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[28308] 【ネタ】紅い館の見習いメイド
Name: 音楽記号◆00732227 ID:8d672cfe
Date: 2011/08/02 18:24
 東方文花帖の紅魔館の求人を見て思いついたネタを投稿。
 以下注意点。

1、オリ主もの。紅霧異変後から
2、戦闘は無し。
3、複数能力持ち
4、プロット無しの見切り発車
 それでもいい方はどうぞ。

 にじファンにも投稿、フォレストページで作成した自サイトに掲載しています。



[28308]
Name: 音楽記号◆00732227 ID:8d672cfe
Date: 2011/06/11 21:51
 紅い霧が幻想郷を覆った異変から数ヶ月。
 そろそろ冬に入るかという時期に、私は紅い霧の異変を起こしたと言われている吸血鬼が住まう紅い館にやってきていた。
 能力持ちとは言え、ただの人間に過ぎない私が、何故吸血鬼の館に来ているかといえば、それは極有り触れた理由だ。

 就職。

 私も今年で十六。寺子屋を卒業し、だらだらと家庭菜園を作って四年ほど暮らしていたのだが、ただ先月問題が起きたのだ。
 家が火事。全焼。服もなく、財産もなく、そして仕事もなくなった。
 私の自慢の家庭菜園も紅蓮の炎で焼け死に(栄養分はたっぷり残っていそうだが。焼畑農業ってそんな感じだと思う。俄か知識だけど)、家で営んでいた雑貨屋も商品が全てなくなった。
 人里の皆さん及びせんせーからの援助で一家四人飢えて死ぬようなことはなかったが、一刻も早く立ち直らなければならない。
 家の建て直し、借金及び商品の入荷、援助金の断り(借金するのに援助金受け取るのはねぇ)、更に食い扶持の確保。
 両親だけが働いて何とかなる状態ではあるが、しかし私も働いたほうが立ち直りは速いだろう。
 そんなわけで、来るもの拒まず去るもの追わずというのが噂になっている紅い館に来ているのだ。
 ここの、めいど長さんは雑貨品……主に銀製の刃物などを買っていくことが多かったから、少しだけ面識がある。あっちが覚えているかは知らないけれど。
 さて、そろそろ居眠りをしている門番さんに声をかけてみよう。いきなり来たものだから今日は無理かもしれないけれど。
「あの~」
 ちゃいな服を着ている女の人の方を揺さぶり、起床を促す。全然床についてないけど。
「はいっ! 居眠りなんてしませんよ、全然! ええ、してませんとも!」
 流石に苦しいと思うのだけど。
 見れば分かるし。あとよだれ。よだれ垂れてる。
「あ……? 咲夜さんじゃない?」
「あの、私ここで働きたいんですけど」
 よだれを拭きながらこちらを見据える女の人に、単刀直入に言ってみる。
「働く……ですか?」
「はい」
「……ここでですか?」
「ここでです」
 そう答えると、女の人は信じられないといった表情になる。
 何かいけなかったのだろうか?
「あの、何かいけなかったのでしょうか?」
「あ、いえいえ。そういう訳ではなく、少し驚いたもので。吸血鬼の住まう館で働きたいなんて人は初めて見ましたから」
 あー……確かに珍しいんだろう。吸血鬼(に限った事ではないが)は人に害を及ぼすと言われている。この館の吸血鬼はそんなことしないらしいけど。でも、人間にとっては畏怖の象徴であることに変わりない。
 確かに、吸血鬼は怖い。しかし、しかしだ。怖いからといって働かなければ、家族に迷惑をかけるのだ。それだけは避けたい。
 四年間も家で仕事の手伝いもせず寄生虫のように暮らしていたんだから。
「えと、それで私はどうすれば……」
「ん~そうですね。ちょっと上司を呼んできますので、そちらに話を聞いてもらってもいいですか? 何分、私では雇う雇わないを決める権限はありませんから」
「はい、分かりました」
「では。っと、その格好で待っててもらうのは忍びないですね」
 女の人はそういうと、何処からともなく厚手の上着を取り出した。
 そしてそれを手渡してくれる。
「それ着て、待っていてください」
「でも」
「いいんですよ。遠慮しなくても」
 そこまで言うと女の人は館の中に入っていった。
 ……そんなに寒そうな格好をしていただろうか? 薄手のしゃつとずぼんでも意外と暖かいものだけど。
 ま、いいや。とりあえず厚意には甘えておこう。見た目どおりに暖かそうだし。



 どれくらい経ったか。
 館の周りを遊びながら警護していた妖精をぼんやりと見ながら、私は門に背もたれていた。
 妖精は実に楽しそうである。
 子供くらいの大きさから、手の平サイズまで。皆それぞれが笑顔で遊んでいる。
 妖精は群れを作らないと聞いたことがあるが……仕事仲間や友人は作れるみたいだ。ちょっと驚き。
「お待たせしました」
 不意に頭上から声が聞こえた。
 先ほどの女の人とはまた違った声。
 慌てて立ち上がり、声のしたほうを向くと、そこにはめいど服を着た銀髪の女性がいた。
 少し高めの身長、蒼い瞳、顔の両サイドには三つ編みが下げられている。
 黒いわんぴーすに、白いえぷろんどれすを着けている。すかーとはかなり短く、下手をすれば下着が見えてしまうんじゃないだろうか。
 この人こそ、我が雑貨屋に度々訪れていためいど長さんである。
「あら、貴方は雑貨屋の……」
「は、はい。夜空天満(よぞらてんま)です」
 少しばかり緊張してどもってしまった。悪印象を与えてなければいいけど……。
「私は十六夜咲夜。紅魔館で働きたいそうだけど……本当かしら?」
「はい」
「そう、ならついてきて。ここで働くに値するか見定めるから」
 見定める……面接試験ということだろうか?
 四年前に寺子屋でそんな試験が聞いたことがある。というか、練習もしたけれど。
 えっと、ハッキリと喋って、自分の考えをしっかりと伝えて、分からないことには分かりませんって正直に言うんだよね。
 ……よし、大丈夫。私ならやれる。




 内装までもが紅い館のある一室。
 そこで私は十六夜さんと机を挟んで向かい合いながら座っていた。
 貸してもらった上着は、既に返却してある。
「まず、年齢を教えてくれるかしら」
「十五です。今年十六になります」
 私は十二月の三日生まれだ。
 一、二、三と並んでいるのが特徴。
「では、能力の有無」
「『浄化する程度の能力』と『珍しいものを拾う程度の能力』を持っています」
 浄化とは、身体の中の毒素を無害なものにしたり、猛毒などを解毒したりする能力だそうだ。
 もっとも、私の力不足で、効果範囲は自分自身のみらしいけど。
 何故語尾が伝聞形なのかというと、私もせんせーに聞いたからに過ぎない。
 もう一つの珍しいものを拾うというのも、そのまんまだ。
 金属だったり、小銭だったり。または外の世界から流れ着いた道具だったり。
 加工できそうなものは家で加工し商品に。出来そうにないものは香霖堂というところに売りに行ってもらう。
「珍しいわね。能力が二つもあるなんて」
「よく言われます」
 能力は基本的に一人一つ。更に言えば、特別な人間や妖怪でもない限り能力を持つことがない。
 私の何が特別なのか全く分からないが、しかし能力を持っているということは何か秀でていることがあるのだろう。自分ではよく分からないけれど。
「次、料理の腕は? 掃除や洗濯とかも出来るかしら?」
「料理は、母親仕込みの家庭料理なら。掃除は大の得意……ですが、このような洋館は初めてですので、少し不安があります。洗濯も同様です」
 はて。今更だが敬語はこれでいいのだろうか? 下手な敬語は返って知性を疑わせるというが……。
 まぁ、ここまで来てしまったのだ。後には引けまい。
「そう……。訓練すれば、あるいは……。じゃあ、次。特技は?」
「裁縫です。自宅では服の解れなどを直していました」
 性格には直させられた。
 まぁ、暇つぶしになったから良かったけど。
「次は……これが最後ね。貴方はどうして、この館で働こうと思ったのかしら?」
 どうしてって。
 正直に言ってしまえば、住み込みのこの館で働いてくれと懇願されたからだ。両親に。
 食い扶持が減って金が入るなら万々歳ということらしい。
 私としても、力仕事はまず出来ないし、甘味どころやうどん屋の従業員は向いていない気がした。細工屋は、美的感覚が手のつけられないほど酷い私が働いても邪魔になるだけであろう。雑貨屋は、私の家の他にもあるのだが、そこは働き手をそこまで必要としていない。
 よって、両親が何処からか聞いてきたこの館の噂話……つまるところ来るもの拒まず去るもの追わずが私にとって程よい仕事だったためにここに来たのだ。
「あー、いや。質問を変えるわ。貴方は悪魔のすむこの館で、働く覚悟があるのかしら?」
 正直に話すと、十六夜さんは真面目な顔でそう聞いてきた。
 正直言って、吸血鬼は怖い。血を吸われて自分も吸血鬼になってしまうかもしれないし。
 しかし、だからといって働かない訳にもいかない。怖いという個人の感情で、困っている家族を助けられないのは、私が嫌なのだ。
 そんな建前は置いておいて私はこう答えた。
「給金が、貰えるのなら」
 ……いや、本当に。私は給金が貰えるのなら何処でだって働いてやるよ。働かせていただきますよ。
「給金?」
「はい」
 十六夜さんは目を瞬かせる。
 そして、プッと少し吹き出した。
 何かおかしなことでも言っただろうか?
「いや、ごめんなさいね。今までそんなこと言った人間はいなかったものだから……ク、クク」
 つぼにでも嵌ったのか、笑いを堪える十六夜さん。
 ふぅむ。かなりおかしなことを言ってしまったみたいだ。
「ク、クク。合格よ、合格。まぁ、妖精メイドよりは役に立ちそうだったから最初から雇うつもりだったけど。あー……久しぶりに笑ったわね」
 おお、何故かは分からないが雇ってもらえたようだ。
「あ、でも少し問題があるわね……付いてきてくれるかしら」
「分かりました」
 問題。なんだろう。そういえば吸血鬼が住んでるんだよね。
 それは、確かに問題になるだろうなぁ。
 もう、人間からしても吸血鬼からしても『馬鹿だろ』と罵倒されるようなことをしてるんだよね、私……。
 しかしこれも給金の為。やるしかないのだよ。
「道すがら、仕事の説明をしておくわ」
「はい」
「制服は貸与、食事は三食つき。昼寝休日有給はなしよ」
「分かりました」
 昼寝はともかく、休日有給なしか……。結構辛いかもしれない。
「その分、給金はしっかり払うから安心しなさい」
「ええ。貰わなきゃ仕事しませんよ」
「そうなったらクビにするだけね」
「あわわわ。勘弁してください」
 給金が貰えないと私は……私は……!
 ま、まぁしっかり働けばいいだけだよね。そうだよね。
「それで、貴方にやってもらうのは主に掃除ね。洗濯は洗い方が特殊なものとかあるし、料理は西洋料理は作ったことがないでしょ?」
「はい。ぱすたくらいですね……」
 せんせーに教えられて、ついでに材料も貰ったから作ってみたことがある。
 塩湯でして、別に作ったそーすと絡めるだけだったから意外と簡単だった。お手軽料理。
 もっとも、私が作ったのは一番簡単なもので、難しいのは他にあるらしいのだけど。
「それと、館内にいる妖精メイドたちの統括ね。少しずつでいいから、指示を出せるようになりなさい」
「はい。分かりました」
「それと……。そうそう。お嬢様のところに行く前に着替えなきゃね」
 着替え……。十六夜さんの着ているめいど服とやらだろうか?
 洋服はあまり着たことがないから、まさしく未知の領域。
「こっちに来て、採寸するから」
「はい」
 とある部屋に連れて行かれ、そしてめじゃーと呼ばれるものを取り出す十六夜さん。
「脱いでくれるかしら?」
「えっと、全部ですか?」
「下着姿になってくれればいいわ」
 流石に全裸ではなかった。
 言われたとおりに下着姿となる。今身に着けているのはぶらじゃーとしょーつだけ。
 胸は小さいから、下着は要らないような気がするのだが……。母さんに着用を義務付けられたのでしょうがなく着けている。
 十六夜さんは慣れた手つきで、胸囲、腹囲など、俗に言うすりーさいずを図って行く。
 何だか少し恥ずかしい。
「大体平均ってところかしら。身長は私より頭一つ分小さいくらいだから……。これくらいかしら」
 十六夜さんの姿が一瞬掻き消え、次の瞬間にはめいど服を手に持っていた。
 瞬間移動と言うものだろうか? そういえばこの間見かけた博麗の巫女が同じようなことをやっていたなぁ。
「着てみて」
「ええと、どうやって着れば……?」
 十六夜さんの手を借りて何とかめいど服を着る。
 さいずはピッタリなのだが、どうにも着られている感が拭えない。
「あ、すかーとが長い……」
 私と十六夜さんの服を見比べると、私の方がすかーとの丈が長い。くるぶし辺りまである。
 対して十六夜さんのものは、太もも辺りまで。膝の少し上くらいだ。
「私のが短いのよ。こちらの方が、動きやすいからね」
 確かに。長いより短い方が動きやすそうだ。下着が見えてしまいそうだが。
「さ、行きましょうか。気づいているだろうけど、お嬢様に会ってもらうわ」
「お嬢様、ですか?」
「そう。永遠に紅い幼き月。レミリア・スカーレット様よ」



[28308] 2
Name: 音楽記号◆00732227 ID:8d672cfe
Date: 2011/06/15 20:09
 部屋に入った瞬間、呑み込まれた。
 ただの小娘である私にも、それくらいは理解できた。
 色素の薄い髪、桃色を基調とした服、身長は低く、まるで十にも満たない子供のようだ。
 しかし。背中にある身長よりも大きな蝙蝠の羽が人間ではないことを如実に語っている。
 吸血鬼。
 以前拾った外の世界の本では、化物、怪物、人外、夜族、物の怪、異形、不死の王とも記述されていた。
 それらを読んだときも思ったが、これは格が……いや、最早存在している次元が違う。
 彼女は私よりも、上の次元にいる。
 何て、圧倒的。
「ソレが、新しいメイド?」
「はい。見習いですが」
 凄い。
 思わず尊敬の言葉が小さく漏れる。
 十六夜さんは、こんな規格外な存在を前にして、臆することなく話していられる。
 それが、従者。それが、めいど。それくらい出来なければ、やっていけないのか。
「ふぅん? なるほどね。クク、面白そうじゃない。いいわ、面倒を見てやりなさい」
「はい。お嬢様」
「……ああ。いいこと思いついた。咲夜、ある程度使えるようになったらフランの専属メイドにしなさい」
「それは……」
「命令よ。ある程度使えるようになってからでいいわ」
「……分かりました」
 えっと、何? どういうこと? 何の話?
 呆気に取られすぎて何を話していたのかさっぱり聞いていなかったんだけど……。
「貴女、名前は?」
「あ、えっと、夜空天満といいます」
「そう。私はレミリア・スカーレット。この紅魔館の現当主で、貴女の雇い主……つまりは主人になるわ」
 そしてにっこりと、誰もが見惚れるような笑顔を見せる吸血鬼……ご主人様。
「え、えと、よろしくお願いします!」
 勢いよく頭を下げる。
「そんなに畏まらなくていいわ。今日から咲夜から様々なことを学んで、役にたってちょうだい」
「は、はい! 頑張ります!」
 えと、ご主人様から頑張れって言われたんだよね? きっとそうだよね。
 ……頑張らなくちゃ。
「じゃあ、下がっていいわよ」
「失礼します」
「失礼しますっ」
 今まで黙っていた十六夜さんがそういい、お辞儀をしてから部屋を出る。
 私も見よう見まねでそれを行い、十六夜さんの後について行く。
 部屋から出て少し。ふぅっと息を吐き、肩の力を抜く。
「コラ。気を抜かないの。紅魔館のメイドは完璧で瀟洒でいなければならないのよ」
「は、はい」
 そこを十六夜さんに見咎められる。
 瀟洒……どういう意味だろうか? 後で調べておこう。
「とりあえず、今日は掃除の説明だけしておくわ」
「はい」
「掃除は基本的に午前中に終わらせること。特別な手順を踏むものは私がやるから、貴女は妖精メイドたちに指示を出して床にモップがけ、窓拭き、トイレ掃除をしてもらうわ。
 余裕が出来たら、私の仕事も手伝ってちょうだい。後は……そうそう。晴れの日は窓拭きをしたらカーテンを閉めておいて、夜になったら開けること」
 それはつまり、日光が入ってきたらダメということか。
 吸血鬼だもんね。日の光を浴びると灰になっちゃうんだよね。
「あの、午後は?」
「そうね。ついでに説明しておきましょうか。午後はお嬢様の相手や、食器、食材の買出しね。お嬢様が起きている場合、三時にはティータイムがあるからそのつもりで。買出しに行くときは美鈴を連れて行きなさい。人間の貴女には持ちきれない量だから」
 美鈴さん……あの門番さんのことだろうか。
 あの人も、人間じゃないのか。少しビックリ。
「夜はお嬢様の相手よ。血を吸われることがあるかもしれないけど、死んだりはしないから安心して。……そうそう。この館の地下は図書館になっているのだけど、そこにはお客様がいるの。くれぐれも粗相のないように」
「はい。分かりました」
 お客様……どんな人だろうか? いや、人じゃないかもしれないけれど。
 それと、血を吸われるのかもしれないのか……やっぱり、痛いのだろうか? 吸血鬼になってしまったり。
「一つ、言い忘れていたことだけど」
「何でしょうか?」
「お嬢様の機嫌を損ねたら、貴方の運命が途絶えるわよ」
 ……? えっと、何が言いたいのだろうか?
 運命が途絶える。運命は物事の決まった道のようなものであって、それが途絶えてしまう。
 つまり、死?
 …………。
「肝に銘じておきます」
「そうしてちょうだい」
 うう~、怖い怖い。嫌だよ、死ぬことになるなんて。
「手遅れかもしれないけどね」
「え?」
「何でもないわ。さ、今日はもういいから部屋で大人しくしておきなさい。明日に備えてしっかり休むこと」
「はい」
「部屋は妖精メイドに案内させるから、しばらくここで待ってて。私は仕事に戻るから」
 言い終わると、十六夜さんの姿が消える。
 ふぅっと、肩の力をもう一度抜く。気疲れしてしまった。
「言い忘れてたわ」
「うわぁ!?」
 と、いきなり十六夜さんが現れた。いなくなったと思っていたので物凄くビックリ。胃が飛び出るかと思った。
「私のことは、メイド長と呼ぶように」
「分かりました。めいど長。……それだけですか?」
「ええ、それだけよ。じゃあ、また明日。頑張ってちょうだいね」
「はい。頑張ります」
「スグに死なれては寝覚めが悪いものね」
「え?」
 最後にボソッと呟かれた言葉は聞き取れなかった。
 確認しようと聞き返すが、既にめいど長はそこにはいない。
 一体、何を呟いたのだろうか?




 妖精めいどに案内されて、これから生活の拠点となる部屋へ。
「うわぁ……何にもない」
 あるのはべっどと、くろーぜっとと小さなてーぶる。
 見事に殺風景である。
 だが、私物の持込はOKらしいので(今の私には存在しないが)、適当に持ち込んでみよう。
 午後の買出しに行くときに、何か拾えればいいなぁ。
「できれば、煙草がいいな」
 外の世界の。せんせーによれば外の世界の煙草は有害性が高いらしい。外の世界のものに限ったことではないが。
 しかし、そこは私の能力で解決。いくら吸っても健康に害を与えることはない。
「お酒もあればなおよし」
 これは日本酒でも洋酒でもいい。出来れば高級で美味しいもの。
 でも、幻想郷に外のお酒が来ることって少ないんだよなぁ。外の世界でもお酒は重要なものなのだろう。
 ……そういえば、この館にはお酒があるのだろうか? あるのなら、飲んでみたい。ブドウ酒とかないかな。
「つまみもあれば最高だよね!」
 ちーずとか、かしゅーなっつとか、スルメとか。シイタケの傘に肉を詰めて油で焼いたものでもいいなぁ。
 洋食のつまみとかはどんなものがあるんだろうか? 先にあげたちーずとかはありそうだが……。
「おっと、いけないいけない。涎で汚すところだった」
 まだ一日しか着ていないのに汚すのは嫌だ。
 汚すという言葉で思い出したけれど、お風呂は何処にあるのだろうか?
 一日に一回くらいは体を洗浄したいのだけど……出来ないなら仕方がないかなぁ。
「明日めいど長に聞いてみよう」
 呟いてべっどに飛び込む。すんごいふかふか。とろけそう。
「こんなところで寝たら起きれなくなりそう」
 冗談抜きでふかふかに包まれて昇天しそうだ。天に昇るような心地とはまさにこのことだろう。
 ゆーっくりと魂が抜け出ていきそう。
 ……それでもいい気がしてきた。
「ってよくないよくない」
 一瞬変な考えが頭によぎり、それを打ち払うかのように体を起こす。
 流石に仕事が始まる前に昇天するのはだめだ。だめだめだ。せめて一ヶ月は仕事しないと。それなら過労って言い訳できるかもしれないし。
「いやいや、言い訳したら駄目だよ」
 自分で自分の思考に突っ込み。我ながら独り言が多い。傍から見たら気持ち悪いことこの上ないだろう。
「そういえば……月給幾らなんだろう?」
 そもそも月給なのだろうか? 果たして幾らもらえるのやら。
 まぁ、頑張れば頑張った分だけ、給金は上がるだろうけど。
 ……上がるよね?
 上がる、ということにしておこう。うん、思い込みって大切だ。
「月給と言えば、お父さんやお母さんはどうしてるんだろう?」
 母は寺子屋の手伝い、父は妖怪の山へ柴刈りに行っているらしい。
 妖怪の山に柴刈りへ行くという発想がおかしい気がする。訃報が届かないことを願う。
 ……私といい、お父さんといい、何て命知らずな家系だろうか。
 というか、何で私は月給で両親のことを思い出したのだろう? 我がことながら不思議でならない。
「あに様は……無職か?」
 おそらく、無職だろう。いわゆるにーと。奴は私以上に穀潰しだった。
「アレ? 穀潰し二人抱えながらも普通に暮らせていたってことは、お父さんとお母さん凄い頑張ってた?」
 もしそうだとしたら申し訳ない。あわせる顔がなくなってしまいそうだ。物理的になくなるかもしれないけど。
 頑張って働くかぁ。両親の老後も面倒見れるくらいにお金稼がないと。
「……クビにされないよう頑張ろう」
 我ながら小さな目標だった。


 あとがき
 こんな感じで主人公に死亡フラグを立てながらぐだぐだやっていきますのでよろしくお願いします。



[28308] 3
Name: 音楽記号◆00732227 ID:8d672cfe
Date: 2011/06/19 22:25
 起床。
 布団が宙に浮くくらい勢いよく体を起こし、べっどから飛び出る。
 そしてそこで一時停止。
「今……何時?」
 呟き、窓のかーてんを勢いよく開け放つ。
 ……日が昇りきっていない。また、やってしまったようだ。
「この癖どうにかならないかなぁ?」
 私には日の出の前に起きてしまうという癖がある。
 早起きは三文の得というし、健康にはいいのだろうけど、時間が余りすぎるのだ。
 それに、夜更かしした日の朝は辛い。
「まぁ、寝坊するよりかいいか」
 そういうことにしておこう。
 さ、新しいめいど服に着替えなくては。昨日は着ていためいど服のまま眠ってしまったし。
「皺ついちゃったけど、大丈夫かな?」
 取れるから問題ない、といいな。
 弁償になったら……その時考えよう。
 今は着替えて、お仕事しますか。



「あら、早いのね」
「おはようございます、めいど長」
 着替えてから部屋を出ると、丁度めいど長と出会った。
 早いって……。めいど長はそれよりも早いわけだよね。
 私より早く起きて仕事してるわけだし。
「はい、おはよう。今日はお嬢様が眠っているから朝ごはんを食べてから仕事に入りなさい。従者用の食堂があるから、手近な妖精にでも聞いて行ってきなさい」
「了解です」
「それじゃ、また後で」
 それだけ言うとめいど長は一瞬にして姿を消す。昨日から何度も見ているが、どうやっているのか全く分からない。
 一流めいどへの道はかなり長いようだ。
「地道に頑張ればいいかな」
 まぁ、一流めいどを目指しているつもりはないんだけど。
「しかし手近な妖精……」
 ぐるりと周りを見回すが、妖精めいどはおらず紅い壁や天井ばかり。
 食堂へたどり着くのは時間がかかりそうだ。



 三時間ほどかけて食堂へ到達。
 妖精たちがわんさかいて、皆小さかった。
 そんな中に、妖精たちより背の高い私が紛れ込むものだから目立って仕方がない。
 気にしないけど。気にしてたらやっていけないよね、きっと。
「ご飯くださーい」
 そういえば、誰がご飯を作っているのだろうか?
 妖精が作っているとは思えないんだけど……まさか、めいど長?
 いやいや、流石にそれはないよね。そうだとしたら何百食を作ってることになるだろうし。
「何を考えてるんですかぁ?」
 と、めいど長の仕事量を考えていると、声がかかった。
 見ればめいど服を着た子供くらいの背丈の妖精が、手にご飯の乗ったとれいを持って現れた。
「いや、ご飯は誰が作ってるのかな、と」
「うん? 新人さんですかぁ?」
「ええ、まぁ」
 新人も新人。妖精も新人になるのか気になるが、聞くのはまた今度にしておこう。
「ご飯はですねぇ、自分で作るんですよぅ」
「自分で、ですか」
「ですぅ。メイド長もご飯作る時間がないんでしょうねぇ。いてもいなくても変わらない妖精のご飯を作る時間があるとは思えませんしぃ」
 なるほど。自分で作って食堂で食べるのか。
 いわゆる、せるふさーびす?
 というか、いてもいなくても同じって。
「同じなのですよぅ。私たちは自分の洗濯と食事の準備と掃除くらいしか出来ませんからぁ」
 アレ? そんな集団の指示を任された私って案外役立たず?
「時折侵入者の撃退を任されることもありますがぁ、十中八九失敗しますねぇ」
 侵入者がいるの? 嫌だなぁ。戦えない私には逃げることしか出来ないのに。
「というわけでぇ、貴女の分ですよぅ」
 どういうわけなのかは全く分からないが、妖精さんがとれいを差し出してくる。
「私の、ですか?」
「ですよぅ。明日からは自分で作ってくださいねぇ?」
「ありがとうございます」
「どういたしましてぇ」
 とれいを受け取る。久々に誰かの手料理を食べる気がする。
 三日前に母の味噌汁と白米食べたけど。
「それじゃあぁ、私はこれでぇ」
 妖精さんは右手を上げ、そして立ち去ろうとする。
「あ、待ってください」
「? 何かぁ?」
 呼び止めると妖精さんは、疑問顔でこちらを向く。
「名前、教えてくれます?」
 そう聞くと、妖精さんはキョトンとした顔になった。
 何かおかしなことでも言ってしまったのだろうか? 昨日から同じ心配ばかりしている気がする。
「妖精には名前がないんですよぅ。特別な力を持っていない限りぃ、固有名詞を持つことはありません」
 そうなのか……。特別な力……湖にいる氷精みたいなのか。
 あんなのが、特別ねぇ……だらしなく無防備に湖で寝てたりする氷精が。
 よく分からないものだなぁ。
「私は夜空天満です」
「はいぃ、ではぁ、また後でぇ」
 別れを告げて食堂の席に着く。
 妖精さんが作ってくれた料理は、西洋料理だった。
 ぱんとすーぷと、野菜のさらだ。
 大変美味でした。





 掃除。
 それは即ち、館に害なす汚れどもを一片たりとも絶滅する行為。
「というわけで頑張りましょー」
 もっぷを右手に、雑巾を左手に、足元にばけつを置いて左手を握っておーと上に伸ばす。
 それを見ていた妖精……大体数百人くらいが私の真似をしてくれた。なんていい子達なの!
「それじゃあ、窓掃除組みは水拭きとわいぱーに分かれて、水拭き組みはぶらしも持ってね。水拭き組みは窓を水拭きしてからぶらしでぶらっしんぐして、わいぱー組みはぶらっしんぐが終わった窓を丁寧に拭くこと」
『はーい!』
 元気がいいね。妖精たちは。子供みたい……って子供だね、妖精は。
「次はかーぺっと組み。かーぺっとろーらーでゴロゴローっとやっちゃって。廊下組みはもっぷで同じようにやってね」
『はい!』
 うん。素晴らしいね。やる気があるのはいいことだ。まぁ、一生懸命やれば遊ぶ時間が増えるよって言ったら簡単にやる気出したけど。
 ちなみに。今妖精たちが使っている器具はめいど長が用意したもの。魔法の森の道具店で買ってきたんだって。
 ……結構最新のものっぽいのに、どうして幻想入りしたんだろうか? 不思議。
「次は厠組み。ぶらしでこすって来てねー。その次はお風呂。お風呂は、お湯で全体を洗い流してから、冷たい水で洗い流してね。その後わいぱーで水を切ること」
『了解!』
 おお、格好いい。どこで了解なんて言葉覚えたんだろう。
 ……しかし、仕事に移るのが速いなぁ。そんなに遊びたいのだろうか? 遊びたいんだろうなぁ。
「さて、私はきっちんのお掃除かな」
 終わったらお菓子でも作っておいてあげよう。何百食も作るのは大変だけど。
 まぁ、白玉餡蜜くらいだったら、大丈夫……かな。




 日が真上を通り過ぎたころ。
「もう掃除が終わったの!?」
 掃除の終了をめいど長に伝えに行くと、目を見開いて驚かれた。
「終わりましたけど……どうかしたんですか?」
「い、いや、予想外だったものだから……。どうやったのかしら」
「掃除終わったら館の外に出て遊んでいいですよーって言ったら凄いやる気出してくれました」
「そんなことで……」
 思ったんだけど、ここの妖精は外にいる妖精よりも賢い気がする。結構合理的な思考をしているんじゃないかな。
「洗濯はどうしたの?」
「水を出せる妖精たちに手洗いしてもらって、風を出せる妖精たちに乾かしてもらいました」
 まぁ、洗濯の支持は出していなかったんだけど。めいど長にも言われてなかったし。
 能力とまではいかないけれど、そういうちょっとしたことができる固体もいるみたい。
 自然の具現だからだろう。阿求ちゃんがそんなことを幻想郷縁起に書いてた気がする。
「……そう、報告ありがとう。少し休憩してから、美鈴を連れて人里へ買出しに行ってきてくれる? これ、買うもののリストよ」
「分かりました」
 差し出されためもを受け取る。
 休憩……殆ど働いていないから、十分くらいしたら行こうかな。




「あの、美鈴さん。本当に大丈夫ですか?」
「大丈夫ですよ。こう見えても私は妖怪ですからね~」
 それにしても米三俵は持ちすぎだと思うのだけど。
 他にも野菜とか、調味料とかもあるのに。
「ところでいいんですか? 家族に会っていかなくて」
「昨日の今日ですから大丈夫ですよ。会いに行ってもやることありませんし」
「ならいいんですが」
 おやつ時。私は美鈴さんと人里へ来ていた。
 目的は買出し。殆ど買い終えて、後は帰るだけである。
「そういえば、どうして火事になったんです?」
「えーっと、恥ずかしながら寝煙草です。父の」
 私が拾ってきたものを勝手に吸いやがったんだよね。しかもうとうとしながら。
 火はゆっくりと広がって、気づけば時既に遅し。逃げるだけしか出来なかったとさ。ふざけんな。
 ……まぁ、何で煙草の火が木造の家屋に燃え移ったのかは謎だけど。今度せんせーに聞いてみよう。
「煙草ですか。珍しいですね」
「そういったものを拾うのが私の能力ですから」
 意外と重宝してる。たまにはずれもあるけれど。
「美鈴さんは煙草とか吸います?」
「私……というか紅魔館に住んでいるものは基本的に吸いませんね。お嬢様が嫌いですから」
 そうなんだ。じゃあ、吸うときは気をつけないと。
「体に悪い、というより、血液が不味くなってしまうからでしょうけどね」
「不健康ってことですか?」
「噛み砕いて言えばそうですね」
 確かに、吸血鬼にしたら不味いものを飲むより美味しいものを飲みたいだろう。
 飲むかどうかは別として。
「美味しいものは健全な肉体に宿る。そんな認識でいてくだされば結構ですね」
「分かりました」
 そこまで言って、会話がなくなる。
 出会って一日二日だから話題がないのだ。あっても会話が続かない。
 先ほどまでは、買い物のことで会話が繋がっていたからいいものの。
「ん?」
「どうかしました?」
 不意に美鈴さんが立ち止まる。
 そしてくるりと首を回し、真横を見る。
 つられてそちらを見れば、そこには見知った人物が。
「けーね先生?」
 寺子屋の先生、里の守護者、歴史の編纂者と色々やっている人物だ。
 純粋な人間ではないのだけど。
 そんな人がこちらへ駆けてきている。何か用事だろうか?
「知り合いですか?」
「寺子屋の先生です。よくお世話になりました」
 そう説明すると、美鈴さんは少し考え込んだ。
「……なら、少し話をしてきたらどうです? 私は先に戻って説明しておくので」
「いいん、でしょうか?」
「大丈夫ですよ~。咲夜さんは意外と優しいんですよ」
 意外と、なの? 確かに近寄りがたい雰囲気を出してはいるものの、優しい人だと思うんだけど。
「では、私はこれで。ああ、夕飯までには帰ってきてくださいね」
「分かりました。甘えさせていただきます」
 しかし、けーね先生はどうしたんだろうか?
 何か急ぎの用事でもあるのかな?



 あとがき

 今回は紅魔館での仕事やら買出しやら。妖精さんの口調が面倒くさかったから、彼女の出番はもうないかも。
 ちなみに、せんせーとけーね先生は違う人。

 次回の更新は来月の中ごろかな。



[28308] 4
Name: 音楽記号◆00732227 ID:8d672cfe
Date: 2011/06/28 19:27
「何処に行っていたんだ?」
 寺子屋で教鞭を取っている上白沢慧音先生は、私の両肩をがっしりと掴み、静かだが凄みのある声で尋ねてきた。
「えと、仕事ですけど……」
 凄い迫力に思わず声が小さくなってしまう。
 相変わらずけーね先生は苦手というか、なんというか。とにかく説教されそうな雰囲気と頭突きは嫌いだ。
「仕事? 仕事ってお金を稼ぐアレか?」
 驚いた表情で再度尋ねてくるけーね先生。
 お金を稼ぐ仕事以外にどんな仕事があるのだろうか? ……せんせーが言ってたじゅーるとか、そういうの?
「仕事、かぁ……。あの紅い館でか?」
「そうですけど、聞いてませんでした? 父さんか母さんに」
 説明しておいてくれるとか言っていたのだが。
 まぁ、説明がだったアレかもしれない。
「居待さんは遠くへ行ったと、無月さんはしばらく帰ってこないと言っていたな」
 我が両親ながら適当すぎる説明だった。
 もうちょっと具体的な説明が出来たのではないか。兄に説明させなかったのは感謝したいが。
「それで、仕事はちゃんとやってるのか?」
「やってますよ。少なくとも、自分ではやれてると思います」
 他人から見たら駄目駄目かもしれないけれど。
 でも、本当に駄目ならば指摘か叱りかが入るだろう。
「そうか。自己満足で終わらないようにするんだぞ?」
「承知してます」
 自分なりに頑張って行けば……これも自己満足かな。
 でも頑張らないと他人にも満足してもらえないから……やっぱり自分なりに頑張ればいいかな。
「ああ、そうそう。家庭菜園のことなんだが」
「どうかしましたか? すべて燃え尽きたはずなんですけど」
「いや、なんというか、変なものが生えてきていてな」
 変なもの? 何か植えたっけ……。
 植物の種に、青いひし形の石に、栄養剤として丸いふらすこに入った薬に赤い石。意外と埋めてるなぁ。
「とりあえず、見に行ってみるか?」
「はい」
 何が生えてるんだろう。楽しみだ。



「……なんですか、これ?」
 自分の家庭菜園ながら、そう呟いてしまう。
 私の家庭菜園跡に生えていたのは、人の形をした植物。全長一めーとるほどで、緑色の体に白っぽい顔。黄緑色の髪の毛らしきものの上には赤い花が乗っている。
 ――訂正、何か歩き出した。
「え、あの。アレって動いてるんですよね?」
「……ああ、動いてるな」
 俗に言うまんどらごらだろうか? 引っこ抜いたときに出す声を聞くと死んでしまうという。
「あ、何か寄って来た」
 植物はこちらを確認すると実に嬉しそうにこちらへ走り寄って来て、私に飛びついてくる。結構重い。
「……育てるのか?」
「育てられるんでしょうか、これは……」
 植物は私に絡みつき、頬擦りをしている。本当に何なんだろうかこの植物は。
「ふむ。何らかの魔法生物っぽいから育てられるんじゃないか? それに、お前が働いている館には魔女が住んでいると聞く。試しに聞いてみたらどうだ?」
 魔法生物。どこに魔法生物化する要素があったんだろうか? 心当たりがありすぎるのだけど。
「とりあえず、持ち帰って聞いてみます」
「気をつけてな。危なくなったらすぐ帰って来るんだぞ」
 心配しすぎですよ。けーね先生。あの館って意外と優しい人が多いんですよ?
 さぁて、それじゃあこの植物をどうにかしますかね。



 右手に絡みつきぶら下がっている植物を揺らしながら館に戻る。
 その間も植物は実に嬉しそうだったが、途中で気持ち悪くなったのか黄緑色の液体を出していた。
 液体は私にはかからなかったものの、地面に触れると周囲の植物が枯れてしまった。
 私は一体何を埋めて何を誕生させてしまったのだろうか? 過去に戻って確認したいくらいだ。
「美鈴さーん」
「あ、お帰りなさ……い?」
 館の門のところに立っていた美鈴さんに声をかける。
 やはりというか、予想通りというか。美鈴さんは私の右手を見て変な表情になる。
「あの、何ですか、それは」
「亡き私の家庭菜園跡に住み着いた不思議植物です。……飼っていいと思います?」
「……私にそんな権限はないんですよね……。この館を切り盛りしてるのは咲夜さんですから、生き物? を飼うには咲夜さんに頼み込むしかないでしょうね」
「そうですか」
 まぁ、予想していた通りだけど。
 でも、めいど長は許可を出してくれるだろうか? 何か見るからに怪しい植物だし。
 無理そうだなぁ。食費とかはかからなさそうだけど。植物だし。
「ひとまず、聞いてみるのがいいんじゃないでしょうか?」
「そうしてみます」
 左手で小さく手を振り門を後にする。
 植物が庭のお花畑を興味深そうに見ている。が、どこか優越感に浸ったような感じなのは何故だろうか。
 ……それ以前に、この植物の眼は何処にあるのだろうか? 芽は分かりやすいのだけど。
「ただいま戻りました」
 誰もいない館にそう告げる。妖精たちは外に遊びに行ったようだ。
「さて。めいど長は……って先に土落としておかないと」
 入ったばかりなのに館の外に出て、植物に付着している土を払い落とす。というか自分で落としてくれた。今更ながら何この植物不思議すぎる。
 完全に土が落ちたのを確認し、再度館の中へ。
 紅い廊下をふらふら歩き、めいど長を探す。見つからないかもしれないけれど。
「……ちょっと待った」
 と、思ったら何処からともなく現れためいど長の方から声をかけてきた。おそらくというか、確実に植物が目に留まったのだろう。
 まぁ、部下の右腕に正体不明の不思議植物が絡みついてたら呼び止めるよね。
「何を、拾ってきたの?」
「見ての通り植物です」
 右腕から引っぺがし、両手で掲げてみせる。
 植物は右手らしきものを上に挙げ、挨拶のようなことをしてみせた。
 そしてめいど長の表情は表現しがたい微妙な表情に。
「飼っていいですか?」
「……元の場所に置いてきなさい」
「そんなっ」
 何て大げさに驚いてはみたけれど、当然の反応である。
 ……うん。正体不明の謎植物を飼いたいと思う私が変人なのだろう。
「いい? 生き物を飼うというのはね、相応の責任がついて回るの。水遣り、肥料、ストレスの問題、もしかしたら死なせてしまうかもしれないという一つの未来。貴方が世話を怠れば、それは容易に訪れるわ。そして、二度とは戻らない」
 何か、真面目な話に。
 何故に?
「貴方はそのとき、責任が取れるのかしら?」
 ……真面目な話っぽいから真剣に答えると、答えは否、だ。
 正直言ってただの植物を枯らしたことは幾度となくある。だがそれは生きているが、人間とは、動物とは違った生きている、だ。
 そして今この場にいる植物はただの植物ではない。見るからに生きているし、意志も感じられる。知能もあるのかもしれない。
 そんな存在を、死なせられるわけがない。
 『命』を奪ってしまうことは、私には出来ない。
 罪の意識に苛まれることは、私には不可能だ。きっと死なせても罪の意識を感じないのだろう。
 少しは感じるのかもしれないが、それもすぐに薄れる。
 何故なら私は――
「あんまり苛めるのはどうかと思うわよ。咲夜」
 と、そこで誰かの声が響いた。
「パチュリー様……。あまり人聞きの悪いことを言わないでください」
「でも事実でしょう? それと、そこのメイド。その植物を貸しなさい」
 声の主は紫色の女性だった。
 紫色の髪に、紫色の衣服。例外として病的なまでに白い肌。
 ……何故だか不健康、という言葉が思い浮かぶのだけど。
 女性はこちらに歩み寄り、私の両手に納まっている植物に目を向けながら自身の右手を差し出してきた。
「えと、どうぞ」
 少し植物が震えたような気がするが、気に留めず右手に植物を乗せる。
「へぇ……これは……」
「パチュリー様が出てくるほど、珍しいものなんですか?」
「珍しいというか、新種の植物ね。珍種とも言えるけど」
 めいど長が女性の隣から植物を覗き込む。
 植物は二人がかりで観察され、思わずたじろいでいるような、そんな仕草を見せた。
「これは何の花かしら?」
 女性が赤い花びらに触れる。ゆっくりと広げ、花の中心をより見やすくする。
「これは、雌しべかしら? 咲夜、地下に戻るから後で紅茶を持ってきてくれるかしら?」
「了解しました」
 女性は観察をそこまでにし、めいど長に指示を出す。
 めいど長に指示を出せるなんて何者なのだろうか。めいど長も敬語を使っていたし。
「それと、そこのメイドは一緒に来なさい。貴方のものなんでしょう? これは」
 そんなことを考えていると、声がかかった。
「あ、はい。分かりました」
 既に歩き出している女性に返事をし、めいど長に一応連絡を入れて追いかける。
 さてはて。何の用件なのだろうか?



[28308] 5
Name: 音楽記号◆00732227 ID:8d672cfe
Date: 2011/07/22 14:20
 あたり一面に広がる本、本、本。
 本がこの空間を支配しているような不思議な感じのする場所。
 大図書館。パチュリー・ノーレッジと名乗った紫色の女性は、ここをそう呼んだ。
「さて。この植物は何処で?」
 図書館の何処かに置かれた机と椅子。パチュリーさん……様は座りながらこちらに尋ねてくる。
「えっと。火事で全焼した家の家庭菜園跡からです」
「家庭菜園? 貴方が作っていたの?」
「はい」
 あくまでも、趣味の領域だったが。
 ……となると、私は趣味で謎の植物を生み出すような人間ということになるのだろうか?
「でも、火事で全焼したってことは家庭菜園も焼け落ちたのよね?」
「はい」
 どうやって育ったんだろうか。火事があったのは先月のこと。植物が育つ時間は十分にあるものの、種も何も植えていないのだ。
 焼け落ちた植物が再生して謎の植物になったわけでもないだろうし。
「……種がないのに成長した? ありえない。何らかの外的要因があったとしても大元が存在しないのであれば変化は訪れない……」
 パチュリー様がぶつぶつと呟いていると、パチュリー様の手に収まっていた植物がうねうねと動き出す。
 スルスルとツタを伸ばし、何かを探している様子だった。
「何かしら? というかこれは知能があるの?」
「一応、あるみたいです。人里の守護者は魔法生物っぽいとか」
「確かに魔力は感じられるけど……。それだけじゃないわね。霊力と、僅かに妖力も感じられるわね」
 そう会話している間に、ツタは探し物を見つけたようだった。
 ツタは机の上に転がっていた筆記用具を器用に持ち上げ、そして紙を所望する。
「……紙? 小悪魔、紙を持ってきなさい!」
 植物を机に置き、パチュリー様の比較的大きな声が響き渡る。
 植物は机の上で伸びをし、首をぐるぐると回す。何だか人間臭い。
「パチュリー様」
 新しい声がした。
 出所を見ると、赤い髪に蝙蝠のような羽をもった女性がいた。
 女性はパチュリー様に紙を渡して、一礼。そして何処かへ飛んでいった。
「何を書くのかしら?」
 机の上に置かれた紙に、植物はサラサラと何かを書き始める。
 文字……ではなく、絵のようだ。
 ひし形の石と赤い石、そして丸いふらすこ、西洋剣の鞘っぽいものに古ぼけた石器。それらを紙の左側に書いて中央に足し合わせる記号……+を描き、右側に何らかの植物を書いていく。
 左側のって私が家庭菜園に埋めたものだよね。アレが原因だったの?
 そんなことを考えているうちに全てを書き終わったのか、植物は紙をバシバシと叩き、次に胸を叩く。
「つまり、貴方は色んなものを肥料として育った植物だということ?」
 植物の頭が縦に振られる。
 ……今度から珍しいものを見つけても安易に埋めないようにしよう。
 そう心に誓った。
「でも、待ちなさい。火事はどうやって乗り切ったのかしら? それとも火事の後に生まれたのかしら?」
 パチュリー様の問いに、植物は紙を裏返してまた書き始める。
 今度はすぐに書き終わった。
 炎と、沢山の植物が+で結ばれ、=で灰とこの謎の植物が描かれている。
「貴方は灰になっても再生する?」
 今度は横に振った。
「……あなたは、灰になった植物が固まって生まれた?」
 今度は縦に。
 えーっと。つまりこの謎の植物は、私が育てていた植物全てが合わさった植物だということか。
「なるほど。肥料の中に生命力の増加、または肉体の再生を司るものがあったのね。灰になった植物をそれらがつなぎ合わせることで貴方という新種の植物が生まれた。そういうことね」
 またも縦に振る。
 だんだんと理解できなくなってきたが、パチュリー様が理解しているのならそれでいいか。知りたくなったら教えてもらえばいいのだし。
「もう一つ質問。その肥料となったものはどうやって入手したの?」
「あ、私が拾ってきたんですよー」
 竹林とか、魔法の森とか。人里から離れれば結構落ちてるものだ。
「いや、待ちなさい。そんなもの拾えるわけないでしょう。そんな簡単に拾えたら人間と妖怪のパワーバランスが簡単に崩れてしまうわ」
「でも、拾ったのは事実ですし。……やっぱり能力ですかね」
 あの能力は少し、違うのかなーなんて思ったりする。珍しいものを拾えるのは、ただ単に運がいいだけなのかもしれないし。
「能力?」
「『珍しいものを拾う程度の能力』ってのを持ってます。後、『浄化する程度の能力』というのも」
「……たしかに、その能力なら拾えるかもしれないわね。それが事実なら、だけど」
「事実ですよ?」
 信じてもらえないかもしれないけれど。
「ふぅん。ま、いいわ。今度珍しいものを拾ったら私のところに持ってきなさい。それと、この植物二、三日預かるわよ」
「了解です。あんまり傷つけないでくださいね? 花の妖怪さんに怒られちゃいますから」
 そこまで言って、話が終わる。
 一礼して回れ右、上の館に戻るための階段へとまっすぐに歩き出す。
「ちょ、ちょっと待ちなさい! 貴方、花の妖怪って……」
 が、歩き出す前にパチュリー様に呼び止められた。
 花の妖怪さんについて聞きたいのだろうか?
「花の妖怪さんは、よく人里に来るんですよ? 後、山とは正反対の方向にある太陽の畑ってところに住んでるんです。私が家庭菜園を始めたのは花の妖怪さんのマネをしてみてですね、意外と楽しかったからってのが理由なんです」
「え、ちょっ、本当に待って」
 ? 一体何を待てというのだろうか。
「……まず、貴方とフラワーマスターが知り合いなのはいいわ。彼女は人里の花屋にも出没するらしいし。でも、貴方よく生きてるわね。フラワーマスターなら、菜園を火事にあわせたってだけで憤慨物だと思うのだけど」
「花の妖怪さんは怒ったりしないですよ?」
「え?」
「え?」
 ……え? どういうこと?
「貴方の言う、花の妖怪ってどんな姿をしているの?」
「明るい服に、何時も日傘を持ち歩いてますね」
「……その花の妖怪に対する、貴方の印象は?」
「あんまり笑わないけど、優しい人です。怒ったりもしないですし」
「分ったわ。貴方ちょっと脳に何かが出来てるのよ。それか視神経の異常。精密検査してあげるからこっちに来なさい」
「え、酷くないですかそれ!?」
 それに精密検査? ならせんせーのところで定期的に受けてるから大丈夫です!
「せんせー?」
「えと、色々教えてくれる人です。先生みたいだったから、せんせーです。名前は……教えちゃ駄目って言われてます」
 よく分らないけれど、私とせんせーが会うのも駄目なことらしい。
「どんな精密検査をしてくれたの?」
「体の中が透けて見えたり写真ですよ」
「……そう。やっぱり頭が」
「違います!」
 流石に酷すぎますよ、それは!
「もうっ……。いいですか? 上に戻っても」
「あ、ええ……。やっぱり精密検査受けていかない?」
「遠慮しておきます」
 最後にもう一度礼をして、階段へと向かう。
 全くもう。幾らなんでも失礼すぎるよ。
 私は嘘はあんまり吐かないんだから!
 ……あんまり、だけど。



[28308] 6
Name: 音楽記号◆00732227 ID:8d672cfe
Date: 2011/07/07 21:52
 後悔は何時だって後からやってくる。
 後悔しないと、するわけないと思っていても、後からやってくる。
「何て……ことを……」
 紅い廊下に両手をつき、嘆く。
 目の前には惨劇が広がっており、もう二度と戻ってこないことを物語っている。
「どうして、あのとき……」
 最早遅い。全ては終わっているのだ。
 そう。数十秒前に。たった数十秒で、終わってしまったのだ。
 床を叩く。握った拳に痛みが走るが、何度も何度も叩き続ける。
 が、腕を振り上げたところで誰かに手首を握られる。
「もう止めなさい。何にもならないわ」
「めいど長……」
 めいど長は、困惑を瞳に宿しこちらを見ていた。
「止めないでください。これは」
「そんなに自分を責めないの」
 めいど長は慰めるように言葉を発する。
「ですが」
「また作ってあげるから」
 その言葉で、腕から力が抜ける。
「でも、どうしてそこまで?」
「何が、です?」
「……どうしてケーキ一つであそこまで悲しめるのかしら?」
「西洋菓子は貴重なんですよっ!」
 目の前には、白い残骸が広がっていた。



 ことの発端は数十分前。
 図書館から館へと戻ってきた私は、とくに仕事をするわけでもなくぶらぶらと館内を徘徊していた。
 そして何処からか甘い匂いが漂ってきて、それに誘われるまま移動するとめいど長が西洋菓子を作っていたというわけだ。
 完成を待つこと数十分。よほど物欲しそうに見えたのか、けーき一切れを頂戴した。人間用だから大丈夫だとかなんとか。
 そして、きっちんで食べるのもアレなのでどこかいいところはないか探しているときに、悲劇は起きた。
 何もないところで蹴躓き、そしてけーきは宙を舞った。
 出来上がった残骸、擦りむいた膝。鼻も打ったようでひりひりする。
「けーきがぁぁぁ……」
「そこまで落ち込まなくとも……」
 いや、だって本当に西洋菓子って貴重だし……。
 人里では基本的に和菓子だし。あんまり華やかなのとかないし。何故か甘さ控えめだし。
「無糖は敵だー」
「いきなり何を言い出しているの?」
「女の子にとって糖分は化粧の次に大切ですよね!」
「いや、知らないけど。それに、私は甘いものとかあんまり……」
 なんと。でも何か納得。格好いい女の人は苦手そうだよね、甘いもの。
 ちなみに、無糖だけでなくのんかろりーとかろりー半分も敵。外の世界で流行ってるらしいけど。人間にとって大切なのはえねるぎーだよえねるぎー。
「……いや、燃料?」
「本当に何を言っているの? あまりにも悲しすぎて頭がおかしくなった?」
 酷い! でも今日二人に頭おかしくないか聞かれたなぁ。もしかして本当におかしいのかも。兄も母も父も何かしらおかしいしなぁ。
「めいど長はどう思います? 私ってやっぱり頭がおかしいのでしょうか?」
「私に聞かれてもねぇ……」
 それもそうか。聞かれても困るだけだよね。おかしいなんて面と向かって言えるわけがないし。
「そういえば、さっき貴方無糖が敵と言ったけど……太るわよ?」
「あ、自分太らない体質らしいので」
「へ?」
 なんだったけな。人体に有害なもの(例えば毒やあるこーる、にこちん、たーる、しゃぶ)や、有害ではないが取りすぎると有害なものになるもの(例えば脂肪分とか)を無害なもの、または足りていない栄養素に変換することで常に一定の体系を維持できるとか。
 よって、余分な糖分などは別のものに変換しているので太りません。
 これ、私の『浄化する程度の能力』の一端ね。せんせーは私の能力に、悪いものから良いものへと変換することから浄化の名前を着けたのだとか。
「羨ましいわね……」
「その代わり十八くらいで成長が止まっちゃうらしいです。老化もしないとか」
 これは穢れがどうのとか、難しい話だったから覚えてない。
「だから、その分胸の成長が……」
 断崖絶壁ではないが、せめてあともうちょっと欲しい。
 大きいのも苦労するらしいが、欲しいものは欲しいのだ。
「胸は諦めなさい。ところで。貴方、家族は知っているのかしら、その能力を」
「知ってますよ。そこら辺はひと悶着あったんですが、一昨年解決しました」
 家族会議を重ねた結果、ひとまず家族として一緒にいようとの結論が出されました。まぁ、先のことはまだ分らないしね。
「そう……」
 私の話を聞いて考え込むめいど長。
 私はけーきの残骸処理。上らへんだけでも食べられないかな。
「……っと。そろそろ時間って食べようとしない」
 流石に見咎められた。
 やっぱり犬食いは止めた方がいいね。
「はい。すいません。……時間って何です?」
「決まってるじゃない。日没のよ」
 そして窓の外を見る。
 確かに、日が西へ沈み暗くなってきている。
「さ、お嬢様を起こさなくちゃ。ここからが、大切な仕事よ」



 今日見たご主人様は昨日よりも小さく感じた。
 もちろん、縮んだりというわけではなく、そんな感じがする、というだけなのだが。
 何だろう……。昨日はあんなにも強大に感じたのに、今は普通だ。
「へぇ……咲夜、何かした?」
「いえ。特に何もしておりませんが」
 どこか感心した様子のご主人様と、首を傾げているめいど長。
 何かやってしまったのだろうか? 果てしなく不安だ。
「どう? 紅魔館での仕事は」
「あ、えと。ちょっと大変ですけど、やっていけそうです」
「そう。それはよかったわ。明日からも頑張って頂戴ね?」
「はい」
 そこで下がってよしと言われたので、一礼して部屋を出る。
 廊下を少し進んだところで、ふと思う。
 私、ご主人様の部屋にいた意味はあったのだろうか? 声をかけられたから、ないとは言えないのだけど……でも、そもそもめいど長だけでもいい気がする。
 廊下で立ち止まり、少し考えてみたが答えは出ず。
 考えても答えが出ないのなら考えてる意味はない。何していいか分らないけれど仕事に戻ろう。
「一つ搗いてはダイコクさま~、二つ搗いてはダイコクさま~」
 せんせーのところにいた兎たちが時折歌っている歌を口ずさみながらぶらぶらと館を歩く。
 一日ぶらぶらしてばっかりだと思いつつ、足は自然と図書館へと向かっていた。
 植物のことが気にかかる。生み出してしまったのは私だから、育成の義務はあるだろう。
「百八十柱の……なんだっけ」
 確かダイコクさまと百八十の子供のために餅を搗こうって歌だから……。
「あ、百八十柱の御子のため、だ」
 同じ節を繰り返しながら階段を下る。
 二、三度繰り返したころにようやく図書館へとたどり着き、扉をゆっくりと開ける。
「パチュリー……様?」
「何かしら?」
「ひゃうっ!?」
「……そんなに驚かれると傷つくのだけど」
「だ、だったらいきなり現れないでくださいよう!」
 めいど長といい、ここの館は一瞬で移動する人ばかりだ。仕組みは謎。
「ふむ……。で、何しにきたのかしら? やっぱり精密検査?」
「違いますよ。あの植物はどうなってるかと思いまして」
「ああ、アレ。アレなら今頃土に埋まってるんじゃないかしら? 明日のために光合成でもするんじゃないかしら」
「夜なのにですか?」
 光合成は日光がなければ出来ないのじゃなかったか。
 夜型の植物?
「月光で光合成するのよ。月光と大気中に存在する魔力を取り込み、自身の生命力に変える。便宜上光合成と呼んでいるけれど、もっと別の名前を考えた方がいいかしら……」
 うん。よく分らない。もっとじっくりゆっくり時間をかけて覚えたいところだ。
 しかし、名前か。あの植物に名前を決めてあげなければいけないな。
 何時までも植物って呼ばれるのは嫌だろうし。
「どんなのがいいと思います? 名前」
「あの植物の? ……花子」
「安直すぎません? それは」
 もっと、こう心をくすぐるような素敵な名前はないものか。
「貴方も考えなさいよ。……っと、少し下がって」
 急に真面目な顔になったので三歩ほど下がる。
 パチュリー様の周囲に、宙に浮く本が集まり何らかの陣を空に描く。
 臨戦態勢とでも言うべきか。
「……来たわね」
 パチュリー様が呟くと、黒い服に白いえぷろんどれす、黒いとんがり帽子を着用した金髪の少女が、何処からともなく現れた。
 箒に跨り空を飛んでいる。
「よう、パチュリー。また借りに来た……ぜ?」
 その少女は帽子を片手で押さえながらそう言った。
 途中、こちらを視界に納めてから段々と尻すぼみになっていったが。
 いやしかし。
「久しぶりだね、魔理沙ちゃん」
「天満……か?」
 人生分らないものだ。
 数年前人里を離れた幼馴染と、職場で再会できるなんて。
 本当に、分らないものだ。



[28308] 7
Name: 音楽記号◆00732227 ID:8d672cfe
Date: 2011/07/11 21:22
 私と彼女……霧雨魔理沙ちゃんが友達になったのは、意外と非凡な出来事だった。
 いや、まぁそう言ってしまうと大げさになってしまうのだけど。
 理由を先に述べてしまえば、魔理沙ちゃんと私はズレていたのだ。
 他の子供たちと、少しズレていた。
 その原因は、能力の有無や家族、居候などによる価値観の差で、その差は小さく大きかった。
 私は皆の中にいなかったし、魔理沙ちゃんは皆の一歩先にいた。
 排されたわけではなく、自分から離れているのだけど。
 いやはや。今思い出すと恥ずかしくて穴に入りたくなるのだが、私は皆を見下していたのだ。
 無意識に、自分以外の子供は自分に劣っていると。
 魔理沙ちゃんは、唯一対等だと認識できる存在だった。
 だから、友達になった。遊ぼうと声をかけて、魔理沙ちゃんもいいよと頷いた。
 それから、魔理沙ちゃんとは毎日のように遊んだ。それは数年間変わることのないことだった。私が寺子屋に入っても、続いていた。
 が、ある日。その関係は終わりを告げる。
 魔理沙ちゃんは、忽然と人里から姿を消した。
 予兆はあったのかもしれない。誰にも内緒で計画していたのかもしれない。あるいは一時の感情に任せてのことかもしれない。
 魔理沙ちゃんは、私の、そして自身の家族の前からも姿を消したのだ。
 以来、魔理沙ちゃんとは顔をあわせていなかった。
 まさか、こんなところで再会するとは。


「改めて、久しぶり」
「……ああ、久しぶりだな」
 図書館に置かれた机。置かれた紅茶と茶菓子は私が用意したものだ。
 めいど長には当然劣るが、しかしそれなりに上手く淹れれたと思う。自惚れかな?
 ちなみにパチュリー様は何処かへふらふらと飛んでいった。感動の再会は邪魔するものじゃないらしい。
 はて。何が感動なのか。確かに再会ではあるものの、言ってしまえばたかが友達との再会である。それに幻想郷は狭いから、いつか会えると思っていたし。
 ……死んでいたかもしれない、ということはあるのだけど。
「天満は、どうしてここにいるんだ?」
 魔理沙ちゃんが紅茶を口に運びながらそう口を開いた。
 まだ熱かったのか、一度口に含めようとしてフーフーと冷まし始めた。
 その光景が何処か懐かしくて、思わず笑みがこぼれる。
「家が火事になってね。お金が足りないから私も働こうと思って。それに、家でゴロゴロしてるのも飽きたし。それと、まだ猫舌なんだ」
「まだってなんだよ。まだって。治るものじゃないだろう」
「そうかな?」
「そうだよ」
 でも、慣れればいいと思うんだけど。熱い冷たいって要は慣れでしょ、慣れ。
 ……猫舌だから、慣れないのか。苦手なものを進んでやろうとは思わないだろうし。
「魔理沙ちゃんは、何処に行ってたの?」
「何処って、魔法の森だよ。あそこなら人が近づかないしな」
 ああ、茸の沢山生えた。
 あそこは一度行ったことがあるのだが、里の人に聞いていた話とは全然違った印象を受けた。
 茸の胞子が体に悪いか何とか。普通に澄んだ空気だったんだけどなぁ。
「……聞かないのか?」
「何を?」
「どうして、姿を消したのか」
「気になるけど、まぁ改めて聞くことでもないし。また会えたから、今はそれでいいかなぁって」
 魔理沙ちゃんも、人に聞かれたくはないだろう。話してくれるというのなら聞くけれど。
「そうか」
「そうだよ」
 決まったやり取り。数年経とうと、変わりがない。
 何か、いいなぁ。こういうの。変わらない関係って言うか、変わっているけど変わらないものというか。
「そういえば。魔理沙ちゃんは何しに来たの?」
「本を借りに来たんだよ。珍しい本を」
「ちゃんと返さなきゃ駄目だよ?」
「……善処する」
 そこは頷こうよ魔理沙ちゃん。
 と、よもやま話に花を咲かせ、三十分ほど。
 そろそろ仕事に戻った方がいいだろう。やることないから仕事と言えるか分らないけれど。
「それじゃ、私は仕事に戻るね」
「ん、じゃあ私もそろそろ帰るよ」
 椅子から立ち上がり、箒に跨り空を飛ぶ魔理沙ちゃん。
 空が飛べるってのはどんな気分なのだろうか?
「気持ちいいぜ。風が心地よくて、見えないものが見える気がする」
 見えないものが、見える。気分転換にいいということだろうか。
「……ま、そんな感じだぜ」
「む。何故そんな呆れたような表情に」
「いや。変わってないと思っただけだ」
 失礼な。一応変わっているよ。身長とか、年齢とか。胸は変わっていると信じたい。
「あ、本借りていくんじゃないの?」
「また今度にするよ。興が削がれた」
「そっか。じゃ、またね」
「ああ。またな」
 大きく手を振り、魔理沙ちゃんを見送る。
 さて、片付けないと。
「魔理沙とはどういう関係なの?」
「ひゅっ!?」
 かっぷやら何やらをとれいに乗せ、いざ戻ろうというときに背後から声がした。
「だから、意外と傷つくのよ?」
「だったらいきなり現れないでくださいよう!」
 さっきといい、今といい。何故狙ったかのように背後へ現れるんだろうか。
「で、どんな関係なの?」
「幼馴染ですよ? 私の唯一の友達です」
「唯一の? 驚いたわね。貴方友達は多そうなのだけれど」
 あんまり驚いているようには見えないんだけれど。
 友達が少ないのは、能力の所為……と言ってしまえば責任転嫁なのだけど。要因ではある。
「選民思想の、自分第一主義ですからねー……」
「貴方が? とてもそうには見えないわ」
「自分でそう思ってるだけですよ。他人を見下しているところがありましたし」
 幼いころの話だ。けれど、それが友達が出来ない理由でもある。
 どうしてだか、どうやって会話したり遊べばいいのか分らないのだ。
 引け目というか負い目というか。勝手に背負っているだけだが。
 それに、恥ずかしくなるし。見下していた自分が思い起こされ、穴に突入したくなる。
「ありましたし……ということは今はそうでもないのね。それはどうして?」
「能力が安定してきたから、らしいですよ」
 拾う方ではなく、浄化する方の能力が。
「能力……? ああ。『浄化する程度の能力』かしら」
「そうです。この能力は負と、行き過ぎた正をただの正に変換する能力なんですが、幼いころはそれが変に発動してたらしく」
「ふぅん? それが貴方の価値観に関係があるの?」
 あるんじゃないだろうか。せんせーは無駄なことをあまり言わないし。
 私が理解していないだけで、きっと関係があるのだろう。
「負と、行き過ぎた正をただの正に戻す……。それの効果範囲は?」
「自分だけ、じゃないでしょうか。そこら辺は詳しく教えてもらっていないのですよ」
 というより教えてくれない。何度か聞いたのだが、頑なに教えてくれなかった。
 何か理由があるのだろうけど……。見当もつかない。
「せんせーにかしら」
「はい」
 頷く。せんせーの呟きの断片からは、能力の進化とか、効果範囲の増大とか。いろいろ読み取れたけどてんで理解できなかった。
「負を正に。過正を正に。浄化するという名前から推測して毒物関係や精神汚染なども対象に含まれる……? いや、ちょっと待ってよ。負を正に。過正を正にってことは……。もし感情と他人も効果範囲内に入っているのなら」
 ありゃ。考え込んじゃった。
 ひとまず話は終わりということだろう。
 とれいを持ち直し、ぶつぶつと呟くパチュリー様に一声かけてから階段へと歩み始める。
 聞こえていないだろうけど……声かけてあるから大丈夫だよね。



[28308] 8
Name: 音楽記号◆00732227 ID:8d672cfe
Date: 2011/07/13 20:12
 正真正銘仕事がなくなって自室。
 なんとなくべっどに座って足をぶらぶらとさせているものの、見事にやることがない。
「……寝よう」
 ポテンと寝転び、もぞもぞと布団を被る。
 めいど服のままだが、まぁ、大丈夫だろう。寝巻きは今度買いに行けばいい。
「あー……。でもいいのあるかなぁ」
 無駄なことをつらつらと考えすぎて寝るのが遅くなったのであった。



 その頃。紅魔館の一室では吸血鬼、レミリア・スカーレットとその従者、十六夜咲夜が会話を繰り広げていた。
 話の種となっているのは夜空天満のこと。紅魔館に就職に来た変人である。
「――不可解?」
「はい。夜空天満は間違いなく無害な人間で、弾幕すらまともに出せず、出来ることと言ったら掃除や簡単な料理程度」
「それで?」
「なのですが。彼女は、妖精を従えているのです。驚くことに、妖精に指示を出し、短時間で紅魔館の掃除を完了させています」
 妖精は総じて悪戯好きで、そして頭が弱い。
 例外はいるものの、複雑な仕事などは出来ないし、すぐに遊んでしまうのが妖精だ。
 それが、一人の人間の指示だけで紅魔館の掃除をこなすようになる。
「へぇ? あの子は何か能力を持っていたりするのかしら」
「『珍しいものを拾う程度の能力』と『浄化する程度の能力』を持っていると聞いています。彼女の自己申告ですが」
「嘘を吐いている可能性は?」
「ありません」
 即答だった。
 そんな咲夜に、レミリアは怪訝な表情を見せる。
 ……咲夜は出会って一日二日の人間をここまで信用するだろうか?
 そんな疑念がレミリアの脳裏に浮かぶ。
「根拠は?」
「ありません。……不思議なことに、彼女を疑うということが出来ないでいるのです」
「理由は……分らないのね?」
「はい」
 疑うことが出来ない。それはきっと何かの力が働いているのだろう。
 人間、誰かを疑うことなんて日常茶飯事であるし、しかも天満と咲夜は出会って一日二日程度の時間しかたっていないのだ。
 だというのに、疑えないということは何かの力が働いているとしか思えない。
 天満が第三の能力を隠しているか、気付いていないのか。もしくは咲夜自身が変わっているのか。
「……面白い人間ね。あの子は。私の気当たりも軽く受け流していたし」
 気当たりとはつまり、蛇に睨まれた蛙である。
 天敵を前にして体が硬直してしまうような、そんな状態を引き起こすのだ。ただそこにいるだけで。
「昨日はそんなことなかったんだけどねぇ」
「……昨日と今日で何かしらの変化があったと?」
「そうとしか考えられないでしょう?」
 確かに、と咲夜は頷く。
 一晩で人はそんなに変わらないが、しかし一晩でも結構変わってしまうものだ。
「だとしたら、どんな変化が……」
「確かめてみる?」
 咲夜が呟くと同時、部屋の扉が開き紫色の女性……パチュリー・ノーレッジが入ってくる。
「確かめる、ですか?」
「そう。分らないのなら確かめればいいだけよ。きっとあの子の能力は……」
 パチュリーは一つの仮説を話し始める。
 それは所々不確かではあるものの、充分納得のいくものだった。
「もしそれが本当なら、随分と変な子を雇ったんですね……」
「いいじゃない。きっと退屈しないわ」
「それじゃあ、早速明日からやってみましょうか。流石に寝てるところにやるのは忍びないわ」
 紅魔館に入った新しい人間の影響は、様々なところで出てきている。
 それが良いものなのか、悪いものなのか。今はまだ、誰も知らない。



[28308] 9
Name: 音楽記号◆00732227 ID:8d672cfe
Date: 2011/07/22 14:20
 私が紅魔館に勤め始めてから一週間。
 仕事にも慣れてきて、ただでさえ多かった空き時間が更に多くなり困っている今日この頃。
 めいど長の仕事を手伝うという選択肢もあったけれど、しかし足手まといになりそうなので止めておいた。
 瞬間移動する人の手伝いは出来ないよ。うん。
 そして、朝昼晩と三回ほど図書館に行くことを義務付けられた。
 理由はさっぱり分らないのだが、行く度に珍しいお茶やお菓子を出してくれるから不満はない。ただ、時折物凄く不味いものだったりするけれど。
 あ、あと三回に一回はパチュリー様が変な覆面をしてて、小悪魔さんは身悶えてる。
 パチュリー様はコホー、コホーって。小悪魔さんはバタバタと。
 何かの儀式だろうか。気になるけど聞けずにいる。ちょっと怖い。
「悪魔の召喚とか……?」
 漏れ出た声に、植物が反応する。首を傾げ、ツタでペチペチと叩いてくる。
「何でもないよー」
 そう言って水をかける。植物が口っぽいところを開き、そこから水を取り込んでいく。
 実に人間臭い。
「私のせいなんだけど。……ところで、ここら一体の草花の成長が速いのは君のお陰?」
 今いる場所は館の庭。美鈴さんが管理しているというお花畑の一角。
 他の場所が綺麗に揃って咲いているのに対し、今いる場所は他よりも成長している。
 しすぎている、とも言える。
「大体、一めーとると半分くらい?」
 私の身長より少し小さいくらい。雑草でさえもここまで伸びている。
 原因は植物が埋まっていたからなんだろうけど。
 こくこくと頷く植物は、誇らしそうに胸を張っている。うん。成長が速いのはいいと思うけど、これは流石に自重して欲しいね?
 そう告げると、植物は頭の花を少し萎らせ、がっくりとしていた。少し罪悪感が。
 そこでふと思い出す。
「ねぇねぇ。名前欲しい?」
 聞くと植物は喜色満面で頷く。顔がどこかはイマイチ分りづらいのだけど。
 名前。名前……植草ちゃん? 我ながらこれは酷いね。
 ぷらんとちゃんとか……駄目だ。イマイチ上手く発音できない横文字は駄目だ。練習しないと。
 頭の花が赤いから……紅花? でもこの間生え変わったときに緑色だったし……。
 植物、草木、草花。……あ、草花と書いてソウカとか。名は体を表すって言うし。
「よし、じゃあ君はソウカちゃんだ」
「…………sjkolouhekgta?」
「うん」
 …………喋った!?
 え、ちょ、ええええぇぇぇえ?
「…………sdehkuaieblpepltkotmmedenhuacvilpyawo?」
 いや喋ってるよ割と長い台詞!
「パチュリー様ぁぁぁぁあああああ! 植物が喋りましたぁぁぁあああ!」
 ソウカを抱きかかえ地下へと急ぐ。
 その際、ソウカはくねくねと赤くなりながらうねっていたんだけど、何ゆえ?



 地下。大図書館にてパチュリー様にソウカを調べてもらう。
「……ふむ」
「何か分りました?」
「クドいようだけど。貴方の頭が」
「おかしくないです!」
 何故事あるごとにそう言うんだパチュリー様は。
「んー……。貴方の頭がおかしいのでなければ、特に異常はないわね。強いて言えば植物の魔力が澄んで……」
 そこまで言うと、何やらごそごそと色んな器具を取り出し始めた。
「まさか、ね。魔力の波長が変わるなんてことは…………あったみたいね。こんなに大きく変わるなんて異常だわ。何か原因が」
「……そこで何故私を?」
 知らないよ? 私は何も知らないよ?
 と、そこでソウカに動きがあった。
 ぬるぬると蜜を垂れ流し、パチュリー様の手から抜け出す。
 そして
「……wahutadbsinusilengukaresilpta」
 と、先ほどよりも流暢に喋った。何故先ほどは隠そうとしたのか。
「何を言っているのか分らないわ。英語か日本語で話しなさい」
 いやいや。それは流石に無理でしょう。植物が何かを話しているというだけでも驚きなのに日本語話したら私の腰が抜けますよ。
「……nikohodenyego?」
「私たちが使っている言葉よ。というか貴方、どうやって発声を……ああ、魔力による空気振動ね。ならそっちを解析したほうが速いかしら」
 専門的な話に。これはやることがなさそうだ。
 上に戻ってめいど長にお菓子でもねだってみようか。今日は青とか虹色とか、毒々しい色をしていないお菓子が食べたい。
 美味しいんだけど、口に入れるまでが大変なんだよね。見た目で怖気づくというか。
「ああ、天満。戻るのならこれを飲んでいきなさい」
「……なんですか、これ?」
 手渡されたのは丸いふらすこに入った無色透明の液体。
「……栄養ドリンク」
「何ですか今の間は。凄い不安なんですけど」
「大丈夫よ。体にいいものが沢山入ってるから」
「そうなんですか? ならいいですけど」
 言って、ふらすこの中身を飲み干す。かぼちゃの味がした。
「…………互いに作用しあってかなり体に悪いものになってるけどね」
「何か言いました?」
「何も言ってないわ」
 でも、何かボソッっと聞こえた気が……。
「植物の声よ」
「でもそれとはまた違った感じが」
 別にいいんだけど。気のせいなら気のせいで。
 でも、何故か何かの危険に晒されていたような気がするんだけど。これも気のせいかな?



 あとがき
 本来なら8、9はまとめてあったのですが、キリが悪かったので分けて投稿。なので何時もより短め。
 ソウカの言語は規則性があるので解読してみるのもいいかもしれません。
 ただ、図書館に行く前と図書館に行った後では、少し規則性が変化していますけど。



[28308] 10
Name: 音楽記号◆00732227 ID:8d672cfe
Date: 2011/07/22 14:20
「hikasihenolaidysirenedsgayeilpkacdnawoeaqru」
 大図書館。そこの主パチュリー・ノーレッジは目の前の植物が発する魔力の振動を解析していた。
 植物……彼女の飼い主である夜空天満はソウカと呼んだが、ソウカが言ったのを解読するとこうなる。
『菱の石願い叶える』
 願いとはどのようなものか。何処まで叶うのか。何故叶うのか。
 パチュリーは喉元まで出掛かった言葉を飲み込む。
 今は解読に集中しなければならない。そう自身に言い聞かせソウカの言葉に耳を傾ける。
「adekaloineiawsimwtahemabusixaifenozakaqetadwmalpri」
『赤い石魂の塊』
 そこでパチュリーはストップをかけた。
 そしてすぐさま、調べものに取り掛かる。
 願いを叶える菱形の石。魂を材料とした赤い石。
 何処かで、何かで、見たような気がする。
 魔法を応用し、図書館内部にある本の錬金術関連、過去の遺産関連を探し出し、小悪魔に持ってこさせる。
 数十数百と存在する本。
 パチュリーは一冊に一分以上の時間をかけず、しかし見落としのないよう細かく読んでいく。
 そして。
「……見つけた。宝石の種とサヴァンズストーン。どちらも空想上の物。……いや、だからこそ幻想郷に?」
 幻想郷は忘れられたものが集う。パチュリーも、パチュリーの友人の吸血鬼だってそうだ。
 彼女たち個人が忘れられたわけではなく、種族(魔法使いや吸血鬼)を人々が否定、信じなくなり、このままでは消滅してしまうから幻想郷に来た。
 もっとも、彼女たちの出身国周辺にも幻想郷と似たような場所があった。幻想郷へ来たのは吸血鬼の友人の気まぐれに過ぎない。
 さて。では幻想郷に似たような地域があるにも関わらず、西洋の遺物である二つの石が幻想郷へ来たのは何故だろうか?
「誰かが呼び寄せた……? それとも私たちが幻想入りしたときにその可能性を持ち込んだ?」
 考え込むパチュリーに、ソウカがぺたぺたとツタで腕を叩く。
「aswni」
『兄』
「兄?」
 解析したパチュリーが聞き返すと、ソウカはコクリと頷く。
 兄。はて、身近なところで兄がいる人物はいただろうか。パチュリーはそこまで考え、そして思い当たる。
「天満……!」
 全ての元凶は天満にあった。そしてその家族に。
「一体全体。どんな家よ夜空家は」
 パチュリーの予測としては、きっと普通ではないだろうというものだった。



「んー。何でまたお兄ちゃんを……」
 紅魔館を出て人里へと向かう。
 めいど長から仕事として出されたのは、我が愚兄を図書館まで連れて行くことだった。
 何故かは分らないけど。
「でも、どうしよっか。お兄ちゃん何処にいるか分からないから」
 いや、呼び寄せる方法は一つだけある。あるのだが、羞恥心が犠牲になるので最終手段。
「地道に探すしかないかな」
 あの人が行きそうなのは人里、妖怪の山、それと魔法の森くらいかな。
 じゃあ、まずは人里へ行ってみよう。



 人里。
 団子貰ったりかんざし貰ったりけーね先生に兄の居場所知らないか尋ねたり扇子貰ったりしていると、魔理沙ちゃんが現れた。
「……何やってるんだ?」
「兄を探して三千里?」
 三千里もないだろうけど。
 魔理沙ちゃんに団子(みたらし)を差し出しながら、兄の姿を見ていないか聞いてみる。
「あの人なら、一年に一回くらいうちに来て色々と語っていくな」
「色々?」
「天満の可愛さとか、そこら辺をずーっと一晩中」
「愚兄がすいません」
 別にいいさ。そういって魔理沙ちゃんは笑みをこぼす。なんと心の広い。
 というか、一年に一回も魔理沙ちゃんの家に行ってたの? あの人。私はまだ一回も行ったことがないのに!
「それと、天満の生まれてから今までの成長が記録されているアルバムが数冊あるんだが、いるか?」
「いる。そして焼却……はしないけど厳重に保管する」
 流石に焼いてしまうのは可哀そうだ。向こうも好意でやってくれているんだし。
 でも、何時の間に作ったのだろうか? 写真とかは河童さんの技術がないと作れないのに。
 そこら辺考えても仕方がないか。
「じゃあ、今すぐ取りに行くか。後ろ乗れるか?」
「抱きつけば何とか」
 魔理沙ちゃんが何処からか取り出した箒に跨る。その後ろで同じように跨り、振り落とされないよう魔理沙ちゃんの腰に腕を回ししっかりと固定する。
「よし、しっかり捕まってろよ」
 浮遊感が体を包み、そして景色が流れる。どうやら空を飛ぶことに箒はいらないっぽい。
 魔理沙ちゃんが使いやすいから使っているだけなんだろう。
「そういえば、魔理沙ちゃん」
「どうした? あんまり喋ると舌噛むぞ」
 警告に頷き、そして本題に入る。
「どうして、人里にいたの? もしかして霧雨道具店に」
「違うよ。ただ立ち寄っただけだ」
 むう。全部言い切る前に答えるのは駄目だと思うよ。礼儀的に。
「もう勘当されてるんだ。あの人たちとは関係ないよ」
「そうかな? 家族って関係は案外切れないものだよ?」
 ずっとずっと繋がってる。縁は簡単に切れたりはしないんだよ。
「そうか? まぁ、今回は本当に立ち寄っただけなんだが」
「そうだよ」
 そして無言。特に話すことがなくなってしまった。
 話したいことは沢山あったけれど、しかしこうしてみると話すほどでもないというか。
「ありがとな」
「ん? 何が?」
 どんな話をしようと頭を捻っていたところ、魔理沙ちゃんからの急な言葉。
「いや、心配してくれたんだろう?」
「そりゃ、まぁ心配しますよ。家庭の事情だからあんまり口は出さないけど」
「ああ。だからありがとうだ。これは私の、私と家族の問題だからな。天満は心配だけしてくれれば、それでいい」
 心配だけって。少しくらい手伝わせてくれてもいいのに。
「でも、やっぱりこれは私たちだけで解決しなきゃいけない問題だ。だから、天満は心配だけしてくれればいいよ。私も頑張るからさ」
「……うん」
 頷くと同時、魔法の森が見えてきた。
 茸の胞子が充満した森。そこに魔理沙ちゃんの家が存在する。
 どんな家なんだろう? 紅魔館より大きかったりしないよね?

 あとがき
 夜空家の皆様の出演予定は今のところありません。兄はちょっと存在を感じさせるだけ。



[28308] 11
Name: 音楽記号◆00732227 ID:8d672cfe
Date: 2011/07/17 22:08
「きたな……散らかってるね」
 初めてくる魔理沙ちゃんの家。
 想像通りというか、いめーじ通りというか散らかっていた。
「今汚いって言いかけたな? 別にいいけど。ちょっと待っててくれよ」
 そういうと、ごそごそとあるばむを探し始める魔理沙ちゃん。
 その間私は、失礼ながらも色々と物色し始めることにした。
 トカゲの干からびたものや、まだら色の茸。如何にも魔法使いが持っていそうなものばかりだ。
「あれ? 確かこの辺に置いておいたはず……」
 あー……うん。頑張れ魔理沙ちゃん。よくあることだよ。
 探しつかれて探すのを止めた頃にひょっこり出てくるかもしれないけど。
「天満。もう少し時間くれ」
「いいよー」
 さて。あるばむ探しは意外と長期化しそうだ。
 と、なると暇になっちゃうな。物色するのはいいけど、油虫とか出てきたら嫌だし。
「……ん? これ、もしかしてお兄ちゃんが残してった?」
「ん? おー、それか。二、三年前に置いてったぞ」
 見つけたものはキラキラと輝く結晶。
 大きさは握りこぶしほどで、重さは箸と同じくらい。
「ふぉとにっく純結晶……だっけ?」
「そんな名前だったか。使い方がイマイチ分らないんだよな、それ」
 そこはお兄ちゃんに聞いてもらわないと。
 私も一回説明されたことがあるけど、理解できなかったんだよね。
 光そのものを記録媒体に出来る云々。せんせーなら理解できそう。
「それも持ってくか? 私にはいらないものだし……っと、あったあった」
 ほれ、と投げ渡される数冊の本。
 開けば幼い頃から数ヶ月前までの私の写真が納められている。
「よくも、まぁ、集めたもので」
 どれだけの労力をつぎ込んだのだか。というより数ヶ月前のお風呂の写真があるのはどういうことだ。
 盗撮? 盗撮なの?
「天満の兄なら真正面から撮ってそうだがな」
「否定できないね」
 あの人なら姿を消すとか、普通にやりそうだし。
「まぁ、姿を消すくらいなら風呂場に堂々と入ってくるかな」
「一回それで揉めたことあるよな。子供の頃」
 ああ……。いきなり入ってきたのに驚いて大切な部分を蹴り上げたときね。
 不能になったらどうしてくれるとか文句言われたけど。当時は全く理解してなかったけど、別に不能になっても良かったんじゃないかと今は思う。
「そもそも女装して男の人誘惑してるんだから不能になってもいいと思うんだよ」
「子供を残さないといけないから、どうしても必要らしいぞ? 男色だけど、子孫は残さないといけないとか」
 変な義務感。そんなので子供作ったって嬉しくないだろうに。
 ……ま、変なのは何時ものことか。我が家は変人の家系だし。
「それじゃ、そろそろ帰るね」
「ん。また今度図書館行くから」
 あるばむと結晶を持ち、物を踏まないよう出口へ向かう。
「図書館といえば、本はちゃんと返さないと駄目だよ?」
「努力する」
 個人的にはどちらでもいいんだけど、立場的に言っておいたほうがいいよね。めいどなんだし。
「じゃ、ばいばーい」
 小さく手を振り歩き出す。
 魔理沙ちゃんも小さく手を振ってくれていて、少し懐かしい気持ちになった。
「さて。兄探しでも続けますか」



 思いつく限り、兄がいる場所を回ったのだが、結局見つからなかった。
 捜索は早々に打ち切り、紅魔館に戻ってくると、頭にこぶを作った美鈴さんが立っていた。
 痛そうである。
「どうかしたんですか?」
「あ、天満さん。ちょっと、変な人に殴られまして」
「変な人?」
「ええ。突然現れて『メガネッコナッコォー!』とか叫んで襲い掛かってきまして」
 ……アレ? 心当たりが物凄いあるんだけど。
「それって、白髪で赤い目をした私と同じくらいの身長で、女物の浴衣着てました?」
「ええ。まさしくその通りです。よく分りましたね」
「それ、私の兄です」
「え゛?」
 美鈴さんが固まる。そんなに衝撃的なことだろうか?
「あ、あの……失礼ですが、あの非常識の塊が……?」
「まぁ、同じ女の人の股から出てきましたよ」
 そう返すと表現が生々しいです、と美鈴さん。
 と、いうか非常識の塊というなら両親のほうが相応しいんじゃないだろうか。
 妖怪の山に柴狩りに行くくらいだし。
「それで、兄は何処へ?」
「今先ほど帰られましたよ? パチュリー様とお話して、すぐに」
 パチュリー様とお話。何だ、入れ違いになったのか。
 というか、何の話をしに来たんだろう。パチュリー様は用があったんだろうけど、お兄ちゃんにはあったんだろうか?
 ま、パチュリー様に話を聞いてみればいいか。
「それじゃあ、私はこれで」
「はい。それでは」
 美鈴さんに別れを告げて図書館へと向かう。
「碌な用事じゃなさそうだけどね」



 薄暗く、かび臭い図書館。
 パチュリーは、ソウカを前にして頭を抱えていた。
 原因は、先ほどまで図書館にいた天満の兄。
 見た目は完全に女性だったが、本人の男だと言っていたから男で間違いないだろう。
「はぁ……幾つか謎は解けたけど、あの子に関してはまだ何も分らないのよね」
 解けたのはソウカについて。
 天満に関して分ったことは殆どなし。
「分っているのは、まだ他人への影響が少ないということ」
 パチュリーが天満に行ったのは、毒物投与、惚れ薬、毒ガスなど。
 死なない程度に加減してあったとはいえ、天満はそのこと如くを無効化していた。
「アロマテラピーでもやってれば癒し効果とか着きそうよね」
 パチュリーの見立てでは、天満の能力は進化する。否、今なお進化し続けていると考えている。
 咲夜は、天満が不老なのは栄養が常に満ち足りているからだと聞いたらしいが、まさかそんなはずはない。
 確かに、老化は遅くなるだろうが、なくなることはない。
 だから、天満が老化しないのはもっと別の理由。
「穢れの浄化、かしら」
 分らない。天満のいうせんせーとやらと話が出来れば、何か分ることがあるかもしれないが。
「尽きない謎。研究対象として、これほどいいものはないわね」
 パチュリーは笑う。一人の研究者として、喜びの笑みを。
「頑張りなさい、人間。儚く消えるか、このまま居つくか。行動しだい……」
 パチュリーとしては、このまま居ついてもらいたい限りであるが。


 あとがき
 咲夜とレミリアの影が薄いけど大丈夫か? 大丈夫じゃない、問題だ。
 ということで、次回は咲夜さんが出ます。

 フォトニック純結晶出したのは思いつき。エクストラやったらだしたくなったんだ……。



[28308] 12
Name: 音楽記号◆0dc267b3 ID:8d672cfe
Date: 2011/07/18 17:09
 図書館へと向かっていると、めいど長が何やら悩んでいる姿が見受けられた。
 廊下の片隅で、どうかしたんだろうか?
「どうかしました? めいど長」
「ああ、天満……。いえ、さっき帰られたお客様なんだけど、どこかで見た覚えがあるのよ。白髪赤目の女の人」
「それ多分私の兄ですけど……どこかで出会ってるんですか?」
 尋ねると、めいど長は首を振った。
「分らないのよ。幻想郷で会ったわけではないと思うけれど……。そうなると、外にいた頃出会ってるってことになるし」
 他人の空似じゃないだろうか。たぶんだけど、お兄ちゃんは外の世界に出たことがないだろうし。
「白髪赤目の人なんて滅多にいないわよ」
 めいど長、鏡、鏡。まぁ、めいど長は銀髪で、たまに瞳が赤くなるだけだしなぁ。
「何処で会ったのかしら……? 会ってなくとも、何かで見た覚えが……」
「あるばむとかでですか?」
 こんなの。と、手に持ったあるばむを掲げ聞いてみる。
 めいど長は数秒考え込み、ポン、と手の平を打った。
「そう、アルバムよアルバム。かなり昔の。カメラがない時代の人物画とか載ってるやつ」
 ……それに、うちの兄が? いやいや。幾らなんでも他人だろう。
「名前は確か……ノーレッジだったわね。ノーレッジ・ナイトスカイ」
 何か、偶然にしては作為的な名前だね?
 英語はあんまり知らないけど、けれど少しくらいは分る。
 夜とか、空とか。それくらいの単語なら知っている。
「……のーれっじってパチュリー様の苗字ですけど、どんな意味なんですか?」
「知識って意味よ」
 ……偶然じゃないかも。だとすると、お兄ちゃんは両親より年上ということになるんだけど……。
 もしかして血のつながりがなかったりするのだろうか? まぁ、なかったところで何が変わるというわけじゃないんだけど。
「そういえば、兄って言ったわね。貴方の言葉を信じるとして、何故女装しているのかは置いておくけど……。貴方の兄の名前は?」
「知識です。夜空知識」
 今年二十歳になる、はず。
 よく考えると物心ついた時からずっと女装し続けるって凄いよね。両親がそうさせてたのかもしれないけど。
「……天満。貴方の家系は一体どうなっているの?」
「……たぶん、凄いことに」
 少なくともどうかなっていないことはないだろう。
 祖父母とか、いればもう少しよく分ったかもしれない。けど、いないのは仕方ないよね。弟、妹が欲しいとねだったことはあるけど、祖父母は流石に……。
「パチュリー様に聞いてみようかしら。直接話したのはあの人だけですし」
「図書館、行きます?」
「そうしようかしら」
 では、お茶菓子持って行ってみましょう。



「何かと思えば、夜空知識とノーレッジ・ナイトスカイについて? 長くなるから今度でいいかしら?」
 図書館を訪れ、兄こと夜空知識とノーレッジ・ナイトスカイについて何か知っているか尋ねたところ、そんな返答があった。
「パチュリー様。時間ならたっぷりとありますわ」
「そういえばそうだったわね。……というか、夜空知識についてなら天満の方が知っているんじゃない?」
「いえ、まったく」
 知ってるのは身長体重と、あとは食の好みか。生ものが駄目で魚と肉も駄目。基本野菜食べてるけど、そのさいまーがりんをよく使う。
 とらんす脂肪酸たっぷりだよ! ばたーは嫌いらしい。よく分らん。
「はぁ……面倒くさいわね。というか、何で説明してないのよアイツは」
「あの人と知り合いなんですか?」
「知り合いというか、五十年ほど前に色々あったのよ」
 五十年前……この時点で色々分ることが出てくるね。
「一応言っておくけど、今日ここに来たアレの年齢は、二十歳かそこらであってるわよ。あー……詳しくはアイツが話すのを待ってなさい」
 五十年前の知り合いなのに、二十歳。時間旅行でもしたのかな。それとも……輪廻転生?
 いや、でも転生って凄い時間かかるんだよね。阿求ちゃん言ってたし。
 三十年では到底無理だと思うんだけど……。
「全部話してくれるまで待ってなさい。天満が二十歳になるまでには話すそうだから」
 じゃあ、あと四年か。長いのか短いのか……。
 あ、違う。もう少しで誕生日だから約三年だ。
「パチュリー様。ノーレッジ・ナイトスカイは」
「大体分ってるでしょうけど、夜空知識と同一人物よ」
 何年生きてるのさ、お兄ちゃん。少なくとも百年は生きてるよね?
「はい。この話はここで終わり。天満、これ上げるから部屋で焚いてみなさい」
 手渡されるお香。物凄く毒々しい色をしている。紫と白と黒とピンクが混じり合っているような、そんな色。
 何のお香なんだろう……葬式とかに使うものではないだろうけど。
「それと、これも飲んでいきなさい」
 今度はふらすこに入った青い液体。こっちは何か普通。
 前回のものよりも普通だったので、すんなりと口に運ぶ。
 一息に飲み干し、ふらすこから口を離すと、どこからかシャキーンと擬音が響いた。
 ……特に変わったところはないんだけど。
「パチュリー様、今の擬音って」
「気にしないで。ふむ、回復系も効果なし。疲れていないからかしら? メモメモ。あ、咲夜、ここに書いてあるの取り揃えてくれる?」
「了解しました。……多いですね」
「そりゃ、殆ど薬になっちゃうからね」
 いや、ところで今の薬は何を目的として作られたもので?
「回復薬よ。疲労から死にかけまでそれ一本で治るやつ。植物の栄養剤として使用することも可」
「今回はあっさり教えてくれるんですね」
「前回までのは教えられないものだからね」
 え? 教えられないような用途で発明されたものを私は飲まされてたの?
 ……何も異常ないからいいけど。
「さ、天満も早く仕事に戻りなさい。咲夜はもう行っちゃったわよ?」
「相変わらず速いですねー……」
「完全で瀟洒を自称するだけあるってことよ」
 それは少し違うような気がする。
 瞬間移動の根本的な解決になってないし。
 仕事に関係ないことだから、別にどうでもいいんだけどね。



[28308] 13
Name: 音楽記号◆00732227 ID:8d672cfe
Date: 2011/07/22 14:16
「フォトニック純結晶、ね。手に入れることは出来ないと思ってたけど、まさかあの子から貰えるとはね……。まぁ、この大きさじゃあ予測演算なんて一つの道筋くらいしか出来ないだろうから、あんまり意味はないんだけど」
「……choladamoi?」
「ん? これが欲しいの? 貴方が持ってても何の役に立たないと思うけど……。ま、研究に使うわけじゃないからあげるわ」
「……akorimxgadeto」
「どういたしまして」




 私は植物である。名前はソウカ。
 宝石の種とサヴァンズストーンと妖精郷の加護で命を得ている。
 ついでに言うなら、他にも色々なものが混じっているのだが……それは別にいいだろう。
 今は、先ほど貰った純結晶を接続させている。もちろん、自分に。
 理由はいろいろとあるのだが、今の演算機能では足りないというのが一番だろう。
 純結晶をつなげば、演算し切れなかった未来を演算することが出来る。
 ……演算したところで、未来を変えれるわけではないのだが。
 それでも、やる価値はあるだろう。知っているのといないのでは、心構えに差が出る。心なんて上等なものが果たして自分に備わっているのかという疑問は置いておく。
「……deswkivata」
 呟く。まともに人語が喋れないのが恨めしい。意思の伝達は可能だが、しかし言葉を交わしてみたいのだ。何もせずに、自然体で。
「……kahuineshi」
 サヴァンズストーンの材料となった人魂と、宝石の種の膨大な魔力を用意。妖精郷の加護で自身を覆い、やっていることが誰かにバレないようにする。
 シュルシュルと、体中が成長を始める。ツタは加護の中を這い回り、葉は光を閉ざす。
 暗闇の中、時間の流れが遅くなったように感じた。
 予測演算を始める。
 魔力を回路にし、ブチブチと焼ききれる思考回路を人魂の持つエネルギーで強制的に再生していく。
「…………」
 いたい。イタイ。痛い。
 全身を焼かれたときよりも強い痛みが全身を襲う。
 声は出ない。元々魔力を振動させ出していた音だ。魔力の大半を使用している今、声が出るはずもない。
 見えてくる。
 紅い館。暗闇の地下。首を押さえる少女とうずくまる吸血鬼。
 聞こえるのは嗚咽と笑いと泣き声と怒号。喜怒哀楽全てを混ぜ合わせたような音。
 動く。少女が吸血鬼へと歩み寄り右手を伸ばし――
 ――右腕が宙を舞った。
 少女が吹き飛ぶ。その行方を確認しようと更に演算を進め、そしてヒビが入る。
 ピキピキと身体から異音が聞こえ、流れる魔力量が急激に減る。
 痛みは強くなり、限りある人魂も減るスピードが増す。
 これ以上は危険だ。そう判断し、演算を止める。
 魔力はある。人魂も残っている。が、生存するに必要な分だけである。
 ――足りない。
 もっと魔力が必要だ。せめて紫の魔女を超える量が。
 でないと、きっと今の未来は変えられないだろう。一つの予測でしかないが、たった今私が演算した所為でその未来が訪れる可能性が高い。
 ああ、しかし。
 あの人は何故あんなにも危ういのか。



 夜。人里で貰った安酒を一人で飲んでいると、どうしたのかソウカが部屋に訪れた。
 トテトテとまっすぐこちらに歩み寄り、そして右腕に巻きつく。
 発見した当初から右腕に巻きついているが、居心地がいいのだろうか?
「そうだ。ソウカはさ、お酒飲める?」
 首を横に振る。どうやら飲めないらしい。むぅ、不思議生物なのにそこは普通なようだ。
「残念。じゃあ、歌でも歌う?」
 頷く。んー……あの歌でいいかなぁ。
「咲~いた~。咲~い~た~。たーげっとぉの花が」
 そこまで歌うとソウカがびくりと反応した。何事?
 気にしなくていいか。何か思うところでもあったのだろう。
「並んだ~。並んだ~。ア~カ~黒服~白装束~。どの花見てもいぇーふー!」
「うるさいわよ、天満」
「はい、すいませんめいど長」
 怒られた。少し声が大きかったようだ。
「歌は駄目かぁ……」
 呟くと、右腕にあった重さが消える。
 眼を向ければソウカが心なしか困ったような仕草をしていた。
 はて? 何かおかしなところでもあったのだろうか? 父さんから教わった歌なんだけど……。
 …………ま、いいや。おかしなことがあるのは何時も通りだ。
「ソウカはやりたいこととかある?」
 聞く。ソウカは少し戸惑うような仕草を見せ、小さく、
「……zusattodeifasshojuni」
 呟いた。
「ん、分った」
 ソウカを抱きかかえ、残っていた酒を飲み干しべっどへ移動。
 わたわたとソウカが暴れるが、逃がさないように捕まえ、布団に潜り込む。
「ずっとは無理だけど、なるべく一緒にいてあげる」
 観念したのかソウカの動きが止まる。
 それを確認してから、ゆっくりと瞼を閉じる。
 出来るなら、ソウカが消えないように。



 あとがき
 露骨に死亡フラグを立てました。

 番外編としてまどか☆マギカのクロスでもやろうかと妄想したけど、天満の能力的に何の面白みも無くなるので断念。



[28308] 14
Name: 音楽記号◆00732227 ID:8d672cfe
Date: 2011/07/23 23:53
 十二月半ば。私の誕生日も過ぎ、正月を迎える準備に奔走する今日この頃。
 ちなみに魔理沙ちゃんからぷれぜんとを貰った。二の腕の半ばほどまである紅いぐろーぶ。
 どうしてそんなに長くしたのか聞いてみたい、けど、最近は寒くなってきたからか館に来ることが少ない。
 冬は皆引きこもるんだよねー。ソウカも冬眠みたいなことしてるし。よく枯れないね? 枯れて欲しいわけじゃないけど。
 さて、与太話はここまでにして。今現在、結構な大役を任されております。いや、任されることになっています、かな。
 何と、今日の夜からご主人様の妹様に仕えることになりました!
 ……どんな人、じゃなくて吸血鬼か知らないんだけど。
 めいど長は詳しく教えてくれない。きっと仕える中で知っていけということなんだろう。たぶん。
 しかし……夜まで何していようか。
 最近は掃除とかあんまり時間かからないんだよね。妖精たちもよく手伝ってくれるし、上手になっていってるし。
 洗濯なんかも基本的に自分ひとりの分だけだし、食事も同様。買出しは寒いから一週間に一回まとめてする。
 とんでもない量になるから美鈴さんとめいど長と三人で人里に行っている。視線が凄いよ。
 図書館には毎日行っているものの、毎度のことながら変なものを飲まされる。ので、出来るだけ一日の終わりに行くようにした。
 長々と言っているが、要約すると『暇』。
「……あ、久しぶりにせんせーのところに行こう」
 思い立ったが吉日。自室を出てめいど長を探す。
 お昼時だから食堂にいるだろう。手早く許可を貰って日が落ちるまでに帰ってこようっと。



 めいど長に外出の許可を取り、迷いの竹林を訪れる。
 迷いの、とついている割に迷うことは滅多にないのだが。とりあえずこの先にせんせーは住んでいる。ついでにウサギとお姫様も。
「もこーさん今日はいないみたいだね」
 よしよし、好都合。もこーさんはいい人だけどせんせーのところに行かせてくれないから困りものだ。理由教えてくれないし。
 なんとなーくは分るんだけどね。きっとお姫様と何かあるんだろう。
「なまむぎなまごめなまたまご~」
 早口言葉を言いながら竹林を歩く。早口言葉の意味はない。
「隣の客はよく客食う柿だ~。しんしゅんしゃんそんしょー!」
 早口言葉って意外と意味が分らないよね。遊びだから意味なんて要らないんだろうけど。
「さよなら三角また来て四角~ってこれは違うね」
 他に何か早口言葉あったっけ。
「隣の竹垣に竹立てかけた。であってるかな? あ、あと坊主が屏風に上手に坊主の絵をかいたってのもあるね」
 意外と種類が多い。赤巻紙黄巻紙青巻紙もそうだよね。巻紙って何さ。
 そんな感じでブツブツと一人で呟きながら進むと、和風の家屋に到着する。
 適当なところで靴を脱ぎ中に入る。そしてせんせーの部屋へまっすぐ向かう。
「あ、優ちゃん。久しぶりー」
 その途中、見慣れたウサ耳の少女を発見する。赤い瞳に特徴的な服。鈴仙・優曇華院・イナバちゃんである。
「……なんでいるのよ」
 優ちゃんはこちらを確認すると顔をしかめた。久しぶりに会った友達の対応としてそれはないんじゃないかな。
「というか、どうしたのその服。最近来なかったのと関係あるの?」
 優ちゃんがめいど服を指差して言う。
「え、何? 最近来なかったから寂しかった?」
「そんなんじゃないわよ! どうしたらそんな風に解釈できるのよ」
 んー……からかうため? それと少しの願望。
「真面目に答えると、就職したんだよ」
「……就職? アンタが?」
「あ、その反応ひどーい」
 そんなに意外だろうか? 自立して生きていけるかはともかく、十分働いていてもおかしくない年齢だと思うんだけど。十七歳にもなったし。
「紅魔館っていう、吸血鬼の住む館でめいどとして働いてるんだよ」
「吸血鬼って……大丈夫なの?」
「大丈夫だよ? みんな優しいもん」
 そう返すと祐ちゃんは小さく「そういうことじゃなくて……」と呟いた。
 はて、どういうことだろうか?
「まぁ、上手くやれてるならいいわ。それで、今日は何しに来たの?」
「遊びに来ました」
「仕事しなさいよ」
「暇が出来ちゃったの」
 あと、せんせーに聞きたいこととか。
「師匠に聞きたいこと?」
「うん。植物のこととか」
 ぶっちゃけてソウカのこと。最近元気がないから栄養剤でも貰っていこうかと。
「ふぅん。なら先に済ませちゃいましょうか。ついてきなさい」
「別に一人でも大丈夫だよ?」
 何度も来てるわけだし。ある程度の造りは把握してる。
 今更迷うことはない、はず。
「私も師匠に用事があるのよ」
「どんな?」
「秘密」
 秘密なら仕方がない。ここは我慢しよう。
 ……でも、後でせんせーに聞いてみよう。どんな話をしていたのか。
 私はちゃんと言ったのに、言わないのってずるいよね。



 あとがき
 ずるいというより天満が勝手に喋っただけですけどね。

 最近アーマード・コアラストレイヴンに嵌ってます。素人の癖に。
 ただいま二週目。ゲリュオンの火力に惚れました。



[28308] 15
Name: 音楽記号◆00732227 ID:8d672cfe
Date: 2011/07/26 23:55
 屋敷唯一の金属扉を開くと、緊張した雰囲気が感じられた。
 部屋の中央には赤と青の奇抜な服装と珍しい銀髪の女性……せんせーが両手に何本か万年筆を持って立っていた。
 せんせーはゆっくりと辺りを見回し、そしてあるもの目掛けて万年筆を投擲する。
 ぐしゃ、と音が聞こえ、万年筆の行方を追うと、そこには体液を撒き散らしながら死んでいる油虫が。
「うどんげ。掃除しておきなさい」
「え、えぇ……? あれを、ですか?」
「当然じゃない」
 ご愁傷様。頑張って掃除してください。そういえば油虫って死ぬときに卵撒き散らすって本当なんだろうか。
「天満も手伝いなさいよ。どうせなら」
「お客さんだよ、私。いいけど」
 油虫に近づき、万年筆を抜いて死体を掴む。
 閉じている窓を開いて全力で投げる。処理完了。
「天満。消毒しておきなさい」
 せんせーが手招きする。左手には髑髏マークがついた瓶が。
「掴んだ……? 油虫を掴んだ……!?」
「うどんげ。床拭いときなさい」
 油虫を掴んだ手をせんせーの前に出し、薬を振り掛けられる。
 少しピリピリと痛みが走るが、消毒はこんなものだから仕方がない。
 それよりも優ちゃん。早く掃除して。死体は私が処理したんだから。体液ぐらいどうってことないさ。
「……雑巾取ってきます」
「早くしなさい」
 部屋を出て行く優ちゃん。残された私とせんせーは、当然ながら二人きりになる。
「久しぶりね、天満」
「お久しぶりですー。せんせー」
 改めて挨拶。順序がおかしい気もするけど、些細なことだよね。
「さ、これを飲んでみて」
「早速ですか。……変なものじゃないですよね?」
「あら、どうして?」
「いや、今の勤め先で色々飲まされてまして……」
 そういうと、顎に手をやり考え込むせんせー。
 ひとまず手渡された錠剤口に含み、嚥下する。
 ……特に何も起こらない。何時もと違う。
「天満、腕出しなさい」
「腕?」
 言われたとおり、めいど服の袖を捲くりせんせーに見せる。
「ん、ありがと」
 ブスリ。そんな音が聞こえてきそうなほど立派な針が腕に刺さった。
 注射器だ。
「い゛っ!?」
「我慢しなさい」
 誰が刺しているのか。当然せんせーであり、注射器に赤い液体……私の血液が吸い取られていく。
「よし」
 針が抜ける。ふぅ……と一息ついたところにもう一度ブスリ。完全な不意打ちだった。
「い゛あ゛ぁあぁぁっ!?」
「うるさいわよー」
 慌てふためく私に、冷静なせんせー。腕に注射針が刺さっているためあまり大きく動けない。
「こんなものかしら」
 針が抜ける。と、同時にせんせーから距離を取る。左手で刺されたところを抑え、痛みに耐えながら。
「せんせぇ……」
「そんな情けない声を出さないの。注射の一本や二本くらい我慢なさい」
「それにしたっていきなりやらないでくださいよ!」
 せめて事前に言ってくださいよ……。注射するって。
「そんなこと言ったら貴方逃げ回るでしょう?」
「うぐ……」
 確かに。注射は嫌いだよ。痛いし、先端怖いし。
 それに、何かされてるって実感が凄い湧いてくるし。
「注射を好きな人なんていないわよ。さて、と。少し用事が出来たから、優曇華かてゐに遊んでもらってなさい」
「用事、ですか?」
「ええ。大事な用事よ」
 なら邪魔しちゃいけないね。大人しく遊んでこよう。



「……うん? 迷ったかも」
 元々入り組んだ形の屋敷であるため、迷うことは少なくない。
 少なくないのだけど、ここにくると毎回迷うのは何故だろうか。
「謎だね」
 謎。解明する気は全くない。出来る気もしないし。
「迷子。迷ったときは動かずに、誰かに迎えに来てもらうのがいいらしいけど……。あえて移動してみよう」
 気分で。適当に歩いてれば見知ったところにでるはず。多分。
 それに、人間何時も人生に迷ってるから道に迷うくらい平気だよね。
 ……あ、何か痛い。心が痛い。
「あら、天満じゃない」
 右手で心臓の辺りを押さえていると、背後から声がかかった。
 振り向くと、豪奢な着物を着た黒髪の女性がいた。
「お姫様じゃないですかー。お久しぶりです」
「ええ、久しぶりね」
 お姫様。名前は蓬莱山輝夜さん。かぐや姫と同じ名前だから、お姫様。
「今日は何しに来たの?」
「え? えーっと……。あ、そうだ。植物用の栄養剤をせんせーに貰おうと思いまして」
「植物用? 家庭菜園のかしら」
「あ、家庭菜園燃えちゃったんですよねー」
 簡単に事情を説明する。炎上から現状に至るまでを。
「つまり、冬眠のようなことをしている植物に、元気を与えるための栄養剤を貰いに来たの?」
「そういうことです」
 でも、貰うのにはもうちょっとかかりそう。何か大事な用事があるそうなので。
「大事な用事……? 何かしら。ところで、袖に血が滲んでるけど何かあったの?」
「それがですねー。せんせーにいきなりブスッとやられました。注射器で」
「……ああ、なるほど、だから」
 何か納得した様子のお姫様。一体何処に納得する要素があったんだろうか。
 そういえば、傷はどうなっているだろうか。そろそろ治り始める頃なんだけど……。
「あれ? もう治ってる」
 何時もより速い。どうしてだろうか。
「永琳のところに行ってみましょうか」
「でも、大事な用事があるって……」
「今からじゃないわ。もう少ししたら。それより、その植物のことについて教えてくれるかしら」
「分りました」
 でも、せんせーのところに行ってどうするんだろう? 栄養剤貰うくらいしか、用事はないと思うんだけど……。



 あとがき
 ゴキブリの死体を躊躇いなく掴んで投げ捨てる。それがうちの主人公です。

 アーマードコアLR近況
 パルヴァライザー二脚倒しました。その後のムービーで出てきた台詞で変なものが浮かびました。

「ソウカ……オマエモ……ドミナント」が、
「ソウカ……オマエモ……ジャキガニスト」に変わると一瞬でシリアス(笑)に。

 本編に全く関係のないあとがきでした。



[28308] 16
Name: 音楽記号◆00732227 ID:8d672cfe
Date: 2011/07/27 17:18
「永琳、入るわよ」
「姫様……それに天満も。どうかしましたか?」
 しばらくお姫様と雑談し、それからせんせーの下へ。
 せんせーは両手に様々な溶液が入ったふらすこを持っている。赤、橙、黄、緑、青、藍、紫と虹色である。
「天満が植物用の栄養剤が欲しいんだってさ。それと、服の洗濯。血が滲んじゃってるもの」
「栄養剤? それなら確かここに……。それと、天満? 傷は治っているのよね?」
「完璧に治ってますよー。痕一つありません」
 袖を捲くり、見せる。何もない普通の腕だけどね。
「そう、順調みたいね。それなら、服の汚れたところを触りながら綺麗になれって念じてみなさい」
「……永琳」
「大丈夫ですよ。少し試すだけです」
「?」
 お姫様とせんせーが何について話しているのか……は、何となく分るけど。しかしお姫様はどうしてそんな剣呑な表情をしているんだろうか。
 そう疑問に思いながらも、血の滲んでいる箇所に手をやり念じてみる。綺麗な状態を。着始めた頃のような清潔さを。
「それに、そろそろこの子にも自衛の手段を身に着けてもらわなければ困りますから。万が一、月人に見つかったときのために」
「それはそうだけど……。でも、そうならないためにここへ招いているんでしょう?」
「ええ。この屋敷の隠匿レベルを少し下げ、天満をより見つかりにくくしましたが……。それも時間稼ぎでしかない。隠しているということは、月人も理解しているでしょうしね」
 ふぉぉお。汚れなくなったよ。凄い凄い。
「せんせー! 何か綺麗になったんですけど!」
「良かったわね」
「良かったじゃない」
 良かったですよ。でも何故にこんなことが出来るのかと聞きたいのです。
 こんな不思議能力を身に着けた覚えはないのだけど。
「身に着けた覚えがないって……当たり前じゃない。生まれ持ったものなんだから」
 生まれ持った……。もしかして『浄化する程度の能力』? ……こんなことも出来たんだ。
 自分の能力ながら、何が起こるかよく分らないね。圧倒的無知!
「……意外と上手く発動してるわね……。なら、もうちょっと投与する薬を増やした方がいいかしら。毒関連だけでなく成長促進とか、身体能力向上とか。あ、麻酔新しいの作らなきゃ」
 何事か呟き始めるせんせー。声が小さいため何を言っているのか分らない。が、何を言っているのか聞いたら後悔しそうだ。
「天満」
 ちょいちょい、とお姫様に手招きされる。思考の海に潜り始めたせんせーは置いておいて、ひとまずお姫様のところへ向かう。
「はいこれ。栄養剤」
「あ、そうでした」
 すっかり忘れていた。栄養剤を貰うために来たんだっけ。
「ありがとうございます」
「お礼なら永琳にね。……まぁ、戻ってくるまでに時間があるだろうけど」
 確かに。頭のいい人は考えがまとまるまで他のことが疎かになるよね。会話とか。



 せんせーが戻ってきて数十分。お礼を言って、館に帰ることにした。
 あんまり長居するのも迷惑だしね。
「最後にこれだけ飲んでいきなさい」
「……せんせー。手の平一杯に乗った錠剤は何でしょうか?」
 虹色どころではなく、十七色くらいある色とりどりの薬。
 それを全部飲めと……?
「大丈夫よ。遅効性だから」
「何が大丈夫なんですかっ」
 全然大丈夫ではない。即効性でも駄目だけどね。
「害は少ししかないし、身体にいいもので作ってあるから健康になれるわよ?」
「少しはあるんですよね、害。あと、身体にいいもので作ってあるからといって健康になれるかどうかは別だと思うんです、私」
「しょうがないわね」
 諦めてくれた? よかったよかった。
「自分で飲むか無理やり飲まされるか。どちらか選びなさい」
「飲まないという選択肢はないんですか!?」
「ない」
 い、言い切った……。自分から折れるつもりがないんだね……。
「……じゃあ、自分で飲みます」
「よろしい」
 ジャラジャラと音を立てて私の手に収まる錠剤たち。
 何か、お腹が膨れそうだ。晩御飯が食べられないかもしれない。
 せんせーから水を貰い、一つ一つ飲み下していく。数えてみたら二十以上あった。流石に飲みすぎだと思われる。
「そういえば、何の薬なんです? これ」
「気持ちよくなれる薬よ」
 噴き出した。口に何も含んでいないのに。
 き、気持ちよくなれるって、その、アレですか?
「媚薬ではないから安心なさい」
 違ったようだ。他に気持ちよくなれる薬……は、何だろう。思い浮かばないや。
 害は少ししかないようだけど……。気になるね。教えてくれないだろうけど。
「それじゃ、私はこれで」
「あら、優曇華と会わなくていいの?」
「今日はもう十分です」
 また今度会えばいいさ。会おうと思えば何時でも会えるのだし。
「そう。気をつけてね」
「はい」
 小さく手を振り屋敷を出る。
 夜まで少し時間があるけど、急いだ方がよさそうだ。
 何せ今日は、ご主人様の妹様と会うんだし。



 あとがき
 天満って風神録が始まる頃には二十歳過ぎになってるんですよね。
 適当に年齢を決めましたが、少しビックリです。



[28308] 17
Name: 音楽記号◆00732227 ID:8d672cfe
Date: 2011/07/29 16:00
 吸血鬼は不可解な妖怪だ。
 日光、流水、炎、銀、十字架、白木の杭。挙げたもの以外にも、吸血鬼の弱点はある。
 妖怪としてこれは異常なまでの多さである。
 妖怪には弱点がある。主に五行がそれに当てはまることが多い。
 土気に関する妖怪(私が見たことの在るものだと狛犬の式神。恵比寿の野郎何時か○○してやる)は、木気……植物や雷などに弱い。
 木気に関する妖怪(雷のことを震と呼んだりする。この震は辰に繋がっているのだろう)は、金気……金属製の武器に弱い。
 金気に関する妖怪(九十九神とかあそこらへん)は、火気……炎や火に弱い。
 火気に関する妖怪(火車とかそうっぽい)は、水気……水に弱い。
 水気に関する妖怪(水蛇とか。河童も入るかも)は、土気……土に弱い。
 これらの関係を五行。その中の剋相という。他にも相生とかあるのだが……。イマイチ覚えていないのでまた今度。あ、剋相も同様なんで本書に記述してあることは鵜呑みにしないように。
 それはともかくとして、妖怪は大体のものがこの五行に当てはまる。
 当てはまり、それぞれに対応する弱点を持つ。持つのだが、吸血鬼はこれに当てはまりすぎているというか。
 日光、十字架はともかくとして、流水は水気に、炎は火気に、銀は金気、白木の杭は木気(に入るのか?)に当てはまる。
 当てはまらないのは土気だが……ここはよく分らん。というか、金気も都合よく広義的に見れば土気に入る。
 ……ん? 炎って吸血鬼の弱点だったか……? まぁ、炎って浄化作用もあるからきっと弱点になりえるだろう。
 話がずれたが、最初に言ったとおりこの弱点の多さは異常である。
 吸血鬼というのは、妖怪の中ではあまり強い種族ではない。個体数が少ないのと、鬼や天狗に比べて歴史が浅いのに原因が挙げられる。
 個体数が少ないというのは、増やしてもすぐに減ってしまうということだ。吸血鬼は人間の血を吸い、眷属として仲間を増やす。のだが、所詮それは劣化●●……あ、修正できない。塗りつぶしておけばいいか。で、要は劣化複製でしかないわけだ。
 ぶっちゃけてしまえば、劣化複製の吸血鬼ならば、手段しだいではあるが一般人でも退治できる。というか退治してきた。確かに力は強大であるが、吸血鬼の最大の武器である再生力がガタ落ちになるのだ。
 歴史が浅いというのは文字通りである。私が記憶している限りでは、吸血鬼が出てくるようになったのは三百年ほど前。十三世紀の頃だ。
 比べて鬼なんかは五百年を超える歴史を持っていたりする。下手すれば数千年。吸血鬼の歴史が浅いというより、鬼たちの歴史が深いのか。
 と、ここまで来て一つの可能性にぶち当たる。
 誰しもが考え付くことだと思うが、吸血鬼は鬼の派生なのかもしれない。
 長い歴史の中で西洋に渡った鬼だっていないとは限らない。西洋に渡った鬼はそこで、多くの弱点を持った。変わりに、再生力と吸血能力を得た。
 ……が、しかし。得たものが再生力と吸血能力だけとは思えない。
 再生力を得ずとも、鬼には強靭な身体があったし血を吸う必要もなかった。
 もしかすると、再生力と吸血能力は本当の能力を隠すためのものなのかもしれない。これは弱点にもいえるが。
 弱点が多いのは、本当の弱点を隠すため。
 私個人の考えとして、得たものは吸血能力。真の弱点は血液……だろうか。
 矛盾してるじゃないかという言葉はまだ早い。
 吸血鬼が得た吸血能力。その行為は命を繋ぐためでなく――――




 ここから先のページはない。
 著者の欄を見てみると、『knowl d e・n gh s y』と擦り切れている。
 約五百年ほど前に書かれた物らしいが、この著者名。確信はないがおそらく……。
「ま、分んないけどね」
 閉じた本を本棚に戻し、大図書館の中を歩く。
 妹様に仕えるということで、吸血鬼について知っておこうかと思ったけど……あんまり見つからないものだね。
 まぁ、なるようになるだろう。何も得られなかったといっても、何も出来ないわけじゃない。
「天満ー。少しこっち来てくれる?」
 パチュリー様に呼ばれる。返事をして、そちらに向かうと、手に注射器をもったパチュリー様がそこに。
「……また?」
 また刺されるのだろうか?
「少し貴方の血が欲しいのだけど……。いいかしら」
「今日たくさん抜かれたので明日にしてほしいです」
「せんせーとやらに?」
 頷く。貧血とかにはなっていないが、しかし日に三回も刺されるのは嫌である。
 薬も、出来れば勘弁して欲しい。今日はこれ以上、飲める気がしない。
「そう。じゃあ明日にしましょうか」
「助かります」
 頭を下げ、少し気になったことを聞いてみる。
「どうして私の血なんかを?」
「研究よ研究。貴方の能力上、血液に何らかの作用があってもおかしくないわ」
 なるほど。だからせんせーも度々血を欲しがるのか。
「解毒薬とかに使えるかもしれないし……もしかしたら特効薬かもね」
「特効薬、ですか?」
「そう。負を正に、過正を正に、という性質上、殆どの病なら治せるでしょうね」
 ……そんなものが私の中に流れているとは。最近驚くことが多い。
 新しく知ったことが多いからだろうか。
「…………そういえば、狂気は負に入るのかしら……?」
「へ?」
「何でもないわ。それより、上に戻った方がいいわよ。そろそろ日が暮れるから」
「あ、もうそんな時間ですか。それでは」
 さっきの呟き、狂気と聞き取れたけど……。この館に狂気を持った人なんているのだろうか。
 妹様? まさか。きっとご主人様に似ているだろう。姉妹なんだし。



 あとがき
 色々とばら撒きました。……うん。本の著者については色々と考えてみてください。本編には絶対にでない人です。

 ちなみに、本編で出すつもりがないのでここで言っておきます。
 天満は一応人間です。親も兄も人間です。
 生まれも普通です。男女の営みやらなんやらで誕生しました。

 つまり、天満がおかしいのは育った環境がおかしかった、と。そういうことです。



[28308] 18
Name: 音楽記号◆00732227 ID:8d672cfe
Date: 2011/07/30 19:01
 けーきと紅茶を乗せたとれいを手に、石造りの階段を下りる。
 カチャカチャと一段降りるたびに食器が揺れ音を立てる。零れないよう丁寧に運ぼうとしているのだけど、なかなか上手くいかない。
 何とか零れずに運べているが……。ああ、何でこんなに長いんだこの階段は。
「というか、何で地下に……」
 曰く、ご主人様が幽閉した。曰く、自分から引きこもっている。
 妖精めいどたちからできる限り情報を集めてみたものの、どうにもちぐはぐだった。
 何か問題があるわけじゃないけど、悪いことが起きる予感がする。
 ……予感といっても的中率が五割を下回るんだけど。
「着いた」
 階段が終わり、少しまっすぐ行くと鉄の扉があった。
 見るからに分厚く重そうだ。
「ええとのっく……」
 ゴンゴンと扉を叩く。
 …………。
 返事がない。いないはずはないんだけど……。
「入りますよー?」
 扉の先にも届くように大きな声を出す。
 それからとれいを一度床に置き、両手と身体を使い扉を開ける。
「おもっ」
 ギィと古めかしい音を立てて扉が開く。通れるほどの隙間が出来たら、閉じないように腰と足で支え、両手を伸ばしてとれいを取る。
 入室完了。部屋の中を見ると、ひび割れが視界一杯に広がった。
「へ……?」
 聞こえたのは異音、感じたのは戸惑い、あったのは不浄の場。
 ひびは広がり続ける。音を立てて、縦横無尽に。
 分らない/分っているはずだ
 知らない/知っているはずだ
 広がる光景を前に一人立ち尽くす。
 パリン、と軽い音が響く。ハッとして辺りを見回すが、何処にもひび割れがない。
「何、今の……」
 分らない。というより、何故分るのかが分らない。
 今のはきっと、この場所に溜まっていた感情。誰か一人によって放出された何らかの想い。
「だれ?」
 音の高い声が聞こえた。
 出所を見ると、そこには紅い宝石が二つ輝いていた。
 妹様……フランドール様だろうか? いや、間違いないんだけど。
「もしかしてアイツの言ってた天満?」
「あ、はい。夜空天満です。今日からフランドール様に仕えるよう指示されました」
 アイツ……? めいど長のことなのか、ご主人様のことなのか、それともパチュリー様か。美鈴さんは館に入ること自体が少ないから違うだろう。たぶん。
「それって、私専用ってこと?」
「……どうなんでしょうか? 今までどおりご主人様やめいど長の指示に従うとは思いますが……ご主人様と会う機会が思いのほか少ないですし」
 でも、仕えろってことだから専属って認識でいいのだろう。
 ……一応明日にでも確認しておこう。
「ふぅん。なら、もう少し待ってあげる」
 何をです? そう尋ねてみたが微笑んではぐらかされた。
 気になる。が、教えてくれそうにない。大人しく紅茶とけーきを出そう。
「咲夜が作ったもの?」
「ええ、そうですよ」
 めいど長のことを呼び捨て……。じゃあ、ご主人様かパチュリー様だね。
「そっか。天満で作らないの?」
 ……私で? きっと言い間違えたんだよね、うん。
「作れないんですよー。和食ならある程度作れるんですけど洋食と中華は作れないんです」
「そうなの? 咲夜に教えてもらったりとかは?」
「まだです」
 他の仕事に慣れてから、だそうで。大体春先くらいになるかな。
「そう。作れたら私に食べさせてね?」
「了解です」
 上手く出来たら、だけど。
 まぁ、めいど長が教えてくれるんだから酷い失敗はしないだろうけど。
「そういえば、フランドール様はずっと地下に?」
「そうよ。生まれてから495年間ずっと引きこもってるの」
 引きこもってる。自分から、だよね。この口ぶりだと。
「それは、どうして」
 聞くとフランドール様は改めてこちらに向き直り、
「知りたい?」
 口角を吊り上げながら聞き返してきた。
 知りたいような、知りたくないような。不用意に踏み込んだら駄目な気がする。
「……遠慮しておきます」
「そう。残念ね」
 口ではそう言っているものの、フランドール様はどこか楽しそうだ。
「そうだ。天満のこと、教えてくれるかしら」
「私のこと、ですか?」
「うん。家族とか、能力のこととか」
 聞いていて面白いものではないと思うけど。
「別に面白さなんて期待してないわ。ただ知りたいだけ」
「そうなんですか? それじゃあ」
 語り始める。家族のこと、自身のこと。
 途中、二回ほど思案顔になったけど……いったい何を考えていたのだろうか?



 あとがき
 ば~んが~いへ~んが~や~りたっいな~。
 でもやれない。流れをぶった切るのは流石にね。
 萃夢想が終わるまで番外編は書けないのさ……!



[28308] 19
Name: 音楽記号◆00732227 ID:8d672cfe
Date: 2011/08/01 07:38
「天満、起きなさい」
「みゅ……? ……あっ」
 暗い部屋の隅。揺さぶられて眼を覚ますと、目の前に私を見下ろしているフランドール様がいた。
 …………あれ。これクビ?
「そろそろ夜が明けるから上に戻った方がいいわよ。私はもう寝るから」
 頭を抱える私に、そんな言葉が届く。
「怒らない……んですか?」
「別に。十分楽しめたもの。それとも、怒って欲しいの?」
 いえいえ、と首を横に振り、立ち上がる。
 楽しめたって、何を楽しんだのだろうか? 私はただ寝ていただけだというのに。
 ……ま、いっか。楽しめたというのなら楽しめたのだろう。
「それでは、また今晩」
 礼をすると、フランドール様は上半身だけこちらに向け、小さく手を振る。そして、そのままべっどがあるであろう場所に飛び込んだ。



 自室に戻り、一度伸びをしてから新しいめいど服へと着替える。
「うあー腰が痛いー」
 変な体勢で寝た所為だろう。腰だけでなく要所要所が痛い。
「でも仕事。頑張らないと」
 この間貰った給料、意外と高かったし。七割家族に持っていかれましたがね。
 衣食住揃った職場だから、三割ほどの給料でもやっていけるから問題ないんだけど。
 しかし、キチンと家の復興に使われているのだろうか。酒とか煙草とかに変わってたら殴り倒して強奪してこよう。
「とまぁ、意気込むのはいいけど何時確認しようか」
 まともに働いているのかいないのか。定かではないが基本的に仮住まいにいないようだ。
 そのため、買出しついでに顔を出してみても不在が多い。
「……。正月くらいはいるよね。大晦日か」
 そのどちらかに暇が出来たら顔を出してみよう。
 そう結論を出し、着替えためいど服にどこかおかしなところがないか確認。何時も通りと判断を下して部屋の外へ。
 さぁて。頑張りますか。



「そうね。貴方はフランの指示を最優先で行動しなさい」
 吸血鬼なのに朝行動しているご主人様にバッタリ出会い、自身の行動の優先順位について聞いたところそんな返答があった。
「いいんですか? その、雇い主はご主人様ですけど……」
「その雇い主がいいって言ってるのよ。大人しく従いなさい」
 はぁ……さいですか。
「ところで、今日は何処かへ行くんですか?」
「博麗神社にね」
 神社? 吸血鬼なのに変わってる……。人間なのに変わってる私が言えることでもないんだけど。
「……そうだ。貴方も来なさい」
「へ? 私もですか?」
「普段は咲夜を連れて行くけど、何時も同じじゃつまらないわ。だから、今日は貴方」
「え、えぇ?」
 普段どおりめいど長でいいと思うのだけど。ご主人様の命令だから従うしかないのだろうけど。
「というわけで、咲夜から日傘を借りてきなさい」
「日傘、ですか?」
「日光を遮るためよ」
 何のために、そう尋ねようとしたところで、後ろから声が聞こえた。
「あら、咲夜。今日はこの子を連れて行くから」
「はい、聞いておりました」
 何処で? ……と聞くのは野暮だろうか。めいど長なら館の中に限定すれば何処にいても聞こえそうな気がするけど。
「はい、天満。ちゃんと差すように」
「あ、はい」
 白の日傘を受け取る。
 わざわざ日中に出かけなくてもいいと思うんだけどなぁ。
「ほら、早く行きなさい。お嬢様が待ってるわ」
「はい。では行ってきます」
 いってらっしゃいという声を背に、小走りで玄関へと向かう。
「遅いわよ」
「すいません」
 玄関に到着した私を迎える言葉。もう少し優しい……駄目だ。雰囲気に似合わない。
 くだらないことを考えつつ、扉を開けて傘を差す。
 雲ひとつない空。日が燦々と差し込む中に出来た一つの影。ご主人様はそこに入り込む。
「よくない天気ね」
「そうですか?」
「吸血鬼にとってはということよ」
 ああ、なるほど。吸血鬼にとって日光は弱点だっけ。
 なら、凄くよくない天気なんだなぁ、今日は。
「早く歩きなさい。でないと私が動けないでしょう?」
 ぼんやりと空を見上げていると、ご主人様の急かす声が聞こえた。
 そういえば傘は私が持っていたんだった。傘の影でしか動けないのだから、まず私が動かないと駄目だよね。
 ゆっくりと足を踏み出す。ご主人様の歩幅にあわせて、早すぎず遅すぎず。
 ……意外と難しい。やはりめいど長の方が良かったんじゃなかろうか。
 花壇の横を通り、時間をかけて門へと到達。そこには何時も通り美鈴さんがいた。
「美鈴。ちょと出かけてくるわ」
「はい、お気をつけて。天満さんも行ってらっしゃい」
「あ、行ってきます」
 門を抜けて少し歩くと、湖が見えてくる。妖精が出没する湖で、人里の釣り好きが釣りに来ることもある場所だ。
 たまに冷凍された魚が釣れるらしい。どういうことだか。
 湖の周りを歩く。本当なら飛んで行くそうなのだが、私が飛べないために徒歩。申し訳ない。
「そういえば、水も駄目なんでしたっけ?」
「正確に言うなら流水ね。雨とか」
「曇りの日しか思う存分活動できないんですね」
「夜になればいいのよ。昼に起きてるのは夜更かしみたいなものよ」
 昼更かし。でも、夜眠くならないのかな。昼型の吸血鬼?
 大体半周したところで湖から離れる。後は大体まっすぐらしい。
「昨日はフランと何を喋ったのかしら?」
「他愛もないことですね。けーきのこととか、家族のこととか」
 と、そこでご主人様の足が止まる。
「フランは私について何か言っていた?」
「いえ、家族といっても私の家族でして。教えて欲しいと頼まれたものですから」
「……そう」
 心なしか残念そうな顔をするご主人様。
 やっぱり、一人の妹だけにどう思われているのか気になるんだろうか。
 しばらく歩いていると、家屋が見えてくる。神社の母屋のようだ。
 更に歩くと縁側が見え、紅白の衣装に身を包んだ少女がお茶を啜っているのが見えた。
 こちらに気付くと、嫌そうな顔をしたが。
 ……歓迎されていない、のかな。
「何時ものことよ」
「何時ものことなんですか」
 何時も歓迎されていないらしい。あまり博麗の巫女と仲がよくないんだろうか?
 じゃあ、何故遊びに来ているんだろう。
「何しに来たのよ」
 少女の前に立つと、そんな冷たい言葉に迎えられた。
「遊びに来たのよ。久しぶりにね。雪が降り始めると外に出たくないからねぇ」
「知らないわよ、そんなこと。メイド連れてさっさと……」
 言葉が途切れる。
 少女の視線は私に向けられており、ジロジロと観察されていた。
 あまり気分のいいものではない。お返しにこちらも観察してみることにした。
 リボンでまとめられた髪、むき出しになっている肩と脇。……寒そうな格好だ。
 そして顔を見ると、視線が合った。
「…………」
 苦手な目だ。何にも興味を持っていないような、そんな目をしている。
「無意識下で心理操作しているのかしら? どんな能力か知らないけど、私にも作用しそうになるなんてよっぽど強い能力なのね」
 少女が呟く。それと同時に、向けられていた視線もご主人様――既に家の中に入ろうとしている。傘を奪って――に戻る。
 ……心理操作とかなんだとかよく分らないけど、私はこの人が苦手なんだろうなぁ。
「ちょっと、何勝手に上がってるのよ」
「そんな瑣末なこと、気にするほどでもないわ」
「瑣末じゃない!」
 言い争いが聞こえる。
 上がらない、方がいいんだろうなぁ。怒られそうだ。
「大丈夫よ。少しお茶したら帰るから」
「……本当でしょうね?」
「本当本当」
 楽しそうなご主人様だ。館では見せない姿なんだろう。どちらかというと、こっちが素に近い? 館にいるときはどこか演技しているような感じがあるからなぁ。
 ま、気分転換ってことなのかな。
「何しているの? 天満も早く上がりなさい」
「いいんですか?」
「いいのよ。霊夢も今更文句言わないでしょ?」
「お茶は自分で淹れなさいね。メイドなんだから」
 霊夢と呼ばれた少女(苗字はきっと博麗だろう)は、半ば諦めたように言った。
 めいどだからと言ってお茶が淹れれるわけでもないけど……美味しさは保障しない。飲めるものなら出せるだろうけど。
「お邪魔します」
 そういって靴を脱ぎ、部屋に上がる。
 久しぶりに見る畳は、何処か懐かしさがあった。
 座ることはせず、急須と茶葉と台所の在り処を教えてもらい、お茶を入れる。
 ご主人様と霊夢さんの分も一緒に。
 茶葉の銘柄は玉露。どうやって入手したのだか。幻想入りしたわけでもないだろうし。
 ま、玉露の淹れかたは意外と有名だから助かったかな。
「茶葉入れ替えてもいいわよ」
「あ、はい」
 ということで、急須の中に入っていた茶葉を捨て、お湯を沸かす。
 待つこと数分。沸騰したお湯を急須に注ぎ、それを三つの湯飲みに注ぐ。
 急須に残ったお湯を捨て、茶葉を大匙二杯分。次に湯飲みのお湯を急須へ。
 そして蓋をし、二分半ほど待機。
「茶葉は……開いてるね」
 そして均等になるようお茶を注ぐ。最後の一滴も残さないように。
「お待たせしましたー」
 盆に乗せ運ぶ。
「遅かったじゃない」
「お茶を淹れるのは案外時間がかかるのよ」
「そう? 咲夜は一瞬だけど」
「それはアイツだけよ」
 めいど長ね。どうやってあんなに速く紅茶を淹れられるんだろうか。
 今みたいに数分はかかるはずなんだけど、一瞬で用意しちゃってるし……。
 今度聞いてみよう。
「それじゃあ、改めて。博麗霊夢よ」
「へ?」
「博麗霊夢」
 ……ああ! 自己紹介か。こっちが霊夢さんのことを一方的に知ってるものだからもうしなくていいかと思ってた。
 流石に名乗らないと失礼だよね」
「夜空天満です」
「夜の空に天が満ちる。……レミリアが気に入るわけだわ」
 天満。満月のことらしい。夜空に輝く満月のような子であってほしい。そんな願いを込めたのだとか。
 ご主人様に気に入られてる。のは、確かにそうだね。敬語の使い方とか間違ってるのに、クビにされないもの。
「私だけじゃないわ。紅魔館全体のお気に入りよ」
「へぇ……」
 感心したような声を出す霊夢さん。
「いったいどんな能力なのかしら?」
「能力、だったら『浄化する程度の能力』と『珍しいものを拾う程度の能力』ですけど」
「なるほどね。それで……」
 これだけで何か分ったの? 凄いというか、何というか。
 どういった思考回路をしているのか。
「驚く必要はないわよ。霊夢が納得している大半の理由は勘よ、勘」
「勘、ですか」
「それで合ってるんだから問題ないの」
 そりゃ、確かにそうだけど。
 でも勘ってその人の経験に基づいて、無意識下で出されるより最善のものだから、初対面の私について何か分ることがあるのはおかしいんじゃないだろうか。
 私のような人間が他にもいた場合は別だが。
「勘っていうと語弊があるわね。正しく言うと霊夢が頼りにしてるのは直感よ。そのまま感じたもの」
「直感で何か分ることがあるんですか?」
「私だったらね」
 自信満々に答える霊夢さん。本当に直感で分るものだろうか?
 そう尋ねると、答えてくれたのはご主人様だった。
「分るのよ、霊夢はね。紅霧異変の時も直感だけで館に来たんだし」
「そうなんですか?」
 頷く霊夢さん。
 ……もう、何かを超越していないだろうか、この人。
「他にも、弾幕を無傷で避けきったり。人間離れしすぎよ」
 確定。もう人間止めてるよきっと。人間だけど。
「あれくらい余裕よ。もう少し激しくてもいいんじゃないかしら」
 ……弾幕ごっこって難しいんだよね。空を飛べることが前提になってくるし、あらゆる方向から数百数千を超える弾が迫ってくる。
 弾を完全に避けるのではなく、かすらせることも重要。なのだが、弾が大きかったり小さかったりで難しい。
 何が言いたいのかというと、弾幕ごっこを無傷で突破することは、不可能ではないがかなり難しい。
 それをこの人、余裕と言い切りましたよ……。
「流れに身を任せて、必要があれば動く。それだけよ」
「……私の弾幕は激流だと思うんだけどねぇ」
 激流に身を任せてどうかしているんだね。それが出来れば弾幕ごっこはかなりの持久戦に。
 見る分には綺麗だろうけど、やりたくはないなぁ。



 少し歓談した後、お茶がなくなったので館へ戻ることに。
「待ちなさい」
 靴を履き傘を差したところで、霊夢さんが引き止めてきた。
 ご主人様ではなく私を。
「どうかしました?」
「いや、忠告よ。アンタの能力が私の考えているものと同じなら、だけど。血を飲まれるのは避けなさい」
「血を、ですか」
「生きていたいのならね。特に、妹なんかには気をつけなさい」
 妹……フランドール様のことかな。
 しかし、私の血液になにかあるのだろうか?
「天満? 早く行くわよ」
 少し考え込んでいたところに、ご主人様の声。
 霊夢さんは既におらず、まな板と包丁がぶつかる音を聞くに、台所へ向かったようだった。
 一応、覚えていた方がいいのかな……?



 あとがき
 フラグ不成立。しかし消えたわけではない。
 そして最後のシーンを書くために急遽予定を変更。おぜうと霊夢に登場していただきました。

 あと、次回時間を飛ばします。そろそろ妖々夢入りたいんだ。
 それとオリジナルもちまちま書いてるので更新遅くなりそう。
 オリジナルの題名は『射突魔法少女パイル★バンカー』。まともな作品になりそうにないです。



[28308] 番外編1-1 天満の未来旅行
Name: 音楽記号◆00732227 ID:8d672cfe
Date: 2011/08/02 19:44
 無事正月も終わり何時も通りの日々を過ごす二月初め。
 相変わらず降り続ける雪の中散歩に出た私は、あるものを見つけて館に帰る途中だったりする。
 あるもの。不思議な紋様が描かれた銀時計だ。
 時計と言っても、短針長針共に動いていないし、動かせない。よく分らないものだ。
「ま、観賞用には使えるかな」
 見ている分には綺麗だしね。それかあくせさり。びゅーてぃふるに見えるかもしれない。意味知らないけどね。



 散歩から戻り、フランドール様と少し(といっても昼間から夜まで)お喋りをし、自室のべっどに倒れこむ。
「調子にのって遠出するんじゃなかった……」
 散歩で意外と疲れが溜まっていたようで、すぐに眠気が襲い掛かってくる。
「あー……何か忘れてるような……」
 ぼんやりと考えるが、思い出せない。
 まぁ、思い出せないということはどうでもいいことなのだろう。
 結論を出し、布団を被る。めいど服のままだが、替えはあるので大丈夫だろう。
 そして、意識はゆっくりと暗闇に落ちていく。
 最後に、カチッと、時計の針が動くような音を耳にした。



 風を切る音と寒さで目が覚めた。
 窓は開けていただろうか? いやそんなことより布団を。
 手をもぞもぞと動かすが、布団はない。
 べっどの下に落ちたのだろうか。そう思い、薄目だった目を開き、そして事態を把握する。
「――ぇぇぇぇぇぇええええええええっ!?」
 落ちていた。べっどから、ではなく空から。
 眼下には白い雲。首を動かすと、東の方には太陽が。
「なにゆえっ!?」
 落ち着け。落ち着くんだ私。今こそパチュリー様に習った飛行魔術を。
「できるかんなこと!」
 思わず自分に怒声を浴びせる。
 飛行魔術は大図書館にある魔術書のばっくあっぷを受けないと使えないのだ。
 まさに、絶体絶命。
「……地上までは時間があるけど、遺書はどうやって書こうか」
 駄目だ。思考が変な方向に向かっている。
 自覚しつつも、めいど服に書けばいいかなぁと思っていると、落下が止まった。
 ふわふわと、無重力に包まれているみたいだ。
「まったく……何の真似事かしらこれは」
 自身の上から声が聞こえる。聞いたことのある声だ。
 懸命に首を動かすと、そこには紅白の巫女服をまとった、大人な女性がいた。
 女性はめいど服の一部分を掴んでおり、私は彼女に助けられたようだった。
「あ、ありがと――」
「もう一回落とすわよ」
 礼を言おうと口を開きかけたところで落下が再開された。心なしかさっきより速度が上がっている気がする。
「ござぁぁぁぁああっ!?」
 雲に突入し、寒い思いをしながら抜けると湖が見えた。
 館の近くにある湖だ。
 湖はだんだんと近づいてくる。本当は私が近づいているんだけど。
「飛び込み……っ?」
 目を閉じ歯を食いしばってくるであろう痛みに耐える準備をする。体を出来るだけ丸め、水にぶつかる面積を減らす。
「そんなに身構えなくても大丈夫よ」
 先ほどと同じ声と無重力感。
 身体から力を抜き、目を開くと水面が見えた。
「はぁ……」
 思わずため息が漏れる。物凄い疲れた。
「少し待ってなさい。地上に降ろしてあげるから」
 流れるように移動を開始。
 数分くらいすると、水の中に何かがあるのが見えた。
「ここら辺ね」
 高度が下がる。水中に手を伸ばすと、そこには確かな感触が。
 次いで脚。たった瞬間壊れることもなく、それなりに強度があることが伺えた。
 っと、そんなことはどうでもよくて。お礼を言わないと。
「あ、ありがとうございます。助けてくれて」
 未だふわふわと浮かんでいる女性に頭を下げる。
 しかし、この女性が来ている服は博麗の制服ではなかったか。
 でも、霊夢さんではないようだし……。
「別に。頼まれただけだし」
「た、頼まれた? ……誰にです?」
「貴方」
「私っ?」
 私に頼まれたから、私を助けた。
 意味が分んないよ。
「ついて来なさい。そうすれば、分るから」
「はぁ……」



 湖の上を歩く。
 手すりのない一本道で、その先には透明な神社。
 鳥居、本殿、賽銭箱。ありとあらゆるものが透明だ。
 ……でも、こんな建物湖の上にあっただろうか?
 それに、降り続けていた雪がないし、夏のように暑い。
「あの、ここは何を奉ってるんですか?」
「浄神。浄化の神と書いて浄神」
 浄化、かぁ。私と同じ能力だね。
「神と言っても、最近なったばかりだけどね」
「? 神ってなれるんですか?」
「そりゃなれるわよ。神は信仰の具現。人間が信仰を集めれば神……現人神になれるのよ。現人神になれば、死後、神霊の仲間入りってわけ。まぁ、神霊にもいろいろあるんだけどね」
「それじゃあ、ここに奉ってる浄神ってのは、元々人間だったんですか?」
「そういうことになるわね」
 ほぇー……。結構お手軽? 信仰を集めるってのがよく分らないけれど。
 と、そんな具合に話しながら歩き、本殿に到達する。
 トタトタと軽い足音が聞こえ、そして見知った人物……と、いうよりよく知らない顔だけどよく知っている者が出てきた。
「お帰りなさい、霊夢さん。ご飯にします? お風呂にします? それともわ・た・し?」
「沈めるわよ」
 出てきた人物。それは、
「…………私?」



 あとがき
 友人は言っている。本編の時間を飛ばすなら番外編を書くべきだと……。
 ということで、友人に言われてそれもそうだと思ったので番外編。
 最初にやろうと思ってた番外編と内容が変わったけどね。本来なら紅魔館メンバーがでてくるはずだった。

 あと、キャラクターなんとか機というもので作った天満をにじファンの方に掲載(20時更新)しました。気になった方は是非。



[28308] 番外編1-2 天満の未来旅行
Name: 音楽記号◆00732227 ID:8d672cfe
Date: 2011/08/03 21:17
 案内されたのは、透明なところに炬燵が置いてある、なんとも不思議な部屋だった。
「さ、座って座って」
 そう進めてくるのは自分と同じ顔をした女性。
 着ているものは白い着物で、汚れ一つない。
「……失礼します」
「そんな堅苦しくしなくてもいいよー。私は貴方だし、貴方は私。OK?」
「いや、そういうわけには」
 いかないこともないのだけど。
 自分と同じ存在だと主張する人を前にして警戒しないことなど出来ないわけで。
「んー……それもそうだね。というか、あんまり時間ないから手早く説明しちゃおうか。最初なんだし。霊夢さーん。お茶早くしてくださーい」
 霊夢さん。先ほどの女性が、霊夢さん。
 信じられないけれど、霊夢さんらしい。数ヶ月前に出会ったばかりの。
 あんなに大人びてはいなかったはずなんだけど……。
「もう出来たわよ。ったく、お湯くらい沸かしておきなさいよ暇だったんなら」
 目の前に湯飲みが置かれる。
 ……疑問だが黄緑色に発光しているものをお茶と言えるのだろうか。
 湯飲みに向けていた視線を上げ二人を見ると、霊夢さんは何も飲まず、……私は普通に飲んでいた。
「おかしくないものは入ってないよー」
「おかしいものは入ってるんですね」
 飲まないほうがよさそうだ。飲んでも何も起こらないと思うが、しかし気分的に口をつけたくない。
 ズズッと茶を啜る音だけが響く。誰も口を開かない。
 私は口が開かれるのを待ってるし、霊夢さんは宙に浮いて外を眺めているし、私はのんびりと茶を啜っている。
「……さっさと説明しなさいよ」
 最初に沈黙を破ったのは霊夢さん。不機嫌そうな声を私にぶつけている。
「せっかちなのは損ですよ霊夢さん。でもまぁ、時間がなくなってきてるのは事実ですので説明しましょうか。というより質問ある人、let's挙手!」
 れっつ挙手……? 無駄に流暢な発音だったような。
 じゃなくて。
「はい私ー。何かな?」
「何って……。あの、どうして私が二人いて、霊夢さんがその、大人なんですか?」
 聞くと、いきなり核心をついてくるなーと苦笑いを零す私。
「んーと、じゃあ私? 今は第何季?」
「119季……です」
「霊夢さん?」
「229季」
「というわけで、私は未来旅行に来ているのです!」
 来ているのです! と言われても。
「月並みですけど、証拠は……?」
 未来に来ているといわれても、証拠がなければ信じられない。
 目の前にいる私も、私と瓜二つな別人である可能性が高いし、霊夢さんだって霊夢さんに似た人かもしれない。
 あくまで可能性だけど。
「証拠はないねぇ。ぶっちゃけると、これは一つの可能性を提示しているだけだし。私たちにとって貴方がどんな未来に進むのか確定しているけど、貴方がこの未来に進むとは限らない。本当に、こんな未来がありますよと夢で見せているだけ」
 ……夢? だが、触覚はあるし空腹も感じるのだが。現実的過ぎて夢だとは思えない。
「ちょっと待ちなさい。それは今現在ここにあるもの……そっちの天満以外あやふやだってこと?」
 霊夢さんが私を指差して言う。
「そうとも言えるし、そうとは言えないなぁ。そっちの私にしたらそうだと言えるし、霊夢さんからしたらそうだとは言えない。どう説明したらいいんだろう……。あ、そっちの私がどんな未来に進もうと、こっちの私が消えることはないしその記録と記憶もなくならない。んー……分りやすく言うと平行世界ですかね。厳密には違うんですけど」
 よ、よく分らない……。どうも感覚的なものらしい。霊夢さんも顔に疑問符を浮かべてるし。
「私と霊夢さんの今はここで、過去はそっちの私の未来。……未来が変わることはあっても、過去が変わることはないんですよ?」
「ふぅん……正直そういう話は紫としてほしいわ」
「普段の私なら出来ませんよー? でも今は、私がいますからね。私をナビゲイトするのは私が最適なんでしょう」
 ややこしいな。私といい、私といい、私、私と。こんがらがってくる。
「……じゃあ、どうやって私は未来に?」
「銀時計拾ったでしょ? あれの力。未来を演算し、その結果の一部を所有者に見せる時計」
 そんな珍しいものだったんだ、あれ……。いや、珍しいものだから私が拾えたんだろうけど。
「他に聞きたいことは?」
「では、もう少しだけいいですか? どうして私が神様なんかになっているのかと、人間である霊夢さんがどうして百年以上生きているのか」
 百年以上生きる人もいる。だがしかし、老いは必ず身体に現れるものだ。
 若い姿を保つというのは、通常では不可能だ。そういった類の魔法やらを身に突ければ話は別だが。
「どうして神様に、か。んー、あんまり気分のいい話じゃないけど。ま、聞かれたからには話そうか」
 そこで茶を啜る私。一呼吸開けて語り始める。
「発端はね、幻想入りした有害物質。外の世界では存在しないとされているような、強力なね。それが、水に混ざって幻想郷に広まったんだよ。気付いたのは河童でね? 水と共に暮らしてるからすぐに分ったんだそうな。河童は幻想郷の賢者に連絡し、賢者は私に水の浄化を頼んだ。
 ……私は唯一、水を安全に戻せる人材だったというわけだね。で、まぁ、危険な水を安全なものに変える私の存在に、人々は感謝してしまったんだ。神様に対してするように」
 ……結果、私は現人神になった、ということだろう。
 だが、しかしその有害物質とやらは。
「なくなったんですか? 聞く限りでは、何も解決してないんですけど」
「慌てなさんな。賢者はこの異変解決に奔走していてね? かつての博麗の巫女や異変を解決した魔法使いと共に色々調査しまわったのさ」
 霊夢さんを見る。が、しかし素知らぬ顔で、自分で淹れたであろうお茶を啜っていた。私にも淹れてくれればいいのに。
「結論的に、幻想郷に流れる水全てに有害物質は含まれていて、それでもなお有害物質は溢れ出ていた。神様とか薬師さんとか、色々頑張ってくれたんだけどね。まぁ、無理だった。
 そして、最後の手段。この霧の湖を基点に全ての水源を繋げ、そして霧の湖には水を浄化するものを沈めた」
 それが私。つまりは生贄ということか。
 ……まぁ、仕方のないことか。私一人を生贄にすれば幻想郷を救えるのだ。やらない手はないだろう。
 それに現人神は死後神霊になるという。神は信仰し感謝し奉れば姿を現すもの。そのことを知っていたから生贄になったし、生贄にしたのだろう。
「霊夢さんは……自分で説明できますよね?」
「……異変解決とか、弾幕ごっことか挑まれてそれに応じてたらいつの間にか人間止めてたのよ」
 激流に身を任せどうかしているからだろう、それは。
「博麗の巫女を引退してからは暇で暇で仕方がなくて、お茶も家もなかったから身体ばっかり動かしてたし」
「それを見咎めた賢者が、ここで巫女をやることを勧めたんですよ」
 なるほど。だから……。
「まぁ、ここにいたって暇なことは変わりないんだけどね。天満の相手くらいしかすることないし」
「私だって暇なんですー。最近は魔理沙ちゃんが来てくれるからマシですけど」
 魔理沙ちゃんも百年以上生きてるのか……。もしかしたらめいど長も?
 尋ねようと口を開いたところで、カチッと音がした。
 暗転する視界。五感がなくなり、意識は遠のいていく。
 落下していくような感覚。ドンッと何かにぶつかり、遠くに行っていた意識が戻ってくる。
 目を開ける。そこには見慣れた紅い天井が。
「夢……?」
 だったのだろう。私も言っていたし。
 しかし急な終わり方だ。夢にしたってもう少し終わり方があるだろう。
 ……まぁいいや。今日もお仕事頑張ろう。



 あとがき
 …………たぶん、これの意味が完全に分る人は少ないと思う。書いてるうちに自分でも理解不能になりかけたし。



[28308] 20
Name: 音楽記号◆00732227 ID:8d672cfe
Date: 2011/08/04 19:10
 五月。暖かな春の陽気を感じ、今日も今日とてお花見を開催しない。
 というか、花見どころか桜すら咲いておらず、外は吹雪。
「何時まで経っても春が来ない……。今年の春はないのかな?」
 困るな。ただ酒が飲めなくなる。
 霊夢さんが解決するとは思うんだけど……もしかしたら気づいてないかも。
 と、窓から外を眺めぼんやりしていると、めいど長が通りかかった。めいど服に防寒具を着けて、何処かへ出かけるようだ。
「いってらっしゃいです、めいど長」
「留守をお願いね。晩御飯までには帰ってくると思うから」
「はーい」
 さてさて、どうするか。掃除は終わっているし買出しも必要がない。
 ソウカは地面に潜り込み、パチュリー様はなにやら怪しい実験。ご主人様は起きているけど……まぁ、遊んでもらえるわけがない。
「フランドール様のところ……。起きてるかなぁ?」
 ものは試しだ。行ってみるだけ行ってみよう。



「あら、天満じゃない。どうかしたの?」
 地下室に行くと、フランドール様がそう言った。
「起きてたんですか……」
「ええ。ここ最近はね。異変が起きてるから気が立ってしょうがないのよ」
 ……どうして異変を知っているのだろうか? フランドール様は一度も地下から出てきていないはず。
 いや、私が知らないだけかもしれないけれど。
「長い間地下で過ごしてたからね。空気で大体分るのよ」
「空気、ですか」
「そう。空気に含まれてる妖気や魔力。異変になるとそれらの濃度が上がるのよ」
 濃度。濃くなるのか……。
 そういった力を読み取ることは、私には出来ないけど、何となくわかる気がする。
 紅い霧のときも、妖霧とか言われてたし。
「……そういえば、ご主人様はどうして異変を起こしたんでしょうか?」
「紅霧異変のこと? どうしてもなにも、ただの暇つぶしよ、暇つぶし。長く生きるものの最大の敵は退屈なの。退屈は人だけでなく吸血鬼も殺すのよ」
 退屈、かぁ。確かに、長く生きていればどんどん退屈になっていくのだろう。
 人間の生は短い。だからこそ、誰もが精一杯生きている。
 妖怪の生は長い。だからこそ、誰もが退屈している。
 ……どちらも嫌だなぁ。どうせなら長く精一杯生きたい。
「今回の異変は誰か解決に向かったの?」
「えと、私には……。先ほどめいど長が出かけましたが」
「そう。なら一日くらいで冬が終わるんじゃないかしら」
 一日経てば冬が終わるのか。
 今のうちに雪だるまでも作っておこうかな。外、吹雪だけど。
「天満? すっかり忘れていたんだけど、貴方って私専用ってことでいいのよね?」
「そうですね。ご主人様もフランドール様に従うよう、私に命令しましたし」
 そう、とフランドール様は呟き、少し考え込んでからこちらを向き、笑う。
 どこか暴力的で、妖艶な笑みだった。
「う……」
 思わず後ずさり。ああいった笑みを向けられると、どうしてだか気圧されてしまう。
「天満、こっち来なさい」
 手招きされる。断るわけにもいかず、フランドール様の下へ。
 フランドール様はべっどに座っているので、見下ろす形になった。
「膝ついて」
 言われた通りにする。
 今度は少し見上げるような形になった。
「天満、今から貴方の血を吸います」
「……血、ですか?」



「準備はいい?」
「は、はい」
 首筋を露にした状態の私に、フランドール様が抱きつく。
 背中に手を回され、顔は私の首の前に。
 さて、何か忘れているような気がする。大事なことだったような気がするのだが。
 ……気がするだけだろうか。まぁ、思い出せないのならそこまで大事ではないのだろう。
「あまり緊張せず、リラックスした状態でね。痛いだろうけど、最初だけだから」
 緊張するなと言われても。
 吸血などされるのは初めてだから、どうしても緊張してしまう。
「それじゃあ、いくわよ」
 首筋に鋭いものがあてられる。数は四つで、おそらく犬歯だろう。
 それらはゆっくりと、私の中へと入ってくる。
「ヅァ……」
 激しい痛みと異物感。身体を巡る血液が外に流れ出すのを感じる。
 トントン、と背中を軽く叩かれる。力を抜けということだろう。が、痛すぎてそれどころではない。
 ゴクリ。と嚥下する音が聞こえた。続けて二度、三度。
 四度目。その音が聞こえることはなかった。
 異物感がなくなる。バシャッと液体が零れる音を、痛みの余韻が残る身体で感じる。
 ドン。と、強い力で後ろに押される。
 身体が倒れないよう、急いで足を動かす。が、あえなく尻餅をついてしまう。
 右手で首筋に触れる。そこには四つの穴があり、今もなお血液が流れ出ていた。既にめいど服の型の部分が血で濡れている。
「……ぁ……ぅぅぅう」
 唸り声が聞こえた。何処となく、悲しそうな唸り声。
 今この場にいるのは二人だけで、私が出したものではない。フランドール様のものだ。
 立ち上がり、フランドール様を見る。
 フランドール様はべっどの上に座ったまま。しかし、両腕で身体を抱きしめ、何かに堪えているようだった。
 そして見えた。目元で光る一粒の雫を。
「泣いて……いるんですか……?」
 歩み寄る。
 フランドール様の前で立ち止まり、雫を掬い取ろうと右手を伸ばし、
「触らないでっ!!」
 フランドール様の右手が振るわれる。
 ブチッとおかしな音が聞こえ、ボトリと、遠くに何かが落ちた。
「……え?」
 目の前の出来事の突飛さに思わず疑問の声が出てくる。
 確かめようと左手で右腕に触れようとし――
 ――真正面からの衝撃で吹き飛ばされ、そこで思考が切れた。



 あとがき
 やっと書きたいところが書けたよ! 今凄い満足感に浸ってるよ!
 と、言うことでフラグ回収。少しだけ。
 フランドールがどうなったか。google先生に浄化の意味を聞けば答えが出てくるけどネタバレになるから見ないでほしいなっ。ぶっちゃけ超こじつけだけど。

 次回予告。誰かが死にます。



[28308] 21
Name: 音楽記号◆00732227 ID:8d672cfe
Date: 2011/08/05 14:57
 質素な船で河を渡り、苦い顔をした緑髪の人に冥界と告げられ何時の間にか凄いお屋敷にいて、そこで死んだのだと理解した。
 死んでしまった。
 ……けど、身体があるのはどういうことだろうか。
 左の手の平を眼前にかざす。幽霊であることは間違いないのか、手の平は透けていて、その先にあるものが見える。
「冥界……成仏や転生を待つ人たちが来るんだよね」
 主に罪のない人たちが来るという。そして成仏すれば天界に行けるらしい。天界も飽和状態で成仏が制限されているらしいけど。
 それはともかく。どうしようか。
 転生したいとも思わないし、成仏は出来そうにない。幽霊が冥界から出るのは不味いだろう。
「んー……。そういえば、右腕どうしたんだっけ?」
 右腕を見る。
 しかし、二の腕の半ばから先は存在していなかった。



 揺れる紅魔館地下。
 大図書館中央部。
 そこに、あるものがぶら下がっていた。
 血色のいい顔。開かれた胴体。骨がむき出しになった右腕。
 右腕は絶えず血が流れ出しており、床に血溜まりを作っている
「小悪魔。何時間経った?」
「五時間ほどです」
 そしてそれを眺めているパチュリーと小悪魔。
 小悪魔は目を伏せ、パチュリーは冷たい眼差しを目の前の人体に向けている。
「小悪魔、疑問なのだけど。心臓が止まってから五時間、絶えず血液が流れるなんてことは可能かしら?」
「…………」
 答えはない。答えるまでもない。
 血液は心臓が拍動して流れるもの。だから心臓が止まると死ぬ。血液は命を保つものであり、それが流れなくなったのなら死ぬしかない。
「胃は手の平よりも小さく。小腸大腸はかなり短く。腎臓は二つとも存在せず。その他臓器も傷ついている。絶え間なく血が流れ出しているというのに、天満はどうやって……」
 死にながら、生きているのか。
 二人の目の前にある人体。名を、夜空天満。吸血鬼の妹に右腕を吹き飛ばされ、今現在二人に胴体を開かれた人間である。
 彼女の心臓は止まっている。彼女の臓器はほぼズタズタである。彼女の脳に血液は流れ込んでいない。
 だというのに。彼女は生きている。
 何処も壊死することはなく、全ての臓器(存在しないものを含めて)は正常に働いている。
「せんせーとやらがやったのか。それとも別の人物なのか。……なんにせよ、研究し尽くしてもしたりないわね」
 そも、天満は人間だと自分で言っていたがそれは本当なのだろうか。
 パチュリーは思う。こんなものを見てしまうと、人間だとは到底考えられない。妖怪だとも。
 かといって神でもない。もっと、新しい種族か何かではないだろうか。
「それを確かめるには、生きているほうが都合がいいかしら」
 そのとき、何かが大図書館に訪れた。



 ブラブラと屋敷を歩いていると、たくさんの桜が目に入った。
「吹雪はどこに。……ここだけ春なのかな?」
 歩きながら、それらを眺める。少しすると、弾幕ごっこ特有の音が聞こえた。
 冥界でも弾幕ごっこはやるんだ。
 ぼんやりとそんなことを考えながら音のするほうへ行くと、そこには見知った顔が三つほど。
 ……弾幕ごっこをしているのはそのうちの一人。紅白の衣装に身を包んだ少女。
 相手は桃色の髪をした着物の女性。
「弾幕……ごっこ?」
 あれはごっこと言えるのだろうか。むしろ戦争?
「私たちの出番はなしか」
「でしょうね。それじゃあ、私は帰ろうかしら」
 と、見知った声。
 黒い服にえぷろんどれす、とんがり帽子の魔理沙ちゃんに、めいど服に防寒具のめいど長だ。
「帰っちゃうんですか?」
「そりゃ、長居したって……え?」
「……え?」
 上から私、めいど長、魔理沙ちゃん。
「あの、何か死んだみたいです」



 ソウカは大図書館に来ていた。枯れそうになる身体を魔力で動かし、死なせないために。
 しかし、遅かった。
「あら、ソウカじゃない。どうしたいの?」
 どうしたの、ではなくどうしたいの、と聞いてくる辺り、紫の魔女はソウカのしたいことが分っているのだろう。
 誰にでも分るかもしれないが。
「…………」
 言葉は不要。今ある力を全て使い、魂を呼び戻す。
 そう意気込んだところで、方法はさっぱり分らないのだけど。
「……私がやるわ。成功するかは分らないけれど、理論上は可能なはずよ。……貴方にその気があればだけど」
 魔女は方法を語る。
 それは魂の置換。三途の河を渡り、地獄、冥界、天界のいずれかにある魂とソウカの魂を入れ替える。
 その為にはまず、ソウカの身体を入れる必要があるのだとか。
「貴方の身体にはサヴァンズストーンがある。それを使って、まずは天満の身体を復元するわ」
「……defrmo」
 ソウカの身体に使われているそれは、殆ど力を失っている。全てを復元するのは不可能だろう。
「大丈夫よ。世の中には移植って方法もあるんだから」



[28308] 終わり
Name: 音楽記号◆00732227 ID:8d672cfe
Date: 2011/08/06 18:08
 天満の身体の復元。出来たのは八割といったところか。
 一部の臓器と右腕以外は復元している。
「右腕は義肢にするしかないわね……」
 まぁ、そういった魔法具の作成をするのも悪くない。



「し、死んだって貴方。どうして……」
「記憶が曖昧なんですよねぇ。右腕がどうしてなくなったのかもサッパリです」
 お屋敷のなか、慌てふためくめいど長と魔理沙ちゃんにそう答える。
「待て、天満。お前どうしてそんなに冷静なんだ」
「えっと、どうしてだろ? あんまり実感ないや」
 死んだ、というのは理解している。だけど、こうして会話できているわけで。
 死んでも死んでいなくともあんまり変わらないんじゃないかな。
「とにかく、あなた一緒に来なさい」
「一緒にって、何処にです?」
「紅魔館に決まってるでしょう!」
 いや、幽霊になってるから冥界の外には……。
「私も行く」
「魔理沙ちゃんも?」
「友達なんだ。心配くらいはする」
 そうですか。というか、霊夢さんはいいの?
 そう聞こうとしたとき、一瞬だけ視界が暗くなり、気付けば図書館にいた。
「お目覚め?」
「パチュリー様?」
 声のするほうへ顔を向ければ、手が血に濡れているパチュリー様が。怖い。
「……パチュリー様。私、死んでましたよね?」
「ええ。さっきまでね」
 そこまで言って、こちらに歩み寄り、私の胸に手をやるパチュリー様。
 めいど服が血に濡れる。パチュリー様は、私の何かを確かめているようだった。
「そして、今でも」
 今でも……? それはいったいどういうことだろうか。
「……あの、いったい何があったんです?」
「妹様が暴れて、貴方の心臓が止まっただけよ」
 フランドール様が暴れた?
 いったいどうして。暴れる必要なんて……。
「天満。貴方はカタルシスというのを知っているかしら?」
「か、かたるしす、ですか?」
「そう。文学作品などを読むことによって、凝り固まった感情……溜め込んだストレスや、発されることのなかった怒りや悲しみなどを浄化されたように放出すること」
 それはまさか……。
「自ら引きこもった、幽閉された。どちらでも構わないけれど、495年間暗闇で一人過ごしていれば感情だって凝り固まるでしょうよ。……気がふれる、というのも頷けるわ」
「それで、フランドール様は?」
「寝てるんじゃないかしら? 派手に喧嘩したようだし。感情の発露ってのは疲れるものだしね」
 大体何があったのか思い出してきた。
 血を、飲ませちゃったんだよね。霊夢さんに忠告されてたのに。五ヶ月も前だからすっかり忘れていた。
「って、喧嘩って……」
「姉妹喧嘩よ。感情をむき出しにした妹を受け止めるのは、姉と決まっているでしょう?」




 少しして、めいど長と魔理沙ちゃんが血相を変えて館に戻ってきた。
 私を見た瞬間、物凄い勢いで脱力していたけど。
「死んだんじゃなかったの……?」
「蘇生されたんですよー。パチュリー様に」
「どうやって?」
 ソウカと私の魂を置換して……。そういえば、ソウカが変わりに死んだことになるのか。
「ずっと一緒にいてやれなかったなぁ」
「何が?」
「約束というか、なんというか」
 ま、守れなかったものはしょうがない。今度からは守れるような約束にしよう。
「……そういえば、魔理沙ちゃんはどこに行ったんです?」
「妹様のところよ。パチュリー様から話でも聞いたんじゃないかしら?」
 今寝ていると言っていたはずだが……。
「ともあれ、無事でよかったわ」
「無事、といえるんでしょうか……」
「生きていれば無事なのよ」
 死んでたんですけどね。



「天満」
「あ、魔理沙ちゃん」
「……お前、フランドールに何かしたのか?」
「特に……血を飲まれただけで」
 それがどうかしたのだろうか?
「どうかしたもなにも……いや、一度行ってみろ」
「?」
 首をかしげながら、言われたとおりにする。
「……はぁ。こりゃ、当分会えないかもなぁ」
 魔理沙ちゃんの呟きを背に、階段へと向かう。
 フランドール様が、いったいどうしたというのだろうか。
 体調でも悪くなったのか。だとしたらすぐにめいど長に報告しなければならない。
 そう思うと、自然と足が早くなる。
 原因は、私だと思うから。



「フランドール様?」
 左手で扉を開け、暗い部屋の中へ。
 何時もならすぐに返事があるのだが、今回はない。
 ……寝ているのだろうか。
 確認しようとべっどの側へ行く。
「……天満……?」
「起きていたんですか?」
 布団のなかから紅い瞳が見えた。
 声をかけると、フランドール様は身体を起こし、潤んだ瞳でこちらを見据えた。
「……天満は、私が怖くないの?」
「えっと。その、怖いですけど、怖くありません」
「……天満は、私を恨んでいないの?」
「恨んではいませんよ。理由がないですし」
「……天満は、どうして紅魔館のメイドになったの?」
「お金のためですよー。まぁ、家族のためですけど」
「……天満は、私専用?」
「フランドール様専属ですよ」
「なら、ずっと一緒にいてくれる?」
「え……?」
 寝るまでの話し相手となるつもりが、変な方向に話が進んでいた。
 ずっと一緒に。ソウカにも言われた言葉だ。
 そしてフランドール様は、凄く真面目に聞いているのだろう。
 どう答えるべきか。迷っていると、左手を引っ張られ、べっどに引きずりこまれた。
「……お願いだから、一緒にいて……。一人、は嫌なの……!」
 強く、優しく抱きしめられる。
 その姿が、寂しくて眠れない子供のように見えた。
 そして、相手は誰でもいいのだろう。寂しさを埋めてくれさえすれば、誰でも。
 一番いいのはご主人様だろう。私はそれの代替品。
 寂しさを埋めてくれる存在を必要としているのは、私のせいだろう。
 溜め込んだ感情を、浄化したから。きっとその時、一人でいることに対する感情なども一緒に浄化したのだろう。
 一人は嫌。外見相応の、幼さを残した言葉。
 ……きっと魔理沙ちゃんも同じことを言われ、断ったんだろう。
 でも、私は……。
「…………分りました。ずっと一緒にいます」
「……本当に?」
「ええ。本当です」
 首筋に鋭い物があてられる。そして、異物感。
 一度かたるしすが起きているから、吸血させても大丈夫だろう。
 ゴクリ、ゴクリ、と嚥下する音を聞きながら目を閉じる。
 次に地上へ出るのは、いったい何時になるだろうか?



 あとがき
 …………書きたいシーンが終わり、モチベーションが上がらないのでここで終わりです。伏線とかフラグとか投げっぱなし。
 やる気が出たらもう一度投稿するかもしれません。二十話辺りから改訂して。


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