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[28303] (ネタ)IS 眼鏡の怠け者(IS×ドラえもん)
Name: 伊達眼鏡◆24d75697 ID:7543031d
Date: 2011/07/17 11:47
 織斑一夏が通い慣れたとようやく言えるようになったIS学園の教室にはいると、普段とは異なる風景が視界に映った。

 彼のクラスの担任であり、自身の姉でもある織斑千冬が教壇の右側、副担任である山田真耶が左側に立っている。二人の顔には苦笑が浮かび、共に同じ者を見ているようだった。

 そう、二人の間にある教壇に腕を枕代わりにし、気持ち良さそうに眠り続ける一人の男性を。

「お、おはよう。千冬姉……」

「学園内では織斑先生と呼べ」

「す、すいません。で、それ、誰なんですか?」

 一夏が言いつつ指をさすのは、騒ぎ出したクラスメイトの騒音に負けず、昏々と眠り続ける男性。しかし、そこで一夏は気付く。自分以外のクラスメイトが漏らす言葉に「何故」や「どうして」というものがあっても、「誰?」という誰何が存在しない事に。

「織斑。お前の無知さは今に始まった事ではないが、男ならコイツのことは知っておけ。お前が登場するまで、男でありながら世界でただ一人、ISを墜としたコイツの事はな」

「なっ!? ど、どうやって!?」

 姉の言葉に、信じられないという表情の一夏。しかし、実際にISという兵器に乗り込んだ彼の感覚では、ISはISでしか墜とせない事が当然と認識されたし、自分以外ではISに乗れる男は居なかった。彼の疑問は至極真っ当な物であったろう。

「後でそれも説明してやる。だが、その前に……起きろっ、のび太!」

 大喝と共に振り下ろされた拳骨が、教壇で眠る男の頭上に落ちる。ズゴンッと凄まじい音を響かせた男に、心配する視線が幾つも突き刺さった。

「……あたた。あと五分だけ、頼むよドラ……あぁ、うん。起きました、千冬さん」

「全く。貴様ときたら……その何処でも三秒で眠れる体質はどうにかしろと言ったろう」

「あははは。無理ですよソレ。というか、ソレが出来るならこんな所に居ませんよ、ボク」

 千冬の忠告に、一考すら要さず即答する。

 そうして千冬に向けていた顔を、初めて生徒側へと向ける男。大きな丸眼鏡を掛けている事以外、取り立てて特徴の無い顔。だが、彼の眠たげな視線が自分の視線と合った瞬間、一夏は全身に走った謎の感覚に身震いした。

(な、なんだ今の? IS実習で銃口でも覗き込んだみたいな)

 疑問に思い、周囲を見渡してみれば自分と同じように視線を巡らすクラスメイトが居る。

「さ、流石は教官。ドイツ軍でさえ一度も呼び出す事の出来なかったあの男を、こうもあっさりと手懐けるとは」

 感動したように何度も頷くのはラウラ・ボーデヴィッヒ。彼女の右手は懐に回され、何時でもその中に在る『ナニ』かを取り出せる位置にある。

「す、凄いなぁ……此処に居るって事は、今日は何か教えてくれるのかな?」

 そう言いながら、一夏と男の間に分け入ろうとするのは、シャルロット・デュノア。彼女の行動が男から自分を守れる位置を取る事に気付けない一夏ではない。

「ふ、ふふふ……とうとう、私の前に現れましたわね。いいでしょう、決着を着ける時ですわ!」

 一人、鼻息荒く男を睨み付けるのはセシリア・オルコット。だが、口から出る大言とは逆に、視線は挑戦者のソレで。

「……」

 ただ一人、篠ノ之 箒だけが男性の視線から逃れるように俯き、口を閉ざしていた。普段とは違う雰囲気に声を掛けようとした一夏を止めたのは、説明を始めた山田真耶の言葉だった。

「では、一夏クン以外は知っていると思うけど、ご紹介しますね。第一回IS世界大会で射撃部門特別賞を受賞され、以降の大会でも特別招待選手として参加しつづけている、野比のび太さんです」

 その説明に、事情を知らない一夏以外の大多数のクラスメイトが歓声を上げる。

「静かにしろ貴様ら! 織斑が置いていかれているぞ。……さて、織斑。私が第一回IS世界大会で優勝した事は知っているな」

「そりゃ、当然だろ?」

「ISが兵器として認知され、その脅威が広まるにつれ、一つの疑問が生まれた。―――男はISに乗れない、それは事実だが、ISの武装は? 結論は使えるよ。エネルギーの補給は無きに等しく、シールドも無い、機動力は人と戦闘機ほどに違うし、ハイパーセンサーという目さえ使えない。そうだな、戦闘機に竹槍で挑もうとしている人間に、使い捨ての地対空ミサイルランチャーを渡すようなものか。普通、撃つ前に死ぬ。撃ったとしても当たらない」

 クラスメイトの多くが熱心に頷いている中、一夏も同感だった。ISという兵器に乗りソレを知れば知るほど、今までの兵器との格の、否。次元の違いに気付く。それを、武器だけを同じにして戦えというのは、無理が過ぎる。

「そう、無駄と知りつつ諦め切れずに多くの男が最後の希望に縋り、残酷な現実に叩き落されていった。―――この、変態以外は、な」

 横から見ていてさえ、物理的な圧力を伴っていそうな織斑千冬の眼力を、飄々とした表情のまま受け流し、困った様に頭を掻いている男からは、話に聞く無茶を通せる力を持った人間とは思えない。

「変態って、千冬さん。酷すぎませんか? それ絶対褒めてませんよね?」

「ふん、変態で十分だろう。世界中の天才が無力だった中、平然と目標を撃墜する男など。聞け、織斑。この男はな、世界大会に参加した各国のエースのおよそ半分に勝利した。この男と戦って、ただの一発も銃弾を当てられなかった人間は一人しかいない」

「あのー、それって絶対ボクじゃなくて自分を褒めてますよね?」

「当然だろう、2000発のミサイルなど比べ物にならないくらいの緊張と興奮の中、貴様の首に刃を突きつけた瞬間の感動は……一夏が私の為に初めて食事を作ってくれたのと同じくらいだ」

「やすっ! ボクの首が晩御飯に負けた!?」

「貴様……一夏の食事を愚弄する気か? いい度胸だな、のび太のくせに」

「ちょ、ちょっと待って千冬さん。その固めた拳で何する気ですか!? ボクはお客さんですよ。貴女に言われて嫌々ながら出てきた引き篭もり予備軍ですよ? 酷い事されたらプロ入り確定しちゃうかも!?」

「安心しろ。引き摺り出してやる」

「安心できない!? 助けて~」

 情けない悲鳴と共に、涙まで流して逃げ出す野比 のび太。

 拳骨を振り上げ、彼を追いかける織斑 千冬。

 まだ、一夏は知らない。

 目の前の二人が、自分達生徒に比べて、どれほどの高みに居るのか。

 そして、二人に授業をしてもらえる己の幸運に。

 野比 のび太。『グングニル』とも呼ばれる世界一の射撃王。彼との出会いが、一夏に齎すのが何なのかは、誰にも分からない。




 久しぶりにSSを書いて見ました。仕事中にふと思いついた短編で、難しい事は全部置き去りにしています。
色々伏線っぽい描写もありますが、絶対続かないので、無いとは思いますが過度の期待はご遠慮下さい。

 では、お目汚し、失礼いたしました。




[28303] 第二話
Name: 伊達眼鏡◆24d75697 ID:7543031d
Date: 2011/09/13 23:59
 結局は千冬から逃げ切れず、幾つかの拳骨を貰った後、耳を引っ張られながら教壇へと無理やり戻されたのび太。

 評判や肩書きとのあまりな違いに、興奮していた生徒達も幾らか引き気味だった。雰囲気の変わった教室を涙目で見渡すのび太は、横で腕組みしながら自分を睨む千冬へと文句を呟く。

「ほら~。千冬さんが乱暴だから皆怖がってるじゃない。どうすんのさ、この空気」

「阿呆。これはお前があんまり情けないからだ。他人の所為にするな」

 のび太の文句を、バッサリと斬り捨てた千冬の言葉に、何人かの生徒が同意の頷きをするのが見える。

「うぅ……」

「大丈夫ですよ、のび太さん。のび太さんの射撃が凄いのを、私は知ってますし、とっても頼りになる事だって、分かってます」

 呻きを漏らしながら、自分の味方はいないのかと周りを見渡すのび太。そんな彼の肩に、優しく手を乗せたのは、副担任である山田 真耶であった。

「真耶さ~ん……ぎゃふんっ!」

 その優しさに縋ろうとするかのように、真耶の豊満な胸へと飛び付こうとするのび太の頭を、当然の様に千冬の拳骨が撃墜する。

「全く、懲りん奴だな。山田先生も、のび太をあまり甘やかせないで下さい。調子に乗ります」

「織斑先生は、逆に厳しすぎるんじゃないでしょうか? のび太さんは、まだ学生なんですよ?」

「若くして、高すぎる技術を持っているからこそ、成熟した精神が必要だと思うのだが……今は止めましょう。貴様ら、少々問題があったが今日の授業は変更する、これよりISスーツに着替えてアリーナへ集合しろ!」

 目の前の三人の会話に置いて行かれ気味の生徒達だったが、日頃の教育の成果か、千冬の指令と共に、更衣室へと駆け出した。

 即座に行動する生徒を満足気に眺めながら、千冬は床に倒れたまま這うようにして逃げ出そうとしていたのび太の背中を踏んづける。

「何処へ行くつもりだ、のび太?」

「お、重い~……ぐぇえ。嘘ですっ、全然軽いですっ。だからもうちょっと優しくして~」

「さぁ、お前もさっさと準備をしろ。さもないと、私がひん剥くぞ」

「う、嘘つきっ! 女子が一杯のIS学園で歓迎してくれるって言ったのに!?」

「歓迎してやってるじゃないか、何処が不満なんだ?」

「全部ですよっ! もうボクは帰る! 絶対帰りますっ!」

「はっはっは、相変わらず馬鹿だなぁ、のび太は。せっかく釣れた魚を逃がすわけないだろう」

「ぐええぇ~、く、首が……真耶さん、助けてぇ~」

 泣き叫ぶのび太の後ろ襟を掴み、引き摺りながら歩き出す千冬。彼女から逃げられないと理解したのび太は、矛先を困ったように自分を見ていた真耶へと変えた。

「ごめんなさい、のび太さん。私も久しぶりに貴方の射撃が見たいんです」

「そ、そんなぁ~」

 真耶の言葉に、涙目で叫ぶのび太。彼の瞳は、信頼していた飼い主に捨てられた小動物の目にそっくりだった。

 アリーナに出た生徒達は、困惑していた。その原因は、ISスーツとよく似た服を着ながら、涙を垂れ流すのび太、ではなく、彼の背中にある巨大な鉄塊である。高さ2メートルの十字架型のソレは、圧倒的な存在感と、不吉さを感じる迫力に満ちていた。

「あ、あの~……ソレは、一体?」

 勇敢な生徒の疑問に、諦めたように涙を拭ったのび太が答える。

「ある人から送られた試作品。名前は『パニッシャー』っていうらしい……物騒な武器だよねぇ……」

 彼の答えの通り、ソレは武器だった。神への祈りに用いられる形を、人を殺す道具に用いる。恐ろしい発想であり、製作者の神への嘲りを明確に感じずにはいられない。のび太はソレを重たげに担ぎ上げると、試すように一振りした。ブゥオンと響いた風を叩く音は、まるで武器その物が、これから始まる戦いを前にして、歓喜を隠し切れずに漏れた唸り声のよう。

「では、早速だが模擬戦だ。のび太と戦いたい奴は手を上げろ」

 千冬の唐突な発言に、生徒達が目を見開く。この状況になった事で予想はしていたが、ここまで急な事とは思っていなかったのだ。

「い、いきなりですか? せめてもう少し説明とか、せっかく野比さんが来ているんだから、彼から射撃のコツを聞いたりしたいんですが……」

「ぶふっ、わはははははは、ははははぁっ。はっ……はぁ~っ」

 シャルロット・デュノアがおずおずと手を上げ、発言した瞬間。千冬の爆笑が響き渡る。普段の厳しい雰囲気を壊しかねないほどの笑い声に、原因の分からない生徒達が戸惑い顔を浮かべた。

「ふぅ、苦しかった。貴様ら、私を笑い死にさせる気だったのか? もしそうなら、今のは中々の攻撃だったぞ。のび太が貴様らに授業など出来るわけなかろう」

「いや、その発言はどうなんですか、千冬さん。本当の事だからって、言われたら傷つきますよ」

 抗議の声を上げつつ、のび太の表情は普通のまま、彼自身が己の学力にそれほどの自信を持っていない事を示していた。しかし、彼の投げやりな抗議に、千冬は首を横に振る。

「違うよのび太。お前の学力が足りないのは当然として、射撃にしたってお前のはヒトに教えられるモノじゃない。だって、お前のソレは―――よそう、実際に目にしなければ解らんだろうしな。とにかく、先に一戦してみろ。専用機持ちの貴様ら、誰か相手したい奴はいないのか?」

 説明を途中で切り上げ、問いかける千冬に名指しされたも同然の一夏達。専用のISを持つ彼らがお互いの顔を見合わせる中、一歩前に踏み出したのは、豪奢な金髪を靡かせたセシリア・オルコット。自慢の美貌に浮かぶのは、勝利を欲する挑戦者のような、答えを欲する求道者のような、複雑な色。

「セシリア?」

 見慣れぬ表情をその横顔に見つけた一夏が問うも、集中した彼女の耳には入らなかったのだろう。そのまま二歩、三歩と歩き生徒達の先頭へ抜けると、のび太へとその手を伸ばす。

「では、先ずはわたくしの相手をして頂けますか?」

 舞踏会でダンスに誘うかのような優雅な招待に、のび太は苦笑を貼り付けたまま頭を掻く。

「あ~、やっぱりこうなった。千冬さんに誘われた時から、イヤな予感してたんだよねぇ。……でもさ、こんな真っ直ぐな目で見られたら、断れないよね……」

 男はそう呟いた後、自分を真剣に見つめる少女の誘いに答えた。

 対戦相手が決まり、野比のび太とセシリア・オルコットだけを残して観客席に移動した皆が見つめる中、セシリアが自分専用のIS『ブルー・ティアーズ』を纏うと、空へと飛翔する。

「綺麗だね~。青いから、空によく似合う」

「煽てても、手は抜きませんわよ」

 十分な距離を開けると、戦闘開始までのカウントダウンが始まった。




 素材が良すぎた所為か、想像を遥かに超えた感想数に、最初は自分の目を疑いました。

 感想の内容も、多くの方に好意的に受け取って貰えたようで、本当にありがたかったです。

 あまりの嬉しさに舞い上がって、続きを妄想したり、勢いだけのおまけ(蛇足)まで書いたりしてしまいました。拙い出来ではありますが、続きを望んでくれた方の暇潰しになれば幸いです。









[28303] 第三話
Name: 伊達眼鏡◆24d75697 ID:7543031d
Date: 2011/07/17 11:48
 自分専用のIS『ブルー・ティアーズ』を身に纏い、空を飛ぶセシリア・オルコットは目の前に表示された数字の減少を睨む。

 戦闘開始まで5……4……3……

 刻一刻と近づくその瞬間を前にして、彼女の額に汗が浮かぶ。代表候補である事を誇りに思う彼女は、当然ながら現在のイギリス代表の情報も頭に叩き込んである。ISの操縦は勿論、自信のあった射撃すら、今の自分では遠く及ばないだろう成績。

 その彼女すら、目の前の男に敗れたのだ。油断など出来る筈もなく、ただ一瞬も見逃さぬと男―――野比のび太を見つめる。

 ……1……FIGHT!

 繰り返しになるが、セシリアに油断はなかった。だから、ソレはただただ単純に、彼女と彼の戦力の差が齎した物だったのだろう。

 のび太へと、銃口を向ける。その瞬間、銃は彼女の手の中で破裂した。

「なっ!?」

(なんて、ふざけた方ですの!?)

 驚愕に全身を硬直させながら、それでも彼女は彼を見ていた。見つめ続けていた。だから、最初に思った事はソレだった。

 セシリアが銃を構え、のび太へと狙いを定めた瞬間。担いでいたパニッシャーを両手で構えたのび太が居た。早撃ちという次元ではない、映画のフィルムを切り取って無理やり繋げたと言われた方が、まだ納得出来る。

 ましてや、その状態で自分を狙う銃口にピンポイントで弾丸を叩き込むなど、出来の悪いアニメコミックの世界だってありえない。

「くっ、どうやら評判だけの方ではないようですわね」

 そう言いつつも、ISを複雑な機動で動かし続ける。一瞬でも動きを止めれば、そこに銃弾が迫る事を、セシリアは理解していた。おそらく、ただの射撃では自分は彼に絶対に勝てない事も。

「でも、アナタとて第三世代ISと戦った経験は少ない筈、わたくしの特殊兵器ならば!」

 言うと同時、六機のビットが高速で飛び出す。このビット達はセシリアの分身に等しい、一人では勝てなくとも、六対一ならば。

 そう思うセシリア自身が、あるいは最も理解していたのかもしれない。

 目の前の男に、この程度の小細工で勝てる訳がないという事に。

 自らの上空を飛行するビットへ向けて、のび太がパニッシャーを向ける。その銃口から放たれる弾丸は、ビットに攻撃のチャンスを与えなかったが、同時に複数のビットに意識を分散させた為か、撃墜には至らない。

 必勝の戦法の効果が薄くとも、セシリアに焦りはない。彼の攻撃が長く続かない事を知っていたからだ。

 六機のビットに囲まれながら、その射撃だけで牽制を続ける技量は凄まじいが、弾薬は無限ではない。弾切れを狙うもよし、牽制の切れ間に攻撃するもよし、主導権は自分にある。

 その認識が、彼女の心に隙を作った。

 ビットへ牽制の射撃を続けるのび太が、セシリアに背中を見せる。その時になって、彼女は気付いた。十字架の形をしたパニッシャー、その下にマシンガンの銃口があり、上には更に大口径の砲口が存在していた事に。

 自分と彼との位置関係を把握するより早く、気付いたばかりの砲口からロケットランチャーが発射された。背中越し、ビットへの牽制を続けながらとは思えない正確な射撃に、セシリアは咄嗟にビットの操作を中断し、自身を回避させるべくISを操作する。

「こ、この程度で落とされるわけにはまいりません!」

 本当にギリギリのタイミングだったが、回避に成功した瞬間。通り過ぎる筈の砲弾がセシリアの間近で炸裂した。

「キャァッ!?」

 回避した事による気の緩みを狙い、砲弾の後を追って撃ち出された銃弾が目標に命中し、爆発させたのだと、分かるが故にセシリアの驚愕は深刻になる。

 技術と発想において、彼との差が埋め難いものだと分かるのだから。

 爆風によって振り回されたISを制御し、のび太へと視線を向けて見れば、彼はまるで最初からそうだったかのように、パニッシャーをセシリアへ向けて構えていた。当然、彼女がISの操作に集中していた間に、六機のビットは全て撃ち落とされている。

 此処に至って、セシリア・オルコットは自らの敗北を認めるしかなかった。

 射撃でここまでの完敗を喫しておいて、不慣れな近接武器を構えての特攻など、優雅さに欠ける事が、彼女に出来るはずないのだから。

 地上にゆっくりと降下し、着地と同時にISを解除する。ISスーツのみのラフ過ぎる格好で、勝負へ誘う時と同じようにのび太の前に進むとその手を伸ばす。

「ありがとうございました。とても、良い経験をさせてもらいましたわ」

「こちらこそ。ドキドキしたよ~。あの小さい武器もかっこいいね、向けられたコッチは怖いけど」

 差し出した手を、のび太に握られた瞬間。セシリア・オルコットは小さく全身を震わせた。自身が射撃を得意とするからこそ、分かる。この手の持ち主が、どれだけの時間を銃と共に歩み、鍛えてきたのかが。

 才能はあったのだろう。だが、決してソレだけではないと、彼の掌は何よりも雄弁に彼女に語りかけてくるようだった。そして、近づいたからこそ分かった。彼の体に浮いた汗と、戦闘中の無言の理由が。

 ソレは、自身では辿り着いた事のない、集中の極致に身を置いていた為。そうする事で、彼は生身でISと渡り合ったのだ。負けたのは、セシリア。だが、消耗の度合いはのび太の方が大きいかもしれない。

「己の慢心を知りましたし、次はこうはいきませんわよ?」

「次か~、何だかボクと戦った人ってよくそう言ってくるけど、戦うのはしんどいからキライだし、次は負けそうだから止めとこうかな」

「その時は、また織斑先生にお願いしますわ。どうやらアナタも織斑先生は苦手みたいですからね。それに、アナタとの戦いには、得るべき物がたくさんあるようですから、逃しませんわよ」



[28303] 第四話
Name: 伊達眼鏡◆24d75697 ID:7543031d
Date: 2011/07/17 11:48
 セシリアとのび太の戦いを観ていた生徒達は、声も無く、ただ圧倒されていた。

 特に、セシリアの銃が破裂した瞬間など、何が起こればそうなるか、理屈では分かっても、ソレを可能とする技術など信じられるはずも無い。

 織斑一夏は、鳥肌の立った自分を自覚する。

「せ、先生……あれは、アレは何なんだ?」

「……分からんか、織斑。アレが、野比だ。野比のび太だ。射撃というただ一点を突き詰め、その果てを突き抜けた男だ」

 一夏の呻く様な疑問に、簡潔に答える千冬。彼女をして、久しぶりに見る男の射撃に、戦慄すら感じた。完成したモノだと思っていた彼が、未だに成長を続けていた事に。

「才能って、すげぇな」

 心の底からの感嘆を一夏が上げると、振り返った千冬は久しぶりに弟を『本気』で睨んだ。その眼光に、子供の頃シャレにならない悪さをした時、誰かに怪我をさせるような悪戯を企んだ時を思い出し、一夏の全身が強張る。

「世界で唯一の男性IS操縦者が言う台詞かっ!? 貴様の才能を羨み、嫉む者がどれほど居るか、貴様は全く分かっていない!」

 その怒号に、強張らせた全身を震わせる一夏。傍らで聞いていた生徒達も驚きで身を硬くする。そんな周りの反応を無視して、何度か深呼吸をすると先ほどの怒りを消し去り、淡々と言葉を紡ぐ。

「一夏、生身でISと戦う人間が、最初に戦わなければならないモノは、何だと思う?」

 学園内、授業中、生徒達の前という三点を無視し、自分を名前で呼んだ千冬に隠し切れない感情の揺れを感じた一夏は、自身の無責任な発言を悔やみながらも、生身でISを墜としたと聞いた時から考えていた事でもあったので、数秒の躊躇いの後に答えた。

「それは……恐怖、かな」

 その答えに、目に見えて千冬の雰囲気が柔らかくなる。自分が姉の求める回答を果せた事に安堵する一夏。

「80点だな。だが、良い答えだ。……生身の人間とISが戦うという事は、ロケットランチャーを持たせた人間に戦闘機と戦えと言うのと同じだと、私は言ったな。しかし、実際の戦闘は、そんな楽なモノではなかった」

 語り続ける千冬は無表情で、視線だけが何処か遠くを彷徨っていた。

「世界大会で、のび太以外にもISに攻撃を当てた人間は居たさ。ただ、当て『続ける』事と、攻撃を避ける事が出来なかっただけだ。IS同士の戦いは、基本的にシールドバリアの削り合いになる。だが、生身の人間にそんな便利なモノありはしないからな、実弾はゴム弾に、ビームは威力を最小限に設定してショックビームに、爆弾系は火薬の量を減らして、と安全に気を付けはしたが、死なないにしても当たれば終りだ」

 想像するのは簡単だった。こちらの攻撃は全てシールドに防がれる。相手の攻撃は、ゴム弾だろうが骨は折れ、ショックビームでも麻痺や失神が当然。爆弾系など、想像したくもない。聞いていた生徒達の何人かも、その光景を想像したのだろう、顔色を青くしていた。

「そ、そんな状態で、どうやって勝ったんだよ!?」

「オルコットとの戦いを観れば分かるだろう。相手に攻撃させず、自分の攻撃を当て続ける。やってる事はソレだけだ」

 ソレだけ、と簡単に言うが、ソレがどれほど難しい事か。

 ISという兵器の反則的な性能を知る学園生だからこそ、その事実に驚愕し、ソレを成し遂げるのび太の実力に感動と羨望を覚えていた。

「待ってくれ、千ふ……じゃない、織斑先生。それで、射撃は問題無いにしても、近接攻撃にはどうやって対応するんだ?」

「聞いていなかったのか、織斑。相手が攻撃するより速く攻撃し、勝つまでソレを続ける。それだけだ」

「だから、近接相手にそれは無理だろ? どんな早撃ちでも、殴られる距離なら素手の方が早いに決まってる」

「あぁ、なるほど。まだ貴様はのび太を侮っているらしい。……ふむ、次は貴様がのび太と戦ってみるか?」

 何気なく告げられた言葉に、一夏の鼓動が大きく跳ねる。目の前の戦いを観て、彼我の実力差は分かり切っている。だが、セシリアと違い自分のISは近距離に特化している、その自分を相手に、彼がどう戦うのか。

「そりゃ、俺もやりたいけど……無理だろう?」

 興味があるし、戦いたいという欲もある。だが、生身でISと戦う事が簡単な事じゃないのも分かるし、ソレを一戦終えた彼が消耗している事も想像できた。もしも彼と戦うなら、お互いが全力で戦える時が良い。

「ふふん、顔が言葉を裏切っているぞ。久しぶりに見たな、その目。小学生の頃、勝てない相手に戦おうとした無鉄砲な剣道少年の瞳だ」

 楽しげな笑みと共に言われた言葉に、一夏の顔が赤く染まる。その様子を見て、千冬の笑みはますます色濃く、楽しそうに変わった。

「心配は要らん。アイツはそんなに柔ではないぞ、見てみろ」

  指で促された先、セシリアが悠然と観客席に戻る背後、のび太はパニッシャーに寄り添うように立っている……様に見えたが、ジッと見つめる一夏は恐るべき事実に気づいた。

「も、もしかしてアレ……寝てるのかっ!?」

『え、ええぇぇーーーっ!?』

 一夏の叫びに、千冬の行動に疑問を覚えていた生徒達も気付いて驚きの悲鳴を上げる。セシリアにも聞こえていたのだろう。後ろを振り返り、のび太の様子を確認した。今までの彼女なら、侮辱されたと怒鳴りつけただろう。だが、セシリアは寸前までの強敵の怠惰な様子に、微笑んだ。

「全く、勝った後とはいえ、そんな簡単に隙を見せるなんて……大物なのか、大バカなのか……あるいは、その両方なのかもしれませんわね」

 彼女のその様子を見て、驚いたのはシャルロットとラウラ。今までに感じた事の無い、余裕を見せたセシリア。たった一戦が、彼女にとてつもない経験を与えた事が、感覚として感じられたのだろう。

「感じたか、シャルロット」

「うん。セシリアさんは、本当に良い経験をしたんだね……ちょっと、羨ましいな」

 ラウラが事実を確認するかのような問いかけを行えば、確かな羨望を言葉に乗せたシャルロットが答える。二人の感覚の通り、コレ以後セシリアの勝率は急激に上がり出す。

 その事を二組に居る凰鈴音に問い詰められた際、セシリアは言った。

「わたくしが変わった? ……そうですわね。今の自分では届かない場所に、片足だけ踏み込ませて貰ったからかもしれませんわ」

 そう言って微笑むセシリアを、まるで初対面の人間を見るかのように、目を丸くして見つめる鈴音が居た。

 時間を戻すと、周りの人間の騒ぎなど全く気にせず、昏々と眠り続けるのび太。ソレを苦笑しながら眺める千冬を見て、一夏は決意する。

「戦える、のか?」

「一旦眠らせて、起きればアイツは元通りだ。体力はともかく、精神力はそこらの同年代の比ではないぞ。正直、どんな経験をすればアレほどの精神力を身に付けられるのか、想像出来ん。消耗自体はのび太が多いのだろうが、最大値と回復力が違う。そうでなければ、世界大会で出場者の殆どと試合など出来んよ」

「なら俺を、あの人と戦わせてくれ。……戦いたいんだ、あの人と」

 決意を込めた言葉と同時、睨むように千冬を見つめる一夏を、教師であり姉でもある彼女は、愛しげに受け止めた。

「あぁ、私も見たいな。私の弟が、アイツを相手にどう戦い、どんな成長を見せるのか……」

 そして弟の頭を掴むと、アリーナの中央で立ちながら眠るのび太に視線を固定させる。そのまま一夏の耳に顔を寄せ、優しく呟く。周りで聞き耳を立てる生徒に聞こえないよう、小さく、けれど強い思いを乗せて。

「のび太は強い……でも、一夏。お前は私の弟だ。……勝って見せろ」

「……任せろ、千冬姉っ!」








[28303] 第五話
Name: 伊達眼鏡◆24d75697 ID:7543031d
Date: 2011/07/31 00:04
「お疲れ、セシリア」

「あら、一夏さん。……アナタも野比さんと?」

「うん、戦ってみる」

 セシリアと入れ替わる様にアリーナへと進む一夏。疲れを見せながらも、笑みを浮かべたセシリアと言葉を交わす。

「そうですの……お気をつけて、あの方は少々突き抜けているみたいですわ」

「千冬姉もそんな感じの事を言ってたな。やっぱり、あの人の射撃って特別なのか?」

「こればかりは、口で説明出来るモノではありませんわ。実際に体験してくださいな、その上で、一夏さん……勝って下さい」

 一夏を見つめるセシリアの瞳は真剣だった。実力の差など、さっきまで戦っていたセシリアが一番知っているだろうに、それでも一夏の勝利を信じ、願ってくれる彼女の思いが、一夏には嬉しかった。

「ありがとうな、セシリア。……行ってくる!」

 背中にセシリアの視線を感じながら、振り返ることなく一夏はアリーナへと辿り着く。

 その中央、墓標の様に突き立った十字架型の武装に、体重を預けて眠り続ける男。何度見ても、外見からはあの桁の外れた射撃能力を持っている事が信じられない。

 千冬という、ある意味で男と似た武力を持つ存在を身近に持つ一夏には、強い人間には、それなりの『雰囲気』があると思っている。ソレで言えば、男から感じる雰囲気は常人にも劣るだろう。こうして寝ている所を見れば、先ほどの戦闘は夢か幻だったのかと疑うほどだ。

「……って、何時まで寝てるんだ、この人はっ!?」

 戦う気満々でアリーナへ入場した一夏だったが、相手は全く起きる気配が無い。こんな場所で本気で眠れる神経は、尊敬出来るかもしれない。

「ど、どうすればいいんだ?」

「簡単だ。ぶん殴れ」

 思わず口に出た疑問に、即答したのは彼の姉。その即答っぷりはいっそ見事で、早押しクイズなら正解間違い無しだろう。勿論、その答えの内容も含めて。

 ただし、その正解は実行する人間を選ぶ。姉ほどにぶっとんだ行動の出来ない弟は、困った様に男と姉へ視線を往復させる。そんな一夏の態度に、千冬は仕方ないなと肩をすくめた後、アリーナへと声を掛けた。

「しょうがない。……のび太、いい加減にしないと、しずかに女子に言い寄られてヘラヘラしてたと報告するが?」

「う、うあああぁぁっ! し、しずかちゃんっ!? 誤解だから、千冬さんのタチの悪い冗談だから、お願いっ! そのヴァイオリンはしまってぇぇぇ~~っ!?」

 情けない絶叫と共に涙まで流しながら、この場に居ない誰かに土下座せんばかりの勢いで言い訳と謝罪をするのび太。その姿に、寸前までの自分の覚悟をどうすべきかと、真剣に悩み出す一夏。客観的に見て、かなりのカオスがソコにはあった。

 余談だが、のび太の言い訳先である幼馴染の少女は、ヴァイオリンの腕前を大きく上達させているし、幼馴染の友人達にもその美しい旋律をよく披露している。だからこそ、『お仕置き』目的で聞かされる過去を上回る騒音が効果を表すのだが。

「私の言葉を本当にするか、冗談で済ますかは、お前と織斑の勝負次第だ」

「うぇえ~、まだやらせるんですか、千冬さん。……あっ、嘘、嘘です。やる気ばっちりです! 千冬さんの弟と戦えるなんて、嬉しいなぁ~」

 泣き言を漏らしながら、観客席に目を向けるのび太に、見せ付けるように携帯を持った手を振る千冬。途端にだらけていた背筋を伸ばし、いそいそと臨戦態勢を整えるのび太。

 色々と問題があった気がしないでもないが、とにかく、目の前の男が戦う気になった。その事だけを考える一夏。正直、それ以外を考えると、自分の戦う気が萎える気がしている。

 ただ、涙目ののび太に対し、コレだけは言ってやりたいと、口を開く。

「大変ですね、野比さん」

「ううぅ……分かってくれるかい? キミも大変なんだね、織斑クン。あの人の弟って立場もそうだけど、女の子だらけの学園で、たった一人の男子とか……ボクなら絶対逃げてるよ」

「わ、分かってくれますか!?」

「分かるよ。女の子の集団って怖いんだ……昔、女の子しか居ない場所に行った事があるけど、恐ろしい目に遭ったよ」

「怖いって事はないんですが、とにかく大変な事尽くしで……その上、知り合いや友達に話しても、『モゲロ』とか、『リア充爆発しろ』だとか言われるばっかりで……男に分かって貰えたのは、初めてです」

 慰めのつもりの言葉に、思った以上の反応が返ってきた事で、一夏の方が慰められているようだった。

「そうかぁ、大変だったんだねぇ……」

 しみじみと呟かれたその一言に、一夏の目頭がツンッと痺れる。初めての同性の理解者を前に、嬉しいやら悲しいやら。感情がごちゃ混ぜになっていた。

「野比さん……」

「のび太、でいいよ。ボクも一夏クンって呼ばせてもらうから」

「それじゃ、のび太さん。一戦した後で疲れてるでしょうけど、俺と戦ってもらえますか?」

「……しょうがないよ、千冬さんには逆らえないしね~」

 苦笑しながら言うのび太は、地面に突き立てていたパニッシャーを担ぎなおす。

 ただそれだけで、一夏は自分の心臓が大きく跳ねるのを感じた。ただ単純に、銃を背負って立っている。その姿が異常に『嵌っている』のだ。隙がない、と言い換えてもいい。おそらく、今この瞬間に自分が突っ込んだとしても、一歩を踏み出す前に撃たれるだろうと分かった。

「しょうがないってのは、残念ですが。俺は全力で行きます、白式っ!」

 叫びに合わせ、一夏の全身を専用ISが覆った。滾る戦意を隠さず、のび太を睨む一夏だったが、目の前の敵が首を傾げて自分を見ている事に戸惑う。

「白式?……ソレがキミのIS?」

「はい。頼りになる相棒です」

「う~ん……何か、どっかで見た事あるような。……ま、いいや。じゃ、戦おうか」

 一夏の言葉に少し悩んだ後、のび太はそれまでの疑問を忘れた様に、表情を切り替える。

 ソレが、視線が鋭くなったり、相貌が恐ろしくなるなどの変化なら一夏は驚かなかったろう。一見して特長の無い顔に、変化はない。

 ただ、豊かな感情を持つだろう彼とは思えぬほどに、その顔から感情が消えただけだ。

 同時に一夏は、最初にのび太と視線を合わせた時に感じた、銃口を覗き込んだような恐怖を思い出す。

 ゾクゾクと背筋を走るのは恐怖と高揚、相反するソレらが共に一夏の全身を震わせる。

 戦闘開始まで……10……9……

 ISの表示を睨みながら、一夏は武者震いしていた体から力を抜く。開始直後の一瞬、ソレが自分にとっての最大の勝機である事を理解していたから、その一瞬に持てる全力を出す為だ。

 5……4……

 極度の集中が、一夏の視界から数字とのび太以外を消していく。

 3……2……

 観客の生徒達の多くは、一夏の虚脱したとも取れる様子に、本当にやる気があるのかを疑う。だが、ラウラやシャルル、セシリアと千冬を含めた少数の人間は、アリーナに満ちる戦機に全身を強張らせていた。

 1……

 FIGHTの文字が見えた瞬間を、一夏は自覚しなかった。ただ、自分の体が最高のスタートを切った事だけを理解していた。そして、数字すら消えた視界の中でただ一つ見えるモノ。野比のび太だけを標的に、瞬時加速で突進する。

 ソレは正しく、高速で飛来する一本の矢の如く。現在の世界各国の代表でさえ、これほどのIS機動は簡単には出来ないだろう。

 普通の人間なら、ナニが起こったのか理解すら出来ない。だが、一夏の視界に映るのび太は、まるで最初からそうだったかのように、銃を構えていた。

(化け物か、この人!?)

 1秒に満たない僅かな時間の筈が、とてつもない密度を持って一夏とのび太を繋げていた。だからこそ、一夏はセシリアが気付けなかったのび太の発砲の瞬間が見える。

(二、三発なら撃たれたって構うか!)

 銃口から閃光と共に放たれる弾丸。覚悟を決めて直進する一夏が受けたのは、これまで感じた事の無い、重い衝撃だった。

「―――っが」

 千冬の拳骨を何倍も強くした衝撃に、一夏の意識が遠のく。集中が解け、鋭敏化していた感覚が元に戻った一夏は、自分の突進が無駄に終った事を知る。

 真正面から直進していた筈の一夏は、まるで自分からのび太を避けるように、左に僅かにズレた機動で通り過ぎていたのだ。

「一体、何が?」

 衝撃と、自分の直進が曲がった謎を自問する一夏に、答えをくれたのは白式だった。

 額の一点に撃ち込まれた弾丸、12発。その衝撃で一夏の意識が遠のくと同時、体勢の崩れを助長するように、体の各所に弾丸を撃ち込まれた為、軌道がズレたのだ。表示された情報に、一夏はもう一度意識が遠のきそうになる。

 自分の想像の上を行くのび太の行動に、感動や賞賛よりも先に呆れてしまう。

「居るんだなぁ、本当に。こんな漫画みたいな事出来る人が……」

 呆けた様に呟くが、一夏の口元は笑みで歪んでいた。彼は、嬉しかったのだ。ISの存在を前に、ただ己の技術で勝利する。そんな夢のような人間が、男の中に居た事が。

「でも、感心してばかりもいられないか……このままじゃ、勝てない。協力してくれ、白式!」

 一夏の声に応える様に、白式はその姿を変化させる。第二形態・雪羅への移行を果したISで、再びのび太と対峙する。




[28303] 第六話
Name: 伊達眼鏡◆24d75697 ID:7543031d
Date: 2011/07/31 00:00
 一夏のセカンド・シフトを黙って見ていたのび太は、普段から考えている事をもう一度脳内に呼び出した。

(どうしてこうなっちゃったんだろう……)

 色々な要素があり、原因は一つに絞れない。だが、一番の理由を上げるとするなら、やはり『あの人』との関わりが原因なのだろう。

 ISの創造者、篠ノ之束。彼女と関わりさえしなければ、自分は今、こんな所には居ない。

 平凡だが穏やかな日々を、自分なりに頑張って過ごす。それだけで良かった筈なのだ。

 それなのに、今の自分は力を出し切って、それでも足りないから色々無理をして、此処に立っている。こんな場違いな場所に。

 特に、目の前に立つ彼を見ていると、一層の場違い感を覚えてしまう。織斑一夏、千冬の弟であり、世界で唯一の男性IS操縦者。

 正直、嫉妬する事さえ考えられない。漫画や小説なら自分は名も無い脇役で、彼は主役。どんな展開でも、此処で自分が勝つ事はありえない。

(筈なんだけど……正直、負けない、かな?)

 だって、まだ彼は分かっていない。自身がどれだけISに依存しているのかを。シールドバリアーがある事を当然と思い、痛みに驚く。それなら、自分には勝てない。

 その点で言えば、彼の姉には驚かされっぱなしだ。初対面からして衝撃だった。

「生身でISを墜としまくっているという変態はお前か? 信じられんな、一夏と同じくらいの子供じゃないか……まぁいい、やれと言うならやるさ。ただし、お前の弾が一発でも私に当たったら、お前の勝ちにしろ」

「へ? なんでそんな不利な事を……」

「バカかお前は、お前だって一発受ければ負けなのに、コッチはバリアーがあるので大丈夫だと? 年下相手にそんな情けない事、少なくとも私は御免だ」

 驚いた。言われた事実にもそうだったが、ISに勝つごとに厳しい視線で睨みつける女性達に囲まれた中、普通に年下を叱るお姉さんのような態度に、心底驚いたのだ。

 その後の勝負の結果と、この時の態度、そして実はジャイアン属性の持ち主だった所為か、彼女に逆らえなくなったのは誤算だったが。

 そして、彼女との戦いの敗北が、自分を必死で鍛える切っ掛けになったのだ。これほど完璧に敗北という事実を突き付けられなければ、自分は頑張ろうと思わなかった。

 そういう意味で言えば、今の自分の状況を作ったのは篠ノ之束と織斑千冬の所為、といえなくも無い。

(他の事はともかく、射撃とあやとりだけは……アイツが褒めてくれたソレだけは、情けないままで終われない)

 思い、初めて射撃に対して努力を重ねて迎えた第二回世界大会で、まさかの千冬の途中欠場と、最初から敵視してきた他のIS操縦者の殆どを倒してしまった事で、野比のび太はこの世界から逃げられなくなったのだ。

 ……ちなみに、とあるゴシップ誌が千冬の途中欠場の理由を『野比のび太から逃げる為では?』等と書いてしまい、翌日にはその記事に関わった全員が謝罪会見を開くという珍事もあった。

 のび太にとって、あやとりはともかく射撃の特技は、あくまで一芸であり、ジャイアンの歌(?)やスネ夫の家柄、しずかのヴァイオリンといった誇るモノではない。精々知り合いとゲームセンターに行った時、ちょっと驚かして得意になる程度のモノだ。最初から、努力もなく出来ていた事だからだろう。

 だから、彼にはどうやれば『射撃が上手くなる』のか分からない。強くなる為に努力しようと思ったら、努力の仕方が分からない。そして、ただ一人ISを墜とせる男に射撃を教えられる人間が居るはずも無い。

 それでも、途方にくれたのび太の前に現れ、射撃以外ではあるが鍛えてくれた人間が居たわけだが……世界は広い、と言えばいいのか、のび太自身はその人に感謝しているが、二度と会いたくないとも思っている。

「待たせましたか?」

 第二形態へ移行したIS、雪羅を纏った一夏が問う。攻撃をしなかったのび太が、自分を待っていたと思ったのだろう。のび太は過去を回想して項垂れてただけなのだが。

「ああ、いやいや。気にしないで……さっきの攻撃が怖くて、ちょっとだけ、立ち竦んでただけだから」

「……全然そんな風に見えませんよ。それに、あんな射撃が立ち竦んでた人に出来るわけないでしょう」

「あんな射撃って……う~ん、たしかに特技なんだけど、ボクにとってはあやとりとか、寝付きの良さとかを褒められた方が嬉しいんだけどね。……誰にも褒められた事無いけどさ」

 そこまで言ってから、大きな欠伸をするのび太に、一夏は呆れた視線を向ける。

「やる気、本当にないんですね」

「ボクって、基本こんなもんだよ。楽しい事は好きだけど、戦いはしんどいだけで楽しくないし、頑張って勝っても喜ぶのは知らない人ばっかり。……あぁ~、何でボクはこんな事やってるんだろ? それなりに遣り甲斐のあるサラリーマンとかになれたら、そこでずっと満足出来るよ、ボクは。だから正直、今の自分の立場はもう本当に、投げ出したいくらいしんどい……まあ、そんな事したら親友に顔向けできないけど」

 言葉の前半に呆れの色を強めた一夏だったが、後半に出てきた一言に込められた力に、思わず問い返していた。

「親友?」

 無気力なのび太から出たとは思えないほどに、力強い一言。この人にこんな声を出させる人間に興味を引かれ、好奇心を滲ませた一夏の問い。

「あぁ……昔ね、情けないだけだったボクを助けてくれた、たった一人の親友が居たんだ」

 誇らしげに、得意げに彼は語る。その言葉の端々に、親友への想いが溢れているようで、眠たげだったのび太が、初めて活き活きとした表情を見せた。

「大切な人だったんですね」

「だった、じゃないよ。今でも、これから先も。ボクの最高の親友は、アイツだ」

 自信を持って言い切ったのび太に、一夏は驚きと僅かな嫉妬を抱く。戦っている自分を軽視している彼が、コレだけ重要視しているその親友が居て、自分はその人と比べる価値すらないのだと分かったから。

「親友が大事なのは分かりますが、今は俺と戦ってるんです。余所見は、させませんよ」

 微かな怒りを込めた宣言に、のび太は背筋を伸ばし、戦う体勢を取る事で応える。

「そっか、それじゃ~精々用心しないとね」

 どこかでカチリと音がしたかのような、急激な変化。のび太の変貌に、一夏は再びの緊張を強いられた。

 動けば撃たれる、動かずとも隙を見せればやはり撃たれる。自分は既にのび太の射程内にいて、自分の射程にのび太を入れる為には、もう少し接近する必要があった。

 ISに乗ってから、この程度なら距離と感じる事さえ無くなったが、のび太を前にこれだけの距離を詰めるとなると、軽い絶望すら感じそうになる。

「っくそ、どうやっても、近づけるイメージが湧かない」

 呟く一夏。さきほどの突撃は最高の出来だったが、それでも簡単に迎撃された。

 第二形態に移行した事で、単純な速度はかなりの上昇を見せているが、バカ正直に真正面から行けば、同じ事が繰り返されるだけだろう。

 千冬やセシリアの言っていた『突き抜けている』という言葉の意味を、一夏は体感していた。予想や想像の遥か上を行くのび太の技術は、既に妄想の域。彼の射撃は、魔法と言われた方が納得出来る気がする。

 眼鏡越しにのび太と視線を合わせていた一夏の鼓動が、一度大きく跳ね、どう動くかを考えていた一夏の体が、勝手に右へ動く。その動きに触発されるように、ISをのび太を中心に右へと旋回させる。白式を追う様に、弾丸が撃ち込まれて行く。刹那でも動き出しが遅れていれば、そこで勝負は終っていたかもしれない。

「は、は……ハハハハハッ!」

 衝動的に笑いが込み上げてきた。自分が何故動いたのか、分からない。だが、動けた。のび太の銃弾を、避けれた。そして理解する。考えていたら間に合わない、全てを直感で判断するのだ。

 右への旋回を切り返し、今度は左上へと移動。小刻みな動きを繰り返し、一瞬も同じ場所に留まらない。回避先は思考ではなく本能で決める。ハイパーセンサーは、本能と直感で追い切れない部分を補助させた。

 白式は一夏の動きの全てを補佐し、最適化を施しながら敵と自分達との戦力を比較し、結果を表示する。

 攻撃力……ほぼ同等、但し零落白夜を使用すれば此方が上。

 防御力……圧倒的に彼方が下、使用武器の攻撃力の低下を推奨。

 機動力……戦闘開始以後、彼方が動いた事が無いので測定不能。

 視界の隅に表示された情報を見て、一夏の笑みはますます濃くなる。こんな戦力差で戦う敵を、尊敬し、称賛する心を抑えきれない。

(有り得ないだろ、なんでソレで戦えるんだよ。怖くないのか?)

 子供の頃、剣道を習っていた時は竹刀一本で強い大人を倒せる自分になるのが夢だった。何時しか、ソレが夢でしかないと思い知る。だが、目の前に居るのはその夢が具現化した様な存在だ。

 胸が震え、心が騒ぎ、魂が猛る。

 目の前の敵と戦う事に、歓喜している自分を自覚して、一夏は更に燃えていく。ソレに呼応するように、彼の感覚は研ぎ澄まされ、自分に迫る弾丸の察知を速めていた。

 戦闘開始の時の極限にまで狭められた集中ではなく、穏やかに広がる感覚は自分の挙動に驚く千冬や、何が起こっているのか解っていない生徒達を、一夏に教えてくれる。その原因は、白式のハイパーセンサー。

 一度目の激突では、一夏はただ一人でのび太と戦ったが、今の一夏は白式と共に戦おうとしていた。

「俺一人じゃ、あの人には絶対に勝てない。でも、白式。お前と一緒なら!」

 一夏の言葉に、白式が答えるかのようにこれからの行動に選択を授ける。

 白式に残る全てのエネルギーを、ウィングスラスターに注ぎ込み、その機能の限界を超えた過剰駆動をさせる。スラスターは短時間で壊れ、弾丸を受ければ操縦者自身も危険だろう選択だが、のび太の想定外の速度を出せる筈。

 短期決戦を挑むのであれば、ソレは絶好の提案であったし、自身の破損すら覚悟して計算してくれた白式が、自分と一緒に全力を尽くしてくれているのが分かって、嬉しかった。

 だが、一夏の本心はまだこの戦いを続けたかった。銃弾を避ける度、距離を僅かに縮める度に、自分が強くなっている事が分かったから。しかし、心と裏腹に体は既に限界を訴えていた。息は荒く、汗は止まらない。心臓の鼓動は激しくなる一方で、それでも血の気が引いていくのを感じる。

 長くは、持たない。或いは白式は一夏の状態すら認識して、この提案を出したのかもしれなかった。

(世話になってばかりだな、白式。ダメな主でゴメン)

「分かった。ソレで行くぞ、白式ぃっ!」

 言う間にも、徐々に一夏の体へと近づく弾丸。上昇した速度と、巧みになるIS機動を前に、のび太が『慣れ』てきている。そう遠くない内に、彼の射撃が自身を捉える事が一夏には分かった。

 攻撃を捨てる。

 雪片弐型へのエネルギーをカット、ただの物理刀でも生身の相手には十分過ぎるから。

 防御も考えない。

 シールドバリアーへのエネルギーもカット、絶対防御の分だけ残っていれば、どんな無茶でもやってみせる。

 ただ自らを相手に届かせる為だけに、全てを使う。

 猟師に狙われた獣が、銃弾を掻い潜り敵の喉笛を噛み砕かんとするように、織斑一夏は自身の持つ全能力を出して、目の前の尊敬すべき敵へと挑む。

 エネルギーの過剰供給が始まり、ウィングスラスターから異音が生じる。機体の上げる悲鳴の筈のその音が、一夏には自分と同じように猛る白式の咆哮にも聞こえた。

「いっけぇぇぇぇっ!」

(見せてやろう、白式。俺達の力を! あの人に。独りで戦う、野比のび太にっ!)

 限界を超えたウィングスラスターによる加速が始まり、一夏がのび太へと突進する。その状況で、既にのび太の銃口が自分を捉え、次の瞬間には撃たれるだろう事が分かる一夏は、加速中にも関わらず、更なる瞬時加速で急旋回、のび太の背後へと回ろうとする。

 背後のスラスター二機が、オーバーヒートで自壊していくが、残った二機は最後の力で一夏の無茶苦茶なIS機動を支え続けた。

(っ……そ、想像以上だな、コレは)

 ISの操縦者保護機能の限界を超えたのだろう。内臓が悲鳴を上げ、筋肉が軋み、視界が薄っすらと黒くなっていく。加速中のGが一夏の全身を襲っている時、のび太は久しぶりの驚愕に身を震わせていた。

(無茶するなぁ……)

 接近していた一夏が、のび太の目からは消えた様に見える。そのまま突っ込むとは思わなかったが、こんな無茶をやるとも思っていなかった。

(あぁ、でも千冬さんの弟だから、これくらいはやるよね)

 自分が見失う程の速度による旋回、操縦者自身もただではすまないだろうに、姉と同じく無茶な事を平気でやる一夏と、彼を支える白式を思うと、自然と口元に笑みが浮かぶ。

(いいなぁ、こういう相手になら、負けても良いかもって思える……でも)

 別に、負ける事に拘りは無い。勝っても負けても、大して変わりは無い。ただ、やれる事の全てを尽くさずに負ける訳にはいかなかった。

 だって、約束したのだ。

 今は居ないアイツに、『どんな事でも、やり始めた事には全力を出すんだよ』と。約束させられたのだ。だから、のび太は動く。

 一か八かの勝負をする時、人は何かに祈ろうとする。ソレは例えば、己の信じる神であり、産みの母でもあるだろう。だが、のび太がこうした時に心で呟く言葉は、ずっと前から決まっていた。

(行くよ、ドラえもん!)

 ソレは魔法の言葉。力が湧き、何でも出来る気になる。今は居ないアイツが、すぐ傍に居る気がして。昔、二人で行った様々な冒険と同じ様に、壁を乗り越え、困難を克服する力になってくれる。

 そしてのび太は、勝負に出る。



 織斑一夏の視界は、既に限界に来ていた。経験した事の無い加速と、その最中での急速旋回が彼の体へ巨大な加重を押し付け、血液を停滞させた事で起こった貧血症状だ。

 だから、ソレは幻覚だったのかもしれない。

 迫るのび太の背中に、一つの小柄な影が寄り添っていた。その影は、時に前へと出てのび太を導き、時に後ろから叱咤し、そして常に隣に居て、彼を守り、彼に守られてきた影だ。ソレを見て、一夏は自分が間違っていた事を知る。

 ―――野比のび太は、独りではなかった―――

 あるいは、自身と白式よりも深くて強い絆で結ばれた、誰かが居たのだ。そして、その誰かは居なくなった後も、変わらずにのび太を支え、共に在り続けている。

 その影と共に、のび太は前方へと飛び出す。後ろでも、横でもなく、ただ前へと。

 後ろに下がれば、一夏に捕まっていただろう。

 横に避ければ、雪片弐型を避けられなかっただろう。

 前へと進んだ場合のみ、一夏の目測を上回り、その攻撃を避けきる事が出来たのだ。

 だが、他に誰が出来るだろう。目の前から消えた敵の攻撃をかわす為に、前方へと身を投げるなど。一瞬でも躊躇っていれば、一夏の攻撃が先に届いた筈だ。その判断力と勇気を、一夏は見縊っていた。

(すげぇ、本当に凄いな、アンタは……でも、まだだ。もうちょっと、もうちょっとだけ。動け、俺のか……ら……)

 自身の最後の攻撃が避けられたのを見て、未練を遺しつつも一夏の意識は遠ざかる。無理に無茶を重ねて、非常識を乗算したようなIS機動の代償は、本人の意識喪失と、ISの暴走。そのままなら白式と共にエネルギー切れか、機体の破損まで回り続けた挙句、待機状態に戻ったISから放り出された一夏の大怪我で、この勝負は決着の筈だった。

「―――――」

 だが、意識を喪失した筈の織斑一夏が、動く。ソレは闘志であり、かつて倒れるほどに竹刀を振り回した経験のおかげかもしれないが、何よりも、敵を倒そうとする闘争の本能が、彼を動かした。

 前へと飛んだ事で距離を離したのび太へ、第二形態装備、雪羅のブレードを伸ばす。同時、のび太も着地するよりも前、未だ全身が浮いた状態にも関わらず、パニッシャーの銃口を一夏へと向けていた。

 響く銃声、光る刃。互いに全てを賭けた一撃が交差する。

 静寂を取り戻したアリーナで、エネルギーの全てを使い果たし、待機状態へと戻った白式から、一夏が放り出された。意識のない彼が地面に落ちる寸前、パニッシャーを放り出したのび太が受け止める。

 彼の落としたパニッシャーには大きな傷が付いており、のび太の顔からは彼のトレードマークとも言える眼鏡が消えていた。銃弾とパニッシャーに阻まれながらも、貪欲に勝利を目指した雪羅のブレードによって、綺麗に断ち切られ、地面に落ちたのだ。

「ふぃ~間に合ったぁ~……無茶するねぇ、一夏クン。眼鏡がないから、落っことす所だったよ……って、あぁっ!?」

 そして、地面に落ちた眼鏡は敵を助けようと慌てて動いた持ち主に踏まれ、無残な姿を晒していた。

「しまったぁ……今月の小遣いピンチなのになぁ……もう、キミの所為だよ、一夏クン……って、聞いてないよね」

 意識を失った一夏を背中に背負うと、のび太はのんびりと歩き出す。眼鏡がない為か、その足取りには少々あぶなっかしい所もあったが、その顔には、無茶をした弟を嗜め損ねた、兄のような表情があった。

「千冬さん、このまま保健室まで連れて行って良いですか?」

「あぁ、大事に扱えよ。私の弟だからな……それと、のび太」

「はい? あ、もう何を言われても、誰とも勝負しませんからね。眼鏡ないから、勝負にならないだろうし」

「違う。……なんだ、その……よくやった。一夏の為に、苦労を掛けたな」

 千冬の言葉に、のび太は呆気に取られた顔をする。

 何故なら、表情の読めない今ののび太にも分かる位、顔を真っ赤にした千冬が見えたからだ。しかし、口を半開きにしたのび太の呆けた表情を見咎めた千冬の顔が、別の感情で赤く染まるのを見て、急いで保健室へと向かう。

 無人となったアリーナには、一夏の代わりに置いて行かれたパニッシャー。観客席には、興奮と感動から何の行動も出来ない生徒達だけが残された。全てを認識出来た生徒は少ないが、その一端でも驚愕に値する勝負だった。

 その生徒達に向け、千冬は語る。

「見たか、貴様ら。アレが、世界の頂点。その一つだ」

 特別、大きくも無い声は静寂が満ちるアリーナに朗々と響き渡った。

「射撃を得意とする者、アレを参考にはするな。ただし、忘れたり無視する事は許さん。届かない理想を胸に、足掻き続けろ。近接を得意とする者、近づいたからといって、射撃を侮るな。銃口は常に自分を狙っている事を意識しろ」

 千冬の発言に、生徒達全員が頷く。彼女達にも分かっていた、自分達が今、目にした光景にどれほどの価値があるのか。のび太の射撃も勿論だが、戦闘中にも関わらず目に見えて成長していった一夏の姿は、生徒達の瞳に刻まれた。

「自分達が何を見たのか、ソレがどれほどの幸運だったのか、忘れるな!」

「教官っ! 先ほどの二戦を記録した映像などはお貸し頂けるのでしょうか?」

 挙手と共に告げられたラウラの質問に、生徒達の興味も集まる。

「却下だ、馬鹿者。と言いたいが、のび太に許可を貰えた者には、貸与を認める。但し、学園外への持ち出し、流出は厳禁だ。……破ったらどうなるか、分かるな?」

「野比さんとの交渉は自由、という事ですか?」

 千冬の視線に怯える生徒の中から、シャルロットが発言をする。

「そうだ。それに、交渉次第では授業の一つもしてくれるかもしれんぞ」

 面白そうな表情の千冬が答え、歓声を上げる生徒達の中にあって、専用機を持つセシリア、シャルロット、ラウラの三人は苦笑するだけだ。

 射撃技術に関して、彼の突出したソレを自分達がどれだけ理解出来るか。想像するのは容易だったから。そして、同時に気付く。

 本来なら顔を見合わせるべき、もう一人の人物の不在に。

「抜け駆けですわっ!」

「うぅ……あんまり見応えのある試合だったからって、集中し過ぎちゃったよ」

「私の嫁がっ!?」

 気付きはしたが、今更駆け出すには遅すぎる。千冬の目を逃れて保健室へ向かうなど、誰にも出来ないのだから。






 という感じで、VS一夏が終了しました。

 そして、ネタが切れました。これからはネタを探しながらになるので、投稿の間が空いたりするかもしれませんが、まだ続けるつもりはあるので、待っていて下さると嬉しいです。

 ちなみに、参考程度で良いので、どんな話が読みたいか感想のついでに教えてくれるとありがたいです。

 1・NOBITAがIS相手に無双する戦闘シーン。

 2・原作展開をなぞりつつ、脇役にNOBITAが。

 3・オリ展開によるIS対限界突破人間(NOBITAみたいなのが一杯出てきます)。

 4・その他

 以上、厚かましいお願いも挟みましたが、ここまで読んで下さった事に、ただただ感謝です。ありがとうございます。



[28303] 第七話
Name: 伊達眼鏡◆24d75697 ID:7543031d
Date: 2011/08/15 13:18
 野比のび太は、のんびりと歩く。

 近代的なIS学園の間取りに戸惑い、背負った一夏の重みと朧にしか見えない景色に、多少ふらつきながらではあったが、何処と無くその表情は楽しそうだった。

「一夏っ!?」

 そんなのび太に近づきながら、大きな声で叫ぶのは篠ノ之箒。彼女は一夏が倒れる所でのび太に受け止められた瞬間から、観客席を抜け出し保健室への道で待っていたのだ。

「ん? キミもさっきのクラスの子?」

 眼鏡がない所為だろう、ジッと睨むように目を細めるのび太。

「あ、ご、ご無沙汰してます、のび太さん。篠ノ之箒です。挨拶が遅れてすみません」

「箒ちゃん? へぇ~、綺麗になったねぇ」

「や、止めて下さい。しずかさんを見慣れてるのび太さんにそう言われても、素直に喜べません」

「いやいや、しずかちゃんは勿論可愛いけど、箒ちゃんは綺麗って感じだね。大人っぽくなったな~」

 感心した様な口ぶりで、観察してくるのび太。しかし、その視線には全く下心がなく、それなのに本心である事は伝わってきて、箒の顔は勝手に赤くなってしまう。

「そ、それに今は眼鏡も無いんでしょう!? その状態では説得力がありません」

「そうでもないよ、この距離なら流石に顔は判別つくさ。それより、箒ちゃんは一夏クンと知り合いなの?」

「あ、はい。知り合いというか、幼馴染みなんです、子供の頃の。六年ほど感覚が空いて、この間再会したばかりなんですが」

 幼馴染み、再会というフレーズに、のび太の顔が優しげに綻ぶ。

「そっか。幼馴染みは大事にしないとね。……ん~、でも、流石に一夏クンを箒ちゃんに背負わせるわけにはいかないから、保健室への案内と、その後の看護をお願いできる?」

「はいっ! 任せてください」

 自信とやる気を漲らせる箒の態度に、笑みを浮かべながらのび太が歩きだす。その斜め前に立ち、保健室へと先導しながら、箒とのび太は他愛無い雑談を交わした。

「しずかさん達は、お元気ですか?」

「うん。皆、将来の事を考えて色々頑張ってるよ。ジャイアンは幾つもの部活を掛け持ちして活躍してるし。スネ夫は親族経営の会社で研修とか一杯やってた。しずかちゃんは音大受験に忙しいし、出木杉クンは飛び級で入学した大学でISの研究してるみたい。皆、頑張っててボクとは大違いだよ」

「のび太さんは、将来は何になるか、決めてるんですか?」

「全く、な~んにも考えてない。とりあえず、学校を卒業したらちょっと旅をしたいんだよね。色んな国や、ヒトを見てみたいから」

「旅、ですか。……そうですね、冒険とか……そういうの、のび太さんには似合ってると思います」

「ありがとう。そういえば、箒ちゃんは束さんには最近会った?」

 のび太の問いに、柔らかかった箒の表情が固まる。

「……はい、つい先日ですが、専用機なども作って貰いました。酷い妹ですよね、普段は避けてるのに、都合の良い時だけ利用して」

 自己嫌悪しているのだろう。苦しそうな声で答える箒を見て、のび太は微笑した。親友に甘えるだけだった自分と違い、悩み、葛藤する少女の姿がかっこよく見えたからだ。

「そんなの、束さんは絶対気にしてないよ。あの人にとって箒ちゃんと千冬さんは別格だからね。水臭い事いってると、そっちの方が傷つくと思うよ。あの人を傷つけられるのは、箒ちゃんたちだけだから」

「あの人が、傷つく、ですか?」

 子供の頃から、自分とあまりにかけ離れた姉へと掛けられた言葉に、箒は思わず信じられない、と表情で訴える。その顔を見て、のび太は言う。

「……大切な人に嫌われて、傷つかない人は居ないよ」

 その言葉があまりに重くて、箒は沈黙するしかなかった。

「でもまぁ、あの人は痛覚も人並み外れてそうだから、当てにならないけどね。そういえば、ボクはこの間束さんに言われて何処かの研究所で戦ったんだけど、あれってなんだったか知ってる?」

「け、研究所、ですか?」

「うん。たぶん、ドイツかどっかだと思うんだけど、見るからに秘密の研究所って場所に、何機かのISが常駐しててさ、しかも、全員がピンチになると千冬さんの偽者になるんだ」

「ブ、VTシステム!? そ、それでのび太さんはどうしたんですか?」

「え? そりゃ勿論、倒したよ。やっぱり、自分が尊敬してる人の偽者なんかに負けたくないしね。出来自体は酷く不細工な代物だったから簡単だったし……あ、一夏クンが起きそう」

 のび太の言葉通り、彼の背中で眠る一夏がもぞもぞと動く。幼馴染みの回復も嬉しいが、のび太との会話も気になる。箒自身はVTシステムとの対戦経験は無いが、その強さはラウラと一夏の戦いを観て知っていた。

 その相手を、苦も無く倒したと公言するのび太。彼の強さは分かっていたつもりだったが、こうした瞬間、自分の知る彼はあくまでも一部分でしかないのだと悟る。

「……うぁ? 此処は? ……しょ、勝負はどうなった!?」

「回復早いねぇ。……やっぱ若さかなぁ」

 気を取り戻した一夏が、困惑と驚愕に全身を震わせ、彼を背負うのび太を揺るがす。

「のび太さんっ!? 背負われてるって事は、やっぱり俺の負けか……」

「眼鏡割られちゃったから、勝負は引き分けかな。もう一度キミが動いたらボクが負けてた」

 落胆した一夏に、のび太は穏やかに答えた。その声に宿る平坦な感情に、一夏は苦笑するしかない。何故なら、のび太には勝敗への拘りが全く無いと実感したからだ。

 負けたと思った瞬間に、悔しさで歯を噛み締めた自分との違いを思い知らされる。

「そう悔しがるな、一夏。手に汗握る良い勝負だった、のび太さんをあそこまで追い込んだんだ、もっと自信を持て!」

 何とかのび太には自分が抱いている感情を悟られないよう、心を落ち着かせる一夏を、幼馴染みだからこその共感で感じ取った箒がフォローする。隠そうとしていた事をあっさりばらされ、思わずキツイ眼差しになりかけた一夏だったが、彼女の言葉に気になる部分を発見し、思わず問いただしていた。

「のび太さん、て。……箒、のび太さんと知り合いなのか?」

「ぅ……ま、まぁ。知人と言えなくもない……かもしれない」

「……どっちなんだよ」

 問われた瞬間、自分の発言に気付き顔を顰める箒。あまり多くの人に知って欲しい話題でないだけに、幼馴染みへの返答にも躊躇うしかない。

「知人は酷いなぁ。ボク達は皆、箒ちゃんの友達のつもりだよ。一夏クンは幼馴染みって事だけど、箒ちゃんが色々な場所を転々としていた事は知ってる?」

「はい。束さんがISを開発した所為ですよね。俺と箒が離れ離れになったのも、それが理由でしたし」

「その転々とした暮らしの一部で、ボクのご近所さんだったんだ」

 笑いながら口を挟むのび太を前に、箒は観念するしかない。

「……期間は短かったが、のび太さんとその幼馴染みの皆には、とても仲良くしてもらった。愛想の無い私にも、分け隔てなく優しいしずかさん。何時もは乱暴だけど、頼りになるジャイアンさん。スネ夫さんには菓子などよく分けてもらったし、出木杉さんには時々勉強を見て貰った。色々な場所で暮らしたが、今でも忘れられない場所の一つだよ」

「そうだったのか……良かったな、箒」

 そう言って微笑む箒に、一夏は嬉しく思う反面、心に僅かな蟠りが出来た事を自覚する。幼馴染みである自分の知らない篠ノ之箒を、野比のび太が知っている事が悔しいのだ。

「……もう大丈夫です。降ろして下さい、のび太さん」

 更には勝負で負けただけでなく、背負われるだなんて。自覚した途端、屈辱の炎が一夏の胸を焦がす。

「そう? じゃ、交代ね。行き先は保健室で良いから」

 心配そうに一夏を見ていた箒と違い、のび太はあっさりと一夏を降ろし、逆に彼の背に飛び乗った。

「はい?」

 唐突な事態に混乱している一夏を置き去りにして、のび太はしっかりと年下の少年の背中に抱きつき、もぞもぞと寝易い位置を探す。

「いやー、実はもうクタクタで、眠くて眠くて……おやすみぃ~……」

「え、ちょ、ちょっと! のび太さんっ!?」

「……zzz」

「はやっ!? もう寝てる!?」

 織斑一夏が状況を把握するより早く、野比のび太は夢の世界へ旅立った。驚愕に固まった表情で隣を見れば、やはり呆けた表情の箒が居て、少しだけ彼は救われた気持ちになる。

「この人って、昔からこうなのか?」

「う、うむ。……眠りに対しては凄く貪欲なんだ。昔も、暇があれば寝てたから」

「はぁ……でも、昔の知り合いにしては、最初の教室で会った時の態度、箒はちょっと硬くなかったか?」

「アレは……」

 一夏の問いに口篭った箒は、一瞬だけ視線を幼馴染みが背負うのび太へ向ける。のび太が深い眠りに落ちている事を確認し、彼女は話し出した。

「……私がのび太さん達の所で暮らしたのは、第一回IS世界大会の始まる前だった。その頃には、姉さんの妹である私を狙う勢力はかなりの数になっていてな、厳重な警備だったが、ほんの少しの油断から、私は攫われた」

「っ!?」

 驚きに絶句する一夏に、落ち着かせるように笑みを向ける箒。

「攫われた私を助けてくれたのは、姉さんでも、警備の人たちでもなく。……のび太さん達だった」

「プロの犯罪者相手に、子供だけでか?」

「そういう無茶を、平気でこなす人達なんだよ。……そして、姉さんがのび太さんに興味を持ってしまった」

 懐かしげな笑みが翳り、苦しげな表情になる。苦悶にも近い感情の動きを察して、一夏はもう止めろと言いたくなった。制止しようと口を開いた彼を止めるように、彼女自身が手を伸ばした為、開いた口を閉じるしかなかった。

「……」

「姉さんにとって、のび太さんがどういう存在かは分からないし、のび太さんにとっての姉さんも、どう思っているかは分からない。ただ、あの人がのび太さんを世界大会に参加させた。だから今、のび太さんがこんな場所でこんな事をしている原因は、私にあるんだ。優しいこの人は、自分の所為にしてしまうんだろうが……本当の原因は、私だ」

 懺悔するように告げられた事実に、一夏は答えられない。心では、箒の所為ではないと言ってやりたかった。だが、過去の事件に関わりを持たない自分が放つ赦しの言葉を、幼馴染みが拒絶する事が解らないほど、底の浅い付き合いではない。

「束さんが……その時ののび太さんは、本当に子供だっただろうに、相変わらず無茶する人だな」

 だから、会話の矛先を逸らす。それが小細工に過ぎない事を理解しつつ、何時かこの気の強い幼馴染みが納得出来る結末を、共に迎える日を信じて。

「実力は、本人が証明した。姉さんも、出番を用意しただけで特別な配慮はしていない」

「分かるよ。実際に戦ったからな。あれは、子供だとかそういう常識の外に生きている人だ。ある意味で、千冬姉や束さんと同じ存在なのかもな……ただ、のび太さんがどうして世界大会に出たのか、分からない。この人に名誉欲とか、あるのか? いや、普通の人ならあるんだろうけど、なんか、似合わないんだ。束さんも、人に無理強いするような人じゃないし」

 箒との会話で、一夏が疑問に思ったのはその一点。名誉欲とか、女性に騒がれる事を目的とするなら、教室やアリーナでの態度はありえない。接した時間は短くとも、濃密な戦いの記憶からか、一夏は彼の姉が聞けば驚くほど正確にのび太という人間を捉えていた。

 それでも、もしもという仮定を含めて、のび太がそうしたやる気を出す理由があるとすれば。そう思考する一夏は、脳裏に閃いた発想に答えを得た気がして、隣を歩く箒に尋ねる。

「そうだ。のび太さんの親友って、箒なら知ってるのか? もしかして、その人がのび太さんに大会の参加を勧めたのかもしれないぞ」

 戦いの最中に見せたのび太の態度、親友へのあまりに深い友情に答えを求めた一夏へ、彼の幼馴染みは首を横に振った。

「私が、のび太さん達に出会った時、既にその親友は居なくなっていた。叶うなら、一度で良いから逢って、話がしたかったんだが」

「そうか……なら、今度本人に聞いてみようかな。親友の事や、どうして世界大会に参加したのか、とか」

 残念そうに呟く箒に、同感の思いを抱きながら振り出しに戻った思考に溜め息を吐く。そんな一夏に、箒はポツポツと自分にも聞かせるように話し出した。

「のび太さんは、かなり複雑な立場に置かれてる。ISには乗れなくても、ISに勝てる戦力として。でも、表立って彼を束縛しようとする勢力、組織、国家は存在しない。いいや、存在出来ない。野比のび太が、怖いから」

「……一人の人間が、か?」

「人間だから、だな。ISなら、整備やコア・ネットワークなどでその所在や、緊急時の発見や対処が出来る。ただ、ISと同等の戦力が人込みに紛れて犯罪を犯そうとした場合、それを抑止出来る戦力は……」

 箒の言葉は途中で終ったが、続きを想像した一夏の全身が強張る。野放しにするのは恐ろしい、だが、敵対するのはもっと怖ろしい。そうした戦力として、自分の背で眠りこける男は世界から警戒されているのだと理解したから。

「だが。のび太さんの場合は、味方の多さに救われている部分もある。味方、というよりはやはり、友達、か。普段ののび太さんはそれはもう、怠け者の代名詞と言わんばかりのたるんだ態度だが、何故か友達を作るのは上手い。アレはもう体質といっていいだろうな」

 硬直した一夏を解きほぐすように、箒は優しい口調で話を続ける。敵対すれば怖ろしい彼は、友達になれば素晴らしく頼りになる味方であり、そして何より、一人にするのはとても危なっかしい怠け者なのだと。

「ははっ、分かる気がするよ。第一、人の背中でこうもぐっすり眠られちゃ、怒る気にもなれない」

 だから一夏は笑いながら、背中に背負っているのが爆弾などではなく。友達になれそうな、一人の少年として見る事が出来た。

(んー……違うな。友達っていうより、世話の焼けるダメなヒトで、でもいざって時には凄く頼りになる……あぁ、そうか)

「……兄貴が居たら、こんな感じだったのかもな」

 内心で考えた事が嵌まりすぎていた為か、思わず洩れた一言に、箒が吹き出す。

「あははっ、たしかにな。教室での千冬さんののび太さんへの態度とか、今の一夏とのび太さんを見ると、しっかり者の長女と、世話焼きな次男に囲まれた、怠け者の長男みたいに見えるぞ」

 そう言って、また笑い出す箒。遠慮の無い笑い声に、最初は渋い顔だった一夏もつられた様に笑い出す。幼馴染みの言葉が、あまりに的確に自分達三人の関係を表していたから。

 笑い合う二人。少年に背負われたのび太は、まるでその笑い声が聞こえているかのように、幸せそうに微笑んでいた。




[28303] 第八話
Name: 伊達眼鏡◆24d75697 ID:7543031d
Date: 2011/09/11 20:51
「ズッルーーーいっ!」

 穏やかな日差しが降り注ぐIS学園屋上で、凰鈴音の叫びが木霊する。昼休み、一緒に昼食を取っていた織斑一夏を含めた、1組の専用機持ち達と、こうした時しか一緒にいられない鈴音は特にこの時間を大切にしていたが、今日の出来事を話し合う内に、無視できない事を聞かされ、感情を爆発させたのである。

「野比のび太が来た、模擬戦してくれた。って、何よそれーーっ!? 野比のび太って、あの『射撃王』でしょ!? 試合やりたがらないって有名なのにっ……これだから1組は、千冬さんってば贔屓しすぎじゃないの!?」

 盛大に喚く彼女の声に顔を顰めながら、その場に集まった面々は沈黙するしかない。普段ならば真っ先に対抗して口を開くであろうセシリアも、黙って自作のサンドウィッチを頬張るだけだ。

「……なんで黙ってるのよ、何か言いなさいよ」

「……ごめんなさい、鈴さん。わたくし達も、自分達があまりに恵まれている事に、今になって気付いたものですから。不幸な方の愚痴くらいは、黙って聞いてあげますわよ」

 本当に申し訳無さそうに言うセシリアに、一瞬だけ絶句した後、鈴音は先ほどを上回る大絶叫を上げた。

「うあああぁあぁぁっ!!! ほんっきで腹立つわねアンタ。なに、イギリス貴族は人を怒らせるのも教育されてるの!?」

「あらあら、中国の方は何かと勘繰るのがお好きですのね。わたくしは本当に、他意を挟まぬ本心を言っただけなのですが」

「よけい悪いわっ!」

 少しはマシかと静観していたら、普段よりも激しくなる口論の気配に、残りの面々は溜め息を吐く。

「大体、今のアンタちょっとテンション高すぎよ。憧れの人と戦えたのがそんなに嬉しかったの?」

 一夏は気付いていたし、日頃から舌戦を繰り返す鈴音も分かっていたのだろうが、今のセシリアはかなり浮かれていた。その理由にも検討が付いていたのだろう、指摘する鈴音にセシリアは否定も肯定もせず、ただ頬を緩ませ視線を遠くへやる。

 まるで、夢を思い返すように。

「……言葉にすれば、陳腐に堕しますが。あの時間、あの対戦は……まさに黄金の如き体験でしたわ」

 ほぉ、と幸せそうな溜め息を吐いたセシリアは、彼女の思わぬ色気に見蕩れていた一夏へと視線を流す。

「一夏さんも、そうでしょう?」

「あ、あぁ。そうだな。凄い体験だった、まさか生身であんなに強い人が居るなんて……」

「近接主体の一夏さんには、ちょっと感覚が掴み辛いかもしれませんが、あの方の射撃センスは、わたくしの様な射撃主体の人間から見てもはっきり言って異常ですわ」

「それ以前に、生身でISの前に立てるってのが既に凄いよ。どんな経験を積めばあんな事出来るんだ?」

 と、セシリアと一夏がお互いに、のび太との対戦を元に話を弾ませれば、面白くないのは他の面々だ。特に、のび太と一度も逢っていない鈴音は爆発寸前だった。

「あ・ん・た・た・ちぃぃぃっ! それはわざとやってんのかぁぁっ!?」

 否、爆発した鈴音の叫びが再び木霊する。そんな中、校舎から屋上へと続く扉が開く。恐る恐る顔を出したのは、平凡な顔に丸眼鏡を掛けた少年。

「えーーーっと、ここは、屋上……かな? あ、一夏クンと箒ちゃん」

「のび太さん、どうしてココに?」

「保健室で寝てたけど、お腹が減って目が覚めてさ。食堂行こうと思ったら、途中で女性徒に囲まれて、慌てて逃げてきたんだ」

 言葉どおり、相当慌てていたのだろう。息は荒く、全身に汗を浮かべているのび太を見て、一夏は漏れそうになる溜め息を堪える。

(ISとの戦闘では凄いのに、それ以外ではなんでこんなに普通なんだ?)

 彼の姉である織斑千冬と同じレベルの強者でありながら、野比のび太が生徒に追い駆けられたのは、そうした彼の雰囲気にも原因があるのだろう。

「あれ? 箒さんと野比さんはお知り合いなんですか?」

 箒とのび太の間に流れる空気を読み、シャルロットが問いかける。事情を知らない面々も、興味深そうに眺めてくるのに、苦笑しながら箒が軽く説明した。納得しつつも、重要人物との知り合い率が高い箒を、不満そうに見つめるセシリア達。

「じゃ、改めて自己紹介をしようか、野比のび太です。箒ちゃんの知り合いなら、のび太って呼んでね」

 僅かに硬質化した空気を全く読まず、のび太が明るく自己紹介をする。

「はいはいっ! アタシ、中国の代表候補やってます。凰鈴音です。今度はアタシとも試合して下さい」

「凰さんか。……その話は、又今度にしようね」

 元気良く挨拶しつつ、試合を誘う鈴音を受け流すのび太。悔しそうな表情を見せる鈴音も、今は攻める時期ではないと見たか、大人しく引き下がる。

「それより、朝の教室には居なかったみたいだけど、遅刻?」

「遅刻なんかしませんっ! 私だけクラスが2組ってだけです」

 のんびりとしたのび太の言葉に、顔を真っ赤にして反論する鈴音。誤解されては堪ったものではないし、何より千冬が担任のクラスで遅刻なんて恐ろしい事、出来るわけがない。

「一人だけ? それは寂しいね。まぁ、お昼にこうして集まれる仲なら、心配いらないかな」

「な、仲の良さって、そんなの別に、普通よ。普通っ!」

 のび太が言葉を添えると、仲の良さを直接褒められた所為か、鈴音の顔が赤みを増す。徐々に硬さの取れた態度に、一夏と箒はのび太の放つ雰囲気を再度認識する事となる。

「フランス代表候補、シャルロット デュノアです。さっきの試合、感動しました」

「デュノア? あー、なんか聞いた事あると思ったら、フランスの大きい会社だよね」

「ご存知でしたか。はい、ボクの父がやっています」

「ん~……あそこの社長さんには、あまり良い印象なかったけど、デュノアさんのお父さんなら、もうちょっと信用してみようかな?」

 のび太が困惑気味にそう呟くと、それを聞いたシャルロットが困った顔で告げる。

「それは、止めた方がいいかもしれません。ボクにはあの人が何を考えているか、分かりませんから」

「……そう。分かった。自信はないけど、自分の目で見たままを信じる事にする。余計な事言ってゴメンね」

 シャルロットの表情に、のび太は自分が触れてはならない場所に触れかけた事を知り、謝罪した。あまりにあっさりとした態度が、シャルロットには不思議だった。

「えっと、そんなにあっさりで良いんですか?」

「だめ?」

「いえ、ダメじゃないんですけど、何でそんなにボクを信じてくれるのかなって」

 そう尋ねるシャルロットに、のび太は何故そんな当たり前のことを聞くのか、不思議そうな顔で答える。

「別に、箒ちゃんの友達だからってわけじゃないよ。ただ一目見て、周りの人との接し方を見たら、その人がどれだけ友達に好かれてるか分かるから。それと……」

「それと?」

「ボクくらいの男なら、誰だって怖い顔のおじさんより、キレイな顔の女の子の方を信じるって事だよ。ね、一夏クン」

「何でそこで俺に振るんですか!?」

「だって、此処にはボク以外には一夏クンしか男の人居ないじゃないか」

 突然に話を振られ、叫ぶ一夏に平然と答えるのび太。その態度にこれ以上の反論は無意味と悟り、同時に睨むように見つめるシャルロットに気付く。

「え、えっと……顔の事は置いておいて、シャルとその父親なら、俺もシャルを信じます」

「むっ、優等生発言は禁止だよ! ちゃんと本心を言わないと」

「コレが本心ですっ! まぁ、信じる信じないは別として、シャルが可愛いのは、認めますけど……」

「ア……ありがとう、一夏っ」

 普段のハキハキとした態度から一転、口篭りながらの言葉を聴いた瞬間、シャルロットは真っ赤に染まったにやけ顔を俯いて隠しながら、拳を硬く握り締める。そうしないと、叫びだしてしまいそうだった。

 その様子を羨ましげに眺める女性達の中から、次にラウラがのび太に話しかける。

「ラウラ・ボーデウィッヒだ。ドイツ代表候補を命じられている」

「ボーデウィッヒさん。キミのしてる眼帯、ドイツで同じのを着けてる人達を見た事があるんだけど」

「本国では正規軍人として一部隊を率いている。この眼帯は私と部隊員の誇りと、絆の一つの形だ」

「なるほど、大事な物なんだね。かっこいいし、キミに似合ってるよ」

「……当然だ」

 軽薄にも聞こえる言葉だが、のび太からは他の思惑が全く感じられない。ただ純粋にラウラの眼帯を褒めている。のび太のあまりに素直な発言に、ラウラの返答には少しばかりの間があった。

(不思議な男だ。教官とも、一夏とも違う。……この男は、なんだ?)

 生まれた時から軍人としての教育を受けてきたラウラにとって、のび太という人間は酷く奇妙に映る。千冬の、見上げるべき強さとも、一夏の共に歩む強さとも違うモノを持つ人間。

 喩えるなら、外れた強さ。見る事は出来ても、其処を目指す事も、共に歩む事も出来ない、孤独な強さを、ラウラはのび太から感じていた。何よりも恐ろしいのは、こうして彼を目の当たりにしても、その強さが全く感じられない事だ。

 街中で擦れ違ったとしても、自分には彼を見つける事は出来ない。それが何より恐ろしい。

「しかし、私の部下と会った事があるとは、初耳だな。どんな機会があったのだ?」

「えっとね、クラリッサさんて人に、サインを頼まれたんだ。あ、勿論ボクのじゃないよ。ボクの友達の漫画家さん、クリスチーネ・Gって言う人のをだけど。あの時は驚いたよ、ボクと彼女が友達だって、一部の人しか知らない筈なのに、真っ赤な顔でサインを頼まれたからね」

「クラリッサ……」

 頭痛を堪えるような表情で頭を抱える少女。自分の信頼する副長の新しい一面を、どう受け止めればいいのか悩んでいるのだろう。

 余談になるが、クリスチーネ・Gとは現在人気沸騰中の少女漫画家のPNであり、その正体は現役女子高生と噂されている。その噂を裏付けるように、極端に顔出しを避け、サイン会等も催される事が無い。だからこそ、彼女のサイン色紙はファンの間でかなりのプレミアが付いている。

 悩むラウラを除いた皆が周囲を見渡すと、誰もが一旦そっとしておこうと視線を交し合い、挨拶が続行される。

「セシリア・オルコットですわ。さきほどは対戦していただき、ありがとうございました」

「こちらこそ。と言いたいけど、二度はごめんだよ。あの小さな飛行機みたいなのに囲まれるの、とっても怖かったんだから」

 おどけた様に言うのび太に、セシリアの視線は鋭くなりかけたが、彼の穏やかに笑う顔を見て、元に戻った。負けた自分を見下すでも、勝ち誇るでもない。友達との挨拶を間違えたような軽い物言い。

(呆れるほどに、素直な方。まるで、子供のまま大人になっていくような……)

 自分や一夏と戦った態度からも、ある程度は理解していた事だが、彼は呆れるほどに己の立場や、能力を分かっていないのだ。あるいは、分かっているからこそ、この態度かもしれないが。

 両親の死後、半ば強制的にオルコット家の当主として、立場や責任を背負ったセシリアとは違う。その事を羨む気はないが、自分とのび太との違いに気付いてしまう。同時に、一つの疑問が浮かぶ。

「質問ですが、眼鏡をコンタクトに変えたりはしないんですの?」

「目の中にレンズを入れるなんて、怖いじゃないか! 絶対無理だよ!」

「ですが、今の技術なら入っている事を忘れるくらいの薄いレンズや、ナノマシンを使った治療もございますわよ」

 先ほどまでのとぼけた態度が嘘のように、恐ろしげに体を震わせるのび太に戸惑いつつ、セシリアは更に言い募る。

「無理っ! 第一、もう眼鏡は顔の一部だから、無いと落ち着かないんだよ」

 情けない事を絶叫するのび太だったが、セシリアは副担任の山田真耶を思い出して、眼鏡を愛用している人は、同じ意見なのかもしれないと思い直した。

 少々不躾な質問でしたわ、と謝罪するセシリアに、のび太はあっさりと普段の態度に戻って、子供っぽい理由でごめんね、と逆に謝る。

「俺達もやった方がいいですかね? 自己紹介」

「いやぁ、箒ちゃんと一夏クンは今更でしょう。」

 口元に僅かに笑みを浮かべ、楽しそうに問い掛ける一夏。それに答えるのび太もまた、微笑んでいた。

「にしても、指導や対戦は分かるけど、映像の許可って何のこと?」

 自己紹介が一段落し、雑談を始めた面々の中、のび太が尋ねる。保健室を出た彼を追い駆けた女生徒の言葉でも、妙に気になる一言だったのだろう。

「それでしたら、私や一夏さんと戦った映像を見るには、のび太さんの許可を貰うようにと、千冬さんから言われた所為ですわ」

「まぁた千冬さんは……そんなのボクの許可なんて要らないよ。見たいなら見れば良い」

 あまりにあっさりとした答えに、ラウラとシャルロット、鈴音が驚愕し。一戦交えたセシリアと一夏は、半ば予想していたが驚きは隠しきれない。一人、箒だけが呆れたような目でのび太を見ている。

「のび太さん、気持ちは分かりますが……あの映像は凄い価値があります。それをあっさり許可していいんですか」

「限られた人しか見れない映像に、価値なんかないよ」

 箒の問いにも、のび太の返答は揺るがない。ISの代表候補である少女達にとって、機密の大切さは身近な物だ。その常識と照らし合わせると、目の前の人間は情報の価値を理解しない愚か者だろう。

 だが、彼女達の誰一人として、その愚かさを馬鹿にする事は出来なかった。もしも馬鹿になどすれば、自分達が何か大事な物を失うと、直感で理解したから。

 静かになった周囲に気付かず、のび太は全く普通の態度のまま、彼の前に居る生徒達を見渡す。

「まぁ、あんまり参考にはならないかも知れないよ。ボクが言うのもアレだけど、普通は生身でISと戦う場面なんて無いと思うし、あったとしてもISを着ける側なら楽勝だろうから……あ、でも油断はダメだよ。世界の何処かには、素手でISを殴り倒せるような人だって居るかも知れないんだから」

 そんな人間が居て堪るか! と、叫びたくなりながらも、目の前に居るのがそうした規格外の一人とあっては、生徒達も沈黙を保つしかない。

「……もしかして、ですが。のび太さんにはそうした人間に心辺りが?」

 それでも、興味が勝ったのとのび太との付き合いの深さから、箒が一歩踏み込んだ質問をぶつける。暫し、脳内の記憶を辿るような沈黙を挟んで、彼の口が開いた。

「……う~~ん、勝てそうな人は居るけど、実際には戦ってないからなぁ」

 居るのかよっ! と再び叫びそうになった口元を押さえながら、一夏は改めてのび太の規格外さを思い知らされた気分だった。

「そ、その人物にも興味はありますが、とりあえずのび太さん、放課後また模擬戦の相手をお願いできますかしら?」

「ちょっと待ちなさいよセシリア。アンタ一回やって負けたんだから、次はアタシでしょ」

「貴様らでは相手にならん。模擬戦の戦績で一番優秀な私が相手をした方が、野比のび太にとっては嬉しい筈だ」

「それはズルイよラウラ。ボクだって野比さんと戦ってみたいもの」

 セシリアの発言が引き金となったのか、鈴音とラウラ、シャルロットまでがのび太へと視線を定め、戦いを申し込む。だが彼は、にじり寄って来る少女達から逃げ、一夏と箒を壁にするように移動した。

「……こ、ココも安全じゃなかったっ、一夏クン、箒ちゃん。他に何処か隠れられる場所ってない?」

 こそこそと囁く様な問いかけに、答えは返ってこない。代わりに一夏の手がのび太の袖を、箒の手がのび太の裾を、其々しっかり掴んでいた。

「あ、あれ~。この手は何かな?」

「すみません、のび太さん。もう一回、あと一回だけで良いから相手してくれませんか?」

「一夏、お前の『あと一回』はお前が勝つまで続くからダメだ。のび太さん、今度は私の相手をして下さいっ!」

 囲まれ、詰め寄られるのび太。逃げようにも一夏と箒の手はしっかりと彼の服を掴んで放さない。

「無理だってば、眼鏡ないんだよ!?」

「取り寄せますわ。今から注文して、放課後にはこちらに届かせます」

 涙目で訴えれば、セシリアの即答がばっさりと断ち切る。

「一夏クンとオルコットさんは、ISが結構壊れたから無理でしょ?」

「打鉄を借ります。たとえ自分の愛機じゃなくても、アナタに狙われた上で回避出来れば、上達は速そうですから」

 当然の事を問い掛ければ、覚悟を決めた一夏に宣言された。セシリアも彼の言葉に、同意の頷きを繰り返している。

 自分も覚悟を決めて、服を脱ぎ捨てて逃げるべきか、とのび太が思考し始めた時、学園にチャイムの音が響く。

「ほ、ほらほら、予鈴でしょ、早く教室に行かなくちゃ!」

「むぅ……」

 迫る授業に対し、悔しげに呻きながらそれでも立ち上がる一夏達。安堵の溜め息を吐くのび太は、自分に去り際の一言を残しつつ立ち去る彼らを見送る。

「はぁ~。何時もながら、何であんなにやる気があるんだろう……ISって、乗ってる人間を元気にさせる効果とかあるのかな?」

 のび太の脳裏によぎるのは、過去に対戦した多くのIS操縦者の姿。誰もが、最初は疑い、あるいは敵視を向けてくるが、大抵は一戦すると逆に彼の腰が引けるくらいに、熱心に再戦を望むようになる。

 敗北をバネに成長しようとする彼女達の姿は、のび太の目には眩しくて、どうしても嫌いにはなれない。だが疲れたくもないので、彼は結局逃げる事しか出来ないのだ。

 疲れた溜め息を漏らしつつ、気持ちよく晴れた空を見る為に仰向けに寝転ぶのび太。

 雲が二割に残りは青空という、快晴といって言い天気。青と、白。その二つの色は、のび太にとってとても大事な色だった。何時まで見ても飽きない、大好きな色。

「……キミとの約束を守るのは、結構大変だよ。―――――」

 名前を、呼ぶ。喉を震わせる事無く、口を動かす事もせず、ただ、心で呼びかける。真剣な瞳で空を見上げるのび太は、まるで空から返事が来るのを待っているかのよう。暫しそのままでいた彼は、急激に滲んできた景色を見て、慌てて袖で顔を拭う。

 太陽が眩しくて。眼鏡もないのに目を使いすぎたから。急な涙の原因について、言い訳は色々出来たが、自分自身は騙せない。

 ―――そう、この涙は―――

「……お腹、減ったなぁ~……」

 のび太の情けない声と同時、キュウゥゥと切なく腹が鳴る。天気も良いし、此処で昼寝でもと思ったが、空腹には勝てない。真耶さんなら何か分けてくれるかも、と期待して、次の目的地を職員室に定める。

 とぼとぼ、だらだら、そうした擬音が聞こえてきそうな足取りで、のび太もまた屋上を後にする。扉から校舎へと入る寸前、変わらぬままの青空を一瞥して、彼は歩き去った。



 あとがき

 拙い出来のわりに、時間がかかってしまい申し訳ありません。

 今回も、暇潰しの一つにでもしていただければ、幸いです。



[28303] 第九話
Name: 伊達眼鏡◆24d75697 ID:7543031d
Date: 2011/11/06 13:24
「あははははっ、それであんなに死にそうな歩き方だったんですか?」

 空き教室に響くのは、山田真耶の笑い声。彼女のそんな大きな笑い声など、学園では誰も聞いた事がない。それを聞かせる相手は、真耶にとってよほど親しい人間なのだろう。

「笑い事じゃないよ、真耶さんが通り掛ってくれなかったら、学園で行き倒れるかもしれなかったんだから……なんでISの操縦者ってボクと戦いたがるんだろう」

 遠慮の無い笑い声に、珍しく口元をへの字に曲げ、不服そうに真耶を眺めるのび太。

 彼がとぼとぼと屋上を後にして、学食の場所が分からず彷徨っていたら、のび太を探していた真耶に見つけてもらい、空き教室で彼女の持ってきた弁当を食べている所だ。

「それが本気で分かってないんだから……のび太さんですねぇ」

 しみじみと呟かれた言葉に、意味が分からず首を傾げるのび太を、彼女は複雑な表情で見つめる。

「大体、のび太さんも悪いんですよ。保健室で寝ててくれれば、用意していたお弁当持って行ったのに、勝手に起きて歩き出しちゃうんですから。……学食にも居なくて織斑先生に相談したら、『昼寝のし易い場所に居る筈だ』って。半信半疑で色々探したら、本当に屋上へ行く途中で見つかるし……随分と仲が良いんですね」

 ジッと見つめられて、のび太は背中に変な汗が浮く事を自覚する。成長するにつれ、知り合いからこうした目で見られる事が増えたが、見る人は決まって女性だった。原因の解らない彼は、身の置き所を失ったかのように、居心地悪げに貧乏揺すりをしてしまう。

「あ~、お弁当美味しいなぁ」

 食事を続けていたのび太が、お世辞交じりに褒めてくれたので、真耶は視線を穏やかな物に戻す。元から本気で睨んでいたわけではないし、相手が織斑千冬となれば、自分がどっちに嫉妬したのかも分からない。

 一人は、憧れと敬愛を抱く女性。一人は、畏怖と尊敬を抱く男性。外見や雰囲気はまるで違うのに、同じように卓越した強さを持つ存在。

「……のび太さんと、織斑先生はお似合いですよね」

 二人が並び立つ姿を脳裏に浮かべ、ポツリと呟いた一言に、のび太は飲んでいたお茶を噴出した。

「ぶっふーっ!? げほ、ごほっ……と、突然なに言い出すんですか、真耶さん。千冬さんとお似合いとか、誰かに聞かれたらボク殺されちゃうっ!?」

 本当に恐れているのだろう、言葉の後半は囁くような小声で、のび太は周囲を見回す。空き教室に人の気配を感じなかったからか、ほっと安堵の息を漏らした。

 そんなのび太の態度に、不思議そうに首を傾げる真耶。

「そうでしょうか? 案外、同意する人は多いような気がしますよ。特に、のび太さんを深く知った人。……私を含めた、貴方の生徒達なら」

「やだなぁ、真耶さんは先生じゃないか。生徒っていうなら、ボクの方でしょ」

 真耶の言葉に、困ったような笑みを浮かべながら、柔らかく訂正しようとしたのび太だったが、彼女はまるで彼の対応を予想していたかのように、即座に言葉を返した。

「あら? 短期間ではありますが、しっかりご指導してくれた記憶はもうお忘れですか?」

 からかう様な口調の中、敬う感情は確かな物で。そうしたやり取りの端々に、二人の親しさが透けて見えるようだった。

 そう、かつて一時期だけ、野比のび太は山田真耶の先生だった。織斑千冬がドイツに呼ばれ、教官として働く事に危機感を覚えた各国主導の元、それぞれの国からIS操縦者を選抜し、のび太に指導して貰う計画。

 選抜基準はたった一つ、射撃の能力においては国内で最高である事。

 そうして集められた六人の美女と美少女。全員が自分より年上なのに、彼女達を指導しろと言われたのび太自身は涙目で。

「無理だ、無理です、絶対無理に決まってるでしょ!? もう勘弁してよ~」

 と絶叫していたが、それなりに仲良くなっていた各国指導者の『お願い』に、最終的には渋々と引き受ける事となった。

 その結果はと言えば……

「大体、ボクはダメな先生だったんだよ。皆凄く良い人達だったのに、碌な結果を出せなかったんだから」

 肩を落とし、力なく呟くのび太を見て、真耶は自分の失策を悟る。だが、ここで止めては何もならない。これからの為に、彼女に課せられた使命は大きかった。

「そんな事はありません、のび太さんは良い先生でした。悪いのは、私達だったんです」

 嘘だ。先生としてののび太は、ハッキリ言って問題だらけだった。

 たとえば、彼に任されたのが年下の、学力において平均より下位の存在だったなら、のび太は優秀な教師になれたかもしれない。彼は、落ち零れの気持ちを誰より理解する人間だから。

 ただし、射撃という技術において、彼に教えを乞う事ほど無謀なこともない。

 彼の、野比のび太の射撃は、他の誰にも真似の出来ないモノだから。

 かつて、第一回IS世界大会でのび太と同様、武器だけを持って出場した軍人はこう言った。

『アレは、射撃ではないよ。アレを射撃と呼ぶのなら、我々が使っている技術は、射撃ゴッコだ。あるいは、こう言い換えても良い』

 ―――我々は手品師で、彼は魔法使いなのさ―――

 そう呟いた軍人の瞳は、ISが世に現れた時以上の衝撃で揺れていた。ISのように兵器の違いではなく、純粋な才能と実力において、必死に鍛え続けた自分が、己の三分の一程度の年齢の少年に敗れた事が、悔しかったのだ。

 優秀な軍人だった彼は、その大会後に一線から退いた。鍛え続けた射撃を止め、軍隊格闘の教官になったという。

 それは別に特別な事ではない。世界大会に挑み、敗れた男達の末路としては、有り触れたものだ。射撃に自信を持ち、鍛えた己を誇る者ほど、野比のび太という劇薬に触れればそうなる。

 彼らは悟ってしまったのだ。のび太と自分達との間にある、絶望的な差を。それを認め、なお足掻く者もいたし、諦めた者も居た。それだけの話であり、そしてそれは、山田真耶を始めとした生徒達にも言えることだった。

 真耶は、あの大切な時間を、今でも昨日の事の様に思い出せる。射撃に関してだけは自信のあった自分が、夢と希望、挫折と絶望を与えられた日々の事を。

 のび太を教官役に、という話だったが、元々講義や授業に期待していた訳ではない。各国の指導者達が期待していたのは、のび太ほどではないが、射撃に関して才能を持つ少女達が、彼に感化されることで、既に磨かれていたセンスを更に飛躍させる事だった。

 最初は上手く運んだ。

 少女達は、自分達が何を期待されているかを理解していたから、のび太が緊張しつつ教官を頑張ろうと張り切る姿を微笑ましく眺め、怠け癖のある彼を時には誘導しながら、彼女達はその才能に近づいていった。

 徐々に、何人かの表情から明るさが消えた。

 普段はなにもおかしくないのに、のび太の射撃を見た後、自分で銃を撃った後、それまでの上達を喜ぶ表情は消え、不満そうな、悔しげな顔が目立ってきた。心配するのび太には微笑みながら大丈夫と返すが、それを信じる事は鈍感な彼でも難しかったろう。

 奇妙な空気を孕みつつ、短い訓練期間が終る。

 結果は、六人中の五人が現役を退くという残念なモノだったが、各国の指導者は概ねの満足を得た。何しろ、現役を退いた彼女達は、後進の育成やIS開発の補佐へと進み、国々への貢献という意味なら、代表として世界大会へ参加する以上のものを果たしてくれたのだから。

 山田真耶もまた、現役を退き後進の育成を望んだ人間だ。

 のび太の射撃の才能は、太陽の様なモノ。地上から眺める分には、尊敬や憧れで済むし、必要以上に恐れる心配も無く、人間の才能はISに勝てるという希望すら与えてくれるだろう。ただし、彼へ近づこうと才能を伸ばす者は、無自覚な太陽が放つ残酷な炎に焼かれ、地へと堕ちる。

 地に堕ちた真耶は、一度はISから完全に身を引く事も考えた。しかし、考え直したのだ。地に堕ちた自分だから、あるいは自分にしか出来ない事があるのでは、と。こうした思いは、他の五人も同様だったらしい。其々が己の心と立場に葛藤し、悩んだ果てに出した答えは様々だったが、結局、ただ一人を残して、自分達は現役を退いた。

(あの人は、まだ届かぬ太陽に手を伸ばしているのでしょうか?)

 仲間と呼べる者の内、現役に残った最後の一人を思い出す。太陽に焼かれながら、その痛みに喜びすら感じて、ただ一心にのび太へと向かっていった彼女を。

「真耶さん、どうかしたの?」

 難しい顔で黙り込んでしまった真耶を心配するのび太の声に、真耶は過去へと戻りかけていた意識を取り戻す。今、自分がすべき事が何かも同時に思い出していた。

「あぁ、いえ、大丈夫です。それよりのび太さん。アルバイト、してみませんか?」

「アルバイト?」

 怪訝な顔で尋ねるのび太に、真耶は少しだけ勢いを増した口調で話しかける。

「はい。のび太さんって、まだお小遣い制なんでしょう。もう少し自由に使えるお金とか、欲しくないですか」

「してみたいんだけどさ、成績がねぇ。これ以上下がったら、塾とか通わされるかも……」

 溜め息を吐きながら、残念そうに呟くのび太だが、彼の成績はそれほど酷いものではない。殆どの教科で平均点を保っているし、興味を覚えた教科に関しては、担当の教師が進学を進める程度には優秀だ。

 ただし、彼の出席率には問題が多かった。

 普段は、多少の怠け癖を見せるが真面目に学校に通うのに、時々ふらりと姿を消す。短い時は数時間、長いときは一週間程度も。家族は慣れているのか、警察への連絡もしないが、学校としてはコレを問題にしないわけにはいかない。補習等で便宜を図ってもいるが、それにはもう少し本人の努力も必要になる。

「……雲隠れと放浪癖、まだ抜けてないんですね」

「あ、あははは……まぁ、色々と事情があってさぁ……」

 呆れたように声を出す真耶から目を逸らしながら、のび太はしどろもどろに弁解した。

「それの所為で普通のバイトも続けられないんでしょう。止められないんですか?」

「う~ん、こればっかりはねぇ。ボクだけの都合じゃないから」

 のび太は、自分が消えていた間の事を、幼馴染み達以外には話さない。あるいは家族には軽い説明くらいはしているのだろうが、彼が何処に行き、何をしているのかを知っているのは、幼馴染みだけだ。

「のび太さんのこと心配してる人もいるんですから、程ほどにして下さいね。それとは別に、お勧めしているバイトは、時間拘束も緩いですし、突然の欠勤にも対応出来ます。それに、時給の方もかなり奮発してくれるみたいですよ」

「随分魅力的なんだけど、どんな仕事なの?」

「この学園の、用務員補佐です」

「あぁ~、ここでそう繋がるのか。よく考えてますねぇ。とすると、千冬さんもグルか……」

 真耶の口から仕事名を聞くと、呆れと感心を混ぜた溜め息を零しながら、座っていた椅子に背をもたれさせるのび太。

「やっぱり、ダメ……ですか?」

 明らかに乗り気ではないのび太の態度に、真耶の問い掛ける声にも力が無い。だからこそ、彼の次の言葉に、驚きを隠せなかった。

「ん~。普段なら、考える事もないんだけどね。どうしようかなぁ」

 のび太は言葉通り、思案気な表情で悩み出す。邪魔をしないように気をつけながら、期待を込めた瞳を向ける真耶の前で、彼は今日の出来事を思い出し、自分は何故断らないのかを考える。

 野比のび太は、自他共に認める怠け者である。彼の能力や人脈を求めて、様々な仕事の誘いがあったが、殆どは考える間もなく拒否してきた。それが今回は出来ない。理由と思えるのは、おそらくは今日知り合い、友達となった少女達と、多少の心配を覚えた少年の事だろう。

 織斑一夏、昔の自分と違って、真っ直ぐな少年だった。彼は強くなるだろう、自分などより、よほどに素質がある。だがそれも、彼がこのまま何事も無くその道を歩いていけば、の話だ。彼にこれから降り注ぐ障害。その多くは自分にも降りかかって来たものだ、そういう意味では、仲間意識すら湧いてくる。

 仲間意識、という単語を思いつくと同時、胸にわだかまっていた疑問が解け、納得出来た。

 そうだ、自分は織斑一夏と、その周囲の少女達を見守っていたいのだ。かつての自分達のように、仲間と一緒に困難を克服し、様々な日常で仲を深める様子を、見ていたいのだ。

「そっか、そ~いうことか……」

 解決した疑問に何度も頷きながら、のび太は呟く。考え込んでいた間に何時の間にか下がっていた視線を上げ、期待と不安を宿した瞳で自分を見つめる真耶に、彼は答えを告げた。

「引き受けます。僕でも、何か出来る事があるかもしれないし、一夏クン達も心配だしね」

「あ、ありがとうございますっ!」

「むぎゅっ! ま、真耶さ……ちょっ、くるし……」

「山田先生、のび太の説得はどうです? 手間取るようなら私からも……貴様っ、のび太ぁっ!!」

 感激のあまり、抱きついてきた真耶の胸の中で窒息しかけたり、真耶の勧誘の結果を心配して様子を見に来た千冬がソレをみてのび太に拳骨を降らせたりと、賑やかな騒動は続いたが、とりあえず。

 野比のび太が、IS学園用務員補佐として勤務する事が決定した。

 勤務形態としては、のび太が放課後、IS学園に出向いて諸々の雑用や、花壇の世話などをやるという事だが、彼はうっかり忘れているのだ、自分が昼食を学食で取れなかった理由を。そしてのび太自身のトラブル・メーカーと呼ばれる性質の事を。

 この教室のような騒動が、学園を覆い尽くす日も、決して遠くは無いだろう。





[28303] 第十話
Name: 伊達眼鏡◆24d75697 ID:7543031d
Date: 2012/03/20 04:04
 織斑一夏と、彼と親しい少女達は放課後の練習を終え、寮への帰路へ着いていた。会話の中心になるのは、結局捕まえられなかった一人の男性の事。

「くっそー、のび太さんはもう帰ったのかな?」

「いや、何の挨拶もなく帰る人ではないし、まだこの学園内には居ると思うんだが……何せ、広いからな、此処は」

 悔しそうに呟く一夏に、六人の中で一番のび太と親しい箒が答える。彼女の言うとおり、IS学園の敷地は広大で、生徒の数も半端なものではない。たとえ男性が珍しくとも、たった一人を探すのは困難なのだ。

 特に、探し人は他の生徒達から逃げ回っている現状からすれば、昼休みの遭遇ですら望外な幸運だったといえるだろう。

「戦う所が見れたアンタ達はいいわよ。私なんか、結局まだあの人が戦ってる所見てないのよ!?」

「フン、見たところで貴様には何も理解できんさ。アレは正しく、化け物だ」

「ら、ラウラ。もうちょっと優しく言ってあげないと……鈴さん、後で一緒に映像貰いにいかない? 映像だけでどこまで伝わるか解らないけど、一緒に見てボクも解説するし、見たら衝撃を受ける事は間違いないよ」

 不機嫌を隠す気もない鈴音の言葉に、辛辣な答えを返すラウラとそれをたしなめるシャルロット。

 セシリアは黙って、昼休みの言葉通りに用意した眼鏡の入ったケースを持ったまま、黙々と歩いている。会話に参加する気配も無い事から、彼女が一番悔しがっているのだろう。

 寮へと着いた一行は、普段どおり、夕食までの個人行動へと移る。各々が一旦自室へと戻っていく中、一夏も自分しか使っていない部屋へと向かっていた。シャルロットが女子生徒として転入し直して以来、一人で使うようになった自室だが、あの広さを一人で使う事に喜びよりも申し訳なさを感じてしまう辺り、自分は小市民なのだと実感してしまう。

「でもなぁ。これから先も、共同生活する奴は来ないだろうから、仕方ないんだろうな」

 諦めの言葉を半ば無意識で呟きながら、誰も居ない自室へと入っていく。無人なのは分かっているので、ただいまもおかえりもない……筈だった。

「おかえり~。って、それより先にお邪魔してます、って言った方が良かったかな?」

「は?」

 有り得ない筈の挨拶に、間の抜けた声を出す一夏。彼の視界には代わり映えのない己の部屋で、使う者の居なかった二つ目のベッドが誰かに使われているのが見える。

 暢気に寝転びながら、一夏に声を掛けたのは彼が放課後探し続けた人間であり、学園にとって部外者である筈の、野比のび太だった。

「え? なんで、のび太さんが、此処に?」

「うん、色々と事情があってさ。ま、詳しい話は夕食を食べながらにしようか」

 困惑する一夏を置き去りにしたまま、のび太はベッドから名残惜しげに立ち上がると、逆側の壁に据え付けられた机へ向かう。机の上には袋に包まれたパンやおにぎりが幾つかと、ジュースのペットボトルなどがある。

「食堂だと、話が出来そうにないから……こっそり購買で色々買って来たから好きなの食べて。あ、ドラ焼きだけは全部食べちゃダメだよ!」

 机の前に椅子を二つ用意し、袋から次々に食べ物を取り出すのび太。彼に勧められるまま、ぎこちなく動きだした一夏が、差し出されたおにぎりを両手で受け取った。

「ご、ご馳走になります……って、そうじゃないでしょっ!? なんで平気な顔してこんな所居るんです!? ここ、女子寮ですよ?」

「女子寮に居るんじゃなくて、ボクは一夏クンの部屋に居るんだよ」

 動転した一夏の問いかけに、のび太は平然としたまま答える。たしかに、織斑一夏の自室は女子寮の中にある治外法権の様なものだろう。しかし、それが適用されるのはあくまで学園の関係者であって、部外者であるのび太に適用される筈が無い。

「ちなみに、ボクは今日からIS学園の用務員補佐の名目で関係者になったから。あと、此処に来るまでは千冬さんが一緒だったし、この部屋から外に出るのも誰かと一緒じゃないと駄目って言われてるんだけどね」

 まるで一夏が次にどんな反論をするか予想していたかのような会話に、少年の口がパクパクと開閉を繰り返す。その様子を苦笑して見ていたのび太が、ペットボトルの蓋を開け、用意していた二つのグラスに中身を注ぐ。片方を自身に、もう片方を一夏の傍へと置いた。

「まぁ、大人の屁理屈だよ。色々な事情が重なっちゃってね。その辺り、これから話していこうよ……とりあえず、食事にしようか」

「あ、はい。……いただきます」

 グラスを掲げ、微笑むのび太の姿を見て、一夏の心は自然と落ち着き、自分のグラスを掲げる。カチリと音を立てて二つのグラスが触れ合う。

「乾杯!」

 のび太はそのまま一息で半分ほども飲み干すと、机の上の袋から取り出したパンやおにぎりを食べ始める。意外なほど健啖な食欲を見せるのび太に驚きながら、放課後の特訓で体力を消耗していた一夏も、それに応じるような勢いで飲み食いしていく。

「……でね。ボクは今日から用務員補佐なんだけど、明日は休日でしょ? 今日はこっちに泊まって、明日は朝から仕事内容の確認とか、教員への挨拶回りとかの、面倒な事を済ませておけって、千冬さんに言われてさ。この部屋を使えって案内されたわけで、一晩お世話になります」

「はぁ、だから俺の部屋に居たんですね。移動には監視付きですか?」

「そういうこと。特に女子寮の中を一人で移動すると……千冬さんからお仕置きされちゃうんだよっ!?」

 心底恐ろしそうに頭を抱えるのび太。朝の戦いで見た勇姿を欠片も感じさせないその姿を、一夏は笑えない。何故なら彼も、自分の姉に拳骨を落とされた経験を持つから。

 反抗期とか、男の意地とか、全てを砕くあの拳骨を前に、一体誰が逆らえようか。

「……ところで、何でいきなり用務員補佐に?」

 不自然すぎる話題の変更だったが、のび太は嬉々として乗ってきた。二人にとって、さきほどの話題以外なら何でも良かったからだろう。

「誘われたからっていうのが、一番目の理由。その次に、再会したばかりの箒ちゃんや、友達になったばかりの一夏クン達と、もっと仲良くなりたいっていうのがあるかな。あとはまぁ、気紛れとか?」

 返ってきた答えに、一夏は唇が歪むのを感じる。胸に満ちる喜びから自然と口元が緩み、笑みが浮かぶのを隠し切れない。それだけ、のび太の一言が彼に与えた衝撃は大きかった。

「……理由の一つってだけで、凄い嬉しいです。これから仲良くなりたいのは、俺も同じですから!」

 お互いの言った言葉に気付き、照れ臭さからか顔を赤らめた二人は、それからも様々な話をした。時間を忘れ、今日初めて出会ったという事実すら頭から消えて、二人はまるで旧知の仲か、あるいは身内ででもあるかのように、笑いながら飲み、喜びと共に食べ、嬉しさを隠さず語り合う。

「五反田弾って友達が居るんですけど、妹にすごく甘くて」

「分かる分かる。ジャイアンっていう幼馴染みも、妹が大好きでねぇ」

 お互いの友達の事や近況を交えた、世間話。ただ何の遠慮も無く、大した意味がある訳でもない事を話し合うのが、こんなに楽しいとは、一夏は自身が女性達に囲まれていた事で、こうした他愛ない会話にも飢えていたんだと実感していた。

「のび太さんは、兄弟とか居ないんですか?」

「居ないよー。だから、ちょっとだけ兄弟の居る人が羨ましいな」

「千冬姉はあげませんよ。厳しくて怖いけど、俺にとっては最高の姉ですから」

「分かってるよ~。それに、千冬さんがお姉さんなら、今みたいな怠けた生活出来そうにないしね。残念だけど、諦める」

 自信たっぷりな一夏の発言に、のび太は優しく微笑む。ただその瞳だけが、僅かな寂しさを伝えていた。

「そういえば、のび太さんは束さんとも知り合いなんですよね。どういった関係なんですか?」

「う~ん、難しいなぁ。友達、とは言えないんだよね。箒ちゃんの姉で、ボクにいっつも無茶な事を言い出す人かなぁ。……困った人だよね」

 そう言って苦笑するのび太の表情が、束の事を話す千冬に似ている事に一夏は気付く。それだけで、彼が束とただの知り合いではないと確信出来た。

 その後、二人は仲良く語り合いながら夕食を食べ終えたが、一夏を夕食へと誘いにきた箒達に見つかり、昼食の時のような一騒動を巻き起こす事になる。



 騒動をなんとか治める頃には入浴時間になっていた為、男二人は連れ立って大浴場へと向かう。今日一日で何度目かの騒動に疲弊した様子ののび太だったが、見事な大浴場に入った瞬間、嬉しげな歓声を上げた。

「うっひゃーーー、広い、キレイ、眺めもばっちり! 最高じゃないか!」

「ですよね! 正直、一人で入るのが貸切気分で気持ちよかったのは最初だけで、あとは一人だとこの空間を持て余しちゃって、俺も入るのは久しぶりです。やっぱりでかい風呂は良いなぁ」

 シャルロットと入った時と違い、正真正銘男二人だけである。お互い特に遠慮も無く、裸で風呂に入る。

「「あ゛~~、生き返る~」」

 二人の口から、全く同時に出た一言。

 お互いに顔を見合わせ、爆発したように笑い出した。

「あはははは、良い寮だねぇ。部屋は広いし、ベッドは気持ち良い、風呂まで豪華だ。ボクも此処に住みたいくらいだよ」

「俺は全然構いませんよ。何時でも泊まりに来て下さい。というか、いっその事IS学園に編入してみたらどうですか?」

 ゆらゆらと湯船に漂いながら、羨ましそうにのび太が言えば、一夏は大歓迎と言わんばかりに喜びの声を上げる。

「う~ん、ISに乗れないのに此処に編入は出来ないなぁ。それに、地元には最近は会えないけど友達も多いしね。でも迷惑じゃなければ、休日前とか、時々お世話になろうかな」

「迷惑なんてとんでもない、大歓迎ですよ!」

 笑顔で断言する一夏に、透き通った天井を眺めていたのび太がボソッと呟く。

「……一宿の御代は模擬戦一回とかは無しだよ?」

「や……やだなぁ~、そんなセコイ事、言うわけないじゃないですか!?」

 一瞬だけどもった一夏に疑わしげな眼差しを向けるのび太。しかし、次の瞬間には二人でまた笑い出す。風呂場という場所の効果か、なんだか二人の周りの空気がやたらと軽く感じられた。

 窓の向こうにある木々から覗く星空が、今日はやけに近い。そう感じた一夏は、何気ない動作で手を空へと伸ばす。当然、何も掴めはしない。のび太の視線を感じて気恥ずかしくなり、どう誤魔化そうか考えていると、のび太は穏やかな表情のまま問い掛ける。

「一夏クンは、空が好き?」

「はい。ISに乗れるようになって、一番嬉しかったのは空を飛んだ事です」

「分かるよ。広い空を自由に飛びまわり、何処までもいけるあの感覚は……病み付きになるよね」

 ISに乗れないのび太の理解した様子に、一夏は疑問をもったが、深くは考えない。ただ、その言葉に篭った実感に、彼は本当に理解している事を悟った。

 暫くの間、会話も無くのび太と一緒に夜空を眺める。

 けれど一夏は気付いていた。自分とのび太が見ている景色が、決して同じではない事に。なぜなら彼の真っ直ぐな瞳は、夜空を貫きどこまでも先へと進んでいたから。

(何時か、俺にものび太さんと同じモノを見る事が出来るだろうか? ……違う。出来るか出来ないかじゃない。自分の力で、叶えるんだ)

 胸に突然湧き出したその疑問に、即座に答えが返ってきた。目の前に居る人は、遠く、大きい。でも何時か、追いつきその隣に、あるいは向かい合う正面に立ちたいのだと。

 織斑一夏は、野比のび太と対等になりたい。そう強く心が訴えていた。

 空を見上げる事を止め、のび太へと視線を集中させる一夏の前で、その憧れの人が、フラフラと揺れたかと思うと、唐突に湯船に沈み込んだ。

「の、のび太さんっ!?」

 慌てて近づき、腕を掴んで引っ張り起こす。何時の間にか全身が茹蛸の様に真っ赤に染まり、その瞳もグルグルと回ってばかりで焦点が合わない。

「……きゅ~~~」

 口から零れるのは、意味を成さない呻き声だけ。症状を見ると、アレしかない。

(も、もしかして……キレイな景色に夢中になって、のぼせて倒れたって事か? どれだけ子供なんだ、この人はっ!?)

 力が一気に抜けていくのを感じながら、とりあえず応急処置をと行動を開始する。

 手間と面倒を掛けさせるのび太を見る一夏の目は、けれど何処までも楽しげで、これから始まるであろう、波乱に満ちた学園生活を歓迎していた。



 お久しぶりです。

 長い事投稿していなかったので、忘れられてないか不安でしかたありません。ちょっと出来が気になるんですが、とりあえず金曜日の劇場版をTVで見て、勢いに乗っかる事にしました。

 仮の状態なので、感想の返信などはまた後ほどさせていただきます。


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