<このWebサイトはアフィリエイト広告を使用しています。> SS投稿掲示板

チラシの裏SS投稿掲示板


[広告]


感想掲示板 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

[27924] 【習作】東方 ・ その他二次作(ポケモン等)ポケモン?更新 (東方・その他二次 オリ主)
Name: ノシ棒◆f250e2d7 ID:373ed26e
Date: 2012/04/03 02:29
メイン板に移動させたものから分離しました
よろしくお願いします

2011/07/08 :タイトル変更しました

ノシ棒は めのまえが まっくらに なった




『遺跡発掘から:28日目』

変な石を拾った。

イッシュ地方が南部。
リゾートデザートに点在する遺跡にて、連日に及ぶ発掘作業中の出来事である。
アロエ館長の鳴り物入りで編入されたエリート君、などと言われても、しがない一研究員でしかない俺である。
依頼で発掘作業に参加したはいいが、見つけたものといえばこんな程度だった。
見た目も質感もただの石ころ。
ただの、というのは語弊があるかもしれない。
完全球体のそれは、明らかに人工物だった。
とはいえ、こんなものはそこらにごろごろと転がっている。そも、ここは古代遺跡だ。どこぞの構造物から剥がれ落ちたのだろう。

「ただの石にしか見えないけど、きっと意味のあるものなんだろうさ。なんてったって、あんたが見付けたんだからね」

とはアロエ館長の言。
そんなに期待されても困る。
実際、あらゆる機材にかけて調べても、ただの石としか結果が出なかった。
が、出土品は出土品。
仕方が無いから自宅兼研究室に持ち帰り、再検査してみることに。
考古学的に無価値であっても、地質的に価値あるものならばよいが。




『29日目』

変な石が孵った。

・・・・・・自分でも何を書いているのか、さっぱり解らない。
白い巨大なドラゴンが、石の中から飛び出してきた。
いや、石そのものがドラゴンだったのか。
解らない。混乱している。
詳細は明日の日誌にて。




『30日目』

あの石は、どうやら古代のモンスターボールのようなものであったらしい。
違うのは、それそのものがポケモンであったということだ。
この白いドラゴンが休眠状態に入った姿があの石であり、恐らくは古代にて、その状態で持ち運びされていたと考えられる。
これが古来からの人の夢、ポケモンの運用、という概念の大元になったのかもしれない。あるいは、そのものか。
1925年にニシノモリ教授によってモンスターボール開発が始まったのは周知の事実であるが、その発想自体は記録に残らない程の太古の昔から在ったのだ。
多くのポケモン博士の言葉を借りるなら、ポケモンが全ての答えを教えてくれている、ということか。

さて、件の白いドラゴンである。
全長は3m弱。
体重は300Kを超えるだろうか。
幸い、我が家は研究資材搬入のためにガレージ造りとなっているため、この程度のサイズのポケモンならば不自由はない。

しがない一研究員にはポケモン図鑑のような高価な代物など持ち合わせていないため、これが一体何というポケモンであるか判断がつかない。
古代から復活したポケモンであるために、記載されていない可能性の方が高いが。
とんでもない力を秘めている、ということだけは解る。
雄叫びを上げながら石から飛び出した瞬間に、尻尾から噴き上げた炎が鉄材を飴細工のように、どろどろに蕩かした程である。
よく火事にならなかったものだ。
思わずやめろ、と叫べば熱はぴたりと止み、白いドラゴンは理知的な瞳でこちらをじっと見ていた。
片付けのために簡単な指示を出せば、それ通りに従う。人語を理解しているのだ。

これはいよいよ尋常ではないぞ、とアロエ館長に電話を入れようとした瞬間、電話機はまっぷたつにきりさかれた。
見れば、静かな眼で白いドラゴンが佇んでいる。
誰にも存在を知られたくないのか、と問えば、頷きが一つ。
ここにいたいのか、と問えば、また一つ頷きが。

・・・・・・仕方あるまい。
しがない一考古学研究者でしかない俺だが、考古学者を自負するならば、自身が発掘した出土品には責任を持たねば。




『31日目』

奇妙な共同生活が始まった。
何か伝えたいことがあるのか、こちらをずっと睨んでいるが、言語のコミュニケーションは一方通行なのだ。
俺にはポケモン語など解りはしない。
解らないまま一日が過ぎた。




『43日目』

奴が現れて10日ほど経つ。
未だに睨まれ続けているが、さっぱりである。
なので、別の方法でコミュニケーションを図る事にした。
単純に接触してみよう、というだけだ。
触れてみた奴の毛並みはさらさらと手触りが良く、温かかった。
気が付けば連日の研究疲れもあってか、奴に寄りかかって居眠りをしていたようだ。
こいつもこいつで、律儀に俺が起きるまで身じろぎせず待っていた。
そして、睨まれる。
解らない。
何を伝えたいのだろう。




『50日目』

観察を続けた中で解ったことは、奴がドラゴンと炎の混成タイプということ。
高い知能を有しているということ。
それくらいだ。逆を言えば、それしか解らなかった。
ポケモンの生態は謎に満ちていて、人間が足を踏み入れられるのは、その一部でしかない。
人間に出来ることは、彼等の力を借り、我々の力を貸し、共存関係を築くことだけだ。
いや、共存関係ではないか。
人間はポケモンに依存している。
ポケモンは単体で生きていくことが可能だが、ポケモンなしではもはや人間の社会は成り立たない。
経済、司法、医療、交通・・・・・・その全てが、ポケモンの力に頼っている部分が大きいのだ。
彼等が我々に力を貸してくれるのは、互いに築いた絆のためであると信じたい。
こいつはどうなのだろう。
俺と絆を結ぶつもりがあるのだろうか。その強大な力を貸そうとしているのだろうか。
解らない。
さしあたって、この尻尾の炎を何かに役立たせられないものか。
そこから考えよう。




『69日目』

今日は奴の尻尾の火で目玉焼きを作ってみた。
フライパンを乗せると流石に嫌がっていたが、また律儀にも動かなかった。
油がはねる度にきゃんきゃんと犬のように鳴いていた。熱いらしい。
これくらい我慢しろと言ってきかせた。
お前はドラゴンでしかも炎タイプだろうに。

焼き上がった目玉焼きはミディアムレア。
半熟で最高の仕上がりである。
我ながら塩コショウの加減が素晴らしい。

奴が物欲しそうにこちらを見ていたので、半分わけてやった。
尻尾を振ってよろこんでいた。
尻尾にぶち当たった柱がへし折れ、屋根が歪んだ。

久しぶりにキレた。
一度ならず二度までも、こいつは。
感情にまかせて怒鳴り散らすと、地面に伏せて反省のポーズをしていた。
機嫌を取ろうと、少しずつ擦り寄って来る白ドラゴン。
だからお前は犬なのかと。
・・・・・・まあ、いい。
雨露がしのげれば文句は言うまい。

目玉焼きは冷えてしまっていたが、何故か美味かった。
こいつも、今度は控え目に尻尾を振って美味そうに食べていた。図体の癖に、燃費は良いらしい。
そういえば、誰かと食事をとったのは何年振りだったろうか。




『75日目』

毎日何もない部屋で留守番は暇だろうと思い、壁掛け型のテレビを購入してやった。
こいつの登場でテレビが壊れてしまっていたので、それの買い替えである。
チャンネルはポケモン用の大きめのものに替えてもらった。キャンペーン中らしく、無料交換だった。得した気分である。

取り付けが終わり、さっそく電源を入れる。
流石最新型。画面の美しさはこれまでのものとは比べ物にならない。
どうだ、と奴を見れば、何やら非常に驚いている様子。
どうやらテレビを初めて見たらしい。あんな小さな画面の中に人が入っているのかと、びくびくしていた。
チャンネルを変えてやる度に大げさに驚いている。
そしてポケモンバトル実況に番組が替わった瞬間。
リザードンが画面手前に向って火を吹く、あの有名なOPが流れた瞬間だ。
あろうことか、こいつはぎゃんっと飛びあがって、口から火を吹きやがった。
火炎放射である。

・・・・・・結局また電化店に戻る羽目になった。
もしものためにポケモン破損保証に入っておいたからいいものを。
まさか初日でとは。
学習したのか、壁は派手なコゲ跡が付いただけだった。それでも大問題だが。
煙を上げるテレビの残骸を背に、俺がまたキレたのは言うまでもない。




『102日目』

階下から低年齢向きのアニソンが聞こえる。
確か、女の子向けのアニメ番組だったか。
妖精ポケモンの力を借りて変身し、巨悪に立ち向かう女の子二人の話。
一月もテレビを見ていれば、お気に入り番組が出来るらしい。
その一つがこれである。
立派なテレビっ子になったようだ。
音楽がサビの部分に入る。

「モエルーワ!」

うるせえ。




『167日目』

本日をもって発掘の全工程を終了する。
遺跡のほとんどが砂に埋もれてしまっているのだから、これ以上はどうにもならないのだ。
結局、大きな発見は何もなかった。

「あんたが見付けたものだから、何か新しい発見でもと思ったんだけどねえ」

と、アロエ館長。
何度も言うが、買い被りすぎである。
俺は一研究員でしかないのだ。
見付けたのはアニメがないと生きていけないポケモン一匹だけである。

疲れて家に帰ると、あのアニソンが流れていた。
先日買い与えたDVDを十二分に活用しているようだった。
大画面の中、二人の女の子が黒と銀の戦士へと変身する。
低年齢向けと侮るなかれ。
流石は物語の山場であるか、音楽と演出は凄まじい迫力だ。

『我こそは黒き太陽、サンシャインBLACK’RX!』

『我こそは影の月、ゴルゴムノブヒコ!』

『二人合わせてセンチュリーキングス!』

クイーンではないのか。
スカートの下にはついているというのか。
あと二人目のネーミング。

「ンバーニンガガッ!」

うるせえ。




『291日目』

発掘工程が終了し、もう随分と経つ。
次に現場に呼び出されるまで、また悠々自適の研究生活である。
奴の腹をソファーにして寝そべりながら、資料を読みふける。

そういえば、とふいに思いついた疑問を口にした。
お前は何でここにいるのか、と。
一瞬静止して何かを思い出すような仕草の後、奴は途端に慌てだした。
廃材置き場をひっくり返し始める。
辺りに散乱する機材の山。

・・・・・・まて、俺。
まだキレるな。大人になれ。
何かを伝えようとしてるんだ、こいつは。
そうして奴が取り出したのは、一個のモンスターボール。
それを俺の足元まで放って、挑戦的な眼でじっとこちらを見る。

――――――コメカミから、太いゴムが切れたような音がした。
わざわざ壊れたモンスターボールなんぞ取り出しおってからに。
「取って来い」でもしたいのか。
お前は犬か。
犬なのか。
ポチエナなのか。

余りにも頭に来たため、小一時間の説教の後、こいつのニックネームを「ポチ」にしてやった。
俺のポケモンという訳ではないのだから、ただの呼び名でしかないが。
いつまでもお前だとか、こいつだとか、奴だとかではこちらとしても不便だったのだ。
これくらいが丁度いいだろう。

おい。
俺は怒ってるんだぞ。
嬉しそうにするな、ポチ。
尻尾が柱に当たってあああ――――――。




『292日目』

家が崩れた。
今から段ボールを使いワクワクさんタイムである。
楽しい図画工作の時間がはっじまっるヨー。
何を作るかって?
テメェの小屋に決まってんだろうがポチェ・・・・・・。




『326日目』

新居完成。
知り合いの業者に頼み、突貫工事で仕上げて貰った。
ドッコラー達の集団作業は見事の一言。
その間ポチはダンボールハウスで待機だった。
時折空気穴から悲し気な鳴き声が聞こえるも、適当に誤魔化した。

内装はほとんど変わっておらず、またガレージを改造したような家屋である。
ポチも反省したようだし、外に出してやることに。
ようやく羽を伸ばせて嬉しいだろうと思いきや、聞こえるアニソンのサビ。

『なーぜーお前はライダーなのーに車にのるのかー』

『その時、不思議なことが起こった(ナレーション)』

「モエルーワッ! モエルゥゥゥワッ!」

・・・・・・今日くらいはいいか。




『327日目』

うるせえ。
オールとか勘弁してくれ。




『343日目』

ゆったりとまどろんでいた昼過ぎ。

「元気にしてた?」

学生時代の同期が遊びに来た。アポなしで。
ポチはいつの間にかコンテナの中に身を隠していた。
素早い奴め、そんなに人目に付くのが嫌か。
ますます引きこもり生活に磨きが掛かっていやがる。

「問題があります」

と、到着するや同期から急に真剣な顔で切りだされた。
何だ。

「白い水着と黒い水着・・・・・・どちらがあたしに似合うかしら?」

帰れ。
シンオウ地方に帰れ。

「冗談よ。つれないわね」

ボタンに指を掛けながら言っても説得力は無いんだよ。
その鞄からはみ出してる白と黒の布切れはなんだ。
あとチャンピオン様がこんなあばら屋に来るんじゃない。
広いだけしか取り得のないようなとこだぞ、ここは。

「今日のところは新築祝いと、あなたのガブリアスの様子を見に来たの」

家を建て直したのをどこから聞きつけてきたのやら。
ああ、はいはいガブリアスね。元気にしてるよ。
最近はじしんで砂を固める作業しかさせてないけど。
やっぱそっちに影響出てたか。

「ええ。私たちのガブリアスは双子だから、何か通じるものがあるのね」

そうさね。
教授から卵を二つ渡されて、それぞれが育てなさいって言われたのが懐かしいよ。
で、どんな感じだったよ。

「一年程前の事になるんだけれど、この子がよく怯えたような仕草を見せるときがあったの。何か強大な存在を察知したかのように・・・・・・」

それは、あー、その、なんだ。
今は収まってるでしょ?

「ええ。それで何があったの?」

うむむ、何と言えばいいのやら。
まあ、なんだ、発掘作業で格上のドラゴンタイプと会っちゃってさ、そのせいだよ。
もう慣れたみたいだから、そっちも大丈夫だろ。

「なるほど。そしてあなたは更に強くなったという訳ね。さあ、クロイ君。ポケモン勝負をしましょう」

なぜそうなる。
もう一度言ってやる。なぜそうなる。
チャンピオンが軽々しく勝負しようとか言わない。

「もうチャンピオンではないのだけれど。ふむ、解りました。クロイ君、バトルしようぜ!」

言い方をかえても駄目なもんは駄目だ。
ポーズを取るな。
指をくわえても駄目だ。

「どうしてあなたはトレーナーを毛嫌いするの? そんなに強いのに、勿体ない」

だってお前、負けたら金をむしられるとか、どんな博打だよ。
俺に続けられるわけないだろ。金ないし。
この前なんか負けて電車賃を取られたって、泣きながら歩いてるエリートトレーナーの女の子を見たよ。
あんまりにも可哀そうだから車に乗っけて送ってやったよ。
エリートトレーナーでもころっと負けるような世界だぜ。
お前さんだって子供にやられたんだろ。
やってられん。

「へえ、そう、車で」

それに研究職と二足のわらじを履けってか。
俺はお前さんみたく優秀じゃないんだから、無理だって。
それに、ほら。
俺あんまりグロ耐性ないからさ。

「というと?」

つのドリル。
ぜったいれいど。
ハサミギロチン。
かみくだく。
もっと挙げようか?

「・・・・・・いえ、結構。よく解ったわ」

ポケモンバトルってけっこうグロイんだよね。
だからさ、俺にはそれを仕事にすることは無理なんだよ。
今だってギリギリの生活してるんだ。
ひーこら言いながら毎日暮らしてる野郎にゃ無理だって。

「では、勝負ではなく気晴らしにバトルごっこでもしない? もちろん遊びだから、お金のやりとりはなし」

まあ、それなら・・・・・・。

「ふふっ、じゃあ全力で戦いましょう!」

あいよ。
行け、ガブリアス。

「ミカルゲ、行きなさい!」

げきりんぶっぱー。

「くっ、一撃で! 次、シビルドン!」

げきりん。

「ル、ルカリオ!」

まだいけるか。
もいっちょげきりん。

「苦手タイプをものともしないなんて! でもこれで動けないはず。ミロカロス!」

どっこいラム持ちです。
げきりんぶっぱー。

「う、うぉーぐる・・・・・・」

げきりん。

「・・・・・・がぶりあすぅ」

げきりん。
ずっと俺のターン余裕です。
本当にありがとうございました。

「・・・・・・」

おい、何だよ。
床で寝るなよ。
眠いんなら帰れよ。
動きたくない、ってお前ね。布団まで運べってか。
はいはい。
よっこらせーのせっと。





『344日目』

同期帰宅。
とはいってもサザナミタウンの別荘でしばらく過ごすらしい。
海底神殿の研究をするんだとか。
あー、あれね。
何年か前に海に潜って見に行ったよ。
王がなんちゃらって暗号が石碑に彫ってあったんだっけか。忘れた。
振り返っては手を振る同期を見送っていると、これまたいつの間にかポチが姿を現わしていた。 
あいつは誰だって?
同期だよ、大学時代のな。
なんだ、その目は。

「モエルーワ?」

うるせえ。




『362日目』

地元から手紙が届く。
差し出し人は、近所に住んでいた女の子。
トウコちゃんからだった。
仕事で実家から離れた俺に、定期的に手紙をくれる優しい子である。
機械音痴でメールが使えないからと、女の子らしい丸っこい字がいっぱいに書かれた手紙。
今回は一枚の写真が添えられていた。
トウコちゃんの写真だ。
新しい服を買ったんだとか。
しかし・・・・・・これは、その、露出が多すぎるんじゃなかろうか。
トウコちゃんは静かな子、というか、どちらかというと暗い感じの子だったはずなのに。
大胆に袖をカットされたベストに、ホットパンツ。
コンプレックスだと言っていたふわふわのくせ毛は、キャップでまとめられている。
今時の派手目な女の子の服で似合ってはいるのだが、違和感が拭えない。
トウコちゃんの私服はほとんどが単色のシンプルなもので、髪もアップになどせずいつも下ろされていて、言い方は悪いが、幽霊みたいな感じだったはず。
俺が地元にいた頃は、トウコちゃんはよく後ろをついて歩いてきていたのだが、気配が無くいつも驚いていた記憶がある。
これがトウコちゃんの趣味ではないとなると・・・・・・ああ、またお母さんに無理矢理着させられたんだな。
必死にシャツを引っ張ってるけど、ホットパンツから伸びる足はそれくらいじゃあ隠せない。
耳まで真っ赤にして、ベルちゃん腕を組まれて写真に写ってるトウコちゃん。

「モエルーワ!」

うるせえ。
自信満々に頷くんじゃねえ。




『365日目』

トウコちゃんの手紙に書かれていた最後の一文が頭を離れない。
『おにいちゃんに会いたいです』
小さい頃に面倒を見てやっていただけだというのに、あの子は俺なんかのことを気にかけていてくれる。
心配してくれる人がいるのはいいものだ。
仕事で帰れない、などと屁理屈をごねているが、本当は実家に帰るのが辛いのだ。
誰もいない家に一人でいると、両親のことを思い出してしまう。
とうとう去年は命日にすら帰らなかった。
ポチの尻尾を枕にしながら、手紙を読み返す。
いつもは何とはない内容の手紙だったというのに、会いたいと、はっきりとそう書かれている。
初めてのことだった。

なんだポチ、急に動くな。
行け、というのか。
・・・・・・そうだな。悩んでいるよりは、いいか。
墓参りもしないといけないしな。
しかしお前をどうするか。
言うや否や、ポチの身体が光り出した。
光の中、どんどんとポチの影が小さくなっていく。
光が収まった後には、モンスターボール大の丸い石ころが。
持って行け、ということか。
ありがとよ。
俺もお前と一緒なら心強いよ。

「ンバーニンガガッ!」

うるせえ。
石のくせに吠えるな。まったく。
よっこらせ、と手を伸ばす。
そして俺はまた、変な石を拾った。


→『B/W:0日目へ』









[27924] 【ネタ】魔法少女マジか☆マミさん完→1 【男オリ主・一発ネタ】 まどか×韓国純愛ゲーム
Name: ノシ棒◆f250e2d7 ID:373ed26e
Date: 2011/06/01 22:19
結末から語ろう。
ある男の死と、一つの世界の終焉の話だ。

我城壮一郎――――――という男がいた。
見てくれは普通の中年男性である。中肉中背、特に羅列するべき事柄は無い。強いてあげるとするならば、お人好しのきらいがあることぐらいだろう。そんな、何所にでもいるような男であった。
ただ一点のみを除いては。

壮一郎は、魔力に干渉することが出来るという、特異な能力を有していた。
より詳しく言うならば、『魔法少女』の保有する――――――否、魔法少女がその最後の瞬間、呪いと共に世界へと撒き散らした魔力を、自身と周囲の魔法少女に還元する能力を有していたのである。
魔法少女のように、その発生の瞬間の希望を以て奇跡を起こすことは出来ないが、世界に澱のように沈んだ呪いの汚泥から、事象を修正することを可能としていたのだ。


「有り得ざる現象を引き起こす、という観点から見れば、彼の事象修正も同じかもしれないね」


そう言ったのは、魔法少女らから『きゅうべえ』と呼ばれる、ただの少女に力を与えて奇跡の代価に魔法少女へと変ずる、白い獣だった。

なるほど、と暁美ほむらは頷く。
ベクトルは違えども、同一の力を使っているのだ。本当に可能性ゼロの無から有を産み出す奇跡よりも、不可能であると思われる可能性を実現させることくらいの方が、よほど現実的に思えた。魔法少女が現実的などと言うのも、おかしな話ではあるが。
ほむらも壮一郎が事象修正を行うのを何度か目撃している。
その一つが魔法少女の魔力の源、魂の結晶たる『ソウルジェム』の再生だったのだから、憎いきゅうべえの言にも頷く以外ない。

きゅうべえから壮一郎の力の仮定を初めて聞いた時、ほむらは笑いが止まらなかった。
きゅうべえ“達”がせっせと溜めた呪いのエネルギーを、我が物顔で横取りする男。それも、無自覚に。いくらきゅうべえが止めてくれと可愛らしく懇願しようが、壮一郎自身も理解不能の能力なのである。止めようと思って止められるものではない。
結果、針で空けられた穴から風船の空気が抜けていくように、エネルギーは消費される一方だ。
出所が魔法少女のように自分自身ではなく、世界にプールされたエネルギーであるのだから、それはきゅうべえも白い顔をいっそう白くさせたに違いない。
彼等には苦々しく思う感情自体が無いのだが、ほむらには「しまった!」とほぞを噛んでいるように見えた。
それが自己願望の投影であると解っていても、ほむらは笑うのを止められなかった。

ざまあみろ。
そう思った。
きゅうべえの企みは防がれたのだ。
そう思った。
私たちには、私には、今度こそ――――――。
そう思った。
魔法で幾度となく時を駆けたほむらは、「今度こそ上手くいくかもしれない」と希望を胸に強く抱いた。
世界に保存されていたエネルギーを扱う以上、壮一郎の奇跡の御業は、有限であるということも忘れて。

万能に思えた壮一郎の能力も、万能ではなかっただけの話だ。
事象修正は、ひどくエネルギー効率の悪いものであったらしい。人類発祥以来、何千年ときゅうべえ達が溜めこんだエネルギーは、たったの一戦で全て失われた。
限界は直ぐに訪れた。
その結果が、これだ。

腕の中で力無く横たわる親友。
割れた植木鉢。
燃えて灰になった小さな人形の服。
赤く染まった水溜りに沈む壮一郎。

ここは、地獄だ。ほむらはぐっと唇を噛む。まだ私は、地獄にいるのだ。
いいや、そこがどこであろうと、何であろうと構わない。ただ、ただ戦い抜くのみ。失くした未来を、私はまた見ることが出来ると、そう信じて。
そっと親友の亡骸を横たえると、ほむらはゆらめいて、立ち上がった。


「世界が終わるね」


きゅうべえが言った。


「魔女と戦わなくていいのかい?」


ほむらは答えなかった。
時計盤を起動させる。


「なるほど、そういう事か。理解したよ。君は時の平行線からやってきた、来訪者だったわけだ」


ほむらは答えない。
口を開く代わりに、ほむらはきゅうべえと睨みつける。


「そんなに怒らないで欲しいな。奇跡の代りにエネルギーを提供してもらう。平等な取り引きじゃないか」

「黙りなさい・・・・・・!」


ほむらがようやっと口を開いた。
戯言に我慢がならないといった風だった。
腕の巨大な時計盤を模した盾から、大口径の拳銃を抜き放ち、小首を傾げるきゅうべえの二つの赤い瞳、その真ん中に据えた。
怒りで銃口が震え、定まらない。


「みんな、みんな、あなたに・・・・・・!」

「ああ、なるほど。地球が、というよりも人類が滅亡してしまうから、君は怒っているんだね。仕方ないよ。『まどか』は至上最強の魔法使いだったんだ。
 敵わなくて当然さ、それを君が責任に思う事はない。だから何の気兼ねなく、別の時間軸に行けばいい。うん、でも最後にお礼を言っておくべきかな。
 ありがとう。君たち魔法少女のおかげで、宇宙は救われた」

「お・・・・・・ま・・・・・・え・・・・・・が・・・・・・いうなああああああ――――――ッ!」


引き金を引く。
引き金を引く。
弾を撃ち尽くし、それでもなおトリガをガチガチと鳴らしながら、ほむらは絶叫した。
穴だらけになったきゅうべえが崩れ落ちても、まだ指は止まらない。
荒くなった息が落ち着くまで、ほむらはトリガを引き続けた。


「やれやれ。この話を聞いた魔法少女は、みんな君のような反応をするよ。願いを叶えてあげたのに、まったく、わけがわからないよ」


するり、と。
ほむらが冷静に戻ったのを見計らったか、肉片になったきゅうべえの影から、“きゅうべえ”が現れた。
はぐはぐ、と小さく咀嚼音を立てながら、きゅうべえはきゅうべえを食む。
その様子を、ほむらは驚くこともなく、忌々しげに睨み付けていた。
ほむらの左手の甲。ソウルジェムの一部が、どろりと黒く濁っていた。
期待が大きかった分、絶望もまた深い。
その格差が宇宙を支えるエネルギーとなるのだ。
最強の魔女が産まれてしまった以上、もはや自分程度のエネルギーなど必要もないのだろう。
きゅうべえはほむらのソウルジェムに見向きもしなかった。
予想通りの反応だった。

ほむらは懐から黒い石ころを取りだすと、それを手の甲に当てる。
親友に使うために隠し持っていたグリーフシードを、結局自分に使うことになった皮肉。悔しさにほむらは奥歯を噛んだ。


「そうだなあ、もって後三日、ってところかな」


頼んでもいないのに、きゅうべえは人類が残る存在の許された日数をカウントする。
それは正しいのだろう。
どおん、どおん、と次々に最新鋭戦闘機が撃墜される音が響いていた。

どおん、どおーん、どお――――――ん。
世界最後の魔女、救いの魔女が、生き残った人間に救いを与えるために奔走する足音が聞こえる。
どおん、どおおーん。
救いとは、苦しみを取り除くことだ。
皆が皆、悩みも無く、幸せに暮らせる世界につれていくこと。
それは何所か。
天国である。
即ち――――――。


「まどか――――――」


天を衝く巨体の魔女が、ぬうっと分厚い雲から顔を覗かせた。
ぎょろぎょろと救われぬ人間を探す巨大な瞳を、ほむらは見上げた。
ほむらは溢れそうになる涙をぐっと堪えた。
戦闘機が墜ちて来る。
時計盤が回転する――――――。


「行くんだね」

「行くわ」

「さようなら、暁美ほむら。次の時間軸じゃあ、仲良く出来ると良いね」

「未来永劫有り得ないわ」

「つれないなあ」


クスクス、クスクス――――――きゅうべえの笑い声が、時間の螺旋廻廊に響く。
戦闘機が爆裂四散するその数瞬前。
いつまでも止まないきゅうべえの笑い声を耳に、ほむらはこの時間軸から消えた。
クスクス、クスクス、クスクス、クスクス――――――。
喜びの感情など無いというのに。
きゅうべえはほむらが消えたその後も、ずうっと笑って“みせて”いた。

どおん、どおーん。
救いの魔女が、福音の鐘を鳴らす。
クスクス、クスクス。
きゅうべえが笑う。

きゅうべえはひとしきり笑った、さあて、とゆっくりと腰を上げた。


「じゃあ、はじめようか」

「はじめよう」


きゅうべえがそう言うと、きゅうべえがそう返した。
ぐるりと辺りを見渡すと、そこにはきゅうべえがいた。たくさん、たくさんいた。
たくさんのきゅうべえが、一斉に「はじめよう」と言った。
中心には、赤い水溜りに沈んだ壮一郎が居た。
わらわらと、たくさんのきゅうべえ達が、壮一郎に群がっていく。


「あれ?」


一斉にきゅうべえが首を傾げた。


「まだ生きてるんだ」


そうして、へえ、と一斉に感心した声を上げた。


「ご、ぼ・・・・・・ごぼっ、げ、ぼぉ・・・・・・!」


壮一郎が紅い水を吐き出す。
冷たい水温で、仮死状態にあったのだろう。戦闘機の爆発に吹き飛ばされたショックで、息を吹き返したようだ。
苦しそうに喘ぎ、咽込んでいる。
手足は冷たく凍えて動かない。
大量の血が流れ落ちていた。
息を吹き返したはいいが、これでは。


「おはよう、我城壮一郎」

「おはよう」

「おはよう」

「おはよう」


おはよう、おはよう。
全てのきゅうべえは壮一郎に優しくあいさつをした。
きゅうべえにとってはとても優しくしたつもりだったが、壮一郎は怯えた様子で悲鳴を噛み殺していた。
まったく、感情という奴は理解できないよ。
そう言って全てのきゅうべえは首を傾げた。


「く、くるな、来ないでくれぇ・・・・・・!」

「君はもうすぐ死ぬというのに、僕を怖がっている。理解できないよ。人間は死ぬのを一番怖がるはずだろう?」

「ひぃ・・・・・・」

「うん、その様子だと、解っているようだね。我城壮一郎、君はもうすぐ死ぬ。だから僕が君を再利用してあげるよ」


じり、ときゅうべえ達の輪が狭まる。


「やめろ・・・・・・よせ、近付くな。頼むから、来ないでくれ・・・・・・!」

「やれやれ。暁美ほむらにも言ったけれど、奇跡には対価が必要だ。それは当然のことだよ。君は多くの奇跡を起こしてきた。その対価を、ここで払ってもらうことにしよう」


輪が狭まる。
別のきゅうべえが、きゅうべえの言葉を引き継ぐ。


「まどかのおかげで宇宙は救われたけれど、エネルギーは有限なんだ。僕たちは次の滅びのために、備えなくてはいけない。
 認めよう、僕たちの魔法少女システムは穴があった。君という穴がね。だから僕たちは、君をシステムに取り込んで、改良を加えなくてはいけない」

「よせ、やめろ、来るな・・・・・・! 俺をどうするつもりだ・・・・・・!」

「言っただろう? 僕たちのシステムに取り込むって」


輪が狭まる。
先頭のきゅうべえが壮一郎の肩に足を掛けた。
あーん、ときゅうべえが口を開けた。
あーん、あーん、あーん・・・・・・。
次々と、きゅうべえ達が口を開ける。
壮一郎の顔が絶望に歪んだ。


「その表情、君は今、絶望しているね」

「でも残念だ。君ならば、と思ったけれど、魔法少女じゃあないんだから、それも当然か」

「さて、じゃあ僕達も始めようか。暁美ほむらのように別の世界軸へは行けないけれど、このまま、次の宇宙のために。
 次の感情を有する、知的生命体の宇宙のために――――――」


きゅうべえ達が次々と壮一郎の肩に足を掛け、言葉を落としていく。


「こういう時は人間は何て言うんだっけ」

「ああ、そうか」

「こう言うんだったね」

「それじゃあ」


一瞬の間。
壮一郎の脳裏に走馬灯が駆け巡る。
離職。植木鉢。飛頭蛮。人形。餡子。魔女。ヤクザ。拳銃。嵐――――――。
ああ、ああ、俺の人生は何だったというんだ。


「いただきます――――――」


きゅうべえが、きゅうべえが、きゅうべえが、きゅうべえが――――――。
たくさんのきゅうべえ達が、一斉に、壮一郎の身体に喰らい付いた。

はくはく、はくはく――――――。

死に体は既に痛覚は無く、何も感じない。
何も感じていないのに、どうしようもない程の喪失感がせり上がる。


「ああ、あああ、ああああああ・・・・・・」


喰われていく。失われていく。
視界いっぱいに、真っ赤なルビーの瞳が映された。
はくはく、はくはく。
視界が消えた。


「ううう、ああああ――――――ッ!」


耳が、喉が、あらゆる箇所が消えていく。


「安心しなよ。君は、僕達になるんだ。僕達インキュベーターにね」


どおーん。
どおおーん。
壮一郎が上げた最後の絶叫を聞き付けたのだろうか。福音の鐘が近付いていた。






◆ ◇ ◆






前も後ろも、時間の概念さえあやふやな闇の中。
壮一郎は怨嗟に喉を張り上げた。
しかし壮一郎の絶叫は迸ることは無かった。
手足の感覚も無い。
なるほど、ここはここは化物の腹の中というわけか。
何千という欠片に喰い千切られたはずだというのに、壮一郎の意識は分断せず、一つのままだった。
ほむらが言った奇跡、とやらが起きたのだろうか。
恐らくは、そうだろう。
これだけエネルギーに満ち満ちた宇宙だ。
散々に散った俺の意識を繋ぎとめるくらい、出来るだろうさ。

壮一郎は嗤う。
ははは、ははは。
世界は滅び、何もかもが消え果てた。
地球はお終いだ。
人間はお終いだ。
これが笑わずにいられるか。
ははは、ははは。
全ては無駄だったのだ。無為だったのだ。何もかも、無意味だったのだ。
ははは、ははは。

嗤って、嗤って、ああ、嗤い飽きた。
何だこれは。
何という悪夢だ。
ああ、ああ――――――こんな結末、認められるか。認めてたまるか。

壮一郎の意識が再び怨嗟を振り撒く装置となった、その瞬間のことだった。
何処までも続く虚――――――淵の見えぬ闇の中、一筋の閃光が射したのだ。
その光は温かな意思で壮一郎をそっと包みこんだ。


君は――――――どうして、君がここに?


壮一郎の失われた喉が震えた。


あらゆる世界を超え、あらゆる宇宙を超え、全ての魔女を、産まれる前に消し去ること。それが私の願いだから――――――。


光がそうっと、優しく輝いた。
音は無い。念による交信だった。


あらゆる宇宙を超えて――――――?

そう。あはは、まさか自分を救う事になるとは思わなかったけれど――――――。


宇宙、世界、時――――――光の中、壮一郎は全てを理解した。
後ろを振り返る。
自分達の宇宙が粉々になっていく。


あらゆる宇宙を超えて、魔法少女の最後を呪いで終らせないように、頑張ろうとしたんだけれど、どうしても救えない魔法少女がいるの――――――。

それは、君自身、だね――――――?

そう。始まりも終わりも無くなった私だけれど、だからかな、私自身の終わりは救えないんだ。それだけは――――――。

君は、それでよかったのか? それで満足したのか――――――?

うん。私の願いは叶ったんだから、だから私が絶望することだって、ないもの――――――。

そうか。ならおじさんは、何も言わないよ――――――。

ありがとう、おじさん。私の最後は救えないけれど、魔法少女の終わりに繋がったおじさんなら――――――。

いいや、結構。それにはおよばないよ――――――。


壮一郎の意思が、光の差し伸べる手を拒絶する。
現実世界で――――――きゅうべえ達の内、壮一郎の身体を喰んだ個体が、その動きを止めていた。
壮一郎は幾つもに解れた自分を知覚していた。
壮一郎を内包したきゅうべえ達が、お互いの身体に喰らい付く。
はくはく、はくはく。
一つになっていく。


おじさん、駄目だよ――――――!

いいや、これでいいんだ。今、はっきりと解った。自分のすべきことを――――――。

おじさん――――――!

君は願いを叶え、魔法少女を救った。それは素晴らしいことだと思うよ。でも、あらゆる宇宙がねじ曲がってしまった。違うかい――――――?

どうして、解るの――――――?

大人はね、子供の言いたい事を察してやらなきゃあいけないんだ。これがまた実に大変なことだ。大人は頭が硬いから、てんで見当違いのことを考えてしまう。
これも、そうかもしれないね。でも俺は、決めてしまったんだ――――――。


一つになって体積を増したきゅうべえは、ゆらりと空気の抜けた風船のように、二本の脚で立ち上がった。
それは人間のような姿をしていた。
体躯はあまりに巨体であるが、人と同じような手足を持ち、真っ白な布を身に纏っていた。
そしてその顔は、まるでモザイクが掛かったように不鮮明でいて、認識することが難しい。崩れているのか、隠されているのか、判別が付かない。


救いと悲劇はバランスによって成り立つのかもしれないね。それはとても悲しいことだけれど、諦めないといけないこともある――――――。

待って、駄目だよおじさん! 私は、おじさんを助けたくて――――――!

いいや、これでいいんだ。いままで女の子たちがずうっと頑張ってきたんだ。そろそろ野郎も痛い目を見るべきだと思わないか? 思わないか。ははは、残念――――――。


そのまま真っ白な巨人はどこへなと、光が射す方へと消えていく。
存在を薄く延ばしているのだ。
こんなはずじゃなかったのに、と光は淡く輝いた。
優しい少女のすすり泣く声が聞こえたような気がした。


ごめん、ごめんね。でもね、やっぱり犠牲は必要なんだ。でも、君はそれを認められない。解るよ、君は優しい子だから。だから、悪役になるのは、俺のような駄目な大人で十分だ――――――。

ごめんね、おじさん、ごめんなさい。ごめんなさい。私、本当は解ってたの。魔女を消してしまえば、世界は狂ってしまうって。解ってたの――――――。

いいんだ、いいんだよ。これで、いいんだ――――――。


白い巨人が宇宙から完全に姿を消す。
壮一郎の意思は、その瞬間、完全に消えて無くなった。
魔法の力で意思を繋ぎとめていた壮一郎は、白い巨人が世界の再編に呑まれ、魔法では無い別のエネルギーを動力とするように改変された瞬間に消え去ったのだ。
その意思が消え去る寸前、壮一郎がかつて自分であった白い巨人に下した至上命令は、唯一つ。
世界の歪みを正せ――――――それだけだ。
かつてきゅうべえでもあった肉体の制御権を奪った壮一郎は、自分にその機能が備わっていることに気付いていた。
後は自動的に事が進む筈だ。

こうして白い巨人は別の宇宙、別の世界で自己を増殖させながら、魔法の元となる感情を吸い上げ、体内でグリーフシード化させる存在となった。
壮一郎は、少女の切なる願いが紡いだ新たな世界で、たった一つの悲劇となることを決めたのである。
かつてきゅうべえであり、壮一郎であった白い巨人は、またこことは別の世界で『魔獣』と呼ばれることになる。

魔女の代りに世界中に溢れ返る魔獣の存在。
だが魔獣が何処から来たのか、何を目的とするのか。
知る者は誰もいない。




◆ ◇ ◆




これでいい。
救いはなかったが、これで。

哀しみと満足感の中、壮一郎は消えていく。
一瞬が永遠にも思える時の中、不思議と壮一郎に恐怖はなかった。
それは正確ではないのかもしれない。恐怖を感じる意思の部分が、もう消えてしまっていた。

壮一郎はゆっくりと無に意識を沈めると、笑ってしまう自分の数奇な人生を、振り返ることにした。
色々とあったけれど、哀しい終わりだったけれど、それでも幸せだった。
俺達はあの日、あの時、家族だった。そうだろう?

幸せな記憶が再生される。
魔法少女と初めて出会った、あの時から。
壮一郎の意思が闇に閉ざされるその一瞬、瞼の裏をよぎったのは、一人の少女の笑顔。
壮一郎が初めて出会った魔法少女の頬笑み。

その魔法少女の――――――生首、だった。










再投稿、と見せかけて続き、と見せかけて最終回ダァーッ!
期待してくれた人はごめん。
バッドエンドである。



[27924] 【ネタ】魔法少女マジか☆マミさん1 【男オリ主・一発ネタ】 まどか×韓国純愛ゲーム
Name: ノシ棒◆f250e2d7 ID:373ed26e
Date: 2011/05/31 22:34
我城壮一郎。
一身上の都合により本日付けで退職致します――――――。

何度読み返しても文面は変わる訳が無い。
たった一行の退職届けの写しを広げながら、くそったれ、と男は吐き出した。
男の吐息に混じり、辺りに酒気が立ち込める。相当飲んでいるようだ。
男の向う先から歩いて来る女子大生が、眼を合わさないようにして足早にしてすれ違った。すまんね、と男が振り返って声を掛けたら、小さく悲鳴を上げられた。それに対してもまた、すまんね、と男は声を掛ける。とうとう女子大生は走り出した。
はて、婦女子に悲鳴を上げられる程、自分はそこまで人相が悪いのだろうか。男は考え、悪いのだろうなと頬を伸ばした。
酷い顔をしているのは自覚していた。

先日のことである。
取引先の会社で、嫌な上司の見本とも言える脂ぎったハゲ親父が、恐らくは新人であろうOLの尻を揉みしだいていた。
デスクの影となって他の社員には死角となった場所での行為。
常習犯か、などと考えるよりも早くに男の右拳は唸りを上げていた。拳先はハゲのツラミ(頬肉)にクリーンヒット。一撃で奥歯を散らし意識を刈り取ったのは、学生時代に日本格闘技研究サークルの部長であった男の面目躍如というところ。
さてOLは不安がっていないだろうか、と出来る限りにこやかに手を差し伸べた男が喰らったのは、痛烈な平手打ちだった。そしてこれでもかと言う程の罵倒の嵐。
これは後で知ったことだが、どうやらこの二人、不倫関係にあったらしい。
それも社内で公然の秘密として黙認された。
ハゲは離婚秒読みで、協議離婚が成立し次第、このOLと籍を入れるつもりだったのだとか。そして周囲はそれを知っていて、祝福もしていたのだとか。
なんだそりゃあ、である。
つまり男が目撃したのはプレイの真っ最中だったということだ。
暴力沙汰を起こした男に待っていたのは、自主退職という形での、平たく言えばクビ処分である。
警察沙汰にならなかっただけ有り難いと思え、と上司から、否、元上司から丸めた書類で頭を叩かれた男。なんだそりゃあ、と胸中でもう一度繰り返す。
しかし社会人である以上、手を出してしまえば例えどんな状況であっても負けなのだ。
頭に血が上った馬鹿が痛い目を見ただけだ。仕方ないと諦める他はない。
これで俺も晴れて自由人かあ、と男は笑った。

めでたい、めでたい。
こんなにめでたいのだから、雀の涙程の退職金で、真昼間からしこたま酒を飲んでもいいだろう。
酒は魔法の水だと思う。
こいつを飲んでいる間は嫌な事はきれいさっぱり忘れられる。
明日の苦痛に目をつむればこれ程有り難いものはない。有り難過ぎて涙が出て来る。
へらへらと笑い始めた男に、通行人達は気味の悪そうにして進路を変えていく。そう時間を待たずして、男の周囲には誰もいなくなった。
誰もいないんだからいいか、などと酔っ払いの理屈で男は道路に寝転がる。

かつん――――――と手に当たる、硬質な感触。

深く考えずに引っ掴んで目の前に。
桃の種を思わせる大きさと形のそれは、散々にヒビ割れて砕けた黄色の宝石――――――。
否、どうせイミテーションだろう。こんな所に宝石が転がっている訳がない。
しかし、その石には不思議と心を惹きつける輝きがあった。
石を掲げ、月の光に透かしてみる。気付けばもう夜だった。

黄色の輝きを透して、夜空を見る。
万華鏡を覗いたように、ヒビ割れた石の中を星の光が反射して、ほうと息を吐くくらいに綺麗だった。
酒で霞んだ目にもきらきらと輝いていて、手を伸ばせば星に届きそうなくらい。
まだやり直せるよな、と男は石を握りしめた。
夢も希望も願いすらも何もないけれど、こんなにも綺麗なものが世の中にあると知っているのだ。
だから俺は大丈夫だ、なんて根拠の無い自信に酔っ払い男は勢いきって体を起こした。


「やばい吐く」


さて、これが男の第一声である。
腹筋を使って跳ね上がったのが仇となったか。
込み上げる酸味を手で封じながら側溝にまで這いずる男。道路を汚してはいけないという意識が働いているのだろう。そもそも路上で寝転がるなと言いたい所だが、そこは酔っ払いである。常識など通用しない。
ふうふうと破水した妊婦のように苦しげな吐息を吐きながら、しかし今産まれてはいけないといきむ男。


「あれ?」

「坊や、まだ駄目よ。まだ産まれちゃ・・・・・・おえっぷ。な、何だあ・・・・・・?」


途中で暗闇に浮かぶ二つの紅い光と、一瞬、眼が合ったような気がした。
眼が合った、のだ。
視線が絡んだのである。

その二つの紅い光点は知性を宿していて、つまるところその正体は、その正体はなどと言うのもおかしいが、正体不明の生物だった。
パシッ、と音を立てて街灯が明滅する。
途切れ掛けの人工灯の下に晒されたのは、白色光よりもなお白い、四足歩行の獣だった。
白い獣も男と視線が合ったのに気が付いたのだろう。
興味深そうに小首を傾げながら、男の下へと近付いて来る。


「君、僕の姿が見えるのかい?」

「見えない」


しかし男と眼が合ったのも、先の一瞬だけのこと。
男の視線は道端の側溝に固定されていた。
幼児向けアニメのカレーパンを模した戦士と男が化すまで、あと数十秒である。
男にとっては獣が喋ったのどうのよりも死活問題だった。
酔っ払いは文字通り世界が自分を中心にして回るのである。
自分のことで精一杯で、それどころではない。


「やっぱり見えてるんじゃないか。今返事したよね?」

「見えない。聞こえない」


脂汗を流しながら、ずりずりと肘だけで這いずるようにして先に進む男。その進路を塞ぐ白い獣。
どうあっても男を逃すつもりはないらしい。
仕方ないなと言いた気に、ガラス玉のように透明な瞳をまったく表情の変わらない顔に浮かばせて首を振る獣。
呆れたような気配が伝わるが、こいつに感情と呼ぶべきものが存在しているかは疑わしい。


「やれやれ。君達人間はどうしてそう未知との遭遇を否定したがるのかな。まったく、わけがわからないよ」

「やかましい。白まんじゅうの分際で、人様の言葉を喋るなよボケ。そこをどきやがれ」


にべもない男の一蹴を意に介したこともなく、白い獣は男に一歩近付く。
仕草は小動物のようであったが、白一色に紅い二つの球が浮かんだ能面を至近距離で見詰めさせられれば、可愛いなどと言う感想は抱けない。


「僕にしても初めてのケースだけれど、だからこそ試してみる価値はありそうだ。ねえ君、何か願い事はないかい?」

「はあ?」


さも煩わしそうに返す男。
付き合わなければ解放されないと思ってのことだった。
この不快感に男は職業柄、前職業柄よく覚えがあった。
首を縦に振るまでしつこく食い下がる、性質の悪いセールスに捕まったのと同じ感覚だ。


「叶えたい願いは無いかい? 届かなかった夢は無いかい? 実現したかった想いは無いのかい? 全部僕が叶えてあげるよ」

「何でもか?」

「もちろんさ」

「酔っ払いの幻覚にしちゃあ都合が良すぎるこって」


もう男はこれが現実であるとは微塵も思っていなかった。
酔っ払った脳みそが見せる都合の良い幻覚であると断じていた。
そうでなければ、動物が口を利くなど、ましてや願いを叶えてやろうなどと言いだすものか。


「だから僕は現実に存在しているんだってば。あ、願い事だけれどね、願いを叶える数を増やせっていうのはやめて欲しいかな」

「不可能だと言わない辺りなるほど俺の脳内妄想だな。じゃあお前、キタロウ袋もってこいや」

「キタロウ袋・・・・・・? なんだい、それは?」

「げげげのげと、知らねえのか。エチケット袋だよエチケット袋。おらさっさと行け」

「本当にそれが君の願いなのかい? そんな願いじゃあ宇宙のエントロピーは・・・・・・」

「じゃあそこ退け」

「もっとよく考えるんだ。君の思うがままに願いを叶えられるんだよ? 君の希望をありったけ込めた願いを教えてよ。さあ」


また一歩近付く白い獣。
もう男の視界は白と赤の二色で塗りつぶされていた。
吐き気が込み上げるのは呑み過ぎたから、それだけが理由なのだろうか。


「うるせえなあ。何なんだよお前は。幻聴に律儀に返事してるとか俺もなんだよ、くそったれ」

「そういえば自己紹介がまだだったね。僕の名前はきゅうべえ。きゅうべえって呼んでよ」

「やかまし、白まんじゅうが。人様の言語を口にすぶぇぷぷぷ・・・・・・すっぱい、もう駄目」


少し漏れた。
慌てて手で押さえたが、レモンの果汁のような体液は指の隙間から滴り落ちる。


「ふう、わかったよ。僕が君たちの言語を話す事がお気に召さないというのなら、君の流儀に合わせよう。【これでいいかい?】」

「あああ頭の中に声が響くぎぎぎ」

「【うん、問題無く聞こえてるね。やっぱり、君には素質があるみたいだ】」

「もう駄目、もう無理、限界」


急に脳髄に響いた声がトドメとなって、男の堤防は決壊する。
テレパシーだとか、そんなことはどうでもいい。
どうろはみんなのものです。
こうきょうぶつなのです。
だからよごしてはいけません。
ゆえにわたくしめにふくろてきなものをぷりーず。
もうだめ、でる。


「【ねえ、君にお願いがあるんだ】」

「おおおおい白まんじゅう! 俺の名前を教えてやるぅあ!」

「【いや、もう知ってるからいいよ。繋がった時に、少しだけ覗いたからね。それよりも、ねえ、お願いがあるんだ】」

「僕の名前はゲロゲロげろっぴ!」


男がやけっぱちになって白い獣を鷲掴みにすると、背中の一部がぱかりと開いた。中は空洞になっているようだ。
そうなれば後は早いもの。
白まんじゅうの台詞が言い終るよりも早く、男はその空洞の両端をむんずと掴むとぐいと引き広げた。
白い。そして空洞である。つまり、ビニール袋。わあい。
とはその瞬間に男の頭を占めた思考である。


「ワンダフル投下しべぺぺぺぺぺぺpppp」

「【僕と契約しべぺぺぺぺぺぺpppp】」

「べぺぺぺぺぺぺpppp」

「【べぺぺぺぺぺpppp】」


男と白い獣の間に描かれる黄土色のアーチ。
辺りに立ち込める眼に染みる程の発酵し切ったチーズ臭。
聞くに堪えない醜い効果音を発しながら、男は熟成させた我が子をワンダフル投下した。


「ひいいっ!?」


人体と麹菌とが織りなす腐浄のハーモニーたるや、獣の後をこっそり着けていた同時間軸を五週くらいしていそうな元ロング三つ編み赤縁眼鏡っ娘を即時撤退させる程度の威力はあったようで。


「や、いやっ、かかった! 跳ねてかかったあ! 臭っ、臭いよう! まどかぁ、まどかぁー!」


黒髪ロングのクール系少女を元の引っ込み思案で気弱な人格に一時戻す程度の威力はあったようで。


「べぺぺぺぺぺぺpppp」

「【べぺぺぺぺぺぺpppp】」


少女の叫びを副旋律にして、魔の演奏は一層激しさを増すのであった。




魔法少女マジか☆マミさん
第一話「スtomakエイク」




朝である。
爽やかな日差しが瞼を撫で、意識を浮上させる。
段々と覚醒していく意識に、男は次第に記憶を蘇らせた。
ハゲ親父。OL。拳骨の痛み。商談を白紙に戻され怒りに震える上司の顔。自主退社勧告。事実上の首。居酒屋。酒。白いまんじゅう。すっぱ味。


「・・・・・・ああ、そっか」


枕元の時計は何時もの時間を刺している。
今日からもう出勤などしなくてもいいというのに、しかも記憶があいまいになるほど酒を飲んでいたというのに、普段通りの起床時間。
律儀な体内時計に男は何だか笑ってしまった。


「自由さいこー」


再びベッドに身を沈める。
そうとでも思わなければやっていけない。

男は自分が小心者であるという自覚があった。
暴力に訴えておきながら、酒に逃げた。
でっかくなるんだと息巻いて社会に飛び込んだはいいが、これだ。
結局のところ、そんな程度のちっぽけな男でしかなかった。我城壮一郎という男は。

深く溜息を吐けば、昨晩から残った酒精が失せていった。
鈍い痛みを訴えるこめかみを揉みほぐしながら、壮一郎は記憶を辿る。
はて、自分はどうやって帰宅したのだっけ。

眼前を占める天井の染みは、間違いなく毎朝眺めている自室として与えられた社宅のそれだ。
首になった以上はここも引き払わなければならないが、今は置いておこう。
明確に覚えているのは、最後に梯子した居酒屋を出た辺りまで。
その後は、背中にごつごつとした硬い感触がしたのも覚えている。路上にでも寝転がったのだろうか。
何やら白まんじゅうの悪夢を見たような気もするが・・・・・・。
硬質な感触と言えば、もう一つ、何かを握り締めたような気も。


「ああ、そうか、思い出した」


何か珍しい石を拾った、はず。
その辺りになるとかなり記憶も曖昧で、夢であったのか現実であったのか、判断付け難い。
まんじゅうが口を利くなんてのは確実に夢だろうが、綺麗な意思を拾ったのは確かだ。
子供のころに石集めをしたのを懐かしみながら、ひび割れて砕けた表面を撫でていたのを覚えている。

不思議な触感のする石で、撫でつければ撫でつける程、ひび割れが消えていった。
石に見えて粘土質なのかもしれないなー、などとも思っていた覚えもある。
どこか柔らかい感触を指先に感じながら壮一郎が閃いたのは、プランターに入れる半固形の肥料にそっくりだということだった。
特にすることもなく枯れた青春を過ごした壮一郎は、ベランダガーデニングを趣味としていた。
やや前時代的な考えのある壮一郎はそれを女々しい趣味であるとして隠していたため、誰にも知られたことはない。そして、誰に相談したことも、学んだこともない。全て書物から取り入れた知識でもって、独自のやり方で草花を芽生えさせてきた。
ある時は卵の殻を撒いてみたり、またある時は焼いた土を混ぜ込んでみたり。
昨晩も酔っ払った頭であの石が有機肥料であることを疑わず、植木鉢に放りこんでいた。

あちゃあと壮一郎は頭を抱える。
何でもかんでも放りこんで、それで多くの失敗を経験しているのだ。
植物は生き物である。
石ころ一つとっても、たったそれだけで土壌の性質は変わり、そこに根差す植物は当然影響を受ける。即刻取り除かねばならない。

仕方が無い、と痛む頭を抱えながら、壮一郎はベランダへと足を向けた。
からり――――――軽い音を立ててアルミサッシが開かれる。
あくびを漏らして腹を掻く壮一郎。
大口を開けた間抜けな顔は、しかしその瞬間に凍りついた。


「・・・・・・え? 何」


いつもならば朝鳴きの鳥のさえずりが聞こえるはず。
しかし町は凍りついたかのように無音でいて、静かだった。静かすぎた。時折遠方から響く長距離トラックのエンジン音が、返ってシュールに聞こえる。
まだ酔っ払っているのかと頬を思いきり張る。

痛い。
幻覚でも夢でもない。
目の前のこの光景は、現実だ。
いや、わけが解らない。

確かに自分の中にある幼稚な部分で、美少女が急に家に来たら――――――なんて妄想をしたこともたくさんある。
だが実際そうなってみると、素直にラッキーだと喜べるわけがない。
何だこれは、何かの陰謀か。
異様に手の込んだドッキリだろうか。はたまた嫌がらせか。
何だこれは、俺は死ぬのか、死んじゃうのか。
これは本当に覚悟をしないといけないのかもしれない。


「あ、おはようございます。この家の方ですか?」

「ひっ・・・・・・ぎっ・・・・・・」


喉が引き攣る。
壮一郎だってそれなりに経験を積んだ社会人である。
滅多な事では思考停止に追い詰められるまで取り乱す事はないと自負していた、はずだった。
だがこれは無理だった。


「不躾でごめんなさい。私、こんなだから、出来れば運んでいただけるとありがたいのですが。お願いできますか?」

「は、は、はい・・・・・・」

「わ、わ! わー、すごい、高い! 男の人ってやっぱりすごいですね」


ひいひいと息を引きつらせながら笑う膝を叱咤し、それを卓上まで運びいれる壮一郎。
腕を下ろすと同時、どっと尻餅を着いた。腰が抜けたのだ。しばらく立ち上がれそうにはない。


「あの、大丈夫ですか? どこか打ってませんか?」

「ひい・・・・・・・!」


ここらが壮一郎の限界である。
こちらを心配そうにうかがう、優しさに溢れた瞳。

壮一郎がベランダから招き入れたのは、色素の薄い茶色の巻き髪が良く似合う、可憐な少女――――――。
そんな可憐な少女が、ふっくらとした桜色の唇から、壮一郎の体調をおもんばかる台詞を紡いでいた。
見ていてこちらが申し訳なく思ってしまうくらいに、見ず知らずの男の身を気遣う少女の心根の清らかさ。

きっとこの少女の心根は、などと、根っことはよく言ったもの。
少女は今にも壮一郎に駆けよって、背中に手を当てて介抱しそうな程だ。
彼女に自由に動く身体があれば、間違いなくそうしていただろう。
そう、身体さえあれば。


「ぎ、ぎっ、ぎぃいやああああああっ!」

「え、わ、わーっ! きゃあーっ!」

「ぬがあああああっ!」

「やーっ! やーっ! いやーっ!」

「どっせーい!」

「ちょいやーっ!」


壮一郎が招き入れたそれは。
復活した壮一郎が執ったファイティングポーズに、精一杯の威嚇を返す、それは。
大きめの植木鉢に可愛らしくちょこんと乗っかっている、それは。
まるで女神と見間違う程に可憐な少女の――――――。

生首――――――だった。










[27924] 【ネタ】魔法少女マジか☆マミさん2 【男オリ主・一発ネタ】 まどか×韓国純愛ゲーム
Name: ノシ棒◆f250e2d7 ID:373ed26e
Date: 2011/06/01 23:31
生首が飛んでいる。

比喩ではない。実際に空を飛んでいるのだ。
前に後ろに、上に下に、右に左に――――――縦横無尽に空を舞っている。
植木鉢の底の水抜き穴から、黄金色の魔力の炎を噴射して。
風に攫われた木葉のように、しかし重力の束縛を振り切って、限りなく自由に。

ありったけの破壊を撒き散らすそれは、可憐な少女の貌をしていた。

「ていろ!」

ていろ、ていろ、と繰り返される度に撃鉄が落とされていく銀のマスケット銃。
恐らくは魔法とその呪文なのだろう。何処からともなく銀のマスケット銃が喚び出され、火を吹き、弾を吐き、敵を穿つ。
虚空から、ふっくらとした唇の隙間から、耳から、見事な縦巻き髪の中心から、植木鉢の脇から、底から、異次元から、時の狭間から、北の国から、地下世界アレフガドから、腰を抜かして座り込んだあの子のスカートの中から――――――引き抜かれる銃、銃、銃。
正しく物量による蹂躙だった。
ばらばらと耳朶を打って鳴り止まぬ火打石強打(フリントロック)の作動音と、魔力によって精製された黒色火薬の炸裂音が奏でる暴虐だった。

ていろ――――――また一つ、命が散る。

我が子を殺された魔女が怨嗟の雄叫びを上げる。魔女の鋭い爪が空を裂き、彼女の喉元に迫っていた。
しかし彼女は鉢底から魔力フレアを噴かすと、ひらりと危うげなくそれを避けた。必要最小限の動きでよかった。何のことはない、ただ数十センチ高度を上げただけだ。それだけで鋭い魔女の爪は、彼女の喉下を通過した。本来ならば心臓が在る筈であるそこを。

ていろ――――――隙を晒した魔女の腕が、弾けて飛んだ。

終始戦いを有利に進めていた彼女だったが、しかしその顔は苦々し気に歪んでいる。

ていろ――――――。
ていろ――――――。
ていろ・・・・・・何なのだろう?
実のところ、ていろ、と口にする度に、彼女の勢いは留まっていたのだ。
まるで、それから先に続く言葉を忘れてしまったかのように。

魔女という存在は、一応は生物のカテゴリの中に含まれてはいたが、しかしその構造は既存の生命体とはまったく掛け離れていた。
現存する近代兵器で撃退可能な範疇にはあるのだろう。しかし、銃弾で傷つきはするものの、急所という概念がほとんど曖昧だったのだ。
頭を穿てば死ぬだろうと、そんな考えが通用しない存在であるということだ。現に数発の弾丸が頭部に撃ち込まれていたが、まるで堪えた様子はない。
一つとして同一個体が存在しない魔女だ。例外として、魔女が産み出す使い魔が人を喰い、いずれ成長して親と同じ姿の魔女となるが、基本的に同じ魔女はいないと考えていいだろう。つまり、あまりにも多種多様な姿を持つため、これといって有効な戦術が無いのである。相性によって戦局は大きく左右されるということだ。
現在彼女が臨しているのは、継続戦闘力に優れた個体だった。完全に絶命するまで、十全の戦闘力を発揮するタイプ。彼女のように“削り”を基本とする戦法では、これはかなり相性が悪かった。
彼女は決め手に欠けていたのだ。苦々し気な表情の理由がそれだった。
あの魔女を滅ぼすには、より大きな火力が必要だ。
ダメージは与えられているのだろうが、これではじり貧だ。
しかし、と彼女は闘志の冷めやらぬ眼で魔女を睨みつける。
例えじり貧でも、ダメージが通っているのならば、それを続ければいいだけだ。何十発でも、何百発でも、千でも、万でも、鉛玉をくれてやればいいだけの話だ。

彼女は笑った。
身体が軽い。
こんなに幸せな気持ちで戦えるなんて、初めてかもしれない。
かもしれない、と言葉尻が濁るのは、記憶に欠落を抱えていて自信が無いためだ。
笑みが浮かぶ。
自分に魔法が使えるだなんて、思ってもいなかった。
魔法少女――――――そんな言葉が胸中に浮かび上がる。
全く覚えはないというのに。自然と戦えてしまう自分は一体何だったのかと、初めは不安で仕方がなかったというのに。
でも、もう、何も――――――。

「もう何も怖くない――――――!」

撃鉄を起こすのは憎悪であり、引鉄を引くのは義憤であり、打ち出される弾丸は覚悟である。
決して、自分の背に庇うあの人を傷つけぬという、決意である。

もう自分は一人ではないのだ。
後ろにはあの人がいる。
私には帰る場所がある。ただいまと言える家があって、おかえりと言ってくれる人がいる。その人を守るために戦える。今度こそ、家族のために。
こんなにも幸せなことはなかった。

少女の額、右即頭部に在るヒビ割れた宝玉が、黄金の輝きを放つ。
魔力生成、顕現した銀のマスケット銃が空中に固定され、入力された魔力に応じプログラムを起動させる。
即ち、円環銃列25段一斉掃射――――――。

「ていろ!」

弾、弾、弾、弾、弾、弾、弾、弾、弾、弾、弾、弾、弾、弾、弾、弾、弾、弾、弾、弾、弾、弾、弾、弾、弾!

回転する彼女の動きに合わせ、もはや面となって魔女へと殺到する鉛玉の群れ。
まるで独楽のように軽やかに、楽し気に髪を踊らせて、撃発音の輪舞曲に踊り狂う魔法少女。
その魔法少女の名を、巴マミといった。

ただし、その魔法少女は――――――生首、だった。






魔法少女マジか☆マミさん
「Save the Earth あげいん」






とれないよう、とれないよう。

少女の血を吐く様な嘆きを務めて無視し、壮一郎はアルミ缶のプルタブを開けた。
中身は蒸留酒を炭酸水で割ったアルコール飲料、缶チューハイだ。果物の風味付けをされたそれを一口含む。炭酸が喉にさわやかな後味を残し、胃の奥に流れて行く。
ふう、と壮一郎は熱っぽい溜息を吐いた。
本音を言えばこんなコンビニで買った安酒よりも、ちゃんとした酒が、例えば日本酒の辛口がいい。無職の癖にこんな趣向品を買っている場合かよ、と思わなくもなかったが、こればかりは許して欲しい。
飲まなければやっていけないことだってあるのだ。社会だとか常識だとかに凝り固まった大人には、特に。
例えば、ある日眼が覚めると、自宅のベランダにとんでもない美少女がいた時とか。その美少女には首から上しかなかった時とか。あまつさえ鉢植えに植わった生首が飛んでいる時とかに。
これが飲まずにいられるか。
酔っ払いが見ている幻覚だと思い込んでしまいたかった。
だが、これは現実だ。悲しい事に、どうしようもないくらいに現実なのだ。

何やら自分が今いるこの不思議空間は、魔女という人の負の感情を増幅し死に至らしめる存在によって区切られた世界、結界の中なのだとか。
原因不明の自殺や殺人事件の内、このほとんどが魔女の影響を受けた人間が引き起こしたものらしい。
唐突に思い出したと言って語り始めた自称巴マミ曰く、魔女に対抗できる存在は魔法少女しかおらず、そして彼女がその魔法少女であるという。
かじり取られたようにちぐはぐな記憶では、ていろ、とあの銀のマスケット銃を大量に生成する魔法しか思いだせないのだとも。

色々と矢継ぎ早に説明を受けたが、さてその記憶が一部戻ったのが、彼女以外の別の魔法少女を目にした瞬間だった。
今自分の隣に座り込んでいる少女である。
長い黒髪に切れ長の瞳の、これもまた非常に整った容姿の少女だった。
迷い込んだ結界の中をおっかなびっくり進んでいると、彼女は壮一郎達の前へと時間を切り取ったようにいきなり現れたのだ。
今直にここから立ち去れ、もしくは動くな、と警告しようとしたと思われる。
というのも、口を開いて台詞を述べようとした途中で、壮一郎の手の内にあったマミと眼が合ったからだ。
ぎょっ、とした顔をしていた。

「と、巴マミ・・・・・・!」

「あら、あなた私のことを知っているの? ひょっとして、私のおともだちかしら? 何となく見覚えがあるのだけれど」

「どうして生きて・・・・・・え? 生きてる、の?」

「ああ、ああ! 思い出したわ! そう、あなたは魔法少女! そして、私も魔法少女だった!」

そう叫ぶと、自分の使命は魔女を倒すことにあるのだ、とマミは魔力を噴射して壮一郎の腕の中より飛び立った。
唖然とする壮一郎の頭上をぐるりと一回転すると、黒髪の少女へと近付いて「思い出させてくれてありがとう」と言ってにっこりと微笑んだ。
壮一郎は人が腰を抜かす光景を、生まれて初めて目にした。
自分もマミと初めて会った時は腰を抜かしたが、ここまで見事な抜け方ではなかったと思う。
すとん、と垂直に崩れ落ちたのだ。
少々危ない落ち方だったので、慌てて身体を支えてやる。少女は壮一郎の腕の中で小さく震えて何をかを言っていた。

「見間違い、あれは見間違い、きっとそう、だって私、眼が悪いんだもの。そうだ眼鏡を掛けないと・・・・・・」

左腕に装着した盾のような時計盤から、赤縁の眼鏡を取り出して装着する少女。
天を仰ぐ。
脂汗を流しながら顔を伏せた。
空ではマミが魔女と激しいドッグファイトを繰り広げていた。

どうやら魔女は頭上で息を潜めていたらしい、が、それに気付かなかった焦りからではないだろう。
壮一郎も解っていたが、それは指摘しないでおいてやった。
優しさである。
壮一郎は気遣いが出来る男であった。
決して、少女が一心不乱に眼鏡を拭き始めたことに恐れを抱いたからではない。
ないのである。

「とれないよう、とれないよう」

「お嬢ちゃん、眼鏡は汚れていないから。もう止めよう、な?」

「うぐぅうううううっ!」

悲痛と絶望を滲ませながら、壮一郎の制止も聞かず眼鏡を磨く少女。
例えるならば、止むをえぬ事情で親友の介錯をせねばならなくなった時のような、そんな顔だった。

「もう何も怖くない―――――!」

高らかにマミの宣言が結界中に響く。
当たり前である。
彼女はもはや、恐怖を振り撒く側にあるのだから。
魔法少女であるからだとか、そんな小さい理由ではないことは言うまでもない。

マミは何十という銀色のマスケット銃を魔力にて生成すると、それを一斉に撃発した。
どこから取り出したのかは解らない。おそらくは、あれが魔法なのだろう。
壮一郎はさしたる驚きもなく魔法を受け入れていた。マミに比べれば魔法など、何と言うこともない。むしろマミの存在が魔法に依るものだと判明して納得したくらいだ。

「妖怪じゃなかったのか・・・・・・」

壮一郎はマミの正体をかの妖怪、飛頭蛮であると予想していたのだが、実際は魔法少女であったらしい。
マミは次々にマスケット銃を撃っては捨てていく。どこからともなく銃身が現れては、マミの下へと集う。腰をぺたんと下ろしていた少女の足の間から、マスケット銃がずあっと伸び、マミの下へと飛んで行った。
ストッキングに包まれた下着が露出していたが、それを直す気力もないようだ。そっと壮一郎はスカートを直してやった。
その間にもマミの猛攻は続き、魔女は体液を垂れ流しながら醜くのたうっている。

それは、巨大な“ノミ”の様な魔女だった。
壮一郎は小学生の時分に顕微鏡で見たミジンコの姿を連想した。でっぷりとした身体に小さい頭。背中からはえた手羽先のような羽。足はない。
鋭い口吻と爪でもって、マミへと襲い掛かる魔女。だがマミは冷静に鉢植えの縁でそれをいなすと、くるりと縦に回転して、鉢の底で魔女の額を殴打した。
眼を覆いたくなるような戦いだった。
少女はもう目を覆っていた。

「もう誰にも頼らない。私は平気。きっとやれる。大丈夫よほむら。がんばれ、がんばれほむら」

ぶつぶつと自分を励ます少女。
壮一郎も目を覆った。
気持ちは痛いほどよく解った。
決意も信念も、圧倒的な魔の前では容易く圧し折れる。
ぴんと張り詰めていればいるほど、横合いからの力に弱くなるものだ。
少女は純粋であるが故に、真正面から立ち向かってしまったのだろう。
大人であれば酒でも飲んで寝てしまえと言うところであるが、少女である。上手く力を逃してやる術を知らないのだ。
そう思うと、初対面の時に少女が纏っていた冷徹さが精一杯の強がりに感じられて、壮一郎は少女のことを好ましく思えた。

「横、座ってもいいかな」

「・・・・・・勝手にしたらいいわ」

「ありがとな。よっこらせと」

中年に片足を踏み入れている男ならではの口癖である。
壮一郎は引っ下げていたビニール袋をまさぐると、アルミ缶を取りだした。缶チューハイだった。コンビニに立ち寄った帰りに魔女の結界を発見、吸い寄せられるようにして異界へと迷い込んでいたのだ。
プルタブを開け、ぐびりと一口やる。
ぐびり、ぐびりと三口やる。
七口目辺りで空になった。
次の缶へと手を伸ばす。
ぐびりぐびりとやって、また次へ。

マミは相当圧しているから、油断さえしなければ、危うげなく勝利するだろう。
ここで高見の、下から見上げて見物といこう。生きようが死のうがどうにでもなれである。自棄酒だった。
結界とは魔女の腹の中に等しいという。
どこに逃げたところで無駄であるならば、どっかと腰を降ろして見届けようじゃあないか。中年一歩手前の男に何が出来るでもなし。
良い具合に酔いが回り現実を受けとめられるようになって来てから、壮一郎は葡萄の風味付けがされた缶チューハイを横に差し出した。
ひやっ、と少女が小さい悲鳴を上げた。首筋を抑え、壮一郎を睨みつける。してやったりと壮一郎はにやりと笑った。

「お嬢ちゃんも飲むかい?」

「見てわからないの? 未成年に飲酒を勧めるなんて」

「そういいなさんな。それにお嬢ちゃんは魔法少女なんだろう? 気にすることはないさ」

渋々といった風に少女は缶を受け取ると、おそるおそる口を付けた。
途端、ぶうっ、と吐き出す少女。

「げほっ、けほっ」

「ははは、やっぱりお嬢ちゃんには早かったかな」

「・・・・・・こんな不味いものを飲む人の気が知れないわ」

「だな。たぶんだけれど、本当に心底美味いと思って飲む奴は、そう居ないだろうぜ。酒ってのは酔っ払うためにあるもんだからな」

「酔うために、ある」

「そうさ。現実ってのは辛いもんだ。立ち向かえと言われても、そうそう誰もが出来るもんじゃない。頑張り過ぎたら疲れちまう。
 だからまあ、こういう逃げ場みたいなもんが必要になるのさ。過ぎれば毒だが、酔ってる間は嫌な事は忘れられる。そうして少し休んだら、また頑張れる。そんなもんだ」

「そんなもの、かしら」

「そんなもんだ」

そう、と呟いて、何かを決め込んだように缶を睨みつけると、少女は一気にそれをあおった。
ごくり、ごくり、と喉が嚥下する。

「っ、ぷあ!」

「おお、良い飲みっぷり。やるなあお嬢ちゃん」

一息に缶を空けた少女に壮一郎は手を叩いて称えた。
大人として褒められたものではないが、相手は魔法少女であり壮一郎は酔っ払いだ。まともな人間などこの場には誰一人として存在しない。
初めてアルコールを飲んだのだろう、新しい缶を壮一郎から手渡されるよりも前に、少女の眼はとろんとして潤み、顔は耳まで赤くなって、頭が前後にふらふらと揺れ始めている。
飲め飲めと新歓コンパの鬱陶しい上級生が如く、壮一郎は少女に酒をあおらせていく。

「そういやお嬢ちゃんの名前、何て言うの?」

「う、ひくっ・・・・・・わらひ、あけみ」

「下の名前は?」

「あけみ、ほむ・・・・・・ほむ・・・・・・」

「ほむほむ?」

「ほむ、ほむ、ほむむむむむぃ」

「しまった、飲ませすぎたか」

「まどかぁ、まどかぁ・・・・・・」

「あー、泣きだしちゃった。よっぽど辛い目にあったんだなあ。よしよし」

でろりと赤ら顔で仰向けに倒れる少女。
どうやら泣き上戸だったようだ。
さめざめと泣きながら、自らの名をほむほむと名乗った少女は語り始めた。
魔法少女、奇跡、ワルプルギスの夜、まどか、手造り爆弾、ヤクザの事務所、自衛隊基地、インキュベーター、時間軸の縦移動・・・・・・。
支離滅裂でほとんど単語しか聞き取れなかったが、それだけでも余程の体験をしたことがうかがえる。

「いつになったらなくした未来を、私、ここでまた見ることができるの・・・・・・?」

「出来るさ、きっと。きっと出来る。信じていればきっと。挫けなければ、きっと」

少女はもう、疲れ果ててしまっていた。
倒れそうな身体を自らに課した使命でのみ支えて、無理矢理に立っていただけだ。
ずっとずっと頑張ってきたのだ。
ならもう、少しくらい休んだっていいじゃないか。
壮一郎はそう思った。思って、よく頑張ったなあ、とほむほむの乱れた髪を撫でつけてやった。

「うっ!」

「どうした? 吐いちゃいそうか? ゲーしそうなのか?」

「えううっ! おぇう!」

「ちょっと待って、まだ我慢して。すぐ袋広げるから」

「も、っ、むり、でゆ」

ほむほむの背中を擦りながら、手探りでビニール袋を手繰る壮一郎。
確かこの辺りに置いておいたはずだが。

「やあ、また会ったね。願い事は決まったかい? おっと【君はこっちの方が好みだったよね】」

「袋みっけ」

「【あれから考えたんだけど、やっぱり君はそのままにしておくのは危険だと判断したんだ。
 魔法少女はエネルギーを自ら産んで奇跡を起こすのだけれど、君はプールされたエネルギーを消費することで奇跡を起こしてしまうんだ。
 破損したソウルジェムを復元させるなんて、ありえないことだよ。それこそ奇跡を起こさなきゃね。
 せっかく僕達が集めた感情の相転移エネルギーも、君がクラッキングで片っ端から消費してしまうんじゃあね。これじゃあどれだけ魔法少女を造った所で切りがないよ。
 だから君も、安全策として僕たちのシステムに組み込むことにしたんだ。どんな望みだって叶えてあげるのだから、悪い取引じゃあないだろう? ねえ――――――】」

壮一郎はようやっと見つけた袋の両端をぐいと開き、ほむほむの頭を真上にやって背中を叩いた。

「まどがべぺぺぺぺぺぺpppp」

「【僕と契約しべぺぺぺぺぺぺpppp】」

「べぺぺぺぺぺぺpppp」

「【べぺぺぺぺぺぺpppp】」

「ほら、全部出しちゃいな。出し切っちゃった方が楽になるから」

築かれる黄土色のアーチ。
もうこれ以上何も出ないとなったところを見計らい、壮一郎はビニール袋の耳を結んで中身が漏れないよう封をする。
三重にコブ結びをした所でふと疑問を抱いたのは、そういえばこの空間が消えたのなら、中に放置しておいた諸々はどうなるのだろうかということ。
息も絶え絶えなほむほむに問うと、弱々しく、消えて無くなると答えが返る。
成る程と頷いて、壮一郎は汚物袋を思いきり遠くへ放り投げた。消えて無くなるのなら、捨ててしまっても問題あるまい。
壮一郎の強肩によって白いビニール袋は放物線を描きながら暗がりへと消え、ばしゃあ、という中身が衝撃で破裂する音だけが聞こえた。

「きゃあっ!」

「む、不味い!」

忘れていたが、頭上ではマミが戦闘中だった。
悲鳴に天を仰ぐと、マミが真っ逆さまに地上に落下する最中だった。
全身のバネを使って駆け出す壮一郎。間一髪、地面との間に滑り込んで受けとめることが出来た。
よかった。植木鉢も無事だ。

「ごめんなさい壮一郎さん、急に力が・・・・・・」

どうやら被弾しての墜落ではなさそうだ。
急に力が出なくなったとマミは言う。
燃料切れが理由か。
この展開は予想していなかった。
魔女は頭上をゆっくりと旋回しながら、こちらの様子をうかがっている。
もう戦闘力が無いと判断されたらば、そのままばくり、だろう。
さて、どうするか。

「宝石が黒ずんでる・・・・・・?」

無意識に手を伸ばし、擦る。
すると宝石の内にあった濁りがゆらりと揺らめき、次第に消えていった。
何だったのだろうか。
宝石は先程までと変わらない黄金の輝きを取り戻していた。

「すごい・・・・・・力が湧いてくる! これなら!」

「いけるか、マミ」

「はい。でも決め手がなくて」

「俺に出来ることがあればよかったんだが、ごめん。足手まといにしかならなさそうだ」

「そんなことないです! 壮一郎さんが応援してくれるだけで、私、戦う力が湧いてくるんです。壮一郎さんと一緒なら」

何も怖くないんです、とマミは言った。

「壮一郎さん、お願いがあります」

「なんだ。何でも言ってくれ」

「私と一緒に、戦ってくれますか?」

「本気か? 殴り合いならともかく、空中戦なんて、とてもじゃないが俺は役に立ちそうにないぞ?」

「いいえ、違うんです。予感がするんです。壮一郎さんと一緒なら、って」

「・・・・・・わかった。俺の命、君に預ける」

壮一郎は短く答えると、一つだけ頷いた。
驚いたのは頼み込んだマミの方だった。
予感などという自分の曖昧な感覚でしかないそれに、どうして命まで掛けることが出来るのかと。

「さあてね。酔っ払ってるだけかもしれないぜ?」

にっと壮一郎は笑った。
意地の悪い少年のような笑みだった。
信じてくれている。信じられている。
マミは喜びに打ち震える自分を止められなかった。だから。

「お願い、壮一郎さん。抱きしめて。強く、もっと強く」

「あいよ。こうかい?」

「もっと、もっと!」

マミの総身に、かつて無い力の奔流が渦巻いていく。
ソウルジェムが一層強い輝きを放つ。
ああ、とマミはその瞬間、唐突に悟った。
撃鉄を起こすのは憎悪であり、引鉄を引くのは義憤であり、打ち出される弾丸は覚悟である。
そして魔法は想いによって、解き放つのだ。

「テイロ――――――!」

正確に言うのならば、それは呪文ではない。
それは彼女が魔法少女としての生き様を自ら示す、誓いの言葉だ。
放たれたが最後、決して魔女を生かしてはおかぬという意思が込められた、必殺の口上だ。

巴マミという魔法少女の全てがそこに在った。
怖い恐い魔女を殺すために、自らを恐怖そのものと化さんとした巴マミの全てが、そこに在った。

それは恐ろしく鈍い銀だった。
それは恐ろしく巨大な砲筒だった。
それは巨大な銀の銃だった――――――!

「お願い、壮一郎さん!」

「応ともッ!」

壮一郎は自らが為すべきことを、余す所なく全て理解した。
巨銃のグリップを脇に構え、天へと掲げる。
狙いは魔女。
右へ左へと回避行動を執っているが、無駄だと壮一郎は笑った。不思議と絶対に外さないという確信があった。
右に銀の巨銃を構え、左にマミを抱え込む。

思えば不思議な巡り合わせだった。
無職の男に、魔法少女ときた。
何が何やら、さっぱり解らない。
ただまあ、一つだけ解ることがある。
銃口の先にあるあの魔女は、もはやお終いであるということだ。

「ティロ――――――!」

「フィナーレ――――――!」

マミと壮一郎の心は、引鉄が引かれたその瞬間、間違いなく一つとなっていた。
全てを穿つ弾丸が、空を捻子斬り、魔女を捻子斬り、世界を捻子斬って、ありとあらゆる悲劇に穴を開けて突き進む。
ガラスの割れるような音がした。
――――――結界が崩れ、正常な世界へと還元される。

気付けば、現実世界にて壮一郎は、呆として立ちつくしていた。
夢だったのだろうか。
それはありえない、と壮一郎は首を振る。
なぜならば、腕の中にずっしりとした鉢植えの重みを感じるからだ。
後に残ったのは壮一郎と、マミと、暑い暑いと言って服を脱ぎ出したほむほむのみ。
どうやら無事に現実世界へと帰還したらしい。

「やったあ! 勝ちましたね、壮一郎さん! 私たち二人の力で!」

だなあ、と壮一郎は気の抜けた返事を返した。
正直な所、これが現実だと解ってはいても、解っているからこそ、現実感がまるで感じられなかった。
飲酒したこともあるだろう。
だが、訳のわからない異世界に囚われ、魔女などという化物と遭遇し、あまつさえそれを撃ち滅ぼしたとあっては。
まるでファンタジーだ、と壮一郎は押し殺して笑った。

「初めて会った時から普通じゃないと思っていたけれど、お前さん、凄い奴だったんだなあ」

「当然です」

だって私、魔法少女ですから。
マミは無い胸を反らして、そう言った。
そういう意味で言ったんじゃないけれど、と壮一郎は笑った。
笑いながら、どうしてこうなったのか、経緯を整理することにした。
とりあえず、この少女との出会いとそれからの日常の風景でも回想していようか。

半裸になったほむほむを背負って、家に帰ろう、と壮一郎は言った。
少しだけ頬を膨らませて不機嫌さをアピールしていたマミだったが、すぐに、はい、と幸せそうに、小さな美しい花の咲くように、可憐に笑うのだった。
その笑顔を見て壮一郎は素直に、可愛いなあ、と思えた。

ただし、壮一郎の胸に頬を寄せる可憐な少女は――――――生首、だった。












マミさん×トマックは誰もやってないネタだろうフヒヒ
そう思っていた時期が僕にもありました
二番煎じ・・・・・・だと・・・・・・orz

元の韓国純愛ゲー路線でいくと引きこもらせざるを得なくなりますので、実はクロス先は続編のシューティングの方だったり。
書いていて胸が熱くなった(嘔吐的な意味で)。



[27924] 【ネタ】魔法少女マジか☆マミさん3 【男オリ主・一発ネタ】 ζ*'ヮ')ζ<さいご
Name: ノシ棒◆f250e2d7 ID:373ed26e
Date: 2011/06/29 05:10
ある朝のことである。
壮一郎とマミが出会ったその日、早朝。
これまで経験し得たことの無い未知との遭遇を果たした壮一郎は、混乱の極致にあった。
生首と叫び声の合唱をしてしまったのだ。本当にわけがわからない。隣室の住人のうるせえぞと壁を叩く音で正気に戻った壮一郎だったが、冷静になればなるほど再び混乱していくという負の連鎖に陥っていた。

胡坐を掻いて座った卓、その対面には――――――否、卓上には、少女がちょこんと“置かれていた”。
置いたのは自分である。
まさか自力で移動出来る筈がないのだ。
なぜなら、その少女は――――――生首、であったからだ。


「あの・・・・・・」


少女、の生首が発した声に壮一郎は身を硬くした。
あろうことか、その生首は生きていた。
生命活動維持に必要不可欠な大部分を失ってなお、生きて、呼吸をして、瞬きもして、生きていたのだ。口を開閉しながら、存在しないはずの肺から空気を絞り出し、言葉を発したのだ。
自分が大切にしていた鉢植えに、すっぽりと端正な顔を納めて。

混乱を通り越してまた恐慌寸前になるやもとぐっと身構えた壮一郎だったが、叫び声を上げ続けてカロリーが消費されたのか、頭に血は上らなかった。
代りに心臓が痛いほどに暴れている。
極限の恐怖を味わうと、人間は逆に冷静となるらしい。初めての経験だった。
冷汗が顎下にまで溜まり、滴り落ちた。
指先が凍えるほどに寒いというのに汗が止まらないなど、これも初めての経験だった。


「ここは、どこなんでしょうか?」

「見滝原の、ボロ社員住宅だけど・・・・・・」

「はあ、あの、つかぬことをお聞きしますが」

「あ、ああ、どうぞ」

「私、何なのでしょうか?」

「は、はあ?」

「あ、いえ、すみません、言い間違いました。あの、私はいったい何者かなと、聞きたくって・・・・・・」


愛らしく小首を傾げて問う少女。
指があれば、人差し指を頬にでも当てていたのだろうか。
知るか、と壮一郎は怒鳴り付けそうになった。

ここは何処私はだあれ、などというやり取りをよもや実際に聞くことになろうとは。自分がいったい何者なのか、という意味で彼女は言を発したらしいが、答えられるはずもない。
そんなことは俺が知りたいよ、とは壮一郎は言えなかった。一切の冗談が含まれていない、真剣な質問だった。本当に彼女は自分がこの場にいる経緯を把握していないようだった。

生首であるに飽き足らず、記憶喪失であるというのか。
黙り込む壮一郎に、少女の目線が泳ぐ。
長い睫毛がふるりと揺れた。
瞳の端が光ったのは、朝露が溜まったからではないのだろう。
壮一郎は溜息を吐きつつ口を開いた。
全く気乗りがしなかった。


「何も覚えてないのか」

「あっ、は、はい。何も覚えてなくて。その、昔のことは思い出せるんですけれど」

「昔のこと?」


あるいは、壮一郎は彼女に記憶が存在しないのではないかと思っていた。
どう見ても自然発生したようにしか見えなかったからだ。
植物ではないことだけは確かだが。


「はい。私も、見滝原に住んでたんです。小学校の頃はあんまり目立たない子で、運動も勉強もそれなりで。それでも両親は私のことをうんと愛してくれました。
 そして中学校に上がって、両親の期待に応えようって、勉強も運動もいっぱい頑張って、それでお父さんもお母さんも喜んでくれて、それで、いつも頑張っているからご褒美に出かけようって、それで、それで・・・・・・」

「それで、どうなったんだ?」


唇をわななかせ、顔色を青くする少女に、しかし壮一郎は続きを促した。
少しでも多くの情報を聞き出さなければどうにもならないからだ。
こんな異常事態を、全くの手つかずのままで放っておく訳にもいかない。
警察に電話しようかとも考えたが、それは確実に良くない事態に発展すると、普段は冴えないはずの直感が告げていた。
自分で何とか出来る範囲まで、何とかするしかない。
逃げるなり、捨てるなり、何なりと。
実害が出ない範囲まで。


「それで、それで・・・・・・お父さんが車を運転してて、対面から、ライトがピカッて光って、まぶしくて・・・・・・」

「・・・・・・それで?」

「大きな音がして、上も下も解らないくらいにぐるぐる回って・・・・・・赤い水溜りが、出来てて。それは、お父さんと、お母さんと、私の身体から出ていて・・・・・・」


はつはつと、少女の呼吸が小さく、細くなっていく。
眼はきつく瞑られていた。
眉間に皺を寄せ、少女は叫び声を上げた。


「わ、わたし・・・・・・私、死んだはずなんです! お父さんと、お母さんと一緒に、死んじゃったんです! でも、どうして! 眼が覚めて、窓ガラスに映った私は、私の顔は、顔だけで!」


壮一郎が何をかを言う前に、隣室から壁がばあんと叩かれた。
うるせえぞ、という壁越しからの怒鳴り声。
すみません、と消え入りそうな声で少女は眼を伏せた。
真一文に唇を引き絞ったが、しかし一度噴き出した不安を押し留めることは出来なかった。


「あ、あ! ごっ、ごめ、ごめんなさ・・・・・・ごめんなさいっ! ごめんなさ・・・・・・あああ」


嗚咽が漏れる。
ごめんなさい、ごめんなさいと、そう繰り返して、少女は必死に涙を留めようとしていた。
場を取り繕おうと、必死に笑みを浮かべようともしていた。出来そこないの笑みだった。
その全ては失敗に終わっていた。
流れる涙や、鼻水や、涎をぬぐう事さえできないのだ。
少女は、生首なのだから。


「・・・・・・ええい、くそう。もう何とでもなれ」


諦めたように吐き捨て、壮一郎は鉢植えを両手で抱えると、そのまま抱え込んだ。
もう大声を上げさせることは出来なかったし、生首とはいえかなりの美少女が顔をくしゃくしゃにして涙しているのだ。罪悪感も湧く。
それ以上に恐怖の方が強かったが、諦めたのは一時の常識である。もう何とでもなれ、そういうことだ。
口を塞ぐ訳にもいかず、半ば自棄になって壮一郎は、少女の頭を腕の中に抱き抱えた。
仕方なしに、寝巻の裾でとめどなく溢れ出す涙を拭ってやる。
ふぐ、と少女が壮一郎の胸元で息を詰まらせた。
くぐもった呻き声が聞こえて来る。


「うううーっ、あうううううーっ!」

「よしよし。泣け泣け、たんと泣け」


人の頭というものは、思っていたよりもずっしりと重かった。
そう長い間抱えていられるものではない。
震え始めた腕を、壮一郎は膝で無理矢理に抑えつけた。
今だけは、意地を張りたいと思ってしまった。
例え、初めから恐怖で手が震えていたとしても。
それは恐怖を克服しようとする意地であったかもしれない。
何故か壮一郎は、この少女の生首に、頼れる大人としての面子を取り繕っていたいと思っていた。

しばらくして、すんすんと鼻をすする音が聞こえ始める。
ゆっくりと鉢植えを引き剥がすと、粘着質な液体が服の裾と少女の鼻先で橋を作っていた。鼻水だった。
ごめんなさい、と少女はまた言った。壮一郎は肩をすくめると、ティッシュ箱を手繰り寄せて数枚紙を取り、涙と鼻水で汚れた少女の顔を丁寧に拭き取ってやった。
目が粗いティッシュでは肌が擦れて痛いだろうに、少女はえへへとはにかんで、どこか嬉しそうにしていた。


「だいたい、事情は把握したよ」

「はい、その、私これからどうしたら」

「別に、どうすることもないだろ。警察だかに連絡する訳にもいかないし。どこかに行きたいっていうなら連れていってやるし、ここに居たけりゃ居たらいい。
 あと数日でここから叩き出されちまうから、その後のことは保証できないけどよ」

「あの、それじゃあ、私」


途端に曇る少女の顔色。
置いていかれるのだとでも思っているのだろう。
壮一郎はにっと笑うと、少女の頭に手を置いて言った。
別に年下の女の子の扱いが上手いという訳ではない。
そこしか触れる部分が無いのだから、仕方が無い。


「職もないし、金だって独り身の癖にそうはない。加えて、運もないとくれば。しかも来週には路頭に迷うことが決まってる。
 それでもいいって言うんなら、お嬢ちゃん、俺と一緒にいるかい?」

「あ・・・・・・」


一瞬、呆けたようになる少女。壮一郎が何と言ったのか、ゆっくりと理解しているかのようだった。
ただそう言った側としては、頭を抱えたくて仕方がないのだが。
しまった、つい勢いで言ってしまった。昨晩の酔いが残っていたか。

歳をとるにつれ説教臭くなるというが、ようは歳をとって、自分のヒロイックさを発揮できる機会を見逃さなくなるようになっただけだ。
種の保存の本能に関係している、かもしれない。脂の乗った男盛りの壮一郎である。ここまでの美少女に縋られて、いい所を見せない訳は無かった。ただしその美少女は生首であるのだが。
兎に角格好を付けた手前、吐いた言葉は飲み込めない。
壮一郎は内心を顔に出さないように努力した。


「はい・・・・・・はい!」

「こら、せっかく拭いてやったのに、また泣く奴があるか」

「ずびばぜぬぶぶぶ」

「喋るなって、拭きにくい。ほら、鼻かんで。チーンってなさい、チーンって」

「ふぐ、ちーんっ、ずず」


顎下の涙を拭う振りをして、壮一郎はさっと確認をとる。
少女はくすぐったそうに身を、頭を捩じらせていたが、どうしても確かめたいことがあったのだ。
それは、断面がどうなっているか、ということ。
手を滑らせたフリをして、首筋に指をなぞらせる。ひゃん、と少女が可愛らしい声を上げた。壮一郎の指先が少女のキメの細かい肌を滑り、土と肌が接しているそこへと到達する。
覚悟して少しだけ地面を掘り起こしてみると、そこには壮一郎が予想していた朱色は、存在していなかった。


「んっ・・・・・・んっ・・・・・・」


しばらく首筋に手を這わせ、間違いない、と壮一郎は確信を得る。
肉か、血管か、神経のどれかが露出しているのではないか、と思っていたのだが、違った。そこには、淡い黄色の光の粒が泡となって、揺ら揺らと揺らめいていた。明らかに物理現象の反応でも化学変化でもない。超常現象だった。

死んで、生き返ったのだと少女は言った。
ならばこの娘は、モノノ怪に属するものに違いないだろう。
つまり、妖怪である。
この少女はおそらくは、音に聞く大陸妖怪、飛頭蛮に相違ない。日本ではろくろ首と呼ばれるそれに、相違ない。

普段は人となんら変わりない彼らは、自分が「それ」であるとも気付かないそうだ。
恐らくは死に面して、無意識に死に体を捨て去ったのだろう。
ごくり、と喉が鳴ったのを壮一郎は自覚する。
サラリーマンが心霊現象に遭遇する、という都市伝説は腐るほど存在しているが、まさか元サラリーマンである自分が体験することになるとは。
あまつさえ、話しの流れで一緒に暮らすことになったなど。


「あのっ!」

「あ、いや悪かったな。もう拭き終わったぞ」

「あ・・・・・・いえ、その、いいんです! 私、こんなだけど、がんばります!」

「うん、まあ、何だ? 色々大変だろうからな、頑張れよ」

「がんばりますから!」


と、少女は決意を込めた眼で頷いていた。
やはり目の粗いティッシュで顔を拭いてしまったのがいけなかったか、少し肌が荒れてしまったようで赤くなっていた。
しばらく見つめあっていると、またも少女があの、と声を上げた。


「あの・・・・・・おじ様の名前を教えて頂けませんか?」

「おじ様って、俺まだ・・・・・・」

「おじ様?」

「ああ、いいよ、気にするな。そうだなあ、自己紹介も未だだったよな」

「ですね。ふふ、名前を教えあう前に、恥ずかしいところ、いっぱい見せちゃいましたけど」

「だなあ」

「むう・・・・・・そこは、そんなことないさ、って言ってくれないと」

「うるへ。オッサンに期待なんかしなさんな」


見合って、あはは、と二人で笑う。
笑えたことに壮一郎は胸中で驚きを感じていた。恐怖は、ある。それはどうしようもない。でも、それだけではなかったのもまた事実。
クビにされた自棄だったのかもしれないし、歳経た感傷によるものだったのかもしれない。
気付いたことは、自分には彼女に対する嫌悪感が無いということだった。壮一郎は彼女を悪いモノであるとはどうしても思えなかったのだ。
それは奇異な存在に対する恐怖とはまた別のものだ。壮一郎はそう思った。
少女は静かに微笑んで、桜色の唇から己の名を紡ぐ。


「私の名前は――――――」

巴マミ――――――と。
可憐な少女の生首は、そう名乗ったのだった。

その日から、マミと壮一郎の奇妙な共同生活が始まった。
非常に不自由であるマミのため、壮一郎は食事は勿論、風呂や、果ては散歩まで、常に共にあって甲斐甲斐しく世話をした。
壮一郎に飲みこぼしを拭われる度、風呂で髪を洗われる度、鞄に詰められて外に遊びに出かける度にマミは申し訳なさそうな顔をしたが、それも直ぐに幸せそうな笑みに変わっていくのは、毎度のことであった。
数日後、次第に記憶を取り戻していったマミの案内で、生前に両親の遺産で購入したというマンションの一室に生活の場を移しても、それは変わらなかった。

こんな毎日がいつまでも続く、とは人生をそこそこに経験した壮一郎は思えない。
一人暮らしを強いられることとなったマミも、きっと解っていることだろう。人間社会に紛れて暮らしていくには、マミは制限が大き過ぎた。
だが、今しばらくはこのまま穏やかな時が流れればいいと、壮一郎は、マミは、想い願っていた。

それが魔法少女に待つ悲痛な運命を迎えるまでの、一時の安らぎと知らず――――――。










魔法少女マジか☆マミさん

「ζ*'ヮ')ζ<ていろふいなあれ☆」










夢を見た。

白一色の夢だった。

幼い頃から心臓の病気で入退院を繰り返していた自分にとって、思い出など、病院の光景の中にしかない。
清潔なシーツに、病室。検診に来る主治医に、看護師。どれもこれも全てが真っ白で、何年経っても、曇り一つなく真っ白なまま。
白に閉ざされた世界だった。
そこで自分はいつも寝たきりでいて、チクタクと音のする壁掛け時計をじっと眺めながら日々を過ごしていたことを覚えている。
チクタク、チクタク、世界にはそれだけ。チクタク、チクタク、たった一つの音だけしかない。
不満はなかった。身体が満足に動かせないことを覗けば、特に何不自由なことなどなかったからだ。
今直にどうにかなってしまう病ではなかったが、それでもこれから先、ずっと長い間、それこそ一生こんな生活が続くのだろうなと思っていた。
負い目があったのか解らないが、次第に両親も仕事を理由に見舞いにすら来なくなっていった。
別にどうということもなかった。

正直なところを告白すれば、怖かったのだ。
ここは白に閉ざされた世界。檻の中にさえいれば、傷つくことは無い事を、自分は知っていた。外の世界が恐ろしい場所であることを、知っていたのだ。
チクタク、チクタク。
私の世界はこれだけでいい。
外の世界になんて、いいことなど何一つとして無いのだから。

そう、思っていたのに。


『そんなに緊張しなくていいよ、クラスメイトなんだから。私、鹿目まどか。まどかって呼んで』


――――――覚えている。


『いきなり秘密がバレちゃったね。クラスの皆には、内緒だよ』


――――――覚えている。


『ほむらちゃん、私ね、あなたと友達になれてうれしかった』


――――――覚えている。


『さよなら、ほむらちゃん。元気でね』


――――――覚えている。


『騙される前のバカな私を、助けてあげて、くれないかな』


――――――覚えている。

決して忘れるわけがない。忘れられるものか。忘れてなど、なるものか。
交わした約束は、目を閉じる度に確かめられる。
進まなくてはならない。
彼女との約束を果たすまで。
押し寄せる闇を振り払って、進まなくては。
例え、他の何を犠牲にしてでも――――――。


『君はどんな願いでソウルジェムを輝かせるんだい?』


白く閉ざされた世界の向こう側で、何かが、蠢いた様な、気が、し、た――――――。


「あ、あああっ! ああっ、あああっ! うあ、あ――――――!」


鈍痛――――――覚醒。

掛けられていたシーツを跳ね上げ、鈍い痛みを訴える頭に顔を顰める。
呼吸を整えても、じっとりとした汗が噴き出てくる。

嫌な夢を見たような気がした。
眠りに落ちるまでの前後の記憶がない。
自分の状態を確かめてみれば、特に変わり映えもしない、痩せっぽちで貧相な身体の暁美ほむらがそこに居る。
大きすぎて股下までをすっぽりと覆うシャツの裾から、肉付きの悪い骨と皮だけのような細すぎる足が露出していた。
胸元からは飾り気のない上下セット数百円の下着が覗いている。これは自前のものだ。少し安心した。
はて、こんなサイズの合わないワイシャツなど持っていただろうか。
首を傾げると、鈍い痛みが再びこめかみに奔る。


「あ、つつっ・・・・・・」

「ああ、起きてたのか。おはよう、よく眠れたか?」

「うぐ、は、はい・・・・・・」

「二日酔いか。味噌汁があっためてあるから、こっちにおいで。無理しなくていいからゆっくり立ちな。ほら、手貸して」

「ん・・・・・・」


手が取られ、立ち上がらせられる。
視界がぐらぐらと揺れた。
魔力を流せば不調も解消されるだろうが、駄目だ、集中出来ない。
そのまま手を引かれてテーブルへ。
ゆっくりと背を支えて椅子に座らされる。人の世話をするのにやけに慣れたような手つきだった。


「はい、味噌汁。熱いから、ゆっくり飲むように」

「ありがとうございます・・・・・・」


小麦色の水面に舌を着ける。
熱い。
舌先がヒリヒリとした。
言わんこっちゃあない、と苦笑されてしまった。


「息を吹きかけて、ふーふーして飲みなって」

「はい・・・・・・ふぅ、ふぅ」

「まだ熱いぞ」

「ふぅ、ふぅ」


はいどうぞ、という許しの声に、一口汁を含んだ。
眠っていた味覚が目覚めていく。
貝殻がこつこつと唇に当たった。シジミのダシがよくとれている。


「おいひい」

「そうかい。具も美味いぞ」


手渡された箸で豆腐を崩す。
しっとりとしていてそれでいて柔らかく崩れる絹ごし豆腐だ。
ダシ汁とよくからんでいて、頬張ると美味しそう。
気が付けば豆腐の方から口の中に飛び込んで来ていた。
美味しい。美味しい。
そういえば、こういった手の込んだ食事をとるのは、いつ以来だっただろうか。
思いだせない程に前から、出来合いの店屋ものしか口にしていなかったように思える。
空腹は最高のスパイスとは良く言ったもの。
小食な方だったはずだが、箸が止まらない。


「はふ、ほふ、はふ」

「落ち着いて食べなって、逃げやしないからさ。おっと、新聞取りにいかないと・・・・・・」


注意を無視して汁を吸いこむ。
食事のペースにまで口出しされたくはない。
モノを食べる時は誰にも邪魔されず、自由で、なんというか、救われていなければ駄目なのだ。


「はふ、ほふ、ほむ。ほむ、ほむほむ」

「うふふ、おかわりもあるのよ? 遠慮しないでいいからね」

「ほむっ」


と横合いから湯呑を差しだされ、お茶が淹れられる。
やや渋めの緑茶だった。しかし日本食によく合う組み合わせである。
直ぐにカラッポになってしまった腕に、うふふと笑いながら、その人は長い巻き髪でお玉を傾け、おかわりを注いでくれた。


「ふぅ、ふぅ」

「おいしい?」

「おいひい」

「よかったあ。そのお味噌汁、私が作ったのよ。久しぶりに料理したから心配だったけれど、うん、腕は落ちてないみたいね」

「はふほむっ、ほむほむ、ほ・・・・・・」


湯のみへとポットの取っ手に色素の薄い巻き髪が巻き付いて、傾けられていた。急に訪れた客人にここまでしてくれるとは、よほどの善人か、お人よしか、暇人か。
しばらく人の掛け値なしの善意など、感じた事はなかった。ここは有り難く御馳走になろう。

そう湯呑を傾けて、あれ、と少女は停止した。
どうしたの、という声が投げかけられる。
その人の巻き髪は、ポットの取っ手に巻き付いていた。

・・・・・・待て。
何故巻き髪がポットの取っ手に巻き付いているのだ。
その人が見に付けている品の良い可愛らしいエプロンは、揺ら揺らと風にゆれていて――――――。
まるで、首から下が無いみたいに――――――。


「ほ・・・・・・ほ・・・・・・」

「どうしたの? 暁美さん」

「ほむぶ!」

「てぃろふぃなー!?」


口から噴射されたミソスープが散弾となって生首を撃墜する。
自分も椅子から転げ落ちた。
腰が抜けて動けない。
目がァ、と言って転げ回る生首。手が無いために目が擦れないのだろう。恐ろしい形相だった。


「嘘、嘘よ。これは夢なの、夢なんだから。だからお願い、早く覚めて。覚めて覚めて覚めて・・・・・・」

「もうっ、ひどいじゃない! 人の顔にお味噌汁を吹きかけるなんて!」

「ひぃ、と、巴マミ!」

「何かしら、暁美ほむらさん? 私、怒ってるんですけれど」


鉢植えを傾けて、底の縁を使ってくるりくるりと回転しつつ、近付いてくる生首マミ。
土器がフローリングに擦れるごりんごりんという音が一層恐怖を煽る。
が、逃げることは出来ない。

これまで魔法少女となって様々な修羅場をくぐり抜け、滅多な事では動揺しない精神力を培ったと自負していた。だが、しかし。これは・・・・・・。
ここまで訳のわからない事態は初めてで、脳がオーバーフローを起こしていた。
ぷりぷりと怒っている巴マミ、の生首。
巻き髪があごのあたりにくの字に曲げられて添えられている。腰に手を当てているポーズ、のつもりなのだろうか。怒っていますよ、というジェスチャーであるようだ。
一体何がどうしてこんなことに。
インキュベーターのしわざか。


「おおい、どうしたよ、騒がしい」

「あ、壮一郎さん。もう、聞いてくださいよ。暁美さんったら、こんなにしちゃって」

「うわ、びっしょびしょだな。ははあ、咽て吐き出したのをひっ被ったんだな。だから言ったろ、酔っ払いの相手は慎重にってさ。
 ワンダフル投下された日には目も当てられないぞ」

「ううっ、目に染みて痛いの・・・・・・。壮一郎さん、拭いて拭いてー」

「マミ、お前ね、自分でどうにか出来るようになったんじゃなかったのか? 飛べるようになったし、ほら、その触手も使えるようになったんだろ?」

「触手って、酷いわ壮一郎さん! 乙女の髪を何だと思ってるのかしら、この人ったら、もう!」

「でもそれどう見ても触手・・・・・・あ、いや、悪かったよ。悪かった」


よっこいせ、と何の躊躇もなくマミを抱き上げると優しく顔を拭い始める男性。
あの顔には見覚えがあった。
そういえば、昨晩、魔女の結界の中に取り残された一般人だったはず。
どうして結界の中で動けていたのかは不明だが、その傍らには、今のようにマミの生首を侍らせていた。
そしてその生首は、空を飛んでいた。
実に生き生きとして。
生首が生きているはずなどないのに。


「よし、と。綺麗になったぞ」

「何だか髪が塩っ気でキシキシしてるわ・・・・・・。ほら、上手く動かないもの」

「触手・・・・・・。いや、わかったわかった。今晩はトリートメントしてやるから、それでいいだろ?」

「わあ、約束ですよ、壮一郎さん!」


すうっとマミの収まった鉢植えが浮かび上がった。
嬉しさを全身で表そうと空中で回転している。
まさに、飛び上がって喜んだ、と表されるだろう。笑えない冗談だわと言い捨てたくなった。
駄目だ、何度見ても正気を失いそうになる。

男が目の前で腰を下ろした。
自分は今、股を立てて大きく開いている格好。
大開脚をしてしまっているが、気付かないくらいに唖然としてしまっていた。
男がそっとワイシャツの裾を直して下着を隠してくれた。


「ん、お嬢ちゃん立てるかい? また手を貸そうか?」

「そ、それには、お、及ばないわ」

「生まれたての小鹿みたいに震えながらじゃあ、説得力ないぜ」


脇に手を入れて抱え上げられ、椅子に座らせられる。
しばらく動悸を落ちつけてから、髪を掻き上げて平静を装った。
余裕であることを示すポーズである。


「礼を言っておくわ」

「慣れない事もしなさんな。背伸びしてるようにしか見えないぜ、お嬢ちゃん」

「・・・・・・ほむぅ」


ぬう、と唸る。
頭痛が酷くて眩暈がした。
言わんこっちゃあない、と男が苦笑していたのが、何だか腹が立って仕方なかった。


「あー、駄目っぽいな。今日はもう休め。そうれ、よっこいせ、と」

「な、何を! 下ろして、下ろしなさ・・・・・痛っ」


またもそのまま、今度は肩の上に担ぎ上げられて、先ほどまで自分も横になっていた寝室へと足を向ける男。
何をされるのか、されてしまうのか、嫌な想像が頭を過る。


「いいから、暴れなさんな。布団まで運んでやるから、もそっと寝てろって、な?」

「ほむむ・・・・・・・」


ぴしゃりと腿を叩かれて、ベッドの上に寝かされた。
正直、横になっていたほうが気分が楽だ。体を起していると、割れるように頭が痛む。
マミ、と男が呼べば、はいはい、と諦めたような声で巴マミが浮遊してベッド脇に着地。その触手、巻き髪でシーツを手早く直し、首元にまで布団を掛けられる。
こちらが口を開く前に一連の作業は完了していた。


「ねえ、暁美さん」

「な、なにかしら? 巴マミ」

「少しずつだけれど、私、記憶が戻り始めてるの。だから私、あなたに謝らないといけない」


本当に申し訳なさそうな顔をして瞳を伏せるマミ。
触手が、否、巻き髪が、胸の辺りの布団をぽんぽんと叩いている。
そのリズムにゆっくりと瞼が落ちて行く。
とても落ち着く。
相手は生首だというのに。


「ごめんなさい。あの時あなたの忠告を聞いてさえいれば、こんなことにはならなかったかもしれないのに・・・・・・」

「巴マミ、あなた・・・・・・」

「もしかしたら、あなたと一緒に魔法少女として戦っていた未来もあったかもしれないわね。
 顔も知らない誰かを守るために、命を賭して。誰に褒められるでもなく、認められるでもなく、そんな孤独な戦いの日々を、二人で一緒に・・・・・・」

「あ、ああ、マミさ・・・・・・」

「でも、ごめんなさい。今の私はただの新妻。二人の愛の巣を守るのに精一杯なの」

「マ、マミさん?」

「今の私の使命は、一パック69円のたまごお一人様二パックまでを、壮一郎さんと一緒に四パック買いに走ることなの!」

「マミさん」

「うふふ、心配しないで。私は買い物が出来ないんじゃないかって思っているんでしょう? ノンノン、二パック以上買う作戦はもう立ててあるんだから」

「もしもしマミさん」

「私たちには秘策があるの! そう、それは――――――合体よ! 言い換えればそう、二人羽織! 二人の初めての共同作業!」

「マミさん、あの、マミさん、ねえ、マミさん」

「今晩はオムライスに決まりね。ケチャップでハートを書くの!」

「朝ですよマミさん。起きて、お願いだからもう起きて」

「それまでゆっくりしていってね!」

「さようならマミさん・・・・・・」


ひょっこりと扉から顔を出した男がマミを呼ぶ。
うふふ、とマミはゆっくりと宙に浮かぶと男の下へと一直線に向かった。
その背に背負った大きめのリュックの中へと垂直着陸。
パイルダー、などと言いながら男がリュックのジッパーを上げた。


「じゃあ、俺達はこれから買い出しに出かけるから。大人しくしてろよ」

「待って」

「どうした、お嬢ちゃん」

「・・・・・・あなたは、一体何者なの?」


そう言われてもな、と男は頬を掻く。


「おっさんかヒモ男か・・・・・・何とでも、好きなように思ってくれていい。ああ、それにしても定職が欲しい」

「キュウべえという人間の言葉を話す白い動物に、心当たりは?」

「いや、無いな。お嬢ちゃんのペットかい?」

「・・・・・・そう、ならいいの」


男が嘘を吐いているようには見えない。
本当に何も知らないようだ。
あの夜、魔法少女という存在を知り、それなりに取り乱すかとも思ったが、限られた情報量ではこれが妥当な反応か。
あるいは、魔法少女よりも魔女よりも衝撃的な存在と共に暮らしているからなのかもしれないが。


「あなたにお願いしたい事がある」

「俺に出来る範囲でなら」

「・・・・・・躊躇しないのね。疑うことすらも」

「さあてね。顔色に出てないだけかもしれないぜ。あんまり人のことを見かけで判断しない方がいいぜ」

「そうね・・・・・・本当にそう。あなたに言われるまでもなく、思い知っているわ」

「まあ、いいがね。気をつけろよ。海千山千の狸にとっちゃあ、お嬢ちゃんみたいに解りやすいタイプってのは、いいカモだ」

「もっと早く、あなたの言葉を聞けていたなら・・・・・・。私はそんなに解りやすいのかしら?」

「解りやすいさ、お嬢ちゃんみたいに取り繕ってるタイプはな。こう見えて俺は外回り担当だったんだ。人を見る目はそこそこあると自負してる」

「そう・・・・・・」

「それで、お願いってのは何だい?」

「もし、あなた達の前にキュウべえと名乗る人語を話す獣が現われたなら、どうかその言葉に耳を傾けないで」

「なるほど首が飛ぶんだ、動物が喋ることだってあらあな」

「お願い、信じて。これは、あなた達のためでもあるのよ」


そして、とそこまで言って、言葉を切る。
男はなんだ、と耳を近づけた。
近付く男の襟首を掴み、耳を口元へと引き寄せる。
予想外の力に男は驚いたようだった。
魔法少女の腕力は、魔力によって強化される。体格の全く違う成人男性であっても、容易に抜け出せはしない。
囁く。


「巴マミを、単独でキュウべえに接触させては駄目」


鋭く、告げる。
リュックの中のマミに聞こえないよう。


「もっと、より強く、巴マミをあなたに縛り付けなさい。誰の言葉にも耳を貸さなくなるくらいに、強く。
 支配なさい。依存させなさい。巴マミの世界の全てを、あなたで埋め尽くしなさい」

「それは、どうして」

「彼女は奴の言葉を疑わない。だって、おともだちなんですもの」


嘲りの笑みが浮かんだ。
本性を知らなければ、誰だって騙されるだろう。あれは、奇跡を呼ぶものなのだから。
奇跡をもたらす代わりに、少女を魔法少女へと変えるのだ。少女の未来と引き換えにして、奇跡を呼ぶのだ。
等価交換、いやそれ以上のものをもたらしてくれる、奇跡の代行者。
願いを叶えるという一点でみれば、それは素晴らしいことだろう。
天秤の対に乗せる未来を無視すれば。
あれらが悪辣であるのか、自分を売ったことに気付かぬ少女達が愚かなのか。
どちらかを責めることが出来るのは、未だ願った奇跡が叶わぬ者のみである。
自分のような――――――。


「そう、命の恩人なのだから」


巴マミも、曲りなりにも契約によって命を救われていた。
彼女には掛ける未来など、初めからなかったのだ。
ただ生きたいという、願いの強さだけで魔法少女となったのである。
そんな彼女に魔法少女という存在へ疑いを抱かせることは難しいだろう。あるいは命を救われたことに対する裏切りであるとしてあれらの側に付き、こちらと敵対しかねない。
彼女がそんな情に溢れて義理堅い性格であることを、自分はよく知っていた。
そう、よく、知っていた。

見た目の奇特さに目を瞑れば、この時点で彼女が生存していることは、戦力的に大きな利となる。
“あの時”に彼女が暴走したのは、真実の重みに耐えかねてのことだけだったのでは無いのだろう。利用されてゴミのように捨てられることへの恐怖と、そして信頼を裏切られたことへの失望が入り混じっていた。
孤独に耐えられず、誰かのために戦うなんて、そんな免罪符で自分を誤魔化してきた彼女だ。耐えられなかったのだろう。
だが彼女の心の支えとなる誰かさえいれば、きっと、また共に戦うことが出来るかもしれない。

自分はイレギュラーを否定しない。
予定調和はいけない。それだけは、断固として阻止せねば。変化することがあれば、諸手を打って歓迎しよう。
よって“今回”発生したイレギュラーも、最大限利用すべきだ。
何を犠牲にしても――――――と、そう決めたのだから。


「少し、眠るわ。運んでくれてありがとう。ごはん、美味しかったと彼女に伝えて」

「ああ、お休みほむほむ。行ってくるよ」

「ええ・・・・・・。ほむほむ?」


鍵の閉める音が聞こえた。
オートロック特有の、モーターが回るような音だ。
ここに来てようやく気付いた。ここは、マミのマンションだ。かつて何度か招待されたはずなのに、忘れていたなんて。
シーツから香るこの柔らかな臭いも、彼女のものだった。これも、忘れてしまっていたことだった。

たくさんの温かかった思い出は、全部覚えていたはずだったのに。
全部覚えていて、零さないように、全てに蓋をしたはずだったのに。

シーツを頭まで被って、目を閉じる。
そうして、確かめる。
あの時彼女と交わした約束を。覚えている、覚えている――――――。
彼女との約束がこの胸にある限り、何があっても挫けることはない。
強くそれだけを想い、拳をきつく握りしめて、足元からじっとりと這い上がる睡魔へと身を委ねた。

意識が薄く途切れる瞬間に思ったこと――――――それは、彼女と交わした約束では、無かった。
なぜだろう。
マミのことが、ひどく羨ましく思えてならなかった。






■ □ ■






壮一郎とマミが合体技で、たまごお一人様2パックのところを4パック手に入れた、その帰り道のこと。
タイムサービスを狙ってやや遠くの総合ショッピングセンターに足を運んだかいもあり、かなりの金額に余裕が出ていた。
元々そこでアルコールや紅茶といった趣向品も購入する予定であったため、ワンランク上のものを購入することが出来て、ホクホク顔で二人は帰路に着いていた。
それでもまだ財布に余裕があり、ではリッチに電車で帰りましょうと、人の利用が少ない近場の駅に足を運んだ、その時だった。


「むむっ、魔力!」


リュックの中からジッパーをこじ開け、マミの触手、ではなく巻き髪がぴょんと飛び出したのは。
何やら魔力に反応しているらしく、アンテナのように一方向を指し示していた。
魔女だろうか、とマミに導かれるままに歩を進めた壮一郎だったが、見つけたものは、小さな赤い石の破片。
何やらひしゃげた金属片も付着していたが、特に何かの異常を感じるものではなかった。


「子供のおもちゃか何かか? 変形した十字架に見えなくもないが。なあ、勘違いじゃないのか? こんなんに魔力なんか無いだろ」

「嘘・・・・・・これって・・・・・・。壮一郎さん、あの時、私の頭にある宝石を磨いてくれたみたいに、これにも同じようにしてくれませんか?」

「まあ、お前さんがそう言うなら」


よく解らないまま、壮一郎は言われるままに石の破片を掌に置いて、もう一方の指の腹で擦り上げる。
あの時、魔女に襲われた時に壮一郎がマミの宝石にしたように、とのこと。であるならば、念を込めて磨きあげねばなるまいか。綺麗になれ、元に戻れと。

不思議な感触が、した。
温かいような、柔らかいような、指先にトクトクと血潮を感じられるような。
つい最近、これと同じものに触れたような気がする。
そうだ、魔法少女化したマミの頭にあった宝石によく似た感触だ。

いったいこれは――――――。そこまで考えた所で、壮一郎はまぶしさに目を細めた。
石が、光を放ち始めたのだ。
赤く、紅く――――――。


「お、おいおい、マジかよ・・・・・・」


光が収まっていく。
その時にはもう、指先にあった硬質な感触は消え去り、替わりにぐにぐにとした柔らかい――――――人の肉のような触感があった。
壮一郎の手の内からは紅い石のかけらは消え失せていて。
静かに寝息をたてる、小さな、手の内に収まってしまうくらいに小さな少女が、産まれたままの姿でそこにあった。


「やっぱり・・・・・・どうして彼女が・・・・・・」

「おい、何だかもう、俺の処理能力を超えてるんだが。説明してくれないか?」

「あっ、壮一郎さん、彼女目を覚ましますよ」

「振っといてスルーするのはおじさんどうかと思うよ」


ううん、とこれも小さな声量が手の上から聞こえる。
くあ、と大きく――――――小さく欠伸をして、ゆっくりと身を起こす小女――――――少女。
眠気がとれないようで、壮一郎の手の平に座り込んで、ごしごしと目を擦っている。
呆、とした眼と視線が絡む。
どうするのかと身構えていると、きゅるると可愛らしい小さな音が。
この少女の腹の虫が鳴った音のようだった。


「ええと・・・・・・何か、食うかい?」


言葉が解るか知れないが、とりあえず聞いてみる壮一郎。
最後のフレーズに少女は反応し、飛び起きた。
激しく頭を縦に振っている。
涎が飛び散っていた。


「とりあえずさっき買ったたい焼きでいいか? クリームとアズキの二つあるけど、どっちがいい?」


少女は壮一郎の手の上で仁王立ちになると、両手を突き出して宣言した。


「あんこ!」


長い赤毛が快活に揺れる。
マミが、やだ何これ可愛い、と呟いている。
それには壮一郎も同意する。人は自分よりも小さな存在に、庇護欲を掻き立てられる本能があるらしい。可愛い、と無条件で思ってしまうのだ。

であるならば、この少女以上に可愛らしい存在など、在りはすまい。
何故ならば――――――。


「うま、うまっ。はれるやー!」


千切ってやったたい焼きを、口一杯に頬張る少女は。
壮一郎の手の平の上に乗る程度の大きさでしか、ないのだから。












【飛頭蛮(ひとうばん)】

魔法少女の最終形態。
古来から中国大陸を中心に伝承に残る飛頭伝説の正体である。日本におけるろくろ首も、この魔法少女の飛頭蛮化が由来であるとされる。
歴戦の魔法少女が闘いの果て、戦闘に不要な器官を自ら削り落とした末に完成する、戦闘に特化した魔法少女の姿こそがこの飛頭蛮である。
軽量化による飛行能力の獲得という戦術的優位性を有するが、しかしその代償として、著しく人間とのコミュニケーション能力を失う。
また被弾面積も激減したが、魔法少女であることを隠蔽するために重要な、人間社会に紛れ込んで一般生活を送るという社会性カモフラージュさえ困難となる欠点を持つ。
自らの魂を外部に分離、物質化させて管理し、残った器を消耗品として運用する魔法少女であるが、飛頭蛮は正に魔女と戦うためだけの最終形態(フォーム:フィナーレ)であると言えよう。
魔法少女が飛頭蛮化することを魔魅ル(マ・ミル)、あるいは魔視ラル々(マ・ミラレル)、と称する習わしもあるが、由来は不明である。
解釈は諸説あり、大別して二つ、魔に魅せられた魔法少女の成れの果てであるとされる説と、魔に眼を付けられたことで次第に追い込まれていく魔法少女の運命を現している、とされる説がある。
どちらも、魔を魅つめている時は自分も魔にも視られているのだ、という警告を示していると考えられる。
上海に伝わる著書不明の小説集『反魂剣鬼』には、その結末として主人公の飛頭蛮化が記されているが、これも闘いに身を捧げ尽くした魔法少女の悲哀を綴ったものであることが今日までの研究の結果明らかにされた。
なお、飛頭蛮の生育には十分な栄養素と水分は元より、中でも温度、とりわけ湿度の微調整が重要であるとされる。

虚玄書房刊
『魔法少女:その哀しき生態』より



[27924] 【ネタ】ごっどいーたー (勘違いもの練習)
Name: ノシ棒◆f250e2d7 ID:373ed26e
Date: 2014/08/22 05:36
編集、削除。



[27924] 【ネタ】ごっどいーたー2 (勘違いもの練習)
Name: ノシ棒◆f250e2d7 ID:373ed26e
Date: 2014/08/22 05:38
編集、削除。



[27924] 【ネタ】東方ss 傘屋さん5 (修正差し替え)
Name: ノシ棒◆f250e2d7 ID:373ed26e
Date: 2011/06/16 17:02
太陽の畑に近付いてはならない。

それは人間に問わず、妖怪に問わず、幻想郷に住まうもの全てにとっての共通認識である。常識、と言うやつだ。
幻想郷縁起にあるところの安全な幻想郷ライフを送るためには、決して近付いてはならない聖域と呼ばれるものがある。いいや、魔境、と表した方が適切だろうか。近付けば命の保証は無い。そんな場所が幻想郷には多々あった。
妖怪の山とは正反対に位置する奥地、南向きに傾斜するすり鉢状の草原にあるその畑もまた、そんな場所の一つ。
太陽の畑、という名が現わす通り、夏になるとそれはもう見事な向日葵が咲き誇るという。
夏の夜には、妖怪の楽団によるコンサート会場として賑わうのは、幻想郷の芸術家達の間には有名な話である。
そんな素晴らしい土地がまるで地獄のように忌み嫌われ、忌避される理由・・・・・・それは、この一帯を凶悪な妖怪が根城としているからだ。

人間に対する友好度は最悪、危険度は最凶。凶悪どころではない。
礼儀を欠く手合いへの容赦などなく、礼という概念が薄い中堅までの妖怪にとっては出会ったが最後、命尽きるまで嬲られ、蹂躙され尽くすだろう。
妖怪殺しの妖怪である。即ちそれは、恐怖の中の恐怖ということに相違ない。
もちろん友好度最悪と記される通り、人間であっても例外は無い。それどころか、虫の居所が悪ければ、視認された瞬間に踏みつぶされて終いだ。
幾度となく繰り返される惨劇に、いつしか太陽の畑は、その美しい景観とは裏腹に忌むべき場所として広くしられるようになったのである。
妖怪が向日葵に吸わせた血はいかほどになるか。
伝え聞くだけでも身の毛がよだつ。

曰く、暇つぶしに高笑いしながら、泣き叫ぶ虫妖怪を足蹴にしていた。
曰く、掃除をしようと羽ぼうきを作るために、烏天狗の羽をむしり取っていた。
曰く、遠方で陰口を利いた人間の長屋を、辺り一面ごと妖力を練り合わせた光線で焼き尽くした。
曰く、本来自由奔放なはずの妖精が、太陽の畑では必死に隠れ潜んでいる理由は、見つかったが最後その妖怪が持つ傘の先端で、目玉を抉り抜かれるからである。
曰く、曰く、曰く・・・・・・例を挙げれば枚挙に暇がない。

見た目にも惑わされてはいけない。
外見は可憐な少女なれど、その微笑みの下には恐ろしい形容不可能な何か、暗き澱が詰まっている。
正に、妖怪だ。暴力と理不尽の権化。恐るべきもの、そう称されるに足る存在だ。
あれを愛らしい笑みだなどと言うものは、よほどの強者か、見た目でしか物事を判断出来ぬ夢想家か、彼我の実力差さえ解らぬ愚物か。
とかくその妖怪が、究極加虐生物などと呼ばれるのは、理由があるということだ。

太陽の畑に近付いてはならない――――――。
踏み入れたが最後、五体無事では帰れぬぞ。
先も説明した通り、それが幻想郷での共通認識、常識だ。

・・・・・・そんな、誰もが忌避する場所に、二人の少女が訪れていた。


「ふっふっふ、ここがあの女のハウスね!」

「ややや、やめようよう! やめようようってばあ! ここって、ここってあのフラワーマスターの畑だよ!」

「やっぱりここで間違いなかったのね! 一番強い奴をやっつければ、そいつが一番強いってこと。つまりここにいる妖怪を倒せば、アタイが最強ってことね!」

「無理無理、無理だって! やられちゃうよ!」

「アタイってば天才ね!」

「あああ、どうしてこうなったの・・・・・・」


少女二人は生い茂る向日葵の高い背を、“羽”を震わせて飛び越えながら、騒ぎ声を上げる。
少女達は人間ではなかった。妖精、と呼ばれる自然現象の具現である。
あろうことか妖精種の少女達は、この畑に住まう妖怪に挑もうとやってきたのだ。
無謀、と言う他ないだろう。
いかに自然の具現化された存在であるとしても、恐怖の権化、恐ろしい者達の総称である妖怪の、その最上位にいる者を相手するには、自然の力はあまりに心許ない。
そして少女達が着地した先は、そこだけ向日葵が植えられておらずぽっかりと開いた、いかにもという様な空間。


「いない・・・・・・ね」

「きっとアタイを怖がって逃げてっちゃったんだわ! んんーっ、アタイってば何て最強なのかしらー!」

「本当かなあ」

「これはもうアタイの勝ちね! これでアタイが幻想郷最強! アタイはかざみ何とかに大勝利して」


少女が勝ち名乗りを上げようとした、その瞬間。


「あら、楽しそうね」


時が、止まった。
少女の肩に手を置いた何者か。
何者かの正体など、今更言うまでもない。
ここは太陽の畑なのだ。


「ひ――――――!?」

「・・・・・・っひ! ・・・・・・ひぅ!?」

「うふふふふ、楽しそうね。二人して遊んでいたのかしら。私とも遊んでくれない? ねえ」


恐怖が頂点に達すると、声など出ないと言う。
少女達は悲鳴にならない悲鳴を上げる。
最強を自称するだけのことはあり、少女には力があった。だから、彼我の力量の差を正確に読み取ったのである。
己の肩に掛かる細指からは、尋常ではない握力が伝わってくる。万力のように締められていく指。
肩の骨が軋みを上げてもなお、少女達は悲鳴すら上げられなかった。


「ねえ、さっき、私の名前を言いかけてたみたいだけど」

「あわわ、あわわあわわあわああわ」

「ほら、遠慮しないで最後まで言いなさいな。私の名前を」

「あうう、あうあうああうううあう」

「聞こえなかったの? 私の名前を、言ってごらんなさいな」


恐ろしくて、背後を振り向けない。
目が合ってしまえば、それだけで心臓が止まりかねない。いいや、その前に目玉を抉り抜かれるか。無事では済まない、そんな予感がひしひしと細指から伝わる。
背筋が凍った。冷や汗も、比喩抜きで凍りつく程に。
少女の流した冷汗は氷の粒となって、きめ細やかな肌の上を転がり落ちていった。


「ほら、ねえ、ほら。遠慮しずに、言いなさい。ねえ、ほら、さあ、言って。さあ、さあさあさあ、さああ――――――」


少女達の頭上から、ずいと覗きこむ、真紅の瞳。
幼い精神の箍を崩壊させるには余りある瘴気が、直接注ぎ込まれる。


「う、ううううあああああああっ!」

「ああ、あああ、うわああああんっ!」


力を振り絞り、手を振り払う少女達。
二人は後ろを振り向かず、全速力でその場から飛び去った。


「ばばば、ばーかばーか! これで勝ったと思わないことね!」

「はっ、はやく、はやく帰ろう! おうち帰ろう!」

「ばーか! ばーか!」

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!」


太陽の畑に住まう最凶の妖怪、フラワーマスターを知る者ならば、驚愕することだろう。
この時、花妖怪はあろうことか追撃を加えなかったのである。少女たち二人を見逃したのだ。
確かに礼を欠いた行いなどしなかったが、そも何をすることも出来なかったが、常の花妖怪ならばそれでも羽をもぐぐらいはしそうなものだが・・・・・・。


「ひっ、ひう、うわーん!」

「あだいざいぎょうなのにぃ・・・・・・ああーん!」


いいや、あるいは、少女達の恐怖を煽っていたのかもしれない。そちらの方が面白いと思ってのことだろう。
存在として自由に空を舞うことを約束されているはずの少女達は、飛ぶ事を忘れてしまったかのように、時にお互いぶつかり合いながらほうほうの体で逃げ去っていく。
泣きじゃくりくりながら逃げる少女達。
花妖怪の笑い声がずっと少女達の耳に木霊していた。


「ふふ、うふふ、ふっふふふ、うふふふふふふふふ――――――」


美しき太陽の畑に静寂が戻る。
後に残るは、向日葵の葉鳴りと、花妖怪のさざめく笑い声。
そして、みしみし、みちみち――――――と、何かが引き千切られていく破滅的な音。花妖怪の両手に握り込まれた傘が、じっくりと時間を掛けて、圧し曲がっていく。
花妖怪の顔には変わらない、裂けるような笑みが張り付いていた。
少女二人を逃がしたことが、もったいないと言わんばかりの。
ああ、ああ、口惜しや、口惜しや。だが今は未だ、時を待とうぞ。


「えうう・・・・・・次こそは、次こそは・・・・・・」


花妖怪の呪詛を吸い、向日葵達は一層美しく咲き誇る。








■ □ ■








最近評判の幻想郷入りした新参者。小傘屋の主人であるところの傘屋は、着実に幻想郷内傘屋のシェアを拡大しつつあった。
彼が作る丈夫な傘が妖怪たちの目に留まり、有力妖怪御用達の品となったからである。未だ新参でありながら、人里内で小傘屋は品質だけでなく、ブランド力を付けつつあった。
ほとんど傘業界を独占しているようなものであり、同じ職人たちのやっかみを買いそうな所だが、しかしその主人である傘屋は鼻に掛けた様子もなく、慎ましい生活を送っている。
というのも、元々が閉鎖空間である幻想郷内の流通はそこまで大きく動くことはなく、また傘など一度買われてしまえば長く売れることはないからである。
同じ傘業界の職人から恨みを買わないのも、普段は彼等も別の仕事に手を付けていて、こうして年中傘ばかり張っている傘屋の方が珍しいからだ。副収入がありそちらの方が実入りが良いのだから、こんな割に合わない仕事など譲ってやろうではないか、ということだ。そうなると主と副職が入れ替わるのも早く、専業傘屋はいまや幻想郷ではこの男唯一人となっていた。
上手くスキマ産業に身を置いた形である。いいや、入り込んだのか。

しかし、一度傘が売れてしまえばしばらくは収入が無くなるのは傘屋も同じだった。
多くの職人たちと同じように、売り物が消耗するまでの間、材料費、生活費諸々は、日雇いの仕事を請け負うことで稼いでいる。
職人のコミュニティなど狭いもので、元々たった一つの能しかないのだから職人になったような人間達である。そんな複雑な仕事など出来るはずもなく、下請けか伝手による内職しかすることはない。外の世界でいうところの、アルバイトというやつだ。
では傘屋はというと、例に漏れず伝手を頼って今日も日銭を稼いでいた。
先生、と呼ばれる人里の守護者から紹介された、さる商店の従業員の仕事である。


「傘屋、これは何と言う道具なんだい? 音楽が流れるものだとは解るんだけど・・・・・・」

「ああ、それは音楽プレーヤーですよ、霖之助さん。いや、そのまま耳にあてても何も聞こえませんよ。波の音が聞こえる、じゃなくて。イヤホンを付けないと。その前に充電も必要ですし」

「また電気か。動力が同一規格にまとめられているのは便利だと思ったけれど、こっちで使う分には不便だね」

「産業革命すっとばしてますもんね、こっち。霊力とか妖力が中心の世界なんだから、魔法技術みたいなのが発展するのかと思いきや、やっぱり一般家庭には浸透しませんし。
 ましてやここにあるようなゲーム機で子供たちが遊ぶなんて、ここが幻想郷である限り、そんな発想は出ないんでしょうね」

「いいや、そうでもないよ。子どもたちは遊びの天才さ。このゲーム機だって、外の世界のおもちゃだと説明したら、すぐに遊び方を理解したよ。必要なものも、全部自分たちで準備してしまった」

「へえ、それはすごい。でも紫さん達は何も言わなかったんですか? 外の技術が普及してしまうのは、あまり歓迎出来ることではないのでは」

「はは、所詮は子供のおもちゃじゃないか。あれはそんなに危惧するものではないだろう。こっちでも蹴鞠にして遊ぶのが一時期流行ってね。その時だって、賢者達のおとがめはなかったから、大丈夫さ」

「そうですか。なら安心ですね・・・・・・ん? 蹴鞠?」

「僕も何回か誘われて、中々の腕前になったんだよ。いや、足前かな。ほら、こんな風に」

「やめっ、やめろォ! メガドラ様を足蹴にするんじゃ、あああああ」

「一度使うと二度と使い物にならなくなるのが困ったところだね。使い捨ておもちゃか。なるほど外の世界の贅沢品、ということか。ほら、傘屋、今度は君が蹴るといい」

「あああああ」


そこは幻想郷では珍しい、外の世界の道具を専門に取り扱う店。
魔法の森、その入口に面した危険な場所にある店の名を、香霖堂といった。
傘屋が雇われ従業員として働いている店である。
外の道具だけではなく、魔法の道具、妖怪の道具、果ては冥界の道具までをも取り扱う珍品専門店であるが、客の入りは滅多に無い。
それはひとえに、商品に値札が貼られていないため、品物が欲しければ店主に相談しなければならない、というルールのせいであった。店主がこれがまた生真面目な性格で、いい加減な者の多い幻想郷の面々にとって、非常に付き合い難い男だったからである。
傘屋も生真面目な性質であるが、打てば響く所もあり、からかい甲斐のあるということでこちらは年を経た妖怪を中心に受け入れられている。
足して二で割れば丁度いいような男達であった。
馬が合うらしい二人が、こうしてああでもないこうでもないと、無為な会話に時間を費やしながら在庫の整理をしていた、その瞬間のことである。
がらり、と扉の開く音。


「お邪魔するわ」


時が、止まった。
霖之助の表情筋が全て凍りついたようにして動かない。
客だ。客が来たのだ。
だが霖之助は出入り口を振り向くことが出来ずにいる。異様な圧力が声の主より放たれていた。
時間を空間ごと縛りつけるような濃密なプレッシャーの中、傘屋は「ああ咲夜さんも能力を使っている時、こんな気持ちなのかな」などとあっけらかんと考えていた。
「いらっしゃいませ」と道具の整理を中断し、にこやかに接客に入る傘屋。
『雨を防ぐ程度の能力』によって、雨あられと降り注ぐ圧力を受け流したのだ。


「うふふ、そう固くならないで欲しいわね、店主さん」

「い、いらっしゃいませ。珍しいね、君がここに来るなんて」


ここに来てようやく再起動する霖之助。
招かれざる客に対しても、接客サービスを忘れないのは流石だが、滝の様に流れる冷汗は止められない。
よくないパターンに入ったことを感じているのだ。
こういう手合いの客が来店した時、店が無事であったためしがない。


「ええ。でもごめんなさいね、今日は買い物に来たんじゃなくってよ」


ひやかしであると公言しても、嫌みを感じさせないのは、その客が気品溢れる女性であるからか。
薄らと浮かべられた可憐な笑みが、酷く似合っていた。
恐ろしい程に。


「安心して。お金は払うわ」

「・・・・・・ははあ、つまり商品を買いに来た訳ではないと。では、何をお求めかな?」


すうっと、白磁のような指が真っ直ぐに伸ばされる。
その先にはきょとんとした顔の傘屋が。


「貴方のお店の従業員を」

「これはこれは、お目が高い。ただいまタイムサービス中でしてね、ええ」

「いや、俺はまだ勤務時間で」

「いいじゃないか傘屋。ほら、行ってきなよ。後は僕が全部やっておくから安心して外に出てくれさあ早く行ってくれ今すぐに」

「話のわかる店主さんで嬉しいわ。確か・・・・・・こーりん、だったわね。覚えておいてあげるわ」

「それはどうも。何度も顔を合わせているはずだけどね。名前・・・・・・」

「いや、だからですね」


抗議する傘屋を無視し、彼女は財布を取りだす。
勤務時間と等価の金を支払おうというのだろう。
無視して攫ってしまえばいいものを、そうしないのは彼女が大妖怪であるからか。
時を経た妖怪は理性的となり、貸し借りや約束といった決まり事を守ることを重視するようになるのだ。
霖之助が弾いたそろばん通りの金額を出そうと、彼女は紙幣を数える。
傘屋の代金を手渡された時、霖之助は気付いた。
紙幣が、赤い。
それを掴む彼女の手から、血が滴り落ちて――――――。


「こ、これは、まさか返り血では・・・・・・!」

「あら、ご不満? お金に綺麗も汚いもあるかしら?」

「いや、それは、しかし、一体誰の・・・・・・」

「誰の、だなんて嫌ね。私が怪我をしているとは思ってくれないのかしら?」

「君が? 馬鹿なことを。君ほどの大妖怪を傷つけられる者が、そうそう居るはずがない」

「あー、ちょっと、霖之助さん。あのですね」

「貴方は黙っていなさい。・・・・・・そうね。最強の妖怪だなんて噂が立って、本当に迷惑しているの。
 最近は礼儀を弁えた人間も、妖怪も少なくて、つまらないわ。遊びに来てくれた方には、素敵なおもてなしをしてあげる事を約束しているのにね」


くすくす、くすくすと笑いながら、彼女は指先を伝う血を舐め取る。
くちゅくちゅと情欲をそそる音。
ちゅぷ、と細い指先と紅い舌から伸びる銀の橋に、傘屋は腰の後ろに鈍い衝動を感じた。


「待ってくれ。この店に来る途中で君が誰かを手に掛けたのだとしたら、僕の責任にも・・・・・・」

「気にする必要はないわ。貴方には関係の無い事よ」


彼女はさも何でもないと言った風に、ぴしゃりと吐き捨てる。
有無を言わせぬ態度。
窓ガラスがひび割れ、品物が倒れる。凄まじい妖力が彼女を中心に吹荒れた。
発せられた妖気に霖之助は無理矢理口を閉ざされた。


「受け取りなさい。対価よ」

「・・・・・・まいどあり」


肩を竦めて霖之助は紙幣を受け取る。
諦めた様子だった。
冷静を装ってはいたが、紙幣を受け取る際の手の震えは隠せてはいなかった。
面白いという様に、彼女は、内心怯えていただろう霖之助を見ながら、にいいと笑う。
裂けるような笑みだった。
彼女が店に踏み入ってからこちら、霖之助は決して目線を合わせようとはしなかった。


「うふふふふ・・・・・・それじゃあ、行きましょうか。ねえ、傘屋」

「いや、だから、いいいいっ!?」

「まさか、嫌だなんて言わないわよね?」


そっと握り込まれる傘屋の手。
細くて白い彼女の両の手に握り込まれ、武骨な職人の手が硬直する。
傘屋は総身が緊張に強張るのを自覚した。
真っ直ぐに彼女を直視出来ず、掌にじっとりと汗が噴き出てくる。
心臓がドキドキと、痛いくらいに脈打ち始める。
このままでは耐えられないと、無理矢理振りほどこうと思っても、そうは出来なかった。細くて白い指はひたりと吸い付いて、離れない。


「嫌、なの? ねえ・・・・・・?」


じとりと下から覗きこむように、上目使いで問う彼女。
細指がまるで万力の様に傘屋は感じた。
比喩ではなく、本当に、物理的な意味で。
骨が軋む。
靭が伸びる。
筋繊維が破断されていく。
傘屋の指の体積を無視して、押し別けるように彼女の指が喰い込んで来る。
びち、びち、びち・・・・・・破滅の足音がはっきりと傘屋には聞こえていた。


「いいいいやじゃないです! どこへでも、喜んでお供させて頂きます!」

「そう、ありがと」


曲がっていく手を涙を浮かべてさする傘屋。
手は職人の命である。いくら今は本職から離れていたとしても、大事にせねばならないというのに。
痛みを堪え捻れ曲がった指を一つ一つ霊力で元に戻しながら、傘屋は彼女のなすがままに、引き摺られていく。
掴まれた場所が手首に変わったが、大して良くはなっていない。
うっ血し始めた手首から先が、嫌な色に変わり始めていた。


「じゃあ、あなたの所の従業員さん、借りていくから」

「ええ、こんなのでよかったらいくらでもどうぞ」

「こんなのって・・・・・・俺の意思は・・・・・・」


ごゆっくり、と良い笑顔で霖之助に見送られながら、引きずられていく傘屋。
店を出る瞬間に足で自分の傘を引っ掛けて帯に差したが、傘に描かれている趣味の悪い目玉模様は、何とも迷惑そうに歪められていた――――――ような気がする。

そのまま人里の方へと歩んで行く二人。いいや、引きずられていく傘屋。自力で歩かせるつもりはないようだ。
彼女は傘屋の様子など意に介してはいないようだった。焦点は常に前に、視線は固定されていた。
反対の手に握られた傘屋謹製の鉄傘が、ミシミシと叫び声を上げている。めったな力では曲がらないように、妖怪の武具職人に頼んで鍛えてもらったはずの鉄だったが、彼女の握力には耐えられないようだ。じわじわとした圧迫に、軋む音は一層激しくなっていく。
当然傘屋の手首もあらぬ方向へと傾いていく。
と同時に傘屋の顔色も、自分が持つ趣味の悪い傘のように、紫色に染まっていく。
人里の道行く人は一斉に家屋に引っ込み、戸の隙間からこちらの様子を覗っていた。


「おい、見ろよあれ、花妖怪だぜ・・・・・・。何て恐ろしい笑い顔なんだ」

「よせ、直視するな! 気が触れるぞ!」

「あいつ、腕がひん曲がってやがる。確か職人長屋のあんちゃんだったよな。可哀想に」

「きっと、あのまま引き摺られていって、喰われっちまうんだ。ああ、恐ろしい恐ろしい」

「ああ、そうだな。なんてうらやましいんだ・・・・・・!」

「ひぃぃっ、こっ、ここっ、こっち見た!」

「う、うああ、あああっあああ! ししし死にたくねえよおう!」

「人里だってのに、おかまいなしかよ! クソッ、妖怪め!」

「GO TO U・S・C! GO TO U・S・C!」

「しいっ! 声がでかい、気付かれるぞ!」


ひそひそと聞こえる声は、彼女の加虐性を恐怖するものばかり。
誰も助けに入ろうなどという者はいなかった。恐ろしくてたまらないのだ。守護者を呼べ、という声さえ上がらない。どうか嵐よさってくれと、声を押し殺して祈るばかりだった。あるいは小さく声に出して。
上級妖怪の聴覚に余すことなく届くそれらは、傘屋の腕を容赦なく砕いていく。
唇を噛み締めながら、彼女の顔色も傘屋と等しいまでに青紫に染まっていた。
我慢しかねているようだった。
そしてそれに、いつ爆発するのか、と恐怖する人々。前衛芸術と化していく傘屋の腕。それを見て恐怖を煽られ、悲鳴を上げる人々。負のスパイラルである。
強張っていく彼女顔が、傘屋の腕の残り耐久度を予感させる。
脂汗を流しながら、傘屋は口を開いた。


「幽香さん。そろそろ手を離して頂きたいのですが。その、また勘違いされてしまいますよ?」

「黙って歩きなさい」

「・・・・・・はい」


黙って歩を進める傘屋。
そのまま二人は人里を抜けた。
向う先は解っている。
そう、踏み入ったが最後、生きては二度と出られないとされる、幻想郷屈指の危険区域――――――太陽の畑だ。










■ □ ■










太陽の畑に臨した場所。
一件の簡素なログハウス、そのテラスで傘屋と彼女は向きあっている。
さざ波のような風が舞う。
物理的な威力を伴う程の殺気を至近距離からぶつけられてなお、傘屋は涼しい顔で言う。


「やっぱり何度来ても、素敵なお家ですねえ」

「そうかしら? ありがとう」


くすくすと笑って彼女は答える。


「そうですよ。丁度品の趣味もいいし、これはオリジナルブレンドのアロマかな。うん、いい香りがする」

「私のお気に入りなのよ」

「幽香さんの香りですね」


空気が軋む。
彼女の表情が一変したが、見ないふりをして傘屋の言葉は続く。


「温かくて、柔らかくて、それでいて・・・・・・寂しい香りがします」

「――――――そう」


風が凍る。
たなびく細く吹く風を目視してしまえるかのような錯覚。
凍える風を見詰めて、彼女は今まで時を過ごして来たのだろうか。


「なら寂しくないようにしてくださらない? ねえ、傘屋。あなたも向日葵達の養分になってくれる?」

「まあ、俺が死んだ後は灰をそこらに撒いてくれたらいいですけれど」


そっと首元を、動脈に爪を立てる彼女に傘屋は苦笑する。


「まったく、無理して悪役なんてやらなくてもいいのに」

「無理ですって?」

「顔、すごく引きつってますよ。そうまでして人間の期待に応えなくったっていいんですよ。別に、恐怖の大妖怪じゃなくたっていいじゃないですか。
 イメージを守る必要なんてないでしょうに」


うっと喉を詰まらせる彼女。
引っ込められた手が、握りこぶしを作る。
ぱきん、と軽い音。
彼女の握りこぶしから、血が滴っていた。爪が割れた音だった。
割れた先から修復されていくのは、彼女の妖力が絶大である証拠だ。


「霖之助さんにも誤解だって、言えばよかったじゃないですか。さっきの血も、爪が割れちゃったからなんでしょう?」

「花は孤独に咲くものよ。私は強者として生きて、そう振舞って来た。今更言い訳などしないわ」

「でもそれは、きっと寂しい生き方ですよ」

「人間に同情される謂れなんてないわ。花にたかるしか能のない食糧の分際で、おこがましい」

「そして貴女はその虫を喰らう食虫花、ですか。そうは見えませんけどね。むしろ――――――」

「むしろ、何? 言ってみなさいな」

「いえ・・・・・・。まあ、こんなぬいぐるみを持ってる人には、似合わない台詞だなあと」

「え・・・・・・? あっ! やっ! 見ちゃだめ!」


こんな、と傘屋が指差したのは、窓ガラス越しに見える室内。
小さく整えられたベッドの、枕元にちょこんと座っている熊のぬいぐるみだった。
席を勢いよく立ち上がった彼女が背にガラスを付けて、傘屋の視線を遮る。
凍えていた風が、燃えるように熱くなったように感じる。
開いた間合いは傘で埋められた。
痛い。


「か、かっ、関係ないじゃない! 関係ないじゃないの!」

「痛い痛い痛い」

「い、いいじゃない! 可愛いものが好きで悪い!? 悪いの!? それで貴方に迷惑かけた!? 株価が暴落するの!? 世界が滅びるの!?」

「ま、待った待った落ち着いて! マスパは不味いですって! 射線上にあるものを考えて!」


傘の先端に集まっていた妖力の輝きが霧散する。
広域殲滅妖力砲である。
傘屋の背に向日葵畑が無ければ間違いなく放たれていただろう。
妖怪との付き合いでは、あまり口を滑らせない方がいいというのは言うまでもないだろう。
彼等は人間など簡単に殺してしまえる手段を幾つも備えているのだ。
ちょっとしたことで機嫌を損ねてしまえば、そこまでだ。
例えそれが照れ隠しであったとしても。


「何なの? 可愛くないと可愛いものを集めたらだめなの? 馬鹿なの!?」

「いや、だからですね」

「ぐぎぎ、ぎぎぎ・・・・・・どうせ私は可愛くなんかないわよ・・・・・・!」

「そんな歯を食いしばらんでも」


奥歯をギシギシと軋ませながらテーブルを叩く彼女。
一打毎に水平であった卓上が傾いていくのが恐ろしい。


「寂しくなんてないわ」

「そうですか」

「ないんだから。ほんとよ? 人間の心配なんていらないわ」


うっ血している手首に優しく花の蜜から作られた軟膏を擦り込まれつつ、傘屋はまた苦笑した。
まったく、この人らしいなあ、と。
傘屋の気配を察知したのか、不機嫌そうな気配。
肩口まで伸ばされた翠色の髪から覗く、紅い瞳が傘屋を睨む。


「あ、つつっ」

「だ、大丈夫? きつくなかった?」

「ええ、大丈夫ですよ。ちょっと染みただけですから。もう痛くなくなりましたよ」


おっかなびっくりといった体で傘屋に触れる彼女。
研ぎ抜かれた刃のような切れ長のまなじり。ゆるやかにウェーブがかかった翠色の髪。小さな鼻に、薄い色合いの唇。
白い簡素なブラウスに、赤いチェックのスカートとおそろいの柄のチョッキが良く映えている。
それぞれのパーツ全てが鋭く整っていて、触れれば骨までざっくりと切れてしまいそうな、怖気を振るう程の美貌だった。


「痛くない? ねえ、本当にもう痛くないの?」

「もうそれほどには。薬が効いたんですね。ありがとうございます」

「本当に? 隠してると酷いわよ」

「いや、そんな怒られても・・・・・・」


そんな彼女が今、冷たい美貌に涙を浮かべている。
涙を浮かべて、鼻水をすすってさえもいる。
まるで自分が犯してしまった所業を後悔するように。
ともすれば見下されて蔑まれていることを心底思い知らされる凄味を醸すその顔に、涙を滲ませながら鼻をすすっているのだ。
それを傘屋に悟られてはいないと思っているのだろうから、指摘はしない。
先ほどまで万力の様に傘屋を締めつけていた指は、今は反対にやわやわと傘屋の腕を撫で、薬を塗り込んでいた。
幻想郷に伝え聞く最凶の妖怪像からは、考えられない光景だった。
思いつめた表情で凄味を滲ませながら、ぐすぐすと鼻を鳴らしているのは、むしろ不気味である。


「迷惑、かけたわね。ごめんなさい」


素直に頭を下げる姿も、これも普段の彼女を知るのならば信じられない光景だった。


「私、落ち込むと周りが見えなくなっちゃって・・・・・・」

「いいんですよ。気が滅入っていたら、そういうこともありますよ」

「子供達は皆、私が近付くと泣いて逃げちゃうし・・・・・・」

「後ろから声を掛けられて、びっくりしちゃっただけですよ、きっと」

「えうう」

「ああ、ほら、泣かないで」

「何よばかぁ。ばかぁ」


傘屋のとりだしたハンカチを遠ざけようと、「うぐーっ」と両手で胸板を押してくる彼女。
ほほえましい光景に見えるが、彼女は膂力に長けた妖怪である。される傘屋はたまったものではなかった。
傘で叩かれる方がよっぽど良い。直接力を注ぎこまれるのがどれだけ危険か。
肋骨がひび割れていく音が体内に響く。


「いぎぎぎぎ」

「あ、ちょっ、傘屋!? ご、ごめんなさい!」


苦悶を噛み殺し、内傷を霊力で回復させる。
霊力発現の修行を始めてからこちら、弾幕ではなく自身の傷を癒すことに使われる方が多かった。
傘屋も癒しの力を行使する方が得意である。これは傘屋に修行を付けてくれた国守の神の影響だろう。双つ神様々である。二柱で御利益二倍二倍。どこかの駄目巫女とはえらい違いだった。
山の神社に傘を奉納しに行こうと心に決めながら、傘屋は彼女に呼ばれた理由をまとめてみた。
自然と頬が緩むのは、痛みのせいではない。


「なるほど。まとめると、一緒に遊びたかったのに怖がられて、逃げられたのがショックだった。それで笑うしかなかった、と」

「・・・・・・そうよ、文句あるの?」

「まさか。たまたま警戒心が強い子達だったんですよ。きっと」

「・・・・・・ん」

「まあ、愚痴ぐらいはいくらでも聞きますよ。でもそこで折れちゃあだめです。ね、次がんばりましょう?」


次、とはもちろんのこと、彼女のやさしいお姉さん化計画のことである。
黒白の魔法使いあたりならば、似合わないと腹を抱えて笑うだろうが、この二人は本気である。

傘屋が彼女と初めて出会ったのが、彼女の落とした日記帳の中身を改めそれを届けたからであり、どれだけ彼女が本気であるかを知っているからだ。
余談であるが、運悪くその時の彼女は歌の練習中で、自作の歌をフリ付きで向日葵に披露していた真っ最中だった。
羞恥に悶える彼女に半殺しにされたのは、今ではいい思い出である。
お詫びにと傘屋が作った傘を買ってくれるお得意様の一人になってくれたのだから、これくらいのアフターサービスに付き合うのは当然だ。
その日から、何かと傘屋は愚痴の聞き手として彼女の自宅に招待されるようになったのである。


「どうして怖がられちゃうのかしら・・・・・・うう」

「ああもうほら、鼻をかんで。もっとこう、にこやかにしてないと、子供たちに好かれませんよ」

「こ、こう?」


ぐっと堪えて、彼女は笑った。
背筋に氷柱を刺し込まれたような感覚に傘屋は震える。
怖い。
爛々と紅く輝く眼。裂ける唇。
こんなにも笑うことが苦手な女性も珍しい。
がんばれと言った手前、これは無理そうだと言う訳にはいかない。


「そ、そうそう。そんな感じですよ。はは、は・・・・・・」

「ん・・・・・・ありがと」


本人にしてははにかんだつもりなのだろうが、怖い。
彼女から目を逸らすようにして、傘屋は天を仰いだ。太陽が目にしみる。

ニヤリ、ニタリ、ギシィ、ククク――――――と頬笑みを練習している彼女と最も付き合いが深い人間は、これは間違いなく自分であるだろう。
霊夢や魔理沙とも付き合いが長いが、深くはないのだ。付き合いが深くなれば、その人の違った側面が多く見えて来る。
例えばこんな、彼女の意外な一面が。

趣味はお花を育てること。
なりたい職業は歌のお姉さん。
将来の夢はお嫁さん。
日記には自分の事をゆうかりんと書いている。
子供大好き。一緒に遊びたいが、輪に入れたためしがない。
等々。

傘屋が知った彼女の一面は、幻想郷中から最凶の妖怪として恐れられているものとは、全く正反対のものだった。
彼女自身も物怖じしない人間と出会えたことは嬉しかったらしく、それは多くの事を教えてくれた。他愛もない、彼女自身のことを。
そこで傘屋は気付いたのである。

幻想郷の先入観を全て取り払って考えるならば、つまりは彼女は――――――風見幽香という、妖怪は。
彼女が誇る容姿と力から、他者に無用な勘違いを巻き起こす、勘違い系の妖怪なのだということを。


「ん、よし。元気でた。ありがとね、傘屋」

「そうですか」

「どうしたのよ、そんなにやにやしちゃって」


口を尖らせて不機嫌さをアピールしている幽香。
やぶにらみの眼がナイフの先端を思わせて、恐ろしい。いつ刺されるのかと肝が冷える。
しかし一人しんみりと考え込んでいたからか、傘屋の口は滑らかになっていたようだ。


「いえ、やっぱり幽香さんは可愛いなあ、と」

「は、え? か、かわ、かわあああ!?」


高まる妖気。
傘屋は墓穴をほったことを気付いた。
だがもう遅い。


「あ、いや! い、いまの無しでお願いします! いえ、幽香さんは可愛らしいですが、いやそういうことではなくてですね! 待って、それは本当にやば――――――」

「あああああ・・・・・・ばかあ!」

「い――――――!」


肩口から先が視認不可能になる程の、神速のストレート。
実の所、幽香が恐れられている最たる理由は、純粋な暴力に依るものであった。
長く生きた妖怪はその時間に比例する妖力を持つ。彼女も例に漏れず、花妖怪の呼び名が指す能力である『花を操る程度の能力』は、おまけ程度でしかなかった。
恐るべきは純粋に高い妖力と、桁外れの身体能力である。

脅威の膂力で殴りつけられた傘屋は、悲鳴を細く残し、血反吐を撒き散らして地面を転がる。
かつて鬼の四天王に受けた必殺の一撃とは、全く比べ物にならない威力だった。
当然、こちらの方が上である。


「は、恥ずかしいことを言うんじゃないわよ! な、な、殴るわよ! 殴るわよ!?」

「殴る前に、言って欲しかったで、す・・・・・・」


中々に洒落にならないレベルの吐血でのたうつ傘屋だが、幽香は一瞥もくれる事は無い。ぎゅっと目を瞑り、あうあうと何事かを口走りながら、両手を振り回すのに忙しそうだった。
性根は純粋な乙女なのだろうが、立ち居振る舞いがどうしようもなく強者なのだ、と思い知る傘屋だった。さすが究極加虐生物である。
妖怪との触れ合いは常に命の危険が付きまとう。猛獣もかくや、いいや野生の虎の方が可愛らしく見えるだろう。
一通り慌ててから冷静になったのか、幽香は惨状に気付いて傘屋に駆け寄る。


「ああっ、ま、またっ! ご、ごめんなさい傘屋」

「いえ、いいんです。いいんですよ・・・・・・」


双つ神の巫女仕込みの霊力で内傷を癒し、どうにか立ち上がる傘屋。
そんな傘屋の様子を、ちらちらと幽香は盗み見る。
何かリアクションを求めているようだが、ここで間違った対応をすれば痛い目を見るに違いない。
虎が親愛の情でもって人にじゃれついたとしても、それで人が無事でいられるか、という話だ。
彼女と交友を持とうとするならば、自己治癒能力の一つや二つがなければ、事故で普通に死んでしまう可能性が大なのである。
そして、それに彼女自身があまり自覚が無いということが、一番の問題であろうか。
力を制御するには常に気を張っていなければならず、遠慮のない対応はそれだけ傘屋が信頼されているという証拠にもなるのだが。
全く悪意の無い行動が、全て暴力に繋がってしまう。
勘違い系は伊達ではない。

彼女自身は大したことはないというつもりでかもしれないが、あんなレベルの殴打を喰らえば今度こそ死んでしまうだろう。
よし、と傘屋は作務衣についた土を払った。何をかいい事を考え付いたという顔。


「よし、解りました。ここはお詫びということで、幽香さんのために一肌脱ぐこととしましょう」

「ふえっ?」

「ちぇえええええん! 来てくれ、ちぇえええええん!」


天高く、声を張り上げる傘屋。


「うにゃあーん!」


すると間もなく、不思議な事が起こった。
じわりと空間が滲んだかと思えば、どこからともなく緑色の帽子を被った小柄な少女があらわれたのだ。
帽子の脇からは猫の耳がはみ出し、スカートに空けられた穴からは、こちらも二つに別れた猫の尻尾が飛びだしている。
空中でくるくると三回転すると、すとんと器用に着地して、傘屋へと歩み寄って来る少女。


「あー、傘屋さんだー。こんにちわ!」

「はい、こんにちは。早速だけど橙、助けてくれないか?」

「もっちろん!」


どーん、と飛びつく少女を危うげなく抱き上げる傘屋の袖を、幽香が引く。


「ね、ねえ傘屋、今この子、どうやって現れたの? 妖術にしては、構成がおかしいように見えたんだけど・・・・・・」

「ああ、あれはにとりさんの実験で、ちょっと、まあ、色々ありまして」

「実験? 何の?」

「量子的にどこにでもいたりいなかったり・・・・・・。まあまあ、それは今は置いておきましょうよ。さあ今回のゲストはこの橙ですよ」

「え、ええっ!? い、嫌よ! 何をするつもりか解らないけれど、どうせまた怖がられちゃうんだから!」


少女を怖がらせないためにか、そっぽを向く幽香だったが、この少女が何者かを問う事はなかった。虚空から瞬時に現れてみせたのに、である。
そう、少女は知名度だけならば、幻想郷内でもかなりの高位にあった。
妖怪の賢者の、式の式。その名を橙(チェン)という、化け猫の少女である。
虚空から現れたのも、妖怪の賢者の式の式、と考えればなるほど相応しい能力であるのかもしれない。


「んー・・・・・・? あ、このお姉さん知ってる!」

「知っているのか橙」

「うん! どえすさんでしょ? 里の皆が言ってたよ!」

「どえっ!?」

「あ、ごめんね。えっと、アルティメット、何だっけ?」

「ゆうえすしぃ・・・・・・」

「こ、こら橙、そんな言葉どこで覚えてきたんだ!」

「人里。みんな言ってたよ。このお姉さんは、三度のご飯より人間の悲鳴が好きなんだって。特に子供の」

「・・・・・・枯れたい」

「幽香さんしっかり!」


膝から崩れ落ちた幽香に掛ける言葉がない。
見目が幼い相手からの言葉であったことが余計に堪えたのだろう。うつ伏せにピクリともしなくなった。
これは早い所ことを進めた方がいいだろう。
幽香が枯れる前に。


「ねー傘屋さん。このお姉ちゃんにいじめられてるの? 顔が怖いし、やっぱり悪い人?」

「えううっ!?」

「違う違う、このお姉ちゃんがね、皆と遊びたいんだけど、人数が足りないからって。だから助けてくれーって橙を呼んだんだ」

「わああ、一緒に遊んでくれるの?」


ぴょんと傘屋から飛び降りて、幽香へと近付く橙。
幽香はどう対処したらいいのか解らないといった風に、おろおろとしていた。


「えっ、えっ、ええっ!?」

「ほら、幽香さん。今ですよ」

「や、やめっ、背中押さないでよ! ど、どうしたらいいのか解んないじゃないの!」

「いいんですよ、解らなくても。頭で考えるのなんかやめましょうよ。一緒に遊んで来たらどうです? そこに隠れてる二人も一緒に。ほら、出ておいで」


そこに、と傘屋が指差せばがさがさと向日葵が揺れ、二人の少女が転がり出て来る。


「ひいいっ! ばれてる、ばれてるよチルノちゃあん!」

「ふっふっふ、これはこうつごーね。最強のアタイは逃げる訳にはいかないんだから!」

「チルノちゃああああん!?」

「アタイが勝てばアタイが最強ね! さあリベジンだ!」

「それリベンジだよチルノちゃん! やめてー!」


緑の髪を頭の横で一束ねにした少女に、水色の髪を大きなリボンで結んだ少女。
二人の背には薄い羽が。少女達は妖精と呼ばれる自然の具現した存在だった。
確か湖に住む氷妖精と、その親友だったか。
霊夢や魔理沙につっかかっていくのを何度か見たが、傘屋にとってはこれといった面識はない相手だった。
この際だから巻き込んでしまえ、という傘屋の魂胆である。


「おっと、今日は弾幕ゴッコは無しだ。これだけ参加人数が多いんだから、バトルロイヤル方式でいこう」

「私も入ってる!?」

「バトルロイヤルってなーに?」

「つまり、最後まで勝ち残ってた奴が最強、ってことさ」

「うなー」

「わかりやすくていいわね!」

「勝負方法も特別なものにしよう。そうだな・・・・・・」

「ちょ、ちょっと傘屋! 貴方何を勝手に・・・・・・!」


幽香には悪いが、やはり人間を相手するには彼女は強すぎるのだ。ましてや人間の子供など。
強き者は弱き者の気持ちなど、解らないという。それは真理だと傘屋は思う。

あまりにも強者。
あまりにも強靭。
あまりにも強力。

絶対者足り得る彼女が、子供などという、弱さの象徴とも言える存在にそれ程まで執着を注ぐ理由。
それは、彼女の中に弱さが、欠片も存在していないからではないだろうか。
弱者を庇護することで、自身に弱さを取り入れ、それを慰めにしようとしているのではないだろうか。
人はそれを強者の理屈であると言うのかもしれない。
だが傘屋には、それは孤独な妖怪の母性ではないかと、そう思うのだ。

幻想郷に来てすぐのことだ。傘屋は賢者達と語らったことがある。
その場で語られた話題の一つに、こんなものがあった。
曰く、完全な存在などない。
妖怪が人間の精神的エネルギーを必要とするように、あらゆるものは弱さとも呼ぶべき欠けたる部分を持っているのだ。
陰陽併せ持つのが存在の必定である。幻想郷の住人ならば、なおさらのこと。
他の強い心で補わなければ、括らなければ、精神の存在である妖怪は消えてしまう。それは恐怖か、あるいは――――――。
妖怪たる私も例外ではない、とそう言って、賢者は哀しそうに星を眺めていたのを覚えている。
それは、花を愛でている幽香に良く似た横顔だった。

自らが強者であればある程、他者に弱さを求めねば、存在し得ない者達――――――妖怪。
普通の妖怪であるならば、人間に恐怖を与えていればそれで事足りるだろう。だが幽香は普通の妖怪などではない。普通の妖怪などでは、断じて違う。
幽香は花を愛でる妖怪だった。生命として圧倒的に弱き草花を愛する妖怪だったのだ。
花妖怪である。力無き花を庇護し、愛でること。その尊さを、産まれたその時より知っている。
だから、恐怖をばら撒く側であるはずが、幽香は気付いたのだ。
人間の儚さ、愛おしさを。
まるで花のように咲き誇る、弱き者の、一瞬の命の輝きを。

妖怪は恐怖を具現する。
普通の妖怪は物理的な手段でしかそれを為し得ないが、幽香程の妖怪となれば、息をするのと同じように自然に、当然の様に、そこに在るだけで恐怖を与えられるのだ。
彼女が人里で恐れられているのは、何もその妖力や膂力だけが理由ではない。無自覚な立ち居振る舞いもあるだろうが、それだけではなかったということだ。
恐怖は生へしがみ付く原動力である。つまり恐怖とは、生の輝きである。何とかして生き延びよう、死にたくないと思える余地があるからこそ、恐怖は産まれるのだ。
その生命の最後の閃光が、妖怪を生き長らえさせるのである。
そして時を経た大妖怪ならば、同じ妖怪相手であっても恐怖を糧とすることが出来る。
存在の次元が違うのだ。化物も更なる化物には無力、喰い物になるしかないということだ。

だが、と幽香は思ったという。
全ての花は――――――命は、本当に散る瞬間こそが、真に美しいのだろうか。
そう自問したという。
答えなどとうに解っていたというのに、せずにはいられなかったという。
幽香は花妖怪なのだ。答えは解っていた。だが妖怪である自身の本能が、その答えに異を唱えていた。

だが、だが、だが・・・・・・。
幽香は長い時を掛けて、自分に問いを発し続けた。
殺したらしい。
たくさんたくさん、殺したらしい。
歯向う人間を。無抵抗な人間を。同じ仲間であるはずの妖怪を。その間中、ずっと。
妖怪なのだ。当然である。
例え自らの行いに心が悲鳴を上げていたとしても、そうしなければ、妖怪の業に従わなければ、消えてしまうのだ。

だが、だが、と言い続け、そして幽香は一つの答えを眼にした。
それは最も弱き種族である人間の営みの中にあった。
花咲くように輝く人間の、最後の命の瞬き。確かにそれは、美しいものである。
だが、それ以上に人間が輝き、咲き誇る時があったのだ。
それは、愛する人をその腕に抱いた時。
それは、親が子を抱き上げた時。
人が、大事なものを守ろうと決意した、その時――――――。
あるいはそれは、愛と呼ばれるものであろうか。
幽香が目にした人間の最も強い感情、命が輝く時――――――それは恐怖などではなく、愛だった。

その瞬間、幽香の中で全てが合致したという。
幽香は花妖怪である。
咲き誇る花は、愛でられるべきなのだということを、知っていた。
強烈に憧れたという。焦がれたという。幽香の中で、制御不可能な強い欲求が爆発していた。
ああ、ああ、愛されたい、と。
私も誰かに愛されたい。そう思ったという。
太陽に向かう、あの花のように――――――。

だが自分は時を重ねた妖怪だ。多くの人間を、妖怪を殺しすぎた。恐怖される側の存在でしかないのだ。そんな存在が愛されるには、どうしたらいい。
簡単だった。
ある意味、人間や妖怪達と寄り添って生きて来た大妖怪は、心の機微を把握しているのだ。
心とは鏡であるということを、よく理解していた。
ある一つの感情を向ければ、同じものが返ってくるのだ。
ならば、愛されるには、愛すればよい。簡単だ。私は人を大事に思う事が出来る。
こうやってにこやかに頬笑みかけたら、きっと――――――だが返答は、殺意の刃だった。
結局その時も、いつも通りに恐怖をばら撒いてお終いだったそうだ。

幽香は考えた。
心は鏡だが、それが曇っていては澄んだ景色は映らないだろう。
ならば綺麗な鏡であればいい。
そう、子供だ。
子供を愛することが出来たならば、きっと。
相手は人間でなくてもいい。妖怪であっても、幼い精神性であるならばよい。
初めは彼等に好かれることから始めよう。
そして、いずれは――――――。


「勝負方法は、そうだなあ・・・・・・」


傘屋は思う。
人間と妖怪の合いの子、という話はよくある。傘屋の身近ならば、霖之助がそうだ。彼はその身に流れる血の半分が妖怪だった。
幻想郷ではそう珍しくもない事例かもしれないが、「二人は幸せに暮らしましたとさ。めでたしめでたし」と締めくくられる話がほとんど無いこともまた、事実だった。
何もそういう物質的に人間と愛を交わした話でなくてもいい。
例えば忠誠や、恩義、好意に友情・・・・・・河童が解りやすい例だろうか。古事に曰く、葛の葉狐。物語ならば、雪女、あるいはゴンという妖怪の子狐の話が有名だ。
人間を愛してしまった妖怪。その末路。
それは幽香も承知のうえでのことだろう。それでも――――――。

妖怪の愛は、いつも切ない。


「よし、じゃあ勝負の方法は鬼ごっこだ! お日様が赤くなった時に、鬼になってたやつが負けな。最初は幽香さんが鬼だぞー」

「にゃにゃーっ!」

「よし! その挑戦受けて立つ!」

「ひぃ、鬼より怖い!」


言うが早いか、ぴゅうっと飛んで逃げていく三人。
誰が一番強いかを決める勝負からは完全に趣旨が外れているというのに、誰もそれを指摘しない。あまり頭がよろしくはないようだった。
氷妖精は特にそんな感じである。
さて、と逃げていく三つの背を仰ぎながら、傘屋は困惑したままの幽香に向き直る。


「え、えっと、えっと」

「ほら、何をしてるんですか幽香さん。早く10数えないと」

「で、でも、追いかけたりしたらまた怖がらせちゃうかもだし!」

「怖がられてますかね? あれ」

「ゆーかが鬼だー!」

「ゆーかが来るぞー!」

「うわあん、うわああん!」

「泣いてるじゃないのあの子!」

「何を馬鹿な。あれは汗ですよ」

「違うでしょ!」

「涙という名の心の汗ですよ」

「違うでしょ!?」


適当に返事をし、傘屋も空へと飛び上がった。
めいっぱい遊ばせて、最後に自分が鬼になってお終いという筋書きでいいだろう。
問題は幽香が力加減を誤ることだが、幼く見えても彼女たちは妖怪に妖精だ。少しばかりの負傷など、問題はない。
むしろ自分の方が気を付けなくては。
力加減の出来ない大妖怪と遊ぶなど、命がいくつあっても足らない。
相当入れ込んでいなければ出来ない事だよなあ、と自分自身がおかしくて傘屋は笑った。


「このっ、後で覚えてなさいよ!」

「ははは、俺を捕まえられればの話ですけどね」

「後ろからマスパ撃ち込んでやるんだから!」

「やめて。それだけは本当にやめて」


観念したか、幽香が「いーち、にーい・・・・・・」と数を数え始める声がする。
ぶつくさと文句を言っていた幽香だったが、口の端が持ちあがっていたのを傘屋は見逃さなかった。
それは変わらず怖い笑みだったが、だがとても、とても嬉しそうに見えたのだった。
数を数えるために後ろを向いた時、幽香が目元をさり気なく拭ったのは、これは見ぬ振りをしておくのが正解だろう。

傘屋はそんな嬉しそうなカウントを耳にしながら、高度を上げた。
見下ろせば、辺り一面が黄。
ここは太陽の畑。
生きては二度と出られないとされる、幻想郷屈指の危険区域。
今日だけは、子供達の笑い声が響く場所――――――。


「ねえ、傘屋!」

「はい、何ですか幽香さん!」

「今日はいい天気ね!」

「ええ、本当に!」


向日葵に囲まれて傘屋を見上げる幽香が、両手で口元を覆って、大声で叫んでいた。
その後、小さく口が何かを発したように動いたが、それは聞こえなかった。
言い終えた幽香が手を振っている。
その顔には、自然な笑みが浮かべられているように見えた。
まるで向日葵のような、明るい笑みが。
高度を上げたせいで本当はよく見えなかったが、そう思ったのだから、それが全てでいいではないか。


「9・・・・・・10! さあ皆! 覚悟はいいかしら!」

「ひいいっ! あれは狩る側の顔だよう!」

「あ、アタイは最強、最強なんだから、怖いものなんて、なんて・・・・・・怖いよう!」

「逃げるが勝ちだよー! にゃーん!」

「あ、あ! 逃げないで! 待ってえ!」

「いや、鬼なんだから逃げるでしょ。常識的に考えて」

「このっ! 待ちなさいよ!」

「あ、あれ? 思ったよりも遅・・・・・・あれー?」

「えううーっ!」



傘屋はいつものように傘を開こうとして、やめた。
たまには傘を差さぬ日があってもいいだろう。
今日はこんなにも向日葵が綺麗なのだから。

















加筆・・・・・・したけどあんまり変わらない!
シチュエーションミスかっ、おのれー。
これはもうゆうかりん第二部に続かせるしかありませんね。

しかしピクシブを数年ぶりに覗いたのですが、色々ジャンルが増えていて驚きました。
ゆうかりんは子供好き! というネタは実は大量に存在していたと。
色々な投稿者様方が思い思いのシチュエーションで書かれていて、大変勉強になりました。
教えて頂きました皆様方、ありがとうございました。

ほくほく顔で検索し続けて気付けば朝5時。
やられた。感想板の罠にはまったわ・・・・・・。

※06/16

※1.この後、ゆうかりんは誰もつかまえられなくて涙目になっていたという。
※2.幻想郷の子供達の間でゲーム機を蹴り飛ばす遊びが流行しているのは、公式設定。

やあ、私がどれほど影響されまくったのか、丸わかりなことでしょう。
初めはべそべそ泣き虫ゆうかりんだったのが、ちょっとナイーブな明るいお天気お姉さん風な感じに。
いや、私は悪くない。悪いのは感想板の紳士諸兄らであるとここに言いたい。ネタがあちらっぽく流れていったのも悪くないんだい!
・・・本当に申し訳なく思います。自分の発想の貧困さに軽く絶望。
もっとゆうかりん可愛く書けたろう自分・・・・・・。
これはもうおきて破りのゆうかりん第二部を書くべきか・・・?

とりあえず、色んなキャラを出してみるテストでした。
はい、失敗ですね。今まで通り、一対一形式でやっていった方がよかったことこのうえなし。
一応こーりんも関係していて、ちぇんも猫箱ネタ前回出てはいるのだけれども。うーん。
ノシ棒東方の世界では、猫鍋ならぬ猫箱にきゅんときちゃった藍しゃまが暴走した結果が橙ということになっています。
普段は妖怪の山で生活しているはずの橙が、藍が呼べばすぐに現れるのはなぜか。
量子ワープだ! と00映画を見て思いついたネタでした。

さあ、次回は誰がいい?



[27924] 【ネタ】東方ss 傘屋さん6 (修正・微加筆)
Name: ノシ棒◆f250e2d7 ID:373ed26e
Date: 2011/06/24 20:21
異臭がした。
血の臭いだった。
紅に染まっていた。
異界だった。

指が千切れている。鼻が千切れている。耳が千切れている。目玉が千切れている。足が千切れている。腕が、腹が、首が――――――。
血と臓物の海に、少女の残骸が沈んでいる。
千切れた髪は真っ赤に染まっていて、だから、ああこれだけ綺麗な朱なのだから、元の色は白かったのだろう、と傘屋は思った。
むせ返る鉄錆と糞尿の臭いが思考力を奪っていく。

傘の素材に竹を採取しに来ただけのはずが、どうしてこんな異様な光景を目にすることになるのだろう。
緑の空間に入り混じる朱。ざあざあという静かな笹鳴りの音に、ばたばたと忙しなく地を叩く肉の音。
笹から滴り落ちる雫が紫色の傘を伝い、幾つもの赤い筋を残していく。朱色に染まっていく視界。機能しなくなっていく嗅覚。
血の雨が降っていた。
比喩では無く、辺り一面を真っ赤に染める、血の雨が。
見る限り、何らかの外的要因で破裂した少女の“部品”が、そこいら中に飛び散ったようだ。
ぼとりと傘を伝って地に墜ちたのは、大腸の一部だった。
恐らくは妖怪に襲われて、食い散らかされたのろう。妖力の塊でも投げつけられたのだろう。爆弾が至近距離で炸裂したような有様だ。
可哀想に、と傘屋は少女の眼を閉じてやろうとして、止めた。鼻から上が無かったからだ。
辛うじて少女であると解る形の良い唇に、長い髪が纏わり付いているだけだった。

少女の残骸を前にして、そのまま引き返すことも出来ず、傘屋は穴を掘ることにした。墓穴である。
こんな場所で、と思わなくもなかったが、かといって持ちかえるには“細かすぎ”て、放って置けば小動物か力の弱い妖怪に貪られるかしかない。
幻想郷としてはここは捨て置くのが正解で正常な判断なのだろうが、大分幻想郷的となったといえど多少は外の価値観を引き摺る傘屋には、見て見ぬ振りをするという選択肢はなかった。
背負い籠から適当な竹を見繕い、鉈で半分に割って簡易スコップを作る。これは土を被せるために使うものだ。穴を掘るには霊力弾を用いるつもりだった。手早く済ませるのは、血の臭いに引き寄せられるものを歓迎することは出来ないからだ。
叩きつけられた霊力弾が土砂を巻き上げ、穴を穿つ。
これだけあれば十分か、と傘屋が両手を合わせ、少女の千切れた細い腕を取り上げた、その時だった。


「ま・・・・・・でぇ・・・・・・」

――――――待て、と。
背中から、声がした。


「おいで・・・・・・げぇ・・・・・・」


――――――置いていけ、と。


「ぞのうで・・・・・・・おいでげぇぇ!」


――――――その腕、置いていけ、と。
地の底から轟くような、怨嗟の声。
そう言葉を発したのは、あろうことか、少女の残骸だった。
鼻から上の無い少女の、細首に残った声帯だけが、言葉を発していたのだ。
血反吐と共に、どろりと髪の束を吐きだしながら。
丸い、紅い二つの目玉がぎょろり、と傘屋を睨み付けていた。
その目玉はてんでばらばらな方向にあった。一つは地面に転がって、一つは頭上の笹に潰れて垂れ下がっていた。ばらばらの目玉が一つの意思で、傘屋を睨み付けている。
足首に鋭い痛み。
見れば、爪が喰い込んでいた。
取り上げたのとは別のもう一方の腕が、地面を這って、傘屋の足首を締め上げていたのだ。
びたびた、とおびただしい量の血と肉を零しながら、臓物が細動していた。全てが傘屋を取り囲むようにして、血の雨を降らせていた。


「・・・・・・血の雨ってのは」


傘屋はぼんやりと、頭上を仰ぎながら呟いた。
ぞぞっ、ぞぞっ、ぞぞぞっ、と笹の葉を纏わり付かせながら、肉塊の蠢く音がする。


「本当に降るのか」


感心したように傘屋は頷く。
ぞぞっ、と傘屋を取り囲んでいた・・・・・・否、少女へと収縮しつつあった肉塊の動きが止まった。
それから、ぞぞっ、ぞぞっ、ぞぞぞっ、と、傘屋の反応を窺う様に、警戒心露わに近付く臓物達。臓物に警戒心などあろうはずもないが、傘屋にはそう感じられた。
こちらを信じていいのか計りかねているような、側に居たいのに近付くのが怖い、と怯える子猫のような、そんな印象。
異臭を起ち昇らせる臓物達であるというのに、だ。

異常な事態と空間に捕らわれていてなお、傘屋には怯えた様子は無かった。
狼狽しているどころか、落ち着いているようにも見える。
むしろ、少女の残骸に集いつつある部品の動きを頻りに目で追って、純粋に感心しているようだった。
不思議だなあ、と興味深そうにしてしゃがみ込んで観察している。


「おば、え・・・・・・」


お前、と。
少女の残骸が、疑問に彩られた声を発する。
少女の鼻の上、断面に血の泡が幾つも浮き、弾ける。弾けたその後には骨が、筋が、皮が、真新しいそれらが出来あがっていた。
視神経に繋がられた目玉が、掃除機のコードのようにしゅるりと頭蓋に収まる。ぱっかりと開いた後頭部からは、灰色の脳がずるりと頭蓋に収まる。
どうやら“あちらこちら”に少女の思考は“あった”らしい。
形作られた瞼が訝し気、という表情を眼球に乗せる。
正しい焦点が、傘屋をねめつけた。


「人間、か・・・・・・?」

「一応は」


傘屋は苦笑と共に答えた。
喋りながら、少女の喉はもうほとんどが治っているようだった。
鈴を転がしたような、幼さの途上にある声だった。


「怖く、ないのか・・・・・・?」

「血みどろはもう、慣れましたから。幸いそういうのが得意な友人が、何人もいまして」

「そいつは」


深く息を絞りだしながら、少女は塞がった頭部を検めるよう、髪を掻き乱した。
所々が朱に染まった、腰にまで迫るほど長い白髪が少女の指に絡まっていく。


「友達付き合いをあらためた方がいい」


呆れたように、吐き捨てる。


「まあ、ほとんどが妖怪ですからね。血と悲鳴はお手のものですし。ところで何だか色々としっちゃかめっちゃかですけれど、大丈夫ですか? あなたは妖怪ではないでしょう?」

「別に、いつものことよ。私は不老不死だから、放っておいて」

「そうですか。不老不死ですか。なら安心だ」

「何その顔。信じてないでしょ。おいこら、笑うな」

「まあまあ、とりあえずそんな所で寝ていたら、風邪引いちゃいますよ」

「不老不死だと言っとろうに」


聞いてか聞かずか、順調に修復しつつある少女の身を起してやる傘屋。
幻想郷で妖怪と接点が多い者は、皆グロテスクへの耐性が出来るのである。


「・・・・・・木っ端妖怪から守ってるつもり? 余計な御世話だと言ったつもりなんだけど、解らないの?」

「いいえ、守るだなんてそんな。ただほら、服が汚れちゃいますから、ね?」


少女に傘を差し出して言う。
ぱたぱたと、血の雨の滴る音がした。


「雨が止むまではいいでしょう?」


頭上を指差す傘屋があんまりにもぼんやりと笑うものだからか、少女は毒気を抜かれてしまった様子だった。
膝の上でむっつりとして押し黙る少女。
目を閉じて回復・・・・・・これは復元の域か、復元に集中しているようだった。
呆れたように、深く息を絞りだす少女。


「・・・・・・勝手にしたらいい」


吐息が寝息に変わるのは、それから直ぐのことだった。
むせ返る血の臭いの中での邂逅。
これが傘屋と不老不死の少女――――――藤原妹紅との出会いだった。






■ □ ■






本来傘作りには、竹骨、和紙、木、金具、その他諸々の細工を専門の職人が受け持つのが普通であるが、小傘屋ではこれら全ての工程を傘屋一人で受け持っている。
これは傘屋が職人気質を発揮したというわけでなく、幻想郷に職人が足らないためにこなしているにすぎない。
基本的に幻想郷の住民は農業を生業とするものが中心のため、職人が常に不足しているのである。こんな小さなコミュニティを持続させようとするならば、食糧問題に力を入れなければならないのは当然であり、さらに里をぐるりと妖怪の根城が囲んでいるのだから、仕方がない話である。
しかしやるからには納得行くまで突詰めるのは当然で、満足いくまで本当の意味で一から傘作りに取り組めるのは、傘職人にとっては望外の幸運だった。
畑違いの技術は河童からきゅうり何十本かで取り入れている。人間の盟友に感謝である。
作成した傘は奥から順に、販売用の簡易量産傘、特注の一点物、妖怪用の鉄傘、洋傘と並んでいた。
そしてまた一本、新たに完成した傘がそこに加えられる。

薄暗くした作業部屋の中、傘屋は張りの最中にあった。
竹骨に糊付けをし、手元等という加工された和紙を、慎重に息を殺して張っていく作業だ。
この作業にはいつも神経を使う。
骨組の強度や可動域はもちろんのことだが、和紙は傘の顔である。
自然糊を使ってはいるが、一度糊を吸わせた竹骨は水分を含み、歪みの元となる。やり直しは利かない。一度の失敗で全てが駄目になるのだ。
小傘屋を開いてしばらくになるが、この作業だけは何時になっても緊張に指が震えた。
ぐるり、と一回転。
計算尽くで切り抜かれた和紙が美しい円を描いたことを確認し、傘屋は大きく安堵の息を吐く。
そうして徐に傘を日干し台に立て掛けると、傘屋は観念したと言うように頭を振った。


「妹紅さん」


名を呼ぶが、返答はない。
返って来るのは鋭い視線だけ。


「俺に何か御用でも?」

「別に。仕事、続けたら?」


別にも何もないだろう、とは言えなかった。
花妖怪のそれに比べれば何とも可愛いものだが、それでも睨み続けられたらば気になって仕方がない。


「いや、でもですね」

「何でもないって言ってるでしょ」

「じゃあそれ、止めてくださいよ」


それ、と妹紅の口元を指差す傘屋。
指の先には細巻きの葉巻が咥えられていた。


「火気厳禁です。全室禁煙ですよ」

「ふん、よく見てよね。火は付けてないでしょ、ほら」


一層強くなる視線。
視線が痛かった。


「それにこれ、煙草じゃないし。薬草だし。そんな健康に悪いもん、私が吸うわけないでしょ」


どこぞのロシアンマフィアの女頭目のように、見下した顔をする妹紅はそれは怖かったが、やはり花妖怪程ではないなと思う傘屋だった。
しかし、ならばどうしてそんなに睨むのだと再度問うても、「うっさいな」と取り合わない。
彼女の術からしてあまり相性が良くはないため、用が無いのならば作業場からは出ていってほしいなというのが正直な所だ。


「じゃあ、用が無いなら外に出て」

「ああん?」

「いや、外に、ですね」

「手前ぇ、まさか、私が邪魔だとか言うんじゃねーだろうな?」


口調が一気に荒くなる妹紅。


「おい、黙るんじゃねえよ。何とか言えよ、おらっ!」

「いやそんな喧嘩腰で言われても」

「お、おい、なあ、本当に邪魔って言うんじゃねーだろうな?」


ぎりっと奥歯を噛む音がした。
それと同時、傘屋の顔が青ざめた。
彼女は感情に力の大小が左右される性質らしく、昂ればそれだけで火気を噴出しでかすかもしれない。
不老となった妹紅は、同時に人の道を踏み外した存在ともなったらしい。気付けば妖力を備えていたという。
妹紅は優れた火の妖術使いであった。
出力の方に、と頭に付けねばならないが。繊細な制御は苦手だということだ。
アップにギアが入れば体から火が、ダウンに入れば煙が燻るという、彼女の機嫌を探るには体の良いバロメータとなっている。
さて今の妹紅のご機嫌はといえば、だ。
眉を八の字に曲げた妹紅の、真っ白な髪の端から、じわじわと煙が燻っていた。


「え、あ、ほ、本当にじゃ、邪魔なのか・・・・・・?」

「いえ、邪魔じゃないですよ。ただ朝から座りっぱなしですから、気晴らしに外を散歩してきたらどうかなあと。大きなお世話だったみたいですね」

「そ、そっか。まったく、この馬鹿。勘違いしちまうようなこと言いやがって、もう。心配なんかいらないと何度言ったら・・・・・・」


ぶつくさと文句を言う妹紅の機嫌模様はといえば、燻った煙は止まっていた。
その代わりに、髪の端が丸まって、ちりちりになってしまっている。
複雑な心境、ということなのだろうか。よく解らなかった。
愛想笑いしながら傘屋は作業に戻る。


「むう・・・・・・」


傘を張る。


「ぬう・・・・・・」


傘を張る。
張ろうとして、刷毛を置く。
喰い入られるように見詰められては気が散って仕方が無い。


「あの、妹紅さん。そんな見られてるとやり難いんですけれど」

「ああん?」

「もうそれはいいですって・・・・・・」


何なのだ。
傘屋が一工程取りかかる度に、妹紅はぎらつく眼で睨み付けてくる。
迷惑だと真正面から言ってしまえばボヤ騒ぎになりかねない。
傘屋稼業としては、火は死活問題であるために笑えない。
あれやこれやと手を考えて、傘屋は破れかぶれに刷毛を差し出した。


「ひゅい」

「ひゃい!? な、なに!?」

「いや、暇だろうし、少しやってみませんか?」

「い、いいの!?」

「うわあ、すごい喰いつき」

「あ、後で駄目とか言ったり・・・・・・?」

「しないしない」


傘屋の顔色を窺いながら、にじり寄る妹紅。
差し出された刷毛をぱっと手に取ると、そのまま身を翻して距離を取る。


「か、返せって言っても返さないかんな!」

「ひゅいひゅい。ほら、こっちに来て。いきなり自分でやろうとしても無茶ですから。最初は俺が教えますよ」

「一人で出来る」

「もん、とは言わないこと。いきなり一人でやらせるってのは、傘職人として認められません。練習してからですよ」

「ちぇ・・・・・・わかったわよ」

「出来あがったものは差し上げますから。マイ傘を持つのも中々いいものですよ」

「いいなそれ。柄はどうしよっかなー」


口調が戻る。
鼻歌交じりに刷毛をためつすがめつしていた。
解り易い少女だった。


「じゃあ、どうぞ」


と言って傘屋はかいた胡坐を少し広げる。
慌てたのは妹紅だ。
髪の端がちりちりと丸くなっていく。


「ど、どうぞって、そこに入れってこと?」

「そうですけど。何か問題が?」

「ええい、くそう。私だけが意識してるみたいで悔しいじゃない。解ったわよ、従うわよ」

「素直でよろしい」

「うっさい」


髪をちりちりと丸めて、すっぽりと傘屋の懐に入る妹紅。
そっと妹紅の手を取ると一瞬びくりと指が固まったが、すぐに硬直は解けて、傘屋の動きに追随していく。
初めの内は緊張が高かった様子の妹紅だが、傘屋の補助を受けて傘が仕上がっていくにつれ、おおうと感嘆を漏らしていた。
頬が紅潮し、瞳が輝きを放つよう。
解り易いなあ、と傘屋は思った。その気持ちは良く解る。
自分の手で何かを作るというのは、面白いのだ。


「とまあ、こんな感じで。どうです、中々面白いでしょう?」

「うん、すごい。綺麗に出来た」

「じゃあ次は一人でやってみましょう。大丈夫、俺がフォロー入れますから」

「う、うん。頑張る」

「ところで妹紅さん」

「もう、またところで、なの?」

「そのお嬢様言葉と偶に出て来る口調、どっちが素なんです? ブレてますよ、キャラが。今回とか特に」

「うぐっ、ど、どっちでもいいだろっ、馬鹿! 今回ってなんだよ今回って! ちくしょういつもだけどさ!」

「ははあ、そっちですか」

「こう見えて育ちがいいんだよ。ずっと昔のことなのに、染みついちまってるんだ」

「三つ子の魂百までと言いますものね」

「百なんてとっくに越えてるけどな。だから傘屋さんよ、あんまりからかってくれると、嬉しくって焦がしてしまうかも・・・・・・しれないわよ?」

「そんな、わよって力入れなくても、はは・・・・・・嘘ですよね?」

「試してみるかしら?」

「ごめんなさい」

「わかればいいんだよ。わかれば」


まるで借りて来た猫のよう。
すっかり大人しくなってしまった妹紅に次の傘を任せ、傘屋は気付かれないように微笑むのだった。
そうしてしばらく、穏やかでいて静かな時間が過ぎていく。
烏天狗の鳴き声が聞こえた。「あややー、あややー」と夕暮れに飛んでいる。烏天狗が鳴くから帰ろうと、子供たちのはしゃぐ声も聞こえた。
作業に没頭している内に、気付けば結構な時間となっていたようだ。


「妹紅さん、そろそろ帰らないと、先生が心配しますよ」

「いいさ。猫じゃないんだから、一日二日帰らなくったって平気だ。三日以上は連絡を入れるって約束になってる。それに私は――――――」


――――――不老不死だから。
そう妹紅は静かに言い落とした。


「なあ、傘屋」


咄嗟に何か言葉を口にしようとした傘屋だったが、それは妹紅によって遮られた。
何と言おうとしていたのか、数瞬前の事だというのに傘屋には解らなかった。
衝動的に言葉を発しようとしていたのかもしれない。
ただ我慢ならないと、そう思っただけだった。


「お前さ、あの時なんで、私なんかを助けたんだ?」


そして妹紅は傘の出来を確かめるようにくるりと回すと、そう問うた。
満足のいくものであったらしい。かたんと傘を置く音が、大きく響いたように聞こえた。
静寂。
やっとのことで絞り出された返事。


「助けたなんて」

「だろうよ。私が言ってるのはな、直接的な話じゃない。お前は私を見捨てなかった。私が回復するまで側に居た。どうしてだと聞いてるんだ」

「・・・・・・どうしてだろう」

「お前なあ」


傘屋は自問する。
傘屋と妹紅が初めて出会った時の事だ。傘屋は妹紅が回復するまでじっと側に佇んでいた。
そうして妹紅の体はともかく疲労は回復しないのだと知るや、そのまま背負って人里まで飛んで帰ったのである。
不老不死の相手にこれは明らかなお節介だ。放っておいたら、数時間後には飛ぶ体力くらいは戻っていただろうに。
どうしてだろう。


「私のことなんか、放っておけばよかったのに」

「なんか、なんて言うのは止めましょうよ。知ってますよ、妹紅さん。例え不死だとしても、痛みは消えないんでしょう?」

「だから私を助けたって? はん、心にもない事を。知ってるか? そういうのはね、おためごかしっていうんだ!」


視界が反転する。
背に痛みが奔った。込み上げた空気の塊は、襟首を締め上げる手に塞き止められた。
痛みで滲んだ視界の向こうで、揺ら揺らと陽炎が昇っていた。
ああ、ものすごく怒っているんだなあ、などと傘屋はどこかぼんやりとして思った。
とうとう妹紅は炎さえ巻き上げて、激情を露わにする。


「お前もそうなのか? 自分を大事にしろだとか、これ以上私が傷つくことはないんだ、なんて戯言を抜かすつもりか? 
 鳥肌が立つような薄ら寒い人道を口にするか? 人の道から外れた、この私に!」


まくし立てる妹紅。
それは何度も言われた、言われ続けた言葉であるのだろう。
不老不死である妹紅が幻想郷入りしたのは、人里の守護者の前後であると言われている。
藤原氏――――――平安貴族に縁のある産まれなのだろう妹紅が、幻想郷に来るまでの時間を考えれば、その間ずっと孤独で居たとは考え難い。
多くの出会いがあったのだろう。
多くの別れがあったのだろう。
そしてきっと、不老不死である彼女と共に居たものは皆、優しい人達であったのだろう。
そんな人達が口にする言葉の全ても、それは優しいものだったのだろう。
それはなんとも、とても――――――とても、うざったかったに違いない。
解ってやっていることを指摘されるほど、腹の立つことはない。

痛みはあるし、血も流れる。
そんな事は本人が百も承知であるのだ。
承知の上でやっているというのに。
不老不死であるから自らが傷つくことなど平気だ、などと、そう思っているのは周りだけだ。
痛いのは嫌だし、血が流れるのは恐ろしい。当たり前のことだ。
それでもそうしなくてはならない理由がある。
不老不死となった者は、飲まず、喰わず、寝ず、をせずとも死ぬことはない。
生きるのに何かを口にすることを必要としないのだ。個の中で全てが完結してしまっている存在なのである。

生命というものは弱肉強食の理の中でしか在り得ないはずだ。
喰うか喰われるかの相互関係、相互補助。喰うこととは、生きることなのだ。
不老不死は他の命を必要としない。他の命によって、生かされることを必要としなくなる。絶対の相互関係から外れた存在となのである。
食業のくびきから外れた不老不死とは即ち、生きてはいない、ということと同義ではないだろうか?
死なぬのならば、生きてはいないということと、同じではないだろうか?


「妹紅さん」

「なんだ!」

「手、震えていますよ」

「こ、の野郎!」


妹紅が未だ小娘であった当時の人間の平均寿命は、貴族といえど、それは短いものだった。
都から一歩外に出れば飢餓と病の世界が広がっている。貴族であっても、無事成人出来るのは産まれた子のどれほどか。死が身近に常にある、そんな時代だった。
父の求婚を断り恥をかかせた月の姫に、一泡吹かせてやろうと不死の薬を奪い呑み干した妹紅は、そこで死から外れた存在となったのだ。不老不死に。
妹紅を最初に襲ったのは、変わらぬ容姿を気味悪がる声でも、化物と投げつけられた石でも、これはいい飯の種だと群がってくる妖怪共でもなかった。
感覚の鈍化である。
腹が減っても、死なぬのだから別にいいか、と思うようになった。
水を口にせずとも、渇きを覚えることがなくなった。
睡眠は疲労を回復するだけの手段となり、日課ではなくなった。動かずにいれば、何日でも起きていられるようになった。
どうせ死なぬのだから、あらゆる生理現象を無視してもいいか、と思うようになっていったのだ。
そうして何十日かを草木の如く過ごし、体を何をかの植物の蔓が覆い始めた頃、妹紅は飛び起きた。
藤原妹紅という人格が、停滞を始めていた。
そも、不老不死とはなんであるか、どんな状態であるのかと問われたらば、それは変化を拒む状態にあると答える以外にはない。


「不老不死っていうのは」


不老不死とは不変であるということだ。
であるならば、肉体が時を止めたと同時に、精神も凍りつかねば道理に合わない。
本質的に、外的要因による影響を受けないのだから、こちらからも接触する必要はないのである。
結果は精神の停滞だった。
老いを辞めた肉体に宿る精神は、ゆるやかに止まっていくだけだった。
肉体は不老不死となれど、心は進歩、即ち老い続けなくてはならない。それに妹紅は気付いたのである。


「生きるのが、難しそうですね」

「何言ってやがる。不老不死だぞ? ずっと死なないんだ。だから、ずっと生きているんだよ、私は!」


停滞を解決するのは簡単だ。
不変を嫌うのならば、変化させていけばよい。刺激を与えればいいだけのことだ。
あるいは、他者と関わりを持つこと。あるいは、知的好奇心を満足させること。肉体に刺激を与えるか、他者から刺激を受けるか、精神活動を充実させるかのどれかをすればいい。
前者二つはどうにでもなるだろうが、問題は後者である。
何せ不老不死なのだから、充実させるなどといっても生半可なものでは、それは自慰に等しいものでしかない。後に虚しくなるだけだ。
これには妹紅もまいった。
妹紅は学のある方ではなく、例えば知的好奇心を満たすことで刺激を得るといった、精神活動には向かなかったのだ。
これは彼女が産まれた時代が悪かろう。女性の地位がそう重視されてはいない時代だった。政略の道具に頭は必要ないと、そういうことである。
頭上の星や天におわすお偉方達は、不死者のコミュニティを作り、文明を発展させることで停滞を防いでいるらしいが、地上にそんな不死の仲間はいなかった。
今現在であれば同じく不死者である竹林の住人達が挙げられるが、あれは友というよりも殺す殺されるの仲、仇である。馴れ合いなど考えられない。


「死なないから生きているんじゃないでしょう」

「それは――――――!」

「生きていないから、死ぬこともないんだ」


仕方なく当時の妹紅は不死性を活かし、妖怪退治を請け負いながら、全国を旅をしていたらしい。
そうして妖怪退治を始めて、すぐに得心した。
死ぬほどの目に合ったその時だけは、自分は生きているのだ、と強く感じることが出来ることに。
生きていなければ、死ぬほど、と思うこともない。
不老不死であれば、死ぬほどの、などという発想がまずある訳がないのだ。
妹紅は生の逆説を悟ったのである。

この世が無ければあの世が無いのと同じだ。
死がなければ生もない。
絶対に死なぬのであれば、生きていることを証明しなくては――――――。
傘屋の言った通りだった。


「それは――――――」


火の勢いが収まっていく。
妹紅はぐっと何かに堪えるよう、押し黙った。
つまり、見る人によっては過剰な自傷にしかみえない妹紅の、不老不死故の無鉄砲振りとは、生の確認行為であったのだ。
それを止せなどと言われたら、それは、“生きるな”、と言われたも同然。
月の姫達と違って孤独な不死人であった妹紅には、そうする以外に“生きる”道は無かったというのに。

だが、妹紅の出会ってきた善き人々に責は無い。
いったい何故それが不死者への冒涜であるか、善き人間である彼らには思いもつかないのだから。全ては痛みは悪であると考える、優しさから出たものである。
だからそれら全てを、妹紅は飲み込んだ。
有り難いと、笑いながら。角が立たぬように、一言も言い返さず。
厄気にならなかったのは、その妖術とは違って穏やかであった妹紅の性質に他ならない。
妹紅は喉まで出かかった言葉を全て飲み込んで、腹の中で燃やしてきたのだ。
羨望の火だ。
彼等人間にとって、生きることに努力は必要だが、生きているということは証明しなくてもよい事柄であるのだ。

ぎり、と妹紅の奥歯を噛む音が聞こえる。
燃え盛る火は、このまま燃やされるのもいいと思えるくらいに美しく、傘屋は心奪われていた。
だからだろうか。


「ああ、解った」


感動に揺さ振られ、これまであやふやだったものが形を作り、するりと口から飛び出した。


「妹紅さんを見捨てなかった理由は、俺はたぶん、ポイントを稼ぎたかったんだ」

「ポイント、だって?」

「人間度を計る値ですよ。ほら、傷ついてる人を無条件で助けるのって、なんだかとても人間らしいでしょう?」


火が消える。
もったいないな、と傘屋は思った。
あの美しさを目にするなら、傘の数十本は惜しくはないと思えてしまう。
そう思ってしまえる自分は傘屋には相応しくないのかもしれない。
笑ってしまった。


「説明するのが難しいのですが、俺はどうも、普通の人間じゃないみたいです」

「知ってるよ、そんなの」

「いやね、きっともっと奇妙な存在ですよ、俺は。稗田家の御嬢さんに近いらしいです。妖怪で言えば、式に近いのかな。
 元在ったOSをバージョンアップさせたみたいな、ソフトを上書きしたみたいな、なんだかそんな感じらしいです」

「に、日本語で喋れ」

「簡単に言うと、俺は正体不明の霊的存在に憑依された状態なんだとか。で、そいつがこの身体を動かしていると。
 自分自身でさえ己の正体に気付かずに、こいつになりきって」

「・・・・・・ああ、だからお前は傘屋なのか」

「まあ、死んで霊魂が半分抜けたスキマに入り込んだらしいですから。名前とかその辺り諸々、落っことしてしまったみたいですね」

「あははじゃないだろ、馬鹿! お前、いいのかよそれで!」

「変な人だな、妹紅さんは。あんなに怒ってたのに、もう俺の心配なんかしてる」

「う、うるさいな! なんだよ、お前。何なんだよ。ずるいぞ!」

「まあ、ねえ、ほら」


ほら、と力なく傘屋は妹紅の頬に手を添えた。
責められていたのは傘屋だったというのに、妹紅は痛みを堪えるような顔をしていた。罪悪感を感じているようだった。
どうにも解りやすくていけないな、と傘屋は思った。
こんなに可愛いのに年上なんだから困る。
永遠の少女というものは、さぞ“生き”難かろう。


「俺は何にでもなれるあやふやな存在らしくて、何年生きるかも定かじゃないそうなんです。だったらまあ、人間らしく生きたいなあと、それだけですよ。
 人生は充実しているほうがいい。でもそのためには人間でいないと。ほら、人生って人が生きてるって書きますし」

「なんだよそれ・・・・・・わかんねーよ」

「たぶん俺達みたいなのって、結構努力しないと、人間らしく生きられないんですよ。面倒くさいですね」

「あははじゃないだろ、馬鹿・・・・・・」

「俺や、霖之助さんや、魔理沙さんや・・・・・・そういうどっち付かずの人達はみんな、同じ努力をしていますよ。先生もそうかな」

「だから寺小屋なんてやってるんだろ。解ってるよ」

「だから一緒にいるんでしょう?」

「・・・・・・形は違うけど、さ。私と同じこと、してるからな」


傘屋の襟首を掴んだまま、妹紅は肺の空気を全て吐き出すように大きく息を吐き続け、身を折っていく。
額が傘屋の胸元に当たる。
鼻先に触れる白い髪がくすぐったい。


「私は今のままで満足してるんだよ。適当に商売しながら、適当に茶飲み話でもして、適当に殺し合う。
 嗚呼なんて素晴らしい人生だろう。まったく人間的に生きてるよ、私は。当たり前だ、そう意識して生きているんだから。私みたいなのは努力しないと人間らしくいられない」

「それで結構満足しちゃうんですよね。人生に目標があるってのは、生きやすいですし」

「そうだよ、十分なんだ、これで。そう思ってないと、駄目だ。それをお前みたいな奴らは、これ以上を私に望ませる。慧音だってそうだ。
 何だよ、止めろよ。ずうっと一緒にいたくなるじゃないか。生きてる時間が違うなんて、思いたくもないのに!」


解かれた掌を今度は頭に置いてやりながら、傘屋はぼんやりと天井を見上げた。
不老不死。
口にしてしまえば陳腐すぎる台詞である。


「くそっ、お前の言う通りだよ。私は不老不死の道連れを探してるんだ」


何のことはない。
結局のところ、寂しいのだ、と妹紅は告白した。
だから、不老不死の価値観を理解できる相手を、自分と同じ努力を続ける相手を探していたのだ、と。
もしその相手が何らかの要因で不老不死となったのなら、同じ生き方をしていたのだから不都合なんて何も起きず、自分とずうっと一緒にいてくれるに違いない、と。
そう思っていたのだ、と妹紅はぼそぼそと口にした。
永遠の仇はもうあてはあるのだから、今度は連れが欲しいのだ、とも。
天上世界の例もある。仲間と共にいたい、共感できる相手が欲しい、そう強く思うのは、不老不死の習性なのかもしれない。
傘屋は何も言わず、ただ黙って妹紅の頭に手を置いて揺すり続けた。


「何だよう、止めろよう」


妹紅と接するときはどうしてか、こうやってぼんやりとして落ち着いてしまうのは何故だろう。
何だか猫を腹の上に乗せているような、そんな気分だった。
やはり似た者同士ということなのだろうか。
妹紅も妹紅で、こうやって構ってもらいたい時だけ構ってくれて後はドライな付き合いの傘屋が心地良いらしく、何だかんだと理由を付けながらふらりと家にやってくる。
仕事場までやってくるのは初めてのことだったが、傘屋はこれは信用の距離を確かめたかったのだろうと理解した。


「ああ、そうだ。蓬莱の薬の話を妹紅さんに聞いてから、ずっと疑問に思ってたことがあるんですけれど」

「何んだよ」

「いやね、妹紅さんは薬を飲んで不老不死になったんでしょう? だったら、不死を殺す薬だってあるんじゃないかなあと」

「はあ?」

「不老不死になったものは、全員が生に疎くなるのは間違いないと思います。でもそれを良しとしない人だって、きっといるでしょう。
 例えすぐに死んでしまう体になったとしても、元に戻りたいと思う人だっているかもしれない。
 だったらほら、不老不死の効果を失わせる薬や、殺す薬だって作られててもおかしくないでしょう? 寿命を減らす薬とか」

「・・・・・・その発想はなかった」


考え込むようにして妹紅は呟く。
薬の本質とは、即ち毒である。
毒とは、即ち害だ。
寿命を延ばす薬よりも、縮める薬を作る方が容易かろう。
不老不死が害であるとする見方もあろうが、その時は不老不死に効く薬を作ってくれと頼めばいい。
誰に、と問うのは愚問である。
傘屋と妹紅の脳裏には、迷いの竹林に隠れ住む、掛け値なしの天才医師の顔が浮かんでいた。


「そうだよな。もう千年になるんだ。あいつらもそろそろ解っただろう」

「解った、とは何です?」

「生きるってことがどれだけしんどいか」


なるほど、と傘屋は頷いた。
不老不死が生きることについて考えることなど無いのだ。死なないのだから、当然だ。
彼等が言うところの穢れに塗れていた妹紅は、たまたま不老不死となって、生きる意味を考えてしまっただけのことである。
しかし千年も穢れに接してきた彼等であれば、生きることを意味する悩み、というやつを考えられるようになったかもしれない。
生死が日常の幻想郷に流れ着いた今ならば、尚更だ。


「ならお願い出来ます? 助けてえーりーんって」

「うぐっ」


プライドが邪魔をしている、といった所だろうか。
傲慢は人の業であるというが、不老不死となっても人間は業から逃れられないらしい。
不老不死者は外へ向ける欲が無くなっていく分、我欲が強くなっていく傾向があるようだった。自尊心やらが肥大化していくのだそうだ。
妹紅にもそんな兆候があった。
素直になれないというレベルで収まってはいるが。
妹紅は確認するように頷く。


「何だかはぐらかされたような問題をすり替えられたような気がするけど、まあいいか。
 これまで善く生きる努力はしたんだから、これからは善く死ぬ努力をするとしよう」

「そいつが健全ですよ。そうしないとつり合いが取れない」

「何言ってるんだ。お前もだよ」


はて、と首を傾げる傘屋。
ぐいっと妹紅は傘屋の胸板をのし上がって覗きこんだ。
白く長い髪がベールのように傘屋の視界を遮った。


「私は死ぬ道を探すから、お前も不老不死になる方法を探せよ」

「それは俺に不老不死になれと」

「そうだよ。私だけがしんどいのは悔しいじゃん。言っとくけど、お前に拒否権はないぞ。あれだけ偉そうに講釈垂れたんだからな」

「ぶっちゃけたよこの人・・・・・・」

「薬は無理だぞ。あいつ等は同じ失敗はしないからな」

「そいつは大変そうですね」


そうだよ、と鼻が触れ合う程の距離で、妹紅はにっかと歯を出して笑った。


「仕方ない、この私がちょいと手助けしてやろう。傘屋よ」

「なんですか妹紅さん」

「お前さ、生肉って食える方?」

「お肉は一通り好きですから、なんでもいけますよ」

「じゃあ今度さ、私がとっておきのレバ刺し喰わせてやるよ」


そう言って、髪を一房手にとって傘屋の鼻先をくすぐる妹紅。
吸いこまれてしまいそうに深い色をした瞳だった。


「気分でしか店を明けない焼鳥屋の頑固店主御用達ですか。それは楽しみだなあ」

「一言多いんだよ馬鹿。ばーか。この傘バカ。馬鹿傘屋!」


何が嬉しいのかわからないが、上機嫌で妹紅は傘屋を布団にして、ごろりと仰向けに寝転がった。
どう生きるかから、どう死ぬかへと考えが変わったことを、マイナスの思考であると傘屋は思わない。
生死一体、永瞬同一なのである。
どうやったら死ねるかという方法論の話ではない。生死観の話である。
あれだけ必死になって訴えていた問題自体が解決したわけではないだろうに、妹紅はからりとして笑っている。
腹に力を入れて身を起こす。
敷布団の傾斜にずり落ちて、妹紅は胡坐を枕とした。


「大師曰く」


詠う。


「生まれ生まれ生まれ生まれて生のはじめに暗く、死に死に死に死んで死の終わりに冥い」


人間は何度も生き死にを繰り返しているというのに、誰も、なぜ生まれるのか、なぜ死ぬのかを知らない。


「意訳、いい加減に目をさましたらどうだい――――――と」

「妹紅さんは、目が覚めたのですか?」


妹紅は目を閉じてみた。
瞼の裏に、懐かしい顔が幾つも浮かんでは消えた。
妹紅は詫びた。彼等の優しさを知っていた。
ごめん、ごめんよ――――――。
嫌っていたわけじゃないんだ。ただちょっと、疲れてしまっただけなんだ――――――。
解っておくれ、私はあなた達に出会えて、とても救われたんだ――――――。
瞼に焼き付いた記憶の残滓が、微笑んだような気がした。
解っているよ――――――。
あなたは優しい娘だから。今までずうっと頑張ってきたね――――――。
私たちはあなたに出会えて、とても幸せでした――――――。

目を開く。
何故だか眩しく感じて、妹紅はぐいっと袖で顔を拭った。


「いいや」


一拍置いて、妹紅は答えた。
ぼんやりとした顔で、傘屋が覗きこんでいた。


「眩まされたのさ。お前にな」


両手を天に突き上げて、妹紅は空を泳ぐかのようにしてから、その掌を傘屋の頬に沿えた。


「ひげー」

「引っ張らないでててっ」

「誑かされてやったんだから、ちゃんと責任とってくれよ?」

「はいはい・・・・・・じゃあ、とりあえず最初の責務を果たしましょうか」

「おっ、傘作りの続きだな?」

「ええ。妹紅さんの火でぱりぱりに乾いちゃいましたからね。この際、筆入れまでしちゃいましょう」

「うむむ、絵を描くのか。緊張するな」


再び胡坐の内に身を納める妹紅。
どうやらデザインは頭の中にあるようで、筆を持たせた途端、下書き無しで傘に向う。聞けば、これも昔の嗜みの一つであるらしい。見事な筆使いだった。
赤地の和紙に、一つの世界が描かれていった。
妹紅と初めて出会った竹林を連想させるものだった。


「紅色は、妹紅さんの色ですね」


思わず呟いた傘屋に、妹紅はきょとんとしてから「そうよ」と上品な口調で答えた。
後日、迷いの竹林にて、雨でも無いのに気分が良さそうに傘を差す、滅多に開店しない焼鳥屋の店主の姿が何度も目撃されるようになったらしい。
竹林に迷い込んだ人間を助け、その感謝を得ることで生きる支えとするために護衛業を続けていたが、最近はこいつを自慢したくて仕方がないからやっているのかも。
なんて言いながら、竹林の中、妹紅は今日も傘をくるりと回す。
血のように紅い傘。
描かれた火の鳥が、朱の空をしなやかに舞っていた。












妹紅だよ! 引っ掛かっry

超理屈が並ぶ長文にどこまで耐えられるかのテスト。
私が。
書くのつらいつらい。あっきゅん本が消えたので設定合ってるかも不安でしかたないです。
そんなのどうでもいいからさっさともこたんにインしろよオラァ! と思われたことでしょう。ごめんなさい。
外した感がすごいです。
なので今回、キャラクタの萌えアピは抑え気味になっております。ご了承くださいませ。

そういえば妹紅は男口調と普通の女の子口調のどっちが正しいのでしょうか?
原作は確か女の子口調だったような・・・。
解らない時はハイブリッドでいいよね?
さあ次は誰にするかー。



[27924] 【ネタ】東方ss 傘屋さん7
Name: ノシ棒◆f250e2d7 ID:373ed26e
Date: 2011/07/08 02:46
乾とは八卦思想における天を意味する。
西北の方位、健の性惰、父の位・・・・・・つまり農耕の恵みを指す、八卦の万物生成の理だ。
乾とは天であり、それは風であり、雨であり、稲妻である。
即ち『乾を創造する程度の能力』とは、気象を自在に操る能力に他ならない。
幻想郷の最高神である龍神の、その一側面である幻想の天そのものに干渉せしめるというのは、これは尋常な能力ではないことは理解に易い。
正に神技。神にのみ許された御業だ。

山坂と湖の権化、山の神――――――八坂神奈子。
妖怪の山の信仰を一身に集める彼の神にのみ許された、絶対無比の能力。
それこそが乾を創造する程度の能力なのである。

しかし本来ならば天を象徴する神となれば、風神であると相場は決まっているはずが、山の神として祀られているのは何故か。
それは、彼女を奉じる守矢の神社に彼女と等しく祀られる、もう一柱の神に深く関係している。

土着神の頂点――――――洩矢諏訪子。
祟りの原点であるミジャグジ様を操る、祟り神である。

見た目は黄色いバケツ帽を被った幼い少女に過ぎないが、侮ってはならない。
ミジャグジ様とは蔑ろにすれば即座に神罰が下る、恐ろしい神であるのだ。
その頂点である諏訪子の怒りを買ったとなれば、どのような責め苦を負わされることになるか解らない。一物を腐り落とすくらいは序の口だろう。
だが現在の諏訪子はというと、祟り神の性質がなりを潜めているようで、そのほとんどの神事を神奈子へと移譲していた。
これは過去、神であると同時に王であった諏訪子の、諏訪王国へと攻め入った大和の神に、彼女が敗北したためである。
攻め入った大和の神とは、加奈子であった。

大和の神は日本を信仰により統一することを目的としていた。
過去の日本は大小の国によって分割されており、日本列島全てで一つの国であるという概念が、全く存在してはいなかったのだ。
小国が乱立し、戦が絶えぬ群衆国家地帯であったのである。
これを憂いた大和の神々は、いっそ自ら攻め入って全国を統一し、日本という国にまとめあげようと画策した。
神々による侵略戦争の始まりである。

加奈子は、そんな大小国を侵略し制定せんと戦端を開いた大和の神の一柱であった。
つまり諏訪子は国津神であり、加奈子は天津神であった。
洩矢王国を神奈子が攻めるに選んだ理由というのは、彼女自身には特に無かったらしい。大和の神々の間で戦上手であった彼女が、祟り神の地域を担当したとそれだけのことである。
加奈子という軍神をつかわした大和の神々は、それだけ諏訪子を脅威と判断してもいたのだろう。

しかし双方の予想に反し、大規模な戦争活動は無く、ほとんど血は流れなかった。
勿論、諏訪子とて抵抗はした。
当時、最先端の技術であった鉄製の武具で武装した軍勢を率いた諏訪子であったが、いざ死合うぞと面と向かったその時、神奈子が植物の蔓をかざせば諏訪子が持っていた大量の鉄の輪が、たちまちの内に錆び果て、崩れ落ちてしまったという。
覆せぬ神力の差に敗北を確信した諏訪子は、無駄に血を流すことはないと降参し、王国を明け渡したのであった。
王の責務故に、自身の首級と引き換えに、民の安全を乞い願って。
これが歴史の小波に呑まれ、いまや口伝として語り継がれるのみとなった、神々の戦――――――諏訪大戦である。

これは余談であるが、比較的平和裏に進められた諏訪大戦ではあったが、全国ではそれこそ血で血を洗うような戦になったという。
日本神話における、国譲りである。
こして長い年月をかけ、全国規模で侵略戦争が行われたのだ。
その結果として現在に繋がる日本国が誕生したのだから、物事の善し悪しとは解らぬものだ。

さて、潔く身を差し出した諏訪子に、その意気や好しと感心した神奈子だったが、しかし同時に迷いを抱いたという。
祟りによる恐怖で治められていた諏訪王国である。
諏訪王国の民はミシャクジ様の恐怖を忘れることが出来ず、神奈子を受け入れようとしなかったのである。
妖怪の例に漏れず、人間の恐怖の感情は根強いのだ。
神奈子は信仰が得られないのならば、とこの王国を自らの名の下に支配することは諦めた。
代わりに、新たに大和の神を呼び、洩矢の神と融合させ、その神を王国の中では守矢、外では別の呼び名で呼び分ける事にしたのである。
これにより王国を支配しているように見せかけ、表向きは諏訪子への信仰を保たさせたまま、集めた信仰心を大和の神、及び自身へと誘導したのだ。
こうして諏訪子は生き長らえ、神奈子は諏訪子の神威を借りて、山の神として君臨する事になったのである。
こっそりと。
これが神奈子が風神でありながら山の神となった、おおまかな経緯である。

守矢の由来は洩矢にあり、諏訪王国を支配したとされる大和の神は、大和神話の名目を保たせる為に名だけ借りてきた神であったということだ。
こうして後に建立された守矢神社は、神奈子の神社であるものの、建前上の祭神は建御名方神であり、真なる祭神は諏訪子という変則的な信仰の流れを持つ、世にも珍しい神社となったわけである。

天津神でありながら、土着神と信仰を分譲することを良しとしたのは、これは神奈子の気質によるものが大きかった。
軍神でもあった彼女は、しかしその胸の内はいつも穏やかなものであった。
苛烈な部分もあるが、本来は大らかな器質の持ち主の神奈子である。大和の神の一員として戦争を仕掛けねばならぬ立ち場にあったが、何とかして戦争を回避出来ないかと、寸前まで策をこらしていたのだ。
それがほとんど無血で国譲りが果たせたのは、神奈子にとって心底僥倖だった。
だが困ったことに、諏訪子は自分を殺せという。諏訪子は祟り神である。戦で討つとなれば話は別だが、降伏した後に、処断するという形をとらば、この地の信仰はどうなってしまうか神奈子には想像もつかなかった。それに正直な所、こんなにも豊かな国を築いた神を、神奈子は殺したくはなかった。
しかし大和の神の面子を保つには、処断を下さねばならない。だがこんなにも民を愛している神を手に掛けるなど、忍びない。
使命と己の感情の板挟みに、慣れない地で神奈子は、ほとほと疲れてしまったらしい。
そんな時、神奈子は民達の信仰心の流れを知った。またも訪れた幸運に、神奈子は飛び上がって喜びを表したという。
その足で軟禁状態にあった諏訪子の元を訪れ、抱き締めて喜んだという。


「喜べ、諏訪子。お前は死ななくてもいいんだ。さあ、これから一緒にこの国を治めよう」


そう言って。
隙あらば、いや死して極限の祟りを残してやろうぞ、と屈辱に復讐の機会を狙っていた諏訪子は、あんまりにも嬉しがる神奈子に毒気を抜かれてしまったらしい。
気が付けば、敵の助命に涙を浮かべて喜ぶような神があるか、と笑ってしまっていたそうな。
それ以来、二柱は肩を並べて治国に尽力することとなる。
この国から信仰が失われる、その時まで。








■ □ ■








二拝二拍一拝。
腰を深く曲げて二拝、柏手を二度鳴らし、最後に一拝。
小気味良く響く音は、神へ参拝を知らせる合図。
鈴鐘がある場合はこれを鳴らすことが、現代に照らし合わせて言えば、呼び鈴を鳴らすこととなる。
祈願を行う場合は、二拍の後、一拝の間に行う。
神前に赴く前に身を清め、手口を漱ぐのにも作法があるが、それはここでは省略する。
各社によって細部は異なるが、ここまでが一般的な祈祷の形だ。
日本神道では明治時代の神仏分離により、今の形に統一されたのである。

そんな、少女による説明の後、傘屋は静かに静謐な空気を肺に吸い込んだ。
二拝二拍――――――。
社の隅々まで響く清い音を耳に、傘屋は目を閉じる。


「ささやき、唱え、祈り、念じるのです」


少女に促された通りにし、傘屋は念じた。
何をかの祈願のためにではない。
傘屋は祈願のために神社を訪れたことはなかった。
神社に赴くのは、感謝の意を捧ぐためである。
こうして自分が健康でいられて、事故も無く、良い仕事が出来るのは神様方のおかげです。
ありがとうございます――――――と。


「我を呼ぶのは何処の人ぞ――――――」


手を合わせた瞬間、神殿から吹き荒れる神力。
まるで暴風のように荒々しく、しかし母の胸に抱きとめられたかのように慈しみに溢れる力。
神の御声が、傘屋の脳裏に轟いた。


「ほほう、傘屋か。神を前にして乞ひ願わず、感謝の意を捧げるのみとは。お前は本当の信仰を知っているようだな。感心したぞ」

「神奈子様」

「お前は神を心より敬う、今時希にみる素晴らしい若者だ。よって、褒美をつかわす」

「神奈子様ってば」

「望みを言ってみよ。富みか? それとも寿命か? ほう、それ以上を望むと申すか。よかろう、ならば人にとり、最高の栄誉と幸福をくれてやろう。
 さあ近う寄れ。お前を神の――――――」

「諏訪子様、ミジャグジ様の刑」


けろけろり。
と、何処からともなく蛙の鳴き声が聞こえた後、いつぞや紅魔館で聞いたのと同じ、遠くから響く叫び声が。
間もなく閉ざされた神殿の奥から、何者かが扉をぶち破って飛び出して来る。が、目を閉じて念を捧げる傘屋には無関係である。
橙が言っていた。「見てあげないとお月は無くなっちゃうんだよ」と。
観測せねば存在しないというのなら、目を閉じてさえいれば、無いのも同じである。


「ぬがああ、服の裾からミジャグジが、ミジャグジが! ちょっと諏訪子、何するのよ! かさ、信者の前でこんな!」

「はいはいけろりけろり。素直に言っちゃえばいいのに」


笑える笑える、と軽く呆れたように返す幼い声。
傘屋の真横、腰の辺りから発せられた少女の声だった。
いつからそこに居たのだろう、などと疑問に思う事はない。
ここは神域。彼女達の支配する地なのだから。
構わずに念じていると、今度は参拝の指導をしていた少女から怒気が放たれる。


「もうっ、神奈子様ったら。いくらここが幻想郷でも、神様が人前にそんな簡単に姿を現しちゃあ駄目じゃないですか。
 神様は仰ぐものであり、抱くもの。そう教えてくれたのは神奈子様でしょう。
 ありがたいとは、有り難いと書くんですよ。ほいほい出て来ちゃうような神様なんて、ありがたみ半減。信仰も半減。お賽銭も半減で、今夜のおかずも半減です」

「まあまあ、早苗。神奈子が舞い上がっちゃうのも無理ないって。理解してあげなよ。ほら、古来から神様が人間をえこひいきするのは、そういう意味な訳だし」

「ち、ちがっ、ちがくてだな!」

「ですねえ、解ってますけれど。でも傘屋さんに来ていただく度にこうもお節介を焼こうとするのは、真剣に参拝してくれる傘屋さんに悪いんじゃないかなと」

「早苗まで! 私は舞い上がってなんかない! これは、そう、信仰を得るための新しい作戦よ。ほら、参拝ポイントが貯まった信者には、豪華特典が付くとかそういう」

「なんですか、そのパンを買った人は全員もれなくプレゼント、みたいな神事。そんなことしたら特典のために参拝するようになっちゃうじゃないですか。
 御利益があるってうたうのも同じようなものかもしれませんけど、有り難くないですよそんなの。だから神様は顔見せ禁止なんですよ、もう」

「うん、今日は神奈子駄目だね。もう休みなよ。傘屋の参拝は私が受けておくからさ」

「だ、駄目だ駄目だ! 私がやる!」

「えー、舞い上がっちゃってなーい?」

「ないんですか?」

「な、ない!」

「本当に?」

「本当の本当に?」

「ないったらない!」

「だってさ。残念だったね、傘屋。貴方の参拝、神奈子は熱心に受けてないんだってさ。酷い神様だよねー」

「ち、ちがっ、そうじゃなくてだな、このっ、諏訪子ォ!」

「やあ神奈子をからかえるなんて、長生きはしてみるもんだ。愉快痛快であります! ケロケロケロケロケロ!」


一心に念じ、無心に至る。
心の耳を塞いでしまえば、耳に入る音は全てノイズ、意味をなさぬ。
巨大な質量が天から降り注ぐ気配も、おぞましい泥の群れが飛び散るような音も、何も感じない。
感じないと思いこめば感じないのだ。
傘屋は時よ過ぎてくれ、と必死になって神に祈った。


「その神様は、あそこで第二次諏訪大戦してるお二方なんですけどね」


冷静なコメントである。
自宅兼用の神社を荒らされて平気なのだろうか。
どこか喜色が混じった声色だ。


「敷地は穴だらけになりますけれど、それ以上に収入が見込めますから。御柱って結構良い値で売れるんですよ」


幻想郷に来て、女子高生(元)はたくましくなったようである。
最近になって人里に出回るようになったやたらと形のいい材木は、ここが出所であったか。
傘屋も建材や素材に大変世話になっていた。


「これも修行のたまものです。さ、傘屋さん、雑念が混じっていますよ。
 手を合わせて畏まっている間は、神様は何を考えているか、全部解りますからね。私だって一応は神様なんですから」


手を合わせ、頭を垂れるのは、全てを神に明け渡すという姿勢である。
その状態にある人間の頭の中を、どうやら神様は全て覗けてしまえるらしい。信仰を集めれば自在に操ることも可能だとか。
プライバシー侵害だなどと思うなかれ。そもそも神様に天運を縋りに来た時点で、自分を保っていようだなどと、おこがましい。ましてや雑念を抱くなど。
傘屋は自分を恥じ、また一心になって感謝の意を念じた。


「はい、よろしい」


満足そうに微笑む気配が伝わる。
しばらくして傘屋は目を開けた。ボロボロになった本殿の扉が目に入った。

――――――気を静めて後、一拝。
これに参拝を終えるという、これも神様への挨拶である。
もう一度、今度は軽く傘屋は頭を下げた。
一揖という、軽く体を曲げる会釈のようなものである。
一拝に、どうか神様よろしくお願いします、という懇願の意が含まれるのを傘屋は嫌っていたためだ。
純粋に神社へは、良い仕事が出来ることへの感謝の意を捧げに来ているのだから。
本来の参拝では二拝二拍手一拝の前後に、この一揖を行うとより望ましいとされる。
神と体面することの難しさが、多くの手順を踏む、ということに現わされているのである。
それにしては、この神社の神様達は何とも気安いものであったが。


「いつ見ても綺麗ですね。傘屋さんのお参りって」

「いえ、そんなことはないですよ、早苗さん」


言って、振り返った先には、微笑みを返す翠髪の少女が。

祀られる風の人間、山の新人神様――――――東風谷早苗。
風祝という、風の神を祭る神職に就く、現人神の少女である。
その奇跡を起こす程度の能力は神事に大いに役立っており、彼女の存在が守矢神社へ信仰が集められる理由の一つであることは間違いがない。

早苗がふわりと笑う度、長い翠の髪を飾る蛙と蛇の髪留めが揺れる。


「そんなことはあるんですよ。形だけじゃないってことが、ちゃんと伝わってきますから。
 本当に外の世界で学んだにしては、神様への態度がしっかりしてますね。どこかの巫女とは大違いです」

「それが、その、実は霊夢さんに色々と教えてもらいまして。お菓子代わりの茶飲み話でしたけど、門前のなんとかで、こうやってお参り出来るようになった次第でして」

「・・・・・・へえ、そうなんですか」


そっと白く細い指先が、傘屋の頬を撫でた。
妹紅にひっぱられた不精ヒゲは、今日は神前に赴くということで、綺麗に剃り落としてある。
さらりと早苗は傘屋の頬を撫でると、そのまま一気に抓り上げた。
神力を込めて膂力の底上げさえしていた。痛いなどというものではない。千切れそうだ。


「いっ、痛っ、いたたたたっ!?」

「私たちがあんなに霊力の修行をみてあげたっていうのに、傘屋さんは他の神社に浮気してたんですねー。
 なんですか? あれですか? やっぱり緑色は二番煎じだよなーとか、そう言いたいんですか?」

「そんなこと言ってな、いたたたたっ」

「ならちゃんと言ってくださいよ。早苗さん最高、早苗さん素敵、早苗さんマジ神ってる。芋臭い巫女の居る神社なんか目に入らないや。やっぱり腋を出してるような巫女は駄目だな、って」

「それ自爆じゃ、いたいいたいいたい」

「私は風祝ですぅー。巫女じゃありませんー。二番煎じじゃなくてオリジナルなんですー。あんまりふざけたこと言っちゃってると神罰下しちゃいますよー?」

「ど、どうなるんですか?」

「諏訪子様にミジャグジ様で祟って頂きます。腐り落ちちゃいますよ?」

「うわあぁ、勘弁してくださいよ!」

「絶対に許しませんよ?」


この女子高生(元)、本気である。
切れやすい現代っ子はとても怖いということを、現在進行形で思い知る傘屋であった。


「まあまあ早苗、それくらいにしておいてさ、おゆはんの準備しようよ」


けろんっ、と二人の間に割って入ったのは、この神社に祀られる一柱。諏訪子である。
神殿の奥から現れたのは、いつもはそこいらをふらふらと歩きまわっている諏訪子だが、敬謙な信者のために直接話を、参拝を受けてやろうと社に戻っていたためである。
神は分霊を無限に別けられるのだから、これはかなりの高待遇だ。

諏訪子の見た目は、大きな目玉のアクセサリが付いたバケツ型のカエル帽を被った幼い少女でしかないが、傘屋は彼女が強力な神であることを知っている。
かつては土着神の頂点に立っていたのだ。その地位が失われたとしても、神威の程は計り知れない。
目が合うや慌てて会釈をしようとしたが、早苗に頬をつねられていては、皮膚が不安になるくらい伸びただけだった。
諏訪子は愉快そうに「いいっていいって、気にしないでよ」と手を振っていた。
昔はそうでもなかったそうだが、フランクな人当たりは、こちらの方が信仰を得やすいから、だそうである。
面通しを渋ったりかと思えば実に気さくであったりと、神が多面性を以って語られる所以であるように思える。


「うー、でも諏訪子様は悔しくないんですか?」

「そりゃまあ。だったらほら、この神社以外、目に入らないようにしちゃえばいいじゃない。男を捕まえるには胃袋から、だよ」

「・・・・・・なるほど。流石神様、諏訪子様。勉強になります」

「それほどでもない」


謙虚に答えたはいいが、ふふん、と鼻高々だった。
「隠し味に一服盛っちゃえば・・・・・・」「そこのところくわしく」などと内緒話は、自分のいない場所でしてほしかったが。
手のひらから黒い泥が滴り落ちていたのは、やはり諏訪子もああ言ってはいたものの、機嫌を損ねているからなのだろう。
他所の神社の話をされていい気分の訳がない。それは解るし、失言も申し訳なく思うのだが、腐り落とすのだけは本当に勘弁してほしかった。


「ところで、神奈子様は?」

「あそこでこっちうかがってるよ。まったく、意気地がないったら」

「初々しくっていいじゃないですか。ねえ、傘屋さん?」

「その、はは、まいったな・・・・・・」

「そこでぬらりくらりは駄目でしょが。相手の気持ちが解っててはぐらかすのは、神様は感心しないなあ」


そう言われても、傘屋としては何ともはや。困ってしまう。
神殿の半壊した扉の向こうから、巨大な茅の輪が覗いていた。
本人にしては上手に隠れているつもりなのだろうが・・・・・・。


「しかし、解らないのですが」

「何がです?」

「いえ、神様に目を掛けて頂けるのは本当に有り難く思うのですが、それがどうして、俺のような冴えない男なのかなあと。
 あまり女性から好かれるような容姿でもありませんし。取り得だって、傘張るくらいしかないですから」

「あー、ですねえ。あっ、でも私は好きですよ? 傘屋さんは味のあるお顔してますから。大丈夫、需要はありますから、自信を持ってくださいね!」

「・・・・・・ありがとうございます」


引きつる頬は、つねられた痛みが長引いているからだと思っておくことにする。
しかし、疑問である。
懸想、とまでは自惚れていいかは解らないが、神奈子にはそれなりに気を掛けてもらっている。だがその理由が解らなかった。
いかに神といえど、理由不明のあからさまな好意を向けられたら、こちらとしては困惑しかない。
諏訪子には「君は神に選ばれたのだー」などと冗談交じりで宣託を受けたが、その選定基準が解らないのだ。無作為でないことだけは解るのだから、何らかの理由があってのことだろうが。
そもそも、神奈子との接点自体があまりないのだ。顔を合わせるのは参拝に来た時ぐらいである。
いつから、ということもない。気付けば神奈子は傘屋にかなりの肩入れをしていた。
思い返せば、彼女達が幻想郷にやって来た日までさかのぼるか。

霊夢らによる、神々との弾幕ごっこ――――――神遊び。
御柱や鉄の輪が飛び交う空の下、傘屋は特に何かをすることもなく、いつものように傘を差しながら大口を開けて観戦していた。
それだけだというのに、後日になって傘屋にとって神への初めての面通しの日、つまりは傘を奉納しに行ったらば、その時にはもう神奈子は傘屋にはりきって御利益を授けようとしていた。他の参拝客を無視してまで、である。
相手が人や妖怪だったなら、まだ納得はいくだろうが、神である。
畏ろしく恐ろしくて、神奈子に直接問うことは出来ずにいる。


「諏訪子様、どうしましょうか。傘屋さん怪しがってますよ?」

「あー、うー・・・・・・。どうしよっか。いっそ一目惚れって言うのはありかな? 神事のこと話しちゃったら、あれだし」

「傘屋さん、意外と頭いいですしね」

「外界の教育水準の高さってのは、幻想郷にとっては本当に不便だよね。半獣の所みたく、人が学ぶのは読み書きそろばんくらいでいいのにさ。
 人間が人間の本分を保って生きてくのには、それで十分だってのに」

「その辺り傘屋さんは幻想郷的じゃないですよね。さっさと常識なんて投げ捨てればいいのに、意外と常識人なんだから」

「聞こえてますからね? 意外とって二回言ったのも聞こえてますからね?」

「あらやだ、傘屋さんたら。乙女の内緒話を聞いちゃ駄目ですよ?」


腹黒いのは血筋だろう。
全く悪びれる様子もなく、早苗はけろりとして切り上げた。
諏訪子もけろりとして鉄の輪を繰っていた。
宙を舞う鉄の輪は、本殿の奥、茅の輪がのぞいている辺りをつついている。
やめてあげて欲しかった。


「ま、そろそろ神奈子も肝が据わったころだろうし、どうよ傘屋。今晩もおゆはん、食べてくでしょ?」

「実りの神の飯を断れば凶、なんですよね。ありがとうございます。御同伴させて頂きます」

「ようし、今晩のおゆはんも頑張っちゃいますね。今日はすき焼きだー!」

「わあい! それじゃー傘屋、神奈子呼んで来てねー! 準備終わるまでそこらへんぶらぶらしてていーよ!」


二人して母屋の方に走っていく神と現人神の後姿を眺めながら、傘屋は守矢の一家が何とも羨ましく思えた。
ここは神の園。この社の住人となる資格がある者は、それは幸せな神達だけなのだろう。
これから先、早苗の現人神化が進めば、寿命も神に相応しいものへと変化していくはず。
幻想郷の信仰が尽きるまで、彼女達の平穏は約束されている。

さて、と傘屋は本殿へと足を向けた。
茅の輪がぴくりと揺れる。


「神奈子様」


求める声に、ゆっくりと神はその姿を現した。
視線が絡みあう。いいや、絡め取られたような、そんな気がした。
真っ赤な虹彩の中に、傘屋の顔が映される。
赤よりもなお深く紅い瞳孔が、蛇の様に、縦に割れた。






■ □ ■






名存実亡の神である洩矢諏訪子の誇る能力とは、『坤を創造する程度の能力』である。

坤とは八卦思想における地を意味する。
西南の方位、順の性惰、母の位・・・・・・つまり心身の健常を指す、八卦の万物生成の理だ。
坤とは地であり、それは土であり、泥であり、川である。
即ち坤を創造する程度の能力とは、地脈を自在に操る能力に他ならない。
幻想郷の最高神である龍神の、その一側面である幻想の地そのものに干渉せしめるというのは、これは尋常な能力ではないことは理解に易い。
正に神技。神にのみ許された御業だ。

それは神奈子の乾を創造する程度の能力と対になる能力であった。
天と地、どちらも豊穣を司る神である。
未だ人間が信心深かった時代、大和の神々のテコ入れもあったのだろうが、諏訪王国の最盛期はそれは凄まじいものがあったらしい。
栄華を極めた王国の人間は、そのまま独り立ちしてしまい、神への信仰を忘れていってしまったというのだから、皮肉である。

さて、こんなにも力の強い神、二柱が一所に在って、これまで幻想郷で話題に上がらなかったというのは、無かった。
むしろ最近では何らかの異変や事件が起きれば大抵は、守矢が原因と考えろ、などと言われている程。


「神様の仕業かッ!」


とは黒白の魔法使いの言。
そのとき不思議なことが起こって、大抵事件は解決される。
魔法使いが出張る時は、霊夢はおさぼりである。


「仕事したらどうですか駄目巫女」


と早苗が言えば。


「いい加減にしろ神様」


と返される不毛な争いが、ここ最近続いているらしい。
良くも悪くも、守矢神社は幻想郷で様々な刺激を与え続けている。

というのも、神奈子ら一派は、最近になって外界から神社ごと妖怪の山に移り住んだという強引な経緯を持っていた。
幻想郷にとっては急に降って湧いた、得体の知れない神なのである。
しかも現れた場所が妖怪の山の頂き近くであり、さらに妖怪相手に布教活動を始めたとなれば、妖怪の山を支配する天狗勢と人間を守護する立場にある博霊の巫女に目を付けられるのは、これは当然の成り行きだった。
そうして勃発した諍いが、俗に言う幻想郷事変風神録である。
幻想郷を実質管理支配している博霊の巫女に、神社を明け渡せなどという暴論を発すれば、衝突は必至。
初めに早苗と霊夢が真っ向から、命名決闘法に基づきしのぎを削ったという。
神の混血である早苗は現人神であり、これは風祝有利かと思われたが、しかしこの時点で異変解決のスペシャリストとして大成していた霊夢には経験面で全く歯が立たず、敗北。
次いで神奈子が重い腰を上げることとなった。
これはいかに巫女といえども、神域に踏み入った人間に対する神罰を下すため・・・・・・というよりは、風祝を撃墜された怒りによるものであった。

おくびにも出しはしなかったが、神奈子のはらわたは煮えくり返っていた。
売った喧嘩に負けただけだ。みっともない。などという考えは、この時の神奈子の頭には少しも無かった。面子の問題ではなかったのだ。
神奈子は早苗を愛していた。実の娘や妹のように、神奈子は早苗を想っていたのだ。
普通の人間として生きられただろう早苗を、普通の人間として生きる事を望んでいただろう早苗を、幻想郷への移住に付き合わせてしまったことを、神奈子は悔いていた。
幻想郷への旅路は片道切符。
もう二度と、早苗は故郷の地を踏むことは無い。
ならばせめて、この幻想郷の全てを自分が支配下に置くことで、早苗にくれてやりたい。そう神奈子は思っていたのである。
娘への親心が、この事件の引き金となったのだ。

そしてその想いは諏訪子とて同じ、いいや、より強かった。
あるいは諏訪子の方が激情に駆られていたのかもしれない。早苗に流れる神の血は、諏訪子の血であったからだ。
未だ諏訪子が王として君臨していた頃、諏訪子は人との間に子を為していた。
その子の子孫が、早苗である。
早苗自身は、幻想郷に入ったばかりの当時は諏訪子が何の神であるか、自身の血筋が何であるか、よく解っていないようだった。
だが、見た目には自分よりもいくつも年下に見える諏訪子に、強い繋がりを感じていたのは確かだった。
いつも、頼りにしていたのは神奈子だったが、甘えていたのは諏訪子への方が多かったように思える。
早苗自身は自分に諏訪子の血が流れていることを知らない。諏訪子が何の神であるかも、長い時の中で失伝してしまっていたのだ。諏訪子も詳しく教えてはいなかったが、早苗は何か勘付いていたようだった。風祝としての力量が上がったためである。
幻想郷に入ってからこちら、早苗はいっそう二柱に心を預けるようになっていた。
そんな目に入れても痛くないような娘が、酷い目にあわされたのだ。

幻想郷において信仰を集め、早苗を現人神として覚醒させるには、更なる威を示さねばならない。
現人神となれば、人の寿命は神と等しくなる。
自分達の未来のために、ここで負ける訳にはいかなかった。
しかし、いくら頭に血が上ったとはいえまさか神が人間相手に本気を、神力を全力でぶつける訳にもいかないために、神奈子達も郷に入っては郷に従えと命名決闘法にて勝負を挑み、結果は、敗北。
清々しく負け、手を引くしかなかった。御柱やミジャグジの大群を差し向けてやりたかったが、勝負は勝負である。

こうして自分達の計画が失敗したことに落ち込みんだ神奈子達だったが、事態は意外な方向へ推移する。
人間と神とのやり取り、神遊びを監視していた天狗一派が、神奈子達は危険な神ではないと判断したのである。
そして天狗のトップである天魔と神奈子が会談を重ねて和解、守矢神社を山に受け入れることになった。
ようするに、幻想郷の面々に、いつも通りのお祭り騒ぎだと認識されたのである。
非常にノリの良い神様だとウケたのだ。
神奈子と諏訪子は取り戻した神力で、妖怪の山の実りをそれはそれは豊かにしたそうだ。
現金なもので、そうなると妖怪の山に住まう妖怪たちは、二柱を熱心に信仰するようになった。
妖怪の信仰とは、人間の信仰の精神エネルギーのそれとは桁が違う。
今では妖怪の山の信仰が集まり、神遊びは敗北に終わったが、守矢一家は当初の目的を果たすことに成功したのである。
神奈子と諏訪子の延命が図られた訳である。

それでも人間の信仰を集められない限り、早苗の現人神化は不完全なままだ。
妖怪の精神エネルギーは強すぎるのだ。
神にこそ受け入れられるが、半分が人間のままの早苗では、パンクしてしまう。
よって、人里での信仰獲得が現在の守矢一家の目的となっていた。


「傘屋には頑張ってもらいたいよね」

「んー、でも傘屋さんって何だかこう、たよりないというか」

「ヘタレっぽいもんねえ」

「ですねえ」


連れだって歩く傘屋と神奈子の後をつけながら、がっくりと肩を落とす早苗と諏訪子。
神力や霊力の遮断は完璧である。
幻想入りした所を保護し、信者となった蛇を名乗る老人から学んだスニーキング技術が、ここに如何なく発揮されていた。


「でも本当にあれで信仰を集められるんですか?」

「無理じゃないの?」

「あらら、即答ですか」


ばっさりと返す諏訪子。
最初は、人間に直接御利益を授けるくらいに身近な神、ということを知らしめることで、人里の信仰を得ようという計画だった。
それも半ばからかいの、計画とも言えないお遊びのようなものであったが、神奈子が思った以上に本気であったことを悟り、急遽路線変更をしたのである。

人間とは妖怪よりも残酷な生きもので、自分は駄目でどうしてあいつだけ、といとも簡単に妬みの感情が湧きあがる。
そうなって傘屋が実害を被ることになっては申し訳ないと、早苗達は神奈子に内緒で独自に動き、この計画の影響が人里に漏れないように細工した。
細工と言っても簡単で、ことある毎に御利益を授けようとする神奈子を阻止し、普通に会話や二人きりになれる時間を増やしてやっただけなのだが。
ただ、アドバイザーとして地底の橋姫に相談しに行くくらいに、早苗達は本気だった。
ずっとパルパルと言われ続けても、しぶとく頭を下げるくらいに本気だったのだ。


「早苗だって、最初から無理だって解ってたでしょ?」

「ええ。大切なのは・・・・・・」


全ては神奈子のために。
そして。


「どうやってあの二人をくっつけるか、ですよね!」

「わかっておるのう、風祝や! お主も悪よの!」

「いえいえ、神様程ではございませんよ!」


そして、自分達が楽しむために。


「ケロケロケロ!」

「うふふのふ!」


にやにやが止まらない二人。
傘屋と出会ってこちら、神奈子の初心な反応を見るだけでご飯が美味しくなりすぎてしまって困る。それだけ満足してしまうのだ。
雨の降りそうな日など、面白くてたまらない。
例えば、こうである。


「雨が降りそうですね」

「そうね」

「傘屋さん」

「へう・・・・・・っ!」

「に来てもらいたいですね。そろそろ新しい傘が欲しいですし」

「そ、そうね」

「この前に奉納に来てくれたのは何時だったかなあ。ねえ神奈子様、傘屋さんから次にいつ参拝にくるとか、何か聞いてません?」

「な、何も聞いてないぞ」

「へー、そっかあ、何も言わなかったんだあ傘屋さん。ふーん、それじゃあもう来ないかもしれませんねー」

「え・・・・・・? あ・・・・・・私、きらわ、れ・・・・・・?」

「あ、嘘ですよ嘘。もー、やだなあ神奈子様ったら、そんな顔しちゃって。もしかして傘屋さんの事が」

「ち、ちがっ、違う! あいつのことなんて、全然す、好きとかじゃないから! 違うからな!」

「あっれー? 私、傘屋さんの事が好きなのかなんて、聞きましたっけ? あっれー?」

「あ、あわ、あわわ・・・・・・!」

「ケロケロケロ」

「諏訪子ォ!」


と、ここまでが一連の流れ。
雨の日の傘屋ネタが、守矢一家の鉄板(ハズさないネタの意)であった。
月の綺麗な夜なぞ、傘屋が奉納した傘を撫でながら、ほうと憂鬱な溜息を吐き、かと思いきや急にぽろりと涙を零している神奈子だ。そんな姿を見たら、色々とお節介を焼いてしまいたくなるではないか。
普段は気丈な神奈子がふと見せる少女のような一面に、早苗と諏訪子は老婆心を掻き立てられてしまっていた。

神様の威厳の欠片も無いが、そんな神奈子の姿が、早苗は大好きだった。
これまではどこかピンと張りつめていて、危うさも感じられる神奈子だったのだ。
死の影が去り、余裕を取り戻したのかもしれない。緊張が解れ、緩んでしまったのかもしれない。
だが早苗は、それを良い変化であると思っていた。諏訪子も同じく、である。
諏訪子は早苗にこう漏らしたことがある。


「そろそろ神奈子も、人を愛したって、いいだろう」


そう言った諏訪子の目は、遠い過去、自らの王国を眺めていたに違いない。

諏訪子と神奈子は女神である。
大和の神が日本統一に向けて活動していた頃、天津も国津も区別無く全ての女神にはある一つの使命があった。
それは子を産むことである。
神々との間に、人との間に。
諏訪子もその使命に従って、人との間に子を為したのだ。そうして早苗に繋がる子孫と共に、王国を統べていたのである。

だが神奈子は軍神であった。
それも、女であることを捨てた。
女神の軍神は珍しくはないが、しかし女であることを完全に捨ててまで軍神として徹する神は希である。
諏訪子にとってもそんな神は、神奈子しかお目に掛かったことはない。それを声高々に示している神も。

神奈子が神力の媒体とする御柱であるが、神事において柱とは、力の象徴であり、即ち男根の象徴である。
戦いにおいて御柱を振りかざすことは、それは強烈な示威行動ということになる。
しかも戦いの後においても神奈子は御柱を手放すことはなく、自身の依り代とまでしてしまっていた。
つまり神奈子は男の象徴を持ち歩くことで、自分に掛けたものは無い、完全な存在である、よって男など要らぬ、とそう言っているも同然であった。大和の神の最高神への侮辱ともとれる態度は、しかし神奈子が上げた武勲によって黙殺されることとなったのだ。
それはどうやら、諏訪王国を形の上でだけなのだが、滅ぼしてしまったことに負い目を感じていたことが理由であるらしい。
全身全霊を賭して、諏訪王国に尽くす。そんな神奈子の決意の現れであった。
何を馬鹿なと諏訪子は笑ってしまったが、神奈子の振る舞いは変わらなかった。

正直なところ、神奈子のことが好きになってしまった諏訪子にとって、それはとても心苦しいことだった。
神奈子が諏訪子と共にこの国を治め、統べていたのは、人への愛からではない。神の義務だったからなのだ。
その中で諏訪子と意気投合し、諏訪子の血筋を愛していったのだ。ただしその愛は、神の仕事の延長でしかなかったのである。
同じ人を愛するといえど、それは違うだろうと諏訪子は思う。

早苗が産まれた時、これが最後の風祝になるやもと喜んでいた神奈子だったが、諏訪子は見抜いていた。
神奈子が哀しみに暮れていたことに。
国の垣根は消え、信仰も無くなり、消えていくのを待つだけの神々。
己の責務として人を愛していた加奈子は、人から捨てられてしまったら、何も残らないではないか。
自分には東風谷の血筋が残っている。だが、神奈子には――――――。諏訪子はたまらなくなってしまった。
だから、切なげに赤子であった早苗に指を握らせる神奈子に、諏訪子は囁いたのである。
失われた幻想が集う郷があるらしい――――――と。

そうして神奈子は幻想郷へ赴くことを決意する。
何を思ったか神社ごと移動させてしまったのは神奈子の勢いにかまけた行動であり、本当は自分だけが幻想郷に行くつもりだったらしいが、そうは早苗が許さなかった。
もちろん諏訪子もである。
あれよという間に押し切って、三人仲良く幻想入りである。
しかし心底生真面目な神奈子は、早苗達を自分に付き合わせてしまったとまた負い目に感じていたのである。
早苗を現人神とすることに変な使命感を燃やしてしまい、神としての威厳を保つことに躍起になってしまっていた。
またこのパターンか、と頭を抱えた諏訪子だったが、ここで転機が訪れた。

守矢一家の前に現れた、信心深い男。
傘屋という、特異な男の存在である。


「蛇と蛙が司るのは毒であり、それがミジャグジ様を統べる私の本性なんだけれど、同じ蛇でも神奈子は違うんだよね。
 乾を創造する程度の能力とは、天を司る能力だ。つまり神奈子は天の蛇、稲妻なのさ。
 そんでもって天の神にとって、傘ってのは複雑な意味合いを持つ道具なんだなあ、これが。
 天の恵みを受けぬという意思表明にもとれるし、天の全てを受け止めようとしている、ともとれる。
 博霊の巫女との神遊びの時、わんさと流れ弾が飛んで行ったけれど、あれ、神奈子は本当は傘屋を狙ってたんだよね。
 でも傘屋は全部防いでしまった。傘を天に突き上げて。
 真っ直ぐに天を突いている傘ってのは、ご立派な男の象徴ともとれる。御柱も防いでいたし、それで神奈子の神としての男根は意味を為さなくなってしまった。
 神奈子が天の神であったが故に、傘屋は意せずして、男としての自分を証明してしまったのさ。
 自分の男の方が優れている。天に突き上げる傘は、お前と交わりたいということだ、ってね。熱烈アピールだよもう。
 神遊びが白熱するにつれて無駄弾が多くなっていったのは、もうその時には神奈子は傘屋に夢中だったのかもしれないね。
 本人は無意識だったんだろうし、巫女との弾幕ごっこに熱中していただけだって言うかもしれないけれど、雨を降らしまくるってのは濡れ濡れだっていう意味だし。
 まあ、ただし神様にとっては、の話しなんだけれどね」


だから傘屋には秘密だよ、と早苗は教えられた。
人のものさしでは計れない、神の感覚での話なのである。
もしこれが傘屋の耳に入ったならば、外の世界の道徳で、それは本当の恋ではない、などと言ってしまいかねない。
外来人に幻想郷の価値基準を計ることは難しいことを、早苗は学んでいた。
半分が神である早苗にとって、幻想郷の感覚を受け入れて己のものとするのは容易かったが、いくら傘屋が特異な存在であったとしても、生理的な問題を解決するには難しかろう。
その点だけは、諏訪子は早苗と同意見であり、傘屋を信じてはいなかった。
ただ、隠しておけばいいだけの話だ。


「まあ、外来人じゃなくたって、人間にとっては訳がわからない神様の習性だろうさ。
 受け入れられる訳がない。かっこいいもたくましいもない。傘さしてぼーっとしてたから惚れました、なんてのはね。まだ一目惚れだって言った方が、人にとっては理解に易いだろう。
 だから神奈子は頑なに認めようとしないし、抑えようとしているんだ。そうしないと今まで保ってきた矜持がなくなっちゃうって、恐れてるんだね。
 本当、馬鹿な神様だよ。でも無理、時間の問題だよね。ああいうアプローチされちゃあ、神様は弱いのさ」

「諏訪子様もそうだったんですか?」

「あーうー、お恥ずかしながら、やられちゃいまして」

「経験者は語る、と」

「えへへー」

「いいなあ」


きっかけはどうあれ、深めた仲は真実である。
掘り下げたのは二人の手で、その時間と道のりは神様にだって裏切れないのだから。
だからこうやって、陰ながら神奈子と傘屋の仲を応援しているのだ。


「神奈子様、幸せそうですよね」

「だよね。あんなに目、細くしちゃってさ」

「うふふ、蛇みたい」


早苗も諏訪子と同じものを感じていた。
風祝なのだから、神のご機嫌伺いなどお手のもの。神奈子がいつも何かに焦りと虚しさを感じていたのは、解っていた。
幻想郷にやってきたのは、いい契機だろう。
神は我儘なものであるが、神社を丸ごと動かしてしまうなどと、あんなに後先考えない神奈子は初めてだった。
神を傲慢であると、早苗は思ったことなどない。
今まで人間は神に頼って歴史を築いて来たのだ。ようやっと自立した頃になって神様を邪魔だと思い始めたなどと、まるで口うるさい親に反抗する子共のようではないか。
人間が神を捨てるというのなら、神はそれに黙って従うのだろう。それが人の巣立ちであり、きっと神様はそれを黙って見送るだけだ。
人は神の支配を離れ、神は支配する責務を放した。
傘屋は正しい。人が神前にて手を合わせるのは、感謝の意のみである。これまでありがとうございました、と。
だから神様はもう、自分の幸せを追い求めてもいいのではないか。そう早苗は思うのだ。
それに。


「神奈子様と傘屋さん、うまくいくといいですよね」


姉の幸せを願わぬ妹がいるだろうか。
務めて何でもない風を装ってはいるが上気した頬がまるで隠せてはいない顔色と、ぎゅうっと虹彩が細くなって蛇眼となった、母でもあり姉でもある神奈子の横顔を見ながら、早苗は手に汗を握りしめた。


「信仰の方はこの前に話した通りに進めましょうか。そちらはちゃんと神奈子様も交えて」

「おー。ええと、ぱらじ何とか合金が必要なんだっけ。間欠泉地下センターを利用するんだね。
 でも最近、何とか言う仙人が出しゃばってるらしいけど、いいの? 邪魔されない?」

「まあその時はその時で。まずは霊夢さんに合金の生成をお願いしないと」

「博霊の巫女に頼むの?」

「ええ、背に腹は代えられませんもの。それに私、霊夢さんのことは尊敬していますよ? 嫌いなのは、あの人の無気力さだけですから」

「あー、あれは何とも・・・・・・。しっかし傘屋も守矢神社一つに絞ってくれたらいいのにね」

「まったくです。霊夢さんさえしっかりしてくれたら、傘屋さんは何の気兼ねなく守矢神社の信者になれるのに」


巫女服を着てるのに許せません、と不機嫌そうに頬を膨らませる早苗。
生真面目さは神奈子から受け継いだものなのだろう。諏訪子は苦笑いを零すだけだった。
何だろうか、同じ腋出し仲間として、認め難いものでもあるのだろう。


「あ、ああっ! 諏訪子様、あの二人、飛んで行っちゃいましたよ! 
 どうします? 私たちが飛んだら神力だだ漏れですし、流石にばれちゃうから、もう諦めるしか・・・・・・」

「甘い。甘いよ、早苗。神は言っている。ここで終わる運命ではないと」

「何か策でもあるんですか?」

「大丈夫、問題ない。これを見ておくれ」

「すごく・・・・・・大きくないですか? どうやってそんなのを帽子の中から・・・・・・いや、モニタですかそれ?」

「そう、お値段以上の河童製! 遠隔監視用モニタだ!」

「おお! でも、カメラがなければ意味はないんじゃ?」

「それも大丈夫。実は今、現場から中継が繋がっております。現場の天狗さーん!」

「あややー」

「生中継ですね! 録画は?」

「もちろん、ぬかりなし!」

「おおお、テンションあ、が、っ、て、きましたよー!」


ぶるぶると顔を振る二人。
神奈子様録画コレクションは数十本を超える勢いで増え続けており、その全ては守矢神社宝物庫に保管されている。
電力の供給手段を手に入れた守矢神社は、これを機会にと外の技術を大量に持ち込んでいた。それは本来幻想郷の思想に合わないはずが、神様のすることだからと半ば黙認されている。
どんなルートを用いたのか、賢者達もほとほと迷惑顔である。いい加減にしろ神様、と霊夢だけでなく、方々からも声が上がっていた。
そんな技術の一つにビデオカメラも含まれており、河童の協力もあって神々や幽霊の姿を記録できるものへと改良。神奈子の神々しい御姿を是非記録しようと早苗、諏訪子、どちらともなく神奈子コレクションの記録を開始したのは言うまでもない。

中でも逸品なのが、神奈子様コスプレ集vol3。
セーラー服、ネコミミ、アイドル服その他諸々に身を包んだ神奈子が、鏡の前でああでもないこうでもないとポーズをとっている映像をこっそりと収めた映像集である。
襖を閉め切って神奈子は安心していたようだが、守矢神社にはそこかしこに仕込まれた機械の目があるのだ。
神奈子の行動はすべて筒抜けである。


「ケケロケロケロ! 楽しくなってきたー! あ、ちょっとカメラ寄りすぎ寄りすぎ。もっと引きで!」

「あ、れ? ちょ、ちょっと諏訪子様、神奈子様カメラ目線じゃないですか?」

「ええい天狗、聞こえてるの! 引きでって言ったでしょ引きでって! もう、ここからが良い所なのに! 神奈子が――――――」

「私が、何だって?」


いつの間にか、風のざわめきが止んでいた。
虫の声が、全ての音が失せている。何も聞こえない。
モニタから静かに届く、神奈子の息遣いを除いては。


「視線を感じてはいたが、天狗だったか。考えたな諏訪子。お前達が直接動いたなら、私はそれをすぐに察知していただろう。山は妖力で溢れているからな」

「あや、あやややや・・・・・・」

「神罰である」

「あや――――――!」


天狗の悲痛な叫び。
モニタが赤い何かで塗り潰さた。
辛うじて赤から逃れた部分からは、黒い羽が舞っているのが見える。
早苗と諏訪子は、寒くもないのに震えが止まらなくなった。


「さて、傘屋を待たせているからな。手早く済ませたい。どちらが主犯だ?」

「諏訪子様です。私は付き合わされただけです」

「早苗ェ!」


一瞬で切り捨てる早苗。
諏訪湖とは目も合わさず、明後日の方向を見ている。
あからさまな態度だったが、上手く誤魔化せてしまったようだ。神奈子は早苗には甘いのだ。
やはりおまえか、と神奈子は諏訪子をモニタ越しに睨みつけている。
諏訪子が第一に疑われるのは、これは普段の行いだろう。
モニタが赤く埋め尽くされていた。
縦に割れた真っ赤な眼球と、天狗から飛び散ったのであろう赤い何かに。
諏訪子が大量の冷や汗を噴出し始めた。
今や諏訪子は蛇に睨まれた蛙である。


「では私はおゆはんの準備がありますので、これで」

「ちょ、ちょっと早苗、見捨てる気! 一緒に最後まで見守ろうって・・・・・・」

「言い掛かりはおやめ下さい、諏訪子様。諏訪子様が嫌がる私を無理矢理に、ここまで引っ張ってきたんでしょう。私は無関係ですよ。
 あっ、神奈子様、お早めにお戻り下さいね。今日はいいお酒を用意しておきますから」

「うむ」

「そうそう、御席は傘屋さんの隣にしておきますね。折角山を登ってきて頂いたんですから、神様が手ずからお酌してあげるくらいの御褒美を上げてもいいでしょう? ね、神奈子様?」

「う、うむ」

「それでは私はこれで」

「ああ、頼んだぞ。それでは諏訪子、覚悟はいいか?」

「ひ、ひゅいひゅい! ここに蛙はいませんよ!」

「上を見ろ」

「空が急に暗く・・・・・・まさか、かっ、カノキャノン!? そんな、こんなに早く居場所がばれるなんて!」

「もう一度聞こう、覚悟はいいか?」

「なんの先手必勝! 飛んでけ鉄の輪ー! ふはは! 神奈子破れたりー!」

「残念だったな」

「な・・・・・・分霊・・・・・・だと!?」

「天は空、空は星、星は墜。流星の如く、降れよ御柱。神罰降臨!」


背に届く蛙の潰れるような音を聞き流しながら、早苗はふっと空を見上げて微笑んだ。


「うふふ、今日もいい天気ね。御柱があんなに綺麗」


さあ、夕飯の準備をせねば。
今夜はすきやきだ。

さて、この後は余談になるが、神奈子は相変わらずに早苗と諏訪子を焦らすまま、煮え切らないままであったという。
ただ、諏訪子がこっぴどくお仕置きをされた日から、時折参拝にやってくる傘屋と神奈子が、よく手を握り合って空中散歩を楽しむようになった。そう包帯塗れになった天狗から報告される事が多くなったらしい。
どうやら進展があったらしい。喜ぶ早苗と諏訪子であったが、あの後いったい何があったのか、記録に収められなかったことだけが悔やまれる。
あの日、何があって神奈子と傘屋の距離は縮まったのか。
それは神のみぞ知る、というやつだろう。












ガチ恋愛フラグを神奈子様がぶったててましたよ、というお話。

今回、かなり急いで仕上げたために、ちょっと出来に不満が残るものとなってしまいました。
特にざっくりカットした神奈子様の嬉し恥ずかし逢引シーンと、コスプレが見つかって必死に誤魔化すシーンが惜しくてなりません。
誤字脱字も多いかと思います。申し訳ないです。

これからまた長期間、被災地の被害が大きかった所でお仕事してきます。
仕事よりも人付き合いの方がしんどいという。
全国規模で色んな方が訪れますので、中には心ない方もおられるのは仕方なく。うーん。

さて、次回の更新は長くなりそうです。
間をつなぐためにゴッドイーターの最後のを挟む予定です。
さあ、次はどのキャラでいこうか。



[27924] 【ネタ】ごっどいーたー3 (勘違いもの練習)
Name: ノシ棒◆f250e2d7 ID:373ed26e
Date: 2014/08/22 05:39
編集、削除。



[27924] 【習作】ぽけもん黒白8
Name: ノシ棒◆f250e2d7 ID:373ed26e
Date: 2012/02/01 20:11

『黒白:21日目』


「灰色が世界を支配しているんだ」


そうNは静かに言った。


「正義と、悪。再生と、破壊。光と、闇。貯蓄と浪費。そして――――――人と、ポケモン。
 どれもコインの裏と表のような関係・・・・・・。でもね、クロイ、思わないかい?
 それらはみんな、同じ次元での話しだということを・・・・・・。そう、同じコインなんだ。別つことはできないんだよ。それがいけない。
 そんな風になってる世界の仕組み・・・・・・間違ってるよ。
 種類が、種族が違うって? そうだね。でも、この世界を作っているのはね、ポケモン達なんだよ。
 家も、道路も、町だって、ポケモン達が造ったものだ。そうだろう? 人はただ命令をしただけ・・・・・・。
 人間がね、ポケモン達を、無理矢理に同じステージに立たせたんだ。
 同じ場所にたっているから、上下関係が産まれた。ポケモンは人間に使役されるだけの存在・・・・・・。だというのに、ポケモンはトモダチだ、なんて言う。
 とてもグレーな関係だよ、それは。 
 だからボクは思うんだよ。世界はもっと、白黒はっきりさせるべきだ、ってね。そう――――――」


かなりの早口なのは、Nが誰かに言葉を聞かせる必要のない環境で育ったからなのだろうか。Nの仕草の節々が、見ている大人を物悲しくさせる。
興奮気味のNが指差したのは、その足元だった。


「この横断歩道のように――――――」


なあ、N。
頼むから。


「なんて芸術的なストライプなんだろう。
 そう・・・・・・人が産み出したものの中で唯一価値のあるものは、ストライプという概念かもしれない。いや、きっとそうだ。そうに違いない。
 だから偉大な人間の発明に敬意を表し、僕達は皆ストライプを身に着けるべきなんだよ!」


なあ、N。
頼むから。
俺の話を聞いてくれないか。


「素肌に身に着けるのがベストだとボクは思うよ。それ以外にはないね! 
 クロイ、その点キミは素晴らしいよ。今日のキミの下着は青と白の縦ストライプだったね! 
 横ではないのが少し残念だけど、うん、ナイス縞パン! 今日のクロイ、輝いてるよ!」


親指を立てるな。
お前、なんで俺のパンツの色を知っている。
風呂は今までも別々に入ってるし、着替えも時間ずらしてるはずだろ。


「人間に産まれたからには縞パンを身に着けるのが義務なんだ!
 ストライプとは、ボーダーだ。縞パン、それが人とポケモンを別つ境界線。黒と白の地平線なんだよ!」


うん、そうか。
わかったからそろそろ黙ろうか。
ちょっとお兄さん周りの目が痛くなってきたぞう。
あと手を離そうね。
なんで二人仲良くお手々繋いで信号待ちとかしてるのかな?
あそこに居るお姉さん達の息使いがすっごく荒くて、俺恐いの。
よく見りゃあの人達が握りしめてる本って、シキミの同人誌じゃねえかよ・・・・・・。


「ハッ、バーニンガ」

「なんだって? 『紐こそが究極、理想ばかり追い求め、真実のなんたるかを知らない小僧が』だって?
 ポチ! キミは今、ストライプの美しさを鼻で笑ったね? 笑ったね!?
 キミこそ、形ばかりに捕らわれて、芸術のなんたるかを知らないようだね!
 これだからお徳用ポケモンフードばかり食べてるヤツはダメだな! 懐はもちろん、頭の方も貧しいようだね! 栄養不足なんじゃないのかな!」


うるせえ。
あとN、お前それ俺のことも馬鹿にしてんのかコラ。
どうして仲良く出来んのかこいつらは。
出来ないならせめて静かにしてくれよ・・・・・・。

なんて、ぼやきながら歩を進めているのは、生い茂るツルが美しいカラクサタウン。
ここもカノコタウン同様、過疎化に悩まされる町であったが、カノコタウン程ではなかった。
街並みは綺麗で、立て看板にもあるようによく手入れされた生い茂るツルは、観光客の目を楽しませるためのもの。ポケモンジムのある町の中継点として、よく利用される町であるからなのだろう。住民は少ないながらも、こういう“外”向けの街並みとなっていた。
そこかしこの意匠や真新しい建物、何より公的機関であるポケモンショップの存在が、カラクサタウンが富んでいる証明であるように見えた。


「バーニンガ、アーン?」

「くっ・・・・・・馬鹿にして! クロイ、キミからも言ってやってくれ! ボク達を結ぶストライプの素晴らしさを!」

「バーニ、ンガッフフ」


もうほんとちょっと離れててくれないかなお願いだから。
俺が悪いの? 頭を下げたらいいの? 謝ればいいの?
そろそろいい加減にしたほうがいい。
ぶっとばされん内にな・・・・・・!


「あの、クロイ? 手が痛いんだけれど・・・・・・怒ってる?」

「アバババババ・・・・・・!」


まったく、もういい。
おらよ。金をやるから、二人でどっか行って遊んでこい。


「えっと、いいのかい? お金って、すごく大事なものなんだろう?」

「ルーワルーワ」


いいよほら。
行け行け、しっしっ。


「これって、お小遣い、っていうやつだよね? わあ、嬉しいなあ。ボク、お小遣い貰ったの初めてだよ。ありがとう、クロイ!」

「バーニンガ!」

「よし、ポチ。あそこのアニメショップでセンチュリーキングスのグッズを買い集めよう!」

「モエルーワ!」


飯前には戻ってこいよー。
って、聞いてやしねえ。もう見えなくなっちまったよ・・・・・・。

離された手の平を見る。
なんとなく寂しさを感じるのは、何故だろうか。
いいや、気のせいだ。そういう事にしておこう。
やかましい二人が居なくなって、ようやく俺の目的も果たせそうだ。

さて、と周囲を見渡す。
綺麗に掃除が行き届いている街路。亀裂詰まったゴミも、かなり古いもののようだ。落ち葉や湿り気も、あからさまな焦げ跡もなし。
最近、ここら一体でポケモンバトルが行われてはいないことが窺える。
ポケモンバトルとは、とにかく周囲に影響を及ぼすものなのだ。『ひのこ』、『みずでっぽう』に代表される、タイプ技が解り易く、その影響も顕著だろうか。街路が焼けたり、水浸しになったりする。
町の異常ある所ポケモンバトルあり、だ。
そして新米トレーナーはポケモンを戦わせたがる傾向にあり――――――早く強くなりたいという気持ちは解らんでもないが――――――町中でバトルを繰り返すものだから、よく目立つのである。

今の俺のやるべき事とはそんな痕跡を探すこと。
そう、俺の目的とは、新米トレーナー探し――――――チェレン、ベルちゃん、そしてトウコちゃんの三人を探すことにあった。

事の発端は、昨日。
いつものように家でぐうたらとアニメ観賞会をしていたところ、トウコちゃんのママさんから電話が入った。
電話内容はというと、合間合間に世間話が挟まれて話しがぶつ切りになっていたが、まとめればこうだ。
『トウコが旅立って10日が経つ。そろそろあの子は次の町に辿り着いた頃だろう』
こんな所だろうか。
彼女の明朗さに隠されていたが、その喉にまで出かかった言葉が、聞こえてくるようだった。
『心配だ』――――――と。可愛いわが子の旅立ちを見送った親ならば、絶対に抱くであろう心の声を。
思わず、俺が様子を見に行きましょうか? と返してしまったのも、無理はない・・・・・・と思いたい。
こんなだから、アーティあたりにハチミツのように甘い、と言われてしまうのだろうか。
あんなポケモンジムのリーダーをやっているような奴に言われたくはないが。
まあ、俺の身に降りかかる災難の何割かは、身から出た錆である、ような、気も、しなくはない、が・・・・・・うぐぐ、認めたくはない。


「――――――ぃ、ちゃぁぁあ、あああん――――――!」


瞬間。
脇腹に鈍く、重い衝撃。
体が一瞬宙に浮き、数十センチ流される。
強張る筋肉。凍える背筋。流れる冷汗。遅れて、痛みが。

迂闊――――――!

もっと逃亡者である自覚を持つべきだった。
あんな往来で、Nと大声で楽しくおしゃべりなんぞしていたら、見つかるに決まっている。
チャンピオンリーグの地下に巨大建造物をこさえるような連中だ。
こんな真昼間から襲撃されることはないなどと、誰が保証したのか。
油断するべきではなかった。もっと気を張っているべきだった。
滅多なことでない限り切り抜けられるなどと、なんという自意識過剰の自信過多だ。
自分の実力に胡坐をかいて、警戒を怠ったツケだ。

この衝撃に類似する攻撃は、ポケモンのかくとうタイプ技か、もしくは口径の小さな散弾銃か。
だが、ポケモンの鳴き声や体臭、発砲音や硝煙の臭いはなかった。
どちらとも違う。幾度とも味わったこの感覚は、人間による殴打だ。

緊張に筋肉が強張った、致命的な隙。
その隙を襲撃者が見逃す訳もない。胴体に腕が回される感覚。伝わる体温。
まるで気配を感じなかった。
少なくはない訓練を積んで来たというのに、そんな俺でも毛の先ほども掴めぬ気配・・・・・・。尋常な使い手ではない。
地下で出会ったプラズマ団の、ダークトリニティだとかいう三人組みでさえ、初動には発せられた殺気を感じられたというのに。

回された腕に、力が込められる。
これは・・・・・・詰み、ではないだろうか。
冗談ではない! こんな場所で死ぬなどと!
いったい何者だというのだ!
俺に一撃を加えた手合いは!


「ううう、おにぃ、ちゃぁぁぁ・・・・・・」


トウコちゃんだった!


「おお、お、おお、お、おに、おにちゃ、おに、おにちゃぁぁ」


全身で抱きついてくるトウコちゃん。
キャップで纏められたボリュームのある髪が揺れ、大胆にカットされたジーンズから覗く腿が絡み付く。
黒のベストは肌蹴ているし、真っ白なタンクトップは捲れあがってへそが見えてしまっている。
ああ、向こうにいるお姉さん達の視線が痛い。何かすっごいメモ取られてるメモられてるよ。
そこのおじさん、携帯電話を取りださないでください。お願いやめて通報はやめてほんとお願いしますから。

落ち着いてトウコちゃん、落ち着くんだ。頼むから俺の未来のために落ち着いてくれ。
ほら深呼吸して。
ゆっくり、すって。
吐いて。


「ひゃー・・・・・・ひぅー・・・・・・ふひょー・・・・・・ふひー・・・・・・」


長く地面を擦る靴底の跡。
加減無しに全速力だったのだろう。
いくら小学生でも全力タックルされりゃ、そら吹っ飛ぶわな。

落ち着いたのか、ほっと胸に手を当てるトウコちゃん。
俺も危険性が無いと一安心である。この油断が命取りであると先ほど学んだばかりなので、周囲への警戒を意識の上では怠らずに。
Nには外出の際は、ポチを必ず付けるようにしてある。何かあった時は、適当にやっておけ、とポチには言い置いてあった。事が起きれば、あいつが判断した“適当”な行動を取るだろう。
Nを嫌ってはいるが、そういうことを許すような奴ではない。

ともあれ。
町について1時間も起たない内に、俺の目的は達成されてしまった。
それも、トウコちゃんからの接触で。


「うー・・・・・・おにいちゃん・・・・・・んぅ」


こんにちは、トウコちゃん。
10日ぶり。


「わ、わ! もう、そんなにたってたんだ・・・・・・! お久しぶり、です、おにいちゃん!」


にっこりとした満面の笑み。
んー、俺の感覚じゃあ、まだ、って感じなんだけどね。
この年齢の子供達にとって、10日という時間は決して短くはない。何カラットというダイヤモンドにも匹敵する価値があるだろう。
大人と子供の時間の流れ、その差というのは、大人が考えている以上に大きなものだ。


「んへへ・・・・・おにいちゃん、だ・・・・・・えへー」


顔を腹にぐいぐいと押し付けて来るトウコちゃん。
髪は普段にもましてぼさぼさで、かなりのボリュームになっている。良く見れば肌は擦り傷だらけで、目の下には大きな隈が。

無理もない、と思う。
荒事とはまるで無縁な生活を送っていた子供が、事前準備をしていたとはいえ、庇護者である親元を離れ勝負の世界に飛び込んだのだ。
トレーナー用に整備された自由なポケモンバトルが許された徒歩専用(自転車通行含む)公道を、待ちうけるトレーナーや、野生のポケモン達を相手に、必死になってくぐり抜けて来たのだろう。
ここはカノコタウンからの出入り口にほど近い場所。
タックルを喰らった方角から察するに、ちょうど今、正に到着したばかりといったところか。
車で移動したら数十分の道のりでしかないが、旅に不慣れな子共の脚では、10日以上掛かるのは当たり前だ。
ましてや限りなく自然――――――に近づけた人工――――――のチャンピオンリーグ規定道路を踏破したとなれば。

チャンピオンリーグの条約の一つに、チャンピオンリーグ参加希望のトレーナーは、規定道路を通行しなければならない、というものがある。
規定道路は車道とは完全に分離しており、子供達やもちろんポケモンにとっても、ポケモントレーナーを志す全ての者が安全な旅が行えるように配慮されていた。
・・・・・・というのは、表向きの理由。
本当の理由はというと、人工的にバトルが多発する環境をこしらえてやり、より多くのバトルのデータを収集する、というものだ。
そこはまあ、税金で道路を作っているのだから国益がなければ、という知らなくてもいいような話だ。

さて、トウコちゃんがそんな第一関門とも言える初めの道路を越えるのに掛かった時間はというと、10日間である。
妥当な時間・・・・・・いや、かなり早いペースであると言える。
待ち受けているトレーナーを、野生のポケモンを、全て打ち倒していかなければ、これほど早く到着することはない。
新米トレーナーの旅立ちなど、手持ちのポケモンを皆やられて、目の前が真っ暗になるのがオチだ。
正直な所、俺はもう3日は掛かるだろうと思っていた。適当な宿でもとってトウコちゃん一行を待っていたらいいかな、と。
到着のタイミングを正確に言い当てたトウコママは、流石親である。
トウコちゃんの才能を見抜いていたのだ。


「あのね、あのね、おにいちゃん・・・・・・あのね!」


うん、どうしたのトウコちゃん?
その顔を見ればわかるよ。嬉しい事があったんだね。
ゆっくりでいいから、言ってごらん。


「私、ね! はじめてのバトル、ね! 勝った、よ!」


うん、うん、やったなあトウコちゃん。俺も嬉しいよ。
そっか・・・・・・初めてのバトル、か。
懐かしいな。俺の時はどうだったか・・・・・・。
やめよう。
トゲキッス無双でカツアゲ繰り返してた記憶しかねえ。
虫とり少年に、ジャンプしろよオラッ、とかやってたのは黒歴史でしかない。


「えへ、へへ。チェレンと、ベルちゃんとのバトルは、バトルごっこ、だった、もん。うれしい、な」


なるほど、ごっこ、ね。
どうやらバトルに関してのシビアさは、三人の中でトウコちゃんが一番のようだ。
流石、一流トレーナーの父親を持つだけのことはある、か。
チェレンの奴はなあ、なんか変な方向に足を踏み外してるからなあ。今までBボタンを押してくれる奴はいなかったものか。次会った時にどんな進化を遂げているのやら。


「あのね、その後もね、一杯一杯、勝った、よ!」


そうか。
順調のようで何よりだよ。
でもね、トウコちゃん。小言を言うようだけど、そうやって勝ち続けてる時が一番危ないんだ。
不用意に草むらに入らないこと。
むやみやたらとトレーナーの視界に入らないこと。

ああ、勘違いしちゃいけないよ。
負けるのはね、いいことなんだ。
君たちにとっては、特にね。
そうやっておっきくなっていくんだ。一杯勝って、一杯負けなさい。
でもね、自分から危険に飛び込んでいったらいけない。
そうして負けた時は、手酷いしっぺ返しを喰らう時だって決まってる。つらい思いをすることになるよ。
だから約束してくれ。
これからどれだけ勝ち続けていったとしても、それで自分が何でも出来るとは思わないこと。
いいね?


「はい!」


ようし、いい返事だ。
いい子いい子。


「ひ――――――」


ひ?


「ひゃぁぁ・・・・・・」


ははは、いつものトウコちゃん・・・・・・では、ないか。
そんな風に言ってしまうのは失礼だな。
うん、ちょっと見ない間に成長したもんだ。
こうやって撫でてると、いつものトウコちゃんだなあって思うけど、本当に、何て言うか、強くなったね。
ちょっと前はこんな風に人前に出ることなんか出来なかったっていうのに。
そんな露出の多い服じゃぜったい外出歩けなかったし。


「わ・・・・・・わすれて、た・・・・・・」


ん、トウコちゃん?
あの、尋常じゃないくらいに震えてるんですけど。
ポチのマナーモードくらいに。


「あわ、あわわ、あわわわわ! お、おに、おにおお、おにに、おにっ」


おおおおちつけ。
ひっつくのはいいけど、マナーモードオフにして。


「んぶぶぶ、むり、だよぉぉ・・・・・・」


あー・・・・・・泣いちゃった。
なるほど、バトルに必至で、恥ずかしさを忘れてたのね。
俺の姿見て安心して、一気に出ちゃったかー。


「お、おおお、おうち、かえっ、かえっ・・・・・・!」


どうする、トウコちゃん?
おうちに帰るかい?


「おうち、かえっ・・・・・・かえら、な、いぃぃぃ・・・・・・ッ!」


よし。良く言った。
強い子だ。
ほら、もう泣きやんで。我慢するんだ。
よし、よし。涙は止まったね。
本当にトウコちゃんは強くなったね。
でも、まだまだこれからだ。
だからまだ、おうちには帰れないな。いいね。


「う、ん・・・・・・!」


ぎゅっと唇を真一文字に結んで、目にいっぱい雫を溜めて。
トウコちゃんは俺を睨み付けるようにして頷いた。
ふうふうと涙を堪える息使い。
まあ、人の視線から隠れるように、俺の身体を盾にしてるのには、眼を瞑ってあげようか。

さて、と。
実はね、トウコちゃん。俺がこの町に来たのは、君達を探しに来ていたからなんだ。
トウコちゃんのママから頼まれてね。旅は順調に進んでいるかなってさ。
その様子なら大丈夫みたいだね。
安心したよ。


「う、ん・・・・・・! 私、がんばる、よ・・・・・・!」


その意気だ。
話を聞けば、ベルもチェレンも、一足先にカラクサタウンに入っていたようだ。
本当にペースの早いことで。
ベルちゃんは謙遜しそうだが、三人共優秀なトレーナーであることに間違いなさそうだ。

じゃあ、トウコちゃん。
これから先は、独りで行けるね?


「・・・・・・ほんとは、さみしい、けど。おにいちゃんと、離れるの、いや、だけど。でも・・・・・・行きます」


本当に、子供というのは・・・・・・。
純粋さが、胸に痛い。
俺にもうちょっと、この子くらいの時に、運が向いていればなあ。そう思わずにはいられない。
ほんのちょっとだけ、運命の歯車が違っていたのなら。
今の俺のような大人になんか、絶対にならなかったのに。
あーあ、上手くいかねえなあ。

軽くかぶりを振って、気持ちを切り替える。
見送りに暗い顔は厳禁だ。
そんなことをしていたら、あそこで出待ちをしている人に、また背中を叩かれてしまう。
ポケモンセンターの説明をすごくしたそうにワクワクして、腰を浮かせたり落ち着かせたりしている、アララギ博士にね。
・・・・・・っていうか、あの人が来るんなら、俺必要なかったんじゃ。
まあ、いいか。
それじゃあ、トウコちゃん。
君の旅の無事と、幸運を祈っているよ。


「はい! おにいちゃん、また・・・・・・」

「ハーイ! トウコちゃん! ポケモンとともに道を行く! これがトレーナーの喜びだよね~」

「博士、空気を読んでください」

「えっ? あ、はい・・・・・・。その、ごめんね?」


あわわわわ。
あんな極寒の目をしたトウコちゃん、初めて見た・・・・・・。
ほんとはアララギさんに挨拶もしたかったけれど、やめとこう。触らぬ神になんとやら。藪アーボである。
くわばらくわばら、とその場を離れる。

向うのは、あそこで隠れてるもう一人の奴の下。
気を張っていたからか、慣れたからなのか、Nの薄い気配は察知出来るようになっていた。
何かぼそぼそとポチと喋っていて、熱中しているようだ。


「ヤッパモエンワ。アリャモエンワ」

「なるほどね。これがナエ、ってやつか。何ていうのかな。頭では理解し切れていないけど、身体で感じたよ。
 うん、この感覚がモエの対極、ナエ、か。あのお姉さん、ナエーだね」

「ンガンガ」


キミタチ?
あのね、この際だから言っておくけどね。
許されるのは、俺がうるせえって言ってる間だけだからね?
ねえ、聞いてる?
俺にも我慢の限界があるってこと、教えて欲しいか?
頭で理解し切れなくても、身体で覚えられるぞ?


「ハハハ、ヤダナアクロイ。ナニカキコエタカイ?」

「アビャババババ、ソソソソラミミルーワ!」


うるせえ。
次あの人について何か言ってみろや。キャン言わせてやっかんな。
まったく、買い物が終わってたんなら声くらいかけろや。


「空気を読む、だっけ? 面白い言葉だよね。空気なんて読めないのに、まるで目に見えてるように言うんだね。
 ポチに教えてもらったよ。だから、ボクも空気を読むことにしたのさ。知り合いと話している時に、横から声を掛けられたくないだろう?」


まあ、そうだけどよ。
ふうん・・・・・・気遣われてた、ね。
こいつも成長、か。


「でもあの子、面白い子だね」


なんだあ? トウコちゃんに興味でも湧いたか?
そりゃあの子は可愛いからな。
でもな、N。
あの子を狙うつもりだったら、俺を倒してからにしてもらおうか。
おい、ちょっと向こうでガチバトルしようぜ。
手持ちのポケモンがなくなったらリアルバトルに移行な。


「いや、キミが何を言っているのかボクには解らないよ。本当に、訳が解らないよやめて。肩を掴んで引きずらないでやめて。
 ボクが言っているのは、あの子とポケモンの関係のことだからやめて」


トウコちゃんと、ポケモンの関係?
詳しく。


「wktk」


黙れポチ。ここぞとばかりに反応するな。


「いや、あの子の手持ちのポケモン達の声が聞こえたんだ。皆あの子のことを、好きだ、一緒にいたい。そう言っていたよ。
 ・・・・・・こんなのは初めてだ」


ポケモンに心から愛されるトレーナー・・・・・・か。
そうか、あの子は本当にトレーナーの才能があったんだな。
トレーナーの才能は、バトルだけじゃない。
真のトレーナーの才とは、いかにポケモンと心を通わせるか、である。
命令-反応という形態をとっている以上、バトルの秘奥とは、ポケモンと通じ合うことにある。
そのレスポンスの遅さを嫌って、俺は野良試合では手持ちのポケモンには好きにさせているのだが。

なるほど、ね。
よく見とけよN。
お前が思っている通り、あんなのは一握りでしかないだろうさ。今のトレーナーの中じゃあ、希少中の希少種だろうよ。
でもな、あれが、あれこそが、人間が目指すべき真のトレーナーの姿なんだ。
まだ旅立ちを迎えたばかりの雛だが、きっと、いつか大空に羽ばたく翼になると、俺は信じているよ。


「・・・・・・真のトレーナーの、姿か」


そうさ。
俺もあんな風に、ポケモン達に好かれたいもんだ。
なあ、N。
俺は俺のポケモン達に、何て思われているんだ?
好かれているかな。俺の下に来て、幸せだと思ってくれているのかな。

いや・・・・・・いい。
聞くのはやめておくよ。
今の俺には、お前の言葉は耐えられないさ。
こんなのは初めてだ、っていうので、大体わかった。


「いや、キミの場合は・・・・・・」


いいっていいって。
そら、先にいくぞー、と。
おっ、あっちの方の広場で何かあるみたいだぜ。
大道芸か何かか? 
せっかくだし見に行こうぜ。

言うが早いか、二人に背を向けて、足早に歩を進める。
子供の頃の俺は、大人になれば強くなれると、そう信じていた。
でも、違った。我慢強くなっただけだった。
子供の時よりもずっと強くなっていく胸の痛みを、上手く誤魔化す術を得ただけだった。

あーあ、と苦笑い。
やめよう、辛気臭い。
こんなんじゃニヒルでダンディなジェントルにはなれないな。
おーい、お前らも早くこいよー。


「たった1度の差で、運命の数直線はどちらに傾くか、解らないね。
 ねえ、ポチ、もしかしたらキミは、あの子のポケモンになっていたかもしれないよ?
 キミも、何か感じたものがあったはずだ。違うかい?」

「・・・・・・シュボ」

「うん、ポチ。そうだね。仮説は仮説でしかない。重要なのは、キミが誰を選んだのか、だよ。
 でもね、ボクは思うんだよ。クロイははたして、キミを選ぶのかな?」

「バーニン・・・・・・ガ」

「クロイはきっと特別だ。クロイみたいなのも、ボクは初めてだったよ」


二人の呟きは、振り向いた背中には届かず。


「命などいらない、全てを捧げる・・・・・・なんて、ポケモンが人間に言うなんて。
 ポケモンに忠誠を誓われている人間なんて、まるで――――――」










■ □ ■










「ワタクシの名前はゲーチス・・・・・・プラズマ団のゲーチスです。今日みなさんにお話しするのは、ポケモン解放についてです」


わー、来るんじゃなかった。
あの人超見覚えあるわー。
勢いで来ちゃったけど、やばくね? これ。
気をつけなきゃって思った矢先にもうね、ほんとナエるわー。ナエー。

広場では、プラズマ団の実質的支配者――――――ゲーチスが、演説を行っていた。
向こうは俺の顔も知らないだろうが、こちらはNから話を聞いていたし、何より俺の両親と一緒に写真に写っていた男であるから、覚えている。
あれがプラズマ団の親玉であるか。
柔和な顔をしているが、自分の子であるのだろうNにどんな仕打ちをして来たか、俺はちゃんと知っている。
誤魔化しは利かない。

しかし、こんな場所ではち合わせるとは。
宗教団体がこんなあけっぴろげにイベント行うとか、しかも反政府思想をぶっちゃけちゃうとか、誰も思わないでしょ普通。
とっさに人混みに紛れたはいいけど、どうすっかなあ。
こんな場所にダークトリニティみたいな荒事専門の奴らを連れては来ないだろうけど。
俺が気付いてないだけかもしれないし。
ゲーチスが後ろに控えさせている通常の護衛は、そんなに実力は高くはなさそうだけど、しかし数は力だ。
純粋に監視の目が多くなるということは、それだけ見つかってしまう可能性も高くなるということ。
あまり派手に動けないな。
Nの奴も機転を利かせたみたいで、どこかに隠れたみたいだけど・・・・・・。


「われわれ人間は、ポケモンと共に暮らしてきました。お互いを求め合い、必要とし合うパートナー・・・・・・そう思っておられる方が多いでしょう。
 ですが――――――本当にそうなのでしょうか? 
 我々人間が、そう思い込んでいるだけ・・・・・・そんな風に、考えたことはありませんか?
 トレーナーは、ポケモンに好き勝手命令している・・・・・・。
 仕事のパートナーとしても、こき使っている・・・・・・。
 そんなことはないと、誰がはっきりと言い切れるのでしょうか」


周囲から、動揺したざわめきの声があがる。
はて、さて。
言っていることはまともだがね。
ぶっちゃけ人間道徳とか社会とかって、そんな段階はとうに過ぎてるんだよなあ。
古いよ、その話題。
さっさと狙いを言え、狙いを。
どうせ金だろ。
こういう手合いの企むことなんて、ワンパターンなんだよ。
だからポケモン達のために募金してくださいーってな流れか?


「いいですか、皆さん。
 ポケモンは人間とは異なり、未知の可能性を秘めた生き物なのです。
 我々が学ぶべきところを数多く持つ存在なのです。
 そんなポケモン達に対し、ワタクシたち人間がすべきことはなんでしょうか」


またも、どよめきが。


「なあに?」

「解放?」


さくらが一匹。
常套手段であると言える。


「そうです! ポケモンを解放することです!
 そうしてこそ、人間とポケモンは初めて対等になれるのです。
 皆さんポケモンと正しく付き合うために、どうすべきか、よく考えて下さい。
 というところで、ワタクシ、ゲーチスの話を終わらせて頂きます。
 ご清聴、感謝致します」


似非ポケモンフェミニストのリベラリズム乙。
帰っちゃったよ。
こちらとしては有り難いんだけども。
なんか、いやーな空気が残ったな。


「今の演説・・・・・ワシ達はどうすればいいんだ?」

「ポケモンを解放って、そんな話ありえないでしょ!」

「いや、あの方の言う通りだ。皆、ポケモン達に命令するのが当たり前だと思っていなかったか?」

「そうだ! そんなの、ポケモン達が可哀想だ! さあ、皆、ポケモンを解放してやろうじゃないか!」


さくらが二匹。
この規模の町で集めた人数に紛れ込ませるには、これくらいが限度か。
しかし、可哀想ときたか。
大人ってやつは、我こそは良識ある人間だ、と思いたがるものだ。見栄を張るのに必死なのだ。もちろん、俺も含めて。
そんな人間に可哀想だとか、感情に訴えかけるような投げかけをしたら、そりゃあこうかはばつぐんだ。

ほら見たことか。
何人かが、ボールホルダーに手を伸ばしてしまっている。
・・・・・・よくないな。
目立ちたくなかったけど、ちょっとだけ、つぶやきでもするか。クロイツイートである。
出来るだけわざとらしく、あれ? と声を上げる。

あれ?
でもあいつら、腰にボールホルダーのベルト付けてなかったか?
ポケモンを解放するって言うんなら、まず自分達から解放してみせるべきなんじゃ。

以上。
初めは小さな疑問の声が、しだいに大きなざわめきへと変わっていく。


「あれ? そうだよな? なんであいつら、自分達はポケモンを解放していなかったんだ?」

「俺には解るぞ。あのゲーチスとかいう男、マントの下にいくつもボールを隠していた。あのふくらみは間違いない。
 ホルダーベルト、形式番号は11-8282・・・・・・軍事的利用を目的に作られた、戦闘用のベルトだ」

「そんな事が一目で解るなんて・・・・・・あんた、何者だ?」

「俺はただのコックさ・・・・・・」


そんなガタイのいいコックがいてたまるか。
いや、探せばいるだろうけど・・・・・・けど・・・・・・あんたは違うとすごくツッコミたい! 声を大にして言いたい!
つかこの人プラズマ団に放り込んだら、一日で解決するんじゃねえの?
テロリストに乗っ取られた船とか、一人で制圧しそうなんだけど・・・・・・。
ま、まあいいか。

それよりもこっちの問題をどうにかしないと。


「おい、お前」

「見てたぞ。お前が初めに何か、皆に吹き込んでいただろう」


あれだけでっかい釣り針を垂らしたら、釣れちゃうだろうな。
あーあ、見つかっちゃった。目を付けられたな、これは。
Nとの繋がりもバレるだろう。
もう隠し通せはしない。

今日から逃亡生活かあ。
慣れてはいるけど・・・・・・慣れたくはなかったけど・・・・・・仕方ない。
そらをとぶが使えたら、なんとでもなるさ。捕まりさえしなければいいんだ。

さしあたっては、ねえお二人さん。
そんなにいきりなさんな。
落ち着いて、落ち着いて。
ほうら、あそこの建物の陰とかでさ、話し合おうよ、な?


「お、おい、貴様近付く、なっ!? ぎ、あぎゃっ、腕っ、腕ぇ!」

「いでっ、ででっ、手っ、手ぇ!?」


はいはーい。
静かにしようかー。
大丈夫、大丈夫。ちょっとの辛抱だよー。
例えこれから酷い目にあったとしてさ、それを誰かに報告とかしたくっても、1ヶ月くらいはろくに喋れなくなるだけだからさ。

はっはっは、はっはっは。
いやー、俺なんだか楽しくなってきちゃったなー。
ん?
私たち二人相手に勝てると思っているのか、って?
そうだなー、二対一だもんなー、こりゃあしんどいなー。
いや、同期辺りにはどの口が物を言うかって怒られそうだけどさ、俺は実はそんなにポケモンバトルが得意じゃないんだよね。
自分で思ってるだけだけどね。
お、安心した? 今あからさまにホッとしたよね?
いや、間違ってないよ。
だって俺の一番得意なのって、さ。

リアルバトルだから、さ――――――。










■ □ ■










うーん、駄目だなあ。
完全に鈍っちゃってるなあ、これ。
壊さなくてもいい所まで壊しちゃった。

さて、と。
金も引き出したし、必要なものは現地調達でいいや。
これからしばらくリッチなホテル暮らしだなあ。嬉しくって泣けてきちゃうよ。


「おねがい、ポカブ、頑張って・・・・・・!」

「もっと、キミのポケモンの声を聴かせてくれ!」

「ポカブ、今・・・・・・! たいあたり、して!」
 
「そんなことを言うポケモンもいるんだね・・・・・・! やはり、キミは面白い!」


聞こえるポケモンバトルの音。
大方、さっきの演説の空気を引きずって、解放派と反対派が衝突でもしているのだろう。
これだから・・・・・・まったく。
もう少し物陰に隠れていようか。
しばらくしたらNも帰ってくるだろう。
鮮やかな身のこなしのNだ。下っ端連中に捕まることはないと確信している。
しかし、距離も離れているしバトルの騒音で掻き消されているけれど、このトレーナーの声、聞き覚えが・・・・・・。


「やあ、クロイ。こんな所にいたんだ、探したよ。びっくりしたね、まさかゲーチスがこんな所にいるなんて」


おう、N。
そっちも逃げられたみたいだな。
悪いんだけどさ、ちょっと問題起しちゃって、これから家にはしばらく帰れそうにないんだわ。
付き合ってもらうことになるけど、本当にごめん。
演説聞いた後で、気が立ってたんだ。
何て言うか、もう、本当に俺って奴はこう、考えなしで駄目な男だなあ。


「ああ、そんなことか。大丈夫だよ。さっきプラズマ団の団員を捕まえて、ボク達のことは追わないようにって言ってきたから」


・・・・・・え?


「うん、安心して。団員だけだと伝わるか不安だったから、ゲーチスに向けてセンチュリーキングスで見た矢文を送っておいたから。
 アハハ、狙いが外れて、隣に居た護衛に当たっちゃったよ!」


へ、へー。
最近のアニメショップはそんな本格的な和弓とか売ってるんだー・・・・・・って違う!
お前、何てことをしてくれたんじゃ!
いかん、早く逃げないと・・・・・・!


「だから大丈夫だよ。矢文は最強のメッセージ伝達法なんだから」


馬鹿!
お馬鹿さん!
お前、組織のトップをスナイピングするとか、ガチで戦争が始まっちまう!
もしかしなくてもこれ、俺がやらかしたってことになってるんじゃ・・・・・・!


「うん。ちゃんとクロイの名前と、住所も書いておいたよ。手紙だからね!」


偉いでしょ? じゃねえよ!
ポチィ! お前なんで止めなかった!


「モ・・・・・・」


も?


「モエルーワァ・・・・・・ポワワ」


おい、こいつはどうしたんだ。
紙袋の中に突っ込まれて、なんでこんなに嬉しそうなんだ。
トリップしちゃってるぞ。


「ああ、そうそう! これを見てよクロイ。このセンチュリーキングスのグッズを! ボクとポチで厳選した逸品を!
 見てよ、このポストカードなんて、二人のアングルが実に良い角度で描かれていて」


知らねえよ!
見ねえよ!
なんでサンシャイン・ブラックRXのグッズばっかりなんだよ!
俺はノブヒコ派なんだよ!
不人気って言うなよ!
ちっくしょぉぉぉぉう!


「うん、ボクもだよ。だから、ほら、これ」


・・・・・・なんだ、それは。
おい、お前、まさか、それ。


「そう、神が唯一人間に遣わした、至高の具現・・・・・縞パンさ!」


うるせえ!
うるせよNお前こんちきしょん!


「もちろん青と白のストライプさ。ボク達は運がよかったね。この期間だけの限定品だそうだよ。これ一つあれば十分さ。他の品なんて、全てが霞んで見えたね。
 だから今日の所は、残りのお金を全部ポチに譲ってあげたんだ。あ、この弓はキャンペーンくじで当たったんだ。特別賞だったよ」


なん・・・・・・だと・・・・・・!
お前、まさか、その縞パン・・・・・・!


「もちろん、履くに決まってるじゃないか」


やっぱりかよ!
聞きたくなかった!


「大丈夫だって。ほら、ちゃんとクロイの分も」


うるせえ!
やめろ! 俺にそれを近付けるな!
最近染まってきてるなって自覚はあったけど、そこまで堕ちたくはない!
やめっ、やめろォ!


「残念。これはボクの替えの下着にしておこう。それよりクロイ、なんだかスッキリとした顔をしているね。何か嬉しいことでもあったの?」


切り替えが早いったら・・・・・・。
まあ嬉しいことっていうか、すっきりしたのは確かだけどな。
そう言うお前だって、グッズのあれこれは抜きにして、何だか嬉しそうじゃないか。面白いものでも見付けたか?


「うん。あの子とね、少し遊んでみたんだ」


あの子って、トウコちゃんか?
お前、まさかさっきの・・・・・・!
トウコちゃんに手を出してたんじゃないだろうな!


「それも、大丈夫だってば。ボクがクロイの嫌がることをする訳がないじゃないか。ちゃんとした、正規のポケモンバトルを申し込んで来たよ。
 結果は惨敗だ。強いね、あの子」


まあ、それならいいんだけどよ。


「あの子はとても面白い子だったけれど、近くにいた男の子は、そうでもなかったね」


男の子・・・・・・チェレンか。
チェレンの無事も確認できたな。ベルちゃんはこの町のジョーイさんが、元気そうだったって教えてくれたし。
これで目的達成。気兼ねなく次の町に行けるな。
ところでN、チェレンの奴の様子はどうだった?
何かおかしな所はなかったか?


「うーん・・・・・・。
 『月よ、なぜ君は孤独なのか。一体何の罪が君を孤独にさせたというのだろう。美しさが罪だというのなら、孤高に輝くことが贖罪にはならないのか・・・・・・』
 なんて急に空を見上げて言ってたけど、ボクにはよく解らないや。まだお昼で、月なんて出てないのにね」


おかしな所だらけだな!
チェレン・・・・・・お前はガイアに囁かれて、引き返せない所まで行っちゃったようだな。
多分お前も将来、俺の同期と同じ道を歩むことになるぞ。
その時になって泣いても遅いんだからな。
いくら俺でもそういう黒歴史は埋められん。


「ねえ、クロイ。クロイはゲーチスの話を聞いて、どう思った?」


というと?


「モンスターボールに閉じ込められている限り、ポケモンは完全な存在にはなれない。
 だからボクはポケモンというトモダチのため 世界を変えねばならない――――――そう思って、いるよ」


ふうん。
まあ、それならそれで、いいんじゃねえの?


「キミは、反対するとばかり思っていたけれど」


反対はしないさ。
同意もしないけどな。
協力は出来ない。でもその代わりに、俺はお前に、お前の言う世界って奴を見せてやるよ。
世間知らずどころか世界知らずで世界を変えるなんて、そんな恥ずかしい台詞は寝言で言うんだな。
ぐるっとイッシュを一回りして、それでもお前の考えが変わらなかったとしたら、そいつはお前の信念だ。
胸張って進めよ。
叩き潰されたとしても、それはお前の運命だと受け入れろ。
突き進んで、その理想が叶ったとしたら――――――。


「ボクの理想が、叶ったとしたら? クロイはどうするの?」


まあ、世界が変わっても俺の暮らしは変わらんなあ。
ポケモンの力を借りることが出来なくなるのはしんどいが、所詮その日暮らし男だからな。
どっちでもいいや。適当に稼いで、適当に生きていくや。
革命を起こさないといけない英雄様は大変だなあ、としか思わないよ。
そういう考え方もありだろ。


「そう、か。うん・・・・・・安心した」


安心したって、何だよ。


「質問してから自分の気持ちに気付いたよ。ボクは、クロイには、賛成しても反対しても欲しくなかったって。
 やっぱりクロイはクロイだね。ふふ、嬉しくなっちゃうな」


なんだあ?
気持ち悪い奴だなあ。


「ねえクロイ、手を繋ごうか」


気持ち悪い奴だなあ!
やめんか!
もうやらんぞ!


「じゃあほら、一緒に縞パンを鑑賞しようよ。
 完全なる縞パンを・・・・・・人に纏われた縞パンの姿を! ボクの縞パン姿を、さあ、見てよクロイ! 
 ボクの全身からあふれる縞パンへのラァァァッヴ! みせてあげるよ!」


お前その言い回し好きだな!
見せんでいい! 脱ぐな、脱ぐな!
今履いてんのか! 装備済みなのか!? 防御力上がっちゃってんのか!?
そんなにノブヒコパンツが好きか!
もうお前ノブヒコになっちゃえよ馬鹿!


「ん・・・・・・? ボクが、ノブヒコに、なる・・・・・・?」


NのNはノブヒコのNだからなー・・・・・・って、ちょっと、Nさん?
もしかして乗り気ですか?


「クロイ、今日からボクのことは、ノブヒコと呼んで欲しい」


・・・・・・おい。
いや、N、なんてあからさまな名前は変えてやらにゃならんとは思ってはいたが。
偽造、じゃなくて、ごにょごにょパスポートとか証明書作るのにもまっとうな名前は必要なわけだし。
身分証明書になるトレーナーズカードの登録も、名前だけでいいなんて、いい加減な造りだし。その代わり年間更新とデータ送信の義務が発生するけれど。

ていうか、本当にいいのか?
もうちょっとよく考えたほうが。


「クロイが言ったんじゃないか。それに、光栄だね。ストライプの具現者の名前を名乗れるなんて!」


うるせえ。
なんかもう、なんか・・・・・・!


「さあ、クロイ。ボクの名前を呼んでくれ。ありったけのラヴを込めて――――――!」


うるせえっての。
ほら、もうこの町に用はない。
荷物をまとめて、次の町にさっさと行くぞ。
遅れるなよ、N・・・・・・いや、ノブヒコ。
ほら、さっさと手を握れよ。
置いてっちまうぞ。


「クロイ――――――うん」


ひんやりとした体温。
トウコちゃんとは真逆の手。
でも、そこに込められた喜びの感情には、違いはなかった。
こいつがこんなに嬉しそうに、柔らかく笑ったことがあっただろうか。
出来ればこうして、これからも、ノブヒコが春の雪解けのような笑みでいてくれたら、と思う。
俺がこいつの新しい名前を呼んでやることで、そうなってくれるんなら、いくらでも名前を呼ぶさ。
なあ、ノブヒコ。


「グヌ、グヌヌヌヌ・・・・・・! モ、モエ・・・・・・モエルーワ! アーア! モエルーワ! ケッ!」


うるせえ。
そんなにノブヒコにモエルーワするのが悔しいか。
認めちまえよ。
楽になるぜ、ポチ。
俺は認めんがな!

さあ、次の町へ出発だ。
ぼさっとするなよ。
俺達の旅も、今始まったばかりなんだからな――――――!












ぽけもん黒白は今後、レシラム→ポチ、N→ノブヒコでお送りします。

お久し振りです、皆さま。
前回修正上げという失態を犯してしまい、申し訳ありませんでした。
いえ・・・・・・その前に、かなりの投稿期間が開いてしまったことに、謝罪を。
本当に申し訳けありませんでした。
最近3DSを購入しましたので、少しずつですが、ポケモンブラック&ホワイトのストーリーを追っていけそうです。

しかし、これまでやりこんだポケモン達がいなくなってしまったのは辛いです。
今回、バトル描写が全くありません。
ポケモンであるというのに何という暴挙か。
バトルを書くには、自分でポケモンを動かさないといけませんね。
ああ・・・・・・忘れないよ、ガブリアス、メタグロス、バンギラス。私の厨ポケ達よ。
もういちど厨パを組みたてるのは骨が折れそうやでぇ・・・・・・。


感想掲示板 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

SS-BBS SCRIPT for CONTRIBUTION --- Scratched by MAI
0.09298300743103