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[28140] 餓狼少女まどか☆マギカ 【完結】
Name: クライベイビー◆2205aff7 ID:86f2e92d
Date: 2013/08/15 00:31
―――注意―――

今回初めてssを書かせてもらいました。
この作品は題名通りまどかが肉弾戦しまくりの格闘物になります。
感想をお待ちしてます。



[28140] 餓狼少女まどか☆マギカ―1―
Name: クライベイビー◆2205aff7 ID:86f2e92d
Date: 2011/06/27 04:25
鹿目まどかは夢を見た。

まどかは見慣れた街にいた。
しかし、空には暗雲が立ち込めいつもと雰囲気が違っていた。
そこで黒髪の少女が戦っていた。

相手が何かは分からなかった。
そいつは大きな歯車を重ねたものから身体の上半身だけひねり出した姿をしていた。
下半身を歯車で覆ってあるようにも見えた。
絶望的な戦いであった。

それを呆然と見ていたまどかに声をかけるものがいた。
猫の耳のようなものからさらに耳を垂らしているように見えた。
その生き物はまどかに当然だと言う。
少女がそれを覚悟していることも。
しかし、夢の中のまどかはそれに納得できない。
さらにその生き物はまどかが契約すれば少女を助けられると言う。

まどかはその生き物に少女を助けたいと言う。
そこで目が覚めた――――――。

その少女は桃色の髪をしていた。
かわいらしいと形容するべき顔をしていた。少女特有の儚いという印象があった。
しかし、その中には逞しいというべきものがあった。それは少女の身体からあふれているようであった。
その2つが奇妙に調和していた。

いまは起きたばかりなので寝間着姿である。

その寝間着の中にあふれているものがあった。全身に筋肉がかなり付いていることが分かる。
袖から出ている手を見るとかなりごつごつしている。こぶしを作れば木の板を何枚も割れそうな手をしていた。
足も手と同様にあった。

まどかは目を覚ましてから先ほどの夢について考えていた。

本当にそこにいたかのようなはっきりとした夢だった。
過去にそういう場面に遭遇したかのようなリアリティがあった。
そして、夢の中の自分の行動についても釈然としないものがあった。

本当に自分ならそいつを見た瞬間に挑んでたと思う。
なら、そいつを見た瞬間にそのことを考えねばならないはずだ。
それすら思わなかった。
夢の中の自分が自分じゃない、と言えば嘘になる。
夢の中の自分は間違いなく自分であったと思う。
その奇妙な矛盾について考えていた。

しかし、しばらく考えても答えが出なかった。
あまり長い時間考えていられなかった。
トレーニングに行かねばならない時間であった。

朝の5時ごろである。早朝なので人はほとんどいない。
いつもはにぎやかな通りも静かなものである。
霧が出ているせいか別の町に来ているようにも感じる。
その中をピンクのジャージ姿でまどかが走っている。

すでに走り始めてから10分ほど経っている。
かなりの速さで走っている。
しかし、まどかの息は乱れず、汗さえ掻いていなかった。
町内を50分ほど走ってから近くの公園に向かった。

まずまどかは柔軟をする。
股関節から足首、手首、首など全身の関節をほぐしていく。

それが終わると100回の腕立て伏せを軽々とした。
しかも、こぶしでである。

その後まどかは逆立ちをした。両手の指10本で体を支えている状態である。
その状態で軽々とプッシュを10回する。
それが終わると両手の子指を抜き、その状態でさらに10回プッシュする。
10回のプッシュごとに指を順番に抜いていき、2本の親指で全体重を支えることになる。

その状態で10回のプッシュをしてもまだ逆立ちをやめない。
今度は片手になり、1本の親指で10回のプッシュをする。
それを両方の腕でした後にようやく逆立ちをやめた。

まどかの身体にうっすら汗が浮かんでいた。
このようなトレーニングを毎朝欠かさずしていた。

トレーニングを終えて家に帰ると、まどかは家庭菜園のほうをのぞいてみた。
そこでは父の智久がプチトマトを収穫していた。
「まどか、母さんを起こしてくれないか」
「うん、分かった」

これも日課であった。母の詢子は寝起きが悪く、誰かが起こしてやらねばならない。

詢子を起こした後2人そろって洗面所に行った。母子が並んで身支度をしている。
「それにしても毎朝よく続くもんだね」
「馴れれば辛くはないよ」

詢子は毎朝厳しいトレーニングをするまどかにこのように言う。
このやり取りは毎朝繰り返されている。
そのあとに友人がラブレターをもらっただの、先生が男と長い間もっているだのの話をするのである。

「まどかもおしゃれしてみなって」
「いや、私がおしゃれしたところで…」
「たくましい身体が好きな人もいる。ほらこのリボン付けてみな」

詢子に勧められてそのリボンを付けてみる。赤いリボンであった。
「うん似合うよ。まどかの隠れファンもメロメロだ」
「そうかな」
そうしている間に身支度は終わった。

リビングに向かうと朝食は用意されていた。
そう言った後にまどかと詢子とタツヤが食事を始めた。
タツヤはまどかの弟で幼稚園児である。

まどかの朝食は量が多い。丼ぶりにご飯が大盛りである。
まどかの使っている食器はすべて通常のものより一回りほど大きかった。

「んばあ」
と、タツヤが叫ぶ。フォークが勢い余ってプチトマトを皿の外に跳ばしていた。
「ッシュ」
まどか呼気をあげデコピンでプチトマトを皿の上に弾いた。

「お見事」
「お見事」
両親が思わず見惚れてしまう、鮮やかな動作であった。

一足先に食べ終わったまどかは詢子とハイタッチをする。
朝の儀式のようなものである。
それから玄関に向かう。
「行ってきます」
まどかは学校に向かった。

まどかが通学路を歩いていると2人の友達と会った。
「おはよう」
「おはよう、まどか」
「まどかさん、おはようございます」

美樹さやかと志筑仁美である。
美樹さやかは青い髪をした勝気な娘であり、まどかとは違う意味で健康的な肢体を持っていた。
しかし、さやかの勝気さ故に周囲にそれを意識させることはあまりない。
志筑仁美は緑の髪のおっとりとした娘で、見るからに柔らかな物腰をしている。
その容貌と相まってよくもてる。
2人ともまどかのクラスメイトであり、親友である。

「直接告白できる人じゃないとだめだってさ」
「さすがまどかの母さん、かっこいい」
「私もそのように割り切れればいいのですが」
仁美がラブレターをもらった話である。

「私にはあんまり関係ない話かな」
「まどかは身体を鍛えることに熱心すぎる」
「部活には入られないの?」
「うん、私は強くなりたいだけなんだ」
「いい加減それ以外のことに興味を持ったら?もったいないよ」
「もったいないだなんてそんな…」

まどかは恥ずかしそうに言う。

「うるさい。まどかは私の婿になるのだ」
「きゃあ」

そういってまどかにさやかが抱きついた。
「私が婿なの?」
「まどかは守られるより守るほうでしょ」
「あら、私もまどかさんのお嫁さんになりたいですわ」
「仁美ちゃんまで」
そんな事をしながら歩いていると学校が見えてきた。

「目玉焼きの半熟、完熟なんてどうでもいい」
ホームルームでは担任の早乙女和子が不機嫌そうに言った。
彼氏と喧嘩をしたらしい。

そういうことを優先して話す和子にはみんなもう慣れている。

「では、今日転校してくる転校生を紹介します。暁美さん」
「はい」
教室がざわめく。
転校生が来ることは珍しいからである。

黒髪の少女が教室に入ってきた。
髪はストレートで腰まで届き、どことなく精神が摩耗しているようにも見える。
それが気にならないほどの美人であった。
まどかはその少女が今朝の夢で見た子とそっくりだと思った。

「暁美ほむらです。よろしくおねがいします」
そう言ってほむらはまどかを見た。
最初は偶然目を合わせただけだと思ったが、そうではないらしい。
明らかにまどかを意識してるようであった。

「じゃあ暁美さんの席はあっちよ」
ほむらが席に向かうのを見ながら、まどかは過去にほむらに会ったことがあるのか考えた。

ホームルームの後、ほむらの周りに女子が集まっていた。
さまざまなことを質問している。
―――とほむらがまどかに向かってきた。

「気分が悪いの。保健委員でしょ?つれてってくれる保健室」
「分かった」
なぜまどかが保健委員であるとほむらが知っているのか。
―――と、まどかは思うがありがたいとも思った。
ほむらと2人きりで話してみたいと思っていたからだ。

まどかが保健室への道を歩き、ほむらがそのあとをついてきている。
「暁美さん」
「ほむらでいいわ」
「ほむらちゃんは私と会ったことがあるの?」
一瞬ほむらの顔に驚きの表情が浮かぶ。
それを隠すようにしてほむらが言った。

「あなたは家族や友達を大切にしている?自分の人生を尊いものだと思う?」
「…私は家族や友達を大切に思っている」
「ならあなたは今の鹿目まどかのままいなさい、でなければすべてを失うことになる」
「ごめん、それはできない」
ほむらの身体びくんと震えた。まどかの言ったことに驚いただけではない。
まどかの身体から放たれた圧力がほむらの身体を叩いたのだ。

「私は今のままではいられない」
「どうして……」
「もっと強くなりたいから」
「な…なにを言っているの」
「やっぱりおかしいかな」
ほむらが口をあけて茫然とまどかを見る。まどかが振り返った。

「大丈夫、私が強くなるのは失わないためだから」
凛とした表情でまどかが言う。自分の何かに自信を持っているような表情であった。

「なにそれ意味が分からない」
「本当に暁美さんと会ったことがないんですの?」
放課後、まどかは喫茶店にいた。
保健室に行く時のことをさやかと仁美に話していた。

「会ったのは今日が初めてだよ」
「けしからん。才色兼備の美人さんだと思ったら実はサイコな電波さん。
萌か、そこが萌なのか~~~」
「もう、なに言ってるのさやかちゃん」
「でもさすが私の婿、転校生にびしっと言ってやるとは」
「まどかさんって度胸ありますわね」
「あんなこと言っちゃって大丈夫だったかな」
あのあと保健室に着くまでまどかとほむらは一言も口をきけなかった。
それをまどかは気にしていた。

「気にする必要はないよ、向こうから言ってきたんだから」
「そうですわ、気にする必要はないですわよ…あらもうこんな時間」
「仁美ちゃん今日もおけいこごと?」
「ええ、毎日毎日おけいこで受験大丈夫かしら…それではお先に失礼しますわ」
「じゃあね仁美ちゃん」
「じゃあね仁美」
仁美が会計を済ませ急ぎ足で喫茶店から出ていく。

「じゃあ私たちも帰ろう」
「ちょっと待ってまどか。CD屋にちょっと寄って行かない」
「ちょっとだけならいいよ」
「ありがとう」
そう言ってまどかたちも喫茶店で会計を済ませ外に出た。

CD屋に着いてからは2人がそれぞれお目当ての曲を聴いていた。
まどかは午後に鍛錬を行うために1曲だけ聞いて帰るつもりであった。
曲が中盤に差し掛かったとき、まどかを呼ぶ声が頭の中に響いた。
「…助けて…まどか」
「え…なに?」
「まどか…助けて…早く」
「いま行くからね」

まどかは少し戸惑ったがすぐにその声の主を探すことに決めた。
近くの廃墟が怪しいと思った。なにか異様な雰囲気をそこから感じ取ったからである。
その廃墟の中に入ると産毛が逆立つのを感じた。
外から感じたものはほんの一端だったらしい。
「…あっちか」

建物の中は音がよく響く。
なにかが必死に駆けている音とそれを追いかける音がまどかの耳にはよく聞こえた。
なによりその音の方向から異様な雰囲気が流れてくるのを感じた。
まどかが走る。かなり速い。肉食獣のようなしなやかな走り方である。
しばらく走っていると夢の中で見たのとそっくりな白い生き物がいた。
駆け寄って近くでその生き物を見てみるとどうやら怪我をしているようであった。

「大丈夫、いま助けるからね」
そう言ってその生き物を抱いたまどかの背後に何者かが立っていた。
それにはっと気づいて振り返る。

「…ほむらちゃん!」
「鹿目まどか、邪魔しないで…そいつは置いて行きなさい」
まどかはほむらに言った。
「どうしてもこの子にひどいことするの?」
「あなたには関係のないことだわ」
どうやらこの謎の生き物を見逃す気はないらしい。
ならば、とまどかは自分のするべきことは一つしかないと思う。
ほむらに気づかれない程度に腰を落とした。

そのときほむらが煙につ包まれていた。
まどかの後を必死で追っていたさやかがようやく追いついたのだ。
そのさやかが消火器をほむらに向けていた。

「早くこっちよ」
さやかがそう言うが、すでにまどかは走っていた。
「え…ちょっとまどか…!」

まどかは器用に片手に謎の生き物を抱き、さやかを担いで走った。
まどかはそのほうが早いと思ったからである。実際、その状態でもかなりのスピードで走っている。
さやかは降ろして欲しいと言うがいまは逃げることが先決であり、さやかの願いが聞き入られることはなかった。
諦めたさやかがこの状況について聞こうとしたとき、さらなる異変が起こった。

周囲の風景が変わっていた。間違いなく今までいた廃墟とは違う。
暗くて不気味な光景であった。その中をなにかがうごめいてた。

ひげを付けた雲という奇怪な姿をしていた。

いつの間にかその雲の群れにまどかたちに迫っていた。
さやかがおびえた。雲たちが害意を持っていることは明らかだったからだ。

まどかは逃げようとしたが目の前が行き止まりになっていた。
まどかはさやかを近くの壁際に降ろし、怪我をしている生き物を抱かせた。
「絶対ここを動かないでね」

まどかがそう言った瞬間に、さやかはまどかが何をする気か分かった。
「そんな…いくらまどかでも無茶だよ」
「大丈夫、絶対に負けないから」

まどかが構えをとった。
両腕を上げ顔の前で軽くこぶしを軽く握る。両足はかかとを地面から浮かせていた。
ムエタイの構えに似ていた。

そのまどかから放たれているものがあった。
それが空間の異様な空気を侵食していった。
まどかの周囲がぐにゃりと歪んだ。

その雲たちがまどかに襲いかかった。
まず、まどかは薙ぐようにしてこぶしを放つ。それが何体もの雲を潰していった。それを何発も連続して放つ。

その足下目掛けて雲が跳んだ。
まどかは腰からひねり右足を跳ね上げる。
その蹴りはその雲のみならず、上半身を襲ってきた雲をも潰していた。
その跳ね上がった足でさらに薙ぐような蹴り技を連続して放つ。
まるで鞭のようにしなる蹴りであった。

雲たちが迫ってくるよりもまどかが潰すほうが早かった。
まどかの放つ異様なものが雲たちを磁石のようにひきつけた。
それが闘いの最中より強くなり、雲たちの引き寄せられる勢いがより強くなる。
それでもまどかは止まらない。
いつの間にか雲たちは消え、周囲はもとの廃墟に戻っていた。

人影が現れた。
「これはどういうことなのかしら」
黄色い髪をしている穏やかそうな少女であった。
縦ロールという特徴的な髪形をしているが、それがその少女には自然であるに思える。
胸が大きい。
先ほどの空間についてなにか知っている様子である。

まどかが聞いた。
「あなたは?」
「あら、あなたたちキュゥべえを助けてくれたの?ありがとう」
「キュゥべえって言うんですかこの子」

ほむらが後ろからやってきた。まどかはいつでもさやかを背負える体制を取る。
しかし、意外なことに所々まどかたちにはわからない内容の話を2人が交わすとほむらは引き下がった。
「ねえ、キュゥべえを治したいから、そこに置いてくれないかしら」
「治す?」
「ああ、そういえば言ってなかったわね」
そう言うと少女は黄色く光った石ころを取り出し、さやかに近づいた。
さやかは呆然とキュゥべえを抱きつづけていたが、それに構わずマミがキュゥベえに光を放つ。
それから放たれる光がキュゥベえを包み込むと傷が塞がっていく。
さやかとまどかは眼を丸くした。
「私の名前は巴マミ。見滝原中学校の3年生で魔法少女をやっているわ」
そう言った。



[28140] 餓狼少女まどか☆マギカ―2―
Name: クライベイビー◆2205aff7 ID:86f2e92d
Date: 2011/06/07 16:39
「助かったよ。ありがとうまどか」

マミに傷を直されたキュゥべえが言う。
キュゥべえを抱いているさやかはいまだに呆けた表情である。
さやかに抱かれながらキュゥべえは続けた。
「僕の名前はキュゥべえ。僕と契約して魔法少女になってよ」

―――よく整理された部屋であった。
学生の一人暮らしという割にはなかなかのものである。
家具だけでなく小物がたくさん、とは言ってもよく計算された配置で置いてあり部屋の雰囲気に調和している。

巴マミの部屋であった。
あの後、キュゥべえを治し呆然としていたさやかを落ちつかせるとマミが部屋に誘ったのだ。
マミの部屋に行くまでの間に何が起きたか、一部始終を話した。
ようやく回復したさやかがまどかの闘っている最中のことについてが話すと、一瞬マミの表情が固くなった。

マミの部屋についてからはマミの用意したケーキと紅茶を囲んで話している。
「おいしい」
まどかがそのケーキを一口で平らげる。ほっぺを膨らませるその姿はリスを彷彿とさせた。
「それにしても使い魔相手とはいえ素手で立ち向かうなんて」
「ああマミさんにも見せてあげたかった、まどかのムエタイを。夢物語かと思ったよ」
格闘技に造詣が深いまどかの親友であるさやかだ。
ムエタイとキックボクシングの違いが分かるくらいには格闘技に詳しい。

その後マミは魔女と魔法少女の関係について言った。

魔女とは人々の絶望が寄り集まってできる。
魔女たちは人々に絶望をばらまきそれがまた新たな魔女を生む。
しかし、魔女は普段結界に潜んでいるので人々には気づかれない。
魔法少女はそんな魔女たちを退治する。
そして魔法少女になるためにはキュゥべえと契約してソウルジェムを持たなければならない。
その契約にも素質も必要あり、その素質に応じたレベルの願い1つだけをかなえることができる。

マミが言ったことを要約すると、そのようなことであった。

「でもすぐには決められないわよね」
「まあ、命がけって言われちゃあねぇ」
「だから提案があるの…魔女退治に付き合ってみない」
まどかが言った。
「あのマミさん…」
「なに、鹿目さん?」
「私も一緒に闘わせてください」
まどかが言う。しかし、マミは厳しい顔をして言った。
「駄目よ。使い魔と魔女とでは比べ物にならないわ」
「そうだよ、生身で化け物と闘ったらだめだよまどか」
「美樹さんの言うとおりだわ。魔女と闘うことだけは許さないわ」
マミの口調が厳しいものになっていた。
「…分かりました」
まどかは残念そうに言った。

翌日の朝まどかが逆立ちのプッシュを行っている。ピンクのジャージに身を包んでいる。
その足の裏の上にはキュゥべえが乗っている。あまり重いものでもないがまどかが思いつきで乗せたのである。
逆立ちのプッシュをしてからいくらか時間が経っているのだろう。
まどかの肌にうっすらと汗が浮かんでいる。
「ねえ、まどか。なんで君はそんな風に鍛えるんだい?」
キュゥべえが不思議そうに尋ねる。
まどかが強い笑みを浮かべて言う。
「強くなりたいからね」
「契約すればきっと誰よりも強くなるよ」
「…そういう問題じゃないんだ」
まどかの笑みが苦笑に変わる。
その苦笑はキュゥべえが言ったことに対してだけでなく、自分も含まれていた。
素手に凝る自分に対しての呆れがあった。

そんな苦笑を浮かべながらまどかには考えていることがあった。
マミのことであった。
マミは1人で闘っている。
そんなマミと一緒に闘ってあげたいと思う。
しかし、マミはそれを許さなかった。
それも当然のことだと思う。
なら、せめてマミに心配をかけないように力を貸せる方法がないか、とまどかは考えていた。
その時、まどかの目にこぶしサイズの石が目に入った。

訓練を終え、朝食を食べてから家を出た後、さやかと仁美と一緒に学校に行く。
まどかの肩の上にはキュゥべえが乗っていたがやはりまどかとさやか以外は気づいてなかった。
仁美が何やら勘違いをしていたが、それ以外は何も変わらない。
昨日使い魔に襲われた割に平和なものである。

「でも大丈夫なの?学校にはあの転校生がいるよ。そいつに襲われたら…」
教室でさやかが言う。正確に言うと実際に声に出してではなく念話と呼ぶべきもので会話していた。
頭の中だけでまどかたちは話していたのだ。
キュゥべえにはそういう能力があった。

「大丈夫、こんなに人がいたんじゃ暁美ほむらも手出しできないよ」
「いざというときは私が暁美さんを止めるわ」
「マミさん、いざというときは私やまどかがついていますよ」
「美樹さんはともかくまどかさんは頼もしいわね」
「ふふん」
「まどかも笑うな」
そのような談笑をしているとほむらが教室に入ってきた。
さやかの身体がこわばる。
まどかはいつでも行動できるようひそかに身構えた。

しかし、ほむらは何もしてこなかった。

―――まどかとさやかは屋上で弁当を食べていた。
まどかは弁当専用の鞄に弁当を持ってきている。炊飯器ほどの大きさがあった。
2層構造になっていて、それぞれにご飯とおかずが詰め込まれていた。
キュゥべえはまどかたちからおかずを分けてもらっていた。
2人と1匹は契約について話していた。

「うーん、やっぱり命がけっていうのはちょっとねえ」
「そうかい?普通は即答してくるんだけどね」
キュゥべえが意外そうに言う。

それを聞いてさやかが言った。
「ねえまどか。私ってさ、幸せボケしてるのかな?」
「幸せボケって?」
「世界にはさあ命をかけてもかなえたい願いをもってるいるでしょ。
それがない私はさあ幸せすぎて命をかけてかなえたい願い事なんてないんだよ。
幸せボケしてるんだ」

さやかが金網に手をかける。自分の中にある後ろめたい感情を吐き出すようにして言った。
「そんな私以外に与えられるべきチャンスだと思わない?」
さやかがまどかに振り向いて言う。

「私はそれに気がついたさやかちゃんはすごいと思うよ」
「……」
「私が契約しないって決めたのだって大した理由じゃないんだ」
まどかが自分で作ったこぶし見て言う。

「強くなりたいんだ…できることなら素手で。ただの下らない意地なんだよ」
まどかが微笑を浮かべて言う。優しく諭しているようにも見えた。
「大丈夫だよ。さやかちゃんがそう思ったことだってきっと無駄にはならないよ」
さやかはまどかの微笑にほだされるようにして、ゆっくりと笑った。

―――つかつかという足音が聞こえる。
まどかが屋上の入り口を見た。
ほむらが屋上にやって来ているところであった。
まどかとさやかがほむらを見る。
ほむらもまどかとさやかを見る。
このときまどかは弁当を膝の上に乗せていた。
炊飯器ほどの弁当が目に入ったほむらは笑っているような困っているような顔をした。
まどかがキュゥべえを引き寄せる。

そんなまどかを見てほむらが言う。
「大丈夫よ。本当ならそいつと引き合わせる前に終わらせたかったけど、もう手遅れだし」
「物騒なことを言うね」
ほむらの表情が元に戻る。まどかは微笑を浮かべたままだ。
「で、どうするつもり」
「…契約するつもりはない」
「そう良かった。安心したわ」
「ねえ1つ聞いていい?」
「なに?」
「あなたはどうしてキュゥべえにあんなことをしたの?」
「…もう自分と同じ被害者を生まれて欲しくないからよ」
「へぇ…それは命がけで戦い続けることを言っているの?」
「もうこれ以上は話せない……絶対にそいつと契約しないで」
そう言ってほむらは屋上から降りて行った。

学校が終わった後まどかたちはマミと落ち合った。
喫茶店で話をしてから魔女退治に行こうということになった。
「さてこれから魔女退治に行くことになるけど何か準備してきた?」
「こんなもの用意してきました」
そう言って金属バットを鞄から取り出す。
「まあ、ちゃんと考えてきたことはありがたいわ」
マミは苦笑しながら言う。

「まどかさんは何か用意あるの?」
「はい。これを持って来ました」
そう言って鞄からこぶしほどの大きさの石を取り出した。
訓練をしているときに見つけたものである。
さやかとマミは目に見えて動揺した。
「……まどか…何これ?」
「えっと……どうやって使うのかしら?」
「投げて使います」
まどかが事もなげに言った。
当然のことのように言うまどかに2人は圧倒された。
妙なところで気が強いと言われるのは、まどかのこういうところに原因があった。
使い魔程度が相手なら十分効果的だろうとマミは思うことにした。

―――会話もそこそこにまどかたちは魔女退治に向かった。
ただひたすら地味な作業である。
魔女が出そうなところをソウルジェムの反応があるまで巡回し続けるというものである。
まどかたちが適当に話しながら歩いているとソウルジェムが強く光りだした。
どうやらビルに魔女が結界を張っているようである。

ビルに近付くとまどかには屋上に女性が見えた。今にも飛び降りそうな状況であった。
「マミさん!」
「…っ!」
マミが気がついた時にはもうその女性は飛び降りていた。マミがその女性のもとに駆けながら光に包まれる。
その光が晴れたときにマミは黄色を基調にした衣装に身を包んでいた。
その横をまどかが駆ける。

マミから光の筋が放たれる。それが女性を包み込み、落下の勢いをやさしく受け止めた。
まどかは女性に近づき目立った怪我がないことを確かめると、胸に耳を当てた。
異常はないようである。
まどかたちは胸をなでおろした。

「女の人にあった紋章のようなものは何ですか」
女性の首の付け根にあった不思議なマークについて、まどかは聞いた。
怪我の類ではないように思えたので確認を優先したが一応聞いておくべきだと思ったのだ。
「魔女の口付けよ」
「口づけ?」
「魔女に魅入られたものにはこれができるのよ。魔女が近くにいる証拠ね」

なるほどとまどかは思う。そう言われてみれば何かの気配を感じる。
まどかの肌がそういう異様な空気を察知していた。

「それじゃあ行こうかしら、その前に…」
「おお」
おもむろにマミがさやかの持っている金属バットをつかんだ。
バットが一瞬ぐにゃぐにゃになったかと思うと、なかなかにファンシーな外見の棍棒に変わっていた。

「用意はいい?」
そう言ってマミが振り返る。
「はい」
「はい」
さやかは少しぎこちなく応え、まどかは笑顔で応える。

マミが魔女の結界への入口を開き、飛び込んだ。
まどかとさやかはそれにつづいた。

結界の中に入るとまどかたちを使い魔たちが待ち受けていた。
かなりの数いる。
それを召還したマスケット銃でマミが使い魔を打ち抜いてゆく。

危なげない闘いであった。
射程が広いためにまどかたちを守りながらでも楽に闘っている。

しばらく進むと結界の最深部まで来ていた。そこには扉があった。
それを次々と開いていくと広い空間があった。
魔女が姿を見せた。
その空間の中にたたずんでいた。
蝶の羽を持ち、頭であろう部分には薔薇が付いていた。
「うわっグロイ」
さやかが言う。まどかも同じ見解であった。

「ここから出ないでね」
マミがバットから変えた棍棒を地面に突き刺すと、そこを起点として円形に光が発生した。
結界ができていた。
使い魔くらいなら寄せ付けないものである。
さやかはおとなしく従う。まどかもそれに従った。
こぶしも蹴りも届く距離ではない。
しかし、まどかは自分にできることがないとは思っていない。

まどかにはマミを援護する手段があった。

魔女に向かって飛び出したマミはマスケット銃を地面に突き刺すようにして召喚した。

それを拾いながら、つぎつぎと銃弾を撃ち込んでいく。
魔女はそれを縫うように飛んでかわす。
魔女の触手が大きなバイオリンの箱をつかみ投げる。
マミは勢いよく飛んできたそれに銃弾を放つ。勢いを削いで跳んでよける。

その跳んだ先でまたマスケット銃を召喚し、銃弾を放つ。

そのマミの足元に触手が静かに伸びてきている。マミの死角から伸びてきていた。
マミは気づいていない様子であった。

「…なっ!?」
マミが驚愕の声を上げる。
触手がマミをつかもうとした瞬間、勢いよく飛んできた何かが触手を引き千切ったのだ。
まどかが持っていたこぶしほどの石であった。

―――まどかはマミの足元の触手に気がついた。
まずいと思う。このままではマミが触手につかまってしまう。
まどかはこぶしほどの石を握る。足を振り上げ大きく振りかぶる。
「まどか……何をしているの?」
マミを見ていたさやかはようやくまどかの様子に気がついた。
さやかにはまどかの身体がひとまわり大きくなったように見えた。
まどかが腕を大きく振り、石を投げた。

そのまどかが投げた石が触手を引き千切ったのだ。

それを見た魔女が突然まどかたちに向かってきた。
いや、正確にはまどかにをターゲットにしていた。
まどかの投擲を脅威に感じたらしかった。

マミがマスケット銃で止めようとするが、銃弾は当たらない。
「こっちに来る!」
「な…早く逃げなさい!」
さやかとマミが焦ったように言う。
どうやら結界は魔女が相手では頼りないものらしい。

キュゥべえが言う。
「マミは間に合わない。早く僕と契約するんだ!」
魔女はもうすぐそこまで迫っている。
そのとき結界の外に出る人影があった。

まどかである。

「なっ…鹿目さん!」
マミが声を張り上げた。
まどかはそれが耳に入らない様子で魔女を見つめている。
そうしている間にまどかと魔女の距離は狭まって行く。

魔女の放つ魔力にまどかが包まれる。
それでもまどかに怯えた様子がなかった。
逆に身体の中で湧き上がる闘士を表すようにまどかが笑みを浮かべた。

魔女とはこういうものかと思う。
今まさに未知のものと戦うのだということを強く意識する。
まどかは自分の体温が高くなるのを感じた。

さやかはそんなまどかを止めようとしなかった。
まどかに溢れているものがそれを許さなかったのだ。
さやかは静かに結界の中からまどかを見守る他なかった。

まどかは腰を低くする。
右手を前に突き出し、左手で作ったこぶしをひねり腰の横に軽く置く。
足は肩幅以上大きく広げた。

正拳突きの構えであった。その場で魔女を迎撃するつもりであった。

魔女が猛スピードで飛び込んでくる。
まどかが正拳を放つ。
魔女の顔面であろう箇所に正拳がめり込み、魔女の動きが止まった。
魔女が突っ込んできたときの勢いが正拳突き1つで殺された。

「そんな……あり得ない」
マミが呆然とつぶやいた。まどかを助けに行くこと忘れてしまうほどの衝撃がマミを襲った。
マミからぬ失態である。
もはやその闘いに手を出せる者はいなかった。

「くううっ」
まどかが呻く。魔女を正面から正拳で迎撃したが、まどかのほうにも強い衝撃があったからだ。
しかし、それに構わず正拳突きを2撃、3撃、4撃と打ち込んでいく。
5撃目は魔女が後方に大きく飛び上がることで避ける。そのまま空中に逃げるつもりなのであろう、魔女は羽を広げる。
まどかが跳躍する。魔女が上昇しきる前にしがみ付く。魔女はまどかをしがみ付けたままさらに上昇する。
魔女がまどかを振り払おうともがく。
まどかは手がめり込むほどの力で魔女を掴みながら、魔女の後方に回り込む。
片手で魔女をつかみながらもう片方の手で手刀を作る。
魔女の片方の羽に貫き手を放つ。
羽を突き破る。
その突き破った貫き手で引っこ抜くようにして魔女の羽を剥ぎ取る。
「みぎゃあああああ」
魔女が絶叫を上げる。
それと同時に魔女の身体ががくんと下がる。
頭を下に、魔女が放物線を描いて落下していく。
まどかは素早く頭を上にすると、力を込めるために腕と脚を曲げる。自然と魔女に身体を押しつけるような形になった。
魔女が地面に激突する。
その直前に込めた力を解放した。
まどかの身体が勢いよく跳ね上がる。その頂点で後方に一回転して着地する。

まどかが魔女に視線を向ける。
魔女の身体には変色した箇所が無数にあった。まどかが力強くつかんだ箇所である。
残ったもう片方の羽は落下の衝撃でひしゃげている。
魔女はピクリとも動かない。

すると魔女の身体から光があふれてきた。最初はほんの少しだったそれが魔女を包み込むと、魔女の姿が消えていた。
それと同時に結界の風景がまるで蜃気楼だったかのように消える。
元のビルの風景に戻っていた。
「押忍」
すべてが終わったことを確認するとまどかは呟くように言った。

「心配させやがって」
さやかがまどかの胸に顔をうずめながら言う。
泣いているようにさやかの肩がふるえていた。
まどかは少し恥ずかしそうな顔をさやかを両の手で包み込む。

そんな2人にマミが申し訳なさそうに近づいて言った。
「ごめんなさい。私、魔法少女失格だわ」
自分が呆然としたことに対して言っていた。

もし、自分を取り戻していれば加勢することもできた。
少なくともまどかに危険な着地をさせることはなかった。
しかも、まどかを危険な目にあわせただけでなく、さやかを泣かせてしまった。
それらに対しての罪悪感があった。

「…確かにそうかもしれませんね」
まどかが静かに言う。マミは辛そうに顔を下に向ける。
「でもこれからは違います」
「えっ」
「1人で闘っていればそういうこともあります……だから私も一緒に闘います」
「だめだよまどか」
「大丈夫だよ、さやかちゃん」
「でも」
「マミさんがこれから1人じゃないように、私も1人じゃない」
「……でも!」
「お願い信じて」
まどかが言う。凛とした表情をしている。
さやかはまどかのその表情の意味を知っている。
まどかがやり抜くと決めた時にいつもする表情であった。
もう誰もまどかを止めることはできないだろう。
さやかはそう思った。

「…分かったわ。なにがなんでもやり抜くのよ…絶対に」
「ありがとうさやかちゃん……マミさんお願いします。私も一緒に闘わせてください」
マミがさやかをそして、まどかを見る。
「…あなた達には驚かされたわ…いいわ、これからよろしくね、鹿目さん」
マミが諦めたように言う。
その内容はまどかが闘うことを認めたさやかに対しても向けられていた。
その中には少しだけ嬉しそうな仕草と今にも泣いてしまいそうな雰囲気が混ざっていた。

「ねえ、マミさん」
「なにかしら」
ふと、まどかが思いついたように言った。
「明日は私たちと一緒にお弁当を食べませんか?」



[28140] 餓狼少女まどか☆マギカ―3―
Name: クライベイビー◆2205aff7 ID:86f2e92d
Date: 2011/07/03 14:17
ある病院の一室であった。
小さめの冷蔵庫と洗面台が壁際に設置してあり、窓際に1つのベットが置いてある。
その窓からは見滝原の風景を見ることができる。
その窓は今は開け放たれており、さわやかな風が入ってくる。

そこに2人の男女がいた。

1人は青い髪をした少女である。さやかであった。
ベットのそばの椅子に座っている。
もう1人は少年であった。どこか女性的なものを感じさせる容貌をしている。
上条恭介。さやかの幼馴染である。
ベッドの上で上半身を起こしている。
左腕をベットの上にごろんと転がしている。

恭介はバイオリンの才能を持っていた。
将来を有望視されているヴァイオリニストであった。

その腕が動かなくなっていた。
左腕である。
弦を押させるほうの腕である。
不慮の事故で手首から先の感覚がなくなり、指が思うように動かないのだ。

さやかは放課後時間のある限り、恭介のお見舞いに来ていた。

さやかがCDを恭介に渡す。クラシックの曲名が英語で書いてある。
恭介がそれを右手で受け取った。
それを受け取るときの浮かんでいる笑みが恭介の心境を表していた。

「いつもありがとうさやか。君は名曲を選ぶ達人だね」
恭介の声が興奮で濡れていた。その声はさやかに何かを促しているようでもある。
「分かってるって」
恭介が自分に何を望んでいるかさやかは知っていた。
「まどかのことだよね」
見た目とは裏腹に剛毅な親友を思い浮かべ、誇らしげに笑った。

それはほんの些細なきっかけだった。
ほんの小話としてまどかのことを話したのだ。
それからである。
さやかが見舞いに行くたびにまどかの詳細な話をするようになった。

―――あるときはまどかが聞かせてくれた格闘技のうんちくを
―――あるときはまどかが見せてくれた型や技の素晴らしさを
―――あるときはまどかの筋肉のしなやかさ、それを見たときどう思ったかを
―――どのようにトレーニングをしているかを

まどかに関することで話が尽きることはなかった。
その話を聞くたびに恭介の身体の中に燃えるものがあった。
まどかとは知り合いではあるが、さやかから聞かされる前まではそんなことは知らなかった。
女子が強くなることを志す、その事実に愕然とした。

その驚愕が熱に変わった。その熱が恭介を激しいリハビリに突き動かした。
激しいといっても医者に許された範囲内ではあったが、その範囲内でできることは全てやった。
初めて感じた苦痛もあったがそれでもやめなかった。
それが成果として現れた。

最初は車いすでの移動しかできなかった。
それが杖を使って歩けるようになり、さらに、今ではスクワットを1日に何十回かは出来るようになっていた。
予定ではまだ車いすを使っているはずである。
それが恭介の淡い自信になっていた。
より短時間で成し遂げた自分に対しての自信である。

後は左腕が動くようになるだけである。
そういうこともあってか、さやかも進んでまどかの話をしていた。

そういう話をしているといつの間にか日が暮れていた。
さやかの帰り際に恭介が言った。
「鹿目さんの話は本当におもしろいね」
「いやぁ、我ながらおもしろい友人を持ったよ」
「本当に楽しかったよ。またいつでも来てくれ」
「うん、それじゃあ」
そう言って、さやかが病室を出て行く。
出て行ったのを確認するとCDをポータブルのプレイヤーで聞き始めた。
右手でイヤホンをつける。
聞きながら先ほどの会話を思い出した恭介の口元は、自然と三日月を描いていた。










屋上でまどかが昼飯を食べている。
炊飯器ほどの大きさがある弁当箱である。そこにご飯とおかずがたっぷりと入っている。
それと隣り合うようにして2人の少女が座っている。その少女たちも弁当を持っている。
さやかとマミである。魔女退治の後まどかがマミを誘ったのである。
キュゥべえはベンチの隅で丸くなっている。

「う~~ん、まどかのご飯は相変わらずおいしいね」
「そうね。でも量がすごいわね」
「私の身体にはちょうどいい量ですよ」
「さすが格闘家だけあって言うこと違うわ」
「照れるね」
そう言ってまどかが口いっぱいにご飯を放り込む。そういう食べ方が不思議と似合っていた。

「そう言えば」
マミが何かを思い出したように言った。
「美樹さんは何か願い事は決まったの?」
「…そのことなんですけど…他人のために願いをかなえるってどうなんでしょう」
「それって上条君のこと?」
「うん…まあね」
キュゥべえと契約することは魔法少女になることである。
その契約の際に1回だけ願い事をかなえるチャンスがあるのだが、マミはそのことを言っていた。

「あまり感心しないわね」
「…やっぱりそう思いますか」
「あら、わかってたの」
「…水は差したくないので」

さやかは恭介について考えていた。
恭介の左腕は今動かないし、最悪の場合動かないかもしれない。
もし、恭介の左腕が動かなくなればヴァイオリンを続けることはできないだろう。
それに対して自分は大したことはできないだろう。
しかし、例え一生を懸けたとしても叶わないことが叶うチャンスが目の前に転がっている。
命懸けで願いを叶えたい人がいるのならチャンスを譲りたい。

しかし、その一方で余計なお世話なのではないかとも思っていた。
さやかは恭介のリハビリの様子を何度か見たことがあった。
そこには情熱を持ったただ1人の男がいた。苦痛に耐える男の姿があった。

「そこまで分かっているならなにも言うことはないわ。ただ契約するなら納得したうえでして欲しくて」
「そういえば、マミさんはどんな願い事を叶えてもらったんですか」

さやかがそう言うとマミは少しだけ戸惑うそぶりを見せた。
「…さやかちゃん」
「いや…すいません。言いたくないようなこと聞いちゃって」
「いいのよ。ただ私の場合は選んでる余裕はなかったから…」
そう言うマミは過去を思い出すように言った。
しかし、不思議と悲しさはなかった。

マミの願いは交通事故から助かることだった。
家族旅行で車での移動中に交通事故にあったのだ。
炎に包まれた車の中でただ焼け死ぬところでキュゥべえに会ったのだ。選んでいる暇はなかった。
そのときの光景を思い出したマミであったが、自分があまり動揺していないことに気がついた。

―――どうして悲しくないの?
そう考えたときにまどかがこれから一緒に闘ってくれるからだということに思い当った。
今までであれば1人で闘うこれからの自分も相まって余計に気分が沈んでいただろう。
しかし、まどかが隣に居てくれるだけでなく闘ってくれる。
だから悲しくないのだ。
いままでさびしいと思っていたからこそ、より強烈に満たされているように感じるのだ。

生身の人間を対魔女戦で頼もしく感じること自体が異常であるが、まどかが素手で魔女を叩きのめしたときのインパクトがそれに勝った。
まどかを止めていたかもしれないさやかの激励がそれに拍車をかけた側面もある。
さやかの激励がまどかの決意の強さを表していたようにマミには思えた。

「そうね…鹿目さん一緒に闘ってくれるのよね」
「はい」
「ありがとう…美樹さんも鹿目さんを応援してくれてありがとう」
「うん。さやかちゃんもありがとう」
「いや~、どうせ止めても聞かなかったでしょ」
そう言ってさやかが笑う。それにつられてまどかとマミは笑みを浮かべた。

マミにとっては久しぶりに楽しい昼食であった。










まどかとさやかは病院に来ていた。
さやかのお見舞いにまどかが付き合うことになったのだ。
最初はマミの魔女狩りについていこうと思っていたが、マミにさやかと一緒にいて欲しいと言われた。
契約のことで決心がつくまでさやかと一緒にいてあげて欲しい。
さやかの相談相手として親友のまどかが最も適しているという考えによってである。

そうして病院に来たまどかとさやかであったが、病室に恭介はいなかった。
看護婦に聞いても分からないとのことで、病院内をほっつき歩いてるのだろうとまどかとさやかは思った。
この病院は広いので探してもかなりの時間を要するだろう。
かといっていつ病室に戻ってくるか分からないので、その日は諦めることになった。

そうして病院の外を出たときまどかは何かの気配を感じた。
その気配が流れてくる方向を見ると意外なものを見つけた。

「グリーフシード?」
「え?」

遅れてさやかもそれを見る。
それは球体から針を生やしたような黒い石であった。
まさしくグリーフシードであった。

グリーフシードとは魔女を倒して初めて手に入るものである。
魔女の卵であるが基本的には害がなく、消耗した魔力を回復してくれる。
前日、魔女退治が終わった際にマミからそう聞いている。

それが病院の外壁に刺さっていた。

「大変だ、このままじゃ魔女の結界ができてしまう」
「そんな!?」
キュゥべえの言葉にさやかが動揺を見せる。
それを見てまどかは決意を固めるように言った。
「わたしがここに残るからさやかちゃんはマミさんを呼んで来て」
「でも―」
「マミさんの携帯番号聞いてないし、わたしが見張っていれば少しは安全でしょう」
「じゃあ僕はまどかと一緒にいるよ。テレパシーで安全なルートを案内できるし」
「…わかった、こっちのことは任せたよまどか」
そう言ってさやかはマミを呼びに行った。

グリーフシードは怪しい光を出している。
その光がひと際大きく輝いた瞬間、この世にあらざる世界が出来上がった。









まどかは結界の中で使い魔たちと闘っていた。
使い魔たちが四方八方襲ってきているがそれらを一撃ずつ叩きのめしている。
拳、肘、手刀、足、足刀―――
回転しながら身体のあらゆる部位を使っている。
守る対象もいないので伸び伸びとした動きである。
その表情にはゆとりさえ感じさせる。

キュゥべえは危ないのでまどかから少し離れたところから付いていく。
使い魔が全滅したときすでに魔女の住処、すなわち結界の最深部にたどり着いていた。

そこには人形がいた。
マントをはおったマスコット思えるほど愛らしい姿をしている。
そこから放たれる絶望の混じった魔力の奔流がそれを魔女だと証明していた。
まどかはその場で構えた。
右足を後ろ左足を前、左手で作った拳を前に右手を身体によせた。
一見ボクシングの構えにも見えるがそうではない。
それよりも腕の間隔が広い。突きだけでなく蹴りにも対応できる構えである。

まどかと魔女が睨み合う。
まどかの身体から殺気がにじみ出る。
それに反応するように魔女の身体がぴくりと跳ねる。
しかし、飛びかかってはこない。

いくらかそうしてからまどかは口を開いた。
「魔女さん。その手には引っかからないよ」
魔女はまどかの意図を察したようなそぶりを見せるが動かない。

瞬間―――
まどかが魔女に迫った。予備動作を感じさせない動きである。
向こうから仕掛けてこないのを悟ったまどかはこちらから攻めることにした。

―――拳
前傾姿勢のまどかは突きを放つ。
まどかの予想に反し、その突きは魔女をあっけなく吹き飛ばした。
魔女の顔面はその一撃で陥没している。
一撃受ければ絶命しかねない拳をまどかは叩きこんだ。
しかし、まどかは警戒を解かない。
拳を叩き込んだ瞬間にある感情が流れてきたからだ。
初めて対面したはずのまどかに対しての強い怒りである。

なにをしかけてくるの?
魔女がこんな簡単にやられるはずがないよ。
まだ終わってないんでしょう?
怒ってるんでしょう?
気に入らないんでしょう?
わたしはここにいる。
だから、不意打ちでも何でもすればいい。

魔女の口がいびつに開かれる。
そのくちから本体が一直線に飛び出してきた。
それは蛇のような黒い身体に赤の斑模様、そして白い頭部を持った魔女であった。

ああ、わたしを食べようとしてる。
でもその牙じゃわたしの筋肉は噛み切れない。
それにほら。
後ろに下がれば簡単に避けれる。

「まどかぁ!」
うん?この声はほむらちゃん?
わたしのこと心配してくれてるんだ。
うれしいよ。
でも大丈夫、もう終わるから。

まどかの左足が垂直に跳ね上がる。
魔女に叩き下ろす。
魔女の頭部がかかとと地面でサンドイッチにされた。
ネリョチャギ―
テコンドーでそう呼ばれる蹴り技で、分かりやすく言うとかかと落としである。

そのかかと落としはサンドイッチだけでは済まさなかった。
さらにその魔女の頭部にかかとが埋まっていく。
最終的にはつま先が見えなくなるまで頭部に埋まった。
頭部はほとんどつぶされ、衝撃から魔女の口からおそらくは脳漿とおもわれる部分が吐き出された。

絶命している。
まどかがそれを確認したとき、結界が消えてなくなっていった。










結界がなくなるとそこにはほむらがいた。
まどかが闘うことがどうしても許せないのだろう。
ほむらが詰め寄ろうとしたそのとき、震える声をかける者がいた。
「…鹿目さん」
「上条君」
「…まずいところを見られたわ」
恭介が全身を震わせながら歩いて来ているところであった。
歯をかちかちと言わせている。

「僕を…」
何かをこらえるように言葉を吐き出す。
上手く口が動かせないらしい。
それでも肺から空気を絞り出すように、祈るように言った。
「弟子にしてくれぇっ!!」



[28140] 餓狼少女まどか☆マギカ―4―
Name: クライベイビー◆2205aff7 ID:86f2e92d
Date: 2011/08/07 00:11
左腕が動かない。
担当医からそう言われた恭介であったが、意外とショックは少なかった。
その事実を受け入れることは簡単だった。
しかし、その先がいけなかった。

いままでヴァイオリンで生きていくだろうことに疑いがなかった。
それがなくなった。
ヴァイオリンに向けていた情熱の行き場をなくしてしまった。
それどころかその情熱すら感じられなくなってしまった。
そういう意味で恭介の心は空っぽだった。

それを紛らわすように歩いていた。
それとどう向き合えばいいのか恭介にはわからなかった。
そうして歩いていると、いつの間にか得体のしれない場所にいた。
魔女の結界、その異様な空間で対峙しているものがあった。

鹿目まどかと人形のような魔女である。
一見ただの人形にしか見えないが恭介には自然と分かった。
おそらくはあの人形がこの空間を作ったのであり、それにふさわしい力を持っているのだろう。
普通であればまどかが敵うはずがないように見える。
しかし、まどかの身体から溢れているものがまどかとそれを互角に見せた。
おそらくは長い闘いになる。
そこまで思った時―――

まどかは魔女を打ちのめした。
圧倒的であった。

そのやり取り、特に一番最後のかかと落としを見たとき震えが止まらなくなった。
身体の中から震えが湧いても湧いても止まらないのだ。
―――たまらない
先ほどまでの無気力など吹き飛んでいた。
空っぽだった心に熱いものが流れ込んできた。
―――これしかない
恭介の足は自然とまどかのほうに引き寄せられていた。
ぶるぶる震える足をなんとか交互に出す。
「僕を…」
息がうまく吸えない。
それでもなんとか肺に残った空気を絞りだした。
「弟子にしてくれぇ!!」

まどかは恭介を見る。
その眼の中に何が宿っているか見通すような眼をしている。
それが恭介に宿る熱を捉えた。
ぶるりと震えてからまどかは興奮でぬれた声で言った。
「上条君はなんで弟子入りしたいのかな?」
「強くなりたいからです」
かすれた声で恭介が言った。
「わたしがやったあんなことを覚えたいの?」
「はい」
「蹴りや突きを覚えたいの?」
「はい」
「練習きついけど大丈夫?」
「やれます」
そして最後にこう言った。
「わたしでいいんだね」
「はい」
恭介の声が赤みのかかった空に消えていった。

そのあとさやかとマミと合流した。
ほむらはマミとさやかを見て慌てて姿を消した。
まどかがことの顛末を説明すると、さやかは恭介と一言二言交わした。
「弟子入りするんだって」
「ああ」
「やりたいことが見つかってよかったね」
「うん、とってもうれしいよ」
恭介が言うとさやかのこわばっていた顔がいくらか緩んだ。
さやかは言った。
「まどか、恭介のこと頼んだよ」
まどかは静かにうなずく。
そのあと恭介が近いうちに退院になることを伝えた。
その後、まどかとさやかはマミと携帯の番号を交換した。





翌日の朝、トレーニングを終えたまどかは朝食を摂っていた。
何かが書かれた紙をじぃっと見ている。
それを詢子がやんわりと注意する。
「まどか、ご飯中は行儀良くしよう」
「ごめん、ちょっと待って」
そう言ってかばんの中に紙をしまった。
「なに?新しいトレーニングメニュー?」
詢子が言った。
「うん…まあそうかな」
まどかは少しぼかすようにして答えた。
実際に言えば確かにまどかの新メニューがそこには書かれていた。
しかし、それだけでなく恭介にどのようなものを教えるかというメニューもそこには書いてあった。
時折浮かぶまどかの笑みが心情を表していた。

その日学校ではさやかが妙に明るかった。
恭介がヴァイオリンを弾けなくなっても新しい目標を持ったことがうれしいらしい。
一晩たってからようやくその感情にさやかは追いついた。
まどかと顔を合わせるときは決まって恭介について話した。
それは仁美とマミが一緒のときでも変わらなかった。
それを聞いた仁美は怪訝な顔をし、マミは反対に笑顔になった。





放課後、まどかが歩いている。
川沿いの道で、向かいには工場が見える。
もうすでに夕方であり空に赤みがかかっている。
まどかはごく自然に歩いているように見える。
しかし、神経は尖らせてある。
何かを探しているようにも見える。

実際まどかは魔女の気配を探っていた。
魔女や使い間の放つ独特の気配は遠くからでもわかるという自信があった。
それは昨日、グリーフシードをその気配によって見つけたことで確信に変わった。
それで2手に別れて探すことになったのだ。
片方が見つけたら連絡して、2人揃ったところで決壊に突入という段取りになっている。

そのまどかの後ろから追いかける者がいた。
暁美ほむらだ。
ほむらは追いついてからまどかに言う。
「もうこんなことはやめて」
「どうして」
「こんなことを続けていたらあなたは死んでしまう。ましてや生身の人間が…」
さえぎるようにまどかが言った。
「大丈夫。それにわたしが魔女を狩ることで町の人間が守れるならやめないよ」
「ダメよ。それにあなたが亡くなったら家族が悲しむでしょう」
ほむらは相変わらず顔色を変えずに話している。

「本当はねそれだけじゃないんだ…」
声色が変わった。
怖いものがまどかから溢れてきた。
「わたしは闘えるんだ」
「――――」
「理由がなくても闘えるんだ」
「!?」
「もし魔女がいなくても強い人とスパーリングもするし試合だってするし、もしかしたらストリートファイトだってあり得るかもしれない」
「―――」
「魔女がいてもいなくても同じなんだ」

ほむらがくずれ落ちた。
膝に力が入らなくなっていた。
まどかが言っていることを考えれば言葉で説得などできるものではない。
本当であれば相手が人間から魔女になっただけだということになる。
それをほむらは理解した。

まどかは言う。
「だからもう引き返せないんだ」
「……まどか」
「やめないよ」
そういってまどかはほむらに背を向けた。

「勝負しなさい。鹿目まどか」
その背にほむらが言った。
もう先ほどの動揺は見られなかった。
「もしあなたが負けたなら魔女とはもう関わらないで」
「いいよ」
「じゃあ場所を変えましょう。いい場所を知っているわ」





場所はそう遠いところではなかった。
近くの公園で一面芝生で覆われている。
もしここで相手を投げてもある程度のダメージは軽減されそうであった。
「どちらかが地面に倒れたら負けね」
そこに着くなりほむらが言った。
まどかとしても進んでだれかを傷つけたくない。
ほむらが他人には思えないまどかにとって悪くない提案であった。
魔法少女に変身したほむらがまどかに言う。
「じゃあ始めましょうか」

まどかは無言で構える。
ほむらも構えた。
2人の距離は2.5mほどある。
まどかは腰を低く構えている。両の掌を顔面から拳みっつ分、離したところに置いた。
組みつくことが狙いだとはっきりとわかる。
ほむらは右手についた盾を左手で持っただけの構えだ。格闘技のセオリーとは程遠い。

そしてまどかはその意味を察した。

まず魔法少女としての能力が鍵になっている。
発動した瞬間に勝負が決するほどのものかもしれない。
少なくとも時間稼ぎくらいにはなるのだろう。
そうでなければほむらは隙だらけの構えは取らない。

そして、その能力以外にほむらの勝機はなかった。
魔法少女の身体能力は高い。しかし、それは普通人と比べればである。
まどかにそれは当てはまらず、接近戦では勝つ方法はないからだ。

そして、おそらくほむらはまどかが隙を見せるのを待っている。
まどかが姿勢をくずした時に発動するつもりなのだろう。
まどかが万全の状態で発動しようとすれば先にやられる。
そういう確信がほむらにあった。
つまり、まどかがほむらに組みつくのが先かその組みつくまでの間にほむらが能力を発動するかが勝負になる。

しかし、まどかのその考えには誤りがあった。
ほむらが最も早く能力を発動できるのはその構えであるが、構えなくても能力を発動できることだ。

ほむらがまどかの挙動をじいっと見ている。
そういうにらみ合いがしばらく続いた。
―――疾
まどかが動いた。
タックルである。
予備動作はほんの少ししかない。
ほむらは能力を発動しようとする。
しかしまどかはわずかに届かない。
―――決まった
ほむらがそこまで思ったときほむらの意識がぶれた。。

まどかの蹴りだ。
タックルの前傾姿勢からまどかは蹴りを放ったのだ。
タックルで来ると思っていたところで蹴りを放たれたほむらは全く反応できなかった。
能力を発動する直前の絶妙なタイミングで放たれた予想外の蹴りは、ほむらの顎をかすめていた。
その脳震盪によってほむらの意識が一瞬ぶれたのだ。

まどかの身体はそうしている間にも前に出ていた。
まどかの体は宙に浮いている。
蹴りを放つときに地面を蹴っていたからだ。
ほむらが予想外の行動であっけにとられている間に、まどかはその体勢でしがみいた。
ほむらは能力を発動しない。
身体が接触している状態では発動できないのだ。
まどかはほむらをそのまま押し倒した。

「私の勝ちだね」
まどかが笑って言った。
ほむらはその笑みの中に獣を見た気がした。

まどかとほむらが歩いている。
ほむらがまどかについてきている形だ。
「…わかったわ」
不意にほむらが言った。
「あなたが闘うことをやめないことはよくわかったわ」
「―――」
「わたしはあなたを止めないし止められない」
「…ありがとう」

それを聞いてからほむらは俯いて言った。
「ねえ、わたしに何か出来ることある。練習の手伝いとか…」
「わたしはねほむらちゃん、ほむらちゃんと遊びに行ったりごはん食べたり、そういうことしたいな」
「え?」
「それでさ、さやかちゃんとマミさんも誘って一緒に行くの。きっと楽しいよ」
「……」
「だからみんなと仲良くして欲しいな」
「…努力するわ」
「できるよきっと。だってわたしが怪我しないようにわざわざ芝生の公園に連れてったんでしょ」
「…なんのことかしら」
そう言いながらもほむらは顔をうっすら赤くしていた。



[28140] 餓狼少女まどか☆マギカ―5―
Name: クライベイビー◆2205aff7 ID:86f2e92d
Date: 2011/08/09 21:03
まどかは通学路を歩いている。
横にはさやかと仁美がいる。
その2人とは反対側にはほむらがいた。
今までほむら誰かと親しげにしたところを見たことがない。
それがまどかと一緒にいた。
「ねえほむらちゃん」
「なにかしら」
「プロレスって知ってる?」
「わたしプロレスは見たことないのだけれど。おもしろいの?」
「うん。プロレスはね―――」
そういう話をしている。
さやかと仁美はすでに何回も聞いている話だ。
そんな2人を仁美は不思議そうに見ていた。
最初さやかは警戒していたが、ほむらの雰囲気がどこか丸くなっていることに気がついた。
それからは警戒を解き、2人の会話に静かに耳を傾けた。

学校に着いた後もまどかとほむらはごく普通に話していた。
それに驚いているクラスメイトもいた。

午前中の授業が終わってからは一緒に昼飯を食うことになった。





屋上ではさやかとマミとまどか―――そこにほむらが加わっていた。
マミはほむらを見る。
その視線には困惑があった。
その一方でさやかは落ち着いている。
朝に見たほむらの様子からさやかはもうほとんど疑っていなかった。
むしろ何故まどかとの距離が小さくなったのか、それをまどかが言うことを期待している。
「ねえ鹿目さん。どうして暁美さんと仲良くなったの?」
マミがまどかに聞いた。
ほむらが顔を赤らめて答えた。
「わたしがまどかに負けたからよ」
「負けた!?」
「まどかと勝負をしたの」
「どうしてそんなことをしたの!?」
マミが取り乱した。
それを制止するようにまどかが言った。
「ここから先は私が説明します。実は―――」
まどかは昨日のいきさつについて話した。

「そういうことがあったの」
「うん。で、わたしが勝ったから魔女退治を認めてくれたんだよね」
「…どうせ言うこと聞かないしね」
ほむらがまどかに応える。
そんなほむらを見ながらさやかが言った。
「ふーん。まあ怪我しないように配慮してくれたなら文句はないよ」
「そうね。意外とやさしいところもあるのね」
「さあ、わたしが怪我したくなかっただけよ」
「あなたはもう少し素直になったほうがいいわ」
「わたしは思ったままを言ってるだけよ」
そう言ってほむらは仏頂面をくずさない。

「まあいいわ。それで暁美さんは魔女退治に協力してくれるの?」
「構わないわ、キュゥべえとまどかが契約しないように見張りたいし。そういえばキュゥべえは最近見ないわね」
「キュゥべえはいなくなったよ。『他の魔法少女候補を探しに行く』だって」
まどかが答える。
ほむらが言った。
「それはよかった」
「わたしもまどかも契約はしないからまあ当然だよね」
「でもマミさんのところには出てくるんですよね」
「ええ。わたしがあの子を必要に思ったときは都合よく出てくるわ」
マミはキュゥべえがグリーフシードに穢れが溜まったときにそれを回収しに来るのだと言う。
それを聞いたまどかとさやかは神妙な顔をして言った。
「不思議な生き物ですね」
「さすが魔法少女のマスコットキャラ」
さやかが面白そうに笑う。

そのさやかにほむらが少し強張った顔で言う。
「上条恭介は今どうしてるの?」
「明日退院だって。だから明後日はまどかと訓練するんだって言ってた」
「まどかさんはどういう風に教えるつもりなの?」
まどかは少しだけ考えて答えた。
「上条くんの体力を見てからです」
「そう、恭介は強くなると思う?」
ほんの少しだけ不安そうにさやかが聞いた。
「きっと強くなるよ」
まどかは微笑を浮かべて言った。






放課後。
まどかは家に急いでいた。
通りを歩いている。
もう陽は沈んでいた。
もし帰るのが遅くなってしまえば詢子にどやされてしまう。
だから、自然と足が速くなっていた。
そんなまどかが人影を見つけた。
仁美ちゃんだ―――
そう思ったまどかは声をかける。

「仁美ちゃん今から帰るところ?」
「あら、まどかさん」
仁美が答える。
どこか上の空な口調であった。
「今から素晴らしい所に行くんですわよ」
仁美がさらに言う。
その口調も相まって不気味な雰囲気があった。
「だからまどかさんも一緒に行きましょう」
「なにを言って―――っむぅ!?」
まどかは驚愕の声を上げた。
仁美の言動のおかしさの原因に気がついたからであった。
仁美の首の付け根には魔女の口付け―魔女によって操られている証があった。
「じゃあ行きましょう」
そう言って仁美は歩いて行く。
まどかは後をついて行った。





まどかが仁美に連れられた場所は工場であった。
その連れられる場所が工場で間違いないと判断したまどかはマミとほむらに要点だけまとめてメールを送った。
コンクリートでできた箱のような建物の中には、機材が置かれている。
そしてその中央には工場の主がうなだれていて、それを中心に人が集まっていた。
その全てに魔女の口付けがあった。
「おれなんか死んでしまえばいいんだ」
主が言う。
「こんな工場一つ潰してしまうおれなんて死んでしまえばいいんだ」
呪詛の言葉を吐いている。
この言葉に引き寄せられるように人が寄り添う。
見ていられないとまどかは思う。

その主の前に1人の女が現れた。
おそらくは主の妻であろうと思われる。
その女がバケツを置いた。
そしてその中に洗剤を入れていく。
それを入れ終えたあと、女は別の種類の洗剤を取り出した。
まさか―――

「いいかいまどか。この手の洗剤には混ぜると毒ガスが出ることがあるんだ」
詢子が言う。
まどかの記憶である。
覚めたそれでいて熱いものを持った眼光がまどかを突き刺す。
「だから絶対にするんじゃない。もしそうなったら―――」
眼光の持っている熱がさらに大きくなる。
「あたしら全員地獄行きだ」

―――無理心中か!
そう思った瞬間まどかの身体が跳ねた。
その体は一直線にバケツに向かった。
バケツの直前でまどかは走るときの流れで左足を前に出す。
そのまま一歩前に出るのかと思えばそうでないらしい。
本来であれば下ろすべきところで左足を折り曲げる。
まどかの身体が走っていた時の勢いで前に出るのと同時に両足が大きく開いていく。
それが水平に近づいたとき、折り曲げられていた左足が勢い良く開かれる。
その蹴りはかかとでバケツを押すように放たれた。

本来であればバケツを突き破る威力があったがバケツへのダメージは少なかった。
バケツはわずかに形を歪めて飛び上がる。
まどかが蹴りを放った方向に一直線にである。
その先にある針金入りガラスの窓を突き破った。

まどかは蹴りを放ってから蹴りを放ったほうの足で地面をとらえて、蹴った。
その勢いで後ろ向きに回転する水平になったまどかの背中の下を一人の男の突きがくぐった。
技術的に見て未熟な突きであったが遠慮がなかった。
もしまどかに当たっていれば男の腕に大きなダメージがあっただろう。
着地したまどかに人が殺到する。
幸いまどかの近くにドアがある。
ドアとまどかとの間に障害物もない。
まどかはそのドアに逃げ込んだ。

ドアの向こうはもう一つの部屋になっていた。
階段がありその先には窓がある。
そこから出ればひとまずは操られた人間に会うこともなく、魔女の探索に集中できる。
そこまで考えたまどかは皮膚にねっとりとするものを感じる。
そのドアを抜けた先はすでに結界になっていた。
まどかの視線の先に魔女が現れた。

その魔女はツインテールの少女の姿をしていた。
TVのような箱から上半身を出して覗くようにまどかを見ている。
そのまどかの頭にこれまでの闘いの映像と感覚が呼び出された―――
初めて鍛えたときの苦痛、初めて殴られた時の恐怖、それを耐えれるようになった自信、守る為に強くなろうと思ったこと、
そしていつしか闘うことことそのものに価値を見出していったこと―――
そういう今までの記憶がリアルよみがえった。

まどかはそれらに対して驚きを覚えた。
心を読む能力を持つことにここで気がついた。
しかしまどかはそれを跳ね除けようとしなかった。
逆に心を開いて魔女にさらけ出した。
それによってさらに細かい記憶が浮き上がってくる。

これまで学んだ格闘技の特徴、練習の仕方、構えの仕方、
蹴りのコツ、
突きのコツ、
流派によるそれらの違い、格闘技に対する考え、
そういう細かな記憶が次々と浮かび上がっては消えていく。
そして最後に現れたのはもはや記憶と呼ぶべきものでなかった。
それは塊だった。
膨大な熱をもった太陽のような情熱がまどかの中に確かにあった。
それが魔女に叩きつけられた。

魔女は大きな衝撃を感じた。
物理的なものではない。
まどかの記憶の持つあまりに大きな熱が魂に流れ込んできたのだ。
絶望に縛られていた魔女は大きく震えた。
気づくと魔女はまどかが最も得意とする蹴りにも突きにも対応できる構えを取っていた。
見よう見まねのそれには技術が欠けていたが熱意に溢れていた。
その熱を表すように魔女は獣のように笑った。
その前には同じ構えをとったまどかがいた。
魔女とは対照的に涼しい笑みを浮かべている。
その笑みの中には獣がいた。

魔女とまどかが動いたのは同時であった。
お互いに突きを放った。
当たったのはまどかの突きであった。
顔面に突きを入れられた魔女は吹っ飛んだ。
吹っ飛んでゆく最中に笑みを浮かべる。
穏やかな顔であった。
そして―――
魔女の体から黄金の輝きが噴き出した。
勢い良く吹き出されたそれは天高く昇っている。
その道筋はおそらく遠くからでも見えそうなほどに太く、そしてどこまでも高かった。



[28140] 餓狼少女まどか☆マギカ―6―
Name: クライベイビー◆2205aff7 ID:86f2e92d
Date: 2011/08/11 19:11
まどかは工場で腰を下ろしていた。
先ほど見た光の奔流。
消えたそれを見上げるように顔をあげている。
魔女が最後に救われたことを祈っていた。
まどかがそうしていると複数の足音が耳に入ってきた。
「…マミさん、ほむらちゃん」
「遅くなってごめんなさいね」
「魔女はもう倒したようね」
マミとほむらがあたりを見渡してそう言った。
「それにしてもさっきの光はなに?」
ほむらが聞く。
まどかは空を見上げたまま先ほどのことを言った。
「魔女からあの光が…信じられないわね」
「聞いたこともないわね。それにしてもきれいだったわね」
「…ええ」
マミもほむらも考え込むようにして言った。
二人にとっても初めての現象であるらしかった。
しかし考え込む時間もなかった。
魔女の洗脳が解けた人たちの後始末があったからだ。



赤い髪の少女がいた。
その赤い紙をポニーテールにしている。
鋭い目つきをしており、八重歯も相まってきつめな印象を受ける少女である。
口に細長いクッキーにチョコを塗ったお菓子―ポッキーを咥えていた。
それが空を見ていた。
正確には光の奔流が上っていた所を見ていた。
「おいキュゥべえ」
そう言う少女の肩にはキュゥべえがのっていた。
「どうしたんだい?」
「今の光はなんだ?あたしは一度も見たことないぞ」
「さあ僕にもよくわからないね。ただ―」
「…なんだよ?」
「あの街でとんでもないことが起こるだろう」
「へぇ…」
それを聞いた少女は笑みを浮かべた。
「おいそれをやったのは誰なんだい?」
「鹿目まどかさ…」
「新入りかい?」
「いや、そういうのじゃない」
「じゃあなんだよ?」
「彼女とは契約していないんだ」
「なに!?」
「魔法少女の素質はあるんだけどね。どうしても素手で闘うと言って聞かないんだ」
「…なめやがって」
それを聞いて少女は面白くないという顔をする。
「で、どうするんだい杏子」
「決まってんじゃん」
杏子と呼ばれた少女は答えた。
「潰してやるよ」
口に咥えられているポッキーが折れた。





早朝の公園を走っている影があった。
恭介である。
息を切らしながらも歩くスピードで走っていた。
恭介はまどかに会うなり走ることを命じられた。
そこにルールがあった。
自分の好きなペースで走ってもいいが一度でも歩けばそこで終了というものだ。
まどかはその公園の中央でメニューをこなしながら恭介を見ている。
始めてから1時間は経っていた。
最終的にはまどかがメニューを終えるまでの2時間を通して走った。
これは恭介の精神力を見るためのものであった。
この2時間という数字はなかなかのものである。
恭介は苦痛に対する耐性をすでに持っているらしかった。
走らせた後は各種筋肉トレーニングをやらせた。
記録は大体が平均であったがその中で一つだけすごい記録があった。
ヒンズースクワットである。
普通であれば100回やれば筋肉痛で翌日は動けなくなる。
100回以上は普通できない。
そのヒンズースクワットを200回、息が切れ切れであったがやってのけたのだ。
それを見たまどかは恭介にねぎらいの言葉をかけた後、続けて言った。
「上条君。今日やった回数は絶対やってもらうからそのつもりでね」
「はい」
「…あとこれを見てもらえるかな」
そう言ってまどかが腰を下げる。
足が跳ね上がる。
その足が鋭い軌道で前に放たれた。
「足技から教えるね」
恭介の眼に蹴りの軌道が残っていた。



学校で仁美があくびをしていた。
その仁美にまどかが声をかける。
「仁美ちゃん、どうしたの?」
「ええ。昨日の夜なぜか工場いまして。そんな記憶ないんですけど、それで警察にいろいろ聞かれたんです」
「そんなことがあったんだ。身体のほうは大丈夫?」
「大丈夫ですけど、全く眠れませんでしたわ」
「無事でよかったよ」
まどかが安堵したように言った。

マミとほむらが屋上にいる。
昼休み、まどかとさやかは仁美と一緒にいるためここにはいない。
マミとほむらが一緒にいるのはほむらが話したいことがあったからだ。
「…で話ってなにかしら?」
「ワルプルギスの夜が一ヶ月後に現れる」
「なんですって!?」
「だから協力して欲しい」
ほむらの言い方は淡々としている。
マミは眼を細くしていった。
「それは確かなの?」
「ええ」
「どうして知っているの?」
ほむらは髪を掻きあげて言う。
「それは言えない。信用してとしか言えない」
それを聞いたマミが不満そうに言う。
「わかったわ。でもまどかさんにもそのことを言うのよ」
「ええ、いつまでも隠せるものでもないし」
教えようが教えまいがワルプルギスの夜が現れたらやって来るのがまどかという人間である。
そういう共通認識がマミとほむらに出来上がっていた。





繁華街のビルの隙間―人通りがほとんどないそこにまどかは佇んでいた。
頭部を陥没させた使い魔が消えたのを確認したところであった。
まどかは構えを解いた。
しかしいつ何時襲われてもいいという心構えはそのままであった。
視線を感じた。
正確には使い魔が消えたそのときから誰かの視線を感じたのだ。
それが出てくるのを待っていた。
「あーあ、何してくれちゃってんのさ」
「あなたは…」
そのまどかの後方から声をかける者がいた。
赤い髪の少女、杏子であった。
「なんで倒してしまったのさ」
「人を襲うから」
「いいじゃないか別に」
「なに!?」
「食物連鎖ってやつさ」
それを聞いた瞬間まどかがぶるりと震えた。
「駄目だよ。使い魔に人を喰わせるなんて」
「へぇ、大体察しはついてるようだね」
使い魔が人を喰らえば魔女になりグリーフシードを体内に持つようになる。
そのことを言っているのだ。
「協力すれば安全に魔女を狩れる」
「いやだね、それに―――」
そこまで行ったところで杏子が光に包まれた。
杏子が光から出てきたときにはすでに恰好が違っていた。
赤を基調とする魔法少女になっていた。
手には槍を持っていた。
「あんたが気に入らない」
その槍がまどかに突きつけられていた。
「…どうして?」
「遊び半分で首突っ込みやがって。しかも契約してないだと?」

そこまで聞いてまどかは言う。
「だったら試してみればいいよ…」
杏子はそれを聞いたとき怖気を感じた。
「今ここで」
そう言ったまどかの周囲に異様なものが満ちた。
例えるなら格闘技の試合場である。
そのまどかの周囲だけに異様なルールがあった。
それは闘争であった。
どちらが強いかを決める、ただそれだけのために死力を尽くすということであった。
まどかの身体からその闘志に見合った熱があふれ出ている。
その熱に当てられたように杏子の身体から汗が流れ出た。

「しゃあ!」
杏子が突き付けた槍をさらに深く突いた。
それをまどかは後方に体を捻ることにより避けた。
杏子は回転し柄の部分から槍を振るった。
まどかとの間合いは遠い。
しかし、その柄がいつのまにかまどかの頭部側面に叩きつけられようとしていた。
槍に見えたそれは多節昆であった。
それに仕込まれている鎖が柄をまどかまで届かせたのだ。
まどかはそれをぎりぎりの位置で見切って避けた。
杏子は柄を振るった勢いをそのままに多節昆を操る。
頭、足、腰、胴、首―――
振われるそれをぎりぎりの位置でまどかは避けていく。
無論、杏子もただ振り回しているだけではない。
杏子の回転も速くなる。
杏子のそれが回転とともに威力、速度が増している。
ところどころにフェイントも織り交ぜている。
それをまどかは避けていく。
連撃を避けているから避けたときの体制にも隙ができないようにしている。
足に放たれたそれをまどかは足を上げて避けた。

杏子は回転しながら多接昆を振るう。
杏子が次に放つのは穂の部分のはずである。
しかし、杏子はその回転の途中で多接昆を槍の形状に戻し、槍を突く直前の腕の形を作った。
杏子の身体がまどかに対して正面になる。
回転の勢いをそのままに前に踏み込んできた。
杏子は回転の勢いをそのまま生かして前に出てきている。
片足で全速力の魔法少女から後方に逃げるのは至難である。
まどかは前に打って出るしかない。
その前に出たまどかを槍が捕らえようとする。
瞬間杏子は腕にすごい力を感じた。
槍の先端の側面に大きな力が生じた。
その力に引きずられるように杏子は後方に吹き飛んだ。
まどかのこぶしが槍の穂先の側面を叩いた。
その思考が杏子の頭に浮かんだときにはすでに杏子の体制は整っていた。
そして着地した瞬間槍を構える。
一撃でももらえば不利になることが先ほど分かったからだ。
だから隙を晒さない―とそこまで思ったとき、
「ぬわわ」
杏子が我を忘れて叫んだ。

杏子の槍の穂は見事にねじ曲がっていた。



[28140] 餓狼少女まどか☆マギカ―7―
Name: クライベイビー◆2205aff7 ID:86f2e92d
Date: 2011/08/27 23:43
杏子の槍は魔法によって作られている。
その強度は通常のものを上回っている。
その穂が歪にねじ曲げられていた。
穂先が横に逸れている。
そのねじ曲がった穂先の根元に特徴的なへこみがあった。
こぶしに見えるへこみである。
そこを中心に穂に大きなゆがみができているのだ。

それを見て杏子は忘我の声を上げた。
そこにまどかが突っ込んでこぶしを打ち込む。
顎である。
杏子の顎を狙ったものである。
万全の状態であっても見切れないほどの鋭い突きである。
しかし、こぶしが当たろうとした瞬間、杏子がまどかの目の前から消えた。

―――後ろ!?
そう思ってまどかは振り向いた。
そこには杏子がいた。
そして、まどかと杏子の間に一人の少女が立っていた。
「ほむらちゃん…」

ほむらであった。
ほむらがまどかと杏子を視界に入れるようにして立っていた。
能力を使ってまどかと杏子を引き離したのであろう。
「な…なにしやがった!?てめぇ!?」
我に返った杏子が言う。明らかに狼狽していた。
杏子にとっても今起きた現象は何なのかわからない様子だった。
突然現れたほむらに対して槍を向ける。
「もうやめたほうがいいわ、佐倉杏子」
そんな杏子に対してほむらは言う。
その自身の本名に杏子が反応する。
「…なんだと!?なぜ知っている!?」
「………」
「てめぇ、一体何もんだ?」
杏子が言う。
「さあ…ただわたしはあなたが利口なら手を出す気はない」
「…ちっ、手札が見えないんじゃなぁ。ここは退散させてもらうぜ」
額に皺を寄せ目つきを一層鋭くして杏子が言う。
無事に済んだことは幸運であったが、事の成行きは杏子の気に入らないものだった。
それが顔に出ていた。

杏子は垂直に大きく跳んだ。
その跳んでいる途中で多根節状にした槍を左右のビルの壁に叩きつけて、反動を利用してさらに高く跳ぶ。
それを繰り返して高く跳び、ビルを越えていった。
まどかとほむらのいるビルの隙間からは杏子は見えなくなった。


それを見送ってから、まどかは口を開いた。
「…ほむらちゃん、さっきの子知ってるの?」
「ええ、知っているわ。でも、どうして?」
「…本当は魔法少女は敵じゃないから、仲良くできたらなって」
それを聞いてほむらは顔をしかめた。
「念のために聞いておくけど、先に手を出したのは向こうなの?」
「…そうだけど」
まどかが少しうつむいて言う。何か後ろめたいことでもあるのだろう。
それを察したほむらは先を促す。
「なに?」
「わたしのほうから喧嘩を買った。『試してみればいい』って…」
それを聞いてほむらは顔をしかめる。
「…どうして?」
「遊び半分って言われたから」
「まさか住所を知ってから再戦なんてことはないでしょうね」
「ない」
まどかは言い切った。強い視線をほむらに向けている。
「…だからお願い。教えてほしいな」
まどかが言った。


結局まどかは佐倉京子という名前と決まった住処がないことしか聞けなかった。
他のことについてもほむらは知っているそぶりを見せていた。
何か隠し事をしているのだろう。
その隠していることが杏子の能力などであればほむらはもう言っているはずだ。
つまりほむらが黙っているのは個人的なことであるはずだ―――まどかはそう思う。
あまりに個人的なことに踏み込むのも悪いと思ってそれ以上聞かなかった。
そのまどかは今、家のリビングに一人たたずんでいた。
テーブルの椅子に腰かけていた。
杏子と戦うべきか。
それを考えていた。

仲間を守るためなら、杏子を徹底的に叩き潰すというのもありとも言えた。
しかしそれは違うと思った。
話し合いは必要だと思うがそれだけではない。
叩き潰すことではない。
仲間のために杏子を叩き潰すということである。
それだけは違うと思う。
それは違うと思う。
何が違うのか。
それはまどかが結局のところ闘士だということである。
もし本気で闘うとしたのならそれは強さを競うということである。
そういう思いをぶつけ合いたいということであった。
そういうことを考えていた。
すると、まどかに声をかける者がいた。
「よう、まどか」
「…母さん」
「まあ一杯付き合えよ」
詢子であった。
そう言って、一杯の麦茶をテーブルに置いた。
そして、ウイスキーを自分の持っているグラスに注ぐ。
「うん、ありがとう」
まどかはそう言って麦茶の入ったコップを手に取る。
そして飲む。
そして一口飲んでからまどかは言う。
「ねえ、母さん」
「うん?」
「もし、誰かを説得したいときはどうしたらいいかな?」
「まどかの気持ちを強く伝えることが大事じゃないかな」
「気持ちを?」
「ああ、まどかはちょっとやんちゃだけど優しくて良い子に育ってくれたからね。
素直に気持ちをぶつければいいのさ」
確信をもった口調で詢子は言った。
それを聞いたまどかも自信に満ちた笑みを浮かべた。





人通りのない日当たりのいい道。
穏やかな日の光を浴びて歩く者がいた。
杏子であった。
手には鯛焼きの入った袋を持っており、そこから1つずつ出して食べている。
その杏子がここにはない何かを見つめるようにして歩いていた。
過去を振り返る眼であった。
まどかが気に入らなかった。
なんの代価も払っていない癖に粋がっている。
自分には奇跡の代償があったのにまどかにはそれがない。
遊び半分で魔女退治をしている―――そう思っていた。
あるいは正義の味方ぶっているか、そのどちらかだと。
だから少し脅してやろうと思った。
化けの皮をはがしてやろうと思った。
しかし―――、
やられたと思う。
負けたとも思う。

そして、まどかが自分が思っていたものとは違うことが分かった。
遊び半分ではない。
お人よしかもしれないが正義の味方でもない。
誰かを守るところからそれを連想したがやはりない。
では何か?
それが分からない。
もし、まどかと話す機会があれば、それは分かるかもしれないと思う。
少なくとも今ここで考えていて分かるものではない。
ただまどかが一体どういう人間かということに興味があった。


「探したよ」
「!?」
その杏子の後ろから声がかかった。
それが誰の声か杏子は気づいた。
「鹿目まどか…」
「杏子ちゃん…」
まどかが杏子の後ろに立っていた。
「杏子ちゃん、わたし話が合ってきたんだ」
「………」
「いい?」
「ああ、こっちもあんたに聞きたいことがあったんだ」
「えっと…何かな?」
「あんたのことを教えて欲しい」
「…じゃあわたしも杏子ちゃんのこと教えて欲しいな」
「…ああ、場所を変えるけど大丈夫か?」
「うん、いいよ」
そう言って2人は並んで歩いた。


2人がついたのは隣町の教会であった。
ほとんど廃墟である。
人が立ち寄らなくなって何年も経っていそうだった。
「食うかい?」
そう言って差し出された鯛焼きに遠慮なくまどかはかぶりつく。
そこで2人はお互いの話をした。
まどかは自分の家族や友人と格闘技に関して。
そして、杏子は魔法少女になったいきさつについて話した。

杏子の父親は神父であった。
新聞で事件の記事を見るたびにどうすればこういうことを無くせるのか、を真剣に考える人だったという。
それにも関らず信者はいなかった。
その日の食い物にも困ったという。
教義以外の教えを広めようとしたからである。
その結果異端扱いされ、カルトとして誰も話を聞いてくれなかった。
それが許せなかった杏子は父親の話に耳を傾けてくれますようにとキュゥべえに願った。
その願いがかなったのか杏子の父親の周りには人が集まるようになった。
そして、魔法少女になった杏子は魔女と戦った。
表の世界は父親が守り裏の世界は自分が守る、という意気込みであった。
しかし、それが父親にばれてしまった。
それを知った父親は杏子を散々にののしり、杏子以外の家族と心中してしまった。
そういう内容であった。

そして杏子は言った。
「つまり、希望と絶望でプラスマイナスゼロってことなのさ。だから、全部自分のせいにして自分のためだけに生きればいい。あたしはそう思っている」
「…そうなの」
「ああ。魔法少女が人のために何かをしたってろくなことにならないからね」
それを聞いてまどかは強く否定する。
「違うよ。杏子ちゃんにはできることがあるよ」
「…なんでそんなことがわかるんだ?」
「わかるよ。今からそれを教えてあげるよ…だから」
「―――」
杏子はまどかが何を言うのか、そう思ったときまどかは唐突に腰を落とした。
まどかは両手を前に出し、それでいつでも掴めるように手を開いた。
その状態で杏子と向かい合う。
それを杏子は何事かという目で見ている。
そんな杏子にまどかは自信満々に言った。
「―――プロレスしよう?」
にぃっとまどか笑みを浮かべていた。



[28140] 餓狼少女まどか☆マギカ―8―
Name: クライベイビー◆2205aff7 ID:86f2e92d
Date: 2012/02/11 08:53
廃墟同然の教会の中で二つの人影があった。
まどかと杏子である。
―――わけが分からない。
プロレスをするとまどかが言ったとき、杏子はそう思った。
「一体何をするつもりだ?」
杏子は言った。
まどかは笑みを浮かべてそれに答える。
「言葉通りだよ…いや」
まどかが少し考えるそぶりを見せて、訂正した。
「わたしのプロレスを杏子ちゃんに見せてあげる」
杏子が尋ねる。
「具体的には何すればいいんだよ?」
「わたしを滅多打ちにしてほしいの」
「なに!?」
「ねえ、いいでしょ?」
杏子は声を荒げる。
「…なんであたしがそんなことを」
「…お願い」
「……そんなこと言われても」
「打ってみればわかるから」
「……でも、それでおまえが怪我したらどうするんだよ?」
「わたしは大丈夫だから」
まどかは言う。
その言葉といっしょに熱が杏子に叩き込まれた。
まどかの中にある熱の一部が発露したようであった。
その熱から杏子はまどかの決意を窺い知った。
自分の肉体に与えられるであろう苦痛を耐えて見せるという決意である。
まどかが何を考えているか分からない。
しかし、まどかは一度自分を負かして見せたのだ。
それがそういう決意を胸に言っているのだ。

そういうことがあった。
そうして二人は向かい合った。
まどかは腰を落として、開いた掌を身体の前に構えている。
杏子は棒をまどかに向けている。
その棒は槍の穂の部分を外したものらしい。
その状況でまどかはにぃと笑みを浮かべている。
杏子はそれを見ながら苦笑いをする。
こんなことを引き受けた自分も自分である、という自嘲の笑みでもあった。

杏子が前に出ようとする。
そのとき杏子の顔に強張った。
額を汗が流れる。
杏子が前に出ようとした瞬間、まどかから圧力を感じた。
それで自然と身体が前に出なかった。
そのことに気がついたのである。
その圧力を掻い潜って前に出るには、本気になる必要があった。
全力で打ち込む気で前に出なければいけなかった。
その圧力の中では、ほんの手加減もできないであろう。
そういうことを察したのか、杏子の目つきが変わった。
目が吊り上がり、鋭く細められる。
遠慮や気遣いというものを捨てた、本気の表情であった。
「やっと本気になった」
まどかが笑みを浮かべたまま言う。
それに反応するように杏子が前に出た。

棒を振り上げる。
右足で踏み込み、まどかの左から打ちおろす。
棒はまどかの首の付け根に打ちつけられた。
それと同時に鈍い音が響いた。
音といっても、みちやみしぃと表現できる感触のようなものである。
何とも言えない、身体の芯に響く音であった。
それが棒を通して杏子に伝わった。
それを感じ取った瞬間、杏子の脳天を貫くものがあった。
―――なんだこれは?
そういう疑問を胸にしながら、それに押されるようにして動いた。
まどかの右脇に打ち込んだ。
杏子の身体が回転を始める。
首、膝、水月、肘、手首、胴、腿、脛―――
その回転とともに打ち込まれていく。
それとともにさらに多くの感触が杏子に感じられた。
みし、みち、ごすっ、ばき、ぐちっ、どぐっ、ぱぁん、ごん―――
それとともに杏子の脳天を走り抜けるものがあった。
楽器のようだと思った。
強く打ちこめば打ち込むほど、より大きな音に帰ってくる。
その音が身体の箇所ごとに違う楽器。
杏子にはそう思えた。
その楽器の音を聞けるのは杏子だけである。
例え第三者が見ていたとしても、棒を打ちつけている杏子だけにしか音を聞くことはできない。
つまりは杏子がまどかという楽器を独り占めしているということになる。
そういう愉悦が杏子の脳天を走り抜けているようであった
しかし―――
それだけではないようだった。
何か別のことに対する喜びもあるようだった。
考えてみても分からない。
それと同時に打ち続ければ分かる―――そういうふうにも杏子は感じた。


杏子は疲労していた。
打ち続けた。
胴と言わず、顔と言わず、最速で、全力で打ち続けた。
五分は打ち続けたかもしれない。
たかが五分と言っても、後のことを考えないほどの全力である。
杏子にかなりの長い時間に感じた。
それでもまどかには堪えた様子はなかった。
身体のところどころにあちこち痣が付いているが、その割に余裕があるようであった。

―――なんてやつだ。
かなり打ち込んでいるはずだ。
それも、全力で打ち込んでいる。
それでもまどかは堪えていない。
痣ができているが、ダメージは芯まで通ってはない。
なにより棒を伝わってくる感触から感じるものがある。
二つある。
その片方のほうが何なのか、わからない。
しかしもう一方の方はわかる。
それはまどかの中から響いてくるものだ。
まどかの中には大きなエネルギーがある。
それがよく分かる。
あたしの打撃をまどかがしっかり受け止めているから、まどかの中のエネルギーが反射される感触からわかる。
いや、エネルギーっていうより熱っていうほうがいいかもしれない。
熱って言うよりは情熱って言うほうがいいかもしれない。
そういう意味であたしはまどかと繋がっているのかも。
今ならまどかの考えていることが少しはわかる気がする。
それにしても。
この脳天を突き抜けていくものの正体がわからない。
まどかを独り占めしている以外の理由はなんだ?
わからない。
しかし、それこそがあたしの答えのような気がする。
それがわからない。
歯痒い。
考えてもわからない所がもどかしい。
ただ歯痒いとかもどかしいと思うということは、答えはすぐそこにあるということだ。
少なくとも自分が無意識に感じていることだ。
それを思うとその歯痒さが気にならなくなる。
答えはすぐそこにあることを思えば些細なことだ。
―――本当に何をしたいのかが大事だよ。
声が聞こえた。
声というよりもイメージに近い何かが聞こえた。
脳天を突き抜けていくあの感触と同時に感じた。

まどかなのか?
そういう意味を込めて杏子はまどかに視線を向けた。
まどかはその視線に笑みを深めることで答えた。
その笑みがそうだよと言っていた。

なぜそんなことを言うのか。
たぶんあたしが無意識の答えを探していることを知っているのだろう。
あたしの中の無意識の答えをまどかは知っていて、あたしがそれに気づけないからこういうことを言ったのだ。
つまり、あたしが考えていることがまどかは分かっているのだ。
あたしと同じだ。
あたしが全力で叩いた反動からまどかのことがわかったように、まどかもまたあたしが全力で叩いているからこそあたしのことがわかるのだろう。
そういう意味であたしと同じだ。
つまりまどかとあたしは今繋がっているのだ。
太い蛇が脳天を走り抜け、そこからさらに溶けていく。
全身に向かってその溶けたものが駆け巡っていく。
それが考える力になっていく。

本当にやりたいこととは何だろうか。
今の生活は割合気に入っているはずだ。
少なくとも昔のあたしよりはましだろう。
余計な事をしたと思う。
余計な事をしたせいで家族をなくしてしまった。
その余計なことにしたって他にやりようはあったと思う。
しかし、へまをしてしまった。
今はそんなことはしない。
他人のことに首など突っ込まない。
だからへまをすることはない。
自分のことだけ気にして好きなように生きている―
――情けないな。
そのとき杏子に声をかける者がいた。
まどかではない。
杏子の中から響いてくる声であった。
誰だ。
あたしだよ。
なに!?
ふふん、杏子―――お前自身さ。

それは杏子の無意識であった。
二つ感じていたもののうちの一方は杏子そのものだった。
杏子が全力で打ち、まどかが全力で受け、その反動が杏子に伝わってくる。
その元々の力は杏子の打撃からきているものだ、ということだ。
杏子の打撃をまどかひたすら全力で受けているからこそ、反動としてそのまま帰ってきたのだ。
まるでまどかは鏡のようでもあった。

そうか。
そうさ。
どういう意味だ。
何が。
さっき情けないと言った意味だ。
ああ、それはおまえが逃げているってことだ。
何から。
自分の気持ちからさ。
でもあたしは今の生活が心底気に入ってる。
それだ。それがよくない。
てめぇ……もったいぶってないでさっさと言え。
まあ、そう焦るなよ。つまりはだ、お前にはもっとやりたいことがあるんだ。
何だそれは?
本当は、魔女や使い魔から人間を守りたいということさ。
そんなわけが!?
そうでもない。なぜなら、おまえが今の生き方を気に入っている、というのは嘘だからだ。そして、その嘘はおまえの本当の願望に気づかないためのものだ。
………
おまえは、またあの失敗をしてしまうことが怖いんだ。あの失敗をまたしてしまうと思っているんだ。
………
だから、本当の気持ちから逃げているんだ。でももう逃げる必要はない。
本当に。
ああ、おまえは強くなった。
確かにそうだ。
なら、グリーフシードが少しばっかしなくても問題ないさ。
そうか。
そうだ、魔女を倒すにして、も魔力を最小限に抑えてに倒す方法を知っている。そういう具体的な方法論がお前にはあるんだ。それに――
なんだ。
どうせ開き直るなら、失敗を恐れる必要もないってことさ。
……確かにな。あたしのやりたいことをすればいいんだよな。
そうさ。どうせ死ぬことはそこまで、怖くないだろう。なら、気楽なものさ。
ああ、わかったよ。
まどかに礼を言うんだな。
わかってるさ……おい。
なんだ。
お前もありがとうな。

杏子の動きが止まった。

これがプロレスなのか。
詳しいことはわからないが一つだけわかることがある。
それはまどかが身体を張っているということだ。
あたしが答えを見つけるために、わざわざこんな事をしてくれたのだ。
そしてこの身体を張るということが、プロレスなんだろう。
単に身体を張るだけでなくそこにメッセージをのせることがプロレスなのだろう。

そう思いながら杏子はまどかに視線を向ける。
まどかもまっすぐに杏子を見ていた。
二つの視線は自然と絡み合う。
まどかは痣だらけの身体で笑みを浮かべていた。
それにつられて杏子も笑みを浮かべる。
心からの笑みであった。
たまらぬ笑みを二人は浮かべていた。
ステンドグラスから夕日が差し込んでくる。
やさしい光が杏子とまどかを包み込んだ。
まるでスポットライトのようでもあった。
夕陽を通したステンドグラスがきらびやかに光る。
まどかと杏子には教会が美しく見えた。
退廃的な教会の中に美があるように二人は感じた。
決心をした杏子を祝福しているようであった。



[28140] 餓狼少女まどか☆マギカ―9―
Name: クライベイビー◆2205aff7 ID:86f2e92d
Date: 2012/01/01 13:46
霞がかかっている程の早朝、公園で汗を流す者たちがいた。
まどかと恭介である。
それぞれが別々に、自分の黙々とトレーニングメニューをこなしている。
二人ともが玉のような汗を流している。それぞれが自分の限界に挑んでいた。

恭介がまどかとトレーニングを始めてから、すでに一か月近く経とうとしていた。
恭介はトレーニングに没頭するようになっていた。
肉体をいじめればいじめるほど、体力がついてゆくからでである。
最初は腕立て伏せを、10回もすることはできなかった。
しかし、今では50回でも、余裕を持ってこなすことができる。
技も、蹴り技を中心にまどかからいろいろ教わった。
朝にまどかから一通りの指導を受けた後、放課後でも夜でもいいから技を練習する。
その練習した成果を、翌朝、まどかに見せてアドバイスをもらう、そういう段取りである。
だから、恭介は、家でもフォームを確かめながら技を何百と放つのであった。
もし、両親に成績のことを言われなければ、毎日千回は技を放ったかもしれない。
そういう練習した技の中で、恭介は蹴り技がもっとも好きであった。
今、一番自信を持っている脚力、を生かすことができるからである。
リハビリとは別に、独自で行っていたトレーニングが、無駄でなかったように思えるからである。

その二人、特に恭介、に不安を含んだ視線を向けている少女がいた。
青い髪が特徴的な少女、さやかであった。
その手には、タオルとスポーツドリンクの入っているバック、がある。
恭介がトレーニングに参加してから何日かすると、さやかも早朝の公園に来るようになっていた。

恭介は黙々とスクワットをしている。
何か考え事をしているのか、自身を深く見つめる目をしていた。
考えているのは、この一カ月のことである。
トレーニングを始めてから一カ月経つ。
この一カ月で倍は強くなった―――そういう肉体の実感が恭介のなかにはあった。
それを当然だと思っている。
のめり込んだからである。
まどかのように強くなりたかった。
だから、朝以外にもまとまった時間を作っては、何百回も技を磨いているのである。
しかし、それに後ろめたさを感じてもいた。
音楽である。
今にして思えば、片腕が動かなくても音楽もかかわることはできる、とは思う。
それに気づかないで、バイオリンが弾けないことをみじめに思う自分。
それを忘れたかった。
自分の憧れを逃避に使ってしまったのではないのか―――そういう思いもある。
「はい、スポーツドリンク」
恭介がスクワットを終えて、休憩を取るためベンチに座ったとき、その考えに割り込むように、さやかの声が投げかけられた。
「ああ、ありがとう」
恭介は、さやかに気がつかれない位に、顔をしかめる。
「どういたしまして」
さやかはそう言って、恭介の横に腰かけた。
両方とも口を開かない。二人の間に沈黙が流れる。
「ねえ、さやか」
「なぁに?」
沈黙に耐えられなかった、恭介の方から口を開いた。
「毎朝、こんなに早くから大丈夫?」
「へー、心配してくれるんだ」
「まあ、ここの所ずっとだしね」
さやかはなんでもない、という顔をしている。
「ところでさやか…前から聞きたかったんだけどさ」
恭介がちらりと横目でさやかのほうを見る。
「なんで、毎朝来てくれるんだい?」
さやかは、少し考えるそぶりを見せてから、言った。
「だって、恭介は元気だけど、まだ病み上がりでしょ。幼馴染としては心配にもなるよ」
「…そうかな?」
「うん。まどかは信用してるけど、できることがあると思って」
バックの中を指して言う。
「ああ…ありがとう、さやか。じゃあ、まだメニューがあるから僕は行くね」
恭介が言い終わらないうちに、さやかが言った。
「うん、がんばってね」
恭介はトレーニングを再開しながら思った。
どう考えてもおかしい。
なぜなら、さやかの行動は幼馴染にしては、行き過ぎているからである。
病院のときは事故にあった自分を幼馴染として心配していたのだ、と思っていた。
しかし、毎朝さやかが、恭介のトレーニングに付き合うようになって、ようやく気がついた。
さやかが恭介を、単なる幼馴染と見ていないことを、である。
しかし、恭介はそれを気が付いていない振りをしている。
感じている後ろめたさ、を前にするので、精一杯であった。





放課後、恭介は歩いていた。
いつも通学に使う、川に面した道である。
恭介側は木も多く植えられている、緑の多い道であり、川を挟んで反対には工場が多く広がっている。
煙突も多く、ある。
その恭介の横には、さやかがいる。
恭介が誘ったのだ。
もう朝は来なくてもいい、と言うためである。
さやかが何を思っているにしても、その思いにこたえることはできない以上、無駄に期待させることはしてはいけないという考えがあったからである。
そうならなくとも、さやかが何を考えているか正確に知る必要があるとも考えた。
「なあ、さやか」
恭介が話を切り出そうとすると……
「え、ここは?」
「そんな、結界!?」
魔女の結界の中にいた。

絵具をすべたぶちまけたような異様な色の空間。
境目がどこにあるのかわからない、異様な空間。
紛れもない、魔女の空間である。
「まずいな…」
恭介がつぶやいた。
「とりあえず、まどか達が来てくれるまで隠れないと…」
そう言うと、さやかが歩き出した。
恭介が後ろから声をかけた。
「僕が先頭を行くよ…」
「…大丈夫、魔女の結界には何回も入っているから。慣れている方が前でいいよ」
「でも―――」
恭介がさやかを無理やり下がらせた。
そのとき、悪寒が恭介とさやかを駆け抜けていった。
その悪寒に最初に反応できたのは、さやかであった。
さやかはこの感覚を、結界の中で何回も感じたことがあった。
「~ッ!?さやかッ!?」
さやかは恭介に跳びついていた。
恭介はさやかに押し倒される形になった。
そして、その背に深い切り傷がある。
さやかの背の後ろ、恭介から見て正面には使い魔があった。

僕のせいだ。
恭介は思った。
さやかを下がらせたとき、恭介はさやかのほうを見ていた。
そのようにさやかを後ろに引っ張ったからである。
無理やりにでもさがらせたのは、自分が先頭にいるほうがよいだろうと考えたからである。
しかし、さやかの盾になろうという考えは、いざ使い魔が現れると、さやかが恭介の盾になるという裏目になってしまった。
皮肉なことに、この事態は恭介の肉体から出る自信が招いたと言うことも、可能であった。
その恭介の前には、使い魔が佇んでいる。
真っ暗闇を人型にしたような姿であり、その両手には大きな爪があった。
結界の中にはこの使い魔だけしかいないのか、他の使い魔や魔女は出てこない。
恭介は震えていた。
後悔、恐怖、怒り、義務感―――あらゆる感情が渦巻いているのである。
何をすればよいのかすら、考えることできなかった。
「…すけぇ…にげっ…」

―――声が聞こえた。
さやかが声を出していた。
背中の傷が痛むのだろう、途切れ途切れにである。
僕はさやかの顔を見る。
さやかは大粒の涙を流しながら、口をパクパクと動かしていた。
さやかは痛みを我慢して声を発しようとしているが、意味のある言葉はもう発せないでいた。
しかし、さやかの伝えたいことが痛いほどに分かった。
逃げろと言っていた。
自分がここに残れば時間稼ぎになる、と言っていた。
さやかの顔を見て思う。
―――それはできない。
鍛えていないさやかが僕を救ったのだ。
それを見捨てることはできない。
そう思った瞬間、僕は思わず、使い魔とさやかの間に立っていた。
まだ身体は震えている。
恐怖もある。
しかし、僕の身体に一つの炎がある。
それは小さい炎だ。
さやかの視線を背中に感じる。
すると、その視線が小さいはずの炎を大きくする。
いや、視線がなくても、さやかがそこにいるだけで大きくなるだろう。
さやかは風のようだ。
僕の身体の中の炎を、風のように大きくしてくれる。
なんて心強い。
さやかのお陰で逃げなくて、済んでいる。
もう逃げるのはこりごりだと思う。
音楽からも…、さやかの思いからもだ………。

恭介は構えた。
右手を腰に、右足を後ろに、左足を前、そして、左手を前にである。
左手にはまったく力が入っていない。
使い魔が前に出る。
すると、恭介もするりと使い間に合わせて前に出てきた。
そして―――、
「っけぇい」
鋭い呼気とともに、右の上段前蹴りが使い魔の顔面に放たれた。
使い魔後ろによろめいた。
恭介がさらに右の拳を叩き込もうとするが、使い魔も右の爪を繰り出してきた。
使い魔は前蹴りを左腕で受けていたのだ。
あまりの威力で左腕がしびれ、後ろによろめいたがダメージそのものにはなかった。
爪が恭介に迫る。
使い魔が勝利を確信したのか、笑みを浮かべる。
しかし、その笑みは引き裂かれた。
なにか固いものが、使い魔の顔面を直撃したのである
それは膝であった。
恭介は跳んでいた。

爪が迫ってきたとき、恭介は死を感じた。
その死を前に恭介は、それでも冷静でいられた。
さやかが後ろにいることを思えば、まだ耐えられた。
さらに言うのなら、すでに身体が動いていた。
左の掌をあえて爪に突き付けた。
左手に感覚がないのが幸いした。
その左手に爪を引っ掛けたまま恭介は跳んで、膝を当てた。
使い魔は避けようにも、左手に爪が引っ掛かって動きようがなかった。
「おきゃあああっ」
その倒れた使い魔の頭蓋を、そのまま踏み抜いた。
気がつくといつもの通り道になっていた。
そして、それを見届けると、緊張の糸が切れたのか、さやかが気を失った。

さやかが目を覚ますとそこには二つの顔があった。
心配そうに覗き込んでいた。
一つは恭介のもう一つは
「大丈夫、美樹さん?」
「マミさん」
マミの顔であった。
「ソウルジェムに反応があったから来てみたら、倒れてるあなたと上條君を見つけたのよ」
「ありがとうございます。恭介は大丈夫でしたか?」
「ええ。あなたよりもずっと軽傷だったわ」
そういうと、マミは立ちあがった。
「それじゃあ、わたしは魔女を狩りに行かないといけないから、失礼するわね」
そう言って、マミはさやかに目配せをする。
恭介に気がつかれないようにウインクをしながらである。
マミはソウルジェムを片手に歩いて行った。

マミがいなくなってからしばらくして、恭介が申し訳なさそうに口を開いた。
「ごめんよ、さやか」
「恭介は悪くないよ。それに、使い魔倒したときの恭介はかっこよかったぞー」
何かをごまかすように、さやかはおどけて言った。
「さやかは僕のことどう思ってるんだい?」
「え?それってどういう…」
「言葉どおりの意味だよ」
恭介はさやかに向き直った。
「ただの幼馴染が毎朝トレーニングにつきあうなんて、普通ないだろう?」
「それは…」
戸惑うさやかに構わず、恭介は言う。
「僕はね、今日さやかのおかげで助かったんだ」
「………」
「さやかがいたから逃げずに済んだんだ」
「恭介一人でもきっと…」
「違うよさやか。僕、本当は怖かったんだ。それでも逃げなかったのは、さやかがいたからだ」
胸の中にあるものを吐き出すように言う。
「なあ、さやか。僕は情けないけど、さやかが居てくれたら、これから逃げずに済むんじゃないかって思うんだ」
「それって…」
「教えてくれさやか。さやかは一体僕のことをどう思っているんだ?」
よく知った小川の道で、恭介とさやかが向き合っていた。

恭介とさやかが歩いている。
二人は手をつないでいた。
俯き気味で表情はよく見えないが、穏やかなものがある。
二人を夕日が温かく照らしていた。



[28140] 餓狼少女まどか☆マギカ―10(修正)―
Name: クライベイビー◆2205aff7 ID:86f2e92d
Date: 2012/06/16 11:26
不思議な空間であった。
窓にはピンクのレースのカーテン、そこらには動物やキャラクターを象ったぬいぐるみがある。
これだけを見れば、いかにも少女らしい部屋だと思うであろう。
しかし、少女の部屋と言い切るには難しい、異物があった。
ハンドグリップやダンベル、という訓練用器具が無造作に転がっている。
少女らしい部屋には本来、存在しないはずの異物たちには、異様な存在感があった。
その異様な存在感が、その空間の調和というものを断ち切っていた。
その訓練用器具のひとつ、銀色でかなりの大きさのあるダンベル、に部屋の主の足が掛けられた。
押さえつけられたそれが、みしみしと音を立てる。
「しゅっ」
それが鋭い呼気とともに、勢いよく跳ねあがった。
部屋の主は宙に浮いたそれに桃色の髪をなびかせながら、拳を下から上に放つ。
拳を受けたダンベルが、勢い良く回転しその場にとどまる。
さらに、肘、膝、足、指といったあらゆる部位がダンベルに叩き込まれ、すさまじい回転とともにダンベルが宙のただ一点にとどまり続ける。
どれほど経っただろうか。
唐突にそのダンベルが掴みとられた。
握られた手からは、その回転を殺すときの摩擦によって、白い煙が立ち上っている。
それを見て主は言う。
「まあまあかな…」
先ほどの鋭い動きには似合わない、凛としていて可愛らしい声である。
ベッドに腰をかける。
少女は物思いにふけっているようである。
その少女はまどかであった。

まただ。
まどかは思った。
またあの夢を見ていた。
舞台はまどかの住んでいる町だ。
空には暗雲が立ち込めている。
見慣れた街を超大型の魔女あろうものが破壊し、それを食い止めるべく魔法少女が戦っている。
まどかはその魔法少女が誰かを知っていた。
ほむらである。
そして、それをまどかが見ている。
その夢の中のまどかを外から、眺めているのだ。
夢の中のまどかは、見ることしかできない。それを本能的に悟っていた。
それを歯痒く思う。
例え、夢であっても見慣れた町が破壊されていくのは悲しかった。
そして、悲しみながらも拳を叩きこみたいとも思っていた。
しかし、それ以上に奇妙な感覚があった。
前にも見たことのある光景だと思ったのだ。
それは前回夢で見たからというわけではなく、その夢を見る以前にどこかで見たのではないのかとさえ思えた。
そこにあの白い獣、キュゥべえが現れた。
キュゥべえは夢の中のまどかに言った。契約すれば、この街も、あの少女も、助けることができると。
夢の中のまどかがそれを信じて、キュゥべえと契約をかわそうとする。それを、止めようと叫ぶ者がいることに夢を見ているまどかは気がついた。
ほむらが、夢の中のまどかにやめろと叫んでいる。そこにいつもの、大人びたほむらはいない。しかし、夢の中のまどかは気がつかない。
そしてまどかは――、目を覚ました。

あの夢のことが気になっている。
すでに忘れたはずの夢であった。
あの夢を見てから身体に妙なうずいたのである。
今も胸の高鳴りが止まらない。
その胸の高鳴りがなぜ収まらないのかが分からない。

なぜ、ほむらと似た魔法少女が出てくるのか。
なぜ、ほむらは契約をしようとする自分を止めようとしたのか。
なぜ、自分があの風景の中にいたのか。
その全てが夢だから、で片付くものかもしれない。
しかし、それにしても魔法少女を知る前にもこの夢を見たことを考えると、それだけではないかもしれなかった。
何よりそれ以上にほむらから聞いたワルプルギスの夜とあまりにも似ていたのである。



冷たい風が吹いている。
身体の芯にまで染み込む寒さがある。
十月、太陽が出ていれば温かさもあるが、太陽がまだ出ていない早朝はだいぶ寒い。
木々には紅く色を付けた葉もちらほらとある。
その中をまどかは公園に向けて走っている。
その走っている最中、自分の周りのことをふと思った。
思えばこの世界の表に出てこない、ほとんど裏の事情について知った時はまだ暑さが残っていた。
それからもう一か月が経っている。それを気温の変化というもので感じると、何か感慨深いものがあった。
魔法少女たちとは仲良くやっている。
マミの家にはたびたびケーキを食べに行き、ほむらも何か隠し事をしていること以外では仲良くしている。
杏子はあのプロレスの後、本格的に見滝原市で魔女狩りをしている。
マミとほむら、そこに杏子が加わってからは、にぎやかになったと思う。
恭介とさやかにも大きな変化があった。恭介はまどかに格闘技を教わることになった。
その恭介がつい先日、ある気配をまとっていた。人を殺すことのできる技を持っていれば、自然と纏う気配である。
「ありがとうございます」
早朝に、顔を合わせた瞬間に恭介が頭を下げた。まどかの教えた技で使い魔を倒した。その礼であった。まどかは照れて頭を上げるように言うが恭介は聞いていない。
それを咎める者があった。さやかである。そして、そのあとすぐに―――
「あたしたち付き合うことになったんだー」
と、顔を赤らめる。
面喰ったまどかであったが、とりあえずは祝福していつも通りトレーニングを始めた。その日は、まどかだけいつもより若干長く走った。まどかなりの気の使い方であった。
そういうことを思い出しているといつもの公園に近づいてきた。
恭介とトレーニングをするようになってからは、いったん公園で恭介と待ち合わせをすることになっている。

ぞわり―――、とまどかの全身の毛が逆立った。
殺気にまどかの身体が自然に反応している。
あの魔女の気配である。
しかし、今まで感じたどれよりも洗練されている。
まるで日本刀のようである。
まどかはその気配に向けて走り出した。
胸が高鳴っていた。
メールを打つことすら忘れていた。
まどかは気がつくと、魔女の結界の中にいた。

まどかは歩いている。
結界の中ではさらに殺気は強くなった。
その殺気の感じるほうに歩いている。
そして、まどかはどうやら先に誰かが侵入しているらしいこと、に気がついた。
まどかの足元には使い魔達の死体が、転がっている。
その全てはなにか鈍器で殴られたように、身体の一部が陥没していた。
まどかの知っている魔法少女には鈍器を使う者はいない。つまり、まだ知らない魔法少女が闘っているということになる。
まどかは加勢するために、さらにスピードを上げた。
そして、まどかは結界の最深部にたどりついて、息を呑んだ。
そこでは魔女と一人の少女が対峙していた。
魔女は身体を薄い金属で覆ったような質感、を持っていた。
2メートルはあるように見える。
なかなかに堅そうな人型の魔女であった。
しかし、まどかが息を呑んだのは魔女ではなく、少女の身体を見たからである
白髪の少女であった。
髪と同じ白のタンクトップを着ている。
身体の厚みも身長もまどかと同じくらいであった。手はその爪の先まで鍛えられている。
きれいな顔立ちであるが、何か怖いものがその中にあった。
その少女が炯々と目を光らせている。
視線で魔女を射抜いているようだった。
その視線にひるんだように、魔女が間合いを詰めた。
金属の質感を持った拳が振るわれる―――その拳に近づくものがあった。
少女の拳である。
丸い石のようなころりとした拳だ。
金属と自然石がぶつかった。
魔女の指が本来曲がらない方向にねじ切れる。
魔女はあっけにとられて自分の手を見る。
それに構わず少女は蹴りを魔女の頭部に叩き込んだ。
魔女の頭部が陥没する。
少女が魔女を警戒しながら、距離をとる。
そうしてしばらくすると、魔女が消え、元の風景に二人だけが残された。



少女を見る。
まどかと同等の肉体を持っている。まどかは同年代の同姓でこれだけの肉体を見たことがなかった。
まどかの肉体が少女を警戒していた。
そして、対峙して初めて分かった。
少女はほむらに似ているのである。
まどかがそう思った時、少女のほうから声を掛けてきた。まるで、鈴を転がしたかのような声である。
恋焦がれた男に囁くよう女のように少女が言った。
「まどか、会いたかったよ…」
「どうしてわたしの名前を知っているの!?」
「名前だけじゃない。まどかのことなら全部知っているんだ」
まどか以上にね、と付き足してまどかに近寄ってくる。
「まどかはワルプルギスの夜と闘る」
「そこまで知っているの…」
「でもね、真の敵はあいつなんかじゃない」
まどかの間合いのぎりぎりの外で少女は止まった。
「このあたしだよ」
少女はまどかをあの炯々と光る眼を向ける。まるで刃物のようであった。
「あと、魔法少女の代償について、なにより、ほむら自身のことを聞いておくことね。それはきっとまどかの力になる」
「どういうこと?」
「あたしはより強いあなたと素手でやりたいだけ。拳に乗せる思いはあればあるほどやる気は出るでしょう」
少女は拳を作って見せた。
「それじゃあ――」
「待って」
少女が背を向ける。その背をまどかが引きとめた。
「名前を教えて欲しい」
ぴたりと止まった。そして、
「祭囃子(まつりばやし)…白夜(はくや)」
少女が言った。



[28140] 餓狼少女まどか☆マギカ―11(ほとんど修正)―
Name: クライベイビー◆2205aff7 ID:86f2e92d
Date: 2012/04/23 15:23
木が生い茂っている道であった。
木の葉がうっすらと色付いている。
その木が覆い茂っている背景には、ビルが立ち並んでおり、程よく自然と人工物が混じり合っていた。
そして、その風景の中を二人の少女が歩いていた。
まどかとほむらである。
話しながら歩いていた。

不思議だ、とほむらは思った。
ワルプルギスの夜が襲来してくることはもう分かっている。
普通であればもっと危機感を感じている筈であり、追いつめられていた筈であった。
しかし、それがない。
当然ながら危機感はある。
気を緩めているわけではない。
しかし、心に余裕があるのだ。
その理由はもう分っていた。
ほむらは自分の家でワルプルギスの夜について話したことを思い出した。



白い部屋であった。
壁も、床も、天井も白く、家具もほとんどが白い。
部屋の中央に置いてある机は透明なガラスでできていた。
その机を囲むように色とりどりのソファーが何層かに別れて囲んでいる。
普通であれば窮屈に感じるかもしれないが、ソファーに背もたれがないので圧迫感がない。
壁面には、壊れたピッケルにも似た振り子のようなものや絵画が掛かっている。
しかし、それらのものもこの白いという部屋の特徴を崩していなかった。
逆にこの部屋のアクセントとして非常になじんでいた。
机の上には地図が置いてある。
見滝原市の地図であった。
「へえ、おもしろい家だね」
その部屋を見てまどかは言う。
好奇心に突き動かされるように、まどかは部屋を歩き回っている。
「鹿目さん、あんまり見て回ったら失礼よ」
「好きにさせてやればいいじゃないか。減るもんじゃないんだし」
「佐倉さん。こういうことはきちんとしないとだめよ」
「別に私は構わないけど…」
マミと杏子、そしてほむらが思い思いの席に腰を掛けている。
「ああ、ごめんごめん。でも、なんだかおもしろくてつい…」
まどかも腰を掛けた。
「でもほむらちゃんが話したいことって言ったらただごとじゃないよね」
「そうね。ついでに言うとわたしは暁美さんが何を言うつもりなのかは、知っているけれどね」
杏子が言った。
「マミだけずるいな」
「あなたはつい最近まで一匹狼だったでしょう。自業自得よ」
「ほむらも結構ひどいこと言うじゃないか」
「三人とも落ち着いてよ。話がちっとも進まないよ」
まどかは笑って言った。
まどかも杏子同様知らされてなかったが、それを指摘する気はなかった。
なにか訳があるのだろうと思い、また、ほむらが何を話すのか聞きたかった。
「それもそうね。とりあえず簡潔に言わせてもらうわ」
ほむらはそう言うとまどかと杏子、マミの順番で視線を向けた。
「ワルプルギスの夜が二週間後に見滝原市に襲来する」
杏子が怪訝そうにほむらを見た。
「ワルプルギスの夜って何かな?」
「噂だけが独り歩きしている伝説の魔女のことよ」
「マミの言うことを簡単にすると、むちゃくちゃ強い魔女ってことだ」
そう言ってから杏子はほむらの方を向いた。
「でも、わからないな。ワルプルギスの夜は滅多に現れることはない。どうしてそんなことがお前にわかったんだ」
「企業秘密よ。強いて言うなら統計かしら」
「信用してあげてるんだからさ、教えてくれてもいいじゃないか」
杏子は声を上げる。
「駄目よ。これは誰にも教えることはできないの」
ほむらは
「そんなこと言われても、いまいち現実味がないんだよな」
そう言った杏子の口にはポッキーが咥えられていた。
「まあいいけど。一応備えるくらいはしてもいいぜ。万が一でも、死人は出したくないんだからな」
そう言う杏子をほむらは目を丸くして見た。



協力できる仲間がいた。
それも魔法少女同士にありがちな利害関係による関係でない。
無償で協力してくれるのである。
そして、その時に作戦の内容が決まった。
すでに作戦はマミと相談して決めてあったので、ワルプルギスの夜についての話は三十分ほどで終わった。
その作戦は極めてシンプルである。
ワルプルギスの夜をマミのリボンと杏子の鎖で縛ってから、攻撃するというものだ。

もしほむらが独りであったのなら、そういう作戦はできない。
いくらほむらが強力な能力を持っているといっても、独りでできることは限られている。
それを思うとやはり独りで何もかもをやるよりずっと心強いものであった。
もし問題があるとしたら、それは現実味がないということである。
もちろん、作戦に身が入っていないということではない。
マミと杏子も真剣である。
しかし、真剣といってもワルプルギスの夜の襲撃が本当にあると信じ切れていないのである。
それはほむらを信用云々の話ではなく、あまりに突拍子のない話であるということが一番の理由であった。
一時、ほむらの知る真実、すなわち根拠、を話そうかと思案したこともある。
魔法少女の秘密と合わせていえば、ある程度の信用がある今、信じてもらえるとは思う。
しかし――やめた。
ほむらにはリスクが高いように思えたのである。

そして、不思議と言えばまどかもそうであった。
まどかは獣を内に飼っている。
少なくとも、獣を表に出すことができる人間である。
そうかといって粗暴でもなかった。
他人を思いやれる人間であった。
それが何故人を傷つける獣を打ち飼うようになったのか、ほむらにはわからなかった。

そう思いながら歩いていると、まどかがほむらに声をかけた。
「ねえ、ほむらちゃん」
「何かしら?」
何か深刻な表情をしたまどかの言葉にほむらは身構えた。
「実はね、朝トレーニング中に魔女に遭遇したの」
「魔女に!?」
「それでとんでもないものを見てしまったんだ」
まどかは今朝、祭囃子白夜という少女が魔女を狩っていたことを話した。
「そう…そんなことが」
ほむらは何か警戒するようにまどかに訊いた。
「その子が不意打ちを仕掛けてくる、ってことはないかしら?」
「たぶんないよ…ワルプルギスの夜との戦いが終わるまではね」
ほむらは確信を得ることができずにさらに訊いた。
「何か根拠があるの?」
「あるよ。わたしを襲うのならそのとき襲ってればいい。それでも襲わなかったのは、わたしと――」
まどかが一旦そこで言葉を切った。それを代替わりするようにほむらは続けた。
「本気で闘りたかったと」
「そう。ワルプルギスの夜との闘いを控えているわたしは、全力を出せないから」
「一応、納得したわ」
そう言ってやっと引き下がったほむらを見て、まどかは笑った。
ほむらのある種神経質な物言いは、まどかを思ってのことである。
それをかわいいと思ってしまうまどかの気持ちが、自然に湧いて出た。

「それでまだ話は終わってないんだ」
「まだ続きがあるの?」
「うん」
まどかは言った。
「その白夜ちゃんがね、去り際に妙な事を言ったの。ほむらちゃんに魔法少女の秘密を聞くといいって――」
そこまで言ってまどかは言葉を切った。
少しの沈黙の後。
「それで話して欲しい、と思って」
と続けた。
ほむらは言った。
「それだけは言えない」
「そんなに大変なことなの?」
「少なくともワルプルギスの夜を倒すまではできない」
少し沈黙が流れた。
「でも言うか言わないかは、もう少し考えるべきだと思うな」
「もう充分考えたわ」
「そうでもないと、思うんだ。たぶん、ほむらちゃんはこれを言ったらわたし達の誰かが傷つくと思っているわけだよね?」
「もっと酷いことになるかもしれない」
「本当にそう思う?」
まどかはそう言って、ほむらを見た。
「そんなことはないかもよ」
「どうしてそんなことが分かるの?」
「いまのほむらちゃんと置き換えればわかると思うよ」
「わたしと?」
困惑するほむらを見ながら、まどかは指で顎を掻きながら言った。
「うん。今、ほむらちゃんは独りじゃないでしょ。それはマミさんも杏子ちゃんも一緒ってことだよ」
そう言われてほむらはまどかの言いたいことが分かった。
もしマミと杏子が独りであったら、その明かされる事実に耐えかねて自滅してしまうこともあり得る。
しかし、今はほむらとまどかを加えて仲間になっている。
つまり、ほむらが仲間を頼もしく思っているように、また、マミや杏子も独りではなく支え合うことができる。
まどかが言っているのはそういうことであった。

しかし――
「余計なトラブルは起こしたくない」
ほむらは現状維持を望んでいた。
ワルプルギスの夜を前に余計なトラブルは起こしたくなかったのである。
「わたしは逆だと思う」
「どうして?」
「勝つためだよ。その秘密から魔法少女は逃れられないし、いずれ知る時が来る。それに、知らないことが逆に致命的なことを招くかもしれない」
まどかはさらに続けた。
「それに、せっかく仲間になったんだから、もっと信用してほしいな。マミさんや杏子ちゃんはたぶん潰れないよ――」
そこまで言ってまどかは照れたように顔を赤くする。
「ごめんね、ちょっと言い過ぎちゃった。ただ、ほむらちゃんがみんなと仲良くしてくれてるのがうれしくて」
「――そう」
「うん。本当に信用できるようになってから、言えばいいよ」
そう言ってまどかは口を閉じた。
あとはほむらが考えることだと、その沈黙が言っていた。
ほむらは考える。マミと杏子のことだ。
なぜならこの秘密によって傷つくのは、この二人だからである。
魔法少女の秘密に耐えることができるかどうか。
耐えることはできると思う。
その事実を知ったときに踏みとどまることができれば、大丈夫だろうと思う。
そしてワルプルギスの夜という驚異を前にしている今なら、その真実を自然と受け入れることができるだろう。
それでも――言いたくはなかった。

そこまで考えて、これは自分の問題なのだとほむらは思った。
この真実を話すことに今は何の問題もない。
むしろ、白夜と名乗る少女知っている今の状況では、仲間である自分から言ったほうがいい。
リスクは自分が恐れているほどではないし、今ならそれを乗り越えることもできる。
それでもできないと思うのは、マミや杏子のことを考えているようでその実、自分が怖いだけなのだ。
以前、このことであった致命的な失敗を怖がっているだけなのだ。
結局のところ恐怖は外になく、内にあったのだ。
そして、それを知ってしまえば、不思議とその怖いものがなくなっていた。
いや、怖いことは怖いが、もう怯えてはいなかった。
少なくともその怖いものに対する心構えはできていた。

伝えよう、とほむらは思う。
もし今回失敗しても自分が諦めることはない。
それはありえない。
しかし、それで何回でも繰り返していいなどと思ってはいない。
今回で決着をつけねば、とも思う。
そして、今回ほどマミや杏子、そして、さやかと親密に付き合ったことなどない。
その今の仲間と同じ位置に立ちたかった。
そう思ってはいても、やはり、失敗を繰り返したせいで失敗のことだけを考えている。
伝えるべきことを伝えなくてもいい理由を探している。
しかし、それでは仲間と同じ位置に立つことはできない。
一歩踏み出さなければならない。
これは、その貴重な機会だ。
もしここで踏み出さなければもうその機会は巡ってこないかもしれない。
あるいは、今までそういう覚悟がなかったから誰も仲間にできなかったのかもしれない。

ほむらはその一連の思考を信じられないな、と他人事のように感じた。
今までなら考えられない選択を、それも仲間と同じ場所に立ちたいという理由で、自分がしている。
マミと杏子は耐えられるだろうが、それでも不安もある。
しかし、もう止まらない。
ここまで来たら言うにしても言わないにしても、結局は後悔するのである。
なら自分の思いを信じるしかないだろう。
そう思って、ほむらは薄く笑った。



[28140] 餓狼少女まどか☆マギカ―12―
Name: クライベイビー◆2205aff7 ID:86f2e92d
Date: 2012/04/23 12:17
ほむらの家。
まどか曰く不可思議だというその空間が、沈黙で包まれていた。
壊れたピッケルのような振り子が揺れる音だけが聞こえていた。
まどか、マミ、杏子がここに居て、ほむらがその沈黙している三人に向かい合っている。
その全員の表情が読めない。
なぜこのような重苦しい状態になったのか?
この部屋でほむらが言ったことがこういう状況を作り出していた。

「皆に話したいことがある」
集まった三人を前にして、ほむらは言った。
「その言いたいことってのは何かしら?」
まずはマミがほむらに答えた。杏子はもうすでに聞く体制になっている。
「魔法少女の真実についてよ」
そして、こう続けた。
「今から言うことは大変なことよ。もしそれを聞く覚悟がないと思うなら言って頂戴」
杏子が鼻を鳴らした。
「そう言われたら余計、聞きたくなったよ」
マミも動く気配を見せない。黙って先を促している。
「ええ。じゃあ順を追って説明するわ」

ほむらがその先に言ったことはおぞましい事実であった。
曰く、魔法少女とは魂をソウルジェムに移した者である。
曰く、魔法少女はソウルジェムが砕けることがない限り、心臓が破裂しても、血を流しても、死ぬことがない。
曰く、ただしソウルジェムと肉体がせいぜい数百メートル離れれば意識を失ってしまう。

そして――
「それだけじゃない」
沈黙する三人を前にさらに続けた。
「ここからが一番重要なのだけれど、魔女はどうして生まれるのかしら」
「それは――」「そりゃあ――」
同時に発言したマミと杏子はお互い顔を見合わせると、杏子がマミを小突いた。
マミが言え、ということらしい。
「人々の負の感情が集まったものが魔女になる…って、キュゥべえが言っていたけどそれだけじゃないみたいね」
「その通りよ。それも原因の一つではあるだろうけど、一部分にすぎない」
知らず、マミと杏子が身を乗り出した。まどかも強くこぶしを握りこんでいる。
「もし、ここまでで聞かないほうがいいと思ったのなら、言うのをやめるけれど…」
そこで、三人が一斉に言った。
「そこまで言って、それはないよ。ほむらちゃん…」
「そこまで言ったらひと思いに言えよ!」
「そこまで言っておいて、暁美さん…それはないでしょう」
まるで、怪談を聞いている小学生のノリであった。
いや本人たちとしては真剣であるのだが、一歩引いたところからみるとふざけた様にも見えた。
ほむらは堪ったものじゃない、と無視して言った。
本来ならここで皆に覚悟を決めさせるつもりが、そのノリにほむらの方が気を削がれてしまったのである。
「…ソウルジェムが濁りきると、魔法少女は魔女になる。それが最悪の真実よ」





ほむらがそう言ってから、皆は黙っていた。
思い思いに気を巡らしているらしかった。
その沈黙はやはり思いが、そこに絶望は感じられなかった。
いやあるにはあるが、その絶望と闘う意思があった。
まず、杏子が笑い飛ばした。
「あたしは魔女になるつもりもないし、これからもやりたいようにやるだけさ」
自身と集まった他の三人を激励するような言い方でもあった。
「わたしも魔女になることはないわ。まあ、なるとしたら一番最初でしょうけど、その時は遠慮なく倒しちゃって」
後ろ向きな言い方になっているが、そこに絶望は感じられない。
「マミさん。魔女になるかも、なんて冗談でも言わないでください」
それを聞いたまどかは悲しそうに言った。
「でも、魔女になったらわたしが倒してあげます」
とも、続けた。

まどかの言葉を聞いた杏子が大げさに言った。
「おい、聞いたかマミ。こりゃあ絶対魔女になれなくなったな」
「全くね」
「その意気ですよ、マミさん。でも、どうして?」
まどかは不思議そうにしている。
マミが杏子を小突いて促した。
「あたしは魔女と真剣をやることはできる」
「うん」
「でも、まどか。そんなあたしでもこの世で真剣をやりたくない人間が一人だけいる」
「――」
「鹿目まどか、お前とだけは闘うのはごめんなんだよ」
「――」
「たとえ魔女になった後だとしてもな」
そう言って、杏子はまどかと真剣を闘ったことを思い出した。
あのときは本当に殺されるかもしれないと思った。
まるで別人のようだった。
肉体の底にあるドロドロとしたものが表に出ていた。
あるいは、まどかが杏子の本当の気持ちを気付かせるために、杏子のありったけを受け止めたことがあった。
その肉体で語る行為をまどかはプロレスと呼んでいた。
十分かそこら杏子は、全力で打ち込んだが、まどかはけろりとしていた。
魔女をも超える恐ろしいタフネスであった。
それ以上に、自分から殴られるまどかが恐ろしくもあった。
底が知れない女であった。
「それは光栄だね」
まどかはさらりと言ってのけた。
「ったくもう。ホント、調子狂うよな…」
「でもそういう所、鹿目さんらしいわね…」


「どうやら大丈夫らしいわね」
「ああ。でも何でお前はそんなことを知ってたんだ?」
杏子が言う。
「実はそれを含めてまだ話がある」
ほむらが応えた。
「あなたたち、わたしが違う時間軸からやって来たってこと、言ったら信じるかしら?」
「どういう意味だ?」
「つまりわたしは未来から来たってことよ」
「なに!?」
杏子が驚愕した。
マミも杏子ほどではないが、驚いている。
二人とも驚いてはいるが、その事実はすとんと胸に落ちていた。
不思議と納得していた。
そんな中でまどかだけが落ち着いていた。いや、それどころか何もかも知っている様子にも見える。

「やっぱり、そうだったんだ」
まどかは一人で頷いている。
「じゃあ、わたしがほむらちゃんに会ったことがあるって思っていたのは偶然じゃなかったんだね」
「…そうなるわね」
「この町を救うためにありがとうね」
ほむらはそう言うまどかに感情の籠った目を向ける。
「違う。わたしが救いたかったのは…まどか、あなたよ」
苦しそうにほむらは言った。
「でも結局、今まで何もできなかった。何回も繰り返したのに、ただの一度も助けてあげられなかった」
そう言いながらほむらはまずいなと思った。
本当ならもっと感情を込めずに話を進めるはずであったのに、感情が高ぶっていた。
まどかは笑って応えた。
「そんなことないよ。たぶん、ほむらちゃんが繰り返してくれたから、わたしは今回強くなれたんだって思うんだ」
それを聞いたほむらの感情がさらに高ぶった。
「なおさらいけないじゃない。わたしのせいであなたの生き方も変わったのよ!」
ほむらはまどかの内にある獣のことを言っていた。
このときほむらにはある考えが生まれた。
ほむらが繰り返すことによって残った無意識の記憶がまどかに強くなることへの欲求となり、結果としてまどかの心に獣が住み着くようになったというものである。
まどかが強くなりたいと思ったのがほむらのせいだというのなら、まどかの心に獣を作った元凶は自分ということになる。
それはほむらにとっておぞましい考えであった。
「いいんだよ、ほむらちゃん。わたしは今の自分が好きなんだから」
「でも、今回だってあなたに頼ってばかりで何もできなかった」
そう言ってほむらは今までのことを振り返った。
マミが死ななかったのだってまどかが率先して魔女を倒したからだし、杏子を説得して見せたのもまどかである。
さやかが魔法少女にならなかったのも、恭介がまどかに憧れたからである。
なにより、まどかが救いを必要とするほど弱い人間ではなかった。
なにもできていない。
ほむらはそう思っている。
今までの後悔の積み重ねが噴き出していた。

「うれしいよ」
まどかの優しい声だ。
優しいが深い声でもあった。
ほむらから噴き出たものを飲み込んでしまいそうな声であった。
「わたしのことをそんなにも思ってくれるなんて…うれしいよ、ほむらちゃん」
ほむらがたじろいだ。そのたじろいだほむらの肩に手を掛ける者がいた。
「良かったじゃないか」
ほむらが向いたその先に、杏子の視線が合った。
「まどかはお前のことが好きなんだよ」
もう片方からマミが手を掛けた。
「この闘いが終わったらいくらでも鹿目さんの力になれるわ」
マミが続けた。
「だから今はワルプルギスの夜のことだけを考えましょう」
そこまで聞いてようやくほむらは落ち着いたようだった。
いつもの超然とした雰囲気が戻っていた。
「そうね」
そう言ってから、ほむらは自分が未来から来たと告げたことを思い出した。
自分の言ったことがどういう風に受け取られたのか、気になったほむらは口に出した。
「そう言えばあなたたち二人はどう思っているの?」
マミと杏子が言った。
「あなたが未来から来たというのなら魔法少女の秘密に知っているのも、ワルプルギスの夜が来ることを知ってることも頷けるわ」
「統計って言ってた意味もよく分かったよ」
マミがばつが悪そうにほむらを見た。
「前にもこのことを言ったことがあるのよね?」
「ええ」
ほむらは静かに頷いた。
「ごめんなさいね」
「なぜ謝るの?」
「わたしはきっと耐えれなかったと思うから」
「いいえ、大丈夫よ。それより――」
「――」
「あなたが今回耐えてくれたことがうれしい」
「――」
「先のあなたじゃないけど、ワルプルギスの夜を倒せればそれでいいわ」
ほむらがそう言うと、また、沈黙があった。

ぬう――。
まどかの呻き声があった
何かを凝視しているように見える。
何があるのか、そう思ってまどかの凝視する先を見るとキュゥべえがいた。
「お邪魔するよ」
そう言うキュゥべえにまどかは声をかけた。
「さっきから聞いているから知っているだろうけど、わたしは魔法少女にはならないよ」
「ああ、知っているとも」
「――」
「ほむらがどうして魔法少女をやっているのか、謎が解けたよ。ほむらとは契約した覚えがなかったし」
「ふん」
「まあ、ワルプルギスの夜をどうにかなるだろう」
キュゥべえは独り言のように話している。
「でも、本当にすべてが終わったと言えるかな。ワルプルギスの夜以上に厄介な者がいるって言うのに…」
「黙れ――」
杏子が槍を向けていた。
不思議なことにソウルジェムから槍が飛び出しているのである。
切っ先はキュゥべえの眼前にあった。
「やめなさい」
ほむらは言う。
「そいつが何を企んでいたとしても、ワルプルギスの夜を倒すだけよ…」
「――」
「消えなさい」
「やれやれ。どうやら歓迎されなかったみたいだね」
そう言ってキュゥべえが背を向けた。
「待って」
「どうしたんだいまどか」
「その子って、あの白い髪の女の子?」
キュゥべえは勢い良く振り返った。
「なんだ。君、祭囃子白夜に会ったのか」
「へえ、そういう名前の子なんだ」
「名前聞いてたかい?」
「ううん。初めて聞いたよ」
それを聞いてほむらは眉を顰めた。
まどかが嘘をついていたからである。
しかし、すぐにそれをやめた。
恐らく、まどかはキュゥべえを信用してないということだろうと思った。
まどかはキュゥべえを信用していないから、わざわざ名前を出さなかったのである。
逆に名前を出さないで、キュゥべえとまどかの思っていた名前が一致したのなら本当のことを言っている可能性はずっと高くなる。
つまり、わざとキュゥべえに名前を言わせるために嘘をついたのである。
「もっとも、僕もその白夜のことはよく分かっていないんだけどね」
「そうなんだ」
「ただ、得体の知れない存在としては知っている…」
「――」
「じゃあこれで、僕は失礼するよ」
そして、今度こそキュゥべえを引き留める者はいなかった。
キュゥべえがいなくなってからマミと杏子に白夜について説明した。
「なるほど。敵になったら厄介だな。でも、悪い奴ではないな」
「鹿目さんとの立ち合いが望みなのよね?」
「勝てるのか?」
「絶対に勝つとは思えない」
「じゃあ、負けるのか?」
「負ける気はしないよ」
まどかは続けた。
「白夜ちゃんに負けないための練習があるんだけど、手伝ってくれるかな?」
まどかが微笑を浮かべて言った。





翌日の早朝。
公園に三つの人影があった。
まどかと恭介がトレーニングをしている。
とくに恭介は念を入れて肉体を鍛えている。
それをさやかが見ている。
早朝の大気の香りがしていた。
――そこに三人の少女が加わってきた。
昨日のメンバーであった。
「おはよう」
まどかが言うと三人は寝ぼけ眼で返してきた。
「大丈夫だよ。動いている内に眼は覚めてくるよ」
笑い声をあげながらまどかは言う。
「じゃあ、始めようか」
それを聞いたマミと杏子が魔法で武器を出した。
マミはマスケット銃を、杏子は棒を、手に取って構えた。
ほむらも杏子からを棒を受け取った。
「本気で来てね」
そう言うまどかに、三人がそれぞれの武器を、まどかの身体に打ち込んでいった。



[28140] 餓狼少女まどか☆マギカ―13―
Name: クライベイビー◆2205aff7 ID:86f2e92d
Date: 2012/06/16 17:38
柔らかい日の光が町を照らしている。
その中でまどかは走っていた。
対白夜のトレーニングは順調であった。
痛みに慣れるための訓練である。
その実、それは対ワルプルギスの夜という側面を持っていた。
まどかがワルプルギスの夜で必要なのは耐久力であると思っている。
なぜなら、素手のまどかにとって、ワルプルギスの夜に近づくまでが最も大事だからである。
ほむらの能力を使ってもそれは簡単ではない。
ワルプルギスの夜はあらゆる手段でそれを阻止しようとするだろう。
つまり、近づこうとするまどか達に対して、近づけまいとワルプルギスの夜が邪魔をする一種の耐久戦である。
まどかはそこに勝機があると思った。
その勝機を手にするためにはどれだけ叩かれても無事でいなければならない。
そのためのトレーニングとして、まどかは魔法少女の三人に自分を殴らせたのである。
ただ耐久力を上げるというのなら他にも方法はあった。
しかし、実戦の痛みに耐えるということを考えるのなら、実際に殴られるのが一番だとまどかは思った。
そして、その訓練はすでに終わりである。
ワルプルギスの夜との闘いは明日に控えている。
さらに具体的に言うのなら、一週間前から訓練は調整程度のものである。
一度、肉体の限界までトレーニングをして、身体を回復させているのである。
そして、その回復してピークになった肉体でワルプルギスの夜を迎え撃つつもりであった。
だから、今、まどかは自分の肉体を探るように身体を動かしている。
自分の身体がどれほどのものか、それによってはトレーニングの内容を少し変えるぐらいはするつもりである。

不安はなかった。
普通であれば、強敵と闘う前というものは不安になる。
相手はもっと力があるのではないか?
相手はもっと技術があるのではないか?
相手に自分の持っているものが何もかも通用しないのではないか?
そういう自分が創った不安と闘うことも、また、闘いの一側面である。
相手と闘う前に自分と相対することになる。
その不安を打ち勝つことが重要である。
そうでなければ、不安をわずかにでも忘れるために身体を酷使することになる。
立てなくなるほどに身体を虐めることもある。
そうやってボロボロになった身体で闘うことになれば、勝ち目はなくなってしまう。
その不安がないのである。
まどかはそれは独りでの闘いではないからだと思っている。
一対一ではない。
ほむら、マミ、杏子からの援護を受けることができる。
だから普通では持ち込めないあらゆるものを持ち込むことができる。
あらゆる絆がこの闘いにはついている。
ワルプルギスの夜を倒すために必要なものはすべて持っている。
まどかに恐れるものはなかった。





ほむらの家がにぎやかであった。
まどか、さやか、ほむら、マミ、杏子、何故か恭介が集まっている。
ワルプルギスの夜の襲来の前日に、作戦の確認ということで集まることになっていた。
すると、どうせなら夕食も一緒に食べればいいということになり、それなら、いっそ皆で泊まればいいのではないかということになった。
これは、家族を心配させないためにどうするかということを考えていた、まどかにとっては都合のいいことであった。
ワルプルギスの夜が起こすスーパーセルによって街の人間は避難を強いられることになる。
そして、この街には複数の避難所がある。
このときどうやってで抜け出せばいいのか、ということを考えていたがほむらの家から近いほうの避難所に行っていることにすれば一応は誤魔化すことができる。
まどかがほむらの家に行くことを言うと、さやかはまどかに付いて来ることになり、師であるまどかと恋人であるさやかに付いてくる形で恭介がいるのである。
今はみんなでテーブルを囲んでいる。
じゅうじゅうと何かが焼ける音がしている。
テーブルにはホットプレートが置いてあり、そこで、肉と野菜を焼いている。
やはり食べるペースはまどかが一番早い。
次々と焼いていき、焼いたそばから食べていく。
ほとんど食べるためだけに口を使っている。
その次が杏子と恭介であり、さやか、ほむら、マミが同じペースである。
このときまどかはほとんど話さず、ただ喰らっていた。
まどか以外はそれをネタにしながら和やかに食べていた。
特に接点が薄いと思われていた、さやかと杏子は意外に話が合っているようであった。
杏子の魔女退治に対する姿勢が今までの経緯を含めて、さやかはまどかと杏子のプロレスについては初めて聞いたが、さやかの琴線に触れた。
杏子も気分がいいのもあって、つい口が軽くなっていた。
ほむらは恭介を問い詰めている。
今までの周回でさやかと恭介は上手くいかなかったので、今回、何故付き合うことになったのかかなり興味をそそられていた。
さやかからはすでに話を聞いてあるが、恭介視点での話はまだ聞いていない。
良い機会だからとほむらは質問攻めにしているのである。
恭介は律義にそれに応えている。
マミは隣で聞き耳を立てていた。
ほむらの家に今までなかった喧騒が広がっていた。



夕食は終わった。
就寝の時間である。
恭介は帰っていた。
明日の朝、さやかを迎えに来ることになっている。
ワルプルギスの夜が来るときには恋人と一緒に過ごしたいのだという。
だから、今は魔法少女の三人とさやか、そして、まどかしかいない。
今は寝室に五人がそろっている。
ベットを並べて川の字になっている。
「ねえ、明日は勝ち目あるんだよね?」
さやかが不安そうにまどかに訊いた。
「うーん、そうだね」
まどかは少し黙ってから、言った。
「さやかちゃんはほむらちゃんが未来から来た事は知ってるよね」
「うん」
さやかはまどかが必死に説明した時のことを思い出した。
確かにそれでほむらが未来から来たのだとさやかは納得したのである。
まどかは皆に聞こえる声で言った。
「小さいころにね強くなろうと思ったんだけど、今思えば、そう思ったのは今までほむらちゃんが救いたくても救えなかったわたしの無念があったと思う」
遠い昔を懐かしむような声色であった。
「だからねわたしの力はほむらちゃんが今まで繰り返してきたことの価値でもあるんだと思う」
まどかの眼は天井を向いている。
その眼は、ほむらが繰り返してきた永い時間を視ているようであった。
「だったら、わたしが負けるはずがない」
まどかは静かに燃えていた。





まどか達は四人は、一つの群れに囲まれていた。
どうやらその群れとはサーカスのようであった。
ゾウやライオン、そして、玉乗りをするピエロにテント。
そういうものがまどかたちを通り過ぎてゆく。
さやかとは朝早くに別れた。
恭介とともに避難所に向かった。
その避難所に向かう前に恭介は一礼をさやかは声援をまどかたちに送ってから去って行った。
その後はまどかたちは無言でワルプルギスの夜の出現場所まで向かって来た。
そして、この軍団に遭遇したのである。
ほむらが言っていた、"予兆"と見事に一致していた。
ほむらはふと、まどか達の顔を見た。
何回も挑んでは失敗してきたが、ほとんどは一人で対峙している。
まどか達の顔を見てみたいと思ったのである。
驚いた。
全員が笑みを浮かべていたからである。
マミは冷淡な、杏子は獰猛な、まどかは底知れない、笑みをその顔に張り付けていた。
全員が共通して、牙をむき出しにしていた。
ほむらの背を大きなうねりが走った。
ここまで全員で来れたことをいま実感して、その頼もしさを実感して、ほむらの身体を快感が突き抜けたのである。
そこでまどかと眼があった。
「ふふん、今からそんなんじゃあだめだよ」
確かにまどかの言う通りだとほむらは思った。
こういうものはワルプルギスの夜を倒した時のためにとっておくものである。
「いつもそんな風に、朗らかに笑えばいいのに」
そう言われて、ほむらは自分の顔にふと手を当てた。
確かに口の両端が軽く吊りあがっていた。
――そうか、笑っているんだわたし。
確かに笑っているらしかった。
それも友達と話をしている時に自然と笑うように、柔らかい笑みであった。
そして、魔女降臨のカウントダウンが始まった。

―⑩―
ここに集った四人の少女達。
全員が静かに燃えていた。
まどかの火が全員に燃え移ったのである。

―⑨―
それはまどか達の心の象徴である。
燃えれば燃えるほど強くなる。
燃えれば燃えるほど猛る。

―⑧―
火は小さいように見える。
そのままでは簡単に消されてしまうように見えるだろう。
大きな風ひとつで消されてしまうように見えるだろう。

―⑦―
しかし、それは火の行き場がないだけであり、今か今かと燃え上がる機会を心待ちにしている。
一つの薪。
それを火の中に放り込めばたちまち巨大な炎になるだろう。

―⑥―
ワルプルギスの夜。
最強の魔女。
それが今日くべられる薪の名前である。

―⑤―
いま、まどか達の心には獣があった。
笑みがそう言っている。
獣のように牙をむき出しにしている。

―④―
ここにいるのは四匹の獣である。
獣が舌なめずりをしている。
獣が獲物を心待ちにしている。

―③―
ワルプルギスの夜。
最強の魔女。
それは今日の獲物の名前でもあった。

―②―
四匹の獣は静かに燃えている。
どちらが狩るほうで狩られるほうなのか。
身体に教えてやると猛っている。

―①―
四つの業火に最強の魔女は耐えられるか?
四匹の獣と最強の魔女。
どちらが狩られるほうか?

―⓪―

答えはすぐそこまで迫っていた。



[28140] 餓狼少女まどか☆マギカ―14―
Name: クライベイビー◆2205aff7 ID:86f2e92d
Date: 2012/09/19 06:18
突風とともにそれは現れた。
ワルプルギスの夜。
出現するだけでスパーセルを引き起こす、現時点で間違いなく最強の一角をなす魔女である。
あたりに魔女の笑い声が響く。

それと対峙する、四人の少女。
まず、動いたのは赤い髪の少女、杏子であった。
一歩前に出て、かがんだ。
両手を組んでいる。
まるで、神に祈る少女のようにも見える。
しかし、少女は祈ってなどいない。
なにより、眼を見開いて、ワルプルギスを睨んでいる。
光――
杏子の身体が一瞬光ったかと思うと、足元から勢いよく、四本の槍が飛び出した。
否、槍に見えたそれは、槍ではなかった。
たしかに穂が付いているために槍に見えるかもしれない。
しかし、その穂は鎖に付いていた。
杏子の槍には鎖が仕込んである多節昆であるが、その槍の外装を取っ払えばこうなる。
さらに言うならその穂もいつも杏子が使っているものとは違った。
鍵爪のように婉曲している。
それが、一直線にワルプルギスに飛んでいき――勢いよく巻きついた。
鉤爪のような穂はワルプルギスの身体の凹凸に引っ掛かった。

鎖はその上を移動するのに十分な太さがあり、ワルプルギスに架かる橋のようにも見える。
「わたしの番ね」
マミがリボンを四本放つと、独りでに動き、足場としての役目を果たすようにリボンが縫いこまれた。
「今よ」
杏子のその声を皮切りに、まどか達は一斉に飛び出した。
左からマミ、ほむら、まどか、杏子と鎖を伝っていく。

ワルプルギスは鎖をはずそうと、身をよじっている。
しかし、外れる気配はない。
むしろ、力を込めれば込めるほど鎖が強く締め付けてくる。
今外すのは無理だと判断したのだろうか。
黒い影のような使い魔が五体、まどかたちのすぐそばに召喚された。
魔法少女のシルエットのようであり、手にそれぞれの武器を持っている。
マミと杏子はそれぞれ武器を持った。
ほむらはまどかの走っている鎖に飛び移り、まどかの手を握った。
使い魔たちがまどかたちに詰め寄る。
その瞬間――
まどかとほむらの周りの風景が静止した。
まどかは眉をひそめた。
「さあ、まどか行きましょう」
「…あまり馴れない感覚だなぁ」
まどかとほむらは鎖を伝っていく。
あまり時間は掛けてられない、とほむらは焦った。
自分以外の人間と一緒に時間停止をすると、一息で止められる体感時間が短くなるのである。
まどかとほむらの体感時間でどれほど経っただろうか。
魔女まであと数十メートルというところで周りの時間が動き始めた。



まどかたちに向かっていたはずの使い魔はまどかとほむらがいなくなったことに気がついた。
使い魔の一体が本体の近くにまどかとほむらが出現したことに気がついた。
一人が気がつくとその他の使い魔たちもつられて、そちらに目を向ける。
その時――
銃声とともに一体の使い魔が倒れて、消えた。
「私たちを忘れないでほしいわね」
「まったくだ」
杏子はまどかと使い魔の間に立ち、その反対にはマミが居た。
「ここから先は行かせないよ」
「私たちが相手になるわ」
マミと杏子が使い魔たちに躍りかかった。



「ここよ」
まどかとほむらはワルプルギスの夜の歯車から出ている人形の部分にたどり着いた。
鎖から伸びたマミのリボンがワルプルギスの周りに蜘蛛の足場のように足場を作っており、鎖からリボンを伝ってここまで来たのだ。
目の前には、人形部分を支えている歯車の軸がある。
まどかがぎりぎり抱きかかえることのできる、太さであった。
「やってしまって」
「うん」
まどかは足を肩幅まで広げ、腰を軽く落とした。
右手を軽く握り、左手で照準を合わせるように、ワルプルギスの夜に向けた。

まどかは精神を集中するように下を向いている。
ほむらはそんなまどかを守るように、見張りをしていた。
一番警戒しているのは、使い魔が隙を突いて襲ってくることである。
しかも、使い魔は召還という形で自由自在に表れることができる。
ほむらはいつでも時を止められるように、まどかと対峙した時と同じように、左手で右手の盾をつかんだ。

――ひゅう
まどかの口から呼気が漏れた。
瞬間――
強烈な声と共にまどかの身体が、始動を始めた。
右足で地面を捉えた。
腰をひねり、右拳を前に出す。
右拳とワルプルギスの夜との距離がどんどん縮まってゆく。
そして、右拳がとうとうワルプルギスに触れた。
右拳がワルプルギスの中に埋まってゆく。
みしみし、と悲鳴を上げるようなどこか悲痛な音を立てて、軸が破壊されてゆく。
しかし、まどかはこの結果に目を見開いていた。
なぜなら、まどかの拳が使い魔を貫いていたからである。
ぞくり、とまどかの背を冷たいものが貫いた。
使い魔は渾身の力を込めて抱きついて来て――まどかと使い魔の時が止まった。



ほむらは一部始終を見ていた。
魔力で強化した動体視力で、ぎりぎりではあるが、その瞬間を捉えることができた。
まどかの拳がワルプルギスに当たる直前、その盾となるように、拳とワルプルギスの間に割り込むように召喚されたのである。
しかし、使い魔は盾としてはあまりにも脆かった。
まどかの拳は容赦なく使い魔とワルプルギスを貫いたのである。
とは言っても、それがまったくの無駄であったとは言えない。

まどかの正拳の威力を落とすことには成功していたのである。
さらに、使い魔はまどかの身体に抱きついていた。
これはかなり危険な状態であった。
宙で踏ん張れる使い魔と足元が不安定なまどかが押し合いをすれば、万が一ということもあり得る。
ほむらはこの使い魔を何とかしようと思った。
銃を取り出して、使い魔に銃口を向ける。
数回、引き金を引くと銃弾が飛び出し、使い魔の頭部に当たる直前で、静止した。
これで時が動けば、使い魔の頭部は破壊され行動不能に陥るはずである。
念を入れて、周囲に使い魔が潜んでいないことをほむらが確認すると、時が動き始めた。



まどかは胸をなでおろした。
使い魔の力が緩んでいたからである。
よく見ると頭部が破壊されている。
ほむらが時を止めて攻撃した、ということが瞬時に分かった。
まどかは一先ず、使い魔を身体から引き剥がそうとする。
使い魔の肩に手をかけて、拳を引き抜いた。
ふと、ほむらのことが気になって、振り向いた。

礼を言おうと口を開き、
「ほむらちゃん、時を止めて!」
叫んでいた。

ほむらが振り向くと、使い魔がいた。
使い魔の攻撃がほむらの腹に放たれる最中であった。
――まずい
ほむらの『時を止める』能力は連続で使うことはできないし、万全でなければ使うことができない。
かといって、能力がなければこの攻撃を避けることはできない。
身をよじることもできず、ほむらの腹に使い魔に攻撃が吸い込まれた。
ほむらの身体が使い魔の攻撃で宙空に吹き飛ばされる。
使い魔はまどかには構わず、ワルプルギスから宙空に叩き出されたほむらを追って飛んで行った。



引き剥がされた。
まどかはそう思った。
使い魔はほむらを引き剥がすために一連の攻撃を行ったのである。
ほむらは大分飛ばされたらしい。
数分は完全に孤立することになるだろう。
――ふふん
まどかは鼻で笑った。
ほむらは元々独りで戦っていたのである。
この程度、ほむらにとってはどうでもないことで数分もすれば戻ってくる、とまどかは思っている。
――まあ、まずは目の前のこれから片づけないと
先ほど不安定な足場でも思い切り踏ん張れたのは、ほむらが居たからである。
今、まどかが足を踏み外し落ちることがあれば、助けてくれる人間はいない。
この状況で、打撃はあまりいい選択とは思えない。

ならば、とまどかは軸を抱えた。
海老反りに、力を込める。
みしり、という音が軸の内側から響いてくる。
さらに、力を込める。
びきびき、というまどかの先ほどの打撃で入った亀裂がさらに拡がる音がした。
腕が軸にめり込んでゆく。
まどかが力を込めるほど、軸が悲鳴を上げるように音を立てる。
そして、ばきりという音を立ててあっけなく折れた。

支えを失ってワルプルギスの人形部分は落下を始めた。
笑い声をあげながら、落ちてゆく。
狂ったような笑い声は地面に激突するまで、響いた。



次はこの歯車だね。
そう思いまどかはリボンを伝って、巨大な歯車に飛び乗ろうかと考えた。
すると、リボンと鎖を巻きこんで歯車が音を立てて反転しだした。
まどかはリボンに捕まる。
反転が終わり、歯車が正位置になり、まどかはその上で立ち上がった。
先ほどまでは笑い声にかき消されていた、ごうんごうん、という音が重厚に響いている。

まどかは、ワルプルギスが自分を上に乗せるためにわざわざ反転したように思えた。
ワルプルギスは舞台装置の魔女である。
それはまどかの知る由ではないが、まどかは歯車の上がまるで舞台のようだと感じていた。
だから、舞台の上で誰かに演じてもらいたい。
そういう意志が働いてるのではないかとまどかは思ったのだ。

まどかは動かない。
相手はまどかをもてなすつもりである。
誘いに乗ってあげる、といつもなら思うだろう。
しかし、この闘いはまどか一人だけのものでない。
無視してワルプルギスに拳を打ち込む。
「けぇい」
下段突きがワルプルギスを襲った。
にぶい音が響いた。
拳大ほどの凹みができるが、まどかは不満そうに呟いた。
「こんなものじゃ、足りない…」
より重く速い打撃でなければいけない。
どうしようか?
考えていると、まどかは何かの気配を感じた。

まどかは構えた。
空手をベースにした構えである。
しかし、腕の構えはボクシングにも似ている。
違うのはボクシングよりも拳と拳の間が長いことである。
蹴りに応じるために間を開けている。

まどかが構えると、囲むように使い魔たちが現れた。
十体はいる。
にぃ。
まどかは口の端を釣り上げた。

使い魔たちはじりじりと迫り、そして、一体が顔面を陥没させて倒れた。
まどかが突きを放ったのだ。
さらに反応できない目の前の使い間、二体。
それらの顔面に突きを放ち、さらに前に進む。
そこでようやく使い魔たちの身体が動いた。
まどかの前から、使い魔による攻撃が迫る。
疾――
まどかは後ろに跳んだ。
這うように後方の使い魔たちに迫り、蹴りを放つ。
使い魔は対象を失うことで攻撃が空振り、いつの間にか接近された使い魔はまたも虚を突かれた。
蹴りは使い魔を三体巻き込むようにして、両足を膝から完全に破壊した。
その使い魔たちを乗り越えて、さらに二体迫ってくる。
まどかは突きを放ち、二体の使い魔は頭部を貫かれた。
弾丸によって。



「遅くなったわね」
「手こずってるな」
マミと杏子が華麗に着地を決めた。
三人は即座に背中合わせになり構える。
使い魔は手を出せず、様子を窺っている。

「思ったより堅くてね」
「鹿目さん大丈夫なの?」
「ああ、らしくないな」
「いや、方法なら思いついたよ」
まどかは前を向いたまま、マミと杏子に耳打ちをした。
二人は顔をしかめる。
「それなら倒せるかもしれないけれど」
「相変わらず無茶なこと言うが、気に入った」
二人は使い魔たちを警戒しながら、まどかに言った。
「二人とも大丈夫だね。じゃ、行こうか」
応。
まどかたちが吠える。

びりびりと周囲にプレッシャーが放たれた。
そのプレッシャーが空間を歪めている、ように見える。
「きぃあ」
使い魔の一体がそのプレッシャーに耐えられず前に出た。
それに釣られて一斉に飛び出す。

まどかは拳で迎撃し、杏子は槍を振るい使い魔を近付けない。
マミは使い魔に銃弾を放つ。
しかし、使い魔は止まらない。
急所からほんの少しだけ外れた銃弾は命を奪うまではいかなかった。
そして、マミまであと数歩というところで、ぶるり、と震えた。
身体の中に異物がある――
それに気づくと、その異物感は痛みに変わっていった。
異物がより大きなものに変化しているのである。
痛みが限界まで来たとき、使い魔の背から植物の芽が出た。
その植物はみるみる大きくなり、使い魔の背にいた者たちに向かって伸びてゆく。
まるで触手のように機敏に動き、複数の使い魔の急所を貫いた。
「ティロ・セーメ」
マミは呟いた。
ティロはイタリア語で射出を、セーメは種を意味する。
平たくと訳すと種子の射出ということになる。
文字通り植物に変化する銃弾を敵に埋め込み、マミの銃弾を植物に変化させて敵を内側から破壊する。なおかつ、周囲の敵をも巻き込む。
マミの銃弾が植物に変化することを利用した必殺技である。

そういうやり取りをしていると、まどかは眼の端に"それ"を確認した。
杏子と自分に向かう攻撃に間隔が空くことを察知すると
「今だよ」
とまどかは叫んで、跳んだ。
杏子はそれと同時に、まどかが着地できるように、槍を水平に構える。
まどかが槍の上に着地すると、杏子は振り上げた。
まどかはほとんど垂直に高く飛び、きれいに着水をするように頭から落ちてくる。
落下の速度と衝撃を拳に乗せるつもりであった。
数体の使い魔は空を飛び、まどかを妨害しようとする。
しかし、まどかはそれに気づいていながら、そちらを見ようともしない。
マミと杏子もそれに構おうとしない。
使い魔の攻撃が自分には届かないことを確信している様子であった。
使い魔がまどかを掴もうとするその瞬間――
数体の使い魔は同時に頭部を貫かれ消えた。
ライフルを構えたほむらが、遠くにあった。

「ほむらちゃんを見つけたら合図するから、杏子ちゃんには踏み台になってほしいの」
まどかはそう耳打ちをしたのであった。
今の状況で宙空にあるまどかを援護するのは、マミと杏子には厳しい。
ほむらならやってくれる。
そういう思いがなければできないことだった。

まどかは拳を作る。
拳が最大の威力を持つような角度でワルプルギスに近づいていく。
ずぅん
まどかの拳がワルプルギスに当たると、地響きがした。
巨人がハンマーを持って思いっきり振りおろしたらこうなるのだろうか。
まどかの拳を中心にひびがワルプルギスの全身に広がっていく。
しかし、ワルプルギスは踏みとどまった。
全身を魔力で引き寄せることで、どうにか崩壊だけは防いだのだった。
「痛ぅ」
そして、ここにきてまどかもついに傷を負った。
ワルプルギスから拳を引くと骨が見え隠れし、血も流れていた。
指の関節もおかしなほうに曲がっている。
全身から露のような汗が出ている。

「鹿目さん後は任せて」
マミの声が響いた。
止めを刺す気らしい。
「ティロ・フィナーレ…」
マミが巨大な銃を抱えて飛んでいた。
「セーメ」
銃声が鳴り、銃弾が発射される。
銃弾はまどかの拳によって脆くなった、ワルプルギスの中に埋め込まれた。
「さあ、捕まれ」
杏子がまどかに肩を貸し、跳んだ。



ワルプルギスから遠ざかってゆく。
地に落下していく途中でマミとほむらと合流した。
着地すると、轟音が響いた。
ワルプルギスを見ると、崩れていくのが見えた。
歯車からは巨大な植物が生えてきて、それが内側から破壊していくのが見える。
ついには突き破ってきた植物ごと、下の河に沈んでいった。

「大丈夫、まどか?」
まどかは今、壊れた拳の手当てをマミにしてもらっている。
「すいません、マミさん」
「いいのよ。あれ以外に手はなかったと思っているし、わたしだって賛成したんですから」
治療をしながらマミは言った。
「しかし、まどかの拳がこんな風になるなんてな。ワルプルギスの夜は手強かったな」
「でも、私たちに掛かればこんなもんだよ」
まどかはほむらを見る。
「どう?ほむらちゃん」
唐突に話を振られたほむらは訊き返す。
「どうって、何のこと?」
「ワルプルギスの夜を倒すことができてどんな気持ち?」
そうね…とほむらは相槌をうった。
「最高の気分よ。あなたが怪我してなかったらもっと良かったのだけれど」
「…ごめん」
「冗談よ、気にしないで」
ほむらはそう言って沈んでゆくワルプルギスの夜を見た。

今まで、何度も繰り返して一度も救えたことなんてなかった。
繰り返して独りでまどかを救おうとしたこともあった。
他人なんて当てにならないって思ったから。
でも、違った。
今、ここにいる皆は、未来を受け止めてくれた。
やっと、救うことができたよ、まどか…。
いや違う。
たぶん、わたしがまどかを救ったんじゃない。
まどかが、いや、ここにいる皆がわたしを助けてくれたんだ。

「ねえ皆」
ほむらがまどかたちに呼びかける。
まどかたちが振り向く。








「ありがとう」
とびきりの笑顔で言った。



[28140] 餓狼少女まどか☆マギカ―15―
Name: クライベイビー◆8b17b1df ID:4a0bd1c8
Date: 2012/10/15 17:32
暗い空間であった。
無限に広がる闇。
星のない宇宙。
しかし、それは完全な闇ではなかった。
黒い空間であるのには変わりないが、不思議と物がはっきりと見えるのである。
物と物の距離もはっきりとわかる。
光が通っている黒い空間。
この矛盾した言い方がもっとも適しているように思える。
その闇の中に一つの箱があった。
白い線で四角く囲まれている。
骨組みだけのようにも見える。
しかし、その白い線にはめ込まれるようにガラスのような、そして、ガラスよりはるかに透明なものがはめ込まれているのである。
その中に二つの影があった。
一つは白い髪の少女であり、顔に凛としたものがある。
その少女はずっとサンドバックに向かってコンビネーションを続けていた。
サンドバックは見えない糸につながれているように宙に浮いている。
そのサンドバックに突きと蹴りが当たるたびに音を立てて揺れていた。
少女の身体から大量の汗が流れていた。
その流れた大量の汗は少女の足元に水たまりを作っている。
そして、その水たまりから少女の熱気に当てられた水が白い霧を作っていた。
相当長い時間、コンビネーションを繰り返しているのだろう。
しかし、息は乱れていなかった。
その後ろからもう一つのモノが声をかけた。
「やあ、精が出るね」
キュゥべえであった。
しかし、少女は黙々とコンビネーションを続けて答えない。
少女がサンドバッグを叩く音のみが響いている。
それでも、ひとり言のようにキュゥべえは続ける。
「先からずっとその調子だね。そうまでしてまどかに勝ちたいだなんて、ちょっと異常なんじゃないかな」
キュゥべえは尻尾を揺らしながら言った。
「君の正体はようやく分かったけど君がなぜこうやって存在できているのか、まだ分かっていないんだよね」
そこで、初めて少女が反応した。
「それで、私に聞きに来たってこと?」
「ああ、その通りだよ。知っているのなら、是非教えてほしいね」
少女はサンドバッグに向かいながら続ける。
「意外だね。私の出生が分かっているのなら、簡単な話じゃない?」
キュゥべえはその少女の意図に未だ気が付いていないようであった。
「私はね、まどかと闘うために生きているんだよ」
「それは興味深い話だね」
キュゥべえはやはり感情を感じさせない声で言った。
「じゃあ、君とまどかが闘えば僕の望む現象も起きるかもしれないというわけか」
「それはないかな」
「へえ。なぜそう思うんだい」
「勝つのが私だからだよ」
その言葉には少しだけ気負いが感じられた。
しかし、感情を知らないキュゥべえにそのわずかな気負いは感じられなかった。
「そうかい、じゃあまどかと君が闘うのを楽しみにしているよ」
そう言ってキュゥべえが歩を進めるとの体が頭、首、胴と順番に消えていった。
透明の何かが頭から順番に飲み込んでいくようでもあった。
後には少女とサンドバッグしか残っていなかった。
その少女は祭囃子咲夜と言った。



学校。
まどかは冬服で登校していた。
11月の中旬。
かなり寒い。
吹いてくる風が刺すように肌にしみ込む。
ふと、まどかは肩に重みを感じた。
さやかが身体をまどかに密着させていたのである。
「やめなさいよ」
ほむらがつっけんどんに言った。
さやかはそれに構わず、まどかに身体を押しつけてる。
「だってさぁ、まどかの身体は温かいんだもん」
「はぁ、そんなことあるわけ…」
「それがそうでもないのですよ、ほむらさん。まどかさんの身体は何故かとても温かいのです」
まどかとさやかの左隣の仁美が、まどか達を挟んで反対側のほむらに言う。
ほむらは意外そうに仁美を見た。
「あなた触ったの?」
「お恥ずかしながら、興味があるなら、ほむらさんも触ってみたらどうでしょう」
「なんですって!?」
「いいよ。ほら、触ってみてよ」
まどかもそういうのでほむらは、まどかの身体に手を伸ばした。
「暖かい」
ほむらは手の中に熱を感じた。
太陽の光に手をかざしたときに感じる熱。
それを感じた。
「朝のトレーニングに溜まった熱が少しだけ残るんじゃないかな」
なんという…。
まどかの言葉を聞いてほむらは思った。
もし、そうならまどかが本気になったときどれほどの熱が生まれるのか。
あるいはまどかが闘っているときに感じる、圧力の源はこの熱ではないだろうか。
ほむらが思索に浸っていると、さやかがにやりと笑った。
「なんだよ、やっぱりその気があるんだな」
仁美が大仰に声を上げた。
「そんな、わたしが知らない間にそんな感情をまどかさんに持っているなんて」
「違う」
「それは禁断の関係ですのよ」
「お願い。話を聞いて」
ほむらがそう言うが、しかし、仁美は頬を赤らめて走り去って行った。
ほむらは静かにさやかに目を向けた。
「あなた、どう責任を取ってくれるの」
「いやぁごめん。ついはしゃいじゃってさぁ。ほら、あんた達があのでっかい魔女に勝ったから…」
「そんなことを言っても、ごまかせないわよ」
「大丈夫。仁美にもちゃんと説明するしさ」
「当り前でしょう」
「あ、早いほうがいいよね。じゃあ仁美追ってくるわ」
さやかはそそくさと背を向けた。
その遠くなる背を見て、ほむらが呟いた。
「逃げたわね」
「許してあげてよ」
「喧嘩を売ったのは、あっちよ」
「まあまあ。きっと、仁美ちゃんも分かってくれるって」
「ふん、まあいいわ。それよりもまどか…」
「なぁに」
「あなたに言いたいことがあって」
「え?告白?」
「馬鹿。そうじゃなくて最近妙な事が起こってるのよ」
「妙なことが?」
そう言って、まどかは顔を傾ける。
「素手で魔女を倒しているやつがいる」
「――」
「そいつの後ろ姿しか見えなかったけど。十中八九、あなたの言っている白夜って娘だと思う」
まどかは白夜と会った時のことを思い出した。
魔女の拳を破壊する、恐ろしい剛拳であった。
そのときの記憶がまだまどかにはこびり付いていた。
「魔力も感じなかったし、グリーフシードが放ってあったから、魔法少女ではないと思う」
「ふぅん、そうなんだ」
白夜とは一カ月ほど会っていないが、よく覚えている。
あの炯々と光る眼が"お前と闘うのはこのわたしだ”と言っていた。
近いうちに何かが起こる。
まどかには予感があった。
それからのまどかは上の空であった。



授業が終わり、いつものようにトレーニングをして帰る。
家について、部屋に入ると、まどかは何かを感じ取ったのか、
「出てきてよ」
と、言った。
ひょこりと白い生き物が出てきた。
キュゥべえであった。
「やあ、まどか」
「何の用かな?」
まどかは訝しげに訊いた。
「白夜についてさ」
尻尾を揺らしながら、キュゥべえは続けた。
「君は他の魔法少女を救いたいかい?」
「話が見えないよ」
「いや、大事なことだからちゃんと答えてよ。君は他の魔法少女や魔女を解放してあげたいと思わないのかい?」
「救いたいよ。だけど、それが何だっていうの」
「言葉どおりさ」
「どういうことかな?」
「まどかは魔法少女や魔女を、もっと言うなら宇宙を救えるってことさ」
「……」
「その方法を君に教えに来たのさ」
「契約は絶対にしないよ、キュゥべえ」
まどかはキュゥべえの尻尾をつかんで、窓から放り出そうとした。
「違うよ。僕はね、契約とは全く関係ない話をしようとしているんだ」
吊り下げられたまま、キュゥべえは意に介さないで言う。
「白夜の話さ」
「白夜ちゃんの?」
「そう、君は白夜と闘いたがっているだろう」
「それと何の関係があるの?」
「ああ、まず彼女は純粋な人間ではない」
それを訊いてまどかはキュゥべえを降ろした。
「彼女は二人の魔女から生れた人間なのさ」
「嘘でしょ」
「嘘じゃない。そもそも、これは君が原因で起った事さ」
「――」
「君は記憶を盗み見る魔女を倒したときに、黄金の光を見ただろう。あれはね魔法少女が魔女になるのとは逆の現象なのさ。
強烈な希望のエネルギーには魔法少女と魔女の魂の在り方さえ、変えてしまう力がある。あれには物凄いエネルギーがあってね、より強い絶望に引き寄せられるという性質があるんだ」
まどかは天に昇って行った、あの光を思い出した。
「どうやら思い出したようだね。そこで不思議に思わないかい。あのとき、周りには絶望した人間が工場にいっぱい居たのに誰一人もあの光を浴びていないんだ。それ何故かというとね、あのとき異空間に、この世で一番の絶望があったからさ」
「それってつまり…」
もし、絶望が魔女の喩だとするのなら。
答えは一つしかなかった。
一人の魔女がまどかの脳内に浮かんだ。
「そう、最強の魔女"ワルプルギスの夜"にあろうことか吸収されたのさ。しかし、あれほどの希望のエネルギーが混じればワルプルギスの夜は崩壊してしまう。そこで彼女は自分の一部を引き剥がしたのさ。その一部も消えて無くなるはずだったけど…」
「それが、白夜ちゃんってこと?」
「そうさ」
「ふぅん」
それを聞いてまどかは白夜が自分を知っていることに合点がいった。
恐らく、記憶の魔女がまどかから読み取った記憶が白夜に引き継がれたのだ。
「でも彼女が何故生きているのか、分からなかったのさ。引き剥がされた方は巨大なエネルギーとなって散るはずだったのに、
それが人間として存在できているんだからね。不思議だったんだけどそれが判明したのさ。彼女はまどかに勝つという情熱が分
離を防いでいるのさ」
「で、それが何の関係があるのかな?」
「つまり負けを認めれば、彼女は死ぬってことさ」
「なに!?」
「そして、彼女が負けた瞬間、彼女は分離して、あの光の何十倍というエネルギーになるのさ」
「……」
「もう分かるね。君が彼女に勝てばそのエネルギーで、魔法少女の魂は肉体に入り、魔女は光となって消滅する。さらには、宇宙の危機も無くなり魔法少女が生まれることも無くなるのさ」
「……」
まどかは背筋に寒気が走った。
白夜と闘いたいという気持ちさえあれ、殺したいなどとは思っていなかった。
しかし、もしまどかが白夜を殺しさえすれば、おそらく全ての魔法少女が助かる。
もう誰かが魔女に襲われることもなくなり、魔法少女も過酷な運命から解放される。
あるいは、キュゥべえが嘘をついているのか。
まさか、こんな大げさな嘘はつくまいと思う。
しかし、もし本当だとしても白夜を殺したいとは思わない……。
まどかはどうすれば良いのか分からなかった。
ふと、あの炯々と光る眼を思い出した。
白夜に会わねば。
まどかはそう思った。



まどかは家を飛び出した。
白夜と話をしたい。
その一心であった。
幸い会える可能性もあった。
白夜は魔女と闘っているところを目撃されている。
間違いなくそれは白夜流の鍛錬だと、まどかは思った。
実際、白夜にとって魔女の結界に身を置くことは、より実戦に近づくための鍛錬であったのだ。
魔女をいち早く見つけて向かえば白夜に会えるかもしれなかった。



まどかが走り始めてどれほど経ったのだろうか。
息が弾むようになったころ。
魔女の気配を感じた。
そして、それに紛れてあの日本刀のように鋭いものを感じた。
――白夜だ。
まどかはその気配に向かって、全力で走りだした。
すると、魔女の気配が消え、あの鋭いものも感じなくなった。
どうやら、魔女を倒して臨戦態勢ではなくなったようである。
まどかはさらにスピードを上げる。
汗が身体ににじみ出たとき、まどかは魔女の結界があった場所に着いた。
「まどか、か?」
そこには少女がいた。
白髪である。
「白夜ちゃん」
まどかが声を掛けた。
「なにかあったのかな」
白夜はまどかの様子にただならぬものを感じたようであった。
「キュゥべえに聞いたよ。あなたのこと」
「ふん、余計なことを」
「あなたは知っているの?自分が負けたらどうなるのか」
「もちろん。知っててあなたと闘いたいのよ」
白夜はそう言った。
まどかはそれをある種の驚きをもって聞いていた。
そこまでの覚悟があるのか。しかし、どうして。
「どうして、私と闘りたいの?」
気づけば、思いが漏れていた。
「いい?わたしはね、魔法少女とか魔女とかのために闘りたいんじゃない。あなたと闘りたいから闘るんだよ。
あなたに勝ちたいから闘るんだよ」
白夜が笑みを浮かべて言う。
キュゥべえの話を聞いて感じた儚さとは無縁のものであった。
「いい?まどか、わたしにとってはね、自分が死ぬとか死なないとかはただの結果よ」
「むう」
「わたしとあなたが真剣に闘って、それでわたしが死ぬって言うんならそれは仕方がないことよ」
なんということを言うのか。
まどかは震えていることに気がついた。
「ふふん。震えてるよ、まどか」
白夜の声が嬉しそうに弾んでいる。
まどかは恐ろしくなった。
白夜を殺したくもなかった。
白夜と闘りたがってもいた。
勝ちたくもあった。
自分がどうしたいのか分からない。
しかし、一つだけ分かることがあった。
白夜は自分の何もかもを捨ててもいいとさえ想っていることである。
そこまで想われれば闘るしかない。
まどかは知らずに知らずの内に構えていた。
もし、白夜がこの場で始めるつもりであるなら、油断はできない。
「心配しなくても今始めるつもりはない。邪魔が入るかもしれないしね」
「……」
「次の週の日曜日。朝の9時に、まどかがいつもトレーニングをしている公園で待っている」
白夜はそれだけを言うと、十分な距離をとってから背を向けて走り去った。
まどかは白夜がいなくなってからも、その背のあった所をずっと見ていた。



[28140] 餓狼少女まどか☆マギカ-16-
Name: クライベイビー◆8b17b1df ID:81da9442
Date: 2013/08/26 06:47
まどかはその日の夜に泣いた。
そして、その日の朝公園に行くとさやかと恭介があわてて声を掛けてきた。
夜からいつもの時間まで泣いていたので、寝ていないのも相まって、目はひどく充血していたのである。
それで、心配になったさやかと恭介が理由を聞いてきたのである。
しかし、まどかは応えない。
事情を話せば白夜と闘うことを反対すると思ってのことである。
まどかは誰にも告げず白夜と闘うつもりであった。
しかし、それでもやはり他の人間にはわかるものである。
まどかの切羽詰まった空気に気がつかないほど、鈍い人間はまどかの周りにはいなかった。
最初に気がついたのは、さやかと仁美であった。
そして、それを訊いたのは仁美であった。
さやかは何も訊かなかった。
そもそも、無関係の仁美の方が話しやすいこともあるだろう、と思ってのことである。

「なにか悩んでることがありまして?」
「いや、別にないけど」
まどかは努めてそう応えた。
「嘘…ですよね」
「えっ」
「だって、そんな物騒な空気を纏ってたら嫌でも、分かりますわよ」
「でも…」
「もし、言いにくいことなら全部話さなくてもいいですわよ。ただ、たまには頼って下さってもいいですのよ」
まどかは五秒ほどの逡巡の後、言った。
「もし、だよ。相手が死ぬ覚悟で向かってきて、負けたらショックで死んでしまう相手には、どうすればいいのかな?」
「死ぬ!?」
「いや、もしもの話だよ」
「そうですわね…、適当に負けることはできないのですよね」
「うん。相手に失礼だし、なにより相手は気づいちゃう」
「それなら、簡単です。背負うしかありません」
「背負う?」
「はい。相手の命もそうですし、あなたの周りの人たちの反対も賛成も背負わなければいけません」
「結構きついね」
「私には、まどかさんがどういう状況にいるのかいまいち想像できませんが、一つだけ分かることが…いえ、信じることがあります」
「それは?」
「まどかさんになら、それだけのことができるということです」
「うーん」
「結局のところまどかさんが好きなようにするしかないのです」
「そっか…」
白夜と闘って勝つということは、殺してしまうということである。
つまり、殺してしまう気で闘うしかないのである。
なら、もう殺す気で行けばいいと思った。
殺して、その命を背負う覚悟をするしかないと思った。
思えば、それまでのことだとも思えた。
精一杯闘った結果、死ぬというのなら仕方がない。
今回は白夜に勝てば死んでしまうということだけのことで、精一杯闘った結果そうなるという意味では何も変わらないのである。
いま、仁美に言われて初めてそこまで思い至った。
皆にも教えなければ。
まどかはそう思った。



まどかはその日、事情を説明した。
まどかが決めたことなら、と納得してくれたが一人だけ反対する者がいた。
「駄目よ。絶対に駄目」
ほむらは目に涙を浮かべた。
「あなたはどうしていつもそうなの。相手の都合ばかり考えて、自分を粗末にすることを考えて」
「それは…」
違った。
白夜に勝ちたいという思いがあった。
しかし、言えばほむらは本当に傷ついてしまうと思った。
結局まどかとほむらはそれきり口を利かなかった。
お互いにその話をするのが怖くなったのである。
そうして黙っている間にも時間は過ぎていく。
とうとう、まどかはほむらと口を利かないまま対決の前日、つまりは、土曜になってしまった。



コンディションは良かった。
身体に調子の悪いところはない。
逆に今すぐに闘りたいぐらいである。
身体を動かしたい欲求があった。
しかし、それを我慢しなければならかった。
もし、それを我慢しなければへとへとになるまで運動することになる。
それでは勝てない。
だから、気を紛らわすために別のことをまどかは考えている。
最初に考えたのはほむらのことであった。
あれから、一言も話をしていないのは心残りであったが、譲るつもりもなかった。
そうである以上こちらから言えることは何もない。
だから、名残り惜しくもあえて何も話さなかった。
もうすでに引き返せないところまで来てしまったのだ、とも思っている。
今回の白夜との件だけではない。
自分の生き方はすでにそういうものになっている、という自覚がまどかにあった。
そもそも、この白夜との件についても怪しいものであった。
白夜の覚悟に報いたいという気持ちもあるが、根底にはもっと強い気持ちがある。
白夜に勝ちたい。
闘う理由はその気持ちだけで良いのではないか、とも思う。
確かに白夜を殺してしまうのは怖い。
さらに言うのなら、白夜に負けてしまうという恐怖もある。
その二つがまどかに重くのしかかっている。
しかし、それはそれで受け入れるべきものであった。
その怖いものを受け入れた上で闘うべきであるのだろう、とまどかは思った。
――ふふん。
まどかの口から笑みがこぼれた。
自嘲的な響きが混ざっている。
結局のところ闘うことを考えている。
そんな自分に呆れたのである。
これは重傷だ、と思っていると
「まどか」
声がかかった。
後ろを振り向くと、ほむらとさやかがいた。
気まずそうに俯いてるほむらであったが、まどかに眼を合わすと
「ごめんなさい」
絞り出すように言った。
「私、まどかが闘いたがっているの知ってた。でも、耐えられなかった。私のせいでまどかが辛い思いをしているようで…」
ほむらはこの時間軸でまどかに助けられたものだと思っている。
それはそれで良い。
しかし、それと引き換えに時間移動の影響でまどかの人生が変わってしまったものであることも知っている。
ほむらは未だにそれを気にしているからこそ、それでまどかが辛い思いをすることに恐怖していたのであった。
「でも、そうじゃないんだよね。まどかは自分の意思でこの道を選んだんだよね」
そうでなければ、まどかは白夜と闘う意思は湧かなかっただろう。
例え、ほむらの時間移動の影響があったとしても結局のところ選んだのはまどかであった。
「だから、私も選ばなくちゃね。まどかをこれから支えていけるように…」
眼から涙を流しながらほむらは言った。
「勝ってね」
白夜と闘うまでのあと一日を耐えるのには、ほむらのその言葉だけで十分だった。



「来たか」
約束の日時に公園に行くと、白夜がいた。
まどかの後ろには、ほむら、さやか、恭介、マミ、杏子がいた。
「ギャラリーまで、来たんだ」
「問題はないはずだよ」
「確かに一人で来いと入ってないしね」
いてもいなくてもあまり関係ないことだし。
と、続けて無造作に腕を振った。
その何も無い空中に裂け目ができた。
その裂け目の向こうには、また別の風景が広がっているようであった。
それは草むららしきものであった。
そして、それと同時に半透明の膜が公園を包み込んだ。
「これで人払いは済んだ。私とまどかは邪魔が入らない異次元で闘う」
「待ちなさい。それでは、あなたが正々堂々と闘うか分からないわ」
そんなマミに対しても白夜の態度は変わらない。
「確かにそちらの言うとおりだけど、それだと私があまりにも不利だ。結界では君らに破られてしまうから。
だから、こちらである意味信用できるやつを見繕っておいたのよ」
「それはいったい誰?」
「僕だよ」
そこにどこからともなくキュゥべえが現れた。
「僕がまどかと白夜に付いて行って見届けるよ。まどかと白夜の試合は僕が君らの脳に映像として送るから、それでいいよね」
「キュゥべえが信用できるっていう根拠は?」
「僕にとってまどかが勝てばエネルギーの収集に都合がいいし、異次元の環境がまどかに有利か不利かを検分することもできる。
逆に僕が白夜に不利なことをしてもおかしくない立場だけど、白夜の空間では僕は力不足と言った所だ。
双方にとって僕が一番ピッタリなのさ」
マミはほむらを見た。
ほむらにキュゥべえの言い分が正しいのか確認するためである。
ほむらは首を縦に振った。
ほむらにとってもキュゥべえの言い分は筋が通っていた。
キュゥべえの一番の目的であるエネルギーの収集は白夜が負ければノルマを達成できるというこの状況で、キュゥべえがまどかの邪魔をするように思えなかった。
その異次元がどういう性質をもつかは知らないが、キュゥべえが一緒ならまどかにとって不利になることもなさそうであった。
「分かったわ」
「ああ、マミとほむらが言うなら間違いないんだろ?あたしも文句はない」
「納得してもらえたかな?じゃあ、まどか一人だけこっちに来てもらおうか」
まどかは一人で前に出る。
そこに今まで話には入れなかった、さやかと恭介が言った
「まどか、勝ってよ」
「今までありがとうございました。どうかご無事で」
まどかは右腕を上げて答える。
「じゃあ、行ってくる」
まどかはそう言うと、空間の裂け目に入り込んだ。
それにキュゥべえ、白夜と続いて入っていくと、裂け目は消えていた。
「ほむら、黙ったままでよかったのかい?」
「うん。もう言いたいことは言ったから、後は祈るだけよ」
杏子の問いにほむらはそう答える。
その眼から迷いは消えていた。




「ねえ、白夜ちゃんは私が来ないかもしれないって思わなかったの?」
不思議だった。
さっき見せた白夜ちゃんの能力は、しようと思えば私を異次元に引き込むことができそうなのに。
何故こんな周り道をしたの?
「あなた、気が付いてなかったの?」
意味深に笑うなぁ。
怖い笑みだ。
「私があなたと闘いたいって言ったとき、あなた笑っていたのよ」
笑ってたんだ。
私はそんなにも嬉しかったんだね。
笑ってしまうほど。
思わず怖くなってしまうほどに。
でも、当然かもしれない。
白夜ちゃんとこうなることをずっと待っていたんだから。
「さあ、まどか」
うん。
「始めようか」
「うん、始めよう」
私は今の私にできる最高の構えをとった。



[28140] 餓狼少女まどか☆マギカ―17―
Name: クライベイビー◆8b17b1df ID:7e1d285d
Date: 2013/08/06 18:14
白夜は構えた。
構えて、正面にいるまどかを見る。
記憶の中のまどかに比べて、明らかに筋量が増えている。特に、首が太くなっていた。
これはワルプルギスの夜の攻撃に耐えるだけのタフネスを身につけるために、より首が鍛えられていたのだ。
打撃に関しても威力、スピード共にアップしているようだった。
しかし、それは白夜も同じことだった。
人間の身体を得てからの二ヶ月は死ぬ気でやった。
まどかと同等だった身体はさらに身体能力を増した。
この日を待っていた。
あのまどかにやられた日から、ずっとこうしたかった。
魔女の時の、強烈な憧れが白夜にこびり付いていた。
まどかにようやく自分を見せることができるのだ。
これまでに培ったものを見せることができるのだ。
白夜は自分の身体が倍以上に膨れたように感じた。

「ごめんね、白夜ちゃん」
まどかが笑みを浮かべている。
まるで友達に向けるような笑みだ。
その顔を白夜は見たことがあった。
まどかに対決を申し込んだとき、この顔を浮かべていた。
泣きそうな顔で笑っていた。
「白夜ちゃんを殺すことに決めちゃった」
その顔ですごいことを言ってのけた。
自分への宣言のようでもあった。

思わず白夜の口が釣り上がる。
牙をむき出しにして笑っている。
今までに溜めてきたものがこの笑みに表れていた。
白夜は笑みを浮かべながら構える。
腕と腕の間を広く空けたアップライトの構え。
過去に記憶の魔女、つまりは白夜の元になった魔女を破った、構えだ。
まどかも同じ構えだった。
同じ構えをしたまどかの腕の間から見える友人に向ける笑みは、その実、もっとも危険な笑みだった。
なぜならその笑みでまどかは白夜に本気で当てることができるからだ。
なぜならその笑みでまどかは白夜の腕をへし折ることができるからだ。
もしかしたら、その笑みで人を殺せるかもしれなかった。
穏やかさの中に日本刀の鋭さが同居している、不思議な笑みだった。
白夜への躊躇をなくしているようであった。
その笑みが腕と腕の間から白夜を見つめている。
まどかがするりと近づいてくる。
白夜も前に出る。当然、距離は近くなってゆく。
一歩、
半歩、
さらにその半分、
さらにその半分、
それを繰り返してゆき、つま先から慎重に距離を詰める。
最後にはそれすらもなくなり、もう距離を詰めることができなくなる。
なぜなら、これ以上近づけば二人の意思で止めることができなくなってしまうからだ。
否応なしに始まってしまう。
あるいはそこで決まってしまうかもしれないから、動けない。
普通は長い間睨みあいになる。
白夜はまどかと睨みあいをするためにここに来たのではない。
まどかを殴りたくて、倒したくてここに来たのだ。
そして―――まどかを前に白夜に我慢が出来るはずがなかった。
後、一息で前に出る、そう決めてほんの僅かに重心を前にする。
それに合わせるようにまどかが、まるで友達に握手を求めるような速度で、前に出た。
しかも、ノーガードでだ。
フェイントかあるいは攻撃を誘っている罠か。
しかし、罠にしては露骨すぎるのではないか。
白夜のそうした逡巡を縫うようにして、まどかが打ってきた。
良いのを一発頭にもらった。
視界がまるで蜃気楼のようにドロドロにぼやける。
そんな白夜にまどかは容赦なく打ってくる。
拳、肘、足刀、膝、手刀―――。
それが次々と白夜の身体に吸い込まれる。
そのほとんどをもらってしまう。
それでも頭部と急所だけは確実に守る。
守りながら、まどかが無造作に出てきたことに驚愕していた。
前に出ようとするほんのひと呼吸前に動いてきた。
相手の呼吸を読まなければできない。
並はずれた度胸もなくてはいけない。
それでも、白夜は悔しさに任せて前に出るなんてことはしなかった。
そんなことをしても勝てないからだ。
今は守って、次の反撃の機会を整えるべきだからだ。
白夜が守っているうちに、変化が起きた。
最初はほとんどもらっていたが、今は半分以上の打撃を凌いでいる。
身体も回復しつつあった。
視界の歪みも収まってきている。
まどかの攻撃も見える。
右のストレートがくる。
肉と骨がぶつかる音が響いた。
まどかの拳と白夜の拳がぶつかる音だ。
白夜が放った右の裏拳がまどかの左手を弾いたのが音の正体だ。
それを契機に左の拳を頭部に向けて放つ。
防御も回避も無理と思ったのだろう。
狙いは顎だったが、まどかが強引に顔面を前に出してきたので、頬に当たった。
インパクトの瞬間がずれたせいで威力は半減。
それでも強引に行く。
右拳――腹部に当たる。
左拳――胸部に吸い込まれる。
右のローキック――太腿を叩く。
左の前蹴り――つま先が腹部にめり込む。
めった打ちだった。
面白いぐらいよく当たる。
それでもまどかの顔からあの笑顔が消えない。
その笑顔で白夜を見ている。
その笑顔に拳を入れてやる。
その瞬間だけ笑顔がゆがむ。
それもまたすぐに元に戻る。
白夜はそれをさして気にも留めない。何度でも歪めてやればいいだけの話なのだから。
さらに、攻撃を加速させる。決着をつけるつもりで打つ。
まどかの上半身が沈み、それに合わせて蹴りを放つ。
狙いは後頭部。
白夜の右脚が綺麗な弧を描いて、まどかの頭部に向かってゆく。
まどかはさらに身を沈める。
まどかの頭があった空間を白夜の脚が薙いだ。
まどかは低い姿勢のまま白夜の軸足に組みつき、押し倒す。
白夜は両手を地面につけて衝撃を抑える。
まどかが白夜に組みつく。
このまま関節技を仕掛けるつもりらしい。
それを白夜は凌ぐ。
まどかはそれでも執拗に仕掛けてくる。
腕と腕が絡み合う。
脚と脚が絡み合う。
息と息が絡み合う。
体と体が絡み合う。
何処から何処までが己の身体か分からなくなる。
どちらから掛けているのかすら分からなくなる。
まるで蛇と蛇が絡み合っているようだった。
その濃密な絡みが延々と続く。
何回か極まりそうになる。
その度に関節に痛みが走る。
打撃の時とまた違う疲労と痛みが、重い泥のように身体に纏わりついてゆく。
泥の中をのたうちまわっているようだった。
その熱い泥の中で白夜は自分が生まれた時のことを思い出していた。





ここはどこか?
少女はあたりを見渡した。無限に広がる暗黒のみがあった。
少女は最初呆けていたが、徐々に自分の身に起こったことについての記憶を思い出していた。
そうだ…私は魔女であったはずだ。それがまどかの記憶を覗き見ることで心を取り戻し、まどかの拳によって救われ、光の粒子となって絶命したはずだった。
それが何か強大な――絶望を押し固めたモノ――に吸い寄せられ、閉じ込められたのだった。
と、少女は身体を何かが浸食していることに気がついた。
闇。
それが少女の身体を徐々に呑み込んでいるのである。
まるで、泥がまとわりついたように重くなる。
その闇に呑まれる部分から力が抜けていくのである。
そして末端からじわりと完全に身体が動かなくなっていく。
ここで死ぬのか、と少女は思った。
しかし、取り乱しはしなかった。
それならそれでどうとでもなれという思いもあった。魔法少女にとって魔女になるということは死と同義、あるいはより陰惨なものであったし、むしろやっと楽になれるという思いもあった。恐怖はなかった。
もう誰も傷つけなくてもいいのだとも思った。
そんな時に、一人の少女の顔が脳裏に浮かんだ。
まどかがこちらを見ていた。
微笑を浮かべている。少女には不思議とそれが、おいでおいでと自分を招いているように見えた。
おいでおいでと自分に向けてまどかがほほ笑んでいるようだった。
行く――――
少女は泥のように纏わりつく闇の中でそう応えた。





白夜は立ち上がった。
あの関節技の地獄から生還したのだ。
まどかは執拗に、ねちねちと、まるで蛇のように関節を攻めてきた。それで逃れるタイミングを失い、どろどろに溶けあうような関節の極め合いになった。
どちらかといえばまどかのほうが積極的だったし、白夜のほうが凌ぐ側だった。
お互いに技が極めかかったこともあったが、結局腕を折ったり折られたりという結果にはならなかった。そして、折を見て白夜がどうにか立ち上がり、まどかもそれと同時に距離をとってから立ち上がった。

お互いに肩で息をしている。
二人とも全身、血に濡れていた。
二人の顔の血が寝技の攻防で互いにたくさん付いたのだ。
最初の打撃のやり合いでいいのがたくさん入っていたから、関節技に入るとき互いに顔が血に濡れていたのだ。
顔が腫れている。
あざが全身にできている。
関節に痛みが生じている。
もしここに審判が居たのなら、こういうことになる前に"やめ"が掛っている。
それでルールに乗っ取って勝敗が決められる。
もちろんここに審判はいないから、別のものが勝敗を決めることになる。
今は二人が競技者であり、審判でもあった。
どちらかが"参った"と言うまで、どちらかの心が折られるまで、この闘いは続くのだった。

二人して笑っていた。
この辛いやり取りを楽しんでいるようだ。
「これからだね」
まどかが白い歯を見せた。それに、
「ああ」
と白夜が応える。
お互いにまた近づいてゆく。
これからが真の闘いだった。


-------------------------------------------------------------------------------


身体が重い。
息が上がる。
あれからどれくらいのときが経ったのかの判断がつかない。
まだ十分も過ぎていないような気がするし、もう一時間は過ぎてしまったような気もする。
どれだけの時間かは分からないが、私はまどかの攻撃に耐えている。
まどかも私の攻撃に耐えている。
まどかは恐ろしくタフだった。
破壊力も凄まじかった。
打撃、受ければそこが爆発したかのように感じるのだ。
まどかの右拳が迫る。
弾く。
左。
こちらも強引に左拳で行く。
殴られながら殴る。
腹に衝撃を感じる。
受けたところから吹っ飛ばされるのかと思うほどの威力だ。
それでも踏ん張る。
前に出る。
右拳。
当たる。
左拳。
すごい力で掴まれる。
まだ、これほどの力が残っているのか。
まるで、巨人に身体を引っ張られるような力強さだ。
疲れが感じられない。
それを、てこの原理で外す。
また掴まれる。
今度は引っ張られるのを利用してこちらから引き込む。
顔面に膝を当ててやる。
良いのが入った。
今度は右のロー。
受けられた。
受けながら、攻撃してきた。
それに乗っかる。
――――――。
危ない。
今、意識を失っていた。
お互いにカウンターになって顎に拳が当たったからだ。
どうやらまどかも私と同じ状況だったようだ。
まどかの内に僅かに戸惑いを感じる。
否。
それだけでない。
まどかの方が僅かにふら付いている。
勝機。
脚を刈り取るような蹴りを放つ。
まどかが倒れる。
すかさず胸をスタンプ(踏みつけ)する。
「うがっ」
まどかがうめき声を上げる。
嫌な音が響く。
胸からまどかの持っているエネルギーを感じる。
脚から背にかけて、ぞくぞくという快感が奔り抜ける。
勝った。
そういう確信があった。
単純に身体能力だけなら、まどかと白夜は互角のはずである。
いくらまどかがタフだといっても、もう全体重をかけたスタンプを受けて起き上がるとは思えなかった。
駄目押しにまたスタンプにゆく。
脚を上げる。
身体を支える方の脚に鋭い痛みが奔る。
あの状態で反撃してきた!?
腕を地面につけて体制を立て直し、距離をとる。
まどかがのそりと立ち上がる。
何という女だろうか。
スタンプに耐え、蹴りを軸足に放ってきた。
ダメージはあるだろうが、まどかの戦意は一向に衰える気配がなかった。
どうすればこの女に勝てるのか。
それが分からない。
しかし――。
私は勝たなければならなかった。
負ければ、すべてを失うのだ。
なぜなら、それが私が生まれた意味だからだ。
私は再度緩みそうになった力を込めた。





少女は泥の中で夢を見ていた。
それは誰かの記憶だった。
その誰かの生活を追体験しているのだ。
視覚だけでなく、味も匂いも物の質感も感じるほどリアリティがあった。
その誰かはトレーニングをしていた。
まず最初にしたのは筋肉トレーニングだった。
腕立て伏せ、腹筋、スクワット…。
当然痛みを感じる。
しかし、自分の意思ではやめることはできない。
その誰かが動けなくなるまで続いた。
少女にできるのは耐えることだけだった。
痛みに慣れ始めたころ、ようやくこれがまどかの記憶だということに気がついた。
それからさらに訓練は激化していく。
痛みはさらに激しくなる。
それに少女は喰らいついて行った。
そして、少女はいつしか自分と相対していた。
正確にはまどかの内側から魔女と化した自分自身を見ていた。
まどかの拳が魔女を捉えてそして、夢から覚めた。
少女が目が覚めると、そこはまたしても暗闇だった。
違ったのはそれが泥のように蠢くような闇ではなく、宇宙に放り込まれたような澄んだ闇であったことだ。
無限にものが見通せるような気さえする不思議な黒さだった。
その闇の中に漂う、ガラスでできた箱に少女は横たわっていた。
不意に、ガラスの反射で少女は自分の姿を見た。
たしか生前は青色だった髪の色が白くなっていた。
しかし、少女の興味を真に引いたのはその身体だった。
明らかに太く、逞しくなっていた。
全体的にすごい太いというわけではないが、一つ一つの身体のパーツがしっかりとした重量を持っている。
女性的なプロポーションは残っているが、それでも異常な変化だった。
「あの夢か…」
少女はあのリアルな夢は自分を高い所に引き上げたのだと確信した。
そうでなければこの現象の説明がつかないと思ったのだ。
実際は短時間だったのだろうが、その短時間で多くの痛みを受けたことで髪から色が抜けた。
そう推測した。
そして、あのリアルな幻が生き残るための苦肉の策であったのであろうとも思った。
あの蠢く闇から生き残るには、まどかの記憶にすがる以外になかったのである。
その記憶によって生まれるエネルギーで闇を逆に乗っ取ったのである。
試しに草原をイメージしてみる。
すると、青空の下青々と茂る草むらが広がった。
そこに流れる、心地よい風さえもリアルに感じることができる。
おそらくこの空間をある程度操作することができそうであった。
それにもう一つ直感として分かったことがあった。
「…言い訳はできないな」
まどかに勝ちたい。
あの領域に行きたい。
そのためにあの、一瞬で膨大な時を過ごす幻を見たのだ。
まどかに負ければ言い訳はできない。
自分に経験がなかったとか、技の使い方が分からないだとかそういう理由はなくなってしまったのだ。
負けたという事実が亀裂となって、彼女の破滅につながることは明白だった。





はあ。
ふう。
息を吸って、吐く。
あと、どれだけ立ち続けられるか。
力が入らない。
あの、長い幻の苦しみ。
あるいは自分の生命の危機。
それらを思っても、何の力が湧いてこないのである。
あのスタンプでもう勝ったと思ってしまった。
その予想に反してまどかは立ち上がった。
それで心が折れてしまったのだろうか。
いずれにせよ、私が己の生命に何の価値も見出していないからが力の湧いてこないのだろう。
価値を見いだせなければ、自分が生まれた意味だとか積み上げた努力だとかは何の意味も持たない。
意味がないのなら、もう倒れてしまおうか。
そう思っても私は立っている。
本当は闘いたいのか倒れたいのか、自分にも判別ができない。
一つ分かることはまどかが私をまだ本気で倒そうとしていることだ。
つまり、まだ負けていないってことだ。
なら、まだ諦めるのは早いのかもしれない。
そう思って肉体の疲労にひたすら耐える。
まどかが立ち上がってから、自分の心が自分への疑いで満ちている。
このような逡巡が延々と続いてゆく。
今までで一番つらい時だったかもしれない。
ふと。
肉体があるところをくぐり抜けた。
今までとは違うステージに気がつくと立っていた。





まどかと白夜はただひたすらに闘い続ける。
全身にあざを作り、顔を腫らしながら動くのをやめない。
公園にいるさやか達はキュゥべえを通じて、その闘いを見ている。
それは崇高な闘いだった。
もし闘いが終わったとして二人の間にあるのは、恨みではなく、この崇高なものを互いに作った相手に対して尊敬とか、あるいは互いを知ったことによる友情とか。
――いずれにしても分かることは、二人はもう友になっていることだった。
まどかが勝つということはその友人を殺すことと同じだ。
どちらを応援すればよいのか分からなくなっていた。
そんな彼女たちをよそに、闘いは続く。





気持ちいい。
まどかの拳が私に当たる。
私の拳がまどかに当たる。
その度に、まどかの身体を伝い、私の身体を伝わり痛みが快感に変わってくる。
来ようと思っても、一人では来れないところ。
最高の敵とだけとしか来れないところ。
そこに来ることができたのだ。
そこで、私たちは殴り合ってあっている。
それは神聖なもののように感じた。
さまざまなものをぶつけ合う。
その過程で私は相手のことを知るのだ。
まどかの記憶を私が体感したことなど関係ない。
それとは関係なく、相手のことを感じる。
私とまどかが同じだっていうことが分かる。
それどころかまどかは私を好いている。
私もまどかを好いている。
うれしいよ、まどか。
私だってうれしいよ。
なんだ、これは。まどかの声かい。
いや、私は何の声も出していない。声を出しているのは白夜ちゃんの方だよ。
そうかい。
まあ、どっちでもいいんだけど。
一つ聞いてもいいかい。
なに。
なんでそんな顔をしているんだい。
そんな顔って。
まどか、おまえまた哀しそうに笑ってるじゃないか。
哀しい顔をしている。私が?
うん。それで、ひょっとして何か勘違いしているのかと思ってさ。
勘違いっていうと。
まどかが私に勝てると思っているのかなって。
どういうこと?
勝つのは私だから安心しろってことさ。
へえ。
まどかが私の死を悲しむことはないんだ。だから、そんな顔をするなよ。安心して本気を出せばいいんだ。
顔に出てたのは知らなかったよ。でも訂正することが一つある。
なんだい。
勝つのは私だってことだよ。
あなたに私が殺せる?
うん。最初に言った通り今日は勝ちに来たんだよ。だから白夜ちゃんが死ぬって分かったからって手加減はしないんだよ。しちゃいけないんだ。
私も同じさ。
そうだよね。
だからさ、とことん――
やろう。
やろう。





異次元の結界が解けて、激闘を終えたまどかが公園に帰ってきた。
まどかは痣だらけの顔で、空を見上げた。
光の粒が優しく降ってくる。
それがソウルジェムに吸い込まれてゆき、やがてソウルジェムが魔法少女の体内に消えていった。
「まどか」
まどかは何かを言おうとしたほむらを押し留めた。
「真剣勝負だからさ、しょうがないことなんだ」
まどかは目にその光を焼き付けているようだった。
公園には、まどかと闘いを見届けた仲間がいた。

しかし、白夜だけはいなかった。
新しい友達だけは姿を見せなかった。
光の粒が舞い降りる、綺麗な空だった。



[28140] 餓狼少女まどか☆マギカ―18―
Name: クライベイビー◆8b17b1df ID:2f8ca39b
Date: 2013/08/15 00:33
まどかは学校の帰り際にさやかと仁美に声を掛けた。
「おうまどかもう帰るのかい?」
「うん、今日はちょっとマミさんのとこに寄ってくから」
「あらそれは残念ですわ」
さやかは事情を飲み込むように、マミを知らない仁美は少々の疑問を抱きそれぞれ応えた。
まどかが居なくなってから、仁美が口を開いた。
「まどかさん、元気そうで良かったですわ」
「うん、そうだね」
仁美はまどかの身にどれほどのことが起きたか察していた。
すでにあの決闘から数カ月経っているが、まどかを心配して、
「何か辛いことがあったらいつでも頼ってください」
に声を掛けた。
まどかの様子もやはり常とは違っていた。
もの思いに耽ることが多かった。
それが最近になってようやく元のまどかに戻ったのだ。
否、元には戻ったがそこにはある種の哀愁が漂ってはいる。白夜を殺した哀しみがまどかの中に在り、それが時たまに表に出るのである。
しかし、まどかは今までと同じように振る舞うことができるようになっていた。
「それにしても、ここ最近は私だけ除け者でしたわね」
「まあ、それはその…」
さやかは耳が痛かった。
まどかに気を使う仁美は愚痴をさやかにぶつけることが多くなっている。
実は仁美は恭介に好意を抱いていたがそれが知らぬ間に決着を迎えたことで、相当思うところがあった。
そうでなくても、魔法少女関連では隠し事ばかりである。
さやかはそれで二重で負い目を感じるので、強くモノを言うことができないのである。
「まあ、いいですわ。それより上条さんとはどうなんですの?」
「あんたってさ、たまにとんでもなく意地悪になるよね。まあ上手くいってるよ。新しい夢もできたみたいだしね、人を殺せる作曲家になるんだってさ」
「人を殺せる作曲家!?」
「ああ、恭介がそう言ってた」
つまり、こういうことがあった。
恭介とさやかが一緒にいると、不意に将来の夢の話になった。
さやかは特に無いということを言ったが、このとき恭介が「僕は作曲家になりたい」と言ったのだ。それもただの作曲家ではない。
今までより、時間は減るが鍛錬と勉強を両方をこなして強くなりたいのだという。
それで人を殺せる気迫を持った作曲家になれたなら、尋常ではない曲を作れると信じているのである。
「それで、人を殺せる作曲家ですか」
「ああ」
「それで?」
「うん?」
「さやかさんはどう思いました?」
「うれしかったよ」
「と言いますと?」
「恭介が新しい夢を見つけてくれたことがうれしいんだよね。それも諦めかけた音楽と向き合うことができてるから、余計にね。」
そう言ってから、さやかは意味ありげに黙った。
「どうかしましたか?」
仁美は不思議そうに言う。数秒黙った後、気まずそうにさやかは本心を吐いた。
「仁美はこれで良かったの?」
「それは恭介さんとのこと?」
「うん、まあ…。結構、冗談めかして言ってるけど、気にしてるでしょ?」
「まあ、そりゃあ気にしていますわ」
しかし、そういう仁美の眼に恨みはなく。ただ、澄んでいる。
「ただ、あなたがどれだけ尽くす人か知っていますから。入院中も惜しげなく通っていましたし、早く付き合ってしまえとすら思っていました」
二人の顔が自然と近づいてゆく。
「正直に言うとあなたで良かった」
仁美は至近距離でさやかにほほ笑む。どこかに迫力のある笑みだったが、さやかも思わず笑ってしまった。胸のつっかえが取れていた。ひとしきり笑った後、
「言って良かったよ」
「私も言えて良かったですわ」
言ってから、又、笑う。
笑ってから二人でふらりと街に行った。
今日は、恋より友情だった。





「傷の調子はどう?」
「だいぶ治りました。身体のあちらこちらに違和感がありますが…」
「そう。やっぱり、私の治療魔法には限界があるわね」
マミはそう言って、黄色のリボンの負傷した個所に巻きつけていく。
ソウルジェムはなくなったものの、魔法少女は相変わらず魔法を使えるみたいだった。
マミがリボンを巻いているのは、リボンにも治癒の効果があるからだ。
あの闘いの後、マミはまどかの深刻な部分を治し、痣などの見た目に派手な怪我を一日かけて治癒した。
それでも、完全に治ったとは言えなかったが、怪我を見られて不審がられるようなことはなかった。
それからは少しずつこうして、マミの部屋で治療を受けている。
「いえ、マミさんが居なかったら大事になってました」
まどかは身体にうっすらと残った傷跡に手を当てる。
それを愛おしそうに撫でた。
傷は恐らく治りはする。しかし、それは身体という地層が傷を上からから埋めていくようなもので、そこに傷があった名残は消して無くならない。
まどかが注意深く意識を向ければ、傷の名残が分かるはずだ。傷を意識すれば、自然、この傷をつけていった白夜のことを思い出すに違いなかった。
白夜がくれた贈り物のようで、まどかはうれしかった。
「終ったわよ」
マミは包帯が巻き終わるとケーキと紅茶を出した。
「味わって食べてね」
そういうとまどかの対面に腰を下ろす。
そう言ってマミはケーキを口に運ぶ。
「杏子ちゃんはどうしていますか?」
「ううん…そうね」
マミは困ったように額に手を当てた。
「どこにいるのか分からないわね。たぶん、今もどこかで動いているんだろうけど」
「そうですか…ほむらちゃんも見当がつかないみたいで」
杏子は基本的にどこにいるのか分からない。
あれから、杏子はマミのところに居候している。
居候しているが、いるのは夜寝る時くらいのものである。
時折、ふらっといなくなって何日かは帰ってこないのである。
それが数日前であり、それ以来杏子はマミの家に帰っていない。
学校に行っていない杏子は、その時間をあることに費やしていた。
そもそも、魔女退治のときでさえ個別に動くことの多かった杏子は、最近になってさらに単独行動が多い。
「とりあえず、帰りに教会に寄ってみます」
「そうね。あまり心配はしてないけど、もし会ったら連絡しろって伝えてくれる?あと、これを渡しておいてくれないかしら」
マミはまどかに黄色いリボンを多めに手渡した。それを鞄に入れて、
「ありがとうございます。お邪魔しました」
そう言って、まどかはマミの部屋を出た。
ここ何日かは教会へ通っているのである。





まどかは教会についた。
教会の中に入っていく。
古びたステンドグラスから、橙の光が入ってくる。
古びているが元の造詣が良かったのか、これはこれで味がある風景だ。これを美しいという人間もいるかもしれない。
そこに杏子が佇んでいた。
「久しぶり」
杏子はそれにすぐには返事を寄こさず、俯いていた。疲れもあるが、ここに来るとどうやら杏子の意識は過去に沈むのか反応が鈍くなる。
まどかはもう一回言った。
「大丈夫!?ひどく疲れてるように見えるけど」
「まあまあだよ。そこまで心配するほどじゃないさ」
言葉とは裏腹にかなり疲れているようだった。
魔法少女はソウルジェムが無くなったことによって消費するものが、魂のエネルギーから体力に変わった。
杏子の様子は魔法少女が体力を消耗したそれと一緒だった。
つまり、一戦した帰りにここに寄ったようであった。
「誰かに襲われたの?」
「むしろ逆だよ。喧嘩を売ったのは私の方さ」
何故そんなことをしたのかというまどかの疑問に杏子は応える。
「簡単な話さ。悪さをする奴が魔法少女の中に居るんだよ」
「――」
「グリーフシードがなくても自然と魔法は使えるように回復するからかな、シャレにならないことをするんだよ」
「それで、いなかったんだ」
「ああ、県外に行ったりしてたからね。私はあいつらと同じ穴のムジナっていうかさ、そういう奴らが分かるんだよ。時間もあるしね」
「それは自分が許せない?」
「それだけじゃないさ」
杏子の視線がまどかの眼に止まる。
「なあ、まどか。あたしはさ、家族を亡くしてから自分のためだけに生きればいいと思ってた」
眼に過去の風景を映しながら、杏子は続けた。
「でも違ったんだよな。本当はもう過ちを繰り返したくなくて、それなのに勇気がないから誤魔化して、酷いことをしてたんだ。まどかが、あのプロレスがこのままじゃいけないって教えてくれたんだよ」
無くした家族に懺悔をするような言葉だった。
「もう、魔法少女にグリーフシードはいらない。それでも、昔のあたしみたいな阿呆はいるさ。だったら、今度はあたしが教えてやらなくっちゃって思ったんだ」
「……」
まどかは杏子のとなりに座った。
鞄を探る。
外に出した手には、黄色いリボンが握られていた。
それを無言で杏子の身体に巻いていく。
「おいおい、これって」
「大丈夫だよ、たくさん貰ったから」
それはマミから渡されたリボンだった。
マミの魔力が込められたリボンは、身体に巻けば傷が治り体力が回復する効果を持つ。
それが杏子の身体を癒していく。一日も経てばすぐに怪我は治るはずである。そればかりか、あと何回かは使えそうだった。
まどかは治療の一環としてマミからは一定の数をもらっていたが、これは何をしているのか分からない杏子をマミが心配したために渡されたものだ。
「あんまり、心配かけないでね。何かあったら絶対言うんだよ」
「…悪いな」
「そういうことは、マミさんに言ってあげて」
「そうだな」
「なんなら、電話掛けてあげようか?」
「いや、今日はマミの説教って気分じゃない」
リボンを巻き終わったまどかは立ち上がって、杏子を見た。
「じゃあ、行くね」
「おう、またな」
そう言って別れた。
教会を出て数分した所でまどかはマミに電話を掛けた。
「あら、杏子と会えたのかしら」
「はい。マミさんの言うようにリボンは巻いておきました」
「そこまでしてくれたの。別に渡してくれるだけでもよかったのに」
「いやぁ、結構疲れてたぽいからもう巻いちゃいました」
「疲れてたっていうと、杏子は何かしてたの」
まどかは杏子が何をしていたのか、をさっきの話した内容を交えて伝えた。
「そんなことをしていたのね」
「はい。多めにリボンを持って良かったです」
「そうね。これで杏子の大まかな位置は分かるようになったしね」
マミのリボンは魔力によって形作られたものである。
マミが発する特定の魔力に反応する性質を利用してレーダーのように使うこともできるのである。
近くではかなりの精度で位置が、遠くにいる時でも大まかな方角は分かるので、少々の時間がかかっても杏子を探そうと思えばいくらでも探せるようになったのである。
「まあ、説教は軽めに」
というまどかの一言と別れのあいさつで電話が終わった。





それは偶然だった。
帰り道でばったりとほむらと会ったのである。
まずは杏子のことについて話した。
「そう、だから見つからなかったのね。あの子の位置が分かるようになったて言うのは良いことよね」
「一人じゃ辛いだろうしね」
それから自然と夢の話になる。
「私は、医療の道に進もうと思っている」
「ほむらちゃん頭いいからね」
「そうね、私が病気をして立ってのも理由だけど、もう一つはまどかの怪我を治す医者になりたいのよ」
「へえ」
まどかは珍しくほむらの顔色を窺うように言った。
「やっぱり、私の生き方って皆に心配かけるかな?」
「今さら何言ってるのよ。私はあなたの技と精神に助けられたのよ。だったらそれを支えたいって言うのは当然の話でしょ」
「……」
「まどかには資格があるわ」
「資格?」
「胸を張って生きる資格があなたにはあるのよ」
ほむらはまどかをそう言って眺める。
一見すると普通の少女であるが、大きめの制服には密度の高い肉が詰まっている。その肉にはまどかの技と精神の両方が宿っている。
この肉体はほむらにとって叛逆の証でもあった。
この肉体によって奇跡は行われたのである。それをほむらは守りたかった。
「分かったけど、ほむらちゃん」
まどかにいつの間にか笑みが張り付いている。優しくて力強い笑みがほむらに飛び込んできた。
「相当無茶するからね」
「うん」
メガネを掛けていた時のようにほむらが笑う。
「じゃあ、ほむらちゃん私はここで」
「また明日」
そうこうしている内に二人は別の道を行った。
まどかは何気なく街を見ている。
夕暮れの中に白夜が街に溶け込んでいるように思える。
白夜が散った世界が美しく見えた。

―完―


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