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[28384] 【完結済み】台本どおりリリカルなのは The MOVIE 1st
Name: 虹鮫連牙◆f102f39d ID:52ea1ab2
Date: 2011/10/24 00:39
【あらすじ】
「私、アンナ・クアンタ、九歳です。実は、とある世界で起こった一つの事件を映画化することが決まったんですけれど、なんと私がその映画に出演するんです! すごいでしょ? 皆さん、完成したら是非見てくださいね!」
 劇場版リリカルなのはの撮影風景をお送りする、ホンワカ(?)物語です。

※2011/08/29…本編完結しました。
※2011/08/30…シーンラスト本文の一部を修正改稿しました。『ポニーテール』→『ツインテール』


【備考】
 この作品は、にじファンにも投稿しています。



[28384] シーン01 見えない未来、最初の出会い
Name: 虹鮫連牙◆f102f39d ID:52ea1ab2
Date: 2011/06/16 07:57
○クランクイン

 こんにちは。私、アンナ・クアンタって言います。九歳です。
 突然ですけれど、私は今、あるところにいます。
 目の前にはとてもたくさんのカメラがあって、フラッシュをピカピカ光らせるので眩しくて目が痛いです。でも、だからと言って目を細めていると、私が笑っていると勘違いした記者さんが余計にカメラをパシャパシャするんですよ。これじゃあ、いつ目を開ければいいのか分かりません。
 では、私が一体何処にいるのかを教えちゃいますね。
 実は今、私は記者会見というものに出席しているんです。
 一体何の記者会見なのかと言うと。
「監督にお伺いします。作品に出演する主要登場人物には子供が多いようですが、子役の選出には苦労されましたか?」
 実は私、今、映画の製作発表の場に出席しているんです。
 何で私が出席しているのかと言うと、なんと、私がこの映画に出演させていただくからなんです!
 出演が決まった時はすごく嬉しかったです。事務所の社長さんとマネージャーさん、それにママも一緒になって飛び跳ねて喜んじゃいました。
 しかも、物語の中でも結構重要な役を演じるんですよ。すごいでしょ。
「そうですねぇ。出演希望者を募ったところ、本当にたくさんのご応募をいただきました。その中から、この作品の魅力を最大限に引き出してくれるだろうと、私が確信を持てるくらいの子達を選んだつもりですからね。そりゃあ大変でしたよ」
 監督が得意気にそう言うものだから、記者の皆さんも胸をドキドキワクワクさせています。皆口を大きく開けて驚いちゃってるんだから。
「では! その選ばれた子供達の中でも監督が特に注目している子はいますか!?」
 監督が腕を組みながら「うーん」と唸っています。迷っているのかな?
 でも、きっと監督の答えは決まっているんだろうな。
 だってこの映画の主演を務める子は、テレビに映らない日がないくらいに人気のある天才子役、リュッカちゃんなんだから。
「そうですねぇ…………もちろん、皆それぞれ良いものを持っているんですが、その中でも強いて挙げるならば…………」
 私の隣に座っているリュッカちゃんが目を輝かせています。
 こうして隣で見ていると、やっぱりリュッカちゃんは可愛いなぁ。さすがは主演を務めるだけのことはあるなぁって思っちゃいます。
 彼女の名前が呼ばれたら、私も拍手でお祝いしてあげようっと!
「アンナ・クアンタ……彼女ですかね」
 …………え?
 カメラのフラッシュがさっきよりもいっぱい集まってきて、私は思わず目をぎゅっと閉じちゃいました。
 眩しいです。目の前に何も見えません。
 そんな時、突然耳元でリュッカちゃんの声が聞こえました。
「おめでとう、アンナちゃん! せっかく期待されてるんだから、せいぜい良い演技を期待してるわねぇ……ふふふっ」
 鳥肌が立ちました。
 監督は一体何で私の名前を口にしたのでしょうか。私なんて今まで一度も主役を演じたことがないのに。
 その時、私の爪先を誰かが踏みつけてきました。
 痛い! 思わず歯を食いしばっちゃいます。
 しかもそのタイミングで、さっきよりもたくさんのカメラが向けられたから、もう全然目を開けられません。
「良い笑顔だ! こっち向いて!」
「その満面の笑みは監督の期待に応えているんですね!?」
 全然違います! 誰かが私の足を踏みつけて、グリグリグリグリしてくるんです!
「アンナちゃん! 何か一言お願いします!」
「いっ…………たい!」
 その時、また聞こえたのはリュッカちゃんの声。
「アンナちゃん、ほらほら、ちゃんと自己紹介しないと……ねー」
 いたたたたたたたっ!
 私は痛みから一刻も早く逃れたくて、大きな声で一生懸命自己紹介をしました。
「フェッ……!」
「フェ?」
「フェイト・テスタロッサ役をやらせていただきますっ! アンナ・クアンタですっ! 足いててててて足手まといにならないように頑張りますっ!」
 会見場に拍手とシャッターを切る音が響き渡ると、私はようやく苦痛から解放されました。
 何だか、映画の撮影が無事に終わるのかどうか不安になってきましたが、大丈夫なんでしょうか?
 『魔法少女リリカルなのはThe MOVIE 1st』の撮影、はじまります。



○上下関係

 というわけで、とうとう映画がクランクインしました。
 私、今まで大きな役を貰ったことがなくて、今回の大役がとっても嬉しいんです。
 でも、大きな役でも小さな役でも、そんなに違いはないのかもしれないな。
 どんな役でも作品の中ではとても大切で、あってもなくてもいいなんていう役は存在しないんだから。作品は、重要な大役から細かなちょい役、エキストラまで含めて、全てが合わさって素敵な仕上がりになるんだもんね。
 だから今までどおり。初心を大切にして、頑張っていかないと!
「あら、フェイトちゃん」
 あ、向こうからリュッカちゃんが近づいて来ました。
 やっぱり他の出演者さんに会ったら、きちんとご挨拶しないとね。
「リュッカちゃんこんにちは。これから映画の撮影が始まっていくけど、よろしくね!」
 歳が近いのもあって、彼女とは仲良く出来るといいなって思います。だからにっこり微笑んでご挨拶。
 と、思ったのに。
「違うでしょう? フェイトちゃん?」
 いったぁい! ほっぺがつねられてる!
「監督の方針をお忘れかしら? 良い映画は、製作スタッフやフィルムに映らない部分などの全てが作品の世界に染まってこそ作られるもの。そのためにも私達役者だって、クランクアップするまでの間は撮影時間外でもそれぞれの役名で呼び合っていきましょうって、お話があったでしょう?」
 そ、そうでした。私は彼女のことを、役名で呼んであげないといけないんだった。
「ごめんなさい、なのはちゃん!」
「だから違うでしょう?」
 ほっぺの激痛が更に強まっていきます! どうしてまだ許してもらえないの!?
 痛みで涙が浮かんでくる中、私は考えてみました。すると、一つのことに気が付いたのです。
 そうだった。劇中では、フェイトはなのはのことを呼び捨てにするんだった。
「なのは、ごめんなさぁい!」
「“様”が付いてねえだりゃおんどりゃああっ!」
 なのは様!? 
「にゃのひゃしゃまごみぇんにゃしゃーいっ!」
「ふんっ」
 ようやく解放されました。
 ほっぺたが取れちゃいそうで本当に痛かったし、怖かったです。両手で顔を挟んでみると、右のほっぺたがとても熱くって、でも形がちゃんとあって安心しました。
「フェイトちゃん、監督に期待されてるからってたるんでるんじゃないの?」
 そんなことありません。私は初心を大切にしていこうって思っていたところなんです。
「役者を嘗めてるんでしょ?」
 そんなことありません。私は役者を一生のお仕事にしたいって思っているくらいなんです。
「ってか私を嘗めてるんでしょ?」
 滅相もございません。私めはなのは様と仲良くなれたらなって勝手ながら思っている次第でございます。
「いい? 私はあなたと違って天才子役なのよ? 才能が違うの」
「恐れ入ります」
「いいわ。じゃあ、テストをしてあげましょう。私があなたの役者としての力を試してあげる」
 テスト? 一体どんなことをするんだろう? 
 もしかしてなのは様が演技指導をしてくれるのかな。それだと本当に嬉しいな。だって私は、いっぱい勉強して素敵な女優さんになりたいもの。
 ちょっとドキドキするけれどワクワクもしている私は、「こっちに来て」というなのは様についていきました。
 撮影機材を念入りにチェックするスタッフさん達の間を進み、監督と脚本家さんが真剣な面持ちで打ち合わせをしている横を歩き、「影を踏まないでくれる?」となのは様に怒られながら、私は現場の隅っこに連れてこられました。
 なのは様はもうすぐ撮影が始まるということで、衣装を着ています。真っ白なワンピースタイプの学校制服に身を包んでいて、胸元の赤いリボンがちょっとオシャレです。髪を頭の上で二箇所、ツインテールに結わいている姿が可愛らしくて、なんだか羨ましいな。
 思わず見惚れていると、なのは様が厳しく言いました。
「ちょっと! 集中しなさいよ!」
「あ、はい! ごめんなさい!」
「台本は持ってきてるわね? じゃあいくわよ」
 なのは様が台本を捲りながら、ページ数を指定しました。
 私は急いでそのページを開くと、そこは私とプレシアママが『時の庭園』と呼ばれる場所でお話をするシーンでした。
 ここは結構シリアスなシーンで、ジュエルシードという魔法の石とケーキをママのところに持って帰った私は、ママに怒られておしおきをされてしまうのです。
 まだこのシーンの撮影はずっと先の予定らしいけれど、鞭で叩かれたりプレシアママに怒られたりすることを考えると、今からちょっと震えちゃいそうです。
 プレシアママを演じるレイランさんはベテラン女優さんで、私が目標としている人でもあります。
 プレシアママは、制作発表会見後にちょっとお話してみたらとても優しい人でした。それに衣装合わせの時、劇中で着るセクシーなバリアジャケットを身に着けたプレシアママはすっごく綺麗でした。
 しかも、私が顔を真っ赤にしながら見惚れていると、胸がほっとするような声で「似合う?」と言って微笑んでくれたんです。
 そんなプレシアママに怒られるシーン。正直に言うと、実はあまりイメージが湧かないんです。
 だから、こうしてなのは様が予行練習をしてくれるんだと思うと、やっぱり嬉しいな。
「じゃあ私がフェイトちゃんのママ役をやるからね」
「はい! お願いします!」
 緊張が全身を駆け抜けていきます。
 ううー! 頑張らなくちゃっ!
 そしていよいよ始まります。
 なのは様の表情が、氷のように冷たくなっていきました。
「…………なのに、こんなに時間を掛けて、たった三つ?」
 遂にきました。プレシアママが、フェイトの持ち帰ったジュエルシードの数に怒る場面です。
 トーンの下がったなのは様の声。足元からじわりじわりと冷たさが伝わってくる感じがして、思わず体を強張らせちゃいます。
 なのは様すごい。やっぱりすごい。周囲の雰囲気が、本当に暗くなっていく感じがする。
「ん? それは?」
 私はケーキの入った箱を持っているつもりになって、体の前で両拳を握りました。
 そして、小刻みに震わせます。
 それからゆっくりと、それを胸元の高さまで持ち上げて。
「あの……母さんに…………」
「なんだとっ!? でぇりゃあぁぁぁっ!」
 その時、顔の横になのは様の平手打ちが飛び込んできました。
 気持ちがいいくらいに乾いた音が鳴り、さっきつねられて真っ赤になっていた私の頬が再び痛み出します。
「え!? 本当に打つの!?」
「あたりまえでしょう! 演技指導を何だと思っているの!?」
 さすがはなのは様。稽古も本番も変わりはないということなんだ。でも確か、そこで叩くのは頬じゃないはずなんだけど……。
 だけどせっかく稽古をつけてもらってるんだし、応えなくちゃ!
「もう一度お願いします!」
「その意気やよし! 何発でも叩き込んでやるわ!」
 そして、怒涛の猛特訓が始まりました。
 私となのは様は同じシーンを何度も何度も繰り返し、同じ台詞を何度も何度も繰り返し、しまいには「台詞はもういいや」と言って平手打ちを何度も何度も繰り返し。
 なのは様の手の平が限界を迎えたころ、ようやくそのシーンの稽古は終了しました。
 息を切らしたなのは様は、額の汗を拭いながら言いました。
「だいぶよくなったわ」
 なのは様に褒められた? やったぁ! 
「あ、ありがとうございます!」
「よし、次は鞭のシーンいくわよ」
「ええっ!?」
 なのは様が小道具の鞭を持ってきました。
 まさか本当にやるの? マジで? ガチで?
 ちょっとなのは様、台本をよく見て。そこのシーンは、確かにSEでは鞭で叩かれている様子だと分かるけれど、実際に叩かれているシーンは無いはずだよ。叩かれ終わったシーンまで、アルフが登場するシーンのはずだよ。
 本当に叩くの?
「そりゃあ!」
「いたぁーい!」
 突然飛んできた紫色の鞭が、私のお尻を叩きました。
 すごく痛いです!
「痛いよ、なのは様!」
「違うでしょう!」
「え?」
「鞭で叩かれたら、イヤァーンとかアハァーンって、気持ち良さそうに言うのよ!」
「ええ!? だって台本には、“鞭で叩かれるSEに合わせて悲鳴”って書いてあるのに!?」
 でも、なのは様は譲りません。
「何を言っているのよ、アドリブに決まってるでしょう! 台本どおりにしか出来ませんなんて、そんな半端なことで役者が務まると思っているの!?」
 そ、そうか! これはアドリブなんだ!
 私は勘違いをしていたみたいです。確かになのは様の言う通り、台本どおりにしか出来ない役者でも困ります。登場人物の心情を読み取り、その気持ちを自分の体で表現しなくてはいけないのだから、時には台本に書かれていない気持ちを読み取ることだって必要なんです。
 世界を作るのは台本じゃない。私達役者自身が、物語の世界を体現しないといけないんです。
 きっとなのは様の言うアドリブも、天才子役と呼ばれる彼女が、この台本から読み取った世界なんです。
 だったら、やっぱり応えなくちゃ!
「ずありゃあっ!」
「アハァッフ!」
「それえぇ!」
「いやあぁっん!」
「これがいいんかぁ!?」
「はぁい! もっとお願いします!」
「これならどうだぁ!」
「いい! いいです、すごく!」
 熱の入った、凄く良い演技指導です。
 これで、少しは素敵な女優さんに近づけたでしょうか?



○使い魔

 なのは様との稽古が終わった後、私はヒリヒリするお尻を擦りながら、出演者控え室に向かいました。
 控え室と言っても、今日は屋外での撮影なので、現場の一角にテントが張ってあるだけの控え室なんですけど。
 鞭で叩かれながらいっぱい声を出したので、すっかり喉が渇いてしまいました。控え室にあるお茶でも飲もうと、テントの下にやって来ると、
「おお、フェイトじゃないか」
 そこには頭の横にぴょこんとした三角耳を生やしている、アルフがいました。
 アルフは私のことを見るなり、腰から生えている尻尾を振って近づいてきました。
 アルフという役は、フェイトの仲間として登場する狼の使い魔です。実はこの控え室にいるアルフも、本物の使い魔なんですよ。しかも狼。この映画への出演は、選ばれるべくして選ばれた、まさにうってつけの役なんです。
「アルフは今日撮影があるの?」
「ううん、無いよ。でも、現場の雰囲気を掴んどこうかなって思ったからさ」
 おお、偉いです。さすが、副業とは言え役者をやっているだけのことはあります。
 映画の中では、アルフはフェイトのことが大好きで、プレシアママに虐められるフェイトをいつも気遣ってくれるんです。
 でも、こちらのアルフだって映画の中以外でもすごく良い子で、仲良くしてくれるんです。人間の姿をしている時は背も大きくて、体つきだって大人の女性なのに、中身はまだまだ子供っぽくて、何だか歳が近く感じちゃう。可愛いお友達なんです。
「ねえねえフェイト」
「なあに?」
「これあげる。おいしいよ」
 そう言ってアルフが差し出してきたのは、一粒のペットフードでした。
「ありがとう!」
 こうして時々、自分のおやつを分けてくれます。
 今では本物のフェイトとアルフみたいに仲良しなんですよ。と言っても、本物のフェイトとアルフには会ったことがないんですけどね。
 制作発表会見の日、アルフのマスターさんにも会ったことがあるんですけど、その時に聞いた話では、マスターさんは時空管理局の局員さんだと言っていました。そして、マスターさんは次元航行部隊というところに所属していて、時々本物のフェイトさんを見ることもあるんだそうです。私も会ってみたいなぁ。
 と、そんなことを考えていたら、一つだけ気になっていたことを思い出しました。
「そういえばアルフ、訊きたいことがあるんだけど」
「んん?」
 アルフはペットフードの袋を小脇に抱えながら、ほっぺたいっぱいにペットフードを詰め込んでいました。
「制作発表会見の時、マスターさんがアルフを迎えに来たでしょう?」
「そうだったっけね」
「その時、アルフってば会見場の中にいたのに、マスターさんの車が建物の駐車場に入ったのを言い当てたじゃない?」
 そうなんです。
 制作発表会見の会場が設置されたのは、とあるホテルの披露宴会場だったんですけど、そこで会見が終わった後に一息ついていたら、アルフが突然「迎えが来たな」と言って、ホテルの駐車場に向かったんです。気になった私が後を追いかけてみたら、なんとそこにはアルフのマスターさんがいました。
 何で分かったんだろうと、ずっと疑問に思っていた謎なんです。もしかしたら、アルフは狼だから匂いとかで分かったのかな?
「あれはどうやって分かったの?」
 そう訊くと、アルフの口からは聞き慣れない言葉が飛び出て来ました。
「そりゃあ『念話』だよ。念話でマスターが話しかけてきたからさ」
「『念話』って?」
 私が首を傾げると、アルフも首を傾げながら言いました。
「えーっとね…………声じゃない声って言えば分かるかな? 口を使わなくても、思ったことが相手に伝わるんだ」
「ええ! すごい!」
「たぶん映画の中でも使うシーンがあると思うけどね。魔導師とかはよく使ってるよ。それと、魔導師じゃなくても資質のある人には声が伝わったりするものさ」
 そう言ったアルフは、いきなり目を閉じてじっと固まってしまいました。
 何をしているのだろうと、私がアルフの目をじっと見ていると。
 ――どうだい? あたしの声が聞こえるかい?――
 あ、すごい! 突然頭の中に響いてきたアルフの声に、私はとても驚きました。
 こちらから声を送るのは出来ないみたいだけれど、アルフの念話を聞くことなら、私にも出来るみたいです。
 ということは、私にも魔導師としての資質があるんだ。そのことに気が付くと、私が演じる人、魔導師であるフェイト・テスタロッサに、今まで以上の愛着、と言うか親近感みたいなものを持てるような気がします。
 念話が面白くて、私はアルフにいろいろと話しかけてもらいました。
 アルフってば冗談話が大好きで、アルフの念話を聞いているとお腹がとても痛くなります。笑い声が止まりません。
「ちょっと、何をそんなに笑っているの?」
 私が涙目になりながらお腹を抱えていると、そこに撮影を終えたなのは様がやってきました。
「あ、なのは様」
 ――ん? ねえねえフェイト、何で“なのは様”なんだよ?――
 目の前からなのは様に話しかけられ、頭の中にはアルフの声が響いて。
 この初めて体験する不思議な感覚に、私は頭が混乱してしまいそうです。
「ちょっとフェイトちゃん?」
「あ、ちょっと待ってねなのは様」
 ――だから何で“なのは様”なんだよ!?――
「私には教えられないの?」
「後で説明するから待ってってば!」
「な、何でそんな強気なのよ? 私にそんな態度をとってもいいの? 先輩なのよ!?」
「今のは違うの! 私はちゃんとなのは様には敬意をもって」
 ――もしかしてフェイトって、なのはの使い魔だったのか?――
「んなわけないでしょう!?」
「えっ!? 敬意はっ!?」
 ――じゃあフェイトもどっかに三角耳があるんだな?――
「あるわけないでしょっ!」
「ちょ……! フェイトちゃん! どういうこと!?」
「え? なのは様、違うの! 今のは」
 ――なあなあ、何の動物なんだよ?――
「ちょっとフェイトちゃん! 私のことを何だと思ってるの!?」
 ――ネコ?――
「ネコ?」
「え、ネコ?」
 ――キツネか?――
「キツネってそんな!」
「キツネ!?」
 ――意表を突いてイノシシか――
「イノシシ!?」
「はぁあっ!? 私がイノシシ!?」
 見ると、なのは様が肩を震えさせていました。
 怖いです。なんか禍々しいものが出ています。
 ああ、私、ちゃんとやっていけるのでしょうか?
 こんな風に映画の撮影が続いていくのかと思うと、とても不安な気がしてきました。

 To be continued.



[28384] シーン02 いま、起きていること 成すべきこと
Name: 虹鮫連牙◆f102f39d ID:52ea1ab2
Date: 2011/06/29 23:57
○優しい彼

 白いバリアジャケットに身を包んだツインテールの彼女が、私に真っ直ぐな視線を送ってきます。
 その目から伝わる感情は、驚きと、僅かな怯えと、強い警戒心。
 そんな彼女の目を見て、私は硬い表情で睨みつけました。
「あの…………あなたもそれ、ジュエルシードを探してるの?」
 目の前にいる彼女が発した言葉を聞いても、私は一切表情を崩さないまま、視線を更に鋭くしました。
 そして右腕を前に。手に握った戦斧を、彼女に向けます。
「それ以上近づかないで」
「いや、あの…………」
 拒絶の言葉を発すると、怯えと警戒心を強めたような顔で、しかし、それでも擦り寄ろうとする子猫のような切ない表情で、彼女は言いました。
「お話したいだけなの。あなたも魔法使いなの? とか……なんでジュエルシードを? とか」
 そう言った彼女が、少しだけ近づいて来ました。
 それ以上近づくな。そんな思いを込めて、あるいは何かを決意して、私は顔を顰めます。
「はいカットォ!」
 突然の声と同時に、甲高い音が聞こえました。どうやらカチンコが鳴らされたようです。
「オッケー! なのはちゃん、フェイトちゃん、良かったよー!」
 やった! オッケーが出ました! 両拳を胸の前に引き寄せて、思わずガッツポーズをとっちゃいます。
 なのは様と初めて出会うシーンの撮影は、なんと一発オッケーです。
 黒いレオタードの上に重ねたヒラヒラのミニスカートを揺らし、私は小さく飛び跳ねました。戦斧型のデバイス、バルディッシュを握り締めながら、顔がにやけていることも分かります。
 ちゃんと上手にフェイトを演じることが出来たかな? 
 確認したくてうずうずしていると、
「フェイトちゃん、ちょっとはしゃぎ過ぎじゃない?」
 ペンチのようなものにほっぺを挟まれる感覚。体が自然と身悶えます。
「にゃにょひゃしゃみゃー!?」
「一発オッケーくらい当たり前よ! 私が出演するシーンなんだから!」
 私のほっぺを挟んでいたのは、なのは様の指でした。力、強すぎます。
 そんな、なのは様が抓る力を更に強めた時でした。
「やあ、二人とも撮影の方はどう?」
 そこにやってきたのは、一人の男の子でした。
 ハーフパンツと半袖シャツの上に重ね着た前掛けには不思議な文様が描かれていて、あまり大きくないその体にはマントが羽織られています。クリーム色のブーツで近づいてくる中性的な顔立ちの彼の名は。
「ユーノ君!」
 私となのは様の声が重なりました。
 私達の声を聞いてにっこりと微笑んでくれたユーノ君は、こちらに歩み寄って来ました。
「ねえねえ聞いてほしいの! 私達、さっきの撮影は一発でオッケーをもらえたのよ!」
 と、嬉しそうにぴょんぴょん飛び跳ねて言うののは、なのは様。
「そうなのかい? すごいなぁ、僕なんか昨日が初めての撮影だったんだけど、NGを出しちゃったよ」
 恥ずかしそうに笑うユーノ君。
 そんな彼の顔を見て、なのは様が頬を赤らめながら言いました。
「そんなの気にすることないよ。私だってNGを出しちゃったらどうしようって」
 あれ? だってさっき。
「すっごくドキドキしちゃって…………一発でオッケーがもらえるなんて、何だか信じられなくてぇ」
 ええっ! さっきは当たり前だって言ってたのに!
「順調だったんだね」
 なのは様の豹変振りに驚いていると、ユーノ君が私に話しかけてきました。
 真正面から見るユーノ君はかっこいいです。なのは様に負けないくらい人気のある子役だし、当然かな。だけどそれを鼻にかけることもなく、誰にでも優しく接してくれるんです。
 そんなユーノ君が私の演技の具合を尋ねています。
 本当だったら胸を張って、「上手に出来たよ」って言いたいところだけれど、さっきもなのは様に言われちゃった通り、これくらいで浮かれてしまってはいけないのかなと思います。
 やっぱり謙虚な姿勢が大事かな。
「うん、上手く出来たみたいだったけど…………満足するにはまだ足りないかなって」
 何だか言っていて恥ずかしくなっちゃいました。
 私が少しだけ俯くようにしながら微笑むと、突然なのは様の声が聞こえてきました。
「あはは……フェイトちゃん手厳しいなぁ。ごめんね、私、浮かれちゃってたみたい」
 えっ!?
「やっぱり私の演技じゃ、フェイトちゃんの足を引っ張っちゃってるかな。次は頑張るね」
 なのは様!? なんでそんな切なそうな目をしているの!?
 右手を口元に寄せたなのは様が、少しだけ細めた目でユーノ君に視線を送りました。
 だから、なんで涙目なの!?
「僕はそんなことないと思うよ。昨日もなのはの演技について監督が話していたんだけど、すごく上手だって褒めていたから」
「えー、そんなことないと思うけど…………そうかな?」
 そして浮かぶ、なのは様の嬉しそうな顔。
「なのは様! さっきと言ってることが!」
「なのは“様”?」
 私の声に、ユーノ君が反応しました。
「やだぁ、フェイトちゃんったら。私のことは“なのは”でしょ? それに、“ユーノ君”って呼ぶのは私の役目。フェイトちゃんは呼び捨てにするんじゃない」
 今度はくすくすと笑い声を漏らしながら、なのは様が優しい声で言いました。
 うう、確かに彼のことを呼び捨てにするのがフェイト。自分のミスが何だか恥ずかしくって、とっても頬が熱くて、汗も出てきて、何も言えない!
 すると、まだ笑っているなのは様を背にして、ユーノ君が相変わらずの微笑を浮かべたまま優しく言いました。
「フェイト、僕のことを呼んでみて」
「え?」
 何だか、そんな台詞がさらりと言えるユーノ君って。
「“ユーノ”、だよ。さあ」
「…………ユ、ユーノ」
 笑みを強めた彼は、大きく頷きました。
 嘲笑なんかじゃない。呆れているわけでもない。ただ彼は、そっと私のミスを正してくれました。
 私の気持ちを読んだのかな。恥ずかしくて何も言えなかった私から、声を誘い出してくれました。
 本当に優しい。
「じゃあもう一度、言ってみて」
「ユーノ…………」
「最後にもう一回」
「ユーノ!」
 声はしっかり出たけれど、恥ずかしさは更に増して、私はすぐに深く俯いてしまいました。
 そんな時、ユーノ君の手がそっと私の頭に乗っかりました。
 何? どうしたの?
「よく出来ました」
 そう言ってユーノ君が頭を撫でてくれました。
 何だか、とっても胸がドキドキします。顔が真っ赤になっていることが自分でも分かる。 
 不思議なドキドキに戸惑っていると、なんだかもの凄く鋭い視線を感じました。
 はっとして顔を上げると、微笑むユーノ君の背後から、鬼のような形相で私を覗き見るなのは様がいました。
 こ、怖いです! 何だか悪魔のような!
 背後のなのは様に気が付かないまま、ユーノ君が更に言いました。
「じゃあ今度は、“なのは”って言ってみて」
「いや! 今はちょっと!」
 や、やばいです。魔界の王という言葉がぴったりなほどに顔を歪ませたなのは様が、声無き声を発しています。
「ダメだよフェイト。きちんと直しておこう、ね!」
 そんなことを言うユーノ君の背後から、なのは様の声が、口からではなく目から届いてきます。
 私はその声を、耳ではなく心で聞きました。
 ――呼び捨てに出来るもんならしてみろよ――
「さあ、フェイト!」
「な、なのは様!」
「うーん、違うよ。恥ずかしがらずに、さあ」
「なのは様! なのは様!」
「フェイト? ちゃんと言おうね。さん、はい」
「なのは様っ! バンザイ! なのは様っ! バンザイ!」
 地獄のような時間が、しばらく続きました。



○主役は彼女

 ユーノ君とフェイトちゃんの二人と別れてから、私は休憩をとるために控え室へやってきた。
 それにしてもさっきのフェイトちゃんったら何? ユーノ君に色目なんか使っちゃって! ああいう見え透いた下心をよくも私の目の前で出せたもんだわ!
 ユーノ君もユーノ君よ。なんでフェイトちゃんの頭なんか撫でるのかしら。
 もう、イライラしちゃう!
 休憩室の椅子に座った私は、手元にある湯飲みを取って、乱暴にお茶を注いだ。勢い余ってお茶が零れたものだから、余計にイライラしちゃう。
「もう! 一体なんだってのよ!?」
 拳をテーブルに叩きつけると、
「クククッ……静かにしてちょうだい」
 突然小さな声が聞こえた。
 どこから聞こえたのかが分からなくて、私は思わず肩を跳ねさせた。
「だ、誰!?」
「ひどいね……クックックッ。ここにいるのに」
 嫌な声。か細くて陰湿な雰囲気のする女性の声が、私の隣から届いた。
「エ、エイミィさん! いつからそこに!?」
「やっぱりひどい。ずっといたんだよ」
 そう言いながら、やっぱり不気味な含み笑いは絶やさないエイミィさん。
 私はこの人が苦手だ。掴みどころが無いと言うか、何を考えているのかがよく分からないからだ。
 と言うより、正直に言って怖い。
「きょ、今日はクロノ君とのシーンを撮影するんでしょ? 終わったんですか?」
「なのはちゃん……“クロノ”って名前さぁ、なんだか邪悪なイメージがするなって思わない? ククククッ…………こわぁーい」
 お前が怖い。
「腹黒いからクロノなのかな? それとも暗黒社会とか闇の執務官とか、そんな意味が込められているからクロノなのかな? …………もしかしたら映画の黒幕だったりしてね。ククククッ」
 付き合いきれない。そう思った私は、席を立って彼女に背を向けた。
「じゃあ、撮影頑張ってくださいね」
 早くこんなところから離れないと、彼女の纏う陰鬱な空気が移ってしまいそうだ。
 私が歩き出すと、その足を彼女の声が引き止めた。
「なのはちゃん…………フェイトちゃんのことが嫌いなの?」
 な、何をいきなり言い出すのかしら?
「フェイトちゃん可愛いし、演技も上手だし、監督にも期待されてるもんね……クククッ…………なのはちゃんにしてみたら面白くないのかなぁって」
「そ、そんな! 何を言うんですか!?」
「隠したって無駄だよ…………あたしには全部視えているからね」
 視えているって、まさかこの人、そんなにあちこち歩き回って陰から覗き見ているのかしら?
「覗き見なんてしてないよ…………夢になのはちゃん達が出てきて、全部視えちゃうんだよ」
 人間じゃねえ!
 鳥肌の立った体を抱き締めながら、私は震えた。
 夢で見るって何? しかも心を読まれた? この人一体何者?
 それに、私にそんなことを言ってどうしようってつもりなのかしら。まさか私を揺するつもりなのかな? でも、私のやっている意地悪なんて遊び程度の軽いもののはず。そんな罰を受けなくちゃいけないようなことなんてしてないのに。
「別に揺するつもりも罰するつもりもないから、安心してね……ククククッ」
 また読んだよ! 安心できねえよ!
 たぶん私の顔は真っ青になっているんじゃないかと思う。だって血の気が引いているのが分かるもの。
「なのはちゃんさぁ」
「は……はいっ!」
 思わず声が震える。
「占ってあげるよ。この映画の行く末」
「え?」
「なのはちゃんが主演なんだから、この映画の行く末はなのはちゃんの今後に掛かっているとも言えるんじゃないかな? …………だからさ、クククッ…………占ってあげるよ」
 そう言って彼女は、ポケットから一枚のコインを取り出した。
「表が出たら吉。裏だったら凶」
「え! 二択!?」
 なんでそんな極端な結果しか出ないの!?
 私の言葉を無視した彼女は、コインを私の目の前でちらつかせた。
 赤褐色のコインがそこにあった。一面側にはドクロの絵柄。その反対側にはクモの絵柄。
 それ、裏表あるの? どっちも悪くね?
 エイミィさんがコインを投げると、空中でくるくると回転したコインはすぐに落下してきて、エイミィさんの手の甲に乗った。
 それを素早くもう片方の手で押さえるエイミィさん。
 ただのコイン投げ。それなのに、何故か彼女が投げると妙な雰囲気が漂う。
 まるでその一投で本当に運命が決まってしまうような。そう思わせるだけの不気味さが、彼女にはあった。
 キャッチしたコインの表裏を確かめたエイミィさんは、さっきまでの含み笑いとは違う、口角を耳に届きそうなくらいまで吊り上げた笑顔で、にんまりと微笑んで言った。
「…………きっと、なのはちゃんにとってもいい映画になると思うよ」
「そ、そう?」
「良かったね…………クックックックッ」
 彼女の笑いのせいで、あまり良いようには思えない。
「フェイトちゃんとも、きっと上手くいくよ」
 なんでそこでフェイトちゃんの名前が?
 背筋が凍るような空気に呑まれてしまっていたから何も言い返せないけれど、フェイトちゃんの名前を出されたのは気に食わなかった。
 確かに私はフェイトちゃんが嫌い。
 監督に期待されていたのも気に食わないし、演技が上手なのも生意気。ユーノ君にデレデレしているのも許せないし、性格が良いのも腹が立つ。
 そんな私がフェイトちゃんと上手くいく?
 それがエイミィさんの見た私の未来だと言うのなら、きっとそれはハズレだ。
 この映画の脚本は最後まで読んだから、作品の結末は知っている。
 でも、現実の私達は映画のようにいくはずがないし、そうならないことを私は願ってさえいるのだ。
「エイミィさん、残念ですけど、その占いはハズレですよ」
 私はエイミィさんに今度こそ背を向けてから、休憩室を後にした。
 エイミィさんが言っていたように、映画の行く末は私に掛かっているだろう。
 だって私は主役なんだから。
 そう、全ては私次第。どんなに素敵な脚本であろうと、名監督であろうと、共演者が素晴らしかろうと、私の心の中にある台本どおりでなければいけないの。
 そしてその台本には、私とフェイトちゃんが上手くいく展開なんて無い。
 私は、この映画に対する気持ちを改めて思い直した。

 To be continued.



[28384] シーン03 譲れない願い 向き合いたい想い
Name: 虹鮫連牙◆f102f39d ID:52ea1ab2
Date: 2011/07/17 20:13
○暑苦しいあの人

 夕暮れの陽射しが差し込む場所。古びたコンテナが積み重ねられたそこは、煙突から立ち込める黒い煙や地面から巻き上がる埃のせいで、決して綺麗とは言えません。
 そんな中、私となのは様は距離を置いた場所にそれぞれ立ちながら、じっと睨みあっています。
 私達の二人の手にはデバイスが握られていて、周囲に漂う雰囲気はまさに一触即発。
 これは、私となのは様がお互いに譲れない気持ちを秘めたまま、ぶつかり合おうとするワンシーン。
 目尻を吊り上げると、なのは様も同じように睨み返してきました。
 なのは様の、いいえ、高町なのはの抱く譲れない想いとフェイトに対する気持ちが、よく伝わってきます。
「…………私が勝ったら、お話……聞かせてくれる?」
 なのは様の台詞。
 そしてそれに対するフェイトの答えは、沈黙。
 その沈黙を合図とし、あるいは返事とし、なのは様がデバイスを構え直してその身を突進させてきました。
 フェイト、あなたも受けて立たなくちゃ。
 私も戦斧型デバイスを振りかぶって駆け出していきます。
 そして両者の間合いがどんどん詰まっていった瞬間。
「ちょっと待てよぉっ!」
 私達の間に、黒いバリアジャケットを身に纏った少年が一人、立ちはだかりました。
「お前達が今ぶつかろうとしている相手、間違っていませんか? 本当に目の前の奴で間違いじゃないんですか? …………違ぁう! 違うだろう! 特にフェイト! お前がぶつかるべき相手は悲しい母と、明るい未来を塞ぐ“現実”言う名の壁じゃないのかよぉ!」
「はいカットォ!」
 そこでカチンコが鳴らされ、撮影はストップ。
 監督さん達の方に視線を向ければ、撮影が止められた理由はすぐに分かりました。
「クロノ君! 台詞が違うよ! こんな早い段階で二人に核心を突く様なこと言うわけないでしょ!」
「何!? そうだったのか!? …………ちっくしょぉー! この俺の登場シーンだと言うから、気合い入れてアドリブを挟んじまったよ!」
 そう言って自分のミスに対して大袈裟なリアクションを取っているのは、クロノ君です。NGを出したと分かった瞬間、両手で頭を挟み、のたまう様にしながら顔を顰めています。
 ああ、あんなに暴れると衣装が汚れちゃいそう。
「監督ぅ! 今のシーン、もう一度やらせてくれ! 今こそバシッとビシッと決めて見せっからよ!」
 その、何と言うか…………クロノ君がいると、現場がやたらと賑やかになります。
「フェイト、悪かったな、俺のせいでNGシーンにしちまってよ。今度こそ上手くやるからよ!」
 そう言ってクロノ君が不敵に微笑むのを見ると、彼の逞しさと言うか図太さと言うか、そういったものが感じられます。
 私が苦笑いを浮かべながら頷くと、クロノ君が今度はなのは様に顔を向けて、同じように一言。
「なのはも悪いな、申し訳ない! 次こそ決めて、観客共をガッツリと泣かせてやるからよ!」
 そんなことを言う彼に対してなのは様は。
「バカじゃないの!? ここは泣かすシーンじゃないし、クロノ君はもっとクールなキャラなのよ! ってかアンタうるさい!」
 なのは様から直球ど真ん中のダメだしです。
「クールだって?」
 鼻で笑うクロノ君。そして彼は言いました。
「なのは、お前はアイスクリームを目の前にしたら、どうする?」
「え? そんなの食べるに決まってるでしょう?」
「その通りだな…………俺は、そんなアイスクリームのようになりたいんだよ。いつまでも冷たいままで大事にされるくらいなら、熱く溶かされてドロドロになって消え去りたい。そしてそいつに笑顔を与えてやりたい」
「そんなの他所でやれ! ここでは“クロノ・ハラオウン”を演じなさいって言ってんのよ!」
「…………誰もが知っている姿になって、それで皆をホッとさせたいんですか? そんなものよりも、誰もが知らない姿を晒して、それで皆をアッと言わせたいとは思いませんか?」
「はぁあ!? バカかおめー!」
 なのは様、言葉が汚いです。
「映画ってのはなぁ、インパクトなんだよ! ビッグバンなんだよ! どでかい衝撃一発で、観客達の胸の中に無いものを作り出してやるのが映画の醍醐味なんだよぉっ!」
 クロノ君はどうやら熱ぅーい役が大好きみたいで、熱血漢を演じることに役者人生を賭けていると言ってもいいぐらいです。
 それに彼はアドリブが大好きで、いろいろなところで彼なりの熱い台詞を入れてきます。それ故に、NGシーンが一番多いのも彼の特徴です。
 そんな彼がこの映画において“クロノ・ハラオウン”という役を与えられたのは、神様の悪戯としか思えません。
 本物のクロノ君とは全く反対の人だと思うんだけどなぁ。
「じゃあテイク2いくよー!」
 あ、撮影が始まっちゃう! 
 私は再びなのは様と向き直って、演技を始めました。
 もちろん、撮影はなのは様との衝突直前シーンから。
「私が勝ったら、お話、聞かせてくれる?」
 なのは様の台詞に対して私が無言でいると、彼女の視線が私の視線とぶつかり合いました。
 よし、タイミングを合わせて。
 今だ!
 私となのは様がお互いのデバイスを構えて突進していきます。
 すると、その中央にはクロノ君の姿が…………無い!?
「あれ!?」
「えっ!?」
 私となのは様は突進を止めて立ち尽くしてしまいました。見合わせた顔は、お互いに口をぽっかりと開けた間抜け顔。
 何で? クロノ君がここで割って入らないといけないのに。
 私となのは様が同時に視線を動かすと、少し離れたところでコンテナに背を預けているクロノ君の姿が目に入りました。
 私達ばかりか、スタッフの皆さんも固まってしまい、現場が一気に静かになります。
「ク、クロノ君……?」
 なのは様が声を震わせながら一歩前に進み出ると、不敵に微笑んだクロノ君が、口を開きました。
「さあ、続けろよ」
「何を?」
「そんなお互いのことを気遣ったような目でぶつかり合うんじゃなくって、もっと熱くなるんだよ! もっともっと血を滾らせて熱くなるんだよぉっ!」
「…………は?」
「全力全開でぶつかり合うつもりなら、ワガママになったっていいんだよ! 自分勝手でもいいんだよ! そうやって周りが見えなくなるくらいに熱くならなきゃ、全力全開なんて出ないんだからさぁ! だからもっと熱くなれよおおぉぉぉぉっ!」
「はいカーット!」
 カチンコの音が響き渡った瞬間、クロノ君が駆け出して私達に微笑みかけました。
「うっし! 次のシーンも頑張っていこうぜ!」
 え、何その挨拶。まさかあれでオッケーが出るとでも?
 さすがに私も驚きを隠せません。今のはどう考えてもNGのはずです。
 案の定、休憩所でお茶を飲もうとしたクロノ君に監督が近づいていくと、しばらくしてからクロノ君が不思議そうな顔で戻ってきました。
 彼の不可解そうなその表情を見て、私には彼の言いたいことがすぐに分かりました。
「監督が、撮り直しだって」
「あたりめーだろ」
 やっぱり。なのは様につっこまれても、彼は全く気付いていないみたい。
「おかしいな。事情を知らない風な台詞に変えたつもりなんだけど」
 いや、それよりも台本どおりにやってほしいんだけどな。
 当然ながら、テイク3の始まりです。
 やっぱり撮り始めはここから。
「私が勝ったら、お話聞かせてくれる?」
 睨みあう二人がデバイスを構え、そして見合いながら駆け出した時。
「そこまでだぁ!」
「はっ!?」
 片膝を立てた姿勢から、ゆっくりと立ち上がるクロノ君。
 そして、彼は言う。
「…………時空管理局、執務官、クロノ・ハラオウンだ」
 うん! いい調子です! 
 台本どおり、クロノ君が名乗りを終えました。
 このまま順調にいけば、次こそオッケーが貰えるはずです。
 私達が動けないでいると、私となのは様の顔を交互に見やりながら、クロノ君が厳しい視線で続けます。
「さて……事情を聞かせてもらおうか」
 やった! 台詞もばっちりです! 
 ようやくこのシーンの撮影が終わりそうな予感が!
「だが、たとえその事情が何であろうと、俺はお前を応援してやるよ!」
 …………ん?
「執務官という立場上はお前達の前に立ち塞がらなくちゃいけないが、それでも心の奥では応援してやるよ!」
 なのは様の肩が震えています。
 やばい、きれるかも。
「お前達の障害となってやるからさ。お前らはそんな“俺”と言う名の障害を乗り越えるぐらい頑張れ頑張れ! 出来る出来る出来るさ! ネバーギブアップなのは! スタンダァーップフェイトッ!」
 その後、なのは様の握るレイジングハートがクロノ君の鳩尾にクリーンヒットして、クロノ君が起き上がれなくなってしまったため、結局このシーンの撮影は別の日になりました。



○吐く母
 クロノ君には本当に困ったものだ。あんな子が何で役者やってるのかしら? よく務まるものだわ。
 私は目の前に背を向けて立っているクロノ君を睨みつけた。
 でも今日は、悪いことばかりでもない。
 なんと隣にはユーノ君。邪魔者のフェイトちゃんだっていない。
 そう、今日はユーノ君と一緒に撮影の日なのだ。
「なのは、どうしたの?」
「え?」
「ちょっと顔が怖いよ」
 私が慌てて笑顔を作ると、ユーノ君は首を傾げながらも視線を前に向けた。
 危ない危ない。クロノ君に対する怒りがうっかり顔に表れていたみたいだ。
 私は緊張を解くように頬を軽くマッサージしてから、ユーノ君と同じように視線を前に向けた。
 今から始まる撮影は、次元航行艦アースラの中でリンディ提督と初対面するシーン。
 見てなさい。完璧な演技をして、監督やユーノ君の関心を一気に集めてやるんだから。
 カメラが回り始めた。撮り始めは、とある一室の中から。クロノ君を先頭にして、私とユーノ君が部屋の入り口を潜ったところから始まった。
 部屋の中に私達を導いたクロノ君が、静かな声で一言だけ言う。
「どうぞ」
 台本どおりの台詞と演技。やれば出来るんじゃねえかよ。
 怒りを密かに抱きながら、私とユー君は室内を眺めました。
 部屋の中には綺麗な桃色の花を咲かせた木があり、風情を感じさせる珍しい造りの池があり、赤い傘の下、赤い絨毯が敷き詰められた場所に、一人の女性が正座をしていた。
 彼女こそがリンディ・ハラオウン。クロノ君の母親役で、ベテラン女優さんだからスムーズな撮影進行が期待できる。
 ようやく気持ちにゆとりが出来るというものだ。
 撮影シーンは変わって、私とユーノ君とリンディさんの三人による、会話のシーンが始まった。あ、一応このシーンにはクロノ君もいる。ほとんど台詞が無いから良かったけど。
「私達管理局や保護組織が、正しく管理していなければならない品物…………あなた達が探しているジュエルシード――――」
 そこまで言ったリンディさんが、取っ手のないカップに入ったお茶を一口だけ飲んでから、唇を少し舐めた。
 さすがはベテラン女優の演技。台本どおりの完璧な演技だわ。
「――――あれは次元干渉型のエネルギー結晶体。流し込まれた魔力を媒体として、次元震を引き起こすことがある危険物」
 そう言いながら、リンディさんは小瓶の中から角砂糖を摘み、それを飲みかけのお茶の中に落とした。
 ここで私は小さく驚く。肩を動かし、目を見開いて小声を零した。
 すると、背後からクロノ君の声が聞こえた。
「君とあの子がぶつかった際の、振動と爆発。あれが次元震だよ」
 だから何で普通に演技できるんだよコイツ。
「たった一つのジュエルシードでも、あれだけの威力があるんだ。複数個集まって動かした時のエネルギーは、計り知れない」
 最初からそういう演技をしろってんだよテメエ。
「大規模次元震やその上の災害。次元断層が起これば、世界の一つや二つ、簡単に消滅してしまうわ」
 続いてリンディさんは、お茶にミルクを入れ始めた。
「そんな事態は防がなきゃ」
 リンディさんが湯飲みを手にして口元に持っていく間、私とユーノ君はじっと彼女を見た。
 湯飲みが傾けられ、リンディさんの口内にお茶が含まれた瞬間。
「ぶふぉっ!」
「うわっ!」
「きゃあ!」
「きたねえ!」
 リンディさんが吐いた。霧となった緑の液体が、リンディさんの苦しそうな表情から勢いよく噴出されたのだ。
 それから口を押さえたリンディさんは咳き込み、目に涙を浮かべていた。
 一体どうしたの?
「ちょっと! これ本物の砂糖とミルクじゃないのよ!」
 すると、現場にいる助監督が言った。
「え? そりゃあそうですけど」
「こんな甘ったるいもん飲めるかぁ! こういうのは普通でん粉とかで見せかけとくもんじゃないの!?」
「いやあ、監督がなるべく事実に基づきたいって言うから」
「ふざけんじゃないわよ! リンディ提督は本当にこんなの飲んでたの!?」
「取材もしたんで間違いありませんよ」
 リンディさんがハンカチで舌を拭いていた。
 あれ、やっぱり不味いんだ。
「テイク2いきまーす」
「くっそー! 太ってボディーライン崩れたら、訴えてやるんだから!」
 そして撮影が再開された。
 リンディさんとクロノ君によるロストロギアの説明がなされ、シーンはいよいよ例のお茶の場面に。
 リンディさんの両手がゆっくりと湯飲みを持ち上げると、何故だかその手は少し震えていました。
 そして、一口。
「ヴぁふぅっ!」
 やっぱり飲めない! これは厳しそうだわ!
 むせるリンディさんを見る私とユーノ君は、何も言葉を投げかけられないまま、じっとしていました。
 すると、クロノ君が近づいて来ました。
「リンディ提督」
「な、何かしら?」
「苦しいだろうなぁ。すっごい辛いっていうあんたの気持ち、よく伝わってくるよ。何で私ばっかりこんな目に遭うんだって、そう言いたいのもすごく分かるよ」
 どうでもいいが、俳優として大ベテランの彼女に対してもこの男はこうなのか。
「だからここでもう一回やろうぜ。もう一回経験すれば、今の苦しみや辛さってのは自分の中の当たり前になる。そうなれば、もう怖いもんは無いぜ!」
「もう一回飲むの? …………ウゴォッフ!」
 鬼か、こいつは。
 しかし、リンディさんにも意地があったのだろう。彼女はリタイアすることなく、その後も撮影はやり直された。
 何度飲んでも、彼女の中でお茶の苦しみや辛さが当たり前になる様子はない。
 けれど、撮り直し十三回目にして、リンディさんが遂に吐かなくなった。
 すごい! 女優魂!
 お茶を一口飲んだ後、彼女は最後の台詞を言い放つと、にっこりと微笑んだ。
「はいカットォ! オッケー」
 その言葉がスタジオ内に響き渡った瞬間、リンディさんはグッタリと倒れてしまった。
「リンディさん!?」
 駆け寄ると、彼女は口の端から緑色の液体を垂らしたまま、満足そうに微笑んだ。
「やってやったわよ。ふふふぅ…………うっぷ、くるしい」
 それでも、彼女の表情から満足そうな笑みが消えることは無かった。
 彼女はやっぱりすごいわ。本物の女優だわ。
 あなたは、もうこれ以上無いくらいの働きをしたのよ。誇っていいわ。
 私とユーノ君がリンディさんを介抱していると、クロノ君も嬉しそうに微笑みながら言った。
「すげえいいものを見せてもらったぜ! 感動したよ! リンディ提督!」
「あ、ありがとう…………でも、もう今年は甘いものなんて食べたくないわ」
「いやあ、本当に役者としての格の違いを見せてもらったぜ。負けてられないな…………よし! 今のシーン、俺自身の演技が納得出来ないから、もう一回撮り直そうぜ!」
「え?」
 そう言ってクロノ君がスタッフ達の方に走っていった。
 あいつに火がつくと、いつまで経ってもオッケーが出ないのに。
 本当にあいつは鬼かと思った。

 To be continued.



[28384] シーン04 出逢いは、戦い。
Name: 虹鮫連牙◆f102f39d ID:52ea1ab2
Date: 2011/07/24 01:38
○コンビ

「よっしゃ! すずか、タイミングはバッチシ頭に入った!?」
 アリサちゃんが気合に満ちた目で私を見てくる。同時に作った握り拳には、おそらく彼女なりの、ネタに対する自信が込められているんやろう。
「うん、入ったけど…………これ、ホンマにやるん?」
「当たり前やねーか! あたし達が何を目指しているのか、まさか忘れてしまんちゃうんか?」
 忘れたわけではない。いや、それ以前に、私は彼女と同じものは目指していない。
 きっかけは、私がアリサちゃんにとある映像データを見せてしまったことが原因やった。
 私の祖母は昔、第九十七管理外世界に暮らしていた。そして祖母は、故郷の文化である『マンザイ』というものが好きらしい。
 祖母がこの世界にやって来る時、故郷をいつでも思い出せるようにと持ってきたものがある。その内の一つが、祖母の好きなマンザイというものを記録した映像データ。
 それは先日のことやった。同じ芸能事務所に所属しているアリサちゃんと私は仲が良いので、同じ映画に出演出来ると決まった時は大盛り上がりやった。そしてあまりにも盛り上がり過ぎて、その日は彼女を家に招いてパーティーを開いた。
 その時に、ついつい見せてしまったのや。祖母が好きだと言うマンザイの映像を。
 そしたらアリサちゃん、マンザイがめっちゃ気に入ったみたいで、何度も何度も同じマンザイを見よる。翌日に事務所で芝居の練習をする時も、「演技よりもマンザイの練習しよ!」と言って、ツッコミの動きを練習しよる。どうやらその手の動きは、毎日千本稽古をしとるらしい。
 極めつけは、こないだのことや。
 私と顔を合わせた途端にでっかい声で、これまたでっかい夢を言いよったんや。
「二人でお笑い界の天下をとっちゃろーって約束したこと、忘れたかー!?」
「アリサちゃん、やっぱり私そんな約束した覚えないねんけど…………」
 彼女の夢はいつの間にか、私と彼女、二人の夢になっとった。
 これはアカン。そんな夢はアカン。
 私はごっつぅええ女になって、ええ芝居をして、ええ女優さんになりたいねん。そんでもってええ男捕まえてセレブになりたいねん。えらい高いソファーに座りながら右手に酒を持って、「こっちに来なさい」って、執事呼んどるんかペット呼んどるんか分からんような身分になりたいねん。
 アリサちゃんのことは好きやけど、アリサちゃんと同じ夢を追いかけることは出来ん。
 たとえ大事な友人の頼みでも、その夢に賛同することだけは許せんのや。
「ちょっとすずか!? あたしとの約束を忘れちゃったでっか!? ホンマでっか!?」
 ってか、さっきから彼女が使っている間違った関西弁が許せんわ。
 私かてばあちゃんの喋りを聞いて育ったからこんな喋り方なわけで、ばあちゃん以外の人と関西弁で話したことなんてない。だからあまり偉そうなことも言えんけれど。
「あたし達二人なら絶対にお笑い界の天下を取れるって! あたしがツッコミ! すずかがボケ! あたしのキレのあるツッコミを見せたりますでっかよ!」
「タリマスデッカヨってなんやねん!」
 私の喋りを付け焼刃で覚えているだけのアリサちゃん。もういい加減普通に喋ってくれへんやろうか。
「とにかく、ネタあわせしねんとアカンでまんがねん」
 もうそれ何語やねん。
「ほないくぜよー。まずはこのネタでござるでよ」
 だからそれ何語やねん!
 私とアリサちゃんは、楽屋のちゃぶ台に上って二人並んだ。
「はいどーもどーもーはじめましてー」
 手拍子とピースを交互に出しながら、アリサちゃんが明るく微笑んだ。
 しゃーない。少しだけ付き合ってやるか。そんでアリサちゃんの気が済んだら、今度こそ芝居の練習や。
「どうも皆さんこんにちはでっかー」
 こいつ、「でっか」って言いたいだけやろ。
「巷で噂のデラベッピン、月村すずかでございますぅー」
「へぇー…………そしてあたしが、アリサ・エクセリオンですぅ。はい拍手ー!」
 え、「へぇー」ってなんやねん! 食いつけよ! ツッコミやろが!
 しかし、アリサちゃんは気にすることなく両手を銃に見立てて客席を狙い撃った。
「お前のハートにエクセリオンバスター!」
 まさかそれギャグ? 持ちネタ? ウケるのそれ?
「いやー、最近暑くなってきましたよねぇ。すずかさんは暑さ対策、何かしでかしてるん?」
 お前ツッコミやろ? ボケるなや。
「そらぁしてますけどねー。でもいくら暑いからってだらしない格好は出来ないでしょう? だから」
「ぶふっくくくくっ!」
 え、今は笑うところちゃうで。ってかお前が笑うなや。
「どうされましたの? アリサさん?」
「デラベッピンって自分で言いよったプッククククク!」
 今食いつくなよ! しかもお前が考えたネタだよ!
「あたしって天才や」
 ネタ中やで! 自画自賛するなや!
「笑っとらんで、ツッコまなあかんよ!」
 本気で怒りそうになりながら言うと、彼女が言った。
「おおきに!」
 ちげえよ!
「もう、ネタの続きいくで…………だらしない格好は出来んから、上半身はピシッと着こなして、下はパンツ一丁で町に出ましてん」
「え、いつ?」
「ネタ中や! ツッコめ!」
「え!? ネタ中にパンツ出したの?」
「そうやないって!」
「何度くらい?」
「回数はどうでもええ! “なんでやねん”ってツッコまなアカンって!」
「何度やねん!?」
「だから回数はどうでもええねん!」
 こいつ、おちょくっとるんか!?
 本当にマンザイがしたいんか!?
 人のこと弄んどるんちゃうか!?
 たとえ二人の夢が違うものでも、アリサちゃんがお笑いで天下を取りたいと言った時の目は本気やった。
 私はその目の光を信じていたのに。
 こいつときたら!
「アリサちゃん! そんな半端な覚悟じゃ、天下どころか誰一人笑わせることなんて出来ないで!」
 その時。
「クククククククククッ…………」
「ええ!?」
 私ともアリサちゃんとも違う笑い声。
 視線を楽屋の中で走らせたけれど、どこにも人の姿はない。
 しかし、確かに笑い声は聞こえてくる。
 どういうことや? 一体この部屋に、私達以外の誰がおるっちゅーんや?
 もう一度耳を澄まして声の聞こえる場所を探ると、それは私達の足元から聞こえとった。
 ゆっくりと視線を降ろしてみると、
「ひぃっ!?」
 私達の上っているちゃぶ台の真正面に、茶を啜りながら私達を見上げて笑っとるエイミィさんがおった。
 私達は同時に悲鳴を上げてちゃぶ台から転げ落ちると、それから痛みすらも忘れて、壁まで全速力で後退していった。
「い、い、いつからそこにおったん!?」
「すずかぁーっ! お助けたもーれぇぇぇっ!」
 だからそれ何語やねん!
「ククククッ…………ひどいなぁ。最初からずっといたんだけど」
 マジで!? おっかないわ!
「私は好きだなぁ、二人のネタ……クククククッ」
「お、おおきに……」
「また見せてね…………ところで、二人ともそろそろ出番だよ」
 そう言ったエイミィさんは音もなく立ち上がり、滑るようにして楽屋を出て行った。足裏にタイヤでも付いとるんやろうか。摺り足の音さえしない。
 アカン。完全に腰が抜けてしもうた。
 私はエイミィさんの出て行った扉をじっと見たまま、固まってしまった。
 すると、アリサちゃんが震えた声で話しかけてきた。
「す、すずか……台本、まだ覚えてないよね。さ、撮影始まっちゃうよ?」
 こんな状態で撮影なんて出来るか。



○きっかけ

 今日の撮影は、私とすずかちゃんとアリサちゃんが学校で会話をするシーン。時の庭園から逃げてきたアルフに再会する直前のところだ。
 私とすずかちゃんとアリサちゃんの三人は、小学校の教室の中で、小さな机を囲むようにして席に着いていた。
 今は休み時間。
 私が魔法使いになったことで、少しだけギスギスしてしまった私達三人はようやく仲直りをして、お喋りをしているのだ。
「そっか。また行かなくちゃいけないんだ」
 アリサちゃんの問い掛けに、私は頷いて答えた。
「うん」
「大変だねぇ」
 心配そうなすずかちゃんの声が返ってくる。
 二人に対してもう一度、私は頷いて返事をした。
 しかし、元気のない姿を見せるわけにはいかないと、無理矢理気持ちを切り替えるように両拳を小さく掲げて、私は微笑んで見せた。
「でも、だいじょうぶ!」
 私の元気は二人を安心させるためのもの。そんな思惑はきっと二人にも見透かされているのかもしれない。
 それでも、私の強がりを良心的に汲み取ってくれようとしているのだろう。すずかちゃんが明るく訊いてきた。
「放課後は? 一緒に遊べる?」
 アリサちゃんはまだ無言だけれど、私の答えにきっと期待しているんだ。
 だから私は、笑みを強めて彼女の喜ぶ返事をした。
「うん、だいじょうぶ!」
 その答えを聞き、アリサちゃんが視線を逸らしながら言った。
「じゃあ、ウチに来れば? 新しいゲームもあるし……」
 内心では嬉しいんだろう。本当に頬が赤く染まるような、見事な照れ隠し。
 良かった。このシーンは問題なくオッケーが出そう。
 そう思いながら、私は台詞を続けた。
「わぁ! 本当!?」
 よしよし、台本どおり。
 そして、アリサちゃんが何かに気が付いたように、次の台詞を発した。
「あぁ……そう言えばね。夕べ、怪我している犬を拾ったの」
「犬ぅ?」
「うん。すごい大型で、毛色がオレンジで、見たことない種類」
 このシーンの撮影が終わったら、またフェイトちゃんでもからかいに行こうかな?
 あの子ったら、たまに私がいじめてあげないとすぐ調子に乗るんだもの。
 さあ、今日はどんな嫌がらせをしてやろうか。今から楽しみだわぁ。
「おでこにねぇ、こう……」
 そう言いながらアリサちゃんが前髪を捲った瞬間、
「…………は?」
 思わず声を発してしまった。
 だってアリサちゃんの前髪の下には、『次のネタが楽しみだよ』って書いてあるんだもの。
「アリサちゃん、それなに?」
「え?」
 私が指差すと、すずかちゃんが突然悲鳴を上げて震えだした。
「ひ、ひやぁあぁぁっ! エイミィさんやぁ!」
 続いて、鏡で自分の額を確認したアリサちゃんまでもが、悲鳴を上げてスタジオから走り去っていってしまった。
 何事かしら?
「あの、撮影は?」
 一応スタッフさんに訊いてはみたものの、答えは解っていた。
 なんてことかしら。これじゃあ撮影が進まないじゃない。
「原因はエイミィさんか」
 私はスタジオを抜け出し、楽屋へと向かっていった。
 エイミィさんには一回ガツンと言ってやらないとダメかもしれないわ。
 口論になるのも厭わない覚悟で、私は足音を廊下に響かせながら進んでいった。
 すると、向こうからフェイトちゃんがやってきた。しかも随分と機嫌が良さそうじゃないのよ。
「ちょっとフェイトちゃん?」
「あ、なのは様こんにちは! 撮影は終わったの?」
 私がフェイトちゃんのほっぺたをおもいっきり抓ると、彼女は涙目になりながらヒーヒー言い出した。いい気味だわ。
 ところで、あのエイミィさんは私も苦手なのよね。ちょうどいいからフェイトちゃんも連れて行こうかしら。嫌なことは全部この子に言わせれば、私には害もないだろうし。
「フェイトちゃん、ちょっと私ときてくれる?」
「いひゃいよー! にゃのひゃしゃみゃー!」
「お返事は?」
「ひゃいいぃぃいっ!」
 よし、手駒ゲット。
「ところで、何だかご機嫌ね。何かあったの?」 
 フェイトちゃんのほっぺたを放すと、彼女は頬を擦りながら言った。
「あ、えっとね、さっきユーノが台本の読み合わせを手伝ってくれたの」
 ユーノ君とですって? もう一回抓っとこう。
 私はフェイトちゃんとフェイトちゃんの泣き声を引き連れながら、再び楽屋に向かっていった。
 そして辿り着いた扉の前。扉の向こうには、この後撮影を控えているエイミィさんがいるはず。
 まずは念入りに打ち合わせをしておかないと。
「フェイトちゃん、今から私が言うことをよく聞いて覚えてね」
「ん? 何をするの?」
「あなたは考える必要なんてないの。ただ私の言う通りにすればいいわ」
「え、なんだか不安なんだけど…………」
「私は台本よ。あなたは台本どおりに演じればいいの」
「もしかして、演技指導?」
「もちろんよ」
「わぁ! じゃあ頑張るね!」
 ちょろい女だわ。
 私は彼女に台詞の全てを伝えた。その台詞の内容はと言うと、エイミィさんに対する撮影の邪魔をするなというきついお説教と、日頃の鬱憤を晴らすためにと織り交ぜた、ちょっと他人には聞かせられないような暴言。
 ふふふっ。これでエイミィさんがどんな顔をするのか、そしてフェイトちゃんがどんな目に遭うのか、二つも楽しみなことが待っているわ。
 こういうのを一石二鳥って言うのかしら?
 私はフェイトちゃんを扉の前に立たせたまま、ドアノブを掴んで扉を開く準備に入った。フェイトちゃんには、扉が開くのと同時に大声で台詞を叫びなさいと伝えてあるから、いよいよ私の計画がスタートするわ。
「じゃあいくわよ、フェイトちゃん!」
「はい! 頑張ります!」
 そして扉を勢いよく押し開いた瞬間。
「なのはちゃぁん!」
「ぎゃああああぁぁぁっ!」
 真っ暗な部屋の中、開いた扉の前に立っていたのは、耳元まで口角を吊り上げたエイミィさんだった。
「ククククッ…………そういうのは、一石二鳥とは言わないんだよぉ」
 改めて人間じゃねえ!
 扉が開かれた時、エイミィさんの顔をモロに見てしまったフェイトちゃんが、声を上げることも出来ないまま泣いていた。こりゃあトラウマになるかも。
 作戦は失敗だ。諦めて退散しようと私が背中を向けると、フェイトちゃんが私の足首に縋りつきながらまだ無言で泣いていた。
 仕方がない。連れて帰るか。
 その時。
「なのはちゃん、フェイトちゃん」
 エイミィさんに呼び止められた。
「な、何ですか?」
 文句でも言われるのかしら。
「この後二人のところに良いお話がくるから、断らずに受けたほうがいいよ……クククッ」
 良いお話? 何かしら?
 私は足から全然離れようとしないフェイトちゃんを引きずって、廊下を再び歩き出した。ってか重い。
 スタジオに戻ろうと進むと、向こう側から助監督が小走りでやって来た。
「あ、いたいた! 二人とも、ちょっといいかな!?」
「はい?」
「実はね、そろそろ二人には戦闘シーンの方もやってもらうことになっているんだけど」
 そう言えば、予定では来週から戦闘シーンの撮影が始まるんだっけ。
「戦闘シーンの演技をより良いものにするためにも、時空管理局の施設で研修を受けてみたらどうかなって」
 な、なんですって?
「実はね、管理局の支部が訓練施設の貸し出しを許可してくれたんだ。滅多に経験できることでもないし、どう? 行ってみない?」
 驚いた。本物の管理局施設に入れるなんて、本当に滅多にないことだ。
 答えはもちろん。
「是非行かせてください!」
「よかったぁ! フェイトちゃんはどう…………って、どうしたの? フェイトちゃん」
 フェイトちゃんは私の足にしがみ付いたまま、いつの間にか白目を剥いて気絶していた。
 何て言ったらいいのかしら。これはいつもの嫌がらせなんかを忘れてしまうくらいに、それこそ本心から思っているんだけど、さすがに気の毒だったわ。
「フェイトちゃん?」
「だ、大丈夫です! 彼女ッたら、嬉し過ぎて言葉もないみたい!」
 私は助監督と一緒になって、スタジオ内の廊下に笑い声を響かせた。

 To be continued.



[28384] シーン05 知りたいのは 瞳の奥の、その秘密
Name: 虹鮫連牙◆f102f39d ID:52ea1ab2
Date: 2011/07/31 02:50
○フライ・ハイ

「何を……しに来たの?」
 口の端から血を垂らしたプレシアママが、刺さるような目付きで私のことを睨みつけてきます。
 彼女に駆け寄ろうとしていた私は、苦しみながらも私を拒絶する彼女を前にして、思わず足を止めてしまいました。
「消えなさい。もう、あなたに用はないわ」
 声が震えていました。きっと、とても苦しいんだ。
 ママの体を支えてあげたい。それなのに、私はまだ一歩も動けない。
 だけど、何もしないわけにはいかないから、私はそっと言葉を紡ぎました。
「あなたに、言いたいことがあって来ました」
 それは、フェイトが母に想いを伝えるための大事な場面。その出だし。
「私は、あなたにどんなに嫌われても」
 緊迫したスタジオ内。
 悲しげなBGMが入る予定ではあるけれど、撮影中の今は全くの無音状態。
 そんな中で、禍々しい様相のセットの中央で、私とプレシアママの迫真の演技が繰り広げられているんです。
「どんなに邪険にされても」
 大切な、とても大切な場面。
 フェイトにとって、もっとも重要な場面なんです。
「ずっと……ママが好きです」
 そんなシーンの撮影なんです。
「カットォ!」
「え?」
 そんなシーンの撮影なんです。
 なのに、またNGを出しちゃったみたい。
「フェイトちゃん、“ママ”じゃなくて“母さん”だからね。間違えないように」
「あ、そっか…………ごめんなさい!」
 私はスタッフの皆さんに、深く頭を下げて謝りました。
 そして回れ右をして、今度はプレシアママにも一礼。
「すみませんでした」
 すると、プレシアママは優しく微笑んで言いました。
「いいのよ。フェイト、もしかして緊張しているんでしょう? 大事なシーンだものね。でも、リラックスしてね」
「は、はい!」
 すごく優しいです。
 プレシアママは私が憧れる女優さんの一人です。
 演技も上手で、人柄も良くて、スタッフの皆さんや同じ役者仲間からも好かれています。
 いつか彼女のような女優さんになりたいというのは、私の密かな夢だったりするんです。
 そんな人との共演。私にとってはもの凄く嬉しいことで、それこそ本当に胸がドキドキしちゃって、この緊張はもしかしたら撮影に挑む心構えよりも大きいかも知れません。
 それなのに、私ったらNGを出しちゃいました。
 いけない、いけない。きちんとやらないと! 
 両手の平で頬を叩いてから、私は元気よく「もう一度お願いします!」と声を出しました。
 そしてテイク2が始まりました。
 今度こそ、憧れの人との共演シーンを完璧なものに仕上げなくっちゃ!


 撮影が終わって、スタジオ内の休憩所でジュースを飲む私。
 結局、あの後プレシアママとの共演シーンにオッケーは出ませんでした。
 何度も何度も同じシーンを撮り直したんですけど、上手くいかなかったんです。
 原因は私です。やっぱり、どうしてもフェイトの気持ちを上手く演じられないようで。
「どんなに嫌われても、どんなに邪険にされても…………ずっとママが好きです、かぁ」
 台本に書かれていたこの台詞、素敵だと思うんだけどなぁ。
 台詞が悪くないということは、台詞を言う私自身にやっぱり問題があるのだと思います。
 何だろう、その問題って。
「ちょっとフェイトちゃん!?」
 突然、右のほっぺたがぎゅうーっと抓られました。
「ふひゃぁーっ! いひゃいよー!」
 なのは様です。もはやほっぺた抓りは挨拶になっているとしか思えません。
 なのは様が言いました。
「明日から始まる管理局支部での空戦技術研修の準備は出来ているの?」
「ひゃふひぇひぇまひはー!」
「何言ってるのか全然わかんない!」
 だからってもっと強く抓ったら言えない!
 ところで、すっかり忘れていました。もうすぐ私となのは様のバトルシーンが始まるということで、明日から時空管理局の訓練施設をお借りして、実際に詮議教導を受けることになっているんです。
 昨日は夜遅くまで台本を読み込んでいたから、うっかりしていました。
 ようやくほっぺたが解放されると、私は涙目をなのは様に向けながら、「忘れてました」と改めて言いました。
「まあ! 何をしているの!? じゃあすぐに支度しなさいよ!」
「うん、そうします!」
 私が楽屋に戻ろうとすると、
「ちょっと待ちなさい!」
 なのは様が引き止めました。
「なに?」
「フェイトちゃんったらどうも気持ちがたるんでいるみたいだから、少しだけ引き締めてあげるわ」
 え! 遠慮したい!
 私はすぐにほっぺたを隠しながら、「だ、大丈夫です!」と断りました。
 しかし、なのは様は見逃してくれません。
「だめよ! 明日フェイトちゃんが何かしでかしたら、私にだって迷惑がかかるのよ。今のうちにきちんと直しておかないと」
 一体何をするんだろう。
 嫌がる私の腕を引き、なのは様が休憩所のソファーに座らせました。
 そして彼女も隣に腰をおろします。
 こ、怖いです。なのは様の鬼のような教導が始まると言うのでしょうか?
「フェイトちゃん、明日私達が行くところがどんなところだか解ってるの?」
「えっと…………時空管理局の第三地上支部……です」
「そういうことじゃなくって! 時空管理局は治安を維持する組織なのよ。内部には、それはとても厳しい取り決めとかがあるの。そういうのを全く知らないで行っても、厳しい指導が待っているだけよ!」
 ええ! それはそれで怖いです!
 なのは様に抓られたりするのも怖いのに、管理局員のこわーい人とかに怒られたら、きっと私泣いちゃいます。
「私が管理局員の規律とかを少し教えてあげるわ」
「本当!? ぜひお願いしますぅ!」
 なのは様ったら、何だかんだで優しいんだな。
 いつも抓ってきたりするけれど、ここぞという時は本当に頼りになります。
「じゃあまずは一つ目ね。管理局員の間では、応答の返事をする時に特殊な暗号を使うのよ」
「暗号?」
「そう。了解の時は“オールライト!”。拒否の時は“イエッサー!”だからね」
「え、それって両方一緒じゃない?」
「何を言っているのよ。暗号だって言ったでしょう? 例えば、敵に仲間とのやり取りを聞かれたときのことを想定しているのよ。とりあえずはいはい返事しているだけのバカヤロウだって思わせて、敵を油断させるという意味があるのよ」
 あれ? でもそれじゃあ。
「…………バルディッシュはいつも“イエッサー”って返事してるけど?」
「フェイトちゃんったら…………暗号だって言ってるでしょ? フェイト・テスタロッサがバルディッシュに向かって指示を出すけれど、彼は別に了解してないの。本当は“え? やるんすか? マジだりー”って思ってるってことよ」
「そうなの!?」
「バルディッシュは結構ワガママなのよ。知らなかったの?」
 でもそれだと、レイジングハートは“はいはい返事しているバカヤロウ”になるかも知れないけれど、そうなのかな?
「じゃあ次いくわよ? …………空戦魔導師ってのはね、空を飛ぶときはツインテールを両手で掴んで、プロペラのように回さないといけないのよ」
「ええ! だってそんな局員さん見た事ないよ!?」
「何を言ってるのよ。高町なのはもフェイト・テスタロッサも、立派なツインテールじゃない」
「そ、それはそうだけど!」
「フェイトちゃん、私達の見ている姿ばかりが管理局員の全てではないの。彼女等は陰でもの凄く努力しているの。ツインテールを回すことによって、魔力が噴出して推進力となるんだから。方向転換の時は左右の回転数を調節してね」
 初めて知りました。じゃあ空を飛べる管理局員さんって、みんなツインテールなのかな。しかも腕力ありそう。
「男の管理局員さんも?」
「男性はまた違うの。屁で飛ぶから」
 魔法は尻から出る疑惑!? クロノ君やユーノはきっと大変なんだろうな。
「そして三つ目。空を飛んでいる時は、周囲に気をつけないといけないの」
 そうだよね。空では自分の周り、三百六十度全ての方角に気を配らないといけないんだもの。
「だから、飛行中は常に自分の存在を周知させるように言葉を発し続ける必要があるのよ」
 これはとても納得出来る話だ。これより前の二つはまだ確証が持てないけれど、これに関しては正しいと思う。
 なのは様ってなんでも知っていてすごいな。
「さあ! じゃあフェイトちゃん、さっそく練習よ!」
「はい!」
「楽屋まで、飛行魔法発動中だと思って行きなさい!」
「オールライト!」
 私は金色のツインテールを両手で掴んで、先端をプロペラに見立てて振り回しながら、
「ただいまフェイト、飛行中です! ただいまフェイト、飛行中です!」
 と、言い続けながら楽屋まで走った。
 これで、明日からの研修もバッチリ!



○足りないもの

 今日は撮影があまり上手くいかなかった。
 監督に理由を聞いてみたら、どうやらフェイトの演技があまり良くないということだったみたい。緊張していたのかしら?
 私がもう少しフェイトのことを考えて、気遣ったフォローが出来れば良かったのに。
 まだあんなに若くて、将来有望な子なんだもの。この映画での役が初めてのメインキャストとも言っていたし、これを機に大きく成長してほしいものだわ。
 それにしても、私のことを“プレシアママ”だなんて。きっと、本当はずっと甘えん坊なのかしら。可愛らしいわ。
「あ、あの!」
 突然聞こえた声。誰かしら?
「プレシア! お隣に座ってもよろしいでしょうか!?」
 声がした方に顔を向けると、そこには私の使い魔役であるリニスがいた。
「あら、リニス。どうぞ。一緒に休みましょう」
「押っ忍! し、失礼しまっすっ!」
 この子、リニスはまだ役者としての経験が少ないみたい。だからなのか、撮影の時も常に力み過ぎている気がする。NGも少なくない。たぶん、自分はまだまだ未熟だからという負い目があるのかも知れない。
 でも、実は私は彼女の演技が好きだ。役に対してとっても真面目と言うか、台本の中のキャラクターを確実にものにしようとする頑張り屋さんなところが好印象だ。メインキャストではないけれど、出演者の中で彼女の台本が誰よりも汚れていてボロボロだから。
「わ、私もお茶をいただいてよろしいでしょうか!?」
「ええ、どうぞ。まだいっぱいあるわよ」
「あ、あ、ありがとうございますぅっ!」
 硬い。何でこの子はこんなに硬いのかしら。
 休憩所には私と彼女の二人っきり。もしかして、私が緊張させてしまっているのかも。
「ねえ、リニス?」
 こんな時は何か話題を振って、彼女の気持ちをほぐしてあげないと。確か彼女はこの後も撮影を控えているはずだから、今のうちだ。
「はっ! ウップ…………! はい、何でしょう!?」
 何か話しかけるつもりだったが、彼女がポットの中のお茶をひたすら飲み続けているものだから、振るべき話題を忘れてしまった。
 そんなに喉が渇くかしら?
「…………飲み過ぎじゃない?」
「いや、プレシアが“まだいっぱいある”と仰りましたので!」
 全部飲めとは言ってないんだけど。
「く、苦しいでしょう?」
「いや、お気遣いなく! 頑張りますから!」
 だから飲まなくていいのに。
 本当に素直で真面目な子なんだろうけれど、どうも空回りな気がするわ。
 ここは一つ。私が何とかして彼女を落ち着かせなくちゃ。
「リニス、お茶はもうそのくらいにして」
「あ、はい! すいません! 次はコーヒーにしましょうか!?」
 いや、そうじゃなくって。
「もう飲み物は要らないんじゃないってことを言ってるのよ」
「はっ! す、す、すいませんでしたぁ! 確かに数日間ならもつと思いますです、はい!」
 いや、ずっと飲むなってわけでもないんだけど。
「リニスったら…………本当に真面目というか」
「それだけがとりえですから! ウッス!」
「もうちょっとリラックスしてみたら?」
「薬物ですか? ラリってみるのはちょっとさすがに!」
 危ない危ない!
「肩の力を抜きましょうってことよ」
 すると、彼女は「かしこまりましたぁ!」と言いながら両腕をだらりと垂れ下げた。
 そうそう、そんな感じで肩の力を抜いて。
 でも、眉がすごい吊り上っている。
「か、顔も力を抜いてみたら?」
「こうですか!?」
 顔はすごいふやけたけれど、今度は下半身がプルプル震えている。ってか太腿がめっちゃ張ってる。
 ある意味で器用だわ。
 どうしてかしら? 全然リラックスできないみたい。
「…………もしかして、私といると緊張しちゃう?」
「はいっ! ……あ、いえ…………はいっ!」
 結局肯定だわ。
 ダメね、私は。新人の子一人落ち着けることも出来ないなんて、ベテラン女優だなんて言われるけれど、ただ長く役者をやっているだけのようだわ。
 私は席を立つと、彼女に優しく言った。
「私、向こうで休むわ。ごめんなさい、気を遣わせて」
「あ、いや! 違います! そういうわけではないんです!」
「え?」
 返した踵をもう一度戻すと、リニスが顔を真っ赤にしながら、だけど真剣な眼差しで言った。
「…………あ、憧れなんです! プレシアが!」
「憧れ?」
「はい! プレシアみたいな役者さんになりたいって思ってて、だから劇団にも入りました! 今日はその…………休憩でご一緒出来たのが嬉しくってつい!」
 なんだ、そういうことだったのか。
 私はリニスの隣の席に戻り、座り直した。 
 嬉しい。こうやって後輩が慕ってくれることはたまにあるけれど、こんなに真っ直ぐと気持ちを伝えられると本当に嬉しい。
 思わず顔を赤らめてしまいそうになる。
 そう言えば、たしかフェイトも私に憧れてくれているんだっけ。
「まるでフェイトみたいね」
「私がですか?」
「ええ」
 そう返事して微笑むと、彼女は大きく手を振って言った。
「全然違いますよ!」
「そう?」
 彼女は大きく頷きながら言った。
「今日、プレシアとフェイトのシーン撮影を見学させてもらいました。私から言うのもなんですが、はっきり言ってフェイトの演技はあまり良くなかったです。彼女らしくないなと、そう感じました」
「フェイトらしくない、とは?」
「プレシアみたいな演技ではなかったということです」
 リニスの言葉を聞き、私はフェイトに足りなかったものが何か、分かった気がした。
 それは、私が役を演じる時に気をつけていること。心掛けていること。
 私に憧れていると言ってくれるリニスだから、私に憧れているというフェイトの演技についても分析することが出来たのだろう。彼女はおそらく正しい。
 明日からフェイトは管理局の施設に研修に行く。そして帰ってきたら、また撮影が始まる。
 例のシーン、彼女は足りないものをちゃんと見つけて再び挑めるのだろうか。

 To be continued.



[28384] シーン06 信じたい想い 信じている想い
Name: 虹鮫連牙◆f102f39d ID:52ea1ab2
Date: 2011/08/21 18:06
○デバイス

 こんにちは。私、アンナ・クアンタ、九歳です。
 突然ですけれど、私は今、あるところに来ています。
 今、私達の歩いている場所は、綺麗にお掃除されて手入れの行き届いた廊下。それでも落としきれない細かな黒ずみや汚れが、少しだけ年季も感じさせます。
 途中で幾つもの部屋の前を通り過ぎて、建物の奥深くへ。
 時々すれ違う人達は皆お揃いの制服をピシッと着こなしていて、私達とすれ違う度に、私達の先頭を歩く人に対して敬礼を欠かさず行なっています。
 胸がドキドキしちゃう。だってすごく緊張してしまっているから。
 その緊張は、私達の案内役の人がとても貫禄に満ち溢れているから?
 それとも、ここにいる人達から発せられる凛々しさと厳格な姿勢に気圧されているから?
 緊張の理由は、たぶん、きっとその両方に私達が包まれているからだと思います。
 案内役の人に連れられて廊下の端っこまでやって来た私達は、更に自動ドアを潜り抜けてから階段を上りました。
 上りきった階段の先には、映画の撮影でも使われる箱型の、でもそれよりもっとずっと大きな部屋。高い天井と、銀色のプレートが敷き詰められた平らな床がありました。
 まるで、すごく大きなセットのようです。
 そして、案内役の“教官さん”が言いました。
「ここが、“第三地上支部の屋内訓練室”です」
「ほわぁ…………」
 思わず声が出てしまいます。でも、それは隣にいるなのは様やユーノ、クロノ君も一緒でした。
「部屋の四方は全て衝撃緩和魔法(ホールディングネット)を発生させることの出来る装置が埋め込まれています。また、床面は全面に空間シミュレータを敷き詰めているので様々な地形を再現することが出来、簡単な陸戦訓練も可能です。まあ、屋外にも訓練設備がありますので、よく使われるのはそっちの方ですね。ここは主に、飛行訓練を始める、もしくは始めたばかりの魔導師達に利用されているんですよ」
「すごぉい! これが本物の管理局よ! すごいでしょ、フェイトちゃん!?」
「うん! すっごーい! ひろーい!」
 私はなのは様と一緒になって大はしゃぎしてしまいました。
 だって一般の人ではまずお目にかかれない、本物の管理局の訓練施設を目の当たりにしたんだもん。こんな経験、きっと今回を逃したら二度と出来ないかも知れません。
「では、この子達をよろしくお願いします。戦技研修が終わった頃にまた来ますんで」
 私達と一緒にやって来ていた助監督が、そう言って部屋を出て行きました。
 そうなんです。実は、私となのは様、ユーノにクロノ君の四人は、今日から三日間、この時空管理局第三地上支部で戦技研修を受けるんです。来週からは映画の撮影にも本格的に戦闘シーンが入ってくるので、そのための準備というわけです。
 ああ、楽しみだなぁ。私、本物の高町なのはやフェイト執務官みたいにカッコイイ魔導師を演じられるかな? ううん、演じるんじゃなくて、本物の魔導師になるってぐらいの心構えじゃないと。
 よし! 頑張るぞぉ!
「では、さっそく始めたいと思います。みんな、よろしくね」
 教官さんはとても優しそうな人でした。口の周りに髭をモジャモジャと生やした人で、ガッチリとした強そうな体をしているのに笑うと何だかワンちゃんみたいでホンワカする人です。怖そうな人じゃなくて、ちょっと安心しました。
 そんな教官さんが、右手を開いてしばらく固まりました。
 すると。
「うわ!」
「おおっ!」
 突然何も無いところから杖が現れて、それを教官さんはキャッチしてから軽く振り回したんです。
 かっこいい! 魔法みたい!
「私知ってるわ! それって“デバイス”って言うのよ!」
 なのは様がそう言うと、教官さんが笑いながら「正解。ちゃんと勉強してきたんだね」と言って褒めました。
 ところで、私達もちゃんとデバイスを持ってきたんですよ。研修で汚れちゃいけないから衣装は着てきてないけれど、撮影で使うデバイスは監督が「持っていってもいいよ」って言ってくれたんです。
 なのは様が自分のデバイスを掲げました。
「私はレイジングハートォ!」
「そうだね。それは高町教導官のデバイスだよね」 
 なのは様ったらまた褒められてる。いいなぁ。
 でも、私だって勉強してきたもん。
「わ、私のは生意気バルディッシュ!」
「生意気?」
「はい。バルディッシュはいつも、暗号で“イエッサー”としか返事しないから」
「…………どういう意味かな?」
 こないだなのは様に教えてもらったことが役に立ちました。
 えっへん! 私だって!
「おお!? お、お、俺のなんか! 俺のなんかその昔、世界を七日間焼き尽くしたとされる、邪神の力を宿したデバイスだぞ! しかも七人の英霊達が封印魔法を七つかけていて、選ばれし者の手によってそれを一つ一つ解き放った時、真名を呼ぶことで封じられた力が完全解放され、手にした者は悪魔に魂を吸い尽くされるまで無限に血の雨を降らせるという恐ろしい力を秘めていて、でもそれを扱うには何にも屈しない精神力と、世界を守るという折れない信念と、もう誰も泣かせたりはしないという誓いを胸に抱いた俺の名前はクロノ・ハラオウンだあぁぁっ!」
「…………それ、量産機のS2Uって言うんだ」
 クロノ君ったら。あれで十五歳なんだもんな。
「ぼ、僕は、僕は…………僕は、デバイス持ってないから…………たぶん、そんなにすごい魔導師じゃないのかなって……ははっ、なんか…………皆が羨ましいって言うか…………」
「…………い、いや、ユーノ司書長だってすごいんだよ? 元気出して!」
 ユーノったら。あ、泣いちゃってる。
 とにかく、私達はこれから厳しい、のかな?
 いや、とにかく! これから戦技研修を受けるんです。
 ちゃんとご挨拶しなくっちゃ!
「よろしくお願いしまーす!」



○浮遊訓練

 教官が私にデバイスを向けながら、やんわりとした口調でアドバイスしてくれている。
 私はそのアドバイスに従って、空中で広げた両腕に加える力を調節しながら、姿勢を保つことに集中した。
 視線を下に向けると、浮いている私を見て口をぽっかりと開けているフェイトちゃんがいた。なんてマヌケな顔なのかしら。後でつねって引き締めてやらないと。
 更に隣にはユーノ君がいて、浮遊魔法を目の当たりにした興奮からか、目をキラキラさせながらフェイトちゃんに話しかけている。もう! フェイトちゃんなんかどうでもいいじゃない!
 二人の背後では、デバイスを手にしたクロノ君が一生懸命カッコイイポーズの練習をしている。ちっとは教官の説明聞いてろよ。あいつマジでぶっ潰す。
「いいかい? 姿勢制御の基本は脱力。力を加えてバランスをとるのもいいけれど、極力身体の末端だけに力を入れるようにね。腕や腿など、身体の大きい場所では、バランス調節が難しいから」
「こ、こうですか!?」
「いいよ、上手だ。では一旦降りようか」
 そう言って教官が翳していたデバイスを下ろすと、私の体もゆっくりと着陸した。
 空を飛ぶって気持ちがいいわ。空戦魔導師の人達って、いつもこんな気持ちで空を飛んでいるのかしら。
 私は教官の操る魔力で体を浮き上がらせてもらっただけ。それなのに、なんだかすごい汗を掻いちゃった。
 でも、すごく楽しい。
「じゃあ次の子、いこうか」
「は、はい!」
 フェイトちゃんが前に出た。すっかり緊張しちゃって、ガッチガチじゃない。かっこわるーい。
 あ、そうだったわ。
「フェイトちゃん」
「何? なのは様」
「こないだ教えてあげたこと、忘れちゃだめよ?」
「あ、うん! もちろんだよ!」
 バカな子ね。
 フェイトちゃんが教官の前に立つと、教官は私の時と同様に、足元に薄い黄色の魔法陣を展開した。
 すると、フェイトちゃんの体がゆっくりと浮き上がり始めた。
 なるほど。人が浮き上がる姿はこんな風に見えるのか。自分の時は姿勢制御をしなくちゃって焦っていて、感動している場合じゃなかったし。
 私は口をぽっかりと開けたまま、フェイトちゃんの体を視線で追いかけた。
「わっ! うひゃぅっ! 浮いてるよぉー」
「怖がって目を閉じちゃ駄目だ。前を見てごらん、全然怖くないよ?」
 全身をブルブルと震えさせて、しかも両手両足がカエルみたいに縮こまっちゃって。
 情けないわ。あんなんでフェイト役が務まるとでも思ってるのかしら。
「フェイトちゃん!?」
 私は大きな声で呼んだ。
 すると、彼女ははっとしたように目を開けて、自分のツインテールを両手で掴み取り、弱々しく回し始めた。しかも手足は縮こまったままだ。
「…………ありゃあなんだ?」
「ぶふぅっ!」
 本当にやっちゃってるよ、あの子!
 思わず吹き出してしまった。だって教官の唖然とした顔があまりにも面白くって。
 しかも、フェイトちゃんったら歯をがちがちと言わせながら唇を尖らせた。
「フェ、フェイト飛びます……フェイト飛びます飛びます」
「た、楽しそうだね」
「ヴぁふぁっふぅっ! …………グッククフフフ!」
 堪えきれない。ユーノ君ったらすっかりどん引きしちゃってる。
 そしてクロノ君は。
「なるほど…………そっか、回せばいいのか」
 メモ取ってる! おめえはそういうところだけ真面目に見てんじゃねえよ!
 もうやんなっちゃう! この人の一生懸命はどこかベクトルが違うのよ!
 そんなことよりもフェイトちゃんはどうしたの?
 フェイトちゃんは、教官の手によってゆっくりと着陸した。
 そして真っ先に私の方に駆け寄ってきた。
「ど、どうだったかな? 私も上手に飛べたかな!?」
「ぷっくくくくく……ま、まあまあ良かったんじゃない? ぶっふふふう!」
「やったー!」
 フェイトちゃんがガッツポーズをした。ダメ、堪えないと。
「次の子は誰かな?」
「おう! 俺だぁ!」
 出たよ、問題児。
 私はため息を一つ漏らした。
 大体今回の戦技研修に何でクロノ君がいるのかしら。彼なんて脇役でしょう? ユーノ君だったらまだしも、あいつはそんなに見せ場もないんじゃないの?
 と、思ったんだけれど、残念ながら戦闘シーンもあるみたい。ちょっとだけだけどね。
 彼はフェイトちゃんとは対照的に、緊張の色なんて微塵も感じさせることなく、堂々とした足取りで進み出ていった。
 自信だけはあるみたいね。
「よし、じゃあ浮かせるからね。いくよ?」
「いくぜぇ! 星になったお前に届くくらいまで、ぶっ飛んでやる!」
 頭がぶっ飛んでるよ。
 クロノ君の両足が地面を離れた。ゆっくりと、彼の視線が私達よりも高くなっていく。
 なんだか見下ろされているみたいでムカツクわ。
「はああああ」
「え?」
 クロノ君が、突然両足を胸の位置まで抱え込み、手にしていたデバイスを自分の真下で回転させ始めた。
「な、何をしているんだい?」
「はあぁぁぁぁぁぁぁ」
 教官の言葉に返事をする余裕もないかのような、真剣な表情。
 もしかしてあれって、プロペラのつもりかしら。
「はああぁぁぁあぁぁぁあぁぁぁぁぁ!」
 回転速度がどんどん上昇していく。
 何してるのかしら。自分の力で飛んでいるわけでもないのに、あんなにも真剣な眼差しで、一心不乱にデバイスを回転させているわ。
 額に汗を滲ませながら、クロノ君は尚も回し続ける。
 流れる汗は顎に溜まり、雫となって落ちると、真下で回転するデバイスに打ち砕かれた。
 そして次の瞬間。
「はああぁぁぁってあ!?」
 回転する勢いをそのままに、クロノ君の両手から汗で滑ったデバイスが離れて飛んだ。
「んぐおっ!」
 そして飛び出したデバイスは教官の股間に真正面からヒットしたようで、私とフェイトちゃんは思わず目を背けた…………ふりしてばっちり見ていた。
 うずくまる教官と、魔法が突然解けて落ちるクロノ君。
 床に倒れた二人に、ユーノ君が駆け寄った。
「まったく困っちゃうわ。ね、フェイトちゃん?」
「う、うん…………男の人ってあんなに大事なものが飛び出てるんだもん。困っちゃうよね」
「…………まあね」
 十分ほどの休憩をとった後、再びクロノ君の浮遊訓練が始まった。
 哀れなことに、教官は氷袋を股間にあてがい、椅子に腰掛けたまま魔法陣を開いた。あまりカッコ良くないわ。
 しかし、教官が魔法を発動するよりも早く、クロノ君が手を突き出して教官を制した。
「ど、どうしたのかね?」
「あんたの助けは、要らない」
 は?
「どういうことだい?」
「あんたの魔法無しで飛んで見せるさ」
「…………いや、それはねぇ」
 無理に決まってるじゃない! 何言ってるのかしら!?
「君、魔導師ではないだろう? だから」
「だが、さっき一度浮遊してみて、何となく感じは掴めたよ」
 掴めてねえよ。第一あれは自力で飛んでたわけじゃないんだし。
 駄目だ。この人本当にアホだ。
 絶句する私達の目の前で、教官の言葉に対するクロノ君の空回りした熱意が返されていく。
「君……だって飛び方を知らないだろ?」
「頭には知識はある。あとは訓練と、回す練習と、回すスピードの問題だ」
「そうじゃなくって! 基礎すら出来ていないのに」
「解ってる。基礎の基礎が怖いって言うことを、俺はちゃんと知っている」
「いや、根本的な問題がね……」
「問題点を、どう解いていくかということが」
「そういうレベルじゃないんだよ!」
「その通り……俺の目標は、平均点などではなく…………満点だ」
「待ってくれ。私の話を聞いてるかい?」
「魔法なんて技術なんだ! こんなことやれば誰だって出来るようになる!」
「そんなことはないぞ!? ちゃんと基礎から積み重ねてやらないと」
「じゃあいつやるか…………今でしょ!」
 ああ、こうしてこいつのせいで貴重な時間が削られていくのかしら。
 結局、この日の研修は最後まで、二人の妙ちくりんなやり取りで終わってしまった。

 To be continued.



[28384] シーン07 迷うことない視線の先に、浮かぶ答えは「一つ」だけ
Name: 虹鮫連牙◆f102f39d ID:52ea1ab2
Date: 2011/08/23 23:06
○遭遇
 
 私は施設内の休憩所で缶ジュースを飲んでいた。管理局施設の自動販売機って何だか味気ない飲み物ばかりのような気がするけれど、この地上支部だけかしら?
 戦闘シーン撮影のために時空管理局から戦技研修を受けるという理由で、私達主要キャストが第三地上支部にやって来てから今日で二日目。
 昨日の研修は、あの忌々しいクロノ・ハラオウンのせいで台無しになっちゃった。貴重な研修の時間を潰すだなんて。私があいつを潰してやろうかと本気で思ったわ。
 でも、研修二日目となる今日は結構順調だ。クロノ君も自力では飛べないということをようやく分かってくれたみたいだし、教官の指導による航空制御技術の指導は滞りなく進んでいる。
 フェイトちゃんも私の教えが嘘であることに気が付いたみたいで、「なのは様ひどいよぉ」なんて顔を真っ赤にしながら言っていたっけ。ざまーみろだわ。
 映画の撮影では、空中戦はCG技術とワイヤーアクションが使われるわけだけれど、それでもここで教わる飛行時の姿勢や戦法理論はとても役に立つし、面白い。
 もし役者の道を歩んでいなかったら、私は管理局員になりたいなと思う。
 まあ、役者以外の道なんてこれっぽっちも望んでいないんだけど。
 さて、そろそろ休憩も終わり。皆のところに戻らないと。
「あの……」
「はい?」
 背後から突然声を掛けられたので振り向くと、そこには、一人の管理局員さんが立っていた。
 丁寧に着こなした管理局の制服。その服越しからも分かる体のラインは、少し華奢のようで、でも凛とした佇まいは何となく逞しい。加えて女性らしさがはっきりと分かる起伏も羨ましいくらい。
 そして、腰まで真っ直ぐに伸びた金色の髪と優しそうな目が綺麗で魅力的だった。
 素敵な女性だなぁ。
「あなた、もしかして局員なの?」
「いえ、違いますけど」
 少し驚いた様子で訊いてきた彼女は、私の答えを聞くと「そっか、そうだよね」と微笑んだ。
 何かしら。確かに子供が管理局員なわけないだろうけれど、でも不要に子供扱いされた気がする。
 少し不機嫌になった感情を隠す気にもなれず、私はそっぽを向きながら言った。
「何ですか? 子供がここにいたらいけないんですか?」
 私の態度から何かを感じ取ったのか、彼女は苦笑いを浮かべながら弁解をした。
「ううん、そんなことないよ。ただ…………何と言うか」
「だから何ですか?」
「私の友達もね、あなたぐらいの時に管理局と関わり始めたから。それでいて、あなたがその友達に似ているの。髪形とかね」
「…………え? それじゃあ、お姉さんのお友達は、子供の頃から管理局員だったんですか?」
 彼女は私に少しだけ近づきながら頷いた。
「正確には、もうちょっと大きくなってからだけどね」
 知らなかった。管理局員って、私と同じくらいの年齢の子もいるんだ。
 これは良い事を聞いたわ。私の演じる高町なのはだって、あんなに小さいうちから本編中で管理局員と関わるんですもの。
 管理局のことを何も知らない子供が、高町なのはを演じろと言われても難しいかも知れない。けれど、私ぐらいの年齢の子が管理局とどのように関わっているのかを知ることが出来れば、きっと高町なのはのことだって、誰よりも理解出来るはず。
 そのためにも、このお姉さんの友達と言う人をもっとよく知りたい。
「あ! あの!」
「ん? なあに?」
「もしよければ、少しお話を聞かせてもらえませんか!?」
 忙しいかな? 私にかまってる暇なんてないのかな?
 私が懇願すると、彼女は笑いながら休憩所のソファーに腰をおろした。
「いいよ。隣に座って」
 やった! 話が聞ける!
 私は飲みかけのジュースを両手で握り、彼女の隣に腰を下ろした。
 座ってみると、座高の違いが私と彼女の年齢差を感じさせる。
 大人の女性。まだまだ若いことは確かだけど、落ち着いた雰囲気とふんわり漂う良い香りが、私には無いもの、まだ早いものを感じさせるようだった。
 そのせいかもしれない。服装がすごく似合っていて、管理局というお仕事がこの人にはぴったりなのかなと思った。
 そして白い綺麗な肌。それになんだか、見ていると吸い込まれそうな目。
 思わず見惚れていると、彼女がこっちを向いて言った。
「私の顔に何かついてる?」
「あ、いえ! お話、お願いします!」
 そう言うと、お姉さんは頷いてから口を開いた。
「で、どんな話を聞きたいの?」
「えっと、さっき言っていたお姉さんのお友達って、今は何をしているんですか?」
「今も管理局員だよ。ここじゃなくて、本局ってところで仕事をしているの」
「じゃあ、お姉さんとは離れ離れでお仕事しているんですか?」
「ううん、私も所属は本局。ただ、私の場合は同じ場所でずっと仕事をすることがないから。今日こうして地上支部に立ち寄ったのも、調査資料の受け渡しがあったからで」
 ビジネスウーマンってやつね。ますます大人の女性だわ。
「そのお友達は、お姉さんと出会った時にはもう管理局と関わっていたんですか?」
「確か、私と初めて会った時はまだ管理局の存在すら知らなかったんじゃないかな。でも、そんなに間も置かないで知ることになるんだけどね」
「お姉さんもその頃から管理局員だったんですか?」
 お友達って言うくらいだから、きっとそのお友達もお姉さんと同い年くらいなのかな。だから、そのお友達と出会った頃のお姉さんもきっとまだ大人じゃなかったんだと思う。
 そういうつもりで、お姉さんのことも訊いた。
 それなのに。
「…………ううん、管理局員じゃなかったよ」
 そう言ったお姉さんの表情は、ひどく切ないように感じられた。
 どうしたんだろう? 何か悪いことでも訊いちゃったのかな?
 お姉さんは目を閉じて、懐かしそうに微笑んで、でもちょっぴり悲しそうな声で言った。
「その時の私は、ちょっと難しい事情を抱えていて」
「難しい事情?」
「そう。母さんのために…………ううん、母さんに喜んでもらいたくって、私は間違ったことをしていた」
「それは……ひょっとして悪いことですか?」
「うん。悪いこと」
 不思議なお話だった。
 こんなにも管理局の制服が似合う人なのに。
 こんなにも長くて素敵な髪を持つ人なのに。
 こんなにも引き込まれる目を持つ人なのに。
 昔は悪い人だったの?
「そんな時に出会った友達なんだ」
「そのお友達は、お姉さんのことをどう思っていたの?」
 お友達が管理局員になった人なのだとしたら、きっと正義感に溢れていたのかな。
 だとしたら、悪い人を見つけたら、やっぱりやっつけようと思うのかも。
 何となくだけど、お姉さんとそのお友達は、きっと戦ったんじゃないかな。
 そんな気がした。
 しかし、お姉さんから返ってきた答えは、私の予想をひっくり返すような驚くべき言葉だった。
「その子はね、私と友達になりたかったみたいなんだ」
「…………なんで?」
「その時、私とその子は敵対関係にあったから、何度かぶつかり合うこともあったんだよ」
 やっぱり戦ったみたい。じゃあ、何で今は仲良しになれたんだろう?
「その友達は、私がどんな問題を抱えているかは知らなかった。でも、私と会う度に何度も呼びかけてくれていたんだ。自分の気持ちを分かってほしいって。戦いたいんじゃなくて、話がしたいんだって…………それだけじゃない。私の抱えている問題も、その子は分かち合おうとしてくれた」
「優しいのね、その人は」
「そうだね…………それから私の問題は解決。その子とも話が出来るようになって、それ以来私達はずっと仲良し。今でも親友だし、きっとこれからも」
「ふーん…………」
 なんだか素敵なお話。まるで映画に出来そうだわ。
 お姉さんはその時を懐かしむように、しばらく黙ったままだった。閉じた瞼の裏側には、もしかしたら当時のことが蘇っているのかもしれない。
 こうして話してみると、お姉さんがどんな人なのかもぼんやりとだけ分かった気がする。
 悪いことをしていたって言うけれど、きっとお姉さんが抱えていた問題は、当時の彼女には大き過ぎるものだったんじゃないかな。だから間違っちゃっただけなんだ。
 そんな時、素敵なお友達に出会えて、間違いを正すことが出来た。
 だから、今のお姉さんがあるんだと思う。
 少なくとも、お姉さんが悪い人ではないことは分かった。
 それは、話を始めた時にお姉さんが言った言葉からも窺えるからだ。
 お姉さんが、自分は間違ったことをしていたと告白した時、その前に「お母さんのために」と言いかけて、すぐに「喜んでもらいたくて」と言い直した。
 それはきっと、自分の間違いをお母さんのせいにしたくなかったから。
 そんなことを思える人が、悪い人だとは思えない。
 私は残ったジュースを飲み干した。なんだか、おなかが一杯だ。
 しばらく私も無言でいると、ふと思い出した。
 そう言えば私、最初はもっと別のことを訊きたかったんじゃないっけ?
 しかし、それを思い出すよりも早く、お姉さんが言った。
「そう言えば、あなたは管理局に何の用事で来たの?」
「あ、私ですか? 実は映画撮影でやる予定の空中戦を学ぼうということで、戦技研修に来ているんです」
「映画?」
「はい。私、こう見えても女優なんですよ!」
 胸を張って言い切ると、彼女が一瞬固まった。
「映画って……それにその髪型…………あ、も、もしかして!? なのは!?」
 へ? 何でそのこと知ってるんだろう? 私は映画のタイトルすら教えてないのに。
 今度は私が驚いて固まっていると、彼女はさっきまでの大人びた雰囲気を少し崩して、突然私のことをまじまじと見つめてきた。
「わー! すごい! ますます小さい頃のなのはに見えてきたよ!」
「ちょ、ちょっと何ですか!? もしかしてファンの人ですか!?」
 しつこく私に纏わり付いて来るお姉さんは、頭やら肩やら手やらを撫でたりして、その行動はエスカレートしてきていた。
 いい加減にしてくれないかしら。素敵なお話をしてくれたからちょっとは大目に見てあげるけど、いくらファンだからってこれはやり過ぎだわ。
 ガツンと言わなくちゃ。
 しかし、その時突然、廊下にアナウンスが流れた。
『お呼び出し申し上げます。フェイト・テスタロッサ・ハラオウン執務官、資料の受け渡し準備が整いましたので、捜査部捜査一課までお越しください』
「あ、いけない。呼び出されちゃった」
 私はお姉さんの言葉が耳に入っていなかった。
 だって、今、アナウンスが“あの人”の名前を呼んでいたような?
「ねえ、これ」
 目をきょとんとさせた私の目の前に、お姉さんが一枚の名刺を差し出してきた。
「もしよければ、今度一緒に食事とかどうかな?」
「あ、あの…………」
「女優さんは忙しいかも知れないけれど、もっとお話してみたいな。連絡ちょうだいね!」
 そう言って彼女は廊下を駆けていった。
 私は、その名刺を持ったまま、しばらく動けないでいた。



○ヒント

 教官の魔法が解除され、空中に浮いていた私の体はゆっくりと訓練室の床に着陸しました。
 ふぅー、姿勢制御は結構上手になったかも。そう思うと、研修がますます楽しくなってきました。
「じゃあ次は君だね」
「待ってたぜぇ!」
 教官さんが、クロノ君を呼びました。今日の教官さんは、あらかじめ防御魔法を展開しながらクロノ君に浮遊魔法を施します。
 昨日のアレ、きっとすごく痛かったんだろうな。
「フェイト!」
 ふと、名前を呼ばれたので声のした方向に顔を向けると、そこには私の前に浮遊訓練を終えたばかりのユーノがいました。
「フェイト、姿勢制御がすごく上手になったね。コツとかあるの?」
「コ、コツって言われても……ごめんね、思いつかないや」
 頭を掻いて謝りました。
 どうしよう。ユーノに上手だねって褒められちゃった。ほっぺたが熱くなってきちゃいます。
 私とユーノは、訓練室の隅に備えられているパイプ椅子に腰掛けて、一息つくことにしました。訓練室の中央では、教官さんとクロノ君の緊迫した訓練模様が見えます。
「フェイト、調子の方はどう?」
「うん。だいぶ慣れてきたよ。なんだか昨日よりも楽しくなっちゃった!」
「違うよ。訓練のことじゃなくて」
 私が首を傾げていると、ユーノはいつもの優しそうな微笑を浮かべて言いました。
「撮影の話。来週からの戦闘シーンもそうだけど、プレシアとのラストシーンだってNGが続いていただろう?」
 それを言われちゃうと、私はちょっと声のトーンを下げちゃうんです。
「…………そうなんだよねぇ。もうプレシアママに迷惑かけることも出来ないし、しっかりしないと」
 そう言うと、さっきまで微笑んでいたユーノの顔から笑みが消えました。
 でも、それは落ち込み気味の私を気遣って笑みを消したようではなく、何だか、ちょっとだけ怖い気がする顔でした。
「本当に大丈夫かい?」
「…………わ、分からない」
 本当は自信を持って「大丈夫!」って答えないといけないはずなのに。
 私は、そんな曖昧な答えを返してしまいました。
 なんで自信を持って答えられないんだろう。
 でも本当は、私は自信が持てないその理由を知っているんです。
 それは、本物のフェイトのことがまだ理解出来ていないから。
 映画の台本を渡された時、私はその日のうちに全部台本を読んでしまいました。ト書きも、柱も、台詞も、全ページに書かれている文字全てを憶えるくらいのつもりで、何度も何度も台本を読みました。
 役を演じる時はいつもそうします。だって私達役者は、作品の世界を現実のものとする体現者なのだから。
 私がやっているこの役作りの方法は、ある人の真似です。
 その人こそ、プレシアママ。
 彼女は知らない人などいないほどの大物ベテラン女優で、私の憧れの人。
 プレシアママは凄いんです。どんなドラマや映画に出演しても、彼女の出るシーンは本当に人を惹きつけます。その力が飛び抜けて凄いから、時々作品の中でも彼女のシーンだけが浮いてしまっているように感じることもあります。そういうのはきっと、天性のものなんだろうなぁ。
 とにかく、プレシアママのそんな役作り法を私は実践しているわけです。
 でも、どうしてもフェイト・テスタロッサの気持ちが読み取れていないみたいです。全然ではないけれど、最後のプレシアとのシーンがどうしても上手くいかない。
 だから、私はユーノの問い掛けにもちゃんと答えられないんだろうな。
「…………ダメだね。こんな自信ないこと言ってちゃ」
「……フェイト」
「なのは様ならきっと、私なんかと違って完璧にこなすんだろうけれど。私はまだまだだなぁって」
 思わず視線を俯かせてしまうと、ユーノがそっと言いました。
「確かに監督も言っていたよ。なのはって、本当に天才なんだって」
 やっぱり。
 そんなにすごい人なんだっていうのは、今まで一緒に撮影してきてもよく分かりました。
 なのは様は、本当にすごいんです。
「なのはは、台本どおりの演技を本当に完璧にこなすことが出来るんだって、監督が言っていた。脚本家の意図をしっかりと察するし、登場人物達の台詞から心情も正確に読み取る……ううん、読み取るなんてものじゃない。彼女は、その登場人物を台本から現実に引っ張り出してしまうんだ…………って、監督の言葉だけどね」
 ユーノが笑いました。
 監督にそこまで言わせる演技。
 私も、そんな演技がしたい。
「やっぱりかなわないなぁ」
「なのはに?」
「うん。こんな調子じゃあ、今後の撮影でもまたほっぺた抓られちゃうかも」
 そう言うと、ユーノは苦笑した。
「そうかもね。さっきも言った通り、なのはは本当に台本どおり演じるから、フェイトの役作りは彼女にしてみたら考えられないのかもしれないね」
「私の役作りが?」
「そうさ。フェイトって、プレシアの役作りを真似ているんだろう? でも、なのはの役作りとプレシアの役作りって、似ているようで全然違うからね」
 そうなのかな? 私はそこまで考えたことがなかったので、ユーノの言うことはいまいちピンと来ません。
 だって台本は同じなんだよ? それなのに、二人は同じように台本を読んでいないってこと?
 頭の中でユーノの言葉を繰り返しながら、私は一生懸命考えてみました。
 でも、違いがよく解りません。
 台本どおりのなのは様と、台本の世界を読み取るプレシアママ。
 一体何が違うの?
 来週からの撮影が、なんだか心配になっちゃいました。
「ちゃんと……出来るかな?」
 思わず零した一言は、よっぽど不安そうな声だったのかな。
 ユーノが慌てたように言ってきました。
「ご、ごめん! 僕の話がフェイトを不安にさせたのかな!?」
 違う。そんなことはありません。
 なんとなくだけど、ユーノのお話は私の悩みを解決するためのヒントなんじゃないかって思います。
 ただ、それでも今すぐには答えが見つからないのです。
 いっそのこと、本物のフェイト執務官とお話とか出来たらいいのに。
 そう思うのは、ずるいでしょうか? ちゃんと自分で答えを見つけないといけないのでしょうか?
 私には、ちょっと難しい問題です。

 To be continued.



[28384] シーン08 祈るように 願うように
Name: 虹鮫連牙◆f102f39d ID:52ea1ab2
Date: 2011/08/26 12:40
○調教の結果

 研修三日目。今日は最終日です。
 だけど、実は教官さんに協力してもらいながらの浮遊訓練は、午前中で終わってしまいました。
 あーあ、もっとふわふわと浮遊したかったなぁ。たったの三日間なので、ちょっと物足りない感じがします。
 でも、映画の撮影も蔑ろに出来ないし、気持ちを切り替えていかないとね!
 お昼ご飯を食べ終わった私達は、局員食堂を出て、訓練室に向かいます。
 ふふふ。実は、午後からの予定は、なんとこの第三地上支部内で映画の撮影をするんですよ。すごいでしょ!
 訓練室内にある空間シミュレータを使って、フェイトとプレシアのおうちである『時の庭園』の内部を再現してもらって撮影するんです。
 スタジオに戻れば『時の庭園』のセットも用意されているんですけど、今回研修に協力してもらった御礼として、管理局員さんにチョイ役として出演してもらったり、撮影風景を見学してもらったりするんです。だから今日はここで撮影。
 そのため、アルフやプレシアママ達も午後から私達と合流するんです。
 そう言っている間に、私達は訓練室の前に到着しました。
 扉を開くと、既に撮影機材やスタッフの皆さんが中に集まっていました。
「あ! フェイトォー!」
「アルフッ!」
 私の姿を見るなり駆け寄ってくるアルフに、私も近づいていきました。
「研修はどうだった?」
「うん! 楽しかったよ!」
「そりゃあ良かったよー! じゃあ撮影もばっちりだな!」
 そう言ってアルフは親指を立てました。
 私も同じように親指を立てて返事をしていると、横からもう一人近づいてくる人がいました。
「その調子なら、今日こそ大丈夫そうね」
「プレシアママ!」
 優しそうに笑っているプレシアママがいました。既に衣装に着替えている彼女は、準備万端といった様子で、手には小道具の鞭も持っています。
 私はじっとその鞭を見ながら、今日の撮影スケジュールを思い浮かべました。
 あ、そうか。今日の撮影には、例の、私が何度も失敗しているシーンの撮影があるんだった。
 私は、昨日ユーノと話したことを思い出しました。例の、プレシアママとのラストシーン。本当にばっちり出来るのかな?
 立てた親指を思わず引っ込めてしまいながら、私はプレシアママをじっと見つめ続けました。何だか緊張しちゃいます。
 そして、鞭を見ていると更に緊張しちゃいます。
 あれ? 鞭を見て緊張?
「もしまたNG出したらぁ…………」
 プレシアママが意地悪そうに笑いながら、持っている鞭を近づけてきました。
 あれ? 何だかすごくドキドキする。
「お仕置きしちゃうわよぉ!」
 そう言って、プレシアママが鞭でそっと私の肩を叩きました。
 その時。
「イヤアァァン!」
「え?」
 思わず声が出ちゃいました。
 ま、まずいです! すっごく恥ずかしいのに、反射的に声が!
 そういえば、確か以前に、この鞭で散々叩かれたような思い出が。
 鞭を奪い取ったアルフが、軽く私の頭を叩きました。
「あっああうぅ……!」
「それ」
「いい! いいれす!」
「ほりゃあ」
「ら、らめぇぇっ!」
 プレシアママが固まっていました。
 やばいです。いつからこんな体に……。



○甘えん坊

 研修三日目の午後は、訓練室内の空間シミュレータを使った映画撮影。
 私は、高町なのはのバリアジャケットを身に纏い、小道具のレイジングハートを手にして出番を待っていた。
 撮影するシーンは、時の庭園に突入してからのシーンを幾つか。クライマックスに近いシーンばかりなので、今回の研修での成果がさっそく試される場でもあるのだ。
 ユーノ君と一緒のシーンもある。もう! 胸がドキドキワクワクしちゃう!
 クロノ君と一緒のシーンもある。ああ……頭がクラクラガンガンしちゃう。
 微妙な心境のまま、私は出番を待ち続けた。
 すると、向こうから準備を終えたフェイトちゃんとユーノ君とクロノ君がやって来た。
「あ、なのは様ー!」
 フェイトちゃんが手を振ってくる。
 そうだわ。こんな気分の時は、またフェイトちゃんをからかってやればいいのよ。
 私は、手を振りながら笑顔で三人を迎えた。
「撮影はもう少しで始まりそう?」
「そうね。もうそろそろじゃないかしら」
 私がとっておきのネタを持っているとも知らず、三人が談笑を始めた。
 ふふふ。今日の私のネタはすっごいんだから!
「ちょっと聞いて」
「え? なあに? なのは様ぁ」
「実はね、これを見てほしいのよ」
 私は、右手に持った一枚の名刺を掲げた。
 それは、昨日私が本物のフェイト執務官から貰った名刺。
 こんなすごいものを自慢しない手なんてないわ。どう? 思いっきり羨ましがりなさい!
 クロノ君が、目を凝らして名前を読み上げた。
「なになに? …………フェイト・テスタロッサ・ハラオウン? おいおい、こんな小道具使わないぞ」
 小道具じゃねえよ。モノホンだよ。
「…………こ、これって、まさか本物のフェイト執務官の名刺じゃないの?」
 最初に気付いたのはユーノ君みたいね。さすがユーノ君だわ。
「ええ!? なのはちゃん、フェイト執務官に会ったの!? いつ!?」
 ほぉら、フェイトちゃんも食いついてきた。やっぱりそう来ると思ったのよね。彼女、演技で悩んでいるみたいだったし。
「昨日よ。フェイト執務官、この第三地上支部に来ていたの」
「ええっ!? 私も会いたかったぁ!」
「残念だけど、昨日のうちに彼女はもう別の次元世界に行ってしまったわ」
「そ、そんなぁ…………」
「本当に残念よねぇ、フェイトちゃん…………ああ、すっごく綺麗な人だったわぁ。素敵なお話も聞けたしね」
 私がそんなことを言うと、フェイトちゃんがもの凄く羨ましそうな顔で私の目を見てきた。
 おーっほっほっほっほ! いい気味だわ。彼女は幼い頃のフェイト執務官を演じるわけだし、実際フェイト執務官に一番会いたいのは彼女の方なんだろうな。
 私がフェイト執務官に、食事に誘われたなんて言ったらどんな顔をするのかしら。
 楽しみだわ! フェイトちゃんの心境を想像するだけで一週間は楽しめるわ! ご飯三杯はいけるわ!
「皆ぁ、そろそろ撮影始めるからねぇ!」
 助監督さんの声が聞こえてきた。
 仕方ないわね。もうちょっとフェイトちゃんをからかってやりたかったけれど、今優先すべきは撮影だもの。
 私が撮影現場の方に行こうとすると、フェイトちゃんが私の衣装の裾を掴んで引き止めた。
「…………皺になっちゃうでしょう?」
「あ、あの……なのは様」
 何かしら? いつになく不安そうな表情なんか浮かべちゃって。
 なんだか、彼女らしくないわね。
「なあに?」
「あの、ね…………フェイト執務官とどんなお話をしたのか、もうちょっと聞きたいなって」
 全くこの子は。
「…………あのねぇ」
 この子は、この期に及んで今更何を言っているのかしら。
 もう撮影が始まるって言ってるじゃない。それに、そんな不安そうな顔を浮かべていて、これから始まる撮影に臨めるとでも思っているのかしら。
 本当に困った子。
「今はもうそんな時間がないでしょう? また今度にしてちょうだい」
「でもね! でも、終盤のプレシアママとのシーン、あそこがどうしても不安なの。私、どんな風にフェイトを演じたらいいのかなって思ってて…………いっそのこと本物のフェイト執務官とお話が出来たら、きっと何かヒントが得られるかもって思ってたの」
「別に私だってそんな話はしてない…………わ、よ?」
 あれ? そういえば昨日聞いたフェイト執務官の話って……映画の内容とダブるような?
 もしかしてあの話って。
「何でもいいの! ほんのちょっとでもいいから、フェイト執務官のことを知りたいの! なのは様、お願い! どんなことを話したか、教えて!」
 フェイトちゃんの、私を引き止める力が強くなる。
 やめてよ。本当に衣装が皺になっちゃう。これから撮影なのよ?
「なのは様、お願い!」
 現場の方ではもう準備が済んだようだ。
 始まっちゃう。
 フェイトちゃんはもうちょっと後の出番だけど、私はすぐにでも始まるの。
「ちょっとフェイトちゃん? 私、もう始まるから」
「ちょっとだけでもいいの! お願い!」
 だから、これから撮影が。
「なのは様ぁ!」
 だから!
「いい加減にしてよ! もうそんな時間も無いって言ってるでしょう!?」 
 私の声が、広い現場の端から端までこだました。
 それでも、彼女の手は離れない。
「自分の役ぐらい演じられないなんて、あなた本当に役者嘗めてるんじゃないの!? 今までどうやって撮影してきたのよ! 台本どおりに演じればいいの! 台本に描かれた人物をそのまま演じるだけでしょ!?」
「あ、あの…………」
 今更この子は何を言っているのかしら。
 ふざけんじゃないわよ。
 今までずっと撮影に参加してきておいて、今更そんな素人みたいなこと言って困らせないでよ。
 だいたい、クランクインの時に監督から期待された上でこの場に臨んでいるわけでしょ? なのに、そんなことをよくも口に出来たものだわ。
 頭にくる。どういうこと? この子は結局その程度ってことなのかしら?
 監督があなたに期待していると知ったとき、私は確かにもの凄く気に食わなかった。
 だけど、撮影を重ねる度に、少しずつこの子の実力が解ってきて。
 だから、監督がこの子に「期待している」と言ったのも頷けて。
 それが、私はどうしても悔しいからちょっと悪戯心が働いて。
 それなのに、この子は!
「どう演じればいいかですって? ……そんなの、人に教えてもらうものじゃないじゃない!」
「ご、ごめんなさ」
「いくら元になった出来事があっても、いくら元になった人物がいても、台本に書かれている時点でそれはもう別物! 独立した一つの作品なの! 一つの世界なの! その中に自分を組み込むのが役者でしょ!? 役者が台本の中に居場所を見つけられなくてどうするの!? この台本の中のどこにあなたの居場所があるのかなんて、そんなの誰にも分からないの!」
 フェイトちゃんの目が潤んでいく。
 それを見たらますます腹が立った。
 ふざけないでって言ってるじゃない。頭が熱い。
 今は泣いている場合じゃないでしょう? 本番のために涙は溜めておきなさいよ。
 この。
「この……甘ったれ! 役者やめちゃえ!」
 その瞬間、ようやくフェイトちゃんの手が私から離れた。
 そして彼女の顔から、いろんなものが溢れていた。
 フェイトちゃんの表情へ、私の表情へ、周囲の人々の視線が全て集まっていた。
 現場はとっても静かで、私達二人の動きをただ黙って見守るばかり。
 誰も動こうとしない。おそらく、私とフェイトちゃんのどちらかが動かない限り、この空気は変わらない。
 でも、私は動くつもりなんてない。
 私は何も間違っていないんだから。
 そして。
 彼女は走り出して、撮影現場を飛び出していった。



○監督インタビュー

 ――この映画の戦闘シーンについて――
 主役である、高町なのはとフェイト・テスタロッサの戦闘シーンは是非注目してもらいたいね。
 僕は昔から激しい戦闘シーンやド派手な攻撃シーンなんかが好きだから、一番力を入れたところと言ってもいいかも知れない。新暦五十二年に観た、『魔女の撃鉄』の中で描かれた戦闘シーンが、僕の原点とも言えるんだ。
 なのはとフェイトの戦闘シーン。特に最後の激しい空中戦は、本物の高町なのは一等空尉に監修をお願いしている。とことんリアリティーにこだわったつもりさ。
 主役の二人にも実際に時空管理局へ研修に行かせて、本物の空戦魔導師がどのような動きをするのかということを学ばせたよ。最初は心配だったさ。二人ともまだ年齢的に子供だし、もしかしたら遊園地でアトラクションに乗ってきた、程度にしか思わないんじゃないかって。
 でも、そんなことはないね。二人とも、幼いながらもやっぱり心は一流の女優だ。
 特にリュッカがいいね。彼女の気構えは、もう長年この業界を生きているベテラン女優と並べても遜色がない。プレシアを演じたレイランが、「リュッカから教わるものがあった」と言うぐらいさ。
 

 ――監督のこだわりについて――
 リアリティーを求めたのは、なにも戦闘シーンばかりじゃないよ。
 良い映画って言うのは、製作スタッフやフィルムに映らない部分なんかの全てが作品の世界に染まってこそ作られるものだと考えている。だから、登場人物たちのモデルを取材した時もいろんなことを、それこそ好きな食べ物やプライベートでの趣味など、フィルムには映らない部分のことまでしつこく聞いたよ。特にリンディさんへの取材は大変だったね。彼女、今は管理外世界で暮らしているから。
 役者達にも協力してもらった。クランクアップするまでの間は、撮影時間外でもそれぞれの役名で呼び合うように指示したんだ。
 リュッカやアンナはもちろん『なのは』と『フェイト』だし、イーロックは『ユーノ』、サマンサは『アルフ』、ケイジは『クロノ』だ。他にもクセン、ウイーク、レイラン、インサムだってそれぞれ『リンディ』『エイミィ』『プレシア』『リニス』って具合にね。
 一つ困ったことに、リンディ提督は恐ろしいほどの甘党だったんだ。彼女が苦いお茶に砂糖とミルクを入れて飲むと聞いたから、実際にそれを撮影でも役者に飲ませた。
 そしたらクセンから、「太って役者生命が絶たれたら、一生養え」と脅されてね。はっはっは!
 
 ――出演者について――
 この作品は本当に出演者に恵まれたよ。こんなに良いメンバーが揃う撮影は、もう二度と無いかも知れない。
 まあ、ちょっと困った人物もいたよ。素質はあるんだけど、悩まされたというかね。
 そう、ケイジだよ。彼はなんであんなに台本どおりに演じてくれないんだろう? 僕は彼に嫌われてるんじゃないかと思ったくらいさ。
 リュッカ。彼女は本当にすごいよ。何度でも言うけどね。
 台本どおりに演じさせたら一番じゃないかな? 実際にNGを出した回数が一番少ないのは彼女だ。
 脚本を書いたマイキーが泣いて喜んでいたよ。僕の書いたなのはが目の前に現れたって。
 台本っていうのは作品の設計図であると同時に、世界地図でもあると僕は思うんだ。
 台本の中には一つの世界が描かれていて、役者はその台本を読むことで、自分が属するポジションというのを知る。そのポジションを見極めることが出来るということは、すなわちその役をものにすることが出来るということなんだ。
 その点で言えば、リュッカは本当に天才的だ。彼女は自分の役の立ち位置をよく理解している。ああいう子役ってのは、たまにポンっと出てくるんだよね。そして世界にブームを巻き起こす火付け役となるんだ。
 台本内での自分のポジションを読み取る方法には、大きく分けて二つあるんだ。
 一つは、自分の演じる役がどういった人物なのかを理解するという方法。自分の立ち位置をはっきりと理解しているから、ブレない。リュッカがこれに当て嵌まるね。
 もう一つは、周囲を上手く把握することで、自分の立ち位置を見極めるタイプ。この方法だと、たとえ自分の演じる役がどんなものなのかを理解出来なくても、自ずと演じることが出来るんだ。
 ただし注意しなくちゃいけないのは、自分以外の人物や世界観、心情などを深く読み取る力が必要だってこと。じゃないと、結局自分の立ち位置がはっきりとしないからね。
 この方法で役をものにするのが上手いのは、レイランなんだ。

 ――制作発表会見について――
 あの時、僕は最も注目している役者としてアンナ・クアンタを名指しした。
 あの子は地道にコツコツと積み重ねてきた力があるから、良い役者だと思う。
 ただし、彼女は本物のフェイト・テスタロッサとはだいぶ違う環境で育ってきた。ご両親は健在だし、二人には大事な一人娘として育てられてきただろう。
 まあ、本物のフェイトのような境遇で育った子供自体、そうそういるものではないから。
 フェイトを演じるということは、おそらくこの映画を制作する中でも最も難しいことだと思うよ。
 最初、リュッカにフェイト役をやらせようかと思ったんだ。でも、それじゃあダメなんだ。
 何故なら、フェイト役だけはどうしても台本どおりに演じさせるわけにはいかなかったから。
 どうしてかと言うと、脚本家のマイキーに言われたんだ。「フェイトだけは、どうしても台本に描ききれない。そんなんじゃ収まらない」ってね。
 だから、見たかったんだよ。
 フェイトを演じる役者が、台本どおりじゃないフェイトをどのように演じるのか。
 賭けでもあった。
 ただ、アンナなら出来ると思っていたよ。
 彼女には確かな実力があるし、レイランと同じような役作りをするからね。
 だから僕は、あの子ならやってくれると思ったのさ。

 To be continued.



[28384] シーン09 母と、子と
Name: 虹鮫連牙◆f102f39d ID:52ea1ab2
Date: 2011/08/29 16:06
○リュッカの台本

 禍々しい紫の天井。黒いモヤが立ち込めるその下には、所々で高く隆起した岩に囲まれた広間。
 中央には、透明な液体に満たされた円筒形のガラスケース。その中にはフェイトそっくりに作られた人形が膝を抱えるようにして浮いていた。
 人形? いいえ、そんなことを言ってしまってはいけないわ。
 この子はアリシア。プレシアが愛してやまなかった愛娘であり、フェイトという存在に大きく関わる存在。
 私はもう一度台本を開いて、物語の展開をなぞった。
 たとえセットであったとしても、この子を人形なんて言ってはダメ。
 今の私はプレシア・テスタロッサ。娘と過ごした幸せな日々の続きを手に入れるため、伝説の地に伝わる秘術を求める、一人の母。
 思い描くの…………いや、そうじゃない。
 思い出すの。アリシアと過ごした日々を。
 ほんのり甘い花の香りに包まれて笑っていたこと。腕を振るった料理にアリシアが満面の笑みを浮かべたこと。小さな寝息を立てて私の隣で夢を見ていたこと。
 もっと。思い出して。
 仕事の忙しさが原因で寂しい思いをさせてしまったこと。予定していた休暇を利用して埋め合わせを約束したこと。そしてあの事故のこと。
 そう、私はプレシア・テスタロッサ。
 私は、何としてでもジュエルシードを手に入れなければいけない。
 あまり時間の残されていないこの体では、満足にジュエルシード探しが出来ないから。私は止むを得ず、愛娘の皮を被ったお人形に頼った。
 あのフェイトこそがお人形なんだ。アリシアじゃないくせに、私を“ママ”と呼ぶ子。
 私は、あの子を認めない。
 あの子が私の娘なわけない。
「…………ママ、か」
 私は台本を閉じた。
 すると、
「フェイトちゃん、戻ってきませんね」
 いつの間にか隣にいた高町なのはが、小さな声で呟いた。
「私、言い過ぎたのかしら」
 いつもの彼女らしくない、とてもしょぼくれた声。
 私に視線を向けようとしないのは、きっと自身が抱いた罪悪感を見つめているから。
 少しだけ驚いた。彼女の、演技ではないこんな表情を初めて見たから。
 まるでその顔は。
「なのは、もしかして泣きそうなの?」
「…………そんなことありません。第一、泣いたらメイクが落ちちゃう」
「そうよね。女優なんですもの、涙は演技のためにとっておかなくちゃ」
 彼女は小さく頷いた。
 今の私の一言は、なのはにしてみたら嫌味に聞こえたのかも知れない。フェイトを追い込んだ言葉を、そっくりそのまま彼女に突きつけたのだから。
 私はそれを見越して言ったのだ。そんな私は、なんて意地の悪い女なんだろう。
 でも、私が彼女に意地悪を言ったのは、彼女を一流の女優と認めているからこそ。
「このまま撮影が出来なくなったら…………このままフェイトちゃんがずっと戻ってこなかったら、どうしよう」
 なのはの声が、ますます弱々しくなっていった。
「スタッフや他の出演者にも悪いことをしちゃったな…………それに、フェイトちゃんにも可哀想なことをしたのかも」
「あなたらしくないわ。随分とフェイトに惑わされちゃって」
 彼女は更に顔を俯かせた。さっきまで見ていたところよりも、もっと深い場所を見つめるように。
 そして静かに言った。
「私、作品がお客さんに伝えたいことを、最も伝えられる役こそが主役だと思っています。それが主役の成すべきことなんだって」
「間違っていないわよ」
「だから私は、台本どおりに演じることに、全身全霊を持って務めています」
「うん、間違っていない」
「生意気かも知れないけれど、私は他の役者さんにも同じように思ってほしい。作品は主役一人の力だけでは成り立たない。だけど、やっぱり一番は主役なの…………だから、そのことを他の皆が理解した上で協力しあってこそ、いいものが出来上がると信じてる。それこそが、私が従う信念であって、生涯かけて演じる台本だと思うの」
「なるほど。立派だわ。あなたに教えられちゃった」
 この子が天才子役と言われる理由が、分かった気がした。
 だからだろう。彼女がフェイトにあんなにもきつく当たったのは。
「私、フェイトちゃんのことは凄いと思うわ。実力は本当に認めてる…………でも」
 そうよね。
 あなたの言いたいことは、私にも分かる。
「だからこそ、あの子の甘いところが許せなかったの」
 本当にこの子は良い女優。末恐ろしいと思うくらいに。
 だから私はさっき、ついつい意地悪を言ってしまったのだ。
「…………私のせいでフェイトちゃんが女優を辞めちゃったらどうしよう…………あんなに良い女優さんなのに」
 なのはがついに泣き出した。堪えていたものを、ついに足元に零してしまった。
 ねえ聞いて。
 私があなたに意地悪を言ったのは、あなたを一流の女優と認めているからこそ。
 だからあなたは。
「…………なのは」
「はい」
「もしフェイトが女優を辞めたら、責任とってあなたも辞めてしまいなさい」
 だからあなたは、そんなことを言われたって、
「…………ぜ、絶対に辞めません! 辞めたくありません!」
 って答えるでしょう?
 私は微笑んだ。
 きっと、あなたが認めるフェイトなら、あなたと同じように答えるはずだから。



○フェイトの役目

 撮影現場である訓練室を抜け出して、私は施設内の廊下を歩き回った。
 途中にある壁掛けの地図を見て、なるべく同じ道は通らないようにしながら、あまり人通りの少なそうな場所や物陰の多い場所を念入りに見て回った。
 きっとまだこの施設内にいるはずだと、私には確信があった。
 彼女は決して女優を辞めたいなどとは思っていないはず。あの子はこの仕事が大好きなんですもの。
 プレシア・テスタロッサの衣装を身に纏ったままなので、途中で不思議そうにこちらを見てくる管理局員の人達とすれ違った。でも今は、そんなことも気にならない。
 そうして、施設内のエレベーターホール脇にある非常階段に辿り着いた時、気配を感じ取った。
「フェイト? そこにいるの?」
 私が声を発すると、慌てて動いたのか、衣擦れの音がした。
 安心した。そこにいるんだと、彼女の存在を感じた瞬間に、思わず一息ついてしまった。
「出てらっしゃい」
 階段の影に向けて手を差し伸べると、暗いその中から小さな手が伸びてきた。
 手を取って、そっと引いてみる。そうして暗闇から顔を出したのは、鼻をすすりながら頬に涙の跡を付けたフェイトだった。
「あらあら。せっかくのメイクが汚れちゃってるわ」
 残った涙を指でそっと拭うと、彼女はまたしても目を潤ませた。
「いつまで泣いているの? さあ、撮影に戻りましょう」
 そう言うと、彼女は爪先で踏ん張って、そこから動くことを拒否した。
 彼女の、女優としての実力は私だって認めているつもりだけれど、こうしてみるとまだまだ九歳の女の子ね。
 思わず緩みそうになる顔を隠すように、私は少し大袈裟に困ったような表情を作った。
「私、フェイトを演じられないです」
「そんなことないわ。あなたじゃないとフェイトは無理なのよ」
 しかし、彼女は顔を横に振った。
「どんな風に演じたらいいのか分からないんです…………きっとまたプレシアママに迷惑を掛けちゃう」
 プレシアママ、か。これはちょっと手間が掛かるかも知れない。
 私は、以前にリニスと話したことを思い出していた。
 私とフェイトのラストシーン。あの時の撮影風景を見て、リニスはフェイトの演技が「らしくない」と言った。
 フェイトは私に憧れるが故に、私と同じように役へと入り込んでいくそうだ。しかし、リニスが言うには、あのラストシーンに関してはそれが無かった。
 何故なのだろうと考えてみたけれど、私はすぐに答えを見つけることが出来た。それは、今までのフェイトを見ていればすぐに気が付けることだった。
 甘いんだ。この子は、なのはが言っていたように、本当に甘えん坊だから。
 この子を撮影現場に連れ戻すには、彼女に自分自身の役目をもう一度はっきりと示さないとダメみたい。
 でも、それをするためには、手段は一つしか思い浮かばなくて。しかもその手段がもし失敗すれば、フェイトは悩みを解決することも出来ないし、たぶんフェイトを演じることも出来なくなるだろう。
 ある種の賭けなのかも知れない。
「フェイト…………何をしているの?」
「プレシアママ?」
 迷っている場合じゃない。どっちみち、この子がいないと映画は出来上がらない。
 ならば、私は賭けよう。
 もう一度、意地悪な女になって。
「“ママ”ですって?」
「あ、あの…………」
 私は、フェイトと繋いだ手を振り切って、目尻を吊り上げた。
 そしてその視線に込める感情は、憤りと、憎しみと、侮蔑。
「私を“ママ”と呼んでいいのは、アリシアだけよ」
「アリシア…………そっか、フェイトは確か“母さん”って呼ぶんですよね。ごめんなさい、うちのお母さんもママって呼ぶから、ついクセで」
「甘えないで」
「え?」
 そうよ、フェイト。甘えちゃダメ。
「あなたにママなんて呼ばれる筋合いは無いわ。聞きたくも無い」
「あ、あの……こんな時に演技指導ですか?」
「黙りなさい。早く……あなたは早く自分の役目をこなせばいいの。さっさとしなさい」
「えっと……か、母さん」
 その言葉を聞いた瞬間、私は表情を一変させた。胸の内から湧き出ていた感情を爆発させ、歯を食いしばるのと同時に、右手を振りかざす。
 そして、目の前にいる小さな彼女の頬目掛けて、その手を振り下ろした。
 乾いた音が廊下に響き渡った。それに続いて聞こえたのは、フェイトが床に倒れこむ音。
 そしてしばらくの沈黙。
 彼女は、驚いたように目を見開きながら、私を見た。
 でも、手を差し伸べちゃいけない。
 ここで優しさを見せたら、私の負け。
「か、母さん……?」
「気安く呼ばないで! あなたを娘だなんて認めない! 私の娘はアリシアだけなのよ! あんたみたいな偽者が、私を母親だなんて思わないで! あんたなんて――――」
 ねえフェイト、知っている? 何故監督は、フェイト役を担うあなたに期待を寄せたんだと思う?
 それはこの“フェイト・テスタロッサ”という役が、台本なんかでは描ききれない人物だったからのなのよ。
「――――失敗作の、人形のくせにっ!」
「あ……あの」
 ねえフェイト、知っている? 何故監督は、あなたをフェイト役に起用したんだと思う?
 それはこの“フェイト・テスタロッサ”という役を、台本なんかに収まらない演技で表現したかったからなのよ。
 そしてフェイト。この役は、やっぱりあなたじゃないと出来ないの。
 台本どおりの演技じゃない。なのはや、プレシアや、アルフや、周りの人達を知ってこそ浮かび上がる“フェイト・テスタロッサ”じゃないとダメだから。
 あなたはそうやって役作りをするから、フェイトはあなたにしか出来ないの。
 あなたじゃないと出来ない理由があるの。
 フェイト。
「…………か、母さん」
 彼女の声は震えていた。
 せっかく拭った涙は、新しい涙に上塗りされて、彼女の顔を汚した。
 頬を押さえる手の平もファンデーションにまみれ、それでも彼女は、そんなものを気にせずに硬く拳を握り締めて言った。
「分かったかも…………」
「何を?」
「私、分かったかも知れない」
「フェイト?」
 そうよ、フェイト。
 あなたは台本どおりに演じる人ではない。
 周囲を把握して、そこから浮き上がる人物を読み取る役者。
 そういう女優でしょう。
 赤く染めた頬と、深くて綺麗なその瞳を私に向けて、フェイトは言った。
「本物のフェイトは、“ママ”なんて言わない」
 そうよ。
「本物のフェイトは、甘えたくても甘えられない」
 そうよ。
「本物のフェイトは…………こんなに痛い思いをしてたんだ」
 その言葉を聞いた瞬間、私、プレシア・テスタロッサは、フェイト・テスタロッサを抱き締めていた。

 To be continued.



[28384] シーンラスト 君に逢いたくなったなら
Name: 虹鮫連牙◆f102f39d ID:52ea1ab2
Date: 2011/08/30 21:32
○あなたに捧ぐ、本当の気持ち

 禍々しい紫の天井。黒いモヤが立ち込めるその下には、所々で高く隆起した岩に囲まれた広間。
 中央には、透明な液体に満たされた円筒形のガラスケース。その中にはフェイトそっくりに作られた人形が膝を抱えるようにして浮いていた。
 人形? いいえ、そんなことを言ってしまってはダメ。
 あの子はアリシア。プレシアが愛してやまなかった愛娘であり、フェイトという存在に大きく関わる存在。
「取り戻すの…………こんなはずじゃなかった、世界の全てをっ!」
 ガラスケースの前で空を仰ぎ、母さんはそう言いました。
 そこに、高台の上からクロノが姿を現します。
「知らないはずがないだろぉ! どんな魔法を使っても、過去を取り戻すことなんか出来やしないっ!」
 その言葉が終わるのと同時に、私は“母さん”の前まで、アルフと一緒に駆けていきました。
 ある一定の距離を置いて立つ私達と母さん。
 しばらくの沈黙。
 そして、プレシアが突然咳き込むと、その口から赤い血が噴き出ました。
「か、母さんっ!」
「何を……しに来たの?」
 口の端から血を垂らしたプレシアママが、刺さるような目付きで私のことを睨みつけてきます。
 彼女に駆け寄ろうとしていた私は、苦しみながらも私を拒絶する彼女を前にして、思わず足を止めてしまいました。
「消えなさい。もう、あなたに用はないわ」
 声が震えていました。きっと、とても苦しいんだ。
 母さんの体を支えてあげたい。それなのに、私はまだ一歩も動けない。
 だけど、何もしないわけにはいかないから、私はそっと言葉を紡ぎました。
「あなたに、言いたいことがあって来ました」
 それは、フェイトが母に想いを伝えるための大事な場面。その出だし。
 そう、私が幾度となく失敗を繰り返した、あのシーン。
 私は気付いたんです。
 私は、プレシア母さんのような女優さんに憧れている。ただ憧れているんじゃなくて、目標としている。
 彼女の役作りを真似て、私は自分の役をずっと演じてきました。台本を読んで、作品の世界に触れて、他の登場人物達を理解して、その世界にぴったりと当て嵌まる役を見出して。
 そうやって、私は与えられた役を演じてきたはず。
 そしてこの作品の現場では、監督の意向のおかげもあって、役作りがし易い環境にあったはず。
 それなのに、私はいつまでもフェイトのことを理解していなかった。
 “なのは”のことを“なのは様”って言ったり、“母さん”のことを“ママ”と呼んだり。
 それに、フェイトの痛みをいつまでも知らないまま、今日に至ってしまった。
 でも、もう大丈夫。
 フェイト・テスタロッサの痛みは、もしかしたら全部ではないかも知れないけれど、私には伝わった。
 彼女は、甘えたくても甘えられなかったんだ。
 優しさをくれる人は側にいた。アルフや、なのはがずっと手を差し伸べてくれていた。
 でも、彼女にとって一番であった人は、フェイトに手を差し伸べなかった。
 すごく痛かった。
 その気持ちを、私は理解した。
 今なら演じられるよ。
 ――フェイト、大丈夫かい? 次はいよいよフェイトの台詞だよ?――
 アルフが心配してくれたのか、念話で次の台詞を伝えてくれました。
 ――『どんなに嫌われても、どんなに邪険にされても、ずっと母さんが好きです』って、間違えずに言うんだよ?――
 アルフの優しさが嬉しい。こんなにも温かい。
 でも、ごめんね、アルフ。
 その台詞は違う気がする。
 私が理解したフェイトの台詞は、フェイトが母さんに、本当に伝えたかった台詞はそれじゃない。
 誰もが息を呑んでいました。
 後ろで私を見守るフェイトも。高台から見下ろすクロノも。
 カメラの枠外で出番待ちをするなのはやユーノ達も。
 メガホンを手にする監督やスタッフの皆さんも。
 誰もがじっと動かずに、私の言葉を待っていました。
 だから私は、フェイトがプレシアに伝えたい言葉をこの場にいる人全てに知らせるように、教えるように、大切に、丁寧に紡ぎました。
「私は……ただの失敗作かも知れない。偽者なのかも知れません」
 ――フェ、フェイト! 台詞が違うよ! 台本じゃあそんなことは!――
 そう。でも聞いて。
 お願い、まだカットも出さないで。
 だってこれこそが。
 きっとこの言葉こそが、本物のフェイトが言いたかった台詞だと思うから。
「アリシアになれなくて、期待に応えられなくて…………いなくなれって言うのなら、遠くに行きます」
 聞こえますか、プレシア母さん。
 あなたに甘えたくても甘えられなかった私から、愛してほしかった私から伝える言葉です。
「だけど…………生み出してもらってから、今までずっと」
 私は、あなたに認められなくても。
 私は、あなたに酷いことをされても。
 私は、あなたに嫌われてしまっても。
「…………今もきっと…………」
 お願い、届いて。
 伝わってほしい。
 これが、あなたに贈るフェイトの気持ち。
「母さんに笑ってほしい、幸せになってほしいって気持ちだけは…………本物です」
 言えた。
 フェイトから母さんへ、本当の気持ちが言えた。
 実際の事件当時、フェイトが母さんに何て言ったのかは分からない。
 でも、一言一句は同じでなくても、きっとこう言いたかったんだろうと思います。
 自信があります。
 だから、私は台本を無視して、言ったんです。
 願うなら、この言葉は時空を越えて、本物のプレシアに届けばいいと思うのです。
 私は手を差し伸べました。
「私の……フェイト・テスタロッサの…………本当の気持ちです」
 誰も、何も言いませんでした。
 監督に一切の相談もなく、私が自分勝手に決めた台詞を撮影で言ってしまいました。
 それでも、誰も、何も言いませんでした。
 ただ静かな時間が流れる中、私は次のプレシアの台詞を待ちます。
 その時でした。
「カット…………」
 カチンコの音が響きました。
 やっぱり、勝手に台詞を変えちゃだめだったのでしょうか。
 仕方ないかな。
 そう思っていると、
「プレシア、NGです」
 え? 母さんがNG? 私じゃなくて?
 不思議に思って母さんの方を見ると、私は信じられない光景を見ました。
 母さんが、あの母さんが。
「プレシア、ここは、あなたが泣くシーンじゃない」
「…………ごめんなさい。耐えられなかった……でも、きっと本物のプレシアだって、泣きたかったんじゃないかしら」
 私は初めて彼女の、演技ではない本物の、“女優レイラン”の涙を見ました。



○映画の行く末

 驚いた。
 やっと現場に戻ってきたと思ったら、フェイトちゃんったら、なんだか随分と立派になったような気がしたから。
 私があんなにきついことを言ってしまったから、てっきりもう二度とフェイトを演じないんじゃないかと思った。それぐらいのことを覚悟していた。
 でも、戻ってきてくれた。
 しかも何? 台本を無視した上に、フェイトを完璧に自分の役にしている。
 私は昨日のことを思い出した。
 管理局施設内の休憩所で出会った、本物のフェイト執務官。
 そう、彼女に出会ったのは私だけのはず。フェイトちゃんは会いたがっていたけれど、会えなかった。
 なのに、今、私達の目の前でプレシアを泣かせた彼女は、まさに私が出会ったフェイト執務官と同じ雰囲気を醸し出していた。
 こんなことって。
「なのはちゃぁん」
 隣に、出番待ちをしていたエイミィさんがやって来た。
「ククククッ、なんで泣いているのかな?」
 泣いている? 私が?
 まさか。
「フェイトちゃんの演技を見て……?」
「いい演技だったもんねぇ、フェイトちゃん。ククククククッ」
 確かに。完全に場の空気は呑まれていた。
 彼女の、フェイトちゃんの迫真の演技に。
 すぐに涙を拭うと、私は声を荒げてエイミィさんに言った。
「べ、別に! 見せ場のシーンなんだから、あれぐらい当然でしょう!」
「素直じゃないなぁ、なのはちゃん……ククク」
「あの子も、ちょっとはマシになったってことじゃないの?」
 強がってはみたけれど、本当にエイミィさんの言う通りだ。
 私は、素直じゃない。
「ああ、間違った。ククッ……なのはちゃんも素直な面があったよ」
「ええ?」
「フェイトちゃんに“女優やめちゃえ”って言った時。あの時の気持ちは、間違いなく本音でしょう」
「あ、あなたって人はっ!」
「隠しても無駄だよぉ。なのはちゃんの心なんてお見通しだからねぇ…………クックックックックッ」
 私はそっぽを向いた。
 この人と喋っていると、何だかすっごく機嫌が悪くなる。
 せっかくフェイトちゃんも戻ってきて、撮影が続行できるから良い雰囲気になりつつあるのに。
 どこかに行っててくれないかしら。
「どこにも行けないよ……もうすぐ出番なんだぁ」
「…………また読んだ」
 すると、エイミィさんがポケットから束ねられたカードを取り出した。
「占ってあげる」
「何を?」
「映画の行く末だよぉ、ククククッ」
 私はため息をついた。
 その占いは、確か以前にもやってもらったはず。
 あの時はコイン占いだったけれど、どうせそのカードに描かれている絵柄も想像がつく。
「占ったって無駄よ。どうせ気味悪い絵しか出てこないんだから」
「クックックックッ…………そんなことないと思うんだけどねぇ。まあ、一応ね」
 そう言って彼女がカードを一枚選んで、自分だけに見えるようにひっくり返した。
 そしてカードの結果を見たエイミィさんは、いつか見たことのあるような、より一層気味悪い微笑を浮かべたのだ。
 口角が耳に届くくらいまで吊り上げた、にんまりとした不気味な笑い。
 その笑顔ということは、占いの結果はおそらく、前回のコイン占いと一緒ということだろう。
「ね?」
「クククククッ…………おみごとだねぇ。前回と結果は一緒だよ」
 私は笑った。でも、今ならエイミィさんの占いを信じてもいいかな。
 フェイトちゃんの今の演技。甘えん坊じゃない、彼女が生み出した本物のフェイト・テスタロッサ。
 それを認めないわけにはいかないわね。
 これなら、残りの撮影も、彼女と一緒に上手くやれそうな気がする。



○君に逢いたくなったなら
 
 爽やかな風が吹く、海の側に作られた公園。透き通るように晴れ渡った空の下、私はアルフとクロノに挟まれながら、立っていました。
 少し離れた場所には、私達三人と向かい合うなのはの姿。肩にはフェレット。手には、フェイト役の私がずっとつけていた黒のリボン。
 そして私の手にも、なのはがつけていた白のリボン。
 お互い、トレードマークのツインテールを解いた姿で、視線を重ねていました。
 私が小さく手を振ると、なのはがそれに気付き、嬉しそうに手を振り返してきます。
 浮かべた涙も、咲かせた笑顔も、高まる感情も、きっとお揃い。
「カットォ! …………オッケーです! お疲れさまぁー!」
 カメラが止まり、私は周りの皆と笑い合いました。
 オッケーが出ました。最後のシーンが終了です。
 そして、この作品の全シーンが撮影終了です。
 そう、クランクアップです!
「やったぁー! なのはぁ! 撮影終了だよー!」
 私はなのはに駆け寄ってその手を取りました。
 彼女はラストシーンで浮かべていた涙をハンカチで拭いながら、私と繋いだ手から視線を逸らしました。
「ま、私の最後のシーンですもの。スマートに終わって当然だわ」
「うんうん! すごいすごぉい! お疲れ様だよぉー!」
「さっきからすごいすごいって騒ぎすぎ!」
 ひ、久々になのはが私の頬をつねってきました。相変わらずの万力パワーです!
 でも、私は「やめて」とは言いませんでした。
 だって、クランクアップするってことは、もう私はフェイトではなくなるし、彼女はなのはじゃなくなるのだから。
 きっと、こうしていられるのもあと僅か。
「ねえ、なのは」
「…………フェイトちゃん、私のこと呼び捨てに出来るようになったからって、名前呼びすぎじゃない?」
 そんなことないのになぁ。
 私は微笑みながら話を続けました。
「なのはとフェイトの別れのシーンで、一番素敵だなって思う言葉があるの。なんだと思う?」
「別にフェイトちゃんのお気に入りシーンなんて興味ないわ」
 私には憧れているシーンがあるんです。
 いろいろなことを経て仲良くなった二人が、最後に交わす会話。
 こんな素敵なことを、映画の中だけに留めておくのはもったいないと思うのです。
 映画の撮影も終わってしまって、明日からはまたお互い、別々に女優としての道を歩いていくわけだけれど。
 でも、またいつか、会えるように。
「なまえをよんで」
「ば、ばかじゃないの!? もう撮影は終わったでしょう!?」
「でも……ね」
 私がなのはに擦り寄ると、彼女が顔を赤くしながら背を向けました。
「…………ま、まあ、もし映画の第二弾を制作するってなったら、なのは役は私、フェイト役はあなたしか適役なんていないだろうし…………」
「うんうん!」
「また、つねってあげてもいいわよ…………“アンナ”ちゃんのほっぺ」
「うん! “リュッカ”ちゃん!」
 嬉しくて、私は思わずリュッカちゃんに飛びついてしまいました。
 すると「調子にのるな!」ってまたほっぺたをつねられちゃったけれど、リュッカちゃんから離れようという気にならないから不思議です。
 まだ離れようとしない私のことを、リュッカちゃんは一生懸命引き剥がそうとします。
 その中で、彼女がぽつりと言いました。
「エイミィさんの占い……当たりか」
「え? なあに?」
 私が訊き返すと、彼女は顔を真っ赤にしながら「なんでもない!」だって。
 一体何なんでしょう? 
 まあ、そんなことはいいです。
 それよりも、これから撮影スタッフと出演者の皆で、打ち上げなんですよ! 
 すっごく楽しみです。お腹もぺこぺこだし。おいしいものをいっぱい食べなくちゃ!
 ということで、私達はこれから打ち上げに行ってきます。
 いろいろと大変なこともあったし、ちゃんと完成するのか心配だったけれど、無事に全部終わりました。
 やっぱり女優さんって素敵なお仕事です。これからも頑張って続けていきます。
 撮影は一生懸命頑張ったので、映画が完成したら是非皆さん見てくださいね。私も必ず見に行きます。
 では、『台本どおりリリカルなのは The MOVIE 1st』、ご覧頂きましてありがとうございました。
 以上、アンナ・クアンタでした。
 またいつか会いましょうね! 

 Fin.



[28384] 未公開シーン01 明かされる真実 偽りの○○
Name: 虹鮫連牙◆f102f39d ID:52ea1ab2
Date: 2011/09/03 01:27
○フェイトの敗北

 こ、こんにちは。アンナ・クアンタです。きゅ、九歳です。
 はぁー……どうしたらいいんでしょうか? 私、今日の撮影はあまりノリ気になれません。
 どうしてこんなシーンがあるんでしょうか? これ、やらなくちゃダメなんでしょうか?
 私はスタジオの隅で、両手で顔を覆い隠してしゃがみこみました。
 ため息がでちゃいます。
「安心して。撮影スタッフは全員女性にするから、ね?」
 でも、イヤなものはイヤなのにぃ!
 最初にも言った通り、私、九歳なんですよ? もう九歳なんですよ?
 立派な女の子なのにぃ!
「ちゃんと映像の方には特殊加工もするし、その作業だって絶対に女性スタッフにやらせるから! ね! アンナちゃん!」
「…………本当に本当ですか? 本当の本当の本当に?」
 私が泣き出しそうな声でそう言うと、助監督さんは大きく頷きました。
「もっちろんだよぉ! だから頑張ってくれるかい? ね、アンナちゃん」
 火傷しそうなくらいに熱いほっぺたのまま、私は小さく頷きました。
 すると、助監督さんがにっこりと笑いながら後ろを振り返り、大きな声で言いました。
「アンナちゃん! 変身シーンの撮影了解いただきましたぁ!」
「おっきな声で言わないでっ!」
 助監督さんの背中をぽかぽかと叩くと、助監督さんは困ったように笑いながら、すぐにスタジオを出ていきました。
 そうなんです。実は今日の撮影シーンは、私となのは様が魔法少女に変身するシーンを撮影するんです。しかも変身シーンの過程で、私達は一瞬だけ何も着ない姿になるんだって。
 酷いでしょ!? 私もなのは様もも立派な女の子なのに、そんな恥ずかしい姿が劇場の大きなスクリーンに映るんですよ!?
 そりゃあ、裸になるって言っても見えてはいけないところが見えないように、特殊加工をしてくれると言っていました。
 でも、加工する前の映像は私もなのは様も服を脱いだ状態で撮るんです。
 そんな姿でカメラの前なんて出られないよぉ…………。
 きっとなのは様も同じ気持ちのはずです。
 私がスタジオの中を見渡すと、スタジオ内に用意された脱衣室の中から、なのは様がガウンを纏った状態で姿を現しました。
 え? ガウン姿って、まさか。
「あ、あの……なのは様?」
 私が声を掛けると、なのは様はこっちを見るなり、目を見開いて言いました。
「まあフェイトちゃん!? あなた、まだ準備が出来てないの!?」
「へぇえっ!?」
「もうすぐ変身シーンの撮影が始まるのよ!? さっさとその貧相な服を脱いできなさいよ!」
 なのは様ったらやる気満々です!
 恥ずかしくないのかな?
「なのは様……平気なの?」
「何が?」
「恥ずかしくないの?」
 そう言うと、なのは様が大袈裟なくらいに大きくため息をついてから、私の方を見ました。
「あのね、フェイトちゃんは女優でしょ?」
「うん」
「だったら根性見せなさいよ! 羞恥心より撮影よ! 熱演よ! 女優魂を見せ付けなさいよ!」
 なのは様の熱心な言葉が、私の胸にガッツーンと飛び込んできました。
 なのは様ってば。
「クロノ君みたい…………」
「なんですってぇ! ざっけんじゃねーよ!」
 女優魂かぁ。
 その言葉がとってもかっこよく聞こえて、何だか私の胸の奥から勇気が湧いてきた気がします。
 さっきまでは恥ずかしくって心臓がドキドキしていたけれど、今は高まるやる気のおかげでワクワクします。
 そうです。女優さんなんだから、演技と割り切って頑張らなくちゃ! スタッフさんも女性の方ばかりだし、大事なところは隠してもらえるし、何も心配は要らないんですよね!
 ようし!
 私は一度だけガッツポーズをしてから、脱衣室へと入っていきました。
 着ていたTシャツとスカートを脱ぎ捨ててハンガーにかけます。やってやるんだから!
 またちょっと恥ずかしくなったけれど、下着も脱ぎ捨てます。ぜ、全然大丈夫だもん!
 ガウンを羽織ろうとした時、脱衣室の中にある姿見に気付きました。これでバッチリだも…………。
「フェイトちゃん、脱げた?」
 脱衣室の外から聞こえるなのは様の声。
 私は、返事をすることが出来ないまま固まってしまいました。
 今、私は絶望的なくらいの現実を目の当たりにしています。
 外で待ちかねたのか、なのは様が急に脱衣室を開けてきました。姿見に映る私の全裸姿が、なのは様の視界に入ります。
「ほらぁ、脱げたんだったら、さっさとガウンを着て出なさいよ。風邪引くでしょ?」
「あ、あの……なの、なのは、様…………私って」
 私の手からガウンを奪ったなのは様が、それを広げてわざわざ着せようとしてくれました。
 だけど、途中で手を止めたかと思ったら、姿見に映る私の体を見てなのは様が言いました。
「フェイトちゃんって…………服だけじゃなくて体も貧相なのね。おほほほほっ!」
「だ、だって! まだ九歳だもんっ!」
 とは言い返したものの、私自身、自分の体の幼さにびっくりして動けなくなったのです。
 完全に意気消沈してしまった私は、なのは様に引きずられるようにして脱衣室から出ました。
 はぁー……だから変身シーンの撮影なんてイヤだったのに。
 糸の切れた操り人形のような私を、なのは様はいつまでも笑いました。
 でも待って。なのは様だってきっと同じような成長具合のはずだと思うんだけど、どうなんだろう?
 うーん……なのは様のガウンの中が気になります。
「では、撮影はなのはちゃんから始めまーす!」
 スタッフさんの声が聞こえ、なのは様が元気よく挨拶をしながらセットの方に向かいました。
 そして、セットの方に向かいながら、ゆっくりとガウンを脱ぎ始めたのです。
 こ、これは! 刮目せねば!
 開かれたガウンが徐々に背中を伝い、なのは様の色白なうなじと肩を露にします。止まることなくするすると落ちていくガウンは、まるで雪の上を滑っているよう。柔肌を流れ、腰部のたわわな膨らみさえも容易く乗り越えて床に落ちたガウンは、名残惜しそうに、なのは様の細い両足を見送るのでした。
 い、いろっぽいです!
 カメラの前までやって来たなのは様は、若干頬を赤らめながらも、毅然とした眼差しと共に、体を振り向かせました。
 露になるなのは様の裸体。前面から見ると、とても九歳には見えない色気が全身から溢れていました。
 そして何よりも驚かされたのは。
「なのは様……まさか!」
 胸が、少しだけふっくらとしていました。
 もちろん大人の女性と言うにはほど遠いけれど、彼女の体の前面には、明らかに“女”が育ち始めていたのです。
 私は自分の胸を両手で押さえました。
 この差は、なに?
 息を呑むほどの羨望。
 己を憎むほどの絶望。
 胸を欲するこの渇望。
 今年のお誕生日には、パットを買ってもらおうかな。



○なのはの敗北
 
「お疲れさまでーす」
 大きな声で挨拶をした後、私はスタジオを後にした。
 今日は私とフェイトちゃんの変身シーンの撮影だったんだけど、フェイトちゃんったら自分の撮影が終わった途端、逃げるようにしてスタジオを出ていっちゃった。何事かしら?
 …………と、知らぬふりするのは意地悪かしら?
 おほほほほほっ! あの子ったら、自分のお子様体型に相当ショックを受けていたみたいだわ。
 面白いったらありゃしない。これは彼女を見つけて、もっと追い込むしかない。
 私はあちこちを歩き回り、フェイトちゃんの後を追った。
 すると、いたいた。休憩室のソファーで不貞寝するフェイトちゃんを発見。
 いや、不貞寝じゃないみたい。
 もぞもぞ動いてる。何してるのかしら? 
 近づいてみると、彼女はソファーの上にうつ伏せになった状態で、両手を胸とソファーの間に挟んでいた。もぞもぞと動かしているのは、どうやら両手で胸を揉んでいるようだ。そして頭の脇にはパック牛乳を置いて、ストローで中身を吸っていた。
 まさかこの子。
「フェ、フェイトちゃん?」
「…………ああ、なのは様?」
「な、何してるの?」
「なのは様知ってる? うつ伏せに寝る人って胸が大きくなる傾向にあるんだって。それに胸は揉まれても大きくなるんだってさ。それに牛乳も胸を大きくするにはいいんだって」
 全部実践中かよ。
 ぷっくくくく! この子ったらそんなにショックだったのかしら。
 これはいいわ。からかい甲斐があり過ぎて仕方が無い。
「フェイトちゃんったらそんなに気にしてるの?」
「なのは様?」
「いいのよ別に“お子ちゃま体型”だって。そういうのが好きな人だっているし、それに貧乳だって素敵ですもの」
「なのは様?」
「大きければいいってわけでもないんだから。私もこのまま大きくなって、肩こりの原因にでもなったらどうしようって、今から心配で心配で」
「なのは様?」
「はぁー……つるつるのフェイトちゃんが羨ましいわぁ。私もフェイトちゃんみたいに真っ平らに戻りたい。ベニヤ板みたいなボディーラインに憧れるわぁ」
「なのは様?」
「本当に素敵な“まな板”! ねえフェイトちゃん、その胸なら全速力で走っても空気抵抗少ないし、下着なんて付け忘れても全然へっちゃらだし、もしかしたら男役なんかも演じられるかもねー! おーほほほはがぁあっは!?」
 笑おうとしたとき、突然私の顎が何かに鷲掴みにされた。
 しかしその“何か”の正体を知ったとき、私の背筋を冷たいものが駆け抜けていった。
 は、速過ぎて見えなかった。フェイトちゃんの、右手。
「なのは様、ひどぉい…………」
「ご、ごめんな……さ」
「そんな意地悪言われちゃうと…………」
「ゆる、ゆるひ……え」
「人の頭がリンゴに見えちゃう」
 超握力! 頭が爆ぜる!
 私は必死に謝り、幾度も謝り、自身の誤りを認めて更に謝ることで、ようやくフェイトちゃんの右手から解放された。
 やばかったわ。鏡で確認すると、顎に手形がついていた。
 たぶんこれ以上は刺激しないほうがいい。
 私は、その場を後にしようと踵を返した。
「お二人さぁん」
「うおああああっ!」
 突然、私の目の前にエイミィさんが出現した。
 本当にいい加減にしてほしい。出てくるタイミングが毎度毎度絶妙すぎる。まるでこいつの思い通りに私達が動いているみたい。
「そんなに絶妙? クククククク、そこまで褒められると照れちゃうなぁ」
 心を読むなよ! おっかねえんだよ!
「私の思い通りに動いているってのも、もしかしたらその通りかもね……ククククククッ」
 だから読むなよ! それに台本ぶってるんじゃねえよ!
 この人に絡まれると本当に疲れるわ。
「なのはちゃぁん」
 エイミィさんが、じっと私のことを見ながら言った。
「フェイトちゃん、何かあったのぉ? ククク」
「ああ、えっと実はね…………」
 説明してあげようとした時、突然エイミィさんが私の手を握りしめてきた。
 驚いた私がその場で固まっていると、エイミィさんは何度か頷きながら、時折いつもの不気味な笑い声を漏らした。
 あの、おっかないんですけど。
「…………なるほどねぇ。クククククク…………事情は分かったよ」
 今ので? つくづく人じゃねえな。
「フェイトちゃん……クククッ…………私がいいこと教えてあげるから、元気だしなよぉ、クククククク」
 エイミィさんって何者なのかしら? これで演技の時は明るくて可愛らしい役を演じるんだからたまげたもんだわ。
 映画を観る人たちは、彼女の素性なんて知らないんだろうな。
「ククッククク…………フェイトちゃんも成長期がやってくれば、きっと大きくなるよ」
「へ? 成長期ですか?」
「そうよぉ。ククククククッ……なのはちゃんだって、成長期だから育ったんだもの」
 ん? ちょっと待て? 
 私は彼女の言葉をもう一度頭の中で繰り返した。
 その言葉じゃあ、まるで私とフェイトちゃんの成長期が…………。
「どういうことですか? エイミィさん」
「実はね、なのはちゃんは…………」
 こ、こいつ! 知ってる!?
 何処まで知っているのかと考えたが、そんな思考は無駄だとすぐに気が付いた。
 さっき私は彼女と何をした? 手を触れ合わせた。
 彼女はそれで何をした? 私の思考を読み取った。
 まずい、迂闊だった!
 そんなことさせては、もしかしたら…………。
「ちょっとエイミィさん! それ以上は!」
 飛び掛ろうとした私だったが、エイミィさんがいつの間にか腕を伸ばしてきて、私の額に人差し指を当てた。
 その瞬間、私の体は石のように硬くなって動かなくなった。
「な……何…………を!?」
「なのはちゃんってさぁ…………クククッ…………今、何歳?」
「ヒイィッ!」
 額からエイミィさんの指が外された。
 しかし、それでも私は動けなくなっていた。
 フェイトちゃんが、そっと近づいてきて、心配そうな表情を浮かべながら私に言った。
「なのは様? あの…………」
 声すらも出せないでいると、エイミィさんが更に言った。
「“高町なのは”は九歳だけど、今、私達の隣にいる“なのはちゃん”は、一体何歳? ククククククッ」
 胸が、少しだけふっくらとしてきた。
 もちろん大人の女性と言うにはほど遠いけれど、私の体の前面には、明らかに“女”が育ち始めていた。
 私は自分の胸の成長を抑えたかった。
 この膨らみは、なに?
 息が止まるほどの緊張。
 時間を恨むほどの憎悪。
 若さを欲するこの渇望。
 今年のお誕生日で、私は十二歳になります。

 Oh my gash.



[28384] 未公開シーン02 「マフィン」をくれた君に
Name: 虹鮫連牙◆f102f39d ID:52ea1ab2
Date: 2011/09/08 07:33
○お茶を飲む

「はいカットォ! いいねーなのはちゃん! ユーノ君! ナイスオッケー!」
 助監督さんの声がスタジオに響き渡ってから数秒後、私は強張らせていた演技顔を一気に弛緩させた。
 うん。今日も完璧な演技。私ったら本当に天才子役だわ。
 休憩所のパイプ椅子に腰掛け、私は用意されていたお茶に手を伸ばした。今日の撮影は朝から長台詞だったせいか、気が付いたら口の中がカラカラ。ま、主演ですもの。当然かしら。
 私がお茶を啜りながらくつろいでいると、後ろから助監督さんが近づいてきて、軽く私の肩を叩いた。
「二人ともお疲れ様だねー。今日もバッチシ、良い演技だったよー!」
「そりゃあ私ですもの! 当然です、おほほほ…………ほ?」
 はて? 今の助監督さんの言葉は、ちょっと可笑しくないかしら?
「二人……ですか?」
「うん! 本当に良いコンビだよね!」
 二人ってどういうことかしら?
 実は今日の撮影というのは、私とユーノ君が出演するシーンだったわけなんだけれど。
 その、何と言うか。
 今日のユーノ君はフェレットモードなわけであって。
 説明すると、ユーノ・スクライアという人物は、高町なのはと出会った頃はフェレットという小動物に姿を変えていたそうだ。もちろん人型が本来の姿なわけだけれど、なのはと共に暮らす日常ではずっとフェレットの姿をしていたらしく、この映画本編においても、フェレットユーノ君が出演する時間は意外と長い。
 そして、それ故に私達は、常日頃から素朴な謎を抱えている。
 フェレットユーノって、一体何者? いや、て言うか、何?
 実はフェレットユーノは、カメラの前では最初から最後まで、その愛らしい姿を懸命に動かしているだけ。台詞のあるシーンでも口をパクパクさせるだけであり、音声は後になって改めてユーノ君が収録しているようなのだ。
 はっきりとした確証が無い理由は、ユーノ君と監督がこの件については詳しく教えてくれないこと。
 何故なのかと問えば、監督は決まってこう言うのだ。
 “台本の世界に染まるのならば、余計な詮索は無用”って。
 でも、どうしたって気になるんだから仕方が無いじゃない。
 だってあのフェレットユーノは絶対に普通じゃない。私達人間の言葉を理解しているかのように言いつけをよく守るし、四足歩行の動物とは思えないほど器用に動くし。
 何よりおかしいのは、フェレットユーノが撮影に出ているとき、人型のユーノ君が全く姿を見せないということだ。今日の撮影だって、このスタジオにいる役者は私とフェレットユーノ。それに出番待ちのクロノ君とエイミィさんとリンディさん。
 人である方のユーノ君は姿を見せていない。
 怪しい。
「ねえクロノ君、エイミィさん、リンディさん」
 私は三人に近づいていった。
「ユーノ君、見てないわよね?」
「ユーノ? ユーノならそこにいるじゃないか?」
 クロノ君が指差す方を見ると、そこには休憩所のテーブルに上って、小さな肉球で湯飲みを挟んで持ち、お茶を啜るフェレットユーノがいた。
「いや、おかしいでしょ!」
 器用過ぎでるでしょ!
 フェレットユーノは湯飲みを手放すと、今度はお茶と一緒に置いてあったマフィンに手を伸ばし、齧りついていた。本番前にフェイトちゃんが出演者やスタッフに配っていた、彼女のお手製マフィンだ。
 それも食べ終えたフェレットユーノは、「うっぷ」と小さくゲップをした後、スタジオの出口へと向かっていく。
「これはますます怪しいわ」
「一体何が怪しいのかしら?」
 リンディさんに尋ねられて、私は事情を説明した。
 すると、彼女も腕を組みつつ「確かに」と不思議がった。
「やっぱり、本物のユーノ・スクライアみたいに、あのフェレットもユーノが変身してるんじゃないの?」
「だって、役者のユーノ君は魔導師じゃないんですよ? 変身なんて出来るわけが」
 しかし、そんな中でもクロノ君がすっ呆けた顔で声を掛けてきた。
「あのフェレットの何がおかしいんだ?」
「どこの世界に湯飲み持って茶ぁ飲むフェレットがいるのよ!? あいつが何者なのか、突き止めるのよ!」
「何者なのかを突き止める、だと? …………なんか熱いな! 俺も手伝うぜ!」
 何言ってるんだ、こいつ。
 まあいいわ。人手はあったほうがいいもの。あのフェレットユーノをとっ捕まえて、必ず正体を暴いてやるんだから。



○腿を食す

「ようし! 今日の撮影も頑張っちゃうんだから!」
 姿見の前で、バリアジャケットを着た自分の確認しながら、私はほっぺたをペチペチと叩きました。
 気合いが入っちゃいます! だって今日の午後は、なのは様との激突シーンなんだもん!
 頑張らないとね!
 鏡に向かって表情の練習をしていると、後ろで楽屋の扉が開く音がしました。
「ん? どちら様ですか?」
 後ろを振り返ると、確かに扉は開いているんだけれど、人が入ってくる姿は見えません。
 なんで勝手に開いたんだろう? 
 私が扉の方に近づくと、開かれた扉が静かに揺れているだけでした。
 なんだろう。ちょっと不気味で怖い気がします。
「誰かいるんですか?」
 扉から顔を出し、あたりをキョロキョロと見回してみても、誰もいません。 
 ううぅ、オバケだったらどうしよう…………。
 そう思っていた時でした。
「うひゃあぁっ!」
 私の足首を、何かが撫でていきました。
 うわあ、どうしよう! 本当にオバケです! 
 ビックリした私は慌てて楽屋の端っこまで駆けていくと、そこで膝を抱えて座り込みました。
「やだよぉ、怖いよー! ママー!」
 肩も膝も歯も震えて、全身に鳥肌が立ちました。
 その時、バリアジャケット姿のためにむき出しとなっている私の太腿を、何かがペロリと舐めたのです。
「ひゃあぁあっ!」
 大きな声を上げながら太腿を見ると、そこにはなんと。
「ユ、ユーノ?」
 フェレットユーノがいたのです。
 なんだぁ。扉を開けて入ってきたのも、さっき足首を撫でたのも、フェレットユーノだったのかぁ。
 何だか恥ずかしくなっちゃって、涙目をこすりながらも思わず笑ってしまいました。
「もう、この悪戯っ子め!」
 そう言いながらフェレットユーノの頭を撫でていると、楽屋の外から声が聞こえました。
「楽屋から悲鳴があったわよ!」
「奴はあそこにいるに違いないぞ! 追え!」
 声はどうやらなのは様とクロノ君みたいだけど、一体何の騒ぎだろう。
 そう思っていると、フェレットユーノが駆け出して楽屋を出ていってしまいました。
 さすがは小動物。素早い動きだなぁ。
 少ししてから、今度はなのは様とクロノ君が楽屋に飛び込んできました。
「フェイトちゃん!? さっきの悲鳴は何!?」
「ああ、実はね」
「まさかフェレットユーノか!?」
「え? そうだけど……よく分かったね」
「ユーノが! ユーノが何をしたんだ!?」
「私の太腿をペロッってしたんだけど」
「何ぃ!?」
 その時、今度は人であるユーノが顔を覗かせてきました。
 なのは様とクロノ君も彼に気が付いたようで、でも何故か怖い顔で睨みつけながら、ユーノを見ました。
 彼は少々怪訝そうにしながらも、いつものように微笑みながら言いました。
「フェイト、さっきはごちそうさま」
 マフィンのことかな?
「ごちそうさまだと!?」
 なのは様とクロノ君が驚いています。
 な、なにごと?
「てめえ! ユーノ! まさかペロッといったのか!?」
「どうなの!? ユーノ君!?」
「え!? …………う、うん。まあ、おいしかったからペロリと」
「ペロリですって!? ひ、卑猥…………はふぅ…………」
 なのは様がその場に崩れてしまいました! 
「お前の舌が淫らに滑る! 乙女を汚せと肌舐め攻める! …………そんな奴には制裁だ! スウゥゥゥパアァァァァァクロノパアァァァンチイィィィィッ!」
「ええっ!? な、何!? なんで!?」
 逃げるユーノを、クロノ君が追いかけていきました。
 一体何なんでしょうか? もしかして、ユーノ君が二人のマフィンも食べちゃったとか? 
 訳も分からないまま、私はしばらく固まってしまいました。



○ネタを評す

「じゃあアリサ! 私からいかせていただきます!」
「よっしゃあ! リニスさん、ガツンと来とってってんやでやー!」
 リニスさんの合図を受け、アリサちゃんが一晩考えたという渾身のギャグが放たれようとしとる。
 お笑い界の頂点を目指すということになっとる私こと月村すずかと、アリサ・バニングスの二人やけど、最近はコンビやなくてトリオで活動することにした。
 まだ私とアリサちゃんは九歳や。その中に大人のリニスさんが入るというのは、なかなかのインパクトになるっちゅーことで、アリサちゃんが引き込んだんや。
 しかし、私は正直不安でしゃーない。
 いや、そもそも私が、アリサちゃんの夢に振り回されているという現状が不安や。
 私、このまま彼女とお笑いの道を突き進んでしまうんやろかぁ。
 はぁー…………ため息が漏れてしまうわ。
「ちょっとすずか! ちゃんとリニスさんのネタをチェックしてくりまっしゃろかぁ!?」
 いいかげん、アリサちゃんの下手糞な関西弁はどうにかならんやろか。
「すずか! お願いするでごわす!」
 リニス、お前もか。
 私は呆れ顔で「はいはい」と返事をしながら、二人の目の前に腰を下ろした。
「えーでは……ごほんっ! …………」
 アリサちゃんが前フリに入る。
「リニスさぁん、ちょっち聞いちょりまっしゃるでよー」
 いきなりだけど、何言ってるのかわかんねえよ。
「あ、お、押忍! な、押忍? えっと、なぎゃ、な、あ……押忍!」
 え?
「こないだ散歩をしちまってたら」
「布団が吹っ飛んだぁー!」
「ちょっとストーップ!」
 私は思わずネタを止めた。
 アカン、どっから突っ込んだらええんやろ?
 今のは漫才以前の問題や。この二人、センスが無さ過ぎる!
「どうだった!? すずか!?」
「どうっすか!?」
 ふざけんなよ。今ので批評させんなよ。
「リニスさんは言葉が詰まり過ぎや! 押忍だけじゃ通らんよ! それに一晩考えたネタがオヤジギャグかい!?」
「どうしたらいいっすか?」
「一万歩譲ってオヤジギャグでも良いとして、もっと捻らなアカンって!」
「すずか! 私は!」
「だから批評させんなや! 評する以前の問題や! アリサちゃんはもう関西弁を使わんほうがええ。それにリニスさんがまともに返してないんやから、ネタ中断するとかツッコミ入れるとかせなあかんよ」
 私が言い終えると、二人はしばらく腕を組んで考え込んだ後、同時に顔を見合わせた。そして同時に頷きあい、同時に親指を立てて私に突きつけてきた。
 これほどまでに不安な光景が、果たしてこの世にあるんやろうか? 
 しかし、あれこれ言っても仕方が無いし、ネタ合わせも始まったばかりや。次はもう少しマシになることやろう。
 私は二人の目の前に座りなおし、腕を組んで鋭い視線を送った。
「えーでは……ごほんっ! …………」
 アリサちゃんが前フリに入る。
「リニスさん、ちょっと聞いてくださらないかしらぁん?」
 だから、妙な口癖を付けるのは止めぇや。
「あ、お、押……な、何かしらっすわ!? 何かしらっすわぁ……押忍!」
 え?
「こないだお昼寝をしたら」
「ベッドがベッドんだー!」
「ストップストーップ!」
 私は思わずネタを止めた。
 アカン、ぶっ飛ばしてもええやろうか?
 今度も漫才以前の問題や。この二人、学習能力が無さ過ぎる!
「どうだった!? すずか!?」
「どうっすか!?」
「だからふざけんなぁ! リニスさんは緊張し過ぎやっちゅーねん! しかもなんやねんそのギャグは!?」
「いや、あの布団を捻ってベッドにって」
「説明すんなやぁ! こっぱずかしい!」
 このままでは私が茹蛸みたいになってしまう。
 しかし、怒鳴らずにおられん。こいつらには言ってやらなアカン。
 横から、アリサちゃんが恐る恐る声を出した。
「あ、あの、すずか?」
「だから批評させんなや! さっきもちゃんとツッコミ入れろって言ったばかりやろうが! しかも散歩から昼寝って、急にネタを変えるんやない!」
「ネタだけに……寝た? なんちって」
「首しめたろかおんどりゃぁぁぁっ!」
「お昼寝中にベッドがベッドんだー!」
「リニスは黙っとれぇっ! わけわからんわぁ!」
 ダメや、頭ン中で“ブチブチ”という音が止まらん。
 こんなんでお笑い界の天下が取れるわけない。
 どうしたらいいんや。
 頭を抱えて蹲っていると、部屋の隅から誰かの視線を感じた。
 視線を感じるほうに顔を向けると、そこには。
「あ、フェレットユーノ? 何でこんなところにおるん?」
 フェレットユーノは、何故か手元にカンペとマジックペンを持っていた。
 そして器用にマジックペンを抱えると、スラスラとカンペに文字を書き始めた。
 こいつ、ホンマに器用なやっちゃなぁ。
 しかし、書きあがったカンペが掲げられた瞬間、私達三人は言葉を失った。
『つまらん』
「なっ……!?」
「しょ、小動物に批評された!?」
 終わった。こりゃあもう完全に立ち直れん。
 私達は、声を発することなくその場で泣いた。


○正体を明かす
 
「いてて」
「ユーノ、大丈夫?」
 冷やしたタオルをユーノの膝に乗せて、私は彼の顔を覗き見ました。
 クロノ君に追いかけられたユーノが転んでしまったんです。でも、軽く膝をぶつけてしまった程度で済んだし、目に見えるような傷も出来ていないから安心しました。
 それに比べてクロノ君はと言うと。
「ふごっぉふ!」
「ユーノ君に、謝れ」
「す、すいま、せ……したぁ……」
 なのは様の鉄拳制裁によって、目も当てられない状態です。
「ユーノ君、大丈夫?」 
 拳を拭きながら、なのは様もユーノに近づいてきました。
「うん。ちょっと転んだだけだからさ。それより、何かあったの? どうしてクロノは僕を?」
 それは私も気になるところです。
 一体何でなのは様とクロノ君は、ユーノを追いかけていたのでしょうか?
 私とユーノが同時になのは様を見ると、彼女は申し訳無さそうな表情を浮かべながら事情を話しました。
 その内容を聞いてみて、「確かに」と私も不思議に思いました。
 あのフェレットユーノって、一体何なのでしょうか? 見た目が可愛いから気にしたことはなかったけれど、普通の小動物でないことは間違い無さそうです。だって、撮影でフェレット姿のままユーノが魔法を使う時も変なポーズ取ってたし。
 アニマルタレントだとしても、あんなに器用に動けるものなのでしょうか?
 話を聞いたユーノは、何だか申し訳無さそうに顔を俯かせながら、ため息を一つ吐きました。
 そして。
「監督には言うなって言われてたんだけど…………」
「ん?」
「あのフェレット…………実はアルフなんだよ」
「ええっ!?」
 私となのは様は同時に大声を上げてしまいました。
 あのフェレットユーノが、アルフ?
「役者でもありながら本物の使い魔でもあるから変身魔法が使えるってことで、アルフは自分と僕の動物形態を兼ね役として務めてるんだ」
「し、知らなかった…………」
「で、でも! アルフとフェレットユーノが同時に映るシーンだってあるんだよ!? 撮影の時だって二匹一緒にいたよ!?」
「それもアルフのおかげ。彼女は幻術魔法の使い手なんだって。二匹いる場合、どちらか一方はアルフが作った幻だよ」
 この映画にそんな秘密があったなんて。
 私となのは様が固まっていると、後ろから突然笑い声が聞こえてきました。
 その声は、聞き覚えがあります。
「いやー、遂にばれちゃったかぁ」
「もう、アルフったら」
 アルフが笑いながら近づいてきました。
「教えてくれたって良かったのに」
「監督に口止めされていたのさ。リアリティーを求める人だからね。小細工が目に見えるのは嫌なんだろ?」
 だからと言って、何だか妙なことで大騒ぎになっちゃいました。
 リアリティーを求めると言っても、あまり隠し事をされるのは何だか不安です。
「それよりフェイト、マフィンおいしかったよ。ごちそうさま」
「いいえ、どういたしまして」
 私が微笑むと、なのは様が声を上げました。
「あんた! そういえばスタジオで平らげたマフィン! あれ、私のだったんだけど!」
「え?」
「あっはっはっは! いやー、またバレちゃったか」
 そう言ったアルフは、再びフェレットモードに変身してから逃げていきました。なのは様も顔を真っ赤にして再びアルフを追いかけます。
 何だか、まだまだ騒がしさが収まりそうにありません。

 She ate the muffin with great relish.



[28384] 未公開シーン03 夜空の下で 届ける想い
Name: 虹鮫連牙◆f102f39d ID:52ea1ab2
Date: 2011/09/11 22:31
○サイドN

 右手に持ったポーチを激しく揺らしながら、ハイヒールを履いた両足でタイル床を打ち鳴らす。
 白のドレスとネックレス。ワンポイントとして付けてきた赤い花のブローチは、胸元にさりげなく。
 今日の格好は実を言うと、自分のバリアジャケットをイメージしてみたのだけれど、おかしくはないかな?
「ママァ! 早くー!」
「ちょ、ちょっと待ってってば!」
 愛娘は、遅れながらも懸命に走る私を見て頬を膨らませた。用意されている食事が待ちきれないのか、それともこれから対面する“二人”に会いたいが故か。
 どちらにしても楽しみなようだ。
 そう、私同様に。
 息を切らしながらも辿り着いた場所には、木枠に嵌められた曇りガラスと、金メッキのドアノブ。そしてガラスには、洒落た書体のミッド文字が店の名を示していた。
「とうちゃくぅー」
「うん、到着だね。さ、行きましょうか、ヴィヴィオさん?」
「エスコートいたしますわぁ」
 ジョーク交じりの会話と共に入り口を潜ると、そこには受付の店員ではなく、綺麗な金髪を揺らす女性が眉を吊り上げて立っていた。
「もう、なのは遅いよぉ! 今から探しに行こうかと思ったんだから。“二人”はもう来てるんだよ?」
「ごめんフェイトちゃん。道が混んでて」
 そう言いながら、私とフェイトちゃんは二人同時にヴィヴィオの手を取った。
 三人で並んで店内を進むと、ミッドの夜景が一望できる窓際のテーブル席に、二人の女の子が座っていた。
 そしてその二人は、私達の接近に気が付いた途端、慌てて席を立ちながら同時にお辞儀をした。
 お辞儀のタイミングはバッチリ揃っている。二人とも仲が良いのかなと思うと、何だかフェイトちゃんと私の関係が思い浮かんできて、笑みがこぼれる。
「お待たせしてごめんなさい」
 そう言うと、二人のうち、白いワンピース姿の少女が手の平を顔の前で振った。
 たぶん、この子が私を演じた女の子。
「い、いえ! とんでもござりません! 全然待ってないです! はい!」
 そして次は、彼女の隣にいる女の子が両手を口にあてがったまま頬を赤く染めた。金髪のツインテールを見たらすぐに分かった。綺麗な瞳もそっくりだ。
 きっとこの子がフェイトちゃん役の女の子。
「お、お待ちしてましたぁ! お会い出来て光栄ですっ!」
 すると、私役の子が言った。
「ちょっとアンナちゃん!? 私が待ってないって言ったばかりなのに、お待ちしてましたって言うのはどういうこと!?」
「ああ、ごめんねなのは様!」
「“なのは様”って言うなぁ!」
 私役の子はパワフルだなぁ。フェイトちゃん役の子の頬を思いっきり抓っている。
「まあまあ、それより全員揃ったんだし、席に座って料理を食べよう」
 フェイトちゃんが制すると、二人はまた慌てた様子で椅子に座った。
 私達も席に着くと、待ち構えていたようにコース料理の前菜メニューが運ばれてきた。料理に目を釘付けているヴィヴィオをこっそりと突きながら、私は自分から自己紹介をすることにした。
「えーっと…………はじめまして、高町なのはです。時空管理局の戦技教導隊ってところに所属しています」
「は、はじめまして! なのはさんの役をやっちゃってますリュッカ・デンヴィレッジです! 以後、オシリミおきを!」
 お尻は見ない、かな。
「私は、リュッカには一度会ってるんだけど、改めて自己紹介するね。フェイト・テスタロッサ・ハラオウンです。執務官っていうお仕事をしています」
「そのフェイト・テロリスッタさん役をやられていただきます! アンナ・クアンタ、九歳です!」
 どちらかと言えば、フェイトちゃんはテロリストを取り締まる人なんだけど。
 四人の自己紹介が終わると、今度は私の娘からご挨拶。
「高町ヴィヴィオです。私の二人のママ役をやっていただいて、どうもありがとうございます。今日は映画でママ達を演じたお二人と、ママ本人達の対面お食事会ということで、たっくさん楽しみましょうね!」
 緊張した様子を一切見せることなく、一番しっかりした挨拶をするヴィヴィオ。向かいの席に座る二人が愕然としてしまった。
 ヴィヴィオ、空気を読んでほしい、かな。
「あ、お二人ともあまり緊張しなくても大丈夫ですよ。なのはママもフェイトママも、すっごく優しいから。リラックスしてくださいね!」
 もはや追い討ちにしかならないよ、それは。
 まあ、料理が来ればきっと二人もほぐれてくれると思う。
 私はジュースが注がれたグラスを持って、にこやかに言った。
「じゃあまずは、乾杯しよっか」



○サイドF

 こうして並んでいる姿を見ると、ますます私達の子供の頃が思い出される。
 たぶん、二人は今日の食事会に合わせて、私やなのはの子供の頃をイメージしたメイクと服で着てくれているんだろうから、それも原因だろう。本当に似ている。
「それにしても最初は驚いたよね。私とフェイトちゃんの出会いの出来事が映画化されるって聞いた時」
 私は頷いて返事をした。
 本当にその通りだった。まさかあの時の事件が、大きなスクリーンに映し出されて大勢の人達に見られることになるんだから。
 それは実を言うと、恥ずかしくもあり、懐かしくもあり。 
 だけどちょっぴり、悲しくもあった。
 もちろん映画化をすることに反対するつもりは無いんだけれど、一つだけ心配なことがあったんだ。
 それは、私の母さんが悪い人として、多くの人達に認識されてしまうんじゃないかということ。
 事件の首謀者であるから悪い人と言われても仕方がないんだけれど、やっぱりその一言で済ませるのは、嫌だった。
「二人は今回の映画の撮影、どうだったの?」
 なのはの質問に、未だ緊張が解けきれないながらも二人がそれぞれの答えを話し始めた。
「私は感激でした。実は、父が愛読している雑誌になのはさんのインタビュー記事が書かれているのを読んだことがあって、私もなのはさんのことは以前から知っていたので。こんな素敵な人を演じられるのかと、感激しました」
「そこまで褒められると、ちょっと照れちゃうなぁー。アンナちゃんは?」
「わ、私はこの映画でのフェイトさん役が初めての大役だったので、本物に負けないくらいのフェイトさんを演じようと思いました。目指したのは、どこに出しても恥ずかしくないフェイトさんです!」
 なんか、本物の私って恥ずかしいのかなぁ。
 しばらく沈黙した後、なのはが気を取り直すように話を変えた。
「リュ、リュッカちゃんは私のことを以前から知っていてくれたんだ。どんなことを知ってる?」
「えっとぉ…………二つ名は“エースオブエース”」
「うんうん」
「落とせぬ船無し、破けぬ空無し」
「…………う、うん」
「教導は怖いが、心は錦」
「そ、それはちょっと」
「必殺技は、キラーヘルズクラッシャー!」
「スターライトブレイカーだよ! ちょっとその雑誌の出版社教えてくれる!?」
 え!? 乗り込む気!?
 私とヴィヴィオがなのはを宥めていると、アンナちゃんが尋ねてきた。
「あ、あの」
「ん? なあに?」
「さっきも気になったんですけど、フェイトさんのファミリーネームって?」
「テスタロッサ・ハラオウンだよ」
「…………ハラオウン、ですか」
 そうか、彼女達は知らないんだ。
「そう。あの頃のクロノとリンディ提督、それにエイミィさんは、今は私の家族なんだ」
「えっ!?」
 リュッカちゃんも驚いてる。やっぱり知らなかったんだ。
「クロノが私のお兄ちゃん。だからリンディさんは私のお母さんだね。それにエイミィさんはクロノの奥さん」
「ええっ!? あのウザったいクロノ君と、陰気で不気味なエイミィさんと、肥満街道爆進中のリンディさんが家族!?」
「フェイトさん、可哀想…………」
 何故か家族を全否定!? 私、二人に嫌われているのかしら?
 すると、隣の席に座っていたヴィヴィオが、私の料理にフォークを向けながら言った。
「昔のクロノさん達って、そんなだったの?」
「え、違」
「若さ故ってやつかしらねー」
 そう言ってヴィヴィオは、私の皿から料理を攫っていくのだった。
 


○サイドR

 まさか、なのはさんにお子さんがいたなんて知らなかったわ。
 これはもしかしたらビッグニュースかしら。
 でも、ヴィヴィオちゃんってなのはさんの子供にしては大きいような気がするけれど。
「ヴィヴィオちゃんって何歳なの?」
「七歳です」
 ヴィヴィオちゃんが小さな両手で指を七本、立てて見せてくれた。
「映画の事件が起こった頃の、私達よりも小さいよね」
「そうだね」
 なのはさんとフェイトさんが懐かしむようにそう言っているのを聞いた。
 けれど、それにしたって大きいな。
 そんなことを考えていると、フェイトさんから唐突な質問が飛んできた。
「二人はやっぱり、当時の私達と同じ九歳なのかな?」
「そう言えば、アンナちゃんは自己紹介でもそう言っていたね」
 ふっざけんじゃねーわよ。ここで年齢の話なんてされてたまるもんですか。
 私は話を変えようと、ヴィヴィオちゃんの方を向いて言った。
「ヴィヴィオちゃんってすっごく可愛いから、すぐにでも女優さんになれるんじゃないの!?」
「ええー、そうかなぁ。エヘヘヘ」
 頬を赤くしながらヴィヴィオちゃんがそう言うと、なのはさんもフェイトさんも、それにアンナちゃんも「本当に可愛いねー」と言いながら笑っていた。
 よしよし、何とか話は逸れた。
「ヴィヴィオは女優さんなんて出来るかなー?」
「ええー! 出来るもん! 学校の演劇発表会でも、ヴィヴィオ、ちゃんと魔女の役やったでしょう?」
 ふぅ、本物の二人を前にしているから余計だけど、本当の年齢がばれるのはやっぱり嫌だわ。二人には知られるわけにはいかないのよね。
 アンナちゃんが、口に含んだ料理を飲み込んでから話し出した。
「でも、今からでも女優さんになるための勉強は出来ますよ? 私もお仕事を始めたのは六歳の頃ですから」
 アンナ・クアンタァァァッ! 話を年齢から遠ざけろよ!
 こりゃあもう一度話を遠ざけておかないと危ないわ。
「ヴィ、ヴィヴィオちゃんってオッドアイなのね。珍しいけど綺麗ー!」
「エッヘヘヘヘ! もう、リュッカおねえちゃんってば、恥ずかしいからあまり言わないでくださいよー」
「リュッカ、おねえちゃん?」
 ふと、名前を呼ばれて驚いた。
 しかも、今なんて?
「私も女優さんって、ちょっとやってみたいなと思ったりするんですけど、リュッカおねえちゃんみたいになるのは大変?」
 お、おねえちゃん!?
 なんて良い響きなのかしら。
 私は一気にテンションが上がった。
 年下からお姉ちゃんと呼ばれる快感。慕われるという実感。頼られているという優越感。
 素晴らしいわ。もっと、もっと呼んでくれないかしら。
「ねえ、リュッカおねえちゃん、どうかなー?」
「そ、そりゃあ大変なお仕事よ。いっぱい努力しなくちゃダメだもの」
 可愛い! こんなにも素直な反応を示してくれるなんて。
 ああ、乾いた心が満たされていく!
「どれぐらい努力すればいいの?」
 私は胸を張って言った。
「天才子役と言われた私でさえ芸歴十年以上なの! だからやっぱりそれくらいの練習は必要かもしれないわね」
 鼻息荒く、私はしかし、満面の笑みで言い切った。
 目の前からは、ヴィヴィオちゃんの感心したような声が聞こえてきた。
 おーっほっほっほっほ! もっと褒め称えなさい!
「あの、リュッカちゃん?」
「なあに? サインならもちろん後で描いて差し上げてよ?」
「芸歴十年以上って…………九歳じゃないんだね」
 固まった。
 私は、動かなくなった笑顔のまま、しばらく動けないでいた。



サイドA

 楽しいお食事の時間は、あっという間に過ぎていきました。 
 最初にヴィヴィオちゃんが言っていた通り、なのはさんもフェイトさんもすっごく優しいです。
 リュッカちゃんは年齢がばれちゃったけれど……。
「あ、そう言えばね。私達、映画を見てきたんだよ!」
「ええっ!? ほ、本当ですか!?」
「きょ、恐縮です!」
 まさかなのはさん達が、もう映画を観ていたなんて驚きました。公開はつい三日前からだったのに。
 ますます恥ずかしくなっちゃいます。うう、顔赤くなってないかなぁ。
 いや、今の私の顔なんかよりも、もっと気になることがあります。
 映画、どうだったかなぁ。
 私がそんなことを考えていると、リュッカちゃんが緊張した様子で訊きました。
「ど、どうでしたか? …………ちゃんと、お二人の納得出来る作品だったでしょうか?」
 やっぱり、リュッカちゃんも気になってたんだ。
 私は思わず顔を俯かせてしまいました。そのまま顔を上げることも出来ないで、返事を待ちます。
 そして聞こえてきたのは、なのはさんの優しい声。
「…………あの頃を思い出したの」
「あの頃…………」
「そう。子供の頃のこと。初めて魔法に触れて、フェイトちゃんに出会って、自分のやりたいと思うことを見つけて。そんな、今の私の原点を再確認したって言うのかなぁ」
 なのはさんの言葉に、フェイトさんが声を発することもないまま、微笑みながら何度も頷いていました。
「正直、あの頃の事件はフェイトちゃんにとっても辛い出来事だったと思っているの。でも、私達が決して忘れてはいけない出来事でもある。今の私達は一体何をするべきなのか、これからどんなことをしていけばいいのか。そういったことが、あの映画から伝わってきた、かな」
「と……言うことは?」
「うん。すっごくいい映画だった! 自分達の過去の出来事だからとかじゃなくて、あなた達二人の演技は、私達が進むべき道を思い出させてくれるくらいに、素晴らしいと思ったよ」
 そう言ったなのはさんが、笑いました。
 鳥肌が立ちました。
 私とリュッカちゃん。それに他の出演者や監督さん率いる制作スタッフ。皆の気持ちが、映画を観てくれた人をこんなにも素敵な笑顔にしたんです。
 ヴィヴィオちゃんも、「切ないけれど素敵な映画でした」って感想を言ってくれました。
 そうです。こんな風に、観た人達が笑ってくれるようにって、一生懸命演じたんです。そしてこれは、私が女優さんになりたいと思った理由でもあるんです。
 こんなにも嬉しいことはないし、こんなにもやりがいのあるお仕事なんて他にない。そう思えるくらい、私は嬉しいです。
 そしてそれは、リュッカちゃんも同じみたい。なのはさんの言葉を聞いた途端、頬を赤らめて、すっごく嬉しそうに笑いました。
 そしてテーブルの下、なのはさん達には見えない場所で、嬉しさのあまり私の手を握ってきたのです。
 リュッカちゃんの手から伝わる力強さが、彼女の喜びを伝えてくれました。
 だから、私も自分の気持ちに見合うだけの力で握り返したんです。
 それは、ぎゅっと強くて、しっかりと結ばれた握手でした。



 食事会は、すっかりと緊張も解けてお互いに打ち解けあうことが出来てから終了となりました。
 私やリュッカちゃんと、なのはさん達三人とはそれほど頻繁に会うことなんて出来ないけれど、それでも、今日の食事会だけで随分と仲良くなれた気がします。それはもう、いつまでも仲良しのままでいられるくらいの絆を感じさせるほどに。
 私とリュッカちゃんは、それぞれお迎えが来てくれることになっていました。
 リュッカちゃんは真っ黒な超高級車に乗って、一番に帰っていきました。
 なのはさんは、眠ってしまったヴィヴィオちゃんを背中におぶって、タクシーを拾いました。
 そして、私のお迎えがくるまでの間、一緒に待っていてくれることになったフェイトさんは。
「ねえ、アンナ」
「はい?」
 それは、私もウトウトし始めていて、黙っているのがちょっと辛くなってきた時のことです。
「…………アンナは、完成した映画をもう観たの?」
「はい。もちろん観ましたよ」
 フェイトさんの顔が、レストランの中では見たことのない顔に変わったのです。
 なのはさんが映画の感想を話しているときに見せていた、にっこりとした表情とはちょっと違うような。なんだか、少しだけ不安を秘めたような顔でした。
「アンナは、プレシア母さんのことをどう思った?」
 私には、フェイトさんがどうしてそんな顔をしているのか、すぐに分かりました。
 だって、私はずっとフェイトさんを演じてきたんだから。
 そして、フェイトさんのことを演じることが出来たのには、理由があるのだから。
 だから、私はフェイトさんの真意に気付くことが出来ました。
「フェイトさんのママは…………危険なこともしていたし、間違った道を歩いてしまって」
「…………うん」
 フェイトさん、安心してください。
 私は知っています。
 あなたのお母さんは、決してそんな人じゃない。
「でも」
「でも?」
 あなたのお母さんは、決して、あなたが心配するような風には思われない。
「…………自分の大切なものをちゃんと知っていて、それを守りたくて、助けたくて、取り戻したくて一生懸命になった…………素敵なお母さんでした」
 そう言うと、フェイトさんが軽く俯きながら、ほっとしたように笑いました。
「ありがとう」
 大丈夫です、フェイトさん。
 きっと映画を観た誰もが、あなたのお母さんを素敵な人だと感じてくれます。
 その時の私は、レイランさんを思い出していました。
「どういたしまして」
「それと…………」
 そう言いながら、フェイトさんが私の顔を見ました。
 ちょっとだけ、目が光っているようでした。
「映画のラストで、あなたがプレシアに伝えた本当の気持ち…………あれも、ありがとう」
 フェイトさんの言葉は、もしかしたら映画の中に見た、過去の自分へ向けたお礼の言葉なのかもしれません。
 そんな風に思うのは、ちょっと図々しいでしょうか?
 フェイトさんの声を届けてくれた涼しい風は、とても心地が良いものでした。
 
 I'll see you soon.


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