の数はまさに選別差別!」
「千差万別」
「千差万別!つまりその人にとっての世界はその人が観測した世界が世界であってその世界こそが本当の意味で世界なのだっ」
「うん・・・・?言ってることは何となく分かるような・・・まあ観測者しだいで世界の見え方は変わるな・・・」
「その人がいなくなれば観測者を失った世界は消える。その世界はその人のモノだから、その人しか観測していないのだから・・・・その人が死んじゃったら世界は死ぬ、世界が死んじゃったら当然その人も死んじゃう・・・・・生きるには世界が必要だから、つまり世界と観測者は一心同体!」
「つまりお前は――――」
「私=世界!つまり私の意思は世界の意思!私の想いは世界の想い!私の意思、私の想い、私の考えは――――世界の声だ!そう世界はエロで満たされているんだよオカリン先生!」
「ああ・・・・こんだけ引っ張ってそこに着陸するのか・・・」

見直そうとしてガッカリした・・・・・

「ちなみにノーブラはフェイクだよ!以前織莉子に思いっっっっっきり怒られたからね!」
「ああ・・・そうか・・」
「はははっ、あからさまにガッカリしないでくれオカリン先生!なにオカリン先生のためなら、そして織莉子との三人の未来のためならば私は一肌脱ごうじゃないか!そうっ、文字通りに今ここで―――!!」

ぶすっ☆

「めぎゃあああああああああああ!!?」

それとは別に安心していた。此処までやられて反撃にでない。ならこの世界線では織莉子は“アレ”を観測していないのだろう。
“あの世界線”以降も岡部は織莉子達と出会った世界線はある。ほとんどが魔法とは関係のない一般人だったが既に魔法少女だった世界線もあった。その全てで戦った。戦い失い、ときに手を組み支えあった。

「うう、酷いじゃないかオカリン先生ぇ・・・・っ、幼い女子中学生の私に何度も突っ込むなんて・・・・・初めてだったのに!」
「卑猥な言い方をするな!」
「織莉子に言いつけてやる!オカリン先生にニ穴同時に――――」

ぶすっ☆

「にゃぎゃああああああああ!!?」

出会った全ての世界線で戦った。あの通り過ぎた世界線のように殺し合い、意見のすれ違いや誤解から始まった戦闘、最初から手を取り合うことのできる世界線はなかった。だからもしかしたらこの世界線でもいつか戦うのかもしれない。

~~~~~~~~♪

「ん?」
「おおおおぉおおう・・・・・っ」

だけど、ここはそうじゃないかもしれない。そう思っていると携帯の着信音。キリカが地面で悶えながらスカートから携帯を取り出す。

「いじわるっ、オカリン先生はいじわるだ~っ」
「いつまでも這いつくばっていないでさっさと立て」
「誰のせいで足腰が立たないと持っているの?」
「自業自得だ」
「男はいつもそう言う・・・・男女平等なんて嘘だっ」

廊下に横になったまま不貞腐れるように電話に出る女子中学生がいた。そしてそれを上から見下ろす講師・・・・・なぜだろう酷く犯罪染みている。しかも訴えられるのは、非難されるのは間違いなく自分だ、逆の立場でもそれはきっと変わらない、変態として扱われるような気がする。確かに男女平等なんて嘘だ。

「あ、織莉子?うう・・・・聞いてよオカリン先生が酷いんだよぉ」
「む、織莉子か?丁度いい哀戦士よ電話を―――」
「なにが酷いって親切で接してきた私に無理矢理・・・・!それも何度も何度もだよ?こんなことされたのは・・・うう、初めてだったのに・・・うん?どういうことかって?文字通りだよ織莉子、私はオカリン先生に二つの穴を同時に突かれてっ・・・それも四回もだよ!?どんなに叫んでもオカリン先生は私に―――――・・・・・おやおや織莉子何を勘違いしているのかなぁ?え、私はそんなこと一言も言っていないよ?織莉子はエッチだったんだね・・・・・いやいやまさかそんなふふふふふふふふふ―――――」
「いじめるな」

ぶすっ☆

「ほぎゃあああああああ!!?」

五回目の目潰しにキリカは再び絶叫。岡部は携帯を強奪し電話の向こうで泣きべそをかいている織莉子にこの世界線で初めての言葉を贈る。約束したあの世界線の織莉子とは違うけど大切な少女、未来視の魔眼を持つ魔法少女、岡部倫太郎が鳳凰院凶真を取り戻すきっかけとなった少女、美国織莉子。

「織莉子、変態にはとりあえず罰を与えたから・・・・その、泣きやんでくれ」
≪うう・・・・・っ、最初の会話がこんなになっちゃうなんて酷い・・・ってもしかして倫太郎さん!?そ・・・そんな、まさかファーストコンタクトが・・・こんなことだなんて・・・・っ≫
「ああ・・・・俺もそう思うよ」

まどか達同様に幸せになってほしい少女との最初の会話がまさかこんな変態に関することになるとは夢にも思わなかった。






まどか達の教室



「ふぅ、幸せ」
「いや・・・・ほむら、そろそろ勘弁して――――」
「ううん、大丈夫だよ美樹さん。私はまだまだ大丈夫だよ」
「あんたはね!いやでもずっと腕組んでると――――」
「いや・・・・なの?」
「むぐ!?」

ほむらの潤んだ瞳に言葉を紡ぐことができないさやかはまどかに視線を送るが――――「ん?」と、別段気にしていないようだ。
一時限目の授業は自習だった。担当の教師がなんでも廊下でトラップ型の未来ガジェットを起動させてしまい現在保健室にて療養中。中沢君は保健室で土下座していることだろう。

「しっかし・・・・・相変わらずだよねこのクラス」
「うん・・・・こんなの初めて」
「転校二日目にしてこれじゃあビックリするよね」
「ううん、まどか・・・そうじゃなくてクラスのみんなが――――私・・・・今まで何を見てきたのかなって、みんなのこと全然知らなかったんだなって」
「今まで入院してたんだから当たり前じゃん、それに昨日転校してきたばっかりなんだからさ」
「うん・・・・・そうだね・・・・・そうだよね」
「ほむらちゃん?」

さやかとまどかと腕を組んで幸せを噛みしめていたほむらは目の前の光景に目を奪われていた。今までの繰り返しのループのなかでこれほどクラスの人間に意識を向けた事はなかった。だからか、今まで知らなかった彼等の一面を見てほむらは―――――――呆れた。

「つまるところ『ショタリン』と『ヒキリン』の違いはまどか嬢にとっては関係ない!何故なら――――」
「異議あり!私はそうは思わない、だってそうでしょう?『ショタリン』なら一緒に学校にもいける。一緒によ!?それは人生で一度しかない中学生活の―――」
「まてよそれなら『ヒキリン』のほうがずっと一緒にいられるんじゃないか?だって実質監禁・・・・じゃなくて現在位置は常に変わることがないうえに外に出歩かないのだからイベントも起きない、つまり鹿目はずっと独占して―――」
「どうかな、あの人の性格もだけどまどかも外でやりたいことは沢山あるだろうから家の中だけってのは現実的じゃないと思う」
「でも『ショタリン』じゃ今以上にエンカウント率があがるんじゃないか?」
「それはほら・・・鹿目が傍にいれば―――」
「傍に・・・いれば・・・・?」
「あれ・・・・先生が死んじゃったぞ?」
「う~ん、有罪無罪に関係なくやられている『ショタリン』を簡単に思い浮かべることができるな・・・・」


「「「「「不思議だなー」」」」」


不思議なのはこっちだ。と、ほむらは思った。貴方達はそんな生徒だったか?そんなにはっちゃけていたか?ホワイトボードの前でそれぞれの熱い意見を繰り出し『ショタリン』『ヒキリン』という謎ワードに積極的に取り組む様なチームワークを持っていたのか?
ホワイトボートには謎の数式や暗号に英単語、各シチュエーションでの過程と結果の予想などがフローチャート形式にビッシリと書き込まれている。

「―――でだ・・・・・結局『ショタリン』『ヒキリン』ってのはなんなんだ?」
「知らんけど?」
「誰か知ってる?」

知らないで熱弁してたんだ・・・・・と、ほむらは思った。

「・・・・・・・さあ?」
「何だろうね?」
「勢いでここまできたけど数式とか図形はどういった話し合いで出てきたんだ?」
「憶えてないよ~」
「わたし・・・も・・・」
「俺もだ」
「実にchaosな時間だったなぁ」
「私達の三十分にもわたる熱弁は何だったのかしらね・・・・・・」
「きっと逆転裁判をみんなでプレイしたせいだな」
「もう・・・・ちょっとした単語で盛り上がれるようになっちゃったね」
「そうだな・・・・ペペロンチーノを■■い何かだと無理矢理思いこんでディベートを行えるようになったからなぁ俺達」
「しかもペペロンチーノは“モロ”か“きわどい”かという訳の分かんない内容だったよね」
「まさか三時間ぶっ続けで語り合うとは思わなかったよ・・・」
「しかも最後は『ハンバーガーの厚さって昔と比べて薄くなったよね?』って話題に変わっていたし・・・」
「放課後・・・・夜遅くまで何を語っていたんだろうな」
「全然気づかなかったしね・・・・・」
「で?今は何の話だっけ」
「鳳凰院先生への処遇を決めるんじゃなかったか?」
「ああ、それで『ショタリン』『ヒキリン』の単語をまどかさんが出したんだっけ・・・・・」

「「「「「「で、どっちがいい?」」」」」」

「う~ん、私は『ショタリン』押しかな」

まどかの言葉に全員が岡部の冥福を・・・・・・・彼等は一応『ショタリン』なるものがなんなのか分かっていない。正確には理解していないが命名からなんとなく察しはしているので大まかであやふやな想像で脳内保管しまどかの要望を受け止める。
もっとも奇跡や魔法でもなければそれは実現不可能なので気持だけ受け止めておく事にした。というか飽きてきていた。また、これ以上踏み込んだら何かよからぬことが起きそうなのでやめた。

「じゃあ先生は『ショタリン』の刑で決まりってことで」
「おつかれ~」
「「「乙!」」」

ホワイトボードに書かれていた記号や数式を消し彼等はまばらに散っていく。そして何事もなかったかのように別の話題へと移っていった。
ほむらは思う。彼らのやり取りはこうだっただろうか?・・・・・憶えていない。記憶を失ったわけじゃない、まったく憶えていないわけじゃない。ただ、彼らとのやり取りを、思い出を記憶する必要がないと、彼らとの付き合いは余計な寄り道だと・・・・・少なからずそう思って過ごしてきた。

「だから・・・かな」

こうやって意味もなく騒いでいる彼等が初めて出会う人達に見える。バカみたいに大声で喋る彼等に・・・・呆れるような意見しか出せない彼等が眩しく見える。

「いいなぁ・・・」

魔法を失って、戦うことができなくなって、強い自分を失って、弱い自分を取り戻して・・・・・・初めて彼等が見えた。
楽しそうだ。馬鹿みたいに騒いで、何でもない話で盛り上がって、誰もが笑っていて、失わないまま過ごしている。

「私も・・・」

あのなかに入ることができるだろうか?いまさら・・・・・今まで彼等がどうなろうと構わなかった。隣にいるさやかのことも、仁美の事も、まどかを助けるためならどうでもいいとずっと思っていた自分があの輪にはいってもいいのだろうか。

「そういえばどっちが本命なんだほむほむ?」
「誰がほむほむか!」

と、一人で内心落ちこんだりへこんだりしていたら一人の生徒がほむらに声をかけた。
しかし『ほむほむ』である。昨日はうっかり受け入れそうになったがこれはない。戦う力を失い、ひ弱な存在になったがそれでもこれまでの経験は確かに残っている。その自尊心からつい反射的に声を荒げてしまった。
それに声をかけたクラスメイトはもちろん、周りにいる生徒もまどかやさやかも驚いてほむらに視線を向ける。

「あっ」

しまった。と、ほむらは後悔した、同時に恐怖も。もしかしたら嫌われるかもしれないと、過剰に反応した自分はみんなから無視されるようになるのではないかと。

「え・・・・・だって“ほむほむ”だよな?」
「・・・・・・・・違うのか?」
「あれ・・・?暁美“ほむ”だよね?だからあだ名がほむほむなんだよね?」

なんか杞憂だった。

「違います・・・暁美ほむらです」
「「「え、嘘・・・・“ほむ”じゃないの!?」」」

たぶんだが、昨日の岡部倫太郎とのやり取りのインパクトが大きすぎて彼等の記憶に齟齬が起きたんだと思う。
そうでなければこのクラスの全員が本物の馬鹿か、若年性健忘症か、または無意識レベルでいい人達になる。

「私の名前は暁美ほむら・・・・です」
「ほむの方が可愛くない?」
「こっちの方が燃え上がれぇー・・・・みたいで恰好良いじゃない・・・ですか?」
「おいおい放火は感心できないぞ?」
「しませんよまだ!」
「まだってなに!?目的があれば放火するのか“ほむ”は!」
「ほむじゃない!!」
「ほむほむ・・・・?」
「だから違う!」
「@ちゃん?」
「・・・・・ちがう」
「ちょっと詰まったな。じゃあ・・・・ねらーは?」
「同じだ!そもそも私はねらーじゃない!」
「状況の分かっていないハムスター?」
「それはあだ名なの!?」
「ブートキャンプをやり始めた皇帝ペンギン?」
「そんなの想像も―――・・・・・・・あれ、不思議と思い浮かぶような?」

「「「「「「「ようこそ此方側へ!歓迎するよほむほむ!!」」」」」」」

「だから違うっていって―――――!!」

なんか受け入れられた。踏み込んではいけない境界に足を突っ込んだ気分だ・・・・・彼等の同類として。
でも悪くない。もしかしたらクラスメイトと、いや、今までの人生で一番大勢の人達に向かって叫んでいるのかもしれない。
これを彼等が狙ってやった事なら驚きだ。偶然だとしても・・・・それでもきっと私は嬉しいと思うのだろう。
気づけば私は感情を表に、躊躇いなく出していた。昔の私なら臆病で何も言えず、最近までの私なら上手くかわして会話を切っていたはずなのに。

「それよりまどかとさやか・・・・・どっちが本命なのよ?」
「どっちもよ!」
「言い切った!?少なからず言い淀むと思っていたのにっ」
「あぅ・・・・ちょっと照れるかも」
「あたしは最初から恥ずかしかったけどね」
「大丈夫だよまどか、私が幸せにしてみせるからね!」
「ほむら、アンタほんとに変わったね・・・・」
「美樹さんも!」
「え、あたしも?」
「うん、上条君よりも私の方が美樹さんを――!」
「ちょっとまったー!!?なん、なんでそこで恭介が!?あ、あたし恭介の事ちょっとだけしか話してないよね!?」

さやかは焦ったように、誤魔化すように声を荒げる―――が

「さやかちゃんって分かりやすいからね」
「まどか!?」
「上条君をお慕いしているのは皆が知っていますわよ?」
「仁美!?」
「お前が気づいていないのは自分以外にも上条を好いている奴の存在だな」
「中沢!?アンタ生きてたの・・・・?」
「ナチュラルに死んでいる事になっていただと!?」
「って言うか他にもってなにそれ!?恭介を・・・・・いやあたしはべ、べべべ別に?気にしないけど幼馴染だし付き合い長いし聞いてみたいなって思いはするけどそんな話一度も聞いたことないしだからちょこっとだけならまあいいかなってそれで誰が恭介の事が好きなの?あたしの知っている人?この学校の人なの?恭介いろんなとこに顔きくからもしかして知らない人なのかなぁ最近よく知らない子と歩いてるの見たし・・・・でも年上だし大丈夫だよね?それとも・・・やっぱり年上がいいのかな?あたしと一緒にいてもそうゆうそぶりはないしなんかもしかしたらだけど異性として見られていないような気がするんだよねいや別に気にしてないけど男と女じゃ精神年齢に差があるってのは知ってるしけどクラスのみんな見てたら恭介も同じ中二だし少しは思うことはあるんじゃないかなって考えてるけどねそれにヴァイオリンの発表会のときは年下の子にかまってたからそうでもないのかな―――――――まあ、あたしは気にしてないけどね?それにほらあたしって恭介の幼馴染だし付き合い長いし聞いてみたいって思っても不思議じゃないでしょそれにまあ誰に好かれてるか知らないけど恭介はどこか抜けてるとこがいっぱいあるから幻滅とかしないといいけどね?まあ抜けてるとことか含めて恭介らしいと思うんだけどそれで嫌いになるならまあその程度のことであってあたしはな~んも関係ないけど一応幼馴染として知っておく権利はあると思うんだよねソレで誰なの恭介の事を好きっていうもの好きの子は年上?年下?あたしが知っている人なの?――――いや、もちろんあたしは気にしないけど!ほらあたしって恭介の幼馴染だしそれに――――」

「「「いや分かりやすいよお前」」」

あと微妙に言い訳がループしている。

「で・・・・・誰よそれ」
「あ、怯まない、さては“ほむ”同様にあまりの羞恥に現状を正しく理解してないな・・・!?」
「で?誰よ、いっておくけど変な奴なら許さないから」
「え・・・俺が?いやその変な奴と言うかなんというかっ」

中沢がさやかの問いかけに助けを求めるように周囲に視線を配るとクラスメイト達はバツが悪そうに表情を変える。
さやかはそんな彼らの表情から自分の身近にいる人なのか?と、今まで考えもしなかった事態に焦りに・・・・・恐怖した。

上条恭介。幼馴染の想い人、現在は入院していて過酷なリハビリ生活を送っている優しく温和な線の細い少年。

どこか頼りなく感じることもままあるが美樹さやかは彼の事が好きだった。
親友である鹿目まどかとも仲がいいがそれでも一番近くにいるのは自分だと思っていた。
事故で入院した時もよくお見舞いに行くが彼の周りに別の少女の影はみえず聞かずで大丈夫だと思って・・・・

「その・・な?変な奴と言うかさ・・・」

中沢がさやかに躊躇いがちに言葉を投げる。周りのみんなも何か言おうと口を開きかけたり・・・かと思えば閉じて何も言わない。
それが一層さやかの不安に拍車をかけ耳を塞ごうとした両手をさやかは――――必死に留めた。片腕はほむらが腕を組んでいるのでそれのおかげで・・・・・大袈裟な動揺をクラスのみんなに、もしかしたら彼を想う少女がここにいるとしたら、その子にも取り乱した姿を見せずにすんだ。
だけど、そのせいで中沢から発せられた言葉が真っ直ぐにさやかの耳に入った。その言葉を聞いて、さやかは呆然とした言葉を返した。

「え―――――?」

何故ならその言葉は予想も予測もしていない言葉だったのだから。






その頃、廊下で岡部は織莉子と会話を終えていた。

≪それでは・・・その、またお話ができるまでその―――!≫
「キリカからアドレスを教えてもらうさ、今晩あたり連絡をとっても構わないか?」
≪は、はい!かまいません!えっとそのっ、連絡・・・・まってます≫
「ああ、それじゃあまたな織莉子。エル・プサイ・コングルゥ」
≪え?えるぷさい――?≫
「もう我慢できるかー!!」
「うお!?」

―――ピッ

「ああっ!?何をする哀戦士―――!」
「オカリン先生ばっかりずるいぞ!!」
「電話が切れて――――――・・・って何がだ?」
「なんだよさっきの早口言葉はっ!?くそくそくそくっそー!!織莉子を辱めていいのは私だけだー!!!」

織莉子と電話で話し、最後の別れの言葉を告げたとこでキリカが岡部の背後から飛びかかり背中に、腰のあたりに手を回して縋りつく。その勢いは貧弱な岡部には割と強めの衝撃で携帯のボタンを押してしまったのか織莉子との通話が切れた。
一応簡潔ながら話したいことと確認したいことは終えていたので大事にはいたらないがそれでもマナーというか常識というか、電話中の相手にとっていい行動ではない。

「人が電話中に―――ええい纏わりつくな哀戦士!ほらっ、携帯は返すぞ」
「うう、二人とも私を無視して楽しくお喋りっ・・・・酷い仕打ちだ恨んでやる!織莉子は可愛いしオカリン先生は私の時とは違って優しいし・・・・セクハラするし!」
「しとらんわそんなこと!」
「さっきの織莉子めちゃくちゃ可愛かったじゃないか!」
「問題でもあるのか・・・・?」
「ない!ありがとうオカリン先生、私は織莉子の新たな一面を知ることができた・・・・今日はホントに素晴らしい一日になりそうだよ!」
「ならいいではないか・・・」
「うん、まったくだ!」

うっとりとした顔のままキリカは岡部の背中に顔を沈める。その表情は愛おしい恋人を思う乙女の様だった。

「あれだな・・・・・・、お前の得た愛は本物で―――――幸せなんだな」
「純愛一直線さ!ありがとうオカリン先生、私は幸せだ!」
「それはなによりだ、ところで“キリカ”」
「ん?」

岡部に名前を呼ばれてキリカは背中から顔を離す。
キリカの腕を解いて、そのまま岡部は振り返ることなくキリカから離れるように階段を上る。

「お前は本当に俺と戦わないつもりか」
「んん?」

コッ、コッ、と靴音を立てながら岡部は階段を上る。もう少し上に登ればガラス張りの校舎の見滝原中学校でも覗き防止のための―――――数好かない死角になる。
キリカは見上げる視線の先にいる岡部の事を真っ直ぐに見詰めて薄く笑った。その場の空気が変わる。日常のなかにあった温かな空間は消え失せ、非日常に存在する冷えた異常な雰囲気に支配される。

「ああ・・・・・・な~んだ、オカリン先生ってやっぱり面白いね。それとも冷たいのかなぁ、あれだけ仲良く接したのに疑うんだ?酷いな~もうっ、私はオカリン先生の事を好いてるんだよ?織莉子の次くらいに」
「織莉子の次か、この世界線の俺はえらく気にいられたようだな。しかし冷たいと言われても・・・・・それもお前の強さを考えれば不思議じゃないだろう」
「オカリン先生は私の強さを知っているの?第一それは女の子の好意を疑うに足りる確信になるのかな、期待を裏切ったら酷いよ?」
「期待は裏切らないさ」

一階と二階の中間に位置する階段の折り返し地点で岡部は振り返る。その表情は先程まで浮かべていた普通の青年の顔ではなく――――幾千幾万の戦いを経験してきた戦士の顔。
今まで見たことのない、昨日の時点で岡部が普通ではない事を知った。それでも二日間で岡部の笑った顔も怒った顔も呆れた顔も焦った顔も見たがこれは初めてだった。
“そういった顔ができる者が”――――今、キリカを見降ろしている。

「――――」

小さく、しかし確かにキリカは体の震えを自覚した。
ああ、やっぱり岡部倫太郎はおもしろい。キリカは純粋にそう思った。どんな経験を積めば“壊れていないまま”そんな表情を浮かべきれるのだろうか。
心から笑えるのにそんな顔ができる。純粋に怒ることができるのにそんな顔ができる。ちょっとした冗談に呆れることができ人並みに焦ることができるのに・・・・壊れることなく失うことなくその雰囲気を纏うことができる。

「オカリン先生は強いのかな?」
「弱いよ」

岡部の即答にキリカは頬笑みを崩すことなく階段を上がる。
岡部の言葉が真実だとしても、実際に岡部は壊れて失ってきたとしてもキリカは岡部が強いと思っている。
岡部の纏う表情と雰囲気は異常だ。魔法や魔女といった異形と何度も関わってきたキリカですら感じたこともないモノを岡部倫太郎という人間は背負っている。
なのに、それを背負いながらも普通に生活している。人並みに過ごしている。そこに辿りつくまでに多くのモノを犠牲にし・・・失ったにもかかわらずだ。
ただ戦ってきただけではない、ただ傷ついただけではない、ただ失っただけではない。それだけならできる奴は出来る。ただ、その過程で必ず何らかの犠牲で壊れる。
知っている。そのもっともたる例が自分自身だ。心を壊さぬままそこまで強くなれるはずがない。失わないまま辿りつけるはずがない。
岡部倫太郎が背負っている雰囲気はそういうものだ。壊れていないわけじゃない、でも壊れないのだ。壊れたのに、壊れていない。

「そうなのかい?でも今のオカリン先生はゾクゾクするくらい怖いよ」
「・・・・・・・・」
「それで、オカリン先生は私の何を知っているの?」

岡部のいる階段の踊り場まで辿りつきキリカは岡部に笑顔向ける。
岡部の言う「本当に戦わないつもりか」という質問に対しキリカの確かな返答は存在しない。キリカは岡部と戦うかもしれない可能性がある。同時に戦わない可能性もある。それはキリカの気分一つで変わる。

「お前が本当に俺を好いていても、織莉子が俺を認めても、俺が織莉子の害になるとお前が判断すれば“お前は俺を殺せる”。その強さをお前は持っている」
「くふっ」

キリカは―――嬉しそうに笑った。

ヴン!

パソコンの起動するような音が岡部の耳に届くと同時に岡部の両肩に魔法の鍵爪が振り落とされ―――――乗せられた状態で停止した。
岡部に向けて伸ばされたキリカの右手の甲から三本の魔法の鍵爪、刃渡りが太いそれは岡部の頭を挟むように肩に乗せられ鍵爪の返しの刃はキリカが手を引けば岡部の背中を引き裂くだろう。
口元をニヤニヤと歪ませながらキリカは此方を真っ直ぐに見詰める岡部に質問する。

「嬉しいよオカリン先生。まだ出会って二日だと言うのにそこまで私の事を理解してくれるなんて光栄だね、私ってそんなに分かりやすいかな?それともずっと私の事が気になって観察してた?」
「当たらずも遠からず・・・・だな」
「くふふ」

岡部に返答に笑みをさらに深めるキリカ。
だって嬉しいではないか、気にしている者から気にかけてもらっていたのだから。

「しかし“出会って二日”か・・・、いつ気がついた?」
「初日の夜かな、織莉子がオカリン先生に違和感を感じてね」
「そうか、やはり彼女か・・・・・一昨日の夜、先に接触を持つのはやはり彼女にするべきだったかな。それで右腕の事も織莉子から聞いたのか?」
「右腕っていうとめくった時に見えた痣のこと?それは今日だよオカリン先生。正確にはオカリン先生を見かけたとき昨日と比べて存在感とか魔女の気配とか違和感を感じてね」
「不安要素の多い奴に無防備に抱きつくな・・・・」
「そこはほら、オカリン先生と私の仲じゃないか」
「どんな仲だ。“思い出したんだろう”?」

岡部倫太郎がいない世界を。

「出会ってまだ二日しかたっていないぞ」
「それでもオカリン先生は私の初めての男だよ」
「人聞きが悪いな!?」
「でも事実だよ、目潰しなんて初めてされたよ」
「はぁ・・・」

呆れたようにため息を吐く岡部にキリカは変わらずニマニマした表情のまま尋ねる。

「それでどうしたの右腕?たぶん昨日までは普通だったよね?・・・・・ん、昨日も変だったのかな?それにオカリン先生って“いつから此処にいるの”?その前のオカリン先生との記憶はなに?それもオカリン先生の仕業?あんまりオカリン先生との違いがないから無視してもいいんだけどでもでもやっぱり記憶をいじられるのは気分が悪いかなぁ」
「質問の多い奴だな」
「答えてほしいな、でなきゃそのまま――――刻んじゃうぞ?」
「可愛く言ってもやろうとしている事はえぐいぞ哀戦士、一つ一つ説明してもいいが時間はいいのか?」
「時間?」
「織莉子と用事があるのだろう?」
「ぁっ・・・・・忘れてたよオカリン先生」

その瞬間、キリカから発されていた殺気が霧散する。岡部の肩に乗せられていた鍵爪も消失しキリカは岡部から一歩だけはなれる。
岡部もそれと共に表情から力を抜き姿勢を多少崩す、緊張していたのが誰の目から見ても明らかだが気にしていない。
キリカは今すぐに岡部をどうこうするつもりはなく、岡部はそんなキリカのことを理解しているのかもしれない。

「う~ん・・・だけどオカリン先生は不思議だね」
「こっちの台詞だ。呪いに犯されている時点でお前には殺されるのではと思っていたからな」
「あ、酷いな~オカリン先生。私はオカリン先生の事が好きなんだから見た・キレた・殺したっ、なんてしないよ?」
「・・・・・・出会いがしらに殺されそうになったことばかりだからな」
「うん?」
「こっちの話だ・・・・ああ、疲れた」

壁に背中を預けてげっそりとした表情を晒す。そこには既に先程までの戦士の顔はない、本当にあのときの人物と同じ人間なのかと疑いたくなるほどの豹変だった。そんな二つの顔を惜しげもなく晒してくれるのはキリカを信頼してか、それとも余裕がないのか、ただの馬鹿か、真実は分からない。
だけど「どっちでもいいか」。と、キリカは思っている。気にいっているのは本当だし邪魔になれば殺せばいい。
自分がおかしいのは分かっている。壊れているのも知っている。壊れているのを理解している。好きなのも大切なモノも尊いものも織莉子のためなら躊躇いなく破壊できる。
それを悲しいとも思えない彼女を可哀想だと言う人もいるかもしれない。だがキリカはそうは思わない。本当に大切なモノには番号なんていらない、そして本当に大切なモノを彼女はしっている。

「まだ朝なのに疲れたの?運動不足だよオカリン先生」
「誰のせいだと・・・まあいい、キリカ、一つだけ俺の意思を伝えよう」
「なにかな、私をワクワクさせてくれるなら嬉しいけど?」
「喜ばせることができるかわからんが・・・・織莉子にも伝えてくれ」

自分よりも、世界よりも大切な人がいる。その人と共に生きていける喜びをキリカは得ている。自覚し彼女と共にいる自分は幸せだと微塵にも疑わない。
例え誰に否定されてもキリカは自分が幸せだと思うし、そんな自分を強いと思っている。

(そういえばオカリン先生も私を強いって言ってくれたなぁ)

思えば、織莉子にすらそのことを褒められたことは無いような気がする。自分の為に自身を犠牲にするキリカに織莉子が心を痛めている事を知っている。
だから「ありがとう」と言われたことはあっても、その戦闘能力が凄いと褒められることはあっても、その自傷行為にも似た在り方を褒められたことは無かったと思う。
岡部もそんなキリカをハッキリと褒めた訳ではないが、それでもキリカは岡部が認めてくれていると思った。
誰かを想えるキリカを、世界を敵に回してでも守りたい人がいるキリカを・・・目の前の青年は理解してくれているような気がした。

「俺は―――――お前達と戦うことになっても構わない。お前達が俺の敵でもいい、俺がお前達の敵でもいい」
「ふっ、ははっ!」

そんな男からの告白に、キリカは笑みと殺意と凶器で応えた。

ヒュィ――――
         ギンッ!!

「ッ」
「まったくオカリン先生ったらさぁ!女子中学生を惑わすんだから罪な男だよね」
「・・・・・・・・」
「わっからないなぁ、どうしてこの状況でそんな台詞が吐けるの?知っているんだよね?理解してくれているんだよね?オカリン先生は私達の同士じゃないの?」

一瞬だった。キリカは再び鍵爪を装備し岡部に向けて突き出し、合わせるように黒い光沢を放つ何かが岡部を守るように展開するが―――一瞬で破壊された。
魔女の鎧。現在岡部が使用できる奇跡の力はあっさりと破壊された。その身を、時間を、未来を捧げて得た魔法は一瞬で粉砕された。変身する事もなく、ただ速度重視で生みだした鍵爪にあっさりと。

「よくわかんないけどさ・・・・そんなものじゃ止められないよ」

気を許そうとすれば、それは誤解だと否定するように言葉を紡ぐ岡部にキリカは苛立ちを覚える。
岡部の両頬に鍵爪を装備した両手で触れる。後は交差させようが振り下ろそうがなんでもいい、ただその手を動かせば殺せる。織莉子に敵対する意思があり、戦うことになってもいいと断言する愚か者をすぐに殺せる。
織莉子に希望を与えて、しかしそれを裏切るというなら殺そう。
理解者と思わせといて、その期待を裏切ると言うなら殺そう。
その発想を勝手と思いたくばそう思え、それを否定しない。でもそれは全て岡部倫太郎が悪い。電話で織莉子と仲良くしておいて自分を挑発してきた。
呉キリカを知っていながらの狼藉、それなりの覚悟は持つべきだ。織莉子の障害になる者を呉キリカは決して許さない。例え織莉子が―――――

「関係ない」
「へぇ・・・・オカリン先生はよほど死にたいらしいね」

殺意を隠さずにキリカは岡部の双眸を見上げる。キリカは岡部が震えているのを両手の感触から知っている。それでもその瞳には揺るぎない意思が宿っているのを感じた。
単純な実力差に本当の意味で、目の前の男は怯まない。危険だ。この男は危険だ。だからその手を動かそうとして―――その直前に、その手に岡部の手が重ねられた。

「お前達は間違っていないからだ」
「はあ?」
「俺は織莉子と敵対する気はない。むしろ仲間になって支えたい・・・・そして支えてほしいくらいだ」
「それなのに戦ってもいいと言うのかい、それは間違っているんじゃないかな」
「いや、俺はそうは思わない。織莉子が俺と敵対するのは必ず訳がある。そしてその理由は決して間違っていないと断言できる・・・・・彼女もまた優しい子だから」
「わからないなぁ・・・織莉子が間違っていないって思うんならさ、どうしてオカリン先生は敵対しようとするの?仲間になればいいじゃん、織莉子は優しいから障害にならない以上は私と違って見逃すと思うよ?あと私見だけど織莉子はオカリン先生にことを気にいっているみたいだしさ」
「そうしたいのは俺とて同じだ。だが織莉子の目的に俺の大切な人が犠牲になる可能性があるなら俺はそれを全力で阻止する」
「・・・・・織莉子が誰かを犠牲にすることを前提で話されるのは気にくわないね」
「すまない、例え話とでも思ってくれ。とにかく俺が言いたいのは例え間違っていなくても納得できないなら――――俺はお前達と敵対してでも止める」

怯えながらもキリカに自分の意思を伝えるのは自殺行為と呼べばいいのか、はたまた蛮勇と呼べばいいのか。
敵対してでも、と岡部は言った。だからキリカは岡部を殺すことにした。危険だから、それを直感したから、目の前のこの男は魔法少女でもないのに敵対した時は脅威になると判断した。

「もう一度言うよ・・・・・・よくこの状況でその台詞が吐けるね」
「言えるさ、その強さを教えてくれたのはお前達だ。それに――――」

それを最後の言葉として、その凶器で岡部を殺そうとして―――




「俺とお前達の物語は、そこからまた始まるんだ」




そう言って、岡部はキリカの手に少しだけ力を込めて微笑んだ。

―――さあ――――勝負だ!

聞いたことのない岡部の声と、真っ直ぐに此方を見詰める岡部の瞳が脳裏に浮かんだ。

―――さあ、戦いだぁ!!!

「私・・・・?」

知らない自身の声に、キリカの脳裏に、記憶に、憶えていない筈の何かが引っかかった。

―――君はそれを知っていたんだ!!なら弱いはずがない!!

リーディング・シュタイナーは誰もが持っている。

―――呉キリカの意思は絶望に負けたりなんかしない!

それは遠いどこかでの出来事で、それは近くて隣り合わせの事実で、それは確かに在った真実。
憶えていない。そんな記憶は保持していない。知らないし分からない。だけど、それには熱があり、そこには確かな力が宿っている。
体が憶えていなくても心が憶えている。記憶に宿らなくても魂に刻まれている。
憶えてなくても憶えている。知らなくても知っている。分からなくても分かっている。

「だからお前達と戦うことになっても俺は構わない、いつか必ず理解り合えるから」

いつだって、自分達から手を伸ばせば届く距離に岡部倫太郎という人はいた。
その手は、想いは、自分達が手を伸ばせばいつだって届く距離にあった。

「俺はお前達と理解り合うためなら何度でも戦う、例え最初の出会いが殺し合いでも・・・俺達の想いはそこからまた始めることができるから」

その言葉と想いに偽りがないのはなんとなく分かった。

「・・・・・・・」

一度、ぐ、と両手に力を込めて・・・・・・・・そのまま岡部を刻むことなく離した。
いつもの、本来のキリカなら岡部を殺していたところだが――――
今は、まだその時ではないと思った。まだ、選択するのは早すぎる。即決即断のキリカは・・・・・岡部を殺さない事にした。

「なんとなくだけど・・・・・今回は見逃してあげるよオカリン先生」

そう言って、キリカは岡部に背を向けて階段を下りていく。

「キリカ」
「ん~?」
「昨日・・・・お前から譲ってもらったグリーフシードのおかげで大切な人達を守ることができた・・・・・、ありがとう」

階段を降り切ったところでキリカは岡部の方に振り返り―――

「くふ、気にしないでよオカリン先生、私達の仲じゃないかっ」

笑顔で、歪みも狂気も含まない普通の少女の笑顔で応えた。






「キュウべぇ」
『ん?』
「ちゃっかり逃げていたな」
『危ないからね』
「まったくお前は・・・・・」
『僕は基本的に――――おや?』

キリカと別れた岡部がマミのクラスに向かおうとしていた足を止める。
原因はまどか達のクラスが視界に入ったからだ。ガラス壁越しの向こうで彼等は他のクラスの生徒と教師からも注目されるほどの行動をとっている。
防音性のため声、音は聞こえないがどうやら美樹さやかが周りの生徒に突っかかっているように見えた。
教師の姿が見えない、自習だろうかと思い岡部は教室の扉を開けた。

「どういうこと!?そんなの・・・・っ、あたし知らなかったっ」
「さやかちゃん・・・」
「まどかは・・・・知ってたの?」
「私は、その・・・・」
「知って・・・たんだ」
「全部じゃ・・・っ!でも、うん・・・ごめんねさやかちゃん、私――っ」
「ううん・・・・いいの、いいんだよ、まどか。中沢もごめん」
「あ、いや・・・」

そう言って、さやかは中沢の肩から手を離し詰め寄っていた体を引いた。

「仁美は――――」
「はい、さやかさん」
「そっか・・・知らなかったのは本当に、あたしだけだったんだ」

確かめるように・・・・最後に仁美からの言葉を受けてさやかはクラスのみんなが言っていることが真実だと知った。
知らなかった。誰よりも近い存在と自負してきたのに、知らないのは自分だけ、一体どうして気づかなかったのか、彼にのみ意識を向けていて周りに気を配っていなかったのか?

「そっか・・・・・・・」

そんなはずはない、さやかも年頃の女の子、好きな異性のことを気にはなるし、その周りにだってそれなりに気を配りもする。しかし入院中だからと・・・油断していたのかもしれない。

「でも・・・・おかしいよ」

呆然と、そんな台詞が自分の口から零れた。まるで他人のようなその声が気にならないほどに今のさやかは衝撃を受けていた。
恋愛は自由だ。後も先もない、上条恭介は一人しかいないのだから。
彼の良さを自分は知っている。そして他の誰かもそれに気づいただけのこと。

「だって―――!」

それでも納得できない。理解できない。だってこれはあまりにも――――


「多すぎるよね!?」

たぶん上条のことが好きな女の子―――――総勢18名(増加中)

「うんまあ・・・・有り得ないほど多いよね」
「実はアイツ日々戦ってんじゃないか?魔術師とかと」
「かつ、さやかに気づかれることなくフラグを立ててバレテいない状況・・・・」
「つまり、立てたまま放置か」
「そんなわけあるかー!」


さやかは叫ぶ、だっておかしいのだ。その量が、一人二人ならさやかは幸薄い悲劇なヒロインっぽく落ち込んだが・・・・・そんな場合ではない。
さやかの視線の先にはまどかや仁美、中沢といったクラスメイト達が、想い人たる上条恭介がさやか以外の女の子と遭遇していた場所と状況が書かれているホワイトボードがあった。
びっしりと書かれている。いろんな女の子の容姿が、知らない女の子の情報がそれはもうたくさん、どうしてこれだけいるのに今まで鉢合わせしなかったのか不思議なほどだ。

「って言っても一応入院中だけじゃなくて外・・・・入院前の休日とか放課後とかで見かけた場合も含まれるから―――」
「それでも一クラス分は多いよっ、どうやったら他校の子とこんなに知り合いになれるの!?」

しかも上条恭介はヴァイオリンの練習等であまり寄り道などはせずに真っ直ぐに家に帰ることが多いのにもかかわらずだ。

「ちなみに俺は上条の病室にエロ本持っていったときに白いシスターの子にあったなぁ」
「シスターなのに白いの・・・・・・って、あのときの本はお前のかぁ!」
「私は上条君のお見舞いのメロン食べに行ったとき茶髪の子と会ったよ・・・お見舞いのクッキー美味でした」
「食べに行ったの!?持っていったじゃなくて!?」
「俺ん時はポニーのお姉さんだったな・・・・ちなみにゲームやりにいきました」
「そういえば見知らぬゲームがあったような・・・・」
「僕は・・・・病院じゃないけど駅前のマックで巫女さんと大量のハンバーガーを食べてるのを見たよ」
「み、巫女さん?」
「駅前と言えばさ・・・・・本屋で高校生の委員長っぽい人と会話してるの見たな」
「それは・・・・普通だよね?そうだよね?なんかもう何にも安心できない・・・」
「わたし・・・レストランで垂れ目の巨乳の人からおしぼりで顔を拭かれてるとこ目撃した事ある」
「どんな状況なの!?中二にもなってそんな―――」
「なぜか弁当売ってるメイドと親しげに話してたな」
「今度はメイド!?」

想い人の知らぬ一面を知った美樹さやかは混乱した。

「っていうか恭介からあたし何も聞いてないけど!?」
「は、話すまでもなかったとか―――?」
「幼馴染のあたしに話すことが無いっての!?」
「いやそうじゃなくて、ほらただのとるに足らない知り合いにしかすぎず話題にあげるまでもない出来事だったんじゃ―――」
「シスターとかメイドとか明らかに話題に上がるでしょ!それとも恭介はその属性はありきたりな日常として受け入れている奴なの!?」

それはなんか嫌だ。知り合いがハーレムを築きそうな意味で。ちなみにその場合幼馴染という属性はもはや道端の草と同じだ。中二の時点でその高みにいるなんて・・・・。
みんなの証言が嘘とは思えない、まどかや仁美がこんな嘘をつくはずがない。ならそれは真実で・・・・・やっぱりおかしい。

「う~・・・・あたし今日―――恭介のお見舞いにいく!」
「あ、じゃあ俺も―――――――ゲームしに」
「アタシもー」
「メロン食べに・・・・」
「だべりに!」
「暇つぶしに」
「ついでに!」
「同じく」
「遊びに」
「ナースさんを見に」
「私もー」
「「「誰だ!?」」」

さやかは思うことがあるのか力強く断言する。それにつられてか・・・・わらわらとクラスメイトが挙手していく。
内容は後半につれて正規のお見舞いからかけ離れて行くが気にしてはいけない。
そしてこのクラスには確実に“その気”の女子がいる。

「・・・・・・・にぎやか」
「たいていこんなクラスだよ?」
「それはなによりだな」
「あれ、オカリン?」

まどかの言葉にほむらは首を傾げる。それと同時に声がして振り向けばいつのまにか岡部が立っていた。頭にはキュウべぇもいる。
なによりだ――――と岡部は言った。その言葉は何故かほむらには尊いモノのように聞こえた。何故そう思ったのかは分からない。ただ岡部の言葉はどこか彼等を羨むような、感謝しているような――――

「あれ・・・・?オカリンちょっとまって」
「うん?」

そう思っていると突然、ほんとうに突然にまどかがほむらの腕を解いて岡部に近づいていき―――――いきなり飛び付いた。
まるで逃がさないように。

「むぅ!?」
「まどか!?」

その声にさやかを含むクラスメイト達もほむらの視線の先にいる岡部とまどかに注目する。
そして―――――いつでも退避できるように身構えた。
ほむらがオロオロと空になった両腕を伸ばしたりひっこめたりするなか、岡部は冷や汗を流しキュウべぇは再び岡部の頭から離脱した。

「ねぇオカリン?」
「な、なにかな・・・・まどか、俺はまだ何もばれていないぞっ?」
「「「「「いきなり自白しやがった!!?」」」」」
「『ショタリン』と『ヒキリン』・・・・・どっちがいい?みんなと相談したら『ショタリン』がいいかもって思ったけど・・・・・オカリンはどっちがいいのかな?」
「え・・・・選択肢はその二つだけですか?あの、自分としては『ヒキリン』は無理で・・・」
「そうだね・・・私も嫌かも、『ヒキリン』じゃ外で遊べないしね。じゃあ『ショタリン』?」
「えっとだな・・・・」

岡部はそれがどういったものなのか知っているらしい。そして岡部は今のまどかに下手に逆らうのは得策ではないと判断したのか正直に答える。
ならばと皆は思う。決して間違った選択はするなと、慎重になれと、迂闊なことをするなと、軽率なことをするなと、見て見ぬフリをするなと、もっと注意を払えと念じる。
そんな皆の想いが通じてか、岡部は真剣な口調でまどかに告げる。

「その場合、マミが俺に甘えてくれないのでいつも通り『オカリン』で頼む!」

真剣な表情と声だった。ただ、ここで岡部は他の女の名前を出してまどかに訴えた。
しかも内容が何やらおかしい。あきらかに選択を誤った。案の定―――

「ねえオカリン、マミさんって・・・誰の事かな?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あっ」

「あ」じゃねえよ!と、それぞれが心の中でツッコミを入れつつ教室の出口に向かう。全力で。

「今日もオカリンから何やら他の人の香りがするけど・・・・・・お菓子かな?甘い匂いだね?昨日と同じかも?今朝は無かったよね?でもまだ一時間目の授業中だよね?つまりオカリンは授業をサボっていた人とさっきまで一緒にいたのかな?」
「まままままつんだまどかっ、いいかお前は今誤解しようとしている!俺はただキリカと―――」
「マミさんって人じゃないんだね?キリカ・・・さん?初めて聞くけど誰かな?マミさんって人の事も含めて洗いざらい吐いてもらおうかな?」

まどかは岡部から離れて真っ直ぐに岡部の顔を見上げる。キリカの時とは別の意味で震える岡部は誤魔化すように言葉を紡ぐ。
ちなみに、まどかの両手はしっかりと白衣を握っている。

「なんか言葉に刺が多くない・・・か?」
「うん?そんなことないよ、ただ上条君が余りにもだらしないから同じ幼馴染としてさやかちゃんのことが少しだけ理解できてもしかしたらオカリンにもそんなことがあるのかな?なーんて思っちゃたりしただけだよ?」
「この世界線でもアイツが原因か!」

岡部が言い訳のように叫ぶが今回は間違いなく岡部が悪い。

「それで?みーんな話してもらうよオカリン」
「まってくれまどか!今の俺には急いでやるべきことが!」
「なに?」
「これからマミに大切な話があってだなっ―――」
「「「「「何であんたって人は自ら地雷を踏みしめていくんだ!!!」」」」」

出口まで辿りついた皆が退避することをいったん中断して、まどかを除く全員で岡部に叫ぶ。
その言葉に自分の言動の愚かさを悟った岡部は顔を青くし、まどかは笑顔のまま岡部の白衣を握りしめる。

「オカリンは上条君みたいに幼馴染に隠し事なんかしないよね?」
「あの・・・・まどか?あんたさっき恭介を弁護してたよね?」
「さやかちゃん何か言った?」
「なんでもありません!」
「「美樹さん・・・」」

ほむらと仁美がさやかの肩に手を置いて慰める。今日のお見舞いでさやかは結果次第で恭介に優しくしようと思った。結果次第で責めるつもりだが。

「それでどういうことなのオカリン」
「いやっ・・・その・・・なんというか俺は無実で悪いのは世界であってだな?」
「言い訳なんか聞きたくないよ?私はただ幼馴染として何をしていたのか聞いているだけだよ?言えないの?そんなことないよね?肋骨には限りがあるよ?」
「脅しを挟んだ会話に持ちこまないでくれ!怖くて何も言えないではないか!」
「心当たりがある証拠だよね?はい、じゃあ・・・・・後五秒待ってあげるね?」
「ひい!?おおおおおお俺だっ、まどかが機関からの偽情報に誑かされ俺を疑っている!俺一人では無理だ増援を――――!」
「逃げるの禁止!」
「ノスタルジアドラ━━━━━━Σヾ(゚Д゚)ノ━━━━━━ィブ !!!!?」

携帯に向かって現実逃避し始めた岡部からまどかは携帯を奪い・・・・そのままゴミ箱に向かって全力で投げた。
綺麗に華麗に岡部のいろんな意味での希望はゴミ箱へと入りガコーンッと良い音を響かせながら・・・岡部の絶叫と一緒に一時間目終了の合図を見滝原中学校に伝えた。

「何をするんだまどかぁ!?アレが無いと俺はこの世界でどうやって戦えというんだ!」
「オカリンが戦うのは妄想じゃなくて目の前の現実でしょ!」
「その現実と戦うためのデバイスが今ゴミ箱にシューティングされたんだが!?」
「もうっ、ちゃんと話してくれないと私絶対に許してあげないんだから!」
「そんなことより早く回収を――!」
「そんなこと!?オカリン今そんなことって言った!?」

わーわーぎゃーぎゃー喚きながら岡部とまどかは言葉を交わす。
ほむらはそれを遠く(さやかに手を引かれ退避して)から眺めていた。
クラスメイトにも驚いて、さやかの想い人の女性関係に疑問を抱いて、ここにきてあまり(性格というか態度が)変わることのなかったまどかにも驚かされた。
自分の知っている世界と違いすぎる。確かに自分はまどかとさやか以外のクラスメイトについてはあまり関わらなかった。せいぜいが・・・志筑仁美がさやか同様に上条恭介に想いを寄せていることぐらいだ。

『驚いたか?』
「!?」
『俺だ、キュウべぇに頼んで俺とお前にしか聞こえていない』

ゴミ箱に両手を突っ込みながらまどかに背中から白衣を引っ張られている男にほむらは視線を送る。
岡部とまどかは口論しながら騒いでいて、ほむらは頭に聞こえてくる念話に疑問を覚える。あんな状況で落ち着いた会話が(念話)ができるのかと。

『慣れだな』
『慣れ・・・・・ですか、魔法使いでもないのに』
『これでも相当の魔法経験者だからな』
『まどかとの口論も演技ですか?』

そうだとしたら、なんだろうか・・・・悲しいと思う。内容はどうあれまどかは本気なのに、相手はそうでもないとしたら、とても辛い。喧嘩しながらも本当に仲良く見えるから余計に。

『そんなわけないだろ!見ろっ、今にも噛みつきそうなまどかを!これが他の世界線の事なら確実に家賃は上がり・・・・・・まて、確かこの世界線では砕かれるのか?骨が?え・・・・まじで?』

そんな心配は必要ない。と、岡部は態度で伝えた。昨日の電話で知った情報に不安を抱きながら震える岡部、でもそれのおかげでほむらは少しだけ肩の力を抜くことができた。
だから、それが本当のことかはまだ分からないけれど安心して・・・・何故安心したのか、深く考えることは置いといて未だにまどかと騒いでいる岡部に問う。

『それで・・・・驚いたかというのは?』
『この連中のことだ。お前の知っているのとかなり違うのではないか?』
『どうしてそれを・・・』
『他の世界線のお前から聞いた』
『他の・・・・・私から・・・・・』

それが不快なのか戸惑いなのか分からない。自分じゃない自分。自分の知らない自分と同じ時を過ごした相手がいる。複雑だ、だってそうだろう?なにせ自分が知らない間に知り合ったようで、こっちは何も知らないのに気づけば知られていたなんて・・・・・。

(でも・・・・まどか達も、もしかしたらそんな気分だったのかな?)

時間を逆行した自分はまどか達から見れば・・・・どう見えていたのだろうか。初めて会ったにもかかわらず多くの事を知っている自分の存在を・・・・。
立場が逆になると不思議だ。自分の行動の迂闊さが良く分かる。理解できず・・・・怪しさが悪い意味でよく分かるものだ。
突然現れ何やら知ったかぶりで話されても信用できない、実際に証明することは難しいのだから、ほむらだって昨日岡部が戦うところを見なければ何も信用しなかった。
魔法の存在を知っていても、それでも怪しい事には変わりはなく、自身の力を失っていなければ共にいなかったかもしれない。
一人でいることを選択した自分は誰も信じずに――――

『良いものだろう?』
『ぇ?』

思考が、気分が落ち込んできたほむらに岡部は念話をおくる。

『この連中だ』
『馬鹿みたいに・・・・騒いでいますよね』
『ああ、そのおかげでまどかもさやかも昨日の一幕を・・・・この瞬間だけは完全に忘れていられる』
『ぁ・・・・・・・・』
『あんな異常、ただの女子中学生が耐えられるわけがない。それでも今笑って過ごしているのは彼等のおかげだ』

きっと、朝が来ても起きることはできなくて引きこもってしまってもおかしくない精神状態、それでも学校にきたのは、来ることができたのは・・・・・少なからず彼等のおかげだろう。
あの地獄を経験しながらも、それでも彼女達は壊れずにいる。でもきっと怯えている。いつまたアレに巻き込まれるかもしれないという恐怖に。
でも、どんなに落ち込んでいてもどんなに怖がっていても・・・普通は閉ざす口を開き叫ぶ、震える身体を無理矢理動かし暴れる。彼等といれば騒がずにはいられないのだから。

『確かに馬鹿で無作法で無遠慮な連中かもしれないが―――』
『はい・・・・とても良い人達・・・ですね』

岡部の言葉を引き継いで、ほむらは正直な感想を告げる。
嘘をつく必要などない、虚勢なんか意味はない。

『ふむ・・・・素直だな』
『意外ですか?』
『いや、ただこれまでのお前は・・・・・“俺が出会ってきた暁美ほむら”はなんだかんだと悪態をついていたからな』

それはきっと照れ隠しや・・・・・ああ、やっぱり変な感じだ。と、ほむらは思った。
本当に複雑な心境だ、きっとまどか達もそうだったに違いない。
だってさ、岡部の話が本当だとしたら、彼は目の前にいる私ではなく別の私、私を通して共にいた『暁美ほむら』を見ているのだから。

『・・・・・・・・・』
『どうした?』
『いえ・・・』

そう思ってしまうことは仕方がないだろう。だってこっちは知らないのに命がけで助けてくれるなんて普通じゃない。つまりそれは、それだけ『前の暁美ほむら』が大切な人だったんだろう。
同じ暁美ほむら、でもそれは私じゃない私。
まどか達も自分のことをそう思っていたのかもしれない、助けてくれるほむらは、「前の私達のことが大切だったから―――今回も助けている」・・・・・と。
そんなつもりはない。そんなことは関係なしでただ助けたかった。大切な友達だから・・・・きっと岡部もそうかもしれない、でも――――だけど・・・・・


―――私は・・・・どうすればよかったのかな


ここにきて、通り過ぎた時間軸での思い出が脳裏をかすめた。
そして、同じように世界を繰り返している男がそれについてどう思っているのか、それが気になったほむらだった。




授業終了の合図が鳴れば当然のことながら廊下には生徒が溢れて人口が増す。そして何やら騒いでる場所があれば人だかりも増えて視線は集まる。
教室の外に退避した生徒が教室の扉をあけっぱなしにしていたので岡部とまどかの口論は人を集め注目をどんどん集中させる。
そして――――事件は起こった。

「もうっ!ちゃんと聞いてよオカリン!」
「聞いているっ、だからまずは回収を―――!」
「それは聞いているとは言わな――――」


「オカリン先生ー!!!」


いつまでも続きそうな言葉の応酬に突如第三者が介入し岡部とまどかの間に割って入った。物理的に。躊躇いもなく。ある種の固有結界に恐れることなく真っ直ぐに。
その人物はゴミ箱からようやく携帯を見つけた岡部のお腹にタックルをかまし岡部をそのまま押し倒した。

「え――――――――あ、オカリン!?」
「も――――ごは!?」

口から空気を吐きだしながらゴン、と、床に思いのほか強く頭をぶつけた岡部はあまりの衝撃に言葉を発することは出来ず押し倒されたまま悶える。
「ふぬ!?ふぉおおおおおうっ」と、謎の言葉を零しながら、目元に涙を浮かべながらも岡部は突然の襲撃者へと視線を向ける。
涙で滲んだ視界の先、そこにいるのは―――――

「オカリン先生大変だ!」
「いった・・・くそっ、ん?キリ・・・カ・・・?」
「そうだよオカリン先生!聞いてくれ私は大切なことを思い出した!」

先程別れたばかりの少女、呉キリカ。彼女は岡部を押し倒したまま、岡部の腹に馬乗りの姿勢のまま顔を近づけて叫ぶ。

「ちょっ、汚いっ・・・・唾を飛ばすな!・・・・・・・・まて何を思い出した!?」

至近距離から飛んでくる唾に抗議した岡部はキリカの言葉に―――――体を勢いよく起こした。

ゴンッ

「あうっ」
「おうッ」

当然、近すぎた互いの額がぶつかって双方が額を押さえた。しばらく、数秒を痛みがひくまでの耐える時間に使い再び問う。
キリカは思いだした事柄を伝えるために。岡部はキリカの思い出したという記憶の内容を問うために。必死の形相で岡部に縋りつくキリカ、上半身を起こしてそんなキリカの両腕を掴んで支える岡部。
そんな二人の様子に周りにいたギャラリーに緊張が走る。キリカには焦りがあり、岡部からは真剣な態度が伝わる、普段そんな姿を見せない二人だから一層不安にもなる。

「オカリン・・?」

二人の傍にいたまどかですら戸惑いを感じているほどに。

「携帯のアドレス教えるの忘れてたよ!」
「そう言えば!」

だけど、その内容はどうでもよかった。

ピロ~ン

と、間抜けな音と共に互いのアドレスを赤外線送信で行っている二人に呆れギャラリーは散っていく。
何やらシリアスな展開に行くのかと思えば・・・・・・・このリア充が!と憎しみを吐き捨てながら去っていく。
まどかとさやか、それにほむらは昨日のことがあるので少なからず緊張していたので安心し、クラスの皆は口論も終わったので別の意味で安心した。

「ふう、危うくすれ違うところだったな」
「まったくだよ、危うく織莉子から怒られるところだった」

岡部の苦笑にキリカが大真面目に答える。実際にキリカが戻ってこなければ連絡手段を失っていたので・・・・キリカは織莉子からの折檻があったかもしれない。
本当ならすぐにでも織莉子が岡部に会いに生きたいが今は他にやるべきことがあった。

「気をつけて行って来い」
「うん、行ってくるよオカリン先生!」

岡部の言葉にキリカは笑顔で応える。
『魔法少女狩り』。いま織莉子がおっている案件だ。最初に聞いたとき岡部は「犯人お前達じゃないの?」と危うく聞いてしまうところだった。
どうも今回の“それ”は違うらしい。岡部はこれまでの世界線漂流で経験した事のない事柄にまた出会ったなと・・・・きっと、他にも何かあるのではと思った。
キリカ達と始めから交流があり、ほむらは魔法を失っている、遭遇した事のない魔女、そして新たな魔法少女狩り、すべて・・・・この世界線が初めてだ。

(それに、あすなろ市への話も・・・・・この世界線は一体何だ?)

朝の校長から岡部のあすなろ市への転勤(?)に関する話などいろんな未経験の事態が立て続けで起きている。
もしかしたらそれは、岡部がこの世界に適合し始めた結果かもしれない。岡部倫太郎がいた場合の世界。そのあるべき流れかもしれない。
何度も繰り返すうちに岡部には因果が与えられた。親はいないが戸籍がある、帰るべきラボがあり、過去が無いのにまどかの幼なじみ、いつしか岡部の年齢は本来の時代に適合してきている。
かつての世界線で30代や20代・・・・・ある時はまどか達と同じ年だった世界線漂流もここ最近では安定してきた。本来の2010年の――――

「じゃあオカリン先生―――」
「なんだ哀せ―――」
「chu♡」

向かい合ったまま考え事をしていた岡部はキリカのいきなりの行動に反応できなかった。
それは周りも同じで・・・・・・・・世界が凍った。

はあ!!?

それでも、キリカ以外の心の叫びはシンクロしていた。









その頃の織莉子。


「・・・・・・・・・遅いわね、キリカったら何をしているのかしら?」

まさか自分の言伝を曲解して何やらやらかしてないか不安になるが・・・・・さすがに彼女も子供ではないはず、いかに普段はぶっとんだ行動に出る彼女でもさすがに・・・・・
呉キリカは常に予想を超える親友だ。いつも織莉子を驚かしている数少ない人間だ。良い意味でも、悪い意味でも。

「いや・・・・まさか・・・・ね?」

織莉子が親友のキリカのことを・・・・信じているよ?それでも心配はしてもいいはずだと悩んでいると織莉子の眼前、駅前から一人の少女が出てきた。
サイドポニーの黒髪を揺らしながら歩く彼女は織莉子の視線に気づくことなく織莉子の傍を通り抜けていった。

「・・・・・・・・」

織莉子は携帯を取り出しキリカに電話する。敵かどうか分からない・・・・・じゃない。今通り過ぎた彼女は敵だ。“三人いる内の一人”。
岡部と違い確実に此方と敵対している未来を観測した・・・・・はずの少女。

「まさか・・・倫太郎さん以外にもいるなんてね」

未来視が、観測した未来にブレを生む存在がいるとは思わなかった。
それも明確な敵として。確かな敵対の意思を持って。自分達の未来に大きく関わる者として。

≪もしもし織莉子?ごめんねすぐに行くから待っててよ!≫
「遅刻よキリカ、いったい何をやっていたの?」
≪やぁ~、それがオカリン先生に連絡先を教えるの忘れててさ。慌てて引き返して今伝えたとこ≫
「それは・・・まあいいわ。忘れてたら大変だったわね」
≪うん、いや~我ながら機転が利いていたと思うよ!ついでにもう一つも済ませといたし≫
「もう一つ?」

はて?と、織莉子は首を傾げる。キリカにお願いした事は岡部倫太郎と接触し美国織莉子との架け橋・・・・今は直接会えない織莉子に代わっての連絡役をしてもらい、あわよくば携帯とか住んでいる場所とか今度のお休みの日に暇してないとかの情報をできたら絶対可能なら確実に少なくても全部GETしてほしいなぁとそれとなく伝えただけだが・・・・どれか手に入れることができたのだろうか?

≪うん、オカリン先生にちゅーしてきた!≫
「はあ!!?」

親友はやはり織莉子の伝言を曲解し何かぶっとんだ行動に出てしまったようだった。
もしかしたら織莉子の伝え方が悪かったかもしれない、しかし予想を遥かに超えた報告に織莉子は持っていた携帯を危うく握りつぶすはめになった。
織莉子の叫びに周りにいた一般客と――――件の少女が織莉子に視線を向けるが頭の中が真っ白になった織莉子は気づかずそのまま立ちつくしていた。

≪もしも~し、あれ、織莉子や~い・・・・・おや?≫

キリカからの呼び掛けに反応できない織莉子、幸いだったのが目的の少女は織莉子に関心がなく、そのまま雑踏の中に姿を消したことだった。
もし、織莉子が魔法少女だと気づかれていたら・・・・殺されていたかもしれない。





見滝原中学校



「それじゃあオカリン先生!私は織莉子のもとにいかなくちゃいけないからこれでアデュー!」
「ちょっ!?まて哀戦士貴様これは―――!」
「ん?いきなり口を許すほど私は安くないよオカリン先生?」
「違う!口とか頬とか関係あるか!なぜいきなりこんなことをしでかした!?最悪俺はクビになるぞ!」
「正規の教師じゃないからいいんじゃない?年も三つ四つしか変わんないし問題無いよ」
「ああそうかい!だがあいにく俺が心配しているのは周りの状況だ!この空気を如何してくれる!」

馬乗りの体勢から立ち上がるとキリカは立ち去ろうとする。余程急いでいることは岡部も理解しているがそれを呼び止める。
周りには固まった生徒が多数いる。休み時間という事もありかなりの注目を集めていた。事前に散っていった生徒もいたがそれでも多くの生徒が岡部達に注目していてなにより岡部の隣には――――鹿目まどかがいた。

「あわ・・あわわわわわわわ?はわわわわわわ?」

いきなりのことに混乱しているのかフラフラと伸ばした両手をあっちにこっちにどっちにへと何かを探すようにふらつかせている。
今は混乱しているからいいが、もし正気に戻られたらどうなるか分からない。
それは周りにいる皆も同じなのか誰もが動けずに岡部とキリカを・・・・あと、まどかを見守っている。下手な動きはまどかを覚醒させる恐れがあるから。

「やだなぁオカリン先生、だからこそだよ?」
「なんだと!お、俺を懲戒免職のロリコンに陥れてどうするつもりだ!」
「違うよ、私は織莉子の言う通りにしただけで―――私も織莉子もそんなつもりはないよ」
「織莉子?彼女がお前にこんなことをさせたのか?」

なら、これにはなにか意味があるのか?と、岡部は真剣に悩む。敵対しているなら分かるがそうでもないなら・・・彼女がそんなことを親友のキリカに頼むはずがない。
なら絶対にこれには意味があり、そうすることで築ける未来の布石があるはずいだと岡部は考え――――。

「だぶんきっともしかしたらそんなお願をされたと思う」
「たぶんだと!?」
「うん!」
「うんじゃねえよ!お前はそんなあやふやな感覚で俺に―――」
「ちゅー・・・しちゃった」

照れながら頬を(面白そうに口を歪めながら)赤く染めるキリカ。

―――ちゅ?ちゅちゅちゅー?・・・・・あわわわわわわわわわわ!!?
―――落ち着いてまどか!
―――まどか気を確かに!
―――まどかさんしっかり!
――――ここは逃げるべきか見守るべきか・・・
――――結果はかわらないんじゃ
――――まあ、アレ使われたらなぁ
――――私も・・・ちゅーしてほしいなぁ・・・口に!
――――だから誰だー!?×全員

ちなみに織莉子はキリカにそんなことは一言いっていない。
まどかを落ち着かせようとさやかとほむら、仁美は動きだし、クラスメイトは誰かにツッコミを入れた。

「う~ん、きっとね・・・・・・・そこの愛らしいオカリン先生の生徒!」
「はわわ・・・・っ、ほ、ほぇ?」

ビシ!とキリカに指を突きつけられ、まどかは一瞬正気に戻りキリカを見詰める。

「オカリン先生には私と織莉子がツバをつけた!」
「え?へ・・・・?」
「その他多数もそういうことだから・・・・・以上!」
「お前まさか織莉子の伝言を・・・・・・・・・曲解したな」
「・・・・・・・・・・・・・・・てヘ☆」

そんな、ふざけた笑顔を残しキリカは逃げ出すように教室を後にした。
それで台風の後の静けさ――――まさにその状態のように教室内は静寂だった。
どうしよう?だれもがそう思った。あの・・・・動いてもいいですか?と誰もが隣の人に確認をとっていいのか・・・・そこから悩んだ。

「はわ・・・あわわわわわ?」
「ま、まどか?」

そこで唯一動ける。混乱していることから動くことができるまどかがふらふらと自分の机に向かう。
そんなまどかを皆は、岡部もさやか達も他の生徒も見守ることしかできない。
ごそごそと、机の横に置いてあった自分の鞄をあさるまどかを皆が息を唾を飲み込んで――――

「あわわわわ・・・・?はわわわわ?」

まどかが四角い何かを取り出した。

―――the wheel of fate is turning rebel 1

何故か聞こえた電子音。

「ちょっと待ったー!」
「駄目ですまどかさんそれは――!」
「落ち着け鹿目それはダメだー!」
「え・・・・?ちょっ、それはいかんでしょ!?」
「くっそ、やっぱりまだ持ってやがったか!」
「矛先が全方位に向かって――――!?」
「いけない――――もう?」
「もしもしお母さん?ううん、急に声が聞きたくなっただけ・・・・晩御飯、楽しみにしてるから」
「「「「死亡フラグやめー!」」」」

まどかが鞄から取り出した目覚まし時計、未来ガジェット破壊力ランキング3位、『これが私の全力全開』。
防音性の高いまどか達のクラスのガラス壁に亀裂を入れる『広域暴徒殲滅型の音爆弾』である。

―――open combat!

YA・BA・I!?経験者である皆は即座にまどかを説得、拘束しようとするが――――

「はわわわわわわー!!?」

カチッ♪

振り下ろされたまどかの手の平は―――断罪のボタンを叩いた。


―――distortion finish!






見滝原中学校の校庭の隅

「うう・・・・・、なんなのよこの学校!なんでこんなにトラップがあるの!?変質者対策・・・・?」

金髪ツインテールのユウリだ。岡部の素行調査へと約束の昼前に・・・・・変身魔法の応用でまどか達と同じ制服を着込んだまではいいが・・・・校門には見張りの警備員がいたので人気のないところから壁を超えて潜入した。
が、どういう訳か・・・それを見越してか、着地地点に非殺傷地雷、衝撃でこけた所に落とし穴、底にはゴッキーほいほい(使用済み)、悲鳴を上げて穴から這い出ればペットボトルロケット(ミサイル)が飛んできて大変な目にあった。
息も絶え絶えに周りに気を配れば・・・・・他にもトラップが見え隠れしている。しかも一つのトラップが発動すれば他のトラップも連鎖するような絶妙な配置だ。きっと確認できないところにも・・・・
それゆえにユウリはこの場所からなかなか抜け出せなかった。さっきからどうやってもトラップに引っかかる。木の上も駄目だった。

「しかも何よこの看板!」

【この場所は電波が届かないようになっています。お帰りのさいには元の道にBACKしてください(笑)】

なかなか挑発してくれる看板だ。しかしそれゆえに背筋が震える。ようするにこれは忠告だ。
何かあっても誰も助けに呼べないぞ?と言う意味だった。
現に結構騒いだにも関わらず誰もユウリの元にこない。校庭で体育の授業をしている生徒も見周りの教師も警備員も来ない。

「ばかにして!」

勢いよくユウリは立ち上がる。その顔面にカラーボール(強盗対策用)が直撃した。

「・・・・・・」

きっと今の動作でなんらかのトラップが発動したんだ、と、ユウリは理解した。
そして顔面を紫色(カラーボールの塗料)にしたユウリは地面に体育座りをして・・・・・・・・いじけた。

「うっ・・・・うっく、なんで?なんで私こんな目にあってんの?うう・・・私何も悪くないのにぃ」

朝からずっと精神的に追い詰められていたユウリは地面に「の」の字を書きながら幼児化していた。
もう、いろんな意味で彼女は疲れ切っていた。精神的に。
魔法関係者に出会いそれがユウリの知り合いで住処に案内され仲間に勧誘された、そんでお風呂を借りてソイツの臭いに包まれたシャツと布団で爆睡、気づけば寝顔と下着を見られ交際を申し込まれてお昼はデートで夜は本番(?)とまあ・・・・まだ幼い少女にはなかなかの展開にユウリは精神的余裕がなかった。
さらにそこで―――


キュドッ!!!


「ビクゥッ∑(OωO )!?」


見滝原中学校、ユウリの位置から見えなかったが・・・・ガラス張りの壁が震えた爆音に彼女は心臓が止まるほどの衝撃を受けた。
そしてついに感情が決壊したのか、涙を滲ませた顔のまま恐怖に怯えるお子供のように走りだす。

「もうっ・・・・・やだーッ、帰る!!ユウリッ、ユウリー!」

カチッ☆

トラップが起動した。






数時間後

「・・・・・・・」
「・・・・・・・」

見滝原中学校の校門でユウリと岡部は顔を合わせていた。互いにボロボロだ。主に精神面が。

「・・・・・・・きた」
「ああ・・・・・・・」

ユウリの言葉に岡部は頷く。何故だろうか、何があったのだろうか、なぜ自分だけじゃなく相手もボロボロなのか気になる。
しかしあまりにも憔悴していて、待ち人に声をかける気力がない。本来ならそれは待ち合わせする仲の間柄では声をかけないのは冷たいやり取りかもしれない。

「お互い・・・」
「うん・・・・」

だけど、今の二人には不要だった。そんな配慮は要らなかった。

「・・・がんばったな」
「うん・・・・がんばった」

それだけで通じたのだから、NDを使用せずに、出会って二十四時間にも満たない二人だけど、それでも通じるものが二人にはあった。
岡部は結局マミに会えぬまま、幸いなのはキュウべぇが連絡してくれて放課後引き合せてくれる手はずになった。
ユウリは一度ラボにまで帰った。お風呂に入りに、幸いだったのは可愛らしい(まどかの)私服をGETできた。

「・・・・・」
「・・・・・」

いや・・・・幸いだったのだろうか?結局マミとの会合は後回しになり、ユウリはいらない精神へのダメージを負った。
プラスマイナスで言えば確実にマイナスだ・・・・・・。

「いくか・・・・」
「うん・・・・・」

でも、しつこいようだが・・・それでも二人には確かな絆ができた瞬間だった。
誰かに分かってもらえるのは、誰にも理解されない孤独を知っているだけに、二人は相手は自分のことを理解してくれていると顔を合わせただけで理解できたことに幸福を憶えた。


―――ユウリの岡部倫太郎への好感度が上がった
―――岡部の飛鳥ユウリ(仮)への好感度が上がった


意外な場面で二人の親密度が上がった。









あとがき


感想ありがとうございます。感想を何度も読み返してやる気を充電しています。本当にありがとうございます!
・・・・・執筆遅くてゴメンナサイ
言い訳として・・・・・実は【妄想トリガー;佐倉杏子編】ほかマミ編やさやか編、上条編も並行して書いていて・・・・まとめて乗せようとしたら―――


公式(漫画)とかぶった!


ほぼ全部を消去して・・・・その後『Steins;Gate比翼恋理のだ~りん』に現実逃避していました。
ああ・・・・やはりオカリンは最高でラボメンは癒しですね

こんな自分が書く作品ですが・・・どうかもうしばらくお付き合いして下さることを願っています。








[28390] χ世界線0.091015 「どうしてこうなった 後半1」
Name: かっこう◆7172c748 ID:3f6e4993
Date: 2012/08/28 00:00


都市開発が進む見滝原のとあるアーケード街を三人の少女が歩いていた。
見滝原中学校の制服で身を包んだその三人は周囲の視線を集め、見る者すべての関心を掌握している。
一人は素朴なほんわか少女鹿目まどか、特別綺麗なわけでも引き寄せられる可愛さを持っているわけではないが日本男子の絶対防衛線『身近にある親しい異性』を内包する少女。
一人はツインおさげのメガネというレア少女暁美ほむら、普段の生活では気付かなかった魅力をイベント(例;『メガネを外したら美人だと!?』)で発揮するヒロイン気質をもつ少女。
一人は猫背行進上等の――――バケツである。

―――いや・・・なぜにバケツ?
―――うん・・・・幻覚じゃねぇわ、なんぞあれ?
―――見滝原の制服・・・・ああ、新手の妖怪か
―――昼頃このへんで牛の化け物が現れたらしいぜ
―――あのガラス張りの校舎って異界と繋がっているって噂だからな
―――異界からの怪物に対抗するためにいろんな兵器を開発して生徒が自発的に戦闘をおこなう・・・だろ?
―――ああ、たまに爆発音とか謎の絶叫が聞こえるしな
―――威力テストのためにワザと不良に絡まれて・・・正当防衛を理由に滅茶苦茶しているらしいぞ
―――・・・・しかも復讐されないように徹底的にらしい
―――街のあちこち・・・・自販機の下とか電柱にうまくカモフラージュされた武器を隠しているって後輩に聞いたことがある・・・・
―――いや、それはさすがに嘘だろ
―――・・・マジだった。ガラの悪いのに絡まれてた女の子がさ、人気がないところで嬉々として壁から銃みたいな謎の武器で多数の不良を返り討ちに・・・
―――・・・怖いな
―――ああ、付近の学校ではナンパ及びカツアゲは連中の“カモ”にされるから気をつけるようにって・・・・娘が学校の全体集会で説明されたらしい
―――まさか学校側から『カツアゲする相手を間違えるな』と説明されるなんて・・・
―――『奴等は状況の分かっていないハムスターを演じているが、実はブートキャンプをやり始めたような皇帝ペンギンのようだ』
―――何故それを!?
―――息子がな・・・・・見た目に騙されて返り討ちに――――全治二週間の入院さ
―――・・・・警察沙汰?
―――見滝原は金持ちな学校だ。意味は・・・分かるな?
―――怖!?
―――その日を境に息子は更生した。感謝すべきかどうか悩みどころだが・・・正直関わりたくない
―――確かに、しっかしあのバケツえらく猫背だな・・・なんかあったのかな?
―――まるで皆の前で自前のポエムをつい口走ってしまったような・・・・・・ごふっ、古傷が開いたァ!
―――過去の黒歴史を自ら暴露してしまったかのような落ち込みよう・・・・あれ、泣けてきたっ

そんな周囲の話題の中心である彼女達、まどかとほむらはそれらを気にすることなく、気にしないようにしながら、自分達の真ん中を猫背で歩くバケツを被った人物に優しく、かつ慰めるように声をかけていく。

「えっと・・・・げ、元気出して“さやか”ちゃん」

見滝原中学校女子の制服を身にまとったバケツ人間、その正体は生身で友人を魔女から庇える正義の・・・否、本物の勇気を持つ優しい少女、美樹さやかだった。
青々としたバケツを頭からかぶり、本人は足下しか見えないが周りの視線は釘付けにする斬新なファッションで呪い・・・・じゃなくて後悔と絶望を吐露する。

「ふ、ふふふっ、みんなの前であたしってば恭介を・・・・・・・ほんとバカ」
「み、美樹さんフラグを立てないでっ」
「フラグ?あたしの恭介ルートは途絶えたわ、これからはバケツとして見滝原清掃プロジェクトの美化活動に励むことにするから・・・中学生生活もここまでね」
「あわわわわッ、さやかちゃんえっとねっ、あのねっ、え~とっ、あれだよ!さやかちゃんがやったのは介護だよ!」
「かい・・・ご?」

ピクリと、謎の猫背バケツ女と化した美樹さやかが反応を示す。
それを、そのチャンスを逃さぬようにまどかは畳みかけるように思いついた単語を喋り続けた。

「そうだよ介護だよ!食事介助に入浴介助、清拭介助に口腔ケア、一般的にADLと呼ばれる介助と同じことを上条君の為にしただけで何も変なことはしてないよ!」
「え・・・・・?じゃあ、あたしは大丈夫?まだ生きていていいの?」
「美樹さん何を言って―――」
「バケツにならなくていいの?」
「お願い美樹さん早く帰ってきてっ、貴女がいないとツッコミが追いつかないの・・・貴女までそっちに行ってしまったら私はクラスでどうすればいいのっ」

切実なる叫びがここにはあった。ただでさえクラスメイトがクラスメイトなのだ。少しでも同族(ツッコミ)はほしい。あの集団の中でツッコミに分類されるのはキツイ。まだしも慣れないボケを担う方が楽だ。ボケとツッコミの対比が24対1ぐらいあるのだからかなり疲れる。これ以上の戦力低下は困る。美樹さやかはただでさえボケに半分足を突っ込んでいるのだから。
・・・・・・これまでの時間軸では明らかにボケ担当だった記憶があるがこの時間軸・・・・あの男が言うには世界線というのか、ともかく美樹さやかは奇跡的に常識人でありギリギリ此方側のはずだ。彼女はツッコミのはずだっ。恐ろしい事にまどかでさえボケ担当かもしれないのだ・・・・・美樹さん、私はもう一人ぼっちは嫌だよ?

「い、いいの?あたしバケツ脱いでもいいの?」
「いいんだよ。もう、いいんだよ」
「ま、まとかぁ・・・」
「うん、明日病院にバケツを返しに行こうね美樹さん」
「ありがとうほむら、あたしもう少しだけがんばってみるよっ」

そう言って無断拝借してきたバケツを脱いだ美樹さやかは・・・・・・その場に崩れ落ちた。

「いや・・・うん。あたしは何をやっていたんだろうかって言うかもうほんとにありえないって・・・・(_ _|||)」
「ああっ、さやかちゃんが復帰しかけていたけどやっぱり無理っぽい!?」
「えっと、美樹さん・・・・・?」
「ぱ――――」
「「ぱ?」」
「・・・・・はふぅ」
「「言いかけて何も言わないのは重症だ!?」」

往来で四つん這いになる友達をまどかは必死になって、それこそ普段は使わない偶々知っていた言葉や知識を総動員し親友を奮い立たせようとした。ほむらは・・・・いつもの、これまでならそのまま放置で構わなかったがこの世界線での出来事、昨日の件から目の前の友達をまどか同様に大切な人として放っておくことができない。
人々の行きかう往来で醜態を晒す友人を気にかける二人・・・・・普段なら無理やりにでもさやかを起こし、その場を離れるという選択を取っていたはずだ。が、今日は既に今以上の醜態を美樹さやかは晒していたので常識という枷が二人ともやや緩くなっていた。この程度は気にしない・・・と。
また理由はそれだけではない。まどかはさやかの腕を取って宥めながら立たせようとし、ほむらはさやかの背を摩りながら励ます。美樹さやか、先程の話と関係するが彼女は本日想い人である上条恭介のお見舞いでフラグを自ら圧し折った可能性がある・・・恋という感情に疎いとはいえ二人も思春期の女の子。盛大なる自爆とはいえ放っておけるはずがなかった。

「えっと、美樹さん大丈夫だよ。上条君はその・・・幼馴染でしょ?」
「うん・・・・ρ(・ω・、)」
「っ!!?どうしようっ・・・」
「ほむらちゃん?」
「落ち込んでいる美樹さんが可愛い・・・」
「しっかりと最後まで励まそうよっ!?」
「でも上条君は美樹さんの好意に気づいていなくて」
「はう!?」
「今回の件で好感度は確実に下がって」
「ひぐっ!」
「そもそも鈍いのにいろんな女の子からモテて」
「う、ううっ!?」
「それもいろんなジャンルに対応」
「!!!」
「この場合幼馴染と言うポジションは噛ませ犬である可能性が高い」
「ガガガ━Σ(ll゚ω゚ll)━ン!!!」
「第一上条君って美樹さんの事を異性として・・・意識してるのかな?」
「.∵・(゚Д゚)ごふっ!」
「ほ、ほむらちゃん、もうその辺で許してあげてよぉ・・・・」
「え?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・( 〇□〇)」アタシッテホントバカー

まどかに抱えられたまま、口から大切なもの・・・・・魂のようなものが抜けかけた状態の美樹さやかがいた。
ほむらは無意識に自分が発してしまった言葉を頭の中で反芻し、ついでに今までの時間軸・・・世界線での美樹さやかと上条恭介の関係を思い返して・・・・・

「美樹さん可愛いっ」
「ほむらちゃーーーん!?」

暁美ほむらは軽く現実逃避した。理解及び慰めの言葉が見つからず半ばやけくそ気味に叫んでいた。
今のさやかを放っておけるはずがなかったのだが、今までの繰り返しの経験がほむらの(さやかの恋の行方に対しての)意気込みと言うか応援と言うか、その辺の気持ちを薄くしてしまう。
っと、言うのもさやかに対する嫌がらせとか気にくわないとかではない。むしろ彼女には恋愛に関してはうまくいってほしいと今まで何度も何度もほむら自身願ってきた。それは昨日の件があったから生まれた感情ではなく、ずっと前からあった本心だ。
ただ、ほむらが記憶する限り美樹さやかと上条恭介が恋人同士になったのを・・・ほむらは観測した事がない。一度もだ。むしろその逆で、いつも彼女はそれが原因で『死んでいく』。想い人のために祈り願い契約し魔法少女になり、そして絶望し魔女となって世界を、自分を呪い死んでいく。
だからだろうか、素直に応援することができない。何度も同じ結果を見続けてきて・・・・ある意味、ほむらの方が心を折られているのかもしれない。その恋が叶うことはないんだと。


知っている岡部倫太郎に言わせれば暁美ほむらも、美樹さやかも周りを、後になって―――――『観測』『可能性』・・・美樹さやかと暁美ほむらは上条恭介を、岡部倫太郎が牧瀬紅莉栖を―――――・・・それをほむらが知るのはもう少し後になってからだ。


「もうっ、駄目だよほむらちゃん」
「ごめんなさい・・・・」

まどかの注意に素直に詫びるほむら。確かに無神経だったかもしれない。この世界にはあまりにもイレギュラーが多いのだから。
美樹さやかや志筑仁美、そして上条恭介が今までとは違った選択をする可能性が絶対にないとは言えない。

「そうだよね、きっと奇跡もあるよねっ」
「きせき・・・・奇跡に頼るしかないんだぁ(っω`-。)」ぐすっ
「あ」
「さやかちゃんしっかりして!も、もうほむらちゃん、どうして的確にえぐっちゃうのぉっ」
「ご、ごめんなさい美樹さんっ、悪気はなくてただ思った事が口から勝手に零れて――――!」
「それ本心じゃん?ふふ・・・まあ当然かな?フラグを自ら圧し折るなんてほんと・・・・バカ」がくり
「美樹さーん!?」

まるで死にゆく戦士のように体から力が抜けていくさやかにほむらは叫ぶ。
取り乱すほむら、意気消沈するさやか、そんな二人を見かねたまどかは宣言する。

「もう大丈夫だってさやかちゃん!上条君はあの程度気にしないよ!いまさらだよ!」
「だってっ、だってあたし恭介を―――!」
「ADL介助でしょ!大丈夫だよ、それくらい幼馴染なら普通だもん!いままだってさやかちゃん達は口腔ケアすら素で行う豪の者でしょっ!」

―――・・・・ま、まさか幻の『ハブラシプレイ』か!?
―――知っているのか!?

外野からのざわめく気配に気づくことなく彼女達の痴態は続いていく。

「そ、それももう許してぇ・・・」
「まどか。それは言わない方が―――」
「そ、そうだよ、まどかだって岡部さんを相手にっ、あたしが恭介にしたことなんて・・・できるはずが―――」
「できる!」
「「!?」」
「それを証明するよ・・・・私は今日――――オカリンのお髭を剃る!」
「・・・・・・・・・ひげ?」
「うん!髭剃りだってADL介助の一つ・・・なんならさやかちゃんみたいに着替えを手伝ってもいいよ!」

大声で、人通りの多い場所で一大決心したまどか。

「え、本気なのまどか?だって―――」
「さやかちゃんは上条君の着替えを手伝った事くらいあるでしょッ」
「それは・・・・あるけど、でも小さい頃だよ?」
「それでもある、今回もただそれだけだよ。そもそも歯磨きプレイまでしといて・・・・人間いつか介護は必要になるんだから大丈夫だよっ」
「プレイって言っちゃった・・・」
「そ、そうかな?そういうものかな?」
「きっとそうだよっ、それに加え私はもう一歩踏み込んでお髭も剃るから、さやかちゃん・・・・ちゃんと見ててねっ」
「え・・・?あ、うん?」
「私頑張るからねっ」
「う・・・ん?大丈夫なのか・・・な?なんか大丈夫な気がしてきたような・・・」
「その調子だよさやかちゃん!ADL大丈夫!」
「ADL・・・・うん、大丈夫!」

沈んでいた気持ちが浮上し、支えられていた体に力が戻ってきた美樹さやか。
うまくいったと、己の言葉の異常さに気づくことなく大声で宣言する鹿目まどか。
まどかとさやか、二人の中学生は顔を揃え手を天に伸ばし勇気の出る魔法の言葉を叫ぶ。

「「ADL!大丈夫!えいっ、えいっ、オー!!」」

その様子を、一歩離れた所から見ていたほむらはさらに数歩引いた。気持ちと共に。周りの視線は増えて・・・彼女達に向けられる視線には憐みと気の毒さが宿っていた。
それを批難出来ないのがまた辛い。弁護も出来ない。ちなみにADLは日常生活動作という意味だ。まどかの言うADL介助は日常生活介助の意味だ。本編とはまるで関係ない豆知識。

「よーしっ、そんじゃ気を取り直して買い物してから今日もラボに行こうか!岡部さんとあの子からいろんな話しが聞けるしね!」
「・・・今日も詳しい話を聞けるのかな」
「昨日は途中で寝ちゃったけど今日は大丈夫だよっ・・・・オカリン、全部話してくれるかなぁ」

まどかのその声には不安があった。恐らくだが彼女は気にしているのは岡部の右腕の呪いだ。と、ほむらは思った。
その予想は当たっていて、また・・・・まどかの不安も的中する。的中している。まどかの不安。きっと岡部は様々なことを教えてくれるはずだ。魔女に魔法少女、キュウべぇや魔法、それに携帯電話の機能のことも。だけど右腕の呪いの事は・・・話してくれないんじゃないかと思っている。

実際に岡部はまどか達に真実は伝えない。呪いが日々岡部倫太郎を食らい、刻一刻と死に近づけているなんて・・・岡部倫太郎が教えるはずがない。

「はっ!?」
「へぶん!?」
「美樹さん!?」

さやかの腕を取っていたまどかが突然何かを受信しその手を離す。すると当然のことながらまどかに体重を預けていたさやかは重力に引かれ地面に再び落下・・・顔から。

「お、おおうっ!?」

鼻を押さえながら悶えるさやかにまどは見向きもしない。普段の彼女なら何らかの反応を、それこそ身を案じ、謝罪し、原因を説明しているはずだが――――

「・・・・・・」

周りをキョロキョロと、まるで何かを、誰かを探している。そして――――

「美樹さん大丈夫っ」
「じ、地味に痛いっ・・・もう、まどか急にどうし――――」
「あの人―――――」
「まどか?」

さやかの声にまどかはポツリと、無意識に零れた言葉。その言葉にほむらとさやかは視線を追って―――そこには見覚えのある金髪の少女がいた。
ユウリ。そう自己紹介された命の恩人。魔法少女で今はラボに・・・と思ったが目の前にいる。彼女はこちらには気づいていないようでそのまま小さな喫茶店へと踏み込んでいった。そう、踏み込んでいった、表現がやや硬いと言っていいのかは分からないが、概ねそんな感じがしたのだ。
さやかとほむらから見てどうやら彼女“達”は急いで、慌ただしく、駆け込むように入店していったからだ。

「今のって・・・ユウリさん?」
「だよね?」
「・・・」

ほむらとさやかは今見た人物が自分達の知っている人と同一人物か確認し合った。
確認し、理解し、思考し、自分と照らし合わせて・・・再びさやかは崩れ落ちた。

「ふふ、そうか・・・あたしと違って幸せになるんだよ」がくり
「美樹さんしっかりっ」

目の前の光景にさやかは憧憬を・・・尊敬や憧れを抱いたまま自分との違いに、その差を突きつけられて・・・がくりと顔を伏せる。
自分は今日、想い人とのフラグを圧し折ってしまったかもしれない、それに比べてさすが(?)魔法少女、彼女は“彼氏”と共にオシャレな喫茶店でティーブレイク・・・

「ユウリさん、彼氏いたんだね」
「いいなぁ・・・それに比べてあたしったら・・・」

そう、二人の視界に移ったユウリは同じ年頃の男の子に手を引かれてお店の中に入って行ったのだ。彼女の表情は見えなかったが、しっかりとその手は繋がれていた。
年頃の男女が手を繋いでだ。ユウリの性格からして誰とでも手を繋ぐような、それも異性と繋ぐような感じはしない。知り合って間もないので真実は知らないが・・・そういうことだろうと彼女達は予想した。

「いいなぁ・・・」
「美樹さん・・・」

魔法少女に“彼氏”がいた。別にそれはおかしなことではないが意外に感じた。ほむらは今までそんな魔法少女を見た事がないし、短い時間を共にしただけだが彼女は自分と同じだと思っていたから余計にそう思う。
ユウリと自己紹介した彼女には何か目的があり、そこには恋愛、その他に構っている暇はないと、そんな冷たい意思が感じられた。ほむらは短い時間で人間の思考や感情を読めるような人間じゃない、むしろ関心がなく相手の想いなど考慮しなかった。関係なかった。そんな彼女だからこそ・・・ユウリのことが分かった。感じる事ができた。同じなんだと。

“目的のために寄り道をしている場合じゃない”。

(そう思ったけど・・・違うのか・・な?)

よくよく思い返せば彼女は自分とは違い感情を表に解放していた。解放じゃなくて開放・・・?どっちでもいい、とにかく自分と違い冷たくとも激しく、暗くとも過激に、皆の前ではともかくあの男・・・岡部倫太郎の前では感情を顕にしていた。

(勘違いだっただけ?でも確かに――――)

暗くて、危ない、諦めとか・・・絶望を彼女から感じた。それも自分と類似した何かを。勘違いだったかもしれない、自分にそんな観察眼があるとは思えない、だけどたしかに彼女からは同族嫌悪にも似た負と、同族意識のような信頼を・・・

(私って嫌な人間だ・・・)

自己嫌悪。今抱いている感情はそういうものだろう・・・何を期待しているのか。自分と同じ人間がいる、同じように辛く、悲しく、不幸な存在がいる。
それが、それで少なからず安堵し、歓喜している。同じような人間がいる事で安心し、自分一人だけじゃないと幸福を感じている。場違いな、ある意味不幸な存在を歓迎するような・・・その痛みと悲しみを知っていながら。
程度には差があれど誰にだって似たような感情を抱いたことはあるはずだ。だけど理性がそれは醜いものだと訴える。分かっている。だから嫌悪している。自分を・・・まして今の暁美ほむらは――――


―――諦めたのか


「ッ」

岡部倫太郎の言葉を思い出す。

(そんなわけない。そんなはずがないっ・・・・・)

きつく、拳を握る。

「ふぅ・・・」
「ほむら?」
「ううん、なんでもないよ美樹さん。えっと・・・まどか、邪魔しちゃ悪いからもう行こう」
「・・・・・」
「まどか?」

なんとか気持ちを落ち着かせ、さやかを支えながら、なんとか立たせたほむらはまどかに声をかけるが返事がない。
最初から変だった。友達のさやかを突然手放しそのまま放置・・・まどからしくない。
彼女はずっとユウリが入って行ったお店の入口に視線を注いでいる。ぼんやりと、幻を、夢を見ているような、心ここにあらず、と言うように。

「まどか?」
「ちょっとまどかっ、大丈夫?ま・ど・かッ」
「え・・・?きゃっ!?な、なにさやかちゃん?」

まどかは驚いていた。放心していて、自分がぼんやりしていた事も、さやか達に声をかけられていたことにもまったく気づいていなかった。

「いや、痛かったんだけど・・・・まあいいや、それでどうしたの?」
「ほへ!?え、えっとなにがかな!?別にどうもしないし何でもないよっ!?うん、今日も元気一発ガンヴァレル!」
「「・・・・・・・」」
「あ、あははははは・・・」

二人の前でまどかは赤くなった顔を誤魔化すように意味の解らない言葉を叫びだし腕を振り上げるが・・・余計心配される。

「えっと、まどか?」
「な、なにかなほむらちゃんっ、なんでもないしなにもないよ!」
「まどか、何か気になることでもあったの?喫茶店に――」
「な、なんでもないよっ、あの男の子とか別に見てないよ!」
「ユウリさんがいたけど―――え?」
「え、ユウリちゃん?」
「「え?」」
「え?」

なにか、会話が、話が、“対象”が重なっていない。

「「「・・・・・・・?」」」

沈黙が一瞬。

「はう!?」
「「ま、まどか?」」

さやかとほむらが、何やら墓穴を掘ったまどかに恐る恐る声をかけて―――

「あ、あ・・・あう」

顔は赤くなり、両手はあたふたと空をさまよい言葉ははっきりとせず、まどかは混乱に陥る。
しかしそれでも、混乱に満ちた頭は状況を打破しようと、混乱したまま迷走したまま今やるべき行動を導き出した。
まどかは真っ直ぐにユウリが入店していった喫茶店を指さし何かを誤魔化すように提案する。

「あ、あっちの喫茶店で少しお茶していこう!!」
「え?」
「まどか、あんたいったいどうしちゃ―――」
「ほら急ごう!」
「え?」
「まどか?」
「ほら早く速く吐くー!」
「「吐くの!?」」

混乱したまどかは二人の背を押して喫茶店の入口に駆け込む。さやかは、そしてほむらも理解した。ユウリではなく、その隣にいた男の子をまどかは意識している。それもユウリの存在に気づかないほどに。
さやかは友人の意外な行動に戸惑いながらも面白そうだと思った。
ほむらはまたイレギュラーが現れたのかと戸惑いながら、まどかを誑かす存在ならどうやって爆破しようかと考えた。
まどかは初めてみた少年が何故か気になって、いてもたってもいられなかった。

そして三人は喫茶店で一組のカップルの会話の様子をそれぞれ思い思いの感情で観察してみた。

ユウリと少年の会話を―――――杏里あいりと岡部倫太郎の会話を。










χ世界線0.091015



数時間前。

音爆弾による広域被害により学校は一時騒然としたが数分後には皆が落ち着き・・・しかしさすがに体調は芳しくないので休校となった。表向きは。
警察が採用を検討するほどの音爆弾だが彼等は日々実験を繰り返す見滝原中学校の住人、さすがに二度目だととっさの防御には感心できる動きがあった。生存本能が瞬時に働き被害を最小限に押しとどめたのだ。
例えば音が建物内で反響しないようにとっさに窓を開けたり、突然の出来事でも身を隠すように壁や机、例え小さくともダメージをできるだけ減らすために鞄の後ろなどに跳び込んだり耳を塞ぎ歯を食いしばったりして身体への影響を防ぐ。
故にやろうと思えば全員が授業に参加できるだけのタフネスがあったわけだが・・・世間の目を気にする学校は『一応、普通は精密検査が必要なアクシデントはあったし休校ぐらいにはしないとマズイよね?』的な感覚で休校にした。
あの中学校の生徒ってなに?と、周りからの注目をできるだけ減らし今さらだが少しでも本校の生徒に人間味を感じさせようと足掻く学校側の配慮だ。

ちなみに爆心地である鹿目まどかはさすがに影響が大きかったのか爆発前にあった出来事を幸いなことに忘れている。記憶が跳んでいる。
ならばと皆は記憶が蘇る前に、それを思い出すきっかけを与えぬように別の大きな事象で今回の件を上書きしようと行動を起こした。



その結果、一人の少年が涙を流す結果になる。とある少女―――美樹さやかも。




「ねぇ、さやか」

どうして、こんなことになってしまったんだろうか・・・・・。

「さやかは・・・・僕の事を苛めているの?」

彼女は、美樹さやかは僕の幼なじみで・・・・大切な女の子だ。だからほんとはこんなこと言いたくないし、言う気もなかった。
だけど自然にその言葉は自分の口から洩れて・・・・目の前にいた彼女の耳に届いた。いつもの僕なら絶対にそんなことは言わなかったはずのその言葉。
でも、彼女を傷つけるかもしれないその言葉は今の僕の心境では止められないし、その言葉を吐いたことに後ろめたさは特に感じなかった。
だってそれは僕の本音だから、何度も僕の為にお見舞いに来てくれる優しいさやか、僕を元気づけるために希少価値の高いCDを探してきてくれるさやか、僕はそんな彼女が・・・僕を苛めているとしか思えないから。

「え・・・・?ちがう・・・っ、あたしそんなんじゃっ」
「じゃあ・・・何で分かってくれないんだよ!」

声を荒げてさやかを責める。自分の為にお見舞いに来てくれた・・・・それも女の子に、例え長い入院生活で気が滅入っていたとしても・・・・最低だと思う。いや・・・・そんなことはないはずだ。今の僕にはさやかを責めても誰にも文句は言えない筈だ。

「だって・・・っ」
「いいかげんにしてくれよ!」

だって・・・だってさ、辛いんだよ。ねぇ・・・さやか、君は僕がどれだけ傷ついたか、傷ついているか理解しているかい?
分からないだろうね、だって君は僕がさっきから訴えっているのに耳をかそうとしないんだから・・・・。

「あ、あたしはただ――――!」

本当に辛いんだ。他でもない、さやかに――――どうしてこんな気持ちにさせられるんだ。







「恭介が本当に男かどうかを調べたいだけなの!」(`・ω・´)キリッ
「だから僕は男だよ!」Σ( ̄ロ ̄lll) 







さやか、君は僕の幼なじみだよね?まさかここにきて性別を疑われるとは思わなかったよ

「落ち着いてさやかちゃん。上条く・・・・上条ちゃんも困ってるよっ」
「“君”でいいんだよっ、なんで“ちゃん”に言い換えたの!?」

鹿目さん、君も僕の友達だよね!?


とある病院のそれなりに大きな個室での出来事


みなさんこんにちは。僕の名前は上条恭介。目の前で何をとち狂ったのか人のベットの上で・・・・・・じりじりと距離を詰めながら人の病衣を脱がそうと手を伸ばす美樹さやかの幼なじみです。
いや、ほんとうにどうしたんでしょうか僕の幼なじみ?普段の彼女らしかぬ行動です。思わず語気を荒げてしまいました。でも仕方がないのです、なにせクラスの皆の前で服を脱がされそうになっているのですから・・・・。

――――カメラの準備オッケー!
――――証明もう少し赤!ピンクすぎるよ何やってんの!
――――とりあえず次の見周りまでの時間に猶予はあるな
――――え~と、後足りないのはBGM?
――――あれ・・・・前に持ってきたエロ本が無い!?
――――マイクテスト完了・・・っと
――――ジュース全員分ある~?
――――メロンおいしい・・・夕張かっ
――――・・・・・また負けた
――――いや~ジオング強よいな
――――ほむらさんは専用機ってあんの?
――――レグナント
――――使えんの!!?

人の病室で自由だな君達・・・・・・冷静に客観的に見ると集団の前で脱がされるのって酷いイジメじゃないのかな?

「だ、大丈夫だよ恭介!い、痛くしないからっ」
「お願いださやか、最初からもう一度説明してほしんだけど・・・三行で」

そして正気に戻ってほしい。目が漫画のようにグルグル回っているし鼻息も荒い・・・・一体彼女に何があったのだろうか。
家族のような彼女にこんな言い方はしたくはないけど基本的にさやかは・・・・・ちょっとおバカだからきっと“また”クラスのみんなから変な影響を受けたんだと思う。
クラスの皆といえば・・・・・なぜか僕とさやかに向けて撮影の準備に入っていてビデオカメラを構える者、レフ板を掲げる者、照明を担当する者、入口を見張る者、周りに支持を出す者・・・・志筑さん?あと僕達の会話を文章に残そうとする書記・・・・筆記(?)の人が数名、一体何が始めるのでしょうか・・・。

「恭介の性別を確かめるために!幼なじみのあたしが!責任を持って恭介を脱がす!」
「そこに至るまでの過程に何があったの!?や、やめてよさやか―――!」
「だ、だだだだ大丈夫だよ恭介!あ、あたしも初めてだけど頑張るから――――あ、ほら小さい頃何度か着替えさせたことあるから・・・・・大丈夫・・・だよ?」

艶っぽく頬を染めるさやかに一瞬ドキッとした僕だけど、その一瞬後には別の理由でドキッとした。
すでにビデオは廻っていて筆記の手は動いている。何が始まるのか――――僕の痴態が映像として残り過去の黒歴史が記録に残ろうとしているのだ。
そしてそれは来るべき日に同人となって世界に配信される・・・・それは約束された運命だ、僕のクラスメイトはその辺に関しては容赦がない。

「お願いだよさやか!こんなことやめてくれっ・・・・・いつものさやかに戻ってよ!」

――――そう言って瞳に涙を浮かべるも、彼女に想いは伝わらず、彼女の手はそっと僕の病衣に手をかけ結び目を解いていく
――――口ではやめてと叫ぶが確かにこの瞬間・・・・期待していなかったと言ったら嘘になる
――――そう、僕はいつしか幼なじみの彼女に

「勝手に事実を捏造するのはやめてくれ!」

筆記の連中が役割を放棄し捏造された事実を残そうとしている。まさかクラスメイトをネタにした官能小説を書くとは・・・・・・・・いつも通りの外道共だ。
残念ながらこれが僕のクラスメイトで―――――

「恭介がいやいやながらも期待していないでもない!?」

周りに影響されて僕の病衣を脱がし始めたのが残念ながら僕の幼なじみだ。
今のさやかは混乱していて周りの情報をなんでもかんでも鵜呑みにしている状態・・・・まずい、今の僕は片手が怪我をしていてリハビリが必要な、動かせないからさやかの暴挙を完全にガードできない。
しかし一体全体どういういきさつでこの事態にまで発展したんだろうか・・・・お願いだから誰か説明してください。

「説明しよう」
「教授!」
「さやか嬢も今はストップ、彼・・・・いや彼女?にも説明が必要だろう」
「え・・・?うん分かった!さやか――――待つ」

教授ことウォルフラム・フォン・ジーバス。外国の血を引くイケメンで頭脳もかなり高いクラスメイトなのだが、残念ながらパンツに並々ならぬ情熱を抱く彼は変態だ・・・・・違った。正確にはパンツ本体ではなくパンツを脱がすことに情熱を掲げる生粋の変態だった。
そんなパンツな彼だが今の僕には心強い信頼できる味方の様だ。まさか彼に感謝する日がくるとは人生って分からない。あと、さやかの受け答えが怪しい。早く正気に戻ってくれないかなぁ・・・・。

「原因は・・・・・そう、『上条って男の子より女の子だった場合の方が存在に納得がいくよね?』的な会話だと思われる」
「誰だそんなことを言った奴は!?」
「ちなみに反論する者は特にいなかった」
「なんだって!?」

視線を周りに向ければ全員が顔を逸らした。どうゆうことだクラスメイト、僕等のこれまでの付き合いが塗り替えられようとしているぞ。

「正確にはさやか嬢やまどか嬢、転校生のほむほむ嬢――――」
「ほむら」
「ほむ嬢は一言二言はあったがそれだけだ」
「そういえば見かけない顔だよ・・・ね?」
「転校生の・・・・暁美ほむらです」

なぜだろうか、本来なら盛り上がる転校生ってイベントが・・・・・・・・とても小さな出来事になってしまっているような・・・・・。
いいのか僕のクラス、長髪の黒髪を二本のおさげにしているメガネの少女という希少価値が高い外から来たまだ腐っていない女の子・・・・・じゃなくて染まっていない子が・・・・まだ純粋の子が今回の件で歪んだ存在になってしまったら親御さんにどう説明するんだ・・・・・きっとどうもしないなこのクラス。
暁美さんは鹿目さんと腕を組んで思案顔で僕等の様子を窺っている。ちなみに鹿目さんとも僕はそれなりに交友があったりする。女の子だがさやかを中心に夏休みの宿題を集まって三人一緒にやったりと仲は悪くないと自信を持って言える。おかげでさやかに関する黒歴史を多々知られているが・・・・・。
一応彼女はクラスのなかでは常識人ではあるけれど油断はできない。普段は大人しめの性格で悪く言えば引っ込み思案の女の子・・・・過去にはそんな時期もありました。鹿目さんは幼なじみらしい鳳凰院先生が見滝原中学校に務めるようになってから微妙に―――――“危ない”。
何が危ないって・・・・・彼女は鳳凰院先生と何かあると連帯責任で僕にも矛先が向く。直接的ではないが「幼馴染」という属性を持つ僕とさやかに何らかの何かがあるのだ。
相談や愚痴ならまだいい、僕だってさやかに言えないこと、聞けない事を彼女に相談したことはあるし、きっとさやかもそうだろう。僕達は友達だ―――だからそれはかまわない。彼女が鳳凰院先生について相談があれば聞くし話すつもりだ・・・・拒否する理由はないしそんなことすれば・・・・・・・・・

「顔が青いがどうした?」
「はっ!?誰かに笑顔のままこの世の物とは思えない不思議グルメの味見を24時間耐久コース休み無しで強制参加させられていたような!!?」
「上条・・・・・いや上嬢、疲れているのか?」
「原因の大部分は君達だけどねっ」

残りの原因は・・・・いいや、やめよう。これ以上の検索は余計な心労を増やすだけで誰も幸せになれない。
視線をパンツ・・・・じゃなくて教授に向けてさっきまでの会話に戻す。

「それでどういうことさ」
「ふむ、その前に確認があるのだが君は自分の周りにいる異性について・・・・・・ん?異性?同性?この場合は女の子だが――――」
「じゃあ異性だよ!」

君は味方じゃなかったのか

「今はその言い分を信じよう・・・・何、いずれ真実はさやか嬢が紐解いてくれる」
「服を脱がせてか!?ほんとに何があったのさっ」
「・・・・・・・音爆弾が」
「は?」
「いや・・・・・せっかく記憶にないのだ。まどか嬢の記憶を刺激する必要もあるまい。まあ要約すれば―――――君の女性関係は普通の男子中学生ではありえないから実は女?という案が出た」
「意味が分からないんだけど・・・」
「筆記係が記録していたからこれを読むと良い」

手渡されたのはA4のノート。そこには恐らく原因の会話が記載されているはずで今回の騒動の解決への道も記されているはず・・・・・担当がクラスメイトなので信頼性が薄いが僕は必死に目を通した。
うわぁ・・・・うわあっ・・・・・、いつもクラスメイトの行動に頭を痛めてきたけど今回はかなり酷い。

―――上条って実は女だったりしてな
―――あ~・・・・それならまぁ、外に女友達が多くいてもいいよな?
―――むしろそうじゃないとおかしいだろ!
―――その場合上条君は家の都合で女の子なのに男の子として育てられたという設定が!
―――それなら私は上条君を・・・・上条ちゃんを愛せる!
―――誰だ!?
―――落ち着きなさいよあんた達、その場合男子は女子とプールの授業で一緒に着替えていた犯罪者よ・・・・通報のチャンス!?
―――この外道っ、嬉々として携帯に手を伸ばすな!
―――・・・・・そう言えばさ、上条って去年は一度もプールの授業でなかったよね?
―――あれか、女だったらもう裸ではもう出られないっ・・・・・みたいな?
―――はははっ、ありえねー・・・・・・・・・・・
―――・・・・・・
―――・・・・・・
―――・・・・・・
―――・・・・・・

―――ま、まさか!?

僕はノートを閉じた。

「君達ってバカなの?」
「まあ待て、続きを読むんだ」
「読みたくないなぁ・・・・」

ぱら、と再びノートをめくり続きに目を通す。

―――落ち着くんだっ・・・・その場合上条の着替えシーンにドキドキしてしまった俺は正常ってことだろ!?
―――お前が落ち着けぇ!
―――じ、実は俺も!
―――その場合私達は上条が男であることを希望する!
―――BLですね分かります

「誰だコイツ等!!」

一体誰の台詞なんだ!?・・・・皆が視線を合わせてくれなかった。うわぁ嫌だなぁもう読むのが怖くなってきた・・・・・。
書き込まれた文字列にも情熱を感じる。いやだなぁ・・・・

―――さやか・・・・・アンタ上条と幼馴染よね?
―――え・・・うんまあ
―――アイツって男?
―――男だよ!
―――その・・・・証拠は?
―――へ?証拠って言われても恭介は男で・・・
―――昔、一緒にお風呂とかで見たことないの?
―――はあ!?
―――それだ!さやか・・・・思い出すんだアイツとの思い出を!
―――いやいやなに言ってんのあんた達!
―――さやかよく聞いて、上条が女なら良いことがあるよ
―――は?
―――アイツが男だった場合は超鈍感男だが・・・・女だったら
―――お、女だったら?
―――■■と■■■しても■■で■■も■■できるよ
―――はぁ!?いやでもそれはっ
―――まあ男だった場合は本格的な■■■ができて■■もできるけど現状じゃ厳しいでしょ?
―――えぇ!?でもだけど恭介は・・・・
―――でも女の子だったら気兼ねなく■■■も■■■もそれに■■に■■■もできるわよ
―――きょ、恭介と■■に■■■!?
―――そうよ!
―――なるほど・・・・・・・ん?でも、あたし恭介と一緒に■■■ってあるや
―――ン何だとゴラァー!
―――上条テメエ・・・・!
―――うらやま・・・・・っ、いや――――やっぱりテメェ!!
―――過去とはいえ罪は重いぞ!だが・・・女だった場合は許す!

「この■は!?なんでほとんど塗りつぶされていて周りが殺気だっているの!?」

まさかとは思うけど・・・・・さやか、君はクラスの皆に黒歴史に近い何かを言ったんじゃないだろうね?
混乱しているのはわかるけど今の君が相手しているのは外道なんだから慎重に言葉を選んでいてくれ。

―――それで?さやかは決定的な証拠になる思い出はない?たとえば小さい頃に一緒にお風呂とか
―――一緒にお風呂・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・駄目ッ、湯気と言う名の乙女フィルターで恭介の【ディソード!】が【リアルブート!】できない・・・!
―――ちぃっ!

「言ってたァー!」

さやか・・・・君って奴は一体何を暴露しているんだよ。何年前の話をしているんだ――――・・・・・いや、ここは過去の出来事で鮮明な記憶に残っていなくてよかったと思えばいいのかな?
大丈夫・・・・だ!まだ僕は大丈夫だ・・・・・若干致命的な気がするけどまだ耐えられる!この程度はまだリカバリが効くっ、このレベルの黒歴史なら方向性は違うけどクラスメイトのみんなが持っていて、ある程度暴露合戦というかプライバシーなんか知るかの無断調査のすえ―――――このレベルを耐えられるってのも嫌だなぁ・・・・!

―――でも去年の夏休みにさやかちゃんと上条君って家族と一緒に■■にいかなかったっけ?たしか■■だったんでしょ?
―――上条テメェ男だったら絶対に丑の刻参りするからな!
―――毎日・・・!毎日通いつめてやる!

「この台詞鹿目さんだよね!?お願いだから不用意な発言をしないでくれ―――みんなが殺気だっているじゃないか」
「はぅっ、ごごごごめんね上条く・・・・ちゃん!」
「だから“君”でいいんだよ鹿目さん!」
「で、でも二人が“歯磨きっこ”したことは言ってないから――――っ」
「それは言っちゃ駄目ぇー!!」

いけない!さすがさやかの親友なだけあってほとんど暴露している・・・・・鹿目さんそれほとんど言っちゃっているからね?もしかして君も混乱しているの・・・・?あとザッ、と、書記を担当するクラスメイトの手に気合いが入ったのが気配で分かった。顔つきにも真剣で集中している気配が・・・・・・。
くそ、このままじゃ僕の黒歴史が次々と公開されて同人に・・・・・なんとか話題を変えなくちゃ――――だけどまさか最大の敵が外道のクラスメイトじゃなくて幼馴染とその親友だなんて厳しすぎる

「恭介っ、恭介!」
「な、なにかなさやか?僕は目の前の現実と折り合いをつけるために今は必死に考え事を―――」
「もう脱がしてもいい?」
「さやかーーーーーー!!?」

早く正気にって・・・・・もういい加減ツッコミに疲れてきたよ。
一応病人の僕になんてハードな運動をさせるんだ・・・・・しかも精神的疲労も半端無いし・・・・今日もぐっすりと眠れそうだ。強制的に。疲労で。

「上条早くしてくれ・・・・・早くし教えてくれないとお見舞いの品あげないぞ?」
「だから男だよ!それに脱がされるくらいならいらないよ!ちなみに・・・・中身はなに」
「暇つぶしの漫画、コープスパーティ」
「え?」
「俺はドラマCD、ひぐらしのなく頃に」
「ちょっと・・・・」
「俺がゲーム、かまいたちの夜」
「どいつもこいつも何故それをチョイスしたんだ!僕は一人病院で個室なんだぞ!」
「「「イヤイヤそんなっ」」」
「褒めてないからねっ」

あ、僕の手の届かない位置にラジカセをセットしないでくれ・・・・・あれだろ?夜中に自動で流れるように設定してあるんだろ!?やめてよ怖いじゃないか!

「私はカロリー豊富のお菓子!」
「私ピザ」
「僕はマック買ってきたよ」
「僕入院中で食事制限があるんだけど・・・・」

徹底された食事制限があるわけではないが、僕は一人で歩けるようになるためのリハビリも受けている。だからカロリーの取り過ぎには注意しなければならない・・・・・のだが、僕の病室にはいつもお菓子やケーキ、炭酸飲料水といった嗜好品の数々が多くある。
漫画やゲームも普通の個室には不釣り合いな大きな本棚に沢山詰め込まれている。原因はもちろんクラスメイトの彼等、僕がそれらを食べられないと知っていながら彼等は持ってくる。
目的はお見舞いと称した――――

「じゃあしょうがない―――――私達が食べよう」
「もったいないしね」
「ならばそれに便乗して」
「同じく」
「あ、桃缶発見!」
「俺のジオングが・・・・・ツダに負けた?」
「イヤッハー!!」

ただの宴会だ。この人数が収容できて、クーラーがタダで、冷蔵庫もあり物品の置場もある。皆で集まれて毎日騒げる場所が僕の病室だからだ。
とは言え、彼等が毎日ここに通っているわけじゃない。週に一回集まるかどうかで今回のように全員が来ることはほぼ無い。有ったら困る。
でもまあ・・・・悪くない。心の底から疲れることが多いけど一人でいることに比べたらずっとましだ。たまに泣きたくなるほどツッコミをいれることがあるけど。それでも気分が紛れるのは確かで、認めたくないけど僕は感謝している。
絶対に彼らには言わないけど、きっと言えば調子に乗って今以上に騒がしくなって病院側から出禁をくらっちゃうからね。

だから、僕はさやかに、家族のように接してくれる彼女にほんとうに感謝している。
さやかはなんだかんだと理由をつけて僕を元気付けようと誰よりも、それこそ両親よりも頻繁にお見舞いに来てくれる。
もちろん両親から冷遇されているわけじゃない。二人にだって仕事はあるし僕の入院費用を稼ぐために・・・・・だからこそ、さやかの存在に僕は感謝し、そんな彼女が幼馴染であることがとても嬉しい。
知っているかいさやか?僕はね、君にずっと感謝しているんだよ。

だからこそ―――

「もういい?いいよね?脱がすよ?」
「いいかげん正気に戻ってよぉ・・・・・」

涙が零れそうだ。お願いだから・・・・・・うわッ、まずい本格的に脱がしにかかってきたよ!?

「あ~・・・・・とりあえず撮っとくか」
「せっかくカメラ持ってきたしね」
「しかし今回はなかなかもどんねぇな美樹の奴」
「何が美樹をあそこまでさせるのか・・・」

「間違いなく君達が原因だからね!」

それでも、上条恭介の病室は見滝原病院で一番活気がって誰よりも騒いでいて楽しそうだった。
病室の近くを通り過ぎた患者は誰もが笑っていて、職員は苦笑しながら軽く注意をする。
厳しくは縛らない、だってその騒ぎには誰も迷惑はしておらず、むしろ楽しそうに見学しにくるものがいるくらいなのだから。
負の感情を溜めこまず発散することができるのだから。

「あたしは絶対に恭介を脱がせる幼馴染!」
「うん、正直にいらないよそんな幼馴染っ」
「恭介、あたしが恭介の分まで照れるから大丈夫だよ!」
「何か勘違いしてないかな!?」
「あたしは―――恭介を脱がす女になる!!」
「『海賊王になる!』みたいな言い方してもただの変態になってるよ!?」

急がなくては僕が脱がされるだけでなく彼女が取り返しのつかない変態として語りつかれる存在になってしまう。
大切な彼女にそんな思いをさせないために僕はもう一度声をかけようとして―――



「絶対に脱がせてみせる!そう――――本当のあたし達を始めるために!」
「僕達のこれまでを否定された!?」



さやか、いくら混乱してるからってそれは否定しないでよ・・・・ああもうっ、はやく正気に戻ってくれないかなぁ・・・!!
もう本気で疲れてきた。周りのメンツは呑気に笑っているけど正気に戻ったさやかはきっと明日学校を休んで僕にあたりにこないか心配だよ・・・・
鹿目さん・・・君も原因の一人なんだから問題の沈下に協力してよね。

「さやかちゃんそろそろ帰ってきてよ」
「美樹さん・・・・大丈夫?」

僕の視線の意図を読み取ってくれたのか鹿目さんが、それに続く形で暁美さんがさやかに駆け寄ってくる。

(そういえば・・・・)

こういうとき、この手の場面では同じ幼馴染属性の鳳凰院先生は僕のとばっちりで鹿目さんから尋問を受けることが多々あるけど見当たらない。こうやってクラス総出でお見舞い(?)に来てくれる場合は大抵一緒のはずなんだけどここにはいない。
一旦、本当に一時の間だろうがようやく別の事を考える時間を得た。だからここにはいない話題の人物にして鹿目さんの幼馴染の先生のことがふと頭に浮かんだ。

岡部倫太郎。鳳凰院凶真。今や学校中の人間が知っている狂気のマッドサイエンティストは―――何をしているのだろうか。

「えいッ」
「え?」

―――おおッ
―――わ、わぁっ

油断していた。一瞬の隙を付いて跳び込んできたさやかが僕の上半身の病衣を脱がせた。
男子、女子共に携帯のカメラを僕とさやかに合わせフラッシュを焚きまくる。
ほんの数瞬だが頭が真白になった、けど一瞬後には意識は復帰、現状に対し僕は――――

「ふ、へ?はっ、うわきゃああああああああああ!?」

不覚にも、あまりにも突然だったので素頓狂な、まるで女の子のような悲鳴をクラスメイトの前で上げてしまったのだった。

涙が零れたよ。中学二年にもなってこの醜態・・・・・・余談だけど、さやかが正気に戻ったのは彼女が僕の口にハブラシを突っ込んだ瞬間だった。

「え・・・?あれ?あたし・・・・・・へッ!?き、うわきゃああああああああああああ!?」

僕に続き彼女の叫びは大きく病院内に響いたのだった。
皆の騒ぎ声と悲鳴が原因で警備員が殺到、クラスの皆は逃げるようにバラバラになって退散していく。
一気に静かになった病室で、まるで暴漢にあったようなヨレヨレの病衣を着直しながら力なく声が漏れた。


「どうしてこうなった?」





同時刻

岡部倫太郎という人間はいろんなものと戦ってきている。魔女や運命、とある組織に自身の罪、世界の理に絶望、物理的であれ概念的であれ多くのモノと対峙してきた・・・・・・そして今も、日本国のある勢力と対峙していた。
その勢力はとても巨大で誰もが知っている、並大抵の神経では逆らおうとは思わない世界で知らぬ者無しの機関―――――

「俺は鳳凰院凶真、世界の均衡を崩す狂気のマッドサイエンティストだ!」
「隣の子との関係はなに?中学生よね?未成年者略取って言葉知ってる?」

その名も警察。国家機関である。

「いえあの、ほんと自分達はただの知り合いでして決して不純な繋がりとかでは・・・・はい、もうほんとですよやだなぁ」
「まだ学校の終わる時間には早いわよね。そうよねマッドサイエンティスト?」
「いえいえそんな自分は清く正しいただの普通のサイエンティストですから」
「それで白昼堂々と白衣を着て女子中学生の子を連れ歩いていると?」

ちなみに魔女と正面から戦える魔法少女といえども警察は怖い――――補導されるから。
あの巴マミや佐倉杏子と言った歴戦の戦士ですら彼等の影に怯え進行方向を変えるほどだ―――補導されるから。
ちなみに岡部は警察どころか国家規模の勢力と・・・・そもそも世界そのものとすら戦ったことはあるが時と場合によるものだ―――逮捕されるから。

「ふっ、ふふふふ」
「うふふふふ」
「フゥーハハハハハハハ!」
「ハハハハハハハ!」

岡部と警察官の声が重なりお昼頃の商店街に木霊する。

「ちょっと署までご同行願おうか?」
「ノゥ!?ユウリhelp!help me!ハリハリー!」
「・・・・・・」

警官に腕を捕られズルズルと引きずられていく岡部に冷めた視線を向けたままユウリはため息を零す。これで五回目か、と、何度目かの説明のためユウリは警官の元に心もち駆け足で向かう。
どうして私はこんなことをしているんだろうか・・・?幾度目かの自身への問いかけに答えもなく、ユウリはとりあえずこの問題の解決策を一つ思い浮かべながら岡部と警官の間に割って入った。


数分後


「差別だ!白衣ってだけで職務質問なんて科学者に対する差別・・・そうは思わないか?」
「・・・・・白昼堂々と白衣で街中を歩くのが科学者だと言うのなら、私はそんな人種とは仲良くしたくない」

誤解を解き岡部達はとりあえず近場のスタバで喉を潤している。思い返せば午前中はお互いいろいろあって喉が渇いていたので本格的なデート(?)前のハーフタイムとして一度休憩をとることにしたのだ。
岡部はコーヒー、ユウリはカフェモカ。あまり関係はないがユウリは思う。なぜスタバの飲み物はこんなにも高いのだろうか。中学生には厳しい、毎日の帰り道に通えるレベルではない。

「む?何を言うかと思えば、お前は今そんな俺に付き合って一緒に昼を共にしているではないか」
「ぶふぅ!?」

なんて、本気で関係ないことを考えていたら岡部からの「付き合って」の言葉に口に含んでいた中学生(少なくともユウリ)にとっては高い買い物であるスタバのカフェモカを噴きだしてしまった。

(つ、つつつつつきあう!?付き合うっていった!?あれ・・・・これってもうデート始まっているの?確かに一緒にお茶してるし男女一緒ならデートだけどまだホイッスルもパーン(?)も除夜の鐘(?)も聞こえてないからノーカンでだって私初めてでそんな順番とか順序とか礼儀とか作法とか分かんないし――――今こいつ「俺に付き合って」って言った!?もう私達はカップルでデートで私は中学生ででもでもちゃんと告白は断って・・・・・あれ?でも本番は夜だからでもでもでも――――!!?)

ユウリはずっと勘違いしていて、岡部はユウリを勘違いさせていることに気づかずのままだった。そして、そのままの状態で二人のデートは始まった。始まってしまった。相互理解、情報確認は大切なことだ。
岡部は夕食とFGMシリーズの材料を買うつもりで、ユウリは夜の本番、覚悟を決めるための・・・・それぞれすれ違った状態のままのデートを開始した。そんな勘違いすれ違い見当違いの二人だからこそ世界は刺客を送ってきたのかもしれない。

「君達、ちょっといいかな?」
「む?」
「君はともかく連れの子はまだ小学・・・・中学生だよね?まだ学校のはず、どういうことかな?君達の関係は?」

警察だった。警官だった。彼等は優秀だった。休日や下校時ならまだしも昼間に私服で出歩く見た目が幼いユウリがいればもちろん、それが白昼堂々と白衣姿の不審者の岡部と共にいれば・・・・・・・・・仕事の内だろう。治安維持、環境整備、彼等の職務は数多く存在し、まだ幼い少年少女が非行に、犯罪に関わるならば阻止する正義の味方なのだから。

「いや、あの自分達は――――」
「未成年者略取って言葉知ってる?」

警官からの聞き取りは免れない。
岡部とユウリのデートはそんなこんなで始まっていた。



閑話休題。



「あ~・・・あれだ、アタシの魔法を使おう」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・魔法?」

あまりにも、あまりにも落ち込んでいる岡部にユウリが提案を出してきた。
地面に膝をつき「の」の字を書き始めた岡部はユウリのほうに顔だけを向けて憔悴しきった瞳を――――

「お、男のくせに泣くなよっ」
「泣いてないわ!な、泣いてなんかッ、コレは世界の不条理に対し嘆きの涙を流しているだけだ!」
「な、泣いてるじゃないか!泣くなよっ・・・・・ほら、お前が泣いたらアタシまで悲しくなっちゃうだろ・・・・」
「このタイミングで指圧師(仮)がデレただと!?」
「っ!?デレてなんかないっ、変なこと言うなバカ!!」
「あ、ちょっ、大きな声はやめて警官が、国家権力が俺をとらえにきて世間が俺をロリコンと指さすからやめてっ」
「だいたい指圧師(仮)ってなんだ!アタシはユウリだ!」
「・・・それなんだが、お前は“飛鳥ユウリ”本人ではないのだろう、本当の名前は・・・」
「――――」

ユウリは、『あいり』は岡部の言葉に口を閉じる。岡部は知っている。本物の飛鳥ユウリを、優しい彼女を知っているのだ。だから偽物のあいりをユウリと呼ぶことを躊躇う。もちろん岡部はあいりを否定しているわけじゃない。ただ、彼女が飛鳥ユウリでないのなら本当の名前があるはずで、ラボメンとして迎えた彼女の名前を純粋に彼女の口から知りたいと思っての発言だ。
岡部はそう思っている。でもあいりには岡部が自分を責めているような、否定しているような気がした。自分はあまりにも優しいユウリからかけ離れているから。

「私は・・・」
「もちろん言いたくなければいい」
「・・・・・・でもっ」

何かに怯えるような、怖がっているような彼女に岡部は諭すように声をかける。

「お前が言いたくなった時でかまわない。だがお前はすでに未来ガジェット研究所のラボメン№05として飛鳥ユウリと共に我が灰色の脳細胞に登録されている」
「ユウリと・・」
「ああ、彼女もラボメンだ。その証こそ渡すことは出来なかったが・・・お前になら彼女の片翼にも相応しいだろう」
「かたよく・・・?」
「うむ。我がラボメンナンバーは二人で一つなのだ」
「なん・・・で?」

当然と言えば当然の疑問に――――今度は岡部が口を閉ざした。

「・・・」
「?」
「いや、その・・・・・・・」
「ん、言いたくなければ言わなくても良い・・・・よ」
「・・・・・・すまん」

ちなみに岡部の場合はシリアスな理由ではなく特に意味のない単純な理由なので言いづらいだけだったりする。そのあまりにも単純な理由の為に言いづらく躊躇う。だから岡部はユウリ(あいり)の言葉に感謝した。
また、あいりは岡部にも自分のように人には話せない事情があり、互いにそれを聞かない事で変な感じだが、とりあえず対等な立場で、そして会話の流れから自分はまだ否定、嫌われていないのだと思い安心した。

―――私じゃなくてユウリが嫌われなくて安心したんだからなっ!

心の中で自分にツッコム。言い聞かせるのを忘れない。勘違いしてはいけない。

「話を戻すが――――魔法を使うと言っていたが、それはお前の固有魔法か?」
「あ、うん。私の魔法には変身魔法がある」

そして、それでこの話は一旦終わりだと告げるように岡部は先程の提案について詳細を求めた。

「変身?姿形を変化させたり――――」
「銃とか服とかなんでもできる」
「その口調からすると他人にも・・・俺を対象に使えもするのか?ARのように外見を・・・・それとも質量そのものを改変、再構成するのか?―――――まて、まさか連携や合体などもできるのか!?」
「余裕だ。この私に不可能は――――・・・・うん?合体?ちが・・・・って、きゃあっ!!?」

急に、本当に唐突に岡部の目が少年のように輝きだしたのでユウリは戸惑った。思ったよりも食い付きが良かった。岡部はユウリに詰め寄るように顔を近づけてきたのでユウリはつい緊張もしたのかもしれない。反射的に、自分に近づいてきた男の顔に平手と悲鳴を叩きつけてしまった。
結果、その現場を目撃したこの国のこの見滝原のこの区画のこの警察は本当に優秀で迅速な対応をみせたのだった。




数分後


「あー・・・・なんだ」
「(。 。、 ) 」いじいじ

「う・・・・あ~、その、な、岡部倫太郎?」
「鳳凰院・・・・・凶真だ」
「えっと、凶真・・・?そんなに落ち込むなって、誤解は解けたんだし・・・ね?」
「・・・学校から出て七回も職質されたんだぞ?何故だ、登校時や下校時、休日なら白衣で歩いていても問題無かったのにどうして今日は短い時間に何度も何度も何度も―――」

それも、そろいもそろって未成年者略取だなんだと岡部をロリコン扱いしようとしていた今の時代、そのテの犯罪が増えていることは岡部とて知っているがあんまりだ。
白衣とは科学者、研究者にとっての聖なるユニホーム。いついかなる時にでも身につけその在り方を示すパーソナリティアイテムと言っても過言でもないというのに。この扱い断固として許す訳にはいかない・・・が、現状の岡部にはそれを打破する力はなくユウリの助けがなければそのまま交番までご同行コースだった。

(いや、この場合は彼女が幼すぎて俺とのアンバランス差が激しすぎて怪しまれたのかもしれんな)

きっとそのせいだ。白衣悪くない。と、無理矢理なプラス思考で鬱を打ち消す。岡部から見て目の前の飛鳥ユウリにそっくりな彼女は大抵の場合は目を吊り上げた険しい表情だが、ふとした瞬間に険しさがとれて・・・・その瞬間はとても幼く見える。
それが本来の岡部の知る飛鳥ユウリにそっくりで、その表情に哀愁を、いや・・・・まだ“そう”と決まったわけじゃない。『観測していない以上、全ての事象の可能性は無限』なのだ。
例え彼女が観測しても、美樹さやかの時のように、自分自身のように・・・世界を騙すことで結果を変える事ができる。

「はぁ・・・落ち込んでいても時間の無駄だしな」
「う、うんそうだぞ、時間は限られているしなっ」

とりあえず先の事は置いといて・・・本当はすぐにでも問い詰めたいが目の前の少女とて大切なラボメンとなったのだ。そして、そんな彼女が今はその話題に触れてほしくないようで、おまけに此方に気を使う。そんな彼女は落ち込む自分をなんとか励まそうとしていて、ならば大人な自分がいつまでもいじけていては恰好がつかない。

「夜まで時間もあるとはいえ、寄りたいところも多々あるし――――いいかげん急ぐか」
「え・・・・・・・・・・・・・・・・・・・よっ、よよよよよ夜ぅ!!?」
「うむ?」
「よ、夜ってなんだ!?いやそれよりもっ・・・・いやまてまて夜ってやっぱりお前本気なのか!?あ、あたしっ、わたしはまだでそのあの私はアタシ達昨日会ったばかりだぞ!!?」
「・・・・・・・問題があるのか?」
「はあ!?そんなのあるに決まってるだろ!いいか・・・こういうことはには順序があってお互いの事をよく知って認め合って分かりあってそれに、ふ、ふふふ触れ合ってから一歩一歩段階を徐々に上げながらすれ違いや勘違いでイベントを制覇して最後の最後まで一緒だったときにしか駄目なんだぞ!!」
「それはまた、ずいぶんと奥ゆかしいんだな、君は」
「んな!?」

ユウリは、自分は割と真剣に検討し言葉を選んで伝えたつもりだが相手の反応は薄い。その事にユウリは自分がそのテの事に関して遅れているのかと思った。今の若い子はそれぐらい当たり前で目の前の男は経験豊富でならば自分は心配することなく身を任せれば――――――!!?

「うがーーーーーーーーー!!!」
「うお!?」

ユウリは自分の頭の中で一瞬上映されかけた妄想を叫んで打ち消し、岡部は突然のユウリの雄叫びに驚く。

「な、なんだどうしたんだ?」
「なんでもないなんでもない!!」
「お、おうっ?しかし―――」
「うるさーい!なんでもないったらなんでもないんだ!!」

ユウリの突然の奇行に岡部は首を傾げる。どうやら彼女は今日の夜に“晩御飯を作ること”を、“手料理を振る舞うこと”を拒否している。と、岡部は思った。彼女の中では他人に手料理を振る舞うことは彼氏彼女のような関係、またはそれに近い付き合いをふんでからじゃないと駄目らしい。

(先は長そうだな・・・・しかし無理に頼むわけにはいかない。約束したとはいえ配慮に欠けていたのかもしれない・・・・・ふむ、では夕飯はどうするか?)

嫌がる相手に無理強いするわけにもいかない。岡部は晩御飯のあてが外れたことに頭を悩ます。マミが仲間になれば全てにおいて問題はないが、仲間になった当日に頼むのはおかしい・・・・かと言って『 絶 対 』にまどかに頼むわけにはいかない。一応フォローとして、まどかは料理ができないわけでも毎回『芋サイダー』なる摩訶不思議ドリンクしか作れない訳ではないので悪しからず。
料理が不得手と言う訳ではない。が、まどか曰く気合いや愛情、感謝や感激を込めた特別手料理には独自アレンジを執行・・・・料理の名がつく概念に真っ向から反逆するかのごとく超センスで世にも恐ろしい“何か”を創造するのだ。
それが善意100%なのだから酷い。何が酷いって彼女は此方に喜んでもらおうと一生懸命考えて『味見』もしっかりと確認して――――――・・・・・確認したうえで笑顔で“何か”を差し出すのだ。早く料理の感想を聞きたそうにチラチラと視線を向けるまどかは小動物の様で愛らしく・・・「まずい」等の発言はとてもじゃないができない。
一度だけ・・・勇気を振り絞り仲間の代弁をラボのリーダーとしての責任からまどかに真実を伝えたことがある。前々回の世界線で初めて・・・・・結果、まどかは瞳に大粒の涙を浮かべながら“何か”を台所で処理し・・・・・・・・翌朝ミス・カナメからポチョムキンバスターを食らいラボの家賃が上がった。

「とにかく駄目ったら駄目だ!私はそんなに軽い女じゃないんだからな!」
「そう頑なに断られると強要はできんな。仕方がないか・・・・・・・はあ、本当に残念だ」
「むぐっ!?わ、分かってくれたら良いんだっ、うん!ま、ままままままあ!?今後の努力次第で考えてやらん事もないがな!精進するがいい!!」

天使ユウリ―――デレた!?って、そんな場合じゃないよあいり!こういうことは先手必勝なんだからいっちまいなよ!
悪魔ユウリ―――デレた!?って、その台詞は本来アタシのモノのはずだ!天使があいりを大人の世界に引き込もうと・・・・・・いいぞもっとやれ!
あいり―――デレてない!あと結託するな!そういうのはもっと恋人とか夫婦になってからじゃないと駄目なんだ!
天悪ユウリ―――告白されたから大丈夫!イケルイケル!

「思い出したぁ!」
「ひっ、今度は何だ!?」

あれだ。そもそもの間違いの始まりはコイツの告白を受けてしまったことが原因だ。いや、断ったけど!否定したけど強引に押し切られてしまったんだ。このままでは駄目だ。いつかこれをネタに押し切られてしまいそのまま私の純情純潔は奪われてしまう。

天使ユウリ―――・・・・・いいんじゃない?
悪魔ユウリ―――年上で自宅持ち、既成事実があればあいりの思うがままだよ!
あいり―――そういうものなの!?いくべきなのか・・・・・いや違う違うダメだ
よ会ったばかりだしっ

「おい・・・大丈夫か?」
「うう」
「どうした・・・?やはり体調が悪いのか?」
「ううん、ねぇ・・・・早く用事を済ませようよ」
「あ、おいっ」
「ついてきて」

すたすたと、戸惑う岡部をおいてユウリ―――あいりは人気のない路地裏に入って行く。

(落ち着いて思い出せ。朝からペースを乱されていて調子が狂っていた。アタシの目的は復讐で、コイツに付き合っているのはユウリの話を聞くためだけで・・・・それだけだ)

男の正体も目的も関係ない。恋人だろうが仲間だろうが関係ない。自分は復讐者で善人のコイツ等に付き合っている暇はない。ばら撒いた『イーブルナッツ』の発動もそろそろのはずだ。その結果を見届けなければならない。実験を繰り返し、調整し、ぶつける。魔法少女狩りの『プレイアデス聖団』を、ユウリを殺した連中を殺す。復讐する。こんなところで、ぬるま湯のような空間にいては駄目だ。

「この辺でいいか・・・」
「魔法を使うのか?」
「・・・人目についたら厄介でしょ」

もう頭の中で妄想のユウリの声も聞こえない。路地裏特有の冷たい風と感触に頭が一気に冷静に・・・冷めてくる。無駄な時間を過ごした。無意味な―――――もういい、十分だ。僅かばかりの時間とは言えゆっくりと過ごすことができた。あの日以来まともに、安心して眠れたのは初めてかもしれない。だからこそ、もういいんだ。これ以上いたら抜け出せなくなるかもしれない。あの場所は、この男の周りは余りにも優しすぎるから。

にゅる

と、ユウリの手から粘液のようなものが一瞬見えたかと思うと、それは一瞬で大きめの布、マントのようにバサァと広がる。

「こっちにきて、今から凶真にアタシの魔法で同じ年に変身させる」
「ああ分かった・・・・・・・ん?」
「なに、怖くなったのか」

冷めた口調で岡部に問う。魔法の関係者と言えども初めて見る魔法、よく知らない相手、何より冷めている自分の態度、目の前の男が不信感や嫌悪感を抱かずにはいられないはず―――――

「俺にではなく、お前に魔法を使った方がよくないか?」
「?」

岡部は得体の知れない魔法に我が身を晒すのが嫌だから―――というものではなく、純粋にその方が良いのではという提案のようだ。
ユウリ(あいり)は言葉に詰まった。

「俺をお前と同じ年に変身させる。まあ体験したい気持ちもあるがそれは別の機会でもいいだろう。今回は平日の昼間からの買い出しだ。同じ年といえばお互い中学生だろう・・・・・・補導されるぞ」
「う・・・・・」

まあ、概ねその通りだったりする。平日のお昼に明らかに中学生の二人が歩いていたら目立つはずで、今日は警官の活躍が異常なほど活発だったりする。補導は――――正直困る。家に連絡でもされれば面倒なことになるし、もしかしたらユウリの家族が捜索願いを出しているかもしれないのだ。ユウリだと誤解されて通報でもされれば面倒なことになる。復讐の足枷は要らない。

「むう」
「お前自身には変身魔法が使えないのか?」
「使える・・・けど」
「ならばそれでいい――――」
「胸が・・・」
「は?」
「っ、うるさい!」

あいりは岡部に魔法の布を無理矢理かぶせた。

「!?―――――あっ、ぬるっとするっ!?これちょっとぬるっっとするぞ!?」

ぼふっ、と岡部に布をかぶせて全身を包むようにして拘束・・・・・ぬめぬめと蠢く物体は見ていて攻撃したくなるが我慢する。
・・・・・思えば他人に変身魔法を使用するのは初めてだった。自分に使ったときもこうだとしたら今後は使用を控えたほうがいいかもしれない。

「うわ、気持ち悪い」
「お前の魔法だ!そもそも俺にではなくお前自身に使わないと補導され―――」
「大きくないんだもん」
「は?」
「うっさい!」

目の前の物体に蹴りを叩き込む。この魔法、見ただけでその人物の細部にわたり細かく再現できる便利な魔法だ。潜入や逃走、不意打ちなどに大いに役立つ―――――が、意識してみた場合、自分の記憶にある姿と多少違うように感じる。実際は対象の姿そのものなのだが自身の記憶と正確に一致しない、毎日至近距離から体全体の細部にわたるまでみて過ごしていたわけでもないのだから当然かもしれないが、人は大抵過去を美化する傾向にあるのでそういうものだ。
見ただけで細部までコピーする魔法、たとえ本人が知らない部分(スリーサイズ等)もユウリ(あいり)の魔法は補う。それは使い手の意思に完全に任せきりのアナログではなく何かを読み取ってのオート、自動型の傾向が近い。
そしてこの魔法で仮に大人バージョンに変身した場合、それは本人の意思を汲み取った理想的なプロモーションを保持した完全形態ではなく、何かを読み取った魔法が未来の姿に自動で変身させる――――――

「大人のユウリは胸がそんなに・・・・・・だからデートには不向きで、でもユウリは綺麗だから大丈夫って思ってたけど・・・念のため私の大人バージョンと比べてもたら小さかったからなんか悪いかなって罪悪感が」

天悪ユウリ―――YES!鬱から消滅しかけたけど復活したぜRECOVERY!!ってよけいな御世話だよ!!
あいり―――ごめんねユウリ、私の魔法がもうちょっと気のきいた奴ならもっと大きくできたのに・・・・
天悪ユウリ―――せっかく復活したのに第一声が親友からの慰めだよ畜生!!!
あいり―――大丈夫だよユウリっ、これからは私がユウリとして大きくなるように成長して見せるから!ほら、本来の私はユウリよりも大きいからもしかしたらッ
天悪ユウリ―――イテェッ!?本気で慰めてくれる優しさが予想以上にキッッッツイ!!

「大丈夫・・・・ユウリの未来は私が守るからっ」

にゅっぽん!

「おふうっ!?」
「ん、終わったみたいね」

復活を果たした妄想の中のユウリとのやや一方的な会話のキャッチボールをしていたが心持ち良い音、卒業証書の蓋を開け閉めしたような音と共に魔法の布から放り出され路地裏の地面に四つん這いになった岡部に視線に向ける。
岡部の姿は魔法で13~15才程度の時期に変身するようにセットしている。つまり今ユウリの目の前にいる“少年”が岡部倫太郎の過去の姿。岡部の記憶、岡部の理想がどうあれ実際にその年齢だったときの姿だ。

「ふーん、背は高いままなんだな」
「お、おのれっ、この鳳凰院凶真がぬるぬるに犯されるとは一生の不覚ッ!」
「馬鹿なこと言っていないで顔を上げろ、どんな面かみてやるよ」
「なぜ上から目線・・・・・怒ってるのか?」
「いいからさっさと――――」

天使ユウリ―――ほうっ
悪魔ユウリ―――これはなかなか・・・

靴のつま先で岡部の体を小突いてくるユウリに岡部は顔を向ける。正直ちょっと不安だったりした。変身はNDで経験があるが魔法少女の魔法での変身、それも年齢を下に、ギガロマ二アックスの妄想による幻覚ではなく体の構成そのものに作用するらしいので・・・・ある程度は因果を、存在を固定しているとはいえ今の自分(存在)に悪影響があるかもしれない。おまけに ぬるっ としてきたし不安はある。だから魔法の使い手に確認してもらおうと――――。

「むむっ」
「・・・?」
「むぅ」
「どうした?」

相手からの返事が無いことに不審に思った岡部は立ち上がりユウリに手を伸ばす。

「むむむ」
「まさか不都合が・・・・・?」

顔の前で手をひらひらと振って見るが反応が無い。意識が無いわけではない。視線はしっかりと岡部にむいているし苦しんでいる様子もない。・・・・・・何らかの攻撃(魔法による精神攻撃など)により意識を奪われているわけではようないだろうから恐らく自分(岡部)の姿に何らかの――――少し、ユウリの背が高くなっているような気がした。

「なにッ?」

ユウリの顔の前で振っていた自分の腕はいつもの白衣ではなく薄緑色の袖。指先が丸く・・・というか短いというか、ほんのわずか小さくなっているような気がした。視線を下に向ければ己の服装が変わっていた。白衣もシャツも靴も全部。両手を顔に当てれば無精髭がなく、そのまま顔をなぞるように上にもっていけば普段は適当に掻き上げているはずの髪が目のすぐ上、まぶたにまで垂れ下がっている。

髪の感触は・・・・・さらさらしていました

そして首元まで手を這わせば――――フード付きのパーカーに触れる。

「これは・・・・っ」

目元にまで垂れさがった黒い髪、黒い瞳、中肉中背に薄緑のパーカー、ジーパンにランニングシューズ―――――これまでの世界線漂流で数度だけあった姿。
大切な幼馴染である椎名まゆりを取り戻し人質に――――『鳳凰院凶真』が生れた時の恰好。

「これは、すごいなっ」

ユウリの背が高くなったわけじゃない。岡部の背の方が縮んだだけだ。両手を開いたり閉じたりして感触を確かめる。体に異変は感じない。意識もはっきりしていて違和感、不快感、嫌悪感、虚脱感もまるで無い。
幻覚や妄想の類ではない。体の再構築を成した本物の奇跡。

(彼女は俺の過去を知らない。しかし俺の記憶と一致している・・・・魔法が俺の記憶を読み込んで・・・・それとも俺の意思に反応?織莉子と同等の・・・では俺の因果は・・?)

正直この現象はとても興味深い、自身の知的好奇心を刺激し、これからの戦い方やシュタインズ・ゲートへの道筋に多大な影響を、それもプラス面で与えてくれるのではないだろうか。岡部の思考は外の情報をほとんど破棄し内面に向けられる。
この魔法、戦闘面においてどう発揮されるのだろう?不意打ちや撹乱はもちろん、このレベルの再構築ならダメージを受けても『無傷の体に変身』できるのか?他の魔法少女に変身し『独自魔法をコピーした戦闘』は可能なのか?『同じ人物に変身』すればタイムラグ無しの連携魔法を・・・・。
いや、それだけじゃない。相手を、『観測者を騙し世界を騙す』ことが可能なのではないか?

「いや、早計だな・・・・・っ、まずは確認して――――だが・・・・・・・・・?そうかっ、そういうものもありかっ」

何かを岡部はこの瞬間に得た。それは科学者にとって神からのギフトとも言える閃き。岡部は何もしない神などに感謝する気はないので目の前でぶつぶつと独り言を呟き始めた少女に感謝した。
この世界線に来るまでに岡部が創り上げてきたFGMシリーズは“一号機から十一号機”。しかし今この瞬間に『十二号機』のアイディア、その概念がぼんやりとだが輪郭をもって――――・・・

「いや・・・・・だめか?しかしこれは本気で・・・・今のほむらには必要かもしれん。上条にも・・・・」

岡部が新たな可能性に思考を割いているとき、ユウリ(あいり)はユウリ(妄想)と切磋琢磨(?)に円卓会議を繰り広げていた。

あいり―――い、意外と恰好いい・・・・かも?
天悪ユウリ―――優良物件GETだぜ!
あいり―――は!?いやいや違う!
悪魔ユウリ―――顔よし家持ち理解あり・・・・・いいんじゃない?

「う、確かに活動拠点とかあったらいいなって思うけど――――」
「NDの擬似、エミュレーター・・・・彼女の魔法の概念を応用すれば・・・・・え、何だって?ラボにはいつでも来てもいいぞ、なんなら数日程度泊まってもかまわない」
「えっ、でも―――」

天悪ユウリ―――フ・ラ・グ・キタ━━(━(━(-( ( (゚∀゚) ) )-)━)━) ━━ !!!!

「好きなだけいてくれていい。困ったときや落ち込んだとき、どんなときにでも未来ガジェット研究所は君を受け入れる」
「なっ!?お、お前何言ってるか分かってんのかっ!」
「分かっているさ。なに、無理強いはしない、が、憶えていてくれ。俺はいつでもラボにいる。お前が呼べばいつでも駆けつけるし、お前から来てくれるなら歓迎しよう」

ラボメンは大切な存在で、魔法少女にとって自宅が絶対に安らぎの場とは言えない場合があることを岡部は知っている。もちろん帰るべき場所や待っている人がいるのなら帰るべきだ。それが正しいし、余所の、それも異性である岡部の所に寝泊まりするのは絶対に間違えている。
でも、だけど、それでもラボのような場所は必要だと思う。間違っていても、正しくなくても、それが逃げだとしても構わない。誰にだって“そういう場所”が必要なのを知っている。
一つだけでも、一人だけでも、一か所だけでもいい、安心できる場所があることを―――――

「まてまてそれって同棲ってやつなんじゃ!?」
「同棲・・・?一応これでも教鞭をとる身なんでそういうのはタブーだぞ?」
「だったらそういうのは―――!」
「俺にとってお前(達)が・・・・・・む、ケータイと財布はそのままか、ペンも・・・小物関係はそのままなのか?」

途中で台詞を切って持物を確認する岡部。岡部はユウリの方をしっかりと見ていない。ほとんどの思考が新ガジェット、変身(ショタ化)した自身の体、服装のチェックに勤しんでいてユウリの言葉が聞こえたからただ対応した感じだ。思考の大部分を他にもっていっているので自身の台詞の内容及びあいりとの会話の齟齬に気づかずユウリの顔が赤くなっていることにも気づいていない。マンネリ化しつつある世界線漂流での新たな刺激はそれだけ岡部の知的好奇心を魅了していた。
一方で、「それでも俺にとってお前が・・・」で切られた台詞の続きがかなり気になると言うか割と想像出来たりして赤くなったり照れたり勘違いだったら恥ずかしいから気難しい顔をしようとしたけど口元がもにゅもにゅしちゃったりするのを自覚しながらユウリは混乱していた。
普段は過激な思考回路で活動しようとも、その中身は幼い恋愛不慣れな女の子。魔法少女と言う特異な存在であろうともその手の話題には、それも当事者として関わるのは初めてなのか、あいりの混乱は加速していく。

「わっ、私はお金なんて持っていないぞ!」
「問題はどこまでキュウべぇが・・・・・・・・・・お金?俺はこれでも大人だ。いらん心配はするな、それぐらいの甲斐性は(ギリギリ!)あるつもりだ」

天使ユウリ―――大人だ!あいりこれが年上の魅力ってやつだよ!そう―――秋山さんのように!
あいり―――・・・・・・誰だっけ?ああ、料理人の

「だ、だけどっ・・・・そうだ同棲しているなんてバレたら仕事無くなっちゃうだろっ」
「その時はミス・カナメに頭を下げて別の仕事でも紹介してもらうさ・・・・・・しかし上条はともかくほむらは?この世界線は―――」

悪魔ユウリ―――うおっ、あいり滅茶苦茶愛されてるよ!・・・・・けどなんか会話半分別の事考えてない?

「なんっ・・・・なんで、お前が頭下げてまで・・・・・・・・・私みたいな奴に―――」
「お前(ラボメン)だからだ・・・・・・・・う~む、どうしたものか?」

天使ユウリ―――カッケェー!しかしなんか違和感ないかな?あいりは・・・

「『お前だからだ』って言われてもっ、急だしだけど悪い気はしないというか嫌じゃないけど困るっていうかそれにまだ私中学生だし将来についてどうするか考えて―――」
「とりあえず皆と相談してみるか、マミも今日で仲間になればラボメンも・・・・・好調な滑り出しだな」

悪魔ユウリ―――あいり暴走してる?って言うかコレって・・・

「なっ!?皆に相談ってっ・・・ちゃんと考えて無かったのかお前はっ、そういうのは始めが肝心なんだぞ!」
「確かに・・・発想、考察、実施、何事もそれから始めなければいけない。そして科学者たるもの初めの一歩を、失敗を恐れずに実行することが大事か」
「お前が科学者なのかどうかは知らないけど・・・・私は後ろ向きな男は嫌いだからな!」
「そうか、なら嫌われないように俺は前を向こう。始める前からお前に嫌われてしまってはたまらないからな」

岡部が言っているのは十二号機の事である。
あいりが言っているのは男女の付き合いの事である。
人はときに自身の都合に良いように言葉が聞こえることがある。
鹿目まどかや美樹さやか、そして今の岡部倫太郎や杏里あいりのように。

「う、うるさい!お前どうせ勢いだけで後先考えてないんだろ!分かってんだからな馬鹿!!」
「後先はそれなりに考えている、目先の目標は・・・・・ほむらに真実を伝えなければな」

天使ユウリ―――ここで別の女の名前が出た!?
悪魔ユウリ―――しかもまどかって子じゃなくて!?

「真実って何だよっ、おいコラ一人で納得した顔するなっ、お前さっきからっ・・・!違う、もう全部おかしいぞ!私とは昨日知り合っただけなのに将来の事とか何にも考えて―――!!」

初めての告白からプロポーズもどき(?)に混乱しているユウリ。そしてそんな彼女に気づかず・・・・正確には会話のすれ違いに気づかぬまま岡部は目の前の少女に賛辞を贈る。それは呼び名。岡部倫太郎はまともに人の名前を呼ばない。ジンクスというわけではない。特に意味のないもの。
だけど本名を知らない彼女にはうってつけのもの、飛鳥ユウリじゃない彼女の事を何と呼べばいいのか、岡部は悩んでいた。本人は『ユウリ』と呼んでほしいと思っているかもしれない。彼女が・・・ただユウリと呼んでほしいと言うのなら岡部はソレでかまわなかった。だけど飛鳥ユウリ本人として呼んでほしいなら話は別だ。岡部倫太郎にとっての飛鳥ユウリは世界にただ一人、彼女の代わりはありえず、そして目の前の少女は別人で、しかし岡部倫太郎にとって彼女もまた世界にただ一人の少女、飛鳥ユウリの親友である新たなラボメン。
何より目の前の少女は恐らくだが・・・・口ではどうこう言ってくるが飛鳥ユウリを知る自分にユウリと呼ばれることを―――――自分をユウリと同義してほしくないと、そう願っているように見える。

「決めたぞっ!今日からお前は――――『幻想案内人【“イリュージョン・コンダクター”】』だ!」
「いいきっ、“いきなり子沢山だ”だと!?ば、ばばばばばかばかばかっ!経済力も未来設計もあやふやなのにそんなんじゃダメだからな!!」

天使ユウリ―――幸せに満ちた耳になってきたなぁ・・・・煽りすぎたぜ、今は反省している

「あやふや・・・だと、違うなっ。それに、そんなことはどうでもいい!我が未来ガジェット研究所の未来は明るいぞ!それもこれも君のおかげだっ・・・・・君と出会えて本当によかった」
「う、うぅ・・・そんなに真意に感謝されると照れると言うか、は、恥ずかしいっ・・・あっ、こういう場合家族に連絡しないと?でも――――いやまだ受けるとは言っていない――――で、でも?」

悪魔ユウリ―――しかし割とノリノリである

あいりは非常に混乱していて、普段なら気づけた違和感を見過ごしていた。
あいりは非常に暴走していて、普段なら恐らくとらない態度をとっていた。
岡部は彼女に感謝していて、普段なら気づけた違和感を見過ごしていた。
岡部は彼女に感謝していて、普段なら恐らくとらない態度をとっていた。

「この感動、まどか達にも早く伝えなければっ」
「えっ、も、もう伝えるのか?早くないか?こ、ここは一つ穏便に暫くは様子見のお試し期間で秘密にしておいた方が無難で・・・・じゃなくてっ、あいつ等のことはいいのかよお前は!」

天悪ユウリ―――あいり、ここぞという瞬間に他人の名前を出してヘタレるなんてっ・・・・・なんか安心したよ うん、いつも通り

「まどか達の事か?」

ここにきて、ようやく二人は顔を合わせ、まともに相手の言葉をはっきりと受け止める事ができるようになった。
すでに手遅れの段階だったが。修正が効かず、ツッコミも不在、おまけにある種の感動が二人を多感にしていたので・・・・・駄目だった。

「そうだっ、その・・・・とくにっ、まどかって奴とは仲が良かっただろが!こういう(彼氏彼女)話について何かないのかよっ」
「・・・・?まどかなら既に(ラボメン加入・ラボでの寝泊まりについて)了承済みだが?」

天悪ユウリ―――Σ(゚ロ゚」)」マジで!?

「はえ!?あの子が!!?嘘・・・・って言うかいつのまに(告白について)伝えたの!?」
「昨日の夜に俺の意思(№03,04,05,06のラボメン加入について)は全員に伝えたが・・・・・ああ、疲れていてよく聞いてなかったのか?お前はシャワーのあとにすぐに眠ってしまったからな」

魔女戦もあったし疲れていたのか、と、岡部は一人で納得した。

「え・・・嘘、みんなに言ったの?昨日出会ったばかりの私にいきなり宣言(告白)する報告を皆の前でしちゃったの?え、お前見かけによらず積極的なのか?みんなに発表するほど私のことが!?」
「何を今さら、当然だ。それにな、まどかもかなり喜んでいたぞ」  

注意1;新たなラボメン加入に対してです

「そ、そうなのか?あれ・・・え?あれ?」

ここまでユウリ(あいり)は混乱の極みに嵌り思考が滅茶苦茶で会話の流れを正しく認識できなかった。
さっきまで岡部は新たな可能性を運んでくれた少女のおかげで新たなFGMの概要に一人没頭していて周り(あいりの様子)への気配りをしていなかった。

ようするに、二人は二人とも駄目だった。相互理解は大切だ。まして彼等の周りの環境は深く根深く複雑だ。魔法少女に関することはもちろんあるし、加えて家出中、異性、昼間、二人っきり、その他もろもろ・・・・・ただでさえ複雑極まる現状なのに状況把握ができていないのは、それも互いの認識に齟齬が発生しているのに、それにすら気付かないのは致命的だ。
バタフライエフェクト。ささいなきっかけが後に大きな災いへと転化する。少なくとも岡部倫太郎はソレを知っていた。だから今回の件は彼に罪があるのかもしれない。偶然と片付けるには彼はあまりにも無責任すぎたのだから。自分の台詞に、自分の行動に、彼女達魔法少女から見て、自分の姿がどう見えているのか、知らないでは済まされないのだから。

「よしっ、製作意欲が沸いてきた!早急に道具を揃えてラボに戻り次第・・・早速取り組まなくてはっ」
「“性咲く”!!?お前真昼間から何を口走って――――道具ってなんだよ早速私になにしようとしてんだお前は!!?」

・・・・・・だけど、まあ、今回は彼女も悪かったかもしれない。魔法少女になってしばらく対人コミュニケーションを疎かにしてきた結果・・・・相手の言葉を都合のいいように解釈してしまうある意味耳の劣化症状が発生しているのかもしれない。
杏里あいり。彼女は数多の世界線を渡り歩いてきた岡部倫太郎からみても間違いなく頂点に君臨するおっちょこちょい―――それをこれからの付き合いで明らかにしていく。

「時間は限られている。この新たな可能性を・・・・・・一分一秒も無駄にはできんっ」
「まってまって私はまだ―――――きゃあ!?引っ張るなぁっ、逃げないから一旦話を聞いてっ」
「歩きながらでも話は出来る。しかし製作にはラボに戻らねばならん、つまりはそういうことだ」
「た、確かに外では絶対に駄目だけど私はまだ了承していないぞ!無理矢理は絶対に駄目なんだか――――」
「それはもちろんだ。だが俺は諦める気はない・・・買い物がてらお前を口説き落としてみせよう」
「なんっ!?ななななんなんだお前はっ、どうしていきなりっ・・・・だ、駄目だぞ“そういう”のは責任とかあって無計画は一夏の特権で―――!!」

注意2;十二号機の作成には彼女の魔法の概念が必要であり、決して“そういう”何かの事ではない!

「なんとか12・・・・休日を含めて半分はノルマに励むとしよう」
「“12人”!!?む、無理だよそんなにいっぱいっ、家族でサッカーチームでも作る気なのかよ!!?」

天悪ユウリ―――が、がんばれユウリ!!

「む、無理だよそんなのぉ」
「・・・?」

用件を済ませるために先を急いでみた岡部だったが、あまりにもユウリが切羽詰まった声で叫ぶので振り返ってまじまじと顔を見つめる。朱に染まった頬、どころではなく、顔はおろか首筋まで真っ赤になったユウリは目がぐるぐると・・・・・混乱の極みにある様に見える。
さすがにおかしいと、そう言えばさっきから何かおかしかったと、今さらながら岡部は事態が異常だったことに気がついた。これまでの世界線漂流でもしばしば魔法少女達に似たような態度を取られた事がある・・・・・・・・その後、ラボメンから断罪された記憶が蘇ってきて――――――

「あれ・・・・・・・・・・・え、なんで?この状況で?」

パクパクと、まるで酸欠みたいに口を開けたり閉じたりして、目には涙を浮かべる。そんな苦しそうなユウリに岡部は向き合って――――

「わっ、私はなっ―――」
「?」

必死に、己の内心を吐露する少女とむきあった。





「き、きききキスもまだなんだっ・・・・だ、だから【アプリポワゼ!!!】なんて無理なんだあああああああ!!!!」

「∑(゚◇゚;) !!?」





注意3;アプリポワゼ=いつかどこかの牧瀬紅莉栖の『ヴァージンで悪いかッ』を超える放送禁止ワード宣言

杏里あいりは常人にはできないほどのおっちょこちょいだった。

・・・相互理解は大切だ。人は完全には分かり合えない。でも、だけど人には言葉がある。全部とは言わない、少しでも伝えたい事、知ってほしい事、それを真意に、真面目に、誠実に諦めることなく伝える努力を忘れずに、例え不器用にでも言葉に乗せて相手に届ければ、いつしかそれは相手に届くのかもしれない。完全ではなくても、想いは伝わる。時に間違え、争いが生れるのかもしれない、だけど最後まで諦めず想いを乗せていけば理解し合える可能性が途絶える事はない。
だからようするにそれをしなかったから彼等はこうなった。路地裏とはいえ彼女の叫びは大通りにまで届いていた。なまじ岡部がユウリの手を引いて歩きだしていたので彼等の姿は近くを出歩く通行人からはほぼ丸見えだった。

「「「「「・・・・・・・・・・・」」」」」

人々は空を見上げた。済み渡るほどに青い空、夏にはほど遠いが遠くの空には快晴ゆえに綺麗な入道雲がみえる・・・・・
少女の全力の叫びは昼食を取るために外に出てきていた数多くの人達の足を止め、一瞬の羞恥心と、いつかの甘酸っぱい青春時代の思い出を呼び覚まさせていた。
忘れてはいけない、無かった事にはいしてはいけない。夢を諦め仕事に追われ同じような日々を繰り返して若き頃の活気と足掻きを失ってしまった。あの頃の世間知らずな夢と想いを自虐してきた・・・しかしあの幼くも熱かった感情を少女の叫びは思い出させてくれた。
初々しく手を繋ぐ少年少女は仕事に追われる毎日を送る彼等にいつかの青春時代を思い出させた。

初々しく手を繋ぐ少年少女=いきなりのカミングアウトに呆然とする岡部(推定年齢14)、ぷるぷると震えながらギュッと目を固く閉じ、その目尻に大粒の涙を溜めるユウリ(あいり;推定年齢14)。

そんな彼等から一歩離れた位置にいた非番で遠出してきたにもかかわらず先程不純異性交遊を発見(誤解)した本日大活躍の日本警察石島美佐子(2■)。岡部とユウリを除く全ての視線を受けた彼女は本来補導すべき対象の岡部達に背中を向けた。


「これが若さか――――――レミ、貴女にも私にもあったよね・・・・・」


それはきっと、あまりにも初々しい反応(あいりは赤く、岡部は青い顔)を見せてくれた二人が、確かにあった青春と言う名の“あの頃”を思い出させてくれたからだろう。


「君は・・・いや、お前は一体何を言っているんだ?」


そんな周りとは裏腹に、岡部は呆然となって、目の前で真っ赤になって震えている少女に裏表のない本心を口にすることしかできなかった。
岡部は今の時点では知らないが、この後知ることになる。復讐のためにキュウべぇと契約し、飛鳥ユウリになった彼女は巴マミや佐倉杏子にも劣らないハイレベルの魔法少女だと。
が、同時に知ることになる。目の前の少女は非常に激情家の荒々しい性格をしているが“かなり”のおっちょこちょいで、ある意味救いようのないドジっ子であると。



岡部倫太郎が杏里あいりの誤解を解くのにかなりの時間を要したのだった。



「つまり俺はガジェットの開発の事で頭が一杯だったんだ――――」
「し、知ってたし!そんなん知ってたんだからな!!」
「いや、お前・・・」
「知ってたんだからな!お、お前をッ、か、からかってやったんッ、やったんやからな!!」
「ああ、うん・・・そうだな。俺、からかわれたようだ」
「そ、そうだぞお馬鹿めワカメ(?)!わ、私はぜんびゅしっでだんやからにゃああああ!」
「うん・・・今回は俺の完全負けだ。ほら、これで涙を拭け」
「う、うるさいバーカ!ば、ばッ・・・・・う、ふえぇええええええええええんッ」
「ああッ、な、泣くなイリュージョンコンダクター!大丈夫だ俺は気にしないから泣きやんで――」
「その名で呼ぶなアホーーーーーーー!!」

マジ泣きし、その場で蹲る少女を前に岡部は

(ええっと・・・・・・・・・どうしようどうしよう)キョロ(ω・`))(´・ω・`)(( ´・ω)キョロ

対処に困っていた。正直このパターンは苦手だったりする。彼女は巴マミと同じだ。『その場で泣きじゃくる』。
まどか達のように、他のラボメンなら攻撃してきた。または恥ずかしさに逃げてくれた。
攻撃・・・偶に死にかけるがこれが一番解決が早い。とりあえず動いてスッキリするし気絶している間にうやむやにできるから。
逃走・・・解決は相手によって対処方法は変わるが・・・時間をかければ解決できるし、その場は一旦持ち直しができる。
が、こうも目の前で泣かれては岡部はオロオロとさまようことしかできない甲斐性無しのヘタレだったりする。
現にオロオロ、オロオロと、岡部は泣きじゃくる少女の前であっちにこっちに助けを求めるようにフラフラオドオドアワアワアセアセと忙しなくヘタレていた。


「あ~もうっ、しょうがないね」
「まったく、見てられないわ」


恥ずかしさのあまりに泣きじゃくる少女、泣いている彼女をどうする事も出来ないと焦る少年、そんな二人の助け船を出すべく二人の女性が歩み寄ってきた。
一人は石島美佐子。ショタ化する前の岡部を未成年略取の疑いで連行しようとした“あすなろ市”在住の警察官。本日はオフ。

「まったく、今日は不純異性交遊に痴話喧嘩、オフの日に限ってこうもカップルの異変に遭遇するとは厄日だわ。―――――ほら落ち着いて、可愛い顔が大なしよ」
「ふっ、ぐ・・・な、泣いて何かッ、ふええええええええええん!」
「もうっ、無理しないの、大丈夫よ。貴女はまだ若いんだからそれでいいの」
「そ、そうなのかっ?わッ、わた・・し、遅れてない?ふ、ふつうなの?」
「ええもちろんよ、むしろ貴女頃の年頃で経験済みならそれはそれで問題よ――――ね、貴方もそう思うでしょ?」

彼女はあいりの肩を抱くようにしながら慰め【アプリポワゼ!!!】の経験がなくとも別に変でもないし問題無いと説得、原因である少年(岡部)にも同意を求め泣きじゃくる少女を優しく諭し落ち着かせようとした。
あいりはごしごしと涙が後から後から零れ続ける顔を両手で拭い、自分の目の前にいる少年を上目づかいで震えながら見上げる。

「も、もちろんそうだ!肯定だ!」
「ほ、ほんと・・・か?おかしくないか?」
「何を馬鹿なっ、まだ君は子供で未成年・・・何もおかしなことはない」
「で、でも・・・・お前は経験豊富なんだろ?」

全員の視線が射るように集中した。

「あらぬ誤解が!?まてまて違うぞ俺はまだDTだ!・・・・・・・・・あっ・・・」
「DT・・・?」
「貴女の男の子版よ」
「う・・・・?・・・・・・ん?・・・・・・・っ!!」

が、その発言に周りにいた半数が微笑み、残りはガッツポーズをとった。特に意味はない、勝ち組と延長戦組に分かれただけだ。
あ~・・・と、石島は気まずそうに苦笑し、そんな彼女に抱きしめられていたあいりはぐすぐすと鼻をすすりながらも何かを思考、こくりと小さく頷き真っ直ぐに岡部を見詰める・・・いや、睨みつける。

「う、嘘じゃないだろうなっ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・はい、偽りなく真実です」
「そっか・・・・そうか・・・・うん、よかった」

花の咲いたような笑顔のユウリ(あいり)、そんなあいりとは対照的に大衆の前でまさかのカミングアウト、中身はいい年していてこの醜態、それでも現在男の子の岡部倫太郎は涙を堪えたのだった。
岡部の言葉が本当だと信じたのか、泣いていたあいりは赤くなった鼻を擦りながらも立ち上がり胸を張って沈んでいる岡部に対し、彼女視点でなるべく対等でありながら自分が上に見えるように恰好良いと思っている言葉を贈る。

「ふ、ふんっ、お前もまだなら許してやる!でも今回だけだからなっ!もう次は許さないんだからな!」
「はい・・・・ありがとう、な」

素直に詫びはしたものの・・・・・これは一体何に対しての謝罪なのか、もう岡部には分からなかった。とりあえず今は地面に寝転んで深い眠りにつきたい気分だ。
・・・・何はともあれ、いろんな犠牲の元に岡部とあいりは相互理解を得る事ができた。
ならコレで安心問題無し――――と、言う訳にはいかない。いかなかった。

「じゃあさっそく反省会だな、そっちはまかせた」
「え?」

がしっ!と、岡部の頭がもう一人の女性の手でホールドされる。

「ええ、こっちはまかせて頂戴。これでも警察官でね、微力ながら協力するわ」
「ほえ?」

がしっ!と、あいりは両肩に手を乗せられ岡部とは別の場所に移動させられる。

「娘の幼馴染関係で思うことがあるし・・・しっかりと矯正しといてやるよ」
「「え?」」
「では、君はこっちに」
「え?なにっ・・・・え?あれ?私何処に連れていかれるの?や、やっぱり私って変なの?留置所?」
「違うわよ、貴女には軽く男女交際に関する知識と認識を確認させてもらうわ。人それぞれだろうけど一応ね」
「え・・・?ええっと、み、未経験ですけど!?」
「・・・・・・・・大丈夫よ、何も叱ろうとは思っていないから。もしかしたらなんらかのアドバイスもできると思うからこっちきなさい。あっちのカフェでお話しましょう」
「アドバイスッ・・・・・よろしくお願いします!」

あいりの混乱は続いている。

「いいえ、それより貴女・・・私と会ったことない?どこかであったような気がするのよね」
「え?・・・・・・・・・・・・・・??」
「・・・・・・」
「?」
「・・まあいいわ、彼氏の方は彼女にまかせて行きましょう」
「よ、よろしくお願いしますっ」

なにかもなにも大いに心当たりがあったが・・・混乱し暴走しているあいりは気づかずに、そのまま正しい男女交際を学ぶために石島美佐子についていった。
石島美佐子の方も勘違いかと思い――――浮かんだ思考を切り捨てた。

「・・・」

残された岡部は自身の頭を後ろからホールドしている女性の方にゆっくりと振り返る。ホールドされているのでゆっくりとだが、もとよりゆっくりとしか動けなかっただろう・・・その声には聞き覚えがあり、展開によっては岡部に未来はないのだから。

「よっし、そんじゃあたしらも行こうか少年。な~に彼女の方は心配すんな、警察官なら変な事も吹き込まないだろうし大丈夫だろ」
「え、ええそうですねっ」
「だろ?むしろ今度から変な暴走も無くなるだろうしお前もラッキーじゃないか」
「あ・・・あの、自分は大丈夫なので仕事に戻った方が・・・・」
「今は休憩時間だ、気にすることないよ」
「し、しかし―――」
「それにな」

めぎっ、と、ホールドしている手に力が込められ頭部から鈍い音、岡部は悲鳴を上げそうになった。

「ちょっと面みせな」
「ひいっ」

ぐりん、と無理矢理顔の向きを変えられて岡部は女性の顔と真正面から向き合った。視線の先にいた女性・・・それは岡部倫太郎が良く知る大人の女性、この世界線では幼馴染の母親にして自宅の大家さん―――――鹿目洵子その人だった。

「ん~・・・どっかで見た事がある様な無いような・・・・?」
「!」ガタガタ((((;;OдO;lll))))ガタガタ

彼女は仕事の都合で外に出ていて、そのついでに食事でもと思っていたがたまたま泣いている少女と、その少女の周りでオロオロしているカップルを見かけ、その様子から自分の娘とその近くにいる青年の事が頭によぎり駆け寄ったのだった。
幸い自分の他にも助け船を出してくれた。それも現役警察官だったので少女の方はまかせて少年に対し自分は集中して担当する事ができる。

「き、気のせいです!」
「・・・・・・・・・・・・・・ふむ、まあいいか。でもなんか“アイツ”に似てるんだよなぁ」
「Σ(゚Д゚;;)ノ 初めまして“僕”の名前はソラン・イブラヒムって言います!」
「うん?日本人じゃないのか?」
「クォーターです!母がクルジス出身なんです!」
「クルジス?聞いた事ある様な無いような・・・?」
「そんなことよりお名前を聞いてもよろしいでしょうか!僕たち“初対面”ですし!」
「そういや名乗ってなかったね。あたしは鹿目洵子だ」

岡部は速攻で偽名を名乗った。口調も変えた。話題を全力で逸らした。気づかれたら・・・いつかまどか達に折檻されるような気がしたからだ。初対面を力の限りアピールする。理由は分からないが――――いや、少女に街中で【アプリポワゼ】と叫ばせた時点でバレたら殺される。
岡部倫太郎は鹿目洵子のことが嫌いではないが苦手だ。理由は多々あるがその辺は察してほしい・・・嫌いどころか尊敬し憧れもあるが状況がこんなんなので震えが止まらない。彼女は岡部が原因で娘が悲しんでいると判断したら問答無用で岡部を断罪するのだ。過程は関係ない、いや過程もだが・・・結果が彼女の判断基準だ。

(いやいやいや、今はまどかの事は関係ないし今の姿は子供・・・!俺だとバレていないっ、そもそも怒られる理由は・・・・・あるけど一応他人である今の俺にそこまで突っ込んだ説教はないっ・・・・よね?)

注意4;この世界線では肋骨が危ない。

疑いの眼差しを向ける洵子に岡部は震えながらも視線を逸らさない。下手な動揺は疑いを拡大させることを知って――――まあ、震えを隠せていないので無駄な努力だが、魔法の存在を知らない彼女はまさか目の前の少年が娘の幼馴染とイコールで繋がることはなく、若干の疑問を残しつつも話を続けることにしたようだ。

「それじゃ・・・・あたしらはその辺のマックにでもいくか、あたしは弁当があるけど昼はもう食ったか?」
「い、いえ」
「なら丁度いいな」

マック、マクディのこの世界線版かと関係ない事を考えながら岡部は現実逃避し――――

「は!?あ、あの話とはいったい何のことでしょうか?できれば先を急ぎたいのですがっ」

なんとか復帰。さすがにバレる事はないと思うが念のためというか早いとこガジェットの作成に入りたい岡部はせっかくの提案(内容は不明だが)を遠慮しようと声をかける。
ん?と、岡部のパーカーを引っ張りずるずると引きずりながら店内に入って行く洵子は事もなく告げる。


「女の扱い方についてと男の心構えだ」
「カッコいい!」


ハッキリと気負うことなく放たれた言葉は恰好よくて、まさに大人の女性。その言葉には抗いきれぬ何かを感じ、ちょっと知りたいと心揺れる岡部倫太郎だった。
ほら、あれだ、何かと魔法少女達とのトラブルが多い世界線だし大人の女性からのアドバイスは必要なんじゃないか?と思い始める。
今までもこういった話はあったがそれは岡部倫太郎として洵子は話していた。今回は赤の他人の少年として接することになる・・・娘と無関係な相手なら今までとは違った内容を話してくれるのではないだろうか?

(わりと親バカだからなぁ・・・)

洵子にとって目の前にいる少年は岡部倫太郎ではない。娘であるまどかの幼馴染でもなく近くにいる男の子でもない。それなら牽制や忠告とか脅しとか脅迫とか威圧とか虐待とか無しに第三者の立場として会話してくれるのではないだろうか?同じ女性で既婚者であり思春期の娘をもつ立場からの助言・・・・・・かなりの価値はあるのではないだろうか?
確かにガジェット製作には急いで取り組まなくてはいけないが、最も気を配るのは彼女達の感情だ・・・・・・・うん、せっかくの好機、チャンスを無駄にしてはいけない。

「お前ら付き合いだしてどれくらいだ?」
「えっと・・・・昨日からです」

知り合ったのは昨日の放課後からだ。

「なのにさっそく泣かせたのかよ。先行きが危ぶまれるねー」
「自分のミスです。言葉足らずで誤解させてしまいました」
「へえ、どっかの馬鹿と違って礼儀正しいじゃないか」

一応聞くが・・・いや聞けないけど―――――誰のことだぁ!

「なら彼女を泣かしたのもワザとじゃないんだよな?」
「もちろんです」
「なら少し女の扱い方って奴をレクチャーしてやるよ、ついでに泣かした時の対処法もな」
「・・・・・よろしくお願いします」

フッ、素直に感謝!願ったり叶ったり!
岡部倫太郎の時はほとんどが恐怖に包まれたなかでの会話だった、娘への配慮だろうが殺気を放ちながらの会話だったので岡部はただひたすら言われたことに対し首を頷かせるだけの一方的な、それゆえにあまり会話の中身は憶えていなかったりよく分からなかったりと得るモノは少なく心の傷が増えて家賃が上がっただけ―――と記憶している。

(しかし今回はそんなことはない!)

予想しなかった展開だがいい流れだ!と岡部は思った。思春期の彼女達にどう接すればいいかなんて本人に聞いても照れや意地などからオブラートに包まれてしまう、ならばそんな彼女達に最も近く、同性かつ過去の経験をもつ大人からなら真実に最も近い答えを得る事ができるはずだ。
例えばどう接すればいいのか、どう慰めればいいのか、どういう態度でいれば嫌われずにすむとか、怒られずにすむとか、喜んでくれるとか、・・・・・・各シチュエーションでのベストな対応を学ぶことができる!

(くくく、結果オーライだ)

あんまりな超展開に最初はどうしようかと思い悩んだがこれならお釣りがくる。別の場所で警察官の石島美佐子と名乗った女性と対面している彼女の機嫌をとる方法も仕入れ、ついでに好感度も上げる事が出来れば未来ガジェット研究所の未来は明るい。
まさに今この瞬間、岡部には風が、運が、星が、明るい未来が自ら飛び込んできている。暁美ほむらの魔法が失われているが取り戻せる可能性は大いにあり、呉キリカや美国織莉子との関係も良好、あとは佐倉杏子、千歳ゆまといったラボメンとも合流出来ればガジェットも全て問題無く製作できる。
新たなる仲間にガジェットも加わりこれまでの世界線漂流での流れを考えればかなり良い条件がそろっている。


『呪いによって今この瞬間も死に向かい続ける岡部倫太郎』以外はあまりにも好調な滑り出しだ。


正常な精神を取り戻しても、それでも壊れている岡部はそれでいいと本気で思っていた。
“だから”いつまでたっても岡部倫太郎は、鳳凰院凶真はシュタインズ・ゲートに辿りつけない。
死にたいわけじゃない。幸せになることが怖いわけじゃない。帰るべき場所も、待っていてくれている人達もいる。
それを知っている。分かっている。だけど、それでも岡部は壊れたままだった。欠陥を抱いたままで、いつだって後回しにしてしまう。

そうしなければ、今とは違う未来があったかもしれない。
そうしなければ、今とは違う現実だったのかもしれない。

だけど、そうしなかったから今がある。
だけど、そうしなかったから此処までこれた。

なにが正しかったのか分からない。未来はまだ決まってはいない。無限にある可能性の一つ。

ただ結果として、岡部が自分を後回しにしてきた影響で“彼女”は壊れたのかもしれない。
そして岡部倫太郎は―――――■んでいく。



閑話休題




何はともあれ、ラボメンはもちろん自身のこれからの活動に必要な情報を得られる有意義な時間になると確信していた。

そう思っている時期が・・・ありました。

テーブル、向かい合わせの形でスタートした対話。始まってからそろそろ一時間が経過しようとしている。
最初こそ岡部が求める思春期の女の子に対する接し方講座・・・だったはずなのに気づけばそこから話題は徐々に逸れて行き現在は――――

「でだ、その岡部って奴がまたヘタレなうえに無自覚なトラブルメーカーで厨二って病気持ちでな」
「は、はあ」

なぜか自身の娘がいかに可愛く、その娘が知り合いの幼馴染に狙われるかもしれないと言う話しにシフトしていた。

「昔は上条って奴が怪しかったんだが最近は岡部が要注意人物なんだ。まどかも妙に気にいっているし毎日わざわざ弁当届けにいくんだぞ?由々しき事態と思うだろっ」
「そ、そうですね」
「だろ?かといって別にまどかに恋愛感情があるのかと思えばよく分からん。岡部もだが・・・・どうも異性としてって感じじゃないんだよな」
「あれじゃないですか、二人は幼馴染なんですよね?つまり家族と―――」
「家族だ・・・と?」
「ひい!?」

一般市民からのとは思えない殺気が岡部を襲う。

「えっとあれですよっ、仲の良いお兄ちゃん的な家族的なあれです!決してっ、決して血縁関係を目指しているプッシュをしたわけではなく未来にそうなる可能性をみたわけでもなく単純な簡易なあくまで第三者視点で今初めて聞いた僕の意見であって娘さんはもちろん相手の岡部さんもその気は皆無ですはい!」
「ふん、当然だ。まどかはまだ中学生で可愛いあたしの娘だ。例えまどかが好意を抱いていたとしても!自覚もない野郎に!任せるつもりは!一ミクロンもない!」
「心得ています!」
「言い返事だ・・・。本気かどうかも分からない野郎には絶対に駄目だ。ましてやいろんな女にちょっかいを出しまくる浮気野郎にはな!ったく、上条もだがどうしてまどかの周りにはまともな男がいないんだ」
「あの・・・・その岡部さんって方は貴女から見て浮気をしそうな人なんですか?」
「いや、そうじゃない・・・・・そんな甲斐性はないだろうね」
「そうですか」

よかったと、心の中で安堵する。言い方は荒っぽいが、言葉自体は貶すように言っているがその辺は信用してもらっているようだ。
いろいろと物騒な関係かもしれないが岡部は彼女の事が嫌いじゃない。そんな彼女から不信感や疑い掛けられていなくてほっとした。
氷が完全に溶けて温くなっているコーラを口に含む。自分の正体に勘付いてカマをかけられているのかと思ったが杞憂のようだ。

「ただ既成事実を盾に交際を責められたら・・・アイツは責任を取って付き合っている彼女とあっさり別れそうだからな」
「ぶーっ!!」

盛大にコーラを拭いた。

「うわッ、汚いだろ急にどうした?」
「ど、どうしたではありません!貴女は今俺を――――っ、じゃなくてその岡部さんを信じていたんじゃないんですか!?どうして彼女がいるのに他の女との既成事実が生れるのですか!」
「そりゃあれだ、岡部ってのは意思は強いんだがヒョロくてな・・・・・・お前よりも力ないんじゃないか?」
「な!?」

たしかに体力に自信はない。しかし今の自分は中学生程度の見た目なのだ、それよりも弱そうに見える・・・・だと?
いやまてっ・・・・・実際に、子供ながらある程度外でサッカーや野球など、遊びながらのスポーツに励んでいた中学時代と厨二をこじらせインドア派になった現代ではどっちの体力が上だろうか?

「えー・・・・」
「たぶん武道とかの心得がある奴なら簡単に無力化できるぞ。でな、無理矢理にせよ同意にせよ一晩の関係にせよ。後日求められたらアイツはきっと断れないな」
「そんな自信をもって宣言されても・・・いや、いくらなんでもそんな―――」
「いや、あたしには分かるっ。アイツはあれで責任感はある奴だからな」
「褒められていると・・・受け取ってもいいのだろうか?しかし―――」
「その前に子供でもいりゃ安心できるんだけどなぁ・・・・それならいざって時にも安心できるんだが」
「何の話ですか・・・そろそろ本来の話しに――――」
「でもなぁ・・・子供をつくるとしたら将来の夢にもよるが数年はまだ無理だろ?」
「あの」
「仮に、そう仮にだがっ、交際を認めるとしてもだ!仮に付き合ってもその間に他の女に喰われそうだからなアイツは」
「何の心配を・・・・余計なお世話というか貴女の中の岡部倫太郎はいったいどうなって――――」
「ケータイ奪って部屋の鍵閉めて退路を断てば簡単に・・・・・・・この説に対してまどかも和久も反論しなかったし」
「ホントに余計なお世話だった!?家族総出で何を語り合っているんだ貴女達は!」

なんだろうか、似たような結論をどこかの世界線でも聞いた事がある様な気がする。・・・・いやいや今は目の前の障害を・・・まて、ほんとに“各”世界線で似たような・・・・俺はカモなのか?

「あん?」
「は!?」

怪訝そうな顔を向けられ岡部は焦ったように、とりあえず話題を変えようとした。

「い、いや同じ男として言わずにはいられなくて・・・その、すいません」
「いんや、こっちこそ悪いね。結局ほとんど愚痴になっちまったな」
「いえ、そんなことは・・・・・」

確かにほとんど愚痴だったが。

「なんか岡部とあんたがかぶっちゃってね・・・」
「他人です!もうまったく全然他人です!」
「だよな、岡部に親戚がいるなんて聞いてないし・・・ん?親戚・・・・・岡部の家族は――――」
「――――ッ、時間は大丈夫ですか?もう一時間以上たちますがお仕事の方は・・・」
「あ」

まだ因果は完全に固定されていない・・・はず。昨日に比べれば呪いにより強化されているがキリカや織莉子のように矛盾から気付くかもしれない。

例えば――――岡部倫太郎はいつから鹿目まどかの幼馴染なのか いつから自分達と知り合ったのか 岡部倫太郎の家族は

それをきっかけに、連鎖するように、思い出してしまう。
矛盾は数多く存在している。ラボのある建物の大家である洵子はいつ岡部に住処を提供したのか、契約時の連帯責任者の存在、戸籍・・・・・いまだに岡部の在り方は危険だ。
下手に思い出されると一気に関係が崩れてしまう。それは元から、ゼロから始めた時よりも不信感や違和感、嫌悪感が大きいものとなる。

「あー・・・・しまったな」
「時間をとらせてしまったようですね。しかし参考になりました・・・ありがとうございます」

だから誤魔化す。気づかれる前に、そこに思考が流れないように。

「いや・・・まあ参考になったなら・・・・うん。じゃああたしはいくけど、もう彼女を泣かすんじゃないよっ」
「はい、気をつけます」
「それじゃあ少年、うまくいく事を祈っているよ」
「ええ・・・・・岡部さんと娘さん、仲良く・・・・・・してくれるといいですね」
「まったくだ。まあ既に仲は良いからな、後は岡部がまどかを泣かさなければいいんだが」

急ぎ会社に戻ろうとする洵子に岡部は小さな声で、呟く。

「善処します」

好かれているのなら、きっと別れのときには彼女は悲しんでくれる・・・そして現在の岡部には呪いを解除する術を知らない。だから確実にその時は来る。
その時彼女はきっと怒るんだろな、と自然にそう思った。今までのように、これまでのように、「どうして教えてくれなかったの」と・・・・

「それでも、みんなに生きていてほしかった・・・」

例え恨まれ嫌われても――――

「ん?なにか言ったかい?」
「いえ、なんでもありません。お仕事頑張ってください」
「・・・」

何かを岡部に、目の前の少年に洵子は質問を投げかけようとした。初対面のはずだが不思議と遠慮なく身内の話をしてしまい驚いている。始めは知り合いに似た少年にアドバイスをするだけのはずが気づけば本題はどこかに行ってしまい・・・娘と件の幼馴染に対する愚痴や悩みを遠慮なく、それもかなり深い部分の話をしてしまった。
らしくない、というかありえない。初対面の人間に、それもまだ子供を相手に何をしているのかと自分を罵倒する。まるで目の前の少年は―――――

「いや、そんなまさかな」
「?」
「なんでもないよ、それじゃあね。縁があったらまた会おう」
「はい」

素直にそう答えた少年はとても儚く、消えてしまいそうな雰囲気に満ちていて、その姿が知り合いの青年とダブった。
ああ、やっぱり似ているな。と、疑問を抱くことなく、すっ、と意識することができた。
きっといつか岡部倫太郎はいなくなる。それもあっさりと、特別な日じゃなくて、ありきたりな日常の中で、気づいたらいなくなっていた―――そんな感じで、必ず。
必ずだなんて・・・そんな思考があまりにも簡単に生れてしまった自分の事が気にくわなくて、でも不思議と受け入れてしまっている。必ず?予知能力者でもあるまいし、岡部に対し失礼な考えだ。なのに、あれだけ濃い人物でありながら、あの青年は簡単にいなくなるんだろうと――――

「チッ」

誰にも聞こえないように舌打ちし、洵子は職場へ足を速めた。帰りに適当に買い物でもして今日はラボに顔でも出すかと考えながら。
一度、無事な姿を確認したいと思った。
子供じゃあるまいし、とも思うが不安だ。今しがた自分の思い浮かべたのはただの妄想のはずなのに、理論も根拠もないはずなのに、どうしても拭うことは出来ない。

(こんなんだから・・・・・・そんなんだからお前は―――っ)

岡部倫太郎のことを気にいっている。自分はもちろん旦那も子供達も、なのにどうしてこんなにも安心できないんだろうか、不安になってしまうのか、いつか何も言わずにどこかにいってしまいそうで怖い。そんな無責任な事はしないと信じているのにどうして―――――

「はっ・・・はっ・・・・・」
「ん?」

マックから洵子が出たとき、すれちがうように金髪の少女が息をからしながら店内に駆け込んでいった。泣いていた少女だ。向こうも話が終わり急いで合流するんだろうな――――と、浮かんでいた嫌な思考をそれで無理矢理上書きしため息。

「はあ・・・」
「よかった。丁度そちらも終えた様ね」
「ん、ベストなタイミングだね。どんな・・・・って聞くまでもないか。あの子笑ってたし」
「大した事じゃないわ」
「まあ、後は本人次第って奴だね」
「ええ、これから仕事かしら?」
「まあね、実はちょっとばかし急がないとヤバいんだよね」

やれやれと、肩をワザとらしく動かし苦笑する洵子に美佐子もつられて苦笑。それじゃ、と急いでいる社会人を引きとめるのも悪いと思い別れようとしたが、美佐子は踏みとどまりポケットから一枚の写真を取り出して洵子に尋ねる。

「急いでいるところゴメンナサイ。こういう子・・・・・というか、この子に似た人を見かけた事はないかしら」
「うん?・・・・・・・・・・・・いや、ないね」

写真には二人の少女が映っていた。一人は目の前の女性、石島美佐子によく似た―――――

「そっくり・・・・・というか、これって学生の時の写真かい?」
「ええ、私の隣にいる子の名は椎名レミ・・・・・彼女を探しているの」

顔を上げれば真剣な表情の私服女性。泣いていた少女の方を担当していた警察官の女性で確か名前は石島美佐子だったか、と思考する。
写真は数年前のもの、探していると彼女は言った、ならば写真は最近のものを見せるべきではないだろうか、今日は偶々持ち歩いていないのか、最近の写真が元々ないのか、それとも・・・映っている頃の写真以外はこの世に存在しないのか。

「ごめんなさい、時間をとらせてしまったわね」
「いや、かまわないよ」

なんの情報も無かったにもかかわらず、彼女は特に気にしていない。それだけ、ずっとずっと探しているんだろうなと、自然に感じる事ができた。どれだけの時間を費やしてきて、そしてこれからもそれを続けて行くんだろうか。

「ずっと・・・探しているのかい」
「ええ、そのために警察官にもなったの」

彼女はその選択に後悔はないのだろうか・・・そのがんばりに、その生き方に、その在り方に、いつか報われる日はくるのだろうか。
写真は恐らく中学時代のモノ・・・その日から探しているとしたら、一体どれだけの時間を捧げてきたのだろうか、彼女以外にも探している人はいるのだろうか、写真に映る友人の家族は、友達は、目の前にいる女性同様に―――まだ生きていると信じているのだろうか。

「親友かい」
「ええ」

決して口には出せないが、きっと彼女の探し人は既に―――――

「・・・・・」

なぜか、岡部倫太郎のことを思い出した。写真を見て、そんな考えが頭をよぎったのは娘のお気に入りの青年のことが自然に思い浮かんだからだ。
写真を見ただけで、勝手に他人の人生を予想してしまった。予測できた・・・ともいえる。
さっきの少年のときにも、今日は何かと件の幼馴染野郎が―――――

(・・・・?なんであたしは――――)

なぜ岡部倫太郎が、目の前の石島美佐子とのやりとりで思い浮かんだ?
関係ないはずだ。繋がりもないはずの、まるで接点がないはずの人物が自然に思い浮かんだのは一体何故なのだろうか?



―――きまっている。失い、喪失し、もういない人を探し続ける 誰からも報われることのない生き方が



「あのさ、連絡先」
「え?」

洵子は立ち去ろうとする美佐子に声をかける。

「もし――――見かけたら連絡するからさ」
「―――-――」

何を言われたのか、石島美佐子は一瞬分からなかった。

「え・・・でも」
「人、探してんだろ?なら手伝ってやるよ」

その言葉は久方ぶりの、本気の言葉に聞こえた。
これまで、時間が経てば経つほど誰もが自分を否定してきた。もう諦めろと言ってきた。
言われなくても分かっている。自分のやっていることが無駄かもしれないことを理解している。
ずっと探し続けていて、もう何年になるのか、行方不明者が年間何人いて、その内の何人が――――帰らぬ人なのか、警察官の自分は知っている。
周りの同僚も・・・親友の家族ですら諦めている。家族ですらだ、それがあかの他人ならなおさらだ。
誰もが諦めていて――――なのに、手伝うと言ってくれた。初めてかもしれない。こんなにも真っ直ぐに言ってくれた人は。

「どう・・・して?」
「なに、気にくわないからさっ」

社交辞令じゃない、同情じゃない、僅かな可能性を盲目に信じているわけじゃない。鹿目洵子はそんな弱気な姿勢じゃない。
見つけてやると、椎名レミという、今は女性に成長しているはずの人間が世界にはいない、そんな可能性は認めない。何年もかけた行動を―――――



―――“      ”は絆の証だ、絶対に無駄なんかじゃない



そうだ、否定させない。無かった事にはさせない。
確かにどうしようもないことはある。感情だけじゃ、想いだけじゃ覆せないものはある。
世の中には暗くて酷くても“そういう”現実があって、それを否定してしまっては成り立たなくなる。全てが立ち行かなくなる。否定はただの逃避で―――――それに、そういう現実があってはじめて生きていける人もいる。というより、世界はもとよりそうできている。
それが当たり前でそれが世界だ。漫画やアニメじゃない、どうしようもない現実は確かにあって、そして自分はそれを理解している。
だけどアイツは証明した。誰もが諦めて、それを一番理解しながらそれでも――――

「あんたはまだ探しているんだろ」
「え、ええ・・・でも何年も探しているけど、みつからなくて――――もしかしたら」
「でも探している」

そうだ。似ているんだ。理解していながら諦めきれず、きっと何度も挫折しながらも足掻き続けている・・・石島美佐子は岡部倫太郎と似ている。

悲しみに寄り添い慰める事は行き摺りの他人にもできる。

だけど知っている。自分は―――鹿目洵子は知っている。彼女の抱いている感情を。いつの間にかいなくなってしまった人を思う感情を。

それを知っている自分は、共に滾らすことのできる鹿目洵子は――――諦めない

「手伝うさ、周りがなんて言おうとね」

いなくなった理由はあるのだろうが・・・勝手にいなくなって、それで終わりだなんて認めてやるものか。
諦めずに足掻き続けたくせに、いざ自分の事になると投げやりになるバカを放っておけない。
可能性がどれだけ低かろうが、もう知っているのだから、凄く小さくて遠い希望(もの)だけど。

「前例がないわけじゃない――――」
「え?それって・・・」

問いかけられ、洵子は

「・・・・・?」

“なにも思い出せなかった”。何を思い、何を感じ、何を奮い立たせたのか・・・もう憶えていない。
誰のことだったのか、そもそも何のことだったのか、思考に何がよぎったのかすらも・・・・まったく憶えていない。
ただ、それでも前言を撤回する気にはならない熱が胸の奥に確かにある。

「・・・・・言ったろ、気にくわないって。大切な奴を探していて、それが見つからないままってのは気にくわない。ただそれだけさ」
「あ、ありが――――」
「なに、礼はいらないよ。力になれるかどうかも分からないんだからさ」
「そんな・・・・こと、私はっ・・・もう十分に―――」

―――礼は要らない。勝手にやったことだ
―――人の感謝は素直に受け止めな、娘を助けてくれたんだ。受け取ってくれないと困る
―――
―――ああ・・・だから、本当にありがとう

そうだ、助ける手伝うは相手の勝手だ。だけどそのお節介極まる行動が、言葉がどんなに心強くて嬉しかったか―――
自分は・・・・・・・どこかで、それを感じたはずだ。

「ああ、そうだね。それじゃあさっそく椎名レミって親友の事を教えてくれるかい?」
「ッ、・・・・ぐす、え・・・でも仕事は?」
「今日はもう早退するよ。遅刻だし、急ぎの用件はないしあたしの部下は優秀だ」
「でも」
「いいからいいから、代わりといっちゃなんだけどあたしの相談にも乗ってくれよな。娘が最近変な男に夢中でね」

ニカッと、気負う事もせずに笑う洵子に美佐子は呆気にとられ、つられて笑ってしまった。
嬉しくて、一人孤独に押しつぶされそうな現実に手をさし伸ばしてくれる人がいることに涙を流した。

「それじゃあ改めて、あたしは鹿目洵子」
「私は石島美佐子」

軽く握手し二人は歩き出す。とりあえず近場のスタバにでも入って話をしようと思ったのだ。
すぐ後ろにマックがあるが今は相談に乗った少年少女がいるはずなので・・・その後が気になるが本人達しだいだろう。
故に二人はその場を後にしようとし―――




「さあ、これから産婦人科にいって正しい家族計画を組み立てて人生プランを一緒に考えに行くぞ!!!」




振り返る。何か、聞き覚えのある少女の声が後ろのマックから聞こえた。
なにやらいろいろ段階を吹っ飛ばして駆け上がっている内容の台詞が聞こえたような・・・・隣にいる現役警察官に視線を向けると何故かしたり顔で「うんうん」と頷いていて嬉しそうだ。
それは自分とのやり取りの余韻からだけではなく純粋に自分のアドバイスがさっそく役になったと━━(*´∀`*b)━━な顔をしている。しかし産婦人科でなぜに人生プラン・・・・いや、考える時もあるし割とありかもしれない。しかしまだ中学生だろあの二人・・・と思う洵子。
おかしい・・・・・彼女は警察官で正しい男女交際について一般的な知識を少女に説いたのではないのか?

「あ~・・・・・少年」

がんばれ。―――戻ってフォローしてやる道もあるが隣でうんうん頷いている恐らく恋愛経験が乏しい彼女のプライドを優先して・・・・放置することにする。
あれだ、せっかく喜んでいるところに水を差すのも気が引けるし、あんな話の後で落ち込ます気はないし・・・しょうがない。
今回は自力で乗り越えてもらおう。自分も微力ながら男女の付き合い方のレクチャーを――――――

「・・・・・してないな、愚痴っただけだ」

それに気づいた洵子はそれでもフォローにはいかない。
相手が本当に赤の他人だったら分からなかったが、何故かあの少年には厳しくしてしまう。
きっと、あの青年に似ているせいだ。

「お前が悪い。がんばれよ少年」

そう呟いて背を向けて歩き出す。
その表情は苦笑して、親しみがみてとれた。




仮説だ

リーディング・シュタイナーは誰もが持っている。
鹿目まどかが他世界線で戦っている暁美ほむらを観測した。それだけではない、まどかは岡部が観測していない岡部を、美国織莉子はまだ見ぬ未来の世界線を、呉キリカが通り過ぎた世界線での記憶を、そして鹿目洵子も。自分の関係者、彼ら彼女らとの重要な思い出を。

しかし、そんな偶然があるのだろうか?デジャブ・・・たまたまその記憶が偶然蘇ったのか?奇跡的に都合よく、ここぞというタイミングで?
無限個にある世界の、たまたま“対象”が知っている世界を?莫大な数で存在する世界の一つを偶然引き当てたのか?思い出した彼女達が自ら?

α世界線で牧瀬紅莉栖がタイムリープと世界線の移動を繰り返す岡部倫太郎との会話中にこんなことを言っていた。

―――おかしい・・それじゃあ世界はあんたの主観に引っ張られている

細部は違うかもしれない。しかしそういう会話があった。彼女はその仮説を否定した。岡部も―――――強力なリーディング・シュタイナーを持っていてもそれは他の人間よりも強力なだけの能力。誰もが備え持つ力にそんな神様のような力があるはずもないし、あったら世界は成り立たない。人類はその時点で六十億人もいるのだから。
しかしだ、その仮説はある程度当たっているのかもしれない。仮説だが・・・岡部倫太郎の主観に引っ張られているのではないか?世界全てとは言わない。だが、岡部と関わる人間は少なからずその傾向が現れていないか?

秋葉留美穂という少女は、岡部と関わることで岡部が知っている『父親が死んでいる人生を、過去改変のメールを送る直前の記憶を思い出した』。

漆原るかという少女は、岡部と関わることで岡部が知っている『性別が男だった人生を、過去改変のメールを送る直前の記憶を思い出した』。

無限にある世界線の一つを、“目の前にいる岡部が『観測』してきた世界線を”、岡部が思い出してほしかった世界線を、岡部の記憶と連続した世界線を。
岡部に“観測された人間”は、偶々その人物に関する、その人物と接してきた世界線の記憶を思い出している。

世界は零と一。0と1。有か無か。観測されることで存在は固定される。
世界は繋がっている。想いは届く、しかしあまりにも出来すぎている。思い出した記憶は何処から来た?無限にある経験記憶の中で何故その思い出だけが検索された?深層意識・・・ディラックの海、タイムマシン、思考投影、アトラクタフィールド理論、タイムリープ、リアルブート・・・・自身の妄想(記憶)

世界は人の見方、感じ方により色を変える。それこそ千差万別。もしそれを、自身の世界を強制的に相手に与える事が、上書きする事ができたら・・・どうなるのだろうか
魔女の結界は独自の世界で、使用者のディソードはある意味で心象世界の具現。他者に振るえば、飲み込めば――――









鹿目洵子が背をむけた店内では少女が少年に詰め寄って大暴走をしていた。

「な、なんでいきなり産婦人科に行くことになったんだ!?」
「12人なんて途方もないんだぞ!お母さんにかかる負担は大きいんだそんな事も分からないのか!!」
「なんでそれがぶり返してるの!?誤解は解けたんじゃないのか!!?」
「だからまずは一人を生んで次に二人の双子!そして三人の三つ子を生んで休憩挟んでまた一人でそして二人三人休憩挟んでまた一人と負担を和らげながら正しく順序を踏んで出産を繰り返してそれから―――!」
「ええええええ!!?待て待てそんな畑みたいな考えで子供が生まれるわけないだろ!!」
「だからそれを聞きに今から産婦人科に行くんだろーがアンポンタン!お前は一体なにを聞いていたんだ!!」
「お前が何を聞いていたんだ!あの人警察官だったんだよね!?何でそんなアッパーな考えが君に浸透してるんだ!?この一時間で何があったんだ!」
「いいかッ、12人の子供を生むとして――――将来なにが問題化するか考えてみろ」
「え?お、お金・・・・・?そんなに子沢山じゃ家計が―――」
「アホー!!」
「げふーっ!?」

殴られた。

「授業参観だ!」
「は、はい?」
「いいかこのボンクラ!お金なんて二の次だ!子供が12人だぞ!」
「へ?あ、ああ・・・・うん?」
「考えても見ろ・・・・・その時」
「そ、その時?人数が多いから全部見て回れないとか・・・?」
「このボケー!!」
「ごはあっ!?」

また殴られた。

「違うだろこのボケナス!大切な子供達だぞ!全部参加するに決まってんだろーが!」
「じゃ、じゃあ一体なにが?」

殴られた個所を摩りながら、涙目になりながら再び目がぐるぐる回っている少女に岡部は尋ねる。
混乱している少女、ユウリ(あいり)は胸を張って答える。

「末っ子の時の私の年齢だ!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・は?」
「12人、普通に生んでいたら末っ子が生れた時点でかなり年齢になっている事は想像に難しくない!」
「うん?」
「察しが悪いなバカ者!分からないのか!」
「え~・・・と、なんだ?つまりなんなんだ?」

分からない、彼女が何を言いたいのか分からない見た目は子供で頭脳は大人な岡部倫太郎。
むふ~っ、と、体内に溜まった熱を放出するように息を吐く杏里あいり。
かたずを呑んで静かに耳を傾ける店員と客。

「授業参観で来てくれたお母さんお父さんが高齢・・・・・・・・嫌だろ!」
「まあ・・・・うん?」
「もちろん自分だって思いたくない!親にはいつまでも若々しくいてほしいし元気でいてほしい!それにどうせだったら「○○ちゃんのお母さん若くて可愛いね」って言われたい!」
「・・・・・で?」

それがどうして産婦人科に繋がるんだ・・・・

「普通に生んでいては難しい!ならば若いうちから子作りに励んでいれば問題は何もない!!」
「そんな安直な結論に辿りついたのΣ(っ゚Д゚;)っ!?」
「バッカだな、その道のプロだぞ産婦人科!きっと母体に負担をかけない安産型を教えてくれるはずだ!!」
「お願いだ落ち着いて自分の発言内容を今一度検討してくれ・・・・」

安産型ってそういう意味じゃないだろ・・・・?って違う!もうなんかどこから間違っているのか分からないぐらい間違ってる!!くそっ、どうしてこうなった!?なんで解けたハズの誤解が強力にアップデートされているんだ!?一体全体どんなアドバイスを受けたらそんなファンタステックアンサーに導かれるんだ・・・・・・確か警察官と言っていたはずだが何故?

「時間はないぞさっさと立てマヌケ!」

あいりは岡部の手をとり無理矢理立たせて引っ張る。

「え!?ちょ、ちょっと待ってくれイリュージョンコンダクター、一度体勢を整えてから―――!」
「こんっっっっのHENTAIがー!!!」
「ぶるああああああ!?」

またまた殴られた。

「こ、こんなところで“いきなり子沢山”だなんて何を要求しているんだお前は!バカ!HENTAI!そんな熱烈に求められるのはユウリの魅力で同意できるがTCOをわきまえろよな!」
「・・・・TCO・・・・・・?」

きっとTPOのことだろう・・・。

☓ TCO=資産保有費用
○ TPO=時と場所と場合

・・・って言うかさ、今の彼女にHENTAIと罵りされるいわれはない。この場で一番HANTAIなのは間違いなく目の前の少女だった。
奇しくも、手を引く引かれる男女の構図は一時間前とは逆転していた。しかし内容に変化はなくきっとまた―――――





数十分後


「うええええええええん!!!」
「ですよねー・・・」

正気に戻ったあいりは再び泣きだしていた。
周りの視線ももはや気にならない・・・岡部は疲れ切った、虹彩の消えた暗い瞳で空を見上げる。
どうしてこんなことになってしまったんだろう?なにがいけなかった?警察か、大人か、世間か、国か・・・ああ、眩しい。

――――きっと太陽がまぶしかったからだ。

「どうしてこうなった?」

この言葉は、別の場所の少年と同じタイミングで放たれていた。
特に意味はない。ただそれだけのお話。

「君の呼び名は大暴走【ザ・スタンピード】に改名しよう・・・・」
「ふえええええええええん!ユウリッ、ユウリー!!」
「ええっと、ほら泣きやんでく――――」
「うわああああん!コルノ・フォルテーーーーーー!!!」
「それはダメーーーーーーーー!!!」


街中で「コルノ・フォルテ」を召還、それから一騒動二騒動ありながらも岡部は泣きじゃくる少女を精一杯慰め続けたのだった。




「・・・」
「・・・」

それから数時間、本来の目的であった食料とガジェット製作に必要な道具を岡部は全て買いそろえる事ができた。食料はともかくガジェットに必要な材料はパソコンの周辺機器と依代となる小物だけあれば十分なのだ。
お金に余裕があるのはいいことだ。底をついたが、もう財布は軽いが、目的のものは買えたのだから・・・・・・きっと何とかなるはずだ。マミに頼めばしばらくは食事を・・・・・・あれ?行きつく場所はヒモじゃないか?
さておき、激動の展開に精神は摩耗し思考は色あせた二人だが・・・それでもまだ一緒に行動していた。手を繋いで。空いた手でそれぞれ荷物を分担して持っている。

「おーい・・・」
「(´°ω°`)」
「あー、だめか・・・」

ユウリ(あいり)は放心状態だった。

「えっとだな、少し休んでいくか・・・?疲れたよな」
「ぽ」
「ぽ?」
「はふう・・・・」
「・・・」

重症だった。度重なる精神攻撃に彼女の心は防御態勢にはいった模様。きっと精神を守るために心を閉ざしたんだろうと勝手に推測、今は岡部に手を引かれる形で歩けているが手を離せばその場に座り込んでしまいそのまま・・・ということになりかねない。現に買い物中は手を離せば床に座り込んで「の」の字を書き始めていたのだから。
まあ恥ずかしさのあまり逃げださなかっただけよかったと岡部は思うことにした。荷物も反射か分からないが半分は持ってくれるし――――彼女とは、一度別れてしまえば二度と会えないのではないかと思ってしまう。飛鳥ユウリがそうだった、そしてそんな彼女と瓜二つの目の前の少女はとても脆く映っていて――――・・・

「おい」
「・・・・・・?」

繋いでいた手に軽く力を込めて、少女の意識を自分に向けさせる。

「お前はもうラボメンだ。俺の仲間だ・・・だから勝手にいなくなったりするなよ」

返事はなかった。分かってはいたが、まだ意識がハッキリしていないのかもしれない。だけど伝えたかった。
それをぼんやりと聞いたユウリは首を傾げ、視線を彷徨わせ、岡部を見て、声を出した。

「ずっと?」
「ああ、ずっとだ」

ぼんやりとした声は小さくて、岡部の言葉を正しく聞いていたのかも解らない。その返答も別の何かに対する答えかもしれない。だけどその質問に対し即答する事ができた。不明瞭だけど、確信は持てないけれど、それでも飛鳥ユウリとはできなかったやり取りを―――確かにできた。
岡部は微笑み「いこう」と声をかけて歩き出す。それに引っ張られる形でユウリも歩き出した。予想外な一日だったけど、繋いだ手は温かく、新たな仲間の一面と、そんな彼女の存在を感じる事ができる。なら今日はきっ良い一日だったんだと思える・・・・・いや、どうだろうか?と岡部は苦笑しながら見えてきたマミとの待ち合わせの喫茶店に足を運び――――

「そして子沢山?」
「放心してても混乱か!?」

さわ!と不適切な発言により集まった観衆の視線を避けるために、岡部は目的地の喫茶店に駆け込んでいった。
その姿を、三人の少女達に見られていた事に気づかぬまま。

閑話休題

合流する時間までの暇つぶしとして岡部は放心状態のユウリに極力話しかけて場をつなごうとしていた。
知り合って24時間未満にもかかわらず、ありえないスピードで個人情報及び初対面時のイメージを完全崩壊した二人だ・・・このまま別れてしまったらフェードアウト確実だ。
人は一人になっても死にはしないが羞恥心で死んでしまう事はある。それを避けるためには“それ”を知る人物との接触は極力避けねばならないがそういう訳にもいかない。

「・・・」ずずずっ
「――――それに念話だが、あれは別の語源で生活する人間には通じるのだろうか?例えば日本語しか知らない奴が英語しか知らない奴に念話を送った場合に頭の中で聞こえる声はどうなっているんだろうな」
「・・・」ずずっ
「受け取り側は母国語で聞こえるのか、それとも電話のように聞こえはするが何を言っているのか解らないままなのか」
「・・・」
「聞き取れるとしたら魔法が自動的に翻訳しているのか?ではこの場合、生まれつき耳が聞こえなかった人物にはどうなるのか・・・文字ではなく聞くことによる概念が生まれつき持ちえていない場合・・・・もし聞き取れるとしたらどういうことだろうな。念話は言葉と言うよりも感じる、ということか?しかし感じようにも言葉と言う概念が、聞いた事もない言葉をどう感じればいいのか、実に興味深い」
「・・・・・ぐすっ」
「ぬおーっと!?駄目か!?面白くなかったか!?ならば沖縄普天間基地について話すか!あれは土地問題として取り上げられているが実際は人権問題だということを世界の人達に気づいてもらいたいな!!」

店内で休憩してからユウリの精神は、放心状態からだんだん復帰してきたが、それと同時に彼女は声こそ漏らさないが泣きだしてきたので岡部はなんとか話題を振って気を紛らわそうとした。しかし適切な話題がなかなか思いつかない。魔法のことはもちろん政治経済にアニメや好きな小説に好きな食べ物などいろいろ話を振るったが効果は薄い。
注文したジュースを飲みほした彼女は涙を溜めながら岡部を恨めしそうに睨みつける。おっちょこちょいなのも暴走していろんなことを口走ったのも自爆だ、だがそれでも原因は目の前の男なので恨む気持ちを押さえられないようだ。

「そんなの知らない興味ないっ」
「あ、はい」
「それよりユウリの事をいいかげん教えろよ」
「放心してるお前に話しても意味がないと思って・・・温存しておいたのだ」
「誰のせいだっ」
「半分は君の―――」
「ぐす・・・・ううっ」
「まて泣くなっ、俺のせいです!」
「あ、当たり前だアホォ・・・・・」

生れてきて今日まで、これほどにまで辱められた記憶はない。それを思い出し泣きそうになったユウリ(あいり)に岡部は全力で謝る。せっかく正気に戻ってきてくれたのだからこれ以上の混乱は避けたい。そろそろマミとキュウべぇも合流するはずだから。
どもりながら、それも力なく此方を罵倒するユウリ(あいり)はとても幼く見えて、あの世界線の幼馴染、椎名まゆりの幼いころとかぶった・・・・だからつい彼女の頭を撫でようとして――――

べしん!

と弾かれた。

「子供あつかいすんな!・・・・・・いや大人扱いも困るぞ?もう何度目かも憶えていないけど私はまだ―――」
「いいからっ、それはもういいからっ」

岡部に自分の台詞を遮られ不貞腐れようとして、自分が何を言おうとしていたのか理解し顔を伏せる暴走娘は意気消沈していった。

「|||||/(=ω=。)\|||||」ず~ん・・・
「・・・・」


どうして彼女はこうなのだろうか・・・自ら自爆しにいくとは今まで見た事のないタイプの人間だ。
昨日出会った頃のイメージは既に時の彼方へと旅立ってしまい、もうあの頃の彼女には会えないだろう。自分が彼女の記憶を失わない限りこのインパクト豊富の少女のイメージは物色できない。
既に孤高の魔法少女は超の付くおっちょこちょい少女、と岡部の中で定義されてしまっている。

「では、話してもいいか?」
「うん・・・・お願い・・・・」

テーブルに突っ伏している彼女に念のために尋ねてみると一応の返答は在った。

「では、まず俺と彼女の出会いだが少し長くなる。構わないな」
「・・・・うん、全部聞かせて。ユウリの事・・・・アンタのことも」
「ああ、では―――――・・・・・・・・?」

飛鳥ユウリとの出会い、そのエピソードをプロジェクトX風にどう話したものかと思案して――――そこで視線を感じた。それは正面・・・ユウリの方から、しかしそれはユウリ(あいり)本人からではなくその後ろ、岡部はユウリの肩越しに視線を向けた。
喫茶店の出入り口付近、そこから岡部を監視、または見詰める者がいた。


「ん?」

[壁]ロ°)ハッ

「え――――」

[壁])≡サッ!!

「・・・・・・・・・・・」

なんか・・・・なにか見えた。いや、気のせいかもしれないしただの幻想かもしれない。とりあえず顔を伏せて考え込む岡部。気づかなかったフリをする。見えた人物が立ち去ってくれることを願うように。
そう、彼女が此処にいるわけがない。いや別にいてもいいんだよ?でもなぜか彼女に見つかるとマズイと失われた野生の勘が危険だと警笛を鳴らしている。鳳凰院凶真、数多の世界線を超えてきたのは伊達ではない。だからきっとさっき見えたモノが彼女だった場合は本当に危ないのだろう。

・・・ならばどうする?自分の勘が正しいと思うのなら即に行動に出るべきだ。逃げるべきだ。

(それは正しい、だが簡易な行動の結果に身を任してはいけない。バタフライエフェクト・・・・そう、きっかけは些細なことだとしても大きな流れを決定してしまうことがある)

そうだ、つまりあれは・・・・・そう、幻覚だ。疲れているんだ・・・・・言っておくがコレは決して逃避ではない。純粋な事実であり―――――ただの願望だった。
しかし幻覚じゃないとは言えまい、実際に疲弊している。思えば前回の世界線からこっちに跳んできて三日目、初日は遅くまで全力疾走、二日目は初見の魔女との戦闘、しかも呪いに犯された状態。そして今までかつてない展開に追われてきたばかり
つまり出入り口付近のテーブルから此方を除いていたピンク頭のツインテールは幻でこの世界線の幼馴染は幻覚でちらちらと隠れているつもりだろうが丸見えな人物は妄想で白昼夢・・・・

それを確かめるように、祈るように岡部は慎重に視線を出入り口にむけた。

[壁]д=) ジー

(!?)

結果、気持ちを落ち着かせるように(現実から逃避するように)冷静な態度で注文していたコーヒーを一口飲んで余裕を持とうとする岡部だったがコーヒーを口に運ぶ彼の右手は恐ろしいほど震えていた。
ユウリが怪訝そうに首を傾げるがそれどころではない、岡部は震えるもう片方の手で目頭を押さえ勇気のでる言葉を心の中で唱える。

(・・・・・・・・逃げちゃ駄目だ逃げちゃ駄目だ逃げちゃ駄目だ俺がガンバムだ・・・・・・この世界線ではガンダムだったか?――――っていうかあれ『まどか』だ)

逆効果だった。現実を直視してしまった。コーヒーを置いてカタカタと震える両手を組んで額を乗せる。なぜここに彼女がいるのか、学校は?至近距離からの音爆弾の影響は?――――そして逃げ道は?違う!その考えに没頭するのはこれまでの世界線漂流経験から考えて無駄だ。どうせ結果は捕まる。そして有罪無罪に関わらず家賃が上がる・・・・・この世界線では骨か?

(ここでの選択肢は何故彼女がここにいるのかを考えることではない、そんなことは後ででも考えられる。今は目の前の脅威に対しどうアクションをとるかを考えるのが最優先だっ・・・しかし経験から逃げるという選択肢は正しくない。思い出すんだこれまでの記憶を、あの辛く苦しい闘争(逃走)劇を・・・・・・・・!)

「おい・・・・どうしたんだ?」
「その・・・実は―――」

岡部の尋常ではない震えにユウリは岡部に声をかける。

[壁]д・) ソォーッ…

「いやっ、なんでもないっ」
「・・・?」

そんなユウリに岡部は助力を求めようとした。解りやすく言えばここでノスタルジア・ドライブを使用して逃げようとした。が、どの道ラボで合流するのだから逃げるのは得策ではない、むしろ余計な怒りを買うだけなので思いとどまった。NDを使えば言い訳は聞かない・・・・・・ん?
いやまて・・・・そもそもだ―――――今の自分は中学生の姿なのだ。

(ならば―――――他人のフリをして誤魔化せばいいんじゃないか!)

そう、何故まどかが此処にいるのかも、何故此方の様子を窺っているのかも関係ない。自分は岡部倫太郎でもなく鳳凰院凶真でもないただの中学生。今の俺は鹿目まどかの幼馴染ではない。ならば逆説的に考えてまどかからの追及もなく責められることなく罰されることはないのだ。今の岡部は他人なのだから五体満足でラボに帰ることができる。
そう、“まどかに自分が岡部倫太郎ではないと思わすことができれば未来を得ることができる”。鹿目まどかに他人として観測されることが未来への布石。世界の定めた運命に抗う選択。

(それが・・・それこそがシュタインズ・ゲートへと辿りつくための条件だ)

鹿目洵子にも気づかれなかったのだから大丈夫大丈夫!とまあ・・・はっきり言えば岡部は少し混乱していた。これまでの世界線漂流の恐怖体験が岡部倫太郎の思考を鈍らしていた。他人のフリをしていればまどかと関わることはない、この場は誤魔化し別の場所で変身魔法を解いてもらい偶然を装って合流すればいいと考えていた。

「ク、ククク・・・・フゥーハハハハハ!」
「お前・・・大丈夫か?ユウリとの出会いに恐怖体験でもあったのか?」

よく考えてほしい。独特な高笑いをしている時点で割とアウトだったりするが現時点でまどかに岡部の正体はバレていない。ならば要らない言動を起こさずに颯爽とこの場所から離れアリバイ作成に切磋琢磨すればいい、なのに立ち上がって岡部は携帯を取り出し独り言を呟く。

「俺だ、ミッション内容は把握した。俺は必ず世界を出し抜いてラボに帰る・・・・・大丈夫だ問題無い。ふ、友よ・・・俺にかまわず先に行け!なに・・・すぐに追いつくさ」

そんな、辿りつけない追いつけない死亡フラグを自ら立てた。築いた。建築した。
きっと疲れていたんだ。岡部倫太郎とて人間で、もとより体力もないもやしっ子。朝のキリカとの問答に音爆弾、ユウリ(あいり)とのまさかの産婦人科&コルノ・フォルテ騒動・・・いい加減限界だった。許してほしい。昨日からの連続未知体験で精神は休息を求めていた。
勘違いされがちだが岡部倫太郎は何も元から屈強な鋼の精神を持っているわけではない。彼は絶望から立ち上がれる精神を有しているがそれは“絶望して、それでもそこから立ち上がっている”のであって・・・絶望しないわけではない。基本的に不測の事態には大いに戸惑う普通の人間だ。ただ繰り返すことによっての慣れ、莫大な行動によって鍛えられた予測能力が岡部の精神を支えているにすぎない。
初めての、それも不測の展開に岡部倫太郎という人間は滅法弱い、物理現象や固定観念を覆す魔女相手にすら戸惑う事が少なくなってきたとはいえそれでも岡部倫太郎は岡部倫太郎・・・異性、それも年下の女の子・・・岡部の主観時間から見れば既に孫以上に年が離れている、扱いづらいというかもう何を考えているか分からないし予測もできない。もう・・・諦めてもいいよね?

「通信は以上・・・・・・・エル・プサイ・コングルゥ」
「おーい」
「では話しに戻ろうかッ」
「私が言うのもなんだけど・・・・・大丈夫?」
「ふふ、心配ない。全て対策済みだ」

ニヒルに笑い席に着く岡部。

「あ、あのっ」

そこに、少女が声をかけてきた。





「あ、相席いいですか!!」






まあ・・・・・きっとこれがシュタインズ・ゲートの選択なのだろう。岡部はこの世界の悪意にそっと涙を流した。
岡部倫太郎は鹿目まどかから逃げられない。鹿目まどかは岡部倫太郎がどんな存在であれ感知する。
恐らく勇気を振り絞って声を出したために声量を調整できなかったのか、その声の大きさに周りにいた一般客の視線が殺到する。少女自身も自分の声が大きい事に慌てて顔を真っ赤に染めて・・・・それでも逃げ出さない。普段の彼女なら、いつもの『鹿目まどか』なら逃げていたはず、むしろ声をかける事さえできなかったのに。
ユウリ(あいり)は突然の乱入に呆気にとられ、岡部は――――――放心した。

「確かまどか・・・・だっけ」
「」( 〇□〇)オ オワタ・・・

彼女は恥ずかしさを顔いっぱいで表現するように真っ赤で、目を瞑りそうになりながら、さらに涙を流さぬように耐え、それでも自己紹介をした。

「は、はじめましてっ、鹿目まどかっていいます!」
「!」

相席の返答も聞かずいきなり自己紹介、周りから見れば―――それこそ後ろからまどかを止めようとした暁美ほむらや美樹さやか、それに席についているユウリ(杏里あいり)も―――変な子だと思うだろう。普通は。
しかし目の前にいた岡部は違った。突然の事態に放心しようともその身は繰り返すことで成長してきた頭脳型戦士、まさかの展開であろうとも“初めてではないのだ”。『知り合いとの接触事故』・・・・・つい先ほど経験済みだ。
こういう場合は偽名を名乗り、口調を変え、初対面をアピール。幸いにもまどかのほうから「はじめまして」と言ってきた。相手から言ってきたのだからこちらに罪はない、合わせていくべきだろう、日本人は調和を求める人種なのだから。

ならば乗るしかあるまい、このビックウェーブ(幸運)に

颯爽と席から立ち上がり岡部は真っ赤になっているまどかに綺麗な笑顔で自己紹介をした。

「はじめまして、刹那=F=セイエイです」

動揺を悟られないようにハッキリと、スムーズに自己紹介したが・・・やはり岡部は疲れていた。

「「「・・・・・・・・・ガンダム?」」」
岡「(w|;゚ロ゚|wやっちまったー!!!)」

焦りすぎていてさっそく岡部はやらかした。岡部が名乗ったのは別の世界線ではやっていた対戦ゲームに出てくるキャラクターの名称だ。@ちゃんねらーの二人はもちろんさやかもまどかも知っているはず、別世界線ではそのキャラが出る映画を見に行こうと計画さえしていた。
そして残念ながらその予想は当たっていた。幼馴染関係でさやか、@ちゃんねる関係で詳しいほむらとユウリ(あいり)はすぐに違和感を、しかしまどかは何故か気づかなかった。

「せ、セイエイさんは・・・外国の方ですか?」
「え!?あ、ああうんまあそんなところだ・・・・よ?」

二人はよそよそしくも多くの注目を集めたなかでしっかりと握手をした。
鹿目まどかは別に目の前の少年に一目惚れしたわけではない。ただ目の前の少年が気になり、ついつい後を追いかけそれがユウリの知り合いだったから挨拶の一つも不自然じゃないと自問自答し実行しただけだ。
まどかは自分でも何故この少年が気になるのか分からない、ただ体が勝手に“いつものように”、あの青年に対してとってしまう行動を知らない少年に反射的に行ってしまいそうだったがそれでも赤の他人、そのまんまいつものように問い詰める事は出来ない・・・だからこんな行動になってしまった。友達のデート中にいきなり乱入という形で。悪気はないし悪意もない。

「よ、よろしくお願いします。セイエイ・・・さん」
「よよよよよよよよろしくッ」

ええー・・・・・、と皆が思うなか五人は結局同じ席についた。ついてしまった。


さやか・まどか・ほむら
     机
岡部・ユウリ


の席順で、さやかと岡部の位置は壁である。通路はほむらとユウリ側。
・・・・・・・逃げだせない。本当はそのまま店を出るべきだったのだが待ち合せもあるし彼女達とマミを引き合わせるつもりだったので手間を省いて―――――

「・・・?」

そこまで考えて気づく。このままじゃどっちにしても正体がバレてしまうのではないだろうか?

「え・・・?」

昨日の魔女の件もあるしまどか達ラボメンとはなるべく一緒に行動しようと思っていた。今までの経験上そろそろ『薔薇園の魔女』か『芸術家の魔女』との接触があるのでその方が都合がいい・・・・・おや?なんとか誤魔化せたのはいいとして、しかしこのままマミが現れたら・・・・・・ん?
・・・・・・まあ落ち着いて行動の整理をしておこう。まどか達に正体がバレてはいけない。次にマミと接触して・・・・・・・・・・・・・・・・うんなるほどなるほど・・・。

「詰んだ・・・もうダメだっ」

両手で顔を覆い悲痛の声を上げる岡部、心配するまどか、突然の不審行動に引き気味の他のラボメン。
あいりは数々の犠牲(暴露発言により、もう見滝原を歩けないかもしれない)を払ってようやくユウリの話を聞けると思ったのにと不貞腐れている。
さやかは友人の意外すぎる行動に驚き心配し、あと目の前にいるユウリの彼氏にどことなく違和感を抱いた。どっかで見た事がある様な?あの高笑いにまどかの幼馴染センサーに反応した様子・・・
対しほむらはある程度正体に気づいていた。確証はないが・・・いやあるのか、あまりにも不審すぎる。疑ってしまう。魔法の存在を知っているのだから、あまりにもあの男と一致するものがあるのだから。

ユウリも岡部倫太郎も今回の時間軸で初めて遭遇した魔法関係者。なんらかの繋がりがあるとみていい、ラボにいるはずのユウリと共にいて一緒に行動、目の前の少年はあの男と似すぎている、携帯片手に独り言、『エル・プサイ・コングルゥ』はもちろん声も似ている、まどかを前に動揺しまくり・・・ユウリの魔法は不明だがそれが関係していると予想しても考えすぎとは言えまい。どんなに過剰な予測でも今の自分には余裕はない、あらゆる可能性を考え確かめ行動しなければいけない。

「どうすればいい・・・・・俺はどうすれば・・・」
「あ、あの大丈夫ですか?」

まどかは目の前の少年岡部に心配そうに声をかける。が、返事は岡部の隣にいる少女ユウリが代わりに答える。
当然ながら今のユウリは不機嫌だったりする。ようやく親友の話を聞ける。そのはずなのにいきなり間に入られたのだから。

「さっきからこんな感じだ。気にするな」
「あ、うん・・・・・ユウリちゃん何か怒ってる?」
「別に・・・」
「いや~まどかそりゃ怒ってるって、だってあたし達完全にお邪魔じゃん」
「「え?」」
「え・・・って、だってユウリはデート中でしょ?」
「「デート?」」
「え?」
「「え?」」

さやかの発言にユウリとまどかは声を揃えて?マーク。

「「「・・・・・」」」

三人は沈黙して、岡部は悩み続け、ほむらはそんな岡部を疑いの眼差しで見詰める。

「い、いやデートじゃっ・・・・・ない・・・・からっ」
「そうなの?」
「違うの?」
「ち、ちがうもん!デ、デートなんかじゃない!」
「えっと、じゃあセイエイさんとはどんな関係なの?」
「あたし達てっきり彼氏彼女の関係かと思っちゃったよ」
「お、お前達には関係ないっ」
「えっと・・・デートじゃない、それに彼氏じゃないんだよね?」
「まどか?」
「違うもん!こんなん彼氏でも何でもないもん!」
「えっと・・・じゃあいいのかな」
「へ?」
「いいって何がだっ・・・・・ダ、ダメだぞ」
「うん?何がダメなのユウリちゃん」
「!?」
「・・・・・お前・・・・」
「なにかな?」
「あ、あのさ二人とも?」
「・・・・・・私はコイツと、二人だけで話があるんだけど」
「お邪魔かな?じゃあお話が終わるまで待っていた方がいいよね」
「ま、まどか?」
「・・・・・・・長くなるかもしれない、先に帰っていたほうがいいぞ」
「少しくらいなら待てるから気にしなくていいよ?」
「ガクガクブルブル((;゜Д゜))ガクブルガク」

ユウリ、まどか、さやかの順番で言葉を交わす。なぜか場の空気がぴきっ、と軋んだような固まったような不思議な静寂が訪れる。
ユウリの機嫌は悪くなり、まどかは逆に気のせいか機嫌がよく、さやかは自然震えていた。
別にまどかは悪意も何もない、ただユウリの話が終わったら次は自分の番・・・そんな解答を疑問なく思い描いたのだ。健気に無垢に純粋に、ただ偶々見かけた“別の女の子と手を繋いでいた少年”が何故か許せないのでお話がしたいだけだ。
まどかは・・・・・そう、毎度毎度意味深な勢いまかせの神懸かり的タイミングで都合のいい言葉を注意されても無意識の無自覚で度々いたいけな少女達にぶっ放し勘違いさせる幼馴染の岡部倫太郎のように一度と言わず何度でもお灸をエッフェル塔のように山盛りてんこ盛りに積んで積み上げてお説教をしたいだけであり別に昨日彼が連れてきたばかりの少女とさっそく自分に黙ってデートをしていることを咎めるつもりは微塵もない・・・・・・・・・・

「あれ・・・オカリン?」
「Σ(OoO;)!! 」ドキーンッ!!

さっきから岡部センサーが働き、何気なく呟いたまどかの言葉に顔を伏せていた岡部は盛大に反応した。
心臓が余りにも強く鼓動したものだから胸を押さえ身を小さくよじる。目は見開き息は吸ってもまともに体内にとりこめないし嫌な汗は噴き出て顔色は一気に悪くなる。
ほむらの疑いの視線はきつくなり、全員の視線が岡部に集まる。

「あの・・・大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫だまどかっ・・・・その、今日のところはこの辺で―――」
「・・・・オカリン?」
「Σ(」゜ロ゜)」!!?」
「あ、ごめんなさいっ・・・・その、知り合いの人と似てるなぁって」
「そ、そそそそそうかな!?他人のそら似ってよくあるから――――」
「それにその・・・こうしてお話してると声もよく似てるって気づきました」
「Σ(゜ロ゜;)!!」
「きっと・・・その、それで気になっちゃったのかなって」
「まどか・・・積極的だね」(¬ー¬) フフフ
「え?さやかちゃんそれどういう・・・・・・・・・・・あわわわわ!?今のっ、今のは無しでお願いします!」
「あ、ああ分かった(試されてる!?俺って気づかれてる!?)」

まどかの行動言動一つ一つにビクビク震えながら恐怖する岡部、試されているのだろうか?ゆさぶりをかけられ自爆することを、自白する事を求められているのだろうか?
しかし目の前で真っ赤になってアワアワとテンパっているまどかにそんな駆け引きができるとは思えない。ここはどうする事が正解なのか・・・

(・・・いや、違う)

そう違う。このままではいけない。岡部はかつての世界線で魔法少女達に言った事がある。どんなに考え抜いた選択をしても世界にとって正しい解答はない―――と、だけど、だからこそ・・・その選択を正しくしていけばいい、もしかしたら後悔することも、悲しい結果が待ち受けているかもしれないけれど、せめて自身に恥じることのないような、曲がった選択だけは・・・彼女達に対しそんな態度ではいけない。彼女達は大切な仲間なのだから。

「正直に話そう。俺の正体を」
「え?」
「もう、ある程度予測している奴もいるようだしな」

岡部は疑いの眼差しを向けるほむらに視線を向け、続いてさやか、まどかへと視線を移しながら語る。正直に話そう。岡部はそう思った。最初からこうすればよかったと、何もやましい事していないのだ。変に意識し躊躇うから分かり合えない。ガンダム風に言えば理解り合えない。
鹿目まどか、これまでの問答無用の世界線での折檻など関係・・・・・なくもないがこの世界線の彼女達となにがなんでも一緒に考えてはいけない。
世界線が違えばその人物の記憶も知識も対応も人生も違う。ラボメンの少女に『他の■と目の前にいる■を一緒にしないで』と言われた事がある。確かにその通りだ、それは・・・失礼だと思う。その人を通して投影して・・・自分の知る人物を見る。確かに見られる側からすればたまったものではないだろう。
だから目の前にいる鹿目まどかと、過去接してきた問答無用の鹿目まどかは別人・・・リーディング・シュタイナーをもち、どの世界線でも変わらぬ優しい少女を観てきたから誤解していた。

(そうだ。なにも彼女がこれまでのように謎の攻撃的ジェノサイド幼馴染と決まったわけじゃない・・・・・・・・・・・ん?)

この世界線の鹿目まどかは“そっち側”のような気がする。

「・・・・・・」
「どうしました?」
「いや・・・」

大丈夫だ。俺はまどかを信じている・・・・・・大丈夫だよね?信じているぞまどか!俺は信じているのだからお前も俺の言い分をよく聞いて・・・・・・信じているよ?信じているからね!?
よし!言おう!と、決意を固め真っ直ぐにまどかを見つめる。ユウリと一緒にいるのは買い物の為であり子供の姿なのは魔法のおかげで喫茶店でお茶を飲んでいたのはマミとの待ち合わせ・・・・よし問題無い、何もおかしなところもないはずだ。
決してユウリと一緒なのは秘密のデートではなく子供の姿なのは幼馴染にバレないための変装というわけではないし喫茶店でお茶してるのはマミとの逢引目的ではない・・・・・・・何故かそんな言い訳が思い浮かんだ、不思議だ!

「それで俺の正体なのだが――――」
「これで岡部さんだったら確実に肋骨だよねっ」
「え?」ヾ(・ω・o) ?

さやかが可笑しそうにポロっとそんなことを言った。彼女は別に牽制でも岡部の言葉を遮ろうと思ったわけではなく、ただ経験からそう思いつい言葉を零しただけだ。
が、岡部は決意が十二分に揺れてしまった。人間目先の恐怖はなかなか拭えないし、それを回避できるとしたら極力そうすべきで、まだ正体はバレていないのかもしれないのだから・・・肋骨は困るだろ、誰だって。

「もうっ、さやかちゃん何言ってるの!あ、その今のは私の幼馴染の人で――――」
「いつもまどかのお母さんに肋骨を砕かれてるんですよ」
「い、いつもだと!?」
「さ、さやかちゃんそんなこと言ったら誤解されちゃうでしょ!!」
「でも間違っちゃいないでしょ?」
「う・・・・そうだけど」
「そうなの!?」
「聞いて下さいよセイエイさん・・・あ、年上ですよね?敬語でOK?それで・・・・あ、そうだごめんなさい何の話でしたっけ?」
「正体がどうこう・・・・ですよね」
「( ゜Д゜)!!?」

ほむらの射るような視線に岡部は急かされるように言葉を紡ぐ。
俺は、俺の正体は――――――!

「ソレスタルビーイングのガンダムマイスターだ!」
「「「えー・・・」」」

ヘタレた岡部は誤魔化してしまった。恐怖に屈してしまったのだ。
しかしだからと言ってここでアニメの設定を持ち出すのはナンセンスだろう。
案の定さやか、ユウリ、ほむらは岡部の台詞に引いた。

「やっぱり!同じ名前だからもしかしたらって思ってたんです!」

何故かまどかは信じた。それも割と好評だった。

「いやいやまどかおかしいでしょッ」
「え、何が?あ、それよりさやかちゃん上条君に連絡しなきゃっ、確かガンダム好きだったよね?」
「いや・・・・そうだけどさ」
「まどか、ガンダムはアニメの世界だから・・・」
「あ、そっか・・・・あれ、じゃあセイエイさんは?」
「ほ、ほむほむ貴様いらん事を言いおってからにっ・・」
「・・・」
「はぁ・・・・何やってんだか」
「「ほむほむ?」」
「あ」
「え、ほむらちゃんのこと知っているんですか?」
「い、いや知らないぞ!?はじめまして暁美ほむらさん、僕はソラン・イブラヒムっていいま――――」
「ほむら名字名乗ったっけ?」
「いいえ」
「あ・・・・・」
「それにセイエイさん・・・・名前変わってますよ?」
「今のもガンダムですよね」
「説明乙・・・・はぁ・・・・」

ユウリはため息を吐きほむらの視線は冷えて、まどかとさやかの言葉に岡部は己の失言に気づき・・・・・焦るが後の祭り。

「あ、いやそのちがくてなっ、俺は―――」
「えっと、そのセイエイさんってやっぱりオカリンにそっくりですよね・・・・え?でもそんなわけ・・・・」
「いやいやそんな馬鹿な事が・・・・・でも・・・え?嘘マジで!?」
「なんだ、本気で気づいてなかったのかよ」
「まどか、美樹さん・・・たぶんユウリさんの魔法じゃないかな。彼女も魔法少女なんだし・・・・・」
「はん、お前は驚かないんだな」
「・・・・私は、そうかなって・・・思ってたから」
「そういえばお前って何なの?キュウべぇがいろいろ言ってたけど」
「あいつが・・・・なんて?」
「教えない」
「・・・」
「ふーん、見た目と違って怖そうな奴だな」
「・・・」

まどかとさやかが驚き始め騒ぐ、最初から違和感を持っていたのだから、魔法の存在を知っているのだから、岡部倫太郎もその関係者だから、その最たるユウリが隣にいるのだから、信じられないが信じるに値する現象を昨日嫌というほど記憶に刻まれたのだから。
ユウリとほむらの間に険悪な空気が流れ始める。いろんな意味で注目を集め始めたが止められる者はいない。

「ええ!?ウソウソウソっ、マジで岡部さんなの!?若返ってるよスゴイ何これ魔法ってこんな事もできんの!?」
「ほんとに・・・・オカリン?え・・・・じゃあっ」

さておき、岡部は耐えきれなくなったのか、まどかの「じゃあ」という言葉の先に未来はないと思ったかのか、その口から自然言葉を溢れる。

「ふ、ククク・・・・」
「「「「?」」」」
「フゥーハハハハハハハ!!!」
「・・・壊れた?」
「え?オカリン?え・・・・まさかホントのホントに?」
「この笑い方・・・・・やっぱり岡部さんなの?」
「やっぱり・・・」
「ふん」

岡部は笑いだした。お馴染の高笑いで。自棄になったのかもしれない。誤魔化すのに疲れたのかもしれない。
だが、それでいい・・・少なくともそれで隠し事は消え諦めも付くのだから。

「え・・・・・嘘、まさか岡部さん?」
「オカリン・・・なの?」
「否!」
「「え?」」

しかし岡部はさやかとまどかの言葉を否定。それにユウリとほむらは戸惑う。

「“私”の真の正体はシャイニング事務所に所属している声優、一之瀬トキヤだ!!!」

この後に及んで岡部は誤魔化しにはいった。本当は彼も全てをゲロって楽になりたいのはやまやまだが・・・疲れているのだ。疲れていたのだ。この世界線に来てから休めたのは初日の夜のみ。いいかげん限界のMaxで心身ともにボロボロだ。
だからきっと今の台詞はつい零れた何かであって本心から誤魔化そうとしたわけじゃない。
今の岡部は酔っ払いが、薬をキメたアッパーが、不眠不休で原稿を仕上げた漫画化が、芋サイダーを飲み続けたラボメンが、そんな彼らが意味のない妄言を吐いただけの言葉に近い。
自分がバカな事を言っている自覚がある岡部はもうどうにでもなれと、でも肋骨は嫌だと思いながら思考はこの場を脱出する方法を考えていた。もう無理矢理にでもトイレにでも行って逃げよう・・・・・そうしよう。と、行動に移そうとした。




「「「「え、それゲームでしょ?何言ってるの?」」」」
「畜生みんな知ってやがる!え・・・まどかも!?今までは大丈夫だったのに何故だっ」




だけど、誰もが真顔で冷静に罵倒してきた。ガンダムに関しては疑う事をしなかったまどかですら。
さすが乙女ゲー、かの世界線でアニメ、ゲーム双方とも人気を誇っただけの事はある・・・・・うん、もう疲れたよシュタインズ・ゲート。
あまりにも冷めた言葉で問われ岡部は動けなくなった。動く・・・・・機会を失った。疲れたよ。

「「「「「・・・・・・・・」」」」」

沈黙が彼等を包む。誰もが何も言葉を発さないまま岡部を見詰める。

「(*゚Д゚)・:∴ブハッ」

あまりもの居た堪れなさに胃のあたりがキリキリと痛くなりそのまま吐血した。イメージだが、それでもつい言葉に出してしまった。
視線はキツイが状況はもっとキツイ。キツイを通り越して痛い。
自身を見上げてくるラボメンの少女達の視線を浴びているだけで本当に胃に穴があきそうだ。
沈黙が怖い、かといって何か言われてもどう対応すればいいのか分からない。洵子氏との会合は本当に役に立っていないのだから困る。しかもこのままでは洵子氏からの折檻がまっている・・・理不尽極まるとはまさにこれ・・・・

「「「「「・・・・・」」」」」

誰もが、それこそ店内にいる全員が岡部に視線を送っている。まるで早く何か言ってくれと、待っているというように。別に岡部以外が喋っても問題はないはずだが誰も何も言わない。ラボメンの彼女達も何か言おうとしているがタイミングが合わない。結果誰もが喋れず岡部に視線が集まったまま時が過ぎていく。カチ、コチ、と時計の秒針が刻む音だけが店内に響き、誰もがかたずを飲み込んで緊張感を徐々に上げていく。
何か言っていいはずで、動いてもいいはずなのに誰も動けない。店員も客もラボメンガールズも、そしてついに岡部が緊張感に耐えきれくなる瞬間――――


カランコロンッ


喫茶店の入口に一人の少女が現れた。

「ここでいいのよねキュウべぇ?」
『うん、キョ―マとの約束はこの場所だよ』
「でも鳳凰院先生の姿が見えないわよ?」
『そうだね、遅刻かな?』
「で、でもそのほうが都合がいいかもッ、実はまだ緊張していて・・・」
『告白の事かい?』
「も、もう軽く言わないでよキュウべぇ・・・」

巴マミとキュウべぇだった。

巴マミ。岡部倫太郎の待ち合せの相手でありこの世界で最も仲良くなりたい少女。彼女は優しく頼れる存在で、岡部が困っているときは何時でも助けてくれた。
例えば喧嘩の仲裁や場の空気を呼んだ助言・・・・例えば今この状況など、いつだって彼女は岡部の癒しだ。潤いだ。気づけば殺伐とした魔法少女軍団になっているラボメンガールズの「対話=物理だよね!」な連中と違って最後まで武力を用いず会話によって岡部と分かり合ってきた存在。
魔法少女=ジェノサイドの認識のなか唯一の良心派、たった一つ残されたアトランティスでアガルタ、遠き理想郷でありサンクチュアリ・・・岡部倫太郎にとって巴マミはそんな少女だった。
彼女は守りたい人で、自分はいつだって守られてきた。
いつの世界線でも、どこの世界線でもこうやって助けにきてくれる。混乱し、恐怖に震え、訳が分からなくなっている自分の元に颯爽と現れるヒーローのように・・・・・

もう、躊躇うことはない。彼女は来てくれたのだから―――――



「マミーーーーーーーーーーーー!!!!やっぱり俺には君だけだあああああああああああああああ!!!!!」



静寂に包まれていた喫茶店で、岡部は絶叫と呼んでもおかしくない声量で少女に想いを告げたのだった。










「ほえ?」

いきなりの告白に動けないマミに全ての視線が突き刺さる。
いきなりの展開に戸惑うマミに構うことなく店内は盛り上がる。
いきなり多数の注目を浴びて戸惑うが周りはマミの心境など考慮しない。
それに加え知らない少年からの曇りなき信頼の眼差しと知らない少女からのよく分からない眼差しを受けてさらなる困惑を加速させるしかないマミ。

『あれ、キョ―マどうしたんだいその姿?』
「え・・・・・鳳凰院先生!?」
「そんなことはどうでもいい!マミ、俺は君を待っていたんだ!」
「ほう・・・」
「ふ~ん」

立ち上がり両手を広げwelcomeの体勢の笑顔の少年と、そんな少年を冷たい瞳で見つめる二人の少女に一歩引いてしまうマミ。
まどかとユウリはゆっくりと立ち上がり岡部に近づいていく。
さやかは混乱から何とか復帰し始めたが、やはり岡部の姿に驚いたのか未だまともに動けない、まどかの隣にいたほむらは彼女の冷たい声と冷えた瞳に硬直して動けない。だから二人に気づかない岡部をさやかもほむらも止める事は出来なかった。




「さあマミ、俺(達)と一緒にシュタインズ・ゲートを目指そう!」
「え・・・・・っと、鳳凰院・・・先生?」
『それはキョ―マ風のポロポーズか何かかい?』
「何をいっているんだ・・・・・俺はただ未来をマミと共に歩みたいだけだ!なぜならば・・・・それがシュタインズ・ゲートの選択なのだから!」
「え・・・えええ!?」

感極まった岡部は本心を口にした。疲れ切っていたところに助けが入り気が緩んだ岡部は嘘のない言葉を送った。ようやくマミと出会えた事に喜んでいる岡部は言葉が足りなかった。そしていつもの通り岡部は気づくのが遅れてしまった。

「ちょっとこっちこい」
「オカリンこっちむいて」
「え?」

「「話がある(の)」」

岡部はユウリとまどかに両腕をそれぞれ組まれながら人気のないところに引きずられていく。
美国織莉子は未来視で岡部が多数の女性、少女達を勘違いさせ地雷原を歩くことになる事を予知していた。それは断片で欠片、揺れている世界線、未来の可能性の一つ。
とりあえず岡部は織莉子の観た未来の通りに少女達を勘違いさせ地雷原を歩き始めていた。

美国織莉子の未来視に映っていた通りにだ。

魔女の因果をその身に刻み込んだことで岡部は世界に固定されつつある。
その先にある結果を岡部は知っていて、それでもそうすることしかできなかった。
なにより望んでそうした。自分の意思で。目的のために。
世界から拒絶されないように。気づきから、思い出された結果・・・皆から嫌悪感や不信感を抱かれないように。
変化し続ける未来、無限個に枝分かれした未来、揺れの大きな世界線は収束し始める。

観測者である美国織莉子の未来視に映りやすくなる。

未来視は岡部が少女達を勘違いさせる未来を映し出した。
現実はその通りになった。




そして同じように美国織莉子の魔法は、未来視は、岡部倫太郎があすなろ市の魔法少女達と殺し合う未来を映し出した。







あとがき

感想コメント脱字誤字報告毎度ありがとうございます!
相変わらずの更新の遅さゴメンナサイ!
まどマギポータブルがクリアできず悪戦苦闘・・・攻略サイトを見ずにクリアできる自信が・・・
未だに芸術家の魔女が倒せない・・・・












[28390] χ世界線0.091015 「どうしてこうなった 後編2」
Name: かっこう◆7172c748 ID:3f6e4993
Date: 2012/11/14 00:47



―――鹿目まどか

いつのころからか、何度目かの世界線漂流から鹿目まどかは岡部倫太郎の隣にいた。誰よりも近くに、誰よりも一緒に。当然のように、必然のように、当たり前のように。
佐倉杏子よりも、巴マミよりも、美樹さやかよりも、暁美ほむらよりも近くにいた。
戦えるわけでもないのに、支えられるわけでもないのに、分かり合ったわけでもないのに、理解したわけでもないのに・・・彼女は誰よりも岡部倫太郎の近くにいた。

どうして彼女は岡部倫太郎の近くにいるのだろうか?
どうして彼女は鳳凰院凶真の隣にいるのだろうか?

どうして?なんのために?

―――彼女は無意識に保身と警告、それに予防と対策として俺の近くにいる

ならあの笑顔も、あの好意も偽物なのか?

―――彼女の好意に嘘は無い、偽りはない。それが分からないほど俺は馬鹿じゃない

岡部倫太郎だって、いつかは死ぬ

―――まだ辿りついていない、此処にいる俺じゃない俺を彼女は知っている

岡部倫太郎が悪党なら、きっと正義の味方が

―――彼女は誰かのために、自分の周りにいる人のために行動を起こす

岡部倫太郎が魔女なら、魔法少女が

―――世界の理すら変えてみせる。でも、いつだって助けたいと願う世界の中に自分がいない

岡部倫太郎を殺すのは魔法少女だ

―――だから最も危険な位置に自分が行く、俺の意識が周りに向かないように自分に注目させようとする

そういう因果を、世界は岡部倫太郎に与えた

―――俺がお前達に関わらないように お前達が俺に関わらないように 俺という危険な存在から守るために

因果律の特異点である鹿目まどかは、因果律の外から来た存在である鳳凰院凶真を―――・・・・いつか、どこかの世界線で行おうとしている計画を潰すために




―――どの世界線でも どんなに無力でも 彼女は常に俺の隣にいる そして無邪気に 健気に 幼げに 無垢に 無意識に 俺を『警戒』している




魔女じゃ岡部倫太郎を殺しきれない 岡部倫太郎を完全に殺せるのは魔法少女だけだ


―――数多の世界線で、俺と関わった魔法少女は暁美ほむらを除けば誰もが一度は死んでいる


そのなかでも鹿目まどかは高確率で岡部倫太郎を殺す


―――俺の言葉に、俺のやり方に賛同し、手を取って共に戦い、一部の例外を除き死んでいく


鳳凰院凶真を殺すことができる


―――結果だけを見れば、彼女の世界を構成する人達は俺と関わることで死んでいく


いつだって鳳凰院凶真を殺すのは


―――そんな俺を・・・・・きっと彼女は憶えているんだ


世界を敵に回し、その上で勝つことができる存在である鳳凰院凶真を、魔法少女は殺すことができる


―――・・・・・前から気になっていたんだけど
―――なんだ
―――あの子を・・・・ううん、私達のことをどう思っているの?
―――大切な仲間だと思っているよ 心から
―――そう・・・・・やっぱり嫌いなのね
―――やっぱりもなにも、始めから一貫して俺はお前達が嫌いだ
―――・・・大切で“好き”なのに?
―――大切で、守りたくて・・・・・そのうえで嫌いだと言える程度には大嫌いだよ
―――酷い人



―――自覚している










χ世界線2.615074


最後の世界線、辿りついた世界線、βからα、αからβへ、そしてχ。最も長い主観時間を歩んできた、もっとも繰り返してきた岡部倫太郎が最後を迎える世界線。

「岡部!」
「都合のいい思い込みを他人に押し付けるな」

叫ぶほむらに、岡部倫太郎は言った。決別の言葉を、裏切りの言葉を告げる。

誤解のないように言っておこう。勘違いされないように宣言しよう。

この世界の最果てにおいて岡部倫太郎の役割は正義の味方ではない。救世主ではない。悪役でありラスボスだ。

鳳凰院凶真は魔法少女の手によって終焉を迎える。それを望み、そうなるように求めて行動し、そして長い旅に幕を閉じる。

岡部倫太郎は数多の世界線を越えてきた観測者にして世界の意思を覆した稀有な存在である。誰かのために戦える優しい人。あらゆる陰謀と悲劇に膝を折ろうとも、そこから這いあがれる精神を持つ者。
それは他の誰かには真似できない、しようとも思わない偉業だったかもしれない。最悪で最低の最後しかない無限の未来から誰も見捨てずに、誰も失わずに、誰もが未来という過去を引きずらないように未知の世界を探し当てた。
例え、その場所に自分がいなくても、最後の最後までやり遂げた。死んでも技術と執念を託し託され走り続けた。そんな岡部倫太郎は優しいかもしれない。強いかもしれない。偉大かもしれない。英雄かもしれない。

だが、はっきり言おう。

岡部倫太郎が絶対に正しいわけではない。
岡部倫太郎が絶対に間違わないということはありえない。
岡部倫太郎が絶対に誰かを傷つけないわけではない。
岡部倫太郎が絶対に彼女達を裏切らないわけではない。

岡部倫太郎は非道で、弱く、卑小で、悪だ。
岡部倫太郎は知っている。岡部倫太郎は視っている。岡部倫太郎は識っている。
岡部倫太郎も間違うことはあるし、誰かを傷つけるのだ。岡部倫太郎は誰よりも強欲だから。
戦うことを選べば敵も味方も、そのためならばなにもかもを犠牲にして、目的のためならば世界を破滅させてでも繰り返す。
死んでも、殺されても絶対に返ってくる。
どんなに殺しても、どれだけ死んでも絶対に諦めない。
どんなことがあろうとも
タイムリーパーが敵にまわろうとも
タイムマシンが使えなくても
Dメールが使えなくても
タイムリープが使えなくても絶対に
魔女が相手でも
呪いを背負おうとも
魔法少女が相手でも
奇跡に裏切られても
守るべき人達に忘れられて敵対しても

諦めない意思があれば蘇る。

自分の意思を通すために独善で、その場の感情で、傷つき、失い、死という可能性を知っていながら我を優先する。
知っていながら、分かっていながら、理解していながら――――何度も彼女達を裏切るのだ。


他の誰でもない、己の意思で。





「転校生とあの人の関係ってなんなん?」
「はあ?」

休日の午後。ほむらとさやかとキリカは買い出しのためにマミの家からほど近いスーパーにいた。マミの家に集合するにはまだ時間があり、ついでにお菓子でも、そう思って現在商品を物色中。
さやかとしては取るに足らない、とは言わないが、気にしてないと言えば嘘になるが、別段深い意味のない会話の一つのつもりだったが相手の反応はガチで酷かった。
美樹さやかの突然の質問に暁美ほむらは「こいつ何言ってるの?」を通り越して「脳髄の大半にC4でも詰め込んでいるの?ああ、だからバカなのね。ご愁傷様、早く爆発しないかしら、出来れば魔女と共に」という顔をした。

「今だかつてないほどの罵倒を込められた器用な顔をされたよ!?あたしそんなに変な事言った!?」
「八つ裂きにされも罪に囚われないほどの暴言を吐いたわ」
「そんなに!?」
「傷ついたわ。八つ裂きは冗談としても千切りキャベツにしたいぐらいには私は貴女に傷つけられた」
「それじゃあ分割率が上がって余計にミンチになっているよ」

キリカの言葉にほむらは少し考え、改めてさやかに伝える。

「貴女は本当に馬鹿ね、美樹さやか」
「え・・・どういうこと?」
「貴女は常にゲシュタルト崩壊の兆しがあるのだから気をつけて、何に気をつければいいのかと言うと会話に行動、今までの経験に・・・・思考することにも十分に注意して――――魔女化するわよ?」
「しないわよ!あまりシャレや冗談ですまされないワードを持ちださないでよね!」
「それで?なんで急にそんな戯言を言いだしたのかしら」
「ああもうっ、あんたって本当にマイペースねっ・・・・えっとね―――」
「つまらない内容だったら上条恭介の頭を丸刈りにするわよ」
「なんで恭介が犠牲になるの!?」
「さすがに女の子の頭を丸刈りにするほど私は鬼じゃないわよ?」
「しかし同士さやかの言い分じゃないけどさ、君は彼の話になると露骨に態度がかわるよね。そこは――――」
「呉キリカ。美樹さやかじゃなくても私は殺すときは殺すから不適切な発言には注意して」
「注意するよ」
「というか転校生、あたしのことは殺せるんだ」
「いざという時はまかせて。苦しまないように、まして友情に躊躇してBETA・・・・じゃなくて魔女に生きたまま食べられる、ということにはさせないわ」
「あってたまるかあああ!」
「安心して、一撃で痛みを与えずに殺すわ」
「いやいやいやいや」
「あ、貴女は無駄に回復能力あるから厄介ね・・・・頭に何発打ち込めば死ぬのかしら?」
「ひい!?」
「魔法少女ってこういうときに不便よね。意識していれば頭が木端微塵でも再生でき・・・・・・脳みそがなくても意識できるというのは矛盾ね」

本体は、魂はソウルジェムになって・・・・・一瞬で身体だけが消滅した場合はどうなるのだろうか?そもそも意思とはどこに宿るのか?脳みそ?感情も電気信号の固まりと言われているが・・・・魂?
魔女戦においてソウルジェムの秘密に気づかぬまま大ダメージを受けた場合、たいていの魔法少女はそのまま死ぬ。痛みをセーブしても首から上が無くなればもちろん、大量出血や身体の欠損部位が大きければ普通の人間のように・・・・・知っていた場合は?ソウルジェムすら無事なら回復、復元が可能と言う事を事前に知っていた場合は?
・・・・・その辺も“あいつ”から聞いてみよう。ほむらはそう思った。

「う~ん、いっそのこと同士さやかの場合はソウルジェムを直接狙えばいいんじゃないかな?」
「なるほど」
「怖い!二人が着々とさやかちゃんを抹殺する算段を企てている!」

頭を抱えながらのさやかの叫びに、周りに集まりつつあった人だかりは距離を取り始めた。休日ということもあり見た目が綺麗揃い、さらにナンパにはもってこいの人数構成コンボな三人だったが会話が余りにもアレだったので自然彼女達を中心に過疎化が始まった。
少し、若干、いやかなり恥ずかしくなりさやかは二人に文句を言おうとして――――

「そういえばほむほむ、同士さやかの学力って実際のところどうなんだい?」
「ほむほむ言うなっ。どういうこと?」
「いや、君はいつも同士さやかを馬鹿だなんだと言っているけれどそれは学力もかい?」
「・・・そうね、見滝原中はそもそも学力の高いところだから一般的に見れば高い方なんじゃないかしら?まあ跳び抜けてIQが高いってわけじゃないし行動も考え方も思考も動きもやる事も結果も恋愛も女の子としてもアレだし基本的に彼女は恥じることなくそういう意味では三国一の馬鹿者よ?」
「なるほど、そう言えば『歯磨きプレイ』について教えてほしいっ、今度織莉子に試してみたいんだ!」
「それこそ彼女に聞きなさい」
「そうだね、じゃあ用事も済ませたしさっさと帰ろうか」
「ええ、こんなところで叫んでいる変人とは関係ないしさっさとこの場を離れましょう」

二人は自分と他人のフリを決め込んで離れていた。

「なんっっっっっであんた達はあたしに対してそんなにも冷たいんだー!!」

だだだ!と、駆け出し二人の首に腕を回すように飛びつくさやか。
走り加速した体で後ろから跳びつくのはかなりの衝撃を相手に与えるが、馴れた二人はふらつくことなく受け止める。
さやかの体重の半分を受け止めながら、涼しげな顔でほむらは問う。

「それで何の話だったかしら?」
「もう忘れられた!?」
「ん?私が変身したとき―――――はたして私はスパッツの中にパンツを穿いていたのか、それとも直でスパッツを穿いていたのかというシューレディンガーの猫の話だよ」
「そんな話してたの!?」
「そんな、とは酷いな同士さやか。いいかい?行きつくのはパンツを穿いているのか穿いていないのかという表面的な問題ではなく、そもそもどうして人はパンツを穿かなければならないのかという根源的で哲学的、なにより神秘と奇跡の話し合いなんだよ?」
「あー・・・・・・転校生が教授と話が合うのって、やっぱパンツに並々ならぬ考え方があるからなんだね・・・・」
「私はそんな話をしていない!美樹さやかっ、貴女は私をなんだと思っているの!」
「暁美ほむらでしょ、パンツに情熱を掲げる」
「告白するわ――――拷問が得意よ」
「怖!?」
「それも拷問に熱中してしまって結果何も聞き出せないというタイプよ」
「うっわ無駄に命を散らされそうだよ!」
「分かったなら発言には気をつけることね」

結局、彼女達は見た目が良くても会話がアレだったので声をかけようとする男はいなかった。
そして、こんな残念な会話がメンバーにもよるが、このメンツでは大抵がこんな会話で、これが残念ながら彼女達のデフォルトだった。
2%のχ世界線、未来ガジェット研究所が存在しない世界線。“もっとも繰り返した岡部倫太郎が辿りついた世界線”。
ある意味、これまでの世界線漂流を無かった事にするために辿りついた世界線。

「話戻すけどさ、あんたってあの人とたまーに一緒にいるでしょ?言っとくけど誤魔化さないでよ」
「・・・・・・・・」
「昨日もあんたとあの人が一緒にいるとこ見たんだよね。まどかと」
「まどかにも見られて・・・・・・・・誤解よ、偶然会って少し話しただけ」
「一緒にご飯食べながら?話の内容は聞こえなかったけど仲良さそうだったよ」
「ありえないわ・・・あいつは敵よ」
「ふーん」

じと、疑うような視線をほむらに向けるさやかは心中では見た目ほど穏やかではない。一応、あの人と自分達魔法少女は“敵対関係”だ。いや、そうは言っても殺伐とした関係ではない。日曜の朝にやってる子供番組のようなもの、血生臭いものではない。たまに街中でばったり出くわしてもいきなり戦闘になるわけでもないけれど・・・・・一応?それでも敵なのだ。
いや敵なのか?みたいな雰囲気になりがちで最近では 現れた→戦闘だ→憶えていろー! の流れがマンネリ化していてどうも緊迫感にかける。それでもあの人は敵・・・・敵のはずだ。そうでなければ、と言うかそうでなければ正直な話“あたし達”はあの人と仲良くしたい。
だから、だからこそ、ほむらがあの人と仲が良いのならそれを隠さずに教えてほしい。そしてあたし達との仲を繋いで、そして味方になってもらいたいのだ。それは恐らくここにはいない皆もそう思っているはずだ。
あの人は自分があたし達の敵だというけれど、魔法に関してさりげなくアドバイスをくれるし、いろんな相談にものってくれる。いまさら敵とは思えない。相談にものってくれる時点ですでにそれはもう敵とは・・・・ね?あたしの恋愛相談はもちろん杏子には保護責任者となりバイトの紹介、マミさんへの気遣い、まどかのピンチには駆けつけるといったダークヒーローのごとく颯爽と現れ魔女を一緒に倒し―――――グリーフシードを巡り対立、その後あたし達に撃退される彼だが正直譲ってもいいんじゃない?仲間にしたらいいんじゃない?が、最近の私達の見解だったりするのだが―――――

「あれよ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あいつはグリーフシードを使って・・・・・・・・・・・・・・その・・・・・・・・・世界を混沌に導こうとしている・・・・・・・・・・・のよ?」
「それなんだけどさ、具体的にどうやって?」
「え・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ん・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・私は・・・・・・・・・・・・・・知らないけど・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ほら、危ないじゃない・・・・・・・・・ね?」

確かにグリーフシードは魔女の卵で孵化すれば魔女が生れる。あの人はそれを集めて何か企んでいるらしい・・・・というか自分でそう言っていた。具体的にどうするか聞いたことはあるが「世界の支配構造を破壊し!世界を混沌に導くのだ!フゥーハハハ!!」と、最初の頃は危険な奴、いや発言自体は危険だ、いろんな意味で、それはテレビでよくみた悪の組織みたいなイメージがあったが・・・・。
しかしだ。あの人がそういうことをするイメージが沸いてこない。あまりにも悪の組織的イメージを、それを演じている節がありすぎるのだ。こちらから歩み寄ろうとすると誤魔化すように攻撃してくるが・・・・なんか魔法少女と対立する図を無理矢理にでも作ろうとしている。

「無理矢理にでも聞きだせばいいじゃないかな?彼って弱いんだからさ、そのうち生きたまま捕獲できるよ」
「・・・・ぅ・・・そうね、呉キリカの言う通りよ。それまでは今のままでいいんじゃないかしら。一緒に食事を取っていたのも偶然で、話は貴女達同様に探りを入れていただけよ」
「ふ~ん?」
「なによっ」
「危険な奴って言っておいて自分は隠れてコソコソ逢っていたのかなってさやかちゃんは疑っていたのだぜっ」
「・・・・そのニヤニヤ顔を今すぐ止めなさい――――――上条恭介について貴女が恋愛相談をしていたことを『雷ネット』で暴露するわよ美樹・スイーツ・さやか」
「謎のミドルネーム!!?」

頭を深く下げて謝るさやかにほむらは畳みかけるように伝える。

「そもそも貴女、敵対者に恋愛相談って馬鹿なの?いえ馬鹿だったわね、残念さやかちゃんだったわね、ばーかばーかっ」
「ここぞとばかりに罵倒される・・・・って言うかなんで知ってるの?」
「彼が戦闘中に教えてくれたよ?なんか同士さやかが“まだ”恋愛がらみでウジウジしているから相談にのってやれって」
「まさかのフォロー発生源!あの日みんなが優しかった理由はこれだったんだ!?友情パワーじゃなかったんだ!」

キリカが明かした真実にさやかは天を仰いで絶叫した。
――――天気は晴れ、快晴で青空が綺麗だった。

「しかし結局ヘタレる同士さやかに一同ガッカリ、同士仁美の寛大さに私はビックリだよ。なんで彼女は恭介に告白しないのかな?」
「うう!?」
「美樹さやかが哀れでしょうがないのよ」
「言いたい放題言われても返す言葉がみつからない・・・・あたしってほんと―――!!」
「その流れ、もう飽きたわ」
「Σ( ̄ロ ̄lll) ガビーン」
「同士さやか、話は変わるけど今日は愛らしいまどかはどうしたんだい?」
「うう・・・っ、まどかなら集合の時間まであの人を探すって言って――――――」

「いま何て言ったのかしら」

「あっ」
「うん?まどかが彼を単身探しているって言ったんじゃ――――」
「キリカさん!」

それは めーっ!

ジャキ!

「美樹さやか」
「ひいッ!?」

ごりっ、と額に冷たく黒く光るトカレフを・・・・さやかは固まる。先程までの会話のせいもあるが安全装置を外しトリガーに力を加えたり緩めたり、本当に撃つことは無いと思うが・・・・・撃たないよね?死なないけどきっと死ぬほど痛い。今のほむらは目が本気だ。

「念のため一応聞いておくわ。正直に答えなさい・・・・・・・いえ、嘘でもいいわ」
「へ?」
「私の質問に躊躇せず答えるだけでいい。何でもいいわよ?真実でも嘘でも意味不明でもいい・・・・だけど言い淀んだり返答内容を思考したりすれば―――――」
「す、すれば?」
「破裂した貴女の脳みそが再生する前に上条恭介の童貞を他の魔法少女に売るわ」
「「外道だ!」」
「一秒待つわ、心の準備をしなさい。一、はい待った。聞くわよ」
「ほ、ほむほむは今日も絶好調だね?」

ちゃき☆

「何でも聞いてください!」
「この件を黙っていたのは“まどか”から口止めをされていたから?」
「特に口止めはされてなかったので自分の判断であります!」

横暴なほむらにあっさりとさやかは屈したのだった。

「そう・・・・・呉キリカ。この馬鹿者を逃がさないように拘束して、私はすぐそこの文房具屋から三角定規とぶん回しを買ってくるわ」
「ぶん回しってなに!?未知なる文房具に身の危険を感じるんだけど!」
「同士さやか」
「こんなときになに・・・・・・・っていうか離してキリカさん今あたしの命に危機が迫ってるからっ」
「気がづいたんだ。三角定規って響きはエッチだと思う・・・沖縄お土産の“ちんすこう”や数学の“π”に並ぶ隠語かもしれない」
「駄目だこの先輩、早くなんとかしないと・・・」
「ちなみにぶん回しはコンパスの和名だよ」
「なぜそんな怖い表現を選んだあの転校生!?その二つであたしに何をするつもりなの!?」
「ナニだなんてそんなっ、まったく往来でなんてことを口走っているんだ同士さやか・・・・・・サービス精神旺盛だね!」
「ただいま。買ってきたわよ」
「先輩はウキウキしてきてるし転校生は本当に買い物してきてるし――――ここまでか!?さやかちゃんはここまでなのか!?」
「・・・・・・安心しなさい美樹さやか、傷が残らないように三角定規の真ん中の穴とコンパスはあえて鉛筆の部分で責めてあげる」
「ぎゃーー!やっぱり嫌ああああああああ!!」
「うるさいわね・・・・・ホッチキスで口を閉じるわよ」
「ぎゃーーーーーーーーーー!!?」

そんなこんなで今回も変な、でもこれもまた認めたくはないが日常な世界を謳歌している状況だ。美樹さやかにとって“これ”が日常だった。きっと呉キリカと暁美ほむらにとっても。
魔法少女になり真実を知り、絶望し魔女になりかけた。本当に危険で、かつ周りに迷惑をかけてきたが確かな現実が今は在る。失わず、笑い合える今がある。
想い人とのすれ違いもうっかりさやかちゃんが原因で・・・・無事解決(?)。その後、親友と一緒にストレートに告白するも日本を代表する朴念仁には何故か伝わらず現在も進展なし。しかも想い人は見知らぬ魔法少女達と知らぬ間に関わり続けフラグは増える一方の展開。
友人は油断できない変人ばかりで想い人は鈍感でライバルは増え続け魔女との命がけの戦闘は頻繁で、それでも割と充実していると思えてしまう。楽しいと、幸いだと、苦しくても辛くても皆がいれば大丈夫だと思えた。
現に、今こうして自分は馬鹿騒ぎをしているのだ。それを、その奇跡を叶えたのは周りにいる彼女達で、想い人とライバル、そしてあの人だ。

この世界線にラボメンはいない。ラボがないのだから。別の世界線で岡部倫太郎にラボメンとして認められたメンバーは現在を幸せに過ごしている。
もちろん世界には不幸なことが多々あって、まして命がけの人生、何があってもおかしくない事を彼女達はしっている。
それでも皆がいれば大丈夫だと。そう・・・・魔女なんかに負けないと、例えあの『ワルプルギスの夜』が相手だとしても自分達は負けないと思っている。

事実、負けないだろう。暁美ほむらと岡部倫太郎が繰り返してきた最終地点とも言えるこの世界線の彼女達はあまりにも強く、逞しかった。

“魔女が相手なら”。それが伝説でも最強でも魔女が相手なら・・・・・彼女達は立ち迎える。

それを証明するように二週間前、見滝原にやってきた『舞台装置の魔女』を彼女達は倒せはしなかったが、撃退はできたのだから。


誰も失うことなく。いままでは―――――


「あれ、あの結界って確か『レーギャルンの箱』?」

だから、ある日のその日、美樹さやかはこの世界、この世界線でよく見かける結界を見つけた時に警戒することなく、疑問に思うことなくそれを当り前なものとして受け入れた。
魔女の気配はない、使い魔の反応もない。なのに結界を張っている。敵対関係である存在が人目の付かない路地裏で結界を展開していたことに、不用意にも、無警戒にも、無計画にも、疑問を浮かべる事ができなかった。

「キリカさん、転校生、ちょっと挨拶してくるっ」
「うん?」
「?」

深紅と濃藍。二匹の蝶の刻印が目印の結界。魔女じゃない。しかしグリーフシードを動力に発動する人の作りだした結界。あの人の、敵対者の結界。
慣れ親しんだその結界に美樹さやかは躊躇うことなく、警戒することなく、友人の元を訪れる気やすさで、あいさつ程度の軽い気持ちで“現場”に乗り込んだ。
もし可能性として少しでも躊躇ってくれたなら、せめてキリカやほむらにちゃんと声をかけて相談なり一緒に行こうと提案するなりして数秒を稼げていたら、あと少しだけ、それだけで、そのまま幸いな時間を過ごすことができたのかもしれない。

「ん~・・・・・あ、いたいたっ」

結界内は現実の風景とあまり変わらない。結界を見つけた路地裏と酷似した世界。ただ命あるモノ、動物昆虫植物等が排除された世界。生命以外をトレースした擬似世界。
慣れ親しんだ世界だ。何度も訪れた事のある結界内をさやかは軽い足取りで歩き目的の人物を探した。・・・・角を曲がればすぐに見つける事ができた。
見つけてしまった。もう少し遅ければよかった。あるいはもう少し早ければ何かが変わったのかもしれない。

視線の先にあの人がいた。視界に映ったのは二人。探し人の男性と見知らぬ少女がいた。

男はさやかに背を向けていて、さやかの存在に気づいていない。少女はその姿から魔法少女だとわかる。
その少女は両膝をついて懇願するように男に両手を差し出していた。目尻に涙を浮かべたその両目で男を見上げ、男の反応を震えながら待っている。
それを見てさやかは「ああ、またか」と思った。上条恭介もだが基本的に魔法関係者、といか魔法少女に彼等はモテる。自分達が知らないところで異常にだ。
・・・分からなくもない。彼らは戦えない、弱い、それが原因で自分たちに迷惑が、足を引っ張り危険に、と、そんな免罪符に怯まずに関わり続ける。下心なく純粋に心配して。得も無く、異常の世界に身をおく、自分たちの為に。だからモテる。困ったくらいに、周りには孤独な人生を歩む少女が集まり続ける。
なのに自分達はそれらの少女達とまるで会合を果たせないのが不思議だ。なぜ針の穴に糸を通すかのようにすれ違い、互いが出会えないのか本当に不思議。ほぼ毎日会っているはずなのに彼等は知らぬ内に新たな少女と出会いハリウッド映画のような事件に巻き込まれているのだからおかしな話だ。

「あ」

声が聞こえた。男が、少女が両手で差し出していた何かを受け取ったのだ。それに少女は嬉しそうに、本当に嬉しそうに破顔した。浮かべていた涙を、流さないように我慢していた涙を零しながら本当に嬉しそうに・・・・・まるで勇気を振り絞り告白し、それを受け止めてもらったかのように、自身の願い、想いが叶ったかのように、幸せそうに、涙を流しながら微笑んだ。


とても綺麗な笑顔だった。同性であるさやかから見ても目を奪われるような笑顔。


「なんだ・・・うけとるんだ・・・・・・」

だけど意外だな。と、さやかは感じた。確かに同性でありながら目を奪われてしまったが、見た目だけならさやかの周りにはもっと綺麗な人はたくさんいる。同時、それは男の周りにも、近くにもいるということだ。
人間なんだかんだ見た目は重要だ。自分同様に、こういっては失礼だが目の前の少女は平凡な顔立ちだ。今まであの人に“そういってきた”であろう少女は、“そう思わせてきた”少女は多かったはずだ。年齢に差はあるが自分達の境遇を考えれば、もとよりそう悪い顔立ちでも性格でもないのだから。あれだ、選り好みできる立場だろうに。
確かに綺麗だがもっとこう・・・・・いや、平凡な少女をここまで綺麗な笑顔に出来る人だからあえて中身重視かと意識し始め、さやかは思考がズレきている事に気付いた。

「あー・・・うん・・・・やっぱ邪魔しちゃ駄目だよね?」

これは“そういうあれだろう”と邪推し、こっそり下がろうと思った。本当に意外だ。あの様子では少女の願いを受け止めた、“応えた”んだろう。
そうなると積極的にあの人に関わろうとする自分の親友に何と言って伝えるべきだろうか?そんな、おせっかいなのか気遣いなのかなんなのか――――

「リアルブート」

聞こえたその声に、さやかのそんな思考は、思いは一瞬で消えた。



ゾンッ



「・・・・え・・・・?」

去ろうとしたさやかの目の前で、背を向けようとしたさやかの眼前で、少女の首が切断されて宙に跳んだ。見えた映像に驚いて、感じた気持ち悪さに現実を拒絶した。
ぼてっ、と空気の抜けたボールが落ちたような音が聞こえた。宙を舞い、落ちて、落ちた“モノ”とさやかは視線が合った。

「――――――ぁ・・・・・え・・・は?」

何が起きたのか分からなかった。理解したくなかった。ただ目の前で起きた現象に呆然と立ち尽くすことしかできなかった。
結界が解かれていく。擬似世界は薄く溶けるように消失し、男とさやかだけが立ち位置はそのままに現実へと帰還する。少女の遺体は存在しない。向こうに側に置き去りにされたのだから。
さやかが呆然としていたのは一瞬か、それとも数秒か、男はさやかの存在に気付いたようだ。


「――――――――・・・・・・ああ、英雄か」
「あ・・・・え・・・・?」


まるで、いつものように声をかけてくる男に、さやかは酷く恐怖した。
さっきみた光景が夢のような、幻のような気がして自分は何か勘違いをしているだけで、世界は今まで通りに日常で、まだその延長で何も終わってなんかいないはずだと――――
そう思うことが、どうしてもできなかった。

「あ、あなたは・・・・・」
「・・・」

平然と、自分と言葉を交わす男が不気味だ。

「いま・・・・何をしていた・・・の?」
「・・・・・ああ、もしかして“見ていなかったのか”?」

いつもと変わらないように接してくる男が理解できない。

「あ、あんたはっ!」
「違うだろ、見ていたはずだ。なら・・・・・それが答えだよ」

日常を壊した男が、いつものように―――――“怖かった”。

「いまっ、なにをやっていたんだぁああああああああああ!!!」

ゴッ!

叫びと同時、足下に紋章が展開、さやかの周りを蒼の光と楽譜の螺旋が舞い踊り魔法と奇跡を形作る。
咆哮。その身を魔法少女の姿へと変身させると同時に両の手に日本刀に西洋剣のナックルガードを合わせたような剣を召還、さやかは背後に展開された魔法陣を蹴って加速、全身に魔力を帯びて―――さやかは突撃した。
自分の勘違いでも見違いでもない。目の前の男は少女を殺した。その手には“輝くソウルジェム”が握られている。

「猪突猛進・・・・真っ直ぐでお前らしい、迷わず突き進む君はいつも―――――」

まるで尊いものを見るように、羨ましいと言うように、さやかを見つめる男からは正気しか感じられない。だからこそ・・・・・・・・分からなくて怖い。
なぜ殺したのか分からない。なぜ輝くソウルジェムを持っているのか解らない。受け取った魂が、なぜ未だに・・・・・・分からない。解らない。理解したくない。

“濁っていないのに殺した”

“笑顔を向けていた少女を殺した”

“魔法少女を殺した”

・・・・分からない 解らない!

「あああああああああああああああああ!!!」
「だが言ったはずだ。最低限・・・周りと状況は意識して戦え」

―――!!?

上。自分の上から怖いものがくると感じた。踏ん張り、加速した体を無理矢理進行方向から逸らそうと全力で、体への負担など無視して上からの攻撃に、その射線から体を逃がした。
逸らしたその直後に、何かが空間を切り裂いた。

ズン!

「ッ」

ごろごろと、勢いよく飛び出しといて地面を転がるのは不様かもしれない。しかしさやかは気にしない、“あれ”は受けてはいけない。
自身が数瞬、一瞬前までいた場所に突き刺さっている剣。黒く暗い漆黒のツルギ。ついさっきまで男が持っていたはずのツルギ。少女を殺した剣。魔法じゃない魔法。万物両断一撃必倒。魔女ですら打倒できる人間の心の傷。心象心理の具現。

「本気でっ」
「あたりまえだろう?」

スコップのような持ち手にアーチ状に伸びた二本のフレーム、そこから左右に三本ずつ伸びる刃、フレームの終点からはメインの長大の刃が伸びている。その二本のブレードは地面に突き刺さり岡部を守護する。
それは存在を主張する。剣自身がさやかを威圧する、威嚇する、攻撃する。剣とは呼べない、しかし確かな剣として存在する剣。
咆哮を上げ、赤紫色の光を煌々と輝かすモノ。妄想のツルギ――――ディソード。

「続けるか?」
「なん・・・ですってッ」

男の言葉に、さやかは倒れていた体を起こして剣を構える。
期待していて裏切られた。信じて騙された。望みを踏みにじられた。
・・・なら、だから、それなら――――赦さない。

「美樹さやか!」

後ろから、ほむらが―――――

「ははっ、丁度いい」

現れたが、男は余裕の態度を崩さず、むしろ、まるで、ほむらがやってきたことを歓迎し微笑む。
人を一人を殺したばかりでありながら、弱いくせに、敵対者である存在が増える事を良しとしていた。

「岡――――っ、・・・・いえ、鳳凰院凶真?」
「構えて転校生・・・戦うよ!」
「え?ま、待ちなさい美樹さやかっ、一体これはどう――――」
「あの人がっ、魔法少女を殺した・・・・まだ濁ってもいなかったのに!」
「え・・・・・・嘘・・・・でしょ?」

さやかが嘘を言っているようには見えない。だが信じられない。
仮に、呪いを溜めこんでいたから殺した―――なら分かる。最悪、肉体を強制的に停止させてソウルジェムの濁りを、魔力の消費を抑える強行手段だったなら分かる。魔女の誕生を防ぎ、かつ魔法少女の命であるソウルジェムが無事ならば、まだ力技で再生が可能なのを知っている。
だけどもし、そうでないにもかかわらず殺したとしたら?目的は?動機は?なんらかの理由は在るはずだ。この場合、岡部倫太郎というお人好しの場合なら例えば――――

「本当だ。ソウルジェムが濁ってもいない魔法少女の命を俺は“無理矢理奪った”」

それを嘲笑うかのように、証拠を見せるため男は、岡部倫太郎は白衣から複数のそれを取り出す。

「それって!」
「うそ・・・でしょ、だって貴方は―――――」
「さあ構えろ、そして備えろ――――いくぞ」

その手には輝くソウルジェムが握られていた。

―――Future Gadget Magica 07『Continuum Shift』version3
―――Future Gadget Magica 04『Giga Lo Maniac』version4.5

聞きなれた電子音。

「リアルブート」

聞きなれた声。


ドン! ドンドンドンドンドンドンッッ!!!


男の周りに現実となって召還される。どれもが巨大で長大な姿、威風堂々と存在を主張する。
絢爛豪華で神聖邪悪。形状こそ違うがどれもが強靭な威容、圧倒的存在感、力強さ、生命力に溢れていた。
耳をつんざく強烈な高音、それは凶暴に猛烈に反響の咆哮を謡う。

ディソード。その数は目の前の男、“鳳凰院凶真”の持っているソウルジェムと同じ数だけ召還された。

「死にたくなければ、失いたくなければ――――覚悟を決めろ」

そして躊躇うことなく鳳凰院凶真は暁美ほむら、美樹さやかに攻撃を開始した。

「それができないのなら―――――」

召還された複数のディソードは宙に浮き、それぞれが意思を持つように二人に襲いかかる。

「ここで“死ね”」

この日を境に、この瞬間をもって慣れ合った敵対関係が、どこか温かだった関係は終わり、文字通り殺し合いの敵対関係へと変わる。
『ワルプルギスの夜』が見滝原にやってきてからニ週間後の物語。彼女達との最終ミッション。男にとって終点である世界線。本当の終わり。
魔法のある世界に放逐された岡部倫太郎が殺されずに最も繰り返してきて辿りついた世界線。
2010年の見滝原から15年前の1995年へ。やりたいことがあり、やるべきことがあったから時間跳躍を行った世界線。
それは長い時間を経て手に入れたはずのモノを捨て去るために。築き上げてきた全てを覆すために。
このとき既に2010年。鳳凰院凶真がこの世界線に来てからあと数カ月で15年が経過しようとしていた。










χ世界線0.091015



喫茶店の隅っこで、マミ達から離れた位置で岡部倫太郎は正座していた。
その両肩にはまどかの手が置かれていて動きを制限されていた。

「ねえオカリン。ううん、今はショタリンだね?」
「はい・・・・・え・・・?・あの・・・えっ?」
「あのねショタリン、幼馴染みの定義を教えてほしいな?」
「・・・急に何だ?お、俺は何もしていないぞっ、ただマミに―――」
「関係ないけど肋骨の数は24本しかないよ?」
「幼馴染みとは日本男子の夢の結晶にして仲良しの隣人を指す言葉であり!それが異性であれば至高にして最高の存在として昇華され僕達男の子の夢と希望と羨望と真実と妄想にアルティメットレボリューションする幼馴染の事かな!」
「うんうん、ショタリンの考察には同意の思いが私にはあるよ。一緒だねっ」
「も、もちろんだ!どこぞのリア充のように幼馴染みを放置してフラグを着々と建築していくなどもってのほかだ!」
「上条君の事?ふーん・・・・じゃあショタリンは幼馴染を大切にしてくれるのかな?」

もちろん岡部は“どこぞのリア充”が幼馴染みを蔑ろにしているとは思っていない。

「もちろんだ!どっかのラボメン加入予定のヴァイオリン少年のように明らかな好意に気づかずそのくせ知らぬ間に異性との友好を着々と深め大切な幼馴染みにさもただの友人のように紹介してヤキモチをやかせたりいきなりの真面目トークでドキドキさせたにもかかわらず一瞬でいつもの馬鹿騒ぎに巻き込みガッカリさせて何かあれば秘密にし手に負えなくなれば異性関係の相談をデリカシー無しで行うなんてことを―――――俺はしない!!」

だが、岡部はかの少年をスケープゴートに己を遠回りに弁護した。

「そっかー、じゃあショタリンは“上条君”みたいに幼馴染みである私に嘘や隠し事なんかしないよね?」

―――誤解。それはちょっとしたミスや説明不足、勝手な思い込みが生むものだ。もう少し相手に丁寧に伝えよう、もう少し相手を理解しよう・・・そんな些細な気持ちがあれば誤解なんてものは生まれず、相手を理解し合え、世界はより良く素晴らしいものになるはずなのに・・・人は怠惰に染まり誤解を生む。
そして、その代償とするかのように些細な誤解は時として深刻な事態を生んでしまう。

「えっ?」
「隠し事をしているつもりは無かったなんて言わないよね?今回はしょうがないかな?でも知っていることは教えてくれるよね?嘘つかないもんね?」

―――兆し。というものがある。これから何が起こるのかを察する事であり、広く言えば第六感的なモノ。これからの事について予感し、それが当たる、というのは実は様々かつ微量な情報を五感が読み取っており、それらを無意識レベルで統合的に計算した結果今後どうなるかを予測したモノとして把握されている。
リーディング・シュタイナーもこれに当たるのかもしれない。別の世界線であった出来事を思い出した可能性もまた・・・・あるのかもしれない。誰にでもそれは備わっているのだから。

「12って数字についてどう思う?」
「Σ(°Д°;≡;°д°)しっ、しらないぞ!!」

鳥肌がハンパない。まどかは何も知らないはずだ。彼女は何も知らないのだ。

・・・幼馴染み万能論。いつかの世界線で誰かが唱えたモノだが内容はこうだ。
幼馴染みなる者、いかなる隠し事も出来ず、隠してはいけない。どこに行くにも一緒、高校だろうが大学だろうが果ては宇宙だろうが一緒。これは日本特有の文化なのかあまり海外では見られない現象だ。
双子の兄弟が片方の危機を虫の知らせのように遠くにいながらも感知することがあるが、この幼馴染み万能論は上をいく。どこにいるか、大雑把だが彼女等は感知する。しかも何をしていたか高確率で当てにくるのだから怖い・・・いや、凄い。「○○してるかと思ったな?」「そ、そんなわけないだろ!?」「そうだよね~」の流れが基本だが確実に気づかれているのだから・・・・・・しかもリアルタイムで心を読んでくるあたり油断できない。言い訳や誤魔化しの思考は目の前はおろか電話越しですら感知、把握するのだ・・・・・危険すぎる。
昨今のギャルゲーで幼馴染キャラが「負け犬」ポジションにいるのは“これ”が原因ではないか?恐怖で、それで幼馴染キャラは選ばないのだ、選べないのだ。別世界線で上条恭介との男だけの円卓会議で浮上した解答だ・・・・特に意味はない。
彼女達には自宅の鍵等の防犯は効かず、早朝の寝床に侵入は当たり前、ベットの下や辞典のケース、天井裏に水槽の砂利に埋めた18禁・・・・もとい保健体育の詳しいバイブルなどは数分で発見処理、携帯電話の暗証番号は一回のチャレンジで解除----それらの能力を標準装備しているのが幼馴染み。正直思春期の男の子には困る。いろいろと大変なのだ。外での出費とか“自宅でのタイミング”とか。
また、これらの能力は基本的に片方にほとんど持っていかれる傾向がある。ようするに一方的に情報を搾取・・・・・共有されるのだ。これは長年一緒にいたことによる相手の行動、思考が読める、予測できると単純に説明できるが果たして本当にそれだけなのか?この幼馴染み万能論を提唱した人物は「幼馴染だからだよ?」の一言で数多の否定的意見を切り捨てたが岡部も上条も反論できなかった。

「ふ~ん、知らないの?本当に?嘘じゃないよね?だって嘘つかないもんね?でも嘘だったら?うん・・・・・・じゃあ“12人”いたらどうなるのか聞きたいな」
「じゅっ、じゅうににんいたら!!?なななななにが12人いたらなんだ!?」
「・・・・ねえ、ユウリちゃん」
「な、なんだっ!?」

岡部の肩に手を置いたまま、視線をユウリに移すまどか。あいりはいきなり話を振られて戸惑うが冷静になろうと――――――
笑顔だけど闇を感じるまどかに違和感、そして気づく。

「私・・・・・あんたに話したっけ?」
「何をかな?聞きたいなぁ、なんのことか聞かせてくれる?」

12人。それはユウリ(あいり)が大暴走した時の数字というか人数というか生れた子供の・・・生む予定の人数で目指せ家族でサッカーチーム的な数字だ。
人生で決して忘れられない黒歴史確定の大暴走を自分が喋るはずもない・・・・見られていた?だから目の前のコイツは――――しかし流れ的に現場で見られていたら男の命は既に散っているはず・・・・勘か?いや鋭すぎる、どこかで情報を?いやしかし・・・・・落ち着けっ、これは高度の心理戦!魔法少女でも無いただの中学生に私が負けるはずが――――!

「答えてくれないんだ?じゃあ残念だけどショタリンは24本中・・・・何本かな?」
「((゚゚((Д))゚゚))ァバババババ!!」ガクガクガク!

あいりは謎のプレッシャーを放つまどかから視線を逸らし考え込むようにして後退・・・距離をとった。岡部はまどかの脅しを込めた言葉に震える。ここが世界線漂流の終点なのか?岡部はタイムリープ、現世界線から脱出すべきか考えた。ここで死ぬわけにはいかない!
もちろん(?)、まどかは岡部とあいりの非劇というか喜劇というか、とにかくドタバタ劇を目撃してないし聞いてもいない。しかし偶然にしては、当てずっぽというには余りにも事実を内包している。

これが幼馴染みだ。これが幼馴染み万能論だ。これが鹿目まどかだ。

「うーん・・・ねえショタリン?」
「は、はいっ!?」
「お願いを聞いてくれたら“今回は”ユウリちゃんに免じて許してあげる」
「ほ、ほんとうか!?」
「だから動かないでね?」

まどかからの提案に岡部はパーカーのポケットにある携帯電話とグリーフシードから手を離した。だが油断はしない。
これまでの経験上、1.まどかは魔法で岡部を攻撃する。2.ソウルジェムが濁るくらいの言葉攻め。3.対話(物理)。のどれかを有罪無罪に関係なく確実に実行してきた。
許してあげる・・・・・・・だと?信じられない、油断できない。安心してはダメだ、タダより高いモノは無いし幽霊もゾンビもエイリアンも気を抜いたときにやってくるのだ。
幸いグリーフシードがあるので呪いを受ける覚悟があれば四肢を欠損しようとも回復の見込みは十分に・・・

「ふふふ、オカリンちっちゃくなったね?」

ティヒヒ、と独特の笑い方で、まどかは真っ直ぐに岡部倫太郎を見つめる。



―――これで、終わりです・・・



形容しがたい悪寒に包まれて岡部は思考を中断される。目の前の少女から視線を逸らすことが出来ない。

(いま、頭に何か・・・?)

地べたに正座したままの岡部に頬笑みを向けながら、まどかは冷や汗を流す岡部の頬に両手を添える。
自分の真意を見極めようと戸惑いながらも視線を合わせ、頬を撫でられることに若干くすぐったそうに動く幼馴染みにまどかは「ふ、ふふっ」と閉じようとしても口の隙間から洩れる愉悦を隠せない―――・・・・・・はたから見るとかなり怖い。
基本的に鹿目まどかという少女はあまり自分を前に出さないおとなしい女の子で、本来は無害で儚げで優しい少女だったはずだ。

「ショタリンかぁ・・・・・うん、いいかもっ」
「え?」

岡部とユウリ(あいり)がまどかの様子に(さっきからだが)異変を感じ心配そうに声をかける。
そんな二人の視線を感じながらも、まどかは目の前の少年の事でいっぱいだった。嬉しい誤算だ。魔法と奇跡はあったのだから“これ”もありだ。ありきたりすぎて考えなかった、というよりも不可能だから意味が無いはずで、でもこうして彼はいる。
無精髭がない顎から頬へ、スルスルと指先で撫でながら形を確かめるように耳へ、髪の毛の感触、いつもと違いさらさらしていることに、また笑みが零れる。

「まどか?おまえ―――」
「ふふ」
「むぐ!?」

むぎゅっ。と、まどかは岡部の頭を両手で抱きしめた。戸惑う岡部と唖然とするユウリに気を配ることなく彼女はそうしたいから、そうした。
整髪料で逆立て固められた髪じゃない、お風呂後の、濡れたような艶のある垂れた髪。普段の髪型が嫌いという訳じゃない、ただこちらの方が好みというか、さらさらした感触が気持ちよくて微かに香るリンスの・・・・・・・・

「質問です」
「む?うむ?」

・・・・知らない香りだ。ラボにあるモノでも自分が持ち込んだモノでも、自宅に在るものでもない知らない香り。昨日もそうだったが自分の知らないうちに誰かと一緒だった証拠だ。
許すといった手前、これ以上追及するつもりはなかったが、もとより幼馴染みの彼が出会ったばかりの子に不埒なまねをするとは微塵も思っていないが・・・・・しかし、やはり駄目だ。何故か気にくわない。
もう少しだけ苛めよう。いまだお店の床で正座し、自分のなすがままになっている少年の耳元に唇を寄せて囁くように言葉を紡ぐ。きっと戸惑い、震えるかもしれない、彼の幼馴染みである自分は、彼が何を聞かれたら困るのか不思議と分かるのだ。



「12人もいたら・・・・将来なにが問題化すると思う?」
「「!?」」



ビクンッ!と、予想以上の反応に、まどかは岡部とユウリの二人から見えないように笑みを深くする。
楽しい!彼が自分と同じ位置に、身長はずっと彼の方が高いがそれでも縮まった。座ってくれたら頭を抱きしめる事も出来る。
嬉しい!近くにいるのに遠くにいるような、それがどうしても嫌だった。いつか消えてしまいそうで、いなくなってしまいそうで怖かった。だけど今は自分の腕の中で思うがままだ。

やっと“捕まえた”。

きっと怖がらせてしまった。自分の口から出た言葉の内容がなんのことか分からないが、きっと彼には都合が悪い質問なのだろう。
きっと驚かせてしまった。なぜバレたのか分からず、それが混乱を強め、言い訳や弁解、無実を証明するために必死に悩んでいるのが分かる。

「ふふっ」

まどかは笑う。嬉しくて楽しくて、きっと鳥肌が立ちパニック状態になっている幼馴染みが可愛くて、震える様子が愛おしくてたまらない。
自分は今面白がっているのだろうか?可笑しいのか、楽しいのか、正確には自分にも分からない、とにかく喜の感情が沸き上がっているのを自覚する。だから自然に抱きしめる力が強まり彼に体重を預けるように抱きしめる。
彼が震えている感触がダイレクトに伝わる。“自分に対し”彼が震えている、怖がっている、どうもその事実が自分の背中にゾクゾクとした何かをもたらし笑みが止まらない。

「ずっとこのままならいいのにね?」

同意を求めるように、まどかは幸せそうに呟いた。





あまりにも流れが良好だった世界線、それでも人は確実に死んでいる世界線。今までなかった事柄があったから、今までになかったことが起きるのだ。

違う場所で、鹿目洵子は魔女と遭遇していた。

杏里あいり、猫の魔女、キリカとの関係、ほむらの魔力喪失。世界はすでに、この世界線は、岡部倫太郎以外の手によって歪められている。
岡部倫太郎が介入した本来の世界線から逸脱している。既に、もっと前から、前回の岡部倫太郎の時とは違い、改変されている。

≪死んじゃえばいいんだよ≫

今度は誰の声だ。気持ち悪い。鹿目洵子は顔を顰めて自分と同じように苦しんでいる石島美佐子に視線を向ける。彼女も視線を返し頷く、同じ思いを抱いている。このままでは不味い、早く逃げなければ、と。
二人は、いや、他にも大勢の人間が“ここ”に閉じ込められた。気づけば“ここ”にいた。
荒れ果てた荒野。見渡す限り何もない。あえて言うのなら暗い空に突きさすような陰鬱な風、腐れた樹木、乾いた大地――――“なにか”。

≪死んだ方が良いに決まってる≫

「くそっ、なんなんださっきから!」
「ええ・・・・この声は」

≪死のう≫

自分達の声だ。さっきから頭に直接響くような、憂鬱とさせる声の正体はこの場にいる人間の声だと漠然とだが分かる。理屈じゃない、感じるのだ。認めたくはないが“これ”は自分の声だと。
声の発生源は分からないが“アレ”も関係あるのは確かだろう。気づけば此処にいて、気づけばアレがいた。落書きのような何か。

≪死にたい≫≪死のう≫≪死んだ方がみんなのためなんだ≫≪僕に価値は無い≫≪意味は無いんだ≫≪私は嫌われている≫≪誰からも必要とされていない≫≪いなくなっても気づかれない≫≪死んじゃえ≫≪どうせ良い事なんか無い≫≪迷惑だけかける≫≪あたしは邪魔なだけ≫≪汚い≫≪隣にいるだけで傷つける≫≪いつも嫌われる≫≪死んで≫≪死ね≫≪死ねよ≫≪死ね≫≪死ね≫≪死ね≫≪死んでしまえ≫

気持ち悪くて、気分が悪くて、立つだけでも体力をごっそりもっていかれる。

「―――っ・・・・くそったれが!」

膝から崩れ落ちそうになる。このままでは不味いと本能が知らせてくるが、その本能が屈せよと、楽になれよと、矛盾する意見を押し付けてくる。逃げろ、そのままでいろ。駄目だ、これでいい。嫌だ、構わない。帰りたい、嘘だ。

死にたくない。

≪死にたい≫

「あ・・・っ・・・ああっ」

声が聞こえる。自分の声が、それはとてつもなく甘美なものに思えてきた。早く逃げなければいけないのに体が思うように動かない。危機を受け入れようとしている。
けたけたと嗤い声が周囲から聞こえる。周囲の人達が恐怖と痛みからパニックになっている。

『■■ ■』

ギュウゥ・・・!という音と誰かの悲鳴、ゾンッ、と人間の体が綺麗に抉られる音が聞こえる。
獣のようで人の叫びのような声、視線の端で、その声を正面から受けた人間の体のあちこちから血が吹き出ているのが見える。

≪こっちに――おいでよ≫

「ッ・・・・・ああっ」

歯を食いしばり足を前に、少しでも距離を稼ごうと足掻く。
死にかけか、死んでいるのか分からない痙攣している人間に止めを刺してこちらに向かってくる“何か”から離れようと足掻く。

「もういい―――」

自分と、見滝原中学校の制服を着た男子生徒の肩をかりていた成人男性が諦めたように呟く。

「俺はいいからっ・・・・おいていけッ」

自分が荷物になっている事を理解しているから、自分を置いていけと言う。
洵子も美佐子も男性も少年も、気づけばこの場所にいた。そして“なぜか”男性は自殺しかけ、そこで娘と同じ中学に通う名も知らない男子生徒に助けられて今はこうして一緒に逃げている。
どうして死のうとしたのか、あの声のせいかもと言った。洵子もここにきてしばらく、頭に囁きかける声を聞いているうちに死のうとした。周りもそうだった。この少年がとっさに大声で止めに入らなければそれは実行されていた。
そして混乱し錯乱する間もなく突如、石造りの巨大な門が現れた。そこから現れた『落書きみたいな人間』と、『ムンクの叫び』を実体化したような何かが戸惑う人間を襲い始めたのだ。漫画やアニメのような展開で、実際その通りになったらそこは、ただの、当たり前で、当然の、地獄だった。
『落書きのような人間』。人間を描こうとした落書きのような何か。どっちでもいい、その異形は人を襲い殺す。ギュウと、何かを吸い込むような音と共に、落書きのようなその手に紫っぽい色の光か何かが収束し、そして跳びあがりながら私達に飛びついてくる。
言葉に、文字にすれば意味が分からない戯言のようで、しかし本当にその通りの事があって、少年が叫ばなければ―――あたしは死んでいた。とっさに下がったあたしの横でそれは起こったのだ。目の前の光景が信じられなくて、跳びつかれた人は最初なにが自分の身に起きたのか理解していなかった。理解したくなかったのか、脳が理解することを放棄したのか―――――光に触れた部分が、ごっそりと抉り取られていた。綺麗に、美しく。

―――逃げて!

あまりにも断面部分が綺麗で、体の内側が洵子の視点では丸見えだった。あっ、と声を上げたのは自分だったのか相手だったのか―――中身が零れたその人は倒れて、死骸に群がる虫のように『落書きみたいな人間』がたくさん、たくさんたくさん倒れた人に殺到して『落書きみたいな人間』の山を構成した。

――はやく!

呆然としていた自分も、周りも、それから背を向け逃げ出した。アレが何なのか、今の人はどうなったのか、そんなこと考える余裕も無くなった。夢とか白昼夢とか、現実を否定するには音も匂いも感触もリアルすぎる。それがいっそう現実味をなくすという矛盾を少年の声が一喝、誰もが逃げ出した。夢じゃない、妄想じゃない―――現実だと理解させられる。

「もういいからっ・・・・」
「駄目です!まだ―――」

幸いなのか、『落書きみたいな人間』は一度組みついたら相手が死ぬまで、息絶えるまで徹底して攻撃し続けた。獲物を横取りするように、全員が一人の人間に群がり殺す。走って追ってくるようすもない、誰かが犠牲になっている間に逃げ切れる。
そう思った。そう思ってしまった。だけど、そのことに恥じるまもなく『ムンクの叫び』が追ってきた。人間大のそれに足は無く宙に浮いている。逃げ惑うあたし達の先頭集団に追いつき――――先頭の人達が立ち止まり悲鳴を上げた。

―――■■■!!

叫び。『ムンクの叫び』があたし達に負けない絶叫を上げる。正面から、至近距離からその声を受けた人達は身体が膨らんだように見えた。次の瞬間には目から鼻から耳から口から全身から血を噴き出し倒れていった。
倒れ、びくびくと痙攣している彼等に複数の『ムンクの叫び』が囲むように、円陣を組むように並び、一斉に叫び声を上げる。

「諦めないでくださいッ」

パン!と風船が割れたような音と映像。そこから先は憶えていない。誰もが我先へとバラバラに駆け出し、悲鳴が全方位から聞こえて、この少年が膝をついていた男性に肩をかしていて、一人では動けずに四苦八苦していて、見てられなくて手伝って――――今に至る。

「くそったれが・・・」

回想を踏まえて状況を整理したが何も変わらない、今まさに殺されそうで、逃げ切ることができないと理解しただけだ。今は何とか生き延びているが後ろから『落書きみたいな人間』が体を無器用に、不気味に、壊れかけのロボットのように前後上下にがくがくと動きづらそうにしながら迫ってきている。不愉快なその動きは鈍い、遅い、しかし確実に近づいてきている。

≪みんなで一緒に≫≪死のう≫≪死んで≫≪一緒に≫≪死ね≫

逃げ切れないと、このままでは追いつかれると誰もが分かっていた。

≪仲良く死のうよ≫≪一人は嫌だから≫≪みんなで≫≪死のう≫≪死んでよ≫

頭に囁く、なのに響く誘惑。それでもいいかと思ってしまうのを否定できない。もう楽になりたいと願ってしまう。祈ってしまう。
だけど同時に思う。家族の元へ、和久、まどか、タツヤのところに帰りたいと願う。祈る。もう・・・どうなってもいい、だから家族のもとに帰りたかった。

≪死ねばいい≫

このままじゃ逃げ切れない。もう家族の元へは帰れない。どうしたらいい?

≪――――殺せばいい≫

そうだ。

「いいから・・・・・もういいからっ」

男性が言う。怖いくせに、本当は置いていかないでほしいくせに。
死んでしまいたい、だけど生きたい。そう洵子が考えているように、生きたいと思っていながら男はそう言う。
囁く声に抗い、その上で置いていけと、自分は死ぬかもしれない、だから先に行けと。

≪みんなで死のう≫

嫌だ。死にたくない。だから―――その言葉が心を乱す。ただでさえ死にたい欲求を、死にたくないと抗い、家族との再会を望み、その想いで必死に均衡を保っているのだ。どちらにも傾く欲求。感情は死にたがり生きたがり、理性は諦めかけているのに家族の元へと訴える。死にたくない、楽になりたいけどここでは死ねない、と。
そこに欲求を満たせる言葉を聞いた。置いていけと言われた。ふらつく天秤に、乱れる道筋に、選べる選択肢に、揺れる感情に――――

「駄目です!」
「ああっ、駄目だな・・・全然駄目だ!」

少年の怒気を孕んだ声、それに続くように言葉を紡ぐ。鹿目洵子は覚悟を決めた。少年と目が合う。なぜか不思議そうな顔をされた、戸惑っているような、喜んでいるような、ありえないモノを見るような顔。期待はしているが、でも駄目かもしれない、覚悟はしている・・・そんな後ろ向きなのか前向きなのかよく分からない顔だった。
きっとそれは自分が男性を助けきれない・・・仕方なくだが、そう決めた事を微かに悟ったからかもしれない。
鹿目洵子は誰も救えない。成人男性一人を担ぎながらでは確実に逃げ切れないのだから。
少年はそれを感じ取ったのかもしれない。

「そのくせ、諦めていないんだな」
「え?」

後ろから、僅かながらも距離を詰めてきている『落書きみたいな人間』、そんななか期待されている。そう感じる。置いていかれるかもしれないと感じていながら、洵子が協力してくれるのではないかと少年は期待している。それを感じ取った。
普通に考えたらありえない。今まさに死にかけているのだ。その恐怖に晒されていて、なぜか死にたがっている状況で、それに無理矢理抗って生きたいと願っている。そこに置いていけと言われて、逃げろとお願いされた。

諦めて一緒に殺されて楽になる選択。これが一番楽だ。今もそうしたいしそうありたい。
次に生き足掻く選択。それは苦しくて辛い。でも何もかもを放り出して家族のもとに帰りたいと思う、その思いは強い。
それ以外の選択肢は中途半端で、苦しくて辛くて誰も生き残れなくて自分は家族の元には帰れない。一番選択してはいけないモノだ。みんなが死んでしまう。

「ああくそッ―――――」

ごめんなさい。覚悟を決めた鹿目洵子はそう思った。
そして、家族に詫びながら――――選択した。

「しょうがねぇだろ!」

囁く声に抗い、生きたいと願った。

「死にたくないんだよ!」

だから、だけど―――声を荒げて力を込めた。足に一歩一歩、しっかりと体重をかけ転ばないように慎重に歩く。男性を離さないまま。

「だからさッ、あんたも頑張ってくれないかいッ、あたしは見捨てない・・・・だから頼むよ!」

鹿目洵子は死にたい欲求と、一人逃れたい欲求を退け皆で逃げる・・・男性も、誰も助からない可能性を選んだ。見捨てない、逃げ出さない、なら追いつかれてみんな死ぬ。だから覚悟した。そんな選択をした。自己犠牲か、罪悪感か、もう分からない、考えきれない。もういっぱいいっぱいで考えるのが億劫だった。
だから心の中で家族に謝った。もう会えない、別れの言葉も無しに、きっと自分の帰りを心配しながら待っている家族に謝った。
この選択に、この覚悟に鹿目洵子は誰も責めることは出来ない。誰の責任でもない、自分で決めた事、他の誰でもない自分の判断、男のせいでも少年のせいでもない、数ある選択肢なかで自分で決めた、確かにあった正解を自分で捨てたのだから。

「す、すまないっ、すまない・・・っっ」
「ありがとうッ・・・ございますっ」
「ははっ」

男は泣きながら謝り、少年は何故かお礼を言った。洵子はもう、笑うしかなかった。
この期に及んで善人でいる自分が憎い、だけど・・・家族には、笑われない選択肢のはずだ。
悟りか、達観か、諦めか、洵子は死を覚悟した。それはこの場にいる全員に言えるはずだ。美佐子も、男性も・・・・・だけど一人だけ違った。

「あと少しだけッ、頑張りましょう!」

この後に及んで大きな声で自分達を、自分を鼓舞する少年が不思議だった。震えていて、泣いている、怖いのだろう、ズルズルと鼻水を流している。見滝原中では珍しく髪を丸刈りにした少年はそれでも諦めていないのだから不思議だった。
大の大人ですらこの状況、本人も、周りから見てずっと怖がっているのが分かる。だけど誰よりもしっかりと意思を持っていて、怖いくせに見捨てない、どうしてか分からない。自己犠牲?慈愛?それとも―――

「あと少しって、なんかあるのかいっ」
「はい!たぶんですけど・・・・」
「た、たぶんっ?」

いいかげん体力の限界に近い洵子の質問に即答はするが、声は自信なさげに小さくなっていく。後ろから男性を支えるようにしていた石島美佐子が不安げに呟くが、少年は足を進めることしかできない。
後ろから『落書きみたいな人間』が迫ってきている。皆は恐怖に震えるが走れない。体力も精神も限界に近かった。

「ああっと、少年っ」
「はいッ、なん、でしょうかッ」

息も絶え絶えながら必死に足を前に出す丸刈り少年は普通だ。

「なんで、あんたはッ、このッ、場面でッ、諦めてないんだッ?」

だから洵子は、気になっていた事を問う。

「えっとですねっ―――奇跡というかッ、なんというかッ、魔法って、みたいな――――ねっ」
「あんッ?」

普通の少年が恐怖に怯えていながら折れない、この状況で信じている何かを知りたかった。
しかし返ってきた答えはあまり要領を得ない、意味を尋ねようとした瞬間―――

『■■』
「ッ!?」

目の前に『ムンクの叫び』、化け物が洵子達の前に現れた。

『■■■!!』

(あ、駄目だ―――)

ドンドンドン!

死を覚悟した洵子の後ろから伸びた腕が、化け物を退ける。

「魔法・・・・?あなた、もしかして―――」

石島美佐子、警察官の彼女は所持していた銃で弾丸を『ムンクの叫び』の顔、口に打ち込んだのだ。
日本の警察官って銃を休日に所持していいのか?と、場違いな感想を頭の片隅において洵子は後ろを振り返ると、さっきまでとは違う表情の彼女を見て驚いた。
彼女は明らかに、場違いな歓喜を内包している。囁く声についに頭がやられたのか、そう思うほどに場違いな笑み。

「見つけた・・・・手がかり、やっと―――レミ」
「え?あの・・・?え?」
「お、おい美佐子?」

丸刈り少年と洵子、二人の戸惑いを無視し、美佐子は少年に詰め寄る。後ろからは『落書きみたいな人間』が迫っているのもかかわらずだ。

「教えなさい!知っている事を全部ッッ!レミはどこにいるの!!」
「ええ!!?あ、あの俺には何の事だか―――」
「おい美佐子あとにしろ!今は――」
「あっ、まずいぞ・・・っ」

突然の豹変ぶりに困惑していると、男性がギョッとした顔で叫ぶ。

『■■!!』

横から、銃弾をくらい、死んだように横たわっていた『ムンクの叫び』が突然叫び声を上げた。

「うッ!?あ、がぁ!!?」

距離と、『ムンクの叫び』が倒れていたからか、位置関係がよかったのか四人はその叫び声の攻撃で死ぬことはなかった。幸か不幸かは分からないけれど。
あ、ぐ、と誰もが痛みに声を漏らす。鼻血、目や耳からも血は流れているのかもしれない。膝をついて、視界が赤くなったり白くなったり黒くなったりして意識が遠のく。・・・内臓が破裂していたら困る、と、どこか冷えた頭でそう思った。諦めて・・・・悟ったのだ。がくがくと震える体で視線を周りに向ければ――――囲まれていた。

「ああ・・・・ちくしょうッ」
『『『『『『■■■■!!!』』』』』』

六体の『ムンクの叫び』が洵子達の周りを囲み、一斉に叫び声を上げ、追いついた『落書きみたいな人間』が、光を手にして跳びかかってきた。

「くそッ・・・」

死んだ。終わった。涙を目尻に溜めながら洵子は悟った。

(ごめんね)

もう一度、ここにはいない家族に謝る。身体の内側から爆発すかのような圧迫感、破裂するのだろうか?さっき見た人達のように、自分もそうなるのかな、と、倒れた少年に跳びかかる『落書きみたいな人間』を視界に収めながら――――鹿目洵子は死を受け入れた。




「殺させない、やっと見つけたんだっ」




何も感じなくなってきていた身体と心だったが聞こえた声に、ぞっとした。
気絶する寸前に洵子が捕えた映像は、少年に跳びかかる『落書きみたいな人間』が周りにいる『ムンクの叫び』共々バラバラに、一瞬で刻まれた光景だった。
声は知っている。石島美佐子のモノだった。しかし姿は違う――――間違いなく、化け物だった。
そして、鹿目洵子はそのまま気を失った。





喫茶店の席で岡部達6人と一匹(?)は情報交換を行っていた。あと携帯電話のアドレス交換。念話という基本料金ゼロの何事にもお金がかかる年頃の学生にとっては心強い魔法もあるのだが電波(?)はそう遠くまでは届かないので連絡方法としてはやはりケータイの方がマシだったりする。結界内では使用不可だが。
なにはともあれ、岡部達は全員とアドレスを交換する。

「私はいい・・・」

一人、ユウリ(あいり)だけは拒否した。

「まあ俺は昨日で登録済みだがな」
「・・・・・・この変態」
「なぜ!?」
「ショタリンなんのことかな?」
「ひい!?」
「鳳凰院先生、赤外線の準備できました」
「そそそそそうかほむほむ!」
「ほむらですっ」
「あとでくわしくお話ししようね?」
「((((;゜Д゜)))!?」 ガクガクガク!
「あれ・・・・?」

まどかに捕まってしまった岡部からワインレッドの携帯電話、ノスタルジア・ドライブと呼ばれるそれを受け取り、アドレスを通信で交換しようとしたがほむらのケータイの電池が切れたのか、赤外線通信の途中でプツン、と液晶が真っ暗になった。
そういえば昨日、いや一昨日から充電していなかったと思い出し、携帯の電池程度そんなものだ、と、ほむらは特に気にせずラボに戻った時に充電器をかりればいいか、と思いケータイをポケットにしまう。
そして、まどかを相手にあたふたとしている岡部の前にケータイを置いた。気づかないまま。違和感を抱かないまま。
アドレスとは違うモノを、ほむらのケータイから受信しているソレを、本来なら魔力を失ったことで興味、関心が向くはずのソレを、未来ガジェット0号『失われた過去の郷愁』を、暁美ほむらは“なぜか”あっさりと手放す。

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同様に、岡部もまどかからの笑顔の質問に気を取られていて気づかなかった。それは音声も、バイブレーションもなく淡々とデータのやり取りをディスプレイ上で行っていた。
誰にも気づかれることなく、それこそ岡部倫太郎に気づかれないという不自然な状態で。

「幼馴染みには嘘つかないもんね?」
「HAHAHA!アタリマエジャナイカ!カノジョトハキノウノジテンデアドレスヲコウカンシタダケダヨ!」
「無理矢理?」
「ゴメンナサイ!」

というやりとりを繰り返しながら積み重なる誤解を解いて、誤解から生まれる争いを防いで、争いから失われる命を繋いで・・・辛い試練だったがようやく念願かなっての対話だった。
鹿目まどかからの“お話”から生還した岡部倫太郎(ショタ化中)は現世界線漂流三日目にしてようやく巴マミとまともな会話を行うことができていた。

「つまり鳳凰院先生は男性だけど魔法の・・・私達の関係者ってことですか?」
「その通りだマミ、ちなみに男でも魔法の存在を知る者はいるぞ。それなりにな」
「?」
「家族や友人、恋人に部活仲間といった様々な形で魔法の存在に気づいている人達はいるよ。関わるかどうかは別だがな」
「そう・・・・・ですか」
「日本には少数だが海外では組織的なものも割とある。『シティ』とかにな」

家族、友達、それは魔法少女になってから今日まで巴マミには得る事ができなかった。事故で家族を失い、生きるためにキュウべぇと契約し魔法少女になった。彼女は自分と同じ思いを、大切な人を失う悲しみを他者に与えぬために魔女の脅威から他人を守るために日々戦い続けてきた。
誰も巻き込まないように、ただ一人で戦い続けてきた。“それが原因で”一人に、孤独になる事を薄々感じて、承知のうえで、それでも戦い続けてきた。後悔はない、と言えば嘘になる。昔の自分に今の状況を教える事ができてもマミは生き方を変えないかもしれない。知ったところで、マミはそれ以外のやり方を思い浮かべる事ができない。
家族と食事に出かける・・・ただそれだけだったのに、確かにあった幸せな時間が終わり、生き残るために魔女と戦い続ける人生が始まった。
誰にも見てもらえない、認めてもらえない人生がこれからずっと続いていく―――そう思っていた。

「それに」
「?」
「魔法少女に助けられた人達、大抵の場合は夢と思う人が多いだろうが・・・そういった人達も数多く存在する」
「あ・・・」
「この見滝原では特に多い。俺も以前この見滝原の魔法少女に助けられた者の一人だ」
「そう・・・だったんですか?」
「ああ、それも何度も。“君”は・・・・・ああ、その魔法少女は何人も何十人も助けているから憶えていないだろうが俺はずっと憶えている。俺はきっとそれを忘れないだろう、彼女のおかげで俺はここにいる事ができる」

マミと正面から向き合い対話する岡部(ショタ化中)は真っ直ぐにマミに伝える。何度も助けてくれた魔法少女であるマミに。
巴マミは岡部倫太郎を助けた事を憶えていない。当然、別の世界線での出来事なのだから。しかし仮に、この世界線の過去で岡部を助けていたとしても彼女は岡部を助けた事を憶えていただろうか?彼女は岡部を岡部と確認することなく、ただ魔女の結界に捕えられた一般人としてしか認識しなかったかもしれない。
彼女は日夜多くの人を助けている。いかに安全に確実に、そのために速攻で魔女を片付ける。誰が魔女に囚われているかなんて詳しく確認しない、そんな暇はない、戦闘後も最低限のケアだけですぐに場を離れる。全部とは言わない、誰の場合でもとは言わない、だが基本的に彼女は颯爽と現れ速攻で倒しすぐさま離脱する。
もちろんある程度関わりにある人物、今の岡部なら気づくだろうが、もし私服姿の見滝原中学校の生徒を助けたとき、彼女はその存在を自分の学校関係者だと気づかぬまま救出後に立ち去るかもしれない・・・・いや、事実そうしてきた。
そういったやり取りを日夜彼女は繰り返す。魔法少女の責務として、純粋な正義感として、孤独を紛らわす手段として、彼女は赤の他人を命がけで助け続ける。



「マミ、君は愛されているな」



だから岡部はマミにその言葉を送った。気づかない、気づけない、気づこうとしなかった彼女に優しい真実を贈る。
彼女は自分が孤独だと、一人だと認識している。放課後を一緒に帰る友達はいないし休日を共に過ごす知人はいない。ケータイのアドレスは魔法少女になってから増えていない。学校で喋るクラスメイトはいる。お弁当を一緒に食べる人もいる。告白だってそれなりにされた。教師からの信頼もある。それでも彼女は寂しい、不安で押し潰されそうになる。

「え?」

巴マミ。彼女は岡部倫太郎が守りたい人で、だけどずっと岡部は彼女に守られていた。助けたい人で、だけど岡部は彼女を助けきれなかった。
それは今もかわらない。岡部倫太郎は巴マミを救う事が、助ける事ができなかった。一時的にはできても本当の意味では一度もない。
“彼等のように”マミを救う事が、助けることが岡部倫太郎にはできなかった。

巴マミの在り方は、その生き方は、岡部倫太郎の介入を“必要としなかった”。

「だが、今度こそ――――」
「あ、あの?」

マミの戸惑いの声に岡部は没頭しそうになっていた思考を打ち切る。

「あ、いや・・・すまない。とにかくマミ、君は“みんな”から愛されているよ」
「え・・・・と、なんのことですか?」

突然そんなことを告げられてもよく分からないといった表情でマミは戸惑う。
まあ当然か、と岡部は苦笑する。口で言ってもきっと伝わらない。決して、今までがそうだったのだから今回も同じだと諦めているわけではない。知っているのだ。奴等はここぞというときに伝える。自分をおいて、無視して、背景のような扱いで放置し自分に出来ない事を、それこそ魔法のように――――
そんな彼等に、岡部倫太郎はきっと嫉妬している。最善だと知っていながら気にくわないのだ。子どものように。

「ねえショタリン、ショタリンはマミさんのこと知っているの?」

まどかが岡部のパーカーの裾を ちょんっ と、岡部と組んだ逆の腕で引っぱって岡部にマミとの関係を確認尋ねる。

「アア、ソウダゾマドカ。オレハカコニマミニタスケテモラッタコトガアルンダ」
「ふーん、マミさんショタリンを助けてくれてありがとうございます」

そして幼馴染を助けてくれていたマミに感謝の言葉を送る。まどかは思う。きっと自分が知らないうちに幼馴染みの彼は昨日のような恐ろしい魔女と幾度か関わっていて、もしかしたら何度も死にかけた事があって、目の前の先輩はそんな彼を助けてくれていたんだと。

「ううん、いいのよ鹿目さん。憶えてないし魔法少女として当然のことだから。・・・・・と、ところで鹿目さん?」
「はい?」
「ショタリンっていったい・・・・・・ううん、やっぱりなんでもないわ」
「?」
「なんでもないの。それより・・・・・ええっと、それでつまり――――」

聞きなれない単語が混じっていた気がするが気にしてはいけないのかもしれない。だからマミはとりあえず簡単に、正確に、現状の正しい確認をすることにした。
対話はまず簡単な自己紹介をして、アドレスを交換して、岡部がマミを呼んだ理由、それは自分も魔法少女の関係者であり協力しないかという内容、二日前から岡部がマミを追いかけていたのはそのためであって―――

「つまり告白はやっぱり勘違いだったということで・・・・・・・・ぅううううっ」
「マミ?」
「き、気にしないでください鳳凰院先生・・・・・私の勘違いだったんです――――」
「・・・告白といえば確かにこれは告白だが・・・すまない、俺はまた君に迷惑を?」
「いえホントに気にしないでください!ただ私が勝手に―――」
『マミは君に求愛をされたと勘違いを―――』
「キュウべぇ!!」べしんっ
『きゅっぷい!?』

いらぬ情報を、自分が勘違いしてここ最近、情緒不安定極まる行動をとっていたことを暴露しようとしたキュウべぇをマミはとっさに潰すように上から押さえる。
紅くなった顔でマミがアワアワと、キュウべぇが苦しそうにもがくなか、まどかは隣の岡部に問う。笑顔のまま、さやかとほむらは ぶるり! と気温は変わらないのに何故か震えた。

「ねえショタリン」
「ナ、ナンダイマドカ?オレハマダミスヲシテイナイッ、マダダイジョウブナハズダッ」
「告白ってなんのことかな?」
「コ、ココココクハクトハカミングアウト!ヒミツヤヒメゴトヲツゲル、アカストイウイミダ!ソウ・・・・ソレイガイノイミヲフクマナイシトクニイミハナイゾ!?」
「ふーん」
「ソウ、ソコハフカクツイキュウシテモイミハナイ・・・キニスルナ!というわけでマミ、君もそれでいいか?いいよな?いいはずだ・・・・頼むそう言ってくれ!言ってください!」
「は、はぁ・・・はい?」
「・・・・・本当にすまない。毎度のことながら君には迷惑をかける。だが俺達には君の力が必要だ・・・どうだろうか巴マミ、俺達の仲間になってくれないか」

予想した通り、マミは岡部の告白もどきは恋愛とか求愛のそれではなくもっと真面目で深刻なものであったと自己確認し、動揺し慌てている自分を落ち着かせた。
幼馴染みの少女とのやり取りはおいといて・・・・今は自分の事を考える。
仲間。一緒に戦う・・・過去、佐倉杏子というパートナーと決別した自分には二度とないと思っていた。一緒に戦ってくれる同じ環境にいる人達。ユウリと呼ばれている少女は口数が少なく心情は分からないが魔法少女で、男性だが岡部倫太郎は魔法少女の理解者で共に戦いたいと、仲間になろうと手を伸ばしてきた。

「あ・・・その・・・・・」

葛藤はあった。迷いはあった。突然だし男だし沢山いるし魔法少女じゃないしそれに・・・・・信用できるか分からない。いや、信用とは違う。そうじゃない。怖いんだ。また失うかもしれない。それを思い浮かべてしまう。
きっかけはどうあれ、それが些細な事でも人は簡単に離れていく。まして命がけの生き方、仲違いしたままでは魔法少達は一緒にはいられない。感情にソウルジェムは反応するのだから。
葛藤はあった。迷いもあった。だけどその伸ばされた手を、差し出された手を、間をおかずにマミは握り返していた。まだよく分からないのに、キュウべぇですら岡部倫太郎の事をよく知らないというのに自分は手をとっていた。

「よろしく・・・・お願いします」
「ああ、よろしくマミ!」

分かっていたがそれ以上に自分は、やはりかなり寂しがり屋なのだろ。思考が追いつく前に無意識に手を取っていたのだから。そして自分の手と重なっている今は少年の、自分より少しだけ大きな手の人の顔をマミは見た。
岡部倫太郎は優しく、嬉しそうに微笑んでいた。その笑顔があまりにも綺麗で真っ直ぐで、純粋なものだからマミは呆気にとられ、無意識に繋がれた手にさらなる力を込めて握り返していた。

「そんなふうに・・・・・・・笑えるんだ・・・」

人が、人はそんな風に笑うことができるなんて・・・と、綺麗とか、純粋とか、現実にそう感じる事ができる笑顔を浮かべる人がいることに驚いたのだ。
なにも今までマミが笑顔を見た事がないわけではない。ただ少女マンガの絵や、小説の表現として文章化されたものでしか今のような笑顔を見た事が無かった。
尊いと、そう思える笑顔を自分に向けられた・・・・・・・・・。

「マミ?」
「あ、いえっ、なんでも・・・・ありません」

その言葉に今度は苦笑している。ただの少年のように、嬉しそうに。安心したように。嬉しいときの笑顔、可笑しいときの笑顔、喜んだときの笑顔・・・・・自分が友達が家族が皆が、マミはいろんな人のそれぞれの笑顔をたくさん見てきた。素直に、正直に、咄嗟に、不意に、安心して、引きつりながら、押さえきれずに、躊躇いがちに、当たり前のように、嬉しすぎて、他にもたくさん、そんないろんな笑顔を、もしかしたらそれ以外の笑顔もたくさん見てきた。
だけど今、岡部が見せたのはそれらとよく似ていて、違うような、だけどどの笑顔にも当てはまる不思議なもの。
嬉しそうなのに悲しそうに、喜んでいるようで遠慮しているような、正直でありながら躊躇いがちで、当たり前のくせにまるで怖がっているな、よく分からない。いろんな思いを内包した笑顔。ごちゃまぜのくせに真っ直ぐに伝わる不思議な笑顔。
目の前の笑顔は初めて見たもので、それでいて遠い記憶の、もういない家族が自分に向けてくれていたような温かい――――。

「マミ、君にさっそく伝えねばならないことがある」
「?」

岡部の真剣な声にマミは耳を傾ける。テーブルを共にするさやかも、ほむらも、ユウリ(あいり)もだ。岡部の言葉には力があり、自然に気が引き締まる。
今から岡部がマミに発する台詞はラボメンとして岡部倫太郎に定められた少女達全員へ向けられたものだから。

「なに、君に・・・・・・・・・マツンダマドカ!?ダイジョウブダモンダイナイ、ゴカイモカンチガイモサセナイ!ダ、ダカラマッテクレッ」

ただ一人、鹿目まどかだけが違っていた。とは言え特にまどかは何もしていない。ただニコニコと笑顔のままだ。
それだけなのに岡部は怯えたように言い訳じみた台詞を壊れたラジカセのように紡ぐ。

「どうしたのショタリン?なんか震えているけど・・・・・もしかして寒い?もっとくっついたほうがいい?」
「イヤ、デキレバキョリヲトッテアンゼンヲカクホシタイデス」
「うん?」
「サアコイマドカ!モットモット!」
「えへへへへ、しょうがないなぁショタリンはっ・・・・・うん、しょうがないよね?でも恥ずかしいから駄目だよ?私だってもう子供じゃないしねっ」
「「「「・・・・・・・・・」」」」

その様子を若干・・・いや、かなりの引き気味で皆は見守る。
マミはさっきから気になっていたが親しいはずの彼女達が何も言わないので・・・・“これ”が彼等のデフォルトなのだろうか?と思い何も言えない。

「あれ、そう言えばマミさんって夢の中で・・・?」
「イケナーイ!!ダメダマドカッ!イマハゲンジツヲチョクシスルンダ!」
「それに学校で・・・・?あれ・・・・記憶が・・・キリカさん?」
「Σ((((;´゚Д゚)))ハワワワワ)!!?」
「み、美樹さん!?」
「諦めなよほむら・・・・ふふ、防音設備の無い建物だよ?有効範囲からは逃げ切れないさ・・・」

ほむらは教室での騒ぎを思い出し腰を上げ、しかしさやかは諦めていた。

(えっと・・・・これが普通の幼馴染みの関係なのかな?)

マミは思う。先程、自分が喫茶店に到着したとき鳳凰院先生は鹿目さんとユウリさんに人気のない所に連行されて、しばらくして戻ってきたときには・・・特におかしなところはなかった・・・はず?ユウリさんの顔色は悪かったけど今は普通に飲み物飲んでるし・・・・。あと記憶が確かなら鹿目さんは鳳凰院先生の事を『オカリン』と呼んでいたような気がする。学校で聞こえてくる噂話でも唯一その呼び方を許されているとかなんとか・・・・

岡部倫太郎→オカベ・リンタロウ→『オカ』ベ・『リン』タロウ→オカリンのはずだ。

そう聞いたことがある。

つまりショタリンは・・・・・

ショタ化+オカリン→『ショタ』化+オカ『リン』→ショタリン?

「あれ・・・・じゃあ“ヒキリン”ってなに?」
「美樹さん私ね・・・今もの凄い怖い想像が―――」
「聞きたくないっ、あたし絶対聞かないからね!」
「ひき逃げとか引き裂きとか■■■■とか■■■■■とか―――」
「やーめーてー!」

同じ思考に辿りついた様子の両隣にいる美樹さんと暁美さんが言葉を交わしているがどうやら彼女達もよく分かっていないみたいだ。分かってはいけないようだ。
正面では鳳凰院先生の左側に座った鹿目さんがニコニコと笑顔でショタ化した鳳凰院先生の腕に自分の腕を絡めている。右に座ったユウリさんは我関せずと不機嫌そうに再度注文したコーラを飲み続けている・・・・徐々に二人から距離を取っているような?
鳳凰院先生は鹿目さんとお話を始めると口調が変わる。こう・・・なんというか決められた言葉を、最適な・・・・・洗脳されたような―――何を言っているのだろうか私は?そんなはずはない。普通の中学生にそんな・・・ん?普通ってなんだっけ?

「キュウべぇ魔法ってすごいね、私の願いが少しだけ叶ったよっ」
『それは良かった。まどか、魔法に興味が沸いてきたようだけど僕と契約すれば・・・・・え?』

願いが叶ったとまどかは言った。願いが叶ったなら契約は――――と、キュウべぇだけでなくほむらもさやかも同じように視線をまどかに向ける。
全員の視線がまどかに集まる。いつもの彼女ならそれだけで焦ったり戸惑ったりして声も小さく背も丸めてオドオドするはずが、今のまどかはニコニコと自分の願いを口にする。

「私ね、姉弟で学校に行きたいなーって何度か思ったことがあるの。一緒にご飯食べて一緒に登校して下駄箱で別れて休み時間や移動教室で偶然出くわしたりしてそれに部活や帰り道で一緒に寄り道したりしたら楽しいかなって思っちゃうのでした。それで私は兄弟姉妹で学校に通っている人達に少しだけ憧れて、たっくんは小さいから一緒の学校には通えなくて無理って分かってた。だからその願いは気づけば小さくなっていつのまにか誰かと一緒に登校って形の憧れになって、さやかちゃんや仁美ちゃんと一緒で満足してて・・・・それでいつか完全に忘れていくんだと思ったんだ。だけど今年からオカリンが臨時の先生になってくれたから少しだけ夢が叶ったんだよ。オカリンは私にとってお兄ちゃんみたいな人だから朝ご飯は一緒だし登校する時も一緒、帰りはバラバラだけどそれ以上に兄妹一緒に同じ学校に通っているんだって思えばそれは本当に嬉しくて不満なんか無いはずなんだけどオカリンは毎日学校に来るわけじゃないでしょ?私のクラスの授業は週に多くて二回しかなくて最近物足りなくなっちゃった。最近ね、オカリンが同じ年の男の子だったらいいなって思い始めたんだ。それなら毎日一緒にいられるしさやかちゃんと上条君みたいに幼馴染み=兄妹の法則で楽しく過ごせるなあって幼馴染み万能説を・・・・そしたら学校はもっと楽しくなるよね?たくさんあるイベントをさやかちゃんや仁美ちゃん、ほむらちゃんにクラスの皆、そこにオカリンからショタリンにジョブチェンジした幼馴染みがいればきっと絶対確実に完璧に楽しいよね!」

ハキハキと活舌の良い口調でまどかは一気に己の内を吐露した。普段の彼女と違いテンションを上げながら元気に活発に。また反比例するように普段とは違いテンションは降下・・・・落下し青ざめていくのは岡部倫太郎――――ショタリンだ。
まどかは岡部の腕に己の腕を絡めながらニコニコと皆に、主に岡部に同意を求め、岡部は返事を渋っていたが・・・・まどかと視線が合うと吹っ切れたように爽やかな笑みを浮かべた。
巴マミは今までいろんな笑顔を見てきたが、人はこんなにも『終わった』笑みを爽やかに表現できるのかと・・・・うん、危ない笑顔だとマミは思った。

「「「「『・・・・・』」」」」
「楽しいよね!」
「アア、カクジツニタノシイナ!ムシロソウデナクテハイケナイ!」
「「「「『・・・・・』」」」」
「あ、そういえばショタリンじゃ・・・お髭剃れないね?うーん、代わりにシャンプーでもいいかも?」
「アア、カクジツニタノシイナ!ムシロソウデナクテハイケナイ!」
「「「「『・・・・・』」」」」
「普段のオカリンと違ってショタリンは髪の毛さらさらだよねっ、あ、そうだ洋服も買いに行こうよ!仁美ちゃんも呼んでみんなでプロデュースしてあげるねっ」
「アア、カクジツニタノシイナ!ムシロソウデナクテハイケナイ!」
「「「「『・・・・?』」」」」
「きっとカッコイイ服を選んでくれるよ。私ってそんなにファッションセンスがいいわけじゃないから始めは他の人に選んでもらって・・・・・あ、だけど一つだけ他の誰にも譲りたくないんだけどね、なんだか私ショタリンを一番にイジメてみたいの」
「アア、カクジツニタノシイナ!ムシロソウデナクテハイケナイ!」
「「「やっぱり洗脳済みだ!?」」」
『まどかはキョーマに何をしたんだい?』

片手を頬に当て、まるで告白した事を恥ずかしがるように「やんやん」と顔を振り照れているまどかにキュウべぇが皆が聞きたい事を代表として聞いてくれた。
見た目だけなら可愛らしく恥ずかしがっているまどかだが・・・・その発言はなかなかアウト気味なのを気づいていないのか、キュウべぇの質問にも難なく応えてくれた。

「え?少し幼馴染みについてと何故か頭に浮かんだ“12”という数字と将来についてお話しただけだよ?」

12という数字、その言葉を受けて何故かユウリが震えているのを皆が首を傾げて・・・・・なんというか、とりあえず怖かった。
さやかは“また”まどかが幼馴染み万能説の超感覚で何かを察知したのだろうと諦めの、悟りの境地で無理矢理納得した。ほむらとマミは訳が分からず戸惑い、キュウべぇはまどかから距離を取り始めている。まどかはニコニコと笑顔のまま、岡部はまどかのなすがままで周囲はそんな彼等の行方を静かに見守っている。
岡部が何を言わず震えているので自然、会話が途切れて次のきっかけが掴めず誰もが押し黙ってしまった。

(うーん・・・あたしが言うのもなんだけど、まどか暴走してるよね・・・・?)

幼馴染みがショタ化、昨日、魔法の存在を知ったとはいえ衝撃は大きい。まどかもそれが原因で意味の解らない暴走を起こしているのだろう。
もしこれが恭介だったら自分もまどか同様――――――・・・・・さやかはまどかの隣で既に涙目になりつつある少年、岡部倫太郎に視線を向けて半場ヤケになりながら考えた。

(イジメたい、苛めたい?虐めたい?・・・・・・・ふむ)

まどかはまるで恋を語るように、それも最高にロマンチックなラブレターを貰ったかのように頬を染め、隣の少年を涙目にするS発言を恥ずかしそうに紡いでいく。岡部の顔色は青くなったり白くなったり体調と気分は確実に下降気味だ。
まどかは岡部の姿に困惑し、歓喜しているのか、己の発言のアッパー具合に気づいていない。親友は恐らく無意識だろうが、“あの”まどかがそう言っているのだ。意外すぎるが、まあ確かに普段は年上で偉そうぶっている人物が小動物のごとく震えている様はなんだか・・・それに今はショタ化していて可愛らしいので分からなくもない。想い人の恭介となんだか面影がかぶる・・・・こう、母性本能的ななにかが刺激されるのだ。

(でもなあ、だからこそ苛めたいとは思わないのよね。逆に保護したいではあるけど・・・)

こう、見た目では同じ年だろうが泣きそうになっているその頭を撫でてあげたい。さやかはそう思った。ときおり助けを求めるように上目づかいで視線を送るのだから一層そう思う。

(あ~・・・・あー、恭介も困った時なんかはそうなんだよねー。あたしってこうゆうのに弱いのかな?ほむらは―――――)

邪悪に笑っていた。

(見なかったことにしよう・・・・・うん、それがいいよね)

メガネでおさげ、大人しめで気弱なイメージの固まりのはずだが今はまどかの言葉に賛同するように岡部を見ていた。笑顔で。まどかとは違い精神的にではなく物理的にイジメてやろうと、どう懲らしめてやろうか思索中、考えるのが楽しいと・・・さやかの勝手な予想だが、決めつけは大変失礼だが、そう思わせるには十分な顔をしていた。
きっと気のせいだ。そうであってほしい、イメージの押し付けはダメだと分かっているが人には相応のイメージというモノがある。それを大切にしたい。大切にさせてください。

「えっと、これがシュタインズ・ゲートの選択ってやつ?」

岡部の口癖を真似て、さやかはぽつりと呟いたのだった。

そんなカオスな状況のまま数分が経過した。

「「!」」

よくわからない空気を物色するように突然マミとユウリが立ち上がる。

「・・・・・きたか」
「ショタリ―――・・・オカリン?」

同時に岡部も、何かが切り替わるようにまどかの拘束から、腕を解いて立ち上がり会計に向かう。
その背中にユウリとマミが声をかける。一方は急かすように、一方は焦ったように。

「おいッ」
「あの、鳳凰院先生―――」
「わかっている。少し待て・・・・全員外に出ていろ」

怯えていた姿から突如早変わり、マミとユウリを引きとめ、会計をすませ有無を言わさずまどか達を連れて外にでる。まどかとさやかが戸惑う。なんだろう、岡部倫太郎が怖い。そう感じる。知らない人のように、それが本性のように振る舞う彼が怖いと感じた。昨日感じた雰囲気と近い、まどかの中に嫌な感情が渦巻く。

やっと捕まえたはずなのに

それに気づかぬまま岡部はマミとユウリに向き合い確認する。外は気づけば日が傾き黄昏の逢魔時、夕と夜の境界線、完全に夜になる前の時間、魔女が活性化し始める時間帯。

「魔女だな」
「へえ、わかるんだ?」
「「!?」」
「え、鳳凰院先生は分かるんですか?」
「お前達の反応を見ればな」
「先生、これからどうするんですか?」

マミは驚くが岡部には魔女を感知する能力は無い。繰り返してきた世界線での経験だ。
視線をまどか達にむければまどかとさやかが身を寄せ合い震えていた。昨日のことを思い出して人の死を、魔女の恐怖を・・・・・ほむらは難しい顔で岡部達を見ていた。どうするか、どうすべきか、悩んでいると岡部は予測した。岡部もどうすべきか悩んでいる。
タイミングからして魔女は『薔薇園の魔女【ゲルトルート】』か『芸術家の魔女【イザベル】』のどちらかだ。正直『薔薇園の魔女』なら問題ない。使い魔ならなおの事、マミの結界なら使い魔を寄せ付けることなく、魔女本体が相手でもこの場にいる全員を守りながら戦える。
しかし『芸術家の魔女』、コイツが相手だった場合はわからない。特別強いわけじゃない。いや、かなり硬いがマミの砲撃なら問題はない。問題があるのは物理的能力ではなく特殊能力、この魔女は精神系の攻撃を強く備えている、魔女は基本そうだがこの魔女の結界内ではこう――――人の弱みというか劣等感、卑屈な気持ちを刺激するかのように、心に囁き声が聞こえるのだ。特に問題無いような気がするがこれがそうでもない。ソウルジェムは感情に左右されるので能力の強弱に関係なくこの手の魔女は速攻で倒さないといろいろと響く、戦闘中はもちろん戦闘後も。
過去の経験からマミは大丈夫だった。とはいえそれは絶対ではない、その時には仲間もいたし速攻で撃退、撃破してきたので長引けばどうなるか分からない。ユウリにいたっては本当に未知数だ。能力だけなら一対一でも魔女に・・・・・しかし今日のデートもどきでの少ない付き合いからこの手の攻撃に耐性があるのか分からない。昨日の戦闘からまだソウルジェムを浄化してもいない。
まどかとさやかは本格的にマズイだろう。昨日こともあり、精神に強く作用するこの魔女はとても危険だ。現在の精神では魔女の口づけを否応なく、それを弾き返すだけの心の強さは期待できない。物理的攻撃からは守れても、呪いから自殺を、外からではなく内からの“それ”は防ぎづらく守りにくいのだ。
それに、もしかしたらまた新たな魔女かもしれない。今まで見た事のないタイプの魔女の可能性も――――

岡「近くか?」
マ「はい、近いです」ユ「遠くだ」
ま・さ・ほ「「「?」」」
岡「うん?」
マ「え?」ユ「は?」

しかし考えても仕方がない。そう岡部は切り替えた。どちらにせよ全員でいくしかない。この世界が『鹿目まどかは魔法少女になる』ことを定めたのだから。世界はあらゆる手段で彼女に契約を迫る。例えば岡部達がいないときに自身の、友人の危機を覆すために。
魔女結界そのものから遠ざけて安全な所で待ってもらう。一つの手だ、しかし述べたとおり周りに戦える者がいないときに、守り手がいないときに彼女は不幸な事故に遭遇する。新たな魔女の結界に取り組まれる。契約すように世界がそう仕向ける。
だから共にいるしかない。危険だが傍にいなければどうしようもない。例え危険な結界内にも連れていくしかない。

「え?」
「ん?」

一瞬の間をおいて、再びマミとユウリが顔を合わせて疑問符を浮かべる。

「“ここでも”ニ体同時か・・・・・・・・別々に現れたのは幸いか、それとも――――」
「ま、まってください!魔女が同時に―――!?」

皆で一か所に固まって魔女と相対するつもりがさっそく思惑が外れた。
岡部は一人冷静に思考するが周りは冷静ではなかった。岡部の言葉にほむらが焦った声を上げ、マミとあいりは岡部に視線を向ける。ベテラン(?)の彼女達も見た目では分かりづらいが戸惑っているのだろう。
魔女が同時に、それに岡部の言葉から推測するに同結界内に魔女がニ体いることもあるかのような発言。

「この世界線でも経験がないのか?」
「「?」」
「ああいや・・・・同時にニ体以上の魔女との戦闘経験は?」
「使い魔なら・・・・でも魔女はありません」
「ない」

岡部はこれまでの世界線漂流で魔女が同結界内でニ体以上現れた戦闘を何度か経験している。しかしマミとユウリも、岡部同様に世界線を繰り返してきたほむらですら岡部と出会うまで魔女ニ体を同時に戦闘ということはなかったらしい。この世界線でもそうだとしたらこれは岡部が介入した結果なのか偶然なのか、現実にそうなっているのだから今は考えてもあまり関係はないがやはり疑問や不安は拭えない。
常々思ってはいたが岡部が関わることで戦闘の難易度が上がっている?一般人も巻き込んだ戦場、確実に救えない人達がいる戦闘での選択。別世界線のほむらから聞いた過去の戦闘に比べ周りに対して精神への負担が大きすぎる。

「そうか・・・・・確認するが二人とも魔女の気配に間違いはないな」
「近くに一つ、遠くに・・・・一つ?」
「遠くのは二つだ・・・・いや、これは――――」

疑問というか、やはりというか、世界は本格的に鹿目まどかを魔法少女へと導こうとしている。別々の場所で魔女が出現、気づいてしまった以上戦力を分けて行動、しかし今は暁美ほむらは戦えない。
マミとユウリは別々で、岡部はNDで戦力になるがワルキューレはもちろんギガロマミアックスすらない今の時点ではあまり期待できる戦力ではない。
いざとなれば彼女は契約する。戦闘中でも、戦闘後の、奇跡に縋らなければいけない状況に追い込まれたりして契約する。鹿目まどかは契約する。

「さて、どうするか・・・」
「先生・・・」
「分かっている」

ほむらが不安げに尋ねる。何が言いたいのか、聞きたいのか岡部は理解している。どうチーム編成をするか。そして暁美ほむらを覚醒させるか。
そう時間もかけられない、岡部はもちろんマミもそう思っているはずだ。とりあえずまどかとさやかは“これまで通り”マミと一緒で・・・・・ほむらも、そうなると岡部がユウリと一緒が無難、遠くには魔女がニ体いる可能性もあるから戦闘力に未知数のユウリでは不安だが―――――

「私は遠くの奴をやる」
「あ、まって飛鳥さんっ」
「なに」
「えっと、その・・・・」
「・・・・・・・・・ちっ、何でもないなら止めないで」
「ご、ごめんなさい、でも向こうは何だかおかしな反応が―――」
「ん?」
「だからなに?お前の許可でも必要なのか」
「え?あ・・・その・・・・」
「・・・・?マミ、何か気になることでもあるのか?」

魔女が同時出現、それ以外に気になることがあるのか。

「お前には関係ないっ」
「えっと、実は魔女以外にもなにか変な感じが」
「変な感じ?特殊な結界、または使い魔とかではなくか?」
「はい、普通に感じることのできる魔女の気配の他に・・・こう、なんといか―――」
「私は・・・・もういくぞっ」

ユウリが会話の途中で駆け出そうとしたので岡部は慌てて彼女の腕を掴んで止める。彼女を一人にしてはいけない。もう会えないかもしれない。飛鳥ユウリのように・・・・それが怖くて岡部は必死で手を伸ばす。強く、掴んだ手を離さないように。
跳び出そうとしていたあいりはいきなりのことに一瞬戸惑った――――が、すぐに視線に鋭さを宿し岡部を睨みつける。まさか自分みたいな奴を止めに入る人間がいるとは思ってもいなかった。
その事に少しだけ嬉しいような気持ちがして、それを否定、勘違いだと自分に言い聞かせるように冷たい声で岡部に問う。

「なに・・・・邪魔しないでくれる」
「一人で行く気か、お前もその魔女・・・というか、その場所になんらかの違和感を―――」
「私は“それ”を知っている。私なら問題無い・・・・・だから離して」
「知っているのか?」

マミのいう変な感じ。“それ”は今回が初めての現象だった。いままでマミがそう言ってきた世界線はない。初めてのパターン。これまでの世界線漂流で一度も無かったものだ。
彼女は“それ”がなんなのか知っているという・・・・・本当なのか嘘なのか、嘘をつく意味はないかもしれない。だが岡部達から離れるために、または意地になっているだけかもしれない、しかし本当だとしたら?この現象はユウリと出会えたから起こったのか?彼女とはこの世界線に来て初めて出会ったのだからそうかもしれないし、そうでないのかもしれない。
あまりにも都合よく行き過ぎてきた今回の世界線・・・・警戒すべきか?できればほむらが戦えない今はまどかと共にいた方がいい。しかし“それ”がなんなのか調べる必要はある。
暁美ほむらが魔法の力を失っている。余りにも早い魔女との戦闘。ユウリ(あいり)とは初めて会った。三日目にしてラボメンが№07まで揃っている。それらはすべて、これまでにない展開だ。あまりにも出来すぎている。だからこそ今までにない違和感、出来事、現象に対し慎重に対処しないといけない。今までになかったからこそ今までになかった事が起こるのだ。
自分にはマミが感じている“それ”がなにか分からない。だが目の前の少女はそれを知っているという。それがプラスとなるなら良し、マイナスとなるのなら排除する・・・・いや、どちらでもいい。全てを利用しシュタインズ・ゲートへの糧に―――

「どちらにせよ俺は君から離れるわけにはいかない」
「はあ?いきなりなんだっ、いっとくけど私は一人でも十分強いしお前はそいつらのお守りにでも――――」
「君はっ」

ぐっ、と掴んでいたあいりの腕を、その細い腕を引っ張り強引に視線を自分に、正面から向き合う。無理矢理の力づく、普段の尊大だけどヘタレな岡部しか知らない他の者は珍しさもだが、自分とは違う異性、男の怒声に近い声に驚いて硬直してしまう。
「あ、う、」と岡部よりも圧倒的に強い魔法少女であるあいりも例外ではなく微かに震える。普段魔女という異形と戦う彼女達だが女の子で、分かってはいても魔女とは違う怖さを感じてしまう。
とはいえ、それでも魔女と日々戦う魔法少女、その程度あいりはすぐに克服、目の前の男(少年)に文句を、いや反撃でもいい。その顔面に拳を叩きこもうとして――――

「一人になるな」
「・・・・・はあ?」

岡部の言葉に苛立ったような表情を隠さず相対する。そうしなければ向き合えないから、目の前の異性は泣きそうな顔だったから。
何故そんな顔をするのか分からないが、一つだけ分かる。
いま、コイツは自分だけじゃない他の誰かも見ている。私だけじゃなくて、アタシ、あいりだけじゃなくてユウリを見ている。そう感じた。だから勝手に傷ついた自分を恥じた。
ユウリに、親友に嫉妬しているかもしれない自分を恥じた。

「なんで指図する・・・あまり調子に乗るなっ」
「魔女が相手だ、一緒にいろ」
「いきなりなんだ気持ち悪い・・・・・・・ユウリの話も聞けないならお前に用はない」
「俺にはある」
「知ったことかっ」
「ならば知っておけ」
「しつこいぞ!分かってんのか?こうしている間も犠牲が出ているかもしれない・・・甘ちゃんなお前はそれでいいのか?喰われているのは知り合いかもしれないぞっ」

ビシッ、と空気が硬く、悪くなったような、険悪なものへと変わっていくのを誰もが感じた。

「・・・・」
「“私”は友人でもないし仲間でもない。優しくない!」
「違う。君は優しいしもう友人だ、仲間だ」
「いつからっ・・・・おまえが勝手に言っているだけだ。なにか?一度助けられたからか仲良しかくだらないっ」
「違う」
「じゃあなにっ、もうっ・・・・私に構わないで――――」
「俺がそう決めた。だから断る」
「・・・・は?」
「俺がお前を仲間だと決めた。君はもうラボメンだ」
「本当に・・・・意味が分かんない、私は――――」

こうやって喧嘩腰の会話を続けている間にも魔女は確実に誰かを結界内に取り込み続けている。それを知っているマミは自分だけでも先に行くべきか悩み、しかしまどかとさやかが泣きそうな顔で戸惑っているのが視界に入り踏ん切りがつかない。
ほむらは・・・まどかとさやかの安全を第一に考えている。
全てにおいて何も知らないまどかとさやかは突然の事態にどうしたらいいのか分からず縋るように互いの手を繋ぐことしかできない。
どうしてこうなったのか分からない。こんな険悪な感じになるくらいなら――――と、誰かがそう思い始めたとき

「私は・・・・ユウリ・・・・・“アタシ”は優しいけど、“私”は優しくない。“私”はね、復讐のために・・・・・魔法少女になったの」

ユウリが、あいりが語った。冷めた表情で、疲れた声で、諦めた感情で。

「私はね・・・・・・プレイアデスっていう魔法少女の集団を全員――――」
「ノスタルジアドライブ」

大切で、重要な言葉だった。それは恐らくあいりがとっさに、だけどある意味で決意して告げようとした台詞を、だけど岡部が遮る。岡部は聞かなければいけなかったかもしれない。タイミングはどうあれ、大切な言葉を遮ってしまうのは――――
だけど岡部は遮った。今はそうじゃないと、内容を確かめずに、ただ表情から、“まだ”まどか達にまで聞かせる訳にはいかないと、そう思ったのだった。独善で、自分勝手な判断だ。

―――未来ガジェット0号『失われた過去の郷愁【ノスタルジア・ドライブ】』起動

電子音と同時に、岡部とあいりの足下から光が生れる。

ヴン!

あいりは覚悟して復讐の、自分の醜いものを告白しようとした。告げれば今ある関係が、今ですら喧嘩腰の状態だけど嫌われたくなくて、あいりは台詞と態度とは違い内心では必死に喧嘩腰の会話を止めたかった。
告げれば嫌われると思っていながら、他にどうすればこんな嫌な会話をせずに済むのかあいりには分からなかったから。ユウリの姿で、優しいユウリを知る人に嫌われたくなくて、止めたくて、口から零れる汚い言葉を発する自分のことを止めたかった。彼と周りの彼女達に嫌われたくなくて、せっかく一緒にいてくれたのに怖くて、嫌だから、拒絶されるのが嫌だから今以上に嫌われる言葉を、それは会話を止めるために、矛盾しながらも発しようとした―――が、未知の感覚、よく分からないモノが自分の奥からやってくる。

「な!!?や、やだッ、なにこれ―――ッ」

―――デヴァイサー『飛鳥ユ―――error 杏里あい・・・』

ノイズの多い電子音。岡部の足下に無色の紋章、あいりの足下には金色の紋章が展開。あいりは自分の体の奥、そこから溢れそうになる何かに怯えた。お腹の下のほうから くっ と、感じた事のない感覚、重なる、繋がる感覚に不安になる。
何となくだが目の前の男に見られているような、実際に視線は此方を見ているので当たり前だが、なんというか内側まで見られているような、触れられているような、それは不快なような、くすぐったいような、恥ずかしいような――――なのにその感覚が悪くないと、自分という存在を肯定、受け入れられているようなそれは、はっきり言ってしまえば快感にも近かった・・・・・・駄目だ、このままではいけない、怖くて、酷く怯える。
それが原因なのか、違うのか、とにかく嫌だと思った。そんなあいりの望みは奇しくも叶う。

―――error

「なに!?」

バシッ!

破裂音と同時に岡部とあいりの足下に展開していた紋章が弾けて消失した。

「ぁ――――は、はなせ!」

岡部が驚愕、そう表現できる声を上げた。次いであいりの叫び、あいりは掴まれていた腕を振りほどこうと暴れ、あっさりと外された事で後ろに跳躍、両腕で己を抱くようにしながら岡部から距離を取った。
顔を赤くし、目尻には涙を浮かべながら、あいりは自分の体を確認する。ぞくぞくしたよく分からない感覚は薄れてきている。だけど体にはまだ熱と目の前の男の感触が――

「これッ・・・いったい!?違うッ、私になにをした!」

かすかに、ぼんやりと輝く金色の魔力があいりの体を包んでいる。その魔力は自分のモノ、活性化して勝手に外に溢れてきている。押さえきれず魔力を放出し、強制的に変身しようとしている。
とはいえ、意識すれば魔力は完全にあいりの管理下に置かれ暴走することなく静まる。今までになかった現象に驚きを隠せない。魔力は自分のモノ。己自身。それを外部から干渉された・・・・深く、自分の大切な感情に。
何が起こったのか分からず目の前の男を睨みつけるが男、というか少年は目を見開いていて「驚いたのはこちらのほうだ」と言わんばかりにあいりを見ていた。

「君はいったい・・・?」
「な、なんだよっ」
「俺は確かにソウルジェムに・・・なのにどうして、今のはまるで――――」

グリーフシード・・・?

「ッ」

ドクドクと、未だに収まらない動悸を無理矢理押さえつけるように胸元を右手でギュッと服の上から握りしめてあいりは逃げるように―――岡部に背を向けて逃げ出した。
後ろから岡部が何やら叫んでいるが無視、あいりは全力で岡部の元から離れる。見られた。覗かれた。知り合ってまだ一日しかたたない相手に“観られた”。訳が分からず、訳も分からず、ただただ泣き顔を見られたくなくて、一心に魔女のいる方へ向って駆け出した。

岡部は思う。疑問、不安はあるが優先すべきことは別にある。一人にしてはダメだ。彼女は一人にしてはいけない。

「マミ!」
「ひゃい!?」

残され、いったい今のやり取りは何だったのか理解できなかったマミは岡部の叫びに驚いて台詞を噛んだ。幸い、そのことについて誰からもツッコミはなかった。
岡部はマミの手をとり真剣で、苦渋に満ちた表情でマミに告げる。短く、要領を得ない言葉を。

「頼むっ」

ただ、それだけ。

「ノスタルジア・ドライブ!」

―――未来ガジェット0号『失われた過去の郷愁【ノスタルジア・ドライブ】』起動

叫びに呼応するように ゴンッ! と、先ほどとはケタ違いの光と音が岡部とマミを中心に発現する。
無色の紋章が岡部の足下に力強く展開、魔法という奇跡が岡部の体に宿り始める。
黄金の紋章がマミの足下にも展開されてマミは温かく力強い何かを感じ取り、自分の力が増したことを漠然と悟る。
マミは形のないはずの“それ”が岡部のモノだと感じ取った。“それ”が自分と合わさって魔力が活性化、強化されたのを意識、理解する前に感覚で――――

「え?ええ!?なにこれちょっとキュウべぇ!?」
『それがノスタルジア・ドライブ 鳳凰院凶真の力 強制的に干渉 いや同意の上なのかな?』

しかし突然のことで半場パニックになったマミはとっさにキュウべぇに助けを求めた。キュウべぇはマミに取り合わない。
マミは“それ”が危険なモノではないと感じ取ってはいたが理解するまでにはさすがに時間を有する。あいりも驚いていたがなにせ反応しているのは、勝手に沸き上がってきているのは自分の魔力だ。そして魔力魔法の源は感情なのだ。それが危険ではないと感じ取ったとはいえ勝手に、いきなり、自分の預かり知らぬうちに大きく動き出せば―――普通に驚くだろう。というか恐ろしい。
岡部は何も説明をしていないし彼女達は年頃の乙女だ。NDは思いを、感情を繋げるガジェット。いきなり異性の感情や意識が自分の心の奥底に干渉してきたら怖いし恐ろしい。嫌悪を抱かれても仕方がないことを岡部は知っている。まして今の岡部は自分の前から逃げ出した少女のことを考えている。焦りながら。不安になりながらだ。その激しい感情を一番深い所でダイレクトに受けたら、それはマミでなくてもパニックにもなる。

「あっ!?」

強化された黄金の輝きがマミを魔法少女へと強制的に変身させる。足下から輝く光はマミのローファーをブーツに変え、その身体をリボンのように光が包み込み見滝原中学校の制服、チェックのスカートを黄色の鮮やかなスカート、ショートガードに変え、制服の上着は清潔感のある白い上品なブラウスに、チャイナドレスのように胸元から喉を黄色のリボンで閉じた服装へ、二の腕から手首までを白のアームカバーで包んで手には丈夫そうなハーフグローブを。
その姿は見る者に、素直に素敵だと思わせるデザインをしていた。その姿を最高に際立たせる黄金の輝き、光を撒き散らしながら驚いた彼女は反射で跳び上がった。彼女の頭にポンッと優しい音。茶色くて小さなベレー帽に真白の羽、そこに金の細工で花を表現したソウルジェム。
繰り返される世界線漂流で幾度も見てきた巴マミの魔法少女としての姿に岡部は―――

「まどか達を頼む」

もう一度、繰り返し同じ言葉を伝えた。

―――download 50% complete
―――Situation start
―――activation of Nostalgia Drive
―――『巴マミ』
―――soul gem『勇気と誓いを司る者【TIW】』
―――development rate 63%
―――expansion slot『VIRGINIA』
―――consumption rate 33%

「・・え・・・?」

違和感、何かがおかしいと思う。だけど何がおかしいのか分からない。岡部は何か言いようのない不安を抱いたが・・・それを押し殺した。押し殺してしまった。
やるべきことがあり、“気にかけるほどの違和感でも無かった”から、だから明らかにおかしい現象を岡部倫太郎は見逃した。
昨日までの岡部なら絶対に無視しない何かを。とはいえ、仮に気づいたところで、何かが変わる事なんか、何かを変えることができたわけではないが――――どっちにしろ、岡部には抗う術は無い。

―――Nostalgia・Drive ver2.5 system adjust 20・・・・・24・・・・・31・・・

そして岡部の足下の無色の紋章が黄金に染められると同時、岡部の体を光が包む。
皆が、まどかやさやか、マミやキュウべぇだけでなく、喫茶店の中から岡部達の様子を観察していた者や通りすぎの通行人の前で岡部は自分を包む光を振り払うように腕を振る。
光が散り、魔法という奇跡を纏い姿が変わった岡部は自身の体を見降ろしNDの展開率に内心安堵。この世界線でもマミとの繋がりは最初から高いことに感謝した。

「マミ、銃をッ」
「え?あ、はいっ」

戸惑いながらもマミは岡部が何を言っているのか悟った。察してくれたのか、繋がっているからか、それとも経験からか、マミは白銀のマスケット銃を一瞬で生成し岡部に渡す。
ありがとう。そう言うと岡部はマミに背を向けて―――――

「まってよオカリン何処に行くの!?」

まどかが姿の変わった岡部の背中に飛びついて静止させる。岡部の姿は見滝原中学校の男子の制服をベースに服の裾や襟元を茶色と黒でコーディネイトし黄金のラインが刻まれたクラシックなイメージを彷彿させるデザインに変わっていた。
昨日まどかが見た片腕を黒い甲冑を纏った姿とは違い嫌な感じも怖い感じもしない。むしろそれを凌駕する力強さと温かさを感じる・・・・だけど

「お願いだから危ない事しないで!」

だからといって安心できるはずもない。知っている・・・昨日の彼は間違いなく死にかけた。あのときはユウリのおかげで本当にギリギリ助かっただけだ。
あの怖くて恐ろしい魔女のもとに行くというのなら黙ってはおけない。
彼のおかげで、クラスのみんなのおかげで今日は昨日の記憶に呑まれることなく馬鹿騒ぎに大暴走・・・・楽しかった。嬉しかった。世界は壊れていない。失っていない・・・・だけど無理だ。ずっと怖い・・・・気づかなかった身近な恐怖、理不尽な悪意、忘れられるはずがない。もう、どうすれば安心できるのか分からない。
たぶん、それを自分以上に考えてくれている幼馴染みが――――自分を置いて、遠くにいってしまいそうで、居なくなってしまいそうで怖くて怯える。・・・・・嫌だけど、それは絶対に悲しくて嫌だけどっ、彼が自分を見捨ててどこかに行ってしまう―――――“それはいい”。それなら我慢する。だけど自分のせいで、自分の居ないところで消えてしまうのだけは絶対に許せない。それが岡部倫太郎の意思でも。
鹿目まどかにとって岡部倫太郎は幼馴染みで正義の味方だ。何も自慢できる特技も得意な勉強もないけれど、まどかは誰よりも岡部倫太郎の事を知っていると、これだけは譲れない一線として自負している―――――だからこそ不安なのだ。

知っている。嘘つきな岡部倫太郎は自己の存在を他者よりも下に、常に知り合いを世界の上に構えて考え行動する。

一度しかない筈の命に変わりがあるように、悪である自信を守る前に他者の為に行動する。それを知っているからこそ怖い――――

「まどか・・・」
「私もう嫌だよっ」

昨日の悪夢、文字通りの地獄。あの場所へ、あんなもの二度と関わりたくない。自分はもちろん家族や友達も、傷つき、誰にも気づかれることなく殺されるなんて絶対に認めたくない。

「みんなもオカリンもっ――――あんなのと関わっちゃ駄目だよぉ・・・・!」

岡部は知らない。まどかも意識していない。もし仮に岡部倫太郎が“それ”が原因でいなくなってしまえば・・・・鹿目まどかはその原因を決して許さない。
純粋ゆえに凶暴で、単純だから残酷に。無垢だからこそ最凶の・・・優しいからこそ恐ろしいモノ。
原因に自分が絡んでいれば彼女は自分が赦せない。だがもし自分の与り知らぬ場所で、知らない・・・・自分じゃない誰かを見つめたまま消えたのだとしたら―――――鹿目まどかは岡部倫太郎を赦さない。誰よりも、自分よりも、決して、絶対に赦さない。
そばにいてくれなくてもいい。隣にいるのが自分じゃなくても構わない。彼の一番になれなくてもいい。
だけど最後を自分じゃない誰を見詰めたまま“わたし”・・・・否、『私の世界』から消えるというのなら――――それを鹿目まどかは認めることは出来ない。否、しない。
まどかは意識していないから、この感情の出所を知らない。
岡部はまどかの優しさしか知らないから、その感情に気づけない。

鹿目まどかは鳳凰院凶真を知っている。その存在に引っ張られる魔法少女の存在を、“結果”を知っている。無意識だけど、現時点ではまどかも岡部も知らないけれど。
知らないけど知っている。憶えていないだけで―――させない。“彼に誰も奪われないように”。
岡部が誰かにじゃない、岡部に奪われないように、だ。例えば暁美ほむら、美樹さやか、巴マミ、佐倉杏子といった存在を岡部倫太郎に奪われないように。その逆もまた。
それをまどか本人が知らないことが・・・まどかにとって一番の悲劇で、岡部とって一番の救いとなる。

「おねがいっ」

跳び出そうとした身体が強張り岡部は躊躇う。しかし、まどかの言葉に考えを改めるつもりは一切無い。決めたのだから、諦めないと、もう決して誰も見捨てないと。
だから強張った原因は判断だ。岡部は走り去った彼女を追いかけようとしている。見失えばもう会えないのではないかと、そんな不安があるから。今ならまだ魔女の結界に向かえば間に合うかもしれない。きっと魔女の方へ行ったはずだから。しかし繋がった今も十分に魔女の気配を感知できない自分は可能な限り現場に急がなくてはいけない。今の自分はマミの能力の60%近くしか力しか使えない。十分とも言えるが索敵能力も劣化している。急がなくては。
かといって、まどか達を放ってはいけない。マミに任せておけば大丈夫だと思うが―――世界は優しくない。昨日はすでに想定外の魔女戦もあった。これまで通りにいかないかもしれないし事情を知るほむらも戦えない。まどかだけじゃない、さやか、もしかしたらマミもここでの選択で失うかもしれない。
漠然とした不安があるだけでマミ達と別行動・・・それはあまりにも思慮浅き選択かもしれない。

「すぐに戻るっ」
「まってオカリ―――!」

保険、可能性、打開策、最善の方法を思い浮かべ岡部は“ほむら”に視線を向けるが、それを振り払うように決断する。例え愚かと言われても考えている可能性を優先した。それで何度も戦い傷つき失っておきながら・・・それでも岡部倫太郎は独断独善で決断した。
それは何度も繰り返し、何度も経験したことで、どこかしら麻痺しているのかもしれない。傷つくことに、失うことに―――慣れてしまって、もう岡部倫太郎は壊れているのかもしれない。
岡部は背中から抱きしめてくるまどかの手をほどいて跳躍、建物と建物の間、壁を蹴って屋上へ、まどか達の視界から消える。

「くそッ」

ダンッ!と、着地と同時に魔力で強化された脚力をいかし空を舞うように別の建物へ跳ぶ。魔女の位置はマミと繋がったことで大雑把に把握している。跳躍時に見たまどかの驚いた、傷ついた顔に胸を痛めながら自身の不甲斐なさに舌打ち、それでも建物の屋上を跳び越えながら新たなラボメンになった少女の向かった場所を目指す。
マミのソウルジェムと繋がり、相変わらずの展開率の高さは普段運動不足の岡部でもこの程度の動作は難なく可能にしていた。

(・・・NDに不具合が生じたと思ったが問題はないようだな)

思うことは沢山ある。不安なことも。あまりにもうまく行き過ぎていて、どこかでリバウンド、それを超える不幸が、事件が、幸福と不幸を、希望と絶望のバランスをとるようにいつか訪れる・・・・そんな可能性を考えてしまう。
まどかを傷つけ、そんな不安を抱いて戦うくらいなら残ればいいと、心の奥底で提案する自分がいる。

「・・・・・・わかっている。かわかっているさ!」

それでも駆け出した足を止めることは出来ない。泣きながら走り去った彼女も―――岡部倫太郎にとってはすでに仲間なのだから。一瞬しか繋がらなかったND、その時に感じた感情を無視することはできない。放っておくことはできない。

「だから――――今はッ」

ドン!

踏み込む足に更なる力を、魔力を込めてコンクリートの屋上を踏みつぶしながら岡部は見滝原の空を跳んでいく。
少しでも早く、彼女達の元に戻るために。泣いていた少女に追いつくために。
この時点でも、NDの異常に気付かぬまま、気にならないまま、本来の過程を歪められたまま。





「オカリン・・・・」

呆然と、まどかは親に置いていかれた子供のように岡部が消えていった建物の屋上を見ていた。
岡部倫太郎は残酷だ。自己中の自分勝手で尊大で偉そうで自信満々で――――そのくせ本当は臆病者のくせに誰よりも早く自分達を助ける。駆けつける。ヒーローのように、正義の味方のように。
彼の守ろうとする者は関係上、ほとんどが思春期の少女だ。岡部の意思や思惑はどうあれ結果的に彼女達の心を捕える。己よりも自分を優先する姿に惹かれる。いつもの言動から勘違いだと思わせ惑わせる。
はっきりいって、正直に言えば、岡部倫太郎は特定の誰かを守ることは可能だ。ただ一人だけなら確実に守れる。その他を犠牲に、または積極的に関わらなければ彼女達を幸せにできる。彼女達の望むように在り方を選び自分を演じる。応じることはできる。
だけどしない。岡部倫太郎は選ばないし応えない。選べば、応えれば助けきれない人がでてくる。ソレを知っているから、だけど繰り返すほど関わる人間は増えていき、守りたい人は増え続けそれが原因で己の首を絞める。気づいていながらそれをやめない、妥協せずに繰り返すほどに“足枷”は増えていくというのに。
岡部倫太郎は残酷だ。どれだけ想っても、想われても彼に特別はいない。一番はいない。特別が、一番が無いわけじゃない。ただこの世界線では一番という概念がないように振る舞う。大切な人達に番号を付けない。誰も見捨てない。誰もが大切。誰もが好きで・・・・・要するに誰でもいい。

「また・・・オカリンは・・・・・」

彼は疑いもせず夢を見る。最後の■と信じて、思いこんで。彼の描いた夢の大きさに・・・・いつだって自分はため息を吐いた。
岡部倫太郎は誰にでも優しい。それはつまり―――――だからいつも、最後には一緒にいても、隣にいても、■しても岡部倫太郎は“あの人”だけを想う。

「まどか?」
「・・・・・・・・・・・・・え?」

さやかの言葉にまどかは はっ として思考が霧散したのを悟った。

「え・・・あれ?」

何を考えていたんだろうか?まどかは思い出せない。きっと大切なことだったと思う・・・・分からない。
きっと、“また置いていかれた”からショックを・・・・・また自分じゃない誰かを・・・。

「・・・?」

あれ?と首を傾げるまどかにマミが慌てた様子で声をかける。

「あ、あのねっ、みんなお願いがあるのっ――――――こ、ここから一旦離れてもいい・・・かな?」

まどかとさやかとほむらは気づいた。真っ赤な顔のマミ、怪訝そうな顔で周囲を埋め尽くす“一般人”。

「「「あ」」」

岡部の人間離れした動きもそうだがマミもまた注目の的だった。光るし変身するし金髪だし可愛いし胸が大きいし恥ずかしがっている姿は抱きしめたいし人だかりが人をさらに呼び込み注目度が増す。
マミは泣きそうだ。というか目尻には涙が浮かんでいた。生まれたての小鹿のように震えている。

「・・・魔女の事もあるからこっちへ」

岡部にも頼まれた手前、マミは一人で魔女の元に向かわずこうして恥ずかしくて爆発しそうにも関わらず自分達のために残ってくれている。
それを悟ったさやかはほむらの提案を受け取り了承、まどかの手を引いて場から逃げ出す。

「ま、まっておいていかないでぇっ」

後を追うようにほむらとマミも駆け出すが・・・・・涙目で必死に自分のあとを追いかけてくる金髪の少女。なんだこの可愛い先輩、抱きしめたい!と、さやかは場違いな感動に満たされる。
そうやって、馬鹿みたいに美樹さやかは現実逃避する。考えなければいけない事を放棄する。怖くて、嫌で、信じられなくて、否定する。

「美樹さんっ」

現実逃避しているさやかは隣を走るほむらの横顔を見て息をのむ。

「あそこのっ、建物にっ」

苦しそうに走るほむらの顔は真剣で、不安と焦りが見てとれた。本来なら自分もそうならなければならない。真剣にこれからどうすればいいのかを考えなければならない。
でも現実逃避をしてしまった。不安から、恐怖から・・・・・分からなかったのだ。昨日のような化け物、魔女が近くにいて、あの岡部倫太郎がこの状況で自分達を置いて別の場所に向かったことが意外で――――怖い。現実味が感じられない、現実であってほしくない。

(あの子を選んで見捨てられた・・・・ってわけじゃないのは分かってるけどさ)

工事中の建物の奥まで全員が駆け込み一旦休憩、視線を隣のまどかに向ければそこにはほむらと同じように息を切らして苦しそうにしている姿。ポンポンと、優しく二人の背中を叩いて落ち着かせると「ありがとう」と笑顔を向けるがやはり元気がない。
まどかは魔女が近くにいると思えば当然だがそれだけじゃないだろう。近くに危険があることを承知で彼女の幼馴染みは別の少女を追いかけていったのだから。

「・・・・・・あっ・・・・」
「まどか?」

まどかが何かに気づいた。

「あ、ああ・・・・・あああああああああああ!?」
「ま、まどか!?」

突然の絶叫にマミとほむらは何事かと視線をまどかとさやかに―――

「は、恥ずかしぃ」
「「「・・・・?」」」

さやかは、というか皆はまどかが一瞬何を言っているのか分からなかった。

「これじゃあ私ッ、私は―――!」
「まどか落ち着いて!」
「鹿目さんどうしたの!?」

ほむらとマミがまどかを落ち着かせようと身体を支えるが、彼女は叫んだ。

「上条君のもってたエッチな本に出てくるヤンデレだよー!!!」

・・・・いまさら?と誰もが思った。






見滝原のとある病院。

「へっぷしっ・・・・ずず、風邪ひいたかなぁ?」

散らかった部屋を車椅子に座ったまま、リハビリの必要な体でせっせと片付けていた上条恭介は首を傾げる。
なにやら理不尽な誤解が爆誕したような寒気が・・・・いや、脱がされたり全力でツッコミをしていたのでそれで体力を削ったからかもしれない。そうであってほしい。

「はあ、せめて看護婦さん・・・・今は看護士さんだっけ?お手伝いが頼めれば楽なんだけどなぁ」

しかしそうもいかない。お願いすれば引き受けてくれるだろうが、お仕事中に個人的理由で職務を中断させるのは気が引ける。なによりも。

「みんながもってきたエロ・・・・もとい保健体育の本はあらぬ誤解を受けそうだし・・・・うう、せめて片付けてから帰ってほしいよ」

だからしぶしぶ一人で、車椅子に座ったままの動きにくい体勢で片づけをしなくてはいけなかった。
なんだかなー、と、上条はため息。騒ぐのは良い、いや駄目だけどせめて片付けはしてほしい。仮にも自分は中学二年生、この手の本を所持していると思われるのは恥ずかしい。
自分のモノならまだしも、ここにあるのは全て他人のである。

「“また”さやかに誤解されたかなぁ・・・」

それなりに純情な彼女の目に入らないように配慮し隠すが・・・・何度も見つけられた。
特に彼女は探したりしないが偶然や奇跡のような事象の重なりで発見される。そして誤解される。何故見つけきれる!?と叫びそうになる所にあるのまで・・・・・鹿目さん曰く

―――幼馴染みのことだもんっ きっと上条君の邪な何かを察知したんだよ

「くっ、幼馴染み万能説か・・・ッ」

被害は拡大する一方だ。誤解は解けないままだ。現在の僕は幼馴染とその親友からどれだけ守備範囲が広い奴と思われているのだろうか?
ペドにロリ(この二つのジャンルの正しい線引きはクラス内で未解決の討論として現在も引き続き・・・・どうでもいいや僕には関係ない)、学生に社会人、コスプレ、外人、獣、熟女、宇宙人、ラーメン(?)、二次元、建物、風景、音楽、そよ風(?)、擬人化、・・・・etc.なるほど資源が豊富だ。さやかは純粋なのか馬鹿なのか毎回誤解し僕の趣味が大海原のように広大なモノだと・・・・・ラーメンに関しては本気で心配された。

「・・・・・いや、擬人化もしていないラーメンっていったい?」

勇者すぎる。中身は怖くて見なかったがさやかの様子からあれは本気で危ないものだ。
・・・・誰の持ち物だったのだろうか?無機物に萌えきれる業の深い者が多いクラスの中でも異端すぎる。

「まあ、もう諦めたけどね・・・」

うーん、と、一人になった病室で上条はどうでもいい事を考え外に視線を向ける。

「はやく・・・・退院したいな」

病室の窓から見える黄昏の空を見ながら寂しそうに、悲しそうに、少年は呟いた。
上条恭介、少年の願いは叶う。あまりにもはやく、予期せぬ出来事で。
この世界には魔法も奇跡もあるのだから。





岡部倫太郎がこの世界線に来て三日目、岡部と関係する戦闘は三つ。

一つは巴マミと『薔薇園の魔女』の使い魔。
一つは杏里あいりと『芸術家の魔女』。
一つは――――まだ起きていない。

その一つ。

「うにゃああああああ・・・」

うねうねぐねぐねと、鹿目まどかは自分の体や頭を抱きしめるように、腕を巻きつけるようにして廃墟の地べたで悶えていた。普段の彼女らしかぬ行動だ。キャラの崩壊が近い。いまさらだが、本当にいまさらだが。ほむらとマミの位置からはスカートの中身がオープンコンバットしていたが彼女は気にしていないようだ。気にするだけの冷静さがないようだ。自分のアッパー発言トンデモ発言を思い出す度に顔から火が出て死にそうなのだ。自分じゃない自分のようで確かな自分。日本語がおかしくなっているぐらい訳が分からず頭を抱える。彼にどうやって謝ろう?それを考えると冷静ではいられない。

「まどか落ち着いて・・・・その、大丈夫だよ?」
「疑問形だよほむらちゃん・・・・最後までしっかりと・・・・ううっ」

ほむらはオロオロと、どうすればいいのか分からなくて戸惑っている。こんな展開は初めてなのだから、こんなまどかは繰り返してきた時間軸ではなかったのだから。それに気になるのは、心配なのはまどかだけではない。

「美樹さんまで」
「・・・・あたし・・・・恭介の気持ちが分からない・・・・」

ズーン。と、さやかは敷地内の隅っこで落ち込んでいた。幼馴染で想い人の上条恭介。彼に好かれようと彼の好きなタイプを自分なりに探ってきた。今年は特にいろんな情報が集まった・・・っていうか集まりすぎた。

(病院生活の長い恭介には・・・・恭介も男の子で思春期でっ・・・・・エッチで・・・・否定はしないよ?男の子はそんなものだって知っているしそこは理解しているさやかちゃんだし)

自問自答(?)。そう、彼とて健全な十代、邪な欲望を覚醒させる中学生の時期のド真ん中で運動もできない病院生活、溜まる・・・・じゃなくて貯まる・・・・どっちでもいいよ重要なのはそこじゃない。
いや・・・・重要だけど、大切なのは心!・・・・・何の話だ?あれだ、“そういう本”は持っていても不思議じゃないし奪う訳にはいかない。動けない彼が発散するには“それ”が必要だ、それを奪うことは『代役』を務める覚悟がなければいけない。

(いやー・・・・いやいやまだ早いしそれに覚悟がッ、い、いいいいやじゃないけどね!?でもほらあれだよね!?)

まだあたしには早い・・・・しかしだ!おばさん(上条母)も言っていた。「あの子は父親似だから・・・・こういうときにしか意識してくれないと思うわよ?」と、本当に疲れた表情で意味ありげに教えてくれた。
きっと若いときは苦労したんだろう。いや、今も時々なんらかの、なんらかが、おじさんの周りであるからもしかしたら“まだ”・・・最近高校時代のクラスメイトだった人となんとか・・・・

(・・・・・・・ん?“こういうとき”って・・・・・・)

つまりあれがああなってあれがこうであれこれで?つまりなんだ?こういう時期を計画的に狙わない限り恭介はイースター島のモアイ像のごとく鈍感を通り越して・・・ん?つまりおばさんはそのタイミングを狙っておじさんをGETし――――

(・・・危険な想像はここで打ち切ろう・・・)

問題は集まりすぎた情報――――だ。思考がイースター島を目指し始めたが修正改善落ち着け美樹さやか、あたしはやればできる子見滝原代表に選ばれるぐらい頑張るんだ。
・・・問題は彼の趣味が余りにも各分野に全力で拡散しているのが不味い。本来なら二次元でしか満たせない筈のパーソナリティーを彼の周りの少女達は持っているのだ。
シスター、ツンデレ、お姉さん、巫女さん、委員長、巨乳、メイド・・・他にもたくさん、なのにここにきてヤンデレも付加され――――どうすればいいのだ!?

(幼馴染み属性が薄れて埋まる・・・・唯一優位になれるはずのキーワードが埋没、それにあたしが知らない子が多いのも問題なのよね)

彼を中心とした物語、そこに自分も関わっていれば彼のヒロインになれるかもしれないが、このまま知らない間に新たなキャラと交流を深められた場合、その度に登場できなければ話の都合上恭介視点の物語ではあたしは登場しないままドロップアウトしてしまう。科学と魔術が交差する世界でのヒロインのように。
それに、つまり他の少女との接点がない幼馴染キャラは早期に攻略対象から外される非運の運命、最悪攻略そのものが不可能な意味の解らない存在に・・・・攻略するにはファンディスクを買うしか――――・・・・てっ

「ゲーム脳かぁああァ!!」
「美樹さん!?」
「み、美樹さん!?だ、大丈夫?頭が・・・じゃなくて混乱してるのっ?」

一人ツッコミをしてしまいマミさんとほむらに本気で心配された!?と、ギャルゲー知識を埋め込んだクラスメイトにいつか復讐することをさやかは心に決めた。
しかし・・・・ほむらは何やら失言を吐きそうだった気がしたが気のせいだろうか?いや、きっと魔女の恐怖に怯えて混乱していると思っているはずだ・・・そうであってほしい。このままでは知り合ってまだ二日のほむらと今日初めてのマミさんに誤解される、痛い子として。

「な、なんでもないですだよっ」
「そ、そう?語尾がおかしいけど・・・・えっとね、大丈夫だよ美樹さん」
「えっと、なにが?」
「美樹さんにはヤンデレの資質は大いにあるから」
「なんばいっとるだべか!?」
「美樹さんは地方の出身なの?」

ほむらの自信を持った発言で言葉使いが変になっていた。そのせいか、マミのさやかに対しての印象は・・・・・まあ、いろいろ確かだろう、さやかはさらに落ち込んだ。なんだか今日は精神的にくる日かもしれない。
もっともそれは、この場にいる、ここにはいない者を含めて全員に言えた。悶えているまどかも、驚いたマミも、戸惑うほむらも、ここにはいない岡部とあいりもそうだ。

「巴マミ・・・先輩、魔女は?」
「ええ、すぐそこまで来ているわ」

ほむらのその声に、マミの言葉に、さやかとまどかに緊張が、戦闘に備え集中するためマミには落ち着きが出てくる。ほむらはまどかとさやかと腕を組んで一か所に、できるだけ身を寄せ合うようにしてくっつく。

暁美ほむらは、彼女は自分がどうしようもなく弱くなっていることを自覚していた。魔力だけじゃない、心も体も。

悶えようが落ち込もうが、できればもうしばらくは彼女達の意識を魔女から離しておきたかったが嫌な気配にほむらは二人の恐怖を煽る。可哀想だが危険を意識させる。いきなりでは危ない、事前に知っておいた方が、来ることが分かっていた方が覚悟を持てるから。無力でも、怯える以外に何もできなくても。覚悟は力になる。
暁美ほむらは魔力を失っていても歴戦の魔法少女、それも何度も感じてきた気配、既に近くにまで危険が迫っているのを感じた。だから心の中でごめんなさいと謝りながらも自分の判断を間違っていないと己に言い聞かす。
だけど思う・・・次に岡部と合流できたら質問が、問いかけがある。それの返事次第で、そのときは本気で、怒りと憎悪を込めて殴る予定だ。
岡部倫太郎、鳳凰院凶真、暁美ほむらは彼の事が嫌いだ。それに憎い。今回の件、もし予想通りだったならとても許せそうにない。それこそ殺したいほどに。予想通りなら岡部倫太郎はこの場にいる全員の安全を、生き残れる可能性を大きく切り捨てたとも言えるから、言い換えれば―――見殺しにしたのだ。そしてそれは間違いなく真実で、岡部倫太郎は暁美ほむらの命、及びまどか達の命と自分の理想を天秤にかけて判断した。最悪、彼女達の中から死人が出る可能性を知っていながら。
絶対に許せない。知っている彼が、戦えない自分が赦せない。

「ここから出ないでね」

その声にほむらは思考を切り替える。今は何より目の前の脅威だ。ほむらの目の前でマミが結界を張った。黄色のリボンを彼女達の周りにサークル状に配置、そこから光が天に伸びて簡易型の結界が三名を守護する。
ほむらはへたり込み一気に顔色を悪くした二人を抱きしめマミを見上げる。かつての世界で自分を助けてくれた恩人で先輩、尊敬し憧れ、いつの頃からか敵対関係になった悲しい間柄になった人を。

「お願いします」

戦えない私達を、いつかのような、確かにあったあの時のように、今さらだけど、自分勝手で都合がいいかもしれないけれど、今は一緒には戦えないけれど―――ほむらはマミに謝りたかったが堪える。
魔女は怖い。戦う力を失ったのだから当然。だが、それよりも怖いモノがあった。守ってくれる存在である巴マミに否定される事、嫌われる事。
繰り返すほど拗れた関係。しかしこの世界では魔力を失った代償に関係を修復できるかもしれない。美樹さやかのように、かつての先輩を、この世界でなら、あの時間を――――本当に取り戻したかった瞬間を――――取り戻せるかもしれない。

まどかと、マミと共にあった時間を。

「ええ、まかせてっ」

だから気負うことなく、自然に自分達を安心させるように微笑む彼女が

「速攻で片付けるから」

その視線が、自分にも注がれていて、ほむらは顔を伏せる。

「貴女達には、絶対に手出しさせない!」

空間が歪む、世界が捻じれて変わる。ねじ曲がった世界、誰かの嗤い声が聞こえてくる。じゃらりと、鎖を引きずる音、黒い蝶が舞い、顔のない男達が佇み、死んでしまったような街が横たわる。子供の声、楽しげで、悲しげで、壊れていて、薄気味の悪いその声は鎖が鳴る音と重なり踊るように悪意だけを漲らせ近づいてくる。

戦えない、無力なはずのほむらは、ついに涙を流した―――――場違いな嬉しさで。

「安心して、私が守るから!」


自分が弱くなっていることを自覚している。


昨日の魔女戦からずっとこうだ。さやかとの関係を修復・・・というには語弊があるかもしれないが、ほむらにとっては―――――元に戻った、とは言わない、絶対に。だけどその時からか、もしかしたらその前からかもしれない、ただ分かる。はっきりと自覚できる。自分は弱くなったと。
腕力や魔力じゃない。精神が、覚悟が、どうしても揺らいでしまう。張りつめていた何かが瓦解してしまっている。決して緩めてはいけない緊張感を失い、何一つ好転していない現状を受け入れている。戦えない自分を、彼女達の絆のためなら仕方がないと受け入れようとしている。
時が経てば『ワルプルギスの夜』がくるというのに、自分はこのままがいいと願っている。このままではいられないことを知っているのに。戦いたくないと、傍にいたいと、泣きたいと、そう思ってはいけない段階で“心が折れている”。

「・・・マミ・・・先輩・・・マミさん」

そのくせ今は恐怖なんてなかった。存在しようがなかった。本来なら魔力を失ったことで、何もできない病弱な少女なだけの自分なら使い魔が相手でも最悪、戦う前に絶望しただろう。
だけど今はありえない。巴マミが、自分達を守ってくれているのだから・・・・・二度と無いと思っていた。敵対するのではなく、肩を並べるのではなく、後ろから・・・あの背中を、彼女に守られることが、守ってもらえる事が安心を、喜びを生んだ。
自分が情けないと思う。歴戦の戦士でありながら、戦う力を失ったとはいえ彼女に守られることを喜んでいる。本来なら戦えない、手助けもできない事を恥じるべきなのに、巴マミの脆さと弱さを知っていながら寄りかかっている。甘えている。本当に支えられないといけないのはマミの方だ。それを知っているのに自分は――――

「だから泣かないで暁美さん、私がいるから大丈夫よ」

どうしても、彼女が自分に笑いかけてくれる状況が嬉しくて―――流れてくる涙を止めきれなかった。
それを良しとしている自分が―――否定できない。最悪な事に、馬鹿な事に。愚かな事に。

「はい、巴先・・・輩」

昔のように「巴さん」と呼べない自分が嫌だった。そんなほむらに、泣きだしているほむらに、マミは優しく微笑んだ。
円陣に刻まれた結界、地面からさらに目映く光が照らされ、力強い黄金色が辺りに広がり薄気味悪い全てを蹴散らす。結界の力が増して黄金の光が辺りを照らす。
マミは自身の力が増しているのを感じていた。負けない、引けない、絶対に。その思いに呼応するように胸の奥から沸き上がる熱い感情がマミをさらに奮い立たせる。
負ける気がしない。マミは白銀のマスケット銃を召還し速攻で片付け―――――ようとして異変に気付く。

『■■■』
『■』
「・・・・・・・?」

視界に映っていた使い魔が離れていく、そして次第に景色が元に戻ろうとしている事にマミは気づいた。
結界の輝き、その力強さだけで使い魔は退散、逃げ出したようだ。世界が元に戻って行く。圧倒的すぎて、今日行われた三つの戦闘のうち、一つはこの瞬間、始まる前に終わったのだった。

「・・・・えー・・・・・」

恐怖から一転、ポカンとするまどかとさやか、だが一番唖然としたのはマミだろう。意気込んで、あわよくば後輩に格好良いところを見せようと、喫茶店や外での醜態を返上し名誉を挽回させようと思っていたのに行き場のない高揚感を抱えたまま立ちつくす。まさに不完全燃焼(?)だ。
世界が揺らぎ数秒で元通り。背後で神々しく輝く結界が逆に悲しいような哀れなような・・・マミは恐る恐る振り返る。自分の後ろにいる後輩達の反応が気になって。もしかしたら格好付けと笑われるかもしれない、何一人で盛り上がっているの?と呆れているかもしれない。見た目もだが、それ以上に内心もビクビクしながら振り返れば――――

「ふわー・・・・」
「きれー・・・・」
「え?」

まどかとさやか、二人は夢心地にマミを見ていた。その様子は決して心配していたものではなく、魔法に、もしかしたら自分に一応の――――?
とりあえず結界を解除、マミは見た目余裕を持って、それでも内心ビクビクしながら体も振り返りまどか達と向き合う。

「も、もう大丈夫よっ」

笑顔で、少しつっかえたが彼女達を安心させるように―――

「「か、かっこいい・・・・!」」
「え!?そ、そう?ほんとに?あ、うれし―――」

好印象だったのか、まどかもさやかも褒めて(?)くれた。しっかりしなくては!と思っていたがこうもストレートに、純粋に言ってくれる二人につい頬が緩み、素で照れてしまうマミ。
マミは嬉しかった。喫茶店で話をして、ここに来る途中での話で自分は魔女同様、怖がられるのではないかと思ったから、だけど彼女達は違った。だから本当に嬉しくて笑った。その笑顔は綺麗で、まどかもさやかも同性でありながら思わず見惚れてしまった。

「巴先輩!」
「にゃふん!?」

が、直後のほむらのタックルを不意打ちで受けて転がる彼女に、まどかとさやかは綺麗というイメージから可愛いというイメージにシフトする。

「う、ううっ?いったい・・・暁美さん?」
「今までごめんなさい巴先輩ッ、あ、ありがとうございます!わたしッ、私は―――!」
「え?なに―――ってだめっ、駄目暁美さんストップ!スカートが捲れて―――!?」

混乱するマミを押し倒し抱きしめながら、ほむらはマミに縋りつくようにお礼を、感謝を、思いを伝える。言葉にはならない、何と言えばいいのか、何と伝えればいいのか分からない“何かを”、謝りたいのか、伝えたいのか、感謝か、恨みか、懺悔か、後悔か、嘘か、真か、分からない、今の自分が何を何と言えばマミに自分の気持ちを正確に伝えきれるか分からない――――ただ、できることは尊敬する先輩を、弱いくせに強がり、寂しいくせに強がる先輩を、確かにあった、あの時のように自分を守ってくれる人を、ほむらは抱きしめて、ずっと涙を流した。

あれから、初めて出会ってからどれだけの時間が経ったのだろうか、あれから、どれだけの別れを繰り返してきたのだろうか。

失って、失い続けて、ここまで失ってきたから取り戻し始めている。あの頃を、あの時間を、あの頃の関係を。
時間が経てば悲劇はまた訪れる。なら早く魔法を、代償を、対価を求める奇跡をその身に取り戻さなくてはいけない、だけど暁美ほむらは、一度は『諦めた』彼女は、本当に取り戻したかった再会を、時間を、魂を捧げてまで叶えたかった奇跡を前に――――不安も、疑問も忘れて涙を流し続けた。

失う悲しみを経験し、その後も失い続けてきた。『孤独』からの『奇跡』は暁美ほむらを弱くした。再び得たそれは甘美で抗えない。その先に何があろうとも、幼い少女には振り解けない枷となる。

「あ、暁美さんお願いせめてスカートだけはっ!あ、やだっ、見ないで二人と―――っ!!?きゃああああ!?」

押し倒され抱きしめられたことによって顕になったスカートの中身を同性とはいえ、同性であろうともさすがに恥ずかしいのか、恥ずかしいに決まっているが、ほむらの体が丁度ロックする形でマミのスカートを捲ったまま固定、マミが下着を隠そうと焦れば焦るほどずり上がり――――

「ひゃん!?」

マミは叫ぶがほむらは感極まったまま抱きしめ続け、スカートは中を晒し続け、まどかとさやかは顔を赤くしたまま何かイケナイコトを目撃しているような貴重な体験をしているようで――――

「ほんっ、ほんとにもうダメー!!」

後輩に格好良い所を魅せようとして空振り、おまえにこんな醜態、魔法少女の腕力でほむらを引き剥がせることも可能だが混乱から頭が回らず、かといって暴走してほむらに対し無意識に力を発揮することもない優しいマミは――――

「ふ、ふえええっ、キュウべぇたすけてぇえええ・・・」

限界まで高まった羞恥心から泣きだした。歴戦の魔法少女の巴マミは年下の、メガネほむらに泣かされたのだった。
さすがにその時にはまどかもさやかも助けに入ったが時は既に遅く、ほむらも土下座で謝るがマミは体育座りで皆に背を向けぐすぐすと鼻をぐする結果となった。

「うっ、うう・・・ぐすっ」
「ご、ごめんなさい巴先輩っ」
「「・・・・・」」

めそめそと、年上で格好いいお姉さん系魔法少女が泣きながら落ち込んでいる。その姿に威厳は無く、まどかとさやかにはただただ巴マミが―――可愛く見えた。魅えた。
なんだこの不思議生物可愛い・・・年上のはずだが年下に見える。頼りになりそうでほっとけない保護欲が急き立てられる。凛々しそうで甘えっ子、神々しくて子供っぽい、強そうで泣き虫・・・・綺麗というよりも最早巴マミという先輩は――――可愛い。

「えっと、マミさん大丈夫ですよ?」

なでなでと頭を撫でるまどか。

「飴舐めますかマミさん?」

鞄からのど飴を取り出すさやか。

「じゃ、じゃあ私はハンカチどうぞっ」

と、ハンカチを差し出すほむら。

「ううっ、うわーーーーーん!!」

甲斐甲斐しく世話を焼き始める後輩三人の様子に、本来のポジションが逆転していることに、マミは泣いた。きっと彼女は泣いていい。
体育座りで落ち込んでいるところをまどかには頭を撫でられ、横からさやかとほむらが飴とハンカチを差し出された姿に見滝原最強の魔法少女としての威厳と威光は皆無、ただただ愛らしい少女だけの姿があった。
その姿は、その様子は彼女にとっては不本意かもしれない。だけど現状のマミは、魔法少女になってから一度も無かった姿だ。素の自分、本来は甘えっ子でヘタレな巴マミ。
泣いている自分を慰めてくれる、心配し一緒にいてくれる存在。両親のように、友達のように、マミは気づいていない、当たり前のように接してくるから、当然のように構ってくれるから、優しいから、温かいから、なにより自分が情けないと思っているから気づけない。
一人ぼっちと思っている少女は一人じゃない。なんだかんだ、少なくてもこの場にいる者から巴マミは愛されていた。

「あれ・・・・キュウべぇは?」

まどかは気づいた。いつの間にか白い魔法の使者がいないことに。

「もしかして・・・・オカリンのところ?」






同時刻、別の結界内でそれは起きていた。

「魔女の同士討ち?」

契約で飛鳥ユウリになることを願った杏里あいりは魔法少女になって初めて魔女同士の戦闘を目撃した。正確には魔女と“魔女もどき”だが。
あいりのその目に涙は無い、表情には混乱も戸惑いも無い、気付けば鼓動は落ち着き冷静さ、冷酷さが戻ってきていた。思考を戦闘、観察にスイッチし目の前の状況を確認している。
神話にでも登場しそうな巨大な門のような魔女。パリの凱旋門・・・いや、地獄の門か、不気味な彫刻が掘られている。門の向こう側の景色は暗い光で遮られ、そこから使い魔であろう二種類の異形がぞろぞろと際限なく召還されていく。
もう一体の魔女は紛い物だ。姿は巨大なカマキリ。高さがニm、全長は5・・・6mを超えているかもしれない。両手の大鎌は近づいてくる使い魔を圧倒的リーチで切り裂く。普通のカマキリとの違いは巨大さもだが、大鎌以外の足が人間の腕であること、使い魔を押し潰し握り潰す。

「イービルナッツの実験は成功・・・・・魔女と同等の強さを持つ存在は初めてかも」

『イービルナッツ』。グリーフシードの複製品のようなマジックアイテム。“人間を魔女化させる”このアイテムはしかし、魔女そのものと対抗できるだけの存在を生みださなかった。一般の人間ならともかく、魔法少女や魔女の相手としては下の下、使い魔程度ならともかく、魔女と正面から戦えるだけの戦闘力はこれまでの実験からは確認できなかった。
それがこうして戦闘している。優勢に、魔女の使い魔を簡単に、圧倒的に駆逐していく。
そして使い魔のストックに限界でもきたのか、門から召還される使い魔は勢いを失いその数を目に見えて減らしていく。魔女もどきの大鎌は勢いを増していき――大鎌はついに魔女の本体に届いた。

『――――』

門のような魔女。『芸術家の魔女【イザベル】』に大鎌は叩き込まれ、刃は門の柱半場まで食い込む。先制打撃、斬撃を与えた。この場面を見れば魔女もどきが有利に見える。魔女は使い魔以外に攻撃手段がなそうに見えるのも要因の一つだろう。文字通り手も足も出せない状態だ。
しかし魔女は超常の存在、理を捻じ曲げてまで産まれた―――ある意味奇跡の存在。見た目で判断するのは愚の骨頂。
魔女はガガガッ、と、身が崩れて地面へと吸い込まれていくようにして姿を消した。残ったのは魔女もどきのカマキリのみ、獲物を失ったその大鎌は何もない宙をおよぐ。

『 ■ !■■!?』

魔女もどきは魔女が吸い込まれた地面を大鎌で何度も叩きつけるが意味は無い。まったく別の位置でガガガッ、と、魔女もどきから遠くの位置に魔女イザベルは現れ、光の渦から使い魔を召還する。その数は僅か四体、しかし門の中心で暗い光は消えることなく、むしろ渦を巻くように不気味に輝き続ける。

『■■■!』

魔女もどきが新たに召還された使い魔を切り裂き魔女本体に突撃、使い魔を倒されれば文字通り手も足も出せない魔女は無防備。

『―――』

――――それでも“拳”を出した。拳を、だ。使い魔を召還していた暗い光、そこから拳のような光が勢いよく突きだされ魔女もどきを強打し、撃退した。
門の入口、その巨大な門を埋め尽くす暗い光そのものが巨大な拳となって魔女もどきの身体を文字通り粉砕したのだ。魔女もどきは身体の半分、下半身を失いゴロゴロと体液を撒き散らしながら転がって行く。

「終わったな」

あいりはその様子を冷めた視線で、精神で見ていた。岡部達から、岡部から逃げ出した彼女は真っ直ぐに此処にきた。魔女も反応があったのだから当たり前だし、それにイーブルナッツ、“自分が与えた”悪意の果実の反応もあったからなおさらだった。
あいりは魔女以外の魔女、岡部倫太郎、巴マミ、暁美ほむらも知らない『魔女もどき』の存在を知っている。その正体も、だから驚かない。魔女もどきの強さはバラツキがあっても平均値、一定の上限を超えない。弱さと脆さをしっている、だから敗北した事を意外と思わないし落胆もしない。
あいりの視線上にいる半身を失った魔女は痛みからか、悔しさからかもがき続けている。弱いとはいえ、人間でいえば臍から下を失っていながら活動が停止しない生命力は紛い物とはいえ魔女だからか、それとも思いがそれだけ強かったからか。イーブルナッツは持ち主の感情を糧に力を蓄え発動する。発動時の思いの強さにこれまでの実験体とある程度能力に差が出たのかもしれない。今までの実験で相手をしてきた魔女もどきは全て弱かったのだから。

「・・・・石島美佐子・・・だっけ」

途中から思い出していた。ついさっきだが自分は石島美佐子を、今は半身を失っている魔女もどきになっている人物を自分は知っていた。
生まれて初めてのデート(?)で“若干”暴走状態に陥っていた時にアドバイス(状況悪化に貢献しやがった内容)を貰っていた時は気づかなかったが、あとあと思い出してみれば自分は数日前に彼女に接触していた。
悪意の果実であるイーブルナッツを彼女に与え実験体にしようと企んでいた。イーブルナッツはあいりの生みだしたアイテムでも魔女から奪った戦利品でも無い。とある人物から譲り受け、その効果を知った自分はプレイアデス聖団への復讐に使えないか実験を繰り返していた。
七人からなる魔法少女のチーム、プレイアデス聖団。親友の仇。そいつらを殺すためにあらゆる手段を考えてきた。
石島美佐子とはそのときに出会った一人。彼女は警察官でありながら魔法の存在を不確かながら信じていた。子どもの戯言と断じることなく自分からイーブルナッツを受け取り魔法について詳しく尋ねようとしていた。その様子から何らかの――――しかし自分は必死に問い続ける彼女に興味は無かった、どんな事情があろうが自分には関係ないと、だからイーブルナッツを与えた後は彼女の感情を煽るように、イーブルナッツが成熟しやすいように誘導だけした。

『■■』
『■   ■■』
『■■ ■』
「・・・他のところにいた使い魔が戻ってきたな・・・・・・・」

あすなろ市で適当な事件の手柄でも餌に誘惑しようと思っていたが、こんなところで出会うとは意外だ。私服だったから気づかなかったのか、彼女は今日非番なのか、と、あいりは現状に不安も恐怖も特に感じることなく魔女もどき、石島美佐子の倒れている場所に警戒心を特に抱くことなく軽い足取りで近づいていく。

「よう死に損ない、今の気分はどうだ?」
『■■■!!』

至近距離、腰を曲げて見下すように、まさに死にかけの状態である魔女もどきを挑発するかのような言動。
言葉の意味を理解しているのか、それとも馬鹿にされている事を悟ったのか、魔女もどきは防御力においてはそれなりの魔女にダメージを与えた大鎌を、無防備なあいりの胸に叩きつけた。

「・・・」
『■■!?』

結界内に残っていた全ての使い魔が二人を囲んだとき、魔女もどきとあいりの位置は変わることなくその場にあった。
あいりも魔女もどきも動かない、戦いに身構えようとも逃げようともしない。一方は動かないだけで、一方は動けない。

「やっぱり弱いな」
『■!■■■!!』

魔女もどきの大鎌を、あいりは素手で受け止めていた。握りこむように片手で、難なく、適当に、特に力んだ様子も無く無造作に胸の前で。
魔女もどきは大鎌を引こうとしているが大鎌は微動もしない。自分よりも小柄な少女に完全に力負けしている。焦る魔女もどきは残った片方の大鎌を振るう。が、あいりは慌てず、やはり簡単に受け止める。刃に触れる指が切れることなくだ。

「どんな思惑があったか知らないけどさ・・・・・ざっっっまあないなァッ、首を突っ込むからこうなるんだよッ!!」

心底、貶すようにあいりは言葉を紡ぐ。
目の前の魔女もどきはその言葉に抵抗するように、抗議するように暴れる。だけど大鎌はあいりの両手からは逃れられない。
あいりは罵倒する。興味、趣味、好奇心・・・なんでもいい、なんであれ手前勝手な理由で関わってきた。もう逃げられない運命を背負った魔法少女の現場に自ら。どんな場所かも知らず、どんな状況かも知らず、どんな思いを抱えているかも知らず、命がけの戦場に土足で踏み込んできた。
それを知っていながら利用していた自分が言うのはおかしなことだが気にしない。あいりは八つ当たりのように魔女もどき、石島美佐子を罵倒する。

「命がけで戦ってる・・・・・魂を売り渡してまで願ったんだ。興味本位で関わってくるなっ」
『■■■■!■■■■ ■■■!!!』

力の差は歴然でありながら、魔女もどきは怒りを内包した眼であいりを睨みつける。
ぎし・・・と、自身の顎が砕けるのではと思うくらい歯を噛みしめて――――直後に、鋭い牙であいりに噛みついてきた。あいりは防御する暇も無くその攻撃を受ける。
ガッ!と魔女もどきがあいりの肩に齧りついたとき、周りに集まっていた使い魔、『落書きみたいな人間』があいり達に殺到した。人間の体を削り取る光を収束した手を携えながらだ。

『■■!』
『■■■■■!』
『■■■!』
『■  ■■■!』
『■■ ■!』

使い魔の攻撃が魔女もどきの体を削っていく。魔女もどきは身体を削られていく激痛から叫ぶがあいりの拘束からは逃れられずになすがままだ。
当然あいりも魔女もどき同様に両手が塞がっていて、おまけに噛みつかれていたので身動きが取れず、抵抗らしきことは何もできず使い魔の攻撃を全身に浴びていく。
結界内に光を収束する音、叩く音、削れる音、叫び声が響き渡った。





岡部が到着したのは、そのすぐ後だった。

「なんだこれは・・・」

岡部が結界内に突入した時にはあいりも魔女もどきも使い魔に覆い尽くされていた。岡部の視界には不気味な使い魔の群れで山ができていて中の様子がわからない。
岡部は周囲の様子を確認する。使い魔の山、遠方に魔女イザベル、岡部の近くに一般の人間が数人倒れているのが見えた。

「・・・・・武装は一つ、俺だけじゃあの魔女は倒せない」

かといって、視界に収まる人間全員を担いで逃げ切れる自身も無い。見たところ三名、担いで移動することはNDが発動中だから体力腕力に問題は無いが・・・魔女が逃走を見逃してはくれないだろう。
芸術家の魔女【イザベル】。性質は虚栄。岡部が知る限り積極的に人間に干渉してくる魔女の代表格だ。
三人もの人間を担いだまま戦闘を行えるほど岡部は強くない。というか、そんな状況で戦える奴が異常なのだ。その状況で戦えるのなら普通に戦い速攻で討伐、勝てると思う。
現状岡部は戦っても勝ち目はない。単発式のマスケット銃一丁でだけでは無理だ。しかも逃げられない・・・・・岡部には単独で魔女を撃破した記憶は無い。繋がっていても弱いのだ。いつだって誰かが傍にいた。助けてくれた。

「彼女はいない・・・か」

結界内を転移してくるスキルを持つこの魔女からは逃れられず勝ち目も無い。岡部は嫌な汗が止まらず銃を握る手が微かに震えた。
正直、気絶している三人を見捨てれば、囮にすれば逃げられるかもしれない。しかし―――――

「くそっ、よりにもよってどうして―――!」

絶対に逃げられなくなったのを岡部倫太郎は悟った。不安と恐怖に頭がおかしくなりそうだ。自身の安全が脅かされているからではない。呪われた以上、岡部にとって自分の事は自然二の次になっている。
視界に映った三人、その内の二人は岡部の知り合いだった。見滝原中学の学生と鹿目洵子だ。どちらも失わせない、岡部の大切な人達の、自分にとっても大切な人達だ。死なせない、絶対に死なせるわけにはいかない。

『―――』
「チッ」

魔女のいる方角から異音、視線を向ければ魔女の門に暗い光が渦を巻いている。攻撃の前触れだ――――と、岡部は経験から予測した。一直線の単純明快、回避も楽なそれは、それゆえに強力な威力を秘めた攻撃だ。
射線上にいる倒れた三人の前に立ち銃を構える。一瞬後には攻撃がくる。今さら三人を担いで逃げる暇はないし迎撃に一発の弾丸では無理、できることは身を盾に時間稼ぎのみ。
彼女がいれば、と思うが勝手な思い込みだから文句は言えないし資格も無い。彼女達が命がけなのは承知している、「関係ない」と言われればその通り、何一つ否定できず、だから問題は自分の弱さ。
この一撃を自分は防げないかもしれない。しかし少しでも、微かでも後ろで倒れている洵子達に届かせる訳にはいかない。既に重症、使い魔にやられたのだろう、息は在るが危うい、すぐに治療を受けなければ危ないのは経験上見て分かる。
だから、なんとしても一撃は耐えきり、さらにその後逃げ切らなければいけない。迅速に、無理で無茶な事だとしても、岡部倫太郎はそれを成さなければならない。
魔女に向けた銃口に光が宿る。白銀のマスケット銃を持った右手の手首に左手を添える、握る。構える。足下に紋章が展開される。岡部の全身からマミの魔力、黄金色の魔力が粒子のように溢れマスケット銃に収束されていく。
・・・足りない。迎撃するにはまだ足りない。宿る魔力を掻き集めれば可能だが時間がない。急ごうにも自分にはこれが限界で――――魔女の拳がきた。

「!」

岡部は反応できなかった。魔女の攻撃が放たれたのは分かったが、それだけだ、一瞬で視界の全てを暗い光に覆われた。なすがまま、在りのまま、意識する間もなくあっけなく、それなりの距離があったにも拘らず、その拳は岡部に到達する――――眼前までは。

バシンッ!

ばしゃあ!と、水を窓ガラスにぶっかけたように、魔力の固まりである暗い光は岡部の前で霧散した。

「イル・トリアンゴロ」

ズァッ!!!

不可視の障壁。それが盾となり魔女の拳が霧散したと岡部が理解したとき、使い魔の山から声、使い魔の山の足下には三角形の幾何学模様の魔法陣が広く大きく展開されていく。
チリッ、と熱い――――魔力を、危険を感じた岡部は後ろに、倒れている三人のもとへ庇うように跳んだ。

ガッ!と紋章が光と共に砕け炸裂し爆散した。


ズッッドォオオオオオオオオオン!!!


「おっ、おおお!?」

強力な魔力の爆発。爆風に飛ばされないように岡部は三人の元で身を低くする。爆風が、その余波が岡部と三人を襲う。
咄嗟に一番近くにいた坊主頭、見滝原中学の三年生男子を庇うようにしていた岡部は、爆風が鹿目洵子と男性に影響を及ばすことに気づいた。それも洒落では済まないレベルで。手は届かない、固有の防御魔法は使えない、だから岡部は自分にできることを実行した。

「バースト!」

―――burst

電子音。その身に宿ったマミの魔力を前方に全て解放。衣服と銃、粒子化した黄金の魔力は薄く広く岡部達の前に炸裂、散っていく、少しでも全員を爆風から守るように。
持てる魔力をぶつけたがそれでも勢いは――――余波だけなのが幸いしたのか、ある程度は殺がれたのか、岡部も三人も吹き飛ばされることはなく、予想を超える大事にはならなかった。危険な状態に変わりはなかったが、一応、三人に息は在った。
ただ、この三人よりも死にかけている者がいた。

「・・・ぁ・・・・っ・・・」
「ふん、・・・お前にはもう用は無い」

前方、爆発現場、声の聞こえる方に岡部が視線を向ければ使い魔の山は消滅していた。
そして探し人でもある少女が肩口から血を流しながら女性の襟元を締め上げるようにして片手で支えていた。
驚いた。彼女がこの場にいることにではない、彼女の支えていると言うには乱暴すぎる扱いを受けている女性があまりにもボロボロだからだ。あいりは呼吸が荒く、この場にいる誰よりも重傷を負っている相手を無造作に、捨てるように岡部に投げて寄こしてきた。人間を、それも重傷を負った相手に対し褒められた所業ではない。岡部は視線を向けるが取り合わないとでもいうのか、魔女と相対したままのあいりは小馬鹿にしたように言葉を放つ。

「わざわざ結界まで張ってやったのに動くなよ、無駄になったじゃないか」
「・・・・・」
「・・・・・最初はそこの三人を守ろうとしたんだ。だけどアンタがきたから意識が引っ張られた」
「それは―――」
「他人よりは知り合いだろ?選ぶなら私はそうする。やろうと思えばできたけどいきなりだったから」

本来、あいりの実力なら全員を結界で、魔女の拳を弾いた強力な結界で守護出来た。が、そこに岡部が来たので意識がそこに向いて間に合わなかった。あいりは棒読みでそう答える。
ウソ臭いがあながち嘘とも言えない。魔法は感情で動く、知人と他人、同時に守れないときに、選択の時に、決断の際に魔力は“感情の赴くままに発動する”ことはある。意思はどうあれ、口ではどう言え、行動では示せても―――それに反して正直に反応することはある
魔法は感情、想いで発現するのだから。

「すまない、たすかった」
「信じるんだな・・・」

それを知っている。だからと言って少女の言葉が本当かは分からない。だけど岡部は礼をいった。真実はどうあれ、態度はどうあれ全員生きている。状況はわからないが彼女がいなければ全員死んでいた。自分も、三人も、ボロボロの女性も。

「・・・・・・」

岡部はボロボロの女性含め、洵子も学生も男性も厳しい状況、命が消えかけているのを知る。
バシンッ、バシャアッ、と眼前で不可視の障壁を張って魔女の攻撃を防いでいる彼女に岡部は問う。

「回復魔法は―――」
「使えない」

言いきる前に即答。背を向けたまま、あいりは冷たく事実を伝える。
ユウリじゃない自分に、優しくない自分にはそんな魔法は得られない。

「なら魔女を―――」
「わかった」
「一人で―――」
「問題無い」

再び即答した。

「なら―――」
「すぐ終わる」
「まかせた」
「む・・・むう」

あっさりと、岡部が了承した事に少なからず驚いた。戸惑ったと言う方が近いかもしれない。もう少し何か言ってくるかと思ったのだ。治療を、変身魔法でなんとか、ホントは使えるのではないか、とかいろいろ言うモノだと思った。
こちらの言葉を本気で信じたのか、それとも冷たい自分を見限ったのか―――それにしては「まかせた」の言葉には熱があった。不快なものではない、確かな信頼を背中越しに感じた。
あいりはもとより誰も見殺しにする気はない。急ぎ魔女を討伐し電話なりなんなりして救急車でも呼ぼうと思っていた。実験、モルモット扱いで他人を巻き込むが別に恨みも無い、他人がどうなろうと構わないが助けきれるなら助けるだけの性根は残っている。
石島美佐子も気にくわないがそうだ。イービルナッツの影響で魔女化した人間は、魔女もどきの状態で倒されても死なず、体力の低下は免れないが特に後遺症も無く元に戻ることを事前に知っていた。まだ数回の検証結果なので絶対とは言えないが――――

「コルノ・フォルテ、リベンジャー」

あいりは自身の使い魔である牛鹿のコルを召還、次いで両手に魔法で生みだしたハンドガン・リベンジャーを握る。
あいりは岡部達に背を向けたまま、視線を前にいる魔女に向けたまま両手の銃を左右に一発ずつ発砲、いつのまにか接近してきていた『ムンクの叫び』を撃退、一撃で殺した。
正直、このレベルは敵ではない。あいりは眼前で弾け、霧散し続ける魔女の攻撃を防ぐ障壁を解除してコルと共に加速の体勢にはいり―――

「ノスタルジア・ドライブ」

嫌な気配がした・・・・・・あいりの背後、岡部の周りに黒い光沢を放つ鋼鉄が舞う。呪いと引き換えの奇跡が実体化している。
あいりの耳には肉が裂け、潰され、突き刺したような音を捉え、鼻は血の臭いを感じ取った。
とっさに後ろを、岡部の方に視線を向ければ―――

「お、お前なにをしてる!?」
「念のため・・・・・応急処置だ」

岡部の右腕から血が噴き出していた。

―――Future Gadget 0『Nostalgia・Drive ver.2.5』
―――『VIRGINIA』
―――development rate 53%
―――consumption rate 36%

「ッ!?ぐぅ・・・ッッ!?ぎぁ!!?」

激痛に顔を歪める。痛みは覚悟はしていたが、想を超える激痛に岡部は歯を食いしばる。流血が、血の飛沫が顔にかかる。甲冑の隙間から血が勢いよく漏れ出している。
ぎちぎちと、右腕の指先から肩、僅かに首元までを黒の甲冑は覆い、内側で体に楔を打ち込んで宿主の体を破壊する。離れないように、対価を求めるように呪いと呼ばれる毒を流し込む。
唇が切れるほど噛んで、痛みを痛みで紛らわし、苦痛の声が漏れないように口をきつく閉ざす岡部。一秒二秒を苦痛で顔を歪ませた後はすぐに違和感を捕える。

(・・・・やはり何かが・・・・なんだ・・・違う!?)

電子音。ND起動時のメッセージボイスが普段と、今までと違う。しかし“それ”に関しては不思議と警戒や不安を抱かなかった。NDがバージョンアップされていて・・・・・マミの時にも僅かに感じた違和感の正体はこれかと岡部は気づいて――――

(なんだこれは!?)

気づいて、気づいたからこそ悪寒が、気持ち悪さが際立った。謎の多いNDがアップデートされていることに対し“自分がすんなりと受け入れている”ことに、だ。

(それに・・・・ッ、『テュール』だと!?マミのソウルジェムは――――)

こうやって命綱であるNDを後回しにして自然に別の事を思考していることが、そんな自分が恐ろしかった。
恐ろしいのは・・・・・・・それを理解していながら、それを危険と認識しない自分の心情だ。NDは岡部にとっての生命線、にも拘らず突然の事態に意識が向かない、まるでそうなることを知っていたように、他の事に関心が向く。向いてしまう。


ギチ

「ッ」

痛み。肉に鋼鉄の楔が食い込んでくる。一度思考を切り替えなければならない。現在進行形の危険に対し対処するのは正しい、だけどやはり――――おかしいと思った。
仕方がないとはいえ、状況が状況とはいえ、あっさりとNDの疑問を切り離せる自分に少なからず違和感が漂う。
だけど、それでも、そして、やはり思考を切り替える。

(展開率53・・・・・昨日の戦闘だけでそんなに?)

岡部は痛みと嫌悪感から冷や汗を大量に流し、あいりは岡部の尋常ではない様子に疑問を抱く。
目の前の男は壊れていながら壊れていないように振る舞っているのではないか?余りにも自然に、不自然に見えないほどに。ちぐはぐでバラバラでごちゃごちゃ・・・なのに普通に生きている。まるで一般人のように、そんなわけないのに、異常だ。
ユウリから見て岡部は黒い甲冑に喰われている。文字通りだ。右腕全体を覆った甲冑からは血が噴き出し、甲冑はときおり生き物ように脈動し―――徐々に甲冑が成長しているように見える。本当に少しずつ、岡部の体を囲む甲冑は生き物のように、心臓のように鼓動、脈をうつように震える。だから鋼鉄でありながら生き物のように成長していると感じた。昨日よりも育っている。まるで“コレ”は岡部を栄養にして・・・完全に育ったらどうなる?
そこだけじゃない。魔女に関わるものなのだから未知であり非常識、怖いのは当たり前。当然だ、だからより怖いのは、未知で恐怖を一番感じるのは苦痛で顔を歪ませている男だ。だってこの男は“黒い甲冑を受け入れている”。痛いくせに、怖いくせに苦しいくせに叫びたいくせに泣きたいくせに・・・それを離そうとしないのだから。
意味が分からない、理解できない、どんな理由が、どんな目的があればそんな気持ち悪いモノを受け止められるのか、あいりには分かりたくも知りたくも無かった。人として、生き物として間違っている。
それに自分で選んで“そうなって”おいて、まるで赦しを請うような姿に苛立つ。誰かのために自分を犠牲にする。それをしてはいけないと、そんなやり方は駄目だと、あいりは叫びそうになった。

それは、その姿は重なる。難病に苦しむ他人を救い続けて■んだ親友、飛鳥ユウリに。

その姿を、飛鳥ユウリが魔法少女として活動しているところを見たことはないが、きっとこんなふうに身を削っていたんだと・・・

『―――』
「――――――コルノ・フォルテ!」

後ろから魔女の攻撃、あいりは振り向かずに再度結界を展開、背後からの攻撃を無力化したことを確信、同時にコルに突撃させる。
魔女の拳は結界に阻まれ弾けて消える。その隙にコルノ・フォルテが疾走、イザベルとの距離を瞬時に詰め鋭い大角で魔女に突撃、ゴッ! と岩や鉄球をそれ以上に硬度のモノで叩いた、ぶつけたような鈍い音が響いた。

『―――』
「・・・ちっ」

舌打ちと同時に振り返る。あいりは二丁拳銃リベンジャーを手に魔女へと加速、接近する。

「生意気に結界か」

コルノ・フォルテの大角の攻撃はイザベルが自身を囲むように展開したバリアによって阻まれた。

「だけどこれならどうかっ、なああああああああ!!!」

二丁拳銃リベンジャー。魔法で生みだしたその銃は魔力を弾丸にして発射する。
あいりは撃つ。撃って撃って撃ちまくる。金色の弾丸は魔力光を射線に刻みながら魔女のバリアを――――貫けず、砕け、弾かれ消滅していく。
魔女イザベルの防御結界はあいりの魔法を完全に防いでいる。

『―――』

届かない。突破できない。かなりの弾幕を、射撃をものともせずに魔女のバリアは存在し続けた。魔女は笑う。口という器官が存在しないタイプの魔女だが笑っていた。相手の攻撃は自分には届かない。そしてこれだけの弾幕を張る連続射撃、魔力の消費量は少なくは無い。いずれ敵対者である魔法少女は力尽きるのだ。
基本的に魔法少女は持久戦に弱い。戦えば戦うほど魔力を消費しソウルジェムは濁っていく。穢れ、濁りが増せば増すほど魔力の質は落ちる。そうなれば高位の魔法は使えず、高威力の魔法も使えない。
魔法はテンションに影響するのだから戦闘開始のころ魔力は十分に、威力は十全に使用、発揮されるが時間が長引けばそれは一気に枷となる。魔力は減少し身体強化の加護は薄れ、魔法の効果や威力は下がり敵を倒せない。時間の経過と焦りと共にテンション、能力はダウン、しかも回復するにはグリーフシードのみ、魔女を倒せない限りそれは叶わず――――結果、死んでいく。

『―――?――――――――?』

はずだった。

「まだまだぁああああああ!!!!」

ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドッドン!!!!

撃って撃って討つ。それしかできないというように、それしか知らないというように、あいりは効かない攻撃を繰り返す。
連続での魔力行使は自滅への近道だ。魔力は無駄に消費し魔法は威力を失う。

ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドッドドドドドドドドドドドドドドドドドドドッドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドッッ!!!

なのに、それが前提であるはずなのに覆される。常識が、理を捻じ曲げた者たちのルールが復讐の魔法少女には適応されない。
酷使される魔力、その代償に金色のソウルジェムは穢れを内包していく。同時に魔法の威力、効果は――――次第に増していく。火力が上がり金色の魔力弾は勢いと威力を増し続けながら結界に更なる打撃として叩き込まれる。

『―――!!?』

魔女の動揺が伝わる。見た目が無機物のくせに愉快でたまらない。あいりは表情に残虐性を、口元に笑みを浮かべる。
あいりは怒りや恨みを抱きながら契約し魔法少女になった。そのせいか、違うのか、よくはわからないがある特性を内包した稀有な魔法少女となった。希望ではなく絶望、奇跡ではなく呪い。あいりのソウルジェムは穢れれば穢れるほど、その存在が魔女に近づくほど性能が上がるのだ。
変身魔法、攻撃魔法、魔法兵装、強力な結界、自立した使い魔の召還、索敵能力、元のポテンシャルが既に高いにも拘らず、あいりは本来なら弱点である時間経過による戦闘力低下の枷がプラスに働く、魔力を行使すればするほどさらに威力と効力が高まる。

ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドッドドドドドドドドドドドドドドドドドドドッドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドッドドドドドドドドドドドドドドドドドドドッドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドッドドドドドドドドドドドドドドドドドドドッドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドッッッッ!!!!

射撃は増していく。勢いは増していく。威力は増していく。あいりの表情には狂気に満ちているだけで苦しいとか辛いと言ったものは含まれていない。
そしてついに魔女に異変が生じた。バリアが消えていく。

『!!!』

継続時間か、耐久力の超過か、それとも純粋に防御結界の維持魔力が尽きたのか、魔女イザベルの展開していたバリアがいきなり消失した。
そしてバリアが消えれば魔女はその身で受け止めなければならない。転移する暇がないほどの、視界を覆い隠すほどの金色の弾幕を。

ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドッドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドッドドドドドドドドドドドドドドドドドドドッドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドッドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドッドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド!!!!!

「きゃはははははははははははは!!」

笑い、あいりが攻撃を止めた頃には魔女は欠片一つ残すことなく消滅していた。
圧倒的に圧勝。一方的な殲滅。『芸術科の魔女【イザベル】』はあいりに傷一つ付けられないまま討伐された。

「あーっ、すっきりしたかなぁ・・・」

魔女を相手に八つ当たりのような感じで、溜まりに溜まった鬱憤を晴らしたあいりは声高らかに笑う。いつもと違う自分、これまで経験した事のないことばっかりで調子が狂っていた。なれないことに焦り驚きストレスが溜まっていたがようやくだ。ようやく復讐者としての自分を取り戻せる。
温かい場所だった。孤独ではなかった。ユウリと自分のことを知っていて優しくしてもらえた。だけどそれは邪魔だ、足枷だ、長居していては抜け出せなくなるかもしれない。ただ一日で自分は腑抜けになってしまったのだから。

もう、このまま立ち去った方がいい。

魔力を使い過ぎたあいりは魔女討伐の褒美、できたてのグリーフシードでソウルジェムを淨化する。

「さて・・・・っと」

思いっきり運動というか戦闘というか、とにかくある程度すっきりしたが、あいりはまだ納得していない、まだ残っている不満に顔を顰める。
丁度、むこうから声をかけてきた。背を向けている人物。信頼からか、戦闘中一度も振り向かずにいた奴。

「魔女を倒したんだな」
「余裕だ」
「そうか、ありがとう」
「・・・・・おまえ、バカだろ」

ぶしゅっ、と炭酸が抜けたような音をあいりは捉えていた。

―――ずりゅ・・・・

あいりは岡部の右腕から黒い甲冑が独りでに引き抜かれているところを黙って眺める。岡部が何をやろうとしているのかは知っている。昨日の夜に美樹さやかにやっていたことを四人分するのだろう。
止めることはできた。相手は口で言ったところで止まらない、だが力づくなら簡単に止めきれる。でも止めない。傷つくなら傷つけばいい。痛いのなら痛がればいい。苦しいのなら苦しめばいい。泣きたいなら泣けばいい。そして――――みっともなく泣きわめき助けを求めればいい。
誰かのために、自ら血塗れになってまで実行するのは間違っている。別に誰かを救うのはいい、それが見知らぬ他人でもかまわない。だけどその過程で自分を犠牲にするのは間違っている。絶対に、許容してはいけない。
誰かのために文字通り血まみれになる馬鹿を、あいりはきっと根負けしてくれると、痛みと苦しさから諦めてくれるはずだと、せめて最低限の処置だけで後は通常の病院に任せてくれるはずだと・・・まるで岡部の身を案じるようにそう思った。
引き抜かれた甲冑の裏側には大量の血が、返しの刃がついた楔を打ち込まれていた右腕は肉が捲れて血まみれ、あいりは視線を逸らそうとしたが不快な音と共に岡部の傷はみるみる塞がる。わずか数秒で腕の穴が完全に塞がり、ズタズタだった腕には黒い痣がムカデのように色濃く残っているだけだった。

「それ・・・・・・・・いたくないのか」
「なれたよ」

答えになっていない。

「すまないが人が来ないか見張っていてくれ」

痛いはずだ。

「これから三人の傷を“埋めて”、定着しだい抜きとる」

苦しいはずだ。

「五分、いや三分あれば終えるだろう」

泣きたいはずだ。

「他にも被害者がいれば――――」
「いないっ」

顔色が悪い、微かに震えている。

「確認済み」
「しかし――――」
「信じてッ」
「・・・・わかった」
「ん」

こんなのは嫌だ。

かしゅっ

倒れていた三人の服の上から甲冑が一枚だけ乗せられる。残りの鋼鉄は岡部の周りを衛星のように廻っている。
乗せられた甲冑の裏側、そこから楔が打ち込まれ四人の肉体を傷つける。ビクッと気絶している四人の体が痙攣するかのように動いたがそれは一瞬で、すぐに大人しくなる。
あいりはその目で見た。三人の傷が塞がっていくのを、かなりの速度で回復している。擦り傷打撲程度は既に感知済み・・・・・いや、これなら内臓の修復もすぐに終わるだろう。

「はやい・・・・・」
「大したものだろう?君には不快に思われるかもしれないが魔女の卵とはいえ、グリーフシードも奇跡の欠片だ」
「・・・・・」
「そもそも呪い、負のエネルギーを周囲から集める特性を持つグリーフシードはお守りとして効果を発揮するとは思わないか」
「なにそれ・・・」
「身近な不幸をグリーフシードは率先して受け止めてくれる。『負』という見えない概念をな、なら残るのは幸いだ」

珍しい発想だと思うが・・・少し面白い考え方と思った。でも今のあいりにはどうでもよかった。

「もういいだろッ」
「ああ、そうだな。もう十分か・・・」

三人から甲冑が引き抜かれる。見た感じでは服装以外に違和感はない。そのままベンチにでも放り投げておけばいいと思うが・・・知っている。

「パージ」

―――put off

電子音。同時に宙を旋回するように舞っていた黒い甲冑が全て、空気に溶けるように消失していく。
岡部は貫かれ、破け、血まみれになったパーカー部分を捲る。そして色濃いムカデのような刺青を背負った右腕を三人に――――

「まって」

あいりが静止子の声をかける。

「誰か来たか?」

誰かが近づいてきたのか、と、とぼけたように聞き返す岡部はそのまま――――石島美佐子に触れる。
次に瞬間、岡部は触れた指先に痺れと悪寒、不快なソレが自身の体を這い上がってくる感触に口元を歪め、しばらくして指先を彼女から離す。

「・・・・まあ、こんなものか」

指先同士をかるく擦り合せ次に洵子へと手を伸ばす。

「まてっていってるだろっ」

が、横から伸ばされた腕に、触感を失いつつある腕を掴まれた。

「もうやめろよ!」
「呪いを引き剥がしたらな」
「おまえっ・・・」
「致命傷以外の傷ならそれでもいい、だが呪いは僅かでも残すわけにはいかない」

警告と脅しを込めてぎりぎりと、あいりは強化された握力で締めあげるように岡部の右腕を握るが岡部はまるで堪えない。

「いまは小さくても呪いは負の感情を誘発する。起きていても寝ていても、悪化すれば眠ることが苦痛に、それをこえたら眠れなくなる。それは精神を疲弊させノイローゼに、悪循環は加速し負の感情を取り込み呪いは次第に大きくなる。慣れている俺ならともかく知識も経験も無い一般の人間には押さえることは出来ないだろう。すぐに成長し、今の俺とそう大差ない状態になるまでに三日ももかからない・・・・いや、その前に事故や事件、または衰弱して死ぬだろうな」

その言葉がホントかどうかは分からない。あいりに分かるのはこの男が死にたがっていることぐらいか、誰かのために自身を犠牲にする。同じだ。飛鳥ユウリと同じだ。誰かを助け人知れず傷ついて、残される者のことを考えてくれない自己満足野郎だ。

「だからって代わりに死ぬの・・・」
「・・・そんなつもりはない。俺は誰かのために自分が死んでもいいなんて思っちゃいない」
「・・・・」
「俺はそんな奴じゃないよ」

気にくわないのか、なんなのかもうよく分からなくなってきている。どうしたいのか、どうしてほしいのか・・・・。あいりが腕を離すと岡部は洵子に躊躇うことなく触れる。次に男性、最後に坊主頭。それからしばらく様子を、数秒程度だが四人の容体を目視で確認した岡部は鹿目洵子だけをおぶって移動し始める。
たいていの場合、魔女に遭遇した者は夢でも見ていたんだと自己解釈してくれるので放っておいても大丈夫だと判断している。坊主頭の少年はもしかしたら―――――まあ、どっちにしろ適当でいいはずだ。
鹿目洵子だけはあれだ、知り合いで大家さんでまどかの母親で勘が鋭いのでその辺のベンチにまで、それこそ「疲れたので休憩していたら眠ってしまった」感を苦し紛れながらも出すために移動させる。路地裏で目が覚めたら・・・・・。下手に魔法に関わられるといろいろと障害になる。少なくとも今の時点では、だからできる限りのフォローはしておきたい。
ギガロマニアックスがあればある程度の記憶を封印、書き換えができるが――――恩ある彼女には使いたくない・・・・・まあ、今はないのだからしょうがない。

「おいっ」

あいりが岡部を呼び止める。

「私は・・・おまえが嫌い」
「・・・」
「ユウリもっ・・・・きらい」

杏里あいりと芸術科の魔女イザベルとの戦闘は終わり、戦闘は残るはあと一つ。

「あなたたちは自己犠牲で誰かを助ける。残された人達のことなんか考えないっ」

事前に相談されることなく、事後に話してくれることなく、苦しさも悩みも教えてくれず、弱音を感じさせず、だから周りは気づかないまま平穏に過ごすことしかできない。
気づいてあげることができなかった。気づいた時には全てが終わっていた。その瞬間まで奇跡が起こった、偶然が助けてくれたと、“当たり前”のことだと錯覚して過ごす。

「どうしたらいいの・・・」

わからない、目の前の男は自分の命を放棄している。それは自暴自棄でしかないはずで、彼も、彼女にもそれだけじゃなく、それなりの理由、覚悟あったのは分かるけど自己完結している以上、それを悟られないようにしている以上、たとえ気づいても周りはどうする事も出来ない。
きっと沢山の人達を救い、その分彼等は意味を得たのだろう。だけどその結果、もう手は届かない、その隣には立てない。私はもう一緒にはいられない。
おいていかれて、のこされて・・・・・・・どうしたらいいのだ。救われたお礼も言えず、一緒に悩むことも悲しむこともできない。別れの言葉も言えず、“救われたことに対し喜ぶこともできない”。親友の全てをかけて救われて、親友は魂を捧げて私を助けて、だけど私はそれを喜ぶことも、感謝する事も出来ないのだ。
だってそうだろ・・・・。後になって知った私は、私を助けるために救いのない運命を彼女に背負わせた。自分のせいで飛鳥ユウリは魔法少女になった。そして死んだのだ。その死を誰にも気づかれないまま、誰にも知られないまま世界から消えた。両親、友達、みんなに死んだことを知られず消えていった。
誰かのために祈った優しい少女は、誰かを呪う存在に歪められて、祈りを叶えた他の魔法少女に殺された。
私のせいで。そんな私が喜べるはずがない。こんな私が・・・・・していいはずがない。飛鳥ユウリが杏里あいりのためにエントロピーを覆すほどの祈りを抱いてくれた・・・嬉しいはずなのに悲しい、喜んでいいはずなのに哀しい。呪わずにはいられない。自分を・・・・そして彼女を。

「どうすればいいの・・・?」

こんな考え、最悪で最低だ。だけど――――なにも教えてくれなかった彼女のことを酷いと、そう思わずにはいられない。
だってこんなにも苦しいんだ。ありがとうも、ごめんなさいも、全部伝えられない。残された自分には後悔しか残されていないのだ。
喜びたくてもユウリはもういない。感謝したくてもユウリはもういない。全ては自分の知らないうちに行われ、全ては自分が関わることなく終わった。
決断は彼女の意思だとしても、間違いなく発端は杏里あいりなのだから。そんな自分は、彼女が魔女と戦い、他人を助けていることなんて知らず、一人だけ日常を謳歌していた。

代償は親友の人生なんて気づかぬまま。

「どうしたら、あなたたちは周りを・・・・私を見てくれるの?」

理不尽な怒りが男に対し沸き上がってきているのを杏里あいりは悟っていた。
最悪な自分勝手、最低な八つ当たりなのは分かっている。だけど飛鳥ユウリの面影を重ねてしまう。勝手に救い、その代償による運命を、一度も相談や泣きごとを言わず、場違いな罵倒さえ・・・・・・言い訳さえ自分にはしてくれなかった。
飛鳥ユウリは一度も杏里あいりを責めなかった。自分一人で背負い消えていった。

「どうして、気づいてくれないの・・・っ!」

残された人が、どう思うのか、どうなってしまうのか気づいてくれないことに憎悪を抱いて、なによりも―――――酷く悲しかった。

「そんなの・・・・間違ってるよ」

どうして、自分を救ってくれた大切な人にこんな感情を抱かなければならない?
どうして、大好きな彼女のことを憎まなければならない?
どうして、自分はその感情を物色できない?
どうして、ユウリが魂を捧げてまで助けてくれたのに、辛いと感じる?

全てを捧げてくれてまで救ってくれた彼女の為に、幸いを求めて、幸せになるべきなのに、それが彼女に報いることになるのに、それができない。
彼女の死を知って、それができるはずがない。
幸いを求める?彼女を死に追いやって?幸せになるべき?彼女は死んだのに?彼女の想いに報いるため?



なかったことにして?



「おねがいだから・・・傷つけないでよ」

誰を、かは言わない。言えない。自分か、相手か、何も知らない誰かなのか、分からなし分かりたくもない。考えたくない。理解したくない。
理解すれば、ユウリの死を、原因を肯定することになるかもしれないから、ユウリの死を“仕方がなかった”と思いたくないから。
あいりは顔を伏せたまま岡部のパーカーに摘まむようにして引っ張る。泣いてはいない、声も震えていない、だけど岡部には彼女が泣いているように見えた。

だけど、岡部倫太郎は

「すまない」

そう言う。正直に、泣きだしそうな少女に、だからこそ嘘は言わない。

「いつになっても、何度繰り返しても後悔が消えないんだ」

わずかに、パーカーを摘まんだ指に力がこもる。

「気づくのが遅れて、気がついた時には後戻りできなくて」

顔を上げて、あいりは視線を合わせる。

「何度も戦って、傷ついて、失ってきた・・・・・もう終わりたい、死にたいと願ったこともあった」

言い訳のような台詞に、二人は泣きそうで、その表情には後悔の念があった。

「だけど誰かを助けきれたとき、少しだけ救われたような気がしたんだ」

それは代償行為かもしれない。

「前に進める気がしたんだ。明日も、明後日も・・・・」
「だけど、それで死んじゃったら――――」

すべての魔法少女に言えるかもしれない。魔法少女になったのなら、“なってしまったのだから”と、モチベーションの為に、寂しさや苦しみを紛らわすために“理由”を求め、そうすることは必然かもしれない。
誰かのため、自分のため、願いのため、正義、友情、利益、良識、なんでもいい、“後悔”しないために理由を求める。
だけど、その後付けが理由で自身を縛り死んでしまったら―――おかしいじゃないか、例えそれが自分で選んだ結果だとしても。

「そうかもしれない。でも人はいつか死ぬ」
「だから・・・いいていうの?そんなの―――」
「違う。見つけたんだ・・・・俺にはそれだけじゃなかった」

まっすぐに、失い続けた過去しかない男が告げる。



「こんな俺にも、大切な人ができたんだ」



こつん、と岡部は首を曲げて。己の額であいりの頭をかるくノックするように触れた。

「永遠に抗い続けてきた。でも戦って、傷ついて失ってきただけじゃない。守りたい人も支えたい人も、一緒にいたい人もできたよ」

視線を逸らさず見つめ合う。きっと変に照れたり、目を逸らしてはいけないものだとあいりは思った。
そう思えるほどの余裕も無かったし、したくも無かった。

「いつか俺は死ぬ。そのときがいつか分からない。何が原因で、どんな結果をもたらすかもわからないけど」

残された人達を、悲しませてしまうかもしれないけれど。

「そのとき、その人達が俺のことを憶えてくれていたら―――――俺は幸いだよ」

ここにいる岡部倫太郎は、本来存在しなかったはずの岡部倫太郎は、この世界で出会った人達に憶えていてほしいと切に願った。敵でもいい、恨まれてもいい、それでも憶えていてほしい。自分との思い出を無かった事にしてほしくない。
その意味において、岡部倫太郎にとってそれは、死ぬことよりも重要な事かも知れない。彼女達のために死という選択はしないといいながら、忘れられても助けると思っていながら、岡部倫太郎は彼女達のために何度も死にかけ、忘れないでほしいと願う。
これまで何度もなかったことにしておいて図々しくも卑しい最低な願い。望むことすら罪に等しい祈り。自分勝手で、自己完結で、自己嫌悪するけれど、ソレは確かな、岡部倫太郎が願う本物の祈りだった。
岡部の自虐的な笑みに、あいりは何も言えなかった。
その解答は聞きたかったものじゃない。その思いは答えになっていない。それは、それに、それだけではやはり残された人達は報われない。知らずにいた人達は前を向けないかもしれない。

「だから俺は忘れない。同時に俺のことを憶えていてほしい、それだけで頑張れるから」

岡部倫太郎は忘れない。間に合わなかった後悔を、間違えた選択を、過ちを、失敗し、失われた時間も想いも可能性も決して忘れない。
彼女達との思い出を絶対に忘れない。どんなに辛く苦しくても、それを超える幸いを知っている、信じている。

「だから、俺のことを憶えていてくれ」

岡部倫太郎は、杏里あいりにそう願った。

「答えに・・・なってないよ・・・っ」

憶えているだけでいいってなんだ。それだけで幸いなのか?お前はそれでいいとして、じゃあユウリは・・・?

彼女も、憶えてくれているだけで幸いと思うのか?

「そんなの・・・・」

分かるはずがない。それに、それが何になる。それで私の後悔が消えるのか?消えるはずがない、一生これと向き合うことになる。
男も分かっているはずだ。知っているはずだ。間に合わず、後悔してきたのなら。

「寂しいよ」
「でも嬉しいさ」

だけど、言うのだ。

「自分のことを、ずっと憶えてくれる。覚えてくれている。大人になって歳をとってもずっと、ずっと忘れずにいてくれるなんて素敵じゃないか」

きっと、それは嬉しいことだ。

「残された人は・・・・逆の立場でもそう言えるの・・・?」
「無理に悲しんでほしいわけじゃない、憶えていてほしいわけじゃない。ただ、余裕があれば悲しんで、思い出してほしい」
「・・・・?」
「それだけで十分だ。憶えていてくれた・・・見ていてくれた。“気づいてくれた”。本来なら気づかれず誰の記憶にも残らない筈の自分を、それだけで報われた気になる」
「だ、だからそれは自分の願望だろう!残された場合は――――」
「同じだよ。みんな、少なくても俺の知っている魔法少女は――――最後はそうだった」

走って、頑張って、傷つきながらも生きてきた。もう後戻りできない人生を、止まることができない運命を、いつか終わりが来ることを彼女達は誰もが知っている。そのいつかはきっと早く訪れる。だからいつか終わりを迎える前に、結果なんか分かりきっているけど、可能性なんか無いけど、せめて後悔だけはしないようにと足掻く。
それができないことも知っている。何もできないことを。いつか必ず終わるとしても、その時どれだけ後悔するとしても、知っているから、それがどれ程怖くて、重くて、震えるかを知っている。
誰かを恨まずにはいられないのを知っている。それでも必死に走り続けている。格好よくなくても、強くなくても、正しくなくても、美しくなくても、可愛いげがなくても、綺麗じゃなくても、才能に恵まれなくても、頭が悪くても、性格が悪くても、おちこぼれでも、はぐれものでも、出来損ないでも、運がなくても、嫌われ者でも 、憎まれっ子でも、やられ役でも卑怯な奴でも、情けなくても、それでも生きていた。
決して幸福に包まれた最後ではなかった。過程は醜く、生き様は不様、知られたくない、そのまま消えてしまいたいと思っていたかもしれない。
だけど、そんな自分を憶えていてくれる。頑張っていたのを見ていてくれた。自分に気づいてくれた。最後の最後、彼女達は言うのだ。泣きながら、十分だと、報われたと、気づいてくれて、知って、それで認めてくれて、無駄じゃなかったと、憶えていると言ってくれたことが嬉しいと。

「みんな・・・?」
「俺の知り合いはな」
「じゃあ、私・・・・・アタシは、ユウリはどうだったのかなぁ・・・・報われたのかな・・・?」

一人、誰かのために魔法を使い続け、魔女を相手に戦い続けた彼女はどうだったのだろうか?魔女化した親友はどうだったのだろうか?魔女化するとき、彼女の周りには『プレイアデス聖団』がいた。
最後を一人のまま過ごしたわけではない。飛鳥ユウリの最後を見届けた人達は確かにいたのだ。なら彼女は幸いだった?そんなわけない、魔女になんかなりたくなかったはずだ。もっと生きていたかったはずだ。
でも、だけど、最後を一人で、誰にも気がつかれることなく消えはしなかった。消えた後も、こうして自分は彼女のことを憶えている。目の前の男も。

「それだけで、ユウリは少しだけでも・・・・・喜んでくれるの?ううん、報われたの・・・かな?」

嬉しいのかな、彼女はそれだけで、間に合わなかった、気づくのが遅れた自分だけど、それでも――――――ほんの少しだけでも、慰めでもいい、絶望だけでなく、幸いを、その人生に後悔だけを抱かずに、それを想ってくれたのだろうか?
囁くように、くっ付いた額を持ち上げて、さらに距離を詰めて、あいりは問う。

「ユウリは・・・」
「さあな、俺は観測していない。だから“まだ”だよ」
「・・・・・え・・・?」

だけどここにきて男は離れた。まるで近づきすぎたあいりの唇から逃げるように、あいりの問いから逃れるように。
求めに答えぬまま、答えを提示しないまま、提示したのは自分の言いたいことだけで、こちらの言いたいことを封じたままで。
離れる。あっさりと、あいりの指先からパーカーが外れる。

「さて、まどか達のところに戻ろう」
「あ、まてっ」

背を向けて歩き出す岡部にあいりは静止の声をかける。このままじゃ納得できない。

「私はまだ―――っ」
「俺と一緒にいろ、答えは自ずと見つかるさ」
「―――――」

隣に追いついたあいりに、確信に満ちた表情で告げる岡部。

「だからついてこい。ラボラトリーメンバー№05飛鳥ユウリの片翼にして親友“杏里あいり”よ」
「なっ!?」
「君は飛鳥ユウリ同様に未来ガジェット研究所のラボメン№05として我が脳細胞に記憶された」

彼女は忘れられない。岡部が憶えているから、杏里あいりが憶えているから。飛鳥ユウリをいなかったことにはしない、なかったことにはしない。
何があろうとも、どこにいようとも、絶対に忘れない。彼女の命をかけた生き様は確かに記憶されている。

「諦めろ、俺に定められた以上お前に自由はない。俺が生きている限り、憶えている以上お前はラボメンだ」

岡部倫太郎は凶悪なまでにしつこく、諦めが悪い狂気のマッドサイエンティストだから。

「そして俺は死ぬつもりはない。我が名は鳳凰院凶真。世界の定めた運命を破壊し未知なる未来を創り出す者、そのときまで―――死ぬことはない」

死なない、それは

「だから、おいていったりしない」

あいりは岡部の腕をとる。

「ほんとう、だな・・・・」

あいりはなんだかよくわからなくなった。自分の考えと想い、男の言葉の意味、求める言葉と知りたい感情を、考えることが億劫になってきた。
ただ、今はもう、今日のところは・・・・・ここまででいいと思った。少しだけ、落ち着いて考えてみようと思ったから。
自分のこと、ユウリのこと、そして男のくせに魔法関係者でユウリの知り合い、しばらく住処を提供してくれる岡部倫太郎のことを。

「嘘ついたら・・・責任とれよ」
「問題無い」

岡部はそう応える。この場合の嘘は岡部が死んでいることになっているので責任も何もないと思うが気負わず答えた。この手の問題には連帯責任者の欄に上条恭介の名を勝手に書いておけばいい。鈍感愚艦な少年だがなかなか有能で、自分の後を任せきれる稀有な存在なのだ。
岡部倫太郎は卑怯で悪党だ。だから少女の問いに答えぬまま嘘をついた。引き留めるために、独善で、平気で嘘をつく。
嘘を真にすればいいと、一度も辿りつけていないのに平然と考えている――――でも、それは確かな本心だから。

「じゃあ帰ろう。変身魔法を解いてくれ、この格好は目立つ・・・・というかこの姿で大人を背負うのはキツイ」
「ん」

頷きながら、あいりは掴んでいた岡部の腕を軽くひいて、もう片手で首元のパーカー部分を自分の方に引き寄せた。
一気に二人の距離が近くなる。別にキスをしようとしたわけじゃない。流され、思わせぶりに走るわけでもない。ただ言いたいことがあった。はっきりと、言葉にしたかったことを。

「しばらくは・・・・・一緒にいる。ユウリのことも、ちゃんと教えて」

そう言って、彼女は岡部の背中に周り、洵子の体越しにぐいぐいと岡部の背中を押す。
顔を見られないように、思いのほか急接近した事で起きた動揺を悟られないように、決して勘違いしないように。


そして背中からする気配に、岡部が気づかないように。
今はまだ気づかれたくはない。
なぜか、岡部に自分がやっている悪行を見られたくなかった。

『ずいぶんと仲が良くなったみたいだね』

そしてそれとは別に、後ろの気配とは別に前方から第三者の声。岡部とあいりが視線を進行方向上にある道に向ければ、そこには白い存在がいた。

『マミ達のほうも無事に魔女を、正確には使い魔を退けたと連絡があったから安心して』

いつも通りの無表情、感情が読めない赤い瞳。

『でも、こんな短時間で良好な関係に発展するとは、人間は本当に僕の理解を超えている』

そいつは岡部倫太郎に関して情報を持っていない。

『しかし凶真、君はなんで死んでいないの?』

しかし確かな疑問、正鵠を得た問いかけを行った。

『なんで生きていられるの?』

その問いかけに岡部は答えない。

「キュウべぇ、俺は――――」
『―――――、マミから念話だ。状況を伝えておくね、凶真とユウリは無事に魔女を撃破、そして抱きしめあってた―――――』
「してないっ」

その前に変な誤解を解かなくてはいけない。今回の件で学んだのだ。人間関係には円滑な相互理解、誤解や先入観を持って事態に当たれば行きつく先にあるのは骨折による入院であると。
キュウべぇの位置からどう見えたかはしらないが岡部達の唇は触れていない。あまりにも近すぎて吐息は触れていたが直接の接触はなかったはずだ。
これが上条恭介なら決まりだが、岡部にその手のラッキースケベは無い・・・・はずだ。

『そうなのかい?』
「当たり前だ。よく確認もしないで情報をばら撒くな、それが後々で人間関係に亀裂をいれることもある」

亀裂が入るのは岡部の骨だが。

「・・・・・」
「おい、君からもちゃんと――――」
「そうね・・・・・・いや、どうだったかな」
「はあ!?お、お前はいったい何を言って―――」

あいりは岡部の背中を、洵子の背を押しながら自分の唇の端を意識する。

「あいつ等に知られたくないんだよな?」
「お、脅すつもりか!?」
「さあな、お前次第だ」

震える岡部に、その様子に、あいりはある程度だが心が軽くなったのを感じた。今日何度目かの感覚かは分からないが秘密を共有できたことが、“知ったこと”が、“知られたこと”が安心感を生んでいた。
相手は自分のことを知っていた。自分の秘密を。杏里あいりを。誰にも気づいていなかった、気づけなかった自分を。
だから今度は此方が優先的に知る権利があるはずで、かなり重要な秘密を得ることができた気がしたから。それも共通認識の秘密だ。互いに、他人に知られては困るスリル感、一生連宅、死なば諸共、その秘密を自分が優先して握っている感覚に笑みが零れる。
泣いて、考えて、疲れた。なんだか全部が億劫になってきたけれど最後に一つだけ満足できるものを手に入れた気がした。答えも、これからのことも決まらなかったけど―――あいりは口元に負を混ぜない、純粋な笑みを浮かべていた。





元々体力がなく、子供の姿、呪いを背負った直後、洵子を背負い両手は塞がっていた。だからバランスが悪く、ただそれだけで、引っ張られたときに彼女のほうに自分から軽く動いてしまったのは・・・・しかも結局なにも起きてはいない。
だから何でもないし何も言わなくていい。なぜなら少し離れた位置からは変に見えたとしても、何がどう見えたとしても、本当に何もしていないのだから。決して、絶対に、何もなかった。位置的に言い訳無用の光景だったとしても問題は無いのだ。

真実はいつも一つ!しかし二次関数の答えは二つ・・・・・数学のくせに答えが二つとはこれいかに――――いや、どうでもいい。

「ようするにだ。気にしてはいけないし誰にも言ってはいけない・・・理解したな?“聞かれたから答えた”も駄目だぞっ」
『君がそう言うのなら僕は構わないけど なんだか必死だね?』
「約束だぞ!この手のパターンは本来上条が担うはずだったのだ!そして・・・・くっ、思い出しただけで鳥肌がッ!我が安寧のためにも急ぎラボメンに任命しなくては・・・・いいかキュウべぇ、絶対にまどか達には――――」

「あっ、オカリーン!」

岡部はいつの間にか、当たり前のように近くにいたキュウべぇに必死というか決死の勢いで口止めを要求していた。
あいりは我関せずの態度でケータイを弄っている。
そこに現れた鹿目まどか。

「ま、まどか!?」
「バカーーーーーーーーー!!!」
「げふーーーー!!?」

駆け寄ってきた勢いをそのまま攻撃力に転換したまどかのドロップキック。体も心も疲れ切っていた岡部はあっさりと地面に倒れた。
あのあと変身魔法を解いた岡部はまどか達と合流するために移動していた。が、キュウべぇいわく、すでにマミ達が此方に向かっているとのことで近くの公園で待ち合わせということにしたのだ。
無事に魔女を撃退、怪我も無いと伝え先に到着していたら、いきなりこれだった。

「オカリン!私は怒ってるんだからね!」
「ま、まってくれまどか誤解だ!俺は何もっ・・・・してなくはないが事故であって偶然なんだ!」
「なんでおいていくの!悲しかったんだからね!」
「だから今回は見逃して―――――え?」
「ん?」

仁王立ちし、怒ってますと小さな体で表現するまどかと、やり慣れた動作で土下座体勢にはいる岡部は視線を交わす。

「あれ・・・そっち?」
「見逃してってなんのことオカリン?」
「・・・ばれてない?」
「 な に が か な ? 」
「おおっとわかったぞ、コレ墓穴だな」

まどかは土下座する岡部の前にしゃがみこみ黒い笑顔で問いかける。
安心したのも束の間、岡部は汗を流し始めた。本当に墓穴である。

「・・・・・・あっ!?」
「っ!?」

が、それも数瞬でまどかは気づき大声を上げた。

「オ、オカリンがっ・・・・オカリンが・・!」
「な、なん・・・・だと?」

気づかれたのか、先程のやり取りを?幼馴染み万能説?分からない、岡部は混乱する。
まどかは傷ついたように、裏切られたかのようによろける。震える両手を口に当て、嗚咽を漏らすように叫ぶ。
岡部倫太郎はこのとき罰を受ける。嘘つきで悪党の末路のように。



「ショタリンからオジリンになってる!!?」

おじさん(?) + オカリン = オジリン?

「ガ━━━━━━━∑(゚□゚*川━━━━━━━━ン!!?」



岡部倫太郎は力なく地に倒れた。今の姿はショタ化から“元に戻っただけだ”。なのに・・・・老け顔なのはある程度知っていたがダメージがヤバい。
そもそもこの世界、見た目、皆が若々しすぎるのだ。鹿目洵子が良い例である。
確かにショタから戻ればギャップはあるだろうが・・・・・オジリンは酷い。

「こんなのってないよっ・・・・あんまりだよ!私まだショタリンを堪能してないのにっ」
「か、鹿目さんそのあの・・・・ね?」
「この場合酷いのは誰なのかな?岡部さん大丈夫?」
「おじりん・・・・おじ・・・・」
「ふふっ」
『なんだか嬉しそうだね 暁美ほむら』
「すこぶる良好よ、いい気味だわ」

「おい」

あいりが全員に声をかける。

「荷物はどうした」
「「「「「あ」」」」」

まどか達は鞄、岡部は全財産つき込んだ食材とFGMの資材を・・・・・・・置いてきたままだ。たぶん喫茶店付近のどこか。まずい状況だ。全財産、食費もそうだが資材もちゃんと確保しておきたい。今日からFGMの製作にはいらなければいけないのだから。
だから“わり”と、“かなり”の精神ダメージを負った岡部もふらつきながらも立ち上がり、皆は急いで来た道を――――

「ん、あい――――」
「ユウリだ」

一人、動かないあいりの名前を呼ぼうとした岡部に、彼女は重ねるように言う。

「“アタシ”はユウリ」

あいりは人差し指で自分の唇の端をとんとん、と意味深に触れながら伝える。

「先に行ってて」

それに、どっちの理由か、両方かもしれない、岡部は何か言いたそうに口を開きかけ、しかし閉じる。

「ちゃんと帰ってくるから大丈夫」
「・・・・・」
「約束、嘘ついたらさっきのこと全部こいつ等に話す」
「それは逆に困るぞ!?」

真実はどうあれ、その状況にまでいったことが罪なのだ。

「じゃあ信じて」
「・・・君は」
「ユウリって呼んで」

いまになって思えば、自分は岡部倫太郎の前では一人称は「私」だった。「ユウリにして」という願いを叶えてからは本物のユウリのように一人称は「アタシ」だったはずだ。だけど岡部の前では違った。たぶん優しいユウリを知っている人に、優しくない自分を重ねてほしくなかったからかもしれない。
それと岡部倫太郎は昨日の晩以降、自分のことを「ユウリ」と呼ばなかった気がする。他の人間がいるときはともかく、変な仇名をつけて・・・・。自分をユウリと呼びたくなかったのか、それとも気を使ってくれたのか。
だから昨日の時点で、自分が本物ユウリでないと分かった時点で、きっと気づかれていた。それをわざわざ追及してこなかったのは、気を使ってくれたのだろう。

「君はそれでいいのか・・・」
「うん、周りに人がいるときはそれがいい」
「え、普通逆じゃないの?」

意味深な応答をする二人にさやかは疑問を挟む。他も首を傾げる。これが漫画ならいい雰囲気かも、と思うがなんか違う気がする。
“二人っきりのときには名前で呼ぶ”。なら分かる。人前では恥ずかしがって仇名でしか呼べないが、せめて二人のときにはちゃんと名前で呼んで―――という王道なら分かるが、逆に人前で本名・・・・じゃあ二人のときは?

「「・・・・・・」」
「え、なになにっ、岡部さんに何かされた?」
「別に」

さやかの発言に岡部は否定の言葉を述べようとしたが、とんとん、と指を口元で動かすあいりに岡部は口を塞ぐ。
それに周りは言い知れぬ何かを感じ取ったが・・・羞恥心からか、それを気にして何も言えない。ここで変に慌てるのは子供っぽいし、かといって空気を読まなければいけないような気がして、そして実は勘違いなのでは?と思い間違っていた時のことを考えると行動に移せない。

「大丈夫」
「・・・・・ちゃんと“帰ってくる”んだな?」
「うん」
「わかった。しかし夕食の準備もある・・・・はやく帰ってこいよ」
「たぶん家・・・・ラボに着く前に合流する」
「わかった。では先に行くぞ、ユウリ」
「ん」

女子中学生を置いてきぼりにする会話を終えた岡部はあいりに背を向け歩き出す。それに続く形で、ちらちらと岡部とあいりを戸惑いながら見ていたまどか達も一言二言声をかけてから後を追う。

「・・・」

その姿を見えなくなるまで見送ったあいりは来た道を戻り始める。まどか達からは見えない位置にあったベンチで眠っている鹿目洵子の傍をぬけて公園の外へ、そこで相対する。
今日行われる戦闘の内の一つ。杏里あいりと芸術の魔女イザベルの戦闘は終わった。そして今、最後の戦闘が始める。

「今度はちゃんと聞いてあげる」

傷はなくともボロボロの女性がいた。NDで、呪いで回復したとしても目を覚ますのはかなり後と思っていたが、その精神力は半端なものではないらしい。
それだけの思い、覚悟、人間の肉体では耐えられないはずなのに、気絶から覚醒し後を追ってきた女性、石島美佐子。

「は、はあっ・・・・っ、ふッ・・・く」
「・・・・ただの興味本位じゃないのは分かった。あれを体験しても諦めない覚悟があるのも知った」

だから応える。応えられることができる範囲で。

「あ、あ・・・・あああああああああ!!!」

石島美佐子は吠えた。視線が定まらないまま、ただようやく見つけた親友への手がかりだけを求めて、死にかけた身体で、唯一の繋がり――――自分を化け物に変えたソレを持ってここまできた。

『■■■!!!』
「イーブルナッツ・・・・」

巨大なカマキリの魔女もどきへと、再びその姿になって突撃してくる。
あいりは真っ直ぐに前を見据えて、とんっ、と地を蹴る。


ドゴシャッッ!!


それだけで魔女もどきの間合いの中に、死角に、そして片手で魔女もどきの頭部を掴み――――地面に叩きつけた。

「・・・意識がはっきりしないまま、体は傷ついたまま、それでも追って来たんだね」

魔女化する感覚はわからない、自分じゃない何かになるなんて想像もできない。でも確実に魔法少女になることよりは嫌なはずだ。それは不快で怖いはずだ。
なのに石島美佐子はここまで来た。イーブルナッツを持って、意識がはっきりしないまま。

「ちゃんと聞く、でもちゃんと傷を癒してから・・・そのときには、全部教えてあげる」

だから、今はおやすみ。

「イーブルナッツは回収・・・」

一撃で魔女もどきは倒された。カウンターできめられた衝撃は、最初から不調を抱えた身体は、ただの一撃で魔女化を解除、戦闘は終わった。三つある戦闘の内、最後の一つは一撃で、あっさりと終わった。
あいりは気絶し、それでも此方に手を伸ばすようにして倒れている石島美佐子を鹿目洵子のいるベンチまで運び、その場を後にする。
次に目が覚め、そしてはっきりとした意識で、夢ではないと確信し、その恐怖に押し潰されずにいたら―――――

「そのときは――――」

続きの言葉を紡ぐことなく、あいりは公園をでた。一度公園の出口で進路を、これからどうすべきかを考えた。
復讐のために、あすなろ市に戻るべきか。それとも―――――

「ラボ・・・・未来ガジェット研究所」

復讐を止めるつもりはない。

「・・・ユウリ・・・・私は――――」

でも少しだけ、ほんの少しだけ考える時間が必要だ。
疲れた。考えるのはまた今度でいい。明日までは、せめて今日ぐらいは。

「あ、ははっ」

去来したものはなんだろうか?“さみしい”・・・・・かもしれない。彼女がいない現実が、隣にいない毎日が、自覚したからだろう、人恋しくなってしまった。一人ぼっちなのが嫌だった。
周りには買い物や学校、仕事帰りの人々が歩いている。沢山の人が、だけど誰も見てくれない、“気づいてくれない”、自分はこんなにも辛いのに誰一人自分を気にかけない。
きっと、このまま世界から消えても誰も気づかない。自分の生きてきた時間を知らず、何をしていたのかを知らず、どこにいるのかも、何を考えていたのかも・・・・当たり前な事なのに、それが酷く悲しい、寂しい。

杏里あいりは、確かにここにいるのに。

「ユウリもそうだったの?それとも誰かがいたのかな・・・・」

ともに戦う仲間がいなくても、せめて“ここにいる”ことを知ってくれる存在はいたのだろうか。
自分は後になってしか気づかなかったが、彼女は最後の時を、一人さびしく消滅したのだろうか・・・・誰にも気づかれることなく、誰かのために魔法を使える優しい彼女は人知れず―――――

「ああ・・・・そっか、あいつは知っていて、憶えてくれていたんだ」

岡部倫太郎は知っていた。飛鳥ユウリのことを。その願いも、優しさも、ただの魔法少女としてだけではなく、誰かを癒し、魔女を倒し、いつも頑張っていたのを見ていてくれていた。
理解してくれる人に・・・・飛鳥ユウリは出会えていたんだ。なら、少なくても、ユウリは―――――


「・・・ぐすっ・・・」


目尻に浮かんだ涙を拭い、あいりは歩き出す。未来ガジェット研究所へ、自分のことを見ていてくれる人がいる所へ、確かな居場所へ。
ユウリのことは納得したわけでも、理解できたわけでもないけれど、今日ぐらいは素直になろう。
私は優しくないけれど、復讐者な自分だけど、それでも――――さびしいのは嫌だった。今までは一人で平気だった。ユウリの復讐が全てだったから、だけど関わることで、居心地が良いあの場所が温かくて――――

「今日だけ・・・今日だけだからっ」

自分がずるいと思う。酷いと思う。ユウリじゃなくて、こんな自分があの場所にいたら駄目だと思っているのに―――あの場所なら赦してくれると、そう思えてしまう自分がいる。ユウリも、あそこなら赦して・・・・と、勝手に思ってしまう。分からない、だけど歩き続ける。
ごしごしと涙を拭いながら歩く姿はただの女の子で、酷く寂しそうに見えた。でも誰も声をかけない、だからあいりは歩き続ける。

未来ガジェット研究所へ。

彼女の帰りを待っている岡部倫太郎のもとへ。
杏里あいり。彼女のことを、彼女がいることに気づいた人のもとに。







「「「「「いただきますっ」」」」」
「ん」

未来ガジェット研究所。小さなテーブルに六人がご飯に直接ビーフシチューをぶっかけた料理を前に声を合わせていた。
あいりは岡部達がラボに到着する直前で合流、無事に荷物を回収していた岡部から食材の入ったエコバック(あいりの持ち物)を受け取りさっそく料理を開始した。

その際の会話を一部抜擢しよう。

「じゃあビーフシチューをつくる」
「飛鳥さん。私も手伝うわ」
「いい」
「まてユウリ、マミは料理がうまい・・・・と聞いたことがある。ならばここは一つ―――」
「・・・・なに、私・・・・アタシのだけじゃ不満か」
「あ、じゃあ私も手伝うよ!マミさんに助けてもらったお礼もしたいし『芋サイダー』の――――」
「ユウリ、全て君に一任する!ラボメン№05よ!最高の料理をっ、“安全な料理”を期待している!」
「ん」
「えーっ」
「まどか、今日はユウリの手料理を堪能しよう・・・・できれば明日も明後日も今後ともそうであってほしい」
「む・・・・ん・・・」
「岡部さん、それってプロポーズみたいだよね」
「何を馬鹿な、これがプロポーズならお前は何度上条に求婚した事になるのだっ」
「きょ、恭介は関係ないでしょ!」
「・・・・オカリン、なんかユウリちゃんとあったでしょっ」
「べ、別に何もなかったぞっ?」
「ん、たいしたことはしていない」
「ほ、ほらユウリもそう言っているではないかっ」
「むぅ・・・・・あやしい」
「別に、少しだけ危なかっただけ」
「魔女・・・・のこと?やっぱり怖いし危なかったんだ・・・・」
「ちがう、ここ」

とんとん、と唇の端っこを意味深に触れる。

「あやうく初めてを奪われるところだった」
「(/ロ゜)/ちょっ!?おまっ!?」

ビシッ、と固まる岡部に残虐性を浮かべた笑みを向けるあいり。
皆が目を見張る。まどかは笑顔のまま硬直する。
そして岡部は――――

「ま、まて誤解なんだ――――マミ!!」
「なんっっで目の前にいる私を素通りして最初にマミさんに弁解するのー!!!」

焦る岡部は弁解した。すぐ傍で白衣を握るまどかにではなくマミに。彼女は怒ってもいい。岡部は起こられても仕方がない。
あいりはようやく一矢報いたと心持ち優しい気分になり一人料理に没頭、岡部はその間まどかにお説教された。
それからはマミに未来ガジェット研究所の在り方、みんなにこれからの自分たちの活動内容、そして―――――

「それから巴マミ。今日から君は未来ガジェット研究所ラボメン№07だ」

と、簡単な説明をした。

そして、そんなこんなで今は出来上がった料理を皆で食べていた。

「でーじうまい!」
「さやかちゃんまだ言葉が変だよ(なんで沖縄方言【うちなーぐち】)?でもホントにおいしいっ」
「うん、おいしい」

さやかとまどかがバクバクとビーフシチューを口に運ぶ、あのほむらですらスプーンを止めることなく口に、熱々のはずのそれを一気に、あいりの作った料理は美味だった。魔女、使い魔と遭遇した事での緊張もあり、それが解けた今は安心から、それが味を引き立てているのかもしれない。
あいり以外の誰もがお代わりをして、鍋いっぱいにあったそれは30分もかからずに完食されたのだった。

「あー、食った食った」
「じゃあ私が洗いものするから皆はくつろいでて」

夕食が終わり一休み、岡部が背中側のソファーに持たれるようにしてだれる。するとまどかが率先して食器の片付けにつく。
・・・・・かまわない。まどかは料理が一部壊滅的にまで“おかしい”のであって他はそれとなくこなす。問題はない、いや決して料理は下手ではないのだが“おかしい”のだ。・・・・とりあえず問題はない。

「さて、大雑把な説明も終えたし今日はこのぐらいか」
「先生、いいですか」

全員への大まかな説明は終えた。後はガジェット製作、明日は休日なので徹夜でいける。
問題は彼女達だ。イレギュラーが多い世界線だから可能な事なら今日も泊まっていってほしいと考えた矢先に、ほむらが岡部に声をかけてきた。

「なんだ?」
「少し・・・・屋上、上にはいけますか?そこで話したいことが」

なんとなく、その表情から内容には見当がついていた岡部は頬を掻く。できればさけたい、だけど逆の立場なら自分もそうする。
なによりコレは先回しにしていてはいけないことだから。

「わかった。みんな、俺とほむほむは上に行ってくる」
「ほむらです」
「お、気をつけなよほむら。岡部さんに襲われないようにね」
「誰が襲うか!」
「大丈夫だよ美樹さん。巴先輩、銃を一つお願いしてもいいですか」
「え?あ、はいどうぞ」
「ありがとうございます」
「そのレベルで信用が無いのか!?」

いや、もちろん冗談だったが少しばかりのショックに、それでも立ち上がり屋上に行くことを皆に伝える岡部に背後から洗いモノをしていたまどかは声をかける。
残り物の野菜の切れ端はビーフシチュウーのはいっていた鍋に全て叩き込み、その鍋とオタマ以外をジャブジャブ、アワアワと洗浄していくまどかは告げる。

「オカリンはやく帰ってきてね?」
「うん?」

・・・・偶然だろう。特に意味は無い偶々だろう。まどかは洗いものをしているだけだ。洗いものをしているのだから別におかしくはない。間違っちゃいない、怖がることはない。

その手に輝く包丁には特に意味はないはずだ。

「えっと・・・・・・まどか?」
「私も“作るから”はやく帰ってきてね?」
「え・・・・・?」
「ね?」

じゃぶじゃぶと、包丁は未だにまどかの手にある。

「・・・・・いってきます」
「いってらっしゃい」

じゃぶじゃぶと、洗いモノを続けるまどかは震える岡部を笑顔で見送る。
そして岡部とほむら、二人が玄関から消え、屋上に向かって行ったのを確認し、まどかは洗いモノを中断してマミとユウリ、二人に話しかける。

「マミさん、ユウリちゃん」
「どうしたの鹿目さん?」
「・・・・なに」
「ラボとオカリンについて“お話しましょう”」

さやかはこの瞬間、その瞬間持てる身体能力全てをつぎ込んで座っていた位置から後方に向かって一気に立ち上がり、次いで視線をテレビの上の時計に向ける。

「ま、まどかっ、今日はもう時間もあれだからお開きにして――――」
「大丈夫だよさやかちゃん、ほんの少しお話するだけだし・・・うん、なんなら今日も皆でお泊りすればいいんじゃないかな?むしろ、そうすべきだよ」
「え、今日も?え・・・?鹿目さん達はここで寝泊まりしたの?お、男の人と一緒に?え、ええ!?さ、最近の子は進んでいるってそういうことなの!?わ、私どうしたら!!?」
「・・・別に、どうでもいい」
「マミさん勘違いしないでください!昨日も魔女に襲われてその過程で仕方がなくで――――、ってユウリも簡単に了承したら駄目だよ!」

「じゃあ、お話しようか?オカリンが気になっているマミ先輩とデートしていたユウリちゃん」

「「え?」」
「大丈夫、夜は長いからいっぱい話せるよ?」

ドクターペッパーをテーブルの上に数本置いて、長期戦を意味深に思わせる準備を終えて、鹿目まどかは笑顔で語り始める。
若干、不穏な空気を感じたマミは、しかし経験がないので素直に頷く、彼女はなんだかんだでいろいろと貴重な体験ばかりの一日になることだろう。
ユウリはこの時点でようやく喫茶店での出来事を思い出し、しかし既に退路は――――断たれた。





「それで、話とはなんだ」
「確認したいことがあります」

屋上。岡部とほむらは対峙していた。本物というには語弊があるかもしれないが、本来の世界線、α、β世界線の未来ガジェット研究所の屋上とはやや違った外装をしている。
建物自体三階建てでなく二階建て、周囲の建物もみな違うので・・・やはりここは違うと、この場所にくるたびに寂しく思ってしまうのは弱さからか。
ここも既にラボとして認識しているのに、部屋の中では感じない感情が、屋上にくるたびに揺れてしまう。何故だろうか?ラボメンとして彼女達を受け入れラボとして機能しているのに寂しいなどと・・・・。

「まあ、予想は出来るな」
「・・・・正直に答えてください」
「ああ」

でも今は、目の前の少女の疑問に答えるのが先決だろう。

「貴方はあのとき・・・・・私達と別れるときに、私の魔法を取り戻すことができた」
「・・・」
「にも拘らずっ、貴方はそれをしなかった!もしかしたら誰かが死んでしまう可能性もあったのにっ!」

巴マミがいた。強い彼女が、頼もしい彼女が、だけどそれとこれとは別だ。暁美ほむらはキュウべぇいわく既に魔法少女だ。なら覚醒させるべきだ。知識だけで戦えない、何もできない恐怖を、無力な自分を知っている岡部は暁美ほむらをあの時に―――――

「違いますかっ」
「違わない」
「ッ」

ばちんっ、と、ほむらは岡部の頬を叩いた。背の高い岡部に背伸びをして、バランスが悪く、それ故に加減もされない全力の平手打ち。
岡部は赤くなった頬を押さえることなくほむらを見降ろす。目尻に涙を、唇を噛みしめ、震える体で岡部に相対する少女に対し、岡部は抵抗しない。

「ふざけないで!」

本気で怒っていた。分かる、知っている、理解している。逆の立場なら岡部とてそうする。いかなる理由があろうとも、いかなる思惑があろうとも納得できない。それを話してすらいないのだから当然だ。
戦えるのに戦えない。余裕もない状況で傍観するしかない。守るべき人に庇われる。もしそれで死んでしまったら?ようやく、ようやく取り戻した人達、あの頃の自分、あの時にあった時間、命と魂、長い時間をかけてようやく辿りついた瞬間を―――その尊さと奇跡を知っているはずの相手が、その可能性を勝手な判断で、どんな思惑があったにせよ、失うことになっていたかもしれない。

「あ、あなたはっ―――――最低だ!!」

そのとおりだ。暁美ほむらが味わった状況を、無理矢理自分に当てはめたとしたら、きっとシュタインズ・ゲートに辿りついたあと、わずか数日で見知らぬ他人が、近しい人が不必要な気遣いで、それこそ岡部のためを想って、それに似たなにかを一方的に、独善で行おうとしたようなものだろう。世界線変動率を変えようとする。
そんなことを望んじゃいない。数々の犠牲を払って辿りついたのに、自分を犠牲にしてでも辿りついたのに、それが気にくわないからという理由で、お前も幸せにならないと意味がないというように、勝手な偽善で・・・・ただの優しさだとしても、それで手に入れた、辿りついた世界線をなかった事にされたら、失ったら、きっと岡部は狂い、殺意を抱き、相手が誰であろうと―――――

「なんでヘラヘラ笑っていられるんだ!貴方は知っているんでしょう!?これから何が起こるかッ、何が彼女達にあるのかッ、なのにっ――――なんで笑って過ごしていられるんだ!!」

岡部は何も言えない。違う、言わない。

「絶対に許さない!私の力を取り戻せるなら早く戻してよ!」

その叫びは確かに理解できる。そうすべきだとも理解している。暁美ほむらの力を誰よりも求めているのは岡部倫太郎自信だ。乗り越えるべき障害、暁美ほむらはその最大の障害は『ワルプルギスの夜』と認識している。間違ってはいない、要因は多々あれど最大なのは、その予想は間違ってはいない。
“彼女の世界線漂流では間違ってはいないだろう”。しかし違う。岡部倫太郎の世界線漂流では、その認識だけでは足りない、未来を歩むための目標としては届かない。知っている。『ワルプルギスの夜』を超えただけでは望む世界は、未来は訪れない。最悪はまだいて、最強も、最低の結末が残っている。

「茶番だな」
「ッ!?」

ばしんッ

口から零れた台詞を、それが自分に向けられたこのだと思ったほむらは再び岡部の頬を叩き走ってラボに戻る。
屋上の階段で一度岡部のほうに振り向いて、流した涙を拭う事も忘れるほど激昂しながら本心を叩きつける。きっと、いままで、これからも無いほどの憎しみと怒りを込めて―――。

「あなたなんかッッ―――――大っ嫌い!!!」





「はっ・・・・・分かっているさ、自分がどんなに酷いことをしているかなんて」

岡部は一人、ほむらが去った屋上で手すりに体重を預けながら空を見上げていた。髪を掻き上げながらため息を零した。そのまま後ろに、手すりが壊れたら落ちて死ぬな、なんてことを漠然と考えながら、自己嫌悪に死にたくなりながら。

「でもな、ヘラヘラ笑っているのも・・・・なかなか辛いんだぞ?」

一人、誰もいない場所で愚痴る。牧瀬紅莉栖を助けるために何度もタイムリープを繰り返していた時と今は違う。
あの時には仲間がいた。本音で話せる仲間が、心から信頼できる人達が、自分の醜い内情を、醜悪な行動を、意味不明な言動を受け止め受け入れ協力してくれた。預けることができた、真実を、想いを、後を・・・・自分の目指す未来を。
だけどここでは違う。彼女達が子供だからというわけじゃない。信用できないからというわけじゃない。ただ―――

「・・・・・どうして、こうなった・・・・」

茶番だ。このままでは、この世界線は詰んでしまう。終わってしまう可能性が高い。暁美ほむらは鹿目まどかを中心に時間逆行を繰り返しているが、岡部倫太郎は暁美ほむら、彼女を中心に繰り返している。
全ては暁美ほむらを中心に、とは言わなくもないが、ある世界線漂流から彼女を起点に岡部は行動していた。相容れぬ相手だが、同族嫌悪にも近い相手だが、目指すべき未来は同じだから共に行動することは多かった。
なにより彼女の協力なくして『ワルプルギスの夜』は突破できない。あの超ド級の魔女を打倒するためには“アレ”が必要不可欠で、その先にも必要になってくる。未来ガジェットマギカシリーズの最高傑作にして集大成、『ワルキューレ』の完成には暁美ほむら、彼女の協力が必要だ。正確にはキュウべぇに感情を、その揺らぎを学んでもらうために『メタルうーぱ』を、それがなければ『ワルキューレ』は創れない。
04『ギガロマニアックス』05『レーギャルンの箱』06『クーリングオフ』07『コンティニュアムシフト』10『バタフライエフェクト』。戦闘用の、大抵のガジェットにキュウべぇの感情の有無は関係ない。しかし01と11には、01『メタルうーぱ』には暁美ほむらが、そして11『ワルキューレ』には感情を得たキュウべぇが必要で・・・・それがなければ勝てない。
絶対とは言わない。他の可能性もあるのかもしれない。だけど最強の魔法少女のまどかの力に頼らず、その力だけをあてにせず『ワルプルギスの夜』を超えるには今のところ、岡部にはそれしか思いつかない。その先、『ワルキューレ』がなければどのみち、否、あったところで世界は結局―――――

「これからどうする?どうすればいい・・・」

思考が負へと進む。一人だからか、気を使う相手が、少女達が横にいないからか、呪いのせいか弱音が沸き上がってくる。このままではいけない。彼女達に不安を悟られてはいけない。そのためにも笑わなくては、それも無理せず、決して悟られないように、自分だけは諦めていないと思わせるために、誰が諦めようと岡部倫太郎だけは諦めていないと思わせるために。
ほむらが戦えない。武器を調達できない。ギガロマニアックスをつくっても岡部は弱い。ほむらから銃器を受け取り遠距離での高火力での戦闘方法をえない限り通常の魔女戦でも足を引っ張る。

「・・・・くそ・・・・」

自分の考えが、行動が愚かなのを知っている。暁美ほむらは魔法少女だ。しかし魔法を使えない。『魔法少女じゃない』ならまだしも・・・・・。ほむらと違い、岡部は鹿目まどかが魔法少女になることを絶対に阻止したいわけではない。なのに―――ほむらが魔法少女になることを拒んでいる。
既に手遅れなのに、既に魔法少女なのに、ならいずれ辿りつく、『ワルプルギスの夜』を超える敵が、ならさっさと覚醒させるべきだ。分かっている、解ってはいるのだ。それが最善で、最良の判断だ。本人もそれを望んでいるし、岡部は今までそうしてきた。

「それでも・・・・俺は―――――」

矛盾に満ちた選択ばかりを繰り返してきたツケがここで爆発でもしたのか、あまりにも好都合に進んできた世界線で岡部は――――

「“まだ”死ねない」

やるべきこと、決断すべきことは多い。未来に起きる出来事、もしかしたら『ワルプルギスの夜』の前に現れるかもしれない。暁美ほむらは魔法を失っているが完全にではなく記憶は継続している。だから追ってくる。
その兆候は既に出ている。鹿目まどかが自分とユウリ・・・・杏里あいりの会話を“思い出している”。12という数字、幼馴染み万能説?それだけじゃないだろう・・・・・岡部倫太郎が観測していない世界線を、似たような世界を観測した可能性がある。
じわじわと時間が狭まっている。時間切れが速まっている。繰り返すほど加速している。なのに決断できず、おまけに訳の解らないことばかりが起きる。
例えばND。今までできなかった過去の自分に何かを託そうとしていると、そう思い込みたかったが違う。そうじゃない。そうでなければこのタイミングはおかしい。ありえない。理由があるのか?理解できない。
ワインレッドの携帯電話。未来ガジェット0号『失われた過去の郷愁【ノスタルジア・ドライブ】』。唯一であり絶対の命綱。その液晶画面はほむらと別れた瞬間に勝手にある機能を実行していた。

「・・・・・初期化だと、これではただ俺が呪いの進行を早めただけではないか」

―――The initialization end

あの時、NDはバージョンアップされた。岡部がこれまでしたことがない現象が。できるかも、とは思ったができた試しがない。なのに今回はした。勝手に、いきなり、気づかぬ間に、いつの間にか。
結果、その力が、その効果がどう発揮されたのかは正確には分からないが展開は上昇していたのだろう、マミと繋がった時は完全ではなかったのか、それでも何らかの効果はあったのかもしれない。しかしグリーフシードを使ってのときの発動は呪いを加速させてしまった。

「どうしてここで初期化させる?なかった事にする・・・・誰がこのデータをもってきたんだ」

未来の自分なら意味があるはずだ。ならあるのか?

「しかし自分を追い詰めて何になる?そもそも初期化する意味が分からない」

今回のバージョンアップは岡部倫太郎が呪いをいつも以上に背負い込んだだけだ。だけど構わなかった。どんな理由があれNDが今まで以上に、性能が上がればもしかしたらと思った。今後の戦いを有利に、もしかしたら新たな能力が付加されていると思った。
だが、NDはいま初期化された。元の状態に、ただのNDに。それはつまり、今回の戦闘で呪いの進行を早めただけで、他は進展していない。これを糧に思考することを求めているのか?そのために自分の時間を削って?

「俺なら、そんなハイリスクな方法をとらない」

呪いは魔法少女との繋がりを阻害する。

「だが、俺以外の誰がNDに干渉できる」

疑問も不安もある。理解できず混乱する。だけど、やっぱりこれは自分が?ここにいる岡部に記憶は無い、知識は無い、なら未来の自分?別世界線の自分か?『ホーミング・ディーヴァ』もないこの世界線の自分に向けて情報を送ってきた?

「・・・・・」

未知なる世界線を求めている。決まっていない世界を目指している。それが本来の在り方だけど・・・・・未知というのは人間にとって最大の恐怖だ。
暁美ほむらも同じだろう。力を失い、イレギュラーばかりの世界に放り込まれて怖いはずだ。
まだ中学生の女の子が、そんな重圧の中で平気なわけがない。それでも彼女は立ち上がって抗う、立ち向かう、誰かのためにずっと戦っている。

「・・・暁美ほむら、君の強さが――――」





―――でもな、ヘラヘラ笑っているのも・・・・なかなか辛いんだぞ?

屋上からニ階にあるラボに続く階段で岡部のその呟きを、弱音を、暁美ほむらは聞いていた。聞こえてしまった。

「ぁ・・・・ッ」

呼吸が止まるほどの罪悪感にほむらは胸を押さえた。岡部倫太郎が許せないのは、憎いのは今も変わらないし、一生涯忘れない。それは確かだ。絶対だ。だけど自分は――――彼だけを責められる立場か?自分は?今まで何をしていた?
魔法を失っていた間に何かを成し得たか?魔法よりも奇跡のような時間を取り戻していた。それで?その大切な時間のために、その時間を守るために自分は何かしたか?

「私はっ」

した。しようとしていた。状況がその時間を奪うことは繰り返してきた自分が誰よりも解っていた。だから魔法を取り戻したかった。彼女達を守れる自分になるために、そのために岡部倫太郎に問いかけたはずだ――――私の魔法が、記憶だけじゃなくて、ちゃんとした魔法少女になるための手段を。

「だからっ・・・」

だけどそれだけだ。一度の問いかけだけで終わった。時期から『薔薇園の魔女』と『芸術家の魔女』の出現には余裕がないことを知っていながら・・・・・せめて警戒していたか?ならどうして気軽に街中を出歩いていた?戦えないのならせめて、危険と分かっていながらどうして巴マミとも接触せず、岡部倫太郎とも合流せずにあの時間帯を無防備に出歩いた?
なにより、一度断られただけでなぜ簡単に引き下がった?全てを知っている自分が戦わず、既に魔法少女である手遅れのはずの自分が前に出ない?もっと食い下がるべきだ。理由を問うべきだ。なぜしなかった?

「したく・・・・なかった?」

もう戦いたくないと思っていたのか?それとも目覚めることでこの時間が失われることを恐れているのか?失うことで得たこの大切な、本当に取り戻したかった時間を?だからか?それで?どうした?その結果何があって何ができた?

その間に、岡部倫太郎は何をしていた?

戦えない自分の代わりに“岡部倫太郎はどうなった”?

岡部倫太郎は自分のことを知っていた。まどか達の味方で、きっと違う時間軸、違う世界線とやらで『私の味方』だったはずだ。私の協力者で私は仲間で――――それはここでも変わらない。ここでも彼は私を味方だと言ってまどか達と一緒に守ってくれる。だけど今の戦えない私は“何も協力できない”――――

「でも、それはッ」

岡部倫太郎が選んだ。彼自身がそうあれと願ったはずだ。戦う意思が確かにあった私を

―――お前は諦めたのか?

「ち、違う違うッ」

―――ここが境界線上だ

「私は戦えるッ」

本当に?

嫌な予想が自分自身を苛む。想像したくない予感が私に問う。

だけどその瞬間だった。




「大丈夫。あいつは貴女に頼るしかない」




「!?」

いきなり、耳元から声。

「なっ!?」
「岡部倫太郎は暁美ほむらに頼るしか道は無い」

誰もいないはずの狭い階段で、本当に至近距離から、耳元なんかじゃない、もっと近い距離から聞こえる少女の声。
顔を振り声の相手を探す。が、視界には誰も、何も映ってはいない。暗く狭い通路の階段、ほむらは鳥肌が立ったことを自覚する。怖い、それはお子供がオバケを怖がる純粋で、本能的な恐怖だった。

「だ、だれ!?」
「ほむら?」

“誰もいない廊下で、一人取り乱しているほむらを岡部は不思議そうに見ていた”。え?と、ほむらが青ざめた表情で振り返れば、岡部も血相を変えてほむらを案じてきた。
ほむらはとっさに、もう一度、今度はしっかりと周りに視線を向けて周囲を確認する。やはり誰もいない、隠れる場所も潜む場所もない限定空間、ついさっきまで自分の傍に誰かがいたはずなのに誰もいない。

「どうした!?何があったっ」
「あ、え?」

元からいなかったのか、それとも高速移動・・・それとも自分のように時間停止のような特殊能力で?ここは特異な場所だ、魔法少女が現れてもおかしくはない?

それとも勘違い?

「なんでも・・・・ありません」
「しかし―――」
「あなたにはっ・・・・いえ・・・・・・・・ほんとに、なんでもありません」

そう言って、ほむらは階段を下りる。岡部もそれ以上追及することはなく、ほむらから数歩分距離をあけてから階段を下りる。
勘違い、きっとそうだ、そうに違いない。そうであってほしい。ほむらは震える身体を岡部に気づかれないように、そっと抱きしめながらラボに戻る。
岡部は気づいていた。ラボへと繋がる扉のノブに伸ばされた手が震えていることに。だけど何も言わない。今は何を言っても答えてくれないことを悟っているから。





「あ、おかえりなさいオカリン、ほむらちゃん」
「ただいま、まどか」

ラボに戻ればまどかが二人を待っていましたとばかりに歓迎する。なぜかマミとユウリは正座していたがほむらは先程の事もあり追及する気力もなかった。さやかとキュウべぇはお風呂らしい。
・・・今さらだが彼女は自分達がいるとはいえ男の部屋でそれはどうなのだろうか?今どきはソレが普通なのか、幾度も世界を繰り返した自分は世間の流行常識にはまだ不慣れなのかもしれない。

「あ、オカリン」
「なんだ?」
「さっきママから連絡があったんだけどね」
「・・・・・・・ああ、詳しく聞かせてくれ」
「ほえ?」

一瞬、岡部が苦い顔をしたような気がしてまどかは首を傾げるが岡部が続きを促す。
一応彼女には最善を尽くしたと思うが何かと勘の鋭い女性である。衣服の汚れも体の外傷もなかったと思うが数十分間の記憶がなければ不審には思うだろう。
それに呪いの後遺症、大丈夫だと思うが油断は出来ない。何があってもおかしくはないのだから。

「うーん?今日はオカリンの所に泊まってこいっていってたよ。あと明日は顔出せって、久しぶりにお説教じゃないかな?」
「説教か・・・・ただの説教ならいいがな」
「え、肋骨は24本しかないのに?」
「え!?説教のときは確実に肋骨コースなのかこの世界線!?」
「せかいせん?それが何なのかわかんないけど本当は今日にもラボに来る予定だったらしいよ」
「・・・・・」
「でも今日は疲れたとか言ってて、なんか新しくできた知り合いと一緒に用事みたい。疲れてるのに大丈夫かなあ・・・」

その台詞を聞いて岡部とあいりは少なからず安心した。安堵した。とりあえず二人が無事に家にいることに。
岡部は疲れているとはいえ知り合いとやらと用事を済ませきれるくらいには鹿目洵子が回復していることに、あいりはその隣に置いてきた石島美佐子も無事だと言うことを悟って安心していた。
岡部は知り合いというのが石島美佐子だとは知らないが、翌日には知ることになる。

「そうか、なら明日はお昼にはいこう」
「うん!じゃあ今日もよろしくねオカリン!」
「ああ、疲れただろ?今日のところは風呂にでも入ってそうそうに休め。明日はおもしろい話を・・・そう、なかなかに近代的なガジェットを完成させるから楽しみにしているがいい」
「ほんと!?じゃあ楽しみにしてるねっ」
「うむ」

わしゃわしゃと、まどかの柔らかい髪をまぜて感触を楽しむ岡部、髪のセットが滅茶苦茶になるが時間もそうだから気にしないまどかも笑顔で応える。
その様子に岡部は安堵と感謝を、落ち込んでいた気持ちが、弱音を吐いていた自分を少しだけ慰めることができた。まだ大丈夫、まだいける、まだ戦える。
岡部がわしゃわしゃーっと、両手でかきまぜると流石にまどかは「うにゃー!?」と悲鳴を上げ怒ったが、それは誰が見ても微笑ましいものだった。

「さて、ではお前達はどうする?」
「アタシは今日も・・・・・」
「歓迎する」
「・・・ん・・・ん」
「うん?」
「うっさいHENTAIッ」
「・・・・・えー・・・」
「えっと美樹さんはっ、どうするのかしら?」
「マミさん、それならお泊り決定ですよ!こんな事もあろうかと今日はさやかちゃんのお家に寄ったとき準備してもらいましたから!」
「そ、そうなの?じゃあ私は今日はこの辺で―――」
「マミ、君も今日は泊まっていったらどうだ?慣れるためにも丁度いいし明日はガジェットの調整、説明もしたいしな」
「え、ええ!?で、でも―――」
「そうですよマミさん!一緒にお泊りしましょうっ、大丈夫です!今日は洗濯物も済ませたし着替えなら私のが沢山余って――――・・・・・・」
「鹿目さん?」

まどかは固まる。自分の提案に決定的致命があることに気付いたのだ。お泊りに必要なもの、その最前線(?)は着替えだ。下着は洗濯済みだ。問題ない。さやかとほむらのは昨日洗濯した下着があるのでこれで解決できる―――後になってさやかとほむらは岡部の下着と一緒に選択されたことを知り膝をつく、岡部もその反応に若干ダメージを負うが仕方がない。彼女達は年頃なのだから。
しかしだ。今の問題は下着ではない。岡部は知っている。着るものだ。私服だ。まどかのだ。それも大半はお古だ。ようするにサイズが合わない。 小 さ い の だ !

「オカリン何か言った?」
「ふへぇ!?べ、別に何も考えちゃいないぞ!?」
「・・・へぇ・・」
「だ、大丈夫だマミ!服は俺のを使えばいい、男物なら君にも・・・・あ、まだ使っていない新しいモノだから問題ないぞっ」
「えっ?で、でも―――」
「オ~カ~リ~ン~?」
「あ、あれ?ちゃんとフォローしたよな?なにか問題があったのか・・・な?」
「ふふふふふっ」
「ひぃ!?」

にじり寄ってくるまどかに後ずさる岡部は「怒らせた!?」「何故だ!?」と自分の的確な助言のどこに問題があったのか分からず慌てふためく。
おかしい、年頃の彼女に気を使って胸のサイズに関しては一言も漏らしていないはずだが?と、ほとんど台詞から白状している岡部は気づかなかった。
じりじりと緊迫した空気を作った二人を止めたのは逸早く離脱していた美樹さやかだった。

「お風呂上がったよー、次誰が入る?・・・・・・え、なに?まだお話し中?あたしもう一度お風呂入ってもいいかな」
「ん、アタシが入る。おい鳳凰院きょ、凶真っ、私はお前の借りるからなっ」
「あ、ああ構わない、新しいのは確かタンスの―――」
「別になんでもいい」
「ええ!?」
「・・・・マミ?」
「あっ、いえなんでも・・・ってええ!?」
「・・・・・・・やはりこの世界線の君は情緒不安定なのか?・・・くっ、やはり一筋縄ではいかないかっ」

今回の世界線でのネックの一つに岡部は真剣に頭を悩ませた。

「岡部さん・・・・・きっと違うと思うよ」
『美樹さやか、僕を電子レンジにナチュラルにいれるのも違うと思うよ』
「あっとゴメンゴメン!ほむらが自然にそうしてるからつい」
「あ、暁美さん!?」
「・・・・・日本の電子レンジは世界に誇る家電です」
『それは僕も認めざるをえない』
「キュウべぇ!?」

よく分からない会話の応酬がそこにはあった。

「くくっ」
「オカリン?」
「いや、あまり変わらないなと思ってな」
「?」
「気にするな、ただの独り言だ」
「でも笑ってるよ?」

笑っている。その言葉にほむらは岡部に視線を向ける。

「ああ、嬉しいからな。なのにわざわざ落ち込む必要はないさ」

ここには確かな幸があるのだから。

「ほむら、君はどうする?」
「あ、私は・・・・」
「ほむらちゃんも泊まっていくでしょ?」
「・・・・その、私は・・・」

あんなことの手前、気まずく思うほむらは岡部に視線を向ける。

「俺は構わない、それに――――明日、だ」
「ッ」

なにが明日なのか、怖くて聞けない。いや聞くべきだが聞きたくないと思ってしまったのか、ほむらは愕然とする。同時に否定する。
もし、魔法のことなら、魔法を取り戻せる事なら望むところのはずだ。そうあるべきで、そうするしかないのだから――――

「じゃあこれで皆でお泊り会だね!よーしっ、張り切って踏ん張って(?)作っちゃうよー!」
「「「「『え?』」」」」

そんなほむらの思考をまどかの台詞が遮る。
ちなみに、まどかの言葉に反応したのはお風呂に向かおうとしているあいり以外の全員である。
マミは何時の間にか自分も宿泊することに驚いて、あいりは『製作者』が誰なのか知らないから、他は何が起きようとしているのかを知っているが故にだ。
これから行われるのはまさに奇跡、神の領域である。

「あ、ユウリちゃん!お風呂の前に“お願いしていたの”いいかな!?」
「・・・・まあ、いいけど」
「お、おいまどか?お前はなにを―――」
「ん」
「わっほい!?」

にゅぽんっ

と、背後から岡部にマントを被せたあいりは、用が済んだとばかりにお風呂場に向かう。戻ってきたときに存在するであろう摩訶不思議光景を予想する事もなく。
もがもがと蠢く岡部にまどかは期待するかのように目を光らせながら台所へ、全ては『感謝を込めて』。

「まっててねっ、いま私がみんなに料理を振る舞うから!」
「!!?」

ビクゥッッ!!と、誰よりも身動きの取れない岡部は他の、マミを除く皆と違いぬめぬめとマントに包まれながら未知なる恐怖に震える。
このままではいけない。止めなくては!まて・・・・彼女はやはり怒っているのか?なら大丈夫?基本料理は出来て感謝やお礼を込めた場合のみ『芋サイダー』は生まれる、しかも冷蔵庫には『フラクタル構造的な何か』はもうない。しかし今は感謝といった・・・・・じゃあ駄目だな!!
心のなかで自問自答し軽く絶望しかけたが――――

「もが!もがもがー!(落ち着くんだ!それは死亡フラグだ!)」

どうせまともに聞こえないことをイイことに、そしてどの道回避できない世界線の収束のパターンに言いたい放題の――――

「ん、オカリンどうしたの?」

まどかは腕を振って泡を払い落す、洗い物を途中でやめていたので偶然だろう、きっとそうだ、彼女の右腕には輝く包丁が鈍い光を放っていた。

「もが・・・・」

岡部はマントで包まれているので何も見えないはずだが自然と押し黙った。あと微妙に震えていたが誰も助け船は出してくれなかった。
そして夜は更けていく。あいりがお風呂からあがったときには再びショタ化した青い顔の岡部が、周りには沈痛な面持ちでテーブルを囲むように座る少女達、普段イジメられているキュウべぇはほむらの膝の上で拘束されていた。

「なにこれ?」

岡部倫太郎がこの世界線に辿りついて三日目の夜。
ラボメンは№07まで揃っていた。
誰も失ってはいない。
誰もまだ危なくはない。
誰も壊れてはいない。
誰も気づいてはいない。


アトラクタフィールドの海を渡り続けてきた観測者、狂気のマッドサイエンティスト鳳凰院凶真。


岡部倫太郎が死ぬまで―――あと“  ”日。















どこかの世界線、すでに終わった世界線。辿りついた世界線。目指した世界線。



「これで、終わりです・・・」

少女の声に、男は身構えた。
強い意志を感じる。確かな覚悟を受け取った。
意思と覚悟。十全なそれは魔法となって自分に向かって放たれた。


―――Future Gadget 0 『Nostalgia・Drive ver4.7』 malfunction.


桜色の矢がバリアとシールドを貫いた。分かってはいたが、今の自分でも押さえきれないのは、止めきれないのは重々承知していたが―――やはり驚いた。
何度目かの感触、幾度目かの経験、自分の命が失われていくのを感じた。

「・・・はっ・・・」

胸から背中を貫かれた衝撃に一歩、よろけるように後退り・・・・・そのまま腰を抜かしたかのようにへたり込む。
身体から急激に力が抜けていく。奇跡も魔法も既に無い。シールドを突破される直前に繋がりを切っていたから、繋がった先にいた彼女たちは怒っているかもしれない。キュウべぇも。
・・・・かまわない、もう自分には必要ないのだから。目的は既に達成している。その延長戦の戦闘だったから問題はない。
口元が緩む。やり遂げたと、ようやく終わったと思った。ここにいる自分は『失敗した』が、たしかに『成功した』のを確認、認識している。成功した自分は彼女を追いかけていった。だから―――大丈夫だ。
ため息をつくように、もう一度だけ息を吐いた。役目を終えた事が、用済みになったことが、何よりも誇らしかった。
疲れた。それは十全に満足したからだと自覚している。
最後まで諦めずに抗い戦い続けた。なすべきこと、やりたいこと、全てを完遂して、そこからまた戦い――――ようやく終わった。
アトラクタフィールドの海を渡り続けて100年以上の時間を過ごしてきた。
長い旅がようやく終える時がきたのだ。

「・・・・あ・・・」

霞んだ視界には大切なあいつらと、そして誰よりも愛した――――彼女の姿が見えた。

「・・・あっ、ああ・・・・ッ!」

だからか、柄にもなく、あいつらの目の前でありながら声を張り上げてしまった。いつかのように大声で、名前を、彼女の――――。
あいつらは自分と彼女を冷やかしながら笑顔を向ける。そして顔を真っ赤にして焦った様子の彼女をあやしながら自分を労う。
『まったく頑張りすぎだよっ』『でもそれでこそニャン!』『すご・・・かった』『感動しましたっ』『さっすがリーダー』『お疲れさま、オカリン!』と。
照れと、何よりまた会えたことで、久しぶりに流れた涙は止まらなかった。ずっと逢いたかった、ずっと一緒にいたかった大切な人達。
立ち上がり、あいつらがいる所まで駆け足で近付き・・・そして彼女と対面する。最後に言葉を交わしたのはいつだったか、彼女はごにょごにょと最初は聞き取れない声量で何かを呟く。
その仕草がおかしくて、愛おしくて、いつかの彼女を思い出して、無意識に伸ばした指が彼女の頬を優しく撫でる。
彼女は恥ずかしながらも手を重ねて、こんな自分に真っ直ぐに言ってくれた。「お疲れ様、がんばったわね」と、そして「おかえりなさい」―――――と。
周りも自分と彼女を囲んで祝福するかのように肩を叩きながら、頭を撫でながら「おかえりなさい」と笑顔で抱きしめてくる。
もう一度彼女と顔を合わせた。笑ってくれた。こんな自分に。

分かっている。これが幻覚だと、死に際の幻だと、都合のいい妄想だと理解している。

抱擁をといて後ろを振り返る――――が、すぐに前に視線を戻せば少し離れた位置にあいつらと彼女がいた。
いつのまに・・・・遠い、また選択肢を与えられているのかと思った。自分は今、中間にいる。境界線上にいる。危うい均衡の位置に。
苦笑した。ここまできて“まだ”あるのかと、どちらを選んでも結果は変わらないはずだ。ただ最後の場所を決めきれるだけだ。その権利だけが世界からの褒美だと言うように。
数瞬、考えた。思い出していた。これまでのことを、これからのことを、そしてしっかりと自分の意思で歩き出す。一方に背をむけて、一方を向いて。
後ろで自分を見守っている彼女達に背を向けて。光を背に立ち、自分を待っているあいつらの元に足を進める。
もう大丈夫なはずだ。信じている。だから振り返らずに前だけを向き続ける。
戦い続けて、傷つき続けて、失い続けてきた世界で出会った少女達だけど、岡部は憶えている。
ただ戦い、ただ傷つき、ただ失い続けてきただけじゃない。彼女達は潰れない。諦めない。その強さと共に在り続けてきたのだから。
真っ直ぐに手を伸ばし、自分を待っている彼女の手をしっかりと握る。


         ―――おかえりなさい
―――ただいま


ずっと、ずっと逢いたかったよ・・・

「“   ”」

最後に彼女の名前を告げて、伸ばされた手は地に落ちた。





「―――――――――また・・・・なの?」





男の最後の言葉を、この場で唯一聞き取ることができた鹿目まどかは傷ついたように、恨むように、怒っているように・・・もう動かない人に声を投げた。
叩きつけるように、攻撃するように、非難するように・・・・・・・弱々しく臆病に。
見開かれた瞳は動揺しているようで、目の前の人に裏切られたことで揺らいでいた。
金色の弓を握っていた両手は怯えるようにカタカタと震える。弓に施された宝石のような薔薇は放熱するかのように魔力の奔流を止めることなく、轟々と桜色の輝きを灯す。
叫び声を上げようとしたのか、しかし震える喉は言葉を紡げずに嗚咽を漏らした。喋ろうとして口を開いて、閉じて、それを繰り返す。
胸の動悸が激しく思考はぐちゃぐちゃで目尻には涙が溜まり―――零れた。

「なんで・・・?」

少女の問いに男は答えない。

「・・・どうして・・・・・?」

鹿目まどかの嗚咽混じりの声に彼は応えない。

「なんで、いつも・・・・どうして?」

もう動けないのだから。

「ひど・・・いよ」

多くの奇跡の担い手たちに囲まれながら、まどかは叫んだ。

「こんなのっ・・・・・・あんまりだよ!」

まどかの周りには魔法少女が数多く存在している。

「なんで“あなた”はッ――――いっつもいっつもいっつもいっつもいっっっっも!!!」

数十人からなる魔法少女の集団。かつて無いほどの魔法を用いた大規模な戦闘。彼女達は勝利した。巨大な敵に、最凶の敵に、魔女を凌駕する敵に、世界を滅ぼす敵に、間違いなく『悪』である敵に勝利した。
誰もがボロボロで、誰が死んでもおかしくなく、戦い勝利した事が奇跡だった。
まだ終わっていないのではないか?と、不安になる少女が後を絶たない。自分達が勝利した事が信じられないと思っている。
それだけの激闘、それだけの戦闘がほんの数秒前まであったのだ。

「わ、わたしが・・・・“わたし”だよ!?あなたの目の前には“わたし”しかいないのにッ・・・・なんでいつも―――!!」

嗚咽混じりの震える声には熱がこもり、男を罵倒するかのように怒気を孕む。

「きらい!」

ずっと抱いていた想いを告げる。

「いっつもそうだっ」

“私”のときでは無理だった。

「い、いつだってあなたはッ」

“わたし”だったらと思った―――・・・でも“無駄だった”。

「あなたなんかッ・・・」

何も変わらない。絶対に、永遠に、変えてくれない。
だからぶつける。もう動かない敵に。

巨大な敵に
最凶の敵に
魔女を凌駕する敵に
世界を滅ぼす敵に
間違いなく『悪』である敵に

―――Error Human is Death mismatch

もう動けない自分達の敵に
もう何もできない敵に
最後まで自分を見てくれなかった敵に
最後まで他の誰かを見ていた敵に
いつも自分の前からいなくなってしまう敵に
いつも自分をおいていってしまう敵に
いつだって諦めなかった敵に
いつだって立ち上がってくれた敵に
誰よりも弱かった敵に
誰よりもボロボロだった敵に
いろんなものを背負ってきた敵に
いろんなものを背負ってくれた敵に



どの世界線でも、自分たちを助けよと戦い続けていた人に



「大嫌い!!!」



―――岡部倫太郎 死亡


歓声が巻き起こった。世界の敵を倒したことで、自分達が生き残ったことが嬉しくて、悪党が滅ぼされた後のエンディングのように、歓喜に満ちた声で。
誰も彼もが心から、一部の魔法少女を除いて盛大に、本当に嬉しそうに。
これが最後で、これが望みだった。これが岡部倫太郎の最も繰り返した世界での結果、辿りついた結末。唯一の、他者のためではなく、岡部倫太郎が自らに望んだ結果の世界線。



誰のためでもない、あの鳳凰院凶真が、自分のために望んだ舞台。
























「どうして・・・・こうなったの?」

一人の少女が体を起こして手を伸ばす。

「ふ、ふざけないで!」

その手には未来ガジェットがあった。

「こんな結末ッ、認めるもんか!」

岡部倫太郎に四肢を切断された、能力はロックをかけられた、でもまだ動ける。

「まだ終わりじゃないっ・・・私は―――諦めないわ」

左腕だけはくっ付いた。片腕だけでも動けば問題ない。固有魔法も必要ない。

―――未来ガジェットM12号『時を超えた郷愁への旅路【ノスタルジア・ドライブ】』起動

「諦めない限り可能性は無限・・・そう教えたのは貴方よ岡部ッ」

そのカジェット起動させたのは真っ先に潰された少女。

―――『暁美ほむら』

「させない、認めないっ」

―――『過去と宿命を司る者【ウルド】』発動

魔法にロックをかけても自分にはコレがある。

―――展開率100%





まだ、何も終わっていない













あとがき


わぁ、更新遅れること二カ月超過・・・・・・わあ!?いつの間に!?きっとBLを進めてきた友人のせいだ!目覚めていない!しかしソレはコレでなかなか面白い!?

っと、18禁じゃないBLって結構奥が深いなと思い始めてきたこの頃・・・・・まどか☆マギカ劇場版見てきました!
地元じゃやっていないので飛行機でワッショイ!感動した!面白かった!・・・・・三部いつやるのかな?お金貯めないといけないなと本気で悩む毎日です。

感想いつもありがとうございます。お褒めの言葉は毎度嬉しいです!お叱りの言葉も凹んでも数日で「でも読んでくれたんでしょ?」とMに目覚めれば問題ないのでドンと・・・心持ち優しくきてください!

考察ありがとうございます!読みながら「それもありか~」と思いながら書いています。そして楽しんでもらうために、意外性を突くために、あえてそれとは違うスートリーになるよう捻っていけたらいいなと思います。

提案ありがとうございます。心からの感謝を!

引き続き当方のSSにお付き合いしてくれるよう心から願っています。









[28390] χ世界線0.091015 「分岐点2」
Name: かっこう◆7172c748 ID:3f6e4993
Date: 2013/01/26 00:36


―――Error Human is Death mismatch

「あああああああああ!!」

失敗した。失敗してしまった。失敗して喪った。
でも、だけど、だからといって思考も行動もまだ停止させるわけにはいかない。
まだ動ける。まだ考えきれる。まだ抗える。まだ生きている。
まだ終わってはいないのだから。
まだここにいるのだから。

―――未来ガジェットM10号『バタフライエフェクト』起動
―――slot1『ギーゼラ』消耗率 34% → 95%
―――slot2『シャルロッテ』消耗率45% → 90%
―――slot3『―――――』

電子音と同時、絶望に挑むように赤いフレアが空を駆ける。

≪起動時間約110秒!≫

黄金の光と共に、それは苛烈に闇を打ちのめす。

「ティロ・リチェルカーレ!」

無数の大砲が周囲の使い魔を切り裂く。

「そこだ!」

白銀の長銃が辺りの使い魔を撃ち抜く。

「まだ!」
「まだだ!」

数十数百数千の使い魔を叩き伏せる黄金の光。

「私達は生きている!」
「まだ戦える!」

見滝原の空を覆う黒い雲を極光が薙ぎ払う。


「「ティロッ―――フィナーレ!!!」」


黒い雲、その全てが劇団の使い魔、その数は数百数千では追いつかない。
その程度ならとっくの昔に殲滅できた。



ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドッッッ・・・・!!!!



黒の空を黄金の光が捩じ伏せようと掻き毟る。一瞬だが・・・青い空を取り戻した。分厚い雲の向こう側には明るい青空が確かにあった。
すぐに青空は黒に再び塗りつぶされるが何度も、何度でも極光が黒を切り裂く。光が世界に抗う。黄金が輝く。この場所がまだ戦場だと主張する。
そして数十数百の使い魔を飲み込む黄金の砲撃は、津波のように押し寄せる使い魔の群れを引き裂いて『本体』へと届いた。

≪ダメージ――――軽微≫
「ッ」
「これ以上はっ・・・・先にいかせるわけにはいかないっ」

これが夢だと分かっている。これは記憶されている映像。目を背けるわけにはいかない、どんなに苦しくても、辛くても、そこで終わっていった彼女達を無駄にはしないために観測し続ける。
少しでも、僅かでも、微細でもいい。未来へと繋げるために。共に歩んでくれた彼女達の最後を見届けろ。

この光景を脳髄の奥にまで焼きつけろ。
繰り返してきた世界、その一つの結末を。

≪超高熱源飛来!≫
「岡部さん!」
「ッ!?」

ドンッ、と横からの強い衝撃に抗うことは出来なかった。空中で、突然で、隣にいる相手が巴マミだったから、油断とも言える失態だった。
だが、それは当然とも言えたし分かっていたとも思う。彼女は優しく、いつも他人を見ていたから、一瞬の判断で彼女は実行する。
それは短絡的とも直情型とも言える。その在り方は時に誰かを傷つけるが今回に限っていえば岡部倫太郎を救うことができた。

「マミッッ」

手加減無しの力任せの突きとばし、その意味を理解する前にマミに手を伸ばしたが既に遅く―――巴マミは爆炎に飲み込まれた。

「ッ、ぐ!?」

突きとばされ、自分が落ちた場所は空を飛び交う高層ビルの一部分、むき出しの部屋だった。総重量を考えれば一部とはいえ、それが空に存在しているのは現実的ではない光景、その場所に自分がいることにはもう驚かない。
多くの高層ビルが空に舞う光景。爆発等による一時的な浮遊ではない。ただの突風・・・魔力の奔流だけで空を漂い続けている。長時間、それらは戦闘の足場になるほどに、無数に無用に無秩序に。
見滝原の町並みは完全に破壊されている。空は使い魔の群れで黒に染まり建物が舞う、地は砕かれ生きる者の存在を許さない。

『アハハハハハ!』
『キャハハハハ!』

甲高い笑い声、少女型の使い魔が自分のもとに殺到してくる。

≪凶真!≫
「わかっている!」

キュウべぇからの念話に応えながら右腕のディソードで正面から突っ込んできた使い魔を両断。

≪正面から使い魔、数五!≫

返す勢いを利用し左手のマスケット銃を構える。射撃、一発の弾丸で五体の使い魔を粉砕しマミに念話を飛ばす。

≪マミ!≫

しかし反応がない。繋がった先に彼女を感じられない。一撃で意識を持っていかれたのか痛みも苦痛もND越しに一切感じない。
すぐに立ち上がり、『本体』からの一撃をくらったマミがいるであろう場所に視線を―――

―――『ギーゼラ』消耗率98% put off

FGM06に収まられていたグリーフシード『ギーゼラ』が排出されると同時、纏っていた赤い光は消失した。
纏っていた魔力が一気に小さくなる。弱くなる。自分に引き出せる力しかない。

「キュウべぇ、もう一度―――」
≪下方から使い魔!≫
「なに!?」

下、傾いた部屋の外装を突き破り“黒い何か”が腹部を直撃した。
ドスッ!と、体内に異物が潜り込む感触に痛みとは別に、それこそ純粋な衝撃に長銃を落としてしまう。

「ごッ―――ふっ!?」

ドガンッ! バガン!

そのまま天井に叩き込まれ、しかし勢いは止まらず天井を破壊しながら黒いソレは腹部に捻じ込まれ続ける。
死ぬ。そう感じたとき、何枚目かの壁を破り外まで強制的に排出されたとき、黒い何かはパキン―――・・・・・と砕け、その場で影絵のような、真っ暗な、そう表現するしかない二体の少女型に再構築された。
足が地に着くと同時、血が流れる腹部をとっさに左手で押さえた。それが隙となった。右手のディソードを構えようとしたがニ体の使い魔が、まるで魔法少女の影絵が、バレエのようにその場で高速で回転し――――

『『アハハハ!!』』

ドゴガッ!

顔面を思いっきり蹴り飛ばしてきた。首が文字通り跳ね上がる。その衝撃に首がもげるのではと思ったが幸いにも首が千切れることはなかった。
仰け反りながら倒壊したビルの壁を転がっていく。水切りのように、高速で何度もコンクリートの壁の上をはねながら・・・・倒壊しているのに浮いていて、自分が転がっているのは外壁、狂っている。世界も、そんな場所にいる自分も――――。
回転している状態でも無理矢理外壁を蹴飛ばして真横に跳ぶ。瞬間、使い魔が放った何らかの攻撃で自分がいた場所は容易く砕かれていた。危険、危なかった、無防備にくらえば死ぬ。しかし防御にも回復にもまわせる魔力はない。

≪腹部の治癒を―――!≫
「必要ない!くそっ、このままでは駄目だっ、もう一度『バタフライエフェクト』で―――!」
≪――――凶真!マミがッ≫
「分かっている!ここを突破してマミと合流するっ」
≪違うッ、もう――≫

―――出力低下 83・・・・・・・・51・・・・46・・・21・・・・・

「――――?」
≪離脱を≫

―――・・7・・・・3・・・0 
―――未来ガジェット0号『失われた過去の郷愁【ノスタルジア・ドライブ】』停止
―――Error Human is Death mismatch

「・・っ・・・」
「急いで・・・」

―――巴マミ 死亡

纏っていた黄金の衣が、魔力が弾けて消えた。

「この世界線から脱出を!」
『キャハハハハ!』

体が一気に重くなったように感じる。奇跡がこの身から消失したから、加護を失ったことで元の身体機能に戻った。
いきなりの魔力消失に体の機能が意識に追いついてこない。
覚悟していたとはいえ巴マミをまた守れず、失ったことが追い打ちをかけるように精神を揺さぶる。

「凶真!」
「あ――――っ!?」

使い魔の勢い任せの突撃をかわせずに押し倒される。なんのことはないダメージだ。肋骨が砕けた程度、いまさら問題は・・・・でも動けない。きっとそれは一秒未満程度の精神停滞、一瞬をさらに分割した時間、それだけで既に自分の心は再起動しようとしている。
しかしその隙を使い魔は見逃さない。脳の命令が攻撃、迎撃、防御を体に伝える前に使い魔は行動を開始していた。振り回す影絵の刃、その攻撃に対し自分は反応できない―――

『アハハハハ――――ハグッ』

だが右腕のディソードは動いた。動いていた。人間の反射を超えたカウンター、刃は使い魔の首を切り落とす。
独りでに、意思を持っているかのように、憤怒と狂気を内包した叫び声を上げる。


ギャアアアアアアアアアアッッ!!!


音だけで攻撃を成り立たせようとするかのように漆黒のディソードは吼える。
横から、死角から突撃してきた使い魔に自動で反応、無理矢理な動きに右肩が痛みを発するがディソードは構わずに異常な戦闘力を発揮する。

『キャハハハハ!―――ガッ』

ドスッ、と簡単に使い魔の腹部に二股の刃を突き刺し、正面から向かってくる別の使い魔が間合いにはいった瞬間――――

ドゴシャッ!

突き刺したまま、上からまとめて叩き潰す。

ギャァアアアアアアア!!

「痛ッ!?」

ガシュン!   ギチッ バチンッ!

熱された空気を廃棄するような音と機械の駆動音、ディソードは二股の刃を閉じて使い魔を両断。
見た目が二股の刃だったものは両刃のブレードへ、アーチ状のフレームは直線型に、付属していたブレードは全て重なるように正面を向く。人一人を磔に出来るほど長大な二股の刃を持つディソード・リンドウは突撃槍のごとく姿を変えていた。
煌々と、轟々と紅い光を放ちながら吠える。向かってくる敵だけではなく、自ら打って出るといわんばかりに異音を轟かせる。
向かってくる使い魔を、持ち主の負担を無視した動きを持って殲滅、返す刃で斬撃線上の使い魔を刻む。ニ体、六体、十三・・・二十三、妄想のツルギが振るわれるたびに使い魔の数が激減していく。

―――empty
―――未来ガジェットM04号『超誇大妄想狂【ギガロマニアックス】』停止

が、電子音と同時にガラスが砕け散るようにディソードは消滅した。残されていた魔力の残量が尽きた。実体化させるだけの力がもうNDにも自分にも無い。
ガラス細工のように、口惜しげに、幻想的に散っていった己のディソード、右手の掌に残った欠片は訴える。
仇を取れ!敵を滅ぼせ!敵の存在を許すな―――己の勝利で悲劇を止めろ!
ディソードは心象心理の具現化、自分自身であり本心、素直な心。暗く、黒い、熱い咆哮は確かに自分の本音なのだろう。

「凶真」
「右腕が動かん・・・」
「捻じれて千切れそうだね」
「・・・痛みを感じないのは幸いだな」
「もう終わりかな」
「・・・・・・・違うな、まだ俺は立っている」

かといって、格好つけても、残っていた魔力を使い切った自分に何ができるのか。冷めた、冷静な思考が問いかける。この世界線での戦いは失敗し敗北した。ならば死んでしまう前に離脱すべきだ。
今は時間稼ぎとして戦っていた。他の皆は逃げ切れただろうか?自分達が稼いだ時間で少しでも遠くに・・・・・。知っている。記憶している。その解答はすぐに提示される。
周りに視線を向ければ既に囲まれていた。多種多様な影絵の少女が自分を囲み嘲笑う。

「もう十分じゃないかな」
「それでもッ、・・・・バタフライエフェクトは何秒いける」
「0・・・それどころかNDも起動できないよ」
「・・・・?まだ『バージニア』と『シャルロッテ』が残って―――」
「奪われたよ、腹部への攻撃時に肉ごとね」

傷は塞がってはいるが腹部に手を伸ばせば痛みがある。しかしグリーフシード、奇跡の欠片がない。

『アハハハハハ!』
「まて・・・・キュウべぇ、こんなのありなのか」

目の前にいる影絵のような使い魔、自分をこの場所まで押し出してきた奴が、その手に持つグリーフシードを見せつけるように掲げる。
グリーフシード。魔女の卵。ソウルジェムの穢れや負の感情を溜めこんで孵化するモノ。
“それ”に―――周囲にいた使い魔が殺到していく。負、そのもので構成されているような使い魔が。

「これは・・・・・・」

ズズズ・・・

グリーフシードに多くの使い魔が吸収されていく、自ら吸収されにいく。グリーフシードは圧倒的量の負を蓄積し、充満充電充足した呪いをばら撒く。
その光景を見ながら足下で とん、と軽い着地音。『メタルうーぱ』を首につけたキュウべぇが自分と共にソレを目視する。

ズン! 大地を踏み砕いて着地するのは『鎧の魔女【バージニア】』。
ぐにょぉおおおん! 異音と共に宙を舞うのは『お菓子の魔女【シャルロッテ】』。

双方共に討伐した魔女だ。鎧を纏った巨人がバージニア。ファンシーな外見で空を漂う蛇のようなピエロ顔の怪獣がシャルロッテ。幾度も繰り返してきた世界線漂流で何度も見てきたニ体だが細部が違う。
顔がない。目がない、鼻がない、耳がない―――だが口はある。大きな三日月のような笑み、劇団の使い魔の主、その表情は『ワルプルギスの夜』によく似ていた。
足が震える。加護を失ったからか、新たな事実に滅入ってか、血を流し過ぎたのか、完全に傷が塞がっていないからか、それとも恐怖からか、足に力が入らずに膝をつく。

『『ギャハハハハハハハハハ!』』
「ああ・・・・くそ、頭に響く声だ」
「撤退を」

ここにきて戦力差がさらに広がる。こっちには勝負になるだけの力もないというのに。
この状況で魔力を失った自分達には思考することしかできないのは重々承知している。
だから思考の末キュウべぇは提案する。撤退、この世界から逃げろと、急いで脱出しろと、次の世界へ。

「まだ・・・まだだ・・・・っ」
「もう何もできない」
「まだ・・・お前がいる」
「僕にできるのは出力の調整、君が纏ってくれなきゃ意味がない」
「そうじゃないっ」
「僕自身のことなら問題ない」
「そんなわけあるかッ、お前は―――」
「君が死んでしまったらそれこそ終わりだろ?暁美ほむらはもう離脱出来たはずだ。彼女達も、その時間はマミと僕達で一緒に稼いだ。後は君だけだよ」

ニ体の浸食された魔女と集まってきた新たな劇団の使い魔達に囲まれて、それでも撤退しない自分にキュウべぇは苛立ちを内包した言葉を送る。
インキュベーター。感情を持たない地球外生命体であるはずの“彼女”がこうして怒りを、この身を心配している。気遣っている。こんな状況で場違いな感動に口元が歪むのを自覚した。仲間が死んだばかりだと言うのに、それでも自分は喜んでいた。
歪んでいるのだろうか、きっとそうなのだろう、彼女達の死を・・・・・もう慣れてしまった。こうなるだろうと予測して予感して、その通りになっただけだから最初の頃より冷静でいられる。覚悟ができている。

「さっさといきなよ。無駄死には罪で、自殺は悪だ」

でも、それでも悲しかったし、寂しかった。だから戦う。抗う。

「契約だ・・・キュウべぇ、まだ―――」
「無理だね」
「人間の魂があれば契約は可能なはずだっ」
「何度にも言ったよね、君は人間じゃない」
「・・・人の心があれば契約は―――」
「世界は君の存在を認めていない。人間としてどころか生き物としても扱っていない。存在していない。だから干渉できない」
「・・・・・・駄目なのか」
「君は世界にとって「1」になれていない。「0」ではないけど「1」には届いていない、得た因果も魔女としてだ・・・・・急いで離脱を」
「だめだ」
「もう無理だよ!」
「それでも俺はっ――――諦めはしない・・・・・そんなことは死んだ後でいくらでも出来る!」

何度も諦めて、後悔し続けていながら狂言を吐く。

「まどか達も逃げきれていないんだっ、まだ終わっていない・・・・生きているなら俺は―――」

念話ではない。キュウべぇの批難の混じった言葉を聴きながら探す。生きるための場所を。囲まれていても隙間が無いわけじゃない。敵ができるだけ少ない場所を探す。まだキュウべぇは生きている。自分も、まどか達も、諦めるわけにはいかない。
敵が一斉に押し寄せてきた。無力な自分達に、圧倒的有利な状況の敵は、総力を挙げて潰しにかかる。
キュウべぇはNDに意識を向けるがそれは起動しない。エネルギー源が無いから、そんなキュウべぇの頭を掴んで横に投げた。まだ“壊れていない”、まだ死なない可能性が彼女にはあるから。

「凶真!?」
「―――――」

これは・・・死んだと思った。死ぬ気はなかったが死んだと確信した。キュウべぇを逃がしてからでも跳ぶつもりだったが間に合わない。
タイムリープするには死にかけるしかない。一定以上のダメージを、呪いを背負って初めて起動する。どの世界線でもそうして跳んできた。自分の意志だけでは跳べない。
まだ跳べない。まだ死ねない・・・・・・死ねない?そう死ねない。岡部倫太郎は死にたくても死ねない。自分の意志では死ねない。本当に死にかけたとき、強制的に跳ばされる。

死ぬことを許されない。
諦めることを認められない。
最初から■■が求めた結末しか許可されない。
■■から気にいられた物語を紡がなければならない。

だから魔女と使い魔、目の前を黒一色に染められた今も――――死なない。死ねない。

「それは勝手すぎやしないかい、岡部倫太郎」

真紅の斬線が縦横無尽に刻まれ、視界に映る黒を全て弾き飛ばす。

「--――アンタさ、アタシ達にはしつこく説教しといて簡単に死のうとすんなよな」
「杏子!?」
「・・・・はんっ、名前で呼ばれんのも久しぶりだな」
「どうしてここにいるっ、お前は他のみんなと一緒に―――」

赤い衣装を纏った少女が自分の前に降り立つ。佐倉杏子。ラボメン№08の魔法少女。
美樹さやかと共に暁美ほむらを逃がすために戦場から離脱したはずの少女。
彼女は背を向けたまま、敵のほうを向いたまま伝える。

「ほむらの奴なら・・・アンタ風に言えば跳んだってことでいいのか?ちゃんと次に繋げたよ」

弾き飛ばされた魔女は起き上がり反撃の態勢に、使い魔の数匹は消滅したが代わりの使い魔はあまりにも多く、視界に映る脅威に変化はない。
振り向かないまま杏子は空中でキャッチしたキュウべぇを投げてよこす。
・・・先程の行動に対して不満顔のキュウべぇを受け取りながら思考した。暁美ほむらが過去に跳んだにも関わらず世界線は移動していない。リーディング・シュタイナーは発動していない。

「・・・彼女は“いない世界線”に移動したか」

自分の主観世界に、この世界線で知り合った暁美ほむらという少女はもういない。
・・・・・戻ったと言えばいいのか。岡部倫太郎のいない本来の世界線へ。

「おまえは――――」
「マミの奴は?」
「「・・・・・」」
「・・・・・そっか、まあ・・・・・こんな状況だしな」

アイツも覚悟の上だったしな、と呟く杏子は前だけを見続けていた。決して振り向かない。顔を合わせようとしない。
彼女に「どうしてここに戻ってきた」という当たり前の問いかけができない。彼女は知っている。もうこの状況では敵に打ち勝つことは出来ない。だから逃がした。巴マミが囮となり、杏子が放心した暁美ほむらを美樹さやかと一緒に説得して逃がすために。
それを終えた以上、彼女がここに戻ってくる意味はない。少しでも遠くへ離れるべきだった。ここはもう・・・ここに来た以上逃げられない。逃げ切れないから。

「なのに―――」
「ん」

なぜ?と自然に声が漏れる直前に杏子はもう一つ、投げてよこしてきた。

「これは」
「グリーフシード?」
「仁美達に送ってもらった方が確実で早かったんだけどな、アイツ等も使い切って動かせるだけの魔力が残ってないし・・・だから直接渡しにきた」

手のひらに収まるそれはキュウべぇの言う通りグリーフシードだった。
半分以上が穢れたそれに見覚えはない――――この世界線では。しかし別の世界線では“身に覚えがある”。記憶している。この魔女の卵は―――――。

「・・・そうか・・・・」
「?」
「ほむらの奴さ、限界だったんだよ」

顔だけを、ようやく振り返った杏子の表情には、その頬には涙の痕があった。

「んで、さやかも限界だった・・・だからっ、アイツ言ったんだ・・・・浄化するグリーフシードが無いなら・・・」

―――あたしのを使えばいい

「・・・・・ば、バカだろ?理屈としちゃ分かっちゃいるけどさっ・・・・・ごめん・・・・アタシはっ、止めることができなかったっ」
「・・・・いや・・」
「アイツのソウルジェムも限界だったっ・・・・それに正直逃げ切れるもんじゃなかったから・・・・っ」
「それは・・・」
「生き残ることを諦めていたかもしれない・・・・・だけど、だけどさっ」

その台詞に即答する。

「美樹さやかは知っていながらそれを受け入れた・・・・・そしてほむらを助けてくれた」
「そっか・・・・ああっ、そうだよな」

そして彼女は体ごと振り返る。

「・・・・ッ、ごめんっ・・・・・岡部倫太朗っ・・・、お願いだっ」

ここに来るまでに傷ついた体は痛々しく、髪は乱れ、涙は再び零れ始めていた。

「こん、こんなこと・・・・こんなこと押し付けッ・・・・・で、でもお願いだよ・・・・」

佐倉杏子は懇願する。決戦前までは考えもしなかった。きっと向きあえていた、受け止められていたはずなのに、いざ現実となると揺れてしまう。
なぜなら可能性があるから、希望が確かにあるから、だから諦めきれない、納得できない、縋ってしまう。

希望があるから―――さらなる絶望への糧となる。

知っている。それがとてつもなく達成困難で、苦しくて辛くて・・・・自分が託そうとしているのは呪いだと理解していながらも――――――

「・・・っ・・・・・くっ」

だから最後のプライドか、優しさか、佐倉杏子は口を閉じる。最後の願いに蓋をする。
暁美ほむら、岡部倫太郎、両名に求める願いは余りにも残酷な要求だ。

「ごめんっ、なんでもな―――」
「無駄にはさせない」

杏子の言葉をすくうように、零さないように台詞を被せる。

「お前達のことを、俺がいる限り誰にも無駄にはさせない」

このとき、膝をつきながらも自分を見上げる男を杏子はどんな心境で見ていたのだろうか。

「く、くく・・・・・・フゥーハハハハ!!!我が名は鳳凰院凶真ッ、魔女も世界も神ですら!!!いずれは屈する狂気のマッドサイエンティスト!!」
「・・・っ・・・ぁ・・・・う」
「小娘一人の願いなど奇跡に頼るまでもない!」
「・・・もう、背負いきれないだろ・・・・・」


「絶対に応えて、必ず叶えてやる―――言えよ、なんでもいい」


この状況で、説得力の欠片もない言葉を吐く格好つけの男に佐倉杏子は言った。望んだ。願った。


「未来を・・・・・変えて」
「まかせろ」


また即答した。

「っ・・・・ぅ・・・」
「あとはまかせろ」

身を預けるように、倒れこむように胸に収まった少女を抱きしめる。

「ごめん、ごめん・・・・な、さい」
「いい、有り難う。お前のおかげで―――――」
「凶真、杏子は・・・」

落ちていく音がする。

「・・・・・君のおかげでまだ・・・・戦える」

体温を、重みを、涙を、全てを感じながら佐倉杏子を抱きしめた。

―――未来ガジェット0号『失われた過去の郷愁【ノスタルジア・ドライブ】』起動
―――『オクタヴィア』発動
―――展開率23%
―――消耗率81%

「すまないキュウべぇ・・・・もう少しだけ、俺に付き合ってくれ」
「そのつもりだよ。戦えるなら、抗えるなら何処までもついていくさ」

白衣の上から薄汚れたマントを纏う、そして申し訳ない程度に右腕と右目に装備するのは歪んだ錆色の手甲と仮面、呪いが体の中を犯し侵食するが構わない。躊躇わない。
キュウべぇが肩に軽い動作で乗っかる。しっかりと、離れないように、振り落とされないようにしがみ付く。

―――出力上昇

≪これで・・・それに、ある程度は押さえきれるよ≫
「何秒いける」
≪5秒ぐらいかな?≫
「なら自力でここを突破するしかない」
≪・・・それって自爆前提の作戦だよね?≫
「いつもどおりだ」
≪違いない≫

頭の中で声、念話、今は文字通り一心同体。10号機の使用は五秒間だけ・・・自爆のために使用できるのは最後のときのみ。
麻痺していた腕の負傷がビデオの巻き戻しのように、不快な音と共に再生、書き換えられていく、人から魔女へと。
周囲には魔女ニ体と使い魔の大群。逃げ場はなく、前に進むしかない、動かなければ数に押されて圧死する。
杏子を地面に寝かせるようにして・・・・・もう動かない彼女に背を向けて前に踏み出す。

「さあ――――いくぞ!」

半壊したソウルジェムでここまできてくれた彼女に、グリーフシードを、戦う力を持ってきてくれた彼女に背を向けて飛び出す。

『キャハハハハハ!』
『アハハハハハ!』
『アハハハ!』
『ギャハハハハハハハハ!』

そして笑いながら、嗤いながら向かってくる使い魔と魔女を相手に――――しない。

「『ワルプルギスの夜』はっ」
≪まどか達の避難している場所まであと2分ぐらいだよ!≫

仇打ちのためにここで死ぬまで戦う・・・そんな選択はしない。絶対に、決してしない。そんなモノのために残った力を使わない。杏子はそれを望まない。マミも、さやかも。
今やるべきことは劇団の主、『ワルプルギスの夜』の進行を止めること・・・・それは今の自分には不可能、せめて意識を自分に向けさせ、“なぜか”鹿目まどかのいる場所に進路をとり続ける移動経路を変えることだ。
マミとそうしようとしていた。アレと相対しても勝てる見込みも生き残る可能性も限りなくゼロだったがそうするしかなかったし、今もそうするしかない。
しかしマミとあれだけ派手に暴れたのに無視された。今はその十分の一も発揮できない力しかない。だけど現状他に手はない。

「どうして執拗にまどか達の後を追う形で移動しているんだっ」
≪偶然としちゃ変だ、一度はコンティニュアムシフトで移動したのに魔女は―――≫
「世界線の収束かっ」

鹿目まどかは魔法少女になる。そうなるように事象が重なる。

使い魔を足場にして空を駆け上がる。囲まれていてもそれらは統率のとれていない動き、遊ばれているのか?構わない、好都合、使い魔の頭を踏みつけながら魔女とは距離をとりつつ空を舞う。
視線は前に、数キロ先にいるというのにしっかりと視認できる巨大な姿。存在するだけで空を黒に染めて地形を変える超ド級の魔女、伝説と最強の肩書を持つ魔女の一角。

『舞台装置の魔女【ワルプルギスの夜】』

高層ビル並みに大きく、自分と繋がったマミの強力な砲撃魔法を食らっても決定的なダメージを与えきれない敵。
それが生き残っているラボメンのもとに真っ直ぐに向かっている。偶然にしてはおかしい。狙いを彼女達に絞っているかのような動きに焦る。
鹿目まどか、上条恭介、志筑仁美のラボメンは当初大型台風(ワルプルギスの夜が原因)の影響から見滝原の住人が避難している大型ホールにいた。が、三人は作戦のために一度未来ガジェット研究所に移動した。
その時にワルプルギスの夜が進路を変更し始めた。彼女達のいるラボを目指すようにだ。巴マミ、佐倉杏子、美樹さやか、暁美ほむらの魔法少女と共に阻もうとしたが力及ばず、避難の間に合わなかった彼女達はFGM07号『コンティニュアムシフト』で現場から離脱――――数分後ラボのあった地区は空を舞った。
ラボの近くにあるまどかの実家は・・・他のラボメンも既にこの有様では家を失っているだろうがそれでも逃げることは出来た。一時的には出来た。数キロ先に転移した三人に向かって再びワルプルギスの夜が進路を変えなければ避難できたはずだった。

『アハハハハハハハハハハハ!キャハハハハハハハ!!』

意図的に追っているようには見えない。この魔女に意思事態あるのかも謎だ。動きは出鱈目で無秩序、しかし結果的にラボメンを追う形で移動している。街を壊しながら、世界を塗り替えながら、選択を迫るように、脅迫するように。

世界は鹿目まどかが契約することを決定している。
あらゆる偶然を必然にして“運命”として定めている。

≪凶真、別のインキュベーターがまどか達に接触しているのは確認済みだ。このままじゃ・・・・≫

彼女が魔法少女となれば現状を打破できる。魔女を倒せる。しかし彼女が『ワルプルギスの夜』を撃破するほどの魔力を使えば魔女化する。
結果、キュウべぇ曰く世界は滅びる。同時に救われる。矛盾しているようでそうでもない。地球は枯れるが宇宙救済のエントロピーは得られるので世界は救われる。
それはさせない。そうはさせない。そんな結末は誰も望んではいない。世界が滅びる。未だ“それ”を観測していない以上、あらゆる可能性は残ってはいるが・・・簡単に希望を抱くことは自分には出来ない。
“アレ”がどのようなレベルなのか、今まで見てきた魔女と比べられないほどの力を秘めているのを知っている。感じている。キュウべぇの言葉を否定できない。
『ワルプルギスの夜』、『ネームレス・ワン』。最強と伝説の名を背負ってもおかしくない魔女と何度も相対してきたがアレと比べれば―――――

ドゴギャッ!!

「ぎ―――ッ!!?」
≪―――――!!≫

いきなりの激痛に意識が途切れかけた。自分も、キュウべぇも。

「あッ、ぐ、なんだっ!?」
≪後ろから・・・打ち落とされた!?≫

正確には轢かれた。後ろから、トラックよりも大きな存在に。
使い魔を踏みつけながら浮かんだ空高く舞い上がっているビル群の間を跳躍していたが、下には足場となるビルの一部が多数浮かんでいたので墜落死することはなかった。
痛み、軋む体を起こして前を向けばそれはいた。その魔女はいた。

『ギャハハハハハハハハ!』

ドリフトをきめながら嗤う悪意の固まり、三日月のような笑みを浮かべた銀色の魔女。他の魔女にはあまり見られないロボットに近い機械系の魔女。太い胴体に腕、全体的にバイクのようなフォルム。
『銀の魔女【ギーゼラ】』。ついさっきまでグリーフシードとして自分の手元にあったがFGM06から排出された後は放置していた―――結果がこれだ。

「まずいっ・・・・あの魔女の加速力は―――」
『ギャハッ、ギャハハハハハハハ!!』

ドルン!とバイクのエンジン音と同時に突撃してくる魔女をギリギリでかわして足場の無い空中に身を投げる。
既に場所は高層ビルを超える高さにある空。足場、浮かんでいるビルから落ちれば確実に死ぬ。
普通なら、このままなら、だから飛ぶ。

「飛ぶぞ!」
≪呪いには十分注意してっ≫

ブンッ!

数多のソウルジェム、グリーフシードの中で数少ない特性を『オクタヴィア』は持っている。空を飛べる。
足下に血のような色の魔力が環状に、サークル上に展開し足場になり落下する体を受け止める。それは一瞬の停滞を与え、直後に弾丸を発射させるかのように岡部を飛翔させた。
建物が空を舞う世界を漫画やアニメの登場人物のように一直線に文字通り飛ぶ。カタパルトのように勢いよく飛び出し、マントからロケットのように魔力を噴射しながら――――

≪呪いが加速っ≫
「魔女はッ」
≪追ってこれない!でも別のルートから追いかけてくるかもっ≫
「ならこのまま―――」
≪君がもたないよっ、すぐに降りて!≫
「くそッ」

急がなくてはいけない。かといってこのまま飛び続けていたらこの身が潰れてしまう。どんどん体の中を何かが這いずる感触が強くなってきている。なのに触覚というか、体の感覚が徐々に薄れていく、自分の意思がしっかりと体に伝わっているのか分からない、全てが曖昧になる。
最後の奇跡、残された魔力、動ける時間、選択できる行動は数少ない。『ワルプルギスの夜』に追いついたところで何かできるわけでも策があるわけでもない。
これしかできないのか、これしか思いつかないのか、今はとにかく彼女達のもとに――――

『アハハハハハ!』
『キャハハハハ!』
≪凶真!≫
「このッ、邪魔を―――!」

空を舞う建物の下を、魔女や使い魔から隠れるように飛翔しながら大地を目指していると・・・しかし当然か、これだけの数の使い魔、見つかり戦闘が必要になることは苛立ちながらも理解していた。
時間が無い、出来れば無視して逃げ切りたいが着陸するさいに邪魔をされては余計に面倒だった。だから迎撃を、ディソードをリアルブートしようとして―――気づいた。

「あ」
≪凶真!?≫
『キャハハハハハ!』

向かってきた使い魔の大振りの攻撃を無防備に受けてしまう。左肩に直撃、肉が潰れて骨が砕けた。マントから噴射されていた魔力の粒子が途切れ落下していく。錐揉み状態で落ちていく、このままだと危険で、だからそれに対処しようとするがどうしても意識は別に向かってしまう。
自分を攻撃した使い魔、その後方にいた使い魔のニ体がおもちゃのように、壊れた人形を振り回すようにして死んでしまった彼女を弄んでいるから、その悲惨な姿に言葉を失ってしまう。例えそれが一時的とはいえ、それは大きな隙だった。

≪左から魔女シャルロッテ!≫
「!」
『ギャハ!』

怪獣のような蛇、鱗はないのでナマズやウナギにも見える黒い胴体、全長は10mを優に超える巨体。胴体には赤い水玉の模様、頭部付近には赤と青の羽根、ファンシーな外見をしているが不気味でしかない。
ぐぱっ!と顔の無い、しかし三日月の笑みを浮かべる魔女は落下してくる地点に先回りし、その巨大な口に牙をはやし待ち構える。
身を捻りマントに意識を、魔力を噴射させて回避しようとするが遅かった――――がぶりっ、と左腕に遠慮なく噛みついてきた。肩付近まで一気に。

「ぎっ!?おぁっ・・・あああ!」
『ギャハ!ギャハハ!』

喰らうことではなく、自分を捉え弄ぶことを優先しているのか、痛みを与えることが目的のように、本来なら簡単に噛みちぎることができるにもかかわらず、噛みちぎることなく嗤いながらブンブンと腕を銜えたまま振り回す。

「こっ、この―――!」

ブチブチと肉と神経が千切れていく音を聴きながら、感じながら激痛に視界が白くなったり暗くなったりしながらも、それでも体は動いた。動いてくれた。

「リッ、リアルブート!」

高音、割れる音に響く音。

―――未来ガジェットM04号『超誇大妄想狂【ギガロマニアックス】』起動
―――『岡部倫太郎』
―――Di-sword『リンドウ』

魔女の口と左肩の間に右腕を、そこでディソードをリアルブートし―――自分の左腕を肩から切断した。

「あっ、ぐぅうううううう!」
≪痛覚遮断!≫
「うぁ・・・っ、お、降りるぞ!」

どふっ!と一瞬背中のマントから魔力を噴射させ降下、ようやく普通の、常時の大地に足をつける。幸い、魔女はすぐに追撃することなく口の中の左腕を粗食していた。

「ッ、はぁっ・・・・はあ・・・・っ」

着地と同時にまどか達の所に向かう予定だったが体が勝手に膝をつく、ミジ、ミヂ、グチ、と不快な音を出しながら左腕の傷口を黒い何かが塞ぎにかかる。その間も立ち上がれと自分に言い聞かせるが体中が痙攣していて動けない。
立ち上がろうとしただけで全身の骨格が軋みを上げる。そして、まるで土下座のように頭を伏せる自分の前に使い魔が離れた位置で笑い始める。
こっちを見ろと言うように、彼女の亡骸をぶら下げながら。

≪―――――≫

自分もだが、キュウべぇもそれを見て言葉を失う。怒りか、悲しみか、それ以外か、それとも全部か。

『アハハハハハハハハ!!!』

ブチブチブチィッ

使い魔は数体がかりで彼女を、巴マミの遺体を、自分達の目の前で引きちぎった。



「キュウべぇッ!」
≪バタフライエフェクト!!!≫

―――未来ガジェットM10号『バタフライエフェクト』起動
―――『オクタヴィア』消耗率81→95%
―――展開率 出力 上昇!



叫びに呼応するように体中の呪いが活性化する。血管の中に熱湯を注ぎこんだかのような激痛、同時に感じる快感に頭が割れるかと思った。
仲間が、彼女が殺された場面を見るのが初めてだったわけじゃない。死んでなお弄ばれた仲間の亡骸を見たのが初めてだったわけじゃない。それ以上の死を、辱めを、惨たらしさを見てきたし経験してきた。
このテの状況でも冷静でいられるように精神の停滞、停止、意識や記憶をブロックさせることを一世紀以上の世界線漂流の経験から自分は可能としている。何があろうと冷静に、何があっても動じない。それは見方次第では冷酷な人間で、魔法を扱う上ではマイナスだが確かに必要なスキルだ。
だけどそれは自分だけでも冷静であるために、暴走しないように、愚かな選択をしないように・・・・・・だから、だけど、それが今はできないでいた。
呪いのせいか、それともまだ幼い感情しか得ていなく、それ故に真っ直ぐな感情を顕にするキュウべぇに引っ張られたからか、無謀にも、愚かにも最後の力を振り絞る。
体中から血のような色の魔力が溢れだし思考は純粋な殺意が先行、踏み出した足下の瓦礫を爆砕しながら加速、突撃していく。

「ああああああああ!!」

水の入ったコップにインクを一滴たらした時のように、視界に黒いモノが紛れてきた。呪いが身体中を犯しきろうとしている。痛くて苦しい、熱くて憎い、傷ついて悲しい、目に見える物全てを憎悪し許せない。
後先を考えない感情任せの突撃、それは時間切れを、破滅への時間を早めた。

ギィイイイイイイ!!!

ディソードが吼える。紫電と黒い何かを纏いながら、血のような光を吐き散らしながら絶叫を上げる。
タイムリープを繰り返し、狂い発狂した事は一度や二度ではない。狂って壊れて、そこから返ってきた精神力は伊達ではない。白熱した頭でも予測している。激情に流されていても理解している。使い魔のやろうとしていること、マミの体に、その身体のどこかにあるグリーフシードに吸い込まれていくのを見れば馬鹿でも分かる。
新たな敵が産まれる前に、『オクタヴィア』が奪われ孵化する前に、動けなくなる前に行動を完了しなければいけない。だから振るう。唯一自分が使える武器で、今は怒りと憎悪の感情をディソードに乗せて全力で。
新たな魔女の出現、敵が増えればまずいのは当たり前だが、それを防げればグリーフシードを取り戻せる。取り戻せばまだ戦える。まだ挽回できる。

ガギャン!!

「ッ!?」

迅雷一閃。孵化寸前のグリーフシード、そこに群がる使い魔を斬り伏せようと振るったディソードは上空から現れた、降ってきた『鎧の魔女【バージニア】』に受け止められた。
ギシィッ!と、鉄骨を絡めたような鋼鉄の腕は太く強固、クロスした腕の半場まで食い込んだディソードはそこで動きを止める。全力の斬撃は届かなかった。

≪凶真ッ!≫
「くそっ」

バチュンッ!!

金属同士が擦れる音に感電したような音、魔女の腕に食い込んだディソードを無理矢理引き抜き後退、接触面から火花が散り――――それに目を細めた瞬間ソレがきた。
『鎧の魔女』の背後から黒、呪いがあふれ出し五光を背負うかのように立つ『鎧の魔女』の背後から伸びた茨が体に巻きつく。拘束される。

「しまっ―――」

体にもディソードにも絡みつく茨、この魔女は――――

「ゲルトルートッ」

『鎧の魔女』よりも大きな姿。胴体は人間の肝臓のようで足は数本の触手、頭は胴体の半分ぐらいの大きさで溶けたアイスクリームのような形、背中には巨大な蝶の羽、全体的にグロい造形に色、ドロドロな見た目だが機動力はある魔女、『薔薇園の魔女【ゲルトルート】』。
やはり三日月の笑みを向ける魔女はゆっくりと、確実に拘束している茨に力を込めながら笑う、嗤う、捕縛した敵対者を、岡部倫太郎とキュウべぇを嗤う。

「このッ」

力ずくで纏わりつく茨を解こうとした時、すぐ近くで爆発音・・・・ではなくそれは落下音。空から巨大な物体が落ちてきた音だ。魔女が降りてきた。追ってきた。
砂埃が晴れ、落下地点に視線を向ければそこには『銀の魔女【ギーゼラ】』。嗤っていた。嘲笑っていた。
魔女が集まりだしている。焦り、急いで茨の蔓から逃れようと足掻くが・・・力が出ない。むしろ急激に力を失っていくのを感じた。それと嘔吐感、耐えきれずそのまま胃の中にあるものと、それ以外のモノを大量に吐き出す。

「おぇッ・・・・つぁ・・・!?」
≪・・・・・っ、時間切れだ・・・・・・凶真、僕のせいだ・・・≫

血のような魔力光は既に消えていて、肩で自分同様に茨に囚われているキュウべぇは冷静さを取り戻していた。だけど後悔しているのか、その声と流れてくる感情は暗く重い。
時間切れ、その言葉の意味を知っている。もう戦えない。
ぎ・・・ぎぎっ・・ と、それを否定したいがために力を込めるが動けない、右腕のディソードで絡みつく茨をどうにかしようとしたがやはり動けない。動けぬまま吐き気と頭痛が増し、視界は黒く染まっていきどんどん体調は、気力は下がり続ける。
事態も状況も悪化していく。自分にはどうする事も出来ないと突きつけられる。何もできず、そして“いつものように”彼女が魔法少女になり魔女となる。

―――Pi

「―――――ぁ、ああ・・・っ」
≪タイムリープマシン・・・・・・・・限界だね≫

聞こえた音はメッセージ。今自分は死にかけている。限界で、終わり。だから差し出された。この世界線から脱出するための手段を。
タイムリープは可能になった。後は意識をソレに向ければいつでも跳べる。そう・・・意識すればこの場からただ一人で、キュウべぇとまどか達を置き去りにして。
それが正しい。間違えていない。ぎちぎちと体を締め付ける茨の力が強まり呼吸すら困難になってきた。
それに―――――

ドン!   ズシンッッ!

マミが所持していたグリーフシードは一つだけじゃなかった。

ズズン!
    ドン!

ここにはいない杏子も、さやかも、ほむらも幾つか持っていて、魔力を回復し用済みになったグリーフシードを何処に、どうしたのだろうか。
もういない彼女達に問うことはできない。予想するしかない。だけどきっと結果は目の前にある。

「う・・・・ぁ・・・」
≪・・・・・離脱を≫

囲まれていた。多くの劇団の使い魔と―――――魔女に。
『鎧の魔女』
『お菓子の魔女』
『薔薇園の魔女』
『暗闇の魔女』
『ハコの魔女』
『銀の魔女』
『影の魔女』
『犬の魔女』
『芸術家の魔女』
『委員長の魔女』
『鳥かごの魔女』
etc.
今日、この場所に来るまでに狩り、集めてきたグリーフシードが孵化して自分達を囲む。
逃げ場はない。体は拘束され動けない。呪いはこの身を犯しつくそうとしている。時間も策も何もかもが無く、できることは――――

『アハハハハハ!』
『ギャハ!ギャハハハハ!ギャハハハ!』
『キャハハハハハハハ!!』
『アハハハハハハハハハハァハハハハハハハ!!』
『アーハハハハ!』

一斉に魔女が距離を詰めてきた。

≪早く!≫

もう、出来ることは無い。


「あ、あああああああああ・・・・・・・っ、コキュートス!!!」


否。まだ生きている。動けなくても、力が入らなくても思考は、妄想することはできる。
だから今回の戦闘、初見で全力の妄想を周りに叩き込んだ。
自分達が勝つ展開を・・・・もう、そんな妄想、夢を描くことはできないくせに。



ドッッッギャァアアアアアアアアア!!!



周囲共通認識で現実を書き換える攻撃。魔女や魔法少女には通じにくく、使い魔相手でも効果は薄いその攻撃はしかし、いかに効きづらくとも妄想を叩き込んだその数は膨大だ。
観測者が多ければそれだけ真実は書き変わる。世界を騙し従わせる。塗り替える。塵も積もれば山となる。数は力、信じ込ませればそれは真、妄想は現実へと昇華される。

世界は氷結する。

≪凶真!?なんてことをっ≫
「はあっ・・・っ、・・・・ははっ、見ろよキュウべぇ全員凍らせて――――!」

見える範囲の敵は全て凍り、纏わりついていた茨は砕けた。
大地に足をつける。後は『ワルプルギスの夜』追うだけ、まどか達のもとに向かうだけ、そして―――・・・・だけど倒れた。

「ぁ・・・・・っ、あ・・・・・・?」

顔面から落ちたと思う。分からない、何も見えない。真っ暗で何も視界には映らない。キュウべぇが何やら叫んでいるが聴こえない。聴き取れない。繋がった念話でのやりとりですら理解できない。
暗いんじゃない。黒いわけでもない。視界に映るインクは全て言葉と感情だ。訴えてくる、囁く、伝える。殺せ、犯せ、裂け、壊せ、滅ぼせ、死ね、奪え、絶やせ、消せ、砕け・・・・・と。
心臓が破裂でもしたのか、胸がバクンとはねて口から大量の吐瀉物、内臓がぐちゃぐちゃになったかのような嫌悪感。

≪凶真!≫
「・・・ぅ・・・あ?」
≪早く跳ぶんだ!≫
「げ・・・っ、あ・・・ぶ・・・・・っ」

頭が痛くて、熱湯を血管に流されているようで、だけどとても寒い、何がどうなっているのか分からない。

≪早く!このままじゃ君はっ――――――なんで跳ばない!?それとも意識は既に移動しているの!?凶真・・・・返事をして!≫
「ぁ・・・・・」

ぐちゃぐちゃで、そのうえ感じるのは負の感情ばっかりで・・・・・それでも少しだけ見えた。

≪凶真!≫
「・・・・・あ、ああ・・・・だいじょうぶ・・・・」
≪~~~~~~~!≫
「だから・・・・はやく」
≪なにをっっ・・・・・どこが大丈夫なんだ!!いやっ・・・それよりも今のうちに跳ぶんだ!≫
「ぅ・・・・」
≪早くして!君はこのままじゃ死んでしまうっ、君には分かっているはずだ!君は憶えていないだけで死んでいる可能性もあるん――――≫

キュウべぇ。ラボメン№03の仲間を認識できた。この状況で、潰されるような感情の濁流の中でもしっかりと仲間だと認識できたことが嬉しかった。
その仲間が訴えてくる。人の気も知らないで・・・と思うのは勝手かもしれないが、それでもこちらの身を案じてくれていることに、掻き消されそうな意識の中で温かさを受け取った。
もう跳ぼう。このままでは死んでしまうだけだ。もう思い残すことは無いはずだから。

「・・・・あ・・・れ・・・・・?」

思い残すことは無い?ならもう死んでもいいか・・・・。

何かを忘れている。何かを・・・誰かを・・・だけど思い出せない。思い出そうとしない。今はただ、まだ自分の意識が残っているうちに、自分が岡部倫太郎という人間のうちに、呪いに犯される前に“終えたい”。
ただその前に、倒れたまま、冷たくなっていく体を意識しながら最後にキュウべぇに、仲間に触れたいと思った。

≪―――――――≫
「・・・ぅ・・・・・」

氷の砕ける音がした。

理解できない状態だったから、この時の自分には何が起きたか分からなかったがきっと駄目だったんだろう。無理だったんだろう。無茶だったんだろう。
魔女はおろか使い魔も、一時的に、もしかしたら一瞬だったかもしれない。氷漬けにしただけでただ一体も倒せていなかったかもしれない。

≪凶真、次の僕にもよろしくね≫
「・・・?」
≪じゃあねオカリン。君と――――≫
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・キュウ・・・べ・・・・・・・・?」

何も聴こえない。ただ僅かばかり感じていた念話の感触が完全に途切れた。
ひどく寂しい、世界から何もかもが失われたような気がした。存在するのは自分だけ、こんな自分だけ、暗い感情が沸き上がる自分だけ―――・・・・もう終わりたい。

もう、終わってもいいはずだ



ズドンッッッッ!!!!!



光を見た。黒しか見えない、見えない筈の世界に桜色の光を見た。呪いを払うために天を貫く光を。

「・・・・・・・・・・・・・まどか・・・・」

観測したのは、超巨大な魔女を貫く一条の光が真っ暗な空を突き破り世界に青空を取り戻した光景と、そこから豪雨のように枝分かれした矢が次々と黒い雲を駆逐していく光景。
桜色の矢、それは黒の空だけでなく地上にいる使い魔も、魔女も同様に掃討していく、次々と、あっさりと、抵抗する暇を与えぬままに容赦なく。
遠く、唯一持ちこたえている『ワルプルギスの夜』も降り注ぐ魔力に抵抗できないまま砕かれ滅ぼされていく。
真っ黒な世界を桜色が幻想的に染め上げていく。
塗りつぶしていく。
その光景に魅せられていると―――――



呪いを背負う身に、周りと同様に、魔法の矢は、桜色の光は降り注いだ。



―――Error Human is Death mismatch











χ世界線0.091015


血も凍てつくような猛烈な寒さ、喉は枯れていて視界も定まらない。

「はっ、はっ、はあっ・・・・・!?」

それでもバクバクと鼓動を打つ心臓に冷や汗を流しながら目を覚ました。右手は胸に、左手は顔を押さえながら、口は酸素を取り込もうとするが荒い呼吸を繰り返すだけ。
ソファーに横になったまま視線だけで周囲を確認する。人影は見えるが寝ているようだ。そう見える。今はそうであってほしい。余裕が無いんだ。
荒い息を吐きながら状況を確認、今の自分はまどか達には見せられない顔だと思っていてもすぐには表情を変えきれない。押さえきれない。今見ていたのは夢だ。通り過ぎた世界線での記憶、何度目かの『ワルプルギスの夜』との戦闘での過程と結末、それを客観的に確認できた。

「ハッ・・はぁっ・・・はっ・・・」

だんだんと息が整ってきた。

「・・・ああ、分かってはいるが気分が悪いなっ」

ソファーで寝ていた身を起こし右腕を見る。自分の右腕、まだ自分の意思でちゃんと動く、白衣で見えないが捲って見ればそこにはムカデのような痣が巻きつくように存在しているだろう。
悪夢を見た原因は呪いだ。「魔女の口づけ」に近いそれ、ソウルジェムを持たない自分が魔法を使えばこうなる。歪みと穢れをそのまま受け取ればそうなる。理を捻じ曲げるのだから、代償なくして得るモノは無いのだから。
インキュベーターが魔法少女から魂をソウルジェムとして取り出すことには意味がある。痛覚の遮断による肉体、精神の負荷を軽減することで幼い少女達の疲弊を防ぐ。それもある。だけどそれだけじゃない。その一つが呪い、穢れや歪みをソウルジェムで受け止めるため。
魔法を行使し常識を捻じ曲げるのは奇跡だ。彼女達の使用する魔法は間違いなく常識外れの御業、魔法少女は常識を、世界の理を無視して奇跡を行使する。しかし、まるでその歪みを正すように、代償を払うかのように呪いや穢れがソウルジェムに科される。
妄想で現実を浸食し、現実を曲げる。その歪みを、世界のエラーをギガロマニアックス達がディソードに溜めこむように、魔法少女は奇跡の対価をソウルジェムで呪いと穢れとして受け止める。

岡部倫太郎は魔法少女じゃない。ギガロマニアックスじゃない。呪いを受け止めてくれるものがない。

ディソードは模造品で、ソウルジェムも無いから、繋がった先にソウルジェムとグリーフシードのどちらかがなければ呪いと穢れをそのまま受け入れるしかない。「魔女の口づけ」という解除方法がある呪いと違い、その身を魔女に食われて魔女そのものになる呪いを受けた。

・・・・・分かっていた。理解していた。だけど必要だった。それができるだけ自分は幸運だと思っている。

普通の人間は魔女と戦えない。たとえ魔女を滅ぼせる武器があっても魔法少女と違い「魔女の口づけ」一つで意識を奪われる。呪いを防ぐ術も払う術もない。だから勝てないし戦えない。
だけど自分は違う。単純な精神力の問題なのか、精神ではなく肉体に呪いがかかるからか、それともNDや別の何かの影響下だからなのかは分からないが呪われても潰されずに、すぐに歪むことなく、ちゃんと自分の意思で動くことができる。戦える。しばらくの間は。

「・・・・ふぅ・・・」

もちろん後遺症はある。「魔女の口づけ」を受けた人間のように、いきなりの破壊衝動や自殺志願、少女達を憎み妬み■したくなることもある。それはこれまでの『知識』や『経験』からか押さえきれる。
人間はどんなことにも“知っていれば抗える”。だから押さえてきた。押さえきれる範囲で。
だけど限界がきたら跳ぶしかない。取り除く方法が今のところ確認できないから、だからあの『通り過ぎた世界線』のように別れがくる。跳ぶか、終わるかして。
「魔女の口づけ」を受けた人間が鬱になるように、同じように、呪いの影響なのか寝れば悪夢を見る。さっきみたような夢を、α、β世界線での出来事を、精神を追い込むように、それで呪いの侵攻を早めるように。
・・・・・正直、それは構わなかった。気分が悪いのはもちろん嫌なのだが呪いの浸食が進めばそのうちに“寝むれなくなる”。寝たら、寝ている間に呪いが・・・・だから呪いのおかげで、というのは変だが眠らなくても一定以上の呪いを背負えば体力事態に問題はでない。だが、必要が無くても人間眠らなければ精神的にかなり“くる”ものがある。眠ることで脳を休めるのが普通なのだから。
眠れなくなれば跳ぶための時間が、終わりの時間が一気に速まる。それに悪夢とはいえ、それらは状況の再確認や新たな作戦の案、打開策を想像することができるのだからやはり眠るべきだ。無理にでも、苦しくても、働き続ける頭はいつかオーバーヒートしてしまう。
だからこそ寝むれる内は構わない。それが悪夢でも、そうしていろんな作戦を思いつき沢山のガジェットを創り出しここまで来た。

そうやってここまで来た。ここまで来てしまった。“こんなところまで追い詰められてしまった”――――

「・・・・・・思考がネガティブになっているな」

べっとりとした汗を拭って立ち上がる。気持ちを切り替えるために外に出て新鮮な空気を吸いたい、それから汗を流そうと思った。
このままここにいてもプラスには働かないと悟ったから・・・・だってそうだろう?夢の中でラボメンの死を・・・・・それをどうして現実でも観測しなければいけないのだ。夢から醒めた、ならもう悪夢はいらない。

「朝食は俺が作ろう・・・」

テーブルの周りで各自スプーンを握りながら倒れているラボメン、テーブルの上には謎の物体Xが堂々と存在していた。
口元にこびりついた乾いた血の跡を舌で舐めとり岡部はそっと玄関の扉を閉じて気分転換がてら屋上へと足をむけた。
憂鬱のまま、一部の人間が起きていたことに気づかぬまま。



数十分後;未来ガジェット研究所

捻りや工夫はないが丁寧で丹精な味だ。そう表現できるほどの舌をもっているわけではないが朝食に出されたモノはそう悪くない。
簡単で単純に言えば平凡で普通。うまいと叫ぶほどでもないし、まずいと言うほどでもない。家庭の味、説明書通りの料理に近いのか違うのか、ある意味評価しにくいが―――不思議と受け入れられる。
説明書、料理本に載っている通りに作ったのだから当たり前だが、きっと男の手料理という、それも岡部倫太郎という見た目駄目男の手作りなのだから、きっと少女達の意外性をついたことで実際以上の好感度を得たのだろう。

「どうだ?」

つまり今まどか達ラボメンが口に運ぶのは岡部倫太郎が作った朝ご飯だった。

「ご飯は昨日の残りだから料理したのは味噌汁とサラダだけだが・・・・悪くはないと自分で評価している」
「うん、おいしいよオカリン!」
「ふ、この鳳凰院凶真ッ、やれば一流にはなれなくてもある程度極める男として巷では有名なのだ!」
(・・・・・・・器用貧乏って言っちゃダメなんだろうなぁ)

暁美ほむら、美樹さやか、巴マミ、三人とテーブルで食事をとっていたまどかは笑顔で応え、調子に乗った岡部をさやかは心中で思うことがあったが口には出さない。

「うーん、まあ普通・・・くらいよりちょい上?」
「・・・普通」
「えっと、おいしいですよ?」
「オカリンとキュウべぇは食べないの?」
「ユウリが起きたら食べる」
『僕の事も気にしないで』
「そもそも岡部さんって料理できたんだ?」
「意外か?」
「ほら、岡部さんってまどかのおかげで生きながらえているってイメージだから家事は無理かなって」
「この英雄・・・どの世界線でも失礼だな」

さやかが当たり前のように、さも常識のように語る台詞の意味に岡部は頬を引きつらせる。確かにほぼ毎日朝食を提供されてはいるが・・・・・・一瞬ヒモという言葉が浮かんだ。
なぜだろう、この単語は鹿目まどかと幼馴染みになってからほとんどの世界線で出てくるような気がする。
・・・・・まどかと親しくなればヒモになる、駄目人間になる収束にでも働いているのだろうか?いやいやまさかそんな・・・・・。

「・・・・俺はまだヒモではないはずだ」

そう、焦ることはない。ないのだ!!

「まだってことは・・・後々は養われる予定?」
「クズね」
「あ、暁美さんっ」
「え、オカリン私に養われるの?」
「まどか・・・本気で受け取るな・・・・」
「えっと、オカリンって大食いってわけじゃないから食費は・・・・高校生になったらバイトした方がいいかな?」
「本気にするなぁああああああ!」

ほむらの辛辣な言葉もあれだが、まどかも当然のように受け止めるのだから酷い。

「でもママもパパもオカリンの(将来に関する)こと心配してるよ?」
「な、なん・・・・だと?まさか俺がヒモと認識しているのか!?」
「パパはたぶん大丈夫って言ってたけど、ママは―――」
「“たぶん”の部分に若干思うことはあるが――――さすがミスター・カネメ!やはり彼は凡人とは違うようだなっ・・・・・・して、ミス・カナメはなんと?」
「『アイツは路頭に迷う可能性があるからな、家賃の一部を将来の軍資金にしておこう』って」
「現実的な援助が必要なほど心配されているだと!?・・・・え、冗談じゃなくてマジな話なのか!?」

なぜこの世界線は親密度が高ければ高いほど信頼度が低いのだろうか?
これでも中身は三十路を迎えた・・・そもそも主観で100歳以上の大人なのだ、具体的な救済処置を準備されているのは・・・しかし、それはまるで――――――

「・・・まるで不出来な息子を心配する母親だな」
「養子にくる?」

まどかの笑顔の冗談に岡部は苦笑しながらオデコに びしっ とデコピンをした。
一瞬、この世界にはいない両親の事が頭をよぎった。

「ふっ・・・ミス・カナメに伝えておけ、この鳳凰院凶真は養ってもらうつもりも施しを受けるつもりもないとな!」
「え?じゃ、じゃあ朝のお弁当とかは―――?」

灰色の脳細胞には昨日消費された所持金と食材が・・・そして残りの金額と冷蔵庫の中身が表示された。

「まどか・・・・・それとこれとは話が別だろう」

まどかの愛情(?)が籠った場合のお弁当は別だが、それ以外の朝食は岡部倫太郎の栄養の大半を賄う生命線・・・・。

「えー↓」
「人は支え合って生きている。そうだろ・・・?」
「うん・・・まあ、そうだよね?」
「そうなのだ」

ともあれ心配のされ方はあれだが、気にくわないが、気恥ずかしいが、嬉しいと、まどかの冗談にも僅かながらも温かさを感じていた。わしゃわしゃとまどかの髪を撫でながら“そうなることはない”と確信しながら柔らかい髪をかきまぜる。
家族・・・この世界にはいない、存在しない両親のことを、自分を支えてくれていた人達の事を思い出して会えないことが、その事実が胸の奥をチクリと痛めた。

「うわわわっ、髪の毛ぐしゃぐしゃになっちゃうよっ」
「寝ぐせで元からぐしゃぐしゃだよ。朝風呂ついでに直せばいい」
「うー・・・マミさんやほむらちゃんもいるんだから苛めないでよ、ママに言いつけるよ」
「それは困る」

乱れた髪を手櫛である程度整える岡部、そして髪を幼馴染みとはいえ異性に預けるまどかにマミはズバリ、つい口から零れて疑問を投げかけた。

「鳳凰院先生と鹿目さんって兄妹みたいに仲良しですよね?その・・・なんていうか仲が良すぎるというか」
「そうか?」
「オカリンとは幼馴染みだしねっ」

当たり前のように答えるまどか、視線で岡部を睨みつけるほむら、そこでさやかが前々から思っていることを問うた。

「でもさーまどか、幼馴染みでもこの年で異性相手にそれはちょっとって思うよ?」
「え、そう・・・かな?でもさやかちゃんも上条君とこんな感じだったよね?」
「む、昔はね?確かに恭介に抱きついたり恭介に髪をぐしゃぐしゃーってされた事もあったし部屋にも何度も行った事あるけどそれは・・・・・・・・・オゥ!」
「あのね、まどか」
「ほむらちゃん?」

過去の輝かしくおいしいシチュエーション満載だった頃の記憶を思い出して悶え始めたさやかを捨ておいて、ほむらもまどかに言いたかったことを、聞きたかったことを質問する。
この世界にくる前の時間軸、『岡部倫太郎がいない世界』、自分のよく知る鹿目まどかは良くも悪くも普通の女の子だった。どちらかと言えば引っ込み思案などこにでもいる中学生の女の子、そんな彼女の異性の友達は上条恭介を除けば特にいなかったと記憶している。
仮にいたとしても、こうも堂々と異性に体の一部を任せたり、ましてや部屋に、それも男のベットで、家に泊まり込むなんてことをするとは思えない。思えなかった。流されて自分もちゃっかり泊まってしまったがよく考えればそれはおかしなことだし、彼女はさやかがいないときにも泊まっていた形跡がある。
ここに替えの下着や洋服が置かれているのが証拠だろう・・・というか言動から確実に彼女は一人で正体不明の男、岡部倫太郎と一つ屋根の下で何度も夜を過ごしている。

この世界線では岡部倫太郎は数日前・・・三日前にしか存在していないのでほむらの心配は無用であるが関係ない。大切なのは、問題なのは本人の受け止め方だ。認識だ。

「一応・・・先生は男の人だし、まどかはその・・・気にしないの?」
「なにを?」

返答次第では台所付近に突っ立っている男をデストロイするつもりだったが、どうしよう。真顔だ。純粋にこちらの発言の意味を分かっていない。銃もない・・・ずれた赤いフレームのメガネの位置を戻しながら考える。そう、今自分がすべきこと、それは―――

(どうやって岡部倫太郎を葬ろう・・・)
「なにやら不穏な気配が・・・?あと、まどか」
「なに?」
「ほむほむが言っているのは―――」
「ほむらですっ」

ほむらの訂正を無視し岡部はまどかに伝える。

「どのような関係であろうと俺は男で、君は女の子だ」
「?」
「男女七歳にして席を同じせず」
「・・・でもオカリンって私をそういう意味で“絶対”みないよね?」
「“絶対”な。だが言っておこう。お前に羞恥心がないとは言わないが・・・・・俺が相手でも恥じらいを覚えたほうがいいぞ?」
「もってるよ、オカリンだからそう見えないだけなんだよ」
「周りからそう見えることが問題なんだ。現に寝泊まりはおろか下着まで普通にあるしな」

正直、最初からそれがあったときは岡部も驚いたものだ。
繰り返すほどに関係が親密になっている。良くもあり、悪くもある。半端に思い出されてはそれだけで関係がマイナスになる。
気づけば自分は知らない男の家に下着を持ちこんでいた――――卒倒してトラウマだろう。

「・・・・・・でもオカリンは気にしないでしょ?」
「俺は関係ない。これは君の問題だ」
「ふ、不公平だよっ」
「大人だからな」
「ずるい」
「でも鹿目さん、鳳凰院先生の言う通り少しは・・・・えっと、見た目だけでも変えた方がいいわよ」

やんわりと、マミが不満気なまどかを宥める。

「マミさんまで・・・・でも―――」
「鳳凰院先生も男の人よ?今は大丈夫でもいつか、なにかのきっかけで貴女の事を“そういう”意味で意識することがあるかもしれないわ」
「・・・オカリンに限ってそれは絶対にないと思います」
「そうかしら?貴女は可愛いわ鹿目さん、そうですよね鳳凰院先生」
「ああ」
「うん、まどかは・・・可愛いよ」
「あたしの嫁ですからっ」
『そうなのかい?』
「ね?だから―――」
「とは言え、俺の“それ”は終わったからな―――だいぶ前に」
「え、鳳凰院先生?」
「・・・」
「ほら・・・・・・・・オカリンはこんなんだから大丈夫ですよ」

一瞬だが、枯れた眼になり無言になる岡部と不貞腐れるまどか。

「でも―――」

岡部倫太郎と鹿目まどか、二人の繋がり、付き合い、関係、単純なようでいて複雑そうな二人、でもそれはありふれた人間関係の一つ。世界中にある。どこにでもある関係。しかしこの手の問題は当人達だけの問題ともいえない本当に複雑なモノだ。
個人だけで、または二人で、稀に部外者も含めて解決する事もある。だがそもそも何を持って解決とするのか?そして解決するモノなのか、進むモノなのか、乗り越えるべきモノなのか、受け入れるモノなのかも解らない。
これは時間と共にいくしかない。ましてや岡部倫太郎には既に解答があり、答えを得ている。だから曲がらない、歪まない、“先が無い”。変われないから。

だけど、それでも巴マミは言った。声に出してその言葉を。


「未来に絶対はないですよ?」


その言葉に岡部と・・・ほむらが僅かに反応した。

「あっ、いや・・・・まあ、そう・・・だな」
「はい、そうですよ」
「・・・・・・・・・ははっ、君はいつも・・・」
「はい?」
「いやっ、なんでもないよ―――マミ」

岡部は起きてからずっと硬くなっていた意識を今の言葉で少しだけ緩めた。肩の力を抜く、張りつめていた緊張が和らぐ、口元には微かに笑みの形になっている。
久しぶりに一つ思いだした。忘れていた訳ではないが今の言葉を聴くまでその可能性を思いつかなかった。考えもしなかった。
いい気になっていたのか、自意識過剰か、自分は絶対に変わらない、それこそ万人が背負えない呪いを背負える自分なら、一度決めたことは曲げないと思っていた。
絶対に諦めない。絶対に意思を曲げない。絶対に揺れない・・・しかし“世界に絶対は無い”。岡部倫太郎はそれを自分自身で証明していたのに忘れていた。
まして岡部倫太郎は弱い、脆い、自覚している。何度も失敗して後悔している。牧瀬紅莉栖を助けきれたのは周りに支えてくれる人達がいたからだ。
そうでなければ、そうでなくても自分は何度も揺れて諦めてきた。再び立ち上がってはいたものの――――

「生意気な事を言うかもしれませんけど、これは鹿目さんだけじゃなくて鳳凰院先生にも関係があります。だから・・・それに女の子にあんな言い方はダメですよ」

きっとこれからも間違えて勘違いして、そこから失敗していくんだろう。
そうあるべきだ。絶対に諦めない。絶対に意思を曲げない。絶対に揺れないというのは裏を返せば間違いを認めきれず、変われないことを意味しているのだから。
それを自覚出来た。再確認できたのは幸運だった。一度、これからの事を、これまでの事を見直して考えなければいけなかったのだから尚更だ。

「慣れ親しんだ人でも年齢も近い若い二人が一つ屋根の下という状況は危険です・・・・・鳳凰院先生と鹿目さんの二人も少しは意識はした方がいいですよ。幼馴染みだから大丈夫だなんて変です、寧ろ気心知れた相手だからこそ、そのっ・・・なんていうか・・・・・・・恋人とかになっちゃったりするんだと思ったり・・・・・・えーと・・・その・・・・私は思いますよ?」

両手の指を合わせてモジモジしながら赤くなった顔を伏せ、ごにょごにょと次第に声が小さくなるマミは―――その両手を少女達に強く握られる。
一人は世界の違いに戸惑う少女、一人は世界のブームに嘆く少女。

「「ですよね!」」

がしぃ!と、ほむらはマミの右手をとり強く強ーく同意する。ついに同士が、普通の人が現れたと歓喜する。
がしぃ!と、さやかはマミの左手をとり強く強ーく同意する。そうだ、幼馴染みが当て馬ポジションだと誰が決めた。

「そうですよねっ、男女七歳にしてなんたら!まどかみたいな可愛い女の子が薄い本をバイブルとする厨ニ病患者と二人っきりで夜を共にしたら大変で変態ですよね!!」
「薄い本?」
「そうですよねっ、幼馴染みだって立派な女の子!今までは意識してくれなくてもある日突然「あ、やっぱり―――」みたいな展開があってもおかしくないですよね!!」
「えっと――――」
「よかった同じ考えの人がいてくれて・・・教室で抱き合っても誰も特に言及しないし毎日お弁当持っていくみたいだしここに洋服も下着も警戒心無く置いてあるしあげくのはてに同じお風呂でベットも同じで一夜をッ・・・・・これが常識だって言おうものなら発狂モノですよね!?このままじゃ可愛いまどかが毒牙に・・・・・今のうちに対策を考えなきゃっ」
「え、えっと暁美さん落ち付い―――」
「よかった同じ考えの人がいてくれて・・・こっちがどんなに意識しても変わんなくて毎日と言ってもいいほどお見舞いに行っているのに好意に気づかないうえに不意の接触にドキドキするのはアタシだけッ・・・・・これが普通だって言おうものなら発狂モノですよね!?なのに気づけば見知らぬ属性持ちの子まで現れて・・・・今のうちに対策を考えなきゃっ」
「み、美樹さん?」
「「何かいい考えはありますか!貴女の助けが必要なんです!!もう貴女だけが頼りなんです!!!」」
「なにこの息の合いよう打ち合わせでもしていたの!?」

朝からわーわーと、ぎゃーぎゃーと騒ぐラボメン達。かなり騒がしいがユウリは爆睡したまま、岡部は苦笑するだけで洗い物を集め台所へ、マミはそれを手伝おうとするがほむらとさやかに詰め寄られ動けない、キュウべぇはその様子を岡部同様苦笑しながら眺めるまどかの膝の上で弄られる。
わいわいがやがやと下らないことで過ごす時間は悪くない。少なくとも今はそれでいい、まだ時間もある。だからこれでいい・・・・岡部はそう思う。心から。
マミの言う通り世界に絶対は無い。無限の可能性がある。だからもう抱くことのない感情をこの世界で抱くかもしれない。きっと子供の彼女達に“それ”をむけることはないだろうけど、それだけの時間も残されていないけれど、大人になった彼女達を自分が意識する可能性は否定できない。彼女達は本当に優しい子で綺麗だから。その在り方は今の岡部倫太郎が憧れるほど眩しいから。
新たな可能性の発見に、楽しみに、騒がしいラボメン達の会話をBGMに台所で食器を洗う岡部はこの時間に幸いを感じていた。もはや悪夢にうなされたことを引きずることなく口元には確かな笑みがあったのだった。







―――嘘だ 嘘つき

終わっていない。なにも。だから岡部倫太郎は変わらない

―――大嫌い

この時間は幸いだと岡部は思っていた。

―――“あの人”を忘れない。だから岡部倫太郎は繰り返す

だけど

―――裏切る

納得できない者も、この場所にはいたが、それに気づくことができた者は誰もいなかった。

―――“あの人”がいるから簡単に異性との垣根を踏み込える。そして魔法少女達の感情を揺さぶって、その気が無いのに勘違いさせる

岡部倫太郎は気づかない。鳳凰院凶真は気づけない。

―――そうやって関わる人を増やしていく

気づこうとしなかった。

―――そうやって世界と繋がり、そうやって因果を得ていく

だから

―――最後には捨てるんだ

辿りつけない。

―――わたしたちを、仮初の仲間を、信じていた私達を

シュタインズ・ゲートに辿りつけない。

岡部倫太郎だけが理想の世界線に―――――




朝食をすませたラボメンは各人、髪やよれた服装を整えて再びテーブルを囲むようにして座る。そして一人だけホワイトボードの前に立つ岡部を見上げる。ちなみにあいりは未だに寝ているので除く。
キュッ!とマジックで書かれた文字は『未来ガジェットマギカシリーズ』『主な活動内容』『決まりごと』の三つ。

「ではっ、これより我が未来ガジェット研究所恒例の円卓会議を始める!」
「わー」ぱちぱち
「円卓会議?」
「恒例って・・・・私はまだ二回目ですけど」
「あたしも」
『僕もだね』

岡部の言葉にまどかは嬉しそうに拍手し、マミは首を傾げ、ほむら、さやか、キュウべぇは岡部のテンションについていけないのか冷静に言葉を返す。
朝の八時、平日なら学校に遅刻する時間帯だが今日は休日、のんびりと食後のお茶を飲んでいるところで岡部のいきなりの宣言、ゆえにノリが悪いのは仕方がないのかもしれない。

「ぬぬぬッ、ノリが悪いぞ貴様らッ、マミも加わり本格的な作戦に関する重要なブリーフィングだというのに、もっとこうラボメンとしての自覚をもてぇえい!」
「ラボメンも増えてよかったねオカリン」
「作戦?」
「何も聞いていませんけど」
「あたしも」
『僕は少しだけ』

キュウべぇの台詞に岡部を除く全員がキュウべぇに注目する。

「おまえが・・・?なんでっ」
『なんで、と言われてもね。ほむら、僕は未来ガジェット研究所に来てからずっと凶真と協力関係にあるから当然だよ』
「・・・・・」
「ほ、ほむらちゃん?」

ほむらに睨みつけられるキュウべぇにその気はないのだろうが、ほむらには挑発されたように感じた。
何やら不穏な感じにまどかは戸惑い、マミ話題を振ることにした。

「そういえばキュウべぇ、あなたっていつから鳳凰院先生と知り合ったの?」

しかしなぜ昨日知り合った後輩の一人はこんなにもキュウべぇに対し風当たりが強いのか、それが分からない。

『一昨日だよ』
「先生っ」
「嘘は言っていない。それと始めに言っておくが俺の目的にはキュウべぇの協力は必要だ」
「でもっ」
「絶対に、だ。思惑がどうあれキュウべぇの協力なくしてシュタインズ・ゲートへと辿りつける方法は無い」

絶対に、というのは間違っているのかもしれない。頼らなくとも方法はあるのかもしれないし、無限の可能性の中にはそれこそ絶対にその方法はあるのだろう。
しかし現状の岡部はそれ以外の方法を知らない。他の方法を探していないわけじゃない。ただ、それは確かに正解の一つで、そして目指す未来に辿りつく方法として間違っていないのだ。今のところは。
キュウべぇの協力があれば未来ガジェットが、それがあれば『ワルプルギスの夜』も打倒できる。条件がそろえばあの『舞台装置の魔女』に勝てるのだ。災厄と言ってもいい存在に勝てる。鹿目まどかを魔女化させることなく―――――――・・・・・“問題はその先だ”。
『ワルプルギスの夜』は前哨戦にすぎない。しかし前哨戦とはいえ無視はできない、それを超えることすら難しいのが今の自分達なのだ。

「でもっ」
「まずは話を聞け、不満や不安、気になる事もあとで全部話す」

誰も失わずに『ワルプルギスの夜』を撃破した経験を持たないほむらには、そうでなくてもインキュベーターを憎むほむらには受け入れがたい話ということは重々承知している。
それが原因で過去の世界線でラボメンがバラバラになるほどの事態も起きた。だけど、しかし、それでも今はこれしかないし、こうする以外に障害を突破できない。“できなかった”。

「円卓会議を始めよう。まずはこの『決まりごと』についてだ」
「決まりごとってなんの?」
「ラボメンになったからには・・・今ほむほむにも言ったが“話を聞く”こと、“話す”こと、それと“自分でしっかりと確認する”ことを心掛けてほしい」

気を取り直して岡部はさやかの質問に答える。

「話を聞く、話す、確かめる。簡単のようだがこれが割と人間関係の拗れる原因になる。普段なら大丈夫だが頭に血がのぼっていて不安や混乱、恐怖や戸惑いから――――他人の言葉が聞こえなくなる。“勘違い”から想像もできない事態に陥ることもある」
「・・・・・・」
「君達はもうラボメンだ。俺を頼ってくれ、不安や疑問を一人で抱え込むことはない。どんなとでもいい、どんな内容でもかまわない。相談してくれ、怖がることはないし自分だけの問題だからと遠慮する事もない」

それは日常で感じた違和感や、普段と違う何かがあったら魔女が関わっているかもしれないから・・・という意味だけではない。魔女や魔法だけでなく、ただの、普通の、今まで通りの日常の話を含めてのことだ。家族のこと、友達のこと、勉強に恋愛の相談でもいい、何でもいいのだ。
ほむらには心当たりがある。何度も繰り返してきた時間、最初の頃は信じてもらえなくて、それでも頑張って伝えようとした。批判されても疑われても、気の弱かった自分にしてはたいしたものだったと思う。
でも無駄だったのだ。誰も信じてくれない。話しても意味は無い。いや、関係がこじれるだけで結果は全てマイナスに進んだ。
信じていれば、ちゃんと話を聞いていればと、後になって後悔していつも彼女達は絶望して死んでいく。
全部、毎回そうだ。話を聞いてくれない。だけど今になって思えば・・・それは“信じていたから”かもしれない。ただ信じてしまえば、それが真実だったら、それを認めることが怖くて彼女達は・・・・・。

「うーん、岡部さんどういうこと?」
「言葉の通りだ」
「まあ・・・・でもそれってさ、“そんなの”意識してれば大丈夫だよね?」

得意げに、簡単に言ってのけるさやかに、ほむらはこの世界にきて初めて彼女に殺意にも似た感情を抱いてしまった。
確かに普段の彼女なら大丈夫だろう・・・だけど、嫌だけど、思いたくなくても彼女の言葉には――――

「“さやか”、軽く受け止めるなよ」
「・・・・・・・・ぇ・・」

一瞬、心臓が凍りついたように停止した。

「さやかだけじゃない。マミ、まどか、ほむら、キュウべぇ、今は寝ているがあい・・・・ユウリも、全員だ」

普通に喋っているだけのはずなのに、目の前にいる岡部倫太郎が怖いと、恐ろしいとほむらは感じた。

「うん・・・?あっ!?あたし久々に名前で呼ばれた!」
「あ、ほんとだ」
『凶真はさやかのことを名前で呼ばないのかい?』
「いっつも英雄とか意味不明のあだ名で呼んでさっ、あんたからも何か言ってやってよ」
「・・・・・私は名前で呼ばれていたような?」
「えっとマミさんは・・・・・・マミさんは・・・・・オカリンなんで?正直に言ってね」
「特に意味は無いぞ?」
「だったらあたしも名前で呼んでくださいよ!」
「だが断る!」
「力強く断言された!?な、なんで・・・?」
「特に――――意味はない」キリッ
「( ̄ー ̄)o゛」プルプル

だけど他の人間はそうでもなかったようだ。気づいていないのか、それとも自分の勘違いだったのか、岡部倫太郎は普通にまどか達と会話している。
暗く冷たい何かは感じない。さっそく脱線している会話に呆れた顔でいる男からは恐怖も不安も感じ取れない。
・・・・なんだったんだろう?ほむらは首を傾げる。

「ともかく、お前達は昨日魔女という荒唐無稽な存在を目のあたりにしたな」
「うん」
「それが?」
「これまでは現実になかった存在が、それこそ漫画やアニメなら百回以上も見てきた空想、妄想の類が現実として世界にいることを知った」

まどかとさやかのどこか抜けている返事に岡部はスラスラと答えていく。手慣れている。何度もこの応答をしてきたように自然に。

「世界には邪悪な魔女がいる」
「「・・・・・」」
「お前達はこんな台詞を信じるか?」
「そりゃあ・・・・ねえ?」
「うん。昨日も一昨日も見たから・・・」

さやかとまどかは顔を揃えて頷く。体験したのだから、実際にその身を晒したのだから信じるに決まっている。
魔女の結界。日常のすぐ隣に存在する確かな世界。魔女、アニメや漫画の世界と思っていた虚構の生き物。
否定しようもない現実を突きつけられたのだ。ここにきて未だに信じきれないというのなら、それはある意味大した精神力だろう。

「では魔女に襲われるまえはどうだった?俺が、マミが『世界には邪悪な魔女がいる』と説明していたら信じたか?」

幼いころは信じていて、昨日までは“信じていて信じていなかったモノ”。

「「・・・・・・・」」

この世界には悪の組織、地球外生物、異世界からのモンスターがいて、それらと日夜戦う正義の味方がいる。それらはフィクションで、妄想で、そうであったらと願うだけの存在であると年齢を重ねていく中で知ってきた。
それでも心のどこかで、いつか、どこかで、もしかしたら・・・・・と、少年は大人になっても願うし、それとは別に女の子だって少女漫画や携帯小説のような現実とは違う、スリルと夢に溢れた世界を夢想する。

世界のどこかで、もしかしたら存在するかもと思っていながら、そんなものは無いと思っていた。

『世界には邪悪な魔女がいる』

きっと岡部倫太郎からそんなことを言われても本気にはしなかっただろう。
きっと巴マミからいきなりそんなことを言われても信じたりはしないだろう。

信じたくても信じきれない。分からないのだから、理解できないのだから、それは望んでいたモノにも関わらず忌避しているモノだから。

どうして一人だけ、おいていかれたのか
なぜ自分だけ、生き残ったのか
なんで自分は何もできないまま、失うのか

どうして、なぜ、なんで、何度繰り返しても変わらないのか

その理由を考えたら、認めてしまったら―――きっと正気ではいられない。

「過去はどうあれ、知った今なら分かるはずだ」

だけど、“今”なら覚悟はできる。

「どんな与太話でも、荒唐無稽な話でも、今の君達になら届くはずだ」

過去に届かなかった想いや意思は今なら届くはずだ。

「本当なのか嘘なのか、信じる信じないは君達次第だ。だけど憶えていてくれ、最初から全てを否定しないでくれ、必ず可能性はある―――――信じてもらえる可能性を・・・・・“諦めるな”」

観て、聴いて、観測してきた。噂じゃない、幻覚じゃない、夢じゃない、確かな現実で真実を受け止めきれた。
岡部の台詞が誰に向けての言葉なのか、ほむらは一瞬分からなかった。岡部の先にいるのはまどかとさやか、だけどそれはマミにも、何よりも誰よりも自分に向けられている気がした。

(私は、わたしは―――――諦めていた)

繰り返すほどに関係は悪化していき、いつしか言葉は届かなくなった。誰も真実を受け止められなくて、受け止めたときには手遅れで、誰一人として未来に希望を持っていなかった。通り過ぎた過去を悔やみ、やり直したいと願った。魂を懸けて願いを叶えておきながら奇跡を起こした己を恨み罵倒し絶望していく。
誰もがそうだった。だから誰にも頼らずに、頼ることができずにいた。一人だけで全てに決着をつけるために真実を、本当のことを、自分の思いを話すことはやめた。

話しても誰も信じてくれないから、誰も受け止められないから。

「ここには俺がいる。俺がこの世界線にはいる」

否・・・・いた。

「誰もが聞かないというのなら俺が聞く」

だけどそれは岡部倫太郎じゃない。

「誰もが話してくれなければ俺が話す」

それは鳳凰院凶真じゃない。

「信じる信じないは後回しだ」

諦めなかった人は確かにいた。

「なぜなら話してくれないと周りは“それ”すらできない」

諦めず、契約した事を後悔しなかった者が確かにいた。

「だからまずは話せ」

過去の想いを引きついで、今に届けてきた。

「話を訊け、自分の目で確かめろ。ここまで来れたんだ」

未来につなげるために、一度も諦めずに走り続けてきた人はいる。

その人の名前は――――



「話してくれ、聞いてくれ、教えてくれ、きっとそれだけで・・・・俺達は分かり合えるはずだ」



諦めなければ必ず辿りつける。


『シュタインズ・ゲート』へ。


「誤解やすれ違いで崩れていく魔法少女は多い、それは普通の人間でも同じだ・・・・・勘違いなのに勝手に決めつけて、それっきりになってしまっては寂しいだろう」

それっきり、その多くの場合、生きるか死ぬかに直結するのが魔法少女だ。
取り返しがつかないだけに、それが原因で失い続けてきたのだから、格好つけでも、キザッぽくても、笑われても、回避できるなら、予防できるなら、少しでも心に留めておけるならそうすべきだ。

悲劇を繰り返さないために、何度でも、諦めずに。

誰もが諦め、絶望していった中で最後まで諦めずにこの場所まで辿りついた―――暁美ほむらのように。





そうして各人が手もとの飲み物を空にして二杯目の麦茶(まどかのみ『芋サイダー』)を注いだ頃、岡部はカーテンで遮られた寝室に視線を向ける。
そして爆睡中のユウリ(あいり)を起こしに向かおうとしたが――――。

「オカリン!!女の子の寝顔を覗くのは絶対にダメ!禁止!!肋骨骨折入院費!!!」

と、まどかの斬新かつ身が震える脅しにより辞退した。きっと入院費は鹿目家が出してくれるだろうが・・・・問題はそこではない。どうしてこの世界の幼馴染みはこうも暴力的なのか・・・・世界はいったいどこに向かって収束しているのか謎である。
とりあえず戦慄する岡部に代わりまどか、さやか、ほむら、マミ、キュウべぇの順でユウリを起こしにかかったが遭えなく全員が失敗。声をかけても揺らしても、くすぐっても起きない魔法少女に全員が諦めた。
つい先程「諦めるな」的発言があったが無理矢理起こそうとすると妙に・・・いや変に甘い声をだしながら身悶えるユウリに誰もが手が出せなくなってしまったのだ。

「むう、いいかげん起きてほしいのだがな」
『さっきの事も含めて後で説明するしかないようだね』
「仕方が無いか・・・」
『じゃあさっそく次の議題だね』
「今後の活動内容を先に話したかったが・・・・・FGMのことだな、やはり気になるか?」
『もちろん。話には何度か出てきたけど、まどか達に話すということは本格的に作成に入るんだろう?』
「ふっ、その通りだ!やる気があるのは提案者として・・・・・いや、キュウべぇよっ、ラボメン№03としての立ち位置、なによりその前向きな姿勢は実に素晴らしいぞ!」

白衣をバサァと仰ぎながらホワイトボードをひっくり返す岡部は歓喜に満ちていた。

「ではさっそく『未来ガジェットマギカシリーズ』について語ろう!」(/ロ゜)/ビシィ!

真っ白なホワイトボートの裏面に岡部は未来ガジェット01~11までの名称を書き込んでいく。

「オカリンなんか嬉しそう?」
「岡部さんって発明とか説明とか科学者っぽいのが好きだからじゃない?」
「あの、それって学校で作っているのとは別で・・・昨日私の魔法に干渉してきたものですよね?」
「その通りだマミ!そしてFGMは全てNDを元にして派生するものだが間違いなく我等ラボメンが創り上げるガジェット・・・0号とは違うのだよ!人の作りだした結晶であり神に反逆するための――――」
「ラボメンがって・・・・そういえばさ、岡部さんのノスタルジアドライブだっけ?いつそんなの作ったの?」
「・・・ねぇオカリン、オカリンはいつから魔女や魔法少女のことを知ってたの?私が知らないだけで一昨日みたいな危ないことを沢山していたの?」
「む・・・・」
「・・・・」
『・・・・』

未来ガジェット。ほむらにとってこの時間軸で初めて耳にする言葉であり、キュウべぇもそれには大いに興味を持っている様子。正体不明のイレギュラー、岡部倫太郎が所持している魔法少女の魔法に干渉するモノ。ほむらは一昨日と昨日、それを観測した。
魔法とは実際のところ、魔法少女の魔法は感情から生みだされた奇跡の産物であり他人がおいそれと干渉できるものではない――――というわけでもない。

「いつからといえば・・・・かなり前からだな」
「なんで言ってくれなかったの?」

魔法の源が感情なら干渉の方法は多々ある。感情の持ち主は幼い少女だ・・・嫌な言い方になるが感情を揺さぶることは簡単だ。良い意味でも、悪い意味でも、感情の揺れが大きい時期なだけに分かっていれば簡単だ。
本当に、あまりにも、容易く誘導できる。直接間接に囚われることなく。

「なんで、と聞かれれば危ないからだな。今回の件は知らなければそれはそれで問題ない。怖がらせる意味もないからな」
「だからって―――!」
「逆の立場で考えてみろ。例えばまどか、お前は母親や父親に魔女の事をどうやって説明する?俺が何も知らない場合・・・・お前が体験した恐怖を、何も知らない俺に相談するか?」
「それは・・・」
「経験したから信じることはできるが・・・・一歩間違えれば病院だぞ」
「あー確かに、見た目は悪くないのに残念な岡部さんを受け入れるまどかママでも流石に娘のことになると全力で対応しそうだよね」

「 \(゚ロ゚ ) おい、コラ 」

それとは別に、インキュベーターは本当の意味で魔力に、魔法少女に干渉できる能力を持つ。
その一つがソウルジェムを経由してからの五感のコントロール。例を挙げれば多様な痛みを与えたり、逆に痛覚を遮断したりすることができる。

「じゃあ・・・ガジェットは?私、オカリンがそんなの作ってるって知らなかったよ」
「“俺達がこれから作る”・・・だ。ガジェットの完成品のイメージが先行しすぎて勘違いさせたか」
「で、でも―――」
「“俺達が”――――と言ったのは、お前達との普段の会話や学校でのガジェット作成からアイディアを貰ったからだ。だから・・・・別に黙ってコソコソ作っていたわけじゃない」
「ほんと?嘘・・・ついてない?」
「ま、まどか大丈夫っ?」
「ほむらちゃん・・・・うん、ありがとう」

泣きそうな顔のまどかに、ほむらが慌てた様子でハンカチを差し出す。
自分の知らないところで身近な人が危険なことに巻き込まれていたことに、それに気づけなかったことや何も知らずに隣にいたこと、それ以外の理由もごちゃまぜになって悲しくて悔しくて泣いてしまったのだろう。ほむらは変わらぬまどかの優しさに安堵した。イレギュラーだらけの時間軸、それでも鹿目まどかは鹿目まどかだった。
ハンカチを受け取ったまどかは自分でも気づかぬうちに零れそうになっていた涙を拭いほむらに礼を言った。

「あ~あ、まーた岡部さんがまどかを泣かせた」
「む・・・しかしこればっかりはな」
「うん・・・ううん、ごめんねオカリン。しょうがない・・・よね」

まどかはガジェットの存在を知らなかった。NDを知らなかった。ほむらはそのことに、その今さらの真実に表情には出さなかったが何度目かの驚きを、自分の愚かさを感じて歪めそうになった。
正体不明の岡部倫太郎に関して自分は何も知らないし詳しく探ろうとしていなかったのだ。初日にまどかからドン引きするほどいろいろ聞かされたが魔法関係には何も触れてこなかった。魔女との遭遇から、まどかが何も知らなかったとしても少しは彼女から、それこそ岡部本人からもっと情報を求めるべきだった。
疲れていたとはいえ戦えない自分は、何もできない自分は、それでも何かすべき自分はあらゆる可能性と打開策を模索すべきで、魔法少女でもないのに戦える岡部倫太郎は、彼が所持しているNDは暁美ほむらが現在もっとも求める代物のはずだったのに。

それこそ――――無理矢理に奪ってでも。

「誤解のないように言っておくがND・・・・・未来ガジェット0号『失われた過去の郷愁【ノスタルジア・ドライブ】』は託されたものだ。俺が一から全てを作ったわけじゃない。確かに普通の携帯電話にはない機能があったがそれは魔法、魔法少女に干渉するためのデバイスじゃないし、そんな予定も予測もしていなかった」
「は?」
「“コレ”は魔法少女とは関係のないガジェットだった。それを勝手に改造されたんだ」

思考が嫌な方向に向かっているときに聞こえた岡部の台詞、ほむらは間抜けな声を発してしまった。
未来ガジェット。学校で製作されている面白発明じゃない。一昨日は魔女の呪いを、昨日は魔法少女の奇跡を纏うことができた代物は目の前の男が作ったわけではないと言う。
・・・・・それが別人の手で製作された物だとしたらこの時間軸の歪みは自分が把握できないモノになってしまう。
ただでさえ冷静で判断力がある(と、本人は思っている)いつもの自分からかけ離れているのだ。気が緩み、魔法を失っておきながら、魔女と遭遇しておきながら、まどか達が危険に晒されておきながら、未来に起こる不幸を野放にしてしまっているのだ。
そんな自分を、それを打開するために今さらながら情報を少しでも手に入れるべきなのに岡部倫太郎以外の、それ以上のイレギュラーが介入するのは、もう考えるだけで――――

「携帯電話はもちろん俺の物だ。そしてこれには数々の技術が搭載されていた」
『僕も詳しくは説明されていないけど、それを今回は教えてくれるのかな?』
「もちろんだ。と言いたいところだが追々話そう。インキュベーターのお前なら理解できるが『メタルうーぱ』を装備していない以上全てを理解できないだろう。そしてまどか達に理解してもらうにはかなりの時間が必要だから今回は省く」
「説明ってどれくらい?岡部さん、あたし達一応見滝原の生徒だよ?そんじゃそこらの人間よりは―――」
「脳科学に専門の物理学、概念理論にエトセトラ、理解が数年程度で可能ならば間違いなくお前は天才だな」
「やっぱりいいです・・・」
「オカリン・・・・・その人誰?その人がいなければオカリンは危ない事しなくてもよかったんだよね?ううん、だったら最初から・・・もう魔女になんか関わらなくても――――」
「そうかもしれない。でも“それ”はきっかけの一つで・・・・NDの在る無しに関わらず俺はきっと魔女に、そして魔法少女に自分から接触を持っていたはずだ。現に俺は自分の意思で彼女達に関わることを選んでここにいる」
「な、なんで・・・?あ、危ないって言ってのはオカリンだよ!!」
「それを承知で、覚悟の上で選んだ。だから誰のせいにもしない、誰も恨まない。誰にも止められない。俺が決めて俺が選んだ。始まりが誰かのお膳立てからだとしても、これはもう俺の物語だ。だからまどか――――俺はもう逃げない」
「な、なんでそんなこと言うの!死んじゃうかもしれないんだよ!」

まどかが立ち上がって、まるで岡部を責めるように声を荒げる。

「それがシュタインズ・ゲートの選択だからだ」
「ふざけないで!!!」

バンッ、とテーブルを叩いて怒鳴ったまどかに、さやかはもちろんマミもほむらもビクリと体を固まらせ、フォローしようにも何も言えなくなってしまった。
ふーっ、ふーっ、と押さえきれない怒りを吐息からも分かるように荒げるまどかをさやかは見たことが無い。ほむらもここまで他人に怒りを向けた鹿目まどかを、何度も繰り返してきたのに一度も見たことが無い。
唯一、冷静と表現していいのかは判断に難しいが、キュウべぇは無表情で尻尾を揺らしながら黙って事態を見守っている。

「お、オカリンは勝手だよ!」
「勝手か?」
「そうだよ!オカリンがっ、オカリンがいったんだ!危ないって、なんでそれにわざわざ自分からかかわるのっ・・・だって違うんでしょ?“それ”があるからって関係ないのになんで自分から――――」
「決めたんだ」
「なにをっ、だよ!危ないんだよ!死んじゃうかもしれないのになんでっ、あんなに怪我して血もいっぱい・・・・襲われたときだけで十分じゃ――――」
「まどか」

怒り、詰め寄るまどかに岡部は左手を伸ばして柔らかいその髪に指を通す。特に意味はない、ただ自然に体はそう動いていた。
何を想い、何を思っての行動なのか分からないまま。それでも手を伸ばして目の前の少女に触れた。

「んっ」

まどかは髪に指を絡める岡部の手を払うことはしないが、それでも双眸は怒りを宿したままだ。そんなことでは誤魔化されないというように。
そんな普段よりも強気な姿勢のまどかに、珍しいそんな様子に苦笑しながら岡部は言葉を紡ぐ。
嘘は言わない。だけど全部を話すことはできない。“騙す気はなくても、彼女達からすれば裏切りと変わらないかもしれないけれど”今は全てを話せない。
だから今は伝えきれることだけを、自分の目的を彼女達に伝える。本心を、望みを。

「約束したんだ」
「・・・・だれと・・・」
「いろんな、たくさんの人と」
「その人達・・・ううんっ、“その人”は魔法少女なの?」
「魔法少女も、そうじゃない人もいる。ただ魔法とはいろんな形で関わってる」
「“その人”って私が知っている人なの」
「――――」
「・・・いえないんだ・・・・」
「機会があれば話す」
「何でも話してくれるんじゃないの?」
「話すさ、全部隠さない・・・・だけどちょっとだけまってくれ」
「なんで?」
「俺にも覚悟がいる・・・タイミングがな」
「なに・・・それ、オカリンは告白でもする気なの」
「告白と言えば告白だよ、秘密を明かすんだからな」

今は説明しても理解は得られないだろう。リーディング・シュタイナーを持たない、仮に持っていたとしても・・・・・・それでもまだ話せない。

「なんて約束したの、オカリン死にかけたんだよっ もしかしたら・・・・・・そんなに大切なの?その人との約束――――」
「・・・・大切?」

その言葉に岡部は意表をつかれたような顔をした。

「・・・・え・・・あ・・・ああ、うん、そうだな」

大切かと訊かれて、どう思っているのか再確認した。大切か?もちろん大切だ。それに―――。
今まで何度も繰り返してきた世界線漂流を、そのなかでFGM09『泣き濡れし女神の帰還【ホーミング・ディーヴァ】』を託してきた人達を思えば――――答えはすぐに出た。

「大切・・・・ああそうだな」

正直に話そう。本心で語ろう。

「大切だよ、まどか。俺は魂を代償にしてでも叶えたい」

岡部が昨日、まどかとさやかに語ったことだ。

「ぇ―――――」
「俺は・・・・その約束を果たしたい」

それは一生を魔女と戦うことになっても構わない。魂を賭けてもいい願い。

「そのためになら生涯を捧げることができる」

最後を、世界に託せる。

「そんな・・・・」

可能なら岡部はキュウべぇと契約してもいいということ。眼を見開いて驚いたのはきっと・・・まどかだけじゃない。
既に魔法少女のマミも、ほむらも、昨日と一昨日の地獄を経験したさやかも年上の男を見る。本気でその言葉を吐く人間を観る。
それが一生に関わることだと理解していながら、それが後戻りできないものだと知っていながら宣言する。

「約束した。俺はその約束を果たしたい」

―――彼らのもとに帰りたい

それは岡部倫太郎の本心だった。この魔法のある世界で一度死んだ岡部倫太郎が、バラバラに終わった鳳凰院凶真が、終わることのできた人が、もう一度立ち上がり、もう一度世界に挑んで、そして叶えたい願いを見つけた。
きっと本来ならそれは喜ぶことで祝福すべきことなのだろう。
失い続けてきた人生、捨て続けるしかなかった運命、忘れ去られるしかなかった過程、それしかなかった選択、それが最良で最善だと、そう受け止めることしかできなかった観測者がようやく見つけた己の願い、それが『再会の約束』だった。







―――・・・じゃあ、それ以前の岡部倫太郎自身の願いは?

「・・・・・嘘つき」

―――『再会の約束』以前の“誰にも縛られずに望んだ最も純粋で一番最初の願い”、魂を賭けても望んだ祈りはそうじゃなかった

「だから・・・・・なのに――――」

―――すべてをやり遂げた岡部倫太郎は彼らのもとに帰ることを望んでいる

「なんで・・・」

―――やり遂げた世界線の彼女達を残して









何度目の脱線か、今日の会話のやりとりは何度も沈んだ空気になってしまう。

「オカリン、いつかちゃんと教えてね」
「ああ、時期がこれば必ず話すよ」
「ん」

一応の納得が得られたように見えるが、まどかが不満そうなのは、寂しそうなのは誰の目から見ても明らかで、だけど岡部にはこれ以上の期待はできなさそうで、自分達もフォローできない。
ラボの長として岡部は会議を続けようと思うが口を開こうとするとまどかが躊躇いがちに、他の少女からも少なからず非難とは違うなにかを・・・・・こう「そうじゃなくて、もっと何か言っておいた方がいいんじゃないの?」的なニュアンスを感じ、同時に「なんとかして」的な期待を求められているようで何も言えなくなる。
被害妄想かもしれないが、この状況を生みだしたのは間違いなく自分で、幼い少女達は声に出さなくても表情で何となく気持ちが伝えてくるのだから困る。

「「『「「「・・・・・・」」」』」」

そうして沈黙がラボの中に―――




「ユウリーーーーーーー!!!」
「きゃあああああああ!!!?」



充満しようとしたが、誰もが気まずく泣きだしたくなるその刹那に寝ていたはずのユウリの叫び声がラボに反響し、マミの悲鳴が炸裂した。

「ユウリっ、ユウリーーーー!!!」
「な、なに!?なんなのーーー!!?」
「オカリンはダメ!」
「目があああああ!?」

嫌な緊張感が高まるなか後ろから突然抱きしめられたマミは悲鳴を上げてしまう。両手をバタバタと自分の正面で振り回し、胸を鷲掴みにされた彼女はさっそく涙目だった。
その原因のユウリ(あいり)はマミを強く抱きしめて顔をマミの背中に押し付ける。ぐりぐりと押しつけている。
いきなりの蛮行。しかし抱きつかれているマミも、まどかの目潰しをくらった岡部も気がついた。

「ユウリぃぃぃ・・・!あ、あいだがっだよ~っ」
「え?えっと・・・?」

泣いていた。ぐするような声に皆が戸惑う。
なぜ泣いているのか、なぜ自分の名前を呼んでいるのか、なぜこんなにも嬉しそうに・・・・

「ユウリっ、私・・・ユウリ・・・」
「あ・・・その・・・・」

自分の胸を鷲掴みにしているあいりの手にマミはそっと手を重ねた。震えているのが分かる。彼女の涙で背中が濡れている。昨日出会った時とはまるで違う。戦士のような眼光と冷徹な口調からはかけ離れている。
まるで子供だ。子供なのは見た目からも分かるが今の彼女は本当に子供なのだ。喜んで、怒って、悲しんで、素直に泣いてしまう子供。戦士じゃない、魔女と戦うことなんかできない無力な子供。

「ユウリッ」

誰かと勘違いされている。誰かは分からない、しかし反応をみる限り彼女の大切な人なのだろう。それこそ泣いて、こうして抱きつくくらいに・・・・・。
マミは思う。今の自分にここまで思える相手はいるのだろうか?きっと・・・亡くした両親にがいればこんな態度を取るかもしれない。でも、もういない・・・・・。

「うっ、うぅ・・・」
「・・・・・」

そのことに少しだけ胸を痛めた。それでもマミは重ねたユウリの小さな手を強く握り返した。少しでも、できるだけ安心するように。
そしてしばらく、それこそ十秒ほどだろうか、ユウリ・・・・あいりの泣く声が収まってきたとき――――

「うぅ・・・・ユウリ・・・」
「飛鳥さん、落ち着いた?」

なるべく、優しい声でマミはあいりに声をかけた。

「ユウリ、わたっ・・・わたし・・・私ね―――――・・・・・・ってなんじゃこりゃああああああああああ!!!?」

ムギュゥウウウウ!

だが、鷲掴みにしていたマミの胸をあいりは全力で握りつぶすように揉みだした。

「にゃあああああああああ!!!?」

マミが再び叫ぶ。

「オカリン見ちゃダメ!」

どすっ!

「目がぁあああああ!?」

ついでに目潰しで岡部が再び絶叫を上げる。

「うわっ、先生大丈夫ですか!?」
『凶真、わりと深かったけど大丈夫かい?』
「さすがに今の音はまずいんじゃ・・・・って言うかマミさんの胸すごい!ユウリの指が沈んでる!?」
「「うそ!?」」
「誰かぁ・・・た、たすけてぇ~っ」
「ゆ、ユウリの『したたかなおっぱい』がなぜ『けしからんおっぱい』にクラスアップしているんだ!?」
「あ、あのッ・・・やめ・・やめて下さっ、ん」

さすがのほむらもまどかの手加減無しの目潰しをくらった岡部の心配をするが、さやかの台詞にまどかと共に・・・・・驚愕と共に意識と思考を全てマミの胸に移した。
ユウリ(あいり)がマミの胸をマミマミしている。そして彼女の指は沈んでいる――――そっと、己の胸に手を当ててみれば・・・なるほど、これが格差かこれが才能か、ほむらは一年の違いでこうまで差がつくのか、成長期は一年でここまで――――

「う、ううっ」

と思っていたが隣を見れば・・・・・まどかが絶望していた。

「ま、まどか?」
「・・・これが格差・・・・これが才能の違いなのかなぁ・・・・・」
「あの、まど―――」
「性能の違いが決定的な戦力差ではないっていうけど・・・・でも“性能の差”は運命を決定づけるよね?」

ぺたぺたと、薄いとか儚いとか・・・・平原や大海原、地平線または水平線と呼称できる己の胸を覇気のない瞳で眺めるまどかがいた。

「こ、この偽物めっ」
「偽乳なの!?私にもください!」
「まどか、あんたそこまで・・・・」
「・・・・まどか、巴先輩は素だと思うよ」
「誰かぁ、た、たすけてぇ」
『まどかはマミみたいな胸になりたいのかい?』

結局、明るくても暗くても未来ガジェット研究所は今日も朝から騒がしかった。昨日と同じように、いつものように、今までの世界線のように。うるさくて騒がしい、必死に声を上げる者、痛みに悶える者、羞恥に震える者とエトセトラ、バラバラの者達が同じ時間に同じ場所で遠慮なく善悪関係無しに自分の意見(?)を発散させる。
つい口から零れた台詞、中途半端な答え、何を求めての質問なのか・・・・・後になって思い返せば頭を抱えてしまう割合が多い内容の会話がいつものやりとり、最後にはいつも後悔してばっかりだけど魔女の存在を知り、死にかけ、日常は確かに壊れたはずなのにいつものを謳歌できる場所。
いつか気づいてくれるだろうか?この場所が、今の瞬間が、どれだけの奇跡で構成されているのか。
いつか、その当たり前の場所を――――――。

「ユ、ユウリさんもう許し ってくださ  いっ ぅん」
「く、くそぅっ、本物だと・・・?ユウリはどんなに頑張っても『したたか』レベルなのに・・・・・」マミマミ
「う、うわぁああああん」
「泣きたいのは私だ!ユウリに謝れっ、草葉の陰で号泣しているぞ!」

天悪ユウリ―――大きなお世話だよ!?な、泣いてなんかないよっ、雨が降ってないのに頬が濡れているだけだよ!

「いやいや泣きたいのはマミさんでしょ?っていうかもう泣いてるから」
「ユウリだ!」
「わ、私だよ~。・゚・(ノД`)・゚・。」
『まどか、願い事で大きくできるよ?』
「え(∩・ω・)∩?」
「まどかっ!?そいつの言葉に耳を貸しちゃダメ!」

希望の可能性を提示され顔を上げるまどかに、ほむらは焦りながら忠告する。これで契約されたら前代未聞の大失敗だ。
笑えない・・・・・いや笑うしかない大惨事だ。
ほむらはキュウべぇを踏みつけながら視線を泳がすまどかの肩を揺さぶる。

「だ、大丈夫だよほむらちゃんっ」

ぐっ、と拳を握るまどかはしかし・・・・必死に自分に言い聞かせているようだった。目が泳いでいる。
自分の知っているまどかはここまで胸にコンプレックスを抱いていただろうか?
もちろんコレで契約はしないだろうが、それでも彼女の悩みを初めて知ったような気がする。誰かの役に立ちたい、何のとりえもないと・・・・内面を気にしていたのは知っているが自分の外見を気にしているとは・・・・彼女も年頃の娘だと解っていながら失念していた。

(私はクラスだけじゃなくて・・・・まどかのことも知らなかったの?)

不安になる。魔法を失い、ずっと疑問と恐怖が自分に纏わりついている。何もできないことを自然に受け入れて、自分の知っている事柄が少なくて、知らないことが、知らなかったことが多すぎる。
はやく、はやく魔法を取り戻したいと願いながら――――やっぱりこのままがいいと、このまま全てを岡部倫太郎に任せてしまいたいという願望もある。もしそれで全てが上手くいくのなら・・・『ワルプルギスの夜』を誰も死なずにやり過ごすことができるのなら、と思う。
どれだけ自分は弱くなってしまったのか、そしてこれ以上に、今以上にまだ弱くなることができる自分が情けなくて・・・・恐ろしかった。
このままで、こんな状態で『ワルプルギスの夜』を越えることができるのだろうか?

―――できる

「・・・・・」

ふと、それが可能なことであると・・・・暁美ほむらは識っているような気がした。

―――岡部倫太郎がラボメンを裏切って、見捨てて、犠牲にすれば簡単にできる
―――岡部倫太郎がラボメンを裏切らず、見捨てず、犠牲になれば簡単にできる

「・・・・先生・・・・・・・」
「なんっ、なんだほむほむ・・・・ッ、すまないがタオルを取ってくれないか?」

ほむほむ、岡部はちゃんと名前で呼ばなかった。

「どうぞ」
「すまない」

だがそんな岡部にほむらはタオルを、それもわざわざ冷水で冷やしてから渡す。

「いたた・・・・まったく、目潰しは勘弁してほしいのだがな」
「大丈夫ですか」
「ああ、なんとか眼球は無事だ」
「じゃあ先生・・・・・話を進めましょう」
「・・・・・ほむほむ?」
「なんですか」

淡々と話すほむらに、岡部はタオルで冷やしていた瞳を向ける。

「・・・・・・・・どうかしたのか?」
「なにがですか?」

違和感。



「笑っているように見えるぞ――――悪い意味で」



口元には笑みがある。でも暁美ほむらの目は笑っていなかった。泣きだしそうな、耐えるような、よく分からない表情だった。
そんなことを言われても、ほむらには何のことか分からず、自分の頬に触れるが・・・・結局何も分からず、何も知らず、わけがわからないままだった。

脳裏によぎった言葉も、もう――――憶えてはいなかった。思い出したくもなかった。



騒ぎだしたラボメンをなんとか宥め落ち付かせて、いろいろと仕切り直しのためにプチ休憩に入った。
岡部とユウリ、キュウべぇは朝食を、その間にまどかとさやかはお風呂に、マミとほむらは近況や学校で作っている未来ガジェットについて話し合っていた。
そして岡部達が食事を終えて、まどか達が身支度を整えてから会議は再会される。

「―――とまあ、ラボメンとしての約束事はこんなものだ。それと各ラボメンには一度だけ勧誘権を与える」

岡部倫太郎曰く、未来ガジェット研究所のラボメンは基本的に所長である自分が任命するが、岡部によってラボメンに選ばれた者は一人一回だけ――――好きな人物をラボメンに使命できる権利を与えられる。
自分と同じナンバーを与える。使命できる。ラボメンに選べる。二人で一つの称号。

№02鹿目まどか
№03キュウべぇ
№04暁美ほむら
№05ユウリ(杏里あいり)
№06美樹さやか
№07巴マミ

彼女達は望むなら誰かを未来ガジェット研究所のラボメンに誘うことができる。魔法少女でもいいし、ただの友達でも親でもいい。
魔女や魔法と関わってでも、巻き込んででも近くにいてほしい人を選ぶことができる。

「うん、わかった。ならユウリを・・・・・・って違う!あのな、私はもうここには――――」
「ではさっそくガジェットの説明に入る!ようやくな!」
『うん』
「はい」
「おいっ、私は―――」
「ん~・・・・案だけでも十一号機まであるんだ?岡部さんこれってちゃんと使えるの?名前が厨ニすぎるんだけど」
「とぅーぜんだっ」
「ねえオカリン、これってここにあるので作るんでしょ?」
「おまえら私の話を―――」
「足りないモノは後日だ。ガジェットは・・・・これらのアイディアは全てお前達との付き合いから生まれた物だ。FGMはNDに残された情報、魔法少女の魔法、キュウべぇの概念を形にする能力で形にする。FGMはラボメン全員との繋がりから生みだされるのだ」
「む、無視する―――」
『概念を形にってどうやって?』
「・・・毎度思うなぜお前が知らないんだ?お前は契約時にソウルジェムを生みだすだろう・・・・・まあ習うより慣れろだ。三号機の下地は既に構築済み、説明後さっそくやってみよう」
「うぅ・・・誰も訊いてくれない」

天使ユウリ―――ドンマイあいり!っていうか声が小さいよ
悪魔ユウリ―――大丈夫・・・きっとそういうポジションがあいりの役目なんだよ!

「鳳凰院先生」
「うん?」
「それって危ない物とかあるんですか?その・・・・学校で作っているのはあくまで危険なモノを使わずに作成してます。でも魔法を織り交ぜたこれらには危険は―――」
「当然ある」
「「あるの!?」」
「・・・・」
「どんなものにだって“それ”はあるに決まっている。ガジェットに限らず道具は使用目的以外の利用で事件事故なんて日常茶飯事だ。そうでなくても定期的な点検を怠ったり、過剰な使用による暴発もありうる」

まどかとさやかの驚きに、しかしマミとほむらは表情を変えずに頷いた。
火器を扱う二人だからはもちろん、自分達の使う魔法には便利な『非殺傷設定』なんてご都合主義なものはない。
もしかしたら岡部はマミに試されたのかもしれない。変な誤魔化しや言い訳はしなかった。信頼関係においてもそうだが開発にいたって使用されるのは岡部の持つ技術だけじゃない、魔法が使われる以上彼女達は無関係ではいられないのだから。

「先生」
「分かっている。全てのガジェットが魔力を用いる。魔力の枯渇に関わることだ。周囲と使用者自身にかかる負担も全て包み隠さず話そう」

岡部は皆の前に立ちホワイトボードに書かれている文字、未来ガジェットMagicaシリーズの説明に入る。
まどかは心配そうに岡部を見上げ、キュウべぇとほむらは無表情に視線を送り、あいりは先程の暴走に落ち込みぎみだが、それでも昨日のNDの体験からその場を離れることはしない。さやかは興味心身で、マミはメモの用意・・・・その姿勢はとても嬉しかった。会議っぽい。いや会議そのものなのだが実はこの手の光景は珍しいのだ。

未来ガジェットM01『メタルうーぱ』。岡部はボードに書かれている文字の一つに教鞭をコンコンとぶつけて注目を集める。

「栄えある第一号機だ。もっとも作った当初は名前もFGMの概念もなかったころのガジェット・・・・、この頃の俺は心ここにあらずな状態で軽い鬱状態だったから正直よくもまあ開発に乗り出したモノだと自分でも思っている」

1~3号機は既に製作段階に入っていることをまどか達に話した。
他のガジェットは魔法少女との協力が必要なので『アイディアだけの状態』としてまどか達には大雑把に説明している。

「ふーん、なに?失恋でもしてたの岡部さん」
「そんなところだ」
「「「ええ!?」」」

まどか、さやか、ユウリ(あいり)の声が重なるが聞き流す。
紅莉栖との事は生き別れと呼ぶのか、死に分かれというのか・・・・かなり曖昧な状況だったのでそもそも失恋とは違うと思うが・・・・訂正する気にもならなかったので岡部はそのまま流す。
その結末に後悔は無く、託した事で心から満足していた。その結果を見届け終わることができたから、あの頃の自分は本当に抜けがらだったのだ。
だから失恋とは全然違うが話が何度も中断されていたのでそういうことにした。

「“オカリンなんかに”好きな人がいたの!?」
「そもそも恋愛感情ってあったの!?枯れてたんじゃないの!?」
「いたよ!?あるに決まってるだろうが!」

まどかとさやかの発言に叫ぶ。人をなんだと思っているのか、誰よりも愛戦士と呼べる人生を歩んできた岡部倫太郎なのだ。
・・・・・さておき、知り合いの恋事に興味津々な様子の思春期でお年頃な二人を捨ておいて岡部は説明を進める。

「最初はほんの気まぐれ、好奇心だろうか?どうでもいい気持ちでやってみたら『あ、できたぞ?』みたいな感じで完成したのが一号機の『メタルうーぱ』だ」
「え、そんな軽い気持ちで出来上がったんですか?」
「その通りだマミ。正直な話・・・・使いモノにならなかったが後にこのガジェットには凄い可能性がある事に気がついた。最初はほんのささいな出来事でも次第に大きな事態に発展することがある―――・・・・・一見無駄に思える繰り返しも積み重ねれば収束を覆す一手となる」

バタフライ効果って不思議だよな。そう言って少しふざけているように話す岡部だが、あの頃の岡部倫太郎はまだ鳳凰院凶真を取り戻していなかった。その頃はただ流されているだけで戦う理由も生きる目的もなかったのだ。
そんなときに何故作ったのかといえば理由は本当にない。ただなんとなく、死んでいるように生きていて、生きているのに死んでいるときに―――ふと思いついたのだ。魂という概念をソウルジェムという形にすることができるキュウべぇなら、あるいは魔法という概念そのものを物質化できるのではないかと思ったのだ。
マミは銃を、杏子は槍を、さやかを剣を具現化している。できないことはないと・・・・憶えてはいないが、その時の自分はそう思ったのだろうと予想する。

「最初は魔力を蓄積、貯蔵できるタンクにでもできると思ったがいかんせん、上手くいかず捨てるにも捨てきれず、戦闘ではよくて爆竹程度の光を放つだけのとりあえず概念を形にできることが分かっただけのガジェットだったな・・・・今にして思えばそうして『メタルう~ぱ(仮)』が生まれたのだ」
『凶真、これって僕に関係する重要なガジェットなんだよね?』
「超重要だ。後々改造を加えてキュウべぇ専用になる。これのおかげで最高傑作の十一号機が作られたのだ」
「あれ・・・・・?オカリン」
「なんだ?」
「作った事あるの?十一号機・・・・一号機だけで、三号機は昨日で・・・・・他は作ったことないんだよね?」

岡部はさっそく・・・・・・似たようなミスを繰り返している。

「さっきオカリンは・・・・・なのにずっと前から作ってたの?私の知らないところで、私がいないところで?」
「あ・・え・・・」
「オカリンッ」
「ああ・・・うん、昔な・・・・・・ちょっとだけな?」
「・・・」
「ちょ、ちょっとだけだぞ?」
「・・・・・・・・・」
「ほ、ほんとなんだっ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「いや少しだけ・・・・・いや・・・その・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「えー・・・・・うん、すまん」
「・・・・ぐす・・・」
「Σ(゚д゚;) ヌオォ!?」

何かを訴えるように岡部を見ていたまどかが目尻に涙を浮かべた瞬間、岡部にはマミを除く女性陣から座布団が投げつけられる。

岡「だ、まてお前達っ、これは過去のことであり過ぎ去ったことだ!」
さ「うっわサイテー!言い訳なんて男らしくないー」
ユ「女に嘘ついて泣かすなんて最悪だ!この人でなし!」
ほ「泣かないでまどか、悪いのもヒモなのも全部先生だから」
Q『凶真はまどかを何度も泣かせているね』
マ「キュウべぇ、あなたも気を付けないとダメよ?女の子は繊細なんだから」
岡「まってくれマミっ、俺は別に嘘をついたわけじゃ―――」
さ「だからなんで岡部さんはマミさんに・・・・今はまどかでしょっ」

なんだか浮気していたことを彼女の友人から批難されているような不思議な気分だった。
ほむらにいたっては『ヒモ』という単語がでてきてまで罵倒する。マミは“女の子は繊細”というが、岡部だって繊細な方だ・・・これでも反省も後悔もしている。
いつも自分は彼女達を傷つけて泣かせてしまう。

「まどか、魔女や魔法少女と関わっていたことを隠してはいたが俺は―――」
「もう・・・隠し事なんかしないでオカリン・・・・」
「―――ガジェットについては・・・・・むぅ、すまなかった」

別に過去にガジェット作ってこなかった訳じゃない。そう宣言したわけでもないから・・・・したのか?しかし責められるいわれはないはずだが皆に慰められているまどかと視線を合わせ岡部は謝った。
今日は朝からこればっかりだなと思いながら優しく、約束を誓うように、まどかが落ち着くまで髪を梳き続けた。

だけど頭を撫でる岡部は――――それでも約束を口にしなかったことに暁美ほむらとキュウべぇだけが気づいていた。

そして少しの間をおいて岡部は説明を続けていく。

「最初は期待値に届かないだろうから『メタルうーぱ』は徐々にバージョンアップを重ねていく予定だ」
「最終的にどうなる予定なんですか?」
「いい質問だほむほむ、このガジェットは分類的には結界型になる・・・・予定だ、うん」
「結界?」
「ここにいるキュウべぇを“他から切り離す”」
「・・・・ほか?」
「マミ、君はキュウべぇが単一の個体ではないと知っていたか?」
「え?」
「キュウべぇはインキュベーターと呼ばれていて世界各地で魔法少女を勧誘している。世界中にキュウべぇと同じように活動しているインキュベーターがいる。キュウべぇはその全てと繋がっている」

アニメの魔法少女のように伝説の戦士として選ばれたわけじゃない。漫画のご都合主義のように偶然居合わせて世界でただ一人の勇者になったわけじゃない。この世界の魔法少女は才能があれば誰にでもなれる。戦うべき存在は登場人物の周りにだけ現れるわけじゃない。

ヒロインは世界各地にいて、主人公は世界中にいて、世界中から見れば魔法少女という特別は普通にどこにでもいる。

「インキュ・・・?キュウべぇの友達・・・ではなくて仲間みたいな感じですか?」
『そうだよマミ、僕達インキュベーターは世界中で魔女に対抗できる少女を探しているんだ』
「つまりキュウべぇには・・・・『イチべぇ』から『ハチべぇ』、それに『ジュウべぇ』とか『ヒャクべぇ』みたいに沢山いるのね、全部でどれだけいるのかしら?」
『いや・・・・・・・・・うん、それでいいよマミ』
「アメリカなら『ワンべぇ』『ツウべぇ』?」
「英雄は凡人にはできない発想をするが・・・・・酷いな」
「え、あたし今変な事言った?」
「・・・」

ひょい

『?』

キュウべぇがマミと話していると、さやかが頭の緩い考えで発言していると、ほむらがキュウべぇを抱き上げて膝の上に乗せる。

『ほむら?』
「暁美さん?」
「すみません巴先輩、こいつとの話はまた後にしてください」

むぎゅぎゅぎゅぎゅ~~~~!!とキュウべぇの頬を引き伸ばしながらほむらはマミにお願いした。キュウべぇは抗議するように両足をバタつかせるが無視する。さやかには誰も突っ込まない。
マミにその申し出を断る理由は特にない。世界中に魔女はいて、何人もの魔法少女と出会ってきたのでそのことに関しては予想もしていたから・・・目の前にいるキュウべぇ意外にも魔法の使者がいるのは割と簡単に想像できたから。
さすがに姿形、思考も全て同じキュウべぇとまでは予想はしていないが。岡部は単一の個体ではなく、全てと繋がっていると言った。

「続けるぞ」

ただマミは後輩のキュウべぇに対する態度がおかしいと思い、しかし岡部の言葉にマミは言いかけた言葉を止める。
気にはなるが今はいいと思ったから、何度も会議を中断するのも悪いと思ったから、キュウべぇが嫌われているような気がしたがデリカシーに関してキュウべぇは疎いので何かしたのだろうと・・・・・今はそう思うことにした。
大切な友達だから仲直りしてほしい、それは後からでもできる、これから時間はたくさんあるからと、巴マミはそう思うことにした。
せっかくこうして仲間になってくれたのだ。もう一人じゃないから、きっと大丈夫だと思ったのだ。だから時間はたくさんあると・・・・そうマミは思っていたから。思いたかった。

「インキュベーターはインターネット回線のように他の個体とも“ほぼ”常に繋がっていている。情報のやり取りを全インキュベーターで共有することができる・・・・・このガジェットはその繋がりを切り離すガジェットになる予定だ」
「え?」
「ここにいるキュウべぇだけを結界で他と隔絶する」
「オカリン・・・よくわからないけどそれって何か―――」
「可哀想じゃない?」

まどかとさやかの疑問に岡部は首肯する。

「そうかもしれない・・・・いや、そうなんだろうな」
『僕は別に構わないよ』
「・・・・・・キュウべぇ、いいの?」
『うん。まどか、凶真が言っていたように僕は一人じゃない。ここにいる僕が最悪消えたとしても問題はないんだ』

一人と、独りの違いが今のキュウべぇには無い。だからこそ言える。

「キュウべぇ、そんな言い方はダメよ」
『でもねマミ、凶真の話は僕にとっても興味深い。それに全てのガジェットを作るにはこうするしかないんだ』
「そうなんですか・・・?」

マミの悲しそうな声に、岡部は頷く。

「十一号機の作成には・・・・今のキュウべぇにはできない」
「で、でも―――」
『僕だけを切り離すって言い方が悪いのかな?』
「なんか・・・怖いかも」
「まどかと同意見」
「別に閉じ込めるわけじゃない。見た目としては首輪をつけるだけだ。キュウべぇには事前に話したが・・・・簡単に言えばこのガジェットはテレパシー等の『受信』ができなくなる」

不安になるラボメンに岡部はできるだけ優しく説明する。

「受信?」
「キュウべぇからのテレパシーは今まで通り外部には届く。もちろん他のインキュベーターにも。ただ他からのテレパシーを、情報をこのガジェットを装備したキュウべぇは受信できない。装備したら全ての情報は自分の視覚、聴覚、触覚、嗅覚、味覚からしか得ることができなくなる。知識も記憶も自分で学び思い出すしかない」
「・・・・・何のために?不便になるだけじゃないの?」

ユウリ(あいり)の言う通りだ。五感から情報を得る。普通はそれが当り前なのだがキュウべぇにはテレパシー能力があり、これによって離れた位置からも会話、情報のやり取りができる。そして世界中のインキュベーターと繋がっているということは世界中の情報がリアルタイムで手に入るのだ。
だからガジェットでキュウべぇの能力に制限を設けても、それこそデメリットしかない様に思える。実際デメリットしかない。受信ができないということはキュウべぇからの思考は送られてくるが、こちらからの思考は届けることはできない。おまけにキュウべぇにはテレパシーが届いているのか、それすらわからない。一方通行の回線、片道切符、日常のなかでの情報収集でも魔女との戦闘でも役割は中途半端だ。“半端すぎて混乱を生みだす”。
情報収集と無数の観測視点からの総合的判断――――合理性がインキュベーター最大の強みとも言える。受信ではなく送信しかできないのは、情報を受け取れないのはインキュベーターとしての能力をまったく生かせなくなる。検索能力が皆無なインターネットのようなものだ。

「デメリットは大きい。キュウべぇの索敵能力、情報収集能力、念話の中継・・・それに制限をかけることにメリットは皆無だ。普通に、どこにでもある関係でいいならそれでいい。だがラボメンとしては―――」
「ダメ・・・なんですか?今のキュウべぇじゃダメだと鳳凰院先生は――――」
「駄目ではなく嫌だ、だな。俺はちゃんとキュウべぇと仲間になりたい。だが今のままだとキュウべぇには一定以上の感情、心を会得することができない」
「え・・・?」
「キュウべぇとどれだけ親しくなっても、どれだけ一緒にいても、どんなに経験を積んでも常に感情を平均化されてしまう」
「・・・?いったい何の話ですか」
「キュウべぇは全インキュベーターと繋がって情報のやり取りをしている」
「聞きました」
「あまりに膨大な量の情報。何千年も前から世界中の情報を統合していて・・・・・一個体では支えることは不可能だ。インキュベーターはそれを可能にするために全体で、集団で補うために人間とは違う共通認識をもって対処している。サーバーに情報を集め、ネットのように端末には必要なだけの情報をその時その場で与える」

巨大な個から端末を増やしたのか、膨大な群を巨大な個に統合したのか。元からそういう存在だったのか、それとも長い年月をかけてそう進化したのか。
もう分からない、始まりが――――結果は目の前にある。

「世界各地に散る全員であらゆる局面でのフォロー、バックアップできるがその反面で一個体のバグが全体に広がる可能性がある」
「・・・・・」
「魔女の中には魔法少女やインキュベーターにも干渉可能な存在がいる。インターネットウイルスのように一つの端末から全インキュベーターに・・・・・乗っ取られたら最悪だ。人間に魔女サイドに立ち迎える術はないだろうな。その日のうちに世界が終わる可能性すらある」

例え話、可能性。インキュベーターは一応“同意のもとに契約する”。ではキュウべぇが魔女に乗っ取られた場合、「魔女の口づけ」で呪いを受けた人間が誰かを殺したい、傷つけたい、死にたいと“願っていたとき”に乗っ取られたインキュベーターが契約を持ちかけたら、それこそ半強制的に契約を実行できたらどうなるだろうか。

可能かどうかは別として、可能性として予想した場合、それが現実化したら文字通り最悪だ。インキュベーターは世界中にいる。それが全て魔女サイドのコントールに入れば、それだけのパワーを誇る魔女がいれば、その力が、それだけの呪いが拡散すれば防ぐ術が無い。

「それを防ぐためにキュウべぇ達には幾つかのプロテクトがある」
「・・・・」
「その一つが感情の抑制だ。普段一緒にいるだけでは分かりづらく気づきにくいがキュウべぇには感情の起伏が実は薄い」
「キュウべぇは――――」
「呪いも根本的には感情に起因するもの。憎しみや嫉妬、鬱も後悔も感情だ。魔女の呪いはそんな負の感情にとりつく」

『魔女の口づけ』が負の感情を増加するなら、誘発するのなら感情そのものが無ければいい、そうすれば呪われずに済む。
憎しみも怒りも殺意も感情あってこそ、インキュベーターにはそれが無いから、薄いから『魔女の口づけ』が効かない。
仮にあったとしても感情の上限、“憎しみや怒りを抱くほど得られなければ”操れない。今持っている以上の感情を抱けなければいい。平静以上の感情を持てなければいい。与えなければいい。

「魔法少女や自分に危険が迫れば叫ぶ、感謝や忠告を伝えるときに感情が見えるがそれは長年の経験から、悪くいえばマニュアル通りに従って対応しているだけ――――」
「そんなことない!」

マミの否定の叫び。

「キュウべぇ自身もそう自覚している」
「キュウべぇっ」
『マミ、僕達にインキュベーターに感情は無いよ』
「そんなこと―――・・・・・だってっ、あなたはいつも私に」
『マミ、僕達は―――』
「念のために、誤解のないように言っておくが感情が薄いだけで俺はキュウべぇには感情があると思う」
『危機感から来る恐怖の感情かい?パソコンじゃないけど、ウイルスに対して対処することには感情の有無に関係はないよね。そうプログラムされればね』
「この問答はどんなに話し合っても今は平行線を辿る。一個人ではなく全体と繋がっている今のお前は一定以上の経験をただの情報として処理される。話し合いをした記憶はあってもそこで“感じた”なにかは他と共有されることなく、自分を含め全て制限されている」

マミの叫びに岡部は同意しているのか、否定しているのか中途半端な答えを示した。
無いのか在るのか。0か1か。在るけど無いと言えるほどに少ないのか。

「感情から魔法を扱う魔法少女に関わる以上、願いの感情、祈りの有無、その強さに“触れて”干渉し契約するお前達には・・・・・必然的に感情を理解するために備えているはずだが・・・・・それも制限されている」

と、岡部は思っている。他にも思うこと、予測していることは多々あるが大まかに、単純にはこう考えている。
予想で予測でしかない答え。マミとキュウべぇ、二人の求める確かな答えじゃない。昨日の朝方にほむらに語った内容とは若干違うニュアンスで伝えたが同じものだ。
感情があっては目的の邪魔になる。情から生まれる行動が合理的判断から外れる。いつか耐えきれなくなる。魔女の呪いが伝染するかもしれない。
だから感情を持つことはインキュベーター達にしてみればデメリットが大きい、しかし契約やコミュニケーション等には必要で、だから最低限は与えられ、一定以上は危険だから削除または常に平均に、安全値に、初期状態にされていると岡部は考えている。

「そんなの―――」
「インキュベーターはそうした存在である以上同情や憐みは間違っている」
『そうだね、凶真の考え方が正しかったとしても僕達は元からそうした存在だ。不満もないから問題は無いよ』
「でもそれって感情が無いからで、本当なら・・・・・・・・うん?あるけど止められていて・・・・あれ?元からなら・・・?」

さやかが頭を抱えてしまった。

「・・・キュウべぇは必要ならその身を盾に魔法少女を庇うし見た目は親身になって相談にものる。だがどんなに此方から歩み寄っても一定以上の感情の蓄積は役割や使命、状況によって制限されているから出会った以上に親しくなることも仲良くなっていくということもない。出会った当初からキュウべぇにとって俺達は何も変わらないただの人間だ」

別にそれが間違っているわけじゃない。そうしなければいけないからそうしているだけだ。
誰かがやらなければいけないことをやり遂げるためにインキュベーターはそうしていて・・・・・もしかしたら“始めからそう作られている”と理解すれば受け入れられるかもしれない。
もしキュウべぇの姿が生物ではなくロボットや姿のない概念だったら・・・・・見方は変わるだろうか?見た目が愛らしく、自分達と同じように血を流すから同情しているだけかもしれない。
漫画やアニメで出てくる感情のないヒロイン。もしもその姿が人ではなく量産されている紙束や筆記用具のように身近にある特別じゃない“替えのきく道具”だったら、人はあそこまで―――――

「・・・・・キュウべぇ」
『説明する意味を僕は感じないから言わなかったんだけど、“君も気になるかい”?』
「・・・・」

意味を感じない。『意味』を『感じない』。
マミは自分が傷ついているような、キュウべぇに裏切られたような・・・・そんな勝手な思いが自分に渦巻いていることを自覚した。要領の良い思考は話の内容を漠然とだが理解していた。
キュウべぇに悪気はない。でも自分の理解者だと思っていたのに―――

「・・・・ぁ」

だけど・・・・・・・自分自身はキュウべぇを理解していただろうか?勝手に自分の想いを押し付けていただけではないか?

「マミ、キュウべぇは君とは違う」
「・・・」
「君同様の・・・・同じ思いを抱いているわけじゃないのは確かだ。できるだけの感情の存在を許されていない」

ほむらはキュウべぇのフォローをしている岡部には悪いがこのとき『巴マミのことをどう思っているのか』と、キュウべぇに問うべきか思考し・・・・・予想される答えとして『特に思うことは無い』だと予測した。
きっと間違っていない。キュウべぇにとって巴マミは共に暮らし、共に魔女と戦う存在だが魔法少女としての在り方に他とは違うと“思う”ところはあるが――――それだけだ。

それだけしか、そこまでしか思えない。

そうすることでしか耐えきれない。感情を持てば世界を救うことができない。

「キュウべぇを大切な存在として見てくれている君には酷かもしれないが・・・」
「いえ・・・・・いえ大丈夫です」

頭を振って整理するマミ。
岡部は最初こそ不安もあったが大丈夫だろうと思った。思考し、冷静になれば案外受け入れきれるものなのだ。受け入れきれるはずだ。
突然で、覚悟なく、知らなかった時とは違い・・・・覚悟があれば、知識があれば人は、少なくても巴マミは大丈夫・・・・・・きっと、この考え方も押し付けだと自覚しているが岡部はそう信じたかった、勝手に、そう思っている。

「キュウべぇ」
『なんだい』
「あなたは私にとって大切なお友達よ」
『ありがとう。でもねマミ、凶真がいうように僕達にはそう思える感情がないんだ。それともこの場合は想えるだけの感情がない、と言うのかな?』

本人からの言葉にマミは表情を曇らせたが、泣きそうな顔を浮かべたがそれは一瞬だ。きゅっ、と唇を噛みしめて・・・・そっとキュウべぇを抱き上げた。
胸の前で抱きしめたキュウべぇに顔を乗せて涙が流れないように耐える。

『マミ?』
「正直ね・・・・キュウべぇ、私は傷ついたわ」
『僕のせいなのかな?』
「・・・・・」
『マミは僕を友達と思っていた。でも僕にはその感情がないから、僕にとって君は一魔法少女でしかない』

聞かれたら答える。聞かれなかったから言わなかった。騙す気はなく、騙しているつもりもない。
・・・インキュベーターは見方によって、観測者次第で善にも悪にもなる。魔法の使者にも悪魔にもなる。――――そうみえる。都合のいい存在に見える。拝むことも恨むことも自由だ。“楽な方を選べる”。
彼らは嘘をつかない。事実嘘をついていない。契約内容に嘘は無く、契約するときの願いを曲解しない。
善悪は無い。正義も邪悪もない。きっとそれを定義するのはいつだって人なのだ。インキュベーターはそうあるだけでしかなく、そうであるとするのは観測者次第だ。
インキュベーターに限らず人間は人間を、生き物を、無機物を、それ以外を、すべてを勝手に名前付けて定める。
信じて、思いこんで、経験して、体験して、見て、聞いて、感じて、勘違いして裏切られたと思いこむ。

「そう、でもキュウべぇ」
『なんだい』
「それでも私はあなたを友達だと思ってた」
『うん』
「だけどそれは私の・・・・・私だけの思い込みだった」
『そうだね』

涙ながらのマミの言葉に淡々と答えるキュウべぇにまどかとさやかは不気味さを感じ、ほむらは怒りを抱く。
だけど気づいているか?それはやはり押し付けなのだ。マミがキュウべぇを信頼していたところしか観たことがない他人は、それだけで二人が同じ思いを抱いていると勝手に思っただけだ。それで裏切ったと叫ぶのは、非難するのは――――外野から眺めているだけの観測者だ。

「でも当たり前よね、友達って互いの気持ちからだもんね」

抱きしめていたキュウべぇとマミは視線を合わせる。

「そうよ・・・・一方通行の友情って変よね?」
『変なの?』
「「我思う故に我あり」みたいに思うだけなら勝手だけど・・・・そうゆうのは寂しくて辛いわ・・・・・それこそ可哀想よ」
『マミは可哀想だったの?』
「むぐっ!?・・・・・・・ん、でもその通りだったのよね」

はあ、とため息をついたマミをキュウべぇは首を傾げながら見つめる。
愛嬌がある様で無表情・・・・マミはなんとなく悟った。
私は何も知らなかった。そう思っているだけで確かめず思い込み、願望理想を押し付けていた。

「“確かめもしないで”私は思いこんでいた・・・・・あなたの話をちゃんと聞いているつもりになって気づけなかった。分かっているフリをしていただけで確かめなかったんだ」

思い込みや先入観。岡部の言っていた「聞く」「話す」「確かめる」は確かに大切だなと改めて認識した。
床にキュウべぇを下ろしてその頭を撫でる。

「あなたは私を友達と思っていなかった・・・・それは寂しいけど鳳凰院先生の話を聞いて――――少しだけ分かる気もする」

両親を亡くし、それからはキュウべぇと共にいた。魔法少女になってからずっとだ。マミにとってキュウべぇの存在は友であり、仲間であり、親だった。
まだ幼い彼女の支えだったのは確かで、でもその思いの強さは、その差はあまりにも大きかった。
だけど岡部の話を聞いて少しだけ我慢できた。その理由なら仕方がないと、傷ついた心のどこかで慰めるように少しだけ――――本当に少しだけ我慢できた。
理解してきた・・・・自分は勝手にキュウべぇにその役割を押し付けてきた。そして傷ついた自分は、なんとも思わないキュウべぇを酷いと思おうとしている。多くの魔法少女と同じように。

「あなただけが悪いんじゃない・・・・ううん、あなたは何も悪くないのかも、だって全部私がそう思っていただけだから」

契約したその後の二人での生活、互いの関係に特に不満を抱いていなかったのに・・・・・悲しいし寂しい、それは絶対で確か、裏切られたと感じてしまうのを否定できない。言葉でどう取り繕っても悲鳴を上げる心は誤魔化せない。
聞いて理解しても、確かめて納得しても彼女は少女だ。それとこれは別なのだ。自分とキュウべぇは違うのだと思うと悲しかった。

「ッ」

キュウべぇが元から、最初からそうだと気づいていれば裏切られたと感じることはなかっただろう。だから泣きだしそうな自分を・・・我慢しようとした。後輩たちにこんな勘違いから泣きだす自分を見てほしくない、悲しさから、恥ずかしさから、悔しさから泣きだす情けない姿を――――。

「キュウべぇは基本的に一人の魔法少女のもとには長く滞在しない。特に一人で戦えるほどに成長した場合はな」
「・・・・?」

岡部の言葉にマミは耳を傾ける。

「ベテランの君の所に長らく居つく必要はキュウべぇには本来存在しない。なりたての魔法少女のフォローや他の魔法少女候補を探すために」
「それは・・・・私に気遣ってくれ―――」
「キュウべぇ、お前には気遣うという感情があるのか」
『なんども否定しているけど、僕達にそんな感情は無いよ』
「っ」

「ではなぜマミの傍にいる」

『・・・・・』
「・・・あ・・」
「見滝原は魔女の出現率は高い。見えないところで動いている魔法少女は実は多い」
『・・・・・』
「魔法少女候補を探すためにマミのもとから離れない。別の魔法少女のところにもいかない」
『・・・・・』
「非効率的だ。なぜだ?」
『それは・・・・・・・なんでだろうね?』
「分からないか」
『昨日も言ったよね。僕達にも分からないことは在るよ』
「感情とか」
『うん。それが分かれば―――』
「そのためのガジェットだ」
『うん』
「使えばお前は他から切り離され・・・・・今まで味わったことのない感覚、独りだけになる。完全から不完全になる」
『不完全?』
「感情を得たら、きっと不安になる」
『不安、感情のなかでもマイナスなものだね』
「きっと後悔する」
『後悔』
「きっと恨む」
『恨む』
「それでも、俺はお前に仲間だと思ってほしい」
『それは押し付けになるんじゃないかな?その感情は辛い、苦しいに分類される負の感情だろう?』
「それを俺はお前に与える」
『君のような人間はそれを忌避するものだと認識している。例え他人でも認めきれないものじゃないの?僕にそれを押し付けるの?』
「他からお前を、お前から他の全てを奪ってでも仲間になってほしい」

二人の会話を聞きながら疑問符を浮かべるマミ、それは戸惑いからきている。“もしかしたら”と期待しないように精神に、言い聞かせるように、それはコレ以上傷つかないように・・・・・分からない振りを無意識にしてしまう。
だけど――――マミは気づいてしまっている。知識を与えられてしまっている。見ない振り、確かめないこと、思い込みはもうやめなければならない。
マミは自分を見ている岡部と視線を合わせて頷いた。覚悟するように、確かめるように。

「鳳凰院先生・・・」
「マミ、キュウべぇは君とは違う。きっとこれからも」
「はい・・・」
「悲しいか?」
「はい・・・」
「なら今までのキュウべぇとの一緒にいたことに後悔しているか?」
「いいえっ」

はっきりと断言した。断言できたことに自分でも驚いた。悲しくて寂しくて、裏切られたように感じても―――それは無い。
確かに自分の思い込みだったのは・・・・でもこれまでの全てが「最初から無かった方がマシ」だなんて思えない。
気づかなかったことに、気づけなかったことに、一方的に相手を恨み責めようとしたことに後悔はあるが――――これまでを否定できない。

それでもキュウべぇは傍にいてくれたのだから。自分は独りぼっちではなかった。

それは自分の都合から来る押し付けの結果だったけど、それで自分は両親を失いながらも独りではなかった。
本来、一人でいることが普通である魔法少女。そんな自分の傍にいてくれた。何か理由があったのかもしれない、それはマミのためにではないのかもしれない、何かに利用されているのかもしれない。
きっと今の自分は都合のいいように解釈しようとしている。それを自覚している。

「そうか」
「はいっ」

それでもその台詞を言えた。ハッキリと、それが、そのことが――――マミの心に安らぎを与えた。
そんなマミを見て岡部は安心したように微笑み、キュウべぇは首を傾げる。
岡部は――――気づかれないように、きっと何人かには気づかれているがホッと、胸の中にあった不安と恐怖を、安心と歓喜へと昇華した。
怖かったのだ。何度も似たようなやり取りを繰り返してきたがやはり怖い。
マミを泣かせることになるのは確定していて、結果によってはその場で対立にまでいくことも別の世界線ではあった。そんな危険を冒してまでキュウべぇの秘密の一つを語ったのはタイミングとしては今の状況が割とべストに近かったからだ。
周りには自分を慕い、自分を受け入れる場所がある。誰も喪っていない。まだ終わっていない。まだ仲間がいて、まだやり直しができる状況。知識を与えられ、自分以外にもそれを知っていている人が確かに存在していて、その人達が自分と共にいる。
自分だけじゃなければ耐えきれる、他人にもできるなら我慢できる・・・・・弱者の考え方かもしれない。醜い性根の捉え方かもしれない。だけどそんなものだ、そうやって強くなることもできるし、そうすることで歩めることは確かにあるのだから。
それに―――それだけでないことを知っているから。マイナスな感情や捉え方だけじゃない、巴マミはしっかりと聞いて、確認してから答えを出した。
自分の意思で、前に進めた。

「ありがとう」

今はここまででいい。辛い真実はまだある。だけど「通り過ぎた世界線」以降・・・・何度もそれを乗り越えてきた。
だから大丈夫。『繋がり』に関わる真実を乗り越えたのだ。なら・・・・その先もきっと大丈夫だ。ある意味で一番辛い真実を巴マミはこの瞬間に乗り越えたのだから。
世界線が違えば別人だと理解している。だけど世界は繋がっている。繰り返すほど前に進めている。
毎度毎度ハラハラしているけど・・・・・きっと今回も乗り越えてみせる。

「あ・・・ふふっ、なんで鳳凰院先生がお礼を?」
「君が・・・いや、なんでもないよ―――マミ」
「でも気になりますよ?」
「流してくれ」
「断ったら?」

くすくすと、吹っ切れたのか、まだ涙の跡は残っているけれど・・・・それでも微笑むマミの横顔は美しかった。
岡部はそんなマミに、キュウべぇのことをそれでも理解しようとしてくれている彼女に正直に告げた。

「俺の肋骨が砕ける」

この魔法のある世界線で、初めて自分に気づいてくれた彼女に気づけば迫っている危機を。

「なんでですか!?」

予想外の答えにマミは素でツッコミをいれた。

「オカリンが私を泣かせたからですよマミさん」
「か、鹿目さん?」
「仲がいいですね?」
「・・え・・・?」
「仲良しなのはいい事です」
「え・・・はい」
「そうですか」
「え!?」
「ありがとうございます」
(なにか納得された!?)

岡部は思う。きっと今までのことを思い出して後になってからマミは泣くだろう。悲しくて悔しくて、でも乗り越えてくれるはずだ。巴マミは強いから・・・・弱くて泣く虫だけど、それでも彼女は強いから。
だから岡部は思う。可能ならこのまま暁美ほむらの覚醒が必要なく『ワルプルギスの夜』を突破出来ればと、そう願う。

あとはそう、まどかがなるべく早めに“お話”を終えてくれることを望んだ。

「マミさん」
「は、はいっ?」
「オカリンは私の幼馴染みです」
「き、昨日沢山話してくれたからよく知ってるわ・・・よ?」
「飲み物が切れたからジュース買ってくる!」
『さやか、僕もついていくよ』
「ま、まてっ、ユウリもいくぞ!」

不穏な気配を、いつもの気配を感じたさやかは一番に立ち上がりキュウべぇは便乗、ユウリも慌てながらそれに続くように腰を上げる。
会話も会議も感傷もぶった切ってからのまどかの介入行動に逃げ出し始めたラボメンのあとを――――

「ほ、鳳凰院先生っ」
「シュタインズ・ゲートが呼んでいる!」

岡部はマミを残して追ったのだった。

「え、ええ!?」(/TДT)/あうぅ・・・・

一人取り残され、まるで裏切られたかのように視線を向けるマミに岡部は振り向かず視線を合わせなかった。
理由としてはもちろんまどかが怖いこともあるが、今のマミには圧倒的で一方的な情報(ガジェットの説明でもよかったが)の射撃型会話で少しでも悲しさ等の負の感情を紛らわせる必要もあるから・・・・と、言い訳しておこう。
それにあっさりと出口に辿りつけたことから“お話”はマミに対してだけのようなので、いらん被害を受けないために躊躇わず振り向かず外に出る。なにより―――

「せ、先生っ」

暁美ほむら。彼女の様子がおかしい。

「英雄とユウリはそこのコンビニで飲み物を頼む」

玄関の扉を閉じて岡部は財布から最後のお札・・・・・五千円札を取り出し二人に買い物を頼む。一瞬、財布の中身が小銭だけの状態に意識が跳びかけたが心に蓋をする。
財布の中身よりも、明日からの経済的不安よりも、巴マミの傷心を癒すよりも先に優先しなければいけない。

「何でもいい?コンビニにドクペってなかったから炭酸とお茶?」
「まかせる」
「・・・私も?」
「ラボメンになったんだ。今後ラボに通うことになるからな、この辺のことをさやかに教えてもらえ・・・・・まどかの話は長いから三十分ぐらいか」
「オッケー」
「・・・べ・・・・別にいい」
「まあまあっ、助けてもらったお礼もちゃんと言えてなかったし、さやかちゃんとデートしようっ」
「うわっ!?ちょっ、こらひっぱるな!」
「じゃあ岡部さん、ほむらのことお願いね」
「ああ」
「じゃあいくよ、キュウべえも」
『うん』

がしっと、さやかはラボメンと手を繋ぐ。

「・・・・しっかし、あんたってホントに感情無いの?いや・・・・ありはするんだっけ?」
『どうなんだろうね』
「こうしてると分かんないから厄介ね・・・・・うん?厄介なのよね?」
「どうでもいい」
「ドライだなぁユウリは」

片手でユウリの手を、もう片方の手でキュウべぇの首根っこを掴んださやかは一人騒がしく階段を下りていく。
彼女も、そしてきっとユウリも気づいていたんだろう。気を使ってくれたのかもしれない。もしかしたらたぶん少なからずまどかも・・・・ほむらの様子に気がついていたから――――かもしれないが、とりあえず岡部は後ろから白衣を掴んで苦しそうな、外に出たことで、さやか達も居なくなったことで我慢する必要が無くなったのか苦渋の顔をさらけ出すほむらと向き合う。

「ほむらッ」
「だい、大丈夫ですっ・・・・それより――――」
「なにがあった」
「・・・・・・ッ」

分からない。知らない。それが答えだ。

「わ、私は・・・・・なにもわかんない、何も知らないっ」

分かるのは、知っているのは自分がどんでもない愚か者であること、もう少しで、あと少しでマミを・・・・巴マミを絶望に陥れようとした自分を自覚したことだ。
キュウべぇの秘密を暴露しそうになった。それが巴マミを傷つけることだと知っているはずなのに・・・気持ち悪い、吐き気がする。
そんなこと絶対に望んでいないのに、そんな考えが簡単に浮かんでしまったことが怖い。どうしてマミをわざわざ追い詰めようとするのか分からない、なんでマミが真実を乗り越えようとしていたときに水をさすようなことを言おうとしたのか――――

「おねがい・・・・」
「・・・?」
「おねがいっ、はやく・・・早く私に魔法を取り戻させてよっ」
「お、おい?」

岡部の胸元で白衣を引っ張るほむらの顔は青ざめていた。その悲壮感が漂う表情は誰が見ても病的で、岡部は落ち付かせようとするがほむらは岡部の言葉を聞かない。
ただ急かすように「おねがい」と繰り返し訴える。

「もう・・・いやだっ、こんなの嫌だよ・・・・・なんでこんなに気持ち悪いの!?なんでこんなに私は――――」

嬉しかったはずだ。望んでいたはずだ。

「――――最低なんだっ」

まどか達との日常を得た。巴マミがキュウべぇへの依存を乗り越えた。それが嬉しかったしそれが自分の望みだったはずだ。
それをぶち壊そうとした。他でもない自分が、私が、暁美ほむらが。

「もう嫌だぁ」

分からない判らない解らない。何がしたいのか何をしようとしているのか自分が何なのか訳がわからない。
何かが狂っていて、何が狂っているのか判断できない。目的が目標が定まらず立っていられない。どうしてこうなった?いつからこうなった?

決まっている―――――魔法を失ってからだ。

あの■■■瞬間から全てが変わってしまった。変貌してしまった。
これまでの世界が別世界のように、今までの自分が別人のように替わってしまった。
世界が変わったこと、周りに変化があったことは望ましかった。友達になってくれたまどか達、おもしろいクラスメート、新たな魔法少女に巴マミ。イレギュラーな男。
だけど強くあろうとした自分、絶望を撥ね退けようとしていた自分、不幸な未来を否定する自分までもが変わってしまった。
戦わないといけないのに、未来に備えないといけないのに、戦術戦力を練らなければいけないのに何もしない、何もしようとしない、それどころかイレギュラーで突然現れた他人に全てを託そうとしている。
なにより・・・・・望んだ関係を壊そうとしてしまった。マミを傷つけて、まどか達を守れなくて、自分は何がしたいのか・・・・・。
どれだけ愚かになった?どれだけ弱くなった?どれだけ私は――――

「おねがいっ、おねがいします・・・・・先生、私はっ、私に・・・・魔法を取り戻させて」

不安で、怖くて、恐ろしくて・・・・・このままじゃ正気ではいられない。狂いそうになる。
取り戻さなくてはいけない。絶対にだ。あの頃の自分を―――独りで戦い続けてきた魔法少女としての自分自身を。
強かったはずの自分を、そうすれば大丈夫なはずだ。全てが上手くいくはずなのだ。
自分は魔法を取り戻し、今なら巴マミと岡部倫太郎という戦力が加わる。もしかしたらユウリも、そこに杏子が加われば最高だ。
それにガジェット、そのためになら今はキュウべぇのことすら我慢できる。

「魔法を・・・・かえしてよぉ」

そのためにも今の自分では駄目なんだ。これ以上弱くなる前に取り戻さなくてはいけない。奇跡を、魔法を、覚悟を。
魂を賭けてまで望んだ願い―――再会―――は既に果たされている。だけどまどかを守れる存在にはなれていない。
だから駄目なんだ。だから不安なんだ・・・・・だから狂っているんだと、ほむらは自分に言い聞かせる。
今の自分を否定して、過去の自分を望む。
今のままじゃダメだから、弱いから、何もできない・・・・何もやろうとしないどころか邪魔ばかりするから。

「お、お願いっ、お願いしますっ」

泣きながら魔法を取り戻したいと請うほむらの姿は小さく、岡部がこれまで世界線漂流で見てきたなかで今の暁美ほむら―――――もっとも酷かった。
泣くのはいい、助けを求めるのも・・・・悲しんでもいいし弱音も暴言も構わない。彼女だって少女だ。だからそれはいい―――――そのはずなのに。

「・・・・・」

今、自分の胸の中にある感情はいったいどういうことなんだろうか?

(・・・・・・いや、そうだな)

まどかやマミにむけるものとは違う“それ”を知っている。

(やはり俺は―――)

何度も同じ時間を繰り返してきた暁美ほむら。
不遇な未来を変えようと巨大な敵に挑み続ける暁美ほむら。
自分だけが全てを知っている孤独に耐え続ける暁美ほむら。
たった一人親友のために戦い続ける暁美ほむら。

(この少女のことが―――)

暁美ほむら。岡部倫太郎は自分と似ている魔法少女のことが―――


(嫌いだ)


厭だった。




その頃、さやかはコンビニでケース内の炭酸飲料とお茶を吟味していた。

「コーラとスコールにお茶・・・・・あとはお菓子を少々っと、ユウリは何か買うモノある?五千円分なら出せるよ、岡部さんのお金で」
「お前・・・・勝手にそんなのダメだろ常識的に考えて、あいつは見た目通りに貧乏そうだからスーパーにでも行って安く米とか野菜を買わないと」
『冷蔵庫の食材はまどかが『芋サイダー』と“何か”にしちゃったからね』
「まったく、せっかく昨日買いこんだのに一晩で台無しにするってなんなんだあのピンク頭」

そして他にもせっかく他人のお金を握っているのだから少しは贅沢しようと日頃の鬱憤ついでにお菓子を選ぼうとし、ユウリにも進めたがしかし、帰って来た答えは意外なモノだった。

「近くにスーパーとかないのか?」
「んー・・・・ちょっと歩くけどいい?五分くらい」
「ふーん、ラボからちょうどいい距離だな」
「いく?」
「近いんだろ?」

さやかは意外だった。目の前にいる金髪ツインテールの萌え要素満載の未だよく分からない少女は意外と買い物に乗り気だからだ。
常に口や態度では不満気な様子だが無理矢理引っ張っての買い物には付き合うし義理か律儀なのか余計な買い物はしないようで、さらにわざわざスーパーまで寄って貧乏な岡部のために安い買い物を提案してきた。

「うーん、誤解してたなー」
「なにが?」

一人うんうんと頷くさやかにレジでエコバック(持参物)をとりだしていたユウリが不思議そうに問うてくるが、その姿もまたギャップがあってさやかをニマニマさせる。
元から面倒見が過剰にある性格なのか、それとも相手が岡部倫太郎だからなのか、それは分からないが面白くなってきたと思い、そして同時に嬉しいと思った。
少し怖そうな所もあったが実際はこんなにも可愛い子と仲良くなれそうだからだ。いやなる、絶対なる、彼女も自分もラボメンになったのだ。ならばもう決まりだろうとさやかは心の中で決定づける。
そして五分の道のりを歩き二人と一匹はスーパーまで歩いた。その間もさやかは一方的に話しかけ、ユウリは半分聞いて半分無視していた。彼女の頭は既に買い物関係でいっぱいだからだ。
お昼は何を作ろうか?ユウリから教えてもらったレシピは多いがどうせなら相手も知っている物を、できればユウリが作った料理を自分がどれだけ再現できているか岡部に教えてほしいと思った。

「ユウリは可愛いねぇ」
「はあ?」


そんな年相応の会話をしている二人と違って、ラボではまどかがマミに頭を下げていた。

「マミさん、オカリンのことお願いします」
「?」

岡部達が外に逃走・・・・逃げ―――――出かけてからしばらくは後輩からいかに自分が幼馴染みと仲が良く、そんな彼が普段どんなに周りから誤解されやすいかをプロジェクトX風に聞かされ続けたマミは、突然頭を下げたられた事に驚いていた。
ふかぶかと、両手を揃えて頭を下げるまどかの声は真剣で――――震えていた。

「オカリン・・・・このままじゃ死んじゃうかもしれないっ」
「か、鹿目さんっ!?」

オロオロと、マミはどうすればいいのか焦り、とりあえず安心させるためにテンプレだがお馴染の台詞を紡ぐ。

「大丈夫よ、私もユウリさんもいるから魔女になんか負けないわ!みんなを守ってみせるからっ」

そう、今まで一人でもマミは十分戦えてきた。それがこれからは三人になり、その後ろには彼女達もいる。魔法は気持ち次第で効率が変化することを知っている。
今まで以上の力を発揮できる自分は誰にも負けない。自分と一緒にいてくれる人がいるのだ。それが大きな支えになり力となるのが魔法だ。

「でもオカリンはっ、今日の朝・・・・あんなに苦しそうだったから―――死んじゃいそうで怖いんですっ」
「―――」
「あんなオカリン・・・ううんっ、“あんな風に”眠る人見たことない!」

早朝、岡部が悪夢に魘されているときマミは起きていた。知り合ったばかりの人達といきなりのお泊り会、緊張からか眠りが浅かったのか、おかげで“黒い何か”を食べてた後もすぐに起きることができた。魔法少女は常人よりも丈夫なのだ。
起きたマミがしばらくこれからのことに思考を躍らせているとカーテンの向こうから呻き声が聞こえてきた。
とてもとても苦しそうで、だけど必死に声を漏らさないようにしていて、感情を押し殺そうとしていて、それがいっそう苦しみを増大させているようで・・・・・カーテンの向こう、マミはソファーで眠っている岡部の様子を覗きこんでみれば、そこには唇を血が出るほど噛みしめ、タオルケット越しに左手の指を食い込ませ右腕を握り潰そうとしている岡部倫太郎がいた。
額には脂汗、苦しそうな吐息と震える身体は只事ではなく、それでも本人は眠っていた。あれほど魘されておきながら、これほど体を傷つけておきながら―――悪夢から目覚めない。

目覚めようとはしなかった。

声をかけ、揺すって起こそうとしたが結局岡部は眠り続けた。起きることを拒絶し、苦しむことを選んだ。なぜか自分にはそれが分かった。漠然と、なんの根拠もなく――――NDの後遺症か――――そう感じた。
単純に起きなかっただけかもしれない、普段からそうなのかもしれない、自分の勘違いかもしれなかったが現状の岡部を放っておくこともできなかったマミは恐る恐る、戦々恐々に岡部の左手を包み込むように握った。
そのとき、少しだけ治まった岡部の震えに安堵した自分はへたり込んだものだ。ただ何かを求めるかのように岡部が自分の手を握り返したときは心臓が止まるほどビックリして逃げるように寝室に逃げ出したのは少し情けなかったと思う。

「鹿目さん」
「お、一昨日もオカリンは死にかけたんですっ、猫みたいな魔女と戦って右腕はぐちゃぐちゃになるし一杯怪我するし泣かないし逃げないしっ・・・・・あんなのもう―――いつか死んじゃうっ」
「鹿目さん!」
「っ」

あの場面を見られていたと思うと・・・やや思うことは在るが今は関係ない。興奮し混乱しているまどかをマミは一括で落ちつかせる。

「落ち着いて鹿目さん、大丈夫よ。だって今は私がいる・・・・あなたもね」
「で、でも私何もできない―――」
「そんなことない、誰かが傍にいてくれるだけで大きく変わる。私が言うんだもの―――あなたの存在は岡部さんの支えになってるわ」
「ほ、ほんとうっ・・・ですか?」
「ええ」

ぐするまごかを、マミは髪を撫でながらあやす。
マミですら驚いたのだ。普通の少女である彼女では彼のあんな様子を見た後では不安にもなるだろう。

「ぅっ・・・く・・・」
「大丈夫、大丈夫よ」
「ぁ、はい・・・マミさん」

後輩を慰める。ようやく先輩らしいことができたと不謹慎ながらも嬉しいとマミはこのとき思った。よくよく思い返せば初ではないだろうか?自分が慰めるポジションにつくのは。
昨日は喫茶店から魔女戦終了までいいところどころか自爆誤爆で逆に慰められ、今日は恥ずかしい場面を朝から目撃され皆の前で胸を揉まれる。キュウべぇのことを誤解か曲解か、自分の押し付けからのあれこれで情けなくも泣きだそうとして・・・・・・うん、良いところなんてなかった。
でもこれからはこうして立ちまわれる。魔女のことも仲間のこともガジェット・・・・には思うことがあるがキュウべぇのことも協力して理解してやっていけるような気がした。
もう一人じゃない。独りじゃない。自分はもちろん彼等も。助けてもらった、救ってもらったかのような気持ちがマミには在る。だから恩返しとは少し違うような気もするがマミは全力で、それこそ積極的にこれからはラボに関わるつもりだ。
これから色々と忙しくなりそうだと思いながらマミは気になることを聞いてみた。

「一昨日も魔女と戦ったの?」
「あ、はいそうですっ。最初はオカリンが魔女みたいな力で戦っていたんですけど勝てなくて・・・・もしユウリちゃんが来てくれなかったら―――」
「え・・・・?ちょっと待って鹿目さん、魔女みたいな力ってなに?」
「え?あ、そうかマミさんは見てないから・・・・えっと、昨日のマミさんみたいな綺麗な感じじゃなくて黒くて鎧みたいな―――」

マミはまどかからここ数日の出来事を、正確には二日前からの魔女遭遇手前からのことを詳しく聞いた。
未来ガジェット0号『失われた過去の郷愁【ノスタルジ・アドライブ】』。
昨日、いきなり自分に干渉してきた不思議な感覚の原因、正体は大雑把に岡部には聞いたが、それが魔女にも作用することは聞いていない。奇跡じゃない、まどかの話を聞いていれば岡部が一昨日まとっていたのは呪いだ。
それがどういうことなのか、情報がなく、実際に目にしていない自分は解答も予測もできないが――――ふと、今朝の岡部の魘されている姿が浮かんだ。

「鹿目さん、岡部さんは―――」
「あ、あのマミさんっ、実はほむらちゃんのことなんですけど」

さらに詳しく話を聞こうとするとまどかが重ねるように言葉を放った。

「暁美さん?」
「はい、実は――――」

なんだろうか?マミは後輩の言葉に耳を傾けるがしかし、今は正直なところNDと岡部倫太郎のことがマミの思考を満たそうとしていて、キュウべぇのこともあり、はやく周囲の人達のことを理解したいと思いながらもマミは話題を戻したかった。
ほむらのことを蔑ろにしているわけではない。マミは周りにいる、この場合はラボメンのことを沢山知りたい、一杯話して仲良くなりたいから、さやかでもまどかでもほむらでも話が聞けるなら喜んで聞くだろう。
しかし今は興味と嫌な予感が先行していて、魔法少女としての考えが前面に出ていて意識がそこに集中しようとしているが―――

「ほむらちゃんは魔法少女らしいんです」
「え・・・・ええええええ!?」

昨日から何度目の叫び声になるんだろうか。

「でも魔法少女じゃないみたいで」
「は?・・・・え?」
「私もよく分からないんですけどほむらちゃんもオカリンも何も言ってくれなくて・・・・・それで、マミさんならなにか分かるかなって―――」

まさか既に二人もの魔法少女と共にいた岡部が本当に自分を受け入れてくれるんだと、気づいた喜びと、魔法少女だけど魔法少女じゃないという意味が分からない困惑がごちゃ混ぜになり後輩の前で再び取り乱してしまう。

そして頭上から感じたいきなりの魔力に―――――緊張が走った。

「なに――――?」

自分達の頭上、未来ガジェット研究所の屋上で何かが起こっている。

ズン!

衝撃が、ラボを襲った。




数分前


「いや~、まさかユウリが家庭的で献身的な尽くすタイプのおんにゃの子だったことに、さやかちゃんは今まさに感動しているのだよ君」
「・・・・・・・・は?」

そんなこんなでスーパーまで出向き、安い食材を真剣に選ぶユウリに買い物カートを押していたさやかは自分の想いを伝える。

「メガネおさげの転校生に続いて金髪ツインテール美少女の先輩&後輩(?)かぁ~、うーん最近のあたしってば魔女とかに襲われて不幸?とか思っていたけどそうでもないかも」
「・・・・お前は何を言っているんだ」
「もちろんユウリが甲斐甲斐しくラボのためにっ、しかもそれはイコール岡部さんのために真剣に買い物している姿に心奪われたのさっ、まったく岡部さんはこんなにも良い娘を捕まえてけしからん!・・・・まどかに怒られなければいいけど」
「今北産業( ゜д゜)?」
「ユウリが
 岡部さんの
 彼女候補?」

さやかはあえて、わざわざユウリの反応が見たくて微妙にずれた答えを提示した。
会話が繋がってないのだから冷静なら、というか普通は気づくものだがユウリはこの手の話には初だったから過剰に反応する。

「かのっ!?違うぞバカッ、わた・・・・アタシは違うからそんなんじゃないから!」
「買い物してあげてるじゃん?それもわざわざ遠くまで足運んで安い食材選んであげて経済的負担を考えてあげる―――――良妻タイプだよねユウリって」
「・・・・りょうさい?良妻!?ば、ばかじゃないのか何言ってんだバカ!アホ!アホー!」

必死に言い訳するユウリを弄りながらさやかはカートを押していく。
この手の話題が大好きな女子中学生美樹さやか、普段なら、これまでの世界線なら逆にからかわれる方のポジションだがこの世界線でようやく攻撃側にまわる。
彼女の周りには今まで誰かに恋してる女の子が・・・・・居るにはいたが自らの首を絞めるだけの結果に終わることしかなかったので――――ほんとうにある意味ここは美樹さやかにとって奇跡の世界線だが彼女は知る由もない――――ご満悦だ。

「違うからな!ユウリは別にあいつのことなんか何とも思ってないんだからな!勘違いするなよ!」
「くぅ~っ、高飛車にツンデレ属性まで付与するとは・・・・・・どれだけ高性能なんだ!可愛すぎる!これが萌か!?」

テンプレっぽい台詞を吐くユウリ(あいり)と、くわっ!と大声で叫ぶさやかは両手に買い物した荷物をぶら下げながら出口へと足を向ける。外に出ればすぐそのまま裏路地へ、ラボはスーパーのある大通りから少しだけズレた位置にあり、歩いて五分程度の距離だが道が入り組んでいて地理的には近いのに住所を聞いただけではなかなか辿りつけないちょっとした隠れ家的存在だ。
だからか、彼ら彼女らはあの場所を何か神聖な場所に感じる。子どもながら秘密の、自分達だけの特別な居場所として気にいっている。気になっていく。

―――未来ガジェット研究所は儚く幻想的に存在している。

いつのまにか存在していても不思議に思わないほどに。
同じように、その存在がいつか消えてしまっても気づかないほどに。

「ユウリを馬鹿にしてるだろ!」
「してないよ、キュウべぇも分かるでしょ、今のあたしの気持ちがっ」
『よくわからないな』

あいりは今まで言われたことのない異性関係の質問疑問疑惑をぶつけられて慌てふためき、さやかはまどか達相手にはできなかった異性関係の話を遠慮なくすることでき上機嫌だった。
一方的にさやかだけが楽しんでいるようだがしかし、実はあいりも――――困ってはいるし戸惑い焦り、さやかに好き勝手に言われることにムッとするが微かに、自覚できないところで、今の時間を少なからず楽しんでいた。
理由はもちろん形はどうあれ、状況はどうあれ、杏里あいりも一人の少女だった。興味の有る無しはともかく、この手の話題は本人の自覚とは別にやはり反応する。していた。
なにより普段は殺伐としている生活を送っている。だから彼女はこうして肩の力を抜いて素でいられる時間が・・・・そのことが気づかないうちに心と体を安らげていた。魔女も魔法も復讐もない普通の時間、当たり前の時間があった。

「ん?」
「お?」

そうやって初々しくニヤニヤギャーギャーと煽りながら喚きながら二人はラボの近くまでくると前方に不審者を見つけ足を止める。

「うー・・・・・あ~もうっ、どこにいるのーっ」

それは一人の少女だった。

「携帯電話は壊れてるし・・・・・・・ふ~こ~う~だ~~~~」

よろよろと、服装がボロボロのその少女は付近の建物の表札を確認しながら太陽が真上に昇ってきた時間帯を一人ぶつぶつと独り言をこぼしながらさ迷う。
猫背気味で歩いているので顔は髪に隠れて見えないがきっと美人なんだろうなぁ~と、声を聞いただけでさやかは予想――――するわけがない!

「な、なにあれ?」
「知らない、関わんないほうがいい」

普通に怖かった。猫背でふらふらと呪詛を撒きながらさ迷うボロボロの学生服の少女、建物の表札を一軒一軒確認しながら「違う・・・どこ?」なんて言っている――――ちょっとしたホラーだ。
人通りも少ない裏街道なだけに不気味さは増す。ユウリの言った通りに、関わらずさっさとラボに戻ろうとしたさやかは空き缶を――――

カラン

「あ」
「・・・・・ん?」

目が合ってしまった。

「ん~?」
「・・・ぁ・・いや、その」

どうしよう・・・・不気味な少女は此方に近づいてくる。

「・・・」
「え、ユウリ?」

無言で、さりげなくユウリが自分の前に立ち壁になってくれたことにさやかは―――ユウリへの好感度を急上昇させた。
魔女を退ける魔法少女、変質者ごとき、または幽霊に負けることは無いだろうと安心し、さやかは迫る少女を観察する余裕を手に入れた。

「・・・・あれ、同じ中学?」

よく見れば怨霊は・・・・じゃなくて少女は自分が通う中学校、見滝原の制服を着用していた。それで少しだけ警戒心が薄れよくよく見れば少女は割と整った顔立ちだ。
さやかよりも長いぐらいの黒髪にヘヤピン、着ている制服は何故か所々焦げていてボロボロ、リストバンドと靴下は左右非対称のファッション、さやかは見覚えがあった。昨日の自分達の教室で。

「三年の先輩だ」
「なに、知り合い?」
「ちがっ・・・・でも昨日会ったというか遭遇したというか―――」
「ねえ君達」

ユウリとさやかの手前で止まった少女、呉キリカは疲れた表情と声で二人に問いかけた。

「この辺の子?ちょっと教えてほしいんだけど未来ガジェット研究所って知らないかな?」
「へ?」
「・・・・」
「この辺なのは住所見て分かってはいるんだけど・・・・道が入り組んでいて辿りつけないんだよ、ケータイは壊れてるから連絡は取れないしマップは使えない、愛さえあれば辿りつけると思ったけど・・・・・もう三十分くらいグルグルしてて困ってたんだ」

よほど疲れているのか、昨日のテンションと大違いでさやかは最初人違いかなと思ったが目の前の少女は昨日岡部と・・・・ではなく岡部にキスした先輩だった。何故ボロボロなのか分からないが未来ガジェット研究所に行きたいのなら、とさやかは相手の素性が不明なまま案内しようと思った。
普通ならこんな危なそうな人物と一緒に行動したり知り合いのもとに案内するなど考えるものだが今は隣にユウリがいて、岡部と知り合いで、しかもキスして、見た目がボロボロで、魔女や魔法のことを知ってさやかは思考の大半を麻痺させていた。
住所を知られているのだから隠しても無駄かもしれないが少しは警戒心を持つべきだろう、隣に魔女を打倒できる存在がいることでその手の思考が薄れていたとしてもだ。

「えっと、未来ガジェット研究所ですか?」
「知ってるかな?」
「ええ、今からあたし達そこに行くんです。良かったら一緒にいきますか?」
「本当かい!?君は恩人だぁあああああ!!」
「うひゃああああああ!?」

幸薄そうな疲れ顔から一転、満面な笑みになったキリカに抱きつかれたさやかは裏返った声を上げてしまった。

「あーよかった!これで織莉子に怒られずにすむよぉ」
「うわわわわ!?あ、あのちょっとちょっと!?」
「うん?なんだい恩人ニ号?」
「恩人と思われてる感じがしない!?・・・じゃなくて離してください」
「ハグは嫌い?欧米じゃ日常だよ」
「え、えーっと・・・」

さやか自身、思い返せば常日頃からまどか達にハグしまくってるので・・・・うん、最初は驚いたが別に嫌なわけではないので、まあいいか、と思いそのまま――――

「いやいやっ、やっぱ初対面の人とのハグは若干の抵抗が―――」
「男の子相手にやれば一発でハートをGETだぜ!」
「それが通じない幼馴染みがいるのですが・・・・どうすればいいでしょうか」
「次の手段としては密室で押し倒すかなっ」
「はやいよ!それは最終手段!そもそもハグからして無理!」
「じゃあチューだ!」
「難易度がおかしい!」

それができれば苦労はしない。それにできた後の結果が恐ろしい!
さやかのなかに入院中の上条を「最終手段:密室で押し倒す」が在るようだがヘタレな彼女はきっと実行できないだろう。実行したところで幼馴染みの彼は素で突破しそうだし望みは薄い。
前途多難な恋だった。美樹さやか、彼女の恋愛はどの世界線でも一筋縄ではいかないのだ。そういう運命なのか、世界がそう収束しているのかは分からないが・・・過程はいつもそうなのだ。

「ヘタレだなぁ、まあいいや。それで未来ガジェット研究所はどこ?」
「まあいいやって・・・・はあ、案内しますから離れてください――――って、おいていかないでよユウリ!」
「知らん」

気づけばユウリは一人、ラボに向かって歩き出していた。

「それで・・・・ええと―――」
「キリカ、呉キリカだよ」
「どうも、あたしは美樹さやかです。こっちユウリ。呉先輩、ラボには何の用事なんですか?」
「オカリン先生にちょっと野暮用でね。二人は朝早くからどうしたの?荷物を見るからに差し入れが豪勢だね」
「・・・・・」
「まあ岡部さんのお金なんで」
「うん?二人はオカリン先生とどんな関係?」
「あたしは呉先輩と同じ見滝原の生徒で、岡部さんの幼馴染みの子と友達なんです」
「おおっ、そうだったんだ!あの愛らしい子の・・・・・もしかしてラボメンかい?」
「はい。って言ってもラボメンになったのは一昨日なんですけどね」
「そっちの子も?」
「・・・・」
「おや?」
「あ、あはははっ、ユウリは口下手なんで!悪気はないんですよ?」
「ふーん」

特に気分を害した様子もなく、ユウリに追いついたさやかとキリカは言葉を交わしながらラボを目指す。

「ところで・・・・なんで呉先輩の制服は焦げてるんですか?」
「ああこれ?ちょっと昨日の夜にはしゃぎ過ぎちゃってね、まだ燃えてるのに変身解いちゃってちょっと焦がしただけだよ」
「は?変身?」

変身。その単語にさやかは一瞬魔法少女の事が思考をよぎったが―――

「おかげでケータイが壊れちゃってオカリン先生に電話できなくてさー」
「・・・おい」

キリカの台詞に、今までまったく話を聞いてなかったユウリがいきなり参戦した事で、さやかの考えは霧散する。
まさかそんなはずはないと、都合がよすぎると、インパクトがありすぎる先輩を前にしたことで無意識に自分の感じた予感を、さやかは切り捨てた。

「おまえは・・・・鳳凰院凶真とどういう関係なんだ」
「気になる?」
「・・・・・・・別に」
「そうかい」
「・・・・」

別に気にしてない。そう態度で表そうと―――気になっているのが誰の目からみても分かるのだが本人は気づいていない。
チラチラと、キリカに「野望用ってなに?」「おまえこそ朝早くからなんだっ」「電話?」と言いたそうに視線を送っている。
さやかとキリカは視線を交差させ、その一瞬で念話も用いずに意思疎通を完了した。

「そう言えばキリカ先輩!」
「なんだいさやか後輩!」

その証拠にいきなり名前で呼び合う二人、若干テンションが向上している二人にユウリは顔をそむけたまま、しかし耳は確実にこちらを意識している。

「いや~昨日は教室でビックリしましたよ!」
「ビックリさせちゃったか!しかしなんのことだい!?」
「もうっ、惚けないでくださいよ!あたしも“あの時”“岡部さん”と同じ教室に居たんですから!」
「なんだって!?じゃあ“オカリン先生”とのこと見られちゃったかな!」
「!」

岡部さん、オカリン先生。その単語にユウリは反応し二人の前を歩いていた足を止め振り向く。

「「どうしたんだいユウリ(ちゃん)!」
「なっ、なんでもない!」

視線が二人とがっちりと在ったが、その瞬間ユウリは前に向き直り再び歩き出す。
ズンズンと歩き出す。別にだし、勘違いするなよ、と意思表示するように。

「なんでもないらしいですよキリカ先輩!」
「そのようだねさやか後輩!いやしかし恥ずかしい場面を観られたようだね!」
「いやーめったにお目にかかれない光景を見せてもらったんでよかったですよ!」
「・・・・・」

しかし二人の会話の内容が気になるのか、歩く速度を落とし歩幅を緩めて後ろを気にしつつ、しかし決して振り向かないようにするユウリ。
さやかとキリカは邪悪に顔を歪める。おもしろくなってきた!と。
まあ、さやかはその光景を見た後にまどかの広域暴徒殲滅・・・・制圧型ガジェットをくらったので+-で言えば確実に-よりなのだが、こうやっておちょくれるのならばいいかと楽観視していた。

(このままラボまでユウリをからかいながら行こうっ。きっと岡部さんビックリするだろうなぁ、それにまどかも――――・・・・まどか?)

そうなれば岡部を会話に巻きこみ、ユウリを、さらには岡部すらも巻き込んでのからかいを行い、あわよくば修羅場的状況を生み出そうと考えた。
しかしさやかはこのとき気づく、ラボに行けば岡部がいる。ここまではいい、しかしだ、もちろんだが、そこには―――

「やば・・・・まどか―――」
「愛らしい生徒のことかい?」
「ええまあ、今まどかもラボにいるんですよね」
「それが?」
「いや・・・・・実はまどか昨日の事を憶えてなくて」
「オカリン先生にキスした事?」
「キ、キキキキス!!?」
「あ、言っちゃった」
「おまっ!?キスってなんだ!?キスって魚の“きす”か!?チュウーのことか!?」
「良い食い付きだねユウリちゃん!気になるかい?」
「はあ!?気になるわけないだろバカ!なんだいったいどうしたんだそれは!別に気にしてないし!だから全部話せこのヤロウ!」
「さやか後輩っ、この子おもしろいよ!」

もうちょっと溜めてから、焦らしてから話そうと思っていたがバラしてしまった。
ユウリの反応は期待通りでおもしろいが、キリカと違ってさやかはその様子を楽しんでいる場合ではない。
もし仮に、仮にだがまどかが昨日の事を思い出したらどうなってしまうのだろうか?・・・・・ラボにある目醒まし時計は『これが私の全力全壊』だ。
ふぅ、口の中に溜まった澱んだ息をこぼしながら、まだ寒い朝の空を見上げるさやか。

「うん、確実だね」
「なにがだ!キスって何だ!気にしてないけど説明を求める!私は関係ないしなんでもないけどさっさと話さないと眉間をぶち抜くぞ!!」
「ユウリがこんな状況のままじゃ・・・・まどかも気づくだろうなぁ、絶対に」
「修羅場かい!?私のせいでオカリン先生は修羅場――――わくわくしてきたね!」
「修羅場になるようなキスをしたのか!?誰と何しようと別にいいけど!やっぱりまどかって奴が大切な人なんじゃないかあのHENTAI!で、でもどうでもいいし!絶対にとっちめてやる!」
「「おもしろいぞこの子!」」

ユウリの反応に気を取られてどうすればいいいか考えがまとまらない。危機は今も迫っている。既にラボは見える位置にあるのだから。
安全策としては案内だけしてそのまま帰宅・・・・音響爆弾の効果範囲内から出ることだが――――案内はどこまでがセーフティーゾーンだろうか?ラボの玄関は確実にアウト、一階の階段付近・・・・いや、もっと離れるべきか?

「でも・・・・・まどかなら既に感づいている可能性も―――?・・・・・詰んでね?」
「う、浮気がか!?わ、私は関係ないぞ!」
「ふふふ、オカリン先生はしょっぱかったよユウリちゃん」
「!!!!!!!!!!!!!!!!!!!?」
「おおう、真っ赤だね!」
「いや頬っぺただったんじゃ・・・・・いやもう逃げ、でも―――」
「べロチュウーなのか!?べべべべべべべべろってオマエラナンナンバララララ!!?」
「・・・・・良い感じに壊れてきたね、もう一息かな?」

もう一息でなんなのか、そこは気になるがそろそろ・・・いやすぐにでも決断しなくてはいけない。
このまま逃げるべきか、それとも焚きつけた手前、自分もガジェットの餌食なるべきか――――共倒れはいけないことだと思う、うん、逃げよう!
さやかは決断した。このまま帰ろうと。
後ろを振り返り、ユウリをおちょくり続けるキリカには悪いがさやかは駆けだそうとした。

そのときだった。ラボの屋上から光の柱が昇ったのは。

ズン!だろうか、ドン!だろうか、大きな音が光と共に、地鳴りと共に起こり、目の前で一気に状況が動いた。
最初に動いたのはキリカだった。ユウリをおちょくっていた人の悪い顔から厳しく目と口を鋭くし、その様子にさやかは身を震わせた。
怖い―――この感情は間違いなく恐怖だった。
キリカから発される殺気に、さやかは口を閉ざし震えることしかできなかった。

「ああ・・・・・・・・間に合わなかったか」
「・・・え・・?」

ボソッと発した言葉をさやかが理解する前に、キリカは飛び出した。文字通り、空を飛ぶようにラボの屋上へと変身して。

「“排除しないとなぁ”」
「――――ッ!?」

聴こえた言葉に遅れて、ユウリが顔を歪めながら変身し後を追うように跳び出す。だが遅い、圧倒的に遅かった。
その時には既に屋上の落下防止の手すりを踏み台に更に空を舞ったキリカが鍵爪を両手から生みだし、己の眼下にいる誰かに向け、その凶器を振り下ろそうとしていた。
さやかとユウリの位置からはそこに何があるのか、そこに誰がいるのか見えない。

「コルノ・フォルテ!!」

さやかから観て、キリカを追ったユウリが屋上について牛鹿の使い魔を召還した所までは観えた。
あとはただ戦闘の音と、岡部倫太郎の声、観えないのハズの衝撃波が屋上から発せられているのを、ただ茫然と観測することしかできなかった。



岡部倫太郎がこの世界線に辿りついてから四日目の朝、二つ目の分岐点に置いて部倫太郎はまた間違えた・・・・・・・かもしれない。
岡部倫太郎がいるべき本来の、暁美ほむらがタイムリープしていないχ世界線0.000000からの正史からズレた魔法少女としての覚醒。
しかし世界線の変動を岡部のリーディング・シュタイナーは感知しなかった。
当然、既にズレていたから、狂っていたから、変動していたから―――ここはそうなることが決定していたχ世界線0.091015。
この世界線の過去に岡部倫太郎はいなかった。だからリーディング・シュタイナーは発動しない。観測していなかったから、観測できなかったから。もし過去に、ずっと前から、それこそ完全な因果を内包していたら・・・・・もしかしたら気づいていたかもしれない。
リーディング・シュタイナーは現在の、観測していた世界のズレを知覚できるが、元から、すでに、変わってしまっていたなら――――

例え正史の世界から変わった時点に岡部が居ても
例え正史の世界から変わった時点で岡部が居ても
そこは”最初”から変わってしまっていた世界線。岡部が来る前に変動を終えていた世界線。
ここにいる岡部倫太郎にとって正史の世界から変わった時点では遅いのだ。本来の世界線を岡部倫太郎は観測していないから。
ここにいる岡部倫太郎にとって正史の世界から変わった時点が、本来の世界になってしまっていたから。過去と今にズレは無いから。

ここが、今が、この瞬間が、岡部倫太郎にとっての正史となってしまった。

χ世界線0.091015の未来はまだ誰も観測していない。だからまだ可能性は無限だ、しかし世界をテレビゲームのように観測できるものから見れば、既にこの世界線での未来は決定している。
魔法少女の契約、エントロピーを凌駕する願い、感情が世界の理を覆す。
そのはずで、それでも岡部は今まで魔法少女が契約してきたなかでリーディング・シュタイナーが発動した経験を持たない。
知覚できないほど世界にとって契約内容は無理がなかったのか、それとも――――定められていた決定事項だったのか。




さやかが立ちつくす眼前、未来ガジェット研究所の屋上から垂直に黄金の光が天を貫いた。













暁美ほむらにとって未来を歩むための最大に障害が『鹿目まどかの契約』だとしたら、岡部倫太郎にとっての最大の障害は『タイムリープした暁美ほむらの存在』、または『暁美ほむらの存在』そのものだ。

まどかが契約しなくても、『ワルプルギスの夜』を倒しても、この暁美ほむらが世界にいるだけで未来への道は閉ざされる可能性がある。
まどかが契約するしないに関わらず『ワルプルギスの夜』は見滝原にやってくる。
それを撃退するには今のところ、まどかが魔法少女になっての魔女化覚悟の攻撃か『ワルキューレ』の使用しかない。
もっとも安全に撃破するには『ワルキューレ』が必要で、製作には『メタルうーぱ』でキュウべぇに感情を学習させる必要がある。
だけどそれには魔法少女の暁美ほむらの力が必要だ。暁美ほむらの存在が脅威を退ける手段で――――それ以上の脅威になる。

もちろん彼女は悪くない。まどかも、誰も彼も悪くないはずだ。彼女達は巻き込まれただけだ。
別の世界線の自分達に?違う、それは違う。絶対に、誰がなんて言おうと、世界中がそう観ても岡部倫太郎は否定する。
だけど――――


しかし―――彼女達が原因だった。







記憶の受信。

(危険だ・・・・危険だ!)

危険!危険!危険!一刻の猶予もない!即刻、離れなければいけない!

(これは・・・っ、私を殺す!)

情報。情報だ。氾濫する情報。余りにも多すぎる。頭の中で多大な音と多大な光が乱舞し、その全てに意味がある。
こんなもの“私”の精神は許容できない。受け入れてしまったら“私”は――――

情報一。鹿目まどかは魔法少女になる
情報ニ。岡部倫太郎の■■は現状使用不可
情報三。鹿目まどかの因果の収束は暁美ほむらが原因
情報四。岡部倫太郎は魔女を殺せない
情報五。救済の魔女は全てを救済をする
情報六。岡部倫太郎は魔法少女に殺される

情報七。世界線変動率0.091015において岡部倫太郎は鹿目まどか、暁美ほむら両名に高確率で殺される

情報八。情報ニ、四、六、七を岡部倫太郎は現時点では知らない。

この時点の岡部倫太郎も知らない情報を、本来なら失敗し、死なず、別の世界線へ離脱した未来の岡部倫太郎が知るであろう情報を、暁美ほむらはこの時点で受け取っていた。












[28390] χ世界線0.091015「■■■■■」
Name: かっこう◆a17de4e9 ID:57be8a05
Date: 2013/05/31 23:47

中途半端な優しさは残酷だ。
無軌道で無制御な信頼は甘えだ。

アイツの優しさに縋ってはいけない。彼女の優しさに甘えてはいけない。
なによりアイツの優しさは身を切るような思いをし、悩んで、苦しんで、その上で縛りだされている。それを知っている。だから安易に委ねてはいけない。
それが優しさ意外の何か、もっと違う何かからくるものだとしたなら・・・おさらのこと、それは人の弱みに付け込む行為だから。
例えアイツが気にしなくても、意識していなくても、だからこそ感情と距離は“適切”に“適当”に処理しなくてはいけない。
それができなければアイツはいなくなる。
しかしだ。そもそも中途半端な優しさは悪だ。アイツの“それ”は認められていい行動ではない。
承認や称賛ではなく・・・・・糾弾され、弾劾されるべきだ。アイツの優しさはいつだって親しい人を傷つける。悲しませる。癒える事のない永遠の傷を残す。
誰かを助けるために、誰かを傷つける。それはきっと不可避の真実だろう。たとえ表面上誰もが幸せであっても何処かで誰かが泣いているのだ。スポーツでも、受験でも、恋愛でも。
それを回避したい、そうはさせない・・・と思うのはいい、願う事も、望む事も。それが可能な時もある。世界に絶対は、不可能はないのだから。
しかしだ・・・だからと言って、どうにもできないからと言って、誰かが犠牲になるしかないときに、誰かを助けるために自分自身が傷ついていい理由にはならない。それでは助けきれない。本当の意味で誰も救えない、助けきれない。

犠牲なくして救済はありえない。少なくとも私達の関係ではそうだ。

誰かの犠牲が必要で、それを理解した時、犠牲になるのは優しい者だ。それは状況に押し付けられた場合もあるが自ら進んで犠牲になる事も多々ある。
優しさは不幸だ。欠陥だ。おかしなことにこの世界は優しい人間ほど生きにくい。さらに能力まであれば最悪だろう。何時も誰かに頼りにされて、応える事ができて、それが常態化する。それを無意識に本人が率先して行うのだ。
それは近くにいるモノだけでなく、気づけば相対者にまで手を伸ばすハメになる。見知らぬ他人にまで・・・・許容を超えた善行は必要以上の歪み、犠牲を強いる。

それは残酷だ。優しい人間はもちろん、その周りにいる人間にとっても残酷だ。

当たり前じゃない優しさ、信じられないほどの身を挺しての支援、損得度外視での協力、疑われても屈しない周囲への交渉、それは年頃の少女達からすれば勘違いしてもおかしくはなかった。
人は自分に優しい人間を好む。都合のいい人間を好む。
しかし自分以外の誰かにそれが向けられると嫉妬する。自分だけじゃないと嫉妬する。特別でないと悲観する。その他大勢である事に悲観する。
それを喪うのを恐れる。奪われることを恐れる。無くなってしまえば、失ってしまえば、奪われてしまえばきっと、非日常の世界に生きる彼女達の心には絶望が宿る。

希望からの相転移。知らずにいたときよりも絶望は深く身を裂くだろう。

自分も相手も互いに嘆くくらいなら・・・・最初から与えなければよかったのに。受け取らなければよかったのに。
でもそれは無理だ。アイツの優しさは強引で、彼女の優しさは温かくて、それを突っぱねきれるほど魔法少女の精神は強くないから・・・・。





だから私は鹿目まどかも、岡部倫太郎も嫌いだ。





χ世界線0.091015



「魔法を、かえしてよぉ」

未来ガジェット研究所の屋上、そこで岡部倫太郎と私は向かい合っていた。目的は私の魔法を取り戻すこと、無力な自分を消し去るため、みんなを守れる私を手に入れるため。
美樹さやかとユウリ、キュウべぇが買い物に出てすぐに私はみっともなく岡部倫太郎に縋りついた。情けない、惨めで・・・・だけどこれで終わりだ。もう大丈夫だ。取り戻せば変われる。私は『私』になれる。こんな弱い偽物なんかじゃない、強い本物の『私』になれるはずだ。

「早くっ、先生、私に―――」
「その前に伝えておくことがある」

だから今も急かす。こんな自分は嫌だから、だから勿体ぶる男に少なからずイラついてきた。勝手だと思う・・・・でも限界だったのだ。もう自分が許せない、こんな自分は耐えきれない。このままじゃ死んでしまいそうで一分一秒が辛くて苦しいのだ。
もうなんでもいい。どうなってもかまわない。今ならどんな真実も、どんな要求も飲み込んで応える。

「お前が魔法を取り戻せば世界線が変わるかもしれない」

そのつもりだ。だってそれさえできれば強さを取り戻せるから。

「いま、お前の観ている世界が変わるかもしれない」

そうすれば、まどかを守れる私になれるから。

「そこには俺がいないかもしれない。これまで繰り返してきた世界線漂流と同じ時間軸に戻るかもしれない」

まどかだけじゃない、美樹さやかも守れる。巴マミとも協力して戦える。

「そのとき、まどかにはお前が繰り返してきた因果の全てが収束するかもしれない」

だから何だって構わなかった。何があろうとも、どんな真実にも、私は躊躇いなんてなかったはずなのに。

「世界線が変わったとき・・・・お前がこの世界で築いてきた三日間の記憶は、お前しか憶えていない可能性がある」
「・・・・・え?」
「今ある世界は無かった事になるかもしれない。今ある世界はお前が繰り返してきた世界に上書きされるかもしれない」

その言葉を聞いた瞬間、心臓に氷で出来たナイフを突き立てられたような錯覚を得た。

―――また、独りぼっちになる

急かす気持ちと焦る感情が思考を鈍らせ男の話を半分聞き流していたのに・・・今は脳みそに直響く、脳は痛みと共に言葉を拾っていく、刻んでいく。
私を見降ろす男の表情に嘘は観えない。悲痛さも罪悪感も映していない―――それは無理矢理無表情を貫こうとしていたいつかの私にそっくりだった。

「 “かもしれない”。予測ばかりだがその可能性は高い。それでも真実を知って対価を払う覚悟が在るのなら協力しよう」
「・・・ぇ・・・」
「魔法少女はある意味世界の意志から逃れている。物理現象を無視する存在、常識を凌駕した存在、魔法少女になれば少なくても今ある決定事項は覆せる」
「ぅ・・・ぁ」
「未来への選択は君が決めろ。他の誰でもない君自身で」

聞き流したはずの言葉が一文字一文字、聴こえた台詞の意味を一つ一つ、私の頭は拒否しようとしている。受け入れないように、拒絶するように警告を発しているのに―――残酷な言葉は私に届く。
それと同時に、私の頭の中に・・・・・どこかで聞いた言葉が浮かび上がってくる。

―――君達のせいじゃない、君達は悪くない。だけど君達が原因だ

男の声

―――いつだって、私を独りにするんだ

女の声

どうして・・・この世界はこんなにも私に意地悪なんだ。
どうして私をいつも独りにするんだ。
なんで私の邪魔をするんだ。
なんでこの世界は私達に残酷であろうとするんだ。

「すべては可能性でしかないが、お前が魔法を取り戻すと同時にまどかには世界を滅ぼせるだけの因果を与えることになる
背負う因果の強さで魔法少女としてのポテンシャル、そして魔女化したときの強さに影響が出る。まどかの強さは君の繰り返してきた結果の収束だ
この世界線は不安定だ。何が原因で世界が改編されるか不明で、そしておそらく改変後のお前の主観世界に俺はいない
『ワルプルギスの夜』を撃破した経験が俺にはあるがそれには君とキュウべぇ、合計八人の仲間が必要だ
『ワルプルギスの夜』を撃破しても乗り越えなければならない障害は存在する
俺は鹿目まどかの本物の幼馴染みではない。俺はこの世界の住人じゃない。俺には既に時間切れがある
基本的に俺は単体では戦力にならない。纏った力は結局のところ他人の力にすぎず、その才能も無い。一昨日纏っていた鎧もマミの生み出した単発式の銃より脆い
俺の世界線漂流は大まかに分ければ『ワルプルギスの夜』に敗北、2『救済の魔女』に敗北、3まどかの死。その三つに分類されるが例外が―――」

他にも・・・きっと岡部倫太郎はいろんな事をこのとき私に伝えていたと思う。でも私の思考は既に停止していた。言葉と台詞は無理矢理脳みそに刻まれるのに、何も考えることができない。理解したくないことが、考えたくないことが一瞬・・・・・私の思考を埋め尽くしたからだ。

暁美ほむらの存在が、鹿目まどかの運命を・・・・・

「ッ」

たぶん、このときの軽率な行動がこの世界線での可能性を決定づけてしまったかもしれない。もし私が結果だけを知っていたら、その可能性を少しでも堪づいていたなら、もし・・・・もし私がもっと岡部倫太郎やまどか達の話をしっかりと聞いて、そして相談していたら何かが変わっていたのかもしれない。
・・・・・それでも変わらなかったのかもしれない。どのみち私は絶対に魔法を取り戻すことになるはずだから、だからこの行動は、その判断は遅いか早いかの違いでしかない。
だけど世界が、運命が、未来の結果が決まっているのなら、だからこそこの行動が、その判断が、逃げから来る逃避で覚悟もしていなかった私の弱さからきたものなら、それらは免罪符にはならないだろう。言い訳にはならないだろう。そうしてはいけないのだろう。
私は知っているから、キュウべぇと契約したことで奇跡を得た私は知っていたから。私は考えなければいけなかった。せめて覚悟と責任を背負わなくてはいけなかった。


望んだのも、求めたのも、願ったのも、それは他の誰でもない自分自身だから。


岡部倫太郎というキャラクターは世界にとってのバグでしかない。だからという訳ではないが、だからこそ岡部倫太郎のせいにしてはいけない。頼ってはいけない。
元々この男は無関係なのだから・・・縋ってはいけない、助けを求めてはいけない、与えては、奪っては、背負っては、背負わせてはいけないのだ。

―――岡部倫太郎は拒絶しない。魔法少女の面倒事も、未来に起こりえる悲劇も受け止める

岡部倫太郎が世界にとってのバグ。何故そういう発想が出てきたのか、それをすんなり受け入れる事ができたのか、私は不思議に思うことも、感じることもこの時は全くできなかった。
気づいたら身体は動いていた。手を伸ばしていた。手を伸ばせば・・・岡部倫太郎が繋いでくれる事を何故か知っていた。

「―――ノスタルジアドライブ、起動」

―――無理矢理でもかまわない

誰かが耳元で囁いた。

―――主導権はいつだって私達にある

知らない知識がやり方を教えてくれた。NDの発動条件はただ彼に触れればいい、“手を伸ばせばいい”、そうすれば岡部倫太郎が繋げてくれる。
突然でも、いきなりでも、不意打ちでも――――・・・・私達が“敵”だったとしても構わない。

「ほむら!?」

―――この男は拒絶しないから、拒絶してくれないから

一人、みんなとは違う時間を歩いてきた私は知っていたはずなのに忘れていた。自分の行動が、選んだ選択が誰かを傷つけることになることを。その願いがどんなに綺麗で“正しかったとしても”、だからこそ誰かを傷つけることがある。
巴マミ、佐倉杏子、美樹さやか、鹿目まどか、彼女達の願いは決して間違っていない。決して間違ってなんかいなかった。だけど、それでも彼女達は契約したことで、その望みを叶えたことで後悔して絶望して死んでいった。周りの、彼女達のことを愛していた人達を残して。
魂を賭けてまで叶えたい望みを果たしておきながら、願いを達成してなお私達魔法少女は悲しみだけを残して消えていく。いや、悲しみだけじゃない・・・・世界に呪いをばら撒く――――。
私は知っていたからこそ耐えることが、乗り越えることができた。キュウべぇとの契約に対し納得したわけではないけれど、少なくてもそれを選んだのは自分なのだから契約した事だけは後悔しない・・・はずだった。後悔してはいけなかった。例えしたとしても覚悟はするべきだった。
忘れていたのだ。ずっと独りで世界を何度も渡り歩いてきたから、魔法を失ってしまったから、自分の軽はずみな行動で誰かが傷つくことを忘れていた。だって独りだったから、自分と繋がっている人は既に失っていたから、リセットされた世界で暁美ほむらと繋がっている人達はいなかったから、だから何をしようと自分だけの問題で済んでいた・・・前回までは。


「“この世界には繋がっている人達がいたのに”」


自分の口から、そんな言葉が零れた。


―――未来ガジェット0号『失われた過去の郷愁【ノスタルジア・ドライブ】』起動
―――デヴァイサー『暁美ほむら』
―――ソウルジェム『過去と宿命を司る者【ウルド】』発動
―――展開率100%


誰かが、自分の隣で笑ったような気がした。




「ほら、簡単に受け入れるでしょ?――――だから嫌いなのよ」




吐き捨てるように放たれた言葉、そこには憎しみや悲しみが込められていた。
同時に、微かに、微細に、■■が含まれていたが、私はそれを岡部倫太郎に伝えることはできない。

「ぇ?」

ヴン!!

紺色か、紫色か、歯車や時計盤のような紋章、魔法陣がほむらの足下に展開される。
岡部の足下には無色透明な蝶の刻印をした紋章。
NDは起動した。強制的に、そのくせ相手を受け入れているのだから、やはり彼は壊れているのだろう。

(・・・・今の、なに?今のは―――だれ?)

それらは先日の巴マミと繋げたときよりも巨大な魔法陣だった。それは岡部の記憶する今までの世界線漂流で無かった現象だった。
紫電の光が屋上全体を照らし、紋章から発生した光が天を貫くように極光を放つ。
このとき暁美ほむらには憶えの無い光景が、誰かが観測してきた『記憶』というよりも『記録』の一部が流れてきていた。

それと声だ。

―――お人好しって凄いと思わない?

誰かが耳元で、そう呟いた。

―――誰かのために自分を犠牲にできる。誰かのために自分の抱く全てを殺せる

怒っているのか、悲しんでいるのか、その声はいろんな感情が混ざり合っていて本音が観えない。

―――怒りも悲しみも、嬉しさも楽しさも、幸せも出会いも、自分の存在すら投げだせる

好意から伝えようとしているのか、悪意から伝えようとしているのか判断できない。

―――それって愛なのかな?

知らない。そんなものを私は意識したことがない。

―――でも知ってる?愛は地球すら救うとは言うけれど、そんな上等の感情はもっとも人間性がないんだって

それは少なからず理解できる。鹿目まどか、彼女は優しい。でもその優しさはいつだって彼女を死に導いた。

―――人間は強すぎてはいけない。優しすぎてはいけない。それはあらゆる危険を受け入れる生物的欠陥になるから

分かりやすい事例だろう。いつだって彼女は優しさから契約する。その後の過程は結末も含め常に生命活動を脅かして・・・・・最後には死んでいく。

―――それを理解した上での実行力。その強さは人間として、生物として逸脱している

岡部倫太郎の世界の決定に抗う意志。その強さはいつだって彼を孤独にした。

―――人に限らず生き物は他との共存が絶対でしょ?独立して生きる事ができるのはその定義から外れる

自分を、親を、友を、“愛する人ですら犠牲にする”強さ。世界中から忘れさられても、誰にも見向きされなくても諦めない執念。それは異常で異端だ。

―――弱いにも拘らず、二人の優しさはいつだって強さと言い換えてもいいぐらいに世界を動かす

だけど最終的に二人は誰かのために失う。自分の命を。生きた証を。

―――そんな二人の優しさは、その愛は、いつだって二人を殺すよ

それはもう・・・人間とは言えないのではないだろうか?

―――あらゆる厄介事と危険を受け入れる

そうかもしれない。

―――ほら、取り戻したいんでしょう?無理矢理でもかまわない、どうせ受け入れるわ

その声は悲しんでいるのか、怒っているのか、やはり私には分からなかった。

―――この二人はいつだってそう


ただ、寂しそうな感情だけは感じる事ができた。



―――私を、独りにするんだ




「ぁ・・・・いや・・・、“いやだっ”」

ほむらはこの時恐怖した。後悔した。繋げるんじゃなかったと、自分の行動に絶望した。
“私がいなくなる”。“私は上書きされる”。“私は殺される”。私は―――――“私に存在を奪われる”。

「ぅ・・・ぁ、ああっ」

叫びたいほど脳は痛みを発しているのに声は出ない。自分の存在が消滅しそうなのに目の前にいる存在に助けを求めようと想えない矛盾に寒気がする。
このままでは危険だと理解しているのに、何もできないことが何故か分かりきっていることに恐怖した。

「ほむらッ」

ほむらがそんな異常事態に陥っているとき、岡部も異常な事態が起きている事には気づいていた。ほむらの身に何が起きているのかは分からなかったが繋がった先から彼女の一部の感情、恐怖はひしひしと伝わってきた。
ノスタルジアドライブは繋がった相手との相性、信頼、経験で展開率が上がる―――岡部はそう思っている。引き出せる魔法の大きさが相手によって変化する。
世界の決定に逆らい未来を変えようと幾度も過去に戻る自分と暁美ほむらは属性と言えばいいのか、少なくても大切な人を助けたいというスタンスは通じるモノがあった。だから彼女とは上手く繋げる事ができると思っていた・・・繰り返しの世界線漂流の中で暁美ほむらが岡部倫太郎とそんなことになった事例は存在しなかったが、今は―――――。

―――展開率100%

暁美ほむらが強制的にNDを起動させた。かつてない繋がりで、そのくせ恐怖以外のものは伝わってこない。

「――――」

今まで暁美ほむらとNDを繋げたことはあるが、これまでの世界線漂流でこの数値は存在したことは無い。
なのに一方的な接続で完全に起動している。解らない、何故突然ほむらがこんな行動に出たのか、何故NDを起動させきれたのか・・・・己ですらNDが魔法少女側の意思で起動する事を知らなかったのに。
この世界線はイレギュラーばかりが起きている。今まで無かった事があるのなら、今まで経験した事以外の何かが起こるのか。予測もできない何かが・・・もしかしたらこれまで以上の最悪が待っているのかもしれない。
しかしNDは起動している。それが事実なら仕方がない、それを踏まえて考えればいいのだと割り切る。NDの展開率が高い事でデメリットはないのだから。
まだ悲観するのは早い。凶事が起こると決まった訳でもないのだから。その理由がない。今まで起きなかったことが起こった。構わない、それを利用すればいい。たとえ最悪があろうとも、それすらも利用し、乗り越えて未来の踏み台にすればいいのだ。

―――展開率100% → 13%

「―――ぷッ、ぉ!?」

そう思っていた。繋がった先にいる少女からの『拒絶』がなければ―――――岡部は嘔吐しそうになるのを必死に堪えようと口元に手を当てた。押し付けた。胃の中にあるモノ以外の、血の味もしたが慣れている。耐えきれる。

ただ、やはり悲しかったし寂しかった。

喉にまで這い上がってきた吐瀉物を吐き出すわけにはいかない。自分の胸元で白衣を握りしめているほむらに頭からそれを被せれば信頼関係は永久に来ないだろう。もっともNDによって『拒絶』という感情をダイレクトに感じたのだ。深く考えなくても“嫌われていている”事はハッキリと伝わってきていたので・・・・。
それ以外の感情は『記憶』や『記録』も含め流れ込んでくる前に展開率が下がったため分からなかった。まるでそれを悟られる前に・・・・・・何故だろうか、俯いたままの彼女から憶えのある視線を感じた。心を何度も折られながらも立ち上がり、それでも失い続け、己に怒りを感じたときに感じる色を。それを向けられた気がした。

「ほむら・・・?」

足下で紫色の紋章が輝いている。つまり彼女は魔法を取り戻した。

(リーディングシュタイナーは発動しなかった・・・・)

“もしかしたらの事態”は避けられた事に安堵する。この世界線は状況だけを見れば良好に進んでいる世界線だ。無かった事になるのは避けたい、この世界線なら辿りつけるかもしれないのだから。
問題は彼女だ、口元を押さえながら視線を向ければ顔を伏せたほむらの姿が魔法少女の時の衣装に変わっていた。
メガネとカチューシャ、腰まで届く長い黒髪を二本のお下げにした姿は相変わらずだが、黒い長袖のインナーの上から七分丈の白いワイシャツ、紫色のリボンに黒と灰色の襟、白いレースの付いた襟と同じ色のミニスカート、菱形模様が刻んでいる黒いタイツ・・・レギンス?にハイヒール。
左手の甲には菱形のソウルジェム。紫の魔法少女、時間逆行者、見慣れた姿であり見慣れない姿、暁美ほむら、これまでの世界線漂流で唯一死ぬことなく、諦めることなく戦い続けてきた魔法少女。

「大丈夫・・・・か?」

うつむいて、微かに震えている少女の肩に手を置いて岡部は確認する。NDの起動、拒絶の理由、一瞬感じた■■についてはおいといて、何よりも彼女の体調のことが気になった。
展開率の急激な変化は経験ある自分ですら吐き気を訴えた。初体験となる彼女には、ましてここ最近は肉体的にも精神的にも疲労は大きかったはずだ、どれほどの負担か想像もできない。
自分に寄り掛かるようにしている体を、肩を押して顔色を窺おうとして―――――

「ソイツから離れてオカリン先生!!」

ND発動時の光が収まりかけたとき上から声、焦っているのか、切羽詰まった感情が伝わる声色、聞き覚えのある声――――黒の魔法少女呉キリカだ。過去の世界線漂流でいろいろあった少女だが、この世界線では友好な関係を築けている。
そんな彼女がどうしてここに?このタイミングで?そんなことを思っていたら どん! と、いきなりほむらに突きとばされた。

「・・・・・・」
「ふっ!」
「キリ――――!?」

ゴガッ!

砕かれたコンクリートと粉塵が視界を奪う。ああ、怖い。岡部はそう思った。やはり何かが起きるのか?自分が体験していない未知なる事が。
突き飛ばされた形になったがそれがよかった。自分とほむらが居た位置にキリカが鍵爪を振り落としてきたからだ。手首から足下まで伸びる巨大な鍵爪の魔法、それは深々とコンクリートの屋上に突き刺さっている。
もしそれが直撃していたら無事では済まなかっただろう。ゾッとして、同時に違和感を覚えた。
世界線が違えば別人だと理解しているがキリカの事は在る程度知っているつもりだ。昨日まで味方だったとしても今日は敵になるかもしれない可能性は十分に理解している。だから突然の襲撃も驚きはするが意外ではない、自分だってとある理由でラボメンと敵対した事は一度や二度ではないのだから。
だから攻撃された事に関しての違和感ではない。そもそも今の攻撃は自分へ向けられたものではない・・・・だから違和感かを覚えた。今までになかった事象が起きている。

「待てキリカ彼女はっ――――」

呉キリカはすぐに体勢を整えて身構えた。自分には背中を向けてほむらの方を向いている。これだ。これが違和感の正体、先程の台詞を聞いてから圧し掛かる違和感。
強力な鍵爪を装備しているキリカは“岡部倫太郎を護るように暁美ほむらと対峙している”。
暁美ほむらと呉キリカが敵対関係にあった世界線は多々あった。ほとんどがそうだったから、しかし自分が間に入り説得交渉をもって可能性を示せれば回避できる・・・・・だけど今回は少しだけ妙な感じだ。
今のキリカはまるでほむらから岡部倫太郎という人物を護ろうとしている。何かを知っていて、未来を知っているかのように、暁美ほむらが岡部倫太郎に害なす者として認識しているような振る舞いだ。
岡部倫太郎が暁美ほむらと敵対するとき、それは岡部倫太郎が魔法少女全体の敵として存在する場合のみだ。他の誰でもない、暁美ほむらだけがその位置にいる。
だから今の状況は何かがおかしい。岡部倫太郎は彼女の敵になるのか?彼女を敵に回して、他の誰かと共闘するのか?そんな可能性があるのか?

「オカリン先生は後ろに下がって!コイツは危険だよ!」

何が起きている?どんな形であれ自分とほむらが敵対、それもキリカが焦るほどの事態が起きようとしていたのか?自分はこの世界線のキリカになつかれているが・・・・そういえば織莉子に連絡すると言っておいて結局忘れていた。
そんな事を現状で思い浮かべてしまうのはやはりNDの反動が強すぎたのか、まだぼんやりとしているせいなのだろうか酷く現実感が薄い。そんな場合ではないのに、いつものように、これまでのように身体が、精神が動かない、何かに阻害されているのか、単純に反動についていけないのかは分からないけれど、心のどこかで焦りが加速していく。

(こ、このままでは――――)

二人が戦闘にはいってしまう。キリカはともかくほむらは魔法を取り戻せたばかり、それに彼女はNDの反動は受けているはずだ。最悪、抵抗も出来ずに一撃でやられる可能性がある。
そもそも暁美ほむらの魔法少女としてのポテンシャルは低い。時間停止、時間逆行の魔法は強力だが、そのせいか他の、身体能力的には高くない。
時間逆行、繰り返しの戦闘で近接戦も鍛え上げられた?そんなことはない。むしろ“繰り返すほど近接戦とは無縁になってくる”。
暁美ほむらの攻撃手段は窃盗品である重火器だ。彼女は繰り返すほど強力な武器を集めて使い方を習得してきた。確かに重火器の扱いは魔力による筋力サポートもありプロ顔負けだろう。
しかしだ、重火器とは一つの特性を持っている。強力になればなるほど遠距離からの攻撃に特化していく。安全なポジションから一方的に攻撃できる。
当たり前だが危険を冒してまで生命力が規格外の魔女を相手に拳銃による近接戦をワザワザ行う必要は無い。弾丸の節約?盗めばいい、一歩間違えれば死ぬのだ、時間も限られているのだからピストルで銃弾を1000発以上叩き込むよりロケットランチャーでズドン!のほうが結果的に危険性も使用時間も出費も軽く済む。
安全に、効率よく魔女と戦闘するには強力な武器が必要で、結果的に近接戦は無い。もちろん繰り返しの世界線漂流で暁美ほむらは度胸と冷静な判断力を培ってきただろうが、それでも呉キリカを相手に武装無しでの近接戦では勝ち目は無い。
今まで暁美ほむらが死んだ結果は観測した事はないが、だからといって安心できる要素は微塵もない、この世界のルールに、世界から逸脱しつつある魔法少女に絶対はない。奇跡、魔法の担い手たる彼女達は世界の意志から逸脱している。世界の定めた決定を覆しているのだから。
それでも死んでしまうのは・・・・・いや、殺されていない。彼女達は勝手に絶望して反転しているだけだ。少なくても彼女達の大半は、そうでなければ世界に魔女の存在が多すぎる。
岡部は思う。勝手な解釈だが彼女達魔法少女は世界からうとまれているのではないだろうか?世界の均衡を、安定を、定められた決定を揺るがす者として、かつての自分のように、世界を歪める世界にとっての悪として。
世界に善も悪もない。世界はただそうあるだけで誰の敵でもないのかもしれない。ただ歪んだ世界を修正するために改変を行う。そう思って、なら魔女は“そう”なのかと思うってしまう。
人の希望を具現化、提示するのが魔法少女。
人の絶望を具現化、提示するのは魔女だ。
対極だ。だからか・・・・時折思うのだ。魔女は魔法少女が歪めた世界を治そうとしているような、過去改変によって帳尻を合わせるために存在しているような、そんな維持修正能力を魔女が持っているような、そんな考えが頭をよぎる。
世界が生んだカウンター・・・・因果を与えられた者がそれを放棄して、さらに世界を歪めたことに対する対抗処置、それが魔女――――なんて馬鹿なことを考えてしまった。
こんなときに、今は一秒一秒がこれからの未来に深刻な影響を与えることを理解しているのに、ほんとうに馬鹿だった。

「お前を排除するッ」
「キリカやめろっ!!」

自分の場違いな妄想が悲劇を招く、回避できたはずのそれを・・・そんな不安を、キリカが速攻で現実のモノにしようと動き出す。
静止の声を無視しキリカは未だふらついているほむらへと突撃していく。一秒にも満たない、二人の距離は数メートル、キリカの助走無しの踏込で鍵爪はほむらへと簡単に届く。
が、その寸前にかくん、と頭を俯いたまま片足の力が抜けたようにしゃがみ込んだほむらは鍵爪をかわす。偶然か、必然か、キリカの一撃目の攻撃をかわした。

「チッ」
「―――――」

返す刀で薙ぎ払うようにキリカは下から、切り上げるように刃を振るう。

―――展開率13 → 80%

強力なキリカの斬撃をほむらは左腕に生み出した円盤型のバックラー、砂時計が埋め込まれたような盾で防ぐ。
また、いきなりNDの数値が大きく変わった。

「――!?いや今は、キリカ止めろ!」

ほむらはさすがに全ての威力を殺せなかったのか後ろに跳んで距離をとる。とはいえここは未来ガジェット研究所の屋上、彼女達魔法少女にとって決して広いとは言えない空間、着地と同時にやはり本調子ではないのか、体をふらつかせるほむらに対しキリカは容赦なく再突撃を仕掛ける。
止めたくても言葉は届かない。体は彼女の動きについて行けない。NDは発動しているはずなのに――――その身に魔法の加護が無い。
岡部倫太郎は間に合わない。力なき者に世界は優しくない。

「コルノ・フォルテ!!」

だがキリカとほむらの間を遮るように牛鹿の異形が突っ込んできた。

「あっっっぶな――――うん!?ユウリかいッ」

ズン!

コンクリートの床を踏み砕きキリカを威嚇するコルノ・フォルテ。その後ろにユウリ―――杏里あいりが両手に魔法で生み出した銃『リベンジャー』を召喚しながら着地する。
予想外の人物からの横やりに目を細めるキリカは、ぺたんと尻もちをついたほむらから一旦ユウリへと視線を変更する。
そして両者は言葉を交わすことなく睨み合い、数瞬の間を置いた。

「おい二人共――――」

ズドン!!

本当に数瞬だった。岡部の呼びかけが届く前に二人は相手の目的も意思も状況も考慮することなく必殺のつもりでぶつかりあった.。
キリカの鍵爪をコルノ・フォルテが魔力を込められた角で受け止め、前方に跳びながらユウリがリベンジャーで銃撃、受け止められたはずの鍵爪が角を切断し銃弾を防御、跳んだ勢いをそのままにキリカの脳天目掛けてユウリが踵落し、合わせるようにキリカはまさかの回し蹴りで迎撃、互いが弾かれあいコルノ・フォルテが追撃すればキリカの動きが加速、かわしたキリカの顔面に向かってユウリが発砲、キリカは弾丸が頬を掠めながらも鍵爪を振るう、しかし不可視の壁がユウリを守り互いは後方に跳躍――――・・・・・。
キリカは減速の魔法を周囲に展開しながら鍵爪を振るい、ユウリはコルノ・フォルテと連携しながら接近戦を仕掛ける。
そこに手加減や容赦はなく、問答無用の殺し合いが行われていた。

「おいっ、止めるんだ二人共!これ以上の――――」

―――展開率80 → 21%

戦闘を止めようと前に出ようとすればNDの展開率がまた急低下した。

「っ」

連続での変動はかなり気になるが今はこの一瞬で死んでしまう可能性が高いキリカとユウリから目を離すわけにはいかない―――しかし無意識に、やはり気になってしまうのか連続での変動に膝をついた岡部はユウリの後ろで尻もちをついているほむらに視線を向けた。

「・・・・・ほむら?」

そこで見たほむらの様子は今までの世界線漂流の中でも異質だった。彼女はすぐ隣で魔法少女同士が殺し合いをしているのに気にすることなく、その余裕もないのか地面に伏せたまま己の頭を掻きむしっていた。
メガネとカチューシャは既に地面に落ちている。小さな体を更に縮めながら彼女は震えていた。そして指先に血がこびりつくほど強く、頭を掻きむしっていた。
NDの急変動が原因?確かにそれは気分が悪く岡部ですら膝をつくほどだ。慣れている岡部ですらこれだ、耐性の無いほむらは可能性をあげるとすれば今のような奇行に、それこそ頭蓋の奥、“脳みそを掻き毟りたくなるほどの不快感”に晒されて――――?

「ほむら!」

強烈な既視感【デジャブ】。

思い浮かんだワードが思考を掠めた瞬間、岡部はほむらの元に駆け出した。すぐ傍で直撃すれば致命傷になりかねない魔法が交差しているが視界には映らない。
『脳みそを掻き毟りたくなるほどの不快感』、ほむらが感じているのが“それ”なのかは分からないが、もしそうだとしたら彼女の身に起きている現象に一つ、覚えがある。
その身を持って何度も経験してきたものだ。何度繰り返そうと最後まで慣れることのなかった代償の一つ。
激闘、激戦の繰り広げられる狭い屋上で、奇跡的に流れ弾に被弾することなくほむらのもとに辿りつけた岡部は頭を掻き毟るその手を押さえる。あまりにも痛々しいその奇行を放っておくわけにはいかない。

「しっかりしろ暁美ほむら!!」
「ッ・・・ぁ・・・?」

両手首を押さえて叫ぶ。途切れ途切れの嗚咽を零しながらほむらは視線を上げた。

「くそっ」

つい悪態をついてすまう。一度も諦めなかった少女、唯一絶望しなかった少女、ただ一人立ち向かった少女、弱くても悲しくても足掻き続けてきた少女が余りにも弱々しく岡部の視線に映った。
それが悲しい。悔しい。彼女だけが―――。そんな彼女がこんなにも苦しんでいるのにかける言葉を失ってしまった自分を恥じる。
髪の毛はボロボロで、お下げの片方はリボンが解けている。目には未だ涙が溢れ、頬と口元は引っ掻いたのだろうか血がにじんでいる。唇を噛んで震えている彼女はそれでも自分を見上げている。

「ぁ、う・・・あ」

カタカタと、震えている。何かを伝えようとしている口は何も紡がない。

「ほむら―――」

愕然とした。これまでの世界線漂流で自分は沢山の魔法少女と出会い、戦い繋がってきた。その中で幾度も支えてきたが今この瞬間・・・何もできなかった。
動けなかった。抱きしめる事も声をかける事も出来ない。何故動けないのか、何故見ているだけなのか、まさか泣いている彼女に見惚れているわけでもないだろうに・・・・。

「オカリン先生!」
「させるかッ!」

泣いている少女を目の前に、岡部が何もできないでいるとキリカが向かってくる。そうはさせまいとユウリも―――岡部はそれでも動けなかった。
彼女達から見て今の自分はどう見えたのだろうか?愕然としていたのか、憔悴していたのか、それとも―――?

ドゴガッッ!!

「「「っ!?」」」

戦闘を止めたのは言葉ではなく、三組の中心から、下の階にあるラボから放たれた黄金の砲撃だった。
キリカとユウリが急ブレーキをかけて、もう柱と言っても間違っていない光に冷や汗混じりの度肝を抜かれる。二人の眼前で髪の毛の先がジュッと焦げた・・・・消滅した。
あと少しでも踏み込んでいたら顔面が・・・・・。

「これ以上の戦闘行為はやめなさい」

ほむらを除く全員が、砲撃で開通させた穴から現れた人物に視線を向ける。

「あれ、誰かと思えば恩人もここにいたんだ?」
「呉・・・キリカさん?貴女も魔法少女だったの?」
「言ってなかったっけ?」
「言ってません・・・・・それでコレはなにかしら?返答次第では容赦しないわよ」

巴マミ。砲撃で出来た穴から出てきた彼女は流れと言うか状況を見て現場の状況を簡易に予想する。
岡部とほむらが動けない、ユウリとキリカは戦闘態勢。知人、仲間である彼ら彼女らの事を考えれば部外者であるキリカが敵であることは予想がつくが――――――。

「まてマミ、戦う必要はないっ」
「そう・・・なんですか?」
「おい鳳凰院凶真ッ、コイツは敵だぞ!」
「違うよユウリ後輩・・・・ん?後輩でいいのかな?」
「・・・・・」
「むぅ、無視は酷いなぁ」
「とりあえず武装を解いてくれるかしら、ユウリさんも」
「「・・・・・」」

マミの言葉を二人は無言で受け止め、だけど武装は解かない。

「聞き入れてくれないなら実力行使で―――」
「はぁ!?ユウリを、お前が?嘗めないでくれるっ」
「ユウリさん今は―――」
「悪いね、君は恩人だけど私には使命があるんだ。邪魔するなら殺すよ」

チリッ、と緊張が走る。
三者三様に思いはあれど言葉は少なく付き合いも短い、だから引かないし通じない。三人は言葉なく魔力を練る、いつでも動けるように、攻撃、捕縛、防御、“とりあえず戦って黙らせる”ために――――――。
それは魔法の力と、それなりの経験と自信から来る害だった。魔法を得る前の彼女達なら話し合いをしただろうに・・・・だからか、岡部が言葉を放つ。

「いい加減にしろ、そんなんだからお前達は何度も途中退場するんだ!」
「「「え?」」」

自分達のポテンシャルならそんな言葉は無視しても、言い返しても問題ないのだが知人からの、それも男性からの怒りに慣れていない三人は一瞬何を言われたのか分からず硬直してしまった。

「鳳凰院先生、私は―――」

ぱしっ、とマミの頭が後ろから岡部に叩かれた。

「あうっ」
「え、ちょ、なにッ?へぶっ」

べしっ、とキリカの顔にチョップ。

「な、なんだよ!?ユウリはお前のために―――――やぅんっ」

慌てて弁解しようとするユウリの額にもデコピン。

「マミ、ほむらの傷を診てやってくれ。キリカ、織莉子から何を聴いたが知らんが俺の話をまずは聞けっ」
「は、はいっ」
「うう、オカリン先生にぶたれたっ」
「未来は決まっていない。そうである以上彼女が早まった決断をするはずもない・・・・・俺というイレギュラーがいる以上彼女はまず相談するはずだ」
「つまり・・・?」
「これはお前の独断の可能性が高い」
「・・・・・織莉子に関する危険は即刻排除するのが――」
「結果、織莉子には余計な危険、負担がかかるぞ」
「それは困るっ、でもそんなの私が――」
「勝手に動けば織莉子に怒られ・・・・嫌われるぞ」
「うん、ここはオカリン先生に従おう!だから織莉子には黙ってて欲しいな!」
「武装を解け、ほむらには手を出すな」
「うーん・・・・・信じきれないかもしれないけどさ、その子はオカリン先生を―――」
「信じる」
「ふむん?」
「しかしそれはまだ可能性で、覆せる。ちゃんとお前の忠告は受けとめるからまずは話せ」
「むーん、まあ・・・・聞いてくれるならいっかな?」

そういって納得したのか、とりあえずキリカは武装を、変身を解いた。
しかし用心のためか、岡部の腕に自分の腕を絡ませ治療を受けているほむらから心持ち岡部を引き離す。

「当ててんのよ?」
「・・・・」
「無視・・・だと!?」

岡部は何も言わない。考える事があるからだ。織莉子から何かを聴いてキリカが動いた・・・・・余程のことがあるのだろう。
例えキリカの独断でも(もしかしたら織莉子の指示かもしれないが)、その行動を起こすだけの未来を予知したのだろう。
それを無碍にするわけにはいかない。だからまずは話を聞く、織莉子本人からも直接、問わなければならない。

「おい鳳凰院凶真っ」
「ユウリ、まずは落ち着け」
「知るかッ、命令すんな馬鹿!」
「叩いた事は謝る。だが一旦落ち着いて話を聞いてくれ、いきなりすぎて―――」
「うっさいさっさとソイツから離れろ!」
「キリカは一応俺の知り合いだ。危険・・・・じゃないとは言えないが話せば分かる奴だ」
「知るかそんなん!とにかく離れろよっ」
「ユウリ・・・」

まるで駄々を起こした子供のように―――実際子供だが―――ユウリは両手をバタバタと振って不満を顕にした。
彼女との付き合いは浅い。総合時間で言えばこの世界線ではキリカよりは多いが・・・いかんせん前情報も何もない、知っているのは戦闘能力がかなり高い事だ。
ユウリ、本名は杏里あいり。岡部が確認したところ彼女の能力は呉キリカや巴マミに劣らない。もしかしたら彼女たちよりも強い。
魔法で生み出したほぼ無尽蔵に撃てる拳銃。強力なバリア。独立行動可能な使い魔。変身魔法にキリカと渡り合える身体能力。

「あ、ねえねえ恩人。私の足も治療お願いできないかな?」
「え?呉さんも怪我を?」
「実は折れてるのさ私の足」
「「ええ!?」」

おまけにパワーもかなりあるらしい。岡部は知らないがユウリは素手で魔女を引き裂くだけの筋力も保持している。
マミと同様にキリカの足を見れば確かに腫れていた。戦闘時にぶつけあった足だ。ユウリは多種にわたる能力だけでなく基本的身体能力も高いらしい。
・・・あれ?この子って敵に回すとかなり危ない?

「もうっ、はやく離れろよー!」
「あい・・・じゃなくてユウリ?」
「むう?ユウリ後輩(?)どうしたのさ?」

そんなことを岡部が考えているとユウリがぐいぐいと岡部とキリカの間に腕を突っ込んで強引に二人を引き離そうとする。
なんだかんだで岡部はユウリが危機から救ってくれたのには大いに感謝している。彼女の介入がなければほむらは死んでいたかもしれないから、それに今も自分の身を案じてくれていて、それで危険人物であるキリカから好戦的だが離れるように言って・・・・・。
―――思い出した。そこで想い出した。付き合いは短いが岡部は知っている。彼女は非常に、救いようのないほどに、それこそ絶望的におっちょこちょいなのだ。

「はやく離れて!コイツはユウリのなんだからっ、もう――――――触るなあああああああああああああ!」

混乱からか、なんか言いだした。

マ「え?」
キ「ほう?」
岡「・・・・・うん?」

そして一瞬で正気に戻る。

「うわあああああああ台詞間違えたァああああああああああ!?」

キリカを引き離し、岡部を守るように両手を広げて抗議する姿は幼く、なんだか可愛らしかったが岡部の脳裏には昨日の悲劇(デート)が上映されていた。
ユウリ(あいり)が言っている『ユウリ』とは親友ユウリのことだ。あいりはこの時点でまだ岡部と親友の関係が男女の関係である可能性を考慮していた。つまり・・・・いつも通りの暴走だった。
状況が状況ならほっこりする場面だが現状はそうではない。
ガーッと吼えるユウリ。面白そうに顔に笑みを浮かべるキリカ。驚きながらもほむらの治療に専念するマミ。一瞬唖然としたが、ほむらの様子が気になったので取りあえず現実から目を逸らしマミに確認しようとする岡部。そこに新たな登場人物が追加される。



「ふーん?そーなんだー」



彼女は危険を承知で此処まで来たのだろう。念のために“それ”を持ってきたのだろう。ただタイミングが悪かった。暁美ほむらの治療はほとんど終わっていて、かつ落ち着いていたから彼女の関心事はそこにはいかない。
だから美樹さやかと共に乗り込んできた少女には屋上で幼馴染みが良からぬ事をしでかしているようにしか見えなかった。実際のところ彼は何もしていないが、発言もしていなかったが、寧ろ争いを止めようとしたがタイミングが悪かった。
まるで気にしてない風に、だけどその瞳に光はなく手には『バール・ノ・ヨーナモン』、使用すればリアルに警察沙汰になる忌むべき力を、それを携えた鹿目まどかが岡部倫太郎を見ていた。

「ファ!?」

岡部の悲鳴である。
にっこりと、まどかは笑った。

今、この瞬間だけを切り取れば、それは未来ガジェット研究所での日常だった。
キリカが面白そうな状況に口元を歪ませ
ユウリが発言内容に気づいて顔を真っ赤にし
マミがオロオロとしながら治療を続け
まどかが一歩一歩距離を詰め
さやかが青空を眺めていた

どこの世界線でも似たようなやり取りがあった。

唯一の違いは暁美ほむらはそんな中で独り、ずっと苦しんでいることだった。
誰も気づけない。見た目は落ち付いていたから、数秒前の殺伐とした空気から一転していて安堵から、安心から、傍に居たマミも、経験したことのある岡部も、そして―――鹿目まどかも気づけなかった。
すぐ傍で苦しんでいる大切な人を見過ごして、いつものように日常を歩んでいた。






ぐるぐるぐる。ぐにゃぐにゃぐにゃ。定まらない視界、止まらない風景、停止せず、決まらない世界。
キーンと唸るような耳鳴りが、まるで大きな金属の紺子の形に実体化して耳の奥から脳髄をかき回しているような感じだろうか、とにかく不快で、どれだけ不快なのか正確には言葉にできない。
四方八方から細胞の隙間を割り裂いて、暁美ほむらを構成する何かを分解していく。
幻影、幻聴、幻触、幻香、幻味・・・五感すべてが脳の処理を拒否してバラバラな情報を受け入れようとする。感覚だけじゃない、衝動が、感情が満ちてくる―――悪い意味で。
とてつもない吐き気と酩酊感が押し寄せてくる。重力の感覚があやふやだ、前後左右上下――――自分の足は地面についているのか、そもそも足は存在しているのかも分からない。

バラバラの映像が、無限の世界があった。

生きる時もあれば死ぬ時もある。
殺す時もあれば癒す時もある。
泣く時があれば笑う時もある。
悲しむ時があれば楽しい時もある。
黙る時があれば語る時もある。
愛する時があれば憎む時もある。
戦う時があれば和らぐ時もある。

時間と事象がバラバラな映像が頭の中を駆け巡る。

(・・なに・・・?)

一つ。幾つもの光が螺旋を描きながら空を乱舞する。一つ一つが綺麗で、どれもが美しく輝いていた。
“知っている”。その輝きはソウルジェムが生みだす奇跡の光。“知っている”。その輝きを放つ魔法少女は私の仲間。“知っている”。彼女達は必死に戦っている。
ただ一つの黒。赤い光を纏う魔女となった■■■■■を殺すために全員で挑んでいる。遠慮なく、容赦なく、加減なく、決してそれらに妥協なく。

(・・・・・・・・なに・・・?)

一つ。街中を談笑しながら歩いているのはラボメンだ。知らない子もいるが“知っている”。仲間だ。大切な・・・・青空とガラス張りの高層ビルを背景に今日の目的地へと向かう。
“知っている”。その瞬間がとても愛おしくて頑張っていることを。“知っている”。その瞬間を守るために立ちあがってきたことを。“知っている”。そのために繰り返してきたことを。
そこにいる『私』は皆に混じって笑っていた。くだらない冗談に、程度の低い話に口を押さえ、噴き出すのを必死に我慢していた。

(・・・なんなの・・・)

一つ。佐倉杏子と一緒にいる小さな女の子に「おじさん・・だれ?」と言われて滅茶苦茶落ち込んでいる岡部倫太郎に『私』が「ぷぎゃーw」している。
知らない。この瞬間を私は・・・・『私』が・・・・・。知らない。メガネをかけず、髪をストレートにしている魔法少女の私は楽しそうだ。『私』もそれには同意見のようだ。
岡部倫太郎や美樹さやかとはいつも喧嘩している。いつもお互いを罵りながら協力している。いつもいつもいつも喧嘩して文句の応酬を繰り返し・・・・・。

(・・・・これは・・・・なに・・?)

一つ。深夜の見滝原の街中を二つの光が激突しながら舞っている。“知っている”。美樹さやかと上条恭介が戦っていた。互いが全力で、手加減抜きで戦っている。
“知っている”。本来は無力な少年。彼はラボメン№03。キュウべぇの片翼。ワルキューレ第二位。岡部倫太郎を■った大英雄。

ラボメンは力を合わせて魔女と戦うこともあれば味方同士で戦うこともある。陣形を組んで一つの魔法の威力を底上げして協力したり、意見の違いから戦かったり、勘違いや思い込みで傷つけあう。
“知っている”。最初はぶつかって、しかし最後には手を取り合って仲良くなって仲間になった。巴マミの家やラボに集まって、泊まりがけで騒いで、未来ガジェットとこれからについて話し合っていた。

(・・・・・・ちがう・・・・これは私じゃないっ・・・)

一つ。『薔薇園の魔女』の使い魔に囲まれていたまどか達を巴マミが救い、魔法少女の私がいつものように彼女達と対峙していた。
“知っている”。そこに駆けつけてきた岡部倫太郎がいきなり全員に説教を始めて場が混乱した。インキュベーターの姿が見える岡部倫太郎にキュウべぇ、マミ、私が戸惑い・・・・しかし私は立ち去った。
それを、かつてないイレギュラーを自らふいにしてしまったと後悔しながら自宅で今後の方針を考えていたら岡部倫太郎がキュウべぇを連れて押しかけて来たので驚いている私がいた。

年齢も出逢った時間もバラバラな岡部倫太郎と、そこにいる私は毎度喧嘩しながらも不思議と仲が良いように見えた。

―――じゃあ、“これ”は誰?

一つ。どこかの世界で、どこかの戦場で、誰かの結界で、右手に紅蓮の銃を。左手に白蓮の銃を。

(ちがう・・・・ちがうちがうッ)

『舞台装置の魔女』と『■■の魔女』を■えて。

―――“知ってる”。他に、誰にこんな事ができる

背中には空間を裂いたような翼を背負う。

(こんなことしないっ、私がするはずがない!!)

振り下ろされた剣を受け止め、突き刺してきた槍と共に薙ぎ払う。鍵爪をかわしてハンマーの軌道を逸らし、撃ち込まれてきた弾丸ごと爆炎で飲み込む。
周囲を旋回する矢と宝玉を蒼白の光で全て撃ち落とし、背後から襲ってきた使い魔を黒い翼で弾き返す。
回復の光を阻害する魔法陣を展開し、いきなり現れた左右からの妄想の剣を簡単にかわす。

―――暁美ほむら以外の誰にコレができるというの?

“知っている”。この『私』は今までの映像に映し出されていた私とは違う。その映像を、その世界を観測、観察してきた『私』だ。経験したわけじゃない、ただ観ていることしかできなかった『私』だ。
手を伸ばせば届く距離にあった“それ”を掴めなかった『私』だ。
誰もが『私』を見上げていて、『私』は皆を見降ろしていた。ガジェットを奪い、仲間を裏切り、叫ぶ彼らの言葉を否定して淡々と言葉を紡ぐ。
その両手の巨大な力を皆に向けながら、酷く冷めた口調と瞳でトリガーを引いた。

(嘘だ・・・・・!!)

魔力が尽きれば終わる。抵抗逃走は無意味な一方的な攻撃が彼女達を襲う。魔力が尽きれば呆気なく終わる。何もできなくなって終了、抗う意思も霞んで諦める。
普通は―――・・・・・だけど彼女達は諦めない。“知っている”。だから『私』は戦っているのだ。諦めないから戦っている。
全員が固まって残った魔力を一つに集めていた。私じゃない『私』が「ワルキューレ」と呟いた。未来ガジェットの集大成。並列で展開するそれを直列で使用し、私を止めようとする。

止めてくれる。そう思っていた。止まってくれると思っていた。

―――岡部倫太郎に、それはできないのにね

彼らには絶対に諦めない意思があったから、私じゃない誰かを傷つけたくないから――――だからその『私』は何もしなかった。必要が無かったから。
彼は全ての魔力が込められた攻撃を『私』にぶつけなかった。ただ一度きりのチャンスを棒に振った。止めきれる可能性を放棄してしまった。
そこにいる『私』は首に添えられるように触れている妄想の剣を無視し、右手の銃口を相手の胸元に当てた。

(・・・・・わからない)

なにが、なにをしようとしているのか・・・・・・何も解らなかった。

―――私がこれからしなければならない事

記憶じゃない。記録だ。私が経験してない世界での出来事、『私』が遠くから眺めていた世界と実際に観測してきた世界での記録。
幸福があった世界、必死に手を伸ばして、もがいて足掻いて、それでも最後には誰かが死んでしまう世界での出来事。
隣り合わせの世界。無限に存在する可能性世界の一つ、私のなれの果て。

(・・わかり・・・・たくない)

打ち込まれた弾丸は岡部倫太郎の身体を容易く貫通し、後ろにいる彼女達にも襲いかかった。

(どうして・・・)

内容はどうあれ、それでも知ったことは武器になる。未来の知識を得たことで可能性は増えたはずなのに、私はこの記録を忘れてしまう。封じられてしまう。それが分かる。それが伝わる。
どれだけ残酷な世界にも無限の可能性が存在しているはずなのに、識っていることで未来は変える事ができるのに。
それを知っているはずなのに、何故彼女は、『私』は、私は――――それを選ばないのだろうか?選べなかったのか・・・・・。

分からない。解らない。私には――――何もわからない。

そして、その思考も『記憶』と『記録』を封じられることで霧散した。



どうして『私』は私にこの『記録』と『記憶』を提示したのだろう・・・・・。






真っ暗な世界から意識が浮上する。

「ッ!?」

ばッ、と起き上がる。

「ほむらちゃん大丈夫?」
「ま、まどか?」

まどかの心配そうな顔が目の前に、何があった?どうしてここに?今は何時で何処だ?
キョロキョロと視線を周囲に向ければ室内で、マミがパタパタと湯気の立っているカップを此方に持ってきてくれて、さやかが穴のあいた天井を「あー、まどかママにバレたら・・・・岡部さん死ぬな」と呟きながら眺めていて、ユウリが布団を被ってソファーで丸まっていて、キュウべぇがボロボロでリビングに転がっている岡部倫太郎を見下ろしていた。

「倒れてたから心配したんだよ。どう、気分悪くない?痛い所とかある?マミさんが魔法で治してくれたらしいけど大丈夫?」
「えっと・・・・ごめんなさいまどか、心配してくれて嬉しいんだけど岡部先生は大丈夫?なんか虫の息みたいだけど・・・」

なぜ自分は寝ていたのか、なぜ天井に穴が空いているのか、なぜ・・・・・ボロボロの岡部倫太郎を誰も治療しないのか。
毛布に包まっている『杏里あいり』を除けば全員が回復魔法を使えるのに―――――。

(・・・・なに・・・?)
「オカリンはいいのっ、また勘違いさせた罰だよまったくっ」
「あれ・・・・・・“まだ違う”?」
「ほむらちゃん?」

傷ついて倒れている。最初から、最後まで苦しんで、最後には独りになって・・・・・ああ、それが“いつも通り”だったっけ?それがわたし達にとって当たり前の事・・・。
出逢って、話して、繋がって、喧嘩して、分かり合って最後には殺し合う。それが岡部倫太郎と魔法少女・・・私達のいつもの関係。
何度繰り返しても、何度試してもダメだった・・・・・、遅かった。だから過去に跳んでやり直してみた。岡部が決断する前に、岡部が動きだす前に、岡部倫太郎に私達はちゃんとできるんだって証明を・・・。

「あれ・・・?」

自然と、当たり前のように浮かんだ思考に首を傾げる。

「暁美さん大丈夫?これ、ゆっくり飲んでみて」

何か恐ろしい事が平然と思い浮かんだ気がした。思い出さなければいけない事が在ったような気がした。
ほむらはマミからホットミルクを受け取りちびちびと飲んで・・・・・また首を傾げる。

「あ・・・れ・・?」
「ほむらちゃん大丈夫?ここが何処だか分かる?」
「ら・・・ラボ・・?」

『ラボ』。未来ガジェット研究所。まどかの質問に対する答えを頭の中で思い浮かべる。
そうだ、ここは未来ガジェット研究所で私達の居場所、ラボは大切な場所で、岡部倫太郎が作ってくれた世界で安心できる数少ない私の・・・・・・。

「なんで・・・?」

だから分からない。

「なんでなの・・・」
「ほ、ほむらちゃん?」
「なんで・・・そんなことができるの?」

なぜ彼女達は“いつも”岡部倫太郎を殺すのだろうか。

「―――ァ」
「ほむらちゃん!?」

まどかはホットミルクを受け取る。ほむらはそのまま気を失うように横になった。

「あれ、ほむらは?」
「また寝ちゃったみたい・・・・」

まどかは、まどかも分からなかった。ほむらが何を言おうとしたのか、何を伝えようとしたのか。
さやかの言葉にハッキリと返事を返せなかった。ほむらは再び寝てしまった、だからまどかの返事に間違いは無い、だけど・・・なにか、なんだか、そのままにしておきたくなかった。

「・・・」

だけど無理に起こすわけにはいかない。すごく疲れているのは見て分かるしマミさんの話によれば怪我もしていたらしい。マミさんと視線を合わせればマミさんは頷いた。ゆっくり休ませようという意図を感じ、それに同意する。
魔法で治癒した彼女の顔に傷跡は無い、涙の跡も、苦しそうな表情も、なのにどうしてだろうか?暁美ほむら、出逢ったばかりの転校生、メガネを外して髪を梳かせばかなりの美少女である彼女は屋上で治療を受けて以降、ずっと泣いているように見えた。


「む・・・っ?ここは?」

数分後、一応落ち着いた様子のほむらは熟睡したかのように寝息をたて、変わるように岡部が復帰する。

「―――――では、これより今日の予定を発表する」
「何事もなく起きあがったけど岡部さん大丈夫?まどかに―――」
「ふ、大丈夫だ問題無い。まどかの精神的言葉責めに口とお腹の中が焼け爛れたようにトランザムしただけだ」
「岡部さん!?岡部さん気を確かに!!」

今回、ほむらの容体が気になったのでまどかのお説教時間は“長くなかった”。
ゆえに岡部の症状は長時間というか超時間の言葉責めの結果だ。実際には短い時間でありながらも長時間尋問を受けたかのような錯覚を与えるタイムマジック。
岡部倫太郎は「ツインテール」「女の子」「凶器」のコンボは一つのトラウマへと繋がるので鹿目まどかからの尋問には結構精神的にくるものがある。

「・・・・ハッ!?」
「あ、ちゃんと帰ってきた?」

てんやわんや、相変わらず朝から騒がしいラボだ。

「・・・とりあえず確認だ。本来の予定では朝はガジェットの説明、特に3号機の使い方を憶えてもらい、お昼はミス・カナメの所に行って昼飯代をカバーしつつ必要ならお前達の状況を伝える。夕方は魔女探索及びND使用による戦闘訓練。夜は連携魔法や合体魔法の説明と今後の予定内容の確認・・・・だったが」

岡部は横になって目を閉じているほむらに視線を向ける。

「予定変更だな、ミス・カナメとの約束はほむらが起きてからだ。昼までに目を覚まさなければ後日」
「まどかママへの言い訳も考えないといけないから、岡部さん的にはそっちの方がいいんだよね」
「・・・・・うん」

さやかの台詞に頷く。良い天気だ。見上げれば蒼穹の空が絵画のように映る。
ラボの天井から屋上まで繋がった穴、人一人は余裕で通れる大穴・・・バレタラヤバイ、最悪追い出される。

「鳳凰院先生っ、その、わっ・・・私ちゃんと弁償しま――――」
「いや、君は気にしなくていい」
「そういうわけにはいきません!」
「君は恩人だ。あの状況下で最善の選択だった、感謝している」
「でも―――」
「マミ、本来ならラボの長たる俺が彼女達を・・・止めきれなかったのは、君がこうしたのは俺の力不足だったからだ」

と、格好つけてみたが心の中で岡部は頭を抱え込んでいた。いずれバレる。絶対バレる。肋骨骨折入院費。それに修繕費・・・・・これって総額幾らくらいするんだろうか?
時に人は追い込まれた時、無駄に、無意味に足掻きたくなったり格好つけたりするがまさにそれ、軽い現実逃避を岡部は実行し、目の前の悲劇を無理矢理ポジティブで解決することにした。

「穴の事はあとで十分だ」
「いいの?岡部さん貯金とか無いよね」
「オカリンの貯金は五千円を切ってるよ・・・・ママになんて言い訳するの?」
「言い訳なんぞ鳳凰院凶真たる俺には無用!このまま一カ月隠し通せば問題ない・・・・・・・・・まどか、なぜ俺の残高を知っている?」
「一カ月って、なんかあったっけ?」
「オカリンの給料じゃ足りないんじゃないかな?だって■■ぐらいだよね?」
「だから、何故、俺の個人情報を君が知っているんだ」
「私幼馴染みだよ?」

まどかは岡部が来月の給料でなんとかしようとしている、と思っているようだが違う。それは間違えている。修繕費が足りないのはもちろんだが直している間に確実に洵子氏にバレるのでその案は検討すらしない。
岡部の狙いは『ワルプルギスの夜』だ。

(奴は襲来時にとんでもない台風、スーパーセルをおこす大災害認定魔女。襲来時毎度毎度見滝原に甚大なダメージを与える。それはラボにも少なからずの被害を・・・・あとは解るな?)

もちろん岡部はそれを、まどか達ラボメンの住まう街を魔女にみすみす破壊させる気はない。それを回避、防ぐためのガジェット、5号機を開発済みだ。ただ物事には限界があり、アクシデントは付き物だ。すべてを護る事は出来ず、何かを犠牲にしなければならない。
ラボは毎回ガジェットの恩恵を受けきれない。場所が人気のない場所だから優先順位が低い、もちろん建築物密集地だが全体的に都市開発に置いていかれた寂れた個所で人もそれほど多くは住んでいない。
そこに住む人達には悪いが岡部はこれまで何度も選択してきた。ラボ周囲だけではない、被害を最低限に抑えるために見滝原の主要ではない場所は切り捨ててきた。

(そう、仕方がない・・・だからこの穴は災害でこうなったことにしよう)

と、一人悲劇のヒーロー気分で自分を慰めている岡部だが、実際は怒られるのを回避しようとしているだけだったりする。
ここを追い出されるわけにはいかない。ささいな・・・・ささいな被害ではないがコレが原因で関係がバタフライ効果で悪化し協力関係を築けなくなれば笑えない。
つまり人様から借り与えられた雑居ビルをこんなにしておいて黙っているのは仁義に反しているようで結果的に皆のため、これまさに正義、やむなき事情故でありどうしようもない事柄であり必要悪だ。
岡部はそう結論付けた。無論、冗談抜きで可能な限りラボは・・・・それこそ無傷で事を成し遂げたいが現状では不可能だろう。魔法少女の数が少なすぎる。

「キュウべぇ、前日から頼んでいたことは?」

ラボは大切だ。だが何よりも人命を優先する。その人達の生活も。居場所も。
岡部は思考を切り替えキュウべぇに確認を取る。今まで空気扱いされていたキュウべぇだがずっと此処に居た。正確にはほむらが魔法を取り戻すと同時にさやかの肩から飛び降り屋上へと向かっていた。
その後は終始無言で何も聞いてこない。姿を消さないだけありがたいが・・・何を考えているのか分からないのは不安だ・・・・訊きたい事は沢山ある。
魔法を取り戻したほむら、奇行の事でもそうだが彼女についてできれば可能な限り情報が欲しい。それにまどか、ほむらの覚醒がまどかに影響を与えたのか知っておきたい、繰り返しの結果、因果が収束してきた前回と同じ状況になったのならば・・・・・。

(いや、それは・・・・いまさらだ)

なら、やはり一番の問題は暁美ほむらだ。まどかには悪いが、ほむらにも悪いが、そうなったとしても当初の計画からズレがあるわけではない。それが普通だったのだから。
魔法少女になってしまった場合、一度の戦闘でリタイヤ確定というのは避けたいが対処方法も考えている。だから―――――

『見滝原で三人、あと佐倉杏子の情報なら入手しているよ』
「そうかっ」

また思考が余所に行っていた。岡部は頭を振って切り替える。今は今日の予定を皆に伝えることを第一に考える。先延ばしにするつもりはない、今は皆に説明することを優先する。
一つ一つ、ちゃんと確認しながら進むために。

「佐倉さん!?」
「ああ、佐倉杏子。彼女をラボメンに誘うつもりだ」
「彼女と知り合いだったんですかっ?」
「いや、俺が知っているだけだ」
「・・・・誰?」
「オカリン?」
『佐倉杏子 風見市を根城にしている魔法少女だよ』

岡部はキュウべぇと出会ってから最初に頼みごとをしていた。ガジェット開発の手助けと人物の探索だ。それは見滝原とその周辺に現存している魔法少女、及び岡部が知りうる知人の安否及び現状の確認だ。
ラボメンの安否はもちろん、『ワルプルギスの夜』との戦闘には“戦闘に参加しない魔法少女も可能な限り必要”だ。
5号機、未来ガジェットM05号『業火封殺の箱【レーギャルンの箱】』。擬似世界、魔女の結界に似た特性を発揮できるこのガジェットで『ワルプルギスの夜』を此方が創り出した結界内に閉じ込めるためだ。
結界を張らない超ド級魔女を結界で捕える。存在するだけで見滝原を廃墟にするこの魔女を結界内で倒す。しかし一つだけでは見滝原の全てをカバーできない。あまりにも巨大で強大、簡単に結界を破壊される。だから複数、それを扱える人物、魔法少女ができるだけ多く必要だ。
見滝原への被害を可能な限り減らし、かつ人目を、周りの被害を気にすることなく戦うために。

「今はどこにいる?」
『風見市だよ』

とはいえ、勝つための戦力がなければ意味は無い。いずれ突破されて全滅だ。
佐倉杏子。彼女の実力はよく知っている。彼女の力が必要だ。

「佐倉さんは・・・・元気?」
『うん 今は新たに契約した子と一緒に活動しているよ』
「え!?」
「よし」

マミと岡部、同時に上げた声は困惑と高揚。
マミは過去に佐倉杏子と共同戦線というか、子弟関係のような、共に戦う心許せる仲間だったがすれ違いから袂を断った。過去を想い、思う事があるのだろう。
岡部はこれまでの経験から杏子と共にいるのが千歳ゆまであると予測した。

『一緒に居るのは千歳ゆま まだ幼いけど将来有望な魔法少女だよ 彼女の使用する回復魔法はかなり強力だ 仲間になってくれれば心強いと思うよ』

マミと杏子。二人の過去を知っている。だからマミの事を思えば先に彼女のフォローをとも思ったが、この時の岡部は歓喜していた。
千歳ゆま。彼女の存在は大きい。美国織莉子、佐倉杏子といった面々はもちろんだが彼女の介入には意味がある。それはラボメン全員に言えることだが、彼女、千歳ゆまの加入は各世界線で特に・・・岡部から関わるのが難しかった。
巴マミ、呉キリカ、鹿目まどか、美樹さやか、暁美ほむら、彼女達は見滝原中学校にいればすぐに関わりは持てる。他の魔法少女、美国織莉子などはキュウべぇと協力できれば状況を確認できる。契約しているのか、していないのかも含めて。
ただ千歳ゆま、彼女の場合は五分五分だ。岡部が各世界線に辿りついた時点で彼女の安否は不明の場合が多い。すでに死んでいる場合と行方不明の場合がほとんどだ。原因は虐待か、魔女か、とにかくほとんどの世界線で岡部が関わる前に彼女は届かない場所に居る。
千歳ゆまだけじゃない。マミや織莉子、杏子の家族、岡部が辿りついた時点で既に間に合わない人達もいる。飛鳥ユウリ・・・・もしかしたら彼女も。だから岡部は各世界線到着後、何よりもまず先に、戦力よりも情報を集める。身近にいる人達の状況を、キュウべぇがいればすぐに集める事ができる。
今回はキュウべぇと出会う前にキリカと出会えた。キュウべぇと出会えたその夜に3号機の基礎作成、及び人物の探索を依頼、その時点では探索に当たりは無く、彼女達の安否に悩んでいた。
だが今日、ついに確認できた。佐倉杏子と千歳ゆま、いつかの世界線で出逢えた少女達。岡部倫太郎が鳳凰院凶真を取り戻した世界線で支えてくれた少女達、いつか、必ず戻ると約束した大切な人達。

「そうか・・・・無事だったか、よかった」
『うん あと見滝原にくるようお願いしておいたよ』
「返事は?」
『了承してもらった』
「いつ頃・・・・これそうなんだ」
『いつでも 今からでもいいんじゃないかな?基本魔女狩りかカツアゲしかしてないし』
「どんな奴なの?」
「怖い人・・・なのかな?」
「・・・・・・くっ、ククク」
「「「?」」」

一人、周りから見れば過剰反応している岡部にまどか達が視線を向けると、岡部は両手を大きく振り上げ大声で宣言する。

「フゥーハハハハ!!条件は整いつつある!これがシュタインズゲートの選択――――オペレーション・フミトビョルグを発動させる!!」
「ふにと・・?」
「覚えられないなら気にするな!」

特に意味は無い。

「まずはマミ!」
「は、はい?」
「君は杏子と連絡を・・・・キュウべぇと直接迎いに行ってくれ!」
「えっ・・・で、でも私―――」

マミが戸惑うのは理解している。巴マミと佐倉杏子は仲違いから後味悪い決別をし、そのまま今日まで来てしまった。双方共に嫌いあっているわけではない、しかし今さらどんな顔をして向き合えばいいのか、幼い彼女達はまだ解らない。
このまま先伸ばしにしても良い結果はありえない。彼女達が動けないのならきっかけを無理矢理にでも与えればいい。きっとマミも、杏子も―――仲直りしたいはずだから。
これは二人の問題だ、ましてこの世界線の岡部は杏子との面識はない。だから完全に部外者だが構わない、躊躇わない、今さらだ―――岡部倫太郎を此処まで連れてきたのは彼女達だ。世界線を跨ごうが責任はある。
それに知っている。悩むだけでは答えの出ない問いもある 。思考をめぐらすだけでは解決しない事態もある。事態が動かねば出ない答えもある。情勢が移らねば解決しない悩みもある。
例えそれが・・・時に計り知れない苦痛や悲しみをともなうものだとしても、時に人は、問題は、当事者だけでは前に進めない事も多々あるのだから。

「マミ」
「・・・わ、私は・・・・」
「大丈夫だ」

マミの頭に優しく手を乗せて、岡部はゆっくりと撫でる。一瞬ビクリッと身を固めたマミだったが、その感触は久しくないモノだった。ずっと、独りになってからなかったものだ。
怯えるように、顔を上げて岡部と正面から見つめ合う。
岡部の表情に表れているのは優しく諭そうとする大人の余裕か、それとも慈愛からくるものなのか・・・・そこに、マミは亡き両親の面影をみた。

「「・・・・・」」

ああ、この人は本気で大丈夫だと思っている。それがマミに伝わった。真剣でもない、厳しくもない、ただ安心させる優しい表情のまま自分を見ている。
視線を合わせてしばらく、マミは決めた。今から少しだけ前に進む事を。勇気を持つ事を。
昨日からいろんな事があった。普通なら、今までなら考えもしなかった展開が次々と、きっとこれからも似たような事が起きるのだろう、なら過去と向き合ってもいいはずだ、向き合えるはずだ。
これを良い機会だと思えば・・・怖くても、今ならできるような気がした。一人じゃないから、勇気をもてる。自分は一人ぼっちじゃない。
何よりも自分は彼女と、佐倉杏子と仲直りしたいから。

「私――――、頑張ります!」
「うむ、それでこそ我がラボメン!重要な任務だ、必ず彼女達をここに案内してくれ」
「はい!」

両拳を握りしめ決意を顕にするマミに岡部は満足そうに頷いた。悪い事にはならないだろう。互いにきっかけを探していたのだから、それこそ、噂を聞くたびに互いの縄張りに幾度も訪れ、相手にちょっかいを出すくらいに。
既にキュウべぇには念話で集合場所を指定、杏子達の近くに居るインキュベーターに伝達、杏子には了承の意志はあるらしいので、この件はマミに一任する。

「次にまどか、お前はこのままほむらの様子を診ていてくれ」
「うん。オカリンはどうするの?」
「用事ができた」

タイムリープした可能性がある暁美ほむらから離れなければならないほどに、無視できない重要な事がある。

「マミさんと一緒に会いに行くの?」
「いや、外で待たせているキリカと出てくる」
「「「「え!?」」」」

全員が、毛布に包まって羞恥に悶えていたあいりも皆と同時に驚きの声を上げる。

「おまッ、お前は何を考えているんだ!!」

毛布を投げ捨て立ち上がり、あいりは岡部の胸倉を引っ張る。

「少し彼女の知り合いから事情を聴いてくる」
「危ないだろうが!」
「それを解消しに行く」
「じゃっ、じゃあアタシも―――!」
「念のため、君はここで待機だ」
「ハァ!?」
「ラボを、まどか達を守ってくれ。あと買ってきた食材を長期保存ができるように加工しておいてくれると助かる・・・・そう、“これ以上手を加えなくても良いほどに”」

“余ったモノで『芋サイダー』を創ろう!”なんて考えが過らないほど徹底的に。既に岡部の残金は底を尽いたも当然なモノになっている。
昨日までの買い置き食材はまどかによって英雄的ドリンクになってしまっている。せめて今日買ってきた物は今のうちに手を打っておかねば彼女は再び善意からやらかすだろう。

「意味は解るけど・・・・、アイツは―――」
「ああ、だが心配には及ばん」
「・・・・・・」
「岡部さんあたしは?」

まだ何か言いたそうにしているあいり、そこでさやかが発言し二人の会話を切った。幸か不幸か、あいりはそれ以上の問答をしなかったので岡部的には助かった形になる。
あいりには助けてもらって、それに心配してくれて、だから申し訳ないと思うが、嬉しいが同行させる訳にはいかない。何があるが解らない以上、信用できる力は彼女達の近くに集めておきたい。世界はまどかを強制的に魔法少女へと誘う、魔女でも、悲劇でも、理由は多くあり、だけど常識外れの魔法があれば覆せる。
だからなるべくまどかの傍から離れたくはない、しかしそうも言ってられない。美国織莉子と呉キリカ、味方なら非常に心強いが敵なら・・・・犠牲を覚悟しなければならない。今はまだ大丈夫のはずだ。それをきちんと、はやい段階で定めなければ彼女達が敵対する決断をしてしまう可能性がある。

「英雄である君は――――」

幸いにも、この世界線では友好的な印象がある。織莉子はともかくキリカには余り適用できない保証だが織莉子からの口添えがあればすぐに問題は解消できる。
だからこそ急がなければならない。ほむらが覚醒してしまったのだ。いつ織莉子が最悪を観測してもおかしくない。その前に彼女と話をしたかった。
それにキリカから念話で伝えられた事が事実なら“見舞い”もかねて別件の事で詳しく聞いておきたい事もある。

「上条恭介に直接伝言を頼む」
「へ・・・・?恭介に?」

呉キリカ、そして美国織莉子は昨晩――――とある魔法少女に敗北した。

「ああ、あいつをラボメンに加えたい」

それが本当なら上条恭介を早く“こちら側”に引き込んで体勢を整えておかなければならない。
白巫女と哀戦士。このコンビと単体でぶつかって、かつキリカに「負けたよ」と言わせる存在が現在見滝原に居る。今までになかった事象だ。本当に何が起きるのか予測できなくなってきた。
単体で挑んで彼女達に勝てる存在は伝説級の魔女か『シティ』にいる規格外の連中しか想像できない。そんな奴がいる。この世界線はこれまで起きなかったことが起きている。万が一、その存在がこの近くを通りかかったら?何かの因果でまどか達と出会ったら?
考えすぎだと自覚している。だけど安心できない。だから信用できる実力があるあいりには此処に残ってほしい。

「内容はそのまま伝えればいい」
「と、言いますと?」
「近いうちに、それこそ今日か明日には“迎いに行く”と」
「つまり外出許可を貰っとけってこと?」
「ああ」
「電話でいいんじゃないかな?」
「色々あってな・・・それにヤツの顔を見たいんじゃないか?」
「ンな!?」

ボッと、一気に赤面したさやかを見て岡部は笑った。まどかも、つられて笑った。

「じゃあ、しょうがないねさやかちゃん?」
「ま、まどか!?」
「上条君のところ、行ってきたらいいよさやかちゃん。きっと上条君も待ってるよ?」
「昨日も会ったよ!そ、それに頻繁に行ったら迷惑かもしれないし―――」
「相変わらずヘタレだな・・・」
「上条君、何時も嬉しそうだよ?」
「あ、あたしが恭介に気があるって気づかれるかも・・・」
「「大丈夫、それは絶対にない(から)」」
「それはそれでショックだ!?」

叫ぶさやかに岡部は思う。願う。この世界線でも彼女に幸がありますように、と。
美樹さやかは魔法少女じゃない。この世界線では“まだ”違う。だが可能性はある。まどかと違い契約する事を定められてはいない。世界線によって契約することなく過ごす世界もあった。
なら、それなら、その可能性があるならばラボメンに誘うのは間違っているのではないか?わざわざ魔女との関わりを増やすことも無いのでは?最初はそう思った。どう考えても普通の人間には辛い思いをさせてしまう環境にわざわざ巻き込む理由はない。
だけど今は違う。“上条恭介と約束した”。例え魔法有無がどうあれ絶対にラボメンとして受け入れる。必ず近くで守れと――――そして、自分を“巻き込め”と。約束したのだ。それは世界を跨ごうと変わらない。この世界線の上条が覚えていなくても関係ない。約束を違えれば“あの世界線の上条恭介”は世界線を越えてでも岡部を責めにくるだろう。
“前科”があるだけに、この約束は果たさなくてはいけない。なにより、彼の存在もまたラボには欠かせない。

「こんなところか。とりあえず1時前には再びラボに集合だ。お昼には若干遅いかもしれんがそれぐらいの余裕はもっておこう」
「ママに連絡しとくね。マミさんが迎いに行く子の分も準備してもらう?」
「ああ、頼むまどか。ではキュウべぇ、バイトせ・・・・杏子には飯を奢るとでも伝えてくれ、すぐにくるだろう」
『わかった』
「マミ、すぐに出れるか?」
「はい。でも鳳凰院先生、本当に大丈夫ですか?」
「ふんっ、ほっとけよそんな奴!」
「ユウリ、今後ラボでの食事は全て君に取り仕切ってもらう。頼んだぞ」
「なんでアタシが――――えっ、今後?全て?それって・・・って違うよユウリ!?私そんなんじゃっ―――――ええ!?なんでいつも天使と悪魔が結託してるの!?」
「・・・ユウリはほんとうに純情だなぁ」
「上条相手だとお前も割と“こう”だぞ?では上条への伝言は任せた」
「わかりまし・・・・え、うそ!?あたしってこんなンなの!?」
「こんなん!?」
「オカリン、今のはどういう意味かな?お話がまだ必要なのかな?そうなんだね分かったよちょっとそこに座ってねバール取ってくるから ま っ て て ね ?」
「ひぃ!!?」
『君達時間が限られてるの分かってる?』

そんなこんなで状況は動きだす。
マミとキュウべぇは佐倉杏子と千歳ゆまを迎いに。
まどかは横になったまま眠るほむらの様子を見守る。
あいりはその二人の護衛。あとラボの食材を今のうちに調理し台所事情を守る。
さやかは本来関わらすべきではない少年を間接的だが本人の意思で巻き込むために病院へ。
岡部は今頃ラボ付近の何処かでジュースを飲みながらダラケテいるキリカと共に織莉子のもとへ。

「昼頃には此処に戻れるように。各自何かあれば連絡を―――以上だ、解散」

これまでにない事情により、これまでにない行動だった。行動一つ一つはこれまでにもあったが同時にそれを別行動で行うのはもしかしたら初めてかもしれない。
マミとキュウべぇはともかく、ほむらとまどかから離れるのは得策ではないのかもしれない。出逢ったばかりのあいりを信用し過ぎかもしれない。上条を巻き込むタイミングはもっと後にすればよかったかもしれない。
今までの世界線漂流の経験から考えればそうだ。未だ不安定なほむらとまどかから離れるべきではない、ほむらの回復を待つべきだ。そうすれば・・・だけど織莉子の方も気になる。
戦力の分散は強敵に対処できない。しかし固まったままでは身動きが取れず合流前に潰される場合もある。なら結局はさっさと動いてしまうしかない。先手必勝、正解ではないのかもしれないが間違いとも言えない。少なくとも今は・・・。

「キリカ」
「んあ?あ、オカリン先生遅かったね」
「すまない。では行こうか」
「うん、織莉子も待ってるから急ごう!」

ラボを出たすぐそこのベンチにいたキリカに声をかければ彼女は岡部の腕に自分の腕を絡ませて歩き出す。
後ろから視線を感じたが気にしない・・・・・気にしてはいけない。きっと視線の意味は安否を思っての事だろう、そうだろう。帰って来たときに問答無用の折檻は無いはずだ。

(・・・・ないよな?)

ちょっと不安に、未来に起こりうる可能性を念のために物色しようと視線をラボに向ければ――――

「早く行こうよオカリンせんせーっ、余所見禁止ー」
「ちょっ、こらひっぱるなっ」

一瞬、別の場所に向かうマミとキュウべぇ、さやかの姿がラボの階段あたりに見えたがキリカに腕を引かれそれ以上は確認できなかった。二階の窓側部分はハッキリと見えなかった。
ぐいぐいと、腕を引いていくキリカはすぐに道を曲がり美国邸に向かう。
岡部は片腕の柔らかい感触を意識しないように心掛けていた。意識が其処に向かえば背中に冷たい視線を感じるので意識しながら意識しないという荒技を発揮しなければならなかった。

「オカリン先生」

もう振り返ってもラボは見えない。ラボからも此方の姿は見えない。安心したところで声をかけられた。

「確認しておきたい事がある」

そこで腕を組んだまま立ち止まり、身長差からキリカは岡部を見上げる。岡部はキリカを見降ろす。じっ、と自分を見つめる少女に岡部は頷く。
本来なら織莉子を交えた情報交換が最も手っ取り早く正確で確実だ。キリカの主観では感情が先行してしまうので・・・しかし構わなかった。もちろん一番は織莉子との合流だが自分とキリカは“まだ”足りないのだ。

「オカリン先生は織莉子の味方だよね?」

信頼が、足りない。

キリカは知っている。識っている。岡部倫太郎の異常性を、以前あった記憶は後付けのモノで、思い出は偽物だったのをしっている。
それを知った後もこうして親しそうに接してくれるが、だからといって全面的に信用しているとは言い難い。寧ろ信頼していたら危ない。危機管理能力が低すぎて逆に疑ってしまう。
確認を取っている今も岡部は意外に思うほどだ。今回の件は彼女の親友、美国織莉子が関わっている、自分の知っている呉キリカなら疑念、疑惑があれば独断で排除に乗り出しているだろう。
いや、既に乗り出してきた。対象が暁美ほむらだけだったのが意外だったが、その行動力は今までの世界線と変わらない。

「そのつもりだ。彼女が敵対してきても・・・・ともにありあたい」
「ラボメンの彼女・・・・え~と、ほむらだっけ?彼女を殺すって言えったら?」
「止める」
「絶対?」
「必ず」
「織莉子が悲しんでも?」
「それ以上の幸いを与えてみせる」
「オカリン先生ってロリコン?」

ぶすっ☆

「のぎゃァあああああああ!?」

目潰しによって地面でのたうつキリカを岡部は呆れ顔で見降ろしながら思う。

「まあ・・・・こいつはバカだからいいか」
「女の子に目潰しをしておいて追撃の罵倒だと!?変態!サドッ!婦女暴行!!」
「君は単純で純粋で馬鹿で陽気で間抜けでおまけに行動予測できない奇怪な・・・・・・・変態だ」
「言われてみれば確かに私は腐っている点から見れば変態かもしれない!しかし今一度冷静に考えてもらいたい、BLは精神医学的視野から見た場合において必ずしも異常ではなく古来からの文献から読み取れるように寧ろ同性への愛は普通であり不変でありより崇高な人間的高みからの―――」
「お前はレズなのか?それとも腐女子なのか?」
「どちらでもあり、どちらでもない。なぜなら織莉子が大好きでありながらオカリン先生と男子生徒のカップリングを考えるのが最近のマイブームだからね」
「この変態が!」
「やだなぁもうオカリン先生たらっ!冗談だよジョーダン!」
「笑えない」
「そう、まさにアメリカンブラックジョーク!」

思っていたことを言葉に出してしまい、割と失礼な台詞を年頃の少女に贈った。しかし地面に転がったままその少女に真正面から肯定されてしまった。
呉キリカはどの世界線でも危険な奴だった。魔法と関わりのある場合は常に織莉子と共に在り、彼女のために人殺しだってできる。好きな人のために、愛しい人のために自分の命を投げ出し他人の命を屠る戦士。行動理念は単純で純粋、言動は残念で時に恐怖を感じる事もある。
ほんとうに怖い、いきなり殺されそうになったことは何度もあった。大切な人達を彼女が原因で喪った事もある。間接、直接の違いはあれど世界線によっては殺し合う仲だった。

だけど―――

「まあ・・・いいさ」

それでも、自分は呉キリカという少女が嫌いではない。彼女に好意を向けているのを自覚している。
全てを赦せたわけでもないし忘れたわけでもないが、誰かを想える心と、世界を敵に回してでも誰かを守ろうとする意志には純粋に尊敬し、その強さに憧れる。
異常で、狂気的な場面が目立つ少女だが、岡部倫太郎は決して彼女が嫌いじゃない。

「え、オカリン先生を使ってのBL妄想はOKってこと?やったね!!」

ぶすっ

「めぎゃあああああああああ!?」

しかし彼女が相手だと真剣な話を、シリアスな空気を出したいが中々これが難しい。二人っきりでの呉キリカとの会話、行動には波が大きすぎて接しにくい場合がある。女子中学生が相手なのだから当然と言えば当然なのだが、彼女には安定したキャラがない。
まどかとなら、大抵は学校や友人、家族、ラボメンのことを語り合いのんびりと過ごす。
キュウべぇとなら、ガジェットのバージョンアップや世界中に散らばっている情報から今後の事を話しあったりする。
ほむらとなら、まどかの契約阻止、『ワルプルギスの夜』撃破に向けての作戦会議や武器の調達、設置場所の確保と戦闘関連の話。基本殺伐としている。
さやかとなら、自身の想い人に関する話から他人のその手の話をよくする。年頃の娘らしい恋愛事について。
マミとなら魔女や他の魔法少女の事。休日の予定や趣味について、雑多に渡るがまどかと同じようにまったりとした時間を過ごせる。
杏子となら、生活費を稼ぐ為にいろんな方法を検討し合ったり、そもそも佐倉杏子と言う人間は世間から行方不明扱いなのか死亡扱いされているのか、なら戸籍はあるのか?将来についてよく語る。
人により話す内容過ごし方は似たり寄ったりだ。毎回まったく同じとは言わないが、ジャンル的には何となく、内容に劇的な差異はない。どれだけ岡部が彼女達の事を知っていても彼女達にとっては付き合いが基本的に一カ月も無いのだから話す内容には、語ることのできる経験談はそれほど多くはない。
まどかだって時には戦闘のことで、ほむらだって時には日常の事を語りもするが、二人っきりの時に話す内容は、態度は、基本的に個人によって大抵は同じだ。いつも通り、このスタンス、個性、接し方、人によって使い分ける。相手によって変わる。例えば上司と部下、先輩後輩、家族と友達、友人Aと友人B。
だけどキリカは決まったスタンスを持たない。よく喋っていたのに黙る。頑張っていたらダラケル。落ち込んでいたら元気になる。真面目にしてたら適当になる。親しくしていたら殺しにくる。
毎度テンションが違い、毎回接し方が変化し、一瞬で態度が変わる。気持ちの切り替え、心のスイッチングは難しいはずだが彼女は普段からそうだ。それができる。意識せずに、無意識に。意思に関係なく。意思に反して。意志を貫くために。
今は変態で馬鹿っぽいキャラでいるが一瞬後には殺伐とした人間になるかもしれない。呉キリカには当て嵌めきれるキャラがない。個性が無いわけでもないのに、狂戦士としての特性があるのに、彼女の属性が、彼女の癖が、彼女の感覚感情趣味趣向が分からない。知ったようで知らない。解った気がして解らない。

「うぬぬぬぬっ、織莉子に言いつけてやる!」
「なら織莉子に今回の件を伝えよう」
「・・・・・ん?」
「きっと怒られるな」
「・・・え?」
「こっぴどく怒られるだろうな」
「そ、そんなことないよ、私は織莉子のために―――」
「そうか、しかし知り合いを殺そうとした・・・・・・嫌われるな」
「そんなこといわねーでくれよおとっつあん!」
「誰がとっつあんだ」
「わでが悪がったから勘弁してしゃげーや!」
「何処人なんだお前は!」

混ざりすぎだ。何人でもなく外人でもなく、何処人という新たなワードを生み出してしまった。
とにかく呉キリカのことが判らない。という考えを長々としてしまったが、結局何が言いたいのかと言うと――――彼女との会話は、会話こそ途切れなく続ける事ができるが本題に入るのが難しいというか面倒くさいということだ。
向こうから会話を始めた場合にも大抵本筋からずれる。今のように、重要なはずの会話を彼女は意識してか素なのか判断しづらいが、とにかく脱線する。

「それで・・・」
「うん?」
「お前は俺を信じるのか」

昨日、学校の階段で猶予は受け取った。岡部には織莉子に敵対する意思はないが、それをキリカがどう受け取るのか、結局はそれ次第だ。寄せた信頼も、生まれた信用も、彼女にとっては一時のものでしかなく、その気になればその場で破棄できる。
初志貫徹。情に流されること無く、周りに流されること無く、わずかな可能性に流されること無く、たった一つの、最も大切なモノを守る。
それはきっと難しいだろう。苦しいだろう。曲がることなく、歪むことなく・・・自分にはできなかった。岡部倫太郎には。繰り返す度に摩耗し、時に諦め絶望した。たった一人を救えない癖に大切な人は増えていき、切り捨てきれずに足取りはいっそう重くなった。
何を犠牲にしてでも救いたい人がいると思っていながら、誰も喪いたくないと。誰も傷つけたくないと足掻いていた。失わずに得ようとした。犠牲無しに幸いを求めた、傷つけずに傷つきたいと願った―――自らを責めて慰めた。世界を呪って心の均衡を保った。卑怯で卑劣、愚劣、最悪だ。
でも、きっとそれが普通だろう。正しさが意味を成さないときもある。判っていても間違いを選んでしまう。都合の悪い事から目を逸らす。気にしなくていい事を気にして、後悔しなくていい事を後悔して、自分を卑下して心の安定を保つ。言い訳して、誤魔化して・・・。
だけどキリカにはソレが無い。誰もが持っている『当然の強さ』、『正当な弱さ』を呉キリカは持たない。持てない。その結果彼女は狂っていて、壊れていて、人とは、普通とは違う精神だけど―――。

それは呉キリカのライトスタッフ【正しい素質】といっても間違いではないだろう。

「え、あったりまえじゃん!今さら何言ってんのさオカリン先生?」

集団生活を過ごすにあたって、この素質は障害にしかならないだろうけど、それが原因で嫌われても、迫害されても、彼女はなんら怯むことなく生きていけ―――――――ってあれ?

「うん?」
「うん?」

疑問符を浮かべる自分を真似るように、キリカは可愛らしく首を傾げる。

「信じるのか?」
「信じてるよ?」

即答で応えるキリカに嘘は感じられない。いや・・・・それができるから、そう言いつつも簡単に着捨てられる強さを持っていると―――

「なぜ?」
「私とオカリン先生の仲じゃないかっ!」

ビシッと、親指を自分の胸元に、もう片手の手は岡部を指さし――――ドヤ顔だ。

「何より織莉子が信じているからね、なら私も信じるさ!」
「ダイナシダヨ・・・」
「ハッハー!では時間も勿体無いしさっさと織莉子に会いに行こうよオカリン先生!今すぐ直行すれば織莉子が来客前の身嗜みのためにシャワー浴びてるはずだから・・・・・エッチシーンに間に合うかもしれないよ!?」
「さっきの意味深な口調での問いかけは何だったんだ?」
「スルーされた!特に意味はないよ?」
「本気で・・・?」
「あえて言うなら私の臭いをオカリン先生につけて、帰宅後あの愛らしい幼馴染みちゃんに尋問されるオカリン先生に萌えたいってぐらいかな?」
「・・・・・」

本気でそんな戯言を言っているのか、いつものように面倒くさくなって止めたのか・・・どっちも嫌だがせめて後者であってほしい。
そうでなければ長々と彼女の事を考えていた事が無駄になる。いや無駄になるならまだしも偉そうに講釈を垂れ流し丸っきり見当違いの失笑感が否めない状況はかなり恥ずかしい・・・・・なんか文章が変だ。なにやら文脈がおかしい、疲れているのかもしれない。
実際、疲れている。本当ならラボでほむらと同じように休息をとっておきたかった。

「キリカ」
「なに?」

岡部の織莉子に対する敵意無しの言葉を疑うことなく、目潰しされたことを怒ることなく、脈絡も無く切っ掛けも無く簡単に会話を打ち切り再び岡部の腕をとって歩き出すキリカ。
そんなキリカに岡部は尋ねる。さっきまでのやり取りを蒸し返すつもりはない。向こうが終えてくれるなら終えた方が良いだろう。時間も限られているし何より埒が明かない。だからと言って無言で美国邸まで行くのはそれこそもったいない。
集めきれる情報は集めた方が良い。それこそ織莉子と直接は話した方が良いのは判っているが、一つだけでキリカ本人から取り入れた方が良い情報がある。

「昨日、お前達が戦ったという魔法少女の事を教えてくれ」

昨日戦ったという未知なる魔法少女との戦闘情報。直接戦ったモノからの情報。
前衛のキリカ、後衛の織莉子、同じ相手とはいえ戦った者が感じた印象等はかなり違う、それは戦闘スタイルの違いからくるものだが、事が戦闘においてキリカは――――

「やだ。めんどい」
「・・・・・」

断られた。
この子、本当にどうしてくれようか・・・・・。







違う場所で、其処で、岡部倫太郎が観測してこなかった事象が起きていた。

「キュウべぇ、佐倉さん達はどれくらいでこっちに着きそう?」
『真っ直ぐ駅に向かってるから・・・そうだね、一時間もあれば十分じゃないかな』
「そう、なら・・・ちゃちゃっとすませましょうか」

岡部がキリカにあっさりと質問を無碍にされている頃、マミとキュウべぇは見滝原にやってくる佐倉杏子と千歳ゆまを迎える前に寄り道をしていた。とは言え、時間に猶予は大いにあるので特に問題はない。
いきなりの招集にも関わらず、風見市にいる二人は躊躇なく了承してくれたが到着には時間がある。正直、ラボに残ってまどかと共にほむらの看病をしても、岡部についていっても問題は無かった。
それをしなかったのは、岡部に言われるまま外に出たのは周りに気を使わずに落ち付くためだ。口では決意を、心では覚悟を、だけどやはり怖い。
佐倉杏子は巴マミの初めてできた魔法少女の後輩で、友達だ。誰にも、同じ魔法少女にも理解されない彼女のことを佐倉杏子は認め、理解し、支え、ともに戦ってきた。家族を喪い、日常を失いながらも生きる意味を求めていた頃にできた大切な友達。かけがえのない人だった。世界でたった一人の理解者だった。
それを一度、マミは失ったのだ。手の届く距離だったはずなのに彼女の手は杏子に届かなかった。言葉は伝わらなかった。想いは相手の意志を超えきれなかった。
どうしようもなかったし、どうにもできなかった。しかしだからと言って気にしないはずが無く、後悔しないはずが無く、何がいけなかったのか、何をしたらいいのか、次はどうなるのか、どうなってしまうのか、なんて――――。

「今日の私は一味違うわよ」

マミの身体が黄金の色に包まれ、一瞬で魔法少女の姿へと変身する。
ガン! ガン! ガン!
白銀のマスケット銃がマミの周りに次々と召還されていく。

「さあ、かかってきなさい!」

今、悩んでいる暇はない。怖がる事も後悔する事も後でやればいい。
白煙で歪んだ世界。誰かの嗤い声が響く世界。黒い蝶が舞い、顔の無い男が佇んでいて死んだ街が横たわって朽ちた樹木が寂しげに頭をもたげている。
楽しげで、哀しげで、壊れている子供のような声は重なり薄気味悪く、四方から発せられる声が全身を包む。
ジャリ、ギャリ、鎖を引きずる金属音。耳に拾える音は周囲から、既に退路は無く完全に囲まれていた。視線の先には数えるのが億劫になるほどの使い魔と――――この世界の主である魔女が居た。

『薔薇園の魔女【ゲルトルート】』

ラボから少し離れた位置で、岡部達からほんの少し離れた位置で、巴マミは魔女と対峙していた。
まるで待ち構えていたかのように、結界の奥に隠れることなく、全ての戦力を結集させた状態で魔女はマミを結界内に取り込んだ。

『マミ やはりダメみたいだ』
「そう・・・この魔女の能力かしら」
『どうかな 僕にも分からない』
「ならやるしかないわね」

数こそ多いが、この魔女と使い魔相手なら油断しなければ問題はないと経験から予想する。それはキュウべぇも同感で、マミ一人でも冷静に対処すれば魔女本体に逃げられたとしても敗北はないと―――――。

『気をつけて』
「ええ、油断はしないわ」

それでも万が一を考えれば岡部倫太郎やユウリに連絡する事は決して間違いではない。ラボは近くに在り、岡部とキリカもそう遠くへは行っていないはずだ。念話。携帯電話の電波は圏外で魔力を用いて使用される連絡手段は今現在――――その効力を発揮できないでいた。
念話にも有効範囲があるが、今いる位置から岡部、ユウリに念話が届かないはずがない。確実にマミの、キュウべぇの念話は彼らに届くはずなのだ。“それが届かない”。
魔女の結界効果か、それとも―――――。とにかく、念話が外に届かないように妨害を受けている以上マミ達は応援を呼べない。負ける気はしないし油断もしないが不気味だった。
手を伸ばせばすぐに届く位置に仲間がいるのに届かない状況。せっかく自分を受け入れてくれる人達ができたのに、仲直りをしたい人が会いにきてくれるのに、このタイミングで待ち伏せしていたかのように現れる敵、まるで何かの前座のような気がして心の奥底にしこりを残す。

『くるよ!』

悪意を持った異形がマミ達に襲いかかる。

「無限の魔弾【バロットラマギカ エドゥインフィニータ】!!!」

周囲に展開していたマスケット銃が独りでに宙に浮いて眼前の敵に銃口を向ける。
トリガーが引かれ、白銀の銃から放たれるのは破邪の光。
黒い津波を黄金の弾丸が引き裂いていく。
真っ暗な世界で一人の魔法少女が戦闘を開始する。
文字通り誰にも気づかれること無く、誰にも見てもらえないまま。


それでも、黄金の光は力強く世界を照らし続ける。
そんなことは関係ないと言わんばかりに、己の意志を世界に主張する。




「ん?おい、立ち上がって大丈夫なのか?」

ユウリ、あいりの言葉に少女は振り返る。まどかに肩を貸してもらいながら眼下に居た仲間を見送っていたのだ。
三方向に別れていったうちの一つ。巴マミとキュウべぇが歩いていった道を横目で、既にこの位置からは見えないが気にしながら彼女はお礼を―――。

「大丈夫・・・です。ユウリさん、ごめんなさい私が――――」
「ユウリでいい」
「え?」

ほむらは屋上での戦闘(?)で助けてもらった事、今も身を案じてもらった事への礼を述べたかったが、被せるように放たれた言葉に台詞を止められる。
ほむらが顔を上げればツリ目がちな少女は“それ”は気にするなと言わんばかりに横を向いている。

「“さん”はいらない」
「えっと・・・ユウリ?」
「ん、お腹すいてるか?」
「えっと、少しだけ・・・」
「分かった。座って・・・・横にでもなって待ってて」

しばらく唖然とした。会話中は一度も視線を合わせないまま、そしてそのまま台所に向かった彼女を、金髪のツインテールが流れる背中を見送る。
隣でまどかが微笑んでいるのが分かる。同じ気持ちだ。分かったのだ。
ぶっきらぼうで、怖い表情で、口調は刺々しいが目の前にいる少女もまた―――優しい人だ。
出逢ったばかりの自分達のために戦いを挑んだ。体調の悪い自分達の事を労わり、今は簡単な料理を作ってくれる。

ああ、彼女もまた優しい人だ。まどかのように、さやかのように、マミのように、岡部のように。

―――『杏里あいり』も優しい少女だ。

「・・ん?」

だから彼女もまた、その優しさからその身を誰かのために捧げて消耗し

「・・・・ぇ・・・?」

数日後に■んでしまう。
それに続くように岡部倫太郎も。
そして――――。

「ほむらちゃん?」

冷たい、嫌な汗が背中を流れる。

「ううん、なんでもないよ・・・・まどか」

蓋をする。全部勘違いだと無理矢理納得する。
ユウリの名前を間違えたのも、嫌な予想も、大切な事を忘れてしまっている事も―――全部気のせいだ。
私は暁美ほむら。見滝原中学校二年生。鹿目まどかを救うために時間を巻き戻してきた魔法少女。
この時間軸ではイレギュラーが起きている。一時的な魔法の消失。岡部倫太郎、ユウリ、呉キリカというこれまで出逢わなかった人達と遭遇した。全てがプラスに動いている。巴マミ、佐倉杏子とも仲間になれるのかもしれない。
順調だ。まだ自分自身が本調子ではないが、理由は分からないが体力、気力が回復すれば問題はないはずだ。そう、なにも心配はいらない。


私は―――もう独りじゃないから。





























―――未来ガジェットM05号『業火封殺の箱【レーギャルンの箱】』展開中
―――機能正常 出力維持 消耗率13%



誰かが、呆れているように自分を見ている感じがした。
振り返ったがそこには窓しかなく、当然、誰もいなかった。
だから、やはり気のせいだと、自分に言い聞かせた。












あとがき

劇場版Steins;Gate負荷領域のデジャブ見ました!
哀しかった!涙出た!しかし面白かった!
忘れても忘れない想い!想いは世界線を超える!
ラボメンはやはり最高です!



[28390] χ世界戦0.091015 「オペレーション・フミトビョルグ」
Name: かっこう◆a17de4e9 ID:57be8a05
Date: 2013/12/06 00:16



不可思議な出会いと別れを思い出す。

この世界線は既に書き換えられた。そこに複数の観測者が現れて更なる混沌に拍車をかけている。
別世界線の記憶を想い出す可能性は決してゼロではない。本来の世界を思い出す可能性は不可能ではない。観測者になってしまう可能性は誰にでもある。
リーディング・シュタイナーは岡部倫太郎のみに付属する特殊能力ではない。誰もが持っていて、ふとした切っ掛けでそれは発動する。記憶喪失と同じように記憶の引き出しを開ける事で過去のあらゆる出来事を思い出す。大切なのは切っ掛けだ。
例えばノスタルジア・ドライブ。観測者たる岡部倫太郎と魔法少女が繋がるデバイス。知っている、覚えている岡部と繋がる事で確かにあった現実を投影し、引っ張られる形で思い出す。自分の記憶している事象と現実のズレからの違和感。既視感。知っている、覚えているはずの真実が現実と重ならず、そこから思い出す。


『観測された事象は、観測者の解釈にならう』


岡部倫太郎と接することで一部の人間が都合良く岡部が記憶したのと同じ世界線の記憶を思い出すのも、それが原因の一つかもしれない。その記憶をもって刺激しているのだから。
そして観測者達が未来を知るがゆえに違う行動を取り、それは僅かながらも前回とは『違う過程』を世界に刻む。

『結果は収束する』のかもしれない。否、収束していく。

しかし小さなバグは積み重なる事で大きくなる。『一度目』は駄目でも、いつか、どこかで分岐点はやってくる。Dメールがなくても、タイムマシンがなくても前回とは違うのだ。前回とは違う選択をしている。
一個のバグは広がっていく。一人のエラーは拡散する。一つだけでも繋がっていく。
どんなに小さくても行動は変化を与える。自分だけじゃない、周りにいる人たちにだけじゃない、遠く離れた関係ない人たちにも影響を与える事はある。人じゃなく物が、世間が、世界が、事象が動き出す事はある。

『観測者だけが、世界を改変できるわけではない』

例え力になれなくても、傍にいられなくても支えてきた。世界線すら観測する身である岡部倫太郎に未来の可能性を捧げてきた。諦めず、達観せず、自らにできる全てをたった一人に繋げてみせた。
バタフライエフェクト。無理かもしれない、無茶かもしれない、都合がいいかもしれない、厳しいかもしれない、無謀かもしれない、だけど――――無駄ではない。意味はある。
繰り返す中で牧瀬紅莉栖が見つけてくれたように、助けてくれたように。観測者の把握できない外側では多くの人間が動いていた。例えそれがリーディング・シュタイナーが発動しない範囲での変化でも、事象は変えることができる。
失敗しても、悲劇を招いても、繋いでくれる何かが確かにあった。都合がいいように。誰に取ってか、誰のためか、誰かのためなのか。
世界線を渡り続ける観測者にとってほとんどが未知であり、世界線を見渡し続ける観測者にとっても未曾有である世界だけど

それでも。

人は、世界は繋がっている。
廻りまわって還ってくるように。


世界は円環のように物語を紡いでいく。










χ世界線0.091015



―――ガン!

建築中の高層マンション。一階ロビーから最上階までを繋げる吹き抜けの構造は完成したあかつきには立派な宣伝素材として役割を全うするだろう。
天上はガラス張りで、そこから覗く月の輝きは幻想的に室内を照らしていた。

―――ギャン!

しかし深夜であり工事も中断されたこの場所は現在、月の青白い光の他に吹き抜けのフロアを駆けあがる火花が散っていた。魔法少女同士の戦闘だ。
二人の少女が吹き抜けのフロアを階段も使わずに壁を蹴って跳躍しながら、駆けあがりながら接敵し攻撃し合い弾かれ合う。
マチェットのようなブレードとショーテルのような鍵爪が互いを破壊せんと激しく交差し合う。魔力を込められた必殺の刃が放つ火花が建物内部を照らしていた。
一人は白のドレス姿、炎を纏わせたマチェットを逆手に持って過激に攻める。
一人は黒のミニスカート姿、両手に長大な黒い鍵爪を装備し冷静に相手の攻撃を捌く。
二人は壁や手すりを蹴って空中で幾度目かの激突、一合二合と刃を交差させながら月を目指して昇っていく姿は非現実的であり、美しかった。

「あははっ、強い強い!あなた面白いわ!」
「・・・・・・」

最上階まで昇りつめた二人は正面から対峙する。月光に照らしだされた横顔は対照的で、しかし二人とも人目を引くほど整っている。
白の少女は嬉しそうに、楽しそうにはしゃいでいる。ポニーテールにもサイドテールにも見える黒い長髪を揺らしながら右目を眼帯で覆った黒の魔法少女呉キリカに問う。

「ねぇ、名前教えてよ」
「―――――呉キリカ」

嬉しそうにはしゃぐ白の魔法少女の問いに黒の少女、呉キリカは無表情で答えた。

(コイツ・・・・強いけど織莉子が危険視するほどの魔法少女にはみえない)

弱いわけではない。自分とこうして渡り合っている時点で十分に危険だが正直な話、織莉子を信じていないわけではないが自分達にとってこの程度はまるで問題にならないと思う。
外で待機している織莉子とタイムラグなしの念話、未来視の共有を行えば一瞬で殺せる自信がある。
武器は西洋風ブレード、固有魔法も炎、仮にまだ余力を残していてもそれはこっちも同じ。
呉キリカは学校を抜け出した後に親友の美国織莉子と見滝原にやってきた目の前の少女を尾行した。本当は素性を確認するだけだったが人気の無いところで気付かれ戦闘になった。
・・・戦闘になったとはいえ流れから最初から尾行はバレていて、未来視を持つ織莉子も当然解っていただろうから戦うことには抵抗も遠慮も配慮も無かった。
ただ注意を受けていた。織莉子から気をつけてと、油断しないでと、自分の未来視が不安定になる相手だと忠告を受けた。岡部倫太郎のように。

「くれきりか・・・・クレ、キリカね。ありがと、憶えてくわっ」

警戒のため、まずは様子見で未来視に頼らず自分が戦闘を行ったが特になにもない。
相対者は自分よりも基本ポテンシャルが圧倒的に上という訳でも固有魔法による奇抜な戦闘方法をとるというわけでもない、ただ強いだけの魔法少女だ。
強いだけなら負けない。強いだけなら倒せる。強いだけなら殺せる。キリカはそう思っていた。今までがそうだったから。
キリカは何も間違っていない。ただ今回は単純に相手が悪かった。
強いだけなら負けない。強いだけなら倒せる。強いだけなら殺せる。そう、何も間違っちゃいない。当然であり、普通であり、ひどいくらいに自然だった。

「ふふふ、運がいいわ」

キリカが思考を巡らせていると対峙している少女は手元の武器をくるくると回しながら話しかけてくる。
笑顔で、無垢に、無邪気に、幼げに、まるで友達と接するように年相応の少女のようにこの場面で普通に接してくる。

「あすなろ市に寄らずにこっちにきて正解だったみたい。だってそんなにも綺麗なジェムは滅多にお目にかかれないもの」
「ソウルジェムのことかい」
「ええ、綺麗よねソウルジェムって。私、“集めてる”んだぁ」

炎が散って刀身が顕になる、ナイフを巨大化させ切っ先が少し曲がったようなブレード、やはり何の変哲もない。警戒心はそのままに、しかしキリカの意識は彼女を脅威とは思わない。
なぜなら脅威と言うなら自分達の方がよっぽどだろう。自分は手の甲から伸びる長大な鍵爪を武器に固有魔法は速度低下の結界。織莉子は魔力の込められた宝玉による打撃と爆破を武装に固有魔法は未来視による予知。
未来予測、予知魔法とそれを認識し考察思考できる時間を作る魔法・・・時間を稼げる魔法、敵に対し一方的なアドバンテージを得ることができるのだから自分達コンビは敵対者からは最悪で醜悪に見えるだろう、あまりにもチ―ト過ぎて。

「集める?」
「だってこんなに綺麗な宝石は他にはないよっ、生命の輝きそのものなんだから!」
「ふーん?」

嬉しそうにはしゃぐ少女に、同じ年頃の少女のハイテンション振りに、狂戦士キリカは冷めた態度で接する。なんにせよ彼女は織莉子の敵だ。自分の敵だ。陽気に話しかけてくるが攻撃には一切の容赦が無かった。殺す気で向かってきた。嬉々として殺意を乗せた刃を振りかぶってきた。
笑顔で殺せる。感情を、魂を濁らすことなく人間を攻撃できる。物騒で、危険だ。自分も人の事をあまり言えないがそれはそれ、明確な敵対行動には正当な報復行動をとってもいいということだ。
しかしソウルジェムを集めるとはどういう意味だろう?首を傾げる。織莉子から明かされた真実、ソウルジェムは魔法少女の魂そのもの、半径100m以上の距離を開ければ肉体は停止する。つまり魂は無事でも肉体は徐々に死んでいく、腐っていく。
すなわち死だ。だから集めるとい言った概念は存在しないはずだ。死ねば肉体と共にジェムも―――――

―――ほんとうにそうか?

あるんじゃないか?できるんじゃないか?そんな考え方が、実行するかしないかは別としてやろうと思えばできる?だってきっとどの生物よりも魔法少女の魂は“保管しやすい”。
魂が、精神が死を受け入れる前に殺せばいい。絶望し濁りきる前に殺しきればいい。輝きを失う前に殺すことができればいい。頭部を破壊し思考を奪えば・・・魂すら奪える。
そうすればソウルジェムは集めることができる――――魔法少女の魂は回収できる・・・のか?
目の前の少女と自分、そして親友の魂は奪えるし奪われることがある工芸品、世界で最も美しくて尊い宝石。

「・・・・まって、君はまさか――――」
「私、『双樹あやせ』。お近づきのしるしにいいもの見せて――――」

両手を広げるように動かせば、白の少女の周りには輝く宝石が宙を舞う。

「―――あげるね♡」

その光景に心を奪われた。

「ああ・・・」

なんて幻想的で神秘的なのだろう。これから先の人生、将来、何十年何百年生きたとしても、この光景はお目にかかれないだろう。
それは圧倒的に美しくて、それゆえに残酷な景色だった。




数十にもなる色違いの宝石。どれもが美しい魂の、生命の証――――ソウルジェム。



保管された魔法少女達。肉体は滅びても、思考を失っても魂は存在し続ける。
それは生きているのだろうか?生きていると言えるのだろうか?魂だけの彼女達に意思は、意識はあるのだろうか?
そんな姿になっても生きたいのか、生かされているのか、死ねないのか、死なせてもらえないのか、“それ”を考えると―――震えがとまらない。

「外に居る子はなんて名前なの?名前を教えて―――宝石には名前が必要でしょ?」

自慢するように今度は名前が記載された宝石箱を見せつける。
その中には宙を舞う宝石とは別に収められた魔法少女の魂たち・・・全てを含めて一体何人の少女達が保管されているのかキリカには解らない。
わからない、無垢に無邪気にあまりにも普通に接してくる精神が信じられない。これでも目の前の少女は決して・・・狂ってはいないのだから。

解るのは、判ったのは目の前の少女が――――悪党ということだ。

「このドグズがッ!!」
「あなた達の魂も私のコレクションにしてあげるね!」

キリカの足下に魔法陣が展開される。高速に速攻に“それ”はキリカを中心に広がる。
逆手の持ったあやせのブレードに灼熱が宿り大気を焦がす。

「「オオッ!!」」

周囲に舞ったソウルジェムと月光の輝きを照明代わりに二人の魔法少女は幾度目かの激突を開始した。
殺す。遠慮しない加減しない、命を奪うことに躊躇わない。この魔法少女は危険だ。ソウルジェムを奪われた魔法少女がどうなるか分かっているはずだ。それだけの数を保有しているのだから、全ての回収に成功したわけではないはずだから。
魔法少女との戦闘が初めてじゃない。戦い、打ち勝ち、奪ったり、奪う前に“終わってしまった”こともあるだろう。
失敗もした事があるはずだ。奪おうとして、やりすぎてしまった事もあるはずだ。魔法少女の死ぬ光景を見てきたはずだ。その原因である自覚もあるはずだ。その上で続けていて、今も新たなジェムを求めている。
私欲か、それとも何か理由があるのかは知らないが・・・・向かってくる表情と肌を突き刺す炎からは罪悪感も脅迫されているような感じはまるで無い。嬉々としている、自分の意思で、望むモノを手に入れきれる可能性を抱いて――――殺しにくる。

―――ガガガンッ!!

ガラス張りの天井を突き破り二人は外へと跳び出した。手加減はしない、様子見も終わり二人は全力で相対者を葬るために奇跡の力を行使する。

「・・・・あれ?あなたさっきと何か感じが違う?」

そして互いの武器を叩きつけ合うが先程までの戦闘とは少し状況は変わる。
あやせは今までとは違い本気で攻撃することで連撃の速度、威力は上昇しているはずなのにキリカに攻撃が当たらなくなってきている。

「動きが・・・」

速いというか、鋭くなってきているというか、これまでの戦闘でキリカも自分同様に本気ではなかっただけで戦闘能力の向上は当然だとしても、キリカの動きはあからさまに良質なモノへと・・・見切りの速度が速い。
今までは此方の攻撃に対して大きく回避するか鍵爪を使って捌いていたのに現在はほとんどが余裕を持ってかわされる。斬撃の速度は増した、ブレードに纏った灼熱が視界を遮りつつ熱と炎で肌を焼こうとしているのに効果がまるで無い。

「チッ」

舌打ち、あやせは鍔迫り合いの状態から後ろへと跳躍し距離をとる。近接戦は分が悪いと判断した。
あやせは建築中のためか機材が多く残されている雑多な屋上に着地、そしてキリカに向かって両手を向けて魔法を唱えた。

「アヴィーソ・デルスティオーネ!」

ブレードに纏っていた炎が六発の砲弾となってキリカへと発射された。
高速で迫る炎、その温度、威力は強力だ。ブレードに纏っていた時の威力は『鎧の魔女』を切り裂いたキリカの鍵爪と拮抗ほどの熱量を持っている。

「――――避けない!?」
「いや、避けるよ」

キリカはそれを前に大きな行動はとらなかった。半歩、片足を引くというあやせが驚くほど小さな動きしかとらないが、それで充分だった。

「うわ、あっつ」

顔や体のすぐ横を高熱の砲弾が横切る。高熱によって肌が痛い、目を開けるのが辛いが・・・・一発も当たらない。掠りもしない。
初見の魔法だ。いかに戦闘慣れしたとはいえ、しているからこそ大きく回避する場面だったはずだ。魔法少女の魔法は常識の外側にある。炎に包まれた砲弾の大きさも定かじゃないのに、途中で曲がるかもしれないのに、すぐ傍で爆発する可能性もあるはずなのに呉キリカは最小限の動きで双樹あやせの魔法を避けた。
日々魔女と戦っている魔法少女だからこそ慎重に、回避や攻撃予測に対し大きな動きをとらざるを得ないはずなのに――――・・・理由は知っていたから、キリカは識っていたのだ。

「キリカ、大丈夫?」

後ろから聞こえた親友の声。彼女の魔法が教えてくれた。炎が決して曲がったり爆発したりしない事を教えてくれたから、だからキリカは恐怖も不安も緊張とも無縁で対応できた。
あやせから視線を外さないまま、キリカは宝玉を従えながら傍に来た織莉子に返事と感謝の言葉を贈る。

「君がいるんだ。問題無いよ」
「あら、嬉しい言葉ね」
「喜んでくれるなら毎日織莉子のために囁くよ?」

そしていつものやり取り、この手の流れは大切だ。意識してやっているわけではないがリラックスできるし相手にはほどよい嫌がらせにもなる。隙だらけに見えなくもないがそんな油断はしないし未来視があるので不意打ちにも安心だ。
今も隣の織莉子から未来の光景が念話を通して流れ込んでくる。最初はその情報と現実とのギャップに手間取ったが場数を踏めば――――無敵だ。自分の魔法と駆け合わさればなおのこと、先手と行動を完全に掌握できる。

「嬉しい、もう一人の子も来た!」

キリカは思う。ああ、彼女はこうなっても理解できないのか、頭が悪いんだな、と。
自分と織莉子はニ対一の状況になったにも関わらず嬉しそうに笑った双樹あやせを一方的に蹂躙できる。自信満々な彼女を絶望の底に叩き込める。その顔を醜悪に染め上げ今まで彼女が犯してきた事と同じ事ができる。
それが絶対の自信と経験から断言できた――――キリカは。だけど織莉子は違った。双樹あやせの事を怖がっているわけではないが、それでも何処か余裕がないように見える。
ふわふわと織莉子の周りを旋回していた宝玉が移動しあやせを中心に展開していく、織莉子は念話でキリカに今後の展開を、予知を、未来を伝えてどう動くかを伝えた。

「ねえねえっ、あなたの名前も教え―――」

あやせはピンチにも関わらず笑っていて、キリカは油断せず硬くならず・・・だけど重く考えなかった。だから唯一未来を観測できる織莉子だけが余裕を持てないまま戦闘は再開された。
決着はすぐにつく。未来は、この時点ではまだ予知は完全ではなかったが結果だけを述べれば彼女は、美国織莉子は親友呉キリカと共に――――“双樹達”に敗北する。

「いきなさい」

台詞を遮る形で織莉子は宝玉をあやせに向かって特攻させる。

「アヴィーソ・デルスティオーネ!」

腕を体の前で交差させるようにして構え、あやせは魔法名を唱えた。
あやせを中心に12の炎が灯る。灼熱の魔弾、威力はキリカが体験済みの高威力。

「セコンダ・スタジオーネ!!」

それを全方位に、直線的にではなく誘導弾のように曲がりながら、先程の単純射撃ではない灼熱の魔法を放つ。
炎は周囲から襲いかかってくる宝玉を全て飲み込み爆散させる。魔力でできた鋼鉄を溶かし、その内部の魔力に引火させたのだ。

―――ドン!!!

真っ赤な光が屋上を吹き飛ばす、真紅の炎が屋上を焼き払う。
光と炎が三人を飲み込んで足場を崩壊させた。

「ッ、織莉子!」
「大丈夫!キリカ、貴女は―――」

織莉子は爆発の余波で後方に飛ばされ、さらに足場も崩壊したことで建物の内部へと落下していく。作戦と知りつつも心配そうに声を上げるキリカに返事をしようとしたが、基材と爆風、埃と煙で視界を奪われていたなか、後ろから突っ込んできたあやせの攻撃に無防備な姿を晒した。
視界は最悪で、音は拾えないくらい周囲は轟音塗れ、そこに背後からの奇襲、宝玉と炎の追突から数秒と経たない速攻の攻撃は魔法少女と言えども完全に虚を突いたモノだった。
足場の無い落下中の身、反応できても回避は難しいだろう。完全なる死角からあやせは高速で接近してきている。既にこの時点でブレードの射程内で飛翔することができる魔法少女でも回避は間に合わず、防御しようにも灼熱のブレードは急場しのぎの防御は容易く切り裂く。

「あはっ」

あやせの口から歓喜の吐息が漏れる。
完璧な奇襲だ。惚れ惚れする手際に自分を褒めてやりたい――――褒美は目の前のソウルジェム。綺麗で美しい白の宝石、世界に一つだけの魂の結晶。
それが手に入る、この後には黒の宝石もまっている。嬉しくて感情は沸き立つ、体は歓喜に震える。

あやせは手に握ったブレードを躊躇いなく振り抜いた。

「残念」
「―――――ぇ?」

首を狙った斬撃は、織莉子が被った帽子を片手で押さえながら前転するように体を丸めたことであっさりと空を切る。

「ガラ空きね」
「ッ!?」

その勢いを殺すことなく背中を丸めた織莉子は白いスカートから伸びた足で、その踵であやせの顎先をカチ上げる。
完璧なカウンターだった。空中で落下中にもかかわらず、織莉子は対応してみせた。

「かッ、ぁ?」

何が起きたのか一瞬では理解できなかったのか、思いのほか綺麗にクリーンヒットしたことで脳が揺れたのか、あやせの動きは止まる。
その隙に完璧と言っていい奇襲を完全に意表をついたカウンターで迎撃した織莉子は宝玉を足場にしてあやせから距離をとる。
できればもっと攻撃を叩き込みたいが彼女を相手に肉弾戦は無理があるから仕方が無い、それに自分は独りではない、これで詰みだ。

―――ボヒュッ!

勢いを失い落下を始めるあやせの周囲から煙幕を貫いて宝玉が突撃していく。

「あ、があ!!」

あやせの咆哮と共にブレードに炎が宿り、落下しながらも斬撃を空中に刻めばブレードから灼熱が走り宝玉を飲み込まんとする。
知っている。理解している。宝玉による攻撃は彼女の炎とは相性が悪い事を知っていた、体験もした。彼女の炎は鋼鉄を遥かに超える硬さをもつ宝玉をあっさりと溶解させることができる。結果、宝玉は目標に届く前に爆散する。
その気になれば爆風も全て押しかえせるほどに彼女の炎は強い。だからこの攻撃も通じないと判っている。先程のカウンターを除けば彼女にダメージを与えるには自爆覚悟の特攻か――――

「焼き尽くしてや――――!!」
「オラクルレイ」

せいぜいが、この程度しかない。

「ッ・・・!?」

宝玉に溜めこまれている魔力を炎に飲み込まれる前に、爆散される前に圧縮して放射する。内部で圧縮され、収束された魔力がレーザーのように宝玉の内側から放たれた。
全ての宝玉が同時にそれを行い、ほとんどが炎の壁に遮られ敵には届かなかったが、威力は大分削られたが、それでも肩と足に一発ずつ直撃させた。さらに―――

「さあ、これでおしまいだよ!」

体勢を崩したあやせの上からキリカが黒い鍵爪を振りかぶり突っ込んできた。
あやせは逆の立場に陥った。姿勢を保てない空中、奇襲をかわされカウンターをもらった精神的負荷、軽微とはいえ確かなダメージ・・・・そこに魔力を込めたれた武装を叩き込まれる。

「調子にっ」

精神的物理的死角からの連続攻撃。織莉子の未来視は捉えていた。双樹あやせの結末を、その敗北を、この戦闘の決着を。
自分が奇襲を受けつつもカウンターをきめ、キリカが怯んだ相手の上空からの急降下による奇襲。これで終わりだ。それが未来だ。未来視の魔法は確かに自分達の勝利と敵の敗北を映しだしていた。

「―――――あ、駄目だ」

だが、何処か諦めたような口調であやせが呟けば

「ごめん“ルカ”、力を貸して」

誰かが“彼女の口から返事をした”。

「もちろんです。私は“あやせ”を護ります」

それだけで世界の定めた決定を覆す。
未来を見渡す魔法と、魔女を切り裂く魔法を圧倒する。
世界の意思を覆す奇跡を秘めた力を凌駕する。



「見せてあげましょう、私たちの本気を!!」



織莉子の視界に、魔法に、未来にノイズが混じり――――景色を崩壊させた。
キリカの全力を込めた漆黒の鍵爪が、魔女を一撃で刻む魔法が、魔力を込められた必殺の一撃が――――粉々に粉砕された。

「な――――キリカ!?」
「ンぎ!?うわあああああ!?」

織莉子は観た。完全に捉えていたキリカの一撃があっさりと打ち負けた。押し負けた。全力を込めていた一撃を・・・観測した未来を、それを破られた。
仮に迎撃できても武器に込めきれる威力もタイミングも最悪なはずだ。なのにその場凌ぎの一撃でキリカの攻撃を防ぎきるどころか押し返した。観測した未来と異なっている。
黒い鍵爪は叩き込んだ先から砕かれ崩壊のエネルギーは止まることなくキリカ自身を穿ち上へと、落下してきたキリカを上空へと打ち返した。
織莉子は頭痛に襲われていた。いきなり複数の結果が織莉子の魔法に映し出された。
ただの一撃で彼女は、“彼女達”はそれができた。魔力のケタが違う。今までとはまるで別人のように魔力が跳ね上がっている。個人で出せる出力を超えている。分岐した一つの未来に映し出されたのは―――

「キリカッ、逃げるわ!!」

織莉子の判断は迅速で迷いは無かった。

≪りょ、了解!これは“無理”だね!≫
≪ええ、今のまま戦っても・・・・“彼女達”の相手は無茶よ≫

キリカからの返事に反感は無かった。彼女も理解しているのだ――――勝てないと。

「残り全部、これでどうにかっ」

一緒に落下している敵に織莉子は残る魔力を総動員させて宝玉による攻撃を――――弾幕を張る。
ぶつけようとは思わない、爆風で倒せるとは思えない、ただただ視界を奪うために大量の宝玉を放ち彼女―――双樹の前で爆発させる。

逃げる。全力で。

キリカは周囲に展開していた減速魔法を双樹に集中させた。

勝てない。逃げる。

役に立たない未来視に落胆している暇は無い。崩壊を続けているこの場所と状況が唯一逃げ出せるチャンスなのだ。

逃げる。逃げろ。

美国織莉子と呉キリカ。この時点でも岡部倫太郎に二人揃えば最強と思われていた彼女達だが持てる力と運を総動員し選択した行動は逃走だった。
抵抗する気も、抗う意思も持たない。ただただ崩落していく建物や宝玉の爆発、減速魔法の効果が続いているうちにできるだけ距離を稼ぎたかった。
彼女達は逃げ出した。それは正しい判断だ。彼女達が落下しながらも建物から外へと跳び出した時、内側から放たれた巨大な魔力が建築中の高層マンションを粉砕した。
少しでも逃げることに躊躇していたら、果敢にも挑もうとしていれば二人はこの時に死んでいた。


ラボメンになる前に、岡部倫太郎と触れあう前に、その命を落としていた。


建設中の高層マンションが深夜遅くに崩れ落ちる轟音は見滝原に住む全ての生き物に届いていた。
ただし未来ガジェット研究所で未知なる食事(?)、鹿目まどか作の『ガングニール』を口にしてしまったラボメン一同はそれに気づくことなく翌日のお昼までその騒動に気づくことは無かった。
気付かなくてよかった。見滝原で起こった不思議現象に関しては積極的に動く岡部倫太郎が、今の岡部が“彼女達”と出逢うには時期が早すぎる。彼女たちとの会合はもう少し先だ。最後の■■■■との出会いはもう少しだけ先でいいのだ――――本当の、最初の、本来ならこの世界線ではそうだったのだから。
この世界線ではこれまでに無かった事が起きている。改変前のこの世界線でもそうだった。イレギュラーが発生する前もそうだった。
だからこそ可能な限り改変前と同じ状況でなければ危険だ。歪められる前の世界線では、ここにいる岡部倫太郎が本来歩むべき未来では――――暁美ほむらを除く全員が死んだが、それでも同じように、知らなくても、未知でも、判らなくても“その道筋”を辿らないといけない。
悲劇へ繋がる決定的選択はここではないのだから、絶望へと続く失敗はここで確定する訳は無いのだから。だから下手に改変前と違う行動で過程を代えてはいけない。安全なルート、正しい選択と言えなくもない“今”はまだ――――。

本来なら、現世界線で岡部倫太郎は『ワルプルギスの夜』をラボメンと、その他の魔法少女たちと協力して倒し、その後に死んでしまうはずだった。
本来なら、ラボメンは決戦の日に多くの魔法少女達と一緒に力を合わせ戦い、そして『救済の魔女』の力によって全滅するはずだった。
本来なら、その過程も結果も変わることなくそうなっていたはずだった。誰も観測した事の無いこの世界線でラボメンは――――ただの少女だった暁美ほむら一人だけを残して全滅するはずだった。

此処にいる岡部倫太郎が観測してきた中では『最も好条件』で『都合が良かった』にもかかわらず誰も救えず、守れず、誰もが失い誰もが死んでいった―――そのはずだった。

魔法がある世界にとってイレギュラーである岡部倫太郎。優しい観測者であり狂気のマッドサイエンティスト鳳凰院凶真。その乱入により本来の正史が改変された物語。
改変されたその状態が普通であり、改変された状態が正常な世界として存在していた。
そんな世界に、さらなるイレギュラーが追加されて改変された世界はさらなる変質を遂げる。今現在も、現在進行形で本来の筋書きから徐々にズレ始めている。

何が起きるか分からない。岡部倫太郎はもちろん暁美ほむらも、それ以外の観測者達にも―――誰にも分からない。
本来の歴史を経験した記憶を保持していても、思い出しても、それは役には立たない。既に変わってしまっているから。

ゆえに・・・全滅だけは避けなければならない。それは繰り返してはいけない。これ以上繰り返してはいけない。
だから改変し変質した事によってこの世界線がゴールになればいい。『最も好条件』なこの世界線で、岡部にとって『都合が良かった』瞬間まではできるだけ本来の道筋を辿った方がいい。
強力な魔女や魔法少女はいるだけで世界の決定を覆す存在だから無闇に関わってはいけない、情報も経験も無い状態では回避も何も対策自体がとれないが、それでも・・・・それでもだ――――この世界には奇跡と魔法があり、すぐ隣にはその担い手がいるのだ。
此処に来るまでに学んできて、その身には完全なリーディング・シュタイナーを宿している。
普通は無理で無茶で無駄なのだ。
本来なら駄目で終わりで諦めるべきなのだ。
だけど彼らは魔法とリーディング・シュタイナーを宿している。
無理で無茶、だけど無駄ではないと言える力がある。
駄目で終わりだけど、それでも諦めずに抗う事ができる。

無理で無茶だけど、駄目で終わりだろうけど、それでも抗えるのだ。

強制じゃない、強要もされない。それは自分で選んだ事であり、そしてそれができなければ―――どんな結果になろうと彼らは後悔する。
そして終わることができない。永遠の迷路に閉じ込められる。死ぬまで、死んでも繰り返される。

終われない物語に終わりを告げるために彼らは選択し、動かなければならない。
確固たる意志と覚悟を持って、実力と経験を蓄積し、運と可能性を引きこんで挑まなければならない。

理不尽でも
滅茶苦茶でも
無理難題でも

全てを背負って受け入れて
全部を捨てて破壊して


ただ一人のために、残りの皆を諦めなければならない。


前回は、そうだった。








昨晩の戦闘から数時間後、美国織莉子は自宅の浴室前にいた。
脱衣所だ。無防備に素肌を晒す場所だ。
少しだけ古いタイプのケータイを着替え用の、できるだけ清楚に見える洋服の上に乗せる。

「ふぅ」

そして吐息を漏らしながら織莉子は中途半端に脱いでいたシャツのボタンに手をかける。
今しがたキリカから岡部倫太郎と此方に向かっていると連絡があったのだ。
昨日の戦闘からまだ数時間しかたっていない時間、とは言えそろそろ10時を回ろうとしているが織莉子は今からシャワーを浴びようとしていた。

「急がなきゃ、出迎えの準備と・・・お菓子と紅茶はあるからとりあえず身嗜みを整えてそれから―――」

わたわたと、パタパタと、いつもより慌ただしい様子の織莉子だった。
本来なら休日でも織莉子は早起きだ。毎日六時前には起きて自分で家事をしている。しかし今日は昨日の戦闘・・・・崩れ落ちていくマンションの残骸と砂埃に隠れて息を潜め、双樹からの不必要な信頼から生存を疑われ続けて・・・・敵がいなくなるまで息を殺し、その後も駆けつけた人だかりに見つからないようにしつつ帰ってきたのが数時間前・・・・寝不足だ。
魔法の力で強制的に寝不足は解消できるが・・・・・まあ解消するが、というかした。今まさに解消した。電話を受けた時点で眠気は魔力を行使して霧散させた。未来視の不安定によって魔力の消費量が増加している現在はできるだけ魔力を温存したいが寝不足のまま来客を迎えるわけにはいかない。

(・・・・・というかキリカ、貴女いきなりすぎるわよ)

岡部倫太郎と話をしたかったのは織莉子も同じだ。できるだけ早く会合したかった。訊きたい事はもちろん昨日の件も含めて相談したい事も山盛りだ。早く出会って、沢山話したい、相手の事が知りたくて相手に自分の事を知ってほしいと、ずっと思ってきた。
だけどまさか疲労困憊の身でありながら単独で彼のもとに行くとは思ってもみなかった。一緒にベットに倒れこむように眠ったはずなのに目覚めた時は驚いたものだ。隣で寝ているものかと思えば彼の自宅に行っていたなんて・・・・・何故キリカは彼の住所を知っているのだろうか?

「そういえば昨日はキスがどうのこうの言っていたような?」

双樹を見かけてキリカの電話を受けて・・・・合流するまでの記憶が一部無い。親友のキリカから衝撃的内容を電話で聞いたような気がして意識が地平線に旅立っていたようだが・・・・二人の関係は一体?
同じ学校の教師と生徒、男と女、出会って間もないはずだが仮初の記憶と現在の在り方の齟齬に双方共に納得と、少なからずの感謝と好意を抱いているらしい。
キリカの感情優先のお気楽発言だったが、だからこそ嘘も誤魔化しも無い本気の気持ちなのだろう。そしてキリカを相手にそう言わせる相手だからこそ、そこに欺瞞は無い。不満は、無い。
岡部倫太郎と呉キリカの関係は良好で、始めは歪な形であったにも関わらず共にいることができる、たった数回の会話と触れあいだけで――――。

「・・・・とりあえず、シャワーね」

邪推してもしょうがない。それとなく聞けばいいのだ。その時間は刻一刻と迫っている。ならば自分はその時のために出会いの場を、最初の挨拶をキチンとできるようにしなければいけない。
第一印象は重要だ。最初の展開が今後の有利不利を左右する。恥ずかしくないように自分の身を清めて清潔に、お茶菓子や紅茶の準備やお代わりを事前に揃えて話し合いをスムーズに行えるようにしなければ・・・・。
あれだ、そうすれば大丈夫だ。何がと言われれば未来がだ。自分とキリカの未来だ。

「よし、頑張ろう私っ」

あの日、あの時、観測した未来で自分は岡部倫太郎にプロポーズ(注意;誤解)されたが周りには多くの少女の気配があった。未来視は絶対ではない、観測できてもイレギュラーによってどんな未来に変わるか不明な状況だ。実際に観測してきた未来は大きく歪んでいる。
だからというか、キリカが先行してくれたチャンスをしっかりとモノにして他の子よりも一歩リードして――――キリカと岡部倫太郎と自分の三人で幸せな未来を目指す努力を欠かさずに日々のイベントを蓄積していかなければならない。

「倫太郎さんに、私たちのことを気にいってもらいえるようにしないとっ」

岡部倫太郎からこのテの話題に関しては佐倉杏子同様の信頼を置かれていた美国織莉子は残念ながら・・・・・・徹夜明けの鈍い思考回路のままだった。

「キリカと一緒に良いお嫁さんになるために・・・・少しずつアピールしないとねっ」

眠気を霧散させても、いつもの思考は帰ってきていなかった。

「キリカには変に期待しないでって言われたけど頑張らなくちゃ」

普段から気を引き締めている彼女だからこそ暴走した時は、混乱した時の爆発はことのほか大きかった。ここ最近の疲労が一気にやってきたのだろう。
また恋愛経験ゼロの織莉子は岡部倫太郎を観測したその日からキリカに数々の恋愛アイテム教材(ゲーム。ラノベ。漫画)をかりて生粋の真面目さから全てに目を通していたのも原因だった。
出会ってから、観測してからまだ二日(?)である。今日この日まで美国織莉子は貫徹徹夜で取り組んできたのだから脳に障害を発生していてもおかしくは無かった。
いかに魔力で眠る必要が無いとはいえ、それでも“くる”ものはある。睡眠は重要だ。岡部倫太郎ですら堪えるのに苦労するのだ。魔力で誤魔化しが続けきれるだけ無意識の疲労は気づかぬ内に蓄積されいつか必ず爆発する。
今回の織莉子は変にシリアス方向な暴走ではないので・・・・・・・また、早々に蓄積された疲労はこの後すぐに発散されるので問題化する事は無かったが第一印象関連は織莉子の望んだ理想とは違う結果になる。
この世界線の美国織莉子は岡部倫太郎の事を何も知らず、事前情報はキリカのみだった。加えて『誤爆』したことのある少女との交流も無かったので耐性は皆無だ。
岡部倫太郎への耐性がゼロなのだ。付け加えれば彼女は自宅に異性を招いた事も無い箱入り娘、父が生きていたころも訪れるのは年配の男性ばかり、織莉子とて年頃の少女そのものだから変に意識してしまっていたことも原因だろう。

美国織莉子は岡部倫太郎と出会ってから好感度を徐々に上げていくスタンスだったこれまでの世界線とは違い、変に理想を高めで想定してしまったので徐々に好感度は下がることになる。
仲間としての好感度はともかく、こう・・・乙女的かつ運命的な好感度は下がっていく。良い意味でも悪い意味でもだ。
恋愛フラグを誰よりも先に折られることで勘違いをしないように決意できるのは・・・たぶん幸いなことだろう。良かったどうかは本人の思うところ次第だろうが。

「さて、と」

とにかく、ともかく、前置きはどうあれ織莉子はキリカと岡部がくる前にシャワーを浴びようとした。
しかしお風呂場の前に存在する洗面所兼脱衣場とは完全にプライベート空間だ。そんな場所だからこそ無防備な姿を晒せる。ある意味自宅のトイレ同様に神聖で絶対的な場所だからこそ織莉子は油断していた。
この空間に、ましてこのタイミングで誰かがやってくるなんて思いもしなかったし考えたことすらなかった。
下着に手をかけたそのとき織莉子は果たすのだ。岡部倫太郎との忘れられない出会いを、そして黒歴史に連なる第一印象を刻みこむ。


「さあオカリン先生!ここが織莉子の家のお風呂場だよ!!」


ズバーン!と、下着を半場まで下ろしたところで洗面所の扉が大きく解放された。

「ふぇ?」

可愛らしい声が織莉子の口から零れた。

「なぜ最初に洗面所・・・?織莉子はリビングかテラスで話し合いをすると思うからそこに案内してくれ」

聞こえた男の声に織莉子は「え?」と、きょとん、とした顔で固まった。下着を下ろしている危険な姿で、ある意味もっともエ■い姿で親友と気になり始めている異性の前で、そんな姿を晒してしまった。
第一印象、思い出としては最高だろう。絶対に忘れられない状況だ。たぶん責任とか運命とか発生して誰よりもリード・・・・・・一応、織莉子の未来予想図的には問題は無かった。岡部倫太郎は視線を庭の方向に向けているが、それが正面、キリカと同じ方向、つまり今の自分へと向けられれば“そう”なる。

「おお!?“狙いはした”けど織莉子には通じないと思ったのに――――なんたる行幸!!」
「なに?なんだどうし――――」

いつもの自分なら未来視で、または普段のキリカの態度からこうなることは先読みできたのに度重なる驚きと緊張と徹夜が色々と駄目にしていた。
目を輝かせるキリカには折檻という名の『お話し』が確定されたが今の織莉子は混乱と戸惑いと歓喜と恥ずかしさから一気に思考の制御装置はオーバーヒート、一瞬で体は熱を、奇跡は魔法を沸騰させた。
「き」と織莉子が可愛らしい悲鳴を上げるのと、岡部が「ん?」と織莉子の姿を視界に収めようとしたとき――――美国織莉子の住んでいる屋敷の約五分の一が崩壊した。


「きゃああああああああああああああああああ!!!?」


ラボと違い大きめの屋敷だったのと、衝撃が室内に向いたこと、屋敷をぐるりと大きな塀が囲んでいることから外からだと被害は意外と小さく見えた。気づかれない程度に、通報されない程度には。
岡部倫太郎からすれば大惨事だが、日本警察が少女の裸体を目撃(未遂)した男を拿捕しにくることはなかった。

「いきなりなんだぁああああ!?」

この世界線で美国織莉子と岡部倫太郎の電話越しの会話はキリカのセクハラにより最低だった。
この世界線で美国織莉子と岡部倫太郎の直接の顔合わせはキリカのセクハラによって最悪になった。

一歩間違えれば魔女も因縁も呪いも関係ないラノベやアニメなら一度は入れるべきお風呂タイムの描写をしただけで現世界線の冒険に終わりを迎えるところだった。
本格的な攻撃魔法ではなく突発的な感情の爆発による魔力解放であって威力はさして無かった事。正面にいたキリカが変身して庇った事。そしてNDによって奇跡を纏う事ができた事が大きな要因だろう。
美国織莉子とのファーストコンタクトならぬファーストインパクトで死なずにすんだのは、第一印象が最後にならなかったのは、あまりにもうまく行き過ぎている世界線をリタイヤせずにいられたのはそんな要因が重なった結果だ。
だから偶然ではなく今回の『事故』を仕組んだ呉キリカはボロボロになって横たわっているが問題は無かった。放っておくには困ると思われる被害は建物の損傷が見られる程度で、だから織莉子と岡部にとっては致命的と呼ばれる問題は何も無かった。
『お話し』されたキリカは自業自得なのでボロボロなのは当然であり、岡部倫太郎は多少の負傷は見られるが軽傷なので突然の訪問の罰と思えば受け入れきれた、残る美国織莉子は親友にはモロに観測されたが異性の視線からは衝撃波によって免れたのでこれもまた問題は無かった・・・・・つまり色々と、無かった事にしたかった。

―――purge

「・・・・・死ぬかと思った」

騒動の後、応接間でNDを解除した岡部はソファーで硬くなっていた体をほぐしながらついそんな言葉を零してしまった。
だから被害者であるはずの織莉子が必死に謝ってきた。

「ほんとうにっ、ほんとうにゴメンナサイ!!」

必死に、それこそ泣きだしそうな勢いで織莉子が岡部に謝る。

「いや、君は被害者だ。キリカに言われるがままチャイムを鳴らさずにお邪魔してしまったこちらが悪い、頭を上げてくれ」

頭を深々と下げて謝罪する織莉子に岡部は苦笑しながら頭を上げるようお願いした。
そもそも女子中学生の着替え中に、それもほぼ全裸状態の時に自分はやってきたのだ。罵倒し断罪し謝罪を要求できるのは彼女だ。

「ほんとうに、すまなかった」

逆に謝罪されては困る。本来なら洒落にならないタイーホフラグが立つ所だったが魔力爆発のおかげで禍根を残すことなく前に進める。
誰も失っていないし、何も見てないので責任とかは発生しないのだ。本当に観ていないし見えなかった・・・・・だからラボに戻った時に幼馴染みに責められる未来は無いはずだ。
幼馴染属性の付属した鹿目まどかは謎の超感覚で敏感にこちらの失態を感知するので、岡部としては事が発覚する前にできるだけ双方(加害者と被害者)の意見と捉え方を明確にし、いざというときには弁護してもい。まどかには穏便に取り計らってもらいたい。

「うぅ、どうしてこんなことに・・・電話の時だって、それに今日は“あんな”みっともないところを―」
「君は何も悪くないし俺は慣れているから大丈夫だ。それにその・・・・俺は本当に見てないから――――」
「そ、そういうわけにはっ、だって私はもう少しで倫太郎さんを―――!え・・・・慣れてるって言いました?」
「あっ、いやあれだぞ!?逆なっ、俺は見られる立場なんだ!!」
「見られる立場!?そ、それは女の子に裸を見られる立場ってことですか!?」
「・・・・うん?お、おかしいな・・・誤解のはずなのに台詞はまったく真実を表しているから否定できないぞ・・・?」
「見られて・・・まさか自分から見せているってことですか!?」
「そんなわけあるかっ―――――・・・・んん?完全に否定できない矛盾【真実】が此処にあるぞどういうことだ!?」

上手くいきすぎている世界線だったが、変な所で岡部倫太郎に厳しい世界線だった。

昼には予定があり、しかし彼女との会合にはできるだけ時間を、それこそ半日以上は必要としている岡部は長々とこの件を続けたくは無かった。いろんな意味でこの手の会話の広げ方は双方にダメージを与える事が今までの世界線漂流で学んできたから岡部は内心焦る、このままでは不味いと。
別にシリアスな理由ではないが上条恭介のラボメン加入までは・・・・・このままでは話せば話すほど好感度が下がっていくような気がする。美国織莉子、彼女との関係は良好でありたいし嘘はつきたくない。

「織莉子の脱衣シーンを観賞できたんだから何も問題は無いよ!!!」

そう思っていると意外な所から助け船がきた。ボロボロに朽ち果てたはずのキリカだ。彼女はやけに生き生きとした顔で立ち上がり称賛した。織莉子をか、または自分の行いかは不明だが。
時間に余裕も無く確認したい事は多い二人だ。相手の反応が気にはなるが不毛というか不明瞭で関係悪化になりかけない会話を続けるよりかは大分マシだと己に言い聞かせる。

「ああ、その―――」
「えっと、あのねキリカ―――」

無理矢理だが無茶苦茶でも会話の軌道修正を行おうと岡部と織莉子は自分の心の中で最初の台詞を探す――――だけどキリカが先手を打って出た。

「でも織莉子、いきなりサービスしすぎじゃないかな?幼馴染み属性もない織莉子が最初のイベントで半脱ぎ状態はハードルが高すぎて引かれちゃうよ?惹かれるじゃなくて引かれるね」
「誰のせいだと思っているのキリカのバカー!!」

助け船は効果を発揮したが会話の流れは未だに難航していた。お昼前の美国邸で織莉子の叫びが木霊する。
ほのぼのしている場合じゃない、彼女達は敵となって生死を賭けて戦うかもしれない相手なのだから。
気を緩めている場合じゃない、今この瞬間も世界は悲劇へと向かっているのだから。

「・・・・」

それなのにどうしてか、岡部はさっきよりも安らいでいる。安心していた。

「変わらないな」

真っ赤な顔で叫ぶ織莉子と、笑顔のまま顔面で宝玉を受け止めるキリカ。岡部はその光景を遠く、懐かしむように眺めていた。
変わらない。世界線が違えば別人なのに。だけど二人の関係は変わらない。岡部倫太郎と敵対しようが共に歩もうが二人は常に一緒、共に在る。
いかなる運命、いかなる世界線だろうが二人を切り離せない。誰を敵にしても、世間に指さされても、世界に抗おうと変わらない、二人の絆を破壊できる事象は観測されていない。魔女化しても、その程度では二人は離れない。
どんなに離れても、どんなに遮られても惹かれ合う。羨ましいと、素直に思える。尊いと、羨む。妬ましいのに、彼女達が好きだ。そんな少女達が魔法少女なのだ―――本当の意味で希望になる。
いつかの世界線で、通り過ぎた世界線で、これまでの世界線で幾度も命を賭けて戦い、何度も共に戦った。尊敬し尊重し憧れ続けた。出会うたびに緊張し期待する。その想いの強さから強敵になるのか頼れる仲間になるのか、いつだって彼女達に期待して―――――。

(また、ここから始めよう)

どんなに絆を育んでも世界線を移動すれば共に歩んだ記憶は失われる。この世界では世界線の移動と共に過去にも戻るのだから尚更だ。
どんなに頑張っても、どんなに抗っても、どんなに繋いでも、どんなに戦っても、どんなに愛しても―――――すべては無かった事になる。
それが悲しいと思えないほどかつての自分は死んでいた。感情は霞んで、想いは薄れて、魂は摩耗して、どうでもよくて、どうなっても構わなかった。そんな自分を再び立たせてくれた。そんな自分を想ってくれた。そんな自分だけど頑張ろうと思えた。

そう思えるようになれた。まどか達と彼女達の優しさに救われた時から。

何度でも繰り返そう。彼女達を救えるその時まで。
何度でもやり直そう。彼女達に忘れられようと構わない。
何度でも戦おう。彼女達が未来を歩けるのなら。

たとえ最初の出会いが殺し合う間柄でも構わない。


そこからまた、自分と彼女達との物語は始まるのだから。


「織莉子、キリカ。一緒に『ワルプルギスの夜』を倒して―――そのついでに世界も救ってしまおう」


それに美国織莉子は記憶を保持したまま世界線を超えたこともある。
リーディング・シュタイナーは自分だけの特殊能力じゃない。誰もが持っていて、きっかけがあれば思い出してくれるかもしれないのだから、それを証明してくれたのは彼女だから期待してしまう。
頬を引っ張り引っ張られるがままの織莉子とキリカが視線を合わせてくる。


「さあ、俺達の新しい物語を創めようか」


突然の宣言だけど、二人は素直に頷いてくれた。
いきなりの台詞に、二人は元気に返事をしてくれた。


ファーストミッション。オペレーション・フミトビョルグ
対象者 岡部倫太郎 ミッションクリア



「ところでオカリン先生」
「なんだ?」
「さっきのなに?」
「さっき?ああ・・・・・ノスタルジアドライブのことか」
「そうそう、たぶんそれ!」
「ふッ、教えてやろう!あれこそ我が未来ガジェットの――――」

本来なら最初に気になっていたはずの存在を、本当なら第一に問うはずだったそれについて、経験したことのない感覚を味わったキリカがようやく訊いてきた。
魂の接続。ソウルジェムと繋がり感情に呼応する科学と魔法の合成された奇跡。一瞬で行われた接続と、そこから湧き上がる魔力の増加、未知の経験未知の体験。
他人と繋がる行為ならではの不快であるはずのそれ。それをキリカは――

「あのエッチな奴、なかなかになかなかだったよ!!」

笑顔で評価した。

「エ、エッチな!?」
「バッ!?違う誤解だ織莉子!」

キリカが頬を桜色に染めながら自身に起こった、感じたことを感情タップリに語り。
岡部が必死に誤解を解こうと織莉子を説得する。
だが、いかに説得しようにも感情豊かにキリカが謳うものだから、それも全てを否定できないことから織莉子からの疑いの眼差しは払えなかった。

「キリカの言う・・・・その、いささか不適切な内容があるようですが――――――本当ですか?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・はい」

常時その効果があるわけではないが、繋がることで気分が高まるのはいた仕方なく、お腹の下らへんが痒くなる“それ”には個人差があるので・・・・ND自体は決して如何わしい類の物ではないのだが、織莉子の放つ気迫から正直に頷くしかなかった。

「倫太郎さん・・・・」
「いや・・・・誤解だぞ?確かにキリカの言うように若干の昂りはみられるがそれは――――」
「倫太郎さん」
「え、あの」

ゆらり、と立ち上がった織莉子は座ったままの岡部を見下ろす形で、かつ強い口調で宣言した。

「正座!!」
「はい!」

反論も釈明も放棄し、岡部倫太郎は美国織莉子に言われるがままフローリングの床に正座した。
織莉子は顔を赤くしながら未だ微エロワードを連発するキリカの口に宝玉を詰めて黙らせ年上の岡部を正座させて漫画で得た正しい(?)男女の付き合い方を口授した。
くどくどと、長々と、時間には限りがあるにもかかわらず、話すべき事柄は多々あるにもかかわらず、結局約束の時間がくるまで織莉子と岡部は男女交際に関する互いの認識を確認し合うだけになった。









あるいは気付いていながらも、目を逸らしていただけなのかもしれない。
向き合いたくない現実に、向き合わねばならない理由なんて実のところ、そんなにはないのだ。
現実と向き合わず、逃避し拒絶して、理想や夢を見続ける。一生それを抱えて溜めこんでいくことは、そう難しくないのだから。
なぜなら人は必ず死ぬ。

ましてや彼女達は魔法少女。

「とどめ!」

過去への想いばっかりだった。戻るのは何もなくて、帰ってくる人はいなくて、思うことしかできないのに――――それをずっと続けてきた。
白銀のマスケット銃が黄金の弾丸を放てば、それだけで世界を構成している闇の一部が消滅していく。
想いを力に、感情を力に、それをもって誰かを守る。ずっとそうやって生きてきた。奇跡の担い手、魔法少女として独りになってからずっとそうしてきた。
泣いたところで、吼えたところで――――過ちはずっと自分を見逃してはくれなかった。
どれだけの数に囲まれても、単発式で密集戦には向いていない兵装でも、それでもなお黄金の輝きは途絶えることなく世界に存在を主張した。
届かなくて、届いた時にはもう遅くて、そして言い訳を繰り返して泣いてきた。せめて他の誰かは自分と同じ思いはしないように。

「ティロ・フィナーレ!」

巴マミ。見滝原在住の黄色のリボンと白銀のマスケット銃を操る黄金の魔法少女。
可憐で潔白、純情で苛烈、優しくて凛々しい魔法少女。
人のため、他人のために身を費やすアニメでお馴染みの正統派魔法少女。

『■■!!』

綺麗で、正しすぎて孤独になった魔法少女。

―――ズドン!!

黄金の光が黄色のリボンで拘束されている魔女、ゲルトルートの胴体部分へと撃ち込まれた。
薔薇園の魔女ゲルトルートは蛞蝓のような体に溶けかけのアイスクリームのような頭、蝶の羽、虫のような足を複数もつ大きくて醜悪な魔女。魔女を魔女たらんとする存在。
その巨体からは予想しにくい素早さを持ち、使い魔を多く従えるこの魔女は全軍をもってマミに挑んだが結果はご覧の有様だ。

『■■■・・・・・■』

マミを包囲していた使い魔は全滅、そしてゲルトルート自身も撃ち込まれたエネルギーに耐え切れずにその巨体を爆散させた。
周囲に拡散された魔力が暴風となってマミの髪を正面から背後へ、前から後ろへと揺らす。
マミは魔女が消滅したことで景色が元の空間に戻りつつあるのを感じ取ると変身を解いた。魔法少女から私服・・・見滝原中学校の制服へと。
まどかの私服は身体的特徴により借りることはできなかったので昨日と同じ学校の制服、休日なので、もしかしたら目立つかもしれない。

『難なく倒すことができたね さすがだよマミ』

マミの足元でキュウべぇが称賛する。

「ありがとうキュウべぇ、でも何か変な魔女だったわね?」

基本的に魔法少女の前には自ら現れることはせず結界の奥深くで隠れているのが魔女だ。
しかし今回の敵は違った。待ち構えていたかのように現れ最初から全軍で挑んできた。それも結界内では使用できるのに外には念話が届かないという変な、変わった仕様の結界を用いてだ。
別段、気にする必要はないのかもしれない。特別、疑問に思うわけでもない。だけどつい言葉にしてしまう。でも、きっと偶然なんだとマミは思うことにした。
魔女の結界とはそもそも隔離空間だ。魔女独自のもう一つの世界。電話もメールも外には届かない閉鎖世界。結界が強力なら魔法少女の念話も遮断することだってできるのかもしれない。
今まで自分が相対してきた魔女にはいなかっただけで、今回はたまたま―――――

「・・・・・・・」
『マミ?』

そうじゃないのかもしれない。本当は今まで戦ってきた魔女の中にもそんな結界を張る存在はいたのかもしれない。ただマミが気付かなかっただけで、実はありふれた存在なのかもしれない。
今まで気にしなかったのは――――――巴マミという魔法少女が独りだったからだ。
魔女と戦うときはいつも独り。外に連絡を取るべき相手もいないのだから念話はいつも結界内まで付いてきてくれるキュウべぇにのみ届けば問題はなかった。だから気付かなかったのかもしれない。
足元で首をかしげるキュウべぇにマミは「なんでもないわ」と微笑むが、それは自虐的な笑みにも見えた。ああ、自分はほんとうに独りだったんだなぁとマミはグリーフシードを拾いながら今までの自分を思い出した。
両親を喪い魔法少女として魔女と戦い続けてきた。その中でいろんな魔法少女と出会い・・・・自分が他の人達とは違うんだと項垂れた。
魔女は敵で、魔法少女は唯一その魔女に立ち向かえる存在であり、何より願いを叶えた代償にそれらと戦う義務がある。それを果たせる力もある。ならば率先して戦わなければならない、その身に奇跡を宿しているのだから、誰かを守れるのだからと、それが当然だと思っていた。

『義務』ではなく、『理由』なのだが、そこまで考える魔法少女は何人いるのだろうか?
別に、魔法少女は魔女と戦わなくてもいい。願いを叶えてもらい、魔法を手に入れたら――――自由だ。何も変わらない。
恩も義理も無視しても構わない。結果的に、遠くない将来、死が待っているだけで魔法少女は絶対に戦わないといけない、というわけではない。
まして、誰かのために、など。

―――それでグリーフシードが手に入らなかったら?
―――他人を助ける志は立派ですけど・・・・ 無理と思います
―――勝手にすれば?巻き込まないで
―――どうでもいい
―――他人のことより自分のことを優先して何が悪いの?
―――そうゆうの、やめたほうがいいよ
―――無理して戦う義理もないじゃん、毎回魔女がグリーフシードを持ってるわけでもないし
―――あんたが責任とってくれんの?
―――なにそれ、いい子ちゃんぶってバカみたい

世のため人のため。絶望を振りまく存在に希望をもって立ち向かう。この力はそのために。そうであるべきだと。
だけどそうじゃなかった。出会った魔法少女のほとんどが自分とは違う考えだった。初めからそうだったのか、それとも変わってしまったのかは分からない・・・魔女との戦闘は殺しあいで、報酬たるグリーフシードも限りがあるから・・・。
『誰かのために』。それが当たり前だと思っていたのは、そう言ってくれたのはたった一人しかいなかった。その一人もマミとは決別した。

「今度は・・・・大丈夫かな」

同じ志。いや違う、彼女はそんな大層な括りが必要ないほど純粋に人助けできることを、困っている人たちを助けきれるようになりたいと、魔女に負けないように強くなりたいと願っていた。
誰かのために、見知らぬ人のために魔女に立ち向かっていこうとした。弟子にしてくれと、自分みたいになりたいと言ってくれた。
出会えたことが嬉しくて、同じ思いなのが嬉しくて、尊敬し懐いてくれて、家族にまで会わせてくれた優しい魔法少女―――佐倉杏子、あの頃のマミにとって誰よりも大切な人だった。そんな親友と呼んでもいいはずの彼女とも仲違いし決別してしまった。
同じでも、親しくなっても最後には解り合えなかった。分かった気がしただけで、解らずに終わってしまった。止めることも出来ず彼女が悲しんでいるときに自分は何もできなかった。
今度は大丈夫だろうか?今回こそ大丈夫でいられるだろうか?また失わないか?また傷ついて悲しんで泣いて・・・・独りになったりしないだろうか?希望を抱いて、また――――。

『マミ』

キュウべぇが何やら言いたそうに声を、念話をよこしてくる。気落ちしている自分を慰めようとしているのだろうか?
感情が希薄と教えられ、キュウべぇ自身もそう言っていたがマミにはやはり信じられなかった。信じられない・・・・というか、何か引っかかる。

「ちょっと時間を取っちゃったけど、余裕はあるから大丈夫よね?」

しかし今のキュウべぇが何を伝えようとしているのか自分には解らない。今までは、真実を伝えられる前までは理解できたはずなのに、知ったことで解らなくなるなんて不思議だ。
しかしそれはキュウべぇも同じだ。なぜ彼女はこの状況に違和感を抱かないのか、危機感を、危険に気付かないのかと、いつもの彼女なら自分の声を聞けば感じ取っていたはずなのに、と首を傾げるのだった。

『マミッ』
「え?」

マミなら自分よりも先に気付いてもおかしくはないはずなのにと、悪意も憎悪も不気味さも感じさせないが気付くべきだろうと。
“これ”は感情を持たない自分よりも、むしろ感情豊かな人間こそ気付くはずの違和感だ。人の気配どころか生き物の気配が“皆無”なのだ。休日にもかかわらず駅前付近で自分たち以外の生物がいないことがあるのだろうか?
人も鳥も虫もいない無人の世界。悪意も憎悪も不気味さもないが、それ以外も全てない。風も音も匂いも温度も何もかも・・・・風景、形はいつもと何も変わらないのにそれ以外が足りない。
あまりにも綺麗すぎて、あまりにも浄化されている白い世界。その違和感は生理的苦痛にもなる。

「え・・・あれ?」
『まだ終わっていないみたいだよ』

ようやくマミも異常に気が付いた。普段と比べたらあまりにも遅く、鈍かった。
薔薇園の魔女の結界は確かに消滅したが、マミ達はまだ結界の中にいた。

「なに・・・これ、誰もいない?」
『バス停付近 見える?』
「え?」

視線の先に、それは二つあった。


「グ、グリーフシード!?」
『気をつけてマミ!もう孵化するよっ』

キュウべぇからの念話と同時に、穢れを浄化するグリーフシードから呪いが溢れ出した。
同時に二つ、魔女が二体、世界に憎悪と絶望を撒き散らす存在がマミとキュウべぇの正面で誕生した。
待ち構えていたかのように、都合良くも連戦状態に。

内面では揺れているただ一人の少女に対し、産まれた魔女たちは襲いかかって行った。


ファーストミッション。オペレーション・フミトビョルグ
対象者 巴マミ ミッション続行




「あらあらまあまあ?」

しかし実際のところ念話が外に届かなかったのは魔女の結界が特殊だったからではない。
魔女の結界を覆うように別の結界が張られていたせいだ。それは新たに誕生した魔女の結界でもない―――魔力で動く機械的な結界。

「妙な結界があるとみて暇潰しがてら覗いてみれば、これは行幸」

その結界もどきを偶々通りかかったある魔法少女が見つけ、首を傾げながらも恐れることなく侵入してきた。
その魔法少女は戦闘が開始されようとしている雰囲気を無視し、マミの後ろ姿にまるで待ち人を見つけたような心境で笑みを浮かべる。

「あの後ろ姿、もしかして巴マミでしょうか?」

角度によってはサイドテールにも見える黒髪のポニーテールを揺らしながら呟く。
キュウべぇもマミも彼女の存在に気付いていないのか、すぐ後ろにいる彼女よりも目の前で孵化した二体の魔女に意識を向けていた。
だから無防備な背中を存分に晒した。

「なんて綺麗なソウルジェム」

うっとりとした声色、彼女の口から艶っぽい吐息が零れた。背中越しにも感じることのできる輝きに気分が高まっていく。
彼女は二体の魔女に関心を向けない。生きるために必要な糧であるグリーフシード、それを持っている魔女に彼女は特に想うことはない。全ての魔女は彼女にとってなんら脅威にはならないから、グリーフシードを得るために発生する戦闘に危機感を抱くことはないから。
もとより足りている。乱獲といっても過言ではない量のそれを保持している。だから目の前の魔女に興味はない。二体を同時に相手してでも負ける要素がないから気にならない。

「欲しいです」

彼女の関心事は魔女にあらず。あるのは独りで寂しく勇ましく戦う魔法少女のソウルジェム。
黄金に輝く生命の結晶。綺麗な綺麗な世界に唯一つだけの宝石。欲しい、あの宝石が欲しい。唯それだけだ。

「ふふ、見滝原は噂に違わぬ良き場所ですね」

気品さを感じさせる少女は魔法少女の姿へと変身し、一気に走りだす。

「カーゾ・フレッド!」

その手から氷の刃が高速で撃ち出された。

「―――ぇ?」
『』

魔法名を唱えながら疾走する少女の名前は―――――『双樹ルカ』。









病院の基本的な面会時間は午後からだ。
他はどうなのかさやかは知らないが少なくともこの大病院はそうだ。まあ、どの病院でも律儀に面会時間を完全完璧に通しているわけではないだろう。面会時間の過ぎた夜はともかく朝から来た面会者を追い出すような事はそうそうない。
尤も、あからさまに業務の妨害や他の患者に迷惑がかかる輩はその限りではない。
そして、さやかの目の前にいる連中は病院の職員から“そうゆう連中”として見られている。そんな奴らが朝から、とある病室の前で屯している。

「あんた達、なにやってんの?」

見滝原のとある病院、とある病室の前で美樹さやかは異様な集団とエンゲージした。

「ちくしょう・・・・、畜生、ちっくしょう!」
「ゆるさん、ゆるさんぞぉ」
「神よ、私に人を殺せと申すのか?」
「もう我慢ならん・・・・“やる”か?」
「やらないでかッ」
「じゃあいく?」
「全員・・・・準備は?」
「わたしはいつでも!」
「どこでも!」
「何度でも!」

想い人の少年が入院している病室の前でクラスメイトが各未来ジェットを手に真剣な表情で、しかもなにやら物騒な台詞を吐いていた。まるでゲリラのアジトに突撃する直前の特殊部隊である。並々ならぬ気迫と殺意が感じられた。
そんな彼らを遠くから職員と患者、そして面会の人達は「ああ、また奴らか」とため息を溢しながら眺めていた。

「・・・・」

どうしよう、まさか自分まで彼らの関係者と思われたらどうしよう。いや本当に勘弁してほしい。さやかは思う。自分はただ想い人のもとへ朝から通う健気で恋する少女として当初は認識されていたのに――――。

「まってっ、まだよ」
「何故だ!?奴はすでに三人目・・・・今日だけで、だ!」
「怒りはMaxで我慢はpeakな訳だが?」
「そうよ!なんで毎日別属性の女の子が見舞いに来るのよ!ああ羨ましい!!」
「妬ましいぜぇ・・・許せねえぜぇ・・」
「私もー!」
「あれか・・・・今は人の目があるからか」
「ええ、ヤルならあの子が出て行ったあとよ」
「その後リンチですね、分かります」
「賛成」
「賛成」
「賛成」
「ヤァッテヤルデス!」
「最後の逢瀬を堪能するがいい・・・・」
「・・・・羨ましい」
「同じく」
「同意」
「肯定」
「「「「「・・・・・・」」」」」

コクリと一同は頷き合い、声を一つにした。

「「「「「殺るか」」」」」」

今ではきっと同じ学校の生徒という理由でこの血走っている連中と同類と思われているんだろうなぁと、さやかは少しだけ落ち込んだ。
とはいえ、非常に残念なことに周囲から向けられる奇異の視線にはだいぶ慣れてきた恋する少女は想い人たる少年に会うために病室前で屯っているクラスメイトを押しのけてモーゼの如く前に進む。
その時になってようやくさやかの存在に気付いた彼らは「あれえ!?なんで此処に?」と慌てて彼女を引きとめようとした。
何故か必死になって自分を押し留めようとするが、さやかは構わずに扉に手を掛ける。

「ちょっ、まて美樹いまはアカンと思うのですよ!?」
「なによ?あんた達と違って、あたしは純粋に恭介のお見舞いに来ただけなんだけど」
「またまた御冗談を、あれだよねっ、純粋じゃなくて私欲に塗れてドロドロにヌトヌトしているく・せ・にっ」
「恋心と言え!」

自分が上条恭介に恋心を抱いていることは誰にも言っていないが、先日の騒ぎから吹っ切れた美樹さやかは強気だった。

「私欲じゃん」
「欲じゃん」
「色欲じゃん」
「エロじゃん」
「つまり美樹はエロス、と」

ただ、そんなものクラスメイトにとってはなんの意味もないし、むしろ煽られる材料になるだけだった。
さらに好き勝手言ってくれるクラスメイトの言葉に周囲の人間も次々に口々にこそこそと囁き合う。

―――そうかぁ・・・・あの子はエロスだったのか
―――唯一まともだったから信じていたんだがなぁ、残念だ
―――やっぱりあの子も
―――ママー、あのお姉ちゃんも“アレ”なの?
―――シッ、見てはいけません

「うおおおい!?あたしの評価が急落下しているんだけど!?」

病室の扉から手を離して不当な評価に対する訴えを叫ぶが―――。

「何を言ってるのよ美樹、私達クラスメイトでしょ?」
「上条のお見舞いだろ?水くせえじゃねえか」
「俺達仲良しだもんな!」
「いつも一緒にいるもんね!」

周囲に見せつけるように急に優しく親しく接してくるものだから―――。

―――ああ、やっぱりかぁ
―――あーあ、可愛いのにもったいない
―――まったく今の若いもんは・・・・・ウッ!?
―――ねぇママ、あそこで幽体離脱してるおじいちゃんも“アレ”なのかなぁ?
―――ええ、きっと学校の関係者よ。だから見てはいけま・・・・・あら?

―――医者ー!!?

結局、この瞬間をもって美樹さやかも“アレ”の認定を受けた。

「う・・・うう・・・・うわあああん!もうッ、あたしは恭介に会いに来ただけなんだから邪魔しないでよ!そっとしておいてよ次から入室拒否されちゃうでしょ!」
「俺たちにも用事があるしー」
「朝っぱらから何の用事があるってのよ!」
「・・・・・パズドラ?」
「艦コレ・・・とか?」
「帰れェ!!」
「モバ―」
「全員携帯ゲームかッ」

しかも基本的に一人用。本当に休日の朝から何しに来たのか分からない連中だった。もはや自分と恭介の恋路の邪魔をするために現われたエネミーでしかない。
さやかは涙ながらに叫んだ。こいつ等と同じ扱いを受けるのは、同じ視線を向けられるのはダメージがでかい。小さなお子様に“アレ”呼ばわりされたことにも大ダメージだが職員一同にまでそう思われてはお見舞いに来ることも出来ない。それが一番悲しい。
自然に病院内にいるがクラスメイトの彼らは余程の理由がない限り基本的には門前払いを受けている連中である。つまり彼らは正規ルートである正面玄関からではなく裏口や職員用入口から侵入してきている犯罪者まがいの危険人物達だ。
そんな連中と同じにされたらもう無理だ。凡人である自分には特殊IDも作れないし変装の技術も警備員を撒いたりできる実力もない。奇天烈なクラスメイトと同等と判断されては超困る。非常に困る。

「泣くなさやか、きっと良い事あるって」
「はいハンカチ、ダメよ美樹。泣いていいのは彼の前だけ」
「そうだぞ、女の子の涙は興奮するんだから無料で見せるなんてもったいない」
「そそるよな、嫌いじゃないぜ!」
「私もー!」

自分達が原因なのに慰めに来た、しかも変態だった。

「・・・・なんで?なんであたしは朝からこんなに追いつめられてんの?」
「上条のせいじゃね?」
「ああ、上条のせいだな」
「あいつのせいね」
「きっと美樹をイジメて・・・その泣き顔を■■■にしてるのよ!」
「許せんな!」
「ああ実にいいゲフンゲフンッ・・・・・ん、んんッ、じゃなくて変態だな!」

全力で責任転嫁したクラスメイトに美樹さやかは顔を伏せる。
その様子にさすがに言いすぎたか、と今度は誰に責任を押し付けようかと当然のように自然の流れで内輪もめが始まろうとしたとき、ぼそぼそとさやかの声が皆に届いた。
それは小声で聞き取りづらいが―――。

「べ、別に・・・・ま、まあ?恭介があたしを思ってくれるんなら、その・・・・おもってくれるんなら、いやじゃ・・・・・ない・・・けど。えへへ」

頬を赤く染め、恥ずかしそうに両手をもじもじさせる少女がいた。

「「「「「「「スゲーよオマエ!!」」」」」」」

周囲一同、クラスメイトも職員も患者も面会者も蘇生中の老人も声をそろえて恋する乙女にツッコンだ。
常識人で、分別もあるストッパーであり、唯一のツッコミ人だったが彼女もやはり見滝原中学校の生徒だった。


数分後。

「で、いいかげん入れてくんない?」

幸せな妄想にひた走っていた思春期少女のさやかが何事も無かったかのように気を取り直して、それで最初に放った台詞はそれだった。
当初の目的、さやかの岡部倫太郎から託されたミッションは上条恭介に翌日の外出許可を取ってもらうことである。自覚はないが、自覚しようもないがこのミッションは単純そうに見えてかなり重要な案件だ。
さやかは知らないし上条も知らない。希望は此処にあることを。過去何度も失敗し失っても、何があっても今は希望を持っていいのだ。その希望はとても小さくて遠い、細くて頼りないものだけど、今までの世界線漂流は無駄じゃなかったと言える。
未来を勝ち取る手段も力も集いつつある。これまで以上に、今まで以上に順調なのだ。少なくとも表面上は、岡部倫太郎が把握している範囲では。

「まあ待て、今は待った方がいい」
「だから、なんでよ?」
「あー・・・タイミングが悪いというか都合が悪いというか?」
「何よそれ、都合が悪いのはあんた達の襲撃についてでしょ?悪いけど恭介はあたしが守るから」
「わあ、さすがお嫁さんっ」
「そ―――――――そんなお嫁さんだなんてそんなっ、恥ずかしいでしょっ!」

再びモジモジし始める少女は皆から奇異の視線に晒されたが恋する乙女は無敵だった。

「(・・・すげぇ、堂々と照れてるぞ)」
「(今日はこの手の話題で慌てさせるのは無理ね)」
「(必死に誤魔化そうとする姿が一番萌えるのに)」
「(そんな彼女が大好きです)」
「(私もー)」

とりあえずモジモジする同級生を写メし保存、後日冷静になったときに見せて悶えさせようと心に誓い彼らは説得を続ける。
今彼女を病室に入れるわけにはいかない。いやまあ突入させてもいいが、その方が面白そうなのだが、そうすれば躊躇いなく粛清出来る訳だが、もうちょっと中の状況が進んでからの方が美味しくなるので―――。

「・・・・誰か中にいるの?」
「え?」
「そう・・・いるのね」
「お、おう?」

そんな彼らの若干酷い考えに気付くことなく、気にすることなくさやかは扉に手を掛ける。さやかは彼らの言った言葉をしっかりと聞いていた。そこから想い人の病室には“誰かがいる”と予測し・・・・まだ見ぬライバルに対し嫉妬の炎を瞳に宿す。
ライバルだ。最近まで知らなかったが自分の幼馴染はモテる・・・らしい。非常にやっかいなことに多くの、それも属性に豊富な状況らしい。しかも自分の知らぬうちに交流を重ね親睦を深めている様子・・・危険だ!
幼馴染キャラは後半になるにつれて負けフラグが硬質に建築されていくのだ。新キャラが増えれば増えるほど旧キャラは放置され・・・・よくて背景、最悪噛ませ犬。
人気があれば巻き返しもあるが基本的に旧キャラは忘れ去られるもの、特に幼馴染キャラは・・・・・メインヒロインでなければ終わりである。昨今のラブコメはメインヒロインすら空気扱いされることが多々あるだけに強力な属性と高い人気がなければ・・・・・。

「負けてたまるかー!」

イベントを、登場回数をコツコツとしつこくも確実に築かなければならない。基本的に照れ屋で恥ずかしがり屋。好きな子にだけ素直になれず大胆になれない、彼にだけは積極的に接することが出来ない美樹さやか。
しかし、だ。そんな彼女は昨日の失態【幼馴染を半裸に剥いちゃったZE☆事件】に続き岡部倫太郎のショタ化、巴マミとの出会い、再び魔女とエンゲージし夕食は芋サイダーの進化したガングニール、朝はやや寝不足なまま買い出しに出かけ呉キリカと遭遇しラボの崩壊と直面・・・・ややエキサイティングしすぎていて本日の今現在は絶賛アッパーぎみのハイテンションで果敢で勇猛、度胸溢れる恋する乙女になっていた。
普段なら、それこそいつもの彼女なら扉を開けることは遠慮していただろう。お客さんかもしれないから邪魔はいけないと、身を引いていただろうけど・・・今のさやかは強気だった。

「恭介ええええ―――――ぇ?」

そして今、さやかの目の前の想い人たる少年がいた。上条恭介。見滝原中学生二年生の男の子、さやかの幼馴染で左手を事故の影響で動かせない状態の線の細い少年だ。
開け放たれた扉の向こうに、さやかの想い人は確かにいた。知らない少女と共に。

「はぁ、はあっ、あれ・・・・さやか?」

アッシュブラウンの髪から覗く瞳は真っ直ぐにさやかを見つめていた。荒い吐息を溢しながら、よく見ればその頬は紅潮していた。

「きょ、恭介?」
「はあ、はあ・・・・えっと、さやか――――うん、おはよう」
「お、おはっ・・・・おははっ?」
「おはは?」

さやかは『おはよう』と口にしようとするが正しく発音できない。さやかの脳は目の前の状況が現実のものとして受け入れきれずに、その負荷が全身に影響を与えている。
しかし、しょうがない。だってそうだろう?そうならざるをえない。
美樹さやかは恋する乙女だ。上条恭介に想いを寄せる少女だ。純で初で普通で大切で尊くて恥ずかしい恋心をずっとただ一人に捧げ、ただ一人で抱いてきた女の子。
そんな少女が想い人の“こんな姿”を見てしまっては・・・脳は熱を発しすぎて、逆に心が冷えてしまって声をまともに出せなくなる。

「あ、なに・・・して、るの?」
「え、何って?」

上条恭介。世間からはヴァイオリンの天才と謳われ学校関係者からはリア充と呼ばれる。そして多種多様な女の子と出会い続ける主人公気質の幼馴染。そんな彼はキョトンとしていた。
アッシュブラウンの髪から覗く視線は揺れていて、その頬は紅潮し、吐息は荒い呼吸を繰り返す。乱れた病衣からは線の細く汗ばんだ上半身を晒していた。
休日の風が病室と青空を隔てる薄いカーテンを揺らし、風がこの場にいる全員に冷たくも心地よい感触をもたらしてくれる。それを背景に、そんな青空をバックに少年は恋する少女の前にいた。

上条恭介はベットの上で四つん這いになり、涙目の少女を押し倒しながら。

「アババババッ!?」
「さ、さやか!?」

上条少年に組み伏せられている少女の制服は乱れていて、その両手は頭の上で彼の腕一本で拘束されている。足の間には彼の片足が差し込まれ閉じることが出来ないようだ。
突然乱入してきたさやか達にポカンとした表情をむける少女は状況を把握できないのか、流れる涙を拭うこともせず・・・っというか両手は頭の上で拘束されているので無理なのだが、とりあえず彼女は切羽詰まった状況に見える。客観的にみればだが。
荒い呼吸を繰り返す少年と、そんな少年に組み伏せられる涙目の少女。この二つのキーワードから導き出される答えは主に二つ。
一つ。上条少年が見知らぬ少女に【アプリボワゼ】を行おうとしている。その場合は遠慮なく容赦なく加減なく妥協なく正義を執行し悪を断罪しなければならない。
一つ。この状況は漫画やラノベでお約束なちょっとしたハプニング。例えばだが、組み伏せられている少女から座薬をお尻にパイルバンカーされるのを防ぐために上条恭介は彼女と争い、そしてようやく無力化させることに成功した。そしてその瞬間に幼馴染が部屋に現われて誤解されている状況・・・・なのかもしれない。
どんな状況だ?と問われれば、こんな状況だ!としか歴代のラノベ主人公は言えないし、実際に上条少年と少女はそれに酷似した状況だった。
酷いことに、理解できないことに、それ以上に混沌としたイベントを彼らは経験していた。否、実行中だ。

「・・・・へ・・・ええッ、・・あ、あうあうっ!?」
「えっと、さやか?」

上条は首をかしげる。彼はようやく“貞操の危機”から逃れることが出来たのだ。その安心感と達成感、そこに気兼ねなく接せられる頼れる幼馴染のさやかが現れたのだ。上条にとってそれは救いでしかない、拘束はできても今の自分は左手が使えない、時間がたてば負ける。しかし彼女が協力してくれれば、と思うが―――。

「きょ、きょきょきょきょっ」
「・・・・鳥の鳴き声を取りこんださやかなりのアレンジあいさつかい?」

入院している自分を元気つけるように、いつも明るく振る舞う幼馴染が今日は意味不明の言葉と共に入室し、しかし入室後は何やらバグっている事に上条恭介は頭を悩ます。
彼女は大切な少女だ。可哀そうに、きっと後ろで何やら攻撃力が高めなガジェットを構えている連中に朝から毒されたんだろうと上条は思った。気さくな性格だが彼女は純情だ、きっと精神に多大なる負荷を与えられてしまい、理不尽な状況から心を守るために・・・・・そう、無理やりバグを発生させて己の精神を守ったのだろう。
幼い時からの付き合いだ、異性でありながらこの年まで大の仲良し、兄妹と言っても過言ではない間柄だ。幼馴染として彼女を助けなければと疲弊した心と体に鞭を打つ。
呼吸を整えようと大きく息を吸った。相手は外道なクラスメイト達。体調を万全に・・・・できるだけ素早く動けるようにしなければいけない。

「すぅー・・・ごほごほっ!?」

むせた。床に伏せている身である意味で命懸けの攻防戦を行った直後にクラスメイトの置いていった『ナスターシャ教授も絶賛!ウェル博士の波紋呼吸健康法』と言う雑誌に記載されていた呼吸法を真似しようとしたのが間違いだった。唾が気管に入りガチで苦しい。
「かめはめ波」は無理でも気合いと根性、努力次第で「波紋」ならと思ったのは中学生にありがちな無謀か、若さゆえの過ちか、活発な時期に入院生活を余儀なくされたゆえに発生した害なのか、上条はそのまま押さえつけていた少女のすぐ傍に、まるで重なるようにしてベットに突っ伏した。

「あのね恭介君」
「えほっ、ごほ・・・・えーっと、なに?」

少女の拘束は解けてしまうが息苦しさと、さすがに大人数の前では暴走はしないだろうという保険から上条は唯一動かせる右腕を少女の腕から放した。
朝っぱらから疲れた。しかし疲弊しすぎた体は億劫にもなんとか耐え、クラスメイトの一人が気まずそうにしながら問うてきた内容に答えようとした。
ただ、その内容の意味はよく解らなかった。

「今の状況を簡潔に説明してもらってもいい?」
「・・・・状況?」

よくわからない。その質問は寧ろ自分が彼らに送るモノのはずだ。

「あ、あのぅ」
「うん?」

耳元から小さな、本当に小さな声が聴こえた。すぐ傍だ。

「ちょっと、ちかいです」

吐息がぶつかるほど、互いの呼吸が飲み込めるほどの至近距離に異性の存在があった。
近い、さやか達がいなくて相手がこの少女でなければきっと・・・・この状況は僕ら男子の夢と妄想の結晶、ロマンチックが止まらない、この先の展開は異世界を救うために旅立ち目の前の少女と仲良くなってそれから――――

「・・・・・・・・・おや?」

周りの空気にようやく理解が追い付いた。

「で、どんな状況よ」
「三行で頼むぜ」
「言葉には気をつけろよ」
「デット・オア・アライブだぜ」

追い付いたが、どう説明すればいいのだろうか?
状況は幼馴染とクラスメイトの目の前で小柄な制服少女を押し倒している。
半裸。
荒い呼吸。
涙目。
で動きを封じている。

「・・・・・・」

これは不味い。上条恭介は脳みそを動かし現状の打破、もとい誤解を解こうと頭を悩ます。このままでは不味い。
さやかが挙動不審に壊れているのは珍しい(本人談)ことにどうやら自分にも原因があるようだ。普段の彼女なら一目見れば自分が少女を押し倒すという悪行を行うはずがないと一目どころか扉を開けた瞬間に解ってくれただろうに・・・・後ろに控えている連中に唆されて疑っているんだろう。
人の幼馴染をこうも洗脳するとは酷い連中だ。数少ない良心担当の人間をこうも陥れるとは・・・・その目的も自分を困らせるためだから許せない。基本的にウチのクラスでは『油断した奴が悪い』という暗黙の了解があるが、さやかを巻き込むとは・・・・。

「違うんださやか!聞いてくれ、コレにはわけがあるんだ!」

なんだか浮気がばれた時の通例台詞が自然と口から出たが、そうとしか言えないし事実なのだからしょうがない。

「はッ!?そ、そうです誤解ですよ!!」

そして同時に自分に押し倒された状態の少女も状況に追い付いてきたのか声を大にして言い訳を・・・・ではなくて意見を重ねてくれる。
そのことに少しだけ安心した。安心することが出来た。最善とは言えないが最善に近い有効なモノだからだ。仮にも被害者である彼女が自分の罪を否定してくれれば、弁護してくれれば最悪な誤解を解くことが出来る。

「あ、あのですね皆さん!これはアレですよアレ!そう、アレであってコレがアアなってアレなんです!!」
「「「「「うん、理解不能」」」」」

誤解は解けそうにもなかった。視線の先でさやかの震えがピークに達しつつある。早いところ誤解を解かなければ昨日の惨劇が繰り返される危険があるので困る。
やはり自分が、と思う。そもそもクラスメイトは状況を面白がって・・・・・隙あればこちらの社会的抹殺を企んでいる外道なのでさやかの誤解だけを解ければ問題ない。彼女なら自分が真意に話せばきっと信じてくれるはずだ。
クラスメイトには迎撃用ガジェットをベットに複数仕込んでいるのでそれで対処すればいい。幸い、隣に女子がいるのでそこまで手荒な事はしてこないだろう。心持ち楽に迎撃してくれる。

「さやか聞いてくれ、僕はただ――――」
「違います聞いてください!わたしを上条さんが裸にして外に連れ出そうとして何もしないで見るだけであまりのことにわたしは落っこちそうになった感じがしちゃって!それなのに上条さんがガンガンやってる間に廊下で全部外されてしまってッ、もう荒い息でもう駄目ですって想ったときにまだ『大丈夫だ』って言われて『まだいけるから見せて』って言われて、それから下から上へと乗りまわされて!だからこうして――――」
「致命的に主語が抜けているんだけどワザとじゃないんだよね!?」

自分と彼女の間に不純な出来事はなかった。いや、彼女がとある理由で自分のお尻に座薬をパイルバンカーしようとしたことを除けばだが、本当に不健全な事はなかった。
ただ、彼女のしゃべる内容に嘘はなかった。どう聞いても誤解されかねない内容だが、言葉足らずで危険な内容だが、それは事実であり誤解であった。
そして一応、こんなんでも彼女は誤解を解こうと、上条恭介の身の潔白を証明しようとしていた。

「あっ、そういえば上条さん!確かわたしの中に入って『ここか!』とか『いけそうだッ』とか急すぎてビックリしたんですからね!!」
「いい加減に状況説明無しの主観だけで喋らないでくれないかな!?」

だけど彼女はいきなり弁護を止めて抗議してきた。・・・・状況を考えてほしい。あと発言内容も考えて喋ってほしい、聞いただけでは間違いなく最悪な部類に入る会話だ。
頬を膨らませた少女と視線を合わせる横でガシャガシャとガジェット構えるクラスメイトと涙目のさやか。
時間切れは近い。すでに手遅れな感じがするがまだ会話は出来るはずだ。諦めない限り負けではないのだ。諦め、思考を停止し、全てを投げだし放棄しない限りまだ手立ては、可能性は残るはずだ。だから―――

「わたしを辱めた責任取ってください!」

今、手元に世界を滅ぼせるスイッチがあれば押していただろう。

「・・・・・ここにきてなにその変化球台詞?」
「だ、だって一つしかないのに上条さんに奪われてしまったんですよっ?」

その台詞にバシュン!ガシュン!と各未来ガジェットを合体させて単体では非殺傷設定のソレを限りなく殺傷設定に近づける気配が産まれた。
彼らが本気なのは付き合いからわかる。困ったことにそれらの凶器は裁判になっても『偶々偶然ゴミ同士がくっついて“そう”なってしまった不幸な事故』レベルの奇跡的な設計をされているので起訴は難しい。
頓知な発言をした少女をどうにかしないといけない。誤解というには発言内容には真実しか含まれていないのだが言葉足らずで邪推されかねない。っていうかする。絶対する。立場が逆なら自分だって邪推するだろう。

「アレは合意の上で、そもそも発端は君なんだから――――」
「見られ損ー!素質補填と賠償を要求しますー!」
「なんでバカなのに君はそんな日本語には詳しいのさ!?」
「バカって言われたー!やっぱり昨日はわたしを騙したんですねっ、頭が緩いと思って利用したんだー!」

あれか、この子は新手のスタンド使いか何かなの?どうして初対面に近い自分とのやり取りでこうも対応することができるのだろうか。
そして大声で抗議されるなか、やはり横から危険な音と声が聴こえる。

「つまり昨日から一緒だったと?」
「裸と廊下とたった一つがなんだかんだと?」
「かつ押し倒しの状態までいったと?」
「「「把握」」」
「あわわわわっ?」
「美樹、これあげる」
「あわわわっ!?」

さりげなく、クラスメイトの一人がさやかに未来ガジェットを差し出していた。それなりの重さを感じさせるハンマーを。
ガジェットじゃない、ただの工具ハンマー・・・・・さすがに死んでしまう。鈍い輝きを放つそれで殴られては困る。

「ちょ、ちょっとまって落ち着いてくれ!僕の話を聞いてくれ!!」

必死になって説得を試みる。

「恭介が・・・・・、うふふ、解ってるよコレは夢、浮世の夢でただの現実なんだから!」
「「「どっちだよ」」」

よくわからない事をブツブツと呟きながら近づいてくる。目からはハイライトが消えているのでかなり怖い。
体を起こし少女から身を離す。ぐっ、と動かせる唯一の腕で体を支え正面からさやかと向き合う。そしてさやかの後ろで射撃体勢に入っている外道どもの射線から身をこっそりとズラして・・・・連中のワクワクしている表情が癇にさわるが我慢我慢。
何はともあれ大切な幼馴染を『誤解から発生したイベント』で人生を棒にさせるわけにはいかない。状況によっては自分の人生も棒になるのだから尚更だ。早々に彼女の誤解を―――

「上条さん!悪いことをしたらゴメンナサイですよ!」

ぐいっ、と少女に乱れた病依を引っ張られて再び倒れそうになる・・・・・あれか、彼女は本気で空気が読めないのかゴーマイウェイである。
昨日出会ったばかりの付き合いだが悪気がないのも知っているだけに――――いや、状況を理解してほしい。

「あの、いいかげん――――」

さすがに構っていられないと思い視線を彼女の方に向けるが、体を支えるようにしていた腕から かくんと力が抜けてしまい少女との距離が予想以上に急接近してしまった。
相手もそうだったのか、力加減が調整できず ちょん、と互いの鼻先がぶつかった。

「「・・・・」」

息も出来ない距離があることを、中学二年生の春に知った上条恭介だった。

「「「震えるぞハートォ!!」」」
「「「「燃え尽きるほどヒートォ!!」」」」
「「「「「野郎に刻むぞッ、嫉妬のビート!!」」」」」

そして皆が必殺技ゲージを消費するさいの台詞を力強く叫んでいた。

「ドライアイスよりも冷えきり!」
「マグマよりも熱い!」
「この煮えたぎる感情・・・そう、これが殺意なのね!」

「「「もう許さん!羨ま―――げふんげふんっ・・・・・絶対許さん!」」」

どうして世界は僕に試練ばかり与えるのか。誤解を解こうと動けば邪魔が入り誤解は深まり周りの殺気は上昇、さやかは狂気への道に進んで――――

「うわあああああ!?さやか訊いてくれっ、僕は――――」

その、今まさに凶器を振りおろし自分とアホな少女を殴殺しようとしている幼馴染に恭介は絶叫するように叫んだ。己の潔白を、この状況に至る経緯を、誤解から産まれる邪推と悲劇を回避するために大声で叫んだ。
その内容は出来るだけ簡単に短縮されていて、日本語を理解できる者なら誰でも理解できる最短でありながら簡潔なものだった。見たままと同じなのだから、そう感じ取ることが出来る台詞だから当然だ。
一瞬と刹那の狭間、その叫びは幼馴染に届いた。その声は彼女の動きを止めた。その叫びは――――


「僕はただ彼女の制服を脱がしたいだけなんだ!!!」


と、上条少年叫びが病室に響きわたり皆が沈黙する。沈黙した。沈黙させられた。
言葉の意味は理解できるが、それを鵜呑みにすれば状況も理解できるが、今まさにその発言は己の悪行を暴露しているだけなので首をかしげる。
その中の一人に上条恭介本人もいたことが混乱に拍車をかける。

「んん!?あ、あれ・・・・おかしいぞ?僕は身の潔白を証明しようと真実を正確に発したはずなのに結果は最悪な方向に向かっている気がする・・・・?」

中学二年生の上条恭介は日本語のマジックに絶望した。悲しいことに今の発言内容に嘘はなく、残酷な事に誤解もないのに誤解が産まれてしまったのだ。
単純に言葉足らずの説得不足。時間をかければ理解してくれるだろう、少年は少女に何一つ不埒な真似はしていないし、しようともしていない。むしろ逆に暴走する少女から必死に貞操を守ろうとしただけだ。
上条視点での描写があれば理解されただろうが、後から来た外野には一切伝わらない出来事だけにどうしようもなかった。異性の制服を剥こうとしているが、実際にそんなこと望んではいないし考えたこともなかったが、少年は己の発言によって完全に誤解されてしまった。

話を聞く。話す。確かめる。

岡部倫太郎がラボメンに語ったことだが、それは本当に大切なことだ。特に美樹さやかと上条恭介。二人にとって、そして二人の周りにいる人たちとっては彼らが“それ”をちゃんとできるかどうかで未来に大きな変化がある。
きちんと話を聞いて、話して、確かめるだけで美樹さやかを取り巻く環境は変わる。それは共にあるラボメンにも影響が大きく出てくる。岡部倫太郎が観測した限り、そこには少なくても幸いはあった。結果がどうあれ失われずにすんでいた。
逆に、それができなければ――――誰かが死んでしまう。

「ふ、ふふふふふ」
「さ、さやか?あのその今のは―――」

今回の件は物語とは関係ないかもしれないが、時間もなく状況も最悪な今の状態は

「恭介を殺してあたしも死ぬーーーーーーーー!!」

危険だったりする。

「おわああああ!?待ってさやか落ち着いてー!」
「うわあああああん!恭介に明日外出許可とって貰いたかっただけなのになんなのよもおおおおおおおおお!!」
「うわわわわわかった!僕は今を乗り越えたら絶対に外出するから!」

泣きながら凶器をブンブン振り回すさやかに上条は首を上下に振って同意の意思を示す。
そうすることで少しでも彼女に落ち着いてもらいたかったのだ。

「ほ、ほんと?」

あっさりと、あっけなく止まった。これまでの葛藤が残念に思えるほどに。
純粋ゆえに暴走し、しかし単純ゆえにピタリとさやかの動きは止まった。

「うん!ほんとにほんと!」
「ぜ、絶対?あたしと、絶対一緒にいてくれる?」
「もちろんだよ!」

さやかは度重なる精神負荷から若干幼児退行を起こしかけているが、上条が彼女の意思を尊重し同調すれば事態は収まりつつあった。
ならばと上条は必死に決死に頷くしかない。文脈的に突然で唐突な変化だが疑問に思わない、結果良ければどうでもいいのだ。

「じゃ、じゃあ約束・・・・」
「うん、約束!」
「あたしと一緒に出てくれる?」
「もちろんだよさやか、僕は」

しかし、

「明日、絶対にさやかと一緒に外に出るんだ」

その言葉と同時に外道どもが動き出した。

「「「「「ッシャア!死亡フラグゲットー!!!」」」」」

物語に何の関係もないが、病室の外では警備員が人数を揃えて突入の準備を着々とすませ、ご老人は無事に蘇生していた。


ファーストミッション。オペレーション・フミトビョルグ
対象者 美樹さやか ミッションクリア




「で、結局あんたは上条とはどんな関係?」

ガジェットの射撃から身を守るためにベットの後ろへと転がり込んだ上条と、遠距離では無駄に頑丈なベットは貫けないと読み取ったクラスメイトが接近戦を開始しようとした頃の会話。

「わたしですか?ええと・・・・・実は人を探していまして、上条さんにはそのお手伝いを」

度重なる疲労から眠るように気絶したさやかを介抱していたクラスメイトの女子が、ちゃっかり争いから脱出している押し倒されていた少女に問う。

「ふーん?それで見つかったの、その探し人」
「それがまったく、この病院に出入りしているのは確かのですが姿がなくて」
「それって患者さん?それとも職員?」
「いえいえ、まったくの部外者です」
「は?」
「夜中になると姿が目撃される幽霊みたいな子なんですよね」
「なにそれ、不法侵入じゃない?」

その話が真実ならまさにそうであるが、とはいえ美樹さやかを除けば彼女たちもそれに近いので人のことは言えない立場だ。
朝と夜の違いでしかないが不法侵入は立派な犯罪だ。つまり彼女たちは犯罪者だ。自覚はないが、自覚しても最悪な事に改めたりもしないが。

「そういえば名前は?」

とりあえず、訊いてみた。

―――ガキ共ォ!!今度は何処から侵入してきやがったァ!
―――毎度毎度別口から入ってくるから対処しづらいんじゃああああ!

―――うお!?もう警備員【スプリガン】がきやがった!
―――ふう、これで助かった・・・・

―――上条恭介君、君も鎮圧の対象に入っている!

―――何で!?僕は被害者ですよ!!・・・・鎮圧って言った!?
―――なんだと上条、貴様裏切る気か!?
―――見損なったぞ!俺たちは仲間のはずだ
―――今の今まで殺そうとしいてたよね!?
―――バカね、忘れたの。幸せは奪い取るけど不幸は分かち合うものよ?
―――・・・・・ん・・・・・最悪な事言ったよね?綺麗事に聴こえたけどただの外道の台詞だよね?

―――上条恭介君、こいつ等の侵入目的は君との面会だ・・・・あとは分かるな?

―――理不尽です!

―――黙れ!これ以上貴様ら学生に好き勝手させたら来季のボーナスに影響があるのだ!
―――逆に鎮圧に成功したらボーナスアップだぜ!

―――最悪だよ!
―――私欲じゃねーか!
―――そーよそーよ、そもそも朝っぱらうるさいのよ!!
―――病院で騒ぐなんてマナー違反だぜ!
―――この常識知らず!

―――お前らだー!!!

すぐ隣で日常になりつつある抗争が発生している中、上条に押し倒されていた少女は目の前の光景に唖然としながら答えた。
特に秘密にする理由は無かったから、目の前で信じられない光景が展開されていたから深く考える事もなく、ただ問われた内容に素直に反応した。

「わたしは『優木佐々』って言います」

彼女は魔法少女だ。
キュウべぇと契約した女の子。
岡部倫太郎が相対したことのない魔法少女。
他の世界戦でも上条が知り合った女の子。

別の世界戦で直接相対はしていないにも関わらず岡部倫太郎を『殺す』ことに成功した魔法少女。









結果よりも結束が、成果よりも意思の確認が必要だ。

そう嘆き、騙されたと叫ぶ者がいる。
しかし契約は相手の了承を得て初めて結ばれる。インキュベーターとの契約は本人の確固たる意志がないと結べない。ゆえに、責任は絶対に己にもある。
たとえどんな結果になろうと、それが自らの選択なのだから甘んじて受け入れなければならない。

己の無知の責任は、自らの絶望を以って報いられるべきなのだ。

まあ、だからと言って幼い少女たちに後戻りできない契約を都合良く提示する存在の善し悪しが変わるわけでもないが。

「もしも願いが叶うとしたら、今のキュウべぇなら何を願う?」

ぼんやりとした思考のまま、気付けば暁美ほむらはラボのソファーに座っていた。すると横からインキュベーターに対して問いかけるまどかの声が聴こえてきた。
フワフワした気分、まるで夢の中にいるような感覚のまま耳を傾ける。

(まどかは、不思議な・・・・・・解りきった事を聞くのね)

夢心地な思考であっでもすぐに思いついた。知っている、宇宙の延命だ。
地球外生命体であるインキュベーターは感情を持たない。だから魔法少女になれない、だから奇跡によって願いを叶えきれない。あえて願いがあるとすればそれは世界の救済だろう。気に食わないが、その方法に納得出来るわけではないが彼らの望みは全宇宙の延命だ。
大義だろう。正しい願いだろう。誰もが“それ”だけなら称賛するだろう。
しかし少女の魂を犠牲にして世界に呪いを産み出す事を承知の上で、だ。それでも・・・全宇宙。一部の誰かではなく、世界のどこかではなく、この星だけではなく、この世全て、宇宙の全てを救う。
壮大で傲慢な願い。どうしようもない事象に対抗するために、それこそ奇跡に頼らなければ回避できない『世界の救済』。それが彼らインキュベーターの願い。
だから、もしもどんな願いでも叶うのだとしたらインキュベーターである彼らはソレを願うと思う。誰にも出来ないことを彼らはやり遂げようとしている。誰かの願いを奇跡によって叶えて、その積み重ねを持って巨大な奇跡とする。
途方もなく長い時間と、無限にも思える繰返しを束ねて彼らは少女たちに呪われながら世界を救おうと・・・・・願いを抱くのだろう。
感情を獲得できないその身で、感情を持てないまま、感情を理解できないまま“いつか”のために足掻き続けるのだ。
そう思うと少しだけ彼らに同情なのかなんなのか、考えただけで悔しくなる何かを感じた。感じて――――


「セガのハード事業部の復活だね!!」


聞き捨てならない台詞が聴こえた。

「セガって、ゲームのセガ?」
「そうっ、いつも僕達に夢と無限の可能性を示してくれるSEGAだよ!」

聴こえる声の感じから自分の隣にまどか、その隣にキュウべぇがいるのを感じ取った。
しかし「SEGAだよ!」じゃないだろう。真横にいたら殴っていた。

「そういえばキュウべぇってセガのゲームが大好きだよね」

・・・?初耳だ。まどかが何を言っているのか解らない。そもそもあの姿でどうやってゲームを・・・?
いや違う、そうじゃない。問題はそこじゃない。

「もちろんさ。そしてハード事業部の復活を祈るのは全世界六十億人の信者の内の一人として当然の嗜みだよ」
「新しい魔法少女候補との出会いとか、宇宙延命に関する奇跡を願うかと思ったけど・・・ちゃんと自分自身の願いをみつけたんだね」

まどかの口調は優しげだ。まるでキュウべぇが自分自身の望む願いを見つけたことを祝福しているような声色。
・・・・・・・違うんじゃないのか?それはもっと違う場面で使うモノじゃないのか?こんなバカげた流れでなぜ?

「インキュベーターは沢山いるんだから2~5人ぐらいサボってもいいと思うんだ。知ってるかな、パレートの法則だよ」

まて・・・・コラ、インキュベーター。

「あなたは何をトチ狂った発言を――――!」

意味がわからない、訳がわからない、ただあまりにもあんまりな内容の発言に夢心地な気分が霧散する。
湧き上がるのは怒りか、沸騰した感情が体の奥底から溢れ出し、立ちあがっていた。
そして信じられない台詞を吐いたキュウべぇに殺意を乗せた視線を向け――――。

「 ・ ・ ・ ・ 誰 ? 」

しかしその先にキュウべぇはいなかった。居るのはポカンとした顔のまどかと、その隣で同じような表情を浮かべる美少女だけだ。
キュウべぇがいない。まどかの隣にいるのは金髪でグラマーな少女、多分高校生ぐらいだろうか。彼女はメガネをかけていた、自分がかつて使っていたメガネと同じデザインの紅いフレームのメガネ。
彼女は誰だろう?見たことのない人物。手入れが行き届いていないのかぼさぼさだが、それでもまるで光を放っているかのような金髪をしている。その瞳は紅い。

「うん?なんだか鳩がティロ・フィナーレを喰らった様な顔して、どうしたんだい?」

どんな顔だろうか、鳩は木端微塵どころか塵芥すら・・・・キュウべぇの声が聴こえた。目の前の美少女からだ。彼女は立ちあがって自分を心配するような顔で近づいてくる。
身長は私よりも高く、ピチッとしたジーンズとは対照的なサイズの大きいTシャツを着ている。元からのデザインなのか襟が大きく取られ、片方のタンクトップからスポーツブラの肩紐が見えていた。
身長は私よりも高い・・・・・胸の大きさは私とは比べるまでもなく巨大だった。巴マミよりもデカイ。さすが高校生、これで中学生なら日本はもう駄目だ。しかしだ。そこにいやらしさはなく、化粧っけのない顔や少しボサボサの髪と相まって何故だろう、そのラフな印象が逆にどこか清潔感のようなものを自分に与えた。
むむ?と顎に手を当てながら彼女は思案顔でほむらの顔を凝視していたが、徐にその手を伸ばしてこちらの頬に触れる。

「ちょ!?」

ビックリして体を硬直させてしまう。他人とのスキンシップには全然慣れない。そもそも自分の体に触れる人間自体が極端に少ない。他人と触れ合う機会なんて全然なかったから。
突然の出来事に理解が追い付く前に優しく、慈しむように触れていた彼女の指先はしかし、頬を一気に横に引っ張られた。

「むきょぶふ!?」
「あっはっはっはっは!」

自分の口から信じられない言葉が出た。原因の彼女は爆笑しているが、その手は未だに頬を引っ張ったままだ。もみょもみょと口元を玩具にされる。
いきなりの事態についていけない。ほむらは彼女にされるがまま、ただ両手をバタバタと振り回し口からは奇声を発することしかできない。かつてない恥ずかしめに屈辱を覚えるよりも恥ずかしさが際立つ。

「くッ、ふふ・・・・ごめ、なさいほむらちゃ、あはははっ」
「ま、まどひゃ!?」

そしてすぐ隣でまどかにも笑われたことで羞恥心のピークが来たのか、ほむらは無理矢理彼女の手を振り払い必死に虚勢を張る。そう、虚勢だ。自分が真っ赤になっているのは自覚している。何を言っても何をやっても誤魔化し切れないだろうが必死になって己の体面を取り繕うとする。
まどかの前で醜態をさらしてしまったことが恥ずかしい。恥ずかしすぎて死んでしまいそうだ。ただ、この時にはすでにキュウべぇに対して抱いていた怒気は消えていた。羞恥心に上書きされたと言ってもいい、気付かぬうちに霧散していた。

「な、なにをするのよ!」
「えー、ほむらがボケてたから気付けがわりにこう、ね?」

ぐにぐにと、再び頬を引っ張られる。

「ほむむ!?」
「たーてたーてよーこよーこまーるかいてちょんちょん」
「ぷ、あははははははっ」
「まひょらっ?や、ひゃめなひゃいよっ」

ひたすら頬をいじくられる。抵抗しても文句を言っても目の前の美女は気にしない。その手を止めぬまま、笑いながらほむらを玩具にしていた。
熱い、熱が顔だけでなく体中から溢れ出してきてクラクラしてきた。まどかに笑われていることもそうだが、こうして他人と触れ合っている事実がいっそう熱を産み出す。
元より他人との接触不足の引き籠り体質だ。おまけに口下手で基本的に対人関係に関する対応は不足気味だ。繰り返してきた時間漂流で幾分期待できると思ったが強気に、かつ冷静に対応できるのは何度も接してきた同じ相手ばかり。
一応、初対面の人間ともそれなりに・・・・・いや、冷たく突き放すか興味の無いように振る舞うことしかしていないので、やはり対人スキル、特にコミュニケーションスキルはかなり低いかもしれない。
そんな人間はいきなりフランクに接されては困るものだ。対応しようにも普段の自分を知っている人物の前では変に緊張して何もできなくなる。

「ひゃめ、ひゃめなひゃいっ」

見知らぬ他人だ。おまけに女性だから下手に魔法を使って抗おうにも怪我をさせたら大変だ。まどかの知り合いのようだから手荒な真似はできないし、かといって玩具にされるのは悔しい。
本気になれば抵抗できるのにできない、術も力もあるのに逆らえない。ならそれは貧弱な自分の意思が実行に移せない、自分の弱さが最大の要因・・・・・涙を浮かべそうになる。
自分は悪くない、自分は何もしていない、自分は・・・・なのになんでいつも世界は暁美ほむらを苛めるのか・・・。

「うーん?」

ぐにぐにと、むにむにと、こちらの心境に気付くことなく頬で遊んでいた少女は首を傾げながら不機嫌な顔になっていく。
それは勝手だ。その表情を浮かべていいのは自分のはずだ。決してお前じゃないと、ほむらは涙目で睨む。

「ほむら」
「ひゃに、よっ」

わからない、しらない、なにも、そうおもって、そうかんじて、だけどなにもできなくて、そんな私に世界はいつだって――――

「ちゅー」
「ふぁ!?」
「わ、わわっ?」

いつだって、いや・・・・なに?え、なに!?

「ちょっ!?ふぅ、ンン!?」
「ん~」
「わぁ、えぇぇぇッ?」

ほむらはバタバタと両手を振って何らかの意思を伝えようとするが伝わらない。当たり前だ、相手は最初から気にすることなく接してくるし今は目を閉じている・・・・・唇を口を塞がれているから声も出せない届かない。
何より私自身がどうしてほしいのか、どんな状況なのか把握しきれていないのだから伝えきれないのは当然だ。

「むぅ、ん」
「むっ、ンンンンッ!!?」
「わ、わぁっ、すごい」

まどかが恥ずかしそうに両手で顔を隠すが指の隙間からしっかりと覗き込んでいる。覗き見している。
何がどうなっているのか、何故こんな状況になったのかは分からないし分りたくもないが、どうしようもなく世界は私に現実を理解させようとする。

「んん、ちゅっ」
「ほみゅうううううう!?」

彼女の■が口の中に入ってきた瞬間、私の中にあった何かが終わった気がした。
それでも気にすることなく行われる行為に、バタバタと振り回していた私の腕は次第に力を喪って気力と共に弱弱しく項垂れた。抵抗の意思も。

「ぷはっ」

散々吸って満足したのか、彼女はようやく私を解放してくれた。
本当なら、まどかの目の前で初めてを奪った彼女に殴りかかりたかったが私は全身に力が入らずペタンと床にへたり込んでしまう。
そして私が俯いて肩を震わし、まどかが真っ赤に顔を染めていると――――

「どうだった?元気出たかな?」

金髪美少女の彼女が陽気に声をかけてきた。

「落ち込んでいるときは“こう”すればいいって教えてもらったんだけど良かった?」

その言葉を文面通りに、かつ友好的に過大解釈して受け取れば彼女は一応、信じられないことに私を気遣ったということになる。

「僕自身はまだ良く分からないけど、それなりに練習したから大丈夫だと思うんだ」

へたり込んでいる私の視線に合わせように、彼女はしゃがみ込んで私の肩に手を置いた。

「どうかな、少しは元気出た?」

私を心配するかのように、そして少し不安そうにしながら彼女は訊いてきた。

「起きてからなんか変だし、僕のこと知らないみたいに振る舞うし」

俯いていた視線を少しだけ彼女の方に動かせば意外なモノがみえた。

「ねぇ、ほむらはもしかして僕が誰か分からないのかい?」

悲しいのも傷ついたのも訳がわかんないのも私なのに、まるで彼女の方が悲しそうに、酷く傷ついたようで、訳がわからなくて泣きそうな顔をしていた。
まどかに情けないところを見られ初めてを奪われたところも見られた。いきなりで泣きだしたいのに、何故か自分の方が悪いことをしたかのような罪悪感がある。
まず間違いなく私は悪くない、被害者は私だけで彼女は何も被害を受けていない。それが絶対だ。

(なのに、どうして私は・・・)
「ねぇ、ほむら・・・そんなこと、ないよね?」

好き勝手に我が儘に私を弄った相手だ。泣こうが傷つこうがかまわないはずなのに、どうしてか罪悪感が拭えない。むしろ彼女に対し私がとった行動は決して褒められるものではないと、絶対にやってはいけないものとして私の心に楔を打ち込んでいる。
泣かせてしまった。目の前にいる少女に吐いた言葉ではなく、抱いた感情でもなく、『知らない誰かに接するような態度』をとってしまったから、私は彼女を深く傷つけてしまった。

その痛みを、その悲しみを私は識っていたのに。

自分だけが知っている知識、記憶、思い出、それらを共有することも出来ず理解もされないのは酷く辛い。深く重い。大きく冷たい。自分は覚えているのに相手は何も覚えていないというのは予想以上に悲しい。
確かにあった時間を、確かにあった想いを無かったことにされたようで、否定されているようで、何よりその記憶の全てが自分の勘違いだと――――そう自分を納得させるために騙してしまいそうになって軽く死にたくなる。
そのことを自覚したら、してしまったら弱い自分が出てきて動けなくなる。立ち直るのには時間がかかる。長時間ではないが、すぐには無理だ。それだけ忘れ去られるという行為には■■が付与する。世界中でたった一人になってしまったかのような孤独を感じる。
だって本当に独りなのだから、間違いなく、世界で独りぼっちなのだ。誰にも理解されない、本当の自分を見てもらえないというのは―――――

「思い出してよ・・・」

だから彼女のしようとしている行為を私には止めることは出来ない。それは突然の状況に混乱しているのも原因だろうが、それ以上に彼女をこれ以上悲しませてはいけない、悲しませたくないと思ったからだ。その感情の出所が“いつ”の私が抱いたのかは不明だが、それを考える思考を今の状況で得ることは出来ない。
もちろん“それ”をしたからといって私が何かを想い出すとは限らない。しかし少なくとも彼女がそうすることで少しでも泣きやんでくれるなら、少しでも悲しみを癒せるなら、彼女が“それ”で私が何かを想い出してくれると願っているのなら、私は受け入れようと思った。
ゆっくり近づけて、吐息を交換するように合わせて、その紅い瞳の少女を思い出そうとした。
私は彼女のことを想い出したい。だけど、


『知らないふり、見ないふり、感じないふり、そのせいで全部が手遅れになった』


まるで責めるように、誰かの声が聴こえた。


『繋がっていたのに、信じてくれていたのに、そばにいてくれたのに』


この想いと感情は何処からくる?何処から来た?記憶は?いつからだ?
何が原因で思い出そうとしている?何をしたから思い出そうとしている?
原因は?切っ掛けは?異なる世界線を、経験していない世界線を観測できた方法は?


『いまさら・・・もう全部が手遅れなのに』


深く沈んだ声で、その声は心の奥底まで届いた。
自分の中にある黒い何かを鷲掴みにされたような心底嫌な気分に襲われた。
自覚してはいけない、認めてはいけない、向き合ってはいけない。
それを観測してはいけない。まだ回避できる可能性は残っている。

「ほわぁ、なんかドキドキするね」

―――バツンッ

「ッ!?」

まどかの声が聴こえて、何かとの接続が途切れたことで少しだけ冷静になった頭がある事実に気付いた。

「ん、え・・・?」

それどころじゃないのに、それを完全に思考の隅に、思い返すことも馳せることもできずに、それに比べればどうでもいいことに気付いた。

「・・・・・・・・・・・」

紅い瞳?

「でも、ほむらちゃん本当に大丈夫?いつもなら嫌がるのに・・・・・まさか本当に忘れてるの!?」

いつもってなんだろう。まさか忘れているだけで私は彼女と毎日こんなことをやっているのだろうか?
そんなはずない。たぶん嫌がる私に彼女が無理矢理な感じでのはずだ。そうであってほしい・・・・・・だって紅い瞳だ。

「えっと、それでど、どどどうかな?どんな感じだった?」

やや緊張した面持ちで、まどかが両手を握りしめながら真剣に訊いてきた。それは私に記憶が無いことか、それとも単純にその行為の感想か。
しかし・・・ちょっと待ってほしい、いや無かったことにしてほしい。何をと言われれば全て、何がと言われれば全部。
目の前の彼女は紅い瞳をしていた。とても特徴的だ。その色の瞳をしている存在をよく知っている。

「ど、どうだった?」
「うーん・・・・ほむらとはじっくりしたことなかったから期待したけど、やっぱ分かんないや」

まどかは私だけでなく彼女にも問う。記憶の有無ではなく、行為の感想だろう。または――――感情についてか。
真実に気付きつつある私に気付くことなく、紅い瞳の彼女は先ほどとは違って、ついさっきまで悲しんでいたのが嘘のように、私の頬で遊んでいたかのような最初の無邪気さで何やら考え込んでいた。
その豹変ぶりに先ほどの泣き出しそうな顔は演技か、と疑ってしまう。そうなのだろうと思ってしまう。彼女が奴なら納得できる。その声を、私はとてもよく知っている。ただその声の張りには感情が乗っていて、そのこともあってその可能性を無意識に排除していたが、彼女の正体はまさか・・・・。

「まさか、あなた・・・・」
「思い出したのかいほむら!?」

まさかとは思うが、絶対に違ってほしいが、本来の姿を知っている以上目の前の存在は違うはずだが、その声と瞳の色は否応なしに彼らの姿を脳裏に思い浮かべてしまう。忘れようもない宿敵の姿を。
宇宙からの来訪者。
感情を持たない魔法の使者。
紅い瞳をもち少年にも少女にも聴こえる声の持ち主。
世界を、宇宙全体を救うために星々を渡るモノ。
希望からの絶望、その相転移エネルギーをもって運命に挑むモノ。
誰よりも大きな望みを抱きしモノ。
誰よりも多くを守ろうとするモノ。

「あなたは・・・」
「きゅっぷい!やっぱり愛は偉大だね!」

サムズアップした彼女は嬉しそうに宣言した。

「魔法少女のサポート役にしてマスコット!ラボメン随一の癒し担当キュウべぇさ!」

顔を輝かせ満点の笑顔を浮かべる巨乳美少女、その正体はインキュベーターキュウべぇ。
ほむらのファーストチューだけでなくセカンドチューまで奪ったのはインキュベーターキュウべぇ。
宿敵であり、暁美ほむらにとって何度時間を繰り返そうと変わらず重要な関わりのある存在。
どの世界線でも、どんな世界線でも、必ず出会い必ず言葉を交わすモノだ。

ならば、だとすれば、暁美ほむらのやるべき事はただ一つ。

「―――――・・・・・・・・ええ、殺すわ。ちょっと動かないでちょうだい」



ほむらは躊躇いなく、その両眼を潰すために全力全開の魔力強化を己の右手に施し―――――眼潰しを放った。








違和感。それは大まかにだが、大雑把な考え方だが少なからず疑問や不安を抱く。それが普通だ。
だからこそ、そこにさらなる違和感が介入すれば混乱が生じる。
杏里あいりの場合、違和感を抱いて、その異常さに気付きながらも無視した。無視できた。
鹿目まどかの場合、違和感を抱いて、だけどそこにあるべき疑問や不安を抱かなかった。抱けなかった。
異常で、不気味なはずなのに、受け入れた。受け入れられた。
不思議で、不可思議なはずなのに、受け入れた。
思い出そうとしていた。不可思議な出会いと別れを。
想い出そうとしていた。当然のように偶然と必然を繰り返していた物語の記憶を。

それが出来ていたなら、きっと何かが変わるはずだった。
今もこうして変わり続けているのだから。
その結果が、今が、どの方向に進んでいるのかは分からないけれど。
何かを変えるきっかけにはなっていた。

話を聞く、話す、確かめる。

それが出来ればよかった。いつも、どの世界線でもそうだった。

いきなりだった。

「・・・ぅ・・・ん」
「うん?なんだ起きたのか、でも時間までは休んでいたほうがいいぞ」

金髪の少女は黒髪の少女を気遣うように声をかけた。

「・・・・ああ違ったわ」
「へ?」
「動いてもいいけれど―――――動くと危険よ!!」

何を言っているのか分からない。寝ぼけているのだろうか?そう思い、金髪の少女が少しだけ顔を寄せたらいきなりきた。殺気というか殺意が来た。
下から、と感じ取ったときには魔女退治の経験から培った回避行動が無意識に自動的に発揮された。

「おうわああああ!?」

数十分前に簡単な手順で作られた温かいスープと、さりげなく出された『芋サイダー』の両方を食した結果、気絶するかのように倒れたほむらを介抱していたユウリ(あいり)は突然の眼潰しを寸でのタイミングでかわした。魔力を帯びた指先が眼前を通り過ぎていく際に前髪をチッ、とカスっていったのは冷や汗ものだ。
ぐったりとしていて、ベットに寝かした所までは大人しかっただけにビックリしたユウリは本気で叫び声をあげてしまった。

「あぶッ!?危なかったって首が痛い――――やぅん!?」

あいりはただメガネをかけたままでは寝苦しいと思い、ほむらの頬付近まで手を伸ばしただけだ。なのに視覚の死角、下からの眼潰しとはなんなのか。
一応、首を後ろに反らすことでかわしたがグキ、と嫌な音が聴こえた。しかも追い打ちをかけるように起き上ったほむらにマウントをとられてしまう。気絶していた人間に一瞬で床へと組み伏せられたのだ。

「え?へ?なんで?」

あいりは突然の奇襲に驚いて、あっという間に組み伏せられた状況だ。

「よしっ、捉えた!」
「うにゃあああああああ!?」

ほむらの顔からメガネが床に落ちる。それと同時に、三つ編みを解くと地味子から美少女に変貌をとげた少女からの再度の眼潰しをあいりは両手で受け止める。
馬乗り状態からの振り下ろすような眼潰しだ。体制と勢い、実行する勇気と覚悟、躊躇いの無さと容赦の無さから放たれたそれは必殺の一撃だ。
ガシィッ!と効果音が聴こえるほどの攻防がそこにはあった。

「あれ、何してるの二人とも?」

あと数ミリで指先が眼球と接触しそうな体制の二人に、折り畳み式ベットの傍で縺れるようにして重なっている少女たちに、天井の穴をビニールシートで塞ぎに行っていた鹿目まどかが声をかけた。
この状況になった原因は彼女だ。彼女が原因だ。鹿目まどかがきっかけだ。
まどかは岡部達が出かけた後、心身ともに疲労していたほむらがユウリの差し出したスープを美味しそうに頂いていたのを見て冷蔵庫に残っている『芋サイダー』を100%の善意からそっと・・・・・・そして今に至る。

「大丈夫ほむらちゃん?急に倒れたからびっくりしちゃった」
「・・・・・・・まどか?」

原因が己にあるとは微塵にも思っていない少女と、いつの間にか危険な飲み物(?)をコップに注がれてしまい気絶してしまった少女は見つめ合う。
ほむらは嫌な汗が頬を伝う感触とぼやける視界に映るまどかの服装がさっきと違うことに違和感を抱き、そこにきてようやく夢だったのだと気付いて安堵した。
悪夢は去った。そう思い力を抜けば下ろした左手に柔らかい感触が来た。

「ひゃう!?」
「・・・?」

自分の下に金髪ツインテールの少女がいた。

「あなた・・・・何をしているの?」
「ユウリちゃん。ほむらちゃんは疲れているみたいだから遊ぶのは後にした方が・・・」

ほむらとまどかは何故かガッチリとほむらの片腕を掴んでいる少女に嗜むように声を投げた。
だから疲れている相手を気遣って温かいスープを作り、さらに気絶した少女をベットに運ぼうとした(正しい)善意の行動を唯一行っていた彼女は抗議の声を上げる。

「ちょっと待て・・・・・なんっっっでアタシが責められてるんだ!?」

常識人はいつだって損をする。飲み会で酔った相手の世話、暴走する周りのフォロー、生きていく上で真面目で素面な人間はいつだって損をする。
今だって気絶した奴をベッドで休ませようとしただけなのに、とんだ貧乏くじである。

「落ち着いてユウリさん。とりあえずこの態勢はまどかに誤解される可能性が万分の一は含んでいるとも言えるので速やかに解消したいのだけど」
「なら退けよ!お前が上なんだからなっ、私は押しつぶされた方だからな!」
「・・・・・まるで私が貴女を押し倒したみたいじゃない。誤解される言い方はやめてください」
「事実だよ!他にどんな要因でこの態勢になれると思ってるんだ!」
「気絶していた私を上に乗せて既成事実を」
「アタシにそんな趣味はない!!」
「ごめんなさい」

ほむらが脳内に思いついた予想を口にする前に謝ってきたので、あいりはとりあえず許すことにした。台詞の続きが気になったが、きっと聞けばキレる可能性もあるので良しとする。
相手は『芋サイダー』のせいで精神に異常をきたしていたんだと、自分の器の大きさは素晴らしいと無理矢理ポジティブに己を慰める。
罵倒し殴り倒すことは容易だが、それをやろうとは思わなかった。自分でも不思議に思えるほどに彼女たちのことを気に入っている。少なくても混乱しているのなら多少の暴言は聞き流してやるレベルには、心を許している。
信じられないことに、たった数日の、それも会話すらまともにしたこともない者に対してすらそうなのだから驚いたと同時に・・・・気味が悪いというのか、不気味だった。

「・・・・くそ・・・っ」

どうしてだろう。彼女たちの事を放っておくことが出来ない。無視することが出来ない。まるで数年来の付き合いがあるように、まるで飛鳥ユウリのように自分の中で彼女たちの存在が大切なものとして――――――だからコレは『異常』だ。
自覚したのはついさっき、今日だが・・・・・予兆としては、原因としてはたぶん昨日の“アレ”かな?と、あいりは予測を立てているが確証はない。
結局アレがなんなのか、よくわからないから。ただ、それのおかげで目の前の少女たちのことを気にかけるようになったと、あいりはそう判断した。それが善いことなのか悪いことなのかまだ分からないけど。

「ユウリさん、私にはまどかがいるので貴女の想いに答えることはできません」
「丁寧口調で何言ってんだお前は!?」」

しかし気を使った結果がこれである。

「ほむらちゃん喉乾いてない?よかったらどうぞ」
「ええ、ありがとうまどか。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・おいしそうな琥珀色ね。い、いただくわ」

いかに摩訶不思議飲料を口にしたからといっても言うことにおいてそうくるとは思わなかった。怒っていいはずだ。相変わらず馬乗りのまま何をトチ狂ったのか壮大な誤解をしているメガネ女と、この混乱の原因になったドリンクを再び飲まそうとしている悪魔な女に怒っていいはずだ。
元より魔法少女になってからはキレやすい性格になったと自己分析している。よくもまあ・・・もったほうだろう。ここ数日の出来事で丸くなってしまったと危惧していたが心配はないようだ。
あいりは復讐者。あいりは残虐な魔法少女。あいりは目的のためならば他者を巻き込むことを是とする悪党、あいりは―――――

「ってぇ!!?それ飲んじゃ駄目だろもおおおおおお!!?」

それでも復讐者のまえに、魔法少女のまえに、杏里あいりは世話焼きな女の子だった。
生来の性格はそうそう変わることはない。確かに気分が高まると危険志向なハイテンションになるが、それもまた嘘偽りのない杏里あいりの確かな性格だが、だからと言ってそれが全てではない。
あいりの伸ばした手は届かず、ほむらは『芋サイダー』を己が口に注いだ。なんかもう捧げた、と表記した方がいいかもしれない。

「むぐ!?」
「いわんこっちゃない!ペッしなさい、ペッっ!」

あいりは忠告する。なんだかんだ相手の事を思っての言葉だ。しかし、まどかからの物なら本能が警戒を訴えても手に取るほむらは芋サイダーを再び無理矢理口の中に流し込んで―――苦しそうに顔を歪める。
案の定と言うか予定調和と言うべきか、新たな味覚への開拓に挑戦しつつも散っていった味わいは混乱した脳にもダイレクトにアタックしたようだ。

「おかわりは沢山あるから遠慮なく言ってね?」
「っ!?い、いただくわ!」
「なんでだよ!?飲むな飲ますな止めろよお前ら!!」

しかしまどかは笑顔で新たな悲劇を注ごうとするし、ほむらは何故か覚悟を決めたような表情でそれに受けて立とうとする。
あいりはそれを必死に止めようとするが、まどかは誰も飲んでくれない自信作を飲んでくれることが嬉しくて、ほむらは親友の手作りならと変な方向に意地になり、結果的にあいりの言葉は届かない。
いや届いてはいるが、聴こえてもいるが嬉しさと意地から止める様子はなかった。

「・・・・・いざ!」
「なんで覚悟決めてまで飲もうとするんだよ!?やめろ駄目だってばっ、おまえは疲れてるんだから無茶しちゃダメだろ!」
「フッ・・・なんのことだか分からないわ・・・」
「ウソだよ!!痛みを抱えながらも強がる男の顔してるよ!」

そんな表情を浮かべる暁美ほむらだった。

「大丈夫だよユウリちゃん。私の『芋サイダー』を飲めば一発で体調も気分も回復間違いなしだよ」
「その自信は何処からやってくるんだ!」
「えへへ、実は材料に■■■と■■を■■して■してから混ぜているから滋養に抜群なんだぁ」

ウェヒヒ、と、はにかみながら語る彼女は頬に手を当てて恥ずかしそうにする。その仕草は大変可愛らしかった。
が、ほむらは硬直し、あいりは何も言えなくなった。

「・・・・え、その材料でどうやって作れたの?」
「私の舌で華々しく散っていく味はダークマターの産物ではなく、その辺のスーパーで手軽に買えるの・・・?」

日本の食文化が末期に突入したのかと不安にもなるが、きっと奇跡の産物だと思いたい。

「“いっぱい”あるから遠慮しないでねっ」
「・・ぇ・・・・・」
「・・・ぅ・・・・」

覚悟を決めた人間はときに限界以上の行動を、結果を起こすことが出来る。

「飲むのか・・・」

あいりが神妙な面持ちで、まどかには聴こえないように問えば・・・・ほむらは頷いた。

「いいのか、確かに組み合わせは市販のものだけど・・・・・」
「そして、まどかの愛情ね。それだけあれば是非もなし、よ」

ふっ、と遠くを見るように微笑んだほむらの横顔は覚悟を決めていた。
彼女は一気に飲み干す。そして

「きゅぅ」

暁美ほむらは倒れた。

「言わんこっちゃない!」

力を失い倒れ込んできたほむらを、あいりは支えながら叫ぶ。

「あれ?ほむらちゃんまだ疲れたのかな?」
「現実を直視しろよ!」
「気付け薬に『芋サイダー』!」
「なんで追い打ちかけんだっ、止めを刺すな!!」
「きっとチャージが足りなかったと思うんだ」
「もう十分だからっ、限界だから!」

あいりの強い言葉にまどかはションボリと、しかし気を失っている人間に無理矢理飲ますわけにはいかないのでしぶしぶ引きさがる。しかしボトルの底に残った濃度の高い『芋サイダー』は起きた時に飲ませてあげようと思い、ほむらの使っていたコップに移して冷蔵庫に保管した。
その様子を“しっかりと見届けてから”あいりは倒れたほむらをベットへと放り投げた。やや乱暴だが先ほどのように眼潰しは嫌だし忠告を無視して危険物を口にした輩に対する抗議のつもりだ。

「あー・・・・・もう、なんだかなぁ」

あいりには鹿目まどかと暁美ほむらの関係はよく分からない。巴マミも美樹さやかのこともそうだが・・・・・共通していることは、あいりにとって彼女たちは『知らない人』という事項だ。
だから当然分からない。あんな摩訶不思議なドリンクを創れるまどかも、例え危険と分かっていても彼女の作ったものなら受け入れようとするほむらの心情も・・・分からない。
だけどそんな二人のために、こうしてラボに留まっている自分のことが一番分からない。他人なのに、“まだ他人のはず”なのに世話を焼く自分の心情が分からない。

「・・・・・・」

あいりはボスッと乱暴にソファーに座って周りを見渡す。一昨日の夜に初めて訪れた場所、未来ガジェット研究所、狭くて騒がしいところ、いきなり与えられた居場所。
何故だろう、どうしてだろう。昨日までは“そう”じゃなかった場所なのに、ここはまだそう思える場所なんかじゃないはずなのに、あいりにはここが、この場所が、この位置が、この時間が―――――とても懐かしいと、そう感じた。
だからだろうか、それに引っ張られる形で彼女たちの世話を焼いてしまうのは、放っておけないのは、一方的な親しみを感じてしまうのは・・・あいりには分からない。
最初は魔法少女になってから初めてまともに接してくれた人間がいて、親友のことを想っていてくれて、自分にも優しくしてくれて、居場所まで与えてくれたから気が緩んでいるだけかもしれないと思ったが、やはり違和感が拭えない。これは異常だと思ってしまう。
嫌な気分だ。この場所にいることがじゃない。こんなにも心地よいと思えるのに自分は異常だと感じていることが、嫌な気持ちを生んでしまう。
せっせとほむらに毛布を被せているまどかを尻目に、あいりはソファーに寝転ぶ。目を閉じれば眠れそうだ。

(・・・・やっぱり安心している)

ほぼ初対面の人間しかいないこの場所で、復讐者としての自分を忘れていない杏里あいりが安心しきって身を晒そうとしている。
ここにいるのが岡部倫太郎ならまだ分かる。話もした、共通の知り合いがいた、ある程度の理解を、心境を昨日の戦闘の後に共有した。だから相手が岡部倫太郎ならギリギリで分からなくもない。
なのに、なんで彼女たちに対しても心を許しているのか分からない。その思いは、この想いは何処から来たんだろう?

「ねぇ」
「え、なにユウリちゃん?」
「・・・・」
「?」

横になったままのあいりにまどかは首を傾げるだけで―――その仕草は、この光景はいつか何処かであったような気がすると、あいりは思った。そんなはずはないのに。
こういった現象の事を確かデジャヴと言ったかと緩んできた思考で漠然と―――――

「ユウリちゃん?」

くしゃりと、まどかに髪の毛を撫でられた。声をかけてきた後は黙ってしまったあいりに、気付けばまどかはしゃがみ込んで視線の高さを合わせていた。
まどかは無視された事に対し気分を害した様子はなく、ただあいりの様子を気遣っているだけで、あいりはまだ知り合って間もない相手に髪を撫でられることに抵抗は皆無で

「・・・ん」

と、気持ち良さそうに目を細めただけだった。

分からない。解らない。あいりには何も、どれも、それもこれも何もかもが理解できないまま髪と額に感じる指先の感触に身と心を委ねてしまう。

心の奥底では警報が鳴っている。酷く小さな、鳴らす意味も価値もないそれを無視する。

親友の話を聞ければすぐに去ろうと思っていたのに、この場所から離れたくない。
付き合う気なんか微塵もなかったのに、気付けば世話を焼いている。
他人のはずなのに、守ってあげなきゃと思う。
知らないはずなのに、彼女たちは相変わらず優しいなと思い出す。
分からないはずなのに、彼女たちのことを想い出す。

「・・・ん」
「眠いの?」
「うん・・・・・・まどか」
「なに?」


「ごめん、ちょっとだけ―――――眠るね」


このとき、岡部倫太郎も見たことのない優しく微笑んだ彼女を、まどかは初めて見たような気が―――――しなかった。



岡部倫太郎ですら、まだ観測した事もないのに。
杏里あいりは何処かの世界線での記憶を微かに思い出していた。
原因は観測されたから。観測者に観測されたから引っ張られた。
切っ掛けは昨日のNDだけど、その可能性を岡部倫太郎は危惧していたけれど、今回の件はさすがに予想できなかった。
岡部倫太郎は過去に杏里あいりとは出会っていない、関わっていないから。

観測者は岡部倫太郎だけじゃない。


ファーストミッション。オペレーション・フミトビョルグ
対象者 杏里あいり ミッション放棄






「ユウリちゃんも疲れてたのかな」

視線の先で寝息をこぼす少女に薄めの毛布をかけながら、まどかもまた違和感に襲われていた。不思議と言うか、不可思議と言うか、自分が今をこうも落ち着いていられることに違和感を抱き、まどかは首をかしげるのだ。
気付いたのは一人で天井の穴を塞ぎに行っているときだ。恐ろしい魔女と二度も遭遇したのに暗い場所で一人になることが出来る。それ以前に部屋に閉じこもることもなく笑い、騒ぎ、変わらぬ日常を過ごしている。
それに『ほむらが魔法少女だった』事実にさして動揺していない。一昨日からキュウべぇがそれとなく言っていた気がするし、実際に変身した姿も見たので――――決してほむらの事を疑っているわけでも気味悪がっているわけではないが、しかしそれにしては自分は余りにも落ち着いている。
まるで、その姿が普通であるように受け止めている。

『見覚えがあるような気がした』

異常としてはそれだけで十分なのに、さらに違和感がある。その『見覚えがあるような気がする』暁美ほむらは、魔法少女に変身した暁美ほむらは“あんな姿だっけ?”と、そう感じたことを思い出してしまったのだ。屋上の穴をビニールシートで塞いで、暗くて誰もいない三階の床を塞ぎながら、ふと思い出したのだ。想い、出した。
マミの後を追って屋上に来た時に幼馴染に説教する傍らで視界に入っていたはずなのに気にしなかったことを、マミに支えられているほむらの姿が変わっていたことにさほど気にしなかったことを、その時は気にしなかった事を。
気にしたのはぐったりしている彼女の体調と―――変身したほむらに、変身した事で変わってしまったほむらの服装にではなく、ほむら自身に違和感を抱いた。
暁美ほむらの変身した姿、変身した彼女は、魔法少女の暁美ほむらは“メガネをかけていたっけ?”。彼女の長くて綺麗な髪は“ストレートだったはずじゃ?”と、そんな姿見たこともないはずなのに、“今はメガネをかけている時期だからだ”と、変に納得していたことに、そんなすぐに忘れてしまう程度の違和感を、あの時に感じていた事を思いだしてしまった。

「ほむらちゃんが魔法少女になった・・・・ううん、思い出したって言ってたけど、それには驚いたけど私は・・・・」

納得というか、理解と言うか、それとは違うけど、言葉にするのは難いのだけれども―――――――だけど“しっくり”としたのだ。パズルのピースがカチリと当てはまるように、文章の空欄に、方程式の真ん中に当てはまるように、その事実が、暁美ほむらが魔法少女という答えが正しいように――――

「変・・・・だよね?」

“だからこそ彼女の姿に違和感を抱いた”。

それが一番の問題なのだ。違和感は違和感でしかない。思いすごしや気にしすぎ、思い違いや気の迷い。そのはずなのにその違和感にさらに違和感が付属してしまった。
抱いた違和感に追加で違和感。気にならなかったのは、それを当然のこととして認識していたから、認識する必要もないほど小さな思いだったから。抱く必要が、感じる必要がないほどの――――――。

「うーん、私どこかで・・・・・ほむらちゃんと会ったことあったのかな?」

考えれば考えるほど抱いた違和感はその小ささから薄れていき、ループする思考が考える事を放棄しようとする。問題が難しいだけではなく、考えるほどの悩みではないと判断している。
だから不思議で、不可思議。気になるはずなのに、気になってもいいはずなのに放置している。こうして考えている振りをしているが答えは出ないし理解も出来ない。
間違っていない、矛盾はない、だから悩めない。だから・・・・・・だから?

「ユウリちゃんも・・・・・はじめまして、だよね?」

だからこうして―――何が、“だから”なのか―――それを結局放棄して別の事を考える。

「私はユウリちゃんと出会ったばかりだよね?」

暁美ほむらとは違い、考える事が出来る程度の違和感を与えてくれる少女の事を。どちらも重要で、異常なのはきっと暁美ほむらのほうなのに、まどかはあいりの方を優先に考えた。
ほむらの方は無意識に、抱いた違和感を当然のこととして、普通の事として、当たり前のこととして、思考の片隅に、それこそ偶々視界に映った一つの風景程度の認識で考える事を放棄した。

「・・・・・・・」

そして一旦、考えるのを止めてしまうと考える事はあるはずなのに、ほむらもユウリも寝てしまったことで心細くなってしまって思考を完全に別の事に切り替えてしまう。それこそが一番の違和感なのだが、やはりそれゆえに霧散してしまう。してしまった。

「えっと、どうしようかな?」

なんだか寂しい。――――恐怖に震えるよりはだいぶマシだが、それでも自分以外は寝ていて、食器の片付けもお洗濯物も既に終わっているのでやる事がない。部屋の掃除は寝ている二人の安眠妨害になるので論外だ。
新たな味覚の開拓に挑戦しようにも材料はすでに加工されていて・・・・やろうと思えばできるが、せっかくユウリが作ってくれたのを無断で使用するのは気が引ける。
ではどうしよう。さてどうしよう。ソファーはユウリが、ベットはほむらが使用している。だから座布団を敷いてちょこんと座り、テーブルに飲み物(麦茶)を置いて・・・・・・さて、やる事がない。
パソコンはあるが電源を入れる気にはなれず、ならば思考は先ほど抱いた違和感について考えようとするがループするばかりで、どちらかと言えばマイネスな雰囲気になりそうなので無理矢理別の事を考えようとする。

「オカリンたち、はやく帰ってきてくれないかなー・・・・」

寂しそうに、心細そうに、まどかは呟いた。

違和感を放置したまま、違和感が消えるまで。








確かに岡部倫太郎には許容限界を超えた『執念』を抱き続ける精神力はあるが―――――――――岡部倫太郎に『勇気』は無い。かつてはあっただろうが、今の岡部には無いだろう。
他人のために血肉を削るのも、異形の魔女に立ち向かうのも、先の見えない可能性に挑むその姿にも、外野からみれば英雄のようにしか見えない勇気は、やはりただの狂気でしかない。
だからきっと、その『執念』を奪ってしまう事は、その感情を産み出す目的を失ってしまったときには鳳凰院凶真の世界戦漂流は終わりを告げることになる。
逆にいえば目的さえ失わなければ彼の執念の炎が燃え尽きる事はない。誰もが死んでしまっても、ただ一人になってしまっても、裏切られても失っても彼は諦めることなく挑み、抗い、戦い続ける。顧みず、振り返らず、失い続けていく。
きっとその先には幸があると信じて、彼女たちが生きていける未来を模索し続ける。それはエゴであり、自分勝手な自己満足で、世界中にいる不幸な誰かのことなんか眼中になくて・・・・・それでも世界線を渡り続ける。

感情が摩耗しても色あせても、凍っても傷ついても、壊れても此処にいる観測者は諦めないだろう。

その負荷がどれだけ巨大でも、その絶望がどんなに深くても、自分で選んで勝手にやっているのだから―――それを応援し支えてくれる存在にいつだって彼は感謝してきた。

彼を助け理解してくれる人たちは、そんな彼を知っている人たちは、信じている人たちは、いつか必ず彼なら世界の定めた決定を覆しパッピーエンドに辿り着くと疑わなかった。

どんなに途方もない事でも、無謀な事でも、積み重ねて足掻き続けて条件を満たしていき、奇跡を超えたご都合主義よろしくな展開を引きよせて、いつか必ず、と。

その過程でどんなに折れようと、砕けようと必ず立ち上がって皆を救うんだと、失わずに次に進めてくれると信じていた。

岡部倫太郎は、鳳凰院凶真はその期待と祈りを絶対に無碍にしない。

それこそ『  』を失おうとも、だ。
勇気は必要ない、狂気があれば岡部倫太郎と言う存在は成り立つ。
世界を覆す、神にも悪魔にも屈しない。




しかし絶対はない。だけど永遠はない。




摩耗しても色あせてもいい、凍っても傷ついてもいい、壊れてもいい、狂っても構わない。折れるだけならまだいい、砕けたところでなんとかなるが、感情が無くなってしまえば――――どうしようもない。

諦めても死んでも『執念』は世界線を越えて繋がっていくが、根源にある感情がなければ意味をなさない。その想いを引き継いでも引き出さなければ意味が無い。


あっさりと終わりを迎える。
物語は幕を閉じる。

しかし彼の人生には安息が訪れる。


誰もが望まない結果を。
彼が否定しながらも求めた結末を。
皆が助かって、自分は死ねる物語を。








岡部は一人ラボに向かって歩いていた。

「戦力は集まりつつある」

物語が一気に加速していく。

「ほむらの覚醒は予想外だったが問題は・・・」

―――気を付けてください。未来視で分かっているだけの、その可能性のある人物や団体の名前です

別れ際の話自体は短く内容もまた複雑ではなかった。聞いてしまえば誰にでもすぐに理解できる類のシンプルなものだったので繰り返す必要も、検討のための質疑応答の時間も特に必要はなかった。

―――『双樹あやせ』、『双樹ルカ』、『神名あすみ』、『プレイアデス聖団』

聞き覚えのない名前ばかりだ。これまでの世界戦漂流で一度も会合した事のない魔法少女達。
『双樹あやせ』は昨日の晩、美国織莉子と呉キリカの二人を相手にして圧倒した魔法少女。キリカ曰く危険でぶっ壊れた魔法少女、織莉子曰く双子・・・の可能性のある魔法少女。
話を聞く限り仲間にするには危険すぎるようだが、織莉子の予想通りの魔法少女だとしたら仲間にしたい。
最悪、彼女が所持している複数のソウルジェム。肉体を失おうとも輝き続ける魂達――――それが“欲しい”。
不謹慎かもしれない。確実に不謹慎な発言かもしれないが本音だ。言い繕うことも出来ない本音。死んでいないのなら、生きているのなら“使える”。十も二十もあるのならラボメンのみんなを前線に出さずに自分だけで対処できるかもしれない。
『ワルプルギスの夜』は問題なく倒せるだろう。もしかしたら―――――――

「誰も喪われずに・・・・・・」

見方によっては最低な行いかもしれない。しかしだ、その可能性があるのなら考えてはおくべきだろう。想いだけでも力だけでも足りない現状、何度も失い繰り返してきた経験を持つ以上、綺麗事だけでは何もできない事を理解し受け止めるべきだ。
大なり小なり既に犯罪行為には手を染めていて然程抵抗を感じない。戸籍の偽造、銃器等の窃盗、三号機による情報搾取、そこに魂と言う概念が結晶化した宝石を加える・・・部品として。今までのように。これからも年若い少女たちの魂をエネルギーにして戦う。
もちろんタダとは言わない。そうであってはいけない。きちんと“交渉はする”つもりだ。拒絶されればFGMは、魔法と言う奇跡は岡部に何もしてくれない。ゆえに理解は必須、肉体を失った魂がどのような状態なのかは分からないがNDを使えば繋がる事は出来る。
そうでなくては意味がない、そうでなくては使用できない、利用される事を了承し、協力してくれるのなら狂気のマッドサイエンティスト鳳凰院凶真は“彼女たちに再び肉体を与える事が出来る”。

「当面の危険は『双樹』・・・・・双子の魔法少女か」

別世界線でマミが双子の魔法少女と遭遇した事があると聞いたことがある。しかし織莉子の念話越しでのイメージで伝えられた双樹達の容姿とは違うので別人だろう。
あやせが白い衣装、ルカが赤い衣装。昨日対峙したのはあやせの方らしいが未来視でルカの姿も確認済みだ。

「戦闘・・・・・織莉子達を圧倒する力か」

結局は武力、過去改変などの搦め手ではない直接的な力、現実的な力、魔法の力といえども力が主義主張を貫く夢もない話だ。一ヶ月後にやってくる超大型魔女にも武力を以って相対するしか手がない現状なのだから・・・魔法少女を相手に負けるわけにはいかない。
とはいえ、美国織莉子と呉キリカのコンビを正面から圧倒できる存在にどうやって勝てばいいのか分からない。敵対すると決めるのは早計かもしれないが備えは必要だろう。向こうは魔法少女を狙っているのだから。

「しかし単独で・・・・あの二人に力押しで勝つ相手に誰が立ち向かえるんだ?」

呉キリカの速度低下。美国織莉子の未来視。同時に相手にすれば今のラボメンは太刀打ちできない。そんな二人の戦う意思を挫くほど圧倒する敵というのはまさに『シティ』にいる魔人クラスなのではないだろうか?
現ラボメンが弱いわけではない。出会ってきた数々の魔法少女と比較しても戦力、特異性は他を圧倒している。現状のラボメンの戦闘能力は巴マミの質と量による砲撃。暁美ほむらの時間停止。そして飛鳥ユウリの親友―――――

「あ」

杏里あいり。初めて出会った魔法少女。ラボメン№05。二体の魔女を圧倒し多種多様な魔法を操る少女で呉キリカを相手に一歩も引かぬ実力と意思も持つ。
一昨日の夕方に出会ったばかりだが関係としては良好だと岡部は思っている。あと目つきと口は悪ぶっているが基本的に純情でツンデレだと勝手に把握している。
彼女のスペックがどの程度なのか、実力の底はまるで見えないが集団戦にも個人戦にも問題はなさそうで使い魔の召喚といった戦術も可能な、これまでにない可能性を秘めた存在。

「彼女の協力があれば・・・・ほむらの件もある。もう一度真剣に協力を仰いでみるか」

一度は断られた。命懸けの戦いゆえに無理強いすることはできない。彼女には自分だけではなくまどか達の命も救ってくれた恩がある。本来ならそれだけでも十分だ。
だけど、もし協力してくれるのならとても心強い。彼女との出会いは可能性の分岐点だと思ってしまう。これまでと違うから、これまでと違う何かがあると。
千歳ゆまもこの世界線にはいるのだ。かつてない好条件、うまくいけば過去最高戦力で『ワルプルギスの夜』の決戦へと至れる。魔法少女との関係も概ね良好だ。懸念の一つであった織莉子たちとも。
それに、まだ飛鳥ユウリの死をこの目で観測していない。もしかしたらと――――夢想する。

「あとはお嬢と上条か、危険には巻き込みたくないが・・・ラボにフルメンバーで集合できるんじゃないか?」

全てがうまくいきつつあるからこそ、その後に来る悲劇に対する絶望はきっと深く重たく降りかかるだろう。だからこそ覚悟して挑まないといけない、恐怖するだけでは駄目だと鼓舞する。
まだ杏子達とは合流していない、織莉子たちはまだラボメンじゃない、ほむらの様子も万全とは言えず未知なる敵もいる。だけど、それを理由に行動を止めない。
気持ちは高揚してきている。油断も予断も許されないが、だからといって気持ちに蓋をする必要はない。嬉しければ、楽しければ笑い喜ぶべきだ。感情は魔法へと繋がるのだから腐らせる必要はない。

「頑張ろう。次は神名あすみ・・・・やはり聞いた事はないな」

ラボメンに関しては今後の努力次第、岡部はそう結論づけて思考を次に移した。

「今回の世界線は本当になんなんだ?」

嬉しい変化ばかりだから、それ以外の事にも今まで以上に対処しなければならない。前例がないだけに全てが手探りだ。もちろん、それが本来の世界の在り方だろう・・・・未知なる世界だから不安を感じるのはどうしようもない。
既に敵対している未来を織莉子が観測した以上は戦闘も念頭に入れておかなければならない。

「とはいえ、銀髪という特徴以外まったく情報がない。それに『プレイアデス聖団』」

七人のメンバーで結成された魔法少女の集団。織莉子が観た未来では岡部が彼女たちと戦っている場面が観えたと忠告してくれた。問題はその未来がどの世界線の出来事なのかだ。
初めのころは敵対ではなく仲間として、手を取り合ってあの『ワルプルギスの夜』に戦いを挑んでいたらしい。

「つまり流れ次第では味方になる可能性が高い」

それも前線で参戦することが可能な戦力として、だ。織莉子は酷く警戒していたが観測された以上対処法は考えられる。少し前までは好展開だったのだ。何が原因で敵対する未来に変わったのかを取り除けば巻き返せる。
彼女たちに関しての情報はキュウべぇに問えば答えてくれるだろう。何かが起こる前に先手は打っておきたいが情報は前もって揃えておかなければならない。早計な判断と行動は悲劇へと一気に突き進む事を散々経験してきたのだから。

「となると、やはり目下の問題は双樹という魔法少女になるのか?」

恐らくラボメンにとっての最重要危険人物として考えていいだろう。

「・・・・」

しかし織莉子はこうも言っていた。

「ほむら、か」



―――暁美ほむらは貴方を殺します



織莉子が冗談でそのような発言をすることはないのは分かっている。彼女が観たと言うのなら観たのだろう。その未来を、その結末を。それを否定する言葉を岡部倫太郎は持たない。
知っているから。既に呪われている以上いつかは誰かに自分の居なくなった時の『後始末』をしてもらう必要がある。だから織莉子の未来視が観測したのがどの世界線なのかは分からないが岡部にとって“その未来はさして悪い物ではない”。
まして、ほむらが岡部を殺す。岡部の最後を介錯する立場にいると言う事は少なくとも暁美ほむらはタイムリープをしていない。岡部が■■になっている時点で世界に留まっているというのは、もしかしたら未来を勝ち取った後の可能性が高いからだ。
この考え方は周りに非難される。だから織莉子にも安心しろと無責任に確証もなく伝える事しかできなかったが『プレイアデス聖団』同様に悪いというよりも岡部にとっては良い知らせだった。
キリカが独断先行してしまったが今後は控えるように織莉子ともども注意したので、この件に関しては後日相談するつもりだから後回しでいいと岡部は判断した。

「・・・・・念のために『悠木佐々』についても考えておくか」

今回、織莉子の“未来視には引っかからなかった魔法少女”の名前だが彼女の存在は岡部倫太郎にとって大きな意味がある。本来なら双樹達よりも岡部は優木佐々を警戒しなければならない立場だ。
その理由を織莉子たちに聞かせれば即キリカあたりが動くだろう。彼女を排除してしまう可能性が有る。だから話さなかった。話そうにも詳しい事を岡部自身知らないので話しようもないが、関係だけは伝える事が出来たにもかかわらず岡部は伝えなかった。

「魔女を操る魔法少女」

天敵であり獲物、絶対的な敵対者である魔女を従える者。倒すべき敵の女王として君臨する少女。岡部倫太郎が関わることなく終わった少女、鳳凰院凶真が一度も会合しなかった魔法少女。
彼女の現われたとされる世界線は今のところ一回だけだ。彼女は自分と関わることなく上条恭介や美樹さやか、志筑仁美と出会い全てを引っかき回した。そして――――

「今回は殺されないように注意しなくては」

自分を唯一■■■する前に殺して見せた魔法少女。関わりを持つ前に岡部は彼女に殺されたらしい。何も知らない。全ては後になって聞かされたから、だから岡部は彼女がどんな人物だったのか上条の話からしか判断できない。
そもそも殺されたのに此処にいる矛盾。此処にいる岡部倫太郎には殺された記憶は存在しない。死んだら終わりなのだから、リーディング・シュタイナーで殺された未来を思い出すなら分かるが状況が違う。気付いたら全てが終わっていた世界線。
上条恭介曰く確かにその世界線では・・・ようするに無かった事にされたのだ。■■の上条恭介と仲間たちの力によって。
だから知らない解らない。実感も何もないのだから信じるしかなかった。ただ信じるだけの根拠もあったし“強制的に信じさせられた”のでどうしようもない。感謝だけだった、まだ終わらずに走れる事に。
最後には何も出来なかった世界線だった。どうしようもなくて、だけど多くの物を手に入れた世界線での出来事。悠木佐々が存在した世界線。

「上条には早いところラボメンになってもらおう」

岡部は壊れている。実感がないだけで話したこともない相手だからと、関わり方次第で仲間にできると思っている。最初のイメージが悪くても付き合い次第で、解り合う事で手を取り合えると夢想している。
佐倉杏子のように、美国織莉子や呉キリカのように。それを・・・・実感がなくとも自分を殺したとされる少女にまで適応しようとしている。
いかに過去、殺し殺される関係であった魔法少女達と幾度も手を取り合ったとしても、『慣れた』の一言では決して乗り切れる類の物ではないはずなのに岡部倫太郎はそれを実行する。
何度も殺されそうになった。何度も致命傷を負わされてきた。何度も殺意を刻みつけられてきた。だけど――――主観的には“実際に殺された事は無かった”。その前にタイムリープしてきたから。
α、β、γ、Ω、χ。多種多様な世界線を観測し続けてきた。だからその中で殺された記憶、記録は確かに脳に刻まれている。リーディング・シュタイナーで思い出した事もある。

だけど此処にいる岡部はまだ殺されていないのだ。

死んだ世界はこの目で観測されていない。観測しようもない。ここにこうして生きているから。それを殺された。矛盾しているようだが確かに殺されたのだ。
死ねば終わり。もう誰にも届かない、誰も助けきれない救えない。それを知ってなお岡部は解り合える可能性を模索する。
自分を殺せる存在を、その結果を出した存在を認めているにも関わらず手を伸ばそうとしていた。

岡部倫太郎は決して辿り着けない。

自身を蔑ろにしている。周りの声を聞かず、口ではどう言おうとも自己の存在を下にして“諦めている”限り絶対に届かない。
いつかの世界戦で、ほとんどの世界線で■■■が言うように、『諦めている』岡部倫太郎は存在できない。




岡部倫太郎は『シュタインズ・ゲート』に辿り着けない。










上条恭介は普通の中学生だ。重度の鈍感でも異性に興味深々なお年頃の少年だ。何処にでもいる普通の男の子だ。魔法や魔女とは何の関係もない一般市民だ。
しかし、既にわりと物語に重要な存在である魔法少女と予期せぬタイミングで早くも出会っていた上条恭介は車椅子に座りながら看護師から説明を受けていた。

「これが外出許可書です。先生のサインの横にフルネームで名前と目的、外出期間を記入してください」
「はい」

上条は名前と外出期間をササッと書いて・・・・・・・数秒間、躊躇いながら目的を記入し看護師に許可書を返した。
上条はリハビリこそまだ必要な状態だが車椅子を使えば移動は可能だし体力も回復している。長期間の外出や余程の外出目的でない限り受理されることは間違いなかった。

「・・・・・・・・・・・・・・えーと?」
「だ、ダメですか?」

余程の外出目的でなければ、だが。

「『幼馴染と研究所に行って英雄的ドリンクを処理しつつ白い地球外生命体とコンタクトを取って未来につながる発明を閃きに』ってなんですか?」
「・・・・・・・なんなんでしょうね」

自分で書いといてだが、そう書くしかなかった。そこまでしか幼馴染である少女の言葉を解釈できなかったのだ。
こんな内容では許可が通らない可能性もあるが、それでもいいのではと思う自分もいるのでつい書いてしまった。ウソでも一時帰宅とか気分転換でもよかったろうに、つい、だ。

(だって『英雄的ドリンク』って前回の『英雄的炭水化物な何かかもしれない』の同類だよね)

わざわざ医療機関に運ばれる可能性を弱った体に強いるわけにはいかない。さやかとの約束を反故する気は全くないが防衛本能が自然と発揮されていた。
一応、外出に関しては親の許可はもらっているので病院側としても問題はない。だから冗談として、いや本気に受け取とってもらっても困る内容の目的だが――――

「まあ・・・・・はい、わかりました。では明日の朝食前にはお迎えの子が来てくれるんですね?」
「許可通っちゃうんだ・・・」

明日の我が身を思えば少しだけ後悔した。明日を無事に乗り越えられるように祈るしかない。

「はい?」
「あ、いえ・・・・・緊急時の電話番号を教えてもらっていいですか」

念のための対策を手に入れた。

「えーと、じゃあさっそく―――」

そんなこんなで明日の予定は決まった。まず間違いなくこれまでの人生とズレる事になるが少年は何も知らず、しかし己の望み通りに関わることになる。
上条は看護師が去った後扉を閉めて病室を見渡す。

「片付けを始めようかな」

そこには荒れ果てた己の病室があった。

「結局暴れるだけ暴れてみんな帰っちゃうんだよなぁ」

本気で朝っぱらから何しに来たのか解らない。

「食べ物と飲み物はちゃっかり溢さず持ち帰っているのはさすがだけど、本棚を錯乱させているあたりは嫌がらせを感じるよね」

その中にエロ本を混ぜているあたりクラスメイトの工作は侮れない。どれもが過激な中身を晒すように、かつ広範囲にセットされている。
突然の来客があったら非常に困る場面だ。毎回こうなのだから狙っているとしか思えない。
朝から散々な目にあったものだ。まだお昼前の時間、急げば昼食の配膳前には片づける事ができるかもしれない。ギリギリで、いやらしい感じだ、急がないと間に合わない配置。

「・・・・・配膳してくれる人が若い新人さんなのを解ってやっているんだろうなぁ」

もちろん女性だ。

「・・・・・っていうか、これどうしようかな?」

散らばった本を片付けながら上条は呟いた。

「さすがに引っくり返ったベットは無理だよね」

クラスメイトとスプリガン・・・・警備員の戦闘の際にトーチカとして活躍した己のベットは見事に引っくり返っていた。
一時、悩むがすぐに無理だと結論を出した。
車椅子、片手は動かない、ベットは巨大でかなりの重量・・・・・無理だ。絶対無理。
たぶん全快時でもきついんじゃないだろうか?それなりの大きさと重さをもつ頑丈なベットだ。

「いや・・・・みんなせめてコレは直そうよ。それに看護婦さんも何故にスルー?」

ナースコールの選択しかないと上条が本来のベットがあるべき付近で所在なさげに放り出されているコードに手を伸ばしたとき――――声が聴こえた。一人っきりの病室で女の子の声。
幼い声だ。下から、傍から、上条のすぐ隣からだ。くぐもった少女の声。上条は恐怖し伸ばした手を引っ込めた。ベットの下から手が生えてきたからだ。

「ひっ!?」

白く細い腕が絨毯の床を、その感触を確かめるように這う。距離を取ろうとするが左手が使えず混乱からうまく車椅子を操作できない。
そうしている間にも腕は肩のあたりまで露出していた。ベットの下から腕一本が伸びている。
上条が叫び声を上げる瞬間、肩から先が“にゅっ”と出てきた。花嫁衣装のケープを被った少女の首だ。
息が止まるほど驚いた上条は――――――少女と視線があった。

「ふぅ、おはようございます鬼畜変態ロリコンED野郎」
「あ、なんだ君か」

知り合いだった。

「驚かさないでよ。なにやってんのさ、趣味?」

ただでさえ疲労しているのに、と上条は驚いてしまったことも含め、ややウンザリした様子で声をかけた。
そんな上条に対し、片腕と頭だけを引っくり返ったベットの下から出している銀髪の少女は幸薄そうな表情と声色でブツブツと言葉を漏らす。

「ふ、ふふふ・・・・・・今まで存在を完全に忘れておいてなんたる鬼畜発言。ず、ずっとここにいたよ」
「え、ベットに?いつから?」
「昨日の、夕方から」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

上条は当たり前の如く昨日もベットでご飯を食べて着替えて寝た。
彼女の言葉が本当だとすれば自分が生活するベットの中にずっと少女が声を出さずに存在した事になる。大きいと言っても一人用のベットでだ。
想像するとちょっと怖い。

「こ、ここに隠れてろって言われたからそうしたのに連絡はっ、な、ないし別の女連れてきて、あたしがいるのにベットの上でエロエロして――――」
「してないよ!」
「その後どっか放置して行くし、ゆ、夕飯になってもご飯もくれないしっ、あ、あたしがいるのにあの女と寝るし」
「いたんだ・・・・全然気付かなかった」
「ど、ドSめっ」
「いやほんとに不思議なほど存在を忘れてた。ごめんね」
「お、おふぅ・・・・・、嫌みのない本音の謝罪。つ、つまりガチで忘れてやがったよこの野郎、プレイじゃなかったのかよォ」

恨めしそうに、呪うように不気味にベットの下で陰鬱な雰囲気を醸し出している少女は最近知り合った少女だった。
幽霊じゃなくてよかったと思う反面、幽霊より性質の悪い面倒臭い少女だったので・・・・・どちらにしても面倒だった。
ずるずるとベットの下から這い出てくる姿は無駄に怖い。

「い、いきなり引っくり返されて踏まれたり物ぶつけられたりして、ひ、酷い目にあった」
「ああ、そういえばモロに爆心地だよね。位置的に」
「やめてって言ってもだ、誰も聞いてないし、踏まれて脱出もできな、かった」
「あー・・・・うん、本当に存在感ないよね」
「ふ、ふふ、踏まれても気付かれないステルスって素敵?」
「ううん、可哀そう」
「こ、この鬼畜!バファリンの半分も優しさが含めれてねぇです。い、いまだに労いの声も、か、かけないとか」
「ウチのクラスに踏まれても気付かれないなんてある意味すごいよね。男女問わず女の子が大好きな連中なのに」
「そ、そそそれはつまり?」
「君の存在感のなさは本物だと思う。奇跡だね」

どんよりとした視線を床に落とし、再びもぞもぞとベットの下に潜っていく少女。

「ああまってまってっ」
「な、なに謝るの?それともスカートから覗くパンツが観たいの?」

そのスカートから僅かに覗く下着に不思議なほど興味を持てない上条は、頭を布団に突っ込んでお尻を突き出すように向けている残念少女に優しく語りかける。
上条恭介は学んだ。女の子に、それも年下の子には子供扱いをしてはいけない。変に子供扱いをしてはヘソを曲げる。
彼女は背も低いし小学生なのだから実際のところ子供以外の何者でもないのだが、経験上このような場合は相手を女の子ではなく女性として接すればいいと―――――漫画で得た知識を披露することにした。

「不思議と君のパンツには興味を持てないから出ておいて」
「・・・・・・・・・・死のう」

したけど、口からは本音しか出てこなかった。

「く、くふふ。滑稽で惨めだ、ま、魔法が発動しないということは、き、鬼畜変態ロリコンED野郎にマジで興味持たれてねぇ・・・・」

ぷるぷると、上半身をベットの下にツッコンダ状態のままのお尻が震えている。

「電波なこと言ってないで出ておいでよ。ほんとにパンツ見えてるよ?」
「にも拘らず淡白な、は、反応とはこれいかに。ふ、普通は嬉しかったり、興奮するもん・・・・」
「うん。僕も男だからね、普通は嬉しいはずなんだけど・・・・君のパンツには自分でも驚くほど反応しないんだ」

もそもそと、どんよりとしたまま顔を出した少女は上条に向かって右手の人差し指を向ける。
その行為を“引っ張り起こせ”の意味と受け取った上条は少女に手を伸ばした。車椅子に座った状態なので力はそこまで強くはないが、彼女ほど小柄なら大丈夫だと判断して右手をのばす。
が、触れ合う瞬間に彼女はその手を下げた。

「お。おおおぅ・・・・・こいつマジかよ本気かよガチなのかよォ」

今のは引っ張って起こせの合図ではなかったのかな?と首を傾げる上条の視線の先で、彼女は本格的に落ち込み始めた。
ぐったりと、病室の床に力なく横たわり憔悴しきった様子でぶつぶつと何かを呟いている。銀髪ボブカットな可愛らしい外見をしているが、その陰鬱な態度が全てを台無しにしていた。かなり残念である。しかし見た目が幼馴染の美樹さやかにどことなく似ているので放っておくことが出来ない。

「い、いや実はペドであって、あ、あたしが女のとして見えないだけの鬼畜変態ロリコンED野郎の可能性もあるんじゃね?」
「ベットなんだけど直すの手伝ってくれないかな?一人じゃ無理なんだよね」
「無視しやがったぜこの鬼畜変態ロリコンEDペド野郎」
「さりげなく単語を増やさないで。ほら起きて、一応病院の床なんだから」
「ドS鬼畜変態ロリコンEDペド野郎っ、あ、あたしは空腹なのだと説明したはず・・・・肉体労働は嫌、ど、どうするの?む、無理矢理あたし、を従わせる?」
「お願いはするよ」
「ほ、ほほう?どんな台詞を吐いてくれるの、私を喜ばすほどのモノかな、たの、楽し――――」
「邪魔だからどいてくれないかな?」
「はふぅぅぅん!?」

甘い台詞を期待していた少女はまさかの台詞に立て直し始めた態勢を再び崩れ落としてしまった。
助力を得るための言葉ではなく、自分を魅了する台詞でもなく、ただただ片付けの邪魔にならないように――――――。

「な、なんであたしには厳しぃ?ほ、他の女にはやさ、優しいくせに」
「他って・・・・そんなつもりはないんだけどな?」

実際のところ別に上条は差別してるわけでもなく自然にしか接していない。目の前の少女にも、他の少女にも。他と比べることなく、他と大差なく、他と意識せずに接しているだけだ。
しかし確かに少年は普通にしているつもりだが少女に対しては他と比べるとやや冷たく感じる。
しかし彼女の事は面倒臭いとは思うが嫌いじゃない。基本的に陰鬱陰険な少女だが、近くにいると大抵の人はイライラするだろうが上条は気にしない。

「う、うそ」
「ウソじゃないよ普通だよ」
「ほ、ほんと?」
「うん。普通に面倒臭いとは思っているけどね」

パッと表情を輝かせばすぐさま床に叩きつける少女は観ていて面白かったが原因が自分の発言とは思えない上条だった。
一応、上条少年に悪意はない。他意はない。純粋に思った事を包み隠さずに隠すつもりも意図もなく発しているだけだ。だから発言した後に自分の言葉が若干悪いかな、荒いかな?と思考の片隅で思うがそれだけで後は特にない。
ようすにいつも通りだ。知り合って間もないが別に邪険にしてないし普通に接しているつもりだ。これが普通なのだから彼女のメンタルが紙なだけで特別自分の言葉が悪いわけではないと結論づけた。

「ってなわけだから、手伝わないなら退いてくれる?そろそろ配膳の時間なんだけど」
「うぅ・・・・どくよ、退けばいいんだろっ」

うじうじと、めそめそと床に丸まっていた少女はいきなり立ち上がって

「うわ!?」

上条の目の前でかなりの重量を持つベットを片手で持ちあげた。軽々と、その白い細腕で、まるで編集された映像のように高々と。
片手だ。ベットの外枠部分を片手で掴んで特に苦しそうなわけでもなく、無理をしている風でもない。
握力まかせな、その雑な持ち上げ方はベットの方がその重量によって軋んだ音を立てて壊れそうだ。

「す、すごい・・・」

そんな言葉が髪所の口から発せられたが、その異常な光景を目にすれば大抵の人間も同じだろう。
その後に続く台詞は解らないが、その台詞が互いの今後を決定づける場合もある。

「神名さんって力持ちなんだね!」

すくなくとも、上条恭介台詞は彼女の怒りを買わずに済んだ。
ドシン!と彼女はベットをまるで本を机の上に投げ置くように軽々と床に投げた。

「あ、あたしは魔法少女だからと、当然」
「へぇ、最近の魔法少女ってマッスル要素があるんだ?」
「お、女の子に筋肉発言・・・・このエロめっ」
「筋肉ってエロ担当だっけ?」
「つ、つか驚かないん?」
「十分に驚いてるよ。いや思い込みの力はすごいね!」
「お、思い込み?」

出会った当初、彼女は散々上条に魔法とか魔女とか聞かれてもいないのにべらべらと喋っていたがこれまで信じてくれなかった。
別にどうでもよかった。信じようが疑おうが上条が気に食わない態度をとれば■したし、そうでないなら現状維持、として好き勝手喋っていた。長らくお喋りなどしていなかったので長い時間を一人で喋った。
そして上条は侮蔑するでも嫌悪するでもなく純粋に電波な子として「ああ、リアルにこうゆう子はいるんだな」と受け止めていた。変に突き放すことなく、クラスメイトのような外道連中でもないある意味新鮮な子にとして。
少女にとってその程度は許容できる範囲らしく悲劇は起こらなかった。

「ただの電波系と思っていたけど・・・キャラクターに成りきる事で凄い力を発揮している――――僕は感動したよ!思い込みって凄いね!」
「み、微塵にも信じちゃいねぇし!だからあっ、あたしは正真正銘のマジもんの魔法少女だと言って――――」
「うんうん、残念な子と思ってたけどゴメン!君はただの残念な子じゃなかった・・・・・すごい残念な子だ!」
「・・・・・苛められてる?あ、あたし苛められてるんじゃね?」

キラキラと尊敬と憧れを混ぜた純粋な視線を受けた少女は逆に暗く濁った視線で答えた。
冗談っぽく対応しているが、じゃれあいにも聞こえるやり取りだが、実はこの時の上条恭介は殺される可能性を多大に孕んだ状態だった。今だけでなく、彼女と出会ってからずっとずっと・・・・いつ殺されてもおかしくはなかった。
今も普段から外道なクラスメイトとの付き合いから少女の視線に狂気的な何かを感じ取ってはいたが、上条は慣れから特に恐れたり気味悪がったりはしなかった。

「・・・・・・あぅぅぅぅ」
「どうしたの?」

それが上条恭介の命運を決める切っ掛けの一つになっていた。

「なんで、でもない、し・・・・・もういいよっ」
「うん?とりあえず直してくれてありがとうっ、僕一人じゃ絶対に無理だったから」
「お、お礼は言葉じゃなくて、態度で、して」

上条は設定として受け止めているが彼女は本物の魔法少女だ。同時に少女は間違いなく『悪』だ。それも岡部倫太郎が知る中では最悪の部類に入るほど凶悪で極悪、『シティ』で対峙した事のある外道と並べても問題ないほどの外道。
その特性、性格を知れば間違いなく岡部倫太郎は彼女を最優先に『排除』する。己を殺した者にすら手を伸ばすのに、彼女の魔法に関しては間違いなく『排除』を選択する。
彼女の事を知ってさえすれば、だが。織莉子の予知では敵対する可能性しか観測されていない以上、このままでは何も知らないまま対峙することになる。
知らない以上、よく分かっていない以上、きっと岡部倫太郎は排除よりも封印を優先する。しかし初見殺しに近い魔法だ。最悪、全滅する。

「態度?なら大丈夫、悠木さんから匿ってあげたよ」
「おぅ・・・・・、で、でもだからって放置はマイナス点だよ、ね?」

彼女はとある理由から悠木佐々に追われていた。狙われていた。神名あすみは上条恭介に悠木佐々から匿ってもらっている。上条は悠木佐々に協力を煽られていながらも一応、誤魔化していた。
なぜ悠木が追って、神名が追われているのか上条は知らない。ただ偶然とタイミングの結果、気付けば追われる人を匿い、追う人の手伝いをしていた。ちゃんと手伝って、見つかったときは仕方がない、その程度の理由で退屈な入院生活を誤魔化していた。
意図と目的は把握できないまま状況も分からずに、双方共に危険人物である本物の魔法少女を相手に、今日も死と隣り合わせであることを意識できないまま、無垢で無防備な少年は彼女たちとの交流を深めていく。
ゾッとする交流だ。一瞬と一言と一歩が破滅に繋がっている。自分だけじゃない、周囲だけじゃない、見滝原という土地そのものが地獄になりかねない厄災と彼は過ごしている。

「だ、だからご飯をあたし、は要求する」
「別にいいけど、じゃあ―――――その前にお風呂入ってね」
「へぅ?」

彼女の固有魔法は魔法少女にとって最悪に効果的で、最高に効果を発揮する類のものだ。誰にとっても凶悪的な魔法だ。
だから本来なら悠木を返り討ちにできたが、それが出来ないでいた。現在世界中にいる魔法少女の中で悠木佐々は神名あすみに相対出来る数少ない一人になっていた。
と言うよりも、神名あすみにとって悠木佐々はもっとも相性の悪い相手になっている。悠木の性格上人質といった囮は意味をなさず、その固有魔法の事もあって魔法による搦め手は効かず時間経過とともに一層追い詰められていく。

「な、なんで!?あ、あたしなにするのっ」
「・・・・・自分の状況わかってる?」
「・・・お、お前も結局そうなのかよっ」

だが逃げるわけにはいかない。彼女の危険性を、自分との相性が最悪な事を知って、知られたから。自分の魔法が魔法少女にとって最悪であることを佐々に知られた。
一度相対して解った。敵は、悠木佐々は自分を危険な敵だと認識した。なら彼女は殺しに来る。神名あすみを絶対に殺しに来る。自分が彼女を殺したいように、彼女も自分を殺したいのだ。
解る。それを理解できる。同じだから、同類だから―――絶対的に危険な存在を野放しにできない。
自分の天敵たる存在を放っておくことが出来ない。危ないから、安心するために・・・だから殺す。だから遠くに逃げる事は出来ない。今いる場所から離れる事は出来ない。危険だと解っていてもターゲットを見失うわけにはいかないから。
ある程度でも居場所を把握できるうちに仕留めたい。不意打ちを避けるために、不意打ちを行うためにだ。

「えっと、僕の口からは言いにくいから察してほしいんだけど」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・お前も、やっぱり、■■■■野郎か」
「・・・?なんのことか分かんないけど、神名さん昨日からずっとベットに、毛布の中にいたんでしょ?」
「?」
「すっごい汗かいてるよ」
「え・・うわ!?」
「ね?」

上条の言葉に神名は大量の汗でシャツが張り付いた己の体を隠すように腕を交差させた。
彼女のシャツは襟無し薄手の『白』の安物、ゆえに長時間を毛布の中で過ごしたことで大量の汗を吸って――――

「う、ぎ、ぎゃあああああああ!?超スケスケ!?うわ・・・うわわわわ!?」
「だからさ、お風呂入りなよ。ここ個室だからさ、シャワーついてるのは知ってるよね」
「お、おまっ、オマエ最初から知ってて・・!!?」

神名あすみは危険だ。岡部倫太郎が観測した事がないほどに好条件が整った現状を一瞬で崩壊させるほどに。
ラボメン総出で挑まなければ勝てない美国織莉子と呉キリカのペアよりも、そんな二人を相手に圧倒した双樹よりも、過去の世界線で岡部倫太郎を殺した悠木佐々よりも危険だ。
この世界線で悠木が神名に相対出来るのは偶然の結果だ。織莉子の未来視を阻害しているように神名の魔法もレジストしている今がチャンスなのだ。本来なら彼女もまた神名の前では無様に倒れる事しかなかった。

「うん」
「うんって、おまえ―――――っ」

それほどまでに彼女は危険で恐ろしい魔物だ。これまでの全てを台無しにするほどに凶悪な化け物だ。抗いようがないほどに凶暴で、逃げようがないほどに極悪な少女。
出会うのが早ければよかった。誰かがもっと早く彼女と出会い友人になれれば少女はここまで染まることはなかったのに・・・全ては後の祭りだ。話は終わりで、物語は幕を閉じる。どうしようもなく、どうにもならない。
彼女は、神名あすみは岡部倫太郎同様に―――既に終わった少女だ。
昔は天真爛漫な少女だったが、もはや彼女にその面影はない。とある小学校やとある家庭を地獄に変え、そこに愉悦しか生まれなくなった少女に上条は思った事を口にする。
奇跡的に友好、と呼べなくもない会話を続けてはいるが上条は本気で常に命の綱渡りをしている。いつだって言葉一つ、態度一つで彼女は人を殺せるのだ。悠木の存在がなければ病院を数分で地獄に変える事が出来る。嬉々として、喜んで楽しんで。
そんな彼女に、そんな少女に、そんな危険人物に上条は恐れることなく言うのだ。

「すっごく臭い」

乙女に捧げるにはあまりにも残酷な言葉を。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・これは、死ねる」

あまりにも辛辣に、かつ本心からの曇りなき眼で告げられるものだから小学生の少女は後ろ向きに倒れた。
貶すつもりもなく、嫌悪や不快な気持からの発言ではないだけに、少女の精神に多大な負荷を与えた。ある意味快挙で、最高に残酷な少年だった。
相手が幼馴染の少女だった場合、その少女が魔法少女だった場合、ソウルジェムは一瞬で真っ黒に染まり世界には新たな魔女が誕生していただろう。

「ふ、ふふふ、これは、死ねる。自意識過剰の勘違いとか恥ずかし、すぎる・・・・」

仰向けに倒れた彼女は腕を広げて倒れている。

「風邪ひいちゃうよ?」
「お、おまけに完全に女とし、して見られてないし」

透けた胸元を、もう隠す気も起きない少女は涙で頬を濡らした。もういっそ清々しい気分にもなりそうだ。

「換えの洋服は病依でいいかな?バストイレの棚にあるから使ってね」
「し、下着は・・・・・どうするん?ノーパン・・・・?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・おむつ?」
「・・・・ああ、世界なんか滅んじゃえばいいんだ」
「物騒だなぁ」
「微塵にも悪意がねぇし、欲情もしないとか・・・・・病気だろ」
「きっと君だからだよ」
「・・・・・・・・も、もう死にたいっ・・・・つ、つかみんな死んでしまえ、絶望して狂って腐ってゲロになれ、ならないならあたしがゲロになるッ」
「わあゴメン!悪気はないんだよっ、ほんとだよ!だから早まらないでっ」
「どーせっ、どうせ貧乳だし、チビだし・・・・皮と骨のポンコツだし・・・・」
「えー・・・・と、うん!僕にとっての反応しないオンリーワンで欲情しないナンバーワンだね!」
「・・・・・・・・・・・慰められると思ったら、追い打ちだった件」
「あ、あれ?唯一とか一番って言えばオッケーって教えてもらったけど・・・・・間違えたかな?」
「だ、誰のアドバイス・・・」
「最近知り合った子に」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・死ねばいいのに」
「ついに死の矛先が僕の方に」
「もう、やだ。このまま寝る」
「ええー」
「ど、どうせ気に、しないでしょっ」
「そんわけないじゃないか」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・よ、よくじょう――――する?」
「いや?だから臭いってば」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・死のう」

正直な少年だった。爽やかに刺す少年だった。

ちなみに普段の上条なら相手がヘンテコな少女でもこうまで爽やかに刺すような台詞は言わなかっただろう。他意や悪意の有無に関係なく、彼は女の子にここまで本心を語らない。
ただ彼女はどことなく見た目が幼馴染みに似ていた。それでつい緩んでしまったのかもしれない。幼馴染みに似ているがゆえに兄妹のように遠慮なく接し、実際は他人だから躊躇わない。
ある意味でそんなマイナス部分のみを圧縮したような、尤も曝け出せる存在に神名あすみは定められた。

「それじゃ、僕は残りの片づけを再開しようかな」
「む、無視するし・・・・あたしなんかどうでもいいんだっ」
「だからお風呂に入ってよ、ご飯前なんだから臭うのは不味いでしょ?」
「く、臭いとか臭うとかいうなしっ、うぅ・・・・」

しくしくと涙目で備え付けのバストイレに向かう神名。お風呂シーンに驚くほど関心の持てない上条。
二人は不思議と一緒にいる事ができるが、まさに奇跡だった。
本来なら、神名あすみが関わった時点でこの病院は悪意と憎悪に塗れた地獄に成り果てているはずだった。
それをギリギリで押し留めているのが別世界線で岡部倫太郎を殺害した悠木佐々。
二人が接触すればどうなるか解らない絶妙な均衡状態、それを意図せず調律しているのが無力な少年、上条恭介だった。
今がギリギリで限界だった。それでもなんとか保っている現状も明日には終わる。
上条恭介は外出するからだ。
彼女たちが付いてこなければ、この場所がどうなるかを無視すれば、きっと岡部にとってはプラスになる事ばかりになるだろう。ついてこなければ、ついてこれば、無視できれば・・・・・・どうなるかは、まだ誰にも分からない。
岡部倫太郎にも、暁美ほむらにも、美国織莉子にも、誰にも解らない。観測者も、そうでない者も全ての登場人物はこの先どうなるか解らないまま動き出す。









「―――分かった。俺もすぐにラボに到着する」

ラボへの帰還中、岡部はまどかからの連絡を受けていた。多少の、とは言えないがアクシデントも無事に乗り越えてミッション自体は“全員がクリア”したらしい。その事に安堵する。
順調に進んでいる。それは確かで、だけどバランスを取るように、帳尻を合わせるように、幸福と不幸を均等に保つように見えない所でじわじわと何かが起ころうとしている気がして――――情けなくも怯えている。
今度はどんな偶然が自分の邪魔をするのかと身構えている。“当然だろう”。“必然だろう”。“当たり前でそうであるべきなのだろう”。自分の行いが誰にも邪魔されないはずがない。ありとあらゆる者が、ありとあらゆる現象が邪魔立てするのだから。
世界の決定した事に抗っているのだから、それくらいは分かっていた。運命に挑んでいる。世界を否定し覆そうとしている。自分勝手に、なら阻止されるべきだ。たった一人の都合で世界を歪めてはいけない。

「マミと杏子達が参加できないのは残念だな」

理由はどうあれ、目的がなんであれ世界を歪める行為は決して許されるべきことではない。阻止できる人間がいないのなら、世界そのものが立ち上がらなければならない。
善良な誰かが不合理で理不尽な何かに巻き込まれ、陰惨たる結末を迎えるような世界だとしても、野望のために世界中を巻き込むような人間が野放しにされていいはずがない。罰を受け、断罪され、その罪を裁かれるべきだ。
まして『偶然』や『事故』ではなく『故意』に全てを巻き込むのだから許し難い。ようやく掴んだ幸せを、ようやく辿り着いた結末を、ようやく届いた希望を勝手な都合で無かったことにするのだから言い訳なんかできない。してはいけない。
どこかの誰かにとってのシュタインズ・ゲートかもしれない現世界線を少数の少女のために犠牲にするのだから――――――間違っているのだ。ゆえに、邪魔や障害が後を絶たない。そうでなければいかない。そうじゃないと・・・あまりにも報われない。

例えば岡部倫太郎がシュタインズ・ゲートに辿り着いた瞬間に世界のどこかで、見知らぬ誰かが偶然電話レンジ(仮)を完成させ世界線を移動させてしまって全てが・・・・なんて事になれば最悪を通り越して――――――発狂ものだろう。

自分のやっている行いはまさにそれなのだ。今が気に食わないから世界中を巻き込んで再構成するという我が儘だ。非道で外道。悪逆非道の行為。今を必死に生きている全てを蔑ろにしている。
基本的に活動範囲は見滝原のみで期間は一カ月とはいえ周囲に与える影響は大きい。死ぬ時は死ぬし生き残れる時は生き残れる人物もいる。絶対的に救えないのが少数だけで未来への影響も未知数、バタフライ効果がどれだけ本来の未来に影響を与えるのかは不明だが―――決して、褒められる行為ではない。

「きっと杏子はラボメンになってくれるとして・・・ゆまも問題はないはずだ。織莉子とキリカについて説明して――――あいりは・・・」

さやかのミッション完了の報告とラボへの到着の連絡も受けて、岡部は今後の展開を予想予測し対策と対応の準備を考えながら携帯電話を白衣のポケットにしまう。
順調とはいえ、それは基本的に味方になりうる人材が早い段階で集いつつあるだけで、まだ最終的な戦力や状況が劇的に変死したわけではない。それを維持しつつ、かつ喪われないように挑み勝利しなければならないのは変わらないから、その難しさ、苛酷さは何一つ改善されていないのだ。
経験上、美国織莉子と呉キリカは自分と友好的な関係を築いていれば現ラボメンと・・・・・・・・今日は織莉子に体を休めてもらい、キリカには念のため織莉子と一緒にいてもらっている。
昨日と言うか今日の戦闘で二人とも実はボロボロだった。ラボメンの皆に誤解を解くためにも顔合わせは済ませておきたかったが無理をさせるわけにはいかない。

「とりあえずラボに戻ってからだな」

考える事は多い。例えば通過儀礼と言えばいいのか、織莉子達のラボメン加入には毎度一悶着がある。ラボメンナンバーは特に意味はないが01から08までしかなく、新規加入者は現ラボメン一人から認めてもらい同じナンバーを授かるしかない。
深い意味はない筈だが、織莉子達に限らないが毎度毎度彼女たちは人間関係に問題が発生する。過去の遺恨、未来への不安、恋愛関係、現状で感じる不審、最初にナンバーを与えられた人物以降の参加は何故か問題が発生する。
今回の件ではキリカの突然の奇襲攻撃が現ラボメン達への不信に繋がるだろう。自分が大丈夫と言っても、説明するにしても「暁美ほむらが岡部倫太郎を殺す前に殺すため」なんて説明するわけにはいかない。
ラボメン加入のさいに起きる問題の解決方法は状況にもよるが大抵が対話による話し合い、または物理的な喧嘩だ。できれば話し合いだけで解決してほしいが血気盛んな魔法少女達にとっては対話よりも喧嘩したほうが後腐れなく互いにスッキリしたりするのだから困る。

「ほむらの様子も安定しているようだし、詳しい話は昼飯をとりながら・・・」

考えるべき事、それには鹿目まどかの母親への説明も含まれている。彼女は昨日魔女と遭遇している。彼女は知ってしまった。聡明な彼女は幻や幻覚だと逃避しないだろう。
知り合いもいた以上彼女は決して逃げない。なんでも巻き込まれた一人を自宅で療養しているようだし、確かにあった現実を受け止めるだろう。誰にも相談できない現実を、同じ被害者しか共有できない痛みを、どうしようもない不安を彼女は抱え込むしかない。
本来なら、そうだった。魔法少女でもない本来なら『殺される』か『救われる』しかない一般市民の彼女だが、詳しい情報を提示できる岡部倫太郎がここにいる。直接関わりのある魔法少女ではなく、第三者の視点で語れる存在がいる。
知ることは武器だ。知識は不安と恐怖を排除できる人類に与えられた叡智だ。一生抱え込んで苦しむしかないものでも、死へと誘う恐怖ですら知ることで対処することや和らげることができる。
知ることで苦しむ事柄も多々あるが今回の件はそうではない。相手と内容にもよるが今件は間違いなく知らせる事が正解だ。意味の分からないまま殺された人達、訳の分からないまま殺されかけた経験、自分以外は何も変わっていない世界との認識のズレは逃避を許さない彼女にとって永遠と続く疲労と疲弊になる。
誰にも理解されない地獄のような出来事。信じてもらえないのならまだいい、ただ自分の周りにいる人たちが巻き込まれたらと考えれば気の休まることはないだろう。家族の帰りが遅いだけで心配し、現場付近を通るだけでも恐怖する。
それを、その楔を抜いてやることが出来る。知ったところで対抗手段がほぼ無いのは仕方がない。魔女の気配も探知できず身を守るすべもないのだから・・・・しかし知ることで確かに安らぐこともある。
無いのではない、有るのだから。対抗手段がほぼ無いだけで魔女は倒せるし対策も用意できる。巴マミのように毎日パトロールする魔法少女はいるし、彼女の家族や周りにいる人たちは岡部達が守る。
気休めなのは理解している。根本的問題は解決していない。しかし無ではない。それは彼女ほどの才女なら理解してくれる。理不尽でも世界は元からそうであり、知ることで少なからず恐怖はやわらぎ、その上で守護する存在が近くにいてくれるのを知れば―――――

「覚悟は力になる」

情報は武器だ。いきなり正体不明の魔法少女や魔女に襲われようものなら、事前情報もなく戦闘に入れば当然困惑する。
殺し殺される間柄だ。一瞬の躊躇が死に直結する世界だから覚悟が必要だ。慌てず焦らずに対処しなければならない。不安や恐怖は視界を狭くする。戦闘においてそれは危険だ。
知っているのなら覚悟できる。来ると分かっていれば、事情を知っていれば対処できるし戦える。立ち向かえる。完全に物色はできずとも何も分からないままの時と違い不安や恐怖はやわらげることが出来る。
逆に混乱したり視界を狭くする可能性も十分にあるが、知らずに戦うより、知らずに殺されるよりかはマシだろう。


何も出来ずに、蚊帳の外で全てが終える事の辛さを知っている。


まして彼女の場合は娘のまどかが重要な位置にいる。魔法少女の素質、世界が定めた決定、何も知らずに終わった世界線は多々ある。知らないうちに危険に飛び込んでいて、相談もされなかった。そして最後には―――――――。
知っていた所で何かが劇的に変わる事はないのかもしれない。しかし劇的に変わっていたかもしれない。まず間違いなく味方にはなっていただろう。支える事はできるのだ。
なのに、全ては娘が死んでしまう事で彼女は何故娘が死んでしまったのか、何を抱えていたのかを永遠に知ることなく、娘を理解してやれないまま泣くしかなかった。
意味も状況も都合もまるで違うとしても・・・・自らが関われない所で近しい人が苦しんでいて、それに気付いたのが最後だったら、どうだろうか。
視界に映る距離にいる誰かが魔女に食われたり、見つけた時には誰かが命を失っていたり、気づいた時には既に・・・・なんとかできたはずなのに、なにもできなかったら。

「知ることで覚悟を得て、覚悟が力を生むのなら――――」

通り過ぎた世界戦で、岡部は自分が諦めたことで全てを一人の少年に押し付けてしまった。気付いた時には手遅れで、どうしようもなくて、結果だけが残された。
岡部はただの中学生に、彼に全てを背負わせてしまった。結果、本来ならこの世界に足を踏み入れる必要はなかったのに、全てを投げ出してもよかったのに“彼”は全てを守ろうとした。
たった一人だけ覚えている孤独の中で、彼は四年の歳月を平和に過ごすことなく一人で少女達を支えてきた。誰にも相談できずに、何も分からないだろうに幾つもの思惑の中に身を投じた。ゆえに幼いままではいられなかった。
岡部倫太郎ができなかったことを、投げだすことなく背負い続けた。

結果的には、そのおかげで『ワルプルギスの夜』を撃破できる可能性を得る事が出来た。

その対価に、諦めてしまったにも関わらず未来を勝ち取る手段を得た代わりに、岡部倫太郎は一人の少年の人生を狂わせてしまった。
どれだけの悲劇が、苦難があったのか、巻き込まれただけの少年はやりたくない事にも手を染め、狂おしいほど葛藤し、誰かを見捨て救い、殺してしまった。
そして最後には原因たる自分に未来を勝ち取るための『可能性』と『今』を差し出した。彼は諦めた自分に全てを捧げたのだ。

岡部倫太郎にはどうすることもできなかった。
鳳凰院凶真にはどうしようもなかった。

気付いた時には既に終わっていたからだ。残されたのは結果だけで全てが完了していた。未来の出来事でありながら既に過去の出来事だったから、岡部には手の出しようもなかった。
そこには少年だった誰かが、あらゆるものを受け止め決断するしかなかった者が、後悔と長年にわたる苦渋の積み重ねに精神を蝕まれ、知る必要のなかった現実と下すしかなかった判断に疲れ切っていた人がいた。
しかしだ。自業自得とは言え、岡部はそれを知ることが出来て本当に良かったと思う。知らなくてもよかった、問題はなかったとしても“彼”の事を知ることできて本当に良かった。

「俺はもう・・・」

鹿目洵子もきっと同じだろう。観たくなくても訊きたくなくても受け止めなければならない。
世の中には不条理な魔女が居て、娘には理不尽な決定が降されている現実を知っておきたいはずだ。
知らないままでは終われない。知らずに喪うわけにはいかない。
無理で、無茶で、だけど無駄にはしない。無かった事にはさせない。
支えてみせる。繋いでみせる。伝えてみせる。繋げてみせる。

世界は力なき者には寛容にはできていない。

かといって、力ある者に寛容と言うわけでもない。

どうでもよくて、どうでもいい。

自分でどうにかするしかない。
自分達で対処するしかない。

バタフライ効果でどんな影響が世界に起ころうが、意思と手段、覚悟があるのなら是非もない。
あらゆる魔女も魔法少女も捩じ伏せる。
邪魔も妨害もすればいい。止めたいのなら止めればいい。
それが出来ないのならこちらの勝ちだ。諦めたのなら負けだ。
最後まで足掻き続けた者が、妨害に屈しなかった者が辿り着くのだ。

岡部倫太郎には望みがある。夢とも言える。

夢・・・そう言えば聞こえはいいが、”それ”は胸を張っていいモノではないだろ。
一か月とはいえ幾千幾万幾億の時間、想い、人生を奪い、幾多の未来の可能性を打ち消して、そうまでして成し遂げたいのが夢、と呼ぶには綺麗すぎる。
夢と言うよりも、野望と呼んだ方がいいのではないか?

鳳凰院凶真には目的がある。

基本的にラボメン、周囲にいる人間の生存が目的だ。もちろんそれが第一目標だ。
ただそれだけじゃない。それだけで満足しない。これまで一度も達成できていないにも関わらず、さらに多くを望んでいる。
可能なら、誰も傷つけずに全てを終わらせる。
可能なら、彼女達に魔法や魔女と関わらせない。
可能なら、全部を自分だけで解決したい。
可能なら、彼女達の未来には幸いを。

そして可能なら世界を、運命を、宿命を――――。
とある少女の願いを、望みを、祈りを、期待を裏切る形で達成する。
とある神様を地上に―――――。








「ただいまー」
「おじゃましまーっす!」

まどかとさやかが鹿目宅の玄関で訪問を迎えた洵子に元気に帰宅の挨拶をすると、それを迎えた彼女は笑顔で答えた。

「いらっしゃい。待っていたよ、ご飯は準備できているから上がったら手を洗いな」

その顔には少しばかりの疲労すら浮かべていないが、それは化粧と気合で隠しているからだ。子供達のいる手前、彼女ほどの大人ならボロは出さないだろうが娘のまどかは何かしら違和感を抱くかもしれない。
現に、まどかが少し首を傾げながら何を聞こうとする。が、洵子はそれを遮って娘とその親友の背を押して急かす。
するとまどかは無理に問うつもりはないのか、それともささいな違和感でしかないからか、それ以上は言われるがままに靴を脱いで洵子の背に回った。しかし手を洗いに行くのはまだ後だ、紹介するべき友達が二人残っているのだから。

「そっちの二人は初見だね。はじめまして、まどかの母親の鹿目洵子だ。末永く娘と仲良くやってくれ」

さやかもまどかと同じように洵子の後ろに回れば洵子の前には少女が二人いた。

「はじめまして、暁美ほむらです」
「おじゃまします。えっと、ユウリ・・・・・・・です」

一人は赤いフレームのメガネをした長髪を二つの三つ編みにした子。もう一人は金髪ツインテールの・・・・・・洵子は首を傾げた。
この二人はまどかの友人だろう。それは分かる。なにせ自宅にまで招待するのだから。娘が友人を自宅に招いたのはさやかを除けば片手で足りる程度だから顔も忘れない。この二人が自宅に来たのは今日が初めてだ。だから見覚えはない筈だが――――見覚えがある。

「うん?」

何もこのときの鹿目洵子にリーディング・シュタイナーが発動したわけではない。単純に思い出したのだ、彼女の事を。すぐに思い出せなかったのは昨日、とんでもない現象に巻き込まれたから、精神が疲労していたからすぐには気付けなかっただけだ。

「あんた、あたしと会った事あるよね」

その台詞に劇的に反応したのは二人、岡部倫太郎と暁美ほむらだ。
この世界線ではまだ暁美ほむらは鹿目洵子と顔合わせをしていない。ゆえに再びイレギュラーか!?と期待と不安を混同させた二人が顔を上げれば、洵子は二人を見ていなかった。

「え?」
「おー、やっぱりあんたかい。まどかの友達だったんだな」

洵子が見ていたのはユウリだ。ポン、と両肩に手を置かれたユウリは伏せていた顔を上げて洵子の顔を凝視し、洵子が一体何を言っているのか理解しようとした。
ユウリは流れるように、誘導されるがままに気付けばここにいて、初めて訪問する家に緊張し場違いな雰囲気に縮こまっていただけで、いきなりフレンドリーに接せられても困ると――――

「ほら、昨日デートしてた子だろ?あたしはあんたに妙なアドバイスした奴の相方だよ」
「!」
「あ」

「!」はあいりで、「あ」は岡部である。岡部とユウリは昨日の事を思い出した。二人は鹿目洵子とデートもどきの際に遭遇していたのだった。
あいりは混乱していたのでうろ覚えだったのは仕方がないとして、岡部の方は――――別に忘れていたわけではない。彼女は魔女に襲われたのだ。そうそう忘れるほどボケではいない。
ただ岡部は洵子とあいりの二人が顔見知りだったのを失念していた。別段ミスも犯してないし失敗もしていないはずだが・・・不思議と嫌な予感がする。
こう、できればまどか達の居る前では話題に上げたくない。過ぎた話であり誤解の話であって既に終了したモノ、なので挨拶程度のつもりで交わすだけなら勘弁してほしい。
岡部倫太郎とユウリ(杏里あいり)の間には特に何もなかったし、まどか達もあの後合流し説明はしたので何かがあるわけではないが・・・・・

「すまなかったね。あの後は大丈夫だったかい?彼氏とは仲直りできた?いや実はあたしもお前さんの彼氏にアドバイスできなか――――」
「こっ、コイツは彼氏なんかじゃない!」

あいりは赤くなった顔を洵子に向けたまま、横で突っ立ている岡部の白衣を意識してか無意識か、とっさにぎゅっ、と掴んでしまった。
洵子との出会いはアレ状態だったのもあるし、その後の展開がアレだったのもあるが基本的にあいりは初対面でのコミュニケーション能力はそれほど高いものではないのかもしれない。
戦闘時や敵対者が相手なら強気に過激に接することが出来るが、そうでないなら、敵意のない相手の場合は生来の性格に戻ってしまうのか、生来の性格は知らないが、もしかしたら普段強気で生きている反動なのか、ラボの人間や洵子のような大人を相手にするとどう接すればいいのか分からないようだ。
“今の自分”が、決して優しくない自分が、誰かを利用し傷つけている自分みたいな奴が親切にされ、自宅に招待されたり優しくされたりするのに――――罪悪感を抱いてしまうのかもしれない。
契約前の杏里あいりならまだしも、ユウリになった自分に悪意も拒絶も無しに接してきてくれる人達に、どう接すればいいのか距離感がつかめず、結果的に挙動不審な対応になってしまう。
しかし、今この場で、まるで質問攻めにあってしまって弱ったから助けを求めるように話題の人物にさりげなく、こう、彼女が彼氏に「なんとかしてよ!」的な行動をとらないでほしいと岡部は後に語る。

「・・・・・うん?」

案の定、鹿目洵子は不思議そうに首を傾げる。
あいりは弱弱しく握った白衣を引き寄せるようにして体を寄せてくるから岡部には甘くてふわふわした匂いが届いた。
その様子に、その距離に不信の視線が強くなるのを感じた岡部はすぐに口を挟む。

「ミス・カナメ、これはですね――――」
「よ、余計なことは言うなよ!“私達”は別にそんなんじゃないんだからなっ、ちゃんと説明しないとダメだぞ!」
「あい・・・・じゃなくてユウリ、落ち着け。誤解が深まる」

疑惑も深まる。昨日のデートもどき、洵子視点では岡部倫太郎の存在は介入していないのだ、だから変に話を振ってこないでほしい。こう・・・まずい。
あいりは岡部相手なら強気に接することができるようだ。しかし短い付き合いからも分かるように彼女はアドリブに弱い、ペースを握られるとすぐにボロが、パニックになってしまう。
そうなる前にこちらの意図を伝えようとして――――

「おい岡部」
「あ、はい」

洵子の呼びかけに視線を上げれば全員が岡部に注目していた。

「まどかの友達なら、お前も知り合いって可能性はゼロじゃない」
「ええ・・・・はい、実はそうなんです」

気まずさから、つい敬語で対応してしまう。

「でも、なーんか変な感じだよな?」
「いぇ・・・・そんな、別段おかしくはありませんよ?まどかの紹介で先日出会いまして―――」

誤魔化すつもりはなかった。しかしとっさに嘘をついてしまったのは何故だろうか?
後ろめたい事はないのに、何より彼女には全てを伝える予定なので真実を話してしまってもよかった―――――

「・・・・・・」

が、後ろめたい事はあった。

(少し、少しだけ様子を見てからにしよう)

岡部はそう判断した。アレだ、昨日の件がアレだったので少しだけ後回しにしてもいいんじゃないかと思ったのだ。むしろ忘れてしまってもいいんじゃないかと思えるほどに。無かったことにしてもいいと。
アレとはアレだ。誤解と混乱の極みから岡部がとある少女の口から人通りの多い場所で『【アプリボワゼ】』がどうのこうのと叫ばせてしまった件について追及されると非常に厄介なことになりそうで、まどかもいることから出来るだけ可能なら話題に上がらないようにシリアスな方向に誘導しつつ残念な事象については記憶の片隅から完全に忘れられるように努力してなんと乗り切りたいと思うのだ。
何を言っているのかよくわからないがようするにあれだ。別に怖がっているわけじゃない、恐れているわけじゃない、鹿目家の女性陣に昨日の件について怒られることに腰が引けたわけじゃない・・・・ただ重要かつシリアスな状況にそんな俗世の事件、いやそもそもそんなあるはずもない誤爆事件のことで無駄な手間を取りたくないのだ。
つまり今の嘘は正しい。世界には吐いていい嘘もあるのだ。真実が優しいとは限らな・・・じゃなくて余裕も油断も許されない昨今の岡部倫太郎はただ平和に過ごしたいだけだ。いや違う、誤解だったのだから自分は悪くない、これは皆が―――

「何を言ってる?私とお前は――――」

しかしだ。なにやら状況の分かっていない杏里あいり。自覚がないようだが『自爆が得意』な少女は他人を巻き込むことに躊躇がないようだ。
洵子と遭遇した時の岡部の姿は少年だった。魔法の知識もない洵子にとってあの時の少年が岡部倫太郎であると結び付けるのは難しい。そのことにあいりは気付いていないのか不思議そうに首を傾げている。
きょとん、と無垢な表情は可愛らしいのだが何処か抜けている。自爆して暴走される前に岡部は再び顔を寄せて耳元で囁く。

「あいり、彼女が会ったとき俺はお前の変身魔法でショタ化して―――」
「ひゃぅっ、み、耳元で喋るな!」

ぐいっと首元に添えられた両手で押し返された。

「・・・ユウリ、って言ったね」
「っ、はい。私・・・アタシはユウリです・・・・・・ユウリだ!」

しかしそのかいあって洵子相手でも口調の変化は見られたので岡部は安心した。

「オーカーリン♪」
「ゴメンナサ――――いやまぁ待つんだベストマイフレンド、俺は何も隠していないし誤魔化してもいない」
「オ~カ~リン?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ぅん・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・はぃ」

対価として、まどかが笑顔で謎のジェスチャーを送ってきていた。意味は分からないが意図は理解している。あえて明記も表記もしないが、そこには一切の攻撃性を感じられないジェスチャーにもかかわらず何故か体が恐怖に震えた。
脳裏に酷く曖昧なイメージが浮かんだが、これがリーディング・シュタイナーなら酷い安売りだ。もっと重要な場面で発動してほしい。

「出会ったのは一昨日、ね・・・・ふーん?」
「うぅ」

ニコニコと無言で笑顔を向けるまどかの視線から逃れるように俯いている傍ら、洵子とあいりの会話が聴こえてくるが徐々にあいりの声は小さくなり、口数も少なくなっていく。
慣れない相手に、それも大人に、魔法の知識もない一般人にその手の事を誤魔化しつつ話の内容に矛盾を出さないよう注意しなければならないのは彼女にとって割とプレッシャーだった。かつ昨日の大暴走を目撃された人物でもある。

(うぅ・・・・か、帰りたい)

コミュ障レベルがやや高めなあいりは借りてきた猫のように小さくなってしまう。
気付いていないのか握った白衣を自分の胸の前にまで引っ張って体を少しでも隠そうとしていたが、かなり無理があった。

「なあ、お前と昨日の彼は“そういう関係”なんだよな?」
「えっ?その・・・・あのアタシ、ええっと・・・・・っ」

うっすらと、あいりの目元には涙が浮かんでいた。

「ああいやすまんっ、質問攻めにして悪かった!老婆心というか身内が道を踏み間違える前に確認しておきたかったんだ」
「か、確認・・・?」
「そうそうっ、おい岡部!」
「は、はい。ええっと何ですか?」

急に呼ばれたので少なからず岡部は委縮した。

「この子、彼氏いるから勘違いすんじゃねぇぞ」

同時に、あいりが爆発しかけた。

「え?私??・・・・・・・・・・・・・・ああそっかうんっ、ユウリは彼氏がいるぞ!・・・・・・・・・・・・・・・えええ!?」

純情少女あいりは思う。最後にようやっとまともに答えられる質問かと思って強気に出たが・・・慣れないことはするもんじゃない、言ったそばから失敗した。自分の役割、キャラ付けを思い出し一度は演じきろうとしたが、内容が内容だったので一気に動揺してしまった。
肯定すれば自分は、正確にはユウリはとある少年と恋仲の関係であることを認めることになる。少年の正体は隣にいる男だ。演技や建て前なので気にする必要はないはずだが・・・なにやら恥ずかしい。
逆に否定すれば昨日の件について順子に追及される。暴走していたからとはいえ発言の一つ一つを考えれば・・・彼氏彼女の関係でなければちょっとした痴女だ。そんな誤解は絶対に嫌だ。しかも隣の男との仲を疑われている。
肯定したら隣にいる男や洵子の後ろで控えている三人にも色々と勘違いされるんじゃないか?だが否定したら疑われる、それに遠まわしにその発言は隣にいる異性に嫌いだと言うもんじゃないのか?
・・・別にいいけど・・・・・・・・・・しかしだ、お互いのためにもここは一つ肯定にしろ否定にしろキチンと説明して誤解されないように事前の打ち合わせを五時間くらいプレゼンし円滑なアレコレを決めたほうがいいのではないだろうか?

だから

「よしっ、いったん帰ろう!」
「いや落ち着け」
「あぅ」

即断即決の判断力と行動力は魔女との戦闘では大いに役に立つだろう。が、今回はそうじゃ駄目だろう、岡部は回れ右をして立ち去ろうとする少女の両肩に手を置いて静止させる。
だがピタッと綺麗に静止したはずの少女の体は小さく震えていた。だから岡部はため息とともにその肩を優しく解しながら―――

「ミス・カナメ。彼女は思いのほか純情で繊細だ」

だからこれ以上は止せ。と言葉にしないまま伝えた。

「ユウリ、君も落ち着け」
「お、おぅ?」

弱々しく岡部に返事をするあいりに洵子は己の失態に気づいた。自分に対し本格的に苦手意識を持ち始めてきた少女に、洵子はやりすぎたと心の中で自分を叱咤した。釣り目で強気なあいりの表情はすでに泣きそうに歪んでいる。
そんなつもりはなかった。実際に洵子の口調と声の強弱は一般のそれだった。後ろにいるまどか達も気にしている様子はない。だから彼女達は何故ユウリが急に庇護欲をそそる猫状態になっているのか、ある程度は察したが心配しているだけだ。洵子の口調が厳しかったとは思っていない。
洵子の口調は決して乱暴ではなかったし威圧感もなかった。ただ内容に関して杏里あいりのメンタルが問題だった。しかしコミュニケーションは相手によりけり、さらに目の前の少女は強気そうに見えて実はそうとう口下手なのか、初対面の人間は苦手なのか怯えている。
普段の自分なら絶対に犯さない失態だ。昨日の件で心身共に酷く疲労しているとしても決して許されるものではない。子供を、まして娘の友人を涙目になるまで質問責(攻)めにして泣かせるなど大人失格だ。
これが原因で娘と仲違いなど起こしたら・・・とてもじゃないが立ち直れない。

「すまないっ!なんか邪推しちゃってな、ごめんよ。あたしがどうかしてたっ」

あいりと視線を合わせて、両手を合わせて出来るだけ警戒を与えないように洵子は笑顔をつくる。誤解を解くように、気にしないように、相手が引きずらないように自らが間違っていたと強調しながら謝罪する。
それで全てが無かった事にはならないが、それでも真意に謝ってきている事に、あいりも感じる事はあるのか、周りの雰囲気を読んだのか、緊張を残しながらも逸らしそうになる視線を合わせて返事をした。

「は、い」
「ごめんね。初めての子だからつい気になっちゃって」
「いえ・・・・大丈夫です」
「ほんとに、ごめんよ。上がってくれ、お詫びと言っちゃ変だがお昼は御馳走するよ」
「・・・・・・はい、ありがとうございます。御馳走になります」
「うん、よろしくね」

あいりは洵子から差し出された手を、その手をとって握手をした。多少ぎこちないが、それでも双方共に笑顔を浮かべる事ができたので引きずる事はないだろう。たぶん、今後があれば。
洵子は娘の友人に嫌われることがなく安心し、あいりは魔法少女になって初めて友人(?)の家に招いてもらって、かつ家族から歓迎される事に罪悪感から帰りたい気持ちもあるが確かに喜んでいる気持ちもあった。
かたや出来上がっている関係に罅を入れずに済んだ事を喜んで、かたや出来上がりつつある関係に安心していた。

「案内するね。ほむらちゃん、ユウリちゃんこっちだよ」

とりあえず険悪な雰囲気になることは回避できた。まどかが初めてやってきた二人を洗面所に案内していく、さやかもその後に続く。
子供たちの姿が見えなくなると残された岡部と洵子は共にため息をついた。
上辺を繕う相手がいなくなったことで隠していた疲労が一気に浮上してきたのだ。

「ああ、なんだ・・・悪かったね」

壁にもたれながら洵子は謝罪した。

「いえ、お疲れのようですし・・・そんなにも消耗しているのなら何も今日---」
「若いくせに相変わらず気を使ってくれるね・・・・でも、そうしたほうがよかったかもな。まったく、子供を泣かせちゃったよ」

苦笑い。彼女にとって先ほどの件は相当堪えるモノだった。昨日の件も含めてダブルパンチ、まさか癒しになるはずの子供たちとの会合が疲労を招くとは思いもしなかった。それも自業自得で、だ。
一方、岡部からみて洵子は正直に言えば大したものだと思う。あいりとのやり取りは確かに失敗だったが、こうして見る以上彼女は昨日の件を夢や幻として認識している様子はない。
現実として受け止めているから疲労が色濃く表れている。子供たちが居なくなった事でハッキリと確認できた。普通は夢幻として無かったことにするか閉じこもって世界と自分を切り離す。そうすることで守るのだ。自分の世界を、精神を。それが正解だ。
そもそも魔女の結界に閉じ込められるというのは一生涯に一度あるかないかの確率しかない。だから忘れた方が今後の人生で生きていくには楽だ。二度とない確率に怯えて過ごすなど精神衛生上悪い。
一生に一度。何故なら――――最初の一回で死ぬ。その場に魔法少女がいなければ、傍で守ってくれなければ死がほとんど決定しているからだ。
だから受け止めたところで意味はない。今度はいつ結界に引き込まれるのかと怯え、相談しようにも証明する手段がないから理解されることもない。どうすることもできず、どうにもならないことだからだ。
抱え込んだところで、受け入れたところで何かが変わるわけじゃない。変えきれるわけじゃない。同じ目に逢えば今度こそ死んでしまう、殺されると身をもって理解している。
対抗できる存在を知らない者から見れば魔女はそういうものだ。出鱈目で理不尽で不合理で不条理な現象。
だから忘れていいのだ。気のせいだと、無かったことにしても、きっとそれが正解なのだ。

「あー・・・・・なあ岡部、話は変わるけどな」
「はい」
「お前さ、車の免許とか興味ないか?金の都合はしてやるぞ」

鹿目洵子はなぜ自分が生きているのか、その理由を知らない。
あの地獄から生還できた要因を知らない。

「ラボの家賃を始め、日々の生活も沢山助けてもらっています。ありがたい申し出ですが、これ以上は甘えるわけにはいきません」
「ここに来るとき注目の的だったろ」
「まあ・・・そうですね。休日の白昼堂々、女子中学生を連れて行進していましたからね」
「車があれば解消できるぞ」
「近場ですから、あまり必要性を感じません。それに今さらです、気にしませんよ」
「んー・・・でもさ、まどか達の送り迎えとか楽そうだよな」
「彼女たちを送り迎えするために免許を取れと?」

あえて要因を挙げるとすれば、最後まで諦めなかった事と純粋な運だろう。

「そうじゃなくて・・・・ああいや、そうだな。最近は物騒じゃないか。まどか達が心配でな」
「確かに最近の見滝原はどことなくおかしい。治安の悪化が表に見えてきている」
「だろ、だから無理とは言わないからさ。それで気が向いたら、ね。将来的にも免許はあって困るもんじゃないしさ」
「すぐには無理ですが・・・・・そうですね。一ヶ月後には取りに行くのもいいかもしれません。お金はもちろん自費で」

彼女は全てを無かったことにしてよかったのだ。
彼女は全てを否定してしまってもよかったのだ。

「はは、ありがとよ。毎日学校まで一緒に行ってくれているのも感謝してる。悪いね。昨日もどっかの建築物が崩壊してるし、どうも心配で、しばらくでいいんだ。悪いんだけどできるだけまどか達とは一緒にいてやってくれないかい?」
「最初からそのつもりです。しかし――――」

体験した出来事は夢幻のようで非現実的、残されたのは恐怖と不安。
全身の破裂した血管と打撲や裂傷は完治、傷痕は衣類だけ。
勘違いだと自分に言い聞かせれば無問題、証拠も痕跡もほとんどが消滅している。

「それだけでは、まどか達は魔女の脅威から逃げられない」

それを分かったうえで受け入れるのなら。
それを理解したうえで何かをしたいというのなら。
それでも彼女達の力になりたいのなら。

「“俺も”彼女たちを守りますよ」

こんなにも心強いことはない。

「・・・・・・・岡部?」
「見滝原で起きている事件、貴女を襲った異形、まどか達ラボメンの現状、全てお話しましょう」

真実が彼女達家族にとって負担になることは承知している。きっと理解に苦しみ未来に不安を見出す。そんな後戻りできない現実、どうしようもない事実、変えようのない運命に向き合えるのなら、そのうえで彼女達の力になってくれるのなら是非もない。情報を提供しよう。
戦えず、見守ることしかできない人達を巻き込む。知らないほうがいいかもしれない、何も気づかぬまま日常を続ければいいのかもしれないが・・・岡部は踏み込む。洵子には踏み込んでもらう。彼女達家族をこちら側に引っ張る。
岡部倫太郎1人だけでは絶対に無理が生じる。協力者が必要だ。それも子供じゃない地に足の付いている社会的地位のある大人の存在が。
一緒に戦えなくても、背負った宿命を共有できなくても、見守られるだけで彼女達の力に十分になれる事を知っている。必要だ。味方になってくれる大人が。
誰にも相談できず、誰にも気づかれないのが魔法少女だ。そんな彼女たちにとって見守ってくれる存在は、ただ傍にいるだけで大きな安心を与える。頼れる存在は孤独な少女たちに安らぎを与える。
大人なのに何もできないと、子供たちに何もしてやれないと洵子は悩み苦しむだろう。死ぬかもしれない場所に送り出すことしかできないと嘆くだろう。将来、何をしてやれるのか、道を示すことも案も出せないと沈むだろう。
しかし、それでもいいのだ。彼女自身は苦しんで嘆いて沈んでしまうかおしれないが魔法少女にとって、そんなにも想ってくれる彼女のような大人がいてくれる事が、いるという事実が思いのほか希望になる。力になり絶望を跳ね返す。
魔法少女は例え自分のせいで親兄弟が悩み苦しむことになろうとも、知っていてくれることには大きな意味がある。知っていてほしいと、見ていてほしいと、ここにいると認識してほしいのだ。理解者を求めている。
心の底から信じられる人達がいる。いつだって気にしてくれている。例え結界の中に独りだとしても一人じゃない。その真実は彼女達に力を与える。生きていくのに必要な糧になる。

「しかし覚えておいてください。まどか達には貴女達こそが、必要なんです。だからどうか俺の話を訊いてください」

たった一人でも、無力でも、知っていてくれるだけで彼女達の世界は変わる。
そこにいるだけで力になる。傍にいてくれるだけで癒される。待っていてくれるだけで立ち上がれる。

鳳凰院凶真は知っている。
岡部倫太郎は断言できる。

例え力になれなくても、傍にいてくれなくても支えられてきたから。岡部倫太郎は多くの人に、未来の可能性を捧げられてきた。
鹿目洵子は絶対に彼女達の支えになれる。そしてそれは彼女に限らず、本当は誰にだってできる。自分よりも強い魔法少女を力のない人達が支える事は難しそうでいて、実はそうでもない。
必要ないのかもしれない。足を引っ張るだけかもしれない。本人だけで事足りるかもしれない。弱い自分達は邪魔になるかもしれない。

それを言い訳にしない人は、間違いなく心強い彼女達の味方だ。

かつての世界で多くの人が岡部倫太郎を支えてくれた。リーディング・シュタイナーをもたないなら、岡部の言葉は妄想や夢と何も変わらないのに信じた。タイムマシンという実物が確かにあったが、それを直接目のあたりにした者は少ない、起動している場面を見た者は岡部を除けばたったの――――。
なのに妄言とバカにすることなく、狂言と疑うことなく、ただの大学生にすぎないはずの彼が構築した十数年規模の計画に耳を傾け、あらゆる被害と損失を抑えるために準備し、その期間を乗り切るために事前に備えて・・・・・人生を捧げてくれた。
直接的な、目に見えて力になれた者は確かに少ない。
ある人は研究施設を提供してくれた。設備や生活必需品、あの世界のあの時代にそれらを揃える事がどれほど困難だった事か。資金を提供し、長期間、計画を存続させるだけの地盤を作り上げてくれた。
ある人は自分の計画に外せない能力を持つ人材。彼らにも人生がある。既に失った自分と違い愛する人達と幸せに生きる選択が有ったにも関わらず、最後まで不確かな計画に従ってくれた。
どちらか一方でもが欠けてしまっていたら計画は終わっていただろう。どちらかが諦めたら、離れたら、全ては終わっていた。彼女達は最後まで自分を支えてくれた。彼ら、彼女らがいなければ辿り着けなかった。
そして彼らの存在だけで全てを成し得たわけではない。やり遂げる執念を絶やすことなく主観で百年以上も持続させることができたのは、周りにいた人達の献身のおかげだった。直接的な力になれなくても支えてくれた人々。
心が折れそうになれば癒してくれた。諦めそうになったら叱ってくれた。ただ我武者羅に失った人を救うために今を省みない自分の傍にいてくれた。周りを気にせずただ己の望みを叶えるためだけに、本当に多大な援助を受けておきながら何も返せないのに、そんな自分をいつだって気にかけてくれた。
彼ら彼女らがいなければ、岡部倫太郎の精神は耐えきれなかっただろう。鳳凰院凶真は諦めていただろう。時間が無限にあろうとも、彼ら彼女らが傍にいなければ辿り着けなかった。死んでも諦めなかったのは、死んでも戦い続ける事ができたのは彼らのおかげだ。
直接的に力になれた人も、そうでない人も――――彼らは皆、間違いなく岡部倫太郎の支えだった。
解ってやれなくてすまないと、力になれなくてゴメンねと、こんな自分に頭を下げた。下げるべきは自分だ、不甲斐ないのは自分だ。誰よりも経験と時間があるのに無力すぎる自分が許せなかった。
気落ちして、摩耗して、鬱憤を当たり散らされても、そんな自分を見捨てなかった人達。
リーディング・シュタイナーを持たないゆえに真の意味で分かち合うことはできないのに、それでも解り合おうとしてくれた人達。所詮はたった一人の男の言葉だ。確たる確証もないのに、度重なるタイムリープで積もり積もった鬱憤を理不尽にも罵倒として叩きつけても傍にいてくれた。
何があろうと彼らは信じてくれた。何があっても見捨てなかった。何をやっても傍にいてくれた。

岡部倫太郎が諦めても、最後の最後まで岡部倫太郎を諦めなかった。

あの時代、あの状況下で、岡部倫太郎が死んだ後も――――最後の最後までやり遂げた。それを知ったから、それを観測したから、だから岡部倫太郎は諦めずに立ち上がれてこれた。俯いても前を向けた。失敗しても繰り返した。
彼女達がいなければ挑めなかった。彼らがいなければ立ち上がれなかった。彼女達がいなければ諦めていた。彼らがいなければやり遂げる事は不可能だった。
力が有ろうが無かろうが関係ない。どちらも欠けてはいけない。最後の最後で立ち上がれる力をくれるのは、そうゆう人達の存在だ。
自分がいなくなれば悲しんでくれる人がいる。帰りを待っている。信じてくれているという事実は、決して気休めなどという矮小なものではない。生き残るのに大切なファクターだ。
誰かが傍にいてくれたから岡部倫太郎は見つける事が出来た。誰かが待っていてくれるから辿り着かせる事が出来た。誰かが信じてくれたから諦めなかった。

彼女達がいたから『シュタインズ・ゲート』へと導く事が出来た。

傍にいてくれるだけで絶望を撥ね退ける力を発揮する事を、岡部はその身で実感してきたから解る。きっと魔法少女もそうなのだと、彼女達は感情や想いを力にするのだから、なおさらだろう。
彼女、鹿目洵子はどの世界線でも鹿目まどかを支えてきた。力になれなくても、何も知らなくても、相談に乗れなくても気にかけ、帰りを待ち―――傍にいる。
今までがそうであったように、これからもそうであるのなら、いつかに繋がる未来のために、大切な娘と世界を守るための手段を提示しよう。

信頼できる相手がいるのは幸いなことだ。
自分が大切と思える人達の事を、他の誰かも同じように想っていてくれる。
その事実は嬉しくて、とても頼もしい。

―――オペレーション・フミトビョルグ

戦力は整いつつある。あとは彼女達の心を支える部分を強化すれば一気に未来への道筋が見えてくる。
ゆえに、この作戦を確実に成功に納めなければならない。

―――目的 戦力の補充及び各関係者との情報共有による連携体制を構築

此処が最初だ。しくじる可能性が低いとはいえ重要だ。
最初で躓けば次も難しくなる。

―――対象 全ラボラトリーメンバー

意思があるなら喜んで提供しよう。真実を。現状を。可能性を。
一生の問題だ。隠し通せるものではないし、いつか限界が来る。
ゆえに一度は話さないといけない。
隠す気は無い。理解者は絶対に必要だ。それが親しい家族なら上等だろう。
理解と和解、納得と協力を得るために説得と交渉を最大限行う。
もし最悪の事態になれば、そのときはそのときだ。

―――並びに、その家族

彼女達の敵になってでも、彼女達の味方になってもらう。








「もう支度は済んでるみたい、こっちだよみんなっ」

まどかが食事の準備がされているリビングへと嬉しそうに皆を案内する。
鹿目家は立派な住宅だ。父和久は専業主夫、つまり鹿目洵子の稼ぎはかなりのものだろう。

「そういや岡部、人数が足りなくないかい?」
「ええ、実は用事が出来てしまったらしくて、その・・・・すいません。急に頼みこんでおいて――――」
「かまいやしないよ。今度連れてきな」
「ありがとうございます。ぜひ紹介させてください」

「ほむらは調子どう?」
「うん。大丈夫だよ美樹さん、ありがとう」
「ユウリは・・・って、どうしたん?」

皆がまどかの後に、各人談話しながら大きなガラス張りの廊下を通りリビングを目指す。
広い間取りは廊下にも適応され、そしてそこからは立派な庭を眺める事が出来る。

「いや、アレって“家庭菜園”だよな・・・・」
「「「!!」」」

リビングの目の前、大きなガラス張りの扉の前で、外の風景を真剣に眺めているユウリの言葉に鹿目家以外の全員が足をとめた。
そして鹿目家以外の全員がバッ!とガラスに顔を押し付けるようにしながら、お昼の温かな光を浴びて美味しそうに丸々と育っている農作物を凝視する。
全員が目を凝らし、ある者は魔力を用いてまで視力を強化して真剣に周囲を含めて検分し始めた。

「み、みんなどうしたの?あっ、あれはパパがやってる家庭菜園なんだ。お弁当や朝ご飯の野菜は“ここ”から――――」

『だからだよ!!』

と言う叫びは心の中で、『芋サイダー』の原材料はここにあるはずだと皆が必死に目を凝らした。
その横でまどかは「(´・ω・`)?」と皆を不思議そうに見渡し、その隣で洵子が掌で己の表情を隠しながら溜息を溢していた。彼女はまどかの母親だ。岡部たち以上に娘の料理という名の摩訶不思議を味わっているだけに、岡部達の気持をよく理解しているのかもしれない。
理解者がいることは幸いだ。分かってくれる事は嬉しい事だ。楽しさは倍に、苦悩は半分になるのだから。

「ふふ、あのねオカリン。『芋サイダー』もこの菜園があってこそなんだよ」

まどかにしては珍しく自慢げに薄い胸を張るが、その言葉を受けて皆は―――。

「くッ、やはり元凶・・・・・原材料はここか!?」
「あたし何度か見せてもらったけど特に異常なモノはなかったよ!?」
「まさか呪い―――魔法が関わっているのかも」
「ユウリさん、何か見えますか?私には今のところ何も・・・インキュベーターなら何か気付くかもッ」

それぞれが情報と可能性を提示し合っていた。
奇しくもこの件が、あいりやほむらを含めたラボメンの心が事前の打ち合わせもなく岡部倫太郎と一致して取り組んだ共同作業だった。








「お待たせ、どうぞ召し上がれ」

久しぶりの来客に、それも心許していた相手だけに若干浮ついた、心持ち気持ちが高揚しているのを自覚している。
岡部達が未知なる物質を探している頃、マミは自宅のマンションで客人に紅茶とケーキを振る舞っていた。本当なら岡部達と合流しているはずだが、事情によりお昼は辞退することになってしまった。
赤い髪の少女と黒髪の少女の前に紅茶と手作りケーキ。そしてマミの後ろでキュウべぇを頭に乗せながらちょこちょこと室内を探検(?)している女の子の席には紅茶の代わりにオレンジジュースをセットした。
赤毛の少女とは一度、仲違いから別れてしまった相手だ。緊張し、久しぶりの再会に不安がなかったと言えば嘘になる。しかし今はこうして自分の家で、同じ席でお茶会ができることが心の底から嬉しかった。
自分は何を話そう、彼女は何を話してくれるのか、楽しみだ。明日は学校もお休みだから時間は沢山ある。ケーキと紅茶、美味しい物を口にしながらいっぱい語ろう、マミはそう思っていた。
ラボの皆にも紹介しなければいけない。忙しくなるそうだが嬉しさと期待に胸が高鳴る。
なんと紹介しよう?彼女は見た目こそ現在は不良にみえるが、本当は優しい・・・・・・しかしセットすると同時に、赤毛の少女は備え付けのフォークを使わず手づかみでケーキを平らげてしまった。

「・・・・・・・佐倉さん。もうっ、行儀が悪いわよ」

せっかく、こう、色んな思い出が蘇って嬉しくて、なのに説教をしたくもないのにしてしまう。

「なんだよ、こんぐらいいいじゃん」

はぐはぐと、口元からケーキの欠片が落ちるが気にすることなく赤毛の少女は、佐倉杏子はマミの叱責をどこ吹く風と無視する。
それにムッとしたマミは杏子の手からケーキを没収する。杏子の溢しているケーキの欠片は床に敷いてあるもふもふのカーペットにとって無視できない敵だ。掃除が大変なのだ。
また、掃除とは別に彼女の行儀の悪さは前に会ったころよりも酷くなっているような気がする。今までのことをお話ししたかったが、先輩としてここは一つ指導が先だろうと思う。
二人っきりなら流せたが、ここには他の人もいるのだ。おまけにその内の一人は杏子の妹分、双方のためにも心を鬼にして厳しくしなくてはいけない。ただでさえ現在の杏子は社会不適合者ギリギリな存在だ、変に悪目立ちしては問題になる。

「何すんだよマミ、それはアタシのだぞっ」
「だーめ。少し食べ方を改めなさい」
「ハァ?アタシがどう食べようとアンタにゃ関係ないだろう」
「いいえ、先輩として見過ごせないわ。どうしてわざわざ悪ぶった食べ方をしているのかは分からないけど、連れの子の事も考えなさい」
「な!?」
「あの子は貴女を信頼している。いい?貴女のやる事なす事全てがあの子の普通になるの。良い事も悪い事も当然になって絶対になるのよ」
「う」
「事情はまだよく分からないけど大切な子なんでしょ?ならキチンと見本になるようにしなきゃ駄目じゃない」
「うう、いや・・・あのなマミ」
「そういえば御両親が・・・・・貴女達は今どこに住んでるの?食べ物やお風呂、お洋服もだけど現金はちゃんとある?野宿じゃないわよね、魔法少女だからってさすがにこの時期は冷えるんだから無茶は駄目よ」
「あ、ぅ、それは―――」
「それでどうやって過ごしているの?貴女はあの子の姉であると同時に親代わりでもあるんだから犯罪染みた方法は教えちゃダメよ。将来、何か困難な事が有れば頼るのは貴女と、貴女と過ごして身に付けた技術と経験なんだから」
「ぅぅ」

ずずい、とマミに攻められれば杏子は反射的に反論しようとするがいかんせん、連れである千歳ゆまの事を思えば口を閉じるしかない。正論なのもそうだが、言われて初めて自分がゆまに与える影響の大きさに気付いたのだ。
室内を探検している小学生の女の子。杏子の連れにして魔法少女。魔女に親を殺され、その後は自分が面倒を見ている少女。千歳ゆま、杏子の妹分。口にはしないが大切な家族。
佐倉杏子にとって千歳ゆまは知り合って間もない間柄だが既に妹のように大切な子となっている。彼女には幸せになってほしい。魔女に殺された親に虐待されていた事もあるし、今後は何者にも虐げられることなく生きてほしいと心の底から願う。
当然、将来は真っ当に生きてほしい。魔法少女になってしまった以上、グリーフシードを得るために魔女との戦闘は避けきれないが姉として、何より自分を助けるために契約してしまったのでその辺は全力でサポートするつもりだ。
杏子に意思はあった。覚悟もあった。ゆまのためなら何でもできると考えていた。が、マミに問われていくうちに杏子は不安になってきた。真っ当に生きてほしいと思っても、自分と一緒にいては難しいのではないだろうか?
日々の生活を窃盗や不法侵入等の綱渡りで過ごしている。このままでは絶対に駄目なのは明白だ。自分一人ならどうとでもなれるが・・・ゆまにそれを許容させるわけにはいかない。
そもそも今の彼女は社会的にどうゆう扱いをされているのだろうか?日本国民には戸籍が有る。それをもってこの国では己の証明として生活するのだが、今の千歳ゆまは・・・?親は魔女の結界内で殺された。
杏子は基本的な事を忘れていた。彼女には、ゆまには他にも親族、親戚はいないのだろうか?捜索願、行方不明扱いじゃないのか?このままでいいわけがない。将来のことを考えれば早く動かなければいけない。戸籍がなければ――――。

「・・・え・・・・ぁ」

自分一人ならどうでもよかった。学校にもいかず、帰りを待つ人もいない、誰にも囚われずに好き勝手出来た。誰にも気にかけてもらえない代わりに、誰も気にせずにいられた。将来が暗かろうが未来に希望を見出せなかろうが、今をとりあえず生きてやり過ごせればそれでよかった。
だがゆまと出会い、親を失ったという似た境遇の彼女のことが放っておけなくて、気になって気にいって、気付けば大切な子になっていて、幸せになってほしいと願い一緒に過ごして―――・・・ああ、佐倉杏子と一緒にいては、彼女の将来は、少なくともまともな人生を歩むのは難しいと、気が付いた。
今まで自分はゆまと一緒に隙を見ては無断で銭湯やホテルを使用した。これらは当然犯罪行為だ。自分と一緒ではこれをずっと続けるしかない。お金がないのだから、食事も衣類も調達する一番の方法はお金だ。
真っ当に生きてほしいのなら、生きるなら働くしかない。しかし中学生が働けるバイトなどそうはない。また、それにしたって親の承諾が必要だ。親のサイン一つないだけで普通のバイトにすらありつけない。あったところで二人分の生活費など稼げるはずもない。
では裏稼業?まっとうな生活が送れるわけがない。
ではどうすればいい?現状維持はもっての外だ。いつまでも犯罪に手を染めていては何処かで限界が来る。とりあえず戸籍を手に入れるべきだろう。しかしどうやって?自分と違いゆまは行方を眩ませて日が浅い、警察にでも行けば保護してくれるだろうが、その時は離ればなれだ。
離れたくない、と思うのは我が儘だろうか。正しいということは分かっている。本来はそうあるべきで、今が異常なのだ。まだ間に合うはずだ。施設や親戚の家に引き取られてもグリーフシードは時折自分が届ければ大丈夫だと・・・思う。
社会復帰とは言いすぎかもしれないが、そうすべきではないかと杏子は不安になる。否、そうあるべきだと理解し悲しくなる。自分と居ては将来ゆまの為に成らず。それを覆そうにも佐倉杏子はあまりにも無力で、何より―――――幼かった。

今更、本当に今更そんなことに、普通はすぐに気付くべき事柄に顔を青くさせた杏子の耳に、件の千歳ゆまの声が届いた。

「キョーコをいじめるなー!!」

マミの背後に忍び寄り、ゆまはマミのスカートを盛大に下から上へと捲った。俗に言うスカート捲りだ。そのままのネーミングだが昨今はあまり聞かない単語ではないだろうか?
少なくとも中学三年生のマミにとって、この技というか遊びというか悪戯をされるのは大分久しい。ゆえに予測も予感も感じきれない最高の不意打ちとなった。

「はぅっ!?き、きゃああああああああ!!?」

突然の事にマミは腰を抜かしたかのようにへたり込んでしまう。

「キョーコをいじめちゃダメだよ!」
「うっ、うぅ」

ゆまは腰に両手を当てて憤慨し、マミはシクシクと涙目だ。

「キョーコをいじめたら絶対に許さないんだからね!」
「あっと、まてまてゆまっ、マミはアタシを虐めてたわけじゃないから大丈夫だ」

ゆまが怒っているのは自分のためだろう。それは嬉しいがマミを叱らないでほしい、マミはただこちらを心配してくれているだけだ。口調はどうあれ、それは分かっている。彼女の優しさを、それを自分は昔から向けられてきたから分かる。
親身になって、返答次第ではきっとお人好しなマミは自宅に自分達を迎え入れる気だろう。いつかのように、性懲りもなく、彼女は引きとめるのだろう。何かと理由をつけて、その理由の一つには本気で損得無視の博愛があって・・・・。
この人は変わらないなと、いつかを懐かしみながら杏子はプンプンと頬を膨らませているゆまの頭を優しく撫でた。マミなら、ゆまをどうするだろうか?

「ん~・・・ホント?」
「ほんとだよ」

間違いなく今より良い生活を、正しい生き方を、その他もろもろの手続きも済ませる事が出来るだろう。マミも所詮は中学生にすぎないが既に自立している立場であり、何も分からない自分とは比べられないほどしっかりしているはずだ。
相談してみるか?どうしたら社会性を保持したまま一緒に居られるか、と。無理で無茶な相談でも、彼女なら何か妙案を示してくれるかもしれない。ゆまの生い立ちを話せば彼女は絶対に己の事のように悩んでくれる、考えてくれるはずだ。

(・・・・って、無理に決まってるか)

しかしどうあがいても、ゆまの事を思えば迅速に保護してもらうべきだろう。マミもそう指摘する筈だ。
一緒にいたいと願うのは自分の我が儘だ。例えゆまが同じように思っても、言っても世間一般を順当に過ごすためには仕方がない。時間をかければかけるほど面倒になる。保護されるまでの期間をどうしていたとか、親はどうなったとか、説明しても納得は得られないだろうから、ゆまのためにも、そうすべきなのだ。
だけど、でも、それでも――――――

「賑やかですね。巴さんは日々をこうして過ごされているのですか?」
「え?」
「お楽しみのところすみません。楽しそうにはしゃいでおられるので、ふと気になってしまって」

突然の隣からの声に杏子の思考は打ち切られた。自分の隣に座っていた黒髪の少女、長い髪をややサイドポニー気味に結っている少女だ。
名前は『双樹ルカ』と言っていた。マミの出した紅茶のカップを静かに置きながら、笑顔を向けながら問うてきた。その声は澄んでいて、はっきりと、すんなりと耳に届くからマミは少しだけ気恥ずくなったのか頬を桜色に染める。
だからと言うわけではないが、それとは何も関係ないが、そのはずだが、杏子は少しだけ顔を顰めた。

「・・・・・アタシとマミはちょっと前までパートナーだったんだよ」

自分は考え事をしていて、マミは恥ずかしがっていたので、ルカは別に自分とマミとの間に突然無遠慮に図々しく割って入ってきたわけではない。会話の途中に乱入してきたわけでもない、ただ声をかけてきただけだ。
問題ない。だけどマミの代わりに答え、つい棘のある口調になってしまったのは――――――何故だろう?
双樹ルカ。真っ赤な着物のようなドレスに氷の魔法で魔女を串刺しにしていた魔法少女。マミ曰く魔女との戦闘中に助けてもらったらしいが、どうも杏子は彼女のことが気に食わない。
何故?どうして?口調は丁寧だし態度も特に思う事はない。ゆまがいきなり胸を揉んでも特に気にすることなく笑っていた―――――同じ事をされたマミは涙目だったが。

「そうだったんですか?噂では見滝原の巴マミは一騎当千勇猛果敢、群れず驕らず油断せず、使い魔一匹見逃さない鬼神のような強さで無双する魔法少女と聞いていたので、てっきりワンマンアーミーなオオカミさんかと」
「ぇ・・・・ええっとあの双樹さ・・・ん?」
「はい?ああ、私のことはルカと呼んでください。―――マミと呼んでも?」
「ええ、私のことも名前で。じゃあルカさん」
「ルカでけっこうですよ」
「る、ルカ・・・?」
「はい。なんでしょうかマミ」

ただの会話、ただの応酬、ただ名前で呼び合っているだけ、しかし杏子は嫌な気分になった。
嫌な、と言うよりは面白くない、だろうか。つまらない、気に食わない。

「えっと、私の噂って・・・・なにか変な言葉が聴こえちゃって」
「はい?」
「え、いえ・・・・あれ?噂って一体何のことかなって・・・・・・オオカミさんって」

?マークを浮かべた表情のルカは最初、マミが何を言っているのか分からず、しかしマミが自分の噂をまったく知らないんだと汲み取ってくれた。

「マミ、貴女は御自分が周りの魔法少女から噂されていることを知らないようですね」
「う、噂?あのまさか――――」
「ええ、それはもう盛大でド派手な噂が見滝原を越えて私のもとにも届いてきましたよ?」

ころころと、上品に口元を隠して笑うルカの姿はしかし年相応の少女に見える。マミの慌てる姿をからかう姿にはイヤミなんかなくて、出会ったばかりなのにまるで友達のように接している。
だから、この時点で杏子がルカに嫌悪感を抱く要因はないはずだ。
マミはマミで泣きべそをかいてる場面を見られ、知らぬうちに拡散している己の噂の内容が気になり、それらもあってますます恥ずかしく、慌ててしまう。初対面の人間にさっそく醜態・・・とは言えない微笑ましいものだが、それでも情けないところばかり見られている気がしたのだろう。
杏子視点ではやはり、この時点では何も問題はない、のに。

「ぅ、そんな鬼神なんて私――――」
「ええ、まったく噂はあてになりません。鬼神と呼ぶには貴女の戦い方には華があり、優雅で、見ているだけで胸が高まりました」
「へ、そっ・・・・そうですか?」
「もちろん!その姿は共にいる者達を奮い立たせる希望になり、敵たる魔女にとっては絶望になるでしょう。知っていますか?戦っている時の貴女のソウルジェムは、とても美しい黄金の輝きを放っていたんですよ」

しかし、杏子は二人のやりとりが気に食わなかった。すらすらと、何故か嬉しそうに語るルカに誉め称えられてしまったマミが顔を熱くさせているのが原因だろうか。
噂と違って情けない、そんな風に見られたと思いきや絶賛された。普段から一人っきりで戦っているから、そんな風に言ってもらったのは初めてで嬉しかったのだろう。
現にマミは凄いとか、綺麗とか、格好良いとか、羨ましいとか、そう言ってくれる人たちは少なからず確かにいたが、流石に“希望になる”と言ってくれた人はいなかった。
絶望を撒き散らす魔女に対抗できるのが魔法少女。絶望に対し希望で、“せめてそうでありたい”と思っていたから、ルカの言葉はマミの胸を温かく、熱くしてくれた。

「・・・」

だがそんな心情とは違いルカが熱く語り、マミが赤くなる様子を黙って聞いていた杏子は冷めていた。

「キョーコ?」
「・・・・・なんでもねぇ」

面白くない。気に食わない。

「今まで幾人ものソウルジェムを見てきました。しかしマミ、貴女のあの輝きに勝るものなど一つもありません」
「えっとあり、がとう?」
「お礼なんてそんなっ、感謝したいのは“私達”です!」

別れこそしたが杏子にとってマミは今も尊敬すべき先輩だ。そんなマミをルカに盗られたからと嫉妬しているからか?今日初めて会っただけの奴より自分の方が色んな事を知っている、付き合いも長くて本人の知らない癖や弱さを知っているんだ、と?
それとも単に自分を放っておいといて盛り上がっているのが許せないからか?キュウべぇから気になる事を聞かされ、マミに会いに久しぶりに見滝原に足を運んだのに置いてけぼりをくらって拗ねているのだろうか?
またはルカを生理的に受けつけないからか?理由も無しに佐倉杏子が双樹ルカを単に拒絶しているのだろうか?

「この出会いに感謝を、見滝原にきて本当によかった」
「そんな、大げさよルカ」

とか言いながらも嬉しそうに対応するマミに、杏子はイライラしてきた。
いけない、ゆまが隣にいるのにこのままでは冷静ではいられなくなる。何か別の事を考えて気を紛らわそうと思った。
例えばそう、そもそもこの見滝原に来ようと思った切っ掛けとか考えてみてはどうだろう。

「ああ、この見滝原は本当に宝石箱のようですね。昨日に続き連続で綺麗なソウルジェムを見つける事が出来るとは」
「え、ルカは昨日も魔法少女と?」
「はい、残念ながら逃げられてしまいましたが――――とても素敵な出会いでした」
「逃げ・・・?」
「ああ、ゴメンナサイ。うまく口説けなくて振られてしまいました」
「ルカは積極的なのね」

何か会話のやりとりに不具合が発生していたような気がしたが、杏子の思考は無理やりにでも足を運んだ原因を見つけようと躍起になった。
面白くなくてつまらないのだ。その理由が嫉妬であっていいわけがない。ゆまの手前、意地になっているのは無視、みっともない場面を見せるわけにはいかない

「でも嬉しそうねルカ、昨日出会えた魔法少女はそんなに?」
「強くて、綺麗で、眩しく、美しかったですよ。ふふ、きっと・・・・・きっとまた出会えるわ」
「見滝原在住の魔法少女だとしたら新人かしら?」
「白と黒のソウルジェムを持つ魔法少女。マミ、彼女達に心当たりはないですか」

実際、マミには久しく会っていなかったし、ゆまのことで相談したい事もあったので今回の件は渡り船、都合もタイミングも良かったのは本当だ。
ただ自分とマミの仲違いの原因、引き止めようとしてくれたマミの手を振り払い拒絶したのは己だ。理由はあれどマミを傷つけ悲しませた手前、自らが率先して戻るにはバツが悪い、ゆえに向こうから声をかけられたのはまさに行幸―――嬉しかった。
それにもしかしたらと、遅すぎて身勝手かもしれないけれど、ちゃんとあの時の事を謝りたかった。そして仲直りしたかった。きっとマミは悲しんでも、怒ってはいないだろうが、喧嘩別れをしても、恨んでも憎んでもいないだろうが、それでも言葉にしてキチンと仲直りしたかった。
マミの事が嫌いで別れたわけじゃない。気に食わなくて喧嘩したんじゃない。本当に今更だけど、今まで言えなかったけど、今になっても素直には言えないけれど、ずっと思っていたのだ。自分みたいな奴がマミの隣には相応しくないと、もっと良い奴がいるはずなのに、と。
自分は、佐倉杏子は巴マミと一緒にいたかった。
今日この場で過去の全てをチャラにしようとは思っていない。そうであってはいけない。自分のしたことで彼女は再び独りになってしまって傷ついたのだ。優しさを踏みにじった自分が許されていいはずがない。ましてや新たな連れを得た自分が図々しくも、その連れを失わないための助力を求めようと―――――

「白と黒?そういえばキリカさんと暁美さんのソウルジェムが黒っぽかったような―――――」

いけない。この流れは不味い。気分が沈んでいく。切り替えるべきだ。そうじゃない、今はそれを考えるべきではない。
今はマミに対し強気で行くべきなのだ。謝りたいし反省もしているがそれはそれ、今は別の相手をしているマミに対し下手につくつもりはない。
よく分からないが悔しいじゃないか。ルカに対してか、マミに対してかはよく分からないけれど。

そもそも、それとは別に思う事があって急いで見滝原に来たのだ。

(!そうだっ、忘れるところだった!)

できるだけ早く、速攻で見滝原にやってきた理由があったのだ。忘れてはいけない、絶対に実態を確かめてマミの現状を確実に確認しなければならない。
都合もタイミングも良かったのは本当で、だけど急いで此処まで来たのは“それ”があったからだ。“それ”がなければゆっくり、焦らすように、しょうがなくを装って内心ではマミに会える事を喜びながら不安を抱きながら見滝原にやってきただろう。

「キリカ・・・・マミっ、今のはクレ・キリカの事ですか!?」

しかし“それ”のせいで超特急だ。ゆまの事で相談したい事もあった、昔の事を謝りたかった、だから丁度良くて都合も良かったが、それらを後回しにして急いで駆け付けた理由があった。
キュウべぇから初めてその情報を聞かされた時は気が気じゃなかった。マミの事が心配で止まってなんかいられなかった。
ゆまが驚くほど―――徒歩でも無銭乗車でもなく、できるだけ時間のロスを避けるためにキチンと交通費を惜しむことなく費やして―――短時間で駆け付けた結果、マミが魔女と戦っている場に遭遇して、その隣にいた存在のせいで、それが『女』で安心し安堵しその相手とのやり取りのせいで思考の片隅に追いやってしまっていた理由があるのだ。
久しぶりのマミの家、気が付けば二人のやりとりにモヤモヤしていたせいで“誤解していた”が、誤認してしまったがキュウべぇから聞いた話とルカは別人だ。杏子が急いで駆け付けた理由は彼女ではない――――“彼”のはずだ。
尊敬し、恩人であるマミの近くに謎の人物が現れた。それも男だ。これは不味いと思ったのは自分が心配性だからじゃない、相手がマミだからだ。

「キリカっ、クレ・キリカですね!マミは彼女と知り合いだったのですね!」
「ええっとあのねルカ落ち着いて!?」
「ならばさっそくですマミ!私達と戦ってください!」
「え・・・・ええ!?」
「私達が勝てば彼女の事を教えてください!」
「あ、あのルカ・・・私はその―――」
「負ければ私は大人しく身を引きましょう!死も受け入れましょう!」
「それは困るわ!?」

だって巴マミは間違いなくチョロイのだ。だからあの時、魔女の結界に突入してマミの隣にいたのが“女”のルカだったから安心してしまった。
自分の耳がキュウべぇの伝えてきた情報を育児(?)の疲れから曲解し誤解し変換してしまい“男”と勘違いしてしまったと無意識に、自己満足に、無理矢理に納得するために言い聞かせてしまった。
マミに限ってそんなことはない、あのマミがそんなわけない、マミが、マミが男に騙されたりなんかしないと―――――

「えええっと、あのねルカ、私はまだ彼女のこと何も知らないの」
「・・・・・と、言いますと?」
「今日の朝、初めて会ったばかりでまだ連絡先も知らないの」
「そう、なのですか?」
「それになんと言ったらいいか、彼女との関係はまだあやふやなのよね」
「?」
「ルカの知り合いらしいけど、気を悪くしないで聞いてね?」
「ええ」

杏子は数時間前、キュウべぇから妙な事を教えてもらった。マミと一緒にいる男がうんたらかんたら。正直な話、その時に伝えられたほとんどの情報はまったくと言っていいほど頭に入っていなかった。
唯一捉えていた内容が『マミと一緒にいる男』の部分であり、あとは断片的に『魔法少女の理解者』『学校の先生』『年上の男』などが捕捉で脳に入力されていて、致命的で、できれば聞き間違いであってほしい『一緒に寝食を共にしている』との情報を得てしまった杏子は冷や汗と血の気が大変なことになっていた。
杏子はあれだ。巴マミは優しく可愛い女子中学生、自分のような者でも受け入れる聖女のような人だから理解者を装う男に、学校の先生と言う昨今の社会で問題視されている今時のちょっとした事件になりつつある出来事に巻き込まれていると邪推してしまったのだ。
きっとマミは騙されている。または騙されているのを承知の上で受け入れている可能性も高いと杏子は混乱と不安から判断した。だから急いだ。だから他の悩みと謝罪を後まわしにしてしうほどの思考で駆け付けた。

「キリカさんと出会ったのはラボの屋上なんだけど、その時に彼女は私の仲間と戦闘にはいっていたの」
「昨日の今日で元気ですね。しかし戦闘・・・?ああ、佐倉さんのようにマミには他にも魔法少女の仲間がいるのですね」
「ええ、その子と出会ったのも昨日の事なんだけどね」
「それは心躍る情報です。貴女が仲間と認め、キリカと渡り合えるほどの魔法少女・・・・・さぞかし美しい輝きを放っているのでしょうね」
「輝きはともかく、容姿はとても可愛らしい子達よ」

マミはヒロインとして十全な容姿と性格だと杏子は思っている。何が十全なのか本人も良く分かってはいないが、とにもかくにも杏子にとって巴マミと言う少女はヒロインなのだ―――チョロインでもある。
それはもうチョロイ。条件を一つでもクリアすれば誰でも余裕でお持ち帰りできるぐらいチョロイ、言葉一つ行動一つでクリアできる超イージー攻略ヒロイン。
それが尊敬すべき先輩であり、優しい恩人であり、寂しがりやな女の子である巴マミだ!と杏子は思っている。本気で、マジで、ゆまに関する相談内容や過去に対する謝罪のシチュエーションも明後日の彼方へと捨てるほどの不安を抱くほどそう思っている。
マミが知れば怒るかもしれない、唖然とするかもしれないがコレばっかりは決して譲る気はない。絶対にマミはチョロイ、自覚はないだろうが寂しがりやで強がりなこの少女は条件を果たした異性に確実に堕ちる。異性じゃなくても堕ちる。親を早期に亡くしたゆえに年上が相手なら倍率ドン。

「噂は噂ですね、マミは沢山の仲間に囲まれている」
「お友達、ね。それにホントに最近なのよ?それまでは隣にいる佐倉さんとキュウべぇだけが私にとって唯一の理解者で、全てを話せるお友達だったの」
「そういえば、そのキュウべぇは?」

極端に言えば他人事、簡単に言えばお節介、良く受けとるなら身を案じて、悪く受けとるならお邪魔虫、杏子のやっていることは仕入れた情報の正誤を確認しないまま鵜呑みにし、しかも中途半端な解釈のまま相手の人間関係に物申すモノだ。

「さっき連絡を受けたから、鳳凰院先生のところに向かったと思うわ」
「気付きませんでした・・・・・・・ほうおういん先生とは?」

それは分かっている。それに自分のやろうとしていることは友達、仲間と出会えたことで嬉しそうにしているマミを傷つける可能性が十分に含まれていることも、よく分かっている。

「仲良くなった子達の幼馴染で、私の学校の臨時講師をしているの」
「変わったお名前ですね?」
「二つ名みたいなものらしいわ。それでね、もう授業内容が面白くて今では学校の名物授業になっているの!」
「ふむん、しかし何故キュウべぇがその先生のもとに?話の内容から仲良くなった子達は魔法少女なのでしょう?そちらではなく?」
「ええそうよ。暁美さんとユウリさん。それに魔法少女候補に鹿目さんと美樹さん、みんな鳳凰院先生の教え子なの」
「そのホウオウイン・・・・鳳凰院先生とやらも魔法少女候補なのですか?または既に?」
「ふふふ、どっちだと思う?」

しかしだ。マミは恩人なのだ。

「学校の教師を務めるほどの方ですから年配・・・・・のせんは幼馴染のフレーズから察するに違いますよね?」
「ええ、鳳凰院先生は今年で19になるそうよ」
「・・・お若い方ですね。では“彼女”が魔法少女である可能性は高い、先駆者として幼馴染達への配慮はできるでしょうし、だからこそ実際に魔法少女であるマミともかかわりが持てる」
「ふむふむ」

マミは優しすぎるから。

「そうではない可能性も捨てきれませんが、私達魔法少女に関わる以上は一定の理解と知識をお持ちなのでしょう。覚悟も、ね」
「ルカの言う通りよ。“彼”には魔法少女に対する理解と知識が備わっている。きっと私以上に、もしかしたら貴女よりも、誰よりも」

傷ついてほしくない。

「ではやはり彼女は魔法少女なのですね。キュウべぇと接触できる以上・・・高校生の魔法少女とは幾度か遭遇したことがありましすが、大学生で――――――――あら?」
「うふふ、どうしたのルカ?」
「・・・・・・ん?マミ、何かおかしな・・・・・あら?」

新しく信じた誰かに傷つけられるくらいなら、アタシに傷つけられた方がまだマシだろうと、訳のわかんない事を考えた。マミに今度こそ嫌われるかもしれない。また泣かせるかもしれない。だけどそうしたほうがいいと、心のどこかで言い聞かせる。
心を深く抉られる前に伝えた方がいい、前もって備えた方がいい、事前に慣れておいた方がいい、傷つくことに、裏切られることに、優しすぎて儚い少女だから、強いくせに脆いから、頑張るくせに弱いから、幸せになってほしいから―――だから傷つける。
例え間違っていても、勘違いだったとしても、今は、ここは、この場面で伝えなければならない。裏切られる可能性を、勘違いしている可能性がある事を。

「正解は魔法少女ではない、よ。鳳凰院先生は確かに知識を持っている。その物腰と言動から大分前から魔法少女の存在を認識している」
「いえ、マミ・・・・貴女はその彼女・・・・ではなく『彼』と、言いましたか?」
「ええ、彼は不思議な人よ。魔法少女の存在だけでなく魔女も、それにキュウべぇの姿も目視している。それに私達を怖がらないし無碍にもしない・・・・あまり意識してこなかったけど一般の人から見れば私達魔法少女も異常よね」
「それはまあ、そうでしょう。肉体限界を超えた身体能力に耐久力、それを支えきれる動体視力、奇跡と言う名の一方的に現実を覆す魔法、持たざる者から見れば十分に私達は悪夢でしょうね」
「・・・・・・・・・・・そう、確かに。でも彼は気にしないのよ。むしろ手を伸ばすの、“それ”を知っているのに声をかけてくれて、分かっているのに迎え入れてくれる」
「それはまた無謀なのか、無知なのか、はたまた慈愛や博愛の持ち主なのか。無償の愛なら聖人か狂人ですね」
「どうかしらね。無謀というには彼には考えがあるようだし、無知と言うには備えがある。私達に向ける思いに裏があるかはまだ分からないけれど・・・・周りにいる彼女達は彼を信じているわ」
「貴女は?」
「私は・・・・わたしも――――」

・・・もちろん。本当は自分の焦った考えが全部間違っていて、マミの信じる、信じた人達がみんな善人で純粋に手を取り合っているのが本当なのが最善だ。
マミが信じるように、彼ら彼女らもマミの事を信じてくれることを祈る。願う。もしそうなら嬉しい。

「鳳凰院先生を・・・彼ら達を信じたいわ」

それにマミが自分以外の誰かと、それも魔法少女と仲良くしているのを見るのはモヤモヤするが一度拒絶した自分がどうこう言えるわけではない。
マミがこうして笑顔で誰かの事を語っているのだ。独りで戦い続ける彼女が、誰かのために戦う彼女が同士を見つけたのかもしれない、祝福すべきだ。
マミが信じたいと言っているのだ。なら自分も信じてやればいい、彼女を信じるように、彼女が信じる誰かを。
幸いにも、その人物はゆまと一緒に自分も勧誘している。目的は謎だが、罠の可能性もあるが自分だけは信じながらも疑い続ければいい、変に思われようと構わない、ゆまとマミを少しでも守れるのなら男一人にどう思われようが問題ない。

「興味がありますね。その彼の事、教えてくれませんか?キリカとの接点もありそうですしね。戦闘がどうかと言っていましたし」
「キリカさんとは一応、矛は下ろして和解・・・・はまだだけど鳳凰院先生とは仲良しみたい。今はキリカさんの相棒(?)の方に御挨拶しにいってるわ」
「・・・・・・・・・まさか敵陣に一人で?実際に戦った私の意見としては――――なにかあれば死にますよ?」

なら今は信じるべきか?もしかしたらマミが傷つき、ゆまを巻き添えにしてしまうのに?
お人好しのマミが信じているその正体不明の男を?キュウべぇですら全貌をつかんでいない奴を?
もしかしたらと、未来への希望を以って接していいのだろうか?もしかしたら―――――。

「みんなで危険だって伝えたんだけど、どうも彼は彼女達にも仲間になってほしいみたい」
「それはまあ、随分と強欲ですね。都合はいいですけど」
「・・・?それに何かあったらきっと、なんとかするわ。未来ガジェットもあるし」
「ミライガジェット・・・?よく分かりませんがマミ、それは楽観しすぎではないですか」
「え?」
「彼、つまり鳳凰院なる人物は男性でしょ?魔法少女、それもキリカレベルの相手では万が一、なにかあれば何も出来ませんよ。現代兵器、重火器を装備しようが彼女の相手にはならないでしょう」
「喧嘩しに行ったわけではないわ。それにキリカさんは鳳凰院先生に子犬みたいに懐いているから大丈夫よ」
「関係ありませんよ。人間関係は基本的に一方通行で繋がりは儚く、しかも現在の彼女は魔法少女、死と向き合うゆえに躊躇いはないでしょう」
「そんな感じはしなかっ――――」
「マミ。私見ですがキリカはいざというときには相手を無力化させる強さがあります」
「む、無力化って」
「最悪、殺すことになっても、きっとキリカは迷わないでしょう」
「・・・・人間が相手でも?笑えない冗談だわ」
「冗談?本気ですよ、彼女はきっと殺せる強さを持っている。私にもありますよ。譲れないモノがあります、守りたい人がいます。そのためなら手を血に汚せる。マミ、貴女はどうですか?」
「・・・それは強さとは言えないわ」
「ではなんと?魔女は殺せるけど人は殺せない理由は?殺せないのは唯の人間だから?同じ魔法少女と戦った経験は?殺せない理由はどこにあるのですか?戦闘慣れしていないから?それとも自分より弱いから?」
「・・・・・」
「マミ、誤解しないでほしい。私は何も人殺しを推奨しているわけではありません。ただ手段の一つ、可能性の一つとして頭に入れておいてほしいのです。それは起こり得る事態です。加害者被害者の立場は誰にだってあります。これは通常の生活の中でも当然のようにある当たり前です」
「そう・・・だけど」
「優しい貴女にはさぞ辛いでしょうが年季の入った魔法少女の大抵は“そう”ですよ。自分の世界を護るために、ね」
「で、でも―――」
「その覚悟がないと、いえ・・・少なくともそれは想定していた方がいいですよマミ」
「私はっ」
「今はともかく、将来社会にでれば否応なく私達魔法少女は壁にぶつかります。それを可能な限り抑えるためには協力者が必要です。またはそれを補える手段が――――あるかしら?」

色々と考えは浮かんでくるが杏子は最初からその人物に会うつもりで此処まで来たのだ。不埒な奴ならブッ飛ばせばいい。考えるのが面倒になったわけではない、考えた所でやることは決まっているから開き直ったのだ。
目的は何であれ誘われたから、学校も仕事もないので特に、それこそ暇だったのでマミに会いに行くついで程度の気持だったが、こうなっては是非もない。しかと見届けてやろう。
自分の目から見て怪しければ、信じきれなければ、そのときはそのとき、まずは己の目で確かめるべきだろう、そうして見極めればいい。

「しかし事情を理解してくれる人はいるでしょうか?秘密を抱えたままの偽りの関係は何処まで続く?真実を語ったあとも変わらずにいられる?例え傍にいても、離れなくてもその人物は本当に貴女の味方でしょうか?」

結果的に良い人間なら、ゆまの事も含めて相談できればいいと思う。マミが認めたほどの人間なら、それに現職持ちならそれなりのアドバイスも頂けるだろう。
自分だけでは限界も近いと思っていた所だ。まさに渡り船。今はそれでいい、今はそのままでいい、マミの今を不必要に壊さないでいい。
そう言い聞かせ、自分を心配するゆまの頭を撫でながら、杏子はルカとマミの会話に耳を傾けた。

「彼の思惑がどのようなものかは分かりませんが、私達の魔法を悪用する存在は数多くいることを忘れないでくださいね」
「鳳凰院先生も、そんなことを言っていたけど・・・・そんなにいるものなの?ルカは―――」
「ええ、利用しようと近づいてきた輩は沢山いましたよ。魔法の悪用が目的なのか、私達の体が目的なのかは定かではないですが、純粋な善人とは出会った事はないですね」

淡々と、口調も態度も最初から変わることなく台詞を言い放った彼女が今までどんな人生を歩んできたのかマミは知らない。教えてもらわない限り、それが真実でないかぎり解りようもない。
しかしなんとなくルカの言いたい事は解る。出会った魔法少女の何人かに似たような事を言われたこともある。何があったのか、経験した事のない自分には予想しかできないが、誰もが不安と不信から警戒心を抱いていた。
『綺麗事だけじゃ生きていけない』『そうゆうのはやめたほうがいい』『他人を当てにしない方がいいよ』『裏切られたらどうするの』『そうやって近づいてどうするつもり』『信じられない』『嘘付き』『いつか利用されちゃうよ』
誰もが他者と一線を引いている。同じ魔法少女でも、同じ境遇でも、同じ孤独を抱いていても・・・自分は運が良かったのだろうか?他人を信じ切れないような出来事に遭遇した事がないのだから。
彼女達は裏切られたのだろうか?利用されたのだろうか?信じて、委ねて、寄り添って、その最後には失ったのだろうか?
そう思うと悲しくなる。同情なのかもしれないが、その痛みを解ってやる事は出来ないし解ったつもりになるのすら侮辱かもしれないが、マミは今、自分にそんなことを言ってくれた魔法少女達の、きっと優しさだったものに感謝した。
騙されたのなら、裏切られたのなら、失ったのなら思う事はあるだろう。それでも何も知らぬ自分に注意を施した。
騙されかけたのか、裏切りに気付いたのか、失いかけたのか。それなら、と自分に危険と後悔に繋がる可能性を示してくれた。備えろと、注意しろと。
一緒にいる事は出来なかったが、手を取り合う事はできなかったが、彼女達の意図は解らないが、何も知らない自分に忠告をしていてくれた。言葉こそ辛辣で突き放す台詞も多かったが今になって考えてみれば彼女達はこちらの身を案じてくれていたのだろう。
都合がいいように、そう思いこみたいだけかもしれないがマミはそう思うことにした。きっと彼女達はあの日の佐倉杏子と同じように、拒絶しながらも想ってくれたのだろうと。

「なら、きっと私は恵まれているのでしょうね」

認めよう。自分は幸運だったと、家族を失った杏子と千歳ゆまの前で、善人とは出会えなかったと言う双樹ルカの前で声に出して言おう。
恵まれていると、幸せだったと、幸せとは言えない道を歩んできた彼女達に伝えよう。

「そして、これからもそうでありたい」

きっと贅沢で、彼女達からすれば傲慢にも見えるかもしれないが正直に話した。
だって今をこうしていられる。注意してくれた魔法少女達は何も知らないこの身を案じてくれた。佐倉杏子とは喧嘩別れをしてしまったが絶対に彼女との出会いは間違いじゃないと断言できる。
忠告は受け止める。それは考えておかなければならない。でも今は大丈夫と思う。信じるよりも疑う方が楽なのだろうが、疲れるのだ。それに彼女達は疑うほど怪しくないと思う。彼も。
忠告を受け止めたうえで、そう思えるのなら――――そうなのだろう。仕方がないだろう。それ以上はここで悩んでも意味はない。どうせ自分は彼らに今後も関わっていく、例え不安を抱えながらでもそうするしかないのだ。元より人間関係にそれは付き物だし、その時はその時だ。
うまくいかなくて、すれ違ってしまう可能性もあるが、それだけじゃない筈で、もしかしたら幸福を得るかもしれないじゃないか。生涯の友と出会えるかもしれない、かけがえのない人が出来るかもしれない、そうやって手を取り合えるかもしれない。

残酷で理不尽な世界だけど、希望や未来を見出せるかもしれない。

「そして誰かにとって、私との出会いがそうなら嬉しいわ」

騙されていると、利用されていると疑うことなく安心して接していられる関係を結びたい。私がそうであるように、誰かが私にたいしてそういう想いを抱いてくれるなら嬉しい。
信じるより疑う方が簡単と言う人がいて、そうであることがきっと多いのだろうけど、そうではないと思ってほしい。
騙されて、利用されて、裏切られて失って、それでも世界には楽しい事も嬉しこともあって、此処にいたいと思える場所が、そんな場所に一緒にいる事が出来ればと思う。
そして自分がそう思えるきっかけの一つになれれば本当にうれしい。自分は家族を突然の事故で失ったけれど、世界は残酷で理不尽だと思っていたけれど今をこうしていられる。今を尊いと、幸福だと感じられる。
願いを叶えても帰る家に家族はいなかった。非日常を手に入れて日常を謳歌する事が出来なくなった。魔女と戦い続ける傍らで沢山の魔法少女と出会い否定された。
ずっとそうなんだと思っていたがそうじゃなかった。世界はそれだけじゃなかった。悲しさや辛さを忘れたわけじゃない、不安や恐怖が消えたわけじゃない、でも楽しい事や嬉しい事が自分の中から消えたわけじゃない。世界から失われたわけじゃない。
一人だけど独りじゃなかった。気にかけてくれる友人がいた、いつも声をかけてくれる学校の先生も近所の人もいた。日常を全て失ったわけじゃなかった。否定されて拒絶されても――――。

「先の事は分からないし、きっとすれ違いもあって間違うことも沢山あるかもしれないけれど、今の私は彼らを信じてみるわ」

信じる信じないを口にするのは簡単だ。『だからなに?』と言われたり『口では、思うだけなら簡単』だと言われても、その簡単な事を当たり前に、疑問に思うことなく受け入れられる今の自分は幸せだ。気付くのが遅れてしまったが巴マミはきっとそうなのだ。
誰かを必要以上に疑うことなく生きてこれた。そうすることができたのは間違いなく周りにいた人達のおかげだろう。
両親を失った最初の頃は腫れものを扱うような態度に嫌気がさしたのは確かだ。でも時間の経過と共に気付かされた。誰もが気を使っていたが、憐れみ同情していたが当たり前だろう。みんな自分の事を心配してくれていたのだから、なんとかしてあげたいと思ってくれていたのだから。
惨めになったり卑屈になったりもしたが逆の立場になったらどうだろうか?友人知人が落ち込んで悲しんでいたら慰めたい、癒したいと思うし無神経にならないように気を使うだろう。放っておく事は出来ないだろう。それが、それは優しさじゃないか?
漫画やドラマでは無神経なものだと表現されるが、それが無い人物は一体己の何なのだろうか?ならば無関心を装うのか?気を使わずにいつも通りに接する?それとも独りで立ち直るまで距離を置く?そんな事が出来る奴が友人なのか?
そうじゃないと思う。いや、そういうものもあるのだろうが少なくとも自分の場合は違った。だってあの時の自分がどんなに距離をとっても、付き合いが悪くなっても嫌な気分になっても気にかけてくれた人達が、何度も声をかけてくれた人達がいるからこうしていられるのだ。立ち直る事が出来たんだ。
気を使っている、同情されていると相手に思われたくないからと、それを理由に離れていった人達と違い、拒否されながらも傍にいてくれた人達、今ではいつかのように、あのときよりも仲良くなれたと思う。親しくなれたと感じる。


―――マミ、君はみんなから愛されているよ


「・・・・・」

ああ、そう言ってくれたのは誰だったか。

「みんなが私を気にかけてくれる。ならそれに応えたいし、私もみんなのようにありたい」

愛されている。いろいろと長く、実際の時間では短いが頭の中では色々と考えてしまったが簡単に言えば自分は、自分が思っている以上に周りから想われていた。気付かないだけで沢山いた。『世界には自分を想ってくれる人がいる』。ようはそれだ。
世界は傷つけるだけじゃない。それだけしかないわけじゃない。想ってくれる人がいるのだ。マミには放課後を共にする友人はいないし休日を一緒に過ごす人もいない。それは魔女を探すために、見知らぬ誰かを護るために自ら誘いを断っているからだ。
おかしな話だ。それでよくもまあ孤独だと言えたものだ。世の中のぼっちに頭を下げるべきだろう。なぜなら自分は教室では話す相手はいるし食事も誰かと必ず一緒だ。グループ決めではいつも最後になるがハブられた事はない。
最後になるのはクラスメイトが自分を取り合うために裏で熾烈な争いが繰り広げられているからだが、それに関してはマミは気付いていない。

「信じた分、裏切られた時の傷は大きいですよ。その時に後悔しませんか?」
「きっとするわ」

あっさりと、マミは口にした。

「当たり前じゃない。好きな人にそんなことされたら泣いちゃうわ―――――ね、佐倉さん?」
「へっ!?」

突然のマミからの同意を求める台詞に杏子の心臓が大きく跳ねてしまい、その意味ありげな笑顔にも焦った。

「は!?え?」

もしかしたら今、自分はマミに糾弾されているのだろうか?あまりにもいきなりな会話のパスに杏子は本気で頭の中が一瞬だが真っ白になる。

「ぇ、ああ、うん?えっと、マミ?」
「ね?」

笑顔だが、とても怖い。困るとも言える。マミは自分にどんな答えを求めているのだろうか、一体どんな台詞を吐いてほしいのだろうか?また、自分はなんて言えばいいのだろうか、どんな言葉が尤も自分の意思を正しく表現してくれるのだろうか?
今のマミの問いかけに杏子は肯定も否定もできない。どちらも選択できるが自分の口からそれを発せられない。言うだけなら、状況によってはどちらも正しいのだから間違いなんか無い筈なのに、マミからの問いかけに限り杏子は何も言えないし選べない。
肯定したら、どうしてあの時―――マミを置いて見滝原を去っていったのだろうか。
否定したら、どうしてあの時―――マミを残していくときに涙が出たのか。
あの時はあの時で杏子にも事情があった。両親と妹を己の契約が切っ掛けで失ってしまったのだ。色々考えて意地もあったし投げやりに、自棄にもなっていたから・・・杏子とてまだ子供だ。だからというわけでもないが、しかし杏子は言葉に詰まり萎縮する。
テンパってしまう。あの時杏子は自分の意思が、考えが、行動がマミを傷つける事を知っていた。自分もマミも泣いてしまう事を理解していた。なのにマミの手を払って見滝原を、マミのもとを去ったのだ。
ついさっきまでウダウダと考えていた思考がぶり返し、その考え方にはマミからの明確な拒絶があった場合を想定していなかったがゆえに杏子は―――――

「酷い汗ですよ?」
「キョーコ?」

極度の緊張から、滝のような汗を流した。

「ぇっと、あの、その」

テンパる杏子だが、マミは杏子を苛めたいわけではない。いや、意地悪をしている自覚があるので苛めかもしれない。

「これから、またよろしくね佐倉さん」
「あ、はい」

そして釘を刺すように放たれたマミの言葉に、あっさりと杏子は了承した。流されるように、してしまった。完全に掌握されていた。そんな杏子の返事に、それでもマミは嬉しそうだった。
もしもマミがクラスメイトに汚染されていたのなら「言質GETだZE!」と、岡部あたりが聞いたなら自殺しかねない発言をしただろう。幸いのことに、マミは見滝原中学校に通っていながら“まだ”常識人の範囲内に収まっていた。
あの時のお返しではないが、今までの自分では言えなかったが、今なら言えると思ってマミが口にした言葉はきっと願いなのだろう。少しだけ気付いた事で、少しだけ強くなれたのかもしれない。
かつてのパートナーであり、戻ってきてくれた杏子に、ポカンとした年下の少女にマミは笑みを向けていた。裏のない、相手を信頼している笑みで。親愛を乗せて。
そこで杏子はマミから自分はからかわれていた可能性に気付き、しかし、まさかマミがこのような冗談(?)をいうだろうかと心の中で自問自答し始め再び固まる。
ゆまが心配そうに手を握っているが杏子はう~う~と残った手で頭を押さえ知恵熱を出す。その横でマミがニコニコと、内心ではちょっとドキドキしながらも、やはり笑顔で見つめていた。

「ふむ」

その様子を鑑賞していたルカは徐に、唐突に、少しだけ話を戻して問うてきた。

「マミ、私達を利用しメリットを得る人間は多く、それを目的に近づいてくる輩は多いですが、逆に私達が力もない方の傍にいるメリットはなんでしょう?」
「え?ええっと、、やっぱりそれは――――」
「大まかで大雑把なものの一つに理解者の存在による安心、でしょうね。孤独を癒し悩みを分かち合い安らぎを得る」

だからこそ、それを逆手に利用し近づいてくる輩が多い。

「気を付けてくださいね。騙されていると分かっていても、この手の誘惑に魔法少女は脆いものです」

それが原因で魂を、ソウルジェムを濁らす人は決して少なくない。

「マミ、貴女のソウルジェムは美しい。その命の輝きを曇らせないでください」

その台詞はマミの身を案じてか、それとも――――

「私は、貴女の事が気に入りましたから」

他の誰かのためか、己の為か。









「お、おおっ」

昼食と呼ぶにはやや遅い時間だが、腹を空かせて御馳走を前にすれば関係ない。
初訪問に緊張し、おまけに普通と言うにはガラス張りの鹿目宅は特殊すぎたゆえに気負い気味になってしまったあいりだが、リビングで準備されていた数々の食事の前には瞳を輝かせた。
魔法少女になってからは自宅には戻っていないので食事は基本的に外食、おまけに昨日は『芋サイダー』や『ガングニール』と言う名の摩訶不思ドリンク&デザート(?)だったから・・・・まともかつ豊富な品の数々の香りは――――ぐぅ、と腹が鳴った。
とっさに腹部を抑えるが周りを見渡せばほぼ全員が同じようにしていたので恥ずかしさよりも妙な一体感があった。

「どうやら皆さん腹ペコのようだね」

鹿目和久の柔らかい苦笑に、鹿目タツヤ以外の全員が顔を見合わせて視線を逸らす。

「やれやれ、簡単な自己紹介を済ませたらさっそく頂こうかっ」

誤魔化すように、マナーのように、代表して洵子が発言すれば皆が顔を上げて面子を確認する。
人数は九人。鹿目和久、鹿目洵子、鹿目まどか、鹿目タツヤ、暁美ほむら、美樹さやか、ユウリ(杏里あいり)、岡部倫太郎、そして・・・石島美佐子。
共通する事柄は一つ。『知らない人がいる』。 ギリギリで岡部倫太郎が一度は全員と顔を合わせているが石島美佐子に関しては昨日の時点で初めて見た事がある程度、やはりどんな人物なのか分からない。
せいぜいが昨日、洵子とともに魔女の結界に囚われた一般人程度としか見ていなかった。二度と会うことはないと思っていたし、まさか洵子が自宅に招くとは・・・・だから気になった。
この世界線は今までとは違う。今までになかった出会い、出来事が連続で発生している。何かがあったのか、本来そういう世界線なのか、ならばこの世界線がそうなのか。

(これまでとは違う何かが・・・・)

何が違うのか、何がこれまでとズレているのか、最初に思い浮かべることのできるのは暁美ほむら―――彼女がタイムリープを、記憶を保持したまま時間逆行をしていなかった点だろう。

(石島美佐子、彼女もイレギュラーか?それとも単に・・・・)

岡部は知らない。石島美佐子がただ巻き込まれただけの一般人ではないことを、世界線の変動は恐ろしい。
カオス理論では時間が経てば経つほどにバタフライ効果の範囲は玉突き式に拡大していくとされている。どれほど小さな要因でも、変化であっても、どう影響が及んだのか予測できなくなる。
暁美ほむら、杏里あいり、プレイアデス聖団、双樹あやせ、双樹ルカ、悠木佐々、神名あすみ、石島美佐子。
これまでの世界線とは違う状態の協力者、初めて出会った少女、別の町で活動する魔法少女の集団、会合することなく己を殺した魔法少女、敵対する可能性がある者、そして大人。
暁美ほむらの状態が不安なのは確かだが、今、岡部にとって問題は石島美佐子だ。問題と言うには語弊があるかもしれないが岡部にとってはやはり彼女の存在は問題なのだ。
予定では食事を済ませた後は鹿目夫妻にまどか達の状況を説明するつもりだった。鹿目洵子は既に魔女に遭遇しているので話す内容を信用してもらう分には楽だろう。父親である和久にはほむらかあいりに変身してもらい、魔女に関してはNDを使用して証明すればいい。
乱暴なやり方だがシンプルで“分かりやすい”。いつもならもっと慎重に状況を把握してからだったが、もはやそうも言ってられない。直接、巻き込まれているのだから。
鹿目洵子にのみ語らないのは彼女の負担の軽減というのが大きな理由の一つだ。今でこそ耐えているが、独りで抱え込むには重圧が強すぎる内容だ。彼女は大人故に頼れる者が、弱さを晒せるものがまどかたち以上に少ない。旦那である和久にも知ってもらう必要があった。
強引で乱暴だ。やり方も、その理由付けも、褒められたものではない。襲われたのが昨日今日の事もある、洵子の体調を考えれば後日がいいかもしれない。和久まで現状に沈めば鹿目家は危ない状況に陥るだろう。

(だが、それでも)

岡部はやる。語る。伝えて協力を要請する。何が起こるのか不明なのだ。何かが起こると確信にも近い勘がゆとりを許さない。急いで、備えろと訴えている。時間が無いと、危険が有ると叫んでいる。
嫌な予感がするだけで実害はまだ己の体を蝕む呪いだけだ。織莉子の予知に不安要素は残っているが、まだ明確な危機には直面していない―――――“この状況で”。あまりにも好条件、一週間も経たぬうちにラボメンが終結しつつある。出来すぎていて、恐ろしい。
これまでの経験ゆえに怯えているだけかもしれない、早まって事を進めれば悪影響かもしれないが、それを踏まえたうえで岡部は全てを明かすつもりだ。

(協力者が必要だ)

ゆえに石島美佐子。彼女が一体何なのか、役割がある何かなのか見極めなければならない。
ただ巻き込まれただけの部外者なら放置すればいい。食事を終えた後に、彼女がいなくなった後に鹿目夫妻に伝えればいい――――つい先ほどまで岡部はそう考えていた。

「「・・・・・」」

ときおり石島美佐子とユウリ(あいり)の視線が重なる。
意味深に、だ。二人の関係は偶然出会った昨日のデートもどきの時の件だけではないのか?

(さて、どうなることか)

新たにラボメンとなった杏里あいりと鹿目家に滞在していた石島美佐子はリビングで顔を合わせた時に互いに硬直し、そのくせ慌てていた。
周囲の目もあり自重したように装ったが、その反応はあからさまで何より視線を何度も合わせてばかりなので異様に目立った。二人には何らかの繋がりがあるのだろう、それが禍根か遺恨でなければいいが。
石島美佐子。職業警察官。昨日、魔女の結界に囚われていた大人の女性、洵子の好意で自宅で養生し再び岡部の前に現れた、そしてこの世界線で出会った魔法少女のあいりと何らかの接点を持つ者。
敵か味方か傍観者か、またはそれ以外の何かなのか、岡部は御馳走を前に皆がそれぞれ自己紹介をしていく中でこっそりと、キュウべぇに向けて念話をとばした。

≪キュウべぇ≫

岡部倫太郎は魔法少女ではない。だから念話は使用できない。これは単に、運よく近くにキュウべえがいればこちらの思念が届けばいいと運任せの、できれば繋がればいい程度のものだ。ただ頭の中でキュウべぇに声を、意思を飛ばす。
キュウべぇはマミと共に杏子達と合流後、こちらに来る予定を変更しマンションへと向かった。が、鹿目夫妻に現状を伝える際にキュウべぇにも協力をしてもらうため鹿目宅にくるようにマミに伝えたので―――――

≪なんだい凶真≫

反応が返ってきた。この付近にまで既に接近していたのか、はたまた別の個体か、とにもかくにも都合がいい。

≪すまないが頼みたい事が有る≫

一にして全、全にして一、情報を集めるにしろ検索するにしろ彼らインキュベーターの能力はこの場合はものすごく貴重であり重要、心強い戦力になる。
未来ガジェットM01『メタルうーぱ』を装備した後では使えなくなるが――――

≪石島美佐子、彼女についての情報が欲しい≫

今なら問題なく使用できる。

≪現在知り得る情報があれば教えてくれ、なければ少しばかり調べてくれないか≫

無断で行う身辺調査、他人が聞けば良い顔はしないその行為をキュウべぇに依頼する岡部は――――やはり躊躇わない。

岡部倫太郎は自分が弱い事を自覚している。

だから決して希望だけを語り楽観視したりしない。しかし絶望を受け入れ悲観的になるわけではない。
魔法少女である子供達には希望を語る。大人である洵子達には絶望を含めた真実を語る。
そうすることで未来に備える。望みを叶えるために、前に進むために利用できるものは利用する。
自分一人で何でもできるなんて自惚れていない。だから一人でも多くの協力者をこの世界に引き込む。

それはこの世界で出会った彼女達のため。

だから鳳凰院凶真は全てを利用する。

自分自身の命と体は当たり前。魔女も魔法少女達も、何も知らない大人も、まだ出会っていない人達も、これまでの経験も技術も思い出も全て利用する。

それが例え通り過ぎた世界だろうが関係ない。

利用できるのなら、使用できるのなら狂気のマッドサイエンティストは躊躇わない。

過去、失って失敗した世界すらこの男は利用する。

男はこれまでを無かった事にはしない、忘れはしない、無駄にはしない、意味があったのだと頑なに信じている。



だから人も、技術も、感情も歴史も世界も全て■■する。












[28390] χ世界戦0.091015 「会合 加速」
Name: かっこう◆a17de4e9 ID:57be8a05
Date: 2014/05/05 11:10



χ世界線0.091015



「手助けは可能な限りするつもりです。しかし契約し願いを叶えた以上、その代償は本人達にしっかりと自覚させたうえで背負ってもらう」

魔法少女の寿命、人生は酷く短い。ある一定の限界、境界というか一線を越えると図太く逞しく生き続けるが基本的には短命だ。
魔女と呼ばれる異形に挑み続けなければならず、それを誰にも分かってもらえない環境にいる。それどころか迫害の対象になりかねないだけに精神的にもキツイ。また契約する時期が十代ゆえに経験も耐性もない。

「その強さを彼女達には備えてもらいます」

精神への負担はソウルジェムと密接な関係がある。
放課後は友人の誘いを蹴って魔女を探す。いなければ遠出し、見つけても命をかけて戦う。一人だとしても、理解者も無く協力者もいないまま孤独に、そうしなければ未来はない。
いつだって隣に誰かが居る。いつも助けてくれる人がいる。そんな甘さは命取りになる。何があるか分からない、備え、準備し、覚悟と決意を身に刻む必要がある。

「―――彼女達に逃げ道はない。理解者、協力者がいたとしても最終的には自分の意思と力で立ち向かうしか未来はないからだ」

鹿目家リビングにて鹿目洵子と鹿目和久、そして石島美佐子は岡部倫太郎の話を聴いていた。
正直妄想の類にしか聞こえない話だが、和久はともかく美佐子と洵子は経験者ゆえに真剣に聴いていた。
まどか達子ども組は上の階、まどかの私室で弟のタツヤと遊んでいる。最初はまどか達も含め、全員にこれまでの大筋を話した。洵子達同様にまどか達も魔女に襲われた事を。最初はそれを伝えなかった事に洵子が激高しかけたが、岡部や和久がなんとか落ちつかせ、次いで魔法少女と魔女についてラボメンに伝えたように大人達にも話した。
幼いタツヤはよく解らないらしく始終首をかしげ、つまらなそうにしていた。だから―――それを理由に子供達を上へと誘導した。
後は大人の話。今は“本当の、まだ彼女達には話していない真実”を語る。

魔法少女が魔女になるシステム。その理由と――――それで世界を救済する事実。

漫画やアニメにはありきたりな世界を救う荒唐無稽なお伽噺。
だがそんな話は鹿目夫妻にも警察官である石島美佐子にも関係ないというように、世界ではなく、身近な者に関してのみ意識が向かう。
多くの魔法少女がそうであるように、世界よりも個人を優先する。大多数の人間が反感を、嫌悪を抱くシステム。
しかしだ。人類の歴史が始まる前からエネルギーを回収してきたインキュベーターから『エネルギー回収を止めれば、今年のクリスマスには世界が終る』と言われたら、大多数の人間は何と言うだろうか?
もちろんエネルギー回収を止めても今年中に世界は終わらない。来年も再来年も十年二十年は問題ない。でも、もし――――。
そう思う。そう予想したりしながらも結局一度もキュウべぇに問うた事は無い岡部は何度も繰り返し説明してきた。いつか、誰かのために必要だったと、彼らの行いが悪意に満ちていた訳ではないと証明したくて。

だけど当然、当事者達には簡単に承認できることではない。

「マジかよ・・・っ」

手遅れ。それが鹿目洵子の話を聞き終えて抱いた最初の感想だ。

「――――以上が、ことの真実です」

手遅れ。それが事情を訊いて、聞いて知って疑問を投げて返されて、一応の理解と納得、自分の正気と昨日の経験を照らし合わせたゆえに思った感想だ。
手遅れだ。だってそうだろう?もし提示された情報が真実だとしたら自分の娘は逃げられない。なら何時なら間に合った・・・否、それを考えるのは無意味だ。
既に娘は関わってしまったから。

「そして貴女も石島さんも無関係ではいられない。実際に出会い、相対し、“生き残ってしまったから”」

本来、魔法少女以外の人間が魔女と関わる確率は一生に一度きりだ。一度でも出会えば死ぬから、終わりだからだ。
魔女の出現は時間も場所も関係ない。何処にでもいるし、何時までも存在し続ける。
呪いを刻まれれば癒す術は魔女本体の討伐しかなく、できなければ餌となるか暴徒となるか自殺するしかない。

「『縁』・・・と呼ぶよりは呪いに酷似した因果が刻まれてしまう。魔女と出会う確率が格段に上がってしまうんです。幽霊を観る事が出来る人が霊に憑かれやすいように、観測したこちら側を、あちら側も観ているように」

不思議だ。乗り越えたなら、乗り越えてしまったのなら――――不思議と、それは運命のように、宿命のように、因縁のように終わるまで続いて行く。力尽きるまで、諦めるまで。
魔女という異形に付きまとわれる。魔女の方からすればそんな気はないのだろうが、それでも遭遇する確率が何故か上がる。知ってしまったから?存在を認めてしまったから?
生きる確率を上げるためには奇跡を願うしかなく、しかし魔法少女になれば生きるためには魔女と関わり続けるしかない。つまり自ら死地へと望まないといけない。
どっちにしても魔女との関係を確約される。テレビにしろ雑誌にしろ表立って伝わってこないのは、やはりほとんどが最初で死んで、運の良かった者も近い将来に死んでしまうからだ。

「岡部・・・・じゃあ何か?まどかはもう・・・・」
「はい。観て、聞いて、触れている。それに素質があるせいか・・・一度魔女と出会ってから魔法の使い手を含めれば今日まで休みなくそっち側と関わり続けています」

もし岡部の言う事が本当ならまどかには、その友人にも安息の日は既にない。
普通に生きているだけでも事件事故の可能性はゼロではないのに、これから先は魔女との遭遇も含まれる・・・頻度からして事件事故にあうよりも高確率で、それこそ毎日を、次の瞬間にも、今だって一日に一回は遭遇している。
魔女と関われば基本死ぬ。生き残ってもどういう理屈か遭遇する確率は増えてしまい、その上で生き残るには唯一と言ってもいい対抗手段である魔法少女になるしかない。幸い、まどか達には素質はあるらしいが、その場合は自分が体験したような地獄を日常に組み込まないといけない。

「ふむ・・・・さすが、と言うべきか」
「・・・・・なんだよ」
「貴女も大概、おかしな人だ」
「ああ?」

鹿目洵子は聡明だ。かつ自らの目で観て体験した以上魔女の結界に囚われた現実を夢や幻とした逃避をよしとしない。受け止め、受け入れている。岡部の話も信じている。
死んでしまうかもしれなかった事実を受け止めきれる精神にもだが、同じ境遇の石島美佐子の存在と岡部の説明があったにしても非現実的なアレをキチンと背負えるのは強さの証だ。狂人と、比喩してもいいほどに。
“あんなもの”を現実として受け止める事は現代人としてはイカレテいる。実際に体験したとしても治療された事で外傷はなく結界内の証拠も残っていないのに、それでも現実逃避を良しとしていない。
一緒に現場に居た美佐子がいるから、そして何よりも娘が関わっているからだろう。だが岡部は伝えた筈だ。一度関われば次もあると、貴女も既に関わってしまったと。

「貴女自身、死にかけたのに娘の心配ばかりしている」
「アアッ?あたりまえだろ、まどかは娘だぞッ」

事実かどうか、本当なら最悪だ。真実ならどうなる、間違いでなければ娘の未来には先が無い。それを思えば考える事は多く感情も酷く荒ぶる。大人の仮面を被れない。
苛立っているのは岡部にも分かる。洵子が岡部に掴みかかろうと立ち上がっても避ける気はなかった。吐き出すべきだろう―――ただ岡部は上に居るまどか達に訊かれるとやっかいだなと、少しだけ心配した。

「ママも、これから先は危ないのに、ってことだよね?」

だけどそれをポフ、と洵子の頭に優しく手を置いた和久が止める。
彼からすれば本当にただの妄想話にすぎないのに妻とその連れの様子と、岡部の話に対する態度から信じ切れなくとも信用はしているのか、真意に耳を傾けてくれていた。
そんな彼は岡部に同意を求めるように言葉を投げれば、岡部は肯定する。

「はい。そうです」
「あン?」
「貴女もまどか達同様に、これから先は魔女との遭遇率は上がっている可能性が高い。既に魔女の存在を観測どころか実際に触れてしまっている」
「だからなんだよッ、あたしはとこかくまどかは―――!」
「ママ、まどかも心配だけど僕は君の事も心配だよ」
「――――・・・・ッ」

旦那に言われて、ようやく岡部が何かを言いたかったのか、何を思っての発言なのか思考が追いついたのか和久に頭を撫でられた洵子は口を閉じて席に戻る。
何かを言いたそうに、だけどそれを耐えるように両手で自分の体を抱きしめながら視線で岡部に話の先を催促する。
岡部は一度階段の方に視線を向けるが誰かが聞き耳を立てている気配はない。ほむらがまどか達を引き止めてくれているのか、彼女は真実を知っているだけに此方の話を聞かせないように配慮しているのかもしれない。

「自分の事は後回しに娘の心配をするのは高尚で立派かもしれません。しかし意識してでも自分の身も案じてください。貴女がまどかを心配すように他のご家族も貴女を気にしている」
「そうだね、凶真君の言う通りだよ」
「・・・悪かった」

頭を撫でられながら洵子は口元をきつく結ぶ。言われて、気づいて、だけど――――と、当たり前に当然に娘を心配する感情が止まらない。今は和久によって抑えられているが爆発しそうなのは変わらない。
岡部の話が本当なのか、まだ真実と決まったわけではない。岡部が間違っているのかもしれない。しかし完全に否定できない・・・・魔女と娘が既に関わっていたという事実は今までの常識を崩す内容を受け入れてしまうほど重かったから。
本当なら叫びたい。体が震えて指先が抱いた体を掻き毟らないように意識しないとすぐに暴れ出しそうだ。

「・・・・・岡部、倫太郎君・・・だったかしら」

そこに今まで黙って話を聴いていた美佐子が暗い顔で岡部に質問してきた。

「あなたはアレや、魔法少女に詳しいのよね・・・・・訊きたい事があるの」

石島美佐子。ここにいる岡部からすれば初めて出会った女性。これまでの世界線漂流で遭遇した事のない『魔法を知る一般人』。なんとなくユウリ・・・杏里あいりと繋がりがありそうな人物。
あいりもこの世界線で初めて出会った魔法少女なだけに、そんな彼女と繋がりがある(かもしれない)美佐子とは話がしたかった。
鹿目家との会談が終われば美樹家へと事情を説明しに行こうと思っていたが予定を変更し、多少の時間を割いてでも対話しようと思っている。

「魔法少女の存在について、私は信じるわ。魔女も・・・飛鳥さんと暁美さんの変身する場面を見せてもらったし、昨日の件もあるから」
「そう言ってくれると助かります。大抵は変身したところを見せても、魔女の被害にあっても常識を崩されたくない防衛反応から信じてもらえなかったり・・・・最悪、逆恨みされる事もありますから」
「・・・まだ若いようだけど、これまで魔女や他の魔法少女とも会った事があるの?」
「はい」
「その子たちは今・・・・どうしているのかしら」
「・・・・・・元気ですよ」
「そう、なの」

次第に小さくなっていく声に注意深く岡部は耳を傾ける。

「その子たちの中に・・・魔法少女は短命だって言っていたけど、高校生や大学生、お、大人の・・・・・っ」

小さくなっていく声は震えていて、後少しで嗚咽になると岡部は経験上から、そう悟った。何度かあった。何度もあった。自分の話を信じてくれた大人の中にはこういった人達がいた。
気づいていて、感づいていながら、それでも諦めずにいたのに身近にいた大切な誰かが既に終わってしまっているんだと突きつけられた人達の反応だ。
まだ終わってはいない、そう諦めていない鹿目洵子の先にある反応。
彼女の身近な誰かが魔法少女だったのか・・・きっとそうなのだろう。繋がりはまだ判らないが荒唐無稽な話を落ちついて聴き、あっさり信じた―――――石島美佐子には下地がある。
昨日の一件だけじゃない何かが、科学の世界で満たされている現代日本で奇跡と呪いの世界を鵜呑みにできる、信じるに値する何かを彼女は保持している。

「レミ・・・・『椎名レミ』を知って、いませんか?」

自分よりも年下の、それも会ったばかりの男に縋るように石島美佐子は告げた。

「――――椎名・・・レミ?」
「親友、なんです。中学三年にあがった頃・・・・・と、突然いなくなって――――」

それだけなら、ただの家出や事件事故で片付けられる。それだけで泣いているのなら考えすぎだと■■にできた。
だけどそうじゃない。それだけじゃない。十年以上も親友の行方を捜し続けてきた彼女の意思の中には根拠があった。それは大人になり警察官になってから、親友と似たような失踪をする少女達を追うに連れて次第に確信へと変わりつつあった。

「手掛かりはずっとあった・・・・上司には笑い飛ばされたけどレミは魔女と戦っていたって・・・・当時三歳だったレミの妹が証言していて・・・。ほ、他の子にも現代科学では説明できない遺留品もあってっ」

昨日、そして今この時になってようやく辿り着いた。長年探し続けてきた親友へと繋がる手掛かりに・・・だというのに思考がまとまらない。口がまわらない。
訊きたい事も確かめたい事も沢山あって、それをずっと探し求めてきたのに岡部から告げられた内容を己の中で統合していくうちに嫌な予感が、絶望と呼んでもいい感情が考える頭を蝕む。体も心も冷たくなっていく。
親友が今もどこかで元気に生きているなんて、彼女だってその可能性が低い事は解っている。元気に・・・生きていながら誰にも連絡せずにいるなんて、おかしいと、なら、と。
それの後押しをされてしまった。自分よりも詳しく内情を知る男が言った。魔法少女は短命だと、その理由を、原因を、その果てを―――

「その人が生きている可能性はあります」

思い、思い描いて、親友の死を認めそうになって、だけど岡部の声が美佐子の耳にしっかりと届いた。

「――――ぇ、ぁ?」
「確かに彼女達は短命だ。生きづらく生きにくい環境に常にいる。その果てにあるのは魔女との戦いに敗れての死亡や、精神的負担から魔女化へと繋がる場合が多い。だがそれだけじゃない」

魔法少女の最後が報われないわけじゃない。

「多くの魔法少女が絶望する要因なんて、実際には生きていれば誰にでもあるもの。それに少し考え方を改めればソウルジェムや魔女化に関しても割と乗り越える」

きっと、ここで本当に多くの事を経験してきた岡部が石島美佐子を励ますような言葉を贈るのは残酷な事なのかもしれない。形はどうあれ、ようやく長年の疑問、不安から解放されるのにヘタな希望を与える行為は、ほとんどの真実を知っているだけに許されることではないだろう。
知っているのだから。確かに岡部は“短命じゃなかった魔法少女”を幾人か知っている。長生きをしている魔法少女を知っている。だけどたったの・・・・・それに他は―――。
時期、状況を考えれば予想はつく。多くの結末を観てきたから想像はたやすく、そしてヘタな慰めは残酷でしかない事も知っている。

「椎名・・・・レミさんが失踪したのが中学の時というと何年ほど前ですか?」
「十五年前です。だから・・・もしかしたらレミは」
「今年を除けば“十年前”と“四年後”は・・・この世界にとって重要なターニングポイントだ」
「は?」
「凶真君?」
「・・・・・いえ、今は関係ありません。ただ十年前に一度、世界の命運を懸けた大戦があったんです」

とあるシティで始まり世界全てを巻き込んだ。しかし決して表には出てこなかった奇跡と呪い、希望と絶望、極限の白と極限の黒が雌雄を決した魔法大戦。
『通り過ぎた世界線』でシティに居た頃にその大戦を実際に戦い抜いた英雄達本人から聞かせてもらった歴史の裏の真実。
その時代、その年にはシンクロしたかのようにシティには多くの魔女と魔法少女が自然と集まってきていた。国も人種も年齢も理由も原因も雑多に複雑に。

「あの街に魔法少女は引き寄せられるように自然と集まってしまう」
「・・・・おい岡部、何が言いたい、そもそも十年前だろ?」
「大戦に備えるように今から“十五年前”、『シティ』には魔法少女と魔女、それに連なる組織に魔人と呼ばれる存在が爆発的に増えた時期がありました。当時は今と違い魔法に関する情報が関係者には比較的に伝わりやすかった。少しでも有能な魔法少女を、または素質のある存在を色んな思惑を秘めた者たちが勧誘、拉致していた時代だったからです」
「勧誘・・・拉致ってじゃあレミも!?」
「自ら進んで、とも考えられます。生きるためにはグリーフシードと理解者が必要ですが、あの街にはその全てが溢れている」

連絡が無いのは、そして大戦が終わった後にも反応が無いのは何も不思議な事ではない。その理由が死んでしまったからとは限らない。
連絡を自ら断つ魔法少女は多い。親や兄妹、友人知人に迷惑をかけたくはないからと自分から離れていく魔法少女は少なからずいる。巴マミのように、もしかしたら杏里あいりのように。
逆に魔法の力で自分勝手に我が儘に生きるために周囲の人達と別れる、離れる者もいる。

「向こうには知り合いがいます。あの街で・・・いえ世界で最大最高の組織ですから何か情報がないかあたってみましょう。石島さん、椎名さんの特徴を詳しくお聞きしてもよろしいですか?できるなら貴女が調べている他の少女についても」

この時点で岡部には向こうに知り合いは存在しない。『シティ』との繋がりは皆無である。ガジェットや過去、未来の話を餌にインキュベーターを通してコンタクトをとる事が可能になるのもしばらく後だ。
岡部の持つ知識と経験、ガジェットは『シティ』にいる英雄達にとっても有用なモノ、連絡さえ取れれば今すぐにでも手配してくれるだろう・・・連絡が取れればだが。
でもできない。まだできない。できるのなら岡部はとっくの昔に解決している。『ワルプルギスの夜』を、その先を見据えて行動していた筈だ。
現在『シティ』との連絡はとれない。正確にはそこで活動している『覇導財閥』の最も深い場所で活動している魔法関係者達と、だ。彼らとは連絡がとれない。それは確定している。収束している。
間接直接を問わず彼らに会合できるようになるのは数カ月先だ。文句はいえない。非難できない。彼らは今も世界を揺るがす戦いに身を投じている。今も、この時も、だから呼ぶことはできない。
確かに見滝原に現れる『ワルプルギスの夜』は街一つ滅ぼす災害かもしれないが、『シティ』ではそのレベルの災害は日常規模で、彼らは今、それを越える事件に取り組んでいる。
世界を滅ぼしうる『救済の魔女』の存在の証明が出来ないうえに、そもそも彼らは音信不通の状態だ。直接『覇導財閥』に乗り込んだところで彼らと出会うことはできないだろう。―――実際、できなかった。

「ぁ・・・ありがとう、ございますっ。どうかレミのことを・・・」
「ただ向こうの知人に連絡が取れるのはまだ先なので、返事の方は遅くなるのですが――――」
「構いません!ずっと手掛かりがなくて行き詰っていたところに、こうして・・・・」
「連絡が取れ次第・・・・・それにまだ日本に居る可能性もある。こっちでも何か情報があれば連絡しますので―――」
「はい、はいっ」

ただ一人、探し続けていたからだろう。石島美佐子は子供のように涙を流して頬を濡らした。
知りあって間もない男の話を信じ、差し出された手に救いを得たように震える両手で握り返した。

「・・・・・」

岡部は彼女に綺麗事を吐くつもりはなかった。希望を持たせるつもりがなかった訳ではないが経験上、彼女の親友は既にこの世にはいないと思っている。
ヘタな希望を持たせずに真実を語る。そのために岡部はここに来た筈だ。鹿目夫妻には娘の状況を、今後起こり得る可能性を示唆するために隠さず、例え困難で残酷でも本当の事を話しに来た筈だ。
だというのに石島美佐子にはそうすることが出来なかった。もしかしたらコレ以上鹿目夫妻に精神的負担を与えたくなかったのかもしれない。鹿目洵子は既に魔女と遭遇していて、見た目以上に疲労が重なっていると思ったのかもしれないから・・・

「・・・・・・違う」

違う。そうじゃない。

「え?」
「あの・・・・椎名レミ・・・さんの写真はありますか?」

岡部は椎名レミという魔法少女を知らない。石島美佐子の親友であり、十四、五年前に姿を消した存在に出会った事なんかない。少なくともこれまでの世界線漂流でその名を聞いた事はなかった。
『通り過ぎた世界線』でも聞いた事が無い名前。あの時の『覇導財閥』には所属していなかった・・・ただ『椎名』という名字がかつての幼馴染みと同じだったから―――――だからそれだけの筈。

―――だけど、何かが引っかかった。

「ありますっ」
「拝見しても」

まさか持ち歩いているとは思わなかった。だけど好都合、こうゆう“直感”が大切なのは長い世界線漂流で身に染みてきた。
過去に観測した、またはまだ観測していない各世界線での何かを小さな切っ掛けで思い出す事がある。リーディング・シュタイナー・・・思考や視界に違和感を覚えたら疑い、気のせいだと捨てることなく一応の予想と予感を持って取り組む。
気にしすぎ、深く思い込みすぎと捨てる事はできない。自分の成り立ちが既にそんな楽観を許さない。それで失うのは大切な誰かの命なのかもしれないから。

「これが失踪する前にレミと撮った写真です」
「・・・」

写真には二人の少女が写っていた。一人は石島美佐子。そして彼女を背中から抱きしめるようにして写っているのが椎名レミなのだろう。
やはり見た事のない少女だ。十数年前の姿ゆえ、今現在と見た目に変化はあるかもしれないが少なくとも今の岡部の記憶にヒットするものはない。

「椎名・・・レミ」

では何を、何がよぎったのだろうか?本当に微かな何か・・・・・『椎名』の苗字か?今さらかつての幼馴染みの面影を、ただ名字が同じだけで?
ありえない・・・とは断言できない。『椎名』の言葉に反応したのは確かだから。しかし引っかかりを覚えたのは『椎名レミ』とフルネームで聞いてからだ。
どこかで擦れ違った事があるのだろうか?それとも彼女に関する話を何処かで聞いたことがあるのか、または――――まだ見ぬ未来、世界線で出会う事が出来る人なのだろうか。
椎名レミ。十年以上前に消息を絶った魔法少女。生きている可能性は限りなくゼロに近い。見た事も聞いた事もない誰か、なのにどうしてだろう――――

「会ってみたいな」

自然と、口からその台詞が零れた。










その頃、まどか達は鹿目家の末っ子タツヤをあやしながら今後の予定を話し合っていた。

「オカリン達のお話しが終わったらどうしよう?」
「ん~、まろかー?」
「たっくんはお留守番だよ」
「ぶーっ」

基本、各ラボメンの家族に状況を説明して夕方からはマミと合流して魔女探索をしつつ今後の話しあい、合体魔法やガジェットの説明と岡部には言われていた。

「今度はあたしの家に説明でしょ、ほむらのとこはホントにいいの?」
「うん。うちの親は仕事で別々に暮らしているし――――私が魔法少女なのは知ってるから」
「そうなの?」
「うん」

嘘だ。ただ時間を短縮したくてまどか達にはそう伝えていた。岡部とも既に話はついている。他はまだしも自分は既に覚悟を済ませている。わざわざ忙しい両親に負担をかけるわけにはいかない。
実際、ほむらの両親は入院していたほむらの治療費を稼ぐために今現在は必死に働いている。退院したばかりの娘の傍に居る事が出来ない現状を思えば、どれだけ切羽詰まっているか、少し想像すればほとんどの人間は深く聞いてこないから、ほむらにしてみれば助かっていた。
その想像が、予想が本当かどうかはキチンとほむらが明言していないので別々に暮らしている理由が確かではないが、全てが解決した後にでも、と考えている。
とにかく今はこの一カ月だけは不必要に手間を増やしたくないとほむらは考えている。終われば、終わりさえすれば正直に全てを。

「でも、まどか」
「なに、ほむらちゃん?」
「たぶんだけど、まどかは美樹さんのところには行けないと思う」
「えっ、なんで?」
「下の話が終わったら、まどかは家族の人と一緒に今後の事・・・・話しあった方がいいと思うから」
「あー・・・・」

さやかが同意するように気だるそうに声を出した。たぶん自分の所もそうなるだろうなと予想できたのだろう。その声には少しだけ不安が見えた。
家族で話し合うのは当たり前だ。岡部の話を信じたのなら尚更だろう。冗談抜きで生死に関わる問題なのだから、それも回避不能に近い事柄だけに答えが出ないと解ってはいても家族だからこそ当人同士の話は絶対に必要だ。
少なくとも鹿目洵子は実際に魔女の脅威に触れてた人物、岡部達と共にいた方が安全だと解ってはいても娘を手元に置いていたいだろうし、どっちにしても彼女の性格上、話し合うことは確定だろう。

「でもさ、その場合岡部さんとほむら、それにユウリがメンバーじゃん?」

名前を呼ばれたメンバーが顔を合わせ、さやかが言わんとする事を理解して「あ・・・」と気まずそうな顔をする。
美樹家と面識のあるまどかが同行しなかった場合、いったいさやかの家族にはどう見えるのだろうか?ほとんどが見知らぬ人間だ。そんな存在が魔女だの魔法だの話しても、はたして・・・。
普段から岡部は妄想壁がある人気の先生として訳のわからん人物だし、一昨日にさやかは制服を駄目にしているし帰宅もしていない。心配し帰宅を迎え入れた所でいきなり荒唐無稽の話をされれば病気の心配・・・最悪警察を呼ばれるかもしれない。
魔女の存在を知らずにいたら自分達だってそうだろう。普通は、一般人からすれば異常なのは自分達の現状なのだから。

「・・・・私が変身すれば一応、嘘じゃないと信じてもらえると思うけど・・・」
「魔女の怖さは伝わらないから、だぶん今後は近づくなって言われるんじゃない?」
「?」

ほむらが最低限の信頼を得られるように変身する場面を直接見せればいいと言うが、ユウリ(あいり)の言葉にまどかは首を傾げた。

「どうゆうこと?オカリンは別に―――」
「アイツだけじゃない。さやかは“まだ”魔法少女じゃないんだ。なら危険な魔女に関わらなければいい、それに関係する連中にも・・・アイツがどんなに説明しても、“異端であるのは私達だけだ”。まどかの母親と違って魔女をまだ知らないから、さやかを私達から離そうとする」
「い、いやいやっ、さやかちゃんの両親はなんだかんだ岡部さんの事は信頼してくれているから!そうじゃなきゃ例えまどかが一緒でもお泊りなんか許してくれないよ!」
「だといいけどな」

反論にそっけなく返されて少しだけ嫌な予感を浮かべてしまい、さやかは顔を伏せる。自分の家族に限って・・・しかし事が事だ。絶対にないとは言えない。立場が逆ならどうだ?
自分は魔女に殺されかけ魔法少女とも出会った。キュウべぇとも会話したし今では完璧に岡部の話を信じているが、これが魔女とも魔法ともキュウべぇとも出会う前だったら?
仮に魔法少女が変身する場面を観ても、キュウべぇに触れて幻覚ではないと認識しても―――――だからこそ、そんな存在は遠ざけようとしないか?
異形を、異端を避けるように、幽霊や化け物を忌避するように自己の防衛反応から拒絶しないだろうか?
さらに自分の知り合い、家族や友人が“そんなもの”の近くにいるのだと思うと怖い筈だ。

「・・・・うーん」
「さやかちゃん?」

そう思い、そんな事を考え、美樹さやかは結論を出す。

「まあ、なるようになるっしょっ!」

と、あっけなく軽く言葉に出した。

「・・・・は・・・?」
「いやユウリ考えてもみなよ?今ここで私が考えてもこの後に相談しに行くんだしウダウダ悩んでも関係なくない?」
「いや・・・そうだけどもっとこう、対処しようとかないの?」

意外な反応だったのか、ユウリ(あいり)は両手を体の前で謎のゼスチャーをしながら意見を求める。
この時のほむらはユウリ(あいり)と同じような面持ちだったが、さやかの反応にまどかは普通そうにしていた。長年の付き合いの賜物だろうか、特に不思議がっていない様子に何も言えなかった。
もちろんこの時のさやかには不安や恐怖は当然のようにあった。信頼うんぬんを抜きにしてしまえば岡部の話は突拍子の摩訶不思議、気を疑う内容なのだから多少の、もしかしたらもっと酷い事になるのではないかと気持ちが沈みそうになる。
だけどそれこそ事が事。それに岡部はどっち道この件は絶対に話す気なので今更どうしようもない。さやかだって解っている。家族の協力が必要だ。
いや魔法少女になる気は今のところないが場合によっちゃ契約するかもしれないので、やはり事前に家族には説明しておいてほしいと思っている。自分一人じゃそれこそ病院に送られるだろう。

「対処しようがないじゃん。あたしからも両親には話してほしい・・・事後報告とか駄目だよね?だって魔女に出会った以上、素質がある以上は狙われ続けるんでしょ?いつのまにか契約してたーなんて、ビックリさせちゃうよ」

いつのまにか自分達の娘が人外のパワーを手に入れていた。魔女に狙われていた。
逆の立場になってみよう。相談すらされなかった事に、どう思うだろうか?また、急すぎて受け止めきれず、そこから娘を■■扱いしたら、されたら、それこそ立ち直れない。
だから思うのだ。美樹さやかは考えた。“そんなことになる”前に知っていてもらいたいと。

「ま、いざとなれば岡部さんが何とかしてくれるでしょっ」
「・・・・信用しすぎじゃない」
「そ、れ、に、あんた達もいるしねー」
「・・・・ふんっ」
「デレるなデレるな!」
「デレてない!・・・抱きつくな!」
「愛い奴め愛い奴め」
「ういあつめ!ういあつめ!」

そっぽを向いたユウリ(あいり)の背に抱きつくようにさやかが跳び付くと、それを真似るようにタツヤもユウリの背中に乗っかり始めた。正確にはさやかの背だが。
魔法少女である彼女なら押し返せる筈だが小さな子もいるからか、されるがままに押し倒された。
べちゃ、と三人が仲良くもつれ合っている様を眺めているまどかとほむらはつい笑ってしまった。
まどかは思う。相変わらずさやかちゃんは前向きだなーと。その姿と在り方が羨ましくて、とっても頼りになるな、と。彼女が居なければ死んでいただろう、彼女が居なければ自分はもっと沈んでいただろうと。
だけどほむらは思う。前向きな彼女が実はこの中で一番精神的に打たれ弱い事を知っているから怖い、と。もし家族の理解を得られなかったら?自分の親友やその幼馴染が・・・・それに自分自身を家族に拒絶されたら?彼女は傷ついて、壊れてしまうのではないかと不安になる。

「そのときは、どうするんだろう」

岡部倫太郎に、それとなく訊いてみたとき彼は言った。
正体不明の、この時間軸で初めて会った男は簡単に言ったのだ。
最悪、理解を得られなくても構わないと。

―――敵になってでも、味方になってもらう

「・・・・・」

どういう意味だ?それは誰に対しての言葉?あの男は“何をするつもりなのだろうか”。

「ううん、今は・・・・」

岡部倫太郎に関しては置いておく。
今は信じてくれる事を、理解してくれる事を願う。真っ直ぐなさやかを育てた両親だ。きっと大丈夫だと信じる。
だけど・・・怖い。まどかの家族は大丈夫そうなので安心したが次は解らない。どの時間軸でも美樹家との接触はまったくと言ってもいいほど無かったから不安が込み上げてくる。
初見の相手との話し合い。その先にあるのは仲良くなりたいと思えるようになった少女の家族からの拒絶と、それと同時にさやかが傷つく事かもしれない・・・・・。

「大丈夫だよ、ほむらちゃん」

隣いるまどかが手を繋いでほむらに優しく伝える。

「え?」
「オカリンが大丈夫って言ってくれたんだから、きっと大丈夫だよ」

自信を持って、まどかが力強く言ってくれるから、繋いでくれた手が温かくて優しいから、それにつられるようにして、ほむらは笑った。気の抜けた、だけど柔らかい笑みで応えきれた。
もう少し気を抜いてもいいのかもしれない。時間が空けば自分はすぐに武器の調達、体に不具合がないか調整の意味を込めての戦闘も行いたいと思っているが今だけは良いかと。






「・・・」

だけど思うのだ。彼女は知らないからだ、と。

ほむらは知っている。彼は、岡部倫太郎は自分と同じなのだと。

大丈夫だと断言し、今度こそと立ち上がりながらも、それでも何度も何度も失敗している。

岡部倫太郎、鳳凰院凶真。自分の知らない事を知っていて、今までなかった事象を運んできたイレギュラーな存在。

未来ガジェットを駆使し魔法少女とその関係者をまとめようと動く優しい人、そんな彼ですら―――未だに未来を勝ち取っていないのだ。












とある病院の一室で、とある少年は悩んでいた。
いやさ状況はきっと思春期の少年なら喜ぶ場面であろうことは彼とて理解している。ラノベや漫画でしか訪れないようなシチュエーションが起こっているのだから恐らく今の自分は喜びに震え、神様に感謝すべきなのだろう。
現実は二次元のように優しくないし都合も良くない。ご都合主義のハッピーイベントもちょいエロ展開も起きやしない。そう思っていたのにどうだろう、目の前にあるのはまさにそんな場面ではないだろうか?
病院の個室、開け放たれた窓からは心地よい風が通り、食後の体を優しく撫でて眠気を誘う。
そんな空間にて大きめの一人用(二人でも就寝可)ベット、そこに腰掛けるようにしながら少年が少しだけ視線を動かせば視界には真っ白な少女のおへそが見える。

「・・・・・」

――――いやいや待ってちょっとちょっと

この部屋の住人である上条恭介は難しそうな顔で悩んでいた。

「」zzz
「・・・・・完全に寝てる」

今、彼のベットを堂々と占拠して爆睡している少女がいた。思春期の男子中学生の前でまさかの暴挙、ナニ・・・もとい何をされても文句は言えても・・・・いや完全に世論を味方にするのは難しいだろうが全員が敵にはなるまい。
神名あすみ。彼女は汗でベタベタになった体を同室に配備されているシャワーを使用して清潔にし、温かいお湯でリラックスした所で上条から半分譲ってもらったご飯を食べて・・・気が緩んだのか無防備にも、大胆にも、そのまま寝こけてしまっていた。
最初は何やら警戒していた彼女だがいかんせん、お風呂後のご飯とお昼の温かい時間帯と優しい風によって眠気を最大限に発揮されウトウトとし始めた時には真っ白な毛布を軽く体に被せるようにして引けば、彼女は速攻で意識を手放してしまった。

「いやいや無防備すぎだよね」

今、彼女の身に着けているものは病院のガウンと呼ばれる着物タイプの入院着だ。

「・・・・」

追加で語るなら、彼女は下着をはいていない。

「・・・・・・・・・・・・・・」

そもそも彼女は正規の患者ではないのだからガウンを身に着けている時点でおかしいのだが、それには訳があるので略。
彼女は昨日からずっと毛布に包まっていて汗を大量にかいていた――――で、汗をシャワーで流したのは良いが着替えを持っていない。だから彼女は仕方なく上条の着替え用のガウンを拝借したのだが下着は当然のことながらなく、さすがに下着まで上条から借りるわけにもいかず現在に至る。至ってしまっている。
なかなかにスリリングな着こなしだった。着こなしと表現しては国語の成績を疑いたくなるが、彼女のためにもそう表現するしかない。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

おへそが見えている。観えている。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

ガウンとは着物タイプ。つまり一枚の服。背中から被り腕を通し前の方でヒモを締めるだけの簡単浴衣。
彼女は下着を着けていない。そんな少女が目の前で大の字で眠っている。寝息がやけに大きく聴こえるのは窓から流れてくる風以外の音が無いせいだろう。

「・・・・・・・・・ギリギリなんだけど」

ポツリと上条少年は零した。

「」zzz

理性が、ではない。

「毛布、掛けた方がいいんだろうけど掴んで離さないし・・・・どうしようかな?」

彼女はノーパン状態で寝ている。おへそが見えるくらいに浴衣は肌蹴ているが幸いな事に致命的な急所はギリギリで“今のところは”隠れている。
が、もう少し大きな風が、または足を少しでも開いたら大惨事である。大事故で大事件。今後の人生で忘れられないイベントを知りあって間もない少年の前で提供しようとしている。

「リネン室の場所は知らないし・・・・でも看護師さんを呼ぶ訳にもいかないからなぁ」

この状況が不味い事は上条少年も理解している。唯一の毛布をあすなが胸に抱きしめて寝ているので被せる物が無い。第三者に現場を見られたら危険だ。
だぶんきっと刻一刻と自分は危険にさらされていると自覚。休日ゆえに神出鬼没で表れるクラスメイトもだが、看護師の身周りも休日だからこそ割と頻繁にある。仕事が平日と違い一旦落ち着くと空いた時間で身周りの回数が増えるのだ。
クラスメイトと幼馴染みは朝にやってきたので出現率は低いが油断はできない。目撃されたら此方の言葉を聞くことなくジェノサイドしにくるだろう。看護師の場合は・・・・それはそれで面倒臭いことになるのはあきらかだ。

「悠木さんが来ても一悶着ありそうだし。うーん」

悩む。

「」zzz
「もう、気楽に寝ちゃって・・・」

溜息を零しながら上条は寝汗をかいて額に張り付いている少女の前髪を払う。

「まったく、僕じゃなかったら危なかったかもしれないんだよ?」

今この瞬間も既に事件のような気もするが、幸いな事に上条少年は無防備に素肌を晒す少女に欲情することはなかった。
不思議な事に、自分でも首を傾げるほどおかしな事に微塵にも砂塵にも邪な感情が沸いてこないから上条は逆に不安になる。
まさか入院生活の果てに不能にでもなってしまったのだろうか?

「でもちゃんと朝方は・・・・・うん、大丈夫大丈夫、僕はまだ大丈夫っ」

自分を励ますように鼓舞して少年は背中からベットに倒れる。

「ふぁ、あー・・・眠い」

となりで寝息を零す少女の邪魔にならない程度に身を寄せて瞼を下ろした。やはり不思議とドキドキしたりしない。幼馴染の面影があるからなのか、身近に異性を置く事が出来る。
眠い。煩悩が産まれないほどに。お昼御飯は少女と分けあったから少し足りなかったが、お見舞いのお菓子で足りない分を補給したのでお腹は満たされている。だから風が心地よくておまけに隣で気持ちよさそうに寝られてしまっては睡魔に抗えない。

「おやすみ、神名さん」

そう告げて少年は目を閉じて意識を手放した。
この瞬間にも誰が訪れるか解らない病室で、半裸よりも開放的な恰好の少女をすぐ隣に眠りにつく。
思春期にも関わらず目の前の美味しそうな可愛らしい無防備な“それ”をスルーして、いっさい手を出さずに安心して睡魔に身を委ねた。

「「・・・」」zzz

優しい風と、すぅすぅと少年と少女の寝息の音だけが病室に流れる。
幸いだった。何もなく何もしていない空間だけど尊い時間だ。
少女はあまりにも無防備すぎて、まるで誘っているかのように見えていたが少年にはそうは“魅えなかった”。
きっとそれで良かったのだ。本当に。彼女にはそんな気は微塵にも無かった。これが自然体で、これまでが・・・そう受け取ってくれなかっただけだ。
異性の前で無防備に寝てしまう少女も、そんな異性を目の前に何も思わない少年も、異常かもしれない二人だけど傍から見れば奇跡的な時間を過ごすしていた。
今の状況を知れば少女は二重の意味でダメージを負いかねないが、それでも将来、今を思い出せば幸せだったと思える時間になっていた。

少年は無自覚ながら孤独な筈の少女に■■へのきっかけを与えていた。








だけど足りなかった。








この時が、二人で過ごした最後の幸福の時間だった。





意識する事も、自覚する事も出来なかった唯一の時間だった。





Pi


電子音。



携帯電話だった。
“まだ何もされていない”ただの携帯電話。上条恭介の所有物。
病院内とはいえ個室、電源はONのままだから受信は可能な普通の携帯電話。
■■■と対面してから時折壊れたかのように電子音を鳴らすが、何度確認しても何も無い。
受信はおろかアラームですらない。経歴も残っていない。

Pi

鳴って、また停止する。
すぐに止まるから上条もほとんど気づかない。気づいても気にしなくなってきた。

Pi

気づかれないように、電子音はまた鳴った。














「『我が支配こそ最上なり【I am the rulebook】』!」


謳うように、誇るように少女の声が木霊する。
見滝原の都市開発区画から遠く離れた路地裏で、その声から逃げるように双子の魔法少女が息を切らしながら全力で走っていた。
魔法少女の全力だ。強化された脚力は一蹴りで数メートルも前に進む。垂直の壁だろうが高低差が自身の身長を越えようが全ての障害物を粉砕し、時には足場にして前進する早さは生身でありながら自動車にも並ぶ。
彼女達は疾走し続ける。彼女達は逃げ続ける。

「はあっ・・・はあっ・・・つっ」
「お姉ちゃん急いで!」

聴こえた声。奇跡を孕んだ魔法の名前。その意味をその加護をその役割をその威力を――――このままでは“身をもって知ってしまうから”先行する妹の方の魔法少女は後ろに振り返って姉を叱咤する。

「このままじゃ――――ぁ」
「え?」

妹の声に顔を上げた姉の魔法少女が見たのは、見てしまったのは―――自分を追い越した黒い影が妹の首を引き千切った場面だった。
目を見開いた妹の瞳と視線は合うが何もできなかった。一瞬で、ともに魔法少女になり今日まで一緒に戦ってきた妹が二つに分かれた。上と下に体が別れた。
何が起きてしまったのか理解する前に彼女は足を踏み外してしまい頭から地面へと落下する。ゴシャ、と鈍い音と同時に鈍痛が、次いでザリザリと全身を紙やすりで削るように痛みを感じながら地面を転がっていく。

「―――――ぇ?」

一緒に聴こえたのは妹の体が落ちた音。起き上らないといけない。逃げないといけない。動かないと・・・・・。

「・・・えぇ?」

だけど起き上れない。逃げきれない。動けない。両足が膝から消失している。

「あ、あれ・・・?」

現実を拒む脳が、目の前の光景を否定する思考が自らの動きを妨げる。視界がぼやける。魔法少女にとってこの程度の転倒など問題ない筈なのに視界が回復しない。
体を動かしたくない。これ以上は声も出したくない。知覚したくない聞きたくない感じたくない。何も、どれも反応したくない。
どれか一つ、何か一つでも受け入れたら逃避することができなくなる。気を失いたい、眠ってしまいたい。そのまま全てが終わっていればいいのに。

「あっれーっ、もう逃げないですか?このままじゃお姉さん・・・・妹ちゃん?まあどっちでもいいですか」

眠ったまま殺されていたい。

「あなたこのままじゃ、いま死んじゃったこの子―――」

分かっています。解っています。
それがどんなに幸運なことか、相手を選ばずに喧嘩を吹っ掛けた私達がバカでした。
でも、どうかお願いです。

「ほら、首ちょんぱされたこの子よりも悲惨な目にあいますよ?」

早く、殺してください。
私は魔女になんか産まれたくない。

「でも・・・・あなた、きっと勘違いしてますよ?」

人形のような小柄な魔女からパスされた“それ”を、動けない魔法少女に見せつけるようにしながら妹を殺した魔法少女は言った。
ぽたぽたと新鮮な血と何かが垂れ続ける“それ”をブラブラとさせながら、それ以上はないだろう絶望が、どうでもいいと言うようにキッパリと宣言する。

「無残に殺されたこの子は苦痛を味わうことなく死ねたから幸せです」

動けない自分の目の前に屈んであっさりと言った。

「これから身に起こる事を予感し、それが一番の絶望と思える――――そう思えるあなたも幸せです」

自分達二人の周りを複数の魔女が取り囲むようにして静かに並ぶ。
大きさも形態も様々な多種多様な魔女の軍団。動かず、喋らず、乱れず統率されている異様な光景がそこにはあった。

「なによ、これぇ・・・なんで魔女がっ」

倒れている魔法少女は状況が理解できないでいた。理解したくない、が正しいが“これ”を外野から観戦していたとしても理解なんかできなかっただろう。

「この程度が絶望だなんて、勘違いしちゃダメですよ?」

魔女を従える魔法少女に喧嘩を売って返り討ちにあった。
その過程で魔法少女の真実を知らされた。
証明するように目の前で偶然通りかかった魔法少女が――――絶望し、その果てに妹を殺した。
生まれてからずっと隣にいた妹を殺された。その後、自分は絶望し妹を殺した奴の言いなりになる。
これ以上の不幸が、絶望があるのか?

「あなたは運がいい。きっと他の子が羨むくらいに」

無表情で言いきる少女には何があったのか、想像すらできない。
ずっと傍に居た存在を無残に失う事よりも、自分が人外のモノへと成り果てる事よりも深い絶望があるのか?
きっと彼女は知らないだけじゃないか?失っていないのだから、殺されないのだから、変貌しないのだから、被害者の気持ちを加害者である彼女は解らないだけだと――――

「あんなモノに出会う前に終われるんだ。関わる前に死ねるんだ。羨ましいよ・・・・わたしは、あんなモノ見たくなかった」

佐々の表情を見て何も、彼女は言い返せなかった。


「わたしが、優しく終わらせてあげるね」





数分か数秒か、その程度の時間が経過したときには世界に新たな絶望が、呪いが、魔女が悠木佐々の目の前で産まれた。

「『我が支配こそ最上なり【I am the rulebook】』」

多くの魔女に囲まれながら佐々が傘のようなステッキを向ければ、生まれたての魔女は佐々の前に頭を下げて支配下にはいった事を行動で証明する。
その姿に先程までの震えや恐怖は微塵も感じられない。何もない。羨むほどに、妬ましく思うほどに。

この魔女には失意も自暴も失望も悲観も、何もない。

その存在自体が呪いと絶望で出来ているのに、生まれる理由と産まれる過程があんなんなのに、その姿は醜くとも完成している。


「一人殺しちゃったけど、これで、わたしの戦力は十三・・・予備のグリーフシードもある」


過剰な戦力。十分な補給資材。躊躇いは無く覚悟は有る。これで殺せる。今度こそ逃がさない。
悠木佐々。魔女を従える希有な魔法少女。有能な誰かを自分に従わせたいと願い魔法少女になった少女。いつか、何処かの世界線で岡部倫太郎を殺す事ができた存在である彼女は、ずっと怯えていた。
そのための戦力強化。そのために他人を利用する。

「わたし達には、もう逃げ場なんかないんだ。だったらわたしは――――何がなんでも生き残ってやる!」

宣言は世界に。
誓言は己に。

「利用されるなんてまっぴらだ!世界のため?知った事か・・・・っ、わたしがじゃない―――この世全てがわたしに尽くせ!」

怖い、恐ろしい。世界が汚くて醜くて暴力的なまでに理不尽であることを知ってしまった。

“あんなモノ”なんか知りたくなかった。理解したくなかった。見たくなかった触れたくなかった。

だけど触れてしまった。だから死にたかった、そして絶望しかけた・・・だけど幸か不幸か自分の生来の性格か契約時の願いが関係あるのか、自分は“アレ”に触れても正気を保つ事が出来た。一瞬だが、それは奇跡だった。
相性と呼んでもいいかもしれない。魔法少女のソウルジェム、その秘密、魔女化に関して“だけ”知れば絶望し、魔女に堕ちるか自暴から死んでいただろうに、アレに対しては耐性があり、かつ、そのおかげで“魔女化程度の真実に絶望”せずにすんだ。
まず間違いなく自分は幸運だ。そう思い込むようにしている。“アレ”に触れてしまって世界が嫌いになりかけたが、だったら自分の思いのままにすればいいと考え直した。

世界が汚い。いいじゃないか。
世界が醜い。良しとしよう。
世界が酷い。結構な事だ。
世界が冷たい。歓迎しよう。
世界が理不尽だ―――ああ、最高だ。

だってそれなら、わたしだけじゃない。
不幸なのも全部が全部一緒だ。平等だ。
誰にでも訪れる。誰にでも与えきれる。

ずっと不幸な奴はいるだろう。みんなから嫌われて笑い者にされ、何をやってもうまくいかない人間もいるだろう。
ずっと幸運な奴もいるだろう。みんなから愛されて恵まれて、何をしなくても認められて成功する人間もいるだろう。

だけどそれは切っ掛けが無かっただけだ。

今のわたしのように、たった一つの大事でも意外でもない偶然だけで全ては覆る。

幸福な奴も不幸な奴も、善人も悪人も、金持ちも貧乏人も、男も女も子供も大人も加害者も被害者も―――――



「運命なんか関係ないっ、奪ってやる!それに運が必要ならわたし以外の全てを犠牲にしてでもなぁっ」



ようするにタイミングだ。
幸も不幸も運命すらも切っ掛け一つで覆せる。
運が良ければ良い。
運が悪ければ悪い。
当たり前だ。だから運、だから運命。

同じ内容でもタイミング次第で結果は変えきれる。変わる。
同じでも変化はある。物語は変動する。運命は捻じれて歪む。

それでいい。悠木佐々はそれでいい。


世界を歴史を運命を歪めろ。











戦いに敗れ死にいたる魔法少女よりも魔女化する者の方が多い。そうでなければ世界に魔女がこうも溢れてはいないだろう。
ほとんどの魔法少女が奇跡を起こし、願いを叶えてなお絶望し果てていく、その最大の理由は?
力不足?理解者の有無?それとも―――

「“タイミングが悪かっただけだ”」

魔法少女が絶望し、死んでいく原因の一つを岡部は口にした。
その言葉に洵子からの強い視線を岡部は感じた。鋭く、批難する攻撃的なそれは、表に出せない鬱憤と重なってとても素直に岡部には感じられた。
その意味は解る。『簡単に言うな』『手前勝手を押し付けるな』『立場が違う』『当人以外には解らない』。それ以外にも多くの事を込められている視線を受けて、それでも岡部は口にする。
何度も観てきていながら、何度も失敗していながら、何度も繰り返していながら――――偉そうに大胆に勝手に宣言する。

「実際、ほとんどの魔法少女達がそれを調整するだけで魔女化を回避できる」

やり直しがきかない。一度堕ちれば最後、普通の人間にはあるはずの『次が無い』から対処できない・・・それが魔法少女だ。
だから岡部の発言はおかしい。矛盾がある。だけど岡部は自信を持って言える。何度も繰り返してきたから、それを直接目のあたりにしているからだ。

「ああ、勘違いしないでください。当たり前ですがそれが全てではない。だけど親や友人にも連絡することなく姿を消す魔法少女も実のところ多い。それは何も魔女に返り討ちにあったわけでも魔女化してしまったから、というだけじゃない」
「それは・・・・」
「周りに迷惑をかけたくない。が一番多いですね。行方不明になっていた日本の少女が『シティ』で何食わぬ顔で生活している場合もあります。彼女達はタイミングが悪く、そうするしか道がなかった」
「その子が・・・魔法少女だったから?」
「伝えるきっかけ、出会うきっかけが無かった。ちなみにあの子の場合は日本では魔女狩りに限界を感じたとか・・・あの街は宝庫ですからね。夢も希望も絶望も呪いも充実している」
「岡部、念のための確認だが『シティ』ってのはあの・・・・アーカムか?」
「ご存知の通りです。あそこには魔法少女を支援する世界最大の組織もありますから上手く関わる事が出来れば問題ないでしょう」
「問題ないって・・・・おい岡部、結局お前はその組織とやらの何を知ってんだよ。いつもの厨二的発言ならブッ飛ばすぞッ」
「ママ」
「・・・・・・・すまん」

和久の叱責を含んだ声かけに洵子は岡部に謝る。やはり内心は穏やかにはいかない。
岡部もそれを知っているからか、特に気にすることなく話を進めていく。

「いえ、しかしこれは本当の話です。あの街はある意味で魔法少女にとっては鬼門ですが『覇導財閥』に保護してもらえれば世界で一番の安全を確保できる・・・・そんな場所でもあります」
「レミも・・・もしかしたら、そこに?」
「可能性はあります。シティに限らず世界各地に魔法少女の集まりで組織される存在は確認されていますから、シティ以外の組織にも可能な限り確認してみましょう」
「・・・・・頼めるの?レミの・・・・存在を?」
「はい」

安受けだ。期待させといて絶望への糧になる可能性の方が遥かに高い。

「『椎名レミ』の容姿だけでなく性格も含め後で詳しく教えてください。十数年の歳月が経っても契約者次第では年齢を重ねない者もいますし、魔法少女として生き抜けるような生来の性格はそう簡単に変わりませんから―――・・・・・石島さん?」

放心、まさにその言葉が当てはまるだろう。岡部の正面で一人の女性が、長年積み重ねてきた何かを崩していく様を晒した。
まだ何も解決していない。親友の安否は依然不明のまま、既に亡くなっている可能性が高いのは話からも想像できる。しかしそれでも今の彼女は、ずっと追い求めてきた彼女は少なからず報われていた。
十数年だ。思春期からずっと行方知らずの親友を追いかけて警察官にもなった彼女はこれまで進展と呼べるものが全くといっていいほど無かった。

「ほんとうに、ありがとう」

それがこうして、突然、一気に進展し始めた。魔女に襲われ死にかけて、だけどその甲斐あってこうして情報が沢山手に入った。親友のレミの事だけじゃない。
もしかしたら最近行方不明になっている少女達についても何か解るかもしれない。そこからまた親友への手がかりも掴めるかもしれない。
彼女達が魔法少女なら、それこそ現役の彼女達なら何かを知っているのかもしれないのだから。

大切なのはタイミング。確かにそうだ。岡部の時もそうだった。
伝えるのも、訊くのもタイミング一つで状況が激変する。場合によってはそれで運命が変わる重要なファクターだ。
『真実を知るタイミング』『誰かと出会えるタイミング』、それが重要だ。早ければいいと言うモノでもないし、遅ければ手遅れになる。
だから気をつけなければならない。それまでに状況を整えなければならない。ラボメンにおいてもそうだ。
美樹さやか、巴マミ、特に彼女達はそのタイミングを間違うと一気に魔女化への道を、破滅への道へと踏み外す。

「では今後の課題及び予定を確認しましょう。あなた達の携帯電話にガジェットを仕組ませてもらう」

だから少しの妥協も許されない。必要なら一般人だろうがこちら側に引き込む。
そして知っている自分は、経験してきた己は背負わなければならない。
それは回避できる事であり、覆す事が出来るのだから。


「険しい道ですが今のところは大丈夫です。明日明後日には少なからず予防策が講じられますから、それまでは一つ、協力してください」


一つ。言わなかった事がある。
一人だけ他とは違う人間がいる。


『上条恭介』。彼がいれば鹿目洵子と石島美佐子は魔女との『縁』を無かった事にできる。
この少年だけは岡部が巻き込む事を前提にしている存在。美樹さやか、千歳ゆまとは違い、魔法に関わっていようとそうでなかろうと関係無しに、だ。
魔法少女。魔女。インキュベーター。ノスタルジアドライブにシュタインズゲート。本来なら、それらと関わることなく蚊帳の外であるべき人種である少年こそが物語を加速させ、なによりも終わった筈のお伽噺を今に繋げてみせた。

岡部倫太郎が諦めても、彼は諦めなかった。

終わった筈の岡部を、次へと繋げてみせた。

皆が忘れても、ただ一人忘れずに背負い続け抗い続けた。

岡部倫太郎のように。

暁美ほむらのように。

巻き込む事を約束した。













鹿目家での会談後。熱い日差しを避けるようにしながら、または人目を気にするように路地裏を主に進んでいく主に女子中学生で構成された集団がいた。岡部達である。
大通りを少し離れただけで左右をとても高い壁、それが迷路のように続く道が都市開発が進む見滝原には数多く存在する。両サイドの壁は天を見上げれば空を仰ぐことはできるが、前を向けば迷子必至といわんばかりの冒険味溢れる分かれ道が何度も続く。
一応、それらの道が汚く狭い訳ではない、むしろゴミを見つけるのが難しいほど清掃はいきわたり道幅も広い。だが、やはりこの手の場所は野蛮な人種が利用しやすいので学生や女性は緊急時以外には利用を控えた方がいいだろう。
今もこの道の先、角を曲がればそういった連中が屯していた。四人からなるガラの悪い風貌、挑発的な態度、明らかに厄介事になるであろう人間がいるとも知らずに岡部達は警戒心も薄く踏み込んでいった。
角を曲がればそんな連中とエンゲージ、しかし女子中学生の集団の先頭を歩いていた岡部が出くわしたのは幸いにも彼の求めていた人物だった。

「ん?」
「お?」

赤い髪をポニーテールにした気の強そうな少女、口元にはお菓子、その手には何故か大きな白い箱、そして足元にはボロボロの男達。
赤毛の少女が既に野蛮な連中を成敗していた。佐倉杏子、魔法少女である彼女からすればただの人間など両手が使えなくとも足だけで問題は無かったらしい。

「おおバイト戦士!」
「は?」

鹿目家との会談を終えて女子中学生(+α)の集団である岡部達は次に美樹家へと向かっていた。その道中に岡部の事が気になっていた杏子やルカの発案の元、急かされるように合流することになったのだ。
これから美樹家へと出向くのに見知らぬ人間が大部分になるのはどうだろうかと思うが、合流する人間が全員魔法少女なので説得にはもってこいかもしれない。ただマミはともかく杏子の見た目はヤンキー、ゆまは親を喪ったばかりなので美樹家への同行は途中までにすべきかと岡部は考えている。

「それにアイルーも健在か!」
「ふぇっ!?」

ともあれ、それはともかく、まあ先の事は置いといて岡部は二人に出会えた事を心から喜んだ。
佐倉杏子と千歳ゆま。通り過ぎたいつかの世界線で岡部倫太郎を支え、鳳凰院凶真を取り戻してくれた少女達。大切で、いつか必ず迎いに行くと約束した二人、例えあの世界線の二人とは別人とはいえ大切な人達。
彼女達は自分の事を何も知らない。あの時間を何一つ憶えていない。一緒に笑った事も喧嘩した事も、支えた事も突き放した事も、抱きしめた事も、泣いた事も・・・きっとその齟齬が不協和音を招く、そのズレが関係に罅を入れる。
だけどそれでもいい。こうして出会えた。生きて、考えて、こうして触れる事が出来るのだから。

「キョーコ!キョーコ!」

ゆまが杏子の後ろに隠れパーカーの裾を引っ張り訴える。


「あのオジサンなんか怖い!」














































































「ごふっ」

―――おにーちゃーん♪

いつか、どこかで確かにあった記憶を思い出しながら岡部倫太郎は地に伏した。

「おい!?」
「鳳凰院先生!?」

突然、まるで電池の切れたライトのようにフッと体から力が完全に抜けて地面に対しいっさいの抵抗も無いまま前のりに岡部は倒れたから・・・驚いたマミとあいりは叫びながら岡部へと駆け寄った。

「えっとっ、あまり得意ではないですけど回復魔法を・・・・鳳凰院先生っ、私の声が聞こえますか!?」
「急にどうした大丈夫か!?」

うつ伏せに倒れている岡部にマミは回復魔法を、あいりは岡部の体を支える。二人は急に倒れ込んだ人間を介抱しようとしていた。

「あー・・・・なんだ?アンタ等の連れ、持病持ちか?」
「いやー・・・・うん。たぶん違うんじゃないかな?」
「うぅ」
「ほら、ゆま大丈夫だ。あの変なオッサンなら倒れてるだろ?怖がるこたぁねえよ」

杏子の問いに、さやかがなんとなく言葉を濁す。この場に鹿目まどかはいない。彼女はほむらが予想した通り家族会議中だ。
本当ならさやかの親とも面識の有る彼女にも同行をしてもらったほうが説明ははかどるのだが、事が事なだけに仕方がない。

「ごはぁ!?」

そんなわけでフォロー役が一名減っている。その一人が岡部のダメージ原因を早期に察してくれるのだが今現在いないのだから仕方がない。

「先生!?」
「おいおいしっかりしろ!意識を強くもって楽しい事を考えるんだ!」
「うう、た、楽しい事・・?」

あいりのアドバイスに、岡部はかつての世界線で杏子とゆまと過ごしていた短いが、しかし貴重で今の自分を形作っていた時間を思い出そうとした。杏子が悪態を吐きながらも隣に立ち、ゆまがちょこちょこと自分の後についてきていたあのころを。
思い出せば大丈夫だ。今の自分からすれば過去にいる彼女達の事をただただ深く想起する。今すぐにあの頃のようになれるとは思っていない。だけど決して届かない相手じゃないと思える、そんな二人だ。

だが思い出とは美化されやすく、だからこそ現実は冷たく惨い。

「キョーコもう帰ろうよ、オジサンはいいから・・・・マミおねえちゃんの家で遊んでる方がいいようっ」
「まあ待てって、こんなんでも若いらしいぞ?それにマミがいうには今後の事を相談する分には良いらしいし、もしかしたら役に立つかもしれないだろ?」

なかなかに辛辣な台詞だった。

「げふっ」

岡部の精神的ダメージは大、中々にしたたかに殺しにきていることを彼女達は気づいていない。ゆまも杏子も悪気は無く、ただただ純粋に思った事を口にしただけだ。
ゆまは男性、というよりも大人に見える岡部に苦手意識が持っているが本当に悪気はない。ゆえに純真に正直に思いを口にしただけだ。
杏子はマミの事を考え岡部に対し少なからず対抗心と呼ぶにはまだ小さいかもしれないが思う事がある。しかしそれは無しに口にしたのだ。まあ出会うなり意味不明の渾名をぶっこんでくる外で白衣を纏った男にいきなり言われれば誰だって警戒し身構えるだろう。良い気分はしないだろう。不気味で気味が悪い、それを考慮すれば二人の対応はもしかしたら優しいのかもしれない。

「・・・・・ね、ねえオジサン」
「お、おうなんだ?あと俺はオジサンではない」
「・・・?オジサンだよね?」
「い、いや違う。俺はまだ大学生・・・・まだ成人もしていな――――」
「えッ、じゃあなんでもうオジサンになってるの!?」
「がはァッ!?」
「ああっ!?岡部さんが急性肺結核に!」

子供は残酷だった。

「佐倉さん酷いわ!」
「あー、岡部さん普段から気にしてるのにズバッと・・・・これは謝るべき」
「さすがに今のは酷いだろ」
「えっ!?なんでアタシに言うんだよ!?」

ゆまはまだ幼い、しかしだからと言って何を言ってもいい訳ではない。
何気ない一言や呟きが人間関係に与える打撃は大きい。今回は岡部だけにダメージがいったが、いつか取り返しのつかない事態に陥る前に物事の接し方や察し方を身に着けておくべきだろう。
そしてそれは最も彼女に近い人間、家族である杏子の役割、ゆまの年齢を考えれば仕方がないと断言するのは・・・『姉』として見本、教育すべき立場の者として責任を取らねばならない。
あとはほぼ初見の年下の子に皆で責め立てるのはいかがなものか、と思ったりしたので杏子に『自分達が説明したら嫌われ・・・怖がられそうなので、後でキチンと説明ヨロシク』と言葉にすることなく伝える。

「ぐぐ、だ、大丈夫だ!この鳳凰院凶真、これしきの事で膝をつくわけには―――」

岡部がリカバリを完了し、数多の世界線を越えてきた鋼の精神力で立ち上がれば

「そうですね、気にすることは無いと思いますよ先生。純粋な子供に素直な気持ちで単純な事実を指摘されただけですから」
「おぅふッ」
「あら先生、心臓病も併発しましたか?」

ほむらが無表情に毒を吐いた。

「暁美さんっ、ああ鳳凰院先生お気を確かに、ゆまちゃんには悪気はなくてただそのあの・・・・っ」
「い、いやいいんだマミ、自分でも老け顔なのは自覚している。だから・・・・・・大丈夫だ」

マミがフォローに入れば岡部がすぐに意志を奮い立たせる。
今はまだ折れるところではない。ここで折れるならある意味で幸せだがしょうもない。
かつて『おにいちゃん』と呼んでくれていた子から『オジサン』と呼ばれる苦悶は果てしないモノがあるが岡部は先を急ごうと意思を総動させ顔をあげる。

「オジサンさっきからどうしたの?お腹いたいの?」
「優しさは嬉しいが刺さるっ」
「?」

首を傾げる様子は愛らしい。ゆまは岡部に対して抱いていた恐怖心は薄れてきたのか杏子の背から出てきてトテトテと近づいてきた。
最初は怖がっていたというのに、ゆまは本来なら物怖じしない性格なのかもしれない。
キュウべえから事前に教えてもらっている情報で、この世界線でも虐待にあっていたと知っているだけに自分を恐怖の対象にしていない事実は嬉しいモノがある。

「ふ」
「?」

自然と笑みが零れる。この子は本当に自分の癒しだ。ただ傍に居てくれるだけで頑張ろうと、力が沸いてくる。

「ふ、ふふ・・・フゥーハハハ!魂に刻むがいいアイルーよ!我が名は鳳凰院凶真、世界に混沌を齎す狂気のマッドサイエンティスト!バイト戦士共々今日からラボメンに任命し―――!!」
「キョーコ!やっぱりこのオジサン怖い!変だよおかしいよ!」

―――だからといって、すぐに調子に乗っては駄目だと学んだ岡部倫太郎だった。

見た目同様中身は33のオジサン、魔法に深い関係がある感情を沸かすためとはいえ年相応に落ちつきも本格的に導入すべきか、とやや自虐的に考え始めた岡部は目尻に浮かびそうになる涙を必死に我慢し高い塀に囲まれた、まるで切り取られた青い空を見上げ続けた。
再び杏子の後ろに隠れたゆまは警戒心をMaxに涙目で岡部の様子を窺っている。その仕草が岡部をより追い詰めていることに気づかないのは、きっとこの時点では仕方がない。

「えっと、なんだ・・・・すまん?」

杏子はとりあえず謝った。天を仰ぎながら停止している男の不気味さはなかなかクルものがあるが事の発端は此方にあり、岡部が未成年に見えなかったのは真実だが言葉にする必要はなかった。
かつては教会の人間、見た目で感じた事をダイレクトに伝える正直さは時に人を深く傷つけることを知っている。何気ない言葉一つで人は最悪、死ねるのだ。
今回の件ではそこまではいかないだろうが気をつけるべきだろう。自分一人で生きていくならともかく、マミに指摘されたようにこれからは隣にはゆまがいるのだ。
それに、ゆま自身も親に虐待されてきた経緯がある以上きっと言葉による罵倒を何度も受けてきた可能性もある。例えゆまに向けられた言葉ではなくても何が起因になるかはわからない。
今後は自分の生き方を見直す必要がある。ゆまの身をどうすべきか判断はまだできないが、それは絶対だ。例え今を別れても、いつか出会えたときに胸を張れるようにしたいから。

「アタシは佐倉杏子。こっちが千歳ゆまだ。バイト戦士とかあいるー?ってのが何なのか知らねぇが、マミの知人ってことでヨロシクな」

思う事は沢山あるが今はこれでいいかと杏子は自分に納得の気持ちを持った。マミの事、ゆまの事、どうしたらいいか分からない事ばかりだが目下の目的は目の前の男だ。
岡部倫太郎。マミが言うには魔法少女の内情に詳しく、こちらの力になってくれるとの事だが、それはお人好しのマミ視点だからの可能性も高い。
マミの信頼している奴を疑いたくはないが今のところ岡部の事を疑っている。疑心も不安も高まっている。

(・・・・・・いや、普通に変だろコイツ?)

当たり前だが自分は一人の女だ。いや女とか関係なく、一個人として目の前でぷるぷると震えながら天を仰いでいる白衣の男には警戒心を抱く、抱くべきだろう。
これがマミの知り合いでなければとてもじゃないが『ヨロシク』なんて声をかけきれない。一人で遭遇していたら有無を言わさず無力化していただろう。
この男はいろんな意味で怪しさ抜群だ。身の危険を抱いて当然。警戒心を顕わに対処すべき存在だ。

「ああ・・・・こちらこそ、よろしく頼む。期待しているそバイト戦士」
「佐倉杏子だっ」

それでも我慢。今は耐える。普段からこのテンションなのだとしたら勘弁してほしいところだが、父の教えを思い出し深い心と広い見解で様子を見てから始めるべきだと言い聞かせる。
もしかしたら可哀そうな奴かもしれない。もし今後、この男が何かしら自分達の役に立つというのなら優しくしてあげればいい、慈愛の精神で接すればいいのだ。それなら双方がWINWINな関係でいられる。
誰も損はしない極めて良好で健全な付き合いだ。その過程でマミの曇った視点を修正すれば十全でもある。

「マミから聞いたが、その子とこれからは一緒に?」
「ん?あ、まあ正直な話、情けねえけど今後の事はなんも考えてねぇんだ」
「そうか」

念話かキュウべぇを通してか、マミから既に聞いていたのかと杏子は少しだけ顔を歪めた。きっと今の発言で岡部には自分の事を誤解されたかもしれない。
子供が、さらに小さな子供を助けて善行を働きそれに悦を憶え、しかし後先を考えていない奴だと。
初見の相手にそうゆう風に思われるのは癪だが、事実マミに言われるまで気づかなかっただけに、今は違うと言い返せない。訂正も、できない。

「・・・・・・どうすればいいのか、何をしたらいいのか、ゆまにとって何が良くて悪いのか、周りの目もあるし今のとこ警察とかに捜されているのかも分かんねぇから、だから―――」
「ゆまはキョーコと一緒がいいッ」
「・・・ん、ありがとな」

おまけに何を初対面の人間に弱音を見せているのか、ゆまにまで励まされる始末。失態だ。情けないところを、不甲斐ないところを晒してしまっている。
マミだけなら、それでも良かった。だけど此処にはそれ以外の人間が居て、最初でこの醜態、先行きが不安になる。
誤魔化すように袖を引いてくるゆまの頭を撫でるが、周りから見れば誤魔化しようがないだろう。

「そうか、なら協力しよう」

だけど上からかけられた声には杏子を非難する色は無く、視線に子供扱いをする見下しも感じない。考えが浅いと言わず、先に対する心構えも問わずただ杏子の言葉を受け止めた。
意外に思って顔を上げて杏子は岡部と視線を合わせる。
深く、重く考えていないのか岡部の表情からは自分が抱いた未来への不安は感じられない。

「は?」

千歳ゆまの両親は魔女の結界内で死んで既に遺体はこの世界には存在しない。それだけでも問題は山のようにある。自分の子供を虐待するような親だが、それでも親だったのだ。
生活の中心、帰るべき場所、身元を保証する存在。それをゆまは失っている。生活の基盤を、この国で生きていくための道標を、当たり前のルートを喪失している。
彼女の親族はゆまをどうするのだろうか?捜索願?まだ行方不明になっている事にも気づいていない?今後の生活はどうする?義務教育、履歴書、証明書、真っ当に生きていくには必要で、必ず手に入る筈のモノが手に入れきれない状況。

「先の事で不安に思う事もあるかもしれないが遠慮なく相談してくれ、これでも多少のツテも経験もある」
「・・・簡単に言ってくれるな。アタシはゆまに真っ当に生きてほしいんだ。それが大前提の絶対条件、このままアタシと一緒にいたんじゃ難しいだろ」
「簡単じゃないが不可能じゃない」
「アタシは『真っ当に』、と言ったぜ?」
「不可能じゃないと言ったぞ」

真っ当に。マミにも言われた。ゆまは自分を見て感じて育っていくとしたら盗みといった悪徳は今後控えなければならない。
元よりそれらを進んでやろうとは思わないが、いざという時には必要と考えてはいた。しかしもう駄目だ。いざ、という言い訳はできない。それをするくらいなら公共機関に託すべきだと気づいてしまったからだ。
そもそもそれが正当で間違いのない正しい道なのだから、それ以外の道は、真っ当からは反れた道でしかない。
ただ、ゆまが自分のせいで魔法少女になってしまったから、それすらも正しい選択とは言えなくなった。

「・・・・・・おいおい、アンタまさかガキ二人が一緒に暮らしていけると思ってんのか?」
「お前たちほどの年齢で一人暮らしの子供だって今じゃ珍しくない。現にすぐ近くにいるだろう」
「・・・・・・」

例えば巴マミ。杏子の知らない所では美国織莉子など。

「ゆまは、その・・・・今は大丈夫でも異変に気づかれたら警察とか」
「その辺もまあ大丈夫だ」
「・・・・・いや、無理だろ?」

まさか名前を変えたり整形したりして今を捨てて新しい人生をスタートさせるとかじゃないのか?そう予想し杏子は苦渋の面を浮かべる。
どう運ぼうが新たな人生のスタートに変わりはないが、出来ればそれは避けたい。名前を変え、姿を変え今までを捨てとなると、ゆまにはそんな―――

「まあその辺は後で」
「おい!?」

普段使わない思考を巡らせる杏子に対し、あっさりと岡部が話題を変えようとするから杏子はついツッコミをいれた。
軽い。この重大で重要な問題をまるで手慣れ解き慣れた問題のように扱う様に不安を感じてしまう。重要性を感じていないのか気づいていないのか、それ以上に何か気にかかる事でもあるのか岡部は先送りにする。
マミの推薦した人物とはいえ、やはり気は許せないかもしれないと杏子が思ったとき岡部から問われた。

「今後の課題に対する対処法や説明は後だ。いま最も俺が確かめないといけないのは君たちの意思だ」
「うん?」
「?」

杏子だけではなく、杏子の後ろに隠れるようにしていたゆまも恐る恐る顔を岡部に向けて首を傾げる。

「何をどうしたいのか、それを隠さずに教えてくれ。協力はするが君たちの願いを正しく知っておきたい。俺の勝手な予測で勝手に手配すれば後々面倒になる」
「なんでもいい・・・の?」

杏子よりも先に、ゆまが動いた。怖いのに、それだけ彼女にとって杏子は大切なのだろう。

「ああ」
「キョーコと、一緒がいい」
「それだけか?」
「一緒に暮らして、一緒に戦うの・・・・」
「・・・そうか、君はもう魔法少女になっているんだったな」
「う、うん。キョーコを助けたかったのっ」

と、ゆまは杏子の顔色をチラチラと確かめながら言葉を吐き出していく。ゆまは少しだけ怯えていた。岡部に対してじゃない、杏子に対してだ。
ゆまが魔法少女になるきっかけは杏子の負傷だ。魔女に隙を晒してしまい絶体絶命のピンチに陥ったときに契約し、杏子の命を救った。四肢切断と言う重傷を一瞬で完治させる回復魔法の使い手として。
ゆまは褒めてもらえると思った。今まで要らない子として虐待を受けていたが杏子の命の恩人になれた。自分を助けてくれた人を救える役に立つ人間になれたと、小さな子供が抱くにはどこか重い感情を実感したのだ。
きっと褒めてもらえる。頭を撫でてくれる。杏子は自分を大切にしてくれると夢想した。

それはたった一度きりの契約で、魂を懸けた願いで成せる奇跡を捧げるのに十分な理由だった。

だけど杏子からは叱られたのだ。頬を打たれ怒られた。
本気で、真剣に、自分の行いを真っ向から否定された。
自分を思っての言葉と怒りなのだと理解はしている。

だけど悲しかった。

だって、それこそ一度きりの奇跡を捧げたのに―――――



「そうか、ありがとう。杏子を護ってくれて」



礼を言われたからビックリしたのか、頭に乗せられた大きな手をゆまは拒むことなく受け入れた。

「―――――」
「ゆまがいなかったら、きっと俺は泣いていたな」

このとき顔を上げたのは、ゆまだけじゃない。

「――――ぁ」

ゆまが契約して救われた少女、佐倉杏子だ。

「う・・・うん!ゆま、頑張ったよ!」
「ああ、えらいえらい」

わしゃわしゃと頭を撫でられるも嬉しそうにはしゃぎ始めた少女に、自分はお礼を言っただろうか?感謝の意思を伝えたか?と杏子は顔を伏せた。
文字通り自分は命を救われた。たった一度きりの奇跡を捧げられた。今後は魔女との戦闘が人生の一部になる事を承知の上で、だ。
杏子はゆまに伝えた。誰かのために奇跡を願うなと、たった一度しかない奇跡を他人を思って祈るなと。

それでもなお、差し出された奇跡に救われて自分は果してこの小さな少女に・・・・。

「フゥーハハハ!ゆまは良い子だなー!」
「きゃあー♪」

と自分の不甲斐なさと無神経さに軽く絶望しかけている目の前で岡部に抱きあげられ、何故かぐるぐるとコマのように振り回れつつも楽しそうに悲鳴を上げるゆまを見ていると意識を取り戻せた。

(・・・・・あとで、またきちんと礼を言っておこう)

何も遅いわけじゃないだろう。取り返しのつかない過ちを犯したわけじゃない。
もし本当に感謝の気持ちを伝えて無かったとしたら間違いなく自分はクズだが、それでも――――

「きゃー♪」

取り戻せると、無くしていないと、失わないと思える。

「・・・・ま、少しは信用してもいいか」

小さく、誰にも聞こえないように杏子は呟いた。
数秒でゆまの警戒心を霧散させ、速攻で懐かれている岡部は変だが、一応・・・気づかせてくれた事には感謝してもいいかもしれないと思い、戯れる二人に視線を向ける。

「オジサンは変な人だけどっ、おもしろいね!」

瞬間、岡部が地に伏せた。

「―――とっ、とと・・・・あれ?オジサンどうしたの?」

すぽーんと宙に投げ出される結果になったゆまは魔法少女としての身体機能からか無難に着地、テテテとついさっきまで抱いていた警戒心は完全に失せたのか、倒れた岡部のすぐ隣にしゃがみ込んで岡部の体をゆさゆさと揺さぶる。

「オジサン大丈夫?ねぇねぇ」

そして無垢なる子供は残酷な言葉を叩き込む。

「あっ、もしかしてオジサン“こつこしょうしょう”の人?」

・・・骨粗鬆症?

「お年寄りはギックリ腰とかあるの、ゆま知ってるよ!」
「お年寄り!?」
「うん!大丈夫、ゆまがオジサンの骨を元気にしてあげる!」
「まてアイルー、俺は別に――――ではなくて俺はオジサンではなくお兄さん―――」
「え、オジサンでしょ?」
「純粋に首を傾げられた・・・・これでも俺はまだ未成年だ」
「え!?」

すぐ近くで驚く声が聴こえたが気にしたら傷つきそうなのであえて無視する岡部。

「みせいねん?」
「大人にもなっていない子供って意味だ」
「え!?じゃあなんでもうオジサンになってるの!?」
「・・・・・ただの老け顔だ」


「キョーコ老け顔って何!?ゆまの魔法で病気って治せるかな!?」







































「岡部さん気を確かに!ちょっと杏子って言ったっけアンタ!?流石に酷いじゃない!岡部さんはガラス細工のように脆い小さいハートの持ち主なのよ!未だに学校の先生たちから三十代はおろか四十代にも間違われているのを皆で隠しているのにっ」
「いや待てアタシのせいにすんなよって言うか今のお前の台詞にさらにヤバイ感じに傷つけたんじゃ・・・・」
「鳳凰院先生しっかり!もう佐倉さんっ、言っていい事と悪い事があるでしょ!確かに周りと比べると多少はその・・・・年季・・・・・・・風格?があるからって老け・・・・・・・人の身体的特徴をひろって傷つけるなんて酷いわ!」
「マミたぶんお前のつっかかった台詞のせいで痙攣が激しくなってるけど・・・・・だからアタシは何も――――」
「キョーコ!ゆまはオジサンのこと別に嫌いじゃないから虐めちゃ可哀そうだよ!老け顔って病気もきっと治るから大丈夫!」
「止めを刺すな・・・・・え、なにこれって私の監督不届きってやつなの?」

納得のいかないまま杏子は皆に責められること数分。

「いやいいんだうん・・・・周りが異常に若々しいこの世界がどうこうではなく俺自身が、そう俺だけが老けているだけであって、そもそも元の世界でだって年齢以上に見られた事は何度もあったじゃないか、だから――――」
「オジサンオジサン、ゆまは魔法少女だからオジサンの老け顔が治るように頑張るからね!」

きっと励まそうとしていて、残酷に刺してくる少女だった。

「ゆまは、うん、良い子だなぁ・・・・・純粋で、うん」
「そうですね。正直で嘘のつけない良いお子さんじゃないですか。ええ、先生もそう思いますよね?」

嬉々として煽ってくる人間が一人いるせいで・・・“ねらー”だからか、煽りがうまい。

「貴様はこの状況の意味を知っていての発言か!?」
「どうしたんですか先生そんなに熱くなっちゃって?過老ですか?」
「・・・・・『過労』って言ったんだよな?」
「ふふ、何ですか急に?」
「否定しなぞこの女」
「え・・・・・・否定?何故?」
「く、この不思議そうな顔をっ」

岡部が落ち込んでいる様をメガネほむらは微笑みながら見降ろしていた。
杏子から見て暁美ほむらは三つ編みメガネの優等生にしか見えないのに、その表情はSの資質を兼ね備えている気がする。
杏子は思う。マミはお人好し、黒髪女はS、青髪は責任を最初に自分に擦り付けてきたし岡部は若干キモ・・・・変だ。ゆえにこのメンバーでは残った金髪ツインテールの女がマトモかなと思い視線を向ければ――――

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ユウリ?」
「え!?」
「は!?」
「!?」

杏子の零した名前にユウリ(あいり)と岡部、ほむらが目を見開いて反応する。
ゆまとさやかとマミは『?』と首を傾げるだけで、口にした杏子は三人の反応に咄嗟に一歩分の距離をあけてしまった。
あいりは、いなくなった自分の親友のことを知っている人物がまた現れたことに期待と戸惑いを。
岡部とほむらは、これまで佐倉杏子の口から飛鳥ユウリ、正確には他の魔法少女の話を聞いたことが無かったから困惑と疑問を。
あいりは思う。地元から離れ見滝原に来てみれば親友の過去を知る者と次々と出会えると。
岡部は思う。何故こうも、この世界線は次々と今までになかった事が起きるのかと。
ほむらは思う。杏子は前の時間軸でも知っていたのか、それともこの時間軸限定なのか、と。

物語が加速する。登場人物と観測者が増え本来なら繋がらない者同士が会合し保管し合って濃度を濃くしていく。

誘われたように色んな人物が見滝原に集まってきている。もしそうなら誰が、なんのために。

自然か偶然か、当然か必然か、誰も観たことのない物語が紡がれようとしていた。




「・・・・・あら、そういえばルカは?」

マミはキョロキョロと周囲を見渡すが双樹ルカの姿がどこにもない。
一方、岡部達と共にいた石島美佐子も姿を消している。
キュウべぇは鹿目家でまどかと一緒だ。

石島美佐子が疲れているにもかかわらず美樹家へと同行するのは大人であり社会的地位が確かな警察官であることから説得の際に少しでも親御さんに対して信頼を得られるようにするためと、彼女自身が岡部やユウリともっと話がしたかったからだが、その彼女の姿がいつの間にか消えている。


双樹ルカと共に。













「こんにちは石島さん。ご健在のようでなりよりです」
「双樹・・・さんでいいのかしら?――――あなたも、魔法少女だったのね」
「私のこともご存知で?」
「ええ、行方不明のリストの中にあなたの写真もあったわ」
「ふふ、管轄外の地域なのに真面目ですね」
「親友のためよ」
「素敵です」


そう離れてはいない建物の屋上で初対面のはずの二人は向かい合っていた。
一方的な情報だけを持って彼女たちもまた会合を果たす。
物語は加速する。
岡部倫太郎や暁美ほむらを介することなく物語は前回とかけ離れていく。
奇跡と呪い、希望と絶望が色濃く集まっていく。











―――『繰り返してもらう。何度でも、死んででも』

そしてここにも一つ、誰もが予想してなかった現象が起きていた。

―――『皆に恨まれて嫌われて、傷ついて死にかけて、世界中が敵になっても戦ってもらう』

少年はまだ一度も触れていない、観測もしていないのに受け取っていた。

―――『そして



『不正【エラー】』『異常【エラー】』『破綻【エラー】』『疑問【エラー】』『循環【エラー】』『不解【エラー】』『不明【エラー】』『損失【エラー】』



「ぅ、ぅぅ・・・!?」

一瞬、脳裏にノイズのようなものが走り上条恭介は頭を押さえた。
場所は病室、いつの間にか寝落ちしてしまい、しかしいきなりの頭痛に目を覚ました。
隣には既に少女の姿は無い。

「ぁっ?ガがガががが!?」

感知してはいけないモノを神経が拾った様な、見てはいけない角度を向いてしまったような、何かと何かが繋がる異質な感覚。
記憶じゃない。自分が経験したものじゃない情報。自分の脳ではない何かが記録し管理している情報の断片。
何万枚、何億枚もの写真映像を連続で高速で見せつけられている。知覚する前に次々とバラバラな光景を雑音として叩き込まれていく。
痛いのか、痒いのか、それを判断する間さえ与えてくれない情報の波。
そのほとんどは意味を成さない。理解できないし記憶できない。その記録は今の自分には苦痛以外の何も与えてはくれない。いっそのこと死んでしまいたいだけの時間。

「・・・・ぁ、あああああああ!?」

それは一瞬の筈だったのに痛みが引かない。脳が悲鳴を上げている。対処しようにも頭を押さえて叫ぶことしかできない。
もう何が原因かも判らない。だから自分がなぜ苦しんでいるのかも分からない。
冷や汗が止まらずベットのシーツを掻き毟るように集め、額に押し付ける。

記憶にも記録にも残らない何か、誰にも語られることのない物語。

語られない、だけど知ることができる者はこの世界に一人いる。

全世界線を通して一人。

『神様』なら、あるいは知っているのかもしれない。

でも『悪魔』は知らない。『観測者』も識らない。

彼だけが知る事が出来る。

『岡部倫太郎』が諦めた後の世界の末を。

当事者である『英雄』には成れなかった『魔王』、ただ一人。

『鳳凰院凶真』を諦めなかった世界の御伽話。




見滝原には現在、全てのラボメンが終結していた。











[28390] χ世界線3.406288 『妄想トリガー;佐倉杏子編』
Name: かっこう◆7172c748 ID:3f6e4993
Date: 2012/08/06 22:26
注意;本編と関係ないハズの息抜きSSです。

投稿サイト閉鎖した?と、思いきや気づけば復活していたので高まるテンションの勢いに任せた即興SSです。

また、当方の中でまどマギの大好きカップリングは まどか×杏子 ほむら×キリカ マミ×織莉子 さやか×ゆま キュウべえ×オールキャラ と、ややイレギュラーよりと思われるカップリングが好きなのでラブコメは本編では・・・オカリンとは無理かなーと思うこの頃。
だが・・・ここなら出来る!本編で出来なくても題名が『妄想トリガー』だから大丈夫!オカリンとまどマギ達との・・・・・・・と思い書きました。
カッ、となって書いたモノなので気にせず『流し読み』してくれると幸いです。

このSSは当方の『妄想トリガー』です。
















未来ガジェット研究所。その構成メンバーのことを“ラボメン”と岡部倫太郎は呼んでいる。

そんなラボメンにとって、そこに集う少年少女にとって未来ガジェット研究所はとても居心地が良い。
理由は多々あるが、その一つに『変わることが無い』が挙げられる。では何が?誰が?

何が? もちろんそれは未来ガジェット研究所の在り方。魔法少女や関係者の居場所、味方である岡部倫太郎が必ずいてくれる場所、世界から見放されても受け入れてくれる場所。
誰が? 岡部倫太郎、鳳凰院凶真。その人が変わらずにいてくれる。彼は変わらない。彼はいなくならない。彼は失われない。彼は奪われない。

人は時と共に変わっていく。その心も想いも少しずつでも変わり続けていく。環境の変化からはもちろん、いろんな出会いや経験を経て変わっていく。
成長途中のラボメンだってそうだし・・・・・この世界線ではキュウべぇですら変わっている。
だけど、それでも未来ガジェット研究所のリーダーである岡部は変わることなく、揺るがなく、いつまでもそのままでいてくれた。

変化は常に変革と混乱を与える。例えば恋愛関係、どんなグループでも、どんなサークルでも、仲が良ければそれだけ人間関係に与える影響は大きい。
ラボメンはその設立目的、及び在り方から年頃の男女が構成員だ。“それ”は誰もが経験し、決して避けることは出来ない事柄なのだから無関係ではいられない。
だがリーダーである岡部は違う。この世界線において岡部には“それ”が無い。正確には薄い。枯れているとも言える。それ故に未来ガジェット研究所自体は揺るがない。
一番上で、誰よりも下で支える存在がいつだってラボメンを受け入れる。その手の話題の相談に完全中立でいてくれる。
例え何があっても彼はそこにいて、受け入れて、味方でいてくれる。だから彼等は安心していられる。変わらずの彼がいてくれるから。
岡部倫太郎を想う人間にとっては酷かもしれない。彼は受け入れても、味方でも、想ってくれていても、“それ”だけは絶対に応じることはないから。

だけど、それゆえに未来ガジェット研究所はラボメンにとって、岡部に想いを寄せる人々とって優しくて居心地が良い最高の場所になる。

だってそうだろう?何もかもが変わりゆく世界で決して変わらないのだから・・・あまりにも都合が良い。

長い人生で何があろうとも、例え岡部意外の誰かを好きになって“自分から離れることはあっても彼から離れていくことはない”のだから。

岡部倫太郎が自分を選んでくれなくても、他の誰かを選ぶことは無いのだから、告白してもふられると分かっていて、でも他の誰もがそうだと分かっている。

だから安心して隣にいることができる。いつか自分達にもそういう人ができるまで優しい時間を謳歌できる。

岡部倫太郎はいなくならない。
岡部倫太郎からいなくなることはない。
岡部倫太郎はどこにもいかない。
岡部倫太郎はどこかにいかない。
岡部倫太郎は誰かに奪われない。
岡部倫太郎は誰にも奪われない。
岡部倫太郎は誰かのモノにはならない。
岡部倫太郎は誰のモノにもならない。

そんな岡部倫太郎はラボメンのことを最優先に考えている。いつだって自分達の味方で、彼の一番は自分達なのだ。

それは変わることなく揺るがない。彼は変わらない・・・いなくならないし失われない、絶対に奪われない。

いつだって傍にいてくれて・・・・・・ほら、それはとても嬉しくて優しくて――――そんな場所は居心地が良いだろう?

絶対に裏切られないと同じなのだから――――――でも『人は変わり続けている』。



それを誰よりも彼から教えてもらってきたはずなのに



岡部倫太郎だって―――変わり続けている。












χ世界線■.■■■■■■



―――・・・・・・・からさっ、岡部倫太郎にとってアタシ達はまんま子供なんだよ。魔法が使えるからって関係ない
―――ん~・・・、じゃあ私達が『大人』ならいいのかな?大人に見えればいいのかな
―――見た目だけじゃ駄目だろうけどな、それだけならあいりの魔法や四号機でどうにでもなる。アイツは何だかんだ・・・・・アタシ達の事をちゃんと見ているから
―――じゃあ私達が『大人』って設定で・・・杏子ちゃんがやってみよう!
―――なんでアタシ!?アンタやマミでいいじゃんかっ!

―――・・・・・・で?なんか言い訳はある恭介?
―――上条君、素直に言えば■■■で許してあげますわよ?
―――それ死んじゃうんじゃないかなぁ・・・・・・はっ!?さやかも志筑さ・・・仁美も落ち着いてくれっ、僕は―――!!

―――うわぁ・・・・・アタシ、ああはなりたくないんだが?
―――でも私とほむらちゃんは試したし・・・杏子ちゃんはまだだよね?
―――そうね、私とまどかじゃ“いつもと変わらない”し、杏子なら何らかの変化があるんじゃない?それに今回は『設定』で―――
―――うん、『オカリンが私達を大人として見る』ように設定するしそれに・・・・・
―――ん?なんだよ急に黙って、やっぱやめとくか?岡部倫太郎もこのままじゃマズイし
―――ううん、そうじゃなくて・・・・あのね、杏子ちゃんはっ
―――うん?
―――ん~、まあ・・・・大丈夫かな?杏子ちゃんだし、なによりオカリンだし!
―――は?
―――みんな集まってー!さやかちゃんも仁美ちゃんも上条君のお仕置きは後にして
―――鹿目さん止めてくれると嬉しいんだけど・・・・・誤解から始まる争いは悲しいし痛いし最近シャレですまないし僕は―――
―――あのね上条君
―――?
―――男の人は『浮気をしていなくても浮気をしてると思われた時点で罪』なんだよ?
―――真顔でなんて恐ろしい事を言うんだ!!それじゃ僕と凶真はっ―――!?
―――うん、だからお仕置きは後でね、“まとめてやった方が効率がいいでしょ”?
―――怖い!最近鹿目さんが怖いよ!?
―――オカリンが不埒な事をしたら連帯責任だよ?ふふ、知らない女の子が“また”出てきたら・・・・・・・ふふふふふふふふっ
―――頑張れ凶真ァ!!君の行動に僕達の明日が掛かっている!!!
―――必死だね上条君、まぁ・・・なにせオカリンと上条君は50人近い魔法少女の前でディープキ――
―――それ以上は言ってはいけない!僕と凶真も・・・ようやく立ち直ったばかりなんだよ!?
―――なのに浮気したの?
―――してないよ!?そもそも僕も凶真も彼女いないのにどうやって浮気すればいいの!?
―――それを決めるのはオカリンと上条君じゃなくて私達だよ?
―――跳べよォオオオォオオオ!――――ってぇ!!?巴先輩後生ですから拘束を解いてください!!このままじゃ僕はっ、僕たちはっ!
―――へぇ、二階の窓から飛び降りてまで逃げようだなんて・・・・・後ろめたいことがやっぱりあるんだ・・・・恭介?
―――あらあらまあまあ、ふふふ、大丈夫ですよ上条君。凶真さんが無実なら“半分”で許してあげますわ
―――それでも半分!?無実なのに!?しかも経験上絶対に凶真は有罪になる未来しか見えないのに!
―――じゃあ始めるよー
―――超頑張れ凶真ァ!僕達の無実を・・・・・いやきっとどうせやっぱり不可能だけどっ、奇跡も魔法も全力で僕達の敵だけど頑張れー!!
―――・・・・・・はあ、ほんと毎回飽きないよな



―――アンタもそう思うだろ?なぁ、岡部倫太郎



がぽっ!

―――・・・・・・・・・え?
―――じゃあ、いってらっしゃい杏子ちゃん
―――ちょっ なんでアタシにまで――――――!!?
―――『愛を司る女神作戦【オペレーション・シェヴン】』スタート!
―――こらーっ!!!










『妄想トリガー;佐倉杏子編』


“2014”年12月1日05;30



―――OPERATION;SJOFN

―――Mission start


「・・・・・・ん?」

ふと、気づけば岡部は淹れたばかりのコーヒーを持ったまま立ちつくしていた。
ここは『未来ガジェット研究所』。アトラクタフィールドχで創り上げた新たな居場所。巴マミの家から出て三年、戸籍を手に入れ最初は苦労したがミス・カナメ・・・鹿目洵子をはじめとした多くの人たちの協力で四年という歳月をかけて岡部が築いてきた――――

(・・・・・・・・・・・・・“四年”?)

灯油ストーブの上に載せているヤカンからシュシュシュ、と、沸騰したお湯が水蒸気に変わり部屋全体を暖め今年一番の寒さから岡部を守ってくれている。窓に、外に視線を向ければ暗く、雪が浅く振っていて朝日が世界を照らすにはまだ時間がかかりそうだった。
もし晴れたならきっと雪が積もっていて綺麗な銀世界を眺めそうだ。“中学生のアイルー”と“小学生のブラザー・カナメ”は喜ぶだろう。そしてその様子をまどかとバイト戦士と一緒に―――

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・なんだ?」

また、違和感が頭をかすめる。

「なにか・・・・・・おかしくないか?」

岡部は思考する。記憶に、“今”に違和感を抱く。過去こういった経験があっただけに油断はできない。そう、漠然とだが何かを忘れているような気がする。しかし気がするだけでそれがなんなのか分からない。
ここは未来ガジェット研究所で温かく、体を負傷しているわけでもないし危機が迫っている感じではない。リーディング・シュタイナー・・・?しかし特有の緊迫感がない。かつて味わってきた不安や恐怖、何より頭痛が無い。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・雪?」

暗い外に視線を向ければ雪が降っているのが見えた。

「まて・・・・・・・・・・・・・・・・・いまは、いつだ?」

呟きカレンダーに目を向けて、瞳に映した数字は―――――――今日は12月1日。今年もあとわずか、クリスマスや年末には集まれるラボメンが集まり恒例のパーティーを開いて、そして今年もラボメン全員が無事に・・・・・・・・?

「毎年・・・・・?いつから俺は――――ん?」

違和感が拭えない。首をひねり思考を現状の分析に総動員し違和感を取り除こうとする。

――――修正

~~~~~♪

そこに電話、まるで何かを妨害するようなタイミングで。
黒いセーターの上から羽織った白衣のポケットから深紅の携帯を取り出す。ディスプレイには『鹿目まどか』の文字。この世界線では“幼馴染じゃない”彼女からのいつものモーニングコールに自然頬が緩む、それを声に出さないように意識しながら通話のボタンを押す。

≪おはよ~オカリン。今日も寒いからちゃんと温かくしないと駄目だよ?お金は大切だけど健康が一番大切なんだからね≫
「おはようまどか、今日も寒いな。あと健康が一番なのはわかっているさ、だからミス・カナメに対する家賃の引き下げ交渉に協力してくれ。先月風邪をひいた原因はミス・カナメの取り立てで灯油が買えなかったのが原因だったんだぞ」
≪それはオカリンにも原因があったでしょ?≫
「まあ、そうだが・・・・・あれは少し理不尽すぎるような気が・・・」
≪私、誕生日だったんだけど?≫
「・・・・・・・・・俺が悪かった」
≪よろしい。ふふ、今日のオカリンは素直だから許してあげる。ママ・・・・・お母さんにも一応相談しといてあげるね≫
「助かる。それで今日は?」
≪うん、学校が終わったら買い物に行こうかなって・・・・一緒にいけそう?≫
「ああ、待ち合わせはいつもの場所で?」
≪うん、じゃあ―――――≫

待ち合わせの場所と時間を決めて電話を切る。今日も学校に行く前にラボに弁当(父:明久作orまどか作)を届けに来ると言っていた。“いつものように”。
そう・・・・・・そうだ、いつもだ。それでようやく頭はハッキリと思いだす。ようやくだ、平和ボケでもしていたのだろうか?未来を、平穏を取り戻したとはいえ油断は禁物だと言うのに。

(しかし、そう思えるだけの余裕が・・・・・幸福があるんだな)

幸せを噛みしめながら・・・・・・現状を再確認する事にしよう。この世界線での立ち位置を。偶然手に入れた奇跡の世界線を。
俺は岡部倫太郎、鳳凰院凶真。元の世界からこの世界線にきて再び立ち上がり、幾度となく世界線を渡り歩き今の世界線に辿りついて早四年。
当初この世界線での年齢は、見た目は別の世界線の『まどかの願いに引っ張られた』状態だったため中学生だった。今は大学生、この世界での因果は薄く、戸籍がなかったが偽造でなんとか取得に成功、β世界線の経験が役にたった。まどかよりも一つ上、マミと同じ年齢・・・。
ここは未来ガジェット研究所。一年間世話になったマミのマンションからここに移った。季節は冬でストーブが手放せない。生活費はミス・カナメの紹介で臨時のバイトを少々、しかし彼女の取り立てでなかなか貯金ができない。

「・・・・・灯油代は勘弁してほしいな」

死活問題なのだ。まどかを泣かす、悲しませる、それらに該当する。と、“彼女が判断すれば家賃が上がる”為・・・・なかなかスリリングな生活である。ちなみは家賃の方は初期の三倍にまで上がっている。元が安かったとはいえそろそろシャレにならない。
食事は毎朝まどかが持ってきてくれるので・・・・幼馴染でもないのに助かる。鹿目夫妻との関係も良好で夜も食事に呼ばれるので大丈夫・・・・原因であるミス・カナメにイロイロ説教される事になるが大恩ある身なので何も言えない。言うつもりもないが。
また、マミという頼りになる人もいるので“いざというべき避難場所”もあるが・・・数年前ヒモという言葉をゆまがテレビから得て純粋な瞳で「お兄ちゃんはヒモなの?」と聞かれたので本気で人生について考え始めた。このままでは不味い。何がまずいって・・・・・威厳が?一応これでも中身は・・・・・。

「いやまて違うんだ・・・・・・!俺はちゃんと働いていて決してヒモでは・・・・た、確かにマミの家にはたびたび転がりこんではいるが・・・・・・」

思い返せばβ世界線では研究に明け暮れ生活面は全力でサポートされていた・・・・・・・・・・・・うん?それはヒモなんじゃないか?俺はヒモだったんじゃないのか?
oh・・・衝撃の真実がこんな場面で明かされた。結果的に世界を変えた俺はグレートなヒモ。キング・オブ・ヒモである。不思議だ、死にたくなってきたぞ・・・・。
純粋な瞳、穢れ無き眼で見上げるゆまの視線と言葉を思い出す度に膝をつきたくなる今日この頃。それが災いしてか先月、かなり冷え込んだ日に灯油を買う金が無く、しかしマミの家に行くには躊躇いが生まれたその日、我慢に我慢を重ねた俺は病院に担ぎこまれた。本気で死にかけた。魔女も呪いも関係ない事で。
ちなみに先々月の10月3日はまどかの誕生日。その翌月で病院に担ぎ込まれた11月の家賃は大変だった。何があったのかは・・・・・・いろいろだ。家賃の取り立ては月の初めなので危険である。

「ふむ・・・」

ずず、と、コーヒーを口に含みながら気持ちを落ち着かせる。違和感はとりあえず勘違いだったと納得した。気のせいだと。何も問題ないと。

「この世界線はみんなが生きている世界線・・・・・・・本当によかった」
「――――なに朝から黄昏てんだ?アンタって一人の時でも厨二なのか」

ぶるり、と、体が震えた。突然の声、しかし最近は驚く事は少なくなってきた。後ろから、二階にあるラボの窓から声が聞こえるのは最近では珍しくなくない。
彼女は大抵窓からやってくる。体が震えたのは開かれた窓から入ってきた冷気に反応したからだ。

「おーっす。岡部倫太郎」
「バイト戦士・・・いい加減玄関から入ってこい」
「小せぇこと言うなよ、第一そう言いながらも毎日鍵開けてんのはアンタだろ」
「何度壊されたと思って・・・・」
「なぁ、こんだけの鍋の材料って冷蔵庫に入るか?」
「無視か・・・鍋?」
「半値印証時刻【ハーフプライスラべリングタイム】の賞品ってとこかな」
「この時間からか?まだ――――」
「うっせぇいろいろあんだよ!・・・で、冷蔵庫あいてんの?夜一緒に食おうぜ」
「そうだな・・・・・夜は抜いておこうと思っていたから丁度いい。助かる」
「決まりだな、じゃあ冷蔵庫借りるぞ」

いや本当に助かる。温かいご飯・・・・至福の一時を約束されたも当然だ。

「しっかしお前んとこは相変わらず金欠なんだなぁ」
「ほっとけ、ゆまは一緒じゃないのか?」
「おいてきた。今頃マミと一緒に朝飯作ってんじゃねぇか?アイツも学校があるしな」

そう言って窓から侵入してきた長髪赤毛の少女は靴を脱いでずかずかと、まるで我が家のように堂々と遠慮なく冷蔵庫に手をかける。靴は窓のすぐ近くに放置、岡部は床が濡れる前に靴を玄関に移動させる。最近はずっとこんな状況、一人で来るときは玄関から入らずに窓から、何かのジンクスだろうか?

「・・・・・相変わらず何も無いな。冬場はある程度入れといた方がいいってマミも言ってたぞ」
「そうすると留守の間にお前達が勝手に食うだろ・・・・・あと、まどかが」
「あー・・・まどかがなぁ、『芋サイダー』とドクペしかないな」
「せめて『冷やしたぬき』があれば・・・・・」
「それは別の世界線の・・・だろ?」

出会った頃よりも身長も伸び、顔の丸みがとれて凛々しさがました可愛いと言うよりも恰好良いと言う言葉が似合う女性。
黒いタートルロービングワンピースの上から赤いピーコート、脱いだ靴は黒のブーツ。黒のリボンでポニーテールにした彼女は同年代の女性と比べて・・・とても綺麗だった。
ごそごそとスーパーの袋から戦利品を冷蔵庫に移動させる彼女とは知り合ってから四年以上が経つ。
佐倉杏子。ラボに入り浸る現在フリーターのラボメン№08の魔法少女。

「なんにせよ可愛いアイツの手料理だ。“混ぜなきゃ無害”、普通なんだろ?たまには食ってやれよ。最近作ってないって愚痴ってたぞ」
「混ぜなければな」
「今日も?」
「ああ、学校に行く前に届けてくれるそうだ」
「・・・・・・・・・相変わらず仲良いよな」
「付き合いも長いしな」
「“一番避けてた相手なのにな”。まあいいや、ベット借りるぞ」
「は?」
「寝むいんだよ、そんじゃアタシは寝るから入ってくんなよ」

アコーデイオンカーテンの向こうに在る大きめな折りたたみ式ベット。そこに向かう杏子。その寝室とも言える場所にはタンスや段ボール等にいろいろな私物が大量に詰め込まれているが、それは岡部だけのではなくラボメンの私物も多々ある。
雑誌や小道具、私服や学校の制服、おまけに下着までだ。他にも何の用途に使うのかよく分からない物品も。

「いやお前・・・最近遠慮がなくなってきているぞ」
「うっせー、昔は何も言わずに何日も泊めてたじゃねぇか」
「あの時とは状況が違う」
「どこがだよ、バイトはしてるけど相変わらず学校には行ってないし魔女退治も相変わらずだ。昔と変わったのはアタシじゃなくて、アンタがラボメン以外の女も泊めることが多々あるってところだろロリコン」
「誰がだっ、人聞きの悪い事を言うなっ・・・・・・あの時と違ってお前には帰る場所も待っている人もいるではないか」
「そりゃそうだ。でもなぁ岡部倫太郎」

コートを脱いで近くのソファーに適当に放置、そして岡部に近づきながら杏子は問う。

「アンタから見て、アタシは昔より成長できたと・・・・変わったと思うか?」
「む?四年もたてばいろいろ変わるだろ」
「どこがさ」
「それは・・・・・まあ、昔よりは綺麗になったと思うぞ?」
「世辞は良好だな。んで、アタシを泊めづらくなった理由は?」
「おまえな・・・・・」
「ほれほれ、さっさと言わないとまどかが来んぞ?」

分かっていて聞いてくる。それが世辞ではないことを知っていてからかってくる。

「お前達が――――」
「アタシが」
「お前が・・・・・綺麗になったから、だから簡単に一人で泊めるわけにはいかない・・・・・・・・これでいいだろっ」

どうせいつも押し切られる。ならばさっさと降参してしまえばいい。それが最近での杏子への対応だった。少女から女性に、年齢的にはマミと同じ大学一年だが経験、精神といった内面はそこらの大人に引けをとらない。年齢以上に大人びて見える。お互いいい歳でもある。だからよく周りから噂されることがあって、それが杏子を一人で泊めないようにした理由。
それは他のラボメンにも言える。各ラボメンは非常に周囲の目を集める。それぞれが容姿端麗で性格もいい、当然ながら人当たりも良く近所の評判も良好の有名人達。それがほぼ毎日寂れた建物に集まり泊まり込みで騒いでいる。話題も上がると言える。ラボメンの構成メンバーは全員学生というのも噂が肥大する原因の一つ。
だけど三年前から大勢で騒いでいるのに、気づけば特定の人間だけが寝泊まりしている。“そう思われる”だけであの手この手の噂は広まり収拾するのに時間がかかる。どれだけ大人びていても、その精神が強くても、彼女達はまだ子供だ。ソウルジェムに負担をかけないためにも俺は―――――――――

―――・・・・・いや違う?いや・・・当たっている?彼女達はもう“大人”で・・・・・こども・・・・?

「え・・・・・あれ?」
「よしよし、アンタもいい加減アタシらを子供扱いしなくなってきたなっ」
「あ・・・・・うん?」

なんだろうか、やはり違和感がある。目の前の少女・・・・・女性に違和感が・・・・そういえば彼女の声はもっとこう・・・・・・。

「・・・・・・」
「だいたい年はアタシらと変わんないってのによぉ、アンタはずっと年下相手みたいに接してきたからな、それがどんなに――――」
「声・・・・」
「あん?」
「お前の声はもっとこう・・・・・・アニメ声じゃなかったか?」

そうだ。佐倉杏子の声は、彼女の声は決して滑舌が悪いというわけではないが、しかし舌ったらずな声だったような?違う・・・・あれは誰の声だ?
行動言動は出会った時から乱暴なイメージがあった杏子だが、その声はアニメ声そのものだったので割と岡部の中では―――

どすっ

「ごふっ!?」
「おい・・・・・テメエ、それは気にしてるから言うなっていったよな?」

杏子の拳が鳩尾に食い込む。忘れていた。失念していた。そうだった。

「言った途端にこれか?ガキ扱いすんじゃねえよ!」
「す、すまんっ」

せき込みながら、ぐりぐりと、拳を鳩尾に食い込ませる杏子に謝罪する。彼女は子供扱いされる事を極端に嫌う。四年の付き合いで把握していたのに失言だった。
やはり今日の俺はどこかおかしいらしい。“昨日”もバタバタしていたし・・・・・・寝ていないのでそれが原因かもしれない。

「今度言ったら顔面いくからな」
「いや・・・・・バイト戦士、それは勘弁してくれ」

割とシャレにならない、四年経った今でも筋肉とは無縁、肉付きは薄い。簡単に言えばヒョロイ。痛みにもなれないし彼女達は手加減を何処かに置き忘れている。なまじ魔法で傷を治せるからなおさらだ。
殴られたお腹を摩りながら右手に持ったコーヒーを彼女によこす。一応謝罪のつもりで。即物的な謝罪だが彼女の体も冷えていると思い決してまた殴られるのにビビっているわけではない。
・・・・・誰だって痛いのは嫌だろう?好きというなら個人の趣向だ、俺には関係ない。岡部倫太郎はホモでもマゾでもないのだから!・・・誰に訴えているんだ?

「ん・・・・・コーヒーか」
「は?あ、ああ、嫌いだったか?」
「いや・・・・」

受け取ったカップ、杏子は何かを躊躇っていた。そういえば俺はコーヒーをいつもブラックで飲むが他の皆は違う。
だからラボには彼女達の私物の他に台所にはスティック状の砂糖とコーヒー用のミルクが常備置かれている。

「ああ、ブラック飲めな――――」
「ッ、飲めるよ!馬鹿にすんな!」
「いや馬鹿にしたつもりは―――」
「うっせーッ、砂糖もミルクもいらねぇーよ!!!」

そう言って、ぐいっと、効果音が聞こえそうな勢いでコーヒーを口に含む。“入れたての湯気の立っているコーヒーを”。

「あつぶうっ!!!?」
「うわっ、噴き出すな馬鹿者!」
「あちゅっ、あつつ!!!?」

バタバタと慌ただしく水を求め杏子が走る。
俺は杏子から受け取ったカップをテーブルに置き雑巾を求めキッチンへ、台所の下にある戸棚を目指す。床、フローリングの床にコーヒーをぶちまけられたがテーブルの上に敷いたテーブルクロスにかからなかっただけマシだと思った。
まどかとマミが選んでくれたのだ。洗えば済む問題だが染みになったら困る。

「あちゅッ、あちゅ――――あついじゃねぇか!!」
「湯気がたっていた時点で気付け」

棚を開け、雑巾を取り出していると隣で水を飲んで口腔内を冷やしていた杏子が怒鳴ってきた。
ため息をこぼしながら立ち上がり、俺は杏子に手を伸ばす。

―――・・・・・・・・・・・? なんで俺は、手を・・・・?

「まったく、お前は毎回こんなんだな。ほら、見せてみろ」
「誰のせいだとっ・・・・だったら少しは冷やしておけよな!」
「そんな無茶な」

当たり前のように、見てどうこうなるわけでもないのに、俺は右手を伸ばし杏子の頬に触れる。杏子はソレを避ける事も嫌がる事もしない。雪の降る季節に外を出歩いていたのだから当然杏子の肌は冷たく、しかし柔らかく温かかった。
そんな矛盾を感じながら杏子の唇を見詰める。口を冷やすために含んだ水道水が口元を妖艶に濡らし、柔らかそうな唇は魅了するように生温かい吐息を吐きだしている。
頬に触れた右手、親指は杏子の唇の端を捕え、人差し指と中指を頬に添え、薬指で顎を持ちあげる。

「ふ・・・んっ・・・・・」
「・・・・・・・・・」

ヤカンからシュシュ、と聞こえる音と、杏子の吐息だけがラボに存在し、残りの音が世界か消失している。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・なんぞ?

妙な空気だ。おかしな状況だ。ありえない展開だ。振り払ったはずの違和感が再び戻ってきている。
俺は鳳凰院凶真。そして彼女は大切なラボメン№08。それだけだ、それだけでありながら命をかけて守る大切な女性だ・・・・・・・そう、佐倉杏子は――――・・・・・・・うん?

「・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・」

暖房の効いた空間に冷えた体が温まってきたのか、冷えて真っ白だった杏子の頬は薄くピンク色へと血行が良くなっているのが分かる。
その頬を撫でるように、唇の端に添えられていた親指を動かし優しく愛撫する。
「んっ」と唇から零れた声に―――指を離すことはしなかった。杏子も離れることはしなかった。
むしろ彼女は・・・偶然なんだろうが頬に触れた右手に自ら頬を押し付けるように身をよじり、そして見た目以上に幼い瞳で俺を見上げる・・・・・それを真っ直ぐに見つめ返す。
酷く無防備で、それでいてとても魅力的に見える。普段なら、いつもなら危なっかしいと思っていたハズなのに。
幼くも気高く、あどけなくも美しい。岡部倫太郎から見て佐倉杏子はそんな女だった。

そして―――

「おっはよー!」

ズバーン! と、豪快に玄関を鹿目まどかが解き放ち朝の挨拶をかました。

「「っ!?」」

ばばっ、と、お互い距離を取り戦闘態勢にはいる。
そう、俺と杏子は突然お互いの存在に異議を憶えてたまたま戦闘に入ってもいいんじゃないかなと思って別にこれと言った理由から何かを誤魔化そうとかそもそも何をと言うか何もなかったから特に何もないと言い訳とか別にピンク色の謎とかいやはや・・・・・・もうどうでもいいや・・・・うん。

「えっと・・・・どうかしたの二人とも?」
「「いや~別に!?おはようまどか今日も可愛いな!」」
「うん、二人とも何を隠してるのかな?」
「「えっ、なんのこと!?まだばれてないよ!?」」

まどかの笑顔に半分自白したまま俺達は朝を迎えた。

「『一発百撃の聖弓【ピンポイント・サジタリウス】』!!!」
「「躊躇いがねぇ!!?」」

まどかの躊躇いのない射撃と言う名の砲撃、室内を桜色に照らしながら朝を迎えた。






2014年12月1日07;15



「ごふっ」
「大丈夫オカリン?」
「もっと手加減を・・・・」
「いや」
「ですよねー・・・」

岡部は痛む体を引きずっていた。あの後まどかとミスター・カナメ作の弁当を食べて一緒に家を出ていた。
雪の積もった道を、隣でいつの頃からかツインからポニテにした髪を揺らしながら、まどかはいつものように岡部の隣を歩いている。
杏子は結局ラボで寝ている。杏子がラボにいること自体は珍しくないので追及は特になかった・・・・不振の視線はあったが。攻撃はあったが。割と手加減もなかったが。
しかし助かった。岡部はそう思っている。“アレ”は一体なんだったのか?正直まどかが来てくれて助かった。自分も杏子もあの瞬間正気に戻った・・・いや、戻れたと言った方が正しいかもしれない。一時の迷いとか、吊り橋効果とかそういうものじゃない。まるで無理矢理“そう思う”ように誘導されたような不快感があったのだ。

―――修正

・・・・・?

・・・とは言え、そう言うほど、あの状況は、まあ別に、コレと言ってあの状況は悪い気はしない。もちろん不快感は大いにあるが杏子に対しては別に・・・・・・なんの言い訳をしているのだろうか?
首を傾げる岡部に学校指定の制服の上からモコモコしたコートを羽織ったまどかは声をかける。

「本当に杏子ちゃんの分のご飯はいいのかな?」
「既にすんでいる。朝からどこぞの店でハーフプライ・・・・・・弁当を食ったそうだ」
「そっか、ところでオカリン」
「ん?」
「ほんとうにさっきは何もなかったの?」
「・・・・・・・・・・・もちろん」
「本当に?」
「ん」
「私の目を見て言ってみて」
「もちろんだ」

じっ、と、視線を合わせる。高校三年生になった鹿目まどか。高校生になっても少し幼さを残す顔立ちとあどけない瞳。未だに中学生にも見えるまどかの瞳を真っ直ぐに見詰める。数年前にプレゼントしたチェック柄の赤いメガネの向こうから綺麗な瞳が岡部の真偽を確かめようと真っ直ぐに見詰める。
俺に後ろめたいことはない。・・・・・・・・・ないよ?ここは笑顔での対応が大人として正しいだろう。年齢は一つしか違わないが中身は大人な鳳凰院を魅せつけよう。

「(^-^)」
「・・・・・・・・・」じー
「(^-^;)」
「・・・・・・・・・」じ~
「(^_^;)ゝ」
「・・・・・・・・・」じー
「((^_^.))」
「・・・・・・・・・」じ~~
「(((^^ゞ)))」
「・・・・・・・・・・・・・・・・」じ~~~~~~~
「(;一_一)」ちらっ
「うん、夜は覚悟しておいてねオカリン、私頑張っちゃうから♪」

プレッシャーに負けて視線をそらしてしまったとはいえ、いやはや・・・・・まったくこの娘は無自覚に意味深な言葉を使って少しは年齢を考えてほしいモノだ。フゥーハハハハハ!


―――――さて、今の所持金でどれだけこの街から離れられるだろうか・・・・


「あ、ちゃんと買い物付き合ってもらうからその時にまではちゃんと言い訳考えていてよ?」
「あ」

・・・・・そういえば約束していたんだった

「これは宿題だからね?あと約束・・・・・破ったら分散射撃【ディスパーション・ショット】だからね?」
「まどか・・・・・さすがに500hitは手加減しても死んでしまうと思うんだ」
「でも一発じゃ反省しないでしょ?」
「一発でも100hitあるよな?」

百発百中じゃない。一撃必殺じゃない。百発分の威力の一撃じゃない。“一発が百撃の魔法”。

「なに約束は守るさ・・・・・守れ・・・いや、守れるさ?」
「そこで断言できないのがオカリンの罪だよね」
「違うぞまどか・・・世界がいつもここぞというタイミングで俺にミッションを与えるのだ」
「うん、その言い訳は聞き飽きました」
「え、まどか?」
「約束破ったら酷いからね?」
「あの・・・・」
「手加減・・・・・・・・しないからね」
「・・・・・・・約束破ったら俺は死ぬのか?」
「ばか」

まどかは高校へと繋がる通学路へと・・・・岡部から離れて行った。






2014年12月1日13;30 某大学内学食



「さて諸君・・・・・・・・・・・・・・・・・助けてくれ」

真剣な顔で午前中の抗議を過ごしていた岡部に学友の皆が気を使って食事に誘い、悩みがあるなら聞くぞ、と温かな言葉を送ればこう返された。
その言葉は短く、しかしそれゆえに最も分かりやすく、伝わりやすい明確なものだった。

「“今日も”開口一番に助けを求められたぜ」
「えっと・・・・・凶真君、今度は誰に殺されそうなの?」
「ちゃんと心をこめて謝れば―――――あっ、それで前回は入院したんだっけ?」
「今回はどういった誤解を押し付けられたんだ?セクハラか?二股か?結婚か?」
「または逆のパターンか」
「つーと?」
「ちょっかいかけといていざ相手が乗ってきたら逃げる!・・・・みたいな?」
「あ~・・・・、岡部ならあるな」
「応えてあげようとして・・・か、セクハラ野郎の風上にも置けんただのチキン野郎ねっ・・・このクズ!」
「それって・・・・さ、女の子側からしたら・・・・あまりいい気はしないよ?」
「いやいや男性サイドからしても殺意が湧くぞ」
「もうあれだよな、いっそ裁かれろよ」

その短い言葉だけで彼等は岡部の置かれた状況を理解したらしい、これを友情と呼ぶのだろうか?一部既に岡部の事を見限っているが・・・。この大学で知り合い友人となった彼等の思い思いの言葉に反論しようとするが何とか抑える岡部、ご飯を奢ってもらっているからなのはもちろん、割と思い当たるふしもあるのだ。

「好き勝手言いよってからに・・・・いいか、リミットまであと数時間しかないのだぞ?真面目に聞いてくれ、このままでは最悪年越しを病院及び留年記念で過ごす羽目になるのだ!!」
「自信たっぷりに言い切ったなこの男・・・・」

岡部の大学での出席状況はあまり褒められたものではない。既にデットライン。もう崖っぷち。さあバンジー。そして留年へ・・・・・・。

「ミス・カナメに殺される!」

この世界線での岡部の敵は魔女や魔法少女達だけではない。というか大学に行けない理由の半分は鹿目洵子その人のせいなのだが・・・・留年でもすれば問答無用で折檻される。
項垂れる岡部をそれぞれが憐みの視線で見つめる。同時にこのまま放っておけないと思った。付き合いこそ一年にも満たないがそれでも彼等は鳳凰院凶真と名乗る岡部倫太郎がどういった人物なのかは何となく察している。
この男はどちらかと言えば善人のお人好しで愚か者。彼の周りに集まる人達を見れば、それこそ興味本位で少しの間でも付き合ってみればなかなか面白い、この男は飽きない人間だ。
人間関係において男も女も先輩も教授も上も下も関係無しに興味がある事には積極的に関わり何かを思いつけば常にニヤニヤしている。気になる事や疑問に思ったことは即座に質問し時間が許す限り積極的に関わるので教師、講師側の人間からは面白いほど期待されている。
その行動はまるで“過ごせなかった分を取り戻そうとしている”一種の焦りにも見えるが、楽しそうなのでそれに関しては誰も何も言わない。

それに大学内に遊びに来る彼女達のために一生懸命に、それこそ留年覚悟で彼女達のために必死に挑む姿は好感を持てる。

「しゃーねぇなぁー」
「うん・・・・私達も協力するよ」
「確か宿題が『今日の朝の言い訳』で・・・・約束が『一緒に買い物』だよね?」
「約束は問題ねぇわな!一緒に買い物に行け、ソレで解決だっ」
「問題は残る一つ・・・・、毎回これが主な原因だな」
「だな・・・・」
「そもそも誤解なんだろ?」
「岡部はいつもそれで怪我しているからなぁ・・・・」
「それだけ想われている幸せ者か、またはそれを良い事に周りを振り回している不埒者か・・・その違いで対策は変わってくるわね」
「あれ・・・?どっちにしても優柔不断なのが原因なんじゃないかな?」
「いや、鳳凰院はその辺はハッキリさせているのだろ?それでも周りに集まると言うか――――」
「もうアレだよね!爆発しろよ!!」
「経験積みだ」

岡部は何も気負うことなく答える。爆発?とっくの昔に経験積みだ。上条もキュウべぇも。
爆発はおろか刺されたり切られたり突かれたり潰されたり膨らんだり叩かれたり伸ばされたり縮められたり沈められたり打ち上げられたり落とされたり聞かされたり言わされたりブチマケラレタリ・・・・・・・・

「立ち向かうだけが人生じゃない・・・・そう、ときに人は逃げの道も用意しておくべきではないだろうか」
「瞳が死んでいるぞ岡部・・・・・帰ってこい」
「つっても逃走用の金あんのか?」
「所持金は312円だ!」
「諦めろよ」×7

岡部の後ろ向きな言葉に全員が同じ言葉を返した。ちなみに預金通帳の残高は8014円だったりする。今日は12月1日。もう・・・・駄目かもしれない。救いは家賃を既に支払い済みということぐらいか。
日雇いのバイトで生を繋ぐしかない。そもそも岡部は逃げ切れない。彼女達はそんなに甘い娘達じゃない。立ち向かう以外に生存の道はない。
所持金の低さに涙しながら、同情としてそっとオカズを分けてもらいながら、周りの視線を集めながら岡部は生存ルートを模索し続けていた。

「とりあえず彼女のご機嫌とったら?」岡「それができれば苦労しない・・・」「好きなものあげるとか」「モノで釣るんですね!」「プレゼントと言えっ」岡「312円・・・」「ゴミめ!」「愛の告白だ!」「えっと・・・誰に?」「彼女にだろ?」「でも冗談とばれたら・・・」岡「気づけばベットの上で目が覚めたな―――病院の」「経験あるんだ」岡「ゲームで・・・・」「ガチで反撃かぁ・・・」「でも知らないとこでの罰ゲームみたいで、そんな告白は酷いよ?」岡「傍にいたんだぞ?ゲームの参加者で似たような命令したくせに・・・」「王様ゲーム?」「不憫な」「周りにいる子から誰か選べば?」「いっそ楽になるかもね、凶真も周りも」「最初に楽になるのは岡部だろうな・・・いろんな意味で」岡「あ、なぜか上条の顔が浮かんで消えていった!?」「ああ・・・後輩の」「あの子も割と不憫よね」「それも鳳凰院よりもな・・・」「素直に謝っても駄目なんだよね?」「そもそも誤解なんだろ?」岡「うん?」「誤解なんだべ?」「まぁ毎回それで疑われて傷つけられちゃあね」「うん・・・凶真君少し可哀そうかも」「だな」「で?誤解なんだろ岡部」岡「あ・・・うん」「例えば・・・卒業旅行でグループの一人の子と海外に黙って行ったとか―――」岡「一応・・・・本当のことなんだ」「・・・じゃあ家出少女とその親友を数日にわたって家に泊めてそれを理由に誕生日の予定をドタキャン――」岡「やむおえない事情でそうなった・・・の、かな?うん・・・」「・・・想い人のいる子のファーストキスを奪ってしまったって誤解は・・・」岡「えっと、まっ、まあ結果的にそう見えなくもなくもないような!?」「おいおい・・・じゃあ居候させてもらっていた女の家に別の女を上げてあれこれ世話をやいたって話しは?」岡「その・・・・まぁ・・・うん」「・・・・・・・・・・・今回の誤解は?」岡「いやいや、そんなまさか・・・・・・・・・(;一_一)」「「「「「「「死ねよお前」」」」」」」

誤解と言えば誤解そのものなのだが客観的に見れば―――主観的に見てもそうだったので反論できない岡部に友人からの罵倒が容赦なく飛んでくる。
言い訳として、その時の岡部には下心とかはなかった。たしかに彼女達に好意は抱いている。しかしそれは純粋なる好意であって―――純粋な好意という定義は人それぞれだが―――彼女達に対し恋愛感情は無い。あえて言うなら妹へ向ける兄の・・・・・・・兄妹愛や親子愛?・・・・・・縁側で座るおじいちゃんが孫を見詰める心境・・・・・・これはさすがに彼女達に言えば殺されるので絶対に言わないが。

「いやだから全部誤解なんだ!」
「誤解にもほどがあるだろ天然たらし野郎!」
「たら・・・!?違う俺はっ―――!」



「はいはいそこまでだよ君達!少しは周りに気を配りなっ」



突然ぱこっ、と、後ろから岡部の頭を誰かが叩いた。会話に集中していてとっさに反応できなかった岡部達は襲撃者へと視線を向ける。
そして全員が口を閉ざした。岡部も、その友人も全員だ。他の誰かだったらこうはならない。彼女だけをそれを出来る。
原因は岡部、周りの友人は岡部が彼女に取る態度のために沈黙してしまう。

「椎名レミ」
「こんにちは鳳凰院凶真君、でも―――」
「ぬお!?」
「フルネームでの呼び捨てとはどういう事かな~と、昨日もその前もずっとずっと忠告しているわけなんだけど?」
「ちょっ!?まて椎名レ―――」
「ん~?」
「っ」

ぱんぱん、と、綺麗に決まったチョークスリーパーを解除してもらうために椎名レミと呼ばれた―――かつての幼馴染の性と、かつての親友の娘の性格に似た―――女性の腕を叩くが技は解かれない。
岡部は自身の顔に血液が集中してきているのを感じていた。酸欠からではない、見た目以上に緩く技はかけられている。それでもほどけないほどの筋力差が発生はしているが。顔が赤くなる原因は後頭部に感じる温かく柔らかい感触、それと同時に甘く優しい匂い、それをぐいぐいと押しつけられているからだ。
・・・・・それだけのはずだ。それだけで十分だ。

「ん~?」
「まてっ―――いやほんとに待てと言っている!?」
「ん~~?」
「こっ、この―――!!」

からかわれている。それを理解しているから焦るなと理性は告げている。ならばみっともなく焦るな、彼女達と接する時のように紳士に対応をするのだ。いかに年上の女性でこの世界で初めて――――――――いらないことは考えるな。この女に対する気持ちは気のせいだ。まゆりと同じ性で、鈴羽と似た性格なだけで・・・・・ただの哀愁だ。確かに彼女とは面識も込み入った事情もあるがそれとこれとは別で――――

「ん~~~?ほらほらどうしたどうした勢いが無くなってきたぞっ?もしかして~・・・」
「っ!いい加減にしてもらおうか椎名レミ!!」

腕を振り解き、岡部は座っていた食堂の椅子から立ち上がって目の前の女を睨みつける。
両肩から下がる二本のおさげに岡部同様に白衣を纏っている女性。鍛えているのか白衣から覗くポロシャツとスラックスをスタイリッシュに着こなしたスレンダーな体つき(決して貧乳ではない)。実年齢こそこの世界線の岡部よりも上で■■才だがどう見ても同年代にしか観えない有名人。二週間前に講師として大学にやってきた女。岡部倫太郎が唯一異性と関わる中で“普通の態度”をとる・・・・・それこそ彼女達にも見せない顔を晒す女性。

椎名レミ――――魔法少女。岡部倫太郎が“普通”に意識している女性

それに気づいているが故に皆がつい押し黙ってしまう。皆から見て岡部は明らかに彼女を意識している。それが『本気』かただの『意識程度』なのかは分からない。それこそ岡部自身も。
誰にだって異性に対し意識は少なからずある。それが普通だ。好き嫌い以前に自分とは違うのだと、小学生をすぎれば嫌でも意識する―――普通は。
皆が知る岡部倫太郎はそれが疎い、といか枯れているのか、または“誰かを忘れられないのか”。それ故に誰かと関係を持つ事も、そうなろうという意思もかなり薄いように見える。
そのためか異性との接触や交流に対し岡部倫太郎と言う人物はあまりにも男女の境に対し疑問や違和感を持ちこまず簡単にその垣根を超える。それが結果的に好意的に見えることも多々ある。あまりにも真っ直ぐで邪心が無いのだから・・・・。
皆は岡部に直接聞いたことが無い。というか岡部はどうも彼女に対し他の友人と接する時とはと違う・・・『彼女達』と接する時ともまた違う態度である事に気づいていない。
他の人間が相手なら、それが意識していない行動であればどれだけ物理的接近しようとも意識しない。互いに意識していないから。相手が意図的に接近、好意であれ、からかいであれ、岡部はソレに気づけばかわしてしまう。本気だった場合、それに応える気はないから。応えきれないから。

「ほらほら大声出さない、そのために注意しに来たんだからね」
「誰が原因だと思っているっ」
「もしかして私?ちょっとじゃれただけじゃないか、君が焦りすぎなだけだよ。これじゃあ私まで注意されちゃうじゃないか」
「なんだと・・・いや、そもそも不用意に異性に抱きつくとはっ、少しは考えるものだぞ椎名レミ」
「なにを言っているんだい君は。そんなもの慣れっこのくせになんで私の時だけそんな過剰に反応するのさっ、実は微妙に傷ついているんだよ私は?」
「なっ?いや・・・それはっ・・・」

ラボメン。岡部の周りにいる同年代の彼女達は見た目も性格も大変良いものだ。岡部とてそんな彼女達の事が大切で好意を抱いている。しかし彼女達との過度の接触こそ焦りはしても、取り乱したりはしても・・・そこに期待しない、意識しない。彼女達を『女』としては決して見ない。
手を繋いでも、二人っきりで遊びに行っても、ラボで一緒に寝泊まりしても――――異性としてはともかく、女として意識しない。それは“異常”だった。岡部倫太郎は見麗しい同年代の彼女達の事を子供としてしか観ていない。
あれだけ想っていても、どれだけ想っていても一線を超えない。そもそも意識していない。想像できない。男友達のように。兄妹のように。娘のように。孫のように。
それに比べ彼女に対しての岡部の態度はあまりにも“普通”だ。見た目こそ彼女達と大差はないのに、それこそ異性に対する対応として、男子特有の異性に対しての過剰な反応そのものだ。先程のじゃれ合いにも邪な、一番近くにいる彼女達には抱かない感情が滲み出てしまっていた。

「まぁ冗談なんだけどね?・・・・・・・・おんやぁ、本気にして心配してくれた?罪悪感と抱いちゃったのかい凶真君?」
「んな!?貴様ァ・・・」
「だから名前で呼びなさい、一応私は君よりも年上なんだぞ」

からかわれていることに対し岡部は悔しそうにしている。そんな岡部を腰に両手を当てた姿勢のまま笑顔で接する椎名レミ。
もう一つ、友人の彼等は知っている。椎名レミ。その人も岡部を意識していると。彼女は見た目も若く美しい、その性格も人を引き付け魅了する。就任して二週間ですでに本校の講師や生徒から支持を得ている。
そんな彼女の周りには人が集まり岡部とは違った意味で話題の中心にいる。だが、いろんな人と接する彼女は人間関係には一定の距離感をもっていた。まして人前では絶対に異性に抱きつくなどの真似はしない・・・・はずだった。
彼女は数日前から岡部に積極的に関わるようになっていた。友人も周りの人間も何があったのかは知らない。聞いてもかわされる。だから気になる。岡部倫太郎も椎名レミも壁があったのに、超えられない境界線があった。
彼女はその日を境によりいっそう笑うようになった。まるで“彼女達のように”岡部に笑顔を向ける。岡部はそんな彼女を意識している・・・・彼女達には見せない態度で、年相応の感情で接する。

「だいたい何故まだ此処にいる。今日は別の大学に行くと言っていたではないかっ」
「だからその前に君の顔を見に来たんじゃないか、そしたら別の女の子の事でまた騒いでいたからちょっかいを出しただけだよ」
「・・・俺に用事があるわけでもないのならさっさと用事を済ませればいいだろう、そもそも俺とあいつ等の事はお前には関係ない」
「つれないね~・・・・何で君はそんなに私には冷たいんだい。さっきはああ言ったけど割とくるものがあるのは本当なんだよ?」
「・・・・・・・」
「・・・・・・・・?あ、もしかして期待した言葉じゃなくてがっかりしたとか?かわい~な~君は!」
「――――っ」
「はいっ、ツンデレいただきましたー!」
「誰がツンデレだ!俺のキャラを安く見積もるな!頭を撫でるなー!!」
「え・・・・・・君ってば自分がそんな高級なキャラと思ってたの?ナルなの?」
「お前が俺の価値を下げているんだよ!」
「やだなー、それは責任転嫁ってやつだよ」
「お前がやっていることがな!」

そんな二人を友人はモヤモヤした気持ちで眺めていることしかできない。モヤモヤの原因はやはり岡部の周りにいる彼女達の事を思ってのこと。彼女達は知っているのだろうか?ニ週間前にあらわれた椎名レミと言う女性に対し岡部が違う顔を見せている事に。知ったら・・・・どうなるのだろうか?
先程まで話していた件の彼女は、そして割と頻繁に現れる赤毛の彼女はどんな反応をするのだろうか。そう考えていたら――――

「それとさ、バイトの事なんだけど考えてくれた?」
「あれは、まあ・・・時間に余裕があれば出来なくもないが―――」
「それはいい!じゃあさっそく―――」

「おーっす。岡部倫太郎」

レミが岡部の手を取り満面の笑顔を向けたその瞬間、のし、と岡部の背中に誰かが乗っかってきた。
身長が高い岡部に抱きつくように首に腕を回し足は地面から浮いている。顎を岡部の頭に乗せる赤毛の少女、女性―――佐倉杏子―――は“はにかむ笑顔”のまま“冷えた声”で話しかける。

「な~にしてんだよ岡部倫太郎?」
「バイト戦士?」
「バイト戦士?じゃねえよ、何度連絡したと思ってんだ」
「む?」

着信に気づかなかったのかと思い白衣のポケットから携帯を取り出そうとする岡部。

「もうおせえよ・・・・・・・・・んで?見えねぇ顔だけどアンタどちらさん?アタシは佐倉杏子」
「君が佐倉杏子かい!?いろいろと話には聞いていたけど確かに綺麗な子だねっ、鳳凰院凶真君の言う通りじゃないか!」
「へ・・・?お、岡部――――」
「おい、フルネームで呼ぶことに対してちょっかいを出してきた奴が俺をそう呼ぶのか」
「ん?あだ名がいいならそう言ってくれればいいのに」
「誰もそんな事は言っていない!」
「じゃあ『リンリン』で」
「却下だ馬鹿者!」
「・・・・・・・・・・」

杏子が押し黙ってしまったのを見て友人と周りのギャラリーは冷や汗を流す。

「だいたい貴様は――!」
「はいはい後でね待っててね、ごめんね佐倉杏子君。私の名前は椎名レミ、君達と同じだと言えば分かるかな?」
「・・・・・・・・・そういうことか」

レミが岡部の口に指を当てて無理矢理会話を切って杏子に自己紹介をする。
それを聞いた杏子は一瞬で理解した。魔法の関係者。魔法少女。しかし岡部が今さら新たな魔法少女と関わろうとそれに関して驚きはしない。
いつだって突然で、もう慣れた。昔はその度に驚いていたが慣れてからはどうもこうもない。まどかもマミもそれは普通なことだと言わんばかりな程度には慣れたものだ。
だって大丈夫だから、それが岡部倫太郎で、新たな出会いは素晴らしいことで、その出会いが原因でトラブルがあっても岡部倫太郎はいなくなることは無いのだから。


そのはずだ                  いつまでも変わることのない       だから
ずっとそうだった                       
私達は


「そういうことだね、ちなみに見た目こそこんなんだけど立派な大人だから安心してよ」
「は?」
「だから・・・・って、まぁこれは言わなくてもいいかな?」
「おい、何のことだよ」
「なに、知り合ってまだ数日程度でね。私はまだ凶真君のこともよく知らないんだよね」
「数日?」
「うん、だからすぐどうこうしようなんて思っていないよ」
「話しが・・・・・みえないね」
「そうかい?まあそれもいいさ、後から来た私にとってそれは助かるしね」
「・・・・・」
「なんの話だ?」
「君の話だよリンリン」
「俺の?バイトの話なら―――って誰がリンリンかっ」

叫ぶが、くん、と、首に回された腕に僅かな力が込められたことで岡部は台詞の続きを止める。
視線を杏子に向けようと頭をよじるがレミの時とは違い振りほどく事も動かす事も出来ない。

「バイト戦士?」
「・・・・・」

だから今杏子がどんな顔をしているのか岡部には見えない。“異常”の岡部は、彼女達のそれに気付けない岡部は―――――“だからこそ今日まで来れた”。
誰の気持ちにも応えることができない。いつだって岡部の心には“あの人”がいる。それを知っているから安心して、“それ”に関してラボメンは変わらない関係で今日まで来れた。

「あんこ?」
「うっせ・・・・・・杏子だ」

ぽつりと放たれた言葉は岡部にだけ聞こえ、正面にいるレミには口の動きで気付かれ、周りには聞こえなかった。
杏子は腕を解き岡部の傍に立つ、そしてそのまま岡部の右腕に腕をからませ笑顔でレミに話しかける。

「へっ、別にいいよ。後とか先とか“アタシ達”は気にしないから好きにしな」
「そう?なら遠慮なくそうさせてもらおうかな、悠長に傍観していちゃ他の誰かにもっていかれそうだからね。押しに弱そうだし」
「―――――――――――――・・・・・一応、忠告しておくぜ」
「なにかな?」
「コイツは“それ”に関しちゃ変わらない。それに岡部倫太郎はアタシ達の――――」
「それは何の牽制にも根拠にもならないよ?」
「―――」

言葉の先に何を言おうとしたのか杏子には分からない。私達の―――なんなのだろうか?リーダー?代表?未来ガジェット研究所の長?
それが一体相手にとって何の問題があるというのだろうか。“それ”関係で躊躇う理由にはならないのではないだろうか。年齢容姿職種等の立場に躊躇えるほど魔法少女は――――――少なくとも椎名レミは気にしないらしい。躊躇わない。
人間を遥かに超越しようとも魔法少女は一人の人間で女だ。それを証明したのは、教えてくれたのは岡部倫太郎で・・・・・・・同じように、岡部倫太郎は人間の男だ。
岡部がラボメンを縛らないようにラボメンは岡部を縛るつもりはない。いつか彼も誰かを好きになって付き合って、そして結婚して家庭を持って幸せになる。それは知らない誰かかもしれないし、もしかしたら近くにいる誰かかもしれない。それでもいいと思う。祝福するだろうと思っている。逆の立場なら岡部はそうすると思うし、みんながみんな岡部の事を大切な仲間だと思っているのだから。

ただ、いつまでも岡部の中にいる“あの人”があまりにも大きすぎて―――――

だから四年間一緒にいても岡部は“それ”に関しては変わらなかった。だから皆は安心していた。もういない人しか思えない岡部に対し、その捉え方は良くも悪くもラボメン達を、そして岡部を想う人達を今日まで連れてきた。

でも人は変わる。四年間変わらなかった岡部倫太郎だって少しずつ変わってきている。そこから目を逸らしてはいけない。否定してはいけない。

その大切さを、一番近くにいた杏子達ラボメンが誰よりも知っているのだから。

「ッ」
「えっと、そんな顔しないで・・・・今日は何もしないからさ」
「だから何の話なのだ?今日からのバイトなら無理だぞ」
「ОK。それじゃもう退散するよ、時間も時間だしね」
「・・・・?まあいい、せいぜいミスのないように頑張るのだな社会人」
「君はほんっとに目上への態度をとらないねぇ~、なに?リンリンはわたしと対等でありたいがためにそんなにツンデレってるの?」
「そんなわけあるか!あとリンリン言うな!」
「はいはい、そういうわけだから友人一同と杏子ちゃん。来週までお別れだね」
「岡部倫太郎が入っていないぞ・・・・」
「リンリンとは週末の休みに遊びに行く予定だからね」
「え!?」
「そうだリンリン、昨日私ん家に置いていった服は洗濯しといたから今度会う時に持ってくるよ」
「ちょ、おま―――っ」

杏子の言葉にどこ吹く風で、椎名レミは動揺している杏子に爆弾を放り投げた。
だがその爆弾は主に流れ弾として岡部に誤爆していた。

「それじゃあねっ」

そして立ち去る直前に岡部に声をかけ、笑みを浮かべたまま立ち去った。
残されたのは杏子と、杏子に怯える友人と岡部だけだった。

椎名レミが立ち去り数秒後、杏子は岡部に詰め寄った。

「おい、どういうことだよっ」
「いや・・・・あれだぞ?FGMの説明やラボやお前達関係の相談で――――」
「何でアタシら関係の話をっ、知り合って数日しかたたねえ奴に話すんだ!」
「それはほら一応年上でっ、それにお前達も子供じゃないし俺なりにそろそろ対応の――――」
「こんな時にッ・・・・・いつも子供扱いしといてテメエは―――!!」
「ま、まままままあ落ち着いて杏子ちゃん!」
「そうだって落ち着きなよ杏子っ」
「ほら・・・・凶真君も困ってる・・・・からっ」
「ああ!?」

周りの顔なじみの声に苛立った声を上げる杏子だったが、周りの焦った態度と岡部の表情に一度口元をきつく閉じて息を吐き、彼女なりに落ち着こうとした。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・くそっ、ほらもう帰んぞ岡部倫太郎!」
「は?いや午後もまだ―――」
「行って来い岡部!」×2
「いった方が良いよ・・・・凶真君」
「鳳凰院」×2
「さっさと行きなさいクズ」
「はやく爆ぜねえかなぁコイツ・・・」

友人に忠告され、杏子に腕を引かれ、そして戸惑いながらずるずると学食を後にする岡部に・・・・・見送った一同はため息を零す。

「別にこういうのは今に始まったばかりじゃないが・・・・」
「でも今回はちょっと・・・・危ないかも・・・」
「相手がじゃなく岡部がだからなぁ」
「本来意識する程度は普通なんだけどねぇ・・・・」

今までも岡部の女性騒動問題は多々あったが今回はいつもと違う。だって岡部は誰にも靡かないから。岡部倫太郎は普通じゃない。岡部の周りにいる彼女達はそれを知っている。
でも岡部倫太郎は椎名レミに対して普通だった。それを知った彼女達はどうするのだろうか?優しく明るい彼女達の事を知っているだけに彼等は不安を感じていた。






―――岡部倫太郎は誰かを愛することはあっても、恋はしない。





そう思っていた きっとラボメン全員がそう思っている そう思っていたんだ

「ちっ」
「あ~っと、バイト戦士?」
「んだよ・・・」

―――親が子を愛しても、恋はしないように。

だから安心していた。失われることはないと。手放さない限りそれは続くのだと思っていた。

「ケータイにお前からの着信が無かったんだが―――――いや、なんでもない」
「そうかよ・・・・・・・・なあ、岡部倫太郎」
「なんだ」

だから新しい魔法少女が現れても、岡部と上条とキュウべぇが毎回吹き飛ばされて皆のストレスが発散されれば話は終了だった。
でも今回は違うのかもしれない。杏子はそう思っていて、だから動揺していた。岡部にはいつも通り見えていたが、杏子は思っている以上に揺れていた。
それは漠然としていて、形が定まらない、だから上手く言えない。伝えられない。

「お前ってアイツのことが好きなのか?」
「ぶっ!?」
「うわッ、汚いねぇなっ」
「なんっでお前達はすぐにそうゆう話しに持っていくんだっ・・・・・・年頃だからか?」

だからつい零れた。今一番聞きたくて聞きたくない問いかけをしてしまった。
会話の流れから岡部に自分の動揺は伝わっていない。それに安心して、でも岡部がそれに気付いていない事に苛立つ。
岡部倫太郎に好きな奴ができた。それはいいことだ、誰かを想えることは幸いだ。その想いは世界に打ち勝ちエントロピーを凌駕する。
今までそれが無かった事が不思議なことだったのだ。岡部の周りにはいろんなタイプの女がいる。年上も年下も綺麗なのも可愛いのも沢山・・・・本当に沢山の女が。

「お前嫌そうなフリしていたけどホイホイついていきそうな感じだったぜ?」
「そんなわけあるかっ、しかも何でそれイコール好きに繋がるんだ。そもそもあんな女の事など俺は―――」
「アタシは誰のことか言っていないぞ」
「・・・・・むう」

気づいていない。杏子はそれに気がついていた。岡部が椎名レミにむける在り方は自分達に向ける“それ”とは違った・・・・熱い感情がこもっているかもしれないことに。
それは異性に向けるごく当たり前のモノで、それは微々たるもので、だけどそれは岡部がこれまで周りに向けなかった、または感じることができないモノだった。

“それ”を、自分達じゃない誰かにむけられている

「はんっ、まあ?お前が誰を好きなっても関係ないけどな」
「だから違うと言っているだろうがっ」
「岡部倫太郎が誰を好きになろうと結局本命はアタシ達ラボメンの中にいるもんなぁ」
「む?いや・・・・・それはないな」

一番遠くにいたのに、気づけば誰よりも近くにいる鹿目まどかよりも
顔を合わせば常に互いを罵り、だけど認め合っている暁美ほむらよりも
休日のほとんどをラボで過ごしている杏里あいりよりも
相性がいいのか、共に暴走することの多い美樹さやかよりも
本物の家族のようで、恋人の様でもあった巴マミよりも

そして、今こうして隣で歩いている自分よりも、知り合って数日しかたたない奴を意識している。

「お前達って基本的に子供にしか観えないからな」
「ほぉっ(#゚Д゚)」

そして、アタシ達ラボメンの事を子供扱いしている。日常において岡部倫太郎はアタシ達を年相応の子供として観ている。そうとしか観てくれない。同じ年であるにもかかわらず、まるで親のように。
もちろんそれだけじゃないのは知っている。戦士として、友として、他にも・・・・・。
だけど、それでも“それ”だけは自分達にはむけない。

「キョ―マ。彼女達に対してそういうことは言わない方が経験上・・・・・・・・うん、遅かったみたいだね」
「いきなり雪道にダイブなんてどうかしたのか?頭がどうかしたのか?だから死にかけてんのか?バカなのか?そうなんだなっ」
「ごふぅ・・・・・!?」

いつの間にか視認できる距離にまで近づいていたキュウべぇが念話ではなく口で岡部に忠告してきたがすでに遅かった。杏子に足をかけられ雪の積もった地面に叩きこまれた岡部は顔面から盛大にダイブした。一方、ため息を吐きながらそのまま岡部の傍らに座りこんだキュウべぇに意識を向けることなく杏子は考える。
なぜだろうか・・・酷くつまらない。面白くない。“それ”はとてもいい事なのに。きっと相手が嫌なのだ。あのいけすかない女が嫌いなだけだ。相手を選ぶのかは岡部の自由だ。なにかとブッ飛ばされることの多い岡部で、ブッ飛ばす杏子だがそれは理解しているしそれでいいと思う。岡部に彼女でも出来れば自分は大いにからかい、ひやかしもするだろう、そして何より祝福するだろう。だけどあの女じゃダメだ。気にくわないし納得できない。付き合うならもっとましな女がいるはずだ。

例えば、いつもかいがいしくお弁当を届けに来る奴とか・・・・・
例えば、本音の喧嘩ができる、でも尊敬している奴とか・・・・・
例えば、親公認で同棲していた奴とか・・・・・
例えば、上条ハーレムの一人だけど、ときおり他から見て怪しい雰囲気になるアイツとか・・・・・
例えば、きっと一番信頼されていて優しいアイツとか・・・・・

そして例えば、いつも冷蔵庫が空っぽな岡部の為に食材を何でもない理由をつけて運んできたり、割と本気で喧嘩したり一緒に寝泊まりしたり今日みたいに時々いい雰囲気になったりして頼られることの多い―――――・・・・・・

――――・・・・・・・・・・違和感がある   なんだ?

「いつまで寝てんだ岡部倫太郎、風邪ひくぞ」
「誰のせいだぁ!」

杏子の言葉に岡部は勢いよく雪の積もった地面から顔を引き抜き叫ぶ。

「おや、君のせいじゃないのかい?」
「どこに眼球ついてんだライトアームズ!明らかにコレはバイト戦士のせいだろうがっ、顔面から雪道にダイブさせられたではないか!」
「やりとりの過程で君が悪いことでも言ったんじゃないかな?言ったんだよね?早く謝らなきゃ駄目だよ」
「なんでもかんでも俺のせいにするようになってきたなぁオイ!」
「事実そうじゃないか」

―――    修正

・・・・・?いや別にアタシは、それにラボメンの皆は岡部倫太郎のことが異性として好きなわけじゃない。過去はどうあれ今のラボメンには岡部に対し恋愛感情を抱いている奴はいないと思う。
たしかに岡部倫太郎に少なからず好意は抱いている。でもそれだけだ。アタシ達は女だ。それに子供じゃない。どんなに感謝して、憧れていても、好意を抱いても、絶対に報われないと分かっていれば、期待することに意味がなければ・・・・・それを抱いて過ごし続けることは出来ない。
“あの人”や岡部倫太郎のように報われないと分かっている想いを抱き続ける事は出来ない。いつか他の誰かを好きになる。
例えば上条恭介。アイツのことが好きで、でもアイツに彼女ができたとする。でもいつか別れるかもしれない、自分にいつか振り向くかもしれない、そんな可能性はゼロじゃない。それなら想えるかもしれない。がんばれるかもしれない、付き合える可能性が低いことを知っていても“それ”を抱いていられるかもしれない。
でも岡部倫太郎に対しては違う。アタシ達は知っている。岡部倫太郎の在り方を、鳳凰院凶真の在り方を。アイツは絶対にアタシ達に、そして誰にも振り向かない。

アイツはアタシ達の知らない一面を持っている。焦がすような憤怒、燃えるような憎悪、焼くような殺意、狂気という名の執念。
アイツは一人で幾つもの罪を抱えている。幾つもの過ちと幾つもの穢れに満ちた人生を。その重みをずっと憶えている。
アイツは決して遠くにいたわけじゃない。すぐ近くにいた。いてくれたのに、アイツが何を欲し、何を求め、そして消えていくのか・・・知っていながらアタシ達はなにもできずに、なにもせずに眺めていた。それが岡部倫太郎を破壊してしまうモノだと強く感じていながらだ。
アタシ達では駄目なんだなと気づかされた。混濁した記憶、一人で背負うしかない罪の意識、鮮明な喪失感。それをどうにかできるのは“あの人達”だけ・・・・そして、あの人だけだから――――

言い訳か・・・・・それは岡部が自分達に振り向かない言い訳だ。

それに理由はどうあれ結局アタシ達は“あの人”や岡部倫太郎の様になれないのだ。自分を犠牲にしてでも幸せになってほしいと――――愛は見返りを求めないものだと、偉い人は言ったが、あの二人はまさにそれだ・・・・・アタシ達とは違う。あんなふうにはなれない。
アタシ達は知ってしまった。魔法少女になっても、人とは違う存在になっても生きていていいと、我が儘になっても、人に迷惑をかけても良いんだと・・・岡部倫太郎に教えてもらった。


『幸せになってもいいんだ』


だから無理なんだ。岡部倫太郎を好きになる事なんかできない。絶対に叶わない、それも相手にされない、気づかれる事もない“それ”を抱くことはできない。
「君が生きているだけで幸せになれる」。そう言える奴がいる。例え会えなくても、自分のことを知らなくても、他の奴と一緒になっても、それでもその人のために戦って、それを誰にも認めてもらえなくても、知られることなく、その事実すら何処にも残らなくても、その人が幸せになれるなら自分は幸いだと――――アタシ達はそんなふうに誇れるようにはなれない。
アタシ達は振り向いてくれない事がもどかしくて、気づいてくれない事が悲しくて・・・・・どこまでいっても気づいてくれないのは辛いんだ。寂しいと、悲しいと思ってしまう。そう思わずにはいられない。
他人事でも辛く感じる。岡部倫太郎がまさにそうだった。“あの人”のために100年以上の主観時間を過ごした。それだけ大切な人だったんだろう。わかる、それは分かる。でも、あまりにも報われない。だってその結末に、あの人の世界に“この岡部倫太郎”はいないのだから。
何度も繰り返し何度も絶望と挫折に膝をつきながら、それでも守りたい人のために世界に、運命に抗った。それこそ狂う事も壊れる事もできないままに技術と執念、想いを託され続けて・・・。なのに、あの人は岡部倫太郎の事を何も知らない。岡部がただ勝手に守っただけで親しい関係じゃない・・・・・というレベルではない。
あの人の主観世界そのものに、この岡部倫太郎と言う人間は存在しないのだ。世界に岡部倫太郎が生まれていないわけじゃない。ただその世界では岡部倫太郎との思い出はなく、会話一つ、視線一つ交わしたことのない関係として、名前も知らない声も聞いたことない存在、単純な話・・・世界の裏側で出会う事も聞く事も知ることも関わる事もないまま一生を過ごす世界のどこかで生きているその他大勢の一人にすぎない存在でしかない。
それが・・・岡部倫太郎が命をかけて何度も繰り返して自身の想いを成就させた世界の在り方。どれだけ頑張っても想い人にはその奮闘は微塵も伝わらない。それはあの人が薄情なわけでもなんでもない当然のこと、その世界で出会ってもいなければ存在すら知らないのだから。
それを岡部倫太郎は知っていた。他人の為に戦ったって報われることはない。アイツはそれの体現者だった。そんなことはないと、アイツは言うけれど・・・・認めない。認めたくない。だって岡部倫太郎は頑張っていたのに、誰もそれに気づいてやれないんだ。



―――彼女が生きて、考えて、声を出して頑張っているなら俺はそれでいい。



どうしてそんなことが言える?
なんで三週間しか付き合いのない人の事を、そんなにも想えるんだよ。
既に失った人を、自分のことを憶えていない人を好きでいられるんだ。

それはあんまりじゃないか。それはハッピーエンドからは程遠い。だって記憶にも残っていないんだぞ?お前がどれだけ頑張ったのか、一部だけだがアタシ達は観た。その異常とも言える偉業に・・・・。岡部倫太郎、アタシ達だって別に頑張りに気づいてほしいわけじゃない、褒めてほしいわけじゃない。だけど、せめて自分がいたことを憶えていてほしい。
例えその恋が実らなくても、せめて自分という人間が世界に存在していたことを、かつて、一時でも傍らにそういう人がいたことを憶えていてほしい。
ましてやお前の達成した偉業ならさ、一瞬でも、十年後にでもふと、少しでもいいから思い出して、確かにそこにいたと、憶えていてほしい。





「あっ・・・・ん?あ~・・・・・何考えてんだろうなアタシは」
「む?」
「ん?」

岡部とキュウべぇがアタシの方に視線を向けるが無視する。それ以上に今、自分が考えている内容にショックを受けていた。
バカみたいだ。長々と岡部倫太郎がどういった奴かと考えていたら本題から逸れて、まるで自分を弁護するかのような思考・・・・くだらない。もういい、簡単に単純に答えを出そう。アタシ達が岡部倫太郎に好意、恋愛感情を抱かないのは、抱かないようにしているのは絶対に実らないと思っているからだ。
岡部倫太郎の中に“あの人”がいる限り絶対に実らない・・・・・・くだらない。情けないことに人のせいにしている。でも事実だ。きっと岡部倫太郎はまだ“あの人”の事が忘れられなくて、“あの人”のことが好きで、愛しているんだろう。もうどこにもいない“あの人”を。どんなに探しても、どれだけ求めても、泣いても叫んでも見つからない“あの人”を。
勝ち目なんかあるはずがない。だって勝負すらできないのだから。“あの人”はこの世界にはいないのだから。
そして、そんな出会えない“あの人”のことを岡部倫太郎と言う人間は絶対に忘れない。

「・・・・・・・つか、これじゃまるでアタシが岡部倫太郎に惚れているみたいだな」
「違うのかい?」
「ククク、この狂気のマッドサイエンティスト鳳凰院凶真のカリスマに今さら気づいたか!この時代遅れのバイト戦――――!」
「コイツ等って“壊れかけのジェンガ”みたいにすれば黙るかな」
「「すいません調子に乗っていました深く反省しています」」

・・・分かっていて、もう考えないようにしていたのに、再び意識し始めたのは椎名レミという女のせいだ。いけすかない理由はコレだろうか?
くだらない。アタシも他の皆も岡部倫太郎の事は好きじゃない。それでいい、“それ”に関しては完結のはずだ。
今さら――――・・・・・・・蒸し返されるのはゴメンだ。



閑話休題



二人と一匹はとりあえず今後の行動について話し合う。

「キュウべぇ、お前はどうする?」
「僕はこのままボイストレーニングを続けているからお構いなく。凶真、もう杏子を怒らせちゃ駄目だよ」
「別に怒らせているつもりはないぞ?」
「つか、もう三年近くなるよな。その日課」
「そうだね杏子、もう癖に近いかもしれない。『メタルうーぱ』のおかげで感情を蓄積することはできたけどこればっかりはね」

ちょいちょい、と、キュウべぇはピンク色のリボンで、まどかから譲り受けたピンク色のリボンで首からぶら下げた金属製の物体を前足でつつく。銀色のピンポン玉のようなそれは未来ガジェットM01『メタルうーぱ』。
皆は最初タヌキと思っていたが岡部曰くモデルは犬らしい。見た目としては卵のような楕円形でそこに手足が生えた犬っぽい生き物、と言えばいいだろう。いわゆる、ゆるいキャラというものに分類されると思う・・・・岡部のデザインだったのが意外だったのを杏子は憶えている。
コレのおかげで『目の前のキュウべぇ』は記憶と経験、感情を上書きされることなく一個人で蓄積できる。代償にキュウべぇはアタシ達魔法少女の保護が必要で念話の受信等を封じられ―――ただのマスコット化しているが概ね現在の状況に満足していると言うのは本人談。
ちなみにこれ、最初に生みだした時点ではただの爆弾になる予定だったらしい。

「送信には困らないのにご苦労なこった」
「そうなんだけどね、でも普段から声を出していないと声の出し方を忘れちゃうから」
「・・・・・声帯の劣化が早いのか?」
「さあ?キョ―マが言うには―――」
「ああ、そういえばキュウべぇっ。今夜は暇か?夜は杏子と鍋にしようと思うのだが」
「―――」
「鍋かい?そうだね、お邪魔でなければ――――・・・・・」
「ん、どうした?」
「いや、今日は織莉子から忠告―――――なんでもない、僕は忙しいからこれで失礼するよ!」
「あ、おいキュウべぇっ・・・・!?」

のりきだったキュウべぇが断りの言葉を並べ颯爽と去っていく姿を岡部は?マークを浮かべながら見送った。
そして突然逃げ出すように走りだしたキュウべぇに首を傾げる岡部を、後ろから眺めていた杏子は魔法で生みだした槍を気づかれる前に消して岡部に声をかける。

「岡部倫太郎」
「あ、ああ・・・なんだバイト戦士?・・・・・・・・・いま武器を出していたか?」
「いんや、それより鍋の材料買いに行こうぜ。具はあっても調味料が少なかったろ?」
「そういえば・・・・ふむ、ついでだバイト戦士よ、これといった予定がなければ夕方まで時間つぶしに魔女狩りにでもいくか」
「あん?夕方まで待たなくても今から行けばいいじゃねぇか」
「まどかと買い物の約束をしている。どうせなら一緒に済ませた方が楽だ」

幾分か機嫌を直した杏子は再び気落ちする。別に落ち込んだわけでも気分が悪くなったわけでもない、もちろん怒ってもいないし呆れてもいない。ただ気にくわないだけだ。
どうしてコイツは別の女の事に関してぽんぽん話題もイベントもあるのにもかかわらず変わらないんだろうか、意識しないんだろうか。どうして・・・椎名レミだけなのだ。
例えば鹿目まどか。杏子は彼女と岡部の関係を思い返してみる。まどかと岡部、今でこそ仲も良く一緒にいることも多い二人で距離も近いが・・・最初の頃は一番疎遠ですれ違いも多く、誤解からアタシ達ラボメンで彼女が最後まで岡部と仲が良くなるのが遅かった。むしろ互いが嫌われていると勘違いし周りの助けをかりてようやくといった感じだった。

(まあ・・・・その反動か知らないけど、それからはベッタベタで気持ち悪かったけどな)

この二人は本当に仲が良い。意識しているのかしていないのか、何かあれば一目で周りが勘づくほど仲が良い。その何かが良いことでも悪いことでもだ。もっとも、良いことがあれば互いが別のラボメンに自慢し喧嘩すれば他のラボメンに相談してくるのでほっといても分かるのだが。
互いの話題に事欠かさない二人は毎日と言ってもいいほど顔を合わせて一緒に行動している。中学から四年、思春期の二人は長らく一緒にいていながら、それでも恋人じゃない。仲のいい友達のままずっと隣を歩いてきた。
ある意味それはラボメン全員がそう言えるが、それでも二人は特別に見えた。あえて言うならそこにマミも加える事ができるが、それでも鹿目まどかは岡部倫太郎に一番近い少女だと思う。
だけど他と変わらない。彼はそんな彼女を選ばない。意識しない。そういう対象としてみない。椎名レミとは違う。

「あ~・・・・わっけわかんねぇ奴だよなマジで、お前って意味分かんねえぞ」
「あのな、それは俺の台詞だ。なんか今日のお前は訳が分からないぞ」

岡部の言う通りなのだろう。確かにいつもの絡み方と違うと思う。自覚している。アタシはとっくの昔に答えの出ている問題に今さら修正を、間違いを見出そうとしている。意味のない、とは言わない。
でも何も変わらない。アタシ達の関係は変わらない筈だ。もし変わるとすれば・・・・・・怖い。今まで辛い事も悲しい事も乗り越えてきた。それを超える喜びも楽しさも得てきたのだから。なのに・・・それができた、それを可能にしてきたアタシ達の関係が、その根本を覆すかもしれない事態が起こりそうで怖い。
どんなことがあっても未来ガジェット研究所と岡部倫太郎は変わらずにいてくれた。だからここまでこられた。なのに今になってそれが崩れそうで怖い。別に岡部倫太郎が悪いわけじゃない。“それ”は誰にだってあるもので避けて通れないものだから。なにより、ラボを失った程度で崩れる脆い精神をしている奴は現在ではいないはずだ。
分かっている。理解している。だから岡部だけ駄目だと言えるはずもないし、それを言う資格もない。だけど正直な話、アタシは岡部に変わってほしくない。変わらないでいてほしい。岡部倫太郎の一番はアタシ達で、いつまでもラボにいてほしい。我が儘なのは承知している。勝手なのも・・・・・だけど、それでも岡部倫太郎にはアタシ達の傍にいてほしい。

本当に勝手な想いだ。きっとそう思いながらもアイツが変わらなければ・・・アタシ達はいつか自分達の意思で離れていくかもしれないというのに。

「あ~くそっ、わけわかんね~」
「だからそれは俺の台詞だ」

本当に分からない。思考は滅茶苦茶で、考えはまとまらず、思うことは多々あって最初は何について考えていたのか論点がずれて・・・・。
今まで“それ”を抱かなかったくせに、今になって他の誰かに・・・・・・・。どうして今さら、どうしてもっと早くに“それ”を――――

「ああもういい!こうモヤモヤすんのはめんどくせぇ・・・魔女狩り行くぞ岡部倫太郎っ、こうなりゃ全部魔女にぶつけてスッキリしてやる!!」
「お前は一体何に怒って―――おわっ!?ちょっ、引っ張るなバイト戦士危な―――!」
「うっせぇっ、元を辿ればお前のせいだ!アタシが満足するまで付き合ってもらうぞ!」

そう言葉を岡部に向かって放つと同時に杏子は魔力を解放、強化された脚力を使い魔女がいるであろう場所に勘で、しかし全力で駆け出した。腕を引っ張れる形の岡部が何やら叫んでいるが聞く耳もたず、このままでは精神衛生上マズイので早いとこスッキリしたいのだ。
それに、まどかとの約束もあると言うし自分なりにこれでも気を使っている。時間は限られているのだ。このままでは駄目だ。どんなことでもいいから一度おもいっきり体を動かしてモヤモヤを吹き飛ばさなくてはいけない。
こんな気持ちのままでは晩飯の鍋をおいしく頂くことは難しい。
でも一度体を動かせばきっと大丈夫のはずだ。杏子はそう思い、そう願い、叫ぶ岡部の腕を引いたまま雪道を走った。




2014年12月1日17;55

「あ、オカリーン!」
「すまない、遅れてしまった。まったか?」

待ち合わせの場所で赤いフレームのメガネを弄っていた少女―――まどか―――が岡部の姿を見つけ手を振りながら声をかける。
待ち合わせの時間に五分ほど遅れてしまった岡部は素直に詫びる。そんな岡部にまどかは不満を表すことなく笑顔のまま岡部の手を取って答える。

「ううん。私も今さっきついたから大丈夫。それより・・・・杏子ちゃんどうしたの?」
「よう、まどか・・・・・気にしないでくれ。わりいけどさ・・・・・アタシも買い物に付き合うよ」
「え~と?」
「ああ、実はさっきまで魔女を探していたんだが全然見つからなくてな」
「う~ん?でも杏子ちゃん落ち込みすぎじゃないかな・・・・」
「ちょっち・・・な」

結局、杏子と岡部は数時間街を歩いたが使い魔にすら逢うことなく現在に至るのだった。
ストレスを発散できず、寧ろ使い魔一匹も発見できずに怒りとモヤモヤは上昇、テンションは下降していった。

「こんなことなら五号機取りに戻ればよかった・・・・・なんで今日に限って持ってきてないんだよ岡部倫太郎」
「だから朝からバタバタしてたからだろうがっ、俺はラボに戻ろうとも誘ったのにお前が―――」
「あーうるせぇうるせぇ、もういいよ馬鹿野郎のヘタレ野郎。全部岡部倫太郎のせいだ」
「お前は・・・・ホントにどうしたんだ?」
「うっせぇ・・・」
「杏子ちゃん何かあったの?」
「なんでも・・・・いや、岡部倫太郎がな」
「は?俺・・・何かしたか?」
「なになに、オカリンがまた何かしたの?」
「実はな―――」
「おいバイト戦士、俺が何を・・・・あ、こらお前達、俺を無視してコッソリ密談するなっ・・・・・おい無視するんじゃない気になるだろうがっ・・・・・・え、本気で無視?」

岡部を無視し杏子は今日の出来事を一通りまどかに嘘偽りなく念話で伝える。まどかは最初こそ杏子の勘違いや、いつも通りの出来事として疑っていたが杏子の真剣さや最近の岡部の様子から思うことがあるのか、話を聞きながらも岡部の方に視線をチラチラと向けながら頷いたり疑ったりしながら怒りなのか戸惑いなのかそれ以外なのか、とりあえず何かのボルテージを上げていく。
その様子に岡部は嫌な予感を感じ逃げるべきか―――無駄だと思いなおし諦めた―――会話に加わって己を弁護しようとし―――無視された―――結局二人の会話が終わるまで居心地の悪いまま携帯のメールを確認することにした。

「む?」

そこで岡部はメールが届いていることに気づいた。その差出人、内容に思うことがあるのか、目の前で自分を無視している二人に視線を向けて数瞬だけ考えた。
が、岡部は何となく、だけどまあいいか、と、あまり考えることなく返信することにした。

「そうだな・・・・・・・少し早めても問題はないか」
「「む」」

岡部がメールをしているのに二人は気づいていた。岡部を無視していた二人だが勘で、何かと働く岡部レーダーが何かを察知した。
まどかと杏子は静かにメールのやり取りをする岡部を見詰め・・・・・岡部に気づかれないように背後に回ってメールの内容を、正確には差出人を確認しようとした。

「あっ、何で隠すのオカリン!」
「今の誰からだよ」
「誰でも――――と言うかお前等マナー違反だぞっ」

それに気づいた岡部はとっさに携帯を二人から隠す。別に見られても岡部は構わないと思うが反射的に、第一に人のケータイ、それもメール等の内容の勝手な覗きはマナー違反である。

「関係ないよ!」
「さあ白状しろっ」
「はあっ!?なんなんだお前等そろいもそろって?」
「むう・・・・あやしい」
「別にあやしくないし秘密でも何でもないから気にするなっ・・・ただバイトの連絡事項だ」
「ただのバイト・・・ね」
「じゃあ見せてっ」
「だが断る!」
「な、オカリン秘密じゃなければいいじゃ―――!」
「勝手に覗こうとする輩には相応の処罰だ」
「もう勝手に見ないから、だからケータイを渡してオカリン・・・・射つよ?」
「まさかの脅しだと!?」

反射的に携帯をまどかに渡そうとするが岡部はギリギリ自制する。ここで渡したら威厳は地に堕ちるだろう・・・・この四年間でそんなものは既に失われているかもしれないが男の子には意地がある。
じりじりと岡部との距離を詰めるまどか、まあ元より密着しているので表現はおかしいが、後ずさる岡部、そんな岡部を後ろから押さえつけようと回り込む杏子、三人は待ち合わせの場所として利用されるスポットで多くの注目を浴びていた。

「「・・・・・っ!」」
「うおっ、今度は何だ!?」
「これって――!」
「ああ、今になって現れやがった!」
「―――――魔女か」

が、次の瞬間には二人の表情は引き締まり真剣な顔つきに、いつもと違う二人に若干怯える岡部だったが杏子の言葉にある意味脅威である魔女の存在が近くにあると悟り――――岡部の表情も彼女達同様に引き締まる。

「どこだ」
「あっち!」
「いくぞ!」

岡部の言葉にまどかが即答し三人は走りだす。そこには先程までのやり取りを引きずる様子は微塵もなく、頼もしい仲間との信頼と親愛が見てとれた。
そして走りだした三人は数十秒もしないうちに、それこそ一分もかからず魔女の結界が展開されている場所に辿りついた。この距離にくるまで魔女の気配に気づかなかったのが不思議だったが―――

「この様子だと・・・・・使い魔か?」
「でも結界の規模が大きいよ?」
「何にせよ周りが巻き込まれる前に終わらせようぜ、買い物もあるしな」
「あ、いた!」
「数は多いが・・・・」
「ザコそうだな・・・・・・いや、ザコそのものか?アタシ一人でも――――」
「油断しちゃ駄目だよ杏子ちゃん」

結界に突入した三人は結界内部に侵入し周りを見渡す。岡部の言う通り魔女本体は存在しない脆弱な結界、結界自体は大きいがとても不安定だった。現れた使い魔の数は多いが変身もしていない岡部達を見て慌てている。要するに雑魚である。油断大敵と言う言葉があるが変身していれば不意打ちを食らおうが今の三人なら問題ないレベルのようだ。

「一般の人間も・・・いないようだな」
「じゃあサクッとやっちまうか」
「うん!」

そうとわかればさっさと片付けて終わろう――――三人はそう思った。それではと岡部はノスタルジア・ドライブを起動させるために意識し、そのために魔法少女であるまどかと杏子のどちらかと繋げようとした。
基本的に岡部倫太郎は彼女達魔法少女と繋がることでしか“まとも”に戦えない。戦ってはいけない。でなければ岡部倫太郎は未来を歩けないのだから。

「ほら、岡部倫太郎」
「はい、オカリン」
「ん?」

だから繋げようとした―――が、二人が同時に手を伸ばしてきたので岡部は一瞬躊躇ってしまった。
相手はザコである。だから誰と繋がってもあまり関係がない、それだけの実力差があり、どちらと繋がっても問題無く使い魔を殲滅できる。だから変に躊躇わずどちらかと繋がってさっさと終わらせばいいのだ。
そう――まどかと杏子、どちらかの手を取って。

「・・・・・・・・ああ、そうだな」

そう自分に言いきかせ岡部は答えた。そう、ここで変に躊躇う意味はない。別に同時に手を出したからといってなんなのか。関係ない、取った方の相手の方が好きとかそんなの関係ない、逆に取らなかった方が嫌いとかそんなんじゃない。自分は見た目はともかく中身は思春期の少年と言う訳でもないのだから。

―――・・・・・・・・・・なんだ?

違和感。普段の岡部なら、“それ”がないハズのいつもの岡部ならそんな思考自体しないはずなのに・・・・ふと、ほんとうに一瞬だが躊躇ってしまった。それがいけなかったのか、岡部は動けなくなってしまった。“意識してしまったから”。彼女達の手を取れない。どちらか一方選べない。

―――・・・・?なんだ、俺は躊躇っている・・・のか?

自身の思考に戸惑いつつも岡部は冷静になろうと意識した。いかにザコとはいえ相手は人外の存在、僅かな油断が死に直結している。使い魔ごときに未来を奪われるわけにはいかない。
特に彼女達にとってはザコでも岡部にとってはそうではないのだから。

(・・・落ち着け岡部倫太郎、まずは使い魔討伐に意識を――――なに、彼女達なら問題無い)

そう、岡部は自分が普段と違うことに戸惑いつつも安心、いや落ち着いていた。
彼女達ならすぐに行動に移すはずだ―――――そう思っていた。

「「・・・・・・・」」
「あれ?」

こういう場合、こういう場合とは二人以上の魔法少女が同時に岡部と繋げようとした時だが、まどかなら大抵の場合相手に譲る。杏子なら関係なく岡部の手を取りさっさと繋げる・・・・・・はずだったのだが、まどかは杏子と同時に手を出したのに譲ることなく、杏子はいつものようにそのまま岡部の手を取らず――――そのまま数秒が経過した。

「どうした岡部倫太郎」
「どうしたのオカリン」
「え・・・えっと?」

・・・落ち着こう。岡部はそう思った。焦ってはいけない。取り乱してはいけない。偶にはこういう事もあるだろう。きっと自分が「ああ、そうだな」と言ったのがいけない。きっと二人はそれで自分と繋がるんだと思ったに違いない。だからまどかは手を引くことはせず、杏子は自ら手を取ろうとはしないのだ。
ならこのままでいい。こういう場合、こういう場合とは岡部が誰も選ばず・・・・違う、選べない訳ではない――――迷っているだけだ・・・同じか?これは別にチキンハートではなく自分が選ばなくとも二人が解決してくれるからであって別に何らかの予感を受信したからでなく・・・・誰への言い訳だろうか?やはり今日の自分はおかしいのかもしれない。
そう思い直し岡部は静観することにした。これは逃げではない。何から逃げているのかは分からないが・・・・・・。
とりあえず、こういう場合は手を差し出した二人は岡部から動かなければどちらかが動くしかなくて、なら二人はきっと意思確認のために互いの顔を確認したり声をかけたりするはずで――――

「「・・・・・・・」」
(なぜ黙ったままなのだ!?)

どちらも、まどかも杏子も無言のまま手をのばしたままだ。
おかしい・・・・こういう場合、こういう場合とは――――・・・もう面倒だ、まどかも杏子もいつもと違う。お互いが声も出さす真っ直ぐに視線を岡部に向けている。

「えっと・・・・・だな」
「なんだよ岡部倫太郎」
「なにかなオカリン」

おかしい、受け答えは普通だ。別に二人がバグッたわけではないらしい。

「いや、使い魔を早く倒さないとなっ」
「なら・・・さっさと変身しろよ」
「早く倒して買い物もしないとね」

岡部の言葉にそう返す二人だが、どちらも手を下ろさず、かといって岡部の手を取ろうとはしない。
何か嫌な、違うか・・・・それとは違う雰囲気になりそうなので岡部は適当に、それこそ自分の伸ばした手に近いほうの手を取ろうと思った。「近いほうの手を取った」。その場合なら・・・それは偶々杏子の方が伸ばした右手に近かったので杏子を特別選んだわけでなくつまり全ては偶然で意識するまでもない一切私情とは関係のないのでこれは決して言い訳ではなく――――

がしっ

「え?」
「ほら、オカリン急いで?早く一緒に使い魔を倒して買い物に行こうよ」

まどかが岡部の手を握ってきた。今まで動かなかったのに・・・・・・だが、それでいいのかもしれない。言い訳―――じゃなくて理由が・・・・違う違う・・・うん。今の自分の手には魔法少女の手が重なっているのでND起動の条件は満たしている。だから岡部はこれ幸いとノスタルジア・ドライブを起動させようとした。

がしっ!

「は?」
「だな、さっさと潰そうぜ岡部倫太郎」

が、ここで杏子も岡部の手を取ってきた。

「いや・・・・・お前達?」
「なんだよ」
「ん、なに」
「え・・・・・いや、なんだ?」

先に手を取ったのは・・・・まどかだ。だから杏子とではなく、まどかと繋げればいい。さっさとそうすればよかったが岡部は再び躊躇ってしまった。それは普段の二人の行動とは違うから、何かがおかしいから、普段のまどかならこの時点で、杏子なら・・・・・せめて互いの顔を見合わせたり声をかけるはずなのに二人とも岡部から視線を逸らさない。
まるで試しているかのように、どちらを選ぶのか・・・・・それを問いかけるように。どっちにしろ岡部には“それ”がない事を知っているのに。

「え・・・っと、だな」
「「・・・・・・・」」
(だから何故そこで黙る!?)

岡部はここにきてようやく危機感にも似た何かを感じた。
同時に、真っ直ぐに見詰めてくる二人の視線に恐怖した。
どうしていまさら、■■を求められているのか・・・・・・・・・・・・・・そんな思考を岡部は拒絶した。
分からない、普段と違う二人に何があったのか、二人が何をしたいのか。分からない、分かりたくない。
分かっているのはこのままではマズイということ。このままでは使い魔に逃げられてしまう。

「二人とも、このままでは使い魔が逃げて―――」
「だから・・・さ、早く変身しろよ」
「そうだよオカリン」
「だ――――だから二人とも早く・・・っ」
「「・・・・・・・」」

焦りにも似た、実際に焦っている岡部の声にも二人は急がない、落ち着いたまま、視線を岡部に向けたままだ。
三人には魔女と使い魔を狩る使命がある。それはもはや強要されたものではないが、だからと言って害ある存在を野放しにするつもりはない。逃げられては被害が出る。急がなくてはいけない。
だが、その瞳は訴えている。選べと。選んでくれるのか、と。そこまで辿りついてくれたのか、と。
分からない。岡部倫太郎には分からない。この世界線、否、この世界に来てから・・・このような事態に遭遇した事はない。そう、ずっと思い込んできた。

「――――っ」

いままでの鹿目まどかなら、相手に譲ってきたから。
これまでの佐倉杏子なら、さっさと繋げていたから。
なにより岡部倫太郎なら、意識せずにいたから。

「「・・・・・・・」」

杏子は今まで見たことがない岡部の様子に確信を得た。自分の予想に間違いがないことを。視線を横に、まどかに向ければ彼女は何やら思案顔だ。彼女も最近の岡部の様子から何か勘づいていたのかもしれない、きっと自分同様に場違いながらの■■を感じているのだろうか?
だってもし杏子の予想通りなら、それはとても怖いことだけど、でもようやく岡部倫太郎はきてくれた。失う可能性がある、壊れる可能性もある、だけど可能性はゼロじゃない。なら、きっと未来は無限でそれを超える幸いがきっとあるはずだから。

「まあ・・・・いいさ」
「えっ」
「うん、しょうがないね」
「お、おい二人とも?」

二人の考えが分からず、まるで怯えている岡部に二人は苦笑した。

「杏子ちゃんでいこう」
「まどかの魔法じゃ、こんな貧弱な結界なら、破壊しそうだしな」
「まどか?バイト戦士?」
「おら、とっと繋げろよ」
「あ、ああ・・・・その、いいのか?」
「いいよ。頑張ろうねオカリン」
「お、おう?」

確認するように問う岡部に、まどかは優しく伝える。それに戸惑いながらも明らかにホッとした岡部に再び苦笑する二人。
イジメすぎたか、と、思わなくもないが杏子は気にしない事にした。その表情に免じて今回は許してやろうと―――これからの事を考えながら。

―――未来ガジェット0号『失われた過去の郷愁【ノスタルジア・ドライブ】』起動
―――デヴァイサー『佐倉杏子』
―――Soul Gem『戦いと勝利を司る者【フレイ】』発動
―――展開率70%
―――OPEN COMBAT

「って低いぞ!」
「す、すまないっ」
「オカリン緊張してる?」
「そういうわけじゃないが・・・」
「ったく、遅れんじゃねぇぞっ」
「あ、ああ」
「ふふ、今のオカリンいつかの上条君みたいだよ?」
「・・・・・・むう」

なにか二人のペースに呑まれていると自覚しながらも強く出れない岡部は若干落ち込みながら耳に四号機を装着し戦闘に参加する。
とりあえず今は討伐が最優先だ。二人の謎のやり取りについて考えるのは後回しだ。

「おっし、行くぞ岡部倫太郎。ちゃんとついてこいよ!」
「ああ!」
「私は後ろから援護するね・・・・・気をつけてね、オカリン」
「背後にか?」
「頭冷やそうか?」
「すいません真面目に戦います・・・・・・・・・・・・・・・・・・大丈夫だよな?」
「ふふふふふ」
「いやいやいや」
「コントしてないでさっさといくぞ岡部倫太郎!」

右手にディソードを持ち、岡部は前を行く佐倉杏子の背を追うように(まどかから逃げるように)駆け出した。
岡部から観えないが、前を行く杏子と後ろにいるまどかの口元は確かに笑みの形だった。


数分後


「どうだ?」
「うん、全部やっつけたかも」
「ふう・・・・疲れた」

杏子の問いにまどかが答え、岡部は疲れを表す。主に精神面でだが、それを理解している二人は特に言及することなく変身を解く。今回得た収穫をどう生かそうか、そもそも自分達はどう受け止めればいいのか考えながら。
ふしゅ、と、元から脆弱だった結界が空気の抜けた風船のような音と共に消失した。

「さってと、買い物はどうするよ?」
「いつものとこでいいんじゃないか?近いし・・・俺は疲れたからさっさと済ませたい」
「あのお店・・・パッションフルーツって売ってたかな?」
「まどか・・・『パッションフルーツまん』の材料として買うのなら全力で阻止させてもらうぞ」
「大丈夫だよ、前回から改良を重ねた『EX28号~それは炬燵が恋しい季節~』バージョンだから!」

前回からの改良点;とにかく凄くなった!

「俺は絶対に食べないからなっ」
「え~」
「そうだまどか、今日はラボで岡部倫太郎と鍋にしようと思ってるんだけど・・・・どうする?」
「ん」

使い魔を討伐し、本来の目的である買い物について話していると唐突に杏子がまどかに夜の食事の提案をしてきた。
岡部は元よりまどかを誘うつもりだったし、彼女は朝、岡部に夜は一緒にいると宣言していたような気がするので了承すると思った。だが――

「今日は・・・・・・やめとく」
「え?」
「いいのか?聞きたい事とか確かめたい事があんじゃねぇのか」

まどかは断った。その返答を予想外と思ったのは岡部だけでなく杏子も同じだったのか怪訝そうな声で問う。まどかは絶対に参加すると思っていた。彼女も気づいたはずで、気になっているはずなのだから。
もしかしたら変わらなかった岡部倫太郎が変わってしまう。そして、もしかしたら岡部倫太郎がどこかに行ってしまう可能性もあることを。繋がりが途切れてしまう訳じゃない、でも物理的な距離はできるかもしれない、岡部倫太郎の隣には自分達以外の誰かがいるかもしれない。

「そうなんだけど実は待ち合わせの最中にママ・・・・じゃなくて、お母さんから連絡があって用事ができちゃった」
「それは“この件”よりも優先なのか?」

真剣な表情でまどかに問いかける杏子に、まどかは困ったような、傷ついたような曖昧な表情で苦笑する。

「その聞き方は、ちょっと意地悪だよ杏子ちゃん」
「ん・・・ああそうだな悪いっ」
「ううんいいよ、あのね杏子ちゃん」
「ああ」
「用事があるのは本当だよ、でも私もよく分かんないんだ。“それ”はもう考えないようにしてたから・・・・」
「まあ、そうだよな・・・・今さら、だよな」
「うん」
「なんのことだ?」
「お前は黙ってろ」
「あ・・・はい」

疑問を挟んだ岡部を杏子は黙らす。あまり褒められた対応ではないが真面目な話だ。軽いノリや冗談、ましてや事態を理解していないなら介入してこないでほしい。
それが岡部倫太郎を中心とした話だとしても、“それ”に関してならラボ全体に関わるのだから理解していない岡部倫太郎を気にしながらなんてできない。

「だから今日は考える事にしたの。すぐに答えを出そうとしたら――――きっとオカリンを射撃の的にしそうだし」
「一体お前達は何の話をしているんだ!?ん・・・・射撃の的に関してはいつものことじゃないか?」
「ねぇオカリンちょっと黙っててくれるかな、今はオカリンについて大切な話をしてるから空気読んでね?」
「すいません・・・・・・・・・えっ、俺の話なのになぜ―――?」

疑問を言葉に・・・・・しかし、まどかからの冷徹な言葉に岡部は最早沈黙するしかなかった。

「だから今日は気持ちの整理に費やすよ」
「そっか、なら今日はアタシに任せときな。もしかしたらアタシ達の勘違い・・・・は、ないと思うが念のために確認しとくさ」
「うん、お願いね杏子ちゃん」
「ああ」

そんなこんなで二人の話は済んだのか、互いに困ったような笑顔を浮かべながら苦笑し他のラボメンにも連絡しようとか、それは確認してから、あ、お母さんにも相談しよう、とか、お鍋の具はなに?とか、岡部を無視し二人はそのまま目的地のスーパーに足を進めた。
取り残された岡部は何故か周りの視線が冷たく感じ、二人に無視されて寂しく思い、だが不思議とまどかと杏子の二人を同時に相手するのはマズイと感じていて・・・・正直まどかが不参加でホッとしていた。
理由は分からない。分かりたくない・・・ただ怖いと思った。このままでは不味いと、それだけは理解している。同時に

―――・・・・・・・・・やはり何かおかしい。

そう、おかしい。ずっと今日は違和感を、それに二人がいつもと違う対応で・・・・・・違う。二人だけじゃない。自分自身だけじゃない。そもそも世界がおかしい、何かがおかしい――――でも何がおかしいのかは分からない。でもおかしい、この世界線は優しくできている。それはいい、本当に幸せな世界で自分とラボメン、その関係者を含め皆が生きていて――――なのに、酷くこの世界が虚ろに感じてきた。否定したくない。無駄にしたくない。偶然とはいえ・・・・ようやく辿りついた皆が幸せに過ごせる世界線なのに。

「・・・・・なんなんだ今日は、まったく訳が分からない」

なぜだろう、まどかも杏子も怖い。怖い・・・・・・とは違うのか、わからない。
なぜ大切な二人に対しそう思うのか分からない。
きっと、分からないから怖いんだろうな――――と、冷静な部分で岡部は理解した。




2014年12月1日19;30


未来ガジェット研究所前


買い物を済ませた三人はラボの前にいた。

「じゃあ私はここで、オカリンは杏子ちゃんに迷惑かけちゃ駄目だよ?」
「その台詞は杏子に対して言ってくれ、ラボは一応俺の家だぞ」
「オカリンは杏子ちゃんに今晩は御馳走してもらうんだからしょうがないよ」
「はいはい」
「はい、は一回だよオカリン」
「はいはい」
「もーっ・・・て、髪の毛わしゃわしゃしないでよオカリン!」
「フゥーハハハ!何故か苛めたくなってきたぞまどか!」
「な、なんでこのタイミングで!?」
「決まっている・・・・お前はもう帰るからな!」

ようするにチキンハートだった。もう帰るのなら今こそ今日の鬱憤をぶつける最後のチャンス。しかし「もー」と、乱れた髪の毛を両手で整えながら自分を見上げてくるまどかを、やはりどこか怯えながら見つめ返す岡部。
いつもと違う岡部。そんな岡部に苦笑するまどかは困ったような、悲しんでいるような、焦っているような、照れているような、幾つもの感情を混ぜた表情のまま岡部の頬に手を伸ばす。

「あのね、オカリン」
「な、なんだ!?」

まどかの行動に焦った岡部は声が裏返る。しかし岡部のそんな痴態をまどかは気にすることなく、頬に手を添えたまま声を出す。

「あのね―――」

杏子はその様子を少し離れた位置から眺めていた。これから何かが変わるのだろうか、それはどんな結果に辿りつくのか、願わくば―――誰も傷つかないようにと、“それ”に関して言えば絶対にあり得ない結末を望んでいた。

「明日も、ちゃんとお弁当持ってくるからね」
「うん?ああ、分かってる・・・だけどちゃんと食べられる物で頼むぞ?」
「うん?毎日食べられるもの作ってるよ?」
「(;一_一)」
「もうっ、そこは即答してよオカリン!」
「正直お前の作った弁当は・・・ドキドキしながら食べてる」
「え、嬉しいから!?」
「怖いから」
「酷い!」

杏子は今後の展開次第で皆の関係が壊れると思うと・・・・・いや、大丈夫だと思うことにした。壊れはしない、変化はどうしようもないけど・・・・上条やさやか、仁美の時も大丈夫だったのだ。なら岡部の場合も――――少なくとも今後逢えなくなるという超展開はないだろう。・・・・・ないよな?いなくならないよな。
まどかと岡部が笑いながらじゃれている姿を見て―――だから、まあいいかと、杏子は自分に言い聞かせ無理矢理納得する。きっと大丈夫だ。少なからず、もしかしたら大きな混乱はあるかもしれないけど、それでも―――アタシ達は大丈夫だと。

「それじゃ・・・・また明日、オカリンも杏子ちゃんもまたね!」
「ああ、また明日」
「またな、まどか」

まどかは岡部と杏子に手をふって帰って行った。残された岡部と杏子は顔を合わせ、いくか、と一言。そしてラボへ、この古びた建物の二階を目指し階段を上がる。
さてどうするか、杏子はどうやって“それ”に関して岡部を問いつめようかと考える。岡部自身にいい加減気づいてほしいが恐らく戸惑っているだけで意識はできていない筈だ。椎名レミに対し抱いている僅かな感情を、そして・・・気にくわないが、それのおかげで少なからず自分達ラボメンにも影響が、“それ”を向けられる可能性を生みだしたことを。
きっと直接聞けば岡部は意識しそれを封じてしまうかもしれない。かわして誤魔化して惚けて“あの人”のことを思い出して・・・・・それはそれで良いかもしれないとも思う。これまでと変わらずでもいいかもと。 “それ”が報われるとは限らない。成就する保証はない。相手がラボメン以外の・・・・・それこそ椎名レミかもしれないのだから。“それ”のきっかけは間違いなく彼女のおかげなのだから。
だけど可能性は生まれた。岡部倫太郎にも“それ”はあるのだと。”あの人”以外の可能性が生まれてしまった。なら――――。


「・・・・・・・・・・いや、アタシは別に好きでもなんでもないぞ?」
「何がだ?」
「いやっ・・・何でもねぇよ」
「・・・?まあいいか、早く鍋の準備をしよう」
「おう」

別に焦る必要はない。いや・・・・焦らなければいけないのか?岡部倫太郎は押しに弱そうだし隙あらば一気に持っていかれそうで椎名レミは油断できなくて・・・・・

「だから違うだろっ」
「だから・・・・なんなのだ?」
「なんでもねぇよ!」
「・・・・・?」

明らかにいつもと違う杏子の態度に、昼に合流してからずっと様子が違う杏子に首を傾げる岡部だったが、実は岡部自身も悩んでいた。
自分の態度に・・・・・・どうしても違和感を、自分が自分でないような不思議な感覚、それが酷く―――――不愉快だった。

ガチャ

玄関のカギを開けて二人はまず最初に一声。

「「ただい―――――さっむ!!?」」

ラボの中は、室内は電気が消えていてとても冷えていた。帰宅時の定番である「ただいま」を途中で切っての魂の叫び。壁と言う名の風除けがある分道路沿いよりは階段は寒くは無かったが、室内はそんな階段よりも寒く感じる・・・っていうか寒い。冷え過ぎだ。
原因は開けっ放しの窓。玄関は鍵が掛かっていたが何故か窓は全開だった。
視線を杏子に向ける岡部、原因に心当たりがある杏子は・・・というか犯人である彼女は頬を軽くかきながら詫びる。

「わり、窓から飛び降りて出たから・・・・・・・・閉めんの忘れてた」
「軽いなバイト戦士!雨や雪が降っていなかったからよかったが――――」
「悪かったって、過ぎたことはしゃあなしだろ。ほら鍋の準備もあるしまずは着替えてストーブストーブ」

杏子は己の失態を誤魔化すように岡部の背を押して室内に、そして開けっ放しの窓を閉めてストーブのスイッチに手をかける。
岡部はため息を吐きながら買ってきた荷物を台所で仕分け、ついでにヤカンに水を注ぐ。

「バイト戦士」
「ん」

岡部からヤカンを受け取った杏子はストーブの上にヤカンを乗せ、コートを脱ぎながら携帯を取り出す。マミとゆまに連絡だ。夜は岡部と食べると連絡はしていたが帰るかどうかの連絡はしていなかった。本当は鍋を食べたらマミの家に帰るつもりだったが予定は変更、岡部をゲロさせるために朝までコースだ。

≪もしもしキョーコ?≫
「ゆま、マミの奴はいるか?」
≪マミお姉ちゃんなら今お風呂入っているよ≫
「そっか、今日はラボに泊まってくっから今日は帰らない・・・・・あ~、朝飯もいいよって伝えといてくれないか」
≪わかった。マミお姉ちゃんにキョーコは朝帰りするって伝えとくね≫
「お前はまた誤解を生みそうな――――」
≪キョーコとお兄ちゃんなら絶対になにもないから大丈夫だよ≫
「まあ、そうなんだが・・・一応アタシも女なんだからそういう言われ方はちょっと」
≪え、今さら?≫

実際、杏子はラボに何度も寝泊まりしているのでその辺の意識は本人も周りも余り気にしていない。気にしているのはせいぜいご近所さんぐらいだろうか・・・・最近は岡部も周りの視線を気にし始めているが―――本当に今さらである。
年頃の男女が同じ屋根の下。幾度も二人っきりで泊まったりしてきた・・・・・むろん何事もなく朝を迎えてきたが。今思えばかなりリスキーな状況もあったような気がする。

「あ~・・・・・思えば岡部倫太郎がアタシ達をそういう目で見ない理由はこうゆうものの積み重ねがあったからかね」
≪昔はキョースケがサヤカお姉ちゃんに対してそんな感じだったよね≫

杏子が何を言いたいのか、ゆまは正確に読み取ったようだ。あまりにも自分達が無防備すぎて異性として意識するのがおかしいのかな?と、それを繰り返すうちに異性としての意識が鈍くなって・・・・・妹のような、兄妹のように思われていたのかもしれない。きっとそれだけではないと思うが・・・・。それも原因なんだろう。事実上条恭介が鈍くて馬鹿なのは美樹さやかのせいだったのだから。

≪キョーコ?≫
「あー・・・・・あのな、ゆま。一つ聞いてもいいか」
≪うん、なに?≫
「お前さ、岡部倫太郎の事好きか?」
≪好きだよ?ラボメンはみーんなお兄ちゃんの事好きだよね≫
「だよな」

ゆまの即答に、その答えに驚く事も以外に思う事もなく杏子は同意する。ラボメンは全員岡部倫太郎のことが好きだろう。全員が同じ回答をすることは分かっている。逆に岡部にラボメンの事が好きかと聞けば素直には答えないだろうが、それでも好きだと言うだろう。
そして、しかし、岡部倫太郎も、ラボメンもそこには好意はあっても“それ”はない。恋愛感情はきっとない筈だ。抱いていない。そこに愛はあっても恋はない。命をかけて戦えても、どれだけ深く想っていてもそこには友愛と親愛、愛だけで恋はない。
別に不満があるわけじゃない。そんなにも想ってくれる人達に囲まれているのだ。ずっと幸せだった。彼等彼女等の存在に支えられ生きてきた。そして支えて生きてきた。充実し、いつだって笑顔で過ごしてきた。昔の・・・・みんなと出会う前までは想像もできないあまりにも優しい世界――――。

「今はすっげぇ幸せだよな」
≪キョーコ・・・・・エキセントリックな自分に酔ってる?≫
「・・・・・センチメンタルって言いたかったんだよな?」
≪もしかしてお酒飲んでる?≫
「無視!?」
≪なんか今のキョーコ変だよ?≫
「う~ん、やっぱ変だよな。実は今日は・・・・朝からなんか違和感とか洗脳とかそんな感じの――――」
≪なんかキモいかも≫
「それはショックだ!」
≪だって誰々が好きとか、そこから今が幸せーとかの会話に繋げるなんてまるで乙女トーク・・・なんかキョーコが普通の女の子みたいだもん≫
「アタシはれっきとした女なんだが?」
≪相手がお兄ちゃんとはいえ下着姿で布団にもぐりこんでしまった時点でゆま的にはアウトだよ。乙女的に≫
「oh・・・・・・アタシはそんな奴だったな」

過去の事とは言え、さらには飲めないお酒を大量に飲んでいたときの過ちとはいえあまりにも業の深い黒歴史。岡部に“それ”がないと知っていたので犯してしまった過ちだが確かに乙女的にはアウトだ。双方にその気がなくても―――だ。今それをやれば完全なる痴女か馬鹿だ。もう子供じゃないのだから。
・・・・・・ちなみに上条恭介に対しても同じ過ちを犯してしまったので言い訳は出来ない。若さゆえの過ち。良い言葉だ。大抵の過ちはこの言葉が受け止めてくれる。

≪それでどうしたの、お兄ちゃんがまた新しい子でも見つけた?もう慣れっこだけど相手を勘違いさせないように気をつけてほしいよねっ。お兄ちゃんすぐに勘違いさせてラボに連れてきちゃうから――――!≫
「ん、ああ・・・それなんだけどな実は―――」
≪あのねキョーコ、お兄ちゃんには――――≫

背を向けて携帯片手に騒いでいる杏子を横目で見つつ、岡部は脱いだ白衣を洗濯機に放り込みため息を吐いた。自分に対し嫌悪しているのだ。自分はこんなにも邪な人間だっただろうか?最低だ・・・と、思っていた。

「バイト戦士」
「だから今回は向こうだけじゃなくて岡部り―――――あん?」
「確認しておくが・・・・お前は今日ラボに泊まる気か?」
「そのつもりだぞ?―――――ああ、こっちの話、じゃあマミにもよろしく言っといてくれよな」
「バイト戦士、今日は――――」
「大丈夫まかせとけって、ちゃんと確認しとくからさ。明日も学校だろ?――――信用ねぇなあっ」
「・・・・・・・・・」

岡部を無視し、電話をしながら杏子は自身の髪を結んでいた黒いリボンを解く、杏子がリボンを摘まんだ手を下ろすと同時に解けた髪が背中を流れ――――その後ろ姿に岡部は視線をくぎつけにされた。
髪型一つで見た目や雰囲気が変わることを知っている。が、それでも相手は佐倉杏子であり、そもそも髪をほどいた杏子は何度も見たことがある。なぜ今さらそんな姿に視線を奪われるのか・・・・・・意味がわからない。

―――・・・・・・・・・・・・なんなんだいったい





2014年12月1日20;15



「ぬくい・・・・」
「あったけー・・」

しゅしゅしゅ、と、ヤカンから沸騰した水蒸気が部屋を暖め、さらに鍋を乗せた炬燵の上には鍋以外の各種アイテム(ミカンやお菓子等)にテレビのリモコン・・・・・ああ冬ライフ最高、戦争も復讐もない世界線は本当に素晴らしい。
杏子がいつのまにか買っていたお酒を口に運びながら今日の疲れを洗い流すように体を癒していく。二人とも未成年なのだが飲酒を注意する人間はこの場にはいないので二人には躊躇いはない。
一時の間、岡部の思考を支配していた違和感と不快感は炬燵の魔力によって激減し、今この瞬間は怠惰でゆるい時間を満喫することにした。そのまま違和感も、悩みも今は忘れてしまいたい。このまま温かい時間に流されて時間を潰して・・・・そしたらきっと明日には元通りだ。
それを願った。思い出そうとした感情を、いまさら引き上げる気にはなれない。“それ”に気づきたくない。弱い自分はきっと“それ”には向き合えない。
“それ”を前にすれば自分は逃げ出すだろう、この街から・・・・彼女達の前から――――

「お、そろそろいいんじゃねーかっ」
「うむ、ではさっそく―――」

遅めの晩御飯。杏子が鍋の蓋を開けてぐつぐつと煮だった鍋の中を箸で適当に突っつくと同時、ラボ内の空間に食材の香りが立ち込め自然―――腹の虫が泣き、不覚にも涎が零れそうになった。
だから浮かんでは沈んでいく“それ”の断片を、感情を黙殺し、岡部は鍋に箸を伸ばす。
杏子の勝ち取ってきた食材は肉も野菜もおいしく仕上がっていて温かく、岡部は久しぶりに食べた料理に満足しながら――――――

「ん・・・・最後に鍋を食べたのはいつだった?」
「先週もマミん家で食ったじゃねぇか」
「先週・・・・・・、つまり2014年11・・・・・・・・・・・・・・・」

今日が12月の1日なのだから先週は当然ながら――――先月?その前の・・・・夏はどうしたんだっけ?


―――   修正


「そういや岡部倫太郎、お前って実はマゾなのか?」
「は?」

一瞬、思考に何か重要で、そうでない“何か”がかすめたが岡部はそれを認識する前に杏子の言葉に意識を持っていかれた。
それは同時に違和感や不快感、疑問に戸惑いをまとめて――――封印されたも同義だった。
だから岡部には既に目の前の杏子が放った意味の解らない問いかけしか頭にはなかった。

「お前ってさ、気の強い女っていうか容赦なく自分に関わる奴に対して積極的じゃん」
「意味が分からん。どういうことだ?」
「あー、例えば洵子さんとか」
「ミス・カナメ?」

まどかの母親だ。気の強い女性ではある。否定しようもない事実だ。確かに彼女は岡部に対し容赦がない。家賃の引き上げや回収、問答無用の折檻に押し付けてくる無理難題。
だが岡部は彼女のことが嫌いではない。むしろ尊敬し、出会えたことに感謝し、その在り方、生き方に誰かの影を重ねてしまう。最初の頃はなにかと彼女の元を訪れていた。この世界線ではまどかよりも先に親しくなったほどだ。

「まあ積極的かどうかは知らないが・・・・・それで何故マゾにされるのだ」
「まどかやキリカの奴もカウントできるな」
「・・・・ベクトルは違うが確かに俺に容赦なく関わってくるな」

まどかは毎日弁当を持ってきてくれるしキリカはベタベタくっ付いてくる。好かれているとは思うが事あるごとに魔法で攻撃してくるので毎回毎回血を出したり吐いたりの怪我をしたり入院手前になったり・・・・・・・。

「たしかに彼女達には何かと虐待されているが・・・俺はМじゃないぞ、痛いのも苦しいのもごめんだ」
「あと、ほむらもそうだよな」
「確かにアイツのことが好きだとしたら・・・・・確実に俺はマゾだろうな。つまり俺はマゾではない」

暁美ほむら。岡部と朝の挨拶から別れの言葉まで罵倒を叩きつけ合う醜い間柄である。この世界線で最初に協力体制を築き上げ互いの足を引っ張り合いながら苦言を叩きつけ合い魔女戦の知識と経験を互いに披露して失笑と文句とついに拳を交えての関係を日々繰り返しながら友好(?)を今も続けている。

「洵子さんからは精神的に、まどかやキリカからは物理的に、ほむらにいたっては両方で、だけどよく一緒にいるだろ」
「ミス・カナメとは仕事だ。まどかとキリカは否応なく、ほむ・・・・奴にいたっては性分だ。別に俺は苛められるのが好きなわけじゃない」
「でもなぁ、形はどうあれお前って自分を苛める奴とよく一緒にいるじゃねぇか」
「だから俺は―――」
「それも自分から会いに行ったり誘ったりしているんだろ?」
「はあ・・・・」
「なんだよため息なんか吐きやがって、飯がまずくなるだろうが」
「肉美味いな、そして鍋にはやはり白いご飯・・・・最後に鍋汁でオジヤにするのもいいがこれもまた至高の一品」
「おいおい無視すんなよ岡部倫太郎、お前はマゾなんだろ、認めろよー」
「あー肉が美味い」
「って、肉ばっか食ってんじゃねぇよ!アタシの分がなくなっちまうだろうが!」

疲れたため息を吐く岡部に杏子は文句を言うが岡部は取り合わない。そんな岡部に杏子は噛みつくが無視される。
まあ、マゾでもないのにそんなこと言われれば誰もが良い気はしないだろう。杏子とてそれは分かっているが今日はそれらを絡めて岡部を問いただしていくのだから引くわけにはいかない。

「ああそうだっ、アタシに対してもお前ってそんな感じじゃんか」
「?」
「ほら、アタシは窓から侵入してくるけどさ」
「本気で迷惑なんだが」
「でもそう言いながら窓の鍵は閉めねぇよな。つまり悪くないと思っているんだろ岡部倫太郎」
「開けておかないとお前が鍵を壊すからだろうがっ、朝も言ったが修理代がどれだけかかると思っているのだ。鍵は渡してあるのだから玄関から―――」
「んじゃ、こうやって迷惑なアタシと鍋をつついているのはなんだよ」
「あー・・・・なんなんだ今日のお前は、やけにからんでくるな?」

その口調は本気で迷惑そうで、新しい缶ビールを開けて杏子を睨みつける岡部。
だが杏子は口元に笑みを浮かべたまま会話を続ける。
ちなみに岡部はビール。杏子はチューハイだ。

「はん、でもアタシが来るとお前嬉しそうじゃん」
「誰が。俺は毎回お前が突然来る度に濡れた床を拭いたり近所への視線を気にしたり・・・・・おちおちプライベートな時間を堪能する事も出来ないのだぞ」
「うん?・・・・・・なんだよ岡部倫太郎、女のアタシが突然来たら困ることでもやってんのかよ?」

ニヤニヤと、良い言葉を引き出したと杏子は思い、しまったと岡部は思った。

「なんだよ、やっぱここにもエロ本の一つでもあんのか?」
「そんなものはないっ」

遠い過去に無断で破棄された。

「いやぁ安心安心、これでも気にしてたんだぜ?岡部倫太郎は女の体には興味のない不能野郎なのかってな」
「誰が不能か!」
「だってお前さ――――」

ここだな。と、杏子は思い。まずい。と、岡部は思った。
似たような会話は今までたくさんあって、対象が岡部にむいたこともあった。だけど今回は意味合いが違う、状況が違う、心構えが違う、問いかけの真意が違う。
自分の発言が決定的な何かになることを理解しながら杏子は言葉を放つ。
問いかけられる内容に怯えている自分を自覚している岡部は言葉を受け止めるしかない。

「アタシ達に■■を抱かないようにしてるだろ」
「・・・・・」
「それに・・・・・いや違うか、なによりもアタシ達から向けられるのを避けようとしている」

空になったチューハイの缶を、ゴミ袋として活用しているスーパーの袋に入れ、杏子は目の前の男を真っ直ぐに見る。

「なんでさ、お前って別にホモでもなければ女に興味がないわけでもないんだろ?」
「さて・・・・な」

見た感じ、落ち着いていて動揺しているようには見えないが明らかに雰囲気が変わったのは分かる。視線を伏せてビールを口に運ぶ姿からコレ以上の追及を拒絶する意思が感じられる。
だが、今日は引かない。誤魔化さない。いいかげんに覚悟を決めてほしいのだ。いつまでも中途半端なままではラボメンが――――

「なあなあ、なんでだよ」
「お前には関係ない」

しかし完全なる拒絶。岡部倫太郎は佐倉杏子に対し明確なる拒絶の意思を伝える。

「ぁ――」

それに、その岡部の言葉に杏子は予想以上の痛みを胸の奥に感じた。予想していて、こんな言葉を返された時の返答も頭の中にはあった。だけど実際に、はっきりと岡部の口から放たれた言葉は―――目を見開き、顔を歪ませ、口の中を乾かすには十分な威力があった。

「あ・・・お、岡部―――っ」

思えば、これほどまでの拒絶は初めてだったかもしれない。今まで意見の食い違いや悪ふざけで対立や喧嘩をしたことはある。
だけど、そこにはこんなに冷えた――――・・・・・・・今の岡部は杏子を見ていなかった。見ようとしなかった。

「あ、あのなっ、アタシ・・・ちが、違くてっ―――ただっ」
「・・・・・・」

何かを、何とか言葉を紡ぐが岡部は何も言わず視線も上げない。そのことに杏子は怯えるように体を震わせた。
岡部倫太郎に嫌われる――――拒絶された。いついかなる時も味方だったのに、何があっても・・・それこそ敵対している相手にも手を差し伸べる岡部倫太郎に、間違っていないと、仲間になれと、必要だと、一緒にいようと言ってくれた岡部倫太郎に。
それがどうしても悲しくて嫌だった。こんな展開は考えてなかった。予想も想像もしていなかった。そんなことは起こりえるはずがないと、こんなハズじゃなかった。間違えたのか、似たような問いかけはこれまでもあったのに、何故よりにもよって自分の時にこんな―――――。

「ぁ―――――はんっ、か、関係ねぇだと?アタシ達は仲間だろーがっ」

強がりか、性格からくる反骨心か、口から勝手に言葉が零れた。自分が怯えている事を悟られないように何かを言いたかったので都合はよかった――――――わけがない。今、自分の放った言葉に杏子は心の底から恐怖した。なんてことを言ってしまったのかと、今絶対に問いかけてはいけない言葉だと瞬時に悟った。
もし、“もしもこの言葉を否定されたら”、例えそれがたまたま機嫌が悪く、酔った勢いや買い言葉に売り言葉、口が滑っただけの言葉だとしても・・・・否定されれば杏子の精神を揺るがすには十分すぎる凶刃と化す。そのときは恥もなにもない、みっともなく泣いて、喚いて騒いで、どうしようもないほど取り乱して自分は―――

「・・・・」

再び飲み干し空になったビール缶を岡部は炬燵の端に置く。その静かな動作に杏子は怯え顔を伏せてしまう。前を向けば岡部と向き合うことになる。それをとっさに避けてしまった。自分らしくない、自覚しているがどうしても怖い。岡部倫太郎に否定される事がどうしても受け入れられない。

佐倉杏子は別に岡部倫太郎のことが特別な意味で好きなわけじゃない。

だから岡部が別の誰かと付き合おうが添い遂げようが杏子自身は別にかまわなかった。相手がラボメンの誰かなら祝福するし、それがもし、もしもだが・・・自分だったらそれはそれで楽しそうで、それ以外なら・・・・・・・・だけど、例えそういう相手ができても傍にいてくれると思っていた。
今までのように、ずっと変わらず――――未来ガジェット研究所と共に。なにがあっても受け入れてくれて、ずっと一緒にいてくれて、いつだってラボメンのことが一番で、いつまでもいつまでも変わらずに。
・・・そんなはずはないのに、そういう相手がいれば隣にはそういう奴がいるはずで、もう傍にいてはいけないのだ。今までのように気軽にラボに来ることも、理由もなく泊まる事も出来ない。遊びたくても相手を優先するだろうし会う機会も自然減ってきて・・・・・・岡部倫太郎の一番はその人のモノで。
今まではその心配は皆無だった。だけどその可能性は生まれて、無かった事にしてきた“それ”を考えて――――

「バイト戦士」
「あ、アタシはっ・・・・・・・・・アタシやっぱ帰るわ!そっ、そんじゃあな岡部倫太郎!」

逃げるように、顔を岡部に向けることなく杏子は立ち上がりソファーにかけたコートを探す。でもソファーとコートは迎いに座った岡部の背にある。一瞬強張った体を無理矢理動かし、コートを羽織ることなく岡部に背を向けて玄関に逃げ―――


「“杏子”」

ビクッ!

完全に体が硬直して動けない。岡部が名前を呼んで杏子を引きとめる。岡部倫太郎が佐倉杏子の事を名前で呼ぶときは決まって真剣な場面の時だ。冗談や誤魔化しを混ぜない。つまりそういう状況だ――――今、岡部は真剣で、杏子に何かを言うべきことがある。
怖い――――こんなハズじゃなかった。岡部倫太郎を怒らせるつもりなんか無かった。だけど、わざわざ忠告をしたにもかかわらず踏み込んではいけない部分に自分は踏み込んだ。岡部がそれを避けていたのに、それを知っていたのに―――だ。

「ゃ―――」

小さな、本当に小さな悲鳴が口から洩れた。

(だ、誰か―――まどか、マミ・・・・さやか!!)

頭の中で他のラボメンに助けを求めてしまう。この場には魔女も敵対する者もいないというのに。
怖い、怖い怖い怖い!こんな事ならまどかに無理矢理にでもついてきてもらうんだった。彼女ならなんとかできたかもしれない。マミなら、さやかなら、ほむらなら、ゆまなら、恭介なら、仁美なら、織莉子なら、キリカなら、キュウべぇなら、ユウリなら、あいりなら・・・・・誰かが此処にいれば、いてくれたら―――――

「!」

背後で、動けない自分の後ろで岡部が立ち上がったのを感じた。

「杏子」
「ッ」

岡部に肩を掴まれ強引に体の向きを変えられる。岡部と向き合う形になって、でも杏子は両手で拒絶するように岡部を突き飛ばそうとする。
怖い!助けて!と、誰にも聞こえない絶叫を杏子は――――――・・・それでも両肩をしっかりとつかんだ岡部から離れる事はできなかった。
震える体、涙を浮かべた顔を岡部倫太郎に見られたくない。弱い自分を晒したくない。これ以上岡部倫太郎に―――嫌われたくない。
何を言われるのか、何をされるのか、怒られるのか、叩かれるのか・・・・。正直、怒られてもいい、叩かれてもいい、だから許してほしい。だから嫌いにならないで、聞いてしまった問いかけを無かった事にしてほしい。
全部チャラにして、今日はただ一緒に鍋を食べただけで、いつもと変わらない毎日を、変わりたいなんて望まないから、変わってほしいなんて思わないから、諦めたのに・・・・・都合良く思い出そうとしたことなら謝るから、だからアタシを――――!

「お前の言う通りだ。お前達は仲間だ―――――関係ないなんて言ってすまない」
「―――――――」
「俺が・・・・・悪かった。それだけだ」

―――ああ、この程度の台詞で

岡部の胸に弱々しく触れていた両手に力がこもる。涙が零れる伏せた顔が前を向く。

―――岡部倫太郎は、アタシの事を嫌いになっていなかった

「ッ―――あっ・・・・くっ」
「杏子!?」
「こ―――――ッ」

―――そのたった一言だけで、心の底から安心した

杏子が震えていて、否、泣いていることに気づいた岡部は驚いて目を見開き唖然とした。
それは一瞬の事、なぜなら――――



「こんのっ、バッカヤロウがーーーーーー!!!!!」



涙を振り払いながら、全力で振りかぶった杏子の拳を顔面に受けたことで岡部の意識は闇へと落ちたからだ。








2014年12月1日22;50


赤色。おおむねその色が暗示するのは『強さ』『勝利』『優勢』『祝福』『愛情』『熱血』―――そしてなにより『情熱』である。


「うっ・・・・・・・・む?」
「起きたか・・・・・・・岡部倫太郎」

柔らかく、温かい手のひらが己の髪の毛を撫でる感触に目を覚ました岡部の視界に、此方を心配そうに見降ろす女性の顔が至近距離で映った。
後頭部に感じる感触は柔らかく、髪に触れる手の感触は温かく、見詰められている瞳は熱っぽく潤んでいてとても魅力的だった。

「・・・・・・」
「岡部倫太郎?」

岡部が何も言わないことに不思議そうに首を傾げる女性の髪に、岡部は無意識に手を伸ばした。

「お、おい岡部倫太郎なんだよ急にっ・・・・・その、くすぐったいだろうが!」
「・・・・・・・・お前の髪は柔らかいな、もっと硬いと思っていた」

まだ意識がぼんやりしているのか、夢心地のまま岡部は杏子の赤い髪の感触を堪能する。別に杏子の髪がガチガチに硬いと思っていた訳ではない。だがこれほど滑らかに、指の隙間から零れるように、まるで水のように流れるほど柔らかいとは思ってもいなかった。杏子とは戦闘中背中を合わせたり日常で腕を組んだりするときに彼女の髪に触れる事は度々あったが―――――

「それによく見ると・・・・・・お前の髪は綺麗だな」
「お、おい、なんだよ頭おかしくなっちゃったか?そんなに強くは殴ってはないぞっ・・・・・たぶん」
「お前な・・・人が褒めているんだから素直に受け取れ。あれか、お前は人を誘っておいていざ本番になると尻込みしてヘタレる困ったちゃんか?」
「誰も誘っちゃいねぇよ!!」
「いいか、言っておくが相手が奥手な奴だったら本当に何もできないから本番ではヘタレるなよ?」
「なんの心配をしてんだよテメェは!!」

杏子は自分の膝もとで侮蔑なのか侮辱なのか警告なのか忠告なのか優しさなのかよく分からない妄言を吐く愚か者に肘を喰らわそうと腕を振り上げた。
が、その前に岡部の髪を弄っていた手が頬に伸びてきて、杏子は頬を優しく触れる感触に硬直してしまった。

「さっきは悪かったな、本当にすまない。今日の俺は少しおかしいらしい・・・・感情的になってしまった」
「う、あ・・・っ、いやなんだその、アタシも悪かったな・・・・・変なこと聞いて――――」
「いや、変な事じゃないさ。“それ”は・・・・・“それ”があるから俺は世界にすら打ち勝つことができたんだ」
「・・・・・」

そう言う岡部の顔は、誰を思い出しているのか――――・・・・嫌だな、そう思う。目の前にいるのは自分のはずなのに。
いつも肝心な時に、岡部倫太郎は“あの人”しか見ない。

「“それ”はお前達にも関係があるのに・・・・・いや、誰にでもか、無碍にしてはいけないのにな――――」
「もう、いいんだよ。だからもう・・・・・この話はやめにしよう」

そうだ。もういいんだ。アタシ達が今まで安心してきたのは――――思い出した。何があっても岡部倫太郎は他人にならない、それだけは変わらないはずだから。だから、もういい・・・・・今さらだ、本当に今さらすぎる。これ以上はもう続けたくない。
岡部が気絶している間に、ある程度は痛みも収まった。なのにもう一度味わうことになれば・・・・とてもじゃないが耐えられない。
ただでさえ、“あの人”の事を想い出している岡部の顔はアタシ達に向けるのとは違っていて、それは椎名レミに向けていたものとは比べられないほど大きくて。
そんな杏子の想いとは別に岡部は杏子の膝もとから起き上がる。その時にようやく岡部は膝枕してもらっていることに気づき一瞬停止してしまうが、極力落ち着いた表情で再起動、杏子と共にソファーに隣り合わせで座ったまま視線を合わせる。

「いや、大切な話だ。先延ばしにしていたら後々になって問題化する」
「だけどアタシ達は・・・」
「達?・・・・ああ、まあラボメン全員にも関係があるか、全員が年頃だしな」

杏子の言葉に岡部は言葉を挟むが、すぐに納得し頷く。
杏子は、岡部があまりこの話題に気負うことなくいるように感じて少しだけ・・・・さっきはあんな態度だったのにと、憮然とした面持ちで視線を向ける。
岡部は、いつかこの手の話題がくるかと日々身構えていたので心もち落ち着いていた。さっきのは突然で、今日の件もあり感情的になってしまっただけだと自分に言い聞かせる。

「聞いてもいいのか?」

おずおずと、杏子は岡部の顔色を窺いながら尋ねる。岡部はそんな杏子の様子にバツが悪そうに頬を掻きながら苦笑する。
怖がらせてしまったな。と、自分より遥かに強い彼女にこんな顔をさせてしまったことを強く後悔した。何よりも大切な仲間に―――――

「何でも聞いてくれ、応えられる範囲で―――――」
「ん」
「いやっ、なんでも答えよう・・・・俺の知らない事柄や理解できないもの以外ならなんでも、嘘偽りなく正直に話す」

最初は応えられる範囲で、あまりにも都合が悪ければ避けようと思った岡部だが、杏子の表情を見て考えを改めた。もう、これ以上逃げる事はできないし、そうする訳にはいかない。はっきりと言わないと、伝えないと彼女はもう納得できないのだろう。
岡部の“それ”に関してはラボの皆が既に知っていて、答えは決まっていて、だからこれまでは問わず聞かず伝えず・・・・だけど彼女は思うことがあるのだろう。なら、岡部は答えるべきだ。それで彼女の不安を物色できるなら大いに結構、自身の恥や外聞もない、それこそ今さらだ・・・彼女達は岡部倫太郎、鳳凰院凶真の足跡をしっているのだから。

「じゃ、じゃあ・・・・・聞くけどよ、もう怒んなよっ」
「怒らないよ」

不安そうに、上目づかいで問いかける杏子に岡部はハッキリと伝えた。
決意を固めたように杏子は岡部に次々と問いかけ、岡部は嘘偽りなく答えていく。
それは過去に何度か聞いたことがある内容もあり、最近・・・今日感じた事や前々から思っていたことなど、だけど今回は真剣に誠実に嘘偽りなく茶化すことなく問答をした。そして――――。

「えーっとな、岡部倫太郎はアタシのことが好きか?」
「ああ、もちろんだ」

即答した。即答された。それに杏子は息が詰まるのを感じ取ったが咳き込む寸前に魔力で強制復帰、別に以外でもなんでもないと、精神防御を行い冷静に務める。岡部倫太郎がアタシのことを好きなのは知っていると、そして他のラボメンの事も好きなんだと自分に言い聞かす。
ただ、いつもはもっとごねたりしてやっと吐かせてきた台詞だったので驚いただけだ。今の岡部は真剣に此方の質問に答えているだけだと言い聞かす。

「まどかやマミ・・・・ラボメンのことは好きか」
「当然だ」

そうだろう、知っていた。分かりきった事柄だ。今さらで疑いようもないことはアタシ達ラボメンが誰よりも知っている。

「ならさ・・・・好きな奴はいるか?」
「いる」

それにも即答された。知っていた。岡部倫太郎にも好きな奴がいることぐらい。アタシのことが、ラボメンのことが好きだと言ったばかりだ。今しがた本人から確認の答えを聞いたばかりなのだから。でもアタシが、そして此処にはいないラボメンの皆が聞きたいのは――――

「それは異性として、■■の意味で・・・・・・・好きなのか?」
「ああ」

知っている。“あの人”のことを知っている。
岡部倫太郎が唯一“それ”をアタシ達ラボメンにも分からせる表情にさせる人。
岡部倫太郎には“それ”が無い。と言ってきたけど岡部にだってある。生きているのだから、死んでいないのだから。
ただ、それがもういない“あの人”にしか向いていないのだから実質無いように見えるだけなのだ。

「牧瀬紅莉栖・・・さん?」
「ああ、牧瀬紅莉栖は俺の唯一無二の助手で・・・・・・大切な女性だ」

その短い言葉を発しただけで岡部は様々なことを、大切な記憶を思い浮かべているのか、此処じゃない何処かを眺めているような、そんな感じがして杏子は拳を強く握った。
アタシは岡部倫太郎のことが好きだけどそれは恋愛とかの好きじゃない、と言い聞かせる。だから胸の奥に感じた何かは気のせいで、ただ、もういない人のことを考えている岡部が、今いる隣にいる自分よりもその人のほうを優先しているから嫌なだけだ、と。

「じゃあさ――――」
「それは―――」

その後も杏子と岡部は問答を続けた。




2014年12月1日23;30



「一つ聞いてもいいか」
「なんだよ?」

アレコレと問答していて、ついに間があいた時、岡部は杏子に問う。

「どうして今になって聞いてきた?」
「は?」
「こう言っては何だがお前達は俺が紅莉栖のことが好きなのを知っているだろう。だから・・・・その、そのテの話題には触れてこなかったのに今日はどうしてだ?」
「そりゃ知ってるさ、だからアタシ達は遠慮なくラボにも来れるし泊まれる。岡部倫太郎に彼女ができたらそんなふうにはいかないからな。・・・・・・そういうことさ、だから不安になった・・・・ってとこか。だからつい問い詰めたくなっちまったんだ。アタシ達にとってここは――――大切な場所だからな」
「別にそんな遠慮は・・・・」
「本気で言ってんのか」

その言葉に岡部は口を塞ぐ。たしかに杏子の言う通りだ。自分に彼女ができれば今まで通りにはいかないだろう。例え岡部が気にしなくても相手が、そしてラボメンの皆が気にする。気を使う。
朝は毎日一緒に食事を食べる事も、ラボに連絡なしで急に訪れる事も、休日平日関係無しに大勢のラボメンで集まる事も、夜遅くまで・・・泊まり込みで騒ぐことも、ラボメンの用事に岡部が積極的に関わる事も確実に減るだろう。
そういうつもりが無くても、それでも変化は否応なくある。そういうものだと、それは運命ではなく自分達の選択として、当然の気遣いとして絶対に。

「で、だ。今になって聞いたのは――――椎名レミに対するお前の態度が気になってな」
「椎名レミ?」
「ああ、お前はアイツの事をどう思ってるんだよ・・・・」
「どうって別に―――」

なんでもない。そう言おうして、でもそれでは納得できないと、杏子の瞳は訴えていた。
言葉を収めた岡部は、それでも他に何と言えば分からない。岡部は自身は本当に分からないのだから、岡部にとって椎名レミは苦手な相手―――同時に過去を、彼等を思い出してしまう相手。ただ、それだけだと認識している。
周りからはどう見えていたとしても、今の岡部には自覚が無い。

「お前は気づいていないかもしれないけど・・・・・椎名レミと話してるお前ってさ、なんていうか―――――さやか・・・上条達みたいだったぞ」
「うん・・・・・?英雄やお嬢達みたいってことか?ありえない」

岡部倫太郎は気づいていないだけで、周りからどう見えているのか、普段と違うことに気づいていないのだ。“それ”は誰もが通る道で、今までは牧瀬紅莉栖の存在が余りにも岡部の中で大きくて、“それ”に関して外部に向けられることはなかった。
だけど今回、椎名レミに対して岡部は“それ”の欠片を表に出した。それは誰もが異性に抱くほんのささいなもので、だけど岡部倫太郎が主観にして数十年間、牧瀬紅莉栖にしか見せなかった異性への反応のそれだった。

「周りから見れば分かんだよ。お前が椎名レミに向けている感情に“それ”があるんだって」
「そんなまさか。俺には紅莉栖が―――」
「あのな、岡部倫太郎」

岡部の言葉を遮り、杏子は何度目かの震える声で岡部に伝える。

「アタシは変わったろ?」
「ん、ああ・・・・変わったな」
「人は変わっていくんだ。それを教えてくれたのは岡部倫太郎・・・・・アンタだよ」

それは岡部倫太郎という執念の観測者とて同じだ。

「そんなアンタの傍にアタシ達はいたんだ。だから分かるんだよ」
「俺は―――」
「分かってるっ・・・・アンタが今も牧瀬紅莉栖さんの事を愛しているのは知ってる・・・だけどさ、岡部倫太郎っ」

そう、今も岡部倫太郎が牧瀬紅莉栖のことを愛しているのは皆が知っていて、それが揺らがないことを知っている。理解している。岡部倫太郎は恐らく、それだけは変わらずに、生涯その想いを忘れずに過ごすと思う。
だけど、だからと言って、忘れられないからと言って、それで終わるはずが無いのだ。

「だからって“それ”を押し殺す理由にはならないだろう」

杏子はソファーの上で己の膝を抱きしめながら問う。別に岡部倫太郎は無理に“それ”を抱かないようにしているわけでも、無理矢理押さえこんでいるわけでもないだろう。でも岡部倫太郎はまるであの人に操をたてるように、アタシ達にそれを向けないようにしている。他の誰よりも近いアタシ達に対して誰よりも、そして“それ”を向けられないように努めている。
そのテの話題が上がれば過去の世界線でどれだけ彼女に助けられ、彼女の世話になったかを話し、どれだけ彼女のことが好きなのかをワザとらしく伝えてきた。

「そんなつもりは―――」
「ないのか」

ほんとうに?

「・・・・・・」

無いとはいえないかもしれない、岡部はそう思った。意識していた訳ではない・・・・・とも言えない。

「そうかも・・・・知れないな」
「ほら、やっぱりそうじゃないかっ」

手を伸ばし、新しいチューハイのプルタブを開けながら杏子がジト目を寄こす。

「それもっ、特にっ、アタシ達にっ、対してはっ・・・・過剰?何て言うかこう・・・・アタシ達にこそむけないようにしてるだろっ」
「むぅ・・・」

いつもの調子に戻ってきているのか、アルコールをぐびぐびと摂取しながら、言葉を区切って強調するように伝える杏子に岡部は思考を巡らす。
杏子の言葉を否定できない。正直に言おう、過去の世界線では“そう心掛けてきた”世界もある。万が一にも一定以上の好意をもたれないように努めてきた。
岡部は自分が健全な男だと自覚している。だがこれまでは“それ”を意識することはなかった。彼女達は子供で、岡部から見ればそういう対象にならなかった。“それは時が経とうと変わらない”。そしてそれを彼女達も理解していたからスキンシップが自然に多々になっても問題はなかった。

(とは言え・・・・“それ”を向けられたとき俺は今まで彼女達に・・・・・・・どうしたんだろうか?)

過去、取り戻せなかった時点での、空虚な精神状態の時、この世界に放逐されたころの自分は意識、精神を閉ざしただ生きているだけだった。かつての世界線で、杏子と、正確には織莉子達と初めて戦い、そして自身の精神を取り戻したあの世界線、“その前までの世界線”では岡部は中途半端な覚醒をしていて、だからか、過酷な運命に沈む少女達に、彼女達の孤独を紛らわせるためにあらゆる要求に応え―――――・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・












―――・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・おや?
















―――・・・・・・・・んん?














































w|;゚ロ゚|w !!?





「うん!思い出すのはやめよう!!」
「?」
「いや・・・・なんでもないよ?ナニモナカッタヨ、ナニモナクテセカイハアオクテマルカッタ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・岡部倫太郎?」
「ぬっ、ぐぐぐぐうううううううっ」

なんか、なにか、なんでも、なんてこったっ・・・・・・O・MA・I・DA・SI・TA!!!

ァ '`,、'`,、'`,、'`,、(´▽`) '`,、'`,、'`,、'`,、'`,、   うん、忘れよう☆

「杏子・・・・・認めよう。俺はお前達に、否!お前達だからこそ“それ”を向けず向けられずに過ごそうとしていた!そしていつしか互いそれが当たり前となり此処まで来たんだっ・・・・・そうだな?」
「あ、ああ、そうだと思うんだけど・・・・なんだ?なんか思い出したとかなん―――」
「いやそうだろうそうだろう!そのとおりだよバイト戦士!お前の言う通りで俺が間違えていた・・・・・そう、俺は間違えていた!!」
「なんで二回繰り返してんだ?おい・・・どうしたんだよ――――」
「なんでもないぞバイト戦士!そう・・・何でもないんだ気にするな!!」

いきなり大声で焦った様子の岡部に杏子は首を傾げる。

「って言うか・・・・またバイト戦士って言うんだなっ」
「は?べ、別に他意はないぞ!?なんならあんこでもいいが!!」
「名前で呼べ!!!今アタシは真面目に話してんだぞ!!」

杏子の一括に突然暴走し始めた岡部はハッ、として正気を取り戻す。バチバチと、ベチベチと頬を叩きまくって気合いを入れ直す岡部に杏子は不審者を見る目で問う。

「なんだよ急に、どうしたんだよ?」
「いやその・・・・・あれだっ、お前は俺に何を望んでいるんだ」
「へ?なにって―――」
「ほらなんだ、その結局今回の件で俺が椎名レミ・・・・・お前達に関してもそうだが“それ”に関して思うことがあっての相談だろ?」
「ッ」
「内容は分かった。今までそのテの話題が無かった俺にその可能性が生れて、その結果今まで通りの付き合い、例えばラボメン達との関係に変化、混乱が起こるのではないかと心配しているんだよな?」
「う、まあ・・・・・そうなるな」

“それ”に関しての人間関係の変化、それに伴う混乱を理解している。それも・・・なまじ魔法少女との付き合いが多い岡部はそれを痛いほど理解している。そして自分はラボのトップ、ラボは自宅だ。ラボにはラボメンがほぼ毎日通い詰める現状・・・・・・これまで通りの日課は続けきれなくなるかもしれない。
それに“それ”が原因でこの世界線では美樹さやかや志筑仁美、上条恭介だけでなく・・・・主にこの三人だが、上条だけでなく岡部をも中心とした“それ”関係でSRW(スーパーリリカル大戦)が勃発したりして『ラボメンVS他魔法少女連合』の前代未聞の大人数による魔法少女同士の抗争が起きたり起きかけたりで大変だった。
対処を間違えると第三次・・・・・・・・・・・・第三次?の大戦が起きる。

「で、どうしてほしいんだ?」
「どうって・・・・・なんだよ」

弱々しく尋ね返す杏子に岡部は答える。ずれた問いかけを。

「お前の見解は分かった。俺には自覚が無いがバイト戦・・・・杏子が言うのなら俺は椎名レミに対し今までの奴とは違った反応を見せているのだろう」
「っんだよ、やけにあっさりとアイツへの好意を認めるんだなっ」

再び、ぐびっ、とチューハイを口に運び飲み干しそのままダン!と炬燵に叩きつけ岡部に向き直る杏子。

「なんだっ、アタシに言われて意識しちまったか?テメエは他人に言われた事を真に受けて恋に気づいたってか?ああ!?」
「え・・・?いや違うそうじゃなくてっ」
「何が違うんだよこの野郎が!」
「ええ!?何で急にキレてんだお前は、タイミングがおかしいだろうが!?」

お酒で火照った体で岡部をソファーの上で押し倒し、首元のセーターを引っ張ったりしながら杏子は叫ぶ。なんかムカついた。なにか気にくわない。話の流れも岡部の対応もなにもかも。なによりも何かを誤魔化そうとしている岡部に苛立ちが隠せない。
ちなみに岡部はただどうすれば今回の件が収まるか、一時的にでもいいからとりあえず何らかの意見を聞こうと思っただけだ。岡部自身は事態(椎名レミに対して)の“それ”を理解していないのだからアドバイスを(これもまた変な話だが)授かろうと情けなくも承ろうとしたのだ。ヘタレ極まりないが、これはもう会話の流れや日本語がおかしいくらいに酔っ払っていることにしてほしい。
岡部だって困っている。杏子が何と言おうと岡部にとって現在ラボメンの皆が世界で一番大切な存在だ。その関係が、今までの関係が揺れる事態になれば岡部とて平穏ではいられない。ましてや思い出した記憶、精神を取り戻す前の世界線、あやふやだった精神状態でラボメン達以外の魔法少女とのやりとりを思い出してその経緯から岡部は混乱に拍車をかけている。

「それになっ、アタシはもう椎名レミのことはどうっっでもいいんだよ!!」
「え、いいの!?今回それが原因でからんできたんじゃ―――」
「うるっせぇんだよ!いいか岡部倫太郎!いいのか岡部倫太郎!いいんだな岡部倫太郎!!」
「なにその三段活用!?お前一体どう―――うぇっぷ!?」
「うるっっっせぇえええええ!!!」

がっくんがっくん頭を揺らされて岡部は吐きそうになり口元を押さえる。
もう、どうしようもないほど杏子は酔っ払っていた。今日一日ずっと溜めこんでいたストレスからくる不安や恐れが限界に達してしまったのかもしれない。







2014年12月1日23;50


べしべしべしっ

アルコールの取り過ぎで体があったまった杏子は自身の服の襟首の部分をめくってパタパタと首元に空気を送りこむ。

「くそっ・・・・あちぃ」

べしべしべしっ

「だから、いいか岡部倫太郎っ、お前はアタシ達をちゃんとっ・・・・ん?あれだ!子供あつかいっ、すんなよな!」
「あー、うん」
「いいか岡部倫太郎っ、アタシは前々からお前に言いたかったことがある!それは――――アタシ達を子供あつかいすんなってことだ!」
「そうだな、もう子供じゃないもんな」
「そうだ!まだ未成年だけど大学生!お酒も飲める大人だ!つまり何が言いたいかわかるか!?そう――――子供扱いすんなってことだ!」

・・・・・・・・めんどくせぇ。失礼ながら岡部はそう思っていた。

「だいったいお前は昔からの付き合いなのにまともに名前も呼ばないうえにいつまでも子供あつかいするし突然知らん女連れてきてアタシは子供あつかいだし周りには女しかいないのにアタシは子供あつかいでまどかみたいに飯作ってやっても子供あつかいでほむらみたいに喧嘩しても子供あつかいであいりみたいに一緒に寝泊まりしてもさやかみたいに馬鹿騒ぎしてもマミみたいに腕組んでもずっとずっと子供あつかいで変わんねぇしそれに――――」

馬乗りの状態のままずっと、ず~~~~っと、これである。あれからずっとこの状態で同じ話を延々と繰り返している杏子は間違いなく酔っ払いで岡部はウンザリしていた。確かに子供扱いしすぎていたかもしれないがこれは酷い。年頃の娘が異性の腹の上でとる態度ではない。子供扱いが嫌ならそれなりの態度で関わってほしい。
・・・・・・・・・まあ、ここまでくれば杏子の言いたい事も十分理解した。

要するに他人には年相応の態度で接するにもかかわらず、長年連れ添った自分をいつまでも子供扱いすることに対し怒っている。

岡部はそう思っている。他の理由があるとしたら“それ”関係だろうが杏子は違うだろうと予測している。
今日一日の言動、そして繰り返し主張する内容から誤解しそうになるが――――

「杏子、お前は俺が好きなのか?」
「あん?何言ってんだテメェ・・・・そんなん当たり前だろうがっ」
「それは異性としてか?」
「は?ありえない、脳外科に行けヘタレ野郎っ、誰がお前みたいな奴に惚れるかってんだ!」

うん・・・・これである。割と心に刺さるものがあるのは自意識過剰のせいだろうか。

(勘違いしなくてよかった・・・・・・・あやうく大恥をかくところだった)

話の流れから杏子に一定以上の好意を抱かれていると僅かながら・・・・・勘違いしていた。杏子が酒に酔っているのをいいことに言葉を濁し別の台詞を混ぜながらその真意を確かめようとして・・・今しがた貰ったような辛辣な返答を幾度もいただいた。
ヘタレ、根性無し、情けないと思うことなかれ、いくら主観時間で長生きていようとこの手の問題には不得手なのだ。ましてや相手は長年連れ添ったラボメン、“それ”に関しての疑問疑惑を抱えたまま過ごしては精神衛生上もたない。主に胃が。

それにこの世界線の岡部倫太郎は魔法少女達にとっての英雄的存在でなくてはならない。ヒーローでなければならない。
英雄色を好む。と言う意味で、物語に登場する皆を愛する英雄のように。“民を広く浅く平等に愛する存在として”。
たった一人を、誰か一人を“選んではいけない”。
たった一人しかいないから。だから皆を平等に愛する。誰か一人に偏りしてはいけない。
そうでなければ歪みが生れる。自身を認めてくれて、共に戦ってくれるたった一人の異性を求めて。
自意識過剰じゃない。それは実際にあった本当の事、それが利益であれ、好意であれ、岡部倫太郎は魔法少女に求められる。
とくに自暴自棄に陥った彼女達に。孤独は、悲劇は、理解者無き人生は、幼い彼女達の精神を簡単に疲弊し、摩耗し、矜持を捨てた行動に駆り立てる。
それに巻き込まれて被害にあうのは岡部だけじゃない。ラボメンの彼女達だ。現に数度にわたり別の魔法少女達との大規模な戦闘がこの世界線ではあった。

むしろ、誰よりも近い存在として彼女達は敵視されてきた。

だから・・・・と言う訳ではないが、もっとも近い存在であるラボメンに好意を抱かれないようにしてきた。
いつしか彼女達もそれを漠然と悟ってくれていたから安心していた。
その好意は“それ”じゃないと。
岡部倫太郎は誰のものにもならないと。
ラボメンはただの仲間だと。
だから争うことはないと。
言わなくても伝わるように、別の魔法少女達にも分かるように、長い年月を重ねて。おかげで“それ”に関しての魔法少女同士の戦闘は減ってきた。
岡部倫太郎は“それ”に応える事はないが、それは誰にでもそうで、そしてラボメンでなくても相談には乗ってくれる完全中立な存在として、そういう認識で魔法少女達の間では広がっている。

あとは教えればいい。魔法少女でも普通の人間と変わらない。普通に恋して幸せになればいいと。
あのとき、そのときに“岡部倫太郎しかいなかった”。だから“それ”は勘違いだと。
だから世界には岡部倫太郎という男だけじゃない。自分を愛してくれる人は世界中にいるんだと。変な遠慮はいらない。肉体はただの器とか、ゾンビだとかくだらない、そんなものは何の枷にもならないと。

それを今回の件で瓦解されそうになった。もし岡部が誰かを愛せるのなら、自分に振り向かせようとする存在が現れるかもしれない、それはきっと――――避けなければならない。
どんなに言葉を並べても岡部倫太郎は特別な存在だから、NDによるソウルジェムの負担を支える機能に関しても、その優しさも、理解も、想いやりも彼女達にとっては特別だから。
間違いなく世界にたった一人のイレギュラー。まるで漫画やアニメの主人公のような存在。自分の為に命がけで関わるお人好し。ヒロインである自分の為に存在しているかのような在り方。
この世にはいない人、勝負もできない“あの人”が好きで、その人だけが岡部の特別。それ以外は平等で不変。だから諦めきれた。だから納得できた。
なのに、その前提が崩されたとしたら・・・・・・・・

「はぁ・・・」
「んだよ辛気くせぇっ、ため息なんか吐きやがって文句でもあんのかっ」
「ないよ」

同じ話を繰り返している部分には文句があるが・・・・・それでいいかもしれない。こちらも疲れている。精神的に。ならコレ以上の話題が生まれる前に酔いつぶれてくれれば幸いだと思った。
押し倒されて、べしべしと人の胸元をチューハイ片手に叩いてくる赤毛の女を見上げながら、岡部は片手で自身の髪の毛をくしゃりとかきあげ、もう片手で彼女の頬に触れる。

「んん?なんだよ岡部倫太郎っ、くすぐったいだろうがっ」
「俺は痛いんだよ」  ―――そして怖いんだ

誰かを好きになれる事は幸いだ。この魔法のある世界にきて、“それ”を実感して、だけど抱けなかった岡部にもそれは分かる。
だけど、彼女達は知っているのだろうか?“誰かに愛される怖さを”。
ナルシスト――――と、馬鹿にしてはいけない。ストーカー被害にあう訳でもない。ただ誰かから愛される、好かれる。好意を向けられる。その事実は思いのほか重くて――――怖い。

「・・・・・・・・・・・」
「ん、おいっ・・・岡部倫太郎?」

彼女の火照った頬の感触は温かく柔らかい、流れるように垂れている赤い髪からも甘い匂い。少女だった彼女はいつのまにか本当に綺麗になった。

・・・・・・・・・・・ああ、これで彼女の吐息が酒臭くなかったら危なかった――――

―――    修正

「ふん!」
「おごっ!?」

振り下ろされた拳が鳩尾に叩き込まれ咳き込む岡部に、杏子は本日何度目かの冷たい視線を向ける。

「いましちゅっ、しちゅれ・・・・・・失礼なこと考えただろっ」
「かみかみかッ、・・・・・言っておくが途中まではよかったんだぞ?」
「結局いつも通りに不時着(?)したんだろうがこのヘタレ!そんなんだからお前はDTなんだよっ」
「ど、どどどど童貞ちゃうわ!そもそも不時着したのは誰のせいだ!」
「お前のせいだチキン野郎!」
イラッ☆( ̄▽ ̄)ノ

がうがう吼える杏子に半分うんざり半分■■しながら岡部は再び杏子の頬に手を伸ばし、両手でそのまま赤くなった杏子の小さな耳をくすぐる。
「ひゃん!?」と、可愛らしい声と共に体をビクッと震わせた杏子は岡部の体の上に倒れこむように伏せてしまう。

「むッ、く・・・おい岡部倫たッひゃあ!?こ、こらッ、くすぐったいって言ってるだろうが!」
「むにむにむに~」
「ひゃわわわわわわ!!?」

吼えて噛みつく杏子の叫びを無視して岡部は杏子の耳を愛撫し続ける。アルコールのせいか、耳が弱点なのか、はたまた密着している状況のせいか杏子は敏感に反応してしまう。
それに対し岡部は決して反撃のチャンスを与えないように責め続ける。岡部もまた酔っているのか、楽しいのか、密着しているせいなのか、普段なら絶対にやらない事を思いのほか楽しんで行っている。

「ひゃっ、う、うぅ・・・く、子供あつかいすんなッ!!」
「は?」

が、杏子が大声で岡部に訴えるように叫んで、岡部は杏子の耳をいじくる手を止めてしまった。
顔を真っ赤にした杏子はぜえぜえと、息も絶え絶えな様子だが、一方の岡部はポカンと、杏子の発言に唖然としていた。呆れていたのかもしれない。

「・・・・・・・・・・・・ああ、そうか、なんだっ――――やっぱり子供じゃないか」
「ッ、なんだとっ」
「だが、安心したぞバイト戦士」

岡部と離れるように腕に力を込めて、ゆっくりとだが杏子は上半身だけを起こし岡部を見降ろす。真っ赤に染まった顔は怒りか、羞恥心か、両方か、本人にも分からない。
そんな杏子に苦笑しながら、冷静になってきた岡部は杏子に伝える。安心したと。

「今のやり取りでその発言、子供あつかいするなとお前は言うが・・・・“杏子”、残念ながら俺は子供あつかいしていなかったぞ」
「え、む?」

岡部の言葉にきょとん、と、してしまう杏子。
同時に、なにか決定的なチャンスを逃してしまったような―――――そんな、喪失感にも似た何かを感じた。

「くくっ、それが分からないならお前はまだ子供だよ。まあ、おかげで俺は正気に戻れた」
「ん?へ・・・・・うん?」

酔いの回った頭ではうまく思考がまとまらない。杏子は岡部が何を言っているのか理解できなくて―――――

「アタシはっ、子供あつかいされるのは―――!」
「だから、していなかったよ―――さっきまでの俺はな。だけどお前自身が子供だったから今回はこれで終わりだ」
「は?ん・・・待て、意味が分からないぞ岡部倫太郎、説明を求めるっ」

べしべしと、杏子は再び岡部の胸を叩き始めるが岡部はやんわりとその手を受け止め体を起こす。
とは言え、杏子に馬乗りにされているので上半身を起こせば至近距離で抱き合うような姿勢。

―――修正

「“もう無駄だ”・・・・・・・・ほら、一旦は慣れろバイト戦士。この体勢じゃ近すぎるし話しにくい」
「やだっ」
「まったく・・・・ほら」
「んっ、こらヤメロ岡部倫太郎!話はまだ終わっていないぞっ」
「だーもうっ、暴れるなバイト戦士」
「杏子だっ」
「はいはい」

岡部に馬乗りの状態だった杏子は岡部に脇の下に手を差しこまれそのまま持ち上げ―――――られなかったので、少しだけ場所をズレされてしまう。そのスキをついて岡部は杏子の下から抜けよとするが杏子がそれを阻止しようとし、それを岡部が嗜めようとするがさらに杏子が拒否する。

「ゔーっ」
「むう、まるで猫みたいだな」
「シャァー!」
「ぬおっ――――っと、落ち着けバイト戦士、ゆまみたいだぞ?」
「なんだよお前っ、さっきと違って余裕みたいじゃねぇかっ」
「実際余裕だ。正気に戻ったからな」
「なんだよそれ、意味分かんねえっ・・・・ムカつく!」

自身を遠ざけようとする岡部をまたしても無理矢理押し倒して杏子はまた吼える。が、岡部は先程までのように真剣に取り合わない。・・・・・・・・自杏子が望んでいる態度じゃない。さっきまでは少なからず意識していたはずなのに、これじゃあ今までと変わらない。何も、これまで通り、体は成長しても、岡部倫太郎にとって佐倉杏子はいつまでたっても年下の――――――

「アタシは・・・・・岡部倫太郎から見れば子供なんだな」

ずるいと思った。世界には愛してくれる奴がちゃんといる――――そんな風に考えている岡部倫太郎はまだ気づかない。
いまや自分が彼女達にとって、あるいは最初からだが岡部の言う世界のどこかに必ずいる『誰か』の代わりではないことに、気づいていない。気づいてくれない、鈍くも、愚かにも、まったく気づいてくれない。
少なくとも、あとはただ死ぬしかなかった、ただ殺されるしかなかった、絶望し魔女になるしかなかった状況下において颯爽と現れ、自分を救ってくれた人間に対し何とも思わないなんてことが可能な者など、そうはいないということぐらいには、いいかげんに気づくべきだろう。岡部倫太郎もまた、牧瀬紅莉栖に救われたのだから。
そのずっと前から好きだったにしても、好意を抱いていたにしても、それには気づくべきだろう。
自分のことをどう思っているのか、気づくべきだった。もう自分には一人で、しかも逃れられない運命を背負っていくしかない悲壮な決意をしたときに、一緒にいようと言ってくれた異性を、どれくらい頼もしく思ったのかを―――――

「・・・・・・」

岡部の返事のない答え。杏子の背中がわずかに震える。押し倒した岡部の背中に手を回して、まるで小さくうずくまるような姿勢のまま、岡部が聞き取れる限界の音量で呟く。

「アタシはさ・・・・・・アンタの事、嫌いじゃないよ」
「知っている。俺もお前のことが嫌いじゃない」




2014年12月1日23:59

「・・・・・・・そっか」
「ああ」

岡部の腕が杏子の背中を優しく撫でる。その心地よい感触に、顔を黒い岡部のセーターにぐりぐりと押しつけて、まるで自分の縄張りを主張する猫のように、杏子は岡部の背中に回した腕に少しだけ・・・・少しだけ力を加えた。
もう、十分だ。優しい時間を、温かい時間を、求めていた時間を、欲しかった時間を得る事ができた。魔法少女になって失ったモノを、自分を抱きしめていてくれる男は再び与えてくれた。
きっと男は『それはお前が自分で手に入れたモノだ』って言うだろうが・・・・そのきっかけをくれたのは、それを担ってくれた一人であるのは間違いなくて、それに自分の大切な人達の居場所を作ってくれたのはこの男だ。
それに、だから・・・・・・

「なあ・・・・岡部倫太郎」
「なんだ」

アタシはコイツのことが嫌いじゃない。

「どれくらい好きなんだ?」
「当然―――」

胸元にぐりぐりと押しあてていた顔を上げて、視線を合わせる。

「“   ”だよ」

赤い髪を優しく、まるで愛おしく、男は杏子の背と髪を撫でながら、温かい声色でその言葉を杏子に伝えた。
それは今まで佐倉杏子が見た事がない表情で、聞いたことがない声で、一番胸に届いた言葉で、それは“あの人”に向けられていた感情には届かないけど、でもそれは確かに―――――――


2014年12月2日0;00

―――Mission Complete



ブツンッ

世界は真っ暗になった。











χ世界線“3.406288”



「「「「「「あっ」」」」」」

ぶつん、と暗転したパソコンの画面を食い入るように覗きこんでいた“中学生の少年少女”達はそろえて声を上げた。

ま「い、いいところだったのにっ」
さ「やっぱり一日限定じゃ無理があったんじゃ・・・・」
マ「でも予想を超えた展開になったのは確かだわ」
恭「・・・・・今さらだけどさ、これってプライバシーの侵害になんないかな?」
ほ「本当に今さらね、上条恭介。貴方も同罪であることは変わらないのだから覚悟を決めなさい」
あ「ねむ・・・い」
ゆ「キョーコとおにいちゃんどうなったの!?」
キ「それはだねゆまちゃん―――――18禁さ!」
織「キリカ、ちょっとこっちにいらっしゃい」
ユ「うーん、でも岡部には最後で気づかれてたし・・・・駄目だったんじゃない?」
仁「そもそも性格や背景、状況の設定はこちらが捏造したものばかりですしね」

あーだこーだ、それぞれの意見を聞いて感じてパソコンで上映されていた『もしかしたらの物語』について熱弁していくラボメンの彼等彼女等は、後ろでヘッドホンをつけながら眠っていた“少年”がゆっくりとソファーから立ち上がり、近づいてきているのに気付かなかった。

「おい」

びくっ

後ろからの問いかけ、よく知る少年の声に皆が身を振るわせ失態を悟る。本来なら実験が終了後即座にラボから退避する予定だったが、予想外な展開にその場でトークを続けてしまった。
ぎぎぎ、と、皆がブリキのように後ろに視線を向けるとそこには静かに、されど怒っている事がありありと伝わる姿で仁王立ちしている少年がいた。
さらさらの黒髪が目元までを隠し、腕を組んで仁王立ちする姿はパーカーとジーパン、年の頃はまどか達と大差ない。この少年こそ未来ガジェット研究所所長にしてラボメン№01岡部倫太郎。χ世界線3%に偶然辿りついた鳳凰院凶真その人である。
誰もが言葉を発せないまま数秒が過ぎる。正直、今回の実験はやりすぎたような気がするのを全員が思っていた。実験内容を岡部に話していないのもそれに拍車をかけていて、普段なら岡部に対し強気の姿勢でいるほむらですら今の状況に対し何も言えなかった。

「改良型の四号機とパソコン、それにND・・・・・つまり先程まで俺のいた“世界”はそういうことだな?」

静かに、普段はあまりラボメンには向けない怒りの感情を宿した瞳で一人一人を睨みつける。岡部倫太郎は怒っていた。大切なラボメンである彼女達だが、こればっかりは決して許すことは出来ない。

「四号機、ギガロマニアックスの力を利用した模倣世界での魔女戦を訓練するために開発したはずの複合ガジェット『Chaos;Head』、まさか事前に何度も忠告したにもかかわらず――――」
「ち、ちがうんだよオカリンッ、これには訳があるんだよっ」
「だいたいこの事態は普段から岡部が私達を子供扱いするから不満を――――」
「黙れ」

まどかとほむらの言い分を聞くことなく、この世界線ではまどか達と同じ年頃の姿―――丁度、椎名まゆりを取り戻すために鳳凰院凶真が生れた頃の姿―――の岡部はこの場にいる全員・・・・・あいりは半分寝ているので除外、一人一人の頭に拳骨をした。

ごんっ、がんっ、ポコ・・・・・!

「い、痛いっ」
「む・・・・ぐ」
「うう・・・・ごめんなさい」
「あう・・・」
「一応僕は止めたんだよ」
「同罪だ、まったく・・・・・お前達は何を考えている!模倣世界であり、ある程度設定を変えられるとはいえ・・・・・人の感情、意思に介入することは禁じたはずだぞ!」

その言葉に、前もって注意されていたにも関わらず好奇心からそれを破ってしまった皆は押し黙る。本気で怒っている岡部に誰も何も言い返せない。
知っていたのに、感情への、意思への一方的な介入、改ざんは、かつて岡部倫太郎が恨み憎み、そして憎悪したディストピアと同じ・・・・決してやってはいけないこと、岡部倫太郎を、人間を侮辱する行為だ。

「ご、ごめんなさい」

まどかが、自分のしたことの愚劣さに素直に謝る。涙を浮かべた謝罪に、皆が同じように岡部に謝るが、岡部の表情は変わらず、さらに釘を刺す。
いつもの岡部なら・・・・でも今回の行為はそれだけ許せないのだろう。それをラボメンの皆も理解している。理解していながらやってしまったのだから、彼らはまだ子供なのだろう。

「この複合ガジェットは破棄する」
「え!?」
「もう二度目はないと思うが・・・・・それでもこのガジェットは危険だ」

岡部は彼女達を信用していないわけではない、しかしそれでもこのガジェットは危険と判断した。



閑話休題



「これでよし・・・・まったく、とんでもないことに巻き込まれたものだ」
「ごめんなさい・・・・今回は本当に悪かったわ」
「まったくだ。マミや織莉子、ほむら・・・・お前達がいたにもかかわらずこのざまじゃ子供あつかいされても文句はいえんぞ」
「悪かったわ、でも――――」
「言い訳はするな、この件に関しては俺は絶対にお前達を許さない」

複合ガジェットの『Chaos;Head』を四号機と分離させ破壊し、ほむらと言葉を交わす岡部に皆が落ち込む。ここまで責められるとは思ってもいなかった。いや、予測はできたかもしれない、自分達は岡部倫太郎の過去を知っていたのだから。
現在のラボはかなり空気が悪い。自分と普段から言い争いをするほむらですらかなり落ち込んでいる。周りを見渡せば限界に達し眠っているあいり以外・・・・・・部屋の隅っこで別の意味で塞ぎこんでいる杏子以外の皆が落ち込んでいた。

「・・・・・・・・・・・・」

ばりばりと、乱暴に髪を掻き毟った岡部は無理矢理声を大きく、それでなるべく威嚇しないように言葉を発する。

「あー・・・・なんだっ、もう全員反省したなっ」

その言葉に、恐る恐るといった感じで視線を上げるラボメン一同。

「なら今回の件は終わりだ。各自反省し二度目がないと心に刻んでおけ」
「えっと・・・じゃあ」
「ああ、もうこれに関して追求はしないから顔を上げろ」

それに、まだ気まずい感じを残しつつ、それでも岡部の許しを受けて皆はホッとし、肩の力を抜いてそれぞれが腰をおろして床にだらけてしまう。
自分達の行いが岡部倫太郎にとっては裏切り行為に近いものだと悟った彼等は、岡部に嫌われたものだと・・・・・それこそラボへの立ち入りすら禁止されるのではないかと思ったのだ。
でもこうして力なく、呆れたように優しく声をかける岡部は許してくれた。好奇心から禁じられた行いを実行した自分達を、本当は完全に許してはいないのかもしれない、それでも許してくれた。

「と言う訳だ。もう夜も遅いからさっさと帰れ中学生」
「オカリンも中学生だよ。・・・・・・今日は泊まって行こうかな」
「駄目だ」
「え、なんで駄目な・・の?やっぱりまだ―――」
「違う。あれだ」

岡部の指さす所には毛布に包まり折りたたみ式ベットで既に熟睡している杏里あいりと――――特大の羞恥心に悶えている佐倉杏子がいた。

「あー・・・・・・」

複合未来ガジェット『Chaos;Head』。本来の用途はバーチャル空間、仮想空間内で設定された魔女との模擬戦を行うガジェットだったが、今回は魔女との模擬戦ではなく岡部と未来のラボメン達との関係を恋愛ゲームよろしく一方的な設定で岡部倫太郎と佐倉杏子に行った。
だからその世界での岡部の性格、“愛することは出来ても恋はしない”とか、杏子の何故か“窓から侵入するジンクス”とか、それらはまどか達が勝手に設定したもので真実は分からない。
だから今回の実験は真の意味では岡部と杏子の本音が顕になったわけではない。所詮は無理矢理押し付けられた設定が形になっただけ、しかしそれでもかなり恥ずかしい。与えられた設定とはいえ、その設定で行動し思った思考は間違いなく自分自身のモノで、それをモニター越しに親しい彼等に見られていたのだから。
途中で気づき、精神が成熟、数々の経験を積んできた岡部にはまだしも耐えきれるものだが・・・・・それは思春期の女の子である佐倉杏子にとってはかなりの痛手だ。岡部のようにこれはデータが予測したただの仮想での展開、と、開き直れるほど彼女の精神は強くない。ましてや内容が恋愛もの、しかも自分は男に馬乗りになり酔っ払ったままあれやこれや・・・・・精神へのダメージは深く重い。
うーうーと、布団に包まり悶えている彼女が耳はおろか首筋に至るまで真っ赤になっている様子を想像するのは簡単だった。立場が同じなら皆、今の彼女のようになっていると・・・・・・だからこそ声をかける事もせずに、そっとしている。今この瞬間は誰にも干渉してほしくないのは――――――――

「あいりは一度眠ったらなかなか起きない、バイト戦士はあの様子ではしばらく動けんだろう」
「うん・・・・本当にごめんね杏子ちゃん」
「!」ビクッ

自分の名前を呼ばれただけで布団越しに動揺が伝わる杏子に、周りのラボメンは事のありように反省し、岡部の言う通り帰宅することにした。
一同は杏子の様子をそれとなく心配するが、相手の立場になって考えた場合はやはりそっとしてもらえると・・・・それが一番助かるのは分かっているのでそれぞれ何も言わず、一言二言もう一度岡部に謝りながら帰って行った。







「・・・・・」
「・・・・・」
「(。-ω-)zzz」

それから数分、静かになったラボで岡部はマミやさやかが持ってきた嗜好品、ココアを作りテーブルの上に置いて未だに一言もしゃべらない杏子に声をかけた。

「“杏子”」
「っ」
「ココア飲むか?」

とは言え、岡部の手元には既にコーヒーがある。だからこのココアは杏子が要らないと言えば、または何の反応もしなければそのまま流し台に消える定めだ。
今の杏子に、声をかけるのはタブーかもしれない。それを分かっていながら岡部は杏子に声をかけた。無視されるならそれはそれでいい。しかし会話できるなら最初のうちに言っておきたいことは言っておきたい。

「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・のむ」
「そうか、席を外そうか?」
「・・・・・・・・・・いい」

しばらく躊躇ったうち、杏子は毛布に包まったままノロノロと寝室、アコーデイオンカーテンの向こう側から這いずるように現れちょこんとソファーに座る。
両手でココアのはいったカップに手をつける杏子は岡部の退室を望むことなくチビチビとココアをそそる。

「まあなんだ・・・・・あまり気にするな。あれは所詮仮想空間内での、それも後付け設定での感情だ。ベースが佐倉杏子なだけであってお前の本心とは別だ」
「わかってる・・・・・気にしてないって言えば嘘になるけど、それに別にアタシは皆を恨んでもいないし責めてもいない」

そもそも杏子だって『Chaos;Head』を使った今回のような実験に何度か立ち会っているのだ。今日は岡部倫太郎が途中で気付いたが今まで何度かラボメン達は実験を行ってきている。
岡部には内緒なので、基本岡部が眠っているときにこっそりと、または岡部がいないときに別のメンバー同士(主に上条)であれこれ設定してパソコン画面であたふたするラボメンを眺めていた。
同じ穴の、同罪だ。岡部にばれたからと言って自分だけが無実なわけじゃない。設定が強すぎて物語に取り込まれ、現実世界と誤認したとしてもさんざん似たような事を行ってきたのは否定できない。

「今回の事はアタシにも非があったんだ、だから・・・・・忘れる」
「そうか」

そのまま、あいりの寝息だけが聞こえるラボで岡部と杏子はそのまま無言で数分を過ごした。無言だったが、それは別に苦痛ではなく、しかし何か言わなければ間が持たないような、そんなハッキリしない感じがして杏子は若干戸惑った。
内容が内容だ。岡部はさっきまでの仮想空間内(四年後の自分達)でのやりとりを所詮はシミュレーションだと―――――でも、杏子にとっては簡単にはカンパできないのでそれなりに岡部の反応が気になってしまうのだ。

現実世界において、佐倉杏子は岡部倫太郎の事を恋愛対象として観ていない。

佐倉杏子自身はそう思っている。もちろん岡部に対し好意を抱いてはいるがそれが“恋
“か、と言われれば違うと言える。その真偽はどうあれ大切な仲間だと思っているし岡部も杏子に好意を抱いているのは確かだろう。

「・・・・・」
「・・・・・」

チビチビと、ゆっくりと飲んでいたつもりだがカップの中身が空になり・・・・・・どうしよう、と、悩む杏子。

「さて、俺も言いたいことは言ったし、今日はもう寝るか」
「う・・・ん。そうだっ・・・な」

そんな杏子に気を使った岡部が提案してくる。岡部はあのまま放っておいたら寝ずにうんうん唸って悶えてそのまま朝を迎えそうな杏子の気を紛らわせればいいな、と思っていたので、それはなんとか(少なくとも睡眠がとれる程度には)できたので蒸し返す前にさっさと寝ようと思った。
杏子のまだ硬い言葉も明日になれば解消される事を祈りながら岡部はソファーから立ち上がり寝室からあいりが使用している毛布とは別のやつを取り出す。

「俺はソファーで寝るが、お前はどうする?あいりと一緒に寝るか、それともマミの所に帰るか?」
「このまま帰ったら・・・・・気まずいだろっ・・・・・」
「まあそうだな」

分かっていながら、会話のキャッチボール目的の何気ないただの会話。岡部は杏子の隣、再びソファーに座りこんで寝る体勢に入った。ようするに今もソファーに座っている杏子に退いてくれと、言葉なしに伝えた。

「・・・・おやすみ」
「ああ、おやすみ。また明日なバイト戦士」
「・・・・・・」

ついさっきまで名前で、「杏子」と呼んでいたのにまた「バイト戦士」と呼んでくる。追い立てられるように立ち上がった杏子は毛布を引きずるようにしながら寝室へと移動する。
・・・・・・・別に構わない。もうここで寝るのは慣れているし岡部がソファーで寝るのだから自分が退くのは道理だ。呼び名も普段から「バイト戦士」だし、仮想空間内でのやり取りも気にしない。気にしないようにする。
でも、だけど、なんか悔しいじゃないか。杏子はそう思った。なんか納得できない。このまま引いては負けたような気がする。何に負けるのかは分からないが・・・・・とりあえずこのまま引いては女として――――じゃなくてっ、そうっ、戦士としての威厳に関わる。
自分はちょっと、本当にちょっとだが今回の件で、仮想空間内での件でそれなりに想うことはあったのだ。ならば同じ立場だった岡部もそれなりに、何かしら、自分と同じ程度には何かあるべきだろう。
だから杏子はラボの電気を消す前に、まっすぐに岡部の方に向き直って問いかけた。

「おい岡部倫太郎」
「ん?」
「お前はアタシのことが好きか?」
「ああ」

すでに寝そべり毛布をかぶった状態の岡部が何の気負いも無く杏子の問いに応えた。それに若干噴き出しそうになったが杏子は何とか耐える。
このやり取りはさっきもあった。だからある程度は予測していたので耐えられる。そう強く自分に言い聞かせ更なる言葉を杏子は紡ぐ。
この問いかけはジャブ、本命はこれだ。

「じゃあさっ、あ、アタシと付き合おうぜっ」

もちろん冗談だ。特に意味のないやり取りになるだろうが言っておきたかった。やられっぱなしは・・・・・別にやられてもいないが自分だけ焦るのは納得がいかない、だからこの台詞で少しでも岡部が動揺でもすれば恩の字、満足できる―――――ハズだった。

「本気なら付き合おうと応えるぞ―――――“杏子”」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ふへっ?」

だからまさかの返答に、何を言われたのか、自分が何と言ったのか分からなくなり、頭の中が真っ白になった。

「さっきも言ったが・・・・・ああ、これは『Chaos;Head』の中での話だがな」

気づいた。岡部は笑っている。

「あっ、お、お前――――!」
「どれくらい好きかって聞いただろ?」

からかわれた。顔全体に血が集まって、恥ずかしさのあまりに叫び出したくなるが口はパクパクと動くだけで何も言えない。
岡部はこちらの一大決心に近い からかいの冗談を逆手にとり、まさかのカウンターを仕掛けてきた。

「俺は当然ラボメンであるお前達・・・・いや、ここでは“杏子”、お前の事が――――」
「ちょっ、やめろよバカ――――」

何を言われるのか、ついさっきなんと言われたのかを杏子は憶えている。
だから焦る。分かっている。その言葉に嘘偽りはなく、だけど“それ”は含まれてはいないはずで、だけど今の自分にはかなりマズイ言葉で―――――。
それに、もしかしたら少なからず含まれているかもしれない。
真っ赤になっている自分の顔に、さらなる赤みが増しているのを自覚し、脳は、思考は焼き切れんばかりに熱くてまともに働かない。
コレ以上は無理、ただでさえ今の自分は限界なのだ。“それ”に関して自分は未熟で幼いと分かっている。だからもう・・・いっぱいいっぱいなのだ。

「だっ、言うなっ・・・・駄目だってば――――!」

なのに、目の前の岡部倫太郎は、自分と年の変わらない少年は、笑顔で、普段は見せないような表情で、真っ直ぐに杏子の瞳を見詰めながら伝えてきた。
優しく、嬉しそうに、まるで“それ”を含んだように感情を乗せ、皆が生きている世界、辿りついた世界線で、佐倉杏子に伝えた。岡部倫太郎が幸せになれる世界線で。


―――なあ・・・・岡部倫太郎
―――なんだ
―――どれくらい好きなんだ?
―――当然


どれくらい?決まっている






「大好きだよ」






その言葉に、真っ赤になった杏子は逃げるように電気を消してカーテンも閉じてベットに跳びこむ。
暗闇の向こうから岡部の苦笑するのを感じてさらに・・・・・限界以上に、これ以上は死んでしまうと思えるぐらい赤くなった杏子は結局その日は眠ることが出来なかった。
だから朝、日が昇り始める前にベットから起き出し、ソファーで熟睡している岡部を見降ろしながら杏子は決意する。


―――いつか、絶対にこの男を自分に惚れさせて、それでものすっっっっっっっごく振ってやる!


自分以上の羞恥をいつか味あわせてやると、この日、佐倉杏子は決意した。



「ふう・・・・・・さてっと、とっとと起きろ岡部倫太郎!朝飯作るぞ!!」



そして、今日もまたいつものように、変わらない朝を迎えて、それでいて満足している日々を始める。
杏子の声に岡部がビックリして起き出し、でも相変わらずあいりは寝たままで、岡部に一言二言文句を言いながら杏子は台所で料理を始める。

「杏子」
「なんだよっ」

それは、これまでとやっぱり変わりない日常で

「おはよう」
「ああ、おはようさん」

だけど昨日までとは少しだけ違う

「耳が赤いぞ」
「うっせぇよ」

それも、まあ悪くないと、岡部も杏子も思った。

「手伝おう」
「ったりめぇだ」

人は変わり続けて行く、この世界線ではキュウべぇですら変わっている。そして変わらずにいた執念の観測者たる岡部倫太郎、鳳凰院凶真も。
それはいつか未来ガジェット研究所に混乱や事件を巻き起こし、悲惨な結果が待ち受けているかもしれない。
だけどそれで良いと思う。生きているのだから、なら変わり続ける事は避けようがなく、また、そうあるべきなのだから。

黒いエプロンをつけながら杏子は隣に立つ岡部に声をかける。

「今日はアタシに付き合えよ」
「告白か?」
「アホ、ハーフプライスラべリングタイムだよっ」
「了解した。オペレーション・セレブショッピングだな」

パン、と、ハイタッチをする岡部と杏子を、実は寝ぼけながらも起きていた目撃者あいりはこう語る。



「リア充―――――乙っ」






終わり



あとがき


感想ありがとうございます!即興で書いたSSなので矛盾とか勢いとか電波とか不安いっぱいの当方は今とてもうれしいです!

機会があれば他の妄想トリガーも投稿出来たらいいなぁ・・・・・。BL一直線の上条編とかアーカムシティのデモンベイン編とか・・・・・

さておき、相変わらずの誤字脱字の報告本当にありがとうございます

今後とも当方の妄想SSにお付き合いいただけるよう頑張ります!









[28390] χ世界線3.406288 『妄想トリガー;暴走小町編』
Name: かっこう◆7172c748 ID:3f6e4993
Date: 2013/04/19 01:12


本編と関係ないSS、だからこそ全力の妄想トリガー!!!

ロボティクス・ノーツのアニメが放送され、“彼女”が登場し感極まり・・・・・しかし関連SSが少ない気がする?
ならば自分でやればいい!大丈夫だ、問題ない!!題名が『妄想トリガー』だから!!!

突発的な勢いで投稿しているので流し読みしてくれると幸いです。

このSSは当方の妄想トリガーです。






χ世界線■.■■■■■■


魔女の前に男がいた。乱雑に伸びた髪を首の後ろで適当に縛っている長身の男だ。

白衣に包まれたその身はやせ細り、その頬は窪み、全身の力が抜けていくように・・・・実際、男は両手を巨大なテレビの画面にもたれかかるようにして立っているのが精一杯だった。
ずるずると、その身は沈んでいく、頬を惜しげもなく涙で濡らす。それはやり遂げたから、それを観測する事ができたからだ。
男は少しずつ、一歩、さらに一歩と、ただそうして繰り返してきた。それは或いは死を受け入れて、諦めることよりも遥かに残酷な責め苦であったかもしれない。
だが男はそれを理解していながら挑み、それを耐え抜き、そして今に至った。何度も後悔と絶望に阻まれながらも、何度も何度も何度でも繰り返して、ついに辿りついた。辿りつけさせることができた。

男は目的を果たした。世界の定めた運命に打ち勝ったのだ。

なのに―――涙を流す男は独りだった。『箱の魔女』の目の前、狂気と絶望の世界の隅で、男は独りで泣いていた。
男は諦めなかった。しかし男が全てを乗り越えたことを―――誰も気づいてくれない、誰も褒めてくれない、誰も理解できない。誰も観測できない。
誰もが男の偉業を理解できない。世界を欺き未来を変えた。死にゆくはずの大勢を救い愛する人と仲間を守り抜いた。誰にも認められることなく、世界からただ一人拒絶されてでも成し遂げた。

その結果が今だ。

では、これは残酷な仕打ちなのだろうか?世界は男に絶望だけを与えたのだろうか?

答えは否だ。幸いなら、男は十分に受け取った。十分すぎるほどに贈られた。命を賭してでも観測したかった世界を孤独な観測者は――――――だからもう十分だった。身に余るほどの幸いを貰ったから。
男は自分をこの場に送り込んだ存在に感謝していた。目の前に存在する異形にも。頬を濡らす涙の理由は屈辱でも後悔でもない。それは間違いなく心の底から喜んでいる涙だった。
男はその人生のほとんどを悲嘆に窶れ、葛藤を皺に刻んで生きてきた。男は罪人だったから、例え誰もがその罪を否定しようとも、誰よりもその罪を赦せないと糾しているのは他ならぬ男自身だったから、男に安息は存在しなかった。
それがこうして死の直前にいる自分が誰よりも羨ましく思えるほどに、男は何かに感謝していた。ありがとう――――と言った。誰かに感謝するように、これ以上ない笑みを浮かべながら。

幾多の世界を渡り歩き、一世以上の生涯を通じて目的を成し遂げ世界から追放された男は、その手に何も残らなくても、人知れず消えゆくことを理解していながらも、それでも満足して目を閉じだ。

この瞬間、男の精神はこれまでの対価を支払うかのように、補強と補填繰り返してきた反動を受けたかのように、あっさりと――――壊れた。

だけど彼女達と出逢った。

壊れて、壊れたまま立ち上がった。壊れたままだけど―――また立ち上がれた。
立ち上がって、再び世界の定めた運命へと挑み始めた。







それから何度も何度も世界線を渡り続けた男は―――いつしか平穏な世界へ辿りついていた。


壊れたまま、いつも誰かを追いかけていた男の前には、気づけば誰もいなかった。


もう役目を終えていたのだ。

この世界でも、終わったんだ。




ずっと前から、ずっと昔から少女はその男を観測し続けていた。
常人では耐えきれないほどの長い時間を誰にも気づかれないまま、男にも感付かれないまま。
何時まで経っても諦めない男を、何時になっても戦っている男を、何時までも独りの男を、壊れても孤独になっても足掻く男をただ観測していた。

少女には観ていることしかできなかった。

どんなに手を伸ばしても、どんない声を出しても、どんなに望んでも、その手も声も想いも何時まで経っても男には届かない。
永遠に、永劫に、それが罰で、それがけが彼女に残された贖罪だった。

だけど世界には奇跡も魔法もある。

永遠も永劫も、絶対も完全も、諦めなければ変えきれる。

いつだって、
諦めの悪い者が最後には勝つのだ。

運命にも 

宿命にも



世界にも





β世界線1.04■5■6



「・・・・ん」

優しい声と柔らかな感触、甘い香りに耳に触れる温かい吐息、意識は夢へと堕ちていく。

―――・・・・・て、オカ     さん

遠く、意識の向こう側から声が聞こえる。

―――・・・もう朝ですよー

ゆさゆさと、一定のリズムで揺らされるから睡魔は立ち去るどころか居座り続ける。

―――起きてください。もうっ、先に朝ご飯作っちゃいますからね!?

すぐ近くから石鹸と、少しだけ汗の臭いも混じった女性特有の甘い香りが覚醒を阻害する。

―――はぁー、まったく・・・・いくつになってもだらしないんだからなぁ

額を柔らかな、ひんやりとした指先で撫でられ、その指先から逃げるように、求めるように、もぞもぞとタオルケットを被りなおす。

―――あんまり無防備だと怒られますよ?

耳元で囁かれた声は、やはり優しく、温かかった。

―――というわけで・・・・・おっきろー!!

が、そんな優しくて柔らかな世界は一転する。

「っ!?うぉっ」

がつん!と、いきなり回転し始めた世界を受け入れる前に鈍痛がきた。

「いっ、なんだ!?」
「あはははっ、おはようございます!もう朝ですよオカリンおじさん」

痛む頭を押さえながら声のした方に視線を向ければ毛布を手に笑顔を向ける若い女がいた。
無邪気な子供のように、高貴な淑女のように、ソファーで眠っていた自分から毛布を奪いとった人物はニコニコと、くすくすと笑みをこぼしていた。
その笑顔にようやく状況を理解し、岡部倫太郎はバツが悪そうに髪をがしがしとかく。

「あー・・・・・・小動物、起こすにしてももっと穏便に――――」
「なんども優しく呼んだり揺すったりしましたよ。あと、まだ挨拶がきこえませんねぇ?」
「・・・・・・おはよう」
「はい、おはようございます♪」

手に持った毛布を簡単に折りたたみ、そのまま洗濯籠の中に放り込んだ彼女は岡部に背を向けて鼻歌まじりに冷蔵庫を開ける。

「とりあえず・・・・・汗を流すべきか?」

一応のエチケットと言うか、マナーと言うか、汗臭いままの対応は無しだろう。
材料を台所に並べ、エプロンの紐を腰の後ろで結ぶ女から視線を逸らしながら岡部は寝汗をかいた身なりを整えようと思った。

「その間に朝食作っておきますからどうぞー」

テキパキと慣れた手つきで調理に入るエプロン姿の女性は岡部の言葉に返事を返す。そのやり取りはとても自然で、緊張とは無縁、長年の付き合いから互いの信頼関係、親密度がみてとれた。
朝から合い鍵を用いて部屋に入り、甲斐甲斐しく朝食を作ってくれる女性に、岡部倫太郎は言葉を送る。

「いつも助かる。ありがとう」
「私が好きでやってる事ですから、オカリンおじさんは気にしないでください」

予想通りの答えが彼女から返された。気負うことなく、照れることなく、きっと彼女にとって今の状況は取るに足らない日常の一部なのだろう。
もっとも、このやり取りは目の前の彼女にだけではなく他の女性とも頻繁にあるので・・・・・念のために補足しておくが、岡部倫太郎と彼女は恋人ではないし他の女性陣とも違うので別に浮気とか二股とかヒモとかそんなんじゃないのでどうか温かい理解を期待する。
彼女は、いや彼女も他の女性陣同様に生活リズムが崩れやすい岡部倫太郎のために善意で、時間の有る時に、都合が良い時に交代制でご飯を作りに来ているだけだ。何かが何だかおかしな文脈だが気にしない。

―――ああ、これは夢なんだな

そしてこの情景、この光景を一歩離れた位置で観測している男、岡部倫太郎は・・・・そう思ったのだった。
自分が観測できなかった世界線、辿りつけなかった世界。きっと自分が目指していた世界なのだろう。

「「いただきます」」

夢の中の自分と女性は向かい合いながら席(座布団)につき、手を合わせて食事の挨拶、それぞれ専用のMy箸で食事を始める。
ここは未来ガジェット研究所、最近では所長である岡部倫太郎の準自宅としても絶賛機能中の建物、秋葉原にあり、ブラウン管工房ニ階に開業(?)してそろそろ十年は存在する大切な場所だ。

「どうですか?」
「うむ」

味の感想を求める女性に岡部は頷くだけのぶっきらぼうな態度だったが、女性はそれで気を悪くすることはなく「そうですか」と笑顔のままだ。
この女性、自分の幼馴染み同様に常日頃からニコニコしている。笑顔は周りの人達にも幸福を運ぶと言われているだけに、そんな存在が身近にいることは本当に幸いだ。恵まれている。
ただこの女性、幼馴染みと違う点をあげるとすれば・・・・・笑っていても目だけ笑っていないように見える事だろう。

「・・・・・」
「なんですか?何か私の顔についてます?」
「いや、なんでもない」

だからたまに分からない事がある。実は怒っているんじゃないか?と、付き合いも長いが本当に感情が読めない事があるので注意が必要である。
小動物とあだ名をつけたのは岡部ではあるが“今”の彼女の身長は高い(ように見える)。日頃から鍛えているため彼女の身が引き締まっているから一層そう見える。そして身が引き締まっているということはそういうことだ。そして父親譲りの格闘術を平均的身体能力しかない自分に存分に振るうのだから怖い、恐ろしい。扱いには注意しよう。

「種子島、きっと熱いんでしょうねぇ」
「南国だからな、準備のほうは万全か?」
「はい、『さやいんげん号』も積み込み済みですッ」
「やはりもっていくのか・・・・」
「丁度いい広さですからね種子島は、普段から乗り回してますし私には必需品です」
「まったく、君はいつかの鈴羽に・・・・・・いや、相変わらずだな」

「ときにオカリンおじさんは紅莉栖お姉ちゃんとの進展はないんですか?」
「・・・・・・・」
「うわー・・・・・・」
「うわーとか言うな!しょうがいなだろうがッ、紅莉栖はアメリカにいるんだぞっ!?」
「遠距離恋愛の常套句ですね」
「その身になればお前も理解できるッ」
「相手がいませんからねぇ、どこかに良い人がいないかなー」
「なに、いつか君にも『何事にも無気力だが幼馴染み想いの凄腕ゲーマー』な彼氏ができるさ」
「なんですかその変に偏った彼氏像?」
「・・・・・・なんだろうな?ふと頭にそんな考えがよぎったのだが・・・リーディングシュタイナーか?」
「幼馴染み想いって所しか好感度が上がらないんですけど、オカリンおじさん私の好きなタイプ知ってますか?」
「ゲーマーは好感度アップだろ?」
「う~ん」

「オカリンおじさん、何度も言いましたけど生活態度を改めるべきです。このままじゃ、また倒れてまゆりお姉ちゃん達を悲しませてしまいますよ」
「そうはいってもな・・・・・それに最近は倒れるほど動いていないぞ?直接俺が動くことは―――」
「どうですかね、それにちゃんと寝ていますか?今日も全然起きてくれなかったから心配したんですよ」
「なら起こし方に工夫を凝らしてくれ、このままではいずれ我が灰色の脳細胞が死滅してしまう」
「そうなったらもう無茶はしなくなりますね?」
「無茶とは余裕のない者がすることだ。俺はまだまだ――――」
「私達に絶賛お世話中な人に余裕もなにもないと思いますけどねぇー」
「・・・・・・いつもお世話になっています」
「いえいえー」

雑談を交わしながら朝食を腹に収めていく二人。

「そういえば、最初の頃オカリンおじさんって私に全然料理作らせてくれませんでしたよね?」
「ああ、そうだったな」
「私の家事スキルはあの頃からルカお姉ちゃんにも負けてなかったのに、第一ラボの掃除や洗濯はオッケーなのに一番得意な料理だけはさせてもらえなかったのは理解不能でした」
「それを言えばお前は俺の事を怖がっていたではないか、お互い様だ。あとルカ子は男だ」

数年前、彼はまだ幼かった彼女から怖がられていたが、しかしいつの頃からか逆に、岡部のほうが彼女の事を怖がるようになっていた。恐れる、と言ってもいいほどに。
それが今ではこうして二人っきりで食事もできるようになったのは互いが大人になった証拠だろう。時間は多少かかったが、あの頃を思えばしょうがないと今なら納得もできる。

「それが今ではこうしてオカリンおじさんのお嫁さん及び愛人候補として周りからは認知されていますからねっ、時の流れは分かりませんねぇ?」

そんな彼女はからかうように笑みを向ける。

「・・・・ぇ・・・・」

だが、からん、と岡部は箸を落とした。その顔色は青く絶望一色に染められていた。

「って何ですかその反応はっ、失礼ですよ!!」
「小動物・・・・ウソだろ?そんなの嘘だよなっ、嘘だと言ってくれ・・・・!」
「何を本気でショックを受けているんですか!?」

顔を両手で押さえ、恐怖に歪む顔を悟られないようにしているが表情は誰が見ても明らかだった。

「ミスターブラウンに殺されるッ」
「あー・・・・・ですねぇ」

岡部倫太郎は目の前の女性だけでなく、幼馴染みの異性だけでなく、他の知り合いの異性からも食生活の援助を受けている。ヒモという訳ではないが周りから見れば違いは無いだろう。
いい歳なのだから、それに何かと注目を集めるメンバーを従えて、そのほとんどが異性、ほぼ毎日交代で食事を作りに来ているのだから噂も出るというものだ。
この世界線の岡部倫太郎に最愛の人がいようが関係ない。その最愛の人は外国で、そのかん岡部と共にいるのは彼女達なのだから。
周りから見れば彼女達が本命である。仲が良いのは誰が見ても分かるし、周囲の人間にとってその方が話題になるのだから仕方がない。

「お父さん、そういう冗談も本気で受け取っちゃいますからねぇ」
「これまで殺されかけたことは多々あるが、今回の件はさすがに・・・・ッ」

周りから何を言われようと岡部はもちろん、好きでやっている彼女達もさほど気にしないが今回は相手が悪い。他の誰かとの噂は(ある程度の慣れから)別に構わないが、目の前にいる女性の場合はまずい。
彼女の育ての親、このビルの大家、一階ブラウン管工房の店長、スキンヘッドの筋肉マン、彼を怒らせた場合ラボの家賃は上がりそのパワーによって岡部は入院、最悪殺されてしまう。
彼は自他共に認める親バカなのだ。噂の真偽は関係ない、娘の彼女が話題に上がれば彼は動く、そこに慈悲はない。普段は気さくな親父殿なのだが彼は娘を溺愛するあまり暴走することが多々ある。
愛は人を狂わせるとはこの事か。岡部自身、最愛の人のために戦い続けてきたのだから分からなくもないが困る。非常に。

「周囲共通認識によってデタラメな内容でも噂は真実へと歪められる・・・・・外郭から誤解を早急に解かなくてはっ」
「むゥー、他のお姉ちゃんの時と違って私の場合は積極的に誤解を解きにかかるんですねぇ」
「あたりまえだっ、ええい何故ご近所さんは毎度ながらこの手の話題で俺を追い詰めるのだ!」
「まあ、オカリンおじさんの自業自得ですから」
「え!?いやお前が説得してくれれば―――」
「ええー↓」
「ええ!?」

唯一の親バカストッパーになりえる彼女が乗り気じゃないらしい。

「ちょっ、お前自身の事だぞ!?」
「オカリンおじさんは酷い目に会えばいいなぁと・・・・」
「だからなんでだ!?」
「何度言えども生活態度を改めないし、そのせいで紅莉栖お姉ちゃんがいるのに他のお姉ちゃん達が世話を焼いて――――」
「そ、それは悪いと―――」
「みんな好きでやっている事とはいえ、いつまでもオカリンおじさんに振り回されていちゃ可哀想ですよ」
「むぐぐ」

ジト目で岡部を見つめる彼女に何も言えなかった。思うことはある。このままではいけないのだと感じてもいる。だが現状をどう解決すればいいのだろうか?浮気しているわけでもないし・・・・あと生活態度を改めろとは言うが、そのことに関しては目の前の彼女とて知っているはずだ。

―――ああ、この世界線でも俺は苦労しているのか

それを観測している岡部は苦笑しながら見守った。夢なのか、別世界線を観測しているのかはまだハッキリしていないが、ここでも女に尻を引かれている己の姿には、もはや笑うしかない。

閑話休題

結局、その件に関してもだが、まずは目先の危機を乗り越えなければならないので岡部は気持ちを切り替えて某筋肉マッスルにどう対応すべきか考え始めた。
・・・・問題の先送り、毎回こんな感じで結局解決しないのだが、朝から悩みたくない岡部は思考を放棄した。
きっとこんなんだから成長しないんだと自覚しているが、彼女達に甘えているのも重々承知しているが、あと少しだけ、もう少しだけ甘えさせてほしい。

「ああくそっ、至急対策を考えなければならないがミスターブラウンを先に――――」
「あ、片付けしますね」
「ありがとう。あの・・・・本当に何とかしたのだが」
「洗濯物、終わったみたいなので干してきてもらっていいですか?」
「あ、はい」

口ではそう言うが、内心を読まれている気がして彼女の発言にズコズコと引き下がる岡部倫太郎。世話になっているのだ、それに洗濯物は全て己のモノだ。言われる前に自分で干すべきだろう。
だから洗濯籠を持って岡部は物干し台がある屋上に向かう。ラボに洗濯機が導入されたのはいつだったか、なんてどうでもいい事が頭をよぎった。

「ああ、そうだ小動物」
「はい?」

その途中、ラボの入口の扉を開けた岡部は振り返る。洗い物をしている彼女に、おそらく岡部の言葉を、起こした時からずっと気づいてもらいたかっただろう事柄に関しての言葉を送る。

「制服、似合っているぞ」
「おそーーーーーーーーい!!!」

洗い物の途中だった彼女は岡部の言葉に即座に反応を示した。
泡だらけの手をビシィ!と突きつけ、眉はつり上がり口は尖った声を出す。

「やっと気づいてくれて嬉しいですけど遅すぎます!なんですかなんなんですかオカリンおじさん!私に興味が無いのか目が腐っているのか心配したじゃないですか!!」
「いや、最初から気づいていたんだがタイミングが・・・・」
「この甲斐性無し!そんなんだからオカリンおじさんはいつまでたっても紅莉栖お姉ちゃんと結婚できないんですよ!!」
「ぶっ!?よ、余計なお世話だ小動物!!」
「余計なのはオカリンおじさんの女性対応スキルです!褒めない気づかない誘わないの三拍子!!なのに何でオカリンおじさんの周りには女性が集まるんですか!」
「知らん」
「オカリンおじさんに傷つけられたってみんなに言いつけてやるー!!」
「待て落ち着くんだ小動物っ、本気でミスターブラウンに殺されるかもしれん!」
「オカリンおじさんなんて■■■■になっちゃえばいいんだ!」
「どんだけ殴られたらそうなるんだ!?確実に死んでいるぞ・・・って包丁は置け危ないっていうか怖い!!」
「またそうやって話をはぐらかす!」
「お前と包丁のセットはトラウマだと言ってるだろうッ」
「なんで私に対してだけトラウマ持ちなんですか!まゆりお姉ちゃんや紅莉栖お姉ちゃんのほうが圧倒的に危ないのに!」

そんな彼女の身につけている服はJAXSの制服、宇宙航空研究開発機構の制服だ。

「もうっ、後でお話しがあります!さっさと干して戻ってきてくださいねっ、私はお昼には空港にいかなきゃならないんですから」
「・・・・・ああ、そうだな」

JAXS研究開発本部未踏技術研究センターに勤めている彼女は本日種子島宇宙センターに出張、それとは別に岡部からの任務を――――。
距離を縮めたり離したりの牽制を続けた岡部と彼女はとりあえず洗い物と洗濯物を片づけることにした。別れの時間は刻一刻と近づいているのだから。
とは言え、伝えるべき事柄は数分で伝えきれるものなので焦ることもないが、不毛な争いを続ける気は岡部にも彼女にも無いので先に家事を終わらすことにした。

「まったくッ、オカリンおじさんはデリカシーというか乙女心が分かっていません!」

そんな声が背後から聞こえてきたが岡部は構うことなく屋上へと足を向ける。これ以上問答を繰り返しても時間の無駄だと判断したのだ。その感想は少し酷いかもしれないが時間をかけても答えが出てくるモノではないので、きっとこの判断が正解だろう。
それにズボンに取り付けているケースにしまっているポケコンにメールが届いていた。ニ件、音無しのバイブレーション、その設定から宛先人には見当がついている。

「・・・・・」

屋上に辿りついた岡部はさっそくメールの内容をチャック、宛先人は『疾風迅雷のナイトハルト』と『ガルガリ君』。岡部倫太郎の・・・・・否、狂気のマッドサイエンティスト鳳凰院凶真の仲間だ。
二人の仲間から届いた情報に目を通した岡部はすぐに内容を消去、ラボメン№003のスーパーハカー特性のアプリで全ての痕跡を抹消、これにより今の情報は誰にも渡らない。

「ふ、まっているがいいミスターブラウン」

呟き、ポケコンを仕舞いながら岡部は洗濯物を干していく、そして下にいる彼女が待ちきれなくなる前にもう一件の用事を済ませるため速攻で干し、その後に再びポケコンを取り出す。
電話帳に登録されていない番号をプッシュ、これも、この連絡も特性アプリで痕跡を消す必要があるものだ。

≪私だ≫

コールが五回もしないうちに電話の相手は通話に出た。時間的に微妙だったが問題は無かったようだ。
岡部が電話をかけた相手の名は『澤田敏行』。エグソスケルトン社の重役、元々は岡部達と敵対する組織側の人間だったが現在では非常に頼りになる仲間だ。表の顔を知られていながら『組織』の陰謀を防ぎ退ける人物、経済面、情報収集源として共に頼もしい人間だ。

≪どうした凶真?こんな早くから連絡とは君にしては珍しい。嬉しい報告でもあるのかな≫
「期待に応えよう。先程300人委員会の息のかかった組織の一部を壊滅にまで追い込んだ。ラウンダー・・・・・組織の主力実行部隊の一つを完全に消滅させた」
≪ほぅッ≫
「確定情報だ。ゆえに同時進行ミッションの一つに『S・ブラウン』を参加させる」
≪・・・・・・君島コウの件に?面識はないが確か彼女は――――≫

以後、数分間にわたり今後の予定と作戦プランの確認を済まして通話を終える。

「では」
≪ああ≫

無論、締めの台詞はコレだ。


「≪健闘を祈る。エル・プサイ・コングルゥ≫」


通話を終え、ポケコンをケースにしまい岡部はラボへと戻る。
彼女にも早く伝えてやろうと思ったのだ。メールの内容を、それは彼女に直接関わるものではないが、彼女に最も関係がある人物の内容だからだ。

「あ、おかえりなさいオカリンおじさん。長かったですね、痺れを切らして―――」
「小動物、いや“シスターブラウン”。君に報告する事がある」
「・・・・・・」

のほほんとお茶をすすっていた彼女に岡部は真剣な声で喋った。先程までとは違う、どこか冷たく、どこか違う、別人のように、だから態度が変わる。
それにつられてか、それとも『鳳凰院凶真』が相手な時はそうなのか、彼女は姿勢を正し真っ直ぐに岡部を見つめる―――――自分の主たる鳳凰院凶真の言葉を待つ。

「SERNのラウンダー部隊は消滅する」
「ッ!?そ、それは―――!!」
「既に本体は壊滅状態、下部組織も同時に潰しにかかっている。世界中に構成員がいるため、今まではどうしても全てに届かなかったがギガロマニアックスの仲間達がやってくれたようだ」
「う、うそ・・・」
「確かにラウンダーの構成員は通常のセオリーからは外れている。ゆえに関わりある人物全てを潰すことはほとんど不可能だ。しかし世界に絶対はない。どんなに複雑で単純、硬く緩くの構造だろうが“上”と“管理”する人物はいる」

放心か、呆然か、彼女は立ちつくしていた。

「そいつらと潰れたラウンダーを再結成させきれる人物を今回の作戦で全員捕縛。店長はまだそれを知らない。意味は分かるな?彼ほどの地位にいながらまだ気づいていないほど今回の作戦は大規模で速攻だった」

ふらふらと、その身は倒れ込むように傾いたから岡部は彼女を優しく抱きとめる。

「さあ、いってこい。君が伝えるんだ」

震える彼女に、怯えるように身を縮める彼女に岡部は言った。

「彼は俺の正体を知っていた。そんな俺に君が協力していることも、おそらく勘付いていただろう」

それは完全に看破されていて、だけど今まで何事もなかったのは――――。

「だから大丈夫だ。きっと驚くぞ、信じられなくても信じるしかないほどに徹底的に潰したようだからな」

彼女の父親の人生、意思、決断、全てを縛っていた存在を長い年月をかけ今日というこの日、完全に破壊した。
絶対に不可能と思っていたそれを理解し始めて彼女は涙を流した。
自分の胸の中で涙を流す彼女の茶色の髪を優しく撫でる。

「おっ―――――オカリンおじさん!」

しばらく泣いた後、がばッ!と彼女は岡部から離れて笑顔を向ける。

「私―――」
「いってこい」
「ほんとうに・・・・ありがとうございます!!!」
「ふ、だが今日の予定をキャンセルすることは許さん!」
「かまいません!」
「そんな俺は狂気のマッド―――――・・・・・・・え、いいのか!?いや予定はまだ伸ばせない事もないから――――」
「大丈夫です!私お父さんの所に行ってきますね!」

そう言って駆け出した彼女はもう一度頭を大きく下げて、一目散に階段を駆け下り岡部の視界から消えた。
飛行機のチェックイン時間まで・・・移動を省いてあと3時間弱、彼女と父親の話し合いはきっと怒鳴り合い等も予測されるので絶対に時間が足りないと思うが・・・・・最悪こっちで調節すればいいので――――。

「まあ、いいか」

一人になったラボで岡部はソファーに身を沈める。
組織全体から見れば今回成し得た成果はそう大きくはない。いかい巨大でもそれは組織の一部が所有していた部隊にすぎないのだから。
しかしそれでも因縁ある存在の一つを完全消滅させたのは大きい。

「これで・・・・・」
「オカリンおじさーーーーーん!!!」
「ッ!?」

いろいろと感傷に浸ろうとしていたが、外から自分を呼ぶ大声に驚き立ち上がる。

「な、なんだどうした!?」

岡部は窓を全開に解放し、窓から上半身を乗り出して声のした方向に視線を向ける。
雑居ビルニ階から眼下に視線を向ければ茶色の髪を、陽の光を受けることで金色に輝かす彼女がこちらを見上げていた。
此方の姿を確認した彼女はご近所さんの注目を浴びているがまるで気にしていない、そして両手を口の傍に、拡声器のようにして、やはり大声で宣言した。



「大好きですよー!!!」
「冗談じゃねえ!」



そんな彼女に、岡部は本音で返した。

それでも笑顔の彼女と、同じように笑顔な岡部を観測していた岡部倫太郎はやはり思った。


―――ああ、この世界線は幸いなんだな


きっとそれだけではないことをと理解しているが、自分が辿りつけなかった世界を過ごしている彼が、もう一人の自分が、どうしても羨ましかった。
そして続きが気になる物語にも終わりが近づいてきた。
ぼんやりと、世界の輪郭が曖昧になっていく、世界から色が失われていく、この世界から自分が遊離していく。

世界から拒絶されていく。




今までのように、これからのように。






χ世界線3.406288



岡部倫太郎の一番はラボメンだ。彼は誰よりも何よりも彼女達の事を優先して考えている。―――それは正しい。

だから居なくならない。自分達を置いてどこかに行ったりしない。―――それは間違えている。

考え方の前提が間違えている。岡部が彼女達を置いていくのではない、彼女達が岡部を置いていくのだ。―――今までは。

だから岡部倫太郎は彼女達の事が大切でありながら、彼女達魔法少女の事が嫌いなのだ。―――繰り返すほどその思いは強くなっていった。

しかし、この世界線ではそうではないらしい。―――なら、もういい

誰も岡部倫太郎を置いていかない。―――だから安心した。

いつかのように、岡部倫太郎の戦いは終わったのだから。―――もう、自分は必要ない



牧瀬紅莉栖を救いきった後に、まどか達を助け始めたように――――さあ、もう一度、何度でも世界に挑もう。







γ世界線2.6■5■47



彼女には戻る場所が無い、彼女の帰りを待つ人もいない。例え太陽の下にいようとも、世界中を探しても、彼女がどれだけ望んでも、彼女が彼女として大手を振って歩けるところは何処にもない。
気づいた時には公的な彼女の扱いは死人となっていた。本来なら呼吸すら許されない。常に怯えつつ背後を振り返り、大通りではなく裏路地を、昼ではなく夜を生きていた。
そしてほどなく彼女は自分の置かれた境遇を指す名称を、それを意味するところを悟った。


『地を這うものども【ラウンダー】』


何もない、誰もいない、生きているのに死んでいるのと同義な人間。望むモノもなく、望めることも無い人間。
だが何もないはずのラウンダーでありながら、いつしか彼女はある男の片腕となることだけを必死に追い求めて、それこそ這いずるように生きていた。
男は彼女の助けなど必要としていなかっが、しかし彼女はそれを解っていながら、それでも心を持たない、それこそ機械のように戦い続ける男の傍にいたかった。
何もない、何も持たない、何にもなれない、ゆえにラウンダー。しかし彼女には目的があった。意思があった。

―――いいか■、俺に何かあったときは・・・アイツを頼れ

それが亡き父の遺言でもあったから、その頃の彼女には、その男しかいなかったから。
また、その男だけが彼女の事を見ていてくれたからだ。戻るべき場所のない、死人であるはずの彼女を探し出し、かつ受け入れてくれるただ一人の人間だった。
男はM3と呼ばれていた。世界で唯一、彼女が帰ることのできる場所だった。彼女の事を待っていてくれる人だった。
彼には目的があった。意思があった。ラウンダーでありながら狂気的な執念を持っていた。そして、いつしかM3はコードネームよりも別名のほうが知れ渡るようになっていた。組織内外を問わず、世界中でその名が知れ渡る。


―――鳳凰院凶真。


いずれは組織の頂点にまで登り詰められるだろう、と目されていた。男の目的も知らない者達は彼を祭り上げた。尊敬し、陶酔し、いかなる謀略も策略も退ける男は組織内で着々と力をつけていった。
彼女もまた、そんな男の片腕として付き従う。常に隣に、常にパートナーでいるために、そして男の特別であるために。
ラウンダーの中で彼女だけが男の本当の名前を知っていた。男の傍にいたくて、役に立ちたくて、彼女は幼いながらも必死に技と技術を身につけてきた。組織内で彼女だけが知っている。男の望む結末を、執念を。
それは全てを失い、何もなかったはずの彼女にとって誇りであり、彼女が長い年月を賭けて育んでいた■■を加速させる要因にもなった。


以後数年間、彼女は男に裏切られるその瞬間まで、一心にその身を男に捧げ続けた。







χ世界線3.406288



深夜、鹿目宅リビング。

「ねえ洵子、これなんだけど」
「うん?なんだいこれ」
「三年生対象の進路調査・・・・その、ちょっと気になることがあって」

自宅のリビングで鹿目洵子は娘の学校の担任であり、自分の親友早乙女和子から相談を受けていた。夜も遅い時間、普段ならバーだが今日は自宅だ。理由は単純、娘のまどかは外泊、息子は旦那が寝かせてくれているし今日はそういう気分だった。しかし相談内容を、進路調査に書かれた内容を知っていれば旦那も起こしておくべきだった。
洵子が受け取ったのは見滝原中学校三年生を対象とした進路調査の紙、来年には卒業するのだからこの時期にこういった調査、確認はよくあるものだ。しかし基本的に見滝原中学の生徒はそのままエスカレーター式とは言わないが、ほとんどの生徒がそのまま同じ系統の高校に進学するのであまり効果というか、有用性は薄いと思っている。
それは生徒達に目指すべき目標がないとか、夢がないというわけではない。ただ普通に同系統の高校に進学するのが何も間違っていないだけだ、その高校の設備や学科等は充実しているのでわざわざ別の学校を志望校にする生徒はいないのだ。
だから今回の進路調査も毎年通り『何処の学校を受験するか?』ではなく『どの学科を選択しますか?』を主に調べるものとして使用されている。
しかしだ。そもそも娘のまどかはまだ中学二年生だ。進路に関しての調査が皆無ということはないが相談を受けるほどの問題もないだろうし、和子は“三年生対象”の調査だと言った。ならこれは「あいつ」のだろうと思いA4サイズの紙に書かれていた文字に目をとおした。

「・・・・・・あン・・・?」
「ね?これは彼らしいと言えばそうだけど・・・・さすがにちょっと」
「これっていつのだい?」

洵子の目元は細められ、受け取った用紙をヒラヒラと雑に扱うが声と表情は真剣そのものだ。少なからず、怒りにも近い感情が込められている。
原因は短い文字、用紙の欄に一つにだけ書かれた文字列。それ以外は名前しか書かれていない。

「先週よ、私は三年生を担当しているわけじゃないから・・・・その、連絡が遅れてごめんなさい。担当の先生も他の人も戸惑っちゃって」
「いや・・・・ありがとな、そりゃ誰だって戸惑うさ」
「その様子じゃ洵子も聞いたことない?」
「ああ、初めて知った」

これは娘のじゃない、この進路調査票は自分が大家で貸し出している雑居ビルの住人、あいつの物だ。
紙をクシャッと、少し歪ませながら鋭い目つきで鹿目洵子は考えた。

(こいつぁ一度・・・・・ちゃんと話さないといけないねぇ)
「彼はああいう子だから、この可能性が無いとは思わなかったけど・・・・まさかそれ一点に絞るとは思わなかったわ」
「・・・・ったく、あと数ヶ月で卒業だぞ?最近借りたばっかりの住処やラボメンはどうすんだよっ」

ガシガシと頭をかきながら苛立ちを隠せずに愚痴る洵子に、和子は違和感を感じ首を傾げた。

「なんだか珍しいわね?」
「何がだいっ?」
「洵子がそうやって怒ることよ」

和子の言葉に洵子はグラスに入っていた酒を一気に飲み干し、それをテーブルに叩きつけるように置きながら言葉を紡ぐ。

「そんなのあたりまえじゃないかっ!人を犯罪すれすれの事に巻きこんでおきながらガキのくせにタダ同然で雑居ビル一つ貸し出させといて――――何の相談も無しに“コレ”だぞ!?今月分の支払いもまだなのに何を勘違いして・・・・・、どっから資金を出す気だあの野郎っ、そもそもまどか達はどうすんだよ!」
「そこよ」

彼女が怒るのも理解できる。彼が書いた進路の希望先は日本に住む学生には過酷、というか何処の誰にとっても危険という単語がピッタリなのだから心配はもちろん相談も無しには・・・・ゆえに思うこともあるだろう。
それに詳しくは知らないが大恩ある身でありながら、こんな重要な事を話していないのはどうかと思う。
だから進路について怒るのはしょうがないと思う。他人の人生に、目標に家族でもない自分達がどうこう言えるわけではないが、それでも今回の件はさすがに、それに洵子はかなり彼のことを評価しているだけに落胆、またはそれに近い何かを思うことはあるだろう。

しかし、だからといって

「進路に関しては貴女と彼の間柄だから、相談されなかったことに対して怒るのも分かるわ、だけどプライベートに関してまで干渉して怒るなんて珍しいと思ってね」
「・・・・・進路も十分にプライベート関連だろ」
「だからそれは納得しているわ」
「・・・・・・・」

気になったのは娘の鹿目まどかを、その周りの人々を絡めて彼女が怒ったことだ。

「『ラボメン』だったかしら?彼の人生に彼女達の事を自然に混ぜて、それを前提で考えているなんて貴女らしくないわ」
「それは―――」

本人だけでなく他の人物を絡めて、それがさも当然のように語る。どんなに仲が良くても、たとえそれが家族兄妹親友恋人幼馴染み先輩後輩だろうがなかろうが、その人生は本人の物だ。
他人に、それも誰かのためにという押し付けを、選択肢を潰すような発言を鹿目洵子がするのを早乙女和子は今まで見たことがない。

「ねえ、前から気になっていたんだけど彼・・・ううん、ラボメンの皆は何か問題を抱えているの?」
「いや・・・・」
「ホントに?私にはそうは――――」
「ラボメンの問題は一応のところ・・・・・・・ああ、岡部を除けば全員の問題は解決している。今後のことはともかく、過去においての禍根はない」

過去においては本当に、ない。引きずられ、落ち込むような奴はいない。鹿目洵子は知っている。理解している。自分の娘がどうゆう状況にあるのか、そして周りにいる少年少女達のこれからのことも・・・・・。
魔法少女と魔女。正直、最初は信じられなくて、だけど真実を経験した。そして泣き崩れた。簡単な説明を聞いただけで聡明な頭脳は解答を導き出したのだ。彼らに、自分の娘の未来には――――――・・・・・真っ暗だった。鹿目洵子は絶望した。
どう考えても、どれだけ悩んでも、その先には障害が際限なく現れ道を塞ぐ、目の前の問題を解決しても不幸も絶望も山積みで、そして自分にはその場しのぎの解決さえ満足に思いつかず、娘のために出来ることは何もなかった。何もできなかった。

「なにも・・・ないんだ」

だけど岡部倫太郎がいた。

「あいつが・・・・、あいつは助けてくれた。救ってくれたんだ」

正体不明の謎の少年。本人曰く成人していて中身は主観で言えば100歳超えの年上らしい。知って以来、彼に多くを語り相談し、苛立ちや罵倒を叩きつけ、懇願し感謝してきた。
理解している。もちろん助けたといってもそれはその場しのぎだ。時間が経てば、時を刻めば新たな問題や障害は確実に、それこそ絶対に発生する。他人事である自分ですら簡単に魔女や魔法関係を除いても20や30は思いつくのだ。夫や岡部を交えて相談したら・・・・ありえないほどの数になった。

「だから、大丈夫だよ」

もちろん本人達からしたら、思春期で盛んな時期の少年少女からすればもっとあるだろう、それも普通とは違う環境に身を置いているのだから通常が、常識が通じないうえにマニュアルもない。
どうしても後手にまわり、そしてそれは生死に直結する。死活問題そのものだ。
だからどう考えても娘の未来に明るさを見いだせなかった。どんなに取り繕っても無理が生じてしまう・・・それが世界にとっては当たり前で、魔法少女にはそれが当然で、それがまさかの普通だった。

「でも・・・・」
「洵子?」

それを、どうしようもないはずの未来を、見た目は少年の岡部倫太郎が最低限、整えてくれた。奇跡を起こしたわけじゃない。世界の理を曲げたのでもない。世界のシステムを改変してもいない。だけど“今がある”。
ただ一人の人間として接してきただけなのに、娘と一緒に戦場に立てるという条件が他の人間よりもあるだけなのに、家族でも親友でも魔法少女でもないのに―――未来を示した。
可能性を提示した。過去の後悔と過ちを受け止め、現在の悩みと障害を薙ぎ払い、未来への不安と恐怖を切り裂いた。
例えそれがその場しのぎだとしても、そこには意思と未来があった。
彼に関わる魔法少女は、その関係者は皆が笑っている。何度も間違えて後悔して、泣いて絶望して・・・・それでもまた立ち上がれる。それだけの強さを手に入れていた。
絶望に負けない強さを学んだ。未来には、これからにはまだまだ多くの障害があって、ソウルジェムや魔女の問題は山積みだけど、それでも皆で支え合っている。転んでも自ら立ち上がり、無理なときは誰かが助ける。
その在り方は簡単なようでいて実はとても稀有なことだ。魔法少女に限った話じゃない。それに人の、自分の生死を左右する事柄に何度も直面しておきながら、何度も絶望しておきながら人格への影響がまるでない。あの状況下において誰も壊れていないのだ。まだ幼い子供達が曲がることなく歩いている。
岡部倫太郎はそれだけのことをした、それだけのことをしてきた・・・・・なのに。

「誰が・・・・誰があいつを助けてくれるんだ?」

本人は否定するけれど、彼一人の力で成し得たわけでもないけれど、彼もいたから今があるのは確かなのだ。そしてそんな岡部倫太郎を、誰かを助けてきた岡部倫太郎を――――いったい誰が助けてくれるのだろうか?助けきれるのだろうか?
『正しい転び方』。『正しい間違え方』。岡部倫太郎はそれを“心得ているはずなのに”誰にも頼らない。普段は全力で頼っているようにも見えるが、そうやってワザと対等になろうとしているような気がする。
だけどそれは違う。そうじゃない、そういうものじゃなくて―――岡部倫太郎は泣かないのだ。言い訳もしてくれない。弱音を吐かない。

―――本当の意味で、本当に追い込まれた時こそ、彼は自分の弱さを晒さない。

「最近気づいたんだ・・・・・あたしや和久が心配しているのはまどか達じゃないんだ・・・・岡部、あいつ自身だ」
「え・・・、それは場所が場所だからでしょ?この件はたしかに心配だけど―――」
「違う、場所は関係ないんだ!いや・・・関係あるけどっ、そうじゃなくて・・・・あいつはまどか達と一緒じゃないと危ない気がする」

正確には誰かと、誰か知っている人と、岡部倫太郎の危険性を、それを理解してくれている人が一緒に、見張っていないと危ないと、最近・・・・そう思うようになってきた。ようやく気づけた。
岡部倫太郎は弱さを晒さないのか、晒せないのか、それは誰のためになのか、誰のせいなのか。

危うい。鹿目洵子からみて岡部倫太郎という少年はガラスのような存在だ―――“硬いのに脆い”。

誰かを支えてきた岡部倫太郎は、支えられて、誰かを支えて生きてきた。誰かが傍にいないとすぐに消えてしまいそうで、誰もいなければ簡単に喪われそうで、憂いがなければ“それ”をあっさりと受け入れそうな、そんな儚いイメージがある。

「誰かが見張っていないと、あいつは・・・・すぐにいなくなっちまう気がする」

夜は更けていく、氷が溶けてカランとグラスを鳴らす。
彼女達がそうならないように戦ってきた岡部倫太郎は、自分もそうであることを知っているはずなのに―――それでいいと思っている。受け入れている。自棄になっているわけじゃない、絶望しているわけじゃない、悲観しているわけでもない、ただ普通に受け入れている。
岡部倫太郎。鳳凰院凶真。未来ガジェット研究所所長。ラボメン№01。泣かず、諦めず、弱音を吐くことを許されなかった観測者。
人は強すぎてはいけないのだ。それでは“生きていけない”。誰にも甘えることができない、転ぶことができない生き方をしている男は――――きっと、役目を終えたらそれで終わる。
新しい何かを求めないまま、あっさりと、簡単に、それが悲しいことだと思うことなく、むしろ“ようやく”だ、と達成感だけを抱いてその日が来ることを待っている。待ち望んでいる。

「でもあのメンバーに囲まれている岡部君が一人になることってないんじゃない?何処に行っても追ってきそうだし、そもそもこの話を伝えたら彼女達は絶対に動くでしょ?」

その言葉に洵子は顔を上げる。それは・・・・・・そうだろう。だけど、それでも不安は消えない。

「・・・・」

大丈夫だと言えるかもしれない。想えるかもしれない。今までラボメンは乗り越えてきた。だけどそれは強がりだ。それに結局自分にはできないことを他人に押し付けている。それを洵子は自覚している。だって仕方がないじゃないか、岡部倫太郎は本当に頼ってくれないのだから、とっくに見切りをつけているのだから。
最初に出会った頃、彼は、あの少年は・・・・否、“あの男は”誰にも関わらずにこの見滝原を去ろうとしていた。あの時、偶然忘れ物をしていたのは幸運だった。嫌がられながらも無理矢理関わりを持って正解だった。巴マミのマンションに叩き込んで本当によかった。
此処じゃない何処かで、例え一回だけだったとしても、一度きりの奇跡だったとしても、岡部倫太郎があの子達に救われていて本当によかったと洵子は思っている。

魔法少女に対し誰かが思っていながらも、結局は誰も言ってくれなかった言葉があったように。
岡部倫太郎に対し思っていながらも、結局は誰も伝えることができなかった言葉がある。

彼女達は一度だけそれを成すことができた。それだけが唯一の、唯一彼女達が残せた可能性で―――――・・・・・結局、肝心なところで介入できない。

夜は更けていく、そして朝を迎えていく。
今この瞬間も、岡部倫太郎は異形の存在を討伐すべく娘と共に戦っていたが、洵子がそれを知るのは数時間後のことだった。



鹿目宅から数キロ、彼らはそこにいた。今は彼女だけだが。

「へくちっ」

深夜帯の見滝原。高層ビルが立ち並ぶオフィス街。彼女の眼下には人工の光、風に髪を煽られ志筑仁美は片手でそれを押さえる。彼女は一人で此処にいる。見滝原を見渡せる高さを誇るビルの屋上に。
彼女は髪を押さえながら、もう片手で持っている小型のタブレットPCに視線を向ける。可愛らしいくしゃみをする寸前に行った操作に間違いがないかチャック・・・・・問題はないように見えた。

「・・・・・えっと、これで大丈夫のはず」

操作にも慣れて、指示されたタイミングも完璧だったはずだ。だから彼女は皆が無事に帰ってくることを待った。
決して油断はできないけれど、本当に安心することは実際に皆の姿を見るまでできないが、それでも彼女は全員が目の前の空間に存在している不可思議な罅の中、結界から戻ってくることを信じていた。

魔女の結界。その入口で仁美は皆の帰りを待ち続けていた。
今日もまた、彼ら彼女らは命がけで魔女と戦っている。

結界内部。

「転送完了まで20秒、全員作戦通りに!」

底が、地面が見えないほど高い空中にラボメンはいた。無限と思えるほど存在する宙に浮かんだ階段と、数少ない廊下だけが唯一の足場。夕焼けの空を背景に、落ちれば死は免れない高さにも関わらず少年少女は宙へと身を投げ出す。
ここは魔女結界、通常の世界とは切り離された空間、魔女独自の閉鎖世界、結界内に入った人間を狂気と自棄へと誘う悪夢の存在。
少年と少女達はそんな世界の主たる魔女に戦いを挑んでいた。絶望に対し希望で、魔法を纏って魔女と相対していた。

「織莉子、足場を!」
「はい!」

黒と白の服装の少年の指示に、真白の魔法少女美国織莉子が応える。

「まどかは援護、さやかはそのまま俺について来い!」
「うん!」
「了解ぃ!」
「織莉子は本体への誘導を頼むっ」
「お任せ下さい」

織莉子が魔法で生みだした魔法の宝玉、無数に展開されたそれらを足場に少年と、この世界線では本名でさやかと呼ばれた少女、青の魔法少女美樹さやかは空を駆けあがる。
桜色の魔法少女鹿目まどかは下に、眼下に存在する、宙に浮いている廊下に着地し黄金の弓を構える、いつでも援護できる体制に。

『■■■■■』

結界の上空、空でも跳ばない限り届かない位置に存在している球型の魔女、大型バスを丸のみできそうなほど大きな黒いマリモ(?)のような姿。
その巨体からバスケットボール程度の大きさの使い魔を、同色同形の固まりを排出、それらは300以上もあり、魔女の周囲をしばらく旋回、そして狙いを定めたように一斉に、駆けあがってくる敵対者へと向かって突撃していった。

「岡部先輩―――」
「連携魔法シークエンス!」

さやかの前を、正確には上を先行する少年、岡部倫太郎にさやかが何かを伝えるきる前に岡部は指示を出す。
前を、上を見据えたまま宝玉の上で足を止めてさやかの到着を待つ岡部、真上からは300を超える使い魔が殺到してくるにもかかわらず焦った様子は無かった。

ウォンッ

「わっかりましたぁあああああ!」

足下に紫色の時計盤のような魔法陣を展開した岡部、その魔法陣に重ねるように、岡部に追いついたさやかは同じように足を止めて、習うように楽譜で紡がれた魔法陣を展開する。
色も系統も違う魔法陣は重なり、組み合うように混じり、徐々に歯車のように回転、回転する速度が上がるごとに二つの魔法陣は溶けあい一つの、新たな魔法方陣を創り上げる。

『■■』
『■■■ ■』
『  ■■ 』
『■     ■■』

岡部とさやか、二人が何をしようとしているのは仲間はもちろん敵である魔女も勘付いている。だからという訳ではないが、魔女の妨害行動は、使い魔の特攻タイミングは魔女にとって吉で、岡部達にとっては凶にみえる。岡部達が何かをする前に魔女の攻撃が先に当たる距離だからだ。
岡部とさやかの行動、迎撃行動が間に合わないのは誰が見ても分かった。魔女の攻撃が特別速かった訳ではない、先読みが功を成したわけでもない、明らかに岡部の指示タイミングがおかしいのだ。明らかに間に合わないタイミングで“溜め”が必要な攻撃魔法の準備に入ったのだ。

「突撃する」
「はい!」

だが、それでも岡部の指示を疑わず、さやかは眼前に迫った使い魔の大群ではなく、その向こうに側に存在する魔女にのみ意識を向ける。
そして、やはり術式が発動するより早く、使い魔の突撃は二人に殺到した。

「ピンポイントサジタリウス・ディスパーションショット!!!」

二人の下から、まどかが放った五発の矢が、次々と使い魔の大群を削り取ってしまわなければ―――岡部とさやかの魔法発動を魔女は阻止できただろう。

ドバッ! バシュン!   バシ! ギュン! ドギャッ!

まどかの放った五発の矢は、まず二人に迫っている使い魔マリモを粉砕した。五発で五体の使い魔マリモを撃破した矢はそれぞれ別方向に弾かれたように飛んでいく。それらはそれぞれ別の使い魔マリモに直撃し、再び使い魔を粉砕、そしてまた別の方向に飛んでいく、その進路上にいた使い魔マリモを、またしてもそれぞれの矢が粉砕、そして別方向に、また別の使い魔へ、粉砕し、飛んで、粉砕し、飛んで、それは超高速で行われた。

次々と、次々と次々と次々と次々と次々と次々と次々と次々と次々と次々と次々と次々と次々と次々と――――。

『一発百撃の聖弓;分散射撃【ピンポイントサジタリウス・ディスパーションショット】』

百発百中じゃない、一撃必殺じゃない、百撃分の一発じゃない。
一発が百発な魔法。一撃が百撃する魔法。300近い使い魔を一回の攻撃で殲滅した魔法は、それでも勢いを残したまま魔女本体へと向かう。

『■■■!?』

魔女が悲鳴を上げるように身を震わせる。その巨体からさらに分身のような使い魔を排出し五本の矢を迎撃しようと足掻く。
使い魔の小型マリモを排出するたびに本体の大きさが徐々に小さくなっていくが、その甲斐あってか、まどかの放った攻撃は全弾無力化することができた。

「トゥインクルアロー!!」

だが、それだけの労力を払って凌いだ攻撃は、結局のところただの一撃にすぎない。五本の矢を一度に同時に放っただけだ。まどかにとって今の攻撃は、300以上の使い魔を殲滅した攻撃魔法は一回分の攻撃にすぎないのだ。
敵の魔女はそれに必死に対応した。対応していた。だから当然、次の攻撃に映るまでの時間は多いにあった。

『■!!』

迎撃したことに安心し、油断していた魔女の腹部(?)に深々と桜色の矢が突き刺さる。

「―――連携魔法!」
「スパークエッジ!!」

さらに、それによって怯んだのか、動きが完全に止まった魔女に、青の軌跡を空に刻みながら一直線にさやかが突撃。ミサイルのように上空にいる魔女に一気に迫撃し、その巨体をディソードと剣で一刀両断にした。
綺麗に両断された魔女は切断面から徐々に消滅していく、分割されたマリモは浮遊する力を失ったのか、死んだように落ちていく。

「織莉子!」
「右です」

ガキッ ジャキン!

しかし誰も終わったとは思っていない。前回はこれで逃げられてしまったから、今回は逃がさない。

「オォッ!!」

岡部は右手の二股のディソード・リンドウを突撃槍のように変形させ、織莉子の示した左側の魔女の遺体、分割された一つに、マリモに向かってディソードを投げつけた。

『■ ■■■!!』

ディソードが直撃する前に、死んだように落下していたマリモの死骸の一つはさらに四つに分裂、それぞれが別方向へと飛び出していく。
死んだふり、魔女本体はまだ死んでいない。というよりダメージを負っていない。あの巨体は使い魔の集合体にすぎず、本体は使い魔と同程度の大きさしかない。
前回の戦闘ではそれに気づかず逃げられてしまったのだ。

「右上です」
「スプレットアロー!」

分裂する時の魔女の速度は速い、しかし事前に情報のなかった時とは違い、今は未来視の魔法を持つ織莉子がいる。
その身をバラバラにしながら逃げていく魔女、その一つにまどかの攻撃魔法、枝分かれした無数の桜色の矢が織莉子の指示した位置にいるマリモを撃ち貫く。

「手前から二番目です」
「シューティングスティンガー!」

さらに分裂したマリモを、やはり織莉子の指示で、さやかが放った剣弾で切り裂いていく。

『■■!!  ■!』

しかしそれでも魔女本体に止めを刺せなかったのか、最初のころと比べ随分と小さくなった魔女は身を刻まれながらも赤いマリモを高速で真上へ排出、遠く、高い場所に『本体』を逃がした。
さやかがマントから魔力を放出し飛翔、織莉子が宝玉で、まどかが矢で、魔女本体に攻撃する方法は在る。しかし位置が遠く間に合わない。それは自分の性能を知っている彼女達自身が一番解っていた。

「タイミングは完璧!」
「全て計算通りだ」
「今度は逃がさないよっ」
「そのまま真っ直ぐにお願いね、キリカ」

だけど誰も悲観的な態度ではない。むしろ勝利を確信した。魔女はすでに遠く、高い位置に逃げてしまったというのに。
魔女が自らの世界、結界を放棄して逃げようとした時――――空が割れた。

『!!?』

進路上に突然現れた紋章に、危機感から魔女は叫び声を上げた。
深紅の蝶と濃藍の蝶。二匹の蝶が重なり合ったような紋章が魔女の真上に展開される。
赤いマリモ、魔女本体はそこから離れるように、逃げるように進路を上から横に変えようとするが遅い。

キュバッ

と、紋章は中心に向かって収束し、魔女に向かって落下――――そう表現するしかない、それは高速で、魔女が回避できない速度。収束した紋章は光となり、その光と魔女が接触する瞬間炸裂し、光の中から一人の少女が現れる。
黒の魔法少女呉キリカ。その両手にはすでに圧縮された魔力で構成された鍵爪が装備されており、彼女は躊躇わずにその凶刃を魔女へと叩きつけた。

「ヴァンパイアファング!!」

赤いマリモ、魔女本体は過剰すぎる威力を叩き付けられて何故か爆散するように――――

「え?」
「ん?」
「おわっ!?」
「オカリン!?」
「あら?」

魔女は切り裂かれると同時に、爆発した。



―――魔女討伐完了【ミッションコンプリート】。






「おかえりなさいま―――――せ?」

結界が砕かれ、仁美の前に仲間の姿が現れた。帰りを待っていた仁美は皆の無事と怪我の有無を確認しながら「おかえりなさい」の言葉を送ろうとしたが、つい疑問符が追加されてしまう。
誰かが大怪我を負っているわけではない。誰か足りないわけでもない。皆無事で、皆が戻ってきている。ただ体勢がおかしかったのだ。

「キリカ、大丈夫?」
「うう、目の前での爆発は勘弁・・・」
「事前に忠告はしておいたわよ?」

気になった事とはまた別だが、キリカがぐったりとしていて織莉子におぶられていた。

「えっと?」
「仁美ただいまっ、魔女は倒したよ」
「さやかさんおかえりなさい。御無事で何よりですわ」
「キリカ先輩は大丈夫、爆発には巻き込まれたけど基本無傷だから」
「そうなんですか?」
「さやか後輩、それは本来なら私の台詞だよ・・・・・・ああ仁美後輩、ぎゅっ、としてくれたら私は元気になるよ!」
「えっと、こうですか?」
「おうふっ!?言ってみるもんだね!」
「あらあらキリカったら、ふふ」
「織莉子と仁美後輩からの美少女同時ハグ・・・・・ここが天国かっ」

むぎゅー、と前後から美少女にハグされるキリカはご満悦の表情だった。ジェムもピカピカと光っている。とりあえず身体に異常はないようだ。頭もいつも通りだ。
なので仁美は当初から気になっていた体勢のおかしい二人に声をかける。正確には抱っこされている人物に。

「それで鳳凰院先輩はその・・・・どうしたんですか?」
「ああ・・・・・・その説明の前に、まどか・・・・・いいかげん下ろしてくれ」
「え~・・・・・・私はこのままでもいいよ?」
「O・RO・SE!!」

岡部倫太郎。自称狂気のマッドサイエンティスト鳳凰院凶真。現在見滝原中学校に在学している一つ年上の先輩は仁美と同じ年の鹿目まどかに、このメンバー内では一番身長の低い彼女に“お姫様抱っこ”されていた。
魔女討伐時の大爆発、岡部倫太郎は距離があったにも関わらず爆風に煽られ足を滑らし落下、そこをまどかに救助されたのだ―――お姫様抱っこで。
しぶしぶながら岡部を下ろしたまどかに、ようやく解放された岡部は頭にチョップを繰り出した。

「あいたっ、せっかく助けてあげたのにっ」
「ふん、たのんでいない」
「そんなこと言うんだ!マミさんに言いつけるよ!」
「ありがとうまどか、君はいてくれて助かった」
「オカリンって・・・・・・・マミさんの名前出すと素直だよね」
「俺はいつだって素直だぞ?」
「ふーーーーーん、へーーーーー、そーなんだー」
「・・・・・」
「あうっ、だからなんでチョップするの!?」
「最近生意気だからだ」
「オカリンのせいでしょ!!」
「まったく、最初の頃は大人しめで素直な優しい・・・・とても可愛らしい女の子だったのに」
「今は違うって言いたいんだね!」
「なのに今ではどこぞのタイムリーパーのようにダメな方向に変貌しそうなのが・・・・俺の最近の悩みだ」
「なにそれっ、オカリンっていつも誰かのせいにするよね!」
「俺だ、まどかの態度が最近ほむほむの奴に似てきている・・・・・なに?まさかこれが反抗期なのか!?」
「無視するの禁止!」ぶん!
「ノスタルジアドラ――――――Σ ゚ロ゚≡(   ノ)ノ――――――イブ!!?」
「いっつもケータイに逃げるんだからっ」

フルスイングで投げられたND。大慌てでケータイを拾いに行く岡部は涙目だった。ここは屋上だ。下に落ちたら一大事である。NDのない岡部はただの無力な厨ニ病患者でしかないので存在のアイデンティティが――――。
最近のまどかは事あるごとに岡部のケータイを遠くへ投げる悪癖が定着しつつあることに岡部は本気で困っているのだが、概念兵装と化した携帯電話はありがたいことに無駄に頑丈なので誰も止めない。

「なんで君はいつも俺のケータイに辛くあたるんだ!?コイツに罪はないだろうっ!」
「私を無視していつもその子の相手ばっかりするからだよ!!」
「無機物にまで嫉妬かっ、子供じゃあるまいし――――」
「や、やきもちなんか焼いてないもん!」ぶん!
「誰もやきもちとはってだからノスタルジアドラーーーーイブ!!!」

せっかく拾ったNDを今度は逆方向に投げられた。

『岡部、あなたの言うタイムリーパーって誰の事かしら』

と、まどかがNDを奪い再び投げ捨て、拾うために蹲る岡部の背中をべしべしと叩きながら口論していると念話が介入してきた。
件の、どこぞのタイムリーパーだ。ほむほむ、ほむにゃん、転校してきて数日はミステリアスガールとして有名だったが現在では学内一のいじられキャラとなっている。あだ名の多い少女であり現在岡部とNDで繋がっている紫の魔法少女、本名は暁美ほむらだ。

「いつか壊れたりしないよな?そっちは終わったのか?」
『ええ、さっさとNDを解除しなさい。あと、まどかは何時だって素直で優しくてアルティメットに可愛いのよ、脳に続いて目まで腐ったのかしら?』
「相変わらず口が悪いな・・・・言われなくても解除する。他の皆は?」
『全員無事、魔女も討伐。別のポイントに向かったチームもさっき終わったと連絡があったわ』
「では予定通り今日はそのまま解散。気をつけて帰れよ」
『ええ、じゃあ・・・また明日』
「ああ、また明日。おやすみ」
『おやすみなさい』
「・・・・・むぅ、また無視する」

今日はラボメンを三つのチームに分けて魔女討伐を行っていた。
岡部率いるオールラウンダーチーム。ほむら率いるテクニカルチーム。マミ率いる超火力特化型チーム。
バラバラに行動していたが他のチームも問題はないようだったので岡部はホッと安心した。最近は全員で魔女単体に挑むことはなくなった。効率よくグリーフシードを集めるためだ。それを提案し、理解もしているが心配してしまう、信頼はしていても怖いのだ。

「パージ」

―――purge

電子音と同時に少年の体から紫色の魔力光が散って白と黒の服装姿から私服姿に戻る。

「ふう、今日も無事に乗り越えたな」

少年、岡部倫太郎。あだ名はオカリン。偶然辿りついたのか、放りだされたのか、施しか、慰めか、とにかくここにいる。世界線変動率は3%オーバー。
その姿は少年。偽造した書類上では14才、今年の12月で15才になる。現在見滝原中学校三年生として在学。高い身長に服装は黒を中心とした(ラボメンガールズによる)コーディネイト、しかし襟付きのシャツの上から白衣を着たアッパーな目立つ姿をしていた。いつもだが。
黒い髪は梳かされ目元にかかるほど伸びている。が、それでもそれなりに整った顔立ちが見えるのは、この時期の少年がつけるには意外と思わせる花柄のヘヤピンのおかげだ。一部の中学生男子の中には日常からつけている者もいるかもしれないが岡部の付けているのは花柄の女の子専用の物なので、そのミスマッチなファッションは浮いていると本人も思っている。

「では今回の振り返りを始めよう。仁美、出現位置、タイミング、ともに完璧だった。見事な操作だ」
「うん、正直ちょっと怖かったけどドンピシャだったよ!ありがとう仁美後輩!」
「みなさんのお役に立てて嬉しいです」

仁美の持っているタブレットPCは岡部の持つNDからある機能を移植している。未来ガジェットM07『確率事象干渉方陣【コンティニュアムシフト】』。確率を操作するガジェット。使用制限が多く、ある意味世界線に干渉する可能性がある危険なガジェットだが小規模の、今回程度の使用では変動率に変化はないことは確認済みなので、最近では魔力に余裕があればバンバン使っていたりする。
志筑仁美は魔法少女ではない。素質が平均以下のために魔法少女にはなれない。そんな彼女がこのガジェットを岡部から託されている理由は単純だった。戦闘中、彼女しかこのガジェットを扱えない。このガジェットは戦闘中に使う暇がないのだ。手間暇はもちろん、操作方法も複雑でややこしく、正直使い勝手が悪いので普段魔女とは戦えない仁美が役に立ちたいと志願してくれたのだ。現在では岡部よりもスムーズに操作することができ、また、問題点や改良点の提案等も出してくれる。

「織莉子、いつも通り的確な指示だ。あのタイプの魔女にはやはり君が一番適任だな、君がいなければ大火力で広範囲の魔法を使うしかない。毎度のことながら君は頼りになる」
「当然だよオカリン!織莉子は最高の魔法少女さ!!」
「ふ、ちがいない」
「キリカも倫太郎さんも過剰に褒めないで・・・・・・・恥ずかしいです」

織莉子の頬が赤く染まり「みんながいたから」「私一人の力じゃ」と両手の指を絡ませながらモジモジと恥じらう様子に岡部は微笑み、キリカは悦に入る。
美国織莉子、別世界線では敵対すらしたことのある少女だが、こうして共にいることができれば可愛らしい場面を多々見せてくれる。
未来視という、別世界線の未来すら見通す力は善悪問わず常に彼女を苦しめてきた。それが今では力のコントロールを獲得し、それでも不安なときはキリカや周りにも頼ってくれる。
そのことがとても嬉しい、誇らしい、彼女とこうして一緒にいられることも、頼られることも。

「そういえば、あの状況でよく信じてくれたな」
「ん?」

岡部の言葉に、声をかけられたさやかは頭に「?」を浮かべて首を傾げる。

「連携魔法のタイミングとしては確実に・・・・・怖くなかったのか?NDで繋がっていた訳でもないのに―――」
「なーに言ってんのさ岡部先輩、そんなの今さらでしょ?」
「いまさら・・・・」
「そっ、だいたい今まで何度も無茶苦茶なことあったんだからさ、あの程度の指示でビビるわけないじゃん。それに織莉子先輩にキリカ先輩、まどかもいたんだよ?」
「・・・・・」
「それに普段ならともかく、魔女と戦っているときの岡部先輩の言葉ならいつでも信じきれるよ」
「そうか・・・」
「そうです」

さやかはあの時、使い魔の特攻に対し岡部の指示に従って冷静に対処した。焦ることも、驚くことも、疑問に思うこともなく、岡部倫太郎を信じて命の危険が迫っていながら―――――それでも隣で魔法を重ねてくれた。
英雄。美樹さやかは世界線漂流でもっとも岡部とガチで戦ったことのある回数が多い魔法少女だ。そんな彼女がこうして自分の事を心から信じてくれるのは魔法を重ねているときにも伝わっていたが、こうして言葉にしてくれるといっそう嬉しく思う。

「あー・・・・・ヘブーン」
「キリカ、止めを刺したのは見事だったが魔力を過剰に使い過ぎじゃないか?」
「ん~・・・・?でもオカリンが思ってるより消費してないよ、ずっとラボで一人ぼっちで待機していたからさ、その間に魔力を練ってたんだよね」
「つまり―――」
「うん、見た目は派手で魔法も大きかったかもしれないけど・・・・・くふ、普段と比べて全然元気ー!」
「っと!?いきなり抱きついてくるなっ、危ないだろ」
「女の子からのハグが嫌な男子はいない!ホモでなければっ」
「「!」」
「反応するなそこの二人っ、俺はホモではない!」
「で、でも上条君とオカリンはみんなの前でキス―――」
「思い出させるなぁああああ!!」
「『雷ネット』の非公開情報でも毎日、熱く、激しく沢山の方が書き込みを―――!」
「頬を染めて熱く語るのはやめろ!最近はその手の書き込みが増えていて情報収集が困難になっているんだぞ!」
「人気者だよねー」
「軽く言うなっ、トラウマものなんだっ」
「ん、オカリンこれ」

叫ぶ岡部を無視しキリカが「ほらこれ」と差し出したソウルジェムはまったく濁っていなかった。普段の彼女からして今回もテンションまかせの全力攻撃を行ったと思ったがそうではないらしい。
呉キリカは美国織莉子一筋の狂戦士・・・だった。この世界線では皆と仲良くしている。暴走することがあり、ややアブノーマルな性癖が出たり引っ込んだり、ときに哲学的かつ妙に理を得た論議をしたりしてバカなのかアホなのか可笑しいのかよく分からない少女だが、一度気にいられればこうして過剰なスキンシップをとってくる楽しい少女だ。

「もういい・・・・・・・はあ、まあ今回はこんなところか。夜も遅い、夜間巡回の警察に見つかる前に帰ろう」

ホモ疑惑については誤魔化された感は在るが切り替える。・・・・・しかし志筑仁美、君はそれでいいのか?
キリカを引き剥がし、岡部は中学生の彼女達が巡査に見つかる前に帰宅を促す。

「・・・・・んっ」
「ん?」

一通りの確認事項、メンバーの状態や反省会、別メンバーとの情報交換を終えて、後はさっさと帰って休むだけと思い岡部は帰ろうとするが、皆もそれに従おうとするが一人だけ、まどかだけが不満そうに岡部の白衣を後ろから摘まむようにして引っ張る。
鹿目まどか。別世界線では幼馴染みだったり他人だったりした世界線漂流の鍵を握っていた少女。この世界線では接点のない他人として接してきたが、彼女は他の世界線同様に友達思いの優しい少女だ・・・・・・・・・・・・・・ブラコンやBLといったマイナー(?)属性も色濃く付加されている気がするがそれを補えるほど優しい少女だと自分に日々言い聞かせている。
岡部は振り返るが肝心のまどかは下を向いているので表情が見えない。まどかは変身を解いているので私服姿だが白衣を摘まんでいる力は――――振り解けないほどに強い。
何か気にくわないことでもあるのか、その頬は膨らんでいるように見える。下を向いているので見えないが唇はツンとしているのかもしれない。

「まどか?」
「・・・・・・」
「うん?」
「・・・・・・・」
「なにかあったか?それとも気になることでも?」
「そうゆうことじゃっ、えっと・・・・・そうでもないけど・・・・」
「・・・・どっちだ?」
「だ、だからっ、えっと・・・・その」
「・・・・・・?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「うん?」
「・・・・・・・・あ・・・・・・・・・・・・・・・うー」
「まどか?」

何か言いたいことがあるのは分かる。だけどまどかはなかなか口を開かない。吐息は漏らすが単語として、会話として成り立たない。
皆が見守るなか、しかし結局数分か数秒か、変身を解いたことで冷えた風に身を震わせた一同は―――――

「ねえまどか、他には聞かれたくないこと?」

さやかが問う。

「そうじゃないけど・・・」
「なら今すぐ聞きたいことかな?」

キリカが問う。

「違います・・・・」
「移動しながらじゃダメですの?」

仁美が問う。

「ううん・・・・・いいよ」
「では帰ろう・・・・・魔力残量は?」
「わたくしのは・・・・・42%です」
「・・・・節約だな、他のみんなは?」
「あたしは仁美と同じくらい」
「元からないよー」
「私は六割消費しています」
「私は・・・・ダメみたい、後でキュウべぇに回収してもらうね」
「では歩いて戻ろう」

各人が確認したのは腰につけたポシェット、ケータイケースのようなガジェット、その中身に内蔵されているグリーフシードだ。
未来ガジェットM06号『冷厳なる封印【クーリング・オフ】』。これも七号同様に岡部の持つNDの能力の一部を移植している。
岡部のNDは繋がった対象者のソウルジェムの穢れを経由する形で所持しているグリーフシードに移すことができる。NDを所持している岡部の持っているグリーフシードに負荷を流す。これにより戦闘中、わざわざジェムを浄化する必要はない。
六号機はその概念機能をガジェット化、大きさにもよるが皆に配った六号機は最大三つまでグリーフシードを収めることができる。極論、グリーフシード三個分の魔力と自前の魔力を全力で戦闘に費やすことができる。

「まどか、いまにも孵化しそうなわけではないな?」
「うん、このまま収めておけば心配ないかも」

また、これは仕舞っておけば、収めている間は孵化しないのだ。もちろん魔力を使えば別だが、濁りきれば孵化する危険があるが、通常の時と違い、周りから負のエネルギーを吸収することがない。
それぞれグリーフシードに溜まった穢れを確認し、岡部の提案に皆が賛同したのを確認し、今度こそ一同は下に、巡査に見つかる前に屋上を後にした。

「私は褒めてくれないんだ・・・・」

ボソ、と不満を口にするまどかの不満は誰にも聞こえなかった。

「私だって、オカリンの役に立てたのに・・・・」


日々、弱くなっていく先輩のために頑張っている。後輩として。
それに気づいてとは言わないが、気づいてほしいとは思っている。仲間として。
岡部倫太郎がそれを望んでいるとは限らないが、彼女なりに努力していた。隣にいるのだから。

だけど何時だって、どの世界線でも、やり遂げた後でも、岡部倫太郎は鹿目まどかを見ないし求めない。

世界線が違えば別人、それでも鳳凰院凶真は鹿目まどかに託さない。





γ世界線2.6■5■47



なんのことはない。

男にとって、鳳凰院凶真にとって彼女は最後まで必要なかったのだ。彼女はついに男の片腕にはなれなかった。彼女だけではなく、ほかの誰もがだが、それは何の慰めにもならない。信じて、勝手に信じて裏切られたと思っただけだ。
男が自分を切り捨てて目的を果たしているころ、暗くジメジメした場所に閉じ込められ、その間、彼女はずっと男への裏切りに憎悪を燃やしていた。

どうしてこうなってしまったのか、彼女には分からなかった。

ひたすらに復讐のために生きてきた。怒りと恐怖、苦痛、後悔、無念。復讐だけを拠り所にして生きていた。だが、男と再会したことで彼女にはそれだけではなくなった。
父と姉のような存在だった者を失ってから彼女は男に拾われた。探しだされた。まだ男がM3と呼ばれていたとき彼女は男の庇護者として組織で広く周知されていた。そんな彼女は男の、あるいはもっと下世話に、情婦であると目されていた。
ラウンダーに親しい者はいない。だからこそM3のかつての上司M2の娘、すなわち彼女を養う必要性はM3である当時下っ端の男にはなかった。ならばM3と庇護者である彼女との間には、さぞ下世話な理由があるに違いない―――そう目されることは、ある意味論理的な帰結といっていいだろう。
もちろん彼女にとって、そして男にとって、そんなことは関係なかった。男は、M3は当時からそんな組織での奇異の視線に取り合うことはなかった。
しばらくしてラウンダー達は気づき始める。彼女を情婦と呼ぶ者達が次々と消えていくことに。さらにM3と彼女について無駄口を叩いた直後に消える者も現れ始めた。開発中の装置の実験体にされた、蛍光色のゼリーにされた、塵も残らないデジタルデータに分解された等の噂が絶えなくなり、こうした噂が絶えず流れ、消えゆく者が増えていく、それを繰り返していくうちにM3と彼女に関する噂は聞こえなくなった。これもまた論理的帰結といっていい。
もちろん問題はなかった。ラウンダーには親しい者などいないのだから。自分と男のような関係はラウンダーからしてみれば普通は存在しないのだ。ただ彼女と男が特別なだけだ。

ラウンダーなんて、組織なんて滅べばいい。彼女はずっとそう思っていた。

優しかった父親と、姉のような存在だったM4を死に追いやった組織など潰れてしまえと、あの穏やかだった日々を奪った奴らを彼女は絶対に許さない。

常に夢見ていた。望んでいた。願っていた。ラウンダーなど“なかったことに”してやる。

M3と一緒に、と。

自分にはこの巨大な組織を滅ぼすことも、ダメージを与えることも出来やしない、それを自覚している。しかしM3、鳳凰院凶真にならできることを彼女は確信していた。
自分を見つけ出してくれた男にならできる、自分と同じように所属している組織を恨み、憎悪し、同じ目的・・・・夢と呼んでもいいものを持っている。
もう帰ってくることのない人のために報われない戦いを続ける男に、自分と同じ境遇の男を彼女は陶酔し信仰していた。

だからこそ唐突にその日がやってきたとき、男が彼女を切る捨てる日に彼女は絶望した。

男が組織の頂点、三百人委員会の一員となったとき、彼女は一人、男自らの手によって廃屋に閉じ込められた。そのときの彼女はまだ心のどこかで男の事を信じていた。
ついに組織を壊す日が、復讐を果たせる時がきたのだ。自分とともに、長い間苦楽を共にした自分と一緒に、かつて右腕と呼ばれていた男でも、タイムマシンの母と呼ばれた女でもなく、この自分とともに・・・・・・。
だが男の口ぶりからするに、これは最初から予定されていたことらしい。それこそ・・・・彼女を見つけ出したときからの――――。

希望から絶望への相転移。なまじ、希望を与えられたからこそ、信じていたからこそ裏切られたときの絶望は大きく深い傷となる。

閉じ込められて口論している最初のうちは冷静だった。しかし男が本気で自分を裏切り切り捨てることを理解し始めてからは酷かった。長年磨いてきたポーカーフェイスも、培ってきた精神も子供時代に逆戻りしたかのように・・・・強固な扉を素手で何度も叩き、男の名前を泣き叫びながら繰り返し呼び―――――・・・・・・・数日が経過したとき、彼女はいつしか男に復讐したいと思うようになっていた。
崩壊した組織の残党が彼女を見つけ出し、彼女は廃屋から引きずり出されたときに知る。


2025年、彼女は世界中で恐怖と憎悪の対象となっていた鳳凰院凶真が、彼女を閉じ込めた“その日”に死んでいたことを知った。


男と彼女の目的は『組織への復讐』。それは果たされていた。組織は崩壊していた。彼女が関わることなく、彼女が閉じ込められている間に、男は一日で全てを成し遂げていた。だけど彼女はそれに満足できなかった。何故か納得することができなかった。組織が消滅したのはいい、ラウンダーが滅びることに不満はない、推奨する。
だが裏切られ、数日間閉じ込められて、組織が崩壊したことを知って、男の死を聞いて、彼女の胸に飛来した想いはドロドロとした黒い何かだった。
彼女は組織の残党に“最も鳳凰院凶真に近い者”として捕まった。しかし男の事に関係することを尋問されている間も、組織のおかげで富を得ていた人物から脅迫されている間も、拷問まがいの扱いを受けている間も、どうすればこの感情を男にぶつけることができるか考え続けた。

そして処刑される前にその方法に気づく。見つかれば即座に殺される。だが崩壊した組織の怖ろしさなんて男への復讐心に比べれば微々たるものだ。
だからこそ組織の残党に拘束されながらも、処刑される寸前に組織からタイムリープマシンを奪うことなんてことを簡単にやってのけた。

そして彼女は時を遡る。世界の摂理に反する。







χ世界線3.406288



「ねえねえ、また恭介後輩が新たな魔法少女とフラグを構築したみたいだよ」
「また!?」
「今度は何処の誰とどんな出会いでしたの!?」
「あはは、上条君は相変わらずだね」
「流れからみて新しく契約した子かしら?」

まどか達は美国邸を目指して深夜の見滝原を歩いていた。今日は彼女の家にお泊りの予定だ。明日は学校も休み、零時すぎなので正確には今日だが親には前もって連絡済みなので問題はない。
今現在のメンバーは鹿目まどか、美樹さやか、志筑仁美、呉キリカ、美国織莉子。そこに岡部倫太郎の姿はない。岡部は途中で別れ今頃ラボに辿りついている頃だろう。他のお泊りメンバーは後で合流する予定だ。
こうして女子のみで、なにより異性の岡部が抜けたことで年頃の彼女達の話題はもっぱら学校での出来事や恋愛がらみのモノになることが多い。一部のラボメンは来年には中学を卒業するし、身近にいる異性は何かとイベントを起こしやすい体質なものだから話題が尽きないのだ。

「前回の大戦からまだ二週間しかたってないのに・・・・うう、その可能性は高いかも」
「はぁ、日々ライバルが自動生産されるなんて・・・・・」

さやかと仁美のため息交じりの発言に苦笑しながらも、それは仕方がないかと他の三人は思う。
上条恭介。キュウべぇの片翼、ラボメン№03であり未来ガジェットマギカシリーズを最も多く託されている見滝原中学二年生の男子生徒。平均的な身長にアッシュブラウンに近い髪の色、細身で柔和な顔立ちと性格、ヴァイオリンの才能と情熱は誰もが認める少年。
美樹さやかの幼馴染みで岡部倫太郎と違い“本当の意味で無力でありながらも魔法少女達と共にいることができた少年”だ。

「また困っていた子を助けてあげたんじゃないかな?」
「それは分かってはいるのですが・・・・」
「でもなぁ・・・・・・はぁ、もう犬猫じゃないんだからさぁ、それになんだかんだ危ないんだから一言相談してから関わってほしいよ」

ゆえにモテる。上条恭介は本当にただの少年だった。ただヴァイオリンの才能が在るだけの一般人だ。だが彼は関わる。魔法少女に、問題の固まりである魔法少女達に、彼は無力なことを、自分が戦えず、彼女達にとって足手纏いなのを承知で共にいる。
“それ”を理由に、“それ”を言い訳に、“それ”を免罪符に、彼は彼女達の傍を離れることをしない。
誰もが理由をつけて離れていくなか、彼だけが彼女達の傍に居続ける。心配だから、ほっとけないから、気になるから、友達だから、幼馴染みだから、気にくわないから、陳腐な理由とありきたりな動機で傍にいる。無力でも、弱くても、足手纏いで邪魔になっても彼女達を一人にしない。
岡部倫太郎のように知識も目的も動機もきっかけも“恩”も無いのに――――純粋で単純な少年は彼女達の傍に今日もいる。
そして、いまや戦えない筈の無力だった上条恭介はラボメンでも『主力』の戦闘メンバーになった。また体質なのか、その手の運命に導かれているのか、魔法との出会いから魔法少女とのエンカウント率は岡部を軽く超え、日々無自覚無責任にフラグを建て続けている。

「恭介後輩は罪深いねぇ、こんなに想ってくれる子がいるのに他の子にまでフラグを建てちゃうんだから」
「そうねキリカ、でも彼は優しいからしょうがないわ」
「だけど優しすぎてモテるっていうのはさ、後輩二人からしたら気が気じゃないよね?」
「「ぅぅ」」

しかし美樹さやかの幼馴染み=バカだからか、残念なのか、他者からのあらゆる好意を厚意に変換する業の深い少年だった。少女とのフラグ構築力はクラスメイトから「爆ぜろリア充がぁあああ!!」と、岡部倫太郎ですら後ろから「こんっっっのリア充がああああ!!!」と襲撃するほどの潜在能力を秘めている。
あと関係ないが彼はラボメンになって以降、関わった魔法少女全員の裸を目撃している。奇跡的な事故や偶然で。運命や宿命のごとく。本当に関係ないがその中には岡部倫太郎も含まれているのだが決して、決して岡部が攻略対象に入っているからではないはずだ。

「元気出してさやかちゃん、仁美ちゃん、大丈夫だよっ、上条君は二人の事が――――」
「ああ・・・・ちょっと待ってまどか、心配してくれるのは嬉しいけど―――」
「あまり・・・・・人の事は言えませんわよ?」
「ほえ?」

いつものように、まどかは二人を慰めようとしたが今日は二人からストップがはいる。
それは二人がまどかに対し他人事ではないように、逆にまどかを心配するような声色だったから、まどかは逆に戸惑ってしまった。

「え?なに?私は別に上条君と何もないよ?あっ、この前二人で一緒に買い物に出かけたことに他意はないから大丈夫!」
「あったら困ります。これ以上ラボメンからライバルが増やすのは・・・・・ではなくて、まどかさん、鳳凰院先輩もなんだかんだで女性からのアプローチは多いのですよ?あら・・・・買い物ってなんのことですか?」
「そうだよまどか、人の心配ばかりじゃ後々危険だよ、最近岡部先輩と遊びに行ったりしてる?あれ・・・・買い物ってなんのこと?」

それこそ二人には言われたくないが言われ、訊かれて、まどかはここ最近の岡部との関係に――――・・・・最近一緒に出かけた記憶がない。
昔は、それこそ出逢った当初は避けられ――――・・・・・過去はともかく和解なのか誤解なのか兎にも角にも仲良くなってからは一緒にいる機会が増えた、なのに最近になってまた避けられているような?

「って私は別にオカリンと付き合ってる訳じゃないし、だからオカリンが他の子と仲良くなっても全然気にしな―――」
「んー?でもさっきオカリンに突っかかっていたじゃないか、あれは他の子に嫉妬していたんじゃなかったの?」
「ち、ちがいますよキリカさん。あれはオカリンが無視するし褒めてくれないから―――」
「ああ、先程の可愛らしいし仕草の原因はそれかい?」

屋上での、あの何か言いたそうな態度はそれが原因かーと、まどかを除く皆が納得したように頷くのを、まどかは必死に否定する。
自分だけが褒められなかったことに、そんな理由でむくれるなんて子供っぽくて恥ずかしかった。だから必死にそんなことはないと否定するが誰も信じてくれなかった。
ラボメン同士で似たようなやり取りがこれまでに何度もあったからだ。まどかだけではない、また対象が岡部だけでもない、似たようなことはあった。
魔法少女にとって、過酷な条件で生きなければならない彼女達にとって、岡部や上条といった心許せる異性は、そんな彼らの前では、いかに彼女達が大人っぽくしたいと思っても実際には子供っぽく振る舞ってしまうことが常だった。
好意の有る無しに関係なく、いや関係なくはないが意識は少なからず抱いてしまう。ありのままの自分を受け入れてくれる存在の前では、やはり自然に、無意識に、無自覚に素で接してしまう。それが時に年相応の子供らしさを晒したところで何も問題はないが、彼等も気にしないが、彼女達にとってはやはり問題だった。
もちろんそれは悪くはない、嫌じゃない。それができることが、そうしていられることが嬉しくて、楽しくて、幸せなことだと自覚している。同じ魔法少女ですら時には共有できない空間を、時間を、自分達は多くの人達と一緒に過ごすことができるのだから。
しかしだ。見栄を張りたいわけではないけれど、独り占めしたいわけでもないけれど、自然体のまま接することができるのは、とても嬉しいけれど、やはり子供扱いはなんだか嫌なのだ。周りには綺麗で、可愛くて、魅力的な人達が多いのだから――――・・・・。

「そんなんじゃ―――」

鹿目まどかは岡部倫太郎と恋人として付き合っているわけではない、好意はあるが恋慕ではない。抱いている感情は尊敬や憧れに近く、それだけだ。彼女はまだ美樹さやかや志筑仁美のように“それ”を経験したことがないから現在岡部に抱いている感情の名前を正確には知らない。
一番しっかり来るのが年上の先輩・・・・「優しいお兄ちゃん」というのは本人談。本編と関係ないが、この話題に対し千歳ゆまとは一悶着あったりした。最終的にゆまに対し岡部が「お兄ちゃんではなくお父さんで!」と、やや性癖を疑われた秘話もあったが今回の話ではやはり関係ない。

「いいじゃないか別に、君は常日頃からオカリンと一緒なんだからさ、ちょっとくらい我慢すべきだよ」
「だ、だからそんなんじゃ・・・・それに私は―――」
「むしろ君が羨ましいくらいさ。ねえ織莉子、君もそうだろう?」
「ええ、あなたが羨ましいわ鹿目さん」
「え、織莉子さんもそうなん・・・ですか?」
「ええ」
「そうだよねー、あたし達と違ってまどかはいいよねー」
「鳳凰院先輩は浮気しませんもんね」

する度胸も勇気も、何より周りがそれを許すはずがないのだから当然だ。

「でもオカリンは・・・・」

キリカがそれとなく不満を漏らし、そんなキリカに微笑みながら織莉子が同意し、さやかと仁美が自分達の想い人とは違い日々ライバルが増え続けない事実に羨ましがる。
まどかは今日のやり取りに不満を感じているようだが普段の付き合いを思い返せば焦ることも落ち込むことも無い。なぜなら岡部倫太郎と鹿目まどかは仲が良い、とても、他の皆が羨ましくなるほどに、何かと共にいる二人は誰が見ても、喧嘩している時ですら微笑ましく、やっぱり絶対仲良しなのだ。
岡部はまどかを蔑ろにしないし、無視もしない、やきもちを焼く必要がないほどちゃんと彼女の事を気にかけているのを誰もが知っている。

「・・・・するもん」

たしかに最初の頃。まどかは岡部に避けられていて、そして誰よりも仲良くなるのが遅かった。だが、それも過去の事、今では暁美ほむらよりも岡部と共にいる事が多い、学年が違う学校、住む場所が違う生活、遊びに行く時の相手、戦闘時のパートナー、ほとんど別々だけど、一緒にいられなくても岡部倫太郎と一緒にいるという矛盾。それを普段から感じさせる。それだけ彼女は岡部倫太郎に近い。


「するよ!!いっぱいしてるもん!!!」


それは以前から岡部と付き合いのある少女達からしてみれば悔しいほどに、後から岡部と出会った少女達からすれば妬ましいほどに、すれ違いの期間がラボメンの中で誰よりも長かった影響なのか、本人達に自覚はないが人目を気にすることなくベタベタしている。
「その気がないなら」、「邪魔しないで」、「いったい何なの?」、「どんな関係」、「ずるい」、ラボメンじゃない魔法少女からいろんな質問、多くの罵倒を受けて、だけど鹿目まどかは傍にいる。何度聞かれても一度も納得できる答えを返せないまま、それでも一緒にいる。

「何かあったらいっつも私の約束は後回しだし!会いに行ったら決まって女の子と一緒にいるし!お喋りの内容は他の子との思い出話ばっかり!アドレス帳は女の子の名前で一杯!一緒に買い物しているのにメールだけじゃなくて電話まで普通に受け取っちゃうし!そのままどっかにいっちゃうし!それにそれから―――!!」

しかし最近、それだけでは満足できないのか、彼女は岡部を身近な存在として、仲良くなって、まるで兄のように慕い始めたころから彼女は事あるごとに岡部に近づく・・・・正しくは岡部が誰かに近づくのを良しとしない。
どこぞの世界線のように、幼馴染みだったときのように、きっと弟のタツヤが大きくなったら今以上のブラコンになるんだろうなと、タツヤも将来、彼女ができたら苦労するんだろうなと、勝手な心配を皆がするようになるほどに。

「知らない女の子にホイホイついていっちゃうし!ノスタルジアドライブだって他の子とばっか繋げて私とは全然繋げてくれないし!知り合ったばかりの子には紳士的に接しちゃうし!」
「ま、まどか一旦落ち着いて、スイッチ入っちゃってるよ?」
「最近私の扱いが雑だし!せっかく頑張ってお昼作っても理由をつけて食べてくれないし!」
「「ああうん、それは納得でき―――」」
「最初の頃は泣きながら食べてくれたのに!」
「『芋サイダー』を作るようになってからだよね・・・・・・初めて『芋サイダー』が登場したときの岡部先輩の顔は絶望に染まってたよ」
「鳳凰院先輩、『この世界線でもできちゃったのか・・・ちくしょう』とか呟いてましたわね」
「せっかくおいしくできたのに!」
「「「「う、うーん?」」」」

とにかく尊敬と憧れを超え、愛とか恋を超越し、最近はブラコンを拗らせている気がするほど仲が良い。
岡部が、ラボメンが困るほどに。

「だいたい仲が良いって言うんなら私だけじゃなくて皆もそうだよ!みんなのほうがオカリンと仲良しだよ!」
「あれ、なんか地雷踏んだ?」

必死に反論しようとしたんだろう。矛先が周りに拡散し始めた。まどかは避けられていた過去の出来事を思い出しながらビシィッ!と、深夜帯にも関わらず大声を上げ、皆を指さした。
顔を紅潮させ、ふるふると震える指先、うっすらと桜色の魔力が漏れている。酷く興奮しているのは誰もが分かっていたが経験上、ヘタに刺激すると魔力が暴発する恐れがあるので一瞬、まどかを止めるのが遅れた。

「織莉子さん!!」
「え、私?」

その一瞬の止めるタイミングを逃したために、もはや溜まったモヤモヤを晴らさないことには落ち付けないようだった。
そして最初にまどかが指名したのは織莉子だった。まさか自分が、キリカの前に自分が何か言われるとは思っていなかったので織莉子は戸惑ってしまった。

「私がオカリンと仲良しって言いますけど・・・・・織莉子さんのほうがずっとずっっっと仲良しですよね!!」
「え?そ、そんなことないんじゃ―――」
「オカリンと一緒によくご飯食べに行ったりコソコソ会っていたりするんですよね!!」

織莉子は困ったように首を傾げる。仲が良い?彼女より?そんなことはない。本当に、織莉子はそんなことはないと思っている。自分がまどかよりも岡部と仲が良いとは思っていない。・・・・・・決して悪いとは微塵にも欠片にも思っちゃいないが――――。
確かに普段、皆とはしない真面目な話をしたり、二人で外食にもたびたび行くが、そこには彼女が思っているような出来事は皆無であって、他の少女達のように勘違いハプニングも―――

「あっ」
「「「え?」」」

織莉子はつい最近、岡部からなかなかに紛らわしいプロポーズもどきをされたことを思い出した。
それなりに値が張るレストラン(最低なことに、お金は全て織莉子もちだった)で、やけに真剣に語るものだから雰囲気に惑わされて、流されて、結果酷く恥ずかしい思いをしたのだ。
黒歴史である。封印指定の記憶だ。今まで忘れていたのはそういうことだ。
みんなが視線を織莉子に向けているが織莉子は気づくことなく、ソウルジェムを濁しながら浮上してきた記憶に頭を痛めた。


一部抜擢


その日、織莉子は岡部から突然相談を持ちかけられた。
魔女探索を終え、円卓会議を終え、予定もなく後は帰るだけの道すがらメールで呼び出された。
時間は夕食頃だったのでちょうどよかった。

―――織莉子、今日はすまない。急に呼び出してしまって

その謝罪にはお店の料金的な意味も含まれていたのだろう。

―――いいえ、いつもお世話になっていますから。それに嬉しいんですよ?こうやって頼ってくれることに
―――・・・そう言ってもらえると助かる
―――それでお話とは?深刻そうですね、最初に巴さんではなく私に相談するということは魔女やラボ関係ではないのですか?
―――ああ、その・・・・・・だな・・・・
―――?

普段は臆することなく大胆発言をかます彼とは違い、やけに言いにくそうにしていて、そのくせまじまじと見つめられるものだから少し恥ずかしかったのを憶えている。
ただでさえ保護者抜きの中学生のみで、それなりに格式あるレストランにいるのだ。周りの視線も気になってしまい酷く居心地は悪かった。
目の前の人に見られることには別に、これといって抵抗はなくもないが、嫌とは言わないけれど、魔女探索からそのまま来たので若干困る、会食の予定はなかったので服装も着飾ってないから――――

―――よしっ、単刀直入に言おう。美国織莉子
―――は、はいっ?

彼は覚悟を決めたかのように唾を飲み込み、私を真っ直ぐに見詰めながら声を出した。
その声の大きさは、その内容は周りの視線を、注目を、関心を集めるには十分なものだった。

―――将来、俺と一緒に歩んでいかないかっ

不意打ちで、あんまりにも真剣に言われたものだから、つい告白されたように錯覚してしまった。しかし『冷静になれっ、逆に考えるんだ(?)!!』と自分に言い聞かせ、彼の台詞を心の中で反芻し意味を正確に捕えようとした。
勘違いしてはいけない。彼が無自覚な口説き文句を数多く放つことを知っているのだから―――――・・・・・いやまてしかしこれは告白を通り越してプロポーズではないだろうか?

―――・・・・・・はい?
―――あっさりと肯定の返事とは驚いたが・・・・・・・ありがとう
―――はへ!?ちがっ、え、ええっと今のはいったい!?
―――む、今のは俺の勘違いか・・・?・・・・いや、確かに簡単に持ち出せる話ではないしな
―――え、えっと?倫太郎さん?
―――ああ、急ですまない。自分でもタイミングがおかしいとは思っていたんだ
―――あ、いえ、気にしないでください。あれですよね?いつもの言葉足りずの勘違いで
―――しかし考えてみてくれないだろうか
―――・・・・・・え?
―――将来の話はまだ早いかもしれない、だが君の未来への選択を阻めることを承知で懇願しよう
―――あ、あの・・・倫太郎さん?
―――将来、俺の立ち上げた事業で仕事をしないか?
―――あ・・・・・・ああッ、そう言う意味ですか、びっくりしたぁ・・・・あぶないあぶない

深呼吸しながら心臓の鼓動を沈める。前もって精神防御を行っていて正解だった。過去の自分、出会った当初の自分なら勘違い一直線で大恥をかいていたところだ・・・・・怖ろしい人だ。恐ろしい人だ。事前に勘違いさせ男としての知識がなければ危なかった。
周りのウェイターや他のお客から若干の憐みと同情が混じった視線を感じられたが気にしない、気にしてはいけない、もう慣れました・・・・・・・・・嘘ですごめんなさい。

―――俺は将来、魔法少女にも安定した生活ができるような社会システムを構築するつもりだ。そのためのモデルケースとしての事業を立ち上げたい
―――・・・・・ふむ、それは興味がありますね。確かに今話すには時期が早いと思いますけど、私にはもう政治関係の未練は在りませんし

とはいえ、勘違いはともかく、それはとても興味深く、関心が持てる内容だった。

―――はい、ぜひお手伝いさせてくださいっ
―――違うぞ織莉子、そうじゃない
―――え?
―――お手伝いではなく正式な片腕として、パートナーとして俺は君が欲しい

その台詞にドキッとしたのは、勘違いしないようにと言い聞かせたが、誤魔化せなかった。

―――まだ先の話だ。しかし今で君を口説いておきたかった。君は優秀だ、他も君を放ってはおかないだろう。事件を起こした議員の娘というレッテルは、君を幸か不幸か縛らない
―――パートナー・・・?私が・・・・倫太郎さんの?
―――ああ、嫌か?
―――そんなことありません!

つい声を荒げてしまい、周囲の注目を浴びてしまった。最初から浴びていたが。「よく言った!」的な雰囲気で皆が見守っているが気にしている場合ではない。

―――あ、ごめんなさい、その嫌じゃなくてっ・・・・・ちょっと予想外で・・・・。巴さんじゃなくて私がっていうのは・・・
―――君が俺をどう思っていようと、俺は君をパートナーとして誘っている

冷静に、おちついて考えてみた。理解する。彼は自分をビジネスパートナーとして誘っているのだ。事業経営は末長い道のりだ。この手のパートナーとは互いの人生を背負う立場にある。その重要性はただの仕事仲間とはケタ違いに重い。
まして彼は魔法少女に関するシステムを構築するらしい。具体案はまだ聞かされていないがその過程は酷く困難が伴うだろう。生半可な覚悟では務まらない。だが私の未来視の魔法はかなり役に立つはずだ。
恩人である彼の役に立ちたい気持ちは常日頃から持ち合わせている。だが自分の失態がモロに彼に振りかかると思うと即決はできない。したくない。これは本当に彼の人生を背負うことになる。

―――・・・・・倫太郎さんに、そういう風に言われるのは嬉しいです。でも正直、私には貴方の隣に立つ自信がありません。私では役不足です

彼の周りにいる少女達のことを知っている。だからなんだと言われればそれまでだが、自分に自信が持てない。
だって彼がいなければ、もしかしたら私は親友を巻き込んだ取り返しのつかない過ちを犯していたかもしれない。そんな自分が、真っ直ぐに未来を目指す彼のパートナー足りえるとは、どうしても思えないのだ。

―――そんなことはない、絶対に
―――私は・・・・ここにいることすら奇跡と思っています。倫太郎さんがやろうとしている魔法少女のための事業、その協力は惜しみません。でも自分の事ですら、なのに・・・・
―――安心してくれ、というのもおかしいが、君には皆を率いる能力もあるし会社を任せきれる技量もあると俺は確信している。それに責任は俺が全部背負う。会社の負債や万一にだが・・・・関わった魔法少女に“何か”あっても周りからの批難苦情は俺が全て引き受ける
―――・・・・なんですかそれは
―――俺がトップとして、君が副社長としての立場なら責任は俺一人に収束できる
―――私が気にしてるのはそういうことではなく・・・・それに倫太郎さんのそういう考え方、嫌いです
―――分かっているさ、それに誤解しないでくれ、これは生き残り方だ。良く考えろ、こうすれば二度目がある。俺と君が一緒に責任を背負えば一度のミスで全てが失われる。そのとき一緒にいる魔法少女達も、だがこれなら万一の場合、再生できる。打算的だが俺も安泰だ。君がいれば俺も路頭に迷わずにすむ
―――納得できません
―――きっとラボメンの誰もがそう言うだろう。だが君になら分かってもらえると俺は思っている。それに君にならその万が一の時も安心して任せきれる
―――私が裏切ったらどうするんですか
―――君が?そんなことするはずがない
―――信用ですか?
―――信頼だよ、織莉子

違いがよく分からないけど、優しい声色で、真っ直ぐに見詰めながらそう言うのだから本当に・・・ずるいと思った。

―――いきなりすぎです。倫太郎さん・・・・・考えてほしいって言ってましたけど、私に今、選択を迫っていますよね?
―――すまない。だが俺は君を逃がすつもりはない。俺の計画には君の力が必要だ。強引かもしれないが今日で口説かせてもらうぞ
―――・・・・・ずるいですよ。私はたくさんの恩が貴方にあるんですよ?断りにくいじゃないですか
―――承知している
―――まったく・・・・・酷い人ですね、倫太郎さんがそんな人だったなんて知りませんでした
―――自覚している。それを君にそれを知ってもらえて光栄だ

だとしたら本当に岡部倫太郎という人物は酷くてズルイ男だと思う。だって前置きはどうあれ、自分が断れないことを承知で相談を持ちかけていることになる。
こんな重要なことを、多くの問題と危険を持つ魔法少女達の人生を背負うことになるのに――――ほんとうに、酷い人だ。

―――正直、倫太郎さんが私の事を・・・・・そこまで口説く理由も、信頼してくれる訳もわかりません
―――それでもいい、いつかわかってもらえるように努力する。だが

一拍置いて、岡部倫太郎は美国織莉子に告げた。

―――もう一度言おう、俺は君が欲しい

真っ直ぐに、真剣に、最初とのときとは違いはっきりと言われたから、将来のことを考えると少しだけ怖かったけど―――私は折れた。
しょうがないじゃないか、彼は恩人なのだ。人生を、一生を賭けてでも返せないほどの恩を―――。
そんな彼が必要だと言ってくれた。求めてくれた。それも未来でずっと・・・・・断れるはずがない。

―――はぁ・・・・・・・わかりました。その話、前向きに・・・・・いえ、ここで約束します
―――では織莉子
―――はい。私、美国織莉子は岡部倫太郎さんのパートナーとして精一杯頑張ります

周りにいた第三者はこのとき拍手喝采、スタンディングオベレーション、周りから自分達はどう見えていたのか今さらながら気になった。
うん?もしかしたらもう・・・・・あのレストランにはいけないかもしれない。

―――ありがとう、織莉子

私の言葉に彼は安堵したかのように、椅子にズルズルと身を沈めていった。断られる可能性も彼の中にはあったのかもしれない。それは少し酷いと思ったが・・・・彼も本気で悩んで相談してきたことは分かるから許す。
私の将来を彼は縛ってしまったのだ。未来の可能性を、選択肢を・・・・普段の彼からは絶対に想像できない――――だから、それだけ私を求めてくれたと思うと嬉しかった。

だけど、嬉しいけれど、私は彼に対価を求めた。

―――ああ、よかったぁ
―――・・・・でも、倫太郎さん
―――ん?
―――私は・・・・嬉しいです。貴方の役に立てるから。でも、私もやっぱり女の子なんですよ?だから・・・・
―――?
―――わ、私はっ・・・・・・お金のこととか、地位のこととか、そんなに興味ないです。そんなことよりも、大切なモノがあるんです・・・
―――なんだ?言ってみてくれ、俺ができることは可能な限り善処しよう。いや、君の頼みだ、必ず果たしてみせるよ
―――・・・・
―――遠慮はいらない。言ってくれ

本当に、上条恭介もだが、彼も無自覚だから怖い。ラボメンの男性陣はあまりにも無防備だから皆が不安になるのもわかる。
無意識で、無自覚で、無防備で、隙だらけで放っておけない。ちゃんと見張っていないと誰かに持っていかれてしまう気がする。
だからこの時の私は思ったのだ。恩人である彼を、私の未来を縛ったように、彼の人生を縛っておこうと。


―――お、岡部倫太郎さん、私の人生に・・・・責任を持ってくれますか?


それは深い意味で。私はもちろん、外野の人達が彼の返答に息をのんだ。

―――もちろんだ。その覚悟がなければ俺はここまで強引に君を口説けやしないさ

真顔だったが・・・・この様子からは伝わらなかったようだ。ほとんどの人間が「オゥ、ノ~ゥ」と頭を抱え込んでいた。

うん・・・・・伝わらないのは分かっていたから、この時の私は苦笑することで“見逃してあげた”のだった。
この後、ものすっっっっごく後悔したのだが、きっとそれで正解だったのだろう。

―――では織莉子、詳しい話はまた後日

食事を終えて帰路につく。

―――はい、これからは忙しくなりますね。みんなには?
―――今は秘密にしておこう。下準備もかねてミス・カナメから勉強したいこともあるからな
―――じゃあ、二人だけの秘密ですね?
―――ああ、二人だけの秘密だ

店を出て、語って、そう言って、特に意味も無く自然に指切りをした。外は既に暗く、星空が綺麗だったのを憶えている。
自分でも何故そんな突拍子もない行動をしたのか疑問だったが、彼が躊躇うことなく指を絡めてくれたことに嬉しさがこみ上げてきたのを憶えている。
そして指切りを終えた後、私の胸にあった温かい気持ちは砕け散った。星屑のごとく粉砕である。原因はもちろん目の前の男だ。

―――ふ、ふふふっ
―――倫太郎さん?
―――フゥーハハハハ!これで条件は揃ったぁあああああああ!
―――?

この瞬間まで私は笑顔だった。心の底から、それこそ彼が突然奇声を上げて周りから注目を浴びようとも優しく受け入れるくらいに。
でも、だけど、次の彼の言葉を聞いた瞬間全てが凍りついた。凍てついた。

―――ついに“マミ”をプロデユースする日がきたぞー!!!

今日一番の歓喜に満ちた表情で、岡部倫太郎は叫んだ。

―――長年の夢だったマミアイドル計画!世界線を渡り続けてきた甲斐があったというもの!!ついに俺にもこの時が!!
―――あ、あの?
―――ありがとう織莉子、君がいなければ『未来ガジェットプロダクション』は存在できない・・・・・君と巡り合えて本当によかった!これこそ奇跡・・・・否!!
―――倫太郎さん?
―――これぞシュタインズ・ゲートの選択!俺と君はやはり“このために”出会う運命だったのだ!!

後になって知ったことだが、この時の彼は完全徹夜四日目のアッパー状態だった。・・・結構だ。日本語の使い方に疑問を抱くほどに結構なことだ。なぜなら、これで彼が素だったら■している。
残念に思うことはこの場に回復特化型の魔法の使い手がいないことだ。わざわざ手加減しなくてはいけない――――ホントウニザンネンダ。
私は未来ガジェットの五号機を起動させる。

―――こうしてはおれん!さっそくマミをスカウトし武道館・・・・・・全国ツアー!!『ツヴァイウイング』や『Claris』のように魔法少女であろうが関係ない!全国を目指すぞ!
―――・・・・倫太郎さん、少しお話があります
―――大丈夫だ問題ない!分かっている、焦るなと言いたいんだろう?理解している、まずは『アイドルマスター』をコンプリートしてプロデューサーが何たるかを学ばなくてはな!!

この男はホントーに駄目らしい、真面目な声色に惑わされ、そのことに気がつかなかった私にも非はあるだろう。普段から彼が無意識に女性を口説いていることを知っていたのだから。
ええそうです。普段の彼と違うのは最初から分かっていました。彼が誰かの未来を、可能性を自分の都合に巻きこむなんて・・・・・だから気づいていました。結果がこれである。
しかし幸いにもFGM05とグリーフシードが手元にある。結界は展開できるし穢れも浄化できる・・・・・問題はない。やったね!既に起動した五号機は彼と私を世界から切り離す。結界へと誘う。

―――倫太郎さん
―――安心しろ織莉子!かつての我が右腕はアイマスをフルコンした経験を持つ、ラボの長である俺にできないことはあるまい!!
―――り・ん・た・ろ・う・さ・ん
―――どうした織莉子!俺に不可能はな・・・・い・・・・ぞ・・・・?
―――ふふふっ
―――・・・・・・・・・・・・・あの、織莉子さん?
―――爆殺、殴殺、消滅・・・・どれがいいですか?選ばせてあげますよ?パートナーですから、ええもちろん貴方の意思を尊重しますよ?私はパー・ト・ナーですからっ
―――あー・・・・うん、できれば生存ルートを残していただけると・・・・
―――え、全部ですか!?もうっ、しょうがないですねぇ
―――え!?ちょっ!?
―――『流星【ミーティア】』!!
―――まさかの最大技だと!!?生身の俺にそれは死ぬんじゃないかな!?

轟然と捻りを上げて降り注ぐ星々の雨。間断なく容赦なく結界を震わす衝撃があった。
問答無用、手加減不要、容赦無し―――――逃げ場のない結界内で逃げ惑う男を織莉子は背後から爆撃した。


回想終了


「あー・・・・」

あれは、いったいどうカウントすればいいのだろうか?織莉子は思い出した黒歴史に頭を抱えた。結局、将来に関するお話は爆撃により岡部の頭の中からは消滅していた。踏んだり蹴ったりである。誰も幸せになれなかった内容だ。全員が損をしたお話だった。
アッパーな状態だったから、いやだからこそ本音だとしたら、岡部倫太郎は美国織莉子をやはり欲していることになるが、なにぶん良い感じに壊れていたので真相は闇の中である。

「もうっ」

百年の恋も冷める内容だった。

「ほんとうに、もうですよ・・・倫太郎さん」

しかしそれでも彼に求められていたことに間違いない。アッパー状態とはいえ、あの岡部倫太郎が自分の未来を縛ろうとしたのは確かなのだから。
女として、やはり求められるのは嬉しかったりする。状況と結果を考えればかなり悔しいが、それはまあしょうがないと言い聞かせる織莉子だった

「・・・織莉子さん」
「はっ!?」

ただ回想に耽っていて目の前の少女の存在を忘れていたのはまずい。

「ジー」
「か、鹿目さん?」
「なにか・・・・・オカリンが織莉子さんに・・・・・・・・、織莉子さんも満更でもなかった・・・?」
「こ、心を読まれている!?」

まどかにそんな能力はない、ただの勘である。だからこそ怖いのだが。

「なになにっ、織莉子は何かオカリンとハプニングかい?おしえてよ!」
「な、なんでもないわよキリカ、気にしないで・・・・ね?」

ハプニングというかエンディングになりかけた話である。

おいそれと話せる内容ではない。これは生涯誰にも話せない墓まで持っていく類のものだ。親友にも告げることはできない。
なにせこの場で話したらまどかとキリカに岡部が殺されかねないので絶対にだ。今でこそキリカは面白そうに、まどかは不審そうに見つめているが、それが殺意に変わった日には彼は朝日を拝めないだろう。

「むー、あやしい」
「なんでもないのっ、ほ、ほんとうよ?」
「むー」

じー、と疑いの視線を向けてくるまどかに織莉子は顔を背ける。
話の内容を告げても被害は岡部にのみ向くはずだ。それに織莉子は被害者として受け止めてもらえるだろう、だけど織莉子はこの話を他人に話すつもりはない。
岡部に被害が・・・・・それもあるけどそれだけじゃなく何故か誰にも教える気になれない、教えたくない。秘密にしておきたいという感情があった。
この記憶は、思い出は、あの出来事は自分だけが、そして岡部倫太郎だけのものとして残しておきたい。それがどこかから来る感情なのか、まだよく分からないけれど――――それは同情からくるものではない。友情や仲間意識、恋愛感情とも違うと織莉子は思う。

「だからゴメンナサイ、何も話せないわ」

やっぱり分からないけれど、そう言った織莉子の表情はまどかに詰め寄られていたにもかかわらず、つい見惚れてしまう笑顔だった。
人差し指を唇の前にもっていき、「内緒」と微笑む織莉子は可愛かった。年上で、しっかり者のお姉さんの織莉子が、まどかにはこのとき自分より年下の女の子に見えた。

「・・・・・ずるいよぉ」

だから、そんな表情ができる思い出を、秘密を持っている織莉子が羨ましいと思った。
自分の事だから解るのだ。積極的に関わろうとしているから解ったのだ。

岡部倫太郎は、鹿目まどかを―――――

「私だけ―――」








γ世界線2.6■5■47



結果論を“ここ”にいる彼女の主観で述べるなら、彼女はタイムリープに失敗した。しかしそれは“ここ”にいる彼女の主観での話だ。
失敗し、再び拘束された彼女の表情に悲嘆はない。“ここ”にいる彼女はタイムリープに成功した彼女を、自分が過去に遡ったのを確信しているからだ。無限に存在する可能性の中には『成功した自分が必ずいる』事を知っているから。
それは勘違いかもしれない。死を前に都合のいいように思いこもうとしているだけかもしれない。しかし男は言っていたのだ。語ったのだ。それを憶えている。忘れはしない。だから問題はない。このまま殺されても後悔はない。

もう止められない。因果は刻まれた。復讐を誓い遡った彼女を止められる者はいない。

世界線収束理論の知識を、タイムリーパーに関する知識を彼女は男から得ていた。その危険性、異常性、だからこそ解る。分かる。
男を殺すことのできる時間は世界が定めている。ゆえに遡った自分はその時まで男を―――――もちろんそれで構わない。目的は『復讐する事』なのだから。因果が刻まれた以上、タイムリープした自分は何度でも復讐することができる。何度でも、何度でも何度でも自分を裏切った男を彼女は弄ぶことができる。
タイムリープした自分は似たような存在である自分と混ざり合い、鳳凰院凶真という男を“あらゆる世界線”で追い詰める。それを漠然と知覚できただけで彼女は満足した。生涯を組織への復讐心だけで構成されて来たはずの彼女はここにきて、処刑される寸前で、ようやく満足を得ることができた。
組織への復讐ではなく、男への復讐を自らの手で果たせることを理解して――――そして彼女は処刑される。

男への憎悪を抱きながら。

死んだ。殺された―――そのはずだった。

そのまま殺されていれば彼女は満足して生涯を終えることができた。諦めることができた。
だけど処刑される寸前、激震が襲う。施設全体が揺れて崩れるのではないかと思えるほどの振動、次いで銃声、混乱と狂気が混同し、足音と共に銃声と怒声が近づいてきた。

―――っ、目標を発見!!

部屋の扉を破壊し武器を持った複数の人間が瞬く間に部屋を、施設を制圧した。
その手際の良さに彼女は大したものだと思った。彼らには見覚えがあった。世界を牛耳る組織に逆らうテロリストとしてマークされていた人間達だ。
今では男を・・・・鳳凰院凶真を殺した英雄として世界中の人間から尊敬されている者達だ。

組織に反するテロリスト、自由な世界を求めるレジスタンス、悪の権化を討ち取った英雄『ワルキューレ』。

自分を見つけ出してくれた男を殺した者達。
自分の憎むべき対象を殺した者達。
パートナーに、片腕になりたかった男を殺した者達。

岡部倫太郎を殺した奴らだ。

このとき何を思ったのか、今後彼女は思い出すことはない。どうでもよくなったから、彼らに感情を向ける暇が、彼女には存在しなくなるから。あのまま処刑されていれば彼女はこの世界にとどまることができたのに、彼女は因果から逸脱することになった。

彼らの目的は驚くことに彼女の救出だった。

彼女と彼らの関係はついこの前まで敵対関係だった。否、それは今も変わらないはず。少なくても彼らにとって彼女は仲間の仇のはずだ。
彼女は組織の人間で、彼らは組織に立ち向かうレジスタンス。
彼女は組織の幹部の片腕として知られていて、彼らは仲間を彼女に殺されてきた。組織が崩壊した今、鳳凰院凶真という脅威が消えた今こそ、彼らは彼女に復讐すべきで、決して救出という単語が出てくるはずがないのだ。
テレビやラジオを利用して世界中に知れ渡った憎しみの根源、鳳凰院凶真はそれを承知で、それを望んで素顔を世界中に流してきた。今や彼を知らない者はいないほどの有名人。彼女はそんな男の片腕として認知されていたはずだ。表立って顔や素性を男と違って知られていた訳ではないが、実際に片腕にはなれなかったが、組織には、彼ら『ワルキューレ』には片腕だと、そう思われていた。
だからこそ分からない。理解できない。彼らは本気で彼女を救出するために乗り込んで来たらしい。最初は自分達の手で葬るために、と疑ってみたが―――――救出された理由を彼女は・・・・・もしかしたら理解してはいけなかったかもしれない。
彼女は男に、鳳凰院凶真に利用され、最後の最後で裏切られて閉じ込められ、その後組織の残党に逆恨みから捕まり処刑される。そのはずだった―――それは別の世界線の出来事。
ここにいる彼女は、ここにいる彼女も、それが本来の運命だった。いつのまにか、彼女の運命は、未来は変わっていた。死という結果は世界線の移動と同時に再構築され無かった事になっていた。岡部倫太郎の計画によって。

彼女は組織から救出された。鳳凰院凶真に騙されていた被害者として唯一、彼女だけが『ワルキューレ』によって救いだされた。
そして手厚い看護のもと、彼女は、彼女の救出作戦を立案し、実行した人物の前に――――

「橋田・・・・・至」

橋田至。

彼女の目の前にいたのは、かつて男に片腕と言われていた男だった。

そして彼女は知る。

片腕に、パートナーになりたかった男を殺したのは、かつて男に片腕と呼ばれていた男だった。






χ世界線3.406288



少年は少女へ手を伸ばす。

「これ僕の連絡先、何かあったらすぐに連絡してね?」
「は、はい!ありがとうございます!」
「あはは、お礼なんていいよ。これからよろしくね」

そして笑顔で少年は少女の手をとった。顔を真っ赤に染める少女の髪をポフポフと撫でながら優しく帰宅を促すのはラボメン№03、上条恭介だ。
少年は今日も今日とて魔法少女を助け無自覚にフラグを構築したのだった。
その様子を他のラボメンガールズはうんざりした様子で眺めていた。今日も帰宅は遅くなりそうだと憂鬱になりながら。

数十分後

「そういえばさ」

魔女討伐をすませ、なんやかんやと本日偶然救った少女を自宅まで送り届けた帰り道、まどか達とは別のチームメンバーの一人、上条恭介は同じチームだった暁美ほむらに最近気になっている事を相談しようとした。
ちなみに他のメンバーは飛鳥ユウリ、キュウべぇ、佐倉杏子、その三人は先に帰ってしまったのでこの場にいるのは二人だけだ。
魔女に殺されかけていた魔法少女が上条に質問攻めしたため・・・・面倒事をほむらに押し付けてさっさと帰ったのだ。別に上条にのみ丸投げしてもいいのだが、基本的に無防備無抵抗少年に“何かあった場合”のことを考慮してジャンケンの結果、彼女が見張りの役目を担ったのだ。
何もなかったので本当によかった。少女との別れの際にほむらは物凄く睨まれたが・・・・勘違いされた可能性が高い、勘弁してほしい。あの三角四角を越えた多角関係に巻き込まれたくはない。

「なにかしら、言っておくけど今回の件は全員に連絡済みよ」
「え、別に構わないけど?っていうか定時連絡はいつものことだよね?」
「・・・・・そっちじゃないわ」
「?」
「さっきの子のことよ」
「なにかあるの?いつもどおり連絡先と『雷ネット』のことを教えただけだよ?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・はぁ」
「???」

きょとん、と首を傾げる同年代の少年に、ほむらは心の底からため息が零れた。彼は今回も気づかなかったようだ。自分の救った魔法少女から向けられる好意に、好感に、吊り橋効果だろうがなかろうが関係ない、自分を見つめるあの少女の想いに気づかなかった。
何度目だろうか?本来魔法少女に守られるべき存在のはずなのに逆に魔法少女を助け、圧倒的能力で魔女を駆逐していく。その姿に、孤独のはずの世界に手を差し伸べる少年に彼女達は心奪われていく。
彼は見た目も性格も悪くない。純粋に、裏表なく彼女達に関わり無意識に口説く。幼いころから美樹さやかという異性の幼馴染みがいるからか異性に対しての耐性は高く、まして魔女や魔法が関わる真剣な場面では照れなど皆無、ある意味真面目で、主人公のようで、それで大人に見えたりするのだから勘違いする少女が後を絶たない。
そんなあっさり惚れるものなのか?と始めは思ったが魔法少女の境遇では、まだ幼い少女達にとっては、孤独の人生を歩む彼女達にとっては、絶妙なタイミングで救ってくれた美系の少年の登場は運命的だったりする。
本来、男である上条が魔法に関わることなどないのだから、まして自分ですら倒せない魔女を撃破することなんて想像もできなかったはずだし、救出後も親身になって相談に乗ってくれて、他の魔法少女や関係者とのパイプ(ラボやその他の協力者)を紹介するなど、彼女達のこれまでの生活における不安や恐怖を一瞬で解消させたりするのだから、今思えばわからなくもなかったりする。

「どうしたの暁美さん、ため息なんかついちゃって」
「疲れたのよ・・・」
「そう?魔女は弱かったけど・・・・・大丈夫?」
「精神的に疲れただけだから」
「グリーフ―――」
「それには及ばないわ」
「無理しちゃダメだよ?あと僕じゃ頼りないかもしれないけどさ、何か悩みがあるなら相談に乗るよ」
「はぁ~」
「え、ここでため息?」

岡部倫太郎は、そんな上条恭介の事を『鈍感ではなく子供』と表現していた。

上条恭介。彼は鈍感ではなく・・・・いや鈍感で朴念仁なのは確かだが、まだ彼は『子供』なのだ。異性に対して興味もあればエッチな事も年相応に想像する普通の子供。
しかしだからといって恋愛に関して自分達と同じ考えとはいえない。彼は好意と厚意の違いが分からない。友達としての好きなのか、恋愛としての好きなのか、“その境界線が解らない”。
どこまでが好きという感情なのか理解できない。誰かを好きになる前に、誰かを愛する前に、それを経験する前に、自覚する前に彼は魔法少女達と出会い、触れ合い、想いを告げられたから。

「あなたってほんっとにめんどくさい」
「ひ、酷い、急に何さ?」
「美樹さやかと志筑仁美」
「二人がどうかしたの?」

相変わらず彼は二人の名前を出しても私の言いたい事が伝わっていないようだ。この時間軸、この世界線では上条恭介は美樹さやかと志筑仁美から想いを告げられている。なのにこの有様だ、何も変わっていない、状況に変化なし、出会った当初から何も変わっていない。少なくても表面上は。
ラボメンに加入したことによってこれまで体験してきたループの中でかなり使える存在になっているが、ことが恋愛に関してはまるで進歩していない。表面上は。
・・・・・・・・ある意味、一番恋愛というか色事で彼に最も近い人間が岡部倫太郎なのだから本気で救いがないような気がする。バカなの?ホモなの?
そのせいで最近のFGM03、ソウルジェムを使うことでアクセスできるネット掲示板『雷ネット』でのトップ記事は『今日の鳳凰院☓上条』または『現在の恭☓凶』というChaosHeadな状況になっているのだから訳が分からない。

「なんでもないわ、それでなにかしから?」
「えっと、凶真のことなんだけど」

あと彼は岡部倫太郎の事を凶真と呼ぶ。中学三年生の岡部を、先輩にあたる岡部を彼は呼び捨てにする。おかげで腐女子型魔法少女達の噂(妄想)も加速する。
普段から礼儀正しく礼節を弁えている彼だからこそ誰もが驚くが、あと盛り上がるが、それが許されるほどの(と言ういいかたもおかしいが)付き合いが、出来事が、彼と岡部の間にはあったらしい。
それを私達ラボメンガールズは誰も知らない。キュウべぇは知っているらしいが教えてくれなかった。二人も決して口を割らないので皆がもやもやしたものだ。

・・・やはりホモなのだろうか?なんて考えが浮かぶのは、まどかや志筑さん、呉先輩たちに毒されてきたせいなのだろうか

「暁美さんと凶真、それに僕と凶真は似た者同士って周りの人達は言うけどさ」

それはともかく、上条恭介が気になっているということを訊いてみればそんな内容だった。

「迷惑だわ」

鈍感愚艦な彼らが似ているという内容に反論はない。ただ自分が岡部倫太郎と同じに見られているというのは心外だ。

「そうだね」
「・・・上条恭介?」

だけど、彼があっさりと同意したことが意外だった。

「似たり寄ったりや五十歩百歩。言い方や表現、理由を挙げれば、それを聞いて考えてみれば僕達もそう言われることに納得できる事があるかもしれない」
「・・・・・」
「でも似たり寄ったりって・・・僕ら毎日一緒にいるんだから似てしまう場所があるのは当然だと思うんだよね?学校や部活(ラボ)、魔女探索に魔女退治、これだけ一緒に居ながら何も似ている部分が無かったら逆に怖いと思うんだ」

この世界線で上条恭介とは他の世界線と比べ話す機会が増えたが・・・・私はたまに彼が怖いと思う事がある。

「あと五十歩百歩ってさ、実際にはかなり差があるよね?」
「見た目や仕草だけじゃなくて―――」
「精神面?それこそ似てないよ、絶対に」
「そうかしら」
「暁美さんは自分が凶真に似ているって思う?凶真が自分に似ているって思える?」

知っている。岡部倫太郎は世界を渡り歩いてきた。それは何度も同じ一カ月を繰り返してきた自分と通じる何かがあると思う。
私も岡部も時間を遡り、未来を変えるために抗ってきた。似ていると思ったことは何度もあるし、共感を―――――・・・・だけど、私はそれを誰にも言わない。

「少なくても、あなた達は優しいわ」

だから今もこうやって誤魔化す。それは嫌悪からか、照れからくるものなのか、まだ自分でも受け止めきれない。
ただ岡部倫太郎と似ていると言われても嬉しいとか誇らしいと思うことはあまりない。だけど他人からハッキリと似てないよね、と言われるのも癪に障る。

「暁美さんもね」
「・・・そう言われるのは悪くないわ」
「うん、だけど違うよね」
「・・・・・?」
「優しすぎる」

だけど、こうして彼からそう告げられると―――やはり岡部と自分は違うのだと自覚させられるから、私は彼が苦手だ。

「凶真は優しいよ。怖いくらいに、馬鹿みたいに、■してしまいたいぐらいにね」

それにほら、やっぱり上条恭介は怖い、恐い。たぶん岡部はこの事を知っている。だから彼を仲間にしたんだろう。自分を止めきれる存在として。
普段は優しくて温和な少年だが仲間のためなら仲間を■してでも助ける事ができる強さが持っている。
ただその強さを不意打ちで表に出すものだから、普段との違いが際立って不気味に見える。少なくても私には、そう見える。

「何度も繰り返してきたなら人の悪性を知ってるはずなのに・・・・なのに凶真は逆なんだ。一周廻って人の善性を信じてしまっている。それが敵対する相手でも、殺し殺される関係であっても、その人が原因で大切な人を喪っても・・・・凶真はその人をいつか赦せてしまう」

岡部倫太郎と上条恭介のそれはきっと強さなのだろう。自分を、大切な人達を守るために絶対必要なモノ。誰もが直接では口にできない事を彼らは言葉にでき、さらに実行に移せる勇気もあるのだ。
だから唯一託された。未来ガジェットの4号機と12号機を彼だけが携帯を許されている。かつての世界線で9号機を託されたように、岡部倫太郎から信頼と可能性を託されている。

「諦めなければ、出会い方が違っていれば解り合えるって・・・・本気でそう思っているんだ。自分が何とかしてみせるってね。それは凶真が善人だから、まして疑う事を知らない狂った■■■■だからってわけじゃない。だって凶真は善人じゃないし、何から何まで疑う臆病者、弱虫なんだから」

淡々と語る彼の言葉を聞きながら気づかれないように少しだけため息を溢す。相変わらず損な役回りだ。
彼はこんな話を美樹さやかや志筑仁美には絶対にしない。私や美国織莉子にはするくせに、嫌な話になるといつも私達に話を振る。子供な彼は意識することなく、深く考えることなく自分に相談しているにすぎない。無意識に相談相手を私達に絞っている。
ずるい奴だ。自分に好意を向ける相手には暗い部分を見せないのだから、それも無意識に、隠しているつもりもないのだろう。なら気づけと言いたい、彼女達を巻き込まないようにしている理由に、彼女達のためにも。

「凶真はどうしようもない馬鹿で、どうしようもないほど壊れていて、どうにもできないくらいお人好しなんだから」
「言っておくけど、周りから見ればあなたもよ」

これは本音だ。

「違うよ、僕は凶真と違って“殺せる”」

―――凶真を助けるためなら、相手が凶真でも殺す。

このとき上条恭介は不敵に、獰猛に、口元を歪めて微笑した。
対し、ほむらはその姿にドキリと胸が軋んだのを自覚した。今の上条恭介は、いつかの岡部倫太郎――鳳凰院凶真に酷似していたから。
日々弱くなっていく岡部倫太郎よりも、状況次第ではラボメンで第二位の強さを誇る上条恭介のほうが岡部よりも鳳凰院凶真に近い。

「・・・・・・凶真が甘いわけじゃない、僕が我慢できないだけだ。僕は君達が、ラボメンが大好きだよ・・・・本当に、命を賭けてもいいくらいに」
「なら、やっぱり同じ――――」
「凶真は敵ですら大切にする。命を賭けて護る。殺さずに止めようとする」

佐倉杏子、暁美ほむら、呉キリカ、美国織莉子。初対面では敵対関係にあった魔法少女達。しかし事情を知り、関わり合いを持てば変わる。向ける感情も、想いも、何もかもが変る。岡部倫太郎はそうやって魔法少女達と関わってきた。
そしてそんな彼女達のために岡部倫太郎は繰り返してきた。彼女達が岡部を■いていっても岡部は繰り返してきた。いつか皆が―――――――――。


「命を賭けて―――――敵に手を伸ばすんだ」


でもそれは、そうなるようにしてしまったのは間違いなくラボメンのせいなのを、彼も私も気づいていなかった。

「僕はさ、それが不安でたまらない」

一拍置いて、彼は真剣な表情で私に訊いてきた。



「凶真はさ、いつまで僕達と一緒にいてくれるのかな?」



解ったことは、そんな疑問、不安を抱けるほど岡部倫太郎を理解しているのは現状では上条恭介だけで他のラボメン、少なくても私にはそこまで岡部の事を考えてみることすら無かったという事実だ。
想像できなかった。岡部倫太郎が私達の前からいなくなるという可能性なんて考えもしなかった。岡部倫太郎はラボメンを第一に考えるお人好しだから。
上条恭介のように、当たり前のように岡部倫太郎も私達の隣にいるから、誰よりも優先してラボメンを大切にしていたから、世界で最も安心できる場所が未来ガジェット研究所だから、だから――――勘違いしていた。
岡部倫太郎の大切なモノは、守りたい人達はこの世界線に辿りつくまでの間に・・・あまりにも増えてしまっていたのだ。“私達が弱かったから”。
そして、そんな彼ら彼女らを助けるために、それがもし見滝原に留まっていては不可能だとしたら?・・・・・答えは決まっている。知っている。彼と共に戦い続けてきたのだから当然知っている。それだけは間違いなく分かっている。


岡部倫太郎は私達を助けてきたように、その人達を助けに行くのだろう。


当然のように命を賭けて、当たり前のように身を投げ出して、結果として私達と別れることで―――――きっと私達が幸せになったら、安心したら、彼を縛るモノが無くなれば・・・・解りきっている。


岡部倫太郎は、そう遠くない未来に見滝原からいなくなってしまう。








γ世界線2.6■5■47



親友がいた。名前は岡部倫太郎。未来ガジェット研究所の所長でラボメン№001。自称、狂気のマッドサイエンティスト鳳凰院凶真。
鳳凰院凶真。かつて未来ガジェット研究所で共にいた男が名乗っていたソウルネーム。それが気づけば今世紀最大最悪の悪名となって世界に知れ渡っていた。
彼は多くのメディアに登場していた。世界を統べる者として。この時すでにマスメディアも300人委員会のいいなりで非難的な報道こそしなかったが、それでも人々は分かりやすい悪の登場に憎悪を燃やしていた。

今思えばおかしな話だった。組織の人間は表立って世間に顔を出さない、にもかかわらず彼は積極的にメディアに登場していた。

わざわざ憎まれるために。多くの人々から恨まれて組織の、世界中の憎悪を一身に集めていた。

彼は悪を叩いて吸収し、さらに大きな悪となる。己に従わない勢力は即刻粛清、強引な手段で傘下に、その過程で数えきれないほどに裏切り、汚い金をそそり、多くを殺し利用してのし上がってきた。
それはマインドコントロールや偏った学習を受けてきた人達ですら言葉にはしないが理解していた。勘付いていた。彼が本物の外道であることには気づいていた。あまりにも彼の振る舞いが“そう”だと思わせる印象を与えるから。
橋田至は思う。なぜこんな事になってしまったのだろうか?何処で間違えてしまったのだろうか?自分と鳳凰院凶真の道は一体どこで、何故違えてしまったのか?
あの頃は本当に楽しかった。研究所とは名ばかりの学生サークル、ガラクタ当然の玩具を未来ガジェットと名付けてネットで販売、どう考えてもお遊びの貧弱サークルのはずなのに気づけば構成メンバーの個性に能力、生みだされたガジェットの特性が国家機関の研究所を越えそうになって、そのくせメンバーはそれでもいつも通りの馬鹿騒ぎで・・・あまりにも居心地が良かった。

そんな場所を作ったのが鳳凰院凶真で、それを壊したのも鳳凰院凶真だった。一瞬で崩れ去った。失った。

ラボメン№002.椎名まゆりが病気で倒れ、未来ガジェット8号機がタイムマシンだと判明した頃から何かが狂い始めた。
ある日、いつもと同じ日常だったはずの未来ガジェット研究所に銃で武装した集団が現れ自分達を拘束した。唯一、その場にいた者で鳳凰院凶真だけが拘束されなかった光景を生涯忘れないだろう。見降ろしていた。ただ眺めているだけだった。手引きしたのは鳳凰院凶真だった。
入院中の椎名まゆり、たまたま欠席していた秋葉留美穂、漆原るかは難を逃れたが自分と牧瀬紅莉栖はそのままSERNへと拉致された。親友だと思っていた男に裏切られた事が思考を乱し精神を憔悴させ、拉致されてしばらくの間はまともな記憶が残っていない。
唯一の幸いだったのはラボメン№008阿万音鈴羽を逃がすことができたことだろう。監禁されている間はそれだけを支えに生き永らえていたようなものだ。その後牧瀬紅莉栖と共にSERNから脱出しレジスタンスを立ち上げた。――――何故か脱出できた。
その後の人生は壮絶だった。仲間の死を何度も目の前で見せつけられ、世界が歪められていく様を眺めていることしかできず、自分の娘に残酷な任務を与え、それでも組織に徹底的なダメージを与えることができずに日々追い詰められる。
そして月日は流れ、ほとんどのメディアが組織に掌握され、数々の企業や団体を吸収し、タイムマシンの完成によって組織の地位は揺るぎないものになっていた。

『久しいな、ダル』
「・・・・・まさか、お前は――――!」

世界が組織の手によって完全に掌握されつつあった。そんなとき、一本の電話が世界を変えた。

『計画の最終段階に入る。お前の力が必要だ』

誰も気づけなかった計画、誰もが見落としていた。誰も気づこうとしなかった、誰もが利用されていた。
すべてはこのために、長い時間を賭けて、人生を捧げて、世界中から恨まれたのはこのたった一本の電話のためだけに収束される。

「岡部・・・・!」

恨み事を、憎悪を込めて電話越しの相手の名前を呟いた。

『話がある』
「なんだよっ、僕たちを皆殺しにするための――――」
『違う。話したいことがある。お前と・・・・・お前に頼みたい事がある。お前だけが“受け取れるんだ”』

何を言っているのか解らなかった。解りたくもなかった。電話も向こうにいる相手は裏切り者で自分の仲間を何人も殺している。世の中を地獄に変えた組織の幹部で、今やその頂点に上り詰めているであろう存在だ。
今さらそんな奴と交わす言葉はない。憎い、あまりにも憎くて殺してしまいたいのに・・・一緒にいたあの頃の記憶が今も残っているのが悔しくて逆に死んでしまいたい。
今が苦しすぎて過去が輝いているのだ。鮮明に思い出せる過去の記憶の一つが未来ガジェット研究所での思い出なのだ・・・そんな自分が酷く惨めだった。

「意味が分からないな、話ってなんだ」

それでも話さない事には何も進まない。敵対する相手に直接電話を繋げられている時点で既に詰んでいる予感もしたが、それを考えた所で―――――。

『お前が俺を討て』

本気で、コイツを殺してやりたいと思った。

「・・・・は・・・?」
『お前がこの俺を、鳳凰院凶真を殺せ』
「ふざけてんのか?」

罪の意識に?鬱になって?人生に飽きて?それとも死期を悟って?それで殺してほしいのか?自分で死ぬ覚悟もないから?最後は誰かに殺してほしい?
本気でそう思っているのなら――――殺さない。絶対に、死ぬほど苦しめて、延々と永遠にそれを繰り返して死にたいと願っても赦さない。
どれだけの人達が死んだと思っているのか、その地位に就くために・・・お前はどれだけの犠牲を払ってきたと思っているのか――――そう叫びたかった。
ずっと昔から、あの頃からそうだった。鳳凰院凶真は勝手だ。此方の都合など考えもしない。
いつだって、どんな時だって僕らを無理矢理にでも引っ張る。その場に留まる事を許さない。現状から進展しない展開を赦さない。

『冗談でも何でもない、ただその前に託すべきものがある。それを直接お前に渡したいだけだ』
「おい―――」
『元ラジ館屋上に来い。仲間は何人でも連れてきていいが話し合うのはお前だけだ。託せるのはお前だけだからだ』
「今さら僕達に話し合うことなんて―――」
『俺は既に屋上にいる。全てを終えたなら殺していい、さっさと来い』

通話はそれで終わった。言いたいことだけを述べて向こうが電話を切ったのだ。

「っ、勝手だろ岡部・・・・!」

凄く怪しくて、どう見ても罠としか思えない。向かった先に爆弾でも仕掛けられていたら全員がお陀仏だ。
しかし場所がおかしい。元ラジ館屋上・・・・・自分の所属している『ワルキューレ』の根城から近い、今自分がいる場所から装備を整えてから出てもすぐ辿りつける。そんな場所に既に居ると宣言していた。独りで。
敵対組織の縄張りに単身乗り込んでいる?それも今や知らぬ者無しの悪党がだ。不可能だ。

「なに・・・、ほんとうか?」

だが部下に確認させたところ、たしかに元ラジ館の屋上には鳳凰院凶真と思われる男がいるらしい。独りで屋上に、現在は逃がさないように、いつでも射殺できるようにスナイパーが配置されている。
偽物か本物かはさておき、電話の内容の真偽はさておき、号令一つでその人物は間違いなく殺せる。世界の悪を殺せる。
試されているようで不快だった。歯軋りし、きつく握った拳の爪が皮膚を痛める。決断しなくてはいけない。自分はこのレジスタンスのリーダーなのだから。

「くそっ、ほんとに・・・・・いつまでたってもお前は勝手すぎる!」

結局、仲間を引き連れて指定された場所に向かうことにした。

これで罠なら間抜けすぎる。それを理解していながら影武者も代行者も用意せず、まして先行させる者まで省くとなるとあまりにも迂闊すぎる。今の自分はレジスタンスに所属する全員の代表者なのだ。自分の身に何かあればどうなるか分かっているはずなのに。
どうして・・・・バカ正直に従っているのだろうか。まさか『お前に託したい』という言葉を信じて?ありえない。彼は間違いなく敵対者であり仲間の仇だ。今後の人生で隣に立つことはありえない。絶対に。

「なんでだよ・・・・・岡部」

なのになぜ、自分はコイツの前に立っているのだろうか。

「向かい合っての対面は何年振りだろうな、ダル」

変わらない。負けることなど微塵も考えちゃいない、退くことを知らない決意をした瞳、見た目や立場が変わろうとコイツは何も変わっちゃいない。

「馴れ馴れしく呼ぶな」

不愉快だと伝わるように、嫌味を込めて目の前の男に言葉を返したが、男は気にすることなく手を広げた。

「そんな俺を未だに撃たずいる。感謝する」

当たり前だが気づいている。鳳凰院凶真は多くの銃口に狙いを定められていることに気づいている。既に退路は断たれている事を、生きてこの屋上から立ち去ることはできない事を理解している。
なのにその表情に悲観はない。意味が分からない。どうしてコイツは僕を―――――あの頃のように、まるで信頼しているかのような眼で見つめてくるんだ。
理解不能だ。目の前の男が本物の鳳凰院凶真だと解ったから、だから解らない。目的が、理由が、望みが願いがまったく解らない。目の前の男は諦めてもいないし絶望もしていない、そんな人間がどうしてこんな状況を望むのか・・・・・分からないのだ。

「お前達は下がっていろ。合図するまで撃つな」

後ろで銃を構えている部下を下がらせ前へ、鳳凰院凶真へと距離を詰める。
自分達を裏切り、世界に恐怖と憎悪を撒き散らす存在はテレビで見るよりも痩せ細り、年齢以上に老けて見えた。自信に満ちた瞳以外は。

「話はなんだ」
「まずは受け取ってくれ」

至近距離。長年の宿敵が懐に手を忍ばせた瞬間に、仲間達が一斉に銃を構え引き金に指を乗せる。

「まてっ、まだ撃つな!」
「メディアを使って世界に拡散させろ」

鳳凰院は殺気の込められた視線と銃口に晒されながらも我関せずとUSBを差し出してきた。
一体どんな神経をしているのか、自分がどれだけ恨まれているのか理解していないのだろうか?命令など待たずに殺したいと思っている連中がいるとは考えないのだろうか。
それとも自分は撃たれないと知っているのか。タイムマシンの存在があるだけに、その可能性は否定できない。

「この中には現存の300人委員会の構成メンバー、及びその支配下にある企業や団体のデータが全て記載されている」
「は?」
「関連するモノ全てだ。今までに加担した事件、小さいものから世界規模のモノまで連中が干渉してきたもの全てだ」
「な、なにが・・・・お前は―――」
「これで組織の全てが瓦解し崩壊する。暗躍や陰謀といった負の渦巻きを世界から駆逐できる。今までのように尻尾切りはできない。なぜなら関係ある団体企業は全て俺が吸収、合併させてきた。無関係を装うことはできないほどに徹底的にな」

渡したUSBを、目の前の男はもう見ない。もう自分には関係ないというように、託したことで既に役目を終えたように。
ただ真っ直ぐに自分を見つめていた。その視線を受けて、耳が言葉を捕えて、それでジワジワと何かが身体の奥から這いあがってきた。
それは『予想』、『予感』、もしかしたらという『――』。
目の前にいる男は敵だ。“そうでなければいけない”。だってそうじゃないとっ、目の前にいるかつての親友は―――――!?

「ま、まて無理だ!メディアはその機能を発揮できないだろう!お前達組織が全てを掌握しているから――――」
「留美穂の会社が独自の経路で確保している」
「な、フェイリス・・・・・・?」
「ああ、彼女とのコンタクトの取り方はやや特殊だが、るかに『―――――――』と伝えろ、導いてくれる」
「な、なに・・・・?まて岡部っ、まさか本当に・・・・?」
「二人を恨むなよ、・・・・留美穂はともかく、るかは何も知らない。俺が昔伝えたことを憶えているだけだ」

まて、まてまてまて!この流れは何だ!?

混乱してきた。何かが崩れていく、根本にあった前提が壊れている。鳳凰院凶真は敵じゃないのか?組織を束ねる頂点、300人委員会の一人、世界を支配する悪ではなかったのか?
鳳凰院凶真は悪だ。邪悪だ。それは確かな真実だ。それは否定できない。してはいけない。間違いなく彼は大勢の人を殺している。遠慮なく、容赦なく、加減なく、決して妥協することなくだ。間違いなく悪、確かな外道、恨まれ憎悪される存在。
だがこの話が本当なら、それは何年も前から綿密な計画が必要なはずだ。それこそ十年単位で、どんなに頑張っても・・・・・未来ガジェット研究所ができる前から、自分達が出会う前から――――?

「全ての陰謀が終わるわけじゃない。だがこれをきっかけに連中の計画のほとんどは潰せる。さらに今回の件で多くの人々が影響を受けて立ち上がってくれる。それらは“観測”されている。きっと未来は今以上に混乱するが、その先には幸がある」
「岡部・・・・・・・お前は、まさか最初から―――!?」

世界に充満している恨みや憎悪の大半は鳳凰院凶真が組織の象徴となって“持っていく”。

「まて岡部!それじゃお前は―――」
「これがシュタインズゲートの選択だ。まかせたぞダル――――かつての右腕よ」

そう言って、混乱からどうしていいか分からない自分に鳳凰院凶真は懐から取り出した銃を向けてきた。

「まっ、まて撃つな――」

同行させた仲間に向けた静止の声は間に合わず。目の前で鳳凰院凶真の体から血飛沫が舞った。
鮮血を散らしながらも満足気に倒れていくかつての親友、その手から“弾の入っていない銃”があっけなく落ちて―――――







χ世界線3.406288



3.406288 →        → 3.4.6288

「っ」

突然の眩暈に、ラボで一休みしていた岡部は身体をふらつかせた。

「今のは・・・?」

今日の戦闘の疲れでもでたのか、それともここ最近の悩み等がストレスとなって身体に影響がでたのか、原因はわからないが、とりあえずソファーに身を沈める岡部。
今岡部がいる場所は未来ガジェット研究所だ。電気は消えていて明りは月明かりのみ、そんな薄暗い室内で岡部倫太郎は深いため息を吐いた。どっと疲れが押し寄せてくる。目を瞑れば一気に夢の中へと旅立てるだろう。
疲れて、眠い、今日は誰もいない。自分以外ここには誰もいない、だから気をつかうことなく自由にしていい、寝たければ寝ればいい。

「・・・・・・」

だけど、だから目を閉じない、ソファーで眠ることを拒否しているわけではない。最近はソファーで眠ることが増えているので今さらそれは気にしない。本当に・・・・いまさらだ。
室内を見渡す。自分以外誰もいない空間を、珍しく一人きりのラボを、この世界で作った自分の居場所を、未来ガジェット研究所を岡部は見渡す。
ここはχ世界線3%オーバーの世界線、前回までの世界線漂流で築いてきた因果、絆、記憶、役目、目的の全てを・・・・・・・・・・その後に辿りついた世界線。
何もなくて、何もないはずだった。事実、現実、何もかもが失われていて・・・・・無かった事になっていた世界線。

もう必要ないハズだった。岡部倫太郎は、鳳凰院凶真は必要ないハズだ。

そうなるように頑張った。そうなれるように戦った。そうなるために行動した。だからここに辿りつけるはずがなかった。だからこの世界線での関係は0だった。もう終わって、もう終了、もう―――・・・・・いいはずだ。
最近は、いやずっと前からそれを考えていた。意識していた。この世界線に辿りついてからずっと。今でこそ彼女達と一緒に、それこそ毎日会っているが本当ならこの世界に辿りついたときに岡部はここから、見滝原から去るつもりだった。
彼女達に一切関わることなく、または最低限の接触で、『ワルプルギスの夜』が現れる日を越えたらなら日本を離れるつもりだった。
彼女達にもう自分は必要ない。と言うと寂しく感じるので言い換える。彼女達はもう大丈夫だ。ここに、すぐ近くに自分がいなくても大丈夫だ。その強さをもっている。支え合う仲間がいる。居場所も、頼りになる大人も、ガジェットも、経験も、目的も、意思も―――大丈夫だ、自分がいなくても。

「なんて、まるで俺がいなければダメみたいな・・・・・・自意識過剰か」

ため息交じりに、そんな言葉が漏れた。自己嫌悪、彼女達の強さは知っている。まるで今の彼女達があるのは自分の手柄のような考え方・・・・・だけどいいじゃないか、安心しているのだ。安堵しているんだ。一度くらいは威張らせてほしい。
ずっと、ずっと彼女達は岡部倫太郎を――――――。だけどこの世界線では違う。それをここ数日で確信した。だからもういい。もう十分だ。

もう、ここに留まる理由はない。

ようやく自分は進むことができる。彼女達が足枷になっていた訳ではない。彼女達と一緒にいたかったのは本心だ。可能なら、ずっと先まで一緒にいたかった。
しかし自分にはやらねばならないことがある。やりたいこと、やるべきこと、今までは彼女達を中心に、何よりも先に彼女達を助けてきた。それがこの『魔法のある世界』にきた当初の目的であり、与えられた運命だった。なにより自分が望んだ願いだった。
だけど繰り返すうちに、いつしか岡部にはそれ以外ができてしまった。岡部倫太郎にとって彼女達ラボメンは大切な人達だ。―――だからそれを、きっと彼女達も分かっていると思う。

だけど知らない。織莉子も、まどかも、ほむらもマミも知っているけど気づいていない。

別に構わない。自分は大人なのだから、そういうものだと分かっている。言葉にしたこともないし、伝えようとも思っていなのだから伝わらないのは当然だ。

~~~~~~~♪

「こんな遅くから電話・・・・・?ああ、早乙女先生から相談でもされたか」

深夜帯にも関わらずミス・カネメからコールがきた。普段の彼女からは想像もできない。それほど重要な用件か、重大な事が起きているのか、ある程度は想像できるし、もしそれが当たったなら要件の内容、会話のやり取りは予測できる。
ぼんやりとした思考のまま、岡部はケータイの通話ボタンを押した。

『電話にでたってことは暇だな』

一方的な発言、時間帯を考えれば電話をかけるには適さないが、電話の向こうの彼女に悪びた様子はない。
ひしひしと感じる。彼女は怒っている。鹿目洵子は怒っていた。電話越しで感じる怒りは本気だ。

『話がある。直接会って―――』
「すみません。今日は疲れています」
『・・・・・』

しかし本音を伝えれば彼女は無理強いしなかった。用件はまだ予測しかできないが、よほど重要な事と予測できるが岡部は断りの意思を宣言する。それが遠まわしでも彼女には伝わる。
彼女は岡部が今日も娘と一緒に魔女と戦っていた可能性を知っているので疲れていると言われれば押し黙る。普段弱音、と呼べないかもしれないが、疲れていることあまり見せない岡部があっさりとい言うものだから洵子はそれ以上何も言えなくなった。

『おまえ・・・・』
「すいません、明日・・・・・今日のお昼頃に顔をだします」
『和久はもちろん同席させるが、まどか“達”はどうする』
「・・・・・」
『ふんっ、昼食を準備しておくから遅れるなよ』

そして一方的に通話は切れた。

「・・・・・・」

なんとなく、このタイミングで電話がきたことがよかったと岡部はそう思った。
いつか言いださなければならない事を、いつか伝えなければならない事を、今まで先延ばしにしていた事を、きちんと――――。
ケータイを持っていた手をダラリと下ろして、頭を後ろに、後頭部をソファーの頭に乗っけるようにして岡部は目を閉じる。

「ああ、疲れたな」

本当に疲れていた。考えなければならない事は沢山あるはずなのに思考がうまく働かない。この一瞬一瞬で失われるかもしれない人達がいるのに動けない。
両の手で顔を隠すようにして・・・・・また、ため息を零した。その姿は酷く憔悴していた。決して彼女達に見せきれるものではない。
弱くなっている。自覚している。きっと周りの彼女達も薄々とは気づいているだろう。日々自分の力が、想いが、感情が魔法へと上手く変換できなくなっているのを感じている。岡部はその原因にも気づいているが、気づいているが故にどうしようもなかった。
自分の精神は弱くなっている。あの『通り過ぎた世界線』からあまりにも憔悴しきっている。
自分の魔法は弱くなっている。例え前回の、この世界線にくる直前の世界線のように条件がそろっても、あの時の半分の力も発揮できないと思う。

「・・・・・」

きっと限界なんだろう。

「まだ一年の近くの猶予は在るが・・・・その前に回収しなくては」

それでも助けたい人達がいる。ともに生きていきたい人達が自分にはいるのだ。この世界線の彼女達は何も知らないけれど岡部は憶えている。
それを思えばまた力が沸いてきた。そう感じればまだ戦える。この身は諦めが悪い、終わったくせに、限界のくせに、満足したくせにまだ幸いを求めている。意地汚く傲慢だ。身に余る大望を底なしに溢れさせているのだから救いが無い。

「雷ネット起動」

―――未来ガジェットM03号『雷ネット・アクセスバトラーズ』起動
―――未来ガジェット0号『ND』確認 認証『岡部倫太郎』
―――全情報提示 全権限譲渡 全領域解放

手にした携帯から3号機の起動音声。簡単な操作を行うことで前々から集めている情報が次々と表示されていく。つい5分前に更新された情報には既に知っていた情報と特に変化はない。その事に安堵し、岡部はまたしてもため息を吐いた。
未来ガジェットM03号『雷ネット・アクセスバトラーズ』。通称『雷ネット』。表向きは魔力を操れる魔法少女のみが扱える電子掲示板だ。逆探、不正、悪用を最小限に防ぎつつ孤独な魔法少女達を繋げる唯一のソーシャルネットワーク。

「まだ彼女達の魂は無事か、しかしノスフェラトゥが何時までも彼女達の魂を放っておくはずが無い。いかに厳重に保管しようと、本気になった連中は止め切れんだろうしな」

魔女に関する情報交換や魔法少女同士の交流を増やすことを目的としたガジェット。日々世界中からいろんな情報が集まってくる。魔法少女専用のツイッターのようなものを想像してもらえれば分かりやすいかもしれない。
表向きはそう伝えられている。ラボメンにも、利用している他の魔法少女にも、悪用し、外道の限りを尽くしている連中にもだ。
実際にはこのガジェット、自立型情報収集システムであり、通信傍受機能を備えたエシュロンシステムでもある。その在り方に想うこともあるが岡部にとって情報は生命線だ。

「『デモニアック』、『アンチクロスの生き残り』、『ノスフェラトゥ』、『金神片』、『銀星八剣姫』にエトセトラ・・・・・残党とはいえ脅威の大きさは衰えないか」

本当は今すぐにでも飛びだしてしまいたい。だけど同時にこの場所で彼女達と生きていきたいと願っている。その矛盾に最近はずっと苦悩していた。
昔の、それこそ前回までの岡部倫太郎ならそうしていただろう。でもこの世界線の彼女達が、今の自分があまりにも――――。

「早いか遅いの違いなら、さっさと動くべきか」

なんて、最終的に自分は同じ決断をするのだろう。目の前に、その手に幸運を掴んでいても、既に自分はそれに身を任せることはできない。
だから決めた。もう立ち止まることはできない。今までのように、これまでのように。
もう十分だ。この場所での幸いは受け取った。思えば身に余る幸運を傍受していたものだ。

「さて、と―――」

岡部は立ちあがり白衣を脱ぐ、そしてそのまま浴室へ。
その表情には既に憔悴していた雰囲気は微塵も存在していない。彼女達ラボメンが知っている普段の彼と同じ自信と勝気に満ちた表情だった。
岡部倫太郎は決めたのだ。まだ自分は終えるわけにはいかない、守りたい人達のために、なにより自分のために、新たな運命に挑むのだ。
その決意に満ちた様子を見ればラボメンの皆が岡部の最近の様子から心配していたことも、その懸念も晴れる事だろう。
ただ、その後に岡部の口から別れの言葉を聞くことになるが、それがどういった変化を与えるのか、それはまだ誰も知らない。

ぴんぽーん

「ん?」

軽くシャワーを浴びて汗を流した岡部は突然のインターホンに疑問符を浮かべる。
時計に視線を向けるまでもなく、今の時間は深夜帯、訪問の時間に適さないのは当たり前。ラボメンの誰かという可能性が一番初めに浮かぶが、彼女達ならわざわざインターホンを押さないだろう。
憂鬱な気分から一新、新たな決意を持った岡部は若干の警戒心を保持したまま入口に足を運ぶ。真夜中の訪問者が今まで皆無だったわけではない。好意にせよ悪意にせよ何度もあった。

「・・・」

また乾ききっていないが髪を拭いていたタオルを流し台に放置し装備を確認する。NDと4号機はいつでも起動できる。手持ちのグリーフシードも3つ。
念のために雷ネットに緊急用の――――、しかしドア越しからは敵意も嫌な予感もしない。だからといって緊張を解くような真似はしないが・・・NDに手をつけたままドア越しに声をかけようとした。

がちゃり

だが、先に目の前でラボの扉は開かれた。
視界に映ったのは少女だった。小柄で女の子らしいピンクの服装に髪をシュシュで束ねてツインテールにしている。よくわからないデザインのポーチだけが持ち物の少女だった。
少女は岡部を見上げるように見つめていた。

「・・・・・・・・は?」

間抜けな声が漏れた。見覚えがあった。岡部倫太郎は少女のことを知っている。もう遠い昔の記憶、この世界線では決して出会えない筈の少女。「魔法のある世界」では決して出会えない筈の少女だった。
今までいろんな少女達と出会ってきた。多種多様な人物と出逢ってきた。魔法の有る無しに関わらず多くの人と、なかには人外の存在もいたが、この世界で知り合い、戦い、手を取り合ってきた。信じられない存在がこの世界に入る。――――だが、それでもこの少女が此処にいるはずがない。

「な、なんだと・・・・お前は」

動けなかった。岡部倫太郎は動けなかった。魔法や呪いが存在している世界だ。何者かが岡部の意思に介入し映し出している幻覚かもしれない、変装かもしれない、似たような経験はあったはずなのに――――岡部は動けなかった。

「やっと―――」

ただ唖然と、呆然と立ち尽くす岡部に少女が手を伸ばしてきた。
その小さな手が、指先が岡部の胸元に触れる。

「やっと追いついた―――」
「ッ」
「もう、あなたを一人にしません。私は絶対に死なないから、置いていかないから」

その感触か、その台詞か、どちらかは分からないけれど、その瞬間に岡部の心臓は ドクン! と、力強い鼓動を刻んだ。無理矢理に、だから呼吸が乱れる。全身に血は廻ったが上手く酸素を取り込めない。苦しい、全身が強張る。
だからきっと鼓動の原因は恐怖や危機感からだったのだろう、震える身体を意識と共に無理矢理鼓舞して岡部は動いた。後ろに、持てる力、発揮できる運動能力を全力で、可能な限り距離を取れるように跳んだ。
一瞬、少女の瞳が揺れたように見えたが、それが原因で胸に痛みが奔ったが、この時には既に取るべき行動を岡部は決めていた。

―――未来ガジェットM04号『超誇大妄想狂【ギガロマニアックス】』起動

戦闘態勢に入る。

「リアルブー―――!!」

少女の正体がどうあれ、敵だろうが味方だろうが関係ない。まずは状況把握が第一だ。その過程で殺されるわけにはいかない。
だからこの行動に躊躇いはない。目の前の少女がどうゆう目的を持ってその姿で岡部の目の前に現れたのかは知らないが、夜分遅くの訪問、文句を言われる筋合いはない。相手は魔女かもしれないのだから。
岡部は後ろに跳びながら右手に己のディソードをリアルブートしようとした。既に妄想の剣はガラスのように半透明の状態で右手に存在を顕にしている。

「遅いよ。“M3”と比べると鉛すぎなんじゃない?」

だが少女が一歩、冷たい声と共に地面を蹴り岡部との距離をゼロにして岡部の右手に己の左手を恋人繋ぎのように絡ませる。
そしてそれは起きた。

―――error

既に半透明の状態までリアルブートされていたディソードは、そこに不純物が加わることで形を維持できなくなりそのプロセスを強制的に中断された。

―――未来ガジェットM04号『超誇大妄想狂【ギガロマニアックス】』停止

バリンか、ガシャンか、ガラスが砕け散る音と共に岡部の右腕からディソードは消滅していった。

「――――な、あ?」

気づけば少女の姿は変化していた。幼い少女の姿から高校生ぐらいの背丈になっていて、自分に抱きつくように身体を寄せる少女、服装は真っ黒なライダースーツ。
変身したのだろうか?なら彼女は魔法少女?一瞬のことで思考を乱された岡部は、少女が右手を軽く握ってきたことで意識を切り替える。ボケッとしていては危険だ。
とはいえ、何が何だが解らないのは変わらない。

「δ世界線ほど悪いわけじゃないようですけど、α、β世界線の時よりもギクシャクしてますねぇ」

冷えた少女の口調が変わる。口調だけじゃない、姿も再び変わった。身長がさらに伸びて、中学生でもそれなりに大きい今の岡部と少女の身長は・・・・・・否、女性の視線が並ぶ。
岡部の右手と指を絡めたまま女性は嬉しそうに言葉を紡ぐ、ニギニギと感触を確かめるように手を繋ぎながら笑顔を向ける。
女性に服装はJAXSの制服だった。父親譲りの染めていない純粋な茶髪、陽の光を浴びれば金色に輝くだろう。瞳は北欧の血が混じっていて翠の色にも見える。

「やっと、やっと触れる事ができました」

涙の滴を目元に溜めながら無邪気な子供のように、高貴な淑女のように彼女は笑顔を向ける。

「さっそくですが問題です。私はどの世界線の私でしょうか?」

振り払えるはずだった。

「Ω世界線の無関係な私?
 α世界線の復讐者な私?
 β世界線の協力者な私?
 γ世界線の共犯者な私?」

岡部倫太郎は自分を抱きしめている少女を拒絶できるはずだった。

「答えは全部です。自分を追いかけて、あなたを追いかけて、何度も何度も繰り返すうちに私は世界の因果から逸脱してしまった」

目の前にいる女は敵かもしれない。その可能性が、その可能性しか存在しないはずだ。

「だけど何でですかね、私はずっとあなたを追いかけ続けていた」

この魔法が存在する世界線に彼女が居るはずがないから、それこそ自分の記憶の中にしか。

「実態のない、ただ意識だけがある幽霊みたいな感じ?とくに不安に思うことなく、ただあなたの奮闘を観測し続けてきた」

ここは本来の世界線から遠く離れた世界。遠すぎて、あまりにも遠すぎて岡部倫太郎が存在しない世界。岡部倫太郎だけじゃない、岡部倫太郎を構成していた人達も存在しない世界だ。
親も、幼馴染みも、親友も仲間も愛する人も存在しない世界。ただ一人拒絶され、ただ独り放逐されたすえに辿りついた世界。
だから彼女が此処にいるはずがない。だから彼女が本物の訳がない。だからこの彼女は偽物だ。そのはずだ。

「すべての可能性世界がごっちゃになったδ世界線。そこで記憶を思い出せなくなり、それでもβ世界線に戻ってきて始まりの、今のあなた・・・・・あなたがあなたと認識している岡部倫太郎の全てを私は観測してきた」

そのはずなのに、岡部は彼女を振り払えなかった。

「あ、そういえば今の姿って中学生ですから私もそれに合わせましょうか?」

こっちの心情を察せないまま、あえてそう振る舞うかのように彼女の姿に再び変化が起きる。
視線は逸らさなかったからそれを見る事ができた。彼女の体にノイズのような歪みが発生した瞬間には終わっていたので正確に観測したわけではないが、一瞬で中学生ほどの少女へと変貌を遂げていた。

「2010年本来の年齢に合わせてもよかったんですけど、それじゃ妹みたいですからね。それにあの頃の私の姿ってトラウマみたいだし」

どんな意図があるのか、それを考えるだけの思考を岡部は持てなかった。

「んー、それにしても・・・・・なかなか美少年なのに数年後には一気に老けちゃうんですよねぇ」

ぐりぐりと、胸元に顔を押し付ける少女は表情を隠すように背中にまわした腕に一層力を込めてきた。

「生活習慣や環境に気を使えば回避できるかも?でもこれから世界中を回るから厳しいですね・・・・・どうしましょうか?」
「あ・・・?なに・・・・を?」
「え?これから前回の世界線でお世話になった彼女達を助けに行くんでしょう?」

誰の事か、なんて訊かなくてもいいのだろう。彼女の言う事が本当なら、彼女は自分のこれまでを観測してきたのだから。
誰を助けたいのか、誰を守りたいのか、そのためにどうすればいいのか、全て知っているはずだ。彼女が本物なら。
そして、そのために岡部には必要なモノがあった。それは―――

「もちろん私はついていきますよ、絶対に。これは決定事項ですからねっ」

それは協力者だ。それもできるだけ強力な力を持った魔法少女。独りでは何もかもが足りないのだから当然だ。これから向かう先で、その過程で戦う人外の連中は生半可な実力では対応できない。
フィジカルだけでなくメンタルでも、これから岡部倫太郎が歩む道のりには、その二つの強さが絶対必要だった。
始めはラボメンの中から誰かに力添えしてもらおうと思ったが、岡部はその考えをすぐに捨てた。

「悩んでいたんですよね。だってこの世界のラボメンのほとんどは“弱すぎる”から」

それを目の前の少女は知っているようだ。その捨てた考えを、その理由を。
少女は身体を離し、浮かんだ涙を袖で拭い、赤くなった眼で真っ直ぐに見詰めてくる。
何時以来だろうか、何年振りだろうか、その姿にその出で立ち、あまり接する機会が少なかった少女の中学生時の姿。

「お前は・・・・君は・・・・・・」
「みんながみんな、あなたより強いはずなのに・・・・・・・だから嫌いだったんですよね?どんなに頑張っても、何度繰り返してもそれは変わらなかったから
 今回は違うかもしれない。今回はあなたを置いていかないかもしれない。でもこれから先は分からない。
 魔法と奇跡の担い手にも関わらず、彼女達はあなたを置いていく。だから頼れなかった。頼るわけにはいかなかったんですよね?
 独りじゃ超えきれないと悟っているのに、あなたは誰にも頼れなかった。信頼してないわけじゃない、だけど怖かった」

少女は視線を岡部から逸らさない。岡部も少女から決して逸らさない。
彼女の言い分、というか予想は正しい、的を得ている。間違っちゃいない。

岡部倫太郎は彼女達魔法少女が嫌いだ。
それはずっと前から、それは変わることなく、今までずっとそうだった。
奇跡を起こし、願いを叶え、魔法を纏う少女達が嫌いだった。

いつだって岡部倫太郎は――――――あっさりと死んでいく魔法少女の事が大嫌いだった。

どの世界線でもそうだった。自分を残し、自分を置いて、勝手に居なくなる彼女達の事が嫌いだった。
いつかの世界線で、岡部に「自分たちを置いていくな」と訴える者はいた。だけどそれは孤独な観測者からすれば見当違いだ。置いていかれるのは―――いつだって岡部倫太郎だったのだから。
家族も友人もいない世界で、岡部の世界を構成するのは彼女たちだった。その彼女達はいつも岡部を置いていく、強いくせに、奇跡や魔法を纏っているのに、いつもいつも勝手に死んでいく。あっさりと消えていく。
もちろん、それは岡部からの一方的な感情だ。彼女達とて好きで死んでいったわけではないのは分かっている。だがそれでも拭う事ができないのだ、その恐怖は既に岡部の心の奥底に刻まれている。“ずっとそうだったから”。
一度も死なずにいた暁美ほむらですら岡部を残し過去に戻った。別の世界線へ。結果、ほとんどの世界線で岡部は独りになった。それが意味するのは全滅だ。
だから岡部は繰り返してきた。何度も、何度も何度も、あらゆる手段を、あらゆる方法を模索し続けてきた。身を削り、心を砕きながら足掻き続けた。それこそ何でもしたし、その手段を“世界中から掻き集めた”。
その結果今がある。誰も失っていない世界線、今はまだ。そして、今はその恩返しか、義を通すための新たな道を走りださなければならない。ラボメンを救うために世界中から掻き集めてきた手段の中には、岡部にとって大切な人達ができたのだ。
今いる世界線、前回の世界線の彼女達を助けるために協力してくれた人達を、今度は自分が助けに行く。

「私は、彼女達とは違うよ」

そのための協力者にラボメンを巻き込むことはできない。関わらすことはできない。彼女達にはここで幸せになってほしい。それが切なる願いなのだ。
あの人外で悪鬼、外道で最悪の悪魔や魔人達に手に入れた幸せを謳歌している彼女達を引き合わせることは絶対に出来ない。そんなことしたくない。
せっかく此処まで来たのだ。此処まで来れたのだ。どの世界線でも苦しんで、世界の命運を背負わされた彼女達がようやく手に入れた平穏を―――壊させはしない。
何があろうとも絶対に、命を賭けて、神も悪魔も魔人も外道も世界も何もかも、それを邪魔するモノは許さない。

「岡部倫太郎、鳳凰院凶真、オカリンおじさん。もういいんだよ」

少女が岡部の首に腕を回す。やさしく抱きしめた。壊れながらも走り続けてきた男を抱きとめた。
知っている。岡部倫太郎は彼女達ラボメンが好きだった。大切だった。そこに嘘はない、だからこそ此処まで来れた。魔法少女であろうがなかろうが彼女達の強さに憧れた、その意思に奮い立った、その諦めない姿勢に感化されて岡部はまた生をとりもどせたのだから。
確かに岡部が彼女達を置いていった世界線もある。しかしそういった『通り過ぎた世界線』の彼女達にはFGM09を残してきた。また出逢えるように―――――。

「ああ、俺はズルイな」

それは知識と経験、ガジェットを扱える岡部だからできたこと、彼女達にまでそれを強制するのは間違っているだろう。
結局は独りよがりの都合だ。彼女達に関わる事を選択したのは岡部自身なのだから、八つ当たりもいいところだ。

「そもそも俺は、最初からこの世界には――――」

だけどそんな岡部に少女は言うのだ。

「それでも、あなたはそれでも此処まで来れたよ」
「・・・・・」
「他の誰でもないあなたの意思で、定められた結末を越えて今ここに立ってる」
「でも、なら――――」
「あえて言います、もう・・・・・いいんです」

ここで、もし岡部を抱きしめているのがラボメンの誰かだったら、彼女達は岡部にどんな言葉を送るのだろうか?
彼女達は知っている。岡部の世界線漂流の激動を、例え全てでなくても感じている。それを蔑ろにする彼女達じゃない。
では、そんな彼女達はどんな言葉を今の岡部に伝える?もうボロボロの男に、どんな言葉を投げかける?

『もう頑張らなくていい』『あとは任せて』『休んでいんだよ』『一緒に此処にいればいい』

何がある?何て言葉を?岡部倫太郎は言ってくれた。『お前達の願いは間違ってなんかいない』と、誰も言ってくれなかった言葉を直接伝えてくれた。
対し彼女達は何て言うのだろう?上記に記した台詞だった場合は間違いだ。“その言葉は決して岡部倫太郎に届かない”。
別の世界線では届いたかもしれない。それでも間違いであることが前提だが。それが届いたとき、それは岡部倫太郎の旅が終える時だから。ともかく今の岡部にそれらの言葉は届かない。
きっと届く言葉があるとしたら、彼女達に岡部が伝えたように“誰も言ってくれなかった言葉”だろう。岡部倫太郎に、誰も言ってくれなかった言葉を伝えることだろう。
彼女達ラボメンにそれは期待できるだろうか?これまでの世界線漂流で誰も言ってくれなかった言葉を・・・・・・。

「“オカリンおじさん”」

ただ少なくとも、今まさに岡部を抱きとめている少女はその言葉を言ってくれるようだ。
だから孤独の観測者を慰める事ができる。彼女達にできなかった事を。
ずっと走り続けてきた観測者、誰からも認められず、誰にも称賛されない、誰にも気づかれず、誰も追いかけることのできなかった男にとって初めての―――――だった。
きっとこの瞬間、ここにいる岡部倫太郎はようやく手に入れた。ラボメンの彼女達に与えたかったそれを、確かに感じ取っていたのだった。

「俺は――――――――」
「私は――――――――――――――」

だから、このとき岡部倫太郎は目の前の少女を抱きしめた。
最初は弱々しく、触れている存在が消えてしまわないかと怖々に。

「俺は――――――――――――――」
「私は―――――――――――」

今までは相手を安心させるために岡部から抱きしめていたことはあったが、今回は逆だった。
人の体温が落ち着きを与えてくれる。それを感じたのは何時以来だろうか。
こんなに自分のために抱きしめてくれる人は、この世界線で何人いただろうか。

「俺は―――――――」
「私は―――――――――」

言葉を交わしていく。間をおかずに、ずっと吐露したかった言葉に、ずっと応えてあげたかった言葉で返答する。

―――ああ、自分の弱さを受け止めてくれる存在がいることに涙がでてくる

疲れていた。疲労していた。目的は達成していた。限界だった。ボロボロでズタズタだった。
きっとラボメンの彼女達も、世界中にいる魔法少女達も、そうでない人達もこんな想いだったのだろうか、岡部はそんなことをぼんやりと考えた。確かにこんな状態で優しくされたら勘違いしてしまう。勘違いと解っていてもそれに身を委ねたくなってしまう。
自分は大人だ。精神は成熟どころか既に枯れ果てている。だけど彼女は今まで出逢ってきた人達の誰よりも違っていた。七万年前の地球まで追いかけてくれた椎名まゆりのように、どの世界線でも信じてくれた牧瀬紅莉栖のように・・・・・そして、その二人ですらできなかった事を成し遂げてしまった。

「私は――――、――――――」

だから緊張の糸は ぷつり と切れてしまった。
決して見せなかった涙を流した。決して人には聞かせないようにしていた嗚咽を漏らした。
誰にも見せなかった弱みを、誰にも漏らせなかった弱さを晒した。
みっともなく、自分よりも身長の低い少女に縋りつき泣き崩れる。涙は止まらず嗚咽は次第に大きさを増して、見た目通り子供のように泣き続けた。

「私がいます。私が―――――――――」

自分の胸で泣き続ける男を、少女は優しく抱きしめながら慰め続けた。

「例え世界があなたを否定しても私が肯定する。例え世界中があなたを認めなくても私が隣にいる。あなたどんな世界に行っても私が追いかける」

慰める事ができた。誰にもできなかったことを少女は成し遂げていた。
親友も、幼馴染みも、己自身ですらできなかった・・・彼女だけが、この長い世界線漂流の繰り返しの中で・・・・・・。

「否定なんかさせない、無かった事になんかさせない。私はあなたを観測し続ける」

壊れるまで戦い続けて、壊れても戦い続けて、そしてまだ戦おうとしている男を抱きしめながら少女は宣言する。誓う。

「いままでのように、これまでのように、そして今から私はあなたと一緒に――――」

その誓いは岡部倫太郎に向けられていて、自分自身にも向いていた。
その誓いはこの世界にも向けられていて、“彼女達”にも向けられていた。


「ありが・・・とう・・・・・・・」


そう呟き、壊れたままの正義の味方は眼を閉じた。




数分が経過した。

「・・・・・寝ちゃいましたねぇ」
「――――」
「ふふ、こうして見ると童顔だなぁ」

自分の膝でくうくうと、涙の跡を残しながら寝息を立てている少年の頬をつつきながら少女は ふにゃ とした笑みを浮かべた。
知っている。全てを観測し続けてきたから、彼がこれほど安心して、安らいで寝ているのはかなり貴重で、そんな寝顔を見たことのある人物は片手で数えきれる程度しかおらず、プラス膝枕状態で見た者はいない。

「えへ、えへへへっ」

ニマニマと、ニヨニヨと頬をだらしなく崩しながら少女は少年の頬や髪に触れる。
ぐっすりと寝ている少年、岡部倫太郎にこうして触れる事ができるのは彼女にとって奇跡だった。
今日は岡部倫太郎にとって奇跡が起きた日だったが、彼女にとってもそれは同じだった。もしかしたら岡部以上に。

「えへ、ふふ・・・・・ッ、う・・・・ふっ」

ぽろぽろと、少女の瞳からも涙が零れる。
こうして触れ合う事ができる。自分が彼を慰める事ができるなんて・・・・・未来永劫ないと思っていた。
自分にはそんな資格なんてない、自分がその役目を担ってはいけない。それを自覚している。それを誰よりも理解している。
自分は彼に触れてはいけない。自分が彼の隣になんかいてはいけない。

「うう・・・・・ぁ、お、オカリンおじ・・・・ッ、うう・・・・ふぅえ、うぇえええええん」

そんな事、ずっとずっと遠い昔から知っていた。

それこそ此処にいる彼がこの魔法のある世界にくる前から、椎名まゆりや牧瀬紅莉栖を助けるために無限に繰り返す運命に囚われる前から。

「ご、ごめんなさい・・・・・・ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさい――――」

嗚咽は止まらず、岡部の顔に滴が落ちるが幸い岡部が起きることは無かった。






「・・・・・・・はぁ~、すっきりした!」

少女はそう言って顔を上げる。ごしごしと目元を擦り涙の跡を消そうと足掻く。
そして名残惜しそうに、しぶしぶ、残念そうに苦笑しながら岡部を起こさないようにベットに移動させる。
寝かせて、ほんとうにぐっすりと寝ている岡部の頬を撫でながら少女は自分の服の裾を握りしめている岡部の右手をゆっくりと解いていく。
ダメだと分かってはいるが、こうしていると求められているような気がして嬉しかった。
卑怯だと解っている。愚劣だと恥じている。しかし想いは止まらなかった。
ずっと見てきたのだ。観ていることしかできなかったのだ。ただ眺めていることしかできなかった。

だから、だけどもう我慢はしなくていい――――――

「ちょっとだけ、離れます。すぐに帰ってきますからね」

そう言って、ベットの端に膝をつきながらワインレッドの携帯電話を岡部のポケットから取り出す。
そのついでとばかりに――――――。

「―――ん・・・・・、えへへ、おやすみなさい。オカリンおじさん」

重なった■を離し、彼女は周りに見せつけるように視線を送った。

「観ているだけで満足?――――このままじゃ私の一人勝ちですよ?」

余裕の表情で宣言した。
少女の足下に焦茶色、赤褐色、赤に近いブラウンのラインで幾学模様に描かれた紋章が輝きラボの室内を照らしだす。
未来ガジェットマギカシリーズが複数、同時に展開していく。

―――未来ガジェット0号『失われた過去の郷愁【ノスタルジア・ドライブ】』起動
―――『■■■ ■』
―――SG『現在と使命を司る者【ベルダンディ】』発動
―――展開率100%

―――未来ガジェットM05号『業火封殺の箱【レーギャルンの箱】』展開
―――GS『落書きの魔女【アルベルティーネ】』
―――消耗率13%

―――未来ガジェットM04号『超誇大妄想狂【ギガロマニアックス】』起動
―――『■■■ ■』
―――Di-sword『トリカブト』


その“挑発”に釣られてか、少女がガジェットで結界を張った瞬間疑似空間の未来ガジェット研究所の天井と壁は木端微塵に吹き飛ばされた。
このとき岡部は少女が展開した5号機の結界内に囚われていない。今頃現実世界のベットで寝ているだろう。すぐ隣り合わせの世界で知り合いが“やる気”満々なのを気づかぬままに。
無機物を完全トレースした擬似世界。半壊したラボで少女は囲まれていた。

「・・・・人数がおかしくないですか?」
「オカリンに何をしたんですか」
「何人かはあすなろ市に戻ったと思ったのに・・・・・うーん?」


破砕した天井と粉砕した壁から複数の魔法少女と一人の少年が現れ彼女をぐるりと囲む。
その人数、キュウべぇを含めて14名。岡部倫太郎を除くラボメンの全メンバーがNDを発動させた彼女を包囲していた。
少なからず全員が殺気だっているのを少女は感じ取っていたが動じない。挑発には乗ってくるだろうと経験から解っていた。今までずっと観測してきたのだ、今のを見ていたなら、観ていたのなら確実にのってくると解っていた。

「あ、恭介君の仕業ですね?そしてこの人数は織莉子ちゃんが何かを予知して呼びかけた・・・ですか?」
「「・・・・・」」
「沈黙は肯定ですよー」
「何を、したんですかと、訊いているんです!」
「しかしフルメンバーとは豪華ですねー」
「無視しないでください!」
「まったく・・・・・最初から“これ”ができていたら誰も・・・・・あっ、恭介君はご近所さんを巻き込んじゃダメですよ?ポーターは使用しないでくださいね」

彼女はこの中でただ一人の異性、ディソードをリアルブートした状態で睨んでいる上条恭介に笑顔で話しかける。
視線はそのまま上条に、意識はその反対側の位置にいる少女に。その間、まどかからの問いは流した。他の少女からの視線も無視だ。
注意すべきは彼と第一位の魔法少女だけでいい。





「ではでは、はじめましてこの世界のラボメンの皆さん。今日から未来ガジェット研究所ラボメン№01岡部倫太郎の片翼になった――――」




そしてそのまま自己紹介に入った。多くの殺気に近い気配を向けられながら、しかし全員が「え?」と意表を突かれた様子に満足しながら。
彼女の今の姿は魔法少女の衣装を纏っている。岡部倫太郎の本来いた世界にあった『みこみこオーバードライブ』というアニメに出てくる魔法少女と同じ姿だ。本人的には同じく魔法少女モノの『ブラットチューン』のコスチュームとどっちがいいか後日岡部に問うつもりだ。
彼女は笑顔で、目だけが笑っていないように見えるが・・・本人的には最高の笑顔で名前を紡ぐ。



「ラボメン№01。 天王寺 綯  です」



簡易で一方的な自己紹介、それに続いて電子音と同時に少女は宣言した。


―――OPENCOMBAT
「戦闘開始」


自己紹介の後、 14 VS 1 という戦闘が行われたが岡部倫太郎はそれに気づかぬまま朝を迎えることになる。






朝、岡部が目覚めて最初に目についたのは台所で白衣をエプロン代わりにして朝食の準備をしている天王寺綯の姿。
次いでズタボロで床に転がっている愛するラボメンだった。

「・・・・・うん?」
「あ、おはようございますオカリンおじさん。朝食できましたら皆さん起こしてください」
「シスターブラウン!?夢じゃなか―――――っ、いやまて何事だ!?」
「昨晩拳で熱く語り合ったんですけど、みんなダウンしちゃって」

そう言う彼女の姿もよく目を凝らして見れば所々怪我をしていた。

「は・・・・はあ!?ちょっと待て状況がつかめな・・・・お前は本当に――――」
「本物ですよ?実態のある人間です。幻覚魔法でも魔女の移し身でもない天王寺綯そのもの――――だから昨日の約束は夢でも幻でもないから安心してください」
「――――」

ニコニコと、無垢な笑顔を向けられた事で岡部は口を閉ざした。そして昨日の失態、みっともなく泣きついてしまった―――それも知人の少女にだ―――その記憶が鮮明にリフレインして岡部の顔は瞬時に真っ赤に染まったのだった。
その様子をガラステーブルに朝食を運びながら見た綯は目をぱちくりと、そして滅多に見れないレアな光景につい噴き出してしまった。
だから岡部の表情はさらに赤くなる。今までは誰かを赤くすることは在っても、自らは無かった事柄に岡部倫太郎は何も言えず顔を伏せることしかできなかった。
それは恥ずかしさ、羞恥からくるモノのはずだから本来は不快に感じるものだ。しかし今の岡部の中にあるのはそれだけじゃ―――――。





「「「「「「「「「「「「「「・・・・・・・・・・・・・・」」」」」」」」」」」」」」
「・・・・・・・・・・・」




そこで視線が重なった。

「・・・・・ぁ・・・・」
「「「「「「「「「「「「「「・・・・・・・・・・・・・・」」」」」」」」」」」」」」


気絶していたと思っていたラボメン達としっかりと視線が交差した。
真っ赤に染まったままの表情を彼女達に観られた。それを意識してしまった岡部は焦る、今まで滅多に見せなかった表情と仕草で彼女達に―――。
“おもしろくない”。それが岡部と綯以外、全員の総意だった。まさに心の一致、一体感、ワルキューレ、これが仲間だ絆の力だ。
視線は物理的な力を纏ったかのように岡部を怯ませる。

「ぇ・・・・・いやこれはだなっ!?ちがうぞっ・・・・・・あっとそのだな・・・・お、おはようっ」
「「「「「「「「「「「「「「・・・・・・・・・・・・・・」」」」」」」」」」」」」」

全員が床に伏せているというのに14人分の視線だけはしっかりと我らがリーダーに注ぎ込まれていた。
岡部は何も言えない。それは突然の訪問者についてどう説明したらいいのか解らないから―――と言う訳ではなく、単純に今の自分を知り合いの彼女達に見られたことによる羞恥心から思考がぐちゃぐちゃになってしまったのだ。
それは普段ラボメンの皆が時折陥る症状に酷似していて、岡部のそれを全員が直接目撃してしまって、今日という日を境に彼女達は・・・・・否、岡部倫太郎も、天王寺綯も、それぞれがこれからを、何をどうすればいいのか考えるようになった。
もう今まで通りではいられない。この世界線では変わらずにいた岡部倫太郎ですらも変わってしまう。動きだしてしまう。立ち止まる理由が消えてしまったから。
すべてを終えたにもかかわらず物語は続いていく。止まることなく、終えることなく、誰も観測したことのない未来へと。


新しい何かが始まろうとしていた。








γ世界線2.6■5■47


橋田至の話を聞いて、訊き終えると同時に私は動いていた。

自分を止めようと立ち塞がるワルキューレの奴らを薙ぎ倒す。
久しぶりの全力、全力以上の我武者羅の運動は息切れを早々に起こし、身体能力を時間の経過と共にみるみる落としていく。
だけど私は止まらない。どんなに苦しくても辛くても関係ない。本当に、こんなもの苦しいとも辛いとも思わないのだから。

―――ダル・・・・一つ頼まれてくれないか

また誰かが目の前に現れた。同じように殴って排除しようとしたが知っている顔だったから躊躇してしまった―――牧瀬紅莉栖だ。
タイムマシンの母、橋田至とSERNを脱走し反組織『ワルキューレ』の主要メンバーにしてラボメン№004。
彼女は必死に自分を説得しようとしていた。自分がやろうとしている事の危険性を説いた、岡部倫太郎が望んでいる事を訴えた・・・・・・・・関係ない。あの男の望みなんて知った事か。

―――手順はUSBに記されている。彼女を救ってくれ・・・・この世界線なら可能なはずだ

走る。目指すモノはもう少し先だ。再び邪魔が入るが手加減はしない。容赦なく叩き伏せる。
牧瀬紅莉栖を退けるのに時間がかかってしまったから急がなければならない。最悪破壊でもされれば、もう私は彼には会えない。謝れない。復讐者になった私を止めきれない、引き留めきれない。
タイムリープマシン。全てのタイムマシンが破壊されるまで厳重に保管されているそれを求めて、私は立ち塞がる連中を手加減抜きに打倒する。

―――誰もが死んでいった。敵も、部下も、俺を利用しようとした者、逆に利用した者も、俺の考えに賛同した人も・・・・・気づけば周りには誰も残らなかった。

岡部倫太郎は自分勝手で自己中だ。いまさらそれを否定する気はない。その性格が憎いのは変わらない。憎悪していると言っても過言ではない。
自分一人で抱え込み、自分一人で実行し、自分一人だけで事を成そうとした。誰もついていけない。当たり前で当然だ、そんな奴は独りになるに決まっている。
自業自得の愚か者。救世主気取りの大馬鹿者。最後まで悪役を徹していればよかったのに、最後くらいは自分のためだけに使えばよかったのに、結局終わりの時までそうなのか。

―――・・・・・傍にいてくれたんだ

もう何人薙ぎ倒したのか解らない。どれだけの時間を一人で戦ってきたのか分からない。でも岡部倫太郎はこの程度の事、苦とも思わないんだろう。思えないのだろう。
馬鹿だから、間抜けだから、お人好しだから、ほんとうに信じられないくらいあの男は狂っている。どこまで他人のために自分の人生を捧げるのか。
椎名まゆりのためだけに頑張れば良かったのだ。復讐なんか考えず、世界の事なんか気にせず――――私の事なんて放っておけばよかったのに。

―――この世界線なら彼女は生きていける。陽のあたる場所で・・・・・

岡部倫太郎はいつのまにか私が死ぬ運命を、タイムリープを使って変えていたのだ。
私に憎まれてでも、岡部倫太郎は私を生かそうとしたのだ。
憎悪を悪意も罪も運命も――――全部を私から奪って岡部倫太郎は死んだのだ。

―――どうか、君に未来と幸福を・・・

知っている。リーディング・シュタイナーを持っている男には決して追いつけない。誰も、世界の意思ですら捉えきれないあの男を自分程度にどうこうできるはずがない。
その意思を曲げさせることはできない。私には何もできない。
場違いな狂気に囚われ、復讐者へと堕ちた自分を止めることもできやしない。
大切な人を失った。その原因である組織に飼われた。利用され消費されるだけの道具へと成り下がった。自分と男は同じはずだった。なのにこの違いは何だろうか。復讐のためだけい生きてきた。どこまでも自分を中心に動いていた。復讐も、男の事も、結局は自分のためだった。
同じと思っていた。だけど男は違った。失ったが、彼女の世界だけでも守ろうとした。彼女の周りにいた人達を、その人達の住む世界を、例えその人達に恨まれても、世界中から嫌悪されても、誰かのために。
境遇も立場も過程も目的も同じであったはずの私達の絶対的で決定的な違い・・・・・それは彼がどこまでも優しかった事だろう。

―――ああ、もし何処かの世界線でまた出会えたら・・・・・・

私には無理だ。自分の事しか見えていない私には何も変えきれない。周囲に目を向けきれなければ世界の運命は変えきれない。
今までのように私には何もできず、これまでのように私は誰かの指示がなければ何も変わらない、だからこれからも私は何も変わらないだろう。
無理で、無茶なのだろう。そう思う。岡部倫太郎にはできるだろうが私には不可能だ。それを理解している。

―――今度こそ・・・・・・

だけど、それが何なのだ。

―――本当の相棒になろう

無駄な努力も無茶な行動も私にとっては当たり前な事だ。今さらそんな当然なことで怯むものか。
ようは諦めなければいいのだ。

気づけばそれは目の前になった。

諦めの悪い男の行動は世界の意思を越えた。甘ちゃんなあの男にできたのだ、私にできないはずがない。
それにお人好しなあの男の事だ、私の存在に気づけばすぐに飛んでくるだろう――――そうでなければ直接捕まえればいい。


「ふんっ、待っていろ岡部倫太郎。何年かかろうと私はお前を追いかけるぞ!」


ボロボロのマシンに触れる。世界にたった一つ残されたタイムリープマシン。
紫電をまとった蛇がぞろりと這い出してくる。わんわんと八の羽音がうなり、タイマーの数が減っていく。
意識は世界から剥離していく、色と共に世界が薄れていく。さあ追いかけよう。復讐に駆られた自分を、優しい悪役を。
無理かもしれない、無茶かもしれない。分かっている。理解している。しかし無駄とは思わない、思えない。

なぜなら私は――――


―――我が鳳凰院凶真の影、比翼の片翼よ・・・・・



「跳べよぉおおおおおおおおお!!!」



彼のたった一人の相棒なのだから。









繰り返す

何度でも

例え因果の輪から弾かれようと


諦めなければ辿りつける




それを教えたのは貴方なのだから






「やっと、追いつけたよ。オカリンおじさん」







『妄想トリガー;暴走小町【フラット・アウト・プリンセス】編』前編 終わり







あとがき


Steins;Gate劇場版が楽しみです!
真夜中に書いた妄想ですが少しでも少しでもいい意味で嗤ってくれたら幸いです!





[28390] χ世界線3.406288 『妄想トリガー;暴走小町編』2
Name: かっこう◆a17de4e9 ID:57be8a05
Date: 2013/07/30 00:00




未来ガジェットM03号『雷ネットアクセスバトラーズ』より、ある日のやり取り。


082『綯おねえちゃんは、おねえちゃんなんだよね?』
012『はい?そうですよ、オカリンおじさんと同じ今は中学三年生です!』
082『おっぱい小さいのに?』
071『ゆまちゃん!?』
061『ああ言っちゃった・・・・でも綯先輩は背もちっちゃいですよね』
052『最初は年下かと思っちゃったよねー』
072『駄目ですよそんな言い方、人の身体的特徴を―――』
012『あはは、いいんですよ。私は高校に入れば一気に伸びることが確定してますから』
022、052『くっ、羨ましい・・・!』
041『まどか、落ち着いて』
051『ユウリ、大丈夫だよ』
081『そうそう、つまりアンタ達も今後成長の可能性があるって事だろ?』
022『はっ?その通りだよ!』
052『未来の可能性は無限だって言うしね!』
072『え・・・?でもお二人の未来は――――あッ、ごめんなさい!』
022,052『勝手に何を観測したー!!?』
062『お二人は可愛らしいですから・・・その、大丈夫ですよ』
022,052『その言葉のどこに安らぎを得ればいいの!?』
082『問題外のおねえちゃん達はおいといて・・・・綯おねえちゃん、ゆまも大きくなるかな?』
022,052『問題外!?』
012『ええ、きっとなれますよ。ちゃんと正しい食事と適切な運動をこなせば素敵な女の子になれます』
082『綯おねえちゃんみたいな?』
012『可愛いこの子!!―――こほん、ゆまちゃんが素敵な女の子になればきっと、ね。ゆまちゃんならお姉ちゃん達と同じくらいにはすぐなれますよ』
082『マミおねえちゃんみたいに!?それとも・・・キョーコぐらい?』
081『な、なんだ?アタシのじゃ不満か、あんま気にしてねえけど一応ゆまの姉としてラボメンの中ではそれなりの地位を・・・・でもないな』
022『みんな大きすぎるんだよ!』
052『中学生にあるまじきだと思うなー!』
082『うーん』
022『む、無視された?』
052『貧乳には発言すら許されないだと!?』
082『うーん』
071『?』
081『なんだ、アタシとマミに何か・・・・・どこ見てんだよ』
082『キョーコ』
081『なんだ?』
082『(A;´・ω・)』
081『十分に伝わったよ!』
082『キョースケはどのくらいが好きなの?』
032『ここでまさかのキラーパス!?』
041『っていうか居たの?』
012『乙女の会話を盗み聞きはちょっと感心できませんねぇ恭介くん?』
032『最初からいましたよ!?急に始まったからログアウトするタイミングが掴めなかったんです!』
082『ねえねえキョースケっ』
032『な、何?』
082『今度一緒にゆまのブラジャー買いに行こう!』
999『・・・・・・』
032『沈黙が怖い!ゆまちゃん何で急に!?しかも僕となの!?』
082『大きくなってきたらブラジャーをつけないと逆に育たないんだよ・・・って誰かが言ってた』
022『そうなの!?』
052『明かされる真実にビックリだよ!』
082『え?おねえちゃんたちは・・・・ああ、うん―――そうだね』
022,052『なんか納得された!?』
012『それでゆまちゃん、なんで恭介くんと?』
082.『キョースケは将来ゆまと結婚するから当然だよ!』
061,062,081『・・・・ふーん、へーぇ、ほー?』
032『いつの間にそんな未来が・・・・ゆまちゃんは凶真と結婚するんじゃなかったの!?』
082『おにいちゃんにはキョーコがいるからゆまはキョースケと結婚することにしたの!』
082『ほほう?』
062『それはそれは』
061『詳しく聞きたいねー』
082『ゆまはキョースケとチューもしたから大丈夫だよ!!』
061,062,081『今はヴァイオリンの練習の帰りぐらい・・・か』

081,061,062がログアウトしました。

032『ぎゃー!?一気に危険が迫りつつあるよー!!?』
051『なんだ、いつのまにそんな・・・・』
032『誤解だよ!』
071『どういうこと?』
082『おにいちゃんとキョースケがこの前キスしたでしょ?ゆま感動したからやりたくなったの!!』
032『忘れたい黒歴史がー!!なんで僕は意味も無く追い詰められるんだ!?』
052『冤罪ではないでしょう?やることはやってるんだし』
022『オカリンともね!!』
032『か、鹿目さん?』
041『まどか・・・・まあ良いか』
999『止めようよ!?』
032『とにかく僕は―――――』
072『あら?』
012『恭介くん?』

032がログアウトしました。

999『・・・・・』

061,081,062がログインしました。

061,062,081『すっきりした(しました)』

999『何をしたの!?』
082『うわーんキョースケー!』
081『大丈夫だゆま・・・・まだ大丈夫だ』
082『そうなの?ならいいや』
051『いいんだ』
052『この子意外と逞しいよねー』
082『綯おねえちゃんは、おにいちゃんのこと沢山知ってるんだよね、おにいちゃんはどれくらいが好きなの?』
999『・・・・・』
012『オカリンおじさんですか?そうですね~』
082『あとね』
012『はい?』
082『綯おねえちゃんは、おにいちゃんのこと好きなの?』

012『ええ、好きですよ』

082『どれくらい?』

012『もちろん―――大好きです』




『妄想トリガー暴走小町【フラット・アウト・プリンセス】編』






終わる日が、失う日がいつかくることを、あなたは悲しいほど知っている。
その事を、それを、私は知っているのだ。
観てきたから、“いつか“を、その日を、その日に怯えて全力で回避しようと足掻く、誰にも頼らずに、手を伸ばさずに、誰も知らない場所で苦しんでいたあなたを知っている。
今までのようにあなたは頼らない。その日、失うのはあなただけだから、大切な人を失う事はないから、それを知っているあなたは誰にも縋らない。
誰も傷つけず、傷つけない代わりに、いつだって消える準備をしている事を知っている。

時間が止まればいい、この瞬間が永遠になればいい、観測することしかできなかったから何度もそう思った。
例えば、みんなでご飯を食べているときとか。
例えば、暇そうにゴロゴロしながら中身の無い会話をしているときとか。
例えば、未来ガジェットを作りながら言い争いをしているときとか。
例えば、例えば、例えば・・・・少しでも彼の緊張が緩んでいるときに、全てが止まってしまえばいいと思った。
極論、世界が終わってしまえばいいと思った。
だって、そうすれば幸せでいられるから、もう傷つかないから。

疲れたと、零さない。
もう嫌だと、叫ばない。
辛いと、絶対に言わない。

私は優しい人が怖い。私は彼が怖い。いつの間にか、何も言わずに消えてしまうから。いつの間にか、全てを背負い込んでしまっているから。
だから私は泣いてしまう。どうしようもなく、あなたは優しいから。誰にも気づかれないように、傷が付かないように振る舞う姿があまりにも寂しすぎるから。
せめて私にだけは・・・と願っても、伝えても、あなたは私すらも庇いながら立つのでしょう。一番弱いくせに、誰よりも前に立とうとする。
自分の体がどんな状況でも、残された時間が僅かでも、背負われている人がもういいと叫んでも、庇うなと怒っても、捨てろと懇願しても、生きろと願われても、決して身捨ててはくれない。

きっと世界の果てでも、違う世界線でも、遠い過去でも、近くにある未来でも、あなたのために、あなたは私達に何一つさせない・・・・・一人で、孤独に、私達に触れようとしない。
どうして護ろうとするのだ。自分の幸せも癒しも望まぬまま、どうして救おうとするのか。

壊れている。狂っているんだ。
どうしようもないくらいに優しい人だったから、彼は壊れてしまったのだ。
残酷なほどお人好しだったから、彼は狂うしかなかったんだ。
だから守れた。護ることができた。
誰も傷つかず、誰も気づかぬまま、誰もが背負い込むことなく救われた。
沢山傷ついて、知りたくもないものも沢山知って、たった一人で全ての記憶を背負い込んだ。

彼は独りだったが孤独ではなかった。良い意味でも悪い意味でも、何事にも真摯に対応してくれる。だが、そうかと思えばとある事柄に関しては触れてこない。仮に触れさせても解決を手伝わせたり、共に行くような事はしない。
だけど絶対に応援はするし、最後は自分の力でいけと後押しする。
この世界では、この場所ではそのおかげで救われた少年と少女達がいて、その甲斐あって自分を赦せるようになったのが岡部倫太郎その人だ。
弱いくせに一番前に出ようとする人、正しく有ろうとするのに間違い続ける選択をする者、愛することはしても恋はしない人間。
優しい狂気のマッドサイエンティスト、哀しい孤独の観測者。

岡部倫太郎は戦士ではなく科学者だ。だから本来は前線で戦わないし戦えない。
鳳凰院凶真は正義の味方ではなくマッドサイエンティスト、悪役だ。だから負ける、最後には敗れる。
男は大人ではなく少年だ。彼は知り合いではなく他人だ。
いつかの世界に魔法があれば彼は幸せな人生を送れたのかもしれない。感情一つで世界の定めた決定を覆し、常識を凌駕する力。この世界で得た現実的な確かな力なら。
しかし現実的理論を感情で打破する魔法の概念はタイムマシンといった非現実的な存在ですら科学的に証明してしまった彼にとって最も強固な障害になった。
感情次第で展開が変わり、前回までの経験や経過、流れを無視して前に進む力は科学者たる彼にとって予測が難しいモノになった。
また科学者ゆえに、彼は魔法が感情に左右される事を承知はしていても論理的に解明しようとしていた。感情【マジカル】ではなく論理【ロジカル】。使用する魔法の質と量で消費する魔力はある程度決まると。
だから完全に魔法を、十全に魔法を、完璧に魔法を使えない。感情のみで生まれる奇跡を科学者たる彼は肯定しながらも否定している。無意識に、自覚しても直せない。科学者ゆえに彼は魔法を信じきれない。
だから彼は世界を騙すまでに至った科学者でありながら、だからこそ魔法との相性は悪かった。
だからいつかの世界のように後方に構える事が出来ず、弱いにも拘らず前に出た。同じように異性でありながら魔法少女の傍に居ることができた少年のように敵を圧倒して戦えるほど強くはなかった。
科学者としての知識、時間逆行者としての経験、戦士としての技量、奇跡を纏う魔法使い、彼はどれも満足に演じる事は出来ず、どれも満足に全うできない。
それでも戦い続けて、何度も繰り返して、幾度も抗って―――――ついに終焉を迎えることができた。

先は無く、だから終わりが有った。
望みは果たし、だけど願いは叶わなかった。

それでよかった。

彼は満足していたから。
岡部倫太郎は笑顔のまま死ねたのだから。
鳳凰院凶真は成し遂げたのだから。

だけど、世界はそれでも彼を離さなかった。

いつまでたっても終わらない。
元の世界での戦いが終わっても、新たな世界での戦いを終えても、男に終わりは無かった。
最後に手を引いてくれた人の記憶はあるのに、男はまだ世界に捕まっていた。

誰のために?

これは、それは、男にとっての救済になるのか?
これは、それは、彼にとっては絶望ではないのか?
あとどれだけ岡部倫太郎は繰り返せばいい?
あとどれだけ鳳凰院凶真は物語を紡げばいい?
どれだけ救えば■■は満足するのか、どれだけ捧げれば■■は納得してくれるのか。

世界は岡部倫太郎を離さない。
■■は鳳凰院凶真を逃がさない。


幾度も繰り返してきた。
なんども抗ってきた。

だけどついに、男は完全に捕まった。







「オカリンは、私にもっと言いたい事があるんじゃないのっ」

見滝原にある未来ガジェット研究所で、その設立者岡部倫太郎はリビングで正座していた。
正座して既に一時間以上が経過している。梳かされた髪の奥にある目は苦痛に耐えようとしていたが既に限界が近いのか、目元には涙が浮かんでいた。
フローリングの床に素足で正座だ。慣れていない者にはかなりの苦行だ。この世界線では中学三年生の鳳凰院凶真、ショタリンこと岡部倫太郎は耐えた方だろう。

「あの、そろそろ足を崩しても・・・っ」
「オカリン、まだお話の途中だよ?」

しかし鹿目まどか、ラボメン№02の彼女はまだ足りないようだ。
ご立腹でご満足まで程遠いようだ。

「し、しかしもう・・・・いえ、なんでもありません」
「それで、オカリン・・・まだいるよね?あるよね?」
「だから何がなのだ?俺はコレ以上の知り合いはいないし特に話す事も―――」
「だから、まだだよね?」
「うう・・・」

ずっと、朝早く叩き起こされてからこのやり取りを繰り返している。彼女が何を言いたいのか、何を自分の口から吐かせたいのか分からない。いや・・・・最初は理解していた。自分の人間関係についてあれやこれやと問われたのだ。別世界線の事も含めて、だ。
確かに自分はこれまでの世界線漂流で多くの魔法少女と関わってきた。魔法少女ではない少女とも立場上多く関わってきたし、前回の世界線ではそれこそ世界中の・・・・。
しかし過去の関係がどうあれ、この世界線ではラボメンの彼女達しか“主に”関わっていない。最低限、それこそ3号機についてラボメンの協力のもとに伝えたぐらいで物理的接触なんて“ほぼ”無いのだ。
それは彼女も知っているはずだ。まどかだって最初の頃とは違って岡部倫太郎の友好関係は把握しているはずで・・・・・把握されている?よく考えれば少し怖い事だが今は流そう。これ以上負担を増やしたくない、心も体もキツイ。
もう泣き叫んで許しを乞おう・・・でも理由が分からないまま謝っても逆効果になりそうで・・・・詰んでいる。

バタン!

「おい岡部倫太郎!」
「あれ、杏子ちゃん?」

軽く絶望し始めた岡部の空気を払うようにラボの扉を開けはなったのはラボメン№08、佐倉杏子だった。

「おおバイト戦士!良い所に来てくれた、まどかを―――」

朝早くからまどかに正座を強要されていて逆らおうにもプレッシャー負けしていた岡部はラボにやってきた杏子を歓迎した。
形はどうあれ希望が見えた。どのような用件であれ、それを理由にこの拷問まがいの状況を打破しようと思考をフルに動かし―――

「って、まどかの分も終わってないのかよ、まだ後がつかえてんだからさっさと済ませろよなっ」
「・・・・うん?」
「うん、じゃねえだろ。いつまでまたせんだよ!」
「まつ、とは?」

これがシュタインズゲートの選択!と叫ぶ間もなく、思考する間もなく嫌な予感が押し寄せる。
なんだか良からぬ事が起きている。それを感じ取って、だけど動けない。足が痺れていて、もう感覚も薄くなってきて怖い。
最近はこんなことが増えてきたと思う。あれだ、『彼女』が現れてからは頻繁にある。

「・・・・」

岡部倫太郎の片翼であるラボメン№01の少女。本来の世界線での知り合いである年下の少女。この世界では“魔法少女”で戦闘能力は序列三位。自分と同じように年齢はこの時代とはズレていて・・・調整して中学生時代の姿で現在を過ごしている。
彼女との再会は予想外で不覚にも泣き崩れてしまった。彼女の体温と言葉に鳳凰院凶真としての仮面は維持できず、ずっと年下の少女に泣きついて、そのまま寝落ちしてしまったのだ。
この世界にきて、あんな醜態を晒したのは初めてだった。そして気づいている。あの瞬間、自分は救われたのだ。間違いなく岡部倫太郎は救われた。彼女の言葉に、想いに。
永遠と繰り返される世界線漂流の中で一時的な逃避からではなく、自己犠牲からくる自己満足でもない確かな救済。岡部倫太郎が、鳳凰院凶真が自ら救われたと思えた瞬間が確かにあった。
当時の事を思い出すと顔を伏せてしまう。情けない自分を誰にも見られないように。見た目こそ子供だが自分は立派な大人だ、それは彼女も知っている。だから情けなくて恥ずかしくて、だけど彼女はそんな自分を優しく受け止めた。再会した日も、次の日も、その次も、受け止め、優しく抱きしめてくれた。
それからだ。まるで迷子の子供のように、道しるべを無くした子供のように足がすくんで動けない。軽はずみな行動がとれない。ここで“終わってしまうのがもったいない”と、自分の事をそう思えるようになった。
そんな期待と不安な気持ちが綯い交ぜになったのもまた、初めてだった。
ちょっとしたことで彼女の姿を探してしまう。ほんとうに、子供のように。朝起きては彼女の姿を探し、ふとした瞬間に彼女の存在が幻だったのではないかと不安になり探しだす。
岡部倫太郎は彼女を求めている。それにどんな意味と感情があるのか、初めての事ばかりで自分自身把握しきれていない。牧瀬紅莉栖に向けていた“それ”ではない、逃避から抱いてきた女に向ける■■でもない、同情でも恋慕でも憎悪でも友情でもない“これ”は一体なんなのだろうか。

「・・・・・なに考えてるの」
「はっ?え?」
「誰のこと考えてたのッ」

なんて考えていると、まどかが覗きこむようにして視線を合わせてきた。
目の前にしゃがみこんで岡部の両手の上から自分の手を重ねる。膝の上に乗っけている手にだ。
彼女は―――そのまま体重をかける。

「っふぅううううん!?」

かつて体験した事の無い感覚が足下から全身に這い上がってくる。痛いのか痒いのかよくわからない未知なる攻撃だった・・・・・やるじゃないか。
岡部は反射的に顔を上げて歯を食いしばるが、そこにはまどかの顔があった。目と鼻の先、鼻は触れ合いそうなぐらい近い。とっさに呼吸を止めて耐える岡部に対し、まどかはジト目のまま動かない。

「・・・・」
「っ、っ!?あ、あぐ・・・ちょっ?」
「なに?」
「ち、近いんですけど?あと膝はマズィ―――」
「オカリンにとってそんなの関係ないでしょ」
「え、ん・・・?」
「関係ないし、問題無いよね」
「えっとな、まどか俺は―――」
「オカリンにとって“女の子との距離”なんか関係ないもんねっ」
「ううん?」

至近距離からの問いかけに岡部は首を傾げるばかりだ。長時間の正座に真意の見えない問いかけばかりで既に思考が散漫としていて、岡部はまどかの意図が何なのか予想もできない。
視線を逸らす事も出来ず、今も体重をかけ続けられる事で発生している超感覚に岡部の顔には嫌な汗が流れ続けるがまどかは動かない。
ならば自分が、とも思ったがヘタに身体を動かしたらバランスを崩し目の前の少女に対し大惨事を起こしかねないので動けず、更に緊張が増して・・・・限界である。もう勘弁してほしい。
ただでさえ『彼女』のことで情緒不安定気味で余裕が持てないのだ、なのに朝から理不尽な責め苦でいろいろと限界がマッハで倒れそうで倒れたらまどかと接触しそうで回避したいが動けずにだけどまどかは動かなくて――――

「まどか、いいかげん交代だ」
「ぁうっ?あ、ちょっと待ってよ杏子ちゃん!私まだオカリンに訊きたい事が―――!」
「次の番まで待てっ、持ち時間は一人ニ時間だろうが・・・・・お前もう30分もオーバーしてるぞ」
「ええ!?まだ10分しか話してないはずなのに!?」

そんなわけがなかった。杏子に首根っこから持ち上げられて宙に浮き、ジタバタと暴れるまどかは杏子に懇願するが杏子はそれを認めない。
そのまま杏子は玄関に・・・ではなく窓に向かう。そして流れるような動作でガラガラと締め切られていた窓を開けてニ階の窓から――――まどかをポイした。

「へ?」
「ちょっ、おま―――!?」

当たり前のように、あまりにも自然に窓から捨てられたのでまどかも、岡部も反応が遅れた。
人間一人をあっさりとニ階から放り投げるショッキングシーンにビビる岡部、そして―――

「もーっ、オカリンみんなの話が終わったらお話し再開だからねー!!」

声から察するに余裕で無事なまどかだった。解ってはいたが、判ってもいるが、やはり改めて思うが魔法少女って怖い。
突然ニ階の高さから捨てられても別の件で叫ぶ余裕があるのだから、かつ今朝からの責め苦をリトライする気なのだから恐ろしい。

「・・・・バイト戦士よ、まどかの言う“みんな”って誰だ」
「ラボメン№01以外の全員だ」
「・・・・全員?」
「一人最長でニ時間の質問タイムだからな。さっさと用件を済ませようぜ」
「・・・・」

一人ニ時間で14人。つまり単純計算で最長28時間・・・・?プラスまどかの再ターンによって最悪プラスプラスで、おまけに休憩挟んだ計算じゃないから実際にそれを実行された場合は岡部の精神は深いダメージが確定している。 

「安心しなよ岡部倫太郎。アタシの話は確認したい事が1個だけだからすぐに済む」
「あ、え?」
「内容もハッキリしているからまどかや他みたいに長くは・・・・・なに涙目になってんだよ情けない。一応男だろうがっ」
「っふぅうううううん!!?」

ノースリーブのポロシャツにアーミー調のハーフパンツ、そこから伸びる白い素足が岡部を踏むが・・・ふとももは駄目だ。今は駄目だ。絶対に――駄目だ!

「へ、変な声出すなよ!アタシが変な事したみたいじゃねーかっ!!」
「いろいろと限界だから踏むなー!!!」

岡部が「アッー!」と叫ぶから外からバタバタと待機中の皆がラボに駆けあがってくる。
が、杏子が入口に結界を張って「大丈夫だから入ってくんな!」と牽制(?)・・・・・岡部が痺れから回復し、杏子が皆を説得できたのは30分が過ぎてからだった。

「「はぁー」」

ドッと疲れた。杏子と共にだらしなくラボでくつろぐ・・・・・ようやくだ。朝、目が覚めてからようやくの休息だった。未だ寝間着のままの岡部倫太郎14歳だった。
岡部がソファーで身を楽にしながらドクペで削られた体力と精神を癒し、テーブルを挟んで対面する杏子は座布団に座りながらラボに常備されている麦茶で喉を潤す。

「ふぅ、ようやく落ちつける」
「ようやくアタシとの話ができるな」

岡部の零した言葉を杏子が速攻で拾う。
がくりと、岡部が首を垂れるから杏子は慌てた。

「あーまてまて岡部倫太郎。言っただろ簡単な質問だけだって、そんでそれが終わったらあとは次の時間まで休憩に使っちまえばいい」
「・・・・バイト戦士、君は―――」
「だから安心しろって、他の連中はどうかしらねぇけどさ、アタシはホントにすぐ済むからよ」

気楽に、安心させるように杏子が笑うから岡部は再び落ちかけた精神の緊張を解いた。
佐倉杏子、ラボメン№08の魔法少女。“いろんな意味で暴走しがちなラボメン”の中でも常識派である彼女がそう言うのなら、“こうゆう場合”なら本当に大丈夫なのだろう。
彼女は勘違いしない。誤解はしても“それ”に関して言えば他の少女とは一歩下がった、第三者としてのポジションで接してくれる、普段からストッパーにもなってくれるので信用できる。

「そうか、よかった・・・」
「・・・・まどかに相当絞られたみたいだな?」
「ああ、しかも論点が微妙にずれて・・・・というかワザとニュアンスを隠しているから意図が読めない」
「ん、ああ・・・・まあなぁ、まどかには無理だろ」
「杏子、何があった」
「・・・」

名前で呼ぶ、問う。真剣に真面目に鳳凰院凶真は佐倉杏子に問う。信頼と信用から冗談を混ぜない口調で、まどかの質問の意図ではなく、“彼女達が急に岡部倫太郎に関わろうとする原因”を。
似たようなやり取りは過去にもあった。他の世界線を含めて多くの少女と岡部倫太郎はこんな“思わせぶりな態度”に直面してきた。
知っている。魔法少女にとって自分という存在がどんなふうに観えるのか・・・自覚している。彼女達は少女で、自分は男なのだ。彼女達は年頃で、自分は異性なのだ。彼女達から見て自分は“そういう人”になれる存在だ。

人間の三大欲求。睡眠欲、食欲、性欲。

痛覚遮断等のスキルをもつ魔法少女にとって人間の三大欲求は将来的に一つの意味を持つ、ある結果を導きやすい。戦闘慣れし、経験を積んだ魔法少女は無意識に魔力の恩恵を受ける。ソウルジェムが穢れなければ、魔力に余裕があれば病気や怪我、体力の低下は基本的に起きない。
その気になれば食事や睡眠の必要が無い。好きな事、やりたい事、興味のある事があればそのことに集中するために睡眠時間を省くことができる。その気になれば、だが。
良い意味で、例えばラボメンのように日々を騒がしくも楽しく謳歌していれば“それ”は、少なくても知っている岡部がうまく立ち回れば“一カ月程度”では起きないだろう。気づかないだろう、考えもしないだろう。
常に誰かがいるラボメン達には遠い話で遠くの出来事だろう。隣に仲間が、友がいるラボメンは堕ちない。堕ちにくい、その身を投げ出さない。
しかし他の魔法少女は違う。独りぼっちの魔法少女達は違う。大多数の魔法少女はそうではない。

誰にも見向きされない宿命を背負う彼女達は堕ちやすい。
誰にも見えない場所で命懸けの戦いを繰り広げる彼女達は堕ちやすい。
誰かに必要とされたい彼女達は堕ちやすい。
誰かに求められたい彼女達は堕ちやすい。
堕ちないために、堕ちていく。知っているからこそ堕ちやすく、堕ちていく。
自らの意思で、己を護るために。その精神に休息を、その魂に救済を求めて彼女達は求めるのだ。

思春期で、その手の知識を得て、彼女達は気づく。
どうすれば必要とされるか、どうすれば求められるか・・・・その行為はうってつけと言えた。
なぜなら、その行為には過程はもちろん――――その果てには救いがあった。
その瞬間は間違いなく世界のしがらみから解放されるから、後悔も悲しみも絶望も―――その一瞬には存在しないからだ。

岡部倫太郎もそうだったから。一瞬のために、その瞬間だけは全てを忘れる事ができる行為を、精神を安定させるために、過剰負荷からくる精神崩壊を防ぐために、愛する人がいながら岡部は――――――

「いや、おおかた彼女が何か噴きこんだ・・・か、または零したか」
「まあ、な」

もちろん、彼女が本当にその事を口にしたわけではないだろうが可能性はある。

「それで、お前が聞きたいのはそのことか?」
「へ・・・あっ!?ば、バカ違う!」

子供相手に何を言いふらしたのか、まだそうとは決まってはいないが岡部は顔をしかめた。もし予想通りだとしたら・・・・さすがに看破できない。彼女が相手とはいえ黙っている事は出来ない。
根の深いプライベートだ。すべてを観測してきた彼女なら本当に知って、視って、識っているのだろうが、それを年端もいかぬラボメンに言いふらしたとしたら・・・・。
岡部倫太郎とラボメンの彼女達がそういった関係になった世界線は無い。
それはまだ彼女達が精神的に幼く、何よりも彼女達の付き合いが基本的に“一ヶ月間しかなかった”からだ。
前回の世界線のように緊急処置で岡部から行う事も、繰り返しの経験で事前に察知し、各人を暁美ほむらと共にケアできていたから問題は無かった。

「あいりやまどかなんかは気にしてたかもしれねぇけどアタシは違うぞ」
「そうか」
「アタシはただっ、旅行がどうなるのか・・・だな、アイツが来てからお前の様子が変だからよ・・・」
「旅行?」
「・・・」
「それなら何も・・・何か都合でも悪くなったのか?」
「いやっ、そうじゃなくて変更とかすんのかなって思ってよ」
「変更?」
「ああその・・・最初はアタシとゆまだけだったじゃんか、マミやまどかも別で、アタシ達だけのって・・・お前がそう言っただろ」
「最初も何も、最初から最後までそのつもりだが――――」
「ほ、ほんとか!?」
「あ、ああ?」

杏子の言う旅行とは岡部と杏子、そしてゆまの三人でちょっとした旅行に行く話。前回の出来事【妄想トリガー佐倉杏子編】の後日談で、杏子と買い物にでた時、福引で当てたペアチケット―――。

「ああいやっ、あの時はお前が三人で行こうって言ったじゃん!?でも予定を変えて皆で行くとか―――」

“ペア”チケットだ。基本二人用だ。なら岡部と杏子が使うのが普通だろうが、この時の杏子はたぶんこのチケットは売るか、もしくは――――ラボの皆も巻き込んで使用するものだと思った。
二人はタダで、他は自費で、普通ならそうだった。今までならそうだった。だけど違った。
岡部が言った。岡部倫太郎から佐倉杏子に提案した。

―――運が良いな、売るか・・・・それともバイト戦士、一緒に行くか?

一瞬、何を言っているのか分からなかった。
しかしすぐに理解した。ああ、他の連中も一緒に、との意味だと。

―――ああ?でも使用期限が・・・・他の連中は金たりねぇんじゃねえか?わりと良いとこだぞコレ?
―――他・・・?
―――うん?だから他のラボメンも
―――俺とお前に・・・・あとは、ゆまぐらいでいいだろう
―――・・・・へ?
―――ChaosHeadの罰だな、今回は俺達だけで遊びに行こう。ゆまの分はなんとか出して三人で
―――え?うん・・・?あれ・・・マミは?
―――マミ?
―――え?だってお前いつもマミを最優先で考えてるし三人だけでってお前なんかそれって・・・
―――お前から見て俺はそう見えるのか・・・・、あれだ、果たせなかった約束を

だけど違った。岡部は杏子に伝えた。一緒に旅行に行こうと、他のラボメンは今回留守番で―――あのマミ大好き人間が、事あるごとにマミを介入させる変態が、二人っきりではないが、それでも今までにない事だった。
前日に合作ガジェットChaosHeadの事もあり何かしらの変調や自分に対し何らかの心境の変化が起きたのかと焦ったが・・・・そうではなかった。
いつも通りで、だからこそ杏子は勘違いしなかった。だけど「俺はもう帰れないから」と寂しそうに岡部が苦笑するから了承した。辛気臭い顔をしながら隣を歩く異性を励ますために。
問題はこの事を他のラボメンにどう伝えるか・・・・未だに話せていないのだ。三人だけの秘密状態で杏子は旅行の時期が近付くにつれ頭を抱えている。
自分がラボメンに説明するから他には黙っておけ、と言わなければよかったと後悔する日々が続いていた。

「でもさ――――」
「お前とゆまの都合が悪くなければ問題は無いぞ?」
「だ、だからその―――」

思う事があるのだろう、杏子は何と伝えればいいのかと悩みながら言葉を探す。
岡部はそんな一生懸命な杏子の姿に、これ以上彼女の優しさに甘えるわけにはいかないと、いい加減覚悟を決めた。
周りから見ても、今の岡部倫太郎は片翼の彼女のことを意識しているように見えるのだろう。

「君達から見て・・・・・今の俺はそんなにも変か?」
「・・・・正直、今のお前は変というか・・・・危うい」

杏子が何を言いたいのか、なんとなく分かった。自分でも理解していたから、最近の岡部倫太郎がおかしい事に、彼女との再会で情緒不安定になっていることに。
それを主観的には年下の彼女達に気づかれ、さらに気を使われている事に恥ずかしさから誤魔化し続けていたが・・・潮時だろう。

「杏子」
「お、おう!?」

岡部の名前呼びに、杏子は緊張した声を出した。

「大丈夫だ。確かに今の俺は彼女の事で慌てているのかもしれない、だけど旅行の件は別だ――――楽しみにしている」

その言葉に杏子は驚いた顔をして、次いで顔を伏せながら安心した声をだした。

「当たり前だろっ、ゆまも現地のパンフレットをマミに隠しながら集めて・・・・楽しみにしてんだからな!」
「ああ、本当に楽しみだな」
「おう!約束は破んじゃねえぞ、アタシも楽しみにしてんだから」
「ああ」

杏子の話はそれで、本来の用件は済んだのか満足した様子で、岡部も表情は穏やかだった。そうして残りの時間を二人でまったりと過ごした。
岡部はとりあえず寝間着から私服に着替えて白衣を纏い、杏子は岡部の朝ご飯を簡単に調理する・・・・岡部倫太郎に食事を作るのはかなり久々だと杏子は思考の片隅で思った。

「しっかしあれだな、ここは毎日が騒がしいな」
「幸いだよ」
「・・・・・すげぇ、マジでマゾなんじゃねえの?」
「お前な・・・・」

佐倉杏子は勘違いしない。だから安心して岡部倫太郎は接する。彼女が相手だから気軽に旅行に誘えるし愚痴も言える。
いい加減、覚悟を決めるべきだ。自分を知っている少女がいることで変に意識してしまって不安定になっていることを自覚し、それを無理に隠さず受け入れ、そしてちゃんとしようと思った。
心配かけないように、きちんと気持ちを整理しようと思った。

「ちなみに、彼女とはどんな話を?」

「ああ、『オカリンおじさんは愛する人でもバスト80未満は問答無用で“無い者”として扱う業の者です』ってさ」

「何言ってるんだあいつは!?」

だからまどかの視線に憎悪が混じってたのか!!
あと変に邪推した自分の愚かさも際立って軽く死にたくなった。

「『80からは意識するけど79までは問答無用で貧乳、無い乳、無乳、貧相、虚ろな乳と書いて虚乳と断言し、80以上はロリだろうが構わない都条例かかってこい!と豪語する勇者ですよ』って言ってたな」
「最低すぎる・・・・まってくれバイト戦士、その話には別の人間が混じってるぞ別の人間が!」
「あのな岡部倫太郎、アタシ達はまだ成長期だから未来に可能性はあるんだけどよ。さすがに力強く宣言されるとさ、引くわー」
「・・・・、まどかが異常に怒っていたのは」
「まあ、ユウリもだけど基本あの二人は未来も大きさがあんま変わんないからなぁ」
「未来は決まってはいないというのに・・・」
「あいりの魔法とChaosHeadの予想演算が裏目にでたな」

毎日が幸いだ。・・・・だからという訳ではないが、とにかくだからこそ岡部倫太郎は本当に楽しみにしていた。杏子達との旅行を、果たせなかった約束を、ここに居る岡部倫太郎には果たせなかった約束を、本当に楽しみにしていた。
なにがともあれ旅行だ。純粋な、周りを気にしないで思いっきり楽しもうと思った。もしかしたらこの世界に来て・・・・否、牧瀬紅莉栖を失って初めてかもしれない。
遊び心だけで行く旅行なんて・・・。

「旅行、楽しみだなっ」
「ああ、楽しみだ」

だけど、その約束が果たされる前に岡部倫太郎は別のラボメンと海外へ旅立った。
岡部倫太郎を含めた五人で、そのメンバーには佐倉杏子も巴マミも鹿目まどかもいない。

相手の一人は未来ガジェット研究所ラボメン№01天王寺綯。
岡部倫太郎の片翼で、鳳凰院凶真を誰よりも理解している少女。
この世界で唯一岡部倫太郎が泣き、縋りついた相手だった。

そして岡部倫太郎を何処か遠くに連れていってしまう人。

誰も口にはしないが、そんな不安がラボメンにはあった。






『妄想トリガー;暴走小町【フラット・アウト・プリンセス】編』中編



ふと、あの頃の記憶が蘇った。

―――おお、綯。今日も来たのか
―――綯、うぃ~っす
―――うぃ~っす

いつも、お店にはお父さんがいて、バイトのおねえちゃんが眠そうにしていて。バイトのおねえちゃんの、ゆるい雰囲気が私はけっこう好きだった。
天井からドタンバタンと激しい音がすると、お父さんは決まってムッとした。

―――・・・・・なんだぁ?また二階の連中、騒いでんのか?ったく、落ち着きのねえヤツらだな。そろそろ本気で追い出してやろうか
―――えー?追い出すなんて薄情だよ
―――なんだおめぇ、岡部達の肩を持つのか?
―――ちょっと騒がしくするぐらいさ、見逃してあげてよ。あの人達は今、世界の命運にかかわる重要な使命に従事しているんだからさ
―――はあ、ダメだこりゃ。バイトもすっかり岡部に毒されちまったか

お父さんはいつも、上の階での騒ぎに眉をひそめていたし何度も追い出してやるって怒っていたけど。それでも私にはそれを本気で言っているようには見えなかった。
最後はそのピカピカの頭を手で撫でながら――――。

―――ったく、しょうがねえなあ。ごっちん一発で許してやるか

そう言って優しそうに笑うのを、何度も、見ていた。
私はお父さんがいて、バイトのおねえちゃんがいて、上の階で“らぼめん”の人達が騒いでいるあの場所が、好きだった。
あの頃の私はオカリンおじさんやダルおじさんと直接話すのは怖かったけど、家でお父さんの帰りを待っているよりも、そこにいる方が楽しかった。
それに、たまにだが、本当にたまにだが、近所から夕飯のおかずをお裾わけしてもらったときは、お父さんは二階にオカリンおじさん達がいればよく声をかけていた。
あの頃の私は、オカリンおじさんの事が苦手で避けていたが・・・お父さんと、まゆりおねえちゃん、オカリンおじさんとテーブルを囲んで一緒にご飯を食べるのは好きだった。大好きだった。

―――ミスタ~~~ブラウン!
―――ンだぁ岡部、お前から顔を出すたぁ珍しいじゃねえか?滞納してる家賃、払いにでも来たか
―――スミマセン、あと数日待って下さい
―――・・・・・で?何の用だ
―――ふっ、隠さなくてもいいのですよミスターブラウン!
―――あん?
―――既にまゆりが其処に居る小動物から情報を聞き出している。言い逃れは―――
―――うちの娘を変な名前で呼ぶんじゃねぇぞ!
―――そんな事はどうでもいい!
―――家賃上げっぞコラ
―――スミマセン、勘弁して下さい

いきなり現れて、偉そうに叫んで、そして一瞬で低姿勢になるオカリンおじさんは情けなかった。
どうしてこんな人と、まゆりおねえちゃんが一緒に居るのか分からなかった。まゆりおねえちゃんは趣味が悪いなぁと、当時はよく思ったし、変な事されてないか子供ながら心配もしたものだ。
でもオカリンおじさんにとって、まゆりおねえちゃんの存在がどれだけ大きかったか、大切だったか、私は知らなかっただけで、もし当時の私が知ればきっと羨ましがったことだろう。憧れただろう。
人が誰かをあそこまで想えるなんて知らなかった。きっと女の子にとって最上級の親愛を注がれていた。受け取っていたはずだ。

―――それで、用件はなんだ
―――惚けても無駄ですミスターブラウン、今日もご近所から酢豚を受け取ったそうですね・・・・つまり本日は我がラボで夕飯を――――!
―――俺と綯の分しかねえからな
―――なん・・・だと?既に人数分のご飯を炊いている我々はどうなる!?
―――炭水化物は豊富だ。よかったな
―――それで食欲旺盛のまゆりが納得するとでも思いかっ、貴方に人の情があるのなら!
―――知らねえよ。勝手に人をあてにすんな。晩飯のオカズ程度そこのコンビニででも買えるだろうが
―――実はラボの資金が昨日の買い物で尽いてしまい・・・・
―――ほう、つまりあれか?家賃を滞納しておいて買い物する金はあったと・・・

ひぃ!?と怯えるオカリンおじさんは相変わらず好きなれなかったけど、その時の私はオカリンおじさんが私達と一緒にご飯を食べる準備をしていた事を知って喜んでいた。
そして頭に拳骨されたオカリンおじさんが床でもだえていていると、まゆりおねえちゃんが何も知らずに二階から降りてきて笑顔で「今日もご飯一緒だねっ」と言って、私がお父さんに期待の眼差しを向ければ―――

―――ったく、しょうがねえ野郎どもだ

と言いながらも、お父さんは笑顔でオカリンおじさんの勝手な提案に乗って、私も笑った。
それからも何度か二階の未来ガジェット研究所で一緒にご飯を食べた。
その数はとても少なかったけど、お裾わけをしてもらった時は、その度にお父さんは声をかけた。私も、その度に――

確かにあった幸せを・・・・・

あなたは憶えていますか?記憶に存在していますか?
同じ記憶でなくてもいい。少しでも、ちょっとだけでもいい・・・私に関する記憶で、幸せや、嬉しさを連想してくれるものはありますか?
絶望と挫折の繰り返しに疲弊したあなたの心に、それでもなお、あなたを支え続けてきた想いに、少しでもいい・・・私はいましたか?
あなたの記憶にいる天王寺綯はどんな子ですか?どんな人でしたか?ただの子供?大家の娘、ちっちゃな子・・・・・大切な人を殺した殺人鬼・・・。
私はあなたに憎まれてもいい、恨まれても構わない、嫌われて、恐れられて、殺されたってかまわない。

だけど、誤解されたままなのは嫌です。
誤解されたまま、あなたの前から消えたくない。

願わくば、私は

貴方の傍で、貴方を―――護れる存在になりたい。
私は、貴方を幸せにしたいです。

他の誰かがじゃなく、私が、貴方を幸せにしたい。

我が儘なのは承知している。
そんな資格が無いことも理解している。
私じゃダメだと、私が一番分かっている。

だけど、そう願わずにはいられない。

私は貴方に、幸せになってほしいから


私は―――





χ世界線3.406288



必要とされていた。愛されていた。
でも正義じゃない。彼は悪だった。

気にいらない正義があれば、待望される悪もある。
不愉快な善性もあれば、切実なる悪もある。

今回の相対者はそういう人だ。そうすることしかできなかった。そうしなければならなかった。それしか、できなかった。
天王寺綯から見て岡部倫太郎と、彼に相対している敵はまさにそれだった。
彼らは似ていた。誰かを想うあまりに狂気に走るしかなかった。そうしなければ耐えきれなかった。そうしなければ進めなかった。そうしなければ救えない人達がいた。
その果てに世界が彼らに与えたのは安息のない人生だ。いつになっても終わらない戦い、終える事ができない運命。彼らは悟っている。癒えることなく、赦されることなく、延々と永遠と繰り返される闇。解っている。
もう二度と逃れられないことを、曙の光が自分たちを照らすことは永遠にないと。

そんなこと、誰よりも自分達が赦さないと。

牢獄だ。手足を縛る鎖や枷は無い、世界を隔てる鉄格子も無い・・・・だけど牢獄だ。この世界は彼等にとって牢獄だ。
死闘。苦闘。悲嘆。苦痛。想い。願い。祈り。決意。絶望・・・牢獄には彼らの全てがあった。だけど、本当に大切なモノだけが無かった。大切なモノのために戦っているのに、戦ったのに、いつだって彼らの手元にはそれが無い。
それを知っていて、理解しながら、それでも彼らは戦う。終えることなく、諦めることなく、いなくなった人をそれでも守るように。決して想い人に届かなくても手を伸ばし足掻き続ける。
思う。考える。自分は、天王寺綯は、そんな彼ら・・・いや、鳳凰院凶真の力に、支えになれるだろうか?
彼の敵を滅ぼす刃金に、彼の身を護る鋼鉄に、彼の心を癒せる風に、彼の狂気を受け止めきれる女に、自分なんかがなれるのだろうか。

知っている。識っている。岡部倫太郎は天王寺綯を女性として見てはいても『女』としては見ない。“そう”見てほしい―――――と、願われる事すら恐れている。
他の誰でもない、私にだけは“そう”見てほしくないのだ。唯一の同郷である私には、牧瀬紅莉栖を愛している事を知っている私には純粋に『仲間』としての親愛だけを求めている。
全てを知っている私には、そうであってほしいと・・・。
そんな岡部倫太郎を、想いを寄せる事を拒まれているのに、そんな男を私は支える事ができるだろうか?誓えるだろうか?自分だけは、彼を裏切らないと・・・・。

私は彼の力になりたい。
私は彼の想いに応えたい。
私は彼に求められたい。

戦闘面において自分は『ソールマーニ』には届かない。サポート面において『ヒュアデス』のようにはなれない。だけど精神面に関しては『テュール』よりも、『フレイ』よりも、『ブリュンヒルデ』よりも、何より『ウルド』や『スクルド』・・・・彼女達よりも一歩抜きんでていると思う。
無敵の戦闘能力じゃない、万能な能力じゃない、だけど近くに、傍に居てほしい人として見てもらえたら――――見てくれるなら、そんなのはいらない。力はいらない。肩書も証もいらない。ただ彼に想われたくて、応えたい。
たぶん私は、ここにいる私、天王寺綯はそれが可能なポジションにいる。彼を知っていて、理解しているから。
例えば世界線漂流のキーマン。鹿目まどかや暁美ほむら。彼女達は何も間違っていない、自分より彼と親しくない、と言うわけでもない。彼女達は間違いなく彼と親しく彼の傍に居た。ただ彼女達は分かってはいるが、解ってもいるが、判った筈なのに、岡部倫太郎を肯定する事ができないのだ。素直に褒める事ができない。認めきれない。
鹿目まどか、暁美ほむら、彼女達にとって岡部倫太郎は間違えていないのに間違えている。正しいのに正しくない。優しいのに優しくない。矛盾に挟まれた存在として、だから受け止めきれない。
彼女達はそこで止まる。鹿目まどかは、暁美ほむらはそこまでしか岡部倫太郎に踏み込めない。いつだって、どの世界線でも全てを無かったことにしても変わらない。関係をゼロにしても変化はない。だから岡部倫太郎は託せない、鳳凰院凶真は委ねない、オカリンおじさんは独りで背負うしかない。
だけど自分は違う。天王寺綯はそうじゃない。彼女達と違い岡部倫太郎に、鳳凰院凶真に寄り添う事ができる。意志も覚悟もある。言葉にできる。行動に移せる。迷わない、悩まない。
例え内に秘める想いを無碍にされても、天王寺綯は岡部倫太郎に尽くす。受け止める。

「戦えてる・・・よかった」

綯は晴天の青空に手をかざしながら視線を向ける。そこには日々弱くなっていった男が自分との再会を通して・・・今は遠くの空で、空全体を戦場とするほどの戦闘を行っている。
それを可能にしたのが自分だとすれば嬉しい。形はどうあれ、自分の存在が彼に何かしらの影響を与えたのだから。
今の彼に戦える力を与えているのは自分ではないが、それでも一歩リードとカウントしてもいいだろう。
いろんな意味で、これからの事を思えば――――――。

「いえ、そもそも勝負にもなりませんね!ええ、そうですとも!」

ぼやき、叫んで天王寺綯は頭を振って落ち着こうとした。冷静に考える。想定した相手(敵?)は中学生だ。今の自分も見た目こそ幼いが内面は違うのだ。張り合う時点でおかしい。
だから“これ”は勝負ではない、と言い聞かせる。この世界線のヒロインは自分であって彼女達ではないと思いこむ。
そうだ、この世界線には前回の世界線のように『椎名レミ』や『ズワルトクローゼット』の彼女達はいない。ラボメンの中には怪しい子もいるが・・・・いやだからまさかの子供相手に真剣に意識しているのだろうか?中学生相手に?仮にも自分は岡部倫太郎同様に精神は成熟しているのに?

「うーん」

腕を組んで悩む。だが、とも思う。しかし、とも思う。精神は肉体の奴隷、健全なる精神は肉体から、身体と心の関係は密接なのは理解している。
内面はどうあれ肉体が若ければ多少は引っ張られるのはこれまでの岡部倫太郎を観測してきた自分が良く分かっている。

「・・・・・どちらにせよ、今をこうして一緒にいられるのは私達だけです」

ポジティブに考えよう。この場に居る時点で大きくリードしているのは確かなのだ。
別の場所に我らがラボメン第一位もいるが、彼女は別枠として扱えば―――。

「・・・・やっぱり彼女は要注意人物指定です」

美国織莉子、巴マミとはまた違った意味で危険な子、戦闘面はもちろんだが精神面、男女関係(?)でいえば間違いなく現在もブッチギリの第一位――――。

「オカリンおじさんのロリコン・・・」

とにかく今後、“こういう場に立てる”機会を今この場に居ないラボメン達は、それを得ることすら難しいのだから―――つまりこの世界線で彼女達が“選ばれる”可能性はかなり低い。
今後、今の自分が見ている光景と聴こえてくる音を彼女達は体験する事はないから、それができなければ岡部倫太郎の傍にいることはできないから。
だけど、ここにいる自分ですら駄目だと判っている。今のままじゃ彼女達となんら変わらない理解している。

「ちくしょう、私は・・・・・弱いなぁ」

大きな音が、連続で響き渡る音が、遠くから聞こえてくる。音が聞こえてくる。
それは鉄の音。それは鋼の音。それは動の音。機械の存在音だ。
それは風の音。それは土の音。それは町の音。動きの存在音だ。
それは打の音。それは撃の音。それは剣の音。戦闘の存在音だ。
それは破の音。それは砕の音。それは壊の音。彼らの存在音だ。
窓から見える遠くの空に、視線に映る大空に、その全てを使って螺旋を描きながら激突し合う二つの輝き。
四方だけじゃない。八方越えの天上と大地を駆ける二つ、二人の音が聞こえる。
剣が走る。弾が注ぐ。鎧が弾く。鉄が鳴る。鋼が打つ。機が走る。奇跡と呪い、魔法が世界を照らしだす。
彼らの動作は全て回避となり、攻撃と化して止まることなく互いの存在をぶつけあう。音は応じて呼び、応えるように響く。
全ての動作が一瞬で音速を超えて、加速するたびに水蒸気の爆発を繰り返す。
若草色の光。紫の混じった白い光。誰にも手出しできない超々高速戦闘。
火花が散り、風が割れた。大地が砕けて、空が裂けた。

いつか、こんな状況が岡部倫太郎の日常になる。前回の世界線のように、彼の傍に居たいなら、その日常に耐えきれる精神、自分の身を守れる実力、なにより巻き込んででも一緒に居てほしいと岡部倫太朗に想われる人にならなければならない。
自分にはある。私にはある。天王寺綯にはそれがある。それを望んでいる事を伝えた。あとは彼についていくだけだ。何があっても、何があろうとも、彼を独りにしない。させない。

「それでも私はオカリンおじさんにとっては・・・・・・・」

きっと、それでも足りないだろう。知っている。岡部倫太郎にとって天王寺綯は他のラボメンとはいろんな意味で別格の存在だが・・・だけどそれだけだ。確かに彼にとって特別で、奇跡を超えた存在、だけど“それだけ”だ。その程度なのだ。
確かに彼の特別になれた。世界でたった一人の特別。本来の世界を共有する女性。誰よりも岡部倫太郎を理解し、誰よりも鳳凰院凶真を慰める事ができる人として。

「だけど・・・」

今の彼に必要なのは、そんな唯一の異性じゃない。
今の彼が求めているのは、そんな理想の女性じゃない。
今も、これからも、今後の人生、伴侶として望む人にそれは関係ない。
今も、これからも彼が必要とし求めるのは、今も彼と繋がっている第一位のような都合のいい女だ。

「でも・・・ね、私は諦めないよ。オカリンおじさん」

視線を室内へ戻し、綯は目を閉じる。激しい戦闘が続いている。自分には手出しできないほどの・・・それなのに胸に飛来するのは未来への期待感と遠い過去の記憶。
きっと恐れが無いからだ、彼と一緒にいられるから。今も、今後も、それを確信している。
天王寺綯は日本から遠い異国の地の、とある町の、とある家屋に居た。そこは外見が、内装があの大檜山ビルに似ていた。とは言え、実際に似ているのは外見と見取りが多少似ているだけで普通の建物だったが、あの頃の記憶が浮上する程度には似ていた。

「・・・・嬉しかったな」

一緒にご飯を食べた事も、“らぼめん”の皆がいたあの頃も・・・・・。

「帰ったら酢豚に挑戦してみようかな?」

未来ガジェット研究所。岡部倫太郎と天王寺綯、自宅になりつつある場所で、その台所で彼に料理を作ってあげて、一緒に食べる。

「うん、いいかもしれません」

そんな未来予想図を思い浮かべれば自然と口元がニヤけてしまう。
ニヨニヨと表情が動く様は可愛らしいが彼女自身分かっている・・・・ラボには他のラボメンが寝泊まりしている。
それはつまり――――。

「いえ、乗っ取りとか横取りとかじゃないですよ?」

と、誰かに言い訳をする綯は己の状況に、なんら危機感を抱いていなかった。

「とりあえず片付けますか・・・ご飯の話は後ですね」

目の前の相手には恐怖を抱かない。
“彼”と“彼女”以外には、天王寺綯は緊迫感を抱かない。

「アナタ達には同情はしますが手加減はしません」

ゾロゾロと、破壊された天井や廊下から異形が現れるまで天王寺綯は気になっている異性の心配をしていて、その周囲にいる彼と親しい子の事を考えて、おまけに過去に浸っていた。
だからいけない、と彼女は気持ちを切り替える。それは危険に対しての防衛反応からの行いではない。あの優しい子供たちと大切な記憶に少しでも目の前の存在を関連付けてしまいたくないからだ。
天王寺綯はラボメンの少女達の事が好きだ。優しくて、純粋で、可愛いい彼女達が大好きだ。最初の頃は苦手意識を持たれていたが懐かれてからは毎日ハグである。その前からハグばっかりだったが、彼女達の方からしてくれえるようになってからは感激の嵐。
キリカではないが――――まったく、中学生は最高です!と、つい力説してしまい彼に若干引かれたが本心だ。みんな優しくて、愛らしい子供たち。
だからこそ、うっかり目の前の存在と同時に思い出してしまえば、悔しさからこの使い魔を世界中から根絶やしにするための旅に出てしまう。
せっかく岡部倫太郎に追いつけたのだ。彼女達と触れあえるのだ。この程度の雑魚に有限たる時間を奪われたくない。雑魚とはいえ、この『使い魔』は今や世界中に存在しているのだから。殲滅するにはある意味一生を賭けなければならない。
この使い魔は『ワルプルギスの夜』や『救済の魔女』同様に、世界にとっての脅威の一つに数えきれる存在だから。

「ん~、実物はやっぱりキモいですねー」

唇に人差し指を当てながら異形を観察する綯は見た目こそ年相応に可愛らしかったが、その態度は周囲の状況とあまりにも乖離していて、その笑顔は逆に不気味だった。目も相変わらず笑っているようには見えない。
綯を包囲している使い魔の大群。それらは一応、人間としての形を持っていた。建物の床や壁、天井に四つん這いになって蜘蛛のように張り付いている姿は不気味で、廊下や部屋、それどころか外を含めた周囲を埋め尽くすその数は死体に群がる虫のようで不快だった。
全身が生身と機械の融合した鎧できている。銃弾はおろか個体によっては小さなミサイルにも耐えきる耐久力、人間には絶対に真似できない機動力、魔法をある程度反射し吸収する能力。その機械で出来た肌は生物的な滑らかさがあった。触れれば温かく、脈動を感じる事ができる身体。
奇妙な体躯だ。生身の部分は金属の質感を持ち、逆に鋼鉄は生物らしい生々しさがある。人と鋼鉄が融合した身体。溶け合い、区別が曖昧になっている。

『■■!』
『■   ■■■!!』
『 ■ ■■!』

機械でありながら人間のような柔肌、無機物でありながら人間のような温かさ、残骸と成り果てたそいつ等のうち一体を綯はゴミを捨てるように壁に投げた。

「うるさいですよ」

残骸は壁に張り付いていた一匹を巻き込んで――――そのまま壁を突き破り外まで噴き跳んだ。どれだけの力が発揮されたのか、文字通り噴き跳んだ。


『■■!!』

上半身部分だけとはいえ、見た目よりもずっと重い使い魔を、空気の壁を突破して叩きつけた。
そして手のひらについた汚れを落とすように両手を叩きながら、魔法少女に変身している天王寺綯は小さな室内を埋め尽くそうとしている使い魔を眺めながら思う。

(・・・・こんなんでも“元人間”のはずなんですけどねー)

目の前の使い魔は全て元人間だ。それも数日前までは普通の生活をしていた一般人。それを自分は躊躇いなく攻撃し、容赦なく破壊し、遠慮なく粉砕した。まるで加減することなく。それらに妥協なく。
終わった存在を終わったモノとして雑に扱う。他の、この世界のラボメンならどうしただろうか?連れてきた彼女達ならともかく日本に残っている彼女達は・・・・なんて、“どうでもいい”ことを考えた。さっきから彼女達の事が頭をよぎる。意識しすぎだ。
意識を切り替えるために自分の両腕を眺める。既に手遅れ、終わった存在に対して引導を渡した自分の手は独自の魔法によって巨大なライトグリーンの装甲に包まれている。
今の天王寺綯は魔法少女に変身していて、その姿は前回の衣装から変更がされ今は本来の世界で中学生の時に使用していた夏服セーラー服と、その上から白衣を纏っているだけの姿なので・・・ロボットのような強大な鋼鉄が両手に無ければ一目だけでは普通の女子中学生にしか見えない。
もっとも日本ではない異国、ロシアで日本の女子中学生が白衣を纏っている姿は異様だが、中学生にしては小柄すぎるが・・・彼女はこの衣装に納得していた。気にいっていた。成長したら多少変更を余儀なくされるが白衣はそのままにしようと思っている。

『■!!』

余所見を好機と思ったのか、その程度の知恵があるのかは不明だが一斉に使い魔は綯に襲いかかる。
正面から同時の――――しかし向かってきた全ての使い魔が鋼鉄に覆われた腕の一振りで粉砕される。

「ふっ!」

身長が150㎝にも満たない天王寺綯の大振りな一撃に個体によっては2mを超える使い魔達は圧倒的パワーに身体をバラバラに粉砕された。
どこか丸く感じる、気の抜ける声にも聞こえる掛け声、しかしそれから繰り出された攻撃で強力な装甲を持つ使い魔は一気に数を減らした。

「まだまだぁ!」

さらに返す刀のように、もう一撃。振るわれた腕から衝撃波が走り直撃しなかった使い魔も弾き飛ばされる。
まるで暴風。竜巻。使い魔ですらこの有様だ。家屋はあっさりと崩れ去った。
遠くの空で行われている戦闘にはついていけないとはいえ、それは向こうが規格外なだけであって彼女もまた世界中にいる魔法少女と比べれば高レベルな存在ではあるのだ。

それもかなり稀有な存在として。

建物が崩れたことで大量の粉塵が舞う。あっさりと壊れ、瓦礫は山のように積もるが所々で使い魔が這い出してきた。普通の使い魔なら瓦礫のプレス、それだけで倒せる場合が多いがこの相手は違う。普通の魔法少女相手にはかなりの脅威になる存在、一匹一匹の戦闘力はかなり高い。
綯にあっさりと撃破されてはいるが、この使い魔は決して雑魚ではない。間違いなく強敵で、脅威なのだ。普通は、通常は、一般的には。例えばここにはいないラボメンにとっては―――やはり脅威なのだ。

「ボルトヴァリアブル――――」

だからこそ、その使い魔をあっさりと倒す彼女が、その強すぎる使い魔が50や100いようが問題視しない天王寺綯が瓦礫程度に押し潰されるはずはなく、寧ろ敵の動きが状況把握のために建物の内外問わず止まっているこの状況は、自身の上に瓦礫が積まれていても良しとする程度の事にしか感じられない。
彼女にとってこの程度はまるで苦ではない、そこから分かるように彼女の実力は他を凌駕していた。
そして、これができなければ、この程度を自分だけで対処できなければ岡部倫太郎の傍に居る事は出来ない。

「バーストハンマー!!!」

綯を中心にして大地に爆炎が走る。それは周囲に居た使い魔を巻き込んでの半径50m以上の全方位攻撃、使い魔の数は60以上、全ての使い魔の足下に爆炎が走った瞬間、その一秒にも満たない時間での全方位攻撃で―――その爆炎は使い魔の身体を浸食し―――彼女は敵の全てを爆散させた。


ドガァアアアアアアン!!


爆散された使い魔は文字通り木端微塵、塵となり灰となる。天王寺綯、彼女は世界中から見ても危険とされる使い魔を圧倒的戦闘力で蹂躙した。撲殺し、爆殺した。
ぱらぱらと、粉砕爆砕された使い魔の身体の一部が小雨のように瓦礫から這い出てきた綯に降り注ぐが彼女は気にしない。自動で展開されている微弱な魔力が破片や欠片を弾いてくれる。
自分の体よりも大きな両腕に装甲されたライトグリーンの魔法、それを天にかざして う~ん と伸びをする彼女は一息ついて言葉を紡ぐ。

「スキルパージ ボルトヴァリアン」

言葉と意思を受け取った魔法は粒子となって霧散する。白衣の裾は摺り下がって小さな手と真っ白な腕が、彼女の健康的な肌が外気に触れる。

「ん、ん~っ、風が気持ちいいですねー!」

ただ一匹の存在が及ぼす影響力はとても大きく、たた一匹でも脅威の戦闘力を持つ使い魔を圧倒的に、暴力的に、作業的に100近く粉砕した魔法は消えた。
残るのは白衣姿のセーラー服女子中学生というシュールな光景だ。

「さて、私達の実力はいい加減解ってもらえましたか?」

にっこりと、綯は笑顔を空へと向ける。目だけは相変わらず笑っていない。

『・・・・・』

そこには粉砕してきた使い魔と似ているが、似ていない存在が宙に浮いていた。その数は三体。
その内のニ体は同じ形だ。機械のような身体は今まで潰してきた使い魔と同じように黒い、違いは身体に走る節々のラインに血のような色の光を放っている事だろう。航空戦闘が可能な稀有な個体、その強さは今までとは違う。
しかし綯はそのニ体に声をかけたつもりはない。どうせ聞いていないだろうし破壊する事に変わりはない。何より彼女にとってこのニ体も雑魚にすぎない。
真ん中にいる残り一体。綯が声をかけたのは“彼女”だ。使い魔の『デモニアック』ではなく、その上位種である『ブラスレイター』の“彼女”にだ。
魔女本体ではない。しかし魔女よりも強い。『ブラスレイターアスタロト』。“彼女”も人の形をしている。全身を薄い緑色の滑らかな装甲に身を変質させている。女性的フォルムの装甲、今までの個体とはだいぶ違う、頭と腰には赤い網目状の王冠とスカートがある。道化師のようにも見え、女王のようにも見える。強壮で、禍々しい姿。
それは使い魔を従える魔女にも、有象無象に増え続ける悪魔を統率する王にも観えた。禍々しいのに美しくも感じる。ディソードとはまた違う存在感が彼女にはあった。
綯は知っている。識っている。“彼女”の強さを、“彼女達”の強さを、岡部倫太郎を通して観測した事がある。はっきりいって見滝原に残してきたラボメンで“彼女”に対抗できる存在は・・・・・勝てる要素がある子はよくて二人だけだろう。

「黙らないでくださいよ。ベアトリス・グレーゼさん――――殺しますよ?」

とは言え、綯も普通に戦った場合“彼女”に勝てる見込みはほとんどない。
というか無い。“彼女”と戦うなんて無理で、無茶で、無謀だ。

『――――』

それほどの実力がある“彼女”を綯は挑発し、しかし“彼女”がとった判断は――――上空への退避だった。

「・・・・・へ?」

それは一瞬での出来事だった。並みの銃弾は弾き返しミサイルにも怯まず魔法ですら決定打を与えきれない装甲を持ち、その機動力は現代の戦闘機を凌駕する存在である飛行型のデモニアックと、その上位種たるブラスレイターの“彼女”は、見た目は小柄な中学生である天王寺綯に背を向けて逃げ出した。
綯は予想もしていなかった展開に唖然として、ハッとした時には既に雲の上にまでその三体は退避していた。

「あ、あっちゃ~~っ、まさか脇目も振らずにその判断、油断しました」

“彼女”は本当に強い。岡部倫太郎と繋がり、彼の能力を引き出さなければ正気が見えない相手だ。
だから挑発した。自在に空を飛翔し、遠距離からの魔力弾を撃ち込まれては面倒なので地上戦へと持ち込もうとしたのに――――。

「ああもうっ、文句も言ってられない!」

“彼女”は自分を警戒している。何処かで自分の情報を得ていたのか、厄介な事になった。油断は誘えず、おまけに空中は“彼女”の十八番、空戦可能なデモニアックもニ体残っている。
見送るべきだ。下手に手出ししない方が良い。それを承知している。それを理解している。
そもそも“彼女”と戦う理由はない。だけど、それでも、天王寺綯は―――。

「スキルセット―――ガンヴァレル!!」

気づかぬ内に、暴走していた。
言葉と同時に彼女の両の拳と上腕部分を白い装甲が覆い、首元には若草色に輝くマフラーがリアルブートされる。
綯は拳同士を打ち付け気合いを込める。肺一杯に空気を吸って視線を上空に向ける。
戦う。戦う。戦う。戦って――――勝つ!証明する。天王寺綯は強いと、死なないと。
勝利をあの人へ届けたいから、鳳凰院凶真に認めてほしいから、岡部倫太郎に選んでほしいから。

「元気一発!疾風怒濤の―――」

意思を、意志を、感情を、想いを魔法へとシフトする。自分の想いを力へと変える。この世界で手に入れた確かな奇跡を身に宿らせる。
地面に届くほど長い首元に巻かれたマフラーは光を放ち、足下には茶色のラインで描かれた魔法陣が展開される。
彼女は行く、敵の十八番である土俵へとワザワザ踏み込んでいく。不利を承知で挑む。
負けたくないから、絶対に負けたくないから、“戦わなくてもいい戦い”に――――天王寺綯は跳び出していく。

―――未来ガジェットM10号『バタフライエフェクト』起動

魔力光がブラウンからスカーレッドへと変わる。
電子音と同時に魔力が強化される。沸き上がる。吼える。
戦える。意志が、想いが力になるというのなら自分は誰にも負けない!

「ガンヴァレーーーーーーーーーールッッ!!!」

なによりも彼女達に、これまで岡部倫太郎を支えてきた未来ガジェット研究所にいる彼女達に負けたくないから。


ッッッッッッキュドン!!!!!


それもまた一瞬のことだった。マフラーの光が掛け声と共に炸裂し綯を飛翔させる。彼女は空気の壁を突破して青空へと突撃していった。
綯の動きは、その速さは、もし近くに誰かが居たのなら“ロケット花火”と表現したかもしれない。ロケットそのものではなく、ロケット花火。
ロケットのように遠くから見る限り発射した後も目視できるそれらと違い、近くで点火した場合、視界から消える速さ。

「―――――か~~~~ら~~~~~~~の~~~~~~~~~~~!!」
『ナニッ!?』

一気に、一瞬で、爆発的な加速をもって上昇した綯は、まさかここまでやってくる事はないだろうと油断していた三体の敵に向かって拳を振るう。
・・・この三体に油断したからだと指摘できる者はそう多くはないだろう。この三体がいる位置は旅客機が飛行する空の高さにある。地上からその高さまでの距離を一瞬で詰める敵を想定できるはずもない。
普通は、仮に魔法の存在があったとしても、知っていても転移ではなく純粋飛翔でそれを可能にする存在は世界に10人もいないのだから。

「ガンヴァルウウウウ―――!!」

なんだかんだ、結局隙を突ける形になった。瞬時に“彼女”を護るように移動した使い魔だが――――遅い。それではダメだ。迎撃も回避できないのだから判断自体は間違えていないが、その一瞬の判断力は脅威とも言えるが、殺せるのだから脅威足りえない。
既に綯の片腕には魔力で出来たトルネードが形成されている。あとは叩きつけるのみ、防御に魔力を割く暇も無いのなら防げるはずがない。

「ドリラァアアアアアアアアア!!!」

現に、あっさりと使い魔は粉砕される。

メギャァアアアアアアッ!!

ドリル状になった綯の魔力攻撃はニ体の使い魔の装甲を砕き、貫き、圧搾し、細かな破片へと砕断した。
そして彼女の攻撃はそれだけでは終わらない。十分な攻撃力を保持したまま、その加速度は衰えることなく“彼女”にも届く。

『――――ッ!!?』

ボンッ!!

聞こえた音は上空の雲が大きく抉られた音だ。空にかかった雲がドーナツ状に大きく抉られる。
彼女が、天王寺綯が高速で上空を“突き抜けた”影響で、その衝撃波で雲が払われたのだ。
そしてその時には使い魔ニ体は残骸となって空に散っていった。

「わおっ!流石に一撃では無理でしたかー!」
『ギ、キッサマァアアアア!!』

そして綯の攻撃は“彼女”の魔力で創られた防護壁を突破はしたものの、その左肩から先を貫き―――そこから先を消滅させるに終わった。
“彼女”相手に言えば十分な、まともに戦っていれば傷一つ付けきれなかったと思えば奇跡的な、稀に見る偉業だが致命傷には今一歩足りない。
空中で、ほぼゼロ距離で顔を合わせる。

『オオオッ!!』
「フッ!」

完全に加速を失った綯に“彼女”は残った腕で、薄緑色の装甲に変質した手で目を狙った貫手を発射、弾丸の速度を超える貫手だ、発射という表現で間違いはないだろう。
対し、綯はそれに臆することなく、反射的に目を閉じることもなく首を回すことでそれを回避。髪を結っていた片方のシュシュが髪の毛数本と一緒に切断されたが綯は貫手を避けた。
ダメージによって“彼女”の動きは鈍くなっている。“彼女”相手に勝機があり、それを見逃すわけにはいかない。本来の目的から逸れるが可能なら撃破しておくべきだ。

『ナ――!?』
「言い忘れていました」

そのまま体全体を高速で回転させ――。

「私の得意分野は足技です」

“彼女”の頭部を蹴り飛ばす。

ズドンッ!!

網目状の王冠が破壊され、顔が変形、めり込むほどの威力。空気が爆発した音と、ソニックブームの衝撃波が広がり、当然“彼女”は噴き跳んだ。
しかし綯は見た。左肩から先を失い、胸部にも少なからず亀裂が入り、更に今は頭部にも深刻なダメージを与えた。普通ならここで終わり、ブラスレイターといえども戦闘続行は不可能で、それこそ死んでしまってもおかしくはない損傷具合。それでも動く、諦めていない意志をその瞳に見た。
知っている。識っている。“彼女”の強さを、意志の強さを観測した事がある天王寺綯は覚えている。そこから生まれる感情は奇跡にも呪いにもなって世界を超える力となる。

『マ、マダッ、マダダアアアアアア!!』

“彼女”は変質した自分の体のあちこちから真っ赤なフレアを放出し、高速で噴き跳んでいた体に急制動をかけて己の敵、魔法少女である天王寺綯のいるべき方向へと身体を向ける。
“彼女”の視界にはノイズが走り体中から体液が零れていくが構わない。“彼女”は必死ではなく決死の攻撃、体内に宿る魔力を最大限に引き出し追尾型の魔力弾を右腕に―――――


「スキルセット スナイデル」


途切れ途切れの“彼女”の視界に、極太の銃を構えている綯の姿が観えた。


「私は貴女を認めています。その意志の強さ、主に向ける忠誠心、貴女は間違いなく強い」
『ァ――――』
「だから殺す。危険だから、あの人の敵になるから、今ここで確実に殺す―――お前は 絶 対 に 殺 す 」


『騎手の魔女』の使い魔デモニアック。使い魔の血を浴びた人間を新たな使い魔にする感染タイプの魔女の使い魔。ただ一匹だけで町が滅んでしまう危険を持つ存在。魔女本体こそ既に滅ぼされているが魔女の特性を受け継いでいる使い魔が未だに殲滅できていない。感染率が高く日々その数を“世界中”で増やしている災厄。
しかし世界には感染しても天文学的な確率で呪いに対抗し魔女の力を得る事ができる存在がいた。人の意志をもったまま人を超えし者、魔法少女を凌駕しデモニアックを従える覇者『ブラスレイター』。
“彼女”は、ベアトリス・グレーゼは現存するブラスレイターの中でもトップクラスの実力者だ。現代兵器はもちろん、使い魔を、魔女を、高レベルの魔法少女ですら彼女を傷つける事は至難の業であり、それによって忘れていた感情がある。
その感情を“彼女”は思い出していた。目の前の少女によって久しく忘れていた感情を強制的に呼び起こされた。見た目は中学生で愛らしい少女に、その眼光だけで魂を刈り取られるような錯覚を覚えながら。

「Jackpot」

恐怖を。

“彼女”、ベアトリス・グレーゼはこの世界からしてみればとても稀有な存在で、それゆえ彼女は普通の人間のように日常を謳歌できない。使い魔の血に浸食されながらも発狂することなく人の意志を保ち続け、呪いを克服し魔女でも魔法少女でもない魔法の使い手、ブラスレイターとなった。
それが始まりで、終わりだった。
“彼女”は既に人間とは呼べない存在だ。纏っている装甲を魔法少女の衣装のように魔力へと霧散させれば人間としての身体が装甲の中から現れるが、見た目がどんなに人間であっても“彼女”は既に人類から逸脱している。

『申シ訳・・・アリマセン・・・』

魔法少女とは違い肉も、内臓も、血も、魔女同様に呪いと穢れで出来ている。
本人の意思には関係なくデモニアックを引き寄せてしまう。
人里離れようが何処からともなく現れる。群がり、暴走し始めるデモニアックをどれだけ殲滅しようが終わらない。
厄災として憎悪され、利用されるために攻撃される。

『ザーギン・・・様』

人じゃない、化け物。ブラスレイターになったその日から“彼女”は世界中から憎悪される存在になった。世界中の魔法機関から追われる身となった。誰も彼もが“彼女”を利用し、排除し、抹殺するために奇跡を願い、願いを託し挑んでくる。
それでも彼女は幸せだった。憎まれ、疎まれようと、世界中から狙われようと彼女にとって問題無かった。彼女は傍に居る事ができたから、ただ一人、“彼”の近くで生き、“彼”に支えられ、時に支えてきたから・・・大切な人の力になれたから彼女は幸せだった。
世界で一番大切で、大好きな人のために生きてきたから彼女は間違いなく幸せだった。
それを承知で“彼”もまた“彼女”を受けいれていたから、間違いなく“彼女”は幸せ者だった。世界中から憎悪されようと、少なくとも天王寺綯からみればベアトリス・グリーゼは羨むほどに、女として幸せだったろう。

例えここで朽ち果てようと、“彼女”は既に自分一人では抱えきれないほどの幸運を手に入れていた。

綯が“彼女”に打ち込んだ弾丸は真っ直ぐに心臓を目指し突き進む。距離、威力、タイミング、“彼女”に対処は不可能で当たればば間違いなく機能停止――それは死だ。
己の死をまえに“彼女”は恐怖し、だけどそれ以上に“彼”のことが気になっていた。強者として存在していたにもかかわらず一瞬の油断から格下相手に死に瀕しておきながら、彼女の胸に宿るのは“彼”に対しての想いだった。
敵対者の事など、目の前の天王寺綯も、今“彼”と戦っている鳳凰院凶真の事も気にしない。“彼“が負けるはずがないと信じているから、だから気になっているのは自分がいなくなることで、自分が死んでしまう事で“彼”にいらぬ負担があるかもしれないと・・・心配した。
きっと自分がいなくても“彼”は大丈夫だろう。自分の死を悲しんで、それでも止まらずに歩き続けてくれるのは分かっている。だけど・・・少しでもその負担を背負ってきた、支えてきた、それができなくなる事が何よりも怖かった、恐怖した・・・・・・もう“彼”に全てを託すことしかできない事が悲しかった。
自分はもう傍にはいられない、力になる事は出来ない。たとえわずかでも重荷を和らげる事は出来ない。それが申し訳なかった。自分程度の事で“彼”がまた傷つくのが分かるから――――

『ワタシハ、ココマデノヨウデス』

迫りくる弾丸を、時間を先延ばしにしたような感覚のまま、“彼女”はアイレンズ状の眼を閉じた。
死ぬことに恐怖が無いわけではない。未練が無いわけでもない。まだ生きて“彼”の傍で“彼”の役に立ちたかったが、そうもいかない事をリアリストである彼女は理解している。
だから“彼女”は“彼”のことを想いながら自分の死を前に、ただただ“彼”の未来を思った。
いつも誰かのために行動していた人を、いつだって誰かを想っていた人を、いつまでも優しかった人の幸福と未来を祈りながら、“彼女”は凶弾を受け入れる。

“彼”と出会い、共にいれた。必要とされていた。そんな抱えきれないほどの幸運を噛みしめながら―――

『―――ベアトリス』

“彼”は、世界に抗う者は、そんな“彼女”の想いを裏切る。

「え!?」
『!?』

綯は眼を見開いた。完璧に完全に仕留め切れるはずだった弾丸が弾かれた。

『マダ死ヌナ』

“彼女”の幸運は止まらない。終わらない。終わらせない―――――諦めない。岡部倫太郎のように、鳳凰院凶真のように、世界中を敵にしてでも戦う“彼”の意志が“彼女”の運命を覆す。

「まずっ!!?」

バッと、綯はとっさに右腕の装備していた銃を身体の前に翳す。少しでも“彼”と距離を開けるように、少しでも遮蔽物を求めるように、“彼”を相手にそんなモノは無駄でしかないと分かってはいたが―――・・・やはり、あっさりと銃ごと綯の胸は切り裂かれた。
白と紫の分厚い装甲を纏った巨漢。巨大な翼を具象化させた馬に跨った西洋甲冑。英雄のような出で立ち、事実“彼”は間違いなく英雄だ。我を通し、仲間を護り、悪を憎み理不尽を覆す。憎悪をぶつけるべき相手を間違えず、いつだって正しい怒りを胸に、その手には敵を討つ剣を握る。

「がっ、はぁ!?」

綯は状況を確認する。認識する。胸元から鮮血が、意識が途切れそうになる。しかし致命傷じゃない、まだ死んでいない。なら問題は無い。ここは魔法のある世界、自分は奇跡を纏う事ができる存在、あの人と違い自分には確かな力がある。常識に対し理不尽と表現しても言い魔法を使えるのだ。
致命傷でなければ耐えきれる。意識があるなら動ける。意志があるなら戦える。奇跡も魔法もないのに戦い続けた人を知っている。文字通り感情一つで戦い続けた狂気のマッドサイエンティストを・・・・だから怯まない。
あの人は一度だって言い訳をしなかった。ならば魔法を扱える自分が、奇跡を纏う自分が、この程度で根を上げるわけにはいかない。この程度・・・・いつだって乗り越えてきた人の隣に立ちたいのなら。

「スキル、パージッ・・・」

目の前の騎士。最強のブラスレイターから距離を置くために装備している魔法を変更する。

「スキルセット!スティングーマ!!」

口と胸から零れる血を無視し叫ぶ。痛がるのも怖がるのも後からできる。今は生きる事を最優先にすべきだ。それこそが絶対条件、自分まで・・・・岡部倫太郎を悲しませる訳にはいかない。
魔力が収束し形となって顕現する。腰から下方向に向けて二枚の翅のような青いパーツが伸び、足には同色の鋼鉄が装備される。この瞬間まで綯は零れる血に動揺せず、突然の割り込にも焦ることなく冷静に対処しようとした。
各パーツの先端から魔力フレアが勢いよく放出し後方へ加速、最高速度で距離をとって綯は現状打破を――――――

(―――――オカリンおじさんは?)

視線の先で“彼女”を片手で抱きとめている騎士を確認しつつ綯は気づく。目の前の敵は先刻まで岡部倫太郎と戦っていたはずだ。遠くの空で、全てを戦場に変えて、誰にも手出しできない決闘を――、彼はどうなった?
敵は目の前に居る。此処に居る。遠くの空に居たはずなのに、今はここに居る。居る事ができる。つまり、それは・・・・・。

(負けた!?M3―――オカリンおじさんが・・・!?)

一瞬浮かんだ予想と予感は魔法を扱う感情に大きく刺激した。ドクン、と心臓が跳ね上がり冷静になるべきだと解っていたが魔法は正直に、素直に持ち主の意志を汲み取り実行する。
魔力は感情で制御する。魔法は感情で動かす。個人の抱く気持ちが常識を覆す。漫画やアニメのような陳腐な設定・・・それがどんなに危険なことか、実感した。
“自分の意思で”、だけど“勝手に”綯は身体を反転させる。距離を取ろうとしていたのに無理矢理方向転換、身体の奥から無限に沸き上がる力に逆らえない。一瞬の感情が魔法へとシフトし、それに引っ張られて身体が勝手に動く。だけどそれは暴走じゃない、確かに自分の意志だ。
目的と過程【手段】が逆転するように、魔法の使用によって、発動によって感情が加速する、沸き上がる。強い感情が魔法を生み、それがさらに感情を誘発する。

ドンッ!!

だから最強の騎士に正面から突撃する愚行を犯す。

『・・・・・・』

騎士は右手に持つ武骨なクレイモアを横薙ぎに振るう。
無言で、その兜の下でどんな表情をしているのか綯には分からない。連れを傷つけられた事に怒っているのか、仲間を失った者を憐れんでいるのか、愚かな挑戦者に呆れているのか、その攻撃は手を抜かれていた。
とは言え、それでも神速の斬撃。刃は空と音を引き裂いて綯に迫る。

「っああ!!」

身体を回転させてのバレルロール、斬撃をかわし、綯は勢いをそのままに“彼”の側頭部に装甲を纏った右足を叩きつける。
先程“彼女”の頭部を蹴りつけた時よりも強力な一撃。魔力が込められた一撃はまさに閃光一閃。10号機の効果はまだ続いている。威力は通常時の攻撃力を遥かに上回っている。
そして直撃した。カウンターとしてのタイミングは最高だったはずで、ドバン!と空気の破裂する音と一緒に確かな手ごたえを綯は感じた。

『・・・』
「―――――」

それでも、まるでダメージが無い。吹き飛ばせない。

―――未来ガジェットM10号『バタフライエフェクト』停止

「――――ぁ」

綯の身体から紅い光が消えて魔法が、魔力によって強化されていた効果がぐっと下がる。
同時、ようやく自分の行動の・・・・最初から気づいていたが、それでも動いてしまったのだから魔法とは厄介だ。
本当に厄介だ。魔法は本人の感情に敏感に反応する。例え意志で押さえつけても、強力な魔法少女ほど突然の事態には完全に制御できない。どんなに押さえつけて、否定しても自分の心の底の願望は、想いは消せない。
だから魔法となって顕現する。時に魔法少女の意思に反して。
知っていた。岡部倫太郎を通していろんな少女達を見てきたから。だからこれは、こうゆう自体は何時か起きると予想していた。自分がここまで我武者羅に引っ張られるのは予想外だったが―――

「がっ!?」

追撃、逃走、どれでもいい、何でもいい、ただ止まったままでは意味が無い。行動しなければいけなかった。
しかし綯が動くよりも先に、行動の選択を、それを思い浮かべるよりも先に相手が動いていた。

(この馬ッ)

騎士が騎乗している馬に前足で蹴り飛ばされた。騎士の跨る馬、足場の無い宙を闊歩している時点で普通じゃないのは見た目の巨大さをおいても分かる通り、この馬も―――

「―――ッの、このくそ!」

口から汚い言葉が零れる。テレビゲームで熱中する時以外でこんな言葉が出すのは悔しくて情けなかった。
もう一度、実力差に諦めずに、生きるために再度攻撃しようとして―――

ドシュ

左足を切り落とされた。泣きたくなった。

「スキルセットスターラプター!!」

情けなくて、悔しくて、涙が溢れる。

ボンッ

右手に巨大な剣をリアルブートした瞬間、“彼女”の魔力弾に右肩を撃ち抜かれる。
仕返しか、“彼女”と同じになった。肩から先を失った。

「ス、スキルセッ――――」

ドッ!

馬の突貫からの頭突きによって身体を九の字にしながら落ちる。

「ハッ、ァ―――」

ああ、勝てない。抗えない。分かってはいたが・・・・ほんとに、どうしようもない気持ちになる。
彼を独りにしないと、あの日、あの時言ったのに、彼が涙を見せるほど心をさらけ出してくれたのに裏切ってしまう。私が死んで、彼を悲しませて――――

―――そんなのは、嫌だ

自分だけは、天王寺綯だけは“それ”をしてはいけない。
絶対に、何があろうと、例え相手が最強の騎士だろうが魔女だろうが関係ない。
死んではいけない。いなくならない。岡部倫太郎の元から絶対に――――喪われない事を証明しなければならない。
もう一人しない。誰もがおいていく、誰もがついていけない、誰も憶えていない、ずっとずっと一人ぼっちだったのだ、岡部倫太郎という人は――――

―――いや・・・・嫌だ!コレ以上、悲しませない!

ぐっ、と残された左手の拳を握る。胸元からは最初の事よりも血が勢いよく流れるが魔力は全て左腕に、喉には血が溜まり呼吸ができない。それでも肺から残った酸素を吐き出す。
身体状況は極めて危険、魔力は残りわずか、予備のグリーフシードは無し、敵は最高位のブラスレイターが三騎。
勝ち目は無く、勝機は無い。逃げる手段は無く、逃走は不可、凌ぐ技量は無く、耐えきれない。逃走も抵抗も無理で無茶で無謀。

―――だからなに?  上等だ!

「―――セット、ガンヴァレル!!!」

九の字に曲がった身体を起こして前を向く。上を向く。
首元にマフラー、左腕に渦巻いた魔力が白い装甲をリアルブート、敵機が迫るなか白の装甲はアンクの光を宿らせる。
ギッ!と落ちながらも綯は相手を睨みつける。それで怯む相手では決してないが、その間に身体を切断されかねないが綯は真っ直ぐに睨みつける。
沸き上がるいろんな感情を、たった一つの想いで塗りつぶし魔法へと変える。それを眼前の敵に叩きつけるために吼える。

「負けない、負けられない――――負けてたまるか!!」

二人を乗せた巨躯の馬が突撃し、抱かれた女王が魔力弾を放ち、最強の騎士が剣を振るう。
今や綯にとってどれもが必殺になる攻撃で、どれ一つ防ぐ事は出来ない。
分かっている・・・・・感情は沸騰し、激情に駆られながらも冷静にその事を理解していた。

―――それがどうした!!

それでも諦めない。諦めきれない。やっとこの手は届いたのだ。ついに想いを伝える事ができたんだ。
なによりも約束した。ただの口約束だがそれが彼の希望であり、彼が唯一望んだことだったから―――それを破らないために抗う。
感情が、想いが魔法へと変わり常識を覆す。その強さが威力を底上げする―――だからといって状況打破できるほど世界は優しくないが、何もしないままやられてたまるか!
全力全開乾坤一擲!持てる力と沸き上がる感情を左腕に集め解放する。

―――私は 天王寺綯は岡部倫太郎の、鳳凰院凶真のパートナーになるんだ!

眼前の死に向かって、綯は左腕を前へと突き出した。


「ガンヴァルアンクッ、ストライカァアアアアアア!!!」


激突は大爆発を起こし、ロシアの空を赤色に染めた。





人生は判断と決断の連続だ。

日本、見滝原。

「うーん」

ラボメン№02鹿目まどか。彼女は涼しげな仕立てのワンピースの上から更にゆったりとした袖のボレロを羽織り、鏡の前でおかしな個所はないか入念にチェックしていた。
普通に可愛らしい格好だ。小柄な彼女にとてもよく似合う。だが、どこか着慣れていないというか『慣れないお洒落をしている』感がある。こう・・・ぎくしゃくしているのだ。
もっとも彼女の場合、そんな微かにみえる態度がむしろ微笑ましく、余計に可愛らしさを増強しているが、そんなことに彼女は微塵にも気づいていなかった。

「変じゃ・・・ないかなぁ?」

くるくると、鏡の前で何度も角度を変えながら自分の姿を確認して早30分。ようやく彼女は納得したのか脱いだ制服と散らかった洋服をクローゼットに収めて自室から出る。
学校が終わって寄り道せずに家に戻ってきて、しかし用事を済ませるためにこれからまた外出するのだ。
長々と着替えに30分かけてしまった彼女だが割と急いでいたりする。本当なら学校から目的地に直接向かってもよかったのだが母親からついでとばかりに用事を追加されて――――――

「遅いぞーまどかー・・・って、わざわざ着替えたのかい?」

リビングに降りれば母親の鹿目洵子が呆れているような表情でまどかに視線を向けてきた。

「だ、だって帰り遅くなって泊まりになるかもしれないしっ、久しぶりだから、せっかく買ったもの着ていこうかなって・・・」
「たかが数日だろうに・・・・あーはいはい、じゃあ悪いけど資料お願いね」
「もーっ」

話を振ってきといて反応が薄い事に若干まどかは不満を抱いた。結果論だが時間がかかってしまったのは、集合時間に遅れるのは母・洵子の都合であってまどかはそれに巻き込まれたのだから思うことはある。
普段は朝が弱い事をぬかせば完璧で理想の大人の体現者たる母だが今回はなんだか納得がいかない。そもそも彼女は娘の自分に『女は外見を舐められたらダメだ』と普段から言い聞かせてきた・・・・・自分なりに頑張ったのだ。
なのに投げやりな態度で対応されれば年頃の娘としてはこう・・・・ね?普段の格好良い母親とのギャップもあって落胆という気持ちが出てくるものだ。

「コレって何の資料なの?」

だからか、まどかもつい投げやりな態度を取ってしまうが、そんな娘の様子を洵子は微笑ましそうに受け止め質問に答えた。

「小額献金システムの整備関連と広報業務、メディア各社への売り込み案にマーケティング、それから――ー―」
「えっと・・・・ママのお仕事ってなんだっけ?」
「色々だよ」

娘が言葉につまった。母は面白そうにしていた。

「えー・・・・と、これって大切なモノじゃないの?」
「アイツもちょっと噛んでるから問題ないよ」
「で、でもまだオカリンは――」
「織莉子ほどじゃないよ。織莉子にはウチの会社がロシアに新しいブランドを建設させるから現地での資材調達ルート確保やそれに連なる鉄道のアイディアを・・・・ああ、織莉子は岡部と違って本気で期間限定なのがもったいないな」
「・・・・織莉子さんまだ学生だよね?」
「一つ上だっけ?大学卒業まで長いね・・・・うーん」
「やっぱりすごいなー・・・ママにそこまで言わせる人って滅多にいないよね?綺麗だし・・・」
「たぶん史上初の快挙だね。今のうちに契約でも結んで高校卒業と同時に会社に入ってくんないかなぁ・・・美人だし」

美国織莉子はまだ高校も出ていない未成年。そんな事はできないし洵子もそれは十全に理解しているが、その声にはマジな成分が十分に感じられた。
しかし本当に何の仕事をしているのか分からなくなってきた。いや一つ一つは何となく分かるのだが仕事の幅が大きすぎて何がどれが本業なのか分かりづらい。
受け持った仕事のジャンルが雑多すぎて理解が追いつかないのだ。聞くだけでこれだ、直接巻き込まれた先輩は無事だろうか?大型連休を利用してのまさかの国外研修、自分の母親ながら本当に大胆な女性だった。

「いや待てよっ、その前に会社を乗っ取って!いや・・・新しい会社を立ち上げてからのほうが―――」
「えっと・・・・オカリンはどうなのかな?ママの会社に就職とか、できそう?」

ふと、気になって問うてみた。もし彼が母親の会社に・・・乗っ取りは冗談としても独自に立ち上げた会社を経営するとして、そこに彼が居たら楽しそうだなと思った。
仕事の内容は想像ができないが、自分も就職すればきっと彼が教えてくれると思うから安心だ。将来目指したい夢や務めたい職業といったビジョンは今のところ無いから・・・・・。
と、そんな考え方で仕事が務まるはずがないと頭を振ってみるが――――中学高校大学と経て、その先も一緒にいられるなら、未来ガジェット研究所のみんなと何でもない毎日を過ごせるなら嬉しいな、と素直に思えた。

「大雑把だけど四年分の未来情報、現代社会での価値は計り知れないからね・・・うん、それにあいつは今から鍛えればそれなりに使えそうかなぁ、任せている仕事は一応そのための予行練習みたいなもんだが・・・・」
「魔法の力なのに夢がないような気がするけど・・・それにオカリンは頭いいよ?」
「知ってるよ。それにビジネスだってロマンさ、あと奇跡に頼るのは今回でお終い」
「え、そうなの?」
「ああ、岡部から何度も忠告されたしね。いや警告か・・・それにあたしは最初から利用するつもりは無かったんだ。未来視なんて力、周りに知られたらまともな生活は永遠に来なくなるからね」
「え、じゃあなんで?」
「矛盾してるけど今回の言いだしっぺは岡部だよ」
「・・・?」
「織莉子の未来視が必要な事態があって、その過程であたしの会社のプロジェクトが絡んでるのか、巻き込まれるのか、偶然か、とにかく岡部が未来視の力をあたしに打ち明け、あいつが外国に行くほどの用件が今回の『研修先』にあったんだろ」
「なに・・・・それ、初めて聞いた・・・」
「口止めされていたからね。現に向こうについた途端に岡部はチームから離れたそうだよ。最初から織莉子の付き添い扱いで、事前に本人から連絡あったから大きな問題には成らなかったけど・・・現地メンバーから連絡があった。合流はできたけどかなり弱ってたらしい」
「そっか・・・」
「連絡があったのはまどかが学校に行ってる間だったから、もうラボについてるんじゃないか?・・・・詳しい話は直接聞いてみな、言い訳もね」
「・・・うん」

またか、と思ったが、それを聞いてまどかは怒る事はしなかった。少し前の自分なら憤りを感じていただろう。なぜ相談してくれなかったのかと岡部を責めるだろう。
だけどもう・・・慣れてきてしまった。彼が、岡部倫太郎が、鳳凰院凶真が知らないところで戦っている事に。
自分以外のラボメンの誰かを連れて、特に最近仲間になった―――・・・・いつものように、今までのように、自分達の知らないうちに。

「なんで、言ってくれないのかな・・・・」

初めて出会った時からそこだけは変わらない。
きっとこれからも、ずっと先も、彼はそうなのだろうか?
ズルイと思う。卑怯だと思う。
誰かを助けるくせに、助けたくせに、助けられる事を否定するなんて酷いと思う。

大切に思われているのに、執着されない。
信頼されているのに、必要とされない。
求められているのに、欲されない。

愛されているのに、そこに恋は芽生えない。

―――欲しいもの?そうですね・・・・・・私は9号機が一番欲しいです

そう言ったのはあの人だった。

―――あのガジェットは証明、オカリンおじさんに選ばれた証だから

あの人なら、あの人はどうなのだろうか?なんて考える。よく思う。予想して邪推する。
未来ガジェットM09号『泣き濡れし女神の帰還【ホーミング・ディーヴァ】』。
よくわからないガジェットだった。知ってからは最も意味のあるガジェットだった。11号機、4号機・・・・0号機よりも岡部倫太郎が大切に想うガジェット。岡部倫太郎に選ばれたラボメンだけが託されるガジェット。
彼はそれを誰に託すのか、誰に受け取ってもらいたいのか。
やっぱりあの人なのか。未来ガジェット研究所ラボメン№01天王寺綯。
あの日、ラボに駆けつけた皆が見た涙は彼女が原因、彼女のおかげ。
岡部倫太郎が誰にも見せなかった脆く弱い部分を唯一さらけ出した人。
受け止めた人。受け止めきれる人、受け入れる人。

「――――急がなきゃ」

まどかは気分が沈まぬうちに家を出た。

「今日は・・・・・どんなお話しを聞かせてくれるのかな」

大きな鞄に預かった資料とちょっとした食材やお菓子を詰めてまどかは目的地を目指す。徒歩で向かう場所の名前は『未来ガジェット研究所』。自分達ラボメンの大切な居場所。最近開業(?)した岡部倫太郎の自宅兼研究施設。
大家は彼女の母親だ。古いがそれゆえに激安で岡部にテナントビル一棟を全て貸し与えている。もっぱら二階の自宅部分が岡部の、皆の使用する場。一階は専用ガジェットがスペースを使い、三階は空いたまま、屋上は洗濯物を干す場として使用している。
岡部曰く五階建てなら完璧だったらしい。何が?と問われれば 何でもない、が過去でのやり取りだ。

「あ、もう帰ってきてるんだ」

視線を向ける先、ラボの二階に視線を向ければ窓があいているのが見えた。だからという訳でもないが、いつもだがラボに近づくと、その存在を確かめると温かい気持ちが溢れてくる。きっと自分だけでなく他のラボメンもそうだろう。
怒涛の一カ月。そう表現してもいい時間を皆で乗り越えた。その記念のように作られたこの場所は本当に特別なのだ。気づけば足を向けてしまうほど気にいっている。そんな自分の好きな場所を皆が同じ気持ちで共有しているのだから嬉しくないはずがない。
それに未来ガジェット研究所は人通りの多い路地から一つずれている場所に存在する建物だ。中学生の身でありながらお金を気にすることなく、親の目を気にすることなく皆で騒ぎ集まれるだけでなく、内装も好き勝手できるので女子である彼女達にも男子特有の秘密基地ロマンを理解することができる場所だ。
内装をある程度自由にできる。それは何かと彼女達にとっては嬉しいものだ。自分達のセンスで好きなように部屋を改造、もとい趣味でフロア一つをまるまる染めることができるのだ。
自分の好きな場所を、居場所を自分達で好き勝手できるのは・・・・受け止めてくれるこの場所が本当に大切だから意味がある。
ちなみに彼女達にとってラボが他人の家という意識は薄い、まるで自宅にように過ごしている。

だからというか、必然というか、最近ラボに置かれる荷物が増えている。

食べ物はもちろん内装を整えるために写真立てや花瓶、自分専用のコップやお箸など雑貨な物はもちろんだが男の岡部や上条からは用途の解らないモノまで、とにかく多岐にわたる代物が自然と増えていった。
最終的に使用せずに持ち帰る物品もあるが、わざわざ持って帰るには判断に困り、しかしせっかく整えた内装を無粋に乱したくはない、だから奥の寝室にはそれらの未使用の物品が段ボールの中に大量に放置されている。
そうやってコツコツと荷物が増えていき、次第に彼女達は大きな私物も置いていくようになった。最初の頃はケータイの予備充電機や傘、ハンカチ、教科書といった小物の『忘れ物』だったが最近ではジャケットなどの衣服や毛布といった大きな忘れ物(?)が増えてきている。
それはまるで縄張りを示すように、自分達の存在を主張するように徐々にだが確実に―――それらの私物を増やし続けている。
最初は気にしなかった、というよりもむしろ歓迎していた岡部だが最近は苦笑気味だ。アコーデイオンカーテンで遮った寝室フロアはもはや折りたたみ式ベットを広げれば足場がほとんどないくらいにダンボールや私物が置かれている。ダンボールの中には着替えや下着が入っている場合もあるのでヘタに移動させる事も出来ないと岡部は上条に愚痴っていた。
またラボの鍵はラボメン全員が所持しており、ラボに寝泊まりする場合ベットは女子優先になるから岡部はソファーで眠る・・・結果、岡部倫太郎は自宅でありながらプライベートスペースがほぼ無い。なんとなく皆がそれを察してはいるが荷物は日々増えているので改善の目処は立っていない。
まどかは心持ち早足で階段を上る。少し息を切らしながら扉に手をかける。

「おかえりなさい!オカ―――」
「遅いぞっ、いったい何時まで待たせるつもりだ!」

まどかがラボの扉を開けようとした時、扉は中から勝手に開かれた。同時に聞こえた声は彼のモノではない、少女の声だ。
ショートカットの髪に強気の視線、怒った口調だけど口元には笑みを浮かべた少女。タンクトップにショートパンツ、その上からエプロンを着ている・・・なんだが裸エプロンみたいで困る。
その手にはオタマが握られているので料理中だったのかもしれない。

「ご飯作りにくるから早く帰ってこいってメールしただろって――――まどか?」
「う、うん、こんにちは。あいりちゃん」

まどかも驚いたが相手もそうだったのか、顔を合わせた二人は予想していた相手とは違っていた事でキョトンとして、次いで僅かながらの気まずさを感じてしまった。
別に二人の中が悪いわけではない。ただなんとなく、はやまったと言うのか、対応を間違えてしまい、それもなんだが今の自分を見られてしまった事が気恥しいからだ。
うまく言葉で表すことができないが「う、うわあああああ!?」と言った感じの何かを互いが感じてしまったのだ。もちろん・・・何がもちろんなのか、やはり言葉にはできないがそれを例え相手に悟られていても平静を保たなければいけない。それを互いが熟知している。だから何だかぎこちない。

「えっと、お料理?」
「あ、うん」
「オカリンはまだ・・・・なのかな?」
「うん、まだ」

そう言って彼女はまどかに道を譲る。玄関で靴を脱いでラボに入れば台所には大きな鍋がぐつぐつと美味しそうな匂いを放出しながら鎮座していた。
杏里あいり。ラボメン№05。飛鳥ユウリの片翼。今は『杏里あいりの姿に変身している』魔法少女。本物の杏里あいりなのに杏里あいりに変身しているという矛盾を孕んでいるがラボメンはその事情を理解しているので疑問に思う者はいない。
途中だった料理を仕上げるため彼女はまどかに背を向けて鍋に向かう。まどかはその様子を視線の端で追いかけながら荷物をテーブルの上に広げる。食材は冷蔵庫に、預かっていた資料はパソコンの傍に。

「他には誰か来たの?」
「ん、マミとユウリが一緒だったけど飲み物買いに行ってる」

巴マミは最近まで岡部倫太郎と一緒に住んでいた。この場所ができるまで彼が彼女の家に居候していたのだ。現在は佐倉杏子と千歳ゆまが彼女のマンションで共に生活をおくっている。
飛鳥ユウリ。杏里あいりの親友にして恩人。あいりは変身魔法を解いてしまうと彼女と瓜二つの姿になる。契約の願いでそれは細胞レベルで同一だ。
今でこそ慣れてはいるがこれには一つ問題があった。今となっては偽物(?)になってしまった本来の姿、杏里あいりとしての姿に変身したまま日常生活を送らなければならないのだ。
微々たるものとは言え魔力消費はもちろん、日常生活全てに気を使うはめになっている。本来なら気を使うことなく自由気ままに過ごせるはずの自宅ですら彼女は油断できないのだ。特に就眠時。浅い眠りなら大丈夫だが深い眠りに入ると変身魔法は自動で解かれてしまうので過去に一悶着があった。

「そっか、あいりちゃんは何を作ってるの?」
「本格ビーフストロガノフ、ユウリに習ったばっかりで不安だけどちゃんとできそう・・・たぶん、きっと、大丈夫、のはず」
「へー、それって手間暇かかるって聞いたけど凄いねっ」
「今日は早めにラボについたから大丈夫、問題無い」
「ふーん、あいりちゃんもユウリちゃんもあすなろ市からだよね?いつからラボに?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「?」
「なんでもない、そろそろ二人も帰ってくるから、もうちょっと待ってて」
「うん。あ、何か手伝う?」
「ダ、ダイジョウブデス!」
「?」

あいり。彼女には悪癖がある。彼女は普段なら、翌日が学校等の平日時には早起きだ。どんなに疲れていても早起きできるのだが翌日が休みといった休日には・・・・・『絶対』に起きないという癖があった。
どんなに揺すっても声をかけても絶対に起きない。だから過去に変身が解けた状態で親に目撃されており・・・その時はユウリとの裏口説得で誤魔化せたが、この件で事態の深刻さに気がついた。
その解決策がなんとも突拍子もないものだからラボは一時混乱したが前例がないわけでもないので妙な習慣が彼女にはついた。解決策、それは変身魔法の持続に慣れるまで杏里あいりは翌日が休みの場合、他のラボメンの家にお泊りに行くというものだった。その中には当然のようにラボも含まれる。
休日前夜とはいえ他のラボメンの自宅に何度もお邪魔するのはさすがに抵抗がある、しかしラボなら岡部が一人で暮らし、状況も理解している、親兄妹もいないので迷惑にならないし常日頃からリラックスできる場所だったので気も楽だ。
ラボにはよく佐倉杏子と千歳ゆまが泊まり込んでいたが巴マミの自宅に住む事になったのでその頻度は減り、他のラボメンは泊まり込む事自体少なかったので問題はかった。
また、家主たる岡部倫太郎は基本的に生活能力が低いので家事をこなせる彼女の滞在は歓迎していた。なのでやはり問題は無かった。岡部倫太郎的には。
問題は、あいり本人と周りだったが佐倉杏子や呉キリカといった前例があるだけに彼女の貞操的な安全は保障され・・・むしろこの場合は腕力的に岡部のほうが危ないのだがそんな根性はまどかの片翼しか持ち合わせていないのでやはり問題は特になかった。
最初の頃は緊張気味のあいりだったが近頃は慣れたのか、休みの前日には晩御飯の相談を岡部としながらあすなろ市からやってくる。現在では親御さんにも魔法の存在、娘の状況を説明し、納得してもらい問題は解決している。
しかしこの習慣はなくなっていない。純粋に首を傾げる者もいれば変に納得する者もいる。あいり本人は慣れたからと週末にはいつもラボに泊まりにくる。親御さんも止めることなく、寧ろ今の状況を推奨していた。週末の食費代を娘だけでなく岡部の分も出してくれている。岡部は当初現金の受け取りには困っていたが貧困的理由からその厚意を受け取っている。
だからか、他のラボメンの荷物は段ボールに詰め込まれているが彼女だけは違う。過去は違ったが今では岡部が使用するラボ唯一の洋服タンスにはあいりの私服も詰め込まれている。
岡部はもとから荷物が多くないので今ではあいりの方がスペースをとっているほどだ。洗濯物の出し入れも最近ではあいりが率先してやってくれるので・・・・というかラボの物品等の位置は岡部よりも彼女の方が熟知している。
未来ガジェット研究所はラボメンにとって秘密基地であると同時に憩いの場、第二の家みたいな感覚があるが、第二の自宅と言う意味では杏里あいりが最もそれを感じているだろう。周りもそう受け取っている。

「まったく、それにしても遅いなアイツはっ」
「・・・・・」
「ん、まどか?」
「あいりちゃん」
「なに?」

あいりは口調こそ若干悪いがとても良い子だ。他人の世話をよく焼くしとても優しい。感情表現が豊かでよくユウリやキリカからからかわれている。
愚痴りながら、でも鼻歌を零しながら調理を再開しているあいりの後ろ姿を眺めながら、まどかはぼんやりと思っていた事を口にする。
今の状況を、今のあいりの姿を見たら彼はどんな反応をするのだろうか?と思い、そう思ったら質問を投げていた。なぜか、その前に気づいてほしかったから。

「正面から観たら裸エプロンみたいだね」
「ふぁっ!?」

あいりの調理する音と、ラボでの独特の安心感からぼんやりとしていたまどかはNGワードを口から滑らせてしまった。
彼女は普段悪ぶって見せているが親友の前や、ふとしたことで素を見せる。彼女はまどかから見て最高位のおっちょこちょいでかなりの暴走キャラだ。この手の話題には誰よりも弱い。ある意味純情で残念な女の子なのを失念していた。
ハッ、としてまどかは口に手をやるが遅かった。あいりはまどかに背を向けたまま妙なポーズで固まっていた。左足を右足の膝後ろに、両手を万歳したポーズ、鍋をかき混ぜていた手にはオタマ・・・・・ビーフストロガノフがなみなみと頭部に注がれていた。

「熱うううううううううう!!?」
「きゃああああああ!?あいりちゃん水みずみずー!!!」

ドタバタと時間は過ぎ去っていった。だいたい何時もこんな感じの空間。
ここはダイバージェンス3%の世界線。
なんか気づいたら辿りついてしまった世界線。
手に入れた全てを■■■■ことにした後の世界線。
■■■の願いに引っ張られた状態の岡部が辿りついた世界線。
やり遂げた岡部倫太郎が辿りついた世界線。

「“たっだいまー!”倫君帰ってきてるー!?」
「あら、鹿目さん」
「あ、“おかえりなさい”ユウリちゃん、マミさん」
「ふふ、“ただいま”」
「あれ、あいりどうしたの?」
「うぅ・・・」
「あはは、うん、一応あいりちゃんは大丈夫だよ」

流し台でアツアツのビーフストロガノフを流し終えたあいりの頭をバスタオルで拭いていたまどかはラボの玄関を勢いよく開けはなった飛鳥ユウリと、買い物バックを下げたマミに苦笑しながら挨拶をした。
マミは制服姿だ。きっと学校が終えると家に戻らずに直接こっちにきたんだろう。寝室の方が片付いているのは、もしかしたら彼女が掃除をしてくれたからかもしれない。
ユウリはノースリーブの黒いワンピース姿。頭にはふんわりした帽子。あいりもだが彼女も私服姿。この二人、学校はどうしたのだろうか?途中で着替えたのか、ここで着替えたのか、まさかサボってはいないと思うが・・・。

「そうだユ、ユウリっ」
「ん、あいりどうしたの?」
「こ、この恰好なんだけどッ」
「エッチで可愛いよ?」
「えっ!?まってユウリこれユウリがっ!!?」

髪を拭かれながらバタバタと両手を振りまわして何事かを伝えようと必死になるあいりだがユウリは笑顔のままだ。
まどかは知っている。飛鳥ユウリ。普段はアホの子代表としてアッパー上等の少女だが・・・なかなかの策士だったりする。主にあいりを弄る事に関して、もっともそれはあいりが純情で親友の言葉を鵜呑みにするからだが――――。

「倫君も喜ぶと思うよ?」

あと気になったのだが、可愛らしく首を傾げる彼女はいつから彼の呼び名を『倫君』にしたのだろう?
前回までは『岡部』と呼び捨てにしていたような気がする・・・だぶん、そうだったような気がする。

「え、でもエッチって・・・・え?」
「うん、あいりの可愛いところをいっぱい倫君に見てもらおうねっ」

ニコニコと笑顔を向けるユウリに、あいりは言葉を失う。
身体を両手で抱くようにして親友の言葉に疑問符が浮かんでは消える。

「えうっ?で、でも恥ずかしいよっ!?」
「それ以上に可愛いよ?」

きっと今のあいりの恰好はユウリが勧めたのだろう。その情景が簡単に思い浮かぶ。

「あぅ、いえっと・・・・その、あの私は――――」
「んー?あいりは倫君に“可愛いよ”って言ってもらいたくないの?」
「え!?いや別に私はあいつにそんなこと―――!」
「じゃあなんで昨日アタシに―――」
「うわああああああユウリィイィイイ!?」

大慌てでユウリの口を塞ぐ。

「な、なんでいつも誤解されるような言い方するの!?」
「むぐぐぐぐっ」
「あいりちゃん?」
「あらあら」
「違う・・・からっ!」

キッ、と鋭い視線を向けるが怖くない、どちらかというと可愛い・・・どうしてラボメンのみんなはこんなにも可愛い反応をしてくれるのだろうか、ついつい抱きしめたくなってしまう。

(ほむらちゃんもだけど・・・・私ってツンデレな子がタイプなのかな?)

良い反応はもちろんだが、普段強がっている子がふと見せる弱さにキュン!とくることがしばしば・・・マミさんとか杏子ちゃんとか、織莉子さんとか――――。
いつも通りの時間を愛しく思った。やかり自分はこの場所が、ここにいる皆が好きだ。ずっとこの時間が、この関係が続けばいいなとベタな願いを抱いた。
永遠なんてない、知っている。でもこの世に絶対は無い、可能性は無限。

「オカリン、まだかなぁ」

だから思うのだ。だから考える。この愛しい時間には時間切れがある。少なくとも数ヵ月後には。
きっとそれは今の時間と持続していない可能性がある。きっとその時には色々なことが変化しているはずだ。半年でこれだけ変わったんだ。受験に恋愛、部活にバイト、自分達の未来には変化が否応なしに訪れる。変わらずにはいられない。
目に見える変化、分かっている変化、どんなときも味方でいてくれた、いつだって此処にいてくれた、そんな巴マミや呉キリカ、岡部倫太郎は数ヵ月後には見滝原中学からいなくなる。

「違うからっ、別にあいつは関係ないんだからな!」
「でもその恰好は確かにちょっと・・・刺激が強すぎると思うわ」
「ひゃう!?」
「ぷはっ、だが――――それが良い!」
「ユウリ!?」
「もうユウリさん、あまりからかっちゃダメよ?」
「でも可愛いよ?」
「それは、まあ」
「ね?」
「で、でもエッチなんだよね?じゃあ私―――」
「倫君絶対喜んでくれるよっ」
「で、でもっ」
「うんうん、あとは『養ってやる!』って言えばイチコロだね!」
「なにが?」
「基本的に倫君は生活能力ないから大丈夫だよ!あいり、男の子はね・・・胃袋を掌握すればいいんだよ!アタシは秋山さんに返り討ちにあったけどね!」
「掌握?」
「大丈夫!あとはアタシにまかせて!!」
「で、でも・・・・うう」

親友の言葉に不安を感じたあいりの表情は泣きだしそうだった。

(楽しそうだなー・・・)

みんなが岡部倫太郎の事で盛り上がっている様子を眺めていると思い出す。
最初の頃を、自分だけが避けられていたあの頃を。今が楽しくて、騒がしいから、過去を過剰に意識してしまう。
岡部倫太郎と鳳凰院凶真。最初は岡部倫太郎の事が怖かった。しだいに鳳凰院凶真を演じる岡部倫太郎が可愛いと思った。どっちもオカリンで、だけどなんだろうか、最近はもやもやする。
最初の頃、素である岡部倫太郎は同年代の少年には見えなかった。魔女と戦っている時の鳳凰院凶真が優しかった。
今では、いつだって岡部倫太郎は優しい。鳳凰院凶真は厳しくて怖いときもある。
素の岡部倫太郎は優しくて怖い。仮面の鳳凰院凶真も同じだ。優しくて温かい、でも怖いと感じる事もある。
素と演技の曖昧さ、本音と仮面の融合、同じだけど違いは分かる。彼が今はどっちなのか見れば、聴けば分かる。
だけど分からない。彼の本音が、何を考えているのか、初めて出会った頃のように判らなくなってきている。
遠ざけられて、やっと近づいて、解り合ったのに――――また、あの頃のように解らなくなった。


岡部倫太郎に出逢った頃を思い出す。


ファーストインパクト。もとい第一印象は重要だ。だからこそ“わたし”にとって岡部倫太郎は最初の頃、決して良い人ではなかった。
彼の第一印象は怖かった。
初めて岡部倫太郎と出会ったのは魔女の結界の中だった。

「はっ、はっ・・・・・はっ――――ン!」

魔力を込めた矢を放ち、正面から突っ込んできた人型の使い魔を貫く。

「おい次がくるぞ早く倒せ!」
「あぅっ、あ、あの離してください・・・」
「はやくっ、はやくしろよ!」

目の前には沢山の使い魔がいて、後ろには結界に捕えられていた人達、背中にはパニックから罵倒侮蔑の声に、大きな手が肩を掴んで揺さぶってくるから狙いが逸れて使い魔の数がなかなか減らせない。倒せない。
戦闘開始からどれだけの時間が経ったのか分からない。一時間?それとも二時間?または30分?・・・・・分からない、必死になって、混乱して、気づけばこんな状況だ。
マミさんと合流する前に結界を発見して、既に囚われている人達がいたから単身で挑んだ結果がこれだった。

「はやくここからだしてよ!」
「はやく倒せって言ってるだろ!」
「なんだよ糞ったれが、なんなんだよここはっ」
「お前が大丈夫だからってついてきたんだぞ!はやくなんとかしろよ!」
「きた・・・・またきた早く追っ払ってよっ」
「はやくッ、死んじまったらどうするんだ!」

「ご、ごめんなさいっ、でも後ろにさがっていてください!危ないですからっ」
「ああもうっ、はやくしろよ!」
「痛っ、あの離してください・・・・ッ」

捕まっていた人達を助けきれた所までは順調だった。誰も死んでいないし怪我も軽い擦り傷のみ。魔女の口づけも無し、周囲にいる使い魔を殲滅し安全な場所まで誘導、そのまま結界の外まで案内しようとした。
問題はここからだった。混乱からか、好奇心からか、助けられた人達がまどかに質問責め、特にしつこく問うてくる人達に困惑しながらも簡単に受け答えしながら出口付近まできた。
そのときになって使い魔の大群に囲まれていることに気づいた。まどかはとっさに自ら前に出て使い魔を倒していく。使い魔は数こそ多かったが動きも鈍くそれほど脅威ではなかった。
しかし一般の人間からすれば、普段命の危険を感じる事のない人達からすればそんなことは関係ない、冷静な判断ができるはずがない、相手は常識外れの異形なのだから。
だから混乱し焦りからパニックが起きた。一か所にまとまらず、それぞれが別々の行動を取った。逃げ出す者、泣きじゃくる者、怒りをあらわにする者、まどかに掴みかかる者。
せめてまどかが落ち着いて行動すれば、冷静になればまだ対処できた。しかしまどかはできなかった。初めての単独での戦闘、周囲からの罵倒に泣きたくなる、大きな手に掴まれた肩が痛い、誰にも言葉が届かず、誰からも求められ、しかし誰もが責めてくる。

「っ、ひっ・・・・ぅ」

怖い。

「はやくしろってば!」
「おねがい守ってよ!」
「どうすんだよテメエ!!」
「きたよどうすんのこれヤバいよ!?」
「はやくっ、君!はやくしろ!」

使い魔も、助けた人達も、誰もが硬い言葉をぶつけてくる。味方がいない。誰も“わたし”を――――。

「でもっ・・・・!」

それでも、ここで逃げたり泣くわけにはいかない。
弓矢を引き絞る。狙いは正面にいる使い魔。

「うわぁ、きたああああああっ!!?」
「きゃっ!?」

肩を掴んでいた男性が――――・・・・・矢はまったく関係ない所に飛んでいった。
まどかは頑張っていた。見捨てても問題は無かったし、そもそも義理もない、勝手な発言に戦闘の邪魔、他の魔法少女なら見捨てていただろう。
だが、まどかは耐えていた。もちろん簡単じゃない、怖いし理不尽を感じていたりもする。だけど見捨てない、放っておくことはできない。
きっとそれは優しいからだ。例えそれが原因で自らの命に危険が迫っても、まどかはまどかだからこそ、そんな行動をとる。

『■■■』
「駄目っ」
「ひいっ!?」

しかし優しさは、愛は、状況によっては生物的欠陥になる。

「―――――――ぁ」

優しさゆえに、時に他者のために自分の生命を放棄する行動をとるからだ。
まどかは使い魔の攻撃から男性を護るためにその身を盾にした。結果、背中からは血が噴水のように噴出した。
まどかに押し倒されていた男性の顔は蒼白、ガチガチと歯を鳴らし、顔を押し付けた胸からは心臓の音が聞こえた。

「わあ!?わああああああああ!」

振り回した腕でまどかを自分の体の上から叩き落とし男性は逃げ出した。

『■ ■■』
「だめ・・・ッ」

使い魔が男性を追おうとしたが、まどかがそれを止める。
人型の使い魔の足にしがみついて時間を稼ごうとする。自分を置いて逃げていく人達のために。

「わ、わたしがっ、わたしは魔法少女だから!」

使い魔が足下にしがみついているまどかに視線を向ける。首を傾げて、光のない瞳で、その腕を振り上げた。
今の状態で攻撃されれば・・・さすがに死んでしまう。そう感じた。だけどまどかは離さなかった。むしろいっそう力を込めてしがみ付く。
誰かのために力の限りつくす。命をかけて誰かを護る。一分一秒でも誰かの生命を繋げるために時間を稼ぐ。その精神は高潔で清廉で尊い、美しいものだった。

しかしそれで大切な人が失われたら悲しいだろう。
優しい人の周りにいる人は、親しい関係の者は傷付くだろう。
優しい人が、誰かを救うたびに傷つき、擦り切れていく様を見せつけられるのだから。



「―――ああ、なるほど。度のこした博愛は確かに吐き気がするな」



一人の少年が、すぐ傍でまどかを見ていた。

『―――』
「・・・ぇ・・・?」

いつのまにか、少年はそこに居た。

「まどか、君はもう少し自分の身を労わって行動しろ」
『!』

少年がまどかに手を伸ばせば使い魔は突然の乱入者を警戒したのか、まどかの拘束を解いて飛び下がった。
一瞬、気が緩んでしまったのだろう。まどかは細い悲鳴と共に逃げられた使い魔に向かって手を伸ばす。しかし届かない、足は、身体は自分の意思通りに動かない。
守らなきゃ、わたしは魔法少女だから――――と、まどかは手を伸ばすがズキズキと今になって痛みが神経を撫でていく、痛覚遮断のスキルがあるが思考がまとまらずできない。
それでもなんとかしないと、まどかは必死に倒れた身体に鞭打って立ち上がる。誰かの為に、自分の命を零していく。
背中から血が零れていくが無視、弓矢を拾い使い魔に―――――。

ふに

「ふぇ?」
「ぁ」

この時、自分の思い通りに動かない身体に、震える身体に、死にそうな自分の身体に、そろそろ十四年の付き合いになる身体の一部に初めて異性の指が触れた。
突然の事にまどかの反応は遅れた、どうしたらいいのか分からなかったし頭の中が真っ白になってしまって本当に動けなかった。
この危機的状況でありえないほど素っ頓狂な声を出し、視線を下に、胸元に向ければ――――


隣に居た少年に胸を揉まれていた。
正確には触れていた。だけど揉んではいないと彼は後日主張する。
その話をした日のオカリンはほむらちゃんにボコボコにされる一日になった。 


「・・・・・・・・」
「・・・・・・・・」

胸から少年に視線を向ければ、少年は難しい顔をしていた。

「これは・・・・“ない”なぁ」
「ひぅ!?」

そして難しい表情のままポツリと放たれた言葉。あとになって聞いてみれば、このとき彼の言った“ない”の意味は胸のことではなく、この状況で上条恭介でもないのに“こんな事”が起きたことへの皮肉(?)だったらしい。
それでもほむらちゃんにはボコボコにされたのは・・・・・今となってはいい思い出なのだろう。

「ぁ、あの・・・っ!?」

ただ当時のわたしには知る由も無かったのでパニック状態になっていた。確かにわたしのは“無い”と言われても・・・でも一応女の子で、もう中学二年生だ。勘違いだとはいえハッキリと言われたらショックだった。恥ずかしかった。
触れられた個所から熱が広がる、一気に血液が沸騰する。首筋はもちろん顔は大赤面、身体を硬直させ呼吸も停止した。
ボンッ、と頭から熱を放熱するように魔力が散る。
そして胸を触られている事実にようやく羞恥と恐怖が追いついてきたとき――――

「リアルブート」

わたしは異性に胸を触られ、かつ酷評価されるという人生初めての特異の羞恥心を抱いたが、一瞬でそれを超える辱めを受ける。

「あぅっ!?」

胸から・・・・違う、もっと奥、すっとずっと奥にある自分の大切な場所に触れられている感覚に言葉を失う。
わたしの体の、心の主導権は少年に移っていた。背筋を伸ばし、仰け反るような体勢で後ろに倒れそうになるが魔法なのか胸を触っていた手から一定以上離れない、ほとんど浮かんだ状態で、それ以上は重力に逆らっていた。
喘ぎ声に近い、今まで出した事もない声色が勝手に口から洩れる。身体の奥から大切なモノが胸元に集まり外へと溢れていく、行きつく先にあるのは胸に触れた少年の掌だ。

―――Future Gadget Magica04『Giga Lo Maniac』version4.5

それはソウルジェムを通して外に、桜色のそれは形を得ていく。
涙に滲んだ視界の隅で、わたしはそれを観測した。
少年の手と自分の胸の間で魔力の粒子は結晶化する。

 それは輝いていた

桜色の粒子は真紅の宝石へ、そこから黄金の枝が伸び、再び真紅の宝石が生まれる。黄金で作られた杖。

 それは優雅で神秘的で犯しがたい印象を与えた

桜色の光は続いて刃を顕現させる。杖の倍以上ある長さの優雅な曲線を描く刀身。

 それは威風堂々と存在を主張する

黄金の杖の半場部分で刃は浮遊したまま停止。枝が成長する。杖から枝が伸びる。

 それは圧倒的存在感と力強さ、生命力に溢れていた

薔薇の蔓のように黄金の枝が刀身を絡めたとき、それは剣として存在した

 それは絢爛豪華で神聖邪悪、強靭な威容をしていた

黄金の茨で形作られた剣、少年がそれを手にとって感触を確かめるように真横に大きく一閃した。

 それは振るわれるたびに魔力で構成された薔薇の花弁を舞い散らせていく

ただ振るうだけで音が、空気が、空間が斬り裂かれた。

 それは強烈で、凶暴に猛烈な咆哮を謡う

「あ、ああ・・・・・」


 そして、なによりもそれは涙が出るほど美しかった


―――OPEN COMBAT

電子音がまどかの耳に届いた時、わたしはポケーッとしたまま地面に座っていた。尻餅をついていた。背中の傷は塞がっていた。
僅か数秒の間に大切なモノが、大変な出来事が連続で起きてしまったかのような気分、しかし妙な解放感と、どこかスッキリとした安堵感から放心してしまったのだ。
今は魔女の結界内、呆けていては命が幾つあっても足りない。そんなとき意識を戻したのは音だった。

ゾン!

「・・・・え?」

それは魔法少女になってから初めて見る光景だった。
突撃してきた一体の使い魔が倒された光景。
魔法少女以外の存在が使い魔を難なく撃破する光景。

「あ、あのッ!?」

わたしの声は届かなかったのか、無視されたのか、彼は片手で握っていた剣を逆手に持ち変えて地面に突き刺す。
わたしに何をしたのか、何が起きているのか、それを問おうとして、だけど再び遮られる。

クワァアアアアアアァン・・・!!

「ッ!?」

音だ。強烈な、わたしの中から出てきた剣、使い魔を斬った剣から不可視の何かが広がる。耳を両手で塞いで何事かと周りに視線を向ける。
集まってきた使い魔も、後ろでパニックになっている人達も突然の音に動きを止めていた。劇的に動きを止めたのは助けた人たちだった。剣から放たれた音の壁が通過した後、ピタリとパニックが収まったのだ。
何を言っても、どんなにお願いしても、あんな事があっても静まらなかった人々が一人残らず―――一斉に動きを止めて、一斉に此方を見てきた。

「ひッ!?」

それは異様な光景だった。その目には何もなかった。意思も、感情も、まるで誰かに操られているようで、まるで『魔女の口づけ』のようで―――
それを可能にしたのがわたしの・・・・だから―――

「使い魔が7・・・・魔女本体はいない、人間が23か?」

ぶつぶつと独り言を呟いている少年の背中に手を伸ばした。

「やめて・・・やめてくださいッ」
「?」

わたしの言葉に振り返った少年と目が合う。わたしは伸ばした手が背中に届く前に引っ込めた。怖かったからだ。わたしは少年が怖かったのだ。
わたしの心を勝手に手に取り、我がもの顔で扱う姿が怖かった。手慣れた手つきが恐ろしかった。何もかもが見透かされているようで、わたしを利用して魔女と同じような事ができる彼が怖かった。
視線が合って、何も言えない。きっと彼からは何も言わないわたしが怯えているように見えただろう。魔法少女のくせに、弱虫なわたしを、彼は軽蔑するんだ。
わたしの弱さ、醜さはとっくにバレているのに、その剣を引き抜かれた時から―――

そこまで考えた時、気づけば身体は既に動いていた。

「まど――――っ!?」

ビンタ。右手で思いっきり頬を叩いた。ぺちーんと良い音が、快音が響いた。わたしは生まれて初めて男の子にビンタした。
恥ずかしかった。怖かった。目も合わせきれないと思っていたが気づけば彼の頬を叩いていた。
ズキズキと塞がった筈の背中の傷が痛むが、熱さは手の方が圧倒的に上だった。痛覚を多少はカットしたはずの背中よりも、初めて異性を叩いた手の方がずっと熱くて、熱がこもっていた。

「ま、まどか?」
「ぁ・・・ぅ」

叩いた後、サァーと血の気が引いた。咄嗟だったのだ。反射と言えばいいのか、だって彼が悪い、わたしの大切な部分に断りなく触れて、乱暴に扱うから。
何故かは分からない、だけど分かるという矛盾。あの剣はわたし自身で、わたしの最も純粋で汚い部分を内包している。彼が触れたのは鹿目まどかの最も汚い所で、家族にすら晒せないデリケートな部分、それを彼は扱っている。
それは裸を見られる事よりも恥ずかしい。それは胸を触られる事よりも――――。わたしはそれを感じ取ったから、気づけば彼を叩いていた。

「っ、うぅ」

せっかく一度は引いた熱が再び浮上する。顔が熱くて鼻をすする。涙が零れそうで、赤面した顔も泣いている所も見られたくなくて顔を伏せる。
彼の頬を叩いた右手はそのまま宙をさまよってしまい、きっと今のわたしは―――――

「はぁ」

ため息が聞こえて、彼の手が動くのを感じて恐怖から身体が硬直する。

「ひぅっ」

ぽふ、と頭に感じたのは彼の掌。
ビクリと身体を硬直させたが、その手は優しく髪の毛を撫でただけで聴こえた苦笑と共に離れていった。

「あ」

顔を上げたときには既に彼は背を向けていた。


「コキュートス」


そして静かに言葉を紡ぐ。
その声は温かくて、安心できて、何よりも優しかった。


数十分後、マミさんと合流した。

「鹿目さん?」
「あ、マミさん」
「遅れてごめんなさい」
「あ、いえ大丈夫です。わたしもさっき着いたばかりですから」

結界の外、待ち合せの場所である喫茶店でわたしは魔法少女の先輩である彼女に全てを話した。
魔女、使い魔の結界を見つけ単身で囚われていた人を救助、結界の外に出る前に交戦、そこで魔法少女の魔法とは別の魔法(?)を使う少年に出逢った事を。

「その人は?」
「・・・・・・・」
「鹿目さん?」
「その・・・・たぶん、ですけど。わたしが叩いちゃったから怒ったのかもしれなくて・・・・」
「?」
「結界から脱出したあとに、周りの人達に何かして・・・・・多分記憶を消したんだと思います。それで、そのままどっかに行っちゃって・・・・」

氷結の世界から抜け出した後、再び黄金の剣から音の壁が発せられて、突っ立っていた人達が急に意識を取り戻し、しかし状況がまるで分かっていないように、何があったのか憶えていないように、どうしてここに居るのか首を傾げながらそれぞれが帰路についた。
少年が「変身をさっさと解け」と言うので人目の付かないところで変身を解いて元の場所に戻れば既に姿は無かった。あったのは地面に突き刺さっていた黄金の剣。それもすぐにガラスが砕ける音と共に消えた。
わたしは聞きたい事が沢山あったが――――・・・・・結局、名前すら訊けなかった。

「マミさん、キュウべぇ、魔法少女以外にも魔女と対抗できる存在っているんですか?」
「そうね・・・・キュウべぇ、一応魔女にも現代兵器は通じるのよね?」
『うん 十全ではないけどね 大抵の魔女には効果があるよ 威力だけなら兵器の方がずっと強いからね』

問題は、人間の兵器は所詮対人間用であり、何よりも普通の人間は『魔女の口づけ』を受ければ無力化される。
だから魔法少女しか対応できない、対等に対戦できない。少なくてもそれがスタンダード、あくまでも、少なくてもだが。

『数こそ少ないけど 魔法少女以外で それも男で魔女と対抗できる存在はいるよ』
「そう・・・なの?」
「鹿目さんが会った男の子みたいに?」
『うん 中には人と定義していいか分からないモノもいるけどね』

キュウべぇから色々世界中に居る特殊な状況を聞けた。
例えば『魔法少女と合体(?)して戦うタイプ』。魔法少女の特性で一般の人と合体(?)して戦うらしい。あの有名な『シティ』に割と多いタイプらしい。
逆に『魔女の力を利用して戦うタイプ』。こちらも『シティ』に居たらしいが15年前の大戦で壊滅状態。
例えば『ブラスレイター』。デモニアックと呼ばれる特殊な使い魔の血で感染した存在、大抵は人間としての意識を失うが時たま魔女の力を得たまま人間としての意識を持続できる者がいるらしい。
例えば『ネクロマンサー』。魔法少女の魂、ソウルジェムそのものを加工、利用して創られる人造魔法少女『リビングデット』を使用して戦う者。
最後の人造魔法少女と言う単語が気になったがマミさんから深く聞かない方が良いと言われた。

『まどかの出逢った少年は――――』
「どれも・・・・違うと思う」
「そうなの?」

マミさんの言葉にわたしは頷く。
剣・・・・のせいかもしれない。わたしは覗かれたけど、勝手に知られたけど、同時にわたしも少しだけ彼の事を感じたと言えばいいのか。
あの時、魔女の口づけの様に人を操っていたが彼から魔女特有の気配は感じなかった。それに別の魔法少女の気配も、あの時感じた気配は確かに自分と彼だけ、二人しかしなかったから―――――?

「っ、・・っ」

ボッ と染まった顔を振って浮かんできた妄想を祓う。
邪悪よ去れ!あんなのはダメだ、あれは犯罪だ!あれはある意味レイ――――

「っ!・・・・っ・・・っ!!」

ぶんぶんと邪念を払おうと腕を宙で動かす。

「か、鹿目さん?」
『まどか?』

きっとおかしな子として見られていると思ったが暫くは顔の熱が引くこともなく、わたしは尊敬する先輩の前で暴走を続けてしまったのだった。
それが私、鹿目まどかが初めて岡部倫太郎と出会った日で、私がきっと忘れる事のない怒涛の一カ月の始まりとなった日だ。
第一印象は最悪だ。胸を触られて、心を覗かれて、先輩の目の前で変な考え事をしてしまったのだから当然だ。
何よりもあの剣だ、あれは酷い、トラウマものだ。責任・・・・は事情により、あの場では人命優先でどうにか、わたしが我慢すればいいが、ちゃんと謝ってもらわないといけない・・・・と思う。

「また会えるといいわね」
「ふぇ!?」

喫茶店で談笑して、その帰り道に突然マミさんがそんな事を言ってくるので驚いた。
確かに色んな意味で気になる存在だが、マミさんの事だから不明な点が多い彼には注意を促すと思ったのに・・・・。

「もしかしたら私達の仲間になってくれるかもしれないわよ」
「えっと・・・そう、ですね」
『僕も気になるから探してみるよ 魔法少女に深く干渉できる存在がこの国にまだ居るなんて知らなかったしね』

マミさんもキュウべぇも出逢った少年に会いたがっていた。わたしは・・・・できれば暫くの間は会いたくないと思っていた。恥ずかしいし、酷い事されたし・・・・。
だけど形はどうあれ、彼の意図がなんであれ、わたしと他の人達を救ってくれたのは事実で・・・・・わたしはまだお礼も言っていないのだ。
なにより今になって思えば、わたしはこの時すでに暫くは会いたくないと思っていながら、今度会えるのは何時だろう?何処に住んでいて、どこの学校の生徒かなと考えていた。
心を覗かれたのに、ずっとずっと恥ずかしかったのに、学校への行き帰りも、魔女探索の時も、お出かけした時も、気づけばあの後ろ姿を探していた。

再会できたのは夢の中に出てきた女の子、ほむらちゃんが転校してきた頃。

「鹿目まどか、あなたは・・・・その・・・・」
「なに、ほむらちゃん?」

保健室に案内している時にいろんな話をした。驚いた、彼女は自分やマミさんと同じ魔法少女だったのだ。
秘密を明かされた時、わたしは大声で驚いて、慌ててほむらちゃんに口を塞がれた。周りの視線が痛かったです・・・・わたし達の正体は事前にキュウべぇに聞いていたみたい。そういえば最近キュウべぇの姿をみていない。
これからは一緒に頑張ろうと約束して、風見市やあすなろ市で起こった謎の発光現象とか何でもない話をしながらゆっくりと歩いた。嬉しい気持ちのまま保健室の近くまで来た時、ほむらちゃんが遠慮がちに聞いてきた。

「岡部倫太郎・・・・って人を知っているかしら?」
「おかべりんたろう?」

りんたろう、今時珍しい可愛い名前だなぁと思ったが、生憎わたしにはその名前に心当たりは無かった。
男の子の名前、知り合いなのかなと思い、だけどわたしには憶えが無い事を伝えたらビックリした。

「そう・・・、よね」
「ほむらちゃん?」

今まで楽しそうに話していたほむらちゃんの顔は一瞬で泣きそうな表情になり、次いで何かを耐えるように顰めたのだ。
悲しみか、憎しみか、痛いのか寂しいのか、いろんな感情が混ざり合った泣きそうな顔。綺麗な彼女の横顔に涙を見て、わたしはとっさに彼女を抱きしめていた。

「まどっ・・・か」
「いいんだよ、ほむらちゃん」

何がいいのか、悪いのか、わたしは何も分からないけど抱きしめ続けた。
授業開始の鐘が鳴り、さやかちゃんからメールが届き、授業終了の鐘が鳴り止むまでずっと、ずっと胸の中で泣き続ける女の子を慰めた。
「ありがとう」「もう大丈夫」と言って真っ赤になっている目で笑う彼女は心配するわたしに「この程度で負ける“私達”じゃない」と綺麗で真っ直ぐな笑顔で応えてくれた。

ほむらちゃんは憶えていた。無限の繰り返しで交差しないはずの、記録を保持したまま彼と再び同じ世界線で巡り合えた。
それもまた、彼が私達を避ける原因になるなんて思いもしなかった。
数日が経過した放課後、さやかちゃんと別れてマミさんと合流し、魔女探索をしながら今後の活動模様を三人で思案している時にわたし達は大きな結界に囚われた。
少年の名前が岡部倫太郎と知り、ほむらちゃんの言っていた人が彼と知り、だけどそれが原因でわたし達は・・・・わたしはこの日から避けられることになる。

「まだ―――!?」
「ぇ―――?」

一瞬の油断だった。マミさんの目の前で魔女が大きな口を閉じようとしていた。わたしもマミさんも動けなかった。
大きく、広い結界だった。そこはお菓子が沢山ある結界、わたし達は囚われている人達を助けながら無尽蔵に沸いてくる使い魔を相手に奮戦していたが気づけば孤立していた。
助けきった人を結界の外にまで、そしてすぐに二人を探しに戻った。すぐに魔女と交戦しているマミさんと合流できたわたしは参戦、協力して魔女にダメージを与えていく。
無事に救出できた事、マミさんと一緒に居る事、ほむらちゃんという新たな仲間ができた事、その事がソウルジェムを、魔力をいつもより活性化させ、そこから放たれる魔法で敵を圧倒した。
事前に「絶対に油断しないで」とほむらちゃんにそう言われていたのに、わたしもマミさんもその言葉を、忠告を受け止めていたのに気が緩んでいた。

「巴マミ!!?」

倒したと思っていた魔女は身体の内側から新たな異形を吐きだしてマミさんとの距離を一気にゼロにする。
駆けつけたほむらちゃんの悲鳴、魔女の鋭い牙の生えた口は閉ざされた。

ドシュンッ!!

ほむらちゃんの目の前で、わたしの目の前で――――マミさんの目の前で。




「「「え?」」」

魔女特有の気配は感じなかった。
上から落ちてきた槍のような剣。
それが魔女の口を強制的に地面に縫い付けていた。


「マミ!!!」


上から叫び声。焦っていて、怒っていて、叫ばずにはいられないといった感情がひしひしと伝わってくる。それは魔女の口を縫い付けている剣から発される異音からも伝わった。なぜだろう、この剣からあの人の感情が漏れているような、代役しているような気配を感じる。
マミさんが視線を上に上げたとき、すれ違うように彼はマミさんの後ろに着地した。前回と違ってパーカー姿じゃない、和洋合一した白い袴にもドレスにも見える衣装。彼から魔法少女の魔力を感じた。
驚いて振り返るマミさんに彼は無造作に手を伸ばし、その白く細い首に手を添えた。

「怪我は!?」
「ひゃっ?あ、あの!?」

身長差のためか、手を添えられたマミさんは自然と顎を持ちあげられて強制的に視線を合わせられる。
突然の接触にマミさんは断片的な言葉しか出てこないのか、自分の首筋に触れてくる手に自分の手を重ねてオロオロと、頬を染めて身動きが取れない。
至近距離から真剣に全身を、そして首元を凝視されたマミさんが緊張していくのが遠くからでも分かる。んくっ、と唾を飲み込んだマミさんが色っぽく見えた。
傍から見ると真剣にキスを申し込んでいる彼氏と真っ赤に染まった彼女に見えなくもない。

「あ、あの―――」
「無事なら・・・・いい、よかった」
「は・・・ぇ・・?」

手を離して安堵の表情、彼はマミさんの頭を優しく撫でながらほむらちゃんと同じ言葉を贈る。

「マミ、最後まで気を抜くな」

そう言って魔女の前に立った。

『■■■!!』

同時に魔女が動き出す。縫い付けられたまま無理矢理身体を引きちぎりながら―――拘束を解く。
距離を開けるように魔女は遠く、高く宙へ。地面に残された剣を・・・・剣?を彼が掴んだところで魔女は脱皮する。大きな口の中から無傷の身体を新たに吐き出す。
睨み合い。空と大地で魔女と少年が対峙していた。

「ああ・・・・・・・すぐに戻る。他の人達を頼む」
「え?」

それは誰に向けた言葉なのか、マミさん?それともここにいない、だけど彼から感じる誰か、わたしの知らない人にだろうか。念話、という単語が頭に過った。
事態の急展開に何も言えない、動けない。おそらくほむらちゃんも。
マミさんに背を向けたまま彼が動く。足下に銀色の魔法陣が展開される。
ガシュン! と駆動音。槍が変形した。右手で握ったスコップの持ち手を中心に刃が広がる。刃渡りの太い突撃槍は中心から分かれ二股の刃となった。
彼が右手首に左手を添えながら変形した異形の剣を高々と掲げる。口元で何かを呟いたと思ったそのとき、剣が灼熱を纏った。

「――――ッ!!」

ゴッ! ボッ! と熱気が一気に届いた。
距離はそれなりにあるのに熱風だけで肌が焼かれる。魔法少女に変身しているのに有無を言わさぬ熱量。
彼のすぐ隣に居たマミさんが下がって距離を取る。魔女が警戒したかのように身を縮める。

そして――――

「岡部・・・?」

ほむらちゃんが、誰かの名前を呼んだ。その姿がわたしの視界から消える。
そして空中にいる魔女の体が爆散した。

「は?」

彼はまだ何もしていないのに魔女の体は破壊されていく。破壊され、口から新たな身体を生成するが次々に身体中に爆弾を仕掛けられ爆散していく、そしてついに限界に達したのか魔女は大爆発後グリーフシードを落とし消滅した。
景色が揺らぐ、結界が解かれていく。あっさりと魔女は退治された。

「ほむら?―――――っ!!?」

所在なく呆然と立ち尽くしていた彼が急に掲げていた剣を投げ捨てる。無造作に投げ捨てられた剣はガラスの砕ける音と共に消滅し、残ったのは焼き焦げた両腕――――重傷だ。
あまり使用した事のない回復魔法を、急がなくちゃ、と地面を蹴る。肉の焼ける匂い。両手が炭化した視覚的狂気。マミさんの顔も青ざめていた。
マミさんと二人、何故か治療を拒否する彼を押さえつけて両手を片方ずつ担当するように全力で回復魔法をかけた。展開の早さについていけなくて、どうしたらいいか分からなくなってきて、それでも治さなきゃいけない、焦る気持ちが魔法を正常に作用しているのか分からなくする。
怖くて情けなくて涙が出てくる。マミさんが彼に何かを必死に語りかけているが頭に入ってこない。ただわたしも何かを言わなければと思い顔を上げたら――――


彼の顔面に、ほむらちゃんの膝が勢いよく突き刺さる場面に遭遇した。


「ええ!!?」

治療のために触れていたわたしとマミさんの手から彼の存在が消える。目の前には綺麗な黒髪を ふぁさ! とするほむらちゃん。奇襲からの会心の一撃に満足しているのか口元には笑みが浮かんでいた。
見惚れる笑顔。綺麗ではなく可愛い笑顔、カッコイイ女の子ではなくやんちゃな女の子、クールに見えたほむらちゃんでも泣いていたほむらちゃんでもない、知り合って間もない女の子の新たな一面を垣間見た瞬間だった。

・・・感想を並べている場合ではない。こんなのおかしいよ。

今は手当の途中なのだ、当たり前だが彼は重傷患者である事には変わりない。見た感じ自爆したようだが彼はマミさんを助けてくれた恩人だ。なのに何故に彼女は膝を叩き込んだのだろうか?
「もんぶらん!?」と聴こえた叫び声を上げる彼は勢いよく鼻血を流しながら転がり地面に伏した。

「よしっ」

その様を見降ろすほむらちゃんは拳を握りガッツポーズをとった。

「“よし”じゃないよ!?」
「“よし”はおかしいわ!?」
「“よし”じゃないだろーが!!」

わたし、マミさん、彼の順で疑問と抗議の声をあげる。
どうして怪我人に奇襲攻撃をした彼女の表情は晴れ晴れとしているのか分かんない、わたしの中にあったほむらちゃんの人物像が凄い勢いで変わっているが元より出逢ったばかりだから本当はコレがデフォなのかもしれないと思いなおす。
クール、泣き虫、アッパー、どれが本当の暁美ほむらちゃんなのだろうか?全部違うのか、全部が本当なのか、でも――――。

「ふふっ」

とても嬉しそうに笑う彼女は今まで出逢った誰よりも美しかった。

「でも違うよね!?」

何やら感極まった感想を抱いてしまったが、やっぱりおかしな状況だよねコレ!?怪我人の、恩人の顔面に膝蹴りってなにさ、その後に最高の笑顔ってちょっと・・・・。
連れの奇行に謝りながら治療を再開するマミさんとわたし、鼻血を流しなら大人しく無言で治療を受ける彼、何故か仁王立ちで頷いているほむらちゃん・・・・・ほむらちゃんのキャラが分かんない時間だった・・・・。
数分後、両手をぐっ、ぱっ、と何度も握ったり開いたりして調子を確かめた彼は礼を言って―――――

「ありがとう・・・・」
「いえ、こちらこそ危ない所を―――」
「あのっ、この前も助けて―――」
「じゃあ、この辺でお暇させてもらいます」
「「ええ!?」」

何故か敬語で、すぐさま立ち去ろうとしたのでマミさんと共に声を上げてしまった。

「あ、あの―――」
「急いでいる」

淡々と、いろんな意味で興味があったこちらに構わず本気で立ち去ろうとした。背を向けて、振り向く様子も無いままに駆けだした。
不思議だった。彼の立ち位置がどうあれ魔女と戦っている以上・・・同じ立ち位置に居る魔法少女であるわたし達に何ら意識を向けないのはおかしいと思った。変、とも言えた。
第一条件として魔法少女は絶対的に少ない、それゆえに過酷な境遇を分かち合う事ができる稀有な存在だ。見知らぬ他人でも、粗暴な人でも、それが自分と同じ魔法少女なら少なからず興味が沸く、話が聞きたいと思う。

「ま、まって―――」

でも彼はそうではない。誰が相手でもそうなのか、わたし達だから相手にしないのか。わたしの言葉が聞こえていないのか、いや聞こえているはずだ。だけど振り向かないし止まらない。
わたしもマミさんも宙に手を伸ばしたまま言葉を失う。なんて声をかければいいのか分からない、仮にかけたところで無視されたら、嫌な顔をされたらと思うと怖い。
急いでいる―――といっていたから今回はやめておこう。と自分に言い訳をして、そんな自分に嫌気がして、そして何もできずに、わたしは彼の背中に―――――



「待てっていってんでしょこのショタ男がァァアアアア!!」



ドロップキックをかましたほむらちゃんの行動に唖然とした。


・・・・・。
・・・・・・・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・?

「ほむらちゃん、やっぱりおかしいよ・・・・」

ラボのソファーで私は頭を抱えて項垂れた。思い起こした記憶はなんだかんだで最初の、出会いの時以外はギャグパートが多めだったような気がする。
ドロップキックをモロに受けて転んだオカリン。その隙にほむらちゃんはオカリンを袋叩きにして何かと抵抗するオカリンを問答無用に・・・問答有用に制圧、無力化し、引きずるようにして私達に差し出した。

―――さあっ、二人とも好きにするがいいわ!
―――え?へ?

気絶したオカリンは、あの時はまだ『知っているけど他人』レベルでしかなかったからマミさんと一緒に戸惑った。いきなり差し出されても・・・・ほむらちゃんの行動にも驚いて、いいかげん事態についていけなくて理解はキャパを超えて何が何やら。
とりあえずマミさんともう一度オカリンに回復魔法を、と思ったときに『彼女』が現れたのだ。空から、上から、オカリンを傷つけたと、敵だと勘違いされて、そう思われてもおかしくなかったが、兎にも角にも彼女が爆炎と灼熱を纏いながら―――――



ドガァアアアン!!!



「ふぇ!?」

未来ガジェット研究所が大きく振動した。爆発音と同時に、横にではなく縦に。

「あうっ」

回想に浸っていたのでとっさの反応が遅れた。腰かけていたソファーから私は床にお尻から落下、他の皆は周囲(調理中の鍋など)の転倒を防ぎつつ魔法少女へと変身していた。
私も慌てながらすぐに変身する。身体の奥から溢れだした魔力が身体を包みこむ。ピンクと白のふわふわした衣装、その手には黄金の杖・・・・・だけど緊張と共に恐怖が心の中に宿る。
だって、ここは未来ガジェット研究所だから。大切な場所で、岡部倫太郎の家だから。そこを襲撃された、それは・・・・もしかしたらこれを機会に、これが原因で――――“岡部倫太郎がここからいなくなってしまうかもしれない”と思ったからだ。

「おい今のはっ!!」
「ええ、下ね」
「人ン家でなにしてンだろうねェ?」

あいりちゃんが叫び、マミさんが冷静に、だけど厳しい表情で床を睨みつけていた。ユウリちゃんにいたっては殺気を隠そうともしていない。
普段は能天気のゆるいキャラなのだが一度スイッチが入ると攻撃性が・・・・本来は回復特化型なのに・・・・だけど誰も気にしない、私はもちろん誰もが同じ心境だから、全員が殺気立っている。
全員が気づいている―――――今の揺れは、爆発は真下からだ。
未来ガジェット研究所の一階から発生した―――――一階には魔力を使用して起動する大型の未来ガジェットの一つ『コンティニュアムシフト』の一部がある。
未来ガジェットは注目を集めつつある―――――悪い意味で、世界中にある魔法関係の組織に目を付けられつつある。
それを岡部倫太郎は、鳳凰院凶真は危惧していた―――――それが原因で彼は私達と距離をとろうとしていた。

気づいていた、気にしていた。みんなが知っていたけど訊けなかった。

彼は敵対者が組織的な“人間の集団”だった場合、そんな泥塗れの汚い争いから私達を遠ざけたいがために――――いつか、見滝原を出ていくのだ。
人を無差別に襲う魔女ではなく、暴走した魔法少女でもなく、私利私欲のために魔法少女を、魔法という奇跡を利用しようとする人間の組織に私達を関わらせたくないのだ。
日本では少ないが世界中から見れば魔法少女を利用した組織は数多くある。教会や協会、秘密結社など、マフィアに戦争屋、呼び方も存在理由も目的も多々あれど、その多くは年端もいかぬ少女を誑かして利権を求めるモノが多い。
彼らは日々求めている。新たな可能性を、新たな刺激を、新たな歓喜を、新たな願望を、新たな欲望を。

未来ガジェットは彼らの眼に留まる。世界中にある魔力を秘めたオーパーツと比例しても遜色ない性能と、安定し完全な起動率を誇るそれに興味を持っている。
それを創った人物にも、それを使用する魔法少女にも彼らは興味を持って、彼らは欲しがる。その欲望を満たすために人間だからこそできる“あらゆる手段”を躊躇いなく使用してくる。
知っている。魔女を駆逐できる魔法少女だからと言って現代社会でそのスキルを生かせるだろうか?基本的には何もない、私生活においてあまり意味はない。強化された身体能力はせいぜい体育で、個人個人で違う特殊魔法は偏っていて、魔法である時点で人前では使えない。
普通の世界で発揮できない。できるのは暗い裏の世界でのみ、大抵は暴力の世界。だから利用される。魔法の存在を知っている人間に。孤独からか、求められたいからか、必要とされたいからか、魂を賭けた願い、叶えた事実、手に入れた力を否定したくないからか、幼い少女達は悪に闇に外道に手を伸ばす――――。
中には、そう誘導された事も知らずに運命と勘違いしてその手をとる少女もいる。脅されて、脅迫されて・・・・魔女化しないように、限界まで利用できるように表面上はあからさまな悪意は見せないまま、感じさせないように、親切な皮を被って近づいてきた彼らに―――。

「倫君が帰ってくる前に片づけないとね!」
「うん、いこうユウリ!」

同じ容姿、違う衣装。飛鳥ユウリと杏里あいりが攻撃的な口調のまま動き出す。
ユウリの言葉の意味は理解できる。あいりが同意した意図も理解できる。この状況を岡部倫太郎に悟られる前に“無かった事”にしたいのだ。
彼が帰って来たときには日常しかなく、私達は誰にも狙われていない、と示さなければならない。
誰が相手でも負けない。では、もう駄目なのだ。もうそのレベルの話ではない。
私達が被害に遭う事が、周りの人達が巻き込まれる事が、もう彼には我慢できないのだ。耐えきれず、押さえきれない。
ノスタルジアドライブ―――未来の知識。未知なる技術。直接か間接かは関係ない、自分の持つそれらが原因で自分の周囲に何かがあれば、何かがあるのなら彼は迷わない。迷ってくれない。決断してしまう。
目の前に居る私達と一緒に今を生きるよりも、目の前にいなくても私達のいつかを優先する。

「鹿目さん、雷ネットでラボメンに呼び掛けて」
「はいっ!」
「あいりさんは結界を」
「もうした。一階は壁も床も天井も・・・・絶対に逃がさない!」
「ん、ニコにラボの修理頼んだよ。あ・と・は~・・・」

マミさんが指示し、あいりちゃんが結界でコレ以上の被害を抑え、ユウリちゃんがラボの修理を他の魔法少女に依頼した。
後は閉じ込めた敵を皆で倒して、それから――――

ズドンッッ!!

また、ラボが揺れた。

「う、そっ!?」

ビックリした。かなり驚いた。私も、マミさんもユウリちゃんもあいりちゃんも。さっきと違って魔力を感じたからではない。本当に魔法少女が攻めてきたからではない。魔法少女との戦闘が初めてだからでもない。今まで何度も戦ってきた。組織に利用されている彼女達と戦うのに遠慮したからでもない、今まで何度か撃退してきたから。
驚いたのは、緊張が全員にはしったのは下に居る誰か、魔力を感じることから魔法少女だと解るが、その人物があっさりと、ただの一撃で強力なあいりちゃんの結界を破壊したからだ。
杏里あいりの使う結界がどれだけ強力か、ラボメンである自分達は誰もが知っている。それを破壊した相手は相当の強さだ。
一階のシャッター側の道に、二階に居る私達の視界に結界を破壊した爆炎が映る。

「あっ、あ・・・あれ?でもこれって!?」
「んん!?」
「「・・・・・」」

身構えて、私達は行動に移そうとした。武器を手に外に跳び出す。5号機で隔離空間を築く。合体魔法で一気に迎撃する。それぞれがそれぞれの動きに出る前に―――気づいた。
下から感じる魔力、結界を破壊した魔法に憶えがある。
マミさんとユウリちゃんが念話で下に居るであろう“ラボメン”に確認をとる。

「やっぱり・・・」
「あいつッ」

マミさんが困った顔で呟き、ユウリちゃんが怒りながら窓から跳び出す。あいりちゃんがそれを慌てて追いかける。
下に居るのが彼の危惧する敵ではない事に安堵し、だけど別の要因で、ある意味でもっと危険な状態になったことに気がついて焦る。

―――ちょっと、なんのつもり!
―――なに・・・・、文句でもあンの?

外から声が聞こえる。ユウリちゃんの怒鳴り声。それともう一つ、“彼女”の声だ。
オカリンの名前を知ったとき、ほむらちゃんがオカリンをボコボコニにしたとき、あのとき爆炎と灼熱を纏っていた魔法少女、オカリンと繋がっていた彼女の声。
誰よりも近くに居て、誰よりも頼りにされていて、今現在も“天王寺綯さんよりも傍に居る事が望まれている”魔法少女。

―――当たり前でしょ!いきなりなにやって―――!
―――ユウリ危ない!!

そして唯一、岡部倫太郎が未来ガジェット研究所から離れる時に同伴を願う魔法少女。
未来視の美国織莉子でもなく、大好きな巴マミでもなく、理解者である暁美ほむらでもなく、私でもない。ラボメンの中で・・・いかなる危険な場所でも岡部倫太郎の傍に居る事ができる魔法少女。
例えその性質が■■だとしても、それでも岡部倫太郎に認められた少女。

爆音が世界を揺るがす。
爆炎が窓の外を埋め尽くす。

―――あッ、痛・・・ッ
―――この野郎!ユウリに何しやがる!!
―――うるっさいなぁ・・・

彼女はラボメンでありながらラボに寄りつかない。
彼以外の誰にも懐かない。
仲間だろうが容赦なく攻撃する。
揺るがず、曲がらず、鈍らない。

「いけない!?鹿目さん5号機でこのあたり一帯をできるだけ全部囲んで!」

未来ガジェット研究所のラボメンで構成されるチーム『ワルキューレ』の誰よりも強い魔法少女。

「やめなさい貴女達!」


私の片翼・・・・違う、私が片翼。最初に選ばれたラボメン。
ラボメン№02。超常秘密結社ワルキューレ序列第一位。
唯一、岡部倫太郎を前線で戦わせることができる少女。


―――ああもうっ、うるっっさい!

マミさんに言われたとおりに5号機でラボの周囲を結界で囲んで私達と炎を擬似世界に移動させる。
これで本物のラボが傷つくことはない―――若干手遅れだが
いくらでも暴れる事ができる――――彼女が本気でこの世界を壊す気にならなければ
とりあえず彼女を止めるために力を合わせて戦う―――同じラボメンと
爆炎が再び世界を覆う。私は5号機をスカートのポケットにしまい急いで窓から跳び出した。
二階から跳び出した私の眼下で“彼女”と対峙している三人の援護に入る。一対多だが遠慮しない、それはラボを壊した張本人だからではない、本当に、本気で全員で挑まなければ“彼女”は止めきれないからだ。


あの時もそうだった。いや違う、戦闘に入っていたら全てが終わっていた。


思い出せる、あの時の状況を。




「さあっ、二人とも好きにするがいいわ!」
「え?へ?」

ドヤ顔で少年を差し出すほむらちゃんに、マミさんと困惑しながらも回復魔法をと思ったとき、いきなりそれはきた。
上から急接近してくる魔力の気配にわたし達が視線を向ければ“彼女”が炎を纏った剣をほむらちゃんに振り下ろしていた。

「――――ほむらッ」
「なっ?」

どんっ、と彼がほむらちゃんと突き飛ばしていなかったら危なかった。
彼が剣に纏わせていた炎と同等以上のそれを、彼女は加減も容赦もしないまま地面に打ち込んだ。
その一撃は大地を穿った。周囲にある全てに破壊を齎した。
爆心地、と言っても過言ではない。炎は、打ち込まれたエネルギーは彼女を中心に広がり撃音の跡には大きなクレーターが出来上がっていた。場所が廃墟でよかったと思う。翌日には周囲の建物は今回のダメージで自然と崩れ落ちたから。

「ねえ・・・・・人の連れに何してんの?」

爆風に尻餅をついたわたしと両手で炎から顔を庇うマミさんを無視し、“彼女”はほむらちゃんの首を狙って逆手持ちのブレードを振るう。
初撃も、今も、“彼女”の攻撃には加減が無い。本気でほむらちゃんを殺しに来ていた。

「―――!?」

カチン

ほむらちゃんの首に刃が食い込む寸前に“彼女”はほむらちゃんを見失う、そのブレードは空を切る。

「ん?」

確実に捕えたつもりだったろう“彼女”が呆けて、わたしのすぐ傍にほむらちゃんがいつの間にかいて、気づけばわたし達は対峙していた。
爆心地を中心に、爆風を至近距離からモロに受けて引っくり返っている彼を真ん中においた状態で。

「あら?」
「「「あ」」」

彼は顔から地面に突っ伏し、そのくせ両足は天を突くように伸ばされていた。
彼女の攻撃で、衝撃波をモロに受けて誰よりもダメージを受けて、不格好の体勢で私達にお尻を向けていた。

「・・・・」
「「「・・・・・・」」」

奇妙なオブジェを中心に悲しい思考が浮上したが、目の前に居る“彼女”が信じられない言葉を放つ事で一気に事態は動きだす。
確かにわたし達は、正確にはほむらちゃんのせいだが、彼に一方的な攻撃をして傷つけてしまった。
それは否定できない、誤魔化してはいけない。だが、それでも―――

「こんな火傷になるまでボロボロに・・・・・許せないわ!」

誰よりも先に突っ込んだのは彼だった。

「犯人はお前だー!!」

前衛的な体勢、綺麗な、美しいとも表現できるオブジェと化していた彼がクレーターから頭を引っこ抜いて彼女に抗議した。
ビシィ!と突きつけられた指から彼女は視線を逸らし、私知らな~い、私のせいじゃな~い、と耳を両手で塞ぎながら首を振る。

「っていうかどいてよ。ソイツ殺せないじゃん」
「ぇ?」

一瞬、彼女が何を言っているのか分からなかった。
尻餅をついたまま、呆けた声を零したわたしに彼女はゆっくりと近づいてくる。

「なに意外そうな顔してんの?貴女たち敵でしょ?」
「え、ちがっ―――」
「じゃあ何でコイツがボロボロなの?」

彼を押しどけて剣に灼熱を纏わせ、彼女は口調こそ穏やかだが冷たい雰囲気のまま近づいてくる。ほむらちゃんとマミさんが身構えた。
コッ、コッ、と純白のドレスを靡かせながら距離を詰める彼女にわたしは何もできなかった。動けなかった。
怖い。恐ろしい。魔法少女同士の争いもある事をマミさんから聞いた事はある、だけど身を持って経験するなんて思いもしなかったから、わたし達の使う魔法は魔女を・・・だけど人間だって簡単に殺せる。
彼女がそれを実行できる事が、わたしにもそれができる事が怖くて、目の前で魔法少女同士の戦いが始まると思うと緊張から息がつまりそうだった。

「やめろっ、彼女達は敵じゃない」

それを止めたのは彼だった。彼女の肩を掴んで静止させる。チリッ、と緊張が全員にはしったが幸いにも彼女は刃を、炎を収めた。
彼女は若干不機嫌そうに彼に振り返る。完全にわたし達に背中を向けるが、それはわたし達が背後から攻撃しないと信じていたからか、それとも迎撃できる自信からくるものなのか、後者である事を今なら分かる。
肩を掴んでいた彼の右手をそっと外し、そのまま導くようにその手を自分の頬に当てながら、甘えるような仕草で、実際に甘い声色で彼に問う。

「じゃあなぁに?そんなに痛みつけられて“また”見逃すの?」
「だから、コレは、お前が原因だ」

頬に当てられた手とは逆の指でピン、と彼女の鼻の頭を弾く。

「―――ん、でも」
「話しただろ」
「・・・・・・・?ああ、もしかして“あれ”のこと?」
「彼女達が“それ”だ」

すぐ目の前で、緊張から身構えているわたし達を無視して二人は謎のやり取りをしていた。
ただ二人の仲は極めて良好のようだ。いちゃついていると言えばいいのか、互いが異性の体に触れることに躊躇いが無い。慣れているかのように、当然のように触れ合う事を許容している。
わたしだって、もう中学二年生だ。異性相手に身軽にそうゆうことはできない。一番身近にいる上条くん相手にだって目の前のやり取りは真似できない。
つまりそれができる彼らは“そういう関係”なんだな―――と思う事は、ある意味当然とも思えた。この状況でそんな思考が過ぎったわたしは間抜けなのか、それとも怖い事からの現実逃避なのか・・・。

「ふーん」
「だから―――」
「なら、やっぱり殺した方がいいのかな?」
「おい、冗談でも――」
「冗談?私は本気、だって“そういうことでしょう”?」

彼の表情に厳しさが宿り、後ろ姿だから確認はできないが彼女はきっと笑っている。

「大丈夫だ、だからそんなことは言うな」
「どうかしら―――――ねぇ、名前教えてよ」

振り返った彼女が笑顔のまま訊いてきた。

「暁美ほむら」

意外な事に、真っ先に応えたのはほむらちゃんだった。

「巴マミ」
「わ、わたしは鹿目まどかっ、です」

マミさんに続いてわたしも急いで名乗った。

「ふーん?誰が何だったか忘れたけど、聞いた名前だから確定ね」
「え?」

こちらの疑問に関心を向けることなく彼女は再び背を向ける。

「帰るわ」
「・・・・貴女は名乗らないのかしら」
「あら、知りたいの?」
「それが礼儀よ」
「あはっ、真面目ぶって嫌な感じ―――――“またね”」

彼女は勝手に納得し、結局自分は名乗らないまま歩き出す。
同時に純白のドレスが弾けて消える。彼、少年の衣装も連動していたかのように霧散した。
彼女はぶかぶかの裾の短いセーターとショートパンツ姿に、角度によってはサイトテールにも見える膝裏まで伸びたポニーテールを揺らしながら彼女は私服姿の彼に寄りかかり耳元で何かを伝える。

「――――――」
「そうだ」

聞こえなかった。だけど彼が何かを了承したのは分かった。

「そ、なら先に戻ってるわ」
「ああ」
「なるべく早く帰ってこないと怒るから」
「努力する」
「努力だけじゃ足りないわ、覚悟もしていてね」
「・・・・?」
「“私も”独占欲強いよ。だから帰ってきたら―――」
「問題ない。目的を果たせれば俺には“君達二人”だけで十分だ」
「今は信じてあげる。でも帰ったら分からない」
「・・・」
「だから覚悟も決めてね。意味は分かるよね―――――もちろん逃げてもいいけど?」

彼から離れ、そのまま振り向かずに何処かへ行く彼女の背中に少年は告げた。私達に背を向けて、彼女の方を向いて。
繰り返しの世界線漂流の中で唯一彼女だけに贈られた言葉。彼女達だけが引き出せた台詞。

「――――お前達は俺のモノだ」
「素敵、あなたは私達のモノよ」

彼女は満足そうに手をヒラヒラさせながら遠ざかる。
彼女がいなくなり、残されたのは目を閉じて考え事をしている少年と、それを鋭い目つきで睨んでいるほむらちゃん、そして意味深な台詞を文字通り受け止めて勝手に頬を染めるわたしとマミさんの四人。
あたりが暗くなってきた。日が沈み夜か来る。廃墟にいつまでもいるわけにはいかない。そう思い声をかけようとして、だけど沈黙を破ったのはわたしではなくほむらちゃんだった。

「意外ね」
「なにが」

難しい表情のまま、ほむらちゃんの台詞に疑問を返すが、きっと彼にはほむらちゃんの言わんとする事が解っていたのだろう。
さっきまでの険悪な雰囲気は彼にも、ほむらちゃんにも無かった。

「ヘタレのあなたが異性に対してあんな台詞が吐けるなんて思ってもいなかったわ」
「成長したんだ」
「外見は若返ってるわよ」
「・・・やはり君は“憶えている”のか」
「ええ、また会えたわね岡部・・・・・・倫太郎」
「・・・・・・・・・・確認したい事がある。時間を貰ってもいいか」
「ええ」

オカベリンタロウ。彼の名前を知る事ができた。転校してきたときにわたしに訊ねてきた名前で、きっとほむらちゃんの探し人。
二人の会話に割り込めないわたしとマミさんはとりあえず変身を解いて改めて自己紹介をしようと思った。
助けてもらったお礼も、今ならできると思っていたから、だけど―――

「じゃあ彼女達も一緒に―――」
「“駄目だ”。お前だけだ・・・・“鹿目さん”、“巴さん”、彼女を少し借ります」
「は?」

その言葉に一番驚いたのは、ほむらちゃんだろう。素っ頓狂な、あまりにも意外な台詞を聞いたような、呆けた表情をしている。
彼は呆然とするほむらちゃんの手をとって早足に場を離れようとする。引きずられていくほむらちゃんを、わたしとマミさんは見送ることしかできなかった。
離れていく二人の会話を聞きとることしかできなかった。

「ま、まって岡部・・・・っ?なんで、二人はラボメンでしょう!?」
「この世界線では違う」
「だからっ、あなたは二人に話してそれから―――」
「必要ない」
「なっ!?何を言っているのよ岡部・・・?だってっ、このままじゃ―」
「さっきの少女に見覚えは?」
「・・・っ、ないわ」
「そうか・・・・君の知っている俺と、今の俺には差があるな。そうでなければ“こう”はならない」
「何を言ってっ、それより必要ないってどうゆうこと?あなたの口から彼女達に向かってそんな言葉が」
「もう『ワルプルギスの夜』は問題ない。その後の問題も切り離した・・・・・」
「だからっ、何をッ、私達には、いえっ、あなたには彼女達が―――」
「必要ない」
「ふざけないでよ!!」

掴まれていた手を振りほどいて、彼とほむらちゃんが対峙する。
ほむらちゃんは怒っているのか、悲しんでいるのか、まるで信じていたモノに裏切られたかのような、悲痛な叫び声を上げた。
対し、彼はただそんなほむらちゃんを黙って見守る。

「私だけに話?どうせ1号機のことでしょっ」
「“違う”。もう必要ない」
「――――」
「確認したいだけだ。見返りに全部話そう。聞きたい事も、俺が歩んできた過程も、ここにいる彼女達が失われずに未来を歩ける方法も」
「あなた・・・?」

「それが終わったら、もう二度とお前達とは関わらない」

後になって知った。今なら分かる。理解できる。岡部倫太郎は、鳳凰院凶真は、オカリンはこの時も、その前も、今も、それでも私達のために、終わった筈なのに再び立ち上がっていたのだ。
終わって、終えて、やり遂げて、それでも立ち上がっていたのだ。
お互いがまた出逢えた事を喜んでいたはずなのに、ほんとうに嬉しかったはずなのに、世界線を越えての再会、別視点の観測者との会合は無限にある世界の中で、たった一つの世界線を見つける事よりも奇跡だったのに、彼は“それ”を全力で封じこめた。
感情を表に出さないように、それを悟られないように、嫌われても役目を果たすために、たとえ誤解されようと私達を護ろうとした。

「ああそうっ、そういうことね」
「・・・・・」

わたしには何も分からなかったけど、ほむらちゃんはなんとなく、察してはいたんだろう。ほむらちゃんの知っている岡部倫太郎がどうゆう人なのか、この場で、この世界線で唯一知っている彼女は察してしまったのだ。

「また自己満足の自己犠牲?」
「違う、ただ必要な事だ」
「どうだか、あのときだって――!」
「あのとき、とお前が呼ぶ出来事に居た俺が、ここにいる俺と連続しているのか不明だ。それも踏まえて話し合おう」
「・・・・いいわ、前は言えなかった事をたっぷり話してあげる」
「お手柔らかにな」
「約束できないわね」
「ほむら」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・なに」
「俺の、俺達のこれまでの世界線漂流を無駄にさせないでくれ」
「―――――」

それは拒絶の言葉だった。誰よりも、自分よりも私達を優先する岡部倫太郎からの拒絶。その意味を理解していたほむらちゃんの心境はどれほどのモノだったのか、考えるだけで胸が痛む。
それから、ほむらちゃんはわたしとマミさんに一言二言告げて彼についていった。いろんな急展開にマミさん同様、わたしはそれを見送ることしかできなくて、後悔した。
その時から、もしかしたらその前から、いつもわたしは、私は彼の後ろ姿しかみれない。
いつも後ろからしか見れない。誰かと歩いている姿しか観れない。その隣に立つ事は、前を歩くことはできない。
その日から、わたしは彼に避けられ続ける。『ワルプルギスの夜』がやってくると言われた日まで、ずっと、ずっとすれ違う。決戦にいたる過程で他の皆は仲良くなれていたのに、わたしだけが仲良くなれなかったのだ。
互いのタイミングが神懸かり的に悪くて、誤解も勘違いも解けないまま何日もの間。

運命のように、宿命のように、使命のように―――――因縁のように、すれ違う。

何をどうすればよかったのだろうか、この時も、今も、どの判断が正しかったのか誰にも分からないはずだが、結果論にしかならないが、でも悩む、考える、違う可能性があったのではないかと。

可能性は無限。だからこそ動けない、選べない、“正解が無い”。

岡部倫太郎は部外者でありながらラボメンである彼女達を巻き込んだ。判断を仰いだ。突きつけた。選ばせ、時に押し付けてきた。
今後の人生に影響するかもしれない判断を、選択肢を、未来にあったかもしれない可能性を潰してしまう事を承知でそれを提示し選ばせた。

人生には判断と決断の連続だ。選択式に時間制限つきで連続で行われる。それは自分自身で選ばないといけない。
選択肢。結局最後は自分の判断で、決断で始まり終わる。生きるのも死ぬのも足掻くのも自殺するのも自分で決める。死にたくなっても生きるのか死ぬのか、殺されるにしても足掻くのか受け入れるのか、脅されても従うのか戦うのか、自分で選択する。抗えなくても抵抗するのか、意味が無くても考えるのか、自分で決める。
選択は自己で決定する。しかし、しかしだ・・・それでもだ。それでも選択肢がどれも選べないモノばかり――――というのは存在する。他人からはそうではない、とるに足らないモノでも本人からすれば選べないというモノは、状況は確かに存在する。

“時間は待ってくれない”。考える時間も覚悟を決める時間もない。
だからこそ、すぐにでも“何かを選び取らなければならない時”、答えを提示してくれるのは救いだ。

鳳凰院凶真は確かに可能性を積んだかもしれない。

だけどそれは、きっとそれは、それは――――救済だった。
一緒に、背負ってくれたのだ。

過去を思い出しながら、まどかは現実で強力な攻撃を受けて気を失った。

いつもなら岡部倫太郎が助けてくれた。
今までなら鳳凰院凶真が解決してくれた。
だけど、もう、それでは駄目なのだ。
それを判っているのに駄目だった。
大丈夫だと言える強さがない、安心させる言葉を持たない。
いつも、どの世界線でも、きっと今も、だから駄目なんだと、まどかは思った。

未来ガジェットマギカシリーズ9号機。認められた証、求められた証明、願いを託した―――

私も、みんなも、ここにいる弱い私達にはそれを受け取る資格が無い。






ロシア。


『尽くすだけで誰かが傍にいるなんて、思いあがりにもほどがある』

そんなフレーズが思い浮かんで、意識が浮上した。

「―――――っ、ここは?」
「ただの廃屋。でも存在する全員が異常の連中だから“ただの”って言葉はニュアンス的には不具合かも」

目を覚ましたら知らない天井が映り、次いで視界に妖精が映った。・・・・・ボケていないし思考は正常だ。意識が二次元に旅立ったわけではない。
琥珀色の髪、真白の肌、未成熟の裸体の上から民族衣装のようなマントを纏い頭にはピエロのような帽子、背中からは薄い花弁のような四枚羽。
神話の登場人物と言われても違和感の無い神秘的な少女。無表情に淡々と語る口調は気だるそうで、だけど不思議とそれが彼女を妖精であると一層思わせる。

魔法少女だ。ソウルジェム『アンブロシウス』を魂に持つ世界最高位の魔法少女の一人。

「葉月・シュリュズベリイ―――!?」
「・・・・・ふーん」

幼さの残る横顔、瞳を細めて綯を見降ろすのは15年前起きた世界の命運を賭けた大戦の覇者。大黄金時代であり大暗黒時代にして大混乱時代の街『シティ』にいるはずの魔法少女。三年と半年後には再び世界を賭けた戦闘が約束されている魔法少女。
そんな彼女が何故異国であるロシアにいるのか。何故彼女に見降ろされているのか。綯がその事に思考を割く――――、何故自分が伏しているのかも含め綯は現状を理解した。

「痛ッ!?」
「動かない方が良い、まだ手足は“はえてない”よ」

彼が最初から呼んでいたのだ。交渉のために、これからのために、毎日を、日々を、世界の均衡をギリギリで護っている守護者たるシティの英雄を、ガジェットと未来の情報を餌に異国の地であるロシアまで引っ張ってきたのだ。
最悪、彼女と彼女のパートナーであるラバン・シュリュズベリイを欠いたことで『シティ』が堕ちる可能性を危惧しながらも、世界に与える影響を知っていながら鳳凰院凶真はそれを実行した。

「・・・オカリンおじさんはッ・・・どこですか!」
「ダディと一緒に“彼”と話してる」

無事らしい。安堵し、安心した。上半身の力だけで起こした身体を再びベットへと・・・・全身が痛む、痛覚を遮断、魔法少女の体は本当に便利だ。死ぬ気が無ければ死にたくなる姿でも生きていられる。
視線を扉に向ける葉月に習うように綯も、首と目を動かしてこの部屋唯一の扉へと視線を送る。その先に、扉の向こうに彼はいる。

「よかった・・・」
「ちなみに、あなたは半日寝てた」

そんな長い期間寝込んでいたほど重症だったのかと一瞬思ったが綯にとってあまり関係ない。
ああ、彼は無事だったんだ。と綯は心の底から安心した。もうこれ以上望む事は無いように、例えここで四肢を全て失った自分が死んでしまっても、思う残すことは――――

「いやいやありますよ!」
「・・・なに?」

思い残すことは沢山ある。大量だ。盛り沢山だ。第一に死んでは駄目だ。『死んでいいのは岡部倫太郎の後だ』。しかし綯の決意はさておき、いきなり叫ぶ綯に葉月が怪訝な表情を向ける。可哀想な子に観えたのかもしれない。
ちなみに妖精幼女の彼女は見た目通りの年齢ではない。正確には解らないが別世界線で15年前も今の姿だったのを観測した事があるので■■歳オーバーは確実、自分と同じ―――合法ロリだ。
そもそもシティに在籍している魔法少女は基本的にそうだ。契約後、歳を重ねない、経験は蓄積するが身体的特徴は・・・・老化は完全に止まっている。まさに永遠の美少女、ずっと幼女。ずっと魔法“少女”を名乗っても罪にはならない者。
あらゆる魔法少女の悩みであり、決して免れない限界を超越した存在だと言える。

「うわっ、なんか考え方がダルおじさんみたい」
「今度は沈み始めたけど、なに?傷のことが原因?すぐ直せるんでしょ?」

ずーん、と凹んでいる綯にクール幼女が問う。治すではなく、癒すでもない――――直す、直せるんだろ?と。両腕も両足も失いダルマのような姿に成り果てた少女を気遣うそぶりは一切見せずに事務的に、だ。
見た目は中学生の(しかし一般的に綯は小学生に見える)少女が無残な姿なのに彼女は同情しない、感じないし向けない。優しさを向けない。このレベルの損傷で心の折れる程度なら彼女は最初から期待しない。ここで今すぐに果てた方が幸せだと思っているからだ。
これから先、自分達と共に歩むなら、そうした方がいいと思っているから。

「ええまあ、そうなんですけど・・・・どんな状況ですか?あと私、正直なところ死んでしまったと思いましたけど・・・」

実際のところ天王寺綯はこの程度で絶望しないし嘆かない。視っているから、知っているから、識っているから、観測し実践済みだからだ。岡部倫太郎がいるなら身体的損傷なんてまるで意味を成さない。
とは言え重症だ。四肢欠損、これほどのダメージは経験が無い。数々の現代兵器、魔女という異形を相手にしてもこれほどのダメージは初体験だ。
だから思い返せば不思議だ。何故自分は生きている?死ぬ気なんかなかったが、微塵も砂塵もなかったが、それでも状況は死へと向かっていたはずだ。

「・・・・もしかして、オカリンおじさんが?」
「撃墜されてたよ」
「無事なら、いいです・・・・・・・・・では貴女とラバンさんが?」
「私達でもない」

岡部倫太郎はあの時点で“彼”に敗北していた。目の前の少女は違う。だとしたら誰があの状況の綯を救ってくれたのだろうか?
答えは横から来た。侮蔑と憎悪を含んだ声で。女の声だった。

「ザーギン様に感謝するんだな、小娘」

横から声、聞き覚えのあるその声に綯は身体を硬直させた。
一瞬後、強張らせた身体を、四肢の無い身体を、そんな戦闘不能状態の体に無理矢理魔力を流し込み変身し―――ようとして、背後から押さえつけられる。

「いいかげんにしてくれない?戦闘はダメ、あなたは大人しく寝ていて」
「っ!」
「はッ、・・・・殺されても文句は無いよな?」

妖精幼女に後ろから後頭部を掴まれベットに押し付けられた綯の目の前に褐色でグラマーな女性が歩み寄ってきた。彼女に右手は無い、しかし抉られたかのような傷跡は消失している。綯が伏せていた間にかなり再生したらしい。
綯を見下ろす眼光は鋭く冷たい、殺してやると言わんばかりに殺気を叩きつけてくる。
強張り怖がる精神、だけど視線は逸らさない。押さえつけられたままでも綯は獣のような眼光で睨みかえす。意識が途切れるまで殺し合いをしていた相手に、“彼女”に、ブラスレイターであるベアトリスに。

「ベアトリス・グレーゼ。今は休戦、無駄な戦闘は止めて」

綯を押さえつけたまま妖精幼女の葉月が静止の声をかける。

「だがコイツはその気だぞ、第一貴様の命令に従う理由は無い」
「実力行使で屈服されたいの?今の貴女ならダディがいなくても簡単に倒せる」
「・・・・・試してみるか?」

綯の頭上でビキッと空気が固まり砕けそうになる。

(冗談じゃない!)

パートナーがいなくても、片手を失おうとも二人の戦闘力はそれでも強靭で最高だ。戦闘が開始されたら成す術も無く自分は死ぬ、二人にその気がなくても戦闘の余波であっけなく、だ。
綯はさっきから魔力を開放し変身しようとするができない。阻害されている。自分を押さえつけている幼女によって。

(くそッ、これだから融合型は―――!)

焦る。だから必死に決死に綯はどうにかしようと足掻く。足掻いたところで、変身できたところで現状に好転がみられる可能性は低いが生身のままよりは遥かに生存率は上がる。
自分は死ねない。死んではいけない、死にたくないからじゃない――――死んだら誰よりも岡部倫太郎が悲しむからだ。哀しむからだ。今までのように、希望を与えられて、絶望を濃くして。

(それだけは・・・ッ、だから―――!!)

呻き声を上がる綯に、無力な綯の足掻きに、本来ならその行動を気にする事も、存在すら意識する必要が無い綯に彼女達は動きを止めた。
いつまでたっても戦闘がはじまらない事を不思議に思い焦りながら、緊張しながらも綯はその様子に視線を上げた。
そこには自分を呆れる表情で見降ろす二人がいた。

「――――?」

見下すのではなく呆れている。目の前でもがいている無力な女を憐れむのではなく呆れている。軽蔑でも嫌悪するでもなく、ただ呆れていた。
解らない。何故そんな感情を向けられるのか綯には分からない。彼女達のその判断が判らない。

「・・・おい、こいつホントにあの男の連れか?」
「そのはず」
「頼もしいようには見えないぞ?無配慮で無計画、重荷にしかなっていない」
「なん―――!」
「違うのか、否定するのか?お前はあの男に今回の件を事前に聞いていて“あんな無意味な戦闘”を行ったのだろう」
「それ、は・・・」
「勝とうが負けようが関係ない。お前の行動はあの男にとってマイナスにしかならない」
「違う!」
「違わない、お前は――――」
「貴女は“敵になるんだ”!だから―――」
「私達とは『戦うな』と言われていたんだろう。なのに“共闘”を持ちかけてきたあの男の意思を無視してお前は此方を攻撃してきた」

今回の天王寺綯の戦闘行為は岡部倫太郎の意思を無視していた。それどころか彼の立場を窮地に追いやった。
綯は否定の声を上げてしまったが理解している。自分の行動の愚かさを、彼に認めてもらいたい一心で暴走していたことを。感情が先行してしまい身体と意志が引きずられた。魔法少女に陥りやすい現象ということを観測してきて知っていたはずなのに・・・・実際にはコレだ。
美樹さやかが初対面の佐倉杏子に斬りかかった時と同じだ。さやかは一般人の犠牲を良しとする杏子の考えに反発し感情の赴くままに剣を振りかざしたが・・・もし佐倉杏子が防御していなかったら人殺しになっていた。杏子に実力が無ければ、強がっていただけの魔法少女ならそうなっていただろう。
自分の行動が“どんな結果を招くのか普通は判る筈なのに”魔法少女は時折、そんな行動をとる。悪気なく、感情に流されるがまま自分の正しいと思う正直な気持ちで魔法を使う。その異常さに気づかぬまま、気負うことなく自然に他者を殺す。

「あの男の提案にザーギン様は乗った。シティの英雄もな。だが貴様が私達と戦闘を開始したために、実力を確かめるだけの戦いが本気になった」
「オカリンおじさんは負傷し、私は―――」
「ザーギン様の慈悲で生かされている事を知れ」
「私が生きているのは“彼”が手加減していたから・・・?」
「本来ならこれまでの襲撃者同様に殺しているがな、今回はあの男に免じて見逃してやる」
「・・・・・・・」

ギリッ、と悔しさと情けなさで唇を噛みしめる。血が滲み出るほど。腕が健在なら頭を掻き毟っていただろう。“彼女”の言葉は正しい、あまりにも正確で間違いが全く無い。
なんたる不様、岡部倫太郎の支えになると誓っておいて足を引っ張るどころか生命の危機に追いやってしまった。終えても続けようとする彼の人生を自分のせいで壊れるところだった。
自分が殺されても文句は言えない、言う気は無い。しかしその時はとばっちりで彼まで・・・・・交渉は上手くいっていたのに、台無しにするところだった。自分の感情に、望みに引っ張られてこの有様――。

「ん」
「・・・・・・なん、ですか」

葉月が拘束を解いてグリーフシードを差し出す。
気分が沈んでいた綯は意味が判らず―――

「浄化」
「・・・・ぁ」

まただ。何度も観てきて、体験し反省しているはずなのに・・・まだ引きずられている。
胸元に光、収束した光は穢れたソウルジェムへと収束した。感情に左右される魔法少女のシステムはやっかいだ。この世界に顕現し岡部倫太郎と触れあった最初の頃は順調だったのに・・・慣れれば慣れるほどこれがネックになる。
やっかいだ、魔女化する魔法少女が後を絶えないわけだ。観測してきた自分がコレだ。色々知っているからこそ、いろんな考え方を持っているからこそ警戒し対処できるはずなのにこれはキツイ。かといって知らずのままでも危ない。シンプルはシンプルで手札の少なさから突然の出来事に応用や対処ができない。心を護れない。
考え方が複雑でも単純でも駄目で、知識が有っても無くても成る様になる。絶対の正解が無く全てが間違いに結びつく。

「なんて、言い訳もいい加減にしろって・・・くそっ」

自分に悪態を吐いて、葉月にソウルジェムを浄化してもらい綯はしなければならない事を実行した。
凹むのも、落ち込むのも、自虐するのも後にしなければならない。それよりも何よりも先にしなければならない事がある。
綯にとって最も重要なのは岡部倫太郎の安否だが、それを確認できた以上、次に重要なのは――――謝罪だ。

「ベアトリス・グレーゼさん。ごめんなさい。私が、“私だけ”が間違えました」

敵だけど、それでも綯は頭を下げた。
戦う必要は無かったのに戦いを挑んだ。殺そうとした。間違いを指摘されたのに反論した。他にも色々あるが、綯は全てを一言に込めた。

「――――」

言葉が足りず、謝罪としては不十分かもしれない。しかし謝られた相手であるベアトリスは どかっ と近くにある椅子に腰を下ろし何も言わなかった。
綯もそれ以上は何も言わず、葉月も何も言わない。

「――――お前は気にくわないが、生きようとした執念は認めてやる」

その言葉に綯は顔を上げた。

「私は、あのとき諦めていたからな――――ザーギン様を置いていくところだった。それを良しとしていた」
「・・・・・」
「そう選択してしまった。もう仕方が無いと諦めていた。もうこれしかないと達観し、判断した」

顔を伏せて告白する“彼女”が何を想っているのか、綯は少しだけ判る。共感できる。それだけはしていけないことだと、自分の命よりも優先すべき事だから・・・。
その考えは岡部倫太郎や“彼”からすれば・・・・怒られるかもしれない。しかしその考え方はイコールで岡部や“彼”が生きている限り“生きる事を諦めない”と同義なので、やはり怒られないかもしれない。

「お前も状況は同じだったが諦めなかった・・・・だから、あの時の執念だけは認めてやってもいい」

そう言ってベアトリスは背を向けた。

「「・・・・・」」

綯と葉月は顔を見合わせ頷き合う。

「これがジャパニーズ・ツンデレね」
「はい、これがツンデレです」
「・・・・・TUNNDERE?」

後ろを向いたまま首を傾げる褐色金髪巨乳美女に二人は笑った。
バカにされたのかと勘違いし憤慨しかけた“彼女”を二人で宥めようとして―――扉の向こうから足音がした。
駆け足急ぎ足、バタバタと駆けこんできたのは綯が心配し、迷惑をかけてしまった相手だった。

「綯!!」
「―――」

謝ろうと、絶対に頭を下げて謝ろうと思っていたのに綯は何も言えなかった。罪悪感を凌駕してしまった・・・・嬉しかったのだ。未だに、何度も呼ばれたのに、そんな場合じゃないのに、嬉しくて愛おしくて何も言えなくなってしまった。
岡部倫太郎に名前で呼ばれることが、こんな自分を心配してくれることが、その視線を独占し、意識を自分だけに注いでくれる事が嬉しくてたまらなかった。
ああ、と綯は思った。不謹慎かもしれないが、今、この場において世界で一番彼の関心を集めているのは自分だと、そうゆう時間なのだと歓喜した。
謝らないといけない、だというのに口元には笑みが浮かびそうで必死に耐えようとするが押さえきれない、不謹慎すぎる。顔を伏せてせめて彼にだけは表情を見られないように――――

「気分は!?どこか体調―――が悪いのは当たり前かッ、何か異常や不気味な感じ―――もするからそれに―――!」

―――したがったが、両肩を掴まれ強制的に視線を合わせられる。焦り、困り、涙がでてきた。彼の必死な、泣きそうな顔で迫る表情に愛おしさを感じる・・・・どうしようもないくらいに嬉しくて。
口元は勝手に笑みを浮かべようとして、だけど駄目だと理性が無理矢理にそれを押さえつけようとして・・・結果、表情が歪んでしまう。
周りから見れば、それこそ正面から覗きこむ彼から見ればどんな醜い顔をしているのか判らない。恥ずかしくて顔に熱がこもる。
だけど嬉しいのだ。何度も繰り返すほどに嬉しくて嬉しくて我慢できない。声を上げて泣きだしたい、両腕があれば抱きしめたい、想いを告げて願いを伝えて、こんな役立たずな身でありながら未来を約束したい。
それができないことが悲しくて、彼が慌てているのに彼の優しさに一人だけ幸福を抱く自分勝手な己が許せない。

「ぁ・・・ご、・・な、さ―――」
「綯!?」

謝るべきで、謝りたかった。私は彼に謝らなければならない。だけど言えない、伝えきれない。嗚咽混じりの言葉に過剰に反応したオカリンおじさんが一層困惑し焦りながら私を心配する。
困る。嫌だ。コレ以上心配かけたくなくて、これ以上情けないところを、自分勝手で汚いところを見せたくないのに逆効果にしかならない。
もう、こんな自分が嫌過ぎて―――死んでしまいたい。

「やれやれ、落ちつきたまえ少年」

ポロポロと零れる涙に焦る私とオカリンおじさんを助けてくれたのはオカリンおじさんの後ろからやってきた長身で壮齢の男性、サングラスをかけた筋肉質な魔術師―――ラバン・シュリュズベリイだった。
葉月・シュリュズベリイのパートナー。男性だが魔法少女の彼女と合体(融合)して魔女と戦うことのできる世界最高最強戦力の一人、世界を守護する大英雄。
子供の姿である私やオカリンおじさん程度の頭なら握り潰せるんじゃないだろうか?と思えるほど大きな手でオカリンおじさんの襟首を掴んで持ち上げる。

「おわ!?なにをするっ、俺は綯を―――!」
「ならば落ちつきたまえ、君がそれでは彼女も落ちつけん」

諭すように、現状を理解させるようにゆっくりと告げられたオカリンおじさんは一瞬顔を歪めるが大人しく従う、困惑し焦っているのを自覚しているのだろう。
深く息を吐き出し、そして私をまじまじと観察する。

「――――」

自分で言うのもなんだが客観的に見て一応、私は重傷だ。そんな私の肩を掴んで揺さぶったことに罪悪感でも抱いたのだろうか、自分を責めるように目元を細めた。
私はオカリンおじさんにそんな顔をさせたくなくて、誰よりも強くあろうとしたのに・・・・結局、私も弱いということだろう。このままじゃ隣にいれない。そう思うとさらに涙が零れる。
涙を流す私、それを自分のせいだと勘違いしてオカリンおじさんは・・・・・・・違うのに、そうじゃないのに、それを伝えきれなくてオカリンおじさんが自分を責める。
悪循環で最悪最低の展開だ。嗚咽のせいで言い訳も訂正も出来ない。これじゃあ・・・・一緒に連れていってと言えない。ずっと傍にいたいなんて言えない。
弱い天王寺綯は岡部倫太郎の傍にはいられない。きっと置いていかれる。やっと追いついたのに、約束したのに――――。

「はぁ、見た目通り子供なのね」

それが怖くて一気に血の気が引いた。そしてソウルジェムに穢れが生まれそうになったとき、隣にいた葉月に頭を撫でられた。

「大丈夫」

優しい感触と温かい心地よさ、強張った身体の緊張が不思議と解れていく。

「大丈夫だよ」
「ぇ・・・ぁ・・?」
「落ちついて、彼は貴女を責めてないよ。ただ心配してるだけ―――彼は無事、貴女は安心したでしょ」
「う・・・・ぁ、は・・・い」
「なら、今度は貴女が彼を安心させてあげて」

もしかしたら何らかの魔法を使っているのかもしれないが今はどちらでもいい、素直に感謝した。スゥ、と気持ちが落ち着いてきた。
息を吐き出せば身体の奥に溜まっていた嫌な気持ちが一緒に出ていくようで、思考が冷静さを取り戻していく。

(大丈夫、大丈夫だから・・・お願い落ちついてっ)

自分に言い聞かせる。自己嫌悪で落ち込んで、場違いな歓喜をして、そして勝手に絶望しかけた。もういいだろう、もう十分だろう、いい加減に、本当にいい加減十分だろう。
もう散々凹んで落ち込んで自己嫌悪に浸った。なら自分のやるべきことを果たせ、己のすべきことを行え、岡部倫太郎はそうしてきた、悲しくても辛くてもこなしてきた。彼の相棒を名乗るならこの程度で躓くな。

「お、オカリンおじさんッ」
「ああ・・・・どうした、綯」

ラバンさんの拘束から解かれたオカリンおじさんと正面から向き合う。
言おう、伝えよう。私の抱いていた恐怖と不満を。

「無事で・・・何よりです。心配しましたよ」
「ああ、心配かけてすまない」
「まったくです。オカリンおじさんは弱いヘナチョコなんですから荒事は私に任せてください」

この中で一番重症の身で、説得力の無い言葉を吐いた。でも本心だ。心配した、無謀な彼の行動に怒りを抱いたのも本心だ。
言おう、伝えよう。私の状態を、安心を与えよう。

「私は御覧の通り重症ですけど問題ありません。オカリンおじさんと繋げればオカリンおじさんの■■が使えますから」
「・・・気分は?身体的欠損は修復できても精神への負担は―――」
「問題無いですよ。ええ、まったくもって全然へっちゃらです!」
「・・・・・」

「だから安心してください
勘違いしないでください
頼りにしてください
信じてください
私は――――天王寺綯はこの程度で潰れるほど弱くありません」

真っ直ぐに、視線を逸らさずに伝えた。散々不出来な状態を晒しといて説得力はまたも無いが構わない、怯まない――――一オカリンおじさんの視線が逃げるように逸らそうとした時、身体の奥底から絶望が這い上がってくるが捩じ伏せる。捻じ伏せる。

「私はっ、私はねオカリンおじさん!」

声を大にして言おう。溢れる感情を伝えよう。正直に、自分勝手でも、何よりも先に謝るべきだけど・・・自分勝手な言葉を先に贈ろう伝えよう。
文句は言わせない。聞かない。オカリンおじさんだってこれまでをそうやって過ごしてきたんだ。なら私の我が儘も通してもらう、この件については絶対に。
彼にも彼女達にも誰にも魔女にも女神にもこの決定事項は譲らない。
ドクドクと心臓が鼓動を刻む、血液が熱を発する、感情が高ぶって声を荒げる。また暴走し始めているのを自覚する。
ああそうか、ラボメンの彼女達がいる時はお姉さんぶる事ができるのに、彼女達がいなければ自分はこんなもんなのかと心の奥底で悟った。やはり自分は意識してる。まだ中学生の彼女達を、これまで岡部倫太郎を支えてきた女の子たちを、鳳凰院凶真に託されてきた彼女達に――――嫉妬している。



「絶ッッッッッ対に、オカリンおじさんから離れないんだからぁああああ!!!」



全員が唖然とした。いや―――オカリンおじさんだけだ。
他は頷いたり肩をすかせたり微笑を浮かべたりして此方を眺めている。

「・・・は?」
「駄目です赦しません!絶対に了承してもらいますから覚悟して懺悔してください!」
「え・・・ん?」
「なんですか嫌なんですか認めませんよ!そんなの絶対に断固抗議して訴えます!!」
「うん・・・ちょっと落ちつけ、言ってる意味が―――」
「うるさい黙れロリコン!変態に意見なんか求めていませんからさっさと頷いて私に誓ってさかって守って歌え!」
「う、歌?いやまて何か不適切な単語が混じって―――!?」
「loli is not right!!」
「そこじゃないがそこもだバカ者!いきなりなんだ一体!?」

私は何が言いたいのだろうか、何を言おうと思ったのか、考えていた言葉は勢いと共に時空の彼方へと消えた。
後は勢いと共に不満と混乱が混ざり合って無理矢理跳び出していくだけだ。
止まらない、止めきれない。不安だったから、怖かったから、悔しかったから、寂しかったから。
我慢できるはずなのに我慢できない

「いいから大人しく誘導に従ってオカリンおじさんは認知して通知してください!」
「何を・・・、ああもうっ、それより横になって―――」
「逃げも隠れもしなければ弁護士を呼ぶ権利を与えずに逮捕して黙秘権を執行した瞬間に断罪します!!」
「暴君か君は・・・・、そんな圧制政治が現代で認められると―――」
「ああもうっ、子供じゃないんですから我が儘言わないでください!!」
「我が儘なのかコレ?綯、とりあえず落ち着いて―――」
「うるさああああああい!!」
「なっ、バ――!?」

四肢の無い体に魔力を流して無理矢理に動かす。痛覚はカットしているので痛みは無い、不快ではあるがどうでもいい。
当たり前で当然の事にバランスを崩した私にオカリンおじさん以外の人達は慌てず焦らず静観していた―――オカリンおじさんは本当にちょろい、寝台から落ちそうになった私の体を抱きとめてくれた。
私は謝りたかった・・・・・はずだ。しかし実際はこうなった。こうで、これで、よかった。このくらいが丁度いい。
伝えたかった事、謝りたかった事、これからの事、いろんな考えと感情がごっちゃになって溢れだし、勢い任せのデタラメな会話とも言えない対話を持ってオカリンおじさんに私という女を押し付けた。
あれだ。再会の仕方がアレだったので誤解されがちだが私はこういう女だ。変に神格化してほしくない。彼女達同様に自然にかまってほしい。変に意識して、腫れものを扱うように、外面の仮面で接しないでほしい。変に紳士的に接しないで、昔のように、いつものように、大雑把に躊躇いなく一人の■として見てほしい。
本当は違うけど、テンパってこうなっちゃったけど、こんなアッパーな女だと誤解されたくないが今はコレでいい。

「バカか君は!そんな身体で無茶をするな!!」

本気で怒られるとやっぱり悲しい。心配させてしまって申し訳ない。演技だとバレたら嫌われるかもしれないから怖い。
だけどコレでいい。よくないが今はいい、今はこうして密着する事が目的だから――――密着する事が本来の目的ではないが過程で必要というか、前座というか、大切な事なのでしょうがない。
幸い、周りにいた人達は気を効かせて退室してくれる。

「そういえばザーギン様は!?」
「もうちょっと空気を読んで・・・・」
「ああ、“彼”なら―――確かあのブラスレイターの馬の名前はヴァイスだったかな?」
「む、ヴァイスがどうした?」
「ブラスレイターとなったヴァイス君だが念話で多少の意思疎通が可能でも、人間レベルでの会話はできていなかったらしいじゃないか」
「それがどうした。私とヴァイスは幼いころから一緒だったからなっ、ブラスレイターとなる前から以心伝心だ!」
「そのヴァイス君との完全な意思疎通が少年の連れてきたインキュベーターの補助で可能になった」
「なん・・・だと?」
「それ以降“彼”はヴァイス君につきっきりで――――」
「ザーギン様ズルイ!!私もヴァイスと戯れたいしヴァイスと戯れてる少年心全快なザーギン様のお姿を写真に収めつつ一緒に戯れ勢いを利用してちゃっかり抱きつきたい!!」
「・・・・・ダディ、あの女のキャラクターがよくわからない。殲滅認定されている存在には見えない」
「そうだなレディ、“彼女”を見習ってお淑やかに成長してくれ」
「イエス、ダディ」

“彼女”が己の主と愛馬のもとへ駆けだし、葉月とラバンさんが後をゆっくりと追いかけていく、後ろ手で扉を閉めてくれたので部屋には私とオカリンおじさんの二人っきりだ。
しかし彼らは自由だなぁ、と思う。必要以上に気を使わずにいてくれるのはありがたいが一大決心の大告白をしようとしているのだから雰囲気をあまり壊してほしくないのだが・・・・まあオカリンおじさんはそれどころじゃないのか気づいていないので我慢しよう。
いい加減オカリンおじさんも我慢の限界だろう。一応怪我人の私に配慮しているが自身を蔑ろにするなら本気で怒る人だからさっさと本題に入った方がいい。
抱きしめられながら顔を上げれば眉間に皺を寄せた中学生時代のオカリンおじさんの眼と合った。

(・・・うわっ、やっぱり私って最低だ・・・)

オカリンおじさんは怒っているのに泣きそうな顔、叱っているのに辛そうな顔、怒鳴っているのに心配している顔をしていた。
そんな表情を向けられる事が嬉しいと感じ、剥き出しの感情をぶつけられて喜んでいる。

「綯!聞いているのかッ、確かにNDを使用すれば―――」
「あむっ!」
「む――ぐ!?」

パクッ と口を塞ぐ。食べるように、覆うように、重ねるように唇で彼の口を塞ぐ。

「―――」
「っ、んゥ!?」

キスじゃない。だから卑怯じゃないと自分に言い聞かせる。
だから謝罪しない、謝らない。彼にも、彼女達にも――――牧瀬紅莉栖にも。

―――未来ガジェット0号『失われた過去の郷愁【ノスタルジア・ドライブ】』起動
―――『天王寺綯』
―――ソウルジェム『現在と“因縁”を司る者【ベルダンディ】』発動
―――展開率91%

ラボメンの彼女達は気づいてなかっただろうが、あの日からずっとオカリンおじさんは躊躇いがちにしか私に声をかけてくれなかった、触れてくれなかった。その挙動不審からオカリンおじさんが私に対し特別な思いを抱いていると勘違いしている子が多いがそれは決して彼女達が予想している“それ”ではない。
“それ”とは程遠いモノだ。オカリンおじさんは私のおかげで救われたって言ってくれるけど、だけど“恐れていた”。怖がっていた―――私を、天王寺綯に恐怖していた。

―――■■発動
―――術式検索開始 対象魔法検索完了
―――対象SG『愛欲と豊穣を司る者【フレイヤ】』術式選択『――-―』
―――対象SG『過去と宿命を司る者【ウルド】』術式選択『――-―』

―――合体魔法『――-――-』

「ぷっ!?っ、ンン!?」
「あむ、むぅ」

驚いて反射的に突き放そうとしたがオカリンおじさんは私が重傷で受け身もろくに取れない体なのでそうもいかず、寧ろバランスをとるために、逆に離れないように支えてくれた。
意図したわけでなく、それこそ反射なのだろうが・・・・罪悪感は無い、抱いてはいけない。ここで引いては今後ヘタレてしまう。
電子音と同時に身体中に光が灯る。一瞬で構築された魔法少女の衣装であるセーラー服と白衣が顕現した時には私の両手と両足は傷一つなく、違和感無くいつもの場所に有った。
失っていた体の一部が全て蘇った。両足、正確には両膝は地面についてバランスを確保し両腕はオカリンおじさんの背中に回して姿勢を保つ。

「かぷ」
「ちょっ!?こら―――」

私の身体的損傷は既に無い。体力気力も全開だ。問題は高ぶったテンションのみ。
私を引き剥がそうとしたオカリンおじさんの頬に甘噛みしつつ背中に回した両手で力強くしがみつく。
暴れるオカリンおじさんを魔力で強化された身体能力で押さえつけ、存分にかぷかぷする・・・・・・逃がさん!
頬から顎、顎から首筋へと―――

・・・・・。・・・・。
・・・・?
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・??

「あれ、私は何をやっているのでしょうか?」
「だぁッ、いいかげんにせんかHENTAI少女ッ!!」
「きゃっ?」

身体能力が強化されているのはオカリンおじさんも同じだ。拘束する力が弱まった瞬間に私を座った状態のままベットへと投げ飛ばした。
私はくるん、と宙で回転しベットの上に正座で着地、寝台がギシギシと異音を発しながらも体重を受け止めた。軽いから問題ありません!

「いきなり何するんですか、危ないじゃないですかっ」
「こっちの台詞だ!いきなり何をするんだ!」
「親愛をダイレクトに表現してみただけです!」
「まさか・・・・暴走しているのか?」
「いえ、あのオカリンおじさん?真剣に悩んでいるところ悪いんですけど純粋に私欲に身を任せてみただけですから心配ないですよ」
「暴走してるじゃないか!」
「だって何十年何百年もお預け食らっていたんですよっ、ちょっとくらいいいじゃないですか!!」
「・・・・」
「ああっ!?呆れてますねオカリンおじさん!!」

ゴシゴシと口元を袖で拭うオカリンおじさん。その反応は結構傷つくんですけど・・甘噛みされた頬や顎や首筋も同じように拭いながら立ち上がる様は乙女心を削る。
オカリンおじさんに乙女心を今更期待はしないけど要教育が必要ですね、前回はできたのに、と思いながら寝台に正座する私をオカリンおじさんは真剣な様子で見ていた。

「・・・それで、ほんとうに大丈夫なのか」
「大丈夫ですよ、今しがた気力も充電しましたからね」
「―――」

突然の奇行はおいといて、最初に私の体調を気にしてくるオカリンおじさんは相変わらず優しくて、嬉しかった。
でも同時に私の返答に絶句し、次いで難しい顔をして頭をかくオカリンおじさんには少し不満だった。
女の子に、私にキスされたにしては反応が淡泊というか、あっさりとし過ぎている。私が相手だからというのもあるが、やり慣れている感があるので―――。

「“相変わらず”オカリンおじさんはキスされても戸惑いませんね」
「な、なんだいきなり・・・・」
「やっぱりこんな形じゃダメですね」

不意打ちでのキスに価値は見出さない。事故での身体的接触はカウントにいれない。岡部倫太郎はその程度の行動に、もはや反応しない。多くの孤独の魔法少女と関わってきたから、それを理由には受け入れない、かわし誤魔化し茶を濁す―――冷めた反応をとる。
それは一時的な気の迷いだと知っているから、たまたま自分しかいなかったからと解釈するから。そう思う事で、そう思っていると相手に伝えることで距離をとる。
私はそれを知っていたが、さすがに自分相手にその反応をされると傷つく。少しは今までの彼女達とは違った反応を期待したのに・・・。

「はぁ、まだ二回目なのにその反応は傷つきますよー」
「・・・・二回?」
「あ」

最初の一回、前回は彼が眠っているところを奪ったので――――

「おい、まさか君は―――」
「(・ω≦) テヘペロ」

呆れた視線を向けられた。憐みの視線でもいい。

「ああー!?酷いですよオカリンおじさん!!」
「全てを観てきた君なら判るだろうに・・・・、綯、俺は―――」
「ファーストキスだったのに!」
「・・・む、むぅ」

押し黙り、悩むように顔を伏せる。本当に押しに弱いなぁと実感した。ある意味で隙だらけ・・・上条恭介もだが、ラボの男性陣に対しラボメンガールズはこの手の話は正確に理解していると思う。
基本的に鈍く、勘違いし、それでも優しさに嘘は無く純粋で無防備、一線は確かにあるが・・・・だけど押しに弱い。
キスをしても捧げても冷めた反応をされたら大抵は身を引いてしまうが、それでも先に動ける少女達がいて、それでどうなるか観測してきたので―――。
顔を伏せて腕を組み、私にかける言葉を探しているオカリンおじさんに寝台の上で四つん這いになりながらにじり寄る。気づかれないように首元に腕を伸ばす。

「―――ねえ、オカリンおじさん」
「なんだ。ああ、もう今後はさっきみたいに軽はずみな――――」

呼びかけに応じ、さらに私に注意を促そうと顔を上げた時には既に私の手はオカリンおじさんを捕えていた。
オカリンおじさんを寝台へと、私の元へと引っ張る。

「うお!?」

身長差も魔力強化された身なので関係ない。ほぼ無抵抗の状態だったから、オカリンおじさんはあっさりと引き倒され私に馬乗りにされる。
下敷きに、私に見降ろされているオカリンおじさんは、最初はキョトンとしていた。無垢で、無知で、純粋な少年の顔で――-―。

(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・なんかゾクゾクしますね)

なんて背徳感を漲らせようとする寸前にオカリンおじさんの表情に緊張が走るのが判った。
投げ出されていたオカリンおじさんの両腕は急いで私との距離をコレ以上近づかないように伸ばされるが、その両腕を掴んでオカリンおじさんの頭の上に押しつける。
ちっちゃな手なので普通なら無理だが・・・魔力様々である。ぐっ、と寝台に押し付けられる男の子、押し付ける少女、立場が逆なら立派な犯罪だろう。逆じゃなくても立派な犯罪だが。

「お、おい綯?」
「・・・」

不安そうな声、強張った声、不思議だ・・・こんな哀しいに分類される声と表情をさせたくなかったのに、今の私の中には――――。

(いけないいけない)

オカリンおじさんは顔を背ける。腕を押さえつけることで距離が近づいてしまったからだ。身長の低い私だから自然と顔の距離が近くなるのだ。
なんとなく、噛みたくなった。その首筋に噛みついて傷を残したいと思った。消えない傷を、消えない証を、彼を―――――。

「大丈夫です・・・よ」

沸き上がる欲望を我慢して、小さな声で語りかければ視線で私の様子を確かめながらゆっくりと顔の向きを戻すオカリンおじさん。
私は自分が暴走気味なのを理解している。だけど冷静だ。オカリンおじさんはそれを感じ取っているのだろう、これまでの魔法少女達とは違う対応をしてくれる。
これまでの彼なら何を言われても顔は背けたままだっただろう。信頼されている、他の子達とは違う、それは嬉しくて―――申し訳なかった。

「ビックリさせないでくれ。どうした、いきなり―――」
「“あの子”とは頻繁にしてるのに、私にはこんな態度だから嫉妬しただけです」
「いや・・・・・あれは契約であって、その、な?」
「何が“な?”、ですか・・・・解ってますよ観測してきましたから」
「・・・というか嫉妬か?」
「嫉妬ですよ」

睨みつけるように視線を合わせれば逃げるように、誤魔化すように視線を泳がせるオカリンおじさん。
知っている。観てきたから、第一位の魔法少女との契約を知っている。契約というかただの口約束だが。

「だからって流石にどうかと思いますよオカ・・・いえ、ロリリンおじさん」
「誰がロリリンか!」
「まどかちゃん達に気づかれたらどうなりますかね?」
「なにそれ超怖い」
「まあ教えないですけどね」

間違いなく折檻される・・・・最悪の場合は―――どうなるのだろうか?予測できそうで、予感はできるが判らない。既に気づいている子もいるし・・・。
考えながらそっと拘束していた腕を解いてあげればオカリンおじさんはホッとした表情を浮かべた。
安心したのだろうか・・・この状況で?

「・・・・・・」

私にその気がないと思ったから?
私が彼女達にバラさないと言ったから?
駄目だろう、駄目でしょうオカリンおじさん。
それは無防備で無神経すぎる。
それじゃあ隙だらけで好きにできてしまう。
前回は黙ってしてしまったから、さっきは不意打ちだったから、今回はしっかりと受け止めてもらう。
その気は無かったが、冷静になっていたのにオカリンおじさんが悪い。
喰ってくれと言わんばかりにノーガードだから、だから女の子は勘違いすると教えてあげないといけない。

私が何もしないと理解しているような態度だから。
私が何もしないと油断しきっているから。
私を神格化しているから・・・その勘違いを壊そうと思った。

寄り添うだけでは何も変わらない。
尽くすだけでは振り向いてくれない。
だけど行動しなければ置いていかれる。

馬乗りにされたまま目を閉じて安心し、信用しきっているオカリンおじさんの頬に手を添える。
ん?と目を開けて、近づいてくる私にまるで身がまえない無防備で無垢なオカリンおじさんに―――口づけする。

「――――ん」
「―――」

数秒、十秒にも満たない接触、抵抗も受容も選択される前に体を起こす。
ポカンと、身体を離した私をオカリンおじさんは呆然と見上げていた。
分かっていたのに知らない振りをするからだ。
私が理解のある女だと勝手に思った罰だ。
私は裏切らないと思った?残念、私は貴方を幸せにできるなら平気で裏切るよ。
私の行為で貴方が不幸になる?それはない、幸せに、無理矢理にでもなってもらう。
放っておいたら自滅する人だから、誰かが無理にでも引っ張らないといけない。
それができる子がいるなら任せてもよかったけど今は誰もいない。

だから―――


「大好きですよ、オカリンおじさん」


言ってはいけない台詞。伝えてはいけない言葉。
私はそれを知っていたし、彼もそれを知っていた。
だけど伝えた。
前回は眠っていたから意味は無く、さっきは不意打ちだからカウントされず、しかし今は届いた。
これまでの世界線漂流で彼に伝えてきた魔法少女のように、無理だと悟った上で、無茶だと理解したうえで―――無駄ではないと知っているから。

無駄じゃない。これは恋じゃないから、実らなくてもいい。
無駄じゃない。これは恋じゃないから、振られてもいい。
無駄じゃない。これは恋じゃないから、選ばれなくてもいい。

無駄じゃない。愛は勝たなくてもいい。


「諦めてください。オカリンおじさんは私に捕まりました」


嫌われても迷惑がられてもいい。それでも誰かのために戦い続けた彼のように尽くそう。
その思いが実らなくても蔑ろにされても構わない。それでも大好きな人達のために戦い続けた鳳凰院凶真のように抗おう。
忘れられ、無かった事にされても無駄にはしない。それでも愛する人達のために戦い続けた岡部倫太郎のように挑もう。
私は彼に尽くそう。力になろう。彼が遠くに行くとしても、置いていかれても、彼の力になって尽くそう。
だけどコレは譲らない。コレだけは誤解しないでほしい。これまで彼に伝えてきた少女達と同じように、コレだけは勘違いしないでほしい。

拒絶された程度で、受け入れられなかった程度で、私が諦めたなんて思わないで、勘違いしないで、誤解しないで!
私はあなたに憎まれてもいい、恨まれても構わない、嫌われて、恐れられて、殺されたってかまわない。

だけど、誤解されたままなのは嫌です。
誤解されたまま、あなたの前から消えたくない。

貴方を想う気持ちが、この程度で消えたなんて思わないでください。


例え未来永劫、私の想いに応えてくれなくても―――私は貴方が好きです。





日本

「・・・・ん?」

未来ガジェット研究所の時計がそろそろ翌日を示そうとしたとき、暁美ほむらは瞼を開け、そして視線の先に天使を見た。
自分のすぐ隣、すぐ傍で可愛らしい寝顔を至近距離で無防備にかます天使だ。

「天使!?」

多くの魔法少女や魔女と出会い相対してきたが天使との会合は初めてだった。しかし目が覚めて最初に観測したのが天使とは一体何なのか、ほむらは謎の状況に混乱する。
いかに可愛らしく保護欲がそそられる愛らしさ全開のまどか似の天使だろうと油断はできない、しかしやはり天使は愛らしく敵だった場合は攻撃を躊躇することは必須でかといって逃げるのはもったいないと判断できるのでどうにか無傷かつ嫌われないようにまどか似の天使を確保し―――――っていうかこの天使はまどかだ!

「・・・・まどか?」

すやすやと、自分と同じ毛布を被って寝息を零す天使は鹿目まどかだった。

「・・・・」

ほむらは天使もとい親友まどかの寝顔を真剣な表情で観察しながら状況を整理する。
ここは未来ガジェット研究所寝室兼物置、私はまどかと折りたたみ式ベットで同じ毛布で一緒に包まっていた。時刻は零時五分前――――。
暁美ほむら。ラボメン№04の魔法少女で岡部倫太郎を観測した少女。彼女は状況を理解した。

「つまり天使=まどか、まどかは天使だったのね!」

寝起きで深夜帯、妙なテンションで気分は悪くなかった。左手に埋め込まれているソウルジェムが輝きを放つ。
天使とは大雑把な解釈なら愛や平和、友愛や友情といった幸せを運び与えそれらを主張する存在だ。まどかにはピッタリで天使のイメージは人それぞれだが概念は世界中に広まっている。
天使=まどか。博愛精神=まどか。世界中にまどかが広がっている。

「世界が輝いている・・・・・生きるのが楽しみになってきたわ!」
「うん。なんというかラボにいると最初の頃の面影が完全に消失するよね暁美さん」

拳を力強く握り堂々と宣言する少女に後ろから声がかけられた。

「・・・・上条恭介?」
「気分はどう暁美さん?一応ゆまちゃんが回復魔法かけたみたいだけど―――」

ターンッ

発砲した。

「おうわああああ!?」

チュイン、と頬に弾丸が掠り叫び声を上げる上条にほむらは無表情のまま標準を合わせる。今度は外さないように慎重に――――。
ぎゃー!?と上条がバタバタと両手を上げて無抵抗無条件降伏をアピールするがトリガーが引かれるのを予知し横に伏せれば数瞬前まで自分の頭があった場所に弾丸が撃ち込まれた。

「なんで毎回空砲じゃなくて実弾なの!?」
「バカね、空砲でどうやって貴方を殺せるのよ」
「どうして殺されそうになっているんだ僕は!?」
「乙女の寝顔を無断で覗くからよ」
「理不尽じゃないかな!?」
「そもそもなんで貴方がここにいるの?私とまどかだけの世界に介入するなんて酷いじゃない」
「仮にも傷ついた君たちをラボまで運んだのは僕なんだけど感謝どころか罵倒って酷いのはそっちじゃ―――」

ターンッ

また発砲した。

「うわあああああ!?」
「気を失っている私達の体を自分勝手に弄ったと――――万死に値するわ」
「最近の僕は何をやっても暁美さんから撃たれる気がするんだけど何でかな!?」
「スカートを脱がされた胸を揉まれた裸を見られた入浴中に突撃された気を失っている間に体に触れられた寝顔を観られた―――――異論は?」
「僕って最低だ!不思議と異論を唱えきれないし反論も述べにくいけど――――事故だよ不可抗力だよ!!」
「罪には罰を、悪には裁きを」
「室内でロケットランチャーは流石に不味くないかな!?」

この距離での発射はほむらも無事では済まないが関係ないのか、その指はトリガーを――――

「ん・・・にゅ、ほむらちゃん?」

今まさにラボメンの一人が、序列第二位の戦力が度重なるセクハラが原因で命を落とそうとした瞬間、目元を擦りながらまどかが起きあがった。
毛布が落ちてぶるっ、と体を震わせながらもまどか。彼女はチッと舌打ちしながら上条を睨みつけるほむらと、腰を抜かして涙目の上条を見て思った。

「相変わらず、二人は仲が良いね」

ふにゃ、とした笑みを浮かべながら想いを言葉にした。

「鹿目さん寝ぼけてる?」
「戦闘の後遺症が残ってるのかしら・・・」

普段から(一方的な)喧嘩ばかりの二人は外側から見ると仲がいい。ほむらは心底嫌そうに、上条は震えながら否定するが二人の絡みはよくあるし、それになんだかんだで一緒にいる事が多い。
ツンデレだなぁと、まどかは地平線の彼方への感覚で納得し、ふらつきながらベットから下りる。

「洋服・・・・ボロボロだ」
「あ、鹿目さんまだ無理は―――」
「見ては駄目よ!!」

ドシュ

買ったばかりの洋服が悲惨な状態になっていた事にまどかが哀しそうな顔をし、上条が気遣いの言葉をかけようとし、ほむらがまどかの若干淫らな姿を邪な視線を遮るため―――目潰しを行った。
結構深く突き刺さった。割とエグイ音が聞こえた。

「目がー!?」
「ふう、危なかったわ」
「い、いきなり何をするんだよ!?」
「まどかのサービスカットを観測したさいに発生する対価よ」
「だからって目潰しは罰としてはいささか重いんじゃないかな!?」
「まったく、貴方は言い訳ばかりで責任一つとれないのね」
「責任って・・・それを言ったら暁美さんも凶真に対して責任とらなきゃいけないじゃないか!」

ブシュッ

「目がぁああああ!?躊躇いの無さが凶真にホントそっくりだよ!!失明したらどうすんのさ!!」
「暴言を吐くからよ」
「何なのその等価交換!」
「銅四十グラム、亜鉛二十五グラム、ニッケル十五グラム、照れ隠し五グラムに悪意九十七キロで私の暴言は練成されているわ」
「悪意の固まりすぎで怖いよ暁美さん!そもそも僕の暴言で目潰ししたんじゃないの!?なんで自分の暴言の構成成分を語ったの!?暗に今から“殺す”という意思表示か何か!?」
「ゴメンナサイ、照れ隠しというのは嘘よ」
「無視された上に唯一の良心が消えたちゃったよっ」
「あふぅ、お風呂はいろっと・・・・予備の洋服・・・無い・・・・あ、上条君このTシャツ借りてもいい?」
「うん、かまわないよってマイペースだね鹿目さん!?眠たげでもこの手の事態には昔は過敏に反応してくれてたのに!!」
「私は二人が仲良しなのはもう知ってるから」
「誤解よまどか――――まどかが上条恭介から服を借りる?」
「誤認だよ鹿目さん――――ああ殺気をビシビシ感じる!?」

もふっ、と若干寝ぼけている鹿目まどかは自然の流れで天然な行動をとった―――上条のTシャツに顔を埋めた。
特に意味は無く、なんとなくの行為であり深く複雑な経緯は無い。だが―――

「あ、上条君の匂いがする」
「天然って怖いなぁあああああああああ!!」
「ブッコロスワ上条恭介ェエエエエエエ!!」

玄関へとダッシュする上条の後を追うように弾丸とほむらの深夜の追いかけっこが始まった。
上条恭介と暁美ほむら。二人が外へと(命懸けで)駆け出した理由に見当もつかないまどかは寝ぼけたまま一人不思議そうに首を傾げ備え付けのシャワールームへと向かう。
ラボには自分だけなので服を脱ぐのに躊躇は無い、脱いだ服と下着を洗濯籠にいれて洗面台から自分専用の容器をとって狭いシャワー室へ。

「はふぅ~~~~」

温かいお湯を被れば眠気が徐々に剥がれていき思考が徐々にデフォルトに戻る。
此処がラボで、今は零時前で、先月までは一人でも入るのが躊躇われたラボでのシャワーを気軽に使用している。と無意識の部分で自分の現状を把握する。
上条君とほむらちゃんが相変わらずで深夜にもかかわらずハイテンションに追いかけっこを始めて、その間に私がお風呂に入って眠気を祓って着替える。とハッキリしてきた意識の部分で状況を確認する。

(でも・・・お洋服、買ったばかりだしもったいなかったなぁ)

手遅れだが、ラボを修繕してくれた魔法少女に頼んでおけばまだ希望はあっただろうか?今からでも?しかし今さら自分の都合で再び足を運んでもらうのは悪い気がして・・・魔力もタダではないのだから・・・・・。
ここにきて、ようやく、まどかは現状を、状況を、一人きりなのを理解した。思い出した。

(・・・・・え?)

今は夜だ―――その前の記憶は夕方だったのに。
帰りを待っていた―――買ったばかりの洋服を見せたかったはずなのに。
だけど今は自分だけしかいない―――彼は帰ってきていない。

「・・え・・?」

温まってきたばかりの体、ハッキリしてきた意識、それらが一瞬で凍りつくような感覚に襲われる。寒気に体を震わせる。
シャワールームの扉を開け放ち借りたTシャツの上に置いていたバスタオルで体の前を隠しながらラボを、室内を見渡す。リビングにあhいない、パタパタと駆け足にアコーデイオンカーテンの奥、荷物が溢れる寝室にも、ベットの下、しゃがみこんで―――もちろんいない。

「いない・・?」

夕方の戦闘からどれだけの時間が経った?窓を開けて下、一階の部分を除きこんでみたら破壊された後はない。誰もいない、気絶していた間に他のラボメンは帰った?時間は深夜帯・・・・なんでいない?帰ってきていない?
自分達が学校にいっている間に日本には戻っているはずで、途中寄り道したとしても既にラボにはついているはずだ。そもそも一緒にロシアに行っていた彼女が戻ってきていて、傷ついた私達を放っておける性分じゃないはずだ。
だから帰ってきているはずなのに、どうしていない?

「あれ・・・オカリン?」

いない、いなくて・・・・もういない?
嫌な予感は前からしていた。予兆はあった。ラボの設立者である少年は『いつか居なくなる』。それは誰もがなんとなく知っていた。なんとなく、だ。だから考えないように、考えた上で日常を謳歌していた。
その日が来ない事を願って、そんな日は来ないと思って、いつかを先送りにしてきた。
全部予想でしかないのだから・・・・でもその予想を誰も訊けなかった。訊こうとして、はぐらかした。来年卒業の彼に、卒業後の進路を、マミさんやクラスメイト、見滝原中学の生徒ならほぼ全員が選択する高校へ当然のように進学するんだと思いこんだ。
いつか別れはあるだろう。生き別れに死に別れ、理由はなんであれ期間はどうあれ決別か決意か、選択次第で未来には別れの・・・だけど、まだ早いだろう?
あまりにも早すぎるだろう?急がなくてもいいじゃないか、焦らなくてもいいじゃないか、まだ出逢って間もないのだ、本当に、冗談ではなく、過ごした時間は短いだろう。まだ先には沢山の事がある。思い出を作れるし紡げる。イベントもアクシデントも沢山あるのだ。

だから、お別れはまだまだ先なはずだ。

「だめ・・・だよ、まだっ」

だけど、だけどだ。だけど彼の事を知っていて、解っていた。本当は、ずっと前から私達が認めるかどうか、だけなんだって。
彼は『いなくなる』。新しい事を始めるために、誰かのために、私達のように・・・ようやく初める事ができる。今度こそ、きっと今度も――――自分自身の意思で。
解っていて、知っていた。前を向いていこうとする彼を、新しい何か【誰か】を望んでいる岡部倫太郎を。
それをするために卒業後、いつか見滝原を去るんだと・・・・・今から思えば彼は出会ってからずっと『外』へと一人跳び出していた。いつも、出会ってからずっとずっと、平日も休日も時間があれば見滝原だけではなくずっと遠くの、広い範囲を駆けずり回っていた。
ほんとは、ずっと前に、『ワルプルギルの夜』襲来の日を過ぎてからの数日後に実行すべきことを今日まで永らえてきたのは私達が原因だ。それを無意識に悟っていた。
その事実は彼にとって自分達が特別という意味であって嬉しかった、誇らしかった。誰もが望む稀有な人は、いろんな人に求められている彼は自分たちを優先してくれる、私達の事が好きなんだって教えてくれたから。
だからもう、これ以上縛ってはいけないと、いい加減、彼を解放して上げないといけない。なんども私達のために繰り返してきた人を、幾度も私達のために傷ついた人を、私達に巻き込まれ続けた人を自由にしてあげないといけない。
私達が抱く寂しさや哀しさは自業自得だ。そうじゃないけどそう表現するのが正しい。ここじゃない世界線で、私達がもっと頑張っていたら彼は『解決後も一緒に居てくれたかもしれない』が、私達だけじゃダメだったから他にも協力を求めた。
この世界線にいる私達に実感はないが、私達は未来を手に入れた。先を歩む事ができる――――私達は。
彼は・・・今度は私達を助けることに協力、助力してくれた人達を助けに行くんだ。私達を助けてくれたみたいに、放っておけないから、新しい事を、新しい可能性を、未来を求めて走り出す。

「だって―――でも!」

岡部倫太郎を、鳳凰院凶真を誰よりも知っている自分達だから、彼が直接口にしなくても解っていた。そんな単純なこと、ラボメンである自分達が誰よりも“彼よりも知っている”。
止まらない。躊躇わない。諦めない。無視できない。全部を救えないと知っているくせに足掻く馬鹿な科学者を、限界を悟りながらも、崩壊を承知で自分を酷使する優しい観測者を―――私達は知っている。
縛ってはいけない、縋ってはいけない、重荷になってはいけない、迷惑をかけてはいけない、我が儘を押し付けてはいけない。心配を、不安を彼の中に残してはいけない。これ以上自分達の事で彼を苦しめたくない。

「―――じゃあ、どうすればいいの・・・?」

そうだとしても、解っているけど、それなら自分達はどうすればいいのだ?
まだ彼に何もしていない、まだ彼に何もできていない、頑張って、尽くして、傷ついて、愛してくれた彼に何も―――――。
彼は何だかんだと自分達の力になってくれた。いろんな形で、時に手はかさず私達だけの力だけで解決させてくれた。いろんな方法で、想いで支えてくれた。
恩返しがしたい。お礼をしたい。だけど彼は自分の問題に、自分の巻いてしまった『悪』に一人で行こうとする。そこで新しい何かを、誰かを探すように。
どうしたらいい?彼を縛ってはいけない、いい加減自由になってほしい。誰もがそう思い、どうしたらいいのか悩んでいる。全ては想像でしかないのに、全員が全員―――気にしていた。
だからだろう。ある時、私達はこんな話をした。

―――卒業旅行ってわけじゃないけど、一緒に遠くまでいってみたいわね
―――世界中を回るとか楽しそうだよな!

それは誘ってほしくて、欲しくて、期待と不安から出た言葉だった。

―――世界中にガジェットをこっそり配置してみたり?
―――それだと日本全国ツアーからよ
―――何年かかるかな?

それは遠まわしに彼を止める行為で、だけど遠慮している台詞だった。

―――旅費や建設費を稼ぐのも苦労しますね
―――高校生になったらみんなでアルバイト?
―――ゆまは?小学生でもできるのかな?
―――未来ガジェット研究所で何かお店とか立ち上げて稼ぐとかは?
―――おお、それだ!

冗談で、だけど嘘にしたくない会話だった。

―――・・・・・っていうか、魔法って便利よね
―――犯罪は駄目だぞ?
―――え?
―――え!?

日々、いろんな話をして、いろんな付き合いを繰り返して、一緒に悩んで解決して乗り越えて、私達には今がある。
そのかいあって幸か不幸か、少なくても彼は一人で行くことを選ばなくなり、だけど―――

「でも、まだ・・・まだだよね?いやだよっ」

超然として、自分の考えを持っていて揺るがない。不安や戸惑いをあまり外に出さない。弱音を自ら見せてくれない。そんな彼は決めたのだろう。
見滝原を出ていく時期を、共に歩く人を、後を任せる人を――――私達を信じているから。
岡部倫太郎は決めたのだ。この場所を去る事を。
どうしよう・・・・私達はいろんなモノを捧げようとしてきて、だけど彼は受け取ろうとしない。与えるだけで、いなくなろうとしている。

―――俺は進学しません

あの日、彼は自分の母親にそう宣言した。
私は嫌いだ。彼が嫌いだ。嫌いになった。

―――やるべきことを終えたら、シティに行きます

あっさりと、そう言った彼が嫌いだ。
悩んでいるそぶりなんか見せなかった。悩んでるくせに、相談してくれなかった。
迷っている様子は無かった。ずっと前から考えていたんだろう、一人で。
決めたんだ。決めてしまったんだ。選んだんだ、何も言わずに。
その理由がなんであれ、私は・・・いやだと、そう思った。

何故か――――まだ、ここでも駄目なのかと、悲しくなった。そう思った。

岡部倫太朗はどの世界線でも選んでくれないんだと、そう思うと悲しくなった。
やっぱりそうなのかと、落胆してしまう。
別に惹かれていたわけじゃない、恋をしてたわけじゃない、ただ・・・・私は―――。

大切に思われているのに、執着されない。
信頼されているのに、必要とされない。
求められているのに、欲されない。

なら、どうして助けてくれるのか解らない。
理由なんかいらないのかもしれない、彼は優しいから。
だけど、それでは誰でもいいという意味になってしまう。
そうじゃないと知っているけど、そういうことだと思ってしまう。
疑う訳じゃない、信じることができない訳じゃない、そう思うことが彼への裏切りだと思う。
だけど、それでも、彼にとって自分は何だろうか?なんなんだ?
愛されている。特別に想われている。知っている、だけどそれだけだ。
不満じゃない、嬉しいし誇らしい。不安じゃない、“みんな一緒だから”。


だから――――私は■■■■■■■。


ぺたん、と力が抜けてへたりこんでしまう。中途半端にしか拭かれていない体から水滴が落ちて床を濡らしていく。
最近はこんなんばっかりだな、と。自分だけじゃない、ラボメンのみんながそれぞれ思い悩んでいる。今はただ、一人だから、彼がいないから不安から自虐的に、悪い方向へと思い込んでいるだけだと、ただの妄想だと、それでいいと、顔を伏せる。
ぼんやりと、勝手にネガティブになっているだけだと指摘する思考に気づいて落ち込んでしまう。

「・・・・・・」

自分がいつも“ここ”で止まっていることに気づいていた。
考えないようにしている。この場所が、この空間が、ここに集まる皆が大好きだから失うのが怖い、変わってしまう事を恐れている。
誰かが欠けることで関係に変化が訪れるのが・・・・、その理由で失う事を極端に恐れている。
鹿目まどかは誰かを失うことに、何故かその痛みを知っているような気がして・・・・

「いや、だな」

縛る気なんかない、自由になってほしい。でも見捨てないでほしい。その気が彼には無くても・・・・・私達の元からいなくなってほしくない。
矛盾している。知っている。自分がどれだけ酷い事を考えているのか、だけど仕方がないじゃないか、我が儘でもいいじゃないか。
私達はまだ中学生だ。大人なら、愛してくれるなら、ここにいる私達をもっと―――――

~~~~♪

「え・・」

メールの着信音。ソファーに置きっぱなしの私の携帯からだ。ヨロヨロとふらつきながら手に取る。
気が沈みこんでいて気だるい、中途半端に浴室から出てきたから寒い、彼の事で悩むことが多すぎてもう――――

「・・・・うん?」

メールの文面を読んで、まどかは固まる。ぎこちなく首を傾げてその内容に意味を理解しようとする。
ずっと悩んでいた。最初に出会ったときから今までの事を思い返しながら。
ずっと考えていた。どうしたらこの場所に居てくれるか、一緒に連れていってくれるか。
ずっと解らなかった。なんで助けてくれるのか、尽くしてくれるのか、愛してくれるのか。
ずっと怖かった。いつか捨てられるんじゃないかと、いつか嫌われてしまうんじゃないかと。
だけどメールを読んだ瞬間・・・・・頭の仲が真っ白になった。

「・・・・」

まどかは再び立ち上がった。バスタオルが床に落ちるが気にしない。ただ――――叫んだ。

「オカリンのアホーーーーーーーーー!!!」

全力で、周辺住民に気を配らない大声だった。
なんか・・・・いろいろとキレた。

「バァカーーー!!ヘタレーーーー!!」

知っている。今をどうにかしてもいつか必ず岡部倫太郎はどこか遠くへと旅立つ。

「将来は低収入貧困生活ー!!」

誰かを助けるために飛び立って、追いかけて、救ったみんなを置いていくんだ。

「年間取得1■■万ー!!」

いつか、どこか遠くに行っちゃって『私達の岡部倫太郎』じゃなくなってしまう。

「誰もがッ、私がなんでもかんでも言うこと聞くと思わないでよっ!!」

それを理解して、その上で彼を縛らないと決めていた。絶対に重荷にならないようにしようと、でも止めだ。そんな考えはメールを見た瞬間に速攻で破棄だ。
だから『私達の岡部倫太郎』でいる間は思う存分甘えてやる。迷惑をかけて、困らせて、忘れられないようにさせてやる。私達がいない寂しさを刻みつけてやる。
沢山我が儘言って、困らせて騒がしい記憶ばっかり植え付けてやる。安らぎなんか与えてやるもんか、頭下げてお願いされるまで悪行を働いてやる。
一杯心配かけて、それから送り出してやる。すぐに帰ってくるように、帰ってこないと心配から何もかもが手に付かないように、速攻で向こうでの戦いを終わらせるように焦らせてやる。
私は最初からオカリンに振り回されたんだ。出会った当初から私は彼に弄ばれたのだ。気になって落ち込んで慌てて泣いて勘違いしてやっぱり事故って絡まって・・・・やり返してやる。同じ想いをさせてやる。

「もうっ、絶対に許さないんだからああああああああああああ・・・っ」

沸々と、ぐつぐつと怒りが沸いてくる。いつも自分勝手で手前勝手、振り回される私達の・・・・ううん、私の身にもなってほしい!
こんなに悩んでいるのに、怖がっているのになんで絡みが無いんだ!相談の事もだが日常からメールも電話も全然してくれないしこっちから動かないと会えもしない。会いに行けばいつも誰かと一緒に居るくせに、私がその場面に現れても平気な顔だ。誤魔化さないし慌てない。
私が誰かと一緒にいても気にしない。男の子に呼び出されても関心を向けない、マミさんの場合は遠くから射撃体勢に移動するのに私の場合はおざなりだ!
そもそも・・・なんでいつも私ばっかり後回しなんだ!気を使ってなのかは知らないが放置が一番悲しいんだよ、そのつもりが無くても声をかけてくれないと、触れてくれないと、誘ってくれないと女の子は辛いんだ。
さんざん繰り返してきたなら解っているはずだ。知っているはずだ、私を、鹿目まどかを・・・・なのに、それなのに、その上でこんな対応なの?それでいいと思っているの?

「う~、う~~~~~~~」

これまでの鹿目まどかは何をしてきたんだ!今までの私にオカリンはどうしてきたんだ!まるで駄目だ!不合格の留年モノだ!
むかむかしてきて、わなわなと指先に力が入る。我慢の限界だ、押さえてきた物がもう溢れ出す、我慢なんかしてやるもんか!

寄り添うだけでは何も変わらない。
尽くすだけでは振り向いてくれない。
だけど行動しなければ置いていかれる。

私は、私達は彼を縛りたくないから邪魔はしない・・・・つもりだったが、私はもう―――我慢しない。
縋りついてやる、泣き叫んでやる、困らせてやる、それでも彼が置いていくならしょうがない――――追いかけて追い詰めて問い詰めてやる。
本音と建前を洗いざらい吐かせて言わせてやる、私達が居ないとダメだって無理矢理にでも言わせてやる。

きっと逃げる、全力で拒絶する。でもいつか追いつく、追いついてみせる。

きっとみんなもそうでしょう?

いつまでも置いてきぼりは嫌なんだ。

だから皆は考えている。迷惑をかけないように、縛らないように、縋らないように、我が儘を言わずに彼に認められようと頑張っている。
それぞれのやり方で――――私は間逆でやってやる。
嫌われるかもしれない?そんなことない、オカリンは絶対に私を嫌いになんかならない。
困らせるかもしれない?存分に十分に十全に構わない、仕返しだ。構うもんか、私が今までされてきたことだ。
迷惑をかけるかもしれない?最初からそのつもりだ、もうお利口さんでなんかいてあげない。
彼に嫌われないために――――お利口さんでいようなんて・・・もう思わない。
迷惑に思われても追いかけてやる。嫌われたって縋りついてやる。命がけでも――――傍にいてやる。

もう許さん!絶対に許してなんかやるもんか!

まどかは携帯電話を投げ捨てるのをギリギリのところで自制する。なんども文面を見直して、そのたびに頬を膨らませて、目元には涙を浮かべるほど興奮している。
いつもの自分らしくない。解っている、自分がこんなに誰かを責めるなんてこと生まれて初めてだ。救出した人質になじられても、理不尽に避けられてもここまで怒ったことはないのに、今はメール一つで怒っている。
他ならぬ彼からのメールだからだ。彼は他の世界線でもこうだったのかと、その世界線の自分はそれでどうしたのかと気になってきた・・・・・一瞬後には関係ないとその思考を追い出す。
自分は自分だ。ここにいる鹿目まどかは私だけだ。世界線が違えば別人、他との私の関係なんか知らないし、もうどうでもいい。
勝手に重ねられても困るというか迷惑だ。他人だろうが恋人だろうが今はここに居る私が鹿目まどかだ。『冷やしたぬき』を作った鹿目まどかも『大人しい』鹿目まどかも『過去出会ってきた』鹿目まどかも――――みんな私であって私じゃない。
勝手に重ねて、勝手に解ったふりして、勝手に決めないでほしい。今までの出会ってきた鹿目まどかはどうだったかしらないが、今までの鹿目まどかだったら解らないが今現在の私は、鹿目まどかは――――岡部倫太郎に遠慮なんかしない。

「もうっ、ギッタンギッタンにしてやるうううう!!」

吼えて、その時深夜のラボの扉が外から開けられた。

その先に、少年が居た。

まどかは瞬時に跳びかかる。うがーっ、と普段と違うテンションのまま少年に襲いかかる。
優しく、お淑やか、我が儘なんて家族にもしたことが無い。そんな彼女が生まれて初めてキレたのだ、制御できるはずもない。解放的で清々しい半面なにも考えきれない。
少年の胸に飛び込んで、力いっぱい抱きしめて、まどかは溜まった鬱憤をぶつけようと顔を上げた。

「ぁ―-―?」

少年の隣には少女が居た。まどかは選択を間違えたのだ。
それを、誰よりもこの世界線に居る鹿目まどかが理解した。

まどかの体から桜色の魔力が暴力の嵐となって解放された。








暗くなった室内。天王寺綯は隣の寝台で寝ている岡部倫太郎に尋ねた。

「オカリンおじさん」
「なんだ?」
「もう見滝原には戻らないんですか?」

私はオカリンおじさんに謝った。“それ”についてじゃない。今日の戦闘に関してだ。当初から謝りたかった事、計画を歪めそうになったことに関してだ。
もっともオカリンおじさんはその事については特に怒っていなかった。元を辿れば危険を承知で対応を任せたのは自分で、説得と証明に時間をかけたのは自分だからと、むしろ頭を下げてきた。
私は“それ”については謝らなかった。彼も、特に追及はしなかった。想いを告げて、それで“それ”に関しての話は終わった。今後に持ち越しになった。

「なぜ?」
「『ソールマーニ』と『ヘイムダル』。オカリンおじさんにとって主力を先に帰したからそうなのかなって」
「織莉子は学生だ。ミス・カナメの会社の人達の事もあるから飛行機にちゃんと搭乗してもらった・・・・さすがに全員が戻らない事態は心配をかけるからな」
「残してきたラボメンのみんなも不安がりますからね」
「あと俺と君では7号機を使うのは危険だ。特に君はまだ世界に馴染んでいな―――」
「ばっちり馴染んでますよ?」
「え?」
「言いませんでしたっけ?完全に固定されてますから粒子化もいけますよ」

ベットに寝転びながら休憩中だ。休憩中とはいっても別々の寝台なので倫理的に問題はない。私は気力体力全快なのだがオカリンおじさんの体力気力は限界に近いのだ。
あの後、空気読めない褐色美女のブラスレイターが部屋にノック無しで現れたのも原因の一つだ。あわよくば内面だけでなく表面上も進展しようとした私の意気込みをブチ壊したのでお開きになったのだ。“それ”に関しては。
本来の目的だった“彼”と覇導財閥所属の英雄達との会談は関係者全員がリビングに再集合し行った。それは1時間にも満たない簡単な確認と報告だけで本日の会議は終了した。
体力も気力も弱まっていたオカリンおじさんに気を使った判断だろう。オカリンおじさんは後回しにしたくなかったようだが妥協した。会談をもちかけたのは自分で、万全の状態で行わなければならないと理解していたからだ。彼等もそうだろう。
本人の意思とは関係なくデモニアックを引き寄せるブラスレイター、世界中から憎まれ殲滅対象とされ、しかし自殺する事すら問題拡大になることを知っているゆえに行動に制限があった彼ら。それを未来ガジェットと覇導財閥の特性と権威で解決する。
アンチクロスの生き残りと『ネームレスワン』との決戦がある。その時のために未来ガジェットや合体魔法、連携魔法の情報、有効性、秘匿と共有を持ちかけられた。ラボメンの彼女達と関係者の保護を約束に協力体制を築く。
どれもが大切で、妥協を赦さない内容だ。双方共に、誰もが真剣に取り組みたいことだからこそ持ちかけた本人、中心となる鳳凰院凶真には万全であってほしいのだ。
岡部倫太郎だってそうだ。解釈の違いや誤解、何であれ彼女達に何かあれば赦さない。彼らの力や特性をあてにしているのは岡部とて同じだ、彼らの信念や目的に共感しているし恩もある、感謝しているが・・・世界を敵まわそうと戦う覚悟はある。
彼らのミスで、裏切りで彼女達に被害があるのなら、それを良しとするのなら―――――鳳凰院凶真は敵対するだろう。

「聞いてない・・・・」
「そうですか」

まあ、今はそんな事はどうでもいい。天王寺綯はそう思う。今はどうでもいい、今はラボメンのことと、彼と自分の今後の事が大切だ。
今この家屋には自分と彼しかいない。他のメンバーはそれぞれ別の場所で寝泊まりしている。キュウべぇは“彼女”に拉致られた。馬との会話にハマった連中に。
つまり二人っきりだ。身内の話をするにはもってこいだし――――その身内の邪魔もない。

「ちなみに彼女・・・・彼女達は抵抗しませんでした?」
「・・・・」
「・・・・転送先はラボですよね?」
「ああ」
「雷ネットにラボメンからの苦情が殺到してますよ」
「?」
「無理矢理されたから怒ってたんじゃないですか?転送後大暴れだったみたいですよ」
「そうっ、か・・・・しまったな。そんなに怒るとは」
「オカリンおじさんの事に関しては短気ですからねー」
「全員にいえることだがな・・・マミは別だが」
「またマミちゃんですかー・・・」
「雷ネット起動――――怪我や被害は・・・・一応みんな無事で、修復済み、と。はぁ・・・いい加減仲良くしてほしいのだがな」
「オカリンおじさん以外には容赦無しですからねー」
「・・・ラボもユウリが事前に―――」
「オカリンおじさんだけにしか懐きませんからねー」
「到着した織莉子が―――」
「オカリンおじさんにそっけなくされたらマジ凹みしますからねー」
「説明と―――」
「可愛いですよねー、オカリンおじさんの前では」
「送り届けて―――」
「なにせロリリンおじさんとは毎回キ―――」
「だぁああああああもうっ!!なんださっきから!!」

横にしていた体を起こし叫ぶオカリンおじさんに私は細めた視線を向ける。
仰向けに寝転がりながら、足をパタパタとさせながら不満を訴える。

「べつにー、いじけてるだけですよー」
「・・・・はぁ」
「なんで貴方がため息を吐いているんですかヘタリンおじさん」
「・・・・・誰がヘタリンだ」

疲れた声で岡部は言葉を零す。しかし、いつものように誤魔化すために叫んではみたものの相手が綯なので無駄だと悟った。知っていて、それでも乗ってこないのだから―――彼女は本気なのだろう。
本気で、だけど気を使ってくれている。そのことに感謝している。彼女はつきあってくれるのだ、これからの計画に。ようやく得た第二の人生を、新たな生を自分なんかに捧げてくれる。
だけど、限界だ。
いろんな意味で本当に疲れていて、考えきれなくて、だけど真面目に対応しなければならない。しかし気力は残りカスで、気絶するように眠りについてもおかしくないほど、それを知っているのに問うてくるから、無視できないから困る。困っている。
ぼすっ、と再び布団に倒れ込む岡部はそれでも考えた。言葉を贈ろうとして、その前にボスッ、と誰かが自分の上に倒れ込んできた。

「・・・・シスターブラウン」
「駄目ですよ」
「・・・・綯」
「はい、なんですか」

疲労からの肉体限界から眠たげな視線を向ける少年と、名前を呼ばれた事で嬉しそうに微笑む少女の視線が暗闇の中、至近距離で交わる。
少年は言葉を贈る。少女は言葉を受け取る。

「重い」
「ふんっ」

頭突き。彼はあっさりと意識を手放した。
ぱたりと、力なく全身から意識が途絶えた少年、岡部倫太郎を綯は見降ろす。

「はぁ、やれやれですよオカリンおじさん」

制裁を加えておいてなんだが、綯は反省した。

「さすがにイジメすぎましたかね」

今の岡部に答えは出せない。応えきれないのは解っていた。それを知っていて、だけどそれでも欲しかった、求めてしまった。自分が欲しかったモノを求めた。
迷惑で、我が儘だった。今の疲れ切った状態なら言質だけでもと、あわよくば繋げて無理矢理・・・とも考えた。
下劣で、自分勝手だった。今の精神状態なら牧瀬紅莉栖の時のようにと、最低の事を考えた。

「あ~~~も~~~~~~~っ」

ぼやきながら綯はもぞもぞと岡部の布団に潜り込む。そういう知識はあるが寝込みを襲う気は無いので大丈夫だ。
それでは意味が無いし実行した場合、彼の中から綯ルートは完全に消滅するだろう。
いや、逆に開き直って受理されるのだろうか?

「・・・・・・・・はあ~」

気だるい声が漏れる。なんか疲れてきた。考えるのが嫌になってきた。今回の件で自分がますます嫌いになった。
謝りたかった。信じられず、裏切られたと憎悪してしまったから。
謝りたかった。何度も行く手を阻み、彼の行動を邪魔したから。
謝りたかった。繰り返し、彼をなんども殺したから。
謝りたかった。憎しみのはけ口として利用してしまったから。
お礼を言いたかった。見つけてくれて、想ってくれてありがとう、と。
お礼を言いたかった。諦めず、みんなを救ってくれてありがとう、と。
お礼を言いたかった。死んでも、それでも助けてくれてありがとう、と。
お礼を言いたかった。こんな私でも貴方の支えになっていた。だからありがとう、と。
手遅れで、だけどこうして会えた。触れあえる。
見向きもされないはずだったのに、だけど誰も憶えていない事を自分だけが観測できた。
永遠に閉じ込められたのに、だけどいつだって彼の生き様を見てきた。
何もかも失ったのに、だけどそれを取り戻そうと足掻く人を想う事ができた。
何もないはずなのに、だけどいつだって希望は消えなかった。

「私は、卑怯です」

綯は眠る岡部の腕を抱くようにして体を密着させた。
自分の罪を棚に上げ、こうして想い人と一緒にいる。直接、触れる事ができる。気負わず、押し潰されそうになる重圧から解放されている一人の男性を、未来を望んで静かに眠る彼を、抱きしめる事ができる。
彼に罪悪感を抱かれることなく、だ。誰にもできなかったことだ。実際に触れる、抱きしめる事は出来ても、男にとってそうしてくれる女性達の想いは、その行為は逃避からくるものでしかなかったから。
こうして純粋に、きっとこのまま眠っても朝には注意されるだけの自分は幸せ者だろう。誰もが彼を解放してあげたくて、慰めたくて、一瞬でも忘れさせたくても・・・・・彼は行為の後、いつも絶望したのだ。己の卑小さに、自分を想う女性の優しさに付け込んだと、自分を責め、自分をなじり、自分を嫌いになるのだ。嫌に、なっていったのだ。
抱きしめられるだけで彼にとってそれは苦痛になった。優しさを向けられる事が、好意を向けられることすらも耐えきれない。多くを巻き込み、それでも最後は他人任せ・・・・そんな自分が嫌いだから、だから彼は好意を受け止めきれず、応えきれず、申し訳なく思い、やはり―――自分を嫌いになった。

「わたし、私は・・・」

そんな彼が、ようやく赦せた。少しだけ自分を赦せたのだ。本当に少しだけ・・・・あまりにも多くの対価を払って少しだけ。
何十億人も救い、何万回もタイムリープし、誰にも褒められず、皆に忘れられ、愛する人との再会は閉ざされて、それでもやり遂げたのち世界から追放され、その後も戦い続けてようやく、少しだけ赦せた。
悪夢に魘されることなく眠る事ができ、誰かと添い寝する程度には―――自分を赦せた。
疲労から気絶することができる程度には、彼は自分を赦すことができた。

「オカリンおじさん、私はね・・・」

そんな岡部倫太郎に、たとえ僅かとはいえ自分を赦せた男に触れる事が自分にはできる。
“らぼめん”の彼女達にはできなかったこと、だけど―――

「・・・ん・・」
「オカリンおじさん?」

眠った岡部の口から名前が零れた。

「―――紅莉栖」
「――――――――――――――」

知っている。何故自分なのだ、駄目だろうそれは・・・・天王寺綯がそんな恩恵を受けていいはずがない。
最低だ。最悪だ。私は、居座ったんだ。この人の弱さに付け込んで、その優しさに縋って。

ころした―――私が
たいせつなものを―――奪った

せめて胸を張らなければならないのに、私なんかでも、ここには到達できなかった彼女達の代わりに・・・・なのに駄目だ。
ようやく赦しを得た岡部倫太郎を慰める事ができない。思いつかない。今ならできるのに、彼に遠慮しているわけじゃない、私に勇気が無いからだ。
拒絶される事じゃない。私は嫌われても憎まれてもいい、だけど勘違いされる事が怖いのだ。どうしようもなく、そのことが恐ろしい。
彼を慰めたいのに、いつだって自分のことばっかりだ。

彼に、私が後悔や贖罪、救済や感謝から好意を向けられていると思われたくない。
彼に、天王寺綯が同情や同族意識から恋慕を抱かれたと思われたくない。
彼に、彼女達の代わりとして、過去の面影から慕われたくない。
彼に、同情や同族意識から情を抱かれたくない。

私は卑怯で、欲張りだ。自分を嫌いになる。彼もそうだったのかと、そう思う事すら許せない。
憎まれても嫌われてもいいと思っていながら、勘違いしてほしくないと思っている。
一人の女性とみてほしい―――そんな資格はないのに
過去に縛られずに―――過去に犯した罪を忘れて
彼女達と同じ立場で―――観測してきたくせに
目の前に居る自分をみてほしいと、我が儘を――――

「ふっ、く・・・・うぅ」

自分の抱く想いが、勘違いと思われたくない。
たまたま自分しかいなかったからと、唯一助けたのが自分だったからと、他にも良い奴がいるはずなのにと、そんな風に受け取ってもらいたくない。
同郷の者だから、世界線を渡り続けたから、昔からの知り合いだから、全てを知っているから・・・そんな理由で勘違いしていると思われたくない。
私の想いは、天王寺綯の岡部倫太郎を想う気持ちが同情や贖罪から生まれたモノだなんて勘違いしてほしくない。

私は我が儘だ、最低だ、最悪だ。

“らぼめん”の彼女達を差し置いてここにいることができるのに。

「ごめん、なさいっ、ごめんなさい・・・わたしなんかで、ごめんなさいっ」

自分のことばっかりだ。本当に、そんな自分が大嫌いだ。

今も、自分を責めながら日本に居るラボメンの彼らはどんな思いで、どんな選択をするのだろうかと、自分の事を棚に上げて考えてしまう。
彼は、ある意味で子離れをしようとしている。もはや自分は、この子たちには必要はないのだ、と。
対し、彼女達は彼に気づかれないように頑張っている。自分達は大丈夫だと、彼に心配かけないように、自分達は誰にも負けないと、絶望なんかしないと強く有ろうと努力している。
その結果、彼の決意が固くなっていくと知らずに、逆に彼が・・・・遠くに行っても大丈夫だと思ってしまうのに――――。

自分達が弱いから、岡部倫太郎は護るために遠くへ行ってしまうと、ラボメンの彼女達は思っている。
彼女達は強いから、ラボメンに鳳凰院凶真はもう必要ないと、岡部倫太郎は思っている。

すれ違っている。みんな子ど場にしないから、私はそれを心配している。勘違いは正さないといけない。しかし何と言えばいいのか解らない。無駄に主観時間で言えば一番長く過ごしてきておいて解決への考えがまとまらない。
自分は結果がどうあれ彼についていくと決めているからか?何にも縛られず、彼に頼りにされているから楽観している?数少ない理解者であり、かつ戦力になる自分を彼は手放さないと思っているから?

「ごめんなさい・・ごめんなさい」

涙を零しながら綯は謝り続けた。岡部倫太郎に、“らぼめん”の彼女達に、ラボメンの彼女達に謝り続けた。
自分なんかでは駄目だと思っていながら、それでも言い訳を繰り返し、理由をでっち上げ、自分を責めて慰めて彼に縋る。
暗く寒い、だからというように綯は岡部の腕を抱く力を強めた。
小さな体全てを使って岡部倫太郎を抱きしめる。その温かさを得るように、泣きながら、自分を卑下しながら綯は眠りに落ちた。


決して、岡部倫太郎を離さないように。
絶対に、鳳凰院凶真を失わないように。







悩むだけじゃ解決しないモノもある。行動しても変えきれないモノもある。
時に人は、世界は、周りや状況が動かなければ変化できない事がある。
身を持って知っている。体験してきた。ならば今回もそうなのだろう。

「結局のところ凶真に置いていかれない解決策はあるかな?」
「戦闘能力なら『ワルキューレ』があれば問題ないわ」
「う~ん・・・・鹿目さんのシンフォギア、暁美さんのノルン、グリーフシードを使った凶真のリべリオン、天王寺先輩のフラットアウトプリンセスに僕の・・・シルバーだっけ?どれも強力なんだろうけど駄目じゃないかなぁ」

深夜の公園で、上条恭介と暁美ほむらは缶ジュースを片手に今後のことについて話し合っていた。
岡部倫太郎を見滝原に引きとめる方法ではなく、既に置いていかれないようにする方法を模索している。まどかの前ではできなかった話だ。
まあ、そのために深夜にワザとらしく追いかけっこに興じたわけではない。しっかりと上条の頭にはタンコブが積み上がっているので結果的にそうなっただけだ。

「なぜ?岡部が言うには能力的にはシティの人達にも負けてないんでしょう?なら問題はないわ」
「あるよ、八人揃わなければ使えないなんて欠陥すぎる」
「・・・・・」
「シティでの戦闘は個人の能力だけじゃついていけない、だから同行は認められない。10号機は魔力消費が激しすぎるし11号機じゃ一人でも欠けちゃ発動は不可・・・そもそも“外国”に全員で行くなんて現実的じゃない」
「そうかしら・・・・いえ、そうよね」
「僕達はまだ中学生だからね。数日の旅行ならともかく・・・凶真は長期間の予定だろうから」

いつ岡部倫太郎が見滝原から去るのか正確には解らない。だけど自分達は岡部倫太郎においていかれたくない。
でもそう遠くない時期だと思う。今回の研修先が海外な事もあって岡部の旅先は国外で、この件が下準備なのは帰国してきた美国織莉子から話を聞いて予想はできる。まさか黙って突然居なくなる事はないと思うが、いきなり告げられそうで内心では皆が怖がっている。
どうすればいい。彼の、自分達の敵の大元は外国に居る。実害も無い現在は簡単に動けないし軽々しくいける距離でもない、
できれば向こうが諦めてくれればいい。自分達が強い事を証明し、争う事は損だと思わす事ができれば・・・・・まあ、それは無理だと思う。未来ガジェットに興味を持つ組織は正確にはしらないが数は多いだろう。
後ろ盾の無い自分達は常に後手に回る。本来なら、だけど岡部倫太郎には未来の知識と経験がある。過去の実績がある。将来敵対する可能性のある連中の目星は付いているから攻め込む事ができる。相手が相手だから遠慮もしない、容赦もしない、加減しない、全力で。
だからもう決定事項なんだと上条恭介は気づいている。
どんなに強くなっても、頑張っても、いつか岡部倫太郎が見滝原を離れることに変更はないんだと。自分達は間に合わない。そのことに、その事を、その事実を何人のラボメンが自覚できているのだろうか。

(少なくても美国先輩や暁美さんは・・・・)

ホントはみんな気づいている。ただ認めきれなくて、意識したくないんだろうと上条は思っている。自分だってそうだった。ただ今日、先輩から外国での話を聞いて覚悟を決めた・・・とは言えないが、少なくても逃避はしない、できなくなった。
一年後か、半年後か、それとも卒業後すぐかは解らないけれど、その時に自分はどうするか考えなければならない。時間は待ってくれない、“いつか”は必ずやってくる。
今のままでは確実に置いていかれる。ついていけないのではなく、共に行く事を拒絶されるだろう。多くのラボメンは戦力不足で、数少ない数人はその能力ゆえに。
鹿目まどかや暁美ほむらは戦力外、美国織莉子や上条恭介は能力的価値からラボの、ラボメンを含めた周囲の人達を護るために遠くへはいけない。

「・・・・今のうちに潰せれば・・・・・不意打ちで一気に」
「どうやってさ」
「貴方がそれを言うの?」
「僕は見滝原までしか観えないよ」
「ワルキューレを使えば―――」
「凶真と天王寺先輩が絶対に許可しないよ、12号機に搭載されてたらとっくの昔に使ってるよし」
「だから許可しないんでしょうね」
「だね」
「現地で使うとかは?」
「場所が場所だから・・・あれ?もしかして僕が一番連れていってくれない可能性があるんじゃないかな!?」
「さようなら上条恭介、留守番はまかせたわ」
「あっさりと見捨てられたっ!?・・・・・あ、でも今のって」
「なに?」
「暁美さんは凶真に付いていく気満々だねって――――!」
「フッ」

ドスッ

「目がぁああああ!?目潰しで聞こえる音じゃないほど深くっっ!!」

当たり前だが自分達はまだ中学生だ。先輩達ですら来年から高校生、人生これからで色々だ。そんな時期の自分達を生き死に関係において境界線が曖昧になる『シティ』に岡部倫太郎がつれていくはずがない。
一時的ならかまわないだろう。観光なら大歓迎だろう。だけど違う、そうじゃない、あの場所に自分達みたいのが長居するには危険が伴う。
強力な魔女はもちろん、それを超える魔人がうじゃうじゃいるのだ。中途半端な・・・・いや、割と強力な能力を持っているからこそ、そういった連中に狙われる。
あそこで生きるには魔法少女はキツすぎる。超常現象関係を無しに考えても、日常においても毎日の変化が大きすぎて精神への負担が大きい・・・・・。

(うん?うーん、でもそこに関しては割といけそうだよなぁ・・・)

方向性は違うだろうが日々あのクラスメイト・・・普段から学校でヒャッハ―!してる連中と勉学に励んでいるので日常生活については大丈夫な気がしてきた。
あと気になる事は・・・・上条は目潰しされた目を擦りながら確認する。

「うう、そうだ・・・暁美さんはどうしたいの?」
「なにがかしら?」
「なんていうか、こう・・・・将来したい事とか、夢とか?」

訊いてみた。岡部倫太郎のように誰かを救うために永遠と繰り返してきた少女に、上条恭介は訊いた。
鳳凰院凶真同様に、やり遂げた彼女は何を望むだろうか。何を想うのだろうか。そして、これからに――――一体何を願うのか。
わりと重要なことだ。普段は喧嘩・・・・一歩的に虐められているが同じラボメンだ。大切な少女だ。知っている、一緒に苦楽を共にしてきたから。
暁美ほむらは誰よりも岡部倫太郎に近い存在でありながら、何事にも彼に対し、何故か一歩を踏み出せないでいることを知っている。

「夢?」
「暁美さんはさ、将来――――何をしたいの」
「――――――」

彼女は、答えなかった。

「わたし・・・・?私は・・・・まどかを助け・・・・いえ、それはもう―――」
「・・・うん」

答えなかったのか、答えきれなかったのか、上条には分からない。もしかしたらほむら自身も。
上条は空になったジュース缶をゴミ箱に投げて捨てる。

「・・・上条恭介?」
「帰ろっか、もう遅いし鹿目さんも心配しちゃうかも」
「―――ええ、そうね。帰りましょう」

言われ、素直に頷き同じように空缶をゴミ箱に捨てたほむらは自分の長い髪の毛をはらって先を歩く上条のあとに続く。いつのまにか岡部倫太郎の隣に居る事が自然な絵になっている少年の後に続く。
なんとかく、普段は絶対にしない感謝を彼に対し思った。気づかされたから、自分がふらついていることに、流されている事に、自分が何をしたいのか、それが解ってなかったことに気が付いた。
問われ、自分が将来何をしたいのかまったく考えてなく、漠然と他の皆と同じように――――無意識に引きずられていた。誰かが行くから行く、皆がそうだから自分も、そんな考えでは駄目だ。ついていけないし、いつか限界が来る。

「よく考えないとダメね」

返答はない。聞こえない振りをしてくれたのか、もしそうなら気を使わせ過ぎかもしれない、感謝は・・・・相手が上条だからいいかと、そう思う事にする。
ふらついて、浮ついて、定まらない。自分自身のことを疎かにしてはどのみち駄目だろう。何事も決めきれないままだ。変化はこれから先ずっと続くのだから将来への指針は小さくても、少なくともあって損はないだろう。
ここから先は経験した事の無い完全なる未知な世界、全てが今まで繰り返してきた1カ月と違うのだ。自分は魔法少女、普通とは違うのだからより意識しなくては。
さっきは口から自然に岡部倫太郎についていくかのような発言をしてしまったが、実際にその時がきたらどうだろう?
皆も、だからこそ怖がっていると思う。『ワルプルギスの夜撃破』みたいな明確な目標が見えないから、ゴール地点が見えない事だから悩むんだろう。
自分は現状維持を求めている。今を愛している。だから岡部倫太郎がどこかに行ってしまうのが怖いのだ。他の皆も、もしかしたら同じ感覚かもしれない。今の生活を、欲しかった時間を、みんながいるこの瞬間がずっと続けばいいと思って。
だけど現実はそうではない。だから考えなければならない。皆考えている、どうすればいいのかを、自分もそうあるべきだ。それで決めきれたなら、納得し覚悟したのなら、そのときは――――。

「上条恭介」
「なに、暁美さん」

少しだけ気になって、参考程度に訊いてみた。

「貴方は将来・・・・・そうね、どうなりたい?」

ようやくスタート地点に立った自分と違い、普段から考えていたであろう彼はあっさりと、あまりにも簡単に答えた。
難しくなく、単純に、理想であり願いを口にした。

「とりあえずラボメンの皆と同じ高校に入って、それで青春を謳歌したいな」

こちらの現実的な意味での質問を無視し、いつかくる岡部倫太郎との別れを無視し、それぞれの学校【進路】が別になる可能性を無視し、彼はあまりにも稚拙で実現が難しい将来の希望を口にした。
前を向いて歩く彼の表情は窺えないがきっと笑っているのだろう。口調から予想できる。
訊いといてなんだが、人がせっかく真面目に将来について考え始めたのに、と思わなくおない。ほむらは呆れたように言う。

「子供ね」
「何言ってるのさ、もちろん子供だよ」

僕達は中学生だからね。という彼は気楽に言った。
どうしろと、と思う。重く考えすぎなのか、でも真剣に向き合わなければならないから――――だけど、そういうものなのだろうか?
普通の人も、そうなのだろうか。もしかしたらそうなのだろうか?魔法に関係なく、受験や就職、将来に関する方針を真剣に悩み考えはするが重く、それこそ一生の事として考えてしまうことは稀なのか。
そうじゃないかもしれない。というか、そう考える人もいる、という話か?

(どうしたい・・・か)

他の人はどうだろう、どんなふうに捉えて、どうしたいのか、ラボメンの皆に訊いてみよう。もちろん―――岡部倫太郎にも。
誰も訊けないなら自分が訊こう。なに、自分は岡部と一度は生き別れている。経験あるし踏ん切りとかはいいだろう・・・・・だぶん、それに引き延ばしてもメンドイのでいい機会だ。
あの自分勝手な男の事で悩むのも癪だ。みんなを、まどかを悩ますなど許さん。ラボの責任者としてあるまじきことだ。

「そうね」
「そうだよ」

あいつが帰ってきたら今度こそ問おう。訊こう。逃げず、誤魔化さずに向き合おうと決めた。
思えば自分は岡部を避けていた・・・・とは言わないが、だけど前回よりも遠慮していたのは確かだ。遠慮なく制裁はできるが、精神的に近づくことはしなかった。
怖がっていたから、恐れていたから、もう一度失うことに耐えられそうになかったから、私は岡部倫太郎から逃げ続けてきた。
今が幸せだから、あの一ヶ月を最高の形で乗り越えたからこそ現状の変化を恐れていた。新しい誰か、新しい出来事には我慢できた。増える事はあっても失う事は無かったから。

「私は・・・・・私もみんなと一緒がいいわ」
「うん、僕もだよ」
「たまには貴方と同じ見解も良いわね」

ぽんぽんと言葉のキャッチボールをしながらラボへと向かう。上条恭介と心持ち優しい気持ちで会話できるのは珍しかった。自分でそう思う。
やるべきことを、目標を定めたからだろうか、それが余裕を生んで優しくなれたのかもしれない。

「ふむん」
「どうしたの?」
「不愉快と思って」
「え、なにが?」
「貴方が」
「何でいきなり!?」
「不思議ね」
「ホントだよっ、意味も無く嫌われるなんて悲しすぎるよ!!」
「あら、不思議と言ったけど理由はあるわよ?」
「え・・・・あるの?ちなみに理由はなに?」
「気にくわないのよ」
「・・・・・・・僕の、なにが気にくわないのかな、努力して直すよ」

こんなんでも暁美ほむら視点では優しく接しているつもりだった。優しい気持ちだった。他の誰かなら泣いていただろう、歩み寄ろうとは思えないだろう優しさだが・・・。
同級生の少女から辛辣な優しさを込められた暴言を受け止めた上条恭介は器が大きいのか、それとも彼女の性格に対し悟りを開いているのか、彼は彼女に嫌われないように自分の駄目な部分を治そうと・・・・直そうとする気概を見せた。
上条恭介は本当に良い子だった。彼は好きなのだろう。ラボメンが、彼女が、暁美ほむらが、恋愛云々はおいといて一人の友人として彼女のことが好きだから嫌われる原因を取り除こうと奮起した。
相手の理不尽を責めずに自分が変わろうとするのは好感が持てるが――――

「そうね・・・存在?」
「それは厳しい――――って言うか卑怯だよそれはっ!僕が関与できないところに責任を投げられても対処できないじゃん!!」

優しく接するも彼女はやはり彼には優しくなかった。

「うう、なんで僕は暁美さんに嫌われてるか未だに解らないんだけど何で?」
「だから存在が気にくわないのよ」
「じゃあ凶真は?」
「気にいらないわ」
「存在が?」
「在り方よ」
「納得」

気にくわないと気にいらない。わざとニュアンスを変えてきているが同じだろう。自分と凶真に対し彼女は同じ想いなんだと・・・知っている。どちらも気にくわないし、どっちも気にいらない。でも大切に思われているのも知っている。自惚れじゃない、事実だ。
彼女は何かと気にかけてくれる。日常に置いても戦闘に置いてもだ。日常は生活態度や他のラボメンへの接し方や相談には悪態をついても必ず乗ってくれる。戦闘中は絶対に自分達から離れない・・・いつでもフォローできる場所に居る。

「暁美さんってさ」
「なにかしら」
「優しいよね」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・貴方もマゾなのね、気持ち悪い」
「違うよ!?しかも気持ち悪いってそんな、酷いじゃないか」
「近寄らないでちょうだい、マゾがうつるわ」
「うつらないよ!そもそも僕はマゾじゃないんだから――――凶真もきっと違うよっ」
「どうかしらね」
「ホントだよ!」
「どうでもいいわ」
「うう・・・・いつの日か暁美さんも僕に優しくなってくれるのかなぁ?」
「高校生になったらバイト先にいらっしゃい、接客業の予定だから優しい言葉を送ってあげる」
「先は長いけど・・・・うん、楽しみにしておくよ」
「あらあら、サービスでの優しさが欲しいなんてよほど飢えてるのね――――しかも有料」
「暁美さん僕の事嫌いだよね!?」
「え、貴方まさか知らなかったの!?」
「ここで真顔はやめてよ!?」

こんなんでも・・・いつもより優しさに満ちたほむらと、相変わらずの上条だった。
まどかから見れば、そんな二人は仲良しに観えるらしいが他人から見たらどうなのだろうか、それでも一緒に居るのだから険悪ではないのだろうが、その場しか知らないモノが見れば最早これはイジメ以外のなんなのだろうか。

「ん・・・あれ?」
「今のは―――まどか?」

二人は深夜帯にそんな会話を繰り返しながらラボを目指すが会話がピタ、と止まる。止めた。視界の先、ラボから叫び声が聞こえる――まどかの声だ。

「「―――!」」

同時に走り出す。

「上条恭介!」
「うん!」

走り出しながら互いの手をぶつけるように横に振るう。
ばしん、とぶつかった手に痛みが走り――紫色の魔力光が辺りを照らしだす。

「「ノスタルジアドライブ!」」

12号機が起動し、二人は速攻で互いの役割を決めた。視線も言葉も不要、二人はいつものように自然に行動した。上条は階段を駆け上り鍵の掛かっていない扉を開けはなつ。ほむらは後ろから援護、追撃に回る。
この時間帯にまどかの叫び声だ。それも周囲を気にしないほどの絶叫、只事ではない。ゆえに焦りと恐怖が上条を襲った。
まさか、だけど、でも、と嫌な予感がよぎる。夕方のは勘違いだった。しかし敵は確かにいるのだ。まだ現れなかっただけで、いつかやってくると覚悟はしていたが――

「鹿目さ――!」

そして上条恭介は理解した。自分の嫌な予感は悪い事にばっかり当たるんだと。

(凶真・・・・・早く帰ってきてよっ)

衝撃が走った。ドクンッ と鼓動が、呼吸を上手くすることができない。
自分の観てしまった光景に、胸元に感じた重さに、状況に上条恭介は―――自分はここで死ぬんだと、悟った。

(君が居ないと、僕は――ッ)

一瞬前まで自分は仲間と一緒に居たのに、ただ一瞬で上条恭介は失ってしまった。
彼は独りになった。仲間はいない、ラボの中にも、隣にもいない。失ってしまったんだ。慎重になるべきだった。今の日本には彼が、岡部倫太郎が居ないのだから。
護ってくれる彼はいないのだから、自分は、僕達ラボメンはもっと慎重になるべきだった。
少なくとも僕は、それを身に染みていたはずなのに――――。

上条恭介は








「ぁ、あれ?か、上条・・・・くん?」

全裸の少女、まどかに抱きしめられていた。

「へ・・・・ぁ、やっ!!?」
「あ、あの鹿目さん―――」
「み、みないでー!!!」

ぶわっ、と一瞬で桜色の魔力光が室内を一杯にし、そして――――

「おおおおおお落ち着いて鹿目さん!暴発しちゃ―――」
「 カ ミ ジ ョ ウ キ ョ ウ ス ケ ェ 」

後ろから、殺気を通り越して殺意を実体化させた紫色の魔力光が階段を暴力的な力で一杯にする。
目の前に居る少女も、隣に居る少女も今この瞬間は自分の事を仲間だなんて思っていない。純粋な感情に流された彼女達は叫びを、怒りをそのまま打撃力へと具象化する。
解っていた、何処かで悟っていた。上条恭介はどこかで予感していた。

「や、いやあああああああああ!!!」
「シネェエエエエエエエエエエ!!!」

岡部倫太郎がいないと自分への被害が急上昇する。

「ギャーーーーー!!!?」

普段はあまりこの手のドッキリハプニングが発生しない№02は、岡部倫太郎がいない場合に限って反動なのか、ここ一番で天然ドッキリ命懸けのハプニングをかますのだ。
あかん!これは死んだ!?と思いながらも上条は――――

―――未来ガジェットM04号『超誇大妄想狂【ギガロマニアックス】』起動

ゼロ距離と後ろ(横)からの魔力による打撃で圧殺されそうになりながらも、それでもラボを護ったのだから大したものだろう、いろんな意味で主人公に適している人間だった。
ラボの玄関と階段を繋ぐ場所を境目に、中心に打撃力がラボ全体を穿つ。それは空間を大きく押しつぶし、振動させ、一瞬で大切な場所を瓦礫へと粉砕する――――上条はその衝撃を全て一か所に収束させた。

「―――ッ」

衝撃、体が破裂しそうになる。全方位に向けられた打撃力を全て自分へと収束させる、圧縮だ。衝撃の圧縮の中心に自分はいる。痛いが我慢できる、苦しいが耐えきれる、し
かし押し縮められたものはやがて溢れる。
周りにある空気は、空間は急激な魔力の圧縮によって密度を上げて淡く加熱し水蒸気を生みだす・・・・ここで限界だった。一瞬でここまでできれば上出来だろう。
圧縮され、圧伏し圧迫した魔力は爆発した。空中や屋外なら別に構わなかったがここはラボだ、拡散するエネルギーを全て自分ごと上へと逃がす。

上条恭介。ラボメン№03の彼は今日も今日とてラボメンガールズの暴走を受け止めていた。岡部倫太郎がいない分、いつも以上の労力と被害を被りながら、自業自得に自主的に――――今日も空を舞う。

ズトン!

三階建の建物の二階の階段から天上方向へ真っ直ぐに貫く衝撃波は爆音だ。深夜帯に大爆発・・・・しかし通報はされなかった。周辺住民は誰も、建物含め被害を受けなかったから、その音と衝撃に気づきもしなかったから。
十数メートルも上空に弾き飛ばされた上条恭介によって、その影響によって誰一人、彼らには今回の件に何一つ関われなかった。

「ぎゃふッ!――――っ、いたた・・・・!死ぬってっ、これいつか死んじゃうってば・・・」

どしゃっ、と鈍い音が聞こえた。近隣の建物、空家のテナント、そこに背中から墜落した上条は生きていた。
事前に暁美ほむらと繋がっていたので最低限の加護と、繋がっていたことで4号機を起動できたのが幸いだった。・・・・・全身打撲の重傷、とは程遠い軽い怪我で済んでいるが一歩間違えれば割と本気で死んでいた。
ごろんと、痛む体を頃がして上条はラボの方へ視線を向ける。もくもくと黒煙を漂わせているがしかし・・・ラボは健在だ。

「ああ、まったく・・・・・なんとか無事そうだ」

ため息交じりに彼は安堵の表情を浮かべた。責める事も、不満を訴えることなく、ただただラボの被害が最小限に収まったことに心底安堵していた。ラボは修復可能レベルだ。
ある意味、彼も、彼女達もイカレテいた。躊躇わない、躊躇しない、感情に素直で危険だ。信頼からのツッコミと思えば平和だが第三者、一般の人間から見れば彼らも十分な危険人物だった。

「まったく、はやく帰ってきてよね――――凶真」

そんな彼らには、まだ岡部倫太郎は必要だろうか?必要・・・だろう、絶対に。ストッパーとして、反面教師として、被害を集中させないように、拡散する意味で、それ以外の理由からも、まだ必要だろう。
しかし時間は止まらない。世界は廻り続けて物語は紡がれる。時間切れは刻一刻と近づいて決断を突きつけられる。
天王寺綯は岡部倫太郎に戸惑いながらも尽くそうと決めた。
鹿目まどかは岡部倫太郎に我が儘に甘えようと決めた。
暁美ほむらは岡部倫太郎にふらつきながらも向き合おうと決めた。

「でないと、無理矢理にでも連れ戻しにいくよ?」

ラボメンの女の子達がそれぞれ決意していくなか岡部を除いて唯一の少年、上条恭介は少しだけ怒っていた。苛立っていた。暴言を吐かれようが暴力の嵐に吹き飛ばされようが少しも怒りを抱かなかった少年は、岡部倫太郎に対し怒っていた。
いつからか生まれた小さかったそれは、その思いは日々強くなっていた。ラボメンとて少なからず岡部倫太郎の事で怒りを抱くことはある。相談してくれないし勝手にいなくなる、いつも無理して怪我をするから、そんな自分を蔑ろにする彼に対し良くない感情を向けることは当然ある。
自分だってそうだ。勝手に救い、勝手に傷ついて苦しんで、一人じゃ達成困難のくせにまったく頼らない仲間に苛立ちを募らせる。巻き込んでくれない、道連れにしてくれない先輩に怒りを抱く。

「だいたい、なんで僕を連れていかないんだよっ」

右手に握ったディソードを寝転んだまま空に掲げる。

「僕が一番、君の力になれる」

普段、自分を過大評価しない少年は、いつもラボメンがールズに吹き飛ばされている少年は、彼女達や岡部倫太郎にあまり見せない表情で呟いた。
それは力強くて、自信に満ちていた。それは悔しそうに、悲痛な声色だった。

「・・・・・僕だって、君の力になりたいんだよ」

そして、これだけは譲らないと、こればっかりは誰にも負けない意志と意思を妄想の剣に流し込む。蒼く、淡い光を宿しながらシンプルで、飾り気も無い己のディソードは世界に“それ”を拡散させる。
いい加減にしてほしい、気づいてほしい。恩返しがしたいのは、鳳凰院凶真に助けられ感謝しているのは何も魔法少女達だけじゃない。岡部倫太郎に命を賭けてもいいと思う相手が何も異性だけと限らない。


ゾン!!


紫電一閃。どこぞの屋上で、寝転がったままの上条はディソードを振るった。
ディソードは断ち切る。世界に発信しそうになった妄想を、何もできない自分への八つ当たりを、岡部倫太郎が危惧している■を、上条恭介はギリギリのところで切り裂いた。
祈りや呪いにも近い概念を、自分で生み出した“それ”を消滅させた。

「・・・・・」

痛む体を起して上条は空を見上げる。
見滝原は都市開発が活発な地域だ。少し遠出をすれば深夜帯でも明るい場所が多い。しかし幸いこの場所は住宅地の中でも辺鄙なところで街灯も少なく星を観測するにはもってこいの場所だ。
都市開発が進めばいずれここも・・・・だけど今は違う。明るく輝く星は確かに観測できる。手を伸ばせば星に届きそうだ。

「魔法を使っても・・・届かないよなぁ」

ラボメンの皆と屋上で焼き肉パーティーをしたことがあるが、岡部はほとんど空ばかり見ていた。そして自然に、無意識に手を伸ばしていた。
何を思ってか、誰を想ってか。誰もが手を伸ばし、しかし決して届かないモノ代表である星空に手を伸ばしていた。

―――『星屑との握手【スターダスト・シェイクハンド】』

敵味方問わず上条が観てきた中で最も綺麗な魔法の名前が、ふと思い浮かんだ。厨ニ的センスで・・・大切なナニか。あの頃からだろう。上条恭介が岡部倫太郎に対し怒りを覚え始めたのは、同時に頑張ろうと思ったのは、間違いなくあの瞬間だ。
左手を空へと伸ばす。左手を、再起不能に陥った手を、今はこうして動かせるようになった手を決して届かない星空へと翳す。

「――――違う、届くさ」

開いていた手を握りしめる。ほら、届いた。掌握した。自分の力は天に届く、世界中に響く、時を超えて世界線の壁すら突破する。
ただの少年だ。無力で一人じゃ何もできない。だけど彼から受け取ったガジェットと仲間がいれば全ては覆せる。
敵を倒す武器も、身を護る衣も、戦う勇気も、やり遂げる意志も――――この手には存在する。


「みんなには悪いけど、こればっかりは譲れない」


鹿目まどか、暁美ほむら、天王寺綯、決意し行動を開始した彼女達には悪いが自分も参戦させてもらう、遠慮はしない。
決めたから、決めていたから、彼女たちよりも先に、誰よりも先に、上条恭介はずっと前から決めていた。
彼女達が岡部倫太郎に抱く感情がなんなのか上条は正確には把握していない、彼女達自身が迷っているのだから当然だ。だけど待ってやらない、今まで時間は沢山あったのに行動してこなかった彼女達が悪い。
時間は待たない、止まらない、時間切れが近づいてきたからもう我慢しない。

「凶真の――――――」

彼もまた、彼女達のように決意を顕にしようとした。が、そのとき―――

「見つけたわよ上条恭介」

トン、と軽い着地音と共に死神がやってきた。












「え?」

首だけを後ろに向ければ、そこには拳銃を片手にほむらが立っていた。

・・・・・・・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・・・・?

「あ、あれ・・?」

上条は背後の殺意に震えながら首を傾げた。
おかしい・・・・順番的に今は自分の独白の場面でターンは完全に自分のモノのはずなのに何故に彼女は介入してきたのか、あれか、もう終わりか、不完全燃焼だ。
途切れ方が半端で、おかげで今までの流れを文章にしたら意味の解らない回想・・・最悪ホモ扱いされかねない。これ以上自分と凶真の話題で雷ネットの記事のトップを独占したくない。

「・・・え・・・あれ・・・暁美さん?」
「安心しなさい、人権を尊重し記憶を失うまでゴム弾で脳に衝撃を与え続けるだけよ」
「一思いに殺さないだけ残虐性が高まっていると言えなくもないよね・・・」
「あら、ゴム弾も実弾だから大丈夫よ」
「なにが大丈夫なのかな暁美さん・・・・って、ちょっ、まってまって暁美さんまだ僕のシリアスパートが――――!!」
「そんなものはないわ」

ターン、と深夜帯の住宅街に銃声が響いたが、連続で銃声が響くが、この音はしっかりと近隣の住民にも届いたが、しかし誰も通報はしなかった。
毎度のことだから、誰も気にしなかった。せいぜいが「ああ、またか」程度の事である。

「アッーーーーー!!?」

続くように聞こえた少年の絶叫もまた、いつもの事なので、やはり誰も通報はしなかった。


岡部倫太郎が帰ってこないまま結局そのまま一日が過ぎた。
そして、岡部倫太郎はその翌日も帰ってこなかった。
その次の日も、次の日も、帰ってはこなかった。








「―――」

銃声が辺りを喧しく包囲し、怒声が悲鳴となっては途切れていく。
黒服の集団がたった一人の少女に虐殺されていく、日本のジュニアスクールに通っているような少女に為すすべなく殺されていく。
包囲し、周りから銃弾をどんなに叩き込んでも当たらない。見た目通りに軽いのか、とん、とん、とん、と地面を、壁を、あらゆるモノを蹴って跳躍し白衣を纏った少女は弾丸を回避し続ける。

「―――」

そして、その小さな手には不釣り合いな軍用ナイフである者は喉を切り裂かれ、ある者は心臓を突き刺され、ある者は頭部を切り落とされる。
とん、とん、とん、と軽やかな足音とともに一人一人丁寧に確実に命を奪って行く。
不意打ちはまるで通じない、向かっていってもあっさり対応される、逃げても先回りされ、諦めればいたぶる様な間をもってから殺される。
全てが終わるには戦力差から見れば時間がかかったほうだ。時間をかけて殺したからだ。皆殺しにするのに人数が多くて時間がかかったというよりも、勘を取り戻すために彼女が実験感覚で彼らの命を解体していったからだ。

「う~ん?」

周囲を死体の山にした少女、天王寺綯は首を傾げた。自分はこんなものだったか?と、記憶を掘り返していた。

「うん、やっぱり魔法みたいな理不尽よりもこっちの方が私にはあってる」

魔女や魔法少女よりも、対人間の方が自分には向いている。強力な魔法を使用して敵を駆逐するよりもナイフや銃で殺した方が“しっくり”くる。
今しがた殺した連中は魔女でも使い魔でもない“ただの人間だ”。自分達魔法少女、及び関連する存在を我が物にしようとする悪鬼だ。その悪鬼を魔力を用いずに身体能力だけで殺した。
上の命令に動いていただけの下っ端、ただの偵察員だが――――魔法無しでの実戦の勘を取り戻すためにワザワザ殺した。前回の世界線では岡部倫太郎に見逃された連中だが綯はキチンと殺すことにした。将来敵になることは解っていたから、脅威にならないとはいえ、危険があるのなら、減らせるならやる。

「うん・・・・ちゃんと動けるし殺せる。大丈夫、この体でも動ける」
『イヤ、ダメダロウ』

上から声がした。ベアトリスだ。
鋼鉄を纏い、宙に浮いている彼女は綯を見降ろしながら問う。

『ドコノソシキカ、キキダセン』
「何処でも構いませんよ、目星は付いているので問題ありませんしね」
『フンッ、シカシ・・・・キタナクコロシタナ』
「綺麗ですよ。あっさりと殺しましたから苦痛もそう無いでしょうし」
『イタブッテルヨウニモ、ミエタガナ』
「敵ですよ?そこまで配慮しませんよ」
『アイツモ、ソウナノカ?』
「オカリンおじさんですか?まさか、“まだ何もしていない”人達にあの人は手出ししませんよ。だからこうして私がこっそり処理しているんです」
『ナンテイイワケヲ?』
「言い訳なんかしません。この件は―――“この件も”黙ってます」
『ウソヲツクノカ』
「好きな人には嫌われたくありませんから・・・・・可愛いでしょ?」
『イッテロ、ロリータガ』

そういって彼女は一瞬で別の地点へと飛び立った。ここで死んだ黒服の連中以外のもとへ、壊滅した町を遠くから眺めている敵対者のもとへ。
綯はそれを見届けてから軍用ナイフを腰のケースへと収める。とりあえず自分のノルマは達成だ。あとは僅かに残った残党を彼女に任せればいい。

「さて、オカリンおじさんの所に戻りますか」

自分達がデモニアックを殲滅した翌日に、つまり今日、私欲と我欲のために町一つを見殺しにしていた連中が我が物顔で攻めてきた。研究用の素材を得ようと、奪おうと複数の組織が同時に、ある程度の連携をとりながら早朝に攻めてきた。
表向きは交渉だったが誰が見ても好戦的で、俗物的だった。当然のごとく開戦だ。
四方を囲まれていたが問題はかった。数百人いようとも個人で携帯できる現代兵器程度に、魔人、英雄クラスの存在にまるで届かない魔法少女が数十人束になろうと彼らを抑え込めるはずもない。
世界の均衡を護る大英雄。世界最強の騎士。このメンツだけで事足りた。前回同様に、適当に追い払い適当に薙ぎ払うだけでもよかったが―――――前回同様に“彼女”は遠くで様子を探っていた連中を殺しに行き、自分はそれに付いていった。

「オカリンおじさんは甘いからなぁ、前の世界線も“彼女”がこうしてくれたから・・・・はぁ」

ため息、自分のしている所業を知れば岡部倫太郎は傷つくだろう。悲しんで、自分を責めるだろう、自分の甘さが天王寺綯を殺人鬼にしたと。そんなこと関係ないのに。
天王寺綯は、ここにいる天王寺綯はラウンダーだった記憶をオリジナルに持っている個体だ。今さら人殺しに怯まないし怯えない。敵に容赦はしない、遠慮しない、加減しない、悪意をもってくる者には相応の悪意で応える。
敵対する者には決して妥協しない。白黒敵味方損得を徹底的に分析し行動を開始する。岡部倫太郎がどう思おうが、余程の事が無い限り見逃しはしない。
鳳凰院凶真も概ねそうだろうが自分との違いは我慢強さだ。
岡部は「取り返しのつかない敵対行為」を現世界線でしないかぎり最後まで解り合おうとする。
対し自分は「確かな敵意及び此方を陥れ様とした場合」は躊躇わず戦闘を開始する。場合によっては殺す。これまで観測してきた世界線で、もし自分の逆鱗に触れるモノがあれば・・・・その場合も殺す。例えまだ何もしていなくても、考えているだけでも十分に殺す動機になる。
自分と岡部倫太郎だけなら我慢できた。逃げてもいいから、それが可能だから、だけどラボメンは違う。その周囲に居る人達は違う。全てを、皆を護ることは困難で、だから先手必勝、やられる前に、奪われる前に殺す。
我慢しない、辛抱強く耐えたりしない。ようやく岡部倫太郎が手に入れた幸せになれる世界線、その可能性を、その希望に影を刺そうとするのなら天王寺綯は全力で排除する。何物にも邪魔はさせない、誰にも――――彼にも。

「あーもうっ、嫌われるかもしれないし悲しませるかもしれないけど・・・・・今のオカリンおじさんは不安定だからなあ」

ぼやく、嘆く。彼に嫌われたくない。彼を悲しませたくない。だけど今はマズイ。少しでも悲劇への可能性を取り除かないといけない。
恐ろしいまでの生への貪欲さ、恐るべき死への拒絶感。前回の岡部倫太郎には“それ”があった。だけど今は失われている。危険だ、前回の世界線ではどうしても死ぬわけにはいかなかったがここでは違う・・・・駄目な時は駄目だし死ぬ時は死ぬ、と悟っている。何を犠牲にしてでも生きようとする意志が無い。
他者を退けてでも生きようとする気持ちがない。生きたいと思う意志が無いわけではない。この世界線では自分も幸せになろうと、死んでしまうのはもったいないとようやく思えてきたのだ・・・なのに、だから、絶対に“自殺できる事に気づかれるわけにはいかない”。

「もー、いつになってもオカリンおじさんは私を困らせるんだからなぁ・・・・」

辛い時代も、幸いと呼べる時代も、生死に関わる事態でもそうでなくても、良くても悪くても困らせる。何がどうあれ彼は自分を悩ませ困らせる。
トコトコと岡部倫太郎がいるであろう廃村の中心へと向かう。

「あ、そのまえに」

背中に背負った十字架型のディソードに手を伸ばす。指先でそっと表面に触れて――――世界を覆っていた妄想を解除する。
バキン!と背後で大きな音がして、空間が割れた。

「今回は見逃してあげます――――次は殺しますから、“関係者全員”」

死体の山が生き返った。生き物から肉の塊へと成り果てたはずの黒服達が起きあがる。
殺される恐怖と、殺される痛み、そのリアルすぎる両方の妄想を叩き込まれ精神を破壊された者達がゾンビのように立ち上がる。
その瞳に生気は無い、その様子に意思は感じられない。

「帰っていいですよ、戻った時にはちゃんと元通りに―――・・・・記憶はそのままですから、再起不能になるかもしれませんけどね」

そう言い残し、彼らを残し、保険を残し綯は再び歩き始めた。
中心地に向かう途中、多くの人達が顔を伏せながら自分とすれ違う。ほとんどが大人で、なかには魔法少女もいた。
敵だ――――どうしようか?

「って、どうしようもないですよね」

呟いて、それに周りに居た全員が怯えたように身を固くする。

「あ、大丈夫ですよ?私は殺した方がいいと思いますけどオカリンおじさんからお説教を受けたんですよね?」

全員が頷いた。必死に、綯に命乞いを――

「だから今回だけですよ―――――次は命令だろうが脅されようが関係ありません」

冷たい声と視線で黙らせる。

「私達に関わっただけで、殺しますから」

一人一人にその光景を、妄想を直接頭に叩き込んで綯は彼らの横を通り過ぎる。
腰を抜かす者、恐怖に気絶する者、反応は多々あれ皆―――絶望していた。彼らの未来にはほとんど希望は無いからだ。
組織の命令には逆らえない、しかしその場合は目の前の悪魔に殺される。
綯は振り向かない、同情しない、彼らの多くが自殺しようが魔女化しようが気にしない。本来なら殺していた所を見逃したのだ、後は彼ら次第だろう。
諦めるなら死んでしまえ、足掻くなら生き残れ。敵対するなら殺してあげる―――――手助けしてほしいなら手伝ってあげる。
全部人任せにするなら彼の足枷にしかならないから滅びろ、精一杯足掻いたうえで駄目なら、それでも諦めきれないなら手伝うから覚悟を示せ。
覚悟があるなら生きるだろう。どうせ彼から全員が個別に連絡先を貰っているはずだから・・・。

「甘いなぁ、オカリンおじさんは」

やはり振り向かず彼女は歩き続けた。確実に彼らの半数以上が近いうちに死ぬだろう。それでも・・・・それでもだ。甘えるな、こんな世界だ覚悟はあっただろう、少し前まで彼らは奪うモノだったのだから、この程度の罰は当然だ。
どのみち先は無い人生。そこに小さいが希望は残してやったのだ、感謝こそあれ非難はありえない。あるなら遠慮なく排除する。

「その分は私がしっかりと厳しくしないと」

トコトコ歩く、歩幅の間隔が短いから多少時間がかかるが焦らない。歩けば出会えるから、この手は届くから、手を伸ばせば繋いでくれるから。
優しい人、だから壊れた人。終われなかった人、もう死ねる人。背負う人、でも脆い人。岡部倫太郎、鳳凰院凶真。護りたい人で支えたい人。
同じ世界にいる、同じ場所に居る、触れあえるし伝えきれる。


「あっ、オカリンおじさーーーーん!!」


頑張ろう。精一杯尽くそう。この身が滅びても魂が枯れ果てるまで。
彼がこの世界から解放されるいつかまで、彼が死んでしまう一瞬まで、天王寺綯は岡部倫太郎の力になろう。




優しい人を護ろう。最低限、遠くからの悪意からは。
身近な悪意からは仕方が無い、あの人は自分から跳び込んでいくから回避の使用が無い、それをしない岡部倫太郎はありえないのだから。
ならば自分はそこから生まれる因縁を共に背負おう、この世界線では見滝原はおろか日本を跳び越え世界中で活動する予定だ・・・・多くの出会いがあるだろう、彼一人には背負いきれなくなる。

「ああ、おかえり――うぉ!?」
「ただいまです!」

後ろから抱きついて腕を回す。

「さぁ、次はどうしますかオカリンおじさんっ」
「げ、元気だな?」
「ええ、これからが肝心ですから!」

回した手に、彼の手が重なった感触に頬が緩む。

「―――そうだな、この場所と7号機の増幅器については動作の最終確認が終わり次第シティの連中に託す」
「最初からそのつもりでしたしね」
「施設の維持には莫大な資金と権力が必要だからな」
「場所にも問題が山盛りですからねー」

押し付けた頬と触れられた手に感じる熱に鼓動が高まる。

「あとは“彼ら”に渡した『メタルう~ぱ』が完璧に起動しているなら問題は無い、覇道財閥に任せてここを離れよう」
「念話も通じないし魔力の波動も漏れてませんから大丈夫ですよ」
「そうか、なら“彼”から素体強化のために血を採取してニートを迎いに行くか」
「ニートって・・・ソロモンちゃんだけですか?たしかに強化が必要なのは彼女だけですけど」
「フローレンス達のジェムは覇道が掻き集めている最中だ・・・前回と違って俺は今年からしか存在してないからな。ノエルはジェリのジェムと共に保護済み。ジャンヌを始めとした連中は最高峰の聖遺物・・・保管場所からいまだに奪われていない。あとは覇道の権力で回収、な」
「おお、いつのまにっ」
「最初からだよ」
「此処に来る前?」
「この世界線に来てからさ」
「・・・・・そんなにまえから?」
「ああ、観測してたんじゃなかったのか?」
「嘘です、知ってました」

むぎゅ、と抱きしめる力を強める

「・・・・・いや、苦しい」
「いいじゃないですか」
「ちょっ、小動物の称号を得ている君の力はラボメンでも随一の怪力なんだか――」
「むー」

あれだな、これから色んな事が起こるし起こす私達だが最初に一つ約束事をしなければならない。
絶対に付いていくし置いてなんか行かせない。だからそれに関しては約束しない。
約束、まず最初にお願いしたい事は――やはりコレだろう。

「オカリンおじさん、私の事はキチンと呼んでください」
「シスターブラウン?」
「・・・・」
「ごふぅっ!?」

ギリギリと、背中から回した腕に力を込めて抱きしめる。抱き締める。
名前で呼ばれる事には対して特別な意味はない。意味があるのは、意味を感じるのは呼ばれた方だ、普段から妙な仇名でしか呼ばれないから一層その思いは強くなる。
親しみを持って呼んでくれるのは嬉しいが、それよりもそんな彼だからこそちゃんと名前で呼んでほしいと思う。他の子達とは違うと意識できるから、いろんな意味で自信が持てる。
そもそも今しがた出てきた女の子たちは名前で呼んでいるではないか、全員が前回の世界線で活躍したのは確かだが・・・・何もこうしている私の前でそれは駄目だろう。

「オカリンおじさん、私は遠慮しませんよ?」
「な、なにがだ?いやそれよりも苦しいのですけど――」
「彼女達同様、私も女の子ですから独占欲は強いです」
「女の子イコール独占欲強しってわけでもないだろう・・・・・・・そもそも女の子?」

意味は分かっているだろう、誤魔化しているだけだろうが―――――一言多い。

「えい」

ごきゅ♡

鈍い音と共にオカリンおじさんは白目をむいて気絶した。

「ていっ」

ごきっ

「おうふっ!?」

気付けの一発、速攻で起こす。

「寝てる暇はありませんよオカリンおじさん。時間は有限でやるべきことは沢山ありますから」
「・・・あ、うん?あれ・・・・なにをしていた・・・・・?まあいいか・・・ああ、そうだな綯、善は急げだ」
「よろしい」

周囲を見渡し状況を確認しちゃんと名前で呼ぶオカリンおじさんに満足し私は満足した。
立ち上がり報告へと向かうオカリンおじさんの腕に自分の腕を絡めてついていく、一瞬失礼にも身がまえたが――――何も言わずに受け入れたので流れは上々だ。

「このまま迎えに?」
「ああ、あのニートなら俺でも一つのジェムで安定させきれる。・・・・元から自力でなんでもできるからな」
「その後は・・・・シティに?」

見滝原に、ラボで彼の帰りを持っているラボメン達に会わずに―――死ぬかもしれない戦いに備えにいくのだろうか?
きっと彼の帰りを怯えながらも待っている彼女達に何も言わずに―――帰ってこないつもりなのだろうか?
役に立ちたくて必死に頑張っている少年少女を巻き込まないために―――また背負うのだろうか?
私は、それでもいいと思っている。全面的に賛成できる事ではないが彼女達の力が有能すぎて、彼と近すぎて、あの場には連れていけない。
彼女達は手に入れたのだ。よくやく、暁美ほむらが幾度も繰り返しようやく手に入れたのだ。誰も死なずに、失われずに、未来を歩いていける力と強さを手に入れたのだ。
もう保険は無い、やり直しは効かない、“繰り返せない”。暁美ほむらが、岡部倫太郎が、みんなが何度も絶望に抗って今があるのだ―――それを崩されたくない。
彼女達の人生だ。だから彼女達の自由だとしても――――お願いだから、彼を想うなら幸せになってほしい。
私は思う、もしオカリンおじさんの姿が少年ではなく本来の時代に適した・・・・否、もっと年上の二十代や三十代だったなら“こう”はならなかったんじゃないか?と。
彼女達よりもっと年上で大人なら想われなかった。慕われても望まれなかったのではないかと・・・恋に年齢も役職も性別(?)も種族(?)も関係ないとはいえ、もしそうだったなら憧れだけで済ませきれたのではないかと、そう思う。
必要以上に束縛しない、共にいる事を強要しない、彼が居ないと絶望する――――この世界線のラボメンの彼女達は大丈夫でも、これから関わる多くの少女達はどうだろうか?憧れだけで縋ったりしないだろうか?
怖い、優しいオカリンおじさんは優しい彼女達には手を伸ばし自身を犠牲にしてでも動きだすから。
恐ろしい、そのとき自分は彼に頼ろうとする・・・・頼るしかない彼女達を排除できるだろうか?
彼の心を護るために殺せるだろうか?見逃せば、許容すれば岡部倫太郎が確実に今までのように傷つき摩耗すると知って・・・・・。



私は、天王寺綯は―――――――

























「いや、見滝原に戻るぞ?」

なんて考えていると隣の彼はあっさりと言った。

「え?」
「えって・・・・・学校もそろそろ始まるしな」
「学校ってオカリンおじさん―――」
「ふふ、俺はマミと同じクラスだからな・・・・教師だった時とは違い全力で応援できるのだ!」
「わあ、死ねばいいのに」

私の笑顔の発言にマジで凹み始めたオカリンおじさん。
しかし彼の発言には驚いた・・・マミちゃんのことではなく見滝原に戻ることを良しとしている事にだ。それも学校にも今まで通りに通うつもりだから。

ああ、場違いな嬉しさが込み上げてくる。

今までの彼ならシティに直行だろう。それ以前にこの場を他人任せにはしないだろう、ブラスレイターの“彼女”達のこともあるし、何より未来に向けて万全以上を求める彼が悲劇を回避する前に日常へと帰ろうとしている。
いつまでもこのままじゃいられない・・・・誰もが知っている現実を誰よりも経験してきた彼が、あの場所に戻ると言った。
誰を助けて誰を見殺しにするかなんて決められなかった彼が、ラボメンのいるあの場所に帰ると言った。
大切な自分の居場所に、そう思える場所に――――戻りたいと思えるようになっていた。
これまでの世界線では思うだけで、決して自分の安息のために戻ろうとはしなかったのに、ここに居る彼は、自分を少しだけ赦せた岡部倫太郎はそうではない。
誰もが願う安らぎを、安息を、癒しを求めていた。数年後の大戦にむけて一秒でも一瞬でも貢献するような脅迫概念に縛られることなく、一時の間でも大切に想える人の傍に居たいと、思えるようになっていた。
自分を労わることができる。自分を休めることができる。身体の傷を癒し、心をほぐそうとしている。
誰が言っても止まらなかった。休まなかった。動き続けた。安らぎを求めず幸せを放棄していた人が――――ようやく本当の意味で前を向いている。

他の誰かじゃなくて、大切な誰かじゃなくて、自分を、岡部倫太郎の未来を見据えて考えて行動しようとしている。

彼は彼女達と距離を置くために早期から海外に跳びたしたわけではない。彼は彼女達と決別するために先に日本に帰ってもらったわけでもない。
ああ、嬉しい。ああ――――抱きしめたい、“自分自身の幸いを求めてくれる”。
誰もが願い、誰もが望み、誰もが祈ってきた。優しい観測者の幸せを―――それを唯一拒んできた人が、よくやく折れてくれた、妥協してくれた、根負けしてくれた、やっと自分の未来を望んでくれた。
彼がここに来たのは大事だと思ったから、あの場所に戻るのは大事だと解ったから。あの場所に居てもいいのかと、彼はもう言わないだろう。あの場所に居ると、そう決めてくれたのだ。
幾千幾万も繰り返して、ようやく思えるようになったのだ。


「ねぇ、オカリンおじさん」
「なんだ」
















「絶対に、幸せになりましょうね!」










あらゆる困難を打ち砕き、迫りくる厄災を薙ぎ払い、それでも前を向こう。
魔法の存在で未来は完全に不確定で、未来視が在ろうと絶対ではないと証明された。
それでいい。怖くて、先が見えなくて、不安はいつか後悔と絶望に変わるかもしれないけれど、ようやく皆と一緒に慣れた。同じになれた。

未来にいろんな想いを抱きながら、そこに自分の幸せを望めるようになった。

護ろう、支えよう。



天王寺綯は――――きっと彼の支えになりたいと躍起になっているラボメンと、今頃は此方に来ようと暴走し始めている彼女達と一緒に、岡部倫太郎を想おう。
私は――――きっと彼の今後に、彼の今までとは違う在り方に戸惑いながら、驚きながら、喜びながら焦りながら彼女達と一緒に嫉妬しながら、鳳凰院凶真を救おう。




「あの子たちと一緒に・・・・みんな一緒に幸せになりましょうねオカリンおじさん」



「もちろんだ。頼りにしているよ―――――綯」
「はい!」



さあ、さっさと用事を済ませてラボに戻ろう。愛しい彼女達を安心させ喜ばせよう。
そして皆一丸となって頑張るのだ。
自分のために、仲間のために、彼のために、一緒に未来を歩くために。

「ノスタルジアドライブ!!」

―――未来ガジェット0号『失われた過去の郷愁【ノスタルジア・ドライブ】』起動

「え?」

―――『天王寺綯』
―――ソウルジェム『現在と“因縁”を司る者【ベルダンディ】』発動
―――展開率97%

「ちょっ!!?」
「こうしてはいられません!あの子たちのためにも速攻で終わらせますよ!!」
「だ、だからってなぜここで起動させるのだ!?おい・・・・まさかっ!!?」

この世界で手に入れた感情を力にする奇跡。
感情の強さが運命を覆す、想いの強さが宿命を断ち切る、願う気持ちが因縁を終わらせる。
素晴らしい、私にもってこいの力だ。なぜなら私の岡部倫太郎を思う気持ちに勝てる者など存在しないから、あらゆる厄災から彼を護れる。

「スキルセット ガンヴァレル!!」

唯一の障害が自己犠牲の固まりかつ己の幸せを願わなかった彼自身の心だったが――――それも解決した。

「空港まで一気に跳びます!」
「まてまてそんな悪目立ちしてどうする聴いてないですねせめてスティングーマでゆっくりと――――!!」
「善は急げ!時間は有限で幸せは若いうちに謳歌しないとダメですよオカリンおじさん!」
「――――歳を食っても幸いであるべきだ。俺は、そうでありたい」
「言いますねオカリンおじさん!嬉しいですっ、でも多いに越したことはありません!学生ならではの甘酸っぱい幸せを速く体験しに行きましょう!」

―――未来ガジェットM10号『バタフライエフェクト』起動

「だからまてその速度に俺は―――!」
「では“私とオカリンおじさ”んの輝かしい未来と幸せのために―――――いざっ、元気一発!」

ガン!!と足下の魔法陣が強烈な光を放ち、周りに居た複数の連中が此方に何事かと視線を送る。
妖精幼女とパートナーがやれやれと肩をすかし、到着した覇道財閥関係者がうろたえ、キュウべぇが事態と状況を察知して跳びついてくる――――危うく彼女を置いていくところだった。
私とオカリンおじさんを抱きしめながらキュウべぇと必死にナニかを訴えるオカリンおじさんを無視し私は青空を見上げ声を張り上げる。



「疾風怒濤のッ!!」


ごめんなさい無理です聞こえません。嬉しすぎて我慢できない。
だってそうだろう、諦めていたのに彼から宣言されたのだ。
可能性が生まれた。私の願いが叶うかもしれない可能性がついに発生したのだ。

牧瀬紅莉栖だけしか観ていなかった彼にも――――己の幸せを望むことで“それ”が他にも向けられるかもしれないのだから。

興奮せずにはいられない。歓喜して何が悪い。彼女達には悪いが戻る前に色々アプローチしなくては!
頑張れ私!凹むのも懺悔するのも後回しだ!
今は過去の事を水に流しい今までの失態を無視し二人だけの時間(キュウべぇはしかるべき処置をして一時的に排除)を満喫しつついかに好感度を上げるか考えなければ!
ああ楽しい、嬉しい!生きるとは素晴らしい!彼については悩んでばっかりだったのに今は最高に幸せだ、今後の事を想うだけで、想像するだけで世界は輝いているかのようだ。
さあ行こう!飛び立とう!天王寺綯の望んでいたこれからはまさに今始まるのだから――――精一杯頑張るのだ!!!

彼に愛してもらえる。一人の女性として、それだけで、その可能性があるだけで、自分と誰かを愛せる岡部倫太郎と共に居るだけで、例え世界がどんなに残酷で理不尽でも

自分が愛する人と一緒の世界で生きていけるなら

なら天王寺綯は―――――


「ガンヴァレーーーーーーーーール!!!」





全ての因縁を断ち切って世界にだって打ち勝てる。





「・・・・ぁっ、そうと決まれば彼女達はライバルですね――――やっぱりこのまま世界一周旅行とかどうですか!?」
「――――」
「世界中に7号機の増幅器を設置しながらその辺の魔法少女を勧誘しつつ私とオカリンおじさんの親愛度を見せつけて外堀からの既成事実を世界単位で築きつつあわよくば本当に既成事実を―――――――聴いているんですかオカリンおじさん!?私達の未来に関わる重大なお話ですよ!!」
「――――」
「え!?息ができない!?急いでいるんですから当たり前じゃないですか!!」
「――――」
「暴走してる?ええもちろんしてますけど何か!?これからが楽しみすぎてヒャッハーですよ!!」
「―――」
「キャラが違う――――ええ!?何を言ってるんですかオカリンおじさん!おかしなこと言わないでください!!」

高速で青空を飛翔する私に、何度も輝くマフラーを炸裂させ加速し続ける私に、酸欠と高度からくる寒さから彼はトチ狂った事を言っている。
私が暴走している?
当たり前だ、その通りだ―――――それが私だろう。天王寺綯は最初からそうだった。
そう定めたのは他でもない愛しい貴方なのだから。

だって

「私は――!」

天王寺綯は―――



「フラット・アウト・プリンセスなんですから!!」



その名の通り、暴走小町なのだから










あとがき


『おっぱい談義』から修正を繰り返し・・・・・・変な感じに着陸しました。
おかしい、最初はラボメンガールズの『おっぱい談義』を107000文字程度書いて読み返し軽く引いて・・・・・修正した結果がこうなってしまいました・・・・なぜ?
気を取り直して『妄想トリガー巴マミ編』を書いていたら今回の倍くらいの文章になったし・・・・当方はおっぱいが大好きなのか・・・・・大好きですけど最近はBLも面白いと思っているし雑食化しつつある自分に危機感を覚えます。
新たなジャンルの開拓、同人誌は高いし・・・・・破産しそうです。
買いあさり、読みふけっていて更新が遅れている当方の作品ですか長い目で優しい視点で根気強く読んでくれましたら嬉しいです。

本編も早く更新し、無限に沸き上がる妄想トリガーも早く投稿していきたいです。

願わくば、最後までお付き合いしてくだされば、当方の幸いです。














[28390] χ世界線3.406288 『妄想トリガー;巴マミ編』
Name: かっこう◆a17de4e9 ID:57be8a05
Date: 2014/05/05 11:11




真っ暗な見滝原の街のど真中、交差点の中心で一人の魔法少女が叫ぶ。
また、仲間の反応が一つ消えてしまった。

「おいおい嘘だろ畜生ッ」

普通に考えて、在りえない。

「ふざけやがって・・・・・デタラメすぎんだろーが!」

赤の魔法少女佐倉杏子は現状に対し強い不快感を隠さない。声を大にして叫ぶ。
手に持つ赤い槍を大きく振って鎖による多重結界を展開、さらに地面から無数の槍を召喚し己に有利なフィールドを創り上げる。
杏子を中心に球状に広がっていく鎖はチェーンソーのように触れたコンクリートの壁や道路を切り刻み、地面から生えた槍は一斉に矛先をただ一点へ向けて銃弾の如く発射された。

「・・・」

それに対し、杏子の正面にいた少女は焦ることなく身を晒したまま突っ立っていた。
鎖にも槍にも杏子の本気の魔力が宿っている。手加減抜きの冗談無し、直撃すれば間違いなく殺せる必殺の攻撃。
高速で回転しながら接近する鎖は回避を後ろにしか許さず、槍が鎖の回転の穴を埋めるように隙間から発射される面と点の攻撃、シンプル故に強力で、シンプルだからこそ攻略法が少ない。

それを少女は片手を前に突き出すだけで攻略した。

バチュンッ

少女の足元から昇った光が鎖も、槍も、その攻撃の最中自らも跳び込んで放った渾身の一撃すら―――弾き返された杏子は舌打ちした。

「チッ」

奥歯が砕けそうなほど口を噛みしめる。力の差が有りすぎる。こんな事が在っていいのか?感情の強さが魔力を強化する以上、気分一つで魔法への影響が絶大になるのは知っている。しかしだからと言ってコレはありえない。
相対者の強さは知っている。本気の本気で戦ったなら自分はきっと勝てないだろう・・・しかしだ、絶対ではない。十回に一回、いや今なら三回や四回やれば一回は勝てるかもしれない。

「オオッ!!」

光の壁が消えた瞬間に槍を高速で叩き込む。突き、薙ぎ、叩き、刺し、打つ――――時に槍を多節根へと変えて連撃の速度を上げ、幻惑魔法で刃を増やして迎撃のタイミングをずらそうともした。

ガガガガガガンッッ!!

全て捌かれる。元は攻撃手段がないと言ってもいい魔法少女だったのに、今も攻撃の要は遠距離による射撃なのに自分の近接戦闘についてくる。
コレと言った魔法を使用せず、ただ武装を盾に槍を受け止め、体術のみで魔法によって現実離れした動きをするこちらの攻撃を捌き切る。
むしろ押し返してくる。最初から防御ではなく迎撃だった動きが徐々に前へと出てくる。それは攻撃だ。

「単純ゆえに強靭で、単純だからこそ柔軟、そこに視覚をわずかに狂わす幻惑魔法。高速近接戦闘で使われれば確かに脅威だわ――――でもね」

ガンッ

多節根と鎖を同時に弾かれた勢いで両腕が上へと打ち上げられ――――

「私にはもう貴女の魔法は通じない」

ヒュガッ!と周囲の鎖が少女を捕縛しようと一気に迫るが、少女が右腕で持っていた銀色のマスケット銃を回転させれば周囲の鎖を絡め取り――――ドン!とマスケット銃ごと地面へと縫い付ける。
流れるような動きで左手で持っていた銃を突きつけられても、杏子は反応出来なかった。

ズドン!

バスケットボールを無防備にお腹に喰らったかのような感触、貫通はしていない。弾丸はゴム弾のように粘りがあり重い。口から内臓が跳び出しそうな衝撃なのに後方へはぶっ飛ばない、その場に膝から崩れ落ちる。
絶妙な調整をされた威力。意識が跳んでいないのが不思議だ。気絶した方が断然マシな気分の悪さだが、上から聴こえた声に杏子は意地でも気を失う事を拒否する。

「貴女の魔法だからこそ通じない」

意味は判る。長年の付き合いだ。こちらの癖や行動予測はある程度できると言いたいのだろう。そして腹立たしいことに、完全に読まれている。
一度は教えを請いた身、それに再会してからも隣で一緒に鍛え上げた魔法だ。ならば仕方がない。

だが―――癇に障る。

「なめてんじゃッ、ねぇ!」
「舐めてないわ」

左腕に持っていたマスケット銃に黄色のリボンが巻き付き、光が灯った瞬間には銃身には厚みがあった。形が変わっている。中身が違っている。
細身の長銃から三連結された銃身。弾丸が新たに込められたのはもちろん、今さっき受けたモノより威力が過剰に込められているのは明白だ。
大人の男ですら持ち上げるのには苦労するであろうそれを、少女は視線を杏子に向けたまま片手で軽々と――――天へと向けた。

「――――ッ」

杏子は冷や汗を流した。そして叫ぶ。

「駄目ださやか!」
「上空からの奇襲、35点」
「うわぁ!!?」

黄金の輝きが銃から放たれた。それは上から流星の如く振ってきた青の魔法少女美樹さやかを迎撃した。
杏子の叫びにとっさに反応、なんとか攻撃態勢から姿勢を横へと移動させたが僅かに掠ったのか、さやかはキリ揉み状に少女の後ろに落下した。鈍い音が響く、着地とは言えない落ち方。

「佐倉さんを囮にするのは関心するけど、自分が失敗した時の反応が遅すぎるわ。だから迎撃をかわせないし墜落もしちゃう」

鎖を縫い付けていた右腕に持ったマスケット銃にもリボンが巻きついて、一瞬の輝きを放てば鎖と地面を爆砕――――右腕を包み込むような大砲が少女の手にはあった。

ガキン!

それを頭上へと掲げれば衝撃音、パイルバンカーによる刺突を防ぐ。
さらに左手の銃から手を離せば小型拳銃を速攻で召喚、後頭部を蹴りつけようとした足先を受け止める。

「両サイドからの追撃に――――」

ドスッ

少女の胸から三本の暗い爪が生えた。背中から貫かれた。

「死角からの攻撃」
「うぇ!?」
「ハァ!?」
「ゲッ!?」

キュイ――――

飛鳥ユウリ、杏里あいり、呉キリカ、三人の魔法少女によるタイミングをずらした死角からの攻撃を受けた少女はその真の姿を表す―――リボンの塊だ。
全身が一気にリボンへと変わる。人の輪郭は失われユウリのパイルを受け止めた大砲も、あいりの蹴りを止めた小型拳銃も、背中からキリカに貫かれた少女自身も全てリボンへと変質した。
一瞬の刹那に彼女達が見たのは、解けていくリボンの塊の中心で輝く魔力の爆弾だった。

「40点」

――――ドカン!

爆発を中心に五人の魔法少女達が円状に吹っ飛ばされていき、爆発した跡地に無傷の少女が空から降り立つ。
何処に、いつのまに囮に変わっていたのかまるで見当もつかない。
しかしその瞬間までは『観えていた』。

「オラクルレイ!」
「ディスパーションショット!」

ビルの五階ほどの位置にある窓ガラスを内側から突き破り、二人の魔法少女が上空から挟撃する。既に攻撃準備は整っている。
白い魔法少女の美国織莉子は自分の周囲を旋回している宝玉と、他のビルや自動販売機、植木鉢や下水道、信号機の裏などに設置していた宝玉全てに突撃命令を下す。
桜色の魔法少女鹿目まどかは五本の矢を速攻で放つ。それぞれがジグザグに雷の如く宙の軌跡を刻んでいく。一撃が百撃する魔法を五本同時にだ。


「バロットラ マギカ エドゥ インフィ二ータ」


宝玉と矢が全て、その絶大な効果を発揮される前に破壊された。

「え?」
「まさか!?」

今まで数多の魔女を倒してきた自分達の魔法を一瞬で駆逐した。一瞬だ。魔法を展開し発射した刹那に全てを撃ち落とされた。
宝玉も矢も、双方ともに魔力を大量に注ぎ込んでいた。生半可の魔法では破壊不能だ。しかも数は多く、それぞれが独立した起動をみせていたのに防御でも回避でもなく攻撃によって防がれた。おまけに――――

「トッカ・スピラーレ」
「「!」」

少女の両手から黄色のリボンが螺旋を描きながら二人に向かって放たれる。リボンとはいえコレは攻撃魔法だ。肉体を貫くには十分な強度と速度を内包している。
織莉子は宝玉を足元に創りだし蹴って跳躍、リボンを回避した。しかしまどかは正面からドリル状の魔法を受けてしまう。

「あっ!?」

バシュン!

リボンはまどかの体を貫く事はなかったが、リボンは瞬時にまどかを拘束する。

「ふあ!?」

瞬きする暇もない。拘束され空中で身動きの取れないまどかは地面へと叩きつけられた。

「あゥッ」
「この―――」
「予知能力者を相手に戦う時の鉄則――――織莉子さんの場合、観測させなければいい」

黄金の魔力光が世界を染める。

「―――――!?」
「チェック」

トン、と瞬時に織莉子の背中に回った少女は織莉子の頭に手を添えて軽く魔力を放つ。

「それだけで避けきれないほどの制圧射撃も、強力で巨大な一撃もいらない」

気を失った織莉子が堕ちる。

「おいおい、マジでどうしちまったんだよ・・・・・マミの奴」

織莉子が地面に激突する瞬間にリボンがネット状に広がり柔らかく受け止める様を杏子は痛む体を起こしながら見ていた。
ああ、在りえない。無茶苦茶だ。巴マミが強いのは知っていたが強すぎる。五号機の多重結界の中の見滝原で戦闘を開始して10分、半分以上のラボメンがマミ一人に敗北している。それも連携したうえで、だ。
限定状態ならマミよりも強い上条恭介も、異質な強さを誇る天王寺綯も既に戦闘不能にしている。
魔法の源は感情で、魔力の質は気持ち一つで大きく変動する。だから魔法少女の力がたった1日、たった数時間、ただ一瞬で化け物になることも・・・前例がないわけではない。
だけどそれにしたって限度はあるだろう。限界はあるだろう。
因果を捻じ曲げる魔法少女だけど、それはあくまで契約時だ。摂理に反する力を行使する最大の瞬間は魔法少女になった瞬間だ。無限の可能性を秘めている魔法の使い手でも、魔法少女になった後には許容できる、内包できる奇跡には限度がある。
今の巴マミはそれを超えているのではないか?

「だけどな」

ヂ、ヂィイイイイイ・・・・

ゼンマイが巻かれるような音が杏子の耳に届いた。

ガキン

世界の音と臭い、色が停止した。



カチン



この音が聴こえた存在は世界中で十にも満たない。停止していた時間が動き出す。
相対者の少女、巴マミからすればそれは一瞬にも満たない時間、時間と言う概念が存在しなかった間に包囲は完成されていた。
彼女視点では堕ちた織莉子を魔法で作ったリボンのネットで受け止め、残った敵に意識を傾けようとした瞬間だった。
目の前に確かにあった景色が消滅し、テレビのチャンネル操作のように今まで倒してきた魔法少女が全員―――前から後ろから右から左から、そして上からも攻撃態勢を既に完了している状態、そんな世界に切り替わっていた。

「いくそマ―――!」
「暁美さんの魔法は確かにすごいけど、だからこそ警戒しないわけがないでしょう」

それでも慌てない。前後左右に加え頭上まで抑えられていながら精神的怯みを見せない。観えない。
それを誰よりも先に実感したのは未来視を持つ織莉子ではなく、マミを上から攻撃しようと空高く跳んでいた杏子だった。
ゾゾッ、と背中越しに圧を感じる。ヂリヂリと産毛を焼くような何かを宙にいる自分よりもさらに上、高くて遠い上空からそれはくる。

「度重なる囮と連撃、迎撃した私が自分から倒した彼女を介抱した瞬間に時間停止による包囲、だけど――――足りないわ」
「ぁ――――」
「80点」

上から下へ、マミが指先を動かせば空から雲を突き破って黄金の雨がマミを取り囲んでいた者達に降り注ぐ。

ズドドドンッ!!!

爆音と灼熱がマミの周囲を飾る。一瞬で包囲され、一瞬で制圧した。

女神に至れる可能性を秘めていた鹿目まどかも
時間停止という神紛いの力を得た暁美ほむらも
多様な攻撃方法を持っている杏里あいりも
回復魔法では右に出る者がいない飛鳥ユウリも
爆発力と突破力は随一の美樹さやかも
時間遅滞の魔法を駆使する呉キリカも
未来を観る事が出来る観測者美国織莉子も

たった一人の魔法少女を相手に地に伏せていく。

「後は・・・・・一人――――」

今のは完全に決まった。上空から降ってきた二十四丁のマスケット銃を翼のように背中に浮遊させ、マミは歩き出した。
これでラボメンは戦闘訓練を辞退した一人を除けばあと一人――――?

ギュィ

「―――!?」

聴こえた音に振り返る。

「油断」

振り返った先には倒れていくラボメンの姿、さやかだ。

ィイイイイイッ

しかし今の声はさやかのものではない。彼女はマミの砲撃によるダメージを受け喋れる状態ではない。
今の声はもっと幼く、しかし確かにさやかの所から聴こえてきた。

「マミおねえちゃん」

まさに油断していた。そう―――まだ彼女が残っていた。忘れてい訳じゃない。既に一度、倒していたから、それに今の天壌から砲撃で完全に“彼”以外との決着をつけたと残心を疎かにしてしまっていた。
ゆっくりと倒れていくさやかの白いマントの中、彼女は既に攻撃準備を整えていた。

「―――――――0点!」

ラボメン№08.千歳ゆま。

「インパクト!」

直撃した。




だけど

「ふぅっ、危なかった」
「・・・・え・・・?」

ラボメン最年少でありながらマミを後一歩で倒せるかもしれなかったが―――届いたが、決定打にはならなかった。
直撃と言っても、ゆまの魔力が込められたハンマーは両手のマスケット銃と背後に控えていた銃を盾に、さらに多重に巻かれたリボンの簡易アーマーによって威力の大部分を削られていた。
それでも昨日までなら多大なダメージを与えていただろう、だが今のマミには出鱈目な魔力が漲っていて強化された加護と身体能力も合わさって油断からの直撃とはいえダメージを殺し切っていた。

「・・・・えー・・・・」
「残念」
「・・・・・インチキだよマミおねえちゃん!!」
「ごめんね」

ぽこ、と小さな可愛らしい音と共にゆまはコテンと倒れたのだった。



「これで、ホントにあと一人」

マミは呼吸を整えながら倒れているラボメンから離れ疑似世界の空を見上げる。
生き物はいない無機物だけが完全再現された見滝原の中心、高層ビルが立ち並ぶこの場所からは本当の見滝原からは見えない大きな紋章が空に描かれている。
色違いの二匹の蝶が寄り添うような紋章。魔女結界とは違い悪意はないが善意もない世界。綺麗で、透明すぎて怖い世界。

―――遠くの空に、若草色の光が見えた。

「きた」

誰かを好きになる事は素晴らしい事だ。誰かを好きになる事で世界は広がる。同時に傷つく事も確かにあるが“それ”を自覚し“それ”に恋をしている間は少なからず幸いを感じる事は出来るだろう。
誰かを想う事で強くなれる。感情を力の源とする魔法少女にはうってつけの刺激だ。人は一人では生きていけない。誰かと繋がる事で世界には色と音が産まれる。誰かといる事で世界を認識できる。頑張れる。戦える。
しかし立場が“逆”の場合はどうだろうか?逆に、誰かに好意を抱かれた、向けられた場合。他人から理解不能、制御不能の“それ”を告白された時だ。
思う、考える。そんな理不尽な想いを勝手に抱かれたら?私は怖い。だから思うのだ。好意を向けられる事に恐怖を抱いた事がある人は、実は多いのではないだろうか?自分ですら制御できない“それ”を他人が向けてくる・・・・・怖いに決まっている。
それに告白してくれた人を振るのは、かなりの精神力を、気をつかう。目に見えない感情が怖い。何故と不安になる。どうしてと強張る。何を求められて何を欲されるのか。
嫌いなわけでもない相手からなら尚更だ。ただ好きでもないだけで、想われる事がただただ憂鬱へと繋がっていく。応える事ができないから。好きでもないのに応じたら――――だから、嫌だ。

傷つくのも傷つけられるのも、生きていれば普通の事だ。

そう言ったのはあの人で、きっと何度もその痛みを実感してきたのだろう。麻痺した心で、疲れ切った精神で、色褪せた感情で。
だから私は怒ったんだ。ずっとずっとただ一人を想い続け、そして成し遂げてきたあの人に怒りを抱いたんだ。

なんで、そんな貴方が簡単に私達の想いを無かった事にできるの?

貴方が想うように、私達も貴方の事を想っていた。それは恋とは違うかもしれない。愛と呼ぶに幼すぎるかもしれない。だけど本当に大切だった。
私も貴方の事が大切だった。その関係を壊したくないほど、時間を止めたいほど、大事で、傍にいたくて本当に本当に大切だった。一緒に居る時間が大好きだった。

だけど今の貴方は大嫌いだ。

私は今が本気で好きだった。大好きだった。だから許さない。許せない。悲しくて悔しくて恥ずかしくて自分の想いも『無い』ことにしたかったのに、それが絶対にできないと自覚できるほどに大切なのだ。
大事だったんだ。壊したくなかったんだ。守りたかったんだ。
“それ”なのかと、考えて触れたくて・・・だけどそれすらも躊躇われるぐらい大事だった。
私は覚えている。私は忘れない。私は離さない。

私は、この想いを隠さない。



―――諦める事は決して不幸なことではない。負けではない。逃避ではない。



何故なら懸けた時間、抱いた想いを振り払い、それを良しとするのは、それが出来るのは時に諦めず抗い続ける事よりも困難で勇気のある行為だからだ。
誰にでもできる行為ではない。自分にしかできない。己でしか決められない。
誰かを想い続ける事と、誰かに抱いた想いを枯れさせることなく捨て去る事は総じて覚悟がいる。

忘れない。ずっと憶えている岡部倫太郎はどっちだろうか?

例えその想いが自らの意思だったとしても、その想いは呪いになっていないだろうか?

足掻き続ける事と想い続ける事は誰にでもできる行為ではない。
だけど同じように縛られないために、前に進むために想いを過去にする事もまた、誰にでもできる事ではない。
捨てなかったのか、捨てきれなかったのか。岡部倫太郎、鳳凰院凶真の想いは結果的には・・・しかし、それは結果を観測できた時点での話。

その過程では?

もしできなかったら?

どっち?

私にはもう出会えない、触れ合えない、声を聞けない人を想い続けることなんかできない。だけど彦星が織姫を想うように、岡部倫太郎が牧瀬紅莉栖を想い続けるように。

私も誰かをの事を、それが届かない事を知った上で想い続けてしまったら・・・どうしよう。



―――若草色の光を纏った彼が目の前に降り立つ。





「「オープンコンバット!」」







『妄想トリガー;巴マミ編』




■sideA-1



生きてきた中で“最高の日”。
人生で“一番幸せな瞬間”。
絶対に“忘れられない思い出”。

多少のニュアンスの違いはあれ、その言葉が思い浮かぶ事が幾度かあったのは確かだ。
親友と出会えた日や仲直りしたとき、沢山の仲間と一緒に未来を勝ち取ったときなど、これまでの人生で何度もそのフレーズが浮かんで思い出となった。
だから、もしかしたら、きっと今日この日のことも遠い過去となり、やがて薄れて色あせてしまうかもしれない。

だけど――――

「僕と、結婚してください」

それでも、今日は最高の日になった。
それでも、人生で一番幸せな瞬間だった。

「うれしい、ありがとうっ」

震える声で、涙が零れそうになりながらも――――私は笑った。

いつの時代も、どの世界でも、女性にとってプロポーズされた事実は嬉しいものだろう。まして相手が最愛の人なら一生涯忘れられない思い出になるのではないだろうか。
雰囲気のいいレストランで、いつもより高いワインと料理に舌鼓を打って、もしかしたらという期待を抱いて、それが現実になって私は世界で一番幸せ者だと感じた。
正面に座る彼が用意していたリングは私のセンスにもバッチリで、左手の薬指に通されたそれを私は滲んだ風景の中で誇らしげに掲げた。

「お式は洋風?それとも―――」
「両方でも、それにどんな式を挙げても君は綺麗だろうね」

身近な人達にも伝えなければならない。準備も覚悟も挨拶も沢山あって課題は山積みだ。
しかしそれらを苦労とは思わない、ただただ幸福感で笑みが止まらない。食事はこれまで食べてきた中で最高においしいと感じて、正面の彼と顔を合わせて言葉を交わせばそれだけで未来に期待が持てた。
そして夢想する。いつか、と幼い頃に抱いていた夢を。
もう、と両親を失った時には諦めかけた夢を。
式を挙げている情景を、周りに祝福され、彼に愛されながら真っ白な衣装に身を包む自分を。
きっと嬉し泣きしている自分を優しく見つめて、同じように真っ白な衣装に身を包んだ最愛の人が―――


―――マミ


「―――ぁ」


『白い姿』。それはいつも白衣に袖を通すあの人のトレードマーク。


―――君は、みんなから愛されているよ


『白い姿』で思い浮かべてしまったのは将来の自分ではなく、白い衣装を着こなす友人でもなく、正面にいる最愛の人でもない。

「―――――――」

このとき、私は不意に気づいてしまった。
このとき、私は絶対に気づいてはいけなかった。

本当に、今日は最高の日だった。
本心から、人生で一番幸せな瞬間だった。

それなのに、そうだったはずなのに終わってしまった。
最悪な日にも、最低な瞬間にもなってしまったのだ。


どうして今日の、この瞬間に気づいてしまったのだろう。











■sideB-1



中学生の頃、よく耳にする噂の類の一つに

「オカリンってさ、マミさんのこと“好き”だよね?」

と、いうのがある。
時期が卒業を控えた三年生というのも手伝ってか、この手の話題は盛り上がりやすく興味も持たれやすい。立場が逆なら自分も積極的に参加したい話題の一つだ。
当事者である私自身に直接向けられないこの質問に対し答えるのは、受け答えができるのはいつも彼だ。この話題は彼のモノだからだ。

「“大好き”だが?」

あっさりと、いつも彼はそう答える。照れず、悩まず、詰まらず、躊躇いも焦りも見せずに問うてきた相手に隠さずに伝える。
彼の名前は倫太郎、岡部倫太郎。白衣を纏い梳かされた黒髪には花柄のヘアピン。同じクラスの男の子で一時は同じ屋根の下で一緒に生活していた中学三年生。血の繋がりはない他人の彼、友達と呼ぶにはやや込み入った事情を抱える少年。
学生の身でありながら未来ガジェット研究所を設立し、私達にとっての秘密基地兼憩いの場をあっけなく産み出した狂気のマッドサイエンティスト鳳凰院凶真を自称する優しい人。

「ふーん」

ラボのソファーに寝そべりながら新聞を読んでいる彼のそのすぐ傍で、組んだ腕を枕にしながらテーブルで頬を膨らませているのは最近髪形をツインテールからポニーテールに変えた少女だ。
鹿目さん、鹿目まどか。一つ年下の可愛い後輩の一人。小さくて愛らしい女の子、最初の頃は引っ込み思案で自分に自信が持てない子だったが、今ではラボ内きっての意思の強さを持って積極的に―――

「なんだ?」
「じゃあ杏子ちゃんのことは好き?」
「は?ああ、もちろん好きだよ」
「織莉子さんのことは?」
「好きさ」
「じゃあ、私のことは?」

うん、積極的になった。昔は・・・・・彼女の成長は先輩として嬉しいけどちょっぴり寂しいとも思ってしまう。この分だと頼りになる先輩でいられる時間は後僅かしか残されていないのかもしれない。
でも本当に嬉しいのだ。そんな彼女と一緒に切磋琢磨に毎日を謳歌することは楽しくて、自分と違う視点を持つ彼女が新しい発見をして、いつも私に刺激を与えてくれる。
いつの頃からか、きっとあの時からか、彼女はより笑い、前を向いて謳う。そのせいか彼女の行動、とくにこういった台詞に時折ドキッとさせられることも増えてきた。

「ラボメンはみんな、好きだよ」

彼は苦笑しながら手を伸ばす。テーブルに突っ伏している少女の髪をくしゃくしゃと撫でる手つきは優しげで、多少の誤魔化しを絡ませた答えに不満げになりながらも少女は気持ちよさそうに目を細めた。
彼も、彼女も意味深な会話の応酬に戸惑いをみせない。直接関わっているわけでもないのにドキドキしてしまった私とは大違いだ。
彼も彼女も私服姿でゆっくりしている。休日で、ラボは彼らの安息の場所なのだから当然と言えば当然なのだが、異性を相手に気を許している。心の底から、見ているだけで気が緩んでしまいそうなほどに。
ラボだから、と言うのもあるが、何よりも二人が醸し出す空気がよりいっそう緩い。ほんわかとした雰囲気を産み出している。しかし外野で見ているにもかかわらずドキマギしてしまうのは・・・きっと私だけじゃないと思う。絶対に。
最初は倫太郎が鹿目さんのことを避けていて、仲良くなれたのもラボメンの中では最後だった。だけど今はこうして手の届くくらい近い位置で過ごせている。喋って、触れて、喧嘩して、自然体で隣にいる事が出来ている。
羨ましいと、何度も思った。それは私だけじゃない、言葉にはしないが他のラボメンもきっとそうだ。彼に対しても、彼女に対しても、その関係が羨ましいと。

「知ってる。それで私のことは?」

・・・これ以上は聞いてはいけない。アコーディオンカーテンの隙間から覗く彼らの姿から目を逸らし、私は毛布を被りなおして耳を塞ぐ。
彼らはカーテンで遮られた隣の寝室のベットで横になっている私が眠っていると思いこんでいて、なのに私がまるで聞き耳を立てていることに、実際のところ盗み聞きになってしまっていることに気づいていない。

「うん?」
「だから、私のこと、どう思ってるの?」

本当に彼女はいろんな意味で強くなったと思う。面と向かって訊くことができるのだから、他の誰かではなく自分自身のことを彼に問うことができるのだから。私にはそんな勇気、ない。彼はラボメンのみんなが好きだと言っているが、だからといって自分のことをどう想っているかなんて怖くてとても訊けない。
嫌われていない、と思うことはできる。好かれている、と自惚れてもいいと思う。それを自覚できる程度には繋がっている自覚はある。でも、きっと私は私のことを彼に、いや・・・彼だけじゃない、誰にも訊けないと思う。

だから私は倫太郎のことが羨ましい。だから私は鹿目さんのことが羨ましい。好きな人に、大切な人に素直に好意を伝えきれる事が出来る彼が、彼女が心の底から羨ましい。
彼がラボメンのみんなを好いているのは既に知っているのに、欲しい答えを聴きたいのに、もしかしたら嫌われているという可能性に怯えてしまう。本当に臆病だ。

「だからラボメンはみんな好きだよ」
「・・・オカリンはいっつも誤魔化す」

見えない、聞こえるだけ。すぐ隣にいる二人のやりとりが頭の中で簡単に映像化できる。
座布団から少しだけ腰を上げた鹿目さんが不服そうに彼を半目で覗きこみ、彼はやはり苦笑しながらも鹿目さんの髪を撫でているのだろう。
いつものように。距離があったはずの二人なのに、気づけば誰よりも一緒にいるのだから不思議だ。

「正面からは言ってくれないよね」
「面と向かってそうそう言えるはずないだろう?」
「む~」
「まどか」
「なに?」

それはそうだろう。私もそうだ。それに彼は不器用に真面目だから。

「君は俺のことが好きか?」

自らのことを問うことは出来ても、“みんな”と言う囲いでなら答える事には慣れているようだけど、たった一人に対して“それ”を向ける事をしない。誤解されないように、彼なりに注意して、その言葉の大切さを理解しているから。
それでも彼の口からその言葉を訊きたいのなら間接的に、今のような偶然を装って誰かが彼に訊いてくれなければならない。それなら、それしか、彼の口から名指しからの好意を訊けない。
普段は大きな声で自信満々に演説や説明をしている肝の太い性格の癖に、“それ”に関しては物凄く奥手と言うかなんなのか、本当に分かりづらい人なのだ。
拒絶を恐れずに訊けるくせに、本心を言えるくせに、分かっているくせに誤魔化すのだ。

「えっ?う、えーと・・・・・」
「ほら、お前も面と向かって言えないだろう」

こうやって誤魔化す。いつものようにいつものやり取り。

「うん・・・・そうだね」

だからこそ鹿目さんも訊くことができるんだと思うが、やはりそれでも羨ましいと思う。

「ごめんなさい」
「いい、謝る事じゃない」

安心して、無意識での信頼があっての――――

「あっ、でも私はオカリンのこと好きだよ?」

・・・んん!?鹿目さんそれは、その答え方はどうなのだろう?

「知っている。俺もだよ、まどか」

きっと意識せずに、深く考えずに鹿目さんは口から零れてしまったのだろうが、それに対し優しく応えることのできる彼も、ほんとに何なのか。これで『恋人でも想い人でもない』と言うのだから、ほんとに、もう、だ。
恋愛感情を挟まない、含まないのは互いのことを知っていて、かつ会話の前後を思えば当然なのだろうけど、それでも本人達すらきっと不意打ち気味に発生したそれに勘違いも意識もしない。
これが別のラボメンなら違った反応があっただろう。私が鹿目さんの立場なら真っ赤になって、それこそ誤魔化すだろう。嘘じゃないけど“そう”じゃないと、必死に、一生懸命に。
上条君が倫太郎の立場なら、鹿目さんと二人揃って慌てただろう。例え互いにその台詞が恋愛ではなく親愛を語ったことだと分かっていても、照れや気恥かしさから・・・。
この二人の場合には無い。この組み合わせの場合には無い。信頼か、なんなのか、よく分からない。ただ繋がっている事は解る、共有している事は分かる。

「じゃあマミさんは?」
「もちろん“大”好きだ!・・・・・・なんだ?さっきも言ったよ、な?」

しかし彼のその答えに鹿目さんが、いやラボメンの誰だろうが動かずにはいられないだろう。私だって包まった毛布の中で声が漏れないように耐えている。
べしべしと、ペちペちと可愛らしい音が聴こえてくる。そしてやはり閉じた瞳の向こう側の光景がありありと頭の中に浮かぶ。

「なんっっっでオカリンはいつもそうなの!!」
「・・・ん?」
「『・・・ん?』―――じゃないよ!」
「いや、急にどうし―――いたた!?こらやめろまどかっ、まだ途中までしか読んでいないから―――」

バシバシと聞こえ始めた音は彼の読んでいた新聞紙が鹿目さんの攻撃に悲鳴を上げているからだろう。

「今は私がいるんだから私の相手をしてよもうっ!さっきからずっと新聞読みながら・・・ちゃんと相手の事を見ながらお話ししないと失礼だよっ」
「むぅ、新聞もタダではないのだが・・・・・・まあいい、それでなんだ突然騒ぎ出して?」

横になっていた体を起して彼は不思議そうに四つん這いの状態で攻撃してくる鹿目さんと視線を合わせるが、突然でも急でもないだろう、本気で気づいていないのか、わざとなのか、彼の態度からは判断しにくい。
それは彼と対峙している鹿目さんですら――――

「分かってるよね」

あれ・・・?

「オカリン、解って言ってるよね」

違う、の?鹿目さんは分かって、分かって、解って、判っているの?

「オカリンはマミさんが好きすぎるよっ」

ああ、だけど違う。でも違うよ鹿目さん。そんなことはない。“それ”はないよ。
近くにいて、傍にいる事が出来て、触れて支えてお喋りして喧嘩して解り合っているあなただけど、それは違う。
表面上、私のことを他の人よりも意識しているように言う彼だけど、内心の意図を暴露しているように振る舞う彼だけど、彼は私のことを特別視していない。

「ちょっ、大きな声で何を言っている隣で寝ているマミに聞こえたらどうするんだっ」
「ふんだっ・・・・・なに、問題でもあるの?」
「変に意識されて嫌われたらどうする・・・泣くぞ」
「だからなんでマミさんの時だけそんなに必死なのもうっ、マミさんの事ばかり気にして!」
「べ、別に気にしてなんかないぞっ?」

本当に“何も変わらない”。彼にとって巴マミは、私と言う存在は他の子達と何も変わらないのだ。
特別でも、例外でもない、皆と変わらず愛する同じラボメンでしかない。
そこに愛はあっても恋はない。他と同じように。
そこに親愛があっても恋慕はない。皆と変わらず。
それは嫌なじゃない、むしろ嬉しいのだ。
それは不満じゃない、むしろ安心できるのだ。
みんなと同じと言う事は、みんなが愛されているように私も愛されているから、羨ましいと思えるほどの愛情を私にも向けてくれているという事だから。
なら、と、どうして私の事に対しては分かりやすい態度をとるのか、それを深く考える意味はない。

きっと、意味などないのだ。

「ふーん、動揺しているようにみえるけど・・・」
「し、してないぞっ、ただ最近はマミの将来(アイドル化計画)について考えることが増えて気づけば事あるごとにマミの姿を探してしまうことが度々ある程度なだけであって特に深い意味はないんだ!」
「マミさんのこと大好きすぎるよね!?」
「織莉子とサプライズ計画を立てているのを知られるわけにはいかない!」
「織莉子さんまで巻き込んでるの!?」

アコーディオンカーテンの向こうから聞こえてくる音と、取っ組み合いの際に発生する振動が届くから私は焦ってしまう。解ってはいても少なからず意識されれば照れる・・・・しかし焦るのは何も会話の内容に動揺しただけはない。
焦る理由はいくつかあるが、一つに私は起きて彼らの元に行かなければならないという事だ。これだけの騒ぎ、寝たふりはもう出来ない。あえて寝たふりを続ければ不審に思われる。
この状況下で起きたくはないが、まして『どうしたの二人とも?』なんて今まさに起きましたよ、といった演技をしなければならず気が滅入るがタイミングを逃せば事態はもっと危険な、今の会話を聞かれていたと悟られないためにも起きなければならないから辛い。

「うぅ・・・」

もぞもぞと、毛布を丸めながら立ち上がり、身だしなみを心持ち整えながら私は騒がしい向こう側へ、カーテンを開けて表面上はいつものように困った顔で、内心はもっと困ったまま声をかける。

「あの、どうかしたの二人とも?」

その声に、私の声に二人は互いの腕をガッチリと組んだ状態で、力比べをしているような体制のまま顔を向ける――――そこに焦りや照れはなかった。純粋にじゃれあっているつもりなのだろう。
少女が少年を組み伏せるという一般的には稀に見ない絵面だが、犯罪性は皆無だ。事件性はありそうだが。
急な、二人にとって私の登場は予想できても突然に感じたはずだ。じゃれ合いに夢中で気づけなかったから、その態勢が年頃の男女にしては近すぎる距離だから普通は何かしらあるべきで―――

「おはようございますマミさん!」
「おはよう、マミ。少しは休めたか?」

だけど鹿目さんは笑顔を向けて、彼は年下の少女に力負けし組み敷かれたにも関わらずそれを恥じるプライドは無いようで、いつものように鹿目さんと一緒に優しい声をかけてきた。
動じない。いろんな意味で、それは共通認識からくるものだろうか?その態勢を私に見られても構わないと?いや違う、誤解されない、勘違いされないと思っている。そもそもそこに至るまでの思考が彼らの中には無い。
学校にいる時よりも断然強気な態度の鹿目さん、構図的には情けない姿を晒す倫太郎、二人はつまり私の事を許しているのだろう。曝け出せる相手として、受け入れて、受け止めて、飾らず隠さずに晒してくれる。
信頼の証明、親愛の証拠といえば聞こえはいいが、まるで家族のように接していると思えば嬉しいが、それはそれとして、ちょっとは慎んでほしいと思うこともある。
これがラボメン以外なら違う対応をとるのだろうが、相手がラボメンなら“今更”なこととして、もはや気に留める必要がないと・・・そんなことはないのに、彼らはそうだと判断している。

「騒いじゃってごめんなさい、オカリンが―――」
「休んでいたところにすまん、まどかが―――」

傍から見れば、見ている方が恥ずかしくなるような行動をとっているのに自覚が無い。

「「こっちの台詞だ(よ)!」」

その光景にも慣れてきた自分たちラボメンですら時には無糖コーヒーを求めたり気恥ずかしさを感じてしまうのだ。
しかしそんな二人の間に色恋は無い、少なくとも二人はそう言える。こんなにも仲が良いのに無いと断言する。
友情と呼ぶには違和感があり、愛情と表現するには行き過ぎで、異性だけど垣根が低い、気になるけど特別じゃない。
どんな関係だろうか。どう表現すればいいのか、私には分からない。知らないのだから解らない。

「ふふ、鹿目さんと倫太郎はいつも仲良しね」

その台詞に責任を擦り付け合う二人がピタリと動きを止めて、それは一瞬だけど、その間に二人の間に見えない意思疎通があって、息の合った二人はやはり仲良く声をハモらせる。
いつものように笑って見せる私に、先ほどまでの会話を聞いていなかった振りをする私に、私の台詞を否定しないまま、むしろキチンと受け入れ自覚することができている。
照れず隠さず飾らず偽らずに他者との関係を肯定する。疑わずに、不安を抱かぬまま自信を持つ必要性すらないほどに、自分達の関係を、私の言葉を肯定する。

「「うん、まぁ・・・」」

それを羨ましいと感じる私はなんだろうか。

「でもマミさんと私の仲には負けますけどね!」
「尤も俺とマミの間柄には劣るがな」

それが■ましいと感じる私はなんだろうか。

「「・・・」」
「えっと、ふ、二人とも?」

そんな私に気づくことなく、笑顔のまま二人は睨み合うという器用なことをやってのけると同時に行動を開始した。
バッと立ち上がった二人は私に詰め寄ると左右から手を引いてテーブルの前に座らせる。この時の息の合いようもなかなかで、彼が冷蔵庫から飲み物を取りに行けば鹿目さんがコップを準備する。
言葉も視線もいらない。自分のやるべきこと、相手のすべきことを完全に把握している無駄のない動きだった。
二人はテーブルを挟んで私の正面に並んで座り、組んだ両手の上に顎をのせる某指令のポーズ、真剣な視線が私を射抜いた。

「マミさんファンクラブ会員鹿目まどか」
「え?」
「ファンクラブ名誉会員鳳凰院凶真」
「ほぇ?」

そして聞きなれない単語を発した。

「これから私達はマミの良いところや好きなところを順番に答えていきます」
「君は我らの発言に疑惑や不満を感じたら遠慮なく言ってくれ――――全力で否定するから」

おまけに何やらイジメが発生しようとしている。

「え・・?なっ、何が始まろうとしているの!?」
「戦争です」
「己の意思を貫くための戦いだ」

そうは言うが、きっと貫けるのは私の精神だ。貫くというより砕ける感じだが。

「どれだけ私がマミさんの事を好きか、そしてオカリンに負けないぐらい仲良しなのかも証明しますね!」
「ふぅ、愚かな小娘だ。いずれマミは俺の娘となる存在・・・我が足元にも及ばぬ事を教えてやろう」

自信満々に笑顔を向ける鹿目さんと妄言を放つ彼に私は逃げるタイミングを逃してしまった。



そして―――一時間が経過した。

「マミさんはいっつも格好良くて頼りになってそれから――――!」
「心、技、体、戦闘だけではなく日ごろの生活面からも分かるようにマミは――――!」

困惑する私を無視して本気で語り始めた彼らに、まさかの一時間超過に及ぶ精神的辱めを受けた私は体中を真っ赤に火照らせテーブルに突っ伏すしかなかった。
鹿目さんも倫太郎も真面目に私の好きなところ、ここがいい、ここもいいと互いが自信を持って嬉しそうに語るから何も言えやしない。

「わ、私はそんなんじゃ―――」
「スタイルも抜群で成績も優秀、人当たりもいいし家事も完璧じゃないですか!マミさんはもっと自信を持っていいと思います!」
「君は謙遜が過ぎる。マミ、俺は君ほどよくできた女性を知らないぞ?自立した私生活に魔女退治、将来の目標に日々のケア、全てをこなしながら他人のフォローまで・・・君は本当にすごい」

それでも反論しようものなら二人がかりで説き伏せに来るのだから非常に困る。
ディベート形式に戦うはずの二人はいつしか手を取り合いながら私を誉め称え続けた。文字通り一時間以上も。

「う、ううぅ」

人一人の褒め言葉を一時間以上、それも二人がかりにも関わらず実行できるのも、反論を封殺する言葉責めも実に見事で呆れるほど関心出来るけど、愛してくれるのは本当に嬉しいけど―――限界だ。
当たり前だが人間、こんな状況を許容できるはずがない、耐えきれるはずがない。罵倒ではなく褒め言葉でも過剰に投与続ければ毒にもなる。

「も、もうやめてぇぇぇぇ」

泣きたくもなる、と言うか泣いた。

「涙目のマミさんも可愛いですよ!ねっ、オカリン!」
「まさに死角なし!まったく・・・君は恐ろしい子だ」

だけど二人は手を取り合いながら、なおも私を褒め続けた。泣き顔が可愛いと、困り顔も好きだと、何をしても、どうなっても大好きだと力説する。
どうしたらいいのだろうか?いや、そもそも何がどうなってこのような状況になった?
確か鹿目さんと倫太郎が互いに自分の方が私と仲良しだと口論しそうになって、それで――――・・・?

「――――・・・・ぁ」

私の正面で彼らは仲良く並んでいた。
・・・・・・ああ、これは、と気づいてしまったら、そうなんだと思ってしまったら一時間に及ぶ辱めを受けて火照った体から熱が消えていく。
苦笑してしまう。彼らの姿に呆れたわけではないし、負の感情に襲われたわけでもない。ただ―――

「ほんとうに、仲良しなんだから」

なんだか、自分が■■に思えた。

「「マミ(さん)には負けるけどな(ね)」」

照れていたことが、その勘違いが恥ずかしかった。

「・・・・・もう、困っちゃうなぁ」

私の事が好きだと言ってくれる彼らだけど、それが本当の事だと分かってはいるが、少しだけ悲しかった。
それを疑うなんて、それを否定する理由なんて無かったはずなのに、私は最悪な事に、最低な事に、彼らの言葉と想いを信じ切れなくなりそうだった。
だって、二人は私の事を大好きだと口にしながら並んでいた。
だって、二人は私の事を凄いと褒めながら隣にいる相手と一緒だった。
だって、二人は――――

「二人は私のこと・・・・その、好き?」

初めて訊けた私の言葉に、二人は即答する。

「大好きです!」
「大好きだよ」

嬉しい筈で、嬉しいのに。

「オカリンがまた大好きって言った!?」
「ハッ!?」

それで私は満足していたのに、それだけで幸せだったのに。

「なんでマミさんには言えるのに私には・・・・じゃなくて他のみんなには言えないの!!」
「このままではマミに避けられるっ―――――過去を改変しなくては!ほむらは何処だ!?」

どうして悲しいと感じたのだろうか。寂しいと思ってしまったのか。

「また無視するっ、なんでそこまで必至になるか説明を求めてもいいかなぁオカリン!!それに冗談でも言ったら駄目だよね今の!!」

好きな人たちに愛されて、想われて、それ以上を求めるのは傲慢だろうに。

「くっ、この世界線を無かったことにするのは些かアレだが・・・・これがシュタインズ・ゲートの選択か、世界はまだ俺に抗えというのかっ」
「何を本気で悩んでいるのオカリンのバカ!!」
「バカとはなんだっ、マミに万が一にでも避けられてみろ!もう・・・・・駄目かもしれんだろ?想像するだけで魔女化する」
「前回の世界線では大丈夫だったんでしょ!」
「毎日浄化作業の連続だったがな、いや危なかったホントに、ある意味最も危険な世界線だったな」

ああ、もう、ほんとにこの二人は悩んでいるのが虚しくなるくらい近い。

「その必死さを少しは私達にも向けてよ!」
「ああ、このままではマミを養子にする計画が・・・・・」

普段から仲良しで、喧嘩も多いけど微笑ましくて。

「~~~~もうっ!!何度も言っているけど同じ年の女の子を養子にしたいなんて変態さんだよ!」
「くそぅ、ゆまもお父さんではなくお兄ちゃんと呼ぶし・・・・・一体どこで俺の計画が崩れてしまったんだ?」
「オカリンの歪んだ愛情からだよ!」

素直に本音をぶつけて、躊躇わず踏み込んで。

「まどか助けてくれ、マミに避けられたらどうしよう・・・・今後のモチベーションに多大な影響が出るのは避けたい」
「知らない!マミさんに直接訊けばいいでしょっ」
「HAHA・・・もし嫌いとか言われたらどう責任をとるつもりだまったくっ」
「まったくって何さっ!?呆れているのはこっちだよ!」

そんな関係の二人が羨ましくて、私は思ってしまうのだ。


―――大好きです!
―――大好きだよ


暖かくて優しい、嬉しくて堪らない二人の想いに、小さな声だけど漏れてしまった。


「    」


私は、嫌な言葉を零してしまった。





■sideA-2



―――早く眠りたい

自宅付近の公園で私は車から降りる。

「ここで大丈夫、送ってくれてありがとう」

家まで送るよと言ってくれた彼にお礼を告げて、少しだけ一人で風に当たっていたいと理由を述べて別れた。
遠ざかる車の姿が完全に見えなくなるまで手を振って見送る。

―――考えたくない、泥のように眠って忘れてしまいたい。

そのはずなのに寒空の下、私は一人で夜の街中を歩き続ける。星を見上げれば自らの内心と違い星空は今日も綺麗に輝いていた。
大通りから逸れた道に入れば月と星、街灯と自動販売機の光だけ、周囲の建物に明かりは無く冷たい外気と相まって小さな孤独感に包まれた。
寂しいと感じて、だけど一人になりたかったのは本当で、帰れば一人なのだから途中で降りる意味は無いはずだが、今は冷たい風に当たりたかった。

「そろそろ、雪が降る頃かしら」

独り言。吐く息が白くて手袋無しの両手はポケットに入れたまま。私は唯一窓から明かりをさしている建物へ足を向ける。周囲の建物は空き家が多くて真っ暗だからその建物は目立っていた。
三階建てのテナントビル。中学三年生の頃からよく通うようになった場所。最近はあまり顔を出していない場所。私は顔を伏せたまま建物の外側にある階段を上り二階へ。明かりの点いていた三階へは絶対に行ってはいけない。

―――なぜ?

クリーム色のコートからストラップの付いた一つだけ他のとは分けられている鍵を取り出す。

―――そもそも何故、私は此処に来た?

鍵穴に差し込んで気づく、扉は、鍵は開いていた。

―――早く帰って寝るべきだ。

ノブを回せばカチャリと、簡単に『ラボ』は私を迎いいれた。

―――幸福な思い出だけを抱いて、気づいてしまった事柄をさっさと忘れてしまうべきだ。

外からは三階しか・・・いや、ボーとしていて気づかなかっただけか、または無意識に誰かがいる可能性を排除していたのか。室内に目を向ければ台所にだけ電気が点いていて、そこに居た人物と視線が合った。
上の階に住んでいる住人であり、この場所の持ち主、私にここの鍵を与えてくれた人。
コーヒーの在庫が切れたのか手元には封の開けられたインスタントコーヒーのラベルの入ったゴミが見えた。
同じ年代の異性で数年来の付き合いがある人。

―――・・・最悪だ。

今現在、私が最も会いたくなかった人だ。

「―――ん?マミか、こんばんは。それに“おかえり”」
「・・・・“ただいま”」

ここは私の自宅じゃない、それでも彼はここが私の居場所でもあるように言葉をくれて、私はそれに応える。ずっと前からそうだった。最初から、そうだった。
突然の訪問に驚くことなく私に優しく『おかえり』と言葉を投げてくれた人は、最近は顔を合わせる機会が減っていた人は、それでも私に笑顔を向けてくれた。
ここは大切な私の居場所であり、大切な人達が集う憩いの場。いつしか皆が自宅のようにくつろげる自由で気楽に過ごせるようになった古びた雑居ビル、呼び名は『ラボ』。

―――彼が居なければ、安心してくつろげただろう。

困ったとき、落ち込んだ時、相談事や悩みを抱えている時はここに足を運んでしまう。絶対的な味方がいる場所だからだ。今日はそれが裏目に出た。深夜とはいえ彼と鉢合わせする可能性があったのに気づけば来てしまっていた。
私は彼に微笑んで見せるが、それはぎこちない笑みになってはいないだろうかと、今の気持ちが伝わってしまったらどうしようかと不安になる。
帰りたい。逃げ出したい。すぐに扉を閉めて振りかえらずに駆け出したい。それが――――できると思っていた。そうすると思っていた。弱い私はきっとそうするのだろうと・・・だけど幸か不幸か、ここまで培ってきた社会人としての経験と目の前にいる彼との思い出が逃走の動作と態度を奪っていた。
嫌な気分だ。最低な気持ちだ。返し切れないほどの大恩がある彼に対してなんて失礼な想いを抱いているのか、本来なら逃げるという選択肢なんか存在しない人なのに。

「上のコーヒーをつい切らしまって、取りに来たんだ」
「やっぱり、人に任せっぱなしにしちゃダメだって忠告しておいたのに」
「いや、ほらコレは・・・な?」
「『な?』じゃないわよ。それにこんなに寒い中薄着で・・・風邪でもひいたらみんな心配するわよ」
「気をつけるよ」

肩をすくめて降参する彼に私は表面上いつも通りの会話で応える事が出来た。泣く事もなく、逃げ出す事もせずに、まるで悟られないように。
良かったと、思う。顔を合わせた瞬間に逃げ出したりしていたら彼は心配し追ってきて、それに対し私は全てをぶちまけて、全てを台無しにしてしまうかもしれなかったから。

―――つい数時間前に、気づかなければ何も変わらなかったのに。

自分で言ったように薄着のままの彼がこのままでは風邪をひいてしまうので室内に入り扉を閉める。本当は帰りたい気持ちでいっぱいだが、それでは此処に来た意味が不明で行動が不自然すぎる。
顔を合わせないようにしながら、もっと正確にいえば体がぶつからないように彼の横を通り過ぎ、バックを置いてコートとマフラーを脱いで背中を見せたまま伸びをして時間を稼ぐ。
あわよくば、用事を済ませた彼がそのまま現在の住居にしている三階へと戻る事を願って。しかし普段はデリカシーのないように振る舞う彼だが、実際には気を使える彼だけに私の雰囲気から何かを察したのか――――

「マミ」

と、優しく声をかけてくれる。

「席を外そうか?」

それとも話を聴こうか?と言外に伝えてくる。

「・・・・ちょっとだけ話、いい?」

ああ、私は自分がなんて信じがたいバカなんだと思いながら彼の方に向き直り微笑んで見せた。
どんな表情だろう?たぶん今の私はきっと困ったような、泣きそうな顔をしていると思う。きっと彼に心配をかけたくなくて、そのくせあざとくも彼の気を引こうと苦笑しているのだろう。
怖いくせに、情けないことに逃げるということすら今の私にはできないのだ。愚かにも、解りきった結末をわざわざ確認しようとしている。したくもない事を、気づかれないままで終わらせることができるのに、自ら馬鹿な事をしようとしている。
彼はちゃんと逃げ道を作ってくれたのに、強制もしていないのに、プライドか何なのか、私は彼を引きとめた。引きとめてしまった。後悔しながら、俯きながら。

「コーヒー?」
「うん。貴女と同じものでお願い」

いつも優しい彼を引きとめた。温かくていつも私やその周りの人達を最優先で考えてくれる人を、こんな気持ちのまま、何も後先を考えきれないままで。
私は周囲をそれとなく見渡す。室内には他に誰もいなくて、彼の様子から上にも誰もいないと予想した。

「・・・・・」

ふと、最愛の人にプロポーズされたばかりなのに他の男性と一緒にいるという事実が罪悪感を抱かせる。
数年前、学生時代ならまだしも、もうお互い成人しているのに。その気はなくとも良い気分ではない。無意識だったとしても嫌な気持ちは拭えない。それなのに――――

「それで夜分遅くにどうした?今日は確かデートじゃなかったのか?」

ソファーに座る彼の横に、私は並ぶように座った。

「デート、だったよ?」
「なぜ疑問形・・・何かあったのか?」

気遣い越しの言葉に、心配そうな顔を浮かべる彼と視線は合わせないまま、私は彼がいれてくれたコーヒーに口を付ける。
そして何様なのか、良くない事があったのかと心配する彼に、まるでもったいぶるような間を開けてから私は口にする。


「ううん、心配しないで―――――嬉しい事があっただけなの」



そして私は、平気で嘘をついた。






■sideB-2



高校生になってから、私も周りも色々と変わった。

「――――だから美国の奴に言っておいてよね!」

例えば対人関係。進学しても基本的に周囲は見滝原中学からの生徒が多くて劇的な変化はあまり見られなかったが、学校の外での出会いは沢山増えた。
その一人、隣で元気にしているのは浅古小巻さん。美国織莉子さんと同じ学校の彼女とお友達になれた。事情が事情なだけに出会い方はやや普通とは違うかもしれないが、こうして一緒にお出かけをしているのだから一般のそれと変わる事は無い。出会い方はどうあれ今をこうしていられるのだから。
ちなみに今の彼女は口調こそ怒っているように叫んでいるが、まるで織莉子さんの事を悪く言っているように聴こえるがそんなことはない。口調は荒く喧嘩腰な彼女だが、本人は否定し怒るが織莉子さんのことを心配し不器用ながらも忠告しているのだ。
初見では分かりにくいが彼女は優しい女の子だ。正義感もあり友達思い、不格好なまでに真っ直ぐで可愛い気の強い少女。知り合いの子達に良く似ているだけに、すぐに仲良くなれた。

「そういうのは織莉子さんに直接伝えた方がいいんじゃない?」
「言って訊くようなタマなら苦労しないわよ!」

人前でもガーッ!と感情を露わにする様子は可愛いと私は思う。感情表現豊かな子は大好きだ。
ちなみに周囲の視線が恥ずかしいと思う事は学校のクラスメイトがアレなだけに耐性が出来上がりつつあるのか、最近では余程の事が無い限り怯む事がない。

(・・・・・マズイわよね?)

たぶん、きっとそれに関しては今後考えなければならないかもしれない。

「―――しっかし、美国もあんたも“あんなの”の何処がいいわけ?」

そんな私の内心を知らぬまま、彼女は視線の先にあるお店に指を刺した。いきなりの話題切り替えにも私は動じない。慣れたものだ。彼女と出会う前からこの手の会話には。

「あんなの?」

彼女の示した場所、オープンテラスのあるカフェに一人の少年・・・否、青年がぐったりとテーブルに突っ伏しながら携帯電話を弄っていた。浅古さんの声が聴こえなかった事から解るように彼はまだこちらの存在に気づいていないようだ。ボンヤリと暇そうにしている。
浅古さんが『あんなの』と言うのも、まあダラケ具合から否定しづらいが私はそれを簡単に容認するわけにはいかない。彼が知り合いだからというのもあるが、彼はアレでいいのだから、そんな風に言ってほしくなかった。
いつも気を引き締めて、いつも難しい事を考えていて、いつも悩んでいる彼だからこそ、ああやってボンヤリ過ごしている時間は貴重で重要なのだ。何も知らずに彼の事を悪く言わないでほしい。

「小巻さん、あんなのって言っちゃダメよ」
「はぁ?人前であんなんなのに?今から私達アレと合流するのよ?ただでさえ人目を引くのに」

金髪の自分と、腰まで伸びる綺麗な黒髪の二人がオープンテラスでグータラしている何故か白衣を纏っている少年の元に行けば・・・・・確かに目立つ、目立たなくとも好奇の視線は避けられないだろう。

「えっとね」

知らないまま彼の事を悪く言わないでほしい・・・・つまり知っている私やあの子たちが後で説教するので見逃してほしい。今回は一時間ほど説教でいいだろう。

「あ、あんなのでも実は可愛いところもいっぱいあるのよっ!」
「“あんなの”とか言ってるけど・・・まあいいや、で?何処らへんが可愛いの?」

両手を振って必死にフォローしようとすれば彼女は半目ながらも一応確認しに来てくれた。よかった、大抵は速攻で否定されるから話を聴いてくれるだけでもありがたい。
そもそもこの待ち合わせは、今日の目的は彼、倫太郎と小巻さんを仲良くさせようと思って組んだのだ。フライング気味だが彼の良いところを教えても良いだろう。

「えっとね、倫太郎はあんなんだけどいつも私や織莉子さんの事を考えてくれてるのっ」

そう、彼はいつも私達の事を考えてくれる優しい人なのだ。私や織莉子さんがこうして小巻さんと友達として一緒にいられるのも彼の尽力が大きい。何も彼が命の恩人と言う訳でもないが、そうであってもおかしくはなく、彼は私達に『今』を与えてくれたのだ。
いつも見えない所で誰かを助けていることを私は知っている。気づかれぬまま、自力で解決できるように陰ながらサポートしている。それは目の前にいる小巻さんも例外ではない。
彼女のように知らないだけで、いつのまにか救われている人たちがいる。多くの人達が彼と、彼の協力者によって救われている。
日常風景だけを見れば誤解されがちだが、それだけじゃない本当の彼の事を知ってほしいと思う。きっと彼女も仲良くなれるはずだから。

「・・・・・他には?例の可愛いところとか」
「えっと・・・・・こうっ、するの」

だから彼の事を気に入ってもらえるよう可愛いところを教えてあげた。

「ぱぁっとして、はっとして、むっとして、くわっとするから!」

両手を大きく振ってどれだけ可愛いかをアピールする。

「・・・・・・・・ん?」

が、伝わらなかったようだ。

「あ、あれ?」
「いや、なに?」

おかしいと、首を傾げる。彼の可愛さを最大限に伝えきれるジェスチャーをしたがどうやら彼女には少しも伝わっていないらしい。今まで幾人もの人を虜にしてきたモノだが・・・・・彼女には実際に見せないと駄目なのだろうか?
そうなると他にどうすれば限られた僅かな時間で彼の愛らしさを伝えることができるだろうか?

「う~ん」

ムムム、と私が思案顔になっていると彼女が助け船を出してくれた。

「いやさ、あんた『ぱぁ』『はっ』『むっ』『くわっ』だけじゃ意味わかんないんだけど?」
「え?」
「え・・・って、いきなり言われてもマジで」

小巻さんは気まずそうに頬をかきながら私に忠告してくれた。抽象的すぎて、擬音だけでは理解不能だと。

「・・・・・・・・・」

ああ、あれか、“また”やってしまったと私は反省した。イメージだけが先行し言葉足りずの説明不足、自分はしっかりと伝えたと思っているが実際には手振り+擬音のみで状況を解説していなかった。
これではいけない。理解を求めるのは間違っている。キチンと話して、聞いて、確かめる。それは大切なことだと教わったのに、仲間の事になるとどうも普段の冷静さ、整理された対話術に綻びが出てしまう。
解り合う事、誤解される事、それだけで世界に可能性は拡散していく。良き事にも悪しき事にも。どちらも可能性を生んでしまうのなら、せめて本当の事を知ってほしい。例え真実が残酷でも、嘘でも何でもないモノなら、それとはいつか向き合わなければならないから。
今回の件は、真実は残酷な事でも誰かが傷つくものでもない。むしろ知る事で誰かと誰かが仲良くなれるのなら、その人たちが良い人同士なら決して間違ってはいないはずだ。

「ごめんなさい」

だから素直に謝る。その大切さを知っていて、それを実感してきてなお“また”失敗してしまったのだから。キチンと伝えきれなかった小巻さんと、キチンと伝えきれない不甲斐ない自分のせいで誤解されたままの彼に対して謝る。
この程度の事で、と思うかもしれないがそうはいかない。小さなミスが後に大きくなるから、というわけではない。私は彼を含めた『みんな』のことで妥協したくないから、こればっかりは自分を許せない。許さない。

「別にいいわよこれくらい、でも珍しいわね?あんたがそんなに必死になるなんて」

知り合ったばかりの人からすれば、そうかもしれない。しかし実は多々あるのだ。普段はしないような失敗をよく、それこそ直そうと思って意識しているがいかんせん、どうやらまだ私には制御できないらしい。
私は、私の近くにいる人たちの事が絡むと・・・・こうなる。こうなって、伝えきれないから歯痒くて悔しい。もっとちゃんとしたいのに、もう一年以上も経つのに成長というか、進歩の様子があまりみられない。
視線を遠く、未だにこちらに気づかずグータラしている彼に移せば、胸の内に飛来するのは申し訳なさと――――――

「うん。小巻さん!」

それ以上に頑張れと、自分を鼓舞する気持ちが湧いてきた。

「え、なになに私なんか怒らせた!?」
「ううん、そんなことない」

嫌われても誤解されても粘って頑張って最後には解り合っていったあの背中を思い出せば勇気が湧いてくる。

「今度はちゃんと伝わるように頑張る!」
「え?あ、うん?」

少し戸惑った様子の小巻さんに私はもう一度、今度こそ伝わるように説明する。

「今から私達が倫太郎に声をかけたらね、きっと彼が――――」

倫太郎。岡部倫太郎が可愛い人だと伝わるように。小巻さんに、すぐそこでグータラしている人を好きになってもらえるように。
いつか、私がしてもらえたように。彼が誰かに、愛してもらえるように。

「――――すっごく可愛く見えるから!」

不思議そうな顔を浮かべる小巻さんに私はさっきのように抽象的な、だけどキチンと表情を加えたことで先ほどの意味不明な説明よりも“やや”伝わりやすい彼の可愛らしさを表現した。

「こう、ね?最初は『(( °ω° ))パァ』って笑顔になるのっ」

伝えきれない自分の表現不足が悔やまれるが、できるのはこれが精一杯で、だけど今まではコレで最後には伝える事ができたのだ。顔芸をするようで少しだけ恥ずかしいがこれも彼を好きになってもらうためだ。

「え、笑顔ってあいつが?」
「そうっ、カフェでケータイ片手にグータラしてよれよれの白衣を白昼堂々着ている倫太郎が!」
「・・・・この子さりげなくディスったんじゃ?」

なにやら小声で小巻さんが呟いたが私はそれを聞き流す。キチンと話して聞いて確かめる。それは大事なことだが物事はやはり臨機応変に、だ。
彼もそう言っていたからきっと大丈夫だ。言うのは決まって鹿目さんに怒られている時だが、きっと大丈夫だ。そのはずだ。

「笑顔になる理由は私達が無事に到着したからよ」
「?」
「ああ見えて心配性なの」
「うん?」

その意味を理解できない小巻さん。まあそうだろう。まさかただ“集合時間に遅れそう”なだけで心配するなんて過保護すぎる。
だけど彼はそうなのだ。今までが、これまでが辛すぎて平穏を惰性で過ごす事が出来ない。だらけているようで、気を抜いているのに考えきれる危機に対し何かしらの対策を練っている。
休んでほしいと思う。休んでいると思う。表面上はきっと休養はとれているのだろう。
しかし疲れていないだろうか?疲れていると思う。内面は自分でも把握できないところで疲弊していないだろうか?
もし彼を安心させることができるなら率先して行おう。もし、こうして無事な姿を見せるだけで彼に安らぎを与える事が出来るなら早く会いに行こう。もし、私が彼に幸福を与えることができるなら――――それはきっと私にとっての幸せにもなるだろう。

「それでね、最初は笑顔を向けてくれるんだけど・・・それに気づいて『Σ(゚д゚;)ハッ!?』ってするの」
「笑顔を向けた事に気づいて・・・・ってこと?」
「そう!倫太郎ったら身内以外には仏頂面ばっかりしているから外で笑顔を出すのを恥ずかしがっちゃって」
「へー、内弁慶みたいなもん?」
「ふふ、そんな内気なものじゃないけど、それでね?誤魔化すように一度視線を逸らしてから『( ̄へ  ̄)ムッ』って表情を強張らせてね」
「ふんふん」
「そして赤くなった顔を悟られないように怒った風を装って 『遅い!L(゚□゚ L)クワッ』  って怒鳴るの」
「・・・・・ガキじゃん、どこが可愛いの?」
「でも毎回そうなのよ?実際に見たらその可愛さがよく分かるわ」

半信半疑な彼女に証明するために私はグータラしている・・・・・いつまでもダラケテいる倫太郎に向かって両手を拡声器のようにして名前を呼んだ。

「りんたろー!」

そして私がぶんぶんと手を振りながら笑顔を向けた先で、まるで飼い主の呼び声に反応した飼い犬のようにガバッと体を起こした倫太郎は周囲を見渡し、すぐに私を見つけてくれた。
そして小巻さんに説明したとおり『(( °ω° ))パァ』っと表情を輝かせる。純粋で、無垢で、真っ直ぐな瞳は見た目よりもずっと幼い男の子に見える。

「マミ!」

ぶんぶんと、向こうもこちらに向かって手を振ってくる姿は可愛いと思う。周囲の視線を気にしない、気づけないくらい意識を向けてくれる。
うん・・・毎度のことだが、そんなに嬉しそうな顔をされると嬉しいが照れる。全然全く悪くはないが最初の頃は真っ赤になったものだ、主に顔が。今でこそ頬が少しばかり桜色に染まる程度だが、やはり人前ゆえに意識してしまうと恥ずかしい。

「っ、と」

しかし私の隣に小巻さんがいることに気づいたのか『Σ(゚д゚;)ハッ!?』と動揺したかのような表情を浮かべて、しかし一瞬後には『( ̄へ  ̄)ムッ』とした。予想通りに。いつものように、説明通りに。
となりで小巻さんが面白そうにしていた。私の言ったことがそのまんまで、文字通りゆえに可笑しいのだろう。
こうなることは分かっていたが、遅刻しそうになるとこういった反応をとってしまう彼だが、心配させてしまうことを重々承知している私だが・・・・・これが困ったことに私の楽しみになっていたりする。
趣味と言えば聞こえは悪く、それはもう悪趣味なのだろうが、彼には悪いが、知られたくないが、これは紛れもなく否定できない事実なのだ。

「遅い!」

そして彼は恥じらうように、誤魔化すように『L(゚□゚ L)クワッ』として叫んだ。

「ぶふぅっ!」

小巻さんが噴出していた。私も気づいた当初はそうだった。事前に知っていた情報と余りにも一致していて、現実と想像のギャップが皆無すぎて逆に面白い。
結果、その仕草が愛おしく感じる。その様子を見る事が出来る自分達は特別なんだと思える。誰も知らない秘密を知っているみたいでちょっと嬉しい。

「もうっ、かわいいなぁ」

倫太郎には聴こえないように、私は小さく呟いた。
小巻さんに視線を向ければ、彼女は口元を押さえながら爆笑しないように耐えている。私の呟きに同意してくれているのか、震える体でコクコクと頷いてくれる。
私の伝えたいことが伝わったんだと、彼の可愛いところを知ってもらえたんだと嬉しくなった。
自分の好きなもの、好きなこと、好きな人を同じように思ってくれる。興味を持ってもらえるのは幸いなことだ。自分が大切な人たちを想うように、同じように想ってくれている人がいるなんて素敵じゃないか。
こうやって彼のことを好いてくれる人が増えてくれると嬉しい。ましてそれが友人なら是非もない。

小巻さんが倫太郎のことを好きなって、倫太郎も小巻さんのことを――――

「ね?倫太郎って可愛いでしょ」
「まあ、うん・・・悪くないんじゃない?」

目尻に浮かんだ涙を擦りながら小巻さんは苦笑し、同意してくれた。小巻さんが軽く挨拶代わりなのか片手をヒラヒラと振れば彼は応えるように振り返した。
互いに険悪な雰囲気はない、表情も穏やかだ。きっと大丈夫だろう、再会は間違っていなくてセッティングは幸を成したと思ってもいいかもしれない。
少しは彼の役に立てただろうか?ちょっとだけでも彼に対する誤解は解けただろうか?私は彼のために何かできただろうか?
これは彼にしてみれば大きなお世話で、実はありがた迷惑かもしれない。

「うん、倫太郎は可愛いのよ」

そう考えたら嫌われるのかもしれないと不安になるけれど、こちらに向かって歩を進める彼の表情を見ればその思考は霧散した。
私と小巻さんが一緒にいる。一悶着あった小巻さんとだ。それを見て、その様子から何を悟ったのか優しい表情を浮かべているから、その安心しきった雰囲気が伝播して私の負に関する感情も思考も流されていった。

「おまたせ、遅れちゃってごめんなさい」

簡単に不安も戸惑いも吹き飛ばしてくれるから私は安心していられる。
いつも気にかけて考えてくれるから私は信頼してしまう。
どんな時もいてくれて、何があっても傍にいてくれるから頼ってしまう。

「さあ、今日は三人で一緒に楽しみましょう!」

私の思いに答えてくれて、私の想いに応えてくれる。
真っ直ぐで誠実だ。優しくて温かい人だ。
そのくせ悪者ぶって皮肉屋を気取る。

そんな友人である岡部倫太郎のことを、私は可愛いと思った。





(――――まったく、可愛いのはあんたもでしょうよ)

と、その様子を隣で観察していた小巻は心の中で苦笑した。

(『ほら言った通り可愛いでしょ!』みたいな顔、尻尾振ってる犬みたいよね)

こちらの袖を引きながら ね?ね?と同意を求めるような瞳を向ける様は、この少女の頭とお尻にゴールデンレトリバーの耳と尻尾を幻視させるには十分なものだった。
岡部倫太郎が可愛い奴だと言うマミの言葉に小巻は同意するが、楽しそうにその男に話しかけるマミは本当に可愛かった。岡部の可愛さが薄れるくらい、面白い反応を見せてくれた岡部の印象が上書きされるくらい、今のマミは愛らしかった。

(嬉しそうにしちゃって、織莉子の奴もだけど、あんな男・・・・ホントどこがいいんだか)

今のマミは自分と一緒にいる時よりも、とても女の子らしかった。






■sideA-3



―――考えちゃいけない

最悪だ。

―――気づいたらいけない

最低だ。

―――・・・思い出したらいけない

「嬉しいこと?」

不器用ながらも、私達は上手くやってきた。

―――忘れて無かったことにしなくちゃいけない

それとも上手くいきすぎていたのか、衝突も対立も数年の付き合いの中で数える事が出来る程度しかない。それだってちょっとした口論レベルのものばっかりだった。
喧嘩も少ない仲良しで、喧嘩してもすぐに仲直りできた。一緒に住んでいた頃は二人っきりの時間を共にしていたけど・・・だけど見えない壁があったのかもしれない。
近いから、親しいから踏み込んではいけない境界に気づき、互いを理解してるがゆえに見て見ないふりを気遣いからしてきて、結果的に“何もなかった”。

―――意識してはいけないのに

「・・・うん、嬉しいこと」
「そのわりには浮かない顔のようだが」
「それはっ、嬉しすぎて・・・・・戸惑ってるだけなの」
「・・・一応確認するが俺が聞いても大丈夫なのか?」
「もちろん聞いて、ほしい」

―――どうして今更、気づいてしまったの

彼に相談できないことなんか何もなかった。困った時は何でも相談したし頼ってきた。むいている、むいていないに関係なく、大きくても小さくても悩んだ時には相談してきた。
そこに躊躇いや葛藤はさほどなかったはずだ。信用し信頼し頼りたかったから、これまで彼には色んな事を素直に打ち明けてきた。
だけど今日、私は少しだけ躊躇ってしまった。今までになかったこと、あからさまな言葉の詰まり。それだけで私は嫌な汗をかいてしまった。悟られる事を恐れた。
彼に、岡部倫太郎には知られたくないと怖くて震えた。同時に、知ってもらいたかった。反応が観たかった。

「・・・・そういえばマミ、デートはどこに?」
「え・・?あ、えっとね―――」

一瞬のブレ、私の弱さに彼はすかさずフォローを入れてくれた。

「ドライブと食事だけだったんだけどねっ、いつもの所じゃなくてワングレードアップした感じの―――」

いつものように、どんなときも気遣い護ってくれる。

「そうか、しかし景色が一望できるということはワンアップではなく―――」
「それはね、実はそのレストランは―――」

緊張をほぐすかのように、話せるようになるまでの時間を稼げるように話題を振って合わせてくれる。
普段のデリカシー皆無の反動か、こうゆうときの彼は鋭く見逃さない。
話して、聞いて、確かめる。誤解のないように、誤解しないようにキチンとこちらの話を聞くために。

だから少しだけ困ってしまった。

(もう、逃げられないな)

私はもう、止まれない。
彼に、伝えるしかない。

「あのね、今日―――」

それは後付けで、ホントは逃げる事も出来るのに――――私の精神は耐えきれなかった。

「プロポーズ、されたの」

いつかは告げなければならないのなら、と

―――だけど

「倫太郎。私・・・・私ね、結婚するかも」

―――もしも貴方が

「・・・・・本当なのか?」

―――傷ついて、くれるなら

「マミ」

―――まだ、間に合うだろうか?


だけど、貴方は私に気づいてくれない。


「おめでとう!!なんだ本当に吉報じゃないか!」


彼は嬉しそうに声を上げた。


自分のことのように、私の幸せを喜んでいた。


本心から、結婚を祝福していてくれた。






―――ああ、馬鹿みたいだ

「・・・・・ずっと前から、判っていたのに」

後悔すると分かっていて、覚悟なんかできてなかったくせに傷つくことを選択してしまった。ふっ切るためでもなく、すっきりするためでもなく、ただ逃避からさらなる悲嘆へと。
こうなる事が分かっていて、そんなこと言ってほしくなかったくせに私は黙っている事ができなかった。
どうして今日になって気づいてしまったんだろう。もっと早く、もっと後ならどうにかできたのに・・・私達は上手くやれていたはずなのに、これからもそうであってほしかったのに、どうして、どうして今更なんだ。

「――――」

ぽす、と隣に座っている彼に体重を預ける。

「マミ?」
「・・・うん」
「どうした?やはり疲れているのか?」

夜中に二人っきりの状況でありながら警戒はもちろん期待もされない。

(当たり前よね)

結婚すると言ったばかりだ。彼に邪な思考が発生するはずがない。勘違いなんてするはずがない
一緒に住んでいた時もそうだった。出会ったときから彼は何も変わらない。私に向ける想いは変わらずに、色あせることなく彼は私を愛し続けてくれた。
恋慕はなく、親兄妹友人知人に向ける親愛だけを捧げ続けてくれた。いつも笑ってくれた。手をつないで抱きしめてくれた。いつだって愛をくれた。

「おめでとうマミ。それで式はいつ頃の予定だ?」

『女』として認識されるはずがない。

「他のみんなには?確実に予定を開けるためにも事前の準備を・・・・・ああ、君のドレス姿は楽しみだなっ」

そんなの、私だって同じだ。私も彼と同じだった。



私はいつまでも貴方と、同じでいたかった。







■sideB-3



彼が私の相談に乗ってくれたように、私も彼の相談に乗った事は多々ある。
その中の一つ、たった一度だけ彼が主体になった恋愛関係のモノがあった。

「気づいていたんだ」

その時の彼は自己嫌悪で吐くように言葉を吐きだした。

「俺は誰かを本気で愛せないんじゃないかって、そう思う」

視線を合わせないまま、疲れた雰囲気を隠せないほど落ち込んでいた。

「俺にはもう“それ”は無理なんだろうなって」


苦笑する姿は、自虐する発言をする人は泣いていないのに――――泣きじゃくっているように見えた。

もう、自分は本当に終わっていると、岡部倫太郎は達観してしまっていた。





大学生の頃、『彼の失恋』を慰めたことがある。

「・・・・・倫太郎?」

その日、いつものようにラボへ向かえば外に放置してあるベンチで彼が呆けていた。

「・・・・ん?ああ、マミ。大学はもう終わったのか?早いな」
「もう夕方よ。それと風邪ひいちゃうから中に入った方がいいんじゃない?」

サクサクと踏みしめることができる雪道から分かるように今は冷える季節、厚手のコートとマフラーを付けているからといっても頭に雪が積もるまで茫然としていては不味いだろう。
傘を刺した逆の手で彼の頭の上に乗っかっている雪をぱっぱと払い落とし、彼を室内へと催促しつつも彼の隣に腰を下ろした。

(っ、冷たい)

ベンチは融けた雪で若干濡れていた。傘を彼と私の中間に差して苦し紛れの防寒対策を行うがお尻の方は諦めるしかないようだ。

「・・・マミ?俺はもう少し頭を冷やしたいから―――」
「付き合うわ」
「・・・」
「迷惑?」
「いや・・・・・助かる。ありがとう」

弱々しく礼を言うその姿に何とかしなくちゃと思った。同時に嬉しさを感じたのは決して勘違いじゃない。私は誤魔化さない。いつも護ってくれた人だから、いつも一人で背負ってしまうお人好しだから、どんな内容かは分からないけど精一杯出来るだけのことをしてあげようと思った。
何度も助けてきておいて何も受け取ろうとしない人だから、普段から頼ってくれないからこうゆうときは不謹慎ながら嬉しかったりする。彼に頼られている、求められていると、そう思えるから。
彼に恩を返せるなら少しずつでも、微々たることでも力になりたいと、きっと周りにいる誰もが思っているはずだ。それだけのことを“されてきた”。

「頼み、いや相談というかなんというか――――」
「承るわ」
「・・・まだ内容は話してない」
「何でもいいわよ?」

本当に、彼の力になれるなら際限なく惜しみなく力になりたい。

「・・・・・・・」

だけど

「?」
「・・・・どうしようか悩んでる」
「悩んでるって、なにを?」
「相談すべきか」
「・・・・・・・してくれるんじゃないの?」

踏み込ませない。

「いや、これはその・・・個人的すぎてどうだろうかと、君にはいつも頼ってばかりだし・・・」
「個人的相談以外の相談って逆に難しいわよ。だいたい普段から貴方は誰にも頼らないじゃないの」
「そう、か?君には常日頃世話になっている気がするが」
「なら今日もそうしなさい」

彼は自分一人で全てを解決できると自惚れてはいない。だけど自分一人の力で解決できれば最善だと、傲慢にもそう考えている。
頼る事を知っている。その大切さを身に染みて経験してきたはずだ。だから彼は無理せず周囲と協力して私達の抱える問題を幾つも解決に導いてきた。彼は確かに頼るし相談もしてくれる。無理せず無茶せず良好な関係を構築しつつ問題を解決していく、最後にはみんなが手を繋げていられるように。
だけど彼は自分自身のこととなると、自分だけの問題になると口を閉ざす。私達が関わらない問題に関しては一人で対処しようとする。私たち以外の誰かにしか・・・私達には頼ってくれない。
自分自身の問題だからと、私達を関わらせてくれないのだ。

「たまには私にも、貴方を助けさせて」
「うん?」
「自覚ないのね」

だから積極的に攻める。
いつだって助けてくれた人を助けるために。
その重みを一緒に背負えるのなら。
軽くできるのなら。

「たまにも何も、だから君には――――」

でもこの人はいつもそれに気づいてくれないから、気づいていても関わらせないから強引に踏み込む。

「そうじゃなくてっ」

困惑し、ようやく顔をこちらに向けてきたから言い訳と戯言を吐く唇に指先を当てて無理矢理にでも台詞を閉ざす。

「私は、倫太郎の力になりたいのっ」

正直な気持ちを乗せて喋れば彼はキョトンとした表情で私を見つめ返して――――そして笑ってくれた。

「だからいつだって、頼ってくれると嬉しいわ」

こちらを馬鹿にした失笑ではなく、呆れた苦笑でもない、安心したような優しい笑顔だった。
暖かくて柔らかい、私の好きな表情だ。
口元に添えられた指先を、彼は右手で包み込むようにしてそっと唇から離す。

「ありがとう、マミ」
「どういたしまして」

勇気を出したかいはあったみたいだ。声は裏返ってしまったが最後まで台詞を吐き出したのは間違いじゃなかったようだ。力になれるだけでなく笑顔も見る事が出来た。目に見えて落ち込んでいた彼の表情からそれを引き出せたのだから。

彼のこの笑顔を見たのは久々かもしれない。

最近は顔を合わせる事も減ってしまったのでいっそう嬉しく思う。高校生になってからも付き合いは変わらないが中学生の時と比べればやるべきことが多くて時間が取れない事がややある。
結果的に彼を含めたラボメンとは――――高校生活にまだ不慣れだからかもしれないが・・・・・きっともうすぐ今の生活にも適応できて以前のように皆と一緒にいられるだろう。

「いつも世話をかける」
「そんなことないわ」

昔はこの笑顔をよく向けられていたのに、今では滅多に見る事が出来なくなっていた。
それは私生活の変化によって時間を取られていたのもあるが、何よりも彼があの人に―――――ああ、そうだ。


倫太郎に恋人ができてからは、ほとんど独占されていたから。


(独占なんて、嫌な表現。なにも、誰も悪くないのに)

顔を合わせる機会が減ったのは何も私だけが原因じゃない。生活の変化から時間を取られてしまった私だが、彼は文字通り人付き合いから時間の大半をあの人に捧げた。
岡部倫太郎には過去に一人、現在に一人、恋人がいて、いるのだ。仲間内から『愛することはあっても恋はしない』がキャッチフレーズな彼にも恋人と呼べる相手が過去に居たのだ。そして今現在も居るのだ。
過去、高校に進学したばかりの頃に鹿目さんの紹介で二週間ほど付き合っていた子が居た。
そして今現在、誰の紹介でもなく彼自身から求めた人がいて、一月前にその人と晴れて結ばれた。
どこにもいかないと思っていた岡部倫太郎には、誰のモノにもならない鳳凰院凶真には、自分達のことを最優先にしてきた彼には今――――恋人がいるのだ。

(きっと幸いなこと、彼が幸せなら私達も嬉しい・・・)

それは良いことだと、喜ばしいことだと思っている。当初は意外に思って困惑もしたが彼が誰かと恋仲になること、それは何かを間違えているわけでもないし反対する理由もない。
そもそも愛しても恋はしない、できないと思われていた彼にもまだそういう感情が残っていたのだと、恋人ができたことを歓迎し祝福してあげるべきだろう。それが仲間、友達というものだ。

(びっくりはしたけどね)

交際の報告を受けた時は私を含め最初は誰も信じなかった。彼自身から告げられた言葉を鵜呑みにする身内はいなかった。誰もが倫太郎もこの手の冗談を言うんだと、たいして面白くもない、むしろつまらない事を言っていると―――――本気で相手にしなかった。
倫太郎に気になる異性がいるという事実は少なからず皆が知っていたが、その相手との年の差が割とあったのと相手はあまり乗り気じゃない様子もあり、振られることはあっても結ばれることはないと高をくくっていたのだ。そもそも岡部倫太郎という男に告白する気概と根性は無い、と。
が、現実はそうはいかなかった。これまで恋愛に関しては枯れて乾いて腐っていた岡部倫太郎は積極的にアピールを繰り返し、私達の知らないうちに口説いていた。口説きまくっていた。
最早別人だ。私達は驚いて、唖然とした。誰もが言葉を失い思考が停止した。そして誰もが冗談や嘘だと思い彼を問いただし、しかし返事が変わらない事に業を煮やして相手の女性に直接確かめに行く蛮行を犯し、ようやく倫太郎の言葉が嘘でも冗談でもない現実で真実だと―――――

「だがマミ、あまり勘違いされるようなことはしないでくれ」
「え?」
「君は見た目も性格も良いから心配だよ」
「?」

倫太郎が考え事をしている私を急に褒め始めたから首を傾げる。

「えっと、急に何の話?」
「君の話だ」

同時に倫太郎の彼女について考えるのをやめた。意味がない、あの人はここにいないのだから。
倫太郎が落ち込んでいる時に隣にいないのだから考えても無駄だ。今は私が居る。きっともうすぐ皆もくるから。

「俺や上条が相手なら・・・・・いや上条が相手でも駄目だと思う。鋼の精神力を持つ俺だからこそ勘違いしないのだ!」
「・・・?」
「いやだから・・・異性を相手に過度なスキンシップはどうかと、な」

右手で包んでいる私の手を彼は意味深に振って見せた。

「 ・ ・ ・ 」

彼の右手に包まれた私の手は目の前に、視線は指先へ。今の今まで異性の唇に触れていた私の指。

「ふぁ?」

あっ、と彼の言わんとしている事が分かった瞬間に顔に熱が、苦笑している彼の表情に鼓動が、包まれている感触に恥ずかしさがそれぞれ上がって昇って思考が乱れる。
自分はもしかすると、いやいやもしかしなくても自分はとんでもなく恥ずかしいマネをしたのではないだろうか?

「っ!?ぁっ、その!?」
「ああうん、悪かった。落ち着いてくれ」
「だっ、だだだだって!?」
「どうどう」
「わっ、わたしは馬じゃないわ!」

慌てふためく私を笑いながらも宥めようとしてくれた。私は恥ずかしさから顔を逸らすが駄目だ、目を閉じない限りどうやっても彼の姿が視界に入る。右手は傘を差していて、左手は彼の右手に包まれているから身動きはとれず、しかし態勢は体を横向きにして彼と正面から向き合う形になっているから恥ずかしさは収まらない。
目を閉じれば見えているとき以上に緊張してしまうから閉じる事も出来ない。顔が紅潮していくのが分かる。熱をもっていくのが自分でもわかるだけに目の前の相手からは一目瞭然で、そう思ったら、気づいてしまったからもう爆発してしまいたい。
恥ずかしくて逃げ出したいけど体が動いてくれない。オロオロと視線を逸らすばかりでベンチから立ち上がれず、傘を差した手と包まれた手は動かせず焦りと恥ずかしさが上昇を続けるばかり。

「ああ、マミはマミだ」

可笑しそうに笑うから、それでいて優しい声だから困る。恥ずかしいのに、顔を見られたくないのに隠せず、おまけに涙まで滲んできたからどうにかなってしまいそうだ。
酷い、と思った。倫太郎は何も悪くない筈だがそう思ってしまう。理不尽だろうがしょうがない。こっちは切羽詰まっているのだ。
そもそも何故に今日はそんな意地悪を言うんだ―――意地悪でもないむしろ忠告なのだろうが―――普段は言わないくせにスキンシップがどうこう言うなんて酷いじゃないか、変に意識してしまって大変だ。
昔から何も言わなかったくせに、私もみんなもそのせいで慣れてしまって最近は学校で大変な目にあっているというのに自覚がないのか、上条君もそうだが倫太郎も少しは女性陣のことを意識してほしい。

「上にいこう」
「ふぇ?」

変な声が出た!も、もう死んでしまいたい。

「冷えてきたからな、風邪でも引いたら大変だ」

そう言って手を引いて立たせてくれた。自分の意志では動けなかった腰はあっさりと、わざとやっていたんじゃないかと思えるほど簡単に、彼の助力を得れば彼が望むように動く。
倫太郎は引いてくれた手を離して傘をかわりに持ってくれた。
自由になった両手がなんだか寂しい、私は左手を右手でなんとなく包んでしまう。特に意味はない、ただ先ほどのことを思えばそのまま頭を抱えてしまいたい衝動に囚われそうで――――

「二階じゃ誰かが乱入してきそうだから三階に・・・・そういえばマミは初めてだよな?」
「えっ?あ、うんそうそう初めて、かも」

それを寸でのところで止めてくれた。

「え・・・入っていいの?」

だけど彼の言葉の意味を思えば別の問題が浮上する。

「まあ今回はちょっと聞かれると困ると言うか、いや皆にも伝えないといけないのはあるんだが・・・・」
「・・・・えっと、ほんとに倫太郎の家にお邪魔しても?」
「ああ」

その返事を受けて、今の今まであった気恥ずかしさが別の意味にモノとすり替わる。理由はもちろん話題に上がった『三階』のせいだ。この建物の三階に今からお邪魔するからだ。目の前の青年岡部倫太郎の自宅へ“初めて”招いてもらったからだ。
いや「?」マークを浮かべる気持ちは理解できる。今日まで『ラボ』で寝泊まりしたことは沢山あるし、何より一緒に住んでいたことのある女が急に何を言っているだと関係者は思うかもしれないが違うのだ。私が今から行くのは正確には『ラボ』ではない、彼の『自宅』なのだ。
『ラボ』ではなく『自宅』だ。ラボメンですらほとんど敷居を跨いでいない未知なる空間。
鹿目さんのお母さんが大家である三階建ての雑居ビル。そこを丸ごと貸し与えられているのが岡部倫太郎だ。彼はここに『未来ガジェット研究所』を設立し私達の憩いの場兼秘密基地とした。
以後、私達は頻繁にここに集まり騒いで遊んで過ごしてきた。建物の二階、主な活動場所にして唯一の生活の場、彼の寝床にして私達の第二の家、仲間全員に配られた鍵は宝物だ。出入り自由のオープンさは開放的で、何よりも大切な人たちが居てくれる場所だから嬉しかった。
通称『ラボ』。この建物全体を差しているが実際には『一階と二階部分』が“それ”なのだ。彼の自宅でありながら私達の場所でもある『大切な居場所』。
・・・・・少し前までは“そう”だった。今も変わらず大切な居場所だが彼の『自宅』ではなくなった。
彼の『自宅』は物置になっていた三階部分へと移動、お引っ越ししたのだ。そしてその引っ越した先の鍵は二階の鍵とは違い少数の者しか持っていない。『自宅』の鍵を複数人が持っていたらおかしいのが当たり前なのだが、それが普通なのだが、それでも貰えるものだと皆が思っていた。
現に二階の『ラボ』の鍵はラボメンを含めれば十人以上が所有している。しかし『自宅』となった三階の鍵は家主の彼と大家の鹿目さんのお母さん、それと――――

「ほら、いつまでもテンパってないで行くぞ」

ぽんぽんと、頭を撫でるように手を乗せられてようやく私は足を動かし始めた。今は“彼女”に関して考えるのは止めよう。
考えるべき事は他にもあるのだから。例えば私の緊張は彼に伝わっているだろうか?私がドキドキしているのに気づいていないだろうか?彼の背を追って階段を上る。建物の外側にある階段を、二階と三階の玄関と屋上へと続く階段を上る。緊張してしまう。少しだけ怖くなってしまう。
それは『岡部倫太郎の自宅に入る』からではない。それは『男の子、異性の部屋に入る』からでもない。ましてそれは『初めてお邪魔する家』だからでもモチロンない。私が緊張し怯えているのは今からお邪魔する彼の自宅が生まれた経緯のせいだ。
彼が誰もが出入りできる二階から三階へと引っ越したのはその・・・・あれだ、伏字にすべき事柄が原因で、ようするに誰もが避けて通れない生物として当然の仕組みゆえのあれやこれやが要因なのだ。
あえて文字にするならあれだ、岡部倫太郎は男の子で、若いのだ。倫太郎は高校生なのだ。意味は分かるだろうか?理解はしてもらえるだろうか?
誤解しないでほしいのは何も彼が私達女性陣に欲情してしまうから引っ越したわけではない。もしそうなら出入りを禁止、またはお泊りを禁ずればいいのだ。そもそも彼は私達に“そういう意味”での興味をまるで(失礼なことに!)感じていない。
良い意味で鋼の精神力を持つ紳士であり、悪い意味で枯れ果てている隠居人である岡部倫太郎ゆえに、その手の心配は皆無であった。その気はなく、考えもしない、完全にこちらを子供としか見ない。同じ年齢でありながら十も二十も離れているかのような扱いをする。

だがやはり彼も若い男の子、性欲はある。

勘違いしないでほしい。それが爆発しそうになったわけではない。いや近いのだが、そんなことは一度もなかった。少なくとも私が知る限りでは皆無である。
それはそれで異常だと思うが日々を運動や趣味の研究で頭を使う事で発散しているので彼的には問題は無かった。誰かの問題になりうるのかは不明だが、とにかく性欲による問題は無かったのだ。

では何が問題だったのか?

それは性欲ではなく、しかしそれと密接な関係にある・・・・あれだ・・・・【毒素】のせいだ。性欲は発散できても毒素は溜まっていく・・・らしい。
本人の意思に関係なく日々ストックされていく男の子の【毒素】は性欲と違い運動等で発散されることなく、いつか“必ず”爆発してしまう・・・・暴発だったか、詳しくは知らないが“そうゆうもの”らしい。
特に朝方は危険で本人の意思に関係なく起こり得る現らしく、そのさいに私達女性陣が寝泊まり等で居合わせた場合は大問題になる、ということで、そんなこんなで議論が続き結果、お引っ越しの話題がでたのだ。
それに気づいたのは誰だったか、その話題が出たのはいつだったか、覚えてはいるが詳しくは明記しないでおこう。なんだか、その、覚えているのは恥ずかしいと言うか誤解されそうなので何があったのかを記載しよう。



―――それはいつかのラボでの会話だ。



「ねえねえオカリン!」
「なんだ哀戦士?俺は世紀の大発明に忙しい、ゆえに急用でないのなら―――――ってぇ!?危ないから後ろから抱きつくな!!」

高校に上がって少しばかりたった頃、いつものように休日は皆で集まって何をするわけでもなく各々が勝手に過ごしている時、突然キリカさんが倫太郎の背中に飛びついた。
真後ろからの奇襲だ。ひ弱とは言わないが屈強とも言えない高校生である倫太郎は同学年の女子一人支えきれるだけの筋力とバランス能力を所有していないので

「ちょ、ちょっと!?」

不意打ちなのだから当然、倫太郎はふらついて一瞬後には倒れるだろう。だけど倒れる前に向かいにいた暁美さんが体を支える事でなんとか踏ん張る事ができたようだ。

「と、とと、すまん」

暁美さん、暁美ほむらさん。普段の彼女ならきっと支えずに避けていただろうが『岡部倫太郎記憶喪失事件』の後だからか、それとも開発中のガジェットのためか、珍しくも倒れ込む倫太郎の体を支えている。

「っ、さっさと離れなさい!」
「ぐはっ!?」

と、思いきやアッパーカット。倫太郎の顎が跳ね上がる。脳を揺さぶる攻撃は控えてほしいと思うが口にするほどじゃない。
なんだかんだ、これがいつも通りで優しいと思うから。

「え、なに!?」
「わっ?」

「おぅ」
「ぐふ」

結局倫太郎はキリカさん共々後ろ向きに倒れた。傍でカードゲームをやっていた鹿目さんと上条君がいきなり倒れ込んできた二人に驚いて悲鳴を上げる。他の皆もそれに驚いてラボ内の視線が倒れ込んだ二人に集中した。
ちなみに、そんな状況になりながらもキリカさんは倫太郎の背中にくっ付いたままだった。しっかりと首に腕を、腰に足をからめているので身動きは取れずにいて倒れた衝撃は倫太郎の分も全て彼女一人が受け止めたようだ。
まあ彼女が不用意に抱きつかなければ彼は倒れる事も暁美さんに殴られる事もなかったので何とも言えないが――――とにかく彼女は笑っていた。

「キ、キリカさん何してるんですか!?」

抱きついたまま、彼の後頭部に胸を押し付けるようにしながら。

「ふっふっふっ、まどか、私は気づいてしまったんだよ!」

鹿目さんに注意されながらもニヤニヤと笑みを浮かべながら楽しそうにしている。

「ん~?なになに楽しい事?」
「今度は何を思いついたんだこの先輩は・・・」

そこに昼食を作っていた飛鳥さんと杏里さんが身につけているエプロンで手を拭きながら近づいてきた。飛鳥ユウリさんと杏里あいりさん、別の町に住む後輩でラボでの家事を一手に引き受けいれくれる頼もしい子たち。
この二人、基本的家事能力が非常に高く私生活において倫太郎を最も助けている。また自宅もラボメンの中では遠い事もあってかラボでの寝泊まりも多い、というか休日の前日にはほぼ確実に寝泊まりセット持参でやってくるので彼女たちの私物がラボには数多く存在している。
たまに「あれ?これってヒモじゃ?」と頭を抱えている倫太郎を目撃するが下手な慰めや優しさは真実を暴くきっかけになるので見なかったことにしている。何も真実が幸いに繋がるとは限らないのだから。

「さあオカリン、お姉さんに素直に告白するんだ!」
「誰がお姉さんだ!お前のような姉は要らんからさっさと放せ!」
「おおっと、そんな強気でいいのかな?記憶喪失の時にお世話してあげた私に?」
「記憶にないっ」
「恩知らずだなぁ、それじゃあモテないよ?」
「必要ない」
「どうかな・・・・必要だよ、少なくても“対象”は」
「は?」
「求まなくても望まなくても必要なモノだと思うんだ。例えそれがキミであってもね」

対象とは“それ”の事だろうか?恋愛とか思慕とか、色恋関係の話だろうか?最近は聞かなくなっただけに皆も興味を引いたのかキリカさんへの注意はそこそこに視線と耳を傾ける。
岡部倫太郎は恋をしない。それが私達の共通認識だ。何をしても女の子との出会いに繋がる上条君には劣ってしまうが、それでも異性との繋がりは多い彼だ。その手の話題が何度も上がる彼だが彼は誰にも恋心を抱かなかった。愛しても、恋はしなかった。
私達に対しても愛情を注いでくれているが、そこに恋は芽生えなかった。上条君とは違い鈍感ではなく、きちんと応えてくれるが結ばれた子を見た事がない。
上条君は気づかない。倫太郎は受け入れない。
分かってはいるがこの手の話題には興味があるから私達は毎回この二人に振り回されることになる。それに彼らは知らないだろうが逆恨みされたことも実はある。
無駄な被害や迷惑な誤解を受けたくなければ放っておけばいい、距離をおけばいいのだが、二人が押しに弱いことを知っているだけに気になってしまう。困った事に放っておけない。

「なんだいきなり?俺には“それ”がないことは知っているだろう・・・さっさと放せ」
「はいはい、でも枯れたこと言わないでよ。せっかく若いんだからさっ」
「・・・・・・・・・・・・・・おい」
「ふふふ、この距離ってちょっとエッチだよね?」

もぞもぞと億劫そうに起き上る倫太郎に合わせるようにキリカさんも一度は離れて鹿目さんと上条君の遊んでいたカードゲームの上から移動し――――しかし何故か、今度は正面から倫太郎に抱きついた。
胡坐をかいていた倫太郎の正面から、だ。身軽さから自然に、止める間もなく腕を首に、足を腰の後ろに回すようにして抱きついた。

「ふっ、ふっ、ふっ」
「・・・・・」

挑発すように回した腕に力を込め互いの距離をさらに縮めるキリカさん。ビシッと空気が固くなり引き攣った表情を見せる倫太郎。
度々思うのだがキリカさんは積極的というか過激すぎると思う。無害な倫太郎が相手だとはいえ異性にその身を許しすぎだと思う。その気がなくとも“反応”は生理現象として起こる事があるのだから。
しかし倫太郎も倫太郎だ。露骨に迷惑そうな顔をしているが、本気でそう思っているのだろうがキリカさんは仮にも女の子だ。普段の態度や素の性格から下方修正されているが間違いなく美少女なのだ。そんな少女に抱きつかれ、少し動けばキスができる距離にありながらもその態度、いろんな意味で心配だ。
岡部倫太郎は実は男色・・・・ホ・・・・BLな人なのでは?と一部の熱烈ファ・・・・魔法少女達から期待・・・・じゃなくて疑われている。
一応、彼には異性の想い人がいるらしい。あまりにも遠くにいて二度と会えないと言っていたが、それが本当なら疑いは晴れるがいかんせん、会えない以上、確かめきれない以上可能性は残るわけで、今現在彼のBL疑惑は俄然上昇中だ。主に身内の犯行によって。

「でね、オカリン。私は気づいてしまったんだよ!」
「はぁ・・・・・もう好きにしろ」
「いいの!?」

ん~、とキスをしようとキリカさんは唇を寄せる。それを冗談だとは分かってはいるが、冗談でもやりかねないだけに倫太郎はキリカさんの顔面に手を押し付け周りの人はキリカさんの体を押さえつける準備にはいった。
前科があるだけに油断は出来ない。織莉子さんのファーストキスはこうやって奪われたのだから。ちなみに上条君は倫太郎に奪われた、私と暁美さんはキュウべぇに、美樹さんと杏里さんはゆまちゃんに・・・・・・・・なんだろうこのカオス、軽く塞ぎこみたい心境だ。

「むぎゅっ?ちょ、ちょっとオカリン女の子の顔面を鷲掴みってどんな性癖してんのさっ!」
「少なくとも顔面が悲惨な状況になっている奴には興味がないのは確かだな、さっさと離れろ俺は忙しい」
「自分でやっといて・・・・・おおっ?これがヤリ逃げってやつかな!?」

ぶすっ

「目があああああああ!?」

相変わらず容赦のない目潰しだ。倫太郎はこの辺キリカさんに容赦しない。加減はしていると思うが音が鈍いだけに心配だ。
ともあれキリカさんは床をゴロゴロと転がって部屋の隅まで移動(退避)したので自由になった倫太郎は立ち上がってずれた身なりを整え始めた。

「まったく、それで結局なんなのだ?」
「おおぅっ、オカリンってば私に対して最近厳しいんじゃないかな?他の子と比べて身体的処罰が多い気が―――」
「お前はあれだ・・・・やりやすいんだ」
「安い女だと?失礼な、人を尻軽でチョロイン扱いとは・・・・そんな月三万円でどこぞの№03の所有物になった女と一緒にしないでくれるかな!」
「言っていない。どこぞの№03のように俺が女を買う訳ないだろう」

おずおずと、上条君が手を上げて二人の話題に介入する。

「さりげなく僕の風評被害をばら撒くの止めてくれないかな?誤解だからね?あの子が勝手に言ってるだけだからね?僕は無実で――」

相変わらず話題のそれる会話だった。キリカさんの会話は本題になかなか入れないので忍耐が必要だ。
会話自体は苦行ではなく、思い返してみれば楽しいのだが第三者視点で聞いていると聞き捨てならないワードが飛び出して当初の内容を後回しにしてしまうこともしばしば。本命の話題に入れないまま終えてしまう事もある。

「恭介・・・」
「上条君・・・」
「ひぃい!?」

倫太郎と上条君が逃げ出したり倫太郎と上条君が捕まったり倫太郎と上条君が折檻されたり倫太郎と上条君が尋問されたり倫太郎と上条君が――――

「キリカ、それで?」
「いやさ、キミそろそろ限界だろ?私は常々そう思っていたんだ」
「うん?」
「そう思って、だけどもう一年以上だ。もし私の勘違いだったなら心の底から同情するよ。本当に枯れているんだからね」

話を戻そう。閑話休題で会話再開だ。
上条君は美樹さんと志筑さんに連れて行かれたのでリタイヤ。二人の会話に耳を傾けるのは私を含めラボに残っている六人、全員で八人の人間が狭い室内で危険かもしれない話題に集中している。
彼女は何を話そうとしているのだろうか、“それ”は訊いては駄目なモノじゃないのか?

「限界・・・とは何の事だ」
「限界は限界さ、文字通り」

器用に機敏にキリカさんは転がっていた体制から胡坐をいて床に座る。座ったままでは距離がるとはいえ倫太郎に見下される形になる。

「・・・・・」

それに対し彼はそれを嫌がるようにキリカさんに手を伸ばす。へらっ、と彼女は笑いながらその手を取った。
倫太郎は基本的に(子供扱いもあるのだろうが)視線を合わせて会話してくれる。特に正面を向きあっての会話ではそうだ。本人は意識しているのかしていないのか、話をするときは必ず相手の近くによる、または傍に来るように促す。
癖なのかどうかはあまり気にしない。だってそれが岡部倫太郎なのだから。私達はもちろんキリカさんも知っているはずだ。それを承知でキリカさんは動かなかった。床に胡坐をかいて彼が自ら近づいてくるように仕掛けた。

「キリカ、分かるように言ってくれ」

差しだされた手に摑まって体を起こしたキリカさんは―――やはり彼に抱きついた。
何故だろう。どうしてだろう。先ほどの冗談やからかいを感じない。抱きしめるその姿は倫太郎のことを想っていた。
そう観えた。そう感じた。慰めるように、癒すように、優しく背に手を回す。

「・・・・・でも、みんなの前で言ってもいいのかなぁ」

口調は軽いが、そこに不真面目な印象は感じられない。

「・・・・・」
「じゃあ・・・もう一度訊くよ。キミは限界だ。それを一人で抱え込んでいたんじゃないのかい?誤魔化さなくてもいい、本当のことを教えてよ。それを一番実感しているのはキミだ。キミの事なんだからね」
「・・・キリカ」
「正直に教えてほしい。これは私達も無関係ではいられないんだから」

何の話だろう。いったい何に気づいて何の話をしているのか、先ほどまで会った雰囲気は霧散し緊張に近い張りつめた雰囲気になってきた。あまり聞きたくない。それが本音だが確かめたいという気持ちもあって私は動けなかった。何も言えなかった。
私だけじゃない。周りにいる皆もキリカさんの言葉の続きを待っていた。黙って、腕を組んで、意味深に耳を傾ける。
『限界』。何が“そう”なのか、彼の何が、だからどうなのか、“そう”だとしたらどうなってしまうのか、それが怖くて仕方がない。
普段はふわふわしているキリカさんが真剣な表情をしている。『私達も無関係ではいられない』と言っただけに嫌な予感が膨れ上がる。

「ねぇ」
「なんだ」

深く、真剣に真っ直ぐにキリカさんは倫太郎を見つめながら重々しく口を開く。キリカ。呉キリカ。ごく稀に物事の本質を、他人の悩みを、簡単に越えられない境界に踏み込んでいく少女。
気づきたくない事に気づき、訊けない事を訊いて、見たくない事を確認し、忘れていい事を無かったことにしない。絶対に譲れないモノを持っている強い少女。岡部倫太郎に認められた女の子。
そんな子が恐れずに彼に問う。私達ならきっと直接は問う事が出来ない何かを。私は怖い。彼女が何に気づいたのかは分からないが倫太郎の危惧している“それ”だった場合―――――彼はここから居なくなってしまうんじゃないかと、私達を置いてある日、突然、あっさりと姿を消してしまうんじゃないかと・・・・。

だから誰も訊けなかったのに、キリカさんは踏み込んでしまった。

止める事は出来ない。資格がない。だってキリカさん以外の全員は目を逸らし続けてきたから。いつかは訊かなければならない、訪ねなければならない、確かめなければならないモノだった。
例えそれが彼との決別の始まりになろうとも、無かったことにすればそれこそ全てを失ってしまうのに、分かっていながら何もしなかった以上、私達には誰もキリカさんを止めきれない。
訊きたいのは、確かだから。でも自分の言葉が原因で今ある関係が壊れてしまう可能性が、変わってしまう可能性があるから、私達はそれが怖くて口を閉ざしてきた。
自分じゃない誰かが、と勝手に期待して、間違ってしまった場合それを背負いきれないがために。

「私だけじゃない、他の子も気づいているよ」

やめて!と、それ以上は言わないでと叫びそうになり、それでも何も言えない自分が嫌いになりそうだった。嫌になりそうだった。嫌な役目を誰かにやらせている。
怖くて自分から問う事は出来ないくせに、だから他の人が訊いてくれた事に安心しておいて、それが原因で倫太郎がいなくなったらどうするんだと、彼に気づいていた事をばらさないでと、心のどこかで身勝手にキリカさんを責めようとしている。
ああ・・・自覚させられる。自分が嫌な子だと、外見、上っ面を取り繕う卑しい奴だと。強がって頼りにされたくて、だけどボロを出してしまうのを何よりも恐れている臆病で情けない奴だと卑屈になってしまう。
いつも肝心なときに大切なことができないのだ。必要な行動をとれない、重要な言葉が思いつかない、いつも誰かが代わりにその役を担う。


「オカリン――――――岡部倫太郎、キミは限界だったんだ。でもだからと言って私達に頼るわけにはいかなかった」


また、今日も私は踏み込めなかった。
また、彼との距離を縮めることはできなかった。
また、誰かに押し付けて、奪われたと馬鹿な事を思った。
また、何もせず、何も言えなかった。
また、見ているだけで全てを任せてしまった。
また、嫌われたくないから伝えきれなかった。

私は、どうしてこんなにも臆病なんだろう。

「正直に話してよ、きっと私達は――――少なくとも私はキミの力になれるよ」

私は、どうしてこんなにも弱いのだろう。

「・・・キリカ、気持ちはありがたいが―――」
「拒否ったらキスするよ」

距離を置こうとする彼にキリカさんはさらに踏み込んだ。両手で彼の顔を挟んで顔を近づける。
その姿に羨ましいと、確かに私は感じた。物理的にじゃない何かを確かに縮めきれた彼女が羨ましかった。

「ん~ッ」
「ええいやめんかっ」

顔をホールドしていた両腕を惜しまれる事もなく、あっさりと解除されたキリカさんは再び顔面を彼に鷲掴みにされる。
が、それでもその表情には笑みがあった。キリカさんにも、倫太郎にも。

「まったく、お前はいつも――――」

それはそうだろう。だって倫太郎の口調には呆れたようなニュアンスは含まれているが、その表情には嬉しそうな笑みが有った。
時に人はプライバシーを考慮しない接触を、遠慮のない問いを、加減しない踏み込みを歓迎する。

「―――」

ああ、と思う。もし勇気を出していれば、私でもその表情を引き出せる事が出来たのかなと、いつものように後悔する。
いつも助けてくれる彼の力になりたいと思っていた。いつも背負ってくれるその肩の荷を下ろせるような人物になりたかった。いつも何かを抱え込んでいるから癒してあげたかった。

「それで、なんだ」

それをできる機会を、それができる機会をまた逃してしまった。

「答えてくれるのかい?」
「特別だ・・・・・応えよう」

力になりたいと思いながら、慰めることのできる大人になりたいと思いながら、いつものように何もしてあげられなかった。
キリカさんのように、私は何も―――



「じゃあ訊くよ――――――――オカリンさ、私達には内緒で外に女がいるでしょう!!それもエロい関係の!!!」






あ、何もしないでいいみたい。

「オカリンそれって誰のこと!!」
「まどか落ち着けッ、そんな者はいな―――」
「倫君また?昨日の今日って恭介と同じじゃん、見損なうな~」
「あいつと一緒にするな!だから―――」
「はぁ、上条恭介もアレだけど、男ってクズしかいないのね」
「ほむほむ貴様ッ」
「おい!二度としないって私に誓ったよな!」
「ちょっと待てあいりっ、君まで俺を・・・・・っていやいや落ち着けお前達!嘘に決まっているだろうが冷静になれっ!まったくいつも簡単に騙されおってからに・・・・いいかげん話を最後まで聞く俺のような器の大きな人間に成長しろ!」

やれやれと、結局いつものキリカさんだったから倫太郎は安心して、冷静になれたようだ。
幻滅し激高し始めたラボメンに余裕を持って対応する。いつものやり取り、いつもの人間関係、彼はニヒルに笑って見せた。


「ちなみに昨日、ゆまちゃん同じクラスの男子生徒に告白されたんだって」
「何だと!?許さんぶっ潰してやる!!」
「えー↓」
「「「冷静になれ、器が知れる」」」

いつも通りのキリカさんと、みんなの様子に安心した。

何も変わらない、そう思いこもうとしている自分が、目を逸らし続ける自分がやっぱり嫌いだった。

「ねぇ先輩、なんで倫君に女がいると思ったの?」
「ん?だってラボって臭くないじゃん」
「・・・・・・・・・何の話だ?」
「いやだってオカリン、性欲は発散できても【毒素】はどうしようもないでしょ?」
「「「「「ぶっ!!?」」」」」
「ここがイカ臭かった事なんか一度もないし、だから外で発散してるんだなぁって」

真顔でNGワードを解き放つキリカさんに戦慄した。恐ろしい、異性を相手になんたる爆弾発言。別に二人っきりでもないのに、周りには私達もいると言うのに彼女には恥じらい及びその他が無いのか。
その距離で、そんな態度で、この状況でなんということを言うのだ。年頃の女の子が簡単に出していい単語ではない、恥じらいが欠如しているわけでもないだろうに躊躇いがない。
一瞬、彼女の発言は自分が聴き間違えてしまったと思いこもうとしたが―――

「おまっ、お前は何を言っているんだ!?」
「いや真面目な話でさ、キミは溜まった【毒素】を意図的に・・・・ようするにオナ――――!」

ここ、未来ガジェット研究所で、憩いの場である大切な私達の居場所で、キリカさんは致命的な単語を紡ごうとした。


「――――――キリカァアアアアアアアアアア!!!」
「へぶはッ!?」


その時メゴッ!とキリカさんの名前を呼ぶ叫び声と一緒に外から鉄球のようなモノが飛んできて彼女の横顔に直撃した。
ここは『ラボ』。二階だ。いまの剛速球が外、一階の所から放たれた物なら、その投手はかなりの腕前だ。

ズダダダダダダダダ!!!

と階段を駆け上ってくる音にビクリと体を震わせる一同、ラボの閉ざされている玄関の扉を破壊するかの如く開け放ったのは腰まで伸びる亜麻色の髪、上品なノースリーブシャツにミニスカート姿の美国織莉子さんだった。
かなりレアな姿に普段なら写メの一つ、記念に残しておきたかったが残念なことにそんな余裕が無かった。
綺麗と言う言葉は彼女にピッタリで、可愛いと言う言葉も彼女にはよく馴染む。最近では格好良い姿と愛らしい姿を良く見せてくれるそんな彼女は現在、半泣き状態で半死状態のキリカさんに―――追撃の一撃を叩きこんだ。

「キリカッ・・・・あなたって子は!こ、こここんな場所でなんて破廉恥な――――!」
「ごふぅ!!?げほッ・・・・って織莉子?あれ、外まで聞こえてた?」
「 き・こ・え・て・ま・し・た !」
「ふむん」
「キリカ!」
「でもでも織莉子、オカリンにも言ったけど真面目な話だから」
「どこがですか!!」
「かなり危機的状況だよ?オカリン的にね。あ、男の子的にかな?」

かなり怒っている織莉子さんに、いつもなら土下座して許しをこうのにキリカさんは口を閉じない。己の弁を続ける。

「だってさ、オカリンの意思はどうあれ生理現象なんだから回避しようがない」

キリカさんにとってこれは間の抜けた会話ではないらしい。真面目に、真剣らしい。変に意識している私達には・・・・いや、これは変に意識もするだろう。
ともあれ彼女は続ける。倫太郎も織莉子さんも内容が内容なだけにキリカさんを止めようとするが――――

「言ったよね。私達にも関係があるって、このままじゃ事故るよ?オカリンだってそれは防ぎたいでしょ?いいや、防ぎたいはずだ。絶対に。キミはそうすべきであり、キミならそうする」

キリカさんは断言した。

「私達の知っている岡部倫太郎ならそうする」
「・・・?」

あまりにも堂々と宣言するものだから二人は抑え込もうとする手を止めてしまう。
なにかあるのではないかと、本当に危機が迫っているのではないかと、話は脱線したけど本来の話は深刻なものかもしれないと、一瞬悩んだ。
キリカさんは言った。『限界』と『みんなに関係のある話』、『私達、私なら協力できる』。いつものようにキリカさんの冗談やからかいであってほしいと願うが、岡部倫太郎という人物を知っているだけに『限界』という単語には不安がよぎる、嫌な予感が浮かんでしまう。
私達は知っている。身をもって知ってしまった。彼はボロボロだ。見た目は普通の高校生だけど中身は平均的学生とはかけ離れている。肉体的にも精神的にも疲弊しきっている。日常の中では感じられない、感じる事が出来ないほどに終わっている。
それを彼が口にした事は無いけれど、今まで誰も言わなかったけど――――ずっとずっと前から知っている。

「たぶんだけど、あいりとユウリ」
「え?」
「なに?」
「それにまどか」
「はい?」

キリカさんに呼ばれ三人の後輩達が少しだけ体を固めた。

「キミ達は既に目撃している可能性が高い。それに――――マミ」

私の名前も呼ばれた。何を、私達が見たと言うのだろうか。
覚えがない・・・?それともまた見て見ぬ振りをしてしまったのか?だとしたら――――

「恩人たるキミがオカリンと住んでいたのは初期の数日だけ、だからキミは大丈夫だと思うけど、これから先は分からない」

私は彼を――――

「お、おい説明しろよ!」
「先輩。私達が倫君に何かしたっていうの?」
「違うよ」

不安そうに杏里さんが問えば、不満そうに飛鳥さんが尋ねればキリカさんはそれを否定した。

「えっと、じゃ・・・・じゃあ私ですか?私がオカリンに―――」
「もちろん違う」

鹿目さんの言葉も否定する。

「誤解しないで、キミ達は悪くない。どちらかといえばキミ達が被害者になりかねない事なんだ」
「キリカ、倫太郎さんが何かすると言うの・・・」
「いや・・・・・でもこれはオカリンの意思でどうこう出来るもんじゃない」

その言葉に嫌な汗が背中を撫でる。岡部倫太郎は諦めない人だ。鳳凰院凶真はやり遂げる人だ。
それを知っているキリカさんが『できない』と言った。彼の異常とも呼べる執念をまじかで見てきたキリカさんが、そう言った。
想像できる範囲でのあらゆる困難を、思考を越える絶望を撥ね退けてきた彼でも不可能だと彼女は言うのだ。

「キリカ・・・君は一体なにを言おうとしている」
「言うのはキミだよ。鳳凰院凶真、キミは悪くないけど――――キミが原因なんだから」
「俺から・・・」
「そう、みんなもキミの口から聴きたいはずだよ」

その言葉に倫太郎は顔を伏せて何かを考えるように沈黙した。

「・・・・しかし、キリカ。それとお前の言う女とは・・・何の関係がある」

・・・そういえば『外の女』とは何だ?

「関係あるよ。私はそれが聴きたいんだからッ!だってそうじゃないとおかしいじゃないか」
「・・・・・君はいったいどこまで把握している」

皆が見守る中、倫太郎には何か思い当たる節があるのかキリカさんに尋ねた。
キリカさんと倫太郎の考えている問題が同じなら通じているのだろう。何も分かっていない、見て見ぬふりをしていた私達には分からない事を共有して。
情けないのか、悔しいのか分からない。私はやはり辿り着けないのだろうか。普段は頼りにされていると思えても肝心な時は何も出来ない。させてもらえない。当たり前だ、分かっている気になっているだけの私に相談も何もないだろう。
一緒に考える事も、悩む事も導くことも、彼の為に私は何もかもできない。






「だからさ、溜まったものは出さないとまずいでしょ?男の子って大変だよね」

できないが・・・・今回はそれでよかったかもしれない。何度目のやりとりだろうか。

「いや待てキリカ・・・・・ちょっと、確認してもいいか?」

いやほんとに確認してほしい。

「うん?なにさ?」
「お前の言う限界とは―――――ようするにその、男の生理現象の事か?それとも俺の体の特異性についてのことか?」

おずおずと、言いにくそうに小さな声で倫太郎はキリカさんに訊いた。
いつも通りのキリカさんの冗談だったならシリアス感を漂わせた間抜けになってしまう。
しかし実は真面目な話だった場合、それはそれで彼は異性の前でとんでもない勘違いをしたとして自殺するかもしれない。

「うん、特異性と言えば特異性だよ?男の子特有の生理現象の事なんだから当たり前じゃないか」

ようするに、非常に困ったことに肯定されても否定されても頭を悩ますことになる。
冷静になって考えてみれば彼は複数の異性の前で赤裸々な事実を語られていることになる。内容は誰にだってある生理現象とはいえ苦行だろう。
周りにいるのは顔見知りの者だけに後が悪い。多感な時期、年頃の異性で日々顔を合わせる間柄、それも朝昼晩関係なく一緒に過ごす相手、気心が知れていて、知りすぎているだけに衝撃的すぎる。
しかも慰めになる同性である上条君は幸か不幸かここにはいない。彼は完全にアウェーの状況で独り、その身を晒されている。

「愛戦士・・・いや、キリカ」
「ん?」
「説明しろ」

頭が痛いのかお腹が痛いのか、きっと両方だろ。倫太郎はぐったりしながら、それでももしかしたらキリカさんの話には続きがあって、『限界』とは彼の懸念する何かかもしれないと、ある意味望みを託してソファーへと座った。
織莉子さんからは同情の眼差しを、他も似たような反応だ。私も・・・私は?もしかしたら安心したのかもしれない。彼の懸念している内容じゃない事に、彼がいなくなる可能性が薄れたことに、そして・・・“私だけじゃない事に”。
倫太郎とキリカさんが解り合っていなかったことに・・・最低な事に、卑屈な事に、分かっていないのは自分だけじゃないと安堵した。
キリカさんは皆を見渡し一気に説明してくれた。顔を赤くして困ったように慌てる者、止めなければと思うものの動き出せない者、未だに良く解っていない者、顔を背ける者など反応はそれぞれだが、私を含め結局キリカさんの口を閉ざす者はいなかった。

「ほらオカリンって私たちみたいな女の子に囲われているのに性欲ないじゃん?
 でも知識が無いわけじゃない、体に異常があるわけでもない。ただ日々の運動や研究で発散しているだけだ。
 それでよかったのかもしれない。でも性欲はともかく【毒素】は溜まってしまう。
 ここまではいいよね?」

キリカさんの問いに誰も返事はしないが、沈黙は肯定と同義だとしてキリカさんは続ける。

「で、それで問題になるのが暴発だ」
「・・・暴発?」
「うん。その予兆をまどか、キミは目撃している可能性が高い」
「・・・・?」
「ラボによく寝泊まりするユウリ達にも言えるけど、キミの起こし方は大胆だかね。毛布越しの彼女達と違って致命的だ。予兆で済めばいいけど最悪の場合はちょっと、ね」
「起こし方?」
「キミは寝ている相手の毛布を剥ぎ取って起こすだろ?」
「あ、はい。ママ・・・・じゃなくてお母さんを起こす時もそうだから――・・・・・・
ふぇぁ?」
「まどか?」

そこで鹿目さんの言葉は止まる。暁美さんが声をかけるが返事は無い、その顔は徐々に赤く、口は半開きのまま姿勢は後ろに倒れそうだ。

「~~~~~!?あッ、ちが、私はッ!!?」

あわあわと、焦っているのが分かる。気づいてしまった事柄が致命的にまずい事だと、その動揺を見ているだけで私達には伝わってしまう。

「あッ、あのキリカさん!!」
「んー?」
「わ、あのその私はオカリンを起こそうとしただけで別に狙ってしたわけではなくて――――!!」
「あー、うんうんわかってるよまどか。むしろキミがびっくりしたんじゃないかな?」
「違うんです私はただ何時まで経っても起きてくれないからママにやってるみたいに起こそうとしてソファーで寝てるオカリンの毛布を剥ぎ取っただけで変な意図は微塵にも砂塵にもニッチにもマックにもマクロにもミクロにも無くて作った朝ご飯を温かいうちに食べてほしかっただけで決して狙ったわけじゃなくそもそも普段ならすぐ起きてくれるのに遅くまでよく分かんない書類作ってたオカリンにも非があるわけでむしろ合間に『カレーアイス』と『カブトガニバスター』を作って上げた私はオカリンの体調を気遣ったので許してください――――!!」
「まどか落ち着いて、何もキミを責めているわけじゃないんだ。一緒に寝食を共にしてる以上いつか起きる不可避な出来度だったんだよ・・・・・ところで『カレーアイス』ってなに?ありそうで今までにない発想の商品だよね?あと『カブトガニバスター』って攻撃力がありそうなんだけど食べ物なの?」
「オカリンごめんなさいごめんなさい見てないから私は何も見てないから嫌いにならないでワザとじゃないのホントだよ嘘じゃないよぉ!!」

キリカさんの声が届かないほど鹿目さんは必死だった。顔は真っ赤で涙目で、しきりに頭を下げて懇願する姿は何故だろう、嗜虐心を沸々と呼び起こす。既に暁美さんと飛鳥さんが鹿目さんの慌てっぷりに良い表情をし始めている。
あ、これは不味いと思いつつも下手に介入しては危険だと経験から口を閉ざしてしまう。たぶん暁美さんも混乱や戸惑いからいつものように接しようとしている。キリカさんの話す内容は多感な彼女達にはちょっと重い、だから誤魔化すというか、意識を少しでも裂きたいんだろう。
飛鳥さんは――――

「・・・・・・・ねえ、ユウリ」
「なに?一緒にまどかをからかう?」
「可哀そうだよ・・・・ねぇ、まどかはどうしてあんなに慌ててるの?」
「「「えっ?」」」

口調と見た目に反して純情少女な杏里さんに問われていた。会話の流れから原因は予想できそうなものだが彼女は未だに理解できていないらしい・・・・・乙女だ。
ある程度の知識が有れば、彼女にもその知識はあるはずだが記憶の引き出しに引っかからないあたり本当に純情だ。今も錯乱している鹿目さんを心配している。

「・・・・・知りたい?ねえ知りたいっ?」
「え?う、うん。アイツとなにか関係あるんでしょ?」

鹿目さんと同じように錯乱する事をまだ知らないあたり――――飛鳥さんの表情は嬉々として杏里さんにすり寄る。ニマニマと、モミョモミョと口元を「ω」として杏里さんが逃げださないように腕を絡めた。
内容がアレなだけに彼女の中にある杏里さん専用の嗜虐心は表に浮上してきている。たぶん暁美さん同様、飛鳥さんも意識を少しでも別に移して紛らわせたいのだろうが、完全にとばっちりなだけに杏里さんには同情する。
私と同じように彼女はこの手の話題にすこぶる弱い。ラボでの寝泊まりは多いが、それをネタにからかう相手は基本的に飛鳥さんだけ、おまけに学校は私達とは別だから知っている相手も少なく、ゆえに話題にも上がりにくい。耐性がまるで育っていないのだ。

「ふーん、あいりは倫君のことが心配でしょうがないのかなぁ~?」
「え!?」

ビクリと体を硬直させ、次いで誤魔化すように距離を置こうとするが飛鳥さんは絡めた腕に体をくっつけて放さない。

「ちがっ、違うよユウリ!」
「え~」
「ほ、ほんとだよ!ただまどかを困らせてる原因はあいつにあるんだから―――!」
「原因をあいりは知らないんでしょう」
「だからっ、そ、それを教えてってユウリに訊いたのにっ」

少しだけ涙目になっている。可愛いと思うが本気で困っているのでそろそろやめておいた方が良いだろう。拗ねた姿も可愛いが彼女は泣くほど困っているのだから。
以前、限界以上にいじられた彼女は家出(?)した。そのときの飛鳥さんの抜け殻状態は記憶に新しい。あそこまでいくと誰も幸せになれないので線引きは十分に、引き際は正確に、だけどこの手の話題のボーダーラインはあやふやだから危険。

「飛鳥さん、杏里さんも困ってるからその辺で」
「はいはーい、恍惚としたほむほむには言われたくないけどリョーカイ了解!じゃああいり―――――教えてあげるから耳、かしてね」
「え、えっと変なこと・・・しないでよ?」
「その表情と上目遣いで若干苛めたくなったけど・・・大丈夫だよ!」
「え!?――――ひゃんっ」
「ほらほら耳プリーズ!」

絡めた腕を引いて杏里さんの体を屈ませ、飛鳥さんは少しだけ桜色になっている耳元に口を近づけた。
吐息がこそばゆいのか身を少しだけ震わせた杏里さんは、それでも飛鳥さんの言葉に集中する。
きっと事態を把握したくて、置いていかれたくなくて、みんなと、そして彼を理解してくて戸惑いながらも・・・私と同じように。

「あのね、今まどかが困っているのは見ちゃったのよ」
「見てって・・・何を?」
「私達も見た事あるよ?まあ毛布越しだけどね」
「・・・・毛布?なんのこと?」
「朝、寝起き、男の子、生理現象・・・・・」
「?」
「・・・・ほんとーに、あいりは可愛いねぇ!」

ガバッと突然杏里さんの頭を胸で包むように抱きしめた飛鳥さんは、そのまま髪の毛にキスをし始めた。

「ふわぁ!?ユウリなに急に!?」
「もーっ!あいりは可愛いなってッ、純情で大好きだぞコノヤロー!」
「え、ええ?」

困惑する杏里さんの首に腕をまわした飛鳥さんは、そのまま抱きしめる力を強めてその頬に口づけをした。
真っ赤に染まる杏里さんと飛鳥さん。微笑ましくて愛らしい、その様子をもっと堪能していたいが視線を少しだけ横にすれば―――――倫太郎が顔面蒼白で震えていた。

「ちょっと待ってくれ・・・・まさか、俺は・・・・?」
「うんうん、そうそうオカリン!その様子からキミは大丈夫だと思っていたみたいだけどさすがに無理だよ。キミは若くて普段から四六時中私達と共にいる」
「いや、しかしっ」
「ラボの様子からキミは自ら発散はしていないようだ。その原因は私達にあるのかもしれない。だって“いつ、どのタイミングで私達が現れるか分かんないもんね”」
「まてキリカっ、いや待ってくださいこれはちょっとシャレにならな―――!」
「ラボメンのほとんどが女の子ってのも考えもんだけど、鍵を全員に渡したキミもなかなかだと思うよ。基本オープンオールオッケー」

同情するように倫太郎の肩に手を置いたキリカさんの表情は珍しく慈愛に満ちていた。が、彼はそれどころではないのか体の震えは次第に大きくなってきている。そろそろ救急車を呼んだ方がいいのではないかと思えるほど顔色が悪い。もしかしなくてもここまで彼が追い詰められているのは初めて見る。
ゆえに、必然的にパニックに陥っている鹿目さん以外の目は彼に集中するが、例えそれが身を心配する視線だとしても今の彼にとっては拷問に近かった。きっとこのまま世界から消えてしまいたいはずだ。冗談なしに、きっとこんな経験は今までに無かったはずだから。

「えっと、ユウリ?」
「んー・・・・倫君やばそうだねぇ、まさかここまでショックを受けるとは予想外かも」
「だからユウリっ」
「え、なに?」
「何があったの?アイツがあんなに落ち込んでるとこ・・・・見たことない」
「えーっとね、教えてあげたいのは山々なんだけど・・・・・でも言っていいのかな?」

状況が予想外だったのか、杏里さんの心の底から心配そうな問いに、さすがの飛鳥さんも少しだけ頭を悩ましていた。
つい先刻まではいかに純情な彼女に面白おかしく真実を伝えようかと・・・しかし倫太郎の精神は飛鳥さんが思う以上にダメージを受けているから彼女は悩んだ。

「ん~、あいりまで・・・・まどかみたいになっちゃったら倫君どうなるか分かんないからなー」
「ユウリ!」

そんな飛鳥さんに杏里さんは強い口調で言った。

「私なら大丈夫だよ!」

仲間思いの彼女の事だ、飛鳥さんが懸念するように自分が鹿目さんのようになったら倫太郎をさらに追い込んでしまうかもしれないと怯えているはず・・・・だけどそれ以上に、落ち込んでいる彼を放ってはおけないのだろう。
蚊帳の外でいることが、何もしないまま何も知らず何も出来ない事が嫌で、力になれないかもしれなくて、他のみんなが気づいているなか一人だけ気づけていない現状に我慢できなくて、悔しいのかもしれない。
そんな心境を理解してか、はたまた珍しく強気に詰め寄る杏里さんに圧倒されてか飛鳥さんは口を開く。

「えぁっと、うん・・・・・あのね、あいり?」
「うん!」
「キリカ先輩が、私達が見ちゃったって言っているのはね?」
「うん!」
「ようするにまあ、今倫君が落ち込んでいるのはね?」
「うん!」
「男の子の朝の生理現象なの」
「う、うん?」
「一昨日の朝のこと覚えてる?」
「お、一昨日?」
「そ、一昨日の朝」
「えっと確かいつも通りに朝ご飯をユウリと一緒に作って、それからソファーで寝てるアイツを――――――――ひぁっ!?」

その後ろで倫太郎が「ちょ、ホントやめて・・・っ」と力なく覇気なく手を伸ばしているが虫の羽の音よりも小さな懇願は届かなかった。
今になって思う。何故私達は止めきれなかったのだろうか、いかに場の雰囲気に呑まれたからといっても流石に放置はいけなかった。せめて彼が居ない所で杏里さんに教えておけば・・・・いやもっとずっと前のタイミングで話題を変えておけば未来は変えきれたのかもしれない。
もっとも変えなければ後日に大変な事故が起きたかもしれないし、やはりいつかはそうしなければならない時期が来るはずだったので絶対に間違っていたわけではないが、それでももっとやりようはあったはずで・・・・・・でもまあ、今回はどうしようもなく、どうすることもできなかった。

「そうそう、倫君の【ディソード】が【TRANS‐AM】しちゃってる場面だね」

間違いなく、誤魔化すことなく顔に赤みが差した。キリカさんと倫太郎を除く全員の顔に。
言った本人である飛鳥さんも、固まっていた織莉子さんも、我関せずを貫こうとしていた暁美さんも、そして私も――――倫太郎は死にそうな青白い顔をしていたがフォローに回れるはずが無かった。
みるみる顔を紅潮させていく杏里さんと、伝えるべき事を伝えきってスッキリした飛鳥さん。ラボ内の時間が停止したのは一瞬ですんでいたのか、今になっても分からない。とにかくそれを壊したのは二人の少女の叫び声だった。


「「きゃだぁああああああああああああああああああああああああああ!!!」」


甲高い叫び声が響いた。

「『きゃあ』+『やだ』かな?」

冷静に分析することができたのはキリカさんだけだった。

「でね、外に女が居ると私が判断したのには理由が有るんだよ」
「わあ、ようやく最初の問題に入れたけど犠牲は大きいなぁ」

キリカさんの言葉に飛鳥さんがツッコミを入れるがまさにその通りだ。室内を見渡せばかつてない混沌と化している。
鹿目さんと杏里さんはもちろんだが、暁美さんは言葉なく何故か皆に背を向けていて、織莉子さんは――――赤くなった顔を隠すように俯いているが真っ赤になっている耳が丸見えだ。

「あはは、仕方がないとはいえ災難だったね倫君」
「・・・・・・・」
「あ、あれ?倫君大丈夫?」

平気そうに振る舞うが飛鳥さんもやはり赤い、先ほどから気になっていたんだが彼女の体は震えていような気がする。実は強がっているだけで彼女も恥ずかしいのかもしれない。私が、そして彼女自身が思っている以上に。
ソファーに座っている倫太郎の前でオロオロとしている姿は稀に見ない姿、表情も余裕がないのかしょんぼり気味だ。彼女にしても今回の件はアレだったようだ。

「一人では【アプリポワゼ】はできない。っていうかしない。私達に気を使ってるのもあったのかもね、現にオカリンは一年以上そうしてきた。でもそんなオカリンにも性欲は制御できても生理現象たる【TRANS‐AM】は制御できないわけであって、つまりその先にある――――」

皆が皆、いっぱいいっぱいで大変だ。叫んだり塞ぎこんでいない者がいても心中は穏やかではない。あの倫太郎ですら言葉なく項垂れているのだ。ある意味未来ガジェット研究所ができて一番の混沌とも言える。
にも拘らず、誰もが限界だと言うのに、これ以上は求めていないと言うのにキリカさんは話を続けた。続けたも何も紛れもなく今までが逸れていただけで本命の話題に戻っただけなのだが、戻りつつあるのだが、先刻のダメージ大きすぎて余裕がない。
キリカさんの気づいたと言う疑問疑惑疑いは次回に回してほしい、それがきっとこの場にいるキリカさん以外全員の意思だと感じた。しかしキリカさんにはその思いは通じず、また誰も余裕がなかっただけに、今以上の爆弾発言を止める事は出来なかった。

「寝ている間に、それこそ起きた時には事故ったあとの祭り状態の【TRANS‐AM BURST】は我慢した分だけ起きる可能性は高まってしまうわけだ」

・・・・・絶対に日常では聞かない単語を発せられた。自宅でも学校でもラボでも魔女戦の渦中でも決して聞かない単語を。
待ってほしい。誰か彼女を止めてほしい。何故に彼女はこうも堂々とNGワードを宣言できる?

「それを解消するためにオカリンは私達には内緒で外にエッチな女の子と知り合っていると私は推理する!」
「「・・・・・・・・・・うきゅぅ」」
「まどか!?」
「あいり!?」

鹿目さんと杏里さんがオーバーフローを起こし倒れてしまった。暁美さんと飛鳥さんが二人を介抱する。

「話を最初から整理しよう。オカリンもその可能性には気づいていたはずだ。ではどうするか?【TRANS‐AM 】ならまだしも【TRANS‐AM BURST】を“見られた”日には自殺もんだ」

いや、まるで理解者のように語ってはいるが既に倫太郎は死にそうだ。キリカさんが倫太郎を殺しに来ている。
このままでは彼はあと数分もしないうちに突発的自殺をしかねないのだが、キリカさんは遠慮なく自身の予想を語る。

「もっとも、それぐらいの甲斐性(?)があればハーレムルートとは言えなくても恋人ぐらいできていてもおかしくはない。でもいない・・・では何故暴発していない?どこかで発散しているのさ!」

その理屈には肯定しかねるが、とりあえずもう口を閉じてほしい。
そう思うも私と織莉子さんはキリカさんを止めきれない。考える事は出来ても行動に移せない。赤くなった顔を上げる事が出来ないのだ。
動けなくて声も出せない。下手に何かを言おうものなら変なことを口走りそうで怖い。近くにいる倫太郎を見るのも、見られるのも恥ずかしくて何も出来ない。

「あっ、一応だけど安心してよ。たぶんだけどラボで【TRANS‐AM BURST】は“まだ”してないと思うんだ。“全然臭わないし”、だからこそ外で処理してるんだろうと思ったんだけど」

ようやく彼女がそのアッパー思考に辿り着いた経緯を知る事は出来たがほんとうに、ほんっっっっっっっとうに困る!!
安心してよと言われてもどうしろと!?もうまともに彼の姿を見ることすらできない状態だ。
鹿目さんと杏里さんは倒れ、暁美さんと飛鳥さんが内心では動揺しつつも二人を介抱しなければならずストッパーたる織莉子さんも内容がコレでは、此処まで来てしまってはどうしようもないのか俯いて震えている。倫太郎に至っては何やら遺書らしきものを書き始めていた。
散々でどうしようもない状況だ。誰かのフォローに回るだけの余力もない、逃げる事も向き合うこともできやしない展開に顔を伏せる以外の何が出来ると言うのか。
・・・・そもそも向き合うとか逃げるとはなんだ?何を考えればいいのかも分からなくなってきた。このままでは意味不明のままキリカさんに論破されてしまいかねない。
それは嫌だ。それだけは回避しなくてはいけない。真実がどうあれこのカオス空間を構築した論議(?)を認めるわけにはいかない。何か、何とか否定しなければならない。きっと皆もそう思っているはずだ。例え倫太郎が塞ぎこんでいる時点でキリカさんの予想の半分は証明している可能性が高いとしても、だ。
このままでは今まで通りの付き合いに支障がでる。少なくとも此処で絶望とか気絶とか焦っている『六人』は今後に関わるので何とかしなければならない。最悪、今後はラボに入れなくなるかもしれない。
そう、だからこそキリカさんを除いた、倫太郎を含めた『八人』全員が力を合わせて彼女の予想を―――・・・?

“八人”?

「・・・あれ、一人増えてる?」

“八人”?美樹さん達が上条君を連れて外に出て行った時点で、“キリカさんを除いた時点で既に七人いた”――――そこに織莉子さんが加わって八人だ。
キリカさんを合わせたら今現在、ラボには九人の人間がここにいる。おかしくはない、おかしくはないが――――――

「ねえねえオリコおねえちゃん」
「・・・・・え?」

くいくい、とスカートの裾を引っ張られてキョトンとする織莉子さんの視線の先に『彼女』はいた。
今の今まで発言をしていなかったので、会話の内容が内容なだけに知識が無いから黙っていたからか、また内容がアレすぎて意識が『彼女』には・・・・・失態だ!

「よく分かんないけど、大丈夫?」

織莉子さんも私も息が止まった。思考が停止した。

「おにいちゃん、すっごく落ち込んでるけど病気なの?まどかおねえちゃん達も変だし、もしかして今のお話し大変なの?」

倫太郎も、暁美さんも飛鳥さんも同様に停止した。

「みんな大丈夫?どこか痛いならゆまが治すよ!」

室内にいるメンバーは後から参加した織莉子さんも合わせて『九人』いる。

岡部倫太郎。
鹿目まどか。
暁美ほむら。
飛鳥ユウリ。
杏里あいり。
美国織莉子。
呉キリカ。
私、巴マミ。

そして――――

「あと【TRANS‐AM】とか【TRANS‐AM BURST】ってなに?」

千歳ゆま―――――まだ小学生の女の子である。


「「「「「「「うわぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!?」」」」」」






はい、パニック再び。

鹿目さんがゆまちゃんの耳を塞いで暁美さんが視界を遮り杏里さんが口を閉ざして教育的立場から情報をかなり遅いだろうがゆまちゃんから汚れた外界をシャットダウン。
一方、飛鳥さんが窓を開けて倫太郎がキリカさんを打撃、よろめいた所を織莉子さんが掴んでそのまま外へと放り投げた。

いろいろと手遅れで、だからコレがきっかけになった。

誰も彼もが不思議がるゆまちゃんを誤魔化し有耶無耶にしようと必至で、誰が自分が皆が何を言ったのか全然覚えていない。
ただ混乱し錯乱した状況下で今回の件を反省して、かつ原因であるアレコレの問題を解決するために叫ぶようにして倫太郎が宣言した。
その言葉だけは覚えている。むしろ、その言葉のせいで他の全てを忘れてしまったのかもしれない。

「そもそもラボを自宅として扱っていた俺が悪い」

この時の彼は混乱から叫んでしまったのかもしれないが、その内容は私達を動揺させるには十分なものだった。

「確かにラボは重要かつ大切な場だが、この狭い空間でプライベートの確保など既に不可能だ」

その意味を瞬時に理解して、その先の台詞が容易に象像できるから「不可能なんかじゃない!」と誰かが言ったが、それはこれまではそうだっただけ、と否定された。

「現に俺はキミ達に不快な思いをさせてしまった・・・・上に立つ立場でありながらあまりにも配慮不足、情けないっ。キリカが言うようにいつかホントに最悪な場面を見せるかもしれない」

本当に悔しそうに、唇を噛みしめて吐き出された言葉は私達の心に冷たい刃を突き刺した。
ラボへの出入りを規制するとか、事前に連絡を入れるとか、きっと話し合えばどうにかできたはずなのに彼は答えを出してしまった。
提示してしまった。

それは前々から考えていた事でもあったんだろう。

だってそうでなければ彼がこんな事を言うはずがない。混乱と困惑から抜け出せない状態でも、決して。



「俺は――――ここを出て行く!!」



何を言われたのか、“何を言わせてしまったのか”、私達は誰もがその言葉を否定してほしくて次々に詰め寄った。
言葉を投げて、その腕を取って、だけど彼は決めてしまっていた。

「オ、オカリン待ってよそんなの急すぎるよ!?」
「急じゃない、前々から考えていた事だ」
「でもッ―――」
「今回の件はさすがに・・・・駄目だ」
「あ、私謝るからそんな―――」
「違う!謝るのは俺の方だ。すまない、お前にまで不快な思いをさせていたなんて思いもしなかった」

鹿目さんが泣いても、彼の意思は変わらない。

「岡部、まずは落ち着いて話を聞きなさい。これじゃ・・・・さすがに」
「ラボを無くすつもりもないし鍵も返さなくていい。ただ俺が出て行くだけだ」
「だけって、本気で言っているのあなたっ」
「ああ、もっと早く決断すべきだった」

暁美さんに非難されても動じない。

「ちょっと倫君いくらなんでも早計過ぎると思うよ!?」
「そうじゃない・・・遅すぎたんだ。本当は高校進学前にはここを離れる予定だったのに、今の暮らしに満足していて楽な道を選んでしまった。そのツケがコレだ」
「で、でもほら倫君生活能力ないし絶対餓死しちゃうから!」
「さすがにそれは――――いや、心配してくれているのは嬉しい、だけど決めたんだ」

飛鳥さんの切羽詰まった声にも折れない。

「相談も無しにいきなり言われても困ります!」
「織莉子?」
「確かに貴方の意思が最も尊重されるべきなのは当然です、でもっ・・・私達は!」
「・・・すまない」

織莉子さんが手を取って訴えるが、彼はその手を握り返さない。

「・・・・・ほんとに出て行くの?」
「ああ」
「――――っ、お前が、お前が私にここに来いって言ったのに・・・・な、なのにお前がここを出て行くのかよ!!」
「きっと、それがいい。このままじゃいけないのは分かるだろう」

杏里さんが弱々しく、だけど放さないように白衣の裾を引っ張るけど彼は考えを曲げない。

「ヤー!お兄ちゃんが此処からいなくなるのダメー!!」

ゆまちゃんが腰の飛びついて泣きじゃくっても少し躊躇っただけで、考えは覆らない。

「や~~だーーーーーー!!」

純粋な泣き声が響く。きっと外にまで漏れたこの叫びは寂れたとはいえ無人地区ではないゆえに、多くの住人の元にまで届くだろう。
わんわんと、泣き叫ぶことができるゆまちゃんが羨ましい。それだけ感情を表に出せたなら、思いを態度で示せたならどんなに良かったか。私は未だ言葉を、何も言えないでいるから。
でもきっと私が何を言っても、私が何をしても彼は変わらないのだろう。

「・・・・」

鹿目さんが泣いても、暁美さんが非難しても、飛鳥さんが困惑しても、織莉子さんが訴えても、杏里さんが引っ張っても、ゆまちゃんが飛びついても変わらないのだ。私がどうこうしたところで何も変わらない。
だから、と私は何も言えなかった。ただ茫然とショックを受けている態度をとっているだけで、言い訳を並べて何もしない。
分からなくて、怖くて何も出来ない。いつものように、大切な時に私は何も出来ない。すぐ隣で大切な人たちが困っているのに、肝心な時に私は何の力にもなれなくて逃げ道ばかり探している。言わなくていい理由を、動かなくていい理由を。
私はいつも皆に任せて傍観している。力になりたいと願っておいて、何とかしたいと祈っておいて・・・・・・私はいったいなんなんだ?

私は、いったいどうすればいい。どうしたら、皆のために生きていられる?此処にいてもいいのだと。そう、思えるようになれる?

私は、こんな私こそ此処から――――――


「いや~死ぬかと思った!しかも戻ってきたら何やら深刻そうな感じだし大変だね!」


頭から血を流しながらキリカさんが外から戻ってきた。周囲の雰囲気に呑まれることなく飄々と、倫太郎の言葉は聴こえていたはずなのに何も思う事は無いのかいつも通りだ。
この状況になった責をまるで感じない様子に、何を意味するのかをまるで悟っていない様子に非難交じりの視線を受けるが―――やはり動じない。

「ねえねえオカリン、何やらここを出る予定があるみたいだけどいいの?」
「いいも何もない。このままじゃいつか事故る。君の言う通りだ」
「ふーん、まあ言い出しっぺの私はもちろんそれには同意かな」

その言葉にキリカさんに送られていた視線の密度が増した。

「普通に考えて、目撃されたら最悪だもんね」
「ああ、そんなことになれば顔向けできない」
「ラブコメどころじゃないもん、現実は残酷でどうなるか分からない」
「事前に回避できる。今回はお手柄だぞキリカ」
「連続での名前呼びきましたー!でもオカリン、礼ならハグがいいな!」

キリカさんは冗談で言ったんだろう。

「お?」

だけど彼はいつも通りのキリカさんの冗談を真に受けて、彼女を抱きしめた。

「お、おう?」

テンパっているキリカさんに苦笑し、彼はあっさりと固まった彼女を解放し私達を見渡した。

「さて、荷物の整理でも始めるか」

私達の前で、誰もが呼びとめている最中にキリカさんを抱きしめておきながら当然のように話しかけてくる。別に何も間違っていない筈なのに裏切られたと感じてしまったのは何故だろう。
住いの移転も彼の意思が最優先だ。問題を解決のために動きだすのも当たり前だ。キリカさんを抱きしめるのも前々からあった。ただ―――私達の願いを聞き入れてくれないだけで裏切られたなどと、勝手だ。
だけど、嫌だけど駄目だけどどうしても考えてしまう。見捨てられたと、今回の件はきっかけにすぎないけれど、前々から私達の元から去りたかったんじゃないかと邪推してしまう。
・・・私が悪い。みんなはそうじゃなくても私は悪い。私は間違っている。だって一度も呼びとめていない。言葉でも態度でも示していない。伝えていない。何も、全然してない。
何してこなかったのに、だから相談もされなかっただけなのに大切なことは話してくれないと嘆く。私は気になるけど彼は気にも留めないと落ち込む。
彼にとって、岡部倫太郎にとって私、巴マミはその程度の存在なんだと――――

「でもオカリン、高校に上がって恩人と若干の距離ができちゃったのに、ここで引っ越したら今以上にできちゃうと私は思うよ?」

キリカさんがへらへらと笑いながらそう言えば、彼はキリカさんに振りかえった。「ん?」と意外そうな顔で、それが何だという顔で。

「――」

私はこのときキリカさんを恨んだ。どうしてここで私の名前を使うのかと、酷く恥ずかしくて泣きそうだった。確かにまだ私だけ意見も何もしていないけど、まるで罰のように今言わなくてもいいじゃないか。
それで何か変わるはずがないのだから、わざわざ傷つくだけじゃないか。一蹴されて無碍にされて終わり。
鹿目さんが泣いても、暁美さんが非難しても、飛鳥さんが困惑しても、織莉子さんが訴えても、杏里さんが引っ張っても、ゆまちゃんが飛びついても変わらないのだ。
だから――――

「学校でも人気あるんだから、きっと恩人に近寄る男の影が――――」
「―――中止だ!!」

一転してしまった。

「え?」
「あははは!相変わらずオカリンは恩人が好きだなー」
「そうではない・・・・そうではなくて一度皆と話しあってからと思ってな」
「それ、私達も言ったわよ」
「うむっ」
「『うむっ』じゃないよね?倫君おかしいよね?」
「まあ待て、いかに引っ越し先が上の階とはいえ直接お前達に相談しなかったのは俺の落ち度だ」
「本当ですよ!いいですか倫太郎さん、貴方は――って上!?まさか三階のことですか!?」
「え、うん」
「近!?」
「前に見た時には床一面埃だらけ・・・掃除が大変そうなんだ」
「・・・お兄ちゃん、なんでわざわざ深刻そうに言ったの?」
「深刻?・・・・・そうだったか?」
「待ってよ!じゃあ私達必死に引き止める意味なかったよね!?っていうかオカリンなんで言わなかったの!!」
「正直、既に伝えていたものかと・・・・・ミス・カナメには了承済みだったから」

先ほどまでの重い雰囲気が一掃された。駆逐されてしまった。

「いやー、それよりも恩人のことで引っ越しを中止にしようとした意図を聴きたいよねー」

さらにニヤニヤと、キリカさんが問えば―――

「そうだよオカリン!私達の時には止めなかったくせに!」
「あからさますぎでしょう」
「酷イト思ウナー、許セナイナー」
「言い訳は聞きますよ?聞くだけですけど」
「・・・・おい、正直に言えよ」
「噛むよー、思いっきり噛むよー」

皆が彼を問い詰めれば――

「だってほら・・・・・マミと今以上に距離が出来たら寂しいだろ?」
「「「「「「歯ァ食いしばれコラァァアア!!!」」」」」」




それが数年前の会話で、まだ高校生だった頃の私達だ。
彼の自宅が三階へ移る過程で、そんな酷い流れが有ったりもした。今思うと失笑ものだが当時の私達は本当に混乱していて、何よりも幼かった。
当たり前にあるモノが永遠に続くものだと、優しいゆえに失うことは絶対にないのだと勘違いしていた。
元より大所帯となりつつあるラボだったから移転する予定は大分前から決まっていたそうだが、ただその契機となった話題が話題だけに、また鍵をくれなかった腹いせから三階は『ヤリ部屋』とか『スーパー賢者タイム専用』等と比喩されることもあった。
だからか、変に意識してしまう。だってこの部屋は“それ”が起こったときも大丈夫の部屋であり、そのための部屋でもある。意識したくなくてもしてしまう。視界に映る物も、耳が捉える静寂も、個人特有の部屋の感覚も、あと・・・・・匂いとか。
また昔はプライベートが皆無であった彼の私生活そのものが反映される場所なだけに新鮮だ。ずっと一緒にいたけれど、それは多くの人達と共同で彼個人の色は何処か薄かったから。
机の上に乱雑に置かれた洋書と書きかけの論文、中途半端に畳まれてテーブルの隅に積まれている洋服、冷蔵庫に沢山張られた書き置きメモに中身が溢れそうなゴミ箱、シートの上に並べられた機械類に傍にある箪笥の上には皆で撮った写真。
こうしてみれば普通だ。意外と思える物が特に無い――――彼らしい部屋だと思った。

「あー・・・・・あったな、そんなことも」
「他の人には話せないわね」

現在彼の『自宅』で私達は昔話に困ったような苦笑を零した。

「あの時の言葉、みんなショックだったのよ?大変だったんだから」
「すまない、気が動転していて言葉足らずだったのは反省している」
「ほんとよ」

私達はソファーに並んで座り昔話に花を咲かせていた。青春特有の可笑しくてくだらない、だけど大切で輝いていた時代を懐かしみながら―――――内容はやや下ネタに溢れていたが、今は成長したから大丈夫だろう。もう子供じゃない。
出会ったのは中学生の時、そこから高校生になりその過程であった出来事を語り合っていた。印象深かったことやそうでないこと、思い出を補完し合うように。

「まさか引っ越し先が真上だなんてね」
「ミス・カナメには既に連絡は澄んでいたからつい」
「本当に驚いたのよ」
「ああ、でも本当はもっと・・・そう、理想的には高校進学前にはしておきたかった。ただ真上ってこともあってガジェットの開発やバイトを優先していた結果、見事に疎かにしてしまっていた」
「そのせいで散々な目にあったわね、お互いに」
「まったくだ」

今でこそ笑い話にできるが当時は本当に大変だった。実際に引っ越すときも、鍵の事も、出入りに関しても問題が多発した。
ラボは変わらず自宅そのものだったから毎日出入りしていたし、彼は生活能力が低かったこともあって最初の頃はどうしても慣れるまで時間が必要だった。

「ユウリ達には特に世話になっていたから急がなくは、と感じてはいたんだがなぁ・・・油断していた。あれだ、若さゆえの過ちというものだな」
「まったく、あの頃の貴方はヒモって呼ばれたりしてたけどあながち間違ってはいなかったわね」

と、冗談交じりに言えば―――

「・・・・・・ごふっ」

倫太郎は吐血して倒れた。

「ええ!?」
「マミに・・・・マミにもそう思われていたんだ。やっぱり・・・・・・・・死のう」
「嘘うそウソだからしっかりして大げさにダメージを食らいすぎよ!?」
「ふふ、いや分かってはいたんだ・・・あの頃、違うと言ってくれたのはキミの優しさだろ?すまない、不甲斐なく甲斐性もない俺はこのまま誰にも看取られないまま消えるのがお似合いだ」
「ええっと・・・どうしたの倫太郎?昔からよくわからないタイミングで鬱になるわよね?」
「・・・不思議なことに君が関わると俺はメンタルが弱いらしい」
「もう、何よそれ」

可笑しそうに、貴方は笑った。くたびれた姿で、床に這いつくばりながら私の伸ばした手を取って立ち上がる。
いつもそうだったように、今までがそうだったから躊躇いも不安も抱かずに触れて受け入れる。中学生のときも、高校生のときも、大学生になっても変わらずにこうしてきた。今だってそうだ。
だから安心したんだと思う。緊張は緩んだ。初めてお邪魔する彼の自宅に少なからずの緊張をしていた体は彼のいつもの様子に解れた。

「でもなんだかんだ綺麗・・・なのかしら?」

雑多な風景だが散らかっているわけではない。所々納めるべきものが収まっていないが一応あるべき所に置かれていて、ゴミ箱も回収日を逃しただけでキチンとまとめられている。
男の子の部屋はもっともこう、それも大学生ぐらいの年頃なら散らかっているイメージがあったので、それも私生活においてはだらしないのを知っているから感心した。少なくとも予想よりは、だが。

「ああ、その・・・・掃除にはちょこちょこ来てくれていたから」

しかしそれもつかの間、彼は気まずそうに頬を掻きながら苦笑い。

「掃除にって・・・杏里さんや鹿目さんが?」

どうやら未だに誰かに支えられているらしい。支えられたうえでコレでは評価は下落だ。関心し始めただけに落胆もする。
あと彼が何だかんだ自宅に誰かを招き入れていたという事実に思う事が・・・少しあるかもしれないが、それはわざわざ言うほどでもないだろう。
それに長年の付き合いだ。今日の私のようにその誰かも最初は入室を断られていたが何らかのきっかけで訪問し、それでなし崩し的に、っと言ったところか、しょうがないと思うがそれはそれで彼らしく、私達らしいと思ったからかまわない。
教えてくれなかった事には少しだけ残念に思うが、それを知ったら「じゃあ私も!」と出てくる可能性があるから彼も簡単に打ち明けるわけにはいかなかったんだろう。
もしそうなれば自然に鍵を、それこそラボのように皆の手に自宅の鍵が渡ってしまう。正直それでもいいなぁと思う私がいる。過去に懸念した事件に遭遇する可能性が再び浮上するが気をつければいいだろうと、今はそう思う。
だからここの鍵も欲しいと、その代わりに料理や掃除と言った家事の手伝いをしてあげよう。そんな風に図々しくも思ってしまう。

(提案してみようかな?)

今なら少しは考えてくれるかもしれない、それに鍵のことは冗談でも気軽に遊びには来れるようになるかもしれない。彼は引っ越してからも全然ここには招待してくれないから、きっと他のみんなも歓迎・・・喜んでくれるだろう。
ラボには、未来ガジェット研究所にはいつだって岡部倫太郎という人はいてくれた。嬉しい時も楽しい時も辛い時も悲しい時もいつだって迎いいれたくれた。稀に出かけている事もあったが基本的に彼は此処にいてくれた。
嬉しかった。だけど引っ越してからはやや事情が変わった。同じ建物にはいるが自宅で作業をしていたり論文を書いていたりしていて、居るのに会えない事が増えたのだ。ラボで寝泊まりする相手の事を考えて上で作業をする、そんな場合が増えてしまったのだ。
気を使ってくれるのは嬉しいが彼は思い違いをしている。みんな疲れてようがうるさかろうがラボに泊るときは隣にいてほしかったのだ。ボーとしながらでも、焦りながらでも、疲れて横になりながらでも、だからこそ彼の背中を見て安心したかった。
きっと彼は知らないだろう。いつも前に立って歩くから、その背中が変わらずにいてくれるから落ち着いて、安心していられることを。
だからそう悪くない提案だと思う。今だって掃除に誰かを招き入れているのだ。同じラボメンなら断る理由にはならない筈だ。彼は押しに弱いしここは強気に攻めれば苦笑しながらも認めてくれ―――――

「いや、その■■がたまにだが来てくれて、な」
「――――――」

トン、と胸に、それはもしかしたらギュッとした何かかもしれない。
彼の口から照れながらも告げられた名前に私は言葉を、提案しようとした何かを引っ込めた。

「そう何度もってわけはないが、お互い暇なときは“ここ”で時間を潰すんだが――」

普段見せない顔で、声で彼は語る。彼女の事を、今現在付き合っている人の事を私に話す。
彼がここに連れてきた人は付き合っている彼女だ。だから問題も疑問もありはしない。彼女が彼氏の自宅に掃除にくるのに理由なんかないだろう。手料理を振る舞いに来るのもいいし時間を過ごすのも悪くない。
むしろ彼氏の家に遊びに行く、彼に手料理を振る舞うと言ったイベントは憧れていたりするから解る。

「そ、そういうときはデートしたほうがいいんじゃないかしら?ただでさえあまり時間は合わないんでしょう?まったく、倫太郎は相変わらず女心が分かっていないわねっ」

なにも、誰も悪くないし間違っていないのに彼の台詞に被せてしまった。
まるであの人の名前を呼ばせないように、そういう意図があったかもしれないと感じた自分に嫌気がさす。

「最近は時間の合わせ方が分かってきたからそうでもないさ、それに此処に来るのはいつも■■が提案してからだから問題ない」
「―――」
「他のラボメンと鉢合わせすると気まずい空気になるかもしれない、と最初の頃は思いもしたがそうでもなかったしな」

本気でそう思っているのなら彼は上条君以上に抜けている。本当に“そうでもなかった”と思っているのだろうか?
あの人と倫太郎が一緒にいる場面を見て彼女達が何も思わないと、本気でそう思っているとしたら彼は根本的に――

「・・・・ああ、そうだ。マミ、相談とは■■のことだ」
「え?」

一転。彼の口調が変わった事で、何よりも倫太郎が真っ直ぐにこちらを直視してきたから意識は切り替わった。
初めての訪問にドキドキして、彼の部屋の様子に新鮮さを感じ、惚気話に思う事があったが本題はそれだ。此処に来たのは彼の相談に乗る事だ。
内容がどうやら件の彼女に関する事なのが残念だが、やる気が一定値堕ちてしまったが彼の力になりたい気持ちに嘘偽りはない。

(・・・・・・・・・残念?)

そこまで考えて私は今、何を残念に思ったのか、彼の出してくれた温かいコーヒーに口を付けて疑問符を浮かべる。
下のベンチで落ち込んでいた彼を慰めたかった。だから此処まで来て、これからその悩みを聴こうとしている。原因を知らなければ対処できないからだ。一緒に考える事も悩む事もできやしない。
だから今は相談事の序盤も序盤、始まりであり決して残念といった概念が発生するタイミングではない。
何が残念というのだろうか?せっかく彼の力になれるチャンスだと言うのに・・・・心の中で首を傾げながらコーヒーを含んだ口元からカップを遠ざけて―――



「相談と言うか、報告だな――――実は今日■■と別れた」
「ぶふぅっ!!?」



その言葉の意味に、口の中身と一緒にコーヒーをブチ撒けた。









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―――私に婚約相手ができたと知った今も、貴方は変わらずにいる。

なんとなく、彼はみんなが言うように私の事が好きなのかな?と自惚れた時期があった。そこに意識した恋慕はなくても、無意識に私の事を女の子として見てくれているのかな?と、そんなことは無いと分かっていながら期待してしまった。
結局そんなものは勘違いでしかなかったが、こうして見れば本当に彼は私に興味が無いんだと自覚させられるから少し寂しい。想ってくれているのに“それ”が無いなんて不思議だ。
私が彼や周りのみんなに向ける想いと変わらない筈だからおかしくもないし納得もできるはずなのに寂しいと、悲しいと胸の奥底から叫んでいる。

―――そういうものだろう?それなりに身近にいた人なのだから、ずっと傍にいてくれて支えてくれた人なんだから。

しかしもう、手遅れなのだから。考えても悩んでもどうしようもない。
なにが手遅れなのか、それを考える事すらもう・・・駄目なのだから。

「ねえ、倫太郎」
「ん?」

私はお代りのコーヒーを入れる彼の後姿に問い掛ける。最初の頃はまったくと言っていいほど訊けなかった事を、だけどいつしか確かめるように訊けるようになった事を、その背中に向かって、私は彼に訊く。
きっとその行為は間違っている。婚約を受け取ったばかりなのに・・・あまりにも愚かな問いかけだ。してはいけない、してしまうのはおかしい。
分かっている答えを、判り切っている答えを、変わる事が無い応えを求めるのは間違っている。

「貴方は私のこと、好き?」

私は、何がしたいんだろう。

「は?」

キョトンとした表情を向ける彼の視線から顔を逸らすことで逃げる。直視できない、座ったままの姿勢で両手をギュッと握った手は汗をかいていて小刻みに震えている。
なんて事を訊いてしまったんだと後悔して、何を言われるのかと想像して怖くて泣きそうになった。
自分で結婚の申し出を受けるかもしれないと言った口から、同じ声で好意を確かめようとした。まだプロポーズされて数時間も経たないうちに、最低な悪行だ。

「好きだよ、マミ」

だけど彼はそう言ってくれた。

「・・・私も、倫太郎が好きよ」

―――だから、私は彼の言葉を信じたくない。

「でも、私は私が嫌い」

―――こんな私を愛せる人だから。

「む?マリッジブルーと言う奴か?」
「そうかも・・・・・いいえ、きっとそうよ」

ちゃんと笑えているだろうか?心配そうに視線を送る気配がするが横を向いたまま顔を両手で隠す。
どうしよう、分かってはいたが体の震えが抑えきれない。抑え込もうとすればするほど込み上げてくる何かに――。

「っ・・・ぅ・・・」

ついに嗚咽が漏れ出してしまって彼が慌てて駆けつけてくる。

「お、おいマミっ?」

コーヒーの入ったカップを二人分、テーブルに置いてオロオロと私の前で屈んで倫太郎の両腕は宙を泳ぐ、両手の隙間から覗く彼の表情は困っていた。
昔なら、それこそ私に相手がいないなら理由が分からずとも抱きしめたりして慰めていただろう。でも今はできない、ついさっき私が言った言葉が彼の行動を止める。
何も変わらないと思っていたら、なんだ・・・・変わったじゃないか。距離が、できてしまった。当たり前にあった、僅かながらにも存在していた少しだけ他の人とは違う距離感を失ってしまっていた。
私が壊した、私が無くしたんだ。それでも恐る恐る、彼の手が震える背中をぽんぽんと叩いてくれる。気遣って優しい手つきで安心できる・・・・そうだったはずなのに、今はただただ―――――

「ぅ、うぅ~っ」
「マミ、マミ大丈夫だ」

慰めてくれる、優しくしてくれる、心配してくれるのに私は酷く悲しくて寂しかった。
ひ、つ、と喉が震えてうまく呼吸が出来なくて苦しい、ポロポロと涙は零れて、それを両手で拭うけど止まらない。
そして気づけば私の手は大きな手に摑まっていた。泣き顔なんか見られたくないのに、だけど彼になら今更と、心のどこかで思ってしまう。
何度もこすって赤くなった目元を覗き込むようにして貴方は優しく微笑んでいた。安心しろと、大丈夫だと笑って無防備に安心を与えようとする。
それが今の私を揺らしてしまうことに気づかずに、いつも以上に温かいから涙は止まる事は無かった。

「私・・・・好きなの」
「ああ、“彼も”同じ気持ちだよ」

伝わらなくて良かったはずなのに

「うぅ、うぅぅぅぅっ」
「大丈夫、大丈夫だよマミ」

伝わらなくて、泣きやまない私をあやすように抱きしめてくれたけど―――涙はやっぱり止まらなかった。







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あの時、倫太郎がベンチに腰掛けて呆けていた理由には驚いた。

―――倫太郎が彼女と別れた。

「わ、別れたって■■さんとっ!?」

初めての『自宅』訪問による緊張は完全に霧散した。

「そう・・・なんだよ」

机に額を落としたその落ち込みようと言ったら半端なく、再び生気が失われ、少しは回復したと思った覇気がまた下落した。
彼女と倫太郎の関係に最初は皆が驚いて、しかし時間の経過と共に受け入れて祝福したのを昨日のように覚えているだけに意外だった。
倫太郎は普段はアレだがきっと彼女を大切にしてあげるだろうし、■■さんも明るくてサバサバしているその性格は彼を力強く引っ張っていくから末永く、それこそ結婚という単語が浮かんでしまうぐらいお似合いだった。
■■さんはずっと年上の女性だ。そのせいか最初の頃は友人としてはともかく倫太郎は“そういう”相手としては見られてなかったが、倫太郎の意外な積極性と真剣さからお付き合いが始まり―――――

「なにかあったの?」
「あったと言うか、無かったと言うか・・・・・初めからあったようで無かったんだ」
「??」

落ち込んでいる倫太郎を慰めようと思っていた。励ましてあげようと思ってもいたがいかんせん・・・私は思った以上に動揺しているようだ。

「えっと・・・・別れたのよね?」
「あ、ああ」
「■■さんと?」
「そ、そうだ」
「あんなに仲が良かったのに?」
「・・・・うむ」
「『うむ』じゃ分からないわね、いったい何があったのか訊いてもいいかしら?」
「えっと、ですね・・・」

振られたのが今日なら・・・昨日まで普通だったのできっと今日なのだろうが、だとしたら今の彼にこのピンポイントの話題は非常に辛いはずだ。
それを心のどこかで気づいているはずなのに私は無遠慮に配慮なく問い質してしまっていた。

それも一時間。

「ハッ!?」

経過時間に気がついた時には若干手遅れだった。

『( ゚Д゚)』

魂が口から脱出し天に昇ろうとしている。度重なる傷口を抉るような質問攻めに燃え尽きて茫然と口から魂の抜けている倫太郎がいた。
考えてみれば振られてまだ数時間も経っていない筈で、寒い中茫然とベンチで呆けて、そして追撃の質問攻め・・・配慮不足どころじゃない、あまりにも酷い所業だ。慰めに来た筈なのに傷つけてしまった。相談に乗るはずだったのに悲しませてしまった。
・・・・・否、それどころじゃない。私は彼が一人で悲しむ時間すら奪ってしまっていた。一人で泣いて、悲しんで傷ついて、辛い気持を受け入れるために実感する時間をお節介で奪ってしまったのだ。
それを清算する意味合いを持つ行為、相談相手になれていればまだしも、これではいったい何のために彼の自宅に来たのか、ただ苦しめるためではないか。

「ごっ、ごめんなさい倫太郎っ」
「い、いやいいんだ・・・・うん、俺の、その・・・悪かった部分を再確認できたから、キミは、悪くない」

ヨロヨロと、視線は泳いだまま隠しきれないダメージを背負った倫太郎はこちらを擁護した。非常に気まずい、罪悪感で押しつぶされそうになる。
彼は自分の悪かった点を教えてくれたと言ってくれるが、私は最悪な事に彼にあれだけ質問攻めしておきながら内容をほとんど憶えていなかった。ただ闇雲に疑問に思った事を口にしてしつこく、嫌がらせのように繰り返し問い詰めただけなのだ。
私にとっては鬱憤や憤りに近いよく分からないあやふやな感情を晴らすためだけに彼は一時間以上も―――――

「ぅ、私っ、もう――――」
「マミ」

卑怯なことに、私は逃げ出そうとした。彼を休ませてあげようと、私じゃ何も力になれない、むしろ傷つけるだけだからと、さんざん引っかき回しておいて言い訳を並べてこの場から逃げようとしたのだ。
それを先読みしてか・・・・・何を馬鹿な、倫太郎がそんなことをするはずがない。きっと偶然重なっただけだろうが私はドクンと心臓が跳ねた。
怒られはしないだろうが嫌われてしまうのではないかと恐怖した。もうここには来るなと言われるんじゃないかと、そう言われなくても二度とここには招いてくれないんじゃないかと不安になった。
自分が悪いのは分かっているが、それでも・・・だって言ったじゃないか――――別れたと、あの人と別れたと。気になってしまうのは当たり前だ。
そんな自分勝手な自己弁護に、私は嫌気がさして―――――

「付き合ってくれ」
「わかったわ」

彼の言葉の通りにしようと思った。例え出入り禁止されても、絶交されても私のしたことは簡単に許されていいものではないのだから、だから―――――・・・・・ん?

「・・・・・・・・・・・ぇ?」
「すまない、そう言ってもらえると助かる。ありがとう―――マミ」
「・・・・・・・・・・・ぇ?」
「君にはいつも、今日もいきなりで迷惑ばかりかける」
「そんなこと・・・・ぇ?あれ?今なんて―――」
「では早速だが付き合ってくれ」

立ち上がった彼に手をひかれて私は引き寄せられるように倫太郎の胸にポスンと収まって――――

「えっ!?はい!!?」

肩を抱かれながら急な展開に思考はパニックに陥った。
講義が午前中で終わって。
ラボに寄ったら倫太郎が落ち込んでいた。
相談に乗ると言ったら初めて自宅に招待されて。
昔話に花を咲かせた。
倫太郎があの人とわかれたと告白し。
理由と経緯を一時間掛けて問い質して彼を傷つけた。
それで逃げようとしたら告白された・・・?

「・・・・・え?」

パニックに陥りながらも残った理性を総動員し現状を振り返ってみたが、やはり分からない。何故今、よりにもよって私は告白されたのか、どうしてこのタイミングなのか理解が及ばない。
抱かれた肩に、胸に押し付ける形になった頬に、とっさに背中真に回した腕に熱が蓄積されていく。視線を上げれば目が合って顔は瞬時に真っ赤に染まった。口は半開きで、きっと今の私は情けない顔をしているだろう。
そんな顔を、今の自分を見られるのが恥ずかしくて顔を伏せるが、それでは再び倫太郎の胸元に顔を埋めることになって―――――ぶしゅう!と顔から湯気が出そうになる。もしかしたら既にでているかもしれない。

「あっ、あの・・・!」
「うん?」

だめだ、ダメだ、駄目だ!

こんなのは駄目だと心が叫んでいる。今の倫太郎は傷心から前後不覚になっているだけだから流されてはいけない。こんな形で結ばれるのは間違っている。
私がしっかりしないといけない。先ほどのように失敗してはいけない、これは絶対に後になって後悔するし今後の関係を左右してしまう。それは私達だけじゃない、周りにいる近しい間柄である彼女達にとっても大切な事だから、だからもっと真剣に――――

「そのっ、嫌じゃないの、でも―――!」

嫌じゃないってなんだ。ハッキリと宣言しないといけない場面で何を躊躇しているのか、自分のことながら呆れてしまう。
さっき傷つけてしまったお詫びとか、それで癒せるならと・・・楽な道に逃げては決していけないと自分に言い聞かせる。

「急すぎてっ、わかんないの・・・だからっ」

顔を胸に埋めたまま、肩を抱かれたまま、顔を赤くしたまま告げた。
それが精一杯で限界だった。

「そう、か」

伝わったと思う。良かったと、届いて本当に良かったのに倫太郎が私の答えに気落ちした気配が伝わるから胸が締め付けられた。
でも耐える。ここは絶対に流されてはいけないから、例え懇願されても応えてはいけないのだ。
だから――――

「確かに急だったな・・・・・君にも予定がある。すまない」

そう言って、私から倫太郎は離れて――――

「ま、まって!」

だけどそれを引き止めてしまった。いけない、駄目だ、やめなきゃと心が絶叫を上げる。
熱くなっていた体が離れた事で思いのほか冷たく感じたからか、赤くなった表情を見られないためにか、私は離れようとした彼の腕をほとんど跳びつくようにして抱きしめた。
抱きしめて、固まった。自分のしてしまった行動に血の気は引くのに瞬時に再沸騰して頭の中がぐらぐらする。

「マミ?」
「ぅ、その・・・違くてっ」

何が、どれが違うのか説明できない。私自身が己の行動に戸惑ってしまって混乱しているからうまく言葉にできないし、そもそも舌がまわらない。
体は固くなってしまいギュッと倫太郎の腕を抱きしめる形で硬直してしまった。状況がマズイと、雰囲気が危険だと心の奥底で警報は全力で鳴っているが打開策がまるで浮かばない。
しかしこのままでは数秒後に爆発してしまうと何処かで確信している。

「わっ、私は・・・私っ」

今を耐えきれなくて口から言ってはいけない何かが零れそうになるのを感じる。
だけど状況に変化がなければ狂ってしまいそうで、雰囲気に身を任せないと壊れてしまいそうで、抗えば抗うほど苦しくて、だから―――言ってしまった。

「だ、大丈夫・・・だよ?」

きっとこの言葉は誰かを裏切り、誰かを傷つけてしまう。傷心で弱ったところをたまたま通りかかっただけのぬけがけで、この行為は卑怯であり取り消さなければならない。
だが何が?と返されれば、きっと私は死んでしまう。
私の放った言葉はこれまでの関係を揺るがすには十分な威力(?)がある。彼が先に、だけど応えたのは私だから責任はある。
その意味を分かってもらっては困るのに、無かったことにしてほしいのに誤魔化されたり曲解されたら私は羞恥心から命を落とすだろう。

「――――」

倫太郎は顔を伏せた私の体を、肩に手を置く事で起こした。手を置かれたときビクリと震えたのはきっと伝わってしまっている。
怖くて青くなってしまったと思っていた顔は赤く、強い熱を放っている。どうなるか分からなくて何を言われるのか怖くて仕方がないのに、それ以上に恥ずかしさが勝る。
自分のしてしまった重大性を理解していながらも、私は放った言葉を取り消さず誤魔化さず倫太郎の答えを今か今かと待ち望んでいる。

「マミ――――」
「は、はいっ」

必ず後悔することは分かっていた。
絶対に今日の事を恥じる時が来る。

「ありがとう」

私はそれを覚悟しなければならなかった。

そしてその機会は思いのほか早くやってきた。




数時間後、私と倫太郎は観覧車の中にいた。

あれから一緒に雑貨屋や本屋、服屋を見て回り映画を見てカフェでお茶して、町をぶらついて目に付いた観覧車に乗って・・・夕日が沈み始めた見滝原の町並みを背景に談笑している。
そこに暗い雰囲気は無かったが私はとてもとてもとても気まずかった。許されるなら逃げ出したいほどに。
そんな私の心情に気づいてか知らずか、いつもより口数の多い倫太郎は対面のシートに寄りかかりながら私に礼を言った。

「ありがとうマミ、俺の“気晴らしに付き合ってもらって”」
「いいえ、ど う い た し ま し て 」

付き合ってくれと言われた時から気づいていましたよ?ホントですよ?もちろん愛の告白をされたなんて勘違いなんかしていませんでしたよ?
だから私の勘違いしたかのような発言や、それによって悩んでしまった思想や感情は無かったことにしなければならない。悟られれば死ぬ。死んでしまう。
人間、恋ができなくても死ぬことはないが羞恥心で死ぬことは割とあるのだ。

「いや、ほんと助かった。予定とか入っていたらどうしようかと」
「いいえ、なにも無かったから問題ないわ。ほんとうに、何 も 無かったわよ」
「うん、その・・・ありがとう」
「いいえ、私も気晴らしになって良かったわ。気晴らしに誘ってくれてありがとう。いい気晴らしになったわ。ホント、お互い良い気晴らしになって良かったわね」
「ええっと、そう・・・だな・・・・・・・・・・・・・・・・・・・怒ってる?」
「いいえ、そんなまさかありえないわ。良い気晴らしになったって言ったでしょう?」
「お、おう」
「いいえ、良い気晴らしになったわ」
「え!?」
「いいえ、今日は誘ってくれてありがとう」
「ん!?マ、マミ?」
「いいえ、景色が綺麗よね。夕日に照らされていろいろと投げ出したくなるわ」
「あの・・・?」
「いいえ、きっと投げ出したいのは世界そのものかしら、きっとそうね。そうあるべきよ・・・・ねぇ、そうよね?」
「は、はいっ」

おや?気づけば倫太郎は小刻みに震えている。トイレだろうか?大変だ、一周三十分かかる観覧車だからあと十分前後は降りられない。しかし乗る前に済ませたはずだから大丈夫だろう。
それよりも先程まで話題を提供してくれていた倫太郎が、まるで怯えるように縮こまってしまったからゴンドラ内が静かになる。
困った。気まずい雰囲気を誤魔化すには現状会話ぐらいしかないのに彼が黙ってしまっては緊張から何を口走ってしまうか分からない。何でもいいから条件反射的に何か話題を作らないと耐えきれない。
彼は今回なにも悪くないのだから責める内容にならないよう配慮しつつ、気弱になっているので怖がらせてはいけない口調で安心と信頼を築けるクリーンでセーフティーな話題を投げなくては・・・・おや?口を開こうとしたら彼が怯えたような?
きっと気のせいだ。うん、たぶんしゃっくりか何かだろう。まるで私に何を言われるのか戦々恐々しているように見えたが錯覚だろう。今の私は彼の息ぬきと気晴らしに付き合ってあげているただの普通のいつも通りの仲間なのだから。

「夕日がきれいね」
「ゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイ!」
「・・・・?倫太郎どうしたの?」

急に、突然脈絡もなく倫太郎が器用に座席で土下座をしはじめたからビックリした。

「私はただ夕日が綺麗だなぁって・・・いったいどうしたの?」
「え・・・?あれ、怒ってない?」
「なんのこと?」
「あれ・・・ん?」
「?」

変な倫太郎だ。まるで今までの会話で何か怯えるような事があったかのような振る舞い。・・・失礼だなぁと、私は彼に対し普段なら思わない感想を抱いた。
今日の彼はやはり弱っているのだろう。私が彼にそんな感想を抱かせた事なんてこれまでに数回しかない、つまりそれだけ今の彼は凹んで、弱って、落ち込んでいる。
いつも前向きな倫太郎も、さすがに彼女に振られた当日は堪えるらしい・・・いや、彼はなんだかんだ打たれ弱いと言うか繊細と言うか、ヘタレ属性があるだけにダメージは見た目以上に深く重いのかもしれない。

優しくしてあげよう。もともと励ますつもりで今日は付き合っているのだから。

「それで?」
「え、なんだ?」
「振られた原因は倫太郎にあったってことでいいのよね?」
「ごふっ」

苦しそうに胸を抑える彼に首を傾げる。

「どうしたの?」
「い、いや癒えぬ間もなく追撃が来た事で少しくるものがあっただけだ」
「そう・・・・それで?」
「え?」
「別れた理由はなんだったの?」
「・・・・・・oh」

ず~ん、と顔を伏せるから心配になった。気分が悪いのだろうか?しかし観覧車が下に降りるのはまだ先だ。残念、だから仕方がない。キリカさんも言っているように時間は無限に有限だから大切に効率よく使用しなくてはいけない。限られた時間でできるだけ彼には癒されてほしい。辛い気持ちを乗り越えてほしい。
しかしだ。慰めようにも励まそうにも原因と要因、理由を把握しなければならない。ここは心を鬼にして問い質すべきだ。へたな慰めは本人のためにはならないし、知ったかぶって励まされても良い気分ではないだろう。
だから仕方がないのだ。傷心していようが落ち込んでいようが今はしょうがない。今日の私は倫太郎の息抜きに付き合っているだけのただのアドバイザーゆえ必要不可欠の問いかけであってコレは決して彼を責めるためのモノではない。
うーん?文法というか思考が“やや”おかしいような気もするが・・・きっと気のせいだろう。今は振られたばかりの彼を慰めなければならないのだ。自分の事は後回し、いつも彼が私達を優先してくれたように今は彼の事を第一に考えるべきだろう。
だから――――

「それで?もうちょっと詳しく今日の出来事を説明してくれるかしら」
「それ何度目の・・・・・うあっとっ、マミもう下に着くから話はまた今度というかせめて降りてか―――」
「周りに聞かせてどうするのよ?そのまま二週目に行くわよ」
「・・・・・・・・・・・マミ、君はいつからそんなSになったんだ?」
「エス?なんのことは分からないけど問答次第じゃ三週目もあるから早くしましょう。限られた時間、今日は私が慰めてあげるからね」
「台詞自体は嬉しいはずなのに何故だろうな、体の震えが止まらない」
「そんなに喜ばなくても・・・それとも照れてるのかしら?でもほら、これでも私達の付き合いって長いじゃない。たまにはお姉さんに頼っても罰は当たらないわ」
「え?これってそうゆう震えなのか・・・・なんか違うような、こう・・・・正面から感じる負の気配が」
「え、別に私は怒ってないわよ?」
「そうだよ、な?マミが怒るはずが・・・うん、きっと気のせいだっ」
「そうよ。ふふ、可笑しな倫太郎ね」
「だよな!いやなに、万が一にもマミに嫌われたら―――」
「だから早く相談を再開しましょうか、今は貴方を慰めなきゃいけないんだから」
「・・・・う、うん?」
「そのためにも今は何があったのかを知らなければならないわね」
「え・・・いや、え?それは散々話して既に俺のライフがガリガリと削られているので正直もう泣きそうなわけなんだが・・・」
「え?そうだったかしら?」

そうだったようなそうでもないような。そんな話もしたような気もするが息抜きを間に挟んだからそうでもないような気もする。
つまり振りかえりで予習が必要だ。あれだ、話して訊いて確かめる。倫太郎がいつも言っているように誤解や勘違いをしないためにも、確認のためにもう一度・・・何やら倫太郎の様子がおかしい。泣きそうな顔だ。
気にしなくてもいいのに、私は私の意思で息抜きに付き合っているのだから・・・・感涙するほど嬉しがってくれるとは、ここはやはり力になってあげなくては―――つまり詳しく訊き出さなくてはいけない。

「マ、マミ下に着いたから――――!」
「あ、もう一周お願いします」

倫太郎が立ち上がって・・・ふむ、今日は私が励ますのだから彼はゆっくりすればいい、彼を座席へと座らせ、代わりに係員の人に声をかける。

「――――」

倫太郎は何か言いたそうにしていたがゴンドラは二週目に入る。

「さ、続けましょうか」
「oh・・・」

何やら口元をひくつかせているが私もここで彼を甘やかすわけにはいかない。
これも倫太郎の為、心を鬼に。■■さんと別れた原因を探るために粘り強く問い質さなくては―――例え振られてまだ数時間であろうとも仕方がない。

そして気づけば夕日は完全に沈んでいた。

実に重農な時間だった。男女の別れる原因は多々あれど、大まかで雑多な理由な一つに互いの不仲、擦れ違いがあるのでそこを重点に話し合ったのだ。
まあ主に倫太郎の悪いところを延々と長々と語る事になってしまったが、反省し今後に生かさねばならないので仕方が無かったのだ。
しかしあれだ―――――ゴンドラが“五週する間ずっと”そんな話だったからか、さすがの倫太郎も心が折れかけている。

(´°ω°)チーン

うん・・・反省、時間をかけすぎてしまった。一旦落ち着いて、休憩を挟まないと真っ白に燃え尽きている倫太郎の体力が持たないかもしれない。
もうすぐ夜景が一番綺麗な時間帯だが流石に六週目は厳しいだろう。込んでいないから大丈夫かもしれないが、係員の人にも怪しまれてしまう。

「とりあえず降りましょうか」
「――――――――――――――――――ハッ!?お、おおおおおそうしよう!!」

その台詞に意識と言うか魂が戻ったのか、倫太郎は大きく頷いて同意してくれた。
よほど堪えたのか、嬉しいのか、その目元には涙が浮かんでいた。

「・・・ぁ」

ここにきてようやく気づいたのだが、本来なら相談に乗った時に気づくべきことなのだが私はかなり冷静ではいられなかったようだ。思った以上に彼らの別れ話に動揺していて、あと勘違いで自爆した事が原因で。
冷静になったとはまた違う。目を逸らしていたことにようやく目を向けた感覚。彼を責めて、反論を許さずに言い負かす・・・これは相手が反論できない事を知っていた一方的な糾弾にほかならない。
彼は今日、まさに数時間前に■■さんと別れたのだ。その事に配慮しなければならなかったのに、最初はその事を考慮していたのに気づけば彼の傷口を抉り続けていた。

「・・・でもあれよね」
「ん?」
「倫太郎の悪いところは沢山あるけど、一杯で雑多に及ぶけど――――」
「す、すみません・・・・今後は気をつけます」

そして今も、まだ続けている。
自覚してもなお、私は――――意地悪なままだった。
慰めたかったのに、わざわざ私は彼の心を傷つけていく。

「それは■■さんも知っていたから、知っていたはずだから今更それが原因で別れたりするかしら」
「・・・・ん」

嫌われても仕方がない事をずっと、この狭い個室で繰り返してきた。恨まれても・・・きっと彼は笑って許すかもしれないが―――それを知っているだけに自分が許せない。
倫太郎は優しい。信じられないくらいに、怒りたくなるくらいに。そんな彼を自分は傷つけて落ち込ませて泣かせてしまった。
傷心の彼を責め続けたのだ。傷ついたのは彼なのに、もし私が第三者の立場だったなら今の自分を叩いていただろう。何を考えているんだと、何をしているんだと、少しは彼の気持ちを判ってやれと。
なのに、まるでその気持ちに気づかないように、気づいた事を勘づかれないように彼に話題を振っている。
浅ましくて情けない。恩を仇で返す自分にほとほと呆れた。日頃の感謝はどこえやら、抱いた情は何だったのか、今日一日で自分のことがこんなにも嫌いになってしまった。

「きっと・・・・彼女はわかっていたんだ」

なのに、それでも一緒にいてくれる。怒鳴らず拒絶しない。こんな私を傍におく、手を伸ばせば届く位置で微笑む。
酷くて情けない私を今でも倫太郎は愛してくれる。
観覧車から並んで降りたとき、あの人は一緒に乗った事あるのかなと思うと嫌な気持ちになった。
そして最悪な事に、私は思うのだ。傷つけると分かっていながら

「――倫太郎は■■さんのこと、まだ好きなのね」

思うだけでなく言葉に出してしまった。
訊けばきっと傷つくんだろうな、傷つけばいいんだ、そう思いながら。

「・・・・・」

それに沈黙で応えて、倫太郎は笑った。

―――私は、なんて酷い奴なんだろう。

苦笑。何度も見た事あるけれど、今まで一番痛々しかった。

「・・・・・・不思議だな」

視線を逸らし、暗い空を見上げながらそう呟いた倫太郎の横顔と声に胸が痛んだ。そうさせたのは自分の癖に、ほんとに・・・嫌な子だ。
心臓がキュゥと縮んでしまうかのような、冷たい針を通したような、それでいて中々引いてくれない鈍痛な痛み。
暗くて重いのに、倫太郎につられて見上げた夜空には星がたくさん輝いているから、とても綺麗だったから涙が出そうになった。

「今日は冷えるな」

ふぅ、と倫太郎が吐いた吐息は白くて今は冷え込んでいるのだと意識させられる。コートの襟元に首を引っ込めるようにして外気に触れている個所を少なくした。
同時に身を小さく、隠すように俯く。どうして、こうなってしまったのかわからなくて、こんな自分を見られたくなくて無駄な抵抗だと分かっていながら――――。

「マミ」

だから名前を呼ばれて顔を上げれば、隣にいたはずの倫太郎が正面に回っていたことに驚いた。
ぶつかりそうになり慌てて立ち止まれば彼はその様子に微笑み、私がずっとしていた勘違いを正してくれた。

「一つ教えてなかった。別れたのは本当・・・・・だけどお互いのことを嫌いになったわけじゃないんだ」

私は今日、倫太郎が振られたんだと思っていた。だってそうじゃないとおかしいから、■■さんに交際を申し込んだのは彼だったから。
彼から■■さんを振るはずがない。なら必然的に■■さんが彼を捨てたんだと思い込んでいた。
そうじゃないのか?なら・・・どうして?なにか、誰か、なんでと私は訳が分からなくなった。

岡部倫太郎は愛する事はあっても恋はしない。

だから誰もが安心していられた。いつも傍に居てくれて、いつだって味方で、いつまでも隣にいる事が出来たからみんな幸せだった。
そんな倫太郎が突然一人の女性に積極的に関わりを持とうと行動を起こし、かつ告白までしたのだ。それも何度も、断られながらも諦めず何度も何度も想いを伝え続けた。
あの奥手の彼が、鈍感な彼が、女の子に興味が無いと思っていた彼が、枯れていたはずの彼が、近くにいる私達には抱かなかった“それ”を彼女にだけ―――――



「別れようと言ったのは俺なんだ」



―――なのに、どうして?

「ぇ・・・・あ、貴方がフったの!?■■さんを!?」

信じられない。いや信じたくない、だろうか。彼らの交際を知ったときの混乱を思い出せば勝手ながらも叫びたくもなる。あの時の私達の受けた衝撃は、突然の宣言は彼の思っている以上に皆に動揺を与えたのだ。
それこそ私生活に影響が、これまで築いてきた関係がバラバラになるかもしれなかったほどに。
そして彼の知らない水面下で色んな事が合って受け入れきれるようになって―――祝福したのだ。皆で、彼の幸せを心から願ったのだ。

―――なのに、どうして裏切るの?

本当に勝手なことに、私は心の底からそう思ってしまった。
男女交際は彼らの自由意思だ。彼らの意思が最優先されるべきで彼らの勝手だ。彼らのモノだ。彼らだけの・・・・・だから付き合うのも、別れるのも彼らの意思が大切であり横から口を挟むものではない。
本当に今日の私はどうしてしまったんだろう。自分が自分じゃないみたいで気持ち悪い。

「ええっと・・・・そうじゃない」
「え?どうゆうこと!?」

わからない。ただ彼の言葉を聞き流さないように精一杯だった。

「彼女は気づいていたんだ」

わからない。意味を整理しようと躍起になってしまう。

「ふ、二股されたとか!?」

もしそうなら許せないと、怒りが沸く。

「違う、そうじゃない」

否定されて、もしそうなら良かったのにと思っていたことに気がついて、また自分が嫌いになった。


「『好きなのかどうか、もうわかんない』―――――そう言われた」


―――なんだそれは

彼女に対して抱いた事のある感情が、封じ込めようとしていた怒りが沸いてくる。

「初めから■■はそんな気持ちに挟まれて苦しんでいたんだろうな」

“それ”の感情は確かに■■さんのものだ。告白されたのも■■さんだ。彼が求めて彼女が応えた・・・だから決定権も彼女にある。
でも!だとしても!理不尽で勝手でも我慢できない!
倫太郎にそんな言葉を放った■■さんにも、今も■■さんを想い申し訳なく思っている倫太郎にも怒りが込み上げて、鏡がなくても分かる。今の私は酷い表情をしている。
なんで!どうして!そう叫ぶ寸前で、倫太郎は言った。私を止めるためにじゃなくて、本当に当たり前のことのように。

「俺が■■のことを本当に好きなのかどうか・・・・・・悩んでいたことに、彼女は気づいてたんだ」

なんだそれは・・・、何を言っているんだ。
つまり彼は■■さんのことを本当は好きじゃなかった?好きだったかもしれないが、そうじゃなかったかもしれないと告白したようなものじゃないか。
真剣に真面目にいたあの頃から、実はあやふやなまま、その程度の気持ちで貴方はあの人と恋人になったのか?

「俺は“紅莉栖”に――――」







パンッ

と乾いた音がして、赤くなった頬をそのままに倫太郎は言った。

「君にぶたれるのも、仕方がないな」

やっぱり苦笑して、やっぱり引きずっていて――――やっぱり、傷つけられたことに対しての言い訳はしなかった。

「気づいていたんだ」

代わりに、その時の彼は自己嫌悪で吐くように言葉を吐きだした。

「俺は誰かを本気で愛せないんじゃないかって、そう思う」

視線を合わせないまま、疲れた雰囲気を隠せないほど落ち込んでいた。

「俺にはもう“それ”は無理なんだろうなって」

苦笑する姿は、自虐する発言をする人は泣いていないのに――――泣きじゃくっているように見えた。
もう、自分は本当に終わっていると、岡部倫太郎は達観してしまっていた。
言葉でなじられた事、突然ビンタされた事に対しては自分が全面的に悪いと思っているから反論も、言い訳もしなかった。
だからこれは倫太郎にとってはただの確認で再認識、当たり前で当然の事として口にしているだけで言い訳を述べているわけではない。

「そうじゃ、ないでしょっ」
「・・・・マミ」
「そんなこと、ないっ」

それが悲しくて、そうじゃないと言ってしまう彼が寂しそうで辛かった。

「だって今の倫太郎泣きそうじゃないのっ」

そんな顔をさせることができたあの人が、きっと羨ましかった。

「・・・・・俺が落ち込んでいるのは、■■を好きになって何度も告白して両想いになれたはずなのに」

ただ傷つける事しかできない自分が嫌でたまらなかった。

「自分の気持ちが分からなくなって、おぼつかなくて、嫌いになったわけでも他に好きな女が出来たわけでもないのに・・・・」

伏せられた視線は地面を向いて、かつて見た事が無いほど落ち込んでいるのが伝わってくるから倫太郎が小さく見えた。

「■■に言われて自覚してしまったからなんだ。好きかどうかわからない・・・・そんな事をあっさりと、簡単に納得できたんだ」

自分の両手を睨むように、そしてまるで何かが零れないように眼と手をギュッと閉じながら吐き出すように言った。

「マミ」

それは私達が相手なら、きっとそこまでは悩まないもので。


「だけど俺はさ・・・一方的にフられてもいいから、彼女を好きでいたかったよ」


だけどあの人が相手なら、辿り着ける感情。

「好きで、いたかったんでしょう」

その言葉に顔を上げた倫太郎と視線が合った。

「なら・・・・・それは好きだってことじゃないの?」

それに倫太郎は反論した。だけど――――

「・・・・違うよ」

そう小さく零した倫太郎の目が赤かったのを私はずっと憶えている。






■side―last



「落ち着いたか?」

私は何かを変えたかったわけじゃない。ただ気づいてほしかっただけだ。
我が儘で矛盾している事は知っている。でも気づいてしまったから、貴方が『岡部倫太郎』だから、だからこれからも変わらないでそれでお終い・・・なんて完結した関係にはなりたくない。
いつだって彼は優しかった。声をかけてくれて手を握ってくれた。助けてくれて引っ張ってくれた。抱きしめて励ましてくれた。泣いて傷ついて支えてくれた。
ずっとずっと愛してくれていた。だけど、そこから先を見せてくれる事は決して無かった。
私はそれを求めたのかもしれない。せめて気づいてほしかったのかもしれない。

―――なら、私はやっぱり何を壊して変えたかったんだ。

泣いて、ぐずった私はアコーディオンカーテンを挟んで設置してある簡易ベットに腰掛けていた。
人前であんな風に泣いたのはいつ以来だろうか、落ち着くまで抱きしめてもらえたのも・・・目も鼻も真っ赤で今更ながら恥ずかしくなってくる。
ベットまで移動して落ち着いて、やはり他には誰もいないのだと思うと意識してしまう。手を伸ばせば触れられる位置に倫太郎はいる。思えばいつだって彼は傍にいてくれた。
今だってそう、無意識に伸ばされた手は白衣の裾をしっかりと握っている。

「・・・マミ?」

でも倫太郎は私を受け取らない。

―――貴方が悪い

倫太郎は私を求めない。

「どうした?やはり今日は泊っていくか?」

―――笑って『おめでとう』なんていうから。

受け取って、求めてくれたらいいのに。

「幸い今日は誰もいない。ゆっくり休んでいくと良い」

―――傷ついてくれないから。

求めてくれたら、私は捧げきれたのに。

「俺は上に戻るから、何かあれば呼んでくれ」

―――いつか、私以外の誰かの手を取るから。

欲してくれたら、私は安心できたのに。

「マミ、大丈夫だ」

―――全部、言いがかりだって解ってる。

『おめでとう』なんて言わないで。

―――自業自得だって、知っている。

「今は不安な気持ちで一杯かもしれないが絶対に大丈夫だ」

―――だけど

だけど


「君は愛されているよ」


立ち去ろうとする倫太郎の手を引いて、私は彼をベットの上へ押し倒した。

「―――――マミ?」
「・・・・・」

驚いた倫太郎は唖然としていた。それを無言で見つめる。この状況化で、貴方はまだ何も思わないのかと訴える。
驚いたような、でもそれはキョトンとしたものでしかなくて、いきなりの転倒にも接触にもなんら脅威も恐怖も抵抗も存在しなかった。

―――貴方が悪い。

「・・・?まだ酔いが残っているのか?」

覆いかぶさるようにしているのに、それでも一瞬後には純粋に心配してくる。

―――貴方がいけないんだ。

「それとも――――」

残酷だ。先が無いんだから、貴方は考えた事もないだろうから。でも私は違う。貴方とは違う。これまで頭の隅に浮かんだ感情を何度も消してきた。
知らないでしょう?私はそんなもの考えたくもなかった。だって仕方がないじゃないか、答えは分かっていたから知りたくもなかった。だからその感情は必要なくて、それを抱く可能性すら無いほうがよかった。
気づかないうちに打ち消して、意識する前に無かった事にして、何度も繰り返して忘れて新たな出会いを待ち続けてきた。

―――なのに、いつだって貴方は優しい。


「泣いているのか?」


伸ばされた手が優しく頬を撫でる。私のとは違ってゴツゴツした手、かたくて荒れているけど・・・その手つきは優しくて温かった。
酷いと、心の奥底から思う。残酷だと、本心から思った。
貴方は知らない。考えもしない。思いもしないし抱かない。だって貴方にとって私は愛する内の一人であって恋焦がれる相手ではないから・・・なんて不思議で酷い人。
愛されているのに辛いと感じる事がくるなんて、ほんとどうしたらいいのか。愛とは何だろう、欲し、求めるから愛しているのではないの?何故、貴方は愛しておきながら求めない?
不安にもなる。ずっと前から不安だった。だって愛していると口にする貴方は求めてこないから、唯一他の大勢と違い特別を与えてくれる言葉なのに、それすらも信じきれなくなりそうで恐かった。

―――気づいた時にはどうしようもなく手遅れで。

「大丈夫、大丈夫だよ」

―――意識した時には既に終わっていた。

「心配するな」

―――何度封じ込めても思い出してしまう。

「泣かなくてもいい」

―――死に損ないもこの『■』を

「マミ」

―――愛するように許すから



「俺も君を―――――――」


































■『現実』


皆が息を殺すように聞き耳を立てる中

「――――って言う内容の劇を学芸会でやるの!」

千歳ゆま。ラボメン№08の少女が得意げに台本を置きながら『えっへん!』と胸を張った。

「ちなみに今のが過去と現在を交互に演じて魅せる前半!後半はマミおねえちゃんの婚約者とおにいちゃんの元カノの登場で混乱具合に拍車がかかるの!」
「「「小学生の学芸会でそんな内容の劇やるの!?」」」
「ゆまと■■■が主演女優なんだよー」
「「「「って言うかなんでキャストを私達に設定したの!?」」」」
「親近感を持ってもらおうかなって、判り易く伝わるように?」
「「その結果がコレだよ!!」」
「おかげで伝わったでしょ?」
「「「「「それはもう過剰なほどに!!!」」」」」

皆が叫び、皆が戦慄した。
何となくだが、これ以上の物語の進行は不味いと本能が訴えている。
有りえないと思うが、無視するには登場人物のマッチングが高すぎる気がして落ちつかない。
今の今まで語られた物語は創作だ。

だけど何だろう。この話は、この流れは、いつかのどこかの世界線に繋がっている気がした。





『妄想トリガー;巴マミ編』


χ世界線3.406288



「うーむ。なんと言うか・・・・とんでもない内容だよね」

此処は岡部倫太郎が何か辿り着いてしまった平和で可能性に満ち溢れた世界。この世界のラボで皆が叫んだが少女は嬉しそうにニコニコとしている。
事の始まりは休日のラボにて、いつものように皆で集まり各人が好き勝手過ごしていると突然ゆまがカバンから取り出した本を朗読し始め、その内容に自分達の名前が出てきたので興味本位から聴いてみればこの有り様だ。
途中から不穏な単語が出てきて危険を察知するも、微妙に先の展開が気になり止めきれずにいたら悲惨な結果になった。
杏子は妹分のゆまの口からNGワードが連発で出てきた事にショックを受け頭を抱えている。織莉子もまた内容が内容だけにPTA子供相談窓口に、または学校側に抗議の電話をかけるべきかを迷っていた。
上条は地に伏し、さやかはそんな上条を介抱している。あいりとまどかは岡部をボコる手を止めて謝罪。ユウリは誰よりも真っ赤になってテーブルに伏しているマミの背中を撫でながらフォロー。
中々の混乱ぶりだ。幸いにもボケ担当よりもツッコミの性質が高い人物が多かったので―――。

「みんな大好きキリカちゃん参上!!今日も斬新な問題を皆に届けにきたよー!!」

しかし無常にも、世界は混沌を彼らの前に召喚した。
ラボの扉を勢いよく開け放ったのはラボメンの一人呉キリカ、寒くマフラーが必要なこの時期も素足を出してくれる女の子だ。

「「「「「ああもうッ!よりにもよってキリカ(さん)が来ちゃったよ!!」」」」」
「あはははは、何だいみんなして歓迎の言葉ではなく残念そうな叫び声を上げて・・・・・卑猥な声を大声で叫んじゃうぞ!」
「「「「「だからだよ!!」」」」」

不服そうに暴れるキリカを皆で抑え込んで鎮圧する。扱いがやや厳しいと思われるが自業自得なので容赦はしない。彼女自身言っていたではないか、『今日“も”斬新な“問題を”届けにきた』と。
キリカ、呉キリカ。昨日も一昨日もその前も先週も先月も予想しない問題を運んでくる見滝原三年生の魔法少女。彼女の最近の押し売り系話題問題の内容は思春期男子なら興味深々で女子でも興味ありありの『性』に関してのモノばかりなので、正直ゆまが語った内容がアレゆえにハーフタイムが欲しかった。
つまり今は少しの時間を置いてからじゃないと色々と・・・・・色々なので疲れると判断しキリカを拘束、ついでに先程の学芸会(?)で演じられる劇の内容を隠すために布団で簀巻き状態にして放置することにした。彼女に知られたら内容を蒸し返されてしまう。

「ぬぁー、なんだいなんだいみんなして酷いじゃないか!私はまだ何もしてないのにっ」
「ごめんなさいキリカ、今はちょっと・・・・・教育委員会に電話すべきか悩んでいるの」
「教育委員会?なんでまた?」
「えっと、ゆまちゃんの学校で学芸会があるのは知ってるわよね?」
「もちろんさ!なにせ私達の可愛い妹分であるゆまちゃんが舞台の上で劇をするんだろ?絶対に見に行かなくちゃね!」
「でもキリカおねえちゃん、その日って補習があるんでしょ?」
「ま、まだ決まったわけじゃないよっ」
「追試に合格すればいいが・・・・・哀戦士は基本的に脳が足りてないから」
「オカリンは下半身が足りてないけどねー」

無言で簀巻き状態のキリカに岡部が全力の跳び蹴りを叩き込むが・・・悲惨な事に貧弱な岡部では無抵抗であろうとも魔法少女の耐久力の前にはまるでダメージを与える事ができなかった。

「あっはっは、くすぐったいよオカリン!」

目測でお尻の方にいきなり蹴りを喰らったにも関わらずキリカは可笑しそうにケラケラと笑った。
このMが!と罵倒しようとも思ったが喜ぶだけなので岡部はやるせない気持ちのまま追撃を諦めた。周囲の目線は同情なのか生温かい。

「はぁ」

当たり前の事だが大人数の前で枯れているとか言われるのはかなりクルものがあるので勘弁してほしい。
まして周囲にいるのは年頃の女の子達だ。劇の内容にも度々無視できない台詞が多数含まれていたし、もしかしたら自分は皆から不能と思われているのではないかと不安になる。
思われたところで、そうであったところで劇的な問題が発生するわけでないが・・・切実なる精神的問題は発生するかもしれない。

「それでなにがあったのさ?なんで恭介とオカリンはボロボロなの?」

キリカの言う通り、岡部はボロボロで上条はズタボロだった。

「えっと・・・」
「それは・・・・・うん」

キリカの疑問にあいりとまどかが気まずそうに口ごもる。

「ゆまの話を最後まで聞かずに襲いかかってきたんだ」

そんな二人に対し岡部はブスッとした顔で面白くないような口調で言った。
話を聞く、話す、確かめる。その三つは岡部がラボメンに求める数少ない約束であり契約、最初に伝えいつも大切にしている事。あいりとまどかはそれを無視した。
ゆまの読む台本に思う事があったのか、岡部が何を言っても聞き入れず折檻を行った。一応、彼女達も最初から内容が創作物であることは理解していたが――――。

「だって・・・・ゆまちゃんにリーディング・シュタイナーが発動したのかなって」
「お、お前いつもマミ先輩の事になると変になるから現実味あるし、それに―――」
「だからってなぁ、暴力で訴えるのはどうなんだ」
「「うぅ・・・・ごめんなさい」」

ションボリと顔を伏せて反省する二人だが岡部は簡単に二人を許すことは出来ない。怒っているわけではないが二人は度々こうゆうことがあるのでいいかげん学んでほしいのだ。
ちょっとした事で魔法を使ってしまう。魔法は感情と密接に関係があるので感情の上下が激しい時期の彼女達をただ責めるのは・・・しかしそうも言ってられない。
今は冗談として、傷を治せる魔法の使い手がいるからそれでもいい。しかしそれは理解者である自分達だけしかいないこの空間限定ならではだ。
今後、外での生活で似たような事が合っては絶対に駄目だ。理由は明記しなくとも分かっている筈、彼女達も。
外ならしない、さすがにそんな愚かなことはしない、と口にして覚悟も決めても簡単じゃない。現に彼女達は理解していながら我慢できなかったのだから、相手が岡部倫太郎とはいえ、だからこそ我慢できる器量を発揮しなければならないのに彼女達は魔力を解放した。

「しかも何だ?劇中の俺に彼女がいてマミを蔑ろにしていたなどと、そんな荒唐無稽な絶対にあり得ないであろう理由で蛮行に走るとは・・・・」
「だって、オカリンはいつも私達を振りますから・・・・・・・カッとなって」
「ゆまは最初に学芸会の台本と言っていただろう」
「で、でもこの台本ってオリジナルだろっ、もしかしたらRSが発動してゆまが無意識に別世界でのエピソードを文章にしたかもしれないじゃないか」
「そうそう発動するものじゃない。そもそも確認もしていないのに・・・・・それで傷ついた人間がいるんだぞ」

だから下手なフォローはもうしない。
いつまでもこのままでは危険だから。
意識して決意してもらわないと困る。
いつまでも隣にいられないのだから。

「あいりおねえちゃん、これ全部ゆまの友達が書いたの」
「そっか・・・・うぅ、またこんな失敗ばかり」
「私も、オカリンをまた傷つけちゃった」

岡部のその思いが伝わったのかは不明だが、あいりもまどかも真剣に悩み苦悩している。彼女達とて理解しているのだろう。このままでは駄目だと、きっと誰よりも危惧している。
そんな二人を、そして思案顔の岡部を外野から見ている内の一人に巴マミはいた。彼女はゆまの語った赤裸々な内容の物語のキャストのメインに自分が採用された事により茹でられたタコのように成り果てながらも周囲の様子を観察していた。
語られた物語は創作で、出てきた名前は適当のはずなのに恥ずかしくて爆発してしまいたい。それでも周りに耳を、目を向けきれるのは単純に慣れのおかげだろう。似たような出来事は今まで沢山あったから爆死はせずにすんでいるだけだ。
ユウリに背中を撫でられながらマミは今の会話の中で一つ気になる事があった。

(ゆまちゃんの友達って・・・・同じ学年よね?なのにこんな内容の作品執筆しちゃったの?)

とまあ、この惨状を作り上げたであろう人物のことだ。ゆまと同じ学年とすればなかなか考えさせられる事態ではないだろうかとマミは思うのだ。先ほど語られた内容は三角関係なのかなんなのか、不倫なのか浮気なのか、愛とは、恋とは何なのかちょっとだけ考えさせられた。
それをオリジナルで書いたのは小学生だとすれば『最近の子はおませさんだなぁ』ってレベルではない、どうしてその年頃でドロドロした恋愛物を手掛けてしまったのか、普段どんな友好関係を結んでいるのか少しだけ気になる。
しかし今作品がその友人のものであって本当によかった。その事にマミは心の底から神様に感謝し、ゆまがそれの執筆に関わっていない事に安堵を感じていた。
だって万が一にでも、少しでも作品の内容にゆまが関わっていた場合一つの疑惑が発生する。可愛い後輩二人が創作物の物語に過剰に反応してしまった原因に成ったものだ。

RS。『運命探知の魔眼【リーディング・シュタイナー】』。別世界線の記憶を保持する能力と説明されたが、これは別世界線の記憶を思い出した場合も使用されている。

疑惑とはこの能力によってゆまが何処かの世界線記憶を微かに思い出してしまい、この作品には“ゆまが思い出した実際にあった世界”の真実が含まれているんじゃないかと、そう思われてしまったのだ。
ゆまにその気が無くても、意識も意図も関係なく執筆中の友人と何気なく会話をしている中で頭をよぎった記憶の欠片を零してしまい、この作品の完成に僅かながらでも関与してしまったのではないかと恐れたのだ。
だってそうだった場合、真実かどうかは別として、本当にあったかもしれないと・・・つまり婚約していながら別の男に想いを寄せて過去を振り返りながら誘惑して――――?

「・・・・・・きゅぅ」
「あれ、先輩?ちょ・・・・先輩!?せんぱーい!!」

なんてことを考えただけで再びマミは茹でタコとなってテーブルに突っ伏す。ユウリが回復魔法をかけるが効果はいまひとつのようだ。

「まあ、反省はしているようだし今回はもういい」
「うん、ごめんねオカリン」
「ご、ごめん」
「次からはちゃんと確認しろよ。俺達はもう初対面じゃないんだ。話す時間も確かめる機会も沢山あるんだからな」

岡部が二人の髪をわしゃわしゃと撫でれば二人は素直にもう一度謝った。髪のセットは崩れるが特に抵抗は無く―――――それで終わりだった。岡部の予想ではそうなるはずだったが二人はそうではなかった。
それは他のみんなも同じだ。話は終わらない、終えてはいけない。それは再び高熱で突っ伏したマミにも分かる。分かっていないのは岡部だけだ。
話を聞く、話す、確かめる。その大切さを説いた彼であり、それを教えてもらったから皆はこのままではいられない。岡部倫太郎に伝えなければならない。

「うん・・・」
「でも・・・」

確かに二人は早まった。誤解し、勘違いして岡部を攻撃してしまった。それは謝って簡単に許されてしまっていいものではない。
それは自覚している。そうあるべきで間違ったときは正してほしい。だから怒られた事に納得しているし反省した。

だが

「ねえオカリン」
「なんだ?」

「オカリンが上条君を攻撃したのっていつだっけ」




まどかの言葉に岡部の体は固まった。




「あれだな・・・・・確か『僕と、結婚してください』の『僕の―』部分で既に先制攻撃の初動モーションは完了していたな、偶然にも・・・・うん」

「「「「「「「「「早いよ」」」」」」」」」

話を聞く、話す、確かめる。そんな約束契約はどこえやら、まさかの最初の台詞、物語が始まって最初の数行目で岡部倫太郎は上条恭介を攻撃していた。

「・・・・あのねオカリン?」
「う、うむ」
「なんで攻撃したの?」
「ゆまにリーディング・シュタイナーが発動したと思って・・・・・」
「それだけか?」
「・・・・・上条のこれまでの実績からほぼクロだと思いまして・・・・・」

まどかとあいりの問いにタジタジになる岡部がここにいた。

「だからって不意打ちはどうなの?」
「だっていつも上条は・・・・・・すまん、カッとなって」
「だからって暴力は駄目なんじゃないか?」
「その・・・・完全オリジナルにしては登場人物の行動に重なる所が見られたからもしかしたらの可能性を考慮して―――」
「「それで確かめもせずに攻撃したんだ」」
「・・・・・・・はい」

いつの間にか立場が逆転し、少女二人から正座で怒られている少年がいた。悲しい事に自らの言葉がモロにブーメランとなって突き刺さっている。

「オカリン自分がなんて言ったか覚えてる?」
「はい」
「じゃあ何で攻撃したんだよ」
「カッとなって」
「ふーん」

冷たく見降ろされて少年は小さく背を丸めた。自分が矛盾している事は彼とて気づいていた。が、それはそれ、これはこれ、中身は大人でも今は中学三年生の男の子、感情に身を任せるのも子供の特権である。
確かにどの世界線でも男女関係の問題は上条少年が提供し、またラボメンガールズのほぼ全員がそれで死にかけたり魔女化しかけたりする悪夢がどの世界線でもあったわけだが・・・それは別の世界線のことであり、今ここにいる彼には関係ない筈だ。
きっとそれを弁えているであろう岡部倫太郎だが、世界は繋がっているのでもしかしたら罪は引き継がれてもいいんじゃないかとか都合のいい事を考え始めてきた。せっかくの平穏を彼のフラグ体質で崩壊させるわけにはいかない。
というよりも、この世界線での主な事件、戦闘は魔女を除けば彼の持ち込んでくる“それ”がほとんどなので正直岡部としては上条にさっさと身を固めてもらいたいと思う今日この頃、中学生に何言ってんだと思わなくもないし、その手の話を上条に全て投げ出してきたので責任を感じなくもないが頻繁すぎるので最近は匙を投げ始めてきている。

あ「まあ・・・・確かにあいつは毎度女連れてきて問題を誘発させるけどな」
ま「上条君は何もワザとやってるわけじゃないでしょ?・・・・・・ただ週一で魔女化しそうな子が出てくるのは困るけどね」
キ「恭介は一昨日も隣町の女の子を泣かせてたしねー」
織「悪気はなかったようだけど・・・・それでも思えば頻繁すぎるわね」
恭「――――ん?あ、あれ・・・?復帰したら何故か僕に対するバッシングが始まっているような?」
さ「あ、あたしは恭介を信じるよ!」
恭「さやか・・・・」
ゆ「ゆま昨日キョースケと一緒にその子のお家に遊びに言ったよ!」
さ「あ、もしもし仁美?・・・うん・・・・そう、“また”だよ。うん、待ってるから」
恭「さやか!?信じてるんだよね!?何の事かよく分かんないけど信じてくれているんだよね!?何で志筑さんに電話したの!?」
岡「お前・・・昨日の今日でどうしてそう関われるんだ?せめて俺達に連絡はしろとあれほど・・・・」
恭「で、でも凶真あの子は危険なんかじゃ――」
岡「そう信じて、結果前回の大戦にまで発展してしまったんだぞ」
ユ「ううん・・・・それを何度も体験してきた倫君の気持ちが少しだけ理解できるねー」

過去の世界線漂流で数々の問題を産み出してきた少年とは関係ないと言わないでもないが、この世界線でもたいして変わらない上条恭介だった。どの世界線でも彼は変わらずに上条恭介だった。
幸か不幸かはそれぞれが決めればいい。ただ断言できる。神様でも悪魔でも魔王でも、上条恭介は岡部倫太郎にとって代わらないでいてくれる少年でいてくれた。それは大変で迷惑で面倒で・・・それでいて幸いなことの一つだった。
そして岡部は思う。このまま話題が上条の制裁に移ってくれればいいなあと、普通に仲間である上条の不幸を心の中で祈った。

「・・・・・」

岡部がいつものように騒がしく、しかし幸いを感じていられる日常を少年を生贄にする事で良しと考えている時に、真っ赤なトマト状態のマミは思った。

(でも・・・・それって倫太郎もよね?)

上条恭介には劣るが岡部倫太郎と言う人物もまた恋愛の有る無しに関わらず色んな問題を持ちこんでくる。魔法少女に魔女、怪奇現象に摩訶不思議、FGの『雷ネット』を駆使して様々な情報を元に活動を休まず行っているから繋がりと問題を増やしていった。
それでいて上条恭介よりも恋愛関係で揉め事を起こさないのは経験と対処法を知っているからなのか、最大の理由は見た目以上に成熟した精神と体験から心得ているからだろう。
最も、その対処法の一つに相手の魔法少女の心の視線を上条に向けるように振る舞っている点が見え隠れしているのを知っているだけに、それに関して思う事はある。
口にはしないが、伝えればどうなってしまうのか分からなくて恐いから、だから伏せられたままの顔をゆっくりと動かし視線を唯一“それ”に関しては卑怯な人と思っている相手に向ければバッチリと――

「ぁ・・・・」
「む・・・・」

とっさに逸らした。

「!?」

ガーン!とショックを受けたような気配が感じたが、きっと自意識過剰なだけだと真っ赤に染まった耳を隠すついでに髪を整える振りをしながら表情と焦りも隠した。
なんだかんだ話は逸れていたような気がしていたのにやはり駄目だ。今の私は語られた話の内容によって彼を意識してしまっている。だから彼は今の話を・・・・ゆまちゃんの読んだ台本についてどう思っているのだろうかと気になった。困っているのは判るが、それだけじゃなくて自分と絡められた事に対して、まるで私が“それ”を向けているような内容だったから―――

「マ、マミに目を逸らされた・・・・っ」
「うーん・・・・・ダメージ受けすぎじゃないかなぁってアタシは思うんだけど、倫君ってほんと先輩のこと好きだよねぇ?」
「逆に考えるんだ。むしろマミの事が嫌いな奴が存在するのか?」

聴こえない。私は何も聴こえない。変に意識してしまいそうなので聴こえなかった振りに徹する。

「うん?何の話・・・・・って言うかいい加減に教えてよ皆が騒いでいたこと」
「ゆまが持ってきた劇に使う台本・・・・そのキャストを私達に当てはめて読んでもらったんです」
「むむ、興味があるね。どんな内容だったのか三行で」
「婚約、浮気、不倫・・・・ハッ?」
「今のフリに完全な回答を感謝するよあいり後輩」

キリカさんが簀巻きのまま疑問を提示すれば杏里さんが答える。何だかんだで優しいあいりさんだが出来れば今回だけは黙っていてほしかった。
杏里さんはナチュナルにネットスラングに対応してみせた事を恥ずかしがっているが今さらである。彼女が@ちゃんねらーなのは既に周知の事実、必死に誤魔化そうとする姿は可愛らしいが暁美さん同様無駄な努力である。しかしどうして彼女達は誤魔化すのだろうか?
そもそも・・・不味いのは私の方だ。杏里さんの言葉に皆が劇の内容を再び考え始めてしまい、その主役である私がいつまでも伏せているから気まずい雰囲気を醸し出してしまった。
・・・居たたまれない。なんとなく、無遠慮な視線は感じないが意識されているのはチクチクと感じる。せっかく話題が逸れたのに、赤くなっている顔を隠しているのに注目を浴びている気がしてドキドキしてきた。
勘違いしないでほしいのは、このドキドキは誰かに恋する素敵なドキドキとはかけ離れている冷や汗的なものだと言う事だ。美樹さんや志筑さんが羨ましいと心の底から思った。

「なにそれ面白そう!誰が婚約後に速攻で浮気まがいの心理状態のままで誰をどれだけ誘惑したのかな!!」
「キリカさん実は聞いていたりしてませんよね?」
「なんのことかな!さあさあ私にも教えておくれよ!」

ぐいぐいとキリカさんが拘束を解いて鹿目さんに詰め寄る。

「さあ誰が!誰を誘惑したんだい!」

彼女の中ではすでに登場人物がドロドロとした関係を構築している事に成っている。間違ってはいないが違うのだ。矛盾しているが、そう叫びたいが顔を上げきれない。
キリカさんはどこまで予測しているのだろうか?登場人物は私達、つまり彼女の予想している愛憎劇だった場合、そのドロドロした関係を行うのは創作の中とは言え私たち自身なのだ。その中にはキリカさんも含まれる。
彼女は楽しそうに可笑しそうに面白そうに興味深々のようだが、自分がその・・・浮気や?不倫?みたいな事をする人物に抜擢されている可能性を考慮していないのだろうか?おまけに誘惑する側になる可能性も・・・。

「まあ状況的に恩人が誰かを誘惑したんだろうね!茹ってるし!」

・・・ホントに彼女は変に鋭い。ここは寝たふり・・・・ではなく伏せたままやり過ごそう。
あれだ。今のでさらに注目度が上がってしまったではないか、もう許してください。私のライフは既に限界で、今の状況は死体蹴りをされているようなもので、そろそろ泣きそうだ。
倫太郎も織莉子さんも早く彼女を止めに動いて、内容が彼女の趣味にマッチしているだけに悲劇が繰り返される可能性は高いのを分かっている筈だから、お願い。

「相手は異性である恭介とオカリンに絞られる。しかし関係上のキャストを考えれば――――まあオカリンが相手かな!」

ああ、と心の中で頭を抱え込む。

「つまり恩人は婚約した相手がいながらオカリンを誘惑したってことかな!」

ぅ、うわあ!?当たってはいるが何か認められない事を大声で暴露された気分だ。作中でのことであってつまりフィクション、現実とは一切関係ないはずなのに恥ずかしい。
まだ中学生の私には特定の相手なんかいない、婚約なんてもってのほかだ。全ては創作物の、それも適当に配役を合わせられただけなのにどうしてこうも気恥ずかしいのか、もうぷるぷると体が震えているのが自分でも判る。
もう体中が熱くて嫌な汗と一緒になって流れるからお風呂に入って着替えたい。そして布団に潜ってこの日の事を全員が忘れるよう神様にお祈りして奇跡が起きるのを願いながら眠ってしまいたい。

「あれだね、このキャストからいくとストーリーは婚約した・・・いや違うプロポーズされた恩人はその幸せを噛み締めている最中にオカリンへの特別な気持ちに気づいてしまう。しかし婚約を交わしたばかりの身だからそれを封印しようと一人気分転換がてら散歩に出るも気づけば足はラボへ向かってしまい、そしてタイミングが良いのか悪いのかそこにはオカリンが!最初は逃げ出そうとするも外面を気にしてしまってズルズルと思い出話を混ぜながらの雑談を始めてしまう。恩人は全てを誤魔化そうとするも内心の心理状態に抑えきれない負荷ゆえか婚約したことを伝えオカリンの反応を色んな意味で期待しながらも・・・・しかしその時に恩人は気づく、自分は既に別の男性と結婚する約束を交わしておきながらその日、その夜に別の男に好意を確かめようとしている事実に罪悪感と虚脱感を抱き絶望する。そして気持ちの整理をする間もなくオカリンからの祝福の言葉を受けて決壊してしまうのだ。そう・・・恩人は自分でも制御できない感情に流されてオカリンを押し倒し――――――!」
「もうっ、もうやめて~~~~~~!!」

もう無理!真っ赤なまま魔力を総動員しキリカさんに飛びついて台詞を強制的に止めに入る。大袈裟かもしれないが魔力に頼らなければ動けないほど私の体と精神はへにょへにょになっているからキリカさんへのダメージはタダでは済まないだろう。
ああ、キリカさんはいったい何者なんだろうか。ここぞと言う時の勘、予想予感があまりにも真実に肉薄してしまうから恐ろしい。今回も若干のズレがあるがほとんど台本の内容と一致している。
そして泣きべそをかきながら腰に縋りついてキリカさんを止めるが彼女は腰にしがみついた私の頭を優しく撫でるだけで――――まるで真実であるかのように、まるで未来に起きる決定事項のように、さながら私の心情を代弁するがのごとく予測した物語を語り続ける。
私は顔をキリカさんのお腹に押し付けながら嫌々と動かすが多少くすぐったそうに身を捩るだけで彼女は嬉々としながら喋り続けた。
そして最悪な事に本来なら、いつもなら制止に動くラボメンもキリカさんの考え方に『ああ、そういう捉え方もありか』と聞き耳を立ててしまっている。なんだこの評論会、本をを読んだ後や映画を観終わった後の友人同士が語り合うかのようなトークが始まろうとしている。
冷静になってほしい、思い出してほしい、全ては創作であって学芸会で演じるストーリーだが出てくる登場人物は違和感なく自分たちなのだ。そこに疑問を持ってほしい、真剣に考えないでほしい、これじゃあまるで私が・・・・・・うぅ。

「もう、し、死んじゃうぅ」

限界の限界に達した私はずるずると、キリカさんの腰からずり落ちながら意識を手放したのだった。
判っているのに自分だけが意識していて恥ずかしい。
倫太郎は恋をしない。捧げてくれる愛情は親愛であって恋愛なんかじゃない。
それでいいし、そうであってほしい。
だから意識しないでさせないで。私は今のままでいいから、それ以上を望んだりしないから。
変わらない関係を、終わらない繋がりを、閉ざされない出会いを大切にしたい。

だからお願い。


私を――――








『妄想トリガー;巴マミ編』



―――・・・・ミ

誰かの声が聴こえる。ああ、倫太郎の声だ。

―――マ・・・ミ、マミ

呼んでいる。起きてあげなきゃ、ご飯の支度をしてそれから――

―――マミ

でも少しだけ待ってほしい。

―――マミ

いやだから・・・それに寝起きの姿を見られるのは恥ずかしいから――

―――マミ!

「ふぇ!?」

大きな声に驚いて、次の瞬間には浮遊感、落ちる感覚に不安と恐怖が込み上げてきて焦るもそれらを受け止める前に私は鈍痛に襲われた。

「にゃふ!?」

頬に感じる冷たいフローリングの感触。視界に映る見覚えのある小さなテーブルの脚のおかげでここがラボで、自分がソファーから落ちてしまったんだと瞬時に理解できた。
しかしテーブルとソファーの狭い間に落ちた私はしばらく呼吸困難による身悶えでぷるぷると震えていた。ソファーの高さはさほどない、むしろ低いのでダメージ自体は無いのだがやはり無意識化での衝撃はキツイ。
魔法少女は一般の人間よりも丈夫でタフだ。しかし筋力瞬発力耐久力がいかに抜きんでていたとしてもそれは魔力を使用していた場合。小指を箪笥にぶつければ痛いし紙で指を切りもする。料理中に火傷はするし電柱にぶつかれば涙目にもなる。
落ちている最中に姿勢を正そうとしたのが間違いだった。高さが無いぶん魔力を行使する時間は無く肉体を強化する暇もなかったし、半端な姿勢のせいで思いっきり胸の横から落ちて肺に衝撃がモロに届いたのだ。
あと蛇足としてここがラボだからか、安心から魔力行使による強制復帰を行おうという気はしなかった。これが外だった場合や戦闘中なら即回復に魔力を使用するが、ここなら外野の目もなく何より安全だ、ゆえに強制復帰という魔力を消費するほど緊急性は無いモノとし私は一人ぷるぷると震え続けた。

「大丈夫か!?」
「ふぐ、うう・・・・っ、い、痛いし苦しい」
「綺麗に落ちたからな、ゆっくりでいい・・・・立てるか?」
「う、うん・・・もう大丈夫みた―――――い?」
「どうした?」

差しだされた手を取って立ちあがり、気遣いにお礼を言って顔を上げればすぐ近くに倫太郎の顔があった。

・・・・oh

思い出した。

「ほらマミ、あまり気にするな」
「・・・・・気にするわよ」

色々と状況を思い出した私は項垂れながら頭を抱えた。ソファーに座りなおした私に麦茶を手渡しながら倫太郎は慰めてくれるが中々それは難しい。
失態とまではいかないが皆の前で恥ずかしさのあまりに気絶するなんて情けない。状況があんなだったとはいえ耐えるべきだった。あれもまた私達の日常に間違いないのだから今さらだろうに。

「はぁ」

本当に最近の私はどうかしている。彼ら彼女らに出会ったばかりの頃の方がもっとしっかりしていただろう。
慣れからくる緩みなのか、隙が多いと言うか油断が多いと言うか、変に外面を取り繕うとしなくなったのは良い事のはずだが限度があるだろう。
自分はラボメンの中では年長者に分類されていている。それなのに最近では年下の後輩であるみんなに慰められたりからかわれたりと・・・・・威厳が欲しいわけではないがこう、ね?
そろそろ本腰で対処しなければ頼れる先輩像は完全に霧散してしまう気がする。

「・・・・・他のみんなは?」
「つい五分前に帰っていったよ。君が起きるまで待っていようとしたが明日も学校だからな」
「杏里さんも?」
「ああ、明日から学校があるから今日は帰るそうだ」
 
窓に目を向ければ既に暗くなっていた。飛鳥さんや杏里さんは見滝原在住でもないのだからなおのこと長居は出来ない・・・・・・でもラボに泊らなかったんだ、と思考の片隅で思った。
杏里さんはよくラボに寝泊まりする。次いで飛鳥さんは付き添いとして、だからラボにある私物は彼女達の物が断トツで多い。家主たる倫太郎よりも多くなりつつある。

「・・・でも、学校があっても泊る事があるわよね」
「明日は授業前に全校集会があるらしい」
「ふーん」

何故か、本当に今更ながら同じ年頃の異性の家に泊り、なおかつ世話を焼き下着もそのまま専用の戸棚にしまっている彼女達は彼の事をどう思っているのだろうかと気になった。
前々から思って、しかし口にすることなく今日まで来たのは頻度の違いはあっても誰もが少なからずラボに泊り、私物を置いている現状に変わりがないからで“それ”の有無がどうあれ彼の答えは決まっているからだ。
決めつけるように予想しているが本人はそう宣言している態度だし、聞く話語る話しに登場する牧瀬紅莉栖さんを今でも好きなようだから、それに彼は私達ラボメンを子供としか見ていないから・・・問題が発生する気配も雰囲気もない。

「・・・・・中学生だもんね」
「?」
「なんでもないわ」

中身は大人と言うけれど、それを知って理解してはいるけれど、別世界線の私達はどう思っていたのかは分からないが今ここにいる私達にとって岡部倫太郎と言う少年は同い年の男の子でしかない。
見た目以上に時を重ねていようが、その背景でどれほどの人生を歩んでいようが、その過程でどんな関係を築いてきたとしても私達の取って岡部倫太郎は、ここにいる少年だけが本当なのだ。
別の世界なんか関係ない。敵でも味方でも、仲間でも他人でも、恋人でも友人でも、彼の記憶にいる私達と今の私達に大差がなくても、彼にとって代わらない存在だとしても――――

私達の岡部倫太郎は彼しかいない。

優しくて捻くれている。態度は大きいのによく縮こまる。良く笑うのに凹む事も多い。

私達を助けてくれた岡部倫太郎は彼だ。

いつも助けてくれて、いつだって傍にいてくれて、何度でも手を伸ばしてくれた。

私達が知っている岡部倫太郎は彼しかいない。

髪を撫でてくれる手は温かくて、抱きしめてくれる感触は心地よく、誰よりも純粋に愛してくれた。

私達に居場所を与えてくれたのは彼だ。

ただ、そこに愛はあっても恋は芽生えなかっただけだ。

そんな岡部倫太郎を、触れて慰めてくれるけど意識はしてくれない男の子を彼女達はどう思っているのだろうか?
感謝と好意はあるだろう。もしかしたら他の異性には向けた事のない強い感情も抱いているかもしれない。でもそれだけだ。そこで立ち止まって終わり。彼がそうさせてきた。それ以上は――駄目だ、と。
しかし同居人のゆまちゃんが語った話にあったように、彼も男で生理現象はある。枯れているわけではないのだから性欲もある。誰かを愛する気持ちがある以上、誰かを求めることはあるかもしれない。
それを知った。否、そんな当たり前のことは本当は最初から分かっていた。彼のこれまでの人生の過程と背景を言い訳に想う事は無駄だと思わされてきただけだ。そう思い込もうとしてきただけだ。
極論、迷惑だと言われている気がして、だけどその愛は本物だから離れて行く事は出来ない。友人として、知人として、仲の良い異性と言う意味では最高の人だから私達は理由が無い限り彼から離れる事は無いのだろう。
それこそ、ゆまちゃんが語ったように愛する伴侶が出来でもしない限り、今の心地よい関係を続けて行くのだろう。

「どうする、泊っていくか?」

真顔で、本気でそう聞いてくるのは相変わらずだ。お昼の創作とはいえお互いが主役の恋愛物語だったと言うのに意識していない。
恥ずかしさのあまり気を失ってしまったが、一度冷静になった私なら勘違いしないだろうという一種の信頼の表れかもしれない。
嬉しいが複雑だ。こうも、あからさまに、完全に異性に意識されないのもなかなか貴重な体験だが、やはり複雑だ。例え彼が相手だとはいえ、私も来年には高校生なのだ。

「えっと・・・」
「一応、バイト戦士が晩の支度はするといっていたな」
「なら、帰らなきゃ駄目ね」
「ああ、それがいい」

そして私に帰りを待つ人がいることを教え、ならと答えた私に彼は目をつぶって頷いた。微笑んだ優しい顔だ。
途中まで送ろうと言ってワザワザ白衣の上からコートを纏う後ろ姿に自然と言葉を贈った。受け取ってくれると嬉しい、自分の願望も混じった台詞を。

「・・・・・一緒にどう?きっとゆまちゃんも喜んで―――」

それは私が帰ったら彼はどうするんだろうと気になって、珍しい事に誰もラボで夜を過ごさないようだから、ご飯を一人で食べる寂しさを知っているからだ。彼はその寂しさを無くしてくれた一人だから。
今でこそ別々に暮らしているが岡部倫太郎とは一時期一緒に暮らしていた。その期間はとても短いけれど楽しかった、というよりも嬉しかったのを覚えている。代わる形で今は佐倉さんとゆまちゃんがいるが、彼が望むならいつでも迎え入れる気はある。

「いや、申し出はありがたいが今日も用事がある」
「―――――」

でも、きっと彼は帰ってこないだろう。遊びに来てはくれても二度とあの家に戻る事はない。

「ありがとう、また今度御馳走になりにくるよ」
「うん・・・・・御馳走を作って待ってるわ」
「それは楽しみだ。では行こう。もしかしたら追い付けるかもしれない」

私がコートを羽織るのを見て彼は玄関口へ歩き出す。その背を追いながら私は表には出さない落胆にため息を零した。

「ん、寒い」
「ああ、雪もそろそろ降るころか」

街灯に照らされた街中を二人で歩く。吐く息は白くて肌を刺す冷たさに首をコートの襟に埋めるようにして歩く。チラリと隣に視線を向ければ彼は真っ直ぐ前を見ていていつもと変わらない様子、そして今日も『用事』とやらのために先にある大きな交差点で別れるのだろう。
その『用事』はきっと彼女に会いに行くことだろう。ラボメンでありながらラボに寄りつかない魔法少女、誰よりも強くて誰よりも彼に求められている唯一岡部倫太郎を一人で戦場に立たせることが出来る少女。
物語で語られた■■さんではない。彼を追いかけてこの世界線まで辿り着けた天王寺綯さんでもない。桜の花が満開になる季節に彼と共に外国にいくことが分かっている最強の少女。
彼らの関係は私達とは違って変わっている。今ある関係を築いていなければ私は二人を軽蔑していただろう。今でも納得はできないのだから・・・しかしあの綯さんですら不機嫌そうにしながらも認めざる得ない実力の持ち主。
最初に選ばれたラボメンであり彼のパートナー。私達『ワルキューレ』の中で最強の魔法少女、岡部倫太郎が求めるその実力、精神、特性、人物背景全てが条件を満たしている彼女のもとへ、今日もこんな時間から会いに行く。その足で、その意思で。
私や佐倉さん、ゆまちゃんとの夕食を断って、断念してでも優先する少女。・・・・・・・場違いなのは自覚しているが、やはり少しだけ寂しいと思ってしまう。
先約があったのだから当然、後から来た私達よりも優先すべき事だけど――――数ヵ月後の事を考えれば今は私達の事を優先してほしいなんて勝手な思いを抱いた。

「雪が降って、年を越して春が来たら桜が咲いて、見慣れたこの道の桜が満開になったら」
「卒業だな」

これまであまり話題にしなかった類の話。理由はきっと色々あるがその一つを倫太郎はあっさりと、その言葉を口にした。

「そしてすぐに高校生だ。入学式には一度帰ってくるから、その日の放課後はあけていてくれよ」
「それはこっちの台詞よ。倫太郎こそちゃんと帰ってこないと嫌いになるからね?」
「・・・・・・・え?」
「倫太郎・・・・本気で顔を曇らせないで、複雑な気持ちになっちゃうから、ね?」

その意味は、その言葉の意味を理解しているだけに寂しさが込み上げてくる。

「だ、大丈夫だ!時期的に何もなかったと記憶している。仮にあったところで俺の力はその時点では必要ないからな、覇道の権力と財力を使わせてもらってでも帰ってくるよ」
「あまり迷惑をかけちゃダメよ」
「ふっ、狂気のマッドサイエンティスト鳳凰院凶真の協力を授かるのだ、その程度の労力は本来当然と言えよう!」

傲慢に尊大に、それでありながら優しい人。そんな彼との別れを意味するから、春の訪れを拒んでいる自分がいる。
正常なる時の流れを望んでここまで来てくれた彼には悪いが、ラボメンの何人かはそう思っている。

「ん、此処までだな」

そんな私の気持ちに気づくはずもなく、歩く速度を緩めてもみたが交差点にはすぐに着いてしまった。
私はそのまま道なりに曲がって自宅のマンションへ、彼は信号を渡って彼女のもとへ。
それが今までの、これまでだった。それがいつもの事で、今日もそのはずだった。

「マミ、大丈夫だと思うが気をつけて帰れよ」

そう言って、そう言い残して背を向ける。

「ええ、また明日」

手を振って、振り返してくれた倫太郎はもう振り返らない。
真っ直ぐに前を向き続けて歩く。いつまでも変わらない、いつだって前を歩いてくれていた。
出会ってからその後ろ姿をずっと見てきた。だから今日も街灯と車のライトに照らされている姿を見送ろうとした。

―――■■■■

どこかで、その光景を見た事があるような気がした。
同時に、胸を引き裂く言葉を聞いたような気がした。

「―――――待って!」

気づけばその背に声を、走って追いかけてコートを引っ張って遠ざかる人を引き止めた。
横断歩道の真ん中あたりだったから、彼はもちろん周りにいた人達も何事かと驚いて視線をこちらに注いでくる。

「マミ?」
「ぁ」

とっさな行動だったから私は何を言ったらいいか迷い口をあわあわと動かす事しかできない。真横に停車している車からも視線を感じて焦りばかりが募っていく。
原因は頭をよぎった言葉。でも思い出せない、思い出す事が出来れば対応する事もできるのに、何も分からないから説明も弁論も出来ずに慌てるばかり。

「マミ、こっちに」

ぐい、と倫太郎の大きな手に引っ張られ、とりあえず信号を渡る。
渡り切ったときには不特定多数の視線が減り少なからず冷静さを取り戻せた。

「どうしたんだ急に?」

と、傍から聴こえてくる声に反応して顔を上げれば真剣な表情のままこちらを倫太郎が見ていた。
あ、たぶん勘違いされている。きっと彼は私が何か異常なものを感知したんだと・・・もうこれは職業病かもしれない。今回は私がまだお話しをしたかっただけで―――

「・・え・・・!?」
「マ、マミ?」

私はただ、離れたくなかっただけかもしれないと自覚して顔が赤くなる。

「・・・え?ええ!?」
「おいマミどうしたっ、なにがあった!?」

その叫び声をまた勘違いしたのか、両肩を掴んで名前を呼ぶ倫太郎の視線から逃れるように私は顔を伏せる。
遠ざかっていく後ろ姿に私は何時かを思い出し・・・・・違う、たぶん今の私はお昼の惨劇と卒業を後のことをごっちゃに考えてしまって不安になって混乱しているだけだ。きっとそうだ、だから落ち着かないといけない。自分に言い聞かせる。
早く誤解を解いて安心させないと、それと状況も改善しないといけない。外野の視点では私達はまるで見つめ合い、そして抱き合っているように見えている筈だから。

「マミ!」

しかし肩に乗せられた手と正面から名前を呼ばれて恥ずかしさが勝ってしまう。今の行動理由を彼に悟られたらまた気絶する自信がある。情けない自信だが前科は既にあるのだから油断は出来ない。
倫太郎の胸元のコートを両手で掴んでしまっているのも落ちつけない原因の一つだが、そのおかげで顔を伏せれば隠せる。倫太郎が肩を押して顔を覗き込もうとするのを胸元に顔を埋める事で回避―――――

(うわああああああ!?余計誤解されるし恥ずかしいっ!?)

案の定、倫太郎は周囲に目を走らせ私の背中に腕を回して身構えた・・・・何も知らない外野から見たら分からないが倫太郎は準臨戦態勢、警戒心を顕わに緊張している。ロマンス感ゼロだ。
彼は私が何者かの存在に気づき、かつ何らかの攻撃を受けている可能性を想定している。いや・・・・うん、前例がない事もないのだけど空気の違いに罪悪感を抱いてしまう。
彼は真面目に誠実にこちらの心配をしつつ備えているというのに、原因の私は『大丈夫』の一声も出せなかった。声は出せば裏返る、顔を上げれば真っ赤に染まった理由を問われるからと身動きがとれない。
悟られないために、恥ずかしくてさらに顔を埋めれば抱きしめ返されるように背中に回った腕に力が込められた。それが温かくて、申し訳なさが込み上げてきて、だけど何処か心地よかった。
心配し周囲を警戒する倫太郎が神経を尖らせている中、私は混乱しながらも、恥ずかしながらも今を享受した。普段なら出来なかっただろうそれを出来たのは別れが近づいているからかもしれない。
今だけはと素直に、日に日に近づいてくる別れの日に抵抗するように、私は何かをしたいのかもしれない。

「マミ、いったい何があった。俺には何も感じられん」
「・・・・」
「マミ?」

岡部倫太郎。いつもラボで私達を迎え入れてくれていた彼は見滝原中学を卒業後――――高校へ進学することなく外国へと旅立つ。

「・・・お願いが、あるの」

それを知ったのはもう大分前のはずなのに、私は未だに万全な納得を得られていなかった。

「マミ?」

だから今は、せめて顔の赤みが引くまではこうしていたかった。











その頃、奇跡の再会を果たしたラボメン№01天王寺綯は№03インキュベーターキュウべぇと一緒に魔女ではなく、人間を駆逐していた。
見滝原ではない、その周辺地域でもない。電車で三時間以上かかる遠方の街。その暗く人通りのまったくない一画で綯は複数の男達を徹底的に痛みつけていた。その様子は拷問に近く、他のラボメンには見せられないありさまだ。
綯は足元に転がっている一人の頭にぐりぐりと靴底を押し付けながら手に着いていた血をハンカチで拭きながら傍らにいる少女に話しかける。

「あーもー、汚いなぁ。それに返り血って意外と気づかない所にも跳ねちゃっていたりして後始末が大変なんですよねー」
「魔法を使えばいいじゃないか、どうしてわざわざナイフなんか使うんだい?」
「その方が相手に恐怖を与えきれるからですよ」
「正体不明な力で弄られた方が怖いと思うんだけどな」
「この手の人達ですから現実味をもったナイフがいいんですよ。私のリハビリにもなりますし、それに摩訶不思議な力を前にしたら変に狂っちゃう人もいますからね」
「ふーん?置くが深いんだね人間って」
「ええ」

彼女達はここで今後邪魔になる敵対組織を殲滅していた。ここだけじゃない、ここ数日いくつもの組織を潰して回っている。今日はここで二件目、これ以上はもっと遠くになるので今度に回す予定だ。
ちなみに潰して回っている組織の基準は至ってシンプル。『ラボメン』に悪影響を与える“可能性を含んでいる”人間がいるかどうか、だ。あまりにも一方的な制裁、有無を言わさぬ虐殺、あまりにもお粗末な判断基準。
その理解しかねる基準により今、綯とキュウべぇの足元には数十人以上の重傷者が存在していた。いきなり襲われて、まだ何もしていないのに制裁された。

「今回も派手に陰湿に徹底的にやったねぇ」
「あら、何か不満なんですか?」
「凶真が知ったら、と思うとちょっとね」
「あらあら、“貴女”も可愛いこと言うようになりましたね。いつかの貴女みたいですよ」
「そうなのかな?」

綯が自分の隣でしゃがみ込みながら“不幸な事に”まだ死にきれていない男達が全員意識を保っているのを確認している少女に頷いて見せれば、少女は首を傾げた。
黒髪のツインテールに背中には巨大なリュックサックを背負った小学生にしか見えない少女、その首には銀色のアクセサリーがついたチョーカーをつけている紅い瞳を持つ彼女は地球外生命体インキュベーターキュウべぇだ。
本来の彼女達は感情を抱く事は出来ない存在だが、綯の目の前で人間の少女の姿をしている個体だけは違う。彼女は岡部倫太郎からラボメンの証を授かり未来ガジェットマギカで他の個体とは別個の一生命体として現在を謳歌している。
謳歌・・・しているはずだった。感情という不安定でどうしようもないそれを体験し学んでいる彼女は日々忙しくも充実しているはずだったのに、気づけばこんな暗くて血生臭い場所でしゃがみ込んでいる。

「まあいいや、さっさと終わらせよう」

本当なら今頃はマミの家かラボでゴロゴロしながら炬燵でミカンでも食べて感情を勉強している筈なのに、なたはダラダラと人間は不思議だなぁと世界不思議発見再放送を見ながらネットサーフィンをしたかったのにと心の中で愚痴る知的生命体。
それがどうしてこんな目にあうのか、理不尽に思い、同時に心の中に感じる不満という名の感情にゾクゾクしたりしている。FGM01を得て、さらに人間の姿を手に入れてからと言うもの新鮮な気持ち、そう気持ちを感じる事ができて彼女的には良しとしているのだが、やはり綯のお手伝いは余り気が進まない。
形はどうあれ感情を学べている以上、収穫はあるはずなのだが、現状何をしても感情の欠片や揺らぎは取得できるので好き嫌いレベルのあれだが、キュウべぇはこの手の作業があまり好きではない。

「何か用事でも?」
「今からじゃ見滝原に戻ってもハーフプライスラべリングタイムは終わってるだろうから、この辺のお店を下見したいんだ」
「ああ、なるほど」
「いいお店があれば凶真と杏子にも教えてあげなくちゃ」
「貴女達はホントに好きですねぇ、半額弁当争奪戦・・・・楽しいですか?」
「需要と供給の狭間で己の資金、生活、そして誇りを懸けてあらゆる戦略と戦術をくしてギリギリのクロスポイントを大人数での乱戦を――――!」
「ああ、はいはい判りました分かりましたから落ち着いてください!」
「むぅ、まだ伝えきれていないんだけどな・・・」

身を乗り出して鼻息荒く詰め寄るキュウべぇの肩に手を置いて引き剥がす綯は少しウンザリ気味だ。あのインキュベータがキラキラと瞳を輝かせるほど興味を持つそれを知っているが、体験もしたが綯には良さがうまく判らなかった。
『半値印証時刻【ハーフプライスラべリングタイム】』。キュウべえが熱く語るそれは早い話、スーパーのお弁当の半額弁当を文字通りの大人数でのバトルロワイヤル形式で奪い合うという殺伐としたものだ。男も女も子供も老人も関係ない、誰もが全力の拳と蹴りで容赦なく殴り合いながら求める弁当を狙う弱肉強食の世界。
信じられない事に大人でも気絶してしまうほどの殴り合いに小学生の女の子や、腰の曲がった老人までもが進んで参加し、時には勝利するという、綯には理解しがたい争奪戦なのだ。
何度か参加し、魔力を持ち得ない人間の攻撃に何度も膝をつくという理解不能の経験が綯にはある。キュウべぇや想い人が言うには・・・・いやよそう、これ以上話を広げても意味はない。

「別に構いませんけど、魔力は極力使わないで下さいよ」
「何を言ってるんだい?手を抜くなんて他の皆を侮辱する行為、絶対に許されないよ」
「いえ・・・・さすがにそんな大層なものじゃ――――」
「誇りを汚す事なんかできない。僕はいつだって全力で挑む!」

真剣に語る様子は状況さえ違えば心に響いたのだろうが、今の綯には届かない。

「そもそも手を抜いたりなんかしたら争奪戦は勝てないよ」
「それが不思議なんですよね。あの独特で妙な空間、ちょっとした魔女の結界ですよ」
「持てる力を出し惜しみする者に勝利の女神は微笑まないさ」

本当に、不思議だ。見た目はロリでも実際には武装した集団をジェノサイドすることなど造作もない彼女は一度も弁当を奪取したことがない。
基本乱戦を突破できず、たまに力尽き、最悪気絶したことすらある。それも幼子の攻撃で・・・軽くトラウマになった。

「剥き出しの魂を燃やして全力を尽くす。その熱くて誰もが我を通そうとする一瞬一瞬はいつも僕の心を震わせてくれる・・・・・綯、君にもこの気持ちを知ってもらいたいんだ!」
「オカリンおじさんも同じこと言ってましたけど、どうも私には向いていないみたいです」
「心を濁さず、狙いを澄まし、想うべきは望んだ弁当ただ一つ。それだけで世界は変わるんだよ?」
「そんな不思議そうに首を可愛く傾げないでください。私だってオカリンおじさんと同じ世界を共有したいのに・・・・これでも地味に悩んでるですから」

ションボリと、綯が珍しい事に落ち込んでしまった。

「まどかや恭介、ゆまにも負けちゃったしね。ああそうそう、昨日も一昨日も僕に負けちゃったよね」
「ぐぬぬ」
「『ザンギ弁当』は本当に美味しかったよ」

そこに追い打ちをかけるあたり、まだ人間の感情を把握しきれていないなと、空気を読めないようだと綯は判断した。
割と、マジで深刻になりつつある課題なのだ。魔力をカットしているからといって一般人のそれと変わらない者に敗北をしているのだ。『シティ』に旅立つ前にこれでは先が思いやられる。最悪、想い人から戦力外通告を下されるかもしれない。
まあ本人からはそれとこれは全く別の話だから気にするなと言われたが、これでも数々の戦場を潜り抜けてきた身としては・・・・・・・。

「もういいです!さっさとすませて帰りましょう!」

なんだか考えるだけ虚しくなってきた綯は声を張り上げて腕を振るう。

「リアルブート」

その言葉と同時に空間に亀裂が入り、現実を侵食する光景がキュウべぇの紅い目に映った。

「・・・」
「あら?どうしました?」

綯は逆十字架のデザインをしている異形の剣を空間の裂け目から引き抜きながら此方を、正確にはディソードをマジマジと観察、観測しているキュウべぇに問う。
確かに非現実的な現象、摩訶不思議な現象、しかし彼女は元の力を失おうとも、切り離されたとはいえ魔法の使者インキュベーター、この程度の事象、幾度も経験し体験し観測し干渉してきた筈だ。
そもそもディソード自体、見慣れたものだろうに。

「やっぱり変だよね、それ」
「それ呼ばわりしないでください。こんなんでも私の心象風景なんですから」
「君はディソードを使わない方が良いんじゃないかな」
「どうしてまた?これほど便利で有利で優先的なモノはないでしょう?」
「だって痛そうじゃん」
「痛覚は遮断してますから大丈夫ですよ。ほんと魔法少女の体って便利ですよね」

傷跡も残りませんから、と淡々と語る綯の様子にキュウべぇは肯定も否定もしなかった。ただ黙って綯の手から赤い血が零れていく様を無言で見つめる。
零れ落ちていく、と言うよりも流れていくが正しいかもしれない。ディソードの柄を握った綯の右手からは止まる気配のない血がずっと流れ続けている。

『ディソード・トリカブト』。トリカブトの花言葉は『美しき輝き』『人嫌い』『騎士道』――――そして『栄光』と『復讐』。

豪華絢爛神聖邪悪。強靭な威容に圧倒的存在感。メタルカラーの傷一つない宝石のような装甲をした妄想の剣。SF作品のゲームに出てきそうな形状の美しくも禍々しい攻撃的なデザイン。
剣先から柄の先まで全てが刃で出来ている諸刃の剣。ゆえに、だからこそ綯の右手は血塗れだった。例え持ち主だろうと関係ない、この剣は全てを切り裂き全てを拒絶する。

「痛々しいね、気持ち悪い」
「ハッキリ言いすぎです!これでもオカリンおじさんが初めてリアルブートした時のよりは全然まともな方なんですからっ」
「その時と今は違うんだろ?なら比べる事すら凶真に失礼だよ」
「むう、言ってくれますねぇ」

なんとなく険悪な雰囲気になりそうだが、キュウべぇは別に喧嘩を売っているわけではない。また、綯も心のない言葉に傷ついてもいないし不快な思いもしてない。
自覚しているから、自分が歪んでいる事を、壊れている事を理解し受け止めている。かつての岡部のディソードが枯れ樹のように色あせていた時とは違う壊れ方、自分はそういう性質なんだと受け入れたから綯は気にしない事にしている。
別段、使用するのに困ることは少ないのだ。大抵はビジュアル的に倫理規定が入りそうなのと、時たま指を謝って“落としてしまう”ことがある程度、今さらである。魔法少女万歳。

「凶真はギガロマニアックスの使用そのものを禁止にしようといている」
「まあ、普通はそうでしょう。これって全魔法、全ガジェットの中でもトップクラスの最悪最低最凶下劣な代物ですからね」
「でも使うしかないんだよね、キョーマは」
「ええ、恭介君と違って基本『ワルキューレ』無しのオカリンのじさんは雑魚ですからね」
「・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・なんですか」
「知ってるくせに」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・知りません」
「そうかい、ならそれでいいさ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・なんなんですか、最後まで言ってくださいよ」
「彼女達がいる以上、その言葉は意味を成さない」
「・・・・・・・・・むぅ」
「『ワルキューレ』がなくても僕と彼女達がいれば凶真は十分に戦える。十分すぎるほどにね」
「私がいなくても、ですか」
「それはザーギン達との戦闘で実感しただろ?今頃は凶真、彼女達に会いにいってるんじゃないかな?」

日が沈んだ時間、暗い街角の一画で綯は体を小さく丸めて落ち込んだ。

「落ち込みすぎじゃないかな?」

片手が血塗れな少女が拷問されたであろう男の背中の上で『の』の字を書いているシュールすぎる光景にキュウべぇはため息を零す。
キュウべぇは天王寺綯の岡部倫太郎とNDで繋がった時の規格外の強さを知っている。並みの魔女や魔法少女が相手なら負け無し、魔人や英雄クラスでもない限り傷を負う事もない魔法少女。
現状、彼女に勝てるラボメンは『ワルキューレ』の中でも二人しかいない。その内の一人は男である上条恭介で、しかし彼の強さの源もまた四号機のギガロマニアックスによるものなので、やはりこのガジェットは廃棄には出来ないだろう。

「ま、僕が考えた所でどうしようもないか」
「・・・・・」
「ほら綯、落ち込んだ振りはもういいからさっさとしてよ」
「・・・・・振りってなんですか、振りって・・・・私は――――」
「君はもう決めちゃったんだろう?」
「・・・・・」

淡々と言われて、感情をあまり乗せていない発言に綯は本当に少し落ち込む。あまり興味がないらしい、それこそ先程語った弁当争奪戦に比べれば分かりやすいぐらい。
仲良くしたいと思ってはいるが彼女は自分にあまり関心がない。日々感情の蓄積に西へ東へ、それこそ感情の赴くがままに動きまわる姿は子供そのもの、だけど自分に対してはやや冷たく感じる。
嫌われてはいないと思う。だって最初の頃は興味深々にひっついてきたのだ。それこそ四六時中、とても可愛らしかった。とても愛らしかったのに・・・・・。

「えっと・・・・まだ怒ってるんですか?」
「別に、僕はまだ『怒り』の感情をマスターしてないからね」

そうは言うが、ぷい、と顔を逸らすキュウべぇの頬は膨らんでいた。

「えーっとですね、オカリンのじさんとあの人とのことはホントに――――」
「別に言い訳なんかしなくていいよ」

そう言いながら背を向けてキュウべぇは綯から離れていく。
元より此処へは綯が半場無理矢理連れてきた。しかしそれに対し怒っているわけではない、キュウべぇは形はどうあれ行動する事に、人の感情渦巻く場所に同行することは寧ろ望むところ状態なので原因はそれではない。
では何か?感情を得る事が出来るようになったとはいえ、その感情は幼く文字通り知識だけを内包する子供である彼女はいったい何を怒っているのだろうか?

「えぁっとっ、ちょっと待ってください!すぐ“仕込んで”終わらせますからっ」

キン、と金属音。クァァアアンと電子音。綯の持つディソードから赤紫色の光と異音が放たれ見えない何かが広がっていく。
それはこの一画にいる全ての人間に届いた。気絶してる者も死にかけている者も、現場を観ている者も聴いている者にも届いた。綯達に知覚出来ない存在がいても届けば問題ない、光でも音でもどちらでもいい―――汚染されれば皆同じ。
ヒュン!と綯は一度ディソードを大きく振って感触を確かめるように、ディソードの刃が手の平を傷つけるがググ、と握る。

「ふぅ、今回はどうやら問題ないですね」

ディソードから跳ばした精神汚染の波がソナーのように戻ってきて成果を知り、綯は今回の任務、独自の判断で敵対可能性のある人物を今後、それこそ解除、除染しなければ一生都合のいいように細工できたことに満足した。
この行為、岡部倫太郎には秘密にしている。敵対組織の索敵&殲滅は岡部との話し合い次第ではGOサインが出るのだが、もっぱら綯は独断先行速攻撃破を行う。理由は岡部倫太郎が今のを絶対に許さないと知っているからだ。
精神汚染。FGM04号『超誇大妄想狂【ギガロマニアックス】』。思考投影五感制御を自他問わず強制できる“非人道的兵器”。魔女や魔法少女相手には効果は薄いが人の感情すらも操る“これ”はかつて岡部倫太郎や自分が憎んで恨んだ組織の望んだ到達点の一つだ。
これを使えば人を支配できる。体だけじゃない、文字通り心も。悪逆非道、悪辣卑劣、外道で化け物。これはそういうものだ。存在してはいけない力を内包している。岡部倫太郎はこのガジェットに頼ると同時に恐れて憎んでいる。
例え敵対関係にある者だろうが“それ”だけは、と岡部倫太郎はブレーキをかける。決して使わないわけじゃない。そこまで甘ちゃんでもなければ弱くもない。使うときは使う。必要ならそれを持って相手を助ける。
ただ綯のように自殺因子とでも表現すればいいのか、その場で止めを刺すことなく利用できるだけ利用して、禁則事項に触れた瞬間自ら命を絶たせる爆弾を植え付ける行為はしなかった。

「都合がよくて、何よりも安全なのに。オカリンおじさんも分かってるくせに・・・」
「にも関わらず、君は使っちゃうんだね」
「あの人のため、って言えば格好いいんですけどねぇ」
「気づかれたら悲しむだろうね」
「だから黙っていてくださいよ?」
「・・・・本気で気づかれていなと思っているの?」
「ははは、まさか――――知ってますよ」

そのたびに岡部倫太郎は精神汚染された人間の元に足を運び、綯と話し合いを設け、ガジェットを取り上げ自分を責めるのだ。己の責務をラボメンに背負わせてしまったと。
悲しませたくないと、それを第一条件として天王寺綯は行動したいのに現実はそうもいかない。だって知っているのだ。識っている、視っている。世界は時に残酷で、そこに住まう人間は確実に汚くて愚かな生き物なのを。
魔女を倒せても、魔法少女を退けても、運命に打ち勝てても、人間だけはどうしようもない。岡部倫太郎でも全ての人間の闇を物色する事は出来ない。その方向を誘導できても駆逐することはできない。
それができるガジェットが、まさに四号機なのだが―――――実現した場合、それはもう人の世界とはいない。

「私はオカリンおじさんの世界を護ります。そこに住む人も、その人たちが住む居場所も、その人たちは作ってきた時間も」
「・・・・・・」
「それを壊すなら、汚すなら、邪魔するならどうぞご自由に、です。その権利は誰にでもあるし、そうであるべきでしょう。ただお覚悟を、私は決めた以上―――遠慮なく容赦なく加減なくぶっ殺します」

くるくると、ナイフとディソードを持ったまま、血を零しながら綯は宣言した。それは世界に対してでもあり仲間であるキュウべぇにも、だ。
見た目はちっちゃな少女の癖に発言内容も行動基準も内面強度もいい感じに狂っている。キュウべぇはそんあ綯のことが嫌いではない。合理的で効率的な考え方には賛同している部分も大いにある。
だけど、感情を手に入れてからこうも不安と言う名の気持ち悪い部分を引き出させる相手だから好きなのに嫌い、一緒にいたいけど苦手、優しいのに恐いと、相反する感情が一緒になってしまうから混乱してしまう。
気持ち悪いと、口には出せないモノがたびたび溢れてしまう。

「凶真に嫌われたら、君は悲しむ?」
「ええ、きっと世界を滅ぼしたくなるでしょうね。だけど私は―――――」
「僕も、君が凶真と喧嘩したら悲しい」
「――――」
「まして、いなくなったりしたら泣くかもしれない。だから綯、あまりそうゆうことはしないでね」
「・・・・」
「僕は君の事が好きなんだから少しは・・・・・うん、まあいいや」

うまく今の感情を言葉に出来ないからキュウべぇは本心を語った。自分でもよくわかっていないのだから文脈と繋がっていない事も、タイミングが変な事も――――だけど不思議とスッキリしたからキュウべぇは再び綯に背を向けて歩きだした。
言いたい事だけを言って場を離れるのは逃げとも思われるが、現状のキュウべぇにはそこまで思考は回らない。ただ胸の内にあったもやもやを吐き出せて満足したから、後は不快なこの場所から離れる。
相手の返答をまたない自分勝手なコミュニケーションだがインキュベーターの彼女にとってこれは無自覚な成長、進歩だろう。感情を表に、それこそ『好意』を自覚して言葉にできたのだから。
固まっていた綯はハッとして、次いで顔を嬉しそうに赤くしながら傷ついた掌を修復、強大なリュックを背負った少女の後を急いで追いかけた。

「もう待ってくださいよ!一緒に行きましょうよっ」
「え?ヤダよ」
「ええ!?なんでですか!?」
「これからスーパー巡りするのに血生臭い君を連れて歩けるわけないだろう。衛生面は業務員だけではなく客も徹底すべきだよ」
「ちょ、ええっとじゃあ――――!」

ふん!と気合を込めて綯は魔力を解放、服装が、と言うよりも見た目が瞬時に再構築される。小学低学年(中学生時の姿)の見た目から綯は大人の姿に変わる。
袖口が広く柔らかい印象の襟元もまた広いふわふわした上着に黒と茶色の中間のようなワンピース、首にはネックレス、髪も背中まで伸ばされゴムで二房に纏められている。

「これ!これなら大丈夫ですね!」

身長も伸び顔つきも大人びた――――筈なのだが童顔のままだ。綺麗と可愛いを完全にマッチングさせた美女であり美少女。天王寺綯成人version。
その北欧の血が混じっている瞳は嬉しそうにキュウべぇに同意を求めた。若干距離を感じてきたこの頃、しかし嫌われていたわけではないと分かって綯は嬉しかった。

「・・・・・」
「あ、あれ?」

しかし何故だろう。キュウべぇの視線には非難の色があった。

「誰ですか貴女、話しかけてこないでください」
「ええ!?なんでいっそう冷たくなるんですか!?」
「知りません、ついてこないでください。私、貴女の事が嫌いです」
「敬語で突き放されたっ?」

スタスタと先を歩き遠ざかっていくキュウべぇに綯は焦りながら駆け寄る。

「私も貴女の事が好きなんです!だから仲良く――――」
「僕にはまだ“それ”に関しての感情は薄いから他を当たってよ」
「私のことが好きだって言ってくれたじゃないですか!」
「リップサービスだよ」
「そうだったんですか!?」
「社交辞令でもいいよ、君の好きな方を選んで構わない」
「ええ・・・?私なにか気に障る事でも・・・?」
「別に」
「でも―――」
「その大きいのか小さいのか分かりにくい胸に手を当ててみるといいよ」
「え、胸ですか?」

意外な言葉につい驚いて、綯は言葉通りに己の胸に手を当てる。小さくは、ない。小ぶりよりも大きめで、巨乳よりも控えめな良いモノだと自画自賛する。
いや、そうでもしないと色々と大変な面子に囲まれているので女性には理解していただけるはずだ。日々、卑屈にならないためにも己の事を好きにならなくては・・・・。

「・・・?」
「ふんっ」

さておき、そんな一部のラボメンから見れば立派な胸元だが、感情が未発達であり“それ”以前に恥じらいの感情すら薄い彼女の口からそんな言葉が聴ける事に綯は内心驚いていた。
一号機によってキュウべぇにも感情の会得が可能になった世界線を岡部倫太郎を通して幾つが観測してきた。前回の世界線、此処に辿り着く直前の彼女に至っては完全に人のそれ、今の時期にここで思考出来るなら、今は無自覚でも感じる事が出来ることに綯の口元には笑みができた。

「なんだい綯、笑ってなんかして」
「いえいえ、なんだか嬉しくて」
「ふーん。僕の事を馬鹿にしてるんじゃないの?」
「まさか、そんなことありませんよ」
「どうだか」
「ほんとですよーっと」
「うわ!?」

綯はキュウべぇを巨大なリュックごと後ろから抱きあげた。

「ちょっ!?急に何をするんだよ綯ッ!!」
「ふふふー、成長しましたねーキュウべぇ」
「子供扱いはやめてくれッ、不愉快だ!」

ジタバタと両手両足をバタつかせて抵抗するも身長差から成すすべがないキュウべぇ、綯は器用に小柄な彼女の体を動かしてニコニコと笑顔のまま頬ずりを開始した。
頬っぺた同士をぐりぐりと、いちゃついているようにも見えるが背後には血塗れの惨状があるので第三者からすれば変な意味で地獄だった。

「今の貴女は何処から見ても立派な子供ですよ?見た目も心もね」
「ぬぅ」

ぐぬぬ、と悔しそうに顔を歪めるキュウべぇ。この世界線でも多くを失い、ラボメンの中で最も沢山のモノを得た存在。
ほとんどヌイグルミのような扱いに不満顔を浮かべるのも彼女が成長している証拠だろう。最初の頃はほんとに成すがまま、言われるがままだったのだから。
反発、反抗される事に嬉しい感情が沸くとはなかなか貴重な体験だと綯は思った。

「ああもうッ、いい加減にしてよ綯!!」

バッと綯の拘束を無理矢理振りほどき、解放されたキュウべぇは自分の足で着地する。

「だったら見た目を変えればいいんだろっ」
「あー・・・・・私は今の姿の方が好きなんですけどねぇ」
「みんながそう言うから僕としてもそうしたいけど、綯がうるさいから嫌だ」
「そ、そんなぁ」

名残惜しそうにする綯の声を無視しキュウべぇは歩く。今度こそ目的地のスーパーへ。一歩一歩前に進むたびにキュウべぇの姿は光に包まれる。そしてその姿全体に光を纏った瞬間、光は飛び散った。
その光が晴れた時にはキュウべぇの姿は変わっていた。先程の綯のように見た目が小学生だったその姿はグッと身長が伸び髪の色も金髪へ、背中の巨大なリュックサックだけは変化しないがキュウべぇもまた綯同様に美女と美少女の中間に位置した存在へと変わっていた。
腰まで届く金髪はボサボサだが、その所々ハネた髪は犬のような愛嬌を感じる。綯よりも胸も大きくて年齢設定も高校生version、一体どこで手に入れたのか丸富大学附属高校の制服を着用している。

「ああ、ちっちゃい方が抱きやすいのにぃ」
「情けない声を溢さないでよ。スーパーには元々この姿で行くんだからいいじゃないか、綯も争奪戦では今のまま参加すると良いんじゃないかな?」
「そうですけど・・・・」
「それに抱き心地なら今の方が良いと僕的には思うな」
「それもそうなんですけど」

先程のロリ体系はそれはそれで抱き心地は良いモノだった。しかし今の豊満な肉体に比べたら確かに負けてしまうだろう。イタリア人と日本人のハーフ(もどき)である容姿は出ているところは大きく、引っ込むべきところは細い。
綯にも父親譲りの外国の血による肌の白さや薄い瞳の色は他にはない美しさだが、メガネの奥で灯るキュウべぇの紅い瞳は幻想的でもっと美しかった。
美しい容姿。このレベルなら学校に通えば確実に注目の的になるだろう。その容姿からは想像もできない幼い精神もあってスキンシップも子供のようにフランクで過剰、勘違いするのは男も女も関係ない、無自覚に全てを魅了することは間違いない。


「凶真も気持ちよさそうに抱きしめて―――――――・・・・・・・なんでもないよ、うん」


しまったと顔をしかめたキュウべぇは突然走りだし―――逃走を図った。

「ちょーっと待ちなさい知的生命体!二、三、訊きたい事があります」

が、冷たい声と共に地面に押し倒されて、さらに冷たいナイフの腹が頸動脈の辺りを撫でるから背筋に鳥肌がたつ。

「正直に答えてください。今の台詞はいったい何がどうなってそのような行為に?」
「こ、行為には及んではないよ!?」
「行為、には?」
「行為にも!」
「それで?どこを触られてしまったんですか?」
「ん・・・・?いや、別に凶真が僕に何かをしたわけじゃ――――」
「つまり貴女自らその豊満な胸を押し付けてイベントフラグを開花させたということでいいんですね?」

鳥肌を撫でるようにナイフの刃が肌をなぞる。

「凶真ったら僕の肉体に欲情しちゃって困ったもんだよ迷惑だよ!!」

この瞬間、キュウべぇは岡部倫太郎を売ったのだった。

「ほう、つまり貴女はオカリンおじさんがオカリンおじさんの意思で貴女の体を好きにしたと?」
「目が据わってて恐いよ綯!?」

キュウべぇは肌を撫でるようになぞるナイフの冷たさにピクピクと反射で体が痙攣してしまう。また気持ちいいと怖い痛いの感情が混ざった言葉に出来ない何かが這い上がってきて困惑もする。
ただ下手にでていたのに一転して容赦のない綯の責めにキュウべぇはゾクゾクと背筋を震わせるが、このドキドキとする心臓の動悸が希望よりも熱く絶望よりも深い『愛』の前身である『恋』でないことを祈る。

「どうして・・・・・あげましょうかねぇ」
「うわわわわッ」

綯が冷たく見下ろす姿は本当に怖い。感情を得てからと言うもの魔女や突然の怪我に怯えたりする元無感情者だったが、最初の頃は何もかもが恐くて怖くて不安で外にもでられなかった。
慣れてからと言うもの、その手の耐性も出来てきたが完全に克服できたわけではない。これは、この感情は一生付きまとうものだろう。そして専らこの感情の発生する原因の人間は天王寺綯その人だ。
キュウべぇにとって天王寺綯は基本は好意的に接することができる人物。だが一度キレると手がつけられない。というか逆らえない。眼力といえばいいのか、その視線に縛られて動けなくなるのだ。

「ふぅ」
「っひぃ!?」

顔の筋肉が引き攣っているのがわかる。綯の動きと言葉にいちいちビビってしまう。

「・・・もういいです。どうせ嘘でしょう」

そしていつものように一気に感情が鎮火するから困る。アップダウンが激しくてついていけない。

「嘘って言っても抱きしめたのは本当の事なんでしょうけど、オカリンおじさんから抱きしめた・・・・それは嘘ですよね?」
「え?それは――――」
「え?」
「・・・・・うん、僕からだよ」
「・・・・・・・」
「ホ、ホントダヨ?」
「・・・・・・・・・・まあ、後日オカリンおじさんに確認しましょう」

そう言ってナイフを服の下に隠す綯、とりあえず距離をおきたいキュウべぇ。
後日、岡部は綯に問われ、いつものように誤解されながらも一部の真実の為に折檻される事になるが別の話になるので省略。
ぱたぱたと小動物のように綯から距離をとったキュウべぇは不満そうに声を上げた。

「―――――ななな綯ッ、君だけじゃないけどラボメンのほとんどは武力で脅しをかけてくるのを即刻止めるべきだよ」
「分かってはいるんですけどね・・・・・手っ取り早くて楽なんですよね」
「短絡的すぎるんだよ!そんなんだから何時も何処でもどの世界線でも問題になっていたんでしょッ、君はそれを観てきたんだろう?」
「あー、そうなんですけど・・・・・・いざ自分が同じ立場になると我慢できないんですよねぇ不思議と、殺意が我慢できなくて」
「いま殺意って言っちゃったよ・・・・君は――――」
「ほら、私って主観では百年以上オアズケくらってる状況ですから」
「どんな言い訳だよまったく・・・・・はぁ」
「まだ分からないかもしれませんが人間にとって百年は、いえたったの一分も待てない時もあるんですよ」
「・・・・それで攻撃される身にもなってよ、今回は止めてくれたけど先日は本気で皮を剥がされそうになったんだから」
「貴女にもいつか分かる時がきますよ。少なくとも嫉妬の感情は芽生えてますから」
「そんな狂気的な気分は要らないんだけどね・・・・・・でもシット?」
「日本語の嫉妬ですからね」
「ふむん?」
「さっき、というか最近、私に冷たい態度をとっている原因もそれですよ」
「・・・・・?」
「・・・・・あら?貴女が怒っているのは、気に入らないのは私が“あの人”の『シティ』への同行を許可したからでしょう?」
「――――――ああ、なるほど」
「でしょ?」
「これが・・・・・ふむ、勉強になるね」

綯の身の上話は少なからず本人と岡部から多少は聞いている。だから多少は、判らなくもないのか理解をしようとは思っている。
強力な魔女にも、下劣な人間相手にも冷静に落ちついて常に堂々としている天王寺綯という人間は、岡部倫太郎の事になると途端に脆くなる事を知っている。

だけど、だから分からないのだ。

そんな彼女が、人間には耐えきれないだろう時間を観ている事しかできなかった彼女が、こうして触れ合えるこの世界で我慢している事が自分には分からないのだ。
彼女が岡部倫太郎に好意という感情を抱いている事は知っている。知識だけだがそれが大切なモノだと理解もしている。
それは普通、他者に渡したくないモノじゃないのか?岡部倫太郎と言う男を他の女に渡したくないと思うものじゃないのだろうか。
分からない。何故彼女は岡部倫太郎に対し“そう”でありながら、それこそ嫉妬の感情を抱きながら『あいつ』に彼との接触を許すのか。

「嫉妬か」

ふむふむと興味深そうに頷くキュウべぇの姿は珍しくもないが完全には納得していない様子、綯は苦笑しながら捕捉する。

「まあ貴女のそれは他の子と違って方向性、出発点が若干違いますけどね」
「?」

数店舗、キュウべぇはスーパーを回る予定だから、それに遅れないように歩きながら綯は説明する事にした。
そのすぐ隣をキュウべぇが子供のようにあどけない瞳で見上げてくるので、いつかお世界線で教壇に立っていた岡部の事を思い出した。過去の世界線、いくつかの世界線漂流で教鞭を振るっていた岡部が楽しそうに物事をレクチャーしている気持ちが分かる。
ボサボサの髪の毛を撫でながら、成すがままにされながら続きを急かすキュウべぇに微笑みつつ綯は予想にすぎないが間違ってはいないだろう仮説をキュウべぇに伝えた。

「キュウべぇ、貴女にとってラボメンは大切な人達ですか?」
「うん、もちろんだよ」
「つまり貴女にとって岡部倫太郎は?」
「大切な人だね」
「そんな彼が、貴女以外のラボメンと仲良くしていたら?」
「別に良いんじゃないかな?」
「彼が、他の子たちが貴女以外の人とお出かけしたり遊んでいたりしたら?」
「交友関係に口出しなんかしないさ。彼女達の世界は僕なんかより広いし、それにその友人を紹介してもらって僕の世界はさらに広がるんだから」
「じゃあ突然、知らない人と仲良くしていたら?」
「?さっきと変わらないよ」




「ラボメンよりも優先していたら?」




「気にくわないね」




岡部倫太郎が例えば、ラボメンよりも他の誰かを優先していたら嫌だ。
岡部倫太郎が例えば、ラボメンよりも出会ったばかりの奴を大切にしてたら面白くない。
岡部倫太郎が例えば、ラボメンよりも知らない人と口論してたら楽しくない。
岡部倫太郎が例えば、ラボメン以外の手作り弁当を優先していたら嫌だ。
岡部倫太郎が例えば、ラボメン以外の奴を大切にしてたら面白くない。
岡部倫太郎が例えば、ラボメン以外の人と一緒に弁当争奪戦をしてたら楽しくない。

岡部倫太郎が例えば、マミよりも誰かを優先し、大切にして、楽しそうにお喋りをしていたら全然まったく何もかもつまらなくて面白くない。

はっきりと、キュウべぇは不愉快だと口にした。その態度で声で心で感情で。

「気にくわない、ですか」
「ああ、うん。そうだね・・・・・綯、僕は『あいつ』のことが嫌いだ。そんな『あいつ』を特別扱いしている凶真にムカついて、それを許した君にもムカついている。そうゆうことなんだね?」
「・・・・・・・・そんな怖い顔しないでくださいよ」

そう、気にくわない。気にいらない許せない。思い出した。これは天王寺綯が現れたばかりの頃に彼女に抱いていた気持ちに近いんだ。とキュウべぇは自覚した。
自分達ラボメンよりも後から来た人間を大切に思っているような振る舞いが気に入らなかった。それは魔女の結界内で偶然出会った魔法少女に対し岡部や上条が世話を焼く時に感じるモノと似た性質。
今でこそ綯の事を仲間だと思えるほど気を許しているが、当時は――――憎かった。その感情を抱けた事には、経験できたことには感謝している。今でこそ言えることだが。

「自覚した。この感情は興味深い、貴重だな体験だ」
「そうですか、でもいつかそれが当たり前になりますよ」
「当たり前に?それは気が狂いそうだね。君達人間はどうして耐えきれるのかな?いや、耐えきれないのかな?だから魔女化する子が多いんだね」
「・・・・・・一応、間違ってはいませんね」
「それで、綯」
「はい?」
「なぜ『あいつ』の同行を許可したんだ」
「もちろん必要な人材だと思ったからですよ」

純粋だからだろう。それゆえに非難と敵意、それと軽蔑の混じった視線を隠すことなく、それが溢れている事にも気づかぬままキュウべぇは睨んできた。

「ラボメンである『ソールマーニ』なら理解できる。彼女の強さはラボメンの中で間違いなく最強だからだ」
「ええ、ラボに寄りつかなくても実力が証明している。今後、オカリンのじさんには絶対に必要な人です」
「ラボメンじゃなくても『ヒュアデス』や『悠木佐々』はイレギュラーとして役に立つ」
「そうですね。万能と支配、認めたくはないですけど利用価値は十分に有ります」
「じゃあ『あいつ』は?」
「・・・」
「『あいつ』は凶真に選ばれた・・・・・・抜きんでた強さもない、特異の能力があるわけでもないのに凶真はなんで『あいつ』を選んだの?」

あいつ、とキュウべぇが口悪く言葉にする人物。

「何度考えても分からない、納得できない。『あいつ』は強いわけでも特殊な魔法を持っているわけでもないのに」

その人は過去、一度もラボメンになった事のない女性。

「僕達よりも後に現われて、僕達よりも後に凶真と仲良くなったのに」

魔法少女でありながら成人を迎えた稀有な人。

「人の出会いに後も先もないですよ。大切なのは――――――」
「なぜ、ラボメンは駄目で彼女は許されるんだい」
「・・・・・」
「凶真と一緒に『シティ』に行きたいと願うラボメンは駄目なのに、なぜ彼女だけが特別なんだ」

ただ、此処に辿り着く直前の世界線で出会い、その世界線でキュウべぇと同じように長年パートナーとして過ごした人。

「わからない。凶真のことも、それを許した君も」

やり遂げた岡部倫太郎という存在を最初から最後まで支えた女性。

「ラボメンは基本的にまだ学生ですよ。それに、私だって本音では嫌なんですよ?」
「だから分からない。嫌なのに何故我慢できるんだい」
「嫌いではないからです。キュウべぇ・・・・・貴女は優しいですね」
「なにがさ」
「その怒りは自分を観てくれない嫉妬からではなく、まるで私達を蔑ろにしているオカリンおじさんに怒っているから――――――貴女は私達のために怒っている」
「分かんないよ、判らないよ、なにも・・・・・訳が分からないよ!」
「ええ、そうですね。簡単に整理も納得もできなくて困っちゃいますよね」

あの人は似ている。名前だけじゃなくて性格も。似ているから、という理由で揺れる岡部倫太郎ではないだろうが綯は知っているのだ。

ずっと観測してきたから、観て、聴いて、感じてきたから天王寺綯はどうすることもできない。違うか・・・・・したくない、と、らしくもないことを柄にもなく思っているのだ。

仕方がないと、しょうがないと、情けない事に思ってしまうのだ。身を引いてしまう。泣きたいぐらいに、悲しくなるぐらいに。


この世界線では、この世界では皆が変わっていく。暁美ほむらもキュウべぇも、時間と共に、経験を積んで、出会いを通して、感情を揺らしながら変わり続けていく。


変わらない岡部倫太郎も、変わる事の出来なかった鳳凰院凶も大きく変わっている。




きっと幸いな事だ。


だから、泣くな。私・・・。













―――俺が一番じゃなくてもいい


いつもなら自己主張が激しいのに、その手の話題の臭いがすればすぐさま茶化すように、それでいて真剣に岡部倫太郎は言うのだ。
だからたまに考えてしまう。『一番じゃなくてもいい』――――それはつまりラボメンの皆が岡部倫太郎の事を一番に“想わない”と思われているみたいで、それでもいいと言っているみたいで悲しいのか苦しいのか、悔しいのか嫌なのか分からない。

誰かが言っていた。岡部倫太郎は愛するけど恋はしないと。
だけど誰かが言った。岡部倫太郎は求めないし欲しないと。

分からない、と言えなくもないが悩んでしまう。それは愛と呼んでいいのか?極論、自分が抱いているだけで自己完結、満足しているだけで恋に恋するように、本当は愛すらも・・・・・と。
男の子と女の子とでは“それ”の価値観が違う、と友達が教えてくれた。考え方や捉え方が違うのだと。だから不安になる必要は無いのかもしれない、此方は不安になるけど男性サイドからすればそれが普通なのかもしれない。
愛する彼女の為に山に登る男だが、女はそんなことよりも傍に居てほしいと願うように・・・ちょっと違うか?何か違うと思うがそう思い込んできた。
そこに恋の感情はなくても、求められなくとも愛は確かにあると・・・・だけど、それも・・・・。

「・・・・・マミ、もしかしてだが――――」
「ええ、あなた勘違いしてるわよ」
「・・・・・」
「それでね」

ようやく焦りから震える喉元が落ちついて。やっと緊張から硬直していた体が意思に従い。ついに赤くなっていた顔を上げて視線を合わせきれる。
視線の先には見知った男の子、背は自分よりも高く梳かされた黒髪から覗く瞳は黒くて綺麗だ。いつか贈ったヘアピンを男の子なのに律儀に使ってくれている。
多分、いや確実に自分にとって一番身近にいた異性だろう。両親を除けば最も真剣に愛してくれた一人であり、今もこうして一緒にいてくれる。
雪の降りそうな寒空の下、街灯に照らされながら抱きしめてくれた人は、だけど私に特別を求めていない。例えその行動や言葉が愛に溢れていても、それが本物でも私を欲しない。
周りから見れば勘違いされやすい関係だけど、他の誰かよりも近い距離にありながら、その関係は皆が想像する形には決してならない事を知っている。

「――――これって、周りからみたら誤解されるわ」
「・・・・・・すみません」

だから言葉一つで距離を放棄する。意識したら体を離す。想像するまでもなく期待もしない。簡単に謝って、言い訳せずに卑屈になる。
特別に見える距離を誇示せず縋りつかず、何より求めず欲しない。

だから、いつもマミは冷静になれた―――岡部倫太郎の言葉に勘違いしないでいられた。
そんなんだから、からかわれたときにマミは曖昧に笑って濁す―――皆に期待されている感情を向けられていない事を知っているから。

「もう、むやみに女の子を抱きしめちゃダメよ」

冷静に、ようやく落ち着いてマミは言葉に出す事が出来た。腕を組んで精一杯威勢を感じられるように心持ち見栄を張る。そうでもしなければ顔の赤みが再浮上してしまうからだ。
幸い、岡部も状況から勘違いしていた事に気づいてくれたのかマミの台詞に逆らわずに身を離して頭を下げた。
岡部は勘違いからか、バツが悪そうにしている。そして気まずそうに謝ってくるから心苦しい、勘違いの原因は自分にあると分かっているからマミは気にすることはないと岡部に微笑んだ。
だからそれでホッとした岡部が「ん?」と首を傾げる。その理由をマミは悟っているので必死に考えた言い訳を今一度頭に思い浮かべる。

(よし、大丈夫大丈夫)

大丈夫、これなら問題ないと岡部の言葉を待つマミ。不思議そうな顔を浮かべる岡部を笑顔で見上げた。事前の準備は自信に繋がるという具体例がここにあった。
岡部からすれば自分の勘違いでマミに人前で恥ずかしい思いを、それこそ勘違いされかねない事に巻き込んでしまったと軽くショックを受けていた。同じ年頃の少女を抱きしめる愚行を何度も繰り返しているだけに猛省していた。
だが今回は、珍しいことに非は自分にあるとマミは自覚しているので申し訳ない気分になっていたが・・・今はそれを告げる事が出来ない。告げればまた赤くなる、恥ずかしいのを我慢しているのも既に限界に達しようとしている。
一方の岡部は勘違いしてしまった原因を思い出そうとし、原因というよりも切っ掛けはマミが信号を渡っていた自分を必死に引き止めようとしたからだと気づく。

「マミ」
「なに、倫太郎」
「いったいどうした?」

言葉だけ聞けば「お前がどうした?」といった感じだが、マミは別れを告げた岡部の後を追ってきたのだ。ならば何かあったのでは?と考えるのは想像に難しくはない。人前で、夜の横断歩道の途中で呼びとめたのだ。他のアッパー連中ならまだしもマミは珍しい。
だからこそ岡部は緊急事態と勘違いしてしまったわけなのだが、今のマミはそうでもない様子、ゆえにシンプルに本人に訊いてみた。なにかあったのかと、なにか用事なのかと。
それを、その台詞を待ち望んでいたマミは「ん、んっ」と軽く咳をして息を整え考えていた言い訳を口にした。
それは誤魔化しの言葉、それは隠すための言葉。自分でもよく解らない理由で引きとめてしまったから、その恥ずかしさを誤魔化し隠すために放つ台詞――――ただの都合のいい筈の言い訳、それだけの、はずだった。

「今日も彼女達の所にいくのよね?」
「え?・・・・ああ、そうだが?」

『彼女達』。ゆまの語ってくれた物語で出てきたであろう人ではない。彼女達はラボメンで、だけどラボに寄りつかない、だから岡部は彼女達に会うために日の沈んだ時間によく出かける。他のラボメンと接触しないからだ。
岡部と彼女達の関係は他のラボメンとは全然違う。友愛から繋がったのではなく、利害関係で手を組んだ魔法少女。上辺は、岡部は契約だからと言うが、決してそれだけではない事を誰もが知っている。
そうでなければラボメンには選ばれないだろう。■■さんではなく彼女達が最も優先されている以上、それは疑いようもない。暁美ほむらでも、鹿目まどかでも、天王寺綯でもない。
彼女たちこそ岡部倫太郎に選ばれた存在だ。

「私も行ってもいいかしら?」
「え!?」
「やっぱり仲良くしたいし、ダメ・・・かな?」

マミは懇願するように訴えるが岡部は困ったように、実際に狼狽し始めた。

「いやその、マミも知っているだろう?彼女達は――――」

彼女は、彼女達はラボメンでありながら基本的に仲間意識は無い。ラボにも寄りつかない。時と場合によってはラボメンであろうと攻撃する魔法少女だ。
ナンバーは02、鹿目まどかと同じであり、この世界線で最も初めに選ばれ、誰よりも優先して勧誘された女の子――――後になって知った事だが岡部倫太郎は彼女以外の子とは本来接触する気は無かったらしい。
事実、キュウべぇと彼女達さえいれば岡部の目的はほぼ達成できる。魔法の有る世界での岡部倫太郎の世界線漂流、もしも最初から彼女達の協力を得ていたら―――――、仮定の話は止めよう。
過去があったから今があるのだ。何度も繰り返し蓄積した経験と想いが今に繋がった。それでいい、それで幸福を実感できている。

「それでも仲良くしたいの、だって同じラボメンよ」
「・・・・だが、俺が一人で行かないと機嫌を損ねると言うか――――」

岡部は本当ならラボメンとは一切関わる気は無かった。だけど偶然か必然か、岡部倫太郎は今までのように、これまでのように鹿目まどかと出会った。意図的にラボメンと距離をおいた岡部だが結局は一緒に居る。きっとそれは幸いだ。ラボメンにとっても、きっと岡部にとっても。
しかしそれは彼女達からすればラボメンが彼を横から奪った(?)ようにも見えたのではないだろうか?彼女達は未だに岡部倫太郎以外に気を許さないのには、もしかしたらそんな理由があるかもしれない。
しかし彼女達だけが敵対心(?)を抱いてるわけではない。他のラボメンも彼女達にはあまり良い感情を抱いていないのでお互い様だ。先に知り合ったとか契約がどうだかで岡部倫太郎を最も独占しているから気にくわないのだ。
だから基本的に仲は悪い。助けられたことも助けたことも沢山あったが誰もが大人になれるわけではない。我慢できないし、そもそもしたくもない。困った事に年長者である岡部や織莉子ですら仲裁に入る事を諦めかけている。

「でもッ」
「マミ、今回は急すぎる。彼女達の性格は知っているだろう?事前の相談もなく連れていくと手がつけられない」

この場合の手がつけられないとは何も戦闘が始まることを示唆しているのではない。岡部が心配しているのは彼女達の反応だろう。結果、岡部は狼狽しマミはきっと泣く。
マミにも想像できる。にこやかに微笑み歓迎し、次の瞬間には岡部に甘える彼女達の姿が簡単に・・・それで一体何人のラボメンが泣かされたか、後に岡部が何度折檻されたか。

「それにもう夜だ。バイト戦士とアイルーが腹を空かしているかもしれん」
「・・・・」
「マ、マミ?」

ふむ、とマミは話題を逸らす事に、自分の突発的な行動を誤魔化すために岡部の不得手の話題を振ったわけなのだがいかんせん、ため息が零れる。自爆した。
話題を逸らせる絶好のポイントだが思い出せば胸の奥から普段はあまり表に出さないイライラとした感情が吐き出されていく。
だから話題を変える。変えてくれたから、それに便乗する形でさらに話題を変える。

「ねえ倫太郎、貴方はこれから彼女達の所に行くのよね?」
「ああ、そうだが・・・・・もしかして会話のキャッチボール成立してない?」
「・・・・ほんとに?」
「え?」

私は、私も正直に打ち明ければ・・・・・あまり好意的なほうではない。ラボメンの中で彼女達に友好的なのは岡部とキュウべぇを退けば――――ゆまちゃんぐらいか?
そこまで考えて、嫌な気持ちになるからまた話題を逸らそうとして、陰鬱な気分だったからか、八つ当たりのように私の口からそれは零れた。
それは台本に出てきたから、何時の頃からか岡部が気にしていたから、本当はずっと前から気づいていたから。
変わらない筈だった岡部倫太郎を変えたかもしれないから。

「ほんとは■■さんに会いに行くんじゃないの?」

訊きたいけど訊けなかった。教えてほしかったけど知りたくなかった。

「はあ!?い、いきなりどうしたんだマミっ?」

この問いかけに対しての反応は予想はしていたが、やはり驚いている。
理由は自分が珍しい事に踏み込んできた事か、それとも話題が『あの人』だからか。
まだ解らない。どっちなのか判らない。

「・・・・慌ててる」
「いやっ、それはマミが―――」
「私を言い訳にしないで」

散々言い訳を並べ、延々と誤魔化そうとした奴の台詞ではないけれど、マミは小さく呟いた。

「マミ、いったいどうしたんだ?」
「だって・・・」

だがこの話題は避けた方がいい。

「倫太郎は最近、ぜんぜん私達にかまってくれないじゃない」

マミはふと思う。少し前の自分と大きく変わったな、と。

「特に、口では私の事を想ってくれるみたいに振る舞って、その実まったくと言っていいほど相手をしてくれないわ」
「そんなことは・・・・」

誤解がないように、マミは自身に問い掛ける。自問自答する。

私は岡部倫太郎のことが好きなのか?―――『好きだ』。ここまで物理的にも精神的にも距離を許したのは彼だけだ。
それは恋愛感情からくるものか?―――『違う』。抱きしめたいと思った事はあっても、キスがしたいとか、エッチなことがしたいなんて考えたこともない。
彼と恋仲になりたいか?―――『思わない』。思えない、イメージが沸かない。鹿目まどかのようにスキンシップをとる姿を想像できない。
彼が誰かと恋仲になる事を許せるか?―――『分からない』。
岡部倫太郎が自分以外の女に優しくするのを良しとするか?―――『■■■■■■』。

「あるわよ」

これではキュウべぇに何も言えない。感情を習得し始めたばかりなのにまだ自重出来ている。
それに比べ自分は我が儘になってしまったと思う。感情に正直になったと言えば聞こえはまだ良いが、実際にはただ嫌みや妬みを含んだ小言をよく挟むようになったのだ。
これまであまり抱かなかった感情を、今までは考えもしなかった思考を、いつからか積極的に出来上がってしまっていた―――――。

「今も私を・・・・じゃなくてッ、私達より他を優先しているわ」

鏡がなくとも分かる。今の自分はきっと拗ねた表情で彼を責めている。それもどう答えようとも非難は免れない意地悪な問いかけを乗せて、だ。
でも岡部が悪いと、倫太郎も酷いからこれくらいはいいじゃないかと心のどこかで思っている。理不尽で横暴でもいいじゃないかと。最近は本当にかまってくれなくて、食事に誘っても付き合ってくれない。
ほんの少し前までは即答即決で首を縦に振っていたのに、いつも優先してくれたのに新しい子が現れるたびに扱いが疎かになっている気がしてならない。

(・・・・私、ほんとに変わっちゃったな。面倒臭くなった・・・・)

特に自分に対する弁明というか、理由付けの思考が充実しすぎるのだ。前は本心を出さないように言い訳や誤魔化しをしていたが、今では本心を出すために言い訳をしてしまうことも増えてきた。
心の壁や本音の蓋が別の段階にシフトした。アドバンス本音、ニュー蓋みたいな感じ。
見せないための壁ではなく曝け出すための舞台。隠すための蓋ではなく差しだすための御盆。
・・・・違うか?違う気がするが合わせて考えてみると“据え膳”―――――――――――考えるのはまた今度にしよう。夜のテンションで考えるとロクな事にならない。

「ああもうっ!」
「!?」

何がしたかったのか自分でも分からないのだ。何を言いたいのか、伝えたいのか分からないのだから困る。自分だけじゃなく目の前にいる人も、だから余計に焦って拗れる。
両手を子供のように胸の前でぶんぶんと振って内にある憤りを振り切ろうとするも、その程度で晴れるわけもなく岡部の前で頬を膨らませるだけに留まった。
拗ねているような、怒っているような、年相応に見える可愛らしさ、不思議と花があったが今の岡部にはマミに何やら疑われていると動揺してしまい気が回らなかった。

(・・・・・試されているのか?俺は今マミに何かを試されているのか!?)

と、岡部が勝手に思考の沼に沈んでいく一方で

(もう私のバカッ、ゆまちゃんの話しを聞いてからずっとこんなままじゃないの!)

少しは冷静になれたのだろうか、子供のように・・・・元より子供なのだが年齢相応にダダをこねた結果、マミは自分の暴走具合にようやくブレーキをかける事が出来そうだ。
変に言い訳を並べても、意地になって誤魔化しても意味は無い。さっさと誤解・・・否、テンパっていたと伝えるだけで全ては解決するのだ。
恥ずかしいが、きっと岡部は深くは訊いてこないと判っているから早く行動に移すべきだ。

「ごめんなさい!なんでもないから今のは忘れ―――――って、あら倫太郎?」

頭を下げて謝って、顔を上げれば視界に

「・・・・え?あれ!?」



岡部の姿はなかった。










「一体なにがどうなって“こう”なったの?」

翌日。見滝原中学校三年生の教室にてマミは隣に座るクラスメイトに声をかけた。

「見たらわかるでしょ?」

結局、昨日は謝る事もできないまま終わってしまった。急に消えたから心配したが知人に拉致られたとのメールがあったので安心できたが・・・・安心できてしまう関係が周囲にあるのは驚愕だが、それも“いつもの事”だからいい。
それで結局は学校で話そうと足早に登校してみれば―――――何故か岡部倫太郎が教室の教壇の方で上下逆のまま吊るされていた。

「今から罪人を皆で裁くのよ」
「さ、裁く?」
「ええ、マグロのように」
「解体!?」
「審議の結果次第ではそうなるわね」
「いったい何をしたの倫太郎!?」
「マミ・・・俺は不覚にも罪を、な」

問えば頭に血が溜まってきたのか、真っ赤に染まりつつある顔で岡部は答えた。
その口調には今の状況を抗議する色は何故かなかった。今の自分には確かな罪があるのだと言うように、彼は現状を受け入れていた。
何があれば、何をしたらこんな目に会うのかマミには分からない。クラスメイトは確かに時に鬼畜外道アッパーな行動言動を躊躇なく行うが、岡部がそれに対し反抗抵抗抗議しないとは珍しい。
昨日一昨日までは普通に学校全域をフィールドに仲良くサバイバル実習をしていたのに・・・・・普通ってなんだろう?普通の中学生って放課後にゴム弾を使用したサバゲー(煙幕、トラップ、通信、買収可)でヒャッハーするだろうか?
サバイバル実習の筈がサバイバル演習に・・・・・ん?サバゲーへと内容が変わったのか最初からそのつもりだったのかは今となっては分からないが、その時までは確かに仲良く互いを射ち・・・・・打ち・・・・背後を取り合っていたのに、一体何があったのだろうか。

「俺は『巴マミファンクラブ』の掟を破り夜遅い時間帯、人前で君を抱きしめてしまった」
「「「「「UREYYYYYYY!!!」」」」」

あ、ヒャッハーした。ついでに皆が怒ってる理由も判明した。岡部倫太郎の罪過は第三者視点で語るなら『真夜中、街中で女の子を抱きしめていた罪』だ。
このクラス、この学校の生徒は基本的に実力主義上等の『頑張り結果を出した者≒えらい凄い格好良い!』の風習があるが、同時に他人の幸せは奪い合う・・・・分かち合うものとして、隙を見せれば幸せの邪魔・・・妨害を受けるので、ようするに隙を見せた方が悪い。
何が言いたいのか、簡単に言えば他を、自分を差し置いて幸せになる奴は許さん、他人の不幸は蜜の味!を信条に動き出すモノが多い。基本スペックが一人一人不幸な事に高いだけに集団で結託されるとかなり危険、敵に回すとやっかいだ。
やり返しされた場合、自らに帰ってきた場合、そもそも倫理的観点から見て褒められる立場ではないが、彼らはそれを承知で動く、他人の、特に恋愛事に関しては全力で妨害、または話のネタにする。今回は後者のようだ。

「みっ、みんな落ちついて!」

罪(?)を告白した岡部に奇声を上げながら突撃していくクラスメイトの前に、岡部を護るように手を広げたマミは必死に説得を――――――・・・・『巴マミファンクラブ』ってホントにあったんだと恥ずかしくて潰れそうな精神に無理矢理蓋をしながら行った。
誰もがその手にラーメンを所持しジリジリと近づいてくるという謎の現象に泣きたくなってきたが岡部倫太郎は恩人であり大切な仲間なのだ。昨日の件が原因であるのなら誤解・・・岡部がそうしてしまった原因は自分だ、だから矛(ラーメン)を下ろしてほしい。
彼は悪くない。勘違いさせてしまった自分が悪い。だから罰するというのなら、それを受けるべきなのは自分だ。その手に持った熱々のカップラーメンを自分に―――――。

「・・・・・・・なんで朝からカップラーメンを持っているのかしら」

ふと、素朴な疑問を抱いた。あまりにも皆が当たり前のように教室でラーメンを食べているから今日は『ラーメンの日』と意味不明な単語が生まれ勘違いしかけたくらいだ。
ただ宙吊り状態の岡部を囲みながらの食事だったから現実に復帰できたのだ。

「いやな、最近岡部の奴が言ってたじゃねぇか」
「?」
「ほらマミ、あんたも訊いたでしょ、『女難の相』があるかもしれないって」
「・・・・・・・ああ、そういえば」

いつだったが岡部の口から出た言葉。しかしそれは彼が自身に向けたものではなく、上条恭介に対しての台詞だったと記憶している。

「で、岡部の掟破りもそれが原因と思ってね」
「思って・・・・どうしてラーメン?」

皆が合わせて頷く。

「いやなに―――――――ぶっかけて除霊してやろうと」

「何処の星の除霊法!?」
「「「塩入ってそうだから」」」

そのために朝早くから登校しラーメンを食べていたのか、そう思えば彼らの奇特な行動に説明が付く・・・・・はずもなくマミは頭を抱えた。
これが自分のクラスメイトだ。大切な学友だ。基本的に仲は良い筈だが相手のミスには敏感で容赦なく遠慮なく指摘する共食いが大好きなアッパーな・・・・魔女の脅威から護るべき人達だ。

「さあ、どいてちょうだいマミ。このヌードル『ヨーグルト味』が貴女に跳ねたりでもすれば写メでフォルダを一杯にしないといけないわ」
「よく解らないけど落ちついて、ね?」
「無理だな巴さん。奴は協定を破った。俺はこの『きなこ味』を岡部のズボンに注がねえと気が収まらねえ」
「そんな事言わないで、昨日の件は――――」
「奴は自ら罪を告白した。弁明があるのなら奴の口から直接しなければならないわ。貴方は優しいから・・・・・さあ岡部、私の『メロン味』でその口を塞いであげるわ」
「さっきから不可解なラーメンばっかり宣伝されているけど―――――だ、ダメよみんな!倫太郎は悪くないの!」
「ズボンの裾からこの『ブルーハワイ味』を―――――ってマミ、さっきから騒いでるけど・・・・抱きしめられたのはホントなんでしょ?」
「う・・・・うん」

そう冷静に、かつ視線を集められると緊張してしまう。頬に熱が、赤みがさしてしまいさらなる誤解を与えかねない。だからマミは表情を隠すように顔を伏せるが、このとき既に耳も真っ赤に染まっていたので、あまり効果は無かった。
ただその間、皆はシャッター音の出ない違法改造された携帯電話でマミの恥じらう姿を激写、各々がその出来栄えに一度『うん』とか『うむ』などと溢しながら何食わぬ顔で携帯電話をポケットに、マミが視線を上げた時には岡部にラーメンをぶっかけるモーションに移行していた。

「わあっ!?まってお願い話をきいてちょうだい!」

今まさに岡部に『ソフトクリーム味』の熱々ラーメンをぶっかけようとしていた女子生徒の背中にしがみ付き制止させようとするマミ。

「・・・・・・・背中にダブルマウンテン・・・・もっとよマミ!!」
「え?」
「もっとこうっ、円を描くようにお願いっっ!!!」
「え?えっと・・・・こう?」
「至福!もう私は死んでもいいわ!!」

「「「「「「「じゃあ死ねやぁああああああああ!!!」」」」」」

謎の言葉に顔を上げた直後、彼女は周囲から多種多様なチャレンジ精神に溢れたラーメンを全方位から―――――直撃した。当たり前だが密着していたマミも軽度の誤爆を受ける。

「きゃあ!?」

火傷するほど熱くはないが、やはり顔や手に直接触れたスープはそれなりの熱がある。顔面で受け止めた女子生徒よりは大分まともとは言えマミの口から悲鳴が零れた。
とっさに女生徒から離れ顔に着いたスープを袖で拭う。シミになるかもしれないが顔についた油独特のネバつきにマミは後の洗濯については忘却してしまった。

「シャッターチャンス!」

それよりも問題は、いろんなチャレンジ精神に溢れたラーメンのスープの中に偶々偶然白くネバつきの有るお肌に優しいコラーゲン豊富そうなカロリー高のゼリーもどき物質がマミの顔及びふき取る袖口と両手に付着している事象だ。
そう、なんか■■い事象が早朝の教室で発生している。否、決して■■くはない筈だ。だってラーメンのスープだし規制も何もない。だから大丈夫、イケる!・・・・イケる筈だ。
直撃した女子生徒は「ぬあーっ」も悲鳴を上げるが、油まみれに陥られながらも他の生徒と同じように視界を塞がれながらもマミに向かってシャッターをきった。

「うぅ、凄い匂い」
「「「「「ほうっ?」」」」
「それに・・・やだ、シミになっちゃう」
「「「「「ほほう!!」」」」」
「それにこの白いのって・・・・わっ、なんでこんなに――――ヨーグルトってこんなにネバネバするの?」

無意識のサービスに皆は目を閉じて、戸惑っている純情なマミの姿と声を網膜と鼓膜に刻みつけた。
そして―――

「「「「「「・・・・・・・ふぅ・・・・」」」」」」

爽やかな笑みを浮かべながら吐息を零した。

「さて、良い画と善き声も“盗れた”し岡部の制裁はコレでチャラって事でいいよなみんな」
「異議なし」
「いいと思うよ」
「むしろありがとう」
「GJ岡部!」
「ふ、まさか貴方に感謝する日が来るなんてね」

不思議そうに此方を見上げるマミの様子に、穢れを知らぬその姿にさらなる悦に入るクラスメイト達は何故か賢者タイム後の優しい気持ちになっていて、吊るされていた岡部をやはり優しい表情のまま下ろした。
頭に血が昇ってしまっていたからだろう。岡部は手を貸そうとするクラスメイトの手を払いのけ立ち上がるがふらついてしまう。と、とと、と千鳥足で崩れそうになりながらもマミに居る方に向かう。

「あ、倫太郎っ」
「・・・マミ」

岡部は顔を伏せたまま、ふらついたままだからマミは急いで立ち上がり岡部を抱きとめた。
昨日の夜ぶりに触れた体は気のせいか冷たく感じる。それに白衣ではなく見滝原中学の銀に近い白の制服越しの岡部の体も小さく感じた。

「大丈夫?倫太―――」
「マミ」

声を、台詞を重ねられた。そこには真剣な、此方の問いかけを封殺する意思が籠められていたからマミは口を閉ざす。少しだけ、怖かったのかもしれない。びっくりしたのかもしれない。
普段は戦闘力も発言力もラボの長でありながら最も低い筈の岡部が、それも自分に対し言葉を重ね、それに声色から怒りの感情が混じっているような気がして、その声で名前を呼ばれたからマミは萎縮してしまった。
巴マミは岡部に怒られた事も怒鳴られた事も少ない。しっかりと憶えているのは初めて出会ったとき、油断して『お菓子の魔女』に喰われそうになったところを助けてもらったときだ。
後はせいぜい岡部が誤解を解こうと必死に声を上げて弁明を述べたときぐらいで、やはり怒鳴られた経験がほぼない。ゆまやまどか、仁美やユウリですらあるというのに、だ。
そしてそれは耐性が無い事に等しい。マミは岡部からの悪意を、敵意を向けられたことが無いから、それこそ小さな喧嘩レベルでの、ゲームレベルでの小さいモノも。
だからだろうか、突然の、それも体を厚意から支えたときに感じてしまった怒りの気配にマミは怖くなってしまったのだ。もしかしたら岡部に嫌われているのではないかと、そう思われるような事をしてしまったのかと。
考えすぎなのは分かってはいる。ネガティブに無理矢理なろうとしているのが、滅茶苦茶な理由付けでびっくりした事を、怖がってしまった事を正当化しようとしている。
怒られる理由はあるから、昨日の件もそうだし、そのせいで今も吊るされてしまっていた、とマミは―――恐れながらも怖がりながらも岡部に叱られることを、少しだけ期待した。

「すまない、少しだけ後ろを見ていてくれ」
「え、ええ?」

体調が悪そうだが岡部は支えてくれていたマミの肩を押して離れる。そしてそのままマミの体を反対方向へと回した。
直後、聴こえてくるのは怒りに満ちた岡部の声と挑発するクラスメイト達の声。

「さて―――――――覚悟しろ貴様ら!!人ン家の娘によくも辱めを!」
「はぁん?今の艶っぽい巴さんの写メをもっていない下級戦士が何か吠えてますよぉ?」
「マミとの思い出がたかが半年のルーキーが悔しがってるようにしか見えないけどぉ?」
「去年一昨年と一緒に過ごした俺達には追い付けないと未だに理解できてないみたいだな」
「まったく、体育祭の時のマミ、プールの時のマミ、その姿を拝めていない存在が我らに反抗しようとは片腹痛い」
「ふふ、名誉会員とはいえ所詮お前は三桁ナンバー・・・・全員が二桁上位である私達に敵う筈がないのよ」
「思い出も、フォルダに記憶している写真の枚数も此方が上だ。質と量、出会った時点で彼我の戦力差は明らかだったのだから当然」

聞き捨てならないというか、もう聞きたくない台詞を意味ありげに叫ぶクラスメイト達の声に叫び出したい心境に陥ったが、マミは必死に我慢した。
そしてマミの代わりに、よく解りたくない挑発に彼は応じた。

「ふっ」

失笑。マミには岡部が不敵に微笑んでいる姿がありありと予想できた。

「・・・・?」
「何が可笑しいっ」
「この状況で狂ったか?」

それで動揺したのか、クラスの皆から強気の気配が薄れる。

「ふふ、愚か者共め!出会った時期が、過ごした時間が早く多ければ勝ちだと・・・誰が決めた?」

「なん・・・だと・・?」

くるん、となすがままに視界は逆方向へと向いたマミの視界にはガラス張りの壁。その壁に、ガラス張りの壁に反射して映っている岡部とクラスメイト達はまるで対峙するかのような構図で――――――ああ、さっきの怒りは自分に向けたものではないんだと、自分では気づかないほど小さくマミは落胆した。
おかしな事に、不思議な事に、自覚できないところでマミは岡部に叱られたがっていた。本人にすら気づかれないほど小さな願望として。
はあ、とマミは溜息を零した。反射したガラスに映った岡部とクラスメイトの争いをガラス越しに眺めて―――

「・・・・・?」

あれ?と首を傾げるも、やはりその願望に気づかない。そもそも“そこ”まで考えがいたらない。そこに結び付かない。
マミは岡部に苛められたい訳ではないのだから、Mの気があるわけでもないので・・・・・マミ自身は無自覚に苛めたい気持ちにさせる表情や仕草をする時もあるが巴マミは基本健全な一般市民である。
では何故だろう。なんでそんなことを思うようになったのだろうか?こんな風に思うようになったのは初めてだ――――岡部に対しては。

「確かに、確かにお前達は俺が転校してくる前にクラス会での『怒ったマミ』や修学旅行の時の『マミの寝顔』、『癇癪を起したマミ』に『泣きべそをかいたマミ』といった俺が見た事のないマミを沢山見てきたのだろう・・・・だが!」

他の人に、今と似たような気持ちを抱いた事はある。例えば両親だ。マミは自覚していない。だからこれは後から相談されたラボメンガールズが予想して答えだ。
叱られたいと思ったのは―――――構ってほしいからではないか?そう問われ、まさかと反論しようとするも、その言葉は意外と胸にストンと落ちた。まさか、と思ってもマミは何も言えなかった。
子供が両親の気を引くために、わざと怒られるような真似をするように、どんな形であれ関心を向けてもらえれば良しとするような、そんなマミらしくない無理矢理なモノ。それを岡部倫太郎に対し、変な形で表れてしまったのだろうか?何故今更?そもそも岡部には常日頃から気にかけてもらえているのに・・・・どうして、構ってほしいと思ったのか。

「忘れたのか?俺は一時期とはいえマミと同じ屋根の下で生活していたという事実を!!」

確かに岡部の言う通り一時期は同じ家で過ごしていた。
最初は何故か鹿目さんのお母さんにズタボロにされた状態で自宅にお届けされた岡部と秘密の共同生活が始まり・・・・それが岡部がラボに引っ越して、さらにラボメンも大所帯になってきた事で二人っきりで過ごす時間はかなり減った。
しかし、だからといって関係が劇的に変わったわけでも距離が離れたわけでもない。変わらず、離れずいつだって傍に居て、声をかけてくれて、そして触れてくれる。

「共に暮らし信頼を得た俺だけが見る事の出来たマミを、お前達は知らない。俺だけが観測できたマミを、な」
「ド、ドヤ顔ウゼェ・・・・・ッ、だが何だこの自信は?」
「私達の知らないマミですって・・・?まさか、マミの喜怒哀楽は既にコンプリートしているのに?」
「バカめ、喜怒哀楽?照れた表情や怒った顔?恥じらいや侮蔑、親愛や嫌悪など長年共に一緒にいれば幾度となく観測できる」
「く、こいつは一体なにを知って・・・・いや、何を見たんだ?」
「まさか・・・・エr-―――」
「それなら修学旅行の時に撮(盗)った私の写真に勝るモノなんて――」
「「「「「その写真言い値で買った!!!」」」」」
「プライスレス!」
「「「売る気無しかチキショウッ!」」」
「・・・・一万・・・」

「「「「「「「「さらば諭吉――――――!!!」」」」」」」」

「何をしているの貴方達はあああああああ!?」

驚いたのは、知らぬ間に盗撮されていた事ではなく・・・・それもあるのだが、誰もが躊躇わずに諭吉さんを財布から取り出した事が衝撃的だった。
だって早朝の出来事とはいえ、防音設備が整っている見滝原中学校の教室内の出来事の筈なのに、ぼそりと呟かれた言葉に何人もの生徒が詰めかけてきたからだ。

「――――――リアルブート」

朝練、朝の部活で既に登校していたであろう別のクラスの生徒が男女問わずに現れたら誰だって驚く。
唯一、岡部だけがその集団にディソードを振り回しながら突貫していった。
魔法すら切り裂く魔女狩りの剣。深層心理の具現化とも言われる殺傷力『高』のそれをもって突貫して・・・・?

「って倫太郎!?いくらなんでも――――」

と、叫ぶもその台詞は岡部を含めた皆の絶叫に掻き消される。

「記憶を完全に抹消してやるクソガキ共がー!!」
「はぁん!?」
「おもしろビックリ手品でアタシ等が『マミの■■い写真』を諦めるとでも!?」
「上等だ岡部ッ、いい加減お前の巴を独占する態度に怒りが有頂天に達していた!」
「うん、正しくは頂点な!」
「頂点に達していた!」
「こっちにも対岡部専用のガジェットがあるのよ!」
「催涙ガスとか閃光弾ばっかだから基本相打ち覚悟だけどなッ!」
「てか結局なんなのよアンタしか知らないマミって!」

ぎゃーぎゃーわーわーと誰もが鈍器を持って狂気を醸し出して乱闘を始めるクラスメイト。
騒ぎが拡大し他のクラスの生徒だけでなく、気づけば下の階、下級生を巻き込んだ大乱闘に発展していく。

「あ、ああ・・・・いったいどうすれば――――」

あわあわと、マミは半泣きで教室内をウロウロとさ迷う事しかできないでいた。
ただその様子が、泣きだしそうな飼い犬のような愛らしい姿がまた加虐心を煽ったりするのだが、紳士を自称する彼らは争いながらもその脳裏に刻む事で満足を得ていた。
彼らは非合法『巴マミファンクラブ』の会員。誰もがマミに対し真っ直ぐに悟られない程度にセクハラし、純粋に愛らしい姿を盗撮して日々の英気を養う学生だ。

「み、みんなやめて、ね?・・・・・ああ、もうどうしたらいいのぉ」
「とりあえず岡部を半殺しにしましょう」
「ええ、とりあえず倫太郎を半殺しに――~~~って暁美さん!?」

ファンクラブが発足して数カ月、まったく気づかずに今日まで来たマミはどんどん激化していく乱闘に打ちひしがれていると、すぐ傍から声をかけられた。
暁美ほむら。同じラボメンにして№04。腰まで伸びる綺麗な黒髪を持つ美少女、此処に来るまでの道中で乱闘に巻き込まれたのか髪と制服に若干の乱れがあり、左手で髪を払いつつ岡部に向けて右手に持った文房具を投擲した。

「ぐはッ!?」

後頭部に三十㎝物差しがザックリと突き刺さり岡部は倒れた。
そこに我先へと、クラスメイト達が追撃の攻撃を行う。

「え・・・?わ、わあ!?倫太郎!?倫太郎!?ちょッ、待ってみんなストップストップ!!」

誰もが容赦無しに手加減なく追い打ちを仕掛けるからマミは叫び声を上げるが、原因を作ったほむらは―――。

「これで一連の騒ぎの首謀者は逝ったわ。これからは平和な時代ね」
「今まさに血が流れるけど!?」
「巴先輩、尊い犠牲は世の常ですよ?」
「倫太郎は何も悪くなんか―――!」
「またまた御冗談を」
「確かに何時もなら倫太郎が原因とも言えなくもないのだけど今回は私が――――」
「いいですか巴先輩?」

両手両足にガムテープ、さらに何処にあったのか体育館倉庫に置いてあるマットレスで簀巻き状態にされつつある岡部を心配しながらも近づくことが出来ないマミの肩に、ほむらは溜息を零しながら優しく両手を乗せる。

「貴女の優しさは確かに美徳ですけど罪には罰を、悪には断罪を」

そして優しくも厳しい表情と想いで彼女はマミに伝えた。

「悪い事をしたら謝る。罪を犯したなら裁かれる。そんな当たり前の事を皆ができるようになればデモや事件、争いの一部は簡単に世界中から排除できるんですよ」
「え?えっと?」
「さあ巴先輩もあそこで無様に簀巻きになっている変態に石を投げつけて世界平和に貢献しましょう」
「暁美さん何だかそれって魔女狩りみたいだわ・・・」
「魔女を狩るのは私達魔法少女の定めだし問題は有りませんよ?」
「さも当然のように倫太郎を魔女扱いしてない?」
「いつも私達に厄災を振りまいているじゃないですか。今だって私達の学年まで混乱が広がってちょっとした抗争が発生しているんですよ」
「そ、それはそうだけど」

マミのぽつりと零した呟きに岡部が反応する。

「え・・・・・・・俺も上条同様にそんな認識をされているのか!?」
「うるさいわね。まだ動けるの?」

マミがそこを否定してくれない事に簀巻き状態の岡部が何かを叫び、鬱陶しげにほむらは岡部へと歩み寄る。

「自覚がないのかしら?」
「ほむほむ、確かに騒ぎの発生源は俺達だが下で騒いでいる連中は混乱に乗じて勝手に暴れているだけだろう?罪の擦り付けは悪ではないのか」
「上から巴さんの艶っぽい被写体についての情報が回ってきたのよね」
「いつもの事だ」
「え!?倫太郎それって――――」
「なかでも今日は今まで出回ってない■■いブツとか」
「俺はそれの流失を止めるために動いただけだ!」
「あ、暁美さん!もしかして下の階まで―――」
「プラス、これまでなかった巴さんの被写体情報も、ね」
「・・・・・」
「ねえ岡部、確か会員の規則には共有項目があったわよね?」
「・・・・・暁美さん?もしかして貴女も何か知ってるの?ねえファンクラブって一体なんの――――」
「それを秘匿し、かつ我が者顔をされちゃあ黙っていられないのが、人情ってものでしょう?」

スタスタと、物怖じせず三年生の教室に足を運び、かつ教室の真ん中まで堂々と歩く姿はその容姿と相まって圧倒されるが手にはコンパス。

「どう思う岡部?これは万死に値するとは思わない?」

簀巻きの傍で見下すようにするほむらに、岡部は沈黙で応えた。

「えい」
「うッ!?」

ぷす、と可愛らしい掛け声と一緒にマット越しにコンパスの針部分をほむらは無造作に突き刺した。

「・・・・・・・」
「「「「・・・・・・・・・・・」」」」」

周囲の喧騒が止まった。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「「「「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」」」」

数瞬経っても岡部からの返事、及びリアクションがない。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「「「「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」」」」

ふぅ、と周りの空気に耐えきれなくなったのかほむらは急に立ち上がり、その長髪を ふわぁさ と掻きあげる。
そして皆が注目し、マミが青い顔で岡部に駆け寄っていく様子を横目にキッパリと言い放つ。

「帰るわ」
「「「「「待ぇい!!」」」」」

その身を回し教室を後にしようとした。

「まてまて元美少女転校生!」
「元ってなによ、元なら今は何なんですか」
「ねら~転校生」
「誰が@ちゃんねらーだ!」
「ぬるぽ」
「ガッ!」
「「「「「・・・・・・」」」」」
「・・・・・・」

いそいそと、マミが皆の興味がほむらに向かっている間に岡部救出のために行動していると

「・・・・・・あとで岡部を下水に叩き込んでおくわ」
「(矛先が何故か被害者に向かったな)」
「(あれね、某国のやり方だわ)」
「(だが御褒美だろコレ!)」
「(変態!)」
「(しかし美少女の手で下水にダイブは・・・・・いいッ)」

――――・・・・私もー!

「「「「「誰だ!?下の階から魂の叫び声がきこえたぞ!?」」」」」

そんなこんなで昨日も今日も時間は過ぎていく。騒がしくて喧しい、危なくて気が休まらない一時を過ごしていく。
結局マミは岡部に謝る事はできないまま午前中を過ごし、休み時間毎に岡部との共同生活の時の事をからかわれながら、そして恥じらう姿をこっそり写メられながら一日を過ごした。
ちなみに岡部とほむらは休み時間のたびに職員室に呼び出されることになる。岡部は事の発端とみなされて、ほむらはやりすぎた行為に注意を受けて、だ。
放課後、保健室と職員室の往復を余儀なくされた岡部とほむらに廊下で合流できたマミは―――

「・・・なんで二人ともボロボロなの?」

と問えば。

「ショタリンが愚図ったせいでちょっと」
「ほむにゃんがしくじったせいでちょっと」

それぞれが変なあだ名を呼んで罵倒しあった。

「へぇ?」
「ほぉ?」

一体職員室に呼び出されている間に何があったのか、互いに怒気を隠すことなく既に喧嘩は始まって、経過して、いつものように“じゃれ合っていた”。
放課後の職員室前、廊下の真ん中で三年生の男の子と二年生の女の子が睨み合う光景は見滝原中学校ではさほど珍しくない。共に人の目を惹くから目立つ、まだ一年にも満たない学校生活で彼らのことを知らない人間は生徒職員含め存在しないだろう。
知らない人間がいないと思えるだけの存在感を短い時間で築いてきた。それだけ騒ぎ、それだけ注目され続けた。それだけこの二人は一緒にいる姿を目撃されている。
異性であり、学年別で教室のある階層も違うにも関わらず、中学生という思春期真っ盛りの時期に、転校生同士でありながら出会った初日から遠慮のない罵倒と暴力を互いが了承している。

「あなた達って、ほんと何処に居ても仲良しよね」

当たり前だが、そんな二人には色んな噂が飛び交った。
幼馴染だ。ライバルだ。恋人だ・・・・と。

「「(*´・д・)ハァ?」」

と、本人達は息ぴったりに声を揃えて否定するけれど。

「巴さん。例えあなたでも今の台詞は許せないわ」
「マミ、まさか俺とほむほむが仲良しな有りもしない世界線の記憶でも――――」
「岡部、吐き気がするから口を閉じなさい」
「ああ、自分で言っていて何だが寒気が・・・・って、吐き気っていったか!?」
「あら岡部、どうして勝手に私の独り言を聞いてるのよ。盗み聞きとは頭だけでなく育ちも悪いの?」
「すぐ隣で平然と悪口が放たれたんだが?」
「ふっ。褒めたつもりよ」
「・・・・・ほほう、『吐き気がする』の言葉の何処に好感を抱けと・・・」
「あら、もしかしたら吐き気の正体はつわりかもしれないわよ」
「・・・・・・・」
「・・・今のは無しね。失言だったわ・・・チッ」
「・・・・・」
「何よ、巴さんにも貴方の男らしさをアピールしてあげようとしただけじゃない」
「とんだマイナスプロデュースだなッ」

暁美さんは言葉を飾らず素直に罵倒する。倫太郎は不愉快そうに歪めた表情を隠そうともしない。二人とも素直に感情を吐露する。態度で言葉で視線で応じている。台詞の内容は辛辣なのに絶対の信頼が感じられて・・・こそばゆくなる。
悪口を叩きつけ合いながらも、それこそ時に拳でクロスカウンターをラボだろうが学校だろうがお構いなしに打つ彼らだけど、それでも毎日一緒に居るのだ。一日の最後に喧嘩別れする事も珍しくない。でも翌日には背中を合わせて魔女に立ち向かい、その後いつものように口論が始まる。
その関係が羨ましいと、ラボメンの皆が口にするのを彼らは知っているだろうか?どんなに喧嘩しても、近づいても離れても大丈夫だと思える相手がいる。安心してぶつかれる、受け止めてくれる人が二人にはいるから純粋に羨ましかった。
他の誰でもない。岡部倫太郎と暁美ほむらだけの関係。あの二人は意識していないけど、いや、無意識だからこそ、なのか。

例えば魔女との戦闘時、二人は分かりやすいほど互いを大切に思っている。

戦闘開始時

―――遅いわよ岡部。バカなの?死ぬの?
―――黙れほむほむ!よそ見してないで前を見ろ

戦闘序盤

―――見慣れないタイプだな
―――怖い?なら後ろに下がってガタガタ震えてなさい
―――ふん、戦闘能力はお前より低いが戦えないわけじゃない
―――怪我する前には下がりなさいよ。で、作戦はあるの?
―――当然だ。新種だろうが珍種だろうが俺には数多の経験がある
―――そう、なら行くわよ。遅れないで

―――オープンコンバット!

戦闘中盤

―――おい!
―――分かってる!タイミングを合わせなさい!

―――索敵は誰の担当だったかしら?
―――ええい黙れっ、さっさと片付けてくれる!

―――ねぇ、作戦と違わないかしら
―――違うぞ、この程度は想定内範囲だ

―――チッ
―――ハッ、あの程度の攻撃もいなせないようでは問題だな
―――・・・・なら代わってあげましょうか(怒)
―――いぃだろう。この鳳凰院凶真の華麗なる戦術を魅せてやろう!

―――ぐはあ!?
―――・・・おい
―――・・・正直、すまんかった
―――直撃は避けてほしいわね

―――武器のストックくらいマメに確認しろっ、最近のお前は――――
―――うるさいっ、貴方には言われたくない

―――ここは?
―――そろそろ魔女のお出ましだな

―――何をやっている!!
―――そう怒鳴らないでっ、次は大丈夫よ

戦闘終盤

―――動きについてこれてない!
―――見れば分かる!

―――前に出すぎだ!もっと周りに注意しろ!
―――その台詞、そっくり返すわ

―――これで!
―――とどめ!

―――ほむらっ、無事か!?
―――・・・当たり前でしょ、心配ないわ

―――・・・・くそっ
―――大丈夫、貴方を死なせたりなんかしない

―――ほむら、お前だけでも先に―――
―――私に気遣う余裕があるならまだ、大丈夫みたいね
―――おい
―――いくわよ!
―――ええいっ、この分からず屋が!

―――岡部ッ
―――俺はいい、それより魔女を!
―――ッ、分かったわ

―――悪いが、もう少しだけ付き合ってもらうぞ
―――構わないわ。貴方が諦めないならそれでいい
―――いくぞ!
―――ええ、今度こそ奴を倒す!

戦闘終了後

―――相変わらず足を引っ張ってくれたわね!
―――お前だって人の事を言える立場じゃなかっただろうが!
―――はぁ!?貴方何度私に助けられたと思ってるのッ
―――それもお互い様だ!
―――何よ!
―――何だ!

―――・・・憂鬱だわ。今日はラボに泊るわね
―――確か・・・カレーとサラダはまだ残っていたか?
―――あー・・・・まどかに癒されたい
―――たるみすぎだ
―――良いじゃない別に
―――やれやれ、さっさと帰ろう
―――ええ

―――おつかれ、ほむら
―――お疲れ様、岡部



といった感じに危険度が迫れば、緊張感が生まれればそれだけ普段のギャップが顕わになる。
口調こそ普段と変わらないが互いがその身を盾に、相手の安全を優先してしまう。己の身がどうなろうとも相手を護ろうとする。命を削り、想いを糧に生かそうとする。
ようやく辿り着いた彼らにとっての平和な世界線から自分が消える事になろうとも、それを成すべきだと互いが自らの意思で行動に移す。
これが二人の喧嘩の理由の一つ。普段、仲の悪い原因だ。もっと自分を大切にしろと、心配させるなと、言葉にせず、だけどお互いが分かり切って解り合っているから反発する。
似た者同士。暁美ほむらと岡部倫太郎。不思議で自然な関係。

「いいなぁ」

目の前で文句のキャッチボールを繰り返す二人に、マミはポツリと呟いた。









「そういえば倫太郎」
「なんだ?」

帰り道、マミは隣を歩いている岡部に気になっていた事を問う。

「教室で言ってた・・・貴方しか知らない私って何のこと?」

他に訊きたい事が、というより昨日の件や今日の騒ぎについても謝りたかったが口から出たのはそんな台詞だった。
しかしだ。それはそれでよかったとマミは思った。だって今の台詞は、その問いかけの内容は何だか普通とは違う、少しだけ特殊な内容だから、きっと自分は恥ずかしかって深読みして後日問うことはできなくなると予想できたからだ。
岡部倫太郎しか知らない巴マミ。短い時間だが一緒に暮らしていた人間が放つその手の台詞は、まして異性の言葉だ。意識しない方がおかしいだろう。
なんだろうか?それはどんな私だろうか?変でなければいいなと、少しだけ怖いけど気になってしまう。それは他の人には見せない巴マミという一人の人間の素なのだから、無意識に彼にだけ見せていた、それも得意げに語るような表情から察するに―――――

「あ、それなんですけど巴さん。それを知っているの岡部だけじゃないですよ」
「え?」
「・・・・・・ああ、よくよく考えてみればラボメンの数人は気づいているな」
「え?」
「それを大人数を前に得意げに語ろうとした愚か者がいましたが・・・・ええ、忘れてください。きっと本人も恥ずかしさのあまり跳び下りている頃でしょうから」
「え?」
「おい、それではまるで俺が――――」
「あら岡部いたの?近場にある高台は向こうよ、早く逝ってきたら?」
「この女ナチュラルに人を死地に導いてきやがる」
「今日は巴さんの家で御馳走になるから買い物に行きたいのだけど」
「俺も誘われているわけだが?」
「え?さっきから独り言がうるさいけど・・・どうしたのよ岡部、いきなり現れてビックリするじゃない」
「えっ?まさか今の今まで会話してなかったのか?」
「巴さん。どうやら岡部は頭がヤバイみたいなので今日はハブっていきましょう」
「マミ、俺の隣に居るのは一体なんだ?女子中学生か?それとも魔女・・・・刃物か?」
「そう言えば・・・中身は33のオッサンのくせに女子中学生と一緒に住んだりボロい建物に連れ込んだりご飯作らせたりする変態がいたわね」
「まて、お前は何を言っている」
「しかも最近では鼻の下を伸ばしてJCの柔肌にデレデレになって気持ち悪くてたまらないわ」
「誰がデレデレになぞ――――!」
「おまけに男ともキスしたわね」
「ぐはあ!?」
「これでホモ、しかもショタ。大勢の前で堂々とキ―――」
「あ、あのっ」
「「え?」」

嬉々として語る暁美さんと鬱々と沈んでいく倫太郎の会話に無理矢理割り込む形で介入してしまい、悪いかなと思いつつも声を上げた。
暁美さんは追い詰めることができなくなったのを不服そうにしているが、逆に倫太郎は助かったと安堵している様子だから、たぶんタイミングは良かったのだろう。

「えっと、暁美さんもその・・・・知っているの?」

それで問うてみた。訊いてみた。二人が自分の何を知っているのか。
そして、何よりも暁美さんと倫太郎の言う『他は知らない私』の事が重なっているのか、同じことなのか気になった。
同じでも、違っても私自身は恥ずかしくなるんだろうけど、二人の思い浮かべている内容が一致しているのかどうかは全くの罰問題かもしれないじゃないかと―――――


「「『だらしないマミ』」」


変な言い訳を、よく分かんないまま他の台詞を声に出す前に二人から告げられた。
やっぱり息はピッタリで、当然のように一致して、あんなに罵倒し合っていたのにすぐ隣に居る。
なんだろう。鹿目さんと同じ感覚なのだろうか、方向性は逆なのに一周回って落ちついたような・・・鹿目さんだけじゃなかったんだ。

―――なんだろう。モヤモヤする。

「だ、だらしないって私が?」
「ええ、巴さんは気づいてないでしょうけど最初の頃に会ったキリッとしたイメージ、私達の中からは完全に消失していますよ」
「ああ、短い時間なら大丈夫だが一緒に生活していると段々と、な」
「え?ええ?」
「例えばそうですね・・・巴さんは基本早起きで私達が寝泊まりした時は率先して朝食の準備とかしますよね」
「だって私が家主であなた達はお客さんなんだから当然の―――」
「でも数日、連続で泊りこむと・・・杏子の話によれば――――」
「うわきゃー!?」
「・・・・・・はい、判ってくれました?」
「うわわわわッ、佐倉さん誰にも言わないでって―――」
「いや、同居しているバイト戦士やアイルーだけでなく俺はもちろん他の―――」
「なんで倫太郎まで知っているの!?」

―――別に、構わない筈なのに。

「なんでって、俺も君のマンションでしばらく生活していただろう?」
「ヒモよね」
「黙れほむほむ、あれはミス・カナメが無理矢理にだな」
「良かったわね。都合の良い言い訳が存在して、そのおかげで女子中学生と二人っきりの・・・・・通報するわ」
「やめろ。知り合いの捜査官が俺の事を疑っているんだよ・・・」
「・・・・なに本気で落ち込んでんのよ?」
「■■の事で昨日色々ありましてね」
「敬語を使うあたりよっぽどの事?」
「シスターブラウンを紹介したあたりからちょっと・・・な」
「・・・あの人が相手なら」

―――なんだろう。

「倫太郎、なにかあったのなら――――」
「あ、そうだマミ。君は俺達の前ではよく“とけそうな表情”でいることも増えてきているぞ」
「と、溶けた?あッ、じゃなくて何か問題があるなら―――」
「そう言えばそうね。巴さん最初の頃は自宅だけだったけど、最近ではラボでもよく溶けてますよ」
「たれパンダみたいにな」
「こう、テーブルにたれて伸びてる感じ?」
「修学旅行程度の共同生活では大丈夫だろうが存外、君は心許した相手には短い時間で曝け出しているのかもな」
「ええ、かっこよかった先輩が今じゃラボ内きっての妹キャラになることもあるわね」
「本人に自覚がないのも中々だが、それでもお姉さんぶる姿は不思議と、な」
「後はあれね、寝起きは変に甘えてきたり―――」
「いじりやすいし、よく泣くから――――」
「めんどくさいけど、それでも―――」
「ああ、マミは―――」


―――私は恥ずかしさよりも寂しいような、言葉にできない感情に顔を伏せた。


「あ、そうだ岡部」
「ん?」

―――この時、一つだけ確信して言える事は一つだけあった。

「明日の約束だけど」
「ああ、なんだ都合が悪ければ別に―――」
「そうじゃなくて、雷ネットを使って奥まで調べたんだけど」
「・・・雷ネットでの情報なら俺も集めたが、なんだ?目ぼしいものでも見つけたか?」
「気になる事があるから時間を延長してさらに二駅先まで行かない?」
「ふむ」
「帰りは遅くなるけど天王寺さんには―――」
「ああ、それなら―――」




―――なんだか、この時間が面白くない。




「はぁ」

倫太郎からすれば、きっと誤魔化したつもりなんか一ミリもないんだろうけど、何だか避けられたような気がした。絶対にそんな事はないと思えるのに、思ったうえで不安になる。
悪気もないし隠す気もないのかもしれない。だけど言ってくれない。暁美さんとは共有しているけど、どんな案件なのか教えてくれない。教えるまでもない取るに足らない事かもしれないが、何だか・・・・うん。
誰にだって人に言えない事や秘密にしておきたい事が有る。今回もそうなのかは判らないが、判らないゆえに行動に移せずモヤモヤとする。知りたいと思う事は自由なんだろうけど、それに応えてもらえるかは相手側の自由だ。
訊けば案外、あっさりと教えてくれるかもしれない。雰囲気からたぶん大丈夫だとも予想できる。だけど出来ない、つい先ほどタイミングを誤ったから言いだせなくなってしまった。

「はぁぁ」

溜息が零れる。分かってる、変に意地を張って、昨日の件が尾を引いて、岡部倫太郎という仲間があと数カ月で外国に行ってしまうと意識して、きっと――――。

「・・・・マミは一体どうしたんだ?」
「さあ・・・貴方が何かしたんじゃないの?」
「ありえないな」
「断言できるの?」
「当たり前だ!俺がマミに――――」
「 ほ ん と に ? 神 に 誓 っ て ?」

「・・・・・・・・・・・・・・いやっ・・・・思い当たる節が無い・・・・わけでも、ない・・・・・かな?」

「折れるのが早いわね」
「お、俺はマミを怒らせてしまったのか?いやだが“まだ”バレテない筈なのになぜだ!?」
「“まだ”っていったい何をしたのよ」
「言えません・・・・」
「そう、ならこのまま巴さんの好感度が下がっていく様を近くで堪能しなさい」
「え・・・・・死ぬぞ?」
「・・・ほんとに巴さん関連では豆腐メンタルね」

後ろから聴こえてくる声は日常で、その関係は当たり前で、昨日までは隣に私もいた筈なのに、でも今は二人よりも前を歩いていて、二人は私の事を心配しつつも昨日と変わらずにお喋りをしている。

―――・・・・・嫌な子だ、私。

勝手にへそを曲げている。二人からしたら理不尽な仕打ちだろう。二人は何も変わっていないのに、変わらずにいるのに、勝手に私が・・・・。
どうしたいのか、どうなりたいのか、何だか考える事は沢山あるのに同じ事でループし続ける。
一言謝れば、このモヤモヤは消えるだろうか?しかし何に対し今更謝ればいいのか、判らなくなってきた。
そんな風に顔を伏せて歩いていると――――

「巴さん!」
「え?」

急に、いきなり横からきた声にとっさに反応できなかった。

「あっ、あの俺――――」

知らない男の子だった。両手を握りしめられ驚くも突然すぎて避ける事も振り払う事も出来ない。
・・・・しかし男の子?の表現は失礼かもしれない。背は高いが童顔で、敬語を使われているが後輩ではないと思う。身につけているのは見滝原にある高校の制服、中学を卒業したら・・・女子の制服を私は着るのだろう。岡部倫太郎はもう制服に袖を通さないのに。
つまり彼は先輩だ。赤くなった顔で、泣きだしそうな瞳を真っ直ぐに向けてくる。

「あ、あの?」
「えぁっと、とととと巴さん!」
「は、はい?」

彼が緊張しているのが伝わってくる。震えているのは声だけじゃなくていきなり握られた両手も。
彼の緊張が私にも伝わったのか、テンパった口調につられて私も上擦った声になってしまう。

「俺っ、見滝原高校一年でバスケ部に所属してます!」
「は、はあ?」

しかし何の用だろう?焦っているのは伝わるが顔は赤いし大丈夫だろうか?もしかしたら遠くから走ってきたのかもしれない、息切れしたのか苦しそうだ。
考える。見た感じ急用かもしれないから落ち着かせようと包まれるように握られた両手で彼の手を解すように軽く力を込めた。

「ッ」

彼は驚いたようにビクリと体を硬直させる。それに、その動きに一瞬あれ?と首をもたげるが、頭の中に浮かびそうになった思考はギュッと握り返されたた両手の感触に霧散した。

「いたい、です」
「ハッ!?す、すいません!」

相手が年上、それも来年には先輩になるかもしれないという事もあり強気になれず、しかし無意識に零れた呟きに彼は手を離してくれた。
ホッとして、ん?と胸の奥に予感が、このままではダメだと警報を鳴らすが自意識過剰かもしれないと再び思い浮かびそうになったそれに蓋をした。
なんとなく、少しだけ後ろに下がって目の前の人から距離を離した。立ち止まっても通行の邪魔にならない程度には広い場所だが見知らぬ人だ。失礼にはならないだろう。

「ええっとですね巴さん」
「はい・・・なんでしょうか・・・」

だけど、一歩。言葉と一緒に詰められた。

―――ダメ

蓋をしたのに、否応なく私は察してしまった。

―――ヤメテ

「お、俺はっ」

赤くなった顔、震える声、伏せそうになる視線を勇気で持ち上げる緊張した体。

―――イワナイデ

「去年、中学を卒業する前から――――」

いつか、何度か見た事が有る。向けられて、伝えられた。

―――オネガイ

「気になって、忘れられなかったんだっ」

最近は、鹿目さん達と出会ってからは減った。

―――イマハ、イマダケハ

「あの時、伝えられなかった事、遅いかもしれないけれど―――」

それこそ、岡部倫太郎という異性が現れてからは無くなっていたのに。



「俺と付き合ってください!」



その意味と、覚悟と決意がどれだけのモノなのか、告げられた側である私には完全には理解できないだろう。だけど、その行為に必要とする勇気がどれだけ凄いのかは分かる。
伝わって、解る。だって私には無理なんだから。魔女と戦えても誰かに好意を伝える事がどんなに困難か、どれだけの恐怖を抱くのか、私は知っているから目の前で年下相手に頭を下げる人を凄いと―――――だけどそれ以上に酷いと思ってしまった。
勇気を出して告白してくれた相手に、私は負の感情を抱いた。震える体で正面から気持ちを伝えてくれた人を、視線の外に、意識の外に放りだした。
それは失礼で、最低な行為だ。いきなりで突然の告白だからといって無碍にしてしまっている。だけど私には目の前の人に意識を割くことはできない。だって彼のせいで私は■■を抱いてしまったのだから。
すぐ後ろに暁美さんと倫太郎がいるのに告白なんかしないで!そう叫びたかった。その勇気すら私には無くて、だけど本心だ。想いを伝える勇気を出してくれた相手に対して酷いことをしている。

「お願いします!」
「―――っ」

誰かに好意を抱かれる事で■■を抱く事はある。愛されることが幸せに繋がるとは限らないように。むしろ逆の感情に囚われる事が多い。少なくとも私は“それ”を抱いた事が無いから、解らなくて怖いのだ。
信じて、裏切られるのが怖い。“それ”は見えないモノだから、判らないんだ。真剣な想いを、ぶつけられるのは怖い。想像できない“それ”は私に何をしたいのか分からないから。
傷つくのも、傷つけるのも怖い。上手に断れなかったら嫌われる、相手の理想でなければ幻滅される。
誰かを想うだけなら大丈夫なのに、それが外に漏れたり繋がったりしたら・・・とたんに恐怖へと変わってしまう。誰かに“そう”想われているなんて嫌だ。
怖い、恐ろしい。今を変える強い気持ちが怖い。そもそも“それ”を得るために何を失うのか。“それ”を得たところで、いつか失うかもしれないのに。
“それ”を向けられたとき周りの人にどう思われるのかも含めて、自分自身の問題なのに誰かを想い浮かべてしまう。
怖い。私は最低だ。勇気を振り絞って告白してくれた相手から目を逸らし、とっさに言い訳を募ろうとした。『違う』と、『誤解しないで』と、目の前の人が本気なのは告げられた自分が一番分かっているのに返事よりも先に後ろに振り向いてしまう。
私が最低なのはその言い訳を伝える相手を間違った事だろう。その誤魔化しを向ける相手は告白してくれた人にではなく、後ろで私が告白されているのを見ているのは大切な人達へ。

見られたくなかった。それが今の私の心情を一番的確に表していると思う。

岡部倫太郎は“それ”を私にはぶつけない人だから、絶対に嫌いにならないし幻滅もしない人だから。
優しくて温かい。安心して傍に居る事が出来る。愛しても恋はしない。私にも、他の誰にでも同じだから―――。

だから去年卒業した先輩から視線を外す。ずっと想ってくれていたであろう人を意識から排除する。優先順位・・・人に番号付けするのは嫌な気持ちになるが――――今は綺麗事なんか気にしてる場合じゃない。
目の前に居る自分を好きだと言ってくれる人よりも、私は後ろで今のやりとりを聞いていた二人の方に意識も視線も捧げる。懺悔するように、許してと謝るように。
暁美さんも倫太郎も私が過去、幾度か異性から告白された事を知っている。噂で、相談されて、今ではクラスメイトが総出で妨害に出たりしてくれて告白される事も減ったが、それでも彼らは知っている。
そして今、その現場を初めて見られた。噂や思い出話で語る過去の事ではなく、今現在、目の前で告白されてしまった。言い訳無用誤魔化し不可、彼らの前で他の誰かに想いを告げられてしまった。

「―――」

暁美さんは呆気に取られていた。この場面を想像した事はあっても現実で目の当たりにしたのは初めてだからか普段の冷静毒舌の面影は薄れ、頬の赤みのせいで年相応の女の子に見えた。
それが羨ましいと感じた。その立ち位置に居る事の出来る彼女が羨ましかった。私も、その位置でいたかった。贅沢な思いなのだろうけど、告白されるのは私じゃなければよかったのに、私じゃなくて暁美さんなら良かったのにと最低の事を考えてしまった。
だってそれなら見られずに済んだ。それなら一緒に驚く事が出来た。それなら隣に居る事が出来た。それなら――――

「・・・」

倫太郎に告白されたところを見られずにすんだのに。










「・・・だから明日の探索には参加できないかも、しれないの」

日が沈みカーテンから覗く外の明かりが暗くなってもラボは相変わらず大所帯で賑やかだ。明日は休日、泊る者もいればこのまま他のラボメンの家にお邪魔する者もいる。遠慮なく騒げるのだ。
まして数時間前にマミが告白された。彼女がモテるのはラボメンの皆が知っていたし納得もできるが卒業も控えた時期だけに相手の本気度も窺えて・・・ようするにいつもより盛り上がっていた。
そもそもラボメンは常日頃から魔女と相対していようとも思春期真っ盛りの女の子の集団、なんだかんだで色恋沙汰の話題には敏感で興味も深々、見た目良し性格良しの自慢の仲間が告白されたとすれば、それも相手は年上、盛り上がらない筈がない。


「つまり巴先輩は帰り道に告白され、つい圧されて?」
「うん・・・そうなの」
「それでっ、どうするのマミおねえちゃん!」
「どうって、別に――――」
「デート、ホントに行くんですか?」

皆が盛り上がりマミが反比例するように沈んでいくと気を使ったのか見てられなかったのか、ほむらがマミに確認するように問う。
たぶん、この時はっきりと否定していれば良かったのだ。変に意識したりせず、いつものように今からでも告白を断れば良かった。
あのとき無碍にしたからと言って、テンパっていたとはいえ、よくよく思い出せば名乗ってもいない相手と休日に遊びに行くなど、これまでのマミならしなかったのに。

「それは・・・」
「でも返事しちゃったんですよね?」
「ユウリおねえちゃんの言う通りだよ!明日遊園地だよ!ゆまも行きたい!」
「あ、それが本音なんだ」
「なんなら皆で行こうか?邪魔にならない程度に距離をおけば―――」

上条の提案にマミは顔を上げた。

「ダメ!!」

そして声を大に拒絶、ゆまや上条だけでなくユウリもビクリと体を固めてしまう。

「なになにどしたのマミさん!?」
「何かありまして!?」

その声に驚いたのは彼女達だけではなく、アコーディオンカーテンの向こうで岡部と共に未来ガジェットマギカの整理をしていた志筑仁美と美樹さやかもだ。
岡部の作業を手伝いながらも聞き耳を立てていた二人は慌てた様子でマミに駆け寄ってきた。

「・・・ひっ、ぐ・・・?」
「ゆまちゃん!?」
「ああっ、ゆまちゃんごめんなさいっ」
「マミおねえっ、ちゃん…お、怒ってる?」

普段、日常においては滅多に聴かないマミの怒ったようにも聞こえる拒絶の声に、ゆまは半泣き状態に、耐えようとはしているが余程ビックリしたのか既に嗚咽が漏れていた。
マミは急ぎ謝り謝罪するも自分自身あんな声を出してしまい戸惑っていて、いつもならあやす事も出来たのに上手く出来ない。
ただ上条の提案を受け入れるわけにはいかない。受け入れたら皆に見られてしまうではないか。
自分が他の誰かとデートするところを・・・形はどうあれ、告白の返事が断ると決まってはいても、それでも皆にデートをしているところをマミは見られたくなかった。

「・・・巴さん」
「あ、う、うん」
「明日のデート、何なら私が断りを入れてきてもいいですよ」

ほむらの提案はマミにとって一番楽な選択だ。彼女に任せ全てを忘れてしまえたらどんなに楽か。しかしそれはできない。告白され、返事どころか意識さえしなかったマミに、それでも青年は真意に想いを伝えたのだから。
正直、こんな酷い自分なんか見限ってほしかったと思いもしたが、それゆえマミは一日だけ付き合う事を了承してしまった。一日だけチャンスをくださいと叫んだ人の願いを受けてしまった。
それはあの時、後ろに振り向いた時に岡部から視線を逸らされたからかもしれない。逸らされたというか、最初から岡部はマミを見てなかったから、それどころか止まっていた足を動かし、ほむらに声をかけ気を使うようにマミの隣を歩み去ってしまったから。
たぶん何かしらのショックを受けてしまったんだと思う。付き合いの長い人が何も言わず、気にもせずに通りすぎ、置いていかれてしまったからマミは呆然と立ちすくんでしまった。
自分が他の誰かに告白されても・・・否、目の前で告白されていたのに何も――――。気を使われてしまっただけなのに、むしろ気を使われてしまった事に言いようもない不安を感じ自失してしまった。
それに比べ酷い仕打ちをされながらも諦めずアタックを続けた青年は本当に本気なのだろう。いろんな意味で相手に向き合っている。
自分とは大違いだと、マミは思う。気づけばアドレスの交代もしないまま、マミは遊園地に行く約束をしてしまっていた。誘いを断れなかった。

「ううん。暁美さん、さすがにそんな事はお願いできないわ」

きっとあの人は優しい。マミには急な用事で、予定の変更で、と言い訳もできる状況だ。いつでも断れる。むしろそんな逃げ場まで用意してくれたような約束を・・・だから断れるはずもなかった。
他人任せにすれば自分が許せなくなる。何度思い返しても今回の自分の対応は愚劣すぎる。形はどうあれ約束してしまったし、逃げ道まで用意してくれた相手の優しさと真意な気持ちをこれ以上無碍にするわけにはいかない。

「ちゃんと、しないといけないから」
「そうですか」

すんなりと、ほむらは身を引いた。あっけなく、とも言えるかもしれないが彼女の気遣いがマミには嬉しかった。

「えー・・・と、じゃあマミさん明日はホントに?」
「ええ、約束は守らなくちゃ・・・ね?」
「本当によろしいのですか?一方的なお誘いですし・・・乗り気じゃないのならキッパリと断ち切られた方がいいのでは?」
「だよね~、相手も玉砕覚悟してるし待ち合わせと同時に返事ってのも・・・・ありじゃないかな?」

さやか、仁美、ユウリの順に次々とデートには消極的な意見が出てくる。ついさっきまでは物珍しさと純粋な興味から盛り上がっていたが、立場が逆ならどうだろうかと思い直したようだ。 
とはいえ、ともいえ、マミはとりあえず明日の約束だけは果たすつもりだ。お昼前に見滝原中央駅で待ち合わせ、電車に乗って遊園地へ。それが明日のデートプラン。
今更反故にする気はない。してはいけない。返事もしっかりしないといけない。相手の先輩には悪いがマミは皆の言葉に勇気を貰ったかのように、少しだけ前向きになれた。
つまりデート自体は乗り気ではない。だけど相手の気持ちに応えるためにも必要な事だと理解しているからマミは明日、答えはどうあれ約束だけは果たそうとした。

「私は―――」

胸元で抱きしめたゆまの頭を撫でながらマミは自分の気持ちを皆に伝えようとした。
デートに行くが気持ちに応える事は無いと。あんなに想ってくれている事には少なからず嬉しかったが、その気はまだないと。皆も知っているだろうが伝えたかった。
そう、ラボメンの皆なら言わずとも判っている事を。


「しかし約束はしたんだろ」
「えっ?」


だけど後ろから、視線を向けずに通り過ぎ、冷蔵庫からドクペを取りだした岡部がポツリと呟いたのが聴こえたからマミは驚いて声が上擦った。

「り、倫太郎?」
「・・・違うのか?約束は取り付けたんだろ?」
「え、とその・・・何というか断れなくて・・・」
「そうか」

それだけで、やはり視線を向けることなく岡部はラボを出ていこうとする。会話を繋げずに場を去ろうとしていた。
その場に居る全員が「え?」と数瞬動きを止めて、すぐに胸の奥がギュッとした感覚に襲われる。これまでと違う。今までと違う。形も流れも出来上がっていない嫌な予感がズクズクと這い上がってくる。
あれ?と数秒にも満たない時間でそれを理解し、しかし認められない。信じられないから誰も動けなかった。ガチャ、と本当に玄関から出ていく岡部の背中に、ようやく動けたのは精神的にまだ幼いゆまだった。

「お、おにいちゃん!」
「うん?」
「ど、どこに・・・いくの?」

千歳ゆまは文字通り幼い。ラボメン最年少でまだ小学生だ。だから岡部の様子がいつもと違う事と“それ”が繋がらない。予想もできないし勘で当てる事も出来ない。
だから『何処に行くの』と訊く事が出来た。もしこれが“それ”に関してそれなりの知識と経験がある他のラボメンガールズなら『どうかしたの』と訊いてしまったかもしれない。
『何を怒っているの』とは訊かない。岡部倫太郎に“それ”は無いのだから、少なくとも自分達に“それ”を抱く事はないと知っていたから『どうしたの』と訊くのだ。

「別に、ただの連絡だ」

携帯電話を持った手を顔の横まで上げてブラブラと、背中を向けたまま、ドクペを片手に扉を閉めた。

「―――え?ちょっと待ちなさい岡部!」

だけど今、知っていながら邪推したかもしれない。だって今の岡部の態度は“それ”の場合なら理解できる反応だからだ。まるで拗ねたような、理不尽で予測不能な子供みたいで、こんな状況じゃなければ弄っても良かった。
だけど違う筈だ。岡部倫太郎が見た目通りの中学三年生ならまだしも中身は幾多の世界線を歩いてきた不屈の観測者。そんなあからさまな、それもラボメンに対してする筈がない。
じゃあ今のこれは何だ?“どうして岡部倫太郎が『拒絶』しようとしている?”一体、何を怒っているのかわからない。
マミは解らなくて、分からないから泣きそうになった。これが他の誰か、クラスメイトの男子なら自意識過剰にも『嫉妬』かもしれないと状況に結び付ける事ができたが、相手が岡部なら話は別だ。
何故怒っているのか?約束しておいて嫌々な態度をとっていると思われたのか。
何故視線を合わせてくれないのか?ゆまを泣かせた事に腹を立てたのかもしれない。
何故出ていこうとするのか?自分なんかと一緒に居たくないと思っているのか。
何故?もしかしたら嫌われてしまったのか。

「・・・・・あれ、なんかおかしくない!?」
「・・・・ええ、なんだか―――」

さやかが言った。口にしなくても解っている。だけど誰かが口にして自分の抱いた何かを共有したかった。
そうでもしないと今まさにおきた現象が夢か幻か、自分の勘違いなのではないかと混乱してしまいそうだった。

「私、今日はもう帰るわね」

そして、さやかの言葉に仁美が同意した瞬間には既にマミは動き出していた。

「えっ、マミおねえちゃん!?」
「ちょっと待って巴先輩!今ほむらが倫君呼んでくるから―――」
「・・・ううん、いいの」

皆が何か言う前にマミは立ち上がり、急ぎ足で帰る支度を始める。

「明日の準備も、あるから」
「明日って、巴先輩――――」
「じゃあ、もう行くね。みんな、おやすみなさい」

引き止めようとして、だけどこれ以上なんと言って止めればいいのか誰にも解らなかった。
パタンと閉じられたラボの玄関に声を失い、次いで少なからず寂しさと喪失感が生まれ、じわじわと這い上がってきた岡部への怒りが皆の胸に宿った。
これといって岡部が何か悪い事をいたわけじゃないのは解ってはいるが、それでも彼女達は岡部に何かを言わなければならない気持ちになっていた。

「あーもうっ!なんなのよ一体!」
「ん~、倫君たぶん上だよね?」
「ゆまはマミおねえちゃんと一緒に帰った方が良かったかな・・?」
「いいえ、鳳凰院先輩に訊きたい事、御有りでしょう?」
「・・・うん」
「では行きましょう」

仁美に手を引かれて歩くゆま、その後ろをさやかとユウリが続く。

「一言だけでも申さないといけませんわ」

岡部は見た目こそ子供だが中身は本人曰く大人だ。普段の言動も大人びている・・・格好付けとも言えるが、自称するからにはそれなりの態度を取ってほしいと仁美は思う。
あの時のマミは平静を保とうとしたのだろうが、実際には泣きそうな顔でもあった。外野の自分ですら岡部の態度には動揺したのだ。直接の原因となってしまったかもしれないマミの心境は予想よりも大きく震えていたのかもしれない。
大人なら、男なら、大切にしている女の子を泣かせてはいけない。まして言葉による説明もなく、視線も合わせず急に場を去るなんて・・・そんなことをされて女の子がはたしてどんな気持ちになるか解らなかったのだろうか?
ラボの扉を開けて下、一階の方に視線を向けるが既にマミの姿は無い。目に見えて落ち込んでいるゆまの手を握り返し仁美は階段を上る。岡部倫太郎は上だ。きっと屋上だろう。今頃ほむらが先程の態度について言及している筈だ。

「まったく、ラボに所属する殿方は皆教育が必要ですわね」

上条恭介に続き岡部倫太郎にも異性に対する接し方を学ばせないといけない。
溜息を零しながら仁美は重い足取りで階段を上り、屋上から聞こえてくる岡部のいつもの笑い声と、次いでほむらの容赦皆無の打撃音を耳に捉えながら今後の予定を頭に思い浮かべた。

「でも・・・」

まあ・・・大丈夫だろう。今までと違うからと言って何かを失う訳ではないのだから。自分ならまだしも、今回は岡部倫太郎と巴マミが中心だ。
あの変わらずにいた岡部倫太郎が目に見えて普段と違う対応を見せた。何があったのか、と勘繰っているが、もしかしたらそれすらも『いつもの』かもしれない。

変わったのは岡部ではなく、“自分達の視線”かもしれない。









「ん?巴先輩もう帰るんですか?」

とぼとぼと、マミが自宅を目指し暗い夜道を歩いていると前方から声をかけられた。

「杏里さん?」
「こんばんは。買い出しに行ってました」
「お疲れ様。でも・・・倫太郎ったら女の子に家事を全部任せっぱなしだなんて駄目ね」
「え?あっ、いや違いますよっ、私が用事で遅くなっただけで―――」
「それなら事前に倫太郎が―――」
「私用でスーパーに寄る用事もあって、それで私が・・・だからあいつは悪くないんです」
「そうなの?」
「はい!それに“これ”は私が好きでやって――――ああいや好きって言っても料理の事ですよ料理!!ユウリから新しいレシピを教えてもらったからただそれだけで―――!!!」

中身を一杯にした買い物袋を両手で持っている小柄な女の子、ラボメン№05杏里あいり。
明日は休日。その様子から彼女は日課になっている『お泊り』のための・・・・なんだろう、天王寺さんや■■さんといった大人な女性が増えてきたが、やはり彼女が一番ラブコメ的な状況にいると思う。
彼女自身、進んでラボの家事事情を請け負いラボの物品配置は既に家主である岡部よりも熟知していて、今では親公認の『外泊』を許可されているあたり外郭も充実している。
同じ学校ではないが岡部との関係をクラスメイトから周りにからかわれたり、親友である飛鳥ユウリによる策略も相まって精神的プレッシャーもあるだろうに腐らず慌てながら、そして照れながらも生活能力が低い岡部の為に世話を焼いている。

「えっと、まあ今日は焼き肉なんですけど・・・・帰るんですか?一杯ありますから今からでも一緒に行きませんか?」
「お誘いは嬉しいけど、実は明日用事があってね」
「用事ですか?」
「え、ええ」
「?」

『実は明日デートなの』なんてマミが言える筈もなく、首を傾げるあいりに苦笑いを浮かべるしかないマミだった。
事前に岡部から今日は焼き肉だと誘いを受けていたから本当なら御馳走になる予定だったが・・・・仕方がない、今更どんな顔をしてラボに戻ればいいのか。
マミのいつもと違う様子に「?」を浮かべる事しかできないあいりはハッとして、重そうな買い物袋を器用に片手で持つと、空いた手でスカートのポケットから携帯電話を取り出した。

「もしかして、この意味不明なメールのせいですか?」
「メール?」
「はい。さっきあいつから届いたんですけど・・・これって巴先輩の事じゃないですか?」

あいりの台詞に、あいりの『あいつ』と呼ぶ相手が岡部倫太郎の事だと知っているからマミはドキリと心臓を跳ねさせ体を固くした。
ずいっ、と携帯電話のメール内容を向けてくるあいりからマミは後ろに下がる事で距離をあけた・・・今日は何だかずっと後ろ向きだ。精神的にも、肉体的にも。

「・・・・巴先輩?」
「ごめんなさい。明日の準備で忙しいからまた今度、ね」
「え?ちょっと巴先輩!?」

顔を逸らしてマミはそのまま文面を見ることなく、その場を逃げるようにして走り出した。後ろから困惑した声であいりが呼んでいるが振り返る事は出来なかった。
全然駄目だ。まったくもって制御不能だ。少しは・・・・前よりもずっと強くなったはずなのに自分の感情一つ制御できない。何を思ってこうなってしまったのかも解っていない。
今はただ、誰もいない自分の家に駆け込んで倒れてしまいたかった。
杏子も今日はマンションには戻らない。今日は外泊しているから家に戻れば一人になれる。いつもなら寂しいと思うのに、今日に限って言えばありがたい。
そしてマミはもう止まることなく、誰にも捕まらないように家に着くまでずっと走り続けたのだった。

「えー・・・なんなの?」

一人、取り残されたあいりはポカンと呆気に取られていた。実は密かに尊敬し憧れていた先輩が珍しくも取り乱していたから混乱してしまっていた。
自分は何かしてしまったのか?いや、あの様子では最初から何かしら抱え込んでいのだろう。あいりは悩むも答えは見つからない。

「ラボの方から来たし・・・でも巴先輩が?うーん・・・・やっぱこれに関係あんのかな?」

とりあえずラボ向かって歩き出す。手ぶらなら追いかける選択もあったが今は食材の詰まった・・・腹を空かせている奴が複数いるだろうから足はラボへと向かう。
薄情か?否、大丈夫だと思っているから間違ってはいない。普段なら決して見せない行動だったが、だからと言って過剰に関わる必要はあるまいと結論つけた。心配はするがラボから来たのだ。なら何かあったとしても大丈夫。
人間、たまには一人になってハメを外したい事もあるだろう。分かった風を装っているが、あいりは割と経験者だ。なんとなく“ああゆう場合”はそっとしておいた方がいいだろうと判断したのだ。
あいりは手元の携帯電話に表示されている内容にもう一度確かめる。

「『オペレーション・トロイヤ』ね。えっと・・・・私達の事で当てはめて考えれば・・・・トロイヤって確か女を奪還する話だったかしら?まあどっちでもいいか」

携帯電話をポケットに入れて、あいりは買い物袋を両手で持ち直す。鍋だから準備自体は楽だが使った皿を洗い洗濯物を回し明日の朝食の準備もしなければならないから・・・急がなくては。

「・・・・ま、大丈夫よね」

繰り返し心配しつつも、やはりなんとなく根拠もないまま大丈夫だと思い込める自分が不思議だ。
自分はこんな性格だっただろうか。いつの間にかに馴染んでしまっている今だが、昔からそうだったような、違うような、変な感じだ。
何かあれば事あるごとに今と過去を比べようとする。
今も変わらず世話好きらしい。
今も相変わらず口は悪い。
今も素直になれない。
昔よりは強くなれた気がする。
昔よりは友達が増えた。
昔よりは社交的になれた。
だけど弱くなってしまったような気がする。大切な人が増えて、好きな時間が沢山あって、ずっと居たい場所ができた。
なんだろう。大切な人たちが増えて好きな時間と欲しい居場所ができたのに、どうして――――何が変わったのだろうか?

「あ、これが『      』ってやつ?」

いつか岡部が言っていた。教えてくれた。

「面倒臭いなぁ、悪い事じゃないのに」

溜息が零れる。

「料理や掃除も手間はかかるけど嫌いじゃないのに・・・でもなぁ、これはなぁ」

訊いて、話して、確かめる。

「どうせ今回も・・・あいつがちゃんと話してくれれば解決できそうな気がするけど」

それができれば苦労はしない。誰もが、いつだってそうなのだろう。
他人にとっては些細なことでも、後から思い返せば遠回りな事ばっかりで疲れるけれど。
仕方がないのだろう。先が解らないから不安になるし・・・希望が持てる。

「巴先輩も最初から全部ぶちまければいいのに」








あれから数時間。

「・・・・・・」

マミは一人、眠れないまま夜を過ごしていた。今頃ラボでは焼き肉を食べ終え片付けとお風呂でごっちゃになっているだろう。
本当なら自分もそこに居て、あいりと一緒に皿洗いか、まどかと一緒に片付けか、ほむらと一緒にガジェット制作か、ゆまと一緒にお風呂か・・・または岡部の隣に座っていたのかもしれない。
そう思うと寂しさに潰されそうになる。どうしてこうなってしまったのかと考えてしまう。どうして――――。

「・・・・・私のせい、だ」

誘われたのに、いきなり帰った。逃げるように。
告白もキチンと断れなかった。
あやふやで、ハッキリと意思を示せなかった。

「だから・・・」

もぞもぞとタオルケットを被りなおしマミは枕に顔を埋めた。

「でも、あんなのって・・・酷い」

そう呟いて、誰に向けた言葉なのか考える。
告白してくれた先輩にか?違う。彼は被害者だ。今回一番傷ついて蔑ろにされた。
目を合わせてくれなかった岡部倫太郎にか?違う・・・違う!
だから止める。考える事を、悩む事を、今は明日に備えて早く寝るべきだと言い訳を並べて目を閉じだ。

「・・・」

ふと、昨日ゆまが持ってきた台本の事を思い出す。あの話は三角関係のようでいて、実際は女が二人の男に恋をしていた話だ。
あの物語、一体どこで女は別の相手と出会ったのだろうか?昔馴染みの男の子ではなく、別の、婚約した相手とどうやって出会い、そして付き合ったのだろうか。
そして昔馴染みの男の子はそのとき何を思い、何もしなかったのか、それとも・・・・何かして、くれたのだろうか?

「――――明日、どうしようかな」

そう呟いて、既に答えの決まっている事柄に対し迷いを零す。
杏子もゆまもキュウべぇもいない部屋は広くて暗い、暖房はいれているが体が冷えている。タオルケットだけじゃ足りない。
しかし布団を取りだすのも億劫だ。きっと起き上れば明日の朝まで眠れない。
マミは小さく体を丸めて耐える事にした。

一人で、小さく、いつかのように独りで。













「早く着きすぎちゃったかな」

翌日の土曜日。マミは見滝原の駅前に約束した時間の三十分前には到着していた。

「え?」

しかしマミの視線の先、待ち合わせ相手である先輩は既にそこに居た。そして遠目にもそわそわと落ちつかない様子で、ときたま頭を抱えて落ち込んだり急に立ち上がって拳を握り、何故か空を見上げたりしていて忙しそうだ。
傍から見ると異常者だが、優しい視線で見るなら待ち合わせの相手の事が気になり落ちつかない青年として見る事が出来る。傍を通り過ぎる人達も温かい目で面白そうに見ていた。
なんとなく、マミは知り合いの少年の事を思い出した。確か彼もあんな感じで自分を待っていた。強引な誘いで呼び出し、そのくせ不安そうに自分が来るのを待っていたのだ。
・・・あの時は、その様子は、なんだか年下の男の子をたぶらかしている気分がして、そしてなんだか楽しかったのをおぼえている。普段は偉そうに自信満々な彼だから余計に。
あの時の―――岡部倫太郎の姿と目の前の青年の姿が被って観えた。見えてしまった。何故、そのことに罪悪感にも似た感情を抱いたのかマミには解らない。

「あ、あの―――!」
「マ~ミッ」
「ぴゃあ!?」

その思考を打ち消し、青年に声をかけようとしたら後ろからハグされた。後ろから回された手が胸を下から上に持ち上げるようにしながら。
変な声が出た。周囲の視線が此方に集まって青年も気づいたのか驚いた顔で視線を向けてくる。

「えッ、なななななに!?」
「あーたーしーでーすー」
「あ、ちょ―――」
「ふかふかー」
「きゃあ!?」

クラスメイトの女の子だった。私服姿はなんだか新鮮だ。ふにふにと胸を揉む彼女の声は弾んで、それもまた不思議と学校の時とは違って別人のように聴こえる。
魔法少女になってから休日はほとんど魔女探索ばっかりで友達と遊びに行く事も減ったから、こうして休日に出会う事すら稀だ。基本、魔女は人目の着かない場所に結界を張るから余計にだ。
しかしなんだろう、何故に彼女は此方の胸を揉むのだろうか?公共の場で・・・鼻息が荒いのもきになる。

「って、いつまで揉んでるの!?」
「いやなに?気持ちいいから手が離れなくて―――ごは!?」

怒って注意するけど悪びれもせずに続行する彼女が―――急に真横に吹き飛んだ。

「・・・へ?」

ごろごろとコメディー風に転がっていく様を眺める事しかできない自分の横から別の女の子が顔を出した。

「巴さん大丈夫?」
「え?あ、こんにちは」

クラスは違うが見滝原中学の同級生、去年同じクラスだった子だ。

「あ~、マミじゃん偶然必然どっか行こうよ~」
「ん?巴さんの私服姿見るのって臨海学校以来かも」
「あれ?なんで皆いるん?」
「おーす」
「おは~」
「コングルゥ~」
「巴が私服だ・・・激写!」
「なんでお前らまでいるんだよ」
「いや別に?」
「偶然ー」
「今からどっか行くの?」
「暇でぶらついてた」
「なんなら皆でどっか行こうぜ!」
「いいねー」
「しびれるねー」
「ありがとね(?)」

そして続々と知り合いが周囲に集まってきた。この時間のこの場所で偶然にしては出来過ぎているかのように知人がどんどん集まってくる。休日の駅前だ。それぞれが遊びに外に出れば自然と集まる事もあるかもしれないがこの人数には驚いた。
マミの周りにはいつのまにか十数人の見滝原の生徒、狼藉を犯した女子生徒も起き上り輪に加わる。いつの間にかマミを中心にこれから何処に行くかが話し合われている。
だがマミは困ってしまう。みんなと一緒に遊びに行くのは久しぶりで、きっととても楽しいのは間違いないだろうが今から自分はデー・・・・

「あ、先輩じゃん?」
「ホントだ」
「お久ぶり~」

皆が自分達の近くで固まっている人に気づいた。彼は去年まで見滝原中学校に在校していた人だから何人かは知人らしい、次々と声をかけて輪に加えていこうとする。
彼と視線が合う。自分達はこれから用事がある。遊園地へ、しかしどう説明したものか?素直に正直にこれから遊園地へデートです。と言うのは些か恥ずかしい。変に邪推されるのもあるが、このままでは・・・と、考えを巡らせたところでマミは気づく。

「・・・あれ・・」

なんだろう。確かに先輩とこれからデート、待ち合わせをしていたことを皆に知られるのは恥ずかしいという気持ちはある・・・あるにはあるが、それは昨日ラボメンの皆に抱いた時と比べると小さく感じた。
彼らはラボメンと違い命懸けの時間を共有した間柄ではないが、それでもマミにとって大切な人たちだ。岡部倫太郎には出来ない、巴マミを救ってくれた人達、だからこそ変に想われたくなかった。
筈、なのだが今現在はどうだろう。不思議と、いや確かに誤解されるのも勘違いされるのも困るのだが、それはラボメンの皆の事を思うと大丈夫のような気がした。大丈夫と言うか、気にならないというか。
クラスの皆になら誤解されてもいいという訳じゃない。ただ誤解されてもすぐに本当の事を言えばいいと思ってしまう。思われたらその場で解く。指摘されたら否定すればいいと。

「先輩も暇だったりするんスか?」
「いや俺は今から――」
「じゃあ一緒に遊びに行きましょう!」
「ですね、私達も今から“皆で”移動するんで良かったらどうぞ」
「あ、あの俺は――」
「とりあえず人数が人数だし広いとこがいいよな?」

先輩が事情を説明しようとするも次々に言葉が跳び合い台詞が独り歩きして話題が進行する。
え?ちょ、待って!と先輩が必死にアピールするも、マミから見て彼が口を開くたびに台詞を重ねられ言葉が封殺されていく。
それでもこのままでは駄目だと、昨日見せたような不屈の精神で声を大に彼は――

「俺は今から――!!」
「んじゃ、遊園地に決定でいいか?」
「―――――ぇ?」

やはり先読みされたかのように封じられた。

「賛成」
「久々だから楽しみー」
「俺、二年ぶりかも」
「・・・私、初めて」
「俺もー」
「それって見滝原の遊園地ってこと?」
「うん」

完全に呑まれたのか先輩は立ち尽くしていた。否定するのも怒鳴るのも何か違う気がして何も言えないのだ。
熱心に、とは違うが誘われている手前怒鳴る事は出来ないし、かといって予定が有るというにも目的地は一緒・・・・気まずいだろう。まさか目的地を変えてくれとは言えない。言えなくもないが、ここまで盛り上がっている皆に水を差すようで申し訳ない。
この先輩は勇気も意思の強さもあるが人の良いお人好しで、知り合って間もないのにそんな事が解るほど優しいから、目的地が重なった瞬間には少し折れたのかもしれない。

「マミは?」
「え?」
「見滝原の遊園地、行ったことある?」

流れるように手を取られ改札へと歩き出す。皆も先輩も。

「えっと、私は――」
「オープンしたの去年か一昨年だからここにいる半分はまだ未経験よ?」
「女子が未経験って言うとテンション上がるよなっ」
「同意」
「今の台詞聞いた男子、一人百円ね」
「「「「「金とんのかよ!?」」」」」
「しかも微妙にリーズナブル」
「リップサービスも立派な営業になるからね」

あれやこれやと改札を通りホームへ。

「それで?」
「あ、私はその・・・・倫太郎たちと一緒に一回だけ」
「ふーん、そっか」

笑顔で頷いた彼女の後ろで、幾人かが背後に振り返りボソボソと何やら呟いている。独り言ではないが携帯電話を取り出した様子もない、襟元を引きよせて喋っているように見えるからマイクでも・・・・そんなわけないか探偵でもあるまいし。
今日は本当なら優柔不断な自分に好意を示してくれた先輩と遊園地でデートする筈だった。しかしマミは気づけば皆の会話に耳を傾け返事をして、電車に乗り込み目的地である遊園地が近付いてくるまで完全にそれを忘れてしまっていた。
先輩には悪いが、本当に申し訳ないが心は軽かった。昨日から背負ってしまっていた重い感情は吹っ切れていて、このままではデートを後日に仕切り直しになる可能性もあるが今だけは皆に感謝した。

「とうちゃーく!」

誰かの声に前を見れば、そこにはラボメン達と一回だけ訪れたことのある遊園地。
みんなと一緒に居るからだろうか、此処で過ごした思い出が楽しかったこともあって自然と胸が高鳴った。
そして、今度はまたラボメンの皆と一緒にきたいなと、心の底から思った。









「こちらウルズ7。オペレーション・トロイヤ第一フェイズから第三フェイズまで完了。M3応答せよ」

そんなマミに気づかれないように集団の後ろにいた生徒の一人がトランシーバーで此処にはいない人物に連絡を入れた。
ザザッ、と一瞬のノイズを混ぜ応答がすぐさま入る。

《こちらM3.了解した。作戦に変更は無い。引き続き任務を続行せよ》
「了解」

ちなみにこの会話。マミと先輩意外“全員が把握している”。

《こちらも“狙撃ポイント”を変更し――ぐはぁ!?》
「どうしたM3?」

突然の叫び声、しかし彼は冷静に返信を待った。

《ちょ、まてバイト戦士蹴るなけるな!!・・・・・ああいや場所を移動してすぐに連絡する。しばらくは任せた》
「任された。しかし一つ確認したい」
《?》
「皆と協議したんだがな、やはり一つ気になる点がある」
《なんだ?目標の情報に誤りでもあったか?》
「いやなに・・・・・お前はマミと遊園地に行ったらしいじゃないか?ん?」
《・・・・・》
「情報は共有すべきだと昨日話した筈だがコレはなんだ?」
《今は作戦に集中しろ》
「このままでは作戦に支障が出ると言っているんだ。解るだろ?」
《く、貴様らの望みは何だ》
「・・・・そうだな、昨日言っていたお前しか知らないマミ・・・だな」
《な、なんだと貴様それは――!》
「おいおい、おーいっ、お前に拒否権はないんだぜ?」
《ぐぬぬっ》

そんなやり取りがすぐ後ろで行われていたが、マミは前を向いたた気づかずに遊園地に足を踏み入れていった。










少年は、否、一人の男は携帯電話を懐に収め決意を秘めた表情で立ち上がった。

「よし・・・・いくか!」(`・ω・´)キリッ

とした顔つきで、次の瞬間には脳天に踵落としを受けた。

「行くかじゃねえだろバカ野郎」
「おごはぁ!?」

メゴ!と踵落としを喰らった人体が発してはいけない音と共にゴロゴロと熱々のコンクリートの上を転がりまわる。
場所は見滝原駅から数キロ離れた高層ビル。そこには少年と少女、そして一丁のスナイパーライフル、それに連結している沢山のコードの山。人気のない屋上で太陽の光を遮るモノが無い広い空間に二人はいた。
この二人、名目上はデート中である。それを見た目だけで証明するなら服装がそれを証明していた。少年は岡部倫太郎、少女は佐倉杏子、ともに普段はしないお洒落な恰好をしていた。

「いっつつ・・・おいバイト戦士ッ!今のは死んでもおかしくないぞ!?いや冗談抜きで頭蓋が割れるッ」
「割れてねぇのが残念だよクソ野郎」

ぐりぐりと杏子は岡部の背中を踏みつけて怒りを顕わにしていた。
今日の杏子の出で立ちは普段と違って女の子だった。もちろん普段から女の恰好はしているが今日のはそう・・・キチンと『デート用』と言っても過言ではない姿だ。
胸元に蝶のプリントがされた黒いシャツに白いフレアスカート、ピンクと白の縦ボーダーがデザインの上着にトートバック、靴はいつものブーツではなく可愛らしいスニーカー。人によってはまだまだと言えるかもしれないが、あの佐倉杏子と見れば、それはまさにデート用の私服だった。
対し、地面に伏している岡部の服装も稀に見るものだった。
まず第一に『白衣を着ていない』。この男、何をトチ狂っているのか見滝原の制服の上からでも白衣を纏おうとする業の深い奴である。その岡部が今日は白衣を持ってきてすらいない。
一言で言えばカジュアル。黒と白の横ボーダーのシャツに黒い上着。色落ちしていない新品のジーンズにスニーカー、また髪にはワックスを使用し“ちゃんとしたセット”がされていた。

「なあ岡部倫太郎、アタシはお前に飯を奢るから付き合ってほしいって言われてきたんだが?」
「・・・も、もちろん嘘は無い。昼飯は俺の奢りだ」

地に伏したまま岡部は答えた。

「そんで珍しく、お洒落してこいって言われたな」
「ああ、すごく似合っているぞ」
「ありがとよ。これ、お前が絶対に着て来いって言った奴だぜ」

岡部を踏みながらスカートの裾を摘まんでヒラヒラと、岡部が視線を向ければ下着が丸見えになってしまうが杏子は気にすることなく岡部をぐりぐりとした。

何故こんな状況に陥っているのか?時間は昨日の夜。マミがラボを出ていってから始まる。





―――回想。

思う事が有る。岡部倫太郎が巴マミに冷たいと言ってもいい態度で接した。
そんな事は過去に一度もなかった。いや初めて会合したときは都合から距離を取ろうとしていたが今では状況が違う。

「岡部っ」
「・・・・まて」

ほむらは岡部の後を追って屋上に駆け込んだが、岡部は既に携帯電話で誰かと連絡を取っていた。ほむらに片手を向け制止の合図を送り電話へと集中する。
暁美ほむらには解らなかった。岡部倫太郎の意図が、自分が岡部に何と言うのか。
過去、仕方なく岡部がラボメンに対し距離を置こうとした事は確かにあった。だけどその原因は既に無い。解決し、終わった話だ。今更蒸し返す筈もないし、ほむらが知る限り目の前の男はラボメンの為なら世界を敵回す事すら厭わない。
そんな男がわざわざ“あんな態度”を、それも巴マミに対し・・・解らない。下校途中まではいつもの通りだった。ゆえに考えられる原因はマミが告白された事だろう。それしかないはずで、だけど岡部倫太郎が?と思うと要因として考える事が難しくなる。
岡部の態度に少なからず怒りの感情があったのは確かだが、ではどうする?こうして追いかけてはきたが何を言えばいい?何を言うつもりだった?・・・解らない。こうして間を取られると冷静になって言葉を失う。
これが岡部でなければ『変な嫉妬はみっともない』的な台詞を吐けた。だが相手はあの岡部倫太郎だ。前提条件が違うかもしれない。『巴マミが告白された』からあんな態度を取ったのかどうか、そこからして解らないのだ。

岡部倫太郎は愛しても恋はしない。
大切に思っても執着しない。
信頼しても必要としない。
求めても欲しない。

それは例えラボメンであろうとも変わらない。世界を敵に回してでも護りたい人でも、幾多の世界を渡り歩きようやく辿り着いた世界線で出会えても、親愛を示されても、岡部倫太郎は“それ”を抱かなかった。
だから思う。考える。あの態度は“それ”とはまったく関係が無い?此方が勘違いしているだけで、気づかないうちに彼の周りでは“何か”が起こっていて、今現在・・・それについて頭を悩ませているのではないのだろうか。
あの岡部倫太郎が大切に思う巴マミにあんな態度を取ってしまうほどの何かが―――――また、この男は一人で背負っているのではないだろうか。

「・・・・・」

そこまで考えて、予想出来てしまう。
この時間軸で、世界線で文字通り『奇跡』を越えた再会を果たした当初のように、それでも巻き込まないために、また一人で抱え込んでいるのではないかと暁美ほむらは思った。
見て、観て、訊いて、聞いて、確かめて、この男が絶対にブレない事を知っている。
例え何があろうとも岡部倫太郎は私達を裏切らないと。例え彼が此方に危害を加えても、冷たく突き放しても、そこには理由があるのだと信じている。
例え世界中から見放されようと――――――


「ああ、分かった。引き続き奴の情報を集めてくれ・・・・・解っている。我々TMFの警戒網を破り単身でマミに告白した輩だ。裏には強力な組織がいるはずだ」

T=巴
M=マミ
F=ファンクラブ

「明日は駅前で合流し、その後遊園地らしい。・・・・・・・ああ、まったくベタなプランだが油断はできん。若さゆえの過ちもある。明日は一時間前には周囲を固め、偶然を装いつつデートを妨が・・・・おっと口が滑るところだった。そう、我々は偶然集まり遊園地に偶々遊びに行くだけであって何もしない。そう、なにも な」

うん、だけど念のために殺す事も念頭に入れておいた方がいいのかもしれないな。ほむらはそう思い屈伸運動を始める。
真剣な表情で空を見上げながら意味深な台詞を垂れ流しているが、その内容は聞けば聞くほど他人の恋路を邪魔しようとしている愚か者にしか見えない。
ああ、もちろん知っている。岡部倫太郎、鳳凰院凶真はラボメンのためになら自ら進んで悪役を担うお人好しだと。

「エル・プサイ・コングルゥ―――次は・・・・・・・もしもしバイト戦士か?明日は暇か?暇だな、いやなに大した要件でもないが旅行のプランをそろそろ考えようと思って・・・・、ああもちろんゆまが行きたい場所も先日訊いた。大まかな観光場所はまかせる。ただ泊る所や移動手段、当日の天候についての予備プランも含め君と一緒に昼飯でも食べながら話し合いたい。もちろん奢りだ任せろ。・・・ん?いや、ゆまには内緒にしよう。これもサプライズさ――――――そうそう、当日は着飾って来い。・・・・・いや?単に前回の遠征で買った服、俺はまだ観てないなと思って・・・・ああ、プレゼントした手前、俺には見せてもいいだろう?うん・・・・・うん、ああ楽しみにしている。―――――おいおい怒るな、からかっているわけじゃない。本音で本気だ。うん?明日の予定なら“ほむらに全て任せる”つもりだ。気にするな・・・・・それよりも俺にとっては此方が重要なんだ」

だからまあ?悪役を担うというのなら?その心根を呑んで受け止めて乗ってやるのが彼を知る自分の役割だろう。同情せず、躊躇わず、彼の望む結末の為に演技に付き合ってやろう。
奴は大切な存在である者を傷つけ、信頼する者を騙し、理解者との約束を一方的に破棄しやがった。

罪には裁きを、悪には断罪を、ロリコンには鉄槌を。

今しがたの会話を連結させ予想すればこの男、巴マミのデートに介入す気満々だ。それも外部協力の元、相手の情報を違法に収集、真偽不明の協力者までいると仮定して動いている。
おまけになんだ?明日の予定を丸投げする気か?事後承諾で?佐倉杏子にはまるで期待させるような言葉を送りながらその実、あきらかに利用しようとしている。
許せん!杏子がどんな気持ちを岡部に抱いているかは不明だが、少なくとも彼女は岡部の言葉を信用し、妹分であるゆまと一緒に出かける旅行のプランとやらを真剣に考えている。その想いを私利私欲のために利用するというのなら断罪すべきだ。
それは演技、と言う事だろう。悪役を演じる彼の目的は裏に隠れた組織を打倒するためにする演技。ラボメンに嫌われようとも護るために、未来への障害を排除するために。

うん・・・・・・ そ ん な わ け あ る か !

「よし、後は明日に備えて未来ガジェットM44号『月は出ているか!?出てないか、そうか!発射!!』の調整に入らねば」

未来ガジェットM44号。正式名称は『“対ワルプルギスの夜決戦兵器”超々長距離アンチマギカライフルHOMURA』。

ヤシマ作戦にでも出てきそうなゴツイ外見のガジェット。六号機の『クーリングオフ』と複数連結させる事により射程距離は最大12キロ、威力は計算上超大型魔女を一撃で戦闘不能にすることから人間を後遺症の残さない程度に狙撃出来るまで調節可能な代物だ。
・・・まさかとは思うが最低でも起動するのに“グリーフシードを十個以上消費する”ガジェットを、デートを監視するために使用するのではないだろうか?まさか。いやまさか、流石にそれはないはずだ。

「訊いていたなほむほむっ」
「誰がほむだ」
「『オペレーション・トロイヤ』をここに宣言する!」
「いやちょっと待ちなさい岡部、貴方一体何を――」
「ゆえに明日のお前との約束はキャンセルだ!要件は全てお前に一任する、頼んだぞ」
「いや頼んだぞじゃないでしょ。そもそも明日の用事は――!」
「『雷ネット』起動!全ラボメン(今回の件について参加しそうな人物)に緊急要請!『オペレーション・トロイヤ』の概要を転送ゥ」
「聞けよコラッ」

ポチ、と携帯電話のボタンを天に掲げながら押した岡部はテンションがおかしいのか、それとも脳がついに限界を迎えたのか、その声は巻き舌で、その表情は活き活きとしていた。
なんとなく、解る。この男は普段からマミを養子にしようと策略を練るHENTAIなのだ。小さな可能性として、もしかしたら『娘はお前にやらん!』を疑似体験したいがために悦に入っているのかもしれない。
入念な準備運動、屈伸を済ませたほむらは助走をつけて天に高笑いする岡部に向かって走り出す。

「フゥーハハハ!!安心するがいいマミ!(協力してくれる)ラボメン及びTMF総出で君を守護してみせようッ・・・ククク、フゥーハハハハハ!!」

場違いにも久々に聞いたかもしれない高笑いに、少しだけほむらは楽しい気持ちを抱いてしまったがすぐに封殺する。
彼我の距離が一メートルを切ると跳んで空中で回転、ひねりを加えつつ両足を揃えて岡部の無防備なその背中へとそれを叩き込んだ。


「ラボメンを巻き込むなバカ岡部ェエエエエ!!」


他のラボメンが屋上に到着するのと、衝撃に岡部が屋上から地上へとダイブするのはほぼ同時だった。
ちなみに送信された『オペレーション・トロイヤ』の概要を受けて参加してくれたラボメンは一人もいなかったが、岡部は挫けることなく立ち上がった。
そんなこんなで『オペレーション・トロイヤ』。ラボメン№07巴マミのデートを尾行する作戦はスタートした。








遊園地内。

「・・・・?」
「どしたんマミ?」
「ううん・・・・なんだか、えっと・・・・・何かしら?」
「なにそれ?変なの」

自分でも良く解らない感覚にマミは戸惑うも隣で笑ってくれる人がいることで気にならなくなった。
視線を感じるとか、誰かに呼ばれたとか、虫の知らせとも違うような不思議な感覚。誰かに噂でもされたのだろうか?クシャミは出なかったが何かしら引っかかったような気がした。
念のためにマミは周囲に気を配るも魔女の気配も魔法少女の気配もない。だから気にしすぎだと思う事にした。油断はできないが、ここにきてまで神経を張り巡らせる必要はないと、今は楽しもうと気を許した。緩めた。

「巴、楽しんでる?」
「ええ、とっても」
「よかよか、俺達はよかったけど急だったからな、心配したんだぜ」
「え?」
「いや用事あんのかなって、マミはいつも帰るのも早いじゃん?」
「だから今日はマミちゃんを強引に誘ってみたけど・・・・迷惑じゃなかった?」
「ううん、そんなことない。私とっても楽しいわ」
「良かったぁ、よし!今度はアレに乗ろう!」
「うん」
「着いていきます!」
「ガッテン!」
「俺巴さんの隣~」
「「「ダラッシャー!」」」
「え?私が隣だけど?」
「異議あり!」
「ジャン拳だろ!」
「じゃーいけーん・・・・・」

「「「「グーだオラァアアアアアア!!」」」」

皆と遊ぶ遊園地はラボメンで訪れた時とは違ってまた新鮮だ。普段は学校でしか交流が無いクラスメイトとも外で会えばこんなにも雰囲気が変わるのか、同じはずなのに皆がキラキラと輝いて見える。
・・・後ろでスタンドバトルでも起きてそうな音が聴こえるがもっぱら見滝原中学校で聞き慣れているので大事にはいたらないだろう。
打撃音をBGMに順番が回るとマミはあの高い所まで昇って一気に降っていきつつ急カーブと急旋回を行う二人腰掛け用のアトラクションに乗り込む。

「隣、いいかな?」
「はい。どう・・・ぞ?」

拳闘。ではなくじゃんけんに決着がついたのかマミに声をかけてきたのは――――告白してくれた先輩だった。
今の今まで楽しんでいて意識していなかったが、本来なら今日はこの人と二人っきりでデートの筈だった。
それを忘れ、昨日の件も忘れ今の今まで意識してなかった自分は本当になんなのだろう。

「なんか、やっと・・・だね?」
「え、ええ、そう・・・ですね?」

互いに疑問形になってしまう。隣に腰を下ろし安全バーを、先輩は前を見てマミは横顔越しにさっきまで争っていたクラスメイトに視線を向ける。
その行為が何を意味するのか、偶然か、ただ気になったのか、それとも助けを求めたのか、どちらにしてもあまり褒められたものではない。

―――おうふっ、数十回とアイコが連続している中いきなり参加し勝利をもぎ取られた!
―――な、何故だ!?神は俺たちではなく去年卒業する事でドロップアウトした奴を選んだのか?
―――え・・・・私たち全員の運命力がたった一人に負けたというの?
―――まあ、ぶっちゃけ俺達ってグーオンリーだったからな
―――それだ!
―――盲点だった!
―――まさかこんな近くに勝利への方程式が!?

Orzと落ち込んでいる。基本彼らは頭が良い筈なのだが、本当にここ一番で残念な人達だ。彼らがゾンビのように行進しながらゾロゾロと乗り込み準備は完了した。
ゆっくりとアトラクションが動き始め体の位置が徐々に上昇していく。この手のアトラクションは大丈夫だと分かってはいてもドキドキするものだ。しかし今のマミはそれ以外、それ以上の要因によってドキドキしていた。

「・・・・あはは、やっぱり怖いな。始まりは慣れないね」
「えっと、そうですね・・・私も最初は怖いです」

隣に居る存在だ。恥ずかしそうにしながら内面を暴露して微笑んでくれる。こんな自分に声をかけて優しくしてくれる。その姿が、少しだけ情けなく笑う表情が誰かとダブって見える。
気恥ずかしくてまともに顔を観れない。赤くなった顔を見られたくなくて顔を伏せるも、風の音を混じって柔らかい声が確かに届くから困る。
二人掛けの腰掛け、先頭で良かったと思う。誰にも見られず、誰にも悟られない位置でよかったとマミは心の底から思った。

「巴さん」
「は、はい!?」

天辺にまで達した。

「俺は君が好きだ」
「えっ?あ、う・・・」

あとは重力に従い真下へと加速しする。

「返事は帰りに、教えてくれると嬉しい」

魔法少女であるマミは万が一事故が起きようとも無事に、それこそ搭乗員全員を救助できるほどの技量を保持している。
だから怖くなんかない筈で、だから何も恐れる事は無い筈で、だけどアトラクションが終わった時に、終えて、降りた後にも怖かったのか何なのか


マミの左手は先輩の右手と重なっていた。





それを岡部倫太郎と佐倉杏子は後ろから観ていた。

「岡部倫太郎」
「なんだ」
「・・・・・いいのかよ」
「なにが」
「・・・別に」
「そうか」

髪形も服装も普段とは違うから今のところマミには気づかれてはいない。一号機による魔力の遮断も完璧で、余程の事が無いとバレることはないだろう。直接目視されない限りは。
二人はさっきまでトコトコとマミ達の集団の後に着いて行きつつアトラクションを楽しみ、その合間に出店ショップでお昼を済ませるなどして楽しんでいたが、やや予想と違った展開を見せられたことで会話が一気に減った。

「・・・」

当たり前だが杏子はつまらなかった。めかし込んで来てみれば目的はマミを見守る事だし、ついさっきまでは楽しんでいたが今はこうして相方はマミばかりを見ている。
着なれないスカートの裾をヒラヒラと摘まんで、場違いな気分になって、なんで自分は此処に居るのか疑問ばかり沸いてくる。こんな事ならビルの屋上でほむらの到着を待っていたほうが良かったと後悔した。
44号機は見た目からも解るようにかなりの重量で、かつ巨大。持ち運びは困難だ。だからあのガジェットの運搬はほむらの固有魔法の一つである盾【倉庫魔法(仮)】に任せたが、こんな事なら岡部に着いてこなければよかったと溜息が零れる。

「バイト戦士?」
「・・・ん」
「?」
「ふんっ」
「なんだもっと食いたいのか?」
「ちがっ――――もが!?」

不機嫌を態度で表すも、何を勘違いしているのか岡部に食い掛けのケバブを口に突っ込まれて杏子はバタバタと両手を振って暴れた。

「うまいか?」
「ッ、服にタレ零したらどうすんだよ!!」
「ああすまん。しかしなんだ、お前でも気にするんだな」
「あったりまえだ!一応マミが選んでくれたんだぞっ」
「む?・・・・・気に入ってるのか?」
「・・・・・まあ、嫌いじゃない」
「ほほう!」
「ああ?」

口元に付いたケバブのタレで服を汚さないように指で唇をなぞる。そしてそのまま岡部から受け取ったケバブをこれ見よがしに全部己の腹に収めていると何故か岡部がドヤ顔で胸を張った。
現在の心境を思えば杏子は岡部のその態度だけで十分にイラッとくるのだが、一応この後には旅行について話し合いを設ける予定なので怒りをぐっと堪える。

「そうかそうか、気にっていたかっ」
「だからなんだよっ」
「いやなに、気にいってくれているのならいい」
「偉そうだな」
「なかなか着ないから心配したんだぞ」
「お前に心配されるいわれはねぇよ」

食べ歩きしていたが近くにテーブルデッキもあって二人は腰を下ろす。思うことはそれぞれあるのだろうが一旦マミから視線を外し向きあって会話を続ける。
しかし腹が立つ。何故に目の前の男は ふーんッ! とばかりに偉そうな態度なのか、勝ち誇った態度なのか、場所がラボだったなら殴っていたかもしれない。

「マミの事はいいのかよ?」
「まあ、大丈夫だろう」

岡部はあの二人は手を繋いではいたが特に深く考える必要はないだろう。そう、思う事にしたのだ。岡部にしても杏子にしても気にはなるがあまり・・・深く介入してはいけない事は承知している。今さらだが、やはり気になり心配してしまうが我慢する。
思えばマミは何かしらのイベントの後にはよく意識せず無意識に手を繋ぐ。普段は滅多に観られないが魔女結界探索中や買い物など、気づけば手を繋いでいる事が多い。本人はそれに気づくと慌てて手を離すのだが、赤くなった顔はいつもラボメンの精神に萌えを提供してくれる。
だから、それはクラスメイトも知っている共通情報なのか同じように手を繋がれた事もある人間は多いのか、二人の周りで気づかれないように歯を鳴らしたりハンカチを噛んだりシャドーボクシングを始めた連中も暴徒と化すのをギリギリで耐えている。

「で?」
「うん?」

岡部がそれでいいならいいか。と杏子は遠ざかりつつあるマミの背中を視界の端に収めつつ岡部に問う。

「なんでお前が偉そうにすんだよ」
「それ、似合っているそ」
「聞いたよ。まあアタシはガラじゃないけど自分でも・・・良いかなって思う」
「うむ、そう言ってくれると選んだ俺も嬉しい」
「恥ずかしいからマミには言うなよ・・・・・・あん?」
「そうか、良いと、思っているのだな?」

ニヤニヤと、視線をマミから岡部に移せば杏子は自らの耳を疑った。

「は?」
「いや似合っている。本当に似合っているぞバイトすぇんしぃ、そう・・・俺のセンスもバカにしたものではないな」

これはアレだ。相手を褒めつつ自らを称賛している。喋り方も十分に腹立つが発言の意味を理解し杏子は呑みこんだケバブを吹かないように喉とお腹に意識して力を込めた。
そして考える。今日袖を通した普段なら着ないであろうピンクの上着やヒラヒラのスカートは目の前で偉そうにしている男が選んだ物だと?自分でも良いなぁと思ってしまった服が?

「いや・・・・まて」
「なんだバイト戦士、そんなにも気にいっているのならもっと普段から着ればよぅかろう」
「まてまて、あと巻き舌やめろ!」

某指令官ポーズで視線を向ける岡部に杏子は反論する。

「これは、マミとお前から貰ったものだ」
「正確には俺が、マミを経由してお前に贈ったものだ」
「お前が?これを?・・・・・ええ?」
「ホントだぞ?」
「いやいやないない。だってセンスねぇじゃん。いっつも白衣だし今日のなりもあいりが選んでくれたもんだろ?」
「ああ、だがそれは俺が選んだ。お前に似合うと思って購入した」
「・・・・」

嘘くせぇ。

これがチョロインなラボメンなら慌てたり照れたりするのだろうが杏子は違う。最初は驚いたが胡散臭さが大きすぎてそんな気にはなれなかった。
仮にも岡部倫太郎は巴マミと同学年。つまり年上の男だが基本生活能力無し、服装センス無し、金無し、異性の扱いは雑、長身であり学もあるが残念な奴と杏子は認識している。
確かに親身になって厄介事の塊である魔法少女に接し、かつ今だけでなく過去と未来とも向き合おうとしてくれる稀有な奴で感謝も好意も抱いてはいるが、それはそれでありキチンと線引きはしている。
だから正直に言えば岡部倫太郎はこうゆうセンスは無いと断言できる。この手の異性の気の引き方はしないと知っている。特に贈り物なんて絶対にしないだろう。上条恭介もだが、立場上二人は特定の人間に――――。

「・・・・ん?」

何かが引っかかりそうになり思考を中断する。

「おい岡部倫太郎」
「なんだバイト戦士」
「これ、買ったの何時だよ」
「お前がマミから受け取った日だ」
「ああ、つまりコレはあれか?」
「だとしたら?」
「受け取らなかった・・・・は言い過ぎか。でも気にすんなって、言ったろうな」
「そう言うと思ってマミ経由だ」
「はっ、どっちにしても変わんねえかもしれないのに?」
「時期が時期だったからな」
「面倒臭いこった」
「杏子」
「・・・・んだよ」

コレは詫びだ。岡部だけのせいじゃない。岡部はもしかしたら被害者と言えるかもしれない事件。しかし確かに中心に岡部はいて、原因は岡部で、岡部がいなければ起こらなかった事件だった。
だけどこれは場違いで見当違いのお詫びの品。そんな事されても困るし、こんなもの一着で済ませようものならむしろキレるから何もしない方がマシで、だけど何かをしたかったのかもしれない。
その意図はくんでもいいだろう。それなりに気に入ったのは本当だし、コレ以外で世話になった事を思えばおつりもくる。

「今さらだが、悪か―――」
「別にいい。何度も言わせんな」
「しかし」
「いいんだよ。おかげで気兼ねなくマミのとこに居られる。それに・・・あそこは取り壊されるのが決まってたから」
「・・・」
「むしろさ、アンタらに綺麗さっぱり吹き飛ばされて良かったよ」
「杏子」
「いいんだよ」

とある事件で佐倉杏子の家族と過ごした思い出の詰まった場所である教会は完全に消滅している。しかしこっちは既に気持ちの整理は済んでいて、なのにいつまでも気にしているのは目の前の奴だけだ。
当時は何かと気を使われ煩わしかったが、まさかまだ気にしている事に驚いた。逆にお前の方があの場所に思い入れがあるのかと問いたいぐらいだ。

「まだ気にしてたのかよ、アホくせ」
「もうしてないよ。共同生活もうまくいってるようだしな」
「じゃあ何で今さら」
「だから買ったのは当時で、いまの謝罪は・・・・やはり謝りたかっただけだ」
「自己満足じゃん」
「そうやって少しづつ清算していきたいんだよ。被害がデカイからな」
「はん、勝手な野郎だな」
「お前には気軽に言えるから楽なんだ」
「はいはい」

そう言いつつも、きっとこの男は気にしているんだろう。過去に縛られているわけではないが後ろ髪を引かれている。

「まっ、嘘かほんとかは別としてコレ自体はマジで気にいってるんだぜ」
「良かった。お前の事だから変に気取って否定しそうで心配だったんだ。それもマミ経由にした要因の一つだ」
「今度からはちゃんとお前から手渡せよな」
「お前は食い物以外は受け取らなさそうだが?」
「いつの私だよ。正直、服は高すぎる。貰いもんでカバーできるならそうするさ」
「なら今度からお前へのプレゼントは服にしよう」
「いいのかよ、高いぜ?」
「ユニクロはいつだって庶民の味方なのだ」
「・・・・うん、まあいいけどよ」
「俺のチョイスでも合格らしいからな、次を楽しみにしておくといい」
「期待しとくよ」

でも今はそれでいいのかもしれない。視界の先で人波に混じり遠ざかっていくマミの背中を見送りつつ杏子はそう思った。
タダで服が手に入るなら大歓迎だ。よほど変なモノでもなければいい。ユニクロは万人向けだし信用できる。貰い物があるならワザワザ自分で買う必要もないしマミや他から色々と言われる事は無くなるだろう。
それにまあ、最近は岡部との時間も減ってきて・・・・それで何か困ったことがあるわけでもないが、こうした時間を過ごせるのは良いことだ。

「しっかし、マジで岡部倫太郎のセンスなのか?ピンクの色ものとか選んでる姿は想像できねぇな」
「マミにも言われたよ」
「だろうよ」
「ちなみにバイト戦士用の白衣はラボにあるぞ」
「エプロンとして使ってるよ」
「・・・・・むぅ」

一応、過去にも杏子は、というかラボメンの皆は岡部に着る物をプレゼントされている――――もちろん白衣だ。ラボにはラボメンの身長に合わせた白衣が人数分×2が常備されている。
使用しているのはもっぱら岡部と、エプロン代わりにまどかが、ほむらとキュウべぇがガジェット制作時に使用するだけで他は袋に入れっぱなしだ。

「マミと一緒に買い物したってことは、やっぱマミに助言は貰ったんだろ?」
「それはそうだがマミが選んだ物とは違うぞ」
「マジで?コレを?」
「ああ」
「ふーん・・・・・なあ岡部倫太郎」
「なんだ」
「今度はさ、アタシも一緒に選んでもいいか?」
「機会が有ればな。あと高いのはダメだぞ」
「わーってるよ。ついでにお前の服をアタシが選んでやるさ」
「・・・・え・・・?」
「何だその反応!アタシのセンスを信用してねえのか!」
「いやだってお前は・・・なあ?」
「あいりやマミとは買い物行って服選ばせたんだろ!」
「むぅ・・・・じゃあ、普通の奴で頼むぞ?」
「おう、まかせとけ!」

さっきまでとは違って楽しい時間だ。自覚した。来て良かったと素直に思える。

「そうだな、白衣に合うやつを頼む」
「・・・・白衣をデフォで着るのはどうにかなんねぇの?」
「科学者たるもの、常に白衣を身に着けなければな」
「・・・まあ、考えとくよ」

岡部がポケットから事前に調べていたであろう旅行に関する資料を取り出せば、今日の呼び出しが完全にマミのためじゃなかった事に嬉しさが少しだけ込み上げるてくる。
しきりに笑って、手を伸ばして相手を小突いてまた笑う。変に意識せずに自然体で触れ合えて、何を言っても言われても心地良い。

「さて、マミ達も今から食事だ。その間に大まかなプランの確認をしておこう」
「ついで扱いで若干ムカつくが昼飯を奢ってくれるらしいからな、今回は許してやるよ」
「・・・・今しがたあいり作のケバブを食したよな?」
「そりゃ弁当だろ。お前の奢りじゃねえだろ」
「・・・・施設内の食事は高いんだぞ」
「御馳走になるよ、岡部倫太郎」

岡部も杏子もこのときは完全にマミの事を意識の外に置いて話し合い、互いを正面に笑いあった。
きっとこうゆう状態をデート中と言うのだろう。
変に意識して買い物に出かけるよりも、こうして自然体で接している姿が本当の意味で付き合っていると思われる原因になるのだろう。
周りにいる客も声を大に喋る二人に視線を向けては微笑ましそうにして二人を観ていた。

仲の良いカップルだと勘違いして。












「あれって・・・」

それだけ夢中でいたから、いつのまにかマミが遠くで振り返って此方を見ている事に杏子は気づかなかった。
背中を向けていた岡部はともかく、髪形と服装が多少違えども大切な仲間をマミが見間違う筈が無かった。まして身に着けている服は岡部が買った物、物珍しさから記憶にも新しい。
だから楽しそうに、幸せそうに笑っている赤髪の女の子が佐倉杏子であることはすぐに解った。そして向かいに座る男が岡部倫太郎だと予測できた。
見た目こそ普段の白衣姿からかけ離れているが、杏子があんな笑顔を向ける異性をマミは他に知らない。

「来てたんだ」

このとき、マミの口元に浮かんだのは間違いなく笑みだった。

「・・・」

周りに意識を、耳を傾ける。魔力は聴力を強化、周囲に居るクラスメイトの会話を、小さく呟いている単語を盗み聴きする。
するとどうだろう。やはり単語の端々を繋げ収束収斂していくと岡部倫太郎が遊園地に着ていて、目的は自分の事を気にかけての事らしいと気づく。
自然、隣で手を繋いだ先輩の手をマミは握る。無意識に、嬉しい事や楽しい事があったら無意識にしてしまう好意を、今までいろんな異性同性を勘違いさせドキドキさせてきた天然っぷりを発揮した。

「と、巴さん?」
「え、えへへ・・・・なんですか?」

手を握った事に気づかないまま嬉しそうに笑うから、デート相手である先輩は紅潮した。なのにマミは嬉しさから気づかず、いや気に掛けず子供のように繋いだ手をぶんぶんと振って歩きだす。
テンションが高くなっているのは誰の目からみても明らかで、嬉しそうに前を歩くマミは輝いて観えるから皆は反応に困る。
自分達と一緒に遊んでいるから楽しんでくれているんだと思えれば幸いだが、さっきまで何処か沈んでいた気配もあったから、急に上がったテンションに戸惑った。

「マミ、いきなりどったの?」
「ん~、なにが?」
「なんだか嬉しそう?え・・・・・なにまさか目覚めたの!?」
「おいおい、もしそうなら先輩を・・・・」
「え?俺がなに?」
「短い間でしたがありがとうございました」
「私達、先輩と過ごした今日のこと忘れませんから」
「いきなり何だ!?」
「大丈夫です。ご家族には急にいなくなったと伝えておきます」
「えっと・・・・・人気のない場所ってどこだ?」
「向こうのステージ裏とかいいんじゃない?“処理”も簡単だし」
「着々と俺の抹殺を企むんじゃない!」
「?」
「巴さん!?『?』って・・・・おかしな現象が起きているけどもしかしてコレが平常運転なのかい!?」

周りが騒がしくなってきたがクラスメイトが大勢いるのだ。ならいつも通りの平常通常無問題。マミはニコニコと嬉しそうに微笑むばかりで、その笑顔を幸せそうだから皆は一旦先輩への制裁を止めた。
少なくともニコニコの原因は手を繋いでいる事ではないと悟ったからだ。だってマミは先輩を見ていない。手を繋いでいても気持ちは別の所ではしゃいでいる。
クラスの皆は知っている。巴マミにそうゆう顔をさせる事は出来るのは自分達と、岡部倫太郎の率いるラボメンだと。

「・・・・・つーと、気づかれたか?」
「かもねぇ」
「見つかってんじゃねぇよバカ岡部」
「でもさ」
「うん」
「いいかもね」
「そうとは決まってないけどね」
「どっちでもいいさ」
「ちがいない」
「そうだねー」

皆は愚痴を言って、次いで同じような心境で、きっと同じ気持ちでに頷く。


「「「「「マミが嬉しそうだから、それで良い」」」」」


巴マミは愛されていた。記憶を消されても、思い出を改竄されたわけではないから。
本人が知らないだけで、どこの世界線でも、いつだって愛されていた。
それこそ他の、岡部倫太郎の助けがいらないくらいに。

「ふふ、そっかそっか・・・・倫太郎来てたんだっ」

今にもスキップしたくなるような気持ちでいっぱいだ。嬉しいのだ。昨日から不安だったから、岡部倫太郎に見放されたかのような気がして、そんな事はないと自分に言い聞かせて慰めていたから。
自分が他の誰かに告白されても、誰かとデートに出かけても気にしないんだと思って少しだけ悲しかった。悔しいのかやるせないのか、不思議な気持ちで潰れそうになったけど、口や態度で冷たくされてもこうして見守りに来てくれている。
本来なら怒るところだが嬉しい気持ちが溢れて、安心できた感情が全てを許していた。

「帰りはラボに寄っていこうかしら?」

本当に幸せそうに手を引いて前を歩きだすマミは子犬のようで愛らしい。
去年卒業した事でラボメンを知らない先輩は困惑したまま、事情を知っているクラスメイトは苦笑しつつも後を追う。
この後、マミ達は皆で食事をとって軽い雑談をしつつ休憩して午後も全力で遊んだ。

「・・・」

マミがあまりにも楽しそうだから、色々と覚悟を決めてきた人がいたけれど、それをマミは忘れてしまっていた。
ただそれを責めることはできないな、と優しい誰かは思い。そもそも望みが無い事を、可能性が摘まれた事を完全に受け入れられた。
優しい彼女は、優しい誰かの気持ちを見過ごしてしまった。
優しい彼は、優しい誰かの気持ちを受け入れた。


「ありがとう。今日は付き合ってくれて」


言葉は届かない。想いは響かない。



それでもいいと思える彼は、きっと岡部倫太郎に似ていた。
















日が沈んだ時間帯。

「ただいま」
「・・・・・おかえりなさい」

日が沈み始めた頃に岡部がラボへと帰宅すると頬を膨らませたあいりがジト目で出迎えた。
ガラステーブルの上に肘をついて非難の視線で岡部を見ていた。子供のように不貞腐れている姿は年相応で、いつも通りで岡部には笑みが浮かんだ。
こうして誰かに出迎えてもらえる生活は悪くない。自分勝手で恐縮だが、嬉しい。

「なに笑ってんの、ムカつく」
「いつもありがとう」

怒っているくせに『おかえりなさい』は絶対に言うし、岡部がラボに足を踏み入れるとトコトコと近づいてきて脱いだ上着を受け取りハンガーに・・・・嫁か。

「ごはんは食べてきたの?」
「まさか、君がいるんだ。日増しに美味しくなっていくご飯があるんだから外で食べるより断然、こちらだろう」
「もうっ、なんだよそれ!杏子は!?一緒じゃないの!?沢山作ったからおかわりもあるよ!」
「バイト戦士は今頃スーパーで戦っているさ」
「・・・・・またお弁当?」
「美味しんだぞ?」
「解るけど、そうじゃなくて・・・・ううん、まあいいやっ」

不機嫌そうだった表情は和らぎ、あいりは留守番していた間にあった出来事を岡部に伝える。ラボメン以外から届くパソコンへのメール、外国に居る協力者からの連絡、それに家事全般。
特にそんな約束も役目も彼女にはないのだが彼女は率先して留守番を、言われるまでもなく連絡を、無意識に進んで世話を焼いてくれる。
半場居候状態の時の習慣が抜けないのか、あいりは今もこうして休日にはラボに来て、隅から隅まで掃除をして健康に気を使った食事を作り岡部の帰りを待っている。
岡部は思う。あれ?あいりって・・・・・・・嫁?いや違う!感謝と都合の厚意を邪推してはいけない。これはあれだ、ただ単に自分がヒモ―――――・・・・・そろそろ自分でもしっかり家事ができるようになろうと考え始めた。

「天王寺さん・・・・じゃなくて綯とキュウべぇが帰ってきたけど、すぐに出て行っちゃった」
「そうか、彼女には苦労をかけるな・・・・・本来なら俺がやるべき事なのに」
「今まで頑張ってきて、それを知っているんでしょ?私達だってできる事があれば手伝うよ」
「?」
「どうせ数ヵ月後にはどっかで忙しくなるんだろ、だったらそれまでは甘えればいい」
「・・・・・おまえ」
「なに?」

首を傾げるあいりに、岡部は前々から思っていた事を口に出してみた。

「最近、デレ成分の放出が活発になっていないか?」
「にゃんばと!?」
「あと無理に呼び捨てにしなくていいぞ」

・・・にゃんばと?噛んだのだろうか。

「だっ、だだだだだ誰がいつどこで誰に何のためにデレたんだよ!」
「格好付けなのか意地なのか知らんが、二人っきりになったらマミやシスターブラウン達を呼び捨てにしているが・・・言いにくそうだし、素直に呼びやすい方で呼んでみればいいんじゃないか?」
「勘違いスンナよ私はただ昔のよしみもあるしユウリから教えてもらったばっかの実験でお父さんもお母さんも感謝してるからついで程度の気持ちであって別に――――!」
「お前が最初に創ったイメージは今では完全に崩壊して過去のモノに・・・・いや、最初からお前がおっちょこちょいなのは皆が熟知してるから気負う必要はないぞ?」
「そもそも私がこ、ここここに居るのは過ごし易くて楽だし夜更かししても怒られないしし自由気ままに素で安らげるからであってお前のために居るんじゃないんだからな!!」
「あと台詞が完全にツンデレになっている事がしばしばあるから喋るときは落ちついて、慌てず焦らずを意識していくんだ。外でもこうなのかと思うと俺は心配だ」
「ンなわけないだろバカ!他でこんな風になるとか変な心配すんなッ、嬉しいけど大丈夫だよ―――――ってうぎゃああああああ!?」

叫べば叫ぶほど、否定すればするほどハマってしまっている事に気づいたのか、あいりは絶叫する事で現実逃避を行った。一種の防衛反応かもしれない。主に精神面の。
あいりはからかいやすい。口調は悪いのに世話焼きで純情でツンデレで、反応も対応も過敏で面白い。マミとは違うベクトルで苛めると楽しい。

「うん、やはりお前はこうやって暴走している時が一番可愛い・・・・じゃなくて輝くな」
「とんだ不名誉だよバ―――――え?今可愛いって言おうとした?・・・・・・・ぅ、ちょっと嬉しいかもってうわああああああああああああ!!?」

あー・・・癒される。

「日頃のストレスがこうも・・・・お前はゆまに並ぶ・・・・・いや、もう一番の癒しになりつつあるな」

しみじみと、思っていた事が声に出ていた。

「うるさいバカ!もうっ、なんでいつも私ばっかりっ!さっさとお風呂入ってこいバカ!バカバカバカァ!」

バシバシと背中を叩かれながら浴室へと押されていく。真っ赤に染まった顔と涙が浮かんだ目尻、照れて怒って泣いて叫んで愛らしい。
浴室とリビングを遮るカーテンを閉める前に頭に手を置いてうりうりと撫でると最初は戸惑い、次いで身を縮めて目を細め――――思い出したように再びキレる。
ちなみにコレは岡部倫太郎に対してだけの反応ではない。彼女はほぼ全ラボメンに対し似たような反応をするから男女問わず勘違いさせる。
害も既に出てきている。

例1.

「あいり?私の嫁だが?」

とある親友はドヤ顔で宣言した。

例2.

「可愛いよね!つり目で高飛車でそのくせメンタル弱くてすぐ涙目になってだけどちょこちょこ不安そうに後についてくるのがホンットに可愛いの!!」

とある女神候補は両手をぶんぶんと振っていかに可愛いかを一時間に渡り解説した。

例3.

「ああ・・・うん。本人には言わないでほしんだけどさ、実は勘違いしちゃった事もあるんだ。あんなに可愛くて甲斐甲斐しく、それも必死に世話してくれたからかな?」

幼馴染とその親友及びその他の好意にまったく気づかなかった少年の心を揺さぶった。

例4.

「初々しくていいよね!ちょっと卑猥な言葉だけで赤くなるし知らず知らず隠語を喋らせて意味を教えた時の反応はそそるよ!」

その手の知識が乙女(小学校低学年)レベルなのでもっぱらカモにされる。

例5.

「体調が悪い時に押し掛けてきて、辛辣な言葉にもめげずに最後まで介護してくれたわ。ええ・・・あの時は素直になれなかったけど感謝してるわ」

普段デレない誰かさんですら、頬を染めて彼女の存在を語った。

例6.

「あいりおねえちゃん?大好き!」

何も言うまい。

例7

「フゥーハハハ!ラボメンとしてとぅーぜんのこ―――!」
「「「「「・・・ヒモ」」」」」
「(ノ_・、)」

彼女のおかげで、もう少し真面目に生きようと決意した者もいる。



「ああー・・・・疲れたな」

熱いシャワーを浴びつつ体を解す。岡部は今日一日の自分の行動を振り返り反省と課題、明日の活動予定とその先について考える。そして色んなことを考えきれるだけ思い浮かべては消していく。
考える事は沢山あって、考える事を止めてはいけないと思い続けてきた。だけど今は止めていいのだ。今は、この時は。厚意に甘える。
魔女や魔法少女、卒業後の件に関しては天王寺綯とキュウべぇが受け持ってくれている。本当にいくら感謝しても足りない。今自分がこうした時間を過ごせるのは彼女らのおかげだ。少しでも自分に『今』を堪能してほしいのだろう。
何時まで経っても絶対の平穏が訪れなかった自分のために、旅立つその瞬間まで可能な限り『今』いる彼女達の傍にいられるように、二人は進んで岡部がやってきた事を代わりにしてくれる。
ガジェットの設置や他地域で活動している魔法少女との接触、それに敵対可能性の有る存在の■■。その他・・・・全て、請け負ってくれている。岡部倫太郎のこれまでを観測してきた天王寺綯だからこそ、彼女だけにできる行為だ。
想いを告げたように自分と一緒に過ごしたいと思っていながら私情を殺し、己の時間を捧げてくれている。そこまでしてくれているのだ。だから休むべきだ。せっかく貴重な時間をもらったのだから、これまでのように休むべき時にまで悩まなくてもいい。
例えこの瞬間、世界のどこかで悲しんで苦しんでいる人がいることを知っていても――――――。

「岡部倫太郎」
「―――――――ぇ?」
「着替え、置いとくからな」

浴室の扉越しにかけられた声に岡部は意識を取り戻す。

「あ、ああ、ありがとう」
「ん」

休むべきだと解ってはいても、例えその姿が中学二年生の少年のものだとしても数年数十年続いた習慣は抜けない。あいりが声をかけてくれて助かった。もう自分は休む事が苦手になっている。気絶や極度の疲労からではないと体が休息を受け入れない。
だからか、休憩のつもりでモノを考えていると意識を手離すこともある。休憩する意思はあるのに思考は止まらず、疲労している体はそれでも動こうとして、だけど意思は休息を求めるからチグハグのまま体と意識のスイッチが切れる。気絶とは違う意識の消失。
今、あいりに声をかけてもらえなかったら“何も考えきれないまま考える”という無駄な、時間を体力と精神を削る苦行を、それこそ気絶出来るまでそんな無意味な時を過ごすところだった。

「ふぅ、今日は飯食ったらすぐに休もう」

あいりがいないことを確認しつつ浴室の扉を開け手早く体を拭いて用意された服を着る。

「・・・」

今更ながらパンツまで用意してもらっている現状は少しアレじゃないだろうか?
いやコレ自体は他のラボメンもそうらしいのだが、あいりは本当に人の世話をしている時は無頓着すぎる。
着替えを終えて顔を出せば待っていたとばかりにドライヤーを片手にスタンバイしている少女が――――。

「ほらまたッ、どうしてラボのみんなは髪を乾かす前に出てくるんだ!」

そう言って座布団に座らせると背中に回り髪をドライヤーで乾かしてくれる。上条の相手の時もそうだが普段異性との接触にはすぐ赤面するくせに、こうゆう時は平気なのだから不思議だ。
あいりに共有用のくしで髪を梳かされながらドライヤーをあててくれる時間はラボの皆の楽しみの一つ。その事を感謝にしろからかいにしろ言葉に出すと彼女は照れて中止にしてしまうのでこの時だけは皆が黙って過ごしている。
あー・・・・と、岡部が気の抜けた声で呆けているのは割と珍しい。本当に、お風呂に入っている時でさえ何かを考え続けてしまうのに、この時は体も心も癒されていく。

「・・・・・・」
「寝るな!」

べしっ、と叩かれなければそのまま眠りについてしまうほどに。

「すぐにご飯の準備するから頑張って」
「ぅ・・・ん」

岡部がしょぼしょぼと目元を拭っている間にテキパキとガラステーブルの上には晩御飯が並んでいく。
疲れているとはいえ何もせず座ったままの岡部に嫌み一つ言わず、コップに麦茶を注ぎ手元まで持ってきてくれる。そして全ての準備が完了してようやく彼女は岡部と対面の位置に腰を下ろした。
彼女はご飯に先に手をつける事は無い・・・・・・・・良い嫁だ。きっと理想のお嫁さんとは彼女のような人間ではないだろうか?岡部はそう思った。ラボメンガールズですら時に零すのだ。無意識にその言葉を。

「あいりは俺の嫁、か」

古き考え方かもしれないが、男尊女卑ではないが、こうやって体験してみれば気持ちは解る。
男が仕事から帰ってきた時に妻が出迎えてくれえる毎日とは、そんな無双をしてしまうのはそこに憧れその状況を望むのは・・・・・至極当然の願いからくるのではないだろうか?
専業主夫。男も家事をするのが当たり前の時代だが、それでも男が女性に家事を求めてしまうのは過去のしがらみからではなく、純粋に“そこ”に幸せを感じるからではないだろうか。

あいりが妻なら働く旦那は仕事に精を出し疲れた日も癒されるだろう。
あいりが妻で養われていたら全力で社会復帰し会社を設立するかもしれない。

『あいりは俺の嫁』。

なるほど、それを口にする気持ちは十全に理解できる。こんな奥さんがいたら幸せになる事間違いなし。
ラボメンがつい呟いてしまうネットスラング。いつだったか、ほむらが零したその言葉の意味を皆が知って以来、たびたび起こる現象だ。主にあいりと二人っきりで世話を焼いて貰った者が自然と口にする単語になった。

「いただきます」

少しだけボンヤリしたまま、それでも美味しそうな匂いに再び意識が回復してきた岡部は手を合わせ作ってくれたあいりに感謝しつつ箸をとった。
美味しそうなご飯が、『安心して食べられる食事』が週末には用意されている。これまでのラボメンとの繋がりがあった世界戦漂流を思い返せば涙がでそうになる。芋サイダー的な意味で。本当に彼女の存在には助けられていると実感できる。
このヒモ生活・・・・じゃなくてっ、ラボメンとの半共同生活もあと数カ月で終わりが来ると思うとなかなかどうして手放したくなくなる。当たり前か、この瞬間を求めて抗い続けたのだから。

「ふむ、美味しい。腕を上げたな。これからも・・・毎日食べたいな」

しかし運よくこの世界線に辿り着いたに過ぎない以上、性分なのか現状に落ちつく事ができない。もう何があっても、何をしても、何度やり遂げても――――自分は立ち止まっている事が出来ないのかもしれない。
体が疲れ果てても、心が色褪せても、満足しても幸せになっても終わる事は無いのだろう。立ち止まる事ができない。諦める事ができない。
理由も、目的もないままに、それでも何かをしようと壊れたまま、いつかその行動が誰かにとっての厄災になるまで、それを無理矢理、それこそ■■されるまで続くのかもしれない。
だけど止めきれない。仕方がない。これまでの生き方が、在り方が、此処に辿り着くまでの思い出が足を動かすのだ。枯れ果てても疼く、壊れても繰り返す。

(・・・・・壊れているから、繰り返しているのかもな)

最愛の人がいない世界で、護るべき子達が巣立ってなお・・・・・自分は世界に踏み留まる事は出来るだろうか?
今は自分を追いかけてくれていた天王寺綯がいる。
これから数年後に『シティ』では大厄災が発生する。
まだ生きる目的はある。もう少し生きていたいと思える理由もある。
でも、それすらも失ってしまったら?達成したら?
足を止める事は出来るだろうか?
それとも――――。

「・・・ぁ、ふぁ?へぅ?」

なんて事を考えていたからか、岡部は目の前で顔を真っ赤にして湯気を大量に放出している少女の異変に気づけなかった。
杏里あいり。彼女はツリ目で口悪く普段は悪態尽くしの不良を装うが、実際には世話焼きで弱メンタルの純情ツンデレおっちょこちょいの乙女だ。
最近ではラボメンを『あいりは俺の嫁』と無意識に攻略しつつあるが、彼女自身チョロイの座を狙えるほどポンコツ度が高い逸材であるのでいつか“このような間違い”は誰かがやらかすのは目に見えていた。

「まっ、毎日食べたいってそれって・・・・ぇ・・・・あれ?」

ぽっ、ぽっ、と知恵熱か何かを一定間隔で放熱するも、あいりは涙目で岡部を睨みつける。

「・・・・・・なんだよもぉ、いい加減こんなのやめろよぉっ」

そして、どうせいつもの勘違いだと“あまりにも多くの経験”から事前に悟ることができたのか恥ずかしさのあまりに癇癪をおこした。
彼女も、彼女すら理解している。岡部倫太郎とこうして一緒に過ごす時間は刻一刻と終わりへと近付いている事に。それを寂いしいと自覚する程度には彼女もまた岡部に気を許していた。
だから嫌なんだろう。せめて一緒に居る時ぐらいは楽しく過ごそうとこの時間を大切にできたらと思っていたのに、結局はこうなるのかと気落ちする。いつも通りと言えばその通りなのだが、せっかく二人っきりなのにこれでは悲しくなる。
なんの成長もない。当たり前すぎて進展なんかありはしない。もうこれっきりになるかもしれないのに、貴重な時間なのに、いつものように無為な時間を過ごしてしまう。

それを望んで、そんな時間が大好きだった筈なのに今はただ辛いだけだった。

知っている。ラボメンの何人かは既に動き出している事を。何を考え何をしようとしているのかは分からないが、少なくとも自分のように現状維持を続けてはいない。
何も変わらない。何も終わらないと誇示するかのように、それともただ目を背けているのか、今までとは違う行動をとることを恐れているのか、ずっと、何も、どれも変えきれないでいる。
それでもと、期待したのだ。自分から動く事はできなくとも岡部倫太郎から何らかのアクションはあるのではないかと。それは相手任せで、ゆえに事情が事情なだけに最悪の場合には関係悪化の可能性すら含まれているが、それでもあいりは・・・・彼女なりにある種の行動には出ていた。
だけど、それには意味が無かったかのように日々は流れていった。毎日を楽しく過ごせていた。昨日が楽しくて、今日も笑って、明日にも期待できる日々を送っていながら何処かで俯いていた。明日に期待しているのは、自分以外の誰かに対してだ。
しかし誰もが変わっていく中で、みんなが決意を新たにしていく中で、こうして珍しくも二人っきりになれたにも関わらず―――それでも変わらない事に疑問を抱かない岡部が、そして安心してしまっている自分が嫌だった。

「こんなの、まるでっ・・・・」

まるで変わらなくてもいいと言われているようで、今以上の進展を望まれていないようで、このままいつかを迎える事が当然と思われているみたいで寂しかった。
現在が幸いなのは確かで、今まで通りにずっと過ごせるなら大満足だったのに。

「もうヤダ」

それなのに今まで通りが嫌になった。

「もう、嫌だよ・・・」

みんな、そう思ったから動き出したんだと思う。今のままじゃ嫌だから――――考えて決意して言葉にして態度で示し始めた。

「だから私、私も・・・・もっと頑張るから」

例えうまくいかなくて、ぎくしゃくして、裏目に出て、それで全部が駄目になってしまうかもしれないと悩んでも、“それでもいいから”と一歩、動き出した友達に遅れたくない。
自らの意思で此処を離れ、今ある時間を放棄して、帰ってきた時にはラボメンには別の相手、時間が生まれているかもしれないのに“それでも”と前へ、走り出そうとしている人に置いて行かれたくない。

「俺は今のままでも十分に――――」
「イヤ!」

それは恋と呼べるほど確かな気持ちからくるものではないけれど、他の皆と同じものかもわからないけれど、泣いて叫んで突っかかる程度には大切なものだった。
否定されたくなくて、そのままでいいと言われる事に我慢できないほどに大きなものだ。
すん、と鼻をすすってご飯を自分の小さな口にかけこんでいく。ちょっと昔なら嗚咽からできなかっただろう。喉を通らなかった筈だ、つまり成長している。そう思うようにする。
自分でも驚くほど泣き虫なのは治っていないが、むしろ悪化しているような気すらするが、それでいい。変わっているのだから。これからも変わっていける。

「絶対に、イヤ」

最後に麦茶で無理矢理流し込み、お腹に夕食を納めたあいりは素早く立ち上がり食器を片づける。
一方、急に告げられた岡部には何が何やらで反応に困ってしまった。

「あいり」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・なに」

あいりが振り向いた先で、男(少年)は少女の叫びに応じた。

「十分美味しいぞ?いやお世辞じゃなくて」

味噌汁を片手におずおずと、バカがそう言って本気で応じてきた。


「料理の腕のことじゃねぇよバカァアアアア!!」


なんか色々と決壊した。

誤解を解くのに三十分かかりました。



「死ねばいいのに死んじゃえばいいのに死んでもいいのに死んで生き返って更生しきってしまえばいいのに」
「割とシャレにならない発言だが本当にすみませんでした」

折り畳み式ベットで大きな枕を抱きしめながら呪いの言葉を延々と垂れ流しているあいりに、皿洗いをしながら振り返った岡部は謝るがギロリと殺意を乗せた視線にすぐに背を向ける。
確かに今回は全面的に自分が悪い。あいりが何を言いたいのか少なからず悟っていながら冗談まじりに誤魔化そうとした。
あいり自身、皆との差を感じ焦りから感情が浮ついた所もあるから岡部は変に追及する事を避け、できるだけ“それ”に誘導するような形をとりたくなかったのだ。
その気が無くとも“それ“と勘違いさせてまう事が多いから。

「・・・・・・どうだったの」
「は?」
「だからっ、巴先輩!巴さん!マミさん!マミ先輩っ、今日っ、デートっ、見に行ったんでしょ!」

強気の、というか若干自棄になったあいりの台詞だが、岡部にとってその発言は冷静に受け止めきれるものではなかった。
水道の水を止めて振り返った岡部はあいりの眼光に――――今度は怯まない。

「あいり。一つ言っておくことがある」
「な、なによ」

無表情。しかし解る。内面では感情が蠢いている。長いようで短い付き合いだが、その期間の出来事は濃厚だ。あいりには岡部の感情の有無など簡単に悟れる。
頭から被っている毛布をギュッと握りしめ、あいりは岡部の言葉を怯えながら待つ。何か怒らせてしまっただろうか?幾千幾万の死と絶望を見て聴いて感じてきた人だから、もしかしたらさっきの事で怒っているのだろうか?
付き合いも長いから今までは多少暴言を吐いても許されてきたが今回は違うのだろうかとあいりは予想し、だから体は小刻みに震えた。それを隠すように布団を被り直すが震えを隠せている自信は無い。
嫌われたくない。喧嘩もしたくない。ただでさえ残された時間は少ないというのに自分の治せない口の悪さのせいで、と思うと泣きたくなってくる。
何を言われても謝ろう。何をされても受け入れよう。だから否定しないで、拒絶しないで、嫌わないで――――

「マミはデートなぞしていない!そう、今日のはただ皆と遊びに行っていただけだ!」
「・・・・・うん」
「まったく、“他のラボメン”ならまだしもマミは受験生・・・・・そんなデートなんてお父さん許しませんよ」

今日一番の力の籠った発言だった。ぷつん、とあいりの中で何かが途切れた。
とりあえず謝るのと何でも受け入れるのは無しだな。と、あいりは立ち上がって屈伸運動を始める。

「ウン、ソウダネ」
「――――――あ、れ?普段ならここでツッコミが?」

うん。卑屈になってはいけない。自分を卑下してはいけない。立場は明確に、対等であるべきで、しかし罰する者と罰される者の線引きは必要だ。

「ソウダヨネ、ケッキョクコノナガレダモンネ」
「・・・・・・・・・・あいり?」

ベットが不満を訴えるようにギシギシと軋んだ音を鳴らすが、あいりは気にすることなくふらりと、僅かに助走の距離を稼ぐために体を揺らした。
短くも長い付き合いだ。力強くあいりの言葉を否定したばかりの岡部も気づいたのだろう――洗いモノの途中だからか、洗剤が付いたままの手で逃げ出そうとした。

「どこいくのよ・・・」

もちろん逃がさない。こうまで人の心境に反した態度を貫く男を誰が許そうか。多少は察してくれてもいいだろう・・・・・否。察しておきながらこの扱い、さすがに駄目だ。
同じ学校の男子連中のように勘違いしないところは褒めてもいいが、それ以外は駄目駄目だ。ある意味勘違いして調子に乗る連中のほうが救いはある。

「いっつも、いっつもいっつもいっつも・・・・・!!」
「ちょっ、ままままてあいり話し合おうっ!俺達は解り合う事で未来を歩むんだ!」
「黙れこの―――」

魔法少女にとって座った状態でも体を前後に揺らしただけの幅で十分な助走となる。常人にとっては再現不能な脚力で一気に岡部との距離を詰める。

「――――バカ!いっつもマミ先輩のことばっかり!」

降参をアピールしているつもりか、岡部は抵抗することなく(または抵抗するも無意味だったのか)あっさりとフローリングの上に押さえつけられた。

「ッ」

簡単だ。岡部倫太郎を押さえつける事なんかラボメンの皆なら誰でも、年下のゆまでも、魔法少女じゃない上条でも、稽古によって見た目とは裏腹に武芸者の志筑仁美にも簡単にとり抑える事が出来るだろう。

岡部を責めながら、あいりは岡部の弱さを再確認した。

「ああああああいり落ちつくんだ!今の俺は生身であってちょっとした魔力込みパンチで軽く死ねるから回復魔法の使い手がいない今は非常に不味いんです!」
「ねぇ・・・」

死ぬ時はあっさりと死んでしまう。触れた掌と乗っかった足の間から伝わる熱は簡単に失われる。
魔女が相手でも、使い魔が相手でも簡単に、ちょっとした油断が、ふと気を抜いた瞬間が目の前の男を世界から排除する。
きっと死ぬ時はあっけなくて、死んでもすぐには気づかれない。死んだことさせ判らないままこの人は消えるんだ。

「・・・・・・『シティ』なんか行かないでさ、ずっと此処にいなよ」
「え?」

責められる、罵倒される、叩かれる、とにかく怒られると覚悟を決めかけていた岡部は予想外の台詞に気の抜けた返事をしてしまった。
あいりの口調が儚げで、ぎゅっと閉じていた瞼を恐る恐る開ければ泣きそうな表情のあいりの顔が近くにあって言葉を失う。

「ただでさえ弱いのに、ここにいたって死にそうな目にあう奴が『シティ』なんかに行ったら絶対死んじゃうよ」

その手の議論は何度もラボメンで交わした。

「ここにいれば、いいじゃない」

岡部が相談も無く決めて、卒業と同時に日本を離れる事を知ってから何度も話した。

「掃除も洗濯も、毎日ご飯だって作ってあげるよ?」

何を言っても変わらない。何をしても変わらない。決めたから、揺るがない。

「みんなで守るし、私も―――――」

解ってる。判ってる。分かってる。



「だから何処にも行かないで」













「ごめんなさい」

時間は少し遡る。

「ううん、今日は付き合ってくれてありがとう」

遊園地の入り口ゲートでマミは告白してくれた先輩にハッキリと想いを口にした。

「巴さんの気持ちは判っていたから、今日は俺の我が儘に付き合ってくれて本当にありがとう」
「え?」
「じゃ、俺はこの辺で・・・高校受験、頑張ってね」

そう言って振り向くことなく、しかし肩を落としたように見える後ろ姿にクラスメイトの男子が後を追って、何故かその背中をバンバンと叩いて肩を組む。
何やら言い合いをしているようだが一人の背中を皆で叩くのも、反撃に髪の毛をわしゃわしゃと掻き混ぜられる様子も不思議と楽しそうに見えた。
たぶん不器用に、解りやすい慰め方なのだろうとマミは思った。女の子の慰め方とは違うやり方だが、ああゆうのも逆に良いモノなのかもしれない。
・・・・振られて良いも悪いもないかもしれないが、振った自分が何を言っているんだと嫌悪するが、あんな風に慰められている先輩が羨ましいと思ってしまった。

「あ~、遊んだねー」
「とりあえず甘いの食べに行こうよ」
「近場だと・・・」
「まあ、あっちしかないね」
「新しい喫茶店できたんだよね?」
「クーポンあるよぅ」

残った女性陣は移動しながら相談し始めた。とはいえ自然と皆の足は遊園地の近くにあるショッピングモールへと進む。
この時すでに男性陣とは連絡済みで鉢合わせしないように調整済みだ。あとになってマミは気づくが、こうゆう気づかないうちに発揮されている気遣いと連帯性には感謝ばかりだ。これで普段の暴走が無ければ本当に・・・。
慰めるように、励ますようにみんなが背を押したり声をかけたりしてくれている。嬉しかった。振った時、少しだけ泣きそうだったけど皆のおかげでどうにか我慢できた。

「それで、マミはどうする?」
「うん?」
「一緒に食べに行く?」
「それとも―――」

一緒に食べに行くつもりだった。むしろ此処でハブられたら絶対に泣く自信がある。

「追いかける?」
「え・・?」

誰を?まさか先輩を?マミにはそんなつもりは無い。悪い言い方で言えば微塵も無い。考えもしなかった。だって自分は振って、ちゃんとケジメをつけたのだから。
それとも足りないのだろうか?自分のやり方は何か間違っていたのか、マミは一瞬だが困惑し焦った。
でも違う。そうじゃない。彼女達が示した相手は告白してきた先輩の事ではない。

「今ならラボに辿り着く前に追い付けんじゃない?」
「アイツ告白の返事する前に怖気ついて逃げやがったからな」
「なっさけな~い」
「ヘタレだよねー」
「私達と軽くお茶してからでもいいけど、どうする?」

その問いかけは、その質問の仕方は私が“彼”のいるで場所に向かう事を前提としている。ただ今か後かの差でしかない。
・・・・頬が紅潮してきているのを自覚する。もちろん後でお説教という建前でラボには行くつもりだったから何だか心を読まれているようで、それとは別の理由もあってか照れてしまう。なんだか、そう、恥ずかしい。
気づけば立ち止まっている自分を囲むようにしてみんなが此方を見ている。マフラーに首を縮こませるも耳も既に真っ赤で効果は無いし・・・・・困る。

「マミ、早めがいいと思うよ?」
「後か先かの差でしかないけど、漫画じゃ決定的な場合もあるよね。ちょっとした時間差でルートが決まるから」
「ゲーム脳乙」
「あ、うぅ・・・・!?」
「・・・・信じちゃったよこの子」
「たまにアホになるわよね」
「だがそれがいい!」
「禿同」

気づかれていた。浮かれていた事に、途中から機嫌が良くなっていた事に、その事が激しくマミを動揺させる。
勘違いされているのではないか?誤解されているのではないか?“それ”じゃないのに “それ”だと思われているのではないかと顔の赤みが増していく。
皆は知っている筈だ。昔は近くに居て、今も近くに居る異性だけど彼とはそういう関係ではないと・・・・疑われているのだろうか?しかしそれなら昨日のようにむしろ妨害や忠告をしてくる筈だ。
だけど今は、むしろ背中を押されているようで・・・・・?

「えっ、あぅ・・・えぇ!?」

わたわたと両手振って何かを伝えようとするも、マミはうまく言葉に出来ないでいた。
何を、どれを、なんと言えば自分の思いが皆に伝わるのか分からなくて、考える思考は乱れてただただ皆に写メによる携帯電話のメモリを圧迫する事しかできない。

「って何を撮っているの!?」
「萌え画像?」
「そろそろ新しいSD買わないと」
「ご飯食べたらいこっか」
「私もー」
「け、消してっ」
「断る!」
「いやだ!」
「NO!!」
「う、ふぐ・・・・っ」

恥ずかしさのあまりに涙が出てきた。

「わあー!?」
「ごごごごめんってばマミっ」
「謝る謝るから泣かないで!」
「うぅ」

魔法少女なのに、情けなくて、せめて嗚咽だけはとほとんど意地になって声を押し殺す。

「ほら消したからもう大丈夫!」
「・・・・・みせて」
「え?」
「みんな、嘘付きだから確認させて」
「ここにきてマミが人間不信に」
「 み せ て 」
「あー・・・・・はいコレ」
「・・・・・消してない」
「使い方分かる?」

スマートフォンだからか、マミは無言で首を横に振った。
涙目だ。口元はむぐぐと何かに耐えるように塞いでいて、頬はちょこっと膨れている。顔が赤い事もあってリスみたいだ。
皆は自重しているのか、この時は写メを撮ろうとはしなかった。

「ほらかして、ちゃんと消すから」
「・・・・・・・・使い方教えてくれたらできるもん」

―――もんって・・・・・萌え!
―――シッ

何か聴こえたがマミはそれを意識の中で封殺し、画像の消し方をレクチャーされた。

「―――でね、あとはアドレスに張り付けて」
「こう?・・・・・消すのに、なんで?」
「そういうものなの、マミのケータイとは違うのよ」
「う、うん」
「で、あとはこのボタンを押せば――――」

ポチっと。

「岡部倫太郎に送信できるわ」
「うん・・・・・・えっ!?」

・・・・え?

「ちょっ!?え!?今まさか!!?」
「うん」

顔を上げてみれば、誰もが良い笑顔で此方を見ていた。

「「「「「TMFの同士に萌え画像提供」」」」」
「―――――」

ふっ、と胸の中に穴が空いたかのような感覚。自分の中にある黒い何かを鷲掴みされたかのような錯覚。
ああ、これが絶望か。頭の中が真っ白になった。思考を停止すれば、世界を観測できなくなれば大丈夫だなんて嘘だ。ソウルジェムがジワジワと濁っていくのが解る。

「「「「「しかも本人の手によって、つまり合意だよね!」」」」」
「うわあああああああん!!」

誰一人、悪びれていない。誘導されていた。狙われていた。この瞬間を撮るために巧みにこちらの行動を予測し煽ってきていたのだ。
これは酷い。こっちは中学三年にもなって人前で大泣きしているというのに至福の表情でカメラを向けてくる。これはイジメだ、現代社会の闇を垣間見た。
ポカポカと皆を責めるように泣きながら手を上げるも、それすらも良しとするのか笑顔が絶えない。イジメている側はイジメだと気づかない典型か、わりと本気で泣いているのだが――――

「おおよしよし。マミは今日も可愛いねぇ」
「ふへへ、これでコレクションがまた一つ追加されたわ」
「文化祭までに目標は達成できそうだし・・・・冊子の完成は目前ね!」
「いまなんて!?」

誰も気にしない。いや気にはしているがそれは画像の収集のために気を配っているのであって今現在泣いている事には思うことは無いらしい。なにこれ酷い。
半泣きから全泣き(?)になった私を引きずりながら皆は目的地であるフードコーナーへと向かう。背を押したのは最初だけでやはりからかうのが優先だったのか、もはや彼女達は彼のことを話題に上げる事はなかった。

「んで、マミはどうすんのさ岡部とのこと」
「ほえ?」

と、思いきや喫茶店に到着し皆に飲み物が渡ったらコレだ。

「岡部くん他の女の子と一緒だったよね?可愛い子じゃん。盗られるよ?」
「盗られッ!?わッ、私は別に倫太郎とは―――!」
「あの子もラボメンじゃないの?前見た時と雰囲気違ってたけど今日のアレってデートでしょ」
「佐倉さんとデート・・・・・・え、じゃあ―――」
「マミのデートを心配で監視しに来たんでしょうけど、形はどうあれアレってもうデートよ?」
「月曜日は制裁だZE!」
「心配って・・・・、やっぱり来てくれてたんだ倫太郎」

ふへへ、とだらしなく頬が緩んでしまう。いつものマミならこんあ表情は他人には見せないだろうから、うわっ、と皆が顔を引き攣らせるが仕方がない。
だって嬉しかったのだ。気にしてもらえなかったと不安になっている所に彼がいてくれたから。割と近くに居てビックリしたが、それだけ心配し気にかけてくれている現れだから―――笑みが浮かんでしまうのはしょうがない。
一緒に住んでいた頃と違って物理的な距離ができた。ラボメンや他の魔法少女達と知り合う事で一緒に居る時間は減った。外国へと旅立つ前の準備と予防策のために休みの日も街の外へと出ていくから言葉を交わす機会も少なくなった。だけどこうして傍にいてくれる。見守ってくれている。
口や態度で冷たくされただけで凹んでいたのが馬鹿みたいだ。知っていたのに、岡部倫太郎が自分達ラボメンを愛してくれているのを疑うなんて――――


「アイツ、来季には外国に行くんでしょ?」


ビクリと、体が硬直ししてしまった。

「高校も一緒だと思ったのにね~」
「三年生になって転校してきて、卒業式の後には海外ってのは驚いたよね」
「しかもあの『シティ』でしょ?」
「宿無し金無しが一夜で大金持ちになって、世界有数の富豪が一夜で破産する所。数十年前まではただの砂漠だったのに今では世界を動かす大都市、色んな人間が集まり色んな理由で果てていく街」
「たしかに魅力が詰まった場所だけどさ、危険すぎるってきいたよ」
「事実、世界最高峰の技術と人材が集まるのに毎日日本では考えられない事件が頻繁に起きているんでしょ?」
「昔はロボットやモンスターが暴れていたらしいじゃん。ネットにまだ当時の新聞あったよ」
「岡部って一人で行くんでしょ?大丈夫なのかな?」
「危ないんじゃない?」
「一人も二人もかわんないよ、あの街は」
「日本人で、子供一人・・・・・犯罪に巻き込まれる確率高くね?」
「覇導財閥関係の人の世話になるって噂で聞いたけど、それってホントなのかな?」
「マジだったら・・・それだけで将来の生活はほぼ安定ね」
「玉の輿だぜ!」
「え、あんななのに?」
「結婚して即離婚さ!」
「お、おう」

固まっているマミを横に、卒業後はこの国を離れる彼の事を皆は口々に予想を吐き出していく。

「え・・・・あ、倫太郎は一人じゃなくて、一緒に行く人もいるから」

なんとか話題を変えようと、しかしマミの口から出た台詞は皆のさらなる興味を引き出す事になった。

「え、誰と行くの!?マミは進学で、隣のクラスの呉さんも確かそうよね?」
「もしかして白女の子と!?綺麗で可愛かったよね・・・・・岡部の奴を引きちぎりたいほどにッッッ!!」
「あっ、それなら見た事あるよ!あの野郎・・・・私にも紹介しろってんだ」
「今日一緒に居た子じゃないの?そもそも岡部ってどこで女の子と知り合ってんの?」
「後輩の上条って奴いるじゃん?そいつ経由じゃね」
「可愛い顔してエグイよねぇ、彼~」
「・・・・知り合い?」
「えへへ~」
「「「・・・・・」」」

コイツは後で『抜け駆けの刑』だな。しかし相手が“あの”上条の場合、結果は『背景担当』のポジションしか得られない事を予想するにあえて放置するか、それとも友人として忠告しておくか、いやここは・・・・

「でだ。マミはマジでどうすんの?」
「え・・・え?」
「岡部のこと、最近はどう?ちゃんと触れあえてる?」

そう問うてくる彼女は最初から一貫して自分と岡部の事を訊いてくる。

「いや~、早いよ~さっきから」
「アンタ達が遠回りしすぎなのよ」
「でもマミって豆腐メンタルだからハーフタイム多めでよくね?」
「さっきちょっとした時間差でルート固定って言ったのお前だろゲーム脳」
「せめてお茶する時間ぐらいはいいんじゃない?リカバリー的な意味で」
「言葉交わすたびにマミには新たなダメージが蓄積してんじゃないの」
「おかげで良い画が撮れたじゃん」
「おかげで新しいSD買わないといけないじゃない」
「「「「「お前もかよ!」」」」」
「TMFの会員として当然の嗜みよ」

相変わらずの会話のテンポだけど、気になる事が有ってマミは訊いてみた。

「えっと、なんのこと・・・・?」

早いとか、メンタルとか、ダメージとか、皆の中では共通認識のようだがマミにはよく解らない。
自分のことだろう。だけど何が?と思ってしまう。彼女達の口ぶりから私を今少し休憩させるか、または行動に移させるべきと二つの意見が出て・・・いる?
判らない。普段からアッパーぎみのクラスメイトだがいつもならある程度予想もつく筈なのに、今はできない。思い浮かばない。

「ほら、マミちゃん判ってないよ。まだ疲れてんじゃないかな?」
「・・・え・・?」

察しの悪い自分を、皆が顔を見合わせ頷く。

「今日はお疲れ様、頑張ったね」

一人が代表して言った。

「しんどかったでしょ?でも最後まで向きあえたんじゃないかな」

別の一人が続いた。

「まあ邪魔した私達が言えた事じゃないけど、あんなんでも一応約束は守ったし・・・あんま背負っちゃダメだよ」

一人がまた続く。

「マミはいつも告白された後、泣きそうな顔するもん。でもちゃんと返事、するよね」

一人。

「落ちこんで、怖いくせにキチンと返事は伝えるでしょ。偉いよ」

一人。

「あとね。告白されるたびに泣きそうになっているのは、泣く頻度が増してるのは良い意味で成長の証だからね。弱くなったって勘違いしちゃダメだよ」

一人。また一人と声をかけてくる。気にかけてくれている。過剰に、大袈裟に、純粋に、野暮にもお節介にもクラスメイト達は巴マミを励まそうとしていた。
たぶん最初から、此処に来る道程でも、不器用にも沢山の話題を提供しながら。
マミは告白されたことで悩み不安になり、近しい人間との関係にさらに悩んで、それを晴らしても告白の返事で――――やはり気負ってしまっていた。
相手の想いに応えた。それだけで十分だろうに、人の良い彼女は相手が誰であれ、真剣な想いに望む応えで応えきれない罪悪感を背負ってしまう。

「それで・・・そろそろ先輩を振った罪悪感からは立ち直れそう?」

マミ自身、分かっている。それは自分が勝手にそう思い込んでいるだけだと。
告白した相手も、マミにそんな事は望んでいない事は十分に理解している。
だからこれは自分への慰めだ。自分を傷つけることで慰めていた。

「え?」
「告白してきた相手を振るのって、いっつも気を使うわよね。特に嫌いなわけでもない人を、それも優しい人なら特に。まあ・・・・・好きでもないんだから振るのは当然よね。そもそも好き嫌いを判断する時間もなかったし」
「う・・・」
「だから気負わなくていいって」
「毎度毎度お疲れ様です、だよ」
「うん・・・」

ああ、みんな気を使ってくれていた。本当に彼女達は、男の子も女の子もクラスメイトのみんなは自分の事を自分以上に観てくれている。
そして当たっている。楽しんでいた反面、どうしても疲れてしまっていた。体ではなく心が。難しい。煩わしい。そう何度も思ったことがあって、真剣に告白してくれた相手の事を思うと自分が嫌になる。
応えきれないが無碍には出来ない。嬉しいがどうしたって困る。巴マミにとって“それ”とはそういうモノだから。

「―――私、恋愛は当分無理かも」

相手の抱いた“それ”の大きさが見えないから怖いのだ。抱いた重さが想像できないから恐ろしいんだ。異性で自分とはまったく違う体の仕組みに独特の思考回路で体も心も想いもどんなものなのか想像も出来やしない。
皆はどうやって“それ”を受け入れるのだろうか?怖くないのか?不気味に思ったりしないのか?
もちろんクラスメイトの男子は好きだ。言葉も交わすし触れあっても嫌な気分にはならない。元クラスメイトも教師も商店街のおじさんもマンションの住人も大丈夫・・・・だけど“それ”を絡められたら・・・。

きっと、私はこれまでと同じではいられなくなる。

クラスメイトなら、自分から話しかける事はできなくなる。
同じ学校なら、遭遇しないように気を使いながら廊下を歩く。
買い物先の店員なら、もうそのお店にはいけない。
知らない学校の人なら、わけが分からなくて不安になる。
街で声をかけてきた人なら、怖くて逃げ出したくなる。

“それ”が大切で尊いモノだとは理解している。
“それ”が儚くて美しいモノだと理解している。
“それ”が傲慢で自分勝手なモノでもあると知っている。
“それ”について自分が知ったかぶっているだけとも理解している。
“それ”は怖くて危ないモノだと理解している。
“それ”のせいで今ある関係を壊し、バランスを崩してしまうと知っている。

だから私は――


「そ、でも岡部の奴はいなくなるよ」


さっきから、さっきから彼女は何がいいたいのだろうか。
私にどうしてほしいのだろうか。気を使うにしても、少ししつこいような気がする。
彼女の言葉はチクチクと、最初から私のどこかを突いてくる。
気にしないようにしているのに、その時までは忘れていたいのに。
今日は楽しかった。本当に、昨日の件も含め清算できたことが心を軽くさせて――――・・・


「他の誰かと一緒にね」










暗い夜道をマミはラボを目指して歩いていた。
喫茶店で言われた言葉を反芻しながら視線は前を、だけど気持ちは下を向きながら。

―――別にマミが岡部の事を異性として好きなんだって言ってるんじゃない

そう、誤解だ。近しい異性なだけであり、他とは共有できない時間を持っているから特別なだけだ。
だって私は鹿目さんや杏里さんのように焼きもちを焼いたりしない。
上条君や暁美さんのように本気で喧嘩をしたりしない。
飛鳥さんやキリカさんのように過剰なスキンシップをとったりしない。
美樹さんや佐倉さんのように二人っきりで遠出もしない。
織莉子さんや志筑さんのように難しい話も出来ない。
そして、あの人たちのように本気の愛情表現をしたりしない。
だから私は違うのだ。彼が私の事を愛しても恋はしないように、私は皆と違って一歩後ろにいる。
他の誰かが岡部倫太郎に恋をしても私はしないだろう。だって私は彼の特別ではないのだから。大切に想われているがそれはラボメンだから、ただそれだけがその他大勢との違い。
ラボメンでなければきっと見向きもされない・・・・言い過ぎか、でも他の皆と違って私には何もない、何もしていない。
焼きもちも喧嘩もスキンシップも遠出も難しい会話も愛情表現も・・・・何も、どれもした事がない。
私はただの友人で仲間だ。それでいい、ラボに集まる彼ら彼女らとの時間は楽しくて幸せだ。それ以上を望まないし願わない。
だから一番近い異性である岡部倫太郎が誰かと触れ合おうが付き合おうがキスしようが構わない。祝福するだろう。
だから大切な友人であり家族のようなラボメンの誰かが岡部倫太郎の事を好きになっても応援する。きっと誰が相手でも相談に乗る。
私は中立で良い。私は今のままでいい。愛されているのならそれ以上を求めない。思われているのならコレ以上を欲さない。
ほら、そう考えると一緒じゃないか。私はあの人と同じように――――

―――ただ自分を知らなさすぎる。寄り添いすぎよ。本当に分け隔てない奴はもっと違う反応をする

そんな事はない。普通だ。“それ”がないのならこんな感じだろう。
大切な人だけど嫉妬はしない。意見の食い違いがあっても喧嘩はしない。恋人のようにキスをしたりもしない。
間違っていない。今までを思い返しても、これまでの事を思い出してもそこに“それ”はやはりない。あくまで友人の範疇に留まっている。一線を越える気配はないし、越える気もない。想像すらしたこともない。
なら彼女の勘違いだ。やっぱり誤解させてしまっていたんだと、マミはそう思った。
あの時はクラスメイトの誰もが珍しく騒がずに話に集中するというありえない場面を見てしまったからギャップから事態が深刻だと、重く受け止めてしまっただけだ。

―――自分のしたいこととか、そのためにやらないといけない事は何なのかとか、ちゃんと考えないで漫然としてる

そんなはずがない。知らないだけで、私はちゃんとしている。それは何も中学生の身でありながら独り暮らし(現在は居候が二人)で家事全般をこなしているという当たり前なモノだけではない。
自分のしたい事。魔女の脅威から人々を護る事、学校の皆やラボメンと一緒に毎日を過ごすこと。
そのためにやらないといけない事。魔女や使い魔の探索に負けないための特訓、学生の本分である勉学と青春を謳歌すること。
両立は難しいであろうそれらを今までこなしてきた自負がある。これは否定させない。一人だけで成し得たわけではないが本当に真剣で大切だから頑張ってきたのだ。
漠然となんかしていない。ハッキリと自分の意思で向き合っている。その上で自分は今のままでいいと決めたのだ。わざわざ変えようなんて思っちゃいない。
彼女はまるで私にも“それ”は少なからずあるんじゃないかと疑っていたようだが、断言してもいい。私は“それ”を抱かない。

“それ”は今までの関係を破壊する。
“それ”はバランスを崩壊させる。

“それ”は大切な居場所を、大切な人達を失わせるモノだ。それを自らの手で?絶対に嫌だ。この関係を、あの時間を、その在り方を失いたくない。無くしたくない。
両親を亡くして魔法少女になり、辛くて寂しい時期を過ごしたあの頃には戻りたくない。

「―――うん。変に意識しちゃダメ!みんながいつもと違って、そこに急に変なこと言われたから混乱しちゃってるだけよ!」

自らを鼓舞し言い聞かせる。ラボはもう目の前、気持ちを切り替えていつものように接しなければいけない。昨日の件もある、気持ちと感情はフラットに。
これからお昼のデート・・・・デート?を尾行したことについてお説教をしなければならない。日が沈んでいるが時間的には大丈夫だろう。夕飯ももしかしたら済んでいるだろうから時間はある。
ラボへの階段を一歩一歩、マミは今日の出来事を整理しながらどう話そうかと考えながら上がっていく。
まず絶対に告白の返事について語ろう。先に帰ってしまった岡部は予想はしていただろうがキチンと確かめてはいないのだから。もしかしたらクラスの子から連絡はあったかもしれないが、これはちゃんと自分の口から伝えようと思った。
ラボの明かりが点いていたのは外からも見えた。階段を上がるたびにラボから聴こえる人の声が大きくなってマミへと届いてくる。未来ガジェット研究所の主、岡部の声だ。
階段を上り切りラボの扉の前、マミは小さく深呼吸をした。若干緊張しているのかもしれない。クラスメイトが原因ではない、昨日の件を思い出したのだ。まるで岡部に拒絶され、冷たく接されたと感じた時を。

「・・・すー・・・はー、・・・・・うん、大丈夫」

ノブに手をかけた瞬間だった。





「バッ――――バカバカバカ!!なんでもっとッ・・・最初から言ってくれなかったんだよ!!!」

聴こえた怒声は杏里あいりのものだった。ビクリと、ノブを掴んだ手が凍りついたように動きを止めた。
彼女がいるのは何も不思議じゃない。不自然じゃない。明日は日曜日、なら彼女がいても問題はないし今さらだ。寝泊まりしようが間違いが起こる筈もない。

―――時間切れはあって、選択肢も失われ続ける。なら一気に動く子はでるよ。あんたと違ってね

なぜ今、それを、その台詞を思い出したのだろうか。

「もうっ!なんで私ばっかりこんなっ!いっつもいっつも勝手で・・・・っ!」

あいりの声は潤んでいて、扉の向こうで彼女が泣いている姿を容易に想像することが出来る。

「いたたっ、待て待て落ちつけ!」
「うっさいバカ!なんでっ、なんでもっと早くに―――!」
「俺はちゃんと伝えたぞ!」
「言ってない!聞いてないもんっ、いま初めて知ったもん!」
「言った!ちゃんと伝えてきたのにお前が――――!」
「言ってない!!」
「言った!!」
「言ってないってば!!!」
「あのな――」

ただそれは少しだけ、いつもと違うような気がした。
泣いているのに、弾んでいる。
悲しい声じゃない。嬉しさが感じられる。
震えているのに、はしゃいでいる。
悲しんでいない。喜んでいる。

「もうっ!もうっ!」
「ああ分かったっ、分かったから一旦どいてくれ!」
「ヤッ」
「お、おぅ・・・・・・一気に幼くなったな」

扉越しに誰かの体重を感じる。振動から岡部があいりに押さえつけられていると予想できる。玄関で押し倒され、座るように背中だけを玄関の扉に預け、上からあいりが重なっている、とマミは冷静に判断した。
今、ラボの扉を開ければ支えを失った岡部が後ろ向きに倒れてくる。だから開ける事は出来ない。だから手をノブから離す。そして何故か声を殺して後ろに一歩下がった。
中の二人はマミが外に居る事に気がついていない。それだけ騒がしく、かつ重要な話をしていたんだろう。何故だろう―――ここから急いで離れたい。
騒がしいのも、あいりが岡部を折檻するのもいつもの事だ。だから遠慮せずに扉を開けていい筈だ。鍵だって持ってる。ラボメンの一人として何も気にする事なんかない筈だ。

「勘違いじゃないんでしょ!絶対に嘘じゃないんでしょ!」
「本当だからっ、嘘じゃないから落ち着いてくれ!」

ガンガンと扉が悲鳴を上げる。薄く脆い鉄の扉は向こう側で懸命に訴える少年の体を支えるが、あいりの声の弾みから放っておくと数分後には壊れてしまいそうだ。
何が、彼女をここまでさせるのか?何が、あったのだろうか?何を、伝えられたから彼女はあんなにも嬉しそうにしているのだろうか?
勘違いでも嘘でもないそれは一体なんだろうか、普段は変に意識して悪ぶっている少女を嬉し泣きさせるほどの何かを岡部倫太郎はしたのだ―――マミが喫茶店で過ごしている間に、だ。

「絶対ッ!絶対嘘じゃないんだな!」

私は“それ”を抱かない。今あるバランスを崩したくないから、今のままで満足していたからだ。
“それ”が尊いモノで大切なモノだとは理解している。
だけどそれだけだ。“それ”が綺麗なモノだろうが自分に向けられるのは怖い。
岡部が誰かに“それ”を向けるのも、誰かに向けられるのも大丈夫な筈だった。
だって岡部倫太郎は愛しても恋はしないから。
彼の一番はラボメンで、最優先で、世界を敵に回しても守ってくれるから安心していた。
安心して身を委ね心を許せた。
変わらない人だから、代わりを求めない人だから、そのくせ誰よりも近くに居てくれた。

なのに今になって変わろうとしている。

「本当だよ。あいり、俺は――――」

不変だったのに、いつのまにか変わってしまっていた。
絶対と思っていたのに、そうではなかった。
裏切られたわけでもないのに、酷く傷ついたような気がする。

「ん、信じるっ」
「ありがとう」

扉越しに聴こえてくる二人の声は近くて、柔らかかった。

「――――」

ペタンとマミはお尻から地面へと座りこんで項垂れる。
誰もが変わっている。それを見せつけられた。少なからずショックを受けている。
頭の中を色んな可能性がぐるぐると回って思考がまとまらない。

「・・・」

何を思うのか、マミはへたり込んでしまったまま考える。まとまらない思考で、それでも必死に考えた。

怖い。

何も変わらない筈だった岡部倫太郎が、同じだった筈なのに変わろうとしている。それで今ある関係が崩れるのではないかと、不安になる。
岡部が誰かを好きになるのは構わない。ラボメンが誰かを好きになるのは構わない。祝福しよう。応援しよう。
だけど岡部がラボメンの誰かを好きになってしまうのは嫌だ。ラボメンが岡部のことを好きになってしまうのは嫌だ。
壊れてしまうではないか、失ってしまうじゃないか。バランスが取れなくなってバラバラになってしまう。
そうならないように変わらずにいたんじゃないのか?自分と同じように。
どうして今さら何だ。なぜ今になってなんだ。なんでもっと早くに、そうしてくれなかったんだ。
完成して、完了した後に欠陥を、間違いを見つけてしまったかのような絶望感と不快感。

嫌だ。こんなのは嫌だ!!



別に、岡部倫太郎のことが異性として好きなわけじゃない。
特に、鳳凰院凶真のことを異性として見ているわけじゃない。





だけど――――もっと早くここに来ていれば、その台詞を自分も聞けたのかな、とマミは思ってしまった。









『妄想トリガー;巴マミ編』 前編 終わり






















「あらあら派手ねぇ」

見滝原のビルの一角、街全体を見下ろせる場所。屋上の端に腰を下ろし両足をパタパタと揺らしながら破壊されていく街を楽しそうに少女は眺めていた。
黄金の光が街の各所で輝けば、そのたびに地面は破砕しビルは倒壊し、空は光の軌跡を刻んでいく。
もう爽快感すら沸きあがってくるほど豪快に街を吹っ飛ばしていく様は、観ていて心が躍る。

「あら?」

若草色の光を纏った男が巨大な黄金の弾丸を一つ弾けば、その弾丸と言う名の砲弾は彼女がいるビルの半場の場所に激突した。
その砲弾。大きさにしてバスケットボールほどの大きさだが内包された魔力は巨大、一瞬の間をおいてビルは真ん中から黄金の光に爆砕された。

「絶好調のときはホントに凄い・・・欲しいなぁ、でも駄目なんだろうなぁ」

崩れ落ちるビルから落下するも落ちついた様子で彼女は自分勝手な自問をし、そして岡部倫太郎の約束からそれは出来ない事を不満げに自答した。
魔法少女へと変身しないまま、自分の近くを流れ弾であろう黄金の光が通過するも気にすることなく近隣の、まだ倒壊していないビルへと着地、再び戦闘の観戦にはいる。
彼女もラボメンだ。しかし今回の戦闘には参加していない。興味がなかった。意味がなかった。彼女には参加するメリットが存在しなかったから、だから誰もが全力で奮闘している試合を楽しそうに観戦する。
今も位置的には全体を見渡せなくなったが戦闘を観戦するには見やすくなったので良しとし、再び腰を下ろして高みの見物へと入った。

「良い身分ですね、さすがラボメン最強の魔法少女―――羨ましくて嫉妬しちゃいます」
「あら?結構傷も浅そうで残念」
「ちょっ!?」

背後から現れた天王寺綯に笑いながら小言を投げ、そしてすぐに視線を戦闘へと戻す。

「冗談ですよ。お疲れ様です」
「もっとこう、心配してくれてもいいじゃないですか」
「貴女なら別にあの程度の怪我はどうってことないでしょう?過剰な心配はしない主義です」
「信頼ですね」
「面倒臭いのです」
「酷いっ」


ズドォオオオオオオオオン!!!


会話の途中で目の前にあった高層ビルが空へと舞い上がった。大質量のそれが空き缶を蹴飛ばしたような豪快で軽快な常識を疑いたくなるような光景だった。
空を舞って散っていくビルの残骸の下で若草色の光が飛翔している。ビルを吹き飛ばした黄金の光の中から飛び出してきたわりにはダメージはさほど見えない。

ドドドン!

それを撃墜しようと地上から砲撃が次々と襲いかかる。若草色の光、岡部倫太郎はそれをかわし続けるが黄金の光が止む気配は衰えず、次第に岡部を追い詰めて行った。
岡部がかわせば背後で散っているビルはさらに破壊され、その面積を削っていく。バラバラと流れ弾に崩されていくビルは地上に落ちる頃には完全にビルの面影を失っているだろう。
その様子を眺めていた二人は呆気に取られていた。

「・・・・・派手ですねえ」
「はい・・・絶好調のマミちゃんは相変わらず規格外ですねー」

一撃一撃が大火力。これほどの破壊力を出せるのは魔法少女といえどもそう多くはない。まして連続砲火、衰えることなく長時間戦い続けるなど世界広しといえど――――

「ま、私達には劣りますけどね」
「・・・・・“貴女達”にはまあ・・・・でも今のマミちゃんなら解りませんよ?」
「あら、負けるとでも?」
「マミちゃんは特別ですよ」

綯の言葉に振り返り、二人は黄金の光が見滝原の街を破壊する光景を背景に向き合う。
笑っているが綯の目は笑っていないし、相対する少女は座ったまま薄い笑みを浮かべている。

「なら貴女の代わりに彼女を連れて行きましょう」
「はあ、それはどういった意味で?」
「ああ違うわね。貴女もマミもいらないわ」

とぼける綯に少女は言う。ラボメンの中で最強の魔法少女、今の岡部倫太郎にキュウべぇと共に戦える力を与えている少女が綯に言う。彼女だけが言える台詞を。
天王寺綯は岡部倫太郎の片翼、単独での強さはもちろん、岡部倫太郎と繋がれば万能で無類の強さを発揮する、何より綯は岡部倫太郎を全て知っている。観てきたから、誰よりも多く、岡部倫太郎以上に岡部倫太郎を観測してきた女。
そんな人を前に彼女は言える。そんな女性を前に宣言できる。岡部が涙を流し、弱さを曝け出す事が出来た最も岡部倫太郎に近い女に堂々と―――勝ち誇れる。


「彼には私達だけで十分です」


本気で、そう思っている。その自信溢れる姿に綯は目を細めて口を開く。

「子供が、あまり調子に乗らないでください」

やはり目は笑っておらず、少なからず怒気を込めた、殺気を乗せた台詞を投げる。受け止め、投げ返す相手もだが、二人は男の事になると割と血気盛んな一面を遠慮なく出す。
それだけ相手の事を認めると言えなくもない。他のラボメンを相手にこういった態度をとる事はまずないから。

「あら、背丈は私の方が大きいですよ」
「・・・・・・」
「能力的に考えてもそうでしょう」
「私は十分にオカリンおじさんの力になれます」
「貴女で良ければ恭介でも織莉子でも、それこそ今まさに実力を示しているマミでも良いとは思いませんか?」
「私は―――」
「そして場所が場所なだけに人数は絞るべきです。接続する相手が複数いても意味はありません。パートナーは一人、それならずっと一緒に居られる。二人も三人もいらない。一人でも敵対者に捕まれば面倒臭くなります――――足手まといは要りません」
「戦略も戦術も、今後の事を思えば戦える者は多い方がいい。それは私もオカリンおじさんも観測してきたから知っています」
「上条恭介、美国織莉子の同行が叶わないのは何故?」
「・・・」
「一般の人間を巻き込んでいい条件なら今のマミにも負けない上条恭介はどうして『シティ』への相棒に選ばれないのでしょうか?人間が相手なら無敵である彼を」
「それは」
「未来視の美国織莉子。時間停止の暁美ほむらもですが、時間と言う概念に干渉できる強力な彼女達を何故採用しない」
「・・・」
「場所が場所だから、と言うのも当然。ですが何よりも日本に残るラボメンのためでしょうね。その能力ゆえに、彼らの力は此方に残しておきたいのでしょう」

2010年から2014年の四年間。正確には中学卒業後からの三年間、自分が留守にしている間の守護を任せたい。
岡部は一応知っている。『通りすぎた世界線』での出来事を思えば、もしかしたらこの世界線でも2014年までは大きな問題は無い、と。
しかし楽観はできない。偶然辿り着いただけの世界だ。何が起きてしまうのか、既に自分と上条が原因で魔法少女同士の大規模大戦が二度起きている。
ギガロマニアックスも未来視も貴重で最高最大の成果を発揮できる能力だが、本来『シティ』での戦いには必要ないかもしれない・・・・だから、残していく。

「それは貴女にも適応できる。いえ貴女だからこそ、彼は此方に残したいはずですよ。ある意味で、誰よりも、何よりも」
「・・・・・形だけで言えば私はただ強いだけですよ。彼女達のような変則的な能力はありません。繋がれば別ですが、それができるから連れて行くのでしょう。私がいれば全世界全世界線に存在する魔法を過去現在未来を問わず使用できます」
「あら?まさか本気でそんなことを言っているんですか?」

とぼける綯に、彼女は踏み込んでいく。

「それ以上の価値が、貴女にはあるじゃないですか」

戦闘能力でも、心の支えでもない、岡部倫太郎が天王寺綯に求める役割を彼女は言った。


「岡部倫太郎を全て観測してきた貴女にこそ、これから先を任せきれるでしょう」


自分が居なくなった後を任せきれる。鳳凰院凶真を観測してきた天王寺綯ならできる。これから先を、未来を託せる。自分の代わりとして誰よりもだ。
観てきて、なおかつ岡部倫太郎を判ってくれているのなら出来る筈だ。これは全てを観てきた彼女以外には出来ない。
未来を歩く事は誰にでもできる。しかし代わりにはなれない。岡部倫太郎と鳳凰院凶真と言う狂人のオルタナティヴには誰もがなれなかった。
在り方、生き様、その過程も結果も岡部だからこそ歩み辿り着けた。変わりは無く、代役は存在しない。
今までは、だがここには天王寺綯がいる。全てを観てきた人間が、自分の考えを判ってくれる人が、実力も経験も申し分ない片翼が。



「そんな貴女は一緒に『シティ』に行くよりも、こちらで残ったラボメンと一緒に居た方が彼は喜んでくれるでしょう?」



「―――――」

返す言葉を綯は持っていなかった。

戦い続けてきた人がようやく足を止めきれるかもしれない世界だ。この場所に居ていいのだ。誰も文句は言わず、責めもしない。もう幸せになってもいい筈だ。止まって、休んでいいのだ。
誰もがそれを望み、きっと本人もそうしたいだろうに、それでも立ち上がり戦い続けようとしているから、せめてその時まではと出来る限り綯はその重荷を背負おうとしてきた。
数年後に起きるであろう大戦に備え『シティ』へと事前に連絡をとった。残していくラボメンへの心配を減らすために出来るだけの鍛錬をラボメンに施し、予防策として敵対する可能性の有る組織と人物を潰した。
それを天王寺綯は岡部との時間を削ってでも率先して行った。それは少しでも今の時間を謳歌してもらうために。

そして天王寺綯は知っている。

岡部倫太郎の負担を減らしたいのなら自分は『シティ』へは同行せずに“ここ”でラボメンの成長を見守るべきであるという事を。
・・・上条や織莉子のように能力ゆえに『シティ』では負担が大きく危険な二人とは違い、綯はそんなハンデも無く、さらに岡部を観測してきたことから事前の情報も豊富だ。この先の大戦でも十分な働きが出来るだろう。
しかし単純な強さで言えば綯は目の前の少女には劣る。今のマミにも、だから戦闘力での価値は薄い――――精神面?既に岡部倫太郎は癒された。ゆえに全てが終わらない限り求められる可能性は少ない。ただ一度で立ち上がってしまったから。自分が癒した。たった一回・・・彼はそれで満足してしまった。
後は何が出来る?男を安心させるために、気が抜けるように、休まるように、肩の荷を下ろせるように後は何が出来る?

戦える力?目の前の少女がいれば事足りる。彼女がいれば彼は一人で戦える。前線で。
慰めてくれる女?そんなモノは求めていない事は判っている。自身よりもラボメンを優先している。いつだって、どんな時だって。
時間?これまで通りに、岡部が今までやってきた事を奪ってでも請け負うしかない。
他には?―――今でなくても、今後、自分にできる事は?




「後は私達に任せて隠居してくれて結構ですよ?」




ビキリ、と綯の額に青筋が浮かぶ。

「ほ、ほほう?貴女達にオカリンおじさんを任せろと?」
「ええ、乙女回路をプラグインしただけで実質ヘタレな泥棒猫には任せきれませんから」
「ほッ、ほほおおおう!?一体それは誰の事なんでしょうかね!?」

んー?と綯の反応を確かめるように、除き見るように上目遣いで少女は挑発を続ける。

「そうですねぇ、最近“人のモノ”にちょっかいを頻繁に出している人ですね」
「へ、へえええええ?」
「キスを無理矢理するだけでも変態なのに、何をトチ狂ったのか求めるようにもなった破廉恥な女です」
「は、はあ!?」
「邪魔者が居ない事をいいことに、別のベットがあったにも関わらず潜りこみ、抱きしめ、首筋を舐めるわ泣いて媚を売るわでビッチを地でいく浅ましい存在なんですよ?」
「ごふはぁ!?」

何故か綯は血を吐いた。

「な、なぜ貴女がそのことを―――!?」
「彼のパートナーですから」
「オ、オカリンおじさんが―――!?」
「繋がれば彼の事は全部分かりますよ・・・・貴女達と違ってね」

挑発を、綯相手にできるのはラボメンでも彼女くらいだろう。

「例えば――――“アストライア”」
「」




綯の正面、彼女の後ろで、疑似世界の見滝原は崩壊した。
黄金の光が世界を染め上げる。圧倒的で、もはや別次元の存在、人の形をしていても、もはや人間とは認識できない力を行使した奇跡。
砂場のお城が波に消されるように、黒板のチョークを、窓ガラスの雨水を消すように世界を破壊する。

「“希望の神様すらお手本にした心優しい正義の味方”」
「なぜ・・・・・貴女がその名前を?いや違う・・・・円環の理まで感知している?この世界線にはいないのに――――!?」
「識っているからですよ」
「まさか、馬鹿な・・・・・まどかちゃんも、ほむらちゃんだって――――!」
「他の魔法少女と一緒にしないでと言いましたよ?私は彼のパートナーですよ」
「・・・・・」

規格外、想定外の魔法少女。凡庸でありながら超絶なる存在、岡部倫太郎とあまりにもマッチしてしまう魔法少女、彼女が居れば全てが事足りてしまう。ラボメンとの関係も、ガジェットも。
彼女が普通の魔法少女ではないことは知っている。だけどそれは特別珍しい事ではない、彼女のような存在は世界を見渡せばそれなりに居る。彼女よりも稀有で、常識離れした存在も多く存在する。
ラボメンの中でも暁美ほむら、美国織莉子はまさにそれ、規格外・・・イレギュラーとしてなら彼女らの方が上だ。

それなのに、この―――――

「正直、貴女は邪魔です。押し倒しても、そこでヘタレるだけならさっさと消えて」

“少女達”は

「あんたは邪魔なのよ。キスしても、キスしてもらった事はないんでしょ」

いつだって岡部倫太郎の一番で在り続ける。

「彼は私達のモノよ」「私達が彼のモノであるように」

そして許せない事に、我慢できない事にそれを受け入れている。
何よりも、“それ”を魅せつけている。
いい加減、子供相手とはいえ綯の堪忍袋はキレた。


ブチリ


自覚できる。

「なかなかの挑発です。その喧嘩、買いますよッ」
「「アハッ♡」」


本気で叩きのめす。








黄金の光が見滝原の街を破壊し続ける光景の中に、それとは別に世界を破壊する者たちの戦いも始まった。




















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