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[27994] 因幡の夜兎
Name: PSI◆89fb6e29 ID:78c7b106
Date: 2011/06/08 21:48
目を開けばそこはモノクロの世界だった。なんて非常識な経験をしたことがあるだろうか
きっと皆そんな経験はないだろうし、僕自身経験したことなんてなかった

―――だけど僕は



―――あの日…



―――一人…いや、一匹の兎に出会ってから



―――非常識な世界に巻き込まれたんだ



僕の名前は稲葉恭輔。数年前までは普通の高校生だった。『だった』というのは、僕は数週間前まで、とある罪で少年院で過ごしていたんだ
引取人はいなかった。父母は既に他界していたし、他に血縁関係を持つ者がいたという情報もない
世間がさすがにこれはマズいとして、しばらく生活できるだけのお金と場所を提供してくれた。と言っても、僕が元々住んでいた場所に戻ってきただけなのだが。一人で住むには広いが、生活していく分には十分だ―――何もしないからか…もっと広く感じる

―――部屋の隅で一日を過ごす

これが僕の、少年院から出てからの生活だった

―――朝起きて、適当に食べて、夜になったら寝る

繰り返す。何か目的があるわけでもなく、別に黒魔術にハマってるわけでもなく

―――強いて言うなら疲れたから、だろうか





今日もまた、いつものように過ごしていた。例によって目的もなく
何時だったかは定かではないが、突然の眠気でうつらうつらとし始めてしまった
まぁ起きていても何かするわけでもないので、睡魔に身を委ねようとする


―――視界が朧げになった頃


「ふぅ…やっと私の出番か?」


―――目の前に現れたのは


「起きたまえ、少年。いや、青年といった方が正しいのかもしれないな」


―――一人…ではなく、一匹の兎の顔をした男だった



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



どうもPSIと申します
最近までチラシの裏で投稿させていただいておりましたが、挑戦としてオリジナル版に移動させていただきました

稚拙な文で、一話一話が短いですが、もし気に入っていただければ幸いです

これからよろしくお願いします



[27994] その2
Name: PSI◆89fb6e29 ID:78c7b106
Date: 2011/05/26 13:33
「やぁ青年、ハジメマシテだな」
「……………」
「全く以て久々の出勤だよ。この何百年、外界の空気を吸うのは久しぶりでね…ホント懐かしいものだ」
「……………」
「君は自分の血縁を知っているか?知らないならば説明しようと思うのが」
「……………」
「おっと、私の名前を紹介していなかったな?私の名は……ん?」
「………グゥ」
「…」


視界に星が映る


「っつぅ…」

頭の痛みに目を開けてみれば視界には人の下半身。見上げてみると長袖のTシャツにジーパンという格好でこちらを見下ろしている。ただし顔は兎である。白い毛にぴくぴく動く髭に赤い目、そして極めつけに長い耳

「やぁ、お目覚めかね青年」

笑顔でこちらを見てくる。目元がピクピク震えているような気がする
なるほど、大体理解した

「おやすみなさい」
「寝るな、青年」
「…むしろ起きたいんですが」
「…なるほど、君にとってはこれは夢である、とでも言いたいのか?」
「はい、そうですね」
「ふむ、確かにそうならば君にとって楽なことなのだろうが…残念ながらこれは現実でね」

ヤレヤレと肩を竦める兎

「100歩譲って夢じゃないとして…貴方誰なんです?」
「そうだな…では自己紹介させてもらおうか。私の名はヤトだ。よろしく頼む」

右手を差し出してくる。僕も右手を出す。握手の形だ

「よろしくヤトさん。僕の名前は稲葉恭輔。夢の間の暇つぶしは頼んだよ」
「やれやれ…君は未だに夢と現が理解できていないようだな…まぁ、仕方ない事なのかもしれないが」

と握手していた右手でこちらの体を引っ張ってくる。意外と力があり、勢いよく体を起こされる
気づけばカーテンの隙間から光が差し込んできている。ヤトがカーテンを開く。朝日の光が眩しい


「さぁ、起床時間だ。2つの意味で『おはよう』だ」
「あぁ、おはようヤト。でも、2つの意味って?1つしかない気がするんだけど…」

そう尋ねると彼は僅かに笑いながら

「あぁ、2つの意味だ。1つは頭の、もう1つは、そうだな…人生の、でどうだ?」
「…うわぁ」
「…どうかしたかね?まぁいいだろう」

玄関へと向かうヤト。玄関で靴を履き、扉に手をかける

「では一旦帰らせてもらおう。なに、君が認めなくてもこれは夢じゃないんだ。また近いうちに会いに来よう。それまで失礼させてもらう」

扉を開けて外へ出て行くヤト。玄関は朝日で光が溢れ、ヤトさんの影は瞬く間に光に包まれていった



[27994] その3
Name: PSI◆89fb6e29 ID:78c7b106
Date: 2011/05/26 13:33
夢にヤトさんが出てきてから、僕は適当に朝食を終えてから掃除を始める。使っていた部屋ともかく、帰ってきてから一度も使わなかった部屋はホコリまみれだった。今まで運動しなかったせいか汗だくになりながら、息絶え絶えに進める

―――何故だろうか

ハタキで壁の埃を落とす

―――何故僕は掃除をしようと思ったのだろうか

掃除機を手に、埃を吸い取る

―――夢とはいえ久々に誰かと会話したから、とか?

置き物を1つずつ布で綺麗にしていく

―――…あ

僕が見つけたのは写真立てに入れられた1枚の写真。それには中学生時代の僕と僕の両親が皆笑顔を浮かべて載っていた。僕達が揃っている最後の写真だ

「ほぉ…その2人が君の両親だったね」
「…うわぁ!?」

声がする方を見れば兎の横顔―――ヤトさんだった

「大きな声を出さないでくれ…頭に、というより耳に響くじゃないか…まさかそんなに驚かれるとは思わなかったよ」
「誰だって知らない間に後ろに立たれちゃびっくりしますよ!」

僕が驚いている間にヤトさんは写真を取り上げ、僕と写真を交互に見つめる

「そしてこれが君の呪縛…といったところかな?」
「呪縛?」
「そう、呪縛だ。自覚はないかもしれないが、君は何か、この写真…というより両親について気になることがあるんじゃあないかな?」
「………」

顔を向けてきた彼の目には疑問というより確信をもってこちらに言葉を投げかけられる
何も言葉を返せない…それは確かに肯定の意を示していた

「言えないならばいいだろう。君の気持ちを察するに、仕方ないことなのだろうからな」
「………なんで、そこまでわかるんですか?」

誰にも言ってないのに…誰も知らないはずなのに…。なのに彼はズバズバと核心を突いてくる

「それはね、私が兎だからだよ」
「…はぁ?」

予想外の解答だった

「君は、『因幡の白兎』・『カチカチ山』という話を知っているかな?」
「はい」

『因幡の白兎』も『カチカチ山』も、お伽話としては有名な部類だろう。専門家でもない僕だって知っているのだから

「因幡の白兎はその狡賢さから陸から陸を渡った。カチカチ山の兎はその頭の良さから狸に灸を据えた」

くすくすと笑いながら彼は話を続ける

「この話に共通しているのは、どちらも『頭が良い』ということだ。私たち兎は昔より、この耳の長さから頭の良い生き物だと思われていたのさ。まぁ、実際その通りなのだがね」
「…だとしてもそこまで事情がわかるはずないじゃないですか」
「確かにそうだ。たとえカチカチ山の兎がどれだけ頭が良くても、ここまで理解は出来んだろうな」

しかし、と話を続ける

「言ってなかったな。私はイナバとして、常に君たちを見守っていたんだ」
「…?」
「わからないかな稲葉恭輔。君の苗字はなんだね?」
「…あぁ」

因幡→イナバ→稲葉ということなのか
ということは、まさか

「貴方…」
「ようやく気がついたか?では改めて自己紹介だ」





―――我が名は因幡の夜兎






―――君たち、イナバ家の御先祖様だ



[27994] その4
Name: PSI◆89fb6e29 ID:78c7b106
Date: 2011/05/26 13:34
―――兎はね、良くも悪くも誰かを導く存在なんだ








掃除も終わる頃には既に日は僕の真上で輝いていた。さて昼食だが、なんとヤトさんに作ってもらった。長いこと生きているのは伊達ではないようで、とても美味しかったです

「そういえば何しに来たんですか?まさか昼食を作ってくれるだけじゃないと思うのですが」
「勘がいいな稲葉…いや、恭輔と呼ばせてもらおう。ともかく私が来たのはこれだけではない」

と彼は一拍おいて

「大事な大事な『お願い』、があるのさ」






緑茶を飲みながら、僕とヤトさんはテーブルを挟んで話を進める

「大体予測できると思うが、イナバの血は多岐に渡っている」
「そうなの?」
「わかると思っていたのだが…あぁそういえば、私たちイナバ家は近親相姦で血統を大事にする、というよくある設定、なんてことはない…まぁ本家と分家で分けるとしたら、この稲葉家が本家となるだろうな」
「はぁ」
「ここからが重要なのだが、イナバ家の血には特別な力が宿ることがある…といってもやはり、血統が強い君しか持つことはないがね」
「そんなことが?」
「にわかには信じられないだろうが事実だ」
「………」
「話を続けよう。まず力についてだが、別に漫画やアニメにあるような物理的な力は持ち合わせていないだろう…というより持ち合わせるはずがない」
「何故なんです?」
「それも、私が兎だからさ」
「ウサギだから?」
「そう、Rabbitだ。確かにウサギは神話やお伽話に出るように頭は働く。だが、どの神話やお伽話にも物理的な力を行使する、というのはない」

確かに聞いたことがない

「別に目覚めた力を悪用するイナバ家がいるーとか、力を制御できないーとかでもない」





「…ただ、イナバ家の人間として彼らを救って欲しいのだよ」





「救う…ですか」

「そう、『救い』だ。それについて説明しなければな」

そして冒頭の言葉が発せられる




「ウサギが導く?」

「そうだ。例えとしては『因幡の白兎』と『不思議の国のアリス』でどうかね?」
「『因幡の白兎』―――つまり私が傷を負った際、大穴牟遲神に助言を頂いた。そしてそれに感謝した私は、大穴牟遲神に『あなたの求婚は成功するでしょう』と予言をお渡しした」


「ここで私は大穴牟遲神を予言で『導く』事になったのだ」
「次に『不思議の国のアリス』だが、物語序盤にアリスは時計を見て急ぐウサギが気になって着いて行くな?ここが重要な『導く』というポイントなんだ」
「ウサギが『導く』という役目を与えられる理由として、ウサギと人の走る速度が近いからだ」
「ウサギを追いかけるとウサギは基本逃げるな?それが普通の光景だ。それを見て人々は、ウサギは『逃げている』のではなく、『導いている』のだと考えたのだろうね」
「犬?犬は駄目だ。むしろ人に着いて行くし、猫はどう行くかわからないしネズミはすばしっこすぎる。鳥なんてどこに行ったかわからなくなる」


実際導く存在で間違いではないしね、と彼は笑う

「話がだいぶ逸れたか?まぁいいだろう。本題だが、そもそも私を見聞きすることが出来るイナバ家の人間は最も血が濃い君しかいないのだよ」
「正直言って君の血統も結構ギリギリだったりするかもしれないが…まぁ見えるなら問題はないだろう」
「さて私はこの通り、所謂イナバの守り神だ。子孫が悲しむ、というのは余り見たくないものなのだ」
「しかし私自身では彼らに加護を分け与える程度ならばともかく、精神的なモノになると何も出来ないのだ」
「精神的な…ですか?」
「そう、加護というのは精神的に見えるが、むしろ物理的なんだ。身体を守るのは鎧だろう?それと同じさ」

なるほど…


「私に出来ないこと君に頼みたい。他のイナバ家の子達を救ってほしいんだ」



これが神様、しかもうちの守り神からのお願いだった



[27994] その5
Name: PSI◆89fb6e29 ID:78c7b106
Date: 2011/05/26 13:35
―――彼と会ってから、少なからず僕は救われていたのかもしれない

―――彼にとってはただなんとなく僕と出会うことが出来て、偶然話をしただけなのだろうが

―――それでも僕は、少し前に進めたと思う

―――そして今、救ってくれた彼が頼みごとを申し出して来た

―――ならば、自覚なき恩を返すのに丁度いいかもしれない





「さて、手伝いをしてくれるという話だが、早速行動してみないかね?」
「はぁ、構いませんよ」

頼みごとを了承してすぐ、彼は本題に入っていった

「と言っても、どこかに出かける、という必要はない。玄関から、という言葉を付け加えた方がいいかもしれないな」
「???」

「あぁその前に、さっきは『救う』と宣っていたが、実際は少し違う。『納得』させてほしいんだ」
「『納得』、ですか?」
「そうだ。といっても『納得』とも違うかもしれないな。そうだな…相手が喜ぶようなことをしてあげるといい。何をするかは、君次第だ。そもそも『救う』なぞ、定義がはっきりしていない。『救い』はヒトが求めすぎた幻想なんだよ。救われた、と感じるかどうかなんて所詮本人次第なんだ」




「さぁ、こちらに来たまえ」

ヤトさんが壁を前に、こちらに手招きをする。壁はいつも見慣れた白い壁であり、特に変わったところはない

「信じるかどうか君次第、という話になるのだが…」

と言いつつヤトさんは壁に向かう

「そうだね…私を信じてみてくれ」

そう言い残して、ヤトさんは壁へジャンプ

「…へ?」

底なし沼のように入るのではなく、壁にぶつかる訳でもなく、彼はスッと壁の中へと消えていった







―――了承しちゃったけど、行かなきゃダメかなぁ


―――いやだなぁ

―――でも

―――ウジウジ考えるだけじゃ、進めないか

ウシッと覚悟を決めて壁へと跳躍


壁に激突するわけでもなく―――





―――僕はこの家から消えた











―――…さて、彼らがいつ来るかわからないし暇潰しだ

―――なぁそこのモニター前の諸君…おや?私が君たちの視線に気付かなかったと思うのかね?私はこれでも預言者だからな…関係ないか?

―――これは主人公たる『稲葉恭輔』の物語だ。そこらへん、勘違いしないように…まぁそんなことはないだろうがね

―――ところで君たちは、神話やお伽話におけるウサギの役割をご存知かな?

―――恭輔に教えたとおり、ウサギには『狡猾さ』があり、『導く』者として紹介したな?

―――月兎のような例外はいるがね

―――生物にしては珍しく、ウサギには善悪両方の話があるのさ。大抵の生物は善悪がハッキリ分かれているのだがね

―――さて私はこれから、恭輔にとって、一体どちらになるだろうな?

―――…難しいかな?ヒントをあげよう

―――私は既に嘘をついているんだよ

―――おや?ようやく彼がやってきたようだな

―――では、問題の答えはまた今度だ。失礼させてもらおう



[27994] その6
Name: PSI◆89fb6e29 ID:78c7b106
Date: 2011/05/26 13:35
「恭輔、起きたまえ。無事に着いたぞ」

ヤトさんの声に導かれて、僕は目を開ける。まず目に飛び込んできたのは―――




―――白と黒、そして灰色で染められた世界




「………ここは?」

どうやらベンチに腰掛けて寝ていたようで、僕はヤトさんを見上げる形になる

ヤトさんの姿も例外なく白黒と暗明だけで構成されている。ちなみに僕もだ

「その質問は最もだな。そうだな…『思い出の世界』とでも呼べばいいかな?」
「思い出?」
「そうだ。君は記憶力はいい方だったかな?」
「あまり良くないですね…」
「そうか。ちなみに、昨日私が着ていた服の色を覚えているかね?」
「えぇと…黒のTシャツに藍のジーパンでしたっけ?」
「そうだ。ちなみに君の10年前の今日の服を覚えているかね?」
「流石にそこまでは…」
「そうだろう?『記憶』であり『思い出』である『ソレら』は次第に摩滅していく。そして『思い出』において、一番最初に無くなる視覚的要素は『色』なんだ」

―――『カラー』というのは『思い出』を形成する視覚的要素の中で最も不必要なものなのだよ

「物に例えるとわかりやすいかもしれないな。使わず、手入れもしない物は埃がかぶり、脆くなりやすい。今まで君の使わなかった部屋のようにね」

「ここで重要なのは『過去の世界』ではなく、『思い出の世界』であるということだ」
「違いがあるんですか?」
「無論だ。簡単にいえば『過去』は第三者視点であり、『思い出』は第一人者視点、といったところだな」
「所詮『思い出』は『過去』と違い、自分勝手な『記憶』へと変化させる」

―――だが、『思い出』だからこそ見つかるモノだってある

「この世界についての説明はもう十分だろう。次は歩きながら説明しようじゃないか」






『思い出の世界』に気温は存在しないと気づいたのは歩き始めて少し経ってからだった
歩く道には一面に枯葉が落ちており木枯らしが吹いていた。季節にしては冬に近いのだろう。だけど半袖の僕は寒さを感じなかったし、風に姿が揺れる、ということもなかったからだ
ヤトさんに理由を聞いてみれば

「それはここが『思い出の世界』だからさ。『思い出』は基本的に視覚と聴覚を重視する。抽象的な温度は覚えているだろうが、時間が経てば消えていくものだ」

とのこと

「そういえば『思い出の世界』って言ってましたけど、誰の『思い出』なんですか?」
「イナバ家の者さ」
「そりゃそうでしょうけど、イナバ家の誰かなのかを、と」
「詳細は私も知らないんだ。会ってみなきゃわからない」

そうですか…

「場所はわかるから私に着いてきてくれたまえ」





「さぁ、着いたぞ」

適当に話しながら道を進んでいたところでヤトさんが止まる

「ここは見ての通り公園だ。思い出の主はここにいるらしい…っとあの子じゃないか?」

彼が指差す方向にいたのは、ブランコを一人で寂しそうに漕いでいる女の子だった



[27994] その7
Name: PSI◆89fb6e29 ID:78c7b106
Date: 2011/05/26 13:36
―――ブランコを漕いでいる女の子はどう見ても日本人ではなかった

「この思い出の主は彼女のようだ。何があったのか聞いてみるといい」

ヤトさんに促される、が

「ねぇヤトさん。あの子どう見ても日本人に見えないんだけど?」

彼女は日本人特有の黒ではない色の髪に少しウェーブに伸びた髪。同じく黒ではない色の瞳を伏せている

「今更か?別にイナバの血統を持つ者は日本人に限られていないさ。ほら、国際結婚が存在するだろう?」

「いやまぁ、そりゃそうだけど…」

正直日本人だけだとタカをくくっていたからか、戸惑いを隠せず狼狽えてしまう

「ほら、話しかけなければ何も変化しないぞ。物語を動かすのは主人公の行動なんだ」

背中から押してくるヤトさん

―――仕方ない、覚悟を決めよう

「…ども」

「………」

スルーされた

「ねぇ君」

「…Who are you?」

こっちを見て一言。反応したと思ったら…英語

焦る僕。後ろからクスクス聞こえる笑い声

「あー…えー…My name is Kyosuke.」

「Sorry Kyosuke.My mother said,"You must not talk with a person not to know"」

「………」

聞き取れず呆然とする僕。後ろから聞こえるハハハと爆笑の声


「随分楽しそうじゃないですかヤトさん!?」

少女を放っておいてヤトさんを責める僕は仕方ない、と思いたい

「良いものを見させてもらったよ恭輔。舌足らずな発音で『あー…えー…My name is Kyosuke.』だってさ!」

妙に似ていてムカつく

「What are you doing?」

ブランコに座った少女はこちらを不思議そうに話しかけてくる

「えっと…Ah…」






「助けて下さいヤトえもん」

「くくく。いい経験になったじゃないか。きょう太君。さぁ、今日は一度帰ろうじゃないか。私自身、いきなり海外の子が相手だとは思わなかったからな」



英語で少女に別れを告げ、僕たちは一度通った道を戻る。気温を感じ無いはずの帰り道だというのに何故か僕には寒さを感じた



[27994] その8
Name: PSI◆89fb6e29 ID:78c7b106
Date: 2011/05/28 23:08
家に戻った頃には日は既に落ち始めており、窓から射し込む赤い光が我が家を照らしていた

「ひどい目にあった…」

「私は楽しかったがね」

未だにニヤニヤしているヤトさんがムカつく

「ねぇヤトさん。こう…翻訳機能みたいな力とか持ってないの?」

「持っているわけないだろう」

一蹴りされた

「大体どっかの青いロボットみたいに『ミライノカガクリョク』があるわけないだろう?あんなのはゲームや書物だけでお腹いっぱいだ」

「そうだな…では明日からメモ帳とペンと辞書を持っていく、というのはどうかね?」

「筆談をしてみろってこと?」

「そうだ。今まで生の英会話なぞしたことないだろう?よかったじゃないか。現場の声が聞けるぞ?」

「僕は5歳くらいの子に教えを乞うことになるの?…少し気になるなぁ」

「そんなこと言っていては前進なんて出来んぞ?言葉の壁を超えることは成長の壁を超えるってことでもあるんだ」

「最初はミスしてばかりでも、小さい子に教わるくらいでもいいじゃないか。私だって最初はそんなことばっかりだったんだぞ?」

「そうなの?というかヤトさん英語覚えてるの?」

「あぁもちろん。多くの言葉を勉強したさ。イナバ家の血統は日本人だけではないからね」

「なんだか意外だなぁ。頭が良いウサギなんだから何でも知ってるものだと思ってたよ」

「それは心外だな恭輔。神格化しているとは言え全知全能なぞ存在しないものさ。一を聞いて十を知る、なんてこともない。一がなければそもそも十なんて存在しないからな」

なるほど

「明日からまた交流を図ってみようじゃないか。それでは、失礼するぞ」

ヤトさんは昨日と同じように玄関から帰っていった







―――新聞をいくつかとってみてはどうだね?自分以外の見聞は重要だぞ?

というヤトさんの言葉に従い新聞を読み始める。

これが何になるのかサッパリわからないが、人生の大先輩たる守り神の言葉だ。信じてみようじゃないか



少し読んだら飽きてしまった。仕方がないので適当に晩飯を終え、英語の勉強。筆談をするのだから少しくらいやっといても損はないだろう




―――まぁそれも、あまり長く続かなかったのだが





―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

感想返信
宮毘羅 様
1作目に関しましては、テーマを考えず自分が浮かんだものを投稿させてもらっていますが、2作目はプロットを考えて投稿を開始させていただきました。自分はその区別として1作目には「習作」、2作目に関しては特になしにさせていただきました
勝手な考えながらご理解をいただけると嬉しいです



[27994] その9
Name: PSI◆89fb6e29 ID:78c7b106
Date: 2011/05/31 06:49
僕が恥をかいてから一週間くらい経った。ヤトさんと一緒に、あれから何度か彼女の元へ足を運んだ。いつ行っても彼女は一人でブランコを漕いでいる。ヤトさん曰く、思い出に細かい時間はないらしく、時間は止まっていると考えてもいいそうだ。そして『思い出』はその辺りの自覚を持っていないそうだ。まぁそんなモンなんだろう

何度か彼女と筆談をして、彼女の事をいくつか知ることができた。それまでがいろいろ大変だったが…。彼女の名前はドロシア・バーンズ、通称ドロシー。親は仕事で忙しいらしく、普段は公園で時間を潰している、とのことらしい
僕はどうだっただろうか。記憶力のない僕には小さい頃の思い出は出てこない。もしかしたらそんな時期があったのかもしれない

普段は吃りながら会話して、わからない言葉が出てきたら筆談をする。基本的には互いに自分のことを話している。彼女の話によると、ここは1998年のアメリカ、とのことらしく、彼女は今絶賛冬休みらしい

ちなみに僕は最近来日した日本人であると説明しておいた。「日本人は勤勉だって、ママから聞いたけど嘘だったのかしら?」と僕にも分かる程度にゆっくり喋られたときは日本人としてのプライドが少し傷ついた

何度か彼女と出会っては会話をしているが、いつも彼女の好きな事を教えてもらっていない。このくらいの年頃ならばそろそろ趣味、というものが出来てきそうなのだが、彼女は「ない」のではなく「教えない」のだ。少し狼狽えて、目を逸らして、次の話題に移るのだ
別に無理やり聞いてもいいことではないだろうし、教えてくれないならばその程度だ





「彼女は一体何を求めていると思う?」

今日も6歳と19歳の英会話勉強を終えての帰り道、いつものようについてくるヤトさんの唐突な言葉だった

「何って言われても…」

「そうだろうな。確かに人の心なんてわかるもんじゃあない。むしろわかる方が怖い」

黙る僕の心情を悟ったのか話を続ける

「だが、感じることは出来るはずなんだ。それが喜びだろうと悲しみだろうと、例えどんな事だろうと」

それが難しいんじゃないだろうか

ふとこちらに顔を向けてくるヤトさん。兎の耳がピクピク動く

「難しいだろう?難しくなきゃ人間なんてのは成長しない。ハードルがあったら君はどうする?オススメは飛び越えるかくぐり抜けるか、だ。横に避けては減点どころか反則だ」

くぐり抜けても十分反則のような気がする

顔を近づけてくるヤトさん。鼻がピクピク動く

「考えたまえ恭輔。悩みたまえ恭輔。成長したまえ恭輔。そうじゃなきゃ私が来た意味がないのだよ」

ズイッと顔を近づけるヤトさん。兎の獣臭さはない

「……まぁ、頑張ってみるよ」

「恭輔、『頑張る』ということは『やってやる』と同義だ。私は期待するぞ?」

見つめ合ってしばらく、ようやく兎顔が離れてゆく

「さぁ、明日からの宿題だな、恭輔。私は楽しみにしているよ?君の可能性に」


家に着く門の手前、彼はそう言い残して彼は消えた


門に入る前にふと後ろを見てみる。『思い出の世界』は変わらないまま、モノトーンの風景を映し出していた




―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

幼児レベルの子ってちゃんと喋れるのか不安になってきました、PSIです。喋れなくてもそこはオリジナルということで許してください(ぇ


感想返信
7 様
Synthetic Personality Inventoryのことでしょうか。リクルート社が開発した適性検査の事のようです。いやぁ、ネットって素晴らしいですね
ちなみに私はSPIではなくPSIでございます。え?どうでもいい?そうですか(´・ω・`)

宮毘羅 様
ホントだ。気づけず情けない限りです
では規約通り「習作」と付けさせていただきます
ご指摘ありがとうございますm(_ _)m



[27994] その10
Name: PSI◆89fb6e29 ID:78c7b106
Date: 2011/06/02 22:37
昼食を済ませて、気分転換の散歩に出掛ける。

小川に流れる葉を眺めながら考えてる。ヤトさんからの宿題が全く理解できないのだ。相手の気持ちを理解するって言われても何もわからない。
そもそも小さい子の考えなんて教わったことないし、聞いたことも聞かされたこともない。
ヒントもないのにどうやって進めばいいのだろうか。

とりあえず、わからないものはわからないので散歩を続けることにする。もしかしたら何かヒントでも見つかるかもしれない。




街を歩く。いつも聞こえる人々の喧騒。少し前―――引き篭っていた頃―――は鬱陶しいとしか感じなかったコレも、嫌悪感だけは消えた…と思う。
スーパーの前を通る。いつも世話になっている場所は昼過ぎということで客は疎らだった。
駅の前を通る。昼から遊びに出掛ける若者の姿が多く見える。
電気屋の前を通る。何十年続いた政党が新たに法案を提案している場面を目にする。
本屋の前を通る。…本屋か。何か手本になるようなことが本に書かれているかもしれない。一目見る価値はあるね。

「いらっしゃいませー」

店員の元気な声を聞きながら、目当ての本を探す…といってもなんて調べればいいのだろうか。やはり育児関係だろうか…。
育児関係が揃っている本棚へ向かう。さて、どんな本に載ってるかな?とりあえず目についた本を取ってページをめくる。

「…え?」

思わず声が出てしまう。




目の前に広がるのは真っ白な画面




本には何も書かれていない。



もしかしたら何かの手違いで本の制作を失敗したのかもしれない。下に重ねられていた本も確かめてみる。

―――…こっちにも何も書かれていない

周りの本も確かめてみたが結果は同じ、真っ白な紙が目に映るだけだった。

「すみません。」
「はい?どうかしましたか?」
「この本、というかこの辺りの本なんですが…。」

店員にこの状況を説明する。

「あれ?本当ですね。」

流石の店員も予想外の出来事に戸惑っているらしい。

「こちらの不手際でした。本当に申し訳ございませんでした。」
「いえ、気にしないで下さい。」

本屋を出て、今度は他の本屋に入る。しかしこの店も同じように真っ白なページを捲るだけになってしまった。



―――訳がわからない



流石にこれはおかしいと思う。不手際だとしても、あらゆる種類の本が真っ白なページだけ、ということはありえないはずだ。



―――いくらなんでもおかしすぎる



散歩の帰りの時間、目一杯考え続けてみたが、結局その疑問を解決する事は出来なかった。

今日僕が手に入れたのは散歩によるほどよい気分の良さと新たな疑問だけだった





「やぁ恭輔。大いに悩んでいるようじゃないか。結構なことだよ」

「こんにちはヤトさん。どういうことか説明してほしいんだけどね」


いつの間にか家にいるヤトさん。慣れてきている自分が怖くなってきた

「説明、とはどういうことかな?」

「ごまかしてるのか分かんないけど…」

今日あったことをヤトさんに話す。話し始めて中盤から話し終える頃には、特徴的な兎顔が笑顔になっていた、気がする…わかりにくいなぁ。

「いやはや。ヒントを見つけて欲しかったのだが、違うモノを見つけてしまったか。」

本当に楽しそうに笑う。目は笑ってないが

「残念ながら、今の君には一切答えられないんだなぁ、これが。」

「どうしてさ。」

「悪いがそれも答えられないんだ。これはあらゆる核心部分になっているからな。」

「まぁ、もし君が気づけたならば、万どころか、こんな言葉はないが兆が一道を見つけたならば、私は君を祝福しよう。」




「さぁ、今日も彼女のところに向かうかね?」

あしらわれてしまったが彼が話せないと言うなら仕方ない。自分で見つけるとしよう

「うん、頑張るよ」

「『頑張る』ではないぞ、恭輔。『やってやる』、だ。」

「どっちでもいいんじゃないの?」

「確かにそこはフィーリングの問題だがな。しかし、こちらの方がやる気でないか?」

「そうかなぁ」

適当に雑談しながら壁を通る。そして今日もモノトーンの世界に侵入する


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

どうもPSIです。誠に勝手ながら、INUKAIの日常の更新をストップし、数日中に因幡の夜兎をオリジナル版に移そうと思います。

INUKAIのネタが出ないというのと、少しでも多くの感想を頂きたいと思ったからです。

勝手な決断ですが、今後ともよろしくお願いしますm(_ _)m



[27994] その11
Name: PSI◆89fb6e29 ID:78c7b106
Date: 2011/06/08 21:56
それなりの期間彼女と付き合っていたせいか、基本的にあまり表情を変化させない彼女でも、当たり前と言えば当たり前なのだが、喜怒哀楽は持っているようで、彼女の仕草に関して少しずつだがわかるようになってきた。

―――そのことを話したら「レディーに失礼だ」と怒られたんだけれども

最近、今まで以上に心を開いてくれたのだろうか。話してくれなかった事をポツポツと話すようになってくれた。今まではどもって誤魔化していた趣味の話も聞くことが出来た。
彼女の趣味は歌を歌うことらしい。案外普通だった。

―――いつも隠すからもっと変な趣味だと思ってたよ。こう…小さい子にあるまじき趣味とか?

「歌かぁ…いいね。なんでいつも隠してたの?」

「気づいてたの!?」

…気づかないと思ったの?


彼女の話によると、歌を歌うのは好きなんだけど、人前で歌うことは恥ずかしくて出来ない…とのことらしい。

「お母さんとかお父さんとかは聞いてくれないの?」

「……………」

「どうしたの?」

「…パパはいないの…ママは仕事でいつも…忙しくてなかなか聞いてもらえないの…」

涙声になりながら話してくれた言葉はまだ小さいこの子には辛かったらしく、それを皮切りに涙を零しながら泣きはじめた。
流石に僕も、自分の行動の馬鹿さに気づいた。親を亡くして引き篭っていた自分がいるというのに、彼女の気持ちをわかってやれなかった。

「何をしているんだ少年。君は酷い事をしてしまったぞ?」

ヤトさんも呆れ気味だった。

「どうしようヤトさん。僕、どうすればいいかわからないんだけど…。」

「経験がないからな。仕方ない…その子を抱きしめてあげたまえ。子供は誰だって、無意識に人の温もりを求めるものだ。まぁ、TPOを考えてから行動すべきだがね。」

正直言って気恥ずかしさがあってやりたくなかったが、ヤトさんがほらほらと催促してきて鬱陶しい。未だに泣き止む気配を見せない少女を抱きしめてあげる
僕の腕にスッポリ埋まるほど小柄な少女は、それを機に更にわんわん泣きはじめた。僕はなされるがままに黙って彼女を抱きしめた





泣く声が小さくなってきたと思ったら今度は寝息をたて始めた…これは困った

「どうしようヤトさん。寝ちゃったんだけど…」

「そうだな…そこのベンチに放置してやりたまえ」

「いやいや、流石にそれはマズイでしょ。風邪ひくよ?」

思い出の季節は枯葉もなくなった冬。寒さは感じないが思い出にいるこの子はどうなのだろうか。

「ふむ、仕方ないな。その子を連れてこちらに来たまえ」

言うやいなや歩き始めるヤトさん。慌てて彼女を抱っこして彼の後を追う。少女は、鍛えていない僕でも十分運んでいける重さだった。

「どこに向かってるの?」

「彼女の家だ。あまり離れてはいない。安心したまえ」





「着いたぞ。ここだ」

歩いて数分、一つの家が目の前に広がる。といっても、豪華絢爛な家ではなく、洋風のアパートだったのだが。

「勝手に入っていいの?犯罪のような気がするんだけど。」

「ような、どころか犯罪だがね。大丈夫だ、既に管理人に許可を頂いている。」

「頂いてるって…ヤトさんの存在は見えないんじゃなかったっけ。」

浮かんだ疑問を投げかけると、ヤトさんはその場に立ち止まり、底冷えがする口調で言葉を紡ぐ

「聞きたいかね?」

―――聞かないほうがいい気がする

「それが懸命だ。」

と言って彼はアパートへ入っていった。あれ?考えが読まれた…?





彼女が住んでいる部屋に入る。特に珍しいこともなく、平凡な部屋が映しだされた。

「さぁ、そこのソファに彼女を。」

言われるがままにデイジーをソファに降ろし、近くにあった布団をかける。気持よさそうに寝ている、結構なことだ

「さぁ、帰ろうか?」

「そうだね」





「デイジー。起きたときどう思うかな」

「さてな。白昼夢でも見たと思うかもしれないぞ?」

帰り道の門をくぐる前、ヤトさんといつもの雑談をする。

「それでも、彼女はきっと、更に君に心を開いてくれる。」

「そうかな…?」

「そうだとも。イナバを信じたまえ…おや?」

空から何かが降ってくる。白い物体は、ゆっくりと地表に落ちていく。

「…雪だ」

「あぁ、雪だな」

ヤトさんと眺める思い出の雪、モノトーンの1つであるはずの雪。白いそれらは、何故か輝いているように見えた。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

どうも、PSIです。
軽くサボリ気味になってしまい、更新が遅くなりました。申し訳ございません。
小説を書くというのはつくづく難しいものだと思い知らされますね。他の書き手の方々に尊敬の念を抱きます。

感想返信
あき 様
感想ありがとうございます。
今度は「かも」を抜けるように精進していきます。もし宜しければ、これからもPSIをよろしくお願いします。



[27994] その12
Name: PSI◆89fb6e29 ID:78c7b106
Date: 2011/06/15 00:25
デイジーを家まで運んだ日の次の日、することもないので今日も彼女の下に向かうことにした。
彼女がいる所まで向かう道、いつも変わらないはずの景色…だけど何かおかしい。よくわからないけど、何か気持ちが悪い。ヤトさんに聞いても教えてくれなかったが、特に慌てるようなものではない、とだけ話してくれた。


着いてすぐ、彼女は歌うのを聞いて欲しい、と言われた。特に断る理由もないし、ヤトさんには「出来るだけ彼女の願いを聞いてあげてくれ」と言われている、お願いをされたなら聞くだけだ。

恥ずかしさからかはにかみながらも、彼女は一生懸命歌っている。歌はなんて言っているかよくわからないけど…彼女の頑張る姿を見ているのは少し楽しかった。



―――が、別れは唐突だった。

「そうだ恭輔。今日で彼女とはお別れだ。最後の挨拶を終えたまえ。」

「え?」

「?」

声が聞こえたのか、歌を中断してこちらに訝し気な顔をこちらに向けるデイジー。

「っと…気にしないで、続けてくれる?」

咄嗟の誤魔化しに頷いて、再び歌い始めるデイジー。申し訳ないけど、彼女にバレないように小さな声でヤトさんと会話をする。

「それってどういうことさ。突然過ぎるんじゃないの?」

「唐突であることは認める。だが、この世界は今日で終了だ。これ以上は無意味だ。いる意味がない。」

「そっか…わかったよ。」

「理解が早くて助かる。」

彼が頷くのを確認して彼女に意識を向ける。ちょうど歌い終えたらしく、スッキリした顔をこちらに向ける。

「やっぱり歌うの楽しい。」

「それは良かったね。」

満足気に微笑む彼女に別れを告げなければならないのは少し残酷だけど…仕方ないか。

「ねぇデイジー?」

「どうしたのキョウスケ?」

無垢な笑顔を見せられると言い辛いいものがあるね。文字で伝えるから書き辛い、というべきか。

「今日で君とお別れしなきゃならないんだ。」

「えっ?」

笑顔から一転して、可愛らしい目は驚きからか目を大きく開き、小さな口はぽっかり開いている。

「嘘だよね?キョウスケいなくなったりしないよね?」

「それが本当なんだ。日本にいるお母さんが大変な状態なんだって。」

それを聞いたドロシーは、無言で顔を俯かせた。彼女の足元に水滴が落ちていく。

「わかったわ。ママの事なら私、何も言えないじゃないの。」

顔を上げた彼女の目には涙が溜まっており、口は震えて、いつものような流暢な言葉は聞き取れなかった。

「うん、突然ごめんね?もう会えないかもしれないけど、元気で暮らしてほしいな。」

「いいえキョウスケ。こんな時は嘘でも『また会おう』って言うものよ?」

「気がきかなくてごめんね。代わりといっちゃあなんだけど、毛糸を3種類持ってきてもらっていいかな?あまり長くなくていいからさ。」

「わかった。待ってて。」

デイジーはそれを聞くと体を翻して、家まで走っていった。腕で顔を擦ったように見えたのは気のせいじゃないだろう。

「…これでいいのかな。本当に。」

「もちろんだとも。彼女にとっては辛いことかもしれないが、きっと悪くない別れだろうね。彼女は君以上に大人だからな。」

「僕の方が歳をとってると思うんだけど?」

「肉体の話じゃないさ。精神の問題だよ。」

そこまでヤトさんと話をしてるところで彼女の姿が見えた。走り続けたのか、息切れしている。無言で毛糸を渡される。

「ありがとう。ちょっと待ってね。」

僕は手早く3本の毛糸の片端を結び、三つ編みにしていく。少し赤く腫れた目で見つめられる中、それは完成した。

「ほら、できたよ。これはミサンガって言ってね…」

彼女にミサンガを渡して、ミサンガについての説明をする。

「つまり、自然に切れたらお願い事が叶うのね?」

「そうだよ。手首か足首に巻いておけば、君の夢にしろ願いにしろ、切れたときにきっと叶えてくれる。」

「そうなの…ありがとう。」

「どういたしまして。」



「じゃあ、もう行くね?」

「うん。」

「病気には気をつけてね。」

「うん。」

「無理しちゃダメだよ?」

「うん。」

「それと―――」




―――夢、叶うといいね。


―――叶うんじゃないわ。叶えてみせるわ。






デイジーの思い出の世界に別れを告げて次の日、ヤトさんが新聞を見ながらこちらに向かってきた

「そうだ恭輔。そういえば君の能力を教えていなかったな。」

「そういえば特別な力が~とか言ってたね。すっかり忘れてたよ。」

「そうだろうな。ところで、ちょっとこの記事を見たまえ。」

ヤトさんが差し出した新聞。指が差さされた先には一枚の写真。蓄音機の形をしたトロフィーを胸に抱いている一人の女性が写っていた

「えっと…?『史上最年少の歌姫 ドロシア・バーンズ』。へぇ、すごいねー。」

「…それだけかね?」

「…あれ?どこかで聞いたことがある名前のような気がするんだけど…?」

「それはそうだろう。君が昨日まで出会っていた少女と同姓同名だ。」

「それはすごいね。偶然って起こるものなんだねー。」

「現実から目を逸らすな。この人は彼女自身だ。ほら、彼女の腕をよく見たまえ。」

モノクロ写真でよく見えないが、彼女の腕には紐のようなものが…いや、認めるしかない。確かにそれは僕が渡したミサンガなのだろう。

「これが君の力だ。私の干渉が必要だが、君は『過去の思い出』に入ることができ、思い出を改変することができる。」

「…へぇ。すごいね僕。」

「…存外驚かないものなのだな。もっと驚くことを期待していたのだが。」

「実感がわかないし、正直言ってだからどうした?って感じ。」

「そうか、残念だ。」

本当に残念そうな顔をしている。

「そういえばこのミサンガ、切れてないような気がするんだけどどうしてなんだろ。」

「さてな。違う願いを込めたのか、もしや君のまじないが効かなかったのかもしれないな。」

「そうだったら悲しいなぁ。」

新聞の方へ視線を戻す。写真に写った彼女は本当に嬉しそうな顔をしている。気づけば僕も、頬が緩んでしまっていた。


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