「いーい陽気ですねー」
「本当だね」
ぺかーっと照ってるお日さま。どこまでも青い空。そよりそよりと顔を撫でる風。それに合わせて全身をくすぐる草。そして、時々髪に触れる大きな耳。
春天の草布団は、すばらしい寝心地だった。
「ナズーリンさん、俺もう寝そうです」
あくび混じりにそう言うと、ナズーリンさんの耳がまた俺の髪に触れた。
「いいんじゃないかい?今日はご主人様も聖もいないし。存分に羽を伸ばしたまえよ、少年」
「今日はお二人はどこに行ってらっしゃるんでしたっけ?」
「聖は西の山の妖怪たちにお説教。ご主人様はその付き添いさ」
「あー、そういや白蓮さん、朝そう言ってましたっけ。水蜜さんや一輪さんもついて行きたそうにしてましたけど」
「船長は今日の飯炊き当番だし、雲仙は引き手数多だからね。しょうがない」
白蓮さんも、忙しいよなー。ここのところ、ずっとあっちこっち飛び回って、四方の妖怪たちを片っ端から教化する勢いだ。星さんもそれに付き合っているから、ずいぶん疲れも溜まっているだろう。
「お帰りになったら、肩叩きでもしますかね」
「ハハッ。年寄りじみてるって言って、ご主人様は嫌がるかもね」
「今年お幾つでしたっけ?」
「乙女の年齢を聞くなんて不届き千万な。
…………まあ、ご主人様も御年数百歳。ご自分でも正確には分からないだろうから、気にするほどでもないんだろうけどね」
「ナズーリンさんは?」
「最近弾の的が足りてないんだが」
「小傘さんなんか良いんじゃないですか?二人分だし。実は今の話もこの前小傘さんが」
「さらっと売るね」
草っぱらに寝転びながら、そんな他愛もないおしゃべりをしていると、春の陽気に眠気も誘われて、自然と会話は途切れがちになっていった。
一際大きくあくびして、そんな時、後れ馳せながら気づいた。
「あれ………そういやナズーリンさん、星さんについて行かなくて良いんですか?」
考えてみると、ナズーリンさんは常にぴったりと星さんにくっついていた。星さんの部下だから、というだけではあそこまでぴったり張り付く必要はなかっただろうし、何か理由があったんだろうけど。
「ああ。別に良いんだ」
そう言うナズーリンさんの声は、なんだか穏やかだった。
ちらっと視線を斜めにずらして、その横顔を窺おうとすると、俺の行動なんかお見通しなのか、ばっちりと目があってしまった。なんとなく二人ともおかしくなって、くすくすと笑いあった。
「ナズーリンさんは、なんでいつも星さんと一緒に行動なさってたんですか?」
「うーん…………」
珍しい。あのいつもはっきり物を言うナズーリンさんが、言い淀むなんて。
「あー、すみません。答えづらい質問でした?」
「君はもう少し繊細さというものを学びたまえ。…………そうだね、別に君に隠すことでもないかな。
元の上司に命じられてね」
「ふんふん」
「君、殴って欲しいのかい?」
「滅相もない。それで、どうなさったんですか?」
「どうって、そのままさ。それから私はご主人様について行くようになった」
「へえ。あれ、でもそれじゃあ、今日は上司さんの命令に背いちゃってるんじゃないですか?」
「ああ。でもね」
ナズーリンさんの声は、再び穏やかに。
「この一年弱、いろいろご主人様のことを見てきて、わかったんだ。上司の心配は杞憂だった。
ご主人様は、間違いなんか起こさない。何より、あの聖と一緒なら、起こり得る筈もない」
「………へえ」
「…………なんだい、その含みのありそうな声は」
ナズーリンさんが、起き上がって俺の顔を覗き込む。
「あ、ちょっと顔赤い」
「君最近ちょっと調子乗ってるね。ところでうちの鼠共が大好きな物を知っているかい?」
「申し訳ございませんでした」
俺がジャンピング土下座をした後は、二人とも起き上がって、並んで空を眺めた。
お日さまもぽかぽか、隣もぽかぽか。気持ちがいい。
「いやー。いーい陽気ですねー」
「本当だね」
ナズーリンさんも、そう思ってるんだろうか。
地面についているナズーリンさんの手の甲に、そっと手の平を乗っける。
ナズーリンさんは、何も言わずに、ただ鼻を鳴らした。
「いやあ。平安ですねー」
「平安?ここは平城だよ?」
「いえいえ。平安ですよ」
そんな平安の、今日このごろ。