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[27923] 続・殺戮のハヤたん-地獄の魔法少年-(オリキャラチート主人公視点・まどか☆マギカ二次創作SS)
Name: 闇憑◆27c607b4 ID:cb2385d9
Date: 2011/07/22 09:26
※一部、残酷描写がございます。そういうのに抵抗がある方は、ご遠慮ください。



はじめまして。闇憑という者でございます。
年甲斐もなく、まどか☆マギカにハマって、慣れぬ二次創作に手を出しました。

なお、タイトルに『続』と入ってますが、このタイトルそのものが、ニトロ作品のパロディなので、前編はございません。悪しからず。


一応、野郎のオリ主視点での、ワルプルギスの夜までの闘いを描こうと思っております。
設定は、なるたけ原作に準拠していますが、かなり弄ってる部分もありますので、そういうのが嫌な御方は、ご遠慮ください。
当然、ネタばれ前提なので、原作をみていない御方は、バレ覚悟でなければご遠慮ください。


あと、多分、萌えとかそーいったの、作者はあまり理解してません。ぶっちゃけ、何も考えずに書いています。残酷描写も多々ありますし、あくまで闇憑視点でのキャラ解釈なので、一度でも不愉快だと思われた方は、続けて読む必要はございません。


私が描く『地獄』にお付き合い出来る方のみ、お願いします。


テーマは『杏子の罪』と『アンチQB』。そして『アンチ魔法少女』といった所でしょうか?
そのため、杏子ファンには絶対オススメしません!! マジで引き返した方がいいです。彼女は酷い目に遭います。
というか、この話は主人公の一人称視点なので、彼女は完全な悪役です。理屈では納得できても、恐らく感情が納得できないでしょう。


この二次創作の物語は、基本的に主人公含め、頭の悪い人間だけで構成されており、頭の悪い人たちで作る世界になっています。
これはそういう世界を想定して書かれております。原作との設定の矛盾もある程度まかり通ってます。




繰り返しになりますが。『地獄から来たと思しき主人公と、お付き合いいただける方のみ』おねがいします。それ以外の御方は、こちらで回れ右で、ブラウザの『戻る』をクリックし、他の方々の傑作に走る事を、お勧めします。







※現在、感想掲示板のほうに、荒らし目的の方が多数沸いております。こと、作者に対して、粘着質なストーカー的な方もおります。
闇憑個人の迂闊さもありますが、最早、制御不能な『魔女の釜の底』状態ですので、感想の投稿には、十分な注意をお願いします。














OK……後悔、しないでくださいね。



推奨BGM:『アンパンマンのマーチ』『ぼくパヤたん一章、二章』。『only my railgun』『(doa)英雄』『born legend』



[27923] 第一話:「もう、キュゥべえなんかの言葉に、耳を貸しちゃダメだぞ」
Name: 闇憑◆27c607b4 ID:cb2385d9
Date: 2011/05/22 06:22
「おっと、失礼」

 ドンッ、と。ぶつかった少女に、頭を下げる。

「あ、いえ……こちらこそすいません」
「いや、すまなかった。急いでんだ。悪い!」

 そう言って、俺は走り出した。
 ……気付かれる前に、決着をつけねばならない。
 繁華街の路地に駆けこんで、先ほど、ぶつかった時に少女から掏り盗ったモノ――ソウルジェムを、クルミ割り機に挟みこむ。

 パキィィィィィン!!

 澄んだ音と共に手の中でソウルジェムが砕け散って、俺はようやっと安堵の息をついた。 

『おいっ!! おいっ、ひみか!?』
『どうしたんだよ、おい!?』
『救急車っ! 救急車呼んでーっ!!』

 一〇〇メートル程離れた場所で、少女が倒れたまま動かなくなっていたのを確認すると、俺は変装の中年男性の覆面を剥ぎ棄てて、その場を立ち去った。



 世の中には、悪魔と呼ぶべき生き物が存在する。
 嘘はつかない。ただし、真実全ては絶対に語らない。
 そいつは、他人の弱みに付け込みながら、そういった詐術じみた手法で人を陥れる。
 その悪魔の『ターゲット』は、小中学生から、高校生くらいまでの少女たち。
 愛くるしい容姿で近づき、奇跡を餌に少女に『契約』を迫り……何も知らない少女を自覚の無いままゾンビへと変え、そして最終的に化け物へと変える。
 キュゥべえとか名乗るフザケたそいつらが、ドコから来たかは俺も知らん。本人は宇宙がどーとか言ってるが、正味、それは俺の知ったこっちゃない。
 ただ、俺が知るそいつらは、殺しても殺しても際限なく現れては、少女たちの周囲を徘徊し、言葉巧みに契約を迫る、厄介極まりない生き物だという事だ。

 ……ああ、違和感を感じたかもしれないが、俺は男だ。
 私立見滝原高校一年。御剣 颯太(みつるぎ はやた)。
 まごう事無き、れっきとした男だが、『彼ら』キュゥべえとは無関係ってワケじゃあない。
 何しろ、その『契約』の犠牲者が、身内に二人も居るのだから。
 その犠牲者は姉さん。そして、俺の妹。
 そのうち、姉さんはこの世には居ない。いや……多分、あの世にも居ない。
 そうとしか言いようの無い末路を辿っている。

 じゃあ、残った妹は、というと……『ココ』に居る。
 俺が首から提げた、緑色に輝くソウルジェム。これが『妹』だ。
 ……OK、念のため言っておくが、俺の妹は生きている。体も無事だ。そして、俺の頭も狂ってるワケじゃあない(と、思いたい)。
 例の悪魔と『契約』を済ませた少女は、ソウルジェムという形で『魂』をこのちっぽけな石ころの中に封じ込められる。そして、人間としての肉体は、外付けのハードディスク以外の意味を持たないモノとなってしまう。
 つまり……ソウルジェムさえ無事ならば、肉体がどんなに痛もうが、あっというまに再生出来てしまうのだ。

 俺が、契約した彼女たちを『ゾンビ』と言ったのは、このためだ。
 撃っても斬っても殴っても死なない。手足や脳天をショットガンで吹っ飛ばそうが、お構いなしだ。
 それでいて、個人差はあるものの、少女の外見からは想像もつかない、超人的な身体能力を獲得する。
 多分、生身の人間の俺では、正面から戦っても絶対に太刀打ちできないだろう。
 本人たち曰く『魔法少女』だそうだが……まあ、外面的、能力的には間違っちゃいない。中身は果てしなくゾンビだが。

 ただ、この状態なら、まだ可愛い方だ。
 問題は、その一歩先。
 俺の姉さんが陥った……化け物としての姿。
 例の『魔法少女』が戦い続ける表向きの理由に、『魔女』と呼ばれる化け物退治がある。
 自分の結界というか異世界というか……まあ、そんな場所に人を引きずり込んで弄んだ末に殺す、化け物。
 その化け物退治を繰り返している内に、自らも『魔女』という名の化け物に成り果てる。
 どうも、これは今のところ、変えようがない運命らしい。まったく、良く出来たシステムだ、としか言いようが無い。

 まあ、そのへんは兎も角、とりあえず、俺が『妹』――のソウルジェムを持ち歩いてる理由に話を戻そう。
 ぶっちゃけて言うならば、『俺が魔女や魔法少女と戦うため』である。
 ……そう、魔女だ。
 超人的な体力と、物理法則をひっくり返す魔法を扱う『魔法少女』を以ってして、はじめて倒す事ができる相手。
 故に、だだの一般的な人間が、太刀打ちできる訳が無い……と、いうワケでは、実は必ずしも無かったりする。とはいえど、そこには『魔法少女』の力を借りねばならない理由も、少なからず存在する。

 例えば……ドコに魔女が居るのか、という探索。
 いかに魔女を倒す武器を携えていようとも、見つけられなければ意味が無い。そして、ソウルジェムは魔女の居場所を示すレーダーの役割を果たしてくれる。
 これが一番目の理由。

 さらに……

「……ようやっと、お出ましか」
 薄く笑いながら、俺は『ソウルジェムから武器を取り出した』。

 そう、これが二番目の理由。
 『妹』のソウルジェムが持つ『四次元ポケット』としての機能もまた、魔女と対峙するに当たって、限りなく重宝するモノだ。
 しかも、今、取りだしたのは、本来ならば車載して持ち運ぶようなオートマチックグレネードランチャーで、持ち歩くには到底向かない代物。それを、ベルトで肩から提げて両手持ちで構える。

 更に、ベルト方式で連なった40mmグレネード弾の弾帯は、そのままソウルジェムの四次元ポケットの中まで連なったまま、『ジェムと一緒の淡い緑の光を放っていた』。
 これが三番目の理由、『魔力付与』。
 既存の銃器や爆発物の単純攻撃では、魔女や魔法少女相手には効果が薄いが、ある程度の媒介としての魔力を加える事により、近代兵器でもかなり有効な打撃を与える事が出来るようになる。
 それでいて、魔力の消費量は、同等の破壊力を魔力のみで再現した場合より、応用性は劣るものの明らかにコストパフォーマンスに優れる。

 飛行機の操縦桿のような引き金を引き、反動で暴れ回るオートマチックグレネードランチャーを、両腕……というより体全体で必死に抑え込みながら、使い魔の群れを異形の魔女ごと、爆炎と業火の海に叩きこむ!
 『ポンッ』というより『ボンッ』といった感じの発砲音が連続し、その発砲音を風景ごと塗りつぶす程に強烈な、40ミリグレネード弾の爆撃と轟音によって、何もさせずに使い魔ごと魔女が叩きのめされて行く。
 そして……

『ギャヒイイイイイイ!!!』

 と。断末魔の悲鳴をあげて、姿を現そうとしていた『魔女』が、その姿を見せる前に結界ごと消滅。

「っ……ふぅ……」

 冷や汗と共に、俺はソウルジェムに、オートマチックグレネードランチャーを収納。
 一方的な殺戮。
 そう。『何されるか分からない相手ならば、何かをする前に何もさせず葬り去る』事が、人間が、魔女や魔法少女に対抗するための唯一の手段である。
 実際のところは、本気で紙一重だ。
 まあ……本気でヤバくなった時のための最終手段も無いワケではないが、それは後で。



 魔女の残骸……グリーフシードを回収し、手元のソウルジェムの汚れを取り去りながら、俺はコレをどう扱うべきか考えていた。
 魔力の消耗が極端に少なくて済む、この方法は、もう一つの大きなメリットを抱えている。
 即ち……

「……デコイにするか」

 それは魔法少女をおびき寄せる手段が増える、という事。
 この魔女の残骸……グリーフシードは、魔力の使用によって濁っていくソウルジェムを、綺麗に保つ効能を持つ。ソウルジェムが綺麗であればあるほど、個人の戦闘能力は増し、逆に濁れば果てしなく堕ちていく。
 故に、連中にとっては、喉から手が出るほど欲しいもの。
 時刻は9時。

「時間的にもう一戦、イケるな……」

 トラップを仕掛けた町ハズレの廃ビル……二束三文で買い取った建物に向かって、俺は歩き出した。


 ズッ……ズズズズズ……ズッーン!!!!

「……殺った、か?」

 建物が内側に沈み込むように、綺麗に『消滅』する。
 俗に『内破工法』と呼ばれるビルの解体技術で、崩落のエネルギーそのものを内側に集約させ、周囲に破片を撒き散らさずにビルを破壊する解体工法だ。故に……金銭的な費用対効果を度外視すれば、普通の爆弾を用いたブービートラップより、効果的である。
 とはいえど。
 確実に、ターゲットにした魔法少女が入ったのを確認して、起爆スイッチを入れたのだが、安心はできない。
 一応、消耗していた魔法少女を狙い、公衆電話で誘い出して罠にかけたのだが、弱っていたとしても『ビルごと吹っ飛ばした程度では』アテにはならない。
 対物ライフル――バレットM82A1に備え付けた、暗視用の狙撃用スコープを覗き込みながら、崩壊した建物を観察。
 ……居た。
 案の定、瓦礫をはねのけて現れた魔法少女が、最後のトラップをくぐり抜けたと思いこんだ、安堵した表情でソウルジェムを取り出し、餌にしたグリーフシードに当てる。
 その瞬間を……狙い撃つ!

 ドンッ!!

 遥か500メートル彼方からの狙撃。
 スコープの中に、一瞬、黒い点……12.7x99mm NATO弾が現れ……

 ボン!

 グリーフシードとソウルジェム、そして魔法少女の上半身。全て、まとめて消し飛んだ。



「本日の成果:魔法少女二匹、魔女一匹……と」

 本日のハントの成果を、ノートに記録。

 ……トータルスコア:魔法少女23匹、魔女(含、使い魔)51匹。
 ……グリーフシード:残14+1。



「お兄ちゃん、お帰り♪」

 見滝原の中心部より、やや外れた郊外。
 新興住宅地の一戸建てにある、我が家の扉を開けて出てきたのは、俺の妹、御剣 沙紀(みつるぎ さき)だ。

「おう、ただいま。体は平気か?」
「うん、大丈夫!」
「そうか……良かった」

 そう言って、俺は沙紀の頭を撫でて、抱きしめる。

「……お兄ちゃん。怪我してる」
「ん? ああ……これか」

 腰……というかわき腹のところに作った傷。どうも、何かの拍子に引っかけたらしい。
 今まで、痛みらしい痛みは無かったが、触られて自覚する。

「どーって事ぁないさ。放っときゃ治る」
「ダメだよ、お兄ちゃん!」

 そう言って、沙紀は俺の傷に手を当てる。

「ダメだ沙紀! 『それは無駄遣いしちゃダメだ!』」

 強い口調で沙紀を叱り飛ばし、手をひっこめさせた。

「うーっ……」
「……大丈夫だよ、沙紀。救急箱取ってきてくれ。消毒してガーゼを当てよう」
「……うん」

 そう言って、玄関口からリビングに消えた沙紀の姿に、溜息をつく。
 俺の妹、御剣沙紀は、魔法少女としてあまりにも優しく、故に、あまりにも『魔法少女』の世界に向かない存在だった。
 『弱い』わけではない。魔力の総量は、ハッキリ言ってそこらの魔法少女の比ではないだろう。
 だが、沙紀には攻撃手段が無かった。
 魔法少女が、魔女と対峙し、狩るために手にする武器。それは、時に銃であり、剣であり、槍であり……まあ、諸々ある。
 だが、彼女には何もなかった。
 本当に、何も持ってないのである。
 『癒しの力』……いわゆる、回復の魔法に関しては、群を抜いている。
 骨折や四肢の切断どころか、心臓を始めとした内臓器官をぶち抜かれても、脳を吹っ飛ばされた即死でさえなければ、復活させる事は可能だ。その上、どんな病気もたちどころに治せ、しかもそれは、自分だけではなく、他の人間や動物、魔法少女にまで適応が可能なのである。
 ……だが、それだけ。それだけでしかない。
 要するに……単独で戦闘を挑むのに、極端なまでに向かない存在なのだ。
 かといって、彼女を別の戦闘向けの魔法少女と組ませる、というのも論外だ。
 一度、それをやって、沙紀を便利な薬箱扱いした挙句、ソウルジェムが真っ黒になる寸前まで酷使しようとした馬鹿が居た。無論、そいつは俺がこの手で『吹き飛ばして』やったが。
 以来、沙紀の相棒は俺一人である。

 で、何故、俺が沙紀の相棒として働けるか、というと……俺の姉もまた魔法少女であり、共に闘ってきたからだ。
 ……もっとも、その頃とは戦闘スタイルを大きく変えてはいるが、戦闘担当だった事に変わりはない。
 魔法少女の力を借り、戦闘を代行する人間。効率よく魔力を消費してグリーフシードを効率よく獲得する魔法少女の相棒(マスコット)。
 それが俺。ただの人間である、御剣 颯太(みつるぎ はやた)の正体だ。

「お兄ちゃん、薬箱もってきたよ」
「おう、ありがとうな。あ、あとテキーラもってきてくれ」
「……う、うん」

 アドレナリンが効いてたため、あまり意識していなかったが、わき腹の傷は結構深かった。命には差し障らないが、放っておける程のモノでもない。
 沙紀が持ってきてくれた、芋虫入りのテキーラを口に含み、ブッ、と吹きかける。
 薬箱に入ってるのは、ヨモギの粉末をベースにした、オリジナルの薬膏。そいつをべちゃっ、と張り付けて、ガーゼで保護。傷ごと胴に包帯を巻いて、一丁上がりだ。

「お兄ちゃん……やっぱり……」
「ダメだ、沙紀」

 俺は、首を軽く横に振るう。

「いつも言ってるだろ。『お兄ちゃんは無敵だ』、って。
 だから、沙紀は、お兄ちゃんが本当にピンチのピンチに陥った時にしか、手を出しちゃダメなんだよ?」
「……じゃあ、どうして怪我して帰ってくるの?」
「ん? 喧嘩するのに、無傷ってワケには行かないからさ。殴られたら、殴った拳が痛むだろ? つまりは、そう言う事だ」
「……鉄砲、いっぱい持ってるのに?」
「相手だって、鉄砲より怖い物を一杯振りまわしてくるのは、沙紀も知ってるだろ? でも、お兄ちゃんはちゃんと勝って帰ってきてるじゃないか」
「……うー……」

 いじけそうになる沙紀の頭を撫でて、抱きしめる。

「ありがとう。感謝してるよ。沙紀。
 だから、もっと自分を大事にしてくれ……本当に。もう、キュゥべえなんかの言葉に、耳を貸しちゃダメだぞ」
「うん……ごめんね、お兄ちゃん。私……私」
「泣くな。大丈夫。お兄ちゃんは、ずっとずっと、大丈夫だから。
 じゃ、ご飯にしようか? デザートは新作だぞ」
「えっ、新作♪」

 目を輝かせる妹の現金さに救われながらも、俺は安堵していた。

「ああ、もうシーズンだから、紫陽花に挑戦してみた。
 その代り、ちゃんとお野菜やサラダも残さず食べるんだぞ!?」
「うっ……はーい……」
 妹の頭を撫でつけ、俺は台所へと足を向けた。

 本日の料理:適当にデッチアゲた酢豚、中華風卵スープ、水菜のサラダ、ご飯
 デザート:練り切りで作った紫陽花



[27923] 第二話:「マズった」
Name: 闇憑◆27c607b4 ID:cb2385d9
Date: 2011/05/22 06:27
「……マズった」

 絶句しながら、お菓子の世界に放り込まれた俺は、自分のミスを歯噛みしていた。
 
 何度も言うようだが、俺の戦闘方法は、至極単純。
 『仕掛けて嵌める』か『全火力での先手必勝』。それが全てであり、それ以外は……基本的に、無い。
 故に、こういった突発的なトラブルに巻き込まれ、先手を取られた場合、採り得る選択肢は一つしかない。
 即ち、撤退。
 だが、逃げる間もなく、俺は結界の中に取り込まれてしまった。

「洋菓子か……クリームは苦手なんだがな」

 昔、バタークリームの極端に甘ったるくて脂っこい代物に、仁丹みたいな紅い粒を乗せたケーキを食べて、気分が悪くなった事を思い出して、思わず胸が焼けた。
 アレは本当に最悪だった。
 ま、それは兎も角。
 問題は、目の前に浮いている、魔女だった。

「お菓子の世界……ヘンゼルとグレーテルにあったのは、お菓子の家か。お菓子の魔女……お菓子、ねぇ」

 と、思い出す。確か、ソウルジェムの中に『アレ』があったハズ!

「……時間稼ぎくらいには、なって欲しいが……」

 軽く、お菓子だらけの地面に手をつけて静電気を散らすと、俺はソウルジェムの中から、『お菓子』になるモノを取り出した。

「ちょっと待ってろ。お菓子を作ってあげるからねー」

 手でそれを念入りに捏ね、練り切り菓子の要領で形を手早く整えると、ヘタに見立てた『スティック』を突き刺してリンゴの完成。
 そいつを魔女に放り投げる。……案の定、喰いついた。

「ちょっと待っててなー♪ はい、ミカンだぞー、メロンだぞー、スイカだぞー」

 どんどん造形は雑になって、一個の量も大きくなって行くが……味が甘ければ、もう何でもいいらしい。早く食わせろ、とばかりに、使い魔や魔女が催促していく。さもなきゃお前ごと取って食うぞ、と言わんばかりだ。
 ……しっかし、つくづく作り手として喰わせ甲斐の無い輩だ。食べる前に、視覚的に愛でるセンスってモンに欠いてるらしい。
 やがて……手持ちの『塑材』が尽きた時。
 事態は、更に、最悪の方向へと傾いた。

「そこの人、もう大丈夫よ!」

 バンッ!! と……魔女に『銃弾』が直撃する。
 だが、俺の使っているようなアサルトライフルやハンドガンなどではない。
 レトロで古風な、凝った彫金のマスケット銃。
 それを無数に展開するのは……金髪縦ロールの、まごう事無き、『魔法少女』!

 さっ、最悪だ! 顔を……素顔を見られた!?

「はっ、はい!」

 お、落ち着け、俺……顔はバレたが、俺は現時点で、魔女の結界に囚われた被害者Aだ。

「お兄さん! こっちこっち!」
「急いで!」

 声をかけられ、振りかえると……お菓子の山の物陰から、例の魔法少女の連れてきたと思しき、少女が二人。
 こっちは……一般人か!?

「ど、ど、どうなって……っていうか、君らは!?」
「えっと、ですね……そのー」
「私たち、魔法少女の体験ツアーってものをやってまして……」
「たっ、体験……ツアー!?」

 思わず絶句してしまう俺だが、彼女たちの肩口に乗った生き物に、納得してしまう。
 キュゥべえ。
 俺の姉さん。そして沙紀を、修羅地獄へと叩きこんだ、悪魔。

 ……そうか、そう言う事か。またテメェは、何かやらかしやがったな?

 一瞬、目を合わせるが、彼もまた『営業中』なのか、こちらを知らぬものとして扱っていた。

 ……まあ、そりゃそうだ。
 そして、彼女たちには悪いが、俺もまた他所の魔法少女に顔を覚えられた状況下で、彼女たちに色々ぶちまける程、迂闊でもない。
 彼女のような、見るからに『正義の』魔法少女にとって、俺みたいなのは絶対相容れない存在だからだ。
 せいぜい……

「やっ、やめといた方がいい! みんな……ロクな事にならんぞ!」
「大丈夫ですよぉ~!」
「私たちには、マミさんがついてますから♪」

 この程度の忠告くらいだ。
 と、派手な轟音を轟かせて、マスケット銃が乱舞する。
 そう、乱舞。
 無数に展開した、一発限りのマスケット銃を、乱射して魔女を追いつめる彼女の姿は、手練と呼ぶにふさわしい手際と流麗さを兼ね備えていた。
 圧倒的な火力での攻勢による、制圧。
 マミ……巴、マミ! そうだ、思い出した!
 魔法少女の中でも、最古参のベテランじゃねぇか! 見滝原でも、有数の魔女多発地帯を縄張りにする、ベテラン魔法少女!
 それに気付いた俺は、彼女を仕留めるプランを、半ば無意識の内に働かせていた。

 結論。
 正面からの攻勢による制圧は、絶対無理。
 だが、仕留めるなら……あの魔女に『仕掛け』をシコタマ喰わせた今ならば、あるいは一石二鳥を狙い得るか?

 無造作な足取りで、マスケット銃を叩きのめした魔女につきつける魔法少女。
 至近距離……今っ!!

 俺は、伏せると同時に、懐の中の起爆スイッチを押す。
 俺が、お菓子の魔女に食べさせたのは、C-4。俗に言うプラスチック爆弾。ニトロセルロースの入ったソレは独特な甘さがあり、ガムのように噛んで食べる事も出来る(少し毒性があるので、喰い過ぎると中毒になるが)。形も和菓子の練り切りのように自由自在。ちなみに、差しこんだスティックは、電波で起爆するタイプの起爆信管だ。
 その総重量、実に20キロ! やりようによっては、小さなビル一つ吹っ飛ばしてお釣りがくる量である。

 ズゴォォォォォォォン!!

 巨大なキノコ雲があがる程、強烈な閃光と爆音が、お菓子の世界の中に轟く。
 ……殺った、か!?

「ッ!!」
「マミさん!」

「……っ……大丈夫よ! 危ないところだったけど。自爆とは、やってくれるわね……」

 ……しまった。仕留め損ねたか!
 思った以上に、魔女の内側が分厚かったらしい。
 それに、よくよく考えたら、純粋な爆発物だけでダメージを与える事も難しい。せめて、時間があればベアリングでも混ぜたものを……っ!!

 OK、落ち着け。クールになろう。
 俺は、被害者Aを装い、撤退する。彼女たちの印象に残らず、この場から撤退する。

 ふと見ると、ダメージを受けて太巻きみたいに化けた魔女が苦痛にのたうつ一方、マスケット銃を構えた魔法少女は、先ほどの大胆な火力を叩きつける速攻から、慎重な戦闘スタイルへと変更していた。
 恐らく、彼女程のベテランが、もう不覚をとる事は無いだろう。俺が、魔女も魔法少女も仕留めるチャンスは、この段階では失われた。

「……逃げ道は……」

 ふと、あったお菓子の扉。彼女たちが入ってきた方向に目を向ける。
 彼女たちは、ツアーと称して『やってきた』。ならば……出口はこっちの可能性が高い。

「あっ、ちょっ!」
「ひいいいいいいいっ!!」

 被害者を装い、哀れっぽい悲鳴をあげて、駆け出しながら逃げる。
 いや、実際、敗北という意味では、最悪から三番目である。
 魔法少女は仕留められず、魔女も倒し切れず、そして消耗したプラスチック爆弾という装備に……沙紀の魔力。
 だが、今は逃げるしかない。沙紀には詫びる以外、方法は無い。

「ティロ・フィナーレ!!」

 巴マミの決め技と共に、魔女の結界が薄れ、消え失せていく。現実と結界の狭間の世界を、俺は全力で逃げ出していた。



 この時……もう少し、慎重に、俺は行動するべきだったかもしれない。
 例えば、退路とか。痕跡の消去とか、その他諸々。そして……あの白い悪魔の動向を。



「お兄……ちゃん?」
「よう、ただいま、沙紀」

 何とか。
 一応、タクシーを捕まえ、ランダムに道順を辿り、見滝原郊外の自宅に帰ってきたのは、10時過ぎだった。

「すまん。お兄ちゃん、負けちゃった」
「ううん、いいの。だって、お兄ちゃんが帰ってきてくれたんだもん」
「……ごめんな。お兄ちゃん、今日はちっとも無敵じゃないや」
「知ってるよ。
 でも、お兄ちゃんは、絶対生きて帰ってきてくれるじゃない。
 だから、今日は罰ゲームで許してあげる♪」
「……そりゃあ、魔女と戦うより怖いな。どんな罰ゲームだい? 沙紀」
「いつも、お兄ちゃんが頑張ってる時、私一人で寝てるから……今日は晩御飯食べたら、朝まで、一緒に寝て欲しいの。鉄砲のお手入れ、後回しにして」
「っ! ……んっ、分かった! じゃあ、晩御飯、作ろうか。今日はハンバーグだぞ♪」
「お兄ちゃん! デザートは!?」
「冷蔵庫に作っておいた、竹ようかんがあっただろ。あれだ」
「やったー♪」

 ああ、救われてるな……と、この時は思ってた。

 だが……石鹸で念入りに手を洗い、刻んだハンバーグのタネを捏ねる内に、何か……目の前がかすんできた。
 ……何なんだろうな。
 将来、和菓子屋さんになりたいって……そう思って、必死になって独学で勉強して、姉さんや妹に食わせるお菓子を作るための材料を捏ねるハズだった手で……俺、プラスチック爆弾を捏ねてたんだぜ?
 よく、映画や漫画なんかである、レンガみたいなプラスチック爆弾の塊に起爆信管を刺しただけでは、爆弾は上手く起爆しない。あれは本来、ある程度捏ねないと上手く爆発しないモノなのだし、ついでに信管を刺す前に静電気を地面に流さないと、信管に電流が流れて誤爆する可能性がある。

 ……そんな事なんて……知りたくも無かった。

 ただ、練り切りの水加減とかアンコを作る小豆の種類や砂糖の配分とかのほうが俺には重要で、それが上手く行けば、姉さんも妹も……いや、父さんも母さんも、『美味しい』と笑ってくれたのだ。
 でも……俺の作った和菓子を『美味しい』と言って笑ってくれるのは、もう妹の沙紀だけになっちまった。しかも……妹は、ゾンビ同然で化け物を抱えた体だ。
 治る望みは……今のところ、無い。
 また、もし、俺が死んだら、戦う牙をもたない沙紀は、真っ先に誰かの都合で、魔女という名の化け物にされちまうだろう。
 それに、仮に、俺が生きてたとしても……沙紀がもし、うっかり魔女になっちまったら?
 そうなった時に、俺は……

「お兄ちゃん? どっか痛いの?」
「……何でも無い。何でも無いよ、沙紀。お皿、出しておいてくれないか?」

 無理に作った笑顔を作ると、ちょっぴりしょっぱくなったハンバーグのタネをまとめ上げ、フライパンに油を引き、火にかける。
 忘れよう。今を大切にしよう。今を積み上げなければ、未来なんてモノは来ない。
 ……たとえ、積み上げる俺の手が、どんな血塗られていようとも。

 ……本日の成果:なし
 ……トータルスコア:魔法少女23匹、魔女(含、使い魔)51匹。
 ……グリーフシード:残13+1。

 本日の料理:ハンバーグ&付け合わせのニンジンやインゲンのソテー、味噌汁、ご飯
 デザート:竹ヨウカン



[27923] 第一話:「もう、キュゥべえなんかの言葉に、耳を貸しちゃダメだぞ」
Name: 闇憑◆27c607b4 ID:cb2385d9
Date: 2011/05/22 06:27
「おっと、失礼」

 ドンッ、と。ぶつかった少女に、頭を下げる。

「あ、いえ……こちらこそすいません」
「いや、すまなかった。急いでんだ。悪い!」

 そう言って、俺は走り出した。
 ……気付かれる前に、決着をつけねばならない。
 繁華街の路地に駆けこんで、先ほど、ぶつかった時に少女から掏り盗ったモノ――ソウルジェムを、クルミ割り機に挟みこむ。

 パキィィィィィン!!

 澄んだ音と共に手の中でソウルジェムが砕け散って、俺はようやっと安堵の息をついた。 

『おいっ!! おいっ、ひみか!?』
『どうしたんだよ、おい!?』
『救急車っ! 救急車呼んでーっ!!』

 一〇〇メートル程離れた場所で、少女が倒れたまま動かなくなっていたのを確認すると、俺は変装の中年男性の覆面を剥ぎ棄てて、その場を立ち去った。



 世の中には、悪魔と呼ぶべき生き物が存在する。
 嘘はつかない。ただし、真実全ては絶対に語らない。
 そいつは、他人の弱みに付け込みながら、そういった詐術じみた手法で人を陥れる。
 その悪魔の『ターゲット』は、小中学生から、高校生くらいまでの少女たち。
 愛くるしい容姿で近づき、奇跡を餌に少女に『契約』を迫り……何も知らない少女を自覚の無いままゾンビへと変え、そして最終的に化け物へと変える。
 キュゥべえとか名乗るフザケたそいつらが、ドコから来たかは俺も知らん。本人は宇宙がどーとか言ってるが、正味、それは俺の知ったこっちゃない。
 ただ、俺が知るそいつらは、殺しても殺しても際限なく現れては、少女たちの周囲を徘徊し、言葉巧みに契約を迫る、厄介極まりない生き物だという事だ。

 ……ああ、違和感を感じたかもしれないが、俺は男だ。
 私立見滝原高校一年。御剣 颯太(みつるぎ はやた)。
 まごう事無き、れっきとした男だが、『彼ら』キュゥべえとは無関係ってワケじゃあない。
 何しろ、その『契約』の犠牲者が、身内に二人も居るのだから。
 その犠牲者は姉さん。そして、俺の妹。
 そのうち、姉さんはこの世には居ない。いや……多分、あの世にも居ない。
 そうとしか言いようの無い末路を辿っている。

 じゃあ、残った妹は、というと……『ココ』に居る。
 俺が首から提げた、緑色に輝くソウルジェム。これが『妹』だ。
 ……OK、念のため言っておくが、俺の妹は生きている。体も無事だ。そして、俺の頭も狂ってるワケじゃあない(と、思いたい)。
 例の悪魔と『契約』を済ませた少女は、ソウルジェムという形で『魂』をこのちっぽけな石ころの中に封じ込められる。そして、人間としての肉体は、外付けのハードディスク以外の意味を持たないモノとなってしまう。
 つまり……ソウルジェムさえ無事ならば、肉体がどんなに痛もうが、あっというまに再生出来てしまうのだ。

 俺が、契約した彼女たちを『ゾンビ』と言ったのは、このためだ。
 撃っても斬っても殴っても死なない。手足や脳天をショットガンで吹っ飛ばそうが、お構いなしだ。
 それでいて、個人差はあるものの、少女の外見からは想像もつかない、超人的な身体能力を獲得する。
 多分、生身の人間の俺では、正面から戦っても絶対に太刀打ちできないだろう。
 本人たち曰く『魔法少女』だそうだが……まあ、外面的、能力的には間違っちゃいない。中身は果てしなくゾンビだが。

 ただ、この状態なら、まだ可愛い方だ。
 問題は、その一歩先。
 俺の姉さんが陥った……化け物としての姿。
 例の『魔法少女』が戦い続ける表向きの理由に、『魔女』と呼ばれる化け物退治がある。
 自分の結界というか異世界というか……まあ、そんな場所に人を引きずり込んで弄んだ末に殺す、化け物。
 その化け物退治を繰り返している内に、自らも『魔女』という名の化け物に成り果てる。
 どうも、これは今のところ、変えようがない運命らしい。まったく、良く出来たシステムだ、としか言いようが無い。

 まあ、そのへんは兎も角、とりあえず、俺が『妹』――のソウルジェムを持ち歩いてる理由に話を戻そう。
 ぶっちゃけて言うならば、『俺が魔女や魔法少女と戦うため』である。
 ……そう、魔女だ。
 超人的な体力と、物理法則をひっくり返す魔法を扱う『魔法少女』を以ってして、はじめて倒す事ができる相手。
 故に、だだの一般的な人間が、太刀打ちできる訳が無い……と、いうワケでは、実は必ずしも無かったりする。とはいえど、そこには『魔法少女』の力を借りねばならない理由も、少なからず存在する。

 例えば……ドコに魔女が居るのか、という探索。
 いかに魔女を倒す武器を携えていようとも、見つけられなければ意味が無い。そして、ソウルジェムは魔女の居場所を示すレーダーの役割を果たしてくれる。
 これが一番目の理由。

 さらに……

「……ようやっと、お出ましか」
 薄く笑いながら、俺は『ソウルジェムから武器を取り出した』。

 そう、これが二番目の理由。
 『妹』のソウルジェムが持つ『四次元ポケット』としての機能もまた、魔女と対峙するに当たって、限りなく重宝するモノだ。
 しかも、今、取りだしたのは、本来ならば車載して持ち運ぶようなオートマチックグレネードランチャーで、持ち歩くには到底向かない代物。それを、ベルトで肩から提げて両手持ちで構える。

 更に、ベルト方式で連なった40mmグレネード弾の弾帯は、そのままソウルジェムの四次元ポケットの中まで連なったまま、『ジェムと一緒の淡い緑の光を放っていた』。
 これが三番目の理由、『魔力付与』。
 既存の銃器や爆発物の単純攻撃では、魔女や魔法少女相手には効果が薄いが、ある程度の媒介としての魔力を加える事により、近代兵器でもかなり有効な打撃を与える事が出来るようになる。
 それでいて、魔力の消費量は、同等の破壊力を魔力のみで再現した場合より、応用性は劣るものの明らかにコストパフォーマンスに優れる。

 飛行機の操縦桿のような引き金を引き、反動で暴れ回るオートマチックグレネードランチャーを、両腕……というより体全体で必死に抑え込みながら、使い魔の群れを異形の魔女ごと、爆炎と業火の海に叩きこむ!
 『ポンッ』というより『ボンッ』といった感じの発砲音が連続し、その発砲音を風景ごと塗りつぶす程に強烈な、40ミリグレネード弾の爆撃と轟音によって、何もさせずに使い魔ごと魔女が叩きのめされて行く。
 そして……

『ギャヒイイイイイイ!!!』

 と。断末魔の悲鳴をあげて、姿を現そうとしていた『魔女』が、その姿を見せる前に結界ごと消滅。

「っ……ふぅ……」

 冷や汗と共に、俺はソウルジェムに、オートマチックグレネードランチャーを収納。
 一方的な殺戮。
 そう。『何されるか分からない相手ならば、何かをする前に何もさせず葬り去る』事が、人間が、魔女や魔法少女に対抗するための唯一の手段である。
 実際のところは、本気で紙一重だ。
 まあ……本気でヤバくなった時のための最終手段も無いワケではないが、それは後で。



 魔女の残骸……グリーフシードを回収し、手元のソウルジェムの汚れを取り去りながら、俺はコレをどう扱うべきか考えていた。
 魔力の消耗が極端に少なくて済む、この方法は、もう一つの大きなメリットを抱えている。
 即ち……

「……デコイにするか」

 それは魔法少女をおびき寄せる手段が増える、という事。
 この魔女の残骸……グリーフシードは、魔力の使用によって濁っていくソウルジェムを、綺麗に保つ効能を持つ。ソウルジェムが綺麗であればあるほど、個人の戦闘能力は増し、逆に濁れば果てしなく堕ちていく。
 故に、連中にとっては、喉から手が出るほど欲しいもの。
 時刻は9時。

「時間的にもう一戦、イケるな……」

 トラップを仕掛けた町ハズレの廃ビル……二束三文で買い取った建物に向かって、俺は歩き出した。


 ズッ……ズズズズズ……ズッーン!!!!

「……殺った、か?」

 建物が内側に沈み込むように、綺麗に『消滅』する。
 俗に『内破工法』と呼ばれるビルの解体技術で、崩落のエネルギーそのものを内側に集約させ、周囲に破片を撒き散らさずにビルを破壊する解体工法だ。故に……金銭的な費用対効果を度外視すれば、普通の爆弾を用いたブービートラップより、効果的である。
 とはいえど。
 確実に、ターゲットにした魔法少女が入ったのを確認して、起爆スイッチを入れたのだが、安心はできない。
 一応、消耗していた魔法少女を狙い、公衆電話で誘い出して罠にかけたのだが、弱っていたとしても『ビルごと吹っ飛ばした程度では』アテにはならない。
 対物ライフル――バレットM82A1に備え付けた、暗視用の狙撃用スコープを覗き込みながら、崩壊した建物を観察。
 ……居た。
 案の定、瓦礫をはねのけて現れた魔法少女が、最後のトラップをくぐり抜けたと思いこんだ、安堵した表情でソウルジェムを取り出し、餌にしたグリーフシードに当てる。
 その瞬間を……狙い撃つ!

 ドンッ!!

 遥か500メートル彼方からの狙撃。
 スコープの中に、一瞬、黒い点……12.7x99mm NATO弾が現れ……

 ボン!

 グリーフシードとソウルジェム、そして魔法少女の上半身。全て、まとめて消し飛んだ。



「本日の成果:魔法少女二匹、魔女一匹……と」

 本日のハントの成果を、ノートに記録。

 ……トータルスコア:魔法少女23匹、魔女(含、使い魔)51匹。
 ……グリーフシード:残14+1。



「お兄ちゃん、お帰り♪」

 見滝原の中心部より、やや外れた郊外。
 新興住宅地の一戸建てにある、我が家の扉を開けて出てきたのは、俺の妹、御剣 沙紀(みつるぎ さき)だ。

「おう、ただいま。体は平気か?」
「うん、大丈夫!」
「そうか……良かった」

 そう言って、俺は沙紀の頭を撫でて、抱きしめる。

「……お兄ちゃん。怪我してる」
「ん? ああ……これか」

 腰……というかわき腹のところに作った傷。どうも、何かの拍子に引っかけたらしい。
 今まで、痛みらしい痛みは無かったが、触られて自覚する。

「どーって事ぁないさ。放っときゃ治る」
「ダメだよ、お兄ちゃん!」

 そう言って、沙紀は俺の傷に手を当てる。

「ダメだ沙紀! 『それは無駄遣いしちゃダメだ!』」

 強い口調で沙紀を叱り飛ばし、手をひっこめさせた。

「うーっ……」
「……大丈夫だよ、沙紀。救急箱取ってきてくれ。消毒してガーゼを当てよう」
「……うん」

 そう言って、玄関口からリビングに消えた沙紀の姿に、溜息をつく。
 俺の妹、御剣沙紀は、魔法少女としてあまりにも優しく、故に、あまりにも『魔法少女』の世界に向かない存在だった。
 『弱い』わけではない。魔力の総量は、ハッキリ言ってそこらの魔法少女の比ではないだろう。
 だが、沙紀には攻撃手段が無かった。
 魔法少女が、魔女と対峙し、狩るために手にする武器。それは、時に銃であり、剣であり、槍であり……まあ、諸々ある。
 だが、彼女には何もなかった。
 本当に、何も持ってないのである。
 『癒しの力』……いわゆる、回復の魔法に関しては、群を抜いている。
 骨折や四肢の切断どころか、心臓を始めとした内臓器官をぶち抜かれても、脳を吹っ飛ばされた即死でさえなければ、復活させる事は可能だ。その上、どんな病気もたちどころに治せ、しかもそれは、自分だけではなく、他の人間や動物、魔法少女にまで適応が可能なのである。
 ……だが、それだけ。それだけでしかない。
 要するに……単独で戦闘を挑むのに、極端なまでに向かない存在なのだ。
 かといって、彼女を別の戦闘向けの魔法少女と組ませる、というのも論外だ。
 一度、それをやって、沙紀を便利な薬箱扱いした挙句、ソウルジェムが真っ黒になる寸前まで酷使しようとした馬鹿が居た。無論、そいつは俺がこの手で『吹き飛ばして』やったが。
 以来、沙紀の相棒は俺一人である。

 で、何故、俺が沙紀の相棒として働けるか、というと……俺の姉もまた魔法少女であり、共に闘ってきたからだ。
 ……もっとも、その頃とは戦闘スタイルを大きく変えてはいるが、戦闘担当だった事に変わりはない。
 魔法少女の力を借り、戦闘を代行する人間。効率よく魔力を消費してグリーフシードを効率よく獲得する魔法少女の相棒(マスコット)。
 それが俺。ただの人間である、御剣 颯太(みつるぎ はやた)の正体だ。

「お兄ちゃん、薬箱もってきたよ」
「おう、ありがとうな。あ、あとテキーラもってきてくれ」
「……う、うん」

 アドレナリンが効いてたため、あまり意識していなかったが、わき腹の傷は結構深かった。命には差し障らないが、放っておける程のモノでもない。
 沙紀が持ってきてくれた、芋虫入りのテキーラを口に含み、ブッ、と吹きかける。
 薬箱に入ってるのは、ヨモギの粉末をベースにした、オリジナルの薬膏。そいつをべちゃっ、と張り付けて、ガーゼで保護。傷ごと胴に包帯を巻いて、一丁上がりだ。

「お兄ちゃん……やっぱり……」
「ダメだ、沙紀」

 俺は、首を軽く横に振るう。

「いつも言ってるだろ。『お兄ちゃんは無敵だ』、って。
 だから、沙紀は、お兄ちゃんが本当にピンチのピンチに陥った時にしか、手を出しちゃダメなんだよ?」
「……じゃあ、どうして怪我して帰ってくるの?」
「ん? 喧嘩するのに、無傷ってワケには行かないからさ。殴られたら、殴った拳が痛むだろ? つまりは、そう言う事だ」
「……鉄砲、いっぱい持ってるのに?」
「相手だって、鉄砲より怖い物を一杯振りまわしてくるのは、沙紀も知ってるだろ? でも、お兄ちゃんはちゃんと勝って帰ってきてるじゃないか」
「……うー……」

 いじけそうになる沙紀の頭を撫でて、抱きしめる。

「ありがとう。感謝してるよ。沙紀。
 だから、もっと自分を大事にしてくれ……本当に。もう、キュゥべえなんかの言葉に、耳を貸しちゃダメだぞ」
「うん……ごめんね、お兄ちゃん。私……私」
「泣くな。大丈夫。お兄ちゃんは、ずっとずっと、大丈夫だから。
 じゃ、ご飯にしようか? デザートは新作だぞ」
「えっ、新作♪」

 目を輝かせる妹の現金さに救われながらも、俺は安堵していた。

「ああ、もうシーズンだから、紫陽花に挑戦してみた。
 その代り、ちゃんとお野菜やサラダも残さず食べるんだぞ!?」
「うっ……はーい……」
 妹の頭を撫でつけ、俺は台所へと足を向けた。

 本日の料理:適当にデッチアゲた酢豚、中華風卵スープ、水菜のサラダ、ご飯
 デザート:練り切りで作った紫陽花



[27923] 第三話:「…………………………いっそ、殺せ…………………………」
Name: 闇憑◆27c607b4 ID:cb2385d9
Date: 2011/09/03 11:27
「おっ……てっ……めぇ!」

 今日も一人、魔法少女を仕留める。
 ……今回は馬鹿で助かった。

「……人間、ナめ過ぎだぜ。魔法少女」

 腹に大穴を空け、顔面を吹き飛ばされた魔法少女が、地面に倒れ伏して痙攣する中、ソウルジェムを踏み砕く。

「……もしもし。そう、俺……ああ、ボディ一つ。10代の少女だ。場所は見滝原のハズレにある●×ビル。そう、屋上だ。
 鍵は空けておく。早めにカタをつけてくれ。振り込みはいつもの口座、な」

 いつもの『処理業者』に連絡。ケータイで入金。後始末をつける。

「っ……チッ! 何なんだチクショウ!」

 『魔法少女』が増えるペースが早すぎる。一体何なんだ、これは。
 グリーフシードを手にするために、魔法少女は狩り場としての縄張りを主張する。
 それは、俺……というか、沙紀も、一緒だ。が……俺の主張方法は、無論、普通とは若干異なる。
 警告は無し。
 ただ、ちょっかいを出した魔法少女が『地上から消えて無くなる』。
 『フェイスレス』『シリアルキラー』『アサシン』『ジャック・ザ・リッパー』……様々な過激な異名が、魔法少女たちの中で、噂になっているらしい。御蔭で、ウチの縄張りは『見滝原のサルガッソー』扱いだとか。

 ……無理も無い。
 彼女たちの大半は、自分がゾンビにされた事も。そして最終的に魔女という化け物になる事も知らない。
 だが、俺からすれば、彼女たちは魔女予備軍である。可能な限り化け物になる前に狩り取るに限る。
 俺が戦い続ける限り、魔女も魔法少女も少なくて済む。
 そう……


 全てのキュゥべえを滅する事が出来なければ。沙紀以外の全ての魔法少女と魔女を、狩るしかない。


 魔法少女というのは、素質や素養の問題らしい。
 誰もが契約すれば成れるわけではない。
 ただ、無限にいる、あの悪魔、キュゥべえが片っ端から契約を望んでも、魔法少女の数は一定以上は増えない事を考えると、実はそれほど人口比の割合で考えれば、問題はないんじゃなかろうか? しかも、魔法少女になれるのは、10代~20代まで。
 そうなれば、自ずと狩るべき人数も相手も絞る事が出来る。

「……にしても、異常だぜ」

 ビルの階段を下りながら、俺は一人、ごちる。

 今月に入って、これで5人目。いずれも、ルーキーと言っていい新人だ。
 無論、タダの新人に後れをとる俺では無い……と、言いたいが、戦闘能力そのものは新人以下な俺にとって、一瞬の油断が死という最悪の結果に繋がる事に、変わりはない。
 ……今日はもう、店じまいだな。
 『妹』のソウルジェムの濁りをグリーフシードで消しながら、俺は天を仰ぐ。
 魔力は兎も角、武器弾薬を使いこみ過ぎた。特に、例のお菓子の魔女相手に、C-4を使い過ぎたのは痛い。
 ……また『仕入れ』に行かないとなぁ。はぁ……


 そして、その日の夜。運命が流転を始めた。


 ピーンポーン♪

「……?」

 それは、妹と取っていた、夕食の団欒の時だった。
 ……ちなみに本日のメニューは、カレーライス。元、海上自衛隊のコックだった知り合いに、レシピを教えてもらった秘伝の代物だ。

「……宅急便かな?」

 玄関からのチャイムに、俺は玄関に繋がった監視カメラとマイクの映像を覗き……絶句した。

「っ!!」

 そこに居たのは、この間、お菓子の魔女と戦っていた金髪縦ロールの魔法少女、巴マミ。
 しかも、『変身済みの姿』だった。つまり、やる気だと言う事。
 さらに……

「沙紀!」
「動かないで」
「おーっと、動くなぁ!」

 気がつくと。
 黒い髪の少女に、蒼い髪の少女が、それぞれ俺と沙紀に銃と剣を突き付けていた。
 黒い髪のほうは知らないが、蒼い髪の少女には見覚えがある。……この間の一般人の片割れ……魔法少女の体験ツアーとか言ってた。
 ……ああ、なっちまったのかよ……魔法少女に。ってことは、彼女はルーキーだな。

「……キュゥべえの言う事が大当たり、とはね」
「ここが、あの、『顔無しの魔法凶女』の家、か」

 魔法少女が二人。
 さらに、黄色い紐のようなモノが、鍵穴やドアの隙間から伸びて、我が家の玄関の鍵を開け、巴マミが入って来る。

「夜分遅く、食事中に失礼します」

 優雅に靴を脱いで揃え、礼儀正しく上がって来る。ただし……その両手に、マスケット銃を携えたまま。

「……お兄ちゃん?」
「大丈夫。大丈夫だ、沙紀」

 引きつった笑顔を向ける。
 ……とはいえど。
 状況的に、かなり『詰み』な事は事実だ。
 何より問題なのは……この黒髪の少女が『いつの間に、俺に銃をつきつけたのか』。全く認識出来なかった。
 立ち姿や雰囲気で分かる。
 巴マミも相当の手錬だが、一番ヤバいのは、この黒髪の少女だ、と。
 問題なのは……彼女の『何』がヤバいのか。俺が理解できないという事。

「……頼む。妹から剣を引いてくれ」
「それは無理。
 魔女も魔法少女も見境なしに、爆殺、狙撃、当たり前の、正体不明の暗殺魔法少女を前に、油断出来るワケがないよ」
「……俺はどうなってもいい。妹から剣を引いてくれ!」
「あー、もしかして、お兄さんは知らないのか? あんたの妹が、魔法少女をやってるのって……」
「違う! ……やってるのは俺だ。俺に恨みがあるのなら、俺を殺せ!」

『へ?』

 その言葉に、全員の目が点になった。

「何か、複雑な事情が、おありのようですね?」

 そう言うと、巴マミが細長いリボンで、俺と沙紀を拘束。

「……とりあえず、お話をお聞かせ願えませんか?」



「魔法少女じゃないのに……魔女と戦ってた、ってぇ!?」
「何て、無謀な……」
「確かに、不可能ではない。けど……限りなく綱渡りな事をしてるのね、御剣颯太」

 三者三様の反応を示しながらも、俺はとりあえず、自分が今までしてきた事『だけ』は話した。

「……しっかし分っかんないなー。どうして、あたしら、魔法少女を戦う前に倒せたんだ?」
「コツがあるのさ」
「コツ?」
「……お前らが今、俺たちにやってる事だよ。奇襲、暗殺、恐喝、利益誘導。その道のエキスパートたるキュゥべえの存在を失念していた、俺のミスだ」

 キュゥべえ。インキュベーター。
 その、全にして一、一にして全という概念を、具現化したような悪魔。
 情報が漏れたとするならば、恐らく奴らからとしか考えられない。
 俺は、彼らを見かけるたびに、駆除してきた。その結果、少なくとも俺の家の周囲には、キュゥべえは現れない程度には、なっている。無限に存在する彼らだが、体を吹っ飛ばされ続けるのは、あまり気分のいい話じゃないらしい。
 後はまあ……根競べの世界の話である。
 それが、マズかった。キュゥべえの動向を、把握し損ねた。

「それは、魔法少女の戦い方ではありません。ただのテロリスト……いえ、殺し屋です!」

 巴マミが、非難めいた目線を向けてくる。

「……そうだな。で、何か問題があるのか?」
「大アリです! あなたは確かに、魔法少女を狩る事には長けているかもしれない! でも、話を聞く限り、あなたは魔女を狩る事に、決して長けているワケじゃない! あなたの活動は、魔女を跳梁させて、世界に絶望を撒き散らし続けてるのと等価だわ!
 いいえ、なまじな魔女よりもタチが悪い! あなたは……最低だわ!」
「……じゃあ、聞くがな、ベテラン。その『魔女』ってのは、どっから来るか、知ってんのかい?」
「魔女が……どこから? それは、未熟な使い魔が人を襲って、成長して……」
「まあ、確かにそーいうケースも無いわけじゃない。だが、俺が懸念して、恐れているのは、もうひとつのケースだ」

 真実を口にし、相手の動揺を誘おうとした、その時だった。

「待ちなさい、御剣颯太!」

 黒髪の少女が、俺に向かって叫んだ。

「……何だ。アンタは知ってんだな?」
「御剣颯太……あなたは、魔法少女の真実を知って、なお妹を庇うの?」
「庇うさ。俺に残された、たった一人の身内だからな。そんで、沙紀もそれを知って、俺に全部を預けてくれてる」
「……いずれ、『その時』が来るのを、あなたは知っていて、なお?」
「もしかしたら、将来。妹は魔法少女を辞められる……かもしれない。そんな都合のいい奇跡が、見つかる……かもしれない。
 タダの人間だって、未来に無い物ねだりをするくらい、許されるだろうよ」
「……そう」

 絶望的ではある。だが……俺は足掻くのを、やめるつもりはない。
 どんな血まみれになろうが。どんな罪を背負おうが。

「あなたは……未来を信じてるのね」
「……それ以外に、信じられるモンがあるんなら、お目にかかりテェよ」

 皮肉に笑いながら、俺は天を仰ぐ。

「……なんだよ、おい? 魔法少女の真実って、何なんだよ、転校生」

 困惑しながら、問いかけてくる蒼い髪の少女に、俺が答えてやる。

「知らねーほーがいいぞ、ルーキー。少なくとも、それを知って、自殺した魔法少女を、俺は三人知ってる」
「じっ、自殺!?」
「死ぬしか無かったんだろ? まっ、賢明な判断だ」
「何。一体……何なんだよ? おい! 転校生! あんたも黙ってないで何とか言えよ! 気味が悪いぞ!」
「しょーがねぇな、じゃあ、教えてやるよ……」

 ふと。

 ルーキーに問われて、黙り込む黒髪の少女の睨みつけるような目線に気付き……次の瞬間、俺は何とかオブラートに包もうと、必死に頭を巡らせ始めた。ここで彼女たちに暴発されたら、沙紀の命が危険だという事に、今更ながら気付いたからだ。
 ……馬鹿だ、俺は。『いつもの手口』と状況が違うんだった!!
 特に、蒼色の髪の毛のルーキーはヤバい。
 キュゥべえに騙されてるとも知らず、希望に満ちた目を輝かせて、この修羅の世界に入って来る新人が、絶望という奈落に堕ちる瞬間が最も危険なのだ。
 そんな自分の迂闊さに気付いて、考えに考え、出てきた言葉は……

「あー、『汝が久しく虚淵を見入るとき、虚淵もまた汝を見入るのである』……だったっけか?」
「何だよそれ!? ワケが分かんないよ!」
「えっと……何か聞いたような……?」
「……知りたきゃ、どっかのパソコンでググってみな。ヒントは与えた」

 ギリギリの冷や汗を、内心ダクダクたらしながら、俺はやり取りを交わす。
 こちらは捕虜の状態だ。暴れ回られちゃ、困る。

「……で、どうするつもりなんだ。俺らを……殺すのか?」

 その問いに、巴マミが、何か閃いたようにつぶやいた。

「そう、ですわね。魔法少女としての魔力の源を砕かせてもらうのが、一番手早いと思うのですけど」

 げっ!!

「ダメだっ! それは……それだけはダメだっ!!」
「殺すわけではありません。ただ、魔法が使えなくなるだけ……相応の罰でしょ?」
「おっ、おまっ、お前、自分が何を言ってるか、分かって無いのか!? 」
「安心なさい。これは魔法少女の世界の話。殺し屋には関係の無い話ですから」

 にこやかに冷たく微笑む、巴マミ。だがその目は、明らかに『分かって無い』。

「やめろっ! やめてくれっ……殺すなら、俺を殺せっ!!」
「何も、あなたの妹さんを、殺すワケではありませんよ?」
「バカヤロウ! お前は何も分かってねぇ! 死んじまうんだよ!!」
「……どういう、事ですか?」

 ようやっと、彼女の手にした、マスケット銃が下がる。

「……OK、落ち着いて聞いてくれ」

 ……さあ、どうする!?
 真実全てをぶちまけるには、ルーキーが居る上に、俺も妹も拘束されている以上、この場では危険極まりない。
 とりあえず、嘘はつかない事を前提に、話せる範囲で何とか誤魔化すしかない。

「……妹は、重い心臓病だった。それを、キュゥべえが救った。そこまではイイな!?」 
「……つまり、彼女は魔法少女となる事で、生かされてる。そう言いたいんですの?」
「解釈は好きにしろ。兎も角、そいつを砕かれるのは、妹の命にかかわるんだ。
 だから頼む……やめてくれ。殺すなら、俺を殺してくれ!」

 金髪の少女と、俺の目線が交わり……降参したように、彼女が溜息をついた。

「……ふう。しょうがないですね。でも、魔法少女として彼女が戦えば、それで済む話では?」
「さっきも話しただろう? 出来ないんだよ、沙紀は。
 戦闘能力……というより、攻撃能力が著しく欠如していてな。
 誰かのサポートに回れば確かに有能なんだろうが、そのサポートしてる相手に、奴隷扱いで裏切られるのを繰り返してる。だから俺が戦うしかないんだ」
「なる、ほど。『見滝原のバミューダ・トライアングル』を縄張りにする、正体不明のアサシン魔法少女の正体は、そういう事だったのですか……業が深い。本当、どうしたものやら」

 深々と溜息をつく、金髪の少女。

「なんだか、あたしたちが悪役みたいな立場になっちゃったなー……ああ、そうだ! この子にさ、あたしたちの仲間になってもらってさ! このお兄ちゃんは殺し屋休業って事で!」

 脳天気な意見を放つ蒼髪のルーキーに、俺は全力でガンを飛ばす。

「夕飯時に鉄砲と刀振りまわして人の家に踏み込んできたテメェらの、ドコのナニを信用して俺の大事な妹を預けろってんだヨ?」
「そりゃアンタの自業自得じゃないの?」
「だとしても、俺の妹にゃ戦闘能力が無いんだ! 性格的にも、能力的にもな。そんで……テメーらに裏切られたら?
 ……言っておくが、勝手に拉致るよーな真似したら、俺はテメーらを『狩る』ぜ……」
「うっ……たっ、立場分かってんのか、こんにゃろう! マミさんに芋虫にされてる今のアンタに、何が出来るんだよ!」
「じゃあ、今の内に殺しておけよ。でないと、後悔すんぜ?」
「んぐぅ……こ、この頑固なシスコン兄貴めぇぇぇぇぇ! 私たちは『正義の味方』だっつってんのに!」
「そりゃ御苦労さん。で、この頑固な悪党を前に、正義の味方さんはどうするつもりだい?」

 拳を握りしめて苛立つルーキー。
 と……

「ふ……ふふふふふふ、ふふふふふふふふふふのふー。お、に、い、さ、ん♪ そんなクチ利いて、いいのかなぁ?」

 唐突に。何か、邪悪な笑顔を浮かべる、ルーキー。
 その魔法少女らしからぬイビルスマイルに……最初、俺は呆れ果ててた。

「なんだ、拷問か? 拷問なのか? 好きにしろよ。ただし、妹に指一本でも触れたら……」
「まっさかー♪ 私たちは『正義』の魔法少女なんだから、拷問なんてするわけないじゃなーい♪」

 ニッコニッコと楽しそうな表情を浮かべる蒼髪のルーキーに……初めて俺は、果てしない程の嫌な予感を覚えた。
 ……何だ? 何を考えてる、このアマ!?

「マミさん! 彼をしっかり押さえててくださいね! あと、五月蠅かったら口も塞いじゃってください!」
「え!? え、ええ……さやかさん、一体、何を?」

 戸惑う巴マミ。見ると、黒髪のほうも、何やら戸惑っている。
 そして……

「これより、正義の名のもとに、シスコンお兄ちゃんの秘蔵本と武器を全部押収しまーす!!」
 
 高らかなる声で、死刑宣告が、ルーキーの口から飛び出しやがった!

「ぶーっ!!!!!!!! ちょっ、ちょっ……ちょっと待てぇぇぇぇぇぇ!!」
「あの物騒な鉄砲とかと一緒にー、あーんな本とかー、こーんな本とかー♪ こう、お兄ちゃんお気に入りのー、青少年にふどーとくな書物を、妹さんの目の前で朗読しちゃおうかなー、と♪ あるんだろー? ンー?」
「ちょっ、そっ……ソンナモノはっ……無いっ!!」
「ほっほーん? そう言い切りますか?」

 と……

「ねえ、沙紀ちゃん、って言ったっけ?」
「……ぅん……」
「このお家にさ、お兄ちゃんしか入っちゃイケナイ場所とかー? 開けちゃダメって言われてる場所とか、教えてくれない?」
「ふぇ……だめだよぉ! お兄ちゃん、危ない鉄砲とか爆弾、いっぱい持ってるんだから! うっかり触ったら、爆発しちゃうよ!」
「大丈夫大丈夫! このほむらお姉ちゃんが、危ない鉄砲とか爆弾とかの扱いには慣れてるから、爆発させたりはしないよ」
「……ぅぅぅー? ほんと?」
「だっ、やめろ馬鹿! マジでトラップとか仕掛けてあるんだから! 家ごと吹っ飛んじまう!」

 などと、最後のハッタリをカマしてみるのだが……

「はっはーん♪ そこに秘蔵のアイテムがあるワケですなー? OKOK、ほむら先生、危険物対策は、よろしくお願いしまーす♪」
「問題無いわ、行きましょう。魔女と戦って生き延びた、彼の所有する武器に興味がある。巴マミ、引き続き、彼の拘束をよろしくね」
「はいはーい♪ じゃ、沙紀ちゃん、お兄ちゃんの秘密のお部屋に、お姉ちゃんたちと一緒に行こうか?」
「うん♪ お兄ちゃん、ごめんね。ホントは、ちょっとお兄ちゃんの秘密のお部屋に、入りたかったの♪」
「待てぇぇぇぇぇ! やめろーっ!! やめてぇぇぇぇぇお願いぃぃぃぃぃマイシスタァァァァァプリィイィイィイイズッッッッッ!!!!!」

 俺がもし魔法少女だったら、イッパツで魔女化しかねない程の、絶望的な魂の絶叫も虚しく。 


「うわっ……うわぁ……何これぇ?」
「へぇ……男の人って、こんなモノが……」
「……お兄ちゃんって、こーいう女の人が好きだったんだー?」
「…………(ちらっと一瞥した後に、武器庫の物色に戻る)」


「…………………………いっそ、殺せ…………………………」



 ……その日。俺の人生は、色々と終わった……

 ……本日の成果:魔法少女1匹。魔女2匹。
 ……トータルスコア:魔法少女24匹、魔女(含、使い魔)53匹。
 ……グリーフシード:残14+1。

 本日の料理:日本式海軍カレー、マンゴージュース。
 デザート:……俺の血の涙。



[27923] 第四話:「待って! 報酬ならある」
Name: 闇憑◆27c607b4 ID:cb2385d9
Date: 2011/05/22 14:38
「おっ、お兄ちゃん……その……怒ってる?」

 全てが『終わった』翌日の朝。

「……沙紀? それは、誰の、何に対してって意味で、言ってるんだい?」
「え、えっと、その……お兄ちゃん、笑顔が何か、怖いよ……」
「ふふふふふ、やだなぁ、沙紀。お兄ちゃんはお兄ちゃんだよ……ふふふふふふふ」

 自分でも自覚するくらい、虚ろに壊れた笑顔を浮かべてる俺。
 正直な話、色々な意味で昨日は、洒落にならなかった。
 精神的な意味では、沙紀も含めた、巴マミとルーキーの三人の魔法少女だったが、物質的、金銭的、戦力的な意味で最悪だったのが、あの黒髪の魔法少女だ。
 持ち主の俺の目の前で、『コマンドー』の映画に出てきたシュワルツェネッガーよろしく、オートマチックグレネードランチャーやら、対物ライフルやら、四連装ロケットランチャーその他諸々を、銃弾や砲弾含め、自分のソウルジェムの中に『お値段100%offセール』して行きやがったのである。
 『ブルドーザーで強行突入しなかっただけ、マシだと思いなさい』って……あンのクソアマぁぁぁぁぁ!!
 おかげで、ちょっとピンチだった俺の家の武器庫は、『最後の切り札』を除いて本格的にスッテンテンになってしまった。
 ……本当は、今すぐ沙紀と一緒に一週間くらいかけて海外に買い物に行きたいのだが、俺や沙紀自身の学校の授業等があり、そうも行かない。……とりあえず、ノートの中の『殺ス魔法少女』リストの二番目に登録しておく事にして、溜飲を下げておく。(一番目は勿論、あのルーキーに決まってる!!)。

「はい、出来たよ。目玉焼きとトースト。あとミルクね……ふふふふふふ」

 爽やかに虚ろな笑顔のまま、朝食を作る。
 と……

「うっ……うぇぇぇぇぇ、お兄ちゃん、ごめんなさい!!」
「何を謝る事があるんだい? 沙紀? あの時、ああしなかったらお兄ちゃんも沙紀も、殺されてたんだぞ?」

 そう。
 あの時、ギリギリの駆け引きで、俺も沙紀も生き延びる事が出来た。
 というか、むしろ、あの黒髪の少女。
 何を考えていたのかは知らないが、目線で俺に、惨劇を回避するためのシグナルを送って寄こした。
 ……ほんとに、マジでナニ考えてやがる?
 答えが分からない、読めない。だが、一応、少なくとも、三人とも俺を殺したくは無かったらしい。
 ……その点だけは、感謝しないといかんなぁ。
 とはいえ、無論、コマンドー買いという名の窃盗とは別だ! 絶対に弁償させてやる!!

「ごめんなさい! もう二度とお部屋のぞきません! だから元のお兄ちゃんに戻ってー!」
「はぁー……はいはいはいはい。分かった分かった。二度としちゃダメだぞ?」

 流石に、悪ふざけが過ぎたらしい。
 軽く頭を撫でて、椅子に座ると、まず牛乳を口に含み……。

「ごめんね。お兄ちゃん。
 私、お兄ちゃんの好きな、金髪で目が青くて、おっぱいの大きな女の子になるから……」
「ブーッ!!」

 つうこんの いちげき!
 みつるぎ はやたは 9999の せいしんてき ダメージを うけた。

「うわ、きちゃないよ、お兄ちゃん……って、お兄ちゃんがまた壊れたーっ!!」
「ウケケケケケケケケケケケケケケ……」

 結局、その日、どうにか自立駆動が可能な程に精神的再建を果たせたのは、妹を小学校に送って、高校の門をくぐってからだった。


 少年再建中……少年再建中……
 休み時間に、教室で突っ伏しながら、俺は精神的再建を続行していた。

「どーした、ハヤたん?」
「いや、そのね……俺の部屋に、知り合いの女の子が無理矢理乗り込んできてね。
 ンで、イキナリ奇襲でふんじばられて、『エロ本を探せーっ!!』って……妹も一緒になって……後はお察し。
 ……女って、オッカネェよ……」

 とりあえず、肝心のキモはボカして、昨日の出来事を、学校の友人に話した。

「あー、ご愁傷様。
 ……ところでさー、ハヤたん♪」
「ごめん。部活の助っ人も、また今度……」
「うー……じゃあさ、助っ人じゃなくて、名前だけでいいから、正式にウチの部に入部してくれよー。勿体ないよ、その体力」

 高校の体力測定で、結構良い成績を取ってしまったためか、俺は各方面の部活動に、引っ張りだこだった。
 とはいえ……

「勘弁してくれよぉ。妹の面倒見ないといけねーんだし、俺、奨学生だからテストの成績も絡んでくるんだ。悪いけど、部活とか無理」
「……ったく。これだからシスコンは」
「シスコンで何が悪い? ……いや、ちょっと悪いかもだけど、沙紀にはまだ俺が必要なんだ」
「汚名の自覚があるならさ、ほら、ウチの陸上部の入部届けにサインしてよ。幽霊でもいいからさ」
「くどいっての……どこのキュゥべえだよ、テメェ」
「え?」
「いや、何でも無い。ちょっと便所」

 とりあえず、トイレに向かい、用を足す。
 ……因みに、ソウルジェムを持ってない今の状態では、俺にキュゥべえは見えない。
 俺が魔女や魔法少女を狩れるのは、あくまで、沙紀の力を借りているからこそなのだ。

「……部活、か」

 叶うならば、茶道部に入りたかったなぁ……お茶の作法とか、ちょっと知りたかった。
 そんな事を考えていた時の事だった。

『御剣 颯太』
「!?」

 あの黒髪の魔法少女からのテレパシー。

『放課後、話があるわ』
『話の前に、武器返ぇせよ?』

 ……返事は無かった。



「……さて、と」

 放課後、俺は近所のスーパーへと足を向ける。目指すは、タイムセールの野菜コーナー。
 そこへと向かう途中に、豚バラのロースをゲットしつつ、タイムセールのキャベツも確保。

「ああ、お醤油が切れてたんだった」

 醤油を買い物かごに放り込み、レジに。
 ネギのはみ出した買い物袋を抱え、家路を急ぐ。
 ……呼び出し? 当然無視だ!(キッパリ)

 だが……

「あ、お……お帰りなさい、お兄ちゃん」

 玄関を開けた沙紀が、何やら戸惑った表情で出迎えて来る。

「あの……昨日のお姉ちゃんが……」

 ふと、玄関を見ると、見知らぬ靴が一足。

「待たせて貰ったわ、御剣颯太」
「てめぇ! 他人の家で勝手に何してやがった!」

 リビングのソファーに居たのは、昨日の黒髪の魔法少女だった。

「心配しないで。彼女に危害を加えるつもりはないわ。ただ、あなたに話があったから」
「話の前に、武器返せよ」
「妹より、武器が大事?」
「………………」

 沈黙。
 で、結局、折れざるを得ないのは……

「何だよ。用件ってのは?」

 もう、どう逆さにふるっても、圧倒的に不利な状況に、溜息をついた。

「二週間後、ワルプルギスの夜が、この町に来る」
「!!?」

 冗談、にしても趣味の悪い話だ。
 ワルプルギスの夜。その正体は知らない。
 知っているのは、災厄としか言いようのない、ド級の化け物魔女だという事。それを俺は『身を以って』体験していた。

「どうやら、知っているようね?」
「……まあな。知ってるよ。よーっく、な」
「どこまで?」
「さてね」

 と、

「はい、どーぞ」

 沙紀の奴が、俺と黒髪の少女の分の、お茶を淹れて持ってきた。

「沙紀……こーいう勝手に上がり込むよーな奴には、茶を出さなくていいぞ」
「いちおう、お客さんなんでしょ? お客さんには、お茶を出すもんだ、って言ってたじゃない」

 そう言うと、冷蔵庫の中から、栗鹿子を二つ取り出してくる。

「おいおい、沙紀、もうソレで最後だぞ?」
「うん、美味しかったから、お客さんにも食べてもらいたいの。だから、また作って。お願い♪」

 その『お願い』の裏に込められた意味を知らない程、俺も沙紀も、自分の置かれた立場を知らないわけではない。

「……しょうがねぇな」
「うん。約束だよ! 絶対に!」
「あい、よ」

 交わされる日常の約束。それは、俺と沙紀を修羅から引き戻すための、心の命綱だ。

「で、何でお前が、ワルプルギスの夜が出るなんて知ってんだ?」
「その前に、何であなたが、ワルプルギスの夜を知っているの?」
「……チッ、さっきから尋問じみてんな、オイ?」
「そうね。『あなたと出会うのは初めて』だから。
 魔法少女でも魔女でもなく、魔法少女の力を借りてるとはいえ『ただの人間が魔女を狩る』なんて、想像の外だった。
 しかも、魔法少女の秘密を知って、なお、それに抗おうとする。
 そんなイレギュラーに興味を持つのは、当然じゃない?」
「別に、大した話じゃねーよ。
 一生モンのビョーキやケガ抱えて頑張ってる人間や、それを支えてる身内なんて、世の中にゃゴマンと居る。
 それがまあ、ちょっぴり特殊でやる事がアレなだけで、心構えは似たようなモンだよ」
「……強いわね」
「よせよ、魔法少女。幾らおだてたって、出せるのは、今出てる茶と茶菓子までだ。
 で、用件はワルプルギスの話だけか? その情報が確定なら、妹を連れて見滝原から逃げるだけなんだが?」

 予め、予防線を張っておいたというのに、彼女は真っ直ぐに俺の目をみて、堂々と言い切った。

「御剣颯太……ワルプルギスの夜を倒すのに、協力してほしい」 

 こいつは……馬鹿か?

「馬鹿だろ、お前? なーんも知らねーで無茶ぬかしゃあがって……」
「知ってるわ。ワルプルギスの夜が、どれほど手ごわい存在かくらい」
「お前はアレと戦った事がネェから、そんな事ぬかせるんだ!」

 だんっ! と……
 テーブルを叩いて、叫ぶ。

「あるわ。何度も」
「ドコでだよ!? っつか何度も!?」

 ワルプルギスの夜。
 通常とは違う、身を隠す結界すら必要としない魔女は、人間には災害による自然現象として観測される。
 つまり、『どこに現れたか』という事が、明確に記録として残るのだ。

「っ! ……それは……」
「話になんねぇな。
 まあ……忠告はありがとうよ。どっか沖縄あたりにでも、旅行チケットを取って行くわ」
「待って! 奪った武器は帰す! だから」
「ワルプルギスの夜相手に、そんなモンが屁の突っ張りにもなるか。まあ……逃げたほうが賢明だぜ。あんなの」

 と……

「待って! 報酬ならある!」
「ほぉ? 俺の命と妹の命。纏めて天秤の片方に乗せて、なお吊り合いそうな報酬かよ? どんなんだ? ん?
 試しに言ってみろや?」
「これよ」

 そう言って、彼女が、自分のソウルジェムの中から取り出したのは……金髪でボインボインの18歳未満閲覧禁止の、写真集!! しかも何十冊も!!

「この程度なら、まだ幾らでもある。……お願い、協力を」
「出てけーっ!!!!! 一人で、ワルプルギスの夜の歯車に轢き潰されて、死ねーっ!!」

 反射的に茶をぶっかけて、怒鳴りつける。
 テーブルひっくり返して叩きつけなかったのは、自分の作った茶菓子に対する、俺のギリギリ残った理性だ。

「……男ってこういうのが好きなのではないの?」
「色々クリティカルで斬新な条件なのは認めるが、少なくとも、命のかかった話の席でカマしていいジョークじゃねぇよ!!
 オラ、とっとと出てけっ! 二度と来んじゃねーっ!」
「ごめんなさい! 悪かったわ! 癇に障ったのなら謝る! でも、あなたの協力がどうしても必要なの!
 ……お願い……私の知らない要素のあなたが、チャンスの一つに成りうるかもしれないの」

 いきなり、泣き始めた黒髪の少女に、俺は途方に暮れてしまった。

「……何言ってんだか、分かんねぇけどよ。
 『協力しろ』っつわれて『ハイソーデスカ』なんて言える案件じゃねーだろ?
 まして、一方的に尋問じみた脅しカマして協力しろとか……どーかしてるぜ、お前? ちったぁ頭冷やしてから出直したほうが、いいんじゃね?」
「……っ………っぅ………」

 が……何やら、泣きながらチラチラと妹のほう、見てやがりますよ、このアマっ!

 案の定、

「あー、お兄ちゃん、女の子を泣かしたー! ダメだよー! 女の子泣かしちゃー!」

 ……ですよねー? でも甘い!!

「うん。お兄ちゃん、今、ものすごーく怒ってるから泣かせたんだ。
 沙紀、あっち行ってなさい。昨日から、お兄ちゃん、とってもとっても怒ってるから、怖いぞー」
「は、はーい!!」

 獰猛な笑顔で、沙紀に笑いかけると……びくっとなって沙紀は逃げて行った。

「で、嘘泣きまでして、気は済んだか?」
「……手ごわいわね、御剣颯太」
「当たり前だ。
 名前も名乗んないで、涙一つで超ド級の厄ネタに巻き込もうなんて性悪根性の持ち主に、見せる隙があると思うのか?
 一応、一家の主だぞ、俺!」

 この色々と人を舐めくさった魔法少女。本当に油断がならない。

「……暁美ほむら」
「あ?」
「ごめんなさい。名乗って無かったわね、私の名前。
 暁美ほむら、よ。
 ……じゃあ、最後に聞かせてほしいんだけど。あなたはドコで、ワルプルギスの夜と戦ったの?」
「あまり、言いたく無いし、思い出したくも無いな」
「なら、ドコで戦ったかは、私も語る必要はないわね」
「……………」
「………」

 とりあえず、思考を巡らせる。
 目の前の魔法少女が、相当な手錬なのは間違いが無い。その彼女が俺に協力してほしい、というのも、事実なのだろう。
 でなければ、とっくに妹も俺も殺されてる。
 昨日の『正義の味方』を自称したルーキーや巴マミとは違い、彼女はそんな甘いもんじゃない。
 その手錬の魔法少女が、俺みたいな外道働きのイレギュラーにすら協力を要請する。つまり、ワルプルギスの夜が見滝原に来るというのは、情報源がドコかは兎も角、彼女の中で確定的な事実なのだろう。

「……やっぱり逃げたほうがいい気がしてきたぜ」

 考えれば考えるほど、ヤヴァ過ぎる。
 そう思っていたのだが、とーとー業を煮やしたのか、彼女は最後の切り札を切ってきた。

「そう、どうしても逃げると言うのなら……あなたの詳しい情報を、逐一キュゥべえに流してみようかしら?」
「っ! ……テメェ!」

 俺の家の周りにキュゥべえが居ないのは、根気よく徹底的にゴキブリ退治を繰り返し続けてたからに過ぎない。
 何より、奴は魔法少女にした人間の後の事に関しては、グリーフシードさえ回収出来れば、最初の死にやすいルーキーの内は兎も角、成長した後は基本ほったらかしだ。
 ……無論、俺の『魔女も魔法少女も狩り尽くす』営業妨害や、俺が抱える『魔女の窯』に腹を立てたのか、何度か俺らを退治に『正義』の魔法少女を送り込んできたのだが、それもキッチリ罠に嵌めて撃退し続け、最近はメッキリと減っている。
 彼らにとって、ソウルジェムがグリーフシードに変わる前に殺されては、元も子も無いからだ。
 『殺す割に合わない相手』。
 そうキュゥべえが判断したからこそ、俺も沙紀も、普通の生活を送れるのである。
 今回、あえてそれを送り込んできたのは……俺が油断し、彼女たちが相当以上の手錬で、しかもパーティを組み、不覚が有り得ないと思ったからこそだろう。

「あなたが安寧を得られるのは、必死でココの縄張りを、暗殺という得体のしれない恐怖で守ってきたからに過ぎない。
 だけど、キュゥべえはドコにでも居る。そして、逃げ続けるのならば、四六時中、彼らにそそのかされた『正義』の魔法少女に、逃亡先で命を狙われる事になる。
 そんな生活……送ってみたい?」
「こんの、クソアマ……っ!!」
「私は、あなた以上に手段を選ぶつもりは無いわ。だからワルプルギスの夜を倒すのに、協力してちょうだい」

 チェック・メイトである。
 ……クソッ!!

「……一つ聞かせろ。暁美ほむら。
 ドコでワルプルギスの夜が、二週間後に来るなんて、情報を手に入れた?」
「その前に、あなたはドコで、ワルプルギスの夜と戦って、生き延びられたの?」
「OK、平行線を繰り返しても意味が無ぇ、交換条件だ。互いの情報交換で、どーよ?」
「………………あと一つ、付け加えていい?」
「何だ?」
「タオル、貸してくれないかしら?」
「……武器、返してくれるか?」

 その言葉に、はぁ、と彼女は溜息をつき。

「分かったわよ、もう」
「OK、交渉成立だ」

 俺は、台所にあったタオルを、投げてよこした。



[27923] 第五話:「お前は、信じるかい?」(修正版)
Name: 闇憑◆27c607b4 ID:cb2385d9
Date: 2011/06/12 13:42
「……これは?」

 武器庫に残っていた、一振りの刀。
 姿形は白鞘の日本刀だが、それを『日本刀』と呼んだ日には、日本刀コレクターの皆さんから盛大なお怒りを買う事になるだろう。
 何しろ……

「昔の俺の武器。名刀『虎徹』だ。興味があるなら、抜いてみ?」
「……ええ」

 そう言って、鞘から抜いて出てきた刀身には、マトモな刃紋が無かった。名刀どころか、どちらかというと刀の形をしてるだけで、作業用の包丁のようにギラついた刃物……そんな代物だ。

「どうだ?」
「よくは知らないけど、虎徹って……こんな刀? 噂に名刀だって聞いたけど、何というか、美しさというか品が無いわ?」
「正解。こいつはな、虎徹は虎徹でも『兗州(えんしゅう)虎徹』さ。スプリング刀って、聞いた事ないか?」
「……ごめんなさい。日本刀に詳しいわけじゃなくて」
「自動車の廃材のリーフスプリングを、刀の形に叩き伸ばしてデッチアゲた代物だよ。玉鋼で作る流麗な日本刀とはワケが違う。
 だが、俺が戦ってきた中で、こいつが一番、折れず、曲がらず、よく斬れた。
 考えても見りゃ、トン単位の車体を十年以上支え続けながら、柔軟性を失わない自動車バネを材料に叩きあげたワケだからな。そりゃあ鉄の素性がデキを左右する日本刀にすりゃ、『武器としては』出来がいいモンになるのは当然なワケさ」
「……で、この刀が何か?」

 鞘におさめて返された日本刀を手に、俺は彼女の目を覗きこむ。

「暁美ほむらが『魔法少女』なように……御剣颯太が『魔法少年』だったとしたら、お前は信じるかい?」
「否定する要素は無いけど、肯定するには突飛に過ぎるわ。そもそも、あなたはキュゥべえと契約したわけじゃない。ううん、出来るわけがない」
「その通り、俺はキュゥべえと契約したわけじゃない。契約相手は俺の姉さんだ。
 魔法少女になった姉さんは、沙紀程じゃなかったがドンくささが抜けず、一人で戦うのには向いてなかった。で、それを知った俺は、半ば押しかけ助っ人で戦い始めた。こう見えて剣道とか剣術に一時期ハマってたから、姉さんの力を借り受ける形で、俺は『魔法少年』をやる事になったワケだ。
 かくして、魔法少女『御剣冴子』の欠かせぬ相棒(マスコット)として、魔法少年『御剣颯太』が生まれた。この刀は、その時に振りまわしていた『最初の魔法のステッキ』ってワケだ。……ああ、ちゃんと衣装も変化したんだぜ。笑っちまうかもしれんが」
「……」
「最初、姉さんから与えられる力は、無尽蔵のモノだと無邪気に思い込んでた俺は、ヒーロー気取りでカッコイイ衣装と、魔力を付与した日本刀で前に出て戦い続けた。痛みすらも姉さんが肩代わりしてるとは知らずにね。
 で、ある時、それが分かって、俺は魔女とのガチンコの斬り合いから、今のスタイルに武器を切り替えた。
 ……姉さんは残念がってたが、背に腹は変えられない。お金はあったから、海外に行っては武器弾薬を仕入れては、姉さんのソウルジェムにしまい込んで持ち帰って。必要に応じて、その都度、魔力を付与した武器を渡してもらった。衣装も、使う魔力が勿体ないって言って、強化程度に留めてもらった。
 そんで、200×年。●●県某市。
 本来、縄張りを守るべき魔法少女たち全員、命惜しさに手に負えないと逃げ出す中。姉さんと俺と、たった二人で、ワルプルギスの夜に挑んだ。
 みんなのために……ってな。
 結果は……まあ、お察し。無残なモンだったよ。
 何一つ守り切れず、ワルプルギスの夜が暴れ終えるまで、死に物狂いでお互い逃げ回るダケだった。はっきり言って結果だけ見れば、戦おうが戦うまいが一緒。
 だがまあ、なんとか二人、生き延びる事は出来た。
 そう思った時に……姉さんに……限界がきた」
「……魔女化」
「そう。姉さんは魔女になり……俺は僅かに魔力が残っていた武器弾薬全てを叩きこんで……姉さんを殺した」

 そう言うと、俺は未使用のグリーフシードを一個、テーブルに置く。

「これが……あなたの?」
「『姉さんだったモノ』だ。
 で、ズタボロになった俺を、心臓病を患って入院してたハズの沙紀が、無邪気に家で笑いながら迎えてくれたわけだよ。
 キュゥべえと一緒に『魔法少女』になって、な。……流石に目の前が真っ暗になって絶叫したよ。
 かくして、俺は今度は沙紀を相棒に、新たな伝説を作る羽目になった。『正体不明の暗殺魔法少女』の、な」
「……立ち入り難い事を聞いたわね」
「別に、キュゥべえの回りにゃよくある話だろ?
 あ、因みに、ソウルジェムを砕けば死ぬっての知ったのは、姉さんが魔女化した後の暗殺時代な。『魔力の源』だから壊せば何とかなるかな、って思ってたら魔力どころか魂丸ごとだったとはね。
 まあ……あの悪辣な悪魔のする事だから、特にどーとは思わなかったけど、そういうものだって知ってからは、魔法少女を狩る効率だけは、格段に上がったっけ」
「……そう」

 少し長い話を話し終え、俺は一呼吸置くと、暁美ほむらに問いかける。

「で、こっちのネタは話した。今度はお前さんの番だぜ」
「待って。もう一つ聞かせてほしいの。……あなたのお姉さんが、契約に当たって願った奇跡は、何?」
「そいつぁ話す条件に入ってねぇな。話すとしたら、お前のも話せよ?」
「分かった。構わないわ。それも含めてあなたに話す。だから教えて?」

 何というか。
 自らも省みず、とことん彼女は俺のデリケートな部分に、踏み込む覚悟らしい。
 暫し、躊躇った末に、俺は、口を開いた。

「……金だよ。超大金。1000億くらいかな?」
「沙紀さんの心臓病の、手術費用?」
「違う。それもあるにはあるが、それなら直接治してくれって願うだろ。……あー、もーっ!! どこまで突っ込んでくる気だよ!?」
「噛み合わない。
 みんなのためにワルプルギスの夜に挑むような女性が、お金なんて俗っぽい理由で魔法少女になるとは、とても思えない」
「お前、お金を馬鹿にすんなよ!! 殺スぞ!?
 ……まあいい。もう面倒だ。話してやるよ。
 親父とオフクロが、どこぞの新興宗教だか何だかにハマってな……そこの教会にえっらい寄付金とか突っ込んじゃったんだよ。
 挙句の果てに、沙紀が心臓病でぶっ倒れるわ、その教祖様と家族が狂って首吊ったのを後追いして親父もお袋も死んじまうわ、身に覚えのない借金取りはやって来るわ、家は売る羽目になるわ……そんな諸々を解決するために、姉さんはキュゥべぇと契約して大金を手にしたわけだ。
 ドンくさい姉さんだっけど、一回しか使えない奇跡にかけるにしちゃあ、なかなか気の利いて冴えた使い方したと思うぜ? どんな腕利きの傭兵になろうが、資金潤沢なPMC(民間軍事会社)に入社しようが、そんな大金、稼げるわけねーんだしな」
「……ごめんなさい」
「謝るなら、おまえさんのほうの情報提供で誠意を示してくれ。
 あと、武器弾薬とか返せな? 一応、姉さんの金で買ったモンなんだから」
「……分かったわ。使ってない分は、返す」
「さあ、俺が話せる事は全部話した! 今度はお前の番だぜ、暁美ほむら!」

 そう言って、話を振る。
 暫く黙っていた彼女は、やがて、意を決して口を開いた。

「……私は、時間遡行者よ」
「じかん……そこーしゃ?」

 耳慣れない言葉に、首をかしげる。

「時を繰り返す者。ちょっと、難しい概念かもしれないけど」
「……すまん、詳しく説明を頼む」
「そうね。『時をかける少女』って知ってる? あるいは……少しマイナーになるけど『All You Need Is Kill』とか」
「……!!
 OK、何となくわかった。お前さんは『繰り返し』の世界の住人なんだな!?」

 ピンッ、と来やすい概念の作品を言われ、何となく概要が掴める。
 ……こういう時、馬鹿で助かったと自分でも思う。

「……そういう事。もう何度も何度も繰り返してるの。ワルプルギスの夜と闘うまでの日々を」
「それがまた、どうして俺なんぞに……待て、繰り返してるのだとして『あなたと出会うのは初めて』っつったな?」
「ええ、そうよ。
 幾度繰り返したか数えるのも馬鹿らしい程の世界の中で、初めてあなたが私の前に現れた。
 おそらく、本来あなたは綱渡りな戦いの末にとっくに死んでいるか、見滝原を離れているか……ともかく、私たちとは本来関わらない存在だった。
 あなたが今、ここで生きてる確立は、巴マミと美樹さやか、それに佐倉杏子と全員揃ってワルプルギスの夜との戦いまで生き延びる確率の、千分の一以下かしら?」
「……まあ、そうだろうなぁ?」

 魔女にせよ、魔法少女相手にせよ、とにかく綱渡りの闘いを繰り返してきたのだ。ついでに言うなら、全くドジを踏まなかったワケじゃない。この間のシャルロット戦のように『悪運』としか言いようのない事も、それなりにあった。
 故に。もういっぺんやり直せ、って言われても、やりとおす自信は、無い。

 ……って……オイ待て。今、聞き捨てならない名前が混ざって無かったか? まあいい、突っ込むのは、後だ。

「あー、とりあえず、巴マミとか、今名前挙げた連中は、全員死ぬのか?」
「ええ。でも、運命がねじ曲がったとしか思えない。
 巴マミは、あの段階と状況だと、シャルロットに喰い殺される末路を辿るハズだったのに、何故か生き延びた」
「あー……多分、それ、俺が直接原因を作ったと思う。C-4たらふく喰わせて、奴ごと巴マミと纏めて葬るつもりだったのに、失敗したから」
「そう。私が全く予想できない、あなたというファクターが生き延びた結果、運命がねじ曲がった。
 だから、これは何かのチャンスじゃないのかと、私は思っている」

 ……とりあえず、運命だとか、時間遡行だとかなんて、マユツバもんの話の真偽は別として。
 彼女が俺に対して、協力的な理由は、何となく理解は出来た。

「……んー、じゃあさ、ワルプルギスの夜を倒す事に、なんでお前さんは拘るんだい?
 この町から逃げるって事は、考えなかったのか?」
「逃げるわけには行かないのよ。そんな事をしたら、それこそまどかはキュゥべえと契約してしまう」
「まどか?」
「鹿目まどか。……最強の魔法少女の素養を持つ少女よ。ワルプルギスの夜すら比にならない程に、強力な」
「……あー、なるほど。つまり、最悪の魔女の元、ってことな? そいつを予め殺しておくって事は?」

 次の瞬間。
 壮絶な殺気と共に、気付くとデザートイーグルの銃口が、俺の額につきつけられた。
 ……相変わらず、コマ落としにしか見えねぇ。気がつくと、脳天に銃口だ。
 一体何なんだよ、こいつの能力?

「御剣颯太。あなただけじゃない、あんたの大切な妹まで、くびり殺されたくなければ、二度とそんな口を開かない事ね。
 増して、実行しようという気配を見せただけでも……私はあなたを殺すわ」
「OK、落ち着け。あんたの地雷はよーっく分かった。
 だから銃口を下ろせ。一応、話し合いの席なんだろ?
 ……お互い、地雷持ちの爆弾抱えた、大切な人ってのは居るもんだしな」
「っ………」

 何とか銃口を下ろしてくれる。と、同時に、目の前の少女に、奇妙なシンパシーを、俺は感じていた。親近感、と言ったほうがいいかもしれない。
 ……まあ、逆の立場だったら、俺も同じ事をしただろうしな。

「要するに。その……鹿目まどかって子を生かしたまま、かつ、魔法少女にならないように誘導し、かつ、ワルプルギスの夜との闘いを超えないといけない。そういうワケだな?」
「……そうよ。この町は、彼女の日常。彼女が笑って過ごせるこの見滝原を、魔法少女や魔女の倫理で壊させるわけにはいかない」
「無理難題だぜ! 作戦目標っつか設定が多すぎる!
 そもそも、そんな素質を持った少女をキュゥべえが見逃してくれるワケが無いし、あの悪魔の勧誘を何とか乗り切ったとしても、その上でワルプルギスの夜とガチンコで勝てってほーが………………………待て」

 と……そこで、気がついた。
 無理難題と呼ぶのもヌルい、難しすぎる無謀な作戦目標。
 普通は絶対破綻するミッションを、もし『成立させ得る願望』があるとするならば?
 それこそ、時間遡行でリトライを繰り返すくらいしか手は無いだろう。テレビゲームでセーブとロードを繰り返すみたいに。
 少なくとも、それ以外に、俺は手を思いつけなかった。

「あんた……本当に、時間を戻って、繰り返してきたのか?
 もし、あんたの言ってる事が本当だとしたら……どれだけの回数『繰り返した』んだ?」
「……忘れたわ。もう」

 倦み疲れた表情でサラッとつぶやく彼女に、俺は絶句する。
 そりゃそーだ。
 TVゲームだって、クリアする事に夢中になる奴はいても、最初の数回だけならともかく、何十、何百と繰り返したセーブとロードの回数を測る奴は、余程の暇人しかいない。
 彼女にとって肝心なのは、繰り返した数ではなく『結果』しか無い。つまりは……一回や二回では、ありえない数を、繰り返しているのだろう。
 俺は溜息をついて、確認を続ける。 

「その、鹿目まどか。……そいつがキーなんだな?」
「……そうよ」
「彼女を救いたいのか?」
「そのために、私は魔法少女になった。
 彼女がキュゥべえに騙される事なく、笑って過ごせる日常を守るために」
「……分かった。じゃあ、最後に……ってわけじゃねぇが、この話題の最後に聞かせてくれ。
 その鹿目まどか。彼女はお前にとって『何』なんだ? 親? 兄妹? 親戚?」

 その質問に、彼女は初めて俺から目をそらした。

「彼女は、私の大切な……人よ」
「具体的に言えよ。身内か? それとも、何かの恩人か?
 悪いが、ソコをショージキに語ってくんなきゃあ、あんたの動機の、肝心のキモが見えてこねぇんだよ」

 沈黙。
 そして……

「……大切な……本当の友達よ」
「ダチ公かヨ。そんなデカい奇跡の対価としちゃ安いゼ」

 遠い目をして、俺は溜息をついた。
 友達。
 思えば、魔法少年をやって以降、あまり出来なかった気がする。
 第一、両親が死んで家族を守るだけで精一杯だった俺に、友達なんぞ作る余裕も無かった。

「っ……あなたに、何が……」
「だが、うらやましいな」
「え?」
「俺にゃ、家族っきゃ居なかった。親父とオフクロが首くくった後は、姉さんと妹を守るだけで、精一杯だった。
 ……本当のダチなんざ、作る余裕も、出来るワケも無かった。
 そう、俺には家族しか居なかったんだ。
 その家族を……姉さんを、ワルプルギスの夜は、魔女にして俺に殺させやがった!!」

 そう言うと、久々に……久々に、心の底から、笑った。
 『正義のヒーロー』を気取ってた頃の、あの高揚感と同時に、沸き上がるドス黒い復讐心。
 コイツと組めれば『ワルプルギスの夜』を倒せるかもしれない。
 使う機会も無く死蔵していた、ワルプルギスの夜を倒すために揃えた武器や、対ワルプルギスの夜のために編み出した技を、思う存分、恨みと共に叩きつける事が出来る!

 ……そのために、ちょっと肝心な事を聞きそびれたが、まあいい。

「ぃよぉし! 手伝ったろうじゃねぇか! アンタのダチ公をキュゥべえから守る云々は正味どーでもいいが、ワルプルギスの夜はキッチリブチのめす……のは、いいんだが。
 余計な事かもしれねーが、アンタは、そっから先はどーするつもりなんだ?」
「……え?」
「イレギュラーなんだろ、俺は? あんたにとっても、俺はやり直しの利かない存在なワケだ?
 で、仮に俺が手伝って、ワルプルギスの夜を倒せたとして、なんかの事件や事故で、また彼女がキュゥべえに丸めこまれたら、どーすんだ? 一生、影から面倒みんのか? それともまた、俺抜きでやり直すつもりなのか?」
「それは……その覚悟はあるわ。彼女のためならば!」
「よし。ならその証明に、お前を抱かせろ」

 その言葉に、彼女が石化する。

「は? だっ、だっ……」
「お前とSEXさせろ、っつってんだ」
「……おっ、おっ……あ、あ、あ、あんた!?」

 おーおーおーおーおー、面白ぇなぁ♪
 せいぜい、秘密の小部屋漁られた鬱憤を晴らさせて貰いますか。

「んじゃショーガネェ、その鹿目まどかを今から殺しに行こう」
「ちょっ!!」
「最悪の魔女の元を殺し、ワルプルギスからはトンズラをコく。そーすりゃ、俺も妹も安泰で、大口の契約を逃したキュゥべえも悔しがる!
 ほれ見ろ、俺的にゃバンバンザイだ♪」
「っ……御剣颯太!!」

 次の瞬間、またデザートイーグルが『コマ落とし』で眉間の前に出てくる。

「あんたが……あんたがそこまで最低なゲスだとは思わなかった!!」
「うっわ、マジかよ! ガチで時間止めてんのかぁ……すげーなあんた!
 ……こりゃ、時間を逆戻りしてるってのは、本当っぽいな」
「!」

 今度こそ、驚愕する彼女。
 ……いや、びっくりしてんのは俺のほーなんスけど。分かったって、そう簡単に対処しようの無い能力だし。
 ってーか、俺みたいな小物に、そんなスーパー能力乱発すんなよ?

「何の、事かしら?」
「……案外、分かりやすいツラしてんな。損だぜ、それ。
 っつーか、あんた繰り返し過ぎて想定外に脆くなってんじゃね?
 それとも元からそーなのかは知らねーけど、全部知ってるつもりで行動してっから、全く想定外の知らない事に、どう対処していいか分かんないとか?」
「だから何だというの? この状況を、理解できないのかしら?」
「あー、よせ。銃を下ろしてくれ。試してマジで悪かった。
 その……鹿目まどかさんの事までハッタリに使ったのは、マジ謝る。この通りだ。それに、あんたの能力が分かったからって、今すぐパッと、思いついた対処のしようがあるわけじゃねえ。
 あと、抱かせろ云々より前の言葉には、嘘もハッタリも無ぇよ……ワルプルギスの夜倒して、あんたのダチ公救うんだろ。妹の身に可能な限り危害が絡まないようにするなら、俺に手伝える限りは手伝ってやるよ。姉さんの敵だしな」
「私に、あんたみたいなゲスを信じろ、というの?」
「悪かった。本当に悪かったよ。ただ、あんたがあまりにも手札見せてくれないから、俺としては試さざるを得なくなってよ。
 知ってんだろ? ワルプルギスの夜を相手にするからにゃあ、ハンパじゃ挑めねぇ。勝てそうにないなら尻尾巻いて逃げて、次の機会を待ったほうが賢明ってモンだ」

 俺の説明の間も、彼女がつきつけた銃口はブレない。

「……一つだけ、聞かせなさい。何故、私の能力が分かったの?」
「あ? ……気付いてねぇのか、もしかして?」
「答えなさい。でなければ、あなたはココで殺すわ」
「……OKOK、種明かしはシンプル。お前さんの真後ろにある、あの時計だよ。
 あんたの動きが、俺には『コマ落とし』としか認識できなかった。そういう状況に俺が陥る理由は、三つに一つ。
 『俺の認識そのものを、催眠術か何かで誤魔化してる』か、さもなくば『超速度か何かで誤魔化してるか』、さもなくば本当に『時間丸ごと止めている』か、の三択だ。
 で、ウチのあの時計、秒針がゆっくり移動しながら60秒で回るタイプだろ? あの時計の秒針見ながら、お前さんがいつ銃口を突き付けてくるか、測ってた」
「……それが、どういう意味があるというの?」
「おいおいおい、俺みたいな馬鹿でも分かるトリックだぜ? あー、それとも初めて見破られて、パニックで頭が回らねぇとかか?
 いいか? もし催眠術だったとしたら、俺個人の認識がすっ飛ぶワケだから、秒針の認識は連続しねぇ。二秒の次が四秒、って感じで……例え一秒以内の停止でも、微妙に秒針の動きの認識がトんで、ズレるハズだ。だが、お前さんに銃を突きつけられた瞬間も、連続して秒針は回り続けてた。
 そして、俺は実は、目にはちょいと自信がある。生身でも高速型の魔法少女の動きが、凝視してれば辛うじて影くらいは見えるような気がするかなー……って程度には、な。だがそれも無い。
 つまり……かなーり信じがたいが、『お前さんが時を止めた世界の中で動ける』以外の答えは、ありえねぇのさ」

 とりあえず、かるーく名探偵気分で説明してみせたが、彼女は憎々しげに俺を睨んだまま、銃を下げてくれない。
 ……やばい、完全に地雷踏んだか!?

「……喰えない奴」
「そりゃ、人外のバケモン相手に、生身で妹守りながら必死に生きてきたんだ。幾ら俺がアホでバカに生まれついた小物だからって、この程度の浅知恵は回るようにゃなるんだよ。
 っつか、本気で頭イイ奴にかかると、多分、初見で見抜かれるし、『時を止める』なんて超能力、あてずっぽうで当てて来る奴は多そうだから気をつけたほうがいい。あまりチャラつかさないほうがいいぜ」
「あなたが喋らなければいい。永遠に口を閉ざして……」
「いいのか? 色々とお膳立てが台無しになるぜ? あんたにとっても、俺にとっても、これはチャンスなんだぜ?」

 沈黙。
 やがて……

「……ふぅ」

 溜息と共に、銃が下がる。……やれやれ、おっかねー女だなー、おい。
 で……ふと、時計をもう一度見直し、俺は真っ青になった。
 もう八時を回って、九時に近くなってる。

「……おなかすいた、お兄ちゃん。まだ怒ってる?」
「やっべえぇぇぇぇぇ! 沙紀、ごめん。すぐ作るからな、晩御飯!」

 エプロンを装備して、キッチンに立つ。今日は豚の生姜焼きとみそ汁とご飯だ。
 何とか気合を入れれば、二〇分もかからないで出来上がる!

 と……

「そうね、抱いても、いいわよ……」

 明らかに確信犯、かつ小悪魔的なスマイルを浮かべ、暁美ほむらが迫ってきやがった。

「ぶーっ!!」
「お兄ちゃん、抱くって?」
「沙紀っ、耳をふさいでなさい!!
 悪かった、悪かった! 沙紀の前でそーいう事すんなぁあああああああああっ!!」

 起伏が無い体型は、俺的マイナスポイントとはいえ、少なくとも、外見だけは濡れた黒髪の、美少女と言っていい外見である。
 そんなのに迫られたら、妹があらぬ誤解をしかねない。

「冷たい事言わないで、ねぇ。私が繰り返してきた中で、初めてあったオ・ト・コ・ナ・ノ♪」
「テメェ! その鹿目まどかとやらの前で、同じ事を言って見せろよ?!」

 沈黙。やがて……

「セクハラには気をつけなさい『魔法少年』。愚か者相手に、私は手段を選ぶつもりは無いわ」
「テメェが抜かすなぁああああああああああああああああっ! あと手段は選べええええええっ!!」

 しれっ、と元の調子に戻りやがって。
 これじゃ俺がバカみてーじゃねーか、まったく。……いや、馬鹿なんだけどよ。

「おら、とっとと、そこの栗鹿子喰ったら出てけ。俺と沙紀の二人分しか晩飯は無ぇぞ!
 それともオメーを俺らの晩飯にしたろか!? 見滝原のサルガッソー舐めんなよ!?」
「お茶が無いわね」
「っ……沙紀、もう一杯淹れてやれ」
「はーい」

 そして、俺は豚の生姜焼きに取り掛かる。本当は、スライスの豚肉をショウガダレに漬けておきたかったのだが、それもパス。
 味噌汁と同時並行で、何とか20分以内にデッチアゲた。
 で……

「……なんだ、まだ居たのか? メシは二人分しかネーぞ!」
「……いえ。お菓子、美味しかったわ。じゃあね」
「おう、用がすんだら、トットと出てけ出てけ! あと、部屋に武器返しておけよ!
 ……ああ、それと。どうやって来たかは知らんが、念のため帰りは『地面を歩いて帰れ』」

 立ちあがった暁美ほむらの腹がキュルキュルと鳴ってるのをガン無視して、俺と沙紀は遅れてしまった夕食に取り掛かった。

 ……本日の成果:なし。
 ……トータルスコア:魔法少女24匹、魔女(含、使い魔)53匹。
 ……グリーフシード:残14+1。

 本日の料理:豚の生姜焼き、味噌汁、ご飯。
 デザート:なし(栗鹿子、消滅)。



[27923] 第六話:「一人ぼっちは、寂しいんだもん」(微修正版)
Name: 闇憑◆27c607b4 ID:cb2385d9
Date: 2011/09/03 11:16
「……だめっ!! 絶対、魔法少女になっちゃ!」

 登校途中に、そんな声を聞いて振り向く。

「……巴、マミ?」

 通学路の途中で、何か、血相を変えた表情の巴マミが、例のルーキーとその友人に、真剣な顔で迫ってた。
 見ると、必死になって魔法少女になるのを止めているらしい。そして、何やら真剣な顔でルーキーに頭を下げ……こっちの目線に、気付かれた。

 その、何やら思いつめた表情に、俺は悟る。

 ……あー、こりゃ、あの馬鹿ネタヒントで、うすうす何か感づいたか?

 ま、彼女が絶望して魔女になろーが、ソウルジェム砕いて自殺しようが、俺が知った事ではない。ワルプルギスの夜相手に、彼女くらいのベテランが居れば心強いのだが、正味、魔法少女の真実を知った程度でブレるようなメンタルの持ち主なんぞ、はっきり言っていらない。
 あの絶望的な相手と戦ってる最中に、精神的に折れられて計算狂ったら、どーしょーもないからだ。最悪……というか、あの暁美ほむらと二人だけで挑む事になるのは、ほぼ確定だろう。
 折れぬ執念と、生き抜く図太さ、そして綿密に取られた対策。その全てをもってして、初めてワルプルギスの夜に対する勝機が見いだせる。そのどれか一要素でも欠けたのなら、とっとと逃げるが正解だ。
 そして、俺は、奴に再び挑む。……っつーか、挑まざるを得ない。
 なら、足手まといは邪魔になるだけである。

「……さあて、どーすっかなー?」

 あの暁美ほむらの時間停止の能力、俺の持ってる武器、火力。そして『切り札』……先程の巴マミの存在なんぞ、綺麗サッパリと頭から追い出して、様々な要素を勘案しながら、俺は学校へと足を向けていた。



「……おい、ハヤたん。ニュースだニュース!?」

 放課後。先に教室を出たはずのクラスの友人が、わざわざ教室に戻ってきて、開口一番。

「ん? なんだよ?」
「なんかさ、校門の所で、すげー綺麗な子が待ってんの! 見滝原中の制服で、モデルでもやってんじゃねーかっつーくれーの美人! 誰待ってんだろうな、あれ!」

 見滝原中で、モデル並みの美人さん? ……暁美ほむら、か?
 ……嫌な予感がする。
 何か、とてつもなーく。どこぞのそげぶ的に『不幸だーっ!!』とか言いたくなるような。
 あの女、何か厄介事を俺にまた持ち込んできやがったんじゃねーだろーな!?

「えーっと、それって、黒くて長い髪の毛の、無愛想な感じの子?」
「そうじゃねーよ、金髪縦ロールで、胸が大きくてさ! 襟章からして中三じゃねーのかな」
「あー、あれ、巴マミさんだよ。俺、見滝原中出身だから知ってる。結構有名人。すげー頭もイイんだよ」
「っかーっ! 俺らとイッコ下でアレかよ! ウチのクラスの女子共とマジ戦闘力が違うぜ。俺のスカウターが、そう言っている!」

 はい、俺、リアルに死んだー。
 とりあえず、向こうは『正義』を張り続けた最強クラスの魔法少女。
 こっちは外道と非道を繰り返してきた小悪党。加えて武器弾薬ソウルジェム一切なし。
 つまり、世紀末的死亡フラグな死兆星は、俺の頭上にバッチリ輝いていやがるぜ。ヒャッハー!

「じゃ、俺、先に帰るわ」
「何だよ、一緒に見に行かねーの?」
「遠慮しておく。例によって俺は妹の世話で忙しいし、例によってスーパーのタイムセールに間に合わせないといかんのだ」
「はぁー、シスコン兄ちゃんよー……少しは自分のために、青春つかってみたらどーだ? 高一で枯れ過ぎだぞ」
「そんな余裕、俺にゃあ無ぇよ。じゃーなー」

 さて。
 どーやって逃げ出すか。
 モヒカン革ベストで、バギーに乗ってマサカリ片手にヒャッハーとか言いながら逃げ出したい気分なのだが、あいにく、学校にそんなものは持ってきてない。
 ……一応、俺の縄張りの中なので、武器庫は各所にあるが、ソウルジェムも無いし、彼女程のベテラン相手では、即興的に安易な作戦で不意を突くのは無理だろう。
 あの圧倒的な火力を前に、俺が小細工を弄する暇や余裕を、与えてくれるとは思えない。
 加えて、彼女の武器は飛び道具だ。あのマスケットの射程が、どの程度かは知らないが、少なくとも破壊力から言って対物ライフルは超えそうだ。となれば、彼女からおおよそ1キロ以内は、キル・ゾーンの真っただ中と考えてもいい。
 とりあえず、ケータイを利用して地図を検索。学校を裏口から抜けて、直線ルートを回避しつつ遮蔽物を利用した逃げ道を探す。
 ……よし、このルートならば、逃げ切れる……かもしれん。ついでに、スーパーの中を突っ切る形で通らせて貰って、夕飯の買い物もできる。

「……さて、と。頑張りますか」



 そして……

「こんにちは」

 学生かばんと、徳用ピーマンとニンジンの詰まったスーパーの袋を手に、俺は呆然と立ち尽くす。
 はい、アッサリと見つかってしまいました。
 ってか、結構、複雑なルートを辿って、スーパーの中を、『ちょっとストーカーに追われてるっぽいんで、裏口から出ていいですか?』って言って、突っ切って逃げてきたというのに。
 自分の家の一歩手前で、確保されてしまいました。

「……どーも。で、どんな御用で?」
「この間の『虚淵』がどうとかという、ジョークについて。
 あれ、元はニーチェですね? 『wenn du lange in einen Abgrund blickst, blickt der Abgrund auch in dich hinein.(汝が久しく深淵を見入るとき、深淵もまた汝を見入るのである)』。
 ……ところで、『虚淵』って何ですか?」
「日本に数多住まう八百万の神々の中でも、最も邪悪な神の一人で、恐怖と絶望と絶叫の物語を描かせたら、右に出る者のない筆神様です。
 信者を公言すると色々と人格的なナニかをSUN(正気度)チェックされる程に邪悪な存在ですが、その魔性に魅入られて密かに信仰する者も少なくありません」

 ……実は、俺もその一人だったりします。というのは内緒だ。

「……ま、まあ、いいでしょう。
 重要なのはその前の一節。『Wer mit Ungeheuern kämpft, mag zusehn, dass er nicht dabei zum Ungeheuer wird.(怪物と戦う者は、みずからも怪物とならぬように心せよ)』
 あの場面で、私たち、魔法少女に投げかけるには、あまりにも重い意味の一言です。だから、あなたはオブラートに包んで次の一節を、更にパロディにして弄って口にした。違いますか?」
「……頭いいですね、原語でサラッと出るなんて。尊敬しますよ」
「からかわないでください。
 あの状況で、あなたのような言葉をとっさに出せるセンスは、私にはありません」
「最強無敵の『正義の味方』からすりゃ、俺はタダの小悪党ですからね。
 生き意地汚く悪足掻いてきたんで、余計な小知恵も回るってダケの話ですよ。で、本題は何ですか?」

 その言葉に、彼女が真剣な目を向けて来る。

「……あなたが知る、私たち魔法少女の秘密。教えて頂けませんか?」
「暁美ほむらに、尋ねればいい。彼女も知ってる」
「学校で何度も訪ねたのですが、教えていただけませんでした。そして、あなたに聞け、と」

 ……ちょっ! あの女っ、丸投げすんじゃねーよ!! 戦闘能力とか考えろよ! こっちは生身の人間なんだぞ!
 もし彼女がトチ狂って、暴れ回られたとしたら、今の俺には打つ手が無い。
 経験上、『正義のため』だとか『世界のため』だとかで頑張ってきたタイプの魔法少女ほど、この話を聞かせて足元から価値観崩壊して、発狂するケースが多いのだ。……まあ、その分、隙が突きやすくなるのは事実なんだが。

「……自殺した三人、ってのは嘘じゃないですよ? その死に様、全部語って聞かせましょうか?」
「構いませんわ。私の願った奇跡……何だと思います?」
「おいおい! 魔法少女の願った奇跡に踏み込むほど、俺は野暮じゃねぇぞ?」
「いえ、そう込み入った理由じゃありませんわ。『……死にたく無かった』それだけなんです」
「あー……そっか」

 事故か何かかな、とは、容易に推察がついた。実は、魔法少女になるのに、意外と多いケースだったりするのだ。
 このあたりに、あの悪魔の悪辣さが垣間見えるのだが……

「だから『死ぬしかない』なんて考えたりはしません♪ 安心してください」
「じゃあ……もし、あなたが。これまで戦ってきた『正義の味方』の存在意義を否定される事になったとしても?」
「っ……それは……」

 躊躇して迷う彼女に、俺は一つの推論を下した。

「察するに……あんた多分『サバイバーズ・ギルト』なんじゃねーのか? 結構多いんだ、そーいう『願い』で生き残った魔法少女に」
「サバイバーズ・ギルト?」
「大きな災害や事故なんかで、『自分だけが生き残ってしまった。自分だけ助かってしまった』人間が、それを『罪』と認識する意識。
 そのために、意味も無く自分を罰しようとしたり、あるいは極端な『正義』や過剰なボランティアに突っ走る。
 でも、どれだけ人を救おうが助けようが、心理的に本人はその地獄から逃げられないで、心身をすり減らして益々泥沼にはまっていく……そんな心理を『サバイバーズ・ギルト』っつーんだそーだ。
 思い当たる節、無いか?」
「……………」

 なんか、彼女の顔面が蒼白だが……まあ、正味、俺の知ったこっちゃ無い。
 問題は、俺がこの場をどう上手く切り抜けるか、だ。

「だから、もし、俺が口にする言葉が、仮にお前さんの『正義』を否定する内容だったとして、お前さん、それを受け入れられるのかい?」
「っ! ……うっ、受け入れるわ! 大丈夫……大丈夫よ!」
「そうかい……じゃあ、例えば、あなたへの加害者は、別の誰かの被害者だった。それとも知らずに、あなたは正義の味方として一方的に戦ってきたとしたら?」
「『怪物』とは、そういう意味ですか? あなたは魔法少女と魔女の真実を知って……っ!!」

 次の瞬間、巴マミの顔面は蒼白から土色気になり、足元をぐらつかせた。

「まっ……さ…か……」

 気付かれたか。まあ、ショーガナイ。

「すまないが、もういいか? 俺、沙紀の晩飯を作らないといけないんだ。肉じゃがは味を染み込ませのるに手間がかかるんでな」
「あなたは……じゃあ、沙紀さんは!」
「とっくに知ってるよ。ついでに姉さんは『もうなっちまった』」
「……ぁ……ぁ……」

 ガクガクと震える彼女を余計に刺激しないよう、限りなく普通に歩いて、俺は家の中へと入っていった。

「……お兄ちゃん?」
「沙紀、ソウルジェムをまわしてくれ! 彼女は『なっちまう』かもしれん」

 俺の言葉に、沙紀も真剣な表情を返すと、自らのソウルジェムを躊躇なく俺に手渡した。
 ロケーション的に、俺の家の前ってのは最悪だが、まあ、今まで無かったワケじゃない。
 俺は、手早く武器を整える。
 とりあえず、沙紀のソウルジェムから取りだした、パイファー・ツェリスカ……象狩り用の600ニトロ・エクスプレス弾を使用する、世界最大サイズの拳銃を握り締める。(マニアの人は、この銃が『拳銃かどーか』って定義については、後回しにしてくれ。少なくとも俺は『拳銃』として使ってるのだから)。
 理想を言うならば、ソウルジェムがグリーフシード化する直前に砕くのが、一番、抵抗が無くて楽なのだ。

 が……

 ピンポーン。

「!?」

 玄関のチャイムが鳴る。……玄関カメラを見ると、案の定、巴マミだ。
 唇も真っ青で、驚愕に体は揺れているが、それでも真剣な目線と表情で、カメラを見ている。

「……なんだ!? 魔女になるなら、出来れば他所でやれ!?」
「いえ……少し、お訪ね……いえ、答えて頂きたい事があります。入れていただけませんか?」
「……」

 さて、どうしたものか?
 理想を言うのなら、この場で問答無用で射殺すべき最大のチャンスなのだが、あいにくワルプルギスの夜戦が控えている。
 ……豆腐メンタル……ってワケでも、存外無さそうだ。
 その辺は、流石ベテラン。前の三人は、事実を知って、全員発狂して周囲を巻き込み自殺してしまったし。
 ただ、いつ崩れてもおかしくない状況なのは、事実。
 ……とりあえず、試してみて、発狂しても即ぶっ殺せるようにしておこう。

「ソウルジェムを出しな」
「え?」
「ソウルジェムを出しておいてくれ。何時でも砕ける状態にしてもらわなきゃ、家に入れるわけにはいかん」
「それは!」
「無理ならいい。俺が、お前さんの質問に答える義理は無い!
 こっちは、魔法少女の力を借りられるとしても生身なんだ。魔法少女を狩った事は確かに何度もあるが、エース中のエースな『正義の味方』相手じゃ、こっちの手管がどんだけ通じるかも分からん!」

 断られるだろう。
 それを前提に、俺は交渉を組み立てた。だが……

「!?」

 無造作に。
 自らの魔力の証である、ソウルジェムを手の中に出現させる巴マミ。
 ……馬鹿か!? こいつ!?
 俺がどんな悪党か、知ってるだろうに!
 『見滝原のサルガッソーの主』の悪名は、ある意味、好戦派で知られる佐倉杏子よりも酷い。むしろ残虐さではそれを遥かに上回る。
 佐倉杏子と違うのは、彼女が他へと積極的な攻勢に出て縄張りを広げるのに対し、俺は自分が決めた縄張りを徹底的に堅守しているという……逆を言えば、それだけなのだ。まあ、領土を広げられない理由というのは、幾つもあるのだが。
 それは兎も角。

「お願いします! 私は……私は、あなたの答えが知りたい!」

 どうも、彼女は諦める気配が無い。

「……入れ」

 扉を開けると、油断なくパイファーを、彼女の右手のソウルジェムに向ける。
 だが……ぽん、と。
 無造作に、彼女は自分のソウルジェムを、俺に手渡したのだ。

「……あんた、馬鹿だぜ?」

 そう言ってソウルジェムを受け取ると、俺は今度は銃口を彼女に向ける。
 だが、彼女は真っ直ぐに俺を見ていた。

「『見滝原のサルガッソーの主』だって、俺の事、知ってたはずだろ?」
「はい」
「なんで、ソウルジェムを俺に預けやがる!? ……言っておくが、これ割られたら魔力を失うとか、甘いもんじゃネェんだぜ?
 っていうか、魔力を失ったとしても、俺はあんたを見逃すほど、甘い人間じゃネェって知ってんだろ!」
「やはり、このソウルジェムそのものに、何か秘密があるのですね? キュゥべえに聞いても、はぐらかすばかりでした」

 やっぱりか、あの宇宙悪魔め……

「そりゃ、あいつははぐらかすだろーさ。絶望を回収して回る悪魔だもん。
 っつーか、絶望ってのは落差の問題で、会社の社長がいきなり平社員に降格されるのと、元から平社員だった人間。社長は絶望するだろーが、元から平社員なら絶望のしようもねー。
 あんたは、俺の言葉を知って『ヤバイ予感』ってもんに囚われながら、俺に聞きに来た。
 『何かあるかも』、『嫌な予感がする』、『お化けが出るかも』……そーいう人間ってのはな、実は答えの予感予想をしてるから、予想の範囲内なら、ある程度耐えられるし、耐えられそうに無いと判断すれば、その場から逃げだす。
 どっちにしろ、恐怖に対しての防衛本能が働くんだ。で、そんな防衛本能でガードが働いてる状態じゃ、アンタや俺みたいな、それなりに修羅場くぐってきた人間は堕とせないしな」
「絶望を回収して回る……悪魔、ですか?」
「まあな。
 あいつは、人間がぶっ壊れる最高の瞬間を狙って、絶望の種明かしをするんだ。
 よく『人間の感情が理解できない』とか言ってるが、『どういう刺激に対してどういう人間がどういう反応を人間が示すか』って統計の結果だけはしっかり蓄積されていやがるから、大体、どんな瞬間にどんな人間の中の絶望の針が振り切れる……つまり、魔女になるか、ってのは、分かってるんだよ。
 原子力の実際のシステムはどういうモノか知らなくても、原子力発電で日々電気の恩恵を受けているように。あいつは人間を、『よく分かんないけど、宇宙を伸ばす便利なエネルギー元』って見てるんだぜ?」
「そう……ですか。あの、魔女に……私も、なるのですか?」

 今すぐ堕ちそうな顔をしてる彼女に、俺は力強くうなずいた。

「なる。いずれは。
 次の瞬間かもしれない。明日かもしれない。来週かもしれない。そして……100年後かもしれない。1000年後かもしれない。
 何しろ、魔法少女が魔女になるまで、どんな人間が、どんな風にどんだけ生きたか、なんて魔法少女の来歴その他全部、それこそキュゥべえに聞くっきゃねぇんだが……そんなデータ、多分、あいつ出してくんなさそうだし、出したとしても恣意的で作為的なデータしか出さないだろ。
 契約1日で魔女になった記録とか、悲惨な死に様ばっかした連中をサンプルとして出したり、な。……俺が殺った記録出せば、何も知らんお前さんは、絶望するかもだが。
 兎も角、まあ、見た所、イイカンジに濁ってても、そこそこソウルジェムが綺麗だから、このままでも戦わなければ十日くらいは持つんじゃね? つまるとこ、お前さんの寿命なんて、俺の知ったこっちゃねーって事だ」

 ぽかーん、と。
 巴マミは俺の説明に、完全に呆けてしまった。

「あ、あの……じゃあ、沙紀さんのは?」
「ん、一緒だよ。沙紀がいつ死ぬか、魔女になるか。
 ……まあ、考えたらマジに泣きたくなるけどさ。俺が泣いたって沙紀の寿命が延びるわけでなし。
 泣くなら魔女になった沙紀を殺した後か、沙紀が魔女になる直前に殺す時か、死んだ後にするよ。他人事だもん」
「たっ、他人事!? でも……あの」

 俺の言葉に、巴マミが理解できない、って表情を浮かべる。
 無理も無い。俺のブラコンっぷりは、自分でもどうかしてる、ってレベルだしな。
 それをして『他人事』と言い切られては、ワケが分からないかもしれん。

「そう。だって俺が魔女になるワケじゃない。魔女になるのは沙紀で、それは沙紀自身が抱える絶望だ。沙紀のために戦う事は出来ても、根本的に向かい合わなきゃならんのは沙紀自身だ。
 そりゃ愛してるさ。たった一人の身内だ。命を賭けて戦えるか、って言われりゃ意地でも戦うさ。そのために、必死にもなる。
 でもな、結局、最後に、自分の命をどう使うか、ってのは自分自身が決めるっきゃねーんだ。
 俺は小悪党だからな。張れる命や時間のチップの量も限られてる。スッちまうの覚悟の上で『沙紀の人生』にチップ張ってんだ。スッちまうより張らないほーが後悔する博打だって分かってるからな。
 そして、その上で。
 俺が命を賭けた博打に対して、『沙紀自身はそれを俺に感謝する必要性は、全くない』と、俺は思ってる」
「なっ!」
「沙紀が俺に感謝の言葉を返すのは、『感謝されて嬉しがる俺を、沙紀自身が見たいから』だ、と俺は理解している。
 その程度にゃ、お互いがお互いを理解してる……あー、つもり、ではある。多分。……まあ、なんつーか。そんなわけで、ウチの兄妹は、ワリとそんな感じの勝手モンの兄妹なんだよ」
「……それが、あなたたち兄妹の倫理で、哲学……なのですか?」
「哲学なんて上等なモンじゃねーって。『テメーの命』っつーチップを、どう配分してどう博打にかけるかなんて、誰もが考えてるこったろ?
 例えば、あんたは『正義の味方』やってたワケだが、その『正義の味方』ってカンバンに、テメーの命のチップを、どんだけ賭けるかなんてのは、それこそあんた次第だ。
 つまり、どう足掻こうが、人生なんて博打の連続なんだよ……まあ、『キュゥべえ』に賭けて一発逆転ってのは、絶対お勧めしないな。オッズが高すぎる」

 と……

「お姉ちゃん、魔女になるの?」

 奥からやってきた沙紀が、じーっ、と巴マミを見つめる。

「……そうみたい」
「私もなるかもしれないの。でもね、お兄ちゃんが泣きながら約束してくれたの。
 怖くなって、『魔女になりたくない』って言ったら、魔女になる前にソウルジェム壊してくれる、って。あと『魔女になっても生きたい』って言ったら、『好きにしろ、でも、お兄ちゃんは沙紀に殺されるつもりは無い』だって」
「!! ソウルジェムを壊したら、魔女にならなくて……済むの?」
「……うん。魔女になる前に、苦しまず死ねるの」
「っ!!!!!」
「お兄ちゃんがね……たまーにやるよ。ソウルジェムを狙って、沙紀を殺そうとした魔法少女を殺していくの。
 私は殴ったり叩いたり殺したりなんて怖くてできないし、お兄ちゃんにも本当はやめてほしいけど……でもね、お兄ちゃんが、大好きなの。美味しい和菓子とか食べさせてくれるし、悪い事すると時々怒るし、怖いけど、普段は優しいから。
 だから、最後の最後まで、ずーっとお兄ちゃんと一緒に居たいの。
 そう言ったら、『じゃあ、ずっと沙紀で居るように、最後が来ないように、お兄ちゃんがんばる』って。ずっと頑張ってくれてるの。
 だから、最後にどっちにするかは、最後の時に決めようと思ってるの」

 次の瞬間、巴マミが、その場に泣き崩れた。
 その頭を、沙紀が抱きしめて、撫でる。

「っ………っ………」
「死んじゃうのも、魔女になるのも、怖いよね……でも『魔法少女』って大変だけど、お兄ちゃんみたいに、回りの人間も大変なんだよ?」
「……私……周りに誰も居ない……私だけ、キュゥべえに助けてって……死にたくないって……なんで、なんであの時……パパと、ママを……」
「じゃあ、魔女になる?」
「それも嫌!」
「じゃあ、魔女にならずに死なないように、お姉ちゃんもがんばらないと。
 はい、がんばれー♪」
「っ…………!!」

 声に成らない嗚咽と共に……巴マミのソウルジェムの濁りが、僅かながら薄れて行く気がした。

「お姉ちゃん、私、頭撫でてあげるくらいしか、出来ないけど……がんばって。もう私は『正義の味方』にはなれないけど、同じ『魔法少女』だから、応援してる」
「……ごめんね。ごめんね……少し……もう少し、このままで……」

 やがて、ひとしきり泣きやんだ後。
 彼女は、俺を見据えて、言い切った。

「私は、死にたくない。魔女になりたくもない。
 でも……魔女に親しい人が好き勝手されるのも、親しい人が魔女にされるのも、自分が魔女になるのも、我慢ならない!」
「んー、それがお前さんの答え?」
「私が叶えた願いなんて……最初からあったのよ。
 死にたくない。
 それを思い出せば、『自分自身も含めた魔女』に、その……あなたたち、悪党流に言うなら『喧嘩売りながら』生きてやろうかな、って……覚悟、決めちゃった」

 気がつくと……ソウルジェムの濁りは、ほとんど消えて無くなっていた。

「あっ、そ。んじゃあさ、超ド級の魔女が、暫くしたら来るっぽいんだけど、一緒に喧嘩、売りに行く?」
「超ド級?」
「ワルプルギスの夜」

 俺の言葉に、マミが絶句する。
 が……次の瞬間、不敵極まる笑いを浮かべ……

「いいわ。乗った! その喧嘩、一緒に売りに行きましょう!」
「よし、契約成立!」

 その言葉と共に、ぽん、と彼女に、ソウルジェムを返す。

「やー、良かった!
 戦力になりそうに無いなら、後腐れが出る前に、早々にブッ壊そうかと思ってたんだ、お前のソウルジェム♪」
「……は?」
「『全ての魔女に喧嘩売る』覚悟キメたんだろ? 二言は無いな?」

 イビルスマイルを浮かべて嗤う俺に、暫し、その言葉の意味を彼女が理解する間が空き……

「あっ、あっ、あっ……あなたって人はっ!! 何考えてるんですか!!
 これじゃ、あなたもキュゥべえと一緒じゃないの!! っていうか、本気で壊す気だったでしょう!?」
「有効な手段だからな。使わせて貰った。っていうか、古参のベテラン魔法少女なんて、そうそう殺るチャンス無いし。
 ワルプルギスの夜が来ないんだったら、寝言吐いてる間に壊してたさ」

 蒼くなったり紅くなったり、なんか複雑な表情で、巴マミが俺を見ていた。

「だって、沙紀以外の魔法少女なんて、大概邪魔だし、魔女になるまえに殺したほうが手早いかなー、っつーか、悪党なんて何時裏切るか知れないんだから、気をつけたほうがいいって言ったろ。
 ああ、あとはー……お前さん程の大物が死んじゃうと、後継の縄張り争いで、このへん戦国時代になりかねないから、少し躊躇はあったか。特に、佐倉杏子とは、あまり関わり合いになりたくないしな。
 まー、ワルプルギスの夜戦をどー超えるかなんて相談もこれからだがな。どー戦えばいいのか、見当もつかん相手だし」

 と、立ち直ったのか。元々の回転の良い頭を働かせたマミが、俺に釘を刺しに来た。

「待った! 一つ聞かせて。あなたのような自己と妹の保身にしか興味の無い悪党が、何でワルプルギスの夜に挑むなんて言い出したの?」
「暁美ほむらに脅された。色々と、な……まったく、アイツこそヒデェ悪党だと思わないか!?」

 俺の言葉に、巴マミがとうとう引きつった顔を浮かべた。

「は、は、ははははは……あなた……ワケが分からないわ。
 何? すると私に色々答えてくれたのは、ワルプルギスの夜と、私を戦わせるためだけに?」
「言ったろ。悪党なんざ、信用すんなってね。ある意味、俺もキュゥべえも同類だしな。
 安心しろ。ワルプルギスの夜と戦うまでは、俺は逃げらんないんだから。コトの真偽を疑うなら、暁美ほむらに聞いてみな」
「是非、そうさせてもらいますわ。まったく……」

 と……

「お姉ちゃん、あがって。お茶とお菓子が入ったよー」
「おい! 沙紀、お前が楽しみにしてたカルカンじゃねーか。いいのか?」
「いいじゃないのー。お姉ちゃんと、こー……もっと、『魔法少女』として、腹を割って話がしたいのー」
「沙紀! 必要以上に慣れ合うと、コイツが魔女ンなった時に『引っ張られる』ぞ!」
「いいじゃない。一人ぼっちは、寂しいんだもん」
「……チッ! だ、そうだ。どーする?」

 パイファーをソウルジェムにしまいこんで沙紀に返すと、巴マミに俺は問いかけた。

「是非」
「あ、お兄ちゃん。お姉ちゃんの分の晩御飯も、おねがーい! 出来たら、今晩泊まってってもらおうよー」
「なっ! おっ! 沙紀!」
「マミお姉ちゃんと、いっぱいお話ししたいのー!」
「…………………好きにしろ! ああ、巴の。分かってると思うが、うちの妹に危害を加えたら」
「もとから『見滝原のサルガッソー』を、敵に回すつもりは無いわ。……結構、怖かったんだからね。ここまで来るの」



[27923] 第七話:「頼む! 沙紀のダチになってやってくれ! この通りだ!!」
Name: 闇憑◆27c607b4 ID:cb2385d9
Date: 2011/09/03 11:19
 姦しい、とはこの事であろう。
 俺が立つキッチンとは反対のリビングで、沙紀と巴マミが、何やら、野郎にゃついていけない他愛も無い内容の話を、おおはしゃぎで交わしてやがる。
 で、こんな時、手持無沙汰な男たる俺に出来る事は、給仕に徹するくらいだ。ただ……柄にもなく嬉しそうな沙紀の表情と言葉は、ついぞ俺が最近見た事の無い、笑顔だった。

「……」

 気を取り直し、冷めた蒸し機の中を見ると、カルカンはもう二切れ分。
 ……まあ、一応、客人だしな。
 漆塗りの皿に乗せて、追加のカルカンを持っていく。

「ほれ、茶菓子の追加だ」
「あの、これ、どういう名前のお菓子なんですか?」
「……不味いか?」
「いえ、すごく美味しくて。これを、あなたが?」
「カルカン。鹿児島の郷土菓子だよ。山芋と上新粉、砂糖と卵と水で作る、シンプルな代物だ。誰でも作れる」

 そう言うと、急須に茶を追加してやる。

「お兄ちゃん、他にもいっぱい和菓子の作り方、知ってるんだよー。将来、和菓子屋さんになるんだ、って」
「それで、この腕前?
 ……ちょっと、趣味の領域超えてるわ」
「趣味だよ。プロは多分、冗談以外でこんなモン作んねー。
 材料費考えたら、一個あたり相場の倍に設定しても採算取れるワケねーからな。店が潰れちまうよ」

 技術と味の向上のため、コストパフォーマンス無視で、ひたすら理想を追求した趣味の代物である。金銭を得るための『売り物』という概念からは外れてるのだ。

「じゃ、今から飯作るが。……喰ってくな?」
「え、ええ……頂きます」
「了解。三人分なんて、久方ぶりだな」

 さて、本日のメインメニューはチンジャオロース。肉じゃがの予定だったが、煮込んで味を染みさせる時間が足りなくなったので、また後日にした。
 ピーマン嫌いだとかニンジン嫌いだとかぬかす沙紀だが、そのへん俺は一切の容赦も遠慮も無い。食いもんの好き嫌いは、絶対に許さん、と常日頃から躾けてあるのだ。
 ジャージャーと中華鍋の中で油の弾ける音の背後。沙紀と巴マミとの、野郎が付け入る隙一切無い女子トークは続いてる。
 ……よし。
 あとは、中華風の卵スープと、ご飯で、完成。

「飯だぞ」

 ガールズトークに割り込むように、カンカン、と中華鍋を叩き、でかい皿にチンジャオロースを盛り、各人の取り皿を出して、スープ、ご飯と配膳する。
 で……案の定、肉ばっか取ろうとする沙紀の器に、キッチリと野菜を押しこむ。

「やーっ!! ピーマンやー!!」
「だめだ。食え」
「ううううう、お兄ちゃんのいぢわるー」
「何とでも言え」

 と。

「そうよ、沙紀ちゃん。好き嫌いはしちゃダメよ?
 こんな美味しい料理とお菓子が作れるお兄ちゃん、貴重なんだから」
「うううううー、マミお姉ちゃんまでー!」
「食え」

 俺と巴マミの二人がかりで、追いつめられた沙紀が、とうとう涙目で叫び出す。

「お兄ちゃんの鬼ー! 悪魔ー! 魔女ー!」
「何とでもいえ。あと、一応男なんだから魔女は無いだろ、魔女は」
「うーっ! じゃあ、じゃあ……お兄ちゃんなんか、30超えるまで童貞で魔法使いになっちゃえばいいんだー!!」
「ぶーっ!!」

 卵スープを吹き戻しかけ、俺は絶句する。

「さっ、沙紀! どこでそんな言葉憶えてきやがった!!」
「えっと……忘れた♪ ところで『童貞』って、なに?」
「…………………魔女でも魔法使いでもいいから、とにかく喰えっ!」

 真っ白になりかけた食卓の空気を強引にチンジャオロースに引き戻し、俺は沙紀の器に追撃の一杯を盛りつけた。



 食事後のまったりした空気の中。あいも変わらず、巴マミと沙紀は、俺が皿洗いと片付けに勤しむ中、女子トークを交わしてやがった。……正味、ついていけん。
 そして……

「ん、もう時間ね。そろそろ、お暇しようかしら」
「えーっ、もっとお話ししてよー。泊まってこーよー」
「そうね。でももう帰らないと。縄張りの巡回があるの」
「……むー」

 その言葉に、沙紀も不承不承うなずくと、玄関口で、見送りに来る。
 
「じゃあねー、お姉ちゃん」

 その沙紀の、さびしそうな顔を見て……俺は、一つの覚悟を決めた。

「待った。お前さんの縄張りまで、送る」
「え? じゃあ……」

 沙紀が、慌ててソウルジェムを手にするが……

「いい。ちょっとそこまで行ってくるだけだ」
「……お兄ちゃん?」

 この魔法少女が最も活発に活動する時間に、ソウルジェムを手にせず、外に出るなど自殺行為だ。
 まして、隣に居るのは、俺のような悪党の天敵。その天敵相手に、俺は……ええいっ! 沙紀のためだっ!

「……絶対、帰ってきてね」
「安心しろ。お兄ちゃんは無敵だ♪」

 頭を撫でて、俺は玄関の扉を開けた。



「……で、沙紀ちゃんに聞かせられない話が、私にあるのでしょう?
 しかも、ソウルジェムも武器もない、丸腰で」
「ああ」

 玄関を出て、道を歩きながら。
 俺と巴マミは、言葉を交わす。

「もし……『正義の魔法少女』として、皆殺しの『暗殺魔法少女』を狩りに縄張りに来るようならば、俺はお前に対して容赦する事が出来ネェ。最強相手に、最弱にそんな余裕もあるわけがない。全力で、殺しに行くしかない」
「……そうね」

 対、ワルプルギスの夜戦に向けての同盟は組めたが、本来、敵対する立場な事実に、変わりは無いのだ。
 闘いが終わって生き延びた段階で、彼女と俺はまた敵対する事になる。
 だが……

「ただな……沙紀のあんな楽しそうなツラ見たの、久方ぶりだったよ。アイツが魔法少女になってからは、ついぞ見た事が無い。
 つくづく思い知ったよ。
 俺は沙紀のために戦う『兄貴』にはなれても、『友人』にだきゃあ、なる事が出来ネェんだ。ってな……
 ……そんでな。『御剣沙紀の友人』ならば、俺ん家に迎える事にゃ、吝かじゃねぇ」

 さあ、勝負ドコだ。
 俺は、その場で向き直ると、両手を地面について、頭を下げる。

「頼む! 沙紀のダチになってやってくれ! この通りだ!!」

 勢い余って、ごんっ、とアスファルトに頭ぶつけて痛いが、この際それは問題ではない。
 暫しの沈黙。そして……

「……ぷっ……ふふふふふ、ははははは!」
「っ!!」

 ダメ、か! ……ああ、死んだな。

「ああ、あなたは本当に、沙紀ちゃんにとって『無敵のお兄さん』なんですね。
 ……一つ、条件があります」
「……なんだ?」

 そう言うと、彼女が俺の目を見て、一言。

「私が、魔女になりそうになったら、ソウルジェムを砕いて、殺してもらえますか?
 また、もし、それが間に合わなくて魔女になったら、私を殺してもらえますか?」
「……手段問わずの、奇襲、暗殺込みで良ければ」
「OK、契約成立です♪」

 にこやかに微笑む彼女。

「ああ、それと……妹さんが心配なのは分かりますが、過保護なのは、ね。
 心配しなくても、とっくに沙紀ちゃんと私は、友達ですよ♪」
「……え?」

 にこにこと、悪党から一本取った、って顔をしていやがる『正義の味方』。
 まったく……

「そういえば、あんた。暁美ほむらや、あのルーキーと一緒に、どうやって俺の家を知って、やってきた?」
「キュゥべえからの情報です。それが……何か?」
「……ああ、やっぱり。奴ら相手なら、しょうがないか」

 あの無限に湧き出す最悪悪魔が、俺の縄張りに入ってきたという意味は……

「まっ、この辺からなら大丈夫だろ。じゃあな?」
「待ってください。今、あなたは丸腰なんでしょ? もし、今、他の魔法少女が狩りに来たら」
「安心しろ。ココをドコだと思ってやがる? キュゥべえに潰された分も、もう『8割がた回復したしな』」

 と……

 ズドーン!! という、遠雷のような轟音が、あたりに響いた。

「おー、早速、馬鹿が気取って引っかかったな」
「何……ですか?」
「何、簡単な事だ。電信柱と電線に細工してな。
 架空線の6千ボルトを踏み抜いたら、感電するよーに細工してあるんだ」

 その言葉に、巴マミが蒼白な表情になる。

「……なんだ、知らなかったか?
 電線ってのは、当然電気が通ってるんだぜ? 家庭用の供給電力は100ボルトだが、電信柱の一番上を通ってる電線は、6千ボルト級の高圧電流だ。そいつをトランスで変換して各家庭に供給してんだぞ?
 無論、漏電しないように何重にも防護してあるし、大体ショートしても1秒かそこらでシステム的にストップがかかるが、それでも普通の人間ならほぼ死に至るか、重度の障害が残るか。踏み抜いたのが魔法少女でも、ボロ雑巾で暫く動けネェ。
 あーあー、しかし感電だけで済むはずが、ご近所停電までいってるとこ見ると、全力でショートさせやがったな。こりゃ、電力会社がやってくるから、また仕掛けを弄りなおさんといかんわ」
「まさか……」

 笑いながら、俺は彼女に言う。

「電線、電柱の上、家の屋根の上……『魔法少女が通りそうな道』には、殆ど仕掛けがしてあるからな。
 ……言っただろ? 『魔法少女としてやって来るならば消すが、沙紀の友人としてなら歓迎する』って、な。
 どうやってウチ来たか知らんが、運が良かったなお前さん。トラップを知らずに、正解ルートを辿ってたのかも知れんぜ?」

 これが、経験だけは無駄に積んできた弱者たる俺の戦い方であり……まあ、逆を言えば、それだけなのだ。
 俺が縄張りを広げられない理由の一つが、このためである。
 キュゥべえによる強行偵察を警戒しながら、トラップの維持管理が出来るのは、この小さな縄張りだけで限界なのだ。
 その証拠に、先日、あの三人に押し込まれた後に調べたら、大量のキュゥべえがトラップに引っかかっていやがった。恐らく、物量を利用して無理矢理トラップを蹂躙、解除し、三人を突破させたのだろう。
 その結果、翌日に暁美ほむらの侵入を、アッサリ許してしまっている。『潰されるのは勿体ない』と奴らは言うが、『リスクに見合うのならば幾らでも死んでも良い』というわけだ。
 まったく……あの悪魔、実にタチが悪い事、この上ない。
 ……とりあえず、必死になって8割がたはトラップを回復させはしたが……またキュゥべえとのいたちごっこなんだろーなー。

「この場所が『見滝原のサルガッソー』とか呼ばれてる理由も、あなたが『魔法少女の天敵』と言われてる意味も、よく分かりました。沙紀ちゃんの友人としてではなく、一人の魔法少女としても……あなたとは敵対したくはありませんわ。正直」
「最強にそこまで言われるたぁ、光栄だが、あいにく俺は沙紀の事で手一杯な、タダの『普通の男』だよ。
 ンじゃあ、な、『沙紀の友達』。俺は今から哀れな『魔法少女』を狩りに行く」

 そう言うと、俺は巴マミに別れを告げ、家路へと向かった。


 ……本日の成果:なし(沙紀の友達一人、追加)。
 ……トータルスコア:魔法少女24匹、魔女(含、使い魔)53匹。
 ……グリーフシード:残14+1。

 本日の料理:チンジャオロース、中華風卵スープ、ご飯。
 デザート:なし(カルカン、消滅)。



[27923] 幕間『元ネタパロディ集』(注:キャラ崩壊
Name: 闇憑◆27c607b4 ID:cb2385d9
Date: 2011/05/22 16:31
 これより先、狂った楽屋ネタというか、キャラ的ネタ元のパロディが続きます。
 作品世界とか価値観とかシリアスな空気とか、いろんなもんが完膚無きまでぶっ壊される恐れがありますので、そういうおフザケが嫌な御方は、パスして読み飛ばしても全く問題ありません。



















 OK……後悔しないでくださいね。
 多分……わけがわからないよ?



















 CM 


 ナーイスバディとノーバディ!! 
 イカすブロンド、男と駆ける!!
 ティロ・フィナーレ乱れ撃ち!!
 知恵と、度胸と、根性で、あのデカブツ(ワルプルギスの夜)を受け止めろ!!
 木曜闇憑プラス『続・殺戮のハヤたん-地獄の魔法少年-』
 死地月二十死地日、発売予定!

 野郎主役で、萌えは無し!!
 ほむほむを見たら、泥棒と思えっ!!


 CM終わり


















 荒れ果てた荒野の中。かつて存在したビル群の残骸にすがりつくように、無数のバラックが立ち並ぶ。
 そこは、『町』と呼ぶにしても、余りにも荒み過ぎていた。
 無造作に打ち棄てられた死体や、あるいは死体になりつつある者を前にしても、人々は何の意識もなく通り過ぎる。
 血痕や暴力の痕跡は、それが何かの障害でない限り放置され、消される事も無い。

 わきわきマスコット村。

 山田中王朝が支配する、『セイント☆まほー王国』の中に数多存在するマスコット自治区の中でも、最も荒み、危険な場所として知られるスラム街だ。
 その村の一角の飲み屋で、コーヒー牛乳をちびり、ちびりと飲むマスコットが一人。
 歴戦の傷と深い皺。それに鋭い眼光のそのマスコット――ハヤたんは、ただ無言で猪口を傾けていた。
 と、そこへ……

「兄ぃっ! ハヤたんの兄ぃっ! たっ、たっ、たっ、大変だーっ!!」
「……五月蠅ぇよ、ピルル。静かにしろぃ。何があった?」
「せっ、セイント☆まほー王国の軍勢が、村の周囲に!」

 このところ、過激さを増しているスラムの掃討作戦。
 王国のトップである王女の地位が代替わりしてからの、過激なテロリスト弾圧作戦の矛先が、このわきわきマスコット村にも向けられたのだ。
 が……

「慌てんじゃネェ。連中の目的は、多分、俺だ。
 そして……」
「久しいな、ハヤたん。相も変わらずの無頼か」

 『セイント☆まほー王国』の王女たる、絢爛な衣装。
 この国の絶対専制君主にして女王『山田中ふにえ』が、その存在感に比してはあまりにも不釣り合いな、アバラ家の扉を開けて入ってきた。

「これはこれは、ふにえ様。
 このようなむさ苦しい所に……ああ、申し遅れましたが、女王としての即位、おめでとうございまする」
「ふん! ……余に仕えたマスコットとしての栄達栄華に背を向け、セイント☆まほー王国マスコット教導隊の指揮官の地位も捨てて、このような場所でくすぶるとはな」
「お言葉ですが、女王陛下。この無頼は生来のもの。
 かつて、あなた様が、まだ一介の魔法少女で後継候補の一人で在った頃の事を、忘れたわけではありますまい?」
「忘れてはおらぬ。『雲』のハヤたん……魔法少女として、貴様をお供にするのには、文字通り骨が折れたわ。
 だからこそ、また、こうして余自らが、足を運んだのだ」

 その言葉に目を細め、遠い目でこたえるハヤたん。

「お懐かしぅございますなぁ。あれはもう、何年……いや、十何年前の事か。
 私との戦いの中で会得された対軍関節技『プリンセス☆ローリングクレイドル』の威力。御身の威光と共に鳴り響いておりますぞ」
「ふん、今にして思えば、壮大な無駄であったわ。
 先日も、単騎反政府ゲリラの基地に乗りこみ、頭目を締め上げたのだが、秒間七千回転程度で骨格どころか肉片になってしもうてな。
 仮にも、元魔法少女としてパンチラシーンのファンサービスこそ忘れぬツモリではあるが、それ以前に技を最後まで決め終える前に『無くなってしまう』相手ばかりでは、意味の無い技というもの」
「一介の魔法少女の頃であったのなら兎も角、今の陛下の御力で全力を出されては、耐えられる者などおりますまい。あの当時ですら、私で在ったからこそ耐え抜けたようなモノ。
 ……思い出しますなぁ。秒間一万六千回転で、全てを蹂躙する肉車輪となり、かつて王国一の繁華街であった、このわきわきマスコット村を壊滅させた事を」
「ふっ。最大威力のナパームストレッチから始め、V-MAXの領域まで耐え抜けたのは、ハヤたん。今までそなただけよ」

 ハヤたんの耳には、潮騒の如く今も残る。
 砕ける全身の骨格、すり減る肉の感触。そして『AAAALalalalalaie!!』と叫ぶ、目の前の王女……かつての魔法少女の、王気溢れる蛮声が。

「して。用向きは?
 何も、かつての己のマスコットと昔話をするために、女王となられた御身自らが、このようなむさ苦しい場所に足を運ばれたワケではありますまい?」

 先を促すハヤたんに、絶対専制君主ふにえが、とうとう本題を切りだした。

「……ハヤたん。
 うぬは、近頃、魔法少女たちを震え上がらせている『キュゥべえ』なる存在を知っているか?」
「噂程度には。
 なんでも、魔法少女に契約を迫り、絶望と奈落へと堕としめるペテン師。……噂によると、かの暗黒筆神、虚淵の眷族とか」
「うむ。どう思う、ハヤたん?」
「はてさて……かの偉大なる神々に連なる者に対し、一介の無頼マスコットたる私が、どうこう言う余地などありませぬな」
「……では、そなたがキュゥべえで在ったとして、余を魔法少女にしようとは思うか?」
「思いませんな。そもそも、元より『魔法少女』な存在を、さらに魔法少女にしようなどとは」
「用向きは、それよ」

 怪訝な顔で、かつての主を見つめるハヤたんに、ふにえが続ける。

「ハヤたん。元、魔法少女として命ずる。
 かの世界に赴き、キュゥべえに誑かされた魔法少女たちに、生き抜く修羅を叩きこめぃっ!!」
「っ!! バカな……確かにキュゥべえは虚淵の眷族かもしれませぬ!
 しかし犠牲者の魔法少女は、全て天帝うめの生み出せし萌えキャラたち! 我々の如き外道修羅道を征く者とは、根本の構造が違いまする! 星を軽く撃砕する砲撃冥王ならば兎も角……」
「構わぬ。誰かに救われたいなどと望む甘えた心根を断ち切り、己自身を救う事を憶えねば、かの暗黒神に連なる存在の食い物にされ続けるだけよ。どのみち、遅かれ早かれ壊されるのなら、早い方が良かろう」
「世界が……いや、全てが崩壊しますぞ!?」
「安心せい。貴様が赴くのは、かのキュゥべえがはびこる、無数の並行世界の一つ。
 一個や二個壊れたところで、問題など生じぬ。それで一つでも結果を出せれば、上々よ」

 その言葉に、ハヤたんが凄絶な笑みを浮かべて、嗤う。

「……死地、でございますな」
「苦労をかける」
「それだけではございませんでしょう?
 最近、反山田中フニエ体制運動が、形を作り始めてまする。
 私を無頼にして野に置くと、いつその旗頭にされるか……」
「ふっ、読んでおったか」
「読めませぬからなぁ。私が、私自身をも。
 次にどこで何をやらかすやら」

 どこか楽しそうに遠い目をするハヤたんに、この冷酷な絶対専制君主が、また薄く嗤った。

「では、その『雲』の動きを縛るとしようではないか」

 そう言うと、トテトテと一人の少女がやってくる。

「ハヤたん♪ 久しぶり!」
「こっ、これは! サキ姫殿下! 何故ここに……はっ! ふにえ様、まさかっ!!」

 かつて自分になつき、また憎からず思い、可愛がっていた少女の姿に、驚愕するハヤたん。
 その二人に、更にふにえが冷酷に告げる!

「連れて行けい! 我が末娘も、そろそろ『魔法少女』としての修行の時期よ」
「……かっ、かの虚淵の眷族がはびこる修羅地獄に、あえて叩きこむとおおせか!?」
「それを乗り越えられぬのならば、我が血族に連なる者とは言えぬ!」

 きっぱりと言い切る絶対専制君主。
 かつて、マスコットとして使えた主の姿に、ハヤたんは戦慄した。

「それに、こうでもせねば『雲』の動きを縛る事など不可能よ。のう、ハヤたん?」
「……はっ、ははぁっ!」

 平服するハヤたん。せざるを得ない。
 と、同時に、自分が魔法少女のマスコットとしての本懐を遂げたのだ、という思い。そして、また新たなるマスコットとしての任地に、胸が躍るのを抑えきれなかった。
 ……それが、自らの命を捨てねばならぬ、死地と知って、なお。無頼を気取る彼もまた、真の『マスコット』であった。

「征けぃ! ハヤたん!
 立ちふさがる全てを薙ぎ倒し、かの地に赴き、豆腐メンタルな魔法少女たちに、修羅の心得を叩きこめぃっ!」
「はっ!! これより、ハヤ・リビングストン、サキ姫殿下と共に人間として転生し、任地に赴かせていただきます!」
「うむ。侍従長のサエコが先に行っておる。先任の下士官として、存分に使いこなすがよい!
 ……ふっ。かつての魔法少女からの、余の芳心。存分に受け取るが良いわ、くはははははははは!!!」

 ばさりっ、とマントを翻し、扉から出て行くふにえの姿を、ハヤたんは姿が見えなくなるまで平伏しながら見送っていた。

 ……芳心っつーか、ぜってーありがた迷惑だろーなー、多分……とか思いながらも。



[27923] 第八話:「今宵の虎徹は『正義』に餓えているらしい」
Name: 闇憑◆27c607b4 ID:cb2385d9
Date: 2011/05/29 09:50
「……なんだ?」

 何かこう、キュゥべえよりもっと理不尽な、意味不明でワケの分かんない夢を見た気がする。

「……漫画の見過ぎだな。まったく」

 とりあえず昨日、悶絶して動けなくなってた魔法少女の一人を『魔女の窯』に放り込んで処理した後。
 緊張疲れから、泥のように眠ってしまったのだ。

 ……怖かった。今思い出すだけで怖い。最強クラス相手に丸腰ですよ、俺?
 殺されたって、おかしくなかったんだし。
 思い出すと、本当に背筋が凍る。こんな小悪党のドコに、あんなクソ度胸があったのやら。

「っていうか、暁美ほむらの奴、完全にウチに丸投げしやがって……ん?」

 待った?
 もし、仮に。奴が本当に、時間遡行者だったとして?

 ……ひょっとして『なんべん繰り返しても、手に負えない』から、俺に丸投げした可能性は無いか!?

 あいつは、俺の事を『初めての事』とか言ってた。
 つまり、俺の存在や行動、動向は、彼女にとって予習出来ない存在だった……んだろう。かなりの不確定要素なハズだ。
 あれやこれや突っ込んで聞いてきたのは、多分、二週目の周回で、俺に遭遇した時のためだとして……

「あっ、あっ、あっ……あの女っ! まさか!!」

 自分がトンでもない死地に居た可能性に、顔面が更に蒼白になる。
 魔法少女の真実を知って、耐え抜ける人間なんてそうはいない。つまり、巴マミも狂乱して自決したり魔女になったりする可能性だって、間違いなくあったハズなのだ。むしろ、この推論が正しいならば、その可能性はかなり高い!
 ぶっちゃけて言うならば『運が良かっただけ』……冗談ではない!!

「……沙紀。頼みがあるんだが、今日、学校休んでくれないか?」
「ふへ?」

 コトの真偽を問い詰める覚悟を決めると、俺は、普段あまり使わない武装――『切り札』をチョイスし、沙紀のソウルジェムを手に家を飛び出した。



「……で? わざわざ沙紀さんの学校を休ませて、テレパシー使って、こんな所に呼び出すなんて、何の御用?」

 『甘味所』の暖簾がかかった、ごく小じんまりした店舗の奥。
 茶室にも使えそうな小さな個室で、俺は暁美ほむらと対峙していた。

「お前、巴マミが爆弾だって知ってやがったな?」
「ええ。それが?」
「知ってて俺の家に送り込んだ」
「私の所で暴発されても、迷惑だもの。当然でしょ?」

 ……この言葉だけでも、同盟破棄の理由には成り得るのだが、問題はそこではない。

「違う。お前は『100%暴発されるよりも、未知数の可能性に賭けた』。俺個人のリスクは省みずに」
「……………」

 彼女が繰り返しの住人ならば、これから起こり得る厄介事を、影から俺に押しつけ続ける事も、不可能じゃないのだ。
 何しろ、俺という不確定要素があるとはいえ、未来に起こった事をある程度知っているわけだから。

「……前、お前言ってたよな? 『巴マミは、あの段階と状況だと、シャルロットに喰い殺される末路を辿るハズだったのに、何故か生き延びた』って」
「ええ、それがあなたが変えた未来……」
「違う! ネックはソコじゃねぇ。『あの段階と状況』って事は……もしかして……いや、当然ながら『他の段階と他の状況で』彼女が暴発したりする事も、あんた知ってたんじゃねぇのか?」

 俺の突っ込みに、彼女はさらっと答える。

「……答える必要は無いわね」
「YES、って答えてるよーなモンだぜ、テメェ……」

 睨みつける。もうそれ以外出来ない。

「はぁ……あなたは、どうしてこう厄介な事に、いつも気づくのかしら。
 御剣颯太、あなた、鋭すぎるわ」
「厄介なのはテメェだボケ! 未来知識持ってて時間止められる魔法少女なんて、俺からすりゃ反則もイイトコだ!
 はぁ……ベラベラ自分の経歴、喋るんじゃなかった」

 お互いに、深々と溜息をつく。

「……殺すか? 鹿目まどか」
「殺しましょうか? 御剣沙紀」
『デスヨネー?』

 お互いにハモってさらに溜息。
 まったくもって、厄介きわまる相手に絡まれたモノである。

「……っていうかさ。俺がお前さんの不確定要素だとして。
 巴マミが暴発して俺や沙紀が殺された後の事って、考えてたの?」

 と、途端に目を潤ませて、俺の右手を両手で掴み、さらに斜め四十五度な上目遣いで。

「あなたなら出来ると信じてたの♪ 私の運命の人♪」
「……本当は、おめー、死んだら死んだでしょーがないとか考えてたろ?」
「……やっぱり鋭いわ、あなた」

 この女っ!!
 マジで鹿目まどか以外、眼中に無ぇ。っつーか無さ過ぎる!!

「一個だけ……一個だけ約束しろ、暁美ほむら! 無断で俺を試すな!
 お前にとっちゃあ、繰り返しの何回かにしか過ぎないかもしれんが、俺にとっちゃ人生一度っきりなんだよ!
 ……でないと、マジでテメェをどうにかせにゃならん」
「どうにか、って? 例えば?」

 ほう。そう来ますか?
 余程、自分の時を止める能力に、自信があるらしい。……その幻想(おもいあがり)を、ブチ殺させて貰うとしよう。

「んー、そうだな。例えば、お前さん、『何秒で』時を止められる?」
「意味が分からないわね。『何秒止められるか』ではなく『何秒で止められるか』って?」
「いや。こゆ事」

 カチッ!
 暁美ほむらの目の前に、コルトS・A・Aの拳銃……型ライターが出現する。しかも銃口から『火がついて』。
 ……言っておくが、俺は時を止めたりはしていない。

「っ!!」
「お前さんの能力、かなり凶悪だけど『お前さん自身が認識して起動させるっぽい』からタイムラグがあるね。
 何かの動きや害意とか、そーいったのにオート的な反射で反応するワケじゃない。その反応見る限り、0コンマ1秒台ならギリギリ何とかなると見た。あとは、ソウルジェムをスポット・バースト・ショットで狙い撃てばいい。
 こーいった反射神経の世界じゃ、あんた『並み』なんじゃね?」

 そう。俺がやった事は、単純。
 純粋な技量による、早撃ち。
 それだけだ。

「あとは狙撃かなー? 殺気を消して初弾必中を心掛ければ、まあ何とか……」
「……OK、分かった。悪かったわ。今後、あなたに無断で勝手に試したりはしない。
 これでいい?」
「ん。ギスついてるたぁいえ、これでも一応、同盟関係なんだ。お互い、有意義なモノにしたいね。
 それに、ワルプルギスの夜は、俺にとって姉さんの敵でもある。倒せるなら倒しておくに越した事は無いし、今の縄張りを俺は気にいってるんだ」
「佐倉杏子と、巴マミに挟まれた、この猫の額のような縄張りが?」
「ま、ね。いろいろと動けない理由もあるし。学校とかね」
 そう言うと、俺は口をつぐむ。
「……例えば、他にどんな?」
「答える理由は無い……んだが特別だ。
 まあ、簡単に言うなら、『最弱』が生き延びるため、あそこらを対魔法少女用のトラップゾーンにしてる、って事。
 お前らがあの時踏みこめたのは、キュゥべえが物量でトラップを踏み潰して、道を拓いたお陰なんだぜ?」
「なるほど、ね……ん? 待って。インキュベーターが、何故、私に協力をしたのかしら?」
「お前に協力した、っつーより、お前以上にあいつに俺が嫌われてっからだろ。
 見かけりゃ念入りにゴキブリ退治とかやってるし、グリーフシードになる前にソウルジェム壊したりしてるわけだし」

 本当は、もっと根本的にキュゥべえに嫌われる要因があるのだが、それは今、この場で言いだす義理は無い。
 ……と、いうか。『魔法少女最悪の秘密を知った上で』、かつ『コレ』がバレたとするなら同盟関係の破棄に繋がりかねない。

「それじゃ、行きましょうか。イレギュラー」
「? ドコにヨ?」
「運命を変えに、よ」
「早速かよ、おい!? ちょっ! あんみつまだ喰い終わってネェんだぞ! 少し待てねぇのか」
「待てない」
「……チッ!」

 ちと行儀が悪いが、仕方ない。
 ザッコザッコと一気にあんみつを流し込むと、さくらんぼ咥えながら勘定を済ませ、俺は暁美ほむらの後を追った。




「……ここは?」

 巴マミの縄張りにある、裏路地。
 そこに響く剣撃の音に、俺は気付く。

「ここが分岐点よ」
「ちょっ!」

 説明一切をすっ飛ばして突っ走る彼女に、俺も追いすがる。

「説明しろ! 一体、何だってんだ!」
「ここで、美樹さやかと佐倉杏子が戦う事になる」
「……で?」
「その場に、鹿目まどかとキュゥべえが居る」
「あー、はいはい、なるほどね!」

 魔法少女同士の喧嘩となりゃ、命がけのバトルだ。
 そんな修羅場に、一般人とキュゥべえが居合わせりゃあ、起こる結果は一つだけ。

 って……

『弱い人間を魔女が喰う。その魔女をあたしたちが喰う。これが当たり前のルールでしょ?
 そういう強さの順番なんだから』
『あんたは……』

 この声は、佐倉杏子と……あの時のルーキーか!

 撃発の音が、近くなる。
 ……まずいな。
 さらに轟音。剣撃の音。戦闘の音が激しくなる……近い!

「えっ? ちょっ!」

 俺は、ソウルジェムを握り、軽く身体能力を強化すると、暁美ほむらを『抜き去って』突っ走る!!

「言って聞かせて分かんねぇ。殴って聞かせて分かんねぇ。なら……殺しちゃうしかないよね!」
「同感だ!」

 その台詞に心から同意しつつ、ソウルジェムからパイファーを抜くと、俺は容赦なく紅い影に向けて発砲した。
 一発、二発、三発。なかなかの反射神経と敏捷性でいずれも象狩り用の銃弾は当たらず、最後は槍で弾かれる。

「っ!! 誰だ!」
「弱い人間を魔女が喰う。その魔女を魔法少女が喰う、とか言ってたな?
 ……じゃあ、その魔法少女は誰に喰われるか。お前、知ってんのかよ?」
「あ? テメェ、何者だ?」
「さあな。みんな色々勝手な事言ってるから、どー名乗っていいのか自分でも分かんねーが……とりあえず有名どころで、こう言えばいいか?
 『フェイスレス』と。
 なあ、神父・佐倉の娘さんヨォっ!!」
「っ! テメェが……『顔無しの魔法凶女』……いや、女ですら無かったとは驚きだ。
 ……で、一体、何の用だ?」
「あー、いや。用っつー程のモンでもねぇンだけどよ。なんつーか、成り行きでな。
 それに、まあ……あまり顔を合わせたくなかったんだがイイ機会だしな。『いつかは』って思ってた」

 俺の腹の中に蠢く、黒い衝動。
 ……ああ、分かってる。
 八つ当たりなのは知っているのだが、どうも抑えようがない。悪いのは、こいつの親父であって、娘に罪は無いと知ってはいるのだが。

「なんつーか、佐倉杏子の噂はイロイロ聞いてたからよ。今のお前さんに、前々から一言いいたかったんだ。
 今のお前さんの行状を見て、『正しい教え』を説いてた、お前の親父さんが、どう思うかねぇ?」
「っ!! テメェ……何であたしの親父を知ってやがる!」
「直接ではないが、よーく知ってるさ。色々と、な。
 もっとも、テメェがウチの家族の事を知ってるとも、思っちゃいねぇがな。
 だから、悪ぃがコッチの手札は伏せさせてもらうぜ」
「……上等だ。人間! 魔女以外を喰う趣味は無いが、アンタは別だ。
 その伏せてる手札一切合財、色々知ってそうな事を、洗いざらい吐いてもらうぜっ!」
「そーかよ」

 殺るか。
 俺が、『切り札』を切る覚悟を決めた、その時だった。

「何……割り込んでんだよ!」
「!?」

 ふらつく足で、剣を杖に立ち上がる、ルーキー。

「ヒョゥ、気合い見せてんなー」
「あんたは、しゃしゃり出るな! これは、魔法少女の問題だっ!」

 かなり重度の負傷だったハズだが、気がつくと相当治癒している。
 ……なるほど。姉さんや沙紀に近いタイプだな。それでいて能力的に、回復や支援に特化したピーキーな二人に対し、剣での攻撃力もあるバランス型、か。サバイビリティの高さを見るに、そこそこ優秀な魔法少女の素質はあるようだ。
 ……無論、精神面や経験不足を除けば、だが。

「OK、確かにご指名は、このルーキーのほうが先だからな。
 順番は守るぜ」
「はっ、行儀がいいじゃねぇか。オーライ、すぐ片づけてやるよ!」
「舐めるなぁ!!」

 背後で、再び始まる剣撃の交差。
 と。

「そんな! お願い! さやかちゃんもう戦えないよぉ!」
「お嬢ちゃん、黙ってな。戦うって決めたのは、アイツだ」

 戦場から隔離された結界に居たのは、この間のツアーの女の子――多分、彼女が、鹿目まどか。
 そして、その肩口にいるキュゥべえ。

「久しぶりだね、御剣颯太。あのシャルロッテの時以来だね」
「あまり口を開くな、キュゥべえ。テメェと話をしてると、虫酸が走る」
「おやおや、『魔女の窯』なんてモノを運用してる君こそ、全ての魔法少女たちにとって憎むべき敵じゃないのかい?」
「知るかよ。それに、アレを使われて一番困ってるのは、キュゥべえ。テメェだろ?
 ……どうも最近、魔法少女が量産されちゃあ、俺の家に押しかけてきやがる。大方、テメェの差し金じゃねぇのか?」
「その少女たちを、悪辣な手口で、ことごとく殺して回ってるのは君じゃないか? 全く、困ったもんだよ」
「知るかボケ。降りかかる火の粉は、こっちで勝手に払うに決まってんだろ」
「やれやれ。君の行為は、僕たちインキュベーターの使命である、宇宙のエントロピーを伸ばす行為を阻害していると、何故理解できないんだい? わけがわからないよ」
「知らないのか? 人間なんて身勝手なモンなんだぜ? 散々、魔法少女の願い事をかなえてるテメェなら、よーく分かってンだろ?」
「お兄さん……さやかちゃんを助けに来てくれたんじゃないの?」

 うるんだ目で鹿目まどかは、俺を見上げながら問う。

「ん? あー、どーだっていい。アイツにゃ、俺のエロ本漁られた恨みもあるしな」
「えっ、エロ……本!?」
「それより見てみなよ。佐倉杏子相手に健闘してんじゃねぇか。イイガッツしてんぜ、あの女」

 踏み込みはデタラメ、握刀も素人丸出し、構えも姿勢も滅茶苦茶。完全にド素人の剣筋だが、その攻防の中で時折見せるクソ度胸は、見事、としか言いようが無い。
 もっとも、実力差は歴然だった。
 斬り憶えが前提の魔法少女の戦いは、ソウルジェムのコンディション+実戦経験=実力である。
 素人にしてはそこそこヤルが、あの佐倉杏子相手じゃ、分が悪すぎる。

「お願い、助けてよぉ! さやかちゃんを助けて!」
「じゃあ、あっちの佐倉杏子は殺していいか?」
「えっ……そっ、それは……喧嘩でしょ!?」
「お前は、あれが喧嘩に見えるのか?
 それに、悪いがあの女は、俺の敵……の、関係者なんだ。やるなら殺すし、向こうもそのつもりで来るだろ」
「そんな! ……やだよぅ、こんなの、嫌ぁ!」

 泣き崩れる鹿目まどか。

 ……本当に、優しい子なんだな。
 ……チッ!!

「ねえ、まど……」
「黙れキュゥべえ!
 ……なあ、お嬢ちゃん。他人に願い事する時は、慎重に言葉を選ぶもんだぜ。
 お前は『あのルーキーを助けたい?』だけなのか? それとも『この闘いを止めて欲しい』のか? どっちだ!?」
「止めて! おねがい! 止めてぇ!!」
「OK、期間限定の『正義のヒーロー』との契約成立だ! 後で缶ジュースの一杯も奢れよ!」

 そういって、立ちあがった直後。

「がはっ!!」
「さやかちゃん!!」

 とうとう、壁に叩きつけられたルーキーが、その場でズルズルと崩れ落ちる。

「さあ、オードブルは終わり。そこそこ楽しめたよ。
 もっとも、メインディッシュのほうが、歯ごたえが無さそうだけどねぇ!」

 大蛇の如く、槍を多節棍にして振りまわす佐倉杏子を見据えながら、俺はルーキーに声をかけた。

「ったく……オイオイ、だらしねぇなぁ正義のヒーロー。『俺の後輩』がこんなザマたぁ情けなくて涙が出てくるぜ」
「っ……う……?」
「情けねぇ後輩に手本だきゃあ見せてやる。期間限定、出血大サービスだ。
 よく見ておけ。魔法少女相手の『剣での闘い』ってのは……こうやるんだ!!」

 そう言って、俺は沙紀のソウルジェムを、しっかりと握りしめる。
 ただし、引き出す物は、武器だけではない!
 魔力。
 こつこつと節約して魔女を狩り、その挙句『魔女の窯』まで運用し、沙紀の命のために、貯め込んだモノ。
 それを、今。俺は身に纏う!

 袖口に、山形のダンダラ模様が白く染め抜かれた、沙紀のシンボルカラーである緑の羽織。鼠色の袴と足袋。
 羽織の結び目に輝く、沙紀のソウルジェム。
 そして、手にするは『兗州(えんしゅう)虎徹』

 かつての『正義の相棒(マスコット)』の衣装を身にまとい、俺は佐倉杏子の前に立つ。

『なっ!!』

 俺が『変身』してのけた不意を突いて、速攻!
 展開していた多節棍の関節に、俺は強化した兗州虎徹を走らせる。

 一つ、二つ、三つ、四つ!

「くっ!!」

 関節を切断されて分解した槍を再構築しながら、大きく飛び退く佐倉杏子。
 だが、それを見逃す程、俺も甘く無い!

「いぃぃぃぃああああああっ!!」

 飛び退く速度よりも早く追いつき、心臓、喉、眉間。必殺の三段突きを叩きこみ、吹き飛ばす。

「悪いなぁ、佐倉の娘。
 久方ぶりで、今宵の虎徹は『正義』に餓えているらしい」

 たたみかけるように、速攻、速攻、速攻! 相手の反応と反射の先を行き、斬って、斬って、斬りまくる!

「っ……このぉっ!!」

 薙ぎ払うような、槍の重い一撃を回避しつつ、俺は大きく飛び退いた。

「相手が本気出す前に、全力でトコトン痛い目見せる。
 ……喧嘩の基本、よく覚えときな、後輩」
「っ……てめぇ!」
「止せよ。実力差が分からん程、間抜けでも無いだろ?」

 先程の三段突きにしても、その後の速攻にしても。
 俺はいつでも急所を貫いて佐倉の命を取る事は出来た。何より、ソウルジェムに一閃。それで事は足りる。
 それをしなかったのは……後ろに居る少女との約束だ。

「行きな。『今なら』見逃してやる」
「……目撃者皆殺しの殺し屋が、どういう風の吹きまわしだよ」
「言っただろう? 今の俺は、期間限定の『正義のヒーロー』なんだよ。
 それに、テメェごときハナっから敵じゃあネェんだ。こちとら二週間後に大物退治が控えてて、ザコのドンパチに構う余裕はネェんだよ」
「っ……! あたしを……ザコだと! ……クソッ! 憶えてやがれっ!!」

 そのまま、捨て台詞で跳躍を繰り返して撤退する、佐倉杏子。
 ……一瞬、そのまま追撃して、背中から斬ってやるべきか、という衝動に駆られたところを、ぐっとこらえる。
 何より、長時間の『変身』は、沙紀への負担が大きい。
 俺は彼女が去ったのを確認し、早々に『変身』を解く。そして……

「あ、あの……ありがとうございました」
「おう」

 頭を下げる鹿目まどかを無視し、俺はルーキーに手を差し出す。

「……立てるか?」
「は……はい」

 そういって、手を取った彼女を立たせ……俺は、ルーキーの頬を、思いっきり張り倒した。

「さやかちゃん!」
「おい、ルーキー。テメェ、今、何で殴られたか、分かるか?」
「……えっ……あ?」

 困惑する彼女に、俺は怒りを叩きつける。

「何で、一般人の彼女がココに居る? お前の言う正義ってのは、無力な素人を殺し合いに巻き込むのが正義か!? あの佐倉杏子ですら、彼女を巻き込まないように隔離したぞ!」
「っ!!」
「それとも、『自分ひとりで何とかなる』とでも思ったのか?
 お前自身が自分の事を、無敵だの最強だの思いこむのは勝手だがな! 『どうにもならなかった』時に『どうするか』すら考え付かないオメデタイお脳で、安っぽく正義のヒーローを語るんじゃねぇよ!」

 うつむいて、言葉を無くすルーキーに、俺はさらに言葉をつづけた。

「別に、お前がどんな理由でどんな正義を掲げようが、正味知ったこっちゃ無いが……自分の実力くらいは、正確に把握しろよ?
 でないと、『正義』なんて綺麗ゴトの看板どころか、ホントに大切なモンまで無くす事になるぜ?」
「ごめん……な、さい」
「謝る相手が違うだろーが!!」

 さらに、俺はルーキーの頬を張り倒す。

「お前が今、一番謝らないといけねぇのは、誰だ!?
 そんな事も言われないと分かんねぇ程、ユルんだオツムしかしてネェか!?」

 愕然とする彼女に、溜息をつきながら、俺は鹿目まどかを指さす。

「まず、最初に、彼女に謝ンのが筋だろーが!」
「……っ!」
「いいか、よーっく聞け!
 『正義』なんてモンは、名乗ろうと思えば誰だって名乗れる!
 口先だけの正しい事なんてのは、誰だって言える!
 『正義の味方』のカンバンってのはそういう『綺麗ゴト』の代名詞だがなぁ、だからっつって、テメェのそんなユルんだオツムと認識で考えられるほど、浅くも軽くもねぇんだよ!!
 ……そんな事も、巴マミから教わらなかったのか? あ?」
「……ごめん、なさい!」
「やっちまった事に対して、頭下げて『ゴメン』しか言えねぇんなら『正義』なんて名乗るんじゃねぇよ!! 甘えてんじゃねぇ!!」

 さらに、一発。

「……なあ、ルーキー。結局、何がしたかったんだ?
 本当に『正義の味方』がやりたかったのか? それとも『友達の前でカッコつけたかった』のか?
 カッコつけるだけなら奇跡や魔法なんぞ無くても、他に幾らでもやりようがあるぜ? その足りないオツムで、よーっく考えな?
 ……魔法や奇跡で直接起こしたことは、同じモンで元に戻せるかもだがな。それが引き金になって『起こっちまった事』ってのは、魔法や奇跡じゃどーにもなんねーんだぜ?」
「っ……っ……!!」

 うつむいて、言葉も無く涙を流す彼女に、俺は背を向ける。
 ……ああクソッ! 胸糞悪ぃ!!

「あばよ。もー二度と合う事もねーと願いてぇ!」

 佐倉杏子、キュゥべえ、そして『何も考えてない正義の味方』。
 俺的にムカつくモン三拍子のジャックポットを前にして怒り狂いながら、俺はトットと路地裏を後にした。……色々と『ヤッちまった』と、内心、後悔に悶絶しながら。



[27923] 第九話:「私を、弟子にしてください! 師匠!!」
Name: 闇憑◆27c607b4 ID:cb2385d9
Date: 2011/05/24 03:00
「……佐倉杏子の事、何故、黙ってたの?」

 路地裏を後にした直後。背後から暁美ほむらに声を掛けられた。

「聞かれなかったからな」
「っ……彼女は、戦力になるわ」
「だろうな。で? ワルプルギスの夜との戦いに、引きこむってか?」
「……ええ。そのつもりよ」
「あっ、そ。好きにすれば?」

 その言葉に、暁美ほむらが瞠目する。

「……あなたは、佐倉杏子を憎んでいるのではないの?」
「憎む、っつーか……『好きにはなれない』ってだけだよ。
 悪いのはアイツの親父さんでアイツ自身じゃねー。それでもまあ文字通り『神父憎けりゃロザリオまで』って奴だ。
 ンでもって、アイツがそれなり以上の戦力になる、ってぇのもまた事実。
 まあ……『ムカつく』程度だし、仲良くはやれねぇけど……実力は折り紙つきだし、引きこむならそっちで勝手にやってくんな」
「……彼女の家族の事は」
「知ってる。っつーか、前にテメーに話しただろうが」

 単純明快な彼女にしては、妙に歯切れの悪い物言い。
 ……何なんだよ?

「あなたは、彼女の願いを知らないのね?」
「前に言わなかったか? 魔法少女の願いに踏み込むほど野暮じゃない、って。
 ……まあ、奴の荒れっぷりからして、大方の推察はつくが、な」
「どんな?」
「……おまえ、時間遡行者なんだろ? アイツと知り合いだったなら、答えを直接知ってんじゃねぇのか?」
「いえ、あなたの推論を聞きたいの」

 ……はぁ。

「毎度毎度、ヨォ。おめー、人の頭の中探って、二週目の対策か? 俺の人生の予習ってか!?」
「……っ! ごめんなさい」
「……まあいいさ。
 今日はムカつくもん三拍子でジャックポットされて、チと怒り狂ってるって事にしておいてやるよ。『二週目の俺の人生』なんて、今の俺の人生にゃ、知ったこっちゃねーしな。
 ……ご立派な神父様に、荒れた娘。『正しい事』なんてファンタジーに生きてるパパンに『私はそんなイイ子じゃない』ってトコだったんじゃねーの? 大方、『自分の本当の姿』をパパンとか家族に理解してもらいたいってあたりか?
 ンで『理解しちまった』パパン以下、家族は自分の『理想の娘』とのギャップに耐え切れず、発狂、無理心中。
 どーしょーもなくなった娘っ子は、さらに荒れ始めた……そのへんじゃね? 前から結構、万引きとかで掴まってたみたいだし」
「……当たらずとも、遠からず、だわ」

 まっ、大方、そんな所だろう。
 俺は、深くは追求せず、苛立ちをぶつけ続ける。

「大体、親ってさ、自分の息子や娘にファンタジー見過ぎるからなぁ。
 それが悪いとは言わねぇっけどよ……ウチみてーな頭空っぽで自分で何も考えネェくせに、子供を自分の所有物みたいに思ってるボーダー障害な親ってのは、ホントに性質(タチ)が悪ぃんだよ。
 世の中ナニが悪いって、自分が不幸を撒き散らしてるのも理解しねーで幸せそうなツラしてる奴らの中でも、その不幸を撒き散らし過ぎて自分も不幸になってるくせに、本人が幸せいっぱいのツラしてんのがマジ一番最悪なんだぜ?
 あの教会の『正しい教え』にハマったウチが、どんな末路辿ったか……無理心中に巻き込まれかけて、冴子姉さんや沙紀を守って木刀持って家の二階に立て籠って、階段からお袋蹴り落とした時のツラがよ、マジで『わけがわからないよ』って顔してんだぜ?
 も、どーしょーもねーヨ……あーあーあ! なーんでアソコで『正義の味方』なんて名乗っちまったかなぁ! クソッ、クソッ!」

 八つ当たりのついでに、交通標識に蹴りをぶちくれる。
 ゴィィィィィン、と音を立てて、派手にひん曲がった。

「……口先だけで正しい事だったら、誰にだって言える。宇宙のエントロピーがどーだとか、そんなキュゥべえみたいな人間にだきゃあ、俺はなりたくない。
 テメェでしっかりテメェの正義考えて、そいつに体張って気合い入れて……考えて考えて血を流しながら、姉ちゃんと一緒に『魔法少年』やって。ンで、ついたオチが、沙紀にキュゥべえだ。
 マジでザマァ無ぇってのにヨ……馬鹿だぜ、俺……正義なんてカンバン、二束三文にしかなりゃしねぇって、知ってんのに」
「それでも、あなたは……正義を信じてるのね?」

 暁美ほむらの言葉に、俺は思わず足を止めた。

「……どっかの誰か。
 俺より頭がよくて、俺より喧嘩が上手くて、俺より強い、キュゥべえなんぞに騙されない。
 そんな奴がヨ、『正義の味方』やって世界を救ってくれりゃあ、少しは俺も救われるんじゃネェかな、って……少なくとも、俺が認めたそいつが、指さして俺の事を見下して『馬っ鹿じゃねぇの、ハッハッハ』って、腹抱えて笑ってもらえるだけでいい……
 なのに、やって来るのは、キュゥべえに騙された自称『正義の味方』な魔法少女しか来ねぇんだぜ? 泣けるぜマジで。
 ……まあ、神様拝むよーなモンだよ。
 それこそ宇宙の物理法則を直接弄れるよーなバケモンじゃねー限り不可能な、無理難題なのは、承知してんのさ」

 自分でも嫌になるほど、擦り切れた笑顔で振り向く。

「……仲間に引き入れるなら、早めに頼む。
 顔見られてるし、多分、あいつ学校に行ってないだろ? 登下校中や授業中に襲撃されたら、ちょっと俺は手の打ちようが無い」

 魔法少女たちの安全保障条約……つまり、『学校』という日常の縛りが、彼女には通用しない。
 おまけに、巴マミに匹敵する、エース・オブ・エース。
 そんな相手に、切り札見せて顔を見られて見逃して……今日の俺は、本当に愚か者としか、言いようがない。

「悪いな、今日は御開きだ。ウチ帰って沙紀の飯でも作るとするわ……今日の俺は、とことんオカシくなってる。
 くそ……調子狂ってんぜ」

 そう言って、俺は歩き出す。

「待って! キュゥべえが言ってた『魔女の窯』……あれは、何?」
「悪いが、そこまでベラベラ喋るほど狂っちゃいねーよ。バーカ」

 捨て台詞を残して、俺はいつものスーパーへと足を向けた。



「……さて、困ったぞ、っと」

 セールの品物を眺めながら、俺は頭を悩ませていた。

「ジャガイモが特売か……時間的に肉じゃがにはいいんだが……」

 問題は、ジャガイモが既に家にあるという事だ。買って悪くしても困るしなぁ……

 結局、グリーンピースを買い足し、あとは家用の洗剤やせっけんを買いものカゴに放り込む。
 ……明日は家帰ったら掃除だな。

 と……

 RRRRRR

「あん? 誰だよ?」

 見覚えの無い電話番号が、ケータイにかかってきて俺は通話ボタンを押す。

『もしもし! 颯太さん!!』
「……巴さんか? 一体どうした?」

 電話の主は、巴マミだった。

『沙紀ちゃんが……沙紀ちゃんが、廊下で死んでる!!』
「死んでねぇよ。落ち着け! 沙紀は『ここに居る』……っつーか、勝手に家の中上がったのかよ?」
『え、いや……その』
「大丈夫だから。分かったよ、すぐ戻るからそこに居ろ! あと少し落ち着け、な!」

 しょうがねぇ、ダッシュで家に帰るとすっか。
 会計を済ませ、スーパーの袋を下げながらダッシュで家の玄関まで走る。
 と……

『うひゃああああああ!!』

 俺の家から、巴マミの素っ頓狂な声が聞こえてきた。
 ……あー、何となく、予想がついたが……そりゃ、死人がひょっこり起きれば、びっくりするか。

「はい、ただいまーっと」
「はっ、はっ、はっ、颯太さん!? 沙紀ちゃんが、沙紀ちゃんが!?」

 なんかパニックになって涙目な巴マミに、満面の笑顔の沙紀がしがみついてる。

「なーんもおかしい所は無ぇよ。ほれ、ただいま!」
「お帰り、お兄ちゃん。えへへへへー♪ 狙った通り、起きたらマミお姉ちゃんが居たー♪」

 そう言って、沙紀にソウルジェムを手渡す。

「あの、あの、あの……一体、何が……?」

 いちいち説明して行かねばならない面倒を考え、俺はちょっと頭を抱える。

「…………んー、まあ……とりあえず、よ。晩飯に肉じゃが、食ってくか?」



「……つまり、私たち魔法少女の元の肉体っていうのは、外付けの装置に過ぎない、と?」
「そう。だからソウルジェムを砕かれたら、体そのもののコントロールを失う。また、距離にして100メートル前後もソウルジェムから離れると、肉体の操作が出来なくなるんだ。
 それと引き換えに、魂と最も相性の良い元の肉体には、超人じみた能力を発揮できるような機能が備わるし、心臓や脳髄吹っ飛ばされても、再生が可能になると。だから、ソウルジェムってのは魔法少女にとって唯一の急所だな。
 もっとも、再生する端からふっ飛ばして行けば、いずれ肉体の再生のために魔力が枯渇して死ぬ羽目になるし、脳なんかの複雑な内臓器官は再生に手間がかかるから、よほどの超回復力持ってない限りアウトだったりもするけど」

 ジャッコジャッコとフライパンでジャガイモやニンジンその他を炒めつつ、玉ねぎや肉など汁気の出るものは、隣のコンロで鍋で炒める。

「ついでに言うと、沙紀の能力の恐ろしい所は、そこでな。
 普通の魔法少女なら死亡しててもおかしくない負傷まで、元通りに直せちまう。
 死人を蘇らせるまでは行かないが、戦闘を前提とした場合、これほど頼もしいモノは無いだろ?」
「ええ、そうですわね」
「だが、本人にしてみりゃ、災難に過ぎん。結局それは負傷という『他人のツケを肩代わりする能力』でしか無いんだ。
 戦闘を前提とする魔法少女が、この能力に目をつけないワケが無い。そして、沙紀自身は前線で戦う能力を有さない。
 だから、誰と組んでも、結局トラブルが頻発するんだ。『魔女と戦って苦しいのは私たちなんだ。コソコソしてた分、もっと気合を入れて治療しやがれ』ってな……自分が負った戦闘の傷だって事を棚に上げて、よ」

 つま楊枝で、炒めたニンジンとじゃがいもの火の通り具合を確認。隣のなべに、ざっと放り込む。

「……分かる気が、します」
「うん。だから、沙紀と組むと、みんな無謀になるんだ。『ちょっとやそっとなら大丈夫だろう』って具合に。
 そして、その無謀のツケは全て、沙紀が払う事になる。……払いきれるうちはいいんだが、だんだんと大胆になってハードルが跳ね上がってくんだ。
 そして、しまいには役立たず呼ばわりされてポイ。ポイした側の彼女たちは、沙紀の治療に慣れて無謀な攻撃を繰り返し、魔女に殺される。最後のその瞬間になって、初めて沙紀のありがたさに気付くわけだ。
 結局……沙紀は魔法少女として『誰かのための力』しか持ってないのに、『俺以外の誰とも組む事が出来ない』のさ」
「……酷い」
「おっと、『私が組む』とか言い出すなよ? あんたは沙紀の友達だ。だからこそ『その関係を壊したくない』。
 ……以前、何度かあったんだよ。そーいうパターンが。オチは全部、手ひどいモンさ。前も話したが、最悪、薬箱扱いだ」

 だし汁、醤油、酒、みりん、砂糖。計量して、それらを混ぜ合わせたモノを、一気に鍋に注ぎ込むと、火勢を強める。

「あと、悪いが、暁美ほむらにこの事は話すな。奴なら沙紀の首根っこ捕まえて、無理矢理戦場に連れてきかねん。
 あいつはワルプルギスの夜との戦いに固執し過ぎてる。勝つためなら何でもやるタイプってのは、逆に何しでかすか分からんからな。……だから、俺が沙紀の代わりに、修羅場に立つ必要があるのさ」

 そう言って、俺は冷蔵庫を開ける。
 ……あー、お菓子がそろそろ無くなってきたなぁ、と。

「颯太さん。ケーキはお嫌いですか?」
「え? いや、嫌いって程じゃないが……」
「では、ティーセットお借りしますね」
「あ、ああ……」

 そういって、彼女が紅茶を淹れ始める。……紅茶の作法は知らないけど、結構本格派っぽいな。

 キッチンに充満する肉じゃがの匂いと、リビングの紅茶の香りのコントラストを嗅ぎながら、鍋に浮いたアク取りの作業に入る。
 こまめに浮いたアクをすくって捨て、最後に中蓋を落とす。あとは、暫く煮込んだ後に、火を落として染みるまで放っておきゃいい。メシ時にはいい具合になってんだろ。
 中火に落とし、15分ほどにタイマーを設定。これで完了。

「そういえば、気になってたんだが。『沙紀が廊下で死んでた』とか、言ったな?」
「え、ええ。玄関の戸が開いてて、気になって……失礼かと思ったのですが、泥棒でも入ったかと思いまして。
 そしたら、廊下で沙紀さんが倒れてたので、慌てて颯太さんに電話を」

 巴マミの説明した、殺人事件チックなシチュエーションに、俺は沙紀を睨みつける

「……沙紀? お前、確かに布団で寝てたよな? いつも通り『死んでる』体がなるべく痛まないよう、氷枕たっぷりのエアコン最低温度に設定して?」
「うっ、その……おトイレに」
「トイレなら、いつもオムツ穿いてるよなぁ? 『死んだ』瞬間に『垂れ流し』になるかもしれないからってんで?」

 さて、人の死の瞬間に直面した事の無い方々のために説明すると。
 人間の体というのは、普段、基本的に筋肉で動いているワケなのだが、死の瞬間に全身の筋肉がユルんでしまうのだ。それは、人間が通常、死ぬ間際まで無意識レベルで絞めている筋肉……肛門だとか、尿道だとかの排泄関係の筋肉も、例外ではない。
 そのため、人によっては『腹の中にたまってる物体』を、死の瞬間に排泄口からぶちまけてしまう事が、ままあるのである。

「で、だ。
 俺はしっかり鍵を閉めて、家を出た。にも関わらず、鍵は開いており、本来ありえない廊下で沙紀が倒れていた。
 ……さて、出てくる結論は、一個だけなんだが……沙紀よ、お兄ちゃんと巴お姉ちゃんに言うべき事は、何かね?」
 
 ニコニコと怖い笑顔で問い詰めると、沙紀が目線をそらす。

「……ううう、何の事でしょーか、さいばんちょー。しつもんのいとがわかりません」
「『狙った通り』とか言ってたわよねぇ? 沙紀ちゃん?」

 これまた、巴マミが紅茶を淹れながら、ニコやかに問い詰めてくる。

「わたくし、きおくにございません……すべてひしょのやったことでございます」
「そう、じゃあ、沙紀ちゃんにはケーキ無しね♪」

 ニコやかに微笑む巴マミが取りだしたケーキ。
 紅茶とセットで、実に美味しそうだ。

「ケーキに紅茶、ねぇ……ほう、中々にオツな味だな?」
「あら、喜んで頂けるなら、嬉しいですわ」
「いや、昔、バタークリームゴッテリで仁丹みたいなサクランボもどきの乗ったケーキを、1ホール近く一人で喰わされた事があってな。
 二切れで目まいがする程吐き気がしたもんだが、こんなケーキなら幾らでも入りそうだ。
 あと、スポーツドリンク代わりの甘ったるいペットボトルの紅茶しか飲んだ事ないが、こういう風に茶葉の風味をストレートで味わうのも『アリ』だな」
「気にいって頂けて、何よりですわ。
 あと、沙紀ちゃんのケーキが余ってますから、頂いちゃいましょう♪」

 緑茶と和菓子が定番だった我が家において、滅多にお目にかかれない、甘味の変化球。
 それらの誘惑を前にして……

「うわあああああん! ごめんなさーい!! 沙紀が鍵開けてマミお姉ちゃんを迎える準備して、布団に戻ろうとしたら間に合わなくってー!!」
『……やっぱりか』

 深々と溜息をついたあと、巴マミと一緒になって、沙紀をひざ詰め説教の刑に処しつつ、肉じゃがの染み具合を確認していると……

 ピンポーン……

「あ?」

 ケーキと紅茶で腹を膨らせていたものの、時間を見るともう夜の八時になっていた。
 ……こんな時間に、誰が何の用だよ?
 また、キュゥべえからの刺客か?

「沙紀」
「うん」

 意識を日常から戦闘モードに切り替え、俺は沙紀からソウルジェムを受け取る。

「……!!??」

 そして、玄関のカメラに映ったのは、何やら思いつめた表情の、先程のルーキーに、鹿目まどか。

「……何の用だ?」
「あ、あの……助けてもらった、お礼に……約束のジュース」

 鹿目まどかの手には、500ml入りのコーラの缶があった。
 どうも、律儀に届けようとしたらしい。

「ああ、そうかい。律儀に届けてくれたんだな。ありがとうよ」

 とりあえず、ソウルジェムを手の中に隠しながら、ルーキーを警戒しつつ玄関の扉を開ける。
 と……

「おっ、お願いします! 御剣颯太……さん!」

 唐突に、先程のルーキーが、鹿目まどかを押しのけて、俺の前に土下座を始めやがった。
 ……な、何だよ、おい!?

「私を、弟子にしてください! 師匠!!」
「いっ……えっ!? はぁあああああ!?」

 自分でも素っ頓狂な声が、夜のご近所に響き渡った。



[27923] 第十話:「魔法少女は、何で強いと思う?」
Name: 闇憑◆27c607b4 ID:cb2385d9
Date: 2011/05/29 09:51
「えっと、その……なんだ。わけがわかんないんだが? どゆ事?」
「だっ、だから……私を、弟子にしてください!」

 頭を下げ続けるルーキーの姿に、俺はもう呆然とするしか無かった。
 ……いや、マジで。ワケが分からないよ。

「あー……その、あのさ? とりあえず、俺がどういう奴だか、分かってる? お前ら魔法少女に対する、殺し屋みたいなもんだよ?」
「……っ!! 分かって……いる、つもりです!」
「んじゃ、今、この場で……と、言いたいんだが」

 俺は、隣に立つ、鹿目まどかに目をやる。

 ……『一般人』を巻き込んで、修羅場を演じるのは、なぁ……

 それは、俺が絶対口にする事の無い、最後の一線のモラル。
 『魔法少女』や『魔女』は幾らでも殺すが、それでも俺は『普通の人間』を、直接この手にかけた事は無い(間に合わなかった、とか不慮の事故はあるが)。
 無論、それを口にするつもりは無く、誰からも理解される事は無い自己満足とは、分かってはいる。第一、『人間』を馬鹿にしきった『魔法少女』たち相手に、口にしたら舐められる。

「まあ、何だ。とりあえず『彼女と一緒に』今日は帰って、少し頭冷やしな。時間、考えろよ」
「嫌です! 弟子にしてください!」
「さ、さやかちゃん、御剣さん、困ってるよ」

 慌ててなだめに入る鹿目まどか。
 だが、眼中にないとばかりに土下座したまま俺を見上げ続けるルーキー。

「あー……まさか本当に、実は俺が今でも『正義の味方』だとか、思ってんじゃないだろうな?
 言わなかったか? その場限りの『期間限定だ』って」
「期間延長してください!」
「馬鹿かテメェは! とっとと帰れ! こちとら『正義の味方』はとっくに廃業してんだ!」
「営業再開してください!」
「なんでテメェら魔法少女のために、俺が『正義の味方』をまたやらなきゃなんねーんだ! こちとら妹の事で、手一杯なんだよ!」
「そこを何とか!」
「どうにもならねぇよ、馬鹿野郎!!」

 と……

「……なんで……なんで、あんな強くてかっこいいアンタが、『正義の味方』を廃業しちゃったんだよ!!」
「っ!! 帰ぇれーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」

 絶叫すると、俺は家の中にとって返し、塩を入れた調味料入れをひっつかむと、玄関に突進し、おもいっきりルーキーの顔面にぶちまけた。

「……今の俺は、気が立ってる。一般人の前だからって、マジで何するか分かんネェぞ!
 おら、塩ぶっかけられてる内に帰れっ! 次はなにぶちまけてほしい!? 醤油か!? 砂糖か!? それとも油ぶっかけられて、火ぃつけられてぇか!? ウチにある好きなモン選ばせてやる!」
「さやかちゃん! だめだよ! 御剣さん、本当に怒ってる!」
「っ!! ……また、来ます」
「おう。今度は一人で来いや、遠慮なく殺してやるからよ、ルーキー! ……ここは魔法少女の死地なんだって忘れんなよ?」

 と……その時だった。

「待って!」
「!?」

 奥から出てきたのは、巴マミだった。

「まっ、マミ……さん!? なんでこんな所に!?」
「それはこっちの台詞よ。ココには絶対近づいちゃダメ、ってあなたに教えたわよね? 『魔法少女が御剣颯太を相手にするのは、危険すぎる』って。……正直、ここに来れただけでも奇跡だと思ってるわ。
 それに、あなたは私の弟子じゃなかったかしら?」
「っ……そっ、それは……」
「なんだ、巴マミの弟子なんじゃねーか。かけ持ちする気だったのかよ?」

 もうなんというか……何も考えてないにも程がある行動に、怒りを通り越して呆れ返ってしまった。
 バカだ、こいつ。真性の大馬鹿だ。⑨クラスの超馬鹿だ。

「うっ、うっ、うっ……うええええええええええええええええええええ!!!!!」
「ちょっ、ピーピー泣くなよ! ……あーっ、うっとーしー! どーしろってんだチクショウ!」
「すいません。颯太さん。すぐ連れて帰りますので」
「おう、とっとと……いや、待て!」

 ここで返した場合、巴マミまで俺の『切り札』を知る事になる。今のところ……恐らく、ワルプルギスの夜戦までは比較的安全とはいえ、正義の味方なんていつ俺の敵に回るか、知れたもんじゃない。
 かなり危険だが……

「……こいつの口から、『切り札』が漏れられても困る。話をすんならウチでやりな」

 結局、俺は彼女たちを家の中に入れる事になった。


 家のリビングは、えっらくギッスギスしい空気に包まれていた。

「……で、何で颯太さんの弟子なんて考えたの?」
「……私とまどかが……その……魔女退治してる時に……紅い、槍をもった魔法少女が来て……」
「佐倉杏子、な」

 とりあえずの俺の補足説明に、巴マミが納得する。

「っ! おおよその事情は分かったわ。で、あの子が来たときに、たまたま居合わせた颯太さんが……待って? 正義の味方?」
「そいつぁトップシークレットだ。……まあ、正直、ムカつくモン山ほど見て、気が立っててな。うっかりコイツの前で、『切り札』切っちまったんだよ。
 で、このザマだ」
「えっと……ごめんなさい。颯太さんを苛立たせたモノ、って?」
「佐倉杏子、キュゥべえ、そんで『何も知らずに何も考えてない正義の味方』だ。
 俺が『この世』で嫌いなモンが、三つ揃ってジャックポットしやがってな。まあ、憂さ晴らしだよ」

 ……『あの世』まで含めりゃ、もっと殺すほど文句言いたい相手はいるが、な……

「……なるほど。具体的には分からないけど、そこでの颯太さんの戦い方を見て、彼女が弟子入りを志願した、と?」
「どーもそーらしい。なあ、こいつ、どんだけ馬鹿なの? 死ぬの?」
「……そうね、迂闊に過ぎるわ。少し反省してもらう必要も、ありそうね」

 と、

「うん、そうだと思う。特に、お兄ちゃん」
「うっ……」

 気付くと、沙紀の奴がジト目でこっちを睨んでた。

「うっかり『切り札』切っちゃったって……」
「だっ、わっ、悪かった! だからシーッ! この場ではシーッ!」
「……で、今度はどこを怪我したの?」
「してない! 一太刀も浴びてない! 速攻でカタはつけたから、魔力も殆ど使ってない!」
「嘘! お兄ちゃん、大けがしても私にずっと黙ってるじゃない!」

 わたわたと慌てて釈明するが、前科が前科なだけに、信じてくれない妹様。

「見せなさい!」
「わーっ、こらーっ!! 待て! 沙紀! 服を脱がそうとするな!」
「手遅れになったら大変でしょー!!」
「無い! 無い! 怪我なんてしてないー!! わかった、わかった、見せる! 見せるから、ちょっと待て!」

 とりあえず、一呼吸入れて、溜息をつく。

「……あー、ルーキー。お前、俺に弟子になりたいとか、言ってたな?」
「はい」

 その言葉に、俺は彼女に問いかける。

「なあ、魔法少女は、何で強いと思う?」
「えっ、えっと……それは……な、何ででしょう?」

 迷うルーキー。

「それが答えだ。『何でか』なんて考える必要が無いくらい、もともと強いからだよ」
「そんな身も蓋も無い」
「じゃあ、その魔法少女を狩る魔法少年は、どうやって強くなっていくと思う?」
「……?」
「こういう事だよ」

 そう言って、俺は上半身の服を脱ぐ。

『っ!!!!!』

「……驚いたか?」

 俺の首から下。路線図のように無数の傷痕が走る俺の体を見て、沙紀以外の全員が絶句した。

「これでもまだ、マシなほうだ。沙紀が居てくれるからな。
 手足がブッ千切れかけたりした事も、何度かある。片目を潰された事も、な。
 そういう致命的な傷は、流石に沙紀に治してもらうしかないが……それでも俺は『沙紀に治療なんか、させたくはない!』」
「……お兄ちゃん、私の力を借りて戦う時、ほとんど生身で戦ってるの。
 魔法少女の体って、戦うために痛くない体になるし、お兄ちゃんもそうなれるハズなのに、なってくれないの。
 絶対に痛くて、苦しくて、死にそうなくらい辛いハズなのに……」
「えっ、じゃあ……私……」
「ルーキー、『お前があの戦い方をして、本来、どんだけの痛みを伴うか』を、キュゥべえに聞いてみな。多分、死にたくなるぜ」

 かつての己の過ち。
 何も知らず、姉にどんな負担をかけていたかを知って、俺は刀で戦う事をやめた。
 『痛くない』『大丈夫だから』『私は魔法少女だから』
 そう真剣に言ってくれた姉だが、その姉が『感じている』ダメージと『実際のダメージ』のギャップも、また凄まじいモノだったのだ。

 故に。
 俺は沙紀に頼み、あえて『魔法少年』の姿で戦う時も、『痛みの軽減』を生身の人間並みに落として戦っている。
 だが、何故かは知らねども。
 痛みを消さない事によって、反射神経というか皮膚感覚というか第六感じみたセンスは、戦うごとにどんどんと冴え渡っていき、ついには、どんな魔法少女も追いつけない領域の『速さ』を手に入れる事が出来た。
 言わば、時速200キロ300キロで突っ走る自転車のような、著しく攻撃に偏ったピーキーな能力。一発でも被弾すれば大ダメージは免れない。
 故に、魔女であれ、魔法少女であれ、俺の闘いでのカタのつけ方は『速攻』以外にありえないのだ。『敵が本気を出す前に、とことん痛い目を見せる』というのは、逆を言えばそれが俺の戦い方の『全て』でしか無く。
 だからこそ、安易に乱用出来る力ではない。

「ルーキー。お前がどういう理由で戦うのかは、俺は知らん。『人間の痛み』を消した魔法少女の戦い方も、また、いいだろうさ。
 だけどな、俺はこう考えてる。『人間、痛い思いをしなけりゃ憶えない』ってな」
「あっ……あ……」
「魔女や魔法少女相手の闘いで受ける傷が、どれだけ痛いかを『俺はよく知ってる』。
 そして、それが、所詮人間でしかない俺の戦い方だ。人間やめたお前らにゃ無理だ。諦めな」

 そう言って、上を着ようとし……

「下は?」
「……え?」

 じろり、と睨む妹様。

「ズボンも!」
「ちょっ、ちょっ、待て! 待て! ここじゃマズい!」
「うるさーい! 左足に大穴あけて笑いながら帰ってきたお兄ちゃんなんか、信じられるかー!」
「わかった! わかった! 脱衣所行こう! 脱衣所! みんな見てる!!」
「パンツの中までチェックするからね!」
「だーっ!! やーめーてー!! それだけはセクシャルハラスメントー!!」
「うるさーい! お兄ちゃんなら、『ピー』潰されても笑ってそうだもん!」
「無理! それは流石に無理だから!! ……すまん、ちょっと席を外させてくれ」

 そう言って、席を外し、風呂場の脱衣所に連行される俺。

 ……少年診察中……少年診察中……

 ……診察完了。

「……あー、ごほん! まあ……そういうワケだ」

 何かこう、真っ白に生ぬるくなった空気の中。とりあえず咳払いをして、椅子に戻る。

「今日のところは、全員帰ぇんな。ただ、これだけは覚えておいてくれ。
 ……魔法少年の強さ、なんて……イイもんじゃねぇんだよ」



[27923] 第十一話:「……くそ、くら、え」(微修正版)
Name: 闇憑◆27c607b4 ID:cb2385d9
Date: 2011/07/03 00:29
 全員が帰った後。
 沙紀にソウルジェムを返し、俺は天井を向いて、溜息をついた。

「正義の味方、か……」

 数多の魔法少女を手にかけ、それ以上に魔女を殺し、あまつさえ、秘密を知りつつ『魔女の釜』を運用する。
 希望を振り撒く魔法少女を、絶望に堕としめ、それをさらに踏みにじる俺には、最早、それを語る資格は無い。
 ワルプルギスの夜への協力だって、本音は姉さんを殺した事に対する復讐だ。
 実のところ、そのための対ワルプルギス用装備すら用意してあり、『いつかは』とは思ってはいたのだ。無論、そんな装備は普段の魔女や魔法少女退治では、オーバーキルもいいところなので、運用する事は無いのだが……

「……調子狂ってんぜ、俺」

 あの超絶馬鹿ルーキーの事を思い出す。
 ……きっと、俺の『魔法少女殺し』の現場を、見た事が無いから、あんな事が言えたのだろう。
 もし、その手管の現場を知れば、誰もが嫌悪の目線を隠さないハズだし、弟子がどーだなんて戯けた事を抜かす余地など、絶対に無かっただろう。

「はやいところ、捨てるべきなのかもなぁ」

 手の中にある『兗州(えんしゅう)虎徹』……自動車のリーフスプリングを鍛え抜いた刃は、ある意味、俺自身でもあった。
 元はただの平凡な、自動車のパーツ。それを刃と成し、鍛え抜き、闘うための牙と成った。
 『ただの少年』を『正義の味方』へと変えた、『最初の魔法のステッキ』。

 だが、もう普段は二度と振るうまい、と誓った武装でもある。

 現実を知り、痛みを知り、秘密を知り……魔女や魔法少女に接近戦を挑む意味を知ってからは、ついぞ握る機会の減った武装。
 これを握って出た理由も、ただ、自分の中で一番の『最速』を成し得る武器だから。
 そう、本来、暁美ほむらの『時を止める能力』に対して、振るう予定だったのだ。
 ガンアクションに反応出来なければ、それでよし。反応出来て、それを超えた時点で『次』に振るう……予定だったのだ。

 だが、思う。
 扱うべき武器を変更し、どんな非道卑劣な攻撃方法を会得しようと。
 自分の中での『最速』の技は、結局、この『兗州(えんしゅう)虎徹』を介してしか、振るう事は出来なかったのだ。
 破壊力に関しては、これを上回る武器は幾らでも手に入れた。だが、俺自身が会得した『速さ』を最大限に引き出せる武器は、結局この『大切なものを守るために』最初に握った武器以外に、無かったのだ。

 ……もし、仮に。

 魔法少年や少女の武器に、『思い』が宿るとしたら。
 そう思うと、俺は、元来、ただの自動車パーツで役割を終えるべきだった、この哀れな鋼の刃に対して、俺は何がしかの責任を取るべきなんじゃなかろうか?

「……馬鹿馬鹿しい」

 妄想を振り払う。道具は道具。それ以外に無い。
 そう、そのはずなのに……結局俺は、この刀を手放す事が、出来ないのだ。
 と……

「!?」

 ふと、窓の外に紅い影を見かけたような気がした……と、思った瞬間だった。

「っぐああああああああっ!!」

 ガラスをカチ割って右肩に刺さった槍に吹き飛ばされ、俺の体はキッチンにまで叩きつけられた。

「いよぉ、先程はどーも、『正義の味方』!」

 何故? と、思ったが……考えてみれば、向こうにはキュゥべえがいる。
 そして、手錬の魔法少女であるならば。戦闘は一度きりのモノではないと自覚しているハズなのだ。
 罠にかかった所が無いところを見ると、おそらくは尾行……誰だ? もしかして、俺か?

「さっきのアマちゃんたちが、あんたの縄張りに入るのを見て、おっかなびっくり、つけてみたらビンゴだ。
 ……あんたのトラップ、噂程のモンじゃなかったねぇ」
「っ! 不……覚!」

 俺のトラップは、対魔法少女用に特化してある。逆を言えば……普段、人が歩くルートを通れば、トラップに引っかかる事は無い。
 つまり……魔法少女が魔法少女を尾行すれば罠にかかるだろうが、人間が人間を尾行すれば、ほぼ罠にかかる事は無いのだ。

「お兄ちゃん!」
「来るな、沙紀!」
「へぇ、あれがアンタの妹ちゃん? ずいぶんと可愛いねぇ」
「……っ! 妹に……手を出すな!」
「へぇ、そう?  『相手が本気を出す前に、とことん痛い思いをさせる』だっけか?
 ……キュゥべえから聞いたぜ。あんた、妹のソウルジェムで『変身』してるんだって? そんな『借り物』で正義名乗って、楽しいのか?」
「っ!!!」
「あたしらを……魔法少女ナメてんじゃねぇ! 殺し屋!」

 ガンッ!!
 ふみしだかれる顔面と、抉られる肩の痛みに気が遠くなりかける。

 ……は、はは、ザマぁない……一度でも正義気取って酔った、悪党の最後なんて、こんな……もの……か。

「おいおい、オネンネにゃまだ早いよ。あんたが知ってる事、全部洗いざらい、吐いてもらわなきゃいけないんだから。
 ……痛かったんだぜぇ、あんたの攻撃。今でも痛むんだ!」
「……知ってどーすんだよ? 全部個人的な恨みだぜ?」
「あんたはあたしの家族の事まで持ち出した。……人間、触っちゃいけない痛みってモンがあるの、知ってるか?」
「知ってるよ。よーっく……な」
「だったら話は早えぇ。よいしょ!」

 ぶっこ抜かれる槍。右肩に激痛が走り、意識が遠のく。

「よっ!」

 バキッ、と……今度は左足を折られた。

「っ……ぁ………」
「へぇ、がんばるじゃん、人間にしては」
「……こっ、…っ…殺し屋……なめんなよ、魔法少女」

 激痛の連発に、意識が遠のきそうになる。
 だが、耐えられる。まだ……まだ……

「なあ、喋っちまえよ。あんた、あたしにどんな恨みがあったんだ?」
「……くそ、くら、え」

 ごきん!
 今度は、左肩を砕かれる。

「はー、ホンッと頑張るねー……なに、身内の魔法少女でもあたしにやられたとか?」
「きき、てぇ……か? テメェの……」

 だめだ。
 激痛の限界点を超えて、肉体のブレーカーという名前の意識が、トんでしまいつつある。

「あたしの何だってんだよ、ほらチャッキリ喋れ!」

 ガンガンと殴られて、口の中が血まみれになる。
 そして……突発的に訪れた限界。

 俺の意識は、闇へと落ちる。

「……起きろよ、おら!」

 再度の激痛に覚醒。
 だが、もうロクに喋る事も出来ない。

「……チッ……おい、お前、回復魔法の使い手なんだってな?
 しゃべれる程度に治せ!」

 やめろ。
 それだけは……それだけは……

「う、うん……」

 そう言って、沙紀の手が、俺の口元に触れる。

「っ……ぅ……ぐ……!!」

 苦悶に歪む沙紀。
 沙紀の能力は、癒し。だが……自分以外への癒しに関して、その対価は、タダではないのだ。
 沙紀の場合、まずは相手の傷を『自分に移す』のである。故に、痛みも、傷の深さも、被害者と共有する事になる。そして、その後に、魔法少女としての治癒力で自分自身を治すのだ。
 そして……沙紀が他の魔法少女と、絶対に相いれない理由が、そこにある。
 魔法少女の負った負傷は、本人が自覚するよりも深い。だが、沙紀はその深さを人間並みにダイレクトに感じ取ってしまうのだ。
 魔法少女本人にとって『なんて事無い』負傷でも、沙紀にとっては重傷に等しい。
 無論、痛みは一時的なモノだ。だが……沙紀と相手の魔法少女との認識は、『痛み』の認識から、ことごとくズレて行く事になる。
 他人のために尽くし、他人の『痛み』を誰より理解するが故に、他人に絶対に理解してもらえない。相手を知れば知るほど、誤解を深めていってしまい、最後は孤独にならざるをえない、癒しの使い手。
 それが、御剣沙紀の、孤独の最大の理由。
 
 故に……人間である俺が、絶対守らねばならない、魔法少女。

「沙紀……」

 ようやっと、口が聞ける程度に回復するが、涙が止まらない。
 俺の拷問のような激痛を、彼女に与えてしまっているのだ。

「へ、平気だよ、お兄ちゃんは……もっと痛いんだから……あうっ!!」
「邪魔だよ、ガキ! ドラマの時間は終わりだ」

 そうだ、その通りだ。
 この紅い悪魔の言うとおり。
 戦闘は続行中だ……圧倒的不利な中の舌戦は、何度も経験がある。
 気取って折れてる場合じゃないだろ、俺!!
 頭を回せ、裏をかけ、心の隙を突け。正義なんて幻想は犬に食わせろ!
 とことん人間に徹し、魔法少女の裏をかけっ!

「ワルプルギスの夜……」
「あ?」

 絶望的な中。一縷の望みを賭けて、俺は反撃の『口火』を切った。



[27923] 第十二話:「ゆっくり休んで……お兄ちゃん」(修正版)
Name: 闇憑◆27c607b4 ID:cb2385d9
Date: 2011/07/03 00:31
「ワルプルギスの夜。そいつが……二週間後、この町に、来る」
「はぁ? なにタワゴト言ってんだ!?」

 意味が分からない、といった風な表情。

「だからよ……おめぇの事なんて、ホントはどーでも良かったんだよ。でも、なぁ……」
「でも、何だよ!
 っていうか、ワルプルギスの夜だってぇ!? そんな与太を、あたしが真に受けるとでも思ってんのか、殺し屋が!」
「……巴マミ……見なかったか?」
「あ?」
「なんだ、チェックしてなかったのか……打ち合わせだよ。ワルプルギスの夜を、どう撃退するかの、な」
「テメェ、嘘ついてんじゃねぇだろーな?」
「嘘は言ってねぇ……でなけりゃ……あんな正義の味方が……俺みたいな外道と、手を組む理由が無い」
「……っ!! 情報の出所はドコだ?」
「暁美ほむら……探してみろ。黒髪の魔法少女」
「……オーライ。で、あんたがあたしに絡んだ因縁、一体何なんだ?」

 さあ、本番だ。

「八つ当たりさ、ただの。御剣、って名前……憶えが無いか?」
「御剣? どの御剣さんだよ?」
「御剣爽太、御剣茜……俺の父さんと母さんだよ」
「あいにくと知らねぇな」
「そうかい……お前さんの親父さんにしてみりゃ、イイ金づるだったと思うんだがな」
「……………っ! 信者の……いつも来てた、あの夫婦! それが、どうしたってんだよ!」
「死んだんだよ。お前さんの親父さんたちのの自殺の後追いでよ……俺と、姉さんと、妹まで無理心中に巻き込みかけて。
 『神父憎けりゃロザリオまで』じゃねぇけどよ。だからお前さん見かけて、カッとなって八つ当たっちまった。
 だから、筋を違えたのは、俺のほうだ。お前さんは悪くは……」

 と……

 彼女の顔面が、蒼白になっていった。……なんだ、おい?

「嘘だ……」
「は?」
「嘘ついてんじゃねぇ!! テメェ、マジで殺スぞ!!」
「嘘じゃねぇよ!!」

 思わず怒鳴り返す。

「最初、魔法少女になって死んじまった姉さんを助けるために、俺が魔法少年やってたんだよ。ンで、今は沙紀を助けて……って、おい!」

 襟首を掴まれ、無理矢理持ち上げられ……

「嘘だぁ!!」

 振りまわされ、今度はリビングの壁に叩きつけられる!

「がっ……はっ!! お、おい……お前……何」
「殺し屋風情が、テキトーな事ぬかしてんじゃねえ!!」

 おかしい。
 ドコで俺は彼女の地雷を踏んだのだ?
 なんにしろ、この激昂っぷりでは会話が通じそうにない。……くっそ、ダメか!

「お兄ちゃん!」
「死ねぇ!!」

 バンッ!!

「そこまでよ! 佐倉杏子!」

 槍の切っ先が、俺の心臓を貫く寸前。
 銃弾がそれをはじいてのける。

「巴マミ……はっ! 正義の味方のアマちゃんが、こんなトコに何の用さ?」
「それはこっちの台詞よ。
 私の縄張りで、私の弟子にチョッカイ出して……タダで済むと思ってるんじゃないでしょうね!?」
「へっ、せせこましい事言いやがって。誰がアソコがあんたのモンだって決めたってんだよ?」
「私よ。何か文句でも?」
「はっ、大アリだぜ。こちとら魔女が少なくて、美味しい狩り場に餓えてるんだ。ちったぁおすそ分けして欲しいもんだね」
「お断りね。少なくとも……魔女どころか『人間風情に』不覚を取るような魔法少女が、私の狩り場でやって行けるわけが無いわ」

 さらっと言った言葉に、佐倉杏子の顔が紅潮する。

「っ!! てっ……てっ、テメェ!!」

 ふと、俺の方を凄い形相で睨んで来たので、軽く中指おっ立てて答える。
 ……バレてんだよ、バーカ、と……

「で? 今度は本人の家に押しかけて、お礼参り? 『恥の上塗り』って言葉、知ってらっしゃる?」
「っ……!」

 と、不意に巴マミが、見下したような目線と、口調を変える。

「佐倉さん……あなた、魔法少女に向いてないんじゃないかしらぁ? 引退をお勧めするわぁ。
 常々おっしゃってましたわよねぇ? 魔女が人間を食べて、魔法少女が魔女を食べる、って……じゃあ、その人間に負けた貴女は、なんなのかしらぁ? しかも、ボコボコにされて、見逃してもらったんでしたっけぇ?
 お可哀想に、同じ魔法少女として、ご同情申し上げますわぁ。ホーッホッホッホッホ♪」

 ……何というか。
 縦ロールの金髪で、お嬢様口調で佐倉杏子を挑発する巴マミの姿は、似合いすぎてて怖かった。
 そして……

「……殺ス!」

 挑発に怒り狂った、佐倉杏子の槍の切っ先が、彼女に向けられる中。

「やってみなさい! ……言っておきますけど、今夜の私、美味しいご飯を食べ損ねて、少々気が立ってますの」

 それに一喝して答える巴マミ。

 なんというか。
 猛牛の如く怒り狂う佐倉杏子の殺気を、燃え盛る紅蓮の業火だとするならば、今の巴マミの殺気は高温のバーナーの蒼い炎だ。
 一見、涼しげな蒼だが、その実はどんな炎よりも熱く、鉄をも溶かし斬る激しさを秘める。
 そんな殺気が、並べられたマスケットの銃口から覗いている。

「っ……ぐ……ぬ……クソッ! 憶えてろ!」

 今夜、この場では勝てない。
 そう悟った佐倉杏子は、捨て台詞を残して、再度撤退していった。

「……まさか、こんな外道に、騎兵隊が来るとは、思わなかったぜ……」
「あら? 私は沙紀さんの友人ですわ。だからちゃんと『地面を走って』ここまで来ましたわよ?」
「ははは、そいつは良かった。罠を元に戻す手間が省ける。っていうか、すごいタイミングだったな、狙ったのか?」
「ええ。ですから颯太さん」

 にっこりと微笑みながら、巴マミが言い放つ。

「あなたの縄張り、『魔女の釜』ごと、わたしにくださいね?」

 俺の顔面が、蒼白になった。

「どこで……それを?」
「キュゥべえに聞きました。安心してください。あなたを責めるつもりも、『魔女の釜』を破棄しろ、ともいいません。
 ただ、私の保護下に入ってもらう。それだけです」
「お前、あれが何か……知って……」
「ええ。でも、致し方ありません……正直、あまり気分は良くありませんが」
「……選択肢は無い、か。クソ」

 嘆息する俺に、巴マミが実にいい笑顔で笑いやがる。

「ですから、約束守って……『最後の時』は、私のソウルジェムを砕いて、殺してくださいね? 颯太さん」

 そんな笑顔を見ながら……俺は、自分の意識が、まただんだんと遠のいて行くのを、感じていた。



「……お?」

 意外な事に。
 目が覚めたら、病院だった。

「沙紀? ……痛っ……」

 全身を覆う痛みに、意識が急激に引き戻される。

 ……ああ、最近、こんな重傷、負ってなかったからなぁ……

 沙紀自身が移される痛みの限界点を超えた場合、『残り』は自力で治すしかないのだ。
 今回の場合、怪我の個所が幾つもあった事が、ネックになったか。

 ……だけど、骨折は治ってるし、主要な腱は動く。
 おおよそ、筋肉痛と打撲状態か……安静にして、おおよそ問題無く動けるまで、全治三日、って所か。

「ふへ……あ、お兄ちゃん、気付いた」
「ああ、沙紀。……ごめんな!」
「ううん……ごめんね。治しきれなかった」
「無理しなくていい。これだけで十二分だ」

 で、あの後、どうなったかと沙紀に聞くと。
 とりあえず、乱闘の後かたずけもそこそこに、俺を治した後、救急車を呼んだらしい。俺の負傷の原因は、喧嘩……という事になっている。
 ……まあ、間違いではない。

「で、ここは?」
「見滝原の総合病院だよ。ほら、私も昔、お世話になった」
「ああ、そうか……病棟が違うのか」

 見覚えの無い景色だが、良く見ると名札プレートの部分だとか、細かいパーツに共通項目を見いだせる。

「とりあえず、暫く、また寝かせてくれ……なんだか、猛烈に眠い」
「うん。ゆっくり休んで……お兄ちゃん」



[27923] 第十三話:「……俺、知ーらね、っと♪」
Name: 闇憑◆27c607b4 ID:cb2385d9
Date: 2011/05/29 02:56
 巴マミが、俺の縄張りを保護下に置いた、という情報は、魔法少女たちの世界にそれなり以上の衝撃を与えたらしい。

『あの正義の味方のベテランが、『顔無しの殺し屋』と手を組んだ』
『一体どういう事だ?』

 と。
 中には、俺の身柄引き渡しを要求してくる魔法少女も相当居たそうだが、彼女はそれを突っぱねたらしい。
 曰く。『佐倉さんに一度は勝ってくれたのが役に立ったわ』と……

 まず、その『顔無しの殺し屋』が人間だという事。
 その人間が、一度は佐倉杏子すら退けた事。
 そして、その縄張りの中に入ってきた、魔法少女のみを獲物にしている事実。
 巴マミ自身も『運よくソフトな接触が出来たに過ぎない』と説明し、『殺す事は出来ても、勝てる気がしない』と。

 そして……

『魔女という怪物と戦い続ける私たちは、私たち自身が怪物にならないように心がけねばならない。
 魔女も魔法少女も、人間にとっては基準を逸脱した、怪物でしか無いのよ』
『正義のために、人間のために戦い続けてると、あなたは言えるの? 言えるのならば、彼女の行動も理解できるハズよ。
 彼女は身の回りの『怪物』の存在を知って、自分と周囲の安全を守るために戦っているに過ぎない、タダの人間よ』
『もし、あなたがグリーフシードのためだけに魔女を狩り続けるのなら、人間にとってはあなたも魔女と同等の存在でしか無いのよ。
 恨む気持ちは分かるけど、彼女をそっとしておいてあげて』

 ってな具合に説得。
 それでも納得しない、人間舐めた魔法少女たちには、

『それじゃあ、直接決闘してみる?
 あの武闘派の最右翼、佐倉杏子を一度は叩きのめした『人間』と、真剣に命の取り合いを。
 言っておくけど、彼女は顔を見た相手は、身の安全のために確実に殺している……というか、それ以外の方法が取れないの。佐倉杏子だからこそ、逃げられたようなモノ。
 『それでも良い』というのなら、立会人は引き受けるわ。
 もっとも、彼女は手ごわいわよ。魔女はともかく、魔法少女という存在を知り尽くしてる。少なくとも、私は闘いたくはないわ』

 と、実にいい笑顔で話を振った結果、誰もが沈黙せざるを得なくなったらしい。
 武闘派の最右翼佐倉杏子を退け、穏健派の実力者巴マミに『闘いたくない』と言わしめる、顔も得体も知れない『人間』の実力者。『見滝原のサルガッソー』の『顔の無い殺し屋伝説』に、新たな伝説が加わる事によって、俺の……というか、巴マミの保護下にある、俺の縄張りに入って来る魔法少女は、激減したそうな。

 ……実際は、最弱の人間に過ぎないんだが、なぁ……

 あと、災難だったのは、面子丸潰れな佐倉杏子だが……まあ、その辺は諦めてもらおう、としか言いようが無い。
 一部では『人間に負けたの? プッ』な扱いになっちゃったとか。日ごろ、実力派を気取ってただけに、かなり評判的に致命傷っぽく、広げ過ぎた縄張りに、他の魔法少女からチョッカイ出されて大変な目にあってるらしい。
 ……俺、知ーらね、っと♪

 魔女に対する狩りも、俺が巴マミのパートナーとして動く事を約束した事によって、ある程度の解決を見る。
 何しろ、彼女の狩り場は、ベテラン以外には死地としかいえない魔女多発地帯だ。そもそも、そこをソロで守ってるって事自体が、彼女の実力が半端ではない事を示している。
 ……俺としては、正直、魔法少女の闘いについていけるかどうか、不安過ぎるのだが。俺は俺のやり方があるし、噛み合うかどうかは……実戦で試してみないと、分からない。



 で……その実戦の前日。

「んっ、よーやっと明日、退院、か」

 体が治ったところで、調子を確かめるために病院を散策中。
 ふと……

「バイオリン?」

 屋上に通じる階段からバイオリンの音が聞こえ、俺は足を止める。
 誰かの独演会だろうか?
 正直、芸術方面に疎い俺に、曲のタイトルや演奏の技巧の凄さなどは分からない。……が、何となく『いい曲だな』とは、素人の俺にも分かる演奏だ。
 必然的に、俺はオーディエンスの一人として、足を屋上へと向ける事に。
 演奏を妨げないように、静かに屋上の扉を開けると……一人の入院服の、俺とそう年齢の変わらない少年が、バイオリンを手に演奏しており、その周囲を大人たちが囲んでいた。
 そして……

「っ!」

 思わず絶句してしまう。あの時の、超絶馬鹿ルーキー!!
 だが、彼女も曲に聞き惚れており、こちらには気付いていない。
 なんとか声を押し殺して、扉を静かに閉じる。

 ……ヤヴぇ……どーしたもんか。

 とりあえず、逃げる事を考え、階段を下りる。顔を合わせたら、厄介な事になりかねない。
 まず、速攻で退院の手続きを取って、この病院から逃げ出しながら、沙紀と合流して……

「あ、お兄ちゃん♪ こんな所に居たー!」
「ぶっ!! 沙紀、おま、何……しーっ、しーっ!!」

 と……
 背後の屋上の扉が静かに開き、例のルーキーがにこにこと笑いながら、こちらを手招きしていた。

 ……神様、何なんッスか、この盛大なトラップ?



 パチパチパチパチパチ……

 演奏者の少年に拍手を送るが、俺はもう正味、曲を楽しむ心理状態じゃなくなっていた。
 幸い、ソウルジェムは沙紀自身が近くにいる事によって、確保できているが……いつ戦闘になるか、というと分からない。
 と……

「……あの、もしかして……上条、恭介先輩、ですか?」

 沙紀の奴が、おずおずと演奏者の人に問いかける。

「え? あ、うん……君は?」
「やっぱり! 私、ファンだったんです!」

 ぶっ!

 ……ちょ、ちょ、ちょっと待て!?
 そーいえば、沙紀が一時期、みょーにクラシックとか聞いてた気がしたが、彼が原因だったんか!?

「おい、沙紀。いきなり迷惑だぞ!
 あー、その……何だ。
 俺ぁ音楽とか芸術とかって、よく分かんないガサツ者だが……『良い演奏』だった、ってのは分かった。すげぇな、あんた」
「あ、ありがとうございます。その……さやかの友達、ですか?」
「いや、友達っつーか、知った顔っつーか……ちょっと、ね」

 とりあえず、どう説明していいのか分からず、目線をそらす。

「あー、私とまどかがね、悪い不良に絡まれてる所を、助けてくれた人。すっごいカッコイイ剣術使いなんだよ」

 ルーキーの説明に、とりあえず話をあわせておく。……まあ、大体間違ってない。

「そうなんですか。ありがとうございます。……剣術、ですか?」
「いや、まあ……助けたっつーよりも、彼女たちに絡んでる相手にムカついて、こっちが勝手にキレて暴れただけだよ。大した事じゃねーんだ。お嬢ちゃんたちの事は、正味ついでだった」
「いえ、それでも親友を助けて頂いた事に、変わりはありませんから……ええっと……」
「あー、御剣。御剣颯太。こいつが妹の、御剣沙紀。俺も知らなかったが、どうやらあんたのファンだったらしい」
「はい、御剣さん。ありがとうございました」

 折り目正しく、俺に頭を下げるところを見ると、本当にイイトコのお坊ちゃんらしい。
 だが……少なくとも俺は、人として、一個の男として、彼を舐めてみる事は出来なかった。
 下らない自論だとは思うのだが。
 芸術にしても娯楽にしても、イチゲンの素人を虜にしてこそのモノじゃないかと、俺は思ってる。
 無論、玄人向けを否定するつもりは無いが、彼の演奏はクラシックというジャンルに、素人を引っ張りこめるだけの魅力がある事は、事実だと思った。
 そして、そういうスキルの持ち主は、得てして自分に厳しい努力家でありながらも、他人が自分をどう見てるかをしっかり理解出来るタイプなのでは……と思ってる。

 ンで……そういうタイプは、経験上、敵に回すと結構怖かったりするのだ。

 他者の視点を理解できるという事は、他人の思考を読めるという事。インキュベーターたちの理詰めの怖さとは、また別の、人間の非合理で衝動的な行動をも読み取って、先手が打てたりするワケである。
 これは怖い。かなり怖いスキルである。

 まあ……とりあえず、頭の隅っこに、この『ルーキー』への恫喝手段としてのストックに入れておく、として。

「……まあ、とりあえず。明日の退院前に、イイモン聞かせてもらったよ。
 じゃあな……って、おい、沙紀!」
「お兄ちゃん、先に病室行ってて」

 目をキラキラさせながら、その場から離れようとしない沙紀。……いや、お前がおらんとソウルジェムが……

「あー、とりあえず、病室、戻りましょうか? 続きはそこで」

 ルーキーの言葉に、俺も不承不承うなずいた。



[27923] 第十四話:「……どうしてこうなった?」
Name: 闇憑◆27c607b4 ID:cb2385d9
Date: 2011/05/29 12:51
「……どうしてこうなった?」

 上条恭介の病室は、驚く事に、俺の入院してた部屋の隣だった。

 ……神様、神様……何なんですか、この嫌過ぎる状況。

 ってか、たった三日とはいえ、このルーキーに寝込みを襲われていた可能性を考えると、背筋に嫌なモノが止まらない。だって、正味、何しでかすか分かんないんだもん。馬鹿過ぎて。

 で、沙紀は俺にソウルジェムを預けると、上条氏の部屋に入って、あれやこれやマシンガントークで彼を責め立てていて……

「おい沙紀、少しは遠慮しろよ!」
「うーっ、だーってぇ!!」

 なんというか、アイドルを前にした少女の目線に慣れてないのか、戸惑う上条恭介。

「いえ、お構いなく。……元気でいい妹さんですね」
「あ? ああ……まあ、見ての通り、最近、ワガママになって、ちょっと手を焼いてるんだ。
 初対面の人間だって自覚が無いらしくて……いや、ほんと申し訳ない」
「うー、だって、見滝原小学校の頃から、ファンクラブがあったんだよ?」
「あははは、恭介、モテモテだねー♪ こんな小さい子供に」

 と、

「ごめん、恭介。ちょっと彼女の相手してあげてて。私、彼と話があるから」
「さやか? ……ん、わかった」

 ルーキーの言葉に、あっさりと承諾する上条恭介。

「おっ、おい! ちょっ、迷惑じゃありませんか?」
「大丈夫ですよ。それに、僕のバイオリンのファンを、無碍に出来るワケないじゃないですか。
 じゃあ、大事な妹さん、暫くあずからせていただきますね?」

 いや、もう。何というか、出来た御仁だ。

「いや、ほんと、申し訳ない! この馬鹿が迷惑かけるようでしたら、頭ひっぱたいてやって結構ですから!」
「ぶーっ、馬鹿はお兄ちゃんじゃない!」
「うるっせぇ! 上条さんに迷惑かけんじゃねぇぞ!」

 軽く沙紀の脳天に拳骨を降らせると、回りがクスクスと笑い始める。

「じゃ、あんたの病室で、話。しましょうか?」
「……ほいよ」



「……で、話って何だ? また弟子入り志願とかヌカすんじゃなかろうな?」

 ベッドに腰掛けながら、俺は枕元の2リットルのペットボトルと、紙カップを二つ、取り出す。

「ううん、その話はもう無し。
 っていうか、弟子志願の資格すら無い、って分かっちゃった。……本当に死ぬかと思った」
「……ああ、例の? キュゥべえに確認取ったんだ?」

 ジュースを注ぎながら、とりあえず片方のコップを手渡す。

「うん、あんな痛い思いしながら、あんたは前に出て戦ってたんだね。息つく暇も無い、あんなすごい速攻にも、ちゃんと理由があったんだ……」
「まあな。
 反撃受けたら大ダメージ必至だからな……一発でも反撃受けたら、動きが大幅に落ちるだろうし。
 ……自分で言うのも何だが、まるでゼロ戦みたいな戦い方だしな。いざとなりゃ自爆特攻覚悟完了、ってか」

 軽くおちゃらける俺に、彼女がコップを受け取ると、ジュースを口にして言葉を切りだす。

「キュゥべえがね、言ってたよ。『痛みを消す方法は無いわけじゃないけど、動きが鈍くなるからおすすめしない』って。
 その言葉を聞いて、ピンと来たんだ。
 あれだけ痛い思いをしながら、必死になって前に出て戦ってきたあんただからこそ、あれだけの早さで技を振るう事が出来たんだ、って。
 ……私には、無理だよ」

 そのまま、うつむいて黙り込んでしまう、ルーキー。

「ねぇ……私に、正義の味方って、無理なのかな?」
「まあ、馬鹿には向かないんじゃない? 俺やお前みたいな」
「そんな事ない!」

 叫ぶ彼女が、俺を見据える。

「あんたが正義の味方をやめちゃって、殺し屋みたいな事をしてるのは知ってる。
 でもさ……あの場所で、佐倉杏子相手に立ちふさがって、あたしに説教したあんたは、間違いなく正義の味方だったんだ!」
「……あの場限りの事だろ? 判断早えぇよ」
「違う! 私たちが押しかけて、沙紀ちゃんを人質にとった、あの時のあんたの目。
 『俺を殺せ』って言った時、あんたは……ほっとしてた!」
「……は?」

 わけの分からない事を言い出すルーキーに、俺は首をかしげる。

「あんたさ、魔法少女を殺したくなんて、なかったんじゃないのか?」
「ばっ、馬鹿言え! 俺はこの手で、何十人も」
「知ってる。話だけだけどさ。
 でもさ……あんた、あの時、泣いてるように見えたんだ。『終わりにしたい。もうやめたい』って」
「俺がやめたら……」
「だから、あんた自身はどうなのさ? 沙紀ちゃんとか抜きに。
 ……あんたは魔法少女を殺して、楽しいのか?」
「『楽しい』っつったら、どうすんだよ?」
「嘘だよ。あんたは人殺しを楽しめる人間じゃない……何となく、分かるんだよ。そういうの」

 っ!!
 俺は、心の中で、このルーキーに対する評価を変更した。彼女は馬鹿だ。馬鹿だが、カンだけは妙に鋭いタイプ。
 こういうタイプは、色々と厄介なのだ。
 理詰めで行動してるこっちの意図を、変な所で見抜いて答えだけ先に出してくるから、怖い。ほとんどの場合は何でもないが、俺みたいなタイプが一発逆転を喰らう可能性が高いのも、このタイプだ。

「チッ……勝手に勘違いしてろよ。だがな、人の頭の中を量ろうってんなら、理屈で考えないと痛い目を見るぜ?」
「理屈なら、あるよ。
 ……あんたの説教。あれ、本気で怒ってた。
 人間、嘘じゃ怒れないよ。怒ってる時の言葉って、大体本音じゃないか」
「……………………どうだかなぁ?」
「きっと、あんたは……物凄く苦いモン飲んで、いっぱい痛い思いをして、『正義』なんて名乗れなくなっちゃったんだ。
 私の痛みなんて、比にならないくらい、いっぱいいっぱい、痛い思いや、悲しい思いをして」
「テキトーな事ぬかして、知った風な口、利いてんじゃねぇよ」
「……ごめん」

 ……なんというか。あんな短い間に色々と見透かされたのは、初めてだ。
 
「おい、ルーキー。お前がもし、まだ正義の味方を志すんなら、一言、忠告しておく。
 カンだけを頼りに、悪党を信じるな。俺みたいな連中は、何も考えてない自信満々な正義の裏をかく事には長けてる。
 あと、『正義の味方』を辞めた人間の再就職先ってのは、大概が『悪党』だって事も憶えておけ」
「そうやって、忠告してくれるだけ、あんたは優しいんじゃないのか?」
「そうか? お前、俺が出したジュース。俺が口をつける前にあっさり飲んだろ?」

 笑いながら言う俺の言葉に、彼女の顔面が蒼白になる。

「……!!」
「安心しろよ。毒なんて入っちゃいねぇ。
 そもそも、魔法少女に毒はあまり効かない事が多いし、癒しの力が強ければ尚更だ」

 そういって、俺は自分の分のジュースに口をつけた。

「だがな、そのユルさと甘さは、致命的な隙になるぞ。気をつけな。
 所詮、俺の正義なんてのも、借り物だしな」
「……借り物?」
「俺は、沙紀の力が無ければ、魔法少女相手なら兎も角、魔女相手には何も出来ん、ただの男だ。
 だが、お前のその力は、代価を払って得た自前のモンだ。だったらお前自身が、好きなように好きにすりゃいい。
 ……ほんとは、俺がアソコで四の五の抜かす余地なんて、無かったんだよ」
「違う」
「違わねーよ。魔法少年と魔法少女。どっちがヒデェ目に遭ってるかっつったら、魔法少女のほうだ。
 何しろ俺は、沙紀を割り切って見捨てさえすりゃあ、普通の生活に戻る事は出来るんだ。
 それが出来る程、器用に出来ちゃいねぇだけで、本来は魔法少女の世界に首突っ込む必要性なんて、俺個人には殆ど無ぇんだよ」
「……あんたは、そうやって、正義に絶望してきたのか?」
「よせよ……俺の動機なんて、今更、家族大事と復讐くらいなモンだ。
 大量虐殺が罷り通るよーなご立派な動機じゃねーし、『正義の味方』なんてモンは、とっくに犬に食わせたさ」

 と……その時だった。

「かっ、上条さん! わたしと付き合ってください!」

『ぶーっ!!』

 隣室から響いた沙紀の叫び声に、俺とルーキーが二人揃って、ジュースを吹きだした。



[27923] 第十五話:「後悔、したくなかったの」
Name: 闇憑◆27c607b4 ID:cb2385d9
Date: 2011/05/30 09:02
「えっ、えっ、えっとぉ……」

 流石に、引きつった顔を浮かべて戸惑う上条氏に、きらきらした目のまま迫る沙紀。
 そして……

「こン大馬鹿モンがーっ!!」

 隣の病室からダッシュで駆けよると、手加減抜きの拳骨を、沙紀の脳天に落とした。

「いったー!!」
「なーに初対面の相手に、いきなし愛の告白しとるかーっ!! 相手の迷惑考えんかーい!!」
「うにゅううううう、だってぇ……」
「だってもヘチマもあるかい! お前、見て分からんのか!
 言っておくが、お兄ちゃんは『他人の彼氏』を略奪するよーな性悪女に、育てた覚えはないぞ!!」

『え!?』
『は?』

 今度は、石化するルーキーと上条氏。……なんか、お互いに気まずい表情で顔を合わせてる。
 ……マテマテマテマテ? なんだ、その微妙な反応。

「あ……あの、すいません。勘違いだったら申し訳ないのですが……その、お二人は、いわゆる恋人という関係では……」
「いっ、いっ、いえ! 私たち、ただの幼馴染なんです。生まれた時から、ずっと一緒で、いるのが当たり前ーみたいな」
「そ、そうです。ねぇ、さやか」
「う、うん! あは、あははは……」

 何というか。
 もうイイ雰囲気な感じの仲だったので、てっきりそーいうモノなのかと思っていたのだが。
 どうやら、何か俺は盛大な勘違いをしていたらしい。

 と、

「つまり……私が今、上条さんに告白しても、何の問題も無いって事ですね!」
「大アリじゃボケぇぇぇぇぇ!!」

 再び目を輝かせ始めた沙紀の脳天に、本気拳骨、第二弾が直撃!

「うにゃああああああ!! 痛い、本気で痛いよお兄ちゃん!」
「痛いのはお前の行動パターンじゃあああああ! なんで初対面の相手に告白とかするかなー!?」
「うう、だって、お兄ちゃんが教えてくれたじゃない! 『物事なんでも先手必勝、肉斬らせる前に相手の骨を斬れ』って……」
「そりゃ、ウチの剣術の流儀であって、愛の告白に応用していいモンじゃねーよ! あと『敵を知り、己を知った上で』って前提条件を忘れてんぞ!
 ……すいません、すいません。こんな『己を知らない』馬鹿な妹で、ほんと申し訳ない!! よーく言って聞かせますので」

 もうペッコンペッコンと、米つきバッタの如く、頭を下げざるをえない。

「は、は、ははは、中々、豪快な剣の流儀ですね」

 上条氏の引きつった顔に、俺は頬をかきながら。

「いや、剣術の流儀というよりも、どっちかというとコレは師匠の教えてくれた、喧嘩芸の部分が大きくて」
「喧嘩……芸、ですか? えっと、どんなモノなんです?」
「あー、いや、その……俺に剣術の基本を教えてくれた師匠はトンでもない人でしてね。超の字がつく実戦派だったモノだから、よくチンピラ相手に喧嘩売ったりとかもしてたんですよ。
 で、格闘技なんかと違って、実戦の喧嘩では、最初の一撃を全力でぶちかます事が、一番重要なんだって教わりまして。
 実際、複数相手じゃない限り、素手でも一対一なら、一発イイのが入れば終わっちゃうんですよ。仮に一撃で倒せなくても、怯んだ所をボコボコにして行くという……そういったダーティな小技や心得を、師匠が『喧嘩芸』って言って、剣術とは別に俺に叩きこんでくれまして。
 ……すいません、ホント、物騒な話ばかりで」
「い、いえ……なかなか貴重なお話だと、おもいます」

 もー、完全にドン引いた上条氏の表情に、俺も泣きたくなる。
 ……あああああ、完全にチンピラだと思われたぁぁぁぁぁ、いや、間違ってないけどさぁ。

「は、ははははは、そ、そう言って頂けると助かります。
 じゃあ、私らはこれで……こらっ、沙紀! 行くぞ!」
「やぁー! お兄ちゃんの馬鹿ー! 今がチャンスなのにー!」
「いい加減にしねぇか! 『引き際』ってモンも教えただろうが!」
「みにゃああああああああああ!! まだだ! まだ終わらぬよーっ!」
「やかましい! お前と付き合う男は、俺より喧嘩が強い男だけじゃーい!!」
「そんなのお兄ちゃん言ってなかったじゃなーい!」
「今、俺がこの場で決めたわ! このウスラトンチキが!
 ……どうも、ホント、お騒がせいたしました! 失礼しゃっす!」

 そう言って、みゃーみゃーと泣き叫ぶ沙紀の耳を引っ張って、ぐいぐいと連れだす。
 あああああああ、忘れてもらいてぇ、この天然兄妹漫才……色んな意味で!!



「……………」
「………」

 夕暮れ時を過ぎて、窓の外が宵闇に落ちかける。
 入院見舞の退出時間が迫る中。
 俺と沙紀は、自分の病室で顔を背けながら、それでも離れられないでいた。

「なあ」
「ねえ」

 ようやっと、切り出そうと思ったタイミングまで、かぶってしまい、さらに気まずくなる。
 結局……

「……沙紀からいいよ」
「う、うん……あのね、後悔、したくなかったの」

 その言葉に、俺は胸を締め付けられる。

「自分でも、無茶苦茶だって、分かってるから。
 それに、お兄ちゃんだけじゃなくて、もし仮に……上条さんまでが『魔法少年』になったら、多分、もう私、耐えられない……」
「そうかい」

 そう言って、俺は沙紀の頭を撫でた。

「お前は、スッて後悔しない博打を選んだんだな?」
「……うん。一応、迷惑かもだったけど、気持ちは伝えられたし。
 それにお兄ちゃんも、いつも言ってるじゃない。『私は私、お兄ちゃんはお兄ちゃん。『自分』と『他人』の境目は、ハッキリさせろ』って。
 私は上条さんが好きだけど、上条さんは私の事なんて知らないんだから、無謀だってのは分かってたの。それに……『最悪』を考えちゃうと」
「馬鹿。そのために、俺がいるんだろうが……」
「うん……分かってる。だから、お兄ちゃん信じてるよ。私が魔女になっても、私を殺してくれるって」
「……ん、約束する」

 と……

 がしゃん! と……花瓶の落ちる音が、廊下に響く。

「っ!!」

 振り返ると、さっきのルーキーが俺の病室の入り口に居た。

「ど……どういう……事?」

 しまった! 聞かれたか!
 自分の迂闊さを、思いっきり呪うが、時すでに遅しだ。

「ねえっ! 魔女になる、って……どういう事なの!」
「沙紀……」
「……う、うん」

 とりあえず、まず聞くべき事は一つ。

「……聞いたのか?」
「顔、出しづらくて……それより、どういう意味なの!? 殺して、とか……何かおかしいよ、あんたたち!」

 さて、どうしたものか

「ルーキー、その花瓶片付けたら、屋上行こうか。あまり、他人を巻き込みたくない」



[27923] 第十六話:「そうやってな、人間は夢見て幸せに死んで行くんだ」
Name: 闇憑◆27c607b4 ID:cb2385d9
Date: 2011/05/31 05:06
「……さて、と、ルーキー。とりあえず最初に言っておくが」

 屋上にあがって、沙紀を庇いながら。
 俺はルーキーに向かって口を開くと、それを遮って彼女が返してきた。

「その前に、その……ルーキーって言い方、やめてほしいな。私には、美樹さやかって名前が、ちゃんとあるんだ」
「……オーライ、美樹さやか。最初に言っておくが、質問の内容によっちゃ、俺はお前の命を貰わなきゃいかん。
 コトは慎重に問え」

 殺気を消さず、威圧するように。
 静かな、しかし優しい言葉で、俺は、ルーキー……美樹さやかに問いかける。

「いっ、命!?」
「情報、ってのはな、そういうモンなんだ。
 知っちまったが最後、恨みは無いが……って事もある。
 ……本来、俺の切り札を見てるお前を、生かしておいてるのだって、『出血サービス』の内なんだぜ?
 まあ、さっきの出来事は、お前にとって、気の毒だったたぁ思う」
「……………」
「だから、命が惜しいのなら、黙ってこの場から逃げ出すのが一番だ。今ならば、俺はお前を追わねぇ。
 美樹さやか。お前が俺を知ったように、俺もお前を知り過ぎた。いくら俺が殺し屋だからってな、仮にも一度は弟子になんて志願してきた相手と、命の取り合いを好きこのんでしたいとは、思わねぇんだよ」
「……あっ、あたしは……」

 戸惑い、迷うルーキー……もとい、美樹さやかに、俺は続けて、可能な限り、優しく、囁いた。

「なあ、逃げちまえよ。耳をふさいで、聞かなかった事にして、全てを忘れるんだ。
 そんでな……借り物の力で、正義の味方を気取ってた、馬鹿なチンピラの事も、ついでに忘れちまえ。
 巴マミの下で、がんばって行きゃあ、いつかは真っ当な正義のヒーローになれるかもしれねぇぜ?」
「嫌だ!!」

 絶叫する、美樹さやか。

「忘れるもんか! あんたは……私にとって、あの時のアンタは、本当の正義のヒーローだったんだ!
 馬鹿な私には想像もつかない、酷い目と、痛い思いと、苦い思いを振り切って、ただ『正義の味方の魔法少女』に酔ってただけの私に、あんたは誰かのために戦う、ホントウの『正義のヒーロー』ってモノを、私に示してくれたんだ!」

 こっ、こっ、この……超絶馬鹿女っ!!!

「バカヤロウ! ありゃあ、おめーのタメなんかじゃねぇ! 全部俺の勝手でやった事だ!
 一度でも正義を気取った悪党の末路が、どうなるかなんて、お前知ってんのか! 何で俺が入院してたと思ってる!」
「っ……それでも……私は……」
「それが現実なんだよ! 認めろよ!
 俺は、妹と手前が大事なだけの、タダの男だ。
 そんな小悪党が、『正義』なんてモンに一時の怒りにまかせて酔って、佐倉杏子に逆撃の夜襲喰らって、殺される寸前までイッたのが、今の俺のザマだぞ!
 挙句、巴マミに全部の縄張りを預ける羽目になっちまった……俺の縄張りの『最大の秘密』ごとな。クソッタレ!」
「……その秘密とやらも、『言えない事』なの?」
「ああ。きっとお前が聞いたら、怒り狂うぜ? だから言えないし、そもそも、言う意味もない……まあ、今のままのお前なら、キュゥべえに教えてもらえるんじゃないか? 『お前を俺に、けしかけるために』、な」
「なんでキュゥべえが、あたしをアンタに、けしかけるような事をするのさ!」
「その秘密が、キュゥべえにとって凄く都合が悪いからさ。
 俺の縄張りに送り込まれてくる『正義の味方』ってのは、大概、そんな口車に乗せられた、哀れなルーキー連中だよ。
 ベテランクラスだったら、俺がやってる『秘密』の意味を知って、逆に自分で利用しようとするから、あんまり強いのはやってこないのさ」
「……嘘だ」
「嘘じゃねぇよ。キュゥべえに俺の事聞いてみ? 多分、ボロッカスに俺の事言うぜ。
 ンでな『騙されちゃだめだよ、さかや。彼は典型的な詐欺師で、殺し屋なんだ。気を許しちゃダメだ』とか言いだすハズだぜ。……まぁ、間違っちゃイネェが、な♪」

 とりあえず。
 さっきの内緒話から、話の話題をズラす事には成功したが……ちょいと泥沼っぽいな、こりゃ。

「だからよ……忘れちまえ。そして、巴マミの所に行きな。
 ほら、政治家の皆さんも言ってんだろ? 『わたくし、記憶にございません。すべてキュゥべえのやった事でございます』って、な……」
「ふざけないで!!」
「ふざけてねぇよ。それがお前のためだ。
 知らなくていい事は知らないほうがいい。そうやってな、人間は夢見て幸せに死んで行くんだ。
 苦ぇモン知って、無念抱えながら死んでいくのはな……辛ぇぞ……」

 と……

「……だったら……」

 いきなり、ソウルジェムを取り出し、変身する美樹さやか。
 ……ま、まさか!?

「だったら、力づくでもアンタから全部、直接、秘密を聞きだしてやる!」
「ッ! ……こンの、バカヤロウがあああああ!!」

 こうなった以上、手加減は出来ない。
 沙紀のソウルジェムを手に、俺も変身。手にするのは『兗州虎徹』……と……

「っつぇええああああああああっ!!」
「っ!!??」

 変身のタイムラグを突かれ、はるか外の間合いから、ゴルフスイングのように振りかぶった美樹さやかの剣が、屋上のコンクリートの床を、抉るように救いあげ……

 ガゴォォォォォッ!!

「ぐあっ!!」

 散弾のように飛散した礫片が、俺と沙紀めがけて降り注ぐ!
 しまった! ……迂闊、迂闊だ、俺の馬鹿……いや、病室に置き去りにして、直接人質に取られるよりかはマシか!

「やっぱりだね、師匠……普通の魔法少女だったら、こんな攻撃、屁でもない。
 でも、あんたは脆い。その速さと引き換えに、極端に脆いんだ!」

 左肩に刺さった破片が、じくじくと痛みを増していく。
 剣道でも剣術でも、両手で刀を振るう場合、軸となるのは左腕である。その左腕が今の一撃で殺されてしまったのだ。
 沙紀を庇いながらも、かつてないピンチに俺は絶句していた。

「この期に及んで、『師匠』かよ……馬鹿じゃねぇの、お前?」
「うるさい! あたしがアンタを認めてるんだ! だから……だから、あんたもわたしを認めて、話してくれたっていいじゃないか!」
「……そうかい。
 じゃあよ、古今東西、こういう時、師匠ってのはこー言うモンらしいぜ? 『つけあがるな、この馬鹿弟子がっ!!』ってな!」
「っ……この……馬鹿あああああっ!!」

 振りかぶって、再度の礫片の雨を向ける美樹さやか!
 兗州虎徹を捨てて、右手で沙紀を抱え、ダッシュで逃げながら礫片の雨を回避!

「っ、逃がすかぁっ!!」
「逃げるに決まってんだろタコ!」

 全速力で無事な右手で沙紀を抱えながら、ビルからビルの間を跳躍し、壁面を疾走しながら逃走しつつ。
 俺はどうやって、自分の縄張りまで逃げるかを、計算に入れていた。そこで罠にかけてしまえば、圧倒的な地の利が……

「げっ!!」

 見滝原大橋のアーチ上のてっぺんに、仁王立ちで陣取る、美樹さやかの姿に絶句。
 ……言っておくが、幅200メートル以上もある川を渡らねば、俺の縄張りまでは行けず。別ルートではもっと先回りされている可能性が高い!

「どうだぁっ! 師匠の縄張りになんか、逃がしたりはしないよーだ!」
「……甘ぇよ……」

 そう呟くと、俺は数百メートル離れたビルの屋上で沙紀を下ろすと、ソウルジェムから対物ライフル――バレットM82A1を取りだした。
 奴のソウルジェムを精密狙撃してる時間も余力も無い。破壊力で肉体ごとふっ飛ばす!!

「っ!! ちょっ、師匠! 鉄砲なんて反則、反則!」
「それがどうしたぁっ!」

 ビルの屋上の落下防止柵に、銃身を乗せた依託で安定させ、右手一つで対物ライフルを片手連続射撃!

「うわあぁぁぁぁぁぁ!!」

 両手持ちじゃなかった事と、傷の痛みで狙いが僅かに逸れた結果、辛うじて直撃は回避したものの、銃弾自体の衝撃波で吹き飛ばされた美樹さやかが、橋のアーチから足を滑らせて、川に転落。

「馬鹿が!」

 嘯きながらソウルジェムにバレットM82A1を収納しつつ、俺は沙紀を右手で抱え、ダッシュで橋の上のアーチを駆け抜ける。ここを抜ければ、あと少しで自分の縄張りだ。
 と……

「舐めるなあああああっ!」
「うお、しつこ!」

 アーチの真上に居る俺を狙い、一直線に刀の切っ先を向けて跳躍してくる美樹さやかの一撃を、俺は加速する事で回避し……

『そこまでよ!!』

 俺の足元と、美樹さやかの持つ剣に打ち込まれた銃弾。

 遥か彼方からのテレパシー……二キロほど先のビルの屋上で、巴マミが両手に二丁のマスケット銃を構え、それぞれの銃口で俺と美樹さやかを狙っていた。



[27923] 第十七話:「……私って、ほんと馬鹿……」
Name: 闇憑◆27c607b4 ID:cb2385d9
Date: 2011/06/04 00:21
『……………』

 とあるビルの屋上。
 俺と美樹さやかは、二人してコンクリートの床に正座で黄色いリボンで捕縛されていた。

「で、一体全体、私の縄張りで、私が巡回中に、魔法少女と魔法少年が乱闘事件を起こすなんて、どういう事なの?」

 額にカンシャク筋を浮かべた巴マミが、実にイイ笑顔で迫って来る。

「……すまねぇ、俺のミスだ。
 コイツに沙紀との内緒話を聞かれてな、はぐらかそうとしたら、いきなり襲われた」
「内緒話?」

 俺の言葉に、目線で美樹さやかに話を振る。

「魔女になるとか、沙紀ちゃんを殺すのって……師匠が」
「師匠じゃネェっつってんだろ?」
「ごっ、ごめん! でも……放っておけなくて。
 そんで、問い詰めても、『殺すぞ』って脅されたり、適当にはぐらかして答えられて……カッとなって……」
「カッとなって、沙紀ごと俺に向かって土●閃カマしたんだよな……『沙紀ごと巻き込んで』」
「あぅぅぅぅぅ……」

 ちなみに、現在、沙紀が俺の左肩を治療中である。
 ……相当に痛いハズなのだが、隙を見せようとせずに黙って治療してるあたり、沙紀の奴が妙に修羅場慣れし始めてて、怖い。

「それで、右手一本で沙紀さんを庇いつつ、美樹さんから逃げ回りながら反撃していた、と?」
「……まあ、そんな所だ」

 ようやく治療を終えた沙紀が、脂汗を拭うと、ちょこん、と俺の隣で正座を始める。

「……まず、美樹さん?」
「はい」
「あなた、本当に死にたいの?」
「え?」
「彼は『殺し屋』だって知ってるでしょ? 殺すと言う言葉に、遊びも冗談も無いのよ?
 あなた、殺される寸前だった事を、自覚なさい」
「……でも」

 いいよどむ美樹さやかに、巴マミは言い切る。

「いい事? 今回、あなたは本当に運が良かった。
 奇襲が成功し、更に、彼に沙紀ちゃんというハンデがあったからこそ、あなたは今、こうして生きてられるのよ?」
「うっ……そ、それは……」
「ワルプルギスの夜が来るまでは、確かに彼との同盟関係は有効よ。だからこそ、私も彼の縄張りを保護下に置く事にメリットを見出してる。
 でもね、『魔法少女』としては、決して後ろを見せていい関係じゃないの。私だって、いつ寝首を掻かれるか、知れたもんじゃないわ」
「そんな……」
「確かに、彼個人は、いわゆる『イイ人』かもしれない。
 でも、それと『魔法少年』としての行動規範は別の問題なのよ? 『必要があれば』彼は躊躇なくその刃を『魔法少女』に向ける。彼自身が言うとおり、今の彼は、『正義の味方』とは程遠い存在だって、自覚なさい」
「………」
「納得できない? ならば、今、この場で、沙紀ちゃんを私が保護したうえで、もう一度、彼と立ち会ってみる?
 ……今度こそ、確実に殺されるわよ、美樹さん」
「……いえ、無理です……」

 蒼白な表情で、自分が居た死地を悟ったらしい。
 ……まあ、正直、危なかったのはコッチのほうだったのだが。

「で、颯太さん」
「はい」
「あなたらしくない迂闊さですね。一体、何が?」
「……すまねぇ、純粋に俺のドジだ。色々動揺しててな」

 はぁ……と、溜息をつかれる。

「もしかしたら、あなた自身、気付いてらっしゃるのかもしれませんけど。
 ……『魔法少年』に向いてないのかもしれません」
「……かもな」

 ああ、分かってんだよ。
 ……カッとなりやすい所とか、変に甘いトコとか、人が良すぎるってのは。
 そもそも、首突っ込まなくてもいい殺し合いに、意地張って首突っ込んで、挙句、大量殺人をやってる時点で、俺はどこかがオカしいのだろう。
 先程の美樹さやかの質問に明言出来なかったのは、決して誤魔化しや嘘だけではない。

「ならば、話は早いわ」

 そう言うと、巴マミが紙束を一つ、取りだした。

「これは?」
「あなたが殺してきた『魔法少女』の関係者からの手紙。当然、差出人は全員『魔法少女』よ」

 っ……!!

「『直接、顔を合わせられないなら』って事でね……私が預かってきたの。当然、逆探知なんかの魔法は、かかってないわ」
「……俺に、どうしろってんだ?」
「どうもしないわ。ただ……」

 悲しそうな、憐れむような目で、巴マミは俺を見る。

「もし、返事が書きたいのならば、私が彼女たちに届けます。ただ、それだけ」
「……っ!!」

 目の前の紙束が、一瞬で100キロのバーベルに変化したような。
 そんな重さを前にして、思わず目がくらんだ。

「颯太さん。『今なら間に合う』なんて、気休めを言うつもりはありません。
 あなたは私たち並みの魔法少女より、遥かに重い星のめぐりのもとにいるのかもしれません。
 でも、だからこそ……これ以上、余計な荷物を背負う事は、もう必要ないのではないですか?」

 暗に、引退をほのめかされ、俺は……

「……好きこのんで背負いこんだモン、今更下ろせるかよ」
「そうですか……」

 沈鬱な表情になる巴マミ。
 ……チッ!

「すまねぇが、ちょっと解いてくれねぇか? その手紙の束、貸してくれ」
「はい」

 リボンが解かれ、手渡される手紙の束。
 それに俺は……握りつぶすと、ポケットから取り出したライターで火をつけた。

「っ!」
「ちょっ! あんた!」
「好きこのんで死にに来た奴の恨み節なんか、コッチの知ったこっちゃねーんだよ……
 巴マミ。伝えてくんな。『手紙は全部、燃やしました』ってよ……」

 燃え上がる紙束をグシャグシャに握りしめたまま。

「な、分かったろ。俺は本来、『こういう奴なんだよ』……だからさ、変に首突っ込んでも、良い事ぁ無ぇぞ」
「……下手な嘘はやめなよ、師匠」
「あ?」
「手、燃えてるよ」

 っ……!!!

「……知るかよ、ボケ!! めんどくせぇ!!」

 握りしめた燃えカスを、叩きつける。
 ……指摘されて気付いてからやってきやがった火傷の痛みに、内心、悶絶していたり。
 くそっ、くそっ、クソッ!! こいつらと関わってから、マジで厄日続きだ……クソッ!!

「大体、今更、俺に、ナニを書けってんだ!? 『彼女は勇敢だった』とでも書けってか!?
 こっちは殺したくもネェのに、ホイホイホイホイキュゥべぇの口車に乗って、俺を殺しに来た『正義の味方』に、殺されてろってのか!?
 ザケんじゃねぇ!
 こちとら生きるだけで必死なダタの人間だってのに、ご大層な奇跡と魔法で武装して襲いかかって来るテメェら魔法少女相手に、何をどう手加減しろってんだチクショウ!!」

 叫ぶ。もう、どうにもならなかった。どうにも止まらなかった。

「大体、なんなんだよ! 奇跡だ!? 魔法だ!?
 そんなモン、俺自身、一度だって頼んじゃいねぇってのに、なんだって俺の目の前に、キュゥべえに夢叶えるだけ叶えた後の『残骸』みたいな連中が、正義ヅラして勝手に沸きやがんだ!
 テメェらの願いは、ホントに『正義の味方』だったンかよ! 別のテキトーな夢見て、その『ついで』の安っぽい正義ヅラのしたり顔で現れやがった挙句、奇跡と魔法で俺や沙紀を殺しに来やがって!
 俺がどんな思いで毎晩毎晩、殺した馬鹿共の悪夢にうなされながら、布団の中で寝てると思ってやがる!
 そんな……そんな馬鹿な連中の事なんぞ、俺の知った事かってンだよおおおおおおおおおおっ!!」

 何もかもが、どうでもいい。
 もう、限界だった。

「俺は、奇跡も魔法も頼んじゃいない! 俺の願いは、そんなご大層なモンは必要じゃねぇ!
 父さんと、母さんと、姉さんと、沙紀と! 家族全員、笑って暮らせる家さえありゃあ、それ以上のモンなんて望んじゃいなかった! 剣術だって、最初はイザって時に誰かを守れれば、って思ってただけだ!
 だってのに……だってのに『正しい教え』なんぞにハマって、めちゃくちゃになった家族を救うために魔法少女になった姉さんを守るため、必死になって剣術に磨きかけて、銃の扱い憶えて、爆弾の作り方知って……姉さんが魔女になった後、ぼろぼろになった挙句の果てに、沙紀まで魔法少女になっちまって……
 俺に、俺に、他にどうしろってんだよおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!
 家族全部見捨てて、独りで生きてけなんて、そんな滅茶苦茶な話があってたまっかよ!!
 俺がやれる事は人殺しだって何だって、やるに決まってんだろ!! 沙紀は家族なんだよ、ちくしょおおおおおおおおおっ!!」

「し、師匠……」
 絶句する美樹さやかに、俺は言葉を向けた。

「……ちょうどいいや。聞きたがってた事、教えてやるよ。
 『魔女』ってのはな、基本的に、魔法少女の『なれの果て』なんだよ。魔力使い過ぎて真っ黒になったソウルジェムから魔女が生まれ、魔法少女は死ぬ。
 コイツはな、どーにもなんねぇ病気みてーなモンなのさ。おめーら全員、沙紀まで含めて、化け物予備軍なんだよ」
「嘘……」
「嘘ついてどーすんだよ……言っただろ? 『苦ぇ現実知って死ぬより、幸せに夢見て死んで行け』って……。
 俺ぁ、どんな願いをテメーがしたか知らねーけどよ、今ならまだ、夢見て死ねるんだぜ、お前」
「そんな……嘘……嘘だって言ってよ! ねえ!」

 それに答えず、俺は沙紀のソウルジェムから、パイファーを抜いた。

「慈悲だ。苦ぇ現実知る前に殺してやるよ……馬鹿弟子が」
「嫌だ……あたし……まだ、告白もしてない……嫌だよ……死にたくない」
「諦めな。魔法少女になっちまった時点で、もー、どーにもなんねーのさ。
 奇跡も魔法も、タダじゃねーんだよ」
「助けて……助けて、恭介ぇぇぇぇぇぇぇ!!」
「待ちなさい!!」

 マスケットを俺に向ける巴マミに、俺は喰ってかかる。

「止めるんじゃねぇ! テメェから殺すぞ!」
「構わないわ。でも順番は守って」

 そう言うと、巴マミは、美樹さやかを拘束していたリボンを解く。

「美樹さん。何も知らなかった、馬鹿な私を許してとは言わない。だから、あなたは私のソウルジェムを砕いて、私を殺す権利がある」
「ま、マミさん……?」
「でもね、一つだけ。一つだけ、お願いがあるの。
 私を殺した後、私の後を継いで、私の縄張りにいる普通の人たちを、魔女から守って闘って欲しいの。
 そして、『ワルプルギスの夜』という強大な魔女と、私の代わりに闘ってほしい。
 それを約束してくれるのならば、私は今、この場であなたに殺されたって、構わない」
「マミさん……嘘……じゃ、ないんだね?」
「ごめんなさい! 本当に……ごめんなさい!!
 これが、今の私が、美樹さんにできる精一杯。……ごめんね……本当に、酷い先輩よね……」

 泣きじゃくる巴マミに、呆然としたまま、美樹さやかが問う。

「……じゃあ、なんで……なんで魔女と戦えるんですか……?
 あの化け物と、私たち、一緒なんでしょ!?」
「魔女は人を襲うからよ。
 そして、魔女を倒せるのは魔法少女しかいない。
 だから、私たち魔法少女が一体でも多く、魔女と戦って葬って行くしか無いのよ」
「そんな……そんなのって無いよ……酷いよ! こんなのあんまりだよ!!
 こんな……こんな化け物の体で、恭介に抱きしめてなんて言えないよぉ!! キスしてなんて、言えないよぉっ!!」

 泣き叫ぶ美樹さやか。
 と……

「ふざけないでよ!!」

 バシッ!! と……沙紀の平手打ちが、美樹さやかに決まる。

「あんたは……あんたはまだマシよ! 私はどうなるの!
 戦えない魔法少女で、お兄ちゃんが居なければどうにもならない! 自分でグリーフシードを集める事だって、出来やしない!
 『魔法少年』が絶対必要な『魔法少女』が、家族以外の好きな男の人とキスなんて出来ると思うの!? 抱きしめてなんて頼めると思うの!?
 それとも、上条さんに『魔法少年』になってくれって、頼めって言うの!? お兄ちゃんみたいに、ボロボロになるまで戦って! って頼めっていうの!?
 そんなの……そんなの耐えられるワケ無いじゃない!
 お兄ちゃんのボロボロになった体見たでしょう!? あれが『魔法少年』の現実なんだよ! お兄ちゃんにだってそんな事してほしく無いってのに、この上、上条さんまでそうなっちゃったら、私、どうなっちゃうか分かんないわよ!!」
「うっ……う……そんな……そんな……」
「そうよ! 私だって上条さんが好き! でも、絶対にキスしてなんて頼めない! 抱きしめてなんて頼めない! お兄ちゃんだって……お兄ちゃんだって……本当は……本当は……
 だから、本当に化け物になる前に、気持ちだけは伝えたかった! 魔女になったら、気持ちを伝えるどころじゃないのよ!」
「っ!!」
「あんたは何!? だらだらだらだら幼馴染のままズルズル気持ちも伝えられなくて、ぬるま湯みたいにウジウジウジウジ!
 冗談じゃないわよ! 魔法少女に好きな人が出来たら、時間なんて無いのよ! キスでも何でも、人間で居られるうちに、やっておく以外に無いじゃないの! 今のあんたは、キスだって出来るし、抱きしめてだってもらえるし、そのもっと先の事だってシテもらえるんだよ!? 伝染る病気じゃないんだから!!」

 キレ倒して涙を流しながら、美樹さやかに絶叫する沙紀。
 そして……

「……行って来い……」
「え?」
「いますぐ告白してこい! この馬鹿弟子がーっ!!」

 そのまま、文字通り、美樹さやかの尻を沙紀が蹴飛ばしやがった。

「ば、馬鹿弟子って」
「うるさい! 私はお兄ちゃんとワンセットなんだから、あんたは私の弟子だーっ!!」
「ちょい待て! 俺は許可してねぇ!」
「うるさーい!! とにかく上条さんに告白してこんかー!!」
「はいいいいいいいいっ!!」

 ガーッ、と口から火を吐くよーな勢いで、暴れ倒す沙紀に、飛び上がって駆けだす美樹さやか。
 ……もー、メッチャクチャである。

「……すまん。なんかもー……疲れた。
 巴さん、今日のトコは解散で、イイッスか?」
「そ、そうね……うん、そうしましょっか」

 なんか、お互い、ドンヨリとした目で見合いながら、納得しあう。
 と、ふーっ、ふーっ、と……涙目で猫みたいに肩を怒らせていた沙紀が、なんか、遠い目でぽつりとつぶやいた。

「なんで恋敵に塩送ってるんだろ……私って、ほんと馬鹿……」

 なんか、後悔してるっぽい風につぶやく沙紀の言葉に、俺は暫し頭を巡らし……

「あー、沙紀。
 その……かっこいい馬鹿なら、いいんじゃないか?」
「うるさーい!!」

 キレキレ暴走中の妹様に、火傷した手に蹴りを喰らいました。……痛ぇ……



[27923] 第十八話:「……ひょっとして、褒めてんのか?」
Name: 闇憑◆27c607b4 ID:cb2385d9
Date: 2012/03/03 01:24
「……よぉ、久方ぶりだな」

 色々と疲れ果てて、なんとか病室に戻り、ベッドに入ろうとした時。
 不意に窓に現れた、暁美ほむらに、俺は声をかけた。

「あなた、一体全体、佐倉杏子に何をしたの?」
「何を……っていうか、何かされたのは、コッチのほうなんだが?」
「ええ、佐倉杏子に、逆撃を喰らわされた……それは知っているわ。
 でも、あなたはその時、佐倉杏子に何をしたの?」
「……何だよ。あいつがどーかしたのか?」

 その質問に、暁美ほむらが、首を横に振りながら。

「今の彼女は、滅茶苦茶よ。
 縄張りにちょっかいを出してきた魔法少女を、殺人寸前まで痛めつけたり。かと思ったら、無気力にお菓子をドカ喰いしたり。
 ……正直、あんな彼女、見た事が無いわ。あの調子じゃ、早晩、魔女になりかねない」
「単にワガママ娘が、本性現したんじゃねーの?」
「違う。本来、私は佐倉杏子を軸にパーティを編成して、ワルプルギスの夜との戦いを組む事を想定していた。
 そして、巴マミという嬉しい誤算を経て、勝ち目のある闘いになると思っていた。
 だというのに……これでは、佐倉杏子と巴マミの立場が入れ替わっただけで、状況的には全く変わらないじゃない!」
「いや、そんな苦情を俺に言われてもなぁ……」

 実際、トンと憶えが無いのだから、しょーがない。

「とすると、巴マミかしら? 確か、彼女があなたを助けたそうね?」
「ああ、まあ……俺の縄張り全部と引き換えに、な。
 ついでに、俺も沙紀も、巴マミの保護下。首根っこ抑えられちまった」
「……あなたが言ってた『魔女の釜』も?」

 チッ!

「さあな、そこまで話す義理はネェ」

 とぼける俺だが、暁美ほむらは俺の目を見て、淡々と話し始めた。

「ずっと疑問だったの。
 あなたの縄張りは、そう広く無い。狩れる魔女の数も知れている。
 だというのに、御剣沙紀のソウルジェムは、綺麗な色をしていた。あまつさえ、あなたに魔力を貸し与えて『魔法少年』に変身までさせる事が出来た。
 そして……『あなたは自分の縄張りで、使い魔まで魔女を一切、見逃していない』」
「……なんで分かるんだよ」
「佐倉杏子が言ってたでしょ。人間を魔女が喰う。そして魔女を魔法少女が喰う。
 そのために、佐倉杏子は、使い魔を見逃しさえしていた……だというのに、あなたの縄張りには、一切、使い魔の気配すらない」
「…………」
「殺し屋と言われるあなただけど、『人間』の倫理はしっかり守っている。
 恐らくあなたは、魔法少女や魔女の世界の倫理に、ただの人間が巻き込まれる事を、極端に嫌っている。魔法少女だけが引っかかるように仕掛けられたトラップの数々が、それを証明しているわ」
「……だったら、何だってんだよ?」
「そして、あなたにはもう一つ。全てに優先される、最大の倫理がある。
 『御剣沙紀を守る』……私が鹿目まどかを守るように、あなたが沙紀さんを守り通すためには、グリーフシードが絶対必要。
 だというのに、使い魔の気配すらない、狩り場として機能してるとは言い難い縄張り。
 さらに、縄張りやあなたの周囲に、ほぼ一切存在しない、インキュベーター。
 そこから導き出せる答えは一つ。
 
 ………あなた、『魔女を飼っている』わね?」

 ……くそっ!!

「穢れを吸いきったグリーフシードは、孵化して魔女になる。だけど、その魔女を退治すれば、また綺麗なグリーフシードが手に入る。
 恐らく、あなたは安全に魔女を処理できる、何らかのシステムを構築している。
 それが……『魔女の釜』」
「……ご名答。イイカンしてるぜ、暁美ほむら」
「インキュベーターが、何故、新人の魔法少女ばかりをさし向けるかが、ようやっと理解できた。
 何も知らない魔法少女たちにとって、魔女を飼い慣らし、魔法少女を狩る存在なんて、邪悪以外の何物でもない。逆に、佐倉杏子のようなベテランは、その有用性を理解出来てしまう。
 結果、佐倉杏子クラスのベテランが、大挙して押し寄せる事も無く。あなたは暗殺魔法少女の伝説を広めることに成功した。
 発想が、狩猟ではなく牧畜に近いその方法。宇宙のエントロピーを維持するために、グリーフシードを集めるインキュベーターにとって、確かにあなたは敵対者だわ」
「そして俺は、今度こそ本当に、全ての魔法少女の敵として、認識されかねない。
 魔女になりかけた魔法少女を、文字通り『魔女の釜』の中に突き落とす役割なワケだから、な」
「ええ。魔女が魔法少女の成れの果てだと知れたら、あなたのやっている事は、死者への冒涜以外の何者でもない。
 仮に、真実を知ったとしたら……いえ、真実を知ればこそ、多分、魔法少女たちは、あなたを許せなくなる」
「……巴マミは、許したぜ」

 その言葉に、暁美ほむらの目が、おおきく開かれる。

「まさか、彼女が!?」
「愉快じゃないけど、仕方ない。そう言って、納得してくれた」
「ありえないわ。彼女の性格からして……」
「あいつと暗殺契約結んでんだよ。死ぬ間際に、ソウルジェム砕く、ってな。
 だから釜ン中に蹴り落とされる事は無い、って思ってんじゃね?」
「それで……納得が行ったわ、御剣颯太。あなたは、本当のイレギュラーだったのね」
「……だから何なんだよ? そりゃあ?」

 向こうで勝手に納得されて、俺は説明を求めた。

「私の知る巴マミだったら、そんな事に納得はしなかった。いいえ、魔女化の事実にすら、耐え切れなかった。
 だというのに、この時間軸であなたと関わった巴マミは、短期間で超足的な人間的成長を遂げている。
 いわゆる、『悪』と言われる要素も飲み下し、その上で自分の正義を貫く強さ。あなたたち二人を、『魔女の釜』ごと、縄張りの保護下に置いた事なんか、その典型例。
 そのキッカケを与えたのは……御剣颯太、あなたよ?」
「俺がぁ? どっちかっつと、沙紀じゃねーのか?」

 あの時、泣きじゃくる巴マミを受け止めたのは、沙紀である。
 正味、俺はあの時、殺すつもりですら居たのだ。何より、C-4でシャルロットと纏めて爆殺しようとしたのは、間違いが無い。

「二人で一つの魔法少女……いえ、魔法少年という概念で行動するあなたたちは……もしかしたら、この世界の希望に成り得るのかもしれないわね」
「よせよ。俺はただ、妹かわいさに大量虐殺してる殺し屋だぜ? どっちかつと、絶望を撒き散らしてる側のほーだ」
「だからよ。
 誰かの幸せを祈った分、誰かを呪わずにはいられない。
 逆を言えば……巨大な絶望を撒き散らすあなたこそが、大きな希望をもたらす事が出来るのかもしれない」
「はっ、馬鹿ぬかせよ! どこの宗教だよ、それ?
 っつーか、今俺が、一番祈ってんのは沙紀の幸せだけで、後はぶっちゃけどーだっていーんだぞ?」
「時を繰り返してきた者の言葉よ。安い賛辞と一緒にしないで」

 その言葉に、俺は目が点になった。

「……ひょっとして、褒めてんのか?」
「悪い? これでも感謝してるのよ。一応……私が、最初に魔法少女になった時の、先輩だったんだから」

 そう言って、暫し、考え込む彼女。

「危険かもしれないけど、あなたが……いえ、あなたと御剣沙紀が居るというファクターさえあれば、大丈夫かもしれない。
 巴マミを軸に、対ワルプルギスの夜戦のシナリオを構築しましょう。
 佐倉杏子を何とか説得して、脇に据える形なら、なんとかなるかもしれない」
「いや、フツーはそう考えるだろ?」

 ベテランで、安定感あって、清濁併せ飲む器量を持ちつつ、人間のために戦う穏健派の魔法少女。
 実力はあっても、過激派で人を人とも思わない佐倉杏子とは、エラい違いである。というか、実力は認めても、正味アイツとは組みたくない。
 奴は徹底的に『魔法少女』の倫理で行動し続けているのだ。
 無論、それは目の前の暁美ほむらもそうだが、彼女の場合は、鹿目まどかというストッパーが居る。

 が、奴は……佐倉杏子は、正味、糸の切れたタコのようなものだ。『人間』の立場としては、危険極まりない魔法少女である。

「だから、普通じゃないのよ、私にとって、この世界は。
 そもそも、『魔女の釜』なんてモノを運用しよう、なんて発想が出てこなかったわ。
 教えて、一体、どこからそんな発想が出たの?」
「……どうしてそこまで教え無きゃならねーんだ?」
「無論、対ワルプルギスの夜戦に、よ。
 グリーフシードの供給が無限にあれば、私たち魔法少女が、常に闘い続ける事も、不可能じゃない」

 やっぱりこいつも魔法少女か。
 ……こいつは、この『魔女の釜』がもたらす、災厄の可能性について、全く考えていない!!

「……なら、話せねぇな……コイツは、超ド級の厄ネタでもあるんだ」
「システム的に、不安定だ、って事?」
「そいつもある。これが完璧に機能すりゃあ、縄張りなんて、そもそも必要無ぇからな。
 つまり、こいつはまだ、不完全な代物なのさ。
 ……だが、俺が危惧してんのは、佐倉杏子みたいなナンデモアリの武闘派に、こいつが渡った時、人間側にどんな災厄が降りかかるか、知れたもんじゃねーからだ」
「っ!! 彼女は、本来そんな子じゃ」
「本来もクソも、やってきた事はそーいうこったろーが! 人間の俺から見て、信用がねーんだよ。
 よし、もうひとつ、お前が絶望しそうな事を教えてやる。
 ……このシステムを利用したとしても、エネルギーってのは熱量保存の法則がある。原子炉の核燃料みたいなもんで、グリーフシードの再利用にも、多分限度ってモンが来るだろう。結局、インキュベーターが魔法少女を生み出して行くシステムそのものは、変えられない。
 そんでな……最大の問題は、俺はインキュベーターと敵対しているが、このシステムを上手く使えば、奴らと共存すら可能だって事だ」
「っ! そんな……事が!?」
「ああ、可能だぞ。あいつと一緒になって、魔法の力で正義の味方のカンバン掲げて、人助けしながら人間にこう囁けばいい。
『キュゥべえと契約して、私みたいな魔法少女になってよ』……ってな。そんで、魔女になった魔法少女を、『魔女の釜』に蹴り落とすんだ。グリーフシードの稼ぎは適当に折半。上手く行けば、永遠の若さを保ったまま、何百年、何千年でも生きられるだろうな」
「っっっっっっっ!!!!!!!!!!!」

 絶句する彼女。
 無理も無い。繰り返している中で、インキュベーターのおぞましさは、嫌というほど知ってるのだろう。
 そして、ただ望みをかなえて生きるためだけに、彼らと同等の存在に成り果てた己の姿を、しっかり幻視してしまったに違いない。

「化け物って意味じゃねぇ。ある意味で、本当の『魔女』の完成だよ……正直な、巴マミにこの事を話したのは、あいつの悪辣なトラップだと思ってる。
 巴マミの願いは……お前さんなら、話すまでも無ぇな?」
「生きる事……それそのものが、罪と成り得るシステムが『魔女の釜』……なんて事!!」
「このシステムな、グリーフシードの総取りを考えてるキュゥべえからしても面白くないし、人間である俺の立場からしても、迂闊に公開できやしねぇ。うっかりしたら、魔法少女に人類が滅ぼされちまう。
 結局、情報を公開する事も出来ず、奴を相手に暗闘を繰り返す以外に、手が無ぇのさ。
 で、だ。暁美ほむら。それを知った上で……お前はまだ、コイツについて詳細とか深く聞いてみたいか?」
「……ごめんなさい。これは……私たち、魔法少女が知るべきシステムじゃなかった。
 魔女化のほうが、まだマシだわ!」
「お前がそう言ってくれるのは嬉しいんだがな……お前は、知っちまったんだぜ?」
「見損なわないで!!」

 絶叫する暁美ほむら。

「私は……私は、魔法少女なんか関係ない!! まどかと一緒に友達として、過ごしたいだけよ!」
「……OK、そいつにかけたお前の執念が担保だ。鹿目まどかが魔法少女になった段階で……俺は、お前を殺すぜ。少なくとも、魔法少女にならなけりゃあ、寿命ってモンがあるからな」
「構わないわ。是非そうしてちょうだい。むしろ、私からお願いするわ、御剣颯太」
「オーライ。俺は沙紀と一緒に、生きれる限り生きる。お前は秘密を口外しない。OK?」

 そう言うと、彼女は皮肉っぽく微笑んだ。

「OK、あなたを信じるわ」
「おいおい、殺し屋のナニをさ?」
「その、生き意地汚なさと、執念深さと、狡猾さを、よ。
 あなたがどんな過激な生き方をしようが、まどかが寿命を迎えるよりも、あなたと御剣沙紀のほうが長生きしそうだわ」

 ……俺を、何だと思ってるんだろーか、この女は。

「……言ってくれるぜ、この悪党が」
「あら、悪党はあなたでしょ?」
「おめーの執念にゃ、負けるよ、この時間遡行者が」



[27923] 第十九話:「なに、魔法少年から、魔法少女へのタダの苦情だよ」
Name: 闇憑◆27c607b4 ID:cb2385d9
Date: 2011/06/06 19:26
「一つ、確認させて欲しいの」

 暫しの沈黙の後。
 暁美ほむらは、当然の疑問を口にした。

「もし、あなたが……その魔女の釜を利用して、あなた自身が言ったような行為に走らないという保障は、どこにあるの?」
「いい質問だな。暁美ほむら」
「茶化さないで。お互いに、知ってはならない秘密を知ったようなモノよ。真剣になるのは、当たり前だわ」
「まず、一個目の理由。
 俺は、心の底からキュゥべえを……インキュベーターを心の底から憎んでいる、って事。
 エントロピーがどーだか知らねぇが、テメーの汚ねぇケツの尻拭いを人間様になすりつけていやがる時点で、仏ッ殺死モンだぜ。
 次に、人間のルールを逸脱して、魔法少女の力で気安く悪事を働くような、ガキじみた発想の持ち主が、とことん嫌いだって事さ。
 魔法少女の『願い』ってのは、万人共通の願望でもある。だが、そいつを盾に、他人にどれだけ好き勝手、迷惑かけても構わない、って事にゃあ、ならねーだろ?
 まっ、俺自身、人殺しだから、言ってる事が倫理的に破綻してんのは分かってるんだけど、な……それでも、どうも魔法少女の行動ってのは、馬鹿な俺よりも考えなしに行動するよーなウルトラ馬鹿が多すぎて、手に負えネェ。
 そんな連中相手に、無限のエネルギーなんぞ与える気にぁなれねぇなぁ……佐倉杏子あたりなんざぁ、はっきり言やぁ、とっとと魔女に化けてもらったほーが、世のため人のためなんじゃねーかとすら、俺は思ってる。
 曲がりなりにも理性を持って悪事を働いてる分、ある意味余計に始末に悪いぜ」
「……佐倉杏子のくだりは兎も角、大筋では同感だわ」

 あっさりと言い切る、暁美ほむら。
 だが……俺は、一つの事実をつきつけるために、彼女に話を振った。

「あのさ、お前……子供の遊びの万引きで、潰れた本屋の話って知ってるか?」
「?」
「いや、店で売ってる本や漫画ってのは利益率が薄くてな。一冊盗まれるだけでも、書店のオッサンオバチャンは大変な目に遭うんだ。
 お前、知ってるか?」
「私は、本屋で万引きなんてした憶えは無いわ」
「そうか?
 じゃあ、聞くがな。ご近所にある、陸上自衛隊の見滝原駐屯地……知ってるか?」
「っ!! ……何が、言いたいの?」
「なに、魔法少年から、魔法少女へのタダの苦情だよ。
 自衛隊って組織はヨ、えっらい窮屈な組織でなー。訓練で使った弾の数と空薬莢が一個足りないだけで、部隊総出で、その空薬莢を探しに回るような組織なんだ。銃の排莢口に袋をかぶせて空薬莢が漏れないようにしてるわ、銃本体の部品を落とさないために銃をガムテープでぐるぐる巻きにしたり、涙ぐましい努力を、自衛官さんたちはしておられる。
 まあ、平和な日本で、脳ボケた五月蠅い市民様を納得させるためには、そういう風にならざるを得ないわけだな。
 いつ、その銃口が悪用されるか、知れたもんじゃない、と。……その市民様を守るために、彼らが必死になってるってのによ。
 で、二週間前だったかそこらだったか……『大量の銃火器が、自衛隊駐屯地から消失した』。ついでに、近くにある米軍基地からもさ。
 内容がヤヴァ過ぎて広報こそされちゃいないが、部隊の中じゃ大騒ぎ。そして、俺の目の前には『銃火器を使う、珍しい魔法少女』が一人。
 盗まれた銃器類は、具体的には……」
「もういいわ。で、何が言いたいわけ? 同盟の解消?」
「タダの苦情だ、っつってんだろ? 最後まで聞け。
 だがな、珍しい事に……そんだけの騒動があって、自衛官たちは誰も処分されなかった。誰もクビにならず、責任を取る事もなく、そんな事実は無かった事になった。最初は、ヤバ過ぎて誰も処分出来なかったのかな、と思ったが……どうやら、変な所から妙な圧力がかかったらしい。『奇跡的に』、な……」
「……だから、何が言いたいの?」
「一週間前、間抜けにもトラップに引っかかった、俺の縄張りにやってきた魔法少女はな……『見滝原駐屯地に所属する自衛官の娘さん』だったんだよ」
「っ!!!!!」

 俺の言葉に、目の前の魔法少女が絶句する。

「おめーなら、分かるだろ? ……魔法や奇跡で直接起こしたことは、同じモンで元に戻せるかもだがな。それが引き金になって『起こっちまった事』ってのは、魔法や奇跡じゃ、どーにもなんねーんだぜ?」
「私に、彼女に償え、というの?」
「馬鹿言うなよ。おめーは対ワルプルギスの夜のための、決定的な切り札だ。
 それに、彼女を罠に嵌めたのは俺だし、殺したのも俺だ。魔法少女の尻拭いをすんのは、決まってマスコットの仕事だって、相場がきまってんだから。
 だからな、お前に行くのは俺からの苦情っつータダのアドバイスだ。お前は安心して、鹿目まどかを救う事に、集中すりゃあいい。
 ただな……キュゥべえに……インキュベーターに付け入られるような、哀れな魔法少女を増やすような真似だけは、なるべくしてくれるな。
 俺からの願いは、そんだけだよ」
「……承ったわ。
 ただ、一つ聞かせて。
 あなたが使う銃器は、一体どこから? ヤクザからでも買ってるの?」
「モノにもよるが、日本のヤクザに出回るような玩具じゃ、大して役に立たねーよ。
 原則は、ソウルジェムに収納しての密輸。購入先は海外の色々、複数のルートがある。
 日本じゃ違法でも、海外じゃ合法って武器は、銃器以外にもゴマンとあるし、特に、場所によっては特注の武器なんかも作ってくれるしな。
 もっとも……日本円で購入可能で、領収書が必要じゃない武器商人に限られちまうのが難点なんだけどな。日本円がハードカレンシー(国際通貨)である事に、マジで感謝してるよ」
「領収書?」

 なーんも分かって無い暁美ほむらに、俺が頭を抱えて溜息をつく。

「……あのなぁ、俺の姉さんが残してくれたお金は『日本円』なんだぜ? しかも、ちょっと洒落にならない一地方都市の年間予算に匹敵する、大金だ。
 そんなもん考えなしにドルに変えて、バカスカ海外で使ってたら、『恐怖の存在』がやって来ちまうだろうが!! ぶっちゃけ、佐倉杏子よりもお前よりも、ある意味ワルプルギスの夜よりも、オッカネェ連中だよ!」
「歴戦の魔法少年をも怯えさせる存在って、一体、なんだというの?」
「税務署だよ!!」

 暫し。
 ポカーンとした表情で、暁美ほむらが呆然となる。

「……なんだよ。あいつらマジおっかねーんだぞ! 拾得物扱いの姉さんのお金にだって、税金かけよーとして行きやがるんだ。俺が生活の維持のための資金洗浄に、どんだけ苦労してっと思ってんだよ!!」
「あー、その……苦労してるのね、あなたも」
「アッタリマエだろ! 都合のいい奇跡なんて、この世にゃ存在しねーんだよ!
 いくら大金持ってたって、出所不明だったりしたら、尚更扱いが難しくなるんだよ。
 ……時々思うんだ。姉さんがもっと別な願いしてたら、俺は魔法少年続ける事も、無かったんじゃネェかな、って。
 どんな理由があろうとも、魔法少女になる『願い』に、現金を願うのはオススメできるモンじゃねぇなぁ……と」

 ……あかん、ちょっと……涙出てきた。
 
 というか、真剣に頭が痛い問題だったりするのだ。これ……
 魔法少年、御剣颯太にとって、大きな力の源である姉さんの遺産だが、同時にそれは呼び寄せたくも無い宿敵に、監視の目を向けられる事になる。
 いや、ほんと……ガチでマルサに踏み込まれた時は、どうしようかと思いました。

 だって、考えても見よう。億単位の現金の世界って、マジで人殺しが出来ちゃう世界だったりするのだ。
 遺産目当てや保険金目当ての殺人なんて、ミステリーやサスペンスの世界では定石中の定石の動機だし、俺の家が破滅したのも、結局はお金の問題でもある。
 そして、迂闊に銀行にも預ける事の出来ない、桁はずれの大金を手にしてしまった俺が、『自称』親戚に嗅ぎつけられないようにするために、どんだけ苦労した事か。そのへんの意味では、父さんや母さんの最後の行動や日ごろの行状に、逆に感謝せざるを得ない。
 何しろ、新興宗教にハマって無理心中を図った末に残された三人兄妹。どこだって面倒なんか、見たくないのだ。

「ま、そんなわけでな。お前がこないだ、俺の武器庫でコマンドー買いしてってマジギレてた理由、分かってくれたか?」
「え、ええ……その……悪かったわ」
「おう。で……だ。
 こっからが取引の時間だ。
 ワルプルギスの夜が来るタイムリミットまでに、一度、海外で武器弾薬を補給する日を、既に決めている。時間が無いから、東南アジアあたりで仕入れる事になりそうだが、いい口入屋を知ってる。
 そん時に、お前が必要とする銃器や弾を、ついでに買ってきてもいい。ただし、条件がある」
「お金なら無いわよ。それとも……私に、銀行に窃盗に入れとでも?」
「アホか? お前は誰よりヤバいモン握ってんじゃねぇか」
「?」
「未来の情報だよ。これから起こり得る事、起こってきた事。お前さんが気付いた事でもいい。
 そこン所の折り合いつけて、お前さんは俺を通じて武器を手に入れる。……どうだ?」

 俺の振った取引の話に気付いたのか、彼女が深々と溜息をついた。

「御剣颯太……さっきの自衛官の娘さんの話は」
「うん、嘘♪ でも、結構リアルだったろ?
 まー、実際はヤヴァ過ぎて沈黙状態ってところだよ。処分なんかしたら、事が公になるからな。
 俺から供給された武器を手にしたら、早めに返しておきな。あと、使った弾とか……までは憶えて無さそうだな、お前」
「カートン単位で持ち出してるから、その分はそちらで揃えてもらおうかしら。
 にしても……ほんと、喰えないわね、あなた」
「言っただろ。ワルプルギスの夜を倒すまでは、俺と、おめーは、協力関係なんだ。
 お前さんは視野は狭いが、馬鹿じゃねぇ。少なくとも今の取引で、俺の嘘の意味に気付けただけ、佐倉杏子や美樹さやかよっかマシな取引相手だ。
 慣れ合えとは言わねーけどよ、ソコん所までは、もちつもたれつで行こうぜ」
「了解したわ、御剣颯太」

 そう言って苦笑いしながら差しだされた暁美ほむらの手をとり、俺は彼女と固く、握手を交わした。



[27923] 第二十話:「まさか……あなたの考え過ぎよ」
Name: 闇憑◆27c607b4 ID:cb2385d9
Date: 2011/09/07 17:50
「さって、と……すまねぇが、早速知りてぇ事がある。美樹さやかについてだ」
「彼女の事? まだ、何で?」
「彼女も、対ワルプルギスの夜戦の、こちら側の駒になってもらう。今さっき、おもいついた」

 俺の言葉に、暁美ほむらは首を振った。

「あなたらしからぬ、非合理な判断ね。
 彼女は所詮、新人よ。素質はあっても不安定で暴走しやすい以上、ワルプルギスの夜相手の戦力には成り得ないわ」
「勘違いすんじゃねぇ。何も、直接、ワルプルギスの夜にぶつけようってんじゃ無ぇヨ。
 あいつの役目はな、対ワルプルギスの夜戦における『鹿目まどかと、その身内の護衛』だ」

 俺の言葉に、暁美ほむらの目が見開かれる。

「どんな計画を練っていたとしても、不測の事態ってモンは起こり得る。
 そン時に、魔法少女の真実を知ってて、かつ、鹿目まどかに近く、かつ、彼女を護り得る人材、っつーと……アイツしか思いつかなかったんだ」
「なるほど……え、待って!? 真実を……知った?」
「ああ、ついさっき、な」

 そう言って、俺は先程の出来事をテキトーに端折りながら暁美ほむらに話し……。

「あ、あなたって……いえ、あなたたちって、本当に、何者なの?」
「知るかボケ。こっちが聞きてぇよ。
 ……まぁ、アイツは馬鹿で間抜けで脇が全く見えちゃいないが、カンも筋もいい。やりようによっちゃ化ける可能性も否定は出来ネェ……恐ろしい事にな。
 とりあえず、ざっと今、俺が考えてるのは、お前、巴マミ、佐倉杏子をワルプルギスの夜にぶつけ、俺個人は遊撃、もしくは要撃に回り、美樹さやかは鹿目まどかの護衛っつーシフトだ」
「FWにベテラン魔法少女三人、MFがあなた、美樹さやかがDFって事、ね?
 ……待って、あなた自身の仕事は具体的には?」
「だから、要撃だよ。快速と銃器の射程を活かしながら、ワルプルギスの夜が展開する使い魔たちを排除して、お前ら攻撃組がワルプルギスの夜相手に専念できるような、サポートだ。
 時々こっちからもワルプルギスの夜にカマす事は考えておくが、基本あまりアテにしないでおいてくれ」

 俺の提案に、暁美ほむらは意外そうな表情を浮かべる。

「あなたの事だから、ワルプルギスの夜に、イの一番につっかかると思ってたんだけど」
「本当は、そうしてぇ所なんだが、こっちはこっちで辛くてな。
 悪いが、最前線で支え続ける程の防御力が、俺には無い。一発被弾したらアウトだし、ましてワルプルギスの夜の一撃なんて食らったら、即、人生終了なんだ。
 つまり……美樹さやかとは別の意味で、俺の戦闘能力ってのは不安定なんだよ。
 ……ってわけなんだが。どうだ、ざっとだがプランに異存は?」
「なるほど、だから要撃に回る、と……了解したわ、基本方針は、それで行きましょう。細かい作戦のツメは後日って事で。
 とりあえず、美樹さやかの情報ね?」
「おう。とりあえず、アイツに告白させる事までは何とか決意させたが、相手がいる事だからな。
 そのへんの未来情報……いや、何でもいい。とりあえずお前さん、知ってる事を教えてくれないか?」
「そう、ね……彼女は正直、私とは相性が悪いわ。半端な正義感で暴走して、魔女化する運命を繰り返してるように見える。
 魔法少女になった段階で、魔女になる事を誰よりも宿命づけられてるような、そんな子よ」
「だろうなぁ」

 何も考えないで、俺に土下座して弟子志願してきたりとか。ハンパに感が鋭くて他人の地雷を踏みに来るところとか。
 正味、佐倉杏子よりかは良識を備えている分、好感が持てるが、魔法少女という存在には一番向いてないんじゃないかとも思う。

「まあ、アイツがワルプルギスの夜まで持ってくれりゃ、あとは魔女になろうが天使になろうが、俺は知らん。
 重要なのは、あいつが『鹿目まどか』を守れる戦力として機能し得る状態で、ワルプルギスの夜の闘いを迎えるって事だ」

 と……
 
「……ありがとう。まどかに気を使ってくれて」
「勘違いすんな。
 鹿目まどかってのは、ワルプルギスの夜を超える、最悪の魔女の元ネタなんだろ? そいつを修羅場でQBが見逃すとも思えん。
 巴マミみたいに、『選択の余地が無い状況に追い込まれて契約しました。ドッカーン』なんて事態が、一番ヤベェ。
 ……本当は、俺的には殺しておきたいくらいではあるんだが……ああ、分かってる分かってる! そんな目で見んな! 俺もタダの一般人は、殺したくなんてネェんだよ! だからこんな無茶な作戦に付き合ってんじゃねーか!」

 ものすげぇ殺気だった目線で睨まれて、俺は両手をあげる。

「……一応、その言葉は信じておいてあげるわ。
 で、美樹さやかの情報だったわね?」
「おう。……正味、魔法少女の願いなんて踏み込みたくないんだが、こればっかりは仕方無ぇ。
 っつーか、アイツの願いって、色恋沙汰に絡んだモンなんじゃねぇのか? 『恭介ぇ』とか叫んでたから……彼がらみとか?」
「ご明察よ。上条恭介の左腕が、交通事故で動かなくなっていたのは知っている?」
「あっちゃー、マジかよ!?」

 俺はその段階で、頭を抱えた。

「目的と手段がゼンゼンズレてやがる……あいつ、ひょっとして願いをかなえる時に、自分の本心に気付いてなかったとかってんじゃねーだろーな?」
「と、言うより……見てられなかったんでしょうね。過激な程のリハビリを繰り返して努力しても、治らないと宣言されてたから」

 最悪である。これ以上無いくらいに、最悪の未来しか見えない。

「……あのバカ、男のプライドとか、分かってんのかな?」
「プライド?」
「女はドーだか知らんが、男にゃあな、誰しも踏みこまれたくない領分ってモンがある。
 例えば、彼にとっちゃバイオリンだったりとか。俺にとっちゃ和菓子作りだったりとか。こう、なんつーのかな……己が己で在るために依ってるモンってのは、ある意味、手前ぇの命よっか大切なモンだったりするんだよ。
 もしうっかり、上条恭介が、その事を知っちまったら……最悪の結果に、なりかねんぞ」
「最悪の結果?」
「バイオリンを捨てるかもな」
「まさか……」

 笑い飛ばす暁美ほむらだが、俺は真剣にその可能性を考えていた。
 はっきり言って、上条恭介のバイオリンのスキルは、素人の俺から見たって『ホンモノ』である。そこに積んできた研鑽や自負は、一見草食系な外面からは見えないだろうが、恐らくは誰よりも激しいモノだったに違いない。
 交通事故で動かない腕を、必死に治そうとしていたのは、その表れだろう。
 そこに、美樹さやかが『私が魔法少女になってまで、あんたを救ったんだ、だから私と付き合え!』なんて、恩着せがましく迫ったとしたら?
 幾ら幼馴染だとはいえ、彼のプライドは一瞬で崩壊してしまうだろう。あとは双方、破局まっしぐらである。

 まして、美樹さやかと上条恭介は『近過ぎる』のだ。
 近過ぎるが故に、お互いに『見えているつもり』になって、全然見えてない心の死角に気付かずに、互いに互いの地雷を踏んでしまう。
 美樹さやかが魔法少女になったのも、恐らく上条恭介自身が踏んだ、彼女の地雷が原因だろう。
 そして、近過ぎる関係であればあるほど、『他人』と『自分』の境目というのは、極端に曖昧になっていき、しまいには、他人を『自分に属するモノ』として扱ってしまう。
 いわゆる、ボーダー障害という奴である。
 この障害の厄介な所は、『他人が指摘するまで、自覚症状が絶無』だという事だ。
 いわゆる、パワハラや児童虐待なんぞはこれに当たるケースが多い。部下を好きに使って何が悪い、息子や娘は自分の『モノだ』、という奴である。例をあげるなら、一家無理心中を図った、ウチの両親が正にソレだし、正直……俺も、沙紀に対して、そう思ってるんじゃないかと危惧している部分は、ある。むしろ、その症状があると思って、意識して行動している……つもりだ。

 それに、美樹さやかと上条恭介の場合は幼馴染という関係だが、あそこまで接近しておきながら色恋沙汰に発展して無い時点で、おそらくそのへんの境界は、彼女や彼自身、かなり曖昧になってるのでは無かろうか?
 だとするなら、彼女が自覚も無く上条恭介の(そして自分自身の)爆弾を握っているのは、限りなく危険である。

「……改めて思ったぜ。彼女の爆弾度は、巴マミなんぞ比じゃねぇな……」
「でも、大丈夫だと思うわ。彼女の恋敵は大人しいし、筋を通す子だったし」

 ちょっと待てぇい!?
 さらに聞き捨てなら無いファクターが出てきて、俺は絶句する。

「おいおいおいおい! この上、恋敵までいるのかよ!! アレか、ウチの妹みたいに、ファンだったとか!?」
「いいえ、志筑仁美っていう子よ。まどかとさやかのクラスメイトで、仲良し三人組の一人」
「うわ、何? 美樹さやか自身の親友で? んで彼女の恋敵? 最悪のパターンじゃねぇか!」

 ……うちの妹といい、あんたドンだけモテるんだ、上条さんよぉ!?

「すまねぇ、その志筑仁美とやらの情報をくれ。最悪は回避してぇ」
「そうは言ってもね……私の知る限りだと、彼女は美樹さやかにしっかりと恋敵だと宣言した上で、彼女に一日の猶予を与えているわ。お嬢様育ちで気は弱いけど、しっかり筋は通す子よ。
 そして、聞く限り、あなた……というか、御剣沙紀が、文字通り美樹さやかの尻を蹴飛ばした事で、彼女は彼との関係を前に進める決心が出来ている。
 だから、問題は起こり得ないと思うわ」

 そう言う暁美ほむらだが、何かが引っかかる。

「……なあ、あんたが経験した時間軸での美樹さやかは、その『一日の猶予』を無駄にして、上条恭介を取られた結果、魔女になってんのか?」
「ええ、そうよ」
「……その、なんだ。俺がこんな事を言うのも何なんだが。
 女って生き物は、自分の感情的な打算を、理屈で糊塗すんのが、ひじょーに上手い生き物だと思ってんだ。
 で、な……その志筑仁美、だっけか?
 そいつ、もしかして……『美樹さやかが一日の猶予じゃ告白に持ち込めないであろう脆さを、見切った上で賭けに出てたんじゃないのか?』」

 俺の推論に、暁美ほむらが何処か呆れた目で見返してきた。

「まさか……あなたの考え過ぎよ」
「いや、だといいんだがな。
 あの馬鹿は顔に出やすい。まして志筑仁美は、彼女と仲良しトリオで組んできた仲だ。
 もし、仮に俺の推論が当たってたとしたら、彼女は美樹さやかの変化に、敏感に気付くだろう。そうなった時の、志筑仁美の行動パターンが、はっきり言って読めねぇ。
 黙って下向いてくれてる大人しい子だったらイイんだが……もし『筋を通しても勝ち目が無い』って悟った瞬間に、破れかぶれになって『筋も友情もかなぐり捨てて』前に出るタイプだったりしたら、今の美樹さやかにとって厄介すぎんぞ」

 何というか。美樹さやか自身、盛大な爆弾だが、周囲も爆弾だらけである。
 ぶっちゃけ、ボンバーマンで爆弾四方に囲まれちゃってる状態だ。

 ……どーしろってんだ、こんなん!?

 正味、全てを放り出して、鹿目まどかの護衛に、別に相応しい人材を探すべきかと考えたが、自分も含めて彼女のガードの適任は、美樹さやか以外みつからなかった。強いて言うなら巴マミだが、彼女は彼女で最前線での役割がある以上、論外である。
 ワルプルギスの夜戦を乗り越えるには、戦闘云々とは別に、キュゥべえの動向を抑えるために彼女の存在が必須である以上、この爆弾解体作業は放棄が出来ないらしい。

「……そうね。それとなく監視はしてみるけど、期待はしないでちょうだい。私、学校ではまどかたちと、そんな近しい関係じゃないの。
 それに、恐らくはそんな事にはならないとは思うわ」
「おいおい、頼むぜ。俺だって明日、登校しないといけねーんだ。一応、奨学生だから病欠が多いのは困るんだ。
 それに、幾ら未来知識があるアンタだからって、不確定要素の俺がいる状況下、甘すぎる目算で行動してたら命取りになりかねんぜ?」
「……あれだけのお金持ちが、何で奨学生なんて……いえ、そうね、ごめんなさい」

 暁美ほむらが、気付いたように言う。
 『お金』は、確かに強力な力ではあるが、だからこそ『無制限』では無い。
 事に、強力すぎる……つまり、多額の現金程、その動向には意図しない者たちの監視の目が、付きまとうのである。
 俺が税務署を『恐怖の存在』と表現したのは、別に冗談でも何でもないのだ。

「それは兎も角、流石にそれは、あなたの考え過ぎよ。志筑仁美は、典型的な大人しいくて臆病なお嬢様タイプの子よ」
「……そういうタイプって、俺的にはかなり怖いんだがな。
 大人しいって事は、周囲に真意を悟られ難いって事だし。臆病ってのは、それだけ慎重にコトを進めるタイプだって事だ。
 ンで、お嬢様ってのは世間を知らねぇ分、一度火がついたらトコトンまで暴走する可能性を秘めている。
 想像以上に、厄介かもしんねぇぜ?」
「……まあ、確かに。
 上条恭介に、美樹さやかが告白するに当たって、最後の障害は志筑仁美な事に、変わりは無いわね。
 それとなく、気を使っておくわ。でも、あまり期待しないで頂戴」

 アテになりそーにない言葉に、俺は嫌な予感が止まらない。
 あえていうなら、いつ時計が狂ってタイマーがゼロになるか分からない、不安定な時限爆弾の解体作業をさせられてる気分。
 コードを切るべきは、赤か、黒か。それとも『切る事』そのものが間違いで別回答が存在するのか。
 答えがマジで出てこない。

「……とりあえずこっちは最悪に備えて、『魔女の釜』から何個かグリーフシードを用意しておく。
 魔女化の前に、説得の時間くらいは確保しておきてぇ……無理なら見捨てざるを得ないが」
「だから、あなたの考え過ぎよ」
「考え過ぎて悪い事でも無いだろ?
 ……よし、マジになれねーなら賭けでもしようぜ。志筑仁美が暴走するに、グリーフシード一個。どうだ?」
「はぁ……余程、気になるのね、弟子の事が」
「弟子ちゃうわい! ……どーだ、乗るか、時間遡行者?」
「OK、では彼女は沈黙を守るに……栗鹿子一つね」

 ……は?

「……えっと、何か、聞き間違えたと思うんだが」
「あなたの和菓子よ。とても美味しかったわ。それに、分の良い賭けだと思ってるし、ね」
「っ!! ……おだてても、何も出ねぇゾ。
 それに……あー、やっぱ、それじゃ賭けが釣り合わねぇ。分かったよ。和菓子はお前が勝った時、オマケでつけてやる。
 それでいいな?」
「了解したわ、イレギュラー。……自らベットを跳ね上げたのは、あなたよ?」
「それでコトが収まるんなら、安いモンさ。スッて悔いの無い博打ってのは、保険って意味もあるしな」



[27923] 第二十一話:「『もう手遅れな』俺が、全部やってやる!」
Name: 闇憑◆27c607b4 ID:cb2385d9
Date: 2012/03/03 01:28
「さて、後は……何があったか? とりあえず、俺からはこれくらいか?」

 と……思った時に、今度は逆に暁美ほむらから切りだしてきた。

「待って。私からも一つ聞きたいの。御剣沙紀の事よ」
「沙紀の? ……お前に話せる事は、可能な限り話したハズなんだが?」
「ええ。その上で、疑問を持たざるを得ない事に、気付いたの。『彼女は本当に戦う事が、出来ないのかしら?』」
「!?」

 意外な方向の質問に、俺は戸惑った。

「無理だよ。あいつは回復以外にとり得が無い。しかもその能力は強力だが……実は洒落に成らないリスクが存在してる」
「リスク?」
「共感能力が強すぎて、他人の痛みをダイレクトに感じ取っちまうらしいんだ。魔法少女の戦闘の負傷は、自前の魔力で治せるが、その傷の深さに対して、痛みそのものが軽減されているモノだって、知ってるか?」
「……心当たりが、あるわ」
「だろ? あいつは自分も他人も治せるが、他人を治す場合、深さに比例した傷の痛みをモロに感じ取っちまう。
 それも含めて、魔法少女と共闘する事ができないんだ」
「そう。でも、私が疑問に思ったのは、それとは別の問題。
 『彼女は本当に、闘うためのスキルを他に持っていないのか』って事よ」

 は?
 彼女は一体、何を言ってるのだろうか?

「例えば、あなた。ソウルジェムに武器を収納しているわよね?」
「ああ? 姉さんもそうだったし、沙紀もそうなんじゃないのか?」
「姉さんも? ……ごめんなさい。少しこう言うのも何なんだけど。あなたの姉妹が、少し特殊なのだと思って欲しいの」
「……は?」

 今まで、疑問にすら思ったことの無い事を指摘されて、俺は首をかしげる。

「そもそも、私もそうだけど、あなたの戦い方は、基本、『実在の武器に魔力を付与して、魔女と闘う』事に尽きるわ。
 そして、これが重要なんだけど。『武器を収納する能力は、魔法少女全てが持ち合わせているワケでは無い』という事よ」
「!? ちょっと待て! 美樹さやかや巴マミを例に挙げるまでもネェ。じゃあ、お前ら魔法少女は、あれだけの武装を、どっから出してるんだ!?」
「基本は、魔力によって『創り出されている』モノよ。そして、作りだした武器は、原則使い捨て。巴マミの戦闘スタイルを思い出してくれれば、より的確かしら?」
「……あっ!」

 あの大量のマスケットを展開し、一発撃っては捨てるスタイル。
 そりゃそうだ、アレだけの大量のマスケット、沙紀のソウルジェムにすら入り切るわけがない。
 さらに、暁美ほむらが決定的な言葉を吐いた。

「そもそも、武器さえあれば戦えるのなら、御剣沙紀が拳銃でもバズーカでも扱って、闘えばいい。
 つまり、あなたが戦う必然性が、どこにも無い、という事なのよ」

 ぐらり、と……俺の足元が揺らいだ。
 じゃあ……俺は……何のために?

「無論、彼女が性格的に戦闘に向いていないというのは、分かる気がするわ。
 はっきり言って、彼女が魔法少女になった姿は見た事が無いけど、戦闘者としては限りなく不安定で不向きな事もわかる。
 でも……『全く戦えない』とは、私には到底思えないの」
「……沙紀が、俺に嘘をついてる、って事、か?」
「ええ。あなたは御剣沙紀を守るつもりで戦っているのかもしれないけど、実際は彼女に上手く利用されているのかもしれない。
 ……実の妹を、疑いたくは無いでしょうけど」
「いっ、いや、続けてくれ。気付いて、知っちまった以上、後戻りは出来ねぇ」
「そう。じゃあ、続けるわ。
 まず、この収納能力……私の場合は、『時間と空間』の概念から生まれたモノよ。
 だというのに、御剣沙紀の能力は『癒しの祈り』……能力的に噛み合わない、全く別系統のモノなのよ」
「……つまり……沙紀の能力ってのは」
「謎よ。些細な疑問かもしれないけど、私にはどうしても、引っかかったの」
「謎、ねぇ……」

 実のところ。
 その言葉に、逆に得心が行ってる俺が居たり。

「いや、暁美ほむら。その収納能力について、俺には心当たりがある」
「どんな?」
「姉さんの能力。そして、沙紀も未熟ながらそれを持っている。……『檻』だよ」
「『檻』?」
「魔女を永久的に封じ込める、『檻』の能力……恐らく、その概念から派生した、収納能力なんじゃねぇのかな?」
「待って! ということは、魔女の釜の正体って!」
「御剣沙紀。あと過去には御剣冴子……この二人のみが成し得る概念、と言い換えてもいいかもな。
 他にも色々と小細工が山ほどあるが、基本、沙紀が存在しなければ『魔女の釜』は成立し得ないと言ってもいい」
「それで……」
「なんというか……姉さんと沙紀は、能力的に似ていながら、魔力の総量と能力の性能が、完全に真逆なんだ。
 効率的な癒しの力と、魔女を封じる『檻』の能力は、断然姉さんだった。
 ただし『檻』の能力は強力であっても『それだけ』なんだ。
 最初の頃の姉さんは『檻』に捉えた魔女を、金属バットで延々と半日殴り続けて、ようやっと倒すような、そんな有様でな。
 で、ある時、見るに見かねた俺が、魔法少年をやる事になった、と」
「待って。逆を言えば……彼女は、魔女を封じる『檻』を、半日展開し続けたって、事?」
「うん、この能力の面白いところは、一度発動して、魔力として消費してしまえば、あとは半永久的に魔女を捕え続ける事が可能だ、って事。普通の魔法少女の能力とは、ちょっと違うんだ。
 お前さんの時間停止は強力だが……多分、そんな長く続くモンじゃないだろ?」
「なるほど、個体限定の時間停止と考えるべき……かしら?」
「時間が止まってるわけじゃないけど、身動きとれないって意味じゃ一緒だな。
 何かを保護する、何かを守るってのは……言い換えれば、何かに囚われるってのと一緒だしな。そういう意味で、癒しの概念とは相反しないモノだと思うぜ?」
「なるほど……ん、待って。御剣沙紀も持ってる、って言ったわよね?」
「ああ、だが、沙紀の場合は、とても戦闘になんか使えるモノじゃない。
 姉さんの場合だって『檻』を展開するのに5秒かかった。戦闘中の5秒ってのは、洒落にならない長さだって、お前、わかるよな? 
 そして、沙紀の場合は、それがもっと長い上に、魔力消費の効率も極端に悪い。およそ、一分かかる上に、グリーフシードを三つも使わなきゃいかん。それでいて『檻』そのものの性能は姉さんとさして変わらない。
 とてもじゃないが、戦闘で使い物になる能力じゃないよ。俺自身、確かに『檻』も沙紀の能力だったなーって、忘れてたくらいだからな」

 いや、ホントに。だって、普段絶対使わないし、昔、展開した檻は、そのまんま放置だったし。

「……ごめんなさい。そうすると……ますます、妙な事に気付いたんだけど」

 さらに、暁美ほむらが問いかけて来る。

「御剣沙紀個人の魔力の総量は、かなり高い。それは分かる。
 だというのに、他人には使い物にならない癒しの力、戦闘には使い物にならない『檻』の能力……どうしてこうも、半端で未熟な能力しか、持ち合わせていないのかしら?」
「それはもう、そういうモンだと思うしか無ぇんじゃないか?」
「……そう、だといいんだけど。あの魔力の量の持ち主からして、もっと何かが隠されてるような気がするのよ。はっきり言って、素質『だけ』なら佐倉杏子レベルよ、彼女。それを、全く活かすための能力を持ってない、っていうのが、どうも……ね。
 それに、姉妹だからって能力が似かよる事はあっても『同系統でほぼ同じ』というのは、ちょっと似すぎてる気もするの」
「んー……考え過ぎだと思うけどなぁ。単に、姉妹だから似た能力になってる。それでいいんじゃね?
 ドンくささは二人ともどっこいどっこいだし」
「そう、だといいんだけど……」

 とはいえど。
 暁美ほむらの言葉に、俺は一筋の光明を見出していた。

「まあ、助かったよ。暁美ほむら。
 これで、俺も魔法少年から引退の道筋が見えた」
「え?」

 俺の言葉に、暁美ほむらがキョトン、とした顔になる。

「沙紀に、俺の持てる技術の、全てを教え込む。そして……沙紀が一人で戦えるようになった段階で、俺は、敵として狙ってるハズの魔法少女たちに、殺されてやろうと思う」
「っ!!」
「……限界なんだよ。もう。状況に流されながら、自己責任で誰かのために魔女や魔法少女を殺し続けるのは……。
 正直な、もう誰が敵で誰が味方なのか、分かんなくなってきててな……『魔法少女なら誰だって殺したい』って状態に、なりつつあるんだ。そのうち、沙紀まで手にかけかねない。毎晩毎晩、爆弾や狙撃でふっ飛ばした魔法少女の悪夢に、心がボロボロになりつつあるのが、自分でも分かってるんだ。
 だから、最後の一線を超えて、本気で俺自身が狂っちまう前に……御剣颯太という魔法少女の死神は、人生に幕を引かなきゃいけないと、俺は思ってる。いや、思ってるというより……願ってすらいるんだ」
「あなたは!」
「家族可愛さに大量殺人やってのけた、殺人鬼の末路なんて、そんなもんだろ?
 ただ、今はダメだ。
 ワルプルギスの夜を相手にしなきゃいけないし、沙紀はまだ戦えない。御剣颯太は、まだ死ぬわけにはいかない。……もしかしたら、ワルプルギスの夜との戦いで、死んじまうかもしれないが……まあ、その時はその時。魔法少女たちは喜ぶだろ。
 キュゥべえが喜びそうなのはムカつくが……沙紀ならば、魔女の釜を上手く扱ってくれる。そう、俺は信じてる」
「彼女が?」
「あいつもな、俺と同じで。いや、俺以上にキュゥべえを憎んでる。だから、さっき話したインキュベーターと組むような問題は、無いと信じてる。
 そんで、いつか……あの宇宙野郎の仕掛けた、この悪辣な魔法少女と魔女のシステムを、根本からひっくり返してくれると思ってる。いや、沙紀自身は無理でも、あいつ自身が選んだ後継者なり仲間なりが、何とかしてくれる。してもらいたい。
 ……キュゥべえを魂の底から憎む魔法少女や魔法少年が居る限り、『魔女の釜』は希望にすら成り得るんだ……」
「……あなたは、妹を」
「信じてるよ♪ 信じるって事はさ、騙されても構わない、って事だろ? 人生、スッて悔いのない博打をしろ、ってのは俺のポリシーでな。……ま、騙してたのか、ビビってたのか、ムカつかないワケじゃないけどさ。そんなのは些細な問題だ。
 あのクソッタレのインキュベーターと戦い続ける者が、誰でもいい。俺の後に続いてくれるのならば……俺は安心して、死んでいける。安心して、後を託せる。そのためなら、幾らでも汚名を被るし、憎んでくれたって構わない。大量虐殺だって、後に続く連中が出来ないってんなら『もう手遅れな』俺が、全部やってやる!
 それが、俺が必死に守り続けた妹だったとしたら……最高じゃないか」

 やばい。涙が……止まらない。
 だが、俺は今度こそ、心から。
 暁美ほむらの手を取って、膝を突いて、祈るように感謝の言葉を捧げた。

「ありがとう、暁美ほむら……お前が指摘してくれなければ、俺はずっと、この地獄で迷子のままだったかもしれない。
 終点が見えなかったこの地獄に、お前は終着駅の存在を、教えてくれたんだ……ありがとう……ありがとう」

 あとは……言葉が出なかった。
 ただひたすらに……俺は、彼女の手を取って、泣き続けていた。



[27923] 第二十二話:「……あなたは最悪よ、御剣颯太!!」
Name: 闇憑◆27c607b4 ID:cb2385d9
Date: 2011/07/07 07:27
「……すまねぇ。ちょっと……落ち着かせてくれ。かっこ悪い所、見せた」

 全く。
 今日は、なんて日だろうか。一日に二度も、ボダ泣きして……しかも、魔法少女の前で。

「ああ、くそっ!!」

 ぶびーっ!! と鼻水をティッシュでかんで、涙をぬぐう。

「道半ば、道半ば! 気ぃ引き締めて! ……よし!!」

 引退……『死』という希望は見えた。
 あとは後進……沙紀に、後を託せるだけのモノを伝え、俺はワルプルギスの夜への復讐に前進するのみだ。
 そう思うと、綺麗さっぱり。『いつもの俺』に戻る事が出来た。

「……すまん。取り乱しちまった。悪ぃな」
「いえ……その……あなたの意外な『願い』を知った気がしたわ」
「あ? こないだも言っただローが?
 俺みてーなどーんなクソ野郎の馬鹿なチンピラだってヨ、未来に希望を託して祈るくらいは、誰だってやってる話じゃねーの?
 家族大事で、ンで未来を信じて足を進めるってなぁ、魔法少女だけの特権ってワケじゃあんめぇヨ?」

 ゲッゲッゲッゲッゲ、といつもの調子で笑ってやると、暁美ほむらは溜息をついた。

「……」
「……あ? ンだヨ? 溜息なんぞついて……」
「いえ……いつもどおりに戻って、ある意味、安心したわ」
「気持ちの切り替えの速さってなぁ、生き延びるアタリマエの秘訣だろーが?
 っつーかヨ、野郎がウジウジ泣いてたって、誰だって助けちゃくれねーんだから、気合い入れて足踏ん張って前進むしかねーだろーが。おめーもそーだろ?」
「……そうね、その通りだわ」
「おうよ! おめーが知ってるかは知らねーが、ボダ泣きの泣きっ面晒しながら、パンツ一丁、いや、フルチンになったって前に進めるよーな、根性据えた奴が、世の中回してってるんだぜ?
 以前、インキュベーターが反抗的な俺を説得するために、ご大層にインチキ臭ぇ『人間様の歴史』なんてモン見せやがったんだけどヨ。連中が、何様だかこちとら知ったこっちゃねーが、奇跡も魔法も無くたって、人間前にゃ進めンだ。
 あいつらが居なけりゃ、人類は穴倉ン中で暮らしてたなんて寝言、嘘っパチもいいトコだって俺は思ってる!」
「あなたは……」
「人間やめちまったアンタら魔法少女に言うのも何だけどヨ。
 人間は、スゲェぜ?
 俺の剣の師匠もそーだし、PMCで訓練してくれた教官も、武器を買い付けてる武器商人たちも、俺が心の中で尊敬する和菓子屋の店長もヨ。俺も知らねぇまだ見ぬ誰かだって、人間が人間活かすために、必死ンなって世の中みんな頑張ってんだ。
 ぶっちゃけ、神様ヅラした宇宙人の寝言なんぞ、どんな真実だろーが、そいつらの言葉に比べりゃ軽すぎンだよ。
 言葉ってなぁ、タダじゃねぇ。そいつが背負ったモンに比例して、キッチリと重みってモンが出て来る。無論、間違いもある。過ちだってある。だが、そいつ全部ひっくるめて、それは吐いた人間が背負ってきたモンが、きっちり上乗ってンのさ。
 だから俺ぁ、アンタが時間遡行者だっつー言葉を、信じる事が出来たんだぜ」

 自覚できる程にハイんなって口走る俺に、暁美ほむらが目を見開く。

「……何だヨ?
 高一の俺が言えた義理じゃぁねえが、その年齢とナリで、女がそんな思いつめたツラぁしてりゃあ、なんかヤベーモン背負ってンじゃねーかって推察くらいはつくっつの。アンタは他の魔法少女とは、面構えが違ったしな。
 まー、理屈は突拍子もネェけっどヨ。……ま、理屈通りの連中ばっか相手してきたワケじゃねー、むしろ非常識の部類ばっかが喧嘩相手だったからな」
「あなたが柔軟な人間で、助かったわ」
「まー。確証を得たのは、あの佐倉杏子との遭遇戦だったけど。
 それまでは半信半疑ではあったし、あくまで仮定の行動だったんだが……ま、そのへんはどーだっていーや。
 俺にとって重要なのは、ワルプルギスの夜への復讐。そンために、佐倉杏子を引っ張り込む必要性があるのも、理解はしてんのさ」
「それよ。あなた、本当に彼女に、何をしたの?」
「何、っつわれてもなぁ……強いて言うなら、ソウルジェム持ってない状態で急襲受けて、気をそらすために色々喋ったダケなんだけど」
「色々?」
「ワルプルギスの夜の話とか、あと、俺が何でアイツ恨んでるか、とか……あ、そーいや、俺の事情をアイツに話したとたん、アイツいきなりブチギレちまってなー。
 ま、八つ当たりだってのがムカついたんじゃねーか、とは思うんだが……にしても、尋常じゃねぇキレようだったしなぁ」
「っ!!」

 考えても答えの出ない俺に対して、何か得心が行ったかのような、暁美ほむらの表情。

「……心当たり、あるんだな?」
「ええ。でも、あなたに教える事が出来ない情報よ」
「んー、それは……同盟関係を破棄しても、か?」
「ええ。最悪の事態を招きかねない情報を、私は今、知ってしまった」

 なんか、蒼白な表情でもったいつける暁美ほむらに、俺は首をかしげた。

「……なーにが最悪なんだか知らねっけど、ワルプルギスの夜に喧嘩売る以上に、最悪のネタって、あんのか?」
「あるわ。ある意味、あなたの握っている『魔女の釜』に匹敵する情報よ」
「っ……オーライ、分かった。お前さんがそこまで言うなら、そいつは聞かないでおいてやる。
 元々俺は、カッとなって馬鹿やる性質の人間だからな。正味、佐倉杏子本人を前にして、冷静に殺せるか自信が無かったんだ」

 そう。それが、俺が佐倉杏子を嫌いながらも、避け続けてた理由。
 佐倉杏子自身が手錬の魔法少女である以上、戦闘者としては超の字のつく存在である。
 そして、俺はそういう魔法少女に対して、一切舐めた感情は持ち合わせていない。こっちは最弱の存在なのだから。
 だが……『俺の復讐』という要素で動いた場合、自分で自分の感情を、どこまで制御できるか分からない。むしろ、あの時のように、成り行き任せで暴走して、馬鹿をやってしまう可能性が高い。
 俺が立てたプランで、自分を員数外の要撃ポジションに置いたのも、それが理由の一端でもある。

「ま、それは兎も角、引き続き佐倉杏子関係は、お前さんに任せるしかない。俺がノコノコ顔を出そうモンなら、お互いに殺し合いに発展しかねねぇからな。
 ……まあ、ムカつく度の優先順位からして、佐倉杏子はワルプルギスの夜よりかは、遥かに下だ。復讐の順番を違えるつもりは無ぇから安心してくれ。仕事はこなすさ」
「そう願いたいわ」
「任せろよ。っつーか、そーでも無けりゃ、元々、魔法少女と組んだりなんぞ、するわきゃ無かったんだしな。
 毒を食らわば佐倉杏子まで、だ……やれる所まで、トコトンやんなきゃ、ワルプルギスの夜にゃ、対抗できるワケがねぇ」
「……あなたにとって、彼女は毒以下って事?」
「それ以外の何が?」

 俺の言葉に、頭痛じみた表情で頭を抱える暁美ほむら。
 ……無理も無い。
 御剣颯太と佐倉杏子。これ以上無い、水と油な相性の組み合わせを御しながら、ワルプルギスの夜を相手にしつつ、かつ鹿目まどかを守りながら、この闘いを越えねばならないからだ。
 正味、俺が彼女の立場だったら、放棄していたかもしれない。
 だからこそ、俺は真剣な目で、彼女に語りかけた。

「お前も知ってんだろ? ワルプルギスの夜が現れた街の有様を。
 人間が建物ごとミンチんなってヨ。ブチブチと人間が、まるで梱包材のエアクッション潰すみてーに轢き潰されてく、あン時の絶叫がヨ……俺ぁ、今でも耳に残って離れねぇンだ。
 しかも、そいつはフツーの人間にゃ『災害』としか認識出来ねぇ。
 アイツの元がどんな魔法少女だったンかなんざぁ、コッチの知ったこっちゃ無ぇっけどヨ。……ソイツが、あのクソッタレのインキュベーターが持ち込んだ『汚ェクソ』だって事だきゃあ間違いがネェだろうが?
 そんで、その『汚ェクソ』から、必死に逃げ回るしか出来なかった自分がな……こんなクサレ悪党になっちまった今でも、俺ぁ我慢ならねぇのさ」
「……降りるつもりは無い、って事ね?」
「少なくとも、お前さんがワルプルギスの夜に挑むという事実を以ってすれば、一縷の勝機はある。
 あいつは姉さんの敵であり、俺自身の敵でもある。そんで、スッて悔いのない博打になりそーだから、俺はお前さんに張ってるんだ。
 だからまぁ……あのワガママ女の説得は大変だとは思うが、がんばってくれ。仮に、作戦会議でツラを合わせたとしても『こちらから手は出さない』くらいの自制心は、持ってるからさ」
「手を出さなくても、無駄な挑発はやめてちょうだい。彼女は今、かなりナーバスになってるわ。
 だから……あなたの悪辣な理性と、復讐心にかけて、誓ってちょうだい。無駄な挑発とちょっかいは出さない、と」
「……オーライ。可能な限り、自制はするさ」

 諸手をあげて、降伏の意思を示す。
 ……まあ、何とかやってみる、か。

「さて、話はまぁ……こんなトコか?」
「そうね。とりあえず、細かいツメの協議は、佐倉杏子を引き入れてからにしましょう」
「おいおい、気が早いぜ。美樹さやかの一件を、お前、忘れてんじゃネェだろーな?」
「……ふぅ。だから、あなたの考え過ぎよ」
「順番として考えろって言ってんだ。
 最悪、佐倉杏子が居なくても、美樹さやかさえ確保できていれば、ワルプルギスの夜から、彼女が鹿目まどかを守りながら逃げ回る事だって、不可能じゃあるめぇ?」
「!?」

 その発想は無かった、と言わんばかりに、暁美ほむらの目が開かれる。

「『闘う』ってのは、何も相手を倒す事に固執するばかりが全てじゃねぇ。敵から『逃げる』って事だって、十分に戦闘行動なんだ。でなけりゃ、俺は今、この場に立って息をしているワケが無ぇ。
 ……俺の剣の師匠に『正心』って教わったんだがな。
 個人の正義で戦う上で『正しい事』ってのは、ただ一つ。『目的を達成する』という事なんだ。
 アンタにとっても、鹿目まどかを守る事が『正しい事』な以上、『ワルプルギスの夜を倒す』ってのは二番目の目標なハズだ。そーいう意味でも、な……俺は、佐倉杏子よりも、美樹さやかの確保のほうが、先だと思っている」
「なるほど、ね」
「ついでに言わせて貰うなら、彼女は最悪の魔女のモトなワケだ? ……ワルプルギスの夜よりも、最悪ってのは、ちょっと想像のケタが追いつかないんだが……まあ、兎も角、そのへんはお前さんを信じるとして、だ。アレより最悪な事態になっちまったら、誰だって本格的にお手上げだろ?
 そうならないためにも『美樹さやかの確保』ってのは、この喧嘩を始める上での必須条件だ。
 お前さんはワルプルギスの夜に『勝てる喧嘩』を目指してるのかもしれないが、不確定要素な要件が重なりまくったような、今回のケースの場合、ワルプルギスの夜に『負けない喧嘩』をする事のほうが、より重要だと、俺は思う。
 最悪中の最悪のケースでも、俺もお前も佐倉杏子も巴マミも全員戦死したとしても、鹿目まどかと御剣沙紀、そしてついでに美樹さやかは生き残る。
 無論、誰ひとり死ぬつもりで戦う気は無いだろうが、保険はかけておくに越したことは無い。
 ……どうだ、間違ってるか?」
「貴重な意見と、受け止めておくわ。でも、本当に期待しないで頂戴。
 時間遡行者として言わせて貰うけど、彼女は本当に私と相性が悪いの。……あなたと佐倉杏子よりは、マシかもしれないけど」

 はぁ……そう来ましたか。

「オーライ。んじゃ、互いが互いの苦手な相手を、何とかする、って事で。
 俺は美樹さやか担当、お前さんは佐倉杏子担当。これでOK?」
「了解したわ。でも……本当に大丈夫? 彼女もあなたとは相性が悪そうだけど」
「佐倉杏子よりかは、ナンボかマシに人間の話の通じる相手だ。少なくとも『不可能』ってワケじゃねぇ。
 ……暴走気味の地雷魔ってのが、難点だけどヨ。きっと通信簿に『人の話をよく聞きましょう』とか、書かれたりするタイプだと見たが、どうだろうなー?」

 と……

「案外、あなたもそう書かれてたんじゃないの?」
「……よく分かってんじゃねぇか」

 かつての、『正義の味方』を気取ってた己を思い出し……ふと、それが美樹さやかとダブってしまい、内心、悶絶してしまった。
 ……俺は、あそこまでバカじゃなかった……と、思いたい。思いたい俺がいる。

「一つ、いいかしら?」
「何だヨ?」
「彼女を弟子にしようとしない理由って、現実的な部分だけじゃなくて……もしかして、昔の自分を見ているようだから?」
「うるせぇヨ!!
 ……あー、かもなー。それに似てんだよ……あいつのソウルジェムの色がヨ、冴子姐さんの色に」
「色?」
「……魔法少年の衣装の色ってのはな、デザインはともかく、力を借り受ける魔法少女の『色』になるんだよ」

 つまりは……そーいう事である。
 というか、あの新撰組をモチーフにした衣装も、冴子姐さんのソウルジェムの色に合わせたからなのだ。

「なるほど、ね。
 ならばなおのこと、美樹さやかへの説得の適任者は、あなたしかいないわ」
「……今更ながら言わせてもらうが、荷が重いなぁ……」

 深々と、溜息をつく。つかざるを得ない。
 あの四方爆弾に囲まれたボンバーマン女の、爆弾解体作業。
 想像するだけで、気が遠くなる。

「期待してるわ、イレギュラー。
 ……それと、賭けの事は忘れちゃダメよ」
「そっちこそ。……で、行くのかい?」
「ええ、もう話す事は無さそうだし。あなたからは?」
「……いや、俺も特には。あ、そうだ」

 そう言って、俺はメモ書きにペンを走らせる。

「ほい、俺のケータイの番号だ。
 自前でソウルジェム持ってるわけじゃねぇから、テレパシーなんぞよりも、よっぽど確実に繋がるぜ」
「ありがとう。助かるわ」

 そう言うと、彼女は窓から出て行こうとし……ふと、足を止めた。

「今、気付いたのだけど。あなた、『武器を買い付ける』と言ったわね」
「ああ?」
「その武器の出所は、どこから?」

 ……チッ……

「……ホントは、もう少し時間をかけて真っ当な武器商人と接触したかったんだが、あいにくとワルプルギスの夜が来るまでに時間が無ぇ。
 ダークサイドの話になるが、東南アジアの物騒なマーケットで、闇商人から買い付けるしか、あるめぇよ」
「……それによって、彼らに泣かされた少女たちが、魔法少女になる可能性を、あなたは考えているの?」
「安心しろ。そーやって増えた分まで、俺がキッチリ消してやるさ」
「っ!! あなたはっ!!」

 激昂する暁美ほむらに、俺は指を立てて睨みつける。

「……ひとつ、お前は勘違いをしてる。
 俺は魔法少女殺しの常習犯だ。だからこそ、『テメェのケツはテメェで拭く』のは当然の話だ。
 俺がムカついたのは『自覚も無いまま他人にケツを拭かせるよーなマネをすんな』ってダケの話であって、『ケツから垂れたクソの量を比べたい』なんて下らネェ事は、これっぽっちも言ってねぇ」
「っ……!!」
「言ったろ? 俺は人殺しの外道だって、な……その外道と手ぇ組んだ以上、そのへんの覚悟だきゃあ、しておくんだな」

 そう言って、俺はベッドに横になろうとし……

「一つ、聞かせなさい。自衛官の娘さんの話。『嘘だ』って言ったわね?」
「ああ、そうだけど?」

 俺の言葉に、彼女が真剣な目で迫って来る。

「あなたの言葉の、何が『嘘』だったか……説明して頂戴、イレギュラー」

 ……チッ!!

「答える義理は、無い気がすんだがなぁ……」
「義務はあると思うわ、イレギュラー。
 言っておくけど、武器を返した段階で露見するような、安易な嘘を、あなたがつく事は無いとは、信じたいのだけど?」

 ……あー、そう来るかぁ……

 はぁ……と、溜息をついて、一言。

「……何も、わざわざ自分でソウルジェム濁らせるよーな事を、ほじくり返す事もあんめーのに。
 おめーも馬鹿だなー」
「っ!! あっ、あっ……あなたはっ!!」
「……軽蔑したか?」

 その言葉に、彼女は俺の病院服の襟首を掴んで、捩りあげる。

「これまで、数えるのも馬鹿らしいほどの時を繰り返してきた私だけど、インキュベーターよりおぞましい存在を見たのは、初めてだわ! いえ、暗殺なんかの実力行使も視野に入れている分、尚更タチが悪い!
 ……あなたは最悪よ、御剣颯太!!」
「……やっと気付いたのかよ。
 でなけりゃ魔女の釜を運用して、あんな宇宙妖怪と、喧嘩なんか出来るかよ」
「っ!! ……っ!!」
「『He who fights with monsters might take care lest he thereby become a monster(怪物と戦う者は、みずからも怪物とならぬように心せよ)』。
 そういう意味で、な。俺はもー魔女と一緒で、とっくにモンスターなのさ。
 だから、マトモな人間の心が残ってるうちに、俺は復讐を成し遂げて、後に全てを託して、死んで行きてぇんだヨ。
 ……ああ、安心しろ。ワルプルギスの夜との戦いで、特攻しようってんじゃねぇ。あのドンくさい沙紀に俺の技を伝えるには、圧倒的にまだまだ時間が足りねぇからな。
 そういう意味で、お前が信じる生き意地汚さは、まだまだ健在だぜ?」

 今すぐ殺したい。
 そう目線で訴えて葛藤する暁美ほむらを見据えながら、俺は言い切る。

「……人間、舐めるなよ、時間遡行者。
 人間はな、必要とあらば、インキュベーターなんぞ目じゃねぇ程に、ドス黒くなれるモンなんだヨ。
 第一、俺の力を必要として、同盟を持ちかけたのは、そっちだろーが?」
「……今、私は自分の判断に対して、迷っているわ。本当に正しかったかどうか、これほど迷った事は無い!」
「正しいかどうかじゃねー、必要かどーかで考えろよ? そーやって闘って来たんだろ? 俺も、そして、お前も……よ」
「っ!!」
「『正義なんざ犬に食わせた』……そんなツラしてたお前さんだからこそ、俺とやってけるって信じてたんだがなぁ。
 ま、見込み違いだったら、謝るわ。それなら、こっちはこっちで、勝手にお前さんのワルプルギスの夜との戦いに、乱入させてもらうだけだよ。……どーする、時間遡行者?」

 沈黙。やがて……

「……今の私には、あなたの力と経験、そして『視点』が必要だわ。御剣颯太」
「いい答えだ。カーネギー名語録に載せたいくらいだな」
「茶化さないで!
 ……本当にあなたは……喰えないわ」

 そう言うと、暁美ほむらは、病室の窓から消えていった。



[27923] 幕間「魔術師(バカ)とニンジャと魔法少年」
Name: 闇憑◆27c607b4 ID:cb2385d9
Date: 2011/06/15 03:50
 例によって、シリアスに作ってきた空気に、私自信が耐えられませんでした。


 ので、このへんで、物語とは一切関係の無い、『幕間』を入れさせてもらいます。
 本編のシリアスな空気とロジックが好みの御方は、この先、無意味な、腹筋狙いの馬鹿話が続いて、雰囲気ブチコワシになるのが確実なので、見ないようにお願いします。
 こちらの話は読まずとも、全く支障なく本編は続いていきます。



 この幕間の与太話は、邪悪なる筆神様こと、虚淵玄御大がノベライズ化した『ブラック・ラグーン』の『シェイターネ・バーディ』、並びに『罪深き魔術師たちの哀歌』のキャラを、本家『ブラック・ラグーン』の巻末漫画とミックスさせてデッチアゲた、悪質極まりないパロディとなっております。……二次創作か三次創作なのかは、ちょっと微妙なラインなのですが……セルフパロのパロディって、どうなるんだろ?
 






 が、勿論、『魔法少年』と『魔法少女』という世界観はハズしておりません。












 ……はい、ここまで説明して、嫌な予感がした方は、ここで引き返しましょう。
 今ならまだ間に合います。











 OK……後悔しないでくださいね。
 多分……わけがわからないよ?













「……ここは、ドコだ?」

 気がつくと、立っていた場所は何処かの波止場だった。
 ……タイあたりだろうか? 俺が銃器を買い付けに来るマーケットに、近い雰囲気がある。
 巨大な岩が、湾内にそそり立つ中、夕日が沈みつつある風景。

「げっ! っていうか、服っ!!」

 今更ながらに、俺は今の自分の服装に気付く。
 なんと、戦闘時の魔法少年姿……緑色のダンダラ羽織に『兗州(えんしゅう)虎徹』を携えた、いつものスタイルである。

「やばいな、ソウルジェムの中に武器は……武器……」

 無い。銃弾一発も、残って無かった。お金はあったけど。

「じ、冗談だろ……」

 状況的に、冷や汗が止まらない。
 そりゃあ、剣術に自信はある。
 あるが『兗州(えんしゅう)虎徹』での戦闘は、あくまで奥の手なのだ。銃器を使って倒せる相手ならば面倒は無いし、それに越したことは無い。
 快速を誇る俺だが、何も常時接近戦を挑みたい、というワケではないのだ。
 と……

「ラジカール☆レヴィちゃーん♪ 参っっっ上っっっ!
 突発的かつ唐突なイベントで悪いけど、御剣颯太クン、君にお願いがあるの!」

 ひらひらとフリルのついた衣装。パフのついた袖部分。パステルカラーを基調にしたその姿は、確かに魔法少女のモノだ。
 が……露出した首筋から右ひじにかけてのトライバル柄のタトゥだとか、手に嵌めてるのが銃器を扱うためのグローブとか。
 ガワの部分は兎も角、明らかに『魔法』の概念で喧嘩する気の無い姿に、もー、ヤヴァ気な雰囲気が、ぷんっぷんである。正味、暁美ほむらよりヤヴァい予感がしてならない。

「…………………お家に帰らせてもらいます」
「君に、このヘストン・ワールドを救ってもらいたいの! ラジカル☆レヴィちゃん、一生のお願い!!」
「ご自分でどうぞ。私は自分の妹の面倒が忙しいので、帰らせていただきます」

 関わってはならない。
 本能がそう告げている。
 第一、魔法少女という存在と関わって、個人的にロクな目に遭った記憶が無い。
 冴子姐さんや沙紀然り。暁美ほむら然りである。
 そして、目の前に存在するのは、一見しただけでも、どー考えてもそれらの上を行く厄ネタを抱えた『魔法少女』。
 関わり合いになろうとするほーが、頭オカシイ。

 が……壮絶な殺気を感じ、俺はとっさに『兗州(えんしゅう)虎徹』を抜刀。
 振り向きざまに、飛んできた銃弾を一刀両断し、油断なく構える。

「なっ……何すんだ、アンタ!!」
「んもぉ、颯太君のイ☆ケ☆ズ♪
 にしても、面白い事するねぇ……アンタで二人目だよ」

 ぞっとなる深淵を瞳にのぞかせながら、何故かべレッタの二丁拳銃を抜いて、迫って来る『ラジカル☆レヴィ』。

 ……やばい。
 闘うとか闘わないとか以前に、存在そのものに関わりたくない。
 俺の本能が、そう告げている。

「きっ、気に行ってもらえたのなら嬉しいよ……帰っていい?」
「そう言うなよ。なぁ、もういっぺん……『ソイツ』を見せてくれよ。なぁ」
「たっ、短気は良くないと思うよ。それに、願い事があるんじゃなかったっけ?」
「あっ、そうだった☆♪ テヘ、レヴィちゃん失敗♪」

 とりあえず、緊張をほぐす事は出来たが、彼女の指はトリガーにかかったまま。
 ……殺る気だ……こいつ、返答次第で、マジで殺る気だっ!!

「……で、何だ? ダークタワーからお姫様救いたいなら、自分で行ったほうが早いんじゃないか?」
「あのね、今、ヘストンワールドでは、深刻な病気が流行ってるの。
 亀になっちゃう魔法の毒が入ったピザを食べて発症する、ニンジャタートル・シンドロームって病気でね。そのピザを作って配ってる悪い魔術師とニンジャを捕まえてほしいの!」
「……ご自分でどうぞ。私は見滝原に帰らせてもらいます。ってか喰うなよ、ピザ」

 バキューン!! 斬!!

「っ……はぁっ……はぁっ……あんた、なぁ! 気軽に人に銃口向けて発砲すんなよ!!」

 本日、二度めの銃弾斬りをカマしつつ、俺は絶叫した。

「ラジカル☆レヴィ一生のお願い☆
 御剣颯太君! 君に、このヘストンワールドの運命を預けます!」
「勝手に預けんなよ、オイ! 話聞けって!!」

 バキューン!! 斬!! バキューン!! 斬!!

「お願い♪」
「へ、ヘストンワールドってなぁ、こんな世界なのか?」
「うん、銃が一杯あってもね、銃が人を殺すんじゃなくて、人が人を殺す世界だから、争いごとも家族争議も無い、平和な世界だったの♪ それが、悪い魔術師とニンジャの魔の手が迫ってから、みんながピザを貪る亀になっちゃって、レヴィちゃん困ってるの。
 だからお願い、御剣颯太君! 魔法少女のマスコットとして、このヘストンワールドを救ってほしいの!」
「フツーは魔法少女自身が世界を救うモンだろーが!? マスコットはあくまでお伴だろーよ!!」
「だってメンドクサイんだもーん♪」

 ぶっちゃけやがったよ、この女。

「……あー、とりあえずな、暁美ほむらって魔法少女に頼め。彼女が一番の適任だ」
「彼女はあなたが適任だって言ってたけど?」

 ちょっ、ふざけんなあの女ーっ! お前だって一応、世界に希望振り撒く魔法少女だろーが!
 っつーか、マスコットに自分の仕事丸投げする魔法少女なんて、お前ら纏めて前代未聞だーっ!!

「そういうワケで、がんばって悪い魔術師とニンジャを捕まえてね! 御剣颯太君♪」
「……あの、ですから妹の面倒があるので、お断りしたいのですが……」

 バキューン!! 斬!! バキューン!! 斬!! バキューン!! 斬!!

「大丈夫、君ならできるヨ♪」
「……ドコの虫姫様でつか、アンタは……」
「さあ、いざ!! ポン刀一丁で、弾幕祭りのヘストンワールドへっ!!」
「おい話聞けーっ!! 嫌ぁぁぁぁぁっ、殺ス弾幕で真・火蜂なケ●ヴ仕様は無理ぃぃぃぃぃっ!! せめてパターン化可能な芸術弾幕の東●にしてぇぇぇぇぇっ!! っていうか、武器も無しに日本刀一丁で無茶言うなぁあああああっ!」
「ンもー、ワガママだなー。お金、持ってる?」
「……に、日本円なら……」

 先程、ソウルジェムを探った時に、札束だけは何故かあったと記憶している。

「よーし! じゃあ、まずは武器の調達に行こー♪」
「いや、だから俺、見滝原に帰るって……おわ、放して、放してぇえええええええっ!
 カンベンしてください! お金払いますからお家に帰してぇぇぇぇぇ!」

 むんず、と、妖しいステッキから伸びた手にトッ掴まえられた俺は、ラジカル☆レヴィに引っ張られ、俺はヘストンワールドの深淵へと連行されてしまった。



「リリカール☆チアシスター♪ エダちゃん参上!!」

 ……何というか。
 もーこれ以上、根本的に関わり合いになりたくない存在に、ワラワラと湧き出された俺は、本格的に頭痛が止まらなくなっていた。
 目の前の鋭角なグラサンかけた……何というか、尼僧服とチアリーダーを足して、魔法少女という要素で割ったような、曰く説明し難い衣装を着た存在に、教会で出迎えられているこの状況。
 もう、正直、おなかいっぱいである。

「あの、もう、お家に返して……」
「エダちゃーん、日本からのブルジョワ様に、武器売ってあげてー♪ ……あ、紹介料に20%ね」
「あははは☆ざけんじゃねーぞ♪ この万年生理不順♪ 5%に決まってんだろタコ」
「15%」
「7.5%」
『……OK、10%って事で』

 なんか俺無視して、勝手に納得してるし。

「そんじゃ、日本からのお坊ちゃん、入って入って♪」
「いや、その……俺、『教会』とは相性が悪いんスけど」

 佐倉杏子とか、佐倉杏子とか、佐倉杏子とか……まあ、そんな感じで。

「まあまあ……ウチのボスがお待ちかねだよ」
「……はぁ?」
 
 もうなんか脳みそが膿んでドロドロになった気分で、俺は教会の扉をくぐる。
 そして……そこで、俺は、悪夢の存在を目にする事になる。

「おやおや、わざわざ日本からなんて。ロック以外の日本人なんて、珍しいお客さんも在ったモンだねぇ……
 ようこそ、マジ狩る☆バイオレンス教会へ。ここのボスの『プリティ☆ビッグシスター』ヨランダだよ」

 その……何というか。
 今までも描写に困る存在が多数現れたが、コイツは極めつけだった。
 っていうか……80はイッてる、海賊じみたアイパッチつけた婆様が、シスター風の肌もあらわな魔法少女の衣装で、しかも『プリティ』って、何じゃそりゃああああああああああああああっ!!!

「うぉっぷっ!! しっ、失礼っ!!!」

 くるりと後ろを向いてダッシュで外に出ると、花壇の隅っこに向かって四つん這いになって下を向く。
 ……ごめんなさい。おなかいっぱい通り越してガチでゲロ出ました。ヘストンワールドさん、もう勘弁してください!!

「おやおや、悪かったね坊ちゃん。確かにこの年齢で色々無理があるとは分かってるんだけど、ヘストン・ワールドじゃ魔法少女の衣装は正装なんだよ。
 ……しょうがないね、リカルド、ちょっとおいで」
「ひっ、しっ、シスター、そっ、それは、それだけは勘弁を、シスター……ひいいいっ!」
「我慢しな。金づるの機嫌を損ねちゃいけないよ」

 なんか哀れっぽい悲鳴をあげて、ヒスパニック系の神父見習いが連れてこられる。
 そして……

 ぶちゅるるるるるるるる……

「ひいいいいいいっ!!」

 なんというか……アイパッチの婆様な魔法少女にキスをされた神父見習いが、哀れっぽい悲鳴をあげてミイラになっていくと同時に、だんだんと件の婆様の肉体年齢が、若返っていく姿は……ホントーになんかイカンものを見てる気がして、だんだん現実逃避に全開で拍車がかかってきた。
 っていうか、ドコの豪●寺一族だよ、この婆様っ!!

 やがて『じゅるるっ……ポンッ♪』 ってな音を立てて、ミイラになった神父見習いを退場させた後に残ったのは……

「ふぅ……どうだい? これなら多少、見れたモンだろ?」
「……いえ、その……別の意味で、目のやり場が……」

 その……BBAな魔法少女から、魔法少女なBBA(ボインボイン姐御)にクラスチェンジ(しかも金髪)って……。
 何となく、『魔女の釜』をキュゥべえと一緒に悪用し続けて、『真の魔女』と化しながらン百年生きた巴マミの姿って、こんな感じになっちゃうのかなー、とか連想してしまい、内心悶絶していると、彼女……BBA(ボインボイン姐御)なプリティ☆ビッグシスター・ヨランダから、話を切りだしてくれた。

「で、日本から来たお坊ちゃん。武器が欲しいんだって?」
「っ……あ、そうです」

 そうだ、武器だ。武器が無いと、始まらない。
 俺は意識を切り替えて、言葉を切りだす。

「大口径のリボルバーが欲しいんです。パイファー・ツェリスカが理想ですが、無ければトーラス・レイジングブルのモデル500かS&WのM500を。デザート・イーグルやオートマグなんかのオート系はパスしてください。
 あとはオートマチックグレネードランチャー、それと調整済みスコープつきの対物ライフル。C-4と起爆信管、あとクレイモア地雷。手提げ式のガトリング砲なんかがあるとありがたいですが、無ければブローニングM2重機関銃あたりを手提げで使えるように。
 あと、使い捨てのM72と、RPG-7と弾頭を……あ、当然、全ての武器の弾は、ありったけを用意して頂きたい」

 俺の注文に、リリカル☆チアシスターことエダ女史が胡乱な眼で突っ込む。 

「ヘイヘイ、買い込むなぁ兄ちゃん。
 それに、大口径リボルバーかよ、トンだ見栄っ張りだね」
「確実に発砲できるからね。弾詰まり(ジャム)は無いし……見栄や酔狂でのチョイスじゃない、俺の流儀だ」

 そう。俺がリボルバーにこだわってるのは、いくつか理由がある。

 まず、オート特有の弾詰まりの事故が有り得ず、どんな変則的な体勢からも発砲可能な事(映画でよくある、銃を寝かせての横撃ちは、オートの場合、弾詰まりの元である)。
 そして、俺の拳銃での戦闘スタイルが『瞬間勝負』と『精密射撃』である以上、多人数の魔法少女相手を想定せず(大勢で来たら罠で分断するのが前提)、リボルバーの玉数で通常は足りてしまう事(あの場で避けた上に、弾いてまでのけた佐倉杏子の腕前は、実際大したもんだ。奇襲が成功しなければ、正味、危なかった)。
 そして、単純な単発での『精密度』はオートだが、『破壊力』では同サイズのフレームではリボルバーに軍配が挙がる事。
 幾ら俺がガンマンとしては暁美ほむらを上回る技量だとしても(その証拠に、デザートイーグルって銃のチョイスからして彼女の手のサイズに全く噛み合ってない。まあ、彼女の場合は恐らく時間停止で弾を叩きこむスタイルだろうから、銃手としての技量は問題になってなかったのだろう。『撃てて使えればそれでいい』という奴だ)、ソウルジェムだけを戦闘の攻防の最中に、拳銃で精密狙撃ってのは難しい。一発目に強烈な一撃を見舞って動きを止めた所を、二発目でソウルジェムを吹き飛ばすのが、通常、最も効率的だ。(暁美ほむらに言ったような、精密射撃も『不可能』ではない。あくまで『難しい』レベルだ)。

 ……まあ、一番の理由は、単発の破壊力が目当てだってのは否定しない。
 美樹さやかや冴子姉さん、沙紀のような『癒しの祈り』を使う魔法少女相手だと、9パラ(9ミリパラベラム弾)程度じゃソウルジェムをクリティカルショットしない限り、通じない場合が結構あるのだ。
 そして、オートで弾をばら撒かねばならない状況になる前にケリをつけるのが、俺の拳銃でのスタイルである。というか、そんな状況になったら拳銃に拘らず、別の武器(サブマシンガンあたり)を、ソウルジェムから取り出してケリをつけるほうが良い。
 拳銃はあくまで、拳銃なのだ。……メンテナンスも比較的楽だし。(無論、オート系の拳銃が使えないわけではない。単に魔法少女を相手にする上での、俺なりの戦闘スタイルの問題、とだけ重ねて言っておく)。

「ふむ……またトンでもないモノと量を注文するモンだね?」
「モノは? 揃えられますか?」
「その前に、金を見せてもらわない事には、答えられないよ」
「では、私も金は見せられません」

 BBA(ボインボイン姐御)なプリティ☆ビッグシスター・ヨランダと、交錯する視線。
 このへんのやり取りは、武器商人相手に慣れたモンだ。

「……イチゲンの日本人のワリに、とんだワガママ坊やだね。いいさ『出来る』とだけ」
「今すぐに? この場で?」
「厳しいねぇ、坊やも。そちらは?」
「恐らく、払えます……日本円で良ければ」

 とりあえず、億単位の金は常時、いざって時のために入ってるし。何とかなるんじゃないかな、と。

「……ふぅ。リボルバー以外のモノは、用意できるよ。
 ただ、このヘストンワールドで、リボルバーを使う人間は意外と少なくてね。弾は200発ほどあるんだが、今はこんなモノしかない」

 そう言って、プリティ☆ビッグシスター・ヨランダ(ボインボイン姐御)が取りだしたのは、スタームルガー・スーパーブラックホーク。俗に『黒い鷹』と呼ばれる拳銃で、デザイン元のコルトSAA譲りのクイックドローの早さと44マグナム弾を使う破壊力のバランスが取れた、逸品である。
 むしろ、魔法少女相手の実用性という意味で、文句は無い、が……

「……この銃把についた血痕は?」
「ああ、そいつはね、『ガンマン気取りのクソ袋』から巻き上げたモンなのさ。その時、ラジカル☆レヴィちゃんに、銃ごと腕を吹っ飛ばされてね。
 今頃、ロア……もとい、ヘストンワールドの湾内で、カニの餌になってるから、安心おし」
「なるほど……失礼。よろしいですか?」

 どうぞ、と目線で進められ、俺は『黒の鷹』を手にとる。
 弾が入って無いかをチェック。その上で、各部のパーツをチェック。さらに、ガンアクションを幾つか。
 ……文句ない。
 パイファー・ツェリスカを使い続けてる俺には軽すぎるくらいだが、むしろその分扱いやすさは遥かに上。
 威力そのものは、600ニトロ・エクスプレス弾を使うパイファー・ツェリスカの十分の一以下の44マグナム弾だが、そこは『速さ』と『精密さ』と他の銃器で勝負すればいい。
 シングルアクションなのも、この際、最速を目指すなら『アリ』である。
 
「うん、気に入りました。で、お値段は如何程?」
「そうだね、ヘストン$との相場がこんなものだから……これくらいかねぇ?」

 提示された金額は、予想を僅かに超えていた。

「……日本円とはいえ、一括の即金で買い上げるので、もうすこし割り引けませんかね?」
「おやおや、本当にこの場で現金で払う気かい? 坊や?」
「ええ、今、この場。即金で」
「気風がいいね、坊や。気にいったよ。用意してみせな。そうすりゃ今の値段から二割引きで売ってあげるよ」
「では……」

 そう言うと、俺はその場でソウルジェムから取り出した札束を、積み重ね始める。
 ポカーンとする、『ラジカル☆レヴィ』や『リリカル☆チアシスター』エダを他所に、悠然と構えている『プリティ☆ビッグシスター』ヨランダ(ボインボイン姐御)。

「これで、おおよそ二割引き価格、といった所ですが? いかがか?」
「結構、交渉成立だよ。エダ、彼を武器庫に案内してやんな」
「……はっ、はい! シスター!!」

 と……その時だった。

 シュイイイイン!! とか言わせて全身を光らせながら、BBA(ボインボイン姐御)の姿から、元のリアルBBAな魔法老婆(!?)に戻っていく『プリティ☆ビッグシスター』ヨランダ。
 何度も言うが、80超えた老婆(しかも海賊じみたアイパッチつけた)の魔法少女姿なんぞ、俺は見たくない!!

「あらあら、もう時間かい。
 しょうがないねぇ……リカルドの奴も、最近枯れ始めちゃってねぇ。うんと精のつくモン喰わせてるハズなんだけど。
 そうそう、お得意さんになってくれたお礼だ。あたしゃ紅茶に目が無いんだが、あんたも一杯どうだい?」
「イエ、エンリョシテオキマスデス!! ハイ!!」

 もー目線を合わさないようにして、俺は『リリカル☆チアシスター』エダを促して、とっとと教会の外へと逃亡した。
 ……神の家なんてトンデモネェ、佐倉杏子すら生ぬるい魔女が棲む場所を『教会』と呼ぶのだ。そんな感じで『教会』という存在の中身を知った俺は、生涯二度と近寄るまい、と固く心に誓っていた。



「で……その、悪い魔術師とニンジャってのは、ドコにいるんだ?」

 とりあえず、買い取った武器をソウルジェムに収納し終え、俺はラジカル☆レヴィに問いかける。

「んっとねー、ニンジャは兎も角『魔術師』は、大概高い所にいるよ? 馬鹿だから。」
「……高い所、ねぇ……ん?」

 高い所、高い所……ひょっとして……

「なあ、その魔術師やニンジャとっ捕まえるのって、『生死不問(デッド・オア・アライブ)』?」
「勿論♪」

 その頼もしい言葉に、俺は一つの策を思いつく。……多分、引っかかってくれると思うんだが、大丈夫だろうか?
 とりあえず、この場所から見上げて……ここ、あそこ、んと……あっちあたりか?
 ソウルジェムから、買ったばかりのC-4やクレイモア地雷を取り出し、随所に仕掛け終えて……パパッと完了、と。

「何やってんの?」
「……いや、何。
 馬鹿を狩るのって、いつもの事だったなー、って。そういえば」

 そう。魔法少女の力を過信し、かつ、暗殺者としての俺の凶名を警戒すればするほど、俺が普段、自分の縄張りに仕掛けたような魔法少女専用トラップは、有効と成り得るのである。
 『暗殺魔法少女』伝説の凶名は、伊達ではないのだ。……色々な意味で。

「だから、君が適任だったんだよ♪」
「……是非、お断りしたかったなぁ……」

 色々な意味で、涙が止まらない。

「それは兎も角……で、ニンジャはドコにいるんだ?」
「それが、分からないのよー。ニンジャってくらいだし、目立たないのー」
「……まあ、無駄に目立つニンジャが居たら、お目にかかりたいし」

 忍びの極意は、基本、周囲に溶け込む事。
 そして、戦闘は非常時の一手段でしかなく、目的を達するために原則、『逃げる』事を前提としている。火遁、水遁、土遁etc。皆、文字に『遁走』の遁の字が入っているのは、伊達ではない。
 ……このデタラメ極まるヘストンワールドで、どの程度、俺のリアル知識が通用するかは兎も角。
 俺の剣術の師匠の教えは、技術的には剣術であっても、それを扱うための『心得』は、喧嘩芸含めて忍術に近い代物だったし、そのへんは、なーんとなくは理解できるのだ(あまつさえ『正心』の理屈は、そのまんま忍者のモノだと知った時、愕然とした記憶がある……習ったのは、剣術なハズなんだがなー……)。
 そういう意味で、ニンジャ相手のやりにくさというのは、想像できるだけに渋い顔にならざるを得ない。
 何しろ、向こうは逃げ回って毒ピザ撒いてりゃいいわけで、コッチはそれを追いかけねばならないのだ。しかも、俺の精神衛生的に、可及的速やかに、このヘストンワールドから撤退する必要がある以上、時間が無いのはこちら側である。

 ……っつーか、繁華街の街中を二足歩行で歩く、人間サイズの亀が闊歩してる時点で色々限界だよ! 助けて姉さん!!

「一応、さんごーかいも、モスクワ宿も動いてるんだけどねー。姐御なんか、ツインテールにトリコロール・カラーの衣装まで用意して、『なの』とか語尾につけはじめたし。
 ……姐御の馬鹿、ヘストンワールドをひっくり返すつもりかよ」
「……OK、こんなイカレた世界がどーなろーが俺の知ったこっちゃないが、その『姐御ちゃん』とやらにゃ絶対関わっちゃなんねーのは、よーく分かったわ」

 何というか、自然に火傷顔な砲撃冥王の姿を幻視出来てしまい、俺は悶絶し、決心する。
 一刻も早く、そのニンジャとやらを見つけねばならない。
 でないと、色んな意味で恐怖の存在と相対した時に、自我を保てるか自信が無い。タダでさえ、この狂い切ったシチュエーションに、色んなモノが本格的な限界に達してるというのに。

「んー、今晩は泊まりねー。頼んだ手前、ウチの事務所に来てよ。
 今の時間なら、電話番にロックが居るハズだから。日本人同士、話も弾むかもよ」
「……是非、そうさせてもらうよ」



「ドーモドーモ、ロクロー・オカジマデス」
「………………………」

 にほん……じん?

 そこに居た、露骨に妖しすぎる生物に、俺は首をかしげた。
 ……このヘストンワールドじゃあ、こんな珍妙な生き物を『日本人』と認識しているのだろーか?
 ぶっとい首筋と張りつめた筋肉を、リクルートなワイシャツにはち切れんばかりに押し込めた末に妖しすぎる柄のネクタイを締め、首から上を白粉とセロテープでつり上げた歌舞伎メイクに七三分けにした頭髪。トドメに碧眼で、眉毛やワイシャツから覗く胸毛は金髪ときたものだ。

 ……違う。これ絶対日本人ちゃう。

 曲がりなりにも日本人の端くれに連なる者として『彼が日本人だ』などという主張は、全世界の日本人……否、数多の多次元宇宙に存在する、日本人という人種全ての名誉にかけて、断固として拒否せねばならない。

「す、すんません。その……確認を取りたいのですが、彼はホントーに日本人なんでしょーか? こちらのヘストン・ワールドでは、日本人ってそーいう生き物って事になってるんでしょーか?」
「やっだー、御剣颯太♪ どこからどー見ても、君たち日本人そのまんまじゃなーい♪」
「………………」

 ペッコンペッコンとお辞儀をするスタイルが、また妖しすぎる。
 というか……

「一つ、聞きますが。こちらのロックって方は……何か、武道とか格闘術とかの達人でございましょーか?」
「え? 彼は鉄火場でのドンパチは、カラッキシよ? 銃だってマトモに撃てないんだから」
「……左様ですか」

 はい、この情報で偽物確定。
 歩き方、重心の配分、立ち姿。
 ドコをどー逆さに振るって見ても、鍛錬を積んだ『素人では有り得ない達人のソレ』が丸出しです。

 ……つまり、

「ニンジャみーっけっ!!」

 『兗州虎徹』を抜刀し、自称ロクロー氏に斬りつける。
 が……

「……ほぉ?」

 魔法少年化した、銃弾すら斬って捨てる俺の居合いを避けられた人間は、魔法少女も含めて、そーは居ない。

「むぅ……ヘストンワールドに、若年ながらこれほどの手錬が居ようとは。
 しかも忍術発祥の地、日本の出身のサムライとお見受けするが、如何か?」

 いつの間にか着替えたのか、忍者装束に化けた自称ロクロー氏。
 ……なんというか、避けられただけでも屈辱だってのに、余裕カマして早着替えまでしてのけるとは。
 もっとも、正味、俺の居合いを避けてのけた時点で、俺は彼を舐めてかかる気は、サラサラ無くなっていた。

「……さぁ、な!」

 さらに、クイックドローでソウルジェムから『黒い鷹』を抜き、発砲! スポット・バースト・ショットでターゲットを捕えるが……

「っ!?」

 三発を発射した所で銃に嫌な感触が走り、俺は四発目のトリガーを引く前に指を止める。見ると銃のレンコン部分に、何か液体のついた吹き矢が刺さっていた。……ってか、ニトロセルロース!?

「クソッ!! 待ちやがれってんデェ!!」

 『黒い鷹』を放棄して兗州虎徹を掴みなおすと、俺は遁走する忍者の後を追い、窓から跳躍。
 好都合だ。トラップに追いつめて仕留めるのは、俺の十八番だ。

 が……

「今宵、仔細あって……」

 ピッ!!
 何か、トラップのイイ位置に馬鹿っぽいスカした人影が居たので、とりあえず奴の足元のC-4を遠隔起爆。更に、吹き飛んだ先のクレイモアを一発、二発起爆……チッ、人間の原型、保ってやがる。

「おい、ラジカル☆レヴィ! あの馬鹿がもしかして例の『悪い魔術師』か?」
「……仕掛け爆弾で吹き飛ばした後で、敵かどうか確認とるなんて、アンタもヘストンワールド向きの神経してるわね」
「ンな事ぁフツーに誰もがやってる事だろーが! 奴の確保頼む、俺は例のニンジャを追う!」

 『ないない、フツー無い』と手を振るラジカル☆レヴィを無視して、俺は再びニンジャを追う。
 ……くそっ、何て速さ。流石ニンジャ! 仕掛けの起爆に気を取られて、距離を離され過ぎた。
 だが、俺も負けてられない。
 曲線的な速さは兎も角、直線ならば俺が上と見た。なら……

「っだりゃああああああっ!!」

 ビルの上を跳躍し、路地を駆け抜ける忍者を追いつめる(今回のトラップの起爆システムは、あくまで俺自身の遠隔起爆のみなので、問題は無い)。
 下を走るニンジャに対し、上を走る俺。そして……

「追いつめたぜ……」

 肩口に、対人用のTBG-7V弾頭を装填したRPG-7を構えながら、俺は路地に追いつめた忍者を睨みつける。
 ……悪いな。恨みは無いが、とりあえず死ね。

 照準、発砲。

 発射筒から尾を引いて走る、市街地戦用の対人弾頭。
 半径10m以内を爆圧と高熱で焼き尽くす事を目的としたサーモバリック弾頭の前では、仮にボディアーマーを着ていたとしても、全くの無意味である。
 しかも、避けるにしても点で捕える銃弾とは違う、範囲攻撃!

 が……

「チッ……路地に追いつめられて、あれを回避するかよ」
「……サムライとしてだけではなく、ガンマンとしても中々の腕前。感服つかまつった」

 ビルの壁面を反射跳躍を繰り返しながら、爆風を回避しつつ、アッサリとビルの屋上に立つ俺の前に現れたニンジャに対し、俺はRPG-7の発射筒を放棄して兗州虎徹を構える。
 ……ここへ来て『黒い鷹』の脱落が痛い。火力重視で、接近戦用の武器のバックアップが足りなかったか……クソ。

「なあ、アンタ何者だ?」
「我、姿なき影故に、名乗る名もまた無し……と、言いたいところであるが。
 同じ『魔法少年』ならば、名乗るべきであろう」
「!!?」

 なん……だと……!?

「とぅっ!!」

 跳躍と同時に、ニンジャが『変身』。そして……

「真剣狩ル☆デスシャドー!! シャドー☆ファルコン、推参っ!!」

 なんというか……基本の忍者ルックは変わらないのだが、肩口の装甲が般若のお面だったりとか、明らかに日本文化を曲解して舐め腐ったニンジャの姿に、俺は今度こそ頭を抱えた。
 ……ってか、股間に天狗のお面ってのは、いろいろな意味で日本舐め過ぎだと思う。

「………………か、帰りテェ……見滝原に帰りたい」

 色んな意味で、己の存在意義に蹴りを喰らった気分になり、頭痛が増して行くが……何にせよ、この日本文化舐めてフザケ倒した生物(ナマモノ)が、容易ならざる敵という事実に、変わりは無い。
 ……っつーか、既に、この存在そのものが徹底的に悪ふざけたニンジャ相手に、一応、剣術を収めて和菓子職人を目指してた我が身としては、色んな意味で容赦する気が失せていた。

 気合を入れ直し、俺は兗州虎徹を構える。
 対して、奴も背負った刀を抜く。……いや、刀じゃない。あれ……ジェラルミン刀?
 いわゆる、模造刀であり、俺のスプリング刀とは別の意味で、日本刀とは認められない代物だ。
 それは兎も角。

「!!?」

 それは、およそ有り得ない構えだった。
 握刀が違う、姿勢が違う、重心が違う。実戦を前提に考えた場合、何もかもが有り得ない構え方だった。
 強いて言うなら、剣劇や時代劇の殺陣(たて)に近いが、アレだってここまで不可解な構えはするまい。
 だが、その構えに一切の『迷い』が無い。武器が模造刀だとしても、ハッタリの産物で無い事だけは、まざまざと見てとれる。

「……そう、かい」

 ならば、俺が応じるべき答えは一つ。

 この刃を握った時、常に、そう闘ってきた。常にそう、挑んできた。
 ならば『それ』で答え続けるまで。

 俺は兗州虎徹を鞘に収め、『居合い』の構えを取った。
 これが俺の全力最速。相手が『何か』をする前に片手一刀で斬って捨てる。
 どんな不可解な動きをしようが、どんな幻惑があろうが、最速の前に意味は無い。

 空気が極限まで張り詰める。
 互いに、刹那の一閃を持っているだけに、動けない。
 ゆるり、と……含み足での間合いの攻防が続く。呼気ひとつ、足の指ひとつ、油断する事の出来ない『空間』が、周囲に構築されていく。

 ……そんな、緊迫感あふれる世界の中……

「ОСТАНОВИТЕСЬ(動くな)なの!!」
『!?』

 振り返ると、はるか彼方。
 そこに……『この世界で絶対関わっちゃイケナイ存在』が、居た。

「見つけた……人間を亀に変えるピザを撒き散らす、邪悪な魔法少年!」

 ツインテールに火傷顔の、トリコロール・カラーでロシアな軍服を来た、色々混ぜ過ぎちゃってヤヴぁ過ぎる存在が、手にした魔法の杖の筒先を『俺たちに』向かって向けていた。
 ……って、ちょっ……おまっ!!

 言い訳ひとつ口にする間もあらばこそ。
 星を軽く撃砕する閃光が、俺とニンジャを飲み込んでいった。





「うわあああああああああああああっ! ……はっ、はっ、はっ……?」

 何だろうか?
 何か……内容は思い出せないが、とてつもなく理不尽で滅茶苦茶で出鱈目な夢を見た気がする。
 ……どんな内容だったっけ……か?

「……ま、夢見が悪いのは、いつもの事か」

 何しろ、吹き飛ばした魔法少女の姿に、毎晩のように悪夢にうなされているのだ。
 ちょっとぐらい変な夢を見ても、不思議は無い。
 むしろ、夢の内容を憶えていないだけ、今回は幸せかもしれない。
 ……いや……本当、ゾンビさながらで動く魔法少女の姿って、トラウマモノですよ。そんな姿が、何度夢に出てきた事か。

 時間を見ると、午前五時。まだ朝食にも早い時間だ。
 と……

「……誰か、いるのか?」

 個室で誰も居ない病室のハズだが、『何か』が居るような気配を感じ……

「気のせい、か? ……ううっ、もよおしてきたな」

 人間にとって性別問わず万人共通の、朝の生理現象。トイレに入って用を足し、病室に戻ってみると、何故か空いてる窓。

 ……ありゃ。暁美ほむらが出て行った後に、窓、閉め忘れたっぽいな。……ん?

 気付くと、ベッドの下。
 足元になんか、妙にオドロオドロしくレタリングされた『O.M.C』のロゴのついた、玩具のクナイが転がっていた。

「子供の玩具……誰かの落し物かな?」

 とりあえず、それについて深く追求する気は無く。
 俺はソレを、叫び声を聞きつけて見回りに来たナースさんに、落し物として届けると、綺麗さっぱり忘れ去って、開けっぱなしの病室の窓を閉めた。



[27923] 第二十三話:「これで……昨日の演奏分、って所かな?」
Name: 闇憑◆27c607b4 ID:cb2385d9
Date: 2011/06/17 04:56
「ふっ!!」

 気合いを入れて、兗州虎徹を振り抜く。
 午前五時半過ぎ。
 まだ日も昇りきらぬ内から、いつもの夢見の悪さで目が覚めてしまった俺は、病院の屋上で鍛錬……剣術の型稽古に勤しんでいた。

 朝、寝ぼけた頭が働き始め、ふと、何か忘れてるなー、と考え込み……美樹さやかとのドンパチをした時に、愛刀の『兗州虎徹』を、病院の屋上に放棄したまんまだった事を思い出したのだ。
 一応、予備の刀が家に数本あるとはいえ(実用される日本刀=消耗品)、今の一振りは、もう長い事使い続けてる一刀であり、結構、愛着もある。
 幸い、目立たない隅っこに転がっていったのと、ライトの無い屋上の暗闇に紛れたのか、美樹さやかの土竜●で駆けつけたであろう方々も見落としたらしく。(そもそも、ハンマーで抉ったような痕では、何があったかすら理解不能だったろう)。
 別の場所に転がっていた鞘も回収し、朝飯の時間まで、病室に戻ってベッドで寝て過ごすのも無駄が多かろうと思い、こうして型稽古に励んでいるのである。
 とはいっても、俺の剣術に厳密な『型』は無い。元の流儀流派のスタイルが、魔女や魔法少女相手の斬り憶えによって崩れ、それをオリジナルとして再構築し直したモノであり、どちらかというと『身体の動作確認』に近いモノがある。
 想定した相手に対し、イメージ通りに体が動くか? その動きに無駄は無いか? 心に迷いは無いか?
 真剣に考え、確認しながら動き……やがて、無心になる。
 意思とか思考を超えて、反応をする体。
 思考を置き去りにする肉体の動きは、しかしその分、どんどん無駄が削ぎ落とされ、鋭く早く、変化していく。
 最初は、太極拳のようにゆったりしていた、確認のための切っ先の動きは、だんだんと仮想敵を相手にしたように激しさを増して行き……

 ガタッ!!

「あ……」
「っ!? ……アンタ……参ったなぁ」

 屋上に現れた人影……松葉杖をついた上条恭介の姿に、俺は暫し、戸惑いを隠せなかった。



「その……御剣さん、本当に、剣術使いだったんですね」
「いや、その……まあ、うん。そんなのを、ちょっと……ね。信じちゃもらえなかったかもしれないけど」

 白鞘におさめた刀を肩に立てかけながら、屋上の縁の段差に腰かけて。
 俺は上条恭介氏と、他愛ない話をしていた。

「なんつーか、かっこ悪い所、見せちゃったなぁ。お前さんみたいにバイオリンでも弾けりゃ、様になってたんだろうけど」
「いえ、そんな事無いです。
 むしろその……すいません、気に障ったのなら謝りますが、その……すごく、綺麗だったんです。御剣さんの動きが」
「!? ……俺の、剣が?」
「はい。……失礼ですが、その『御剣』って名字からして、家に伝わる剣術とか、そういったのですか?」
「いや、ウチはそういう家じゃない。親父はタダのサラリーマンだったし、オフクロは専業主婦で、どこにでもある、フツーの家だった。
 剣術は……その、昔、俺が姉さんや沙紀と一緒に不良に絡まれてた所を、たまたま通りがかったお師匠様が、気まぐれで叩きのめしてね。その場で押しかけ弟子みたいな勢いで、お師匠様に頭下げて、無理矢理入門して習ったモンなのさ」

 ……はい。ぢつは俺も、美樹さやかを笑えなかったりします。
 今思うと、小学生四年生にして、トンでもない弟子だったなーと我ながら思ったり。っつーか、よく師匠も、ヤ●ザに喧嘩売るような物騒な剣術に、小学生を入門許可したよなー。

「しかも、もう師匠の教えてくれた型とは、かなり離れて崩れちまってる。
 ……まあ、そういう意味じゃ『御剣流』と言えなくもないけど、正味グダグダな代物だよ。結局、お師匠様からは、目録どころか切り紙一つ貰ってないし」
「目録? 切り紙?」
「あー、その……剣術の段位を示す証、かな? ほら『免許皆伝』とか、よく言うだろ?
 えっと、『免許皆伝』を最高位として、『免許』『中伝』『初伝』『目録』『切り紙』……雑なうろ覚えだから間違ってるかもだが、確かこんな順番で『修行を収めましたよ』って証明を、お師匠様がくれるわけなんだけど、結局、そこまで長い間、師事出来たワケじゃないから、教えは受けても『切り紙』すら貰ってないんだよ、俺」
「その……『お師匠様』が、道場とか辞めてしまわれたんですか?」
「いや、お師匠様の寿命。
 六十近いアル中ジジィだったんだけど、死ぬ間際まで最強だったんじゃないかって思わせるほど、スゲェ強い人でね。で、ある日、いつものよーに、束収(月謝)のお酒持って家に訪ねていったら、ポックリ死んでた。
 俺の知る限り、最強の剣客にしては、呆気ない最後だったよ」

 今思いなおせば。色々遊ばれてたというか……剣術の稽古を通じて、遊んでもらっていたのかもしれない。
 それに修行そのものはキッツかったが、決して師匠の言葉は嘘もごまかしも無かった。……酒には完全に溺れてたけど。

「……凄い人だったんですね」
「凄いというか、滅茶苦茶な人だったよ、本当に。
 アル中で酔ってヤクザやチンピラに喧嘩売るのはアタリマエ。それでボコボコにしては逃げ出しちゃうんだから。
 警察に追い回された事だって、一度や二度じゃないしなー……今までよく捕まらなかったモノだよ」
「あは、あははははは……」

 イイトコのお坊ちゃんな上条氏には、想像もつかない世界の話に、引きつった笑いが止まらないらしい。

「それより、その……何でこんな時間に、屋上に? 今日、退院なんだろ、お前さんも?」
「ええ。それで、ちょっと……目が覚めたので、今まで居た場所を、見て回りたくて」
「……ああ、この屋上は、あんたの復活演奏の場所だったからな」
「えっ、ええ……それもありますが……その……死のうと、思った場所でもありますから」
「っ!!」

 上条恭介の言葉に、俺は口をつぐむ。

「みっともない八つ当たりでね。僕、さやかを傷つけちゃったんです。
 分かってたんです。この左腕は、もうどうにもならないって……だっていうのに、それを受け止めきれなくて、かっとなって……」
「……いや、すまねぇな。立ち入り難い事を、聞いた」
「いえ、いいんです。御剣さんなら、信じてますから。むしろ、聞いてもらいたくって。
 バイオリンは弾けない、幼馴染は傷つける。そんな情けない自分に、もう何もかもがどうでもよくなって、死のうとして……結局、出来なかったんです。怖くなって」
「当たり前だよ。誰だって、死ぬのは怖い。俺も怖い。それは真実だ」

 俺の脳裏に、巴マミの姿が浮かび上がる。
 彼女の願い……死にたくない、という言葉は、確かに万人共通の真実だ。

「……御剣さんでも、ですか?」
「いや、怖いって。
 でも……死ぬのも怖いんだが、殺すのも結構、怖いんだぜ」
「っ!! 御剣さんは……その……人を、殺したのですか?」
「俺の両親。
 姉さんと妹と俺と、家族全員で無理心中をしようとしてね……木刀打ち込んで、階段から蹴り落とした。
 そんで、結局色々あって、姉さんも無理が祟って、一年……もうすぐ二年になるかな? 死んじまった。
 ……俺が殺したようなモノさ」
「……すいません」
「気にしなさんな。もう慣れた話さ……まあ、気安く喋ろうって気になる内容じゃないけど、あんたなら、な。
 っていうか……お前さん、生きてて良かったじゃないか。左腕、治ったんだろ?」
「え、ええ。そうなんです。さやかが『奇跡も、魔法も、あるんだよ』って言って……そしたら、本当に、奇跡が起きちゃったんですよ。
 また、バイオリンが弾けるって……そう思うと、あの時、死ななくて良かった、って……」
「なるほど、ね……。
 だからよ、生きててよかったじゃないか。お前さんがもし死んじまったら、奇跡どころか、幼馴染傷つけたまま、謝る事すらも出来なかったんだぜ?」
「っ!! それは……そうですね、その通りです」

 ふと……俺は、純粋に、この上条恭介という男を、知りたくなり、質問をぶつけてみた。

「あのさ……その……アーティストのお前さんに言うのも何だっつーか。……その、物凄く無礼な質問をさせて貰いたいんだが、いいか?」
「? ……ええ、どうぞ」
「その、何だ……バイオリンってのは、二本の腕が無いと、弾けないモノなのか?」
「は?」

 何を言っているのだ、という目で見られ、俺は恥ずかしさに目線をそらす。

「いや、随分前に、路上で大道芸人のオッサンが、バイオリン……だと思うんだが、アレってサイズによって呼び方変わるらしいけど……まあ、多分、バイオリンだと思うんだ。
 そいつをな、左腕と右足で弾いてたんだ」
「右足で!?」
「ああ、そのオッサン、右腕が無くてな。
 だが、すげぇ器用に足で弾いてて、曲も陽気でみんなノリノリで、お捻り投げてた。……まあ、ああいう場所だからサクラも居たんだろうけど。俺は素直に感心して聞いてて、一緒にお捻り投げた。
 ……いや、すまない。大道芸とあんたの芸術を一緒にするのは、ものすごく悪いと思ってるんだが……そのオッサン、ノリノリでお捻り投げる観客を見て、すげぇ嬉しそうだったんだよ。ああ、この人、バイオリンが本当に好きなんだなー、って感じで。上手いとか下手とかじゃなくて、本当にそう思わせる演奏だったんだ。
 勿論、それ以外に生計(たっき)の道が無かったってのもあるんだろうけどな……
 で、そんなのをふと思い出して……お前さんにとって、バイオリンって、一体、何なのかな、って。
 本当に『好きでやってる』のか、それとも『それ以外に道が無いから』やっているのか……いや、無礼なのは分かってるんだが、もし良かったら、本当のトコ、俺に聞かせちゃくれねぇか?」

 俺の質問に、上条恭介は珍しく口ごもる。

「……ごめんなさい。考えた事もありませんでした。
 ただ、バイオリンと一緒に過ごしてきた時間が、さやかと同じくらい長かったので……あるのが当たり前みたいに思ってたんです。だから、自暴自棄になっちゃって……」
「そうか。いや、本気で無礼な質問をした。すまない、許してくれ」

 そう言って、俺はその場で上条恭介に頭を下げた。

「いっ、いえ! その……こちらこそ、御剣さんに言われるまで、考えてもいなかった事に気付かせてもらいました。
 腕が治った今だからこそ、改めて考え直してみます。
 そして、もし、答えが出せたら……お答えしたいと思います」
「そうか……いや、本当に、気に障ったんなら、謝るしかない話だからな。……ああ、そうだ」

 ふと、おもいついた事を、俺は実行してみる気になった。

「昨日の演奏。お前さんへの『お捻り』がマダだった」
「えっ、そんな……」
「まあ、なんだ。俺の『大道芸』を、ちょっと見てってくれよ」

 そう言うと、俺はポケットの財布から、五百円硬貨を取り出すと、白鞘を抜き放つ。

「よっく、見ててくれ?」

 切っ先を返して、垂直に立てた刃の上に、縦に五百円硬貨を乗せる。
 慎重に硬貨から手を放し……五百円硬貨が、兗州虎徹の上に垂直に立つ。

「わっ……凄い……」

 上条氏の言葉。
 だが、本命はココから……

「破ぁっ!」

 気合一閃。
 一気に引き斬られた五百円硬貨が『二枚になって』地面に落ちる。

「……!?」
「これで……昨日の演奏分、って所かな? 上条さん」

 『二枚』になった五百円硬貨を、呆然とする彼の手に握らせる。

「……さて、そろそろ飯時か。
 立てるかい、上条さん。良かったら、肩、貸すぜ?」
「い、いえ……っていうか、上条さんって……御剣さんの方が、年上じゃないですか」
「年齢は関係ねぇよ。お前さんが凄い人だからさ。尊敬すらしてんだぜ?」
「っ……その、ありがとう、ございます。御剣、さん」
「おう。じゃ、あの不味い病院食と、最後の闘いに行こうじゃないか。『腹が減っては戦は出来ぬ』ってな」
「あ、あははは、確かにあれは不味いですよね」

 お互いに、ちょっと引きつった笑顔を浮かべながら、俺と上条恭介は、病院の食堂へと向かっていった。



[27923] 第二十四話:「未来なんて誰にも分かるもんかい!!」
Name: 闇憑◆27c607b4 ID:cb2385d9
Date: 2011/06/17 17:05
「……さぁって、と」

 退院と同時に、俺は見滝原高校の制服に着替え、学校へと直接足を向ける。
 本当は、一日休む事も出来たのだが、授業の遅れは取り戻さねばならないし、喧嘩で休んでる事になってるので、学校の諸先生方にも言い訳をせねばならない。
 というか、暴漢に襲われ、妹を守って負傷という筋書きには、なってるが……果たして通じるか否か。
 もっとも……一番気になる『美樹さやか爆弾解体計画』については、見滝原中学校に居る内は暁美ほむら任せである。
 志筑仁美に関して、彼女が楽観視し過ぎてるのが不安要素だが……まあ、それについては、もう俺が言ってどーこーなる問題では無い以上、何事も起こらない事を祈って開き直るしかない。
 授業が終わるのを待って、放課後、とりあえず沙紀と合流してソウルジェムを確保、後、美樹さやかと接触。それとなく色々と忠告しつつ、上条恭介ともどもイイ雰囲気の場所に誘導する……予定ではある。

 雑なのは分かってるが、一日で考え付くことなんて、こんなもんでしかない。

 ……そういえば、沙紀の奴は、大丈夫だろうか?
 
 ぶっちゃけるならば、沙紀の奴は料理が出来ない。
 というか、御剣家の女性は、オフクロ以外、家事技能が壊滅的だったりするのだ。
 死んだ姉さんや沙紀にキッチンを預けると、謎の爆発や閃光や毒ガスが発生するので(とりあえず、洗剤や洗濯機で米洗おうとするのは止めてほしい。幾ら注意しても直さないのはどうかと思う)、俺が家事不能な事態に陥った時のために、米軍はじめ、各国の野戦食料(レーション)……いわゆる『ミリメシ』を非常食代わりに、幾つか。他にカップラーメンも常時用意してあるくらいである。

 ……沙紀が俺の怪我に五月蠅く言うのは『そういう事態に陥った時の、自分の食生活』を見越して心配してるのだと、最近思うようになってきてしまったのだが、どうだろうか?。

 まあ、缶詰やレトルトパウチ開けて食べる程度ならば、沙紀の奴も失敗しないで食事にありつく事は出来る……ハズ、で、ある。多分……おそらくは、何とか……なる、と思うんだが……いかん、だんだんマジで不安になってきちまった!!(そのくらい壊滅的なのだ。沙紀に、適温での茶の淹れ方を教え込むのに、どんだけ苦労した事か)。

 ……帰ったら、ちゃんと料理作ってやらんとな……幾らなんでもミリメシやカップ麺連打ってのは、成長期の子供によろしくない。

 そんな事を考えながら、俺は三日ぶりに、学校の校門をくぐった。



「……まあ、妹さんを守るためだったというのは分かるが、君は奨学生だっていう自分の立場は、理解しているかね?」
「はい、申し訳ありません。ご迷惑をおかけしました」

 放課後。
 担任教師の目線に、俺はひたすら平身低頭で答える。答えざるを得ない。

「それと、御剣君。君、夜の街を、出歩いたりしていないかね?」
「っ……あの……妹を寝かしつけた後に……その、分かってるんですけど、外に出たくなって。
 家の事とか、全部、私がやってると、どうしても夜遅くなって。
 でも、一人で外の空気とか吸いたくなって……つい」
「……まあ、君の家の事情は、我々も理解しているよ。
 新興宗教にハマった両親に先立たれて、その借金を偶然当てた宝くじで補填して、その遺産で君たち兄妹が生きている事もね。そんな状況でもグレずに真面目に生きて、誰より優秀な成績を残してる君だからこそ、我々は君を奨学生として迎え入れてるわけだ。
 だからね、御剣君。問題を起こすような行動だけは、してくれるな。
 我々としても、君ほどに文武両道に優れた学生を、暴力沙汰で失うのは勿体ないと思っているのだから。
 ……分かってくれるね?」
「はい、申し訳ありませんでした! ……ですが、その……」

 俺の表情に、担任の先生が柔らかく微笑む。

「分かってる。
 君の年齢で、そこまで大変な事情を背負っているんだ。多少の夜歩きくらいは、先生個人は大目に見てあげるつもりだ。
 だからこそ、トラブルにならんよう慎重に行動したまえ。……君なら出来るだろう?
 今回みたいに何かあった場合、先生の一存だけでは庇い切れない事も、たくさんあるんだから」
「はい! ありがとうございます! 本当に、ご迷惑をおかけしました! 申し訳ありませんでした!」

 人の良い担任教師の言葉に、俺は真剣に感謝の言葉を述べる。

「うん、うん……ところで、御剣君。
 部活動には、本当に興味が無いのかね?」
「あ、その……無い事も、無いのですが……やっぱり家が……」
「うん。だから、その辺の事情を考慮してもらえる部活動ならば、入る事も可能なんじゃないかな?
 今、君に必要なのは、同年代で汗を流し合うような友人たちだと思うのだが」
「はぁ、考えておきますが……その、私が入りたいと思ってるのって、運動系ではないので」
「ほう、文科系? あれだけスポーツ万能な君が?」
「はい、茶道部です」

 俺の言葉に、担任の先生が石化する。……よほど俺を体育会系人間だと思ってたのか?

「えっと……いや、すまん。スポーツ万能で闊達な君個人のイメージから、ちょっと外れててな」
「あの、将来、和菓子屋さんになりたいって思ってて……本当は中学卒業して、弟子入りしようとしたお店があったんです。
 そしたら『弟子になりたいなら、高校出て専門くらいは行かんと絶対許さん』って、店長に怒鳴られちゃいまして」

 ちなみに、その店が暁美ほむらとの密会に使ってた甘味処だったりするのは、本当にどーでもいー話。

「そういう意味で、自分の趣味で作った和菓子とか食べてくれる人とかに、感想聞きたいなって……あと、茶道の作法とか、学んでみたいな、と」
「なるほど。
 正直、君の成績がこのまま維持出来るのだったら、ドコの大学でも引っ張りダコだろうが……それは、君自身にとって、全く意味が無い事なのかな?」
「いえ、意味が無いわけでは……評価して頂けるのは嬉しいのですが、和菓子職人は私個人の夢でもありますので」
「ふむ。じゃあ、夢に向かって頑張りたまえ。
 それと……君の希望は私の胸にしまっておいてあげるよ。迂闊にバレたら奨学生の資格を失うかもしれんから、普段は適当にごまかしておきなさい。
 あと、茶道部の顧問の先生には、話を通しておいてあげよう。挨拶をして、余裕が出来たら足を運んでみなさい」
「っ……ありがとう、ございます!!」

 再度、俺は深々と頭を下げる。……いかん、ちょっと涙出てきた。
 ……本当に、俺は周囲の人間に恵まれているんだな、と。理解が出来た。

 と……

「!?」

 無粋なケータイの発信音に、俺は憮然となった。
 すぐ、ケータイを切って、再度先生に頭を下げる

「すいません。失礼しました」
「いや、何……時々、思いつめた顔をしてる、君を見てると……ね。
 余計なおせっかいかもしれんが、頑張りたまえ。御剣君」
「はいっ! ありがとうございます!!」

 再度、頭を下げ、俺は先生の前から退出し。

「失礼しました!!」

 一礼し、職員室から立ち去った。

 さてと……さっきの無粋な電話は、沙紀からだろうか?
 恐らく、晩飯のリクエストだろう。

「……誰だヨ?」

 知らないケータイの番号に戸惑いながらも、俺はリダイヤルのボタンを押す。

「……もしもし? どちらさんで?」
『何故電話を切ったの、御剣颯太』

 無機質な中にも、どこか切迫した声で電話口の向こうにいたのは、暁美ほむらだった。

「……何だよ、おまえかよ。ショーガネーだろーが、職員室で説教喰らってたんだから」
『そんな事はどうだっていいわ。
 ……いい、落ち着いて聞いて。
 『私は栗鹿子を食べそこなった』わ、イレギュラー』
「……っ!!」

 その言葉の意味するところは……つまり……

「何でお前、抑えとかなかったんだ! 馬鹿野郎っ!!」
『ありえないからよ。こんな事になるワケが無いかった……志筑仁美は、本当に大人しい子だったハズなのよ。
 本当に、ワケが分からないわ!』
「馬鹿かオメーは!! オメーにとって、俺っつーイレギュラーが存在してんだぞ!?
 それに、志筑仁美本人は、お前の知識そのまんまだったとしても、俺の妹が美樹さやかの尻を蹴飛ばしたように、『志筑仁美の尻を蹴飛ばした存在』が、どっかに居たって不思議じゃねぇだろ!?」
『これも、あなたのせいだって言うの!?』
「知った事かよっ! 俺だって俺自身がオメーの未来知識に、どんな風にどー干渉しちゃってんのかなんて、ワケ分かんねーよ!!」

 時間遡行者とそのイレギュラーが、ケータイ越しにギャーギャーわめく、他人には意味不明なやり取りを交わしつつ。
 俺は下駄箱から靴を放り出して履き換えながら、ケータイに向かってどなり散らす。

「とりあえず止めろ! 何としてでも止めろ!! ヤバいにも程があり過ぎるぞ!!」
『……それが……』

 と……電話越しに、女性二人が声をハモらせて『すっこんでろ!!』と叫ぶ声が聞こえた。
 
『……こんな調子で、二人ともヒートアップし過ぎちゃって……私には無理だわ』
「何とかしろよ! 見滝原中学での面倒は、オメーの領分だろ!」
『美樹さやかの担当はあなたでしょう。何で彼女がこうなるまで放っておいたの?
 昨日の段階で告白させてればよかったじゃないの!』
「こっちも疲れ果てて、今日から取り掛かる予定だったんだよ、馬鹿っ!!」

 電話越しの醜い責任のなすり合いに加え、電話の向こうからも聞くに耐えないやり取りが、微かに聞こえてくる。
 ……ヤバい、完全にヒートアップしてんぞ、あの馬鹿ルーキー!
 爆弾解体どころか、導火線に完全に火がついちまってる状態。嫌過ぎるのを通り越して泣けてきた。

「とっ、ともかく、俺が沙紀と合流してからそっちに行く! 魔女の釜にとりに行く余裕は無いから、お前は最悪に備えてグリーフシードを用意しておいてくれ!」
『そんな時間は無い、いますぐ来て。
 最悪、彼女が魔女化した時のバックアップは私がする。賭けの負けも倍払う。だからおねがい!』
「ソウルジェムも無しに、俺に死ねってェのかヨ!? バカぬかすな!」
『こうなってしまった以上、インキュベーター並みの悪知恵と口先を持つ、あなたが頼りよ。何とか彼女たちを丸めこんで。
 ……おねがい、助けてイレギュラー。『まどかを守れる彼女を救えるのが』あなたしか居ないの』
「っ! ―――――分かった! いざって時はマジでフォロー頼む!! ……期待はすんな、俺も全くもって自信が無い!
 ……で、場所はドコだ!」
『見滝原中学の裏手。急いで、人が集まりつつある』

 最悪である。
 ソウルジェム無し、武器なし、防具なし。そんな状況下、火のついた魔法少女という爆弾の解体作業に、口先一つの徒手空拳で挑め、と!?
 しかも、フォローに回るのは、色々な意味で信用ならない魔法少女と来たモノだ。

 だが、やらねば破滅あるのみだ。
 正直、鹿目まどかを護衛できる存在を考え続けてきたが、結局、美樹さやか以外に適任が居なかったのが現状である。
 何より……志筑仁美と美樹さやかが、上条恭介をめぐって争っているこの状況そのものが、鹿目まどか自身にとって最悪と言っていいシチュエーション。
 それこそ、インキュベーターにとって、付け込み放題ボーナスタイムだ。

「……死ぬかもな。は、は、ははははは……」

 少なくとも、鹿目まどかが暁美ほむらの言うような『最悪の魔女の素』だった場合、この状況ですら、世界の破滅の引き金に指がかかっている状態である。まして、美樹さやかが魔女化したりした日には、鹿目まどかがどういう行動に出るか?

 ……正直、色々と考えたくない……っていうか、これ、本当に俺を抹殺するための、暁美ほむらの罠じゃあるまいな?

 が、すぐに『それは無い』と打ち消す。

 彼女にとって『鹿目まどかを守る』というのが最重要目標な事に変わりは無いだろう。で、『鹿目まどかを守る護衛の確保』が今回の目的である以上、本当にこの事態は突発的な事故のような状況なのだろう。
 でなければ、あんな余裕綽綽で、分の狂ったグリーフシードの賭けに、乗ったりするワケが無い。

 つまり……俺は『誰も知らない未来に挑戦せねばならない』という事なのか?

「はっ! 上等じゃねぇか!! 未来なんて誰にも分かるもんか!!」

 ヤケクソ気味に……俺は、暁美ほむらの持ちこんだ博打にBETする覚悟を決め、校門を抜けて見滝原中学に向けて走り出した。



[27923] 第二十五話:「……ぐしゃっ……」(微修正版)
Name: 闇憑◆27c607b4 ID:cb2385d9
Date: 2011/06/18 20:28
「ぜっ、ぜっ、ぜっ……くそ、走るとなると、結構距離がありやがるな!」

 魔法少年の時ならいざ知らず。
 今の俺は、タダの生身の人間である。
 ……というか……

「最悪、俺が居ることで、ワルプルギスの夜が来る事そのものが、変わったりとかしてねぇだろうな?」

 そんな都合のいい事を夢想しかけ……首を横に振り、打ち消す。
 個人的に、希望的観測で行動して、良い目を見た例が無い。むしろ、暁美ほむらが言う、二週間後とは逆のパターン……一週間後とかになってる可能性だって、無きにしも非ずなのだ。
 それに、幾ら俺がイレギュラー(らしい)だからって、天災と同等の代物の因果を弄れるとも思えない。
 とりあえず、遅かれ早かれ、見滝原にワルプルギスの夜が来る事を前提に、行動を始めておくほうが賢明である。
 何より……魔女を狩るほうが、場合によっては魔法少女を狩るよりも面倒だったりする場合が、結構あるのだ。
 全ての魔法少女は、弱点――ソウルジェムを持っている。
 が、魔女にはそれが無い。ただひたすらに、銃火器の火力でゴリ押すしか、魔女相手にはどうにもならなかったりするのだ。……一応、魔女にも弱点は存在するが、個体差が激しく、いちいち調べるよりも爆弾やロケットで吹き飛ばしたほうが、手っ取り早いケースが多いし。

「……くそっ、喉が渇いてきた」

 落ち着け。落ち着け俺。
 ……とりあえず、ジュースでも飲んで、気を静めるんだ。
 実際、5キロくらい全力で走った直後に計算問題を解こうとしても、人間、グダグダな答えしか出ないモノである。(疑うのなら試してみるといい。余程身体頑健な人間でも、疲労は思考を鈍らせる)
 今、俺が暁美ほむらに求められてるのは、あの馬鹿を丸めこめるクールさと思考、そして口先だ。慌てて駆けつけて自分が事態をグダグダにさせては、全く意味がない。

 言い争う声は、かなり近い。もう一歩のところ。
 だが、この場合、慌てて駆けつけても不審がられるだけ。
 とりあえず……んー、この手しか無いか。

「さて、少しは頭冷やしてくれるとイイんだ……が」

 そう呟いて、俺は近くにあった自動販売機から、炭酸のジュースを『三本』買った。



「遅いじゃない」

 案の定、咎めるような暁美ほむらの言葉に、俺はあえて、いつもの笑いを浮かべてやった。
 ……ちょっと引きつってるかもしれんが。

「悪ぃな、『小道具』の準備に手間取った」
「……小道具? そのジュースが?」
「上手く行くかは、お慰み、だ。……いざって時ぁ、フォロー頼むぜ」

 そう言うと、俺は炭酸ジュースの一つに口をつけて二口で半分ほど飲みほし、ポケットに捻じ込む。

「ゲーふっ……っと! さて、行きますか」

 残り二本。炭酸のジュースを手に、言い争う二人に迫る。もう、掴みあい寸前っていう感じで、間にいる上条恭介も、おろおろするばかりだ。
 ……まあ、無理も無い。いきなり愛の告白が二連発。そして女同士が修羅場じゃ、俺だってどうしていいか分からん。

 だから……俺は『念入りに振った炭酸飲料の缶』のプルタブを、二人に向けてこじ開けた。

「ぶあっ、ひゃあああああああっ!! な、なっ!?」
「きゃあああああああ!!! な、何ですの!?」
「おい、お嬢ちゃんたち。
 ……コイツでちったぁ頭冷やせ。上条さん、困ってんじゃねぇか」
「御剣さん!」

 何か、意外な救い主を見るような目線を、上条さんが俺に向けて来る。……まあ、気持ちは分かる。
 そして……

「おぅ! オメェら、見世物じゃねぇんだ!! 他人(ひと)の色恋沙汰、出歯亀してんじゃねぇ!!
 失せやがれってんだ、ガァッ!!」

 気合を入れて、一睨み&一喝し、一時的に人を追い払う。

「……すまねぇな、上条さん。ちょっと買い物ついでに通りかかったんだが、見るに見かねちまって、よ。
 特に、馬鹿弟子まで迷惑かけやがって……余計な事たぁ思ったんだが、流石に、な」
「ありがとうございま、え……で、弟子? ……さやかが?」
「なっ! 都合よく弟子にしないでよ!」
「志願してきたのはおめーだろーが? ……あー、そいつについては、また後で。
 とりあえずな、お嬢ちゃん二人とも。
 お前ら、自分の気持ちを告白するのは結構だが、告白相手の『上条さん本人ほっぱらかして』言い合いってなぁ、どういう了見なんだ? まして、こんな騒げば人目につきそうな場所で、愛の修羅場か? そんで『最終的に誰が迷惑するか』考えてやってんのか?」
『あっ……!』

 蒼白な表情になる、志筑仁美と美樹さやか。

「分かったみてぇだな?
 とりあえず、二人とも……グダグダ言うようなら、もっぺんコイツで頭冷やすか?」

 プルタブを開けた、缶ジュースを両手に掲げ、二人の頭の上にもってこうとし……

「いっ、いえ……結構です」
「おっ、落ち着きました、はい、師匠!」
「そっか。なら飲め」

 そう言って、二人に強引に手渡した。

「とりあえず、俺ぁワザワザ、他人の色恋沙汰に首突っ込みたいなんっつー野暮は思わねーが、尊敬するダチに迷惑かけるよーな真似だきゃ見過ごせなくてな。
 で、三人とも。
 今、選択肢としちゃあ、二つある。
 これから続けて、人気の無い場所で、腹割った話しを続けるか。さもなくば、上条さんに返事を待ってもらうか。
 ……どっちにする?
 ああ、上条さんが、この場で答えを出せるってんなら、話は別だけど?」

 話を振ると、上条さんがプルプルと首を横に振っている。
 ……うん、気持ちは分かる。

「っ……とりあえず、場所は変えましょう。話を続けるかどうかは、ともかく」
「そうだな、それがいい」

 と……そんな具合に話がまとまりかけた、その時だった。

 『とりあえず、助かったみたいね』
 『……テレパシーはなるべく使うな。不審がられる。長話の場合はケータイを鳴らせ』

 暁美ほむらのテレパシーに、とりあえず思考だけで返す。

 と……

 『……暁美ほむら? ひょっとして……あんたが師匠を呼んだのか?』
 『そうよ、あなたのために、ね。迷惑だったかしら?』

 ちょっ! お前らっ!! テレパシーだけでやり取りすんな! これだから魔法少女ってぇのは!!

「おい! 行くぞ、馬鹿弟子! 河岸変えて話し合いの続きだ!」

 そう言ったのだが……何故か、わなわなと肩を振るわせ始める美樹さやか。

「そうか……こうなるの、狙ってたんだね。仁美……師匠も……暁美ほむらも」

 いかん! カンの良さが、完全に裏目に出てる。というか、視野狭窄状態だーっ!!

「ちょっ、馬鹿かテメェは? こうならないためにコッチは必死になって丸腰で」
「嘘だっ!! 人殺しの言う事なんか、信じられるもんかっ!!」
「っ!!」

 思わず。一瞬、押し黙ってしまう。
 それが、致命的だった。

「さやかっ!!」

 次の瞬間。
 ばしっ!! と……上条さんが、左手で美樹さやかの頬を張り倒した。

「謝れ!」
「なっ……!?」
「御剣さんに謝れ! さやか!」

 呆然となる美樹さやかに、真剣な表情で迫る、上条さん。

「恭……介? なん……で」
「彼は……彼は、僕の尊敬する人だ! その彼の傷を抉るような事を言うな! 謝れ!」
「っ!! ……そうか……あんたは……あんたは、恭介まで丸めこんだんだな! この悪党!!」
「違う! おい! 二人とも落ち着け!
 俺が人殺しだろうが、どう言われようが気にしちゃいない!
 俺は、お前らが三人、腹割って落ち着いて話し合えって、言いに来ただけだ!」
「御剣さん……いえ、話し合う必要は、ありません!
 今、答えが出ました!」

 そう言うと、上条恭介は、志筑仁美の手を取った。

「志筑さん。僕は君を選びます!」
『っ!!』

 最悪である。最悪のパターンだ!

「おい、違う! 上条さん、俺が人殺しなのは本当の事だ!
 彼女を責める謂れはコレッポッチも無い! 考え直せ!」
「いえ、考えるまでもありません。
 ……さやか。今度という今度は、君を見損なったよ!
 本当に心配して駆けつけてくれた御剣さんの心を、平気で傷つけるような人と、付き合えるわけがない!」
「そんな……違う……あたしは、ただ、恭介が……騙されてるよ、恭介」
「いい加減にしないか、さやか!
 早く御剣さんに謝るんだ! 今、間違ってるのは君のほうだ!」
「っ……なんで……なんでよ! なんで仁美も、師匠も、暁美ほむらも、あたしの邪魔をするんだ!
 恭介が……恭介の事が一番好きなのは、あたしなのに!!」
「さやかっ!!」

 再度の平手打ち。
 しかも『左手』……それが、決定打だったんだろう。

「どうして……どうしてあたしが、恭介の『左手』でぶたれなきゃならないの? 『この手を直したのは、あたしなのに』っ!!」
「っ!!!!!!」

 最悪だ。最悪中の最悪のパターンに、陥ろうとしている!!

「おいっ、やめっ!!」
「うるさい!!」

 その場で、いきなり『変身』した美樹さやかの姿に、志筑仁美も上条恭介も、呆然となる。

「さっ、さやか……その姿は?」
「驚いたでしょう! これがいまのあたし! 恭介の腕を治してもらうために、インキュベーターに奇跡を願った、あたしの姿だよ!」
「そっ……そんな……」
「だから、仁美なんか見ないで! 人殺しなんかに騙されないで! あたしだけ見てよ! 恭介!」

 と……下を向いて、両腕を震わせ始める上条さん。

「さやか……この左腕は、君が治したのかい?」
「そうだよ! だから……」
「誰が……治してなんて、君に頼んだ?」
「……え?」
「僕の尊敬する人を、人殺し呼ばわりして侮辱するような奴に! 治してもらう理由なんてない!!」
「おいっ! やめろ! 俺が人殺しなのは本当の事なんだし、彼女は間違っちゃいない!
 それに、お前が八つ当たりで彼女を追いこんだ結果なんじゃないのか! だとしたら、彼女の気持ちも考えてやれよ!」
「……ええ、彼女は間違ってません。八つ当たりして、さやかを追いこんだのは僕です。
 さやか、ありがとう。
 そしてごめん。そんなになるまで、君を追いこんだのは、僕だ。その事は素直に、君に謝るし、感謝もする。
 でも……だからと言って、さっきの言葉は許せないよ。
 だから、取り消して、御剣さんに謝罪してくれ! お願いだから!」
「違う! 恭介は騙されてるんだ! みんなみんな、よってたかって、あたしと恭介を騙そうとしてるんだよ!」
「……そうか。どうしても取り消さないって言うんだね。
 だったら、要らないよ、こんな『間違った左腕』」

 ……おい、まさか……!?

「御剣さん。『腕が無くてもバイオリンは弾ける』って……教えてくれましたよね?」
「ちょっ、待てっ! お前、何考えてやがる! 馬鹿な真似はやめろ!」
「だったら、これが答えです……うああああああああああっ!!」
「やめろーっ!!」

 止める暇もあらばこそ。
 上条恭介は、傍らにあった木の幹に、自らの左腕を叩きつけた。

 ……ぐしゃっ……

 なんて……こった。
 俺が考えていた以上の最悪の事態に、どうしていいか分からず。
 悶絶する上条恭介を前に、蒼白な表情の志筑仁美と美樹さやかと共に、俺は立ちつくしてしまった。



[27923] 第二十六話:「忘れてください!!」
Name: 闇憑◆27c607b4 ID:cb2385d9
Date: 2011/06/18 23:20
「単純骨折ですから……全治、二か月って所、ですな。神経に異常はありません」

 タクシーを拾い、見滝原総合病院へと担ぎ込まれた上条恭介の診察結果に、その場に居た全員が、ひとまず胸をなでおろした。
 考えてもみれば。
 一流のボクサーですら、余程のハードパンチャーで無い限り、自分の腕を完全に壊すなんて不可能なワケで。
 まして、上条恭介の細腕……しかも松葉づえついた病みあがりでは、いくら固い木の幹に叩きつけたとはいえ、自分で自分の腕を、一撃で完全損壊するパワーなんて、出せっこ無かったのである。
 ……派手な音がしたから、本気で焦ったけど……多分、木の幹の腐った部分か何かが、潰れた音だったのだろう。
 が……

「先生、僕の左腕を、本当に『使えなく』するには、どうすればいいんでしょうか?」
『っ!!』

 その言葉に、俺を含めた美樹さやか、志筑仁美、全員が、絶句した。

「上条さん! いい加減にしねぇか! あんたの腕にゃ、あんただけの夢が乗ってるんじゃねぇんだぞ!」
「っ……それでも……僕は……」
「俺はどうだっていいっつってんだろ! 早まって馬鹿な真似して、これ以上、手前ぇの女を、泣かせんじゃねぇ!!
 そのほうが、よっぽどあんたが情けなく思えるぜ……頼むよ。俺を失望させねぇでくれ」
「……すいません。かっとなって……」

 と……

「ごめんなさい……師匠」
「あ?」
「本当は……師匠があそこに顔を出す理由なんて、ドコにも無かったのに。
 転校生に……暁美ほむらに、全部の事情聞いて……あたし……あたし……師匠にも酷い事言っちゃって」
「気にしてねぇよ。本当の話なんだから!」
「でも……」
「気に病むな! そんなヌルい神経してねぇよ!
 それより、上条さん。あんた本当に、どうしちまったんだ!? バイオリンは、あんたの夢じゃなかったのか?」
「いえ、夢を捨てるつもりは……ただ、足でもバイオリンが弾けるなら、遠回りになるだけだし、いいかな、って。
 ……本当に、さやかに謝ってもらいたくて」
「バカヤロウ!!」

 俺は怒りの余り、上条恭介の襟首を掴んで捩りあげた。

「男にとって夢ってなぁな! 一生涯を最短距離突っ走る事に費やして『そこ』に至れるかどーかって代物なんだ!
 それを『ちょっと寄り道すりゃいいや』みたいなノリで、何テメェは寝言ほざいてやがる!」
「すっ、すいません!」
「あんたのバイオリンは、そんじょそこらの大道芸と一緒にしていいモンなのか! その程度の夢しか、上条恭介は持っちゃいねぇのか!!
 だったら、あんたに人生に博打張った、あんたの両親や美樹さやかや他の連中は、一体どーすりゃいいんだ!
 ……俺が話した大道芸のオッサンはな、『それ以外に道が無かった』から、そうしてるだけであって、好きこのんで足でバイオリン弾いてるワケじゃねぇんだよ!!
 あんたのバイオリンは、心の底から好きでやってる『夢』なんだろう!? 今の自分に満足できなくて、ずっとずっと前に進むための『夢』なんだろう!?
 だったら、ナメた事を抜かしてやがるんじゃねぇ!!
 ……頼むよ……アンタは、その『夢』に向かって、まっさらな道を真っ当に歩いてくれよ! 俺みたいな外道の言葉に迷わないでくれよ……頼むぜ、上条恭介!!」
「っ……………すいま……せん!」
「っ……チッ!!」

 迂闊に過ぎた己の失策に、頭を抱えざるを得ない。本当に、どうしたモノやら。

「あー……その、取り込み中のとこすまんが、とりあえず、入院の手続きは取ったほうがいいと思う。
 上条君、とりあえず様子見でもう一週間ほど、入院してもらう事になるが、ご両親に連絡を取っていいかね?」
「……はい」

 結局……その場でお開きになり、俺は上条恭介の両親が来るまでの間、入院の手続きと費用を肩代わりする事になった。



「師匠……」

 上条恭介の両親へのあいさつと、謝罪。それに事情説明(無論、暁美ほむら関係の事は除いて)を終えた後。
 閉鎖された病院のロビーで、自動販売機から買ったパックジュースを啜っていると、美樹さやかが完全に憔悴した表情で現れた。

「あたし……何でこんな魔法少女の体になっちゃったのかな」

 その答えを知るだけに。
 俺は口にするのが躊躇われた。

「その答えより、ソウルジェムを見せてみろ。相当濁ってるハズだぞ。
 暁美ほむらから博打で巻き上げた分があるから、使いな」
「……うん」

 グリーフシードを二つ、美樹さやかに向かって放る。
 案の定、真っ黒になりかけたソウルジェムは、グリーフシード一個では浄化し切れず、二個とも使う事になった。

「……あのさ、今回の事で、恭介が分かんなくなっちゃった。
 何でも知ってるつもりだったのに……何でかな。どうして、こんな風になっちゃったのかな?」
「……」

 その答えもまた、俺は大よその推察がつく。
 だが、内容の残酷さを知るだけに、またしても口にするのが躊躇われた。

「……師匠。男の人って、何考えて生きてるの?」
「さあな? 男だからって、全部が全部、他人の生き方を理解できるワケじゃねぇ……が。
 少なくとも、俺は上条恭介のバイオリンに、感動できるモノを感じてた。
 だからこそ、彼がソイツを捨てる……というか『遠回り』してまで、お前さんに『謝って欲しいって』思った事は、少なくとも軽い意味じゃなかったんだろうな、ってのは分かるぜ」
「……っ!!」
「要するに……多分、お前も、上条恭介も、近過ぎたんじゃないか? ほれ、こんな風に」

 そう言うと、俺は美樹さやかの両目の前に、ペンを横にしてつきつける。

「こんな風に近過ぎるとさ、ペンの両端が見えないだろ? こんな感じで、よ」
「そっか……近過ぎたんだね、あたしと恭介って……だから、見えてるつもりで、見えてないモノが一杯あったんだ。
 ……だったらさ、師匠なら分かるよね? なんで……なんであたしは、恭介に振られちゃったの?」
「それを知って、どうするんだ? 今、病室で彼の世話をしてる志筑仁美の間に、今のお前が割り込むのか?」
「っ!! それは……」

 ……チッ!!

「なあ。こう考えられないか?
 上条恭介は『自分の夢を遠回りしてまで』お前に俺に謝罪してほしかった。
 そのくらい、『あの時の美樹さやか』が許せなかった……彼にとっても、お前さんは近過ぎたんだよ。
 自分が当たり前のように思ってる事に対して、拒否反応を示すような事をゴリ押されたら、そりゃあ怒る。ましてそれが、身近すぎるくらい身近な人間であれば、なおさらだ。
 ……お前と上条恭介は、もう恋人って関係には成れないかもしれないが、だからと言って、幼馴染でずっと過ごしてきた関係まで御破算になったワケじゃない、と俺は思うぜ?」
「あたしに……今のあたしに、それで満足しろって言うの?」
「……じゃあ、聞くが。
 お前は、上条恭介の幸せを祈ってるのか? それとも、自分が幸せになりたいのか? どっちだ?」
「っ!! ……それは……」

 自らの『祈り』と、自らの願望のギャップを自覚するに至り。
 彼女は、ようやっと自分の失敗を悟るに至ったのだろう。

「巴マミは……あの女は、少なくとも自分を救った上で、他人を救い続けてるぜ」
「……え?」
「俺があいつを尊敬すらしてるのは、な。
 魔法少女なんて好き勝手出来る体になってなお、誰かのために常に闘おうとしてる、その心意気だ。
 しかも、誰かさんみたいに他人に尻を拭かすなんて真似はしねぇ。テメェのケツはテメェで拭きながら、トコトンまで現実見据えて、しかも、魔法少女の真実を知って、なお、だ。
 ……はっきり言おう。男として、あいつを知ってから、俺はあいつに惚れてる……あー、色恋沙汰じゃなくてな。尊敬って意味だ! 勘違いすんなよ。
 あんな生き方が出来る奴、男にだって、そうは居ねぇよ。実力云々以前に、家族可愛さに大量虐殺やってる俺なんかが、敵う相手じゃあない」
「っ……そっか、師匠、マミさんに気があるのか」
「馬鹿ぬかしてんじゃねぇ! 言葉の綾だ綾っ! 敬意って意味だよ!
 で、お前はどうなんだ? 無理なら、その魔法少女の力を使っちまえばいい。志筑仁美をこっそり殺してしまえば、上条恭介はモノに出来るだろうよ」
「っ!! そっ……それは……」

 そうだろう。だからこそ、俺は、そうならないために、自らの傷を告白する。

「だが……なあ、一言だけ。
 俺から、魔法少女のお前らに、言わせてもらいたい事があるんだ。
 こんな事言うと、お前ら魔法少女が怒るかもしれないから、あまり口にしたくないんだが……『魔女になれるお前らが、時々羨ましくなる』んだ」
「っ!! ……どういう、意味ですか?」

 睨むように問いかけて来る美樹さやかに、俺は静かに口を開く。

「お前も知っての通り、俺は人殺しだ。魔法少女相手に、大量虐殺をやってる。
 そんでな……殺した魔法少女が、毎晩毎晩、夢に出て来るんだよ。いや、魔法少女だけじゃねー。魔女や、目の前で救えなかった、その犠牲者も一緒になって。夢の中で、一緒になって追いつめに来るんだ。
 こう見えて、睡眠薬や精神安定剤を飲んでも、正味、どうにもならねぇくらい、精神的に追い詰められてるのさ。
 多分……キッカケがあれば、麻薬とか危ないクスリに手を出し始めるのも、時間の問題だと思う」
「そっ、そんな!!」
「『人を殺す』ってのは、少なくとも、俺にとってそういう事なんだ……どんな事情があれ、殺した側に一生涯、その感触と責任ってのがついてまわる。
 それはな……もうどんなに洗っても落ちない、頑固なシミみたいなモンなのさ。お前ら魔法少女だったら、多分、ソウルジェムにずっと消えない『穢れ』って形で、残っちまうんじゃねぇか?
 だからな……本当に『何の感情も無く、機械みたいに人を殺し続けられる』魔女って存在になれるお前らが、時々、羨ましくなったりするんだ」
「っ……!! 師匠……あんたはそこまで追い詰められて、何で……」

 自覚するほど、壊れた笑いを浮かべながら、俺は美樹さやかに答える。

「沙紀のために、降りられないからさ。
 ……でもよ、最近、ちょっと事情が変わってきた。
 暁美ほむらに聞いたんだが、『沙紀が闘えるかもしれない』って事が、分かったんだ。
 だからな……沙紀の奴が、闘えるようになったら……俺は、安心して、どこかの誰かに殺されてやる事が、出来そうなんだ」
「そんな!」
「何だったら、お前でもいい。正義の味方の鮮烈なデビューに、悪の限りを尽くした殺し屋を打ち果たす。
 ……名前が轟くぜ、正義のヒーローの」
「違う! 師匠……あんたは間違ってる!」
「そうだよ。『誰かのために』なんて大義名分で魔法少女を手にかけた時点で、俺は間違っちまったのさ。
 だからな……もう手直しする事も、後戻りなんて事も、出来やしない。
 だけどよ、お前は……美樹さやかの手は、まだ綺麗なままじゃねぇか?
 だったら、尊敬する誰かを目指して『最初の祈り』に向かって、魔女になるまで精一杯生きてみろよ? 他人にきっちり胸張って生きれるように、最後の最後まで生きてみようと思えよ?
 そんでな……借り物の力で外道働きしてた、俺の事なんぞ、忘れちまえ。
 志筑仁美を殺したら、お前自身がお前を咎めるかもだが、俺を殺しても、お前を咎める奴は、どこにだって居ない。その必要だって無いんだぜ?」
「違う! あんたは、どうしようもなく追いつめられて、魔法少女を殺してたんだろ? だったら仕方ないじゃないか!」
「どんな理由があれ、人殺しは人殺しなんだよ。
 それに、本当に全員が全員、俺が殺す必要があったのかなんて、俺自身にも、もう分かんなくなってきちまってんだ。そのくらい、俺は魔法少女を手にかけて殺してきてるのさ」

 涙を流しながら。俺は美樹さやかに言う。

「なあ、美樹さやか。
 『誰かのために闘う』『誰かのために祈る』って、お前さんの祈りそのものは、間違っちゃいねぇ。
 みんな誰しも、そんな風に『誰かのために』毎日闘って生きてる。子供や赤ん坊ですら『親のために』って、良い子を演じてたりもするくらいだ。
 だがな、それらは全部、基本的に『自分で自分を救ってから』って前提条件がつくんだ。自分を救えなければ、結局、誰かに尻を拭ってもらうしかなくなっちまうガキでしか無いんだ。
 人間はな、強く無ければ生きられない。優しく無ければ生きる資格が無い。
 前に、俺はお前らを『化け物予備軍』って言っちまったけどよ。……本当は、俺のほうこそ、とっくに『生きる資格』を無くして、それでも未練たらしく執念深くしがみついてる、ゾンビみてーなモンなんだよ」
「……」

 下を向いて、うつむく美樹さやか。
 ……さて、と。

「なあ、美樹さやか。お前にとって、今、上条恭介の面倒を見てる志筑仁美ってのは、そんなに我慢ならない女なのか?
 上条恭介にまとわりついて、色々ムシって滅茶苦茶にしながら、男の股の上で腰振るしか能の無い、どーしょーもないアバズレの豚女(ビッチ)なのか?
  ……あ、いや、すまん……まあ、その、お嬢ちゃんに、言い方悪かった」
「……いえ。
 仁美は……いい子だよ。でも、恭介を取られるなんて、思ってもいなかったから……かっとなって」
「だったら、謝って来い。上条恭介と、志筑仁美に。
 そんで、あいつらに『カッコイイ美樹さやか』を見せてやれ! 『あたしは正義の魔法少女やってます』って……堂々と、全部を説明して!
 お前の祈りは! お前の闘いは! 誰に対したって、何一つ、恥じ入る所なんざねぇんだ!
 そんでな、お前を振った、上条恭介を後悔させてやれ! それが今のお前に出来る、上条恭介と志筑仁美に対する、唯一の復讐だ!」
「師匠……『カッコイイ私』……って?」
「おめー、自分のツラとキャラ見てモノ言えよ?
 どう考えて逆さに振るったって、志筑仁美みてーな『乙女チックに恋する乙女』なんてキャラなんぞ、マジでガラじゃねぇ。
 っつーか、そこン所じゃどーやったって志筑仁美に太刀打ち出来ねぇんだから、いっそトコトンまで『カッコイイ』女になっちまえよ! 俺が尊敬する、巴マミみてぇによ!」


 と……

「っ……ぷっ……」
「しっ、沙紀ちゃん……」

 ふと……誰も居ないハズの人気の無いロビーの隅っこ。廊下に続く死角の部分の人影に気づき、俺は絶句する。

『!!!???』

 まっ、まっ……ま、さ、か……

「お、お前ら……何時から……っていうか、何でこんな所に!?」

 ロビーの死角に近寄ってみると、案の定、そこに沙紀と巴マミの姿がっ!!

「いえ、その……暁美ほむらさんから、事情を聞いて。
 さやかさんが暴走した時のための保険役を、引き継ぎ交代したんです。さっき……そしたら……その……」
「忘れてください!!」

 真剣な目で、俺は巴マミに迫る。

「は、颯太さん!?」
「記憶から、一切合財、抹消してください! あれはタダの説得のための方便です! OK!?」
「はっ、はい! 分かりました!」

 と……

「そっかー、お兄ちゃんにも春が来たんだー」
「ちがーう!! っていうか、純粋に、敬意って問題だっ!!
 ……あああああああああ、お前ら、何笑ってんだ! バカヤロー!! 言葉の意味とか文脈とか読めよ! そんな色気とかそーいう話じゃなくてだなぁ!!」

 真っ赤になって絶叫する俺の事なんぞ、意にも介さず。
 沙紀と美樹さやかの奴は、ゲラゲラと春が来ただの指さして笑いやがった。

 ……ドチクショウ……暁美ほむらの奴! 後でグリーフシード余計に払わせてやる!!



[27923] 第二十七話:「だから私は『御剣詐欺』に育っちゃったんじゃないの!」
Name: 闇憑◆27c607b4 ID:cb2385d9
Date: 2011/06/19 10:46
「上条さん、すまねぇな。ちょっと大事な話があるんだ」

 上条恭介の病室に入ったのは、もう退室時間も過ぎてからだったが、それでも志筑仁美は上条恭介に付添ったままだった。……いいのだろうか、彼女もイイトコのお嬢様じゃなかったっけか?

「御剣さん……」
「美樹さやかの事について、だ」
「さやかの……?」
「本人が言いにくそうだから、俺が代言を預かってるんだが……どうする? 彼女の命にかかわる話なんだが」
「!?」

 俺の言葉に、上条恭介と志筑仁美が姿勢を糺した。

「さやかの、命、ですか……伺いましょう。御剣さん」

 と……

「ごめん、師匠!! やっぱり、自分で話す!」
『!?』

 ガラッ、と……病室の扉を開けて、入ってきた美樹さやかの姿は、魔法少女のソレだった。

「さっ、さやか……?」
「あのね、恭介。
 今からあたしが話すのは、突拍子もない話かもしれないけど、本当の事なんだ」

 そう言って、彼女は自ら、上条恭介に自分自身の身の上を話し始めた。
 魔女との事。魔法少女の事。その祈りについて。そして……魔法少女の真実まで。

「……そんな! じゃあ、さやかは!」
「うん。いずれ私も、魔女になっちゃう。もうね、これは変えようのない、運命みたいなモノなんだ」
「そんな……そんな事も知らずに……僕は……」

 今更ながらに。
 愕然とした上条恭介の顔色は、蒼白を通り越していた。

「さやか! 僕は……」
「ストップ!
 恭介。あたしはね、あなたのバイオリン、好きだよ。
 だから、あたしのために左手を使ってひっぱたくなんて、本気であたしに怒ってくれたんだね?
 ……ありがとう。確かに、あの場所で間違ってたのは、あたしだった。師匠にも、ちゃんと謝った。
 そんで……ごめんね、恭介。あたし、何も恭介の事、分かって無かった。見てられないからって、恭介の腕は、恭介のモノだもんね。本当に、余計なおせっかい、しちゃったみたい。
 ごめんね」
「違う! さやか! 違うんだ! 僕は……」
「だからね、恭介の腕が無事……ってわけでもないけど。ちゃんと治る事に、ほっとしてるの。
 それで、あたしは満足だよ。後悔なんて、あるわけない。
 ……だから仁美。恭介の事、よろしくね?」
「そんな……私……そんなつもりじゃ」

 同じように、愕然とした志筑仁美に、美樹さやかが笑いかける。

「いいんだよ! 誰かを守るために、あたしは魔法少女になったんだから!
 これからは、あたしが魔女から仁美も、恭介も、みんなを守ってあげるんだから!
 恭介に振り向いて欲しいなんてワガママ、もう言わない。子供じゃないんだから。……だから、時々、バイオリン聞かせて欲しいな。それだけは、お願いして、いいかな?」
「さやか……っ!!」

 戸惑い、言葉も無く、うつむく上条恭介。
 ……やがて、一つの決心をしたように、顔を上げる。

「さやか。もしよかったら、貰って欲しいモノがあるんだ」

 そう言って、上条恭介が取りだしたのは……あれは、確か……

「僕が生まれて初めて、オーディエンスから貰ったモノだ。
 この五百円玉の『半分』を、『さやかがくれた、僕の左腕の証明に』、貰ってくれないか?」

『っ!?』

 上条恭介の申し出に、その場に居た全員が凍りつく。

「上条恭介は、志筑仁美のモノだけど。『上条恭介のバイオリン』は、さやかの……美樹さやかのモノだ。
 ……志筑さん。ごめん。今の僕には、こんな答えしか出せないんだ。
 ……不誠実だとは分かってる。本当にごめん」
「ううん。いいよ、上……恭介さん。さやかさんになら、その権利、あるから」
「……恭介……っ!!」

 ベッドに腰かける上条恭介に跪くように。
 美樹さやかはその場に泣き崩れながら、『半分』の五百円玉を押し戴くように受け取った。

 あたかもそれは。
 『騎士』が王に対し、永遠の忠誠を誓うように。
 上条恭介のバイオリンに、美樹さやかは魔法少女としての『永遠』を誓ったのだろう。

「……はぁ……」

 溜息が出る。何とか……これで、何とかなった、の、だろうか? 成り行き任せにも程がある、ヒヤヒヤの綱渡りだったが……
 さて、と……沙紀と一緒に、暁美ほむらをとっちめに行かねば。
 ……っと?

「沙紀?」

 ひょっこりと顔を覗かせた沙紀の姿に、何か嫌~な予感がしてきた。何かを企んでる時の沙紀の笑顔は、色々とそのヤバい雰囲気で……実際、突拍子もない事を考えてたりするのだ。

「か・み・じょ・う・さ・ん♪」
「あっ、やっ……やあ、沙紀ちゃん」

 どーも、例の一件の告白騒ぎ以降、苦手のタネになりつつあるらしい沙紀の姿に、やや退いて構える上条さん。

「おい、沙紀! 何考えてる!?」
「え? 『確実に勝てそうな博打』が目の前にあるじゃない♪」

 っ……まさかっ!!

「沙紀! おまえ、まさか癒しの力で上条さんの左腕を……」
「うん。治してあげるから、その五百円玉の半割れ、私にも欲しいなーって……」

『なっ!!』

 と……沙紀の奴までが、珍しく『変身』してのける。

「御剣さん。見ての通り、私も魔法少女です。そして、御剣さんのバイオリンの、大ファンです!
 だから、もう一度。二度めの奇跡の代わりに、その五百円玉の半分、私にもください!」
「こン、おバカーっ!!」

 本気拳骨、第三弾。沙紀の脳天に、全力全開で拳骨を叩きこんだ。

「うにゃーっ! 痛ーっ!!」
「馬鹿かテメェはっ!! いつからお前は自分の能力で、そんなインキュベーター並みに泥棒猫みたいな真似するようになりやがった! お兄ちゃんは悲しいぞ!!」
「だってだってだってぇーっ!! 癒しの力なんて、私はお兄ちゃんに散々使ってんのに、美樹さんは一回だけで上条さんからあんなモノ貰って……ずるいずるいずるーい!!」
「アホかこのトンチキがーっ!! 欲しけりゃ幾らでも俺が作ってやるから、この場は諦めろーっ!」
「えっ、あれお兄ちゃんが作ったの!?」
「そーだよ、文句あっか!?」
「そんじゃいらな……あ、でも上条さんのモノなら欲しいー……ううううう、あの五百円玉の薄切りスライスが、これほど悩ましいモノとはー。っていうか、お兄ちゃん、日ごろからお金大事にしろって」
「やかましい! 黙れーっ!!」

 もー、兄妹漫才で色んなモンが、ぶち壊しである。
 ……ほんと、沙紀についての教育方針、真剣に考えた方がよさそうだ。

 と……

「ぷっ……はっはっはっはっは! いいじゃない、恭介! この子にも、残り、あげちゃいなよ?」

 美樹さやかが、指さして笑っていた。

「さっ、さやか?」
「あたしはさ、この半分をくれるって言ってくれた時の、恭介の気持ちだけで十分だよ。
 それに、恭介が早く怪我を治して、バイオリンを弾けるようになるほうが、大事でしょ?」
「ほっ、本当に……いいのかい? だって……奇跡も魔法も、タダじゃないんだろ?」
「いいっていいって、あたしはこれで十分なんだから、あとは恭介自身の怪我を治すほうが、先決だよ!
 だから恭介、あたしに遠慮なんかしないで、渡しちゃいな!」

 もう、気風の良い笑顔で、バシバシと上条恭介の背中をたたく、美樹さやか。
 ……『カッコイイ女になれ』ってアドバイスはしたけど、ここまで割り切れって教えた憶えは無いんだがなぁ……

「……あー、ごほんっ! はい、沙紀ちゃん」
「わーい! ありがとうございます、上条さんっ!」

 そう言うと、癒しの力を発動させ、上条恭介の左手を治して行く沙紀。そして……完治まで、ほぼ十秒。
 ……苦痛に顔を歪めないようになったあたり、本当に修羅場慣れし始めやがった。
 ……この自分の能力を餌に博打に出るクソ度胸といい、インキュベーター並みの悪辣さといい、ほんっと誰に似たんだか。

「はい、治りましたよー♪ やったー、上条さんから、貰った貰ったーっ♪ 上条さんの左腕、あたしもゲットー♪」
「……沙紀、あのさ、言いにくい事を言わせてもらうが」

 ふと、ある事実に気付き……ごほん、と咳払いをして、俺は『沙紀の仕掛けた詐欺の理屈』をひっくり返しにかかった。

「コインて裏表あるの、知ってるか?」
「………?」
「……つまりな、そのコインのスライスは、元は一緒でも『美樹さやかが持ってるモノ』とは別の意味を持つモノだって事だ。
 沙紀の持ってるのは、さしずめ……とろけるチーズを剥いた後のセロファンって所だな……OK?」

 俺の分かりやすくも曲解じみた解釈に、沙紀の顔が凍りつき、周囲の面子がポカーンとした後、クスクスと笑い始める。

「美樹さん、交換してっ!!」
「やだ」

 流石に、拒否する美樹さやか。
 その周囲の表情に、愕然とした沙紀は、そのまま涙目になる。

「にゃあああ、ひどいよ、こんなのあんまりだよ!! これはインキュベーターの陰謀じゃよーっ!! ぎゃわーっ!!」
「どこのモテモテ国王様だよ! おめーが勝手に自爆したんだろーが!!」

 というか、自爆するような解釈を、俺が後付けで付与したんだけどね。
 流石に、こんなインキュベーター並みに詐欺まがいで悪辣な行為を、兄として見過ごすわけには行かないし。
 ……マジで誰に似たんだろーか、ほんっと……

「は、ははは……ごめんね、沙紀ちゃん。
 でも、感謝はしてる。本当だよ。だから……三番目に、僕のバイオリンを聞きにきてほしいな」

 こーんな悪辣な罠を仕掛けた沙紀に対しても、ちゃんと三番目のポジションを用意してあげる上条さん。
 ……いや、ほんと出来た人だよ。マジデ。

「うっ、うっ、うっ……うにゃあああああああああああ!! 『日本じゃ三番目』とか、なによそれーっ! 二番目ですらないなんて、嫌ーっ!!
 ……はっ! ……っていうか、お兄ちゃんが、余計な事を言わなければ!」
「やかましい! おめーがインキュベーター並みの悪さをしようとしたから、止めただけじゃーい!!」

 本気拳骨、第四弾。

「沙紀! いつも言ってるだろ、『博打に負けても後悔しない! 張るなら悔いのない博打を張れ!!』って。
 『確実に勝てそうな博打』だからって、ホイホイ乗ったおめーの負けだよ、沙紀! 後悔するより反省しやがれ!!
 さもないと今度からおめー、上条さんに御剣沙紀じゃなくて『御剣詐欺』って呼ばれるようになっちまうぞ!」
「うっ、うっ、うにゅううううううう……」
「っ……たく! ほんっとーに誰に似たんだか! お兄ちゃんは、インキュベーターを手本に育てなんて、言った覚え無いぞ」

 と……

「私がこんな育ち方したのは、お兄ちゃんが原因じゃない」
「なっ!? おめー、言うに事欠いて!!」
「私知ってるんだよ! 魔法少女に追いつめられた時、土壇場で口先一つで逆に相手を破滅に追い込んだりしてるの!
 さっきの美樹さんに対しての言葉だって、殆ど計算ずくで、どこまで本気だったか分かったもんじゃないじゃない!
 お兄ちゃんって、本当にインキュベーター並みの『口先の魔術師』なんだから!」
「ばっ、よせっ! 上条さんが見てる! みんな見てるんだから!!」

 っていうか、俺か!? 俺のせいなのか!?
 いっ、いや、俺は少なくとも、一般人に対してココまで悪辣かつ露骨な馬鹿はやってない! やってない……はず、多分。

「っ……くっくっくっく」
「ぷっ……はははは」
「は、はははははは」
「う、あ……いや、その……ほんとごめんなさい、はい、すんません!!」

 沙紀の頭を拳骨でひっぱたきつつ。俺はひたすらに、頭を下げ続ける。

 ……あ、そういえば。ひとつ、重大な事を忘れてた。

「……あー、そうだ。美樹さやか」
「はい? 何でしょうか、師匠?」
「うん。あのな、とりあえず、成り行きとはいえ、正式に『御剣流』に入門を許可した上で、な……美樹さやか。お前は『破門』だ」

 俺の言った言葉に、凍りつく美樹さやか。

「……は? 破門?」
「つまり、もう弟子でも何でもないって事。『だから、俺はお前に剣術を教える事はない』……以上だ!」

 はっきりと筋を通した上で。
 おれはきっぱりと言い切る。

「なっ、なっ……何よそれぇっ!! どうしてあたしが破門なんですか!」
「あー? 理由を言えば納得するのかー? ンじゃ『お前さんのソウルジェムの色が気に入らない』とでも言っておくかねー?」
「っ……あ、あんた、ハナっから剣術教えるつもりなんて、無かったのねっ!!
 最初っから、あたしを説得するためだけに……」
「あったりまえだろーが、このトンチキ! 俺が気安くホイホイ教えるわきゃねーだろーがタコ!」
「っ……っくーっ!! こっ、この詐欺師! ペテン師! いかさま師! インキュベーター! 御剣詐欺!」
「あー? 何とでも言いたまへ、元弟子♪」

 へらへら笑いながら、耳をほぢほぢしてると……

「お兄ちゃん……だから私が『御剣詐欺』に育っちゃったって、分かってやってる?」
「詐欺なもんかよ?
 かなりな部分、成り行き任せだったとはいえ、美樹さやか救って、上条さんとも何とか丸くおさまって。後は、俺みたいな外道から悪影響受けないように、関係をバッサリ断てば完璧じゃねーか?
 ……それより沙紀! おめーも俺を騙してたんだろーが?」
「うっ!!」

 俺の言葉に、沙紀の奴が押し黙る。

「沙紀のソウルジェムの収納能力を以ってすれば、『俺みたいに』、既存の武器に魔力を付与する事で、闘う事は可能なんだろ?
 ……もうこれ以上は、我慢ならん。この兄が、お前に、キッチリと炊事洗濯から戦闘技術まで。我が身のスキルの全てを叩きこんでやるから、覚悟しやがれ!!」

 沙紀の脳天にアイアンクローをかまして持ち上げながら、ギラリ、と笑う。
 ……が……

「あっ、あの……おっ、お兄ちゃん……わ、分かった! 悪かった。だから、放して。放して」
「………本当に分かったんだな? あ!?」
「うん、分かった、分かったから!!」

 ぽいっ、と……沙紀を手放す。

「さっ、行くぞ、沙紀! もうココに用は無ぇ!」
「待った、お兄ちゃん! まだ『用は終わって無い』!」
「……あん?」

 気付くと……沙紀の奴が、また例の悪辣な笑顔を浮かべてやがった。
 ……なんだ? 俺は……何か見落としてたのか?

「ごめんね。お兄ちゃん……確かに私、お兄ちゃんに甘え過ぎてた」
「よく分かってんじゃねぇか」
「うん。お兄ちゃんの訓練は、ちゃんと受ける」
「おう、ミッチリしごいてやるから、覚悟しとけよ?」
「うん、だから『美樹さやかさんと一緒に』、あたしをしごいてね!!」

『!!!!!!!!?????????』
 そ、そ、そ、そう来たかっ!?
 予想だにしなかった沙紀の言葉に、俺はパニックになった。

「私、まず最初に剣術教えて欲しいなぁー、お兄ちゃん♪」
「がっ、ぐっ、がっ……ちょ、ちょっと待て、沙紀!! お前、何を言ってるのか、分かってんのか!? 今までお前が、他の魔法少女たちにどんな目に」
「だって、美樹さんだって癒しの祈りの使い手なんでしょ? だったら自分の傷は自分で治せるわけじゃない?」
「……あっ!」

 そ、そう来たか?
 さらに、沙紀の追いうちがかかる。

「それに、『私がお兄ちゃんの技をマスターしないと』、お兄ちゃんはいつまでも引退出来ないんだよね?
 あと、いざとなったら、美樹さんにお兄ちゃんから習った事、全部私が教えて行けばいいんだし」
「ちょっ、ちょっと待てぇぇぇぇぇい!! お前、本気で何考えてやがる!!」
「私は本気だよ、お兄ちゃん!
 『私に全てを伝える』条件に、美樹さやかさんにも剣術を教える事! これが絶対条件!」

 はっ、嵌められた……沙紀に……沙紀の奴にっ!!
 ……そんな、馬鹿な……

「私、知ってるよ! お兄ちゃんだって、元々は『正義の味方』だったんだから! だから、美樹さんに教えられる事なんて、いっぱいあるハズだよ!」
「そっ、それとコレとは別問題だっ! 今の俺は」
「だったら反面教師にでもしてもらえばいいじゃない! マミお姉ちゃんだっているんだから、二人で美樹さんを教え込んでかけ持ちさせれば、お兄ちゃんみたいに道を間違う事だって無いよ!」
「なんだそりゃあ? 滅茶苦茶だぞ、お前!!」
「滅茶苦茶上等だよ!
 お兄ちゃんだってよくやってるじゃない、こんな事!! だから私は『御剣詐欺』に育っちゃったんじゃないの!」
「っ……………」
「お兄ちゃん……私、正義の魔法少女として頑張る美樹さんを見てる、上条さんの笑顔が見たいなぁ~♪」


 生まれて初めて。
 おれは沙紀にチェックメイトを喰らった事を、悟った。

「……………あー、その……美樹、さやか……さん」
「何でしょうか、元師匠?」

 にこやかに『イイ笑顔』で笑う、美樹さやかに対し、俺は頭を下げる。

「えっと、その……破門をとくから、戻ってきてください」
「頭の角度が足りないなぁ~。っていうか、御剣さんって背が高いから、頭が高い気がするなぁ~♪」
「……もっ、もっ……戻って、きてください。おねがい……しま、す」

 屈辱の土下座を、俺は美樹さやかにする事になり……結局、俺は、自分の一番の望みを叶えるために、美樹さやかを弟子にする羽目になってしまった。

「あ、手を抜いて美樹さんにだけインチキ教え無いようにね? ちゃんと私と美樹さんで、教えてくれた内容、相互チェックするから。あと、最初にお兄ちゃんから習うのは『剣術だけ』だからね♪」
「っ!! おっ……おま……」
「弟子同士がお互いに高め合うのは、当然でしょ? ね、『師匠』。
 あ、当然、病室の外にいる、マミお姉ちゃんが証人ね♪ 変な事したら、マスケットの弾が飛んでくると思ったほうがいいよ?」

 さらに、極太の釘までブスリ、と刺されてしまった。
 ……チクショウ!
 どこで……どこで俺は、沙紀の教育方針、間違えちまったんだろうか……とーほーほー。



[27923] 第二十八話:「……奇跡も、魔法も、クソッタレだぜ」
Name: 闇憑◆27c607b4 ID:cb2385d9
Date: 2011/06/19 22:52

「いっ、一応、昨日の一件は、何とか解決したと言っておく。
 いっ……いや、解決したというよりは、全く俺の理解を超えていたのだが……あっ、ありのまま、昨日、起こった事を話すぜ?
 『俺は美樹さやかを説得しようとしてたら、いつの間にか巴マミに愛の告白をして、美樹さやかを剣の弟子に育てる事になった』
 ……何を言ってるのか分かんネェと思うが、俺も何がどうなったのか分からなかった。
 頭がどうにかなりそうだった……因果律だとかご都合主義だとか、そんなチャチなモンじゃあ断じてねぇ。
 もっと恐ろしい『御剣詐欺』の片鱗を、味わい続ける羽目になったぜ」

 翌日。
 例によって、DIO様……もとい、暁美ほむらと甘味処で密会する事になり、俺はポルナレフ顔で昨日の状況説明をする事になった。

「……ごめんなさい。学校で巴マミに聞いても、私が外れてからの昨日の一件がよく分からないから、あなたに聞きたかったんだけど……どういう事?」
「いや、その……何からどう具体的に説明するべきなのか、本当に俺自身、いまだに混乱しててな。
 とりあえず、美樹さやかの魔女化は無くなったと思っていい以上、当初の目標は達成したんだが、余計なモンまで山ほどついてくる事になっちまったんだ」
「あなた程の人を混乱させるって……本当に一体、何があったの?」
「OK、とりあえず、俺も自分自身の整理を兼ねて説明するわ。
 ……まず、お前は何時、巴マミと俺の護衛を交代したんだ?」
「上条恭介が入院して、あなたが入院手続きを取っている最中よ。あなたに負け分のグリーフシードを渡した後、佐倉杏子の説得にどうしても行かなければならなくて。彼女が現れるポイントがあるのよ」

 ……これである。
 暁美ほむらは、余程、佐倉杏子の事を買っているのだろう。

「……まあ、それはお前さんの分担だから、文句は言わねぇが、一言、『護衛を巴マミに引き継いだ』って言ってくれりゃあ、あの事態は避けられたんだ。
 まず、美樹さやかを説得するのに、巴マミをダシに使った。それはいいな?」
「ええ」
「その時にな……その……言葉の取りようによっては、巴マミへの愛の告白に聞こえかねない言葉を、俺が吐いちまったんだ。間違って、言葉の綾で。
 それをな、巴マミが聞いてたんだよ……無論、そんなつもりは無かったんだ」

 本気で悶絶しながら頭を抱える俺に、暁美ほむらが、何かどんよりとした目で俺を見ていた。

「……………災難だったわね」
「災難で済むか、馬鹿っ!! おめーのせーで、向こうも変な目で見るようになっちまったんだぞ!!」

 涙目で叫ぶ俺に、暁美ほむらは軽くこめかみに手を当てて一言。

「がんばりなさい」
「ふざけんな! 確かに彼女は沙紀の友達だが、こっちは『殺し屋』で、向こうは『正義の味方』だぞ!?
 何時、殺し合う関係になっちまうか分からん、危うい協力関係だってのに、これから、どんなツラで顔合わせて行けばいいんだ!!」
「……なったらなったで、悩まずに、いつものように殺すのでは無いの?」
「それが出来れば、苦労は無ぇんだよ!!
 ……人をゴルゴ13みたいに言いやがって……俺は魔女になっちまえば幾らでも人殺しが出来る、化け物予備軍なお前らと違って、生身の人間なんだぞ! そんな風に割り切れりゃ苦労ネェんだよ!」
「っ!!」

 俺の言葉に、暁美ほむらが一瞬、殺気立つ。

「……すまん。言い過ぎた。俺が悪かった」
「いえ……そうね。御剣颯太、あなたの悪辣さや精神力と、超人的な技能に、私も目がくらんでたわ」
「……どういう事だよ?」
「あなたも、本来は一介の高校一年生の男子に過ぎない、って事。
 巴マミや、美樹さやかと一緒に、ね」
「あー、そいや、アンタはエターナルに時間を繰り返し続けてるんだっけな。そら俺なんかより物腰が落ち着くのは、当たり前か。
 ……なあ、一つ興味が出たんだが、元々『繰り返す前』のアンタって、どんな奴だったんだ?」
「……知ってどうするというの?」
「いや、ただの好奇心。話す気が無いなら忘れてくれ」
「それが賢明ね。意味の無い詮索は、死を招くわよ」
「オーライ。
 で、どこまで話したっけか……そう、で、だ。上条恭介と美樹さやかが、和解するに当たって、上条恭介と美樹さやかの間でバイオリンに関する約束を交わしたんだが、そこに沙紀の奴が割り込んでな。
 そっからがもう、色々とグダグダで……どう説明していいのやら」

 本気で頭を抱える俺。

 ……あああ、沙紀、沙紀……お前はいつから……いや、インキュベーター相手にしようってのに、あの手管は頼もしいんだけど、ちょっと頼もしすぎるっつーか、やり過ぎだろうというか」
「独り言を言われても、意味が分からないわよ。イレギュラー」
「……ああ、すまん。その……まず、沙紀の奴が上条恭介が今回負った怪我を治す代わりに、美樹さやかのポジションに割り込もうとしたんだな。それは俺が、言葉尻を捕えた詐欺でひっくり返して何とか防いだんだが、後が悪かった。
 ……お前も知ってるだろ。お前さんに気付かせて貰った、今の俺の『本当の願い』」

 何しろ、こいつの前で大泣きしてしまったのだ。……今思うと、あれ含めて恥ずかしすぎる。

「ええ。沙紀さんを闘えるように育てたら、死にたい、って」
「ああ。そしたらな……沙紀の奴が『美樹さやかと一緒に修行させてくれないとヤダ』とか抜かしてな」
「……は?」
「『頑張る美樹さやかを見てる、上条恭介の笑顔が見たい』ンだと……滅茶苦茶だよ、ホント……
 確かに、美樹さやか自身が癒しの使い手だから、沙紀と組んでも問題は無い。
 だが、今度は美樹さやか自身に沙紀と組むメリットが無いだろ? 彼女が沙紀自身と組む理由が、無い以上、何時どうなるかなんて知れたもんじゃない。
 ……俺が『殺し屋』なのは、お前も知ってんだろうし、あいつは筋もカンもイイが、正味、今の段階じゃソイツに振りまわされてるだけのタダの馬鹿だ。
 俺自身が沙紀と組むメリットだとしても『俺の本当の手管』を知って、何時、敵に回るかなんて知れたもんじゃねーんだよ。
 そんな奴に、一部とはいえ自分のキリング・スキルを教え込むなんて……敵に武器渡すような真似、出来るわけねーじゃねーか」

 悶絶する俺に、暁美ほむらが溜息をつく。

「御剣颯太。
 とりあえず、状況の報告をありがとう。あとはそちらで何とかしなさい」
「……助けてくれない?」

 答えは分かり切ってるのに、思わず縋ってしまう。それほどに、今、俺は追いつめられていた。

「その義理も義務も無いわ」
「だよなぁ……あ、そういえば。佐倉杏子のほうは、どうなったんだ?」

 俺の問いかけに、今度は暁美ほむらが溜息をつく。

「手ごたえ無し。完全に殻に籠っちゃってるわ……余程、あなたと組むのが、嫌みたい」
「なんだそりゃあ?
 ……っていうか、今、気付いちまったんだが……その……なんだ。
 お前は、この喧嘩……降りる事は、無いんだよな?」

 何しろ、美樹さやかの確保に成功した以上、鹿目まどかを守る事に関しては、ほぼ達成されたと言っていい。
 つまり、暁美ほむら本人が、ワルプルギスの夜に挑む理由は、これっぽっちも無くなってしまったのだ。
 が……

「いいえ。むしろ、確信してるわ。
 ここでワルプルギスの夜を倒さない限り、まどかは常に最悪の魔女に変わる可能性が高い、と。
 ……イレギュラー。今思ったんだけど、あなたの言葉は『他人を変える』可能性を秘めているんじゃないかしら?」
「……は?」
「洗脳、とまでは行かないけど。何がしかの感銘なり感動なりを、他人に与える力を、あなたは知らずに使ってないかしら?」
「……なんだよ、それ?」
「いえ、その……上条恭介と、あなた、病院で親しくなったんでしょう?」
「まあ、な。
 ……ん、ちょっと待て!? 俺が彼と話をした事で『彼自身が変わった事』によって運命が変わって、それが美樹さやかの運命も変える事に繋がったとか、ってんじゃねぇだろうな?」
「可能性としては、十分にあるわ。
 ……あなた、自分がどんなに想定外の存在か、自覚してないの?」

 真剣な目で問いかけて来る、暁美ほむらに、俺は鼻で笑い飛ばした。

「馬鹿馬鹿しい。俺はタダの男だぞ?」
「その『タダの男』が、上条恭介に認められると思う? 『あなたの尊敬する』上条恭介に」

 痛い所を突かれ、俺は押し黙る。

「……要するに『朱に交われば』……って事か?」
「朱というより猛毒ね。扱いの難しい、劇薬に近い存在よ、あなたは。
 それだけに、効果も劇的に現れる。良きにつけ、悪しきにつけ。
 はっきり言いましょう。あなたの『生き方』そのものが滅茶苦茶だからこそ、引きつけられる人は引きつけられ、そして自分自身と運命を変えて行く。
 巴マミもそう。美樹さやかもそう。上条恭介もそう。私だって、もしかしたら何かが変わってしまったかもしれない。『魔法少女の運命すらをも変えかねない』。
 そんな可能性を、あなたはもしかしたら、秘めているんじゃないかしら?」
「人を化け物みたいに言いやがって……」
「無論、それを拒否する人もいる。佐倉杏子のような。
 それで、もしあなたが、そういった『運命の破壊者』としての素質を持つとしたら、あるいは……あなたは、インキュベーターの仕掛けた、この魔女と魔法少女の法則に、終止符を打てる存在なのかもしれない」
「……おいおい、勘弁してくれよ。
 おだてたって、俺は必至に生きてるだけの人間なんだぜ? 正直、インキュベーターが魔法少女を量産していく事に関しては、お手上げなんだ。
 それに、ダチがダチに影響与えるなんて、ごく普通の人間の営みじゃねーか? 何で俺だけがそんな、時間遡行者様に特別視されるよーな、ご大層なモンになんなきゃなんねーんだよ?」
「その影響が、あなたの場合激しすぎるのよ。
 魔法少女と接触した場合、あなたは相手に、死をもたらす。
 でも『そこを乗り越えた存在』は?
 巴マミも、美樹さやかも。私の知る限り、とっくに死ぬか、魔女化している存在だった。だというのに、彼女たちは生きている。
 ……感情丸出しでペテンを使ってでも、なりふり構わず生きる事に突き進む。そんなあなただからこそ、死や魔女化に怯える魔法少女たちにとって、あなたが眩しく思えるんじゃないかしら?」
「……俺は、そんな人間じゃあ無い。俺の本当の願いは」
「それも含めて、よ、イレギュラー。
 魔法少女という規格外の超人の世界に『人間のまま』首を突っ込み続けてる、あなただからこそ『魔法少女たちが人間として失ってしまった『何か』』を伝える事が、出来るんじゃないかしら?」
「っ……!」

 自分自身、思っても居なかった自分の可能性を指摘され、俺は戸惑う。

「……何を言ってるのか……わけがわかんねぇよ」
「そうね。私も、可能性を口にしたに過ぎないわ。
 だからこそ、御剣颯太、あなたには期待しているの。
 あなた自身がどう思おうが、どんな人物であろうが、どんな動機でワルプルギスの夜に挑もうが。もうかなり、私が知る歴史とは良きにつけ、悪しきにつけ狂ってきてしまっている。
 それが吉と出るか凶と出るかは、まだ分からないけど、私はそれを一つの可能性と捕えている。
 だからこそ、楽観視はできない。まどかを守る存在として、美樹さやかを確保出来たのは僥倖だけど、それだけでまどかが最悪の魔女になる可能性を排除し切れたワケじゃないと、私は考えているわ」
「……なるほど、ね。それが、お前さんが佐倉杏子に拘る理由か」

 深々と、溜息をつく。
 なるほど、ワルプルギスの夜相手に、保険はかけてかけ過ぎるって事は無い、って意味か。

「もう一つ。
 あなたは、佐倉杏子という人物像を、誤解しているわ」
「……あ?」
「ひとつ、聞くわ。御剣颯太。
 あなたの姉が、もし、お金以外の願いで魔法少女になっていたとしたら?」
「ん? そりゃ、働いてたんじゃないか? バイトでも何でもして」
「そうね。
 そして、行きつく先は、佐倉杏子のような存在だったと思うわ。恐らく、今とは違う形で、あなたは何らかの悪事に手を染めてたんじゃないかしら?」
「……っ!! 俺はアイツとは違う!!」
「本当に、そう断言できるの? 妹を守るために、あらゆる技能に精通して、あまつさえ魔法少女の大量虐殺までしてのけた、あなたよ? 手っ取り早く、魔法少女の妹を守るためにヤクザになったりした所で、おかしくないわ」
「っ!!!」

 有り得たかもしれない、己の別の未来の可能性を示唆され、俺は絶句した。

「巴マミもそう。
 彼女も、あなたも『遺産』というお金のバックボーンがあったからこそ、学生として日常の生活に適応できている。
 でも、佐倉杏子は?
 ……彼女には、魔法少女の力しか無いのよ。
 生きるために犯罪に走るのは、あなたが魔法少女を殺すよりも、やむを得ない理由だと言えるわ」
「……だとしても、俺は、アイツの虫が好かねぇ。
 『殺し屋』の俺が言うのも何だが……弱肉強食の理屈『だけ』で、世の中押し通ろうとするなんて、間違ってる!
 しかも、一方的に、弱いモンを喰いモノにして生きるほど、俺は堕ちちゃいねぇ! それじゃ魔女と一緒じゃねぇか!」

 そう。俺の相手は、常に、俺より強い存在。魔女も、魔法少女も。
 『誰かのために』それを倒す事で、生き抜いてきたのは……罪の意識とは別に、確かに自負として、あった。

「分かってる。あなたがどれだけ『人間としての日常』を、大切にしているか。
 でもね、佐倉杏子と組む上で、これだけは分かって頂戴。
 彼女には、状況的にそれ以外の生き方が、許されなかった……あなたが魔法少女を殺し続けたように、彼女も、犯罪に走るしか、手が無かったのよ。
 そして、私は……本来の彼女が、どれだけ優しくて、面倒見の良い子か、知っているわ。
 ……偏見かもしれないけど、あなたと佐倉杏子は、どこか似ているのよ」
「ふざけんな!」

 『アレ』と一緒にされて、思わず絶叫してしまい……俺は、返す言葉を失った。
 己自身の気性と性格を、冷静に判断して……暁美ほむらの指摘は『的外れ』とは言い切れないモノだったからだ。

「……じゃあよ。
 佐倉杏子や、俺みたいな奇跡と魔法を使った『犯罪者』は……誰に裁いてもらえばいいんだよ……」
「誰も裁けやしないわ。だから私たちは魔法少女で、あなたは魔法少年なのよ」

 その言葉の重さに、俺は改めて、己の罪業の重さを自覚する羽目になる。
 誰も裁けない存在というのは、つまり……誰にも許してもらえない、という事なのだ、と。
 なら俺は……本気で『死ぬために、生きるしかない』。

「……奇跡も、魔法も、クソッタレだぜ」
「そうね。でもそれが無ければ、魔女を狩る事は出来ない」

 必要悪。暗に、そういってのけた暁美ほむらに、俺は天を仰いだ。

「未来に祈るか……全てのインキュベーターが、この世から消えますように、っと」
「そうね。あなたなら……いえ、あなたと沙紀ちゃんなら、それが出来るかもしれないわ」

 とりあえず、冷めきってしまった栗ぜんざいを口に運ぶ。
 ……程良い餡の甘味と栗の風味が広がるが、それでも罪の苦さは打ち消せはしなかった。



[27923] 第二十九話:「……『借り』ねぇ」
Name: 闇憑◆27c607b4 ID:cb2385d9
Date: 2011/06/21 19:13
「……ひょっとして。お前……」

 栗ぜんざいを飲みほして、気を落ち着けた後。

「俺と佐倉杏子の『爆弾処理』をしようとしていたのか?」

 大よそ、鹿目まどかの事以外、クール通り越してロボみたいな反応しか返さない魔法少女にしては、あまりに『らしからぬ』感情に訴えた『説得』に、俺は首をかしげる。

「悪い? こうでもしないと、ワルプルギスの夜が来るまでに、あなたと佐倉杏子が暴発しかねないわ」
「……チッ! あー、あんがとヨ」

 イラつきながら、俺は、次にソバガキを注文する。

「……ごめんなさい。
 でも、どこか、あなたが佐倉杏子と重なって見えたのは事実……っ! 悪かったわ」

 思いっきり睨みつけてテーブルを叩き、俺は暁美ほむらを黙らせた。

「仮定の理屈はナンボでも抜かして構わねぇが……今の俺は、今のアイツとは違う。
 犯した罪の軽重は兎も角、『自分のためダケ』に魔法使って犯罪を犯し続けてる魔法少女と一緒にされちゃ、コッチが迷惑なんだヨ……
 二度は言わねぇ。アイツと一緒にすんじゃねぇヨ」
「ごめんなさい。悪かったわ」

 頭を下げる、暁美ほむらに、俺は再度舌打ち。

「……まあ、お前の言わんとする所も、分からネェワケじゃねぇよ。
 『もし』の話なんて、あんま好きじゃねぇから、考えた事も無かったがな……そうだな、俺は本当に『運が良かった』。
 それは理解出来るぜ」
「それだけ理解できるならば、私が『らしからぬ』説得をしている意味も、分かるでしょう?」
「……分かったよ。しつけぇなぁ……こっちからは喧嘩売らない。
 向こうがどー絡んでくるかは、知らないがな」
「多分、それは無いと思うわ。彼女は、あなたに対して負い目がある。
 ……だから、御剣颯太。あなたの名前を使わせて貰えないかしら?」
「……あ?」

 切りだした言葉に、俺は首をかしげた。

「言ったでしょう、彼女は本来、優しい子だった、って。
 佐倉神父の下で、それなりに豊かに暮らしてきた自分の生活が、あなたの一家の破滅を前提に成り立っていた事に、負い目を感じているのよ。
 だから、あなたを襲撃した時に、それを否定したくて激昂した。そして、今、殻に籠ってしまったのよ」
「アイツが? そんなタマかぁ?」
「その証拠に、再度の襲撃は無いでしょ?
 一つ、言うけど。
 巴マミが抑えてる程度で、彼女があなたへの再襲撃を諦めるような魔法少女だと、あなたは思ってる?」
「……………つまり、何か?
 俺が一言『ワルプルギスの夜を退治するのを、手伝ってくれ』って言えば、佐倉杏子はそれに従ってくれる、ってのか?」

 あまりにも突拍子もない提案と内容に、俺は首をかしげる。

「ホントにそんなモンで、通じるのかよ?
 ……いや、目的を達するためだったら、そんな事の許可なんぞ、幾らでも出すがよ。結果はちゃんと、出してくれよな?
 確かに、どたばた騒ぎは起こしたものの、お前……佐倉杏子の説得に関しては、失敗続きなんだぜ?」
「ありがとう、御剣颯太。この事は、借りにしておくわ」
「……おう」

 嫌に素直で気味が悪ぃが……しかも『借り』とまで言ってのけやがった。
 ……この鉄血女が、名前を貸した程度で、素直に『借り』だってぇ? ホントは、何か裏があるんじゃねぇのか?

「……あ、すまん。ちょっと……その、なんだ」
「?」
「いや、本当に、佐倉杏子を説得するため『だけ』なんだな? 俺の名前を使う目的は?」
「それが何か?」
「いや……なに。忘れてくれ。下らない勘ぐりだ。
 どうも、インキュベーターなんて相手してっと、コトを疑ってかかる癖がついちまってヨ。
 『殺し屋』の俺の凶名なんざぁ、脅し以外に使い道が思いつかないが、考えても見りゃ、アンタにその必要は無いもんな」
「っ……そうね。失敗続きの挙句、あなたの名前を借りるのだから、『借り』になるのは当然でしょ?」
「あ、なるほどね」

 彼女なりに筋を通した、ってワケか。納得。

「そんじゃ、ついでに、メッセンジャーを頼むぜ。
 『俺は、家族の……姉さんの敵が、討ちたいだけだ』ってな……。
 『復讐』っつー俺の動機も立場もハッキリさせとけば、佐倉杏子としても、お前さんとしても動きやすいだろ?」
「……承ったわ」

 その言葉を聞いて、俺は、湯飲みの中のソバガキを餡子と箸で練りあげた塊を、口に運んだ。



「……『借り』ねぇ」

 普段、密会の時の俺持ちの費用すらも、『ここは私が』と言って払っていった暁美ほむらの行動に、俺は首をかしげつつも。
 とりあえず、俺はスーパーで買い物をして、家路を急ぐ事にした。

 ……今晩は、とりあえず、こないだ喰い損ねた肉じゃがだな。佐倉杏子に吹っ飛ばされた時、キッチンにぶちまけちまったからなぁ……

 と、

「……」

 何か、嫌な予感がする。
 家の中に、こう……決定的な、ヤな予感を感じ、俺は玄関を開ける前に、足を止めた。

「……丸腰で行動するのは、暫く控えたほうがいいかもな」

 上着の下に、ハンドガンくらいは仕込んでおくべきかもしれない。
 その場合、単純にソウルジェムへのクリティカルショットを狙うべきだから、精度重視でリボルバーよりオート……Cz75あたりがよさそうだ。ダブルカラアムで、あれだけグリップも握りやすい銃は無いし。あるいはP210かP220あたり……か?

 ……さて、この時間なら、沙紀が家に居るハズだ、が?

 とりあえず、ケータイを鳴らして、沙紀に確認。

『あっ、お兄ちゃん♪』
「よう、沙紀……家の中に、誰がいる?」

 ここの段階で、沙紀の答え方によって、状況が変わって来る。
 無論、受け答えのやり取りは暗号だが……

『誰も居ないよ♪ 問題無いから帰ってきてー♪』
「そっか、ならいい」

 幸い、俺の錯覚だったようだ。
 玄関を開けて……!!??

 そこに、見慣れない『女物の靴』が一揃い……『魔法少女』!? まさか!

「沙紀っ!!」

 靴も脱がずに、俺はリビングに飛び込み……

「あら、お邪魔してますわ、颯太さん♪」
「えへへー♪」

 ニヤニヤ笑いを浮かべる沙紀と、優雅に紅茶を嗜む、巴マミの姿が、そこに在った。

「って、どうしたの、お兄ちゃん。靴履きっぱなしで……」
「沙紀。ちょっとこっちおいで?」

 なんというか。我ながら、お寺の仏像さんみたいな笑顔を浮かべて、沙紀をくいくい、っと手招きする。

「な、なんかお兄ちゃんが怖いんだけど……あ、ひょっとして、マミお姉ちゃんが来てて黙ってたの、怒ってる?」
「……いいからいらっしゃい? ちょっとこっちに?」
「いいじゃない、お兄ちゃんの愛の」

 次の瞬間。
 反射的に俺はキッチンの包丁をひっつかむと、手裏剣術の要領で、沙紀が座ってるソファーの背もたれの部分に投げつけた。

「沙紀。コッチにいらっしゃい」
「おっ、お兄ちゃん……本気で怒ってる?」

 顔の左わきにブッ刺さった包丁に、冷や汗をかきながら沙紀が絶句。

「当たり前じゃあっ! いいか、あのコールサインは遊びでお前とやり取りしてるワケじゃねぇんだ!
 『敵じゃない来客』って事ならば、それ相応のやり取りをするって取り決めだっただろうが! 本当に殺されたら、どうすんだ!?」
「うっ……だ、だって……『マミお姉ちゃんが来た』とかって言ったら、お兄ちゃん逃げちゃいそうだったんだもん」
「遊ぶなっつってんだ! 馬鹿っ!」
「あっ、あの……颯太さん、私、お邪魔、でしたか?」

 うろたえる巴マミの姿に、俺は説明していく。

「いえ、そうじゃなくて……沙紀の奴が、ケータイで確認したってのに、来客のコールサインを出さずに不意打ちさせた事に、怒ってるんです。
 ……ごく稀にね。魔法少女に、家の中で待ち伏せされてる事とか、あったりするんですよ」

 そう。
 対魔法少女のトラップを仕掛けてきた俺だが、それは絶対ではない。
 中には、俺の家に到達して、奇襲や待ち伏せを仕掛けて来る魔法少女も、暁美ほむらも含めて、全く居なかったワケではないのだ。……数は奴含めて、三度程だが。

「巴さん。アンタは沙紀の客なんだから、堂々としていていい。
 それに、魔法少女たち相手に、『殺し屋』の俺を庇ってくれてる事も、感謝していますから、遠慮なんてする必要は無いですよ」
「あとねー、マミお姉ちゃんに、お兄ちゃんが入院中のご飯、作ってもらってたのー♪」

 衝撃の発言に、俺はうろたえる。

「なっ!!?? おまえ、非常食のミリメシはどうした!?」
「米軍レーション不味いから、嫌ー」
「おっ、お前なぁっ! どこまで巴さんに迷惑かけりゃ気が済むんだ!!」

 タダでさえ、巴マミの保護下にはいる事によって、色々とメリットを享受しているのだ。
 その上に実生活の面倒までなんて……

「いやっ、本当に申し訳ない! 巴さん! 詫びに飯でも食べて行ってくだせぇ!」
「えー、マミお姉ちゃんのビーフシチュー、また食べたいなぁ……」
「や・か・ま・し・い!!」

 とうとうブチギレた俺は、靴を玄関に放り投げると、むんず、と沙紀の首筋をひっつかんで、ソファーからつまみあげる。

「昨日の一件といい、今日のコレといい、お前最近、本気で兄ちゃんナメてんだろ?
 もう勘弁ならん! 徹底的にとっちめてやる!!」
「やーっ!! 暴力反対ーっ!」
「やかましい!!」

 そう言って、隣の部屋に移動。本気拳骨連打の末に、ジャーマンスープレックスで沙紀を沈黙させる。
 ……いちおう、畳の上だし、魔法少女だから死にはすまい。多分。

「……あ、相変わらず、仲の良い兄妹ですね」
「昨日の一件でもそうですが、最近、ほんと生意気になってきましてね……まったく、誰に似たんだか」
「…………………」

 何か言いたそうな巴マミだったが、それは無視する。
 ……少なくとも、俺のせいではない! きっとインキュベーターの仕業だ!!(断言

「それより、飯、喰っていきますか? こないだ喰わせ損ねた、肉じゃがなんですけど」
「是非、喜んで♪」



「……そういえば、肉じゃがって料理の由来、知ってます?」

 例によって、汁気が出るものを鍋に、ニンジンやジャガイモ等は別々に炒めながら、俺は巴マミに問いかけた。

「え? いえ……」
「昔ね。日本の明治時代に、帝国海軍の高官が、軍制度を学ぶために、イギリスに留学したんですよ。
 その時に振る舞われたビーフシチューに彼はえらく感激して、お抱えのコックに『これと同じものを再現しなさい。部下に振る舞うために』って、指示を出したんですね。
 ところが、そのお抱えコックってのも当然、明治の日本人。
 ワインもドミグラスソースも、存在そのものを知らないわけですよ。
 それでも、軍組織の上官命令である以上、そのお抱えコックは『ビーフシチュー』を作る事に、挑戦せざるを得なかったんです」
「……つまり、ワインもドミグラスソースも無しに、ビーフシチューを作れ、と?
 で、どうしたんですか、そのコックさん?」
「その高官から聞いた材料を元に、必死になって工夫したそうです。醤油やみりん、その他諸々を使って、期待にこたえようと何とかかんとか、悪戦苦闘して。そして、苦心惨憺の末に、出来上がったのが『肉じゃが』ってワケです。
 ちなみにその高官は、後々、戦争で大手柄を立てて、世界的な名提督にまでのしあがるんですがね……それは料理とは関係ない、どうでもいい話」
「名提督、ですか? 誰です、それ?」
「アドミラブル・トーゴー。東郷平八郎元帥、その人だそうです」

 鍋に、フライパンでいためたニンジンやジャガイモを投入。調味料やだし汁の諸々を入れて、火を強める。

「まあ……偶然とはいえ、こんな形で、ビーフシチューのお返しが出来るのも、何かな、って思って」
「……なるほど。
 そういえば、カレーライスが、日本の海軍の食事だとは、何かで……」
「ああ、レシピ教えてもらってるから作れますよ。本物の海軍カレー」
「え?」
「もっとも、カレーが一般に普及したのは、海軍じゃなくて陸軍が原因なんですけどね。
 海軍は専任の給養員……専任コックがいるんですけど、陸軍は持ち回りですから兵士みんながコックなんです。
 ……その分、レシピも単純化してて、誰でも楽に作れるわけで、それが、カレーが普及した原因なんじゃないかなぁ? 戦争に負ける前は、男はみんな徴兵制度で軍隊に行ってましたからね」
「……颯太さんて、意外な知識をお持ちですね」
「割と有名な話ですよ」

 そう言いながら、俺はアク取りの作業に没頭する。

「以前ね、キュゥべえ……インキュベーターが、俺の前に現れた時。『人間の歴史に、如何に自分や魔法少女が関わってきたか』なんて偉そうな事を、奴が垂れてのけたんですけどね……
 この肉じゃが作ってのけたコックみたいに、奇跡や魔法が無ければ達成出来ないような無茶苦茶な事だって、創意工夫で何とかかんとか、美味いモノが作れるわけですよ。
 勿論、肉じゃがは肉じゃがで、ビーフシチューじゃない。でも、ビーフシチューとは別に、美味しいモンに仕上がっちまえば、それはそれでアリなんじゃないかな、って。
 だから……俺は、奴が言ってた、『インキュベーターが居なければ、人類は今でも穴倉で暮らしてた』なんて言葉、これっぽっちも信じてないんですよ。いや、穴倉で暮らしてたとしても、穴倉の中に電気が通ってたりとか、それなりに発展してたんじゃないかな、って」

 アク取りをしながら、鍋に集中しつつ。
 そんな他愛も無い事をボヤいていると、

「……颯太さんは……」
「え?」
「いえ、今、わかりました。颯太さんが信じてるのは、奇跡でも魔法でもなくて『人間』なんですね」
「……まあ、ね。言い方はアレですけど。奇跡や魔法を望むのだって、結局のところ『人間』じゃないですか。
 俺の場合は、『奇跡や魔法』じゃなくて、そこに『努力と根性』って言葉が入るんですけどね。だから俺は、佐倉杏子みたいな魔法少女が嫌いだし、インキュベーターはもっと嫌いなんです。
 ……宇宙人が人間様に、何偉そうな寝言垂れてんだ、ってね♪」
「くす……なるほど」
「まぁ……知っての通り、実際には、奇跡や魔法から逃げ回りながら、がたがた震えつつ必至になってるだけの雑魚なんですけどね……っと。ん、アク取りはこんなもんか……」

 中蓋を落とし、あとは煮込むだけ。

「手伝いましょうか?」
「いや、座っててください。あんたは客人だ。それに、沙紀に飯を食わせてもらった礼もある」
「あ……あれはその……見るに見かねて……」

 その言葉に、嫌な予感が……

「まさか……巴さんにイイトコ見せようと『沙紀が、料理しようと』しませんでしたか?」

 その言葉に、巴マミが真剣な表情で、ぽつりと。

「……魔法少女を殺せる毒って……台所で作れちゃうんですね」
「絶対口にしてはいけません。魔法少女でも一口で致死量です! 癒しの力が無いなら、なおさらだ!」
「ええ、身をもって理解しました!」

 真剣な目で、お互いがお互いを理解しあう瞬間、というのは……こういう時だからこそかもしれない。

『……ぶっ……』

 お互いに、なんかおかしくて吹きだしてしまい……

「あ……失礼」
「いえ……こちらこそ」

 目を合わせないようにして、とりあえずコンロのほうに目線を戻す。あとは味噌汁と……もずくがあったな。

「……三日、いや、四日立たないだけで、久方ぶりな気がするなぁ」
「え?」
「いや、キッチンに立つのが、いつもの事だったんでね。
 ……考えてみれば、沙紀の奴を、過保護にし過ぎたかも知れん。家の事は、全部俺がやっちゃってたから」
「そうですか? 私は、颯太さんの背中を見て、逞しく育ってると思いますけど?」
「自分に出来もしない事を『出来る』と主張してる段階じゃ、タダの餓鬼ですよ。『その意気や良し』ですけどね……
 それに、俺が言うのも何ですが……時に詭弁は必要でも、詭弁を弄するだけの人間は信用されませんし。
 どこかで実績と実力を示さないと、人は人に信用してもらえませんから。そういう意味で、沙紀の奴は、まだまだです」
「……そして、沙紀ちゃんがあなたに認められたら。颯太さん、あなたは死ぬつもりなんですね?」

 ぴたり、と……味噌汁を作る手が止まる。

「昨日のあれは忘れてください、と言ったはずですよ? 所詮、美樹さやかを説得するための方便です」

 味噌汁を作る手を、再び動かす。

「方便ではあっても、真実でしょう? 彼女のカンの鋭さは、颯太さんも知っているはずです。
 あなたの言葉は、キュゥべえと一緒で、全てを語る事は殆どない。でも……口にした言葉は、ほぼ真実。だからこそ、あなたは彼女を説得出来たのだと、私は思ってます」
「……買い被り過ぎです。成り行き任せのグダグダで、上手く行ったに過ぎない。冷や汗通り越して、肝が冷えました。
 それに『自ら死ぬ』つもりはありません。『殺される』んですよ。恨みを買った、どこかの誰かに」
「……それは、自殺と何が違うのですか?」
「復讐の連鎖が、俺で止まります。
 ……俺が生きてる限り、俺を恨む魔法少女は増える。そして負の力に囚われて、魔女になる魔法少女が増えやすくなる。
 『復讐』を原動力に出来るのはね、『希望』を振り撒く魔法少女には出来ない、人間だけの特権なんですよ」
「……『復讐』、ですか? 何に対しての?」
「ワルプルギスの夜。……話してませんでしたっけ? 俺の姉の敵です」
「初耳です」
「……そうですか。なら、対ワルプルギスの夜への同盟関係の強化のために、話すのもいいかもしれません」

 それから、俺は暁美ほむらに話した内容と、ほぼ同じものを巴マミに話した。

「……まあ、そんなところですかね。
 さて、肉じゃがもいい具合だし、味噌汁も出来た……あ、もずくは大丈夫ですか?」
「ええ、沙紀ちゃんの『料理』に比べたら、もう何もこわくありません」

 そう言って、にっこり笑う巴マミの笑顔は……なんというか、非常に魅力的だった。



[27923] 第三十話:「決まりですね。颯太さん、よろしくお願いします」
Name: 闇憑◆27c607b4 ID:cb2385d9
Date: 2011/06/23 05:46

「……いま、思ったんだけどさ」

 肉じゃがとみそ汁と、適当にきゅうりとトマトを切ったサラダを並べて、飯をパクつきながら。
 ふと、沙紀がこんな事を漏らした。

「お兄ちゃんって、魔法少女の相棒(マスコット)というより、魔法少女の『メシ使い』だよね」
「何だよ、唐突に?」

 沙紀の奴が、何かむくれた表情で、食卓をみつめていた。

「……別に。どうせ私の料理は、デス料理ですよーだ」
「むしろ、俺としては、何をどうやったら、生でも人間に食用可能な食材が、魔法少女すら絶死に至らしめる毒物に変化するのか、毎回毎回、問い詰めたい所なんだが?」
「しょうがないじゃない、レシピ通りに作ってるのに、化けちゃうんだもん」
「OK、とりあえずお前はまず、米を洗剤で洗う所からやめろ。……というか、料理のレシピを『毒自介錯(どくじかいしゃく)』すんな」
「……だって、書いてある意味から推測すると、あーなっちゃうんだもん」
「余計な推測とかアレンジとかせずに、素直に作れよ」
「作ってるもん! 作ってるつもりだもん!」 

 と、本人が言っても、出来るのが『アレ』なのである。
 ……魔女にでも喰わせれば、それなりに効果的な兵器に転用出来るんじゃないかと、マジで考えた事があるくらいだし。以前、巴マミが闘って俺がC-4喰わせて吹っ飛ばしたシャルロットあたり、沙紀の料理喰わせれば一発でコロッっと逝きそうだよなぁ……

「そんで、いつか上条さんに、手作りのお弁当とか食べてもらうつもりだもん!!」
「……とりあえず、誰が作ったかは正体バレないようにしておけ? 狂ったファンの毒殺宣言にしか聞こえないから。
 あ、巴さん。お代わり、どーする?」
「あ、では頂戴します」

 とりあえず、実に美味そうに食べてくれる巴マミの姿に、作った者としては嬉しいのだが……

「……………やっぱり、魔法少女の『メシ使い』だ……………」
「何か言ったか?」
「別に!!」

 終始、何か拗ねた表情の沙紀の機嫌が、食事中に戻る事は無かった。



「……………」

 とはいえど。
 飯喰った後の洗い物をしてる時は、やっぱり野郎立ち入り禁止のガールズトークになるわけで。

 ……まあ、好都合だ。向こうは向こうで遊んでてもらう間、こっちはやる事やってしまおう。

 洗い物を終えると、俺は、買い求めていた見滝原の地図を取り出して、ラインを引き始める。 ……ん、とりあえず、俺の縄張りは、こんなものか。

「巴さん。話しこんでる所、すまん。ちょっといいかい?」
「はい、何でしょうか?」
「あんたの縄張りってのは、大体、どこからどの辺なんだ?
 すまないが、ちょっと書きこんで欲しいんだ」

 テーブルに地図を広げ、巴マミに問いかけると、俺はペンを渡した。

「えっと……ここから、このあたりですね」
「この射線部分は?」
「このへんは、佐倉杏子との境目で、緩衝帯です。
 ……縄張りの境目を、ハッキリさせたくない部分ですね」
「いいのか、それで?」
「ええ、こちら側に食い込んで来なければ、それでいいかと。彼女も結構、苦労してるみたいですし。
 それに、颯太さんの縄張りが私の保護下に入った事で、彼女を追い詰め過ぎても、危険ですから」
「なるほど。その辺の判断は、尊重しますよ、っと」

 その地図をもとに、ルートを書きこんで行く。

「……大体、こんな所か、な?」
「あの、何を?」
「単純な勢力図の把握。ここから、効率的な巡回ルートを割り出してみた。
 ……しかし、巴さん、本当に腕利きなんだな。俺の縄張りと併せても、結構広範囲になっちまった。
 普段、あんたどーやって魔女狩るための探索に回ってるんだ?」
「え、普通に……足で地道に」

 俺は、その言葉に頭を抱え……改めて、巴マミがエース・オブ・エースの称号にふさわしい実力の持ち主だと知った。

「すげぇな……俺、普段、自分の縄張り、効率重視でバイクで回ってるんですけど?」
「え!?」

 はい。
 奨学生が二輪乗りまわしてるなんて、学校にバレると色々マズいので、表向き結構隠してるのですが。
 実は普通自動二輪の免許は、ちゃーんと持ってるのである(御剣颯太『十六歳』です)。

「沙紀のソウルジェムを、落ちないように専用に作ったスロットに嵌めこんで。んで、魔女が近そうならバイク止めて降りて。あとは足で……あーそいえば、一度だけ、バイク乗ったまま魔女の結界にとりこまれて、買ったばかりの愛車を魔女に特攻させる羽目になった事、あったなぁ」

 アレは大変だった。完全に全損しちゃったので、保険使うかどうか本気で迷ったっけ。
 しかも、バス路線からも外れた人気の無い山奥に近い場所な以上、美味しく無さ過ぎて誰も縄張りとしてない場所だったし(たまたま偶然、巡回ついでの慣らし運転で遠出をした時に、巻き込まれたのだ。この時に沙紀のソウルジェム持ってなかったら、どうなってた事か)。
 ……結局、事情説明出来るわけもないので保険は使わず、新車に買い替える羽目になるわ、帰りはバスの起点まで15キロくらい歩く事になった後、始発に乗って家に帰る羽目になるわ、家に帰った途端、沙紀と一緒に、即、学校直行する羽目になるわ、散々だった。

 ……おまけに、バイクって登録だの何だのあるから、書類面倒なんだよなぁ……密輸した武器と違って、金銭的に誤魔化すのも一苦労なのである。

「まあ……そうだよな。巴さんだって中学三年だから、バイクでの巡回は考えてみりゃあ、無理があるか。
 それに、魔法少女の姿で飛びまわったりするほうが、効率良さそうだしなぁ」
「いっ、いえ、考えてもいませんでした。……そっか、バイクって手があったんだ」
「いや、運転免許は原付でも高校一年からだし。
 それに、見滝原高校って、原則バイク禁止で……ちょっとお目こぼし状態で使わせてもらってるから、あまり派手に乗りまわせないんですよ」

 仮にも、イイトコの私立高校である見滝原高校で、どこぞの珍走団よろしく、夜の校舎の窓ガラス撃砕しながら突っ走ろうモンなら、即、退学である。……一応、学校じゃ、家庭の事情を抱えた成績優秀の苦学生って事で、通ってるわけだし。

 と、

「颯太さん。
 もしよかったら、颯太さんのバイクに一緒に乗せてもらえませんか? 私の縄張りの巡回に使わせてください」
「ぶっ! ちょっ! あ、あの……巴さん?」

 い、いや、その……バイクで二人乗り(タンデム)って事は……その、ねぇ?
 中学三年生らしからぬ戦闘力を誇る、巴マミの胸から目をそらし、俺は取り繕う。

「や、やめといたほうがいい。バイクで二人乗りは……あー、その、後部に座ってる人間のほうが、疲れるんだ。
 魔女と闘う前に疲れてちゃあ、話にならんだろ? それに、後ろの人も乗りなれないと、転倒しちゃうから」
「大丈夫です。それに、慣れておいて損は無さそうですので、是非お願いします。
 ……そうだ、この間言っていた、お互いに共同戦線を張るための魔女狩り。美樹さんの一件で流れてましたが、今晩、出かけませんか?」
「は!? い、いや、巡回ルートの策定が、まだ検討終わって無いんだ。ざっとデッチアゲただけだし、これからちょっと絞り込んで考えないと。
 それに、暁美ほむらが居ないと、対ワルプルギスの夜戦の、確認の意味が無いだろ?」
「見た所、このルートで問題は無さそうです。あとは実際に回って確認しましょう。ビルの高い所とか、地図から分からない死角も多そうですし。
 それに、ワルプルギスの夜の闘いが終わっても、私と颯太さんが生き残れば、保護下の関係は有効ですから、全くの無意味ってわけではありませんよ」
「あー……じゃあ、その場合、美樹さやかを加えないと、意味が無いんじゃないか?
 というか、それ考えると、バイクに三人乗りは無茶だぞ? 警察に捕まっちまう」
「どちらにしても、とりあえず、美樹さんの師匠として、颯太さんがどれほど闘えるのか、どういう戦い方をするのかも、予め確認はしておきたいのですが?」

 何でしょうか? このチェックメイトっぷり全開な状況は?

「まあ……殺し屋の闘い方なんて、あんま気持ちのいいモンじゃないですよ? それに、基本は魔力付与で強化した武器を、振りまわしてるだけですし。
 それに、125ccのバイクですから二人乗りするには、パワーが……」

 と……

「あれ、お兄ちゃん? 400ccじゃなかったっけ?
 『カタナ』って名前とデザインが気に入った、とか、ニコニコ笑いながらバイク洗ってたよね?」
「そうなの、沙紀ちゃん?」
「うん。バイク壊して帰って来た時のお兄ちゃん、血の涙流して『俺の400cc水冷のカタナがーっ!』とか叫んでたから、憶えてる」

 沙紀……どうしてお兄ちゃんの退路を、ぶった切るような真似するかなぁ?

「あー……でもでも、確か、新しいのは250ccだったよーな。あれでもパワー不足……」
「直前に中古の出モノが出た、って言って、喜んで400ccのに飛びついてたじゃない。イイ買い物したーって」
「……あー、だっけか? あ、そいや、ヘルメットが無かったんじゃ無いか? バイクにノーヘルはマズい……」
「あたしが使ってたのがあったじゃない♪ マミお姉ちゃんに貸してあげる」

 必死に空っとぼける俺だが、ふと見てみると……沙紀の目に、例の邪悪な光がっ!!
 ……こっ、こやつ……全部分かってやっておるというのか!?
 あっ、侮り難し、『御剣詐欺』!! この兄を……兄を、ここまで追い詰めようとは!!

「決まりですね。颯太さん、よろしくお願いします」
「いっ、いや、沙紀を寝かしつけないと」
「うん、いつも通り『先に寝て』待ってるね♪」
「が、学校の勉強はやってるのか、沙紀? 宿題は?」
「こないだ、満点とってきたじゃない。それに、いつも宿題は休み時間の内に、終わらせてるもん」
「……明日の朝ごはんの仕込みが……」
「パンと牛乳でいいよ? 帰りにコンビニでよろしく♪」

 はい、昨日に続いて、二度めのチェックメイト。

 かくて……俺は、魔法少女と『普段とは別の意味で』の闘いをしながら、魔女を狩りに行く事になった。



[27923] 第三十一話:「……しかし、本当、おかしな成り行きですね」
Name: 闇憑◆27c607b4 ID:cb2385d9
Date: 2011/07/29 02:55
 ッバン!!!

 対物ライフルとマスケット銃の一閃が、使い魔を蹴散らす。それで、異形の空間は消え去り、元に戻る。

「これほど、使い魔を見逃してたなんて……思いもしませんでした」

 元に戻った、裏路地の中。
 当初、その……なんだ。ライダースーツ越しの背中に当たる胸の感触に、色々戸惑いを憶えていたのだが。
 いざ、使い魔と遭遇し続けると、そんなモノは二の次になって意識から締め出されていった。(プロテクト仕込んでるってのも大きかった)
 必要な事を、必要に応じ、対応する。自分の中の『何か』が、御剣颯太を一個の戦闘機械に変えていくのが、認識できた。

「……まあ、良い事か悪い事かは、微妙な所ですけどね」
「使い魔を成長させて、魔女にする趣味は、私にはありませんよ?」

 ちなみに、巴マミはともかく、俺はフルフェイスのヘルメットで、バイザーを下ろしたまま。『顔無しの殺し屋』を演じるのに、必要な格好だったりもするので、この姿は気に入ってたりするのだ。
 無論、ライダースーツの中は薄手の防弾・防刃装備で固めてあり、見た目が少しゴツくなって体格を誤魔化すのに一役買ってる。正味、この姿のほうが魔法少年スタイルよりも防御力『だけ』なら、高かったりするのだ(逆を言えば、普段それだけ貧弱な紙装甲だとも言える)
 無論、いざという時には変装用の服を用意しておき、バイクをソウルジェムに収納して、電車やバスで逃走したりもできるわけで(沙紀のソウルジェムを利用した、バイク→電車(バス)→バイクという、尾行撒きの逃走パターンは俺の十八番だ。人ごみを利用すれば、探索系の魔法を使わない限り、魔法少女でもまず追いつけず、見失う)

「当然。そんな外道な事する奴と、俺が組むわけが無い」
「ですわね」

 少なくとも。俺は俺の縄張りで、魔女の釜の中以外に、使い魔や魔女の存在を許した憶えは無い。

「……しかし、本当、おかしな成り行きですね。
 『見滝原のサルガッソー』の中は、魔女が跳梁する私の縄張りよりも恐ろしい魔女多発地帯だ、なんて噂もあったくらいなのに。実際ふたを開けてみれば、私の縄張りよりも、よほどその……『清潔』だったなんて」
「人間……に限らず、魔法少女もそーですけど。
 『敵』と認識したら、大体全部、一緒くたですからねー。
 だから、敵を分析するってのは重要なんですよ。誰を敵に回し、誰を優先的に狩り、誰を生かすか。それによって効率が全然違ってくる。
 ……まあ、噂に関しては、インキュベーターが、俺と魔女を同列視するような誤誘導情報でも流したんでしょ。それに、巴さんもそうですが、何度か俺の縄張りに踏み込んだでしょ?」
「え、ええ……おっかなびっくりでしたが……正直、得体が知れなさすぎるので、引き返しました。魔女多発地帯どころか、使い魔の影も形も無かった事が、逆に不気味でしたし、一般の方々に被害は無さそうでしたから」
「ベテランは、『魔女の釜』を知らない限り『ここは狩り場として美味しく無い』って判断しますからね。
 不気味な殺し屋の噂が立つ、狩り場として成立しない縄張り……正義感だけで動くルーキーなら、狩ればよし。ベテランは得体の知れない凶刃に怯えながら、維持する価値の無い縄張りって事なワケで。
 だからこそ、使い魔含めて綺麗に『掃除する』必要があったわけです。そして、この方法の問題は……『正義感で動くベテラン』が、近くに居た事が、一番の恐怖だったんです」

 フルフェイスのマイク越しでは分かるまいが。俺は皮肉気に頬をゆがめてみせていた。

「それって、ひょっとして……」
「あなたの事ですよ。巴さん……佐倉杏子は、利己的で現実主義で、ある意味分かりやすい。……度が過ぎてると思いますが。
 ですが、『正義の味方』が俺のやっている事を知ったら? あなた自身がベテランだからこそ、インキュベーターに都合の悪い『魔女の釜』の情報は止まっていたんでしょうけど、一番、俺を積極的に殺しに来る可能性が高いのは、あなただった」
「なる、ほど……」
「だからね、俺は今回の成り行きに、ある程度感謝してますよ。
 ……もっとも、今度は、佐倉杏子が恐怖ですけど」
「何故? ……あっ!」
「そう。奴に俺の正体がバレた事が、最悪なんですよ……正味、あれは俺の暴走です。
 ……ジャックポットが『四つ』も重なっちまったのが、俺の不運でした」
「四つ? 以前、確か三つ、って」
「四つ目は……『魔法少女や魔女の闘いに巻き込まれた、一般被害者の涙』ですかね」

 そう。
 本来なら、俺はあの段階で、佐倉杏子を殺して無ければならなかったのだ。無論、かっとなって暴走はしたが、そこでフォローするための暗殺や殺害の手段だって、視野に入れていたし、その勝算だって(かなり博打だったが『スッって悔い無し』だし)あったのだ。
 ……だというのに、博打で拾った勝ちを捨てさせたのは……何も知らない、優しい彼女の涙と叫び。それだけだ(ついでに、美樹さやかへの説教は100%八つ当たりである)。

「『正義の味方』のあなただから明かしますよ。他の魔法少女には絶対言わないでください。
 特に、暁美ほむらあたりには舐められる。この世界、舐められたら終わりだってのは、巴さん。あなたなら知ってるはずだし」
「はい、分かりました。
 それに、私も颯太さんの名前を利用させて頂いてるのですから、おあいこです」
「俺の、名前を?」

 その言葉に、俺は首をかしげる。
 正義の魔法少女と、問答無用の暗殺者、どう考えても利用する意味を見いだせないのだが……

「やっぱりね……『正義の味方』って、どうしても、綺麗ごとにしか聞こえないじゃないですか?
 ですので、あなたの事情を伏せた上で『我が身と家族を守るために、魔女も魔法少女も狩る一般女性』という事で、少しずつ情報を流してるんです」

 それは知っている。というか、今気づいたのだが……

「俺、いつの間に『女』になってたんですか?」
「魔法少女たちの固定観念を利用させて貰いました。魔法少女=魔女を狩る存在=女性。
 キュゥべえの情報操作に対する、ささやかな反抗です」
「九割本当で、一割の欺瞞情報混ぜ込んだのか。うわー……案外あんたもエグい事すんな」

 キュゥべえの情報を信じるなら、俺が男だと分かるだろう。だが、巴マミを信じるならば、俺は女性という事になる。
 キュゥべえと同じくらい、正義の味方の看板を通してきた、巴マミだからこそ、通じる手管とも言える。

「それでか。俺を恨む魔法少女たちにしてみれば、ターゲットの選別に混乱するワケだ」
「ええ。そんな風に颯太さんの正体を隠した上で……私は、目に余る魔法少女に、こう言ってるんですよ。
 『私はあなたを責める事はしないし、その資格も無いけど、我が身と家族を守るために魔法少女を狩る事に長けた彼女に、『この事』を話したらどうなるかしら?』って。文句言われても『『人間』の立場で判断するのは彼女であって、私では無いわ』ってね♪」
「ぶっ!!」

 そ、それはアレか? ロシア式に言うなら『お医者さんを送ってあげましょう』って事か!?
 俺が、放射性物質持った注射器持って、魔法少女にプスッと? アリエネー!!

「効果てきめん。真っ青になって、震えあがった魔法少女も居ましたね」
「……ほ、ホント、エグい事すんな、あんた……」
「ええ、ですから、私と組んで動く時は、なるべくその姿でお願いしますね。
 プロテクトその他で体型が分かりにくいので……『男性並みの体格の、大柄な女性』って事に、なってますので」
「……………よーやるわ、ほんと。あんたも。
 あ、でも佐倉杏子!」
「問題ありませんわ。彼女があなたに負けた事で、評判と信用落としてますから。
 それに、彼女は基本的に、誰かと組んで行動するタイプではありませんし」

 さらっと笑顔を浮かべる、巴マミ。
 ……いや、ほんと。昔の彼女もヤバいと思ったが、今の彼女は別の意味で敵に回したくない存在だわ。

「……っていうか、いいのかよ? 巴さん、あんたまで恨みを買う事になるぜ?」
「あら? 私、こう見えて、この世界ではそれなりに実力派でとおってるんですよ?
 それに、『正義の味方』なんて、煙たがられる存在だっていうのは、分かってますから♪」
「今更、って事かい?」
「ええ、そういう事です♪」

 ニッコリと笑ってのける巴マミに、俺は呆れ返るやら感心するやら。

「……でも、本当に不思議ですね。正直、あなたと噛み合うワケが無いと思っていたのに」
「想像もつかない利害の一致、って事ですか」

 ふと……俺は、ある事を思いついて、沙紀のソウルジェムから、録音リコーダーを取りだした。

「それは?」
「……なに、更なる情報のかく乱、って奴ですよ。あなたが協力してくれるなら、こっちも、ってね」

 そう言うと、俺はヘルメットの中のボイスチェンジャーを弄り、女性の声に切り替える。


『あ、あ……こんにちは。
 私の名前は、御剣冴子。『元』魔法少女だった女……そう、あなたたちが噂している、『顔無しの魔法凶女』本人です。
 20××年、××市。
 たまたま弟と共に居合わせた私は、そこでワルプルギスの夜と遭遇し、闘い、破れました。
 そして、私は、魔法少女としての力を全て失うと同時に、魔法少女という存在の恐るべき真実を知りました。申し訳ありませんが、その内容については、ここで迂闊に触れる事はできません。
 見滝原に戻った私は、キュゥべえも、弟も、妹すらも欺き、『御剣冴子』という人間を死んだ事にして、その『真実』と闘い続けました。キュゥべえ……インキュベーターにとって、魔法少女に知られると都合の悪い『真実』を相手に。
 その過程で、『真相』を知らない、数多の魔法少女を、やむを得ず手にかける事になってしまいました。弟の名前を利用し、彼を囮に迷惑もかけてしまいました。その事は、悔やんでも悔やみきれませんし、詫びても詫び切れるものではないと、知っています。
 ……正直、あの手紙は、堪えました。恐ろしくて、今でも目を通せておらず……いえ、誤魔化すのはやめましょう。罪の恐ろしさに耐え切れず、捨ててしまいました。本当に、申し訳ありません、怖かったんです。
 
 ですが、これだけは伝えたい。
 キュゥべえ……インキュベーターを疑ってみてください。彼は嘘は言いません。ですが、真実全てを自ら語る事は、決して無いのです。
 人が人を騙すのに、必ずしも嘘を言う必要はありません。
 都合の悪い真実を伏せて、契約を迫る。それも立派な詐欺のテクニックです。そして、数多の魔法少女は、無条件にインキュベーターを信じ、その本性を見抜けないでいます。
 私は、この真実を伝えたいのですが、同時に、その真実を知った者がどうなるか……キュゥべえの話や、魔法少女たちの噂で私の行動を知るのならば、それが理解できると思います。
 それほどに恐ろしい『真実』が、魔法少女には隠されているのです。
 きっと、キュゥべえは、あなたが真実を知った時、こう言うでしょう。『隠してなんかいないよ。聞かれなかったから答えなかっただけ』と。

 たまたま偶然、私は巴マミさんと遭遇し、彼女と行動を共にする事になりました。彼女は、その『真実』を知りながらも、それに耐え抜き、正義の魔法少女を貫く事を、私に誓ってくれました。
 だからこそ、私は彼女と行動を共にする事ができるのです。それが、理由の全て……とはいいませんが、大部分です。

 ……最後に、私は、奇跡も魔法も失った、『元』魔法少女の人間として、全ての経験と実力を駆使して、この『真実』に抗い続けるつもりです。その過程で、何も知らずに私の前に立ちふさがるのでしたら、容赦なく全ての『経験』を駆使して『排除』します。
 奇跡も、魔法も……言い方が悪いですが、『クソクラエ』なんですよ。今の私は。ですので、私の前に立とうとしないでください。私を疑い、探る前に、まずキュゥべえを疑ってみてください。以上です』


 ぶつっ……と、録音スイッチを切ると、ボイスチェンジャーを元に戻し、それを巴マミに放って手渡す。

「と、まあ、こんな感じで……他所の魔法少女がつっかかってきたら、コイツ聞かせてやりな♪」
「……颯太さんも、よくやりますね……」

 そう、魔法少女の大部分は、インキュベーターに騙されて、俺に突っかかって来るに過ぎない。
 だが、もし。魔法少女自身に、インキュベーターに疑いの目を向ける事が出来たならば?
 俺が『女である』という情報に説得力を持たせる『嘘』を混ぜ、かつインキュベーターの真実をも混ぜ込んだこの情報を前にしては、流石のインキュベーターも、黙らざるを得ないだろう。
 何しろ、この情報の『嘘』の部分を暴いていけば暴いていくほど、インキュベーターにとって都合の悪い真実が露見していくのだから。御剣冴子が『実際に死んでる』とインキュベーターが主張しても、『どういう死に方をしたか』という事はインキュベーターが絶対口にできる情報ではないし『魔法少女を辞められるのかどうか』なんて話も、迂闊に口に出来るわけがない。

 必要ならば幾らでも嘘がつける人間と、嘘がつけないインキュベーター。その違いを逆手にとれば、こんなもんである。

「なに、冴子姉さんダマして魔法少女にした挙句、俺や沙紀まで、こんな無間地獄に落としてくれたんだ。
 こんくらいの反撃したってバチは当たるめぇし、あんたに迷惑かけてばっかじゃあな……」
「……なるほど。颯太さんって、沙紀ちゃんが教えてくれた通りですね」
「あ?」

 笑いながら、彼女は言う。

「『魔法少年が信頼する魔法少女に信頼されている限り、その魔法少年は決して魔法少女を裏切らない。
 魔法少女を傷つけてでも魔法少女の命を救い、魔法少女を欺いてでも魔法少女の心を救う。あらゆる手を尽くし、己の命を度外視して』
 あなたは、『御剣沙紀』という魔法少女にとってのナイト……いえ、剣術を使うとの事でしたので『サムライ』って所ですわね?」
「……チッ!! 沙紀の奴……人の誓いまでベラベラと。
 あと、騎士や武士とは違います。彼らには主君に仕えると同時に、騎士や武士としての矜持があるけど、今の俺には、そんなものは無いですから。一緒にしたら、彼らに失礼ですよ」
「あら? ならば何でしょうか?」
「……忍、が、一番近い、かな? あるいは、幕末の『新撰組』のような」

 言ってて恥ずかしくなるが。……あの衣装にした時、何も知らなかったんだって。

「新撰組、ですか?」
「一般的なイメージだと、池田屋事件で名を上げたヒーローですが。
 俺が見た所、情報戦と剣術……隘路や屋内なんかのCQC(クロース・クォーターズ・コンバット)に長けた、暗殺や抹殺の汚れ仕事を請け負う傭兵集団ですからね。特殊技術をもって非正規戦闘をする忍者や特殊部隊と、符号する所が多いんですよ。意外と。
 ……そんな彼らの矜持って、ドコにあったのかな、って。時々考えちゃいますね」

 沙紀を守るために、魔法少女殺しという非道に手を染めてしまった自分自身の所業。
 ……最初は、相手をゾンビと思う事で対処しようとしてきた。最早、人間ではない『残骸』だと。だから、必要以上に深く関わろうとは思わなかった。何を言おうが、何を述べようが、沙紀以外のそれはゾンビの戯言、と。

 だが……

 『沙紀を救う』。そして『インキュベーターを倒す』。……今思うと、俺は相当に無茶な二面作戦を行ってきていたのだろう。
 しかも、そこに加えて『ワルプルギスの夜を倒す』事まで加わってしまった上に、暁美ほむらとの協力関係上、状況によっては、この間の美樹さやかのように『鹿目まどかを救う』ためのミッションが、加わる可能性が出る。
 こうなった以上、他の魔法少女と関わらざるを得ない。否応なく。

 ……ああ、分かってる。それが俺自身に、良しにつけ悪しきにつけ、なんかしらの影響を与えているんだろう、という事も。
 暁美ほむらに『あなたの言葉は人を変えて行く』といわれたが、俺自身がむしろ、魔法少女たちとの接触や出会いで変わって行ってる部分は、この短い期間で、多分……結構、あると思う。
 何より決定的だったのは……あの『手紙』だ。あれは、本当に効いた。否応なく、自分が人殺しなのだと自覚せざるを得なくなった。そして、暁美ほむらが教えてくれた、最後の希望。守るべき者が、俺の遺志を継ぐ可能性を教えられ、俺は本気で涙を流した。
 ……まあ、その過程で、ヘンなモン(美樹さやか)までくっついてきてしまったんだけど。

「しかしほんと、沙紀の奴、あんな事を言う子じゃなかったのに……本気でインキュベーターに誑かされてるんじゃないだろうな?」
「それは、颯太さんの思い込みではありませんか?」

 巴マミの指摘に、俺は首をかしげる。

「俺の?」
「短い間ですが。
 私が知る限り、御剣沙紀という魔法少女は、能力的にはともかく、決して大人しいだけじゃ無い、魔法少女でしたよ」
「……あー」

 沙紀の奴が、はしゃいでいた表情を思い出す。更に、上条恭介に手段を選ばず迫る強引さ。
 思えば、片鱗は以前からあったような気がする。

「きっと、あなたが変わったからこそ、沙紀ちゃんも安心してあなたに甘えるようになったんじゃないですか?」
「俺が? 変わった?」
「以前のギラギラと張りつめながら、沙紀ちゃんにだけ笑顔を見せるあなたを見ていては、沙紀ちゃんは安心して甘えるなんて、出来なかったのではないかと。だから、ずっと『御剣颯太が理想とする、大人しい妹』を演じてきた。
 美樹さんの事にしても、彼女なりのワガママなんじゃないかと思います」
「……………買い被り過ぎですよ。俺は、殆ど何にも、変わっちゃ居ない。ただの、人殺しです」
「自分を『人殺し』と言うようになったのも、最近ですね?」
「……………」

 痛い所をつかれまくり、俺は黙る。

「だからこそ、颯太さん。自分の命を粗末には扱わないでください。
 あなたは時々……自分の命を賭ける事と、命を投げ捨てる事を混同してる節があります。あなたも言うような『スッて悔いのない博打』ならば、それも仕方ないのかもしれません。
 ですが……沙紀ちゃんは、颯太さん。あなたの背中を見て、育っているんですよ?」
「……俺、あんな悪辣じゃないんだけどなー。
 もっとこう、優しくてまじめでイイ子に育ってほしかったのに、どこで育て方間違えたんだろ」
「それは颯太さんの幻想ですね♪
 今の沙紀さんを、ありのまま見てあげる事です。……でないと、美樹さんのような事になってしまいますよ?」
「! ……肝に銘じときます」

 そうだ。
 俺と沙紀の関係は、美樹さやかと上条さんなんかとは、比べ物にならないくらい『近過ぎる』のだ。
 ……知らず、俺は沙紀との『境界』を曖昧にしてしまっていたのだな。……くそ!

「ありがとうございます、巴さん。
 理屈じゃ分かっちゃいても、実際にはやっぱり、そう割り切れるもんじゃないですね……他人との『境界』なんて、誰かから言われないと分からないものだな」
「そういう事です」
「……帰ったら、少し沙紀に優しくしてやるか。それじゃ次に……あっ!!」

 肝心な事を思い出し、俺は絶句した。
 ……参ったな、チクショウ。何で忘れてたんだ、俺は?

「と、巴さん……この二人乗りでの巡回方法、ダメだわ」
「え、何故?」
「……道交法でね。自動二輪は免許取ってから一年経たないと、後ろに人は乗せちゃいけないんですよ」
「え!?」
「肝心過ぎる事、忘れてたわ! あああああ、俺の馬鹿っ!! バイク乗りなら当たり前に知って無きゃいけない事なのに」

 きっと、追いつめられ過ぎてパニックになってしまった事が敗因だろう。バカバカバカバカ、俺の馬鹿っ!!

「ど、どうしましょう?」
「あー、こういう道交法違反ってのは、原則、現行犯が前提だから、今夜の事は黙ってる事にして。この方法での魔女狩りは、暫く諦めて、別な手を考えましょう。
 とりあえず、夜も遅いし、警察に捕まる前に、今夜は撤収しません?」
「そ、そうですね……じゃあ、えっと……一年後、また後ろに乗せてもらえます?」
「一年? そしたら、巴さん、自前でバイク買ったほうがいいですよ?」

 何しろ、十六歳になっちまえば、原付でも何でも運転免許は取れるのである。彼女程の技量があるのならば、一人で狩りに回ったほうが早い。

「いっ、いえ、そっ、その……免許とか、バイクとか、買うお金が……」
「あっ、そっか!!」

 考えてもみれば。彼女だって、独り暮らしなのだ。
 むしろ、経済的に狂ったほど余裕のある、我が御剣家のほうがオカしいのである。 

「分かりました。一年後、このシートの後ろに、って事で」
「はい。約束してくださいね、颯太さん」

 何故かにっこりと笑う巴マミの笑顔に、眩しさを感じながら。
 とりあえず、その日の『狩り』は、ここでお開きになった。



[27923] 第三十二話:「だから、地獄に落ちる馬鹿な俺の行動を……せめて、天国で笑ってください」
Name: 闇憑◆27c607b4 ID:cb2385d9
Date: 2011/06/26 08:41
『佐倉杏子の説得に成功したわ』

 翌朝。
 早めの時間に朝食を採ってる時にケータイにかかってきた、無遠慮なコールの第一声に、俺は溜息をついて、気を取り直しこたえる。

「ご苦労さん。上首尾じゃねぇか?」
『ええ。でも、極力彼女は、あなたと接触したくないみたい。重要な作戦会議と決戦の時以外は、顔を出す事は無いわ』
「ン、そのほーが賢明だね。俺としても精神衛生上、そのほーがありがてぇワ」
『そうね。私も、あなたたちの暴発に、無駄に気を揉まなくて済むわ』

 皮肉るような口調に、流石にカチンと来る。

「……なんだヨ。そこまで酷いか、俺?」
『ええ。少なくとも私は、あの一件まで、残酷ではあっても陽気で度胸もあり、理知的な行動が出来る冷静な人物と、あなたを評価していたわ。
 なのに、あなたは佐倉杏子絡みだと、途端に理性を無くして感情任せの突拍子もない行動に出る。あなたが入院したと知った時は、本当に焦ったわ』
「悪かったな。誤解させて。っつーか、最初に言ってただろうが? ただの復讐心で動いてるチンピラの小悪党だって」
『そのチンピラの小悪党に振りまわされる、私の立場は?』
「ご愁傷様。鹿目まどかちゃんのために、がーんばーってねー♪ ヒャッハー♪」

 買い込んだパンを、牛乳で飲み下しながら、完全に他人事の口調で空っとぼける。

『……………本当に、あなたは喰えないわ』

 ブツッ!! つーっ、つーっ、つーっ……

「へっ、ざまー見さらせ、ケッケッケッケッケ♪」
「……お兄ちゃん? 暁美ほむらさんから?」
「おうよ。ま、アイツはアイツで苦労してやがっかンな……決戦前に栗鹿子でも作って、持ってってやるか。
 ……それより沙紀。唐突で悪いが、今晩から海外に、武器と弾薬の調達の『買い物』に行く。帰りは明後日だ。飯食ったら用意だけはしておけ」
「うん、わかった!」

 明日は土曜日と日曜日である。授業も半ドンで休みを取る分には問題ない。
 ……一応、保護観察者への書類の提出とか、理由はくっつけておく必要があるが。

「……ああ、一応、連絡だけはしておかにゃいかんな」

 そう呟くと、俺は再度、暁美ほむらにコールを押す。

『……何の用?』
「武器と弾薬の買いだしの件だ。
 放課後、速攻で沙紀と合流後、電車に乗って都内まで出て、成田からの深夜便で東南アジアのブラックマーケットに向けて出立すっからヨ。明後日の日曜日、夕方には見滝原に帰る予定だ。
 一応、この間あった時に買いだしリストは受け取って、注文も出してあるが……追加のアイテムは無ぇか? 緊急で確保できる保障は無いが、買えそうなら買ってきてやる」
『……特には無いわ。
 けど、もしあなたが気になったモノがあったのなら、見繕ってお願い』
「お任せかよ、おい」

 意外な言葉に、俺は戸惑う。

『少なくとも、対魔女、対ワルプルギスの夜に関しての兵器の知識は、あなたのほうが上だと思っているわ』
「闘ってる回数はお前のほうが上だろうが? その買い被りの根拠は?」
『あなたの武器庫。自衛隊や米軍の装備では、見た事も無い武装が幾つも並んでいた。中には、どう扱えばいいのか分からないモノも。あれらを駆使して魔女や魔法少女と戦い抜いてきた、あなたの『戦闘知識』を信じるわ』
「……なる、ほど。オーライ。とりあえず、お前、RPG-7は……持ってるワケ無ぇか。
 あれ米軍も自衛隊も装備して無いし」
『何本か持ってるわ、それが?』
「おいおい、どこから仕入れたんだよ? ヤクザとか過激派のアジトからパクったのか? ……まあいい、そのへんはどうでもいいよ。ヤクザの武器なんて、どーせロクな使い方されないしな。それは返せとは言わねーって。
 だから、とりあえず追加の発射筒を幾つか。それと、PG-7VR弾頭と、対使い魔のためにTBG-7V弾頭を買いこんでく予定だ。俺の分も含めてな」
『?』
「あー……それぞれ、爆発反応装甲(ERA)をぶち抜くために開発されたタンデム弾頭と、熱圧式で着弾してから広範囲に被害をもたらすサーモバリック弾頭だ。
 タンデム弾頭のほうは対ワルプルギスの夜用だ。
 俺が以前戦った時、通常のHEAT弾頭単発じゃ屁でも無かったから、単発の貫通力と破壊力を上げる。装甲貫通力は、通常弾頭の倍以上。……それでも気休めにしかならんかもだがな。
 サーモバリック弾頭のほうは、着弾したら広範囲に爆風と爆圧を撒き散らすモノだと思ってくれ。主に使い道は使い魔の排除だ。……接近戦型の佐倉杏子を巻き込むなよ?
 それぞれ、普通のRPGの弾頭と形状が全然違うから、現物見れば憶えやすいと思う。使い方は一緒だしな」
『……了解したわ。そのへんも含めて、今回の買いだしの武装のチョイスは、あなたに一任するわ』
「あい、よ。可能な限り善処するぜぇー、ほーむたん♪ ケッケッケッケッケ♪」

 ぶつっ、と一方的にからかい、電話を切る。……ざまぁ♪
 さて、と。

「……ごほん!!」

 沙紀から聞いた、ケータイの番号をプッシュ。

『もしもし?』
「あ、もしもし。朝早く失礼します。巴さん、ですよね?」
『え、颯太さん?』
「昨日はどうも。俺の迂闊でした、申し訳ない」
『いっ、いえ、こちらこそ素人考えで。……それで、どんな御用でしょうか?』
「えっとですね、今日の夕方から明後日の夕方まで、俺と沙紀は見滝原を出て都心から成田経由で、海外にワルプルギスの夜を倒すための武器弾薬の調達に行く予定なんです。
 それのご報告をと思いまして……申し訳ない。この所のドタバタで、報告を忘れてまして」
『あ、いえ……お気になさらず。
 そうですもんね、颯太さん、どこであんな武器を手に入れてるのかと思いました』
「あははは、安心してください。どっかの誰かさんみたいに、自衛隊や米軍基地からパクってるワケじゃありませんから♪
 外国とはいえ、ちゃんとお金出して買ってますから、安心してください。
 ……やってる事は、密輸なんですけどね。泥棒して、誰かが盗まれた責任取らされてクビが飛ぶよりは、と思いまして」

 ははははは、と虚ろな笑いを浮かべてみる。
 と、

『あ、あの……颯太さんて、実は大金持ちだとか?』
「姉さんの『祈り』が『大金』だったんですよ。昨日話した通り、家の事情を解決するために……ね」
『っ……すいません』
「いえいえ、お気になさらず。
 そういうワケで、申し訳ありませんが、俺の縄張りとか、迂闊に踏み込んだ馬鹿共の面倒、引き続きお願いしたく。あと、できれば馬鹿弟子にもお伝えください」
『あ、はい、承りました』
「はい、では失礼します」

 ぶつっ、と電話を切る。

「……ふぅ」

 知らずに何故か、緊張して汗が出てた。……何なんだろうな。
 と、

「……………」
「なんだよ、沙紀?」
「別に。それより、昨日、『巴さん』と、どうだったの?」
「……何だよ。妙に絡むじゃねぇか、沙紀? 『マミお姉ちゃん』とは、何も無かったよ」
「ほんとに?」
「ああ、ホントだよ。っていうか……お前にヘルメット買って、ほこり被ってる理由、忘れてたよ」

 いや、ホントに。……何でだろうなぁ?

「あー……そっかー。バイク買ってから、結構浮かれてたもんね、お兄ちゃん」
「……何が言いたい?」
「べっつにー♪」
「忘れてたダケだっつの! その証拠に、途中で警察に捕まる前に、狩りを切り上げて来たわっ! お前のマミお姉ちゃんに聞いてみろ!」
「はーいはーい♪」
「っ……とっとと飯食って、買いだしの支度しやがれっ!!」

 ガンッ!! とテーブルを叩いて、俺は沙紀を怒鳴り付けた。



 見滝原から、新幹線を使い上野まで。そこから、成田エクスプレスで空港に向かう途中。
 俺と沙紀は上野駅を降りて、少々寄り道をした。
 上野近辺は鴬谷にかけて、寛永寺を筆頭に、無数の小さな寺や墓所が存在している。
 その駅からほど近い、小さな寺が管理する墓所の一角に、御剣家代々の墓があった。
 ……そう、元々ウチの家は、東京都内でも下町出身の江戸っ子の家系で、父さんの仕事の都合で、俺が小学校3年の頃に見滝原に引っ越したのだ。(だから、ウチのお盆は『早盆で七月』だったり。世間じゃ『八月にお盆』と言われても、ぴんと来なかったんだよなぁ)。

「父さん、母さん……沙紀も、こんなに大きくなりました。
 姉さんや俺は、そっちに行けないかもしれないけど、何とか頑張ってます」

 夕暮れを通り越して、夜になりかける時間。
 かつて、『姉さんだった』グリーフシードを、墓石の前に線香と共に置きながら、俺と沙紀は手を合わせる。

 今でも、思い出す。あの時の狂った父さんと母さんの顔……それでもなお、俺を育ててくれた恩は、忘れては居ない。
 忘れられる、わけがない。だって……家族なんだから。

「だから、地獄に落ちる馬鹿な俺の行動を……せめて、天国で笑ってください。それで、あの時の事とは、おあいこです。
 ごめんなさい……それじゃ、行ってきます! 父さん、母さん!
 ……行くぞ、沙紀!」
「うん!」

 力強くうなずく沙紀に、眩しさを感じながら……俺は、その逞しさに『己の全てを精算できる』時が近い事を感じつつ、上野駅へと引き返し、成田エクスプレスへと二人で飛び乗った。



[27923] 幕間:「~ミッドナイト・ティー・パーティ~ 御剣沙紀の三度の博打」
Name: 闇憑◆27c607b4 ID:cb2385d9
Date: 2011/06/26 23:06
 深夜。
 二階で寝てる、お兄ちゃんの寝息と、悪夢にうなされるいつもの寝言を聞きながら、私……御剣沙紀は、布団から起き上がった。

(……ごめんね、お兄ちゃん)

 私は、忍び足で玄関の靴を取ってくると、ベランダの扉の鍵を静かに開け、魔法少女の姿に変身し、外に飛び出した。
 一歩間違えれば。
 私は冗談では無く、裏切りとしてお兄ちゃんに殺されるだろう。
 もしくは、マミお姉ちゃん、美樹さんに裏切られれば。あるいは、目標地点のマミお姉ちゃんの家に辿り着く途中で、魔女なり、他の魔法少女に不意を打たれれば、それまでだ。
 
 だが、行かねばならない。
 行って、全てを説明して、協力してもらわねば『お兄ちゃんを、死の希望から救う』なんて、出来はしない。

 そう、これは博打。『魔法少女』たる御剣沙紀が、例え命をスッてしまったとしても張らねばならない博打。

 『魔法少年(つかわれる者)を使う魔法少女(つかう者)は、魔法少年(つかわれる者)より先に、死ぬ覚悟を持たねばならない』

 かつて、お姉ちゃん……御剣冴子に、そう教わった、魔法少年を使う上での、魔法少女の心得。
 それが魔法少年……お兄ちゃんを使いながら、共に生き永らえ続けた上での、私の覚悟。
 だからこそ、私は絶対に、お兄ちゃんを救わねばならない……例え、お兄ちゃんに裏切りと謗られて殺される事になったとしても、私は、お兄ちゃんの『死』という間違った希望から、お兄ちゃんを救わねばならないのだ。
 でなければ、魔法少女として私が生きる意味も、生きてきた意味も、無くなってしまう!
 だって……たった一人、この世に残された『人間』の家族なんだから。



『表情を変えないで。特にお兄ちゃんに悟られないで』

 上条さんの病室で。
 私は『美樹さんを弟子にして』宣言でショックを受けてパニックになり、呆然としてるお兄ちゃんに気付かれないよう、マミお姉ちゃんと美樹さんにテレパシーを送る。
 この状態なら、魔法少女の内緒話を、お兄ちゃんに聞かれる心配は、無い。

『『魔法少女だけ』の、大事な話があります……今夜、どこか、三人で落ちあえる場所、ありませんか?』
『……沙紀ちゃん?』
『顔色を変えないで、マミお姉ちゃん! 特に、お兄ちゃんに感づかれたら終わりよ! 今のお兄ちゃんは放心状態だけど、それでも、こういう所は凄く鋭いんだから!』
『分かりました。では、夜、私の家に。
 でも……大丈夫ですか? 私が迎えに』
『ダメ! お兄ちゃんには、絶対気付かれちゃいけない話だから!
 何とか私が、夜、家から抜け出して、マミお姉ちゃんの家に行きます!』
『危険です! あなたは戦えないんですよ!』
『百も承知! それでもやらなきゃいけない事なの!
 ……お兄ちゃんが寝た隙を見計らって、家を出る。睡眠剤とか精神安定剤とか飲んで寝てるから、多分、大丈夫……だと、思う』
『思う?』
『薬を飲んで寝てても、他の魔法少女の『殺気』とか『気配』に気付いて、起きちゃうみたいなの。
 魔法少女の夜襲受けた時に、私が寝てる間に私のソウルジェム使って『戦闘』したりとかもあったみたい。だから『迎えに』とかは、本当に危ないから来ないで』
『うわ……本当に達人なんだ、師匠。ねぇねぇ』
『以上、通信終わり!』

 余計な話に発展する前に、私はテレパシーを打ち切る。
 美樹さんとのおしゃべりは、私が今夜打つ『最初の賭け』に勝つまで、封印だ。
 もっとも……その『最初の賭け』すらが、五分五分なのだが。



「じゃあ、ね」
「おう、また、な……」

 見滝原総合病院からお兄ちゃんと二人で出た時は、もう夜中に近かった。
 私の苦し紛れの言葉にショックを受けたのか、本当に『どうしてこうなった』という表情で、ふらふらと歩くお兄ちゃん。

 ……無理も無い。

 というか、私のほうが、今度の事はショックだった。
 最初は、お兄ちゃんの言うとおり、美樹さんを説得するための方便なのかと思っていたが、お兄ちゃんはあの時、本気で涙を流していた。
 思えば、お兄ちゃんは必要な嘘はつくけど、無意味な嘘はつかない人だ。さらに、苦し紛れに吐いた私の無茶苦茶な提案を、目を白黒させながらも、無理矢理泥を飲むように飲みこんだ事で、それは確信に変わる。

 ……お兄ちゃんは『お兄ちゃんが気付いた方法で』私が闘えるようになったら、本当に死ぬつもりなのだ。

 そして、それを吹き込んだのは、お兄ちゃんの言葉にもあった、あの時間遡行者。

 ……暁美ほむら……あなた、本当に余計な事をしてくれた!!
 無論、私も、このままではいけないとは、分かってはいた。けど、だからと言って、精神的に追いつめられてるお兄ちゃんに用意した『希望』としては最悪だ! あんた、私のお兄ちゃんに、なんて事をしてくれたの!!

 ……OK、この場に居ない魔法少女に愚痴っても仕方ない。
 むしろ、このピンチは、積極的にチャンスに換えるべきだ。幸い、状況が以前とは違う!
 何より、『死』という絶望と、『復讐』という妄執に向かってとはいえ、お兄ちゃん自身が『自分のために』積極的な活動に出てる事そのものが、私にとっては凄く稀有な状況なのだ。

 ……だが、私はそのために、今晩、幾つの鋼の命を用意して、BETし続けねばならないのだろうか?
 気が遠くなる。
 闘う事が出来ない、我が身が恨めしい。
 だが、泣き言を言ってなど、いられない。
 私が成し得る技能と知識と魂、全てを動員して、私はこの『賭け』に挑まねばならないのだ。
 何故なら私は……『魔法少年』御剣颯太の妹であり、『魔法少女』でもある御剣沙紀だからだ!!



「っ……はっ、はっ……」

 身体強化の能力をもってしても、私はか弱い。
 限界まで鍛え抜いた人間で、生身のお兄ちゃんに、殴り合いのケンカで負けてしまうくらいだ。

「あと、少し……」

 時刻は、もうすぐ深夜0時。魔女や魔法少女が跳梁する時間。
 さて、ここまで来て。
 目の前に、二本の道。片方は遠回りだが、マミお姉ちゃんの縄張りの中を通る、安全な道。
 もうひとつは、佐倉杏子とマミお姉ちゃんの『緩衝帯』になっている場所。最速最短で、マミお姉ちゃんの所に行ける。
 どちらを選ぶかって? 当然、今の私には『是非も無し』!!
 そう決心して、最短ルートの選ぶ。
 だが、閉店間際のゲームセンターの前を通り過ぎようとし……私はそこで、ゲームセンターから出てきた『最悪』と遭遇してしまった。

『っ!!!!!』

 顔をあわせ、お互いに絶句する。
 佐倉杏子。なんて……こと。

「きっ、奇遇ね……」

 OK、落ち着け私。まだ慌てるような時間じゃ無い。
 人気の多い通りで、ドンパチやるほど彼女も非常識ではあるまい。

「……何やってんだ、お前。こんな人通りの多い場所で『そんな格好』で?」
「へ? ……っ!!」

 今更ながらに……私は『魔法少女の格好のまま人気のある路上を突っ走り続けてた』事に気付き、真っ赤になった。
 だっ……だが、引かぬ、媚びぬ、省みぬ!! 私は御剣沙紀だ、バカヤロー!! お兄ちゃんの温もりのためなら、この身朽ち果てても構わぬわっ!!

「いっ、行かなきゃいけない所が、あるのよ!」
「こんな時間に、その格好で、か?」
「そうよ、悪い!?」

 真剣な目で、睨みつける。もうそれしか出来ない。
 足が震える。手が震える。それでも、目線だけは外すわけにはいかない。
 『喧嘩の基本にして極意』として、お兄ちゃんからガンのつけかたは教わってるのだ! ……やると、みんな可愛いって笑うけど。

「どこだよ?」
「あんたには関係ない!」
「……そうかよ」

 そう言うと、彼女は口にしていたクレープを、私に差しだした。

「喰うかい?」



「……ここらへんで、いいな?」

 結局。マミお姉ちゃんの家の近くまで、佐倉杏子は送ってくれた。

「とりあえず。ありがとう、って言っておく。
 でも、どういう風の吹きまわし?」
「……別に……あたしの敵は、御剣颯太で、あんたじゃない」
「お兄ちゃんの敵ならば、私はあなたの敵だよ?」
「……なんだ、今、ここでやるつもりか?」
「っ!! ……………」

 お互いに睨みつける。そんな中、目をそらしたのは……意外にも、佐倉杏子のほうだった。

「何にピリピリしてんのか知らないけど、無駄に命を捨てるのと、必要があって命を張るのとは違うよ。
 ……そんな事も、あんたのお兄ちゃんは教えてくんなかったのかい? 無茶もほどほどにしな、ガキ」
「……忠告、感謝するわ」

 そうだ、冷静に。冷静にならないと。交渉の鉄則は『くーる・あず・きゅーく』ってお兄ちゃん言ってた。
 ……どんな単語の綴りかは知らないけど。

「別に、あたしは……あんたら兄妹に、感謝なんてされる筋は、無いんだよ……」

 それだけ言うと、佐倉杏子は何もせず、黙って立ち去って行った。



「ごめんなさい、遅くなっちゃった!!」
「いえ、お待ちしていましたわ」

 マミお姉ちゃんが、紅茶とケーキで迎えてくれる。

 と、

「沙紀ちゃん。いえ、御剣沙紀師匠。さっきは、ありがとうございました!」

 深々と頭を下げる美樹さんに、私は手を横に振った。

「ううん、感謝なんてするいわれは無いの。むしろ、私の方が美樹さんを利用しちゃったんだから」
「……ほへ?」
「お兄ちゃんが、本気かどうかの確認。
 ……美樹さんも、聞いたでしょ? お兄ちゃんが『死ねるかもしれない』って言葉」
「え? あれって、私を説得するための、方便じゃ無かったの?」

 ……はぁ……

「あのさ、美樹さん。
 もしあの言葉が、全部が全部、方便だとしたら、私の説得程度で、『あのお兄ちゃんが』美樹さんの入門を許可……というか、破門を解いたりすると思う?」
『……………!!!!!』
「お兄ちゃんはね、必要な嘘ならいくらでもつくけど。だからこそ『必要のない嘘はつかない人』だよ?」
「じゃあ、あの説得は……」
「ほとんど、本気で本音だと思う。少なくとも私はそう感じた。
 それにお兄ちゃん、美樹さんの事を『感だけは鋭くて論理通り越して嘘を見抜いてくる、やりにくい馬鹿』って言ってたから、極力嘘は混ぜてないと思う。
 ……だから、美樹さんの一件で最終確認したの。お兄ちゃんは……『私に戦い方を教えたら死ぬつもりだ』って」
「そんな!!」

 いきり立つ、美樹さんを、私は片手で制する。

「本当に……追いつめられてるのか、師匠は」
「お兄ちゃん、人前では、どんな辛くてもあの馬鹿笑いしかしない人だし。泣きだすなんて、よっぽどの事だよ
 私だって……お兄ちゃんが泣いてるのなんて、殆ど見た事が無いし」
「っ……何とか、ならないのかよ!」

 拳を叩きつける美樹さんに、私は冷静に告げる。

「……昔、私が魔女の真実を知って、自棄になってた時、お兄ちゃん、言ってた。
 『俺はお前の魔法少年だ。 タラワだろうがアラモだろうが、守ってやる自信はある!
 でもな、くたばりたくてたまらねぇ奴は、どんなにしたって守りようがネェんだよ、このアンポンタン!!』って……襟首掴まれて大激怒されたの。
 ……悲しいけど。今のお兄ちゃんは、その時の私とは、全く逆の立場に陥っちゃってる。
 そして……私じゃお兄ちゃんを救えない。せいぜい、お兄ちゃんの修行を不真面目に聞いて、ダラダラと時間を稼ぐくらい」

 と。

「沙紀さん。その……言い方は悪いのですけど。
 『あの』颯太さんが、生きる事すら辛いって言っている以上、私たちには、もう、どうしようも無いのではありませんか?」

 マミお姉ちゃんの言葉に、私は溜息をついた。

「……分かって無い。マミお姉ちゃんも、全くもってお兄ちゃんを分かって無い!
 お兄ちゃんは、超人でもスーパーマンでも魔法少女でもない! 本質的には『ただの高校一年生の男の子』なんだよ!?
 だからこそ、背負いこんだ殺人の罪に苦しむのは当たり前だし、それに潰されようとしているのも普通の事!
 そこで重要なのは……それでも『誰かと共に生きたい』って、お兄ちゃん自身に望ませる事!」
「『誰か?』ですか……しかし、彼程の人を支え得る人なんて、それこそ沙紀さんくらいしか」

 はぁ……

「いい、お兄ちゃんが周囲の大人を馬鹿にして、私と二人で暮らしているのは、なまじ『何でも出来ちゃう』からなの。究極の実力主義者と言ってもいいくらい、お兄ちゃんは『実績と実力と行動だけ』でしか、他人を判断しない。
 大人が年齢『ダケ』を傘に着た、上から目線の忠告なんてのは最悪だし、まして、口先で『何かを成した』なら兎も角、口先だけの人間は、どんな老人や政治家だろうが絶っっっっっ対に信用しない。
 ……時々、お兄ちゃんに『社会ではどーだ』なんて言う大人がいても、そもそも『社会』なんて人間が集団で生活してる『世界』は、世の中無数に存在するんだから、忠告してる人間と受ける側の『社会』がズレてたら全く意味が無いのに、それを棚に上げて自分目線で『世間を知りなさい』なんて偉そうに言ったって、子供で、まして魔法少女の世界に首突っ込んでるお兄ちゃんに、通じるワケが無い。
 だからこそ、お兄ちゃんは『バイオリンの実力を示した』上条さんを『男』と認めて、敬意をもって友人として付き合いたい、って接してきたの。……少なくとも、お兄ちゃんがバイオリンを弾いたとしても、上条さん以上のバイオリン奏者には成り得ないからよ」

「うへぇ……つまり、恭介並みで、かつ、あの万能人間とジャンルが被らない達人じゃないと、忠告を聞き入れて救う事は、無理って事か?」

「基本、そう。
 しかも、庇護対象になっちゃったら最後、それは『下』の意見としか受け取らない。ある程度はワガママの形で聞いてはくれても、最終的な意思決定に影響は及ぼす事は無い。
 だから、私は無理だし、美樹さんも弟子志願で論外。暁美ほむらは、そもそもこの状況を作った元凶。生活のためでも魔法の力で悪さを繰り返すような佐倉杏子は、お兄ちゃんの目線からすれば超論外。
 お兄ちゃんに信用される、実績と実力、そして行動力の持ち主。……マミお姉ちゃん。私の知る限り、お兄ちゃんを救えるのは、あなたしかいないの!」
「わっ、私が!? 颯太さんを?」
「お兄ちゃん本人が言ってたでしょ? 病院で!
 誰かを守る『正義の味方』に挫折して、魔法少女殺しに手を染め続けたお兄ちゃんだからこそ、『正義の味方』を貫き続けてる、マミお姉ちゃんが眩しいんだ、って!
 ……おねがい! 滅茶苦茶なのは百も承知! 筋が通らないのは分かってる!
 だけど、マミお姉ちゃん、お兄ちゃんを救って欲しいの! お願い!!」

 そう言って、私はマミお姉ちゃんに、土下座した。

「っ……分かりました。出来るかどうかは分からないけど、頑張ってみるわ、沙紀ちゃん」
「本当!? ありがとう!!」

 言うと思った。言ってくれると思った。
 だが……『私の二番目の賭け』は、ここからが本番なのだ。

「それと……ごめんね。
 私、今、マミお姉ちゃんを、『御剣詐欺』にかけた」
「え?」
「まず、お兄ちゃんを救う上で重要なのは。『颯太お兄ちゃんに、絶対に恋しちゃだめ』って事」
『……は?』

 首をかしげる二人に、私は『お兄ちゃんの知らない、お兄ちゃんの罪』を話す。

「昔、ね……私が、別の魔法少女たちのグループに、何度か所属していたのは、知ってる?」
「え、ええ。そこで、酷い目に遭ったって」
「そう。その原因はね……実は、お兄ちゃんにも、あったの」

『へ?』

「お兄ちゃん、背が高いし、顔もそこそこイイし。真面目で優しいし、陽気じゃない?
 料理も上手で、和菓子作りが得意で、それでいてナンパじゃなくて一途だし」
「……ま、まあ」
「殺し屋、って実態知らなければ、確かに……ガラは悪いけど」
「ガラが悪いのは、あれは、魔法少女に対しての威嚇のポーズだよ。特に警戒してる相手にはね。普段はとっても大人しいし優しいんだよ?
 お兄ちゃんは、私の能力『だけ』が原因って思ってるみたいだけど……実際は、お兄ちゃん自身をめぐってのトラブルも、結構あったの。中には、本気で惚れこんじゃった子も居てね……その子が一番、私に辛く当たってた」
『!?』
「そして、そんな風に、私が苛められてる事を知ったお兄ちゃんが、何度忠告しても、そのたびに問題は抉れていって……結局、そのグループの魔法少女全員を、お兄ちゃんは手にかけざるを、得なくなっちゃったの。
 中には、殺される直前に愛の告白をした子も居たんだけど、お兄ちゃんは『ただのその場しのぎの命乞い』としか、受け取らなかった。それくらい、私自身が酷い事になっちゃって。
 ……思えば、あの時から、お兄ちゃんは、本格的に壊れ始めていたんだと思う。
 『魔女の釜』を開発したのも、その頃だったから……あとはもう、刺客として送られてくる『正義の味方』も加わってグチャクチャ。『暗殺魔法少女伝説』の完成だよ」
「そんな……」
「この話。絶対お兄ちゃんにしないで! そんな事を知ったら、ますます自分で自分を追いつめちゃうから!」

 こくこく、と二人とも頷く。
 特に、美樹さんは真剣だ。

「あたし、今なら分かるわ……物凄く。その師匠に殺された魔法少女たちの気持ちが」
「恋は盲目……ですか」

 溜息を突く、マミお姉ちゃん。

「一応、マミお姉ちゃんは、私と友人だからって事で、御剣家の敷居を跨がせているけど。
 それが無くなったら、お兄ちゃんの行動は容赦が無くなると思って」
「分かりました。でも、それだけじゃないですわよね?」
「勿論。
 次に、お兄ちゃんを救うために関わり合うって事は、『お兄ちゃんが認める対等、もしくは上の関係』って事。
 これが、マミお姉ちゃんを選んだ、もうひとつの理由」

 私の言葉に、マミお姉ちゃんが首をかしげる。

「つまり……縄張りを保護下に置いてる、今の状況が、最適って事ですか?」
「うん、でも、もうひと押し。
 颯太お兄ちゃんとマミお姉ちゃんの協力関係……理想を言うなら、利害を一致させて、お互いを認め合って、背中を預け合う仲になって欲しいの。
 慣れ合いじゃない、信頼と信用、って意味で『助け合う』関係じゃないとダメ。美樹さんは痛感してるかもだけど、決して『救ってあげる』とか『救いたい』って一方的な関係じゃ、お兄ちゃんはその手を絶対に払っちゃう」

 と……

「なんか、物凄く思い当たるというかさ……ひょっとして、あたしが恭介に振られたのって、師匠のせい?」
「どうかな? 上条さんはお兄ちゃんが認めた人だもん。
 お兄ちゃんとどっか似た性質があったとしたって、おかしくないよ?」
「うーん……釈然としないけど、まあ、分かる気がする。確かに、一方的に助けられるって、癪だもんね」

 そう言って、美樹さんは納得してくれた。

「それでね、お兄ちゃんが『魔法少年』をやるにあたって、私に誓った言葉を教えてあげる。
 『魔法少年が信頼する魔法少女に信頼されている限り、その魔法少年は決して魔法少女を裏切らない。
 魔法少女を傷つけてでも魔法少女の命を救い、魔法少女を欺いてでも魔法少女の心を救う。あらゆる手を尽くし、己の命を度外視して』
 そして、現時点で、私以外で颯太お兄ちゃんの『信頼』を、今、一番得ているのは……マミお姉ちゃんが、今のところトップよ」

 ちなみに、最下位は、勿論、ブッチギリで佐倉杏子。
 ……まあ、それは仕方ないだろう。彼女の日ごろの行動が行動だ。

「……なる、ほど。
 つまり、颯太さんが魔法少年で在る限り、魔法少女との約束は破る事はない、という意味ですわね?」
「お兄ちゃんに信頼されていれば、って条件がつくけどね。
 ……言っておくけど『裏切られた』とお兄ちゃんが認識した時の行動は……妹の私でも、背筋が凍ってソウルジェムが濁るような、凄まじいモノだよ。
 勿論、一度、本格的な信用を得たら、そう簡単には見限らない甘さもあるけど」
「なる、ほど……」

 と、美樹さんが、おずおずと手を上げた。

「あの、さ。一つ、疑問に思ったんだけど、いいかな?」
「何?」
「師匠を救えるのが、マミさんだとして。
 逆にさ? マミさんに師匠が惚れちゃったら、どうなるのかな?」
「……………へ?」

 想像だにして無かった質問に、私は目が点になった。

「……美樹さん、もう一度。りぴーと・わんすもあ」
「だからさ、マミさんに師匠が惚れちゃったら? あの時は言葉の綾だ、って言ってたけど。
 可能性としては、低いもんじゃないんじゃない?」
「その場合は……その場合は……どうなるんだろう? っていうか、どうなっちゃうんだろう?」

 少なくとも。
 恋愛沙汰にウツツを抜かすお兄ちゃんの姿なんぞ、銀河の彼方の出来事としか思えない。
 あの朴念仁のお兄ちゃんが、家族以外の誰かに恋愛するなんて、考えてもいなかった。

「本気で分かんない……考えてもいなかったし、想像の銀河の外だった。
 っていうか……『男の人』って、どうやったら女の人を好きになるんだろう?」
「いや『どうやって好きになるか』じゃなくて。『好きになったらどうなるか』って意味なんだけど」
「……えっと、えっと……もしかしたら、なんだけど。
 うっかりすると、魔法少年、やめてくれるかもしれない」

 私の言葉に、二人が『は?』って顔になる。

「お兄ちゃんが、魔法少年やるに当たって、『正心』ってのを掲げてるんだけど。
 その中の禁止事項に、酒と、欲、色……つまり、色恋沙汰は禁止っていう部分かあるのね。
 それを自分から破っちゃうわけだから……」
「そっか、自分の中のルールを破る、って事は」
「うん。でも、可能性の問題だし、本気でどうなるかなんて分かんない。
 ……もしかしたら、マミお姉ちゃんの魔法少年になっちゃうかもしれない。本当にごめん、分かんないとしか、答えようがない。
 というか、そんなお兄ちゃん、想像の外だった」

 と、私の言葉に、美樹さんとマミお姉ちゃんが、笑いだす。

「……何?」
「なんかさ、沙紀ちゃん。今、『お兄ちゃん取られちゃうー!!』って顔してたよ?」
「そうですわね」
「!!!!!」

 指摘されて。ようやっと分かってしまった。

「……わ、私、ブラコンだったのかな?」
『何をいまさら』
「うっ、嘘だーっ!! だってお兄ちゃん、最近足臭いし、ごろごろしてる時だらしないし、ピーマン山盛りとかやるし、拳骨いっぱい降らせるし、最近はオシオキにプロレス技とか使って来るんだよ!?」
「その全部含めて『お兄ちゃん大好き』って言ってるように聞こえますけど?」
「そっ、そんな……」

 否定したい。だが、否定できない自分が居る。

「わ、私がブラコンだったなんて……そんな、馬鹿な……」
「そもそもさー、ブラコンじゃなければ、『お兄ちゃん助けて』なんて、マミさんに頼むわけないと思うんだけど?」

 愕然とする私に、美樹さんまでが追い打ちをかけてくる。
 もう私は、その場にがっくりと膝を突いて、カーペットを見るしか無かった。

「つまり、ブラコン妹を適度にあしらいつつ? 師匠……お兄ちゃんと良好な協力関係を保ち? かつ、師匠を死の願望から救える人物?
 マミさんしかいないじゃない、やっぱり」
「……大任ね。私に務まるかしら?」

 と、アッサリと美樹さんが答える。

「案外、普通に勤まりそうだと思うんだけど、マミさん。以前、師匠の武器庫漁った時の、エッチな本とか見たでしょ?」
「えっ!? あれ?」
「うん。外見は、負けてないし。あとは、蒼いカラーコンタクトでもつけて、そのおっぱい強調して迫ってみたら?」
『美樹さん!!!』

 思わず、私はマミお姉ちゃんと一緒に、叫んでしまった。

「っ……ははははは、ほらね?
 『お兄ちゃんキャラ』をターゲットにする上での、最大の障害である『ブラコン妹』が、既にこっち側の味方なんだよ? というか、カモが葱背負ってやってきたみたいなモンじゃない。
 あとは、いかに師匠を攻略するか、って所じゃないの?」
『っ!!』

 美樹さんの指摘は、なんというか……岡目八目と言うべきか。
 流石、恋愛がらみで魔法少女になった末に、魔女化の真実を知ってなお、魔法少女な人の言う事は、違う!

「そうか……それしか、お兄ちゃんを救う手が無いのなら。
 マミお姉ちゃん、改めて、よろしくお願いします! 私も、サポートしますから! お兄ちゃんに好きなだけ、色仕掛けしてアタックしてあげてください!」
「はっ、はい……」

 こうして……私は『二つ目の賭け』に勝った事を、悟った。



「さて、と……問題は、ここから、私が『どんな理由をつけて』どうやって帰るか、ね」
「え? 私が送りましょうか?」
「言ったでしょ? これは極秘会談。そして、私が外に出た事に『お兄ちゃんはとっくに気がついてる』」

 その言葉に、マミお姉ちゃんが一笑に伏そうとする。

「まさか……寝てたんでしょ? まだ二時ですわよ?」
「甘い! お兄ちゃんが私が居ない事に、気付かないわけがない!
 きっと、玄関口で『鬼いちゃん』と化して、仁王立ちしてるに決まってるんだから!」
「買い被りすぎじゃない? 幾ら師匠でも……」

 美樹さんの言葉に、私は深刻に沈痛な表情で。

「私のイタズラや秘密ってね……最終的に、お兄ちゃんにバレなかった事、無いの」
『……………』
「つまり、『戦えない魔法少女が、夜中、家を脱走して何をしていたか』って理由が必要なの。この極秘会談を、徹底的に誤魔化すための。
 だから何か……何か、無いかな!」

 と……

「あのさ、沙紀ちゃん? 『魔法少女』っていうんじゃなくて『御剣沙紀のワガママ』って事なら、幾らでも理由つけられない?」
「ほへ?」
「例えば……夜中、どうしてもアイスが食べたくなった、とか」
「アイスかぁ……でも、分かんないなぁ。
 お家の冷蔵庫、基本的に中が分からないから、迂闊には……」

 と……マミさんの家の外。
 焼き芋屋さんの車が、営業を終えて、突っ走って行くのが見えた。

『あれだーっ!!』



「……で? 窓の外から見えた焼き芋屋さんの車を追って? 巴マミの縄張りまで行っちゃった、と?」

 玄関先で腕を組んで、仁王立ちしている『鬼いちゃん』が、私の抱える焼き芋の袋を見ながら。
 私は舌を出して、謝ってみた。

「てへ♪ ごめんなさい」
「こっ……のっ……大馬鹿モンがああああああああああああああああああああああっ!!!!!!」

 怒髪天をついた『鬼いちゃん』の拳骨が、私の脳天を直撃し……私は『三つ目の賭け』に勝った事を、悟った。

「ごっ、ごめんなさい。二度としませーん!!」
「あったりまえじゃあああああああっ!!」

 ……でも痛いです、手加減してください……などという泣き事は『鬼いちゃん』は、聞いてくれませんでした。
 あううううう……『魔法少年を使う』って、楽じゃない。



[27923] 幕間:「魔法少年の作り方 その1」
Name: 闇憑◆27c607b4 ID:cb2385d9
Date: 2011/07/20 17:03
「はっ、颯太……」
「お兄ちゃん?」
「……はっ、はっ、はっ……」

 家の外で大雨の降る中。
 家の中では、階段の下で動かなくなった、父さんと母さん。
 その僕の後ろで、沙紀と姉さんが、怯えながら抱き合って立ちすくんでいた。

「うっ……うええええええええっ!!」

 木刀を放り出し、僕はその場で胃の中のモノを、全て吐きだした。

 この日。
 僕は、家族を守るために学んでいたハズの剣で、父さんと母さんを殺した。



「怖かったんです……死ぬのが……怖くて……」

 警察で涙を流しながら、僕は全ての事情を説明した。
 父さんと母さんが、新興宗教にハマって、家が傾くほどの多額の寄付をしていた事。
 その新興宗教の教祖様が、発狂し、首を吊った事によって、後追い自殺の一家無理心中をしようとしたのを、習っていた剣術で、父さんと母さんを殺して、沙紀と姉さんを守った事。 
 警察の人は、僕に同情してくれて、カウンセラーの人を寄こしてくれた。
 家庭裁判所でも、姉さんや沙紀の証言から正当防衛は立証され、僕は無罪になった。
 でも、僕の手には……父さんと母さんを、殺してしまった剣の感触は、しっかりと残ってしまった。



 父さんと母さんに連れられ、最初、その教会に連れて行かれた姉さんと僕と沙紀だったが……正直、僕は、その言葉を聞いても納得が出来なかった。
 確かに、そこの神父様が言ってた事は、立派だった。筋道も通り、間違った事は何一つ無い。
 でも……だからこそ『何かが間違ってる』。そこまで考えた時に、一つの結論に思い至った。

 ……ああ、要するに。
 『正しすぎて、胡散臭い』のだ。
 数学の数式のように、論理立てて説明されるからこそ、納得が行く人は納得してしまうのだろう。
 だがそれは、あたかも新聞やニュースやその他、情報媒体から切り抜かれた情報を、繋ぎ合せて綺麗に纏め上げたような。そんな『血が通わない言葉だけの理屈』なのだという印象を、僕は、その神父様の言葉から受け取った。

 だからこそ『変だよ』という違和感を口にした時、沙紀と姉さんは納得してくれたけど……結局、僕は父さんと母さんに、とても怒られたので、あえて僕は黙ってた。



 『正しい事ほど、疑ってかかれ。自分の頭で考えろ。まして、胡散臭い大人は、よく疑え』というのは、僕に剣を教えてくれた師匠の言葉だった。
 姉さんや妹と一緒に不良に絡まれてた所を助けてもらい(後で知ったのだが、酔ってムカついたので暴れただけだとか)、その場で弟子入りを志願したのだが……はっきり言って、あの人の行動は滅茶苦茶だった。
 『頭にヤのつく自由業』の人に喧嘩を売り、チンピラを叩きのめし、大酒をカッ喰らい、飲む、打つ、買うの三拍子。
 はっきり言って『悪い大人の典型例』と言うべき存在だった。
 ご立派な神父様とは対極の存在。
 始終、煙管を咥え、妖しい丸眼鏡をかけた、はっきり言って胡散臭いオッサンとしか言いようが無い、常時酔っ払いスメル全開の怪人物。

 だけど、その『剣』は本物だった。

 剣道の真似事をしていた僕だけど、そんなルール化されたスポーツではない。
 本物の実戦がどういうものか。それを生き延びるにはどう闘うべきか。
 師匠の教えは『剣』という一点にのみ、全くの嘘が無かった。否、最早、『剣術』という枠からも外れたモノだったと言っていい。
 何しろ、『鉄砲があれば鉄砲を使え』という、宮本武蔵の『五輪の書』を、地で行くような剣術だったのだ。
 柔術、喧嘩術、投擲術。その他諸々エトセトラ……今思えば、小学四年生から中学一年までの間、本当に、よく辞めなかったもんだと思っている。というか、僕が剣術を辞めない事に、師匠のほうが気を良くして、だんだんエスカレートしていったんじゃなかろうか?

『お前に剣を教えるだけで、美味い酒が飲めるからな。優秀な馬鹿弟子が貢いでくれる酒ほど、美味いモンは無いわい、かっかっか』

 などと笑いながら、師匠に剣を習いに行くたびに束収(月謝)として持っていった、一升瓶の日本酒を傾けながら、師匠は笑っていた。



 で。
 そんな風に、四年間、剣を習っていた師匠も、一ヶ月前に、ポックリと死んでしまった。
 ボロアパートの畳の上で、最初はいつも通り寝ているのかと思ったが、苦しんだ様子も無く、ストン、と……死んでいた。
 師匠は、全く身寄りのない人だったハズなのだが、姉さんや父さん母さんと相談をして『僕が喪主として葬式をする』と言った途端に、日本の各地から、色んな人が葬儀に参列してくれた。
 ……まあ、集まってくれた人の顔ぶれは、色々と推して知るべしなのだが。ボコボコにされた『頭にヤのつく自由業』の方々から、飲み屋のおっちゃん、ママさん、その他諸々が大部分だったが、中には、警察の偉い人だとか、剣術家だとか、政治家とその秘書だとか。刀鍛冶の刀匠という人まで居たし、現役の自衛官……しかも習志野のレンジャー部隊で隊長をやってるって人まで居たのだから、驚きだ。

『人間とタバコの価値は、煙になってみるまで分からない』

 師匠の言葉だったが、まさにそれを体現してるとしか言いようのない、参列者の顔ぶれだった。
 中には、剣術家の人に『御剣颯太、良い名前だね。西方さん最後の弟子、早熟の天才児の噂は聞いてるよ。どうだい、ウチの道場に来ないか』などと誘われたが……流石に、丁重にお断りした。

『……本当に、何者だったんですか、師匠って?』

 などと参列者の方々に問いかけても、周囲の人たちの評価もまた、メチャクチャだった。
 ある老剣士の人は『ワシが殺すべき終生のライバルだったんじゃ』などと泣きだし、ある人は『借金の貸主じゃい!』といきり立ち、ある人は『私と将来を誓った人だったの』だとか……もう評価がバラバラで『何者』という括りでは捕えようが無かった。
 ただ、一つ。
 はっきり分かったのは『デタラメに喧嘩と剣術が強くて、滅茶苦茶な行動を取り続けてた酔っ払いの人』という結論。
 ……結局、今まで通りで、何も分からずじまいで、とりあえず『ああはなるまい』という決意だけは、変わらなかった。



 さて。
 そんな僕たち兄妹だったが、最初にまず、変な借金取りがやってきた。
 法外な金額で、見滝原に住み続けるなんて、まず不可能で、家と土地を売るしかない。
 そもそも、こっちに来たのだって、父さんの仕事の都合だし、僕たち三人兄妹に見滝原に住み続ける理由なんて、ドコにも無かった。
 だが……父さんの親戚の荒川の伯父さんも、柴又のおばさんも。母さんのほうの、江戸川のオバチャンや、御徒町の親戚も、僕たち兄妹の受け入れには、渋い顔をしていた。

 ……無理も無い。

 父さんや母さんの説得のために、伯父さんや叔母さんたちが、わざわざ東京から見滝原まで来て、どれだけ万言を費やしても、父さんと母さんは意見を変えなかった。
 その挙句の果てに無理心中をして、姉さんと、僕と、沙紀の面倒を見せられるなんて……虫がよすぎるにも程がある話しだ。

 さらに、悪い事が重なる。

 沙紀の奴が、心臓病で倒れたのだ。
 手術には漠大な費用がかかり、どんなに治療しても後遺症は残るだろう、という事だ。
 そして……

『お金が……お金がありさえすれば、いいんですね!?』

 お医者さんの説明に、冴子姉さんが、真剣な顔をしてうなずいていた。



『アオい羽根の共同募金にお願いします~』

 道端で募金箱を抱える、裕福そうな子供たちの姿に、僕は殺意を抱いていた。
 ……その呑気な顔で抱えてる箱の中を奪って、借金の返済に充てるべきではないか? ボランティアだの何だのの下らない自己満足なんかより、本気で苦しんでる僕たち兄妹こそが、その施しを受けるべきなんじゃないのか?
 師匠から習ったのは、剣術だけではなく、体術も含まれる。素手でも、今、この場でこいつら全員を血の海に沈め、募金箱を奪って逃走する事は、ワケの無い話しだった。
 だが……

『おめーなぁ? 自分がどんな金持ちだろうが、不幸な身の上だろうが、それを理由に『他人を不幸にしていい権利』があると思うなよ? そーいう事すっとな、まず最初に自分自身がドンドン不幸になって行くんだぜ? 俺みてーに』

 酔っ払いながらの師匠の言葉が、耳の中を駆け巡り、僕はそれを思い止まる。
 ……思えば、方便とはいえ、師匠が言ってる事そのものは、間違っちゃいない事が、多かった……気がする……たぶん。行動はデタラメだったけど。

「っ……うあああああああああああああああっ!!」

 ヤケクソになり、僕は壁に拳を叩きつける。
 誰かを不幸になんてしたくない! でも、誰かを不幸にしないと生きて行けない!
 世界はとことん不条理だ。都合のよい奇跡も、魔法も、この世にありはしない。
 そして、僕たちのような一家は、世間にはどこにでもある話なのだ。そんな事をしたって、僕は犯罪者になるだけで、誰も同情なんかはしてくれない。

 きっと、僕も、沙紀も、姉さんも。バラバラになって暮らす事になるだろう。
 『兄妹三人一緒に』なんて経済的余裕のある家なんて、そもそもウチの親戚には誰ひとりとしていない(そもそも、ウチの一族は、みんなそんな裕福ではない)。
 まして、沙紀のような重度の病気を抱えた子供の面倒を見れる家など……あるわけがない!

「……どうすりゃ、いいんだよ!」

 膝を突いて、涙を流していると……気付くと、女の人が立っていた。

「どうした、少年。そんな所でピーピー泣いて」

 スーツをばりっと着こなした、キャリアウーマン風の女の人が、僕より年下の女の子を連れて立っていた。

「……襲おうと、思っちゃったんです。あいつらを。でも、出来なくって」

 募金箱を抱えて、呑気に募金を呼び掛ける彼らを見ながら、僕は彼女に説明した。

「穏やかじゃ無いな。何があった?」

 思わず。僕は、その女の人に、事情を話した。……師匠の言葉で思い止まった事まで。

「そうか……立派だぞ、少年。あんたの師匠は、立派な人だったんだな」
「立派な人じゃないですよ。本当に……酔っ払いです。ただの」
「何を言う、少年! 例え酔っ払いのタワゴトでも、今、君を止めたのは、間違いなくその師匠の言葉だ!
 その自殺した偉そうなナントカっていう神父様よりも、君にふさわしいのは、その師匠だったんじゃないのか?」
「っ!!」
「いいか、少年。『誰かを導く』っていうのは、物凄く責任が伴うんだ。
 そんでね、そのお師匠様は、少なくとも、どんな窮地に追い込まれても、無意味に他人を傷つけない『君』という立派な弟子を育てたんだ。
 だったら、師匠に恥じない生き方を、してみろ! 師匠の言葉を『酔っ払いのタワゴト』にするか、それとも『道を示す教え』にするかは、君の行動次第だ!」

 力強い女の人の言葉に、僕は涙を流しながら、恥じ入る。
 ……そうか。僕は……ただ、師匠に剣を教えてもらってたんじゃないんだな。
 と、その女の人は懐の財布から、一万円札を取り出して、僕に押し付けた。

「っ……あっ、あの……」
「それで、美味しいモンでも兄妹三人で食べて、落ち着いてよーっく考え直しな。君なら出来るハズだ!
 ……いくよ、まどか」
「うん、ママ。ばいばい、おにいちゃん」
「あっ……あっ……バイ、バイ……」

 膝を突いて涙を流しながら。
 僕はその人のくれた一万円札を両手で握りしめて、祈るように膝を突き、涙を流し続けた。



「よし!!」

 僕は、その足で家に帰った。
 そうだ。ピーピー泣いていても、現実は変わらない。だったら、現実を変えるように行動するまでだ。
 差し当たって、親戚を訪ね歩き、沙紀の面倒を見てくれる家を探そう。僕は、住み込みでアルバイト出来る場所を探すべきだろう。それならば、見滝原でも東京でも、どこでも構わない。そして、最後に姉さんの事を、別の親戚に頼むべきだ。
 そう考えていたが……

「!?」

 なんだろうか? 家が……何かおかしい。
 見滝原が開発される前からあった、二階建ての古くて狭いオンボロ中古の一軒家(というか、元は倉庫)である我が家の一階部分が、おもいっきり膨らんでいるよう……な?

「ただい……うわあああああああああああああああああっ!!」

 玄関を開けた瞬間、何かが雪崩てきて、僕はそれに巻き込まれた。
 それが……一万円札の束だと知った時は、本気で呆然となったし、それが家の奥まで続いてる状態なのを知って、本気で何かこう……狂った冗談を見ている気分になった。

 ……まさか? まさか? もしかして、『僕の家がお金に占領されちゃっている』のか!?

 今にもテレビ局が『どっきりカメラ』なんてカンバンを出して、やってきそうだが……今日び、テレビ局だって、こんな我が家みたいな不幸のどん底を、物笑いの種にしようとは思わないだろう。
 何しろ、ありふれ過ぎて、視聴者からクレームがつく事、間違いなしなのだから。……新聞もテレビも、彼らはいつだって風見鶏のイイカゲンな事しか言わないのは、よーく分かってるし(そもそも、ニュース番組に『スポンサー(出資者)』とかって言ってる時点で、スポンサーに不利な情報を、流すわけがない)。

 と……

「たーすーけーてー、はーやーたー」
「ちょっ……姉さん! 何!? 何なんだよ、これーっ!?」

 『お金は大切に』などと教わってきたが、最早、細かい事を言ってる状態ではない。
 福沢諭吉の海を泳ぎながら、何とかかんとか居間だった場所に辿り着くと、札束に埋もれた姉さんが、逆さまになってジダジダとあがいていた。……スカートが開きっぱなしのパンツ丸出しで。

「って……何なんだよ、その格好!!」

 どうにかこうにか。
 家の外まで引っ張り出した姉さんの姿は……その、スカイブルーを基調とした、ヒラヒラのついたチアリーダーのような『魔法少女』としか言いようのない姿だった。

「えへへ、ビックリした?」
「ビックリした、じゃないよ!? 本当に何なんだよ、これ!?」
「いや、その……一千億は、流石に多すぎたかなー、って。一兆円って頼んだんだけど、大体一千億くらいしか、私個人の『因果の量』が足りなかったみたい」
「『因果』? 何言ってるのさ、姉さん!? ワケが分からないよ!!」

 とりあえず、夜中だった事が幸いして、我が家の玄関の前の札束雪崩を目撃される事は無かったが、それでも放置していい問題ではない。

「とっ、とりあえず、二階は大丈夫なの?」
「うっ、うん! そこまではいってない! ソウルジェムに収納し切れなくて、溢れた分だから」
「そうる? まあいいよ、とりあえず、この玄関閉じて、溢れた札束を袋にでも入れて、二階に担ぎこもう!!」

 そう言って、僕は倉庫から、清掃に使うビニール袋を持ってきて、札束をソコに放り込みはじめる。パンパンになった袋は、結局雪崩た分だけでも、十個くらい出来た。
 ……本当に、何かが狂ってる気がしてきたが、細かい事を気にしてはいられない。

「梯子、取って来るね」
「ううん、大丈夫……お姉ちゃんに任せて! とう!!」
「!!?」

 一万円札の札束の入ったビニール袋を担いで、サンタクロースよろしくジャンプで二階のベランダまで飛ぶ姉さん。
 ……な、なにがあったんだ!? 姉さん、本当に!?

 が……

「あ、あれ、ちょっ、袋、袋が破ける!! たーすーけーてー、はーやーたー!」
「わああああ、抑えて! 下を抑えて姉さん! 今あがる!」

 結局。
 どうにかこうにか、お札を撒き散らさずに、玄関の雪崩た札束を、朝までに二階に回収できたのは、本当に幸運だったと思った。



「……つまり? キュゥべえと契約して、魔法少女になった、と?」
「うん、そう! そんでね、悪い魔女を懲らしめるの!」

 家の二階。僕の部屋で、姉さんの話を聞いていると、どうも胡散臭い。
 宇宙がどうだとか、エントロピーがどうだとか。だが、つまるところ……

「姉さん、それってさ、傭兵契約じゃないのか?」

 どうも、僕にはアフガンだの何だのの物騒な紛争地帯で活躍する、傭兵……今では企業化してPMC(民間軍事会社)だとかって呼称になってるが、そういったモノにしか思えなかった。

「ま、まあ……そうとも言えるような言えないような」
「ちょっ、ちょっと待ってよ! 何で姉さんがそんな事をしなきゃ行けないのさ!
 っていうか、僕に指摘されて、今、気付いただろ!?」
「だっ、大丈夫よ、多分! だって、私、『魔法少女』なんだから! さっきも見たでしょ?」
「やめてよ、姉さん! だからって、こんな大金、必要無いよ!」

 少なくとも。玄関で雪崩を起こして二階に回収した分だけで、借金返して、沙紀の治療費賄えてしまうだろう。
 それほどの大金である。

「あのね、願い事は一回だけ、って決まってるみたいなの? だから、思いっきりふっかけちゃったんだけど……一兆円は無理だったみたいなのね。ぎりぎり一千億だ、って……キュゥべえが言ってた」
「そんな、命に値段つけるような事をしなくたって、いいじゃないか!」
「だって、勿体ないじゃない? 一回しか頼めないんだったら、借金返しただけなんて物凄くもったいなくて。
 それに、他に方法なんて、私思いつかなくって……」
「……だからって、アレは無いと思うよ……」

 階段の下。完全に福沢諭吉で埋まった一階部分を前に、僕は頭を抱えていた。
 もう、何というか……はっきり言って、一億や二億どころではない狂った桁の福沢諭吉の札束の量に、見てて気持ちが悪くなっていた。
 ……さっきの女の人がくれた一万円札で涙した事が、馬鹿みたいに思えてくる。ホント、何なんだろうか?
 奇跡も魔法も存在するのは理解したが、目の前に展開する光景が、気持ち悪過ぎて不気味ですらある。

 と……

「ううん、実はね……ソウルジェムに『入り切らなかった』分が、アレなの……」
「……は?」
「これのあと数倍くらいかな? ソウルジェムの中に『お金』あったりするんだよね。一千億の札束って具体的にどんなだか、考えてもいなかったわ」

 その言葉に、僕は本気で目をまわして、その場に倒れ込んだ。



「んっ……うん、分かったよ。とりあえず姉さん。その……下のお札は、『四次元ポケット』に入り切らないんだね?」
「うん、そうなの。もういっぱいいっぱいになっちゃって。だから、どうしよう、颯太?」
「どうしよう、っつってもなぁ……」

 真剣に考え込む。
 とりあえず……

「借金取りの人たちには、こっちから出向いてお金返そう? んで、沙紀の病院の費用を、持ってこうよ」
「そ、そうね。そうしましょう。でも……お金に占領されちゃったのって、どうすればいいのかな?」
「……とりあえず、父さんや母さんの遺産、って事にすれば、いいんじゃ……いや、ダメだ!!」
「え?」
「親戚だよ。
 遺産って、確か継ぐときにオープンにしなきゃいけないから、親戚中が群がって来ちゃうよ!」
「……こんだけあるんだし、ちょっとくらい、あげちゃえば」
「ダメだよ! あいつら、毟るだけ毟っても、満足しないよ!」

 何だかんだと。
 貧乏な一家に暮らしてきたので、親戚づきあいの大切さはよく分かるのだが。
 それだけに、彼らが金銭にからんだ時の薄情さと獰猛さも、とてもよく身にしみて分かってるのだ。
 父さんがサラリーマンをやってた我が家は、これでも『比較的』裕福なほうだったので、盆暮れ正月のたびに、親戚の無心をかわすのに苦労してたのである。

「坂本のおじさん、確かパチンコ狂いだし。三角のおじさんは、何か工場が借金だとかって話、聞いてる。
 ハゲタカみたいに探られて『もっとないかもっとないか』ってされるのがオチだよ!」
「どっ、どっ、どっ……どうしよう、颯太」
「こんな大金……銀行に預けても、不審がられるだけだよなぁ。それに、確か、銀行預金って一千万までしか、預金って保障してくれなかったハズ」
「えっ、そうなの!?」
「うん。昔はともかく、今はそうなっているらしい。
 それに、銀行って確か、税務署の目が光ってるから確実にバレちゃうよ、こんなの」
「……落としものって事で、届け出るとか……」
「竹藪に三億円とかって桁じゃないよ、これ……ソウルジェムから溢れた分だけでも、どう見ても百億以上はあるんじゃないのか!?
 そんな事したら大騒ぎだし、そもそもそれじゃ遺産相続の時と一緒で、親戚がタカりに来る事間違いなしだ」

 頭を抱えて悩む。

「……いっそ、燃やしちゃうのも手かなぁ?」
「颯太、流石にそれは勿体なさ過ぎるよ」
「うん、そうだよねぇ……でも、本当にどうしよう?」

 だんだんと、名案に思えてきてしまったが……流石に、姉さんが命と引き換えに得た金を、燃やすなんて事は、出来なかった。

「……とりあえず、庭に穴掘ってタンス預金でもするとか。
 んで、どうしても余っちゃった分は、児童養護施設にでも匿名で寄付するくらいかなぁ?」
「庭ねぇ……でも」

 目の前にある、猫の額みたいな小さな庭。
 どう考えても、百億以上の現金が収まり切るようには見えない。
 ふと……

「……いっそ、買っちゃおうか?」
「買っちゃう、って?」
「新しい家。
 現金が隠せそうな……そうだ、地下に金庫みたいなデカい倉庫を作っちゃおう。隠し金庫みたいな感じで!
 魔法少女の秘密基地っぽいの!」
「おお、ハヤたん名案っ! それで行きましょう!」



 で……
 沙紀の入院費用と、借金を全て返済し終えた僕と姉さんは、建築メーカーと不動産屋めぐりをする事になった。
 で、『こんな風な家を建てたいんです』と、色んな建築メーカーの人たちに聞いて回った結果、特殊な建築に携わる準ゼネコンの業者様を紹介された。
 彼らに、僕らが概略を説明すると、彼ら技術者が目を白黒させて問いかけてきた。

「君たち、予算が……」
「ここにあります!」

 どん、と。スーツケース一杯の札束を前に、ゼネコンのおっちゃんたちの目が変わった。

「要するに……本当に『秘密基地』が作りたいだけなんだね?」
「はい! これは手付金です。予算は幾らくらいになりますか?」
「……どういう風に作るかにも、よるなぁ」
「と、いうと?」
「つまり、一切を極秘のまま進めたいのなら、おおよそ機密保持含めて五十億はかかるけど、建物そのものを作るだけなら」
『極秘でお願いします!』

 問答無用の選択に、ゼネコンのおっちゃんが、再度、目を白黒させていた。

「……つまり、君たちはその、我々に『秘密基地ごっこ』に付き合えっていうのかい?」
「ごっこじゃありません、真剣(マジ)です!!」

 僕は真剣に、彼らの目を見る。
 そして……

「っ……ぷっ……くっくっくっくっく、はっはっはっはっは! 秘密基地か。そうかそうか!
 いよぉし、オジサンたちが手伝ってやる! 久しぶりにガキの頃、ダンボールで作った秘密基地を思い出させてもらったよ!
 ただし、前金だ。オジサンたちも生活がかかってる。文句は無いな?」
『ありません!』
「いい覚悟だ、坊主共! ここまで大人を本気にさせるガキなんて、バブルの頃以来、久方ぶりだっ!!
 おい、設計屋どもを集めろ! この気前のいいクライアント様の素案を、現実的に練り直すぞ!!」
「……あと、すいません、このお金の出所は」
「分かってる! そのへんもオジサンたちに任せな……ゼネコンの建築屋を舐めんなよ?」

 獰猛に笑うオジサンたちの、師匠に通じる『悪い大人の笑顔』に頼もしさを感じながら。
 僕と姉さんは、新たな新居が手に入った事を、素直に喜んでいた。



「ここが……僕たちの家、かぁ」

 上辺だけは、一見、何でも無い、普通の広めの一軒家。
 だが、地下には巨大な隠し金庫。しかも二重になっており、上の金庫が発見されたとしても、下の金庫のカムフラージュになるという、徹底っぷりである。
 さらに、家に敵がやってきた時の戦闘を想定して、家の中の構造その他も、巧みに居住者有利になるようになっている。
 ガラスも防弾だったり、防災設備も整ってたり……至れり尽くせりだ。

「本当に出来ちゃうんだなぁ、『魔法少女の秘密基地』って……」
「お金って偉大だよねぇ……」

 結局、あと十億ほど追加で取られちゃったけど、ここで安全が買えるなら、安いもんだった。
 ……何か金銭感覚が、完全に僕と姉さんの中で、修正不可能な程に狂ってしまった気がするが、とりあえず気のせいという事にしておいて。

「とりあえず、家具とか入れようよ。元の家にあったのとかさ。リヤカーでも借りて」
「そうね。颯太と二人で頑張れば、何とかなるでしょ」

 と……

 ピンポーン。

『すいません。国税局の者ですが……』
『!!!!!!!』

 顔面蒼白で、僕と姉さんは顔を見合わせた。
 ……全然大丈夫じゃないじゃないか、ゼネコンのおっちゃーん!!



 結局。
 たまたま落ちて拾った大金を使って、借金を返済して云々の話しを、何とか口裏をあわせて話したものの(ついでに、『名目上』の保護者の親戚には話さないでください、確実に巻き上げられて、使いこまれると懇願し)。
 やっぱり不審の目はガッツリと向けられてしまい……

「……君たち。とりあえず、未成年で事情が事情だし、任意同行にも応じてくれたから今回は見逃すけどね。本来、国税はそんなに甘く無いよ。
 こんな大金の出所は、警察もきっちり調べるから、結果が出たら、また任意で同行してもらう事になる。いいね? あと君たちの前の家にあったお金は、警察で拾得物として扱わせて貰うよ」
『……はい』

 ガッツリと税務署で絞りあげられた後、僕と姉さんは解放される事になった。(……後に、これも本気で温情判決だったと知る事になるが、それは別の話。本当に国税は甘くありませんでした)。

「……ど、どうしよう、颯太」
「お、落ち着こう。税金の申告とか、システム回りをちゃんと憶えるんだ。必ず不備や穴があるハズだから。
 それと、資金洗浄の手段も憶えないと!」
「し、資金洗浄って?」
「聞いた事があるんだ。
 ヤクザとかそういった、アンダーグラウンドの人たちが、麻薬とか武器とかで得た表沙汰に出来ないお金を、『表』に出すための方法があるって」
「はっ、颯太!?」

 ヤバげな表情の姉さんに、僕も引きつった顔で答える。

「とりあえず、姉さんのお金は、まず表沙汰に出来ないんだから、そういう手段を憶えないと! あと、税金対策!」
「……でっ、出来るの!?」
「やるしかないだろう!? 借金返して治療費払うくらいならともかく、これじゃお金使うだけで犯罪者だよ!
 『魔法少女の最初の敵は、魔女でも何でもなくて税務署でした』なんて……前代未聞だよ、こんなの」

 本気の涙目になりながら。
 僕は、必死になって、家族のためにどうするべきか、どうやればいいのか、頭を巡らせていた。



「…………………颯太、大丈夫?」
「うん、頭ぷしゅーって感じ」

 必至になって、ネットで情報を集めながら検索し、師匠の葬式に出てた『頭にヤのつく自由業』の方々にも連絡を取り、何とかかんとか、資金洗浄の手法をマスターしたものの。
 より一層、税務署からの監視の目はキッツくなってしまった。
 そのため、大金をかけた家に住みながらも、僕ら姉弟の生活は、以前と変わらない質素なモノに戻っていた。
 ……もともと、周囲の家から浮く事を嫌い、外側は一般向けの家になっているので問題は無い。お金は金庫の中の隠し金庫をメインに、姉さんのソウルジェムの中にも分散保管して、万が一、調査とかされた場合にも備えてある。

 ……『魔法少女の秘密基地』というより、『海賊の財宝隠し』状態になってきてしまったのは、気のせいだろうか? やましい部分は一切ないが、説明不可能なお金(しかも桁が狂った大金)って時点で、もう不信感バリバリである。

「……昔、○サの女、って映画、あったよね……」
「いっそ、魔法少女の私を本尊に、宗教でもやってみましょうか? ……いろいろ嫌だけど」
「あー、それねー、やめといたほうがいい。
 宗教団体は運営に税金はかからないけど、そこで働く人に払う給料には、しっかり税金かかるから」

 いの一番に調べたのだが。
 どうも、日本の寺社仏閣の神主なり、お坊さんなりも、ちゃーんと個人で税金を払っているようなのである。
 お寺(神社)=会社。お坊さん(神主)=社員と考えると、わかりやすい。お寺(会社)に税金はかからないが、そのお坊さん(社員)には、税金がかかるのだ。
 さらに調べてみると、大概のお寺は個人の持ち物ではなく『宗派』の持ち物であり、決して個人の所有物ではない。先祖代々、その寺で暮らしてる一族と言えど、子供なり家族なりが寺を継ぐ気が無いのなら、出て行かねばならないそうな。
 よく、『ベンツ乗りまわしてるお坊さん』なんて話があるが、殆どは貧乏で宗教だけでは食べて行けず副業を持ち、そーいう人はほんのごく一握りだとか。(なんとなく、漫画家や小説家や声優とかみたいだなー、とか思ってしまったのは、僕だけだろうか?)
 これを調べれば調べるほど……佐倉神父の手際と手管の良さが、よーっくわかってきてしまう。破門を喰らってなお、説法だけで人を集めたその技量は、宗教家としては確かに成功した部類なのだろう。

「確かに、説得力『は』あったもんなー。なのに、何で狂って自殺しちゃったんだろ?」
「さあ、知らないわよ……」

 そう。説得力はあっても、僕ら姉弟が納得できなかっただけで。実際、佐倉神父のペテンの『実力』は、大したもんだった。
 ……そりゃ、父さんや母さんは丸めこまれるか。
 通販番組のダイエットサプリだとか。何やかんやに手を出し、インチキ臭い政治家の寝言に耳を傾けちゃう。一度、乗馬マシンが欲しいと言いだしたので、僕は即座に『あれって、沙紀が公園で跨って喜んでるバネのお馬さんと何が違うの?』とツッコミをかけて、ようやっと正気を取り戻したくらいだ。
 こう、何というか。偉そうな空気だとか正しそうな雰囲気に、物凄く弱かったのだ。ウチの両親は。

 だからこそ、僕がしっかりしなくては行けない思っていたのだが……まあ、結果はあの体たらくである。
 そして、姉さんが魔法少女なんて傭兵契約を結んで、狂った大金を手にしたために。今度は、僕が姉さんのフォローをしなくてはいけなくなってしまった。
 ……どうしてこうなった!?

「颯太……どうしたの?」
「ううん、何でも無い。資金管理は任せて、姉さん!」

 そうだ。僕が今生きて、姉さんと共に暮らせているのは、姉さんのお陰なんだ。
 だからこそ、こんな苦労なんて苦労のうちに入るもんか。だから……

「じゃ、今晩わたしが料理を……」
「僕が作るからっ!!」

 決死の形相で『死にいたる料理』を回避するべく、僕は知恵熱が浮いた頭で、キッチンに突進して行った。



「……姉さん?」

 夜遅く。
 帰ってこない姉さんを心配して、外に出る。
 本当は護身用に木刀でも持ってくるべきだったが、あれ以来、トラウマになって剣が握れなくなってしまったのだ。
 ……まあ、徒手空拳でも、何とかなるだろう。多分。

「姉さーん、姉さーん、どこー!?」

 大声をあげながら、家の周囲を探し回る。
 ……たった三人、残った家族。絶対に失いたくない。
 しかも、魔法少女なんて傭兵と一緒の、危険な仕事じゃないか!
 どんだけお金があって、あったかい布団で寝れるようになったって、姉さんが帰ってこない生活なんて、何の意味も無い!

「姉さー……ん?」

 ふと……自分の周囲の『世界』が、変わって行くのが理解できた。

「なっ、なんだよこれ……」

 世界、というより、空間。全てが異形へと変わって行く。
 ……そんな中……

「やぁっ、とぉっ、よいしょーっ!!」
「……………姉さん?」

 そこに居た姉さんは、過剰装飾された金属バットを手に、檻のようなモノをひっぱたいていた。
 ……正確には、檻を透過してバットが振るわれてるので、『檻の中の生き物』と言うべきか?

「なっ、何やってんの!?」
「えっ、颯太!? どうしてこんな所に!?」
「姉さんがいつまでも帰ってこないから心配したんだよ! それに、これは『何』!?」
「何って……魔女退治」
「魔女……これが、魔女?」

 どう見ても、檻の中の生き物は『怪物』です。本当にありがとうございました。
 ……じゃなくって!

「って、いつまで叩き続けてるのさ!?」
「えっと、夕方から……ずっと」
「……つまり、何? 延々と半日叩き続けてた、の!?」
「う、うん。実は、お姉ちゃん、そんな攻撃能力は高く無いんだ。
 『檻』の中に一度捕まえちゃえば、どんな魔女も使い魔まで反撃できなくなっちゃうんだけど、倒すのに手間取っちゃって」

 姉さんの話を聞くと。
 どうも、姉さんの能力は『癒しの力』と『魔女の捕獲』に特化し過ぎていて、攻撃能力が絶無に等しいようなのだ。
 だから、捕まえた『魔女』は、魔力を付与した金属バットをぶんぶんと振りまわして、叩きつけるしかないらしい。

「つまり、このバットを使えば、僕でも倒せるわけだね? ……貸して」
「えっ、ちょっ、颯太!」
「いいから、貸して!」

 そう言って、僕は金属バットを正眼に構え……反射的に、その場で膝を突いて、ゲロを吐いた。

「颯太!」
「っ……うえええっ!! 大丈夫! 大丈夫だ、姉さん!!」

 そうだ。ゲロなんて吐いてる場合じゃない! 何のために僕は、あの酔っ払いの師匠から剣を学んだんだ!

「僕は……僕は、沙紀と姉さんを守るんだあああああっ!!」

 気合いと共に振り下ろした金属バットが、魔女を一撃で四散させた。

「……すごい。颯太、今、なにやったの!?」
「何、って……師匠に教わった通り、正しく『剣』を振り下ろしただけだよ」

 剣術の基本動作。
 振り上げ、振り下ろす、面打ち。
 正しく力を込め、正しく振り下ろす。ただそれだけの事。

「あれだけ叩きつけても堪えなかったのに、颯太の一発で何で……」
「……さあ? 僕が剣士だからじゃないの?
 それより、姉さん。姉さん、『魔法少女』なんだよね!?」
「え、うん、そうよ」
「だったら、僕も闘う! 魔法少女……いや、魔法少年! そう、僕を姉さんの魔法少年にしてよ!」
「えっ、えっ……えええええ!?」

 目を白黒させる姉さんの手をしっかりと握ったまま。
 僕は姉さんに真剣な目で迫っていた。



「っ! くそっ、また折れた!!」

 『魔力付与』で、僕が姉さんの魔法少年となって、一か月が経っていた。
 とりあえず、武器として日本刀が欲しいと思って、美術商やら何やらをめぐったのだが、どうも買う日本刀が、あっさりと折れてしまうのだ。正宗だとか、菊一文字だとか……鑑定書つきの日本刀は、実戦ではモノの役に立たなかった。
 ……こんな調子で使い捨てで刀を買い続けたんじゃ、また税務署が来ちゃう。

「使い方が悪いのかなぁ……いや、でも師匠言ってたっけ。日本刀で『斬れる』人間の数は、限りがある、って。
 あとは撲殺にしかならないとか……」

 新撰組をイメージした『魔法少年』の衣装で、僕は溜息をつきながら、刀をおさめる。
 ……よく斬れる刀って、何なんだろう……
 そういえば、TVで某仮面ライダーの人が『リアル斬鉄剣』なるモノを振りまわしていた。……流石にアレは、特注の品物だって言ってたけど、他に手は無いのだろうか?

「あっ、そういえば!」

 師匠の葬式に、刀鍛冶の人が居たっけ。
 あの人に、聞いてみよう!



「ん? そりゃあ折れるよ。日本刀ってのは、TVやアニメなんかじゃカッコよく描かれるけど、本当は繊細な武器なんだ」

 とりあえず、魔女の事を伏せて『怪獣退治に日本刀を使ったら?』という質問を、刀鍛冶の人に聞いてみた返事が、それだった。

「あとねぇ、日本刀ってのは、今じゃ『美術品』なんだ。どちらかというと造形美が優先されるから、実戦刀なんて殆ど残って無い。
 今、残っているのは……虎徹くらいじゃないかなぁ?」
「えっ、虎徹ですか? こう、今宵の虎徹は、血に飢えているとか何とかの」
「あっはっは、司馬遼太郎だね。
 近藤勇が振りまわしてた刀は偽物だったらしいけど、『虎徹』を作った人は実戦用の刀を多く作った事で有名なんだよ。ただし、偽物も多く出回ってるから、真贋の鑑定は困難を極めるんだけどね。『虎徹を見たら、偽物と思え』ってくらいで」
「……そうですか」

 溜息をつき、頭を下げる。
 ……だめだ、僕には日本刀の真贋なんて、使ってみなきゃ分かるもんじゃない。
 ……と、

「怪獣退治用の、実戦刀、か。君は、宇宙人と喧嘩でもするつもりなのかい?」
「怪獣かどうかはともかく、その……『実戦向けの一振り』が欲しい、って思う事があったのは、事実です」
「そうか……西方さんの弟子だもんな、君は。だったら、ちょっと待っていてくれ」

 そう言うと、刀鍛冶の人は、奥に引っ込むと……何やら、白鞘を手に、戻ってきた。

「抜いてみたまえ」
「……はい」

 そう言って、作法通り布を咥えて、抜いた刀は……その、何というか。限りなく無骨な『刃物』であった。
 間違っても日本刀とは呼べない、繊細さも何も無い工業機械のような刃。

「なっ、何なんですか、これ?」
「それは君の師匠が、ウチに内緒で注文した刀なんだよ。
 颯太君、普通、日本刀はどう作るかって知ってるかい?」
「えっ!? それは……こう、刀用の玉鋼の鉄片を組んで、固い鉄と柔らかい鉄を混ぜて繰り返し叩いて……」

 一般的な日本刀の製造イメージを語る。
 詳しく知っているわけじゃないが、仮にも刀剣を扱う剣士ならば、一般的な知識の範疇である。

「そう、それが一般的な、日本刀の概念だ。
 無論、ボクも刀鍛冶としては、その技術を否定するモンじゃないんだけどね……それは本来『素材として劣る鉄を、組み合わせる事によって』良い刀にするための方法なんだ」
「っ!?」

 一般的な日本刀の製造概念を、根底からひっくり返す言葉に、僕は仰天した。

「つまり、最初から『日本刀として最高の素材の鉄』を使えば、そんな細かい技術は必要ない。むしろ邪魔ですらあるんだ。
 『和鋼、折返し鍛錬、心鉄構造』……君の師匠は『技に拘らない』刀鍛冶が居ないって、嘆いていてね。それで、ボクの所に来て、こう言ったんだ。
 『本物の虎徹』を作ってくれ、って……」
「師匠が……」
「そもそも、君たちが一般的に認識してる『日本刀の作り方』というのは、ボクから言わせれば、実は長い日本刀の歴史の中で、ほんの一手法に過ぎないんだよ。現実に良鉄だけを使った一枚鍛えの名刀も存在してるしね。
 ……まあ、やむを得ない事情もあるんだけどね。日本は法治国家だから『武器を作る』事には、大幅に制限がかかる。だから、先人たちは日本刀を『美術品』として後世に残そうとしたわけで、だから、君が思うような一般的に広まった繊細な技術だけが、もてはやされるようになっちゃったんだ。
 だから、その過程で『本当の実戦刀』を作る人たちは、途絶えていってしまった……帝国陸軍ならともかく、今の自衛隊だって儀仗用の刀は刃の無い模造品だし、実戦を闘う部隊で日本刀を扱う理由は絶無と言っていいからね」
「そんな歴史があったんですか」

 納得である。
 そりゃあ、人殺ししか使い道のない刀なんて、今の日本じゃ作る意味が無い。
 むしろ危険ですらある。

「君は、西方さんの弟子だったね。だったら、こういう刀を欲しがるようになるのも、無理は無いよ」
「っ……僕は、その……」
「分かってる。家族を守るために、両親を、殺した君だしね」

 っ!!

「君は、憶えてないかい? 君の葬儀にも顔を出したじゃないか」
「……すいません。あの時はもう……頭が真っ白で」
「分かってるよ。君が、それをどれほど後悔しているのか。
 それを理由に、剣を捨てた君が、再び剣を……しかも実戦刀を握ろうというんだ。ハンパな覚悟じゃないんだろう?
 そして、そんな君だからこそ、西方さんが頼んだ、この刀を受け取る権利は、あると思う。
 西方さんの言葉、憶えているかい? 『我が剣の道は?』」
「……我が剣の道は、天道の恐るべきを知らざれば、凡そ、『鬼の道』に近し。
 故に無道が為に振るわず。己が心・技・体、ことごとく道具であること、戒心あるべし」
「よく、言えました。
 その言葉の意味を、よく理解できる君だからこそ、この刀を受け取る権利は、あると思う」

 にっこりと笑う、刀鍛冶の人に、僕は本気で頭を下げた。

「……ありがたく、頂戴します」
「ああ、それと。
 それは、日本刀といっても、実は法令違反の代物だ。なるたけ見つからないようにな。
 ……そうだな、戦争中の祖父の遺品だ、とでも言っておけば、警察も取りあげられるだけで、深くは追求するまいよ。
 あと、折れたり取り上げられたりした時は、言ってくれ。代わりを作ってあげよう」
「っ……肝に、銘じておきます。おいくらですか?」
「安心したまえ。素材は幾らでもあるんだし、ボクも技術的興味で作ってるモノだから共犯だし、タダでいいよ」
「……へ、いいんですか?」

 話を聞くと、何かこう……オリハルコンのような貴重な鉄を使ってるんじゃないか、と思ったのだが。

「その刀の名前は、『兗州(えんしゅう)虎徹』。素材は廃材自動車の、リーフスプリングだ」
「じ、自動車部品!?」
「トン単位の車体を、何千キロ何万キロも走りながら支える『鉄』だよ? しかも、折れず、曲がらず! 日本刀の性能が要求する『鉄』としては、実は最高級クラスなんだ。
 僕はそれを、素延べの一枚鍛えで叩きあげたに過ぎないしね。もっとも……そのぶん『焼き』の入れ方は、なまじな日本刀よりも難しいんだ。本当、『素材を活かす』ってのは、難しいよ」
「……はぁ」

 もう一度、抜いてみる。
 気品とは無縁の、刃紋すら無く、インチキ臭く、安っぽくギラギラ光る刃物は、何と無く師匠を思い起こさせた。



 ……結論から言うと。
 外面は安っぽくても、この刀は『ホンモノ』だった。
 魔力を付与して、魔女を斬って、斬って、斬りまくっても、折れないし、曲がらないし、それでいて斬り続けられる。
 歯こぼれ一つ、しやしない。

「まさに、師匠だよなぁ……これ」
「どうしたの、颯太?」

 とりあえず、普段は姉さんのソウルジェムにしまっておいてもらいながら。
 僕は、この『兗州(えんしゅう)虎徹』を、魔女相手に、振るい続けていた。

 僕ら姉弟の闘い方も、ちゃんと確立されてきた。
 僕が囮になって最前線で闘い、その隙に姉さんが魔女を『檻』で捕獲。然る後に、僕がトドメを刺す。
 定石的だが、それだけにかなり効果的だった。
 最悪、姉さんの出番が無くても、並みの魔女なら、僕一人で何とか出来るようになっていったし。

「ん? なんでもない。『今宵の虎徹は、正義に餓えておるわ』なんちゃって♪」
「『兗州(えんしゅう)虎徹』だっけ? 凄い刀ね。それ」
「……刀のほうより、僕の腕前を褒めてほしいなー」

 むくれる僕を、姉さんが頭を撫でてくれる。

「はいはい、颯太には感謝してるわよ。ホント」
「ほんとにー?」
「そうじゃない。だって、小さいとはいえ縄張りを持てたのだって、颯太のお陰だもん」

 さて、魔法少女というのは、魔女を狩る事によって生じる義務のようなモノがある。
 魔女を倒して手に入るグリーフシードというモノを手に入れないと、魔法少女は魔法を使う事が出来なくなってしまうのだ。
 そのため、魔法少女たちは魔女を狩るための『狩り場』という縄張りを主張する。
 だが、姉さんの能力は『魔女を捕える』事に特化し過ぎていて、魔法少女を捕える事が出来ないのだ。

 そのため、魔法少女相手の戦闘のオハチは、全部僕に回って来る事になった。もっとも、ただの魔法少年である僕が、どれほど闘えるかなんて知れている。
 そのため、縄張りは、我が家を中心に、ごくささやかなモノに留まっており、正に『ご町内の魔法少女』状態である。
 だが……

「そういえば、佐倉……杏子だっけ? 僕たちより魔法少女やってる子」
「ああ、あの神父の娘さん?
 ……怖いよねぇ……万引きとか無断宿泊とか、使い魔見逃して、縄張りの人間殺させたりとか」
「うん、流石にね。
 僕としても、ああいう子には負けたくないけど……でも、今は無理だなぁ」

 そう、神父佐倉の娘さんの話しは、縄張りが近いので聞いてはいたのだが……はっきり言おう。今の僕や姉さんでは、勝ち目なんて無かった。
 第一、向こうの獲物は槍で、僕の武器は剣だ。
 剣道三倍段の法則は有名だが、実は槍に対抗するのには剣の三倍の実力が必要だという話も、聞いた事がある。
 もっと、もっと、僕が剣で修行を積んで……いや、剣に拘る必要はないのか。生き延びれば勝ちだと師匠も言ってたし。

「……罠とか、仕掛けておく必要があるね」
「え?」
「魔法少女だけが専門に引っかかるトラップ! 何とか、考えてみようよ!?
 そうだ、魔法少女がカッコつける電信柱の上とかの電線利用したりとかさ。地形と地理を利用して、なんとか工夫するんだ!」

 こうして、僕は必至になって、縄張りに罠を仕掛ける事になった。
 ……今思えば、これが『見滝原のサルガッソー伝説』の、始まりだった。



 やって来る魔法少女を片っ端から正体見せずに罠にかけて撃退し続けながら、魔女を狩りつつ、資金管理をして税務署の目を誤魔化し、日々の食事を用意しつつ、勉強をがんばる。……その過程で、罠に使う電気工学だの何だの『ちょっと奇妙な知識』を色々会得してしまったが、そのお陰で、学校の成績そのものがウナギ登りになり、このままならば私立の高校の推薦も貰えそうだ、という話まで出た。

 ……人間、追いつめられて必至になれば、何とかなっちゃうモンである。運が良かったとか、周りに助けられたってのはあるけど……やっぱり、努力と根性って大切だ。
 諦めたらそこで試合終了ですよね、安○先生!!

 そんな、奇妙に充実した日々を送りながら、僕は沙紀の病室に見舞いに来ていた。

「沙紀。大丈夫?」
「……あ、お兄ちゃん?」

 病室に入ると、僕は自分で作った和菓子の箱を手渡した。

「ほら、沙紀の好きな奴、作ってきたぞ……見つからないうちに、こっそり食べちまえ」
「ありがとう、お兄ちゃん♪」

 笑顔を浮かべて、僕の作る和菓子を食べてくれる沙紀に……本当は僕自身が救われていた。

 ……和菓子職人になりたい。みんなが食べれば笑ってくれるような和菓子を作りたい。

 笑顔を『守る』剣と。笑顔を『作る』和菓子作りと。
 必死になって両立させながら、両輪を回そうとする僕を、師匠は鼻で笑いながら『どっちかにしろ』と言っていたが。
 僕は『出来る限りやりたい! どっちも半端なんて嫌だ!』と叫び……結局、師匠も根負けして、唐辛子入りのみたらし団子を、酒のツマミに食べてくれたくらいである。

 『ほんと、お前はよく出来た馬鹿弟子だよ』

 などと、呆れ果てていたっけ……。

 と……

「……っ!?」

 不意に。
 病室が、否、世界が歪みはじめる。
 しまった、魔女が……ここに!?

「沙紀っ!!」

 姉さんも、ソウルジェムも、何の武器も無い状況……否っ!!
 僕はペットボトルのジュースをタオルにかけ、即席の鞭を作る。さらに、見舞い用の果物バケットからナイフを抜く。
 『あらゆるモノを武器として扱い、生き抜け』という師匠の教えは、僕の中で生き続けてる。
 それが……師匠の『剣術』。

「なっ、何……お兄ちゃん……何なの?」
「大丈夫だ……お兄ちゃんが守ってやるから」

 生き抜く。
 とことん、諦めない。
 絶望しない、嘆かない、立ちすくまない。
 泣いたって、誰も助けてくれはしない。
 だったら、僕が、泣いてる誰かを、助ける側に回ってやるんだ! あの時の、女の人みたいに!

「僕は……僕は、正義の魔法少年だっ!!」

 そして……僕は、無力の現実を知る。
 魔女どころか、使い魔にすら追いつめられ、僕と沙紀はピンチに陥った。
 果物ナイフはへし折れ、タオルの鞭はボロボロになり、拳や足は、傷まみれだ。
 それでも……なお!

「諦めるもんかぁっ!! チクショーッ!!」

 家族を……沙紀を、姉さんを、これ以上、不条理な事で無くすなら、僕が死んだ方がマシだっ!!
 せめて、沙紀を、沙紀だけは、生かして……

 と……

「はっ、颯太を……颯太をいじめるなあああああああああああっ!!」
「なっ!?」
「お姉ちゃん!?」

 唐突に現れたお姉ちゃんが、僕の『兗州(えんしゅう)虎徹』を出鱈目に振りまわし、使い魔を蹴散らしながら魔女に迫る!!
 助けに来てくれた……のはいいが、はっきり言って、滅茶苦茶だ。
 魔法少女の膂力に頼った剣筋に、むしろ『兗州(えんしゅう)虎徹』のほうがよく折れないモノだと、感心する程のデタラメ剣法。
 当然……

「姉さん!」

 無数の攻撃が、姉さんに突き刺さる。だが……

「痛くない! 痛くない! 痛いの痛いのとんでけーっ!! うああああああああああああっ!!」
「っっっっっっ!!!???」

 それは、あたかも。
 はたから見て居れば、暴走するゾンビが、刀を振りまわして突進するような姿だった。
 痛いとか、痛くないとか、そんな問題ではない。肉体そのものが損壊しているのに、それを無理矢理修復しながら、突進して行っているのだ。
 確かに、姉さんは癒しの力を持っていた。だが……これは異常だ!

「ああああああああああっ!!」
「姉さん、姉さんやめて! もう魔女は死んでる、死んでるよ!!」
「ああああ……あ……あ……颯……太、沙紀。大丈夫、だった?」

 血ダルマになりながら、姉さんが僕たちに微笑む。
 その傷が、みるみる治って行く姿に……はじめて、僕は、この『魔法少女』という存在そのものに、違和感を抱いた。
 ……おかしい。何かが根本的に、おかしい!

「姉さんこそ、大丈夫なの!? おかしいよ、変だよ!」
「あ、ん……颯太。大丈夫よ。魔法少女はね、痛みなんて簡単に消せるんだから」
「間違ってるよ! 体が痛いってのは、そこが壊れてるってシグナルなんだよ!? それを無視して、あそこまで暴走できちゃうなんて……こんなの絶対おかしいよ!?」
「だって、ずっと颯太のダメージも、私が肩代わりしてきたんだもん。今更……」
「……待って、姉さん? 今、なんて言った?」

 僕の問いかけに、姉さんはしまった、という顔で目をそらす。

「だって……颯太が頑張る必要なんて、本当は無いんだから。せめてこのくらいは」
「ふざけないでよ! 僕は姉さんを助けるためにやってるんだ!」
「それほど痛いモノじゃないの。安心して、颯太。
 それに、颯太の動きって綺麗だから、ほとんど攻撃喰らってないし。保険みたいなものよ」
「それでも、何回かに一回は、不規則な魔女の攻撃を読めなくて、不意を打たれちゃってる……そうか、そういう事だったのか」
「……颯太。
 お姉ちゃん、正義の剣を振るう颯太の姿、好きよ?」
「好きとか嫌いとかの問題じゃない! これは、姉さんの命にかかわる話だっ!」

 今更ながらに……僕は、姉さんに守られていた事を悟る。
 馬鹿だ……僕は、努力して守る側に回っていた気になっていただけの、馬鹿だっ!

「……姉さん。もうすぐ、学校、夏休みだよね?」
「颯太?」

 決心と共に、僕は……姉さんに、ある事を告げた。



「GoGoGo!!」

 アメリカ、某所。
 とある民間軍事会社の訓練施設の中に、僕は、居た。
 大金を積み、訓練を受ける。
 インストラクターのおじさんたちは、流暢に英語を話して、日本円で大金を積む僕を前に、目を白黒させながらも一ヶ月間で教え込める、全てをレクチャーしてくれた。
 ライフル、ショットガン、ハンドガン、グレネードランチャー。更に、爆薬の取り扱いまで。
 一か月で学べる限りの、ありとあらゆる武器のレクチャーを、僕は受けた。

「ヘイ、ハヤタ。グッドだ」
「サンキュー、ミスターロバート」

 握手をかわそうとした白人の彼が、小手返しを仕掛けて来るのを……僕は、師匠から教わった柔術で、返し、答える。

「ははは、全く、これで13歳とはなぁ……末恐ろしいぜ」
「ありがとうございます。ミスターロバート」

 投げ落とした彼を立ち上がらせながら、僕は彼から引き続き、銃器のレクチャーを受ける。
 インストラクターの人たちは、最初、東洋人で子供の僕を馬鹿にしていたが……すぐに真剣に教えてくれるようになった。

「ハヤタ、またワンホールかい?」
「はい。でも、その……僕、オートよりもリボルバーのほうが好きですね」
「ガンマン気取りか? 多弾倉のオートのほうが、実戦じゃ有利だぞ」
「いえ、その……見ててください」

 そう言って、リボルバーを抜き、発砲。
 次に、オートを抜き、発砲。

「……ほら、リボルバーのほうが、何でか一発目が早いんです」
「大した差には思えんがなぁ……恐らく、グリップの問題だろう?」
「グリップ?」
「ハヤタ、君の手のサイズはまだ、発展途上なんだ。だから、並列弾倉(ダブルカラアム)の銃の握り込みが甘いんだろう。
 もう少し大きくなったら、オートの銃も扱いやすくなるようになるよ」
「はぁ、そうですか。もっとすぐ大きくならないかなぁ」

 溜息をつく。こればかりは仕方ない。努力と根性で、どうにかなる問題じゃないからだ。
 と……

「なあ、ハヤタ。こんな事を聞くのもなんだが……君は、何を生き急ごうとしているんだい?」
「家族を守りたいんです」
「平和なニホンでか?」
「はい。どうしても、必要な技術なんです」
「……いまいち分からんが……ハヤタ、うちはテロリストを養成するキャンプじゃないんだぞ?」
「とんでもない! 僕はテロリストなんかじゃありません」

 そう言い切る僕だが、ロバートさんは真剣な目で、僕を見ていた。

「……なあ、ハヤタ。
 最初、俺たちは、馬鹿な日本人のガキが、適当に興味本位で技術を習いに来たと思っていた。
 だから、普通に接してきた。つまり……訓練を厳しくすれば、金を置いて逃げ出すだろう、って。
 だが、お前の執念と才能は異常だ。もう一週間たつが、一か月で教えられる内容は、とっくに教え尽くしてお前はモノにしちまった。
 新記録どころじゃない。お前が天才なのは、この訓練施設の全員が知っている。
 だからこそな……ハヤタ。お前は一体、何者なんだ? どこかの国の、テロリストじゃないのか?
 みんな、疑い始めてるんだ」

 その言葉に、僕は下を向きながら……

「……すいません。
 僕はむしろ、テロリストじゃなくて……どちらかというと、テロリストを狩る側の人間なんです」
「カウンター・テロの人間だったのかい? 日本政府が? 君みたいなボーイを使って!?」
「政府は関係ありません。たまたま……たまたま、知ってしまったんです。
 そして、知ってしまったからには、見て見ぬふりが出来なかった。それだけなんです!」
「それだけで……お前は、大金を積んで、ここに来たってのかい?」
「はい! だから、もし、一週間で終わってしまったのだとしたら……もっと教えてください! 一か月まで、あと三週間あります!
 信じて頂けるのでしたら、もっと僕をしごいて、姉さんや沙紀を守るために、力を貸してください!」
「……とんだワガママ坊やだな」

 ロバートさんは、溜息をついた。

「なあ、ハヤタ。俺はお前を教えるに当たって標的をカボチャだと思え、と教えてきた。
 だがな……それは、テロリストに銃を向ける上での心得なんだ」
「はい、剣術を教えてくれた師匠も、そんな事いってました」
「そうだな。だがな、お前はまだ若い。幼いと言ってもいい。
 だからこそ、もうひとつ。
 『お前が銃口を向けようと決意するまでは』そいつは人間なんだ、って事も……どっかの片隅に憶えておいてくれ。
 そして、『それが分からない内は』、お前は人に銃を向けるべきじゃない。
 さもないと……苦しんで死ぬ事になるぞ、お前自身が」
「……はい、分かりました」

 父さんと母さんを殺したあの時。
 僕の体は、殆ど無意識に動いていた。
 だからこそ、ロバートさんの言葉の意味は、僕の心に、よくしみ込んだ。



「ただいま、沙紀!!」

 訓練でがっつり日焼けした僕を、沙紀は姉さんと一緒に喜んで迎えてくれた。
 さらに、姉さんとアメリカで仕入れた武器弾薬は、金庫のほうに収納出来た。

 とりあえず、税金関係でマルサの人が来ても、見つからないようになっているのは、ゼネコンのおっちゃんたちに感謝である。……何しろ、沙紀や姉さんにも言うに言えない、アメリカで仕入れた日本だと十八歳未満閲覧禁止の書物まで、収納できたのだから。

 つくづく、僕の周囲には、根性の悪い、でも暖かい大人たちに恵まれてるな、と思った。少なくとも、お金だけ奪って行こうとする大人とは違って、こう……何というか、全員が『自分を救いながら誰かのために』生きているのである。
 努力して、頑張って、金銭という対価を払えば、少なくとも彼らは、僕みたいな子供を真剣に見てくれる。師匠も、ゼネコンのおっちゃんも、訓練所のロバートさんも。
 『大人』って、こういう人たちの事を言うのだろうな、と……何となく思った。
 だからこそ……

『で、ですねぇ、政府の対応がですねぇ……』

 病室においてあるTVのコメンテーターの言葉に、不愉快を催して、僕はチャンネルを変えた。
 上から目線で偉そうな事グダグダ言うなら、まず自分から何かやってみろってんだ!

 あの佐倉神父にムカついてた理由も、今なら何と無く理解できた。
 彼は、口先だけで何もしちゃいなかった。
 彼の言葉は正しいかもしれない。じゃあ、その正しい言葉のために、あの神父様は、何を汗を流して血を流して実行したというのだ?
 挙句、佐倉杏子のような、世間に迷惑かけまくる魔法少女を生んで、何が『世界を救う正しい教え』だ……もし姉さんや沙紀が同じような事したら、僕はぶん殴ってでも止めるだろう。
 そんな、家族すら救えない奴に『世界を救う正しい事』なんて、口にする資格は無い!

 などと思っても、既に彼は佐倉杏子以外、一家心中で石の下だし。
 ついでに、僕だって父さんと母さんを殺してしまっているのだし……他に方法は、無かったのかと、今でも苦悩したりするが……結局、やっぱりどうにもならないものは、どうにもならないのだろう。

 と。

「お兄ちゃん? 大きくなった?」
「おう、アメリカ人のメシって、すげぇんだよ……量が半端ないからなー」

 というか、夜中に日本食が恋しくなって、厨房に忍び込んで料理作ってたら、いつの間にか訓練所のコックにスカウトされてしまったし。
 ……僕はケイシー・ライバックじゃないってのに、まったく……

「もう大丈夫だからな。沙紀も、姉さんも、僕がちゃんと守ってやる!!
 今日から、沙紀のお兄ちゃんは無敵だぞ」

 力瘤を叩いて、僕は沙紀の頭を撫でた。



 僕が戦い方を変えた事。さらに、魔女を狩る効率も、姉さんが一年前にとったペーパーのバイクの免許を使う決心をした事で、格段に効率があがっていた。
 ……何でも、頑張る僕を見てて、何か無いかと思ったらしい。
 ドンくさい姉さんにしては、きびきびと動かすバイクの後部座席に座りながら、最初、僕は面食らった。

「姉さん、最初、合宿で免許取った時、『私にはやっぱ乗り続けるの無理だ』とか、言ってなかったっけ?」
「あら、颯太が教えてくれたんじゃない? 『頑張れば何とかなる』って。颯太が訓練してる間、私だって遊んでたわけじゃないのよ?」
「むう、姉さんが大人だ」
「あら、私は御剣颯太のお姉さんなんだから、当然でしょ」

 さらっと微笑む姉さん。
 と……

「颯太、近いよ!」
「うん!」

 魔女の結界の中を、姉さんのバイクが使い魔を蹴散らして疾走しながら、僕は姉さんのソウルジェムから渡されたショットガンを、手にする。
 10番ゲージ……自動車のエンジンをぶち抜き、大型の猛獣すらも仕留めるスラッグ弾が、魔女を直撃。更に発砲、発砲、発砲。

「次っ!」

 続いて、アサルトライフル! SR-25……7.62mmNATO弾をバラまく。
 僕が発砲するその間も、姉さんは魔法少女の姿で、バイクを動かす手を緩めない。

 姉弟がバイクと共に一体となって、姉さんが魔力を付与したバイクで機動力を駆使しながら、僕が銃火器を連発。探索もバイクがある事によって、より効率的に巡回が可能。
 これが、今の僕たち姉弟の戦闘スタイルだった。

 そして響く、魔女の断末魔。落とされるグリーフシード。

「……ほんと、効率は良くなったわね。魔女も多いし、グリーフシード集め放題だわ。
 こんなご近所の、小さな縄張りなのに」
「感心してる場合じゃないよ、姉さん。魔女が多いって事は……」
「それだけ、犠牲者も増える、か……うん、『ご町内の魔法少女』として、頑張らないとね!」
「まあ、そうだけど……それ以上に、敵の魔法少女を、引きよせかねないって意味なんだけど」
「そん時は、私がこう言えばいいんじゃないの? 『たーすーけーてー、はーやーたー!』って」
「姉さん! ……全くもぉ」

 何というか。
 魔女を狩る事に関しては執念を見せても、魔法少女同士の諍いにはとんと興味を示さない姉さんに、僕は呆れ果てた。

「だってさ。私と颯太がいなくなっても、この縄張りの魔女たちを綺麗にしてくれるんだよ? それなら歓迎すべきじゃない」
「姉さんさぁ? 自分が生き延びるためのグリーフシード集めくらい、考えようよ?
 それに、僕らより戦闘に長けてるわけじゃないかもしれないし、佐倉杏子みたいな魔法少女に渡ったら最悪だろ?」
「だって、そんな魔法少女、颯太君が許さないでしょ?」
「感情的なモノと、実力は全く別だ、って言ってるの。今の僕でも、佐倉杏子を倒せるかどうかは……2:8だね」
「8が颯太?」
「2が僕だよ! 8が佐倉杏子! しかも、トラップまみれの『僕らの縄張りの中で』っていう前提条件付き!
 ……正直、強くなればなるほど、魔法少女の強さって、底が知れないなって思えてくるよ」
「あら、お姉ちゃんも魔法少女だよ?」
「お姉ちゃんは対魔女支援特化型だからでしょ? ……単純に戦闘型の魔法少女は、ほんと怖いよ」

 偽らざる事実である。
 過去、何度か縄張りを狙って遭遇した魔法少女の動きが、本当にありえない動きをしてくるから恐ろしい。
 ……まあ、素人技丸出しで突っ込んでくるのは、色々とありがたいんだけど、僕自身の体の動きが、現実の武道武術やマーシャルアーツの枠にとらわれちゃっているからこそ、その枠を超えた動きに、対処が困難だったりする場面も多々あったりするのだ。
 要するに……

「実戦不足、か……」

 溜息をつきながら、僕は天を仰いだ。



「旅行に行きましょう♪」

 そんな風に闘いを続けてた、ある日。
 姉さんが僕に、突拍子もない事を言った。

「え、どこにさ? ……都内?」
「違うわよ、温泉。当たったのよ! ほら」

 そういって、チケットをひらひらさせる姉さん。
 ……いいのかなぁ?

「沙紀の面倒とか、気にしようよ? 最近、良くなってきたんだろ?
 旅行より、そろそろ退院の手続きとか、取るべきじゃないのか?」

 と……

「んふふふ、そうね。旅行から帰ったら、そうしましょ」
「……何か企んでるでしょ、姉さん?」
「あら、私は何も考えてないわよ? ほほほほほ」

 あからさまに何か企んでる風だったが……まあいい、引っかかってあげるのも、僕の務めだ。

「で、どこに行くの?」
「●●県某市。温泉街で有名なアソコ」
「はいはい、あそこねー」

 何の気なしに返事をした僕だったが……そこが、姉さんの死地になるとは。そして、あの悲劇の引き金になるとは、この時、思ってもいなかったのである。



「……何事?」

 宿について、暫くのんびりしていた僕は、異様な気配を感じて絶句した。

「颯太!」
「姉さん、どうした!?」

 いつもの服に着替えた姉さんは、その姿のまま僕に迫ってきた。

「キュゥべえに聞いたの! ワルプルギスの夜っていう、超巨大な魔女が出るんですって!」
「なんだって!?」
「私が聞いた限り、最悪の魔女、よ。今すぐ戦闘準備!」
「了解……あ、でも武装が!」
「今ある武器で、何とかして! お願い、颯太!」
「……くっ! 敵は待っちゃくれねぇ、ってか、上等だ!」

 と……

「お客さん、逃げてください!!」
「!?」

 この旅館の娘さんで、仲居さんをしている女の子が、部屋の扉を開けて現れる。
 というか……

「ソウルジェム……あんた、魔法少女なのか!?」
「えっ!? あなたたちは、一体何者なんです!?」
「いや、ただの客なんだけど……姉さん」
「うん!」

 そう言って、変身する姉さん。

「すごい偶然なんだけど。
 私も、魔法少女なの。このへん一体の魔法少女を集めて、ワルプルギスの夜を食いとめましょう! 私も颯太も協力します!」
「無理です……縄張りとして美味しく無いこのへんには、魔法少女は私くらいしかいないんです!
 だから、可能な限り、街の人たちを避難をさせて、この街から、撤退する事にしました」
「ちょっと待てよ! お前、まだ諦めるのは早いだろ!」
「人間の、まして、他所者のあなたには関係ありません! 逃げてください!」
「魔法少女や魔法少年が、そう簡単に魔女相手に背中見せて逃げられるかよ! 姉さん!」
「うん、颯太!」

 そう言って、姉さんに変身させてもらう。

「……あなたは!? いえ、あなたたちは、何者なんですか!?」
「通りすがりの、魔法少女と魔法少年だ! アバヨ!」

 そう言って、僕と姉さんは、外に駆け出した。



「っ!! こっ……こいつぁ……」
「は、颯太……」

 まず、その存在感に、威圧され、圧倒される。
 ……甘かった。誤算だった。僕も、姉さんも、逃げるべきだった。
 これは、十分な下準備も無しに挑んでいい相手ではない。今すぐ逃げるべきだ。

 だが……

「颯太、喰いとめましょう」
「姉さん、無茶だ!」
「魔女の捕獲は、私の十八番よ。私が捕まえる、そして逃げ遅れた人たちを、颯太が逃がして!
 ……お願い、私の魔法少年! 逃げ遅れた街の人たちを救って!」
「……いつもの通り、ってワケか! しょうがない、やるだけやるさ!!」

 そして……絶望的な撤退戦が始まった。
 姉さんの『檻』をぶち壊しては、暴れ回るワルプルギスの夜。はっきり言って、そこらの魔女とは桁が違ってた。

「っ……くそおおおっ!!」 

 目の前でワルプルギスの夜に潰されて行く人たちに、歯噛みと涙を流しながら、それでも俺はRPG-7のHEAT弾頭をぶっ放し続ける。
 モンロー効果によって、300ミリの鋼板を穿ち抜くロケット弾の直撃を喰らいながらも、全く効果が無い。
 救えない。
 誰ひとりとして、僕は救えない。
 何が正義の味方だ、何が魔法少年だ。

「っ……」

 何度目かの姉さんの『檻』に囚われて、ぶち破るまでの僅かな時間。
 泣いていた一人の男の子を掻っ攫い、僕は、比較的安全な所まで運んだ。

「後ろを向くな! 走れっ!! 坊主っ!!」

 尻を蹴飛ばし、追い立てる。
 結局、何十人、何百人と見捨てて、助けられたのは一人。
 それが、御剣颯太と、御剣冴子のコンビの限界だった。

 ガキィィィィィッ!! と……轟音と共に、何度目か……姉さんの『檻』が壊れる。

「颯太!」
「行かせねぇ……これ以上、行かせてたまるかぁぁぁぁぁ!!」

 姉さんから渡されたアーウェン37……暴徒鎮圧用の連発式グレネードランチャーの引き金を引き、炸裂弾を連発しながら、僕は絶叫と共に、ワルプルギスの夜相手に、絶望的な撤退戦闘を姉さんと戦い抜いた。



「姉さん……大丈夫?」
「颯太……生きてる?」

 ありとあらゆるモノが破壊し尽くされた中で。
 僕と姉さんは、大の字に横たわりながら、それでも互いの無事を笑いあっていた。

「結局、滅茶苦茶になっちゃったね……」
「逃げとけばよかったな……ホント。骨折り損だよ……」

 耳の奥には、助けられなかった人達の絶叫と悲鳴、そして人体が物理的に潰れる断末魔の音。
 ……正直、心が折れそうだった。だが。

「姉さん、生きてて、良かった」
「うん、颯太も生きてて、よかった……あぐぅっ!!!」

 唐突に。
 苦しみ出した姉さんが、ソウルジェムに収めてあった武器やお金を撒き散らし、その場でごろごろと転がり始める。

「なっ、どっ、どうしたの、姉さん!!」
「わっ、わかんない……颯太……逃げて……わかんないけど……何か……あっ、ぐ……ああああああああああああああああああっ!!!」
「姉さん、姉さん、しっかりしてよ! 姉さんっ!!」
「っああっ、ぐああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!!」

 そして……黒い閃光が、姉さんのソウルジェムからほとばしり、黒い煙のような『何か』を生み出し始める。
 ……いや、それは、よく、見覚えのある……

「……魔女……まさか!!」

 考えるより先に。
 僕は、姉さんが撒き散らしたRPG-7の発射筒を手に、転がってたHEAT弾頭をセットしていた。
 意思より先に。
 訓練を受けた体は、反射的に動いて、RPG-7を構える。
 照準の先には、何か、燃え立つ業火のような車輪の中心に、人間の顔をのぞかせた魔女の姿。

「ちくしょう!! 姉さんを苦しめたのはお前かっ!!」

 戦闘続行。
 僕は散らばった武器弾薬を全て、その魔女に叩きこむが……その魔女の攻撃は狡猾で、僕を攻撃しながらも『落ちてる武器を狙うかのように』車輪で引き潰されていった。
 なんというか……『僕の闘い方を、知ってるような』強敵だった。
 だが……最後に拾ったのは、奇しくも……

「トドメだあっ!!」

 最初の魔法少年だった頃の武器。
 『兗州(えんしゅう)虎徹』の一撃を最後に、魔女はグリーフシードを残して、消滅した。

「もう大丈夫だよ。姉さん……姉さん?」

 既に……姉さんは、動かなくなっていた。
 服も、普段着に変化しており……魔法少女の姿では、なくなっていた。
 いや、それは人間ですら無い。人間であったという物体。
 ワルプルギスの夜が暴れた後に残っていた『モノ』と同じ存在……つまり……死体。

「……冗談はやめてくれよ。
 魔女は倒しただろう? ワルプルギスの夜からだって、逃げられただろう!?
 なのに……なのに、何で死んじゃうんだよ!!」

 と……

『何を言ってるんだい、御剣颯太。君のお姉さんは、今、君が殺しちゃったじゃないか?』
「……キュゥ、べえ? なんで見えるんだよ? 僕は今、ソウルジェムを持ってないんだぞ?」

 この騒動の元凶。
 妖怪じみた物言いに胡散臭さを感じ、俺は姉さんと一緒にいるときも、極力こいつを近づけなかった。

『今回は、特別に君にも見えるように調整したのさ。大事な話があるからね』
「大事な話、だと?」
『うん。不思議なんだけどね。
 君の抱え込む『因果の総量』は、君が『魔法少年』を始めてから今日まで、ずっと原因不明の増大の一途をたどっているんだ』
「因果、だと? ……そういや、姉さんが言ってた『エントロピー』って、何だよ?」
『君たち人類が持つ感情エネルギーの熱量、と言ってもいいかな。
 僕たちインキュベーターは、その熱量を回収することで、宇宙の死を延ばそうとしているのさ』
「宇宙の死? ……ああ、熱量保存の法則かよ。 『宇宙が死ぬ』ってのは、冷えて動かなくなるって意味か?
 そいつを回避するために、『人間の感情』ってモンが必要だって事か?
 ……だったら、何だってんだよ?」
『うん。君の背負った因果の総量を省みるに、僕らとしては、特例として君と契約したいと思ってるんだ』
「……契約、だと?」
『うん。僕と契約して、魔法少年になってよ?』

 脳天気な笑顔……否、こいつは表情を変えることはない。
 ただ、角度の問題でそう見えるだけ。だからこそ。

「……一つ聞かせろよ。『姉さんを俺が殺した』って……何なんだよ?」
「正確には、『魔女になった君のお姉さんを、君が殺した』って事かな?
 そんな事より、僕と契約を」
「……説明しろ。キュゥべえ。どういう理屈だ!?」

 はらわたが煮える。ヘドが出そうになる。だが……ここは、あえて血は腹に留め、頭には上らせてはいけない。
 少なくとも『コイツを相手にしている時は』そうしてはいけない。直感的に、そう思っていた。

「今の君には、無意味な事だよ。共に宇宙の未来を見据えて、僕と契約すべきだ。
 君が望めば、死んでしまった君の姉さんだって帰って来ると思うよ?」

 その言葉に、一瞬、揺れる。だが……

「契約には説明の義務があるぞ、キュゥべえ」

 漠然と、思っていた。
 魔法少女には……コイツには、何か人間とは別の、おぞましい理屈が存在している、と。
 それは……あたかも佐倉神父の胡散臭さであり、TVで肩書だけで偉そうな事を言うコメント屋以外仕事の無い大学教授や、インチキ臭いダイエット商品の通販番組と同列の匂い。
 『ペテン屋』……俺がそう呼ぶ、自分にだけ都合よく、無知な者を騙して嘲笑い、己の利益のためだけに奔走する者。
 某漫画的に言うなら……『吐き気のする悪の匂い』。

『……ふぅ。
 君としても、これはチャンスなのになぁ。僕らインキュベーターが……』
「『説明をしろ』と……俺は言ったんだが? 聞こえてないのか?」
『了解、分かったよ。魔法少女が、ソウルジェムの穢れを限界までため込んだ時、それは魔女を生み出すんだ』
「つまり、あれは……俺が殺した魔女は、姉さんだったってのか!?」
『正確には、『御剣冴子が生み出した魔女』って所だけど……まあ、その解釈で大きな間違いはないよ』
「っ!!!!!!!」

 煮えくりかえる腸が沸点を超え、俺は……『キレ』た。
 消す。
 こいつは……インキュベーターは『消す』。ありとあらゆる手段を用いても。障害となる存在全てを排除し、『コイツを消す』。
 そのためには、俺自身も何も、世界がどうなろうが、構うものか。
 自分でも『壊れた』と自覚する程の、うすら笑いを浮かべ、俺はインキュベーターに向き直る。

『……どうやら、冷静になってくれたようだね。御剣颯太』
「ああ。確かにな……『冷静にはなったよ』。
 そんでな……願いも、今、決まった」
『そうかい? さあ、御剣颯太。有史以来、初の魔法少年の誕生だ!
 君の願いは、僕らインキュベーターとしても実に興味深いモノだよ』
「ああ、そうかい? じゃあ、聞いて驚くな?
 俺の願いはな……『全てのインキュベーターを消し去りたい。過去、未来、宇宙。ありとあらゆる並行世界の時間軸や異次元その他全て含めて! それら世界に、お前らインキュベーターが存在していたという、歴史的事実の後欠片も無く、全てだっ!!』」
『!!!???』

 流石に、一瞬、パニックになるインキュベーター。

「どうした? 宇宙がどーだとか偉そうな寝言をのたまう割には、自分自身に災難が降りかかってみりゃ、尻ごみか?
 叶えてみせろよ? やってみせろよ? 宇宙のためだどーだなんて、他人嵌めながら笑って寝言ヌカすんだったら、まず手前ぇから先に死んで見せるくらいの覚悟見せろやぁっ!」
『御剣颯太、君の願いは、途方も無さ過ぎる。それは僕らインキュベーターに対する反逆どころじゃない、因果律そのものに対する反逆だ!』
「知った事かよボケ。第一テメーら何様だよ?
 ああ、確かに姉さんはおめーと傭兵契約みてーな事を結んだよ! そんで大金手にして、俺も沙紀も救われたよ!
 傭兵の仕事ってのは『死ぬ事まで含まれる』以上、どんな死に様さらそうが、そりゃ自業自得ってモンだ! 『二束三文の端金で、好きこのんで鉄火場に首突っ込む』連中に、ジュネーブ条約は適用されねぇからな。そういう意味じゃ、姉さんの死に方は『死に方としちゃあ間違っちゃいねぇ』よ!
 ……でもな、それをお前は一言でも口にしたか?
 契約に当たる前に、まず必要事項の説明ってモンがあるべきなんじゃねぇのか?
 それをしないってのはな、人間の間じゃ詐欺って言うんだよ!」
『酷い言い方だね、御剣颯太。僕はちゃんと『魔女を倒す魔法少女』をしてほしい、って説明したよ?
 第一、僕らインキュベーターが、人類の商習慣にまで付き合う義理は無いよ?』
「そんじゃなおさら、テメーらのそれは、人間の視点じゃ『契約』たぁ言わねぇよ。詐欺っつーんだ詐欺!」
『……少なくとも、僕らは君ら人類に対して、家畜よりは誠意を持って接しているつもりなんだけどね』
「家畜……だと?」

 腸が煮える。それが頭を余計にクールに回す。

「本音はソコじゃねぇか。テメーは要するに、俺や姉さん含めた人間様全部舐めてんだよ。ふざけんじゃねぇ!」
「何を言うんだい。人類がこれだけ発展してきたのは、僕らインキュベーターが居たからこそなんだ。
 僕らと人類は、共存と共栄の関係なんだ。
 見せてあげるよ。僕らインキュベーターが、魔法少女と作り上げてきた、『人類の歴史』を……」

 そう言って……俺は、インキュベーターと魔法少女の歴史を見せられる。
 驚いた事に、ありとあらゆる場所で……インキュベーターと魔法少女が、歴史に関わっていた。
 だが……

『……どうだい、御剣颯太。
 あの状況で、僕らを驚かせる程の提案をする、君ほどの知性の持ち主なら、僕らインキュベーターが人類と共に発展してきた意味を、理解できるだろう?
 君なら分かるはずだ。必要な犠牲というのは、どこにだって産まれてしまうという事を』
「ああ、理解はしたぜ? だからこそ、『俺の願いは変わらない!』」
『!?』
「お前の語った歴史は、確かに一面の真実なのかもしれん! お前の言ってる事が嘘かどうかはともかく、人間は身勝手でワガママで滅茶苦茶な生き物だ。
 だが、お前が語って見せたのは『魔法少女の視点』の歴史であって、人類全ての歴史じゃねぇ!
 ……いいか、よーっく聞けインキュベーター!
 魔法少女が……『女』が魔法と祈りで『奇跡』を起こすってんならなぁ!
 魔法少年は……『男』はなぁ、努力と根性で『奇跡』を起こして見せンだよ!!」

 それは、俺の叫び。
 ……俺が今まで、姉さんと共に闘い抜いた、俺の魂の叫びだった。

『僕と契約しなければ、君はただの人間のままだよ? それは現実的な判断じゃない』
「その人間様に『寄生してる寄生虫』が、偉そうな寝言吐いてんじゃねぇよ!
 ……それに、ちゃーんと俺は、願いを言ったはずだぜ?
 『全てのインキュベーターを消し去りたい。過去、未来、宇宙。ありとあらゆる並行世界の時間軸や異次元その他全て含めて! お前らインキュベーターが存在していたという、歴史的事実の後欠片も無く、全てだっ!!』」
『……仮に、君がそんな願いをかなえたとしたら、人類は穴倉で生活する事に……』
「なるわけねぇだろ?
 ……男ナメてんじゃねぇよ!
 誰かを守るために生きて、必死んなって闘ってる男を、舐めてんじゃねぇよ!
 ……たしかに、世界は今と変わっちまうかもしんねぇ……だが『それだけ』だ!
 男が女子供を守って汗水流して働いて血ぃ流すのは、人間様が北京原人やってた頃からゼッテェ変わんネェ理屈なんだよ!
 そいつを忘れない限り……誰かを守るって思いがある限り、男ならいくらだって奇跡なんざぁ引っ張り込んで来れるんだ!
 ……知ってっか? 人間の遺伝子はヨ、男の方が生まれる確率高いんだぜ? つまり、生物学的に男の仕事ってのは『誰かを守って死ぬ事』までハナッから含まれてるんだ! 『必要な犠牲』なんて、とっくに自前で用意されてんだよ!
 人間様はな……人類はなぁ『女だけでも男だけでも出来ちゃイネェ』んだよ!! 一方的にモノ見て寝言クレてんじゃねぇ!!」
『……御剣颯太……君は……本当に、何者なんだい?』
「ダタの男だよ、馬鹿野郎。家族ひとつ満足に守り切れない……タダの男だ!
 ……消えな、インキュベーター。
 そいつを叶えるつもりが無い限り、テメーに用は無ぇ……沙紀にも、誰にも……少なくとも、俺の身の回りに、二度と近づくな!! ……ああ、お前が『宇宙のために、全インキュベーターと引き換えに、俺と道連れで構わない』ってんなら、上等だ。俺が……『魔法少年たる御剣颯太』が、地獄の底まで、お前らインキュベーター共と、いっっっくらでも付き合ってやンぜ?」
『……わかったよ。人も来たし今は消える。
 でも、二度と近づかないって保障は無理だけどね。君が察した通り、魔法少女が居る以上、僕らはどこにでもいる。
 ……本当に、人間は……ワケが分からないよ』

 そして……インキュベーターは俺の前から、立ち去っていった。
 ……後には……

「姉さん……姉さん……うわああああああああああああああああああああああああっ!!」

 姉さんの亡骸……そして、グリーフシードを握りしめ。俺は絶叫した。

「おい、生存者がいたぞ!」
「奇跡だ……」

 そして……警察や消防、自衛隊の人たちが、僕たちを取り囲む。

「こっちは……」
「無理だ、既に」
「触るなぁ!!
 ……闘ったんだ! 姉さんは俺と必至に闘ったんだ!
 後からノコノコやってきたお前らに、姉さんに触る権利なんてねぇ! 触るなぁ! 姉さんに触るなあああああああああああああ!!」
「落ち着け! 坊や!」
「こんな大けがで……凄い力だ……鎮静剤っ!」
「はいっ!!」

 大勢の大人に取り押さえられ。
 首筋に走った痛みと共に、俺は意識を手放した。



「……………」

 被災地の病院で。
 俺はベッドの中で目を覚ました。
 ……手の中には、『姉さんだったモノ』のグリーフシード。
 それと……

「気付いたようね……それ、幾らはがそうとしても、握り込み過ぎて、はなしてくれなかったのよ」
「なんで僕の刀が、ここにあるんですか?」

 立てかけてある『兗州(えんしゅう)虎徹』……間違い無く、俺の愛刀だった。

「警察の人が、持ってきてくれたの。……御剣颯太君。君って、一部の人には有名人みたいね?
 『西方慶二郎、最後の弟子』……彼の晩年を救った天才少年剣士だって、絶賛してたわよ?」
「……師匠の事、知ってるんですか?」
「私は知らないわ? 警察の人に聞いて」

 そう言って、看護婦さんは、立ち去っていった。



「あなたたちは……」

 翌日、やってきたのは……警察の人、それと、自衛隊の人に、消防の人。
 いずれも、師匠の葬式で、見た事のある人たちだった。

「御剣君。
 君は……君とお姉さんは、たまたま居合わせた災害現場で、必死になって救助をしていたそうだね?」
「……どうして、それを?」
「彼がね、どうしても、君に会いたいって……彼の証言の特徴や、被害状況からピンと来たんだ」

 そう言って、俺の前に現れたのは……あの時、尻を蹴飛ばした、小学生以下の男の子。

「……あの……ありがとう、ございました」
「っ!!!!!!」

 違う。彼に感謝される筋合いはない。

「違うんだ、ぼうや。
 俺が……俺が、本当に守りたかったのは……姉さんだったハズなんだ。
 ……だから、間違ってるんだよ……こんなの、絶対おかしいんだよ!」
「御剣君……」

 歯を食いしばる。警察の人に、色々、師匠の事とか、聞きたい事はあった。
 だが……

「皆さん……行ってください」
「御剣君?」
「まだ、被災地で生きてるかもしれない人は、いるはずだ!
 俺はこのとおりのザマです。でも、皆さんは動けます! だから……一人でも多く『生きれるかもしれない』人を助けてくれよ!
 ……それが、姉さんの望みでしたから……お願いします!」
「っ……君は……!!」
「動いてくれよ! 今、動けない俺なんかに構うより、もっと苦しんでる人を助けてくれよ!
 皆さん、自衛官で、警察官で、消防の人だろーが!? 後からでも何でもいい! 助けてくれよ、助けてやってくれよ! 頼むよ……取り返しがつかないなら『取り返しがつくモノくらい』救ってくれよ……頼むよ……お願いだよ……見捨てて行ってくれ……救いたかったモノを救えなかった俺なんて……」

 俺の言葉に、全員が敬礼をし、そして部屋を去っていく。

 それが……俺が、『正義の味方』として吐きだした、最後の言葉だった。



「……申請書、か……」

 何でも。
 俺が、姉さんのボディーガードみたいな事をしてた事は、バレてたらしく。
 さらに、師匠のネットワークから、例の刀鍛冶の人のところまで、警察にバレ。……でも、『西方さんなら仕方ない』みたいなノリで、特別な使用許可をもらえる推薦書とかを出したそーな。
 ……無論、警察にある程度協力する(刃物を使った実験等)事が、前提になってしまったが、まあ、ささいな問題だ。

 ……本当に、何者だったんだろうか、師匠?
 後で知った警察の人曰く、『恩も恨みも買いまくってる人』だったそうだが。……まあ、『悪い大人』だった事は、間違いは無いしなぁ。

「さて、と……」

 見滝原に帰る、電車の中。
 姉さんの骨壷とグリーフシード、それに諸々の荷物を抱えながら、俺は電車から流れる光景を、呆然とながめていた。

「『正義の味方』なんて、廃業だな……」

 少なくとも。
 魔女と魔法少女の理屈を知って以降。俺はこんな世界に、積極的に関わる気は、失せていた。
 理由も無い。その動機も無い。
 きっと、インキュベーターは、哀れな魔法少女を量産するつもりなんだろうが……正味、俺には『どうでもよかった』。
 ただ、残された沙紀と、俺と……二人で静かに暮らせれば、それでいい。
 奇跡も魔法も、クソクラエだった。
 幸い、姉さんが残してくれた遺産の殆どは、金庫の中だ。
 ただの御剣颯太として……今度こそ、剣の世界から身を引き、和菓子を作って、沙紀の笑顔だけのために生きよう。
 穏やかに、二人で暮らす。沙紀のために、どうしても必要な時だけ、俺が剣を握ればいい。

『見滝原~見滝原~』

 駅を降りる。
 荷物を抱えながら、痛む体を何とか動かして……限界を悟り、俺はタクシーを駅前で拾う。

「……!?」

 家に、だれかいる。
 不審に思い、玄関を開けると……

「お帰り、お兄ちゃん♪」
「さっ、沙紀?」

 そこに、予想だにしない、沙紀の姿があった。
 そして……

「あのね……えいっ♪」

 恐ろしい事に……沙紀は、その場で『変身』してのけた。

「えへへー、お兄ちゃん! 私も、お姉ちゃんと一緒の、『魔法少女になったの♪』
 お姉ちゃんの事は、残念だったけど……今度から、私がお姉ちゃんの代わりに……お兄ちゃん?」
「うわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!」



 どうやら、正義の味方を辞める事は出来たとしても。……魔法少年は……終われそうに、無かった。



[27923] 幕間:「ボーイ・ミーツ・ボーイ……上条恭介の場合 その1」
Name: 闇憑◆27c607b4 ID:cb2385d9
Date: 2011/07/04 08:52
 豪快な人だな。

 最初に、僕……上条恭介が、御剣颯太という人物に抱いた印象は、そんな感じだった。
 ただ、彼自身、自分の事を『芸術と縁の無い無骨者』と言っていたが、少なくとも話をした印象では、僕のバイオリンを『分からない』人では無さそうだな、ということ。
 ……少なくとも、僕を『バイオリンの天才少年』などと褒めそやし、何も知らず訳知り顔で近づいてくる大人たちとは、確かに違って。
 その目には、確かに『僕のバイオリンに対する』本当の敬意が浮かんでいた。

 おそらく、彼自身の言動と口調から察するに、粗野ではあっても感性そのものが鈍いわけではない。
 きっと、彼の人生の中で、楽器や音楽に触れる機会が無かっただけなのだろう。もし、彼が、彼自身の感性をもってバイオリニストを目指したら、意外とイイ線まで行くのではないか?

 そう思えたからこそ。
 また、さやかとその友人を、窮地から救ってくれた恩もあり。
 こうして僕は、僕のファンだという、彼の妹のマシンガントークに付き合い……

「上条さん、私と付き合ってください!!」
「……え!?」

 ……流石に、付き合いきれそうに、無かった。



 結局、彼はこっちが恐縮しそうな程の勢いで、その場で妹を叱りつけて拳骨を降らせ……ついでに、僕の直観が、そう外れたモノでは無いという経歴の話まで漏らし、僕の前を固辞していった。
 ……多分、苦労してる人なんだろうな。あの妹さんの事含めて、色々と。
 言葉の端々に滲む印象は、どちらかというと僕の周囲に居る父さんや母さんも含めた大人たちとは違い……そう、何というか、昔、小学校の頃の社会科見学で、仕事場を説明をしてくれた工場のオジサンたちに近いモノがあった。
 それだけに……少々、『勿体ないな』という思いがあった。きっと、僕と近しい年齢ではあっても、僕とは遥かに違う厳しい環境に生きてきた人なのだろう。
 ……それだけに。
 彼の人生を否定するつもりは無いものの、彼の『感性』は未熟ながら一個のバイオリニストとして、『惜しい』と不遜ながら思ってしまった。
 少なくとも、僕は……彼は元々『真っ直ぐに人を見る事が出来る人』だと思った。
 だが、環境が悪かったのか星の巡りが悪かったのか。彼は楽器や音楽のような『自分を表現する手段』とは巡り合う事も無く、あそこまで行ってしまったのではないか?

「悪い人じゃ、無いと思うんだけどなぁ」
「うん……結構、いい人、だと思うんだけどね……」

 病室で、さやかが何か、影のある顔をしていた。

「ん? どうしたんだい、さやか」
「あのね、さっき不良に絡まれた話って、結局、調子に乗ってた、あたしが原因だったりするの。
 そこを、あの人が救ってくれたんだけど……『何考えてんだ』って、思いっきり怒られちゃって顔ひっぱたかれちゃって」
「そりゃあ、怒られるよ。アタリマエじゃないか」

 先程の、妹さんに対しての御剣さんの説教を思い出す。
 彼は、言葉よりも行動で示すタイプなのだろう。だからこそ、誰よりも厳しく映るのに違いない。
 ……少なくとも、僕が事故で入院するまで、僕の身の回りに近寄ってきた、上辺だけ礼儀正しい『大人』とは違う。ちゃんと男らしく筋を通す、本当に真面目な人なんだろうな、とは思った。

「……うん。そうだよね。
 でもさ、それまで、あの人の事、悪い噂しか聞いてなかったから……ちょっと迷ってんだ。
 ねえ、恭介。あなたは、彼の事……どう思った?」
「誤解はされやすいのかもしれないけど。多分、さやかは間違ってないと思うよ?」

 僕とさやかは、幼馴染だからこそ。
 こうして、共通する見解もまた、多いのかもしれない。

「……うん、そうだね。
 あのさ、ちょっと……無理かもしれないけど、あの人に頼みごとがあってさ。
 さっき、ちょっとその話したんだけど……もういっぺん、謝って、お願いして来ようかって思うんだ」
「うん、行っておいで。多分、本気で頭を下げてお願いすれば、話を聞いてくれない人じゃないと思うから。
 ……さやかが彼に、何をお願いするのか知らないけど、断るなら断るなりの理由も、ちゃんとあるだろうし」
「あははははは、恭介ってさ、やっぱバイオリンとかやってるからかな? 芸術肌でカンとか鋭いよね」
「そう……かな?」
「そうだよ。
 大人しい顔して、さらっと本質を突いた、ドキッとするような事、たまに言うじゃない。
 大人たちや男友達の前では、大人しく猫かぶってるけどさ。
 ……なのに、なんで……」
「?」
「……ううん、何でも無い、行ってくるね! あ、ついでに花瓶の水、かえてくるよ」

 ふと。
 僕はそこで、さやかに助け舟を出す事にした。

「だったら、この花瓶と花、御剣さんの病室に持っていってあげて。
 そんで『気にして無い』って、伝えてくれないかな?」
「あ、うん。……ありがと、恭介」

 そう言って、さやかは僕の病室から、花瓶を持って、出ていった。



 そして……

 ガシャン!!

「……さやか?」

 何かが落ちて、割れれる音。
 僕が何とかベッドから身を起こし、松葉杖をつきながら、病室の外に出ると……案の定、御剣さんの妹とさやかが、割れた花瓶の掃除をしていた。

「さやかぁ……」

 僕は溜息をついた。

「あっ、ごっ、ごめんね、恭介。手をすべらしちゃった……」
「おい、ナースセンターからモップ借りてきた……あ、さっきはどうも、すンませんでした、お見苦しい所を」

 そこにモップを持ってやってくる、御剣さん。
 まったく……

「手伝いますよ」

 そそっかしいさやかに割れモノを持たせてしまった責任感から、そう名乗り出たが……

「いや、結構です。ってぇか、その体じゃ無理ですって。それに、すぐ片づけますんで」
「うん。ちょっと恭介はどいてて」

 そう言って、さやかと御剣さんは、割れた花瓶と花を、手際良く片づけて行く。……というか、御剣さんの手際は、どこか手慣れた感じがした。
 ……きっと、あの妹さんが、料理の皿とか割っちゃったりしてるのを、片づけたりしてるんだろうなぁ……
 さやかと比べても、片づけの手際の悪い妹さんと見比べて、何と無くそんな光景が脳裡に浮かんだ。

「すいません。さやかがご迷惑を」
「いや、なに、こっちのほうこそ、ウチの沙紀が迷惑かけまして」

 何となく、奇妙なシンパシーを感じながらも、彼らが……さやかも沙紀ちゃんも含めて、どこか思いつめた表情をしてるのは、気のせいだろうか?

「さて、と。
 すんません。こいつとちょいと話があるので……貸してもらってよろしいですかね?」
「さやかと? ええ、彼女も御剣さんに、話があったそうなので、よろしくお願いします。
 ……あ、モップ。ナースセンターに帰しておきましょうか?」
「えっ……いや、その体で」

 彼が、辞退しようとした時。

「恭介。お願い」

 真剣な表情で、さやかが僕に、立て懸けて置いたモップを、押し付けてきた。
 ……余程、大切な内容らしい。

「うん、わかったよ、さやか。
 ……じゃあ、御剣さん。これ、僕が返しておきますね」

 そう言って、杖をついてないほうの手で、モップをしっかり握る。……きっとこうでもしないと、彼は僕を気遣ってしまうだろうから。

「……すいません。お手数おかけします。
 行くぞ、沙紀」
「うん」

 そう言って御剣さんは僕に頭を下げて。
 ……さやかも含めた三人は、屋上へと上がっていった。



 ドカン!!

「!?」

 ナースセンターにモップを返している間。
 屋上から、ハンマーを岩に叩きつけたような音が聞こえ、僕も含めて敏感な何人かが、上……天井を向く。

 ドカン!!

 間を開けて、さらに、もう一発。
 患者の人たちはみんな、結局気にも留めないが、何人かのナースの人が、懐中電灯を手に階段を上がっていった。

「……何が、あったんでしょうか?」
「さあ? 今、見に行ってますけど……隕石でも落ちたみたいな音でしたね?」

 そういえば、御剣さん、病室に戻っているのだろうか?
 少し話をしてみたいと思ったのだが、病室にもおらず、屋上を見に行った看護婦さんたちに見つかった様子も無い。
 ……という事は、まだ屋上に隠れて……いや、ひょっとして、別の非常階段あたりから逃げたのかな?

「……変な事に、なってなければいいけど……」

 かっとなったさやかは、時々、僕も予想のつかない行動に出るからなぁ。……御剣さんに、また、迷惑かけてなければいいのだが。



「……ふわぁぁぁぁぁ……」

 翌朝。
 何かの悲鳴を聞いたような気がして、やけに早く目が覚めてしまった僕は、ふと気になって、隣の御剣さんの病室へと向かった。
 ……やっぱり居ない。でも……昨日の夜に戻ってはいたみたいだな。
 起きぬけに乱れたままのベッドの様子からして、僕より早く起きて、病室から抜け出したのだろう。
 恐らく、病院内のどこかに居るはずだ。

「……今日で、退院、か」

 長かったような、短かったような、入院生活。
 おそらく、二度とココに来る事は無いだろう。……そう願いたい。
 だからこそ、僕は朝食を取って退院するまでの時間を、無駄にするべきではないと思い、病院の記憶を留めておくべく、散策する事にした。



「……?」

 微かに聞こえた風斬り音に、僕は足を止める。
 おそらくは、誰も気づかない。
 バイオリニストの『耳』を持つ僕だからこそ気付けた音……否、『音』というより、違和感といってもいいレベルの気配。
 そんなモノに気付いて、僕は屋上へと足を向ける。

「ふっ!」

 そこに……一心不乱に、刀を振りまわす、御剣さんの姿が在った。
 僕には、武術や武道の事はよく分からないが……恐らく、型稽古、という奴ではないだろうか?
 その振るう剣の先に、僕はしっかりと御剣さんがイメージする『敵』を認識できた。だからこそ、ダンサーのような流麗さとは裏腹に、それが、完全に『実戦』に即したモノだと理解できてしまった。
 何故なら、そこには敵に対しての、一切の無駄が無いからだ。
 僕はバイオリニストのサガで、思わず彼の剣の動きを『どんな曲に例えるべきか』、無意識に頭の中の楽譜を探していた。
 無数の楽譜、無数の音色。僕が演奏可能な、あるいは聞いた、もしくは知る限りのクラシックの曲が、数多、脳裏を駆け巡り……愕然となる。

 『彼の動きは、僕が見聞きし、体験した、数多の歴史に洗練されたクラシックの曲の中の、どれにも該当しなかった』。

 クラシック、つまり『古典』というのは、人間が数多の時間をかけて洗練してきたモノの『原点』だと、僕は思っている。つまり……『原点』を、組み合わせて発展させて行けば、何がしかの現代の曲に至る、言わば原材料に等しい。
 確かに、彼にも『原点』と言うべき部分はあるのだろう。僕よりも優秀なバイオリニストの人ならば、彼の動きを『例える』事は可能かもしれない。
 だが、僕には出来ない。少なくとも、その技量は、今の僕には持ち合せてはいなかった。
 あえて言うならば『御剣颯太は御剣颯太』。そうとしか、今の僕には、彼の動きを、今の僕には表現のしようが無かった。

 と……

 ガタッ!!

「あ……」
「っ!? ……アンタ……参ったなぁ」

 うっかり立てた物音に、御剣さんが困惑したような目で、僕を見ていた。



 最初に、日本刀を病院に持ち込んだ事を口止めするように、懇願された後。

「その……御剣さん、本当に、剣術使いだったんですね」
「いや、その……まあ、うん。そんなのを、ちょっと……ね。信じちゃもらえなかったかもしれないけど」

 松葉杖を肩に立てかけながら、屋上の縁の段差に腰かけて。
 僕は御剣さんと、ようやく二人だけで話をする事が出来た。

「なんつーか、かっこ悪い所、見せちゃったなぁ。お前さんみたいにバイオリンでも弾けりゃ、様になってたんだろうけど」

 物凄く照れた顔で恥じらう御剣さんに、僕はそれを否定した。

「いえ、そんな事無いです。
 むしろその……すいません、気に障ったのなら謝りますが、その……すごく、綺麗だったんです。御剣さんの動きが」
「!? ……俺の、剣が?」
「はい。……失礼ですが、その『御剣』って名字からして、家に伝わる剣術とか、そういったのですか?」

 とりあえず、素直に思った事をぶつけてみるが、彼は苦笑して、手を横に振った。

「いや、ウチはそういう家じゃない。親父はタダのサラリーマンだったし、オフクロは専業主婦で、どこにでもある、フツーの家だった。
 剣術は……その、昔、俺が姉さんや沙紀と一緒に不良に絡まれてた所を、たまたま通りがかったお師匠様が、気まぐれで叩きのめしてね。その場で押しかけ弟子みたいな勢いで、お師匠様に頭下げて、無理矢理入門して習ったモンなのさ。
 しかも、もう師匠の教えてくれた型とは、かなり離れて崩れちまってる。
 ……まあ、そういう意味じゃ『御剣流』と言えなくもないけど、正味グダグダな代物だよ。結局、お師匠様からは、目録どころか切り紙一つ貰ってないし」
「目録? 切り紙?」
「あー、その……剣術の段位を示す証、かな? ほら『免許皆伝』とか、よく言うだろ?
 えっと、『免許皆伝』を最高位として、『免許』『中伝』『初伝』『目録』『切り紙』……雑なうろ覚えだから間違ってるかもだが、確かこんな順番で『修行を収めましたよ』って証明を、お師匠様がくれるわけなんだけど、結局、そこまで長い間、師事出来たワケじゃないから、教えは受けても『切り紙』すら貰ってないんだよ、俺」

 あれで『未熟だ』と謙遜する御剣さんに、僕は更に問いかける。

「その……『お師匠様』が、道場とか辞めてしまわれたんですか?」
「いや、お師匠様の寿命。
 六十近いアル中ジジィだったんだけど、死ぬ間際まで最強だったんじゃないかって思わせるほど、スゲェ強い人でね。で、ある日、いつものよーに、束収(月謝)のお酒持って家に訪ねていったら、ポックリ死んでた。
 俺の知る限り、最強の剣客にしては、呆気ない最後だったよ」
「……凄い人だったんですね」

 『死ぬ寸前まで最強だった剣士』という言葉に、僕は素直に感心した。
 ……あまり、言いたくは無いのだが。バイオリン……に限らず、クラシックの世界にも、『あそこまで衰えたのなら、後進に道を譲って引退すべきなのに』と、みんなに思われても、意地汚く過去の栄光に縋って居座り続ける、正に『老害』としか言いようのない大御所が、居ないわけではないのだ。

「凄いというか、滅茶苦茶な人だったよ、本当に。
 アル中で酔ってヤクザやチンピラに喧嘩売るのはアタリマエ。それでボコボコにしては逃げ出しちゃうんだから。
 警察に追い回された事だって、一度や二度じゃないしなー……今までよく捕まらなかったモノだよ」
「あは、あははははは……」

 苦いモノを思い出したような御剣さんの表情と話の内容に、流石に引きつり笑いしか出てこない。

 ……少なくとも、僕には想像もつかない、摩訶不思議アドベンチャーな世界だという事がよく分かった以上、彼の師匠に対する評価は、ちょっと考え直すべきかも。
 と、同時に。
 彼が、どこと無く『兄貴肌』な部分を備えてる理由が、分かった気がした。

 ……やっぱり、色々苦労しているイイ人だったんだな。

「それより、その……何でこんな時間に、屋上に? 今日、退院なんだろ、お前さんも?」
「ええ。それで、ちょっと……目が覚めたので、今まで居た場所を、見て回りたくて」
「……ああ、この屋上は、あんたの復活演奏の場所だったからな」

 爽やかに笑ってみせる彼の、尊敬の目に……僕は、急に恥じらいを憶えた。
 今にして思うと、同年代で、本当に敬意を持てる友人が、少なかったからか。あるいは、彼に傷を告白して甘えたかったからなのか。 
 ……多分、両方だろう。

「えっ、ええ……それもありますが……その……死のうと、思った場所でもありますから」
「っ!!」

 びっくりした表情で、彼は僕を見る。

「みっともない八つ当たりでね。僕、さやかを傷つけちゃったんです。
 分かってたんです。この左腕は、もうどうにもならないって……だっていうのに、それを受け止めきれなくて、かっとなって……」
「……いや、すまねぇな。立ち入り難い事を、聞いた」
「いえ、いいんです。御剣さんなら、信じてますから。むしろ、聞いてもらいたくって。
 バイオリンは弾けない、幼馴染は傷つける。そんな情けない自分に、もう何もかもがどうでもよくなって、死のうとして……結局、出来なかったんです。怖くなって」
「当たり前だよ。誰だって、死ぬのは怖い。俺も怖い。それは真実だ」

 真っ直ぐに、力強く。
 御剣さんは、僕の迷いを払うように、笑顔でそう勇気づけてくれた。
 だが……

「……御剣さんでも、ですか?」
「いや、怖いって。
 でも……死ぬのも怖いんだが、殺すのも結構、怖いんだぜ」

 その後に続いた言葉に、僕は衝撃を受ける。
 ……そうだ。彼の剣は、『誰かの命を絶つ』ためのモノだからこそ、あの美しさは成り立っていた。言わば『剣を使った殺人の機能美』と言ってもいい。
 ならば、彼は……本当に、殺人者という事になる。
 だが、僕にはどうしても。彼に『人殺し』のイメージを重ねて見る事が出来なかった。

「っ!! 御剣さんは……その……人を、殺したのですか?」
「俺の両親。
 姉さんと妹と俺と、家族全員で無理心中をしようとしてね……木刀打ち込んで、階段から蹴り落とした。
 そんで、結局色々あって、姉さんも無理が祟って、一年……もうすぐ二年になるかな? 死んじまった。
 ……俺が殺したようなモノさ」

 淡々と笑顔のまま語る御剣さんの言葉には、それでも、どうしようもない後悔と、自責の念の影が滲んでいた。

 ……迂闊だった。
 今の今まで、僕は、自分が、とんでもない不幸な身の上だと、思い込んでいた。
 だが、僕なんかとは比べ物にならない傷を、御剣さんは負っていたのだ。
 それでいて、彼は笑っていた。作り笑いでも何でも、勤めて明るく振る舞おうとして、僕を気遣っていたのだ。

「……すいません」

 それしか言えず。僕は恥じ入るように、目をそらす。
 まず不可能だろうが、もし……もし仮に、僕のバイオリンが他人を死に追いやったとしたら、僕はそれに耐えられるだろうか?
 ……多分、僕には無理だ。だが、御剣さんは、それを超えてなお剣を握り続け、あそこまで至ったのだ。

 ……敵わない。
 素直に、僕は、そう思った。

「気にしなさんな。もう慣れた話さ……まあ、気安く喋ろうって気になる内容じゃないけど、あんたなら、な。
 っていうか……お前さん、生きてて良かったじゃないか。左腕、治ったんだろ?」

 迂闊な事を口にしてしまった、と思ったのか。彼は僕の体の事に話題を変えてくれた。

「え、ええ。そうなんです。さやかが『奇跡も、魔法も、あるんだよ』って言って……そしたら、本当に、奇跡が起きちゃったんですよ。
 また、バイオリンが弾けるって……そう思うと、あの時、死ななくて良かった、って……」
「なるほど、ね……。
 だからよ、生きててよかったじゃないか。お前さんがもし死んじまったら、奇跡どころか、幼馴染傷つけたまま、謝る事すらも出来なかったんだぜ?」
「っ!! それは……そうですね、その通りです」

 言葉は単純に。
 それでも、力強く、僕を笑顔で励ましてくれる、御剣さん。
 
 ふと……僕の尊敬する先生のバイオリンを思い出す。
 簡単な曲、誰でも弾ける曲を、先生は熱心に繰り返していた。その音色は、恐らく、同じバイオリンで弾いたとしても、僕なんかが敵うモノではなかった。
 積み上げた鍛錬。それは、単純な曲ほど大きく出る。
 技巧で誤魔化す事の出来ない、シンプルな力強さが、彼の言葉にあった。
 だからこそ……

「あのさ……その……アーティストのお前さんに言うのも何だっつーか。……その、物凄く無礼な質問をさせて貰いたいんだが、いいか?」
「? ……ええ、どうぞ」

 完全に遠慮した様子で、問いかけて来る御剣さんの質問に、僕は興味を抱いた。

「その、何だ……バイオリンってのは、二本の腕が無いと、弾けないモノなのか?」
「は?」

 御剣さんが、最初、何を言っているのか。
 僕は、理解が出来なかった。

「いや、随分前に、路上で大道芸人のオッサンが、バイオリン……だと思うんだが、アレってサイズによって呼び方変わるらしいけど……まあ、多分、バイオリンだと思うんだ。
 そいつをな、左腕と右足で弾いてたんだ」
「右足で!?」

 確かに。
 体に障害を負って、それでも楽器を嗜む人たちの演奏集団があるとは、聞いた事があった。
 ……それを今まで失念するほど、僕自身に余裕が無くなっていたのだろう。

「ああ、そのオッサン、右腕が無くてな。
 だが、すげぇ器用に足で弾いてて、曲も陽気でみんなノリノリで、お捻り投げてた。……まあ、ああいう場所だからサクラも居たんだろうけど。俺は素直に感心して聞いてて、一緒にお捻り投げた。
 ……いや、すまない。大道芸とあんたの芸術を一緒にするのは、ものすごく悪いと思ってるんだが……そのオッサン、ノリノリでお捻り投げる観客を見て、すげぇ嬉しそうだったんだよ。ああ、この人、バイオリンが本当に好きなんだなー、って感じで。上手いとか下手とかじゃなくて、本当にそう思わせる演奏だったんだ。
 勿論、それ以外に生計(たっき)の道が無かったってのもあるんだろうけどな……
 で、そんなのをふと思い出して……お前さんにとって、バイオリンって、一体、何なのかな、って。
 本当に『好きでやってる』のか、それとも『それ以外に道が無いから』やっているのか……いや、無礼なのは分かってるんだが、もし良かったら、本当のトコ、俺に聞かせちゃくれねぇか?」
「!!!???」

 遠慮しがちな目で、僕に問いかけて来る御剣さん。

 だが、その質問の意図と内容は……僕の察した限り、今まで習い続けてきた、どのバイオリンの先生よりもなお、厳しいモノだった。

 つまり……上条恭介は『本当にバイオリンが好きで、バイオリンを弾いているのか』。それとも『バイオリン以外に芸の無い、世界の狭い愚か者なのか』?
 いや、もっと言うならば……御剣さんは、こうとすら問いたかったのかもしれない。
 『おまえは、回りにチヤホヤされたいからバイオリンを弾いてるのか?』と。
 ……おそらくは、本当の意図は、こんな所だったんじゃないだろうか?
 
 あの言いまわしですら。
 少なくとも、彼の辿った人生の片鱗を垣間見るに、完全に僕に遠慮しての問いかけだったのだろう。
 彼の厳しさに垣間見て触れた僕には、何と無くそれを察する事が出来た。

 だからこそ……

「……ごめんなさい。考えた事もありませんでした。
 ただ、バイオリンと一緒に過ごしてきた時間が、さやかと同じくらい長かったので……あるのが当たり前みたいに思ってたんです。だから、自暴自棄になっちゃって……」

 僕は……彼に対して、嘘をついてしまった。
 ……恥ずかしい。
 バイオリニストとして以前に、男として。
 僕は本当に、甘えづくしな自分に、恥ずかしさを憶えていた。

「そうか。いや、本気で無礼な質問をした。すまない、許してくれ」

 そう言って、御剣さんは僕に頭を下げた。

「いっ、いえ! その……こちらこそ、御剣さんに言われるまで、考えてもいなかった事に気付かせてもらいました。
 腕が治った今だからこそ、改めて考え直してみます。
 そして、もし、答えが出せたら……お答えしたいと思います」

 ……むしろ。
 僕が彼に、頭を下げたい気分だった。
 そうだ。今からでも、遅く無い。
 そう在るように……少なくとも、バイオリン以外の部分でも、御剣さんに認めてもらえるように。
 男らしく、しっかりと生きてみよう。僕なりに、僕が出来る事なりに。

「そうか……いや、本当に、気に障ったんなら、謝るしかない話だからな。
 ……ああ、そうだ」

 恐縮する僕に気遣ったのか。
 さらに御剣さんが、話題を変えてくれた。

「昨日の演奏、お前さんへの『お捻り』がマダだった」
「えっ、そんな……」
「まあ、なんだ。俺の『大道芸』を、ちょっと見てってくれよ」

 そう言って、御剣さんは日本刀を抜いた。

「よっく、見ててくれ?」

 そう言うと、その刃の上に、五百円硬貨を垂直に立ててのける。
 ……凄いバランス感覚だ。

「わっ……凄い……」

 素直に感心した、その瞬間。

「破ぁっ!!」
「!?」

 気合いの声と共に、その……信じがたいモノを、僕は目にする事になる。
 最初、刃物が動いた事によって、五百円硬貨が落ちたのだと思った。だが……『なんで二枚、落ちているのだろうか?』。
 御剣さんが立てた硬貨は、一枚だけだったはずなのに……まさか……

「……!?」
「これで……昨日の演奏分、って所かな? 上条さん」

 恐ろしい事に。信じがたい事に。
 手に握らされた五百円硬貨は、『二枚の薄切りスライス』になっていた。
 手品の類では無い事は、僕にだって分かる。つまり……刃物の上に乗ってた硬貨を、彼は『二枚に下ろした』のだ。
 僕自身。
 目の前で見せられなければ、こんな事は冗談やトリックだろうと笑ってしまう。漫画の中のような出来ごとに、呆然となってしまった。

「さて、そろそろ飯時か。
 立てるかい、上条さん。良かったら、肩、貸すぜ?」
「い、いえ……っていうか、上条さんって……御剣さんの方が、年上じゃないですか」
「年齢は関係ねぇよ。お前さんが凄い人だからさ。尊敬すらしてんだぜ?」

 尊敬って……僕は、そんな……

「っ……その、ありがとう、ございます。御剣、さん」
「おう。じゃ、あの不味い病院食と、最後の闘いに行こうじゃないか。『腹が減っては戦は出来ぬ』ってな」
「あ、あははは、確かにあれは不味いですよね」

 お互いに、ちょっと引きつった笑顔を浮かべながら。僕と御剣さんは、病院の食堂へと向かっていった。



[27923] 第三十三話:「そうか……読めてきたぞ」
Name: 闇憑◆27c607b4 ID:cb2385d9
Date: 2011/07/05 00:13
「……ぶはぁ!」

 税関を抜け、成田国際空港のターミナルに出た俺と沙紀は、ようやっと一息ついた。
 ……流石に、何回もやっている事とはいえど、検査員の目線は結構怖かったりする。
 特に、今回の仕入れは武器弾薬の量が尋常じゃなかったりするから、見つかったりしたら洒落にならない。
 よく、麻薬入りのトランクに現地ですり替えられて、何も知らない旅行者が運び屋として持ちこんじゃいました……なんて理屈が通るような量でもないし。
 第一、こっちは確信犯でやってるわけで、いろいろやましい分ドキドキものだ。

「……にしても。トンでもないモン、現地で見つけちまったよなぁ……」

 さらに、短い時間ながら回ってきた現地のブラックマーケットで『ありえない代物』を見つけてしまい、思わずその場で全て一式、買い取ってきてしまった。
 ……きっと、裏でトンデモネェ事になってんじゃねぇかと思うのだが……まあ、何にせよ『暁美ほむらにとっては』僥倖だろう。
 しっかし……現地で試射した限りだが、確かに『アレ』はイイモノだった。扱いやすく、取り回しも楽。正に、日本人のための装備とも言えよう。……扱いやすさ優先で、暁美ほむらが愛用してた(であろう)理由も、分かる気がする。

「さって、と……空港土産でも買って行かんとなぁ」

 何しろ、現地では、かなりバタバタな強行軍だったのだ。帰りの飛行機に乗るまで、土産物どころでは無かったし。

「……誰に?」
「っ!?」

 ふと、漏らした言葉に、沙紀がニヤニヤと笑っている。

「巴さんだよ。縄張りの面倒、見てもらってんだ。義理を欠かすわけにゃ行かんだろ? あと、学校の先生とかだな。休んじまって迷惑かけてんだし」
「美樹さんとか、暁美ほむらさんとかは?」
「なんであいつらに、わざわざ金使わにゃならんのだ?」
「んじゃ、上条さん♪」
「……あー、確かに上条さんは、重要だな」

 とはいえど。
 元々、都内に住んでいた我が身としては『東京土産』と言われても何を持っていけばいいのやら、サッパリ分からないのである(成田は千葉だけど、空港内の土産物屋は大体似たようなもんだ)。
 一応、元々住んでた場所に行けば、某所の駄菓子屋にある、物珍しい一風変わったアイスクリーム(というより、アイスシャーベット?)とかあるが、時間的にそんな穴場的な所に寄る余裕も無く。
 かといって、『おのぼりさん』目当て丸出しの、自称『東京土産』や『東京名物』なる代物に手を出す気にもなれず(いや、中身は大概そう悪いモノじゃないんだけど、何も知らない悪徳セールスに引っかかったみたいで、元地元民として土産にするにはシャクなのだ)。
 ……結局、無難に、テナント出店している老舗のセンベイを買い求めた。

「何でもあるって、何も無いってのと、ある意味一緒だよなぁ……」
「でも、地方色丸出しで、特産品『しか』無いのよりは、マシなんじゃない? 昔、行った某所の××とか、ドコ某の××とか、地元向けの商店街まで、特産品一色に染まってて、気持ち悪かったじゃない」
「そうか? その『それしか無い』縛りの中から生まれた、突拍子もない発想のモンこそが、土産物のネタじゃないの?」

 地方旅行に出かけた時によく見かける。
 一般人には想像もつかない用法で地元の特産品を軸に据えて作られた、明らかに突拍子もない発想の商品とか。
 そういった、開発者の発想のネジがどこか狂った産物というのは、俺は実は大好きだったりするのだ。
 ……無論、買う以上は、胃の中に入って後に残らないという事が、大前提だが。我が家に後々まで残るようなガラクタを持ちこむ余裕、無いし。(こういう発想が抜け切らないあたり、生活空間そのものが極度に限られた貧乏都民の発想かもしれないなぁ……と、見滝原に引っ越して自覚するようになった。何しろ俺が小学三年で引っ越すまでは、1DKのアパートで親子五人川の字になって身を寄せ合うように毎日寝てたし)。

「それに、そこから生まれたモノが、スタンダードに化ける可能性だって、無きにしも非ずだろ?
 サツマイモとかを使ったケーキあたりなんて、確かそーだったんじゃなかったっけか?」
「んー、あれはメジャーとマイナーの中間くらいじゃない? 美味しいのは認めるけど、まだまだ認知度からいえば低いよ」
「一般的に認知はされてんだから、もう十分メジャーだろ? 見滝原のデパ地下にだって、専門店、あったハズだし」

 などと、沙紀と、武器調達のたびに交わされる『旅行の土産物論』を語り合いながら。上野駅へと向かう成田エクスプレスに乗りこむ。
 そこから先は、見滝原までは新幹線。と……大宮につく前に、沙紀がケータイを弄り始める。

「……沙紀? 誰にメールだ?」
「えへへ、秘密♪」

 これである。

 ……最近、やけに『御剣詐欺』に引っかかるようになってきたので、我が妹ながら油断が出来ない。
 っつか、マジでほんっとーに、誰に似たんだろうか!? 最近、本性現してきやがった、この悪辣な妹は?
 これでは、もし仮に魔法少女を辞められたとしても、嫁の貰い手が存在するのだろうか?
 上条さんに向けた、あのアプローチからしても、きっと旦那を尻に敷きまくるに違いない。そんで、逃げられるか、はたまた旦那が俺に泣きついてくるか。

 ……いかん、これは本気でイカンぞ……マジで!

 俺が計画した『御剣沙紀、大和撫子計画』では、現段階で男を立てるおしとやかさを備えているハズが、どうしてこうなった!?

「くっ……これも、インキュベーターの陰謀かっ! あの口先の魔術師めっ!
 沙紀を魔法少女にするだけでは飽き足らず、人格までネヂネヂ曲げて魔女化を促進させようというのかっ!」

 俺の脳裏に、美樹さやかよろしく、旦那にフられて魔女化する沙紀の構図が脳裏に浮かび上がる。
 正味、あそこで啖呵を切ってのけた上条さん程の男は、そうはおるまい。だとするなら、現実的にソコソコの野郎での妥協が在り得るわけだが………いかん! これはイカンぞ、兄としてっ! 親代わりとしてっ!
 沙紀の破滅だけは、何としてでも回避せねばっ!

「……………馬鹿兄……………」
「なんか言ったか、沙紀?」
「ううん、何でも♪ えへへへへへー♪」

 ふと、嫌な予感を憶える。
 沙紀の目の邪悪な光……『御剣詐欺』にかけようとしている、沙紀の前兆。

「沙紀。お前、ナニを考えている?」
「ん? イイコト♪」
「……………………お前、さっき、誰にメールしてたんだ?」
「マミお姉ちゃん♪」

 嫌な予感がする。
 果てしなく、嫌な予感。

「……どんな内容を?」
「理由も無くプライバシーに首突っ込むのは、良くないと思うよ?」
「いや、何かこう……俺の命に関わりそうな予感がするんだが?」
「確証が無いのなら、調査を拒否します」
「くっ……」

 これである。
 最近、本当に生意気になってきた。巴マミとあってからか? いや、それ以前も前兆のようなモノはあったし……やはり、インキュベーターの陰謀と考えるのが、順当であろう!
 悶々と悩み続ける俺だが、結局、沙紀の陰謀がどんなモノなのか結論が出無いまま。
 電車は見滝原駅のホームへと、滑り込もうとしていた。



「さってっと……」

 帰ってきた段階で、暁美ほむらと連絡を取って、武器の選定をせねばならない。
 とりあえず、金が勿体ないがタクシーでも拾って、自宅へと帰るべきか……あ。

「晩飯、どうしよう?」

 既に、夕方を超えて八時を回っていた。
 駅のコンコースを沙紀と歩きながら、とりあえず。

「沙紀、何が食べたい?」
「んっとねー……マミお姉ちゃんと一緒に、どっかレストランに食べに行きたい♪」
「……はぁ?」

 何故、そこで巴マミが出て来……!!??

「えっ!?」

 駅の改札口で、ニコニコと手を振る、巴マミの姿がそこに在った。



「……………」
「………」

 とりあえず、駅のそばのファミレスに入り。
 適当にメニューを選び、注文すると。

「そっ、その……待ってて、くれたんッスね。ああ、これ、空港土産ッス。
 現地じゃバタバタしてて、土産買う余裕なくて申し訳ないんですが」
「あっ、どうも……」

 とりあえず、袋の中の土産物を、巴マミに手渡す。
 ……と。

「ドリンク、入れて来るね。マミお姉ちゃんは何がいい?」
「……あ、紅茶系があれば……」
「了解。お兄ちゃんはいつもどおり、コーラね」
「ああ」

 そう言って、スタスタと沙紀が去っていってしまう。

 ……気まずい。
 ガールズトーク全開な沙紀と違い、巴マミとは、そもそも、こういう普段接する場での、共通する話題そのものが無い。
 というか、やけに沙紀の奴が静かで、間が持たないのだ。
 差し当たって……

「そういえば、縄張りはどうでした? 俺らが居ない間、変わった事は?」
「いえ、特には……あ、一件だけ、颯太さんの縄張りに来た魔法少女が居ましたが、居ないとわかると去って行きました」
「ほう、俺の? 巴さんにじゃなくて?」
「ええ。見かけて警告したのですが、無視されまして……逃げて行ったので放置しましたが」

 中々に洒落に成らない情報を耳にし、俺は首をかしげる。

「……それは古参、新人?」
「新人です。
 名前は知りませんが……以前、魔法少女の力で、その……違法薬物の売買に手を染めてた子でして。
 見るに見かねて、以前『颯太さんの名前を使って』警告したんですが、その時も舌打ちして去って行きました。
 海賊みたいな帽子を被った……メアリー・リードって感じの魔法少女でしたね」
「罠にかかった様子は?」
「ありませんでした。ただ、争うつもりは無いようでしたので」
「……そうですか」

 何か、嫌な予感がした。
 ……そう。

「偵察行動、の可能性が高いですね」
「偵察、ですか?」
「襲撃の下準備、って事です。
 巴さん。あなたが俺の縄張りを保護下に置いたって状況にある以上、俺への苦情なり連絡なりは、まず巴さんに行くのがスジだ。
 そのほうが、安全だし、第一、俺の縄張りの危険さは、魔法少女たちに知れ渡ってる。だっていうのに、何故、『彼女は俺の縄張りに直接足を踏み入れた』のです?」
「っ!?」
「……確かに、新人だから何も知らずに突っ込んだ、って可能性はありますが。
 それならば、巴さんの警告を無視した理由が分からない……ワルプルギスの夜を前に何ですが、警戒は厳にしておいたほうが良さそうですね」
「まさか! 新人が、私の保護下にある縄張りに、ちょっかいを出そうというのですか?」
「心当たりはあるのでしょう? 巴さんも、俺も。
 ……まして、魔法少女の力で、コナツマもうなんて尋常じゃありません。
 その魔法少女がプッシャー(売人)だとしても、上にはおそらく大人……ヤクザが絡んでますね」
「どうやら、相当大きな話になりそうですわね」
「まったく! 大概は、俺がツブしたハズなんだがなぁ……」
「……え?」
「忘れてください。寝言です。……ですが、どうやら本格的に『俺向き』な喧嘩みたいですね……」

 おそらく……以前、師匠や俺が供給ルート潰したせいで、見滝原の街での末端価格がハネたのだろう。あるいは、プッシャー狩りに業を煮やした組が動いたか。
 だが、俺の知る限り、ノミ屋や金貸し、建設、建築関係で喰ってるヤクザは居ても、積極的にこの見滝原でコナを撒くような組は……ああ居たなぁ、一か所。

「射太興業……確か、あそこは○○系の組筋で、見滝原に入ってきたはいいけど、結局、開発利権にありつけなかった組ですからね。
 しかも、威嚇じゃない、本気の武闘派だからこそ、他のヤクザとは別の意味でアブない連中ですよ」
「と、おっしゃいますと?」
「警察の締め付けの厳しい昨今じゃ、ヤクザはむしろ経済活動重視に変わってきてます。
 抗争だの何だののドンパチは、正直『割に合わない』んですよ。そりゃ、自衛用の武装くらいはすると思いますが、せいぜいトカレフレベルが限度。まあ、どんな問題がこじれても、事務所のガラス割りと指積めくらいがせいぜいだと思います。
 そんな中で、あえて武闘派を気取る連中ってのは……まあ、言い方は悪いですが、脳筋仕様がイク所までイッちゃってるとしか思えませんね。きっと、事務所の中に、マジで武器とか隠してるんじゃないかなぁ? ……警察に踏みこまれたら、イッパツだろうに。
 それに、ココら見滝原一帯は、言わば政府肝いりでの開発のモデル地区でもあります。そこでコナ撒いてるなんて知れたら、警察やマ取りが本気でツブしにかかるでしょう」

 と……

「……颯太さん。それをひっくり返す力として、『魔法少女』が使われているとしたら?」
「!?」
「仮定、なんですけど。
 最近、新しい魔法少女のグループが出来つつあるらしいのですが。どうも、その新人の子が中心になっているそうなんです……そう、確か……そう、思い出しました、『斜太チカ』!」
「おいおいおいおい!! そりゃ最悪じゃねーか!! っていうか『斜太』って名字からして、組長の娘とかじゃねーだろうな!?」

 インキュベーターが、何も知らない少女を食い物にするように、ヤクザが何も知らない子供を食い物にする。
 正味、俺は一般人に対しては迷惑をかけるつもりは無いが、ヤクザ……それも『カタギを守る』のではなく『カタギを喰いものにする』ような類のヤクザに対しては、全く遠慮するつもりは無いし、その必要も無い……と、師匠から教わってる。

 ……実際に、師匠が嬉々として埋めてるの、手伝ったりしたしなぁ……

「しかし、撒くにしても、ブツはどんな代物なんだろうなぁ……恐らく、調達そのものは一番手軽な覚せい剤系だと思うんですが、種類によって色々対処が変わって来るからなぁ」
「と、おっしゃいますと?」
「ドラッグにも、合法と非合法がありましてね。
 合法のほうだって、かなり危険なモノは一杯あるんですけど、そういうのって、法規制すると別用途で不都合が出るから規制されないだけで、ドラッグとして使うと非合法のモノよりも危険だったりするケースも、ままあるんですよ。
 アンパン……シンナーなんかは、その典型例ですね。あれは、お手軽に思われてますが、実はかなり危険なんです。グラム当たりの中毒性はともかく、吸引量そのものが大きく取れちゃうから、ハマると一気に人間がボロボロになっていきます。
 そういう風に『合法だから大丈夫』って思いこんで、どっぷり嵌ってボロボロにってのが、最近のドラッグ中毒の大概のパターンですね。
 しかも、その場合、法的に締め上げるって事が、困難なんですよ」
「魔法少女と違法薬物……本当に最悪の組み合わせですわね」
「まったくだ。
 タダでさえグリーフシード不足で魔女化寸前の魔法少女なんて、グリーフシード欲しさに何でもやりますからね。
 マジで末期の薬物中毒患者と変わんな……あっ、しっ、失礼しました!」
「いっ、いえ……お気になさらず」

 と……

「そうか……読めてきたぞ」
「え?」
「最悪ですが。新人でも、魔法少女を『手っ取り早く』強くする方法があります」
「……どんな、方法で?」

 俺が、真剣な目で、巴さんを見る。

「ドラッグですよ。精神的にハイにして、自分は無敵だと思いこませる。
 思いや感情をエネルギーにする魔法少女にとっては、これほど効率のいい手段は無い。
 感情を生み出すエンドルフィンだって何だって、基本は脳内麻薬なんですから、『外付けで足しちゃった』ほうが、より効率的だ!」
「まさかっ! そんな事が!」
「ドラッグってのは、そういうモノなんですよ。脳内麻薬の足りないぶん、あるいは、それを作りだす中枢に作用して、『多幸感なり何なりの感情』を人工的に作り出す。
 勿論、そんな事すりゃ破滅一直線です。使ってる魔力だって暴走状態だろうし、ドラッグが無ければ、何も出来ない人間になっていく……いや、普通の人間より魔法少女の場合、遥かに最悪の末路を辿る事になる」

 例え、麻薬でボロボロになった体を治すにしても、それには魔力が要る。そして、魔力を確保するためには、グリーフシードが要る。
 結局、彼女たちが破滅する末路は変わらない。むしろ、加速度的に、それは増して行くだろう。

「……どうやら、ワルプルギスの夜よりも前に、私たちが動くしかないかもしれませんわね」
「まったく……どうしたもんかね」

 と……

「沙紀?」

 ドリンクを取りに行った、沙紀の姿が見えない事に気付き……俺は、顔面が蒼白になった。



[27923] 第三十四話:「誰かが、赦してくれるンならね……それも良かったんでしょーや」
Name: 闇憑◆27c607b4 ID:cb2385d9
Date: 2011/07/05 20:11
「っ……沙紀……沙紀……くそぉおおおおおっ!!」

 結局、沙紀はどこにもおらず。
 さらに、店の監視カメラには、ぐったりした沙紀を浚う『海賊帽を被った』少女の映像が残っていた事から。
 コトは決定的になった。

 甘かった。
 舐めていた。
 魔法少女を、侮り過ぎていた。
 巴マミの保護下に入った事で、状況を甘く見過ぎていた。

「沙紀ちゃん……まさか本当に……
 魔法少女が、魔法少女を誘拐だなんて……どうやら、本当に甘く見過ぎていたみたいですわね」
「っ!! くそっ!」

 舌打ちする。
 落ち着け。
 冷静になれ。
 クール・アズ・キュークだ!
 こういう時に、吠えてもはじまらない。
 土壇場は何度もある、修羅場は何度もある。冷静に、計算を回せ。
 魔法少女相手の喧嘩じゃ『俺』には『それ』以外に無いだろう? 血がはらわたでどれほど煮えても、頭だけはクールに回せ! そうしなけりゃあ、生き延びられない!

 我が、心、技、体、ことごとく沙紀が為の道具也!!

「臨・兵・闘・者・皆・陣・裂・在・前……喝!!」
「っ! ……颯太、さん?」

 久方ぶりに。
 俺は冷静になるために、あえて心の中で切り続けてた早九字を、印を切りながら声に出して切る。
 逆を言えば……それが必要になるくらい、パニックになっていた。

「……一度、俺の家に戻りましょう。
 とりあえず、馬鹿弟子と暁美ほむらに連絡を取るのがベスト、か?
 連中の目的は……いえ、おそらく多分、十中八九、インキュベーターが噛んでるハズ!」
「まさか!」
「あいつは目的のためなら手段を選ばない! そして『そういう魔法少女』とはトコトン相性がいい! ……例えば、『覚せい剤を使って、他の魔法少女を手下に使い潰す』ような魔法少女とか! 『使い魔を放置して、アカの他人を殺させて回るような』魔法少女とか!」
「っ……颯太さん。私は何度か、彼女と接触していますが、佐倉杏子はそういう子では」
「分かるもんか!
 使い魔見逃して、一般人殺させるようなアイツは信じられん! あいつにとって『他人は虫けら』なんだ! まして、どんな正義の味方だって、人間追いつめられりゃ何だってやっちまう! ……今の、俺みたいに!
 ……もしかしたら……その『斜太チカ』って奴と、佐倉杏子がツルんだ可能性だって、俺には完全否定出来ねぇ……」
「そんな!」
「にしても、インキュベーターの目的が、俺の抹殺だとして、それに嬉々として協力した魔法少女の目的は、何だ!?
 相当の悪党にせよ……だからこそ、巴マミと御剣颯太を『同時に敵に回してなお』誘拐なんて賭けに出る要素は、一体何だ!?
 そもそも、沙紀を誘拐するって事のほうが、おかしい。普通は『人間』の俺を、直接狙うハズだ。確かに、沙紀はハグレていたとはいえ、魔法少女だ。それを狙った理由は!?
 クソッ、クソッ……不確定要素の疑問だらけだぜ、クソォォォォォ!!」

 ファミレスの駐車場の壁を蹴飛ばし……俺は、ようやく再び、落ち着いた。

「……とりあえず、美樹さやかと暁美ほむら。
 この二人の『確定要素』だけは、可能な限り集めて、コトを解決して行きましょう!
 巴さんすいません……こんな、魔法少女殺しの外道の身で、頼めた筋ではありません。しかも、散々世話になっておいて、何ですが……『借りイチ』です。協力してください!」
「わかりました。でも、『借り』はいりません」
「え?」
「私は、御剣颯太と御剣沙紀を、保護下に置いた魔法少女です。
 元はと言えば、あの段階で迂闊にも『颯太さんの名前を使った』警告だけで済ませていた、私の責任もあります。
 それに、沙紀ちゃんは私の『友達』ですから」
「……すんません、ありがとうございます」

 そう言うと、俺は、巴さんに、本気で……深々と頭を下げた。



 魔法少女による、魔法少女の誘拐。ならば、メッセンジャーの役割を果たすのは、奴しかいない。
 一にして全。全にして一の存在。
 ……インキュベーター。

「インキュベーター。率直に聞く。
 お前の目的が『俺の排除』なのは分かっている。だが、連中の要求は……沙紀を拉致った連中の目的と要求は、何だ?」

 俺の家の居間で。
 巴マミ、美樹さやか、暁美ほむら、御剣颯太。
 その四人に囲まれて、ひっ捕まえられた一匹のインキュベーターを、馬鹿弟子のソウルジェムで、見えるようにしてもらいながら、俺は奴を尋問していた。

『ん? 僕も彼女たちも、特に要求は無いよ』
「……目的が、沙紀自身だった、って事か?」
『そうだよ』

 なるほど。
 沙紀が居なければ、俺はタダの男でしかない。
 ぶっちゃけるなら、俺が彼ら魔法少女……ひいてはインキュベーターに抗い続けて居られるのは、沙紀が一番の理由であり、強みなのだ。
 仮に、もし沙紀が死んでしまえば、インキュベーターが俺を殺す理由すら無くなってしまう。
 ……だが……腑に落ちない。
 インキュベーターの目的は、それでいいだろう。
 だが、それで動く魔法少女たちに、沙紀を必要とする動機が分からない。
 『殺し屋』の御剣颯太と、『正義のエース・オブ・エース』巴マミを敵に回してなお、彼女が……彼女たちが、沙紀を誘拐なんてハイリスクを犯して動く動機。
 考えろ……沙紀の価値、沙紀は本当に無力……待て……そうか、そういう事か!!

「魔法少女連中の目当ては……『魔女の釜』かっ!!」
『っ!!』

 美樹さやかを除いた全員が、その場で戦慄する。

『……御剣颯太、君は相変わらず鋭いね。
 感情という精神疾患を有しながら、その知性を保ち続けるなんて……本当に勿体ない存在だよ。
 だからこそ、原因不明とはいえ、その無駄にため込んだ『因果』を、一刻も早く、僕らとの共存と宇宙のために使うべきなのに』
「俺が仮に、怒りにまかせてココを出たとしても、俺は連中に殺されるだけだ。そして、奴らの本拠地には、ドラッグに狂った魔法少女が、わんさと待ち構えてる、って寸法か!?」
『そうだよ。とりあえず、ここに居る魔法少女三人だけじゃ、まず勝てないだろうしね。
 ……しかし、居るものだね。魔女と魔法少女の事実を知って、なお自分から『魔女の釜』を求めるような魔法少女って……佐倉杏子よりも稀有な存在だよ。
 ……有史以来、初めてじゃないかな? 新人であそこまで割り切れた魔法少女って』
「そりゃ、あいつらも元は人間だからな。外道なんざ、ドコにだっているのさ。特に、俺みてぇな……な。
 ……一応、聞いておく。連中の溜まり場は、ドコだ!?」
『郊外にある、潰れた『ウロブチボウル』だよ。言っておくけど、本当に今の君たちに勝ち目は……』
「そうかい」

 コルトS・A・Aを発砲。
 インキュベーターは四散し、沈黙した。

 ……そうか、そうか……そこまで俺を……沙紀を、殺したいか!? そんな宇宙のナンチャラなご大層な大義名分のために、俺ら兄妹が、そんなに邪魔か、インキュベーター!!

「くっそぉぉぉぉぉ! 魔法少女だからって、ここまで何でもアリかよ! 誘拐なんて、人間のやる事かよ!」
「そうだよ、馬鹿弟子、よく覚えときな。俺だって魔法少女を狩るために、家族をネタにして脅したりは、してきてンだよ。
 ……この状況は、自業自得なのさ」
「っ!? しっ、師匠?」

 絶句する、美樹さやか。だが……

「でも、あなたはそれを一度も実行した事が無い。違う?」
『!?』

 暁美ほむらの言葉に、俺は絶句する。
 この中で、一番油断のならない相手に、最大のウィークポイントを、知られてしまったのだ。

「あなたは、魔法少女に対して、魔法少女の家族を恫喝や脅しの手段としては用いるけど、それを『実際に実行する事は絶対にない』。
 ……まどかの一件で、それに気付いたわ……」
「……いつからそんな、寝言を述べられるようになった?」
「最初は、佐倉杏子の一件。そして、病室であなたと会話している内容。
 決定的だったのは、美樹さやかを救うために、あなた自身が危機的状況下で命を賭けて奔走した事そのもの。『鹿目まどかという一般人を、救うために』。
 あなたは……『魔法少女や魔女相手に手段は選ばない』けど、それ以外の『人間の被害者』が増える事を極端に嫌っている」
「……チッ! 勝手に思っていやがれ!」
「……ごめんなさい。だからこそ、佐倉杏子とあなたが相容れる事は、無いのね。
 ……確かに、あなたと彼女は違ったわ」
「勝手に思ってろっつってんだ、タコが! 俺は、ただの人殺しだっ!」
「……ごめんなさい」

 頭を下げる、暁美ほむら。
 さて、この状況下。俺に出来る事は何だろうか?

『沙紀を救う』

 それは至上命題だが、インキュベーターの目的は俺に『諦めさせる』事ではなかろうか?
 つまり、極力、俺の抱え込んだ『膨大な因果』とやらを、いつか利用できる可能性を維持しつつ。暴発したらしたで、利用価値の無い俺を今度こそ抹殺する。
 沙紀についても『魔女の釜』を、進んで利用するような外道魔法少女を確保出来た事により、協力関係を維持できる。もちろん、沙紀が『檻』を作った後は用済みだ。……『魔女の釜』の怖さというのは、実は、そこにもあったりする。

「師匠! 行きましょう!」
「タコがっ! ド新人のテメェが突っ込んで何になる!
 ……いいか、今度の喧嘩は攻守トコロが変わっちまった。
 俺は今まで、この縄張りを利用して『沙紀と我が身を守る』だけで良かったが、今度は俺らの側が『敵の罠に突っ込まなきゃ』行かん!
 軽率に特攻かけた所で、犬死にがオチだ!」
「師匠! だったら、このまま指咥えて見て居るんですか!」
「ざけんじゃねぇ! こン中で一番、ハラワタ煮えてンのが誰だと思っていやがる!!」
「っ……すいませ……あ」

 と……
 唐突に、美樹さやかがつぶやく。

「師匠。つまり、今の状況は、こういう事ですよね?」
「!?」

 そう言って、美樹さやかが、冷蔵庫のホワイトボードを持ってきて、書き書きと始める。



『こちら側の戦力』

 ベテラン魔法少女×二人
 新人魔法少女×一人
 人間×一人



「ほう、よく分析できてんじゃねぇか……馬鹿な新人なりに、筋がいいぞ、お前」
「えへへ、褒められた」
「タコ、褒めてネェ! こんな事ぁココに居る全員、分かってンだ!」

 そう。だからこそ、巴マミも、暁美ほむらも、迂闊な事が言えないのだ。
 さらに、未来知識を持つ、暁美ほむらが沈黙を保ったままだという事は、おそらく……これは、彼女にとって『俺が存在する事によって発生した、イレギュラー』なのだろう。
 だから、迂闊な事が言えないのだ。

「で、ですね……この状況を、ひっくり返せれば、いいんですよね!?」
「ああ、どうすんだよ!? ド素人の寝言でも、こんな状況だ。一応、聞いてやる。
 だがな……迂闊な事ヌカしたら、ドツきまわしてから、ペプシで浣腸してやんぞ!? 空気読めよ!?」
「こうするんです」

 と……美樹さやかは、白板消しで、新人魔法少女と人間×一の部分を消し……



『こちら側の戦力』

 ベテラン魔法少女×二人
 悪辣極悪非道な、魔法少女狩り専門の超ベテラン魔法少年×一人
 死体×一人



『!!!!!?????』

 全員、絶句する。つまり……

「あたしには『経験が足りない』。師匠には『魔法少女の力が足りない』。
 これなら、キュゥべえも、誘拐犯も、計算が狂うハズです!」
「おっ……お前……正気か!?」
「構いません! あたしは……師匠を信じます!!」

 こっ……の……馬鹿は……

「タコ野郎! お前、迂闊に他人を信じるなって!」
「沙紀ちゃんを救いたいんです!」
「っ……てめぇは……」
「師匠、あたしに言いましたよね?
 『カッコイイ女になれ』って……今のあたしって、結構、かっこよくありません?」
「あれは」
「方便でも何でもいい!
 ……あたしは誓ったんだ! 守るって! みんなを守るって! 知ってる限りの人を守るって!
 でも、あたしには経験が足りない……何もかもが足りない! だから『それを持ってる人に、命を預けるん』です!」
「っ……こっ……この……この馬鹿弟子がっ!! お前は、お前みたいな底抜けの大バカ者は、見た事がネェ!!
 破門だっ! 今度こそテメェは破門だっ!!」
「破門しても構いません! ……使ってください、あたしの命!」
「っ!!!!!」

 と……

「颯太さん。論じている時間はありませんわ。
 それに、美樹さんは『スッて悔いのない博打』として、あなたに賭けたんですよ?」

 巴マミの言葉に、俺は絶句する。

「……そもそも、出来るかどうかが分からねぇ……
 多分……感覚的なモンなんだが、魔法少女と魔法少年と、相性ってモンがあると思うんだ。俺と沙紀や冴子姉さんは、たまたま偶然、相性が良かった。
 ……血縁だし、ずっと仲は良かったからな。
 だが、美樹さやか。お前とはアカの他人だ。そいつに成功出来なければ、意味がない」
「なら、今すぐ試すべきです!」

 そう言って、美樹さやかが俺に、自分のソウルジェムを押しつける。

「さあっ、師匠!!」
「……どうなるか、本当に分からんのだぞ! 最悪、暴発とかもあり得るんだ!」
「構いません!
 ……沙紀さんや、師匠が、とんでもない博打打ちだって、あたし、知ってますから。
 あなたの弟子で、正義の味方が、これくらいの博打張れなくてどうするんですか!」
「……知らんぞ、本当に!!」

 そう言って、俺は……美樹さやかのソウルジェムから、魔力を借り受ける。

「っ……!!」

 いつもとは勝手の違う、魔力の波長。
 だが……結果は……

「成功だっ! やった!」
「まだだ! お前、ソウルジェムに『武器はどれだけ入る』?」
「……え?」

 そう、俺は……この一件に関して、敵に全くの容赦をするつもりが無かった。
 対、ワルプルギスの夜戦に向けた装備まで、全部引っ張り出してやる心算だったのだが……

「……だめだ、銃弾一つ入らねぇ……沙紀や姉さんとお前とでは、タイプが全然違うんだ」

 と……

「つまり、手で持ち歩ける範囲の『最強装備』は、一つは持って行けるって事ね」

 暁美ほむらが、手にして持ってきたのは……『兗州(えんしゅう)虎徹』。

 奇しくも。

 俺が、『最初に手にした魔法のステッキ』を……そう、『誰かを守る』そう誓った時の武器を手に。
 さらに……姉さんソックリなソウルジェムの色に染まった『浅黄色のダンダラ羽織』。
 ……出来すぎだろ、これ?

「決まりね。行きましょう」

 巴マミの言葉で、全てが決定した。



 タクシーを呼び、俺は暁美ほむらと、巴マミと一緒に、郊外のウロブチボウルまで走らせてもらっていた。
 誰も、言葉を発さない。
 そんな中……

「巴さん。……その……今更なんだが」

 沈黙を保ち、精神集中のために聞いてた音楽のイヤホンを外し。
 俺は、ふと浮かんだ疑問を、巴マミに、あらためて問いなおす。

「……あんたの……肩入れする理由が、分からねぇ」

 暁美ほむらは、分かる。武器弾薬は、沙紀が持ってるわけだし。
 美樹さやかも、まあ……分かる。あれは馬鹿だって事で結論が出た。
 だが……巴マミは? 動機の面で、正義だけで闘い続けてる彼女が、こうして死地にまで共にしてくれる理由が。
 俺には、理解が出来なかった。

「颯太さん……あなたは、いえ、沙紀さんも『ここに居ていい』人間じゃない。そう思ったんです。
 普通に生きて行くべき人が、そう生きられないなんて、間違ってます」

 巴マミの言葉に……俺は、天を仰いだ。

「確かに……誰かが、赦してくれるンならね……それも良かったんでしょーや。
 『誰かが赦して、くれるンなら』……ね」

 そうだ。
 もう今更。俺は、引き返せない場所にいる。
 ならば……

「ところで、あなたが音楽を聞くなんて、珍しいわね?」
「……どっかのバイオリニストの影響でな。とりあえず『気になった』音楽を買ってみたんだ」
「へえ、どんな曲ですか?」

 沈黙で過ごすのも嫌だったので、俺は話を振ってきた暁美ほむらと巴マミに、それぞれイヤホンを寄こして曲を再生する。

『っ!!!???』

 途端、しかめっ面に変わる二人。……やっぱ、女の子にギターウ○フはハード過ぎたか。
 『環七フィー○ー』が漏れるイヤホンを耳にねじ込みながら、俺は再度、沈黙と集中の世界に閉じこもった。



「で、どうするの、御剣颯太。あなたの事だから、プランはあるのでしょ?」
「沙紀っつー人質が居なけりゃ、建物ごとRPG-7でふっ飛ばす所なんだが……まあ、これしかないな」

 タクシーを返した後。
 山の中にポツンと存在する、ウロブチボウルの廃墟の前で、暁美ほむらが俺に『兗州(えんしゅう)虎徹』を手渡し、問いかける。

「手管は単純。
 俺と巴マミが、ド正面から仕掛けて暴れ回り、お前が時間停止の能力で裏からケツを持つ。
 沙紀を見つけたら、即、確保して帰還するなり、隠れるなりしてくれ。足手まといを抱えての戦闘は、流石にお前でも無理があるだろ?
 俺らもヤバくなったら逃げる……連絡はテレパシーで随時。期待してんぞ」

 結局。
 こんな特攻じみた作戦しか、思いつかなかった。それくらい、今の俺は……追いつめられていたのだ。
 時間さえあれば、もっとましな手はあったかもしれないが、これはもう仕方ない。
 はっきり言って、『沙紀が折れるまで』の、時間との勝負なのだ。

「分かったわ。私は裏から回った方が良さそうね。……巴マミとの連携は?」
「ノープロブレム。多分、こいつも俺も……『そういう風に、出来ている』」

 漠然と、以前組んだカンと相性から、そう答え。
 ……俺と巴マミは『変身』を終え、『魔法少女のダークタワー』に、足を踏み入れた。



[27923] 第三十五話:「さあ、小便は済ませたか? 神様にお祈りは? 部屋の隅でガタガタ震えて命乞いキメる覚悟完了、OK!?」
Name: 闇憑◆27c607b4 ID:cb2385d9
Date: 2011/12/30 17:53
「……巴さん。
  あんたは……人を殺した事は、あるか?」

 おそらく。
 巴マミにとって、初めてであろう殺人の舞台。
 それを前に、俺は彼女に問いかけて……それに気付く。
  『せめて叶うならば……この恩人にだけは、魔法少女の帰り血を、浴びせたくは無い』と……気付いた。気付いて……しまったのだ。

 ……くそっ、迷うな……迷える状況じゃねぇだろ!

「それが……それのみが、彼女たちを救うのならば。
 だから、なるべく『そうならないためにも』颯太さん、あえて言わせてもらいます。
 『私が仕掛けたら、私に任せてもらえませんか』?」
「何をする気だ?」

 俺の問いに、彼女が……心なしか、引きつったように微笑む。

「魔法少年に教わったやり方です……通じるかどうかは分かりませんが、あなたなら合わせてくれると、信じてます」
「……買い被られたモンだな、俺も」
「ええ」

 そう言うと、彼女は、今度こそ。引きつりの消えた笑顔で、俺に微笑んだ。

「颯太さん。
 あなたという『殺し屋』が背中に居てくれれば、私は、『私自身の魔女』に怯える必要が無いのですよ。
 だからもう……何も怖くありません!」
「了解……『手並みを拝見』だ。正義の味方」

 暁美ほむらも動いているだろう。
 というか、正味、本命は彼女である。隙を見て、時間停止している間に、沙紀を奪還する。
 然る後、俺と巴マミは、逃走する。

 ……本当は、俺一人で行くべきだったか……

 機動力をメインに考えた場合、巴マミは『並み』である。
 彼女の強みは、マスケット銃による射程と精度と、独自の銃撃術。
 特攻は出来るが……撤退は難しい。最悪、俺が背負って撤退する羽目になるだろう。

「……颯太さん……」
「おう」

 元ボウリング場のレーンへの入り口に立つ、気の抜けた見張りをしている三人の魔法少女の姿に……俺と巴マミが、疾走。

「ガッ!?」
「ゴッ!?」

 俺は白鞘の柄頭で。巴マミは、マスケット銃の銃床で。
 それぞれ、ふっ飛ばしながら、骨格を容赦なく砕き、更に……

「ふっ!」

 何が起こったのか分からない、といった風情の表情のまま、思いっきり俺に蹴り飛ばされた魔法少女が、見張りをしていた扉ごと吹っ飛んで、レーンのある遊技場のホールへと転がっていく。

 と……

「お……兄……ちゃん?」

 そこには。
 異様に目をギラつかせた、十人以上の魔法少女たちと共に居た、海賊帽を被った、琥珀色のソウルジェムの、メアリー・リードと言った風情の魔法少女。
 そして、その後ろの、かつて、ボウリングシューズなんかの貸出カウンターだったと思しき場所に。
 口の端から、涎を虚ろに溢しながら全身を震わせ……それでも癒しの力を駆使して、意思の光を決して消すまいと、目で訴え、抵抗する、沙紀の姿が在った。

 ……明らかな、薬物の過剰摂取(オーバードース)の症状……そうか……『漬ける』つもりだったのか!
 沙紀を……俺の、大切な妹を……シャブなんぞに漬けてまで、そんなにしてまで『魔女の釜』が欲しいか、テメェらっ!
 アカの他人を踏みにじる事に、そこまで恥じらいが無いか!

 一緒だ……こいつら……佐倉杏子やキュゥべえと一緒だっ!!
 ハラワタの中の血が、一瞬で沸点に達して、血が頭に上り……俺は、彼女たちを誰ひとり生かして帰すつもりが、無くなっていた。
 そう。『キレ』た……『キレ』て……冷めた。

 こいつら全員……十万億土、踏ませてやる!!

「……へぇ? 本当に来るモンなんだね? ほんと、分っかんないなぁ……よっぽど、この妹が、大事なんだ?
 ……マジ、ムカつく……」
「テメェ、どっかで見たツラだな……」

 どこだろうか?
 案外……身近に居たような……

「はっ、そうだろうね。不登校のアタシを、アンタが憶えてないのも、当然か。
 品行方正、成績学年トップ、爽やかスポーツマンで、何気に喧嘩も強くて男らしくて、校内のワルからも一目置かれて、クラスの女の子たちにキャーキャー言われて……その裏で『魔法少女の殺し屋』なんてやってる、御剣颯太王子様にはさぁ!」
「……何だヨソレ?」

 意外な事に。どうやら、彼女は俺のクラスメイトだったらしい。

 だが、少なくとも。
 俺の身の回りには、油断ならない魔法少女や、暴走する馬鹿のような魔法少女や、とても世話になってる魔法少女や、とても世話している魔法少女はいるが。
 クラスの女子に、キャーキャー言われた憶えなんぞ、これっぽっちも無い。ラブレター一つ、貰った事なんぞ無いし。

「……っ!! そういう所が……まあ、当然か。
 アンタにとっちゃ、全部、全部、全部、妹を守るための『偽りの仮面』だもんね! それに騙されてる連中になんて、興味なんか持てるワケが無いか!」
「何、他人に向かって、身に憶えの無い寝言ヌカしてんだか知らネェけどヨ……それが、ドコでどんな風になりゃあ、俺の妹を拉致ってシャブに漬ける話に繋がるのかは、トンっと分かんねぇヨ。
 まあ……このオトシマエだけは、つけさせてもらうぜ、斜太チカ!!」

 そう言って、俺は……『兗州(えんしゅう)虎徹』の鯉口を切る。

「はっ! 魔法少年の衣装か? それ、全部ハッタリだろう? 色まで変えて!
 キュゥべえから聞いたぜ! あんた……妹からの借り物の力で、闘い続けてるんだって!?
 それで人殺しまでしておいて、『妹のため』なんて、よく言えるな! この偽善者! 殺人鬼!」
「何とでも言えよ。
 テメェみたいな外道に分かってもらおうとは、コレッポッチも思わねぇし。テメェみたいな、外道の泣き事や寝言に付き合うほど、こっちも暇じゃねぇんだよ」
「っ…………いいさ、アタシは『魔女の釜』を手に入れる……それで、ずっと『あたしの願い』を叶え続けるんだ!!」
「そういう奴には、なおさら『渡せねぇ』んだよ! 『魔女の釜(こいつ)』はなぁっ!!」

 一色即発。
 その、正に撃発の刹那……

「待ちなさい!」
「あ!? なんだよ……この間の『正義の味方』じゃねぇか……」
「これを聞きなさい」

 そう言って、巴マミが取りだしたのは……

『あ、あ……こんにちは。
 私の名前は、御剣冴子。『元』魔法少女だった女……そう、あなたたちが噂している、『顔無しの魔法凶女』本人です』

 以前、俺が作った、あの録音テープだった。

「っ!?」
「分かる? 颯太さんはね、元々、『姉』の復讐に巻き込まれた、被害者なのよ。
 妹を使って魔法少女を狩っている事も、『魔女の釜』を運用している事も、本意では無いわ! やむにやまれぬ、苦肉の策よ!」
「そっ……そんな!」

 なんというか……ココで、コレを持ちだす根性が、流石、巴マミである。
 ハッタリにも程があるっつーか……スゲェ度胸だ。

「斜太チカ! あなたは知っているはずよ! 魔女と魔法少女の理屈を! インキュベーターのおぞましさを!」
「うっ、嘘だ……! デタラメだ! キュゥべえを騙せるわけがない! だってアイツは……それに、魔法少女は」
「それを可能にする程の、『腕利き』よ、彼女は。そして、彼女は『偶発的に』魔法少女を辞める事が出来た!
 ……本当に、奇跡的に、ね……」
「そ、そんな事が……」
「あったのよ。現に。死より辛い目に遭いながらね!
 でも、それは、彼女の『闘いの終わりを』意味しなかった。
 正義感の強かった彼女は、『魔法少女を何とか救いたい』と、活動を始めたわ。
 でもね、インキュベーターの情報戦の前に、ことごとく敗れて行って、最後に見滝原に残った、自分の家族を盾に、闘い続ける以外に無かったの。その過程で、彼女も、颯太さんも。確かに多くの魔法少女を手にかけたわ。
 そして……斜太チカ! あなたなら、分かるハズよ。『彼女がどんな決意で、再び魔法少女になって、御剣颯太に力を貸すようになったか』」

 ……あ、なるほど。そこでそう来るか、巴マミ!!
 よし、面白ぇ! その前振り、引き受けた!

「っ!! ……嘘だ……だったら、コイツの姉貴自身が、前に出て来るハズだろう!」
「俺の姉さんはな……元々、沙紀よりも『檻』の能力に特化した、後方支援型の魔法少女だったんだよ。
 だから『影で動く事』に長けるようになっちまったんだ!
 そして、『檻』の能力は、沙紀にも受け継がれてた。同じ血が流れて居るからな」
「嘘だ……嘘だ……!」
「……じゃあ、見せてやるよ」

 そう言って、俺は自分の財布から……昔、魔法少女と魔法少年の姿で姉さんと撮影した、色あせたスナップ写真を取り出す。
 ……いや、人生、ナニが切り札になるか、分かんねぇな……

「っ……色が……あんた……」
「魔法少年の服の色は、な……『力を分け与える魔法少女のソウルジェムの色になる』
 ……つまりは、そういう事なんだよ。直接的な戦闘能力は、俺の方が上だったからな。
 もっとも、再契約の反動からか、殆ど能力なんか残っちゃいねぇし、ロクに身動きも取れねぇ……お陰で『魔法少年が必要な魔法少女が』増えちまったよ」
「っ!!!!!」

 完全に、動揺する斜太チカ。
 その動揺は、むしろ、手下の魔法少女のほうが、大きい。
 さもありなん。どうせ、彼女たちは殺し屋退治だとかで狩り集められたのだろうし。そこで、自分たちの『正義』を完全否定されるような状況に、なってしまったのだから。

「さあ、覚悟はいいな!?
 俺は……姉さんのためにも、沙紀のためにも! この闘いに負けるわけには行かないんだ!」
「……違う……違うんだ……あたしは……そんなつもりじゃなくて……」
「ウッセェ!!
 テメェみてぇな、他人を食いモンに覚せい剤に漬けて、言うこと聞かそうなんて外道に、負けるワケにゃ行かねぇんだよコッチは!」

 と……ココで。
 やっぱり、という声が混ざった、手下からの避難の眼差しが、斜太チカに突き刺さる。

「あんた……キュゥべえから貰った『魔法の粉』なんて言って、あたしたちを騙してたのね!」
「……そうか、道理でダルいと思った……」
「なんて……事……」
「あたしたち……あんたに……いや、キュゥべえにすら、騙されていたっていうの!?」

 動揺する手下たち。好機は……今しかない!!

「っ!!」

 全力で疾走し……俺は、海賊帽の真ん中にある、斜太チカのソウルジェムに向かって、抜刀!

「ぐあっ!!」
「っ……チッ!」

 微かに外れ、俺は彼女の右目を含めた、顔の右半分を斬り裂くにとどまる。
 ……意外と反応がイイ。単純な素質だけでも、彼女は相当だな。美樹さやか並みか、それ以上かもしれん。

「くそっ! 本当にハッタリじゃねぇのか……チクショウ!
 ……おい、お前ら! やっちまえ! 『正義』みせろや、オラァ!!」
「でっ、でも!」
「馬鹿言わないでよ!」
「今更、後に退くとかヌカしてんじゃねぇ! こいつも、こいつの姉貴も、殺し屋がアンタら見逃してくれると思ってんのか!
 後で魔法のコナでもグリーフシードでも、幾らでもクレてやる! オラ、ダッシュだーっ!」

 その言葉に、再度動揺する手下の魔法少女たち。
 ……上等である、斜太チカ。
 ハッタリ勝負で、今の俺と巴マミとの組み合わせに、勝てると思うなよ?

「そうか……そんなにお前ら『好きこのんで』俺に皆殺しに遭いたいんだな? そんなに俺の、刀が見てぇってんなら……十万億土、仲良く踏むかコラぁ!?」
「そうよ! 彼女はあんたらの事なんて何とも思っちゃいない人でなしよ! さあ、『どっちに正義があるか』! あんたたち自身が考えなさい!! それでも闘うっていうなら、颯太さんとあたしと、ここでみんな一緒に死ぬしかないのよ!」

 狂気を見せる俺、正義を見せる巴マミ。
 実にいいコンビで、周囲をペースに巻き込んで行く。

 ……御剣詐欺って言われるのも、しょーがないかもなぁ……

「どっ、どうするのよ……どうする?」
「わっ……私は……」
「そ、そんなつもりじゃ……こんな事になるなんて、思わなくて!」
「だって、あんた……本当に殺したんでしょう!?」

 その問いかけに、俺は笑って答えてやる。

「ああ、殺したよ! 好きでも何でもなく殺したよ! いっぱい殺したよ! 今でも殺した奴らが夢に出てきやがるよ!
 『何も知らなかった』、『あたしは知らない』。そう言って、みんな死んで行ったよ! ……だから今更、『十人そこら増えようが』俺にとっちゃ、もうどーでもいい話しなんだよ!
 ……言っておくがな……俺は、無理心中図ろうとした父さんと母さんを、姉さんと妹を守るために殺してる、人殺しなんだぜ!?
 姉さんが『魔法少年』なんてやる前から、俺はデフォで人殺しなんだよ!!」

『っ!!』

 完全に、パニックになる手下共。
 そして……

「ひっ……ひいいいいいっ!!」

 恐らく……一番、脆い魔法少女なのだろう。
 この状況に耐え切れなくなった、彼女のソウルジェムが、真っ黒に染まっていき……

「っ……がっ……ぎぐぐぐあがあああああああああああああああっ!!」
「チッ……始まっちまったか!」

 魔女として実体化した瞬間。即座に、俺の斬撃と、巴マミのマスケットが、炸裂。沈黙させる。
 後に残ったのは、グリーフシードが一個。
 ……ふう。雑魚でよかった。

「……何」
「一体……何があったっていうの?」
「リカ……リカ……あっ、あんたたち、リカに何をしたの!?」
「俺は何もしてねぇよ。普通に『魔法少女が魔女に化けただけ』だ」

 さらっと。事実だけを、端的に言ってのける。

「魔……女に……何、どういう……事?」
「見ただろう。そのまんまだよ。『魔法少女は、いずれ魔女に化ける』んだ!
 お前らが日ごろ使ってる、グリーフシードってのは、基本的に誰かの魔法少女のソウルジェムの『なれの果て』なんだよ!
 ついでに言うとな。覚せい剤なり何なり使えば、確かに『強くはなれる』。だけど、魔力も暴走状態、感情も不安定。一気に魔女に近づく、破滅の一本道だ!
 ンで『そんな連中を放り込んで、自分だけ助かる』ために、『魔女の釜』ってのはあるんだよ! それが、俺も姉さんも、徒党を組まなかった一番の理由で、姉さんがキュゥべえに抗い続けてる一番の理由だ!
 ……俺だって、好きこのんで『魔女の釜』を運用してるワケじゃねぇんだよ!」

『!!!!!』

 今度こそ。
 彼女たちは、自分が『斜太チカの魔女の釜の餌にされる』と、理解できたらしい。

「あっ、あっ……あんたはぁぁぁぁぁ!!」

 ガァン!!

 次の瞬間。斜太チカは、自分に向かってきたかつての手下の、ソウルジェムを狙って、ピストル……巴マミの扱うマスケットを短く切り詰めたような、ソレを発砲した。
 ばったりと……それだけで、彼女は倒れ伏す。

「ったく……あたしとした事が、迂闊だったぜ。
 正義の味方気取ってお上品に澄ましたツラして……この土壇場で、あんたらトンだ喧嘩芸見せてくれるねぇ、巴マミ!」
「喧嘩芸? 何の事かしら?」
「知らねぇか? 誰に教わったんだか知らねぇが……上等だよ。
 元々、あたし一人でやってきたんだ……あたしはあたしが欲しいモンのために、やってきてんだ……今更『誰が何人死のうが』、関係ねぇ! 『あたしの邪魔する奴らは』全員、ブッ殺してやる!」

 そう言うと、彼女はドリトスを飲むように、ざらざらとポケットからドラッグを口にする。

「っ……テメェで……」

 ドラッグのバイヤーが、ドラッグに手を出す。
 破滅の典型的パターンだ

「っく……くっ……カカカカカぁああああああっ!!」
「っ……!!」
「なんて……魔力!」

 元々の素質もあるんだろう……これは、迂闊な魔女より危険だ。
 だが、逆に好都合。
 この状況下、彼女は周囲全てを敵に回してしまっている。

 が……

「っ!? 沙紀っ!」

 カウンターの中の沙紀を担ぐようにひっ浚うと、斜太チカはその場から逃走する。
 ……チクショウ、暁美ほむらは何やってんだ!?

「ヒャッハー!! ちゃっちゃとついてこいよっ、オラァ!!」
「テメェ、待ちやがれ!」

 フリントロック式のピストルを、使い捨てるように発砲しながら逃げる斜太チカ。
 そして……

 ドンッ、ドンッ、ドンッ、ドンッ!!

 無造作な銃声。
 奴がホールから抜けて、階段を下りた目の前に。
 デザートイーグル50AEを構えた暁美ほむらが、斜太チカに向かって発砲したのだ。

「ぐぁっ……何……マジモンの……チャカだと!?」
「……ストライクよ」

 さらに発砲。
 斜太チカの眉間に、銃弾が叩きこまれる。

「……もう大丈夫よ」

 などとドヤ顔で格好つけてるが、余程慌てていたのだろう。
 暁美ほむらの体には、ガムテープのようなモノだとか。あまつさえ左足は虎バサミみたいなモノにまで、噛みつかれたままだった。
 ……あ、なるほど。遅れてきたのはそういう事ね。そりゃ時間停止でどーにかなるモンじゃないわ。

 と……

「あ……け……」
「危ねぇっ!」

 復活した斜太チカが、カトラスを振りかぶって、暁美ほむらに襲いかかる。
 それを、紙一重で回避する、暁美ほむら。

「ぐあああああああああああああああ!!」
「くっ……なんて魔力とパワー……もう復活するなんて!」
「逃げろ、暁美ほむら! 沙紀を頼む!」
「分かったわ!」

 そう言って、暁美ほむらの姿が消える。……きっと、時間停止の能力を使う事を、ギリギリまで躊躇っていたのだろう。
 ……チッ、もったいつけやがって!

「くっそ……どこに消えやがっ……そこか、待てぇぇぇぇぇ!」
「くっ、行かせな……!」

 マスケットを構える巴マミを、俺は制する。

「よせっ! あいつの魔力は暴走状態だ!
 そんで、幾らアイツでも、徹底的に『逃げ』に回った暁美ほむらを捕まえられるとは、俺には思えネェ。
 だから、ある程度、魔力そのものが枯渇する自滅を待って、慎重に追いつめるべきだぜ」

 そして、テレパシーで暁美ほむらに、その旨を伝える。

『そういうわけで、お前の役割を変更する! 沙紀を保護しながら餌にして、あいつの鼻っ面の前で踊って、引っかき回す事だ。
 ……出来るな?』
『御剣颯太……一言言っていい?』
『なんだ?』
『私に、大岩に追い回される、インディ・ジョーンズになれって言うの?』
『知るかよ! 無理だと思ったら適当に逃げろ! お前も実戦派なら、そのくらいの呼吸は分かるだろ!? ……まあ、お前があんなのに掴まるワケが無いだろーしな』
『っ……了解したわ。でも、私が殺したほうが早いんだけど』
『お前は『魔法少女殺し』を、した事があるのか? 
 何で、あの時『ソウルジェムを即、狙わなかった』? ……直接手を汚すのは、俺の仕事だぜ』
『!! ……ありがとう。御剣颯太』
『舐めてんじゃネェぞ、てめぇらぁぁぁぁぁぁぁぁ!! うおおおおおお!!』

 俺たちのテレパシーに割り込んで、雄叫びをあげる斜太チカ。
 と……

「颯太さん……沙紀ちゃんだけでも、逃がすべきでは?」
「いや、逆だ。
 アイツは『魔女の釜』を諦めねぇ……ココでケリをつけなきゃ後が面倒な事になる!
 こいつらみてぇに『何も知らなかった』で通そうとするド素人集めて、また同じ事をやらかすぜ?」

 『びくっ』と……その場に生き残った全員が、怯えたような目で、俺と巴マミを見上げて来る。

「っ……!! そう、ですわね」
「ああ。だから……巴さん、『奴も含めて、ここにいる全員、俺が始末をつける』。
 アンタは手を汚さなくていい」
「っ!! そんな!」
「……頼むわ」

 そう言って。
 目線で『あわせてくれ』とだけ……テレパシーで悟られる事も無いように。

「……そうね。
 颯太さんと、そのお姉さんの事を考えたら……あなたたちは全員、この場で死んでもらうしかないかもしれないわね」
「そんな……」
「私たち、本当に知らなかったんです!」
「騙されたんです! 信じてください!」

 そう懇願する彼女たちに、俺は笑いながら。

「ああそうだな。そこん所だけは信じてやるよ。
 お前らは!
 騙されて、魔法少女になって。
 騙されて、覚せい剤に手を出して。
 騙されて、俺の妹を誘拐して。
 騙されて、俺の妹をシャブ漬にしようとして。
 騙されて、俺と妹を殺そうとして!
 そんなお前らが騙された結果、俺の姉さんが犠牲になって!
 で、次はお前ら『何に』騙されて俺を襲うつもりだ!?」

『っ!!』

 全員が答えられなくなる。答えられるワケが無い。

「悪いけどな。
 俺の縄張りに踏み込んだ連中も『そんな奴ら』ばっかだったよ……そんで、騙されまくったお前らは、最終的に『ブギーマン』にでも化けて、家族や友達を食う事になるわけだ!
 『騙されたんです、ごめんなさい』。それで済めば、世の中、警察も魔法少女も魔法少年も要らねぇんだよ!
 ……そんでな、そーいう連中を『魔法少年をやる前から』殺しまくってきた俺にはな? もーアカの他人のテメーらなんぞに、一片の同情の余地も沸かねぇんだよ……」

 うすら笑いを浮かべて、慎重に追い詰める。
 ……何しろ、十人以上の魔法少女全員に暴発されたら、危険なのはコッチだし。

「っ……そんな……そんな!!」
「嫌だ……嫌ぁ! 助けて、ママ!!」
「やだよ……こんなの酷いよ! あんまりだよ!」
「酷いのはドッチだ!! 正義だ奇跡だ魔法だ何だと気取って! テメェらがやってきた事をもういっぺん振り返ってみろ!
 お前らがやってきた事はな! 未成年者略取、拉致監禁、薬事法違反、どこをどう逆さに振るった所で、犯罪者なんだよ!」

 自分を思いっきり棚にあげて、とりあえず叫ぶ。
 ……俺の場合は、殺人と、武器密輸だもんなぁ……結構ヘビーだわ……

「じゃあ……じゃあ、あんたは正当防衛だって、言いたいの!? あんたがあたしの友達を殺した事に、何の罪もないっていうの!」
「話きいてねぇのか? 最初から、俺は『人殺しだ』って言ってんじゃねぇか!
 どっかの誰かさんにダマされた、父さんも母さんも含めて! 俺自身と大切な妹を……『家族を殺しに来た連中から家族を守るために』殺し続けた『タダの人殺し』だっつってんだよ!!
 ……だから、お前らを殺す事に、もーなんも感じたりしねぇ……もう家族を無くす事以外『何も怖くねぇ』んだよ、俺は……」

 改めて。
 彼女たちは、愕然となる。
 誰を敵に回してしまったか。自分が何をしてしまったか。
 それを、ようやっと悟ったのだろう。自分が『終わり』を目の前にしているという事実に。

「さあ、小便は済ませたか? 神様にお祈りは? 部屋の隅でガタガタ震えて命乞いキメる覚悟完了、OK!?」
「ひっ……ひっ……」
「いっ、いっ、嫌ぁぁぁぁぁっ!」

 完全に腰が抜けてる魔法少女たちに、俺は『高々と刃を振りかぶり』……

 ガキィィィン!!

 振り下ろした刃を、横合いから差しだされたマスケットで『止める』。

「テメェ……」
「逃げなさい、あなたたち!!」

 巴マミの言葉に、全員が救いの目を見るように、戸惑う。

「あ、あんた……なんで」
「勘違いしないで! 『正義の味方として』ここで颯太さんに、人殺しの罪を重ねさせたくないだけよ!
 ……いいこと、二度と彼に関わらないでちょうだい!」
「止めるなあ! こいつら殺さんと、また殺しに来るぞ!」
「ここは私が喰いとめるわ! だからあなたたち、逃げなさい!
 そして、絶対に二度と、彼や妹たちに関わらないで!」

 そして始まる、剣劇の乱舞と、銃撃の交差……豪快に、そして『派手に』銃弾と刃が交差する。

「ひっ……ひいいいいいいいっ!!」
「きゃああああああああああああっ!!」

 そして、全員が。
 尻に帆をかけて逃げ出すのに、そう手間はかからなかった。
 そして、誰も居なくなった後………

「……こんなもんで、いいかい? 『正義の味方』さんよ?」
「ええ、御苦労様。『殺し屋』さん」

 溜息をつく。
 ……まったく……

「正義の味方に『合わせる』のも、楽じゃねぇなぁ……」
「流石に、私の前では、ね……それに、あの状況なら颯太さん。本気で殺せてたでしょ?」
「当たり前じゃねぇか。殺る気満々だったんだぜ? こっちは」
「……そうかしら?」
「どういう意味だよ!」
「いいえ。別に……」

 微笑む巴マミに、俺は憮然としながらも。

「……しっかし……あいつら、本当に大丈夫かな?
 麻薬中毒の依存症は本気で強烈だから、幾ら魔法少女の魔力で治せるっつったって、また手を出すんじゃねぇのか?」

 むしろ『魔力で治せるからこそ』、また安易に手を出しそうで、怖い。
 ……ま、依存症になって暴走して魔女化しようが狩るだけか。そこまでは俺の知った義理ではない。

「それが問題よね……全く。斜太チカも、とんでもない事をしてくれたわ」
「まったくだ……」

 と……

『御剣颯太。そろそろよ……斜太チカのソウルジェムが、良い感じに濁り始めてる』
『了解。今すぐ、『建物の中の』安全な場所に逃げながら、沙紀を確保してくれ』
『!! ……分かったわ』
『くそぉおぉぉぉぉぉ、テメェら、テレパシーでやりたい放題してんじゃねぇ!! ふざけんなぁぁぁぁぁ!!』

 さて、と……
 俺は、壁に斜めにぶら下がっていた、ボウリング場の地図を見ながら、確認する。

「二手に分かれて、回廊を回って……こんな感じで、最終的にはココ。
 ……多分、元はプールか何かだったんだろうな? このへんで落ち合おう。
 ただ……巴さん。『この騒動のケリそのものは、俺の流儀で』カタをつけさせてくれ」

 それは、斜太チカを殺すという意思表示。
 それを……巴マミは、了解しした。

「……分かりました。私が見つけた場合、このプールまで誘導します」
「頼むぜ……相棒」

 そう言って、俺と巴マミは、回廊を歩き始めた。



「颯太さん。……お望み通り、連れて来ました」

 結局、俺は奴とは出あわず。
 巴マミが、斜太チカを、さびれて水の無いプールの、プールサイドに連れて来る形になった。

「っ……ぜっ……はっ……はぁ……目が、右目が痛ぇ……チクショウ、面白くネェ……ムカツクんだよ、テメェら。
 ……妹なら居ねぇよー? あたしがアイツ撃って捕まえて、シャブ追加しちゃったから。
 ほら、用済んだろ? ちゃっちゃと家に帰って、残った老い先短い姉ちゃん相手に、得意な料理でもしてなよ?」

 ボロボロになりながら、俺の前に現れた斜太チカの言葉に、俺は内心、せせら笑う。

「オメェのよーなド汚ぇ悪党が『人質も連れずに』、俺や『正義の味方』の目の前に、自分から現れるワケが無ぇ……そうだろ?」

 ハッタリが安いんだよ、クソ袋が……

「っ……ふざけんじゃねぇ……あたしは……あたしはただ……アンタが」

 その言葉をさえぎるように。
 俺は、『兗州(えんしゅう)虎徹』を手に、居合いの構えを取る。

「好きなように……『抜いて』みな」
「っ!!」

 この期に及んで、言葉は無意味。
 そう、示し……彼女も、両手を下げて、構える。

 刹那。

 魔法少女特有の、変則的なクイックドローで、彼女は右手でフリントロックのピストルを抜き……

 キィィィン!

『!?』

 その銃弾を、俺は『斬って』捨て、更に一歩踏み込んで反対側で抜いたピストルだけを『銃身ごと』斬って捨てると、詰め過ぎた間合いにあわせて刃を翻し……彼女のソウルジェムを、柄頭で砕きながら、枯れたプールの中まで吹っ飛ばした。

「おめぇみてぇな外道の死に方にゃあ生温いが……警察がいるからな。『証拠』が残せねぇんだヨ……」

 人間の姿に戻った、斜太チカを見下ろしながら。俺はそう嘯いた。
 そう。
 本音は、死体を『兗州(えんしゅう)虎徹』で微塵に刻んでも、なお飽き足りないが。
 そこは、ぐっと我慢である。

 今夜、この場で死んだのは三人。
 薬物反応は、死体からも出るだろうから、結局、全員、クスリの過剰摂取(オーバードース)や過剰反応で死亡……そういう筋書きだ。暁美ほむらが撃っちゃったのは、ちょっと焦ったけど。
 まあ、その傷は魔法少女やってる段階で治ってたみたいだし、弾も体からこぼれて適当な場所に転がってそうだし、問題は無かろう。

「……と、いう筋書きで。
 沙紀の誘拐の事は伏せて、連中に口裏合わせるように、頼めねぇかな? 巴さん?
 なに、主犯を斜太チカって事にすりゃあ、警察も納得してくれるしな……魔法少女の力で体を治して『何も知らない一回目だったんだ』って事にすれば、厳重注意くらいじゃねぇの? 多分」
「承ったわ。でも……」

 彼女の言いたい事は、分かる。
 彼女を殺しても、次が現れかねない。麻薬や覚せい剤の問題は、『存在する事そのもの』が、罪の引き金なのだ。
 だから……

「安心していい。……少なくとも、斜太興業の連中は『確実に不幸になる』から♪」
「はっ、颯太さん?」
「あのさぁ、巴さん……『俺や師匠みたいな人種を怒らせた、斜太興業みたいな外道が』、どういう末路を辿っていくと、思う?
 くっくっくっくっく……ひーさーしーぶーりーだーなー、師匠の真似事なんて……くっくっくっくっく!!」

 ニッコリと微笑みながら。
 俺は、斜太チカの事なんぞ綺麗さっぱり忘れて、その大元である斜太興業の連中を、『どう料理してくれようか』と……まさに、キッチンに極上の和菓子の素材を迎えたのと、同じような思いで、思考を巡らせていた。



[27923] 第三十六話:「ねぇ、お兄ちゃん? ……私ね、お兄ちゃんに、感謝してるんだよ?」
Name: 闇憑◆27c607b4 ID:cb2385d9
Date: 2011/07/08 18:43
「もしもし、御剣です。朝早く、失礼します」
『おお、どうしたね? ……君が、学校じゃなくて、直接かけて来るとは、珍しい』

 朝六時。
 電話口に出た、寝ぼけ声の担任に、俺は、ケータイ越しにでも頭を下げる。

「その、沙紀の奴が法事で都内に出たついでに風邪もらってきちゃいまして。まあ、今のところ、そんな酷くは無いんですが……すいません!! 一日……今日、一日だけ、おねがいします!
 ある程度は沙紀自身も、自分で出来るように躾けてますので、今日を超せれば何とかなると思うので」
『ん、分かった。忌引きの日数を、一日増やしておくよ。課題とレポート、ちゃんと提出したまえ』
「すいません。ありがとうございます!!」

 嘘をついてる罪悪感というか……まあ、そんな感じで。
 とりあえず、沙紀の通ってる小学校にも、こんな感じで連絡を後で取る事にして、と。

「さぁってと……大丈夫か? 手伝おうか?」
「……結構よ」

 思いっきりトラップに引っかかったガムテープだの粘着剤だのを、巴マミと沙紀にひっぺがしてもらいながら(流石に、トラバサミは逃げる途中で外したらしい)。
 暁美ほむらは、鉄面皮のまま、憮然とした表情で俺に答えた。

「無様な所を見せたわね。イレギュラー。『次』は上手くやるわ……」
「タコ! 『次』なんてあってたまるか!」
「っ!! ……ごめんなさい」
「まあ、しょうがねぇよ……お前にとっても、想定外だったんだろ、この騒動?」
「それどころか、『斜太チカ』って魔法少女そのものが、私の知らない存在だったわ」
「だろうな。お前さんは普通、罠に引っかかりようが無いもんなぁ……」

 繰り返しやってりゃあ、罠の位置なんて引っかかる道理もない。
 時間遡行者にとって、確立的に引っかかるようなトラップなんて、無意味に等しい。
 ……例外は、俺みたいな『最初の一回目』以外は。

「……!」
「何か、気付いたのか?」
「いえ……何でも無いわ」

 と……

「暁美さん。顔のテープ、はがすわよ」
「マミお姉ちゃん、そっち持って。
 ……あ、お兄ちゃんゴメン。ちょっとこれベッタリ張り付いてガンコだから、暁美さんの頭、押さえててくれない?」
「ショウガネェな……いいな? 押さえるぞ」
「わかったわ」

 彼女の承諾を得て、俺は暁美ほむらの頭を押さえこむ。

『せーのっ!!!』

 そう言って、息を合わせて、暁美ほむらに絡んだテープを剥がして行くのだが……
 さて、考えてみましょう。
 クールな鉄面女気取った魔法少女の顔面が、テープ芸でびろーんと伸びた『福笑い』状態で、崩れて行くその構図を。

「……ブッ!! ……くっくっくっくっく!!」
「っ……お兄ちゃん……笑っちゃ……彼女も女の子……ックックック!」
「ごめん、暁美さん……ちょっとごめん……力が抜ける」
「………………『次』は無いわ」

 鉄面皮で憮然とした表情はそのままに。でもどこか腐った表情で。暁美ほむらはつぶやいた。



「っ……はっ!!」
「よぉ……気付いたか?」

 暁美ほむらの『テープ芸』を堪能して……危うく、射殺されそうになりながら、何とか見られる程度に綺麗にすると、再びケータイでタクシーを呼び、巴マミと暁美ほむらと沙紀を連れて、俺の家に帰った後。

 いつもは、沙紀を寝かせてる、エアコンガンガン&氷枕全開の専用布団の中で、美樹さやかは、目を覚ました。

 ……流石に、沙紀ほどソウルジェムと肉体が分離されている状態に慣れてはおらず、元の肉体との同調に手間どったが。

「……勝ったんですね、師匠」
「ああ、助かった。
 御剣沙紀の兄貴として、礼を言う。この通りだ……ありがとう」

 そう言って、俺は美樹さやかに頭を下げた。

「そんな……弟子として当たり前の事です」

 その言葉に、俺は……

「……うむ。そうか。
 ならば、『師として』言わせてもらおう…………くぉの馬鹿弟子があああああああああああああっ!!!!!」

 そう言って……思いっきり拳骨を振りかぶり、美樹さやかの脳天に落とした!!

「うにゃああああああああああああっ!! しっ、しっ、師匠!?」
「悪党を簡単に信用するな! 無駄に格好つけて命を危険にさらすな! 命を張ることと、命を投げ捨てる事とは違う!
 ……いいか、お前が今夜、カマした博打は、正直『命を投げ捨ててるも同然』の所業だ!
 勝算なんて、ゼロから1%に上がった程度のレベルに過ぎん! そして、そんな確立に命を賭けるのは『博打』とは言わん!
 ただの自殺行為で愚かな蛮勇で、無謀に過ぎん! お前はあの段階で、勝算が無いと思って逃げるべきだったんだ!
 ……今回は本当に、本当に、本当に!! 『たまたま運が良かったダケ』だと思え!!
 いいか、『俺の弟子』を名乗りたいのなら、絶対に二度と、こんな『命を投げ捨てるような真似』はすんじゃねぇ!!」
「はっ、はっ、はいいいいいいいいいいい!?」

 襟首掴んで、ガックンガックンガックンとしながら……ふと、馬鹿らしくなった。
 ……クソ! 殺すかもしれない相手に、何言ってんだ俺は……

「わっ、わかってます……でも……」
「でも? 何だ!? 申し開きがあンなら、言ってみろぃ!?」
「マミさんと師匠の、ハッタリ全開のやり取り、かっこよかったです。あんな大勢の敵相手に、大ウソ信じ込ませる啖呵を切って。
 ……やっぱ、ベテランの魔法少女や魔法少年って、凄いなぁ……って」

『……え!?』

 その場に居た、全員……沙紀以外、絶句した表情で(沙紀は『しまった』といった顔で)、美樹さやかを見る。

 ……ちょっと待て? 美樹さやかは、ここで死体になっていたハズじゃないのか?

「ま、待て? お前……何を言ってるんだ?」
「え、えっとですね、その……夢、みたいな状態だったんですけど。見えちゃったんです。師匠が『魔法少年』になった直後から、かな?
 特に、師匠が、斜太チカの銃弾とピストル、真っ二つに斬ってソウルジェム砕く所とか……凄く、シビレました!!
 あと、ああいった、こう……『土壇場で光るベテランの凄み』っていうのかな? 師匠とかマミさんとか二人とも、状況の判断が凄く的確で、ただ『殴り合いに強い』ってワケじゃなくて。
 あたしも、あんな風に強くなりたいな、って、本当、思いました!」
「……おそらく……『魔力の同調』の結果だと思うわ。
 『魔法少年』の肉体……この場合、御剣颯太の体を、美樹さやかのソウルジェムが、擬似的な肉体として誤認識してしまった結果ね。
 勿論、肉体の主導権は御剣颯太にあっても、美樹さやかの魂まで死んでいるわけでは無いから、そういう現象だって起こり得るハズよ」

 暁美ほむらの解説に、俺は愕然となる。
 ……待て? するってぇと? 沙紀の奴は?
 俺が『魔法少年になって、ドンパチやってきた』全てを、見てきているというのか?

「道理で……
 小学生にしては、恐ろしい程の精神的なタフさを、沙紀ちゃんが持っているハズだわ。
 颯太さんの闘いを『一番間近で』見続けてきたのなら、嫌でも鍛え上げられるハズだもの……」

 巴マミの言葉に、俺が顔面蒼白になる。

「……沙ぁ紀ぃいいいいい、何で言わなかったぁっ!!」

 襟首ひっつかんで、沙紀を問い詰める。

「だって……お兄ちゃんがそれ知ったら『今まで魔法少女にやってきた、あんな事やこんな事』出来た?」
「うぐっ!!」

 今でも思い出す。
 魔法少女たち相手に、口先一つで破滅に追いやったり、他人には迂闊に言うに言えない、キリング・スキルの手管含めた諸々を……

「だからね、お兄ちゃん。私は……魔法少女『御剣沙紀』は、魔法少年『御剣颯太』の『妹』なんだよ♪」

 ニッコリと、邪悪に輝く瞳で俺に微笑む沙紀。
 ……つまり、俺は……沙紀の奴に、今の今までずっと『御剣詐欺』にかけられていた、って事なの……か!? ……猫を被って、大人しい顔して……そんな、馬鹿な! 俺の妹がそんなに邪悪なワケが無い!!
 
「っ!!!!! いっ、陰謀だっ! こ、これはインキュベーターの陰謀じゃよ、ぎゃわーっ!!」
「ドコのモテモテ国王様よ! 諦めなさい! お兄ちゃんの『御剣沙紀 大和撫子計画』なんて、最初っから破綻してるのよ!」
「嘘だーっ!! 俺は信じネェーっ!! 絶対インキュベーターの仕業だーっ!!」
「諦めなさい、お兄ちゃん! 真実は常に一つって、名探偵も言ってるでしょ! 今更、こんな性格、矯正のしようなんて無いわよ!!
 安心して、ちゃんとお兄ちゃんに習って『猫の被り方』だって憶えたんだから。ちゃんと魔法少女辞められたら、上条さん騙してでも捕まえて、お兄ちゃんの前に連れて来るわよ!
 ……あ、言っておくけど、美樹さん。
 今回は、話を聞く限り、マミお姉ちゃんが居たからこそ『カッコイイ』闘い方してたんだと思うけど。
 『お兄ちゃんだけで本気になった』時の喧嘩は、もっとエグくてド汚いわよ!? 多分、弟子になりたいとか絶対言えないと思う、本当に!! あたしだって最初、あの『優しいお兄ちゃんが』って信じられなかったし、本気でトイレで吐いちゃったもの!」
「沙紀ぃいいいいいいいいいいいいいいいっ!!
 ……くっ、くそぉっ! これは絶対に、絶対に、インキュベーターの陰謀だっ! あいつが、沙紀の性格をココまでひん曲げちまったんだ!!」

 と……

「いい加減、現実認めようよ、お兄ちゃん。
 あ、それじゃ魔法少女三人に聞きました。
 私こと、御剣沙紀が、『御剣詐欺』をマスターしたのは、お兄ちゃんのせいだと思う人、手を上げて!」

 などと、その場に居た三人に、話を振りやがる沙紀。

「はい! 間違いなく沙紀ちゃんは師匠の妹だと思われます!」、と手を上げる美樹さやか。
「議論の余地すら無いわね」と、手を上げる暁美ほむら。
「流石のキュゥべえも、陰謀を差しはさむ余地すらありませんわね」と、巴マミまで……

「っ……そんな……そんな……」

 愕然となり、その場に膝をつく。

「沙紀は……沙紀にだけは『人の道』を真っ当に歩んで、真っ当な幸せを掴んでもらう……俺はそのために、そのためだけに、今日の今日まで、生きてきたってのに……」

 頭を抱え、悶絶。
 流石に、こんな事を知ってしまっては、沙紀のソウルジェムを使って闘い続けるなんて、出来るわけがない。

 ……と。

「ねぇ、お兄ちゃん? ……私ね、お兄ちゃんに、感謝してるんだよ?
 美味しいご飯作ってくれて、必死になって魔女や魔法少女と戦って、あんな酷い悪夢にうなされながら、自分の事だっておろそかにしない。お姉ちゃんの遺産を必死になって管理して、誰よりも頑張って……やりたくもないのに、あんな酷い事して。本当は泣いてるんだ、って。
 だからね……何も言えなかった。今みたいなワガママなんて、言うに言えなかったの」
「……沙紀……お前……」

 『以前のギラギラと張りつめながら、沙紀ちゃんにだけ笑顔を見せるあなたを見ていては、沙紀ちゃんは安心して甘えるなんて、出来なかったのではないかと』

 あの時の、巴マミの言葉が頭をよぎる。

「お兄ちゃん、ありがとう……だからね、私、いつ死んでもいいの。
 魔法少年、やめたければ、やめていいよ?」
「ダメだっ! 沙紀! お前は! お前だけは!」
「じゃあさ、今日みたいに、さ。他のみんなを……魔法少女を、信じてあげて。
 美樹さんや、暁美さんや、マミお姉ちゃんや……特にさ。マミお姉ちゃん来てから、お兄ちゃん変わったよ。
 もちろん、インキュベーターが後ろに居るわけだから、全部が全部、無条件で信じるわけじゃないけどさ……それでも、魔法少女全部を敵視するのは、もうイイと思うんだ」
「っ!!」
「……大丈夫だよ。お兄ちゃんが一緒に居てくれるなら。私、もう何も、怖くないから。
 だって、約束してくれたじゃない。最後の最後、魔女になる前に、ソウルジェムを壊してくれる、って」
「沙紀……お前は……」
「だってさ。『あのくらいで折れてたら』御剣颯太の妹が、勤まるワケ無いじゃない!
 それに、今はマミお姉ちゃんの庇護下なんだし、斜太チカの一件で、真相がバレまくっちゃった状態じゃない。
 ……たぶん、安易に騙されて、お兄ちゃん襲ってくる魔法少女は、減っていくと思うよ?」

 と……

「御剣颯太。ひとつ、聞きたいんだけど」
「……何?」
「斜太チカから私が逃げ回ってた時でも、結構な数の魔法少女が居たと思うわ。
 正直、巴マミと二人でも、苦戦は免れなかったと思うのに、死体は二つだけ。そして、他の面々は、闘いもせずに逃げ出した。
 一体、どういう事なの?」

 暁美ほむらの質問に、俺は、あの状況を答えてやる。

「ん? 単純だよ。『兵は脆道なり』『兵を攻めるは下策、心を攻めるは上策』……孫子の兵法って、知ってる?」
「……どういう事?」
「えっとな、『魔法少女』っつっても、あの場に居たのは、斜太チカや佐倉杏子やアンタ並みに割り切った奴らばかりじゃねぇ。
 基本的に『正義の味方』で『自分自身が絶対正しい』って思いこんだ連中が、シャブ嗅がされて軽くイッちってる程度の……そんな連中だったんだよ。
 しかも『圧倒的優位な状況だった』って事が、逆に災いした。『考える余裕』ってモンが出来ちまうからな。
 それが、まず最初に、巴さんと俺とがカマしたハッタリで、連中の『自分自身の立場が正義だ』って、大前提が崩壊しちまった。
 さらに、斜太チカは、グリーフシードとシャブをちらつかせて士気を鼓舞しようとしたけど、それを、俺と巴さんがキレ倒してのける事で、全員の中に『自分は死にたくない』って心理を働かせて、全体の動きを封じたんだ。『誰かが行くだろう。自分はその後ろについていけばいい』ってな。
 誰だって、好きこのんで『優位な状況で、死にたくなんてない』『自分だけは安全圏に居たい』。烏合の衆の心理ってそんなもんなのさ。
 だから、暴走族なんかは、そういう状況で突っ込んで行く切り込み専門の『特攻隊』ってのが居たりするし、インターネットの掲示板を、目的を持って組織的に荒らす場合、最低一人は『先頭切って場を荒らす粘着屋』がいるわけで……もし、最悪の予測として、斜太チカが佐倉杏子と組んで、どっちかが特攻役でつっかけてきたとしたら、俺たちの命は無かったな。

 まあ、仮定の話はともかく。

 ンで、トドメになったのは……まあ、相手の自滅なんだが……魔女化しちまった魔法少女が出ちまった事だな。これが決定打だった。シャブつまんで暴走状態だったのに、立て続けに起こった状況の変化に、パニックになっちまったのがマズかったんだろーなー……。
 そこで、俺が魔女の釜の種明かしをして、斜太チカは完全に孤立。……沙紀を拉致られちまった時は、マジで焦ったけど、お前さんが本当にベストタイミングで現れたのが、運がよかった。そして、お前さんに頼んだ仕事通り、斜太チカは自滅していったって寸法だ。

 あとは、指揮官と、正義を失って、さらに魔女化の事実でパニックになった烏合の衆の魔法少女たちに、俺が追い込みをかけた。
 『殺してやる』って……な。
 ……正直な話、『魔女化の事実』なんぞよりも、目の前に『日本刀引っ提げた、殺意バリバリの殺人鬼』に迫られるほうが、よっぽど恐ろしいだろ? 少なくとも、『魔女化』なんてのは『いつか』の話しだけど、『目の前の殺人鬼』は、今、即、目の前に迫った死だからな。
 そんで、もう戦闘能力……というより『戦闘意欲』って言うべきか? そんなもんなんて、欠片も無くなっちまった連中は、腰を抜かしてあとずさる羽目になって……殺すつもりで振り下ろした刃物を、巴マミが受け止めて『逃げなさい!!』って言った。

 ……正味、彼女がココまで合わせてくれるとは、俺も思ってなかったんだが……この『逃げなさい!!』って言葉が、最後のキーワードだな。
 そんな風に追い詰められた人間は、普通、窮鼠猫を噛むで暴れまわるんだが、そこに具体的な逃げ道を与えると、そっちに走っちまうんだ……本音言えば、その逃げ道にトラップ仕掛けておきたかったんだが、まあ、時間も無かったし、仕方ない。
 後は、消耗し尽くした、斜太チカを、俺がバッサリと処分。
 死体は適当に近場に並べて……あとは巴さんが、逃げた魔法少女たちに連絡を取っておけばいい。……『多分、死人出てるから、警察来るよ』って。
 ンで、巴さんに話したとおり『全部を斜太チカにおっ被せちまえばイインジャネ?』『魔力で体を治して、一回目だったって事にして嘘泣きでも何でもすりゃあいい』って、彼女たちに囁けば……もー彼女たちは、心理的に巴さんに逆らえんな。
 何しろ、うっかりすりゃ彼女たち、自分たちが『正義の味方』どころか『間違って殺人未遂&誘拐&覚せい剤使っていた上に、正当防衛を盾にとった殺人鬼に殺されかけた』ところを、『巴さんが救ってくれた&後始末までつけてくれた』って事になるわけで。
 ……まあ、恩を忘れて、生意気な事を言い始めたら、『あの時の殺し屋さんが来るわよ?』『警察に行きましょうか?』って囁けば、大体黙るだろ?」

 とりあえず、斜太チカが主犯なのは間違いないので、きっちりと全ての罪を背負って冥土に逝ってもらいましょう。……それに、この件に関しては、俺の復讐はまだ終わっていないし。

「ああ、そうそう。ついでに、俺からの伝言で、こう付け加えといてくれると、助かる。
 『誘拐の事実は黙っててやるけど、今度、俺の縄張りにチョッカイかけてきたら、それ含めて警察に垂れこんじゃうぞ』って。……いくら魔法少女だから、っつったって家族も居るだろうし、学校もあるだろうしな。
 佐倉杏子や巴さんや俺みたいなみたいな『天涯孤独』ってばかりでもあるめーし、中には祈った奇跡の才能だけで『飯食ってます』って奴とかには、警察絡みは致命傷だろうし……」

 ふと、そこで、重大な事に気付く。

「……お前ら……家は、どうやって誤魔化して出てきた?」
「私は、元々独り暮らしよ」
「あ、私も」

 ふと……顔面蒼白な、美樹さやかを見る。

「お前……『何て言って、家を出た?』」
「あっ、えっ……えっとぉ……慌ててたから、黙って……」
「くぉの馬鹿弟子がああああああっ!! っていうか、お前ら学校はどうしたーっ! 連絡取ったんかい!?」

 『あっ』、って顔になる、沙紀以外の魔法少女全員。特に、美樹さやかは蒼白である。

「……とりあえず、沙紀。お前、いいわけになれ。
 あー、筋書きとしては、巴さん経由で沙紀が大熱出して寝込んでたのを知ったお前が、あの裏路地での恩を返すために、必死になって夜中コンビニとか走り回った、って事でOK!? 関係を疑われたら、鹿目まどかに連絡してもらえ!」
「あっ、ありがとうございます、師匠!」
「もし、ご両親に文句言われたら、俺が矢面に立ってやる!
 すんませんでした、ごめんなさい。っつって頭下げまくるから! 
 ただし、俺は基本は追い返そうとしてた、って事で。泥はお前自身が被る覚悟はしておけ!」
「はい! ……流石、師匠です。よくそんな筋書き、とっさにおもいつきますね」
「タコ弟子が!! こんな事、何度も通じる手じゃネェんだぞ! だから、日ごろの信用って、大事なんだ! 
 とりあえず……『二度と俺のところに来させない』くらいは、両親に怒られると思っておけ!」
「っ! そんな……」
「アタリマエじゃあああああ! 俺がお前の親だったら、俺の家に怒鳴りこみに行くわぁっ!!」

 最悪の事態に、頭を抱える俺。
 ……いや、非情呼集かけたのは、確かに俺だけどさぁ。もっとこう、何というか、イイワケの一つ二つ、用意してから来ようよ。

「なるほど。
 巴マミと御剣颯太……理想的な『飴』と『鞭』ね。勉強になったわ」
「『飴』と『鞭』というより、どっちかと言うと『菩薩』と『修羅』だよね……」
「……聞こえてンぞ、テメェら」

 ジト目で睨む俺の言葉を、馬耳東風で聞き流す、沙紀と暁美ほむら。
 と……

「……あ、もしもし、お母さん?
 ごめん! うん、実はね……」

 などと、俺の筋に沿った言い分けをしていく美樹さやか。
 そして……

「代わってくれって……」
「おう」

 ごきゅり、と唾を飲み込み、ひとつ深呼吸。

「もしもし、お電話代わりました。御剣と申します。
 ……その、今度の事は、こちらの不徳の致すところで、本当に申し訳ありませんでした!」
『いいえ。ウチの子が、勝手にやって、そちらこそご迷惑じゃございませんでしたか?』
「いえ! ご迷惑だなんて。ただ、その……『親御さんが心配するから帰れ』って言ったんですけど……」
『大丈夫、分かってますわ。それに御剣さん、さやかの剣術の先生なんでしょ?』

 ……は?

「えっ、いえ! 剣術っつっても、師匠からロクすっぽ切り紙すら貰えなかった腕前なんですよ! 彼女たちが絡まれて助けたのも、たまたまなんです!」
『夫から聞きましたわ。西方慶二郎先生の、最後のお弟子さんと聞きましたけど?』

 ぶーっ!! なんでそこで師匠が出て来るーっ!?

「しっ、『師匠を御存じの御方』なんですか?」
『ええ……まあ。夫が聞くには『凄い人』だったとか。『自分は直接会った事は無いけど、噂は聞いている』とか……』
「はっ、はぁ……その、私の腕前は、とんと師匠に及ばないモノでして……」
『ええ、分かっております。
 ですが、今回の事もそうですが、うちのさやかは無鉄砲な所がありまして。
 どうか、そういう部分まで、御剣さんに鍛え直して頂けませんでしょうか?』

 はっ、はいいいいいい!? なんでそうなる!?

『この間も、その……さやかの幼馴染の恭介君と、仁美さんと、トラブルになったでしょう?
 その時に、割り込んで止めようとしてくださって、その上、恭介君をタクシーで病院にまで連れて行ってくださった上に、入院手続きまでして、費用の立て替えまでしてくださったとか?』
「あっ、いえ、あれはただ本当に成り行きで! しかも、止めるべき所を止め切れなかった自分の不徳の致すところでして!」
『御謙遜なさらずとも。
 お若くて正義感が強くても、さやかと違って、ちゃんと脇が見えていらっしゃるお方だと、上条さん……恭介君の御父上と感心してましたのよ?
 それに、見滝原高校の奨学生でいらっしゃるとか?』
「……は、はぁ、まあ……その、でもですね、我が家は両親不在なので、少々問題が……」
『大丈夫ですわよ。さやかは、良い人と悪い人を見抜く目は、持ってますから。
 その程度には、娘を信用していますのよ?
 それに、家に連絡するように、って言ったの、多分、御剣さんでしょ?』
「はぁ、まあ……寝込んだ妹を前に、色々と慌ててたんですけど。
 朝になって、冷静になって問いただしてみたら、連絡せずに出てきたって言ったので、思わず怒鳴りつけちゃいまして」

 ついでに、おっかさん……アンタ、自分の娘を、殺人鬼の弟子にしようとしてますぜー……などとは、思っても言えず。

『やっぱり、しっかりした人じゃないですか。
 あ、さやかに代わってもらえますか?』
「……はい」

 ……何だろうか?
 何か、とんでもない追いつめられ方をしてしまった、気がする。
 あえて言うなら、『御剣詐欺』に引っ掛かったような……そんな前兆。

「うん……うん、分かった! うん、今日一日だけね……大丈夫、OKは貰ってるから。了解!」

 そう言って、電話をぶつっ、と着る美樹さやか。

「師匠。両親から入門の許可、もらっちゃいました!」
「……いや、疑おうよ。疑問に思おうよ。しかも自分の娘を、野郎に弟子入りとか……ドーなってんのよ、お前さん家」
「大丈夫! 師匠はマミさんしか見てないからって、父さんと母さんに言ってあるから♪」
「ぶーっ!! なっ、なっ、なんじゃそりゃあああああああああああっ!!」

 思わず噴き出す俺に、さらに美樹さやかが追い打ちをかける。

「ついでに『失恋した責任、とってもらう』って事になってますから、問題ありません!」
「ちょっと待てえええええええええええええええええええっ!!
 っていうか、お前の両親、噂程度でも『師匠を知ってる』って、何者なんだ!」
「え? ウチ? ふつーの家だよ?」
「フツーの家ぇ?
 ……今、思ったんだけど、フツーの家って……どこと比べて?」
「え? 恭介や仁美の家と比べて。大体まどかと一緒くらいかな?」

 頭痛がした。
 そもそも、師匠の存在を知ってるって時点で、ある程度の社会的地位があるか『そういう業界』の御人である。
 ……っていうか、幼少の頃からバイオリンの英才教育が出来るような家や、習いごと全開な御家柄のおぜうさまの家と比べちゃあ、ドコの家だろうが『普通の家』だよ! 見滝原に引っ越してきた直後の我が家なんて、その基準じゃ『貧乏』の部類に入っちまうし、都内に暮らしてる親戚たちは『赤貧』になっちまうよ!

 どーやら、上条恭介や、志筑仁美ほどではないにしろ。
 彼女も、世間一般の範疇からは、十分に『おぜうさま』の御家柄らしい(そもそも、見滝原中って段階で私立だし)。……そーでなけりゃ、彼女が彼らと関わる事も無かったんじゃなかろーか?

「……どっ、どうしてこうなった!?」

 なんか、洒落にならない追いつめられ方をされてしまった気がして、俺は絶句する。
 ……今になって、ようやっと。この『爆弾娘』の本領を垣間見てしまった気がした。
 あえて言うならそう……『天然御剣詐欺機能搭載型』? 無自覚に、他人を追いつめて行くタイプ?

 ……ヤヴェエ………本気でヤヴァ過ぎるんじゃねぇか、これ!?

 脳天気にニコニコと笑う美樹さやかの笑顔を見て、俺は戦慄していた。 



[27923] 第三十七話:「泣いたり笑ったり出来なくしてやるぞ♪」
Name: 闇憑◆27c607b4 ID:cb2385d9
Date: 2011/07/12 21:14
「……で、どうしてこうなった?」

 我が家のソファーだの何だので、思いっきり寝こける魔法少女共(含む、沙紀)。

 あの後。
 とりあえず、昨日からメシがマダだった事を思い出した俺が、冷蔵庫の残りで、適当にデッチアゲた飯を全員に振る舞った直後。
 まず、沙紀の奴がコックリコックリとフネを漕ぎ始め。続いて、『寝て構わんぞ』の言葉に巴マミと暁美ほむらが寝入り初め。ンで最後に美樹さやかも『あたしもー』、と、呑気に寝てしまったのである。
 ……考えてもみれば、昨日から戦闘と緊張の連続で、寝てない状態のままで、空腹を満たした瞬間である。
 寝ないほうが、おかしい。
 まして、沙紀の奴は、旅行帰り→拉致→帰還の強行軍だ。

 とはいえ、一応、俺……魔法少女の殺し屋で、しかも野郎なんですけどね?

 まあ、俺は、文字通りの修羅場開けの徹夜なんて『慣れてるし』。
 それに、『最優先で』やらなきゃならん事がある。

「……さってっと」

 まずは、警察の知り合いに電話。

「……あ、もしもし、永江さんですか? ご無沙汰してます、御剣です」
『おお、御剣君か。元気だったか?』
「ええ。それで、永江さんを見込んでですね。
 斜太興業絡みの事で、ちょっと一般人から匿名のタレコミって事で、お耳に入れたい事があるんですが」
『ほう、どんなだ?』
「えっとですね。……昨日、沙紀が誘拐されまして」
『なんだと!?』
「いえ、それは、相手が指定してきた場所に行って、力ずくで奪還したんですよ』
『奪還、って……君は!』
「時間が無かったんです!
 ……連中がクスリキメてるって噂は知ってたんで、沙紀が『漬け』られる前に、取り返す必要があったんですよ!
 本当に、時間との勝負だったんです。警察に通報してる余裕も無くて」
『そうか……いや、そういう状況だったら仕方なかったのかも知れんが、二度とそんな軽率な事はしてはダメだよ!?』
「はい。ですけど、それだけじゃないんです。
 その……沙紀をさらった斜太チカとか初め、俺の知る限り三人、クスリのオーバードースで死んでるんです」
『なん……だと!?』
「すいません! 間に合わなかったんです……沙紀を助ける事で、精一杯で」
『いや、君に責任は無いよ。
 ……よく知らせてくれた、後は任せたまえ。場所は?』
「いえ、話は終わってません、永江さん!
 その場に居た少女たち、全員、仲間が死んだの見て逃げちゃったんですけど……話を聞く限り、彼女たちは、本当に何も知らなかったみたいなんです」
『っ! ……だとしてもなぁ……薬物使用に誘拐って、重犯罪どころじゃないぞ!?』
「永江さん。沙紀をさらった主犯は斜太チカです。そして彼女は死んじゃってるんですよ。
 ……流石に、何も知らなった彼女たちに、共同責任を負わせるのも気の毒なんで、厳重注意に済ませてもらえませんか!?」
『……』
「お願いします! でなければ、場所、教えられません!!」
『罪を憎んで、人を憎まず、か。相変わらず君らしいね……分かった。任せたまえ。
 斜太興業については、マルボウにも話を通しておくよ』
『ありがとうございます。場所は、郊外の潰れたウロブチボウルです』


 ブツッ。
 さて。次に、使い捨てのプリペイド式のケータイに換えて、ボイスチェンジャーを使って、と……

「……あ、もしもし。○○組の親分さんですか?
 お宅が杯下ろした、斜太興業さんの事で、ちょいと耳に入れたい事が……」
『いい加減、悪ふざけはやめや。御剣のボンじゃろ、お前?
 このケータイの電話番号知ってて、素性隠してワシに繋ぎつけてくる奴なんぞ、一人しかおらんわい』
「……相変わらず、怖い人ですね、親分さん」
『当たり前じゃ。おのれの師匠にゃ、散々、『痛い目もイイ目も』見せられとるんじゃい』
「ですよね……『師匠に関わって生きてられた』ヤクザって、親分さんくらいですもんね」
『おだてたって、何も出ぇへんぞ。
 ……で、今度は何の用じゃい、御剣のボン。師匠と違ってオノレとの取引は、そう悪いモンばっかやなかったしな』
「斜太興業の事です」
『……おう、あのチンピラ共の事か、何じゃい?』
「連中がサバいたシャブで、死人が出たんですよ。そっからケーサツが動いてます」
『なんじゃい、そんな事かい……もちっと気の利いた話をもってこんか』
「親分さん、本音吐きましょうよ。
 今日び、ロクに稼ぎの無い武闘派なんて、使いどころ無くて困ってたんでしょ?
 挙句、アシがつくような雑なやり方で、カタギにシャブ捌いてサツに目ぇつけられるような馬鹿共ですぜ? 破門すんのに、イイ口実じゃねぇですかい?」
『……話が見えネェな。お前さんのメリットは何だ』
「その馬鹿共がね、こっちの身内を拉致ってシャブに『漬け』ようとしてくれたんですよ。
 証拠は、斜太の親分の娘のチカが、シャブのキメ過ぎて死体で転がってます。あと、ツマむ加減知らなくて逝っちまったカタギが二人……まあ、誘拐なんてトラブルのネタ、残すわけにゃいきませんから、その辺は垂れこんだサツに、伏せてますけど。
 けど、『確実にサツの捜査が斜太興業に入る』のは事実ですぜ。そこから、ドコまで芋づる式に上に登って行くかまでは、ちょいとコッチじゃ判りかねますがね」
『……そうかい、御剣のボン。
 つまりは、『斜太の連中への復讐』って事かい?』
「幾ら俺がカタギだからってね……だからこそ、『筋は通しておきたい』んですよ。親分さん」
『分かった。サツの動きはこっちで裏を取るから、それが確認取れたら、連中を破門にする。
 ……いっそ、『赤札』つけてやってもいいかもな。あの馬鹿共、『誰に喧嘩売ったか』分かっちゃいねぇだろうし』
「流石、親分、分かってらっしゃる! ……それじゃ、失礼します!」
『おう。だがな、御剣のボンよ。おめーとこんな話をするたびに何度も繰り返すがな……カタギがヤクザ、舐めとったら、あかんでぇ?』
「そいつはもう、肝に銘じておきます。じゃ、失礼します!」

 そう言って、ケータイを切る。……あー、マジ、おっかなかった。
 正直、背筋が凍るどころじゃない。『奴ら』は俺なんぞ及びもつかない『実戦心理術』の達人なのだから。しかも、『何してくるか分からない』という意味では、絶対敵に回したくないのだ。
 いや、やるしかないなら、腹括ってヤルだけなんだけどさ。少なくとも、斜太興業みたいに、こっちに害が来ない限り、あまり積極的に敵に回したくはない。
 っつーか、怖いの通り越して面倒過ぎるし。マジで。
 
 と、まぁ……とりあえず、こんな具合に『かるーく不幸になってもらう』下地は作っておいて、と♪

「さってっと。『本格的に』不幸になって貰いましょうか」

 とりあえず、斜太興業を『襲う』ための計画と道具を用意せね……ば?

 ふと。
 寝入ってる暁美ほむらの表情。それと、さっきのテープ芸に……何かこう『どこかで彼女を見たんじゃないか?』という既視感が、頭をよぎった。
 あれは、そう。確か、沙紀を入院させた、病院で……

「……………」

 変装用に使う、フレームの四角い素通しの眼鏡を持ってきて、彼女に近づけ……

「何をしようとしたの?」
「……なんだ、起きてんじゃねぇか」

 って事は……

「馬鹿弟子共。お前ら全員、揃って俺を試そうとしやがったな? 大方、沙紀あたりがテレパシーで連絡取ったろ?」
「……う、バレました?」

 引きつった顔で起きて来る、美樹さやか。

「ったく! 沙紀や巴さんならともかく、お前が寝る理由が無ぇからな……。
 それより、暁美ほむら。
 なんかさ……俺、お前をどこかで見た気がするんだ」
「気のせいよ」
「いや、多分、気のせいじゃネェ。確認させてもらいたいんだが」
「不要よ」
「……まあいいや。じゃ、写真取らせてくんね?」

 そういうと、俺はケータイを取り出して、暁美ほむらの顔に向ける。

「何故?」
「違和感を放っておけネェんだよ。どうも気になって気になって、仕方ねぇんだ」

 カシャリ。

「ちょっとパソコンに画像落として、加工してみるわ。
 ……多分……」
「はぁ……貸しなさい、その眼鏡」

 そう言って、暁美ほむらが、四角いフレームの眼鏡をかけ、更に髪の毛をみつあみに……って。

「これでいい?」
「あーっ、やっぱり! 前に沙紀の病室の隣に、入院した子だーっ!!」
「ほへ?」

 呆然とする美樹さやかを放っておいて、俺は納得するやら呆れるやら。

「どーも雰囲気とかイメージが、ゼンッゼン噛み合わなかったっつーか。
 あの挨拶しても目ぇ背けてた、気弱な眼鏡っ子がドコをどーやったら……あー、でも、退院は沙紀のほうが早かったから、お前さんは沙紀が魔法少女になって退院した後に、魔法少女になったのか?」
「この時間軸的には、そうなるわね。
 正確には、あなたと会ったのは、『私が何度か繰り返した、入退院のうちの一回』に、当たるけど」
「そーっか、そーっか! あの眼鏡でおさげの気弱っ子が……くっくっくっくっくっくっく、あはははははははははは! いや、スゲェスゲェ! 幾ら、女が化けるっつったって、化け過ぎっつーか『劇的ビフォー→アフター』だよ! マジで奇跡も魔法もあるとは知ってたけどよ! こんな奇跡や魔法なんて、見た事ねぇよ、あーっはっはっはっはっは!!
 ……ってーか、あんた、ひょっとして……くっくっく……こっちには気付いてた?」
「気付いたのは、あなたが佐倉杏子に襲われて入院した後よ……正直、あなたも面影すら無かったし」
「そーっか、そーっか! なーんだ一言言ってくれりゃ……ぶっ……だめだ、すまん、マジ腹筋崩壊……あっはっはっはっはっはっは!! 腹が、腹が痛ぇ……お前が、あの眼鏡っ子だったって……アリエネェー! あっはっはっはっは!!」

 完全に腹筋崩壊して笑い転げる俺を、暁美ほむらが射殺したそうな目で俺を睨み続けていたが、最早、関係無い。
 何しろ、こっちは向こうの過去の弱みを握ったのである。
 後は色々とこれをネタに……

 ゴッ!

 ……後頭部に衝撃を感じ、俺の意識は闇へと落ちた。



「んっ……んー? ……おい、なんだよこれ?」

 気がつくと。俺の体は黄色いリボンで拘束されていた。
 って……

「とっ、とっ、とっ、巴さん!? っていうか、お前ら、何やってやがる!?」
「んー? 御剣颯太師匠の、成長ダイアリー観察?」

 ニヨニヨしながら、馬鹿弟子が……いや、『魔法少女共(含む、沙紀)』が、車座になってテーブルでめくっているのは……あろうことか、俺の幼少期のアルバム!!

「うわー、なんか師匠の子供の頃の周りの風景って、本当に『東京の下町』って感じ。こち亀みたい」
「へぇ、ここらへんから、見滝原時代になるのねー」
「……うわ、これがお姉さんと師匠?
 っていうか、師匠、今と目つきも髪形も全然違う! 髪の毛もスポーツ刈りっぽく短いし、なんかこう、目がキラキラしてて真っ直ぐで、本当に二人とも『魔法少女』と『魔法少年』って感じ!」
「そうね……私もあまり言えないけど、ドコをどうやったら、こんな純真そうな少年が、ここまで悪辣な生き物になるのかしら?
 これこそ本当に、『劇的ビフォー→アフター』だわ」
「うーん、環境の変化って、恐ろしいなぁ。
 っていうか、煙管咥えたこの人が師匠の師匠? なんかホントにこう……うさんくさーいオッサン、って感じで、今現在の師匠に通じるものがある気がする」
「おい、やめろてめーらーっ! 一体なんなんだーっ!」

 流石に過去の恥を晒されて、ジダジダと暴れるも。

「え、だってお兄ちゃん。暁美さんを、色々脅すつもりだったんでしょ?」

 にっこり微笑む沙紀に、俺は目をそらしながら。

「!! ……ソンナコトハナイヨ」
「するんです。お兄ちゃんは。『魔法少女相手には容赦なく』。
 だから、しっかりお兄ちゃんの弱みもオープンにしておかないと、信頼関係にヒビが入るでしょ?」
「いや、巴さんや馬鹿弟子ならともかく、これ無理だから! 油断とか信頼とか、無条件で出来るわけねーだろ!」
「安心なさい。私はこの事は誰にも言うつもりは無いわ。
 そう。誰にも、ね……」

 なんというか。『にまぁ』っといった感じの悪辣な笑顔。魔法少女らしからぬイビルスマイルに、俺は戦慄した。
 ……こっ、このアマっ!

「私たち、ワルプルギスの夜を超えるまでは、『対等の同盟関係』よね?」

 そう言って俺の肩を、ポム、と叩く暁美ほむら。
 ……チクショウ。どうしてこうなった!?



「……あー、その……師匠、機嫌治して」
「颯太さん、その……悪気は無かったんです」
「オマエラナンカ、ゼッコウダ……」

 体育座りで凹んでる俺を他所に、暁美ほむらが俺の後ろで、沙紀から銃器を受け取っていた。
 と……

「御剣颯太……その、一つ聞きたいんだけど、不可解なモノが出てきたんだけど。『これは何?』」

 そう言って、暁美ほむらが示したのは……八九式自動小銃。そう、『自衛隊の制式装備』である。
 そして、自衛隊の装備品というのは、普通、一般に流布することは決してない。自衛隊用のレーションの類も、あれは原則『民間の紹介用』に作られたモノで、自衛隊員が現役で食べているモノとは、若干違う。
 まして、武器類は国産品が多く、海外に流出するのも、よっぽど特異な例がなければありえないのだ。

「ん? むしろそれが何かってのは、お前のほうがよく理解出来るんじゃないのか?」
「いえ、だからよ。『何で私が見慣れた装備が、海外で武器を調達しに行った、御剣沙紀のソウルジェムから出てきたのかしら?』」
「それなんだがなぁ……俺も本当に不可解なんだが、おそらく、こういう事なんじゃねぇかと思うんだ」

 そう言って、俺の推論を述べる。

「あのへんに、確か一年くらい前、PKOだか何だかで、自衛隊が行っただろ? テレビでニュースになったじゃねぇか?」
「ええ。それが? まさか、彼らが置いてったって事?」
「置いてったっつーのはアリエネェよ。何度も言うが、自衛隊ってのは武器の管理に凄く厳しい。それは現地でも変わらない。
 つまり……『武器を放棄せざるをえない状況に陥った、隊員が居た』って考えるのが、妥当なんじゃねぇのかな?」
「……どういう事?」
「考えたくもネェんだが……例えば、だぞ?
 自衛隊員が、現地で武装勢力に拉致された。そして、密かに日本政府と交渉でもした。
 その結果がどーなったかまでは知らんが、とりあえずその隊員さんが武装したまま換金……もとい、監禁されてたとは、考えにくい。
 当然、隊員さんの武装や装備は、解除された。そして、そういう装備品は、普通、証拠品なんだが、下っぱが金に困ってマーケットに流しちゃったとか、考えられないかな?」
『……………』
 
 俺の推論に、魔法少女たちの顔色が変わって行く。

「そっ、その隊員さん、どうなっちゃったのかな?」
「さあ? 殺されたか、それとも日本に帰れたか。それは分からんよ。
 何れにせよ、海外派兵中にそんな事実があったとしたら大問題だ。自衛隊の上層部のクビがいくつ素っ飛ぶか、知れたもんじゃネェ。
 まあ……なんだ。俺の推論が、どこまで当たってるかどうかまで分かったもんじゃないが……トドのつまり、こいつは恐らく『日本政府が絶対表沙汰に絶対出来ない、自衛隊の装備品』だと思ってくれ。
 そういう意味で、暁美ほむら。
 お前が使うのが、一番ふさわしい装備だと思う」
「まあ、使わせて貰うけど……どうしてそんな装備品を買ってきてしまったの? あなたの嫌う、厄介事のタネじゃない?」
「『闇市場に自衛隊の武器が流通してます』なんてバレたほうが、色々世間様的に最悪だろうが?
 それに、少なくともお前が使う限りは、もしかしたら死んでるかもしれない自衛官さんの供養にもなるかもしれんしな。
 いずれにせよ、放っておくよりも、俺が買っちまったほうが悪い結果にはならんと思ったから、買ってきたんだよ」
「……………」
「あ? 何だよ?
 ……言っておくがな、窃盗っつー方法で自衛隊に忍び込んだお前は、褒められた義理じゃねぇが、ワルプルギスの夜に喧嘩売るっつー事そのものに関しちゃあ、俺はお前を評価してんだぜ?
 そして、目の前には『お前が扱い慣れた、好きに使って構わない装備』がある。
 だったら使ってやれよ。こいつをワルプルギスの夜に、ぶちかましてやれよ。
 ……多分、だけどさ。自衛隊の人だって、特殊部隊とかが表沙汰にゃ出来ない喧嘩してる事だって、いっぱいあると思うぜ? 俺らみてーに。
 でもな、それでも俺は、自衛官さんとか、警官とか、消防士さんとか、結構信じてるんだ。
 ……俺が最初に、ワルプルギスの夜と遭遇した時、ボロボロになって入院した俺を見舞いに来てくれた彼らは……俺が『正義の味方』として最後に吐いた言葉に従って、黙って俺を見捨てて、職務に戻ってくれた。
 そんで、俺が救えなかった大勢の人を救ってくれたから、俺は『彼ら』を信じられるんだ。
 お前が自衛隊からパクってきた装備ってのは。そんでお前が今持ってる武器ってのはな。『そういう人たちが扱う』モンなんだよ」
「っ……私は、まどかが」
「構やしねぇヨ。結果論だけでいい。
 『お前がワルプルギスの夜に挑む覚悟を決めたんだったら』お前にそれを扱う資格は、あると思うぜ?
 『鹿目まどかを守る』事で世界を救い、そして『ワルプルギスの夜を潰す』事で、みんなを救う。『正義の味方』なんて、なりたくてなれるモンじゃねぇし、本当は望んでなるべきじゃない。
 それを俺は、痛いほど味わったからこそ、お前にゃ頑張ってもらいてぇんだよ。
 いや、お前だけじゃねぇ、馬鹿弟子も、巴さんも、俺も、『個人的な動機が、結果的に世界を救う』っていうのは、なかなか無い状況なんだぜ?」
『!?』

 俺の言葉に、全員がハッとなる。

「復讐鬼、ダチのため、魔女が気に食わない、格好つけたい。
 見ろ? 俺ら全員、ワルプルギスの夜に挑む動機が、見事にバラバラじゃねーか?
 でもな、それでいいんだよ。
 そんな『色んな動機や価値観を持った人間が、個人個人で判断してなお全員が『悪』と見做した』存在だからこそ、退治する意味があり、多様な価値観を持ちながら、なお結束できるのさ。
 それが結局、最終的な『人間』の強みなんじゃねぇの?」

 と……

「……なんか、やっぱ師匠だな、うん」
「何だよ? おい」

 きらきらした目で、俺を見る、美樹さやか。

「ついていきます! 私! 師匠に!」
「おお、そうか♪ 丁度よかった!
 今からちょうど、沙紀のソウルジェム借りて、行く所があったんだ!」
「どこですか!? 魔女退治?」
「ん? 斜太興業へのカチコミ♪」

 俺の言葉に、美樹さやかの目が点になり……そして、顔面が蒼白になる。

「あ、あの、ヤクザの事務所に……カチコミって?」
「なーに、魔法少女なんだから、正体隠して殴りこめば、軽い軽い。俺だって『生身のまま中学一年生で』通った道だぞ」
「ちっ、中学一年で、って……あの、もしもし」
「懐かしいなぁ……師匠に、腹にダイナマイト巻かされて、日本刀一本でヤクザの事務所に特攻させられたっけ」
「ちょっ!! あの、もしもし、師匠!?」
「なーに、魔法少女ならトカレフで弾かれた程度じゃ、死にはすめぇ? 安心しろ、お前に腹マイトやれとまでは言わねぇよ」
「いや、それは断固拒否します! っていうか、魔法少女の力を一般人に使わないって……」
「あー? 魔女だろうが魔法少女だろうがヤクザだろうが、カタギに迷惑かけるクズ共に、そんな遠慮を、俺がすると思ってるのかね?」

 最早、酸欠の金魚みたいに口をパクパク言わせる美樹さやか。

「わ、悪い人だ……悪い人がここにいる……魔法少女の力を借りながら、人格破綻してて、キュゥべえ並みの言いくるめ能力を持つ、品行方正な優等生の皮を被った、超危険人物が!!」
「今更遅いぞ、馬鹿弟子が!
 それに、俺の弟子を名乗るんだったら、ヤクザの事務所くらいでビビってちゃあ勤まらんぞぉ? ゲッゲッゲッゲッゲ♪
 さあ、『御剣流剣法』の実地訓練の始まりだっ!!」
「いっ、いっ……嫌ああああああああああああああああああっ! 助けてマミさーん!! 沙紀ちゃーん!! 恭介ーっ!!」

 と……

「頑張ってー、美樹さーん♪ お兄ちゃんの弟子なら、そのくらい普通だよー」
「……あ、あの……流石に」
「ダメ、マミお姉ちゃん。美樹さんが選んだ道なんだから、今更撤回させるのはどうかと思うよ?
 それに、美樹さんはお兄ちゃんとマミお姉ちゃんの弟子でしょ?
 なら、ここは救うための『菩薩』の出番じゃなくて、千尋の谷に突き落とす『修羅』の出番だと思うよ」
「っ……そうね。颯太さん」
「なんじゃい?」
「彼女をよろしくお願いします」
「任せろ! 魔女相手の喧嘩じゃねぇから『死にはしない事は』保障してやる。……学校の立場とかの『それ以外』の部分に関しては、コイツ次第だがな……グケケケケケケ♪」
「嫌あああああっ!! スパルタンにも程がありますってば、師匠ーっ!」
「わっはっは、泣いたり笑ったり出来なくしてやるぞ♪」

 泣き叫ぶ美樹さやかをふんじばって、用意を整えると、俺は彼女ごと荷物をバイクに乗せて、斜太興業へと突っ走らせた。



 追記:

 翌日の新聞

『……通報を受けて現場に急行した警官隊は、そこで斜太興業が入っていたビルそのものが崩壊した瓦礫の上に、全員、命に別条は無いものの重傷を負った組員たちが並べられているのを発見。更に、麻薬や覚せい剤、銃器の全ての証拠が、彼ら組員たちと共に並べられていた。
 警察の取り調べに対し、組員全員『魔法少女が……』という謎の言葉を発するのみで、監視カメラのテープその他、映像記録全てが瓦礫の中に埋もれており、警察ではこれら一連の『恐るべき所業』を成し遂げた者について調査を進めると共に、目撃者、ならびに関係者の捜索にあたっている』



[27923] 第三十八話:「……なんか、最近、余裕が出てきてから、自分の根性がネジ曲がって悪くなっていった気がするなぁ」
Name: 闇憑◆27c607b4 ID:cb2385d9
Date: 2011/07/13 08:26

「ただいまー、っと♪」

 とりあえず、斜太興業の連中全員を、美樹さやかの実地研修を兼ねて『不幸にしてあげた』後。
 美樹さやかに『俺の家まで自分の足でランニング。ただし、今からダッシュで逃げないと警察に捕まるぞ。あ、魔法少女の力は当然、抜きでな♪』と言い含めて、帰った頃には夕方になっていた。
 無論、途中で食材の買い出しも忘れない。
 今夜は麻婆豆腐と春雨スープ。米も買い足しておいた。……何しろ、晩飯の人数が、最悪五人って事もありうるわけだし。

「あら、お帰りなさい、颯太さん。……美樹さんは?」
「斜太興業からランニング中。もーすぐ着くんじゃないか? 俺、寄り道して帰って来たし」

 と……

「しっ、しっ、しっ……しぃぃぃぃぃしょぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおっ!!」

 汗だくになった美樹さやかが、我が家の玄関口に到着。……言いつけたとおり、律儀に生身の体で走ってきたらしい。

「……おお、いい記録だな。生身でも結構運動神経あるじゃねぇか?」
「まっ、まっ、魔法少女にヤクザを襲わせるなんて、何考えてるんですか!?」
「ヤクザが魔法少女使って襲って来たんだから、しょうがねーじゃねーか。おめーがやらなきゃ、巴さんと一緒に、俺らがやってたさ」
「そっ、そっ、それじゃ何であたしだけで!? っていうか、師匠は何やってたんですか!?」
「そりゃお前の実地訓練のために決まってんじゃねぇか。あと、俺はお前が暴れてる間に、ビルに爆薬仕掛ける必要があったからな。
 ……念のため、ビルの設計図持って『計算済み』だった事が、役に立ったぜ」
「……へ?」
「火薬使った内破工法の計算って、すげー面倒でさー。俺でも酷いと一週間くらいかかっちゃうんだよ。
 んで『こんなこともあろうかと』市内のヤクザ屋さんたちの組事務所とか、組長の住まいとかの設計図、こっそり手に入れて『計算だけ先にしておいてある』んだよねー。爆薬仕掛ける『ダケ』なら二時間かかんないし」
「……………!!!!! あ、あの、それ、それって……」
「ん? 勿論、ウチにちょっかい出してきたら、C-4使って『内破式で周りに迷惑がかからないように』吹っ飛ばすために決まってんじゃん。
 まあ、その気になれば、確かに見滝原全部のヤクザ壊滅とかできるんだけどさー。あいつらどーせインキュベーターみたいに、潰しても潰しても沸いてくるから、しょーがなく対症療法で『カタギに害の無い連中だけを』生かしておく事にしてるんだよねー。面倒くさいし。
 あとは、撮影テープの消去だろ? 武器や麻薬の証拠の確保だろ? その他諸々痕跡の抹消と……まあ、お前がヤクザ相手に『正義の味方』が出来るようなフォローを、色々と、な」
「な、何よそれ……わけがわかんない」
「それが分からないから、お前は『脇が見えてない』って言われるんだよ」

 もう、酸欠の金魚みたいに、口をパクパクさせる美樹さやか。

「じっ、じゃあ、何で……帰りの、最後のランニングは!? 行きみたいに、バイク乗せてくれればよかったのに!」
「ん? 本当は、免許取って一年以内は法律違反だから。行きの時は非常事態って事で……捕まらない自信、あったし。
 あと、体鍛えるのは精神を鍛える一番の手っ取り早い方法だからな。万能じゃないし個人差はあるけど『確実に効果が現れる』のは間違いが無いからね」
「かっ、体を、鍛えるためって……」
「それより、どうだった? 『初めて魔法少女の力で、死んでも構わない一般人を、ぶん殴った感想』は?」
「っ!! しっ、死んでも構わないって!!」
「そーだよ? あいつら一般人を食い物にして、『自分たちだけ食物連鎖の上に立った気分で』のうのうと生きてる連中だよ? なら『食い物にされる覚悟』くらいは、あって然るべきじゃね?」
「っ……そっ、それは……」

 戸惑う美樹さやかに、俺は笑う。

「怖かっただろ? 『自分が振るった力で、相手が死んじゃう』のが?」
「当たり前じゃない! 『死んだらどうしよう』って、凄く怖かったんだから!!」
「それでいいんだよ。それが普通なんだ」
「っ!!」

 俺の言葉に、絶句する美樹さやか。

「……分かるか?
 お前ら『魔法少女が握っちまった力』ってのは『そういう事が可能な力だ』って事が。
 今回は、俺がちゃーんと『死んでも構わない、お手軽骨付き生肉サンドバッグ』を用意してやったからいいけど、魔女も、敵対する魔法少女も、『元々は人間だった』んだぜ?」
「っ!! ……そっ、それは……」
「力は『使いこなす』モンで、振りまわされるモンじゃねぇ。今のお前なら、分かるはずだ。……まあ、俺もあまり言えた義理じゃねぇんだけど、それを中学二年の、しかも女が握っちまう事に、そもそもの間違いがあるんだよ。
 第一、フツーだったら、ヤクザの事務所に単身放り込まれたら『自分の命の心配だけで、何も分かんなくなっちまう』。それを『相手が死んだらどうしよう』なんて、考えられる余裕が出来ちゃう時点で、どっかオカシイんだよ」
「……」

 沈黙と共に、うつむく馬鹿弟子の肩を、俺はポン、と叩いた。

「まっ、誰も『殺さなかった』のは、正義の味方志望としちゃあ、上出来だ。正味、ヒスの一つ二つ起こして、死人こさえるかと思ってたんだが、中々見どころがあるじゃねぇか」
「あっ、あたしが殺してたら……どうするつもりだったの?」
「ん? どーもなんねーよ? 死んだも当然の連中だし。生きてたとしても、あいつら破門だろうから」
「破門?」
「赤札回るかもとか言ってたから、多分ヤクザの世界でも生きちゃ行けねぇだろうなー、今後」
「赤札?」

 なーんにも分かって無い馬鹿弟子に、俺は説明してやる。

「んっとねー、ヤクザが何で、犯罪を犯せると思う?」
「えっと……それが『仕事』だから?」
「仕事だって刑務所に行くのは誰でも嫌なんだよ。でも、ヤクザやる以上、どうしても行かなきゃいかん事もある。
 そのためにな、刑務所に行ってる間のヤクザの家族の面倒や出所後の仕事ってのは、そのヤクザの組織が面倒を見る事になってんだ」
「……はぁ?」
「そういう事情があるから、ヤクザはヤクザ専用の刑務所ってのがあるんだよ。一般の犯罪者とは、別に、隔離されて収容されるんだ。
 『罪を犯す事が仕事ならば、それを保障するシステム』ってのが、裏社会にだって、ちゃーんとあるわけだな」
「……………まさか? 師匠?」
「うん、その梯子も、ちゃーんと外しておいた♪
 しかも『赤札』ってのはねー、『ヤクザの世界に今後一切立ち入り禁止』っていう意味でもあるんだよ。どこのヤクザ組織にだって、二度と拾ってもらえません、って意味でね。
 たーいへんだろーなー……出所しても誰も保障してくれない。しかも、ヤクザしかやってこなかった人間が、真っ当にカタギとして生活するには『元・犯罪者』って肩書は重すぎる。
 ……そんでね、俺は妹をシャブ漬けにしようとした連中に対して『そんな程度で笑って許す程』人間出来てるワケじゃないんだよ」
「っ!!」

 ようやっとこの段階で……馬鹿弟子は、俺の目が『昨日からゼンゼン笑ってない事に』、気付いたらしい。

「刑務所内のイジメってさー……ものすごーく陰湿らしいんだよねー。
 しかも『ヤクザが一杯入ってる』刑務所に『ヤクザの世界にヤクザとして認められない』連中が、そこに行くわけじゃない? 何人、新人イビリに耐え抜いて、首吊らないで刑期勤めあげて出所できるかなー? それとも、刑務の作業中に『不幸な事故』に遭うか。
 まっ、何れにせよ斜太興業の連中が『幸せになれる』可能性は、魔法少女辞められるよりも望み薄だと思うけどね。案外、お前に殺されてた方が、あいつらにとって『幸せ』だったんじゃねぇの?」
「おっ、鬼だ……鬼師匠だ……」

 ガクガクブルブルと、玄関先で震えはじめた馬鹿弟子に、俺は溜息をついた。

「まっ……問題は、この方法がインキュベーターには通じない、って事なんだよなぁ……まったく、困ったもんだよ」

 と……

「颯太さーん。ご飯作っておきましたよー。ウチから食材もってきました」

 ふと、気付く。
 キッチンからのいい匂いに……あれは、グラタンか何かだろうか?

「えっ! ちょっ、巴さん、悪いですってば! っていうか、食材買ってきちゃったのに!」
「えへへー、マミお姉ちゃんの料理ー♪ たーのしみだなー」
「くぉら、沙紀! 遠慮しやがれ!
 ……いつもほんと、すんませんね、巴さん」

 と……

 ピンポーン

「……あん?」

 玄関先のチャイムの音に、俺は覗き穴から外を見る。……と。

「……鹿目、まどか?」

 そこに、真剣な顔の、鹿目まどかが立っていた。



『……………』

 何故か、上座に座る鹿目まどかに、俺も含めたその場に居た全員、目が合わせられなかった。
 無理もない。
 彼女は、『魔法少女の世界』に、絶対関わらせちゃいけない存在だからだ。
 だからこそ……

「御剣さん。いえ、さやかちゃん、マミさん、ほむらちゃん……『今日、なんでみんな、学校休んだの?』」
「っ……それは……」

 暁美ほむらが、目をそらす。
 言えない。彼女に、言えるわけがない。

「さやかちゃんのママから聞いた。御剣さんに……『何か』あったんでしょう?
 マミさんから聞いてる。
 魔法少女の世界って、物凄く危険で、危なくて、怖い所だ、って。
 だから、大した願いも望みも無い私は、魔法少女になっちゃいけない。絶対になるな。だから私、キュゥべえと契約しなかった……でもね。私、『そういう魔法少女が必要なんだ』って事も知ってる。
 だから教えて! 今日、一体、何があったの!? 学校を休んでまで、一体みんな何をしていたの!?」

 その言葉に、俺は、鹿目まどかに両手をついて、頭を下げる。

「すまない。俺の責任だ!」
「御剣……さん?」
「……実は……ああ、その前に。
 お前さんは、自分自身の事を、知っているのか? 『最強の魔法少女の素質』って奴を」
「え? ええ……キュゥべえに、聞いたけど」
「じゃあ、『魔女と魔法少女の真実』は、知らないのか?」

 その言葉に、巴さんと暁美ほむらがいきりたつ。

「颯太さん!?」「御剣颯太!」
「ここまで来た以上、彼女も知るべきだ!
 ……下手に隠しごとが通じるタイプじゃねぇよ、彼女は。
 この馬鹿弟子と一緒で、何も知らないまま正義感だけで突っ走っちまうタイプだ」

 そして、俺は彼女に、語り始める。魔女と魔法少女の真実、インキュベーターがどういう存在か、そして、昨日の一連の事件の顛末を。

「っ……そんな……そんな! じゃあ、さやかちゃんは! マミさんは! ほむらちゃんも! ……沙紀ちゃんまで?」
「そうだよ。だから俺たちは、お前をそういう世界から遠ざけようとしたんだ。
 俺は構わん。好きこのんで、沙紀を守っているだけだからな。
 だが……」
「私が……じゃあ、私が魔法少女になるから、みんなを!」
「最後まで聞けぇっ!! キュゥべえの狙いは『それなんだよ』!!」
「っ!?」

 彼女の肩を掴み、俺はゆさぶる。

「いいか? お前が最強の魔法少女になれるのは、どういう理屈か理由かまでは、俺も奴も知らん。
 だがな? 『最強の魔法少女になれる』って事は『最悪の魔女になっちまう』って事なんだ。分かるか?
 『お前が魔女になったら、誰の手にも負えない存在になっちまう』んだよ……ワルプルギスの夜より最悪って事は……ウッカリしたら、地球全部、まとめて吹っ飛んじまうような魔女になるのかもな」
「そんな……そんなの、やってみなけりゃわからないじゃない!」

 そう来るだろう。そうだろう。
 彼女なら、そう言うと思った。だから……

「じゃあ、聞こう! お前、兄弟はいるか?」
「……弟が一人、います」
「じゃあ、仮に『お前が最弱の魔法少女になっちまった』としたら? ……ここにいる沙紀みたいな『家族の助けを借りないと、生きる事すら出来ない存在』になっちまったら?
 お前、自分の弟を、『魔法少年』にしたいっていうのか!? 見ただろ、俺の体を!」
「っ!! ……そっ、それは……」
「分かるか? 魔法少女になるっていうのは『そうなっちまう可能性だって』秘めているんだぞ?
 ……確かに、お前は最強になれるかもしれない。でも、その『最強になったツケ』は?
 はっきり言おう。
 お前のパパも、ママも、この場に居る魔法少女や魔法少年全員が力を合わせたとしても、『そのツケは、誰も肩代わりして払ってやる事が、出来ねぇ』んだよ」
「っ……………そんな……」

 絶句し、うつむく鹿目まどか。

「正直、お前さんみたいなタイプは、俺は嫌いじゃねぇよ。『誰かを救いたい』って思うのは、間違っちゃいねぇ。
 だがそれはな、『テメェのケツをテメェで拭いてから』っていう前提条件がつくんだ。
 基本的なトコのテメェのケツを拭けて、初めて『誰かを救う』事を、人間は赦されるんだ」
「っ……っ……でも、でも、こんなのって……」
「感情的に、カッとなって、救えもしないモンまで救おうと手を差し伸べちまう。俺も何度か憶えがあるよ。
 でもな……結果は全部全部全部、無残なモンだった。
 お前もあの場に居ただろう? ここに居る馬鹿弟子を救ったツケに、俺は危うく殺されかけて、短い時間とはいえ入院する羽目になった。
 いや……正直、あれから佐倉杏子に、命を狙われ続けてる状態だっていっても、過言じゃねぇんだ」
「そんな!」
「そういうもんなんだよ。自分を救えない奴が、他人を救おうとすると『そうなっちまうんだ』!!
 だからな……無謀な行動を取るな。キュゥべえの言葉に耳を貸すな。お前がキュゥべえと契約しちまったら『みんなが努力してきた事が無駄になっちまう』んだよ。
 上条さんの一件、聞いただろ? 彼も、一時の感情で、危うくバイオリンを捨てるところだったんだ。そいつに至るような与太話を振っちまた事をな、俺は今でも後悔してるし、彼に幾ら頭を下げたって下げ足りねぇンだよ……」
「っ……………」
「冷静になれ。
 お前がもし、本当に『誰かのために他人を救いたい』って思うなら、まずは一時の激情に身を任せるんじゃなくて、冷静になるんだ。
 自分の行動が、誰に迷惑をかけているか、誰かを困らせて居ないか。まずは冷静に、一歩引いて考えるんだ。
 ……勿論、人間は神様じゃねぇ。俺だって完璧じゃねーから、色んな人を泣かせたり、迷惑かけたりしながら生きてる。むしろ、誰にも迷惑かけないで、人間は生きて行けるもんじゃねぇ。
 でもな、少なくとも……俺の剣の師匠の言葉なんだが『どんな幸せだろうが、どんな不幸な身の上だろうが、他人に迷惑をかけて不幸にする権利なんて無い。それを無視すると、自分だけじゃなくて周りまで不幸になって行く』んだ。
 お前は……『誰かを救いたいと願って、その誰かを不幸にしたいのか』? そこまで救いようのない馬鹿なのか?」
「っ! ……私……私、誰かの助けになれると思ってた。だから、いざって時は、魔法少女になるつもりだった。
 でも……」
「そのな、『いざって時』を来させないために。みんなみんな、世間のみんなは、お前のパパもママも、自衛隊も、警察官も、消防士さんも、魔法少女や魔法少年も、頑張ってるんだ。
 そういう時に現れる『正義のヒーロー』になりたいってのはな……言い換えれば『正義のヒーローが居なければ、どーしょーもない状況』を、望んでいるに等しいんだ。
 だからお前は、『いざって時を来させないために』頑張るべきなんだ。本当は『正義のヒーロー』なんて居ちゃいけない。悲惨な事になる前に、まずその元を断っておくのが、一番のベストなんだよ。
 ……分かるな? お前は今、その『ヒーローが必要な最悪の元』を、自分で抱え込んじまってると自覚すべきなんだ」
「……はい……わかりました」
「頼むぜ。お前がキュゥべえと契約しちまったら……俺も、沙紀も、馬鹿弟子も、巴さんも、何より……コイツが悲しむ」
「……え?」

 そう言って、俺は暁美ほむらに、話を振った。

「どーする? お膳立ては整えたぞ? 胸の内吐きだすなら、今の内だが?」
「御剣颯太……あなたは!」
「この場でダマテン決めこみてぇなら、好きにしな。後は知らねぇヨ。
 ただ『そのほーがいーかなー』って思っただけだ」
「っ……」

 沈黙。やがて……

「御剣颯太」
「あンだヨ?」

 恨み節でも聞かされるのか。と思ったのだが……

「ありがとう」

 その言葉に、思わず。

「キモッ! ……キャラに会わねー」
「……やっぱりあなたは最悪だわ」
「おうヨ、それそれ! 今のオメーにゃ、その無愛想ヅラが一番お似合いだぜ。なぁ、みつあみ眼鏡のほーむたん♪」
「そうね。『たーすーけーてーはーやーたー』でしたっけ?」

 ……くそ! やりにくくなっちまった。

「あ、あの……仲、悪いの? 二人とも」
『最悪ですが、何か?』
「………………」

 冷や汗を流しながら、鹿目まどかは引きつった笑顔を浮かべていた。



「……時間、遡行者……」
「へぇ……それで、ワルプルギスの夜が来るのを、知ってたんだ」

 暁美ほむらの説明に、周囲が納得したかのように頷いてる。

「そして、私が繰り返し続けた中で……初めて現れた存在。それが、魔法少年……御剣颯太と、御剣沙紀。
 この二人は、この時間軸において、完全な特異点なのよ。」
「……って事になってるらしい。だが、あながち嘘じゃねぇと思うんだな、これが」
「どういう事?」
「最初に接触した頃、こいつは結構な部分、俺に先回りする形で色んな手を打ってきていた。巴さんとの接触なんかは、そうだな。
 だが、俺が存在し続けた事で、徐々にこいつの知ってる歴史と違ってきたらしくてな。……こいつの視点からすれば『狂ってきた』とも言えるらしいが。
 その象徴とも言えるのが、昨日の斜太チカの騒ぎなんだが、こいつは斜太チカの存在を、全く知らなかったハズなんだ」
「と、いうと?」
「時間遡行者様が、あんな間抜けなトラップに引っかかると思うか?
 『あらかじめ知ってれば』あんなのは避けられるんだし、そもそも沙紀が誘拐される前にフォローに入ればいい」
「……なるほど」

 納得したように、うなずく、暁美ほむらを除いた、沙紀と、鹿目まどかと馬鹿弟子と巴さん。

 と、

「ちょっと待って。御剣颯太。つまり、私の未来知識と武器の取引は……」
「有効だよ、まだ。『使えるかも知れネェ』だろ?
 情報なんて、そんなもんなんだよ。数集めて総合的に判断下して行かなきゃいかん。
 一つの情報源を鵜呑みにすんのは危険だし、元々、俺っつーイレギュラーがいるのに、お前さんの知識に全部当てこむワケが無いだろ? それに、美樹さやかに関しては、お前の情報が無ければ動きようが無かったのも、間違いない事実だしな。
 さらに、ワルプルギスの夜相手の戦力アップにもつながる、とくれば、俺が損するのなんて時間と金くらい。結構痛いけど、まあ、許容範囲だよ」
「っ……本当に、あなたは……喰えない奴」
「おめーのほーが、俺にゃ喰えないんだけどね……」

 少なくとも。
 時間止めるなんて反則技能を持った魔法少女なんて、俺は知らないし見た事も無い。
 その気になれば、彼女は俺を殺せるのだし。だから、俺も彼女を殺す手段が無いわけではない、と示さないとやってられないし、ついでに利害関係を一致させていかないと、彼女は容赦なく俺を処分に来るだろう。
 そして、それを踏まえた上で……俺は彼女をからかって『遊んでいる』のである。

 だって、こんなスリルのある遊び、他に……遊び、か……そんな余裕、無かったもんなぁ。今まで。

「……なんか、最近、余裕が出てきてから、自分の根性がネジ曲がって悪くなっていった気がするなぁ」
『元からだと思います』

 その場に居た魔法少女全員が、声をそろえてピシャリ、と俺に向かって、言い切った。



[27923] 第三十九話:「『死ぬよりマシ』か『死んだ方がマシ』かは、あいつら次第ですがね♪」
Name: 闇憑◆27c607b4 ID:cb2385d9
Date: 2011/07/18 14:42
「………」

 特にする事も無くなった後。
 二階の自室で、俺は愛刀の手入れをしていた。
 何しろ、料理に関しては、巴さんが全部作ってくれてしまったのである。
 一人、追加の人間が現れたが、それは俺が辞退すればいい。

 『昨日から殴られて気絶した以外、一睡もせず、暴れ通しで眠い』

 そう言いわけを残して、俺は自室へと引きこもっていた。
 無論、眠いのは真実である。だが、今の状況では『俺は眠れない』のだ。

 と……階段を上がって来る足音に、俺は戸惑った。
 沙紀ではない。あんな遠慮した足音は立てない。
 ……じゃあ、誰だ?

 と……

「やっぱり、起きてらっしゃいましたね」
「……あんたか」

 部屋に入ってきたのは、巴さんだった。手にしたお盆の上に、卵粥が乗っている。
 刀の手入れを終えて、白鞘におさめると、俺は彼女に向き直った。

「沙紀ちゃんから聞きました。自分以外の魔法少女が近付くと、気配を察して起きてしまう、とか……本当ですか?」
「……さあ?」

 とぼける俺に、巴さんは真剣な目で、俺に問いかける。

「颯太さん。では……『私の前で、寝てみせてもらえませんか』?」
「っ! ……ちょ、ちょっと待ってくんないかなぁ?」
「あら、少なくとも……私は『あの時、寝てみせましたよ』?」

 その言葉に、俺は完全に絶句。
 と、同時に……沙紀がテレパシーでやり取りした内容も、大体想像がついた。

「沙紀の奴!! 
 っていうか……あの、俺、男で、しかも殺し屋なんですけど?」
「あら、私だって、『信じてる人の前』でしたら、寝るくらいはしますよ?」
「……タチが悪い誘い文句だ。悪趣味にも程があります」
「ええ。ですから、颯太さんも『私の前で、寝てみせてください』。
 魔法少女の名誉にかけて、『颯太さんが寝て居る間、一切の手出しはしませんし、他の誰からも守ってみせます』」
「っ!!」

 その言葉に……俺は絶句した。
 何故ならば、俺はその言葉に対して『答える事が出来ない』のだから。

「やはり『眠れない』のですね……魔法少女が近くにいると」
「……………別に、飲まず食わずの徹夜は慣れてますよ」
「違います! 問題はそこじゃありません。
 ……颯太さん。あなたは……魔女や魔法少女相手に『どんな目に遭ってきた』のですか?
 『魔法少女が近付いただけで、気配を察して起きてしまう』なんて、『普通じゃない』にも程があります!」

 真剣に詰め寄る巴さんに、俺は言葉を濁す。

「……別に? ごく普通ですよ。
 武術武道の世界じゃ、『常在戦場』って言葉がありましてね。『常に戦場に在るように心構えをして過ごせ』って。
 そんで、達人は敵の気配を察し、寝てても目覚めて起きるってのは、よくある話です」
「そうかもしれません。颯太さんの剣は、はっきり言って並みの魔法少女の敵うモノではない以上、達人と言ってもいいのでしょう。
 ですが……沙紀ちゃんの言葉から推察するに、颯太さんは『魔法少女にだけ、反応するように起きる』のではありませんか?」
「……………別に、今まで敵だったんだし」
「それだけじゃないでしょう。率直にお尋ねします……『魔法少女がそんなに恐ろしい』のですか?」
「っ!!」

 ものの見事に言い当てられて、俺は絶句する。

「あなたが怯えているのは、殺人の罪だけではない。
 『殺しに来る魔法少女そのものに』あなたが恐怖を感じていないわけがない。だとするならば……一体、あなたは『魔法少女にどんな目に遭ってきた』というのですか!?」
「……怖いに決まってるでしょう」

 思わず。俺は漏らした。

「想像してみてください。
 街を歩いてる女の子が、いきなり魔法少女に変身して、奇跡と魔法で『俺と沙紀を殺しに来る』って構図を。
 しかも、魔法少女に成り得る素質がありさえすれば、『全ての女の子が』俺と沙紀を襲いに来るんですよ?
 ……昨日まで、ふつーに挨拶してた、ご近所ですれ違ってた女の子が、ある日突然、魔法のステッキを振りまわして、『殺し屋を成敗する』と称して、俺を殺しに来る図が想像できますか?」
「っ!!」

 そう。
 インキュベーターを敵に回すという事は、そういう事。
 言わば、都市ゲリラに命を狙われ続けているようなモノなのだ。
 しかも『誰が、どんな風に襲って来るかも分からない』。

「……我が家のお隣、空き地になってるでしょ?」
「え、ええ……それが?」
「巴さんみたいな、遠距離攻撃型の魔法少女がね……まあ、新人なんですが。
 そいつがブン投げた『槍』が直撃して、あそこにあった家、住人ごとふっ飛ばしてるんですよ」
「っ!!」

 とりあえず、俺は紙を持ってきて、ペンを走らせる。

「投槍器(アトラトル)なんてマニアックな武器を使う魔法少女でね。……こんな感じの形状で、槍を引っかけてブン投げるんですよ。
 そんで、破壊力も射程もかなりあったんですが……命中精度がよろしくなかった。
 轟音と共に燃えるお隣に目が覚めて、窓を開けたら……俺の縄張りの彼方のビルで、我が家を狙ってた彼女は『どうしてたと思います?』」
「……後悔とか、呆然とか、ですか?」
「違います。『気を取り直して、第二射の用意』をしていたんですよ。そしてそれは『戦場では正しい判断』なんです」
「そっ、そんな!」
「無論、こっちも即座に対物ライフルで狙撃しましてね……運がよかったのか、一射で投げようとしていた相手の片腕吹っ飛ばして。んで二射目で何とか、仕留める事ができました」
「まっ、待ってください! そんな事をする魔法少女が、そう頻繁に居るハズがありません!」
「そうでしょうね。一般人相手なら、あなたたち『魔法少女』は何もしなかったでしょうね。
 でもね……俺は『殺し屋』として認知されていた。そして『殺し屋を殺すためなら、多少の犠牲はやむを得ない』。いや、もっと言うならば『自分が正しければ、他人にどんな迷惑をかけても、何をしても構わない特別な存在だ』。
 おそらくは、そう考えたのでしょう」
「っ!!」

 絶句する巴さん。

「『悪魔に人権は無い』。昔のアニメの名台詞ですがね……だからこそ『俺を悪魔だ』と認識した瞬間に、魔法少女の行動は、容赦が無くなった。いや、倫理や視野がガキ丸出しな分、手加減とか程度とかそういったモノも何も無い。ぶっちゃけ、街中だろうがドコだろうが、襲って来るんです。
 しかもね……彼女たちは『他人の命を奪おうとしている』という自覚すらも無いんです。
 『ちょっと悪をこらしめる』つもりで、こっちが死にそうになってる事にすら、気付かないで襲ってくるんですよ。その『例のアニメ』の主人公気取りでね。その主人公『盗賊殺し』なんて、悪党から金巻き上げてるシーンが印象的ですが、そのアニメの主人公が、しょっちゅう『盗賊に逆に命を狙われてる』って事を、完全に失念してるんです」

 最早、俺の言葉に、うつむいたまま声も無い巴さんに、淡々と説明していく。

「俺が『何でヤクザを放置してたか』っていうとね。全部を敵に回すと『面倒』なんです。最悪、殺されるかもしれない。
 だから、『俺が本当に許せない』モノだけを、なるたけ筋を通して波風立てないように消して行く事にしてるんです。何しろ、こっちには沙紀というウィークポイントがありますからね。今回みたいにヤクザと連携されたら、怖い事になる。
 わかりますかね? 『俺は最強でも無敵でも何でもない。ただ他生の縁で誰かに生かされてるだけの小悪党』でしかないんですよ。そんで、吹っ飛ばされたお隣の倉本さんの家はね。『奇跡も魔法も魔法少女も魔女も、何も関係が無かった』んです」
「……その、倉本さんは……」
「生きてはいます。家族全員。俺が鉄火場に飛び込んで助けました。でも『家を無くした家族がどうなるか』俺は、それを身にしみて、よく分かってます。
 だからこそ、俺は心底、恐怖しましたよ。
 魔法少女って『何考えてんだ』って……正しい事なら、悪魔を成敗するためなら『正義の味方は何をやったっていい、何をしたって構わないのか?』 だったら上等じゃないか、俺がそこまでの悪魔だというのなら、悪魔らしいやりかたで答えてやるまでだ、ってね。
 中でも傑作だったのはね……いざ自分が殺されかけた時に、命乞いの代わりのつもりなのか、俺に愛の告白してきた馬鹿まで居やがって。人の妹ボコボコにしておいてナニ寝言を吐いてるんだか。頭オカシイにも程があるってんですよ」
「っ……………!」
「そんなのを相手にし続けてる内にね……『匂い』っていうのかな? 魔法少女の気配みたいなのが、何と無く分かるようになってきちゃったんですよ。ベテランの本屋が、万引きしようとする客を見抜くような感じで。
 あとは簡単でした。警戒すべき対象さえ分かってしまえば、その気配さえ見抜ければ『寝る事も出来る』。……正直、緊張疲れでヘトヘトになる寸前でしたからね。勿論100%じゃないから、あまりアテには出来ないんですけど」
「颯太さん、その……昔、ベトナム戦争から帰ったアメリカ兵の話を、思い出しました。
 その『常在戦場』って言葉は、本当に、現実の武術や武道にある言葉なのですか?」
「ええ。でも、慣用句になっちゃってるから、逆にそれを『完全に実行したらどうなるか』なんて考えてる人は、少ないんじゃないかな?
 それを『本当の意味で』理解できるのは、軍隊の、それも特殊作戦群みたいな人たちくらい。あとは、日々、神経をすり減らしてるヤクザとか、それを相手にしなきゃならないマルボウの警察官とか、色々恨みを買っちゃった傭兵とか……かなぁ?
 そういった、『血の気の多い業界の人たち』はね、無駄に揉めたり喧嘩したりする事を極端に嫌うんです。『敵が増える事の恐ろしさ』を、誰よりも骨身に染みているから礼儀正しいんですよ。その分『必要とあらば』幾らでも獰猛で狡猾になりますが。
 だから、正直、斜太興業のような『ハネッ返りのチンピラ連中』は、俺が手を下さずとも『いつか誰かに』シメられていたでしょうね……もっとも、その別でシメた人が『俺より優しい』なんて保障はドコにもありませんけどね。むしろ、もっと酷い目に遭ってたんじゃないかなぁ? 家族と一緒に山の中に埋められるとか、ありそうだし。
 そんなわけで、ね……前にも話した通り、俺は『何も考えてない正義の味方』が大っ嫌いなんですよ。いや、『自分の頭で考えてない』とでも言うべきかな? キュゥべえにおだてられて『君たちは正義だ、Go!』なんて言われたとこで、そもそもその『正義』ってのは『誰にとっての、何の利益と目的があっての正義か?』なんて、完全に失念してんですよ。
 自分で選んだわけでも、掴んだわけでもない。とりあえず『お手軽な正義』に乗って、ほいほい馬鹿をやらかすには魔法少女の力ってのは強力過ぎる。そのくせ、自分たちは奇跡と魔法で絶対安全な場所に居る、と思いこんでいやがる。
 ……救いようがありませんよ、本当に」

 そこまで喋っておいて……俺は、巴さんの表情を見て、後悔した。
 だから……

「なんて、ね……嘘ですよ。嘘」
「え?」
「お隣さんは、元々空き地です。
 まあ、命狙われ続けた、ってのは事実ですけどね、脚色ですよ、脚色。
 俺みたいな悪党を頭から信じ込むと、馬鹿を見ますよ、本当に」
「……そう、ですか」
「そうです。『被害者ぶる奴ほど実は加害者だった』なんて、世間じゃよくある構図ですよ? しかも、そういう連中は『被害者じゃないと立場が無くなる』から、より強硬に被害者ぶるんです。
 そういう連中って、何歳年齢を重ねようが世間じゃ『ガキ』って言うんですけどね。俺みたいに。
 ……巴さんは、もーちょいそーいうとこ、疑った方がいい。あ、メシ、ありがたく頂戴します」

 そう言って、卵粥をレンゲですすりこむ。正味、美味かった。

「……あの、私たち、もうお暇しましょうか?」
「いや、それには及びません。むしろ、居てほしいくらいだ」
「え?」
「下でね、沙紀の奴が笑ってるでしょ?
 ……正直ね、今度の事は色々堪えたけど、あいつが本当に、心の底から笑ってくれるのならば、それでいいんです。
 だから、寝不足くらい、なんともないんですよ。本当に」
「っ! ……あなたは……」
「だってそうでしょう? 家族が居なければ、俺の幸せなんて成り立たないんですから。
 俺の望みはね……家族が全員、穏やかに、笑って過ごせればそれでいい。俺が殺した父さんも母さんも、魔女になって死んだ姉さんも、本当は一緒に暮らしたかった。
 でも、それを全部守らなきゃいけないなら兎も角、今の俺にとって家族は沙紀一人しかいない以上、大それた奇跡も魔法も必要無い。『努力と根性で賄える』範囲の話なんです。世のサラリーマンや日雇い労働や、アルバイト、パートで頑張ってるお父さんお母さんと一緒ですよ」

 そう言って、器をお盆に置く。

「ごちそうさまでした。美味しかったです」
「……あの、颯太さん」
「え?」
「眠れないのでしたら……せめて、そう。お話、しませんか?」

 !?
 意外な申し出に、俺は戸惑った。

「……と、言っても、なあ。
 俺は女でもないし、そんな女の子を喜ばせる、気の利いたトークの出来る人間じゃあ無いんですよ。申し訳ない」
「あれだけ饒舌に、啖呵を切ってのけたのに?」
「必要なら、幾らでも舌が回るように出来てるんですよ。男ってのは。
 逆を言えば……それ以外の事が、どうも疎くてね……考えてみりゃ、俺は巴さんの『生き方』は知っても、趣味も何も知らないわけですし。共通の話題なんて、魔法少女関連の話になっちまう。だから、俺と話をしても、愉快なトークになるかなんて……ちょっと保障が出来かねますね」
「……んー、では。あ、そうだ。
 颯太さんの、お師匠様の話、して頂けませんか?」

 と、意外な角度から、巴さんは俺に斬り込んできた。

「俺の、お師匠様の?」
「ええ、どんな人物だったのか、って……少し、興味が湧いてきました」

 その言葉に、俺は別の意味で渋い顔になってしまった。

「う、ううーん……」
「無理、ですか?」
「いや、話すのは構わないんですが……すいません。正直、あの人が『何者だったのか?』という分類なんて、未だに俺自身の中でも不可能なので……何しろ、年がら年中ベベレケに酔っぱらって、妖しい嘘八百を撒き散らしながら生きてきたお人ですから。
 しかも、あの人に嘘が無かったのって『剣術』くらいじゃないかとは思ってたんですが、葬式の時に本当に政治家だのヤクザだの自衛官だの警官だの、ほんとーに得体のしれない人脈持ってましたからね。
 キュゥべえじゃありませんが、マジで『わけがわからないよ』状態なんです」
「はぁ……」
「今思えば、そんな怪人物が、何で俺を弟子にしてくれたのかなんて事すらも、不明としか言いようが無いんですよ。
 第一、あの人がナニ考えてたのかなんて……あ、そういえば……」

 ふと、思い出した事。
 そこから類推できる事を想像してみる。

「本当かどうかは分かりませんが……師匠、元々はお坊さんだったんじゃないかなぁ?」
「お坊さん、ですか?」
「ええ、何でか知らないですけど、仏教用語とかチラチラ使ってましたし。……あ、だとするならば、あの屁理屈スキルも分かる……けど……うううううん」

 腕を組んで、頭を悩ませる。

「えっと、どうしました?」
「いや、今も言った通り、本当に嘘つきのインチキオヤジだったんで、本当か嘘かの見分けが難しいんですよ、あの人。
 嘘つきの達人と言ってもいいくらい、とんでもない目に遭いましたしエラい目も見ました。魔法少女でもない中学一年の男子に腹にダイナマイト巻かせてヤクザの事務所に日本刀一丁で放り込むなんて……はっきり言って頭オカシイとしか言いようが無いでしょう?」
「は、はぁ?」
「だから、本当に……本当に、これは俺の推測です。真実かどうかなんて、はっきり言ってわからない。それを踏まえた上で、聞いてくださいね?
 えっと、まず師匠を『お坊さんじゃないか?』って疑ったのは、数珠持って綺麗に般若心経唱えてるところを見たのと、死人が出た時に物凄くテキパキと葬儀の手配をしていた事が一つ。
 次に、鬼のようにディベート……というか、屁理屈が上手かった。しかも、小手先のごまかしってんじゃなくて、真理と心理にずばっと切り込んでくるような、そんな人です。剣以外に、言葉の達人でもありましたね。
 そして、師匠がお坊さんだったと仮定するならば、あの無駄に広い人脈にも納得が行く……のですが……うううん」
「どうなさいました?」
「いやね、あんな幅広い人脈があるなら、お坊さん辞める理由が無いんですよ。それこそ、葬式だの何だので、将来安泰でメシ喰って行けるんです。しかも……恐らく、禅僧だと思うんです。ほら、『一休さん』っているでしょ? とんちの。あんな感じで……でも、禅僧の生活って、洒落にならないくらい厳しいですから」
「そう、なんですか?」
「ええ、以前、師匠に連れられて夏休み中、禅寺に放り込まれた事がありまして……凄いですよ。朝三時起床で、寝るのは十一時。それ以外はひたすら座禅と修行と……剣の修行だと思えば苦になりませんでしたが、今思えば小学生にはトンデモナイ生活だったな。
 そんな厳しい精神修行に耐え抜いたお坊さんが、ドコをどーやったら髪の毛も髭もぼうぼう、酒もたばこも飲み放題でアル中で、50過ぎて女は抱きまくるわ、博打はするわ、借金こさえてトンズラこくわ、ヤクザやチンピラに喧嘩売りまくるわ……やめましょう、ありえない。
 あれは完全な『悪の大人』の見本です。師匠=お坊さん説は、あの破戒っぷりからしてデタラメにありえないと分かりました。もし、坊主ならば堕地獄直行です。その前に、全国の禅僧が大迷惑です。クリスマス・イブにサンタクロースの格好で、ヤクザの事務所にダイナマイト放り込むとか、狂ってますよホント。
 ……確かに、一応、禅僧らしい問題も出してくれたんですけど、それだけじゃ信用が置けない。あの人の事だから『問題だけ』どっかから仕入れてきた可能性が否定できないし。何でかお坊さんにもコネがあるみたいでしたから、きっとお坊さん騙して、問題だけ掠め取ったんじゃないかな?」
「えっと……どんな、問題ですか?」
「『隻手の音声』っつってね……意味は『片手の音を聞け』って意味なんですが。
 んで、その時に散々悩んだんですが……結局、答えは教えてくれないままポックリですよ。問題出すだけ出して死んじゃうなんて、酷いと思いません?」

 と……

「……っ……ふふふふふ。ごめんなさい。ちょっと……」
「何がおかしいんですか?」
「だって……間違ってたらごめんなさい?
 美樹さんに接してる時の颯太さんと、そっくりなんですもの。その……お師匠様と颯太さんの関係が」
「……は?」

 思いっきり、首をかしげる。
 ……俺は少なくとも、あんな筋の通らないデタラメな生き方は、した記憶は無いのだが……
 ごく普通に、『家族を守るために生きる』。究極的には、その決心の下に、生き続けてきただけである。

「きっと、何だかんだと颯太さんの事を、そのお師匠様は放っておけなかったんじゃないですか?」
「いや、だからって腹マイトでヤクザの事務所にポン刀一丁で特攻とか、ありえないでしょ? 俺、魔法少女じゃないんですよ?」
「それは、颯太さんの師匠なりの『鞭』だったんじゃないですか?」
「いやいや、無いから無いから無いから! あの人に限って、それは無い!!」

 と……

「颯太さんの『嘘』って……結局、『誰かのためにつく』嘘が、大半ですよね」
「そう、かな?」
「ええ。だから時々、本当に下手な嘘が出るんですよ。……お隣のお宅が吹き飛んだの、事実でしょ?」
「っ……参ったなぁ」
「ええ。だからさっきも美樹さんに言ってたでしょ? 『悪党を簡単に信用するな』って。
 ……きっと、颯太さんのお師匠様は、『正義の味方』に憧れてた颯太さんを、放っておけなかったんじゃないですか? 今の美樹さんみたいに『危うい』と思って。しかも、天性のモノまで備えて居たとしたら尚更です。
 だから、颯太さんの師匠は、あえて自ら悪を演じていた。
 『御剣詐欺』なんて、あの時言って沙紀ちゃんも気にいったのか、使ってますけど。颯太さんのような、誰かのために覚悟の上でつく嘘を『御剣詐欺』って言うのなら……私はそれは、人間として凄い事だと思うんです。
 『自分たちの利益のために、真実を利用して少女たちを騙す』インキュベーターと『誰かのために悪を演じ、嘘をつく事で泥を被り続ける』御剣颯太と。
 同じ『魔法少女の相棒(マスコット)』でも、私は颯太さんのほうが、まだ信じられると思ってます」
「っ……俺はそんな」
「無理ですよ。もう……嘘がバレてしまったんですから。『御剣詐欺』はバレたら意味が無いんですよ?
 そういう意味で、多分、あなたの師匠は『御剣詐欺』の達人だったんじゃないですか?」
「巴さん。分かりました。俺が嘘が下手な生き物だってのは分かりました。
 でもね、師匠に関しては、ほんっとに気を許しちゃいけない。死人だからって、その死後のコネで、良い目を見てきただけじゃないんですよ? 師匠の借金肩代わりさせられそうになったり、師匠の買った恨みの矛先を俺にむけられたり。
 確かに助けられましたが、苦労も百倍以上です。もー無茶苦茶ですよ、あの人は。
 っていうか、死人にまで騙されちゃダメですよ。そーやって『良い人』を演じて騙して行くのが、あの人の手口なんですから!」

 そう言いながらも、巴さんは笑ったままだった。

 ……あーあーあーあーあー、師匠、死んでまで魔法少女を騙すって、ホント何者だったンですか!?
 っていうか、中には、ホントに師匠をイイ人だ、と勘違いしたまま思いこんで『結婚したかった』とか葬式で言い出してた人もいたし。
 ……ほんと、中身はペテンと詐欺と暴力と剣術の化身だったんだってのに。マジで。

 と……

「ん? そろそろ下が、お開きになったのかな?」
「そう、みたいですね」

 ガサゴソと階下で動く気配に、巴さんが立ち上がった。

「それと、颯太さん。明日……ちょっと学校が終わったら、美樹さんたちと一緒に、付き合ってもらいたいのですが」
「俺と、馬鹿弟子と? どこに?」
「見滝原森林公園です。奥に行けば魔法少女の姿になっても人目につかない森の中になりますから。
 そこで、ちょっと確認したい事がありまして」
「森林公園、ねぇ……丁度いい。あの馬鹿弟子を鍛え上げるのにも、好都合だ。沙紀の奴と併せて二人とも、みっちりシゴいてやろう……ゲッゲッゲッゲッゲ♪」

 イビルスマイルを浮かべる俺の顔に、巴さんがドン引いた。

「そ、その……お手柔らかに。一応、美樹さんも女の子なんですから」
「安心してください。『死にはしません』から。『死ぬよりマシ』か『死んだ方がマシ』かは、あいつら次第ですがね♪ それに、辞めたきゃ辞めていいんですし。馬鹿弟子のほーは」
「は、颯太さん。ハートマ○軍曹じゃないんですから!」
「あっはっは、安心してください。微笑みデヴに便所で射殺されてやるほど、俺はヌルかぁ無いですヨ♪」
「……と、とりあえず、お願いしますね。くれぐれも、やり過ぎないように」

 そう言って……どこか沈痛な表情を浮かべながら、巴さんは、俺の部屋を退出していった。



[27923] 第四十話:『……し、師匠は優しいです、ハイ……』
Name: 闇憑◆27c607b4 ID:cb2385d9
Date: 2011/07/23 11:00
「さあ、走れ走れ! でないと、『この場で』死んじゃうぞ!」

 翌日……森林公園のマラソン・ロードを走る、白鞘に収めたままの兗州虎徹を指揮棒代わりに振りまわす俺と、その背後をついて行く沙紀と美樹さやかの姿があった。

「っ……ちょっ……ちょっと、待って……師匠……」
「お、鬼いちゃんだ……お兄ちゃんじゃない……鬼いちゃんだ……」

 俺の手には、沙紀と馬鹿弟子のソウルジェム。
 そして……初日の最初の訓練の内容は『マラソン』である。
 無論、普通のマラソンではない。俺が『いい』というまで一緒に走り続ける事。それが条件のエンドレスマラソンだ。
 当然、俺より100メートル以上離されると、その時点でソウルジェムから二人とも肉体のコントロールが出来なくなってしまう。
 そして、彼女たちには『飲んでもいい水を入れた、大きめの水筒を持たせていた』。

 ……さて、思いなおしてみよう。
 人間は死んだ瞬間、全身の筋肉を弛緩させて脱糞や利尿をしてしまう。そして、そうなった瞬間に『体内の膀胱に、水分をたっぷり蓄えていたとしたら?』。

 まず、その事実に気付いた沙紀が真っ青になり……次いで、美樹さやかに事情を説明。
 二人とも、決死の形相で、俺についてくる事になった。
 生身の体で運動している以上、マラソンをして汗をかかないわけがない。でも、水分を摂取し過ぎて走るペースが切れた瞬間……まあ、女の子には想像もしたくない状況になってしまう事は、想像に難くない(もちろん『下着の着替え』なんてセーフカードを用意するほど、俺は甘くは無い!)。
 そして、生身の体である以上、向こうは小学六年生と中学二年生の女子。こっちは根性据えればカール・グスタフでハイポート走50キロ出来るくらいは鍛え上げまくった、高校一年の男子である。
 
「はい、スカしたジャニー○もー要らない♪」
『すっ、スカしたジャニー○……もー要らない……』
「声が小さぁい! 腹の底から腹式呼吸で吠えんかぁ!」
『スカしたジャニー○もー要らない!』

 某国の海兵隊式洗脳ソングを適当に弄った歌詞を、俺と一緒にヤケクソ気味に吠える沙紀と馬鹿弟子。
 んで、それを引きつった顔で見てる巴さんと、鹿目まどか。ついでに、何故か暁美ほむらまで、この場についてきていた。

「私の命はソウルジェム!」
『私の命はソウルジェム!』
「もし戦場で倒れたら 」
『もし戦場で倒れたら!』
「胸に希望を 抱きつつ!」
『胸に希望を 抱きつつ!』
「誰にも告げれぬ 見事な散り様!」
『誰にも告げれぬ 見事な散り様!』

「……さっ、最悪だわ……御剣颯太」

 暁美ほむらが、頭痛を催したようにつぶやいて頭をかかえているが、正味それは知ったこっちゃ無い。
 それに、本当の『最悪』はここからだ。

「しっ、しっ……師匠! おねがいがあります!」
「何だぁ!」
「とっ、トイレ……トイレに……行かせて」
「あっ、あたしも……」

 案の定、発汗のペースも考えず、水をがぶ飲みしてた二人の様子が『限界』に近くなっていた。
 なので、俺は予め『調べておいた』事を告げる。

「分かった、行ってもいい。ただし!」
『……ただし?』
「使うのはあそこの小さなトイレだ。そして『あそこには男女共用のトイレが一つしか無い』……意味は分かるな?」
『っ!!!!!』

 引きつった表情で、お互いに顔を見合わせる、沙紀と馬鹿弟子。

「さあ、急げっ! 『早い者勝ち』だっ!! ……ああ、俺も『もよおしてきた』なぁ♪」
『っ……うわあああああああ!!』
「はっはっは、走れ走れ若人よ!」

 決死の形相で内また気味に爆走する沙紀と馬鹿弟子に悠々と追いつきながら、俺は笑ってやる。

「う、うおおお、間に合ええええええ!!」
「待って美樹さん! まずお兄ちゃんを止めないと、『私たちが漏れるまで』トイレに居座り続けるつもりよ!」
「えっ、ちょっ……冗談ですよね! いくら師匠でも、そこまでは」
「俺が『魔法少女相手に』しないとでも思ったか?」
「うわああああああああああああっ!! 私、下着の着替えなんて持ってきてないーっ!!」
「安心しろ、沙紀も条件は一緒だっ!!」
「美樹さん、甘い事考えちゃだめ! 今のお兄ちゃんは『鬼いちゃん』モードよ!」
「なに、今までで手加減してくれてた、って事!?」
「違う! 今までが『手加減なし』で、この場では『容赦なし』に変わったの!」
「何その地獄の二択問題ーっ!! 最悪だーっ!」
「あっはっは、なんなら辞めるか馬鹿弟子が? 俺なんぞ、本気で膀胱炎寸前まで、禅寺で座禅組まされたもんだ。
 それに比べりゃ『漏らせばいい』だけ、軽い軽い♪ ノーパンで帰ればいいだけだし、死ぬよかマシだろ?」
「何が『漏らせばいい』よ! 馬鹿ーっ!」

 そう言いながら、何とかかんとか二人で連携して、必死に俺に対して稚拙な走路妨害をしつつ……そろって二人同時にトイレの狭い個室に飛び込む沙紀と馬鹿弟子。
 ……ふむ。息の合いっぷりは中々とみた。普通に『個室の取り合い』で二人とも自爆すると思ったのだが『見どころはアリ』だな。
 やがて……仲良くトイレから出て来るなり、物凄くうらみがましい目で見てくる二人。

「よし! じゃあ、続きを走るが……予め聞いておく。『お前たち、そこの水道で給水して行くか?』。
 ああ、塩分が足りなくなるだろうから、スポーツドリンクの錠剤は渡してやろう。水と一緒に水筒に入れておけ」
『っ!?』

 既に空になった二人の水筒。
 そして、これから『まだまだ走る事』を考慮に入れれば、『水分と塩分の補給』は必須条件である。
 だが、それは……『入れたら出さねばならない』という人体の真理と、否応なく向き合わねばならないワケで……

「さあ、どうする?」
『あっ……悪魔だ』
「そうだよ。悪魔らしいやり方で、お前ら鍛え上げてやるから、覚悟しておけ。
 ……特に馬鹿弟子。お前、『逃げたければ逃げてもいいんだぜ』?」

 俺のその言葉に、馬鹿弟子は暫くうつむき……

「私を……強く、してくれるんですよね?」
「そりゃお前次第だ。
 が、少なくとも俺は、無意味な事はしない主義だし、無駄な事は嫌いだ。そんで、俺は俺のやる事の意味を、イチイチ他人に細かく説明してやるほど、お優しく出来ちゃいねぇし、そんな生き方をしてきた憶えも無ぇ。
 だから俺は、お前に試練を与えるかも知れんが、その試練の『答え』はテメェで考えて掴め。ハナッから『正しい回答』の用意されてるよーなヌルい問題だったら『正義の味方』の巴マミに答えを聞きな。
 ……俺についてくんなら、その覚悟だけはキメてからついてこい、『美樹さやか』」
「っ……!」
「不条理だろ? 滅茶苦茶だろ?
 だが、世の中出りゃ、そんなもんは十把一絡げのテンコ盛りのひと山幾らで、転がってんだ。
 俺が知ってるだけでも、上は総理大臣や経済団体の会長様から、中は被害者ぶって若者食い物に年金むさぼる事しか頭に無い俺様仕様のジジババに、テレビで『寝言屋』をやるしかない本業カラッキシの大学教授。下はチンピラヤクザや、ネットに張り付いてる荒らし屋……宇宙の果てじゃインキュベーターまで、よりどりみどりのゴロゴロだ。
 誰もかれもが俺含めて『俺様目線』で一方的な寝言しかホザいちゃいねぇのが世の中だ。そりゃあ、無茶苦茶の不条理だらけにもなるってモンで、しかも人間は一生、その不条理の中で生きてかなきゃイケネェ。
 そんでまあ……お前にとってラッキーという意味では。不条理と理不尽相手に己を鍛え上げるにゃあ『魔法少女の世界は持ってこいな場所だ』って事だな。だから『世界に絶望せず、腐らず生き続けられれば』おめーらは、上条恭介が口説きたくなるような『それなりの女』にゃなれると思うぜ?
 そーなったら俺もテメーを口説いてやろーかとも思うが……ま、こんな程度で挫折してたんじゃ望み薄だな、こりゃ。とっとと魔女にでも何にでもなっちまいな」
「……っ……くそぉっ!」

 そう言うと、美樹さやか……いや、馬鹿弟子は、水筒にジャバジャバと水を入れ始める。更に、それを見た沙紀の奴も。

「いーい覚悟だ! おら続き走るぞーっ!!」
『うわあああああああっ!!』

 ヤケクソ気味に吠える魔法少女二人を先導しながら、俺は再びマラソンコースを走り始めた。



「ぜはぁ……ぜはぁ……はひぃ……」
「ぶはぁ……はぁ……あふぃ……」

 とりあえず、限界に達した二人を見下ろしながら。

「よーし、それまで! あとは剣の握り方と、振り方と、足運び! その前に『剣を握る正義の味方』の基本の心構えを教え込む!」
「し、師匠……休ませ……」
「お、おにいちゃ……げんか……い」
「安心しろ。基本は座学だ。俺の師匠みたいに『空気椅子で授業を受けろ』とは言わねぇよ」
「……ほ、ホントです、か……」
「ああ。お前らが座るのは、これだ」

 そう言って、沙紀のソウルジェムから取り出したのは、『中心部に足が一本しかない』円い椅子だった。

「……こ、これって」
「安心しろ。『コツさえ覚えれば』座ったまま寝れるようになる。……二度と同じ講義なんてしねぇがな」
「っ!! ……あの、本気で手加減してもらえませんか?」
「『これ以上、どう手加減しろ』ってんだ? 俺がお師匠様から習った本気のフルコース、ソウルジェム無しでやってみるか?」

 その言葉に、何か言いたげな馬鹿弟子と沙紀が、俺の目が『本気でそう考えている』事に気づいたらしく。

『……し、師匠は優しいです、ハイ……』

 目の幅涙を流しながら、一本足の椅子に座る、沙紀と馬鹿弟子。

「よーし、まずは、剣を握る……いや、『正義の味方』として闘う上で、絶対必須で憶えていなきゃいけない『基本概念』を教えてやる!
 ずばり、『残心』だ」
「……ザンシン?」

 取り出したホワイトボードに、『残心』とカキカキする。

「こう書く。
 心を残す、と書いて『残心』だ。……ぶっちゃけるなら、『決着がついたと思って油断してはいけない』という意味だ。
 例えば典型的なのは『魔女に必殺の一撃を叩きこんで倒した!』と思ってしまう事。その瞬間『正義の味方』は負けてると思え!」
「油断大敵、って事ですか?」
「そう。『闘いの決着がついた』って線引きをドコに引くかは個人個人のモンだが、少なくとも、魔女相手に『必殺技を叩きこんだからって、決着がついた』なんて油断すんのは、正義の味方でも三流以下のやる事だ。
 まあ、魔女相手なら分かりやすい。『魔女の結界が解かれる』までは絶対油断するべきじゃない、って事だな。
 基本、魔女は結界を持って引き籠っている。俺の知る限り、例外はワルプルギスの夜くらいなもんだ」

 と……何故か、巴さんが下を向いていて、暁美ほむらが目をそらして苦笑していた。
 ……なんだおい? 基本だろ、こんなの?

「まっ、現実の武道武術じゃ『決着つけたよー』『俺が勝ったよー』っていう審判へのアピールになっちまってるが、本来の意味はそーいうモンだ。所詮、タイマンガチンコ勝負のケリを、第三者が判断するって事のほーが、どっか間違ってるしな。
 まー『一個でもルールが存在するスポーツ』するならショーガネーんだけど、俺らがやるのは『ガチでルールの無い実戦』だ。ロープにつかまれば引き分けてくれるレフェリーも、有利不利のポイント判定を下すジャッジも存在しねぇ。
 だからいいか? 魔法少女相手でも『確実にトドメを刺せる』状況になるまで、そして『相手が絶対反抗してこない』と確信するまで、絶対に油断をしちゃだめだ。増して、言葉の通じない心も無い魔女相手の場合は、結界が解除されるまでは絶対に油断しちゃいけない!
 そういう意味じゃ、魔法少女相手の喧嘩のほうが、正義の味方にとっては辛い勝負になる。
 魔女相手なら結界が解かれるっていう『明確な決着の合図』があるが、魔法少女相手ならそうはいかない。最悪、斜太チカの一件や、俺が佐倉杏子に襲われたように『闘う』ってなった瞬間、『いつどこから、どんな形で襲って来るか分からない相手』に対しても、警戒を続け無きゃいけない。
 何度も言うが、『魔法少女相手の闘い』は、『闘いがドコで終わったか』なんて明確なゴングや合図があるワケじゃないんだ。
 そんで、更に例を出すが、『俺がやっちまった最悪に近い悪い例』として佐倉杏子との闘いが挙げられる。あの時、俺は本当に佐倉杏子にトドメを刺すべきだったし、刺せる状況だった。
 それを、手を抜いたばかりに、佐倉杏子の再襲撃を許してしまった。結果、俺は殺されかけて入院する羽目になっちまったわけだ。
 いいか? このケースの場合、こないだの斜太チカの場合とは全然違う。巴さんて庇護も無い状況で『俺はそういう事をするべきじゃなかった』し、その結果、沙紀の命まで危険にさらす事になっちまったんだ。
 これも『残心』を怠った、悪い見本の好例とも言えよう。
 ……何か、質問は?」

 と……

「あ、あの……それは『正義の味方』としての戦い方ですよね?」
「そうだ」
「じゃあ、その……『悪党』って言ってる師匠自身の場合は、どうなんですか?」
「あ? 獲物を前に舌舐めずりなんぞ、正義の味方なんて三流のカンバン掲げてなきゃ、やるわきゃ無ぇだろ? 馬鹿じゃねぇの?」
「っ……つまり……その……」
「魔女は結界解除、魔法少女相手はソウルジェム砕いて殺すまでが、俺の喧嘩なんだヨ。だからおめーにゃ、どーだっていー話……でもねぇか?
 丁度いい、教えてやる。
 いいか、俺みたいな悪党はな、剣の切っ先向け合ったが最後、『イクとこ』まで行かなきゃ勝負にケリなんざつかねぇんだヨ。
 そこンとこ覚悟キメて、『どんな悪を正義の味方として敵に回す』か。そいつはテメェが掲げる正義のカンバンの中でキッチリ考えときな。
 でなけりゃ、最終的に世界全部を敵に回して喧嘩しなきゃいけなくなるぜ? 『悪』なんて要素は、そこらじゅうに転がってんだし、視点や視野を切り替えりゃ、善悪なんて簡単にひっくり返っちまう。
 だから『正義の味方』がどんな信念で『正しい』カンバン掲げていようが、そいつに世の中全員が付き合ってくれる義理なんざ、誰ひとり、これっぽっちもねぇ。むしろ『正義』ってルールに縛られちまったら、何一つ出来なくなっちまう事だって有り得るんだ。
 ……だから俺ら悪党はな、そう簡単には、死なねぇんだヨ」

 バーン、と指でっぽうで馬鹿弟子を撃つ。

「よーし、次は剣の握り方、それと振り方、あと足運びだ! 『休憩』終わり!」
「ちょっ、これが休憩!?」
「座って話聞いてるダケなら休憩だバカが! 御剣流は体動かしてナンボじゃい!
 あ、当然、座学ん内容は、キッチリ頭に入れておく事が前提条件だぞ!」
「鬼だ……ホントの鬼師匠だ」
「それがどーしたぁ! 沙紀を生かすためなら、俺は鬼でも悪魔でも人殺しでもなってやる!
 よし、気が変わった。ソウルジェムは返してやるからマラソンコース、魔法少女の力を抜きに自力であと三周してこい! オラダーッシュ!!」
『はいいいいいっ!!』

 受け取ったソウルジェムを持って、こけつまろびつ走り始める二人を見送りながら、巴さんと鹿目まどかが遠慮しながら声をかけてくる。

「あっ、あの……さやかちゃんも沙紀ちゃんも女の子なんだし、もう少し優しく……」
「優しくして、あいつらが魔女に殺されるのを、指くわえて待ってた方がいいのか?」
「あ、あううう……」

 鹿目まどかの質問を、バッサリと切って捨てる。

「そ、そもそも、運動する事に、効果なんてあるんですか?」
「少なくとも、気迫と自信と根性はつく。沙紀はともかく、あの馬鹿弟子の心構えは『素質以前』の問題だ。
 何より『心を鍛えるために体を鍛える』って事は、間違っちゃいねぇ。誰にでもその効果は現れる……無論、万能じゃないが『一番手っ取り早い手段だ』って事は確かだしな。
 何しろ、あいつらが魔女になっちまう前に鍛え上げなきゃなんねぇし、その前にワルプルギスの夜の闘いで、俺が戦死しちまったらどーしょーもねーし。だから本当に海兵隊式に叩きあげる以外に方法なんざ無ぇんだよ」
「そ、そもそも、あんなハードな訓練して、ソウルジェムが濁っちゃったら……」
「安心しろ。魔女の釜からグリーフシードは持ってきた。穢れを吸いきってグリーフシードが孵ったら『そいつを退治させるのもイイ訓練』だろ?」
『っ!!』

 絶句する、暁美ほむらと、巴さんに、俺は笑う。

「魔法少女ってのはさあ? 『ソウルジェムさえ無事ならば』幾らでも体と心を鍛え上げる事が、可能なんだよなぁ……便利だと思わねぇ?」
「はっ、颯太……さん?」
「大丈夫大丈夫。絶望しない限り『死にはしない』よ。それに、ちゃんと逃げ道も用意してあるしな。『死ぬよりかマシ』か『死んだ方がまし』かの判断くらい、馬鹿弟子だってできるだろ?
 まっ、沙紀とバディみたいに訓練してるから、そうそう簡単に脱落できるとも思えんがな」
「え?」
「俺の弟子がもう一人。しかも同じ女の子で年下が、必死に頑張ってるわけだ? おまけに上条恭介をめぐった恋敵。あいつとしちゃあ『舐められてたまるか』って意地が働くだろうし、そういう意味で連帯感だって産まれるだろ。
 まっ、そいつについちゃあ、沙紀自身もそうだろうしな。アイツはああ見えて意地っ張りだから、とことん美樹さやかと張り合うだろうし。
 ……まったく、上条さん様様だぜ、ゲッゲッゲッゲッゲ♪」
『っっっっっ!!』

 今度こそ。
 その場に居た三人全員が、悪魔でも見るような目つきで俺の事を見ていたが、知った事か。
 沙紀を助けるためならば、俺は鬼でも悪魔でも人殺しでも何でもなってやる。それで例え『沙紀(と、ついでに馬鹿弟子)に恨まれようが』知った事ではない!

 と……

『終わりました! 三周、してきました!』

 やけに早いタイムで、ぬけぬけと言い放つ二人。
 ……使ったな、こいつら。俺らが見てない所で。

「……そうか、御苦労。で、三周したって証拠は?」
「えっ、あ、その……」

 と、沙紀が進み出る。

「あそこの周回札、三回めくりました!」
「……まあいいだろう。じゃあ二人とも、『ソウルジェムを渡してもらおうか』」
『はい!』

 そう言って、自信満々に手渡して来る二人。だが……

「ほほう? ……で、お前たち『やけに息があがってない』な?」
『っ!!』
「ソウルジェムにも、微かに……ほんとーに、分からないレベルだが、濁りが見受けられる」
『っっっっっ!!!』
「こんな雑な手管で師匠の目を誤魔化せると思ったか、この馬鹿弟子共がーっ!! お前ら『水を飲んで』俺と一緒に追加五周!!
 『バレても構わない』嘘ならいくらつこうが構わんが、バレなきゃいいとしか考えてねー『ハンパな嘘』を吐く奴には、俺は容赦しねえぞこの馬鹿共がーっ!!」
「ぎゃあああああっ! 沙紀ちゃんの馬鹿ーっ!!」
「美樹さんだってノリノリだったじゃないのよーっ!! って、早い! お兄ちゃんペース早いーっ!!」
「早よついてこんか、この馬鹿弟子共が! 俺の目を節穴だと思ったかーっ!! ペース上げて行くから覚悟しろーっ!!」

 そう言って、二人のソウルジェムを持って走り出す俺を、必死になって二人は走ってついてくる羽目になった。



「それじゃ、『剣の握り方』から始める!
 ……どうした! 二人とも四つん這いで剣を握る気か!? 魔法少女らしい、随分斬新な剣法を考案したみたいだな?」
「おっ、おっ……鬼……」
「悪魔……」
「だからどうしたぁっ! 立てぇい!
 貴様らが立って根性見せなきゃ、『俺の流儀で誰かを守る』なんて、夢また夢だぞ!」

 と……やはり、根性みせたのは沙紀。それに釣られるように馬鹿弟子も起き上がる。

「よろしい! ではまず、お前ら、左手で指でっぽうを作って、どこでもいい。適当に目標を見つけて向けてみろ」
「っ……こう、ですか?」
「うむ! で、だ。その状態のまま『中指、薬指、小指』に力を入れてみろ! 標的より『人差し指』が下がっただろう?
 今、お前らの腕の中の筋肉は『腕を延ばす』筋肉が働いている状態だ。
 ちなみに、これを拳銃でやると『ガク引き』って現象になっちまうが、剣の世界では、この『腕を延ばす』力を、主に用いる!
 さて、木刀を用意しておいた。これを『指でっぽうのまま左手の指三本で、『水平になるまで』しっかり握ってみろ』」
『はい!』

 そして、二人の握る木刀の切っ先が、ゆっくりと『下がって行く』。

「そうだ。水平になったな?
 さて、その握り方を憶えた上で、だ。『左手一本で、剣を振ってみろ』。釣り竿を振る感覚で、手首のスナップを利かせて『なるべく』水平に止め……!?」

 と……愕然となる。
 ふらふらと切っ先を泳がせた沙紀はいい。元々、『手の内で剣を絞って止める』事によって剣を制御するよりも、『単発でも全力で斬りつける』やり方から、まずは教えて行くつもりだったからだ。
 だというのに……『何で美樹さやかは、左手だけで絞って切っ先を完全に止めてのけた?』。正味、剣道剣術の『全くの初心者』が、出来る事ではない。

「え、師匠……何か間違ってますか?
 こう、『ひゅぱっ』って感じで……『師匠が闘ってた時の感覚』を真似たらいいのかな、って」
「ちょっ、ちょっと待て!? まさか……ソウルジェムを介した『肉体感覚の看取り稽古』だとぉ!? 沙紀、お前は出来ないのか!?」
「えっ……ちょっと、無理」
「いや、俺と一緒に闘ってきた時間は、お前の方が遥かに長いハズだぞ!?」

 二人の肩を掴んで真偽を問いただすが……

「出来ないモノは、出来ないよぉ。だって、なんていうのかな?
 こう、『テレビ越しに映像を見ているような』感覚? それしか無いんだもん」
「え、嘘? 私、なんていうか……皮膚感覚まで同調してたような……こう、『自分が師匠になった』ような感じ?
 夢の中で『リアルに自分が戦ってるような』錯覚が、あったんだけど?」

 えっ、えっ、えええええええ? ちょっ、ちょっ……ちょっと待て? それってつまり?

「どうやら、颯太さんにとって、沙紀さんよりもさやかさんのほうが、その……『魔力の同調率』とも言うべきでしょうか? その部分が強いみたいですわね」
「嘘だぁ!? 俺と沙紀は血縁の兄妹だぞ!? それ以上の相性ってなぁ、どーいう事だよ!?」
「どうも何も、そういう事なんじゃないの師匠? あえて言うなら『剣を使う者』同士の相性とか?
 ほら、骨髄バンクだったっけ? 『血縁だからって相性がいいとは限らない』みたいな事、書いてあったじゃない?」
「っ!!」
「つまり、御剣颯太。
 あなたと美樹さやかは、人格的な部分はともかく『魔力的な素養の相性』が良かった……という意味ではないかしら?」

 明かされて行く真実に、本当に頭が痛くなる。
 ……嫌だーっ! こんな何も考えてネェ『天然御剣詐欺搭載型暴走馬鹿』と、相性がイイなんて最悪だーっ!!
 しかも、こいつと組んだ場合、闘い方が『兗州虎徹一択』になっちまう! 魔力の相性はともかく、闘い方の幅が狭すぎるしリスクも高すぎるっつーの!

「つまりさ、師匠! 師匠が私の魔法少年になってくれれば、私の修行は万事解決……」
「絶対ダメっ!!」

 そう戯言を抜かした馬鹿弟子を、火がつくような目つきで沙紀が吠えて睨んでいた。

「美樹さん、上条さんの左腕持っていった揚句に、お兄ちゃんまで持っていくつもり?
 ……本当に怒るよ、私……」
「うっ……あ、悪かった、悪かった。ごめん、ごめんね、沙紀ちゃん」
「うーっ……私が一番お兄ちゃんを上手く扱えるんだから!」

 ピキピキピキッ!!

「っつーか、ナニ好き勝手に人身売買な寝言を吐いていやがる、そこの魔法少女共?
 魔法少年(コッチ)の意思とか意見とかは完全無視(シカト)か? あ゛!?」
『あう……ごめんなさい』

 アイアンクローでギリギリと二人の頭を締め上げる。
 さて、本当にどうしたものか。

「参ったぜ、チクショウ……」

 正味、俺は無駄な事は嫌いだ。だから、ここで美樹さやかを強くする方法は単純。
 奴のソウルジェムを利用して、俺が魔法少年になって剣を振るえば、それでいい。だが……

「何を迷っているのかしら。あなたらしくも無いわね。
 これで美樹さやかがあなたの技を覚えれば、対ワルプルギスの夜のために投入できるじゃない」
「……分かんネェのか? 『単純に強くなれる』ってのが、問題なんだヨ」
「どういう事?」
「正直言おう。
 俺は、沙紀が一人前になると同時に、相棒(バディ)として馬鹿弟子と組んで行けるようになれば、いいと思ってた。
 だから『同時に鍛え上げる』事にも同意したし、そのメリットも見出してる。だが、この方法じゃ、沙紀よりも美樹さやかが突出し過ぎて、沙紀を守るパターンになっちまう。
 ……それじゃダメなんだよ。いつかこの馬鹿は、足手まといの沙紀を見捨てて殺す事になっちまう」
「そんな! あたしはそんな事……」
「勘違いすんな!
 俺がお前に訓練を施そうとしたのはな、元々、ワルプルギスの夜を『倒した後』の事を見据えてなんだ。特訓の一回二回で強くなれりゃ、世の中、世話ぁ無ぇ!
 そんで『この闘い』はな……今の段階では『どう転んでも』、お前と鹿目まどかが生き残る確率が極力高くなるように計算してある。その『次に』生き残る率が高いのが中衛でサポートに回る沙紀と俺。巴さんと、佐倉杏子と、暁美ほむらが最前線だ。
 ……本当は、俺も前に出るべきなのかもだが、沙紀っつー非戦闘員の力を借りなきゃ俺は戦えネェ上に、能力的にも、攻撃防御共に速さ頼みな分『脆い』しな。
 つまり、最悪のケースでも『鹿目まどか、美樹さやか生存』。そして最悪から二番目のケースとしては『鹿目まどか、美樹さやか、御剣颯太、御剣沙紀』生存。
 無論、全員生還がベストだが、死者が出る事だって想定しなきゃいけない。しかも『ワルプルギスの夜を確実に倒せる』という保障も無い! そんな闘いが控えてるんだ。
 ……そんでな、そういう所に挑む、俺らみたいなベテランが『後に残す』ってモンは、そんなお手軽に得られるパワーのように、決して軽いモンじゃねぇ……第一、相互利益が無い一方的な救済なんか、何の意味も無ぇんだよ。
 俺が巴さんと、何とかギリギリ背中を預け合える仲になってるよーに、沙紀とオメーとで組んで行動できるようになりゃあ、いつかインキュベーターにひと泡吹かせてやれる事になるかもしれねぇ。
 そー思ったから、俺はお前らをシゴく覚悟キメる事が出来たんだ」
「でも、現実問題、美樹さやかを強く出来るのならば、前線に投入する事も可能ではないの? まどがが魔法少女の真実を知った以上、そのほうが確実だと思うわ」
「そうです、あたしもワルプルギスの夜相手に闘えるのなら、闘いたい!」

 何も見えてない、暁美ほむらにノせられた馬鹿弟子に、俺は溜息をついた。

「そんで、鹿目まどかの護衛を放棄する気か? だったら話はこれまでだ。俺は別のプランを考える。お前らともお別れだ」
「そんな!」
「少なくとも『前に出てぶん殴るだけが正義』だなんて思ってる、脳筋馬鹿共につける薬なんて俺は持ってネェんだよ!
 いいか? 今回の修羅場は正味洒落にならねぇ! どんな不測の事態が起こったって不思議じゃねぇんだ!
 そんで、仮におめーが俺の技を写してパワーアップ出来たとしよう!? で、そのパワーが通じなかったらどうする? プランはあるのか? それ以外に何か出来るのか!?
 気合と根性や熱意だけで『全て』を解決できると思うな!? 甘ったれんじゃネェぞ? 気合と根性なんてのは『前提条件』でみんな頑張ってんだ。
 それでどーにもならんものは、どーにもならん! 勝負は常に力学で、勘違いで勝てりゃ苦労は無ぇんダヨ!」
「っ……それでも……私は……可能性があるならば、それに賭けたい!」
「こんの馬鹿弟子がぁっ! お前の正義は『悪い奴をぶん殴りたい』のか!? 『大切な物を守りたい』のか!? どっちなんだぁ!?」
「っ!!」

 俺の指摘に、とうとう黙り込む馬鹿弟子……いや、美樹さやか。

「『美樹さやか』、気持ちは分かる。俺も、沙紀を守るために闘ってた人間だ。……そんでな、俺だって『ワルプルギスの夜』は姉さんの敵だ。むしろ、この中の誰よりも、直接ぶん殴ってやりてぇんだよ。
 でも、俺じゃダメだ。俺の能力じゃあ危なっかしくて、他のメンバーに迷惑をかけちまう。だからこそ、俺は一歩退いてサポートに回る心算なんだよ。
 そんで俺たちは! 仮にワルプルギスの夜に『負けたとしても次に繋げる』必要があるんだ!
 お前らは! 『美樹さやかは』『御剣沙紀は』! 俺たちベテランがダメだった時のための『次に繋がる希望』なんだヨ!」
「……そうね、私も反対だわ」

 そう言って、割り込んだのは巴さんだった。

「美樹さん。あなたは『新人だ』という事を自覚すべきよ?
 確かにあなたは、颯太さんに褒められるような素質があるのかもしれない。でもね、素質に振りまわされている段階では、自滅あるのみなのよ?
 あなたが、どれだけ安易な理由で魔法少女の奇跡に手を出した事を、忘れたの? その結果、どうなっているか……ここに居る全員が、それを味わっているハズよ?」
「もうひとつ言っておく。俺の剣の技は、単純に『スキル』でしかない。それを振るう上での精神修養だとか心構えだとかは、また別の問題なんだ。
 よく、『武術の達人になれば人間丸くなる』なんてのは、はっきり言えば嘘っパチだ。
 『力に振りまわされないために』他人より自分を律する必要があるだけで『力そのものが人間を成長させてくれるわけじゃない』。つまるとこそいつは、いつでも人をブッ殺す用意がある『安全装置がかかった人間凶器』でしかネェんだよ。
 ……何のために昨日、お前を『安全装置が外れっぱなし』のヤクザの事務所に放り込んだか。よーく思いだしてみな?」

 と……

「っ……じゃ、じゃあ、師匠! 私のソウルジェムに『型』を、見せてください!」
「『型』ぁ?」
「恭介に見せてくれたっていう、アレです! ……彼が『凄い』って褒めてたアレだけでも、せめて写せるようになりたい!」
「お前、馬鹿か!? 『型』ってのは流儀流派の全てが凝縮されてるっつっても過言じゃねぇんだぞ!?」
「師匠は実戦派だろう!? それとも『型通り』の事をマスターしただけで、あたしが即座に闘えるようになるとでも、思ってんの!?」
「っ……!!」

 痛い所を突かれ、俺は黙る。

「師匠の剣の、基本のキの字だけでいい、あとはあたしが自分なりに何とかする!
 そんで、その技で沙紀ちゃんも恭介もまどかも、みんなみんな『師匠が死んでも』あたしが守る! そうすれば、師匠が死んでも『師匠の剣』は、みんなや沙紀ちゃんを守って、残って行くじゃないか!」
「お前、なぁ? その基本ってのが大切なワケで……」
「分かってるよ。滅茶苦茶だって。
 でも、いまのあたしは『リングに立つ』どころか、『リングへの上がり方』すらも分からない。
 だからせめて! 『リングに立って剣を構えて向かい合う』くらいは出来るようになりたい! 闘い方や闘う意味まで教えてなんて甘えた事は言わない! せめて『リングへの立ち方』だけでいい! あたしの闘いそのものが間違ってたら、斬り捨ててもらって構わない! だから教えてください、師匠!!」
「っ……チッ……トンだワガママお嬢ちゃんだぜ……」

 深々と溜息をつき……ふと、PMCの訓練所の教官を思い出してしまった。
 ……今思えば、彼もこんな気分だったんだろうか?

「……便所行って来い。とりあえず、腹の中のモノを出せるだけ出してから仮死状態になっておけ。
 でないとパンツはいてない状態で、家に帰る羽目になンぞ? あと……一度しかやらねぇ。それで憶えろ」
「っ……はい!」
「あと沙紀。お前に剣術の授業はナシだ。後は銃器の扱いを徹底して教え込んで行く。
 ……適正が違いすぎたんだなぁ、元々。くそっ!」
「わかった、お兄ちゃん!」
「……ああ、それとな。
 訓練の場では師匠と呼べぃ! 口からクソ垂れるより重要な、最優先事項だっ!」

 そう言って、俺は沙紀の脳天に、拳骨を振り下ろした。



[27923] 第四十一話:「まだ共に歩める可能性があるのなら! 『感傷なんて無駄な残骸では無い』というのなら! 是非、それを証明したい!」
Name: 闇憑◆27c607b4 ID:cb2385d9
Date: 2011/07/22 00:51
「おう、御苦労……あの馬鹿弟子は?」

 美樹さやかのソウルジェムを持った、沙紀の奴に問いかける。

「ん? ……いや、思ったんだけどね。『トイレの個室で便座に腰かける形にしたら?』って言ったら『ナイスアイディア』だって♪」
「なるほど、長期に死んでる状態が続くワケじゃ無ぇからな。……で、面倒見てるのは巴さんか?」
「うん」

 そう言って、沙紀にソウルジェムを手渡され……ふと、思いだす。

「『南拳北腿』か……」
「え?」

 そう呟いて、俺は美樹さやかのソウルジェムから、魔力を引き出す。

「聞こえてるな、美樹さやか。俺の剣を伝える前に、与太話を一つ、聞いて欲しい。
 全部が全部ってワケじゃ無いんだろうが、中国拳法ってのは、主に北側で発達した拳法は、広範囲を動き回り、多彩な蹴り技や、アクロバティックな全身運動になりやすい。対して、南側で発達した拳法は、短い間合いでの多彩な手技が発達し、足さばきは兎も角、蹴り技のバリエーションは薄い。
 何故かというと、北派……北側は大地を踏ん張って動き回り、土地も広くて広大だからこそ、監視の目も薄く、おおらかな傾向がある。対して、南派……南側のほうは、船の上や隘路なんかで振るう事を前提とした技法で、しかも権力者の弾圧に反抗するために創始された武術も多い。沖縄に伝えられた『空手』なんかのルーツだしな。
 そういう歴史的経緯があるから、南派の拳法は、練習に時間をかけず、狭い場所で訓練が可能で、効率よく人体を破壊する。そんな技法が育っていった。中には『習得は簡単でも、マスターしたら十日で人を殺したくなる』って噂される凶拳もあるそうだ。
 そして、その権力者に反抗する凶拳の秘伝を伝える場所も、監視の目が厳しくてな。考えに考えた末、流派によっては師匠がトイレの中で弟子と向き合って、奥義の技を伝授したそうだ。

 この状況で、ふと、そんな話を思い出しちまってな。
 ……分かるか? 俺の剣は人殺しの剣だ。褒められた剣じゃない。そして、そんなクソダメの中で伝えられた剣法を会得したら、それこそお前は『十日で人が殺したく』なっちまうかもしれん。
 無論のこと、所詮、剣は剣で、道具でしか無い。だから、俺が伝授した剣を、お前がどう扱うかお前の勝手だ。
 だが俺は……師から学んだ剣で『殺したくて殺してきたんじゃない』って事だけは、憶えておいてほしい。
 ……願わくば。
 我が師より伝えられし剣を、『殺人の剣』へと堕としてしまった俺を経て、再び『活人の剣』へと生まれ変わらん事を祈っている。
 さあ、始めるぞ。意識を集中しておけ。……こんなリスキーな事、一回しかやらねぇからな」

 とりあえず、俺の言葉は、美樹さやかに伝わっているだろう。
 そう思い、俺は兗州虎徹を抜き放つ。

 まずは、基本の唐竹割り、袈裟斬り、逆袈裟etc……とりあえず、上下左右斜め、更に刺突も加えた、三×三=九つの太刀筋。基本的な剣の振り方を見せる。
 それから、師匠の……否、師匠より伝えられたモノの『残骸』でしか無い『型』を披露する。
 その間、正味、十五分。それで、どれだけのモノが伝えられたかは分からない。
 だが、出来なければそれまでだ。彼女には諦めて、再び沙紀と、特訓を受けてもらうしかない。

「……終わりだ。沙紀、返して来い」

 白鞘に兗州虎徹を収め……俺は溜息をついた。

 『誰かを導くという事は、物凄く責任を伴う』。

 あの日の女の人の言葉が、耳に蘇る。

 ……俺は、あいつを、間違った方向に導いちまったのかもしれん。

 少なくとも……俺は、『家族を守る』という一心で、剣を振るっていたハズだった。
 それがあの日、両親の命を断つ重みを知って一度は剣を捨て……奇跡や魔法に手を染めた姉さんを守るために、再び剣を握り……そして、救いようの無いドブ泥の中の闇へと堕ちてしまった。
 俺は、どこで間違ってしまったのだろうか? いや、結局、何が間違っていたのだろうか? 考えに考えた末に出た結論は……

「俺も、沙紀も……救われるべきじゃ無かったのかもしれないな」

 あの時、家族がバラバラになっていれば。奇跡や魔法に、姉さんが手を染めなければ、俺はこんな世界で、人殺しの罪を重ねずに済んでいたのかもしれない。

「……家族、か」

 俺が殺してきた魔法少女たちにも、家族は居たのだろう。
 そして、俺は迂闊に死体を残すようなヘマはしていないし、殺人の証拠も残していない。心臓発作や事故、行方不明として、彼女たちは処理されていく。
 誰も俺の罪は裁けない。だが、裁かれる事の無い罪は、無視していいものなのか?

 『どんな金持ちでも、どんな貧乏でも、どんな理由があっても、人が人を不幸にする権利は無い。それを無視すれば、自分が不幸になって行くぞ』
 『お前が銃口を向けようと決意するまでは、そいつは人間なんだ。そして、それが分からない内は、お前は人に銃を向けるべきじゃない。
 さもないと……お前自身が苦しんで死ぬ事になるぞ』

 俺に警告してくれた、俺に闘い方を教えてくれた人たちの心得を思い出す。

「ごめん……なっちまったよ、師匠、ロバートさん。俺も『不幸』に」

 きっと多分。
 師匠も、ロバートさんも、誰かを救いたくて、結局『不幸』になっちまったんだ……だから、俺を救いたくて、馬鹿な餓鬼だった俺に、ああいう警告をしてくれたんだろう。
 ……結局、無駄にしちまった……師匠の教えを。ロバートさんの心遣いを。
 
 ……俺は、無駄にしてしまった……

「お兄ちゃん、終わったよ……お兄ちゃん……何で、泣いてるの?」
「ん? なに、結局、剣(こいつ)に嘘はつけねぇな、って……っつーかヨ、やっぱこいつ握ってると色々考えちまうんだ。
 馬鹿弟子に基本を伝え終えた以上、いい加減、俺のほうは、兗州虎徹(こいつ)は捨てたほうが良いのかもな、って……」

 何しろ、俺の持つ武器の中で、最強ではあってもハイリスク極まりない武器なのだし。
 実際、使う機会も、減って行ってるのだ。
 あとは、美樹さやかが、あいつなりに生きて、剣を磨いていってくれればいい。

 と、

「とんでもない! 颯太さん!」
「巴、さん?」

 えらい剣幕で、巴さんが詰め寄って来る。

「颯太さん。私が昨日の段階で確認したかった事。それは、その刀についてです!」
「これ? 兗州虎徹(こいつ)が何か?」
「率直にお尋ねします。その刀は……何かこう、曰くのある妖刀とか、魔剣とか、そんな刀ではありませんか?」
「は?」

 呆れ返る。
 ……何を言っているのだ、巴さんは?

「巴さん、そいつぁ勘違いだ。こいつは兗州虎徹っつって、タダのスプリング刀だよ」
「スプリング刀?」
「そう。元々は自動車部品の板バネなんだよ。そいつを刀の形に鍛え上げた代物で、純粋な工業製品なのさ。
 実際、村正だの正宗だのぶん回したけど、すぐ折れちまってな……そんで、刀鍛冶の人に聞いたら、実戦派だった師匠が作ってくれって頼んでた刀なんだ」
「……待ってください?
 颯太さんは、『この刀で』ずっと、魔女や魔法少女を斬り続けて来た、のですか!?」
「ああ、そうだが?」
「魔力を付与し続けて!?」
「おお、そうだが?
 ……そーいや、折れた時のためのスペアは何本かあるけど、使った事ネェなぁ?」

 巴さんの表情が、どんどん変わって行く。

「……すいません、ますます謎なんです。
 颯太さん、この刀に『魔力を付与して』斬り続けてきた、っておっしゃいましたよね?」
「はあ?」
「だというのに、颯太さん。いいですか?
 斜太チカを相手にしている時、『魔力を付与している』ハズの、この刀そのものに、私は何の変化も見いだせなかったんです」
「は?」
「『既存の武器に、魔力を付与して闘う』。魔法少女なら、ごく普通に誰もが持ち合わせてる技能です。身体強化の延長上ですから。
 ですが、例外が一つ。『元々、強い魔力を備えた武器は、魔力を相殺してしまう』事があるそうです。……私自身、そういう噂を聞いた程度のモノなので、おそらく颯太さんの刀も、そういった類のモノだと思っていたのですが……」
「おいおいおいおい、買い被りもイイトコだぜ。
 こいつは結局、トコトンまでリアルに『実戦を戦い抜く』ために鍛え上げられた刀なんだ。安易な奇跡や魔法なんぞが介入できる余地なんぞ、あるわけがねぇ。暁美ほむらが銃器使ってるのと一緒だよ。
 第一、こいつが『魔力を持った刀だ』っつーなら、魔力を感知できる魔法少女が気付かないワケが無ぇ。完全な巴さんのカンチガイだよ」
「いいえ、勘違いなんかじゃ無いハズです! ……斜太チカの一件で、気付いた事があるんです!」
「?」
「彼女の『痛がり方』です。
 かなりの部分、ドラッグと怒りで我を忘れて居ましたが……それでも、尋常じゃ無い痛がり方でした。
 傷口そのものはふさがっていましたが、その……まるで『斬られた痛みそのものは、継続し続けてる』ような感じで。暁美さんに撃たれた銃創なんかよりも、よほど堪えた様子でした」
「……そら、確かに妙だな。
 綺麗に斬れる日本刀の傷口と違って、銃の傷口ってのは大きく破れて開くし、ましてデザートイーグルの50AEを何発も、しかも眉間にまでぶちこんでるってのに。
 普通、痛いなら銃創のほうだろ?」
「さらに、颯太さんに聞きます。おそらく、この刀を抜いて斬った相手は『誰ひとりとして生きてない』のではありませんか?」
「まあ、なぁ。元々ハイリスクな切り札だ。弱点がバレる前にブッ叩斬るのが基本だしな。
 コイツに斬られて生きてるのは……今のところ、佐倉杏子だけか? ……ああ、そりゃ確かに分からんわなぁ、そんな性能。
 あと、何でか知らんが、コイツ使うと早く動けるっつーか……多分、正確には『体の動きのキレが増す』んだと思うんだ。
 俺は元々剣士だし、後付けの付け焼刃で憶えた銃器なんぞよっか、余程『相性がいい』んだろうな。っていうか本当に感覚的なモンなんだけど、それが結構重要な要素だからこそ、ここ一番の時に、この刀を持ちだすんだけどね」
「率直に言わせてもらえば『体のキレが感覚的に増す』どころじゃありません。
 『実際に颯太さんは、この刀を振るう時、銃器を使うより圧倒的、かつ物理的に速くなってました』。元々スピードタイプの颯太さんが、それこそ『手のつけられない』速度になる程に」
「……は?」
「佐倉杏子も、ベテラン特有の多彩な魔法の技能に目が行きがちですが、どちらかといえばスピードタイプで防御の脆い魔法少女です。
 ですが、颯太さんの話を聞く限り、この刀を用いていた時は、圧倒的に彼女に対して『速さ』で上を行ったとか?」
「……まあなぁ、元々、速さ『だけ』なら、どんな魔法少女にも負けない自信あったし」
「恐らく、彼女が敗北したのも、それが原因でしょう。
 彼女は、自分の最大の武器である『速さ』で上を行く相手を見た事が無かったのでしょうし、その刀で斬られた傷のダメージが想像以上だった。
 彼女は相当パニックになったでしょうね。……ああ見えて慎重な彼女は、颯太さんが見逃してくれたのをコレ幸いに逃げたのでしょうが……そういう意味も含めて、かなりプライドを傷つけられたんでしょう」
「そういえば……復讐戦の時、『痛む』とか言ってたしなぁ」

 今、よくよく考えなおせば、といった感じの疑問の答え。
 更に……

「だから、彼女は……佐倉杏子は引き籠ってしまったのね。
 恐らく、御剣颯太に……その、兗州虎徹で負わされた傷が、想像以上に深かったんだわ。
 『痛い』だとか『苦しい』だとか言い出す彼女じゃないし、見た目が誤魔化せれば意地を張り通すに決まってる。
 イラついていたのは、負傷による痛みが理由……かしら? 即座の逆撃を企んだのも、あなたが危険すぎると判断したからでしょう」

 などと、分析する暁美ほむら。

 と、唐突に馬鹿弟子が、頓狂な声をあげる。

「あっ!
 ……っていうか、マミさんの説明で、今、なんとなく思っちゃったんだけど。
 師匠の能力ってもしかして、『魔法』を『現実の技能』って部分に置き換えたら、あとは佐倉杏子の能力バランスを、より極端に防御や回復を軽視して、速度よりにピーキーに特化したタイプ、って感じ?
 ゲームで言うならDEF(防御力)とかVIT(生命力)を一桁にしてAGI(速さ)を極端に上げた、超高速型ファイタータイプって事かな? 槍と剣って違いはあっても、やさぐれチンピラ臭がするあたりも含めて、なーんか似てるような……あだだだだだだだだだだ!!」

 わしっ! と馬鹿弟子の脳天をひっつかみ、アイアンクローで締め上げる。

「誰が? 何と? 似てるだってぇ!?」
「いっ、いだだだ、痛い痛い痛い痛い!!」
「俺を、あんな、クソ外道と、一緒に、すんじゃ、ねぇヨ! でないと、兗州虎徹(こいつ)で叩っ斬ンぞ!
 ……それに、今の説明だと多分、おめーみてーな『癒しの祈り』とかそーいった回復技能の天敵なんじゃねぇのか、この刀は? 多分、手足ちょん切るとメチャクチャ痛ぇぞぉ? 魔法少女特有の『痛みを消す』って芸当が出来ないワケだから!」
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、二度といいません、二度といいません、二度といいません!!
 ……でも師匠って、なんか『裸で最強』ってあたり某ゲームの忍者みたい。『悪』のみで暗殺アリってあたりも合ってる気が。そのうち素手で戦ったりとか……あだだだだだ!!」
「や・か・ま・し・い! っつーか『善』の侍から、『悪』の忍者へ転職なんて、どんなキャラだよ!?」
「うわ、師匠も知ってるのか、あのゲーム! 意外あだだだだだだ!!」
「元々お兄ちゃん、ずっと暇が無いだけで、TVゲームはフツーに好きだよ?」

 ゲーマー以外には意味不明なやり取りを、沙紀や馬鹿弟子と交わしながら、アイアンクローを脳天にカマしつつ。

「と、ともかく。その刀はもう一度、よく調べてみる必要があると思うのです」
「OK、分かった。だが、本当にコレは、元々は自動車の板バネなんだぞ?
 ドラゴンスレイヤーでも無ければ、岩からぶっこ抜いた聖剣でもネェ。増してや、妖刀伝説なんか欠片も持ち合せちゃいねぇよ」

 気を取り直した巴さんの意見で、場を仕切り直す。ホンットーに分かんないのである。いや、マジで。
 と、その時だった。

「御剣颯太。それはもしかして……あなた自信の闘い方そのものに、原因があったんじゃないのかしら?」
「闘い方?」
「例えば……『魔女を斬り続けた結果、普通の刀が魔力を帯びるようになった』とかは?」
『あっ!?』

 暁美ほむらの言葉に、全員が瞠目する。……なるほど、その視点と発想は、無かった。

「魔女を誰よりも知る、時間遡行者として言わせてもらうけど。
 いくら魔法少女の力を借りているとしても、『ただの人間が、魔女を刀で斬り捨てている』という事のほうが、そもそも眩暈のするような異常現象よ。
 それを繰り返し続けたのなら、使ってる刀に何が起こってもおかしくない。銃と違って、刀は使い捨てでは無いのだから」
「なるほど……当たり前過ぎてて自覚が無かったわ。確かに、フツーの人なら魔女の口づけで操られて、終わりだしなぁ」
「それ、私も疑問だったの。何であなたは魔女の口づけに耐えられるの?」
「ん? 決まってんじゃん。根性」

 ……なんだよ、おい? 全員、目を点にして。

「要は『心の一方』だろ、あんなん? そんじょそこらの常人なら兎も角、いちおー師匠相手に剣理習った人間だぞ、俺?」
「あー……その……精神力が、常人より強い、という意味、なの、かしら?」
「さあ? とりあえず、今現在まで、魔女や魔法少女の使う、幻覚だとか精神操作系の魔法に、引っかかった事ぁ無ぇよ? 俺自身は」
「……なるほど。でも、ならば何故、あの時、精神操作の可能性を、否定しなかったの?」
「いや、『絶対に自分は操られない』って思う事そのものが、傲慢の一歩だし。そこんトコも見据えて己を疑っておかないと馬鹿見るから。
 というか、暁美ほむらに言われて、何となく『村正伝説』を思い出しちゃったな」
「村正、ですか? あの、妖刀と言われる?」

 首をかしげる巴さんに、俺は説明していく。

「うん。村正って元々、妖刀でも何でも無くって、ただ『優れた刀』ってダケで、作った人たちも複数居て……言い方は悪いけど『普通の名匠』だったんだ。
 でも、徳川家の身内の切腹だの処刑だのに、たまたま偶然多く使われた事から、縁起が悪いって事で妖刀扱いになっちゃって。だから、幕末じゃ倒幕派の人間に、村正は好んで使われたんだよ。
 実際は、徳川家康だって村正持ってたんだけどね。確か徳川家の博物館にあったハズだよ?」

 俺の説明に、納得してくれたのか、巴さんが頷いた。

「なるほど。『神話や伝説の中の剣』ではなく、『使い手が伝説や神話を作った』結果が、この刀だという事ですか。
 数多の魔女や魔法少女……いえ、全ての『魔に関わる存在』そのものを斬り捨ててきた斬魔の刃。さしずめ、颯太さんの刀は『斬魔刀』というべきでしょうか?
 そして、颯太さん。あなたはこの刀を振るう時、『何を』思って振るっていましたか?」
「『何を』思って、って……?」
「重要な事です。
 この刀に込められた魔力の方向性は、颯太さんの心に大きく影響されているハズです。
 魔法少女の『祈り』や『魔法』から生まれた奇跡に対して、魔法少年の『努力』と『根性』が生み出した奇跡。
 いかにも、魔法少年たる颯太さんらしい奇跡だからこそ、この刀に込められた颯太さん自身の『思い』や『願い』は、この刀の謎を解く上で物凄く重要なモノなハズです」

 などと、真剣な表情で、巴さんに言われてしまった。
 だが……

「ただ可能な限り速く、敵の命を断つ事だけです。剣を振るっている時に、それ以外余計な事なんて考える余地はありません。
 剣を振るってる時は、無念無想ですよ殆ど。考えるとか迷うとかした瞬間に、死にますから。リアルに」
「なるほど、それが『速さ』の秘密……だとしても、本当に、それだけですか?」
「そりゃ、剣を振るっている時に、そんな余裕は……あぁ、そうだ! 心を落ち着かせるために剣を握っている時とかは、色々考えちゃうか。
 こう、刀を前に精神統一とかする時なんかは、やっぱり己自身の中の『迷い』と向き合うから。
 そんな時は、決まって色々と『間違ってる自分』が剣に映って……正直、それが辛くて。それで『捨てようか』って思っては『やっぱ出来ない』の繰り返し。
 多分……師匠と一緒で、結局、剣に嘘がつけないんだな、俺は……」
「なるほど。だからこそ颯太さん。この刀は、魔法少女の力を用いてなお、颯太さんに答えてくれたんじゃないかしら?」
「え?」

 その言葉と共に、巴さんはリボンを使って、簡素なポールのようなモノを立てて行く。

「実験してみましょう。
 魔法少年、御剣颯太の強さの秘密。調べる価値はあると思います。ただし、颯太さんが、私たちを信じてくださるのならば、ですが。
 ……どうなさいますか?」
「まあ、俺自身も気付かなかったくらいの、秘特情報だもんなぁ? 
 ……バレちまうリスクってのは、確かにデカいが……性能を知りもしない道具を使っているなんてのは、魔法少年、いや、戦士としての沽券に関わる。
 第一、巴さんが指摘してくれなければ、俺はこの剣をいつか放り捨てていただろうし」
「そう、ですか?」
「ええ、使い物にならん道具は要らないし、無駄な事は嫌いなんです。『迷い』なんてのは、その最たるモノです。
 『迷う暇があれば、動け、行動しろ。無駄なモノや幻想は捨てろ。人は多くの物を持てるようには出来ていない。だから『何か』を手にする時は、その『何か』をいつでも捨てられる覚悟を持て』
 師匠に、そう教わったんです。実際、迷うくらいなら捨てちまった方がイイんですよ。
 家を掃除して整理する時と一緒です……というか、元々狭い家で暮らしてきた貧乏都民だったモンで、その教えの意味は、身をもってよく分かってるんですよ」

 俺の説明に納得してくれたのか、馬鹿弟子までがうなずいてた。

「ああ、師匠、元々東京の人だもんね……あっちは見滝原と違って、凄く家が狭いって話だし」
「都心の下町なら尚更だよ。
 一軒家でも、猫の額みたいなスペースの土地に三階建ての鉛筆みたいな家とかザラだし、あの頃の友達の中には、高架になってる電車路線の下が、店を兼ねた家だって所もあった。頭の上を電車が通るたびにゴーゴー言うんだぜ、家の中全部が?
 増して、ウチはそんな裕福じゃなかったから、1DKのクソ狭いアパートに、親子五人で生活してたんだぞ?」
「うわぁ……考えらんない」
「ほ、本当なんですか、それ?」

 などと、おぜう様発言をカマす、馬鹿弟子と鹿目まどか。暁美ほむらや巴さんまで、興味しんしんみたいだ。
 ……チッ、これだから地方民のお金持ち様は……一丁、貧乏都民の現実を教えてやるか。

「本当だよ。
 ちなみに、畳のサイズも見滝原と違うコンパクトな『都内サイズ』だから、六畳っつってもこっちの六畳より一回り小さいんだな、これが。
 『自分の部屋』どころか、『自分の机』を持つ事すら至難の業だったよ。コッチ引っ越すまで俺は、食事が終わった後のチャブ台で勉強してたんだぜ? 正味、家族の間じゃプライベートもクソも無かったし、風呂上がりに、当時中学生だった姉さんや母さんの裸とかもよく見たよ。
 増して、車……自動車なんてのは超贅沢品つーか『スペースの無駄で無意味』意外の何物でも無かったな。
 買い物行きたきゃ自転車か歩き。あとは電車で全て賄えるし、こっちみたいに『街そのもの』に余裕があるワケじゃねぇから、年中渋滞まみれの大通り以外、極端に道が狭いんだよ。
 そんで結局、使い道なんて無いから、個人で車持ってる人なんて、仕事で使う人か、車が必須な要介護者を抱えた家か、実用無視の馬鹿な見栄っ張りか、純粋な車好きか、あとは……命狙われてるヤクザの親分とか、大企業のVIPくらいか?」
「そ、そんなギュウギュウの中で生活して……おかしくなりません?」
「なんねーために、お互い紳士協定みたいな暗黙の了解が、家族の中でも色々あったんだよ。
 それでも揉める時は揉めるし、下町っ子だから親父もオフクロも、基本、身内には短気で荒っぽいし、よく怒鳴られたり怒られたりしたよ。
 ……あー、ともかくです。その実験、受けましょう。よろしくお願いします」

 巴さんの申し出に、俺は頭を下げて答える。

「よろしいのですか?」
「ええ。正直、兗州虎徹(この刀)を振るうのは、タダでさえハイリスク極まります。そして、だからこそ、これの現時点での性能を正確に理解し、把握する事は重要だと思います。
 ……正直、今まで、愛刀の事を何一つ知らず振るっていた事に、ゾッとすらなりますね。まして『使える道具を捨てよう』なんて。
 だから、お願いします、巴さん。その実験、引き受けさせてください……この刀のためにも、俺のためにも」
「颯太、さん?」
「率直に言わせてもらうとですね……その、ダブるんですよ。この刀の在り方そのものが。俺自身と。
 さっきも言った通り、この刀は、元々は自動車の板バネっていうパーツです。普通に自動車を動かす部品として、ドコにでもある平凡な部品でした。
 それを、刀としての素質を見出して鍛え上げて刃と成して、奇跡や魔法なんて世界で振りまわされて、ついには魔女や魔法少女を斬り伏せる斬魔の刃にまで成った。
 ……でもね、それはこの板バネにとって、本当に幸せな事だったのかな? って。
 これは本来、自動車を動かすためのパーツであって、人を殺したり魔女を退治したり悪い魔法少女を成敗するモノじゃない。道具としての在り方として、本来の役割とは思いっきりハズレてるんじゃないか?
 この刀を握って、己と向かい合うたびに、そう思ってしまうんです。『可哀想な事をしてしまった』と。
 ……無論、道具は道具です。使い道があれば、そう使うべきで、そこに躊躇する必要なんてない。俺はそうやって生きてきたし、そう生き延びてきました。
 ただ、あの時も叫んじゃいましたが……俺の希望は、本当は奇跡も魔法も必要とするほど、ご大層なモンじゃないんです。
 『家族を守りたい』。その一心をもとに、タダの平凡なクソガキだった俺は、無我夢中でこの刀を振りまわしてきて……気がつけば、こんなドブ泥の殺人鬼に成り果てていた。
 それと一緒で、もうこの刀は自動車の板バネになんて戻れません。だからせめて、俺は、この刀を『理解してやる』義務があると思うんです。
 まだ共に歩める可能性があるのなら! 『感傷なんて無駄な残骸では無い』というのなら! 是非、それを証明したい!
 巴さん、よろしくお願いします!」

 そう言って、俺はもう一度。深々と巴さんに、頭を下げた。



[27923] 第四十二話:「……ありがとう、巴さん。今日の御恩は忘れません。本当に、感謝しています」
Name: 闇憑◆27c607b4 ID:cb2385d9
Date: 2011/07/26 10:15
「まずは、基本的な能力を量りましょう。
 暁美さん、申し訳ないですけど沙紀さんを、その……トイレで見てもらってていいですか?」

 そう言って、巴さんは暁美ほむらに話を振る。が……

「いいえ、私も彼の能力に興味があるわ。美樹さやか、よろしく」

 あっさりと馬鹿弟子に丸投げする、暁美ほむら。
 で……

「じょ、冗談言うな、転校生! あたしも弟子として見学希望っ!
 ……そうだ! 師匠にあたしのソウルジェムをもう一度使ってもらって……」
「美樹さん! それじゃ性能試験の意味が無い! お兄ちゃんは私の魔法少年なんだから!」

 えらい剣幕で、沙紀に怒られる。

「あ、あうう……で、でも師匠のテストとか、見逃す手は無いから、やっぱりあたしも見たい!」
「……困りましたわね。誰かが沙紀さんを見ていないと、テストになりませんわ」

 まあ、その場合、妥当なのは……

「そんじゃ、暁美ほむら。頼むわ」
「何故、私が?」
「この中で一番信用が無いから。能力見られたくない被験者の希望」
「……………」

 俺の言葉に、憮然となる暁美ほむら

「間違ってるかい?
 あ、沙紀の体壊したら、流石の俺も『何しでかすか』分かんないからね? この場に鹿目まどかが居る事を、忘れないように。
 ……日ごろの信用って、大切だよね?」
「っ……本当に、あなたは喰えないわ!」
「そらどーも。あんたとはお互いに『信用できない』事が『信頼関係』なんだ。
 ……安い隙なんて、そう見せたか無ぇんだよ」

 俺が、沙紀を傷つけたら、何をしでかすか自分でも分からないように。暁美ほむらも大体一緒だろう。
 確かに、最初に同盟関係を結んだ魔法少女ではあるが、その関係の危うさが全く変化していないのも彼女である。

「ほ、ほむらちゃん、あの……」
「大丈夫よ、まどか。あなたは私が守るから」
「……そう言って、守り切れた試しがあったんかねぇ?」
「っ!!」

 ぼそっ、とつぶやいた言葉に、過剰反応する暁美ほむら。

「何が言いたいの、御剣颯太」
「別にぃ? そのまんまだけど?
 ……お前さんが、『数え切れないほど繰り返した数だけ、その子を見捨ててる』んだろ?
 第一、一度でも『守り切れたんだったら』今更ココに居るワケが無いわなぁ、ってだけの話だ」
「……家族を守るために、家族を殺した人に言われては、立つ瀬が無いわね」

 お互いに、冷笑を浮かべ、睨み合う。
 ……そう、それでこそ、だぜ。暁美ほむら。

「あいにく、俺の家族は俺含めて五人しか居なくて、しかも『やり直し』なんて利かない身なもんでね。
 ……まっ、あんたが見捨てた『鹿目まどか』の数よっか、マシだと思うけど?」
「そうね。家族を守るためにあなたが斬り捨てた『家族も含めた魔法少女の数』と同じくらいかしら?
 それに、やり直しが利かないその割には、あなたは緊張感が薄いように見えるわ」
「俺ぁアンタが張りつめ過ぎて、脇が見えてないように見えるぜ?」
「あなたに言われたくは無いわ」
「そうかい、確かに『そうだった』し、な」

 で、そんな険悪でバリバリな空気の中。

「はいはい、じゃ、行きましょうか暁美さん。はい、お兄ちゃん……頑張ってね」
「おう、沙紀、ナイスタイミング。ようやく兄貴が分かってきたな?
 ……じゃ、沙紀はあんたに預けるぜ」
「っ!?」

 あまりにもアッサリと沙紀を預けた事に、そして、屈託なく了解する沙紀に、戸惑う暁美ほむら。

「お前さんは、さっき俺をにらんだ面構えのほうが、『人格的には』ともかく『能力的には』余程信じられるってモンなのさ……俺からすりゃあ、な。
 だから、『今のアンタならば』俺は安心して沙紀を預けられる、ってワケだ。
 ……どんなハラワタ煮えても、あんだけ舌で返せたんだ。俺程じゃないにしても、キレてもある程度オツムはクールで居られるタイプだろ、あんたは?
 だから、一人じゃ出来もしない事は、お互い、安易に口にしないこった。まして『出来なかった』事を『出来る』と証明したい場合はな……結局『それに臨む態度で示す』以外に、信用を取り戻す手なんて無いのさ」
「っ……得意の御説教?」
「うんにゃ、緩んだタガの締め直し。俺自身含めてね。
 お互いに、『たった一つ守りたいモンを守り通せれば、それでいい』。
 そーいう関係だろ? 俺も……お前も……ヨ。だから、頼むぜ……同盟者。あとはアンタの判断だ」
「っ!! ……本当に、喰えない人!! 信じられない!」
「あっはっは! 褒めてどーすんだ馬鹿が!?
 あんたとは、お互いに『信じられない』ところが『信じられる』関係だ、って最初っから言ってるだろぉがヨ!?」

 と……

「あ、あの、御剣さん、ほむらちゃん? 本当に、二人とも仲がいいの? 悪いの?」
『最悪ですが、何か?』

 鹿目まどかの問いかけに、ハモって答える俺たち。
 それでも、引きつった顔でオロオロする鹿目まどか。
 ……あー、しょうがねぇ。

「お嬢ちゃん、よっく覚えときな?
 世の中、お互いに『こいつとは最悪の関係だ』って認識してる事そのものが、『信用に値する要素になる』って事も、ままあるのさ」
「……はあ?」

 首をかしげる、鹿目まどか。……無理も無い、か。

「分かんねぇか……まあ、そのうち分かるようになるさ。
 アンタは結局、俺やコイツが死のうが生きようが、どっちにしろ最後まで生き延びるられるようなプラン、立ててるんだし」
「そんな!」
「安心しろ! 死ぬにしても『タダ無為に殺されてやる』タマなんざぁ、この場に一人も居やしねぇヨ!
 あんたのダチ含めて、この場にいるのは全員、『自分が自分として生き抜くために、死ぬ覚悟で誰かを生かすつもりで』魔法少女や魔法少年やってる、そんなバカヤロウばっかだ!
 そのために『死ぬ順番すら決めてある』からこそ全員死ぬつもりは無いし、仮に死ぬと分かっても、無駄な特攻なんざ一個もネェしアリエネェ!
 ……俺がさせねぇヨ、そんな事ぁ」
「っ……!」
「だからな、あんたの仕事は、こいつらのために『イイ女』になるこった。
 『どこかの誰かのために、必死になってる人たちが居る』。
 そいつを憶えておいて、いつか、自分を大切にしながら、誰かを救う。奇跡や魔法に縋らず、テメェの足で世間に立つ。
 そんな『人間の女』になってくんな、鹿目まどか。
 少なくとも多分……アンタの親は、そういう育て方をしてきたんじゃねぇのか? アンタ見てると、何と無くそんな気がするんだ」
「っ……はい! 私の……自慢の家族です!」
「そうか! ……うらやましいな。
 今じゃ無くてもいい。いつか、しっかり『自分と家族を』守れるようになれよ、鹿目まどか。人間は両手で持てるもんなんて、そう多かネェぞ?」

 そう言って、彼女の頭を撫でて笑いながら。
 ふと……

「……何となく、どっかで合った気がするな、お前さん」
「え?」
「どこ、だったかな……思いだせねぇけど。夢の中とか、か?
 ま、いいや。そんなわけで、沙紀を頼むぜ、暁美ほむら。
 俺は、いざ修羅場の土壇場で『秘められた力』なんてモンに博打を張るなんて、無謀で無様な真似はしたくない」

 そう言って、沙紀を押しつける。

「……分かったわ、御剣颯太。
 少なくとも、『鹿目まどかが信じる御剣颯太』は、信じてみるわ」
「了解。
 少なくとも、『御剣沙紀が信じる暁美ほむら』は、信じましょう」

 そう言って、沙紀を連れて行く暁美ほむら。
 結局……極端に相性の悪い同士だ。こんな風にでもしなきゃ、どーしょーもねーしな。

 と、

「……でも師匠、あたしのソウルジェムを借りて、沙紀ちゃんを助けに行った時は……」

 要らんツッコミ入れる馬鹿弟子の襟首を、俺はひっつかむ。

「あんな事は二度と御免だっ! ……土壇場の悪運はあるほうだとは思うが、そいつを過信する程、馬鹿じゃねぇんだヨ、俺は!!
 いいか! 『自分は特別だから大丈夫』なんて発想は、死の一本道だ! そーいうお前みたいな大馬鹿モンが、インキュベーターみたいなのに騙されるんだよ!
 テメーの性能も機能も把握しねぇで、『努力』だ『根性』だ『奇跡』だ『魔法』だって、ウサンクセェ精神論『だけ』で安易にコトに挑んだら、ロクな事になりゃしねぇんだよ! そんなのは、俺様目線で、節約だ努力だ根性だって精神論だけ他人に押し付けながら、具体的なプランも予算も出さねーで、目先の数字ばっか追っかけてる馬鹿社長共と一緒だ!」
「……師匠、何かあったの?」
「いや、ちょっと資金洗浄(マネーロンダリング)っつーか、資産運用の時にね……その……うん。お金って人狂わせるよねっつーか……って、お前は知らんでいい!」

 ……いや、ホント。『金持ってるガキ』だと思って舐めてかかってくる『ガキみたいな大人』って最悪だよね……ま、そんなファンタジー描いてる連中は、大体後で痛い目見せるんだけど、痛い目見ても理解できない奴が大半なんだよなぁ……『若造が』『若造が』『若造が』って。しまいにゃ『騙されたー』だの……人を騙そうとしておいて『騙された』も無いもんだ。

 ……人間、年齢(トシ)喰えば『大人のフリの擬態』は上手くなるにしても、本当の意味で『大人になって円くなる』なんてのは、ホント嘘っぱちだよ……いや、ホントに。

 以前、十メートルちょっとの距離を歩きたがらないで『俺を誰だと思っていやがる』とか抜かして、無理矢理一方通行で自分の車を逆走させて迎えに越させた国会議員様とかいて、ネットで話題になったけど、あんなのザラなんだよなぁ……今のオッサンとかオバハンとか。
 無論、全部が全部、そんな人ばっかってワケじゃないが……昔、『オバタリアン』とか『オジタリアン』なんて単語が流行ったらしいけど、正にそのまんま。昔の人は上手い事言ったもんだ。

 むしろ、俺の知る限り、若いけどシッカリした小さな会社や店舗の若社長様や若旦那様か。あるいはもっと年齢がイッた戦争経験したくらいの高齢の社長のほうが、具体的なプランとか態度とか提示してくれる分、尊敬に値する人のほうが多い。少なくとも『敵対しても敬意に値する』人物だったり。態度『だけ』だったら、今のヤクザのほうがマシなんじゃないかな?

 ま、それは兎も角。

「あー、そんじゃ、巴さん、お待たせしました! テストを始めましょうか!」
「はい!」



「それじゃ、まず基本の能力から測っていきましょう。比較をしやすくするために、木刀に魔力を付与する形でお願いします」
「了解!」

 巻き藁よろしく、リボンで作られたポールが幾つか並ぶ、直線コース。
 そこのスタートラインに、俺は腰ダメに木刀を携え、居合いの構えで立つ。

「よーい、どん!」
「ふっ!」

 疾走しながら、まずは片手一刀で目標を『切断』。更に斬り返しての二つ目以降は両手持ちに換えて標的を斬りながら、全力で駆け抜ける。

「……っと、こんなもんか?」
「見たところ、凡そ、高速型の魔法少女と同レベルですね。
 ……というか、木刀ですら私のリボンを……では、次に、兗州虎徹でお願いします」
「了解!」

 スタートラインに戻り、兗州虎徹を腰に差し、居合い抜きに構える。

「よーい、どn」
「ふっ!」

 疾走、抜刀。そして……

「ゴール! っと……こんなんで、どうでしょうか? うん、やっぱ兗州虎徹(こいつ)握ってると、体感的なキレが全然違うな」
「……颯太さん、率直に言わせてください。『体感的なキレ』云々どころではありません!
 改めて確信しました。……こんなのどんな魔法少女だって追いつけるワケが無い。しかも、単純な身体速度というよりも、反射速度そのものまで上がってるように思えます。
 ……銃弾だって斬ってのけるワケだわ……」
「……そんなモンですかね?」

 と……言われても、本人、自覚が無いのですが。
 まあ、差し当たって……

「『また、世界を縮めてしまった……』なんちゃって」
「?」
「分かんなきゃイイです。ネタですから」

 ……いや、好きなんだけどね、あの人。暑苦しいから身近にいて欲しくは無いが、カッコイイのは事実だし。

 と、

「師匠ー、すいませーん、もう一回お願いします! 全然、太刀筋が見えませんでしたー!」
「却下。見世物じゃねぇんだぞ!
 ……ああ、そうだ、巴さん。もう一回、コース作っちゃくれませんか?」

 馬鹿弟子の寝言を聞いて、ふと思い出す。

「ええ、元よりそのつもりですが……何を?」
「あの馬鹿が、どれだけ俺の太刀筋をマスター出来たのか、知りたい。
 いっくら『体感』を直接会得しているからって、一度じゃマスター出来るモンとも思えないんです。もしかしたら、間違って憶えちまうかも知れん。
 ……リスキーですが、最悪、何度か同じ事をやる事になるかもしれない」

 そう言うと、巴さんが微笑んだ。

「一度しかやらないんじゃないですか?」
「そう言わんと真剣にならんでしょ? あの手合いは。
 ……まあ、二回目以降、罰ゲームとして『沙紀の手料理』喰ってもらうくらいは覚悟してもらうかな?」
「殺す気ですか!?」
「死ぬ目に遭わなきゃ、真剣にならんでしょ? なーに、『癒しの祈り』持ってるし大丈夫大丈夫。
 最終的に『死ななきゃイイ』んだしね……『Welcome to the Hell.cherry ass !!』ってなモンです」
「……………………」

 心なしか、巴さんの笑顔が引きつっていたが、正味それは知ったこっちゃ無い。
 何しろ、こちとら、いつ戦死するかもしれん明日を控えて、他人をシゴくなどという無謀な事を頼まれたのだ。そして教える以上、手加減なんて出来るわけがない。

「あー、とりあえず馬鹿弟子よ。さっきのアレで、どんだけマスター出来たかが知りたい。
 お前なりに、やってみろ!」
「はいっ!」

 そう言って、馬鹿弟子は腰ダメに居合いの構えをとる。
 ……アホが。片手一刀で巻きワラ斬るのは、パワーじゃなくて斬り込む角度とタイミング、ぶっちゃけスキルの問題だ。恐らく、俺の真似であんな構えを取ったんだろうが、刃が喰い込んで刀身が折れるか吹っ飛ぶか……ま、いっか。失敗して泣きを見るのも、訓練の内だ。

「よーい、どん!」
「っ?」

 素人丸出しの今までより、ずっと安定した『走り方』。そして抜刀……って、ちょっと待てぇい!
 見事に『切断された』巴マミのリボンのポール。そこから両手に持ちかえての斬り返し、そして……

「ゴール! ……って、ダメだなぁ……やっぱ、師匠より全然遅いや」
「おい、馬鹿弟子、一個だけ聞く。
 ……俺は『居合い』なんて、あの時見せちゃいないが、どうやって憶えた?」
「え!? やってたじゃないですか、師匠。斜太チカの時に……アレでしょ? 最初にやってたの?」
「っ……!? お前、アレを『憶えた』ってぇのか!? 基本も、何もかもスッ飛ばして!?」
「基本、って……基本は『さっき見せてくれた』じゃないですか、師匠が」
「っ!!」

 絶句。
 もうそれ以外ない。

 ……冗談じゃネェ……こいつは、『とびっきりの無色の原石』だ。
 魔法少女としての素質は兎も角、『剣士として』の素質は、空恐ろしいレベルで持ち合せていやがる。
 こいつは……どこまで伸びる素材なんだか、底が知れねぇ!

「巴さん、悪ぃ。
 ……コイツは、俺の手に負いかねるかもしれねぇ……」
「颯太、さん?」
「魔力的な部分はともかく、『剣士としての素質』は底が知れねぇ……っつうか、おい、歩法はどうやってマスターした!?」
「歩法?」
「走り方! あと足さばき!」
「え? えっと……師匠が剣を振ってくれた時の足の動きをもとに、考えながらこう……何となく?」

 頭痛がした。幾ら魔法少女だからって、デタラメにも程がある。
 ……こんなの絶対おかしいよ。

「……おい、美樹さやか。冗談抜きの真剣に、俺はお前を破門にすべきかと思ってる」
「え? ちょっ……あっ、あたし、何か悪い所ありましたか!?」
「違う、逆だ! ……俺ん手にゃ負えんかもしれん……」
「は?」
「ちゃんとした師匠のもとにつけ!
 ……何も好きこのんで、殺人剣の師を仰ぐ必要は無ぇヨ、おめーは。紹介状なら書いてやる、だから……あれ?」

 おい、待てヨ? なんか、昔、俺も師匠と似たようなやり取り、したよー……な?
 ……あの時、確か、俺は……

「絶対やだ! あたしにとって、師匠はあんただ!」
「っ!!」

 頭痛がした。眩暈もする。
 ……何から、何まで……お前は俺か? 俺なのか!?
 っつーか、嫌だーっ! 俺はココまで馬鹿じゃなかったぞーっ!!

「どんな運命トレースしてんだよ……っていうか、フラグか? 死亡フラグなのか、これ?」
「……何がですか?」
「何でもネェ! ……いいか? 憎くて言ってんじゃねぇ、お前は、俺の殺人剣に染まるべきじゃねぇから、言ってんだ!
 ああ、認めてやるよ! お前はな、飛びっきりの『原石』だ。どんなカットも出来て輝けるからこそ、俺の流儀でぶち壊しにする事ぁ無ぇって言ってンだ!」
「っ……ほん、とう?」
「ああ、そうだよ! だから、今すぐ『御剣流』の切り紙でも目録でも免許皆伝でもくれてやる! とっとと俺の手から離れて出て、真っ当な師匠の下につけ! それがお前のためだ!」

 嬉しそうに目を輝かせ……言葉に詰まったまま、下を向く美樹さやか。
 だが……

「じゃあ……じゃあ、一つ聞くけど! 魔女や魔法少女相手にしてきた剣術なんて、そこらの道場でおしえてくれるの!?
 あたしが憶えたいのは、佐倉杏子みたいな奴相手に、実戦で闘える剣なんだよ!」

 ……そこらの道場で、師匠以上に実戦を闘える剣術なんて、教えてくれるのかよ……

 あの頃の、馬鹿な俺の言葉が、今の自分に突き刺さる。
 何なんだヨ、こいつは……本当に、何なんだ!?

「どうして……どうしてコイツは……この馬鹿は……イチイチ、俺の運命トレースするような事を言いやがるっ!!
 ……分かんネェのか、テメェはぁっ! 俺の剣筋トレースしたら、俺の運命までトレースしちまうぞ!」
「あたしの運命は魔女化だよ! 師匠の辿ってきた運命とは違う! あたしは……あたしは師匠とは違う!」
「っ!!」

 さらに……

「もし、無理矢理他所の道場に預けるなんてしてみろ! 三日で全部マスターして、魔法少女の力使ってカンバンブチ折って、師匠に責任押し付けてやる!」
「なっ!?」
「天才なんだろ、あたしは!? だったら、そうしてやる! 師匠があたしを弟子と認めてくれるまで、ずっとそうしてやる!」

 眩暈がした。
 ……流石に、俺はココまで言った憶えは、無い! ここまでのウルトラ馬鹿だとは、思わなかった!

「えっ、エラいモン預かっちまった……昔の俺より、よっぽど……」
「よっぽど、才能がある?」
「頭のネジが外れた馬鹿だっつってんだ! この⑨女!」
「バカだバカだって、師匠のほうこそ大馬鹿じゃないか!」
「俺の上を逝く、ウルトラ馬鹿だっつってんだ、この馬鹿女!
 ……第一、俺は、魔法少女相手ならともかく、魔女相手にゃ借り物の力でしか戦いようが無ねぇ、小悪党だ!
 分かるか!? 俺の力なんて、そんなモンなんだよ!」

 と……

「違う! 師匠は間違ってる!
 師匠の『力』は借り物かもしれないけど、あの時教えてくれた師匠の『正義』は、絶対借り物なんかじゃない!!
 だからあたしは、あんたについていくんだ!」
「バカヤロウ! そんなのとっくに犬に食わせちまったよ!」
「嘘だっ! あたしは信じない! あんたは、今でも本当は『正義の味方』なんだ! ただ、『正義』の重さを誰よりも知り尽くして、名乗れなくなってるだけなんだ!」
「っ……何、知った風な口、聞いてやがる、この馬鹿が!」
「ああ、馬鹿だから分からないよ!! だから教えてよ、示してよ! 『正義』なんて言葉に出来ないなら、行動と態度で示してくれれば、それでいいよ!」
「だから、知った風な口利いてんじゃネェ、こん馬鹿がっ!
 ……仮に、俺が今でも『正義』だっつーなら、テメェに俺の何が分かるんだよ! あ!? 馬鹿なテメェ自身の事も理解出来てねぇクセに、偉そうに吐いてんじゃねぇ!」
「分かるよ! 自分自身の事くらい、分かんないほど馬鹿じゃないよ!」

 ……お?

「ほう、そうか? じゃあ、言ってみろ?
 お前が自分自身を『馬鹿じゃない』って言うなら……お前自身に『何が足りてないか』くらい、全部理解できてるんだろうな?」
「っ!?」
「そいつすら理解出来ねぇで、俺を理解しようってか? ちゃんちゃらオカシイぜ、美樹さやか。
 ……破門だ、テメェは。巴さん、コイツを頼むわ……俺には負えん」

 と……

「待った、師匠!」
「あ゛?」
「……それに答えられたら、あたしをちゃんと、弟子として認めてくれる?」
「あーあ、構わねぇヨ? お前は隙だらけだ。むしろ、穴無いトコ探すほうが難しいぜ?」

 引きつった表情。
 それでも、『何か』を確信したかのように、美樹さやかは高らかに宣言。
 そして……

「じゃあ、答えるよ……あたしに足りないモノ。
 それは……それは! 情熱思想理念頭脳気品優雅さ勤勉さ! そして何よりも! 速さが足りない!!」

 ぶっ!!
 ラディカル・グッド・スピー○で、一気にまくしたてる馬鹿弟子様。
 ……っつーか、ドコで憶えた、そん台詞!?

「おっ、おま、それ……」
「えへへ、やっぱり師匠の事だから、知ってると思った。
 それに、言葉は借り物でも、あってるでしょう!? 師匠の力だって借り物なんだし、これでおあいこだよ!」

 馬鹿だ……もう、馬鹿過ぎて……コイツ、どうしていいのか分からん。
 巴さんなんて、ついていけなくてポカーンってしてるし。

「……なんというか、こう……もう、馬鹿すぎてツッコミどころが」
「ちっちっち、師匠。
 こういう時は、師匠的に、こー言うべきじゃないの? 『俺より速く動くつもりかい、お嬢ちゃん?』って」
「人を『文化的な兄貴』にしてんじゃねぇヨ!!」

 なんというか、もう……肩の力が抜けちまった。

「好きにしろよ……まったく、本気で負えネェヨ、おめぇは。この馬鹿弟子は……」

 と……

「颯太さん。今……ご自分の力を、『全てが借り物』とおっしゃいましたわね?」

 巴さんが、真剣な目で俺を見る。

「ああ、そうだよ? 何か、間違ってるか?」
「間違ってるかもしれません」
「あ!?」

 そう言うと、巴さんが、もう一回、コースを作る。

「最後のテストです、颯太さん。
 沙紀ちゃんのソウルジェムを外して、『兗州虎徹のみ』で、お願いします。
 この刀を、『ご自身のソウルジェムだと思って』使ってみてください」
「!?」

 絶句する。
 確かに……そんな無茶苦茶な事、今まで試した事も無い。だが……

「何の、意味が?」
「颯太さんの、強さの秘密を証明するためです。
 『おそらくは……』という仮説はあります。ですので、証明のために、お願いします」
「……ん、分かった」

 おおよそ、実戦では試す事の無い話。だが、これは『テスト』なのだ。
 ならば、挑む意味は、ある。

 スタートラインに立ち、俺は目をつぶり、兗州虎徹そのものに意識を集中する。

(……なあ、今まで、俺は、兗州虎徹(おまえ)を、全く分かってやれなかった。何も知らないまま、捨てようとしていた。
 そんな馬鹿な俺でも……兗州虎徹(おまえ)にもし『魂が在る』というのなら、俺に……答えてくれるか?)

 ふと……曰く言い難い感覚。

 確かにある。なのに視野も視界も感覚も認識も、何一つ変わらない。だというのに『変わっている』のが理解できる。
 言うならば……あるのが当たり前すぎるモノを、改めて認識したというような……そんな些細な感触。

「よーい、どん!」
「ふっ!」

 疾走、抜刀! あまりにも、ごく自然に、いつもどおりに、体が動く。
 そして……

「やっぱり……強いワケよ。速いワケよ。
 颯太さん。今の颯太さんは、『高速型の魔法少女』並みの速さが出ていました!」
「っ!?」

 予想だにしない結果に、俺は絶句する。

「颯太さん。あなたが兗州虎徹を振るう時は、ソウルジェム二個分の魔力全てを『速さ』につぎ込んで、闘っていた状態だったんです! 知らずのうちに!
 例えるなら……普通の魔法少女にとってソウルジェムというエンジンが一個なのに対し、颯太さんは『兗州虎徹』という予備エンジンを搭載しているようなモノです!」
「ハイブリッド・カーみたいなモノか!?」
「ええ。
 勿論、颯太さん自身がそれを自覚していない以上、颯太さんの兗州虎徹とソウルジェムとの相性によっては、魔力が相殺し合ってしまうのかもしれない。むしろ、その可能性が高いと私は見ています」
「つまり……100%+100%=200%、ってワケじゃない、って事か!?」
「ええ、相性によって、借りうけるソウルジェムの側か兗州虎徹の側か、どちらかの魔力が相殺されて……150%とか、そんな感じになってしまうのではないでしょうか? それでも、全てを『速さ』に振り込めば、相当な速度が出るハズです!」

 そう言う巴さんだが、腑に落ちない事がある。

「じゃあ、攻撃力のほうはどうなるんだ? こいつで斬られた魔法少女が、極端に苦しむ理由は?」
「それについても、私のリボンが斬られた感触から『ある程度の推論』はあります。
 というか『もしそうだとしたら』、100%+100%に成り得なかった理由も分かるし、他の魔法少女や颯太さん自身も自覚が無かった理由も分かる。……むしろ『兗州虎徹と併用出来た』、沙紀ちゃんや、美樹さんのほうが『奇跡』なんです。
 恐らくは、その刀の性質上……というより、『颯太さんの『祈り』の内容』が、密接に関わって来るのでしょうが……颯太さん自身に、もう『最初の祈り』の自覚が無い以上、『証明』と『仮説』のモノになっていくと思います。それでもよろしいですか?」
「っ……ああ、構わない。
 そもそも俺は、武器の機能と祈りが直結するなんざぁ、ハナッから考えちゃいなかったし、他人に指摘されなきゃ俺はコイツの本当の価値を、理解なんざ出来なかったからな」

 改めて、自分が自覚せずに振るっていた能力の恐ろしさに、戦慄する。
 だが、驚くのは、そこから先だった。

「では、颯太さん……颯太さんの、剣の腕を信じます。『私が撃ったマスケットの弾を、斬って』ください!」
『っ!?』

 絶句する俺と馬鹿弟子。

「なっ、なんの証明になるっていうんですか! それが!?」
「重要な事です。そして、それが恐らく、斬魔刀たる兗州虎徹最大の秘密を証明する、唯一の手段です!」

 真剣な目で迫る巴さんに、俺はうなずいた。

「OK、分かりました。ですが、その……斜太チカの時は、相手を消耗させてから、という条件でした。
 ですが、今の巴さんはベストに近い状態だ。出来るかどうかは正直……」
「ええ、ですので、狙う場所の指定を、おねがいします。
 ……何度も言いますが、颯太さんの『脆さ』は、承知しているつもりです。
 おそらく、すぐに防御力に割り振った闘い方をしろと言われても不可能でしょうし、ソウルジェムを二個扱うなんて芸当、誰もやった事はありませんから、それが可能かどうかすらも分かりません。
 それでも、おそらくは、颯太さんの……兗州虎徹の本当の能力を証明する手段は、私には『これしか思いつきませんでした』」
「っ……分かりました。
 俺は、この刀の事を知る、義務がある。だから……引き受けましょう!」



 広場で、巴さんと向かい合う。
 実際に殺し合うワケではない。
 それでも……エース・オブ・エースが向こうに回っている、という恐怖感は、如何ともしがたい。
 俺は、魔法少女相手の闘いを、知りぬいている。そして、巴マミがどれだけの手錬か、それも知っている。
 だからこそ……

「巴さん。狙う場所は……眉間でおねがいします!」
「颯太さん!?」
「唐竹割りの一閃。
 俺が一番、修練を積んできた、一撃でなければ……多分、無理だ」
「っ……分かりました」

 沙紀のソウルジェムから、魔力を引き出し、変身。更に、兗州虎徹からも……難しいが、何とか引き出してみる。
 極限までの集中を。速く、早く、迅く!
 普段はやらないような、剣を上段に構え、俺は深く息を吸い、吐きだす。

「いきます!」
「おう!」

 遥か離れた、巴さんのマスケットのライフルリングが見える。火ぶたに落ちるフリントロックの撃鉄……瞬間、全てがスローに変わる。
 巴さんのマスケットの弾……リボンを丸めて凝縮したような、その『リボンの筋までもが』ハッキリと見える。

 ……遅い……

 こんなもんなのか? 巴さんのマスケットの一撃というのは? そんなハズはあるまい。
 当初の予想に比して、あっさりと一閃。俺は巴さんの銃弾を『斬って捨てた』。

「っ……颯太……さん?」
「巴さん、手加減してくれたのか……ありがたい。
 で、これが何の証明に繋がるんです?」

 首をかしげる俺に、巴さんが完全に絶句していた。

「っ!!
 ……え、ええ……証明が先ですね。今撃った弾の正体……もういちど、撃ってみせますね」

 そう言って、巴さんが撃ってみせると……木の根元に着弾した弾から、するするとリボンが生えて木に巻きついていった。

「っ!?」
「『着弾と同時に相手を拘束する』……今、撃った弾は『そういう弾』だったんです。
 でも、颯太さんの『魔力の無い剣に当たった』というのに、まるで『無効化』されてしまったかのように、弾は斬り捨てられてしまった」
「ちょ、ちょっと待ってください! 単に不発だった、って事は!?」
「それは考えにくいです。
 そして、颯太さんの刀の能力。そして込められた祈りの意味。
 それは……物凄い矛盾しているのですが、『奇跡や魔法の存在そのものを否定する』祈りだったのではないですか!?
 『こんな事はあるわけがない』『こんなモノは存在しない』『奇跡も、魔法もありはしない』……そして『奇跡や魔法から誰かを守る』ために、『最速で敵を斬り伏せる』……おそらくは、そのあたりではないかと。
 だから、『これは魔法だ』と証明する魔力そのものが、検知出来なかった……その上、最速で敵を斬り伏せてしまう上に使う回数も少ないモノだから、誰も気付けなかったんです」
「っ!!」

 指摘されて、俺は初めて自覚した。
 ……そうだ。最初、姉さんが、あんな狂った大金を手にした時から。俺も、沙紀も、非現実的な世界の中で生きてきた。

 でも、心の中で、ずっと叫び続けていた。

 『これは違う』『これは本当の世界じゃない』『祈りだの魔法だので、世界がここまで歪むなんて、間違ってる』と……

 だから、それを証明するように。
 俺は、そういう戦い方をしてきたし、そういう生き方をしてきた。
 極端に言うなら……奇跡も魔法も信じちゃいなかった。
 それが存在するとするのならば、それは単純な『力』であり『現象』としか見てこなかった。
 だから……

「斬魔刀・兗州虎徹……またの名を『奇跡殺し(イマジン・スレイヤー)』か……
 でも、すんません、巴さん。
 多分……ですが、防御に割り振った闘い方、俺、絶対出来ない気がするんです」
「え?」
「傷、ですよ。
 俺の体は、無数の傷で成り立ってます。その傷を無視した闘い方に、兗州虎徹(こいつ)が答えてくれるとは、どうしても思えないんです。それは、俺の中のリアルを否定する事になっちまう。
 もし、この刀が『俺が俺のまま生きろ』って肯定してくれるのならば、今までの生き方を、俺は無視する事が出来るわけがない。
 殺してきてしまった魔法少女たちの、罪も咎も背負って、前に進む覚悟をキメなければ……俺は、この刀を振るう資格は、無いと思うんです」
「分かりました。元々、謎の多い力です。颯太さんの直感に賭けたほうがいいでしょう」
「ええ。それに……良かった。
 俺が、俺の力で魔女や魔法少女と闘えるのなら、わざわざ、沙紀のソウルジェムを借り無くて済む。
 ……ありがとう、巴さん。今日の御恩は忘れません。本当に、感謝しています」

 そう言って、俺は巴さんの手をとり、頭を下げた。



[27923] 第四十三話:「お兄ちゃんひとりだけで闘うなんて、そんなの不可能に決まってるじゃないの」
Name: 闇憑◆27c607b4 ID:cb2385d9
Date: 2011/07/25 23:58
「お兄ちゃん。お兄ちゃんは今、重大なミスを幾つも犯してるよ。
 お兄ちゃんひとりだけで闘うなんて、そんなの不可能に決まってるじゃないの」

 テストが終わり、沙紀がもどってきて開口一番。
 俺にいきなり言ってのけたのは、それだった。

「お、おい、沙紀? ……なんでだよ? 俺の刀がすげぇ力持ってたんだぞ?
 こいつがあれば……」
「っ……はぁ……ホントに、自分の事が見えてないんだから」

 深々と溜息をつく沙紀。

「まず第一に、魔女をどうやって見つけるのよ?」
「あ……」

 指摘されて、絶句。
 確かに、サーチ&デストロイにしても、サーチの部分で躓いてます。
 さらに、

「次に、そんな接近戦専用のリスキーな武器『だけ』で、魔女や魔法少女と戦い抜くつもり? 斜太チカの時みたいに!?」
「ぐっ、そっ、それはもう、魔法少女全てが背負ってる……」
「他の魔法少女は、多かれ少なかれ自己修復なり防御系の能力、持ってるよ? 特に接近戦型の魔法少女は高速型であろうが、それをフォローする手段がある。
 お兄ちゃんのソレは、完全な攻撃一辺倒なくせに回復能力ゼロなんだから、一回二回ならともかく……ううん、その一回二回で、死亡とか有り得るんだよ?」

 ぐは、反論できません。

「もう一つ。お兄ちゃんは『自分を簡単に捨て過ぎる』。自分を『道具だ』と割り切り過ぎなのよ。
 ……今までの戦い方見てると、お兄ちゃん『だけ』だったら、特攻とか普通にしてたような場面、結構あったよ?
 『私を背負って一緒に闘ってる』っていう自覚が、土壇場ギリギリの勝機を見出していたように思うの」
「っ………」

 否定、できません……

「さらに言うけど、その刀が、お兄ちゃんのソウルジェム……ううん、『擬似ソウルジェム』だとして。
 『グリーフシードで浄化すれば元通りになる』ってモノなの? その、奇跡や魔法を消す力は、無限に使えるモノなの?
 魔法少女の魔法だって有限なモノなのに、そう都合よく『無限に魔力を消去できる』魔力を持つなんて、私にはとても思えない。
 絶対に、回数制限とかそういうのがあると思うけど、『それを測る基準値が全く見えない』のは、問題だと思う。さらに、その回数制限を増やす手段も分かって無い。
 色々な意味で、兗州虎徹『だけ』に頼るのは、物凄く不安定なんだよ」
「あう……」

 最早、反論不可能でございます。

「ついでに言うよ? 一度二度ならともかく、街中で日本刀持ってウロウロし続けていたら、いくら許可証持ってるお兄ちゃんでも警察に捕まっちゃうよ?」
「………………………」

 ずどーん。
 ……どーやら、俺個人だけで闘うにしても、問題山積なよーである。

「あとこれは私、御剣沙紀、個人の視点。
 どっちにしろ、お兄ちゃんが居ないと私は生きて行けない。だったら、私がソウルジェムを貸す事で、少しでもお兄ちゃんの『死』を回避しようとするのは、当然の話でしょう?
 ついでに、『お兄ちゃん自身には』魔女と戦う理由も、魔法少女の世界に首を突っ込む理由も無い! あくまで『私のために』『自分の意思で』闘ってくれてるわけでしょ? ……その事については感謝してもし切れないけど、だからといって、一人で特攻なんかされたって、ちっとも嬉しくなんて無い!!
 ……逆に聞くよ、お兄ちゃん? いつかは真面目に聞かなきゃって思ってたんだけど……『もし私がどうしようもなくなって魔女に特攻して、自分一人残されたら?』
 そう考えた事、一度でもあるの!? 真剣に! 真面目に!! 私がどんな気持ちで『お兄ちゃんの闘いを見ていたか』分かる!? だから私、今までお兄ちゃんに、何も言えなかったんだよ!?」
「っ!!!」

 絶句する。
 背筋が凍った。
 ……馬鹿だ、俺は……こんな簡単な事も、指摘されなきゃ分からんかったのか?

「『未知の力』だっていうのに、『闘える』ってだけで踊り過ぎ。
 そんなんじゃ『感情も分からないくせに、感情をエネルギー源にしよう』なんて思いついた、どっかの誰かさんと一緒だよ?
 能力や性能を知る事は大切だけど、それに踊らされちゃ何の意味も無いでしょ!?
 そんなの全然お兄ちゃんらしくない!」

 最早、返す言葉もありません。

「私もそうだけどさ……人間は、自分の事なんて、ぜんぜん分かんないんだよ。
 岡目八目って言葉があるけど、誰かが一歩退いて指摘してあげないと、間違ったまま突っ走っちゃう。
 特に、お兄ちゃんや美樹さんみたいなタイプは」
「いや、これと一緒にしないで欲しいなぁ……」
「一緒だよ。美樹さん見てると、昔のお兄ちゃん見てるみたいだもん。
 いきなり助けられたからって、胡散臭いオッサンに弟子入りしようとしたりとか、そのまんまじゃない!」

 ぐはぁ!! そ、そ、それはぁぁぁぁぁ!!

「ぶーっ! 沙紀! しーっ、しーっ!!」
「本質的に、物凄く似てるんだよ、美樹さんとお兄ちゃんって……だから、多分、ソウルジェムの相性も良かったんだよ。
 ただ、お兄ちゃんのほうは、色々経験し過ぎてひん曲がっちゃってるだけで」
「一緒にしないで……オネガイ」
「認めたくないものよね、若さゆえの過去の過ちって」

 どっかの赤い彗星とか赤コートの人のよーな事を言い放つ、沙紀。

「美樹さん、そういうわけで、しっかりお兄ちゃんに『弟子として』付きまとってあげてください!
 ネジネジ曲がっちゃったベテランの根性を、真っ直ぐに叩き直すには『過去の自分』を見せつけてやるのが一番だって、どっかの苦労性の余りに総若白髪になっちゃった赤コートの英霊様が、『身を持って』証明しています!」
「らじゃー!」

 頭痛がした。
 もう、なんというか……

「あ、っていうか、沙紀ちゃん。その、師匠が弟子入りしたっていう……師匠の師匠って、どんな人だったの?」
「んー、言うなれば……『今のお兄ちゃんを4倍濃縮した』ような性格と実力と性根の持ち主?」
「OK、何となくわかった気がする」

 さらに、沙紀と馬鹿弟子のやり取りに、俺は絶叫した。

「ちょっと待てぇぇぇぇぇ! 俺はあそこまで無茶苦茶じゃねぇぞ!
 クリスマスイブに、サンタの格好でヤクザの事務所にダイナマイト放り込んだりとか、するわけねぇだろ!」

 って……なんだよ……おい。みんなして、何見てるんだよ。

「……あたし、なんか師匠についてった自分の末路を、垣間見ちゃった気がするなぁ……魔女化とかとは別の意味で。
 きっと、誰にも理解されないで、無限の荒野に剣とかいっぱい並んでたりとかするんじゃないかなー」
「そうね、颯太さんなら、そのくらいやりかねないわ」
「同感」
「あ、あうう……その……」

 鹿目まどかまで、否定の言葉を発してくれない。

「お、お前ら……俺を、どういう目で見てるんだよ……」

「ん? 無軌道シスコン兄貴特攻型」、と沙紀。
「煮ても焼いても殺しても喰えない男」、と、暁美ほむら。
「高校一年にして、親父で、兄貴で、師匠な、魔法少女の『メシ使い』」と、馬鹿弟子。
「その、とてもいい人だと思うんだけど……同時に『すごく厳しい人』だな、って思います。自分にも、他人にも」と、鹿目まどか。

 ……なんというか。鹿目まどか以外、フォローのしようがないくせに、妙に的確な評価。
 と……

「と、巴さん!? 巴さんは!?」
「えっ、えっと……ご、ごめんなさい、ノーコメント」

 ガーン!

「こ、コメント不能な程ッスか……そうッスか……」
「あ、あの、颯太、さん!?」
「いえ、浮かれて足元が甘かったのは事実です。
 ……そうですよね、魔法少年は魔法少女の相棒(マスコット)ですもんね……」
「い、いえ、そうではなくて……」
「分をわきまえる、ってのは重要ですよ。下手な夢見て死ぬよっかマシだ。
 ……そうだな、沙紀が居てくれたから、俺は今まで生きてこれたんだ。それは忘れちゃいけない事だ。
 俺、どうかしてました。ありがとうございます、巴さん! ……いえ、皆さん!」

 そう言って、全員に頭を下げる。

 そうだ。慢心して生きて行けるほど、世の中甘く無い。
 ……巴さんだから、ある程度優しいが、師匠が聞いたら鼻で笑われてフルボッコの地獄に落とされてる所だった。

「ね、だから美樹さん、言った通りでしょ? 『私が一番、お兄ちゃんを上手く扱えるんだから』って♪」
「おみそれしました、沙紀師匠」
「って……だから人をガンダ○にしてんじゃねぇよ!」
「白くないけど、大体、悪魔じゃん……」
「同感」
「やかましい!!」

 二人の脳天に、拳骨を落とし、俺は絶叫した。



「……巴さん、味噌、取ってくれますか」
「はい」

 キッチンに立ちながら、料理を作る。

 あの後、暁美ほむらの奴に、ひととおり買ってきた銃器の中で、奴の扱い方の分からない、手持ち式にした重機関銃やガトリング砲その他諸々をレクチャーした後(流石にぶっ放したらヤバいので、本番までに自分で何とかしろ、と忠告)。
 『どこでメシを食うか』という話になった結果、何故か全員一致で『俺の飯が食いたい』という話になった。

 で、『魔法少女の殺し屋』のお家のリビングに、勢揃いする欠食児童……もとい、魔法少女共+1。

 ……どうしてこうなった?

 まあいい。
 流石に、この大人数相手なので、手伝いを名乗り出てくれた巴さんに色々手伝ってもらいながら、俺は必至になって料理を作っていた。
 とりあえず、今夜のメニューは、じぶ煮と、こんにゃくと油揚げの白和え、根深汁(ネギの味噌汁)、ご飯。デザートに作っておいた和菓子……といいたいが、あいにくバタバタ続きで弾切れなので、白玉を作って代用だ。

 ……いかんな、趣味の腕を錆つかせちゃダメだろ、俺……

「……巴さん、味醂、取ってもらえますか」
「はい」

 と……

「……なんだ、沙紀?」

 何か言いたげな目で俺を見て来る沙紀に、問いかける。

「い、いや……お兄ちゃんが、キッチンに『誰かを入れて料理してる』姿なんて、初めて見たなー、って。
 なんていうか……我が家の『聖域』じゃん、お兄ちゃんにとってキッチンって」
「お前がマトモに料理出来りゃ、助手にしてるよ、タコ! もー手に負えないから追い出してんだ!
 おう、馬鹿弟子、よーっく憶えておけ。俺の剣の道を極めたければ、まずは料理が出来んと話にならんぞ?」
「剣と料理と、何の関係があるんですか?」
「料理は人間が人間として生きる、全ての基本だ。
 喰わなきゃ生きて行けんのが人間の業ならば、偽善だろうが何だろうが、せめて喰いモンを粗末にしないためにも『可能な限り美味しく料理して、犠牲になった命に感謝しながら頂戴する』のが人の道ってモンだ。それも出来ねーで、目先にぶら下げられた喰いもんにガッつくだけじゃ、餓鬼畜生と変わらんよ。
 炊事洗濯道を馬鹿にする奴に『御剣流』の継承資格は無いと思え」

 そう言って、根深汁の入った鍋の火を切る。……これ以上煮込むと、ぶつ切りにしたネギから、苦みが出てしまう。

「……なんか、師匠がマトモな事言うと、違和感があるなぁ……」
「お前の尊敬する巴さんは、見ての通り、ちゃんと料理が出来るぜ」
「うっ……」

 言葉に詰まる馬鹿弟子。と……

「大丈夫だよ。
 お兄ちゃんが料理出来るのって、小学生の頃から、池波○太郎の時代劇小説読んでた影響だから。
 正確には、そのドラマから入ったんだけど。『火付盗賊改方、長谷○平蔵である!』とか、中村吉右○門の真似でよく時代劇ごっこしてたよ? だから、レパートリーが和食系に偏ってるんだよ」
「……そうなの?」
「沙紀、五月蠅ぇぞ」

 じぶ煮もほぼ完成。白和えも出来た奴を冷蔵庫で冷やしてある。
 後は……

「ありがとうございます、巴さん。後は俺がやりますんで」
「え、でも?」
「デザートは白玉です。……ここんトコのバタバタで、和菓子のストックが切れちまったんでね。
 とりあえず、出来た奴を器に盛って、卓に並べておいて貰えますか? 食器はあそこ。盛りつけのセンスはお任せします」
「なるほど。では、デザートはお任せします」

 白玉粉に少しずつ水を加えながら、耳たぶの固さまで練った後、熱湯に入れ、浮いてきたのを氷水に次々放り込んで冷蔵庫に投入(ちなみに、手を水につけて丸めるとグチャグチャになるので注意)。
 ……後は食後のお楽しみだ。

「颯太さん、出来ましたよ」
「おう、美味そうだ……馬鹿弟子、なにつまみ食いしてる」
「え、食べてないよ?」
「……口元に白和えの汁がついてんぞ」

 慌てる馬鹿弟子の脳天を、軽く小突く。

「あー、そんじゃ、『いただきます』」
『いただきます』

 手を合わせ、全員が料理に口をつけた瞬間……無言でモリモリと喰い始める。
 そして……

「師匠、お代わり!」
「あ、私も」
「……おかわり」
「お代わりおねがいします」

 ……もりもりもりもり、もっきゅもっきゅもっきゅもっきゅ。

「……ま、いいけどヨ。デザート分の腹具合くらい、残しておけ」

 三杯目の御茶碗も、そっと出す気ゼロな、魔法少女共+1の飯をよそいながら。
 あまりの食いっぷり(特に馬鹿弟子)を見て『カロリー計算とか魔法少女に必要なのかな?』とか、謎な事を、俺は漠然と考え始めていた。
 ……ま、成長期だし、いっか。



「……おお」

 水を切った白玉を底の浅いグラスに入れ、サイダーをかけるという、シンプルなデザートを振る舞う。

「アンコとか使わないんですね」
「あいにくアンコが切れててな。こんなのしか作れん」
「切れてる、って……」
「小豆から自分で作らないと、市販の奴は甘ったるいし泥臭いから好かん。イイのがあったら教えてくれ」

 そう言うと、俺は自分の分の白玉に、素直に和三盆の砂糖をかける。

「し、師匠は……砂糖のみ!?」
「ん? ……下手な小細工するよりも、材料がイイからな。これで十分美味い」

 絡めたあと、竹楊枝で突き刺して口に運びつつ、冷やした麦茶と流しこむ。

 と、

「……颯太さん、もし、余ってらしたら、それ、味見させて頂けませんか?」
「こんなシンプルなのでいいのか? 俺の分、喰って構わねぇぞ」

 そう言って、巴さんに、別の竹楊枝……が、切れたので、フォークを持ってきた後に、別のコップで麦茶を入れてやる。

「ほれ」
「頂戴します」

 そう言って、口に運び……何か、敗北感に打ちひしがれたような表情になる、巴さん。

「……口に合わないか?」
「いえ、その……何でもありません。はい」
「っていうか、何で美味しいの? 砂糖だけなのに!」

 横からヒョイパクと、つまむ馬鹿弟子。

「そりゃ、材料がイイからな。俺は素材を活かすように心掛けてるに過ぎん。『これも成仏よ』とか、師匠なら言っただろうな。
 ……あと、横から他人様のデザートをつまみ食いすんな」
「ぶー、ケチー」

 ……まったく。こいつらは……

「さて、洗い物しちまうか」
「あ、手伝いましょうか?」
「いや、結構。こんな大人数の料理作るの手伝ってくれただけで、恩の字ですよ、巴さん」

 エプロンをつけ、洗い場でいつもより多い皿だの茶碗だのを洗って行く。
 相変わらずリビングでは、俺の介入の余地のない、ガールズトーク満開だ。洗い物を終えた俺は、そっとその場を離れ、二階の自室へと向かった。



 愛刀の手入れをしながら、俺は苦笑した。

「『奇跡も、魔法も、あるんだよ』、か」

 それを否定し続けた俺が、一番最後にソレに頼っていた、という皮肉。
 それに、ふと思い出す。

 『怪物と戦う者は、みずからも怪物とならぬように心せよ』。

 ……皮肉にも『怪物』になってしまった、我が愛刀を見て、俺は思わず、身ぶるいをしてしまった。

 もし、この愛刀が『俺の写し身』だとするならば?

 俺自身もまた、魔法少女という『モンスター』の仲間入りを果たそうとしていなかったか?
 あの時、沙紀が止めてなかったら……俺は、もしかして?

「っ!!」

 手入れを終えた後、刀を収めて、俺はそれを立てかけると、地下にある武器庫へと向かった。

 現実の手触りが欲しい。
 奇跡でも、魔法でもない、リアルな鉄と火薬とガンオイルの匂いが欲しい。
 ……俺の体は剣で出来ているワケではない。ただの血と肉と臓物が詰まった、肉袋なのだから。

 だから、俺は武器庫に飛び込むと、メンテナンスの道具を引っ張り出し、日ごろ使う銃器を、片っ端から分解清掃し始める。

 ……そうだ。
 もし、武器に命が宿るとしても、俺は兗州虎徹だけを使って、生き延びたわけではない。
 『あらゆるものを状況に応じて用い、生き延びろ。剣に拘る物は、剣に足元をすくわれるぞ』ってのは、師匠が教えてくれたじゃないか。
 とりあえず、俺の武器に奇跡と魔法が不安定ながら使える武器が、一個加わった。そう、それだけだと思えばいい。

 それだけ……そのハズなのに、銃器の手入れを一心不乱にしながら、俺はどこかで怯えていた。

 あの時、俺は自然に『自分が魔法少女や魔女相手に、普通に五分に闘える』と思ってしまった。得体のしれない奇跡や魔法に、自然に身を委ねようとしてしまっていた。
 そんな自分が、今になって物凄く恐ろしくなり、俺はリアルな火薬と鉄の匂いに囲まれたくて、こんな場所に逃げてしまった。

 恐ろしい。
 力に酔って無茶苦茶やらかした魔法少女たちを、俺は笑えないのではないのか?
 奇跡や魔法に身を委ねた揚句、力に振りまわされて、俺はトンデモナイ事をしでかす寸前だったんじゃないのか!?
 いや、確実にそうだ……少なくとも俺は『沙紀を泣かせる』寸前だったのだ。

 あのまま、一人、兗州虎徹一本で挑んでいたら、どうなっていたか!?
 剣の腕に自信があっても、それだけじゃどうにもならない状況を、俺は銃や他の知識で補って、生き抜いて来たんじゃないか。

 『妖刀』

 ふと、そんな単語が頭をよぎる。
 そんな生き方を……『俺の剣士としての生き方』が、『俺自身を乗っ取ろうとしている』ような錯覚。
 そんな恐怖に怯えながら、必死になって銃の手入れをしていると……

「颯太さん、忘れ物ですよ?」
「っ!!」

 兗州虎徹を手に持ってやってきた巴さんに、俺は絶句した。

「と、巴さん……その」
「これは、颯太さんの剣でしょ?」
「違う!!」

 思わず、絶叫してしまい、巴さんが呆然となる。

「あ、いえ……すいません。ちょっとその……怖くなっちゃったんです」
「怖……く? ですか?」
「……………はい。恥ずかしながら。
 沙紀に指摘されるまで『魔法少女相手に、これがあれば闘える』って思ってしまった事に」

 彼女に隠し事をしてもはじまらない。
 俺は、素直に心の内を話す。

「奇跡や魔法を否定していながら、結局、最後の最後は、自分自身が生み出した奇跡や魔法の産物に助けられていた……お笑い草じゃないですか。
 ……俺ね、今まで、魔法少女たちの事を、正直、馬鹿にしてたんです。
 『力』や『奇跡』を求めた代償に、『魔女化』の運命を背負う。それを知って、悲劇のヒロインを気取る彼女たちを、内心、笑ってたんです。
 何かの代償も無しに、何かを得る事なんて、出来るわけがない。馬鹿じゃないのか? 世の中、そんな甘かぁ無ぇぞ、って……
 でもね、じゃあ……『俺が手にしてしまった、有り得ない力を得てしまったこの刀は? この力に対して、俺はどんな代償を払わねばならないのか?』……って。そんなの、キュゥべえにだって分かるわけがない。
 だっていうのに、調子に乗って、そいつに酔い始めてた自分が、途方も無く恐ろしくて……こうしてよく知った、鉄と火薬とガンオイルのシステムに、思わず逃げちゃったんです」
「っ……颯太さん」
「すんません。
 今の俺は、魔法少女たちを笑えない……笑えるわけがない。
 『俺の力だ』『俺が好き勝手にできる力だ』『誰の力も借りず、『敵』に立ち向かえる』。
 ……そう思った瞬間……何かこう、タガが外れたような、ね……やっぱ未熟です、俺は。本当に師匠失格ですよ。
 俺の師匠が生きてたら、生き地獄の説教フルコース&ヤクザの事務所腹マイト特攻三連チャンくらいはさせられたでしょうね」
「……………」

 沈黙する彼女に、俺は俺自身の苛立ちをぶつけてしまう。

「巴さん。今なら俺……本当の意味で、魔女になる恐怖におびえる、魔法少女の気持ちが分かる気がします。
 『自分はどうなってしまうんだ?』『自分はどうなっちゃうんだ?』って。
 真面目であればあるほど、空恐ろしくなりますよね。
 ……沙紀の奴は……いや、巴さんも、馬鹿弟子も、暁美ほむらも、こんな怖い思いしながら、闘い抜いてたんですね……強いはずだ。
 ただ『速いだけ』で『最弱』の俺が、敵うワケがない……」

 と、

「それじゃあ……その『最弱』に、今日二度も負けてしまった私は、どうすればいいんでしょうか?」
「え?」

 巴さんの苦い顔に、俺は絶句する。

「颯太さんと立ち会った時ね……本当に怖くなっちゃったんです。
 私のような遠距離攻撃型は……ライフルを扱う颯太さんなら分かるでしょうけど、照準(エイム)と発射(ファイヤ)の手順があるのは分かりますよね?」
「はい」

 それは、銃を扱う者ならば、当たり前の手順だ。例外は散弾銃のような……いや、それでも『大体』の照準は必須である。

「聞きます。
 もし、颯太さんが、高速型の魔女や魔法少女を相手にする場合、どうなさいますか?」
「散弾銃か、連発型で取りまわしの利くカービンライフルやサブマシンガン、あと罠を仕掛けてクレイモア地雷とかかな? どうしても接近されたら、兗州虎徹に頼るか。どっちにしろ、スナイパーライフルは高速型相手には向きませんからね。
 でも魔法少女なら、何とかなるんじゃないですか? こう、奇跡や魔法でパパーっと……」
「なりません。魔法少女だって無敵じゃないんですよ?」

 エース・オブ・エースの意外な告白に、俺は絶句した。

「私が知る限り、あそこはまだ『颯太さんの間合いの中』に見えていたんです。
 距離なんて関係ない。一気にあの速さでランダムな軌道で突っ込んで、ソウルジェムを斬られたら?
 上段に構えた颯太さんが……その、とてつもなく巨大に見えて。プレッシャーで反射的に『本気で眉間を』撃っちゃいました」
「ちょ、ちょっと待ってください? あの時、俺、巴さんの『銃弾のリボンの塊の筋』すら見えちゃったんですよ?
 あんな遅い弾なんて、誰でも簡単に斬れるじゃないですか? 俺はてっきり手加減してくれたモノと……」
「そこまで! ……それだけ、颯太さん自身が『速い』って事なんですよ。私なんかとは次元が違いました」
「……」

 意外過ぎる告白に、俺は戸惑った。

「颯太さん。
 颯太さんの本当の力って……本当の強さって、颯太さん個人の祈りだとかそういったモノじゃ、無いんじゃないですか?」
「?」
「いうなれば……そう。『信用』でしょうか?」

 その言葉に、俺は噴き出した。

「俺が? この殺人鬼が? 自分でも救いようのない、家族ひとつ満足に守り切れない、情けない男が!?
 笑わせないで下さいよ、巴さん。上っ面に人間、騙されちゃいけませんぜ?」
「じゃあ、何で、颯太さんは、魔法少女や魔女の世界に、『全てを承知で』首を突っ込んでいるのですか?」
「そりゃ、それ以外に無いからですよ。逃げ場なんて、あるわきゃ無いじゃないですか!?」

 そうだ。それ以外に、もう俺に道なんて……生きる術なんて、あるワケが無いのだ。
 だというのに。

「逃げようと思えば、逃げられるはずですよ? 『颯太さんだけならば』」

 その言葉に、俺は怒りをぶつけてしまう。

「っ……………!! それは……そんなのは豚の生き方だ!! 少なくとも『人間』の生き方じゃない!!
 よしんば、俺が取り返しのつかない修羅道に堕ちてるとしても、餓鬼道や畜生道にまで、俺は堕ちたかぁ無い!!
 最後の最後まで、俺は人間として生きて、人間として死んでやる! 少なくとも、家族全員、宇宙人の戯言に踊る人生なんて、まっぴらごめんだっ!!」

 叫んでおいて……俺は、その言葉の取り返しのつかなさに、絶句する。
 なにしろ、目の前にいるのは、その『宇宙人に』踊らされた、犠牲者の代表格なのだから。

「……すんません、巴さん。その……悪い事言ってしまいました」
「いえ、気になさらないでください。
 ……ねえ、颯太さん。
 私の知る限り……みんな、そんな『豚』の生き方を、多かれ少なかれ妥協して生きているのですよ。
 勿論、それが悪いとはいいません。仕方ないのかもしれません。
 でも、颯太さんは、一度も『仕方ない』で済まそうとしなかった。少なくとも、家族の事に関しては、無理な物は無理と割り切りながらも、一度だって絶望しないで、闘い続けて逃げなかった。
 誰かのせいにしたりもせず、『御剣詐欺』を駆使してまで、沙紀ちゃんや家族を救おうとしていた。違いますか?」
「そいつは結果論ですよ。
 ついでに、『よく闘いました』なんて敢闘賞に、何の価値も無いんです。『家族を守れなかった大量殺人鬼』、それが俺の全てです」
「じゃあ、何故、魔法少女だけを殺すのですか? 魔法少女の家族に手を出さず、周囲にも迷惑をかけようとせず」

 その当たり前すぎる質問に、俺は逆に、また頭にキた。

「あたりまえじゃないですか、そんな事! どんな野郎だって……『佐倉杏子ですら』家族が居たんですよ?
 奇跡を願ったワケでもない、魔法を欲したわけでもない……いや、頭の中で考えてはいたかもしれないけど、現実にその報酬を受け取ったわけでもない。
 そんな『奇跡も魔法も関係ない』連中を、弱肉強食の理屈だけで食い物にして生きるなんざぁ、餓鬼畜生の発想と考え方だ! 俺の師匠が知ったら、半殺しどころじゃ済まない! 全殺しで山に埋められてますよ!
 そんなのは極道どころじゃねぇ、外道のする事だ! シャブ捌いて魔女の釜で生きようとして、俺の妹拉致りやがった斜太チカと、何が違う!?」
「それが答えですよ、颯太さん」
「っ!?」

 真剣な目で見て来る巴さんに、俺は戸惑った。

「少なくとも。
 颯太さんは『無力な者は牙にかけない』『魔法少女の世界に他人を巻き込まない』『弱者は可能な限り守る』……それを知ったからこそ、私も、美樹さんも、暁美さんも、颯太さんを信じているのですよ?」
「そんなのは、当たり前の話じゃないですか! 誰がこんな腐った理屈丸出しの世界に……」
「それを知らなかった私は……彼女が望んだ事とはいえ、美樹さんを巻き込んでしまったのですよ?
 それに、沙紀ちゃんだって『魔女の釜』を生み出すのに協力したのは、颯太さんに無謀な事を続けてほしくなかった、一心だそうです」
「っ……すんません!!」

 なんというか。謝ってばっかだ。
 こりゃあ、早々に話題を変えたほうがいい。

「……なんでかなぁ。
 あの馬鹿を拾う羽目になってから、師匠の事ばっかが思い出される……もうなんつーか、師匠の言葉、受け売り丸投げ状態なんですよね」
「……ほんと、凄い師匠だったんですね?」
「巴さん……だから、上っ面だけで」

 呆れ返る俺に、巴さんが指をつきつける。

「結果論。それが全てですよ、颯太さん? 違いますか?」
「……ま、まあ、そうっちゃあ、そうですが、あの人の『舞台裏』を知ってると、どうもねぇ……」

 もう本当に、インチキとペテンと暴力と剣術の化身としか、言いようのない人だったし。

「じゃあ、お尋ねしますが、本当に、颯太さんは、颯太さんの師匠の過去全てを知ってるのでしょうか?
 『謎の人物』っておっしゃってましたが、颯太さんは、そのお師匠様の過去を尋ねしたりとかはしなかったのですか?」
「聞いてもデタラメ言われて、踊らされてばっかなので諦めました。
 大学教授だったとか、傭兵だったとか、実は皇族だったとか……もーなんというか、走り回って調べては『馬鹿が見る~♪』状態で。
 ペテンの達人です、あの人は」
「そうですか……だとするならば、案外、当たってるのかもしれませんね、颯太さんの推論」

 ……は?

「『お坊さんだった』って話ですよ。案外、徳の高い、禅僧のお坊さんだったんじゃないでしょうか?」
「無い無い無い無い! それは無い! っていうか、何でそんな結論が出るんですか!?」
「颯太さんを見てて、何となくです。説教とか説法とか、得意じゃないですか?」
「いや、全部、口から出まかせの代物だから、ホントに! あんなのは技術の問題ですよ。ディベートなんて、そんなもんです!」

 何の根拠も無い巴さんの推論に、俺は絶句する。

「そうでしょうか?
 その……私の推論なんですが、徳の高い、剣の修行を積んだお坊さんが、修行を通じて寺に籠るのをやめて、俗世に降りてきたような図が浮かんだのですが? こう、一休さんみたいな風に?」
「無い無い無い無い無い。ありえないありえないありえない!! っつーか、何ですかその『バイオレンス一休さん』説は! 肉体言語で禅問答とか、無茶苦茶だって!
 それにお坊さんの世界だって階級社会だし、そんな事したら下っぱのお坊さんたちが大迷惑です。よしんばそうだとしても、修行途中で逃げ出したような半端坊主です、絶対に!!」
「そうかしら? ……っていうか、お詳しいのですね?」
「いや、一応、『修行だー』っつって禅寺に放り込まれた事もあるし、姉さんが願った奇跡の関係上、税金関係で宗教法人とか調べましたから。
 だから断言できます。『ありえない』と」
「……はぁ」

 首をかしげる巴さんに、更に続けて行く俺。

「まあ、確かに、雲水衣や数珠や編み傘は持ってたけど、あれ、変装用だし。時々、ほんと得体のしれない変装道具持ってたりするんだよねぇ、股間が白鳥な白タイツとか、何に使ったんだろ?
 それに、本当に徳の高いお坊さんなら、金襴の袈裟くらい持ってるハズだからなぁ……遺品整理でも、身元証明するようなモノ、何一つ無かったし。
 しまいにゃ、女装とかもさせられたからなぁ……ほんと、何考えてたんだか」
「じ、女装……ですか!? 颯太さんの!?」
「モヒカン刈りもちょんまげも、裸エプロンまでさせられましたよ!
 ……頭オカシイとしか言いようがないです。写真一つ残って無いのが、せめてもの救いですよ!」

 と……

「すいません。その……見てみたいんですが、よろしいですか?」
「は?」
「颯太さんの……女装」
「ぶーっ!! とっ、とっ、とっ……巴さん!?」

 自分の迂闊発言に、頭を抱える。
 ……さて、どうしたものやら……

「じ、冗談です。冗談、あは、あははははは、第一、服とか化粧道具とかありませんものね」
「い、いや……その……魔法少女相手に、変装して奇襲とかやってるから、女装もやりましたがね」
「……え゛!?」

 ちょっと墓穴を掘ってるかなぁ……とは思うのだが。
 まあ、巴さんだし、いいか。

「その……怒らないでくださいよ? 女子更衣室って、一番無防備になる瞬間じゃないですか?
 そこをね……注意をそらした隙に、置きっぱにしたソウルジェムをかっぱらって、影でパキッと……」
「はっ、颯太……さん!? それって……」
「学校の中にね、上級生で居たんですよ。魔法少女が一人。しかも、ウチを襲ってきてたのが。
 何食わぬ顔で校内うろついてたんで、こっちもまあ手段を選ばず。正直、命がかかってたし、正面からじゃ絶対勝てませんからね」
「……………」
「暫く、校内をうろつく『背の高い、謎の三年生の美少女』の噂が出回った時は焦りました……って、巴さん?」

 何か、座った目で俺を見てる、巴さん。
 ……おかしいな? 俺が『手段選ばずの魔法少女の暗殺者』だって事は、知ってるハズだろうに?

「つまりその……『女装して、学校の女子更衣室に潜入した』って事ですか?」
「ええ、まあ……そうなりますね。
 でも、決してやましい気持ちじゃなくて、本当に沙紀と俺との命がかかってたから……って、あの、巴さん?」

 と……

「……颯太さん? ちょっと見せていただけますか?」
「え?」
「颯太さんの女装。今、ここで♪」
「い゛っ!? えっ……ま、まあ……はあ、構いませんが……巴さんならば、信じますし。
 ……でも、絶対、誰にも明かさないでくださいね? 流石に生き恥晒したくはないので。約束してもらえますか?」
「約束しましょう」
「……魔法少女の名誉にかけて?」
「かけましょう。ですから見せてくださいね♪」
「……分かりました。
 でも、笑わないでくださいよ? 本当に恥ずかしいんだから……」

 そう言って、俺は、自分の部屋から変装道具を持って来る。
 そんで、化粧だの何だのエトセトラを繰り返し……

「っ!?」

 なんというか……俺の姿を見て、何も言わない巴さん。
 ……やっぱ、ドン引くよなぁ……これ。

「……あの、すいません。もういいですか?」
「えっ、ええ。その前に、写真だけ取らせてもらえますか?」
「っ! そっ、そいつは勘弁してください! したくてやってるワケじゃないってのに、写真残されたら生き恥だ!」
「いえ、取らせてください! 是非に! でないと色々負けっぱなしなので!」
「何がですか! 勘弁してくださいよ! 巴さん!」

 結局……ケータイで一枚、並ぶ形で撮影されてしまいました。とーほーほー。



[27923] 幕間:「特異点の視野」
Name: 闇憑◆27c607b4 ID:cb2385d9
Date: 2011/07/31 06:22
「……来たわね」

 とあるビルの屋上。
 時間遡行の知識通りに現れたインキュベーターに、私は声をかけた。
 この時間軸において、インキュベーターの数……というより『密度』は意外と少ない。あくまで『意外と』レベルではあるが、始終『素質のある少女の周囲にはびこっている』という程ではない。
 その原因は……おそらく、私も知る『どこかの誰か』が、執拗なまでにインキュベーターを狩り続けた結果だろう。そして、少なくとも『無限に存在するインキュベーターと根競べ』が出来る執念深さを持つ人物を、私は一人しか知らない。

「……ご愁傷様だったわね、インキュベーター」
『暁美ほむら……こんな所で、何の用だい?』

 私は、『奴』に薄く嘲笑しながら、つぶやいた。

「御剣颯太の事、よ」
『……………』

切り出した私に、沈黙で答えるインキュベーター。

「インキュベーター。あなたにとって、御剣颯太という存在は、想像以上に厄介だったんじゃないかしら?」
『否定はしないよ。
 あそこまで執念深くてしぶとい人間なんて、見た事が無い。わけがわからないよ』
「そうね。だからこそ、『彼に魔法少女を殺させるように仕向けた』。
 恐らく、あなたは彼を、『何か』の目的に利用するつもりで、そのために生かしておく必要があった。
 だけど、魔女と魔法少女の真実を知ってしまった彼を、生かし続けておくのは危険だった事が一つ。
 もうひとつは、彼らが扱う、『魔女の釜』のシステムを用いた『共存』の可能性を、あなたは見出してた。
 そして最後に、彼の『魔法少年』という特性の問題」

 気付いた事、気付かされた事。それらの要素を、順序良く、並べて行く。

『……何が言いたいんだい?』
「巴マミもそう、美樹さやかもそう。彼の肉親である御剣姉妹も、おそらくそう。
 御剣颯太に……いえ、『魔法少年』に支えられた魔法少女は、本来持つ性質を超えた驚くべき安定性とパフォーマンスを発揮する。そういう意味で、美樹さやかの支えになると誓った、この時間軸の上条恭介も、また『魔法少年』の素質があると言えるわね。
 そして、宇宙を維持するエネルギーを、希望から絶望という感情の落差で回収しようとするあなたには……人間の少女を『使い捨ての燃料』にするあなたには、それが不都合だった。拳銃の排莢不良を起こさせるも同然だから。
 だからこそ、『魔法少年』と『魔法少女』の連携を断つ必要があった。彼自身を『絶望』という存在に堕としめる事によって、『希望』を司る魔法少女と、相容れない存在にする。
 それが、御剣颯太が『魔法少女殺し』の伝説を広める事になった、一番の原因」

 そう。
 それに気付いたのは『罠』の存在。『罠』というのは、知らないからこそ引っかかるもの。私が斜太チカとの闘いで、無様を見せてしまったように。
 逆を言えば、その存在を知っていれば、基本的に回避できる。
 だというのに、彼を襲った魔法少女たちは、馬鹿正直に引っかかって行った。そして、インキュベーターは、それを知らないわけではない。
 おそらく基本的に『捨てても惜しく無い』魔法少女ばかりを、彼に襲わせていたのだろう(無論、彼の罠の配置や仕掛けの巧みさもあっただろう。おそらく、魔法少女にとっては完全な『初見殺し』だったに違いない)。

『よく分かったね』
「元々、彼が特異な存在だという事は、私は知っていたから。
 あの時、当初、美樹さやか単独での襲撃が予定されていたけど、そこに危険だという事で巴マミが共同で当たる事になった。それを知った私が協力を申し出た事に、あなたは相当焦ったハズよ。
 御剣颯太というイレギュラーと、暁美ほむらというイレギュラーの接触。……まあ、あの時の彼は、妹以外の魔法少女という存在全てを憎んでいて、私も身の危険を感じていたからこそ、あなたの思惑通りに動いてしまった。
 巴マミが彼と素直に接触出来たのは、どういう状況であれ『彼女が一番、御剣颯太を殺す確率が高かったから』。奇しくも、その時点で私とインキュベーター……あなたの利害は一致していた。
 思惑がズレ始めたのは、元来、誰かを守るために動いていた……言いかえれば『受動的だった』彼が、ワルプルギスの夜の襲来を知り、かつ『積極的に』彼がワルプルギスの夜に挑む姿勢を示し、さらに極端な現実主義者で、巴マミすらも半ば騙す形で仲間に引き入れてしまった事。
 それが、次の段階……佐倉杏子の再襲撃から、御剣颯太の命を救う事になる」
『あれは本当に、ワケが分からなかったよ。
 正義の味方が、なんで殺し屋を救うのか……最初、理解が出来なかった。
 魔女化前の暗殺契約なんて、正に『死』という絶望そのものを逆手に取った、『殺し屋』にしか出来ない手法だよ』

 それはそうだろう。私にだって、想像もつかない手段だった。

「入院中の彼を襲わせようにも、既に彼は巴マミの保護下に入ってしまった。何より、あなたに誤誘導された新人単独で襲うには、彼は既に危険過ぎる存在に成り果てていた。
 しかも、彼はそこで、美樹さやか……いえ、この場合、狂わせたのは『上条恭介の運命』と言ったほうがいいかもしれないわね。
 あの二人の運命を『結果的に』狂わせて、それが美樹さやかを救う事になる。
 あの一件を、あなたがどう判断したかは分からないけど、何れにせよ、これ以上の不確定要素の放置は危険。
 そう判断したあなたは、入念に、彼を抹殺する計画を立てた。

 その白羽の矢が立ったのは、斜太チカ。
 動員できる限りの魔法少女を斜太チカのもとに動員し、ドラッグを用いてまで一気に抹殺を図る。
 彼ならば、『兵法で言うなら『クラウゼヴィッツ式』の思考だ』とでも言うでしょうね。

 だけど、事態は益々、あなたの予想とは狂って行く事になる。
 圧倒的、かつ絶望的な不利な状況を、彼は……彼と、美樹さやかと、巴マミと、私は、見事に覆してみせた。
 『魔法少女相手の心理戦に長けた御剣颯太』、『それを補い、支えた巴マミ』、『彼らを師として、愚直に信じた美樹さやか』、『時を止める能力を持つ私』。誰ひとり欠けず、全員が全力で立ち向かった結果、あなたの思惑は完全に狂ってしまった。
 しかも、その結果、『魔法少女の真実』が、魔法少女の世界に分散しようとしている。
 まさか『魔女化より恐ろしい『死神』としての自分』を演出する事で、『魔女化に怯えながら生きる方がマシ』『魔女になる前に、ソウルジェムを砕けばいいだけ』とまで言わしめるとはね……彼らしい滅茶苦茶な荒療治だわ。
 その結果。あなたの意のままに動く手駒は、相当減ってしまったんじゃないかしら?」
『……………』

 沈黙するインキュベーター。普段は饒舌なこの悪辣な宇宙人にしては、珍しい事だ。

「そして、インキュベーター。私には、あなたの次の手が分かっている。
 ……佐倉杏子。御剣颯太との遭遇戦での傷が癒えた、彼女を使うつもりね?」
『そして、君はそれを阻止するために動く。
 ……時間遡行者を敵に回して、しかも手を読まれていては、流石の僕らも分が悪いね』
「そうね。
 でも、あなたは御剣颯太の排除のために、それに挑まざるを得ない。そういう意味では、あなたも非常に『あきらめが悪い』と言えるわ。
 ワルプルギスの夜を利用して絶望を撒き散らし、それを補うために『希望を抱く魔法少女を量産する』。
 それを防ぐためのキーマンは……御剣颯太。
 彼の冷酷な程の戦闘分析力と、諦めない執念深さは、他の魔法少女には無い物だわ。強いて言うなら、この時間軸の巴マミが近いけど、それは彼女が一番、御剣颯太……いえ、御剣兄妹に影響を受けた存在だからに過ぎない。
 彼の脱落による『パーティ全体の戦力の低下』を、あなたが狙うのは当然」
『……………』
「させないわ。
 佐倉杏子、巴マミ、美樹さやか、御剣颯太、御剣沙紀、そして私。
 全員そろって、ワルプルギスの夜を迎え撃つ。そして……私は、まどかを救って見せる。
 そのためなら、どんなペテンもイカサマも厭わない……例え、彼を騙す事になったとしても」

 それがおそらく。私が、彼からこの時間軸で学んだ事。
 執念深さ。
 『まどかを救うために、まどかを見捨て続けた』私を肯定するように。
 彼は、実の妹を救うために、数多の魔法少女を、文字通り斬って捨てた。
 殺人者として苦悩しながらも、前に進み続ける彼に、私も知らずに影響を受けていたのだろう。

『出来るのかい、君に? ……時を繰り返し、まともな人間らしい『心』を摩耗させ尽くしたように見える、君に』
「してみせるわ。
 そして、幾つかの疑問に答えてもらうわ、インキュベーター。
 まず、御剣颯太を『どんな目的に利用するつもり』だったの?」
『彼の素質だよ。
 男性という不利な点を差し引いても、彼の背負い込んだ『因果』の総量は異常だ。二年前の段階で、既に鹿目まどかを凌駕していた。そして今では、最早、手がつけられない漠大なモノになっている。
 さらに、彼の素質が伸び続けるのと同調するように、彼が『人間としては』、超人的な技能や知能、身体能力を得ていった。
 ……そう。完全に比例していっているんだ。『彼の能力の増大と、魔法少年としての素質の増加』が……』
「待って。まどかは普通の少女よ? なのに、御剣颯太は何故ああも『人間としては』超人的な存在なの?」
『分からないんだ。鹿目まどかも謎だけど、御剣颯太はもっと謎だ。
 何より、鹿目まどかの魔法少女としての素質は、現時点で増えていないけど、『御剣颯太の素質は『ある条件を満たす』度に、現在進行形で伸び続けている』。
 結論として、彼らがどうして、あそこまで破格の素質を持つに至ったかについては、それぞれ別個の原因があると見るほうが、妥当だろうね』
「なるほど。
 ……次に尋ねるわ。
 その膨大な素質を持つ彼は、本当に『何も願わなかった』というの?
 私の知る限り、彼の人生は過酷で、文字通り『悲惨』の一言に尽きるわ。
 だというのに、インキュベーターに一度も願いもせず、縋りもしなかったとは、幾ら彼が超人じみた人間だからって、考えにくい。
 そして、そんな膨大な素質の持ち主に、あなたが甘言を弄さないわけがない。なのに、彼は一度も願いをかなえていない。
 ……何故?」
『彼の願いが、僕らインキュベーターにとって、許容し難いモノだったからさ。
 彼が願ったのはね、『全ての宇宙、全ての世界、あらゆる時間軸における、過去から未来まで全ての、全インキュベーターの消滅』。
 ……確かに、地球上の端末が一つ二つ潰されるのはどうって事はない。せいぜい『勿体ない』くらいだけど、種全体を引き換えにしろと言われてはね……しかも、それが可能だったりするからタチが悪いんだ。流石の僕らも、彼との取引は危険だと、判断せざるを得なかったんだよ』
「!? ……なるほど。あなたたちが『そもそも存在すらしなければ』魔女も魔法少女も、この世界……いえ、宇宙から消えて無くなるどころか『存在すらしなかった事になる』。
 彼らしい悪辣さね。お気の毒さまと、言わざるを得ないわ」

 このインキュベーターをして『タチが悪い』と言わしめる男、御剣颯太。
 ……本当に、何者なのだろうか?

『『僕ら』の中でも相当に迷ったのさ。このまま彼を生かしておくべきか、それとも抹殺するべきか。
 結果、原因が分からないとはいえ、彼の素質が増大し続けてる事実を顧みて、彼を『生かさず殺さず』の状態に保つ事に、決定したんだよ。
 彼程の知性の持ち主ならば、いずれ僕らとの共存が必要だと理解できるようになるハズだ。僕らと敵対する事に対する『利益』なんて、彼には元々無いからね。だから、その時を慎重に待てばいい。
 『魔女の釜』を持っている以上、御剣沙紀の脱落の可能性は薄いだろうし、素質そのものは伸び続けてるのだから、それがベストだろう。
 君たちと接触するまでは、そう思っていた』

 その言葉に……私は、本当に心の底から笑った。
 いや、哂った? 嗤った? はっきり言おう。嘲笑うと言っていい笑いを、私は誰はばかる事なく、大声を上げて笑った。
 笑ってしまった。本当におかしい。滑稽だ。
 彼にかかると、あの悪辣なインキュベーターが、こんな滑稽な存在に成り果てるなんて。

『……何がおかしいんだい?』
「あ、あ、あの……あの御剣颯太が、あなたたちインキュベーター相手に『本気で手を組む』とでも思ってるの?
 あなたは1%も、ひと欠片も彼を理解していない。彼の怒りと悲しみを全く理解していない。本当の意味で、人間の感情を理解できないからこそなんでしょうけど。
 だからこそ、あなたの言葉は……彼を少しでも知る者からすれば、『本当に笑える冗談にしか、聞こえなかった』のよ」
『ありえない。そう言いたいのかい?』
「ええ。
 それこそ、外れた後のノストラダムスの予言より、アテにならない寝言にしか聞こえなかったわ、私には。
 今まで、何度も時を繰り返してきたけど、インキュベーター。『あなたの言葉で、ココまで笑ったのは初めて』だわ」
『時間遡行者にまで、そこまで言わしめるとはね。……本当に、彼は何者なんだろう?』
「さあ? 彼自身は『タダの男』と言ってたけど?」

 少なくとも。彼は彼自身の特異性について、全く自覚が無いのである。
 実際、彼自身『努力と根性で何とかしてきた』と嘯いてるあたり、実際に苦労もしているのだろう。まして、インキュベーターに唆された魔法少女たち相手に、生き地獄と言っていい環境で過ごしているのだ。苦労していないワケが無い。
 元々、努力家であり、なおかつ才能もあったのは事実だろうが……だからこそ、際立つのは彼の異常性である。
 少なくとも分かった事は、『直感的な技術』……たとえば、バイオリン等『先天的な感性や才能等が大きく関わる技術』に関しては、才能が限定されているが、継続的な『努力でマスター出来る技術に関して』の習得の速さは群を抜いてる。異常といってもいい。

 察するに。
 彼は元々『万能の天才では無い』のではないだろうか?
 それが、何らかの原因……『因果という素質が増大する』に連れて、異常ともいえる速度で『体験を経験として吸収していった』結果ではなかろうか?
 ゲームに例えるなら、常人がモンスターを倒して10の経験値を貰うところを、100とか1000とかの経験値をもらって、成長した結果が今の御剣颯太なのではなかろうか?
 そして、あえてそんな彼の『天才』を、強いて挙げるならば……料理、ことに和菓子作りだろうか? あとは、剣術? だが、『ソレだけ』であるとも言える。少なくとも、その二つのみでは、今の彼の『万能超人』ぶりとは程遠い。
 恐らく、本来の彼の『天性』は、その二つのみ。それ以外の技能は『増えた素質に任せた努力の結果』では無かろうか?

 その証拠に、『剣術』と『和菓子作り』のセンスだけは、正に『天才』として『誰にも追いつけない領域』に突出しているように見えるが、少なくとも他の技能に関しては、『凡人が努力すれば到達できる領域』にとどまっているように思われる。

 それを確信したのは……口惜しいが、美樹さやかの一件である。

 少なくとも、私は魔法少女としては、時間停止と時間遡行の部分を除けば『並』でしかない。
 そして、もし彼が『剣』ではなく『銃』の天才で、射撃術その他、銃器の扱いを『完全に感覚的なモノ』に頼っていたとしたら、私は彼の技術を『全く』理解できなかったに違いない。
 そして、更に認めたくは無いが……美樹さやかを『剣の天才』と彼が称した事。
 さらに剣術の部分に関しては、彼自身が『天才』であり、そして、その教え方が私のような凡人には理解し難い、感覚的な部分まで、完全に彼女に伝わっているように思える所からしても。
 あながち間違った推論では無いと思うのだが、どうだろうか?
 そして、そういった『天才の技能』とは別に、『凡人の究極の技能』を『あらゆるジャンルに無数に抱えている』事が、彼が『万能の天才に見えてしまう』所以であり、故に、彼自身が『天才の自覚が絶無』な、大きな理由であろう。

 故に、彼はこう嘯くのだ。『努力すりゃ大体何とかなるもんだ』と。
 我が身の『異常』を自覚する事も無く、他人に向かって『努力不足』と……

 もっとも、その異常ともいえる『努力の習得速度』の原因が、『増え続ける魔法少年の素質』が原因だったとして……『何故、彼の素質は伸び続けて居る』のか?
 結局は謎のままだ。
 だが……少なくとも言える事は一つ。

「インキュベーター。彼はあなたを殺すかもしれない。
 あなたみたいな端末じゃなくて、あなたの星に直接乗り込んで、根本から絶滅させるかもしれないわね」

 私の脳裏に、宇宙服を着てスペースシャトルを操縦する御剣颯太が、例の日本刀を引っ提げてインキュベーターの星に殴りこむ姿が、ありありと映る。
 ……無論、ありえない冗談だとわかってはいるが、彼の場合、それが『人間に実行可能だとするならば』本気でやりかねないから、恐ろしいのだ。

 受けた恩は絶対忘れないが、恨みは百倍、一千倍にして確実に返す。
 エゲつないほどに、その生き方を徹底してきた御剣颯太の怒りが、もしインキュベーターという存在そのものに手が届いた時、どうなるか?
 ……ああ、一個の魔法少女としては、痛快な結果に終わるであろう事は、想像に難く無かった。

『まさか。不可能だ。ありえない。人類はまだ、隣の惑星にすら達していないというのに』
「少なくとも、私からすれば。
 ……いいえ、彼を知る『人間』からすれば『あなたがさっき吐いた冗談よりは』真実味がある内容として受け取れると思ったんだけど?」
『暁美ほむら。君にそこまでナンセンスな言葉を言わせるなんて……本当に、わけがわからないよ』
「分からないから、あなたは魔法少女を作り続けて、魔女を生み出し続けてるのよ。
 ……今、分かったわ。
 感情が無い生き物って本当に哀れね……『こんな面白いこと、他に無い』のに」

 安全地帯から、のうのうと弱者を嬲り続けていた、『吐き気のする悪』に下される天誅の刃。
 時代劇によくある構図が、何故、陳腐化しても『それが存在し続けているのか』。ようやっと私は分かった気がした。

 ……かつて『正義を信じてた』少年が、『殺人』という闇に堕とされてなお、彼は諦めなかった。そして個人的な動機と復讐という負の感情に突き動かされてとはいえ、その刃は確実に……ささやかな抵抗とはいえ、インキュベーターを追いつめつつあったのだ。
 かつて、インキュベーターに騙された魔法少女の一人として、これを痛快と言わずして、なんと言おうか?

「『因果応報』。彼なら、そういうでしょうね」
『それは、人類で言う『仏道』の考え方だね。
 でも知ってるかい? 仏陀という存在そのものが、僕ら……』
「ごたくはいいわ。インキュベーター。
 ……せいぜい、私も、彼と踊って『楽しませて貰うとする』わ。そのくらい、今の私は、彼に賭ける価値を見いだしてるのだから」

 無論、彼自身の人格は別として、だが。

 ……あんな酷い男、見た事が無い!!

 もし仮に、もう一度、このループをやり直す事になったとしても、今回と同じ態度で最初に接触出来るとは思えない。思わず銃の引き金を引いて『無かった事』にして、いつも通りのループに挑んでしまう可能性を、私は否定できない。
 むしろ、顔を合わせるたびに『殺してしまえ』と、毎度毎度、悪魔のささやきが耳元で鳴り響くくらいだ。まどかの事が無ければ、私は彼を、即座に時間停止からの銃撃で射殺していただろう。

 ……もっとも。
 彼を『確実に殺せるか?』というと、私には自信が無い。
 何故なら、彼は本当に『何をして来るか』分からないのだ。
 最初の接触で時間停止の能力を見抜いた事といい、次の接触の段階で『対抗策』を提示してきた事といい、空恐ろしいほどの『戦闘分析力』である。もしかしたら、私が想像もしない、時間停止の技能の穴を突いてくるかもしれない。
 無論、万が一、億が一の可能性だ。
 だが、彼を敵に回した場合……不覚を取る可能性を、私は否定できない。
 少なくとも、絶望的な確率でも彼は諦めたりしないだろう。そして、その執念が知性と結びついた時……問題の『前提ごと』ちゃぶ台返しでひっくり返すような、とんでもない回答を叩き出して来るのである。

 はっきり言おう。
 敵に回すと心底恐ろしい相手ではあるが、味方にするとこれほど頼もしく信用できる者もいない。
 そういう意味で『敵に回らなくて良かった』とは思ってしまう(そういう意味では、私も彼の『魔法少女支援』の影響下なのだろうか? そうでは無い……とは思いたいが、正直自信が無い)。
 私個人の御剣颯太との人格的な相性ばかりはいかんともし難いが、こればかりは事実である。
 
『行くのかい』
「ええ、話は終わりよ、インキュベーター。だから今回は『殺さないでおいてあげる』わ。感謝しなさい」

 そう言って、私はその場を立ち去ろうとし……

「そう、忘れてた。
 もうひとつ……どうでもいい事かもしれないけど、聞きたい事があったわ」
『なんだい?』
「斜太チカ、よ。彼女は、どんな祈りを経て、魔法少女になったというの?」

 そう。彼女は新人だったという。
 だが、それにしては、あの佐倉杏子すら生ぬるいと思う程の残忍性を示してのけた。あまつさえ、魔法少女の真実を知りながらも、ドラッグを用いて集団を統率し、魔女の釜にすら手を伸ばす。
 魔法少女の祈りそのものは、あくまで『希望』である。だが、彼女の行動は絶望の化身としか思えない所業ばかりだ。
 つまり、『悪の魔法少女』という存在そのものが、矛盾の塊なのである。

『今更、死んだ魔法少女の事を気にするなんて、君らしくないね』
「勘違いしないで。ただの『保険』よ」

 もしかしたら、彼女の死や願いそのものが、御剣颯太に影響を及ぼすのではないか?
 かつて、彼に恋心を抱いてインキュベーターに唆された魔法少女たちが、彼に殺されたように。佐倉杏子の願いが、彼の家族を破滅に追いやってしまったかのように。
 もしかしたら、『彼が知らなくていい真実』というのが、彼女にも隠されているのではないか?
 漠然としたそんな予感から、私はインキュベーターに問いかけた。

『簡単な事だよ。
 ヤクザの娘だった彼女は、自分の父親の所業を恥じていた。
 と、同時に、それに愛情を受けて育てられた自分自身の存在そのものにも、罪の意識を感じて居たんだろうね。
 そして、彼女は、御剣颯太に恋愛感情を抱いていた』
「……まさか」
『彼女の願いはね、『父ちゃんをカタギにしてほしい。家族と共に世間様に恥じない真っ当な生き方をして、彼に告白するための綺麗な体になりたい』だって。
 不思議だよね、人間って。『社会と種を維持するために同族を食い物にする事に、何故、そこまで罪の意識や嫌悪感を抱けるのか』。
 挙句の果てに、娘が死んだと知って、彼女の願いの対象だった両親は、何故か首を吊ったみたいだ。自らの遺伝子情報を残すための存在を、一人失った程度で……だから、人間は、わけがわからないんだよ』
「っ!! それで……」

 だからこそ。
 彼女は魔法少女の真実にも、現実にも耐えられた。
 何故なら、それは彼女が生きて見続けた世界と、酷似した世界だから。
 そして、御剣颯太が『魔法少女の殺し屋』だと知って、絶対に実らない恋だと知って絶望しながらも。
 彼女は彼女の流儀で、ありとあらゆる禁忌に手を染めてでも、彼を求めてしまったのだろう。彼の愛する家族……御剣沙紀を破滅させてでも、彼を独占したかった。

 と、同時に……彼女もまた、御剣颯太が存在する事で、運命を狂わせた者とも言えよう。
 おそらく、『社会の汚さ』を嫌というほど熟知した彼女が、インキュベーターに安易に騙されるとは思えない。
 仮に、インキュベーターが見えたとしても『胡散臭い戯言』として放置するであろう。
 ただ、この時間軸においては、御剣颯太が存在した事によって、彼女の運命は、完全に魔法少女の側に狂ってしまった。

 無論、御剣颯太個人には何の罪も無い。
 彼自身、彼女の事情を知ったとしても、あそこまでやられてしまっては、完全に鼻で笑って斬って捨てるだろう。彼とその妹が、暴走した彼女の完全な被害者なのは、間違いない事実だ。
 だが……時間遡行者として、皮肉過ぎる運命を垣間見てしまったが故に、思わず何か、彼に一言いいたくなってしまう気持ちは、私が女性だからであろうか?

『彼女なら魔女の釜を利用して、僕らと共存できる。
 しかも、『御剣沙紀と共存し続けた御剣颯太と同じように、斜太チカが御剣颯太を独占する事により』、御剣颯太の魔法少年としての力を限定させて利用する。そして、彼もいつか利益が無い事に気付いて『気が変わる』。
 僕らインキュベーターにとって、彼女とは理想的な共生関係が築ける。
 そう思ったからこそ、彼女に白羽の矢を立てたんだけど……まさか、あれだけの戦力を揃えて、失敗するとは思わなかったよ。完全な計算違いだ』

 計算違い。
 そういうインキュベーターだが、果たしてそれだけだろうか?
 何にせよ、確実に私が言える事は、一つ。

「そうね。
 博打が過ぎたんじゃないかしら? インキュベーター」
『博打じゃない。
 僕の見立てでは、御剣颯太を除いて君たちが全滅するほうが、可能性として遥かに高かった。完全に偶発的な結果に過ぎない。
 御剣颯太が生き延び続けてきた事だって、僕らインキュベーターが、手加減を続けてきたからだ』
「そうね、私もそう思う。
 だからこそ、あなたたちは御剣颯太に『負け続けた』んじゃないかしら?
 『確実に勝てる博打』程、裏に潜んだ罠がある。……インキュベーター、あなたのやってきた事よ?」
『……どういう意味だい?』
「そういう意味よ。
 確率論で考えれば、確かにあなたは正しいのかもしれない。でも、確立を論じて居る段階では、結果はまだ出ていない。
 ……インキュベーター。あなたは『確率』というラプラスの悪魔に、完全に踊らされたのよ」
『……』
「あなたたちなら、分かるはずよ。御剣颯太は『トコトン喰えない奴』だという事が。
 どんな風に煮ても焼いても、あの男を『喰えるワケが無い』。……彼の妹の料理と一緒ね。
 だからせいぜい、ラプラスの悪魔と踊り続けなさい、『マクスウェルの悪魔』。……所詮、人間の感情を理解できないあなたには、『それしか出来ないのだから』」

 そう言って、私は今度こそ。
 このビルの屋上から、立ち去った。



[27923] 幕間:「教会での遭遇」
Name: 闇憑◆27c607b4 ID:cb2385d9
Date: 2011/07/27 12:16
「……よし!」

 見滝原の中心から少し離れた、人気のない雑木林の中。
 あたしは、剣道の胴着に着替え、木刀を握る。

 本当は、魔法少女の姿になって剣を振りまわしてもいいのだが、師匠はそういった事を極端に嫌う。

 師匠は、『努力の人』だ。あの人の剣には、一切の嘘が無い。だというのに、あたしはインチキをして、師匠の技を憶えてしまった。
 だから……

「せめて、これくらいは、自分でしないとね」

 師匠が教えてくれた『型』をなぞる。
 ……体に馴染む、師匠の技。だが所詮、それはあたしにとって、まだまだ借り物に過ぎない。
 本当は、一年か、二年か、いや、もっとか? その分の修練を経てマスターすべき所を、すっ飛ばしてしまったのだ。
 だったらその分に追いつくために、必死に努力をしなくては。

『基本だけは教えてやる。あとは自分で何とかしろ!』

 そう言って、ぶっきらぼうに怒鳴りつけられたが……本当に、何だかんだと、面倒見のいい師匠だと思う(鬼だけど)。
 考えてみれば、あの時、あたしや沙紀ちゃんより多く走り回り、叫び、叱咤していた。あまつさえ、海外旅行から帰ってきて即誘拐事件→戦闘→料理→復讐まで、ほぼノンストップで暴れ倒していたのだ。
 
 どれだけ体力のある人なのだろうか? 男の人とはいえ、本当に鍛え方が根本から違うとしか、思えない。

 『型』をなぞり終え、次は腕立て伏せ、腹筋、背筋etc……そして、雑木林の木を利用した、懸垂。
 魔法少女の力を使わないで、体力作りのメニューをこなしていく。
 昨日の帰り際、『適当に作った』と書いてあるメニューだが……恐ろしいまでに『ギリギリ、今の自分が努力すればこなせる限界』の数字が書いてあった。

 なんというか。
 『努力や根性は大切でも、それのみに頼ってはいけない』って言葉を、的確に体現してる人だと思う。
 よく『岡目八目』などと言うが、あの人が魔法少女を見る目は、それ以上だ。
 あたしに何が必要か、何が足りて居ないのか、全部見抜かれていそうで恐ろしい。

 いや、実際に見抜かれているのだろう。
 何しろ、あの人は、人間のまま『魔法少女を専門に』殺して行くという、非常識で非情な殺し屋だ。
 魔法少女の弱点を見抜き、仕留める事に長けているのだからこそ……その魔法少女の弱い所を指摘して、鍛え上げる事も、可能なのだろう。

 と……

「……何やってんだ、お前?」
「え?」

 その場に現れた人物の姿に、あたしはびっくりした。
 佐倉杏子。彼女が、何でこんな所に?

「あのさ、ここ……一応、あたしの縄張りなんだけど?」
「……あ」

 そうだ、魔法少女って、縄張りがあったんだっけ?

「まあいいよ。……今、調子が悪いんだ。行きなよ」
「っ!!」

 更に忘れていた。師匠の刀の事……『斬魔刀』なんて、とんでもない武器の事を。

「待った! あんた『ドコが痛む』の?」
「っ!! てめぇ……」
「……頭と、喉と、胸……いや、いっぱい師匠に斬られてたよね?
 あれから、ずっと痛みが引かないんでしょ!?」

 あたしの言葉に、佐倉杏子がいきり立つ。

「何で知ってやがる……っていうか、師匠?」
「いいから! うっかりすると、魔法少女の命に関わる事!
 ……痛む場所を、教えて!」
「っ……今言った、三か所だよ……今までは、もっと全身がひどかったんだけど、なんとか他の所の痛みは落ち着いたんだ。でも、その三か所の痛みだけが、まだ深い所で疼いて取れねぇ。
 なぁ、何なんだアイツは? あたしもちょいと『速さ』に自信があったほうだけど、あいつはアッサリそれの上を行きやがった。
 しかも、あの刀は得体が知れねぇ。斬られると物凄く痛ぇし、傷の治り方もすごく遅ぇ……一体なんなんだ?」
「そりゃそうだよ、あの人は『魔法少女の殺し屋』で『正義の味方』だもん。あの人が振りまわしていたのは、魔女も魔法少女も関係ない『斬魔』の刀なんだ。
 それより、痛む所を、取ってあげられるかもしれない」

 沙紀ちゃんに教わった、癒しの力の応用。
 他人の傷を癒す力……あたしになら、出来るはずだ。

「治すよ」

 そう言って、額に手を当てる。……何というか、触れた額の奥の所に、淀んだシコリのような感触がある。
 それを、ゆっくりと癒しの力で溶かしていく。次に喉。その次に心臓。

「どう、楽になった?」
「っ……!?」
「他に痛む所、無い?
 ……一応、あれも『奇跡』に類するモノだから、魔法で『相殺する事そのものは』可能なのかなって思……って、うわ!」

 結構、黒く濁ってしまったソウルジェム。
 ……あの時、師匠は『軽く吹っ飛ばした』だけのように見えたが、それでも、この有様だ。バッサリ斬られたら、肉体の修復だけで魔法少女辞める事になりかねない程、ソウルジェムの消耗が必要になるだろう。

「参ったなぁ。師匠の『奇跡や魔法の否定』が、こんなに強力だなんて。
 『否定の否定』って物凄く消耗するんだ……ひょっとして『怨念』に近いモノなのかなぁ?」

 何しろ、あの人の剣は殺人剣だ。『祈り』というより、最早、『呪い』に近いモノなのだろう。
 ……そういえば、昔、某有名RPGの漫画で、呪われた武器を呪われず扱う戦士とか、居たなぁ……

「おい、お前……アイツの事を、知ってるのか?」

 真剣な目で迫って来る、佐倉杏子に、あたしはさらっと答える。

「ん、あれから色々あってね……弟子入りした」
「はぁ!? あっ、あの『殺し屋』に!? じゃ、じゃあ、お前、その格好……」
「うん。自主的な修行の場に、丁度イイかな、って思ってココに来たんだけど……ごめん、あんたの縄張りだったもんね。
 とっとと他所に移るよ。邪魔したね」

 あー、ソウルジェムどうしよう。どっか適当な所で魔女狩らないと……でも、間に合うかなぁ?
 しょうがない、頭下げてマミさんに借りよう。でなければ転校生。師匠に頭下げるのは、絶対最後だ。

 確かに、師匠は『魔女の釜』なんてモノを持ってるけど、こんな事したって知ったら……

 『自分も救えんくせに、他人を救おうとするとは何事だーっ!! つけあがるなこの馬鹿弟子がーっ!!』って怒り狂われた末に、ギアナ高地にでも放り込まれて地獄の特訓メニュー追加される構図が、ありありと脳裏に写る。いや、うっかりすると、ガチで破門されて捨てられる。

 そういう意味で、あの人は本当容赦が無い『鬼師匠』だ……こうなったら、マジで『修羅バレ』する前に『菩薩』様におすがりするしか!!

 と、

「おい、ルーキー!」
「っ!?」

 放り投げられるグリーフシードが二つ。

「使いなよ。一個は治療費。それで貸し借りなしだ」
「……ん、サンキュ」

 助かった。
 グリーフシードを使って、ソウルジェムの穢れを取る。

「あとさ、ルーキーって言い方、やめてほしい。あたしは『美樹さやか』って名前が、ちゃんとあるんだ」
「……ん、分かった。じゃあさ、美樹さやか。その……あんたの師匠と、あたし自身の事で、ちょっと話があるんだ。
 ……時間があるなら、顔、貸してくんないか?」



「……ここは?」

 ボロボロになった教会。そこの扉を乱暴に蹴り開けながら、佐倉杏子は、話を切り出した。

「……ここはね……あたしの親父の教会だった。あたしの親父は、正直過ぎて、優しすぎる人でね。
 いつもテレビや新聞を読んでは涙浮かべて、どうして世の中が良くならないのか、真剣に悩んでいるような。
 そんな、純粋過ぎる人だった……」
「……………」

 その話は、漏れ聞いている。
 佐倉杏子の父親が、師匠……いや、『御剣家そのもの』を破滅に追いやった事を。だから師匠は、あの時、八つ当たりで無謀な事をしてしまった、とも。
 その話の内容から、何となく『悪徳宗教家』というイメージを抱いていたのだが……どうやら、何か間違いがあったようだ。

「『新しい時代を救うには、新しい信仰が必要だ』って……それが親父の言い分で。
 だからある時、親父は信者たちに、教義に無い事まで説教をするようになっちまった。
 当然、信者の足はバッタリ途絶え、本部からも破門され、あたしたちは一家揃って、食うにも事欠く有様になっちまった。
 親父は、間違った事なんて言ってなかった。だけど、誰も真面目に取り合ってくれなかった。
 
 ……悔しかった……

 誰も、あの人の事を分かってくれないのが、あたしには我慢できなかった―――だから、キュゥべえに頼んだんだ。
 『みんなが親父の話を、真面目に聞いてくれますように』って」

「それって!!」

 その話が本当だとするならば……師匠のあの時の『八つ当たり』は、まさしく『復讐』だった事になる。

「次の日から、怖いくらいの勢いで信者が増えたさ。そしてあたしは晴れて、魔法少女の仲間入り。
 ……馬鹿みたいに意気込んでたよ。親父の説法と、あたしの魔女退治。表と裏から、この世界を救うんだ、って……
 でもね、ある時、カラクリがバレた……信者が魔法の力で集まったって知った時、親父はブチ切れたよ。あたしの事を、人の心を惑わす魔女だって罵った。
 それで……親父は壊れちまった。
 酒におぼれて、頭がイカレて、最後は家族で無理心中さ。あたし一人を置き去りにして、ね」

 一家無理心中。

 師匠と沙紀ちゃんの関係を見るに、御剣家の家族仲は、荒っぽくはあっても、それなり以上に良かったのだろう。
 『都内の下町出身』というが……見滝原で育ったあたしには、漫画の中でしか見た事の無いような『狭い我が家』の中での生活だ。
 隠し事なんて出来ないだろうし、しようも無いからこそ、あの二人はお互いに相手を慮る事が、出来るようになっていったのではないか?
 あの荒っぽさは、全てを知りながらも、お互いに『適切な』距離を置くための、彼らなりの流儀なのではないか?

 だとするならば……彼女の父の『新しい信仰』に狂っていく両親を、冷静に見てきた師匠の気持ちは、どんなだっただろうか?
 あまつさえ、それを止める事が出来ず、結局、無理心中に抗う形で『手にかけた』などと……

「他人の都合を知りもせず、勝手な願い事をしたせいで、結局誰もが不幸になった。
 ……あたしの祈りが……あたしの家族『だけ』を壊してしまった。……そう思ってた。
 だからあたしは、二度と『他人のために魔法を使わない』って誓ったんだ。
 奇跡ってのはタダじゃない。祈った分だけ、同等の絶望が撒き散らされる。そうやって、差し引きゼロにして、世の中は成り立っている。
 だからあたしは……その『高すぎるモン』を払っちまったツケを取り戻すために……釣銭を取り返すくらいのつもりで、生きてきたんだ」

 涙を流しながら……あの、傍若無人な佐倉杏子が、涙を流しながら、その場に……誰も居ない、祭壇に向かって、祈るように膝まづいた。

「だっていうのに、あいつは……あいつは自分だけじゃ無く、妹の命まで預かって……首を突っ込む必要も無い魔法少女の世界に、首を突っ込んで! 妹を守るために必死になって……ぶちのめした時、ホントにあいつの体は、人間のままだった。
 挙句の果てに、命を狙ってくる魔法少女たち相手に『殺し屋伝説』なんてモンを背負わされて……だっていうのに……あいつは一言も『誰かに分かって欲しい』なんて言い訳しなかった!

 あんな優男ヅラして……トンデモネェ奴だよ、アイツは!

 ……なあ、教えてくれよ! 『あいつはキュゥべえに、なんて願ったんだ!?』 あいつは『どんな願いを叶えて、魔法少年になった』っていうんだ!? あの刀に、どんな意味があったんだよ!?
 あんた、アイツの弟子なんだろう!? アイツの本当ントコが知りてぇんだよ!」

 その言葉に、あたしは……

「願いなんて、何も叶えちゃいないよ。あの人は……本当に『人間』で『男の人』そのまんまなんだ。
 正確には……あの人の願いは、もう二度と。キュゥべえにだって叶える事が出来ない願いなんだ」
「嘘だっ! そんな事があるわけがない! あたしには……いや、アンタにだって分かるだろう!?
 人間、追いつめられて、目の前に『奇跡』なんて都合のいい餌チラつかせられりゃ、どんな針がついていようがダボハゼみたいにそいつに喰いついちまう!
 あたしら魔法少女の世界は、『他人の力を借りるだけ』で、正義気取ってる馬鹿が生きてられる世界じゃねぇ!」

 佐倉杏子の叫びは、もっともだ。
 あたしも、師匠やマミさんが居なかったらどうなっていたかと考えると、ゾッとなってしまう。
 だからこそ。

「そうだよ。
 だから、今のあの人は、普段絶対に『正義』なんて言葉を口にしないんだ。
 ……あの時ね、あの人は猛烈に怒ってたんだ。
 あんたと、あたしと、キュゥべえと、そして……それら全部が泣かせた、泣いてるあたしの親友に。
 だから、カッとなって、思わず『昔の癖』が出ちゃった。それだけなんだよ」
「っ……なんだよ、それ……ワケが分からねぇよ。
 『魔法少女の殺し屋』で『正義の味方』って……何なんだよ、それ?」

 その言葉に……あたしは、あたしがマミさんや沙紀ちゃんから聞いた限りの、師匠の過去を、話して行く。
 その、壮絶なオチに……流石の佐倉杏子も、絶句する。

「なっ……魔女、に……だと!? そんなカラクリが……」
「そうだよ。
 だからあの人は最初、沙紀ちゃんを介して、複数の魔法少女たちのグループの中に、その事実を、それとなく広めようとしていた。
 でも、誰も信じなかった。
 そのくせ、彼自身に恋心を抱いた、馬鹿な魔法少女たちのトバッチリで沙紀ちゃんが酷い虐待に遭って……結局、あの人は沙紀ちゃん以外の魔法少女全てを、信じる事が出来なくなっちゃったんだ。
 あの人の究極の願いは『家族を守る』……ただそれだけだったハズなのに。
 それが『魔法少女の殺し屋伝説』の正体だよ」
「っ……チクショウ! キュゥべえの奴!」

 憤る佐倉杏子を制して、あたしは言葉を続ける。

「だから。
 あの人にとって、もう魔女も魔法少女も、あたしたちと出会うまでゴッチャになってたんだ。
 今、あなたの体を治して、分かっちゃったんだけど。あの人の中には、多分、とんでもない憎悪が渦巻いているんだと思う。
 あなただけじゃない。魔女全てに、魔法少女全てに……何より、キュゥべえ……インキュベーター全てに対して。
 それでもね……あの人は、自棄になったりしなかった。逃げたりしなかった。
 怒りに身を任せず、ずっと人間のまま、闘い抜いてきたんだ……その結果が、あの刀なんだよ」
「っ……あれは、何なんだよ」
「『斬魔刀』だってさ……魔女や魔法少女を『あまりにも斬り過ぎた』結果、ああなっちゃったらしいんだ。
 ……もっとも師匠は、何も知らずに振るってて、あの刀そのものを『あまり役に立たないから』って理由で、捨てようとすらしていたんだけどね」

 あれだけの武器を、捨てようとすらしていた。
 その事実に、愕然となる佐倉杏子。

「っ……あいつは……そんな事実を知ってて、なお、闘い続けてきたのか?
 何一つ、願いを叶えたりもせず、こんな魔法少女の世界に、人間のまま生身の体で! 『家族が大事』ってそれだけで!」
「そうだよ。
 ……あの人さ、沙紀ちゃん以外の魔法少女が近づくと、結構、気付いちゃうんだよ。特に寝てる時は。
 最初は『達人なんだなー』って思ってたけど……『寝てる時に、魔法少女に襲われる事を考えて寝る』生活なんて、あたしには想像もつかない。
 しかもね、毎日、殺した魔法少女たちの悪夢にうなされてるらしいんだ。

 結局ね……そういうのって心の病気なんだよ。魔法少女に襲われる恐怖が、芯まで染みついて拭えなくなっちゃってるんだ。

 だからあたし、あの人についていくと……あの人を信じると決めたんだ。
 マミさんと一緒に、いつか『妹以外の魔法少女が周囲に居ても』あの人が……『人間』が安心して、夜、寝られるように。
 それが、あたしの最初の目標……かな」

 それだけを言うと、あたしは彼女に問いかける。

「聞きたい事は、それだけ?
 ……あと、ごめんね。思わずだけど、余計な事したかもしれないから、謝っておく。
 じゃ、作戦会議の日に……」
「っ……待ってくれ! その……」

 呼び止める佐倉杏子に、あたしは溜息をついた。

「言わないよ。言えるわけが無い……そんな事。
 師匠の家族全部破滅させたのが、『どっかの馬鹿でワガママな魔法少女の、身勝手な祈りのせいだった』なんて。しかも、魔法少女相手にあの人は……いや、沙紀ちゃん含めて、あの兄妹は、酷い目に遭い続けてる。
 そんな事がバレたら、幾らあの『計算高い』師匠だって怒り狂うに決まってる……あたしだって本当は、ひっぱたいてやりたいくらいだよ。
 でも、今のあたしには、そんな権利も実力もない。
 全ては、ワルプルギスの夜の闘いが終わってから。
 ……何しろ、本当にヤバい闘いになるみたいなんだ。あたしみたいな新人は『足手まといだ』って切り捨てられたくらいに、ね」
「っ……………あいつは、本当に知らないんだな?」
「知ってたら、今頃、あんたか師匠か、どっちかは生きちゃいないよ。第一、あの場で見逃してくれるワケが無いじゃないか。
 あの人が怒ってつっかけたのはね、『今のあんたの生き方』が、師匠的に我慢できなかったからだよ。
 『魔法少女がカタギに迷惑かけんな』だってさ。任侠映画の人みたい。
 じゃあね……」
「っ!!」

 うつむいた彼女を放置して、あたしは佐倉杏子の教会を、後にした。



[27923] 第四十四話:「……少し……二人で考えさせてくれ」
Name: 闇憑◆27c607b4 ID:cb2385d9
Date: 2011/07/29 05:28
※この回には、ゴールドアーム様作『永遠のほむら』に登場する、オリジナル設定の魔女が含まれております。
使用許可を頂いた、ゴールドアーム様に、厚く御礼申し上げます。


「さってっと……」

 『対ワルプルギスの夜戦、作戦会議』の日。俺はキッチンで魚をさばいていた。
 この日のために、冷蔵庫はパンパンになっている。

 とりあえず、今日に至るまで、何度か巴さんや暁美ほむらと組んで魔女退治に赴いて以降、連携という意味ではそこそこのモノになってきている。

 まず、魔女退治のサーチの段階で、俺は資金力を駆使して、狩りの日はハイヤーを借り切る事にした。
 これによって、暁美ほむらと三人で共同戦線を張る事が出来るようになった。勿論、ドライバーは口の堅い、ヤクザ御用達のドライバーさんで、ガラスも黒のスモークガラスだ。
 それによって、彼女と俺の縄張りの中を流してもらい、反応があり次第、物陰で降りて徒歩による索敵、戦闘という行為が可能になった。
 さらに、俺が戦闘中は、馬鹿弟子を死体状態の沙紀の護衛に置いておく事により、後顧の憂いなく挑む事ができるようになる。

 ……実際に一度、トチ狂った魔法少女の襲撃があったそうだが、それを撃退してのけたそーな。



 ……まあ、こっちはこっちで、狩りの最中、色々なトラブルに遭ったりしたのだが……



 まず、いつも世話になってる、スーパー『みくにや』のそばで、ギロチン型の魔女と闘う事になった時は、銃火器は愚か兗州虎徹すらも効果薄で、逃げようとしても俺すら逃げ切れそうになく、俺と暁美ほむらがピンチに陥ったのを、駆けつけてくれた巴さんが助けてくれたりとか。
 何故、俺らの攻撃が無効化され、彼女の一撃……とまではいかないものの、強烈なダメージを与える事が出来たのか、さっぱり分からんが、とにかく彼女に助けられた。



 あとは、逆に巴さんの腕が、忍者マスクに執事服を着たようなスライムみたいな魔女に絡まれた時とか。

 とっさに兗州虎徹で巴さんの左腕をブッ叩斬ってしまい(それ以外、とっさに方法が無かったんだよぉっ!!)、反射的に返す刀でその魔女を斬ったら、何故か思いっきり苦しんだ挙句、『颯太さん! 私はいいから魔女を倒して! ……魔女になった彼女のためにも!』と気丈にも激痛の中叫んだ彼女に答え、俺が火炎放射機を取り出し『汚物は消毒だーっ!』と叫びながら挑もうとした瞬間……いきなり恥じらうように、魔女が消滅してしまった。

 ……スライム型だから、もっと絡んで来るかと思ったし、ああいう『切断』が効かないのって兗州虎徹の天敵なハズなのだが……謎だ。『奇跡殺し』の力でも利いたのだろうか?

 ともかく『兗州虎徹の傷はヤバい』ので、俺が巴さんのリボンを使って止血の応急処置。
 侵食されたほうの腕と一緒に、彼女を抱えて帰宅した後、沙紀と馬鹿弟子二人がかりで、巴さんの斬られた左腕を治す事になったり。
 『魔女の釜』から大量のグリーフシードを引っ張り出してきて、大変だった。完全な大赤字だ。



 あとは、佐倉杏子との緩衝帯にある……その……『ラブホテルの建物の中に』魔女が現れてしまった時は、別の意味で本当に焦った。
 高速型で撤退も容易な俺が、周囲を先行偵察しても、どう考えてもソウルジェムの反応はホテルの中としか思えない。
 幸い、夕方でまだ明るく、全て空室だったため、硬直する彼女たちを尻目に、俺がその場でソウルジェムの中から『変装道具』を出して、彼女たちは変装(俺は女装)し、監視カメラを誤魔化す事に(斜太チカの時のように、稀に魔法だと『機械の目』を誤魔化せない事があるので)。更にラブホテルのフロントに、百万円の札束を積み上げ、全室借り切るという力技を慣行。

 『この可愛い子猫ちゃんたちと、この建物全部使って、今晩一晩、たっぷり愛し合いたいの。お・ね・が・い♪』なんぞと、デタラメこいて、フロントがグダグダ言い始めたのをもう百万追加して黙らせた後、全室の鍵を束で受け取って、更に『録画なんてされたくないの』と、裏の監視カメラや室内の隠しカメラのスイッチも切り、片っ端から鍵をあけて部屋をチェック中……今夜の寝床にしようとして居合わせた、佐倉杏子とバッタリ遭遇。

 ……とりあえず、いい機会だからと、なんとか四人で連携を取って、アッサリ退治したはいいが……佐倉杏子に『好きな部屋使っていいから、鍵全部、帰る時に正面玄関のフロントに返しておいて。あとルームサービスは適当にタダで頼めるハズだから』と、後始末を押し付けたものの……我が家に帰って料理作ってても、沙紀の目線やら周囲のびみょーな空気やら、何も知らないで状況を聞こうとする馬鹿弟子やらで、もう泣きたくなりました、ホントに。

 『お金って下手な魔法よりも強力で凶悪だよね……』とは、沙紀の言葉でしたが、周囲がうなずいてるのを、俺は否定する事が出来ませんでしたです。ハイ。



 あとは……何があったか。そうそう。

 一度、俺たちが狩りの最中、馬鹿弟子が目を離した隙に、隠密型の魔法少女に『沙紀の体』が拉致されてしまった事があった。
 無論、あの一件以降、念のためGPSと警報装置は沙紀の体につけていたので、誘拐発生と犯人の位置は分かるのだが、馬鹿弟子が追いかけても追いつけそうにないとの状況。
 更に、逃走先に仲間にでも待ち構えられてたら、馬鹿弟子のほうが危険である。

 で、そんな時、とっさに暁美ほむらに聞いた事が……『時を止めてる状態で、俺を動かせるか?』。

 次の瞬間、『最速』+『時間停止』のコンボが発動。
 つまり、その……『暁美ほむら背負いながら、俺が全速力で見滝原の街を爆走』して、GPSの位置取りどおりに、誘拐した魔法少女の前に『出現』。
 ハンパな幻術で姿をくらませて逃げようにも、最速&そんなもん効かない俺に、あっさりとトッ掴まり……更に、高所に陣取った巴さんの遠距離狙撃支援がある事を知った誘拐犯は、あっさりと降伏した。

 ……え、誘拐しようとした彼女がどうなったかって?
 とりあえず正義の味方の手前、『殺しはしなかった』とだけ。
 『死ぬよりマシ』か『死んだ方がマシ』かは、彼女の判断だが『痛い思い』はシッカリしてもらった。兗州虎徹で。
 もし仮に、仲間がいる所に帰れたとしたら、背中に拷問気味に刀傷で書いた『メッセージ』の意味くらい、理解してもらえるでしょ。……俺も丸くなったなぁ……

 ……ただ、どうしても分からんかったのが一つ。
 ジェットコースターにしがみつくような状態で真っ青な顔していた、暁美ほむらへのフォローのために『安心しろ。まな板に興味は無いから』と言った所、何故か射殺されそうになった。
 『あなたは最悪だわ』って……沙紀にまで物凄く怒られた。

 ……おかしいなぁ? やっぱりあいつとは、能力的にはともかく、性格的に相性が悪いみたいだ。

 ちなみに『彼女の独断』という事で、『あのメッセージ』を見た魔法少女のグループの代表が、直後、巴さん(と俺アテ)に、即座に真っ青になって詫びを入れに来たそうだが……ま、そのへんの『O☆HA☆NA☆SI』の内容は、割愛って事で。

 ……泣いてたな、彼女。色々な意味で。



 ま、そんなこんなのドタバタはあったものの。
 何とか、今日にまで辿りつけた。

 本来は、連携のために作戦会議を何回か重ねるべきなのだが、佐倉杏子と俺との相性が最悪過ぎるので、一回で即決にしなくてはいけない。その分、他のメンバーとの連携もとってきている。
 不確定要素の排除は、可能な限り済ませてあった。
 と……

 ピンポーン♪

「ん? 巴さんか。あがってもらえ」
「早っ……なんで分かるの?」
「気配で分かるよ。
 ……敵だったら殺気立ってるし、馬鹿弟子だったらはしゃいだ気配、暁美ほむらは嫌々って感じだし。
 巴さんはその点、ナチュラルだ」

 説明しながら、俺は鍋を見る。
 とりあえず、全員、飯を食ってから、作戦会議は始めるべきだと思ったので、例によって今の俺は飯炊き男だ。
 無論、和菓子のストックも抜かり無し! 

「……なんか、お兄ちゃんの『殺気センサー』が進化してるし」
「そりゃ、連日連夜、『魔女退治だー』なんてたんびに、魔法少女や何やとトラブルになってりゃあ、精度も上がるってモンだよ。
 ……中には『人の時間考えず、夜中に訪問して来る』誰かさんな魔法少女もいるしな」
「……」

 巴さんと一緒にあがってきた、暁美ほむらをけん制しつつ。

「で? 集合時間にゃ、まだ早いッスよ、巴さん?」
「料理の手伝いに来たのよ」
「そういう事です、颯太さん」

 名乗り出る二人。
 ……考えてみれば、確かに二人は一人暮らしだし、暁美ほむらも料理くらいは……と思ったのだが。

「……暁美ほむら。キッチンから退場。ゲラアウト」
「っ……!!」

 考えてみれば、心臓病で寝込みっぱなしだった彼女が、料理なんかに気を払うワケが無かったよーで。
 俺は巴さんと一緒に、必死になって料理を作っていた。もー「アレ・キュイジーヌ!」ってなモンだ。

「……見える……お兄ちゃんの背中に、総若白髪で苦労性で赤コートな、英霊様の姿が……」

 なんぞとボヤく妹様。
 ……よけーなお世話である。

「巴さん! とりあえず出来た奴から、皿に盛ってテーブルに並べてください。俺は続きを」
「はい!」
「沙紀、暁美ほむらに茶でも出してやれ。
 和菓子のストックの中から、余った奴があったろ? 一緒に食ってろ」
「わかった!」

 バタバタと動き回る、俺と沙紀と巴さん。
 そんな中、いつものムッツリ顔のまま、ものすごーく居心地悪そうに茶をすすって和菓子をつまむ、暁美ほむら&呑気に笑いながら和菓子をつまみつつ茶をすする沙紀。

「御剣沙紀……その」
「ん?」
「……大物だわ、あなた……」
「えっへん♪ 沙紀様は、我が家ではさいきょーなのだ♪」

 沙紀が無い胸をそらした瞬間、炊飯器から海鮮釜揚げご飯が出来た音が、ピーッ、と鳴り響いた。



「師匠、おいっすー!」
「こんにちはー」

 所定の時間になり、馬鹿弟子と鹿目まどかが到着。
 そして……

「……ヨォ」

 この中で、一番の招きたくなかった客、佐倉杏子の到着。

「……おう。上がんな、まずは皆でメシだ。最後の晩餐になるかもしんねぇからな」
「!?」
「あんだ、聞いてネェのか? 美味いもん食って腹でも一杯にしなきゃ、人間、イイ知恵もやる気も出るわきゃねぇだろ?
 総力戦なんだよ、この喧嘩は。
 っつーか、喰いもん粗末にすんじゃネェよ。もー人数分作っちまってんだ。……あいつに勝つために、嫌でも喰ってって貰うからな」
「っ! ……分かったよ」

 そして……魔法少女と魔法少年……もとい、欠食児童共の宴が始まった。

「美味っ! 師匠、相変わらずメシが美味いです! お金取れますよ、これ!」
「タコ! 金取る商売やってる人たちは、もっとシビアだ。コストパフォーマンス的に、引き合わねぇよ、こんな料理!」
「『こだわりの逸品』って事じゃないですか!」
「単に手が抜けねーだけさ。特にこんな時の料理にゃあ、な。
 ……お代わり欲しけりゃ言いな。まだあるぜ」

 その一言に、『お代わり』の声と共に差しだされる茶碗の数々。……無言で佐倉杏子が出してきたのは意外だったが、まあいい。

 やがて……複数の『ごちそうさま』の声の後。

「……あんた、料理上手なんだな」

 佐倉杏子が、唐突に声をかけてきた。

「あ? まあな……ガキの頃から、オフクロ手伝ったりしたし。親父とオフクロが無理心中した後は、いつも俺が家族に料理作ってたし。
 ……それに、なんつーか、師匠にも叩きこまれたからなぁ。『戦場で誰が飯を炊ぐぞ』、とか。『喰いもんを粗末にするな。命を頂くのなら、三徳六味を以って、死んだ命に感謝して喰え。料理は成仏よ』って」
「……お坊さんだったのか、あんたの師匠って」
「さあな? 得体のしれない、嘘もホントもごちゃ混ぜのインチキ親父だったから、正体なんざ今でも分かんネェよ。
 俺が知ってるのは、ペテンの達人で、剣術と喧嘩がベラボーに強かった、ってだけだ」

 と……

「颯太さん、デザート持ってきました♪」
「え!? 巴さん?」

 そう言って、巴さんが取りだしたのは……やはり、ケーキ。

「『トライフル』っていうケーキです。紅茶とどうぞ?」
「いや、すんませんね……んじゃ、冷蔵庫の和菓子は、会議の茶うけに回すか……」

 そう言って、俺は、斬り分けられたケーキを口にし……

「……っ!」
「お口に、合いませんでした?」
「いえ……その、ケーキと紅茶、舐めてました。美味いッス」

 いや、ホント。シンプルなんだけど、美味しいんだ、これが。
 味の組み立ては分かるけど、これ……俺に作れるかなぁ? 素材を引き出しながらも、究極的なところでバランスが取れていやがる。
 ……って。

「おい、馬鹿弟子、何、ニヤニヤしていやがる?」
「え、いえ、別に♪」
「……見滝原一周、走るか? 腹ごなしに?」
「いえ、結構です」

 ……なんだよ、何か、こう『一本取った』みたいなツラしやがって。皆して……

 ま、いいか。

「んじゃ、食器の片づけは俺がやっておくから、暁美ほむら、こないだ打ち合わせたプランのざっとの説明、よろしく」
「分かったわ」

 そう言って、俺がジャカジャカと台所で洗いもの開始。
 後ろでは、暁美ほむらが説明していく。

 最初の叩き台にする、プランそのものは、結構シンプルだ。
 出現予想地点の中心に、巴さん。そして、両サイドに佐倉杏子と暁美ほむら。距離を置いて、俺。

 もし、中心点に現れたら、快速型の佐倉杏子と、時間停止を持つ暁美ほむらが急行。俺は遠くから銃砲火器で使い魔を排除しながらけん制しつつ、巴さんは撤退しながら全員との合流を目指す。

 佐倉杏子の側に現れた場合は、巴さんが射程を活かして援護しながら、時間停止を駆使して暁美ほむらが急行。俺の仕事もやはり、遠距離射撃。逆も大体一緒である。

 ……問題は『俺が居るポジション』に現れた場合。
 その場合、俺はトットと巴さんの支援攻撃を受けながら、撤退する。……悔しいが、彼女たちと違って、被弾リスクが高すぎるからだ。

「……なんか、チキンくせぇな。殺し屋」
「何とでも言えよ。
 俺は攻撃力と速さはあっても、極端に脆いのは、お前も知ってんだろ? まして、沙紀っつー非戦闘員抱えなきゃ、戦闘にすらなりゃしねぇ。まあ、使い魔の排除をメインに、お前らが攻撃に回る邪魔をしない程度が、せいぜいなのさ」
「っ……!」

 洗い物を終えて、リビングに戻ってきた俺に、絶句する佐倉杏子。
 更に……

「ま、あたしゃいつも通りの御留守番、ってワケですか、師匠」
「御留守番がいなけりゃ、『前』が安心して闘えねぇんだよタコ……こないだの騒ぎだって、憶えてんだろ?」
「……はいはい、分かってますとも」
「師匠への口の利き方が成ってねぇな」

 軽くごつん、と馬鹿弟子の脳天に、拳骨を落とす。

 と……

「お兄ちゃん、その事なんだけど……マミお姉ちゃんと話しをしてたんだけど、ポジションの変更を要求します!」

 唐突に、沙紀が言いだした言葉に、俺は首をかしげる。

「あ? なんだオイ?」
「マミお姉ちゃんと、お兄ちゃん、それと、暁美ほむらさんのポジションを、それぞれ変更すべきだと思います!」
『っ!!!???』

 絶句する俺に、沙紀の奴が続ける。

「具体的には、暁美ほむらさんがFWセンター。
 お兄ちゃんと佐倉杏子が両サイドで、マミお姉ちゃんは射程と火力を活かして後方に。お兄ちゃんは銃火器でけん制しつつ、隙を見て兗州虎徹をワルプルギスの夜に叩きこむ! 
 ……暁美さんは二人の合流まで少し辛くなるけど、時間停止と戦闘経験。マミお姉ちゃんの火砲支援で、何とかしのいで。
 多分、佐倉杏子が辿りつく前に、お兄ちゃんが辿りつくハズだから。そこから佐倉杏子が合流したら、総反撃って事で!」
「ちょっ、ちょっ、ちょっと待てぇっ!! それって!」

 確かに、そのシフトのほうが、『攻撃力』は増す。だが……

「俺が一発でも被弾したら、それでアウトだぞ!?  命が惜しくて言ってるんじゃねぇ! 計算がガタガタに狂っちまうから言ってるんだ!
 そんな博打みたいなプラン、有り得るか!?」
「じゃあ、逆に聞きます。暁美さん、今まで何度も繰り返してたそうですが、この戦力で『博打』も打たないで『確実に勝てる』と思いますか?」
「っ! ……その……正直、ここまで整った戦力で、事前準備の打ち合わせまでしてワルプルギスの夜を迎え撃った事が無いから、なんとも言えないわ」
「OK、『不確定』と判断します! じゃあ聞くよ、お兄ちゃん?
 ……『美樹さんが、鹿目まどかさんの護衛についている』『鹿目まどかさんが、魔女や魔法少女の真実を知ってる』状況である以上、最悪の事態は、ほぼ回避できると思います。
 つまり、お兄ちゃんが目指した『負けない喧嘩』に拘る必要は、もう無いんじゃないかと思われます!
 あとはもう『如何にワルプルギスの夜を倒すか』のみに、傾注すべきじゃないのかと」
「っ!!」

 確かに。沙紀の言っている事は正しい。だが……

「だめだ、お前は生き残る義務が」
「無いよ、そんなの」
「なっ!」

 あっさりと言い捨てる沙紀。
 更に……

「この間も言ったでしょ! お兄ちゃんと一蓮托生なんだって!
 あたしだって『生き残った年数で考えれば』十分ベテランの魔法少女なんだから!」
「……っ!!」

 絶句。
 ……沙紀、お前は……

「『全員戦死しても、美樹さんと鹿目さんは残る!』 ……最低限の保障は、これで十分だよ」
「っ……それは……それは!!」

 下を向いて、絶句。
 ……分かってる。分かってはいる。だからこそ……納得が出来ない。

「分かってるよ。お兄ちゃんがどれだけ私を大事にしてくれたか。
 ……自分を粗末にしちゃいけないのは、分かる。だから、違うの!
 命を粗末にするんじゃない! みんな大事で、全員生きて帰るためにも……『誰に理解されなくても、奇跡も魔法も関係ないカタギのみんなを守る』魔法少女と、その相棒(マスコット)の魔法少年として! 『私とお兄ちゃんが行かなきゃ行けない』の!
 お兄ちゃん、あたしの『命の使いどころ』は……ソウルジェムの使いどころは『ココ』だよ。
 そう決めちゃったんだ。……ごめん! だからワガママに付き合って! お願い……私の、魔法少年!」
「―――――っ!!」

  ……お願い、私の魔法少年! 逃げ遅れた街の人たちを救って!

 そう言って、散って行った冴子姉さんの記憶が、蘇る。
 誰にも理解されず、誰にも褒められず……ただの『ご町内の魔法少女』として普通に生きてきた、頼りない姉さん。
 だというのに……あの時、圧倒的に絶望的な状況下。勝算も何も無い闘いで見せた表情が、なぜ今の沙紀とダブる!?

「冴子姉さん……俺……俺……どうすりゃいいんだよ! 俺は……俺は……あの時、姉さんを守れなかったってのに!
 何で沙紀まで同じような事を言うんだよ! この期に及んで!」

 混乱する。わけがわからない。涙が……止まらない。
 だが……

「大丈夫だよ! お兄ちゃんも! 私も! もう『願いを叶えてる』じゃないの!」
「っ!?」
「私は『死にたく無かった』。お兄ちゃんは『家族を守りたかった』……お兄ちゃんはもう、願いを叶えてるんだよ?
 私を守って、『守り続けて』……ずっとずっと、今の今まで、生きてきたじゃないの!」
「待てよ、それは……」

 当たり前の話だ。
 そう言おうとして、沙紀が叫んだ。

「当たり前なんかじゃない! あんな地獄に放り込まれて、逃げ出さない人なんていない!
 お兄ちゃんは一度も逃げなかった! 一度も諦めなかった! 負けなかったとは言わないけど、負けたらどんな形であれリベンジ果たしてた! 誰が理解してくれなくても、あたしが一番、お兄ちゃんを理解してる! 今日の今日、最後まで『生き残り続けた』お兄ちゃんは『最強』なんだから!」
「っ………」

 絶句。言葉が、出ない。

「私の知る限り! お兄ちゃんが負けっぱなしだったのは、ただ一つ、ワルプルギスの夜だけ!
 しかも、あの時とは状況が違うじゃない! これだけ戦力整えて! 仲間が居て! 下準備済ませて! あとは一体何が不満なの!?
 守れなかった? だったらもう一度『私を守ってよ』!!
 これはチャンスだ、って……お兄ちゃん、自分で言ってたでしょ? 『お兄ちゃん自身の願いをかなえる』チャンスなんだよ、これは!」

 滅茶苦茶だ。本当に……滅茶苦茶である。
 そりゃあ、俺だって……沙紀がそう言ってくれるのは、正直、嬉しい。
 だが、だからこそ……

「……だめだ。
 お前が死んだら、誰がインキュベーターに抗い続けるんだ?
 ……誰も彼もが、俺ら含めて、テメェの事だけしか考えてなくて私利私欲で動いてる。
 そして、真相を知っても『宇宙の果てなら仕方ない』『どーしょーもない』で済まそうとしていやがるのが、大半だ。
 そーいう奴はな、そのうちヘラヘラ笑いながら、キュゥべえと一緒になって『他人を騙す側』に回っちまうんだ。斜太チカみてぇにヨ。
 ……俺は、そんな連中を助けるために『魔女の釜』をデッチアゲたんじゃねぇ……『私利私欲でインキュベーターに喧嘩を売り続けられる』のは、お前しか居ねぇんだよ、沙紀!」
「そんな事無い! マミお姉ちゃんが居る! 美樹さんが居る! 暁美さんが居る! ……佐倉さんは信じられないけど、私は、この三人なら信じられるから!
 だから、美樹さん。この中で多分、一番生き残る確率が高い、美樹さんにお願い!
 もし、私たちが死んでも……お兄ちゃんと私の遺志を、継いでくれる?」

 いきなり、話を振られた馬鹿弟子が、戸惑いながら絶句する。

「っ!! ちょっ、ちょっと待って! あたしは……その、馬鹿だよ……何も見えてない、馬鹿だよ?」
「馬鹿でもいい! 間違ってもいい! 生きて、生きて、生きて! インキュベーターに一矢報いてやるって覚悟、今、決めてくれる?
 お兄ちゃんだって、何度だって騙されて間違って、それでも前に進んできたんだから。
 騙されて、失敗して、それでも『過ちを認めないで格好つけようとせず』。謙虚に自分と向き合って。『失敗した自分』を放っておかず、素直に反省しながら、ヤケにならないで、前に進める?
 誰に理解されなくても、誰に嘲笑われても、自分なりに闘い続けられる、って……美樹さんが『上条さんのバイオリン』に誓ってくれれば、私はお兄ちゃんと安心して、闘いに行けるんだ」

 沙紀の言葉に、美樹さんが溜息をついた。

「なんていうか、その……あたしはその、あたしの前を進んできた人たちが『失敗して死んだ分』まで、背負って行かなきゃいけないのか。
 ……今更だけど、重いな、『御留守番』の仕事って……誰かの弟子になる、って……」
「さやかちゃん……」

 うつむく、鹿目まどか。
 ……彼女にしたところで、負わねばならないモノは、同じである。
 正味、洒落にならないモンだ、これは。
 それでも、この馬鹿に負ってくれる覚悟が無ければ、俺たちは前に進めるもんじゃない。

「先達が達せられなかった事に挑むのは、後輩の務めだよ。
 ……もちろん、私たちはここで『死ぬつもりは無い』。でも、人間も魔法少女も魔法少年も、いつか死んじゃう。
 その時に、『何を爪痕として後に残していくか』。それだけは真剣に考えて、生きて行く必要があると思うの。
 もちろん、美樹さんなりのやり方でいい。全部が全部、やり方をトレースしろなんて、お兄ちゃんもあたしも、望んでない。
 だけど、『後を継ぐ』って……『意思を継ぐ』って……『人間が生きる』って、究極的に、そう言う事なんじゃないかな?」

 沙紀の言葉に……馬鹿弟子が、力強くうなずいた。

「……うん。分かった、だから……マミさんも、師匠も、転校生も……ついでに、あんたも。全員、生きて、帰ってきてね」
「当然! だって私のお兄ちゃんは最強なんだから!
 『当たらなければ、どうという事は無い』……昔の人は、いい事を言ったものね♪」
「……そりゃ、当たっちまった事、何も考えてネェ馬鹿だとしか思えネェんだよなぁ……」
「お兄ちゃんみたいな『そういう戦い方』を続けてきた人が言っても、説得力絶無だよ」

 ぐは、否定できません。
 ……だから……

「……分かった。シフトはそれでいい。
 だが……そうだな、前線部隊の二人……とくに暁美ほむら、この中で一番、サバイビリティの高いお前に頼む。もし、間合いが近ければ、巴さんでも、誰でもいい。

 俺は、俺の戦い方しか出来ん!

 『もし、俺が死んでも、沙紀のソウルジェムがまだ生きていたら』。沙紀の体に帰してやってくれ。ああ、間違っても、ソウルジェム併用なんて考えるなよ?
 ……俺の場合は、被弾=即、死だと思うから、死ぬ時は唐突だと思う。
 心構えはしておいてくれ」
「……承ったわ、御剣颯太」
「そんでな、馬鹿弟子……もしもの時はすまんが、沙紀の面倒を頼む。
 ……こいつはこいつで、俺の戦い方を見てきたハズだから、良いコンビになれると思う。
 暫くは頭脳労働専門になるだろうが、だからといって甘やかしすぎないでくれ。いつかこいつも独り立ちして行かなきゃいかんから……そうだな、銃器を使えるようになれば、一丁前だと思う」

 と……

「御剣颯太、その時は、私が彼女に銃を教えるわ」

 不意に……予想だにしない申し出に、俺は戸惑った。

「暁美……ほむら?」
「勘違いしないで。
 ……この時間軸が、今までで一番、まどかが生存する見込みがあるから、言ってるの。
 流石に、ね……私だって、そこまで不義理では無いわ。
 ここまでまどかが生き延びられるお膳立てを整えてもらって、自分だけ何も返せないなんてのは、ね……ただし、私のはあなたのと違って、多分に我流混じりよ? それでも」
「構わん。撃てて使えりゃそれでいい……それに、インキュベーターにムカついてんのは、テメェも一緒だろ?」
「当然」

 考えてみれば……インキュベーターのおぞましさを、一番知っているのが彼女である。
 ……単に、俺とのウマが合わないだけで、沙紀とは中々いい感じみたいだし……ああ、完全に盲点だったわ。

「よし! それじゃ、改めてポジションの確認をしよう。
 FWレフト御剣兄妹、FWセンター暁美ほむら、FWライト佐倉杏子。MFに巴マミ。DFが美樹さやか……ほんと、超攻撃型シフトだな、オイ。
 ……何か他に意見はあるか?」

 と……

「あの、さ」

 不意に、佐倉杏子が、手を挙げた。

「そのポジション……FWのセンターが、一番ヤバいんだろ?」
「まあ、可能性としては、高いしな。でも、FWのポジションがヤバいのは、どこも一緒だ。
 他のFWが集合するまで、MF……巴さんの支援攻撃だけで生き延び無きゃいかん。
 むしろ、可能性としてはサイド寄りに現れた時が、一番やべぇ。集結し切るまで、手間がかかるからな。
 そう言う意味で、高速型の俺とお前二人を、両翼に振るのは定石だよ。最悪、逃げながら合流する事も、視野に置いておく事だ」

 佐倉杏子の疑問も、もっともだ。
 何しろ、彼女は俺に対する負い目だけで、付き合ってもらってんのである。
 正味、彼女一人だったら逃げたっておかしくないのだが……。

「……じゃあ、あんたはドコが一番ヤバいと思ってる?」
「ドコもヤバいに決まってんだろ? むしろDFまで含めて、ヤバくねー場所探すほうが大変だよ……馬鹿じゃねーのか、お前?」

 呆れ返る。
 負い目があるからって、入れ込み過ぎだぜ、オイ。こりゃあ、ガス抜きしといたほうがいいな。

「なぁ、おめーが俺にどんな負い目があんのかなんて、俺は正味、知ったこっちゃネェよ。
 確かに、俺の家を破滅させたおめーの親父にゃムカついてっけどヨ。
 おめーにゃ正味、なーんの罪もねぇ。『親の罪』ってのは子供に及ばねぇようになってんだよ、日本の世の中ってのは。
 っつーか、親がバカなあまりに地獄見たのは、お前も俺も、一緒だろ?
 それでも、あン時の事気にしてんだったら、悪いのは筋も道理もわきまえず、正義気取って八つ当たりカマした俺が悪いんだから。しかもお前は『俺には』リベンジ果たしてんだ。遺恨は無しにしようぜ?
 そんな事よっか、全員生きて還るために、俺たちは全力を尽くさにゃならん。そんだけの話だろ?
 おめーがいつも、人間様や魔女相手にやって生きてきた事と一緒。違うとすりゃ『お前が普段喰いもんにしてきた魔女や人間』よりも『歯ごたえがあり過ぎる』ってダケの話だよ」
「っ……!」
「人間を魔女が喰って、その魔女を魔法少女が喰う。おめー、自分で言ってたじゃねーか?
 まさか、今更『歯ごたえあり過ぎるから食べられません』ってか? 天下の佐倉杏子様は、そんなモンだったのかい?
 餓えたガキみてーに、俺の飯食っておいて、今更、一飯の恩義も無しか?
 それとも、アレだ。
 『俺の師匠的』に言うなら、おめーは完全に餓鬼道に堕ちてんのか? 俺がやった事は施餓鬼供養なのか? 修羅道でゴロ巻いてる俺より上等な、天道行って、やりたい放題、空まで飛べる魔法少女様がヨ?
 天人五衰で魔女化する前に、やることやってから死ねっつんだヨ……って、切支丹に六道輪廻で解いても意味ネェか。
 まあ……なんだ。気楽に考えろ、って事さ。『いつも通りだ』って……ヨ」

 と……

「違う……違うんだ……」
「あん、何だヨ? 俺の見立て、何か間違ってたか? 言ってる事、なんか間違ってたか?」

 考えてみりゃ、彼女は切支丹だ。仏門の寝言なんぞ、通じるワケが無いか。

 と……

「佐倉杏子! だめよ!」
「ちょっと、だめだよ、あんた! 今、それは言っちゃいけない!」
「ダメだ! あたしゃもう耐えられない! 腹が一杯なんじゃない!
 こんなスゲェ奴から、あんな美味い飯を食わされて……もう、胸がいっぱいいっぱいなんだよ!」

 な、なんだよオイ?
 馬鹿弟子と暁美ほむらの奴が、引き留めるのもきかず、涙を流しながら。佐倉杏子はその場で、ひざまづいた。

「あたしが……あたしが悪いんだ……」
「あ?」
「あたしが、馬鹿な『祈り』をしたせいで……あんたたちまで、巻きこんじまったんだ!!」
「……!?」

 何を……言ってるんだ、こいつは?

「あたしが、魔法少女になった祈りはね……『みんなが、親父の話を真面目に聞いてくれますように』って……」
『っ!!!!!!!!』

 ……な、ん、だ、と……

 ぐらり、と世界が傾く。
 ……理屈で理解できる事が、頭で理解できない。

 俺は。いや、俺だけじゃ無い。
 沙紀も、姉さんも、父さんも、母さんも。
 今まで……今の今まで、あの日から……見滝原に来てから。『親父やオフクロが狂って行った時から』、魔法少女に人生玩具にされてたってのか?

 俺の家族は……俺自身も含めて『魔法少女の玩具』だったってのか?

「だから、あんたたちは闘う必要なんてない! あたしがその分闘って償う!
 だから、あたしを一番ヤバい所に置いてくれ! 頼むよ!」
「……なんだよ、それ……おい……なんなんだよ……」

 と……

 バタリ……

「沙紀っ!
 ……おい、グリーフシード! 『沙紀のソウルジェムがやばい!』」
『っ!!』

 ショックのあまり気絶したまま、物凄い勢いで濁って行く、沙紀のソウルジェム。
 俺たちは慌てて、手持ちでありったけのグリーフシードを使う。

 ……間に合え……間に合え……

「沙紀っ! 戻ってきてくれ! 家族だろ! 俺たち家族だろうがっ!! 
 頼むよ! 俺まで置いていくな! 一緒に生き残るんだろう!!」

 次々に使い捨てにしていく、グリーフシード。……だめだ、間に合うのか、間に合わないのか……ギリギリだ!

「っっっ……くそぉっ『姉さん』ごめん!!
 沙紀! 姉さんだよ! 姉さんがそっちに行くなっつってんだ! だから返って来い! 沙紀ぃぃぃぃぃ!!!!!」

 最後の最後……『姉さん』だったグリーフシードを使い……それで、ようやっと、沙紀のソウルジェムの濁りが止まって行く。

「ん……ぁ……お、兄ちゃん?」
「沙紀……お兄ちゃんだよ! お兄ちゃんはここにいるから! 勝手に行くな! 勝手に絶望したりしないでくれ、沙紀!」

 あたりに散乱する、孵化しかけのグリーフシード。もう、『魔女の釜』で処理してしまえば、『姉さん』の見分けなんて、つかない。
 今、本当に。最後の最後の希望のために取っておいた、姉さんは『死んで』しまったのだ……

 沈黙。
 そして……

「……少し……二人で考えさせてくれ」

 沙紀を抱きかかえ。
 俺はみんなを残して、二階の自分の部屋へと上がって行った。



[27923] 第四十五話:「営業遅ぇんだよ、キュゥべえ……とっくの昔に、俺はもう『魔法少年』なんだよ……」
Name: 闇憑◆27c607b4 ID:cb2385d9
Date: 2011/07/31 11:24
 トッちらかったグリーフシードを、家を出て『魔女の釜』に放り込んだ後。
 『処理』もそこそこに家に戻り、俺は沙紀の手を握りしめた。

「沙紀……あのさ。お願いがあるんだ」
「ん?」
「一緒に、遠くに行かないか? 見滝原を離れて……誰にも迷惑のかからない、田舎にでも引っ込んで。
 ワルプルギスの夜なんか、どうでもいい。佐倉杏子の事も、どうでもいい。
 俺にはもう、家族は……お前しか居ないんだ。『お前と共に挑めれば、あるいは』なんて……俺が間違ってた」
「……………」
「魔女の釜の再構築は、ちょっと手間だけどさ。
 他所の縄張りとカチあわないように、上手くやりくりして……二人だけで、静かに暮らさないか? お金なら、あるんだから」

 俺の言葉に、沙紀が首を横に振った。

「そうやって、逃げて……また『何も知らない魔法少女の襲撃』に怯える生活を、続けるの?」
「お兄ちゃんは大丈夫だよ。今まで、そういう風に生きてきたんだから。これからも、ずっと……」

 と……

「だめだよ。もうマミお姉ちゃんも、美樹さんも……暁美さんだって、まどかさんだって、友達なんだから」
「……そっか。沙紀の、重要な『友達』だもんな」

 沈黙。
 そして……

「だからお兄ちゃん……私のワガママ、聞いてくれるかな?」
「何だい?」
「……私、佐倉杏子が許せない……」
「っ!!」

 じわり、と滲むように濁り始める、沙紀のソウルジェム。

「だめだ……誰かを憎むとか、そういったのは『魔法少女には許されない』事なんだから……」

 希望をつかさどる魔法少女には、常に前向きな心構えが求められる。
 逆を言えば……『人間らしい憎悪だの復讐心だの怒りだの』とは、相容れないモノなのだ。
 それらは、呪いとなってしまい……結局、己の身を滅ぼす事になってしまう。

「うん。だからね……『私に出来ない事』、お兄ちゃんにお願いしても、いいかな?」
「っ……!!」

 それは……つまり。

「魔法少女って……『卑怯者』だよね。
 『自分自身の力』じゃ何一つ出来ないくせに、奇跡だとか魔法だとか『どっかの誰か』から授かった力で、好き放題……私なんか、その最たるものじゃない?
 お兄ちゃんが居ないと、生きる事すらも許されない。
 だから私は、生きてるだけで……」
「生きてるだけで、俺には嬉しいんだよ! 沙紀! こんなの何でもないんだ!
 だから、一人になんて、しないでくれ。頼むよ、沙紀……たった一人の、家族なんだから。お前は俺の希望なんだよ!」
「うん。私とお兄ちゃんは、一蓮托生だよ。
 だから、『私は友達のために、ワルプルギスの夜』に、挑むよ」

 !?

「本当はね……私は『闘えない』ワケじゃないの。
 ……実は『トッテオキ』があるんだ。私には。でも……」
「待て。それは……」

 嫌な予感がする。
 この期に及んで、沙紀が口にする意味、それはつまり……

「うん。実はね……自爆技なんだ、殆ど。
 多分、どんな魔女でも倒せる……ってわけでもないけど、『お兄ちゃんが守り続けてくれた、今の私なら』『魔女の釜と組み合わせれば』かなりイイ勝負が出来ると思う。
 でも、それを使うと、私は多分……」
「ダメだっ! 絶対だめだ……それは使っちゃいけない! 特に、暁美ほむらには……絶対言うな」

 あいつの基本は、魔法少女で非道で非情だ。鹿目まどかを守るために、沙紀を特攻隊に仕立て上げかねない。

「だったら。絶対に生きて帰ってきて。そんで、ワルプルギスの夜に、みんなと一緒に挑もう?
 復讐は……『御剣家の復讐』は、佐倉杏子で『終わり』じゃないよ?」
「沙紀……っ……分かった。
 お前の力を借りないで。『俺が出来る、全てを駆使して』……俺は『佐倉杏子に挑む』。
 だけど勝負は一瞬だ。失敗したら俺は死ぬ事になる。
 それでも、お前は……『絶望しないで、友達と共に生きる覚悟は、あるか?』『友達を最後まで信じてやる博打を、最後まで張り続けられるか?』
 それが出来ないなら、お前のそのワガママは……お兄ちゃん、聞いてやることが出来ないな」
「っ……わかった」
「あとな、沙紀……付け加えるなら、一つ。
 『俺が一番、佐倉杏子を許せない』……意味は、分かるな?
 だから、お前は……『魔法少女のお前は』彼女を恨む必要は無い。お前の分の恨みまで『もう手遅れな』俺が背負う!
 そして、俺が『奴に敗れて死んだとしても』ワルプルギスの夜はやってくる。その時は『みんなのために、佐倉杏子とでも手を組んで、ワルプルギスの夜と闘うんだ』!」
「そんなっ! ……できる訳が」
「やるんだ!
 ……この復讐劇は『御剣家を代表した俺個人』が、全て背負う!
 『どんな理由があっても、どんな金持ちでも、どんな貧乏人でも、それを理由に、他人を不幸にしていいワケが無い』んだよ。
 ……魔法少女の力ってのは、本来、『そういうの』を救うためにあるモンなんじゃないのか?」
「っ……でも」

 戸惑う沙紀の言葉に、俺は続ける。

「俺はな……お兄ちゃんは人殺しだ。だけどな、『殺したくて殺してきた相手なんて、一人も居ない』。
 だが、アイツは別だ。
 あいつは、『自分と身内が生きるために、他人の人生を食い物にする事』に、何の躊躇も疑問も持たない奴だ。挙句、デタラメな願いをカマして、俺の家族をメチャクチャにしやがった……特攻一つでチャラに出来るほど、あいつの罪は軽かぁ無ぇヨ。
 今、俺はな……生まれて初めて、生きてる人間様を、『自分の意思で』『殺してやりたい』『消してやりたい』って思ってんだ……その殺意を、俺は否定出来ねぇし、押さえきる自信が無ぇ。だから、一緒に、逃げるつもりだったんだ。
 だからな……沙紀、お前は『傍観』していろ。何があっても、絶対に当事者になるな!
 殺したのは俺、殺し続けてるのも俺。俺は、俺の意思で『人』を殺す。……それが、殺人剣の俺の流儀だ。
 お前は魔女になんて、絶望に堕ちちゃいけない。
 お前は、俺が死んだとしても、誰に理解されなくても。死ぬまで『どこかの誰か』の希望になるんだ。いいな?」
「っ……分かった!」
「よし! ……じゃあ、行って来る。
 ……久しぶりに『悪魔の自分』を取り戻す事が出来たぜ。ありがとうな、沙紀」

 そう言って、俺は……久しぶりに『修羅』へと変わった。



「……待たせたな」

 『準備』を整え、俺は階下へと降りる。

「っ……その……」
「沙紀は寝てる。
 ソウルジェムが濁るのを落ち着かせるために、俺が睡眠薬と精神安定剤を飲ませて、寝かせた」
「……そうか。あたしが迂闊だった。すまなかった」

 ……すまなかった……だと?
 ……上から目線で何様だよ、テメェは、佐倉杏子っ!!
 ……好き勝手しながら他人を喰い物に、のうのうと生きてきたテメェに、俺ら兄妹の絶望の、ひとっ欠片でも理解出来てンのかヨ……
 ……悲劇のヒロイン気取りか? ざけんじゃねぇよ……

「いや、いいさ……まあ、何だ。
 とりあえず、全員、茶でも飲んで一服つけて、落ち着こうや。ギスついた空気じゃ何も出来やしねぇし、今後の方針ってモンを考えなきゃなんねぇ」
「颯太さん……」
「巴さん……あと、馬鹿弟子。すまんな、みっともない所を見せた。
 ……っつーか巴さん、あんたにゃみっともない所を見せっぱなしだ。すまん。『本当にすまん』な……」
「いえ……その……颯太、さん?」
「ん?」
「いえ。何でもありません」

 何か、戸惑ったような表情の巴さん。
 ……感づかれてないと、いいんだが……まあいい。
 これは、俺が編み出した『初見必殺』の手口だ。正味、マトモじゃない手段だからこそ、何をされたか理解できる奴は、この場に居ないだろう。

「冷蔵庫の和菓子がある。そいつを食いながらでいいだろ? あ、先に茶を淹れてやるよ」
「え、でもそのくらいは……」
「『あの料理下手な』沙紀に、茶の淹れ方教えたの、誰だと思ってますか? ほんっと、苦労したんだから」

 そう言って、俺は茶を淹れる。

「『このくらいは出来るようになれ』ってね……友達が来た時に、茶の一杯も出せないようじゃ、御剣家の恥だぞ、って」
「そうですか」

 そう言って、全員に茶を振る舞う。
 ……ここまではいい。本命は……

「そんじゃ、お菓子だ。練り切りで、紫陽花にしてみた」

 そういって、全員に置いていく。『佐倉杏子の分まで』。

「わぁ……やっぱ師匠、お菓子作りは天才だなぁ。いただきます」
「ん、喰ってくれ。『しっかりと』……」

 そして……

「ああ……美味そうだな。いただきま」

 初見必殺!!
 そう心の中で叫びながら、佐倉杏子が和菓子を手に持って、口に運ぶ、その瞬間。

「っっっ!! だめっ、佐倉杏子っ!」
「チッ!」

 暁美ほむらの叫びと共に、俺は……『練り切りの和菓子に偽装したC-4』に仕込んだ、マイクロチップ型の遠隔起爆信管のスイッチを押した!

 ぼむっ!!

 何時の間にか開け放たれた窓、そして、空中で爆発する『和菓子爆弾』。
 ……時間停止か、くそっ!

「っ!!」

 次善の策……俺は、右腕をまっすぐにのばし、袖口のスライドレールからバックアップの銃を手にし、佐倉杏子のソウルジェムに向かって、全弾発砲!

「やめなさい、御剣颯太!」

 暁美ほむらの盾で、全てが弾かれる。くっ……22口径じゃ無理か!

「くっ!」

 キッチンのナイフを手に、最後の突撃に挑もうとして……俺の全身に、巴さんのリボンが絡みつく。

「やめて、颯太さん!」
「放せっ! 巴さん! 放してくれぇえぇぇぇぇぇっ!! こいつは、こいつだけは!! 刺し違えてでもブッ殺してやるんだああああああああ!!」

 ギリギリと肉に喰い込むリボンを無視して突っ込もうとして、ぶつぶつと肉に食い込み、血が吹き出る。
 ……構うものか! 首が千切れても、こいつに齧りついてやる!!

「師匠、やめて! こいつを殺す価値なんて、師匠には無いよ!」
「うるせぇ! 父さんと母さんの……こいつは『御剣家全部』の敵なんだ!! 殺してやる! 殺してやるぞ、佐倉杏子おおおおおおおおおおおおっ!!」

 さらに、馬鹿弟子に取り押さえられる。
 ……チェックメイトだ。
 もう何もできない。吠えるしか出来ない。
 だったら吠えてやる。叫んでやる。今、出来る限りの全てを以って、俺は佐倉杏子を殺してやる!
 最後の最後まで、こいつは俺の敵だっ!!

「あっ……あっ……あっ……」

 愕然とした表情で、ずるずると後退する佐倉杏子……逃げるなよ……逃げるんじゃねぇよ!
 刺し違えてでも、俺はお前を殺さないといけねぇんだよ……生まれて初めて、俺は俺の殺意で『人を殺してやりテェ』んダヨ!!

「逃げなさい、佐倉杏子! 逃げなさい!」
「うっ、うっ……うわあああああああああっ!!」

 開け放たれた窓から、全力で逃げ出す佐倉杏子。
 
「テメェ、逃げるんじゃねぇ! 逃げてんじゃネェぞ、コラァ!! 殺してやる、殺してやるぞ、佐倉杏子ぉぉぉぉぉ!!!!!」

 俺の魂からの絶叫が、虚しく周囲に響き渡った。



「……迂闊だったぜ。
 そういえば、爆薬とかの知識を持ってんのは、『俺だけじゃ無かった』んだな」

 巴さんのリボンにふんじばられたまま。俺は魔法少女三人と、鹿目まどかに囲まれていた。

「……そういう事よ、御剣颯太」

 魔法少女の盲点……『現代火器、近代装備という視点、視野の持ち主』は、俺だけでは無かった、って事か。

「は、ははは……あと一手、食紅とかで手を凝らすべきだったな……
 俺を殺すか、時間遡行者?」
「っ……!」
「御剣沙紀は、リタイヤ。御剣颯太は、見ての通り。佐倉杏子を味方に、ワルプルギスの夜に挑んだ方が、ナンボか効率的だぜ?」
「……そうね。それが一番ね……あなたも、覚悟の上だったんでしょうし」
「ああ。お互い、『一番大事なモンが守れれば、それでいい』だしな」

 と……その時だった。

「ごめん。あたし、師匠殺すなら、あんたと組めない」
「美樹さやか?」

 意外なところからの助け船に、俺は戸惑った。

「……あのさ、転校生。師匠が怒り狂うの、当たり前だと思わない?
 佐倉杏子がいくら謝ったって『知らなかった』とか『ごめんなさい』とか、そういった話で済むレベルの問題じゃないと思うよ、これ」
「っ……」
「あたしは勝手にまどかを守る。でも、あんたとは組まない……組める訳が無いよ。
 ……ごめん、師匠。あたし、知ってて黙ってた。
 流石に言えなくて……だから、あいつと一緒に、殺してくれていいよ」

 と。
 さらに、巴さんまでもが。

「そうね。流石に……私も、佐倉杏子に同情はするけど。それでも、颯太さんの怒りは当たり前だと思うわ。
 それに……今、颯太さんは、何で『ワルプルギスの夜に挑む、効率的な手段』を口にしたの?」
「……あいつも姉さんの敵だからさ。それだけだ」
「違う。それはあなたの『御剣詐欺』よ。
 『どんな理由があろうとも、他人を不幸にしていい理由は無い』。
 ……あなたは、ワルプルギスの夜がもたらす絶望を、誰よりも知ってるから、それに挑む『希望』には手を出さなかった。違う?」
「さーな? 知らねーよ、そんな事は」

 と……

 バシッ!

「っ……!!」

 巴さんに頬を叩かれて、俺は絶句した。

「いい加減にして。颯太さん!!
 ……そんなに、『魔法少女が信じられない』の?」

 その言葉に……俺は、キレた。

「……………何を、信じろってんだよ……………
 アカの他人の人生、ワガママ勝手な祈りや恋で、滅茶苦茶にしてひん曲げて……挙句、誰かに人殺し、親殺しまでさせておきながら、悲劇のヒロイン気取ってヤサぐれて。他人様の食い物や、寝床にまで好き勝手に手ぇ出して。
 その上、テメェの縄張りで使い魔見逃して人殺しさせたグリーフシード集めて好き勝手した揚句に、『私が食物連鎖の頂点だ、文句ある?』ってか?
 アイツ一人が生きてくために! アイツ一人の祈りのために! 俺含めて、今まで何人、いや、何十人? 何百人? どんだけ他人の人生、不幸にさせて狂わせてんだよ?

 アイツ何様だよ! 『天下の魔法少女様です』ってか!? ザッケンジャネェ!! 裏で絶望と不幸撒き散らしといて、何が希望だクソッタレ!! キュゥべえのやってる事と何が違う!?

 『テメェで手を汚して無いから、あたしは綺麗です』ってか? ふざけんなバカヤロウ!! 人間様が、どれだけ必至になって、オマンマ喰っていると思っていやがる!
 どんな奴隷にだって家畜にだって、最後の最後、死ぬ間際まで『主人に反抗する権利』ってのは、不可侵のモノとしてあるんだぞ!
 いっぺん屠殺場行ってみろ! モーモー鳴いてる牛だって、ドナドナこいて『ただ大人しく処理されてる奴ら』ばっかじゃねぇんだぞ!? 眉間の急所にぶち込む鉄砲が少しズレりゃ、死に物狂いで死ぬまで大暴れすんだ! 『そんな連中と』食肉処理業者の人は、日々、命がけで格闘する覚悟キメながら、オマンマ喰ってんだよ!

 生き物を……まして『人間様』を相手にするってのは、そーいう事なんだよ! 上から目線で舐めて甘く見てんじゃねぇ!!

 ああ、俺は魔法少年だよ! 魔法少女がいなければ何もできない、ただの相棒(マスコット)だよ! だが、そんな俺にだってなぁ……『絶対組めネェ魔法少女のご主人様』ってのは、居るんだよ!!
 挙句に、人を『殺し屋』呼ばわりだぁ? 俺を殺し屋に仕立て上げたのは、テメェの無茶な祈りのせいじゃねぇかっ!!
 ああ、殺したのは俺だし、殺し続けたのは俺だよ。だけどなぁ……『アイツにだけは『殺し屋』なんて言われたくネェよ!!』
 そんな奴を……『そんな連中の、ドコの何を信じろってんだよ!!』」
「私は、佐倉杏子ではありませんよ?」
「っ!!」

 そうだ……彼女は……彼女の祈りは……ただ助かりたい。
 それだけだったのだから。

「っ……すまねぇ……ちょっと、魔法少女全部……アイツと混同してた」
「いえ。気にしないでください。
 颯太さんの怒りは……魔法少女相手に、酷い目に遭い続けてきたあなたなら、当たり前です」

 そう言うと、巴さんは……俺が出した和菓子を、あっさりと口にした。

「っ……巴さん!!」
「うん。美味しいです。颯太さんの味です」

 その笑顔に……言葉が出ない。

「あんた……馬鹿だろ!? 俺が何をやったか、見ただろう?
 『殺す』と決めた相手に対しての、俺の手口はマトモじゃねぇんだぞ!?」
「『魔法少年が信頼する魔法少女に信頼されている限り、その魔法少年は決して魔法少女を裏切らない。
 魔法少女を傷つけてでも魔法少女の命を救い、魔法少女を欺いてでも魔法少女の心を救う。あらゆる手を尽くし、己の命を度外視して』
 ……颯太さん。
 私は、颯太さんを信じてますよ?」
「っ…………!! 巴……さん!!」

 と。
 さらに。

「あの、さ。御剣さん……あの……私、聞きたいんだけど……杏子ちゃん、どうしても許せない?」
「あ?」

 鹿目まどかが、問いかけて来る。

「知り合いなの……ちょっとした事で、話、するようになって。
 すごくいい子だったの……本当は……でも……御剣さんも、厳しいけど、優しい人だって、私、知ってる。
 だから、どうしてこうなっちゃったのか、私には分からないの。
 なんでなの!? ねぇ、教えて! 御剣さん、すごく頭いいんでしょ!?」

 その質問に、俺は、あいつの親父の説法を思い出し、真剣に考え直してみる。
 その答えは……

「多分な……それは『間違ってない』事が『正しいとは限らない』……って事じゃないのかな?」
「どういう、事?」
「簡単だよ。
 Aが間違いだったから、修正してBにしてみようとした。でもBは結果的にもっと間違っていた。さらに修正したCはもっともっと間違っていて、結局Aが一番ベストだった。直そうと思って壊してしまう。……世の中にゃ、よくある話さ。
 あいつの親父の説法を、いっぺん俺も聞いたんだけどな……何一つ間違ってなかった。でもな、『間違ってないだけ』だったんだ。
 それが『間違ってない』ってだけで『正しい』なんて保障が、ドコにもありゃしないってのを知らないで、あの親父さんは信者引きつれて、突っ走っちまったんだろうな……俺の両親や、自分の娘まで含めて。

 俺は、切支丹の事は正味、門外漢だが……多分、あの人の『正しい教え』ってのは、結局、『元の教え』との対比でしか成り立たない代物で、結局『元の教え』から抜け切れて無かったんじゃないのか?
 『元の教え』と比べてみりゃ『正しい教え』のほうが、単純な比較実験じゃあ優れてるのかもしれないけど、それが『無限に近い比較対象』を持つ世間様に通じるかどうかってのは、別問題だと思うんだ。
 宗教とか、そういったのってのは、膨大な年月の積み重ねで、先人たちが練磨してその土地に合うように収斂されてきたモノだ。
 一個人がどーこー弄って変えられるのは、どんな天才でもほんのちっぽけなモンだと思うんだよ。

 仏教にも、小乗と大乗ってあってな……解釈は色々あるんだが、一個人が悟りを開いて誰かを救って行くのを『小乗』っつーんだ。
 無論、その場合、個人が救えるのは、ほんの一握り……だってのに、アイツの祈りは『みんなに話を聞いてもらいたい』なんて『大乗』に属するモンで、個人で救えもしないモン全部……あいつの親父まで救おうとしちまった。
 結果、船に例えれば、定員オーバーで沈没しちまった……そして、『みんなが不幸になった』って事さ」

「っ……そんな……知らなかったのなら」

「『知らなかった』で済まねぇよ。
 何にしろ『アイツの願い』が俺の家族やアカの他人の人生を踏みじった揚句に、それで反省するならまだしも、『他の関係無い誰か』まで大勢踏みにじり続けながら、のうのうと『弱肉強食』なんて餓鬼畜生の理屈嘯きながら、生き続けていやがる。
 ……どこに情状酌量の余地があるんだよ?
 あいつは魔法少女としての天道どころか、人道も、修羅道すらも踏み外してる……正味、餓鬼道に堕ちてるとしか思えネェぜ」
「餓鬼道?」
「喰っても喰っても餓えと渇きに悩まされながら、地獄をさまよう餓鬼っつー亡者みてーなモンがウロつく世界さ。
 『他人を慮らなかったために』餓鬼になった例も、あるそーだ。
 ……まあ、俺の仏教知識なんてのは、師匠の受け売りをネットで軽く調べ直した程度だから、気になるなら自分でよく調べ直しておきな」

 と……

「まどか。彼と理屈で渡り合おうとしてはダメよ。ペテンの天才なんだから」

 暁美ほむらに制止され……俺は笑った。

「……ま、否定はしねぇよ。
 で、どーしてくれんだ、時間遡行者様よぉ? この結末があり得る可能性、あんた知ってたんだろ?
 ……それを知ってて『人の名前を借りる』たぁイイ根性してると思うぜ? 流石、『愚か者相手には手段を選ぶつもりは無い』って宣言してくれただけ、あるわ。チート知識持ちは違うね」
「っ! それは……」
「別に、責めてるんじゃねぇ。むしろ褒めてるんだ。
 ああ、俺も『人生やり直せたら』、お前さんと同じ事をやってただろうさ? 意地でもぶん殴って両親引きずり出して説教してやったさ。そうすりゃ、冴子姉さんは魔女にならず済んで、俺も誰も殺さずフツーに暮らして、沙紀だって……まあ、何とかなっただろうさ」
「だめよ、御剣颯太!
 あなたは、今、インキュベーターに、踊らされようとしているのが分からないの!? 分かるでしょう!? あいつが何を考えているかくらい!
 ここで戦力をガタガタにしてしまえば、まどかは契約して、皆が死ぬ運命が待ってんのよ!」

 ……はぁ……

「……あのさ、それ、今の俺に、何か関係あんのか?」
「なっ!」
「俺個人が、ワルプルギスの夜に挑む動機は『復讐』だよ。
 じゃあ、さ? 『何で俺がワルプルギスの夜を、敵と狙うようになったか』……お前さん、一度でも考えた事でもあるのかい?」
「っ!!」
「アイツがさ。佐倉杏子が、結局、俺ら御剣家にとっちゃあ『諸悪の根源』なんだよ……分かるか?
 それと手を組めってのはヨ、『俺にはとてもできない相談』なんだよ。俺含めて、世間様舐めるのも、いい加減にしろってんだ……いいか? 『世界がどうなろうが宇宙がどうなろうが知った事か』ってくらい、今の俺は完全にキレている。
 ……教えてやるよ。人間、キレるとワケが分からなくなる奴ばかりじゃないんだぜ? むしろ冷めちまって、嗤えるよーになる馬鹿も、中にはいるんだよ。俺みてぇな。
 だから、さっさと殺しておきな? でないと……本当に何しでかすか、分からないぜ?」
「あなたはっ!」
「笑わせるぜ、魔法少女! 人としての仁義に唾吐いたテメェのナニを、今更信じろっつーんだ!?
 『信じられない事』くらいしか『信じる要素が無い』テメェが、今更世界がどーとかヌカしてんじゃねぇ!!
 ……『俺は』降りたぜ。テメェがカマした最悪のペテンの結果だ。責任とんな。
 そんくらい受け止める覚悟じゃなきゃ、『他人に嘘ついて踊らそう』なんて考えてんじゃねぇよ……馬鹿弟子のほーが、まだマシだぜ」
「っ……分かったわ!」

 そう言うと、彼女は……彼女も、俺の和菓子を手にとって、飲み下した。

「さあ、起爆させてみなさいよ! やってみなさいよ! そのかわり、まどかは絶対救いなさい、イレギュラー!」
「……馬鹿が……テメーのそれも、ただの練り切りだよ」
「っ!! あなたは……」
「元から、アイツの以外爆薬じゃねーよ……そこまで無差別に狂っちゃいねぇさ。いや、狂ってんのは事実だけど……言ったろ? 『キレたら冷める』タイプだ、って」

 絶句する暁美ほむら。……いい薬だ。

「じゃあ、こーしよーぜ?
 俺か、佐倉杏子か『どっちか』が生きて帰る。沙紀は俺が帰って来た場合のみ、一緒にワルプルギスの夜へと挑む!
 ……正直、沙紀にそれは言い含めてある。こんな結果になるなんて、考えても居なかったがな。
 あいつとの勝負は……第四ラウンドへ持ち越しだ!」
「そんな!」
「無理なモンは無理なんだよ!!
 俺は……いや、『俺と沙紀』は、佐倉杏子とは絶対に組めない。天地が逆さまになろうが、世界が滅びようが『佐倉家のペテンに踊らされた御剣家全ての無念にかけて』だ!!
 沙紀には出来ない……アイツは魔法少女だ。魔法少女は『復讐』なんて、ネガティブな動機を持つべきじゃない。さっきも見ただろ? ソウルジェムが真っ黒になる寸前だったのを! 魔女になりかけたのを!
 だから俺が……『魔法少年』だけが! 御剣家に最後に残った『人間』の俺が! 佐倉杏子に対して、復讐ってモンを成し遂げる義務と権利があるのさ!
 そいつをシカトして生きられるほどな……俺は安い生き方も、器用な生き方も、してきちゃいねぇんだよ……」

 そう言って、俺は巴さんを見る。

「行かせてくれ、巴さん。……あいつの行き先は分かってる。
 こいつは、『どんな理由があろうとも』俺が絶対成し遂げ無きゃならない、復讐なんだよ。
 俺の命がどうだとか、そういった問題じゃネェ……あいつが生きてる限り、沙紀の奴はあいつに復讐心を抱いたまま、生きる事になる。
 魔法少女として、そいつは致命的でもあるんだ。だから……行かせてくれよ」
「あなたは! あなたが死んだら沙紀ちゃんはどうなるんですか!」
「心配無ぇさ、巴さん……あんたがいる。馬鹿弟子がいる。
 ついでに、暁美ほむら……あんたがいる。俺はお前を信じちゃいないが、沙紀はお前の事、なんか少し気にいってるみたいだぜ?
 『今度こそダチを信じて生きて行けるか?』って『ダチと共に生きるっつー博打が張れるか?』って……最終確認は、取ってあるんだ」
「っ……それは、沙紀ちゃんの『御剣詐欺』よ! あなたが居なくなったら、あの子は」
「心配してねぇよ。アイツはあの場で、一丁前宣言、しやがったんだ。
 ……だったらやってもらうまでだ。吐いた言葉を安く飲み込むのが許れるほど、御剣家の教育は、甘かぁ無ぇよ。
 それにアイツは、『佐倉杏子ごときに』俺が殺されるなんて欠片も思っちゃいねぇ……だったら『最強のお兄ちゃん』を演じきってやるまでさ! それが、御剣沙紀の兄貴の……御剣沙紀の『魔法少年』の、お仕事だ。
 それに……ヨ。俺みたいな悪党はな、そう簡単には死なねぇんだヨ……バーン♪」

 哂いながら、俺は体をゆする。

「っ……分かりました。じゃあ、私との約束、守ってくださいね」
「?」
「バイク。一年後、後部座席に乗せてくれるんでしょ?」

 っ……あの時の……

「私は、信じてます。颯太さんを。颯太さんの、魔法少年の誓いを……」
「っ……承った!」



「……結局、テメェに頼る事になっちまったな……」

 兗州虎徹。奇跡を否定し、奇跡を殺し、いつしか……自分が奇跡に『成り果てちまった』、俺の愛刀。

「ま、いいさ。何だかんだと、お前が一番、付き合い長いしな……一緒に行こうぜ、相棒」

 そして、引っ張り出したのは、この間の武器仕入れの時に『完成した』拳銃。

 パイファー・ツェリスカ。だが、違うのは、シングルアクションのみだったのを、ダブルアクションに改造。
 さらに、銃身の下に巨大なブレード、それと銃把に殴打用のピックをつけた、完全な『ハヤタ・カスタム』の代物だ。それを専用のホルスターに二丁、両肩から提げる。
 さらに、胸に緩衝材と一緒にクレイモア地雷を装備。肋骨へし折れてもかまうものか……

 武器弾薬は、そう多くは持ち歩けない。人間がいくら重装備しても、佐倉杏子には敵わないだろう。魔女や魔法少女を圧倒する火力を携行できるのは、沙紀が居てこそだ。
 故に、最強の武装。自分が信じられる『最強』を、極力絞っていくしかない。すると……驚くほど、接近戦に偏った装備になった。

「そっか……いっぱい、血を見てきちまったもんな、俺は……」

 まあいい、場所が頭だ。おそらく戦闘は『屋内か、森の中』になるだろうし。

 さらに、俺は……それら武装を誤魔化すための、『変装道具』を漁る。で……何が良いかと考えてる内に『おあつらえ向き』のモノが見つかった。

「は、ははは……師匠……あんた、ホントに坊主だったんじゃねぇのか?」

 師匠の雲水衣……ダブついた袖口だの何だのは、武器を隠すのにぴったりだった。

「……ま、いいさ。地獄に落ちるにしても、『どんな神様の地獄』に落ちるかくらいは決めこんでおきてぇもんな」

 そう言って、俺は、変装用の数珠を握りしめた。



『そんな装備で大丈夫かい? 御剣颯太』

 俺の愛車。
 スズキ・GSX400Sカタナのシートの上に居たのは、キュゥべえ……インキュベーターだった。

「『大丈夫だ、問題無い』とでも返せばいいのか? ……何の用だ、キュゥべえ?」
『うん、君にとってもイイ話があるんだよ。佐倉杏子を殺したいんだろ? だったら、僕と契約して、魔法少年になってよ♪』
「失せろ」

 そう言って、俺はシートの上からキュゥべえを追い払い、バイクにまたがる。

『君はいつも、人の話を聞かないんだよなぁ……君が佐倉杏子に勝てる見込みなんて、万に一つも無い。
 そんな装備で挑むのは、無謀以外の何物でもないよ?』
「……テメェは『人』じゃねぇだろーが」
『人間のまま、魔法少女に勝ち続けられるほど、甘くは無いよ? 君は、なんで自分が今まで生き残ってこれたか、疑問に思った事は無いのかい?』
「馬鹿が多かったんだろ。テメェも含めて」
『僕らインキュベーターを、『感情』なんて精神疾患の持ち主の集まりと、一緒にしないでほしいなぁ』
「人間は感情が無いほーが『病気』なんだよ……やっと分かったぜ。テメェは哀れだ。救いようが無ぇ」
『何を言ってるんだい。僕らは人類を救い続けてきたんじゃないか? そして人類は宇宙を救っている。それは間違いのない事実だ』
「だから?」
『君も、人類の一員として、宇宙のために僕たちに協力して欲しいんだ。だから、僕と契約して、魔法少年に……』

 斬!

 戯言を吐き続けたインキュベーターを、俺は兗州虎徹で斬り捨てた。

「営業遅ぇんだよ、キュゥべえ……とっくの昔に、俺はもう『魔法少年』なんだよ……」



[27923] 幕間:「御剣沙紀、最大の博打」
Name: 闇憑◆27c607b4 ID:cb2385d9
Date: 2011/07/31 18:28
 沈黙の落ちるリビング。
 そこに、私は二階から降りていった。

「沙紀、ちゃん……その……」
「皆さんの戸惑いも、ごもっともです。
 ワルプルギスの夜への私的な復讐の念を大義正義とすり替え、皆さんを扇動しておきながら、『怨敵』佐倉杏子への復讐へと走った、我が兄の所業。
 世間には筋の通らぬ事と、心得ております」

 私は、その場で皆さんに手を突いて、土下座する。

「ですが、我が家が……御剣家にも、通さねばならぬ、一分の筋というモノがございます。
 『怨敵』佐倉杏子。『宿敵』佐倉杏子。
 我が父母を非道のペテンにかけ一家心中に走らせ、長女、御剣冴子を魔女へと堕としめ、兄、御剣颯太を『非情非道の魔法少年』へと堕としめた。
 挙句、世間の人々を嘲笑うかのように、使い魔を見逃し、他者のモノを盗み、『魔女も魔法少女も関係ない、無関係な一般の方々を、一方的に食い物にし続けた』。
 そんな非道な存在を……例え、『私たちと同じ魔法少女と言えど』、どうして笑って許せましょうか?」

『っ……!』

「魔法少女の罪は、魔法少年の罪は、誰も裁けない。警察も、裁判所も無い。
 だったら『何をしてもよい』とおっしゃるのでしたら……私も『手段を選ばない事に』いたします」
「沙紀ちゃん!?」
「……なんて、ね。本当は、私が一番、お兄ちゃんを苦しめてたんです。
 最早、私に『佐倉杏子へ復讐する権利は無い』んです。本当は、お兄ちゃんが苦しむ理由なんて『どこにも無かった』んですよ」
『……?』

 戸惑うみんなに、私は、私が黙っていた『魔法少年の真のカラクリ』を語り始める。 

「余命、三か月。それが私の『本来の寿命』でした」
「それは違う! 沙紀ちゃん、あなたが居たから!」
「いいえ、違うんです、マミお姉ちゃん!
 何故なら、私は……『私の本当の祈りは、癒しの祈りなんかじゃ無い』んだから!」

『っ!?』

 戸惑う全員に、私は淡々と説明して行く。

「私ね……最初から知ってたんだよ。
 魔法少女の力を。魔法少女の世界を。裏のからくりまでは知らなかったけど、そういう世界があるって。
 冴子姉さんが、私の前で見せてくれた『超人の世界』を……『どんなボロボロにされても即座に傷を治せる』世界を。
 ……暁美さん。あなたは、眼鏡をかけていましたよね? でも、今はそれを必要としていない。何故ですか?」
「それは魔法で……あっ!!」
「そう。『魔法少女になってしまえば、自分の傷はどんな傷でも簡単に治せる』。それを知っていれば、わざわざ癒しの祈りにする必要なんて無いんです。
 そう知ってしまった私は、『それ以外の願い』を、真剣に考えました。
 『家族のために』どんな願いをするべきか? 魔法少年として、真剣に闘いながら苦しんでるお兄ちゃん、お姉ちゃんのために、どんな願いが出来るか?
 その結論は……『あの日、お父さん、お母さんが、何を考えていたかを知りたい』。あの荒っぽかったけど優しかった二人が、お兄ちゃんやお姉ちゃんを殺してまで、無理心中しようとした理由が知りたい。
 そう、インキュベーターに願ってしまったんです。

 ……それが、大きな間違いの元でした」

 そう、私の願いは……魔法少女としての私の願いは『誰かの願いを知りたいと言う願い』。
 そこから派生する能力。それは……

「冴子姉ちゃんと私の能力が『似ているのはアタリマエ』なんです。
 だって……『お姉ちゃんの劣化コピー』なんだもん♪」

『っ!!!!!!!』

 そう言って……私は、その場に『能力』を……『本当の私の能力』を展開した。

 美樹さんの剣があった。マミお姉ちゃんのリボンとマスケットがあった。暁美さんの盾があった。斜太チカのピストルとカトラスがあった。冴子お姉ちゃんのワンドがあった。更に……お兄ちゃんの斬魔刀・兗州虎徹まであった。
 他にも無数の……『お兄ちゃんが闘いづつけてきた』魔法少女の武器や能力全ての『劣化コピー』が、そこに存在していた。

「ぐっ!!」

 展開は一瞬。それでも……私は、その場に立っていられなくなった。

「沙紀ちゃん!」
「分かっていただけましたか? 『誰かの願い』って、結局、他の誰かには『呪い』でしか無いんですよ。
 だから……この能力は、恐ろしくソウルジェムの消耗が激しくて、物凄く使い方の難しい力なんです。能力のコピーだって完全じゃ無い。
 おまけに、『一番最初は、ただのブランク』でしか無い。つまり最初から私は、『何でも出来て、何もできなかった』んです」
「そんな……そんな事って! じゃあ、颯太さんは!」
「ええ。私がちゃんと、セコい事を考えず、美樹さんみたいに『魔女と闘う事が可能な祈り』を、最初から願っていれば……お兄ちゃんは、魔法少年をやる必要なんて無かった。お兄ちゃんが私の代わりに闘う理由なんて、ドコにも無かった。
 結局、私が……魔女化に怯えた、臆病で馬鹿な私の祈りが。私の甘えた考えが、一番、お兄ちゃんを苦しめてしまったんです。

 だから、せめて……せめて『佐倉杏子を一番恨んでいる』お兄ちゃん自身のワガママを、許してあげてください!
 魔法少年は、魔法少女とって、都合のいい玩具じゃない! ロボットでもない! サーヴァントでもない!
 人間なんです! 生身の……人間なんです! 侮られれば怒るし、騙されれば吠える! 殺意も抱く! 笑いもする! 人殺しをすれば罪の意識に怯えもする! 過ちだって犯す! 多分……恋だってする!!

 ……人間なんです、お兄ちゃんは。完璧超人でも何でもない、ただの『人間の男の人』なんです。

 だから代わりに……魔法少女として、私がワルプルギスの夜と闘います!
 もう『怖い』なんて、私には許されない! 誰かに甘えるなんて、許されない!
 誰かのために闘っても、誰にも理解されず、人殺しの罪を背負い続けてきたお兄ちゃんに報いるためにも、私が、ワルプルギスの夜に立ち向かいます!
 そのためには……『御剣詐欺』も『魔女化』してもかまわない! 魔女の釜を総ざらいしてでも……私がワルプルギスの夜と刺し違えます!」

 と……

「違う!! それでも……それでも颯太さんは、絶対に、魔法少年になってた!
 颯太さんが……あの颯太さんが、家族にだけ闘わせておいて、笑って過ごせるワケが無い!!」
「マミ……お姉ちゃん?」

 叫ぶマミお姉ちゃんに、私は呆然となった。

「冴子さんのために魔法少年になった颯太さんが、沙紀ちゃんにだけ背を向けて生きて行けると思いますか!? あの人は、そんなに器用な人ですか!?
 あれだけ頭の回転の速い人が、無関係な誰かを食い物にして騙そうともせず、必死になって家族を守ろうと生きてきた。しかも、『魔法少女以外の』誰に迷惑かける事もなく……凄い事です!
 私には到底、出来る事じゃない! あの人には敵わないと、私は痛感してます!」
「っ!!」

 そんな事を……私は知りもしなかった。考えもつかなかった。

「颯太さんの祈りと、私の祈りって、全く正反対なんです。
 『自分の命が助かるために、都合のいい奇跡を願った』私と、『誰かの命を助けるために、都合のいい奇跡を否定した』彼……それを知って、私は恥ずかしくなりました。
 あの時、『彼を好きになってはいけない』って言われたけど……そもそも私は、『彼を好きになる資格そのものを』最初から持ってないんです!」

 さらに、意外な告白に、私は叫んでしまった。

「そんな事無い! マミお姉ちゃんは、いつも誰かのために闘い続けてきた! だからお兄ちゃんはマミお姉ちゃんを信じてたんだよ!?
 『自分を救った上で、誰かを救い続ける』。それが一番出来るのは、マミお姉ちゃんだったから! お兄ちゃんをこの中で一番救ったのは、マミお姉ちゃんなんだよ!?」
「っ……それでも……私は……」
「自信持ってよ! お兄ちゃんが一番『信頼してる』魔法少女は、私じゃなくてマミお姉ちゃんなんだよ! でなけりゃ他の誰が居るっていうの!?
 お兄ちゃんに一番認められてるのは、この中でマミお姉ちゃんなんだよ!?
 あのお兄ちゃんが、安易に他の誰かに背中を預けたりすると思う? 自分の聖域のキッチンに入れたりすると思う? マミお姉ちゃんじゃなければ、無理だったんだよ!?
 『どんな理由があろうが、どんな金持ちだろうが、どんな貧乏人だろうが、他人を不幸にしていい理由は無い』……それを貫き続けたマミお姉ちゃんだからこそ、お兄ちゃんは認めてるし、佐倉杏子や斜太チカみたいな魔法少女に激怒してるんだよ!?」
「っ……その……私……少し、自信……持って、いいのかな?」

 と。

「十分、その資格、あると思うけどなぁ……マミさん」
「美樹……さん?」
「しっかりしてよ。師匠がもし抜けたら、マミさんがリーダーだと思うよ?」
「わ、たし……が?」
「そりゃそうでしょ? だって、この中で一番経験豊富……ってわけでもないか。
 暁美ほむらがいるけど、あんた信用ないし」
「っ……言ってくれるわね、美樹さやか」
「だってそーじゃん? 誰も信用しようとしないで、誰かに信じてもらえるわけないでしょ? 師匠がお膳立てしてくれなければ、あんたまどかに自分の事、説明できた?」
「っ!!」
「それに、あの師匠が負けるにしても、『タダで佐倉杏子に負ける』とも思えないし。
 きっと兗州虎徹でボッコボコにの状態で、私たちの前に現れると思うよ? でなけりゃ佐倉杏子が魔女になるまで……」

『あっ!!』

 全員で絶句する。
 そうだ……魔法少女の状態だったら『ソウルジェム』という弱点がある。
 だが、もし仮に、『佐倉杏子が絶望するまで、恨みを晴らすべくお兄ちゃんが、彼女をボコボコに傷めつけ続けた』としたら?
 そして『魔女になった佐倉杏子に敗北したら?』

 両者相打ち……その可能性に、全く考えが及んでいなかった事に、その場に居た全員が蒼白になる。

「と、とりあえず、全員、彼らが行きそうな場所を捜索しましょう! ただし、どんな結果になろうとも、颯太さんと彼女の決闘には、手を出さないこと!
 佐倉杏子が魔女化した時にのみ、救援に入りましょう!」
「了解! ……って、いうか……思ったんだけどさ」

 美樹さんが、唐突に言う。

「あの人って、不思議だよね。『最弱』なのに、師匠が『本当に負ける』所なんて、想像がつかない。勝った方も、思いっきり大やけどしてそうっていうか……むしろ、対戦相手に同情したくなるっていうか」
「なに、美樹さん。佐倉杏子の肩を持つの?」
「うーん、なんていうか『絶対敵に回したくない人を、相手にしちゃってるなー』っていう感じ? ……そう言う意味では、佐倉杏子に同情するかな。カワイソー、って」
「そうね……彼女は、例えるなら、『壬生の狼の尾』を、踏んじゃったんでしょ。
 人は金で買える。犬は餌で飼える。でも、魔法少年は……御剣颯太は、誰にも『飼い慣らす』なんて事は、出来っこ無いのよ。
 ……インキュベーターは勿論のこと。妹の『この私ですら』ね。

 じゃあ、そうだ……美樹さんに、お願いします。『私を運んでもらえますか?』」
「え?」

 その言葉に、首をかしげる美樹さん。

「その……私も、お兄ちゃんも馬鹿だったなーって……
 ついさっき、気付いちゃったんです。『こんな簡単な方法があったのに』今まで何で、やらなかったんだろう、って……」
「え、何、どういう事?」
「こういう事です」

 そう言うと、私は……『私の肉体を、自分の能力でソウルジェムに取りこんだ』。

『あ……』

 全員が、絶句する中、元に戻る。

「……ね? 簡単な事だったんです。
 私の収納能力って、冴子お姉ちゃんの『檻』じゃなくて、『願いを記録して収める書架』なんですけど、まあ大体一緒です。
 ……以前、体のほうが誘拐されて、何とかできないかなって考えてたら、こんな簡単な答えがあったんです。
 気付いてしまったら、ホント、馬鹿みたいでした。小学六年生になって、オムツとか……恥ずかしい思い、しなくて済むし」
「そ、そっか……そういう手が、あったんだ?」
「ええ、ほんと、お兄ちゃんも私も、馬鹿ばっかです……」

 そう言って、私は盛大に溜息をついた。
 ……人間、余裕が無くなると思考が硬直化する、というが。
 私もお兄ちゃんも、既存の方法に縛られ過ぎていた事に気付き、本当に頭痛がするほど馬鹿らしくなった。

「じゃあ、行きましょう。ただし、『沙紀さんは私が持ちます』」
「マミお姉ちゃん?」
「私も、ティーセット一つ分くらいなら『収納能力』はあるのよ? もっとも、後付けだから、そう大きなものは入れられないんだけどね」
「っ……おねがいします!」

 そう言って、私は再び『自分のソウルジェムの中へと引きこもった』。



[27923] 四十六話:「来いよ、佐倉杏子(ワガママ娘)……お前の全てを、否定してやる」
Name: 闇憑◆27c607b4 ID:cb2385d9
Date: 2011/08/01 00:14
 深夜。
 暗闇の中に轟く遠雷が、寂れた教会の中に、陰影を描く。
 ……今夜は雨になりそうだ。

「……ふん……ワガママ娘が……」

 どこをほっつき歩いていやがる、佐倉杏子。
 『テメェの家』は、ココしか無ぇんだよ……

 あいつは悪党だ。あの程度の不意打ちで『魔法少女を辞めて魔女になる』ほど殊勝ではない。
 奴は、『そんな舐めた生き方はしていない』。自分が生きるためなら、何だってやる。他人の事なんぞ、お構いなしだ。

 だからこそ、奴はこの場所に帰って来る。
 ……ここ以外に『奴が帰れる所』なんぞ、もう無いのだから。

 やがて……

「ヨォ。『曽我の助六』が遊びにやってきてるってのに、随分つれねぇじゃねぇか……『髭の意休』さんヨォ。
 神の家ってのは、茶の一杯も出さねぇで、客人をもてなそうってのかい?」

 教会の扉を開けて、入ってきた佐倉杏子の濡れた体からは、異臭がしていた。

「なんだ、ゲロでも吐いたか? 『喰いもん全てが、爆弾にでも見えた』か?」
「なっ……!! なんで……それを……」

 どうやら、図星のようだ。

「……あんた、あたしを……殺すのか?」
「さあなぁ? どっちにしろ、伝えなきゃいけねぇ事もあるし、どっちかっつと『お前に殺される』可能性のほうが、確率論から言えば高いんだぜ?」
「っ!!」

 その言葉に、絶句する佐倉杏子。

「まずは、俺ら魔法少女、魔法少年全ての『義理』から伝える。
 『俺かお前、どっちが生き残ろうと『生き残った者は』ワルプルギスの夜への討伐に参加する事』……それは、魔法少女、魔法少年問わず、全ての奇跡や魔法の担い手が、負うべき義務だ。
 そいつからは、逃げるべきじゃねぇし、俺も逃げたくは無ぇんだよ……意味は分かるな?」
「っ……あんた……あたしと……『魔法少女のあたし』と、『決闘をしよう』ってのか!? 『人間のあんたが!?』」

 目を見開く佐倉杏子に、俺は哂う。

「さあなぁ? 少なくとも最低限、『俺はその覚悟は決めてきた』。
 その上で、だ……お互い、今夜の内に『どっちかが』浄土に旅立つ事になっちまう可能性が高いんだ。
 ひとつ、『人間様の言葉が通じる内に』、話の一つでもしようとか、思わねぇか?」
「っ……なんだよ! 話って!」
「なに、お前さん、『家族』をどう思ってるのかな、って。
 ……考えてみりゃ、俺はお前さんの家族に関しては、神父の親父さん以外、知らねぇし。
 お前さんの家が、俺の家から巻き上げた金で、どんな暮らしをしてきたのかな、って……色々、疑問に思ってな」

 その言葉に、佐倉杏子は絶句し……

「っ……あたしの家は、そんな裕福じゃないよ! あんたがどんな風に思っていようが! あたしの家は、そんな金持ちなんかじゃなかった! 悪徳宗教家じゃあない!
 ……そうだよ、考えても見りゃあ、あんたの家が、何でそんな首吊るような大金、ウチの教会に寄付したんだよ! おかしいじゃねぇか!」

 その叫び。
 それと……『この教会の荒れよう』に、全ての得心が行った。

「……ふーん……なるほど、じゃあ、『謎が解けた』わ。本当にお前の親父さん、馬鹿だったんだな」
「なんだとテメェ!」
「教えてやろうか? 『お前の親父さんが、俺の家だけじゃない、色んな人から集めた大金で買ったものが何か』って?
 大体、予想がついたぜ」
「っ……何だってンダヨ!!」

 血のめぐりが悪い奴だ。……本当にこいつ、宗教法人の娘だったのか!?
 まあ、逆算してみると、結構小さい頃から、孤児気取って魔法少女やってたみたいだしなぁ。そりゃ知らなくても当たり前か。

「……『ココ』だよ。『この教会』を、多分、親父さんは『買った』んだよ」
「なっ! 嘘だっ! ここであたしは生まれ育ったんだぞ! この教会が誰かの借家だったってのかよ!」
「そーだよ。……宗教法人の事に関しちゃ、俺は一通り調べてんだ。何で宗教法人が税制面で優遇されているか、お前、知らないのか?」

 俺の説明を聞く気になったのか、彼女が首をかしげる。

「……どういう意味だよ?」
「あのなぁ、宗教法人てのは、基本的に『公共のモノ』と位置付けられてるからこそ、日本じゃ税制面で優遇されてるんだ。
 ……そんで、お前さんの教会ってのは、元々、親父さんが『正しい教え』を解く前から、この教会を使ってたんだろ?」
「だったら、どうだってんだよ! 何が言いてぇんだよ、テメェ!!」
「個人でやってる宗教なら兎も角、デカい宗派だの宗教だのの場合、土地建物ってのは、基本的に『その宗派の持ち物』なんだヨ。
 だから、産まれてから代々ずっと同じ寺で暮らしてきた一族なんかでも、後継ぎが『寺を継がない』ってなった場合、基本的に一族全員、出て行かなきゃなんねぇんだ」
「っ!!!!!」

 愕然となる、佐倉杏子。
 ……ま、そりゃそうか。今まで自分が暮らしてきた家が、実は元々自分の持ち物じゃなかった、なんて知れば、愕然ともなろう。

「お前さんの親父、本部から『破門』されてたんだよな? だったら何で『後任の神父が』この教会に来なかったんだ? 人手不足って程でも、あるめぇし、お前の親父さんが、それまでは普通に結構、信者集めてたんだろ?」
「っ!! ……そっ、それは」
「本来『元の教え』から逸脱して破門されたんだったら、『元の教え』を広めるために立てられた、この建物で暮らす義理も無いわなぁ?
 ……まあ、結構、人徳はあったんじゃないのか? お前の親父さん? フツーだったら問答無用で叩き出されてるぜ?
 それに、俺からすれば『元の教え』があったとはいえ、『説法だけで飯が食えてた』ってほーが、驚きだよ」

 さらに、もう一発。

「なっ! ……どういう意味だよ!」
「あのなぁ、日本は基本的に仏教や神道の国だ。そんな中、切支丹の教えを広めるってのは、大変な努力があったろうよ? そんで、そん中でもさらに『説法だけで飯が食えた』って時点で、仰天モノなんだよ。
 そこらの規模の小さい寺のお坊さんに聞いてみ? 大体は、葬儀だの葬式だのだけじゃ飯喰えなくて、副業やってたりするから? 中には、副業から持ち出しで、寺だの神社だのの本業の経営は赤字だってトコもある。
 漫画家とか、小説家と一緒だよ。
 文化的事業として、国から保護はされていても『それだけで喰って行く』ってのは、そーっとー難しいんだ。
 よく、金満坊主がベンツ乗りまわしてるなんてのは、漫画家で言えばウン千万部売り上げた超人気作家みてーなもんで、居るには居るにしても、現実には殆どアリエネェ話なんだよ」
「っ!!」
「ついでに教えといてやる。
 『宗教法人そのものに』税金はかからなくても、『そこで働く個人』に税金はかかって来る。坊主や神父ってのは、基本的に『お寺や教会に出勤する』サラリーマンの側面もあるんだよ。……帳簿とか、見せてほしいモンだな、この教会の……どんな風に税金の申告や会計処理してたんだか、興味が出て来たぜ」
「なんだよ……なんであんた、そんな変な事に、詳しいんだよ!」

 さもありなん。佐倉杏子の疑問はもっともだ。

「俺の姉さんの願いが『大金』だったからさ。一千億以上だったか……全部数えた事もネェな。
 もう万券の札束、シャベルで掬ってる状態だし」
「なっ! そんな……テメェの姉貴ってのは、ずいぶん薄汚ねぇ願いをしたんだな! この人殺し野郎!」

 なん……だと!?

「金を馬鹿にすんじゃねぇ!! コロスぞっ!! ……って、殺し合う関係だったな、元々。
 よし、教えてやるよ。『大金を手にする』って事が、どういう事か。

 俺の家っつーか一族は、そう裕福じゃなくてな。
 それでも、平凡なサラリーマンやってた父さんに、盆暮れ正月の親戚の顔合わせのたんびに、親戚が金の無心に来るような……そんな家だったんだよ。
 どいつもこいつも『世間が悪い』『景気が悪い』っつって、博打にのめりこむよーなクズが多くてさ……そんで、そんなある日、お前さんの親父の教えにのめり込んでいった父さんと母さんは、どんどん家の金を寄付するようになっていっちまって、親戚に回す金がなくなっちまった。『博打狂い共に金渡すなら、『正しい教え』に回した方がマシだ』ってな……

 とーぜん、金づるじゃなくなっちゃ困る親戚が、父さん母さんを必死に説得するが、聞きやしない。あんたの親父の教えに、完全にドップリはまっちまった挙句、二人とも一家無理心中に巻き込もうとして、俺に返り討ちにされちまった。
 さて、残された三人兄妹、誰が面倒見たでしょう? ……誰も見ようとしないさ。
 金の切れ目がナントヤラで、そんな義理、ゼーンゼン無くなっちまったんだもん」

「っ!! それは……」

「そんで、そんな時に沙紀は心臓病でぶっ倒れ、さらにどっかから父さん母さんがしてた借金に、俺ら兄妹は追い回される事になった。
 そんときに、姉さんは魔法少女になって『大金』を手にした。『どうせなら借金返すだけじゃなくて、私が契約で手にできる限界まで、お金頂戴』って。
 借金返して、沙紀を病院に入れて、そんで、俺も沙紀も救われて……そこからだよ、俺の『魔法少年伝説』が始まっちまったのは。
 なあ、『無茶苦茶な大金』を手にした魔法少女が、最初に遭遇した『敵』って、何だったと思う?」
「っ……魔女じゃ……ねぇのか?」

 完全にトンチンカンな答えに、俺は薄く笑った。

「税務署と警察署だよ。『どっから手に入れたんだ、この大金はっ!!』って……説明不可能なお金に、大騒ぎさ。
 金の使い方も、金の意味も知らなかった馬鹿なガキだった俺たち兄妹は、思いっきり翻弄され続けた。……ハイエナみたいな親戚に、嗅ぎつけられなかったのが、奇跡だぜ。

 必死になって、家族や姉さんのために、金の事を勉強したよ。
 資金洗浄だの税金の申告だの何だの……それが『魔法少年、御剣颯太』の、最初のお仕事だったのさ。

 で、当然『税金払わないでベンツ乗りまわすお坊さん』なんて噂話は聞いてたから、その絡みで色々調べたんだよ。……最初は、『魔法少女だった姉さんを本尊にして、新興宗教でも起こしましょうか?』なんて冗談飛ばしてたんだけどな。すぐに無茶だと分かった。
 世の中、神様だけで食べて行けるほど、甘くは無いな、って……だから、本部から破門されても、説法だけで喰ってたあんたの親父さんの腕前は『大したもんだなー』とか思ってたよ。

 ……まさか、魔法少女の『願い』が絡んでるなんて、夢にも思わなかったさ」
「っ!!」

「怖かったぜぇ? 今でも怖いんだよ、税務署って……お金使うだけで、スッ飛んで来るんだから?
 『このお金、何に使ったんですか? 税金払ってくださいね? 収入は?』って……桁が桁なだけに、マジんなって来るからなぁ。
 ガキだった俺は……今でもガキだけど、本当に必至になって大人たちにやり方を乞いながら、頭働かせて会計処理に励んださ。
 ……そのうちな、『金』ってモンの本質が、うっすらと見えて来るようになっちまったんだ。
 なぁ。およそ、日本……に、限らず、資本主事国家において、『金』って何だと思う?」

「……なんだよ?」

「『信用』だよ。『信用の単位』なんだ。
 ……例えば、一万円札。これでお前は買い物するとするよなぁ? でも、この一万円札の『価値』ってのは、誰が保障してると思う? これは本来『ただの紙っぺら』なんだぜ?」
「っ……それは……何だよ!」
「考えた事もネェか!?

 『国』だよ。日本って国そのものさ。まさか、魔法で価値が出て来るだとか考えてたんじゃないだろうな?

 一万円っていうお札の価値は、日本っていう国が保障している。
 言い換えれば、日本で暮らす俺ら全員。日本で暮らしてる人間全員が、一万円って書かれた『紙っぺら』の価値を、保障しているのさ。お互いに、共通の価値観を以ってして、な。
 おめー、トレカとかのゲーム知ってるか? あれだってレアカードをみんな欲しがるから、レアカードの値段が上がるんだ。『皆が信じるから価値が上がる』。
 基本的に、姉さんの願いも、おめーの願いも、『本質的な部分』じゃあ、大差が無いのさ。よく、ニュースにある為替相場の意味は、『国同士の信用単位そのものの価値比べ』ってトコだな」

「っ!!!」

「『親父の話を聞いて欲しい』お前の願い、姉さんの『助けるために大金が欲しい』って願い。
 どっちも『誰かに家族を助けてもらいたい』って部分から派生している。だから、姉さんの能力は『癒しの祈り』であり、家という『檻』に囚われる力だったんだ。
 『身内を助けるために、アカの他人に信用してもらいたい』。
 そのためには『話を聞いて欲しい』か『お金がほしい』か。それだけの違いさ」

「違う!! 父さんは真剣に、新聞を読んで、涙流すような純粋な人だったんだ! あんたたちみたいな、個人的なモンとは違う!
 真剣に、世界がどうすればよくなるかって、考えてたんだ!」

 その言葉に……俺は、今度こそ、得心が行った。

「ああ、そうか、そうか、そうか!
 お前の親父さんは『テレビや新聞のニュース』なんてモンを、頭っから馬鹿正直に信じ込んじまうような、『純粋な人』だったのか!! そりゃ、あの説法にもなるわけだ、納得が行ったぜ!!」

「なっ……何が言いたいんだよ、てめぇ!」

「おめー、椿事件って知ってるか? テレビやニュースや新聞や、そういったモンの報道に、疑問を持った事は無いのか?
 『何で新聞やニュースに『スポンサー』なんてモノが存在しているのか』お前、考えた事無いのか?」

「どういう……意味だよ!」

「どうも何も、そういう意味さ。
 いいか、何で『報道の自由=ジャスティス』なんて立て前コイて、裏で色々やりたい放題してる連中に、企業が何で金渡してるかつーとな、『自分の所の悪口は、放送しないでくれよ』って意味が、結構あるんだよ。
 秋葉原のホコ天にトラックで突っ込んで刃物振りまわしたキチガイが勤めてた会社が、トヨタの関連会社だったってのは有名な話だしな。

 勿論、力関係ってのは金だけじゃねぇ、裏で俺も想像できねー程、色々複雑怪奇に動いてるんだけどな。
 例えばそうだなぁ……カップ麺の値段知らなかったとか、漢字間違えたとか、そんなつまんねーミスをあげつらわれて、総理大臣辞める事になった人も居れば、北朝鮮がらみで資金洗浄だの何だのやってる疑惑が出て、大地震のあと原発事故もマトモに対応できねーくせに、総理大臣やめねーで、のうのうと居座ってる奴もいる。

 他人から与えられた情報を、鵜呑みにして疑いもしないでいると、そんな『嘘は言わないけど、真実全ては語りません』なんて連中の、 いいカモにしかならねぇんだよ。キュゥべえなんかが、良い例だろ?
 おまえ……魔法少女のホントウのとこ、知ってるか?」

 絶句しながら、佐倉杏子は俺の説明を聞いて行く。

「……聞いたよ。あんたの弟子から……
 それじゃあ……それじゃあ、あたしは……あたしの親父は、騙されてたってのか!?」

 ……あ、知ってるんだ? それで耐え抜く根性あるとは、中々。

「さあなぁ? 騙されてたんだか、騙したんだか……今となっちゃ、どーだっていいんじゃねーか? 世の中、そんなもんなんだし。
 その記事書いた新聞やTV局だのの連中は、自分の書いた記事が、社会にどんな影響及ぼそうが、責任なんて取るわけねぇんだし。せーぜー『しょうがなかったんだ』『しかたなかったんだ』『あのときはこーだったんだー』くらいしか言わねぇよ……だから、新聞取る奴も、TV見る奴も減ってるんだよ」

「っ!!!!!」

「『本当に価値がある情報』だったら、みんな金出してでも買うさ。

 でもな、知ってるか? 今、どこの新聞も、大体似たような記事の内容しか、掲載してない理由。
 『共同通信社』っつってな、大体、どこの新聞にも『ニュース記事を新聞各社に卸す』会社があるんだよ。自前で新聞記者を取材に行かせるなんて非効率的な事よりも、よほど経済的なのさ。だから、ほとんどの新聞がやってる事は、その『卸して貰った情報』の、コピー&ペースト。せいぜい端書きを付け加える程度。

 あと『記者クラブ』っつってな、官公庁のニュースの内容を『各新聞社で』独占して、横並びにするシステムってモンがある。
 ……ま、ネットの普及で色々ぶち壊しになってんだが、それでも『新聞しか読まない』馬鹿は、未だに引っかかってるんだろーなー。

 よし、ついでに教えてやる。 恐ろしい事に、新聞と、新聞を配る『販売店』の間には、発注書が存在しない。

 『新聞が幾ら売れなくても』、ウン百万部っていう新聞が、全国の販売店に『無理やり押し付けられる』んだよ……その『売れない新聞』、押し紙とかお願い部数とかってんだが、そいつは、もー、どっかに捨てるしかない。『新聞の情報』なんて生鮮食品だからな。
 それでもな、『ウン百万部、発行しました』っていう情報を餌に、新聞ってのは、スポンサーから金をむしってんのさ」

「……………嘘だ……」

「嘘ついてどーなんだよ? っつか、嘘だと思うなら、てめーで調べてみろよ? 自分の頭で考えろよ?
 まあ、その『自分の頭で考えてる』って思いこみが、他人に操られる、第一歩でもあるんだけどよ。
 お前の親父さんや、ウチの両親、俺を殺し屋呼ばわりして襲ってきた、魔法少女たちみたいに……な。

 第一なぁ? お前、『間違ってない』からっつって、それが『正しい事』だと思ってんのか?
 『間違ってないダケ』で、突っ走ろうとして、落とし穴にはまるなんて、世の中よくある話だぜ?
 そーいう意味で、俺の父さんや母さんは……まあ『馬鹿だったなー』としか言えねぇよ。元々、偉そうな雰囲気とかに、弱い人たちだったしな。

 ……それでもな……それでも、俺の父さんで、母さんで……俺の家族だったんだよ」

「っ!!」

 言葉が無いのか……佐倉杏子は沈黙したままだ。

「ウチの親父は馬鹿だし、ウチオフクロも馬鹿だった。
 ……でもな、お前の親父がやった事ってのは、俺の視点からすりゃあな?
 安定した生活捨てて、脱サラして、ラーメン屋なり漫画家なりやって失敗して、一家全員路頭に迷わせた馬鹿と、大して変わんねーよ」

「違う……父さんは、そんな人じゃない!」

「何が違う?
 お前、魔法少女やる前は。親父さんが『正しい教え』を言いだすまでは。
 『お前は誰に育ててもらって来たんだ?』『誰に食わせて貰って、大きくなったんだ?』『どんな収入を得て、どういう風に食べて来たんだ?』
 テメェ、一度でも『育ててもらった親の仕事』に、疑問を持った事、ネェのかよ? 子供として、そりゃ最低だぜ?」

「っ!!!!!」

「大体よ……そんな『家族路頭に迷わせる馬鹿の寝言を』真に受ける奴が、世間様にどんだけ居るんだよ?
 ああ、父さんは馬鹿だったし、母さんも馬鹿だったさ。
 それでもな……俺ら都内の下町暮らしには、そんな『負け犬』たちがゴロゴロしていて『そーいう連中に耳を貸すよーな馬鹿』は、誰ひとりとしていなかったさ」

「父さんは! 父さんは負け犬なんかじゃない! 馬鹿なんかじゃない!」

「……OK、悪かった。お前にとっては親だもんな?
 だが、よーっく考えてみな? お前、『盗みが出来るなら、頭は悪い方じゃない』だろ?

 俺に剣術を教えてくれた師匠は、トンデモネー人でよ。
 中学一年の頃にゃ、弟子の腹にダイナマイト巻かせて、ヤクザの事務所に突っ込ませるようなトンチキオヤジだった。
 その人に『嘘が無い』のは、剣術くらいなもんで、あとはインチキとイカサマとペテンの塊だよ。だから、騙されないために必死になったさ。嘘は言ってないし、悪い事は言ってない。でもやってる事はメチャクチャ、なんてのは茶飯事だった。

 ……正直、今でもあの人の正体なんて、分かったモンじゃねぇ。
 坊主なんじゃねぇか、とは思ったが、それにしちゃあ破戒が過ぎる。髭も髪の毛も伸び放題、酒は飲む、タバコは吸う、ヤクザやチンピラ相手に暴れる、女は抱きまくる、借金こさえてはトンズラこく。……他にも色々、ヤバ過ぎて面白くなるような目に遭わせてもらったさ。

 ただ、そんな人でもな、これだけは守ってた。

 『どんな理由があろうが、どんな金持ちだろうが、どんな貧乏人だろうが、それを理由に、他人を不幸にしていい理由にはならない』って……実際、不幸な人だったよ、師匠個人は。身寄りも無くて、安アパートでクダ巻いてるしかない。

 あんなスゲェ剣術使いが『どうして?』と思ったさ。……道場開くなり、用心棒になるなり、自衛官や警官に教えるなりすれば、もう少しはまともな暮らしが出来たハズなんだ。
 それでも、あの人は他人に施した剣の技や格闘術で、金を受け取ろうとはしなかった。……俺の場合は、特別に、酒を受け取ってくれたけどよ。あの人は『自分が幸せになろうとは思ってなかった』

 そして、ドブ泥の中に堕ちちまった、今なら分かる。
 多分な……あの人は、絶対大切にしたかったモンを『不幸』にしちまったんだ……きっと、あの人なりの正義に、挫折したんだよ。馬鹿弟子を持って、初めて俺も、少しあの人が理解出来た気がしたさ」

「っ……それが……何だってンダヨ」

「そんでもな……そんな人のために、葬式になったら『大勢の人が来てくれた』。
 その時の縁で、親しくさせてもらってる人も、いる。たくさんの『普通の人』に助けられて、俺は魔法少年なんてやってられるんだよ。
 なあ、佐倉杏子……『お前の家族の葬式には、何人来てくれた?』 俺の両親の葬式には……親戚、ほとんど来ちゃくれなかったよ」
「っ……!!!!!」

 絶句する、彼女。

「結局よ……人間の本当の価値ってのは、煙になっちまうその瞬間にしか、分かんネェんじゃねえの?
 それでも、人間は、人間を信用しながら生きて行かなきゃなんねぇ……その目に見えない『信用』ってモンを繋ぐために、『金』って形で無理矢理、可視化させてんじゃねぇの?」

「っ!」

「よく、『お金しか信じない』って馬鹿がいるけどよ……『お金』って価値感そのものが、人間しか作り出せないんだよ。
 犬ねこなんぞにゃ、餌と寝床と発情期の交尾しか興味ネェからな。
 逆を言えば……金を信じるって事は、人間を信じるって事と≒(ニアリーイコール)だって事なのさ。
 もちろん、『信じる』っつったって、便利な道具にするだけじゃねぇ。その金なら金、魔法なら魔法、奇跡なら奇跡、そーいったモンの本質を、よーっく考えて、行使するのが『信じる』って意味なんじゃねぇのか?」

「あんた……あたしに説教するつもりかよ? 何が言いたいんだよ」

「いや、何……お前さんがやってきた事とかな、お前さんの親父さんがやった事とかな。
 色々、周囲を踏みにじりまくってんなー、って思ってるだけさ。

 OK、じゃあ、分かりやすく、魔法少女の話にしよう。今、うちには馬鹿弟子が一人、俺と巴さんで育ててる。
 で、だ。ある日、馬鹿弟子が『あたし一人前になったから、二人の縄張り、すこし寄こせ』っつったら……お前、どうする?」
「決まってんだろ!? そんなナメた事ぬかしたら、破門して縄張りから叩きだ……あっ!」

 顔面が蒼白になる、佐倉杏子。……ようやっと、理解しやがったか?

「……分かるか? お前さんの親父さんがやった事は『そう言う事』なんだよ……もし、元の教えが間違ってるっつーなら、その元の教えに対して、堂々と意見を言うべきだったんだ。
 『これこれこうではないか?』『こうなんじゃないか?』って……まあ、もっとも。そう簡単に変わるとも思えないし、変わっちまったら変わっちまったで悲劇だがな。
 宗教だとか伝統だとか、金も含めたそーいった『社会の概念』は、長年の蓄積を経て成り立つもんだ。一人の天才がイッパツでどーこー出来るもんじゃない。
 それをやろうとして、独裁になっちまって大失敗なんてのは、世界じゃよくある話なのさ。ソビエトだとか、スターリンだとか、ポル・ポトだとか、毛沢東だとか、日本赤軍だとか北朝鮮だとか。調べてみな? 面白すぎて笑っちまうぜ?
 しかも、そいつにハマった連中はな? 『ウン十年前の新しい世界』なんてもんを、未だに信じてやがったりするんだ。二十一世紀になったってのに、未だに世紀末ワールドの中で生きていやがる、中二病の不思議ちゃんなのさ」

「っ……父さんは、違う! 間違ってたのは、あたしの祈りだ!」

「だったらそれを、何でお前は『体を張って、証明して生きよう』としなかった?
 いちおー、言ってる事そのものは、『間違ってはいなかった』んだ。少なくとも、お前自身は親父さんを信じてたんだろう?
 その『正しい教え』とやらに殉じて、『ロビンフッドが居なければ、お前がロビンフッドになるべきだった』。例え家族に否定されても、どう思われても、お前は家族を……佐倉神父の教えを信じてやるべきだった。

 でもお前は、それを放棄しちまったんだ。

 ……分かるか? 佐倉杏子。お前はな……『最初の祈りを捨てて逃げた』臆病者だ。
 マジで『ロビンフッドとして活動してる』巴さんの、足元にも及びゃしねぇよ……まあ、あの人を超えた魔法少女なんて、俺も知りゃしないがな。あの後、俺を信じるっつって、和菓子くってくれたし。トンデモネェ人だよ、あの人は。
 俺もすっかり感化されちまった……マジで丸くなったもんだぜ、ホントに」

「っ……っ……………!!!」

「お前は、今でも親父さんが好きで、家族が好きで、そいつから逃げられないんだろ?
 だから、周囲を踏みにじり続けて、自分の罪だと思いこんで逃避しようとしていた。
 笑わせるぜ……そんな餓鬼は世間にゃゴマンといるがな、お前みたいに『救いようがない奴』は、俺は初めて見たよ……まあ、ガキが魔法少女なんて力を持っちまったら、そいつに振りまわされるのも当然か。
 案外ヨ、お前……周りに本気で『叱ってもらえる』大人って、殆ど居なかったんじゃねぇか? 愛されて、可愛がられて……それが当然になって、そいつに拒否されちまった瞬間、お前は折れたんだろ?」

「なんだよ……何、見てきた風に、したり顔でヌカしてんだよテメェ!!」

「お前よ、万引きとか、人間の頃もやってたって噂聞いたんだけど……そんとき、親父さん、どんな顔してた? 怒った? それとも頭下げて恥じるだけだった?
 俺だったら、沙紀がそんな事したら、おもいっきり拳骨でぶん殴るね。それが『家族』ってモンじゃねぇの? 『愛する誰かに恨まれても、その誰かの道を糺す』覚悟が無けりゃ、誰かを守りながら育てるなんて、出来っこネェし、増して『世界なんて救いようもネェ』のさ」

「うるせぇええええええええええええええっ!!!!!! 父さんは間違ってない! 『間違ってなかった』んだ!」
「だから! それがどうやったら、『正しい』って事の保障に繋がるんだよ!!」
「っ!!」

 絶句する、佐倉杏子に俺はたたみかける。

「俺のお師匠様はなぁ! 絶対に『正義』なんて言葉は口にしなかった!
 酔っぱらってチンピラぶん殴った時に、たまたま居合わせた俺が! どんなキラキラした目で『正義の味方だ』って弟子入りしても!
 『正義じゃない』って言いながら! それでも『我慢出来ないモン』に鉄槌下して生きてたんだ!
 いいか!? 正義とか、正しい事だとか! 一個人が、そんな小難しい理屈で『全てを救おうとすっから』破滅すんだよ!
 俺みてぇに! お師匠様みてぇに! おめーの親父さんみてぇに!
 人間も魔法少女も魔法少年も!! 『正義』なんつー抽象的な言葉ってのは、個人個人が『生きて行動で証明するしか』無ぇんだよ!
 ……それが出来なきゃな……最悪、何も出来ないまま、死ぬしか無くなっちまうんだ」

「っ……」

「分かるか、佐倉杏子?
 今、お前が言った、『間違ってない正しい教え』とやらに唾を吐き続けたのはな……お前自身の、今日に至るまでの行動だよ。
 家族大事で、正しい事が重いっつーなら! そいつに命賭けねぇで何が魔法少女様だ! 笑わせるぜ!」

「あんたに……あんたにあたしの何が分かる!」
「そうやってキレりゃ、悲劇のヒロインか!?
 じゃあ、お前に俺の……何が分かるんだよ?
 お前の親父の『正しい教え』とやらを広めるために! 御剣家含めてどんだけ金絞り上げて『元の教え』から『この教会の土地建物』買い取ったんだ!? 宗教法人の土地建物、無理矢理買い取ろうってんだ! そーっとー関係各所に金かかったハズだぞ!? ちょっと想像するだけで、馬鹿みたいな勢いで横車押したとしか、思えネェよ!?
 魔法少女に例えりゃ、グリーフシード何個分? 何十個分!? そんなんで『他の誰かの』縄張り、買い取ったよーなもんだ!
 そんで、調子に乗って信者の前で、『自分の実力だー』なんて思いあがってたのが、娘の『願い』だったって知ったら?
 生活背負った、野郎のプライドとか考えたのかよ! そりゃ酒びたりにもなるさ! アッタリマエだ!」

「っ……!!」

「結局さ、お前さんの親父は、『元の教え』で集まった信者を『自分の力だ』と過信しちまったんだよ。
 だから、『正しい教え』なんてモンに突っ走っちまった。そして、『それを見抜けなかった』、お前の身勝手な祈りが、御剣家含めて、大勢の人を……破滅させたんだ。
 いや、それだけなら、まだ情状酌量の余地はあるさ! 俺らガキだし? ガキにこんな力与えるほうが間違ってんだ!
 だがな、その『間違ったモン』から目をそらして! ウジウジグダグダと拗ねて、世間様に影から喧嘩売り続けたテメェなんぞを! 俺はどう救ってやっていいのかも、分かったもんじゃねぇよ!」

「なん、だと、この……野郎!!」

「ああ、正直な。お前が反省すんなら、どーしょーかなー、とか考えてたんだけどさ。無理だわ、やっぱ。
 俺も、お前も、人殺しだしな……人の道から外れちまってんだよ、とっくに」
「あたしは人間を殺してなんかいない!!」
「使い魔見逃して、魔女育ててグリーフシード喰ってたテメェが、何ぬかしてんだよ? 馬鹿じゃねーの?
 そーいう人たちにだって家族ってモンはいて、家庭ってモンがあるんだよ……いいか? 『殺し屋と言われてる俺にだって、妹がいる』んだよ! お前にだって家族が居たように、な。

 ああ~お前は強い! そりゃもう、最強っつってもいいんじゃねぇか? 俺だって正直、小便ちびりそーなほど、おっかねーよ。
 けどな、腹が減ったらどうしてた? 飯は? 服は? 寝床は? 全て力で奪ってきたんだろ?
 そうやって、お前が手に入れたもんの影で泣いてる連中踏みつけて、天下の魔法少女気取るのか!?
 『消えてなくなる』のはアタリマエだろうが!」

「っ……」

「申し開く事、あんのかよ? 無けりゃ……とっとと始めようぜ?
 俺も、お前も『道を外れちまったモン同士』だ。世間様に一分の筋を通そうっつーなら、もう『こいつ』に訴える以外、結局ネェだろ?」

 そう言って、俺は……兗州虎徹を抜き放ち、弓を引くような刺突の構えを取る。

「来いよ、佐倉杏子(ワガママ娘)……お前の全てを、否定してやる」



[27923] 第四十七話:「いや、付き合ってもらうぜ……あたしと一緒になぁっ!!」
Name: 闇憑◆27c607b4 ID:cb2385d9
Date: 2011/08/01 12:45
「……あのよ、一個、いいか?」
「あ? 何だよ?」

 佐倉杏子の質問に、俺は答えてやる。

「あんたの縄張りは、そう広くねぇ。だってのに、なんで、あんたの妹のソウルジェムは綺麗なままだった? 何であれだけのグリーフシードを持っていた?」
「……『魔女の釜』さ。それだけは教えてやる。詳細は生き残ったら、キュゥべえに聞きな」
「っ……なんだよ、インチキがあったのかよ、あんたの縄張りには」

 哂う、佐倉杏子。

「ああ。そいつがあればな……完成しちまえば『魔法少女は永遠に闘い続ける』事も可能なんだ。
 もっとも、今現時点じゃ不完全で不安定極まる代物だがな。
 だが、テメェみてぇなのには絶っ対ぇ渡せねぇ! ……現実に妥協して『世間なんてこんなもんだ』なんて、舐めた事ヌカしてやさぐれたテメェにゃあな。
 こいつは、キュゥべえに……『インキュベーターに逆らうための、反逆のシステム』であって、妥協の産物じゃねぇんだよ」
「どういうことだよ?」
「永遠に生きて、不条理なモノに逆らい続ける。その覚悟を持たない奴に、こいつは渡せない。
 キュゥべえの犠牲になっていく、魔法少女の犠牲になっていく、『奇跡も魔法も関係ない』アカの他人を巻き込まないために! そしていつか生き延び続けて、キュゥべえに……インキュベーターにブチくらわすために!
 ……『永遠に生きて苦しむ覚悟』が無い魔法少女に、こいつは渡せねぇんだよ。『最初の祈り』から逃げて、やさぐれたテメェなんぞに、こいつは意地でも渡せねぇんだ。
 沙紀にだって、その覚悟はある。『一人じゃ何も戦えない魔法少女ですら!』その覚悟持って、『俺ら』は闘ってきたんだ!!」

「っ!!」

「こいつはな、悪用すりゃあ、もっともっともっと『赤の他人を餌に出来る』システムなんだよ。
 お前がやってきた事の比じゃねぇくらいに、おぞましい程に……な。

 ……金や魔法や鉄砲と一緒だよ。『力』ってのは、悪用しようと思えば、幾らだって出来るんだ。
 でもな、俺はそれをしない……赤の他人の奇跡や魔法に巻き込まれて、ヒデェ目に遭ってきた俺は。それでも、赤の他人に助けられて生きてきた俺は、そんな事はしたかぁ無ぇんだよ。

 ……ああ、殺したさ。いっぱいいっぱい殺して、いっぱいいっぱい手を汚したさ。
 だがな、本当は、魔法少女だって殺したく無かった。父さんも母さんも、殺したくなんて無かった!
 でもな、『降りかかる火の粉』は払わなきゃなんねぇ……俺だけならまだしも、家族を守るためなら、俺は鬼でも阿修羅にでもなってやる!
 ……まさか、火の粉の『火元』が、こんな所にありやがるとは、思わなかったけどな」

「あたしは……あんたに降りかかる、火の粉の火元か?」

「……いや? 悪い、俺の間違いだ。
 どっちかっつと……正直、俺個人の怨恨。ワガママだよ。
 何しろ、ワルプルギスの夜が来るってのに、仲間割れしようってんだ。正気じゃねぇさ。
 だからこそ、生まれて初めて。俺は、俺個人の意思で『お前を殺してやりたい』って思った。
 ……その気持ちに、嘘なんざ無ぇんだヨ」

 それを吐き終えて、彼女は溜息をついた。

「そう、か……なあ、あと一つ、いいか?」
「あ?」
「あたしもさ……本当は、使い魔なんて、見逃したく無かったんだ」
「……………」

 彼女の独白に、俺は沈黙で答えた。
 信じられない。でも、話は聞いてやる。その姿勢に、彼女は言葉を吐き続ける。

「死にたく無かった。
 あんたもあたしも、結局は『それ』だったんだろうな……違いがあるとすれば『命がけで守りたい人が居たか、居なかったか』。
 それだけだと、思うんだ」
「そうだろうな」
「だから、約束する……もし、『あたしが生き残ったら』、その『魔女の釜』を横取りするにしても、絶対悪用したりしない。
 寝床はココにして、盗みもなるだけやめる。キュゥべえにぶちくらわすまで……あたしが生きる」
「……そうかい。何の保障にもならねーテメーの言葉だが……ま、無いよっかマシか」
「そうだな……」

 そう言って、彼女も魔法少女の姿になる。

「……なあ、たびたびすまねぇ。いいか?」
「いいさ。どうせ『どっちかが死ぬ』んだ……話くらい、とことん聞いてやる」
「あんた、あたしの事が『小便ちびるくらい怖い』っつったよな? あたしも……あんたの事が、死ぬほど怖えぇよ……」

 意外な告白に、俺は少し戸惑った。
 怖い? 俺が? 生身の人間でしか無い、ただの俺が?

「……そうかい。そりゃ光栄だ。巴さんに続いて、武闘派のエース・オブ・エースのお前さんにまで、そう言われるたぁな」
「ああ。タダの人間のくせに、魔法少女のあたしに啖呵切ってまで、世間に筋を通そうとするアンタが……そんな生き方を続けてきたアンタが、物凄く怖えぇ。
 『殺し屋』なんて言って悪かった……すまねぇ」
「そうかい。まあ、今更手遅れではあるがな」
「……そうだな。
 あたしと、あんたの関係ってのは……『もう既に手遅れ』なんだな」

 そうだ。この闘いは避けられない。逃げられない。

 御剣颯太が御剣颯太として生きるならば。佐倉杏子が佐倉杏子として生きるならば。

 最早、この激突は不可避のモノだったのだ。
 世間の大義正義など、関係無い。『ただそれが、こちら側にあったというダケの話』。
 ……これは私怨であり、復讐なのだ。
 だからこそ、俺は……あの時、『全ての信用を捨ててでも、確実に魔法少女を殺せる』と、確信した手段を選んだのである。

「なあ、アンタとさ……もし……別な出会い方とかしてたらさ、ダチとかになれたと思うんだ。
 あんたはスゲェ男だ……尊敬すんぜ」
「かもな。おめーや暁美ほむらみてぇな、『割り切れた人間』は、俺は嫌いじゃねぇ。
 ……ま、あいつは随分俺の事を嫌ってるみてぇだが、正味そんなのは知ったこっちゃ無いさ。赤の他人だしな」
「そうかい、ずいぶん気が多いんだな」
「馬鹿ぬかせ。『魔法少女に襲われ続けた俺に』、今更、妹以外の女が好きになれっかよ」

 と……

「勿体ないぜ、アンタ。
 ……アンタの周りにゃ、アンタの妹以外にも、あたし以上に『イイ女』ってのはいると思うぜ?」
「知るかよ。俺が大事なのは、沙紀だけだ」
「そっか。勿体ねぇな……まあ、『アンタが生きてたら』考えな。
 ……そうだ、あんた。妹のソウルジェムは?」
「無ぇよ。俺が死んだら、誰がアイツの体に帰すんだ? 他人踏みにじり続けたおめーなら、笑いながら踏み砕くだろ?」
「……っ! そうかい。
 確かに『あんたになら、そう思われても仕方ない』かもしんねぇな。
 ……勿体ねぇよ、本当に……勿体ねぇ。『こんな男を、粗末にしなきゃなんねぇ』なんて、なっ!!」

 次の瞬間、大きく跳躍した佐倉杏子が、手持ちの槍をブン投げて来る! それを……

「おおおおおおおっ!!」

 先端を見切り、思いっきり突き出す。
 牙突一閃。魔力の火花を散らして、真っ二つに投擲された、佐倉杏子の『槍』が引き裂かれる!

「なっ!」

 俺も、跳躍! 接近戦! 兗州虎徹でソウルジェム狙いの一撃を振りかぶる!
 天井を足場に、回避する佐倉杏子。槍を再構築!

「くっ! テメェ! ……そうか、その『刀』かっ! 『テメェのソウルジェムは』それかぁ!?」
「ああ、どうやら、そういうモンらしいぜ! 俺も、つい最近まで知らなかったがなぁ!」

 槍と剣。
 純粋な技術の技量は俺が上、だがリーチは向こう。『速度だけ見れば』五分なようだ。

 被弾=死な、生身の俺の肉体。
 だが、斬魔刀たる兗州虎徹の一撃は、大概の魔力を無効化し、魔法少女の肉体にすら、致命傷を与え得る。
 奇しくも、双方必殺の一撃を持ちながら、決め手を欠く。
 勝負は五分の様相を呈してきた。

「そうか! あんたはソウルジェムっつーエンジン二個積んで、突っ走って『生き急いできた』のかよ! 妹の分まで!
 あたしよっか速えぇハズだよ! 尊敬すんぜ! この馬鹿野郎は!」
「テメェに褒められても、嬉しかぁ無ぇよ!」

 火花が散る。
 奴の槍術は、百戦錬磨ではあっても、我流の域は出無い。
 一方、こっちはひたすら修練を積み重ね、剣理を重ね続けた剣だ。
 さらに、奴よりも『実戦を重ね続けてきた』。その集中力の違いが、だんだんと、攻防に差となって出始める。

「くっ! これで……どうだあっ!!」

 大きく退いた佐倉杏子が振りまわすのは多節棍……否!
 それは……完全に分解され、一個一個が独立した『小さな手槍』となって、俺に降り注ぐ!

 っ……チッ!

 全速力で、大きく回避。
 ……だが、距離が空いたのを幸いに、投擲系で遠距離戦に徹しようとして来る佐倉杏子。

 それに対し……俺は兗州虎徹を口で咥えると、両そでからパイファー・ツェリスカの『ハヤタ・カスタム』を二丁、引き抜いた。

「フっ!」

 無数の降り注ぐ小さな槍を、二丁の『ハヤタ・カスタム』のエッジやピックで、『自分に当たる分』だけ薙ぎ払って回避しながら、俺は佐倉杏子に接近しつつ、まず一発発砲!

 この弾雨を前に。否、高速型の奴相手に、『再装填の隙』なんてない。
 弾は5×2=10発。残り9発!

「っ……てめぇ! 面白い芸持ってんじゃねぇか」

 踊るように、しかし一切の無駄なく、俺はランダムな動きで、佐倉杏子の遠距離攻撃を『斬り払い』ながら、少しずつ近づいていく。
 発砲! 佐倉杏子回避、残り8発!

「だが……終わりだよっ!!」

 突発的に、降り注いだ手槍そのもが、結界となって俺の周囲を囲む。
 ……馬鹿がっ!
 その場でスピンするように、囲んだ結界を『咥えた兗州虎徹で』斬り払う。

「なっ!?」

 驚愕の隙を狙い、発砲! 象狩り用の、600ニトロ・エクスプレス弾が、奴の肩口をかすめる……ちっ、浅いかっ!
 残り、七発!

 双方、高速型だ。
 一発の直撃が、致命傷になる事を承知しながらの、攻防である。
 危うい所で均衡は取れていても、『死』という結末が唐突に訪れうる事は、お互いに理解しているようだ。
 だからこそ……

「くそっ!」

 驚愕にユルんだ隙に詰めた、完全な、必中の銃の間合い……ここは絶対外せねぇ!

 発砲、発砲、発砲、発砲! 残り四発! 左手のカスタムは弾切れ!

「ぐあああああっ!」

 三発までは、振りまわす槍で弾いたものの、四発目が佐倉杏子の右腕を、肩口から吹っ飛ばす!

「終われっ、佐倉杏子っ!!」

 空になった左手の『ハヤタ・カスタムを投げつけ』て隙を作りながら、俺は兗州虎徹を握り直しつつ、右手で発砲!
 残り三発!

「くそぉっ!!」
「っ!」

 分銅鎖のようなモノを、残った左手で投擲され、再度回避。
 その隙に逃げ出す、佐倉杏子。
 ……チッ……だが……

「……どうした、『お前の右腕は』ここだぜ?」

 兗州虎徹で寸刻みに『奴の右腕を斬り突きながら』、ハヤタ・カスタムの銃口を向ける。

「っ……!!」
「おめぇ……馬鹿弟子と違って、『肉体の再生能力』ってのは、そう高くねぇだろ?
 増して、コイツで斬られたら『そう簡単に再生できねぇ』……ご愁傷様だったな」
「テメェ……」
「終わりだよ、諦めな。
 『片腕一本じゃ勝てねぇ相手だ』ってくらい、分かるだろ?
 せめて、最後は楽にしてやるよ……」

 蒼白な表情で、絶句する佐倉杏子。
 ……と……

「片腕だけで……腕が無けりゃ、『祈れネェ』とでも思ったのか?」
「あ?」
「見せてやるよ……あたしの本当の祈りを……あたしの本当の力をっ!!」

 次の瞬間、世界が変貌していく。
 ……魔女化? 否……

「幻覚魔法かよ……笑止」

 笑わせる……とことん笑わせてくれる。

「うわあああああああああああああああっ!!!」

 『無数に分身した』、片腕の佐倉杏子が、一斉に槍を振りかぶり、俺に襲いかかって来る。

「タカが『心の一方』如きが……天地理念の現実法則を、無理に捻じ曲げた『幻想如き』小細工が!
 剣理究めた達人に、通じるかぁっ!!」

 一喝し、兗州虎徹一閃、さらに、ハヤタ・カスタムを発砲!

「ぐっあああああああぁっ! っ……そんな……そんなっ!!
 てっ、てっ……てめぇ……何で!?」

 今度は、左足を半ばまで斬り落とされ、さらに銃撃で完全に吹き飛ばされた佐倉杏子が、悶絶する。

 彼女には分かるまい。今まで『自分より圧倒的に強い相手』と戦った事なんて、数えるほどしか無かったのだろうし。

 一方的に嬲りつづけてきた者と、常に格上に挑み続けてきた者。こいつとの闘いで、勝敗に差があったとしたら……多分、そんなトコじゃなかろうか?
 俺の闘いには……俺の生き方には『幻想なんて許されなかった』のだから。

「どうした? 祈ってみろヨ。祈りのままに……歪めてみろよ」

 相手が悪かったな、佐倉杏子……

「くっ……くそ……テメェは、何なんだ……一体、『何者』なんだよ!」
「男だよ。誰かの助けが無ければ、何もできやしない……どこにでも居る『タダの男』さ」
「クソッタレ! ……そうかい……じゃあよ、『タダの男のアンタ』に、頼みがあるんだ」
「あ?」

 この期に及んで、何なんだか?

「魔法少女の魂は、ソウルジェムの中だ。
 でもよ、人間のアンタは……死んだら天国にでも地獄にでも、行けるんだろ?」
「馬鹿ぬかせ、人間、死んだら肉の塊だよ。魂の行き先なんて知るもんか」
「そうかい。
 じゃあよ、地獄に落ちるあんたに……多分、行った先で、親父たちが待ってると思うから、そこで『アンタ得意の説教でも』してやってくんねぇか? 酒びたりで狂っちまった、バカなウチの親父に、よ……」
「ざけんなタコ。一応、ウチは仏門だ。地獄に落ちるにしても、行く地獄はもー決まってんだよ」
「いや、付き合ってもらうぜ……あたしと一緒になぁっ!!」

 !? まさか……まさかっ!!

「チッ!!」

 そう言って、佐倉杏子は、残った腕で自分のソウルジェムを握りしめ……瞬間、全てが真っ白に染まり、俺の意識はブッツリと途絶えた。



[27923] 第四十八話:「問おう。あなたが私の、魔法少女か?」
Name: 闇憑◆27c607b4 ID:cb2385d9
Date: 2011/08/04 00:58
「ごめんなさい、颯太……」
「ごめんな、颯太……」

 何も無い世界。
 そこに現れた父さんと母さんが、俺に頭を下げた。
 更に……

「ごめんね、颯太……」

 現れたのは、姉さん。更に……

「ごめんなさい!」「ほんとごめん!」「私が間違ってた、ごめんね」

 俺が殺してきた、無数の魔法少女たち。
 そして……

「その……なんだ。あたしが悪かったよ。ごめんな」
「御剣君……すまなかった」

 佐倉神父。そして佐倉杏子……

 全員が、俺に頭を下げて、謝罪していた。

 ……幻覚だ。これは全て幻想だ。
 確かなモノ。それは……左手にある。

「うおおおおあああああっ!!」

 斬っ!!

『なっ!』

 驚愕する全員を、次々と兗州虎徹で斬り散らしていく。

「アリエネェ真似してんじゃねぇ! 佐倉杏子!! 人間はなぁ! オール全員『自分がジャスティス』なんだ!
 年齢一桁のガキンチョならともかく、幾ら自分が悪かろうが、『私は悪く無い』『間違ってんのは他の誰か』『みんながやってるからやっちゃった』『知らなかったの』って言いわけしか、頭にネェ生き物なんだよ!
 『心は狭い!』『誰かが悪い!』『お前が悪い!』『ブッ殺す!』、それがすべてだ!
 『俺が殺してきた人間の反省の言葉』なんて、これっぽっちも聞いた事ネェや! クソッタレがぁっ!」

 経験は無いが……恐らく、ここは『精神世界か何か』では無いのだろうか?
 佐倉杏子の奥の手が、幻覚魔法の類だったら、精神に直接作用するような魔法もあるハズだ。
 何もかもが不確実な世界。その中で確実なモノは……左手に握ったままの兗州虎徹。闘い続けた、愛刀の感触。
 『これだけは他人に誤魔化しようのない真実』だ。

『っ!! ……ったく、アンタはあたし以上に、捻くれてんなぁ。こりゃ、半端な幻覚魔法が、通じないワケだ』
「そこかぁっ!」
『おいおい、待ちなよ。もうとっくに勝負はついてる。あたしの負けだよ』

 最後に、佐倉杏子に挑もうとして……俺は彼女に止められた。

「……そう言って、どこから襲う気だ? 今度は何だ?
 死んだ家族全員、沙紀まで含めて、マサカリ持って襲ってくるってか? 上等だ、やってみろや、佐倉杏子!」

『はぁ……こりゃ、ホント救いようがないっつーか……どーしたら信じてもらえるのかなぁ……『あたしはもう死んでる』ってのに』

「……………?」

『あんたに半端な幻覚や幻想の魔法は通じない。だったらこっちも『命を賭ける』しか無かったのさ。
 ……これで信じてもらえるか?』
「まあ、な……あんなチャチいのが奥の手とは思わなかったが、自爆なんてされるとは、さらに思わなかったぜ」

 油断なく刀を構えたまま、俺は佐倉杏子に問答を返す。
 と、彼女が思いっきり苦い顔をした。

『チャチいっつーか……アンタ自身が極端に、奇跡や魔法絡みでの精神操作だの幻覚だのに、強いだけさ。
 四年前の段階で、親父の説法が『全然効いてなかった』って時点で、普通じゃないんだよ。どんな精神修行積んだんだよ、あんた?
 しかも、速度は同等かそれ以上。戦闘経験は上。奥の手封じまで持ってて、その上『斬魔刀』で、魔法少女としての肉体の防御力や再生に関しても関係なし。
 ……こりゃあたしが『決闘』じゃ勝てないわけだわ。相手が……というか、相性が悪すぎた。
 それでもまぁ、アンタに『いい夢見てもらいたい』って思って、やっちゃったんだけど、本当に余計なお世話だったみたいだね』

「ああ、その通りだよ。で? 『死んでる』ってのはどういうこった?」

『どうもこうもそういう事さ。『佐倉杏子』っていう魔法少女は、既に死んでる。
 いまのあたしは、あんたの意識に、生前の自分の人格や記憶を写した、残留思念とか幽霊とか、そんなもんなのさ』

「じゃあ、今すぐ消えろ! 俺の意識を元に戻しやがれ!」

『そう言うなよ。
 ……あのさ、アンタ。あたしにムカついてんのは、よーっく分かるけど。
 このまま、夢の中で、あたしと暮らさないか?』

「なんだと?」

『あんたの記憶、ちょっと見ちまったんだ。……可哀想過ぎるよ、あんた。
 自分がやった祈りがさ、こんな途方も無い悲劇を生んじまったんだ。
 でも、現実のあたしには、もう償いようも無い。
 だったらせめてさ……『いい夢見て、ずっと死ぬまで寝て過ごす』くらい、あんたはもう許されると思うんだ。

 その……ごめん。信じてもらえないのは分かるけど、本当に悪かったよ。反省してる。

 だから、あの時のあたしが出来る、精一杯の償いって……結局、『命がけであんたにいい夢見せてやる』くらいしか出来なかったのさ』
「……俺が『動けなかったら』、沙紀はどーなんだよ?」

 その言葉に、佐倉杏子は嘯いた。

『見捨てなよ』
「なっ……ふざけんじゃねぇ、テメェ!」
『一丁前に、友達と一人で歩く。そう言ったんだろ、彼女は?
 だったらあんたは、邪魔にしかならないんじゃないか?』
「っ……………」

 絶句する。
 そうだ……沙紀は、一人で立つと。仲間と共に立つと、そう宣言してしまったのだ。
 だったら、俺に出来ることは……いや……

「一つ……忘れてた。『ちょっとした約束』が、あったんだった」
『約束?』
「魔法少年としての誓いにも絡む話でな……ちょっと、捨て置けねぇのさ。
 気遣いありがとな。でも、俺にゃ要らねぇ。
 『夢や希望』を見てる魔法少女の代わりに、『苦い現実』の盾になるのが魔法少年の仕事だからな。
 悪夢の一つ二つで、ヘバっちゃいらんねーんだよ。……ま、『盾』っつー割りにゃ紙装甲だけどよ。盾には盾の意地があんのさ」

 俺の脳裏に、あの日の路地裏での約束が思い起こされる。
 ……一年後。巴さんをバイクの後ろに乗せる。ドライブでも、狩りでもいい。それは確かな約束だ。

『……そっか。
 じゃあさ、せめて『あんたが悪夢に苦しまない程度』は、あたしをあんたの中に、残らせてくれないかな?
 現実であんな辛い目に遭いながら、クスリ飲まないと寝れないなんて。しかも、寝ててもずっと悪夢に苛まれ続けるなんて、酷過ぎるよ。
 ……夢の中に、親の敵のあたしが出て来るのも、ナニかもだけどさ。
 せめて、あんたが見てる、悪夢のひと欠片だけでも、あたしに掃除させてくれないかな?』
「……………」
『頼むよ。ヤバい事が起きそうなら、あたしがあんたを現実に起こす。
 それが『佐倉杏子』の償いだよ。
 それにアンタ程の人だったら、多分、あたしみたいな残留思念、簡単に消せるハズだよ……ちょっと性能のいい、目覚まし時計だと思ってくれりゃいい。気に入らなきゃポイしてもらって構わない。頼むよ』

 その言葉に……俺は『少しだけ』こいつを信じる事にした。

「分かった。
 でもな、『悪夢の掃除』なんて要らない。お前は『俺が見て来た悪夢と体験を、ただ傍観している事』。
 ……俺は、俺の罪を、赤の他人の誰かに償ってもらいたいなんて思わん。手遅れなモンは手遅れで、やっちまったのは俺だ。
 それでももし、『お前がそれを罪に思う』とするならば、佐倉杏子。
 『お前はそれに一切手を出せない』のが、お前の償いだ」
『っ……あんたは!』
「舐めるなよ、魔法少女!
 たとえ『どんな善意や悪意から出た行動でも』!
 アカの他人の人生、増して幽霊ごときが『心の中を』、自分の思うまま好き勝手に出来ると思うな?
 『テメェのケツはテメェで拭く』。その上で『好き勝手に自分で考えながら』誰かを助ける。他人がそれにどう思おうが、お構いなし!
 それが俺の流儀で、俺のやり方だ。
 人殺しも、その悪夢も、何もかも、全部ひっくるめてじゃなけりゃ、俺は前に進めないように出来てんのさ!」
『……っ……まったく、何て奴だ。とことん根性ひん曲がってるくせに、不器用なんだから』
「ああ、だからな……お前がもし、『自分のした事が、本当に罪だと思うのならば』。
 『これから俺が生き続けてる限り、俺が体験する事、重ねて行く罪に、お前は一切手を出せないまま、俺が死んで地獄に落ちるまで見届ける』。
 ……それがお前の償いだ。佐倉杏子。
 それに耐えらんないっつーなら、言いな? 消してやるから」
『っ……チッ……ホントにアンタは……おっかねぇ。分かったよ。あたしが悪かった……ほんとに、悪かったよ』
「そうかい。じゃあ、今すぐ起こしてくれ。でなけりゃお前を殺してでも、俺は、現実の世界に戻る!」

 何しろ、ぐずぐずしていられない。ワルプルギスの夜がやって来るのに、間に合わせなければならないのだ。
 が……

『いいけど……本当に、今、起きるのかい?』
「なんだと?」
『ワルプルギスの夜との喧嘩……もう、始まろうとしてるよ。
 今の今までアンタは『夢すら見れない程』消耗してたのさ。長年の蓄積含めて、心と体に溜まった『ツケ』を、一気に払ってたんだよ』
「なっ……起こせーっ! 今すぐっ!!」



「はっ……っ……!!」
「気付いたっ!!」

 俺の右手を握りしめながら、沙紀が叫んだ。
 見覚えのある……あり過ぎる景色。俺の部屋の中だった。

「よかった……起きないかと思った。
 あの時、佐倉杏子の最後の精神攻撃と、相打ちになったのかと……」

 泣きながら沙紀が俺に言うが、それどころじゃない。

「沙紀……なんでお前がここに居る!?」
「え?」
「ワルプルギスの夜は!? どうなってる!? 巴さんと暁美ほむらだけじゃ、手に負えるとも思えネェぞ!?」

 と、ここで……さらに眩暈のするような事を告げられた。

「……あのね、美樹さんも……前線に出たの。残った魔法少女、三人全員。
 鹿目まどかさんは、避難所」
「っ……ばッ」

 バカヤロウ! そう叫びかけて、俺は言い淀む。
 そうだ、この事態を引き起こした責任を、取らなくてはいけない。冗談抜きで、寝ている場合じゃ無かった!

「沙紀……『魔法少年としてお前と組む、最後の喧嘩』だ。力を貸してくれ」
「お兄ちゃん!?」
「魔女の釜も総ざらい。隠し金庫の中の武装も全部引っ張り出す!
 ……俺の復讐の時間(ペイバック・タイム)は、まだ終わっちゃいねぇ!」
「ちょっ、ちょっと待ってよ! お兄ちゃん、今まで死んだように寝てたんだよ! 兗州虎徹握りしめっぱなしのまま!」
「ああ、そうさ。どっかの馬鹿のせーで『よく眠れた』よ。
 だったら起きて、現実と向き合わなきゃな! っていうか、沙紀……『何でお前がここに居る』?」

 そうだ。こいつは……『皆と共に歩む』と宣言して、俺の手元から離れたんだった。

「っ……その……みんなが『御剣颯太が起きるまでは』って……。
 あの闘い、みんな見てて……二人とも倒れた後、佐倉杏子の死体の後始末をして、生き残ったお兄ちゃんを、みんなでここに運んだの」

 目をそらす沙紀。
 ……見てた、って……まあ、あの決闘に、余計な首突っ込まれなかっただけ、ありがたいか。

 と、いうか、

「バカヤロウ! お前は友達と一緒に行くっつったんだろうが!! 何で俺を置いてかなかった!?」

 叫んだ俺に、沙紀が叫び返す。

「置いてけなんて……置いて行けるわけ無いじゃない!! 馬鹿兄!!
 物凄く怖かったんだから!! このまま目が覚めなかったら、どうしようって……物凄く怖かったんだから!!」
「なんだとっ!」
「だってそうじゃない! ずっと、ずっと、ずっと、あたし、お兄ちゃんに嘘ついてきたんだよ!
 本当は『戦えないわけじゃない』のに、嘘ついて。
 ……あたしのために、こんなボロボロになるまで闘って、最後は永遠に寝たきりになったなんて。
 見捨てて行けるわけないでしょ! 放っておけるわけ、ないでしょ! あたしたち家族なんだよ! この世でたった一人の家族なんだよ!?」

 沙紀……お前!

「最後に見せてあげる。私の本当の力……」

 そう言って……沙紀は……沙紀の背後に、無数の『武装』を展開した。

「なっ!」

 馬鹿弟子の剣があった。巴さんのリボンとマスケットがあった。暁美ほむらの盾があった。斜太チカのカトラスとピストルがあった。冴子姉さんのワンドがあった。更に……俺の斬魔刀・兗州虎徹まであった。
 他にも無数の……『俺が闘いづつけてきた』魔法少女の武器や能力全てが、そこに存在していた。

「沙紀……お前は!?」
「ごめんね、お兄ちゃん。これが私の『トッテオキ』。
 『全願望の図書館(オールウィッシュ・オブ・ライブラリー)』って、名前。私が勝手につけたけどね。
 ……お兄ちゃんや私を襲い続けた魔法少女たち。それと、お兄ちゃんと関わった魔法少女。
 『二人で一緒に関わってきた』魔法少女の、全ての願い、全ての能力の『劣化コピー』が、私の中に記録されているの」
「ちょ、ちょっと待て……それって……」
「収納能力も、お姉ちゃんの『檻』じゃなくて、実は『書架』なの。
 あたしの能力が、『癒し』と『檻』なのは当たり前。だって、『お姉ちゃんの劣化コピー』だもん……癒しの力は『相性が良すぎて』ああなっちゃったんだけどね」
「沙紀……!? それは、どういう……」

 流石に、パニックになる。
 なんて、こった……ホントに、どうなってんだ!?

「あのね、私の祈りって、本当は『癒しの祈り』なんかじゃないの。
 本当はね……『あの日の、父さんと母さんが、何を考えていたのか、知りたい』って事。
 つまり、この能力は『他人の願いを知りたいという願い』から派生してるの。
 ……もしかしたら、読心術みたいなのも、マスター出来るようになるのかな? 系統的に相性よさそうだし」
「っ……」

 なんて……こった。
 つまり、俺は、沙紀の事を、全然分かって無かった、って事か!?

「……だからね、今まで騙し続けてきた私に、『お兄ちゃんを使う』資格なんて、無いの。
 私一人で戦うから、お兄ちゃんはもう寝てていい。闘わなくて、いいの」

 そう言って、沙紀は魔法少女の姿へと変身し……

「じゃ、行って来るね……お兄ちゃん」

 全身に魔力を溜め、飛翔しようとし……その背後から、俺は問いかける。

「待て、沙紀!
 ……『魔法少年として』改めて聞く! 俺は……俺は、今でも、お前にふさわしい魔法少年か!?」
「っ!!」

 その言葉に、沙紀の動きが止まる。

「こんな身勝手な兄を……『ワルプルギスの夜』との闘いを前に『佐倉杏子への復讐』なんて、馬鹿な真似に走った俺を。
 それでもお前は……『御剣沙紀という魔法少女は、御剣颯太を自分の魔法少年として、認めてくれるか?』」
「……認めたら……認めたら、またお兄ちゃん、闘っちゃうじゃない! だから認めない! 絶対認めないんだからぁっ!!」

 だろう。
 そうだろうな……だからこそ。

「じゃあ、もう一つ、聞く。……お前、その『トッテオキ』ってのは『自爆技だ』っつってたな?」
「っ!」
「『檻』の事を思い出したよ。
 『コピーした能力の相性によっては』お前、それ、トンデモなく魔力を消耗するんじゃないのか?
 あるいは、癒しの力で自分自身が傷を負ったように! 『コピーした能力を、無条件に使えるわけではない』んじゃないのか!?」
「……………」
「前にお前、言ってたよなぁ? 『俺は一人で突っ走しり過ぎる』『一人取り残された気持ちを、分かっているのか?』って。
 ……お兄ちゃん、お前が『友達と戦い抜く事』は許可しても、『自爆特攻』を許可した憶えは無いぞ?」
「っ!! ……」
「そんでな、沙紀。
 お前……本当は怖いんだろ? 体の震えが、止まらないんだろ?
 お前は……『実際に魔女と闘ってきた』わけではない。俺という肉体をカメラにして『カメラ越しに見続けてきた』だけだ。
 しかも初陣。
 それに、俺から『ワルプルギスの夜』が、どれほどのモノなのか知って……『お前、本当は俺に、止めて欲しかったんだろう?』」

 そうだ。
 もし、本気ならば……『迷いが無い』と言うのなら。
 俺が声をかけたくらいで『沙紀がここで止まるワケが無い』のである。

「……なあ、沙紀。その……なんだ。お前には悪いんだが。
 ある魔法少女に『男として果たしたい『誓い』がある』。こいつは、魔法少年も何も関係が無い。
 だから、俺を置いて行こうとしても無駄だ。コイツを握って、勝手に俺は、駆けつけてしまうだろう。増して、お前が勝手に特攻しようなんてのなら、尚更だ。
 ……結局、なんだ、その……似た者同士なんだよ、俺らは。だから、ソウルジェムの二個併用なんて、荒技が出来たんだよ」
「………」

 ぶるぶると……俺に後ろを見せたまま震えだした沙紀は、とうとう、声をあげずに、泣きだしてしまった。
 ……結局、何だかんだと、こいつは臆病で。俺が居なくては、ダメだのだろう。

 少なくとも……この闘いが終わるまでは!

「沙紀。一緒に行こうぜ。一蓮托生だ!」
「っ…っ……うわああああああん!! ごめんなさい! ……怖いの……本当に……怖かったの!」
「当たり前だっ! 馬鹿っ! 俺だってアイツは怖い!
 だから……『俺たち二人のありったけ』を、ワルプルギスの夜(ヤツ)にぶちかましに行くぞ!」



 地下の武器庫は、殆どが物の見事に空だった。恐らく、暁美ほむらの奴が、持って行ったのだろう。

 だが……『本命』は、その奥!
 二層になった隠し金庫の中に、『いつか来るであろう、この日のために』、蓄えておいた武装の数々がある。

「……姉さん……今度こそ。『武器庫の貯蔵は十分だよ』」

 そう呟きながら、俺はパスコードをローマ字で入力。合言葉は……『KONNAKOTOMOAROUKATO』。

 ピーッ、という音と共に、第二の金庫への扉が開く。
 そこに蓄えられた、無数の『兵器』を、沙紀のソウルジェムに片っ端から収納していく。
 そんな中……

「ねえ、お兄ちゃん。改めてさ、その……『契約し直さない?』」
「あ?」

 諸々の『決戦兵器』を収納する手を止めずに、俺は沙紀に問い返す。

「あの日、さ。私の魔法少年になってくれるって誓ってくれた、『アレ』。
 ……私は、お兄ちゃんを騙してたんだし。お兄ちゃんは佐倉杏子に暴走しちゃったんだし。
 これって、契約無効にならないかな?」
「お前なぁ……こんな時に」

 あの時、半ば悪ふざけで、ゲームの真似事で誓った事を思い出す。

「『こんな時だからこそ』だと思うんだけど……ダメかな?」
「っ……そうだな。うん、分かった」

 そして、俺はその場で沙紀にひざまずきながら、目を見て問いかける。

「問おう。あなたが私の、魔法少女か?」
「はい」

 そして……契約は再度、成立した。



[27923] 第四十九話:「俺の妹は最強だ!」
Name: 闇憑◆27c607b4 ID:cb2385d9
Date: 2011/08/06 07:59
「で……」

 魔法少年の姿で、全速力で魔力付与した愛車……スズキ・GSX400Sカタナを駆りながら、現場へ急行中。

「何で『こんな奴』の残留思念なんて飼ってんのよ、お兄ちゃん!!」

 ソウルジェムの中から、沙紀が絶叫する。
 『願いを知りたいと言う願い』から派生した、共感能力の高さからか。
 ……どうも、二人でリンクした際に、俺の中の佐倉杏子が『見えてしまって』いるらしい。

『かてー事言うなよ、こっちだって命がけだったんだし。
 それに、おめーの兄ちゃんに『生き残った奴全員、ワルプルギスの夜の討伐に参加する事』って言われてんだし。
 あたしだって、一応、『元』魔法少女なんだから、アドバイスの一つ二つは出来るかもなー、って』
「そーいうこった。まあ、この勝負には『全部を投入する』価値があるしな。
 まして、個人的な遺恨でドンパチやらかして出遅れた身だ。『使えるのならば、死んだ佐倉杏子ですら』使わせてもらう!」

 そう、『この闘いに限っては』特別である。
 何しろ……俺が生きて、生きて、生き続けてきた事の、ある意味、総決算でもあるのだから。
 増して、あの『誓い』を果たすまでは、男として、死んでも死にきれん!!

「くっ……キュゥべえね! これもインキュベーターの陰謀ねっ!!」
「……現実認めないで、何でもキュゥべえのせいにするのは、どうかと思うぞー」
「……お兄ちゃんに言われたくないなぁ……」

 風雨が強くなる。
 既に、ワルプルギスの夜の影響圏に入ったか……

「しかし沙紀、こんな簡単な方法があったなんてなぁ……」
「そうね。私もお兄ちゃんも、馬鹿みたい」

 沙紀の肉体を収納した、沙紀のソウルジェム。
 肉体と魂を分離して使用するのではなく、『一緒に纏めてしまえばいいという発想に』どうして至らなかったのやら。
 しかも、何か、魔力の出力とか、同調率というか……とにかく『肉体と魂を分離して使う』よりも、圧倒的な効率が叩き出せてるし。

「まあ、『魔女の釜』の時もそうだけど、『発想のブレイクスルーの瞬間』なんて、こんなもんだろ?
 勘違いで勝てれば苦労は無いのは事実だけど、実際、『発想が出なかった』って事は『勘違いで負けてた』って事なワケだし。
 それが出来れば、そりゃあ苦労なんて無いわ」
「なんかそれって、『嘘は言わないけど真実全てを語らない』って、どっかの誰かさんみたいね」
「それを誘発させて他人を騙すのを、詐欺っつーんだよなー……だから、多角的な視点、ってのは結構重要なのさ。
 もっとも……そいつに『振りまわされる』つもりは俺には無いがなっ!!」

 何しろ、『自分勝手』『己は己』の我が道を行くタイプの人間である。
 今の俺は、『全てを承知したうえで』世間の正義も何も、基本的にクソクラエ。ただ『己の中の掟』に生きているだけなのだから……

「『飛ばす』ぞっ!!」
「うんっ!」

 ワルプルギスの夜の戦闘は、既に始まっているようだ。

「……くそったれが、既にヴィンテージもんの鉄火場じゃねぇか!」

 巴さんの、ティロ・フィナーレの閃光、暁美ほむらの銃撃音、それに……あいつにつきまといながら、剣林の弾雨を降らせてるのは、馬鹿弟子か!?

 俺は、愛車のスロットルを一気に全開にすると同時に、魔力を注ぎ込む。

「行けぇっ!」

 一直線に、ワルプルギスの夜に向かって空中を疾走する愛車から、適当な距離を取って飛び降りると、俺は沙紀のソウルジェムから『最初の決戦兵器』を取りだした。

 ゼネラル・エレクトリック社製・30ミリガトリング砲『GAU-8アヴェンジャー』。
 A-10サンダーボルト爆撃機に搭載する事を前提としたソレは、無論、『人間が手で持って運用する事なんぞ、前提とされていない』。

 だが、条理を覆す魔法少女ならば、魔法少年ならば、それも可能!

「全員、距離を取れっ! 『豚の鳴き声』に巻き込まれるぞ!!」

 瞬時にスピンアップした『復讐者』の砲身が左にブレそうになるのを。45kN……航空機のエンジン1基分にも及ぶ猛烈な反動すらをも。
 文字通り『魔力ずく』でねじ伏せながら、焼夷徹甲弾と焼夷榴弾の混声合唱が、俺の腕の中で毎秒70発のひとつながりの轟音となって、吠え猛る。
 その砲声は、遠間から聞けば、あたかも『豚の鳴き声』に聞こえる事から、これを搭載したA-10サンダーボルトをイボイノシシなどと揶揄しているが……『それ』と敵対したムジャヒディンの聖戦士からは、こう呼ばれていたそうな。

 『悪魔の咆哮』と。

「ひゃああああっ!!」

 ワルプルギスの夜に一番近かった馬鹿弟子が、声をあげて撤退。
 周囲に群がっていた使い魔ごと、ド派手に薙ぎ散らして行く。

 さらに……

「沙紀っ! 誘導弾!」
「うんっ!」

 ソウルジェムの中で、スイッチを入れる沙紀。
 ……ご近所の自衛隊基地のミサイル連隊が解散するのに合わせて、コッソリと裏から手をまわして『金とコネ(と、ちょっと恫喝)で買い取った(書類上、公的には致命的な故障により、廃棄処分って事になってる)』88式地対艦誘導弾が、見滝原の山奥でターゲットをロックする。(……世の中、金とコネだよな)。

「発射っ!」

 弾頭のコントロールを『引き継ぎ』ながら、飛翔するミサイルが、ワルプルギスの夜を直撃。
 とりあえず、仕切り直しだ。あえて起爆させず、ワルプルギスの夜を突き刺したまま、遠くへ吹き飛ばす。

 ……本当は、仕掛けとか色々する予定だったのだが、この状況で出し惜しんでも仕方ない。

「そのまま、宇宙の彼方まで行ってくれるとありがたいんだがな……
 すまない、出遅れた!! 虫のいい話だが、一度、仕切り直させてくれ!」

「師匠!」
「御剣颯太!」
「颯太さん!」

 集まって来る面子に、俺は叫ぶ。

「ぐずぐずしてる暇は無い! 奴が体勢を立て直す前に、馬鹿弟子は避難所に撤退! 鹿目まどかの護衛に回れ!
 暁美ほむら、巴さん! 俺ら三人で前に……」

 と……

「いえ、彼女も前線に。一人、脱落です……」
「えっ……?」

 ふと、差し出された、巴さんのソウルジェムは……

『っ!!!』

「巴さん!」
「マミさん!」
「巴マミっ!」
「マミお姉ちゃん!」

 最早、『手遅れな程に』真っ黒に染まっていた。崩壊して魔女化していないのが奇跡である。

「間にあって、よかった……颯太、さん」

 そのまま、がっくりと膝をつく、巴さん。

「約束……守って……」
「お、おいっ、冗談だろ……あんたは最強の魔法少女だろ!? こんな所でクタバるタマじゃねぇだろぉが!?
 あんたとの約束は『一年後に、俺のバイクの後ろに乗せる』事だろぉが!」
「その前に……最初の、約束。私が、魔女になる前に……殺してくれるって……」

 っっっっっ!!!

「バカヤロウ! あんなのは『もっと先の話』だっ! 今じゃねぇよ! 『こんな所でクタバってんじゃねぇよ!』」
「ごめんなさい……颯太さん。本当は、私は……本当は弱い子なんです。だから、颯太さんみたいな、ロビンフッドには……なれなかった」
「違う! この見滝原っつーシャーウッドの森で! あんたは……『あんたこそが』最強のロビンフッドじゃねぇか!!
 正義と最強のカンバン張り倒して、ずっとずっと一人で戦い抜いてきたんだろうが! 『沙紀が居たから闘えた』俺なんぞより、よっぽど強えぇよ! 尊敬すらしてんだぞ!」
「それは……私が……颯太さんに、嫌われたくなかったから……」

 相当に苦しいだろうに。それでも彼女は、笑顔のままだった。

「っ!? そんな、そんな必要、どこにも……」
「ちょっと……意地を、張り過ぎちゃいました♪」
「バカヤローっ!!」

 ソウルジェムの崩壊が始まる。もう、誰にも彼女を助けられない。

「だからっ……約束……おね……がい」

 苦痛に歪めながら、それでも笑顔を崩さずに……

「っ……っ……うっ……うっ……うわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!」

 兗州虎徹を沙紀のソウルジェムから抜き……俺は、その柄頭で……本気で惚れた『人間の女』のソウルジェムを砕いた。



「っ……師匠?」

 無言で立ちあがる。

「『人間』だったよ……彼女は……『魔法少女』なんて好き勝手しながら、世間に迷惑かけたおすゾンビなんぞじゃねぇ。
 ……人間だったよ……誰にも理解されず、それでも一人で『どこかの誰か』の日常を守って、正義を張り通した……
 父さんや母さんに続いて……冴子姉さんに続いて……俺は『人間』を、また殺しちまったんだ……」
「御剣颯太……その……」

 言い淀む暁美ほむらに、俺は言い切る。

「ああそうだよ! 俺のせいだよ! 俺が! 俺が復讐なんて馬鹿な事をしなければ、彼女は死なずに済んだ! 俺が殺さずに済んだ!
 だから……だから沙紀っ! 頼む!
 『せめて証明がしたい』! この『見滝原で最強だった』ロビンフッドが誰だったかを! 『劣化コピーですら』、あんなチンケな『舞台装置の魔女』なんぞ、目じゃ無いって事を!
 お前の友達は……俺が本気で惚れた女は、『最強だった』って証明がしたい!」
「お、お兄ちゃん?」
「……手伝ってくれるか? 沙紀?  俺は……俺一人では、何も出来やしないんだから。
 だから、俺が間違ってたら……止めてくれ」

 沙紀のソウルジェムを握りしめ、問いかける。
 既に、ワルプルギスの夜の馬鹿笑いが聞こえて来る距離になっていた。

 ……ざけんなヨ……なめんなヨ……人間殺しておいて。
 『俺に何度も人間殺させておいて』そんなに面白ぇか……こんクソが!

 『消して』やる……コイツハ消ス……

 『舞台装置の魔女?』 上等だ!
 俺みたいな悪役(ヒール)ってのは、『場外乱闘』のプロなんだよ!
 台本(ブック)なんぞ、クソクラエだっ! 真剣勝負(セメント)のプロなめんなよ……真剣(ガチ)で生きてる人間、なめんなよ!!

 自分の心が怒りのあまり、『機械』になって行くのが分かる。
 真剣にキレた時、特有の感覚。
 『感情を持ったまま』『目的のために最適化された行動を取る』自分……

「分かった。『証明して』……お兄ちゃん」

 沙紀の言葉と共に、俺の手に銃把が現れる。
 ……馴染んだ銃火器ではない、奇跡と魔法のマスケット銃。
 扱えるのか? ……否、『扱ってみせる』。

「うおおおおおあああああああああああああああっ!!」

 俺は。俺たち兄妹は、何一つ、あんたを救えなかった……あんたに何の恩も返せて無かった。助けられてばかりだった。

 だから……せめて『あんたが最強だ』という証明だけは。あんたの技で『最凶最悪の魔女にぶちくらわす事で』、俺が……『俺たち』が証明してやる!
 俺に出来ることは……あんたを無為に死なせちまった『俺に出来る事は』せめてそれくらいだっ!!

 緑のダンダラ羽織に、無数の黄色いリボン……否、金糸が縁取られる。マスケットを次々と使い捨てにしながら、使い魔たちを薙ぎ散らして、俺は……『俺たち』は、ワルプルギスの夜に突っ込んで行く。

 『死にたくない』『命を繋ぎたい』。それが彼女の願い。
 だからこそ、こんなにも応用が利き、そしてこんなにも強く、そして……『万人に理解しやすい願い』。

 ……分かるさ、巴さん……俺だって、沙紀だって、死にたくない。
 誰だって、死にたくなんて無いんだよ。
 それを、嘲笑って、一方的に踏みにじっていいワケが無い。

 そりゃあ、殺し合わなきゃ行けない時は、ある。人間は常に、同族含め『何か』と争い合うモノだ。
 それが出来なきゃ人間じゃない。生きて行く資格は無い。そうやって俺は生きてきた。
 それでも、ワガママとしか思えない自分勝手な願いで……増してや『殺す相手を嘲笑いながら』踏みにじっていいワケが無い!!

 インキュベーター……お前、あの時、俺と『契約しなかった』よな?
 宇宙のためだ何だとかヌカしながら。結局、自分たち一族が助かりたいがために『俺と契約しなかった』。

 ……それがお前の本音なんだよ。『お前ら全員、宇宙の果てまで。キレた俺に、インキュベーター全部がビビッた』のさ。

 お前が持ってないハズの、『恐怖』って『感情』なんだよ、それが。
 そいつが認められないから。自分たちの家畜に予想もしない牙を剥かれたから。
 お前は『絶対に自分の手を、直接汚さないで』俺を追い込み続けたのさ。ワケが分からないからな。

 『共通した一個の知識と知性と魂』しか持ち合せて無いから、感情なんて生まれようがないんだよ。
 誰かを思ったり、誰かの事を考えたり、誰かを憎んだり……誰かに惚れたり。それを『考える必要が無い』から、お前は感情が理解出来ねぇのさ。
 もしかしたら、お前にも元々感情ってモンがあったのかもしれん。だが、全体の効率のためにそれを殺し続け『過ぎた』お前に、感情が理解できるワケが無い!

 他人を理解しようとしない人間が、他人を理解出来るわけが無い。増して『理解してもらえるわけが無い』。
 どんな大義名分を掲げても!
 『それが正義か悪かとは別の問題で』、『そんな奴の行動は、誰にも理解してもらえるワケが無い』んだよ!

 俺が、無数の魔法少女を、家族を守るため殺し続けた結果、魔法少女に悪魔と謗られるようになったように!
 お前が、無数の魔法少女を、宇宙を維持するために利用し続けて、魔女に堕としめ続けたように!
 世のため人のためとか、大義名分を掲げながら、大量虐殺をした独裁者のように!

 だがな。少なくともな。

 俺は『わけのわからないモノ』は怖い。恐ろしい。
 だから、そういうモノに対しては、慎重に事に当たる、接する、礼を払う。観察する。研究する。
 格闘技や武術武道を学ぶ上で『礼儀を重視するのは』そういう意味があるのさ。

 『誰が何を考えているか分からないし、誰が何をして来るか分からない』。

 だからこそ『生き残るため、可能な限り敵を作らないよう、勤めて礼儀正しく相手に接する』『相手を理解しようと努める』。
 それが、武術武道が、精神修養とイコールと『誤解される』原因なんだ。『常在戦場』ってのは、そーいう意味で……それを理由に『礼儀(ルール)を無視していい』なんて代物じゃない。
 だって、人間は本来、『ナンデモアリ』の世界で生きてる代物なんだぜ?
 礼儀(ルール)を無視しちまったら、信用もクソも無くなっちまう。
 そして人間は、お互いに、無理矢理でも信用し合わなきゃ、生きて行く事すら出来ない生き物なんだ。

 それを、お前は何だ?
 人間様を家畜扱いしやがって。
 安全圏でのうのうと、バレなきゃいい。知らなければいい。どうせ自分たちは安全だ。
 宇宙の彼方にまで反撃の狼煙が届くわけが無い、とでも思っているのか?

 笑わせるぜ。
 因果応報ってのは、絶対法則なんだよ。
 その場で舌出して上手くやり過ごしたとしても、もし仮に『人間に近い感情を持つ、別の有力な宇宙の種族』がこの状況を知ったら?

 世界なんて、ドコで何が繋がってるか、どんなビックリ箱が秘められてるか、分かったもんじゃない。
 曲がりなりにも、いちおー程度の仏門の人間の俺が、切支丹の娘だった佐倉杏子に運命を翻弄されたように。
 キリスト教と縁の無い禅寺でさえ、修行中の坊さんが、クリスマスの喧騒に一人で過ごす事に耐えられなくなった、俗世の彼女にフられるなんて、よくある話なんだ。
 そういう意味で『世間』ってのはな。『一個一個が独立した魂を持つ人間の集合体』ってのは、『恐ろしい』し『わけがわからない』モンなんだぜ?

 もしお前が『感情を理解出来たとしたら?』……うん千年、うん万年生きてるらしいし? 俺なんぞ、及びもつかない化け物だったろうさ。
 だが、お前が蓄え続けたのは、『人間に対する知識』だけで、皮膚感覚含めた『経験』や『体験』てモンを、完全に喪失している。
 そんな奴がカモに出来る人間なんてな……『本当に何も知らない、怖いもの知らずのガキくらいしか』出来ないんだよ。

 分かるか、インキュベーター?
 お前が重ね続けた歴史ってのは、『弱い者いじめ』の歴史でしか無いんだ。誰にだって誇れるモンじゃない。
 人間の一番弱い部分に付け込んで、それで人間様分かった気になられちゃ、困るんだよ。『知らない物を知ろうともしない』、勘違いの大間抜け野郎でしか無いのさ、お前は。

 そいつを……証明してやるよっ!!

「うおおおおおあああああああああああっ!!」

 ワルプルギスの夜に肉薄し、俺は兗州虎徹を抜くと、空中に放り……巴さんのリボンと共に『巨大化』させて、巨大な砲口の下に接続、着剣……一個の『銃剣』に仕立て上げる!!
 ティロ・フィナーレ……巴さん最大の技……こいつで、仕留める! 『あんたの最強』を、俺が証明してやるっ!!

「御剣流!」

 巨大化した兗州虎徹が、ワルプルギスの夜の結界を引き裂いて行く。『魔』を否定し、『魔』を降す、斬魔の刃が……奇跡や魔法などありはしないと、俺の生き方、魂そのものを映した刃が、巨大化し、ずぶりと、ワルプルギスの夜に突き刺さる。
 そして……

「零距離……ティロ・フィナーレっ!!」

 ガッゴォォォォォォォォン!!!!!

 ティロ・フィナーレ……生きたい、死にたくないと、願い続けた巴さんの祈り……『魔』を肯定してでも生きたいと、生き抜きたいと願った、『最強』の祈り。
 そんな祈りを……俺みたいな殺人鬼に嫌われたくないという、『たったそんだけ』の理由で、彼女は放棄してのけたんだ。

 正直、恐ろしい。ワケが分からない。俺に……俺個人のために『最強が命捨てる』そんな価値なんて無い。
 でも……だからこそ、俺は『俺の全てを賭けて、証明しなくちゃならない』。

 『彼女が生きていたと』『人間として死んだんだ』と。『俺が信じる最強は、彼女だった』と……

 それを他人がどー思おうが、知った事かっ!! 『証明だけは』してやる! 後は他人がどう後付けでグダグダ述べようが知るかぁっ!

「っ……」

 油断せず、追撃!
 俺の知る巴さんなら、必殺技一つで魔女を仕留められるなんて、『甘い考え』は持ってない!

「二発目だ、オラァ!!」

 銃剣にした兗州虎徹を突きさして、ワルプルギスの夜の結界を斬り裂き、その隙間にティロ・フィナーレを叩きこむ!
 彼女程じゃないが、銃剣術の心得くらいは、俺にだってある。

 だが……

「お兄ちゃん、ストップ! マミお姉ちゃんの力は相性いいけど、ちょっと消耗キツい!」
「っ……チッ!」

 兗州虎徹を回収し、一度退く。
 気がつくと、馬鹿弟子や暁美ほむらが周囲の使い魔の排除を受け持っていてくれた。
 ……ありがたい。

「御剣颯太……いえ、あなたたち二人は……本当に何者なの!? ワルプルギスの夜に、あれだけの痛手を与えるなんて!」
「ただの男と、その妹だ、タコ! それより、この手は何度も使えそうにない!
 ……正直、色々仕掛けしてからワルプルギスの夜に挑むつもりだったんだが、プランが完全に狂っちまった。
 本当にすまんな、俺のせいだ!!」

 と……その時だった。
 ゆっくりと……ワルプルギスの夜が『天地逆さまから、正位置に変わろうと』していた。

「まずい……蹂躙体形だ」
「え!?」
「逆さまだったアイツが縦になったら、そいつは『本気出すぞ』って合図なんだ! チクショウ、半端に追い詰め過ぎた!」

 あの時……逃げ回りながら、必死に抵抗を続け……最後の最後。奴が縦になったほんの30秒にも満たない間、猛烈な攻撃が繰り返された。
 あの瞬間の攻防は、本気で想像したくないし、今でも思い出したくない代物だ。
 ……だからこそ『相手が本気を出す前に、とことん痛めつける』つもりだったのだが、完全にアテが外れてしまった。

 ……チクショウ、こりゃあ死ぬな……見滝原の街ごと、俺たち。

 と……

「あのね、お兄ちゃん……その、信じてもらえないかもしれないけど。
 この土壇場で……気付いちゃった。『私の本当の力』」

 あ?

「寝言は手短にな、沙紀……下らん事だったら、ハッ倒すぞ?」

 対物ライフル――バレットM82A1と、兗州虎徹で使い魔を排除しながら、俺は叫ぶ。

「うん、あのね、お兄ちゃんとマミお姉ちゃんが……『気付かせてくれた』の。
 『もしかしたら』っていう程度なんだけど……多分、『成功すれば確実にワルプルギスの夜を倒せる』と思う!
 でも、そのためには、暁美さんの協力が必須なの! しかも、失敗したら、どうなるか分からない……完全な博打なんだけど」

 完全に、自信を喪失してる沙紀。

 だが、この状況下でグダグダ言ってられない。博打だろうが何だろうが、失敗したら全てオジャンだ。

「なあ、沙紀……お前は俺が……こんな殺人鬼のお兄ちゃんが最強だと思うか?」
「え、う、うん!」
「そうか? なら、『俺と一緒に戦ってきた俺の最強』即ち、お前の最強だ!
 俺の妹は最強だ! だからカマしてやれっ! 御剣沙紀!」
「っ!」

 そう言って、暁美ほむらを見る。

「暁美ほむら、フォロー頼めるか!?」
「是非も無いわ! ここまで来ておいて……やるだけよ!」

 うなずく暁美ほむら。

「師匠、私は!?」
「邪魔にならないよう、状況にあわせてテメェで考えろ! 行くぞ!」

 そう言って、沙紀が叫ぶ。

「行くよ……『願望混成(ウィッシュ・オブ・マッシュアップ)!!』
 暁美さん、『私たち以外の時間を止めて!』」
「っ!」

 ギャリリリリッ、と暁美ほむらの盾が、周囲の時間を停止する。

 沙紀がやろうとしているのは……姉さんの……『檻』!?

「おい、沙紀! あれはダメだ! 魔女の釜は……姉さんの『檻』は、ワルプルギスの夜を完全封印できるほど、強力じゃなかった!
 増してや劣化コピーじゃ」
「黙って! 気が散る! ……お願い……私を信じて、お兄ちゃん」
「っ……わかった、チクショウ!」

 どうせ、この賭けに負ければ、見滝原の街ごと全員死ぬのだ。ならば賭けるしかない。
 ……ちくしょう、こんなハズじゃなかったのになぁ、やっちまったぜ、クソッタレ!!
 と……

「御剣沙紀……言いにくいんだけど、私の時間停止の能力は、時間制限があるわ」
「知ってる……多分、三分くらいかかっちゃう。
 しかも、さっきのお兄ちゃんの突撃の時みたいに『他の能力と併用する余裕が無い』の。
 だから、時間停止も、暁美さんに頼むしか無かったの」

 ……あ、キレて逆上して突っ込んでる時に、沙紀が『劣化コピー』の能力で、色々フォローしてくれてたのか。納得。

「っ……その、言いにくいんだけど」
「何?」
「残り、二分三十秒くらいしか、もう止められないの。あと30秒、どっかから何とかするしか」

 絶句。

「っ……こんな時に……ごめんなさい」

 よし、ならば……

「分かった。残り30秒。俺が何とかする」
「御剣颯太?」
「場所の移動を頼む。時間停止が解けた瞬間、『俺がワルプルギスの夜相手にぶちかませる』場所に移動してくれ」

 正味、俺が『アレ』を出来たのは、沙紀のソウルジェムがあったからこそだ。だが、その時は、兗州虎徹が自分のソウルジェムだとは気付きもしなかった。
 だからこそ……『やった事は無いが、この場でぶっつけで試すしかない』のである。

「っ……ったく、俺も、お前も、暁美ほむらも、全員、博打ちにも程があんぞ、コンチクショウ!」
「そうね、この時間軸であなたと関わってからは、不確定要素のオンパレードだったわ」
「ああ、そーだろーなーそーだろーなー、俺だって他人様がどーだとか、知らねぇし知ったこっちゃネェよ!
 自分で自分の事だって、なーんも分かっちゃいねぇんだから! 俺の刀に魔力があるなんて、言われなきゃ気付きもしなかったよ!
 だから人生は面白ぇんじゃねぇの!? 面白すぎて『死にそうになほど』涙が出てくるけどな!!」

 やけっぱちになって叫ぶ俺。
 と……

「っ……!」

 何故か……本当に何故か、暁美ほむらが。
 あの鉄面フェイスの暁美ほむらが……何故か、そこで笑った。
 完全な、不敵な笑顔。

「そうね……『人生は何が起こるか分からないから、面白い』、か……ようやっと分かった気がするわ。
 私は、多分……この時間軸を……このループを……」
「あン!? なんだよ!」
「いいえ……御剣颯太。ありがとう」

 その言葉に、俺は思わず……

「……キモッ!! ゲロ出そ」
「……やっぱあなたは最悪だわっ!!」

 いつも通りの反応を返してしまった。……何なんだか。



「ここでいい。沙紀、俺と分離できるか?」
「……………」

 返事が無い。って事は、余程深い瞑想状態にはいってるって事なのか!?
 ……なら、無理か。しょうがない、一蓮托生だしな。

 まあ、いい。ここでブチっ喰らわすのは、俺が対ワルプルギスの夜のために練り上げた一閃。
 『全てを捨ててでも』『こいつと刺し違えてでも』そう願って修練を積み続けた一撃。

 既に、沙紀の『檻』は完成に近づきつつある。
 東西南北上下、六方向の平面のうち、南側だけが、完成していない。
 ソウルジェムから放り出されたグリーフシードの数は、十個や二十個では足りないだろう。

 そこに……俺は、兗州虎徹を担ぐように、振りかぶって構える。

 実戦派が見たら、鼻で笑うだろう。こんな隙の大きな、見栄を切ったような構え、何の意味も無い。
 だが、これが……『最大威力』をぶちかます、最強の一撃……

 出来るか?
 ……なに、出来なきゃ死ぬだけ、出来ても死ぬだけ。
 なら『何かを守るために』命を賭ける事なんて『当たり前』だ!

「力を貸してくれ……兗州虎徹。
 魔法少女の相棒(マスコット)として……敗北という『苦い現実』から守るための、盾の仕事がしたい。
 正直……俺はお前を、今でも信じて無い。
 お前が奇跡や魔法の産物になっちまったなんて『そんな馬鹿な事があるもんか』って思ってる。
 だがな……お前にもし魂があって、俺を信じてくれると言うのなら……お前が信じる、俺を信じて、力を貸してくれっ!! 兗州虎徹!」

 その、叫びに……兗州虎徹が答えた。答えて、くれた。

 異形化、巨大化する兗州虎徹。……いける!

「カウントダウンよ。5、4、3……」

 全身に力を蓄え、バネを溜めこむ。

「2、1、ゼロッ!!」

「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!!」

 獣の咆哮をあげて、『ビルごと切断できそうな、巨大な斬艦刀』と化した、兗州虎徹をぶちかます。

 御剣流、奥義……体捨一閃!

 奴を守る結界を切り裂き、『上下反転しようとしている』ワルプルギスの夜に食い込んだまま……無理矢理、『檻』の中に、ねじ込み続ける。……ここで奴を逃がしたら、全てがオジャンだ!

「十秒!」

 持て……持ってくれ、兗州虎徹! 俺の体……俺の全て!
 巨大な圧力を、気合いで相殺し、足場を根性据えて踏ん張りながら、俺は全力を振り絞る

「十五秒!」

 ……じりじりと、押し出される……だめか、だめか……俺は、こんなもんなのか? チクショウ、チクショウ!

 みしりっ、と……体の中から嫌な音が響き始める。……くそっ!

「二十秒……持たないわ、もう!」

 と……その時だった。

「っつぇぇぇぇぇぇぇぇりゃああああああああああああああああああああっ!!」
『っ!?』

 絶句する、暁美ほむらと俺。

 なんと……恐ろしい事に、『もう一本の巨大な刃』が、ワルプルギスの夜を押しとどめにかかったのだ。

「師匠っ! もう一歩だよ!」
「こっ……この野郎ぉぉぉぉぉぉっ!!」
「二十五秒! いけるわ! 御剣颯太!
 カウントダウン! 五、四、三」

 暁美ほむらのカウントダウン。

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」
「ああああああああああああああああああああああああああっ!!」
「二、一……ゼロッ!!」

 そして……沙紀の『檻』が完成する。

「出来たぁっ!!」

 見ると、沙紀のソウルジェムの色は、かなり危険領域だ。今すぐ命にどうこうという程ではないが、放っておけば確実に魔女化する。

 ……あれだけ魔力を消耗して、一体コイツは、何をやらかそうとしたんだ!?

 見ると、暁美ほむらや馬鹿弟子も、似たかよったかだ。
 ……そりゃ、そうだ。俺が途中参戦するまでは、全開で闘ってきたんだろうし。

「沙紀、説明しろ。
 お前は奴に……ワルプルギスの夜相手に、『何をやった?』」
「うん。以前、お兄ちゃんが紹介してくれた魔法少女のグループの中にさ……『どんな魔女の攻撃をも反射する』って『盾』を持った子が居たの」
「……で?」
「それとね、冴子姉さんの『檻』を『組み合わせちゃった』の♪」

 ぶっ!!
 そっ、そっ、それは……つまり!?

「『願望混成(ウィッシュ・オブ・マッシュアップ)』……なーんて、適当につけちゃったけどね。
 要するに、『魔法少女の能力を混ぜて、新しく能力を作る』事が、私の能力だったみたい……魔力の消耗度も加速度的だけどさ」

 全員、その場で絶句。

 つまり、あの『檻の中』のワルプルギスの夜は……?

「ああいう、『積極的に他人を襲って攻撃してくるタイプの魔女』は、あの檻に囚われたが最後、もー自滅するしかないって事。
 多分それは……『ワルプルギスの夜だって、例外じゃない』」

 既に、檻の中で蹂躙体形に変わったワルプルギスの夜だが、その凄まじい破壊力ゆえに……それが『全て自らに跳ね返る檻の中に居る』という状況は、致命的なモノなのだろう。

 高笑いを続けながらも、使い魔たちと一緒に『自爆を繰り返す』ワルプルギスの夜を、俺たちは呆然と眺めていた。

「お兄ちゃんが教えてくれたんじゃない?
 マミお姉ちゃんのティロ・フィナーレと、お兄ちゃんの体捨一閃。
 お兄ちゃんがやってた、御剣流の『零距離ティロ・フィナーレ』って、結局『組み合わせ』でしょ?」
「……待て。
 それ見て土壇場で思いついて、いきなりあんだけのモン、でっちあげたって事か?
 正味、俺、なーんも考えちゃいなかったんぞ、キレまくってて逆上してて」

 俺は、ただ、『巴さんが見滝原最強だった』と示したかった。
 『あの結界が邪魔だ』と思って、『それを切り裂けるモノは兗州虎徹しか無かった』わけで。

「だから、お兄ちゃんのお師匠様も言ってたんじゃない?
 『勘違いで勝てりゃ苦労は無い。己の力量を正確に把握しろ』って……私もお兄ちゃんも馬鹿だから、全然気付かなかったんだよ。
 『勘違いしてて』。だから勝てなかったんだよ」

 全員、呆然。
 な、な、な、なんだそりゃ、このオチは……いや、勝ったのは嬉しいけどさ……

 ……あ、そうだ。

「……あ、そういや、その……馬鹿弟子よ。何で俺の奥義をコピー出来たんだ?」
「え?」
「いや、アレ……俺が、必死になって、対ワルプルギスの夜戦用に、用意してた必殺技だったんだぞ?」
「えっ……いや、その……ごめんなさい、その……」

 恐縮する馬鹿弟子……いやさ、美樹さやか。

「なんだ? また『見て覚えた』とか、言いだすんじゃないだろうな?」
「はい、その……技を見た見た瞬間に、『これだ』って思って。
 あたしのなかで、こう、『カチッって嵌った』みたいな感じで、『イケル』って思って……」
「で、『イッちゃった』ワケだ?『イケちゃった』わけだ? この土壇場で!?」
「はっ、はい……あ、あの……やっぱり、怒ってます? 師匠?」

 おずおずと、上目遣いで俺を見て来る、美樹さやか。

「……は、ははは……あのな、今の俺が言うのも何だが。そして、何度も言うようだが。
 『そういう博打は、絶対にしちゃダメだぞ』? 『勘違いで勝てれば苦労は無い』。

 たまたま沙紀が『感違いに気付いて』何とか結果を残せたが、これは本当に本当に本当に、偶然と幸運の結果なんだ。

 その上で、だ……よくやった『美樹さやか』。もう、俺がお前に教えられる事なんて、殆ど無い」

 彼女の頭を撫でながら、俺は笑う。

「えっ?」
「免許皆伝……なんつーと、『殺人剣』の部分まで教え込む事になっちまうから……あー、そだなぁ……目録。目録あたりか?
 お前さんに、御剣流の『目録』を与える。後で、巻物代わりに、兗州虎徹のスペアでもくれてやるよ。
 あとは、『美樹さやか流』でも何でも名乗って、好きにしろ」
「ちょっ……それって」

「勘違いすんな! お前はお前、俺は俺だ!
 お前は……お前らは、もう、一丁前にやっていける、立派な魔法少女だ。いや、お前だけじゃネェ、沙紀も……よ。
 『ワルプルギスの夜を倒しました』って金カンバン掲げりゃ、どんな魔法少女だって『恐れ入りました』ってなもんさ、どーどーと胸張って過ごせばいい。
 あー、そうだな……とりあえず沙紀、お前は佐倉杏子とウチの縄張り。あと、馬……美樹さやか。お前は巴さんの縄張りの、後を継げ。んで、暁美ほむらがベテランとして二人をサポートに回る。こんなんでどうよ?
 そんで、皆を……見滝原の街を、守りながら、いつかインキュベーターにブチ喰らわせろ!
 ……頼んだぞ? 魔法少女たち」

 笑う。思いっきり陽気に笑う。
 ……そう、これから……俺は、彼女たちを『御剣詐欺』にかけねばならないのだ。

「ちょっ、そんな……師匠は! まさか……」
「安心しろ! 俺は魔女の釜の管理だ。お前ら二人なら……俺は信じてやるよ。
 もうしばらく、生きないとなぁ」

 安堵の表情を浮かべる三人。
 嘘だ。
 本当は……管理の仕方、全てを書き連ね、データにしたら……
 今度こそ、俺は……

 と……

「っ……っ……そんなっ、そんなっ!!」
「どうした、暁美ほむら? ワルプルギスの夜は、もう……」

 既に、殆ど崩壊し尽くし、笑うしか無くなっているワルプルギスの夜。

 だが……

「まどかがっ!! 『避難所がっ!!』」
『っ!!!!!!!』

 絶句しながら、俺は避難所の方向を見る。

 ……そこには……『鹿目まどかが避難している』見滝原の住民たちが避難する避難所が……

 おそらくは、『ワルプルギスの夜の流れ弾であろう』、炎に包まれ、燃え上がりつつある光景が、広がっていた。



[27923] 第五十話:「さあって、反撃開始だ! 魔法少年の……魔法少女の相棒(マスコット)の『喧嘩』は、魔法少女よりもエグいぜぇ……」
Name: 闇憑◆27c607b4 ID:cb2385d9
Date: 2011/08/07 08:51

「御剣颯太!」
「何だぁ!?」

 轟音をあげて爆走する、ランドクルーザーの中。
 ハンドルを握りながら、俺は暁美ほむらに返す。

「どこでそんな操縦技術憶えたの!? あと、10秒でエンジン直結で動かす技術なんて、どこで!?」
「アメリカで憶えた! エンジン直結は知りあいの不良から!」

 と……

「しっ、師匠、これって犯罪……」
「金払っただろぉが! 書類の手続きがマダなだけだっ!
 ……後で全部後始末は済ませておくよ! 見滝原の人気の無い山奥に隠しておいた、ミサイル車両含めてな!」

 ご近所に生き残った、車の展示施設の中に、百万円の札束を三つばかり放り込み、俺は展示車両の中から、巻き上げウィンチのついた大型のRVを拝借。
 鍵を探してる暇が無かったので、とりあえず速攻で鍵回りを鉄拳で撃砕して、エンジン直結。この間、僅か10秒。

 とりあえず『無免許運転ではあっても、窃盗じゃない』とは、主張したい。
 ……お金って、偉大だよね……姉さん。

 本来は魔法少女の力を借りたい所なのだが、全員、沙紀まで含めて危険水域に魔力を消耗している。これ以上は変身すら危険だ。
 だが、何でも……話を聞くと、巴さんが、ワルプルギスの夜の闘いの後の事まで、色々フォローしてくれたのだそうだ。

 生き残って、消耗しきった魔法少女たちへの、グリーフシードの提供。
 証拠隠滅の手伝い。
 その他諸々……

 既に、一報を受けて、状況は動き始めている。
 ……あとは、鹿目まどかを救うだけ……というか。

「鹿目まどかの護衛に、なんで彼女たちをつけなかったかなぁ!?」
「まどかが自分で志願したのよ! 『一人でも大丈夫、絶対キュゥべえと契約なんてしない』って……。
 それに、万が一、まどかそのものを人質に取られる可能性を、危惧してたんじゃないかと思うわ。
 何しろ、あなた込みで色々彼女は周囲に白眼視されつつあったし……まさか、こんな事態なんて、想像の外だったんだわ!」
「……あー、さもありなん」

 何しろ、魔法少女たちの、俺ら兄妹への執拗な嫌がらせは、異常レベルだ。
 インキュベーターに唆されたにしたって、個人的な怨恨が絡んでるとしか思えない。
 それに巻き込んでしまったのは……巴さんを巻き込んでしまったのは、俺だ。

「巴さん……すまねぇっ!」
「お兄ちゃん、見えて来たよ!」

 既に、現場では、大勢の人間が避難しようとしていた。だが……

「火の勢いがキッツいな……おい、馬……美樹さやか! 鹿目まどかの身内は避難してきた連中の中にいるか!?
 上条さんたち一家と一緒に、まとまってるって話だったろ!?」
「えっとね……あ、居た! あそこだっ!」

 車を止めて、全員降りる。……居た、上条さんだ!

「おーい、上条さんっ!!」
「御剣さん! よかった! ……あー、その……」

 周囲の目を気にしながら、俺に闘いの結果を聞こうとする上条さん。

「心配無い。もうぶちのめした! で、鹿目まどかは!?」

 見当たらない。見当たらないのだ。
 『彼女の姿だけ』が……って……

「あ、あんた、まどかの知りあい……もしかして、君が、御剣君かい!?」
「っ!! あっ、あなたはっ!!」

 忘れようも無い。忘れられるワケが無い。
 あの時……全てに投げやりになり、絶望しかけた俺に説教をして、救ってくれた、キャリアウーマンのお姉さん。
 ……そうだ、あの時、まどかって……じゃあ、あの子は『あの時の子』だったのかっ!!

「すんません、鹿目まどかさんは、どちらに!?」
「っ……この、騒ぎの直前に……たつやを『トイレに連れて行く』って……それっきり」

『っ!!!!!!!』

 全員、絶句。

「まどかっ!」
「よせっ! 『お前ら魔法少女は絶対動くな!』
 自分たちが、限界近いって事を、憶えておけ! 避難民山盛りなこの状況下で『絶望ぶちまけたい』のか!」
『っ!!』

 そうだ。全員が、全力を振り絞った結果、最早、『魔法少女は動けない』のだ。
 だから……

「俺が行く!」
「御剣さん!?」
「無茶だ、坊や!
 もう……もう……まどかとタツヤは……」

 懇願する、恩人。
 だが……

「鹿目まどかさんのお母さんが、あなたとは露知らず……御無礼を申し上げました」
「えっ、何を……君は、何を言ってるんだい?」

 もう、分からないだろうなぁ……あの時とは体格も変わったし、声変わりもした。
 美樹さやかには『目つきまで変わっちまった』って言われてるし、髪型も当時とは違う。
 それでも……

「あの時の御恩に、説教に、報いさせて頂きます。
 一万円分くらいの信用にゃ、答えないと……御剣家の仁義がすたるってモンですよ」
「……もしかして……君は……」

 そう言うと、俺は全員に告げる。

「絶対俺は『鹿目まどかを連れて』生きて帰る! これは『俺にしか出来ない仕事』だっ!
 ……努力と根性で起こした『奇跡』ってのはなぁ、『嘘はつかない』んだぜ!」
「そんな、無茶です!」
「安心しろ! 御剣家ぁ、元々、臥煙の頭(かしら)の家系だ! 鉄火場なんざぁ、お手のモンなんだヨ!!
 それに『生身で火事場に飛び込んだ』なんてのは、一度や二度じゃねぇんだ!」

 炎上するヤクザの事務所の中にヤクザごと馬鹿師匠に取り残されたり。お隣さんを助けに飛び込んだり。
 だから。

「行って来る! みんな!
 すまない……御剣の血を、名前を……『魔法少年』を信じて、待っててくれ! 今は一分一秒が惜しい!」
「っ……任せたわ、御剣颯太!
 ……悔しいけど、お願い!」

 暁美ほむらが頷く。

「ところで、師匠、『臥煙』って何です!?」
「火事場人足! 町火消しだよ! 暴れん○将軍のサブちゃんの役どころだ!」



「来るんじゃ無かったぜ、チクショウ……かっこつけすぎた」

 避難所の建物の周囲にある水道で水をひっかぶり、濡れタオルで口元を覆いながら、俺はちょっと後悔していた。

 ランドクルーザーで強行突入して、大体のトイレの位置を聞いておいたのだが……それでも、ちょっとこの避難所は広過ぎた。

「さってと……」

 聞いておいたケータイの番号を鳴らす。鹿目まどかの持ってるケータイの着信音で、大体の位置を探るのだ。
 ……さっきから、親御さんがかけまくったそうだが、全然出なかったらしい。位置を確認するために、絶対鳴らさないでくれと念を押して、俺は、燃え盛る避難所の中で、鹿目まどかを探す。
 ……おそらく、意識を失ってるか、それとも……いや、それは考えるまい。
 例えそうだとしても、『死体だけでも連れて帰る』。そして、その責めを負う覚悟は、決めているのだ。

 何しろ……『俺が生きてる意味なんて、もうこの世に存在しないのだから』。

 と……

『……ぎ……さん?』
「!?」

 予想だにしない声……コールに出た!?

「おい、今どこに居る!?」
『避難所の、二階……トイレの前の階段を上って。炎から逃げてたら……追いつめられて。
 タツヤが……』
「わかった! 今行く!」

 とはいえ、物凄い業火だ……トイレ前の通路は、既に火の海となっていた。
 ここを進むのは、自殺行為だ。

 建物の構造を思い出す。
 確か、迂回できる道は、あったはず……もし、この『炎の勢い』ならば『素人はドコに逃げる?』

 考えろ、考えろ……火の無いところ、二階への階段……こっちか!?

 俺は避難所の別の階段から二階へと昇る。
 幅の広い、キャットウォークのような、気取ったデザインの通路が、そこに張り巡らされていた。
 最新建築だけあって、有毒ガスだの何だのが発生しにくく、燃えにくい建築素材で作られている分ありがたいが、それでも、この熱で長居はしていられない。

「鹿目まどかーっ! どこだーっ!!」

 ケータイを再度、コール……すると……

「……ぎ……さん?」
「っっっっっ!」

 そこには……体の半分が酷い火傷に覆われた、鹿目まどかが居た。
 よく見ると、ケータイもまるこげだ。よくコール出来たものだ。

「まろかぁ、まろかぁ……」

 泣き叫ぶ三歳くらいの男の子。この子が、こいつの弟か!?
 彼が無傷な所を見ると、おそらく……

「おい、しっかりしやがれ!」
「え、えへへ……あのね、今もそこに、キュゥべえが居るんだけど……契約、しなかったよ」
「っ……バカヤロウ!!」

 どいつもこいつも……本当に、俺も含めて、救いようのない馬鹿ばっかだ。

「行くぞ! こっちから逃げられる! 生きるんだ!」
「……あたし……生きられるのかな? 生きてて……いいのかな? 最悪の、魔女の元なのに……」
「うるせぇ! お前は生きるんだよ! 人殺しの俺なんぞより、よっぽど救いがあるんだ、お前は!」
「……そう……かな?」
「頼むよ、生きてくれ! でないと、お前のオフクロさんに、俺は死んでも顔向けが出来ねぇんだよ!」

 彼女と子供、二人揃って小脇に抱えて、来た道を戻る。

 ……間に合う。まだ間に合うんだ!

 ……帰れるんだよ……彼女は……帰れる家族がいるんだよ! 俺はどーなってもいいから……神様! どこの神様でもいい! 俺の命と引き換えに、この二人助けてやってくれよ!

 熱でイッちまいそうになる体を叱咤しながら、俺は歩き出す。
 階段……ここから、一階に……ちくしょう!

「ここもダメか……となると……」

 壁を蹴り破るか……窓を破るか。なに、どの道、二階だ。
 受身を取れば……いや、俺の体が二人のクッションになれば『彼女たちは骨折くらいで済む』。

「ちょっと待ってろ! こいつぶち破るからな!」

 彼女たちを待たせながら、俺は傍に遭った消火器をハンマー代わりに、ガラスで出来た窓を割ろうとする……が。

 固い。
 
 想像以上に固い、強化ガラスに、俺はかなり手こずっていた。

「くそっ、このぉっ!!」

 ヒビは入る。だが、それが広がらないのだ。
 無駄に頑丈な新素材のせいか、ガラスにありがちな『パリン』という感触が無く、プラスチックのように『粘る』。

「っがああああああああああっ!!」

 バンッ!!

 ようやっと、人間一人が通れそうな穴が開いた時には、もう既に火の手が回り始めていた。

「よし、行くぞ……鹿目まどか、ガキンチョ!」
「……御剣……さん?」
「飛ぶぜ。しっかり気を持てよ……おおああああああああっ!!」

 二人を腹側に抱きかかえながら……コンクリートの地面に、『彼らを守るため、受身を取らず』に俺は空中へとダイブし……

「がっ……!」

 ……これで……これでいい……

 背中と背後に伝わる衝撃に、俺は意識を手放した。




『あのさ、アンタ馬鹿だろ?』
「………………ああ、そうだな」

 真っ暗闇の世界。
 俺は、佐倉杏子の残留思念と対話していた。

『あの子を助けようとして、あんたが死んでどうすんだい?』
「別に? なんか俺も彼女と一緒で『最悪のモト』ではあるみたいだし?
 それに、色々殺し過ぎたからな……まあ、いい頃合いだったのさ」
『……はぁ……そうやって、あんたは他人に、『生き残ってしまった』罪を背負わせるつもりかい?』
「知るかよ。単に、『なーんも無くなっちまった』俺自身が、色々耐えらんなくなったダケさ。
 お前への復讐を果たした。ワルプルギスの夜も潰した。沙紀も馬鹿弟子も、一丁前になった。
 そしたら『なーんも無くなっちまった』。そんだけだ……」

 誰かを助けるだけ助けて……俺の手に残ったのは、殺した罪と助けられなかった罪だけ。
 ま、いいさ。男なんて、そんなもんだろーしな。覚悟の上さ。

 などと考え、ふと、思う。

「なあ、地獄ってどんなとこなんだろーな」
『知るかよ。行けば分かるんじゃないの?』
「そっか。道案内はお前か? いかにも『らしい』ぜ……」

 何しろ、赤い悪魔だ。地獄なんてよーく分かってるだろーし。
 ……だが。

『そうかい、あんた、死んで楽になりたかったんだな?
 だったら『運が悪かったね』、御剣颯太』
「……あん?」
『あのね……あんたは自覚が無いかもしれないけど。『死んでる人間は』、あたしと対話なんて出来やしないんだよ!』
「……っ!?」

 ちょっと待て!? それはつまり!?

『神の思し召しって奴か、それとも『神様にも嫌われたか』……ま、どっちでもいいんじゃない?
 『生きて苦しめ』って奴みたいだし、あんたの場合、さ』
「なん……だと!?」
『とっとと起きたほうがいいよ、あんた……でないと、本当に殺されそうな勢いだよ?』
「おい、ちょっと待て!」

 どういう事だよ、と問い正そうとする間もなく。
 俺は佐倉杏子に蹴りを喰らって、この精神世界から追い出された。



「っ……!?」

 目が覚める。……全身に激痛。
 ……白い天井……憶えがある。『見滝原総合病院』。

「なんで……生きてるんだよ、俺……」

 ごんっ!

 誰かに殴られた。

「馬鹿兄……」
「……沙紀?」

 ごんっ!

 誰かに殴られた。

「馬鹿師匠」
「……馬鹿弟子?」

 ごんっ!

 誰かに殴られた。

「…………これはお礼よ」
「暁美ほむら?」

 体を起こそうとする。全身を覆う激痛が酷い。

「沙紀……その」
「全治一カ月。大人しく寝てなさい、馬鹿兄……あたしも美樹さんも、治さないからね」

 何だろうか。全員、無言で冷たい。

「そっか……生き残っちまったか。
 そいや鹿目まどかさんは? あのガキンチョはどうなった?」

 とりあえず、彼女たちの安否を気遣う。と……

「……タツヤ君は、無事だった。
 でも……まどかは……」

 っ!!

「あの後、お兄ちゃん含めて、全員救急車で三人とも運ばれたの。
 でも、まどかは救急車の車内で……火傷が酷くて『誰にも手の施しようが無かった』」
「っ!!!!!」

 なんだよ……俺は……俺は、俺を立たせてくれた、恩人に報いる事が、出来なかったのかよ……チクショウ!! チクショウ!! チクショウ!! チクショウ!!

「チクショウ!! チクショウ!! チクショウ!! チクショウ!! チクショウ!!」

 俺が、怒りに目を眩ませなければ。あの時、ぐっと佐倉杏子への怒りをこらえて、ワルプルギスの夜に挑めば……俺は、恩人の子を殺さずに済んだ。
 全員……少なくとも、この人数よりも、多く生き残れた。

「こんなの……ありかよ。
 俺個人の復讐のために、家族救ってくれた恩人の娘を、見殺しにして……尊敬する女を見殺しにして……
 何なんだよ、俺……一体なんなんだよ……『俺は何様なんだよ!?』
 もっと、もっと、冷静になってりゃあ……俺はもっと、キレててもクールだったハズだろ? キレる程、冷めるタイプだったハズだろ!?」

 ああ、分かってる。

 ……人を呪わば穴二つ。

 俺は、佐倉杏子を呪ったがために、鹿目まどかと、巴さんを穴に落としてしまったのだ。
 だが……本来、穴に落ちるべきは、俺だったんじゃないのか!? 何で俺が生きているんだ!?

「ひでぇよ……こんなのあんまりだぜ、ワケが分からねぇよ!!」

 と、その時だった。

「御剣颯太。
 最後に、一言。『やり直す前』に、礼を言うわ。
 あなたは、まどかを……私の友達を救おうと、必死になってくれた。
 最悪の魔女の元だと知りながら、それでも彼女を『人間として救おうと』してくれた。
 だから……『ありがとう』。それだけを言いたかった」

 暁美ほむらの言葉に、目を見開く。

「おい、俺を……俺や沙紀を殺すんじゃないのかよ? 『俺はお前の大事な友達を守れなかった』んだぜ?」
「そうね。でも少なくとも……『友達』の兄を殺したいとは、思わないわ」
「っ!?」
「それに、この事態は元々、ある程度予測されていた事よ。私は佐倉杏子とあなたの関係を、知ってて黙っていたのだから。
 それを知りながら、騙し通せると思いこんだ……私の傲慢が、今回の失敗の原因でもあるわ。
 あなたが復讐鬼だという前提を、私は見誤っていた。
 あなたが……その……巴マミや、美樹さやかに見せる表情からは、あまりにも『復讐』という概念からは、遠い表情をしていたのだから」

 表情? どういう事なのやら。

「暁美ほむら……おめぇ……」
「『今度は上手くやる』わ。……大丈夫。もう迷ったりはしないから」
「今度は? ああ、そうだ、時間遡行者だったな、お前?」
「ええ。私は繰り返す……また、時を」

 ふと、思いなおす。
 そうか……彼女は……彼女は『こんな結末をひっくり返したくて』あんな願いを頼んだのか。

 あの、挨拶をしても、気弱にオドオドとするばかりだった、彼女が……どれほどの修練を繰り返して、ここにまで至ったのか?
 正直、想像がつかない。

 ……だったら、俺に出来る事は……『魔法少年として』、この哀れな魔法少女に出来る事は……

「待ってくれ! 暁美ほむら!」
「!?」
「沙紀、俺のズボンはあるか? 家の鍵が入ってただろ? 取ってくれ!」
「お兄ちゃん!?」

 そう言って、暁美ほむらに、『俺の家の鍵を手渡した』。

「持って行け。俺の家の鍵だ。
 それと地下の金庫の開け方は知ってるだろうが、その奥にはさらに隠し金庫がある。入口から見て、左側の角の隅の棚の裏に、隠しパネルがある。そこに家の鍵を差し込んで、パスコードを入力しろ。コードはローマ字で『KONNAKOTOMOAROUKATO』。
 スペア含めて沙紀と俺としか持ってない『この世に二つしかない』鍵だし、パスコードは家を建てて以降、変えて無い。
 『変える必要が無かった』からな。
 こいつを見せて『誠意を持って話をすれば』……まあ、殺されない限り、多分、ぎりぎり話は聞いてもらえると思うぜ?
 ワルプルギスの夜への復讐は、俺の悲願『だったから』な……」

「っ……!?」

「少なくとも。そこらの自衛隊基地に盗みに入るよっか、対魔女、対魔法少女用の、マシな武装が揃っているハズだ。
 ……お前も見たかもしれないが、一応、『お前が扱い慣れた』自衛隊の装備も『無いわけじゃないし』な……」
「そういえば、出て来たわね。あれ、どこから手に入れたの!?」

 その言葉に、俺は目をそらしながら……

「以前、自衛隊の武器がミリタリー系のサープラスショップに出てたのを、海外で調達したパーツ足して修理して使えるようにしたのとか、結構あったりすんだな。これが。
 あとはまぁ……違法流出した奴を買い取ったりとか……まあ、コネだのツテだの使って、色々とね。
 他にも、今回、俺がワルプルギスの夜に『ぶちかます予定だった』罠だの何だのの計画書だとかが、家の中にある。
 ……ちょっと見滝原の町を灰にしかねない代物だけど、ま、今のお前なら、悪用する事はあるめぇよ。最終手段だとでも、思ってくれ。ただし、鹿目まどかを助けるためだけに、『見滝原の町全部で、テロを起こして廃墟に変える』なんて悪用は、絶対すんなよ!?

 他の魔法少女や、『もしかしたら生きてるかもしれない』俺とかと、『今度こそ』上手く連携を取んな。
 お前さん、繰り返し過ぎて余裕が無くて『脇が見えてネェ』部分が、結構ある。人間はパターン通りに動ける生きモンじゃねぇ。想定と違った行動を取る事もあるだろう。
 そういう場合は自分の目線じゃなくて、『良く知ってる誰かの目線ならどう考えるか』って事も、案外参考になったりするもんだぜ?

 あとヨ……ボウリング場の一件で知ったんだが。
 お前は『魔法少女殺し』を、まだやった事が無いンだろうが……

 『もし鹿目まどかに危機が迫ったら』、『魔法少女が鹿目まどかを襲うような事態になったら』。
 『躊躇なく相手のソウルジェム目がけて、引き金を引け!』『獲物を前に舌舐めずりしてっと、絶対失敗するぞ!』。

 殺意を向けて来る魔法少女を……『人間』を甘く見るな!
 完全にトドメを刺さないと、思わぬどんでん返しを喰らうぞ!?
 ……俺が佐倉杏子と戦った時みたいに、な。
 アイツとの闘いは、正味、『アイツの甘さ』に救われ続けたようなモンだ。運が良かったダケだぜ、本当に。

 『たった一つ、大切なモノを守れりゃそれでいい』

 ……俺は守った。『ただの人間の俺ですら、守りぬけた』んだ。
 お前程の魔法少女なら、出来るさ……必ず。いつか、な。

 だから、その……すまない! 本当に、悪かった! トチ狂って、佐倉杏子につっかけるなんて真似して、すまなかった!
 だから、そのカギが……『俺の家に蓄え続けた武器一式が』詫び代わりだ!
 『俺の武器があれば』少しは、鹿目まどかを……『俺の恩人の娘』を助ける事が、出来るんだろう!?」

「あなたは……あなたは、まどかと、どんな関係なの?」

「……あいつのオフクロさんに、な。『俺が死なせちまった一般人』の母親に、デカーい借りがあんのさ。
 とてもとても、俺如きじゃ返せないような、本当にデカーいデカーい借りが……な」

「そう。意外ね」

「ああ、あの人が居なければ……俺は、今頃、本当に魂の底までドブみたいに腐って、本当にどーしょーもない人間になってたハズなんだ。あの人の言葉が、ギリギリ俺を『人間』ってモンに、留まらせてくれたのさ。

 ……まあ、それでも、人殺しだけどよ……殺す相手くらいは選びたいっつーか……『降りかかる火の粉を払うだけ』に、しておきてぇんだよ。佐倉杏子のような復讐劇は……もう御免なのさ。
 ……復讐ってのはヨ、やってる時はカッカカッカと燃えてんだけど。終わっちまうと灰しか残らないんだよ。

 『どんな理由が合っても、どんな金持ちでも、どんな貧乏人でも。……それを理由に、『他人を不幸にしていい』理由にはならない。でないと、自分も周囲も不幸になっていくぜ』

 『復讐鬼の魔法少女』と出会うって事は滅多に無いだろうが……何しろ、ソウルジェムが濁るしな。
 もし、そんな奴と出会ったら、あまり関わり合いになろうとすんな? もし関わろうとするなら、復讐の対象に巻き込まれるような事は避けろ?
 俺みたいに……『ターゲットだけを滅ぼそうとする』奴ばっかじゃねぇ。中には、復讐を理由に『全てを巻き込む事に躊躇が無い奴』もいる。
 特に、世間が見えて無いガキンチョなんかはそうだ。
 『自分が正しければ何をやってもいい』。そう思い込んでるガキは、腐るほどいる。
 だから……気をつけな。お前さん自身が、『そうならないためにも』……でないと、不幸が不幸を呼んじまうぜ」

「分かったわ、イレギュラー。心配してくれて、ありがとう」

「なに、これも魔法少年としての務めさ……魔法少年ってのはな、魔法少女の相棒(マスコット)なんだぜ?
 闘う魔法少女へのアドバイスなんざぁ、お手のモノってワケさ。
 少なくとも……キュゥべえよっか、気が利いてるつもりでは、居るんだがね」

「そうね。悪辣さは上を行くと思うけど、その分、頼もしさも上だわ。
 『信用し合えれば』最高の相棒(マスコット)ね」

「光栄だね、あの宇宙悪魔と同レベルたぁ……本人、そんな自覚、無いんだけどな」
「いいえ。いつか……この時間軸で、あなたは『インキュベーターを滅ぼす』。何と無く、そんな気がするわ」
「まさか。
 俺には想像もつかねぇよ。宇宙人退治の方法なんて。だからせめて、自分が払える限りは払った上で、後世にツケを残して行こうかと、思ってんのさ。『俺はやるだけやった』。後は知るか、ってなもんだ」

 笑う。本当に笑う。空っぽの笑顔で。
 せめて、送り出すくらいは……最悪の相性ではあったが。

「そうかしら? 案外……いえ、あなたの『やるべき事』は、まだ残ってるのかもしれないわよ?」
「あるわけねーだろ。も、疲れたよ、俺は……この二週間そこそこの間で、無茶繰り返し過ぎた。
 もー、何も残って無ぇよ……行きな。アドバイスはこれまでだ。あとは自分で考えな」
「そうね、そうさせてもらうわ。イレギュラー」

 そう言って、暁美ほむらの盾が、回転を始め……

「そうだ。イレギュラー」
「なんだ?」
「……ありがとう。頑張ってみるわ」

 消えつつある彼女の笑顔。それに俺は……

「……キモいツラだな、やっぱ」
「……やっぱあなたは最悪だわ」

 そう言って、彼女は病室から消えてしまった。

「……さってっと……」

 これから、どうしたものやら……自殺? 自殺か……それは面白くない。
 どうせなら、こんな外道の死に方は、見せしめにして有効活用するに限るのだ。

 と……

「あの、失礼します……」

「っ!!」

 病室に入ってきたのは、見覚えのある顔だった。
 斜太チカの時に、ボウリング場に居た、魔法少女……の、ひとり。
 他にも、ぞろそろと何人か……憶えのあるの、無いの……たくさん。全員、魔法少女だ。

 ……そっか、年貢の納め時、か。

「……あのさ、この二人は。
 御剣沙紀と、美樹さやかだけは、せめて、見逃してくれないか?」
『え?』

 彼女たちの何人かの表情に、俺は溜息をつく。

「好きにしなよ。俺はこのザマだ。
 バラでもミンチでも、好きにして、気の済むまで袋叩きにすりゃあいい。その後、山にきっちり埋めておいてくれ」
『……………』
「やりたい放題生きて来たんだ。もー後悔なんて無いんだよ。
 ワルプルギスの夜に対する復讐も終わったし、両親の仇討も済ませて、あとは沙紀と馬鹿弟子も一丁前になった。
 だから、好きにしていいぞ。……まっ、今の俺は、殺す価値も無い『抜けがら』だけどな……」

 ざまぁ見ろ、馬鹿共め♪

 と……

「あのさ……あたしたち、その……巴さんから、色々、あんたの事、聞いて……」
「最初は、信じられなかったけど……よくよく考えたら、本当に酷い事してたな、って……」
「あの……その……信じてもらえないかもしれないけど。
 あなたが殺してきた魔法少女って、あなたの事が好きな子が、結構居たんです」

「は?」

「最初、『好意を持ってる相手を、殺すなんて』って思ったけど……」
「本当は、沙紀ちゃんの癒しの力だって、そんなに強く無いから、あなたが闘ってきてたのに」
「それに、『沙紀ちゃんのガードが固い』し……だから、かっとなって、みんないじめちゃったんだって知って……」
「モーションかけても、全然反応してくれないから、ホモだって噂もあったんですよ?」

「な、なんだそりゃあ……?」

 呆然。
 ……なに、あの命乞いが、マジだったとか? 有り得ないだろ、それ?

「あのさ、お前たち魔法少女ってさ?
 『そんな程度の理由で』人を殺人寸前まで痛めつけてヘラヘラ笑えるの?
 人の妹を虐待しておいて、その人に『好きなんです』なんて……何で言えるの?
 好きな人に『殺したくも無い人殺しをさせておいて』、『殺し屋伝説』なんて背負わせておいて。
 ごめんなさいとか、誤解だったんですだとか……『そんな一言で、済まそう』っていうの?」

『っ……それは、その』

「出てけーっ!! 二度とツラも見たくネェ!! 見たらブッ殺すぞ、コンチクショウ!! ざけんじゃねぇバカヤロウ!!
 俺がっ……俺がどんだけ苦しんだと思ってんだ!!
 魔法少年を……男を舐めるのも大概にしやがれ!
 俺はテメーらのお人形でも玩具でもアイドルでも何でもネェんだぞ!!
 アイドル相手にマスかきたきゃ、ジャニー○でも何でも、そーいうののコンサートに行けってんだバカヤロウ!!
 俺は、アカの他人の女相手に、気の利いたナンパトークなんぞ出来るほど、器用に出来ちゃいねぇんだ、タコがっ!!」

『すっ、すいませんでした!』

「すいませんで済むかバカども痛っ……つつつ……失せろ……マジで傷に響くから、消えろ!
 二度と顔見せんな!! 
 何が『よくよく考えたら』だ! 考えるまでも無く、お前らがやったのは『弱い者いじめ』だろうが!
 それにキレて牙剥いた人間に、『殺し屋伝説』背負わせておいて、何が魔法少女だクソッタレがっ!
 お前ら最低だ! 最悪の存在だ! 二度と信用なんてしねぇ……失せろ!!」

『あ、あの……』

「消えろタコがぁっ! おめーらのツラ見てるだけで、マジでヘドが出るわぁっ!
 とりあえず、町で合っても『狩る』のは勘弁してやるから、二度と俺の前に……妹の縄張りにツラぁ見せるな……失せろっ!
 ……マジで呆れ返って、モノも言えねぇよ、このクソッタレ共が!」

 腹が立つのを通り越して、呆れ返ってしまった。

 ……何なんだ? こいつら魔法少女って……本当に頭オカシイんじゃないのか!?
 好きな相手の気を引くため、妹いじめたって……ガキ通り越してんぞ、こいつら!?
 しかも洒落にならない、人死にが出るような奇跡や魔法、ぶん回して……ナントカに刃物どころじゃねぇよ!

 と……

「どうしよう、キュゥべえに言われたとおりにならないよ?」
「あんた、まだあんなの信じてるの!?」
「だって、彼は元々正義の味方だから、多分、『話は聞いてくれるって』」
「それって、話聞いた後に殺されるかどうかは、別問題って事じゃ…………あ」

 ピキピキピキピキ……

「そうか……そう言う事か……失せろーっ!!!!!!!」

『はいいいいいいいいいっ!!』

 俺の絶叫に、端っこでひそひそ話を繰り広げ始めた魔法少女たちが、全員、尻に帆をかけて逃げ出す。

 ……OKOK,キュゥべえ……俺に背負わせた『殺し屋伝説の黒幕が誰なんだか』よーっく分かったぜ。
 やってくれるじゃねぇか。要するにお前は『信用』を攻撃したんだな、俺個人の?

 俺を殺し屋に仕立て上げて、自分は人畜無害なマスコット面で、他の魔法少女に取り入り続けた、ってか?
 上等だ、上等だ、上等じゃねぇか……キュゥべえ……

 ふと、脳裏に浮かぶ、『キュゥべえ』への復讐絵図。
 あいつらが全滅……とまでは行かずとも『かなり困った事になる』ハズだ。

 ……ふ、ふ、ふ、ふ、ふ……ふふふふふふふ……そうだよ。

 俺、もともと悪役(ヒール)じゃねぇか……こういう『場外乱闘』こそが本領だってのに、何、ミサイルだの鉄砲だの剣術だのに拘ってんだ!? 『あらゆるものを使い、生き延びろ。剣に拘る者は、剣に足元を掬われるぞ』って……師匠に教わったじゃねぇか!
 そうだよ、武力『だけ』で立ち向かおうとした、俺が馬鹿だったのさ。

 ああ、そうさ。
 『金』ってのはなぁ……『信用』ってのは、本当に、真剣に、『個人の命より重い』んだよ。
 そこを失うと、俺みたいに地獄を這いまわる羽目になるのさ。

 万引きみたいなケチな盗みやチンケな窃盗が原因で、店の人間が首吊るなんて、洒落にならないオチをつける事だってあるし、それで『得られる収入』と『失う信用(金)』ってのは、世間の天秤にかけてみれば、とてもとても釣り合うモンじゃない。
 泥棒ってのは、本当に『割に合わない経済活動』なのさ。
 増して、『俺に人殺しをさせて、俺の信用を棄損した事によって被った損害』というのは、色々な意味で洒落で済む話ではない。

 だからな、キュゥべえ……お前がやった事に習って。『俺は、俺にしか出来ない手段で、お前の信用を崩壊させてやるよ!』

「……ったく。これだから、馬鹿な魔法少女は嫌なんだ……」
「……女心を欠片も分かんない、お兄ちゃんも問題だと思うけどね」
「知るかよ!
 いきなり知らない人間に、『好きなんです』なんて言われて、ほいほい喰いつく馬鹿じゃねぇよ、俺は!
 大体、もしそんなのが男全部一般的に通じると思ってンだったら、男舐め過ぎだタコが!
 ……そんな馬鹿女が、悪徳ホストに金貢いで犬みたいに躾けられた挙句、尻尾振るようになって捨てられちまうんじゃねぇの!?
 そんな馬鹿なんぞ、どー救えっつーんだ!? 知るかボケ! 勝手に死ね!!」

 つっこむ沙紀に、俺は怒り狂ったまま叫ぶ。

「……うわ、男女の出会いから否定してるよ、この人……」
「うるせぇ!
 目ぇ潤ませて『好きなんです』なんて言われたって、その裏に何考えてるかなんて知れたもんじゃネェだろうが、女なんて!
 運命の出会い? 一目ぼれ? あるかい、そんな都合のいいもん!
 あったとしたって『出会いは出会い』で、『始まりですらない』んだ!
 『ただ顔合わせただけで告白OK』なんて、頭オカシイんじゃねぇの? 沸いてんじゃね?
 少なくとも『俺はそーいう男じゃねぇよ』!!」

 信用と実績。それが俺の判断基準の全てで、それは『命より重い』。
 だからこそ……『俺の信用を破壊し、攻撃し続けてきた』インキュベーターの手口は、度し難いを通り越している。

 ……OKOK、インキュベーター。因果応報って言葉を教え込んでやる。
 『人の信用を攻撃する者は、自分の信用を無くして行く』って事を。
 そして『契約』のために地球に来てるおまえらが、『どんだけの事をやらかしてしまったか』。
 お前はそれを、『身を持って』理解してもらう事にしよう。

 ……なーに、自衛隊に裏で手をまわしてミサイル買ったりするよっか、安い安い♪ 問題は、『コネ』のほうなんだが……さて、どーしたものやら。

 と……

「ごめん、失礼するよ」
「っ!!!」

 再度、病室に入ってきた人物に、絶句。
 復讐絵図にカッカしてきた頭に、冷や水が浴びせられる。

 ……忘れてた……俺は……馬鹿だ。

 どんな理由があれ、俺は鹿目まどかを……恩人の娘を、救えなかったんだ。
 そして、魔法少女たちを……殺し続けてきて、しまったんだ。

「あっ、あの……あっ……あっ……」
「……思い出したよ。
 あの時、駅前の路地裏で、強盗をしようとして出来なくて泣いてた子供だね?
 あたしが一万円、くれてやった」
「っ……はっ……はい!
 その……申し訳ありませんでした!! お嬢様を救えず、面目ございません!」

 ベッドから降りて、俺は彼女に土下座する。

「……あのさ、顔をあげなよ……」
「はい……」

 そして、顔を上げた瞬間……俺は、彼女に頬を張り倒された。

「っ……申し訳、ありません!」
「あのさ、あんた、あたしが怒ってる意味を『勘違い』してるよ。
 あの時は、自信満々に『生きて帰る』なんて言い切るアンタをウッカリ信じちゃって、実際、アンタは二人を助け出そうとしてくれたけどさ。
 『何でアンタは、自分が死んでもいい』なんて、考えてたんだい?」
「っ……それはっ……それはっ……」
「あのね、あたしはね。
 幾ら自分の娘や息子が可愛いからって、アカの他人の子供に、命捨ててまで我が子を救って欲しいって思うほど、落ちぶれちゃいないよ!
 ……いや、ごめん……思ってはいたとしても。『実際にそうしてほしいと』かは思わないし『そうなるんだったら、意地でも止めた』さ!」

 っ……!!

「まどかから聞いてたよ。
 御剣君、あんたさ……もう妹と、二人暮らしなんだろ?
 それでも、親の遺産使ってるにしても、必死になって、妹支えて生きてきたんだろ?
 もしあんたが死んだら、あんたの妹に、あたしゃ何て言いわけすりゃよかったんだい!? 残された人間の事を、考えてたのかい!」

 その言葉に……その何も知らない優しさに、俺は……俺の心の方が、限界に達してしまった。

「っ……違うんです……違うんです……俺は……俺は、人殺しなんです!
 あれから、もっと、いっぱいいっぱい、人殺しに手を染める事になっちゃったんです!! 嵌められたとはいえ……俺は、俺は……馬鹿な俺は……だから」
「だから、『死んでもいい』なんて思ったのかい? 甘ったれんな!!」

 さらに、ひっぱたかれる。

「違うんです! 俺が……俺が冷静ならば、鹿目まどかさんは……お嬢さんは、死なずに済んだんです」
「っ……! どうやら、まーたワケありのようだね。話してごらん。何があったんだい?」

 真剣な目で迫って来る、鹿目まどかの母親に、俺は戸惑った。

「あっ……そっ、それは……その……突拍子も無い話ばかりで……その……」
「ひょっとして、さやかちゃんが、避難所を抜けだしたのと、何か関係があるのかい?」
「っ……」
「あの時、アンタ、車運転してたよね? あんた、年齢幾つだい?」
「……その、16です」
「うん、無免許運転だね。で、あの車は?」
「……『買いました』……一応、ですが」
「? 盗んだんじゃなくて?」
「お金は、あるんです……お金『だけ』は……。
 だから『無理矢理買いました』、非常時だったので」

 目をそらしながら、俺は、可能な限り頭を働かせて誤魔化そうとするが……鹿目まどかの母親は、真剣に斬り込んでくる。

「……話が見えないね……最初から、話してくれないか?」
「っ……それは、その、とても信じてもらえないような、突拍子も無い話なので」

 と……

「信じるよ。信じるさ……あんたが命捨てたいとか、まどかが生きてたかもしれないとか。
 あんた自身の行動が『それを証明しちまってる』んだ」
「そっ、それは……」
「少なくとも、あんたは……あんたみたいな『真っ直ぐな子』は。命がけの行動に、嘘なんて混ぜないよ。
 ……話してごらん。どんな突拍子も無い話でも、信じてあげるから」

 その言葉に、俺は……

「少し、長い話に……なります。そして、本当に突拍子も無い話です。
 よろしいですか?」
「ああ、いいさ。話してごらん」

 そして、俺は……あの日、大金を手にした所から、ワルプルギスの夜の直前までの事を、鹿目まどかさんの母親に、語り始めた。
 大金を手にしてからの事、姉さんの死と魔法少女の真実。真実を広めようとして失敗し、結局、妹を守るため、皆を手に欠ける事になった事。そこからの地獄絵図。そして……暁美ほむらとの出会い。鹿目まどかさんの抱え込んでたもの。巴さんとの出会い、佐倉杏子に美樹さやか、鹿目まどかとの遭遇。病院での出来事。美樹さやか絡みの事件。巴さんとの約束。斜太チカの一件。兗州虎徹の真実。

 さらに、美樹さやかや、沙紀の奴がその場で変身してみせてくれて、ようやっと彼女は納得してくれた。

 そして……

「そんで……俺の家族を、滅茶苦茶にした奴が、目の前に居るって知って……完全に復讐に、目がくらんじゃったんです。
 しかもそいつは、盗みとか、人殺しを見逃したりとか、そういったのを、本当に躊躇わない奴で……反省するならまだしも、『自分が食物連鎖のトップだ』なんて嘯くような奴で……どうしても、許せなかったんです」

「それは……そうだろうよ。あたしだってぶん殴ってるさ、そんな子が居たら」

「その場で暗殺しようとして……失敗して。結局、何だかんだあって、結局、両者合い討ちになっちゃったんです。
 そのせいで、ワルプルギスの夜相手の戦力計算が、大幅に狂っちゃったんです。
 そのせいで……巴さんまで……世話になった人まで、死んで……お嬢さんまで……あの子、自分が助かるだけなら契約すればよかったのに、最後まで……最後までタツヤ君を庇って。
 本当に……本当に申し訳ありませんでした!!」

 涙を流し、頭を下げる。……もう、それしか出来ない。

 やがて……

「まず、言っておく。御剣君。君は生きるべきだ」
「っ……そん、な……だって、だって、俺! 殺しちゃったんですよ!?
 誤解とか、すれ違いとはいえ、人、殺しちゃったんですよ!?」
「じゃあ、聞くよ? 『君に救われた人間は、どれだけ居ると思ってるんだい?』」
「っ!!」
「『どんな理由があろうとも、誰かを不幸にしていい権利は無い』だったね?
 それってね。逆を言えば……『どんな理由があろうとも、誰かを『幸福にしていい権利も無い』って事に、なっちゃうよ?」
「そっ、そんな! だって……だって俺……一人じゃ何も出来なくって、本当に誰かに世話になりっぱなしなのに、ちっとも恩を返せて無くて……俺に『生きてる価値なんて』ドコにあるっていうんですか!?」

 と……

「少なくとも。君は、命を賭けて、タツヤを救ってくれた。それは間違いのない事実だよ。
 そして、御剣颯太君……君は同じような事を、以前もしてるね?」
「え?」
「○×県某市……そこの災害現場で、君のお姉さんと一緒に、必死になって助けた小学生ね。
 ……あたしは雑誌の編集者なんてやってるから、知ったんだけど『消防士さんか自衛官になるんだ』って……頑張ってるそうだよ」
「っ……!! でも、でもその何倍も見捨ててるんです! 救えなかったんです!」

 と……

「御剣君。今の君の状態を、何て言うか知ってるかい?」
「……?」
「『サバイバーズ・ギルト』、もしくは『サバイバー症候群』って言うんだよ。頑張り過ぎな『正義の味方』が陥りやすい症状さ。
 御剣君。君の行動は、典型的な……いや、『動機そのものは』典型的なモノさ。
 君の不幸はね、それを『何とか出来る立場に居た』『何とか出来てしまった』事が、本当の不幸だったのさ」
「っ……そんな……俺は、もう……」
「カルネアデスの板、って知ってるかい? 少なくとも……私が君から聞く限り、佐倉杏子ちゃん、だっけか? その話以外は、全て殆どが緊急避難と正当防衛にあたる部類だ。……まあ、過剰防衛かどうかは、微妙な所だけどね。
 そしてね……佐倉杏子ちゃんの一件に関しては、あたしは君を責める事はできない。もし、君の立場で、あたしの一家が、そういう目に遭ったら……あたしだって、同じ事をしていたさ」
「やめてください! 俺は……俺は、もう、限界なんです!
 俺が、俺個人が生きてきた動機なんて、復讐と家族可愛さだけです。そのために、大勢の人を手にかけて……」
「そして、大勢の人を救った。
 ……君の話が本当なら、ワルプルギスの夜を放置しておけば。そしてまどかが契約していれば、あたしたちは全員、死んでいた。
 違うかい?」
「っ……そんな……そんな! 俺は、そんな事、ちっとも……ただ、色んな人に世話になってるから、迷惑かけたくなくて」

 そう言うと、鹿目まどかの母親は……俺に指をつきつけた。

「結果論……まどかから聞いたけど、君は、そう言っていたね?

 『正義の味方なんて、なるもんじゃない』って……言ってたとも聞いている。それはね、正しいよ。

 でもね、誰かが……『それが出来る誰かが、誰かのために正義の味方』を、背負わなきゃ行けない場面も、確かにあるんだ。

 正義の味方ってのは、祝福じゃない。周囲は祝福してるつもりでも、本人にとっては『呪い』なんだ、って……君はよく知ってるハズだ。
 その……巴マミって子も、苦悩してたんじゃないのか?
 だから、多分、彼女は……最後まで、君に救われてたハズだよ」

「っ……!?」

「御剣君……君は。『君個人にとっては、残念なことに』、その魔法少女たちにとって、正義の味方に『なってしまった』んだよ。
 少なくとも、ワルプルギスの夜を倒した、っていう事は……『あの災害を退治して』二度と起き無くしたって事は。
 知ってる人からすれば、君は英雄で、正義の味方なんだ。意味は、分かるね?」
「それはっ……そんなのってアリかよ! 俺は家族が……沙紀が大事だったダケなのに!? ヒデェよ! そんなのあんまりだよ!」
「誰かを不幸にすれば、自分が不幸になる。
 じゃあ、君が『幸せにしてきた』人間の『幸せ』の行き先は、本人が受け取り拒否しちまったら、ドコに行けばいいんだい?
 だから、あたしは君を許すよ。『娘を君に殺されて、息子を救ってくれた』君を……あたしは許すよ。
 強いてあたしが悪かったとすれば……あの時、『まどかの分まで、もう一万、君に投資すべきだった事』……かな?」

 その言葉に……俺は、もう……

「うっ……うっ……っ……ううっ……うううううあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!! ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい!ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい!ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい!」

 大泣きしながら、俺は……鹿目まどかの母親に、謝罪し続けた。



「……あの時……父さんと母さん、止めようと思えば、止められる『実力』は、あったんです。
 師匠の教えてくれた剣術は、一般人がどーこーできるような、そんな甘いもんじゃない」

 俺は、ぽつり、ぽつりと話す。

「でも、本当に……家族に殺されそうになるなんて考えてもいなくて、怖くなって……ヤクザやチンピラなんて、もー怖く無かったのに……完全にパニックになっちゃって……何でなんだろう、どうして……そんな風になっちゃったんだろう?
 『正義の味方』? 大量殺人鬼の俺が? そんなもん、とっくの昔に犬に食わせて来たっつーのに……なんで今更になって、そんなカンバン背負わなきゃならないんですか、俺が……ワケが分からないよ」
「御剣君……」
「分かってます! 分かってるんです! 『理屈の上では分かってる』!
 知っていようがいるまいが、『やっちまった事の責任』は、人間、否応なく背負わなきゃいけない! 人殺しでも、盗みでも、人命救助でも!
 でも、それが……何で『正義の味方』なんてモンになっちまうのか、本当にワケが分からないんです!」

 と……

「多分ね、それは……御剣君に『生きて苦しめ』って……罰なんじゃないかな?」
「っ!!!!!」
「君はね、頭の回転が良すぎる。そして、その年齢にしては『モノが見え過ぎた』。
 それでいて、心の奥は子供のままだったんだよ。だから、君が苦しむのは、当たり前だ」
「そうですよ……俺は、普通の……タダの男だったハズなのに……どうしてなんですかね?」

 本当に、混乱していた。ワケが分からなかった。

「さあね? それは、君自身が考えるべき事だ……あたしは答えを知ってるけど、それは教えられない。
 ……案外、君の言ってた師匠も、そういう人だったんじゃないのか?」
「っ……はい。そんな人でした……絶対に『正しい事』なんて、教えちゃくれませんでした」
「そうかい。いまどき、凄い師匠と弟子も居たもんだね……さて、あたしは行くよ。タツヤの見舞いのついでだったからね」
「あっ、その……あのときのガ……いやさ、タツヤ君は? まさか……」

 寝たきりとか、そんなんじゃないだろうな!?

「ピンピンしてるよ。検査入院程度だからね、明日にゃ退院さ。君の方が、よっぽど重傷なんだ」
「っ……そうですか。良かった……」

 安心し……ふと、思い出す。
 雑誌の……編集者?

「あ、あの、すいません、あの……雑誌の編集者をしてるとおっしゃってましたよね?」
「ん? あ、ああ……それが、どうしたい?」
「あの、アニメとか、漫画とか……そういった業界に、コネをお持ちではありませんか?」

 その質問に、鹿目まどかの母親は、怪訝な顔をしていた。

「あ? あ、ああ……仕事の都合で、何人か居るけど……何だい、一体?」

 完全にわけが分からないって顔をしている、鹿目まどかの母親に、俺は迫って叫んだ。

「お願いがあります!! 俺に……俺に『神様を紹介してください!!』」
「はぁ?」




 そして……半年後……
 『とあるアニメ』が封切られる事になった。

 タイトルは……『まどか☆マギカ』。

 俺が見込んだ……俺が心から尊敬する『神様』たちは、本気でトンデモネェ仕事をしてくれた。
 勿論、札束山盛りに積んだのは、俺だが……最初、ちょっと設定だのキッカケだのを話しただけで、予想を超えた産物を生みだしてくれた。

 この情報過多のご時世に、一種の社会現象に近いモノになるまで『魔女と魔法少女の真実が』、『物語として』、世間に流布された結果。
 インターネットを通じて、海外でも。『QBを殺し隊』だの『QBを殴り隊』だの……まあ、奴がやらかしてきた、『吐き気のする悪』という情報が、ほぼ全世界に流布される事になる。
 そして……




「しっ、しっ……師匠ぉぉぉぉぉぉぉぉっ!! なーんて事してくれたんですかぁっ!!」

 我が家に特攻してきた馬鹿弟子が、絶叫する。

 アニメが放映されて、爆発的な人気になるに従って、リアル見滝原を訪れる観光客が増えた結果。
 リアル、見滝原中学を見学に来る馬鹿も増えてしまい、なんでかコイツは注目のマトになったそーな。

「あー? ちゃーんと生き残ったお前だけ、『御剣さやか』って名前に弄ってあるだろーが?」
「だからって、だからって……何なんですか、あのアニメのオチはぁっ!? あたし魔女になって佐倉杏子と相打ちとか!?」
「いや、俺と巴さんが居なかったら、大体、あーなってたろーなーとは思ったけど? だから『制作の資金提供者(スポンサー)』としてゴーサイン出した♪」

 そう。俺がやった事。それは……『インキュベーターの真実を、世間に流布する事』。
 そのためなら、アニメだろうがニュースだろうが構わない。
 むしろ、非現実的な情報ではあるのだから、アニメに仕立て上げて社会現象になるまで『面白くしてやる』事のほうが、重要だったのだ。
 そのために、俺は……『俺の尊敬する神々』にコネをつけ、企画を持ち込み、金を提供したのだ。

「っていうか……何で師匠が出て無いんですか!? 斜太チカは!? 沙紀ちゃんは!?」
「そりゃおめー、『キュゥべえよりタチの悪い極悪人』が出てたら、キュゥべえに『世間の怒りの矛先が向かないで』分散しちまうだろうが? 
 あと、斜太チカの一件は、ドラッグとか噛んでるから、放送不可能。世間様はそーいう毒っぽいの、嫌いなんだよ。あくまで『ペテン師並みの悪い宇宙人に翻弄される、可愛そうな魔法少女の話』にしなけりゃダメなのさ。

 そーでなけりゃ、キュゥべえの『信用を攻撃する』なんて……そんなの不可能に決まってるじゃないか♪」

 にっこりと微笑みながら……俺は、俺個人が世間にカマした『御剣詐欺』の、予想以上の結果に驚いていた。
 あーんな『初見殺し』程度の詐欺に、人類が……世間が『引っ掛かり続けてた』ってのもナニだし、こんな『伝統的で簡単な手段』にどうして思い至らなかったのやら。

 『物語』ってのは……言い換えれば『高度な嘘』だ。
 そこに、現実の教訓だの何だのを混ぜ込んでおくのは、ごく基本的なものである。

 それに、ハリウッドがアメリカの宣伝機関だってのは定石だし。
 日本のアニメ産業を海外が必死になって札束はたいて買おうとしてるのは、自分の国の宣伝か、他国への攻撃に利用しようってハラなんだろうし。
 だったら……『金持ってる俺が、人類の情報網を駆使して、宇宙人の信用を攻撃する』くらいは、ごく普通の反撃手段じゃないか♪

「わっ、悪い人だ……超悪い人がココにいる……インキュベーターより根性ネジ曲がっていながら、人間心理を知り尽くしてて、無駄に大金持っていながら、超優等生の皮を被った『最悪の悪魔』がココに居る……」
「あっはっはっはっは♪ よーく分かってんじゃないか。
 美樹さやか。憶えておけ……世の中、絶対敵にまわしちゃいけない、三つの人種がいる。
 『達人』と『金持ち』と『キチガイ』さ。
 達人は、常人には反撃しようもない手段で攻撃してくるし、金持ちはそんだけ世間に信用されているって部分もある。そしてキチガイは『本当に何をしてくるか分からない』から、恐ろしいんだ」
「つっ……つっ……つまり……師匠は『その三つ全部を兼ね備えている』って事になりません!?」
「まっ、そーなるかもなー♪」

 ゲッゲッゲッゲッゲとイビルスマイルで笑いながら……気付くと、沙紀まで悪魔のよーな『イイ笑顔』を浮かべている。
 そのまま、二人で高笑いを、馬鹿弟子の前でカマしてやったり。

「さっ、最悪の兄妹だ……あたし、初めてキュゥべえに同情したくなってきた。この人は絶対に『敵にまわしちゃいけない』人だ……」
「だーから俺みたいな悪党は、『良い子のお子ちゃまが見る』アニメなんぞに出ちゃいかんのさ。『毒』がキッツ過ぎるからな♪
 その程度の自覚はあるんだヨ」

 と……

『御剣颯太……君は……君は本当に一体、何をしたんだい!?』
「あ?」

 ひょっこりと我が家に現れたキュゥべえに、俺は首を向ける。

『ノルマが……宇宙を維持するためのノルマが、全然達成出来ないんだ! 君は一体『何をやったんだい?』 御剣颯太!』
「んー? 今度は『お前のキャラクター』を、警視庁の詐欺撲滅のポスターにでも売り込もうかなーって思ってんだけど?」
『僕は詐欺なんかしていない! ちゃんと説明はしている! 『魔法少女になって、魔女と闘ってくれ』って』

 ……はぁ……

「あのな、『人間と契約したいんだったら』人間の商習慣にくらい従えよ? バーカ♪
 『俺含めて人間の世間舐めてるから』そーなるんだよ……おめーのノルマがどーだとか、正味、人間様は知ったこっちゃねーんだタコ。
 ……人間はな、人類はな……『お前らの家畜でも何でもない』んだぜ、インキュベーター」
『僕らインキュベーターとの共存関係を否定するなんて……宇宙の維持を拒否するなんて、それは、宇宙で暮らす知的生命体全てに対する反逆だよ!
 君は、この地球だけで、宇宙の全てを敵に回そうと言うのかい!?』 
「知るかよ、インキュベーター! オメーが単に『俺を敵に回しただけ』だよ、ターコ!
 世間ってのは……世界ってのは、想像もしない形で繋がってんだよ。そっから『芋づる式におめーが色んなモンを敵にまわしちまった』
 そんだけの話さ。
 俺がやったのは、ほんのちょっと、それを『面白おかしくしてやるキッカケ』を与えたに過ぎないのさ」

 と……

『……御剣颯太、君は危険な存在だ』
「今更かい?」
『僕たちが間違っていた。君は全力で排除する』

 その言葉に……俺は……俺と沙紀は、本気で大爆笑した。
 笑わせる……本気で笑わせてくれる。なんなんだ、こいつ?

「あのさ、何、その……『今から本気出す』発言?
 こっちはなぁ! とっくにテメェのやらかしてきた事に、キレてんだよ! タコがっ!!」
『君は、何で罠に……』
「知るかよ、失せろ! 二度と俺の前にツラを見せんな♪
 ……っつーか、お前の弱点は『嘘が言えない』んだろ?
 ノルマだ何だっつーなら、嘘を吐ければ、もーちょっと効率が上がってたハズだ。なのにそれをしていない……」
『出来ないわけじゃなよ、だから』
「無理だな。
 『嘘』ってのは、感情から発生するモンだ。相手の心を知るからこそ、知ろうとするからこそ、そこに自己防衛としての虚偽が生じる。

 教えてやるぜ……インキュベーター。お前はな、とっくにバグってんのさ。

 ……あの時、俺が『過去から未来まで、全世界、全宇宙、全てのインキュベーターの消滅』を願った時、お前は俺に『ビビった』んだよ。
 恐怖だって、立派な感情さ。しかもそれは、生存本能から発生してるモンだから、そー簡単に消せやしない。それを消すにはな……愛だとか正義だとか、そーいった、もっと強い『別の感情で』上書きして、無理矢理乗り越えるしかないんだよ。そうやって、『人間は大きくなっていく』んだ。雪だるま転がすみてーに、な」

『そんなことは無い。君に対しては、僕たちは障害としか認識していない』

「本当か? お前は『全ての知識を共有して、全ての認識を共有している』生き物だ。
 だからこそお前は、『自分自身の存在を、他人に観察してもらった事があるのかい?』
 『客観的な視野に立った第三者の判断』ってモノを……お前は、受け止める事が出来ないだけじゃないのかい?」

『その必要性を、僕は感じないよ。感情なんて精神疾患でしか無いんだから。わけがわからないに決まってるじゃないか』

「その『ワケの分からない病気』を利用して、宇宙を維持しようとしてるお前は、何なんだい? そりゃあ、『感情を持ってる人間に、反発される』のは決まってんじゃないか。当たり前だろ?

 『自分が振りまわしてる力が、普段使っている力が、どんなものかも認識していない』

 ……補償金貰って仕事まで世話してもらった挙句、普段、日常生活でフツーに電気つかっておきながら、ご近所で原発事故が起こった瞬間にギャーギャー泣きわめいて、慌てて情報集め出すような『みっともない末路』しか、お前さんには見えないな。
 そーいう意味で、そのうちお前……魔法少女と一緒になって、身を滅ぼすぜ?
 『知らない』ってのは、本当に恐ろしい事なんだ。『わけがわからないよ』じゃ済まねぇ、トンデモネェ大火傷を負っちまう事だってあるのさ」

『僕らは、ずっと人類と共存してきたんだ。言わば、君たちをずっと客観的に観察し続けてきたんだよ?』

「それでいて『感情を理解出来ない』ってのは、本当に馬鹿なんだな、お前? 救いようが無いぜ」

『……まあいいさ。君と会話しても無駄なようだ。君は今、本当に『僕らインキュベーターの敵』になった』

「上等だボケ! テメーじゃ何も出来ないで、他人様騙しながら、宇宙の果てでシコシコマス掻いてるしかできねー奴が!
 生身で生きてる俺様を……人間を、どーこー出来ると思うなよ!? 人間は馬鹿だが、『そこまで弱い生き物』じゃねぇんだよ!!」

『……本当に、わけがわからないよ』

 そう言って、立ち去って行くインキュベーター。
 ……さってっと……

「沙紀、馬鹿弟子。
 『魔女の釜』を解禁するって……魔法少女たちに伝えてくれ」
「お、お兄ちゃん!?」
「師匠!?」

 絶句する二人。

「あの最悪悪魔を敵にまわしちまったんだ。『こっちも味方は作らんといかん』だろ?
 『俺たちに味方すれば、手に入れたグリーフシードが無料である程度再利用出来ますよー』って言えば。
 結構、味方になってくれそーな魔法少女って、居ると思わねえ?」

 悪魔の笑顔を浮かべながら、俺は二人に話を振る。

「個人の争いってのは……戦争ってのはさ、つまるところ『貧困』から発生するのさ。宗教だとか思想だとかってのは、そのキッカケに過ぎん。

 沙紀、お前が『ピーマン嫌い』って言う時、俺は絶対『アフリカの子供たちはもっと貧しいから』とか言わないだろ? アラブの王様は、もっと贅沢なご飯を食べてるハズだしな。
 それでも俺は、アラブの王様が『幸せ』だとは思えない……王族なんて、『美味い飯を食う代わりに』、国全体を富ませるっつー、物凄い義務と責任があるわけだ? 重たいぜぇ、こいつは?

 まあ、何だ。『貧困』の基準ってのをドコに置くか、ってのも、個人とか生活環境それぞれなんだけど……さ。

 それでも、魔法少女の縄張り争いってのは、結局、グリーフシードの取り合いなワケだ? そこをフォローしちまえば……魔女の数は減るし、魔法少女の数も増えない。そして争いも少なくなる。
 そして何より……『キュゥべえが困る』!! ってなもんさ、ゲッゲッゲッゲッゲ♪」

 と……

「師匠……つまり、師匠は、もしかして……」
「『グリーフシードを信用単位にして』俺はインキュベーターに挑む!
 ……経済戦争に近いかもな、これは。
 『魔女の釜』も改良を重ねて、再利用率は8割以上にあがってる……まあ、挑む価値はあるさ!」

 まったく、暁美ほむらは、偉大だったぜ。
 『信用できない』事が『信用』に繋がる……ギブ・アンド・テイクの関係が保たれている限り、魔法少女が最早、インキュベーターの側に回る可能性は薄いだろう。
 何しろ、あのアニメのせいで、奴の『信用そのものが』ガタ落ちなのだから。

 ……きっと、満○銀次郎だとか、ウシジ○くんみたいに思われそうだが……そんなのは知ったこっちゃ無い。

「さあって、反撃開始だ!
 魔法少年の……魔法少女の相棒(マスコット)の『喧嘩』は、魔法少女よりもエグいぜぇ……」

 我ながら、悪辣な笑みを浮かべて、高笑いしながら。
 俺はインキュベーターの宣戦布告を、しっかりと受け取った。



[27923] 幕間:「特異点の視野、その2」
Name: 闇憑◆27c607b4 ID:cb2385d9
Date: 2011/08/09 18:08
 使い魔の攻撃を回避しながら、私は盾の中の砂時計を動かす。

「時間……停止!」

 諦観の魔女『コキュートス』。

 ……氷の柩のような魔女は、自信は身動きせず、それそのものは脅威ではない。
 だが、『使い魔が凶悪過ぎた』。

 和紙の切り紙で作った紙芝居の世界のような結界の中。
 下手な魔法少女よりも早い『新撰組のような羽織』を着た、『ソウルジェム狙い専門』の高速型の使い魔を無数に展開し、さらに『檻のような攻撃を展開する』使い魔を用い、こちらの動きを止めて来る。

 そして、彼女を『一撃で』倒し得る武器は……ただ、一つ。

「眠りなさい……御剣沙紀」

 そう呟いて、私は日本刀……玄関先に転がっていた『兗州虎徹を、氷の柩に突き刺した』。



 かつて、御剣家『だった』、無人の家……そこに隠されている『魔法少年の武装の数々』を、私は今度のループでも引っ張り出した。
 結局、何がどう変わったのかは、正直、私にも分からないが。
 あの時聞いた『自衛官の娘さん』の話が、耳に残っていたのだ。

「それにしても……」

 最初、『あの闘いで、御剣颯太が仕掛けようとしていたモノ』の計画書を見た時は、本当に御剣颯太の頭の中を、疑ってしまった。

 ……なんなのだろうか?
  迫撃砲の大量使用だとか、タンクローリーで特攻とか、工場をワルプルギスの夜ごと爆破とか、C-4を大量使用した爆縮レンズの中に、ミサイルを使って叩きこむだとか。

 正直、『正気の沙汰とは思えない』攻撃手段ばかりだ。

「……確かに、最終手段ね、これは。
 ワルプルギスの夜は倒せるかもしれないけど、こんな事、安易に出来るワケが無い」

 とりあえず、計画書もストックに入れておく。
 それに、扱いに苦慮する武装も、かなりあった。
 例えば、最終戦の時、彼が肩で担いで、両手で支えながら振りまわしてた、巨大なガトリング砲は、反動が激しすぎて、私には扱えそうに無かった。

 ……元々、魔力量そのもののキャパシティは、御剣沙紀のほうが上だし、ましてソウルジェムの二個併用なんて、ありえない真似をしていたのだから……と、思っていたのだが。

「しかし、どういう事なのかしら?」

 手にした斬魔刀……だと思っていた兗州虎徹は……実際には『何の魔力も無い、普通の刀』だった。
 最初は、『否定の魔力』を扱える武器だと思っていたのだが、時間停止から魔女を斬ってもごく普通だし、試しに自分の腕を軽く傷つけてみたのだが、問題なく治癒してしまった。
 どうやら、これは魔女『コキュートス』……御剣沙紀の成れの果てにのみ有効な、キーアイテムでしか無いらしい。


 ……これは、少し、考察する必要がありそうだ。
 どうやら、私は御剣颯太に関して、『何かとんでもない間違い』をしていたのかもしれない。

 彼も『考えろ』と言ってくれた事だし。
 暫く思考にふけるのも、悪くは無い。

 まず……何度も繰り返したループの中において、彼と遭遇したのは『あのループ一度きり』だったという事だ。
 それ以外のループでは、『全ての御剣颯太が『死』という無念の涙を飲んでいる』。
 私が『同じ時間を繰り返しているのではない』のではなく、『並行世界をやり直してる』だけなのだとしたら……

 ふと、その時、昔見た映画を思い出した。

 『無数の並行世界で、唯一の存在』。
 つまり……

「『ザ・ワン』……なる、ほど。強いわけだわ」

 彼は、『後を託す存在』に、異様に執着していた。
 誰かの日常を守り、誰かを生き永らえさせる。平和を守り続ける。それが彼の願いだったのならば、それも当然だ。 

 『全ての並行世界の御剣颯太』は……おそらく『家族を守れる、正義の味方で在ろう』と願ったのだろう。

 だとするなら、彼が起こした『本当の奇跡』は、『並行世界の自分自身への、力の継承』だったのではないだろうか?
 死の間際、自らの無念の後を継ぐ者。自らの過ちを伝え、修正するに相応しい者。

 ……つまり『並行世界の自分自身』。

 そうだとしたら、彼が背負った、途方も無い因果の総量にも、魔法少女ならぬ魔法少年としての『素質』にも納得が行く。

 私が時を、何度も繰り返しているように。
 『無数の御剣颯太の屍と失敗の上に』、あの世界の御剣颯太が存在していたのだ。

 何しろ、『並行世界の自分自身が、かつて体験した記憶や体験を』を、呼び起こしながら物事を学習してるのであろうから、それならば、『万能の天才じみた存在』にもなろうし、男性でありながら魔法少女と同等以上にも渡り合える事にもなろう。
 私が繰り返してきた時間遡行の回数は、125回以上……あの映画よりも恐ろしい存在と化していても、不思議ではない。

 ……だが、妙だ。
 彼は、生身の状態では、極度に脆い、普通の人間だった。……何故?

 だが、それもすぐに納得が行った。

 彼は自分自身を『普通の無力な男だと、極度に自戒していた』……つまり、彼が自分自身に、極度に強力な『自分は普通だ』という自己暗示を、常にかけ続けていたのだ。
 だから『魔法少女の力を借りるか、信じ続けてきた愛刀を使うか』しか『自分自身にかけた暗示を解く事が出来なかった』。
 もしくは、危機的状況下の爆発力という形でしか、発揮出来なかった。

 何しろ、佐倉杏子の精神攻撃に耐え抜いたり、生身で魔女の口づけを耐え抜いたなど、精神面ですらも普通ではない。

 斬魔刀云々に関しては、おそらく『彼自身の魔力』が、一般的な魔法少女には『観測不能な否定の魔力』だという事が、誤解を加速させてしまったのかもしれない。
 ……そういう意味で、御剣沙紀が斬魔刀をコピーしていたのは、ある意味正しく無い……いや、象徴だから正しいのか? 微妙な所だ。

 よくよく考えてもみれば、彼はあの時『ただの木刀で』、巴マミのリボンを斬ってのけていた。最初は純粋に彼の技量なのかと思っていたが……どうやら、考えを改めなければならないようだ。

「『並みの』魔法少女が、勝てないわけだわ。
 ……まったく」

 そして、この推察が正しいとするならば、あの世界の佐倉杏子が殺されたのは、ある意味『運命』と言えるかもしれない。

 彼女の願いが原因となって、『無数の自分自身の屍を積み上げる事になった』御剣颯太によって復讐の牙を剥かれたとしても……それは誰も押し留める事など、不可能であろう。
 因果を糸だとするのならば……佐倉杏子にとって、あの世界の御剣颯太という存在は、文字通り『因果の糸を束ねた、彼女専用の十三階段の首吊りロープ』だったのだ。

「……復讐、か」

 この、『見滝原の町を壊滅させてでも、ワルプルギスの夜へのリベンジマッチを誓った』御剣颯太の執念たるや……あの計画書を見ても、空恐ろしいレベルである。

 そして、彼は……『無数に殺した自分の屍の上に、ようやっと、佐倉杏子とワルプルギスの夜への復讐を果たした』のである。

 復讐鬼にして『魔』の断罪者……『ザ・ワン』御剣颯太。

 彼の正体を悟った私は、安堵に胸をなでおろした。
 『敵対しなくてよかった』と。
 何しろ、無限に近い並行世界の『自分自身』を束ねた存在である。幾ら時間停止を持っていたとしても、本当に『何をして来るか分からない』し、殺したら殺したで『何が起きるかも分からない』。

「本当に……喰えない奴だったわ」

 そう呟いて、私は立ちあがろうとし……ふと、思いなおした。

 果たして、『あれが最後の御剣颯太だったのだろうか?』……キュゥべえは『彼の素質は伸び続けている』と言っていた。
 つまり、『御剣颯太は、別の世界で、まだ死に続けている』という意味ではないか?

 あの段階で、あれだけの魔法少女、もとい魔法少年の素質を持っていた彼が……言い換えれば『素質だけで闘ってきた』彼が、『もし、もっと強力な存在になってしまったとしたら?』

 キュゥべえ……インキュベーター……直訳で『孵卵器』。

 ある意味、人間の少女を卵に見立てれば、『魔法少女として孵化させて』、『魔女になるまで育てている』という見方もある。
 ならば……人間の少年だった彼が『自力で魔法少年に孵化してしまった結果』、彼は一体『何になってしまうのだろうか?』

 『無数の御剣颯太の怨讐』の染みついた御剣颯太だが……あの時間軸の彼個人は本懐を遂げたとしても。
 果たして彼に力を継承させた、無数の屍となった御剣颯太が、『それだけで納得するだろうか?』。

 ……いや、これ以上、考えても仕方のない話だ。
 どちらにしろ、御剣颯太と私が関わる事は、ループの最初に武器を調達する以外に、最早、ありえないと言ってもいいだろう。
 もし、彼と関わるなんて事があれば……それは、また私の『膨大な失敗の結果』という事になる。

 そうなる前に、私は、まどかを救いださねばならない。『そんな事があってはならないし、そこまで間違えたくも無い』。
 そう考え……ふと、思う。

「あのループは『ボーナスゲーム』……だったのかしら?」

 何故か……本当に何故か、どのループでも御剣家の入口に兗州虎徹が落ちており、それを利用し、かつ時間停止の能力を以ってすれば。
 魔女『コキュートス』……御剣沙紀のなれの果てを斃す事は、決して難しい事ではない。

 だが……

「よぉ、イレギュラー♪」

 ひょっこりと顔をのぞかせたのは、佐倉杏子だった。

「何か御用?」
「いや? ただ、『あたしの縄張りで』何をしてたのかなー、って」
「……別に、大した事ではないわ」

 と……

「そうかい? だけどさ、アンタ度胸あるねー。
 ここが、『お化け屋敷』だって……あんた知ってたのかい?」
「お化け屋敷?」
「そっ。
 ここら一帯さ、元々、色々物騒な噂のある奴の、縄張りだったんだけどさ。
 そいつの家が、あの家だったのさ。
 魔法少女相手の、トラップの専門家みてーな奴でさ。『魔法少女を仕留める落とし穴の底に、魔女を飼ってる』なんて噂まであったよ」
「あ」

 そうか。
 御剣颯太が『魔女の釜』に至る発想の原点は……最初は単に『檻』の能力を利用した、『家を守るための罠』だったのか。
 そして、そこで『気付いた』……グリーフシードの再処理と再利用の可能性に。

「どうした?」
「いえ、別に……興味深いわね。話を続けて頂戴」
「ああ。まあ、色々と、財宝ため込んでるだの何だの、噂が立ってさ。
 そんで、あの家を調べようと、魔法少女が何人も入って行ったんだが、全員生きて帰って来やしねぇ。
 余程手ごわい魔女が『お化け屋敷』の中に居るんじゃないかと、踏んでるんだが……外に出て活動してる様子も無いしな。
 結局、放っておいたんだが、そこに来て、アンタがあらわれた、と。
 ワルプルギスの夜の前に、肩慣らしにアンタと組んで、お宝探しでもしようかなー……って思ったんだが、どうやら先越されちゃったみたいだな」
「そうね。とりあえず、中にある『財宝』は頂いたわ。有効に使わせてもらうつもり」

 実際、ループのたびに自衛隊や米軍基地だのに忍び込むより、余程効率的に活動が出来るようになった。
 これまで来れなかった場所、行けなかった時間にも、進めるようになった。
 皮肉だが……『彼の残滓』に、私は助けられている。

「そうかい。まっ、それはあんたの取り分だ。好きにしなよ。
 ……ま、あたしの縄張りだし? 残ったモノくらい漁っても、バチは当たらないだろ。
 魔女も消えたんなら、暫く寝床にでも使わせてもらおうかな」

 呑気な事を言う佐倉杏子に、私は内心、苦笑した。

「好きになさい。
 でも、魔法少女には……特に佐倉杏子。『あなたにはお勧めはしない』わ。
 ……『幽霊に取り殺される』わよ」

 げっ、という顔で、ドン引く佐倉杏子。

「なっ……なんだよ、『出た』のかよ、やっぱ? 魔女とかじゃなくて?」
「ええ。怨念まみれの亡霊に『祟り殺されても構わない』と言うのなら、墓暴きでも何でも好きになさい。
 私は警告はしたわよ」

 そう言って、私はその場から立ち去る。

「……今度こそ。必ず……」

 私は、まどかを救ってみせる……必ず!



[27923] 終幕?:「無意味な概念」
Name: 闇憑◆27c607b4 ID:cb2385d9
Date: 2011/08/14 21:37
「……もう、魔法少女は、私たち二人だけになっちゃったみたいだね」
「うん……」

 御剣沙紀。
 美樹さやか。

 二人は、苦い笑顔を浮かべあった。

 インキュベーターと御剣颯太との死闘は、苛烈を極めた。
 それは、陰謀戦であり、経済戦であり、直接的な戦闘もあり……そして、ある時。

 御剣颯太は『壊れた』。
 『暴走した』と言い換えても、いい。

 『ザ・ワン』として覚醒し、最早、神々にも等しい力を振るう彼を押し留める事は、どんな魔法少女にも不可能だった。
 あまつさえ、彼は宇宙の彼方のインキュベーターの母星にすら現れた。

『僕らの星を助けてほしいんだ!! ミツルギハヤタという『感情の怪獣』が暴れ回って、困ってるんだ!!
 宇宙の危機なんだよ!』

 数多の魔法少女たちに懇願するキュゥべえ……インキュベーターに対し、答える者は絶無だった。

「一つ聞くわ、インキュベーター。
 もしあなたたちが、『この宇宙と関係の無い存在』……例えば、神様だとしたら、あなたは宇宙を救おうと考えた?」

 御剣沙紀の質問に、インキュベーターは答える。

『もしそうだとしたら、僕たちが救う理由なんて、あるわけないじゃないか。
 でも、実際に僕たちはこの宇宙で暮らして……』
「それだけで十分よ。
 私たち魔法少女が……『人間がインキュベーターを見捨てる理由は、それだけで十分よ』。
 『因果応報』という言葉を知りなさい、インキュベーター」

 既に、彼の闘いは、多くの者が知る所となり、そして……インキュベーターは『星ごと御剣颯太に滅ぼされた』。
 かつての彼の願い通りに……宇宙から、永遠に。

 そして……地球に、否、数多の『魔法少女が存在した星』全てを回って、地球に帰って来た御剣颯太によって『地球でも』魔女と魔法少女たちの阿鼻叫喚が始まった。

『インキュベーターを許さない』『魔女を許さない』そして……『安易な奇跡に縋る、愚かな魔法少女を許さない』

 そこに居たのは、『魔』という存在そのものに対する、憤怒と断罪の阿修羅。

 魔女も魔法少女も関係なく。
 完全な『機械』と化して、『魔』に関わる存在全てを、無差別に殺戮していく御剣颯太に、全ての魔女が狩り尽くされ、魔法少女も狩り取られて行く。

 絶望を否定したい余り、彼は……『希望』や『救い』すらをも、否定してしまっていた。

「『ザ・ワン』か……師匠って、ホント、とんでもない人だったんだね?」
「『人間の感情』を、キュゥべえが理解出来てれば……ううん、お兄ちゃんとキュゥべえが対立しなければ、こんな事にはならなかったのかもね」

 見滝原郊外の原野。

 二人は待ち続けていた。

 かつての兄を。かつての師を……。
 地球に。この宇宙に残った、最後の魔法少女、最後の希望として。

 『阿修羅と化した彼を、死を以って救うために』

 それは、魔女化した魔法少女を元に戻す術が無いように。
 御剣颯太も、既に『手遅れ』の存在になってしまっているのだ。

「来たよ」
「うん」

 やがて、現れる御剣颯太。

 既に、半ば以上に『概念化』が進み、『宇宙の法則』へと『成り果てようとしている』彼だが。
 恐ろしい事に、魔法少女や魔女以外には、一切の被害が無い。

 そして、地球は回り続ける。宇宙も回り続ける。奇跡も魔法も関係なく。世界は回り続ける。
 既に、効率は劣るものの、熱量死を回避する手法は、『感情を持つ』別の宇宙の種族が、開発したらしい。

『ザ・ワンを生み出してはならない』
『インキュベーターに任せたまま、このような悲しい結末に至った事を、我々は反省せねばならない』
『地球の魔法少女たち全てに、そして、『ザ・ワン』となってしまった御剣颯太氏に、心より謝罪したい』

 そのメッセージが、宇宙の数多の種族より寄せられ、魔女と魔法少女のシステムは、この時間軸において永久に封印される事になった。
 その禁忌を犯し続けてきたインキュベーターに、御剣颯太という『断罪の刃』が下ったのは、ある意味、当然の結果だった。

 だから……

「師匠……もう、いいんだよ。
 キュゥべえは居ない。魔女も居ない。馬鹿な魔法少女たちも居ない。あとは……あたしたちだけだよ!!」
「お兄ちゃん。安心して……お兄ちゃん一人を、こんなさびしい世界に、独り置き去りにしたりなんて、しない!!」

 そう言って、御剣沙紀は、ある魔法少女から受け取った『黒い爪』を展開する。
 速度低下……今も昔も、御剣颯太の最強最大の武器は、その『速度』だ。

 故に……まず、その武器を殺さない事には『闘いにすらなりはしない』。

「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」

 狂戦士の咆哮……並みの魔法少女ならば、その怨嗟の声に、あっというまにソウルジェムを濁らせてしまう程の、怨念が籠った咆哮を、二人は涼しげに受け流した。

 百戦錬磨。

 かつての師、巴マミや、佐倉杏子、あるいは……暴走する前の、御剣颯太をも。
 文字通り、遥かに超える魔法少女に、二人は成長していた。

「行くよ……師匠!」

 美樹さやかの剣に、御剣颯太が兗州虎徹で答える。

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!」
「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!」

 かつての師を救うために。かつての弟子を殺すために……師が、弟子が吠える。
 凄烈に、無数の斬撃が繰り返される。

 無論、それだけではない。
 『ザ・ワン』としての数多の魔力を駆使して、かつての弟子を追い込もうとするが……

「させないよ! お兄ちゃん!」

 後方に下がった、御剣沙紀の『全願望の図書館(オールウィッシュ・オブ・ライブラリー)』から展開する、数々の能力が、それらを相殺していく。

 最後の魔法少女たちにして、最強の魔法少女タッグ。それが、御剣沙紀と、美樹さやかのコンビだった。
 それを以ってしてもなお……

「っ……!! この……このっ、分からず屋ぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

 機械は迷わない。止まらない。
 咆哮はただ、怨嗟のみで、そこには意味は無い。
 速度低下の影響下でありながらも、なお……今の御剣颯太の剣閃は、美樹さやかよりも『速い』!

「『あたしたちと、一緒に行こう』っていうのが、分からないのかよぉぉぉぉぉぉっ!!」

 感情の爆発。美樹さやかのソウルジェムが、ひときわ凄烈に蒼く輝く。

 徐々に……かつての弟子が、師を圧倒し始める。

(……いける……)

 そう確信した、美樹さやかの剣が翻り……

「もらったぁっ!!」

 師の左腕に……剣を扱う者の基本軸となる腕に走る一閃。
 高々と舞う、御剣颯太の……『ザ・ワン』の左腕。

 そして……美樹さやかは、『御剣颯太の右手でソウルジェムを握り砕かれ』、その場に倒れ伏した。

「っ……!」

 『剣に拘る者は、剣に足元を掬われる』

 ……かつての師の教えを、今際のきわに美樹さやかが思い出したかは分からない。

 だが、これで……勝負は、ほぼ、決した。
 決してしまった。

 それでも……

「まだまだぁっ!!」

 彼女の兄は。死んだ美樹さやかの師は。
 『諦める』という言葉は教えて居ない。
 『全願望の図書館(オールウィッシュ・オブ・ライブラリー)』を展開、最大効率と最大運用で、ザ・ワンと化した兄を……御剣颯太を攻撃!

「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

 怨嗟の咆哮。
 『否定の魔力』によって、偽りの願望『全てが打ち消される』。そして……

 パキィィィィィン!!!

 御剣沙紀のソウルジェムに、右手で握った兗州虎徹が一閃。
 ここに……『全ての絶望と、全ての希望が、消え去った』。



 奇跡も無い。魔法も無い。希望も、絶望も無い。

 残ったのは……『現実』のみ。

 そんな世界の中、原野に立ちつくした御剣颯太に……『ザ・ワン』に、一つの奇跡が起こった。

 涙。

 一筋の涙が、彼の頬を伝う。そして……咆哮をあげるあけだった、彼の口が。

 『今この時以降、魔女も魔法少女もインキュベータも存在出来ない』という、完全に『無意味な概念と化す直前に』

 一言……望んだ。

「殺して……くれ……」

 叶わない願い。叶わない望み。
 無意味な音として、それは見滝原の原野に響き……

 彼は、死より悲惨で、誰にも無意味な概念として、『神』へと成っていった。



[27923] 幕間:「神々の会話」
Name: 闇憑◆27c607b4 ID:cb2385d9
Date: 2011/08/09 04:55
「うーっ、この並行世界は、『ちょっと』苦手だなぁ……」

 全ての宇宙、全ての時間軸の『神』に等しい概念となった、鹿目まどかだったが。

 ……正直、この並行世界の『ある時間以降』に『のみ』に君臨する『神』は、苦手としていた。

 無論、神……概念としての『格』には歴然の差こそあるものの。
 彼女が司るのが『慈悲』と『救済』ならば、その『神』が司るのは『憤怒』と『断罪』だ。『相性が悪い』というより『完全な対極の存在』なのである。

 例えるなら……同じ会社でも『入社数年で肩書だけ地位の高い、本社勤務のエリートの若造』と『現場のアルバイトから叩き上げで出世してきた支店長』の差、であろうか?
 概念としての地位は自分が圧倒的に上でも、だからといって軽視できる相手ではない。

 だが、それでも。
 不完全ではあっても、一部ではあっても、『彼が魔法少女を必至に救済し続けていた』事実に、変わりは無い。
 増して、親友である美樹さやかに関しては……最終的に、彼が手にかけてしまったとはいえ、ワルプルギスの夜を超える事すらも出来たのだ。
 彼が……彼こそが『彼女の親友を救い得る』唯一の存在。

 だからこそ……

「助けなきゃ……『私しか、彼を救えない』のだから!」





「よぉ、まどか……遅かったじゃねぇか……それとも、『早かった』の、かな?
 時間の概念なんて、完全に狂っちまったからなぁ」
「杏子ちゃん?」

 『そこ』に居たのは、佐倉杏子。

 残留思念となってなお……彼は。御剣颯太は、彼女を『解放しなかった』。
 彼の悲惨過ぎる結末を。自分の祈りが犯した罪を、『佐倉杏子の残留思念は、余すところなく見せつけられた』。

 それが、『憤怒と断罪の神』と化した、御剣颯太の裁きだった。

「あいつさ、スゲェんだぜ……『あんたがこうなる事を』予言までしてたんだ。
 『暁美ほむらが居れば、いずれあの子は気付くだろう。そして、この方法に思い至るはずだ』ってさ。
 それで、自分は色んな魔法少女を『魔女の釜』を使って、色々恨まれながらも救ったんだよ。最後まで、キュゥべえに対抗しようとして闘って、さ。

 ……そんで、ブッ壊れちまったんだ……」

「そんな……」

「あいつさ。
 弟子と妹が『師匠なら、このアニメのまどかみたいになれるんじゃありませんか?』って言ったらさ、何て言ったと思う?

 『なんで? 俺が? お前らのような? クソ馬鹿な? 魔法少女共を? 助けるために? 死ぬより悲惨な? 『神様に』? ならなきゃ? ならんの?
 『正義の味方』だって、イッパイイッパイなのに?』だって。

 ……二人の頭にアイアンクローかましながら、お説教だよ。

 『俺が尊敬する魔法少女は、巴さんだけだ』って言いながらね。

 あいつはさ……本当に、本当に……『普通の男』だったんだ。
 だから、こんな結末、想像もしてなかったし、『自分の中に秘められたモノがある』なんて、想像もしてなかったんだ」

「っ……」

 鹿目まどかの胸に、その言葉が突き刺さる。

 自分は、運命に翻弄されながらも、全てを承知で、この道を選んだ。

 だが、御剣颯太は、こんな結末を望んでいたのだろうか?
 目の前のモノ、目に見えるモノを救おうとして救い続け、闘い続け、多くを救えない事を自覚しながら、それでも必至に生きた人間。
 その挙句に、与えられたモノが『正義の味方』という呪いであり、まして『神』……しかも『無意味な神』として、永遠に概念として生きるなど。悲惨にも程が無いだろうか?

「頼むよ……あたしからも頼む! 魔法少女の神として管轄外なのは、分かってる。
 だけど、あいつを救ってやってくれないか、まどか! あいつの人生は、あたし含めて、魔法少女の玩具にされたようなもんだよ!
 悲惨過ぎるよ! 可哀想過ぎるよ! あたしの親父なんかよりも、よっぽど救われないよ、あいつ!!」

「分かってる。そのために、私は『ここ』に来たんだから!
 救わなきゃ。魔法少女の管轄外だけど……やっぱり放っておけない。
 魔法少女が夢と希望を司る存在ならば……それの『盾』となって、現実の因果を受け止め続けた、魔法少年の彼自身だって、夢と希望なんだから!」




「何しに来た? 鹿目まどか……慈悲と救済の女神よ」

 『そこ』に座っている、御剣颯太……憤怒と断罪の神に睨まれ、鹿目まどかは……慈悲と救済の神は、引きつった表情になる。

 左腕が無い。全身、顔まで傷だらけ。
 右腕だけで、抜き身の兗州虎徹を肩に担ぎながら、黒いダンダラ羽織姿の御剣颯太が、問いかける。

 分身でしかない自分と、神そのものの本体である御剣颯太。
 『この状態ですら』どちらが格上かといえば、自分なのだが……正直言って、怖い。おっかない。
 カミナリ親父を前にした、子供の気分。……怒った時のママを前にしてるようだ。

 でも、彼を救うためには、躊躇ってはいられない。

「あなたを……魔法少年を。魔法少女として、助けに来ました」
「失せろ。
 俺に……『魔法少女様に』救われる資格は無い。救うべき存在は、他にもっとあるハズだ」

 そっけない言葉に、鹿目まどかが問いかける。

「あなたは……自分が救われたいとは思わないのですか?」

「思わん。
 俺は咎人だ。咎人には『裁き』が必要だ。それは『俺自身も例外ではない』。

 言ったハズだ。
 『知らなかったでは済まされない』と……安易な救済や慈悲に、何の意味も無い。
 知ろうともしない。理解しようともしない。無知を言いわけにし、無理解を肯定する輩を、俺は許す気は無い。

 それは『俺自身も例外ではない』」

「それは……」

 分かっている。
 慈悲や救済だけでは、人は進歩しない。
 時には、鉄拳をもって、暴力をもって断罪をせねば、人は前に進めない。

 事実、彼の司る宇宙は、二十一世紀以降は、魔女も魔法少女も存在せずインキュベーターも居ないが、それなり以上に発展していっている。
 人類が宇宙の他の種族と、積極的な交流を果たすのも、時間の問題だろう。

 そして……自らに都合のいい、奇跡や魔法のシステムに、再び手を出そうとした、傲慢で無知な者には『容赦なく御剣颯太という、断罪の刃が下る』。
 それが、『颯刃の理』……この小さな世界の絶対法則。

 だが、だからこそ……

「もう一度、やり直したいとは思いませんか?」
「思わん。結果がすべてだ。それは、俺の信念に対する冒涜だ」

「誰かを救いたいと、思いませんか?」
「俺が救える者は救った。あとは知らん」

「誰かに話を聞いてもらいたいとは、思いませんか?」
「自分のしたことの言いわけに、ベラベラ回る舌は持ってない」

 とことん、無骨で不器用な返事しか返してこない御剣颯太。

「では『人として、死にたくは、ありませんか?』『人として生きたい』とは……思いませんか?」
「っ!!!」

 その質問に、初めて。
 御剣颯太の表情が、変わった。

「別に。地獄というなら、現世もココも、大差はあるまい」
「では、問い直します。
 ……『愛する誰かと、生きたい』とは、思いませんか?」
「冴子姉さんとなら生きた。沙紀となら生きた。そして俺が殺した。それが全てだ」
「……さらに、問い直します。
 『家族以外の愛する誰かと、共に過ごしたいと思いませんか』?
 『家族を増やしたい』とは、思いませんか?」
「っ!! その『愛する誰か』を手にかけた俺に、その資格は無い!」

 溜息をつく、鹿目まどか。
 ……最後の手段だ。

「では、『約束を果たそう』とは、思いませんか?」
「!?」
「『魔法少年が信頼する魔法少女に信頼されている限り、その魔法少年は決して魔法少女を裏切らない。
 魔法少女を傷つけてでも魔法少女の命を救い、魔法少女を欺いてでも魔法少女の心を救う。
 あらゆる手を尽くし、己の命を度外視して』
 御剣さん。
 あなたは魔法少年として魔法少女と『果たしていない約束』が、まだ一つ、残っていたハズです」

 それは、最後の心残り。
 それは確かに。
 概念と成り果てた今でも、御剣颯太の心に刺さり続けた、一本のとげ。

「そして……そしてまた、俺に魔法少女を殺させようというのか?
 沙紀や巴さんや馬鹿弟子を含めて。全ての魔法少女を?
 随分と残酷な慈悲だな」

 と……

「『殺させません』
 御剣さん……『御剣さんは、魔法少女を手にかけたりはしない』。
 あなたがこの宇宙を明け渡してくれれば、私はそんな世界を……御剣さんの人生を、約束します」

 真剣な目で見る、鹿目まどか。
 だが……

「それは、つまり…『俺が何も救えない』事に、変わりは無いという事か?」
「いいえ。『御剣さんが救ってきた魔法少女たち』は、全員救えます!」
「つまり、『俺が殺してきた魔法少女以外の人間は、俺が手にかける事は確定している』という事だな?」
「っ……それは……」

 躊躇う鹿目まどか。

「自惚れるな、鹿目まどか。
 正直に吐け。
 『お前は魔法少女となった親友を救いたかった。でも出来なかった』……だから俺に縋ろうというのだろう?」
「っ……!!」

 心の内を見透かされて、戸惑う、慈悲と救済の女神。
 それは暗に。
 ……神としての自分の無能を、指摘されたようなモノだから。

「何故、お前が親友を救えなかったか、分かるか?」
「えっ? そっ……それは……」

 分からない、という表情を浮かべ、戸惑う鹿目まどかに、御剣颯太は無言のまま立ち上がる。

「ついてこい。
 俺の管轄する『宇宙』を見せてやる。それが答えだ」



 その宇宙には、魔獣は居なかった。魔女も居ない。その代わり、奇跡も魔法も存在していない。
 宇宙全てに存在する全ての人々は、己の中の呪いを、己の内で処理する術を、自然と心得ていた。

 己を信じるよりも、他人を信じ、信用と信頼とで人々が結ばれる関係。

 『みんなが見ている』『恥ずかしい事は出来ない』『泣きたくなるけど踏みとどまる』

 逃げ出したい。忘れたい。目をそらしたい。
 でも……『それは許されない』世界。

 争いは、ある。
 闘いも、ある。
 誤解も、すれちがいも、苦悩も、苦痛も。

 だがその一方で。
 平和も存在し。
 安寧も存在し。
 愛も、友情も、喜びも、確かに存在していた。

「分かるか? これが『現実』だ。
 確かに宇宙が始まったのは、一つの『奇跡』かもしれん。
 だが奇跡というのは、一度起こってしまえば、あとは『結果』でしかない。
 そこを受け止めて、どう進んで行くか。
 『もう一度、奇跡や魔法』に縋るか、それとも『それを元手に自分の足で立って歩くか』。
 それは、人として大きな違いでは無いのか?」
「っ……それは……」

 甘えるな。甘やかすな。
 暗にそう言われている事に、鹿目まどかはたじろいだ。

「『自分を信じて』無謀な行為に走る魔法少女を、お前は引き止めなかった。
 最後まで『希望を信じて』暴走する魔法少女を留めなかった。
 確かに、『魔法少女は絶望しては居ない』。

 だが、その結末に至ってしまった責任は?

 お前は、『救おう』とするばかりで、『導く』事をしなかった。
 親友と共に泣く事は出来ても、親友に手を上げてでも、間違ってる事を間違ってると言えなかった。

 結局お前は、『魔法少女を救う』事は出来ても、『世界を救う』事が出来なかったのは、それが原因だ。
 奇跡と魔法によって成った、魔法少女の救世主(セイヴァー)よ……それがお前の『限界』だ。
 憶えておくがいい」

「っ……………!!」

 遥かに格上の『神』に対しても、この御剣颯太という『神』は……隻腕の憤怒と断罪の神は、全くの容赦が無い。
 間違ってるモノは、間違ってる。
 そう叫び続け、闘い続け……ついには、全てを否定して、『神』に至ってしまった男の言葉だけに。
 その言葉は、真実を貫いていた。

 あらゆる神々が、この男を敬遠したがるのも、分かる気がした。
 本当に、容赦が無いのだ。色々な意味で。自分自身にすらも。
 だから……

「分かりました。
 だから……『私に出来ない事』を、御剣さんに、お願いしたいんです。
 一個の魔法少女として、一個の魔法少年に」
「……それは、俺が管轄する宇宙を、放棄してでも、か?」
「はい! 魔法少女としての、私のワガママです!」

 ……そして、再び睨まれる。

「救えぬ者は、救えぬぞ? おまえが完璧ではないように、俺も完全ではない。
 むしろ、お前よりも極端に色々なモノを欠いている存在だ」

「構いません! 御剣さんが救えなかったモノは、私が救います!
 だから……これは、取引です!
 私は御剣さんを信じます。だから……御剣さんも、私を信じていただけますか?」

「お前は親友を救いたい。俺は約束を果たしたい……なるほど、『俺個人にとっては』悪くは無い取引だ。
 だが、それは、俺が管轄してきたこの宇宙を『無かった事にしろ』と言ってるに等しいのだが?
 必至になって、現実と向き合って生き続けてきた、俺も含めたすべての人間……いや、生き物たち。それを含めた、冒涜ではないか?」

「それも含めて、私が救います! 責任は……責めは、私が負います!」

 その言葉に……御剣颯太は、深々と溜息をついた。

「俺は……今の俺は、お前が取ろうとしている方法が、『大体読めている』。
 だが、そんな事が可能なのか? 出来るのか?」
「やります! やってみせます!」

「『その方法』は、俺に断る必要もなく、お前には可能だったハズだ。俺以上に力はあるのだから。
 ……何故、ここに来た?」
「それは……その。
 今、自分でも気付いたのですが……一方的な『助けてあげる』という救済では、救われない。
 多分、御剣さんは、そういう人だから……だから、『筋を通しに』来たんだと……思います。
 その……自分でも、自信が無いんだけど」

 そう言われて……さらに、深々と御剣颯太は、溜息をついた。
 ……まったく、こいつは……『こいつら』は……この魔法少女という存在は……

「……貰い過ぎだ」
「え?」
「お前は人が良すぎる。いや、『魔法少女は全部、いい奴過ぎる』奴らばっかだ!
 はぁ……まったく!
 放っておけるかってんだチクショウが!」

 そう言うと……御剣颯太は、『神となって初めて兗州虎徹を鞘に納める』と、鹿目まどかに跪き、それを差し出した。

「不肖、御剣流師範、御剣颯太。魔法少年として、七生を以って、御身、御守護を勤めさせていただきます。
 ……悪魔の俺を、今更、現世で踊らせようってぇんだ! 下手ぁ打つんじゃねぇぞ? 女神様ヨ!」

 そう言って。断罪の神ではなく、魔法少年の不敵な笑顔を、鹿目まどかに御剣颯太は向けた。

「っ……はい!! 私に出来ない事……よろしくお願いします!」



[27923] 幕間:「師弟の会話、その1」
Name: 闇憑◆27c607b4 ID:cb2385d9
Date: 2011/08/10 08:12
「あんっ、あんっ……西方さん、西方さぁん!!」

 ……まーたやってるよ……

 僕……御剣颯太は、師匠……西方慶二郎の住まいである安アパートの一室の前で、中からその……まあ、なんだ。男女の交わりといいますか御乱行といいますか。まあ、そんなのの音を聞いていた。

 ほんとーにトンチキ師匠だよなぁ……でも、剣の腕前が抜群なのは事実だし。

 一升瓶……たまたま、クジが当たった焼酎『森伊蔵』を抱えながら、僕はアパートの外で、師匠の御乱行が収まるのを待っていた。



「おう、馬鹿弟子! 遅かったじゃないか! それよりどうだ、当たったか?」

 どっかの商売女か何かか……そんなわきゃないだろう、金、無いし。
 じゃ、浮気の人妻かな? が気絶して同衾した状態のまま。
 師匠は素っ裸で俺を手招きした。

「当たりましたけどね……師匠。
 50過ぎてアル中で、よくもまぁ、これ以上女抱いて酒飲もうなんて思いますね!?」

 僕の溜息に、師匠はヒラヒラと手を振る。

「いや、何な、ガキを作れと言われててなぁ……魔女に」
「……『魔女』? ですか?」

 まーた始まったよ。師匠のホラ吹き話が。

「おう! 何でもな、『魔女の釜』をこねくり回しながら、悪魔と契約してうん百年うん千年生きてるっていう魔女だって触れ込みでな。
 当時、わしゃあ縁が合ってな、その魔女の暮らす家の護衛についたんじゃよ♪」
「……はあ?」
「でっかい家でなぁ……しかも、その家の一族全員が、その魔女の子孫だというんじゃ!
 何でも、世界を裏から支配する一族とか、どーとか言うとったなぁ……」
「はいはい、で?」

 テキトーにいつものホラ話を聞き流す。

「うむ。で、な。襲ってきた暴漢の銃弾斬って、脳天カチ割ってやったら、何故かエラくその『魔女』に気に入られてな……ま、とんとん拍子に押し倒して、こう、シッポリとな♪」
「……やっちゃったんですか? 魔女と?」

 とりあえず、『銃弾斬った』の下りは疑いようが無い。実際見てるし。

 ……問題は、このトンチキ師匠が、『魔女と同衾した』という下りだ。
 アリエネー……と言いきれないあたりが、この師匠の怖い所で、壮大過ぎるホラ話が、たまーにマジだったりするから油断出来ないのだ。しかも、大概、ロクでもない方向で。
 魔女云々は兎も角、おそらく、えっらーいお金持ちの、やんごとない人と『寝ちゃった』んだろーなー、とは、予想がついた。

「うむ、イイ女じゃった♪
 『蒼い宝石のかんざし』をつけた、泣きぼくろが印象的な女じゃった……ワシがこの年になるまで抱いた女の中でも、一番の女じゃったよ」
「はぁ?」

 布団の中で別の女寝かせといて、よーくそんな話が出来るもんだ。この人は。

「そんでな、護衛契約の期限が切れた日に、その女がワシを引きとめたんじゃよ。
 何でも、『悪魔を斃す正義の味方になってくれ』だとか何だとか……わしゃ、ただの人間じゃから無理だと言うたら、『では、せめて子子孫孫に悪魔を倒せる者が現れますように』って……なんか、祈ってくれたらしい」
「はぁ?」
「そんなわけで、わしゃ子作りに励んでおるのじゃ。あ、御苦労。酒、もらい」

 そのまま、コップを掴むとドプドプとプレミアつきの焼酎を注ぎ、カッパンカッパンと水感覚であけていく師匠。
 ……ほんと、ロクデナシだー!

「で、その後どうなったんです?」
「うむ。あの抱き心地が忘れられず、腹が減ってメシをタカるついでに行ってみたら、建物丸ごともぬけの空になっておってな。
 ……本当に魔女の家だったんじゃなぁ、あそこは」

 遠い目でホラ話をつぶやく師匠。
 ……この人って、ほんと、こーやって他人を煙に巻くのが好きだよなー。
 と。

「……あ。
 そーいや、お前、『家族を守れる、正義の味方になりたい』とかヌカしておったな?」
「ええ、まあ。そうですが?」

 でなけりゃ、アンタと関わり合いたいなんて、思うワケ無いじゃん。

「よし、お前に『いいモン』くれてやろう。ワシが、その『魔女から貰ったモノ』じゃ。チと来い♪」

 なんだろうか?
 また、どっかの曰くつきのガラクタか? 持ってるだけでトラブルを呼びこむよーな、あぶねーアイテムか!?
 以前、『呪いのペンダント』なんて貰った時は、色々と洒落にならなかったけど。
 ……中に金庫のカギが入ってて、それがヤクザの……いや、よそう。
 もう頭痛のする事件だったし。あれは忘却の彼方に葬り去りたい。

「よし、目を閉じろ」
「嫌です」
「……チッ」

 その手は喰うか、このトンチキ師匠め!

「まー、なんじゃ、ワシは子供も身内もおらんしな……お前でええじゃろ。先もそんな長そうにないし。
 その『魔女からの授かり物』くれちゃるわい」
「何なんですか?」
「うむ、『力の継承』だとか、どうとか言うておったな。
 生まれてきた赤ん坊に『こうしろ』と……」

 そう言って、師匠は僕の額に手を当て……瞬間的に、僕は意識を失った。



 そして、目が覚めてみると……

「あっ、あっ、あっ、あのトンチキ師匠ーっ!!」

 素っ裸で、身ぐるみ剥がされて、見滝原森林公園の中に僕は居た。

『とりあえず、なんか勝手に気絶したんで、財布と服は貰っといた。ありがたく飲み代に使わせてもらう。
 by敬愛すべき師匠より』

「ぐわああああああっ、また騙されたーっ!!」

 張り紙をびりびりと引き裂きながら、僕は空に向かって絶叫した。



[27923] 幕間:「師弟の会話、その2」
Name: 闇憑◆27c607b4 ID:cb2385d9
Date: 2011/08/11 14:22
※参考:ドリフ大爆笑より『剣の修行』


「……師匠、そろそろ、『剣の修行』をさせていただけないでしょうか?」

 ワルプルギスの夜戦以降。
 縄張りの引き継ぎだの何だかんだとあって、ひと段落ついて以降。

 俺は、縄張りの巡回ついでに、ひょっこり訪ねて来る美樹さやかを相手に、『修行』と称して、炊事洗濯や学校の勉強等を教え込んでいたのだが……どーもそれが、いたく不満だったらしい。

「剣の修行だ? ……もう教える事なんて、特に無いぞ?」

 何しろ、俺の剣は殺人剣である。
 正味、正義の魔法少女には相応しく無い。

「いやさ、もっとこう、ほら……ありそうじゃないですか、色々と……こーズババーンとか、ドカーンとか、気の利いた技とか!」

 ……はぁ……

「『剣の修行』の前に、まず『精神の修行』をしろ。馬鹿者が」

 ポコン! と小豆を煮てるオタマで、美樹さやかの脳天をひっぱたく。

「炊事洗濯掃除に勉強。それが完璧に出来て初めて『魔法少女』よ。
 『剣の修行』以前に、そんな事では『一人前の魔法少女』にはなれぬわ、馬鹿めが……目玉焼きの半熟か否かは、上条さんのよーな男の男心を左右する、最重要要素と知れぃ」

 どっかの師匠っぽく、しっかりとお説教。

「ううううう……!! 沙紀ちゃんだって、家事全然できないのに、魔法少女じゃないですか」
「あれは諦めた。俺にも手に負えん……マジで」

 はっきり言って、沙紀の料理の腕は、姉さんより始末が悪かった。色んな意味で。
 っつーか……いくらあいつの真の能力が『願望混成(ウィッシュ・オブ・マッシュアップ)』だからって、何でもかんでも混ぜりゃいいってもんじゃない!
 なんというか、こう『カルピスを牛丼にぶっかけるような真似』を、兵器……もとい、平気でやるから、おっかないのだ!

 『素材の持ち味を活かす』という概念から、まずは教え込んで行かんと……あいつはチャレンジャー過ぎる!!

「じっ、じゃあ、師匠! こうしません? 今から今日一日、晩御飯まで、私が不意打ちで撃ち込み続けるから、それで師匠から一本取れたら『何か教え込む』って事で」
「あ?」
「師匠は『達人』ですよね? だったら、私の不意打ちくらい、かわせるハズです!」

 なんだその……本当に、漫画みてーな『剣の修行』ちっくなのは……

「……はぁ。ま、いいか。
 ちょっと待ってろ、兗州(えんしゅう)虎徹持ってくる。あれが無いと、俺は対抗しようが無いからな」

 とりあえず、こいつの攻撃、全部回避しきる自信あるし。

「……さっ、隙あらば、何時でも来い」
「はい……てりゃあああっ!!」

 ていっ!

 兗州(えんしゅう)虎徹を鞘におさめたまま、斬撃を回避しつつ……美樹さやかの『足の小指』に向かって、ゴスン、と鞘の先端で一撃。

「うにゃあああああああっ、しっ、しっ、師匠……地味に痛いッス、その一撃」
「安心しろ。『否定の魔力』は手加減してやってるから……最近、調整が効くようになってきてな」
「こっ、こっ、こっ、小指、小指の爪が割れてる……地味にキッツい……などと言いつつとぉっ!!」
「色んな意味で『甘い』」

 そう言って、お玉で掬っておいた『煮えてるアンコ』を、美樹さやかの顔面にぶっかける。

「あじゃじゃじゃじゃじゃじゃじゃじゃじゃじゃ!! こ、こっ、これ、魔法少女じゃなかったら顔面大火傷ですよ!」
「何言ってるんだ? 昔は、船乗りたちの武器に『煮え立ったお粥』が使われてたんだぞ?」

 これ、ほんとの話。なにしろ、海の上でもろ肌脱いだ連中には、こーいう攻撃がかなり有効だったのだ。
 ……海に飛び込んで火傷冷やすにしても、海水って塩水だし、洒落にならなかったろうなぁ。

「教えてやるよ。『剣に拘る者は、剣に足元を掬われる』ってな。
 俺から一本取りたければ、まず剣を捨てる事から考えた方が早いぜ? さ、馬鹿な事やめて、ぐちゃぐちゃにした台所とか、綺麗にしておけよ」

 と……何でか意地になっちまったのか。

「っ……分かりました! でも『一本取るまで』諦めませんからね!」
「……いいけど、後片付けはお前がやれよ? 全部?」

 そう言って、美樹さやかが台所から立ち去って行った。




「くらえーっ!!」
「あ?」

 投擲するような剣の弾丸を、あっさり回避し……って!

「うわああああああああっ!!」

 パンッ、パンッ、パンッ、パンッ!!

 恐ろしい事に、我が家の武器庫から持ってきた拳銃……ベレッタ92Fを、俺に向かって暁美ほむら張りに発砲する、美樹さやか。
 しかも、彼女と違って、握りが『剣の握り』だからガク引きしまくってて、普通に銃口を向けられるよりも、別の意味でエラい危険である!

「これっ!」

 兗州(えんしゅう)虎徹で、ベレッタを吹っ飛ばして、馬鹿弟子の脳天に峰打ちを叩きこむ。

「うにゃあああああっ!! 痛ったぁ……」
「なーんでいきなし、リアル銃器持ちだすかなぁ? 正直、俺じゃ無ければ回避どころか、死んでたぞ!」
「うーっ……だって一本でも『撃ち込んで』みろって言ったじゃないですかー!」
「どこでそんなトンチキな言葉遊び覚えやがったテメェ!!
 いいか、教えてやる! 『魔法少女道』第二十三条に『リアル銃器を使ってはならぬ』とあるわ!」

 とりあえず、テキトーにでっち上げた理屈で、馬鹿弟子を説き伏せてみる。

「なんなんですか、その『魔法少女道』って」
「良い子の夢と希望をブッ壊さないための、お約束って奴だよ! みんなの夢と希望を叶えるのが、魔法少女って奴だ!」
「……暁美ほむらや師匠は使ってたってのに……」
「やかましい! そういうのは俺や奴みたいな、外道の使う武器だ!」
「はーい……」

 そう言いながら、美樹さやか……というか、馬鹿弟子は立ち去って行った。




 ……いーかげん、諦めたかな……

 そう思ってた、次の瞬間だった。

「ぐぼぁはああああああっ!!」

 唐突に『出現した』馬鹿弟子のブン回した『金属バット』に俺は吹き飛ばされた。

 ……はい、スピードスターの俺ですが、その分、装甲は紙装甲でございまして。
 金属バット程度でも、魔法少女の攻撃の直撃喰らったら、こんなもんである。

 しっ、しかし、何が……あっ!

 薄れゆく意識の中、ハイタッチする馬鹿弟子と沙紀。
 んで、沙紀の手には『暁美ほむらの使ってた盾』……そこまでやるかっ!!

「やだ、お兄ちゃんがチアノーゼになってる!」
「やばい、ちょっとイイ角度で入り過ぎた! 治さないと!」

 ピピ○ピルピルピピ○ピー、なんぞと悪ふざけしながら、良い笑顔で俺の傷を治して行く馬鹿弟子共。
 こっ、こっ、こいつら……

「おい、馬鹿弟子よ……お前に一言言っておく。
 『魔法少女道』第六十八条にな『金属バットで撲殺しておいて回復魔法で復活させるな』と書いてあるわ!」
「だから、なんですか、その『魔法少女道』って……」
「やかましい! 幾ら虚淵ワールドだからって、みんなの夢と希望をこんな形でブッ壊しまくるんじゃない!
 『時間停止から金属バット』なんて、そんな不意打ちで喰らったら、俺だって避けられるか! 馬鹿者が!」
「あ、やっぱり師匠、暁美ほむらの能力って苦手なんですね?」
「……あいつ個人の性格的に、色々分かりやすくて御しやすいがな」

 などとぼやきつつ、俺は馬鹿弟子共をリビングから追い出した。




「……………」

 もう、俺はピリッピリと警戒していた。

 沙紀の能力との相性からして、暁美ほむらの時間停止の能力は、そう長くは続かない。ので、時間稼ぎの柵を作っておいて、防衛戦に徹する覚悟を決めたのである。

 一体、なにをやっているのか、などとは問うてはならない。
 ここまで本気にさせた以上、この勝負、馬鹿弟子に負けるわけにはいかない。

 と……

「師匠、勝負です!」

 堂々と、入ってきた馬鹿弟子が、沙紀を背後に連れて俺の前に立つ。
 ……何でか、沙紀までペアで俺に突っかかって来る話になっちまったらしい……

「いいとも、何時でも来い!」
「とりゃああっ!!」

 と、次の瞬間。

「えいっ!!」

 無数のマスケットが展開。巴さんの能力で、沙紀が俺に一斉射撃……だが、甘い!
 そのまま、回避した……と、思いきや。

「なっ!!」

 するすると着弾したリボンが俺に巻き付き、動きを止めに来る。とはいえ、止まったのは一瞬だった。
 兗州(えんしゅう)虎徹でリボンを斬り払いながら……その動きに合わせた馬鹿弟子が、『俺の目の前に現れる』や、剣を握る俺の左腕を掴み……

「とぉぉぉぉぉっ!!」
「ごっ!!」

 両足で顔面を挟むように蹴り上げられると同時に、腕を逆関節に捻り上げられたまま……思いっきり二人分の体重をかけて、顔面から地面にブッ潰された。

「……出来た、虎王完了! って、ああああ、師匠!?」
「美樹さん、やりすぎ! お兄ちゃん脆いんだから!」

 再度、ぴくん、ぴくんと痙攣しながら、悶絶する俺を、馬鹿弟子と沙紀が治療していく。

「……馬鹿弟子よ。お前に一言いっておく。
 『魔法少女道』第六十八条……もとい、八十六条にな! 『魔法少女が関節技(サブミッション)を使ってはならぬ』と書いてあるわ!」
「自分が不意打ち喰らったもんだからって、それは無いでしょー」
「やかましいわ!
 第一、『魔女相手に』どうやって関節技極めるんだよ! しかもいきなり『か弱い人間』に魔法少女が二人がかりとか、ありうるか馬鹿者が! 本気で夢も希望もありゃせんわい! 色々ぶち壊しじゃ!
 沙紀! お前今後一切、手出し無し! っていうか、関節技かける直前に時間停止、また使っただろ!? 絶対手伝うんじゃないぞ!」
「ぶーっ!!」

 ぶんぶくれる沙紀。

 ……しかし、何だかんだと、こいつら恐ろしいコンビだな、おい。
 正味アレは、狭い屋内じゃ回避しようが無かったぞ。




「……………………」

 俺は、特に念入りに警戒していた。今の俺には、奴の立ち位置まで読める。

 壁の向こうか……だが、問題無い。 兗州(えんしゅう)虎徹の届く距離じゃないが、正味、圏内に入ったら、ガチで叩き斬ってやる心算でいた。
 もー、これ以上舐められてたまるか。

 と……何か、蒼い蛍のようなモノが飛んでいる。

 ……なんだ、まさか……

「見切ったぁっ!!」

 これはっ……まさか、『エリアサーチ』!? って事は!!

「つぇりゃあああああっ!!」

 バキャバキャバキャバキャバキャバキャ!!!

「どわあああああああああああああっ!!」

 体捨一閃……巨大化した馬鹿弟子の刃が『家の壁をぶち抜いて』刺突で俺に迫るのを、必死になって『否定の魔力』を込めた兗州(えんしゅう)虎徹で受け止める!!

「チッ……惜しい!!」

 などと嘯く、馬鹿弟子様。
 こっ、こっ、こっ、こやつは……こやつはぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!

「こんの、馬鹿弟子がぁっ!!」

 速攻で馬鹿弟子の脳天に、兗州(えんしゅう)虎徹の峰打ちを十発ばかりぶち込むと、脳天踏みしだいてぐりぐりと踏みにじる。
 勿論、『否定の魔力』全開で。死にはせんが、酷く痛いハズだ。

「『魔法少女道』第123条にな……『あたりの迷惑顧みず、エリアサーチからの壁抜きをしてはならぬ』とあるわ!
 だから貴様は馬鹿弟子なのだ、この愚か者が愚か者が愚か者がぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!!」
「痛くなければ憶えませぬ!! 誰が修理すっと思ってんだ、この家っ! マジで弁償させるぞ、この馬鹿弟子がーっ!!」

 怒声混じりに、俺は馬鹿弟子にグリグリ踏み踏みと蹴りを入れまくった。




「師匠」
「……」

 キレ倒しながら、俺は和菓子作りに没頭する。
 ……もー相手しない、相手してやんない。こいつ。

「師匠に頼まれた、おまんじゅうを作るための小麦粉を、倉庫から持ってきます」
「……行って来い」

 そう言って、追い出す。

 ……やっと、どっか行ったか……ん?

 馬鹿弟子の気配が、二階に上がって行く。

 ……小麦粉、小麦粉ねぇ……ああ、要するに、『コントのオチをつけてやろう』って魂胆か?
 ここまでブッ壊した家を、さらにブッ壊そうってか? 上等だ。

 案の定、天井で、何やら、ごそごそと動く気配。
 そこに向かって、俺は弓を引き絞るように兗州(えんしゅう)虎徹を構え……

「そこだぁっ!!」

 牙突一閃! 天井に向かって、兗州(えんしゅう)虎徹をぶちかました瞬間……

 みしっ……バキバキバキバキバキィ!!

「っ!! なっ、うおおおおおおおっ!!」

 さっきの馬鹿弟子の一撃で、家のヘンな所が切断されてしまったのか。
 牙突で台所の天井どついたら『天井丸ごと底が抜け始めた』

『うわああああああああああっ!!』
『きゃああああああああああああああああっ!!』

 ガットーン!!!!

 豪快に、もうもうと舞い上がる小麦粉と共に、天井が崩壊。
 そこに押しつぶされながら、辛うじて息のある俺は思った。

 魔法少女なんて……弟子にするモンじゃねぇな……と。



[27923] 終幕:「阿修羅の如く その1」
Name: 闇憑◆27c607b4 ID:cb2385d9
Date: 2011/08/13 21:46
 僕、御剣颯太、小学四年生。

 ごく普通の、どこにでも居る小学生……だと思うんだけど。『少しだけ』普通の人とは違う特技がある。

 『霊感』とでも言うべきか? 『幽霊』が見えるのだ。
 勿論、そんなのと積極的に関わろうとは思わない。僕は元々、争いごとは嫌いなのだし、君子危うきに近寄らず、だ。

 ……まあ、それでも、関わらざるを得ない事って、あるんだけど。例えば、今のような……

 父さんの仕事の都合で、都内から見滝原に引っ越して、一週間。
 馴染めない僕らを遊園地に連れてってもらったものの、閉園間際に家族とハグレてしまい……同じようにハグレて泣いてた女の子と、一緒に迷子センターに行こうとした時の事だった。

 僕の目の前に、『幽霊』が一匹現れた。

 手には、買ってもらったばかりの正義のヒーローの玩具の刀だけ。だが……

「なに? なんなの……?」

 怯える女の子。
 見えているのか、いないのかは分からないが、嫌な気配だけはするのだろう。

「大丈夫だよ。『一匹程度』なら、僕が『何とかする』から……」
「え?」
「怖いの怖いの……どっか行けぇっ!!」

 玩具の刀に『力』を込めて、斬りつける。それで……『幽霊』は消え去った。

「すごい。正義のヒーローみたい」
「あ、君……『見えちゃった』の?」
「え、うん……」
「そっか、じゃあ……もう大丈夫。だから……『怖いの怖いの、忘れちゃえ』」

 彼女の頭を、軽く撫でてあげる。

「……え? あ……あれ?」
「迷子センター、もうすぐだよ?」
「う、うん……あの、何かあったの?」
「何でも無いよ。『何も無かった』」
「う、うん……」

 そう言って、僕は、名前も知らない女の子の手を引いて歩く。

 ……僕は正義のヒーローなんかじゃない。

 そりゃあ、最初はいい気になって『幽霊』退治とかしてたけど、ある日、酷い目に遭って大けがをしてしまい……父さんと母さん、冴子姉さんにまで泣かれて、『本当に大切なのは家族なんだ』と知ったからだ。
 それに、友達は全然『幽霊』とか、見えないみたいだし……まあ、結局、僕は普通の男の子でしか無かったのだろう。

 ちょっと変わった特技を持ってる。それだけの……タダの男の子だ。



 結局、迷子センターには、僕の家族と女の子の家族が待っていて、僕と彼女……巴ちゃんは、シコタマ泣かれたり怒られたりした。

「じゃあね、バイバイ!」
「バイバーイ!」

 手を振って別れ……彼女とは、それっきりだった。




「はっ、颯太……」
「お兄ちゃん?」
「……はっ、はっ、はっ……」

 家の外で大雨の降る中。
 家の中では、階段の下で動かなくなった、父さんと母さん。
 その僕の後ろで、沙紀と姉さんが、怯えながら抱き合って立ちすくんでいた。

「うっ……うええええええええっ!!」

 木刀を放り出し、僕はその場で胃の中のモノを、全て吐きだした。

 中学一年のこの日。
 僕は、家族を守るために、師匠から学んでいたハズの剣で、父さんと母さんを殺した。



「怖かったんです……死ぬのが……怖くて……」

 警察で涙を流しながら、僕は全ての事情を説明した。
 父さんと母さんが、新興宗教にハマって、家が傾くほどの多額の寄付をしていた事。
 その新興宗教の教祖様が、発狂し、首を吊った事によって、後追い自殺の一家無理心中をしようとしたのを、習っていた剣術で、父さんと母さんを殺して、沙紀と姉さんを守った事。 
 警察の人は、僕に同情してくれて、カウンセラーの人を寄こしてくれた。
 家庭裁判所でも、緊急避難と正当防衛は立証され、僕は無罪になった。
 でも、僕の手には……父さんと母さんを、殺してしまった剣の感触は、しっかりと残ってしまった。



 父さんと母さんに連れられ、最初、その教会に連れて行かれた姉さんと僕と沙紀だったが……正直、僕は、その言葉を聞いても納得が出来なかった。
 確かに、そこの神父様が言ってた事は、立派だった。筋道も通り、間違った事は何一つ無い。
 でも……だからこそ『何かが間違ってる』。そこまで考えた時に、一つの結論に思い至った。

 ……ああ、要するに。
 『正しすぎて、胡散臭い』のだ。
 数学の数式のように、論理立てて説明されるからこそ、納得が行く人は納得してしまうのだろう。
 だがそれは、あたかも新聞やニュースやその他、情報媒体から切り抜かれた情報を、繋ぎ合せて綺麗に纏め上げたような。そんな『血が通わない言葉だけの理屈』なのだという印象を、僕は、その神父様の言葉から受け取った。

 だからこそ『変だよ』という違和感を口にした時、沙紀と姉さんは納得してくれたけど……結局、僕は父さんと母さんに、とても怒られたので、あえて僕は黙ってた。



 『正しい事ほど、疑ってかかれ。自分の頭で考えろ。まして、胡散臭い大人は、よく疑え』というのは、僕に剣を教えてくれた師匠の言葉だった。
 姉さんや妹と一緒に不良に絡まれてた所を助けてもらい(後で知ったのだが、酔ってムカついたので暴れただけだとか)、その場で弟子入りを志願したのだが……はっきり言って、あの人の行動は滅茶苦茶だった。
 『頭にヤのつく自由業』の人に喧嘩を売り、チンピラを叩きのめし、大酒をカッ喰らい、飲む、打つ、買うの三拍子。
 はっきり言って『悪い大人の典型例』と言うべき存在だった。
 ご立派な神父様とは対極の存在。
 始終、煙管を咥え、妖しい丸眼鏡をかけた、はっきり言って胡散臭いオッサンとしか言いようが無い、常時酔っ払いスメル全開の怪人物。

 だけど、その『剣』は本物だった。

 剣道の真似事をしていた僕だけど、そんなルール化されたスポーツではない。
 本物の実戦がどういうものか。それを生き延びるにはどう闘うべきか。
 師匠の教えは『剣』という一点にのみ、全くの嘘が無かった。否、最早、『剣術』という枠からも外れたモノだったと言っていい。
 何しろ、『鉄砲があれば鉄砲を使え』という、宮本武蔵の『五輪の書』を、地で行くような剣術だったのだ。
 柔術、喧嘩術、投擲術。その他諸々エトセトラ……今思えば、小学四年生から中学一年までの間、本当に、よく辞めなかったもんだと思っている。というか、僕が剣術を辞めない事に、師匠のほうが気を良くして、だんだんエスカレートしていったんじゃなかろうか?

 『お前に剣を教えるだけで、美味い酒が飲めるからな。優秀な馬鹿弟子が貢いでくれる酒ほど、美味いモンは無いわい、かっかっか』

 などと笑いながら、師匠に剣を習いに行くたびに束収(月謝)として持っていった、一升瓶の日本酒を傾けながら、師匠は笑っていた。



 で。
 そんな風に、四年間、剣を習っていた師匠も、一ヶ月前に、ポックリと死んでしまった。
 ボロアパートの畳の上で、最初はいつも通り寝ているのかと思ったが、苦しんだ様子も無く、ストン、と……死んでいた。
 師匠は、全く身寄りのない人だったハズなのだが、姉さんや父さん母さんと相談をして『僕が喪主として葬式をする』と言った途端に、日本の各地から、色んな人が葬儀に参列してくれた。
 ……まあ、集まってくれた人の顔ぶれは、色々と推して知るべしなのだが。ボコボコにされた『頭にヤのつく自由業』の方々から、飲み屋のおっちゃん、ママさん、その他諸々が大部分だったが、中には、警察の偉い人だとか、剣術家だとか、政治家とその秘書だとか。刀鍛冶の刀匠という人まで居たし、現役の自衛官……しかも習志野のレンジャー部隊で隊長をやってるって人まで居たのだから、驚きだ。

 『人間とタバコの価値は、煙になってみるまで分からない』

 師匠の言葉だったが、まさにそれを体現してるとしか言いようのない、参列者の顔ぶれだった。
 中には、剣術家の人に『御剣颯太、良い名前だね。西方さん最後の弟子、早熟の天才児の噂は聞いてるよ。どうだい、ウチの道場に来ないか』などと誘われたが……流石に、丁重にお断りした。

 『……本当に、何者だったんですか、師匠って?』

 などと参列者の方々に問いかけても、周囲の人たちの評価もまた、メチャクチャだった。
 ある老剣士の人は『ワシが殺すべき終生のライバルだったんじゃ』などと泣きだし、ある人は『借金の貸主じゃい!』といきり立ち、ある人は『私と将来を誓った人だったの』だとか……もう評価がバラバラで『何者』という括りでは捕えようが無かった。
 ただ、一つ。
 はっきり分かったのは『デタラメに喧嘩と剣術が強くて、滅茶苦茶な行動を取り続けてた酔っ払いの人』という結論。
 ……結局、今まで通りで、何も分からずじまいで、とりあえず『ああはなるまい』という決意だけは、変わらなかった。



 さて。
 そんな僕たち兄妹だったが、最初にまず、変な借金取りがやってきた。
 法外な金額で、見滝原に住み続けるなんて、まず不可能で、家と土地を売るしかない。
 そもそも、こっちに来たのだって、父さんの仕事の都合だし、僕たち三人兄妹に見滝原に住み続ける理由なんて、ドコにも無かった。
 だが……父さんの親戚の荒川の伯父さんも、柴又のおばさんも。母さんのほうの、江戸川のオバチャンや、御徒町の親戚も、僕たち兄妹の受け入れには、渋い顔をしていた。

 ……無理も無い。

 父さんや母さんの説得のために、伯父さんや叔母さんたちが、わざわざ東京から見滝原まで来て、どれだけ万言を費やしても、父さんと母さんは意見を変えなかった。
 その挙句の果てに無理心中をして、姉さんと、僕と、沙紀の面倒を見せられるなんて……虫がよすぎるにも程がある話しだ。

 さらに、悪い事が重なる。

 沙紀の奴が、心臓病で倒れたのだ。
 手術には漠大な費用がかかり、どんなに治療しても後遺症は残るだろう、という事だ。
 そして……

『お金が……お金がありさえすれば、いいんですね!?』

 お医者さんの説明に、冴子姉さんが、真剣な顔をしてうなずいていた。



『黄色い羽根の共同募金にお願いします~』

 道端で募金箱を抱える、裕福そうな子供たちの姿に、僕は殺意を抱いていた。
 ……その呑気な顔で抱えてる箱の中を奪って、借金の返済に充てるべきではないか? ボランティアだの何だのの下らない自己満足なんかより、本気で苦しんでる僕たち兄妹こそが、その施しを受けるべきなんじゃないのか?
 師匠から習ったのは、剣術だけではなく、体術も含まれる。素手でも、今、この場でこいつら全員を血の海に沈め、募金箱を奪って逃走する事は、ワケの無い話しだった。

 だが……

『おめーなぁ? 自分がどんな金持ちだろうが、不幸な身の上だろうが、それを理由に『他人を不幸にしていい権利』があると思うなよ? そーいう事すっとな、まず最初に自分自身がドンドン不幸になって行くんだぜ? 俺みてーに』

 酔っ払いながらの師匠の言葉が、耳の中を駆け巡り、僕はそれを思い止まる。
 ……思えば、方便とはいえ、師匠が言ってる事そのものは、間違っちゃいない事が、多かった……気がする……たぶん。行動はデタラメだったけど。

「っ……うあああああああああああああああっ!!」

 ヤケクソになり、僕は壁に拳を叩きつける。
 誰かを不幸になんてしたくない! でも、誰かを不幸にしないと生きて行けない!
 世界はとことん不条理だ。都合のよい奇跡も、魔法も、この世にありはしない。
 そして、僕たちのような一家は、世間にはどこにでもある話なのだ。そんな事をしたって、僕は犯罪者になるだけで、誰も同情なんかはしてくれない。

 きっと、僕も、沙紀も、姉さんも。バラバラになって暮らす事になるだろう。
 『兄妹三人一緒に』なんて経済的余裕のある家なんて、そもそもウチの親戚には誰ひとりとしていない(そもそも、ウチの一族は、みんなそんな裕福ではない)。
 まして、沙紀のような重度の病気を抱えた子供の面倒を見れる家など……あるわけがない!

「……どうすりゃ、いいんだよ!」

 膝を突いて、涙を流していると……気付くと、女の人が立っていた。

「どうした、少年。そんな所でピーピー泣いて」

 スーツをばりっと着こなした、キャリアウーマン風の女の人が立っていた。

「……襲おうと、思っちゃったんです。あいつらを。でも、出来なくって」

 募金箱を抱えて、呑気に募金を呼び掛ける彼らを見ながら、僕は彼女に説明した。

「穏やかじゃ無いな。何があった?」

 思わず。僕は、その女の人に、事情を話した。……師匠の言葉で思い止まった事まで。

「そうか……立派だぞ、少年。あんたの師匠は、立派な人だったんだな」
「立派な人じゃないですよ。本当に……酔っ払いです。ただの」
「何を言う、少年! 例え酔っ払いのタワゴトでも、今、君を止めたのは、間違いなくその師匠の言葉だ!
 その自殺した偉そうなナントカっていう神父様よりも、君にふさわしいのは、その師匠だったんじゃないのか?」
「っ!!」
「いいか、少年。『誰かを導く』っていうのは、物凄く責任が伴うんだ。
 そんでね、そのお師匠様は、少なくとも、どんな窮地に追い込まれても、無意味に他人を傷つけない『君』という立派な弟子を育てたんだ。
 だったら、師匠に恥じない生き方を、してみろ! 師匠の言葉を『酔っ払いのタワゴト』にするか、それとも『道を示す教え』にするかは、君の行動次第だ!」

 力強い女の人の言葉に、僕は涙を流しながら、恥じ入る。
 ……そうか。僕は……ただ、師匠に剣を教えてもらってたんじゃないんだな。
 と、その女の人は懐の財布から、一万円札を取り出して、僕に押し付けた。

「っ……あっ、あの……」
「それで、美味しいモンでも兄妹三人で食べて、落ち着いてよーっく考え直しな。君なら出来るハズだ! じゃあな、坊や」
「あっ……あっ……ありがとう、ございます……」

 膝を突いて涙を流しながら。
 僕はその人のくれた一万円札を両手で握りしめて、祈るように膝を突き、涙を流し続けた。



「よし!!」

 僕は、その足で家に帰った。
 そうだ。ピーピー泣いていても、現実は変わらない。だったら、現実を変えるように行動するまでだ。
 差し当たって、親戚を訪ね歩き、沙紀の面倒を見てくれる家を探そう。僕は、住み込みでアルバイト出来る場所を探すべきだろう。それならば、見滝原でも東京でも、どこでも構わない。そして、最後に姉さんの事を、別の親戚に頼むべきだ。
 そう考えていたが……

「!?」

 なんだろうか? 家が……何かおかしい。
 見滝原が開発される前からあった、二階建ての古くて狭いオンボロ中古の一軒家(というか、元は倉庫)である我が家の一階部分が、おもいっきり膨らんでいるよう……な?

「ただい……うわあああああああああああああああああっ!!」

 玄関を開けた瞬間、何かが雪崩てきて、僕はそれに巻き込まれた。
 それが……一万円札の束だと知った時は、本気で呆然となったし、それが家の奥まで続いてる状態なのを知って、本気で何かこう……狂った冗談を見ている気分になった。

 ……まさか? まさか? もしかして、『僕の家がお金に占領されちゃっている』のか!?

 今にもテレビ局が『どっきりカメラ』なんてカンバンを出して、やってきそうだが……今日び、テレビ局だって、こんな我が家みたいな不幸のどん底を、物笑いの種にしようとは思わないだろう。
 何しろ、ありふれ過ぎて、視聴者からクレームがつく事、間違いなしなのだから。……新聞もテレビも、彼らはいつだって風見鶏のイイカゲンな事しか言わないのは、よーく分かってるし(そもそも、ニュース番組に『スポンサー(出資者)』とかって言ってる時点で、スポンサーに不利な情報を、流すわけがない)。

 と……

「たーすーけーてー、はーやーたー」
「ちょっ……姉さん! 何!? 何なんだよ、これーっ!?」

 『お金は大切に』などと教わってきたが、最早、細かい事を言ってる状態ではない。
 福沢諭吉の海を泳ぎながら、何とかかんとか居間だった場所に辿り着くと、札束に埋もれた姉さんが、逆さまになってジダジダとあがいていた。……スカートが開きっぱなしのパンツ丸出しで。

「って……何なんだよ、その格好!!」

 どうにかこうにか。
 家の外まで引っ張り出した姉さんの姿は……その、スカイブルーを基調とした、ヒラヒラのついたチアリーダーのような『魔法少女』としか言いようのない姿だった。

「えへへ、ビックリした?」
「ビックリした、じゃないよ!? 本当に何なんだよ、これ!?」
「いや、その……一千億は、流石に多すぎたかなー、って。一兆円って頼んだんだけど、大体一千億くらいしか素質が足りなかったみたい」
「素質? 何言ってるのさ、姉さん!? ワケが分からないよ!!」

 とりあえず、夜中だった事が幸いして、我が家の玄関の前の札束雪崩を目撃される事は無かったが、それでも放置していい問題ではない。

「とっ、とりあえず、二階は大丈夫なの?」
「うっ、うん! そこまではいってない! ソウルジェムに収納し切れなくて、溢れた分だから」
「そうる? まあいいよ、とりあえず、この玄関閉じて、溢れた札束を袋にでも入れて、二階に担ぎこもう!!」

 そう言って、僕は倉庫から、清掃に使うビニール袋を持ってきて、札束をソコに放り込みはじめる。パンパンになった袋は、結局雪崩た分だけでも、十個くらい出来た。
 ……本当に、何かが狂ってる気がしてきたが、細かい事を気にしてはいられない。

「梯子、取って来るね」
「ううん、大丈夫……お姉ちゃんに任せて! とう!!」
「!!?」

 一万円札の札束の入ったビニール袋を担いで、サンタクロースよろしくジャンプで二階のベランダまで飛ぶ姉さん。
 ……な、なにがあったんだ!? 姉さん、本当に!?

 が……

「あ、あれ、ちょっ、袋、袋が破ける!! たーすーけーてー、はーやーたー!」
「わああああ、抑えて! 下を抑えて姉さん! 今あがる!」

 結局。
 どうにかこうにか、お札を撒き散らさずに、玄関の雪崩た札束を、朝までに二階に回収できたのは、本当に幸運だったと思った。



「……つまり、この『得体のしれない変わったギョウ虫』と契約して、魔法少女になった、と?」
「うん、そう! そんでね、悪い魔獣を懲らしめるの!」

 我が家の二階で、得体のしれないマスコット然とした珍獣の耳(?)を掴んで振りまわしながら、僕は姉さんに問いなおした。
 どうも胡散臭い。宇宙がどうだとか、エントロピーがどうだとか。だが、つまるところ……

「姉さん、それってさ。どー考えても、傭兵契約じゃないの?」

 どうも、僕にはアフガンだの何だのの物騒な紛争地帯で活躍する、傭兵……今では企業化してPMC(民間軍事会社)だとかって呼称になってるが、そういったモノにしか思えなかった。

「ま、まあ……そうとも言えるような言えないような」
「ちょっ、ちょっと待ってよ! 何で姉さんがそんな事をしなきゃ行けないのさ!
 っていうか、僕に指摘されて、今、気付いただろ!?」
「だっ、大丈夫よ、多分! だって、私、『魔法少女』なんだから! さっきも見たでしょ?」
「やめてよ、姉さん! だからって、こんな大金、必要無いよ!」

 少なくとも。玄関で雪崩を起こして二階に回収した分だけで、借金返して、沙紀の治療費賄えてしまうだろう。
 それほどの大金である。

「あのね、願い事は一回だけ、って決まってるみたいなの? だから、思いっきりふっかけちゃったんだけど……一兆円は無理だったみたいなのね。ぎりぎり一千億だ、って……キュゥべえが言ってた」
「そんな、命に値段つけるような事をしなくたって、いいじゃないか!」
「だって、勿体ないじゃない? 一回しか頼めないんだったら、借金返しただけなんて物凄くもったいなくて。
 それに、他に方法なんて、私思いつかなくって……」
「……だからって、アレは無いと思うよ……」

 階段の下。完全に福沢諭吉で埋まった一階部分を前に、僕は頭を抱えていた。
 もう、何というか……はっきり言って、一億や二億どころではない狂った桁の福沢諭吉の札束の量に、見てて気持ちが悪くなっていた。
 ……さっきの女の人がくれた一万円札で涙した事が、馬鹿みたいに思えてくる。ホント、何なんだろうか?
 奇跡も魔法も存在するのは理解したが、目の前に展開する光景が、気持ち悪過ぎて不気味ですらある。

 と……

「ううん、実はね……ソウルジェムに『入り切らなかった』分が、アレなの……」
「……は?」
「これのあと数倍くらいかな? ソウルジェムの中に『お金』あったりするんだよね。一千億の札束って具体的にどんなだか、考えてもいなかったわ」

 その言葉に、僕は本気で目をまわして、その場に倒れ込んだ。



「……姉さん?」

 夜遅く。
 帰ってこない姉さんを心配して、外に出る。
 本当は護身用に木刀でも持ってくるべきだったが、あれ以来、トラウマになって剣が握れなくなってしまったのだ。
 ……まあ、徒手空拳でも、何とかなるだろう。多分。

「姉さーん、姉さーん、どこー!?」

 探し回りながら、家の周囲を探し回る。
 ……たった三人、残った家族。絶対に失いたくない。
 しかも、魔法少女なんて傭兵と一緒の、危険な仕事じゃないか!
 どんだけお金があって、あったかい布団で寝れるようになったって、姉さんが帰ってこない生活なんて、何の意味も無い!

「姉さー……ん? なっ、なんだよこれ……」

 世界、というより、空間。それに、瘴気とも言うべき気配が漂い始める。『僕にはおなじみの気配』。
 ……そんな中……

「やぁっ、とぉっ、よいしょーっ!!」
「……………姉さん?」

 そこに居た姉さんは、過剰装飾された金属バットを手に、檻のようなモノをひっぱたいていた。
 ……正確には、檻を透過してバットが振るわれてるので、『檻の中の生き物』と言うべきか?

「なっ、何やってんの!?」
「えっ、颯太!? どうしてこんな所に!?」
「姉さんがいつまでも帰ってこないから心配したんだよ! それに、これは『何』!?」
「何って……魔獣退治」
「魔獣……これが、魔獣?」

 どう見ても、檻の中の生き物は『幽霊』です。本当にありがとうございました。
 ……じゃなくって!

「って、いつまで叩き続けてるのさ!?」
「えっと、夕方から……ずっと」
「……つまり、何? 延々と半日叩き続けてた、の!?」
「う、うん。実は、お姉ちゃん、そんな攻撃能力は高く無いんだ。
 『檻』の中に一度捕まえちゃえば、どんな魔獣も反撃できなくなっちゃうんだけど、倒すのに手間取っちゃって」

 姉さんの話を聞くと。
 どうも、姉さんの能力は『癒しの力』と『魔獣の捕獲』に特化し過ぎていて、攻撃能力が絶無に等しいようなのだ。
 だから、捕まえた『魔獣』は、魔力を付与した金属バットをぶんぶんと振りまわして、叩きつけるしかないらしい。

「つまり、このバットを使えば、僕でも倒せるわけだね? ……貸して」
「えっ、ちょっ、颯太!」
「いいから、貸して!」

 そう言って、僕は金属バットを正眼に構え……反射的に、その場で膝を突いて、ゲロを吐いた。

「颯太!」
「っ……うえええっ!! 大丈夫! 大丈夫だ、姉さん!!」

 そうだ。ゲロなんて吐いてる場合じゃない! 何のために僕は、あの酔っ払いの師匠から剣を学んだんだ!

「僕は……僕は、沙紀と姉さんを守るんだあああああっ!!」

 気合いと共に振り下ろした金属バットが、魔獣を一撃で四散させた。

「……すごい。颯太、今、なにやったの!?」
「何、って……師匠に教わった通り、正しく『剣』を振り下ろしただけだよ」

 剣術の基本動作。
 振り上げ、振り下ろす、面打ち。
 正しく力を込め、正しく振り下ろす。ただそれだけの事。

「あれだけ叩きつけても堪えなかったのに、颯太の一発で何で……」
「……さあ? 僕が剣士だからじゃないの?」

 僕は、本当のところを空っとぼけた。

「それより、姉さん。姉さん、『魔法少女』なんだよね!?」
「え、うん、そうよ」
「だったら、僕も闘う! 魔法少女……いや、魔法少年! そう、僕を姉さんの魔法少年にしてよ!」
「えっ、えっ……えええええ!?」

 目を白黒させる姉さんの手をしっかりと握ったまま。
 僕は姉さんに真剣な目で迫っていた。



「颯太」
「何だい、姉さん?」

 ある日の食事の席で、姉さんに尋ねられた。

「颯太ってさ、好きな子とか、いるの?」
「ぶっ!!」

 僕は味噌汁を吹きだした。

「ないないないない! そんな子、いるわけないじゃないか!」
「そう? 私と共同戦線を張ってる魔法少女たちから、結構、好意的な目で見られてるの、知ってる?」
「知らないよそんなの! ……僕が大切なのは、家族だけなんだから」

 あくまで、僕は魔法少女たる姉さんの相棒(マスコット)であり、その意味ではキュゥべえと変わらない。
 助言もすれば、無謀な行為に引き留めもする。
 違いがあるとすれば、一緒に闘ってるか、闘ってないか。それだけだ。

『しかし……御剣颯太。君は本当に、何者なんだい?
 女性でもないのに僕が見えて、あまつさえ魔獣退治までしてのける。僕と契約したワケでもないのに、確かに魔力を持っている。
 ……しかも、その魔力係数や総量が『全く読めない』んだ……言わば『見えない魔力』なんだよ、君の魔力は。
 僕たちには、本当に謎の力なんだ。しかも、因果の量もハンパじゃない……そこらの魔法少女なんて、そこのけだよ』

 キュゥべえの疑問に、僕は答える。

「知らないよ! 僕はただの男の子だ!
 大体、『幽霊』……というか、魔獣退治なんて、僕はしたくてしているわけじゃない!
 疲れるし。無駄だし。危ないし。
 ……まあ、僕たち一家を、大金で救ってくれたのは、感謝するけどさ。今度は税金関係で大騒ぎじゃないか。
 僕がどんだけ、必死になって、会計だの税金の申告だの、学ぶ羽目になったか……」

 本当は、資金洗浄だとか色々やっているのだが、それはここでは秘密である。(少なくとも『法に触れる手段では無い』とだけは明言しておく)

『それに関しては、君のお姉さんに文句を言うべきで、僕にどうこう言われる話じゃない無いね。僕は願いをかなえただけだ』
「うぐ……」

 そりゃそーである。本当は借金返して、沙紀の治療費払える分だけでよかったのに。

 ……まあ、それをきっかけに、新しい家を買ったり、色々世の中の仕組みだとか何だとか、マスター出来たから良かったのかもしれないが、ほんっとーに泣きたくなるくらい大変だったのだ。
 中学生に複式簿記だとか、何だとか、まあ諸々……そのお陰で、学校の成績もウナギ登りで、私立の高校の推薦が貰えそうだ、という話になっていた。恐らく、高校受験はそう苦労する事は無さそうだ。

 人生万事、塞翁が馬……とはいえど。

 この世界、魔法少女同士の横のつながりというのは、あるわけで。
 そんな中に、男の僕が入って行ったらどうなるでしょう?

 はい、『みんなのマスコット』、もしくは『玩具』状態でゴザイマス。

 ……正直、その、困っているのだ。
 僕は女の子に合わせた、気の利いたトークが出来る人間じゃない。

 ずっと男友達と馬鹿やってきた身で、下ネタトークだの何だの、男向けの話はしているが……そんなの女の子がドン引きするに決まってる。
 結果、『よろしくお願いします』くらいしか言えず、あとはスプリング刀……兗州(えんしゅう)虎徹を持って、姉さんの影に立って控えているだけ。
 戦闘になれば前に出て色々口出しはするけど、あとは挨拶くらい。

 それがまた……なんか魔法少女の女の子たちの、ヘンな妄想を掻き立てるらしく。
 キャアキャア騒がれて、正直、頭痛の種なのだ。

「『うちのキュゥべえと取り換えて!』なんて言われた時は、びっくりしたなぁ……お前、『世界に何匹居るんだ?』」
『たくさん、とだけ言っておくよ』
「……傭兵募集の、営業セールスマンみてーだな……」
『否定はしないよ。救おうとしてるのは宇宙だけどね』

 ……ま、利害は一致してるわけだし、いいか。今のところ。

 正直、こいつの言語道断な契約の手法に(しかも、クーリングオフが無いと来た)腹も立てたが……まあ、背に腹は代えられなかった事は、事実だ。
 御剣の家は、元々、臥煙の家系だし。
 受けた恩も恨みもキッチリ返すのが、僕や師匠の流儀である。

 ちなみに、臥煙っていうのは……その……なんだ。ぶっちゃけて言うなら……ヤクザ。任侠なのだ。

 といっても、今の『暴力団』とは、ちょっと性格が違う。

 江戸時代……いや、明治から戦争直後までは、結構、残っていたのだが。
 『ヤクザじゃなければ勤まらない仕事』というのは、結構、社会にあったのである。

 例えば、僕のご先祖様の町火消しなんかそうだし、岡っ引き……犯罪を取り締まる銭形平次の親分なんかも、実際ヤクザだ。清水の次郎長の親分なんかは、明治に入って警察のような事もしたらしいし。
 中には、全身刺青をしたまま、政府の大臣にまで上り詰めた豪の者まで、実際に居たそうな。

 ついでに言うなら、手のつけられない暴れ者を、ヤクザの家に行儀見習いに行かせるなんて事も、昔はけっこーあったらしく。
 ……そりゃ、そーだ。そこらのチンピラよりも『礼儀正しい分オッカナイ』んだから。ヤクザって。

 ミカジメだとか、ショバ代だとか、そーいったのは、そういう組織が『いざという時に自分たちを守ってくれる』という前提のモトに成り立っていたのであり、そういった風に『ヤクザが社会を支えるシステムの一端を大きく担っていた時代も』確かに『あった』のだ。

 ……あくまで『あった』。過去形ね。
 そういう意味で、日本のヤクザというのは、イタリアのマフィアなんかの発祥に、近いモノがある。

 もっとも、ウチは明治だか大正だか……ともかく、消防のシステムが社会に確立すると、僕のご先祖様は、すっぱりと組織を解散させた。

 『最早、ウチの組は世間様に必要無い。カタギとして皆、生きるのだ』と言い切って。

 結構な大組織からも、一目置かれる立派な親分だったと聞くが、そんなものに未練無くあっさりと御先祖様は職人になり……そして、現在の僕らに至るわけである。(ちなみに、引っ越す前は父さんも含めて、一族全員、地元の消防団に所属していたのは、その名残だ)。

 まっ、それは兎も角。

「でっ、本当は誰が好きなの? 巴ちゃんあたり、どう? 紹介するよ?」
「姉さんっ!! イイカゲンにしてっ!!」

 激怒の余り、ガンっ、とテーブルを叩いて、僕は絶叫した。

 ……ほんとーに女って生き物は、何を考えているんだか、さっぱり分からん。



「姉さん! 姉さん! しっかりしてよ! 姉さんっ!!」

 偶然、出かけた旅行先で……たまたま、魔獣の群れと遭遇した僕らは、必死になって闘った。
 結果……僕は助かった。

 だが、姉さんは……

「行かないでよ……姉さん!
 僕を……僕を、置いて行かないで……姉さん……姉さん、姉さぁぁぁぁぁぁん!!」
「んっ……颯太……」

 と……その時。
 幻覚、だろうか? いや、僕は魔獣の幻覚系には、何故か極端な耐性がある。
 だとすれば、これは現実か?

「女神……様?」

 神々しい、とでも言うべきか?
 女神様が降りてきた途端、黒く染まっていった姉さんのソウルジェムから、濁りが全て吸い出される。
 それと同時に、苦悶の表情だった姉さんが、穏やかな表情に変わり……そして、ソウルジェムが消滅。

『御剣颯太……君』
「っ……はい?」

 女神様に声をかけられ、僕はためらった。

『魔法少女を、これからも守ってあげて。
 そして、愚かな魔法少女を……少しだけ、許してあげてくれないかな?』
「っ……はい! 約束……します! 女神様!」
『うん……約束だよ、魔法少年』

 そして……気がつくと。
 姉さんは……姉さんは、俺の腕の中で、死んでいた。

「っ……姉さん……姉さん……うわああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!」



「……キュゥべえ」
『何だい?』

 同じ、魔法少女の相棒(マスコット)に、俺は問いかけた。

「俺は……俺は、途方も無い力や素質を持ってる、って言ってたな?」
『うん。御剣颯太。君が僕らと契約すれば、神にだってなる事は出来ると思うよ』
「神様なんかどうでもいい。姉さんを……姉さんを、生き返らせてくれ!
 そのためなら、俺はどうなろうが構いはしない!!」
『うん、分かった。君ほどの特異な存在だ。さぞかし強力な魔法少女……いや、魔法少年になれると思う。
 さあ、契約を……!?』

 その時、キュゥべえが改めて戸惑う。

「どうした!?」
『驚いたよ……御剣颯太。君は……君の魂は、既に『誰か』と契約済みだ』

 っ!?

「なん……だと!?」
『だとするならば、御剣颯太……君の特異な才能も、合点が行く。
 その素質を見込まれた君は、おそらく僕らより高次な存在と、既に『契約済み』だったんだ』
「なんだよそれ……?
 俺は……俺はそんな事、頼んだ覚えは無ぇぞ! 頼むよ! 契約させてくれよ! 姉さんを助けてくれよ!」
『それは僕たちにも不可能だ。
 おそらく君は、神か何か……そんな『途方も無いモノ』に祝福されて、この世に生まれてきたんじゃないのか?』
「知るかよそんなもん! 俺が大事なのは、家族だけだっ!
 だから助けてくれよ! 誰でもいい、姉さんを、姉さんを……姉さぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!」

 姉さんの亡骸を抱きしめながら、俺は絶叫した。



「さて、と……」

 見滝原に帰る、電車の中。
 姉さんの骨壷、それに諸々の荷物を抱えながら、俺は電車から流れる光景を、呆然とながめていた。

「『正義の味方』なんて……魔法少年なんて、廃業だな……」

 少なくとも。
 姉さんが死んで以降、俺はこんな世界に、積極的に関わる気は、失せていた。
 理由も無い。その動機も無い。
 きっと、キュゥべえは、別の魔法少女を勧誘するつもりなんだろうが……正味、俺には『どうでもよかった』。

 だって、姉さんが死んだ事で、義理は果たしたんだ。
 もう、彼ら宇宙人と関わる理由など、俺個人にはドコにも無い。

 ただ、残された沙紀と、俺と……二人で静かに暮らせれば、それでいい。
 姉さんの最後を看取ってくれた女神様には悪いが……正直、奇跡も魔法もクソクラエだった。
 幸い、姉さんが残してくれた遺産の殆どは、金庫の中だ。
 ただの御剣颯太として……今度こそ、剣の世界から身を引き、和菓子を作って、沙紀の笑顔だけのために生きよう。
 穏やかに、二人で暮らす。
 沙紀のために、どうしても必要な時だけ、俺が剣を握って魔獣を追い払えばいい。

『見滝原~見滝原~』

 駅を降りる。
 荷物を抱えながら、痛む体を何とか動かして……限界を悟り、俺はタクシーを駅前で拾う。

「……!?」

 家に、だれかいる。
 不審に思い、玄関を開けると……

「お帰り、お兄ちゃん♪」
「さっ、沙紀?」

 そこに、予想だにしない、沙紀の姿があった。
 そして……もう一人の、知らない魔法少女の姿。

「御剣颯太さん、ですね?」
「あなたは……?」
「巴マミといいます。御剣冴子さんには、色々とお世話になってました」

 その話は聞いている。
 姉さんの『魔獣狩り』は、何も常時、俺とペアで狩っていたワケではない。
 俺の都合が悪い時は、共同戦線を張れる信頼できる魔法少女と共に、ペアで狩りに行く事も、ままあった。

 おそらく、彼女はその縁なのだろう。

「あのね、お兄ちゃん……えいっ!」

 そう言って……沙紀の奴は、『変身』してのける。

「なっ! おっ、お前! なんで!?」
「あのね……私も魔法少女になったの」

 ばっ……

「バカヤロウ! 魔法少女なんて、傭兵と変わんないんだぞ! しかも、契約したら取り返しが……」
「だって……だって、これしか無かったんだもん!!」
「本当です、颯太さん! 『彼女は私と一緒なんです』」

 その言葉に、俺は首をかしげる。

「っ!? ……どういう、事だ?」
「あのね……私、本当は死ぬ所だったの。
 お医者さんに余命三カ月って言われてて……」
「っ!!」

 そんな……じゃあ、つまり!? 沙紀は『魔法少女になるしか無かった』って事か。

「でもね……少し、本当に少し、失敗しちゃったの」
「!?」
「私ね、魔法少女がどういう存在かって、知ってた。
 だから、『癒しの祈り』に願いを使うのが勿体ないって思ってて……『別な事をキュゥべえに頼んじゃった』の」
「待てよ。それなら、姉さんの『癒しの祈り』で治してもらえば良かったじゃねぇか?」
「お姉ちゃんが使ってた『癒しの祈り』程度じゃ、私の心臓は治せないくらい弱っていたの。
 何しろ、私自身が魔法少女になっても、魔法とは別で体の治療を続け無きゃいけなかったくらい……本当に弱ってたみたい」
「それで……」

 最近、快方に向かってきていたとは思っていたが。そういう裏事情があったのか。

「で、待て? 『失敗した』ってのは、どういう事なんだ?」
「あのね、叶えて貰った願いから派生した能力がね……その、『凄く難しい能力』だったの」
「難しい?」

 そう言って、沙紀は……『いくつかの能力』を見せてくれた。
 だが、それは……

「なあ、沙紀。正直悪いんだが、その……俺はそれが『どっかで見た誰かの劣化コピー』にしか見えないんだが?」
「正解。
 私の祈りはね……『あの日、お父さんとお母さんが何を考えていたか知りたい』っていう、祈りだったの。
 つまり、私の祈りは『誰かの願いを知りたいと言う願い』から派生してる、コピー能力なんだ」
「それで……でも、それの何が失敗なんだ?」

 と……

「見て」

 そう言って、沙紀の差し出したソウルジェムは、恐ろしい勢いで濁り始めていた。
 その末路を……俺は知っている。

「なっ! おまえ……あれだけで!?」

「そう。
 『誰かの願い』って、結局、『他の誰か』には『呪い』でしか無いんだよ。
 だから、『願いをかなえる力』っていうのは、本当は自分のために使うのが一番みたい。
 あの時、お父さんとお母さんが考えてたのはね……『こんな間違いだらけの世の中で、『正しい教え』の無い世界に家族を残して行けるワケが無い』だって。
 ほんと、酷いよね。
 確かに、私たちを思って行動してくれたのは分かるんだけど、それが無理心中とかさ……頭オカシイとしか思えないよ、私には」

「っ!!」

 その言葉に……俺は、強い反発心を憶えた。

「沙紀。それは違うぞ。
 少なくとも、『行動は間違ってても』『お前の祈りそのものは、父さん母さんの祈りそのものは』『間違ってはいない』」

「……お兄ちゃん?」

「誰かのために、祈ろうとする。救おうとする。
 それはな。『それそのものは』、絶対に間違いなんかじゃ無い!
 ……御剣家の臥煙の血筋にかけて。歴史にかけて。『数多の鉄火場から人々を守り続けた、ご先祖様にかけて』。
 『それは絶対に違う』とお兄ちゃんが言ってやる、沙紀!」

「っ!?」

「侠に生き、仁を貫き、義に報いる。
 それが、我が家の……御剣の家の家訓だ。
 沙紀も、父さんも、母さんもな……『間違ってはいない』んだよ。
 ただ『正しくは無かった』。
 ……それだけだ」

「どういう、事なの?」

「簡単な事だ。
 『間違っていない』という事は『正しい』とは限らない。
 Aが間違っていて、Bにしてみたら結果的に酷い事になった。更にCにしてみたら、もっと酷くなった。
 『結果だけ見れば』、結局Aのままで居るほうが正しかった。
 世間じゃよくある話だ。

 自殺した佐倉神父や、父さんや母さん、そして今の沙紀や、キュゥべえみたいな『理屈で全てを考えがちな』人間が、よく陥りがちなパターンさ。
 『進化』ってのは不可逆的なモンで、『退化』って概念まで含まれるんだ。『進化と退化は、決して対概念なんかじゃねぇ』のさ。
 ほら、よくあるだろ? モヒカン男がバギーに乗ってマサカリ振りまわしてヒャッハーとか暴れ回ってる世紀末救世主ワールドとか……あれだって『未来にあり得る話』なんだぜ?

 ……それに、人間の行動や感情なんてのは、ある程度までは類推する事は出来ても、結局のところ、最後の最後は理屈じゃあない。
 他人の事なんて、俺と沙紀の関係ですら、沙紀が魔法少女に既になっていた事を知らなかったように。
 結局は、他人の事なんて、なーんも分かんないも同然なのさ。

 それでも、人間は、他の人間を信じなきゃ生きて行けない。
 お金なんかは、その象徴だな。
 よく、『お金しか信じない』なんて奴はいるけど、お金ってのは、結局、人間しか作れない『人間専用の信用の単位』なんだよ。
 『経世済民』っつってな。経済って言葉の語源なんだが……『凡(およそ)天下國家を治むるを經濟と云、世を經め民を濟ふ義なり』。
 つまり、まあ……ぶっちゃけて言うなら、『世界を丸く収めるには、無茶でも無理でもお互い信用し合わんようにせんと、どーにもならんぞ』って事なのさ。
 だから、『その人間個人の信用』を、無理矢理目で見えるような形にしたのが、『お金』ってわけで……『お金を稼ぐ』って事は『世間のために、こんだけ働きましたよ』って意味でもあるわけだな。……『真っ当に稼いでれば』だけど。

 ……そういう意味で、俺としては『道路で空き缶拾うボランティア』なんぞよりも『清掃業者に頼んでプロの仕事で綺麗にしてもらう』ほうが、よっぽど世のためになると思うんだけどね……ま、プロが相手してらんないのは素人がやるしかないんだけどさ。そう言う意味じゃボランティアは否定しないけど、金もらうプロの仕事を無理矢理奪ってまで、成立させるよーなモンじゃないとは思うね、俺は……

 まあ、ちょっと話はデカくなっちまったが……そんな風に、人間の世界ってのは、お互いがお互いを助け合って生きて行くようになってる。

 じゃあ、何で佐倉神父や父さんたちが、ああなっちまったかってぇと……結局は『自分で自分を救えなかった』からなんだよ。

 矛盾してるかもしれないけど、要は『自分で自分を救った上で、初めて人間は他人を救う義務と権利を負えるようになる』のさ。
 それが、社会であり、世界であり……まあ、俺らガキが、どんな奇跡や魔法を使って、幾ら背伸びしても立つことのできない『大人』の世界なのさ。
 俺はまぁ……そいつを『ちょっとだけ』垣間見ちまったから、分かる。

 だから沙紀。話は長くなっちまったが……その、なんだ。

 お前の祈りは、お前の願いは『間違っちゃいない!』 それだけは、誇っていい!
 要するに、お前の祈りは『お前の実力には、まだ早すぎた』んだよ。
 だから、その『難しい力』を『コントロールする実力をつけるまで』。能力の使い方をマスターするまで、お兄ちゃんが守ってやる!
 『お前が一人前になるまで、俺がフォローする!』」
「お、お兄ちゃん?」

 そっかぁ……女神様よぉ……アンタぁ、この事を見越してたんだな?
 分かったよ。あんたの言うとおりだ。
 魔法少女は……御剣沙紀は、俺が守る!!

 ……案外、『アンタと契約して』、俺はこの世に生まれちまったのかも、な。

「キュゥべえ! 居るんだろ!」
『なんだい、御剣颯太。魔法少年は引退するんじゃなかったのかい?』
「引退撤回だ! 身内が魔法少女で、俺が闘えるんだ!
 『男として家族を守らない理由なんて、どこにもない』だろうが!」
『家族……僕らには理解し難い概念だ。でも感謝するよ、御剣颯太。
 君自身の戦闘能力は兎も角、『君が居るだけで』魔法少女の損耗率ががっくりと減るんだ。
 僕よりも的確なアドバイスをする事もあるしね』
「あったりめぇよ! 御剣の家はなぁ、恩には恩で答えるんだ! ……その分、恨みには恨みで答えるがな。
 もしテメーの『契約』の裏に、とんでもねートンチキな理屈があったりしたら……」
『あったら、何だって言うんだい?』

 思いっきり、笑いながら……それでも目だけは笑わず睨みつけつつ。

「決まってんじゃねぇか!!
 NASAからスペースシャトルかっぱらってでも、おめーの星にカチコミかけてやるに決まってんだろーが!」

 その言葉に、キュゥべぇが答える。

『御剣颯太。君の言葉はナンセンスだ。
 だが……君の存在や、君の能力は、得体が知れなさすぎる不確定要素だ。
 ……君は、可能な限り、敵に回したくない存在だよ』
「おうよ、キュゥべえ! 人間様の事が、ン千年経ってもわからんっつーお前に、特別に教えてやる!
 人間の中で、絶対敵にまわしちゃイケネェ存在が、三つある。
 『達人』と、『金持ち』と、『キチガイ』……特に『追いつめられたキチガイ』だ。
 ……分かるか、キュゥべえ? 今の俺は、そのうち『二っつ』を兼ね備えてるんだぜ?」

 お金あるし。
 いちおー、剣の腕前はそれなり以上だと自負してるし。
 ……今の俺に欠けてる要素としては、『本気のキチガイ』では無いくらいか?
 手に負えないの、居るからなぁ……死んだ俺の師匠とか。
 クリスマス・イブに、サンタの格好でヤクザの事務所にダイナマイト放り込んだりとか、頭オカシイとしか思えないし。

 きっと、今の俺が『達人』で『金持ち』だったのに対して、師匠は『達人』で『キチガイ』だったのだろう。
 ……そう考えると、俺って師匠とは別の意味で、オッカネェ存在だよなぁ。

『一応、参考にさせてもらうよ。御剣颯太』

 そう言って、キュゥべえはちょろちょろと沙紀の周りを走り回る。

「そういや、ええっと……巴さん、だったな。
 姉さんの、知り合いかい?」

「はい。『魔法少年』の噂は、聞かせてもらってました。
 その……御剣家の大黒柱だとか」
「いや、まあ……結局は、タダの男なんですけどね。
 魔法少女とは違う、ちょっと不思議な芸ができるだけのガキンチョですよ」

 そう言って、沙紀が出した茶を口にしようとし……

「あっ、それ……」
「ぶばはぁっ!! さっ、さっ、沙紀ーっ! お前、茶に何を入れたぁっ!!
 っていうか『茶を何で淹れた』ぁ!?」
「え、えっと、水を……天然水を……クーラーの水を」
「こーのトンチキがーっ!! 水道の水使えタコスケー!!
 ……すいません、すいません、すぐ取り換えて淹れなおしますんで、絶対口にしないでください!!」
「え、ええ……その、『作る所見てますので』……大丈夫です」

 賢明な判断である。

「ほっ、本当に申し訳ない! 巴さん!
 沙紀ぃぃぃぃぃ! お前、ちょっと後でひざ詰め説教なっ!」
「うっ、うにゃあああああっ!! そんな、一生懸命やったのにー!」
「やかましい! 客人に茶の一杯も淹れられんなんぞ、御剣の家の恥晒しじゃあっ! あの料理下手な姉さんだって、茶くらいは淹れられたぞ!
 ……後で、みっちり茶の淹れ方、仕込んでやるからな? 覚悟しろヨ?」
「ひいいいい、『鬼いちゃん』フェイスーっ!!」

 と……クスクスと笑いだす巴さん。

「その、仲がよろしいんですね?」
「いや、ほんと……何でか知らんのですが、御剣の家の女は、家事炊事とかダメでね。
 オフクロは出来たんですが、結局、何だかんだと俺が台所預かるようになってからは、お察しの状態になっちゃいまして」
「はぁ。あ、じゃあ、もしかして……」
「家事炊事洗濯含めて、二年前くらいから……かな?
 姉さんが魔法少女になったアタリから、全部俺がやってますよ」

 お陰で、主夫の称号とスキル持ちでございます。はい……
 湯を沸かし、茶を淹れ……ふと。

「そういえば、『沙紀と同じ』とおっしゃってましたが」
「いえ、彼女と魔法少女になったキッカケが……」
「あ……」

 そういえば、魔法少女になったキッカケが、本人の事故だとか病気だとかだというケースって、結構あったと思った。
 彼女も、御多聞に漏れず、その例なのだろう。

「すいません。失礼しました」
「いえ、お構いなく。むしろ、御剣さんのほうが『重たい』と思いますので」
「っ!!」

 思わず、茶を淹れる手を、止めてしまった。
 ……喋ったのか、姉さん。

「あ……ごめんなさい」
「いえ……あ、あの……その……」

 俺は思わず……

「怖く、ないですか? 俺の事」
「え?」
「その……やっぱね。学校で、色々あって。
 『自分の親、殺したんだって?』とか『どういう風に殺したんだ?』とか。

 『……殺したくて殺したんじゃないよ』って言っても、分かってもらえなくて。

 しまいには『正当防衛なら親殺せるのか。羨ましいな……俺も殺してやりたいんだ』とか言われて……一度、キレちゃったんです。
 『そんなに、親殺しの剣が見たいのか?』って。木刀持って、教室、血の海にしちゃったんです」

「っ! ……ごめんなさい」

「いえ、済んだ話です。全員『半殺しで生きています』し、先生もかばってくれたし。
 相手の親御さんは、最初、俺を人殺し呼ばわりしてましたけど、その……思わず『もう誰も殺したくないから、俺をこの場で殺してください』って泣きだして、先生と一緒に事情話したら、息子のほうを怒鳴りつけてましたね。

 『彼が怒るのは当たり前だ』って。

 ただ、やっぱね、事情が事情なだけに、処分は免れなくて。辛うじて刑事事件にはならなかったんですけど、私立の高校の推薦、取り消されちゃったんですよ。お陰で今、推薦で入れるハズだった学校の、受験勉強の真っ最中です。
 まあ、成績的に、余裕ではあるんですけどね」

 でなけりゃ、旅行に行こうなんて、思いません。

「ただ、多分、俺の中に『阿修羅みたいな自分が居る』って思うと、自分でも怖いくらいですから。
 だから、その……『俺の事が、怖くないのかな?』って」
「えっ、いえ! その……御剣さんって、優しい人だって。魔法少女たちの間では、結構評判ですから」

 その言葉に、俺は首をかしげる。

「俺が? どうして?」
「優しいじゃないですか。
 寡黙だけど、その分黙って前に出て、最前線で剣を振るいながらも、頼りないお姉さんに仕えるナイトみたいな人だ、って。
 正直、御剣さんの背中に憧れて、お姉さんに嫉妬してる魔法少女、結構居たんですよ?」

「俺は……そんなご大層なモンじゃありません。家族が大事なだけの、ただの男ですよ。
 それに、正直、家族以外の女の子相手に、何話していいのか分からないのが、本当の所なんです。
 さっきも見せちゃいましたが……家族や男友達の前では、本当にガラが悪いですよ?
 まあ、ナイトというより、侍のほうが近いかもしれませんね。振りまわしてるの、日本刀……からはちょっと外れてますけど。一応、日本刀の範疇……な、ハズだし」

 微妙なんだよなぁ……スプリング刀って。

 兗州(えんしゅう)虎徹という名前は、元々、太平洋戦争中。中国大陸の兗州という場所に居た、自衛用の武器を持てなかった軍の修理工の兵士たちが、自前で敵襲に備える武器を調達するため、自動車の廃材であるリーフスプリングを日本刀にデッチアゲたのが始まりである。
 その刀が大業物の虎徹に近い出来になり、さらに不思議とよく斬れて、それでいて折れず、曲がらず、骨まで叩き斬れるとの評判が高まり、一気に前線の兵士が欲するようになった、という曰くがある。

 ……なんでも、普通の鉄で作っても同じ出来にはならず、結果、廃材自動車のリーフスプリングが、各所で漁りまくられる事態になったとか。そりゃ実用重視の戦場刀だったら、刀工のポリシーや都合なんて考えちゃいないよなぁ……

 だから、俺の振りまわしている刀は、完全な実戦刀であり、美術品では無い。
 ……ついでに言うと、ちょっと法令違反の代物でもある。だから、持ち歩く時は誰かのソウルジェムの中に隠してもらわないといけないのだ。

 それは兎も角。

「それより、その話をするなんて……よほど姉さんと相性のいいコンビだったんですね?」
「え、いえ……相性が良いというか、話が合ったというか。颯太さん以外と組む場合は、いつも私と組んでましたから。
 両親が居ない同士、話が合ったといいましょうか」
「っ……すいません」
「いえ。お互い様です。
 それで、その、お姉さんの事なんですが……」
「え? 姉が……何か?」

 その言葉に、俺が首をかしげる。

「沙紀ちゃんの事、お姉さん知ってたんです。癒しの祈りを使って、よく延命措置をしてまして。
 その関係上、もうどうしようもないと分かってしまい、沙紀ちゃんを魔法少女にしたのですが……沙紀ちゃんがこんな事になるとは、想像もしてなかったようで」
「はぁ……まあ、そうだろうなぁ。俺だって今知って、物凄くショックだったくらいですから」
「その時に、万が一、自分に何かあった時、私に『後を頼む』と。『颯太は女の子相手には特に不器用だから、色々誤解されやすいし』って。
 ……まさか、こんな事になるとは、想像もしてなかったでしょうが」
「っ!! ……そう、ですか……」

 確かに、誰かと共同戦線を張るにしても、俺一人ではあらぬ誤解を受けかねない。
 男同士なら幾らでも話せるのだが、女性は正直その……あの軽い感じのノリが苦手なのだ。

 その点、彼女なら落ち着いてるし。姉さんよりも余程頼り甲斐もありそうだ。

「分かりました。
 沙紀が一人前の魔法少女になるまでの間。
 御剣家の家長として、沙紀共々、この身、巴さんに、お預けいたします!」

 拳を突いて、俺は巴さんに、深々と頭を下げた。



[27923] 終幕:「阿修羅の如く、その2」
Name: 闇憑◆27c607b4 ID:cb2385d9
Date: 2011/08/14 17:37
「『ソウルジェムの二個併用』……か。とんでもない技だなぁ、これ」

 新撰組をモチーフにした魔法少年の衣装に『変身』した状態で、俺はつぶやいた。

 沙紀を闘いの場に連れてきたものの……ドンくささが抜けず、しかも死の恐怖に竦んでしまった沙紀を闘いの場に連れて行く事は、完全な足手まといだと分かり。
 結局、いい手は無いものかとあれやこれや思案した挙句、俺が沙紀のソウルジェムを使いながら、前線に出るという荒技をカマす事になった。

 ……なんでも『俺の肉体を介して、闘い方が見える』のだそうで。
 暫くはこれでシミュレーションしながら、勝負度胸をつけてもらう事にしよう。もっとも、他の魔法少女には、余りにも酷な真実が分かってしまい……結局、俺の活動は巴さんとのペアか、あるいは単独行動がメインになってしまった。

 ただ、この方法を始めるまでが、大変だった。
 どうも、俺自身の肉体の中にも、ソウルジェム……に、類するモノがあるらしく。そこに溜まった『穢れ』が、リンクした沙紀のソウルジェムに流れ込んで込んできてしまったのだ。

 そう、『幽霊退治』を始めてから、十年分以上の『穢れ』が……

 結局、ゆっくりと、俺自身の体内にたまった『穢れ』を、沙紀のソウルジェムを介してキュゥべえに浄化してもらう、という手段で綺麗にしてもらっていたのだが……放っておいたら、俺自身がどうなっていたかと考えると、ゾッとなる話だった。
 何しろ、完全に綺麗にするまで、一週間以上、かかってしまったのだから。

 そう言う意味でも、俺と沙紀は一蓮托生の存在になってしまっていた。
 何しろ、他に『俺の中のソウルジェム』の穢れを浄化する手段が『無い』のである。他の魔法少女と組み合わせてみたのだが、全員全くダメ。
 特に巴さんのソウルジェムは拒否反応が激しく、危うく恩人を殺す所だった。

 もっとも、キュゥべえは思わぬボーナスに、ホクホク顔だったが……

『御剣颯太……君は本当に謎の存在だ。あれだけの穢れを溜めこんで、死なない魔法少女なんて居ない。
 だというのに、君は外見上、無事に過ごせていた。あまつさえ、『穢れ』そのものがリミッターになっていたなんて……
 『観測不能の魔力』、『異様な魔力係数とキャパシティ』、『途方も無い因果』、そしてそれを見込んだ『何者かの契約』……本当に君は、何者なんだい?』
「俺が知りてぇよ。
 あーあー、俺は和菓子作って、沙紀が笑顔で食べてくれるのが好きな、タダの男なハズだったのに、なぁ……」

 何とか無事、見滝原高校に進学出来て、成績はトップをひた走るものの……やっぱり大暴れした噂話だとか、俺の家の事情だとかが、尾を引いたらしく。『成績がいいから放置』みたいな状態になっている。

 ……とりあえず、念願の茶道部に入部出来たのは、僥倖だし。
 あと、姉さんが魔獣狩りに乗ってたバイクを運転するために、こっそり運転免許を取ってみたり(バレたら怒られるけど、実際、魔獣狩りの探索には便利なのである。いざとなれば沙紀のソウルジェムに収納すればいいし)。

「あーあー、分かってくれとは言わないけれど、そんなに俺が悪いのかい? ってか……」

 何しろ、体内の『穢れ』というリミッターが取れた今、こちとら生身で魔法少女と同等に、魔獣と喧嘩出来ちゃう身分である。
 しかも、穢れが抜け切った直後で、力の加減が分からず……学校の体力測定だとかその他諸々で、ちょっと異様な記録を叩き出してしまい、もう周囲が俺を見る目が、色々な意味でモンスターになってしまった。

 『実は今も人を食い続けてる魔神』だとか、『大戦中に作られたミカドロイド』だとか、『実は、多次元宇宙の同じ存在を殺し尽くした、ザ・ワン』なのだとか……もー、根も葉もないうわさ話が、飛び交ってしまっていたのである。

 お陰で、運動系の部活の勧誘を断るのに、どんだけ苦労した事か。

 まあ、人の噂も七十五日……などとは行かなかったようで。




「よぉ、優等生……話が、あるんだ。部活終わったらでいいからサ、チョイ、ツラ貸してくんねぇか?」

 茶道部の活動に向かう途中。教室で俺は彼女に声をかけられた。

 斜太チカ……この学校に居る事そのものが、見滝原高校七不思議のひとつ――自分がその七不思議のひとつに数えられてるのは、さておき――と数えられた、名うてのワルである。

 そして、正直、俺としては絶対に関わり合いたくない存在でもあった。何しろ、彼女の父親は本物のヤクザだ。
 ヤクザ相手の喧嘩というのは……正直『面倒』なのである。
 ……いや、もちろん、家族を守るための『下準備』はいざって時のために、色々してあるけど、さ。

 ……が。何かがおかしい。というか、全部がオカシイ。

 まず、キッツいタバコの匂いがしない。彼女はチェーンスモーカーだったハズで、校内でも堂々と煙草をフカしていた。
 次に、ド派手に染めていた髪の毛を、綺麗に黒に戻していた。
 トドメに、改造してた制服を、ちゃんと着こなしていた。あまつさえ、ケバいメイクを落としていた。

 正味、最初『誰?』って思っちゃったくらいである。そのハスっぱな口調と態度で、分かったくらいだ。

「えっと……すいません、どんな御用でしょうか?」
「その、ここじゃ話せない事。魔法少女絡みの話なんだ」

 !?

「わ、分かりました。部活が終わったら、校舎裏で」

 参った。俺が魔法少年やってるなんて……誰に話せる話でもない。
 ……だというのに、何で彼女はそれを知ったんだ?

 ……まさか、ヤクザが魔法少女の力に目をつけたとかって、話じゃないだろうな!?
 だとするなら、最悪だぞ、オイ……

 家庭科室の冷蔵庫に放り込んであった、自作の部活用の和菓子を取りに向かいながら。
 俺は嫌な予感に、ひしひしと取りつかれていた。



「えっと、斜太……さん? その、魔法少女絡みの話って、どんな御用でしょうか?」

 部活が終わり。
 人気の無い校舎裏で、斜太チカは待っていた。
 正味、でかい。胸も、体格も。
 同年代で比べても、男子と遜色ない、学年で一番大柄な彼女である(それでも、180超えてる俺よりかは低いけど)。

「あ、ああ……その前に、まず、あたしの……その、キュゥべえに頼んだ『願い』から、片づけようかと思うんだ」
「は?」
「ああ、その、なんだ……その……あっ、あっ、あっ……」

 何だろうか? 顔を真っ赤にして……うつむいたまま……

「あたしと付き合ってくれ!!」
「……え?」

 暫し、沈黙が落ちる。

「えっと、その……え、何? 魔法少女が、どうとかって話じゃなくて……何? どうなってるの? わけがわからないよ」

 何事でしょうか? 本当に? わけがわからないよ?

「だっ、だっ、だから……だから……あたしの! 彼氏に! なってくれって! 言ってるんだ!!」
「……はっ、はあああああ? あ、あのさ、だから、何でそれが、魔法少女がどーとかって話に、繋がるんだ!?
 マジで、ワケが分からないんだけど!?」
「っ……ああああああ、もう! こう言う事なんだよ!」

 そう言って……斜太チカは、ソウルジェムを取りだした。

「なっ! おっ、お前、まさか!」
「そうだよ! うさんくせぇとは思ったけど、あたしもキュゥべえと契約したんだ!
 だから今のあたしは魔法少女なんだよ!」

 ……目が点になる。
 本当に、どういう事なんだろぉか? いやほんとに。

「って……ご、ごめん……い、いきなりこんな事言われても、気持ち悪いよね、ワケが分からないよね。
 分かったよ。順を追って、話して行くよ……」
「う、うん、頼む。イキナリ生まれて初めて、告白とかされて、マジパニック」

 何しろ、生まれて初めて、家族以外の異性からの告白である。
 どう対処していいのかすらも、分からない。

「あっ、あのさ……あたし、あ、アンタの事が、好きだったんだ。
 ……それは……いいか?」
「あ、ああ……まあ、その……うん。それは分かったけど、それがどう魔法少女と繋がるんだ?」

 何しろ、どう対処していいのか、分からない。

「……でもね。テメェが薄汚れた、世間のドブ泥の底を這いずり回る、どーしょーもない生き物だって……分かってた。

 ヤクザの娘。
 それも、無力なカタギを食い物にして、テメェだけ肥え太る、仁義もクソも欠片も無い……そんな所でしか暮らせない。

 『カタギの他人様を食い物にするしか、生きて行く術が無い』。

 そんな……そんなドブの中でオフクロの腹から生まれ落ちて、産湯にカタギの生き血を使って来ちまったような、どーしょーもない生き物だって……そんなのを知ったのは、中学校の一年の頃だったかな?
 当時のあたしの親友の家族を、あたしの親父たちはハメたんだ……『自分たちが肥え太るために、他人を食い物にして』」

「っ!!」

「それを知って、あたしゃ荒れたさ……この見滝原高校に入るまで、酒、たばこ、ドラッグ、暴力、盗み……悪い事は一通りやった。
 斜太興業、知ってるだろ? 武闘派を気取った、チンピラの集まり。金のためならなんでもやらかすゴンダクレの馬鹿共。
 この見滝原高校だって、『そこの娘だ』って事で入れたようなモノさ……結局、親父たちがみんな怖かったんだよ。

 それでもね……それでもね……家族は……いや、家族だけじゃない、斜太興業のみんなはさ……世間には鬼のような顔を向けて、他人を食い物にしまくって、蛇蝎のごとく忌み嫌われるヤクザのみんなは、それでも『あたしにだけは』優しかったんだ。

 結局……何だかんだと、家族だったんだよ。

 それでも、あたしにゃどーしょーも無かった。家族が世間様に顔向け出来ない事をしてるのが、我慢ならなかった。
 『カタギになってくれ』って頼んでも、馬鹿言うなって殴られて……『誰のためだと思ってる』って言われちまったらさ。
 子供としちゃあ、もう、何も言えないじゃん?」

 思わず、俺はその話に聞き入ってしまった。
 御剣の家も、臥煙の家系だ。
 もしご先祖様が決断をせず、組織の延命だけを図っていたら……今頃、俺は、立派な暴力団の跡取り息子だったに違いない。

「だからさ……あたしゃ思わずキュゥべえに頼んじまったんだ。
 『『斜太興業の全員を』カタギにしてほしい。
 世間様に何恥じる事の無い仕事に就いて、真っ当な稼ぎでメシを喰って。そんであたしも含めて、全員がカタギの好きな人に告白できる『綺麗な体』になりたい!』って。

 魔獣退治が命がけだとか、そんなの知ったこっちゃない。
 『命を賭けるよりも、命を賭けられないまま腐って行くほうが』あたしゃ我慢がならなかったんだよ。

 その、だからさ……その……告白の結果が、どーとかってんじゃねぇんだ。
 アンタの事はただのキッカケで……『絶対にOKが欲しい』とか、そういう話でもねぇんだ。
 ただ……『自分の知らない綺麗な世界に挑みたかった』『気持ちを伝えたかった』。
 それだけなんだ」

 思わず絶句する。

 同じだ……俺と、こいつは同じなんだ。
 ただ、両親が狂って一緒に首を吊ろうとしたか、それとも他人を食い物にしようとしたか。
 どっちにしろ、『俺には我慢ならない事』だっただろう。

 だからこそ、嘘が無く、誠実に……包み隠さず、答えなければならない。

「そ、その……いいか? お前の気持ちは、良く分かったんだが……その……分からないんだ『俺自身の気持ち』が」
「え?」
「何しろ、生まれて初めてなんだよ、愛の告白なんて。だからその……どうすりゃいいのか、分かりゃしないのさ」

 俺の言葉に、斜太チカは、首をかしげる。

「なんだよ、おめぇ? 女所帯の魔法少女たちの中で、告白の一つもされた事、ねぇってのか!?」
「いや、好意的な目線はあったにしてもさ……俺が魔法少年なんてやってるのは、知ってるか?」
「あ、ああ。その話をキュゥべえから聞いたのも、契約のキッカケだよ」

 あいつ……どうしてこーいう事を、するかなぁ?
 いや、結果的には、世間のダニが正常化してるからいいんだけどさぁ……

「うん。だから、俺は好きこのんで魔獣退治をしているんじゃない。
 ただ、家族が大事で、生き残った姉さんや、沙紀を守りたくて闘ってきた。
 本当にそれだけなんだ。
 正直、アカの他人に目を向けるとか、自分個人の恋愛沙汰だとか、そういった余裕なんて、全然無かったんだよ」

「っ……そっか。つまり、あたしは……フられた、って事なのか?
 はは、いいさ。幾ら綺麗な体になろうが、所詮、元はヤクザの娘なんだ。しょーがないよ」

 自嘲気味に引きつり笑いを浮かべる、斜太チカに対して、俺は正直に気持ちを話していく。

「いや、違うんだ。
 だからさ……色々と『分からない』って事さ。
 考えてみりゃ、俺はお前さんの事を全然知らん。
 それに、俺は守ると誓った魔法少女以外に、挨拶と一般的な敬意以外の気を払った事なんて、殆ど無いんだ。

 ……せいぜい、世話になってる巴さんくらいか? 何しろ、魔法少女、御剣沙紀の相棒(マスコット)だからな……

 だからさ、『異性に告白される』なんて事そのもののほうが、俺には想定外だったんだよ。
 本当に……わけがわからないんだ」

「なんだよ、それ……あんた、そこまで朴念仁だったのかよ?」

「すまん……その、なんだ、正直、元々、女の子のトークに混ざれるような器用な人間じゃねぇんだ、俺は。
 だから、お前の告白に、『どう答えていいのかなんて、さっぱり分かんない』のさ。
 その、なんだ。煮え切らない答えだってのは、分かってる。でも、それが『今の俺の本当の、正直な気持ち』なんだ……すまない」

 そう言って、俺は頭を下げる。

「っ……そ、そっか。確かに、あんたの都合も考えないで、告白とかされても、迷惑なだけだもんね。
 邪魔したよ」
「あ、その、待てよ……誤解しないでくれ。
 嫌いってわけでもないし、好きってわけでもないんだ。勿論、迷惑ってわけでもない。
 ただ『分からない』ってダケなのさ.

 ……『本当に、分からないんだ』。

 俺は『他人がどう思うか』『他人がどうなるか』みたいな事を意識しながら、自分の身の振り方を考え続けて生きてきた部分が、結構多くてさ。
 『誰かを守るために生きる』って、結構、そういう部分が強くって……気がつくと、自分が誰かを好きになるとか、告白されるとか、そんな可能性、考えてもいなかったんだ」

「……で?」

「うん。結局さ……俺は、『他の誰かを信じる』ことはできても、『自分自身を信じる』って事は絶対にして来なかったと思うんだ。
 俺は自分自身を一個のマシーンって見てる部分があってさ。体とか心が、どういう機能を果たしていくのか、みたいなこう……自分自身に対して『出来る事、出来ない事』でしか、見て無いんだよ。
 だから、『誰かに告白される』なんて、本当に想定外だったんだ……だからその、ワケが分からなくなってる。
 『答えが出せない事が、答えにしかならない』んだ」

「……あのさ、それ、通じると思ってる?」

「思ってない。
 本当は、こう言う時、無理矢理でも他の人なら、嘘でも何でも答えを出すんだろうけど……俺はここまで不確定な事に、無理矢理『こうだ』なんて無責任な事を、断言できない人間なんだ。……状況からの推論は、口にするけどね。
 それに、それって、魔獣なんかの闘いのなかだと、物凄く危険な事なんだ。
 『知らない事を、知ったふりして強引に押し通す』のって、ホントに危険なんだ。正直、命に関わる事態になる。
 そういう思考が、染みついちゃってるんだよ。
 だから俺は……斜太さんが『好きだ』って言ってくれた事に対して、どう答えていいのか、本当に分からないんだ。
 情けないのは分かってるけど、本当に……ごめん! 想定の外だったんだ」

 包み隠さず。
 嘘を言わず。

 俺は、斜太チカに答える。

「……はぁ、本当にアンタって人は、『行動でしか示せない』人なんだね。
 そんなだから、結局、自分で自分の気持ちすらも、理解出来て無いんじゃないか?」
「いや、その……家族はさ、好きなんだ。大切なんだ。それは間違いがない。
 でも、家族以外に、考えてみれば女の子と積極的に関わった事が無いんだ。……強いて言うなら、世話になった巴さんくらいだけど、それだって『戦友』って関係でね。
 だから、『好きだ』って言ってくれた相手に、どういう感情をもって接していいのかすら、よく分かんないんだ」
「それで、よく魔法少女の間に混ざって、魔法少年なんて、やってられるね?」
「プロデューサーが身内の魔法少女だからね。俺はお供でしかない。キュゥべえと一緒の相棒(マスコット)なんだよ。
 第一、『俺個人が』魔獣と闘う理由なんて、ドコにも無い。あくまで、沙紀が一人前の魔法少女になるまでの『繋ぎ』であり、『保護者』でしか無いんだ。
 沙紀が独り立ちしたら……もう、俺が魔獣と闘う理由なんて、どこにも無くなっちゃうのさ」

 そう言って、斜太さんに笑うと、何故か彼女は怒ったような表情になった。

「なんていうか……あんたさ、それ寂しすぎないか?
 誰かのために一生懸命尽くして、そんで最後はポイとか。少しは『自分がこうしたい』『ああしたい』って思う事とか、無いのかい?」
「んっと……『誰かを守りたいって』のは、ダメなのか?」
「そんなんじゃないよ! もっとこう……『自分中心の願い!』『俺様がナンバーワンになってやるZE!!』みたいなトコロ!」

 願い。
 俺の……願い、か……

「『誰かの笑顔を見たい』とかじゃ、ダメなのか?」
「だーかーらー! その『誰か』とかって要素が、全く無い願い! 完全に『自分のためだけ』の願望とか、わがままな部分!」
「んー、茶道……は、あれは『もてなしの心』から入ってるから、ちょっと違うか。自己満足じゃ至れない『道』だしなぁ。
 剣術だって『家族を守れれば』ってダケで始めたワケだし……あれ?」

 よくよく考えると……何だかんだとトラブル続きで必死になって、誰かに助けられて生きてきたけど。

「俺って……物凄く『受動的』な人間だったのかな?
 トラブルや色んな状況に放り込まれ続けて、その答えを必死になって叩き出して生きて来たけど。
 考えてもみれば、『俺個人が』『俺自身のためだけに』どうこうしたい……なんて……考えた事も無かったな。
 大昔に、父さん母さん生きてた頃に、玩具をねだった事はあっても、それだけっちゃそれだけだし……そういえば『何をねだったのかすら、忘れちまってる』や」

 この告白を受けて、推論を繰り返してる内に、だんだんと自分の知らない、自覚していなかった部分が見えてきた。

「……はぁ……こりゃ、重傷だね! アンタさ、どっか壊れてるんだよ、多分」
「え?」
「普通の人間はさ、こう……あたしみたいに『理想の誰かが好きだーっ!』って、ワガママな部分ってのが大なり小なりあるもんなのさ! そりゃ、もう男女関係が無い! だから『みんなのアイドル』なんて虚像の稼業が、二次元でも三次元でも成立してんのさ。
 でもね、あんたは多分……その、噂は聞いてるよ。『家族を守るために家族を殺す』なんて、究極の決断を迫られて壊れちまってんだよ。自分でも知らない所が。
 そこから逃げられないから、結局『守る必要がある人のために生きなきゃいけない』って、強迫観念にトッ掴まったままなのさ。
 そーいうのをね、『サバイバーズ・ギルト』って言うんだ」

「っ!!」

「まあ、あたしもさ……そういう部分、自覚してっけどね。何しろ、あたしの祈りは『贖罪の祈り』だ。
 でも、それは多分……そのキッカケをくれたのは、キュゥべえと、そして『アンタが好きだ』ってあたしの気持ち。
 言わば、『あたし個人のワガママ』が元なんだよ。そこが、アンタとあたしの決定的な違いなのさ」

「そ、そうか……そうだったのか……」

 何と無く。
 今まで必死になって生きて居ながらも、どこか空虚な部分の正体が、分かったような気がした。

「……あー、本当にあたしゃ、面倒な男に惚れちまったんだねぇ。まったく、どうしたもんなんだか」
「あ、いや、その……すまん」
「あんたが謝る筋が、どこにあるんだい?
 あたしがアンタに『勝手に惚れてる』んだ。あんたは堂々としてりゃいいのさ!

 ただね……アンタみたいな人間は、『世間にゃ絶対理解してもらえない』。
 みんながみんなどっかしらに『自分勝手な願望』を持って、恥かきながら後ろめたい思いして、生きてるからさ。

 だから、そういう生き方に『完全に徹した』生き物ってのは『どんな罪を犯そうが』一種の聖者さ。侠に生き、仁を貫き、義に報いる。『極道』って概念を『完全に』突きつめて極めて行けば、多分、そうなっちまうハズだよ。

 ただ、そんな生き方に徹した聖人君子ってのはね? 俗人まみれのハタから見てりゃ、胡散臭い事この上ないんだよ。
 『そんなわけがない』『こいつも俺と一緒なハズだ』『気持ちが悪い』って……そして『その生き方故に』ひとっ欠片でも、嘘や罪や矛盾を犯そうものなら、『それ見た事か』『あいつも俺たちと一緒だ』『いや、むしろ俺たちよりクズだ』って鬼の首取ったように、言いつのる。

 『後ろめたい自分たちが、安心したいがために』、ね。
 アンタが敬遠されてるのは、ひとえにそんな部分を、世間が感じ取ってるからさ。

 分かるかい? あんたには『完全に自分のワガママな部分』が、一っ欠片も感じ取れないから、気持ち悪がる人間は気持ち悪がるのさ。
 アニメや何かのヒーローと一緒だよ。『あれらが現実に居たら』さぞかし世間からつまはじきにされちまうだろうさ。
 歌にもあるだろ? 『愛と勇気だけが友達だ』って……逆を言えば、『それ以外に友達が居ない』って事なのさ。
 『何かしらの正義にしか酔えない』生き物ってのはね……一人ぼっちで寂しいモンなんだよ。そんで、そんな『正義に酔えない』俗人のために『酒』ってモンが、有史以来、この世に存在し続けてるのさ」

「っ!!」

 斜太さんの指摘は、思いっきり的を射ていた。

 そうか……俺は、『知ろうとしなかった』んだ。
 自分自身の事を……自分の理想とか、信念とか、思想とかを超えた『機能』とは別の部分。
 表層的な心の動きでは無い。
 もっと深い所の、自分自身の愚劣でワガママで身勝手な感情を。
 ……何故ならそれは『許される事では無い』と、思いこんでしまっていたのだから。 

「分かるかい? 酒もタバコもドラッグも、そういう意味じゃ『正義』や『奇跡』と一緒だよ。酔いすぎて、溺れちまえば、あとは『ソレマデ』さ。
 『理想を抱いて溺死しろ』なんて、どっかのヒーローが言ったらしいけど、まさにその通り。正義ってのは、『自分が飲める量』を間違えたら、身を滅ぼす以外に道の無い、酒と一緒なのさ。
 アンタは多分、その『飲める量』が極端に多かったから、今まで破綻しないでやってこれたダケなんだよ」

 うつむいたまま、言葉を返せない俺に、斜太さんは深々と溜息をついた。

「……わかったよ。
 アンタ自身が『自分の本当の気持ち』を『自分で理解できるようになるまで』あたしもあんたと一緒に闘う!
 そん時に、返事をくれりゃいい!」
「っ! ちょっ、そんな……」
「勘違いしなさんな!
 あたしはね、あんたや親父みたいな咎人気取った奴が放っておけないから、魔法少女になったんだよ!
 ……なんて、かっこつけて、あんたの事をあたしが好きなのは、憶えておいて欲しいけど、さ。

 まあ、今は深くは気にしなさんな。

 あんたに必要なのは、まず『アンタ自身の本当の気持ち』を、『自分で悟る』事なんだよ!
 それまではまぁ……付き合ってやるし、嫌でもつきまとってやるさ。あたしはアンタの事が、好きなんだから……さ」

 そう言って、斜太さんは、俺に手を差し出してきた。

「あんたの背中を、あたしが守る。
 だから、あんたが自分の気持ちに気付いたその時に、『あたしのいる後ろが気になったら』……こっちに振り向いてくれりゃいい。
 ……なんて、ベテランのアンタには言えた義理じゃないんだけどさ。少なくとも……少しは頼りにしてほしい、かな?
 そうなれるようには、頑張るよ、あたしも」

「あ、ああ……よろしく、頼む」

 そう言って、俺は斜太さんの手を取って、握手を交わした。




「押忍! 先輩、よろしくおねがいします!」
「は、はぁ……あ、あの……こちらの方は?」

 俺の家のリビングで。
 引きつった笑顔の巴さんに、俺は説明していく。

「えっとね……その……俺の同級生で、新人の魔法少女。斜太チカさん。
 縁が合って、仲間にしてほしいって頼まれて……俺は構わないんだけど、どうする?」
「そ、そうね。……魔力もかなり高い。素質はかなり飛びぬけてイイほうじゃないかしら?」
『彼女は生まれが生まれだからね。背負い込んだ因果の量も、相当なモノさ』

 そう言って、足元をチョロチョロと動き回りながら、キュゥべえが説明していく。

『魔法少女の素質ってのは、因果の総量で決まる。
 彼女は産まれからして、本当に『因果な稼業』だったから、もってこいだったのさ』
「はぁ……あの、生まれが違うって……家は何を?」
『ヤクザの一家さ。斜太興業の娘だったんだよ』

 ぐらり、と巴さんが斜めに傾いた。

「はっ、はっ、颯太さんっ!? その、どういう事だか、説明して頂けませんか!?」
「あ、いや、その……」

 さて、どう説明したものか。そう考えていると……

「ごめんなさい、先輩。あたしが自分で説明します」

 そう言って、斜太チカは、自分の身の上を説明していった。……俺を好きだ、という事まで。

「そっ、そう……そういう、事、だった、の……」
「ええ。それで、ですね、先輩。
 モノは相談なんですが……あたしを、『巴先輩』の家に、暫く泊めてくれませんか?」

 いきなり、切り出すチカの奴。……なんだよ、おい?

「え? それは……どういう、事、でしょうか?」
「その……あたしが魔法少女になった事情とか、全部正直に親に説明したら、親から勘当喰らっちゃいまして……

 『誰のためにヤクザしてたと思ってんだ』とか『世間に迷惑かけてまで贅沢したくないよ』とか『甘い事抜かしてんじゃネェガキが』だとか『そのガキに告白すら出来ない罪背負わせといて、なにヌカしてんだいダメ大人』とか。
 まあ、そんなノリで、生まれて初めて、親父やオフクロと家中ひっくり返すよーな大喧嘩して……『二度とツラ見せるな!』『上等だクソ親父にクソババァ!』と……まあ、売り言葉に買い言葉と言いますか、啖呵切って、身の回りのモンだけソウルジェムの中に放り込んで、おん出ちまって……そんなワケでして。

 ぢつは、颯太にOKもらったら、颯太の家に転がりこもうとか甘い事考えてたんですが……その『フェアじゃない』と思うので。『色々と』。
 だから同じ魔法少女のよしみで『巴さんの家に』転がりこませてもらおうかな、って……ダメでしょうか?」

 上目遣いに問いかける、斜太チカ。

「は、はぁ……その、ええ。構いませんよ。私も一人暮らしですので。
 確かに、颯太さんの家で過ごすのは、『色々と問題がある』でしょうし……構いませんよ」
「そうですか。暫くの間、よろしくお願いします!」

 喜色を浮かべるチカと、戸惑う巴さん。……ほんと、何なんだか。

「……負けないよ」

 あまつさえ、巴さんに、何かぼそっと言ってたし。……いや、聞こえちゃったんだけどさ。どーいう意味なんだか?




 さて……俺、巴さん、チカ。この三人での戦闘スタイルは、こうなった。

 まず、接近戦型の俺とチカは、バイクを使って見滝原の町を巡回。
 射程が長く、遠距離戦型特有の『タカの目』を持つ巴さんは、町の中心部の高所に陣取ってセンターに控えて、探索含めた全体の攻守両天秤に構える。

 そんで、俺とチカが接敵、あるいは巴さんが発見したら、まずはいきなり戦闘に入らず、情報を伝え合う。
 要救助者がいる場合は可能な限り救助優先だが、無理な時は無理と見捨てる事(そのへんのさじ加減や説得は難しかったが『自分が死んだら元も子も無いし、仲間にすら迷惑がかかる』と言い含めた)。
 然る後、バイク組は合流しつつ巴さんには敵の位置を連絡し、狙撃ポジションについてもらった所で、魔獣への攻撃開始。
 巴さんが発見した場合も、大体一緒である。

「こんな方法があったなんて……バイクの免許、私も取ろうかしら?」
「いや、バイクの免許は16になってからですから。巴さんまだ15でしょうに?
 それに、バイク巡回は免許取れ次第、俺もしようかと思ってたけど、この方法は言われるまで気付かなかったなぁ」

 そう。最初の頃は、沙紀のソウルジェムと肉体を分離して使っていたのだが。
 チカの奴に『……あのさ、それ『自分の肉体』って収納出来ないの?』と言われ……こうして、沙紀と共に、俺は活動をしている。

「素人の視野って、思わぬ発想を生みますよねぇ」
「まあ、あくまで多角的視野の一面ですけどね。素人目線だけだったら、状況は悪化するだけだし」

 実際、チカの奴は無謀が過ぎる部分があった。最初は単独で接敵したのを、突出してピンチに陥ったりなどザラだったし。

 海賊じみたメアリー・リード風の魔法少女姿に変身した、あいつの武器……というか、戦闘スタイルは『錨のついた鎖』と、恐ろしい事に……『肉体そのもの』。
 鎖で捕えた魔獣を、強引にブン回したり、鉄拳や蹴り(文字通りのヤクザキック)を使った肉弾戦でボッコボコにしていくのだ。

 破壊力と防御力は空恐ろしいレベルで両立し、かといって速度もソレナリなので、鎖で拘束してしまえば、攻撃を喰らいまくるという事も無い。
 俺が、装甲と防御を犠牲にした、極度に速度重視の見滝原最速のスピードファイターならば、彼女は見滝原最強の『パワーファイター』だった。

 ただし……それを過信して突出しやすい上に、鎖で捕獲できる魔獣は一匹か、せいぜい二匹が限度。
 しかも『防御力』が高いだけで『回復能力』が高いわけではないので(むしろ低い)ので、見てるこっちがヒヤヒヤする場面もあった。

 実際、沙紀の、姉さんからコピーした『癒しの祈り』の世話になる回数は、圧倒的だった。
 もっとも、『願いを知りたいと言う願い』の沙紀の共感能力の高さから、『回復に伴って、誰かの痛みを強烈に感じ取ってしまう』と知ってからは、ある程度慎重になってくれたが……やっぱり、無謀な行動が一番多いのは、彼女だった。

 要するに、巴さんみたいに、リボンを使った複数相手の拘束は無理で、多対一の戦闘には圧倒的に向かない。
 一対一(タイマン)ならば最強クラスだろうが、魔獣相手の多対一という状況になると、ピンチに陥る事がしばしば。
 誰かが背中を守らんと、突出し過ぎるタイプ。それが斜太チカという魔法少女だった。

 ……どっちが『背中を守ってる』のやら……まったく。

 それはともかく、彼女の振りまわしてる能力は『罪科の錨鎖』というのだそうな。
 犯罪者や咎人を捕え、留める鎖……とチカは言っていたが、実際、人間の犯罪者にも応用できるところからみると、いわゆる、彼女が『罪』と判断した概念、全てに応用が可能らしい。

 実際、ホストの二人組を『鎖でつないで』バイクで引き回してたのには驚いた。
 なんでも、街中で『女は金貢がせて犬みたいに躾けなきゃダメだ』とか、彼女の前で嘯いてしまったらしく。
 で、それを聞いたチカが『女を犬猫みたいに躾けるっつーなら、あんたら『自分が女に犬猫みたいに躾けられる覚悟』くらい、出来てんだろぉねぇ?』などと嘯いて、魔法少女の力で死なない程度にボコボコにした挙句、バイクで引き回していたらしい。

 ……ある意味、俺より『鬼』だと思う、こいつ。
 俺だったら身内以外なら『そんな馬鹿に引っかかる馬鹿女なんて、知ったこっちゃねーよ』で済ませちゃいそうだし。

 まあ、その後出てきたヤクザ屋さんを、元『斜太興業』と『俺の師匠』の威名で黙らせたのは、内緒。
 解散直後とはいえ、斜太興業の狂犬っぷりは『業界』に響き渡ってたし、増してや、俺の師匠のブッ飛びっぷりは……ねえ?
 まっ、やるならやるだけなんだけど、さ♪ ……俺も、チカも。

 そーいう『ドブさらい』の部分は、夢と希望を振り撒く『だけ』の、他の魔法少女には『絶対に任せられない』部分でもある。
 何しろ、『喧嘩のやり方を知らない』単純な女目線じゃあ、問題こじらせるのが関の山だろうからなぁ。挙句、殺し合いになりかねん。
 何というか、こう……ほら。どっかの政治家様が、当時部下だった省庁の人間に『君たちは大変優秀だが、喧嘩のやり方を分かって無い』っておっしゃったそうだが、正にそんな感じである。

 それに、たとえ仮に殲滅戦になって見滝原中のヤクザ全てを漂白しても、ヤクザって生き物は後から後から湧いてくる、キュゥべえのような存在だ。
 それはつまり……逆を言えば『人は堕ちようと思えばどこまでも堕ちれる』という証拠でもある。
 それを防ぐために、道徳とか社会通念だとか常識だとかいうものはあるわけなんだが……なぁ……はぁ……




「あーのーさー、佐倉杏子さんよぉ? まーった盗み食いかい!?」
「……」

 最近、縁が合って組み始めた、佐倉杏子……そう、佐倉神父の娘さんなのだが。

 どーも、正味、俺たち……というか『俺(と沙紀)』とは、ウマが合いにくい。

 まあ、無理も無い。

 首吊ったインチキ新興宗教の親玉の娘と、その被害者の息子&娘。
 気まずいのは分かるのだが……

「メシなら俺が喰わせてやるっつってんだろ? 盗み食いなんかやめろよ? マジで」
「あんたの世話には……なれねぇんだよ。それに、『盗んだもんじゃねぇ』よ、これは」
「いいから世話になりに来い!
 チカと一緒になって、ナニやって喰ってんだよまったく……かつ丼喰って、ぼろぼろ泣いてたくせに」
「うるせぇよ!」

 そう。
 ある日、彼女が万引きする現場に、俺が居合わせて、とっ捕まえて取り押さえたのが、始まりだったのだ。
 『あたしより速え奴がいるなんて、聞いた事無ぇぞ』とか、ボヤかれたが、こちとら奇跡と魔法関係者の中では『最速』である。
 ……そのぶん、単純な物理防御面は最低だけどさ。
 その場で品物の金は払い、腕を捻り上げて我が家に連行すると……たまたま巴さんとチカの奴も、居たので、その場で三人揃って(というか、主に俺とチカ)大説教大会が始まった。

「佐倉杏子。知ってるよ。あまり会いたくは無かったが……まあ、会っちまったんなら、しょうがねぇさ。
 まさか、あんな事してたなんてなぁ。噂にゃ聞いてたけど、さ」
「知ってるって……なんだよ?」

 うん、やっぱそうだろうなぁ?

「『御剣』って名字に、憶えは無いか?
 ……あんたの親父さんにゃ、いい金づるだったと思ったんだがな?」
「な、なんだよ!? どの御剣さんだよ?」
「御剣爽太、御剣茜。お前の親父さんの、熱心な信者だったよ」
「っ……信者の……いつも来ていた。それが、どうしたってんだよ!?」
「ん? お前の親父さんの後追いで、一家全員無理心中しようとしてな。
 んで、抵抗した俺が、やむなく殺した」

 その言葉に、絶句する、佐倉杏子。
 ……まあ、無理も無いか。

「嘘だ……」
「嘘じゃねぇよ。
 そんで、借金背負って、それ返済するために、姉さんはキュゥべえに頼んで、大金もらって魔法少女になったんだよ」
「っ! ……そんな……その、姉さんは?」
「死んだよ。魔獣との闘いで……な」

「!!!!! そんな……そんな……」

 顔面が蒼白になる彼女。……まあ、無理も無い、か。
 愕然としたまま硬直している隙に、とりあえず、取り調べの定番を作る。

「ほれ、喰え! 腹減ってんだろ?」

 そう言って、彼女の前に、かつ丼を置いてやる。
 ……いや、刑事ドラマのアレは真実じゃ無いってのは知ってんだけどさ。なんとなく、ね。やっぱ。

「っ……あんた、なんで……あたしを?」

「『食い物を粗末にするな』、だろ?
 もし、このかつ丼が美味いって思ったんなら、明日っから食わせてやるから、万引きなんてやめちまえ!
 金なら、姉さんが残した遺産が、ウチには幾らでもあるんだから、よ」
「そんな、だって、あたし……」
「知るかよ!
 日本じゃ、親の罪は親の罪で、子供にゃ及ばんようになってんだ。
 いいか、俺の師匠的に言うなら、お前、餓鬼道に堕ちてんぞ? 元々、天道を往く魔法少女や魔法少年って存在が、そんなこってどうするよ?
 ほれ、施餓鬼供養だと思ってやっから、とっとと天道戻ってこんかい! ……って、ああ、おまえ、切支丹だったな。悪ぃ、意味分かんねぇか」

 気取って師匠の説教の真似したが、ちょっくら相手を間違えたか。

「っ……あのさ、あんたの師匠って……お坊さんか何かなのか?」
「さあ、なぁ?
 ただ、遺品整理の時に、金襴の袈裟が出てきてな。あーいうのって高位の坊主しか持てない代物だから『もしかしたら?』とは思うけどさ。
 ……色々と妖しいトンチキ師匠だったから、結局、『本当のトコ』は分かんねぇんだよ……俺も色々調べたけど、煙にまかれるだけで結局、ハッキリとした事は分からなかったし」
「っ……そうか」

 そう言って、佐倉杏子はかつ丼に手を伸ばし始め……何故か、ボロボロと涙を流しながら、一気に平らげると、そのまま何も言わず立ち去って行った。

 と……

「あのさ、颯太……あの子の事、あたしに任せちゃくんねぇか?」
「え?」

 チカの申し出に、俺は首をかしげた。

「あの子さ、多分『本当はイイ子』って奴なんだよ。
 ……ワルのドブ泥の底に居た、あたしには分かる。あの子からは、そういう『危うい獲物の匂い』しかしないんだ」
「獲物?」
「『ワルのエサ』だよ。
 『本当はイイ子』なのに、ちょっとした事で罪の意識背負っちゃって、悪を気取って生きてやろうっていう『ハンパなワル』の匂い。
 そういう子ってのはね……あたしの親父みたいな『ホンモノのワル』にとっては、ワニみてぇに棲家のドブの中に引きこんで骨の髄まで喰い尽くしてやろうっていう、格好の獲物でしかないのさ。
 あたしゃ、生まれが生まれだからね……分かっちまうんだよ。なんとなくそーいう子って、さ……」

 自分の『かつて居た場所』を思い出してしまったのか。
 チカの奴の表情には、影が差していた。

「っ……そうか? だけど、彼女は、俺以上……いや、巴さん並みのベテランだぞ?
 魔法少女って観点からすりゃあ、新人なお前で大丈夫なのか?」
「安心しとくれ、颯太。
 魔法少女じゃあの子が先輩かもしんないけど、あたしのほうがワルって意味じゃ先輩さ。
 世の中、一度、ワルのドブに漬かった人間じゃなきゃ、絶対見えないモンってのもあるんだよ。
 もっとも……ワルのドブってのは『一度でも足(ゲソ)つけて漬かっちまうと』キュゥべえにでも頼まない限り、絶対に抜けだせやしない、底なし沼なんだけどね。
 ……だから、ヤクザっておっかないのさ」

 微妙にさびしい表情で、チカの奴は笑っていた。




 で……結局、どうなったかってぇと、巴さんの家を出たチカの奴は、今度は佐倉杏子の教会で、居候しているらしい。
 それと、意外だったのは、アイツが料理出来たって事。

「あんたの妹程、酷くは無いさ。もっとも、あんたには及ばないけどね」

 と言いながら、見事な腕前で、教会の台所で料理を作ってた。

 ……まあ、比較する基準は間違ってるとは思うけど、ね……色々と。
 俺は一応、プロの主夫だし、沙紀の奴は……まあ、アレだし。

 でも、なんか食べれる雑草とか洗ってたり、とっ捕まえた野鳥の羽根むしってたりとか、中々ワイルドな事してる佐倉杏子が気になるんですが?

「暫く、『盗み』は無しだからね……適当な『獲物』が見つかるまで狩猟生活さ」
「おいおいおい、飯くらい食わせてやるっての。
 なんだったら、米くらいそっち持って行こうか?」

 そう言うが……

「いや……あの子は正しい。あんたには頼れないハズだよ」
「あ? なんだ、事情聞いたのか?」
「ああ。でも、あんたにゃ話せない。
 ……悪いけど、任された以上、この件は最後まで、その筋通させてもらうよ」
「っ……そうかい。分かった、頼んだぜ、チカ」

 とりあえず、ワルの話は信頼できるワルに頼むに限る。
 それに、『正しい教え』内部でのゴタゴタが原因だとしたら、俺が首突っ込んだら、ロクな事になりゃしないかもしれない。

 ……俺だって、人間だしな。

 正直、佐倉杏子個人に、思う所が無いわけじゃない。

 でも、俺は『魔法少女』という存在が、どういうものか。よーく分かってる。
 彼女たちは、個々人の動機はどうあれ、命がけで裏から人の世界を掬ってる人たちだ。

 だからこそ。
 俺は佐倉杏子の窃盗に、我慢がならなかった。
 うっかりすると、『彼女の盗み』が、魔法少女全体への偏見に変わりかねないからだ。
 決して『彼女を救いたい』とか、そういう理由で、俺は飯を出したのではない。

 ……正直、俺は……そこまで優しい男では、無い。




 教会を出ると、外で巴さんが待っていた。

「ありゃ、巴さん? こんなトコにどうして?」
「い、いえ……どうなったのかな、って、気になりまして。
 どうやら、上手くいったみたいですね」
「ん、アイツ、なんか台所で、佐倉杏子と一緒にメシ作ってる……いいこった」

 そのまま、バイクを止めてある、森の入口まで歩く。

「あの、颯太さん……最近、チカさんと話する事、多いですね」
「あ? まあ、色々と……ほら、俺たち巴さんに世話になりっぱなしだから。
 チカの奴が巴さん家に押しかけたんだって、元々は、紹介した俺のせいみたいなもんだし。
 それに、あいつ、佐倉杏子の説得に成功したみたいですし」
「いや、そうじゃなくて……その、私よりも、チカさんを頼りにしてるのかなぁ、って……」
「は?」

 思わず首をかしげる。

「そりゃ無いですよ。どっちかっつーと、巴さんに対しての共同戦犯みたいなもんです。
 というか、むしろアイツの暴走を止められるのは、俺と巴さんくらいしか無理でしょうから……」
「そう、でしょうか?」
「そうですよー。巴さんみたいな、『純粋な正義の味方が居る』ってだけで、俺やチカみたいな罪背負ったタイプにとっちゃ、リミッターになってるんですから。
 『正義の味方が見てる』って思えば、無茶をするにしても『程々』になりますしね……」

 なんて、俺の言葉に、巴さんが引きつった表情で。

「ほっ……ほどほど、ですか……あれで?」
「ほら、ヤクザ相手でも、全員『死ぬよりマシ』な状態で済ませてるじゃないですか?
 巴さんが居なかったら、多分『死んだ方がまし』って状態まで、痛めつけちゃってると思いますよ?」

 そう、結局……何だかんだと。
 強面(コワモテ)の俺とチカに、なだめ役の巴さんって構図が、出来あがってしまったのだ。

 ……今回の佐倉杏子の場合は、なんでかチカがなだめ役に回っちゃってるが。

「そう、なんというかアレですよ……巴さんを菩薩に見立てるなら、両サイドに俺とチカっていう阿吽の仁王像が立ってる感じ?」
「菩薩、ですか?」
「ん、まぁ……俺も、チカもね。何だかんだと他人より『鬼』を抱えてる人間ですから。
 そういう人間はね、修羅道に堕ちていきやすいんですよ」
「修羅、ですか……ずいぶんと優しい修羅に見えますが?」

 その言葉に、俺は苦笑する。

「阿修羅、っていうのはね……元々は、正義の神様だったんです。でも、正義のために闘い続けている内に、他人を許す心を失ってしまった。
 たとえ正義であっても、それに固執し続けると、善心を見失い妄執の悪となる。
 だから、巴さんや沙紀みたいな穏やかな人ってのは、俺たちみたいなタイプにとって重要なんですよ」

 そう言って、俺はバイクにキーを刺し……

「あ、そーいえば、巴さん、歩き?」
「ええ。その、何でしたら、後ろに乗せてもらおうかと」
「いや、まだ免許取って一年たってないから、無理ですよ? 道交法で禁止されてるんです。それにヘルメット無いから……」
「えっ、そっ……そうなんですか!? チカさんが乗せてくれたから、てっきり……」

 頭痛がした。
 ……そーいえば、アイツ……教会の中に酒瓶転がってたのは、まさか……

「巴さん、まさかアイツ……酒に手を出したりとか、してないでしょうね?」
「えっ! そっ、その……『魔法少女なんて、いつ死んじゃうんだか分かんないんだし、ぱーっとイッちまおーぜー♪』とかって……」

 さらに頭痛が加速する。
 ……あっ、あっ、あいつは……
 何となく、佐倉杏子を説得した『手口』が、読めたような気がした。

「そっ、その……お酒って、美味しかったんですね。知りませんでした」
「とっ、巴さん!?」

 チィィィィィイカァァァァァァ!! 今度会ったら、膝詰め説教な!

「チカさん、何本もお酒を……未成年なのに、って言ったのに」
「ああ、あいつ、絶対飲ンベだと思ってた……ああ、分かった。アイツが誰に似てるか。
 ……俺の剣の師匠、そっくりだわ。ホント」

 とりあえず、巴さんと並んでバイクを押しながら。

「颯太さんの……師匠、ですか?」
「ええ、まあ……チカはあそこまで吹っ飛んじゃいませんけどね。
 酒飲ませて怪しい理屈で説教しながら、他人の財布懐に入れるよーな真似するんですが……その、なんというか……『結果的に』、その人を掬っちゃったりするんですよねぇ……舞台裏は、剣術と暴力とペテンと詐欺の塊なんですけど」
「……はぁ?」
「ほんっとーに謎の人物でした。いや、マジで。
 ……クリスマス・イブの日にサンタクロースの格好で、『メリークリスマス』とか言いながら、ヤクザの事務所にダイナマイト放り込むような、トンデモネェ、トンチキ師匠でしたよ」

 今でも思い出すと、頭痛のする目に、色々遭わせてくれたっけ……妖しい魔女の話とか。
 魔女からの授かり物をくれてやるとか言って、『目をつぶった直後に』ぶん殴られて、見滝原森林公園の中にマッパで放置とか、ありえないし。

「は、ははは……そういえば、颯太さん。神様で思い出しましたが。
 その……ごめんなさい。辛い事をお尋ねしますが、『円環の理』を『見た』って……本当ですか?」
「え? ええ、まあ……信じちゃくれないかもしれませんけど、ね。
 ……こう、女神様っつーか、死神様っつーか……そんな感じで。
 姉さんの死に際に……その、見ちゃったんですよ。
 多分、幻覚と幻聴だと思うんですけど……思いたいんですけど、どうも、ねぇ」

 何というか、妙なリアリティがあって、断言できないのだ。
 と、

「多分、それ、本当にあったんだと思いますよ?」
「え?」

 巴さんが微笑みながら、俺に言ってくる。

「ほら、颯太さん、魔獣や魔法少女の幻覚系や精神操作系の魔法に、何でか知らないけど物凄い耐性あるじゃないですか?
 全員、幻覚に酔って、同志討ちしかねない中、一人で行動したりとか、ザラでしたし。それで何度も救われたじゃないですか、みんな?
 そんな颯太さんですから、冴子さんの死に際だからって、そんな夢や幻を見たりするとは、とても思えないんです」
「っ……買い被られてるなぁ。俺だって家族が居なくなったら、キュゥべえとだって契約したかったくらいの、ただの男なのに」
「そう思ってるのは、颯太さん自身だけじゃないですか?
 『本当にタダ者じゃ無い』からこそ、キュゥべえより先に『神様に魂を契約されてしまった』のではありませんか?」

 痛い所を突かれ、俺は苦い顔になる。

「チッ、キュゥべえの奴、ベラベラと……守秘義務とか、どーなってんだ!? って、宇宙人に解いてもしょーがねーか。
 きっと、そうだとしたら、俺が生まれる前か直後に契約した神様ってのは『全てを見通したペテン師みたいな奴』だったに違いない!
 ……とは思うんですけどねぇ……うーん……」
「どうかなさいましたか?」
「いや、ね……どうも、こう……何て言うか。

 巴さんとも会えたし、沙紀の奴も命を永らえた。チカとも知り合えたし、佐倉杏子も……まあ、窃盗生活からはオサラバできた。
 人生万事、『塞翁が馬』といいますけど……こう、『出来すぎるくらい、俺は今、恵まれてるな』って……。

 勿論、魔獣退治の生活って、危険と隣り合わせなのは事実ですけど、警察や消防や自衛隊に限らず、命がけで仕事して飯食ってる連中なんて、世の中ゴマンと居ますからね。
 とりあえず、それ考えたら、沙紀が生きてるだけでも、めっけもんだよなぁ……と。
 親殺しの俺にしては、今、現時点では、ずいぶん俺は幸せな生き方をしてるんじゃないか、って思えてきちゃって。
 それ考えると、その……なんだ、その『全てを見通したペテン師みたいな神様』って、どんな奴なのか……人物像が掴みにくいなぁ、って」
「案外、その冴子さんの死に際に降りてきた『女神様』とでも、契約してたんじゃないですか?
 だから円環の理が『見えた』……とか」
「あー、俺もそれ考えました、一度は。
 ただ、所詮、魔法少年なんて、所詮、魔法少女の相棒(マスコット)ですからねー。そこまで思いあがることは……」

 ……あれ? するってぇと……
 案の定、その言葉に、巴さんがクスクスと笑い始める。

「ならきっと、颯太さんは、本来、魔法少女の女神様の相棒(マスコット)なんですよ。魔法少女の女神様が居て、そこから派遣されてきた。
 だから、私たちみたいな『普通の魔法少女』と、肩を並べて闘う事ができるんじゃありませんか?」
「『魔法少女の女神様の相棒(マスコット)』ねぇ……そのポジションって、本来、キュゥべえのもんじゃありません?」
「だから、きっと、キュゥべえだけじゃ足りないから、追加で派遣したんじゃありません?
 時々、キュゥべえ以上に、的確な助言とか、アドバイスとかするじゃありませんか」
「なるほど、ね。
 まあ、仮説と呼ぶにしてもブッ飛んでますけど……与太話としちゃあ面白いかもしれませんね。
 それに、俺自身の力の真相がどうあれ、結局のところ、俺はやっぱタダの男ですよ。
 女神だとか何だとか、そんなの知ったこっちゃ無い。現時点で、はっきり分かってるのは、俺が一番大事なのは『家族だ』って事なんです……正直、その……色々、みんなに世話になっておいて、なんなんですけど、ね」

 と。その言葉に、巴さんが切り出してきた。

「ええ、分かってます。
 ですから、颯太さん、その……お願いがあるんですけど」
「え? 何ですか?」
「一年後……バイクの後ろ、乗せてもらえませんか?」
「え? どっか行きたい場所とか、ありますか?」
「いえ、その……バイクでの巡回も、面白いな、って……」

 あー、チカの奴の影響か? まったく……

「分かりました。
 あー、バイクだったら、都内の下町まで行ってもいいかもな」
「都内、ですか?」
「俺の故郷です。……見滝原とは違う、下町で空気も悪い、ゴミゴミした所ですけどね。
 それでも、知ってる駄菓子屋で、ちょっと物珍しいアイスとか売ってたりするし。穴場は色々知ってますから……あー、でも、原宿だとか青山だとか、気取ったノリの場所じゃないから、普段着のほーがいいですよ。
 『東京に行くんだー』って下手におめかしして行くと、浮きます」
「浮きますか?」
「ええ、『東京行くぞー』って着飾ってる人と、普段から東京で生活してる人と、そーいう差が歴然だったりしますから……色んな意味で」

 よく、原宿だとか何だとかで、気合い入れた格好でケバい姿してる人はいても。
 地味で砕けてありながら粋であれ、みたいな部分が、本来の下町の姿である。そーいう自然体のスタイルって、一朝一夕で真似出来るもんじゃない。

「ああ、あと……都内の移動は、バイクじゃなくて、歩きと電車がメインですから、歩きやすい靴が前提で。
 スニーカーなんかいいかもしれません。都心部って、意外と坂が多いんですよ。特に上野近辺はね」
「そうなんですか?」
「ええ。
 だからって、渋滞まみれの都内を車で移動しようなんて奴は、何も知らない地方の人間か、さもなくば生活や仕事で車必須の人間か、さもなくば純粋な車好きだけです。
 バイクだって、正直、駐車する場所、厳しいですから。……流石に、巴さんのソウルジェムに、バイクは無理でしょ?」
「え、ええ……。後付けの能力なので、収納能力は、ティーセットが精一杯でした」
「でしょ? とりあえず、名目上の保護者の親戚の家に、バイクは預けて置かせてもらえれば、まあ……あとは楽かな?」

 とりあえず、適当に旅行のプランを立ててみる。

「ただまぁ……なんというか。
 『変わり続けるのが変わらない』街だから、もしかしたら、行こうと思った場所も、無くなっちゃってるかもしれませんけどね」
「変わり続けるのが……変わらない? どういう意味ですか?」
「ええ。江戸っ子はね、目新しいモンに、とりあえずは飛び付くんです。
 でも、基本、自分本位でドライだから、悪かったらそれまで。良くも悪くも、勝手者が多いんですよ。
 よく『東京の人は冷たい』なんて言いますけど、人間がギュウギュウ詰めで、目の前がイッパイイッパイの中、いちいち全部と関わって救ってたらキリが無い。

 ……それでも、『誰かのために、日々を生きて無いわけじゃない』。

 人間は……人間の社会ってのは、日常を生きる事で、自然と『誰かが誰かを救い続けるシステム』が出来上がってるんです。
 東京……に、限らず『街』ってのは、そのためにあるんですよ。だから、『全体的に人が善く暮らすためなら』いくらでも、その器や形を変えて行くモノですから。
 ただ、東京なんかの大都市の場合は、人が多い分、その変化が『極端に速い』んです。そういう意味で『変わり続けるのが変わらない』。
 それが東京って街ですかね? 新興都市で計画的に作られた見滝原とは、ちょっと色々な意味で違うんですよ」
「なる、ほど……少し、興味が湧いてきました。颯太さんの、故郷って」
「ええ。まあ、だから多分……最近、アッチに帰って無いんで、全然様変わりしちゃってると思いますけど。
 それでもね、あの薄汚れたドブ板を駆けまわっていた『場所』が、俺の『魂の故郷』なんですよ。
 だから、もしかしたら案内してても全然トンチンカンになってるかもしれません……博物館動物園の駅跡って、まだあるのかなー? 完全に潰れたとかって噂、あるんだけど。
 ……あ、あと御剣家の墓所もアッチだしなぁ。
 考えてみりゃ、墓前供養だとか、親戚に任せっきりじゃねぇか……馬鹿だなぁ、俺。七月のお盆にでも、墓参り行かないとなぁ」
「お盆が、七月?」
「都内の下町はね、お盆が七月なんですよ。早盆なんです」

 その言葉に、巴さんが苦笑した。

「ほんと……颯太さんみたいですね」
「え?」
「危なっかしい程に、誰より『早い』人たちが、いっぱいいるんでしょうね……東京って」
「まあ、なんというか……車やバイクよりも『自分の足で走り回ってる』人が多い街である事は、確かですね。
 地方出の人たちは、最初『なんでこんなに、みんな歩くんだ!?』って絶叫するそーですが……車や道具に頼らず、自分の足で動ける範囲で、自分の生活が賄えるって、物凄く幸せだと思うんですよね、俺。
 だから、みんな『自分の足で歩きたい』って人が、東京に集まっちゃうんじゃないかなぁ?」

 適当な推論を述べながら。
 俺はバイクを押しつつ、そんな他愛ない会話と、他愛ない約束を、巴さんと交わしていた。



[27923] 終幕:「阿修羅の如く その3」
Name: 闇憑◆27c607b4 ID:cb2385d9
Date: 2011/08/16 06:33
「ど、どういう……事、なの?」
『それは、こっちが聞きてぇよ!!』

 いきなりチカに向かって『弓』をぶっ放してきておいて、呆然とする、赤いリボンをつけた黒い髪の魔法少女に、俺とチカは絶叫した。

 とっさに反応出来た俺が、魔力を手に集め、チカの真似事で『矢』を打ち消したのだが……正直、手が痛い。ジンジンと痺れて、洒落にならない。
 ……あとで沙紀に……いや、こんな痛み程度で、沙紀の手を煩わせるわけにはいかない。
 今度、病院に行くか。

「ちょっとアンタ! ウチの颯太に何するんだい!」
「うち……の!? えっ!? えっ……まどか、一体、どういう事なの、これ?」
「っ!! 何か、カンチガイがあるみたいだな、そこの奴。
 ……見た感じ、新人とも思えねぇが、まあいいさ。ちょっと『O☆HA☆NA☆SI』しよぉか? アァン?」
「そうだね、颯太……悪さした子には『O☆SE☆KKYO☆U』ってのは定番だもんネェ♪」

 にたぁり、と笑う、見滝原の恐怖の『コワモテコンビ』。
 阿吽の『阿』の斜太チカ、『吽』の御剣颯太の『仁王タッグ』。
 その二人に、何も知らず喧嘩売っちまった、目の前の哀れな黒い髪の魔法少女は、一瞬、引きつった笑みを浮かべ……

「くっ!!」

 後ろを向けて逃げようとしたところを……

『逃がすかぁっ!!』

 快速でカッ飛ばす俺と、チカの鎖で、あっさりと彼女は捕獲されてしまった。



「わけが……わからないわ」
『ワケが分からんのはお前じゃあああああああああっ!!』

 混乱する彼女にチカと声をハモらせて絶叫しながら、俺は彼女を、俺の家……別名『魔法少女の取調室』に連行した。

 ちなみに、この家の中で、悪さをした魔法少女に対して、俺とチカが『SEKKYOU』しつつ、巴さんがそれを最終的に判断して救うという構図が出来上がってたり。
 その結果、なんか最近、巴さんが、実力とは別の人望面で、見滝原の魔法少女の元締めになりつつあるのだが……そこをバシッとキメてくれるのが、流石に巴さんだと、俺は思う。
 年齢は一個年下でも、何だかんだで、凄く尊敬できる人だ。

 ちなみに、佐倉杏子のような『帰る家が無い』孤児の魔法少女は、全員、佐倉杏子の教会に放り込んであり、そこでチカの奴が飯を食わせている。
 俺の方も、金銭面で何だかんだとフォローしてやり、最近はあの教会が、斜太チカと佐倉杏子という肝っ玉母さん二人の仕切る『魔法少女の孤児院』と化しつつある。

 それは兎も角。

「どうぞ」

 沙紀の奴が淹れた茶と、栗鹿子を出しながら、彼女……暁美ほむらは、戸惑いながらそれを口にし……

「っ……これは……変わらない味ね。懐かしいわ」
「は?」

 ワケが分からない事を言う、暁美ほむら。

「もう、どれくらい昔になるのかな、ここの時間軸は? かなり最初の方だったハズだけど……
 随分、特異なループだったし、色々世話になるキッカケだったから、よく憶えてたけど……まさか『御剣颯太の居る並行世界に戻る』なんて。
 ……聞いてないわよ、まどか……」
「何言ってんだ、てめぇ?
 ……まさか、『自分が未来人だ』とでも抜かすのか?」

 もー、吹っ飛んだデンバな事しか言わない、暁美ほむらに、俺は呆れ返った。
 奇跡や魔法の世界で生きている魔法少女たちだが、ここまで吹っ飛んだ思考回路の持ち主とは、滅多に遭遇した事が無い。

 ……こりゃいよいよ、本気で黄色い救急車が必要になってきたかも知れんなぁ。

「……相変わらず、鋭いわね、御剣颯太。当たらずとも遠からず、よ」

 その言葉に、俺は呆れ返った。

「っ……!! おい、チカ……すまん、黄色い救急車の用意が必要っぽい」
「ああ、きっと『自分の性格変えてくれ』とか、頼んじゃったんじゃないのか?
 ほら、居ただろ、呉……なんとかって子? ありゃ色々な意味で、やりづらかったじゃないか?」

 以前、頭痛のするような魔法少女と遭遇した事があり、俺とチカは彼女の起こしたトラブルの解決に向かった事があったのだが……ありゃ大変だった。
 速度低下の魔法で、俺の機動力が完全に殺されてしまい、チカのパワーも鎖も役立たず。
 害は無かったものの、完全に弄ばれてしまった。……まあ、相性が悪かった、とも言える。
 結局、巴さんのリボンで捕縛して、保護者役の魔法少女に引き取ってもらったものの……まあ、保護者はともかく、頭痛のするよーな口調とノリに、俺とチカは完全についていけなかったっけ。

「そうね……信じて貰えなさそうね。邪魔したわ」
「おい待てや。
 ……信じる信じない以前に、お前、自分が何やったか、分かってんのか?」

 何しろ、いきなし弓で一撃である。
 ……ほんと、頭オカシイとしか思えないし。

「っ……悪かったわ。
 流石に、ドラッグを使う魔法少女なんて、今まで彼女だけだったし、あの拉致騒ぎを思い出して思わず……」

 流石に、聞き捨てならない言葉に、俺は思わず反応してしまう。

「えっ!? チカ……お前ぇ、まさか……」
「ばっ、馬鹿言うな! 魔法少女になって以降、あんなのに手ぇ出してねぇ!!
 ……おい、てめぇ!! 誰がドラッグに手ぇ出したってぇ!? 颯太や巴さんの前で、イイカゲンな事言ってんじゃねぇよ!!」

 そう吠え叫んだチカが、暁美ほむらの胸を捩じりあげた。

「くっ……ちょっ……」
「おっ、おい、チカ!」

 完全にブチギレたチカが、暁美ほむらの首をミキミキと締め上げて行く。

「ああ、昔、荒れて人間やってた頃には手ぇ出したけどなぁ、魔法少女になって以降、二度とあんなモンに手ぇ染めちゃいねぇよ!!
 ……っつーか、何様だテメェ! スカしたツラしやがって!
 こちとらがヤクザの娘あがりの魔法少女だからって、バカにしてんのかゴラァ!!」
「おい、落ち着け、チカっ!!」
「チカさん、ストップ! ストップ!!」
「放せ、颯太! 巴さん! こいつガチでシメてやるーっ!!!」

 顔面蒼白になった暁美ほむらを振りまわしながら、怪獣の如くガーッと火を吹いて暴れ回るチカ。
 結局、俺と巴さんと沙紀と。魔法少女と魔法少年の三人がかりで、必死に押さえつける羽目になった。



 部屋の隅っこで、巴さんと、巴さんの能力コピーをした沙紀の二人がかりで、リボンにぐるぐる巻きに拘束されたチカを放置しつつ。

「暁美ほむら……率直に聞く。お前は、何者だ?」

 そう言って、俺は暁美ほむらに切り出した。(『がるるるるる』と暁美ほむらを威嚇してるチカは無視)。

「……それを聞いて、どうしようというの?
 信じてもらえるとも思ってないし、私は、出来る事ならば、あなたとは敵対したくは無いわ。
 謝罪なら幾らでもするし、この街を立ち去れと言えば、そうするわ」

「そーいう問題じゃネェよ。お前は、俺たちの仲間であるチカの信用を傷つけたんだ。
 正直、お前の寝言は、洒落になるモンじゃない。……本来だったら、この場でガチで締め上げてやらなきゃいかん。

 ……の、だが……

 どうもな、冷静に思いなおすと、お前自身、そこまで狂ってるとは思えねぇんだよ。
 何か、こう……行き違いがあるんじゃねえのか?」

「信じてくれるとでも言うの? 途方も無い話だというのに」

「少なくとも、俺も巴さんも『話は聞いてやる』って事さ……信じるか信じないかは、俺たちが判断する。
 もし、お前が正気ならば、そこン所を踏まえて、よーっく自分の頭の中を整理して話を転がしてったほうがいいぜ、暁美ほむら」

 じっ、と睨みつけながら。
 お互いに沈黙の時が過ぎていき……

「はぁ……確かに、あなたに隠し事をするのは、リスクが高いわね。
 考えてもみれば、『あの時』だってアッサリと柔軟に私の正体を受け入れてくれたわけだし……話す価値は、ありそうだわ」
「本当に……何か、突拍子も無い身の上なのか?」
「ええ、魔法少年……いえ。おそらくは……『ザ・ワン』、御剣颯太。
 あなたには、色々とひっかきまわされた末に、長い事世話になったわ」
「……は?」

 口を開いた暁美ほむらの言葉に、俺は思いっきり首をかしげた。



「俺が、魔法少女の……殺し屋ぁ!?」
「あっ、あっ……あたしが、ドラッグの売人(プッシャー)で……沙紀ちゃんの誘拐犯!?
 挙句、颯太に成敗されたってぇ!?」

 自称、元『時間遡行者』、暁美ほむらの話は、突拍子も無いを通り越して、荒唐無稽もいい所だった。

 『鹿目まどか』という少女がひっくり返した……魔女と魔法少女のシステム。
 その結果、この世界に生まれてしまった魔獣。
 グリーフシードによる浄化と、現在の穢れの浄化によるシステムの差異。

 しかし、その……魔女と魔法少女のシステムってのは……腐ってるにも程があるぞ!?
 挙句、俺が『魔女の釜』の管理者で、キュゥべえと敵対してて?
 その絡みで魔法少女を虐殺しまくったとか……しかも、『魔力』を一切使わず、生身で、銃器と剣術と罠と沙紀のソウルジェム併用を駆使して!?
 その上で『一般人に誰にも被害を出さなかった』だとぉ!?

「どっ、どんだけ超人なんだよ……お前の見た『俺』ってのは!?
 ……魔力無しの生身で、沙紀を守り続けながら、魔法少女全部と敵対しつつ生き延び続けたなんて。
 正味、想像もつかねぇよ!」
「それでも、『自分は、ごく普通の男』……と、思っていたのよ、あなたは自身は。
 結果、強力な自己暗示がかかり、沙紀ちゃんのソウルジェムを解するか、愛用の刀を介してでしか……あるいは、恐らく危機的状況に陥ってでしか、その身に秘められた魔力を使う事が出来なかった。
 ……でも、あなたの正体は、おそらくは……『ザ・ワン』よ、御剣颯太」

 まーた、突拍子も無いお言葉。
 条理をひっくり返す魔法少女様だからって、こんな豪快極まる話があってたまるか!?
 だが……俺自身の体の事まで知ってるとなれば、タダごとではない。

「『ザ・ワン』って……映画の……アレかい? その根拠は?」
「私が気の遠くなるほど、繰り返し続けてきた時間軸……並行世界の中で、唯一『あなたと直接、一度しか遭遇しなかった』。
 そして、それ以外の全ての時間軸において『あなたは、魔法少女やキュゥべえとの闘いに敗れて、全て死亡している』のよ」
「っ! ……つまり、何か?
 その……並行世界の自分自身が死んで、その死んだ自分の力や体験が、全て、今この世界の『俺』に集約された結果が……今の俺自身、って事か?」
「そう結論せざるを得ない凄腕だったのよ……あなたは。
 でも、この世界では、あなたは何故か、沙紀ちゃんのソウルジェムや愛刀を使わずとも、魔力を使えている……何故?」

 その言葉に、俺は暫し、思考を巡らせながら。
 意を決して答えて行く。

「っ……その、昔っからな……少しだけ、不思議な事が出来たんだよ。
 それでも、俺はタダの男で、普通なハズで……だから『こんなの間違ってるよなぁ』って思いながら、ずっと過ごしてきたんだ。

 ……確かに、沙紀の命は救えた。巴さんとも会えた。チカとも会えた。他にも、支えてもらってる、多くの魔法少女たち。それは否定できない。
 でもな、やっぱりこう……魔獣とか、魔法とか、奇跡とか……『祈れば何でも解決できる』なんて、結構間違ってんじゃないかって、俺の心の片隅で、ずっとずっと思ってるんだ。現実って、そんな甘く無いぞ、って」

「それよ。あなたの魔力の正体、祈りの正体は、剣を振るう念から来る『最速』と、現実を肯定して奇跡を否定した『否定』の祈りなのよ。
 『疾く速やかに、魔を否定する』……だから、誰にも観測する事が出来なかったし、あなた自身にも制御なんて出来なかったし、自覚も無かった。
 あなた、ひょっとして……魔法少女……いや、魔法少年としての防御力は、かなり低いままではないの?」
「あ、ああ……スピードは自信があるんだが、純粋な魔法の攻撃はともかく、魔法を介した物理攻撃には、結構弱いんだ。
 増して、回復能力の低さは、常人並み。デカい一撃喰らったら、おそらく一発お陀仏だ。
 そういう装甲と回復力の弱さを、剣術や体術のスキルと速度。それと『魔力相殺』の防御で補ってる状態でな」
「なる……ほど。
 あなたの能力そのもののリスクの高さそのものは、そう変わって無い、って事、ね……少しはマシになってるみたいだけど。
 だから、この世界でも、おそらく……」

 と……

「あのさ、あんた……仮に、その、アンタの話が真実だとして。
 何であたしが、沙紀ちゃんを拉致るとか、って話になったんだ?」
「それが、さっき話した『魔女の釜』に繋がるのよ。
 グリーフシードを介した穢れの浄化のシステムの穴を突いた、再利用のシステム。
 当時、魔女退治と縄張り争いに明け暮れる、魔法少女にとって、とても魅力的で画期的な方法だった。
 つまり……」
「そっか。札束刷れる印刷機みたいなモンだもんな。その魔女の釜ってのは。
 それに目をつけて、あたしが沙紀ちゃんごと奪おうとした……にしても、ドラッグとは聞き捨てならないんだけどね?」
「それは、多分……あなたが『魔法少女の現実に絶望したから』よ、斜太チカ」

 その言葉に、は? ってなるチカ。

「考えても見て? あなたは、『御剣颯太が存在しない限り、魔法少女として存在し得ない』魔法少女なのよ?
 それは分かるわね?」

「あっ、ああ。……確かに、そうだ。
 祈りの動機はどうあれ、キッカケは颯太とキュゥべえの二人だし……あっ、でも待てよ!?
 『魔女と魔法少女』の理屈がもし本当で、かつ颯太が『魔法少女の殺し屋伝説』なんて背負っちまってたとするなら……」
「更にね。
 何人かの魔法少女は、魔女が生み出す使い魔を見逃して『一般人を食べさせる』事によって、肥え太らせて魔女にして、それを狩る事でグリーフシードを得ていたわ。佐倉杏子なんかは、その典型例だった。
 斜太チカ。それにあなたは『更に適応し過ぎた』結果、ドラッグを使って、他の魔法少女の魔力と感情を操作して、それによって暴走して魔女化した魔法少女を、魔女の釜の餌にしようと目論んでいた……『御剣颯太を手に入れるために』」

 げげげっ!! という表情になるチカ。

「やっ……やばい……あり得る……そんな理屈が裏にあって、更に『昔のアタシだったら』マジでやってたかもしれない……
 っていうか、夢も希望もありゃしないじゃないか、そんなの!
 世間の仕組みに反抗したあたしの祈りなんて、真っ先に踏みにじられる類のモンだよ!」
「そうね。それに、その……さっき使ってた『鎖』は、私も見た事の無い力だったわ。おそらく、それは……」
「あ、ああ!
 もしそんな理屈がわかったとしたら、多分、この『罪科の錨鎖』は使い物になるワケが無いし、あたしの『奥の手』なんか、絶対無理だ。
 杏子の奴に聞いたんだが、あいつも能力を封印しちゃってる部分が結構あるっていうし……多分、その時のあたしもそうだったんだ」

 ぞっとした表情のチカ。
 だが……

「なんというか、地獄にしか思えねぇな……そんな世界。
 で、時間遡行者様よ。悪いんだが……それを証明する手段、あるか?」
「それよ。それが難しいから、話す事が出来なかったの……キュゥべえに話しても、夢物語としか、受け取られなかったし」
「だよなぁ、俺だってあんま信じられねぇよ」

 と……

「あの、暁美……さん?
 少しお尋ねしたいのですが、その……鹿目まどかさん、って人は。
 言うなれば、『魔法少女の神様』になったようなモノですよね?」
「え、ええ……まあ、言うなれば……」

 巴さんが切り出した言葉に、暁美ほむらがうなずく。
 と。

「颯太さん! その、冴子さんの死に際に見たっていう『女神様』って、もしかして!」
「っ! そっか! それだっ! 沙紀! 色鉛筆かクレヨン。あと何か書けるノートもってきてきくれ!」
「うん、お兄ちゃん!」

 そう言って、沙紀がクロッキー帳と色鉛筆を持ってくる。
 それを手に取りながら、俺は、姉さんの死に際に現れた、女神様というか、少女の姿を思い浮かべつつ描いて行く。

 今でも記憶に鮮明に残る。あの少女の面影……赤いリボンをつけた……そう、目の前の魔法少女と同じような赤いリボンをつけた子。

「その、鹿目まどかってのは……もしかして『こんな子』だったのか!?」
「っ!! まっ、まどか……!! あなたは……まどかを『見た』っていうの!!」
「あ、ああ……その、姉さんの死に際に、な。てっきり、幻覚や幻聴だと思ったんだが……なんってこった」

 それがもし、事実だとするならば。
 俺や魔法少女たちは、知らない所で、その少女にえらい負担をかけてしまっていたのではないか?

「OK、暁美ほむら。
 少し話を色々整理していこう。お互い、有益で有意義な情報が得られそうだ。
 他に、証拠となりそうな知識だとか……例えば、お前だけが知ってて、他の誰もが知らない事とか、あるか?」
「他には……そう、この家の地下には、隠し金庫が」
「待った! ……OK、それで十分だ。ってことは……」
「『KONNNAKOTOMOAROUKATO』……間違ってるかしら?」

 なんて……こった。

「参ったぜ……まったく、何てこった……疑うべき要素が、殆ど消えちまった。
 俺としては疑いたいんだが、否定できる要素が持って来れねぇ……」
「颯太……さん?」
「何か、裏はあるのかもしれない。
 だが……もし、そうだとするならば、合点がいく行動ばかりなんだ。
 勿論『間違ってない』からって『正しい』とは限らないんだが……ここまで合致しちまうと……うーん」

 腕を組んで悩みながら、考え込んでいると……

「……そう。ならば、眼鏡か何か、あるかしら? サングラスじゃない素通しの。
 出来れば、赤くて四角いフレームがいいわ」
「? ああ……確か、師匠の変装道具の中に、そんなのがあったハズだ。持ってくる」

 そう言って、彼女に四角い赤いフレームの眼鏡を手渡すと、彼女は髪の毛をみつあみにし……は…じ……め……

『あああああーっ!!!!!!!!』

 絶叫する、俺と沙紀。

「これで、信じてもらえるかしら?」

 そこに居たのは……沙紀の病室の隣に、以前居た、病弱な眼鏡をかけた女の子だった。



「参ったぜ、ホント……わけが分からねぇよ……まったく」

 物凄い展開についていけず、俺は頭を抱えてしまった。

「……つまり、何か? 俺が契約したのは……おそらく、その『鹿目まどか』って子だったのか?」
「ええ、あなたは、前の世界では、他の魔法少女の力を介してでしか、キュゥべえが見えて無かった。
 なのに、今ではちゃんと魔力として自分の力を行使出来ている……そして、本来見えるハズの無い、まどかが見えていた。
 そして、『魔法少年は、魔法少女と契約して成る相棒(マスコット)』という定義のもと、あなたは動いていたわけで……だとするなら、契約相手は、まどか以外に思いつきようが無いわ」

 もう、ぶっ飛びまくった俺自身の身の上の話に、頭痛がしてくる。
 ……なんだよ、『ザ・ワン』で? しかも、魔法少女の女神様の相棒(マスコット)だとか?
 ありえねぇー!!

『なるほど。御剣颯太、もし仮に、君がザ・ワンで、しかも『否定の祈り』なんてモノを祈っていた。その上、宇宙の因果律そのものを書き換える『神』とまで契約済みだとしたら、君の魔力の底が読めないのも、合点がいく話だ。
 ……君は本当に、空恐ろしいほどの不確定要素だ。イレギュラーにも程がある存在だよ。
 もし仮に、前の世界で、君を敵に回したいと望む存在が居たとしたら、それは愚かにも程がある話だ』

 キュゥべえまでが、俺の事を絶賛しやがる。

「いや、そん時に俺を一番、敵に回したのは、キュゥべえ。お前だったらしいぞ?」
『それは君が、君自身という存在に対して、誤解を受けるような、状況と行動を、繰り返したからじゃないのかな?
 君がもし、ザ・ワンだと知っていれば、流石に手は出さなかったと思うよ?』
「いや、多分、俺の気性からして、一度でも家族に手ぇ出しやがったら、トコトンまで喧嘩したと思うし。
 ……っていうか、本当にお前、人間の感情を知ろうとしないんだな?」
『だって、わけがわからないじゃないか? 感情なんて精神疾患でしかないんだから、僕らにとっては』

 その脳天気な物言いに、俺は忠告する。

「あのなぁ、そうやって『わけがわからない』で済ませてるから、俺がザ・ワンと見抜けなかったんじゃないのか?
 それに、仮に姉さんが死んだ時に、そんな事実が分かったとしたら……あの時のお前との契約の段階で『俺の命と引き換えに、お前の存在を母星から何から、並行世界も含めて、歴史上からも一片残さず全て消滅させろ』とか願ったら……お前、どうしてた?」
『………………』

 流石に、究極の選択を迫られたキュゥべえは、沈黙してしまった。

「キュゥべえ。『分からないのを知ろうとしない』ってのは、本当に恐ろしいぜ?
 第一、感情を『病気』と定義するなら、その『病気』を研究する事くらいは、したほうがいいとおもうぞ? でなけりゃ『病気を治す』どころか『病気にかかってる自覚』すら、出来なくなっちまうぜ?
 気付いたら、種族全部病気にかかってる自覚が無いまま、手遅れになってたってケースとか、あり得るんじゃないか?
 増して、お前、記憶も魂も、種族全部繋がってるような存在なんだろ? それでいて『感情が無い』って事が正常だと定義するならば、それをどこの誰が監督して保障するんだい?」
『……忠告感謝するよ、御剣颯太。
 確かに、君の言うとおりだ……何か対策を考えてみるよ』

 そう言って、キュゥべえは俺に頭を下げる。

「しかし……色々と合点が行かない所が、いっぱいあるんだ。
 まず、第一に……俺が、ザ・ワンだとして、だ。
 全ての並行世界が変わっちまったってのに、何で俺が、まだ魔法少年なってやる羽目になってんだ?
 俺はもう、平凡な生活に戻れても、おかしく無かったんじゃないのか?」
「恐らくは……美樹さやか、じゃないかしら?」

 誰だ、それ?

「まどかの親友よ。
 『結果的に』とはいえ、『魔法少女の彼女』を救えたのは、あなたしか居なかったの。
 ……全ての時間軸において、彼女はあなたや斜太チカ程ではないけど、不確定な存在だったわ。
 魔法少女になったり、ならなかったり……思えば、彼女は様々な末路を辿っているけど、決してどれも『幸せ』には、なれなかった。
 恐らく、まどかにも救いようが無かったからこそ……」
「俺を引っ張り込んだ、と? ……ずいぶんワガママな女神様だな、おい!?」

 呆れ返る。
 だが……

「そっかなー? お兄ちゃん、だって私たちの家ってさ、お父さんお母さんが狂っちゃったのは、変わらなんいじゃない?
 だったら、冴子お姉ちゃんが魔法少女になるのって、多分、止められなかったと思う。
 私も心臓病で倒れるのは、変わって無かったみたいだし。だったら、女神様に助けてもらった、って思えなくない?」

 沙紀の言葉に、俺は納得する。

「うっ……まあ、確かに……って、でも……待てよ?
 するってぇと、他の並行世界の『御剣家』は……」
「多分、お兄ちゃんが居ない時点で、破滅の末路、辿ってるんじゃないかな? 少なくとも、あの日の夜以前に死んでたとしたら、冴子お姉ちゃんと私が無理心中に巻き込まれて、御剣家そのものが無くなってる。
 それ以外にも、お兄ちゃんの幻覚殺し……たぶん『現実肯定』というか『奇跡否定の魔力』からきてるんだと思うけど、それに随分といろんな場面で、みんな助けられたりしてるじゃない?
 全員、幻覚に狂わされたみんなの中で、ただ一人で魔獣を倒してチームを救った、なんて場面……何回かあったでしょ?
 それに私だって……お兄ちゃんが居なかったら、ソウルジェム併用なんて出来なかっただろうし、少しずつでも前に進めるなんて、思えない。多分、自分の能力の扱いに困ったまま、自滅してたハズだよ?」

「なんてこった……」

 いや、そりゃさ……我が家の大黒柱の自覚はあるけど。
 だからって、そこまで重いもん背負わされてたとは、思えなかったのだ。

「結局、何だ……俺の力ってのは、『アカの他人の破滅』を前提に成り立ってるのか……重いなぁ」
「え?」
「だってそうじゃねぇか? 『並行世界の自分』なんて、結局、アカの他人だろ?
 そいつ自身の勝手とはいえ、最後の最後に自分の生きざまを、俺に託して死んで行ったなんて……重すぎるにも程がある。
 あの映画みたいに、自分から殺して回るんなら兎も角、俺の場合は、完全に偶発的な……っていうか、『偶発的に起こり得る事を前提とした必然の結果』みたいな感じじゃねぇか?」
「っ……そうね。確かに……そうとも言えるわ」

 脳天気な事を言う、暁美ほむら。
 だが……

「何言ってるんだ、暁美ほむら。
 もし俺が、ザ・ワンだとするなら、お前の方がよっぽど重罪だとおもうんだが?」
「……どういう、事?」
「お前、最初にその……鹿目まどかが神様になったのは、自分が因果の糸を、彼女を軸に束ねたからだ、って言ったよな?
 俺、それとは別の仮説を立てたんだが……ちょっと怖い話になるんだが、聞くかい?」
「っ……何なの? どういう、事?」

 とりあえず、順を追って説明していく。

「まず、お前自身はその……元々は、魔法少女としては平凡で並みだったワケだ? 能力が『時間停止』なんて特殊なだけで」
「ええ、そうよ」
「更に、それは『何度繰り返しても変わらなかった』」
「そうよ。だから私は、この世界に戻るまでは、銃器を手にしてきたわ。そして、御剣颯太、あなたに助けられた」
「ああ、まあ、それはいい。
 重要なのは、だ……『お前が何回繰り返しても、魔力的な強さが変わらなかった』って事なんだ」

 その言葉に、暁美ほむらが怪訝な顔を浮かべる。

「どういう……事?」
「お前さんの願いってのは『鹿目まどかとの出会いを一からやり直したい』だったよな?
 だが、お前自身の魔法少女の素質は、並みだった。
 結果、並行世界の中で、『鹿目まどかと遭遇可能な、別の世界の暁美ほむら』という『アカの他人の人生を乗っ取って』、繰り返してきちゃったダケなんじゃないのか?」
「っ!!」

 その発想は無かった、とばかりに絶句する、暁美ほむら。

「もし、そうだとするならば、お前がこの世界に来たのも、合点が行くんだよ。
 おそらく……『お前が繰り返した数だけの、全ての並行世界の暁美ほむら』が、『鹿目まどかとの顛末』の記憶をもったまま、元に戻ってるんじゃないのか?
 『ザ・ワン』との再遭遇なんて確率論的にありえないなら、そーいうオチを考える方が、妥当なハズだぞ?」
「そん……な……」
「更に、だ……『魔法少女の魔力の量は、因果の総量で決まる』って言ってたな?
 だとするならば、お前さん個人が、途方も無い因果を背負い続けてるのに、何度繰り返しても、魔力の量が変わらないってほうが、おかしいんだ」
「……?」
「具体的に言うぞ?
 『お前は鹿目まどかとの出会いを、最初からやり直したい』って望んだ。結果、無数の鹿目まどか含めた他人を救えず、さらに自分自身も『救えなかった』。
 そして……『それでもお前は一からやり直し続ける』事を望んだ。そのデタラメな程、重たい因果の行き先は……言うまでも無いな?
 つまり、『お前が魔法少女として成長して変わることを拒否しつづけた』末に、鹿目まどかが途方も無い素質を……」
「も、もういいわ! わかった! やめて! 御剣颯太!!」

 耳をふさいでしまう、暁美ほむら。
 ……まあ、無理も無いか。

「ああ、悪かったな。
 ……まあ、仮説は仮説だ。あまり気にするな。
 間違ってるかもしれないし、どっちにしろ、お前が原因だって事に変わりはなさそうだし」
「っ……そうね。確かに……その通りだわ」

 ぶるぶると震えながら、暁美ほむらはうなずいた。
 と……

「あ、やっべ……もー結構な時間じゃねぇか。チカ、教会のほうは!?」
「あっ!」

 と……案の条、我が家の電話機のコール音が鳴り響く。

「はい、もしもし……」
『っ……颯太……あんたかい。アネさん、そっちに居る!? 今日の料理当番、あんただったろ!?』

 電話越しの佐倉杏子の声に、俺はしどろもどろになる。
 ……ジャージャーという音がする所から見ると、なんか台所で作ってるらしい。

「あー、すまん。ちょっとな、魔法少女絡みで、結構、デカい話が分かっちまったんだ。代わりに俺が……」
『っ!! いいからアネさんに代わって!! 教会の事にあんま首突っ込むな!』
「あいよあいよ……チカ、杏子の奴から。カンカンだぞ」

 その言葉に、チカの奴も頭を抱える。

「あっちゃー……やっちまったね、また……」
「因果応報だ、諦めろ」

 そう言って、電話に出たチカだが……案の定、受話機から怪獣みたいな佐倉杏子の怒鳴り声が聞こえて来る。
 そして……

「すまん、颯太。今晩、あたしの分、飯抜きになっちまった」
「りょーかい……えーと、五人前、か……ま、いいか。
 とりあえず、なんか適当に作るか……肉じゃがとサラダとみそ汁くらいでいいな?」

 そう言うと、俺はキッチンに向かう。
 で……

「手伝いましょうか?」「手伝うか?」

 名乗り出るチカと巴さん。

「いや、とりあえずまだいいよ。簡単に作っちまうから、座ってて適当に話でもしててくれ。
 ……女子トーク、苦手なんだよ、俺」

 そう言って、俺はキッチンに立つと、いつものように料理を始めた。



[27923] 終幕:「阿修羅の如く その4」
Name: 闇憑◆27c607b4 ID:cb2385d9
Date: 2011/09/04 08:25
「……どうしてこうなった?」

 結局。
 料理をしようとしたものの、暁美ほむらに撃たれた右手の痛みが激しくなり。
 見てられん、とばかりにチカと巴さんが料理をする事になった。

「……………」
「……」

 気まずい。
 やっぱり……

「なあ、その……やっぱ、俺、キッチンに」
『だめ。そこに座ってる事』

 魔法少女三人に、釘を刺されてしまった。
 あまつさえ、手に湿布と包帯を巻かれてしまっては、どーしょーもない。

「……参ったなぁ、ほんと。
 何か、沙紀みたいに気の利いたトークでも出来ればいいんだが、見ての通りの無骨者でな。
 ……すまんな。暁美ほむら」

 と。

「意外ね。あのふてぶてしい、皮肉屋の御剣颯太が……その怪我をネタに、嫌みでも言って来るかと思ってたんだけど……
 なるほど、沙紀ちゃんが言ってたのは、この事なのね」

「どういう、事だ?」

「御剣颯太。私とあなたとの関係は……御世辞にも、良好とは言えなかったのよ。改変前の世界では」

「……?」

「はっきり言って、私と初めて接触した時のあなたは、沙紀ちゃん以外の魔法少女全てを、敵視していたと言っても、過言ではない。
 私にしても、まどか以外のモノが、全く見えて無いと言っていい状態だった。
 ただ、共通の敵……ワルプルギスの夜を斃すという、目的があったから同盟関係を維持出来ただけ。
 お互いに利用し、利用されるギブ・アンド・テイクの関係で……かなり危ういモノだったわ」

「あー、なるほど。魔法少女全部が敵にまわってる状況だったら、そりゃ、警戒もするわなぁ?」
「ええ。お互いに『信用できない』事が『信用できる』。そんな関係だったわ」
「なるほどねー……で、ワルプルギスの夜ってのは、そんな状況下で、お前さんと手を組まなきゃいけないような、化け物だったのか?」
「そうよ。そして、あなたは姉……冴子さんを、ワルプルギスの夜との闘いで、失っている。その復讐が、協力の動機だった」
「あー、納得」

 それから、俺の闘いぶりやら何やらを聞くが……やっぱり、正味、化け物としか思えなかった。何者だったんだ、改変前の世界の、俺!
 だが、話を聞くうちに……死を望み、苦悩する下りを聞いて、何となく『俺ならあり得る』と思ってしまった。

「……五趣六道……か」
「え?」

 ふと、そんな単語が、脳裏をよぎった。

「ん? いや、『円(まどか)』……って名前から師匠が教えてくれた、六道輪廻って概念を思い出してな。

 およそ、仏道には、天道、人間道、修羅道、畜生道、餓鬼道、地獄道ってあるんだけど、な。
 元々、『修羅道』って概念は仏法には無かったんだ。『修羅道』そのものが『天道』に含まれていて、それを『五趣』っていうんだが、それが元々の古い教えだったのさ。
 お前さんの話を聞く限りだと……どうも、その改変前の俺は……いや、チカも含めて『修羅道』に堕ちてるとしか思えないんだ」

「修羅……道?」

「『阿修羅』っつってな……元々は正義の神様だったんだが、正しい事のために闘いに明け暮れるうちに、慈悲だとかそーいった心を無くして悪鬼へと成り果てた者。ある意味『闘いの神様』だ。
 そんな者たちが住まう世界では、衣食は望むままに現れ、天道と変わらぬ上等な食事が得られるが、食べ終わるとき口の中に泥が広がるため、結局は人の道に勝るものでは無くなってしまう。

 一方、天道……いわゆる、天人が住まう世界は、長寿で、神通力が使え、快楽と苦しみを知らぬ者たちが住まう世界。
 ただし、天人も煩悩とは無縁ではない。色恋沙汰だとか何だとか……まあ、死の恐怖だとか。そういうのも、ある。
 そして、天人五衰っつってな……最後の最後には、醜い姿になって、死んで行くんだそうだ。

 ……なーんとなく、魔法少年としての自分が『阿修羅』ならば、おまえら魔法少女が『天人』だったんだろうなぁ……って。
 ほら、魔女化の下りとか、天人五衰に近く無いか?」

「否定は……出来ないわね」

「だろ?
 多分……元々は『阿修羅みたいな俺』が、こーして魔法少女と飯食ってられるのは、その鹿目まどかって子が、六道輪廻の世界を、文字通り『五趣』の形態に戻してくれたからなんじゃねぇのかなぁ……って、さ……

 六道輪廻の世界じゃあ、上から順に天道、人間道、修羅道、畜生道、餓鬼道、地獄道ってあるけど、解釈によっては『四悪趣』として修羅道から地獄道まで含まれちゃうケースだってあるんだぜ? もちろん、『三悪趣』で修羅道を含まないケースもあるけどさ……
 元々は天道から生み出しておきながら、餓鬼畜生と同列で語られちまうよーな事って……あまりにも可哀想だと思わないかなぁ、って。

 だって人間、闘わないで生きて行けるなんて、思えないし……みんな必死に、何かと戦って生きてるのにさ。

 その『阿修羅』って神様が闘い続ける事になった原因も、元々は舎脂(シャチー)って娘を、結婚前に我慢できなかった婚約者の帝釈天が、拉致って凌辱しちまって、そいつにブチギレて喧嘩売ったって話だし。挙句に、娘がその帝釈天に惚れて裏切られたとかな。
 ……男親の立場としちゃあ、まして正義の神ならば、そりゃプッツンするに決まってるよ。
 ま、その末に天界全部巻き込んで、大騒ぎ起こした末に、悪鬼として修羅道ってモンに堕とされちまうわけだけど」

 と……

「あの、神様が……そういった事を、したのですか? 私には、どっちもどっちと思えるのですが」

 料理を作りながら、巴さんが俺に聞いてきた。

「ああ、言ったろ? 『天人と言えど、煩悩と無縁ではない』。魔法少女だって飯を食うし、色恋沙汰もあるのと一緒だよ。
 ……日本、に限らず、『多神教の神様』って、人知を超える存在ではあっても、やっぱどっか完璧じゃねぇんだよ。
 だからその分、色んなジャンルに特化した神様が多数居るし、その中で比較対象しながら、自分に一番御利益のありそうな神様をメインに選んで拝んで行くのが、一番なんじゃねぇの、って。現世利益、最優先で。

 ついでに言うと、俺は同じ『マイケルさん』でも、バスケやってる人がマイケル・ジョーダン拝むのは普通だと思うし、ダンスやってる人がマイケル・ジャクソン拝むのは当たり前だと思ったりしてるしな。
 要は、『何を神様にして祈るか』なんて、人ソレゾレってこった♪
 ……あ、ちなみに、明治神宮もそうだし、日光東照宮もそうだけど、『実在した人間』が神様として祭られてるんだぜ? 靖国神社なんかは、『護国の英霊たち』だしな」

 なんて、笑ってやったり。
 すると、チカの奴が、巴さんと一緒になって料理作りながら、聞いてきた。

「じゃあさ、颯太。今のあんたにとって、『神様』って誰だい?」
「んー……色々たくさんいるけど……やっぱり今の所の一番は『あの人』かなぁ?」
「誰? ……例の女神様?」
「いんや、違う。『虚淵玄』っていう、物書きの人。
 物凄いぶっ飛んだ、恐怖と絶望の物語を描かせたら右に出る者は居ない……そんなドス黒い筆神様の話が、大好きなんだ」



「……颯太、さん?」

 食事を終えた後。
 俺は、兗州(えんしゅう)虎徹を手に、自室で己の中の『存在』と向き合っていた時のことだった。

「ん、ああ……巴さんか。どうしたんだ?」
「いえ……その、何か色々ショックだったみたいなので、大丈夫かな、と」
「ああ。まあ、なんつーかさ……女神様云々の話は、正味、悪いんだけど、知ったこっちゃ無いんだが……それよりもこう、少し納得して、安心できたかな、って」

 思ったより穏やかな俺の表情に、巴さんが戸惑った。

「え?」
「だってさ、『ザ・ワン』だなんだって言ったって、元は『タダの男』じゃないか?
 例え、改変前の俺が阿修羅みたいな存在だったとしても……結局、やっぱりそいつも、タダの男なんだなー、ってようやっと理解が出来たんですよ。
 本当の俺……っていうか、俺って人間はさ、巴さんにしてもチカにしても、父さん母さん、師匠。色んな人との出会いとか分かれとか、そういったもんで、今の俺って人格が出来あがってるわけじゃないですか?
 そこに奇跡や魔法が絡んでいようが、起こった『結果』ってのは『現実』でしか無いんですよ、やっぱり。

 それに、『誰かの願いは、別の誰かの呪い』って、沙紀が言ってたけど……沙紀がその力を使いこなそうって必至になってるのに、今更自分が、その……なんだ。『別の世界の自分』なんて、赤の他人に押し付けられた力とはいえ、そこから逃げるなんて、出来るワケが無いよなぁ……って。
 だから、こうして愛刀を介して、『自分の中に問いかけてた』んです」

 そう。俺が試みていたのは、『対話』。
 別の世界の自分……無念の涙を飲んで死んで行った『己』という他人への供養。
 剣……兗州(えんしゅう)虎徹という、自分を映す鏡を介して、自分の中の自分全てと、きっちり対話して『何が出来るか』『何が可能か』を、問いただしておこうと、思ったのだ。

「……ほんとうに、颯太さんも、チカさんも、強い人ですよね」
「え?」
「チカさん、下で暁美さんに熱心に聞いてますよ? 『前の世界で、自分はどういう闘い方をしていたんだ?』って。
 自分の切り札や定石を、全て封じられた状態で、どういう闘い方をしていたのか、興味があるみたいです」
「ああ、話を聞く限り、全く戦闘スタイルが変わっちゃってるみたいだからなぁ。そこに、自分の新たな可能性を見出したんじゃないのか?」

 何しろ、前線で鎖でとっ捕まえて、殴る、蹴るしか出来ないのが、チカである。
 それで十分以上に闘えてしまうのも空恐ろしいのだが、その闘い方に限界を感じていたのも、また事実みたいだし。

「で、その……『自分自身の対話』っていうのは、上手く行きそうですか?」

 巴さんの質問に、俺は冷や汗を流す。

「いや、それがね……対話は出来たものの、膨大で……さらに『増えてるんですよ』」

「え?」

「どうもですね、こう……勝ち抜きトーナメントのグラフを思い出して欲しいのですが。

 『別の世界の御剣颯太が死んで脱落したからって、確実に俺の所に来るわけじゃない』んです。

 今の俺とは『別の世界の御剣颯太』の力になりながら、その『御剣颯太』が力及ばず倒れた時に、また別の『御剣颯太』に寄り添って行く、みたいな感じで……たとえば、御剣颯太Aが死んで、御剣颯太Bにとりついて、御剣颯太ABになる。別の場所ではそんなノリの御剣颯太CDが居て、ABが死んだ時に、そのCDが御剣颯太ABCDになる。

 そんな感じで、全体に均質化しながら、生き残りがレベルアップを繰り返してるんだと思うんですが……この調子だと、多分、まだ、並行世界で生き残ってる、『御剣颯太』は相当数いるんじゃないかなー?
 それでも、膨大なんですけどね、俺の段階で……中には『小学四年生の頃に死んだ俺』とか居たし。
 ……今思えば、あの『幽霊退治』で、相当数死んでるんだろうなぁ」

「えっと、つまり……」

「俺はまだ、『ザ・ワン』でも何でもないって事です。強いて言うなら、『ザ・ワン候補生』って所でしょうか?
 ……俺の仮説が事実だとして、多分、元に戻った『無数の並行世界の暁美ほむら』のうち、何人か何十人か何百人かは、同じような感じで今頃、頭を抱えてそうですね。
 ……恐らく、前の世界では、闘いの連続が過ぎて、恐ろしい勢いで『御剣颯太』が淘汰されていってしまったんじゃないですかね? しかも、全員が『キュゥべえを憎み』『魔女を憎み』『愚かな魔法少女を、憎んでいた』。
 なら、主人格の俺がどうあれ、おそらく、最終的には……キュゥべえや魔法少女や……その成れの果ての魔女に対する、憎悪の化身みたいな存在に、なっちゃんたんじゃないのかなぁ?」

「そっ、そんな!?」

 絶句する巴さんに、俺は軽く笑いながら、手を振った。

「いや、それがね……多分、そんな事にならないと思うんですよ。今の俺は」

「え?」

「恨みとかが、全く無いわけじゃないんですけどね……大体が悔しさを抱えているものの、話さえ通せば『後を頼む』って感じで……ほとんどアッサリしたもんです。話聞けば、さらっとした奴が多いんですよ、意外と。『別の世界の俺』って。
 ……あと、『穢れを溜めこめた』のは、多分、俺の中のソウルジェムが『どんどん後付けで追加されて行った』結果、力が増えず、かつ、穢れを溜めこんで行けたんだと思うんです。
 要は、穢れが増える分だけ、同じようにソウルジェムがデカくなってった結果みたいなんです」

「はぁ? その……つまり」

「確かに、俺の闘いの日々は続いたとしても、暁美ほむらから聞いたみたいな、前の世界みたいに過激なモンじゃない。
 穏やかに寝る事も出来れば、一応、魔法少女たちと話をする事も出来る。つまり……『ザ・ワン』なんて化け物みたいな存在になるのは、多分、だいぶ先になっちゃうんじゃないかな?
 うっかりしたら、寿命の方が先な気がするし、今の俺は普通に死にますし死ねますよ。多分」

「そ、そう、ですか……」

「そういう事です。やっぱり俺は、『タダの男』だったんですよ。
 ……少し、安心しました。
 そしてね……だからこそ俺は、『無為に死んではならない』って思うんです」

「え?」

「今の俺が何もしないまま、何も成さないまま死んだら、別の世界の俺に何て言いわけすればいいんでしょうかね?
 『お前、どんな経験積んで、どんな事してきたんだ? 何が出来るんだ? そんなお前が何ドジ踏んだんだ?』って聞かれた時に、胸を張って答えられなきゃ『後を頼む』なんて、言えるわけないじゃないですか?
 ……まあ、結局、俺は俺でしか無いから、俺に出来る範囲の事を、がっつり見据えて行かないといけないと思うんですけど……誰かに託された願いそのものに、振りまわされるのも、しゃくじゃないですか、男として? いくら、『五十万を超える自分』ってのが、中に居るとしても」
「五十万っ!?」

 目を見張る巴さんに、苦い笑顔を浮かべる。

「現時点で、俺の中に居る五十三万六千三百二十九人……しかも、現在進行形で増加中。まったく、全員と『対話』を終えるのは何時になるやら。不老不死にでもなるしかないんじゃないかなぁ?
 ……ま、今俺が生きてる事だって、人間の一個の精子が卵子に辿りついて妊娠する確率よりは、マシかもしれませんけどね。
 あれだって膨大な確率論の産物だし……って、あ、失礼」

「い、いえ、お構いなく……そうですね。思ってもみませんでしたけど。
 私たちがここに生きて立っているのだって、膨大な確率の中の、『ほんの一つの奇跡』でしか無いんですよね」

「そうですよ。だから奇跡も魔法も、起こってしまえば『結果』という現実ですけど。だからといって、それに縋って頼んだ生き方なんて、俺らしくないじゃないですか?
 そういう意味で、俺は巴さん、尊敬してるんですよ?」

「え?」

 俺の言葉に、巴さんが戸惑った表情になる。

「だってそうじゃないですか? 魔法少女なんて好き勝手出来る体で、佐倉杏子みたいに……まあ、彼女にはそれ以外、無かったってのもありますが……何にせよ、それに溺れず、人間らしい正義の味方を張り通す。
 挙句、俺らの世話や面倒なんてしてくれて……本当に感謝の言葉も無いですよ」
「いっ、いえ、むしろ、私の方が颯太さんやチカさんに、助けられてばかりだなぁ……って」
「そら、助けてくれた人を助けるのは、当たり前じゃないですか?
 ……正直、俺、女の子とかと接するの、あまり得意じゃなくて……沙紀の奴は新人だし、ベテランで各所にコネのある巴さんが居てくれたのは、本当に心強いんです」

「そう……ですよね。
 颯太さん、女性と接するの、本当に苦手でした……というか、現在進行形で苦手ですもんね」

「ええ、その……理解したくても理解出来ないと言うか……本当に、ワケが分からないんですよ。
 なんというか……こう『何が分からないかすらも、分からない』状態でね。
 女性と会話してると、こー……たまーに、先の見えない霧の中で崖っぷち歩いてる気分になるんです。
 『確かなモノが何も見えてこない』……謎過ぎるんですよ。チカが何で、俺を好きになったかなんて、その最たるものです。
 アイツとはそれなりに馬鹿やれてますけど、たまーに分かんないですからねーホント。アイツが、あんな気風のいい『イイ女』だってのに対して、俺は『タダの男』なハズなのに……いや、『このままではいけない』って、分かってるんですけどね。
 その『何がいけないのか』すら、分からない状態でして……」

 苦い顔で、俺はうつむく。
 と……

「多分……それは、『考えても答えの出ない問題』なんじゃないでしょうか?」
「え?」
「ほら、『隻手の音声』って……颯太さんのお師匠さんが、最後に出した問題。
 結局、解けないまま、死んでしまった、っておっしゃってたじゃないですか?」
「え? ええ……もう、答えを考えるのも馬鹿らしいんで、放置してるんですけど。
 ……ただ、それって一応、答えは『ある』みたいな事を言われたんですが……」
「だから、ですよ。
 問題を出した人が死んじゃったら、問題そのものの答えの意味だって、無いも同然じゃありません?」
「あ、なるほど」

 確かに。

「少なくとも、颯太さんのお師匠様って……こう『生きて行動で示す』人だったと思うんです。言葉も含めて。
 だから、その質問の答えは、『颯太さんにとっては』『答えが無い事が答え』だったんじゃないのかな、って。
 ……今、何と無く、今、思っちゃったんです」

「そっか。
 いや、気になって仏門の人に聞いたら『答えはあるよ』って言ってくれたんで、悩んでたんですけど。
 考えてみりゃ、抽象的な問題文なんだし、師匠が死んじまった以上、悩んでもショーガネェ話だよなぁ、そーいう部分は。

 『誰かに何か問題を出された場合、問題を出した人間そのものまで』観察して考えていかないと『本当の答え』なんて出せやしないしなぁ……
 それに、俺は得度受けてるワケでなし、坊主になりたいワケでもネェし……そういう『専門的な部分』は、専門家に任せるか」

「その割には、なんか変な事に詳しいですよね、颯太さんは。さっきの六道輪廻の話とか……」

「いや、大半が師匠の受け売りや嘘話を、自分なりに解釈したり調べなおした結果なんッスけどね……あの人、ホント現世利益最優先の人で、お坊さんっぽい『悟り』だとかといった要素とは縁遠い人なハズなのにねぇ。
 酒は飲むし博打はするし、借金はするし、巴さんには言うに言えない色恋沙汰絡みの騒ぎは茶飯事で……ほんと、何者だったんだか。
 しかも、色んな意味で『迷いが無い人』でしたからねー。もー、本能だけで生きてるとしか……」

 あまつさえ、本性隠すのが上手で……なんか、俺の両親が『立派な剣の師匠だ』とか、勘違いしてたし。

 ……ほんと、剣以外は『悪』の反面教師だったなー……色んな意味で。

「あ、そうだ。
 そーいや、師匠が一度だけ、首かしげてましたねぇ……『俺の両親、新興宗教にハマるタイプには見えなかった』って。『現実見据えて必至に生きてるタイプの人だから、インチキ臭い理想論に聞く耳持つとは思えんのだが』とか。
 でもま、『そういうタイプほど、一度嵌ると抜けだせんのが、ああいう宗教なのだが』みたいな事も言ってたし。『なんかキッカケみたいなのがあったんじゃないか』って。
 両親が、『正しい教え』にのめり込んで行くのを相談したら、そう答えてくれました」
「そう、なんですか?」
「なんか、そーみたいですよ? 師匠曰く、ですけどね。
 ちなみに『ありゃ手の施しようが無いなワシには。家族が何とかせい』だって。
 だからまぁ、何とかしようとはしてたんですけど、ねぇ……所詮、子供の意見ですから、どんな正しくても、聞く耳持っちゃくれなかったんですよ、いやホントに」

 挙句、無理心中の騒ぎである。ほんっとーに今でも『馬鹿だなー』としか思えないし。
 ……いや、思いたくないのだが、やっぱり育てて貰った恩というか、幸せな記憶ってのはあるわけで……あれ?

「……そういえば……本当に忘れてるな」
「え?」
「いや、子供の頃に、何かこう、ね……『凄く欲しい』って思って、両親にねだって買ってもらったモノが、あったハズなんですけどね……
 どこで何を買ってもらったんだか、本当に忘れてるや」

「それは……そういうモノではないのですか?」

「いや、そうじゃないんですよ。俺、元々、大人しい子だったんで……何かを『欲しい』とか、ねだったりする子じゃなかったんです。
 ただ、その時、『どうしても欲しい』って泣き叫ぶくらい両親にオネダリした記憶があるんですけど……不思議な事に『どこで何を欲したか』なんて、完全に忘れちゃってるんです」

「そう、なんですか」
「ええ、そうみたいです。
 チカの奴に『ワガママな部分が無いあんたは、壊れてる』って言われたんですけど……今まで一番ワガママしてた俺の記憶って、ソコなんですよね。
 その時に『何を欲したのか』って答えが出せればいいんですけど……沙紀の奴に聞いても『憶えて無い』って。
 案外、それさえ分かれば、俺の中の気持ちの整理みたいなのがつきそうな気もするんですけどね……ほんと、自分自身の事ですら、分からない事だらけです。俺の中の五十万人分、全部含めて」

 苦い顔をしながら、俺は巴さんに微笑みかけ……

『ちょっ、ちょっと! ダメよ! ザ・ワンを怒らせるなんて、無茶にも程があるわ!』
『いーじゃんいーじゃーん』
『そーだよ、私たちには知る権利があるもーん』

 何か、階下でバタバタと騒ぐ声……何事だ?

「どうした?」
「あっ、その……御剣颯太……その……まさか、この世界でも『金庫の中に』隠した本とか、無いでしょうね?」
「っ!!!!!!!!!!!」

 憶えがあり過ぎる。
 ……そーだ、隠す場所に丁度いいからってんで、隠し金庫の一層目に、いかがわしい本とか何やらを、集積してたんだった!!

「そっ、そんなものは無い!
 っていうか、他人の家の金庫の中を、覗こうなんてするなよ! チカ!」
「えー? ほーんとーかなー?」
「断じて無い! っていうか、御剣家のトップシークレットの空間じゃあっ!
 帳簿とか金とか、置いてあるんだよ! マジで!」

 そう、色んな意味で。マジに踏み込まれると、困っちゃうのである。

「じゃあ、御剣家の一員として、私は入る権利あるよね、お兄ちゃん?」
「さっ、沙紀!? だめだ、お前にはまだ早い!!」

 いろんな意味で。
 『御剣沙紀、大和撫子計画』が、ぶち壊しになりかねん!!
 と……

「へー? じゃあさ、巴さん。巴さんも、颯太の秘蔵本とか、興味無い?」
『ぶーっ!!』

 チカの言葉に、噴き出す俺と巴さん。

「よしっ! その反応からして、確実に『ある』と見た!
 ……ね、巴さん。興味無い? 魔法少年、御剣颯太、最大の秘密に!?」
「えっ、えっとぉ……」

 なんか、悪の誘惑をカマしていくチカに、俺は叫んだ。

「とっ! 巴さん! 俺は……その、巴さん信じてます! 巴さん正義の味方なハズですよね!?
 だったら、他人のプライバシーとか家の中の金庫漁るとか、そーいった事はしない人だと、信じてます!!」
「うっ……そ、その……」

 何か、色んな感じに揺れ動いてる巴さん。
 やがて……

「颯太さん。私も、颯太さんを信じてますよ」
「巴さん……」

 謝謝!! 謝謝、巴さん! ビバ、正義の味方!!
 ……早いうちに、面倒でも金庫の二層目に封印して、パスコードも変更しておきますデス! はい!

「ええ、ですから『何も颯太さんが見られて困るようなものが無いと、信じてます』」
「っ!! とっ、とっ……巴……さん!?」

 その目を見ると……何か、正義を言いわけに、明らかに好奇心に駆られている目! はっきり言って、タカの目よりおっかない目ぇしてますよ、巴さん!

「しっ、信じてますからね、は、颯太さん……その、『何があっても』私は颯太さんを信じてますから、見せてもらえませんか?」
「だっ、だっ、断固却下です!
 裁判長! 再審を要求します!! っていうか、弁護士、弁護士はどこだーっ!!」

 泣き叫ぶ声も意に介さず、チカの奴があっさりと。

「異議を却下します。ここに魔法少女たちによる、人民裁判の判決は下りました♪
 ……これより、御剣家に対し、強制執行に入ります」
「なんだその、有罪以外アリエネェ代物はーっ!!」

 俺はとっさに壁にかけてあった、インテリア代わりのユスの木刀を左手でひっつかむと、『金庫の入り口』に立ちはだかる。
 だが……

「くっくっく、颯太……お前、自分でも気付いてるかもしれないけど。能力的に、拠点防御だとかに決定的に向いてないって、分かってるか? しかも右手が使えないんだろ?」
「そうだよ、お兄ちゃん。お兄ちゃんのディフェンス面って、魔力相殺と機動力による回避がメインなんだから、魔法少女三人を、しかも片手一本で『押し留める』なんて、不可能に決まってるじゃない」
「そ、そうね……チカさんが突っ込んで行ったら、多分、颯太さん、大けがじゃ済まないと思います。だからそこを退いてくれませんか?」

 確かに。
 一対一の『戦闘』ならば遅れを取る事は無いが、重戦車のようなチカの防御力とパワーで突進されたら、俺は回避しながら迎撃するしか手が無い。
 こういった強行前進が可能なタイプへの迎撃手段は、速度で翻弄するしかないのだが、今、俺は『この場所を退いて動く事が出来ない』のだ。

 少なくとも『ソウルジェムを破壊』……即ち、『殺す』、か。あるいは『兗州(えんしゅう)虎徹』で四肢を切断という、究極手段を取るんじゃない限りは、だが……正味、そこまでやりたいとは思わない。

 何か……何か、手は……相殺……『魔力の相殺』か。
 ……やってみるか。

「舐めるなよ……魔法少年を舐めるなよ!
 俺の……俺の中の全ての魂が! ザ・ワンとしての魂全てが、お前らの所業を『否』と叫んでいるのだぁぁぁぁぁっ!!」

 その割には、しょーもない理由ではあるかもしれんが、色々な意味で切実なのは事実である。

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」

 木刀に魔力を集中させ、それを床に突き立て、展開。

 ……前に、巴さんがやってた、結界じみた拘束技の見よう見まねなのだが……

「出来たっ!」

 成功した手ごたえに、俺はうち震える。

「ふふふふふ、颯太、一体、何が出来……え?」

 変身しようとして、愕然とするチカ。更に……

「嘘……」
「そんな……」

 愕然とする、魔法少女三人。
 そして、状況が飲み込めない、暁美ほむら。

「御剣颯太……一体、何をしたと言うの?」
「結界張った。この家の中に」
「……?」
「『この家の中では、魔獣や何やの呪いが存在出来ない代わりに、奇跡も魔法も使えないし変身も出来ない』って結界さ。
 魔力否定、奇跡否定の応用だよ」

 いや、俺自身、出来るとは思ってなかったんだけどね。

「さぁて、魔法少女諸君。君たちが『ただの少女』になり下がったこの状況下、どうするつもりかな?
 あ、言っておくけど、俺、この状態でも、片手でリアルに銃弾斬りカマせられるくらいの、剣の腕はあるからね?
 ……痛い目見たくなければ、近寄らないようがいいよ?」
「げっ、きっ、汚ぇぞ、颯太! 単純な生身で、アンタに勝てるわけが無ぇだろ!」
「どっちが汚いんじゃボケェ!! 魔法少女三人がかりで、人の秘密暴こうとしやがって!! 男舐めるのもいい加減にしろーっ!!」

 叫ぶ俺。
 だが……

「くっ……上等だよ! こう見えて、昔は、素手喧嘩(ステゴロ)一対一(タイマン)上等のチカさんで鳴らしてきたんだ!
 左手一本しか使えない剣術使いがナンボのモンだって」
「ほいっ!」

 そう言って、変身しようとして握ったままの、チカのソウルジェムを小手打ちでハタき落とす。

「っ……」

 そのまま、ばったりと倒れ伏すチカ。

「あー、やっぱりか。
 おそらく、魔力が存在する事そのものに対しての結界みたいなモンだから、この結界の中だとソウルジェムと『肉体との接触が離れた瞬間』体のコントロールが利かなくなると思ったほうがいいよ?
 なんていうか……有線ならともかく、無線は通じない、みたいな? ……もっと結界の強度上げて行けば『魔法少女すら存在出来ない』状態にまで、なれちゃうかもだけどね」
「ちょっ、チカさあああああん!!」

 慌てて巴さんがチカの面倒をみるが……正味、余裕である。

「くっ、クソぉ……沙紀ちゃん、何とかならないか? 応用力って意味じゃ、あんたが一番だ!」

 ソウルジェムを手にして復活したチカが沙紀に頼むが、沙紀の奴も首を振る。

「だめ! 私の能力って基本的に贋作者(フェイカー)だもん! こういった『現実肯定、虚偽否定』とは正反対で、とことん相性悪いの!
 どうしてもやるなら、魔力量で強引に押しつぶすしかないんだけど、その量だってザ・ワンのお兄ちゃんに勝てるわけが無い」
「くっ……無駄な所で、変な覚醒の仕方しやがって!」
「あっはっは、リアルに生きてる魔法少年の剣術使いなめんなよー♪ ほら、散った散った」

 と……

「つまり……この中で、奇跡も魔法も関係ない武器……例えば、銃とかがあれば、通じるってことね?」

 暁美ほむらがボソッと呟く。
 が……

「誰が持ってんだ、そんなもん。まさかお前、持ちこしたとか?
 言っておくが、前の世界はどうだったか知らんが、我が家にそんなもん無ぇぞー?」
「……そうね……確かに、無理だわ。今の私には」

 ふと……その言葉に、チカの目がギラッと光った。

「……そうか……そうかぁ!
 おい、沙紀ちゃん、巴さん! 台所でも何でもいい『スプレー缶』持ってきておくれ!」
『えっ!?』

 ……ま、まさか!?

「早く!」
「う、うん」
「分かりました!」
「ちょっ、ちょっと待てぇっ!!」

 俺は……数多の戦闘経験から『チカのやろうとしている事』が、何と無く推察がついてしまい、絶句した。

「行かせ」
「おおっとぉっ!! 甘いよ颯太!」

 そう言って、チカがソウルジェムから取り出したのは……『拳銃型の催涙スプレー』だった。しかも二丁。
 っていうか……セシウムタイプの凶悪な奴じゃねぇか、それっ!!

「ふっふっふっふっふー……どんな剣の達人だろうが『銃弾は斬れても『霧』は斬れない』よねぇ? 颯太」
「てっ、てっ、てめぇ……」

 ノズルの銃口を向けられ、俺は絶句する。
 ……なんなんだこの夢も希望も無い、魔法少女共はっ!!
 確かに、銃口を見切って回避する以外に手は無いが、今、この場を『俺は退くわけには行かない』のである。後ろの金庫を開けて飛びこむにしても、その隙を突かれてしまうだろう。

 ……失敗したぜ、畜生!!

「元々、刃物沙汰の喧嘩(ヤンゴロ)や、乱闘(ゴチャマン)用に持ち歩いてたのさ……まさか、こんな所で、リアル剣術使い相手に、使う羽目になるとはねぇ」
「こ、このアマ……」

 さらに、沙紀や巴さんが、超強力ゴキジェットだの、スプレー糊だのを構えて勢揃い。

 ……チェックメイトだ。

 だが、諦めるわけにはいかない。
 男の尊厳を守るため『ここを退く』という選択肢は、ありえないのだ!!
 男には『負けると分かって挑まねばならぬ時がある!!』 ……いろんな意味でっ!!

「最後通牒だ、颯太……そこを、退け!」
「断る!! もしこの先に行くというのなら……俺の屍を超えて行けぃっ!!」

 というか、この秘密暴かれたりしようものなら、精神的に色んな意味で、リアル屍状態である。
 ならば、せめて斬り死にを選んでくれようぞっ!!

「そうか……アディオス、颯太!!」

 バシューッ!! バシューッ! と銃口から噴き出す、催涙スプレーの霧を、息を止めて目をつぶり、心眼で見切りながらチカの催涙スプレーに向かって木刀を振り……

「ファイヤー♪」
「って……うおおおおおおっ!!」

 次の瞬間……超強力ゴキジェットに『ジッポライターで火をつけて』、即席火炎放射機にした沙紀の奴が、俺にむかって業火をぶちかましやがってくる。

「げほっ、げほっ……沙紀、おま……」

 どこで憶えた、そんなテク!?

「颯太さん、ごめんなさい!」

 さらにスプレー糊が俺の顔面に直撃……って、火が、火がっ!! 服や壁紙に引火してるって!!

「危ない!!」

 とっさに、暁美ほむらが、近くにあった消火器でもって、『俺ごと』消火しやがった。
 いや、助かってるのは助かったんだけど……粉末型の消火器ぶっかけられた経験ある人は少ないだろうから説明するが。
 あれって、『空気中の酸素を奪って消火する』モノである。つまり、人間にぶっかけると呼吸困難を引き起こすケースが多々あるのだ。

 催涙スプレー、火炎放射機、そしてスプレー海苔に、消火器。
 もー悶絶する以外に無い状態に陥ってしまった、俺に向かい……

「チェック・メイト♪」

 チカの奴が、俺に向けて、ロッド型のスタンガンを振りかぶり……そして、俺の意識は闇へと堕ちていった。





「うわぁ……颯太って、やっぱり巨乳好きだったんだー」
「へぇ……颯太さんって、こんな人が……」
「……お兄ちゃんって、こーいう女の人が好きだったんだー?」
「……………その、御剣颯太……ごめんなさい」



「…………………………いっそ、殺せ…………………………」



 ……その日。俺の人生は、色々と終わった……



[27923] 幕間:「特異点の視野 その3」
Name: 闇憑◆27c607b4 ID:cb2385d9
Date: 2011/08/21 10:17
「っ……!!」

 絶句。
 それ以外の言葉が出てこない『映像』に、美国織莉子は嘆息した。

「そうか……そういう事……か」

 彼女の未来から見た映像。
 それは、一個の狂戦士(バーサーカー)が、魔女も魔法少女もインキュベーターすらをも。
 『魔に関わる全て』を滅ぼして行く、未来の映像(ヴィジョン)。
 そして、『魔』の存在しない、他の星と交流を果たしていく、人類の未来。

「確かに……彼もまた『救世を成す者』……か」

 このまま行けば、確実に御剣颯太は『世界を救う救世主』たる存在になる。
 だが……

「個人的な怨嗟と愛情で動く者が、『結果として』救世を成し遂げる……正に、『奇禍』としか言いようが無い存在。
 ……御剣颯太……『魔法少年』。一体、何者なのかしら?」

 接してみたい。対話を試みたい。
 だが……

「御剣沙紀……『全願望の図書館(オールウィシュ・オブ・ライブラリー)』の使い手。
 魔法少女の『究極の理解者にして贋能者』……恐ろしい子」

 二人で一つの魔法少年。そのもう一つの部分が、織莉子にとって厄介極まる存在だった。

 救世。

 それこそが、今の美国織莉子の願い。
 だが……

「もし、御剣沙紀が、彼の未来を知ったら……」

 まず、個人の動機で動いている二人は、方針を翻してしまうだろう。未来が大幅に変化する可能性を、否定出来ない。
 彼らの強さは『不確定な未来を信じ、可能性の限界まで足掻く事』から来ているのだ。

 そういう意味で、御剣兄妹と美国織莉子との相性は、ある意味、佐倉杏子よりも最悪と言っていい。
 かたや『未来を知る者』、かたや『未来を信じる者』。心構えにおいて決定的な差が、そこにあるのだ。

 故に、接触する事は許されない。
 だからこそ、考えるしかない。
 美国織莉子にとって、彼ら御剣兄妹については『考えて、推察するしか手が無い』のだ。

「そうか。
 それが……それこそが『一個の存在が、結果として救世を成し遂げる原動力』……か」

 再度、嘆息しながら織莉子はつぶやく。

 彼ら自身は、決して『世界を救う』だのと、大それた事を望んでいない。
 『家族が大切で』『仲間が大切で』『知らない誰かを信じたい』。そして『許せないモノは許せない』

 『魔法少年』たる御剣颯太の動機面での原動力は、『信頼』であり『信じる』事。
 彼個人の『祈り』とは別に、その生き方そのものが既に、魔法少女の相棒(マスコット)そのものなのだ。

 故に。
 その魂は、道を示す標抜きには語れない。
 彼の魂を真に輝かせるには、『道を示す者』が必須であり、故に、魔法少年という従卒(サーヴァント)なのだ。

 荒ぶる魂に『彼が信ずるに足る』、明確な方向性を示す事が出来る存在……

「それを示す者……『偉大なる無能者、御剣沙紀』……か」

 最初は何も持たない、文字通り『無能』としか言いようのない能力。
 それを……『他者を理解する事』により、成長させて行く力。
 彼女が御剣颯太という、狂気すら孕んだ存在に、明確な指針を与えて行く。

「なるほど……『世界を救う』わけだわ……」

 かたや、『魔』の否定者。かたや、『魔』の理解者。
 その矛盾した要素が合致したとき……それは、『限りなく正解に近い答え』を、導き出して行けるのだろう。
 それこそが『御剣兄妹の願望混成(ウィッシュ・オブ・マッシュアップ)』とも言える。

 美国織莉子の『未来視』は、未来を知る。
 だが、御剣兄妹の『組み合わせ』は、未来を切り開くモノなのだ。

 結果だけを導き出す美国織莉子。
 結果に至る方程式を無数に試みる御剣兄妹。
 それこそが、彼らと自分の決定的な『差』なのだろう。故に……

「悲しい、人……」

 悲劇の結末を見た美国織莉子は涙を流した。

 答えを出さずにはいられない。答えを問わずにはいられない。疑わずにはいられない。真実と結果を求めざるを得ない。
 何故なら、それは『信じる』事の裏返しなのだから。

 人は『信じたいから疑う』のだ。

「キリカ」
「んー、なんだい織莉子?」
「御剣沙紀と接触して、キリカの力を見せてあげて。
 ……それくらいしか、私には彼らに『未来を示す事が出来ない』から……」

 救世を成し遂げるためなら、何でもするつもりだった。

 だが。
 ただ、家族が大切であるがために、無数の人殺しを重ね、非道と非業の罪を背負いながら、結局、彼自身が破滅する事を前提とした救世に便乗しておいて。
 何も手助けや手を差し伸べようとしない程、美国織莉子は非情にはなれなかった。

 『結果論から言えば』御剣颯太の殺人の罪は、本来『そう望んだ』自分が背負うべき罪では無いのだろうか?
 そう思えてくる程に、彼は魔女も魔法少女もインキュベーターも。『自分やキリカも含めて』殺して、殺して、殺し続けて行くのだ。
 ならばせめて……彼に殺される前に『一縷の可能性』を、彼が最も愛する存在……御剣沙紀に、残しておいてやるべきではないか?

「ん、わかった。でも……織莉子、何で泣いてるの?」
「え?」
「織莉子を泣かせる奴、誰?」

 その狂気すら孕んだ眼差しに、織莉子は首を横に振った。

「何でも無いのよ。眼にゴミが入っただけ。
 そして、能力を見せたら、ここに帰ってきて。お茶にしましょう。キリカの好きそうなクッキーとか、作っておくわね」
「わーい♪ やっぱり愛は無限に有限だー♪」

 そう言いながら、飛び出していく呉キリカに、寂しそうな笑顔を見せながら、美国織莉子はつぶやいた。

「ごめんなさい、御剣颯太。あなたに……私の救世を託します」



[27923] 終幕:「阿修羅の如く その5」(修正版)
Name: 闇憑◆27c607b4 ID:cb2385d9
Date: 2011/09/03 20:17
「…………………………………………」

 白い天井、白いベッド。
 そして白い入院服を着て、俺はふてくされるように寝ていた。
 とりあえず、右手の怪我が思った以上に重傷だったため、それを理由に入院する事にした。
 無論、本来ならそんな大怪我は沙紀に治してもらうのだが……まあ、あんな事件のあった後で、こいつらと顔合わせたいとは思えず。

「あー、その……颯太、機嫌直してくれよ」
「お兄ちゃん、その、悪かったわよ。ごめん」
「颯太さん、その……ごめんなさい」

 とりあえず、三人に背を向けたまま、だんまりを決め込む。
 もー相手しない。相手してやんない。

「あのさぁ、颯太。あたしがアンタの事好きなのは知ってるだろうに……」
「……だから? それがどうして、俺の秘蔵のエロ本漁る事に繋がるんだ?」
「いやさぁ『好みのタイプは?』って聞いても、『好きになった人が、好みのタイプだ』みたいな答えしか、いつも返してくれないじゃないか?」
「……ほぉ? それじゃ何か? 家族として沙紀を愛してる俺は、沙紀が巨乳じゃないといかんのか?
 確かにおっぱい大きいほうが良いなぁ、とは思うが? かといって俺が愛する人は、みんな巨乳じゃないとイカンのか? 誰が決めたんだ、そんな事? あ!?」

 ちなみに、小学生な沙紀は、もちろん貧乳です。というか、ひいき目に見ても、多分、これ以上大きくはならんと思う。
 ……発育悪いし、好き嫌い多いし。などと言うと怒られるので、黙っているが。
 
「いや、そうじゃなくて。
 こう、なんというか、颯太って、色欲の部分が薄いっつーか……こー色恋沙汰に淡白過ぎて、好みのタイプとかが見えてこないんだよ。
 正直、何考えてるか分かんなくて、どうアプローチしていいか分かんなくてさぁ……つい、その……」
「うん。で?
 悪いけど人のプライベートに踏み込んで、意中の男のエロ本漁るような女って、ふつーどんな男でも100%敬遠すると思うよ?」

 なんというか。
 もう俺の中で、この三人どころか魔法少女……いや、女性全部に対しての株価が、大暴落状態でゴザイマス。

「それとも何か? お前らプライベートの部屋漁られてイイ気がするのか? 誰にも見せられないモノなんて、部屋に一切無いと言い切れるのか?
 それを俺は、あえて女所帯の魔法少女共の集まる中で、見せびらかす趣味があるとでも思ってたのか? そういう部分に、一切気を使わない人間だとでも思ってたのか?
 特に沙紀。
 お前、自分の部屋でポテチだの何だの、ボリボリ食い散らかして漫画見ながら貪るのは止めたりはせんが、自分で掃除、一切しないだろ? で、部屋に入ったら入ったでブーブー文句言うよなぁ?」 
「うっ……そ、それは……」
「俺だってお前の部屋なんて入りたくないのに、お前が自分で掃除しないから入らざるを得ないわけだ?
 しかも洗濯だって自分でしないよなぁ? 『俺の下着と一緒に洗うな』とか言うんなら、服とか全部自分で洗えな?」
「あ、あううう……」
「イイ機会だ。一人暮らししてみろ、な? 自分で作ったメシ、自分で喰ってみやがれ」

 あのデス料理を自分で喰って、血ゲロ吐いてみやがれってんだ。

「あ、あの……颯太さん、その……ごめんなさい、本当に、その」
「うん、巴さん。信じてくれてありがとう。そしてごめんなさい、こんな男でした、俺は」
「い、いえ、その……そうではなくて、その……」
「満足ですか? ええ、確かに男ですから、俺は?
 どーぞ、キヨラカな魔法少女様が、あの本お好きに処分なさって結構です。
 俺だって、高校一年生の男子ですからして? 性欲くらいありますよ? 欲望もありますよ?
 ですから、そーいう男の本能の部分を、動物見るみたいな目でしか見れないのでしたら、どうぞ『俺とは関係ない場所で』好き勝手にご自分の正義を貫いてくださいな。
 どこぞの青少年に有害云々とかヌカして、社会的弱者をいぢめるしかストレス発散法を持たない更年期障害のキチガイババァ共の真似でも何でも、ご自由に!!
 ……なんだよ、人のエロ本漁るのが正義かよ……男の頭の中、探って笑い物にして、そんな楽しいのかよクソッタレめ!!」

 そりゃ、魔法少年なんて、魔法少女の相棒(マスコット)ですよ。多少の無茶なら飲みましょう?
 でもね、だからってね……モノには限度っちゅーもんがあるんだっつの!!
 獣欲だとか性欲だとか、そんなの『無い』ほうが不健全だってのに……何考えてんだ、この正義の味方様は!?

 と。

「悪かったって。本当に悪かった……あたしたちが悪かったって言ってるだろ?」

 頭を下げまくるチカの奴に、俺は冷ややかに一言。

「……ふーん? 悪かったの? で、『何が悪かったか』分かって言ってんの?
 言っておくけどさ、他人の頭の中の妄想暴いておいて、今更『悪かった』とか、通じるとか思ってんの?
 思想統制? 思想弾圧? 調教?
 ……男、馬鹿にしてない? お前らも性欲とか無いの? 悪いけど、俺、ちゃんと煩悩持ってる健全な生身の人間ですから。
 それとも何? 『男はみんな狼です』って?
 ああ、そりゃ一皮むけば狼かもしれませんが? ちゃんと大人しく日常生活を羊の皮被って過ごそうと自制している以上、狼呼ばわりされる謂れは無いと思わない?
 それを無理矢理ひっぺがしておいて『狼が出たぞー』とか騒ぎ立てて……最低だ、お前ら」

 はい、酷く傷つきましたとも。本当に。色んな意味で。
 冗談抜きに、精神的再建にひぢょーに手間がかかりそうです。

「誰もそこまで……」
「あー、本気でへそ曲げちゃったよ、お兄ちゃん……こうなると大変なんだよねー、本当に」
「そうなの?」
「うん、お兄ちゃん、我慢強いけど、本来、受動的で繊細な人だから……。
 多分、師匠や魔法少女たちと出会わなければ、魔法少女になる前の暁美さんみたいな、大人しい文学少年になってたと思うよ。
 っていうか、環境に鍛えられたタイプ? でなけりゃあんだけ家事万能で、和菓子作りなんて繊細な事が出来るわけ無いじゃん」
「うわ、ある意味一番厄介なタイプだ。
 ……ああ、うすうす気づいてたけど、やっと分かった。颯太って、こう……『心の中の家の庭には誰でも入れるけど、母屋には絶対入れないタイプ』なのか。しかもその『庭』の範囲が広すぎて、家が全く見えないだけで」
「あ、チカさん、上手い事言った……そんな感じ」
「聞こえてんぞ!! 沙紀! チカ!
 ……っつか、テメーらとっとと出てけっ!!」

 怒鳴って追い返そうとするが……何やら後ろでゴソゴソと話をした末に。

「あー、悪かったよ。悪かったってば! だからお詫びにちょっとイイモン見せてやるから、ちょっとトイレ借りるね」

 そう言って、何やらトイレに入って行くチカ。と……

「えっ、わっ、私も……ですか?」
「いいからいいから。サービス、サービス♪」

 ……?

 何やら、巴さんまでもがトイレに招かれているらしい。
 ……ま、病院の、しかも個室のトイレって、車いすや介護者と一緒に入る事も前提に設計されてるから、そりゃ二人でも問題は無いが……何する気だ?

 ってぇか詫び? 詫びだってぇ?

 やがて……

「じゃーん♪ どーだぁ!」
「っ……あ、あの……」
「!!!!!」

 何と言うか……スポーツタイプのビギニ姿のチカに、メイド服の巴さん。
 しかもその衣装は、『憶えがあり過ぎる!!』

 ……そう、例の秘蔵本の……

「だからねぇ……颯太、機嫌直してよぉ♪」
「そ、その、本当にごめんなさい、『ご主人様』」

 ピキピキピキピキ……

「でっ……」

『で?』

「出てけぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!!!」

 十六歳の健全な青少年の妄想を、具体的、かつ客観的に見せつけられ、恥ずかしさの頂点に達した俺は、思わずアタリにあったモノを、ところ構わず投げつけてしまった。

「うにゃああああっ!」
「あわわわわわっ!」
「きゃっ、ちょっ、待っ……」
「人の妄想からかって、そんな楽しいかっ! 最低だ、最悪だお前らあああああああああああっ!!」
「うわっ、たっ、ちょっと待っ……うわわわわわわっ!!」
「やばい、ちょっと待った、颯太、ストップ、ストップ! ナイフはヤバイ!」
「やかましいいいいいいいっ!! 消えろチクショウがああああああっ!!」

 と……

「ちょっと!! あんたたち何騒いでんの! ここ病院……ひっ!!」

 ダンッ! と、病室の扉を乱暴に開けて入ってきた少女の顔の脇に、投げつけた果物ナイフがブッ刺さり……彼女はヘナヘナとその場に座り込んでしまった。




『その、お騒がせしました……』

 その少女に真剣に頭を下げて謝罪した後、近くの病室に頭を下げて回ってた時の事だった。

「あれ? さっきの……」
「あ……どうもすいませんでした。お騒がせしまして」

 四人揃ってペコペコと。
 最後に回った右隣の病室に居た、さっきの少女と、その病室の主である少年に頭を下げた。

「あっ、いえ……気にしてませんので……」
「いえ、本当に申し訳ありませんでした」

 と……

「あのさ、その……何があったかあたし知らないけど。刃物投げるのは、やめたほうがいいと思うよ?
 っていうか……ごめん、何があったの? 聞いていい?」

 ふと。
 そんな彼女の質問に、俺はさらっと。

「いえね、この後ろの三人が、俺の……まあ、なんだ。男として言うに言えない秘蔵本を漁ろうとしてね。
 んで、抵抗したらバランスと弾みですっ転んで、右手がこの有様になって入院する事になっちゃって……しかもこっちが悶絶してるの、そっちのけで、本を漁られて……」
『ちょっ!』
「さらに、病室にまで押し掛けておいて、俺の事からかうもんだから、ちょっとその……ね。流石に逆セクハラにも、色々限界で」
「はっ、颯太さん? それは誤解です、その……」

 慌ててワタワタと説明しようとしてる巴さん以下、全員を額にカンシャクスジ浮かべながら睨みつけ。

「何か! 俺の! 言ってる事に! 間違いが?」
『……いえ、大体あってます』
「と、まあ、そういうわけで……本当にお騒がせしました。すいませんでした」

 などと、頭を下げる。と……

「ああ、それは、何と言うか……ご愁傷様でした。
 ところで恭介。……まさか、そんな本、あたしに隠して持ったりとかしてないよね?」
「……無いよ、そんなの」
「本当に?」

 キラーン、とかいった感じで、目を光らせる少女。
 だが、それに対して……

「……さやか、僕をからかって、そんなに楽しい?」

 もう、何と言うか、冷めに冷めきった目線を向けて来る、少年。
 ……いかん!

「おい、やめてやれ! ……お前ら女って、一体全体マジで何考えて生きてんだ!?
 っていうか、男のプライベートに、気軽に遊び半分で踏み込んでんじゃねぇよ! 一度全員帰れ! マジで!
 ……男傷つけて遊んで、楽しいのかまったく! 悪趣味も程々にしろ!」

 と……

「そ、そうだね……ちょっと……本当にやり過ぎたよ、颯太。ごめん」
「そうね、ちょっと、今日は帰りましょう」
「う、うん……ごめんね、お兄ちゃん」

 などと、謝っていく三人。

「えっ、ちょ……」
「あのさ、アンタも今はやめといたほうがいいよ……多分、彼、凄く傷ついてる」

 去りぎわ、チカの奴が例の少女を手招きする。

「え、でも……」
「多分、男同士のほうが上手く行くんじゃないかな……少し、間を開けたほうがいいよ」
「うん、じゃあね恭介……ごめんね」
「………………」

 こうして、女共は立ち去って行った。




 結局、その場で解散し、謝罪の挨拶もソコソコに彼の部屋を出て、時間になって病院の食事を終えた後。
 まんじりともせず、俺は天井を見ていた。

「いかんな、これは」

 とりあえず、入院に際して、こっそり持ち込んだ兗州(えんしゅう)虎徹を手に、屋上へと向かった。
 何だかんだと、毎日稽古は欠かしていない。それに、怪我したのは右腕であって、左手で剣を振るう分には問題は無い。片手一刀で標的を叩っ斬るのは、俺の十八番(おはこ)だし。

 と……

「?」

 屋上に向かって上がって行くエレベーターに、俺は首をかしげる。
 ……誰だよ、こんな時間に? 俺と一緒で、運動でもしに上がるのか? いや……

「……なんか、ヤな予感がするぞ、おい」

 ふと、そんな気に囚われた俺は、階段を一気に駆けあがった。
 そして……

「チッ!!」

 案の定。車いすから、柵を乗り越えようとしていた人影に、俺は絶叫した。

「やめろぉっ!!」

 無我夢中で、自殺しようとしていた奴の襟首を引っ掴んで引き戻す。

「放して! 放してください! 放して!!」
「ああ、運が悪かったなお前! 俺が見てない所で自殺すりゃ良かったな!」

 左手で首根っこひっつかみながら、屋上の内側に引き戻す。
 ……って、おい、隣の病室の奴じゃねぇか?

「っ……うっ……うっ……」
「ったく! 何があったか知らネェけどヨ。人生死んだら負けだぜ? バカヤロウが……」
「だって……だって、もう……僕には生きてる価値なんて、無いんです!」

 泣きながら絶叫するソイツに、俺は溜息をついた。
 ……あーあー、助けるんじゃ無かった。面倒なの拾っちゃったなぁ。

「あのさー、『生きてる価値』なんて、元々人間にあるわけ無いだろ? 馬鹿かテメェは?
 人間が生きる価値なんて『生きて何が出来るか』って事だろうが!? お前、生きてんだから、何かやってやろうとか、カマしてやろうとか、無いのかよ?」
「だから……だからもう、僕は死ぬしかないんです!」
「馬鹿かお前は!
 世の中『死ぬしかない奴』や『死んでもいい奴』なんて、他人食い物にのうのうと俺様面で生き延びてる、ヤクザかマフィアくらいなモンだバカヤロウ!」
「っ……だって……だって……」
「だってもクソもあるか! 馬鹿が!
 ……よし、そんなに死にたいなら、いっぺん『死の淵』って奴を見せてやる!」

 そう言うと、今度はそいつの襟首を引っ掴んで、逆に持ちあげた。

「ちょっ……なっ……」

 そのまま、柵を乗り越え……

「せぇのっ!!」
「うっ、うわあああああああああっ!!」

 ポイッ……と。屋上から、空中に放り投げる。
 そして……

「ほいっ、と……」
「……っ……あっ……あ……」

 魔法少年の力で、先回りして、地面で受け止める。

「……どうだ? いっぺん『死んでみた』感想は?
 なかなか出来る体験じゃねぇぞ?」
「っ……っ……」

 顔面蒼白になって、ガチガチと震えるソイツの目からは、もう死を望むような暗い光は消え去っていた。



「その……ご迷惑をおかけしました」
「ああ、迷惑かけられたよ」

 結局。
 騒ぎになる前に、俺はその場から撤退し、彼と車いすを病室に戻しに行った。

「っていうかさー、その年齢でどんな事故とか事情とかあったにせよ。
 死ぬには早すぎるだろ、おい?」
「左手が……もう、動かないんです。もう、もうバイオリンが弾けないって……そう思うと」
「あ? そんだけか?」

 呆れ返った。
 なんなんだか……全く。

「あのさー、バイオリンが弾けないんだったら、ギターでも何でもやりゃいいじゃねぇか?」
「それじゃダメなんです! 僕にとって、バイオリンは……命より大切なモノなのに……もう、二度と弾けないって」
「はぁ……あの、さ……バイオリンってのは、絶対に二本の腕じゃなけりゃ弾けないモンなのか?」

 俺の質問に、彼はきょとん、とした顔になる。

「思いだしたよ。あんた、上条恭介だろ? 沙紀の奴が、一時期あんたのファンやってたよ」
「僕の……ファン?」
「ガキが同じ学校の年上の上級生に憧れるようなモンだ。クラシックのCDとか買いこんで、不思議に思ってたさ。
 ……まあいい。
 俺、前に見たんだけどさ。
 路上のパフォーマーがバイオリン……だと思うんだが、アレってサイズによって変わるみたいだし、多分、バイオリンだと思うんだけど。
 それをな、左手と右足で弾いてたんだよ」
「足で!?」
「ああ。そのオッサン、右手が無かったんだ。
 で、な。もしアンタがそんなにバイオリンが大切だー、って言うなら、足ででも何でも弾けばいいんじゃねぇの? 確か、体に障害を負った人たちの楽団ってのも、あったハズだぜ?
 それともナニかい? あんたにとってバイオリンってのは『周りにチヤホヤされてないと弾けない』程度の代物だったの? だったら辞めちまった方がいいぜ、マジで」
「っ……!! あなたに……何が分かるんですか!」
「分かんネェよ! 俺は芸術だの何だのとは縁遠い無骨者だ! あんたがどんな天才クンだったかなんて知ったこっちゃ無い!
 だがな……死んでいい命なんて、どこにも無い。あるとすりゃ、それは『他人を一方的に食い物にし続けないと生きらんない』、仁義もクソも何も無い、ヤクザとかマフィアとかインチキ宗教家みたいな連中だよ。
 そんでな、そんな無骨者の俺でも分かる事はな、『腕一本動かないくらいで諦めるようなら、所詮それはそこまでの夢だった』ってこった。向いてるとか、向いてないとか、才能があるとか無いとか、そんなんじゃねぇ!
 人生『やる』か『やらない』かだ!
 ……じゃあな。自殺すんなら、俺の知らない所でやってくれ。寝覚めが悪すぎる」

 そう言って、俺は病室から立ち去った。
 その目……絶望の色が払拭されるほどに激しい、完全に『火のついた男の目』をしている事を、見届けながら。



「あんた……恭介に、何を吹き込んだの!?」

 病室で、雑誌を呼んでいた時に。
 唐突に踏み込んできた少女に、襟首を掴まれて俺は首をかしげた。

「あ? あいつがどーかしたのか?」
「リハビリ中に倒れたのよ!
 ……最近、恭介がますます無茶なペースでリハビリにのめり込んで……お医者さんからもオーバーペースだ、って言われてるのに、全然効く耳持たなくて!
 何があったか問いただしてみたら、隣の病室の人がって……あんた、恭介に、何吹き込んだの!?」
「何を、って……むしろ俺は『彼を止めた方』なんだけどな?」
「止めた!? 一体何をどう止めたってのよ!」
「自殺」

 その一言に、彼女の顔面が蒼白になる。

「なっ……何よ、それ……恭介が、自殺?」
「あいつの左腕、もー治らないって、知ってるか?」
「っ!! そっ……そんな! そんな事……恭介、一言も……」

 だろう、なぁ。
 元々、外面的な人当たりはイイのだろうが、あの目つきを見る限り、本性は繊細でプライドが高くて激しいタイプだと見た。
 しかも、彼女が、腕が動かない事を知らなかった所を見ると……おそらく、そういった『努力してる姿を見せる事すらをも嫌う』タイプなのだろう。

「で、な。自殺しようとしたあいつ引き留めてな……ついでに教えてやった。
 『腕一本動かない程度で諦めるなら、その程度の夢だったんじゃないの?』って……体に障害持った人たちで構成される楽団とかもあるんだし、本当にバイオリンが好きならば、そっち目指せば? って。
 案の定、完全に『男のプライドに火がついた』目ぇしてたぜ?
 も、自殺とかは考える事は無いだろーな」

 肩をすくめて、手を離させる。

「あっ……あんた……それ、本気で言ってるの!?
 腕が動かないバイオリニストが大成出来るなんて、本気で思ってるの?」
「まあ、無理だろうな。普通で考えたら」
「そんな!」

 絶句する彼女に、俺は指摘してやる。

「だけど、あいつは普通じゃない。違うか? ……何と無く、そんな気がするんだよ」
「っ……あんたに、恭介の何が分かるって言うの!?」
「少なくとも。
 視野の狭さはあっても、『腕が動かない』状況でなお、前のめりに我武者羅に夢に突き進もうとする根性があるだけで、『並み』とは程遠いんじゃね?
 目が見えない天才ピアニストも居るって話だし……腕が動かないバイオリニストだって、気合と根性と創意工夫でアイツならひっくり返してのけるんじゃないの?」
「だからって! あんな無茶を繰り返したら、恭介自身が壊れちゃうよ!」
「ぶっ壊れても本望なんじゃね? そこで倒れるなら『所詮自分はそこまでだった』って事さ。
 夢に向かって前のめりにぶっ倒れられるんなら、それは男の生き様としちゃ、至極まっとうなモンだぜ?」
「ふざけないで! そんな死に急ぐような事、させられるワケが無い!」

 どこまでも『女の目線』でしか叫ばない彼女に、俺は溜息をついた。

「ふざけちゃいねぇさ。男なら、無理や無茶の一つ二つ、乗り越えて行かなきゃ大きくなれやしねぇんだし。
 っていうか、全然分かっちゃいねぇから、教えてやるよ。男がどーいう生き物か、って。

 例えばそうだな……野球やってる奴。
 とくに投手が、甲子園に出て、無茶苦茶にハード極まる試合日程に押し潰された結果、肩とか肘とか腰とか、体壊して二度と野球が出来なくなるなんて、ザラな話なんだ。
 よく漫画にある『弱小高校にエース投手が転入して~』なんてパターンのチームは、甲子園に出れないほーが実は『幸せ』だったりするんだぜ? 『エース投手の一人にかかる負担が、通常の人間の耐えられる限界を超えている』からな。

 それでもな、甲子園目指す奴は、全部を承知で目指すんだよ。
 高野連が教育をお題目に、裏でどんな利益優先の薄汚いソロバン弾いていたりとか、プロ野球の現実がどんな厳しくて、裏側がどんなドロドロした世界だとか承知していたとしても、な。
 男ってのは本来、そーいう全てを承知して、上を目指して夢を追う。そんな馬鹿な生き物なんだよ」

「っ……そんな……」

「まっ、アレだ。アイツが本当に絶望して挫折するには『少しまだ早かった』って事じゃねぇの?
 男には、下手な同情よりも、黙って見守っていてやる事のほうが、重要な時期ってのがあるんだよ。
 だから、恋人としては辛いだろうが黙って見守っててやれ。そんで、完全にどうしようも無くなった時に、手を差し伸べてやりゃあいい。
 『下手な優しさ』はな、かえって男を傷つけるし、腐らせるモンなんだよ」
「こっ、恋人……に、見えたの?」
「なんだ、違うのか? 男と女が一緒に居れば、そー勘ぐるのは当たり前だろ?
 ……ああ、悪い。
 俺とあいつらとは違うから。世話になってる友人や恩人、あと妹だ。誤解すんなよ?」

 と……

「……ほんとにアンタ、そう思ってるの? 告白とかされたんじゃないの?」
「ん、まあ、『今のところは』って感じか? って……何で知ってんだよ?」
「あの後、あんたの『知り合い』と話しをしたんだよ」

 あ、納得。
 そーいう事ね……

「分かったよ。
 男って……ほんと、馬鹿ばっかなんだね」
「そーとも限らんが……ま、本質の部分は、そーいうモンさ。それを『貫ける奴』がザラにゃ居ないだけで……よ。そういう意味で、上条恭介って男は、貴重だぜ?
 まぁ、よ。トコトン正面からぶつかって、挫折や絶望を繰り返してなお、必死に立ち上がろうとすんのが、男ってモンなのさ」
「んっ……分かった。私……まだ、魔法少女にならない事にする」
「そうかい。……あ!? 今、なんつったテメェ!?」

 聞き捨てなら無い言葉に、俺は首を向けた。

「いやね、『魔法少女になって恭介を助けるしか無い』。そう思ってちょっと話を漏らしたら、あんたの仲間全員に止められたんだ。
 『あんた石ころになるつもりか!?』って……ああ、名乗って無かったね。
 あたしの名前は、美樹さやか。
 ……なんか、自分でも知らない所で、変な話が転がってるみたいだけど……」

 げっ!
 思わず、絶句。

「あのさ……あんた『鹿目まどか』って人間に」
「憶えなんて無いよ。
 はぁ……あんたの仲間もそうだけど、あの転校生も含めて、これで三回目。どうしてみんな、あたしに同じ質問をするのかなぁ?」
「い、いや……まあ、ちょっと、人知を超えたモン、色々見ちまって……な」
「それにあたしが絡んでるんだろ?
 なんか色々聞いたけどね……まあ、『あんなモン』見せられたら、自分にトンデモナイ運命が降りかかってるのかなぁ、とか、考えたりしちゃうよ」
「あんなモン?」
「えっとね……『魔獣』っていうの? アレを狩る現場。
 たまたまね、以前、あんたの仲間に助けられたんだよ。忘れてたというか、魔法で『忘れさせられてた』んだけど。
 ……ほら、チカさんって居たでしょ? あの豪快そうな、こー、いかにも『姐御』って感じの人」

 ……頭痛がした。
 チカぁ……よりによって、そんな重要情報を!

「あいつ……新人のくせに、何なんだかみんなに慕われるんだよなぁ。
 アネさんアネさんって……佐倉杏子の奴にまで言われてるくらいだし」

 まあ、佐倉杏子の場合は、殆どからかい文句のよーだが。
 俺が一度フザケて『アネサン、今日はどちらに行きやすかぃ!?』とか言って仁義を切るポーズとったら、真っ赤な顔で殴られたし。『あたしはもう、カタギで魔法少女なんだーっ!!』って……以来、そーいった事はしていない。

 あいつの傷……というより『業』の深さは、それなり以上だし……な。

「人徳はあるタイプじゃない? 面倒見とか、気風とか良さそうだし」
「かもな。あいつは、俺らの中じゃ実力面よりもムードメーカーな部分、あるし。
 ……色々とトラブルメーカーでもあるけどな。短気で喧嘩っ早いし」

 おかげで『ドブさらい』のペースはウナギ登りの絶好調であります。
 むしろ、『業界』のほうで、何か伝説……というより『怪談』になりつつあるのは、気のせいだろうか?

「あは、あははは……なんか、他人って気がしないな」
「あ?」
「よく言われるんだ。『人の話をよく聞きましょう』って通信簿に書かれたり……誰かとすぐに喧嘩になっちゃったり。
 仁美や恭介なんか、そんなあたしに、よく付き合ってくれてるなぁ……って」
「あー、まあ……そういうタイプは、いるよな」

 ……何と無く、過去の自分を思い出して、思わず目をそらす。
 いや、自分から望んで喧嘩はしなかったけど、その分『やる時はトコトン徹底的に』やったからなぁ。それで『誤解だった』とかって事があって、物凄く気まずかった事とか、あったっけ。
 あの乱暴者のチカの奴にも、『あんたが本当に怒ってる時は物凄く怖い。好き嫌い以前に、絶対敵に回したくない』って言われるくらいだし……案外、後先考えたブレーキがかかってるだけで、俺も元々は喧嘩っ早いタイプなのかもしれん。……血筋的に考えても、かなりアレだしな。

「……まあ、その……何だ。とりあえず、キュゥべえとの取引はやめておけ。
 それに、どうしても……どうしても、どうにもならないと、アイツが……上条恭介が思い知って挫折したら、俺たちに一声かけてくれ。一人、『癒しの祈り』の使い手がいる。
 ただし、それは最終手段だ。奇跡も魔法もタダじゃない事は……あんた分かってるよな?
 いまのあんたに必要なのは、『あえて手を差し伸べず、見守り続ける優しさ』って奴だ。OK?」

「ん、分かったよ……そうする」

 そう言って、承知した美樹さやかだったが……俺は完全に、色んなモノを失念していたと思い知る事になる。
 そう。俺の妹が『誰にお熱を上げていたか』を。



[27923] 幕間:「御剣家の人々」
Name: 闇憑◆27c607b4 ID:cb2385d9
Date: 2011/09/16 10:25
※参考:Fate/hollow ataraxia『間桐家の人々』/他、諸々

 ――唐突な疑問なのですが。
 佐倉杏子と斜太チカという二人の不良魔法少女は、身寄りのない他の魔法少女の面倒を見ながら、一体、どうやって日々の生活を賄っているのでしょうか?



「というか……二人とも、颯太さんの世話にもならず、普段、何をして食べているのですか? 二人で窃盗とか?」
「あはははは。アポ無しでやって来るなり、『神の家』で暮らす人たちに随分な質問をするね、このお客さんは。
 以前、世話んなって無けりゃ、縛り首にしてる所だよ」

 にっこりと笑いながら、教会に居たチカさんが、額にカンシャク筋を浮かべて破顔一笑。
 普段、颯太さんと組まない時に、色々と組んでいる相方の佐倉杏子は、どっかに行ってるらしい。
 ……しかし、失言だった。『悪の道』から更生した魔法少女なだけに、そういう部分には敏感だ。

「……で、本当のところは何なのさ? そんなどうでもいい事、聞きに来たワケじゃ無いだろ?」
「どうでも良くはありません。一応、魔法少女の先輩として、何か無茶をしていないか心配になっただけです」

 何しろ、佐倉杏子よりも『悪の道』に精通した彼女の事である。
 颯太さんや私が見ていない所で、何をしているかすらも分からないというのは、正直不安なのだ。

「ああ、そういう事。颯太と一緒で、相変わらず余分な所にだけは気が回るね」

 はっ、とシニカルな笑いを浮かべるチカさん。

「別に、あたしも杏子も、もう悪い事はしちゃいないよ。……『いい事』とも言えないけど」
「どんな?」
「麻薬や銃なんかの密売や違法取引の現場に踏み込んで、悪さしてる連中とっちめるついでに、現金だけ『チョロッと』……ね」

 頭痛がした。
 ……確かに、颯太さん……いや、その師匠である西方慶二郎氏が、やっていた事に限りなく近い。
 というか、話を聞く限り、そのまんまだ。

 『俺のお師匠様にソックリだ』などと言う、颯太さんの言葉が、脳裏をよぎった。

「そ、その……危険ではありませんか、颯太さんと組んでる時なら兎も角」
「あ? あー、大丈夫大丈夫。あーいう連中のあーいう取引って、絶対表沙汰に出来ないし。
 ヤクザだって、一応、シャブは御法度っていう掟というか『建前』はあるし。……あくまで『建前』だけどね。
 それに……」

 と……その時だった。

 キキキーッ、という車の停車する音。

 何事かと思い、教会から出ると、教会の前まで続く裏道からの車道を通って、黒塗りの車が複数台、止まっていた。

「あの、何か御用で……」

 私が声をかけようとした次の瞬間……バンッ、という音と共に、車から、問答無用で一発。
 教会の建物に向かって、威嚇射撃が繰り出された。

「っ!!」
『ヘィ! ミスター・リー! ここはあんたらの国じゃないんだ! 気軽に銃を振りまわすのは止めてくれ!!
 それに、ここは、あんたの知るような街じゃ無いと、何度も……』
『海老原……ガキンチョに舐められちゃ、たまんねぇんだよ。ココに犯人が逃げて行ったのは分かってんだ。
 ちょいと調べたが、廃教会に身寄りのないガキ共が集まってるダケだろ? 全員締め上げて人相聞きだした後に、まとめて山の中に埋めちまえば、誰にも分かりゃしねぇよ』

 英語で叫ぶヤクザらしき人も意に介さず、東洋系の外国人……マフィアと思しき人たちは、銃を構えて行く。
 っ……何て、人たちっ!!

『ちょっとあなた方!! 一体何なんなんですか! ここは教会ですよ!』
『あー? 英語話せるのか、お嬢ちゃん。そらご愁傷様だったな。まあ不幸な事故って奴だ。
 一緒に中のガキ共と埋めてやるから……』

 っ!! この……この人たちは……

 何と無く。
 颯太さんが『ドブさらい』をチカさんと続ける理由が、分かった気がした。

 ……こいつら……魔獣よりタチが悪過ぎる!!

『おい、なんて言ってんだ?』
『どうも、あなたたちの『ドブさらい』の後始末みたいですよ……』

 そう言って、チカさんに、彼らが話してた内容を、テレパシーで伝え……彼女の感情も、一気に沸点に達した。
 そして……
 
「ふっざけないでよ! 事故もヘッタクレもあるもんですかっ!! このクサレ××××!!」
「その通りだ、この小便野郎共!! 『神の家』に鉛玉ブチクレといて、タダで帰れると思ってんじゃネェだろうなぁっ!!」

 変身、そして発砲!

 私とチカさんのマスケット銃……ライフルと短銃の差はあれど、それがマフィアやヤクザ屋さんを次々と撃ち抜く。
 ……一応、私も、チカさんも『死人は出しては居ない』。無論、颯太さんが言う所の『死んだ方がマシ』というレベルにしか、手加減はしていないが。

「!”#$#%&%&’’((())??」
「)’&&$%#”!!!」
「!”#$&&’(’()))」

 私には聞き取れない、恐らくは……何か、中国語か韓国語あたりだろうか?
 そういった東洋系のイントネーションの叫びが、教会前で絶叫となって木霊する。
 ……いい気味。

 更に……

「アネさん! 巴マミ! 何だか知らないけど、加勢に来たよ!! っていうか、あたしン家に何て事しやがるこいつら!」
「だから人前でアネさんとか言うな杏子! 気にしてんだぞチクショウ!!」

 教会に帰って来た佐倉杏子まで加わった所で、戦況は完全にこちらに傾いた。
 そのまま、自動車を叩き壊し、森に逃げ込んだヤクザたちを叩きのめして行く。

「もしかして斜太の……チカか! すまん、手違いなんだ、銃を収めてくれ!」

 ヤクザ屋さんが叫ぶも、時すでに遅し。

「ふざけんじゃねぇぞ、このタコ共がぁぁあぁぁぁぁっ!!」

 巨大な鎖で、あたりを薙ぎ払うチカさん。

「ああ、神様……やっぱダメだ……ヤバいもん怒らせてもうた」

 嘆くヤクザ屋さん。
 そして、更に更に……。

「……おいおいおいおい、チカぁ? 『教会で酒を飲むな』って何度言えば分かるんだ?
 みんなが真似たらどうすんだ!?」
『颯太さん!?』

 気がつくと、空の一升瓶を手にした颯太さんが、教会の中から沙紀ちゃんと一緒にやって来た。

「あ、あの……き、聞いてました?」
「何をさ?
 いや、チカに頼まれた荷物届けに、佐倉杏子(あいつ)と顔合わせないように裏口の道から回って来た所なんだが……まあ、話は後だ。
 沙紀」
「うん」

 そう言って、沙紀ちゃんと一緒になって『変身』する颯太さん。

「とりあえず、魔法少女の皆さんや。
 この不信人者どもを『ベテシメシ』の連中と同じ目に遭わせてやる必要がありそうだと思うんだが……どうヨ?」
「同感だぜ」
「アタリメェよ!」
「是非、そうしましょう!」

 そして……彼らは全員、魔法少女と魔法少年の四人(+α)の手によって、颯太さんが言う所の『不幸に』なっていった。



「やれやれ、後始末の手間ばっか増えて行くなぁ……ココの修繕費用は誰持ちだよ、オイ?」

 遠い目をしながらボヤく颯太さん。

 結局、全員、死なない程度に……というより、むしろ『生きているダケ』という状態まで痛めつけた後。
 鉛玉でボコボコになった教会から、ひょっこりと顔をのぞかせてくる、後輩たち。

「あっ、あの……何が……」
「一体……」
「こ、これ……何事ですか?」

 成田ゆかり、臼井ひみか、津田八千代、船橋志津、千歳ゆま……この教会で寝泊まりしている『帰る家の無い魔法少女たち』が、ようやっと恐る恐る顔を出してきた。

「何でも無ぇよ」
「そーそー、なんか、いきなり喧嘩売ってきたんだよ」
「危ないから、こーいうのは俺たちが相手するから。絶対関わっちゃダメだぞ?」

 本当は鬼より怖い、三人の魔法少女&魔法少年たちが、皆に微笑む。

「さ。佐倉さんも一緒に、みんなで中でお茶にしましょう。
 ……颯太さん、チカさん『後は専門家コンビにお任せします』!」
『了解!』

 『好きにして良し』という許可のもと、ギラリと無駄に頼もしい、鮫のような二人の笑顔。

 ……ああ、きっと。
 彼ら二人が居る限り、この見滝原で、こういう『悪い大人たち』は、みんな『絶対幸せにはなれない』んだろうなー。
 などと、漠然とそんな事を思いながら、私はみんなと一緒にお茶にするため、教会に入って行きました。

 ……ちなみに、沙紀ちゃんがその中に居ないのに気付いたのは、暫く後の事でした……



『たーだいまー♪』

 教会の扉を開けて帰って来た、沙紀ちゃんも含めた三人を迎えた私は……その、軽く紅茶を吹いてしまいました。

「早っ……二時間も経ってませんよ?」

 驚愕する私に、三人が笑う。

「いや、何。沙紀ちゃんが読心術使ってくれたから、拷も……もとい『尋問』の手間が省けて早い早い♪」
「ほーんと、馬鹿だよねー。黙ってても無駄なのに……外国語の聞き取りは、手間だったけど、お兄ちゃんが居たから翻訳してもらったし」

 そういえば颯太さん、何でか知らないけど、私以上のマルチリンガルでした。
 流石、ザ・ワン……もとい『ザ・ワン候補生』って所でしょうか。

「まっ、以前、佐倉杏子とチカの奴と、現場で鉢合わせになった一件の後始末だしな……
 ……っていうかな、俺と沙紀で動いてると思ったら、現場にお前ら二人が居たのは、本当に驚いたんだからな?
 お陰で計算狂って、こんな事になっちまったんだから……今度『やる時は』俺を混ぜるか、せめてやる前に報告はしろよ?」
「へいへい、分かったよ。何度もしつこいよ、あんたは」

 そう言って、チカさんはボリボリと頭を掻いた。

「あ、あの……颯太さん、チカさん。
 あの人たち……どうなったんですか?」

 教会に寝泊まりしてる魔法少女の一人……臼井ひみかの質問に、二人は笑いながら。

「ん? 何でも無いよ。世は全て事も無し」
「そうそう。『因果応報』って言葉を体現してもらっただけ♪」
「……は、はぁ……」

 うん、きっと……
 あの外国マフィアの人たちは、ヤクザ屋さん含めて、絶対『とても不幸になった』んだろうなぁ……と。
 少なくとも、私はその結末を、詳しくは聞こうとも思わないし、聞きたくも無いのですが、それだけはしっかりと確信出来ました。

 ……いえ、正直な話、この二人はとても『頼もしすぎて』時々ホントに怖かったりするので……はい。
 以前、『私を菩薩に、仁王が二人』と颯太さんが言ってくださいましたが、どちらかというと『地獄の閻魔様が二人』に思えてしまうのは、私だけでしょうか?

 ……もっとシッカリしないとなぁ……私も。

 と。

「あれ、俺にだ」

 ケータイの音が鳴り、颯太さんが電話に出る。

「はい、もしもし? あ、藤森先生……え? ……はあ? いや、俺でよければ構いませんが……ええ、でも、いいんですか、俺なんかが?
 ……はぁ、そこまで言ってくださるなら、是非も無いんですが……はい、じゃあ、今から伺いますけど、そのー……バイク、使っていいですか? 今、少し妹と買い物ついでに遠出してまして、場所的に電車とかバスだと、間に合わないんですけど。
 ええ、ええ……分かりました。じゃあ、妹置いて、今から学校のほうに、直接伺います」

 そう言って、颯太さんが、無駄に頑丈そうな愛用のケータイを閉じた。

「誰からだい? 颯太」
「ああ? ほら、毎年、学校の先生やお偉いさん集めて、パーティやるってんで、そこで料理研究会が腕前披露してるじゃん?
 アレに顧問の藤森先生直々のご指名で、助っ人として呼ばれた。一人、緊急の法事で来れなくなって、テンテコマイだそうだ」
「なんだ、また助っ人かい? 颯太……程々にしなよ」

 人のいい颯太さんに、あきれ顔のチカさん。

 何でも……聞くところによると、颯太さんは複数の部活から、いざという時のピンチヒッターとして引っ張りダコらしい。
 中には、本格的に入部してほしいと頼まれたりもしてるそうだが、本人は『俺、茶道部なんで』と、頑として拒否しているそうな。
 ちなみに、茶道部の部員は、颯太さん含めて一年と二年は三人しか居ないそうで、来年以降、同好会に格下げされるのは、ほぼ確定だとか。

 それはともかく……

「んじゃ行ってくるワ。先生公認っつーか『黙認』で、バイクの使用許可も下りた事だしな。
 ……沙紀の面倒、よろしくな!」
「あいよー」
「分かりました」
「行ってらっしゃーい!」

 そして、バイクの音と共に、颯太さんは立ち去っていきました。



「……そういえばさー、颯太の奴、最近、またエロ本積み増してるみたいなんだよ」

 お茶会がお開きになって、家に帰る途中。
 何故か同道してるチカさんの言葉に、私は耳を傾けた。

「え? あれ、全部処分したとかって話じゃ」
「甘いよ。
 エロ本っつー男のエントロピー(無秩序度)ってのは、『誰か』で発散しない限り、無限に増え続けるように出来てんのさ。
 そいつは颯太だって例外じゃない。
 そのくせ、人目につかないように処分するには、色々手間がかかる代物ときてる」
「はぁ……そんなモノ、なのでしょうか?」 
「そういうモノなのさ。
 そして、それを知りながらも、積み上げて行っちまうのが『男のサガ』って奴らしいよ?
 ……知り合いのオッサンに聞いたんだけど、さ」

 何というか。
 男性の人と、そういう風にザックバランな会話が出来るチカさんの人柄は、物凄く貴重だと思う。
 ……色々な意味で。

「だからさ、もういっぺん見に行かないか、颯太のエロ本。今度はどんなの買ってきたか、興味無ぇか?」
「ちょっ……それは、やめておいたほうが」

 あの騒ぎの後。
 『右腕の治療』と称して、病院に入院してしまった颯太さんの態度は、もうその……なんというか、いたたまれないというか。
 全員で幾ら謝っても、ふてくされて顔も見せてくれず、結局、退院するまでロクに挨拶すらしてくれませんでした。

「いいえ、私も賛成します!」

 そこで、更に沙紀ちゃんまでもが追い打ちをかけに来た。

「ちょっ、沙紀ちゃん!?」
「お兄ちゃん、私がピーマン嫌いなの知ってて、こないだお徳用ピーマンの大袋入りの奴買ってきたんだよ?
 もーね、何て言うか……これは魔法少女に対する、魔法少年の許されざる反逆行為だと思うの。
 っていうわけで、もういっぺん、死ぬがよい♪」
「いや、それは……単に沙紀ちゃんの好き嫌いが多いだけでは?」

 颯太さんの料理は、普通に……というか、かなり美味しいし、アレルギーや宗教上の理由があれば避けてくれるが、食わず嫌いや好き嫌いに関しては、かなり容赦が無い。
 実際、何度かチカさんや佐倉さんの二人が料理出来ない時に、教会で鍋を振るっていたりするみたいだが、あそこで暮らす全員に好評で、チカさん曰く『みんなの食べ物の好き嫌いが減った』という高評価を得ている。
 そういう意味で、沙紀ちゃんのソレは、100%ワガママの部類に入る態度だ。

「いーんだもーんだ。魔法少女の相棒(マスコット)たる魔法少年が、魔法少女に逆らった結果どんな目に遭うか。
 今度こそイッパツ痛い目見せてやるんだから」
「そう言って、いつも痛い目見てるの、沙紀ちゃんじゃありません?」

 トムとジェリーよろしく、仲は良くても兄妹喧嘩の絶えない二人だが、大体は颯太さんの勝利で終わるのが常だ。
 何しろ、純粋な腕力や戦闘技術で勝てるわけも無く。魔力量も魔法の相性も颯太さんのほうが上。ついでに、喧嘩の内容は、大体が沙紀ちゃんのワガママを颯太さんが叱る事が発端だ。

 言うなれば、もう沙紀ちゃんのほうが『闘う前から負けている』状態である。

 ……まあ、あんなパーフェクトなお兄ちゃんに頭抑えられては、それはそれで面白くは無いだろうけど……

「いいんだもん!
 あんな恨みこんな恨みその他諸々を含めて、纏めて倍返しにしてやるんだから。
 御剣の家の人間はね、恩には恩で、恨みには恨みで報いるのよ!?」
「……逆恨みもいい所だと思うけど……色々な意味で」

 むしろ、あれだけ実の兄に生活面全て世話になっておいて逆恨みするあたりが、沙紀ちゃんまだまだ子供だよなぁ、と。

「むーっ! マミお姉ちゃんは、御剣家の二人の食卓を知らないから、そんな事が言えるんだよ!」
「……と、言うと?」
「何て言うかね、こう……絶対零度? 視線が刺さる、みたいな?
 サラダ残すと文句言うし、焼き魚食べる時にグチャグチャにしちゃうとガッカリされるし、後片付け手伝わないと文句言うし」
「それは、沙紀ちゃんが悪いでしょう? 少なくとも、食べた後の洗い物くらいはするのが普通でしょうに?」

 何だかんだと、私やチカさんその他の魔法少女が来た時には、話題が持たないので接客を沙紀ちゃんに任せて、洗い場に引き籠ってしまう颯太さんだが。
 その必要が無い二人だけならば、それは手伝うのが筋というモノである。

「マミお姉ちゃんは、あの空気を知らないから言えるんだよ……みんなが来た時はもう無駄に団欒っていうかアットホームなんだけど、二人だけになると、もうなんていうか、チンしないレトルトのほうがマシって感じの氷点下っぷりっていうか……あ、そうだ」

 ぽんっ、と手を打つ沙紀ちゃん。

「お兄ちゃん、日記もつけてるみたいなんだ。ちょっと見かけたの。
 でも、自室を漁っても無い所を見ると、Hな本と一緒に金庫の中に収納してあると思うんだ」
「沙紀ちゃん。その……」

 いくら兄妹とはいえ、兄の部屋を無断で漁るとか、どうかと思う。

「だって、弱みの一つ二つ握らないと、お兄ちゃんにいいように振りまわされっぱなしだし。
 それに、私の部屋だって、勝手に漁るし」
「それは沙紀ちゃんが自分で掃除をしないからじゃないかしら? ポテトチップの食べかすとか、そのまんまだし」
「いいの! とにかく、一発妹として、ガツンと痛い目に遭わせてやらなきゃいけないんだから。
 ……ってわけで、マミお姉ちゃんも、一緒に行こ!」
「えっ! ちょっ……」

 がしっ、と確保されてしまう。

「それに、お兄ちゃんの日記を見れば、魔法少年のお兄ちゃんが、日ごろ私たち魔法少女を、どー思ってるか分かるじゃない?」
「っ……それは……」
「そうだよなぁ……あたしは前にちゃんと告白したし、あんただって酒飲んだ勢いで告白したんだし?」

 そうだ。
 チカさんに勧められた『アルコールで酔った勢いで告白作戦』の結果も、うやむやで分かって無いのである。
 というか、あの人、チカさんにしても私にしても、何ら態度を変えて無いのだ。

 ……大体、朴念仁にも程が無さ過ぎやしないだろうか? というか、本当に伝わっているのだろうか? 魔法少女の気持ちとか。
 確かに戦闘者としては超一流ではあっても、恋愛対象の異性としては、かなりダメダメ過ぎである。あの人。

 いや、まさか……ひょっとして、チカさんと両天秤にかけて、二股とかされていたりとかしていないだろうか?
 颯太さんに限って、そんなことは無い……とは、思うのだが……

「そ、そうね……行きましょうか」

 とりあえず、乙女の重大事の結果を、誤魔化し続けてる魔法少年に対して、これは正当な調査だと自分に言い聞かせつつ。
 『日記を見る』などという蛮行も、あの優しい颯太さんならば、きっと大目に見てくれる……はず、です、よ、ねぇ?



 御剣家の地下に繋がる隠し扉の前。
 そこに立つ沙紀ちゃんの表情は芳しく無い。
 隠し扉そのものを開ける鍵は、沙紀ちゃんも持ってる家の鍵と一緒なのだが……

「あ、一ついい忘れたんだけど……」
「何か?」

 沈黙を破って、沙紀ちゃんが口にした言葉。

「あの事件以降、お兄ちゃん、センサーだとか何だとか、色々設置したみたい」
「ああ、あたしの能力じゃ、『存在感を消す』事は出来ても『機械の目』はごまかせないし、足音や体温や臭いなんかの存在そのものを完全に隠せるワケじゃないからな。
 幸い、時間的に、例のパーティが終わるまで、あいつはギャルソンしているハズだ。となれば、あと一時間は猶予があるハズなんだ」

 はい? ……ちょっと待った。
 つまり、忌引きした部員というのは、まさか……

「我が計画に抜かり無し……と言いたい所なんだけど、相手はあの颯太だ」
「そういう事。だから、共犯がマミお姉ちゃんならば、うっかりバレたとしても、強く出る事は出来ないんじゃないかなーって。
 丁度よかったし」
「ちょっ、ちょっとぉぉぉぉぉっ!!」

 だが、この二人は全然、これっぽっちも分かって無い。
 普段は温厚で優しい颯太さんは、実際のところ相手が誰であろうが……それこそ、総理大臣だろうが国連事務総長だろうが天皇陛下だろうがインキュベーターだろうが……そして愛する妹だろうが恩人の私だろうが、怒る時は断固として怒る人であり、その鉄槌に一切の容赦は無い。
 もしかして……いや、もしかしなくても、この場合、この二人と行動を共にしてしまった事は、取り返しのつかない過ちだったのでは無いでしょぉか!?

「幸い、この三人全員、応用力に長けた魔法を幾つも持っている……となれば」
「お兄ちゃんの仕掛けた『機械の目』を誤魔化しながら、潜入して調査を完了すると言う事も可能なわけで」
「ちょっ、待った。私は帰ります!」
「今更遅い!」

 そう言って、沙紀ちゃんは隠し扉のカギ穴にキーを入れて、扉を開いた。



「……って、あれ? 何か……今までと殆ど変って無いよぉな……」

 沙紀ちゃんの『全願望の図書館(オールウィッシュ・ライブラリー)』から、色んな能力を引き出して、色んなものを誤魔化しながら。
 それなりに三人ひと固まりになって慎重に進んで行くのですが、やはり……

「ちぇっ、なんだ拍子抜けだな……もっと早く忍び込むべきだったか?」
「ちょっ……多分、颯太さんにバレてますよ!? 鍵穴を開けた段階で、普通は通報とか行きそうだと思いません?」
「だとしても、あいつは基本、生真面目だ。ギャルソンの仕事を放棄してまで、こっちに来るとは思えない。
 多分、見えない所に監視装置がたくさんついてるから、それを利用して犯人特定して、後で問い詰める事を考えるだろうさ。
 その間に、ホトボリ冷めるまで逃げ続けてりゃいい」
「……チカさん、あなたに必要なのは、用心深さだとか想像力だとか、そういったモノだと思います」

 時間が無いのだ。
 少なくとも、沙紀ちゃんがこの部屋に踏み込んだ事そのものは、颯太さんにはバレているだろう。
 あとは、颯太さんが帰って来る前に、御剣家から完全に撤退して、私のアリバイを作らねばならない。

「んじゃ、新しいパスコードを入れないとね……えっと『SARABATIKYUUYO』と……」
「ちょ、どこから二層目の新しいパスコードを!?」
「ふっふっふー。サーチ系の魔法って、色々便利だよねー」

 もー、沙紀ちゃん自身、他の魔法少女からコピーした能力で、ナンテモアリである。
 直接的な戦闘面は相変わらず苦手とはいえ、間接的な補助、支援、回復系の魔法はどんどん長けて行く……ほんと、怖い子。

 ピーッ、という音と共に棚がズレて、二層目に侵入し……

『……うわぁ……』

 そこにあったのは……一瞬、全員が呆然となってしまうほど、非現実的な量のお札の山。
 そして……

「このへんかな? 本棚があるし。って……なんだか、変な本まで置いてあるなぁ……」

 ……………『世界の料理・パプワ島サバイバル編』
 違う。
 ……………『簡単三秒ピッキング』
 違う。
 ……………『誰にも言えない! あなたのストレス発散法!』
 違う。
 ……………『魔法少年トラップ伝説! 魔法少女はこうやって狩れ!』
 違う。
 ……………『魁!!世紀末クッキング烈伝! 衛宮ケンシロウVS剣(セイバー)桃太郎。凶羅第四食卓編』
 何か激しく違う。

 と……

「なんだ、颯太の奴、金髪の巨乳かよ、今度は……あ、巫女さんまである。
 ……おっぱい星人だとは思ってたけど、大きければ何でもいいのか? ひょっとして?」

 などと、颯太さんの秘蔵本を漁るチカさん。

 札束満載の金庫の中で、他人(しかも男性)のプライベートな秘密を漁る魔法少女三人……
 ……は、ははははは。
 もしこの現場を押さえられたら、私、正義の魔法少女なんて、もう一生名乗れないかも。

「チカさん! そんなモノより、もっと重要なのがあるでしょう?」
「え?」
「日記! 颯太さんの日記!」
「お、おお、そうだった、忘れてた……えっと、このへんかな?」

 無数のノートブックが詰め込まれてる棚から、一冊を引っ張り出し……

「「「―――――――はい?」」」

 全員の表情が凍りつく。そこにあったのは……

 『ジャプニカ暗殺帳 ふくしゅう 御剣沙紀編』と銘打たれたノートブック。
 って……

「っっっ!!!? こっ、このノートはっ!」
「ま、まさか……書いたとおりに魔法少女が暗殺されていく、噂のノートでででででっ、デスノゥーッ!!」

 恐怖のあまり、語尾がお嬢様口調になっちゃったチカさん。

「い、いや、それとはびみょーに違う気が……でも、何か、どこかで見覚えがあるような、このシリーズと展開」

 ふと、その一角を占めるノートをもう一冊取り出して見る。
 ……そこにはやはり、『ジャプニカ暗殺帳 ふくしゅう 斜太チカ編』と、銘打たれている。

「ちょ、ちょっと二冊とも見せろ。見たくないけど、見ないでいる方が、もっと怖い!」
「同感。激しく同感!」
「え、ええ……そうですね」

 ビクビクと震えながら、三人揃ってページをめくる。





 ○月○日 晴れ ☆

 今日の出来事。
 沙紀の奴が、チカと一緒になって真夜中に帰って来る。しかも少し酒臭い。
 ……今度から、夕食を作る前に、予め連絡を入れといてもらおう。

 本日の料理:適当にデッチアゲた酢豚、中華風卵スープ、水菜のサラダ、ご飯
 デザート:練り切りで作った紫陽花



 ○月×日 曇り ☆

 沙紀の奴が洗濯物を脱ぎ散らかしていた。
 ……今度から、最低限、洗濯かごの中に入れるように躾けておこう。

 本日の料理:ハンバーグ&付け合わせのニンジンやインゲンのソテー、味噌汁、ご飯
 デザート:竹ヨウカン



 ○月▽日 晴れ ☆☆

 沙紀の奴が、生活費から大目に小遣いをくすねていた。
 尻を叩いて躾けるが、反省の色が無い……本当にどうしたものやら。

 本日の料理:チンジャオロース、中華風卵スープ、ご飯。
 デザート:カルカン。





「……沙紀ちゃん?」

 じと目で睨む。

「えっあ……いや、そのー……」
「颯太さんが怒るのは当たり前です!
 そもそも、沙紀ちゃん自身の生活態度に、全ての原因があったんじゃないですか!」
「あ、あううう……」
「流石に、情状酌量の余地はありません! 今後、颯太さんと一緒に、家の事を手伝う事。
 ……家事が下手でも何でも、努力を認めない人じゃないんだから、せめて協力しようと言う姿勢くらいは見せなさい?」
「……はぁい……」

 流石に、しゅん、となる沙紀ちゃん。
 だが……

「チカ……さん?」

 ふと気付くと、幽霊でも見たような顔で、チカさんはページをめくり続けてる。

「何? チカさん、脅かしっこは無しですよ?」
「いっ……いや……その」

 『御剣沙紀編』とは違い、『斜太チカ編』を見てみると……





 ○月×日 曇り ☆☆☆

 チカの奴が、ホスト二人を鎖で繋いでバイクで引き回し、ヤクザと揉める。
 ……もう慣れたとはいえ、程々にしないと、いつか命に関わるぞ、まったく。



 ○月☆日 晴れ ☆☆☆☆

 チカの奴が、教会で佐倉杏子やその他の魔法少女と一緒になって、酒飲んで暴れてた。
 ベベレケになった魔法少女たちの狂乱の宴の後始末……とりあえず、紹介した身として、修繕費用くらいは置いてってやるか。
 ……しかし、ホント。何度、他人に酒を飲ますなと言えば、分かってもらえるのだろうか?



 ○月○日 晴れ ☆☆☆☆

 チカの奴が沙紀を連れて帰って来る。
 ……どうも沙紀に酒飲ませたらしい。
 タダでさえ沙紀の発育悪い(特に胸!)っつーのに、酒飲ませてどーするよ!?



 ○月×日 雨 ☆☆☆☆☆☆

 ドシャ降りの大雨なためバイクが使えず、足を使って効率悪く狩るよりも、今日はお休みにしようと判断。
 ……したはいいのだが、何故、俺の家で宴会(しかも佐倉杏子込み!)になる!?
 挙句、巴さんまでビールとフィッシュ&チップスに手を伸ばし始めるし!
 ……あああああ、なんかヤな予感しかしねぇ……

 追記:……予感は的中した。これ以上は語りたく無い。






「…………………」
「…………………」
「…………………」

 全員、何かに急かされるように二冊のノートのページをめくって行く。

 危険だ。
 この先は見るべきじゃない。見てはいけない。
 というか、今すぐこの場を放棄して逃げ出さなくてはいけないと思うのですが、ページをめくる手が止まりませーん!!





 ○月×日 晴れ ☆☆

 沙紀の奴が、オムライスをまるまる残す。
 何故と問い詰めてると、刻んで入れたピーマンが嫌いだとかいう返事しか返してこない。
 ……マジでどーすりゃいいんだよ?



 ○月△日 曇り ☆☆☆

 沙紀の奴が、夜中にラジオをジャカジャカと鳴らしまくる。
 何事かと思って起きてみると、深夜放送のリスナーだったらしい。
 『好きな曲なので、ヘッドホンじゃなくて生音で聞きたかった』だと?
 ……拳骨ブチくれて、ラジオごと沈黙させる。



 ○月☆日 晴れ ☆☆☆☆

 沙紀の奴が、せっかく作ったチンジャオロースを全部捨てやがった。
 大喧嘩の末に、全部生ごみからサルベージした奴を、漏斗噛ませて流し込んで食わせる。
 ……こいつの好き嫌い、とくにピーマン関係は異常だ。まったく!!



 ○月▲日 雨 ☆☆

 ピーマンの肉詰めを、案の定肉だけ喰ってポイしやがる。
 むかついたので、大きいピーマンと小さいピーマンを二重にして、小さい方を肉の中に仕込んで食わせる。
 ……案の定、目を白黒させて悶絶してた。ざまぁ。



 ○月▼日 晴れ ☆☆☆☆☆☆

 せっかく作った晩飯を、ちょっと部活で先生に頼まれ物をして学校に呼び出された隙に、沙紀とチカの奴が、俺に黙って全部平らげやがった。

 残ってるのは、非常食代わりの米軍レーションだけ。クソ不味い事で定評のある米軍レーション……嗚呼、せめて自衛隊の戦闘糧食が残ってれば、なぁ。
 缶飯のタクアンとか赤飯とか、全部こいつらがツマミだ何だと喰っちまったしなぁ。

 というか、魔法少女って、真剣にナニ考えて生きてんだ!?
 ……ちょっと、態度を改めるべきかもしれない。



 ○月○日 晴れ ☆×∞

 ……隠し金庫の秘蔵本を漁られる……もう何も語りたくない。
 とりあえず次は無い。最後通告だという事にしておこう。



 ○月×日 晴れ ☆☆☆☆☆☆☆☆

 退院してからと言うもの、大人しくなっていたハズのチカの奴が、早速トラブルを持ちこんでくれた。
 ……なんか、佐倉杏子と組んで、俺に黙って悪党の上前ハネて、生活賄っていたらしい。現場で遭遇してビックリだ。
 いや、しかしなぁ……悪いとは言わんし、むしろ推奨だが、手管の雑さは何とかならんのか二人とも!?

 お陰で『後始末』が大変だよ、チクショウ! 幾ら俺が魔法少女の相棒(マスコット)だからって、限度があるぞ!



 ○月○日 晴れ ☆☆☆☆☆

 最近、沙紀の奴が時間通りに帰って来る。……いい事だ。
 相変わらずピーマンを残す。
 ……許せない。



 ○月○日 晴れ ☆☆☆☆☆☆☆

 チカの奴が、相変わらず酒を飲んでる。
 ……許せない。



 ○月○日 曇り ☆☆☆☆☆☆

 沙紀の奴が、ごちそうさまを言い忘れる。
 ……許せない。



 ○月○日 晴れ ☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 チカの奴が、また他人に酒を飲まそうとしてる
 ……許せない。



 ○月×日 晴れ ☆☆☆☆☆☆☆☆

 相変わらず沙紀がサラダを残す。
 ……許せない。


 今日のチカ(許せない)
 今日の沙紀(許せない)
 今日のチカ(許せない)
 今日の沙紀(許せない)
 今日のチカ(許せない)
 今日の沙紀(許せない)

 ………………




「――前提として。
 お二人の生活態度その他諸々が、全ての元凶だと思われるのですが……」

 ノートを閉じて、元の場所に戻し、私は深呼吸をひとつ。

「なっ、なんだよ……巴の?」
「マミお姉ちゃん?」

 真剣な表情で、私は二人を見て、断言。

「『颯太さんが怖い』という沙紀ちゃんは正しいです! もう私にできる事なんてありません!!」
「ちょっ! 汚いぞ巴の!? ここまで来たらアンタも仲間だ!」
「お願い、マミお姉ちゃん! 一緒にお兄ちゃんをなだめる方法を考えてぇぇぇぇぇぇ!」
「ごめんなさい。幾ら魔法少女でも私でも、無理なモノは無理です!
 あと、御剣家の事に、部外者が口出しするのもどうかと思うので……あら?」

 次の瞬間……全員が魔法少女から『普段の姿』に戻る。
 そして……

 ヴィーッ、ヴィーッ、ヴィーッ!!

 鳴り響く『各種センサーに引っかかったサイレンの音』。
 ま、まさか……

「げっ……も、もしかして……」
「お兄ちゃんの……『魔法否定の結界っ!?』」
「そっ……そうか、この中の本を、颯太さん以外が手に取った瞬間、結界が起動するように、トリガーが仕込まれてたんだわ!」

 更に、『ガション!』と、金庫の一層目に続く隠し扉がスライドし、封鎖。
 魔力も魔法も使えない状況下で、多層型の金庫の底に閉じ込められる。……チェック・メイトだ。

『ふ……ふふふふふふふふ、『二度と入るな』と言っておいたトップシークレットのスペースに、再度、無断侵入するなんて。
 幾ら魔法少年が魔法少女の相棒(マスコット)だからって……許せないなぁ……生き恥だなぁ……幾ら親友や恩人や妹の魔法少女でも、ちょーっと見過ごせないなぁ~♪』

 デンジャー、デンジャー。
 何か、前の世界でマミった時の話よりも、恐ろしい予感がもうバリバリと……

「はっ、颯太!? 一体、どこに!?」
「チカさん、こんな所にマイクとテレビが!」

 ザーッ、と砂嵐だけ映してたと思ったTVの画像は、ケータイカメラからだろうか?
 画質の荒い画像を映すが、そこでギャルソンの服を着ている人物が誰であるかは、一目瞭然だ。
 もう、何と言うか……魔眼とかそういった能力なんじゃないかと思わせるほど、強烈な眼光がTV越しに睨みつけてくる。

『それにしても……沙紀やチカだけなら兎も角、巴さんまで『また』混ざってたとは、意外でした……』
「い、いえ、その、颯太さん!? これには色々と前置きがありまして!」
『悲しいです。正義の味方だって信じてたのに……信じてたのになぁ……』

 きゃーっ、聞いてないぃぃぃぃぃ!!!

『あのさあ、皆。幾ら俺が魔法少年で、魔法少女の相棒(マスコット)だとしても……男として、そーいうモノが隠されてるプライベートスペースに、二度と入らないでね、って……言っておいたよねぇ?』
「あ、いや、その、どうかなー、私、聞き逃しちゃったかもしれないなぁ~♪」

 精神的恐怖が勝ったのか、もうガクガクブルブルと震える沙紀ちゃん。

『うん、ノート見たなら分かるよね? 思い出したよね? 思い出してくれてたよね?
 ……ってぇか、忘れたとかヌカすつもりじゃねぇだろうな、ゴルァ?』

 かっ、完全に目つきがキレてる……ヤクザ屋さんたちを相手にしてる時の、『ドブさらい』してる時の颯太さんの目だぁぁぁぁぁ!

「う、うん。思い出したよ! お兄ちゃん!
 で、でも酷いんだよ、私は止めようって言ったのに、チカさんがまた秘蔵本調べようって聞かなくって~♪」
「ちょぉっ!! この期に及んで、斜太シールドはやめようよ、沙紀ちゃん! むしろこの場合は、日記を見たいっつった巴さんに非があるんじゃないのか!?」

 ちょっ、そこで巴シールドは無しでしょぉっ!? チカさんんんんんっ!!

「やめてください! これ以上私を巻き込まないでぇぇぇぇぇ!!
 もう何て言うか、怒られます! 私は素直に怒られますから、とりあえず沙紀ちゃんとチカさんは、今までの生活態度その他諸々の悪行の精算は、御自分でなさってください!
 私の罪は、好奇心に駆られて、また踏みこんでしまった事だけですから、これは本当に素直に謝罪しますし怒られますから!」
「そんな冷たい事言わないで! マミお姉ちゃん! 友達でしょぉ! むしろ、心の友じゃないのーっ!!」
「こっ、心の友と言われては無碍には出来ませんが、罪の所在は明らかです!
 私の罪は、好奇心に駆られて二人に唆されて踏みこんでしまった事だけです!
 もうこれは後で事情を説明した後、しっかり怒られますから、お二人ともキッチリと御自分の罪の精算は、御自分でなさってください!!
 颯太さんだって、二人が憎いわけじゃなくて、ちゃんと更生して欲しいだけですから、『命を取る』とか『死んだ方がましな状態にする』とかは、多分ありえませんから!」

 と……

『ええ、その通りです巴さん。命を取ったりなんてしませんし、俺はちゃーんと皆、真面目に暮らして欲しいなぁ、と思ってるだけです。
 じゃ、『全員』俺が帰るまでに覚悟決めておいてくださいね?』
「え゛? ちょっと……全員? 颯太さん、私にそんな罪咎には心当たりが……」
『あるんです。実は。
 ノートを収めてる棚、『今まで俺が組んだり関わってきた、魔法少女全員の素行が記録されていますから』……一度、全部見てみたらどうでしょうか?』
「は、颯太さん、それは暗殺帳というより、最早、『閻魔帳』では!?」

 私の叫びも意に介さず、ぶつっ、と画像が切れる。

「わ、私……颯太さんに、何しちゃったのかなぁ?」

 恐る恐る、暗殺帳……を、通り越した、閻魔帳の棚を探ってみる。

 案の定、出てきた……『ジャプニカ暗殺帳 ふくしゅう 巴マミ編』。
 
 ごくり……

 一ページ目を開ける。
 ……日付からして、ごく最近のモノのようだが……っ!!!!!





 ○月×日 晴れ ☆

 巴さんが、チカの馬鹿に教わったお酒……ビールと共に、フィッシュ&チップスをつまみながら。、我が家で飲み始める。
 ……まあ、正義の味方なんて、鬱憤溜まる事が多いんだろうしなぁ……大目に見るか。



 ○月○日 曇り ☆☆

 我が家に来ては、飲んで行く巴さん……いや、その、『好きだ』とか言われてもねぇ?
 正直、完全な『絡み酒』なのは勘弁してほしい。
 まあ、酔っ払いの戯言だろう。正義の味方だろうが剣の師匠だろうが、酒飲めば誰だって酔っ払いだ。



 ○月○日 晴れ ☆☆☆

 巴さんの酒量が増えてるのが、心配になる。チカの奴……だからあれほど他人に酒を教えるな、と!
 完全に爛れた目つきで、『どーしてこっち向いてくれないんですか!? 颯太さん』って言われても……ねぇ?
 自覚無いのかなぁ? 酒癖悪過ぎですよ、巴さん……



 ○月○日 晴れ ☆☆☆☆

 酔っぱらった巴さんに、危うくティロ・フィナーレされかける。
 ……正直、怖すぎる。勘弁してもらいたいんだけど……さて、どういえば分かってくれるのかなぁ?



 ○月×日 雨 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 ドシャ降りの雨の中、狩りが中止になり、チカのせいで宴会となってしまった……いや、料理作るの手伝ってくれたのは嬉しいんだけど、お酒は……巴さん、お酒はぁぁああああああっ!!!

 ……この後どうなったかは、もう書きたくない。生き恥だ……



 ○月○日 晴れ ☆×∞

 ……隠し金庫の秘蔵本を漁られる……もう何も語りたくない。
 とりあえず次は無い。最後通告だという事にしておこう。





「うっ、うっ……嘘おおおおおおおっ!?」

 自分でも知らなかった自分の本性に、ビックリ。

「あー、そーいやアンタ、寂しいからなのかねぇ?
 酷く『絡む』んだよ。酒飲むと……どうやら、シラフで告白しないと颯太には効果無いみたいだね」
「そういえば、お兄ちゃんの師匠も、『いつも酔っぱらってる人』だったからなぁ……酔っ払いの言葉は、大体スルーしてもおかしくないかも。
 それに、好きとか言われても、こんな淡白な反応しか無い所を見ると……もしかして『異性として好意を持たれてる』なんて、想像もして無いんじゃない? チカさんの時みたいに?」
「ちょっ、チカさんんんんんっ!! 沙紀ちゃんんんんんっ!!」

 誤解ですぅぅぅぅぅっ!! と泣き叫んでも、時すでに遅し。
 というか……

「何でここまでしてるのに分かってくれないんですか、あの人は!
 朴念仁通り越してますよ! 何か間違ってません!?」
「それがお兄ちゃんなんだよ。
 多分、チカさんの時みたいに、今でも『誰か異性に好意を持たれる』って事を、想像もして無い……というか『出来ない』んだと思う。
 だから、はっきりと真正面から言わないと、伝わらないと思われ……」
「そ、そんな……幾ら『現実肯定、幻想否定』の魔力の持ち主だからって、そこまで『誰かの思い』とか『願い』とかに鈍感ですかぁっ!?」

 何と言うか、もう本当に……どうしたらいいんでしょうか!?

 ……というか……

「ふ、ふ……ふふふふふふふ、上条さんといい、颯太さんといい、どうしてこう男の人って……男の人って……」
「まっ、マミお姉ちゃん?」
「と、巴の!?」

 なんか自分でも『イイ笑顔』になっていくのが、止められません。

「いい機会です!
 乙女心が分からないくせに魔法少年なんてやってる大馬鹿者に、一発痛い目を見せましょう!!」
「え!?」
「ちょ! どうやって!?」
「決まってます! もう一度、病院送りにしてあげます!」



 三人が出入口近く、一か所に固まる。
 チカさんに渡して貰ったのは……催涙スプレー。そう、前回、颯太さんを倒した時と同じである。

 この金庫の出入り口は一か所。そこを通らねば、この部屋には入れない。
 幸い、三人×二丁=六丁分の催涙スプレーをチカさんは持っていた。ので、それをこっそり構えておく。

 ドシン、ドシン、ドシン!!

 大地を揺るがす、怒りの足音が近づいてくる。
 だが、問題は無い。

 この結界の中では、私たちも彼も、奇跡も魔法も関係ない存在だ。故に、現実兵器での奇襲が、一番有効な手段である。

 やがて……ピーッ、という音と共に、オープンになる扉。そして……

『くらえーっ!!』

 人影を確認した瞬間、全員一斉に催涙スプレーを噴射、というより乱射。
 扉の正面が、濛々と濃い催涙ガスの霧で覆われる。

「……やった?」
「よし!」

 だが、この時、私は忘れていた。
 ……そう。爆風に巻き込んで『倒した』と思った相手は、大概生きている事が、『お約束』だと言う事を……

 コーホーッ、コーホーッ、コーホーッ……

「ま、まさか……」

 そこには……防毒マスクを装備して、左手に木刀を引っ提げた、颯太さんの姿がっ!!
 そ、そ、そう来ますかぁぁぁぁぁぁっ!!

 木刀が一閃。三人全員が両手で持っていた、催涙スプレーが手から弾き飛ばされる。

「あっ、あっ……あの、あの……颯太」
「お、お兄ちゃん?」
「は、颯太さん、その……」

 防毒マスクを外す颯太さん。
 その仮面の下から現れたのは、全ての魔法少女に対する、憤怒と断罪の阿修羅。
 なんというか、こう……クパァ、とウォーズマン・スマイルを浮かべ、ジャック・ニコルソン顔負けの狂気を伴い……

「死ね(ダーイ)!」

 木刀を片手に……魔法少年が、跳躍した。



 それから、私たちに降りかかった、天罰というか災厄については、私は語りたくも無いし、ここに居る全員、口にしたくも無い。
 ただ、はっきり言えることは。

 沙紀ちゃんは食べ物の好き嫌いに関して、以前ほどワガママを言わなくなり。
 チカさんは他人に無理に酒を勧めたり、大っぴらに飲む事を辞め。
 私もアルコールの力に頼って告白する事をやめた、という事。

 そして……

「んっ……あ? 何事だこれ? 家ん中が滅茶苦茶じゃねぇか!?
 おい、チカ? 巴さん? 沙紀……一体、何があったんだ? まさかチカ……また飲んだのか?」
『チガイマスチガイマスチガイマス!!』
「? ……ま、いいや。とりあえず後始末しちまおうか。……魔法少女が起こした騒動なんて、深く考えても、ロクなことが無いしな」
『はいいいいいいっ!!』

 ガクガクと震える私たちにカマした強烈な『お仕置き』の事なんぞ、綺麗さっぱり忘れ去って。
 憤怒と断罪の神はその『お怒り』を解かれ、『いつもの颯太さん』に戻ってくれたという事だった。

 ……とほほほほ……颯太さんの、バカ。



[27923] 嘘CM
Name: 闇憑◆27c607b4 ID:cb2385d9
Date: 2011/09/08 09:26
聖杯戦争。

それは、奇跡を叶える聖杯……魔女の釜の力を追い求め、『九人』の魔術師が『九人』の英霊を召喚して競い合う争奪戦。





「問おう。
 恭介……あなたが、私の、マスターか?」

 セイバー/美樹さやか



「ティロ・フィナーレ!!」

 アーチャー/巴マミ



「あたしは……あの兄妹に、どう償えばいいんだ……」

 ランサー/佐倉杏子



「あたしが欲しい夢(モン)は、そんな安っぽいチンケなモンじゃない!
 もっともっと、デッカい夢(モン)なのさ!」

 ライダー/斜太チカ



「大丈夫だよ、お兄ちゃん……だって、私もお兄ちゃんも、もう願いを叶えているんだから」

 キャスター/御剣沙紀



「アサシン……御剣颯太」

 アサシン/御剣颯太



「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

 バーサーカー/UNKNOWN



「私は、まどかを救ってみせる……絶対に!!」

 アヴェンジャー/暁美ほむら



「救わなきゃ……みんなを救えるのは、私しか居ないんだから!」

 セイヴァー/鹿目まどか




「お兄ちゃん、逃げて! そいつに勝てるわけが無い!!」
「下がってろ、沙紀! 冴子姉さん(マスター)!!
 ……『誰か』に負けるのは……まぁショウガネェかもだがな、『手前ぇに負ける』なんざぁ、サーヴァント以前に野郎のプライドが許せねぇんだヨ!!」
「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」



「安心して、恭介……何度だって治してあげるから……そのために、私は師匠だって踏み越えてやる!!」



「あー? ショボくれてんじゃねぇぞ、杏子? アンタにだって『願い』はあるんだろ?
 ほら、一緒に行こーぜ! 『穢れ無き、新天地(エルスウェア)』って奴に向かって……ヨ!」
「っ……ああ、そうだな! 一緒に行こうぜ、アネさん!」



「まどか……」
「うん、行くよ、ほむらちゃん……『彼』は私が救ってみせる!」



「相変わらず……喰えない奴ね、アサシン」
「そらぁお互い様だぜ、アヴェンジャー! で、用件は何だヨ」



「と……いや、アーチャーか。マスターと一緒になって、一体全体、何の用ッスか?」
「みんな……一緒に、死ぬしかないのよ」



「ランサー……いや、佐倉杏子。もう分かってんだろうが……」
「ああ、そうだな……この馬鹿騒ぎの『決着だけは』……つけねぇと、な……アサシン」




『Fate/マギカ 殺戮の見滝原』

……今冬、発表予定(意訳:永久に発表する気、無し……っつーか出来ません)



[27923] 終幕:「御剣家の乱 その1」
Name: 闇憑◆27c607b4 ID:cb2385d9
Date: 2011/09/30 20:58
「胃壁は鉄で出来ている。

 胃液は炎で、中身は底なし。

 幾度の食卓を超えて不敗。
 ただ一度の満腹も無く。
 ただ一度の食べ残しも無し。

 喰らい手はここに孤(ひと)り、茶碗片手に箸を持つ。

 されば我が食前に酒は不要(イラ)ず。

 この胃袋は、無限の食欲で出来ていたっ!!」



「……………ま、ちゃんと俺が作ったメシ喰ってくれるんなら、いいけどヨ」

 最近、好き嫌いでワガママ言う事が減った沙紀の奴が、大嫌いなピーマンを前に、なんかどっかの腹ペコ王を憑依召喚させる呪文っつーか暗示っつーか……そんなのを唱えながら、気合いを入れてモリモリ食して行く姿を見つつ。
 俺は、沙紀の好物のデザートの和菓子を用意しながら、何と無く、色んな事を考えていた。



「なあ、沙紀。
 ……俺にさ。『家族を増やす』資格とか力とかって……あると、思うか?」

 デザートの和菓子と緑茶をつまみながら。
 俺は真剣に、沙紀に問いかけた。

「かぞ……く? 何?」
「うん。ちょっと……悩んでてな、チカの事。このままで、いいのか? って……」

「え?」

「俺さ。親殺しだし……姉さんも守れなかったし。
 そんな俺がさ……その、幸せになれる資格とかって、あるのかな、って。

 分かってるんだよ。
 魔法少女や、魔法少年なんて稼業、何時までも続けられない。
 実際、櫛の歯を落とすように、昔からの知り合いの魔法少女は、どんどん魔獣との闘いに敗れて、減って行ってて。
 そのたびにキュゥべえが新しい仲間を増やして行く。

 ……いつかは結論を出さなきゃいけない。命賭けの稼業だから、それは早い方がいい。
 それは分かってる。

 だけどな……どうしても。
 俺の手には……殺しちまった父さんや母さんの感触や、救えなかった姉さんの事とか……いや、そんだけじゃねぇ。
 共同戦線を張り続けて、結局守り切れなかった魔法少女だとか、もうあと十秒、現場に急行すりゃ助けられた人とかの、悲鳴や叫びがさ、染みついて離れないんだ。

 魔法少年だ、ザ・ワンだ何だっつった所で、俺ぁ神様なんかじゃねぇ……救えるモンも助けられるモンも限られちまう事は、よーっく身に染みて分かってる。……キュゥべえの奴に『俺が居ると、魔法少女の損耗率が減る』って言われてる分、まだ救いがあるのは、理解してる。

 だけどヨ。こんな、何も守れなかった男が……『一家を背負って立てるのか?』、って考えるとな。
 チカの思いに、答えてやれる自信が、全然無いんだ」

「お兄ちゃん?」

「結局よ、『俺が一番信じられないモノ』って……自分自身なんだな、って。
 だから、俺は『現実』からでしか判断して来なかった。見えるモノ、確定してるモノ、確かなモノ。
 『それだけ』が俺の土台だった。逆を言えば……『土台固め』に腐心し過ぎて、どんな家を建てるのか、設計図がまるで見えて無かったんだな。

 『愛は金で買える』って誰かが言ってたし、確かにそれは、ある意味正しい。姉さんが残した金庫の金ハタけば、幾らでも女なんて寄って来るだろうさ。

 ……でもな、俺にとって『家族』は……家族って『信頼』はな、金じゃ買えないんだよ」

「……」

「人間はさ、『自分自身の全てを見る』って事が、出来ないんだ。だから俺は最終的に、一番、自分を信じて無いんだよ。
 そして、数多の闘いの中で、そうやって俺は生き延びてきた。生き続けてきた。

 だからこそ、俺は何かこう……常に俺は、盛大な見落としをしてるんじゃないか? 間違ってるんじゃないか? って。
 不安なのさ。
 こう……チカに告白されて以降、アイツに関しても分からない事だらけで、結局、一歩が踏み出せないんだ。

 ザ・ワンだ何だとか……色々言った所で、俺自身、タダの男でしか無い。ちょっと変わった芸が出来るだけの男なのさ。
 増してや、俺は親殺しだ。もしかしたら、タダの男以下かもしれねぇ。そんな男に……あの気風のいい、チカの奴が、何で惚れたのかすらも、理解出来ねぇんだ」

 とりあえず、一番身近な『女性』に、悩みを告白して聞いてもらう事にする。
 何だかんだと、一番、一緒に暮らしてきた間だし、闘いも共にくぐり抜けている。
 そんな関係だからこそ、俺は沙紀に相談を持ちかけたのだ。

「……あのさ。お兄ちゃん? お兄ちゃんってさ……本当に馬鹿だよね」
「まあな。この年齢になって、女心の一つも分からん。その……『少し』朴念仁かもしれないなぁ? ってのは自分でも分かってる」
「…………………少し…………………」

 何というか、もう『救いようのないモン』を見るような目線を向けて来る妹様。
 ……何だよ?

「あのさ……何で女の子が、お化粧とかすると思う?」
「綺麗に見せたいから、だろ?
 ……まあ、野郎とかにもあるみたいだが、俺には無縁だな。
 虚飾を全て否定したりはしないけど……ゴテゴテした厚化粧とか不気味で不潔だし、清潔にしてりゃいいダケだと思うんだけどなぁ?
 俺はそういうの、基本、御免だよ」

 何しろ、『変装』以外で、化粧とかした事無いし。清潔であればいい、くらいなノリだしなぁ。
 ……あの、宴会の時の『女装』とか……よそう。もうあれは記憶から消し去りたい。

「はぁ……あのさ、お兄ちゃんってさ……『与えられた問題』には物凄く強いけど、自分から問題を解決しようとは思わないタイプだよね?
 こう、『やらなきゃいけないこと』『何とかしなきゃいけない事』には、物凄く強い。『何とかしてやろう』『ケリつけてやる』みたいな。『正解が無い問題だ』って思ってるような事にも、問題の前提ごとひっくり返して、無理矢理答えを叩き出しちゃう、『叩き出せちゃう』。

 ヤクザに追いつめられて殺されそうになった人に対して、ヤクザを殺して山に埋めちゃうなんて典型例じゃない? 『最低限、人殺す覚悟が無きゃ勤まらない仕事なら、殺される覚悟くらいは持つべきだろ?』って……あっさりと。
 フツーは出来ないよ。そんな風には。

 そんなお兄ちゃんだからこそ、他の魔法少女たちは、お兄ちゃんを頼もしく思って、アドバイスに従ってくれるんだよ?
 『それでも颯太さんなら……颯太さんなら、きっと何とかしてくれる』って感じで」

「あ、ああ。チカにも、そんな事、言われたよ」

「でもさ、それってさ……『絶対に正解の出せない問題と、向き合ってこなかった』って事にならない?」
「そんな事あるもんか! 俺が父さん母さん殺して、どんだけ」
「苦しんでるのは分かるよ。でも、それは『答えを出した問題』の『答え』に苦しんでるだけであって。
 『問題そのものに』苦しみ続けた経験って、お兄ちゃん、意外と薄いんじゃないかな?」

「……………」

 言われて、俺は戸惑う。
 確かに……そう、かもしれない。

「お兄ちゃんってさ……自分自身をマシーンみたいに思ってる部分がある、って。言ってたよね?」
「ああ?」
「……だったら、その『マシーンの部分』が、ぶっ壊れちゃうような事、言ってもいいかな?」
「なんだよ? 言ってみろよ?」

 戸惑いながら、沙紀の言葉を聞く。

「マミお姉ちゃんの事」
「は?」

 意外な角度から切り込まれて、俺は戸惑った。

「あのさ、マミお姉ちゃんも、お兄ちゃんの事、好きなんだよ?」
「なんだそりゃ?」

 一瞬、意味が分からなかった。

「いや、俺も嫌いじゃ無いっつーか、尊敬はしてっけど?」
「だからお兄ちゃんは朴念仁だって言ってるんだよ。
 マミお姉ちゃんも、お兄ちゃんの事を、異性として意識してて、好きなんだよ、って事!」

 ……なんというか。呆れ果てた。

「はぁ……沙紀? いい加減な事を言うもんじゃないぞ?
 俺と巴さんは、そーいう関係じゃないのは……」
「だから、お兄ちゃんは朴念仁だって言ってるんだ、馬鹿ーっ!!」

 ばしゃっ、と茶をかけられる……

「熱っちゃっちゃ! てめー! 喰いもん粗末にしてんじゃねぇ!」
「うるさい、この朴念仁のコンコンチキがーっ!!」
「やかましゃあ! てめーこそテキトーな事言ってんじゃねぇーっ!! アリエネー寝言吐いた上に、兄貴に茶ぁぶっかけるたぁ何事だ!」
「テキトーじゃ無いモン! 嘘じゃ無いモン!! マミお姉ちゃんがどんだけ悩んでるかも知らない癖にーっ!!」
「っ……!!
 ……OK、沙紀。まあ、男と女が居れば、そーなっちまう可能性だってゼロとは言えないわなぁ?
 だが、そんな事とか、一言も言われた覚えは無いぞ?」

 ベベレケに酔っぱらった時の戯言はあるが。
 あれをカウントしろというのは、幾らなんでも酷というモノだろう。
 人間でも魔法少女でも魔法少年でも、酔えば誰だって酔っ払いだ。

 もっとも、俺は酒に酔った事が無いが。……いや、飲めないわけでは無く、その逆で。
 『飲んでも全然変わらない』上に、チカの奴を遥かに超えて『ザル』だし、特に美味いと感じる事も無いので、付き合いで飲む事はあっても、飲んでて楽しいモノだとは思えないのだ。
 東京居た時のガキの頃、ジュースだと思って料理用の焼酎まるまる一リットル飲み干した後で、ふつーに学校に行って、酒臭さに気付いた担任の教師によって、大騒ぎになったくらいである。

「……あのさ。マミお姉ちゃんが、何で我が家でお酒飲んでたと思う?」
「んー、魔獣に対しての警戒だろ? 信じられる人間がいれば、休む事も出来るわけだし?
 一人暮らしの隙を突かれたら、って思えば……」

 とりあえず、俺の出した答えに、沙紀が本気で頭を抱えてた。 

「……………馬鹿過ぎる……………マミお姉ちゃんの事が、この人全く分かって無い」
「なんだよ!
 あの最強魔法少女が、どんな猛者だって事かくらい、俺だって……いや、誰だって知ってらぁ!」
「だから何も分かって無いって言ってるんだ! だから……だから貴様は、馬鹿兄なのだぁぁぁぁぁっ!!」
「へぼぶぅっ!!」

 妹様の鉄拳制裁……って、チカの能力のコピーか、おい!?
 なんか珍しいパターンだな? よし、『御剣家流』で、付き合ってやろう!

「てっ、てっ……てめぇ……兄貴に手を上げるとは何事だ、この馬鹿妹がーっ!!」

 ぼこぉっ!!

「五月蠅い、この馬鹿兄がーっ!! 疑うくらいだったら、直接聞いてこいーっ!!」

 どかぁっ!!

「出来るか馬鹿ーっ! そんな有り得ない妄想話のカンチガイに恥ずかしい真似、生き恥じゃーっ!!」

 どごぉっ!!

「だからマミお姉ちゃんは、お酒飲んで告白したんじゃないか、馬鹿ーっ!!」

 ズッギャーン!!

「ンなわきゃあるか馬鹿がーっ! 俺が知る巴さんなら、面と向かって告白するくらいの度胸あるわい!!
 彼女程、頭がキレて肝の据わった魔法少女、見た事無いわい!」

 メメタァッ!!

 ってな感じの、御剣家式家族会議(肉体言語込み)の真っ最中。
 ……不意に。沙紀の馬鹿が動きを止めた。

「よし! そんだけ信じられないのなら、今、この場にマミお姉ちゃん呼んでやる!
 ……どーなっても知らないんだから!!」
「あーあ、やってみんかい! そんな確率論的にありえねー寝言を真に受けるほど、俺は馬鹿じゃねぇよ!」

 売り言葉に買い言葉。
 それが、どれほど高くつくモノか……この時俺は、想像もしていなかった。



「好きですよ。私も」

 ……え?

「……あの、巴さん? もしかして、また酒……」
「飲んでませんよ。シラフです」

 ……OK、落ち着け、俺。まだ慌てる時間じゃ無い。

「えっと、その……お友達とか、頼れる仲間とか」
「いいえ。チカさんと一緒で、異性として颯太さんを見てます」
「え、あー……その、何時から?」
「いつの間にか、です。一緒に戦って、過ごしてきて……気がついたら、好きになってました」
「……そ、そうッスか……」

 参った……参っちゃったぞ、これ?

「……イスラム教徒って、確か嫁さん4人まで持てたよなぁ?」
「お・に・い・ちゃ・ん?」
「は・や・た・さ・ん?」

 にっこりと微笑みながらも、ティロ・フィナーレな銃口を向けて来る、巴さんと沙紀。

「いや、『神』なんて大体が人間の都合でデッチアゲた代物なんだから、こう『自分に都合のいい神様』を、臨機応変に拝んで行こうかなーってのが、俺の流儀だし」

 ……ま、イスラム教徒は戒律厳しすぎるか。フリーダムな今みたいには行きそうに無いし。
 それに……断食月(ラマダン)とか、俺的にアリエネェし……

「私はチカさんに颯太さんを譲るつもりはありません。
 チカさんも、私に颯太さんを譲るつもりはありません。
 ただ、チカさんもそうですし、私もそうですが、颯太さんの『弱み』に付け込むような、卑怯な真似だけはしたくない。
 だから、どちらを颯太さんが選ぼうが、それは颯太さんの判断にお任せしようと思ってます」
「俺の……弱み?」

 深々と巴さんは溜息をつく。

「率直に言います。
 颯太さん、あなたは……私もそうですし、チカさんもそうですが『サバイバーズ・ギルト』という原罪を背負っています。

 『他人を食い物にして、育ってきてしまったチカさん』
 『交通事故で自分だけ助かる祈りをしてしまった私』
 そして……『両親を殺してまで、自分と愛する人を守ろうとした颯太さん』

 ……チカさんは言ってました。

 『他人の傷に付け込んで、モノにするのは簡単な事だ』って。

 でも、こうも言ってました。

 『そんな恋愛関係は『本当の男』をモノにしたい場合、絶対長続きしない。恋人ってのは、いずれその男の嫁になり、そいつの子供を産んで妻になる。
 その幾つかあるステップの、ほんの一段階に過ぎない。
 あたしは颯太と『ずっと一緒に居たい』以上、『恋人』って立場だけで満足できるワケが無いんだ』って……」

「チカが……そんな事を?」

「ええ、ですから、チカさんと引き合わされたあの時、不思議に思ったんです。
 『先を越されてしまった』って……だというのに、彼女は私の家に転がり込んだ。
 『何故か』と問い詰めて帰って来た答えが……それでした」

「そう、ですか……あの、強欲なチカが、そんな謙虚な事を」

 思わず、つぶやく。
 だが……

「謙虚? そう思えますか? 私には……物凄い強欲に思えますが?」

「え?」

「あの人は『安っぽい男』や『安っぽい愛』に、興味なんて無いんだそうです。
 『女(あたし)が欲しければ、男(アイツ)の全てと引き換えだ』って……言ってましたし。
 あの人は、『ザ・ワン』たる颯太さんの『全部』を手に入れるつもりです。

 というか、『本当の颯太さん』が手に入るなら、あの人は傷に付け込んででも何でも、手に入れたでしょう。
 でも、あなたは、魔法少女には『誰にでも』優しいですから……『本当の颯太さん』を手に入れるには、こんな正攻法以外、有り得ないって思ったんじゃないでしょうか?
 あの人の海賊風の魔法少女の姿は、まさに的確ですね……魔法少女の中でも一番の『大物目当て』の、悪党だと思いますよ」

「そんな……俺、そんな男じゃあ。
 俺はタダの……」

 そこに、びしっ、と指を突きつけられる。

「颯太さん……颯太さんは、いつも『タダの男』と、ご自分を評価なさってますね?
 では、言わせてもらいます。どこが『タダの男』なんですか?」

「え? だって……風呂入るし、飯食うし、悩んだりするし、クソだってするし」

「少なくとも……『タダの男』は、魔法少女と肩を並べて魔獣を狩ったりしません!」

「っ……………だけど、普通でしょ?
 たまたま俺は、そんな能力を持っていただけで、持っていれば誰だって」

「誰だって? 本当に? じゃあ、何で沙紀ちゃんが殆ど一人前になった今でも、魔獣を狩っているのですか?」

「一人前? こいつが? 俺から言わせりゃマダマダです」

「では、颯太さんが沙紀ちゃんを一人前と認めるには、どうすれば?」

 その言葉に、俺は迷い無く断言する。

「無論、この俺を『超えて』行く事です!」

「『ザ・ワン』を超えろ、と!? 一介の魔法少女に!?
 颯太さん……今、自分がどれだけ無理難題を言っているか、分かってますか?」

「はっ! それこそ、お笑い草です!
 そこで膝を折っちまうような奴が……『繋ぎで闘ってる』俺程度、踏み越えられなくて、何が魔法少女ですか!」

 と……

「分かった。超えてやる!」

「沙紀ちゃん!?」

「お兄ちゃん……私、今まで『二人で一つの魔法少年』だって思ってた。
 でも、これは……こればかりは、絶対に違う!
 お兄ちゃんも私も……一人立ちしなきゃいけない時が、来たんだよ」

「っ……沙紀?」

「誰にでも優しい、機械みたいな『空っぽ』のお兄ちゃんに……奇跡や魔法を否定して『現実しか見て無い』お兄ちゃんに……意地でも、夢と希望を見せつけてやる!
 それが魔法少女としての、私の務めだっ!!」

「空っぽだと?
 ……沙紀、それは、お前にダケは言われたく無ぇな」

「なんでよ!」

「お前の力は、全部、借り物だ。自前で手にした力なんて、ひとっ欠片も存在してねぇ……分かるか? 贋能者(フェイカー)。

 確かに、運用、応用次第で戦闘には勝てる。問題を解決する事は出来る。
 だが……そこのドコに『御剣沙紀』が存在している? おめぇこそ、『誰かの夢や希望に安易に乗っかってるダケ』としか思えねぇぜ?
 そんな力しか持たない魔法少女が!? 一体全体、俺に何を『示す』っつーんだ? あ?」

「っ……!!」

「よし、課題だ。
 テメェが一丁前だと言うなら……『御剣沙紀』を、俺に……兄貴に。御剣颯太に、見せつけてみせろ。
 でなけりゃ、俺は納得なんか、しねぇぜ?」

「上等、受けて立ってやる!
 ……後悔すんな、馬鹿兄貴!!」

 そう言って、ドカン! と乱暴に扉を蹴り開けて……沙紀の奴は、家を飛び出して行った。



 沙紀が出て行った後に、沈黙の落ちるリビング。

「その、なんつーか……俺ぁ、分かんネェ事だらけで、知らねぇ事だらけだったンッスね」
「そうですね」

 天を仰ぐ。
 ……本当に、俺は……

「どうすりゃイイんだ……」

 沙紀にああ啖呵を切ったモノの……改めて『空っぽの自分』ってモノに、気付かされて、俺は溜息をついた。

「何でも出来るって事は……何も出来ないって事と≒(ニアリー・イコール)なんですね」

「え?」

「いや、俺はね……俺なりに挫折や何やを繰り返して、現実見据えて、必死に自分を鍛え上げて生きてたつもりだったんですけど。
 夢とか、希望とか……『俺自身のそういったモノ』が、全く見えて無かったんですね。
 その分まで……俺は沙紀に押し付けちまったのかもしれないな、って」
「颯太、さん?」

「考えてみればね……沙紀の能力も、俺の能力も『他の誰か』が居ないと、意味が無い能力なんですよ。

 『仲間』が居ないと成長する事すら出来ない、沙紀の『コピー能力』。
 『敵』が居ないと、存在すら証明不可能な、俺の『魔力否定の能力』。

 ……変な所で、バランスが取れてたんですね。色んな意味で」

 と……

「そうでしょうか? 少なくとも……颯太さんの能力を、証明する方法、ありますよ?」
「え?」
「速さ。魔法少女は、誰もが追いつけない、見滝原最速のスピードスターじゃないですか?」
「っ……まあ、確かに。でも、『ソレダケ』ですよ? 早いだけじゃ何の意味も……」
「そう。最速で間違いを否定する。そして即断即決……どんな状況でも、その行動に『迷い』が無い。
 だからこそ、みんな信頼しているんですよ、颯太さんを」

「俺は……その……そんなんじゃ、無いです。
 今、俺は、迷いっぱなしです。どっちかなんて選べるわけが無い。
 巴さんも好きだし、チカも好きだし……なんというか、『自分の意思で、選ばなきゃいけない』って状況に、初めて置かれた気分です。
 こればかりは……『速さ』で解決できない。
 どっちも『否定』なんて、出来るわけがない。多分……絶対に、後悔が残る問題です」

 と……

「……くす。ごめんなさい。その……珍しいモノが見れたな、って」
「え?」
「真剣に『悩み続けてる』颯太さんなんて……初めて見ました。
 考えてもみれば、颯太さんて『どーしようかな』の人で『どうすりゃいいんだ?』なんて言葉、初めて聞いた気がします」

「それは、何が違うってんですか?」

「『どーしようかな』って事は……幾つか解決方法が思いついてる、って事じゃないですか?
 でも『どうすりゃいいんだ?』なんて言葉は、答えに皆目見当がついていない。
 そんな言葉は、颯太さんからは、初めて聞いた気がします」

「買い被り過ぎです。
 何せ、俺自身が決めろって言われても……俺を一番信じていないのは、俺自身なんですから」
「あれだけ、自信満々の颯太さんが?」
「そう見えるように、見せてるようにしてるだけです。本当は、一番自分を信じてませんから、俺自身が、俺を」

 そう言って、悩む俺に……更に、巴さんが、追い打ちをかけてきた。

「チカさんね……高校を卒業したら、旅に出たいそうですよ?」
「え!?」
「『ドブの底からじゃなくて、魔法少女の翼で、広い世界を見て回りたい』って。
 あの人の『祈り』は、颯太さんと一緒で複合型ですからね。贖罪と……そして『旅立ち』の祈り。
 新天地(エルスウェア)への渇望が、誰よりも激しい人なんです。
 そう言う意味で、『否定し、守り続ける』事を誓った、颯太さんとは間逆なんですよ」
「そんな……!」
「きっと、行く先々で、トラブルを起こしては解決して……そんな暮らしを続けるのが、目に見える気がします。
 だから、颯太さんに『ついてきて欲しい』っていうのは……決して楽な選択肢では無いでしょうね」
「っ……あいつは……そんな事を」

 軽く、頭を抱える。

「そういう意味でも……『どちらか』を、颯太さんは選ばなきゃいけません。
 チカさんとの旅立ちか、見滝原に留まるか。
 『後悔の無い選択』なんて……今度こそ、ありませんよ?」

 道明寺を平らげ、緑茶を飲みほした、巴さんが立ちあがる。

「颯太さん……私も、チカさんも、颯太さんを愛しています。だからこそ、今度こそ……真剣に、ご自分と向き合ってください。
 夢や、希望や、欲望や、そういった『颯太さん自身のワガママな部分』と、真剣に。嘘も、誤魔化しも無く。
 私たちは『正しい答え』ではなく……『颯太さんの答え』を、待っているのですから」

 そう言って、巴さんは……俺に言い残して、御剣家を立ち去っていった。



[27923] 幕間:「御剣沙紀のちょっとした博打」
Name: 闇憑◆27c607b4 ID:cb2385d9
Date: 2011/09/11 01:58
「もう、大丈夫よ。あとは巴マミが相手をしているわ」

 グリーフシードを手渡され、濁ったソウルジェムを浄化。さらに、体内のドラッグを除去していく。
 潰れたボウリング場の一室で、私は暁美ほむらと対峙していた。

「……とりあえず、斜太チカは、行ったようね……」
「そうですか」

 そして……私は、ソウルジェムから拳銃を取り出すと。
 暁美ほむらに、銃口を向けた。

「……何の真似かしら? 銃口が『いけない方向』を向いている気がするんだけど?」
「セーフティの外し方くらいは知ってるし。引き金の引き方くらいは知ってますよ。
 ……丁度いい機会ですし、幾つか、質問に答えて貰います」

 私の真剣な目線に、暁美ほむらが溜息をついた。

「……話が見えないわね。ここで共倒れをするつもり?」
「『場合によってはそれもやむを得ない』。そう思ってます。
 それを踏まえた上で、幾つか聞かせてください。『何でお兄ちゃんにあんなことを言った』んですか?」
「……あんな、事?」
「『私が闘えるかもしれない』……って。
 追いつめられた人間に与える安易な希望が、どんな絶望を与えるか……あなたは分かっててやったんですか?」

 睨みつけながら、両手に構え直す。

「現に、あなたは私に銃口を突き付けてるわ? それが出来るのならば、不可能では無いのではないの?」
「本当にそう思ってますか? あなたみたいな時間を止められるワケでも無い私が?
 魔力はあっても、並みの魔法少女以下の『能力しか持たない』私が?
 私は、ドラク○で例えるならば、MPは500とか600とかあっても、HPや呪文のレパートリーがレベル1状態の魔法少女なんですよ?」

 本当は『そうでもない』のだが、それは秘密だ。
 何しろ……私の祈りは、癒しの祈りなんかでは無いのだし。それを誤魔化す必要があって、必死に今まで『色々な物を欺いてきた』のだから。

「それはあなたの未熟ね。そして、御剣颯太がそのツケを払っている」
「ええ、そうです。お兄ちゃんは『私のツケを払うことで』生き続けている。そんな人です。
 だからこそ、あなたのやった事は『最悪』なんです」
「……話が見えないわね」
「ここまで言っても、まだ分かりませんか?
 お兄ちゃんが、今、生きてる理由なんて『それだけ』なんですよ?」

 その言葉に、暁美ほむらは首をかしげる。

「話を分かりやすく変えましょう。
 鹿目まどかさん。彼女が、自分自身を最悪の魔女の元だと知って『人間のまま自殺を図ったとしたら?』
 あなたはどうしますか?」
「っ!!」
「あなたは『やり直せばいい』。でも、お兄ちゃんは!?
 私たちは、この世でたった二人の兄妹なんです!
 正直、私は……お兄ちゃんさえ生きていてくれるなら、ワルプルギスの夜への復讐なんて、どうでもよかった。
 だけど、『何で私が、お兄ちゃんに付き合っているか』……分かりますか?」
「……いえ」
「お兄ちゃんは、父さんと母さんを手にかけた『あの日』以降、ずっと、どっか壊れたままなんです。
 本当は誰よりも、内気で、繊細で、優しくて。でも、それを押し殺して、塗りつぶして。無理矢理鬼になって、家族のために生きている。
 そして、どんどんどんどん、誰かを殺すたびに、自責の念で自分を壊して滅茶苦茶になりながら。
 それでも『私のために』『誰かのために』って……そんな人の『数少ないワガママ』に……希望に。どうして否を言えますか?」

 下がってきた銃口を、意識して持ちあげる。

「分かりませんか?
 魔法少年と手を組むという事は……『私と手を組めるかどうか』って意味でもあるんですよ? ワンセットなんですよ。私たち兄妹は?
 何か失念していません、時間遡行者さん?」
「っ……その……」
「答えてよ……インキュベーターに疎まれて、全ての魔法少女を敵に回して、それでも『家族のために』『みんなのために』って必至に生きてる『タダの人間』を絶望に踊らせて追いつめておいて……あなたは一体全体、何を救おうというの!?
 いいえ、それ以前に、あなたは一体全体、『何人の鹿目まどかを見殺しにしてきたって言うの!?』、あなたの救いたい鹿目まどかって、『どこの世界の鹿目まどか』!?
 あなたがやってる事と、インキュベーターがやってる事と、何が違うと言うの!?
 『何人も無関係な人を不幸にしたり、絶望に堕としたよ。でもあなたは救ったわ』って、鹿目まどかに……友達に答えるつもり?
 それで喜ぶ人なの!? 鹿目まどかって人は!?
 答えて!!」

 涙でぶれる銃口を。それでもかまえながら……私は暁美ほむらに問い詰める。

「っ……私は……ただ、まどかと……」
「そうでしょうね。
 私だって、お兄ちゃんと過ごしたい。あなたみたいに人生やり直せるなら、お兄ちゃんだって私だって、そうしてるでしょう。
 でもね……お兄ちゃんの受け売りなんですけど。
 『どんな理由があろうが、どんな不幸な身の上だろうが、他人を不幸にしていい権利なんて、無い』……私には、それを無視してるあなたが『どんどん不幸になっていってる』ように思えますよ?」
「っ……」
「いくら人生リセット出来るからって……それに甘えてません?
 そんな事繰り返してると……いつか、『とんでもないしっぺ返し』を喰らいますよ。因果応報って、絶対法則なんですから」

 沈黙。やがて……

「ごめんなさい……御剣沙紀。私が、浅はかだったわ。私は、『御剣颯太』というファクターしか見えて無かった……」
「……そうですよ。私とお兄ちゃんは、ワンセットなんです。だから……」

 一呼吸。
 さあ、勝負どころだ。

「友達に、なりません?」
「……え?」
「いや、これも、お兄ちゃんの部屋にあった本の受け売りなんですけど。『最強の格闘家』の究極の技って……『殺しに来た相手と、友達になっちゃう』事なんだそうです。
 お兄ちゃんは『ああいう人』だから、暁美さんとは絶対友達にはなれませんけど。私となら何とか上手くやれるんじゃないかな、って……マミお姉ちゃんも、美樹さんも……多分、本当は暁美さんも。『悪い魔法少女』なんて、本当は居ないんじゃないかな、って。
 ……私、本当は思ってるんです。お兄ちゃんに知れたら『何考えてんだ!?』って怒られそうだけど……」

 私を虐待した魔法少女たち。私たちを襲ってきた魔法少女たち。
 私を誘拐した、あの斜太チカすらも本当は多分……いや、言うまい。どちらにしろ、彼女は色々な意味で『手遅れ』だ。

「すれちがいとか、誤解とか、知らなかったとか……『取り返しがつかない間違い』って、勿論あると思うんです。
 でも、だったら……直せるものは直して改めてくれれば、それでいい。正直……私は、お兄ちゃん程、過激にはなれませんから。
 だから、暁美さん……『お兄ちゃんを追いつめた責任』、取ってもらえますか?」

 沈黙。
 やがて……

「……敵わないわね。あなたたち『兄妹』には……」

「そんなことは無いですよ。
 私なんて、お兄ちゃん含めて『誰かの力を借りて利用するしか』生きてくことすら出来ないんですから。
 ただ……本当に『独りだけで、生きて行ける人』なんて、絶対に居ないと思うんです。私もお兄ちゃんも『か弱い』から……多分、それがよく見えちゃうんじゃないかな?
 だから、暁美さん。『自分は独りだ』なんて、思わないでください。自棄にならないでください。
 少なくとも……この『繰り返し』で『鹿目まどかさんを救った後、どうするか』……それを考えた方が良いんじゃないかな?」

「え!?」

「うちのお兄ちゃんね……何だかんだと、『解決できなかった問題』は無いんですよ。
 無理矢理でもデタラメでも、不思議と『答えを叩き出せちゃう』人なんです。そのぶん、積極性が絶無なんですけど。
 だから……お兄ちゃんを『一応』味方につけている暁美さんにとって、多分、この『繰り返し』が終点になれると、思いますよ?」

「っ……下手な気休めを……言わないで」

「あっ、その……ごめんなさい。
 でも、憶えておいてください。人間って、誰しも、どっかしらで『誰か』と繋がってるんです。
 それを……忘れないでください」

 そう言って、私は銃を納め。無理矢理、彼女の手を掴んで、握手を交わした。



[27923] 幕間:「御剣沙紀、最大の試練」
Name: 闇憑◆27c607b4 ID:cb2385d9
Date: 2011/09/11 23:14
「あの……馬鹿兄……」

 夜の街を歩きながら。
 私は途方に暮れていた。

「お兄ちゃんを……ザ・ワンを超えろって……どうすりゃいいのよ」

 お兄ちゃんは、日ごろ優しくはあるが……本質的には、究極の実力主義者にして、実戦主義者だ。
 その目線には、一切の容赦も甘さも無い。
 だが、だからこそ……

「私の本当の能力……願望混成(ウィッシュ・オブ・マッシュアップ)……か」

 暁美さんが教えてくれた、私の本当の能力……他の魔法少女の能力を混ぜる事によって、全く新しい能力を創り出す能力。
 だが、実際、幾つか試したモノの、これまで全て失敗続き。しかも、消耗だけは激しくなるというオマケつきだ。

「……何が、いけないのかな?」

 夜の公園。
 幾つか、能力を展開してみる。

 ……もう、最初の頃のような、魔力を無駄に消耗し尽くすような、無様は無い。
 だが……逆を言えば『それだけ』だ。

 『お前の力は、全部、借り物だ。自前で手にした力なんて、ひとっ欠片も存在してねぇ……誰かの夢や希望に安易に乗っかってるダケだ』

「何さ……人間なんて、全部が全部、一個人がゼロからオリジナル『だけ』で構築出来るワケ、無いじゃない。
 どんなオリジナル気取ったって、心だの文化だの何だの……『人間』なんて全ては順序数列組み合わせの産物じゃないの!
 だったら、面倒な事はコピーで十分……なんかじゃ……無いよね、やっぱ」

 『他人の願いを知りたいという願い』……いつしか、私はそれに溺れては居なかっただろうか?

「順序数列組み合わせ……か」

 OK、まず、冷静になろう。
 『敵を知り、己を知れば、百戦危うからず』と言う。

 まず、敵は『ザ・ワン』たるお兄ちゃん。能力は『最速』と『否定の魔力』。

 対する私は、『全願望の図書館(オールウィッシュ・オブ・ライブラリー)』。
 究極のコピー能力。その『無限の蔵書』の中から、お兄ちゃんに通じそうな能力は?

 『速度低下』? いや、否定されたらそれまでだ。
 『遠距離攻撃』? 回避されるのがオチだ。
 『肉体強化』? 否定の魔力を使った斬撃までは防げない。第一、お兄ちゃん、武術(マーシャルアーツ)の達人だし。

「OK、まずは……『速度』ってファクターは無視しよう。
 魔法少女が、お兄ちゃんの『否定の魔力』を攻略する方法は?」

 考える。
 考えて、考えて、考えた結論。それは……

「こっちも、同じ『否定』の魔力を使うしかない……か」

 確かに。
 お兄ちゃんの能力自体は『コピー済み』である。
 もっとも……私個人の『願い』との相性が、『私自身にとって』相性が悪すぎるので、殆ど使用していない。
 ……お兄ちゃんは私の魔力を使う事が出来るのに、私はお兄ちゃんの魔力を使えない。不公平にも程がある気がするのだが……それが現実である。

 ただ……『奇跡や魔法を否定する事』を『否定する』……即ち、『奇跡や魔法の肯定』というのは、アリだと思う。
 じゃあ、『何を以って』肯定するべきだろうか?

 マミお姉ちゃんの、『生存への祈り』だろうか? 幾らお兄ちゃんだって『死にたくは無い』だろう。
 だが……お兄ちゃんは、状況によっては自分自身の生存すら放棄しかねない程、厳しい人だ。誰かのために命を投げ出す事に、全くの躊躇が無い以上、それだけでは弱い。

「……うーん、分かんない。けど……」

 とりあえず、カクテルにする素材の片方は見えた。あともう一つ……決定打になるモノ。

「そういえば……」

 あの時。
 お兄ちゃんは、『右手を大怪我して』帰って来た。

 お兄ちゃん自身は、疑問にも思っていなかったが……これって、意外と珍しい話なのだ。
 何しろ、お兄ちゃんには『魔法を介した物理攻撃』……例えば、チカさんのパワーで岩を投げつけたりする事とかは有効でも、純粋な『魔法そのもの』……マミお姉ちゃんの、ティロ・フィナーレなんかは、かなり通じにくい。

 以前、お兄ちゃんがバーサークした時に、逃げ回りながらぶっ放した、マミお姉ちゃんのティロ・フィナーレを『つかまえた』とか言って『食べちゃった』くらいだし……あれはホント怖かったっけ。
 そのまま、一晩中、怒り狂って木刀引っ提げてバーサークしたお兄ちゃんと……よそう。もー、あの出来事は思い出したくも無い。

 まあ、要は。
 純粋な魔法『だけ』でダメージを与えるっていう事が、至難に近いのだ。
 そして、それを成し遂げた人……

「暁美……ほむら、さんだったっけ。ちょっと話を聞きに行きたいなぁ」



「瘴気……魔獣、か」

 ひみかちゃんからコピーさせて貰った、探索系の魔法を使ったモノの……やはり、所詮、コピーはコピーか。
 精度が悪すぎて、暁美さんの姿が発見できなかった。

 ……どうしよう。一度、撤退しようかな……怖いし。いや……

「まずは魔獣を観察、タイプを推定、そして有効な魔法と能力を選択し……」

 慎重に、敵を観察し、油断せず、魔力を運用。
 警戒を厳に……ちょっと私一人だとマズいタイプと数だ。一度、安全地帯への撤退、それから仲間への連絡……

「って、ちょっ!!」

 そこに……ビルから飛び降りた暁美さんが、現れる。

「……翼?」

 一瞬。
 そんなのが垣間見えた気が、した。
 そして……

「っ!」

 『弓』の一閃。
 魔獣たちの群れが、一掃される。

「……強い」

 相当に強い魔法少女だと思っていたが、これ程とは。
 ……どうやってチカさんとお兄ちゃんは、捕まえられたのだろうか?

「あっ、あの……暁美、ほむらさん、ですよね?」
「? ……あなたは……」
「おっ、お話……したい事があります!
 どうやったら、あなたみたいに強くなれますか!?」
「……え?」



「そう……そんな事が」
「もう、その、何と言うか。『売り言葉に買い言葉』が、高くついちゃったなぁ……って」

 事情を説明し、深々と溜息をつく。

「考えてみると、私、『誰かの役に立つ』魔法や能力ばっかしか使ってこなかったんですよ。それで自分自身、前線に出るって事を……あんまり、して来なかったんです。
 なんというか……『誰かに守られるのが、当然になってた』んだなぁ……って。
 そこの所の弱さを、思いっきり指摘された気分です」

 溜息をつく。
 以前聞いた、冴子姉さんの能力と、八千代ちゃんの能力を混ぜた『願望混成(ウィッシュ・オブ・マッシュアップ)』で、ワルプルギスの夜を『自爆させた』のが自分だ、などと言われても……信じようが無いというか、信じられないというか……試したのに、全然出来なかったし。

「……………相変わらず、優しいのね」
「優しいだけじゃ、意味なんて無いんですよ……私は御剣家の子なんですから」

 侠に生き、仁を貫き、義に報いる。
 そのためには、時として、断固たる決意を以って、立たねばならぬ時は、ある。
 例えば……いつものお兄ちゃんのように。
 例えば……今の私のように。

「……考えてもみれば、お兄ちゃん自身が『魔獣と闘う理由』なんて、欠片も無いんですよ。
 ただ、私が魔法少女だから。お姉ちゃんが魔法少女だったから、一緒に闘う。
 それだけの人なんです。
 ただ、『闘う才能があった』だけで……それに胡坐をかいて、押しつけてきた私が受ける報いとしては、当然なのかな、って」

「……………」

「私は卑怯者です。
 誰かに縋ってしか、生きる事すら出来なかった。闘う事すら、出来なかった。
 多分、いちばんワガママで、臆病な……魔法少女です」

「そうね……でも、だからこそ、分かる事もあるんじゃないかしら?」

「え?」

「まどかが救う、『前の世界』の御剣颯太は……それこそ、本当の『鬼』だったわ。
 でも、この世界では、魔法少女を護る側に回っている。……正直、彼と『穏やかな会話が成り立つ』なんて……想像もしていなかった。

 でも、少し話を聞いてみると、分かる。
 『本質の部分』は、彼は変わっては居ない、と。
 おそらく斜太チカも、そして御剣沙紀。あなたもよ。

 あなたが居たからこそ、御剣颯太は『鬼』になれた。闘う事が出来た。
 ただ、この世界は……『少しだけ優しい』世界だから……元々優しいあなたは、迷ってしまっているのね」

「そう、かもしれません」

 溜息をつく。
 私に無くて、お兄ちゃんや、他のみんなにあるモノ。
 それは……

「考えてもみれば、魔法少女や魔法少年が『鬼』なのは、当たり前かもしれませんね」

「え?」

「ほら。よく、鬼の事を『ナントカ童子』とか言うじゃないですか? 茨木童子とか、酒呑童子とか。
 私たち魔法少女や、お兄ちゃんも含めた魔法少年も。どっか『鬼』なんですよ。やっぱ。
 ただ、お兄ちゃんや……あと、魔法少女の中では、チカさんなんかは特にそうかな? 『鬼』の部分が、普通の人より多いんだと思います。
 そして……そういった『自分の中の鬼』に振りまわされず、しっかり飲み込んで立つことが出来て、初めて私は御剣家の魔法少女として、お兄ちゃんに独り立ちが認められるのかなぁ、って……今、何と無く、思っちゃいました」

「……そうかも、しれないわね。私も、正直、『自分の中の鬼に負けた』って思う経験、あるわ」

 寂しげに微笑む、暁美さん。
 その目に見ているのは、おそらく……自分が辿った、苛烈なループの世界。
 だからこそ……私は話題を変えた。

「チカさんなんかは……文字通り『酒呑』童子かもしれませんね」
「え?」
「あの人、お酒好きなんです。……未成年なのに。
 なんか魔法少女になった段階で、ドラッグだとかタバコだとかでボロボロの体だとか、染めた髪の毛だとか……色々と『綺麗になった』ハズなのに、なんでか知らないけど『お酒だけは辞められなかった』って。
 小学生の頃から、家族に『ウワバミチカちゃん』とか言われて、こっそり飲んでたらしくて……中学あがる頃には、立派な酒豪だったそうです。
 ただ……『お兄ちゃんと一緒で、先天的にお酒に強いんだなー』って漏らしたら『よし、アイツと飲み比べで、本音引っ張り出してやる』ってお兄ちゃんにつっかけっちゃって……」

「……どうなったの?」

「流石のチカさんも、潰されちゃいました。
 ビールから入って、ワイン、焼酎、ウィスキー……ハブ酒やまむし酒、泡盛もあったし……しまいには、90度オーバーの、芋虫入りテキーラとか、ウォッカとか、老酒とか、チャンポンで開けて行っても平然としてるんだもん、お兄ちゃん。
 うちのお兄ちゃんも、お酒強いんですけど……チカさんと違ってあまり酔えない分、面白くないんだそうです」

「……」

「もう少し、お酒に弱ければ……夢とか、幻とか、そういったのに酔えれば、少しはお兄ちゃんも、砕けた性格になってたのかもなぁ。
 お兄ちゃん、真面目な分、逃げ場が無いって思うと、とことんまで自分を追いつめちゃう人だから」

「そして、本当の『鬼』になってしまった……か」
「え?」
「いえ、何でも無いわ。
 それで……一体全体、何の用かしら?
 こんな時間に、わざわざ『お悩み相談の相手』にしては……その、私が向いているとは思えないわ」

 うっ……鋭い。流石、百戦錬磨……

「あの……願望混成(ウィッシュ・オブ・マッシュアップ)が、『私の本当の能力だ』って……教えてくれましたよね?」

「ええ。正直、その……突拍子も無いというか、とんでもない能力だと、思ったわ。
 全願望の図書館(オールウィッシュ・オブ・ライブラリー)でさえ、滅茶苦茶な力だと思ってたけど……さらにその上を行くんですもの。しかも土壇場で」

「出来ないんです。今の私には。
 何となくなんですけど……多分、それ、相当に追いつめられないと、発揮出来ない。
 臆病者の私が……『本当に土壇場の土壇場だからこそ、発揮できた』能力なんじゃないかな、って……思うんです。
 それに……」

「……それに?」

「『創り出せる能力は、一つだけ』……何と無く、そんな感じがするんです。
 つまり……その……私の中にある『無数の能力の組み合わせの中』で『これが最強だ』って思えるモノじゃないと、成功しないんじゃないかなぁ……って。
 多分、『ワルプルギスの夜を倒せる』=『最強だーっ!』って、その時の私は、思っちゃったんじゃないかな?」

「それで?」

「その、『弓』の力……元々は『魔法少女の女神様の力だ』、って……言ってましたよね?」

 その言葉に、暁美ほむらは溜息をついた。

「呆れた。
 ……あなたは、『まどかの力すらをも』、能力の内に取り入れようと言うの?」
「ごめんなさい。それしか、『お兄ちゃんを超える方法が』見当たらなかったんです。
 『純粋な魔力だけで、お兄ちゃんに打撃を与えた』……かなり珍しいレアケースなんです。……もしかしたら、初めてなんじゃないかな?
 さっきの一撃を見て、確信しました」

「お断りだわ。流石に……いい気分は、しないし」

 ですよねー。だけど……

「もう、手遅れですよ」
「え!?」
「私、一度見てしまえば、能力のある程度の部分、マスター出来ますから。
 ……まあ、そこでマスター出来るのなんて、所詮、上っ面(サーフェイス)なんですけど。
 だから、学校の成績とか、結構いいんです。『一度見れば、大体マスター出来ちゃいますから』」

 もっとも、出来ないモノも、色々とあるのだが。
 例えば、『料理』とか。家庭科実習で、色々と『神話』を作っちゃって……家庭科だけは三段階評価で、唯一、『もっとがんばりましょう』しか取ってこれませんでした(泣)。

「っ!! ……失念してたわ。本当に、『兄妹揃って』喰えない人たちね」

「ええ。だから、喰えないついでに、手伝ってください!

 本当に……お兄ちゃんを救いたいんです。

 親離れできない子供と、子離れ出来ない親……結局、最後は、どっちも不幸にしかならない。
 私にとって、お兄ちゃんは、ただの『お兄ちゃん』じゃなくて……父親でもあり、先生でもあり、魔法少年という従卒(サーヴァント)でもあり……その……『家族の中での男役』を、一身に負った存在なんです。

 だからこそ、お兄ちゃんを解放してあげたい。『私という魔法少女の縛りから』解放してあげたい。

 本当は、お兄ちゃんはもう少し、自由に生きるべき人だと思うんです。
 あれだけ凄い人が、ただ、『家族や私のためだけに生きる』なんて……もっともっと、家族以外の……ううん、一番、自分自身の事に、しっかり目を向けてもらいたい。
 それに、お兄ちゃんが望めば……『世界を救うヒーローになる事だって』出来そうだと思いません?」

 その言葉に、暁美さんが、真剣な目で私に答えてくれる。

「そうね。
 そして、まどかは私を残して、『円環の理』という、概念に成り果ててしまったわ。
 ……憶えておきなさい。御剣沙紀。
 『正義の味方』とか『神様』とか……それは結局、『他の誰かに都合のいいモノ』であって、決して『直接、自分を救う事にはならない』のよ。結局、自分を最終的に救うのは、自分自身しか居ないのだから」

「っ……ごめんなさい!」

 頭を下げた。
 と……

「……羨ましいわね。御剣颯太が。
 本当の意味で『誰かに理解してもらえる正義の味方』というのは……良しにつけ、悪しきにつけ、色々な意味で周りが放っておかないのね」
「え?」
「まどかは……今頃、どうしているのかな……」

 その、どうしようも無い寂しい横顔に。
 私は……

「ごめんなさい。
 やっぱり……『他人の力』なんて、気軽に借りるもんじゃないですよね。
 その……迂闊でした。何か、別の方法を考えてみます!
 だって、私の中には、全部の魔法少女の可能性が、秘められてるようなモノですから。
 だからこそ、無い物ねだりをするよりも、まずは創意工夫から入らなきゃ!」

 そう言って、立ち上がる。

「お手数をおかけしました。失礼します」

 と。

「一つ。聞かせてほしいの。あなたは『まどかの力』を、どう扱うつもりだったの?
 私の力だって、その……正直、まどかの力の『一分に過ぎない』と思うのに? それが、御剣颯太に通じる、とでも?」

 暁美さんの質問に、私は、素直に答える。

「簡単な事です。『最強を混ぜちゃえば、それが一番最強なんじゃないか?』……そう思ったんです」
「?」
「神様たちの願望混成(ウィッシュ・オブ・マッシュアップ)。
 『御剣の血』を引く『魔法少女』ならば……私ならば、可能なんじゃないかな? って」

 その言葉に、暁美さんが目を見開いた。

「まさか……」

「あの頑固者のお兄ちゃんを『否定してやる』ためには、もう『女神様の力を借りるしか無い』な、って。

 『神に等しい魔法少年』御剣颯太と、『魔法少女の女神様』鹿目まどかの『願望混成(ウィッシュ・オブ・マッシュアップ)』。これなら何とか通じそうな気がしたんだけど……ごめんなさい。あなた自身の事を、全然考えて無かった。それじゃ、魔法少女失格です。
 お兄ちゃんに怒られるのは、ある程度慣れっこだけど……女神様に怒られちゃうのは、ちょっと怖い、かな」

「……」

「ありがとうございました。色々、悩みの相談に乗ってくれて。
 もう少し、私自身、色々考えて、頑張ってみます」

 そう言って、私はその場を立ち去ろうとし……

「待って」

 暁美さんに、呼びとめられた。

「そうね……あなたたち兄妹は『知らない』のかもしれないけど。
 ……あなたたち二人には。特に御剣颯太には『色々な意味で』借りがあるのよ」

「暁美……さん?」

 そこに……何か、不敵な笑顔を浮かべる、暁美さんの姿が、あった。

「いい機会だし。
 あの、傲慢な御剣颯太に、『一発痛い目』を見てもらう、いいチャンスかもしれない。
 ただ……」

「ただ?」

「御剣沙紀。これだけは約束して貰いたいの」
「約束?」
「佐倉杏子の事……『彼女を、あなたは許せる?』」

 その言葉に、私は苦笑した。

「許すも何も……『私たちが怒る筋合い』なんて、無いじゃないですか?
 そりゃあ、ちょっと会った時は無駄にグレててムカつきましたけど……悪いのは、佐倉杏子のお父さんであって、彼女に罪なんて、あるワケ無いんですから。
 盗みとかもやめてる……というか悪党限定になってるし、魔法少女として後輩のみんなの面倒見ながら、物凄く頑張ってる。

 それに、親の罪って、子供には及ばないようになってるんですよ? 日本の法律って。
 それって……正しい事だと思います。

 生まれた時から、身に憶えの無い罪を背負って『お前は犯罪者の子供だから、犯罪者だ』って言われたら……誰だってグレちゃいますよ。チカさんみたいに。
 特にチカさん、結構あれで純粋な人だから。だから、一番自分で自分が許せなかったし、周りの大人も許せなかったんだと思います。そんな連鎖……犯罪者を増やすだけで、間違ってますよ」

 だからこそ、チカさんはそれを断ち切るために、魔法少女になったのだ。

「そうね。彼女は……佐倉杏子とはある意味、間逆かもしれないわね」
「え?」
「自らの願いで、『誰か他人を救えた』。
 そして魔獣との闘争の日々にすら、何の後悔も抱いていない。……むしろ、嬉々として飛びこんで行く。
 ……意外と珍しい、レアケースな気がするわ」

 その言葉に、私は首をかしげる。

「そう、ですか?」
「ええ。
 そして……私は、今、この『優しい世界のあなただからこそ』、話を振る事が出来る。
 だけど、いい?
 まどかが作り替える前の世界で、この話を聞いた時……あなたはソウルジェムを濁らせ尽くして、危うく魔女になる所だったのよ?
 この世界ならば、恐らくは……死ぬ事になるわね」

 死。

 その言葉を聞いて、私は背筋が凍る。

 あの日。
 お兄ちゃんが助けてくれなければ、私は父さんと母さんに、殺される所だったのだ。

「それを約束出来なければ……御剣沙紀。私はあなたに協力出来ない。
 これも一つの試練……いえ、取引。そう思ってもらおうかしら?」

「死ぬとか……冗談じゃ、無いんですね?」
「ええ。
 あなたたち風に言うならば……『本気と書いてマジと読め』って所かしら?」

 さて。
 杏子さんは一体、何を我が家に……御剣家にカマしてしまったんだろぉか?
 教団内部のゴタゴタに、御剣家を巻き込んだとか……そんな内容だろうか?

 だとしたら……いや、もっと根本的な事では無いのか?

「もしかして、杏子さんの『願いごと』に絡んだ話とか、ですか?」
「鋭いわね、佐倉杏子は……」
「待って、ストップ! 推論を働かせてる真っ最中! まだ心の準備が出来てません!」

 そういえば。
 杏子さんは『能力を封印してしまっている』と言っていた。前の世界でのチカさんも、そんな状態だった、と。

 つまり……『最初の願いを踏みにじられた』魔法少女は、元々の能力を失ってしまう事がある、という事だ。

 考えろ……考えろ……能力を封じるのは『願いが間違っていた』という『自責の念から』というのが大半だ。
 そして彼女の両親や妹……家族も、無理心中をしている。

「杏子さんの『願い』は……『家族に関する問題を解決したい』って事だったのではありませんか?
 ……多分、冴子お姉ちゃんに近いモノな気がします」
「正解よ。で?」

 考えろ。考えるんだ、御剣沙紀!
 我が家の問題は……御剣家の問題は……そう、お金。お金だった。
 じゃあ、佐倉家の問題は?

 考えろ……考えろ。
 彼女の家は、お金を欲したか? いや、違う……あの一家はウチとは違って宗教家だ。
 宗教家にとって、大切なモノ。それは……

「もしかして……もしかして……『自分の家の信者を増やしたい』とかいう願いだった……とか?」

 考えてもみれば、彼女の父親は、本部から破門されているのだ。
 それで居て、あれだけの信者を集められたというのは……よくよく考えたら、異常である。

「ほぼ、正解よ。彼女の願いは『父親の話を聞いて欲しい』……そういうモノよ」
「そっ……そんなっ!!」

 愕然となる。

「じゃあ、父さんと母さんは……いや、冴子お姉ちゃんも、お兄ちゃんも……」
「さて。それを踏まえた上で、もう一度聞くわ。
 あなたは……佐倉杏子を、許す事が出来る?」

 愕然となり……私は、天を仰いだ。
 なんて……事。
 あの時の、カツ丼を食べていた時の、彼女の涙の意味は……

「正直……分かりません。でも……」
「でも?」
「私に、佐倉杏子を怒る資格は、ありません。
 だって……私も魔法少女だし。お兄ちゃんが居なければ、死んでいた人だし」

 迷う。
 本当に、頭がぐちゃぐちゃになってくる。
 落ち着け、御剣沙紀。クール・アズ・キュークだ……理性をもって、ちゃんと答えを導け!

 沈黙。
 やがて……幾つかの結論に、至る。

「……チカさんが、言ってました。
 ヤクザ屋さんたちの『任侠道』って……元々は『武士道』から派生したモノだ、って。そして、その内容は、江戸時代の大昔から、基本的に普遍のモノなんだそうです。
 『札付きのワル』って言葉、あるじゃないですか? アレってね……悪さした人は、昔、戸籍簿に赤い札つけられちゃった事から着たそうです。
 そうなると、もうその人は、村から……世間から爪弾きにされて、旅ガラスとして生きて行くしかない。

 でも、人間は誰とも関わらず、生きて行けるワケが無い。

 そういった……世間から爪弾きにされた『人間として扱ってもらえない人間の最後の拠り所』として。
 『それでも俺たちは人間なんだ!!』って主張するために、守るべき『掟』が『任侠道』って概念なんだそうです。だから、武士道より、ある意味でずっと厳しいんですよ。

 そういう意味で、中国の『武侠』とは、ちょっと違うんですよね。
 あれは全部『個人の正義』であって、究極を言えば『俺がムカツクからぶん殴る』なんですよ。
 だから、殴る相手が聖人君子だろうが皇帝だろうが大魔王だろうが、関係無いんです。

 対して、日本の『任侠』っていうのは、『世間に迷惑をかけるな』って概念から来てるんです。
 自らを『悪』の立場と置きながらも『悪』を憎む概念……それが『任侠』なんですよ」

「……で?」

「御剣の家は、臥煙の家系です。
 その上で、話の筋を考えてみるとですね……『強制的に信者になる』とか、そういった事は、していないワケですよね?」
「ええ、まあ……」
「だとするならば……ああ、やっぱりお兄ちゃんが正しかったんだ」

 私は、思いっきり苦笑した。

「結局は、『うちのお父さんとお母さんが馬鹿だった』……そういう事です。
 だって、お兄ちゃん。あの神父様の説法聞いて『なんか間違ってネ?』って……ズバッと言いきってのけたんですから。
 当時、小学生ですよ、お兄ちゃん?
 小学生でも分かるくらい、ちゃーんと『王様は裸だ』って言ってるのに……お父さんとお母さんは、金ピカの衣でも見ちゃったんじゃないかな?」

「それは……」

「まあ……自殺した神父様の気持ちも、分かる気がしますけどね。
 自分が本当は裸なのに、金ピカの服を着てるつもりで、街を練り歩いていたなんて知ったら……まあ、死にたくなるくらい恥ずかしくはなりますよ。

 結局……杏子さんのお父さんも、うちの父さん母さんも……ううん、チカさんとか、あの教会で暮らしてるゆまちゃん八千代ちゃんとかの面々。あと、ついでに、巴さんの両親とか。
 なんで、『そういった家庭の魔法少女や魔法少年たちが強いのか』。分かった気がします」

「え?」

「大人がフラフラしてたり、死んだりしててアテにならないからですよ。だったら、子供がしっかりするしか無いじゃないですか?
 特に、お兄ちゃんやマミお姉ちゃんみたいなタイプは……物凄く、責任感が強いから」

「そう、ね……確かに、その通りかもしれないわね」

 そして、一呼吸。

「あの神父様の言っていた、『新しい時代』なんて、やっぱり永遠に来ないんですよ。
 いつだって『今』は『過去』と繋がっている。
 今を生きて、ベストを尽くす事で……初めて『未来』はやって来るんじゃないかな?

 夢や希望だけじゃない。現実も見据えて。それを踏まえた上で、ようやっと『真実』が見えて来る。未来が切り開ける。

 だって、夢や希望が無ければ、飛行機なんて作れるワケが無かったんだし。
 まして……未来に、鉄腕アトムが出来るわけがない。
 ……私、信じてるんですよ? 魔法少女だって現に居るんだし、いつか『鉄腕アトム』が開発されるんじゃないか? って。
 この間、原子力で物凄い事故とか起こっちゃったけど、それでも、手塚修虫先生が見せてくれた、鉄腕アトムって夢は間違ったモノじゃ無いんじゃないか、って。

 力なんて……願いなんて。要は、『使い方次第』なんです。
 それを一度間違っちゃったからって、完全に全否定していたら、人間は一歩も先に進めなくなっちゃう。
 ……今のお兄ちゃんみたいに」

「……沙紀ちゃん」

「勿論、杏子さんの願いは『理不尽』の部類です。だって……『家族も救えない人が、どうやって世界を救おうっていうんですか?』
 そんなの間違ってますし、誰も話なんて聞いてくれるわけがありません。東京に居た頃の下町には、そんな『負け犬』の人たち、いっぱい居たんですよ?
 それに、色んな会社がTVに15秒のCMを流すために、どんだけお金払うかって、以前お兄ちゃんに教えて貰って……私、気が遠くなりました。
 宣伝とか、そういったのにも。『話を聞いてもらうだけでお金って、かかるんですよ』。

 そういう意味でも……杏子さんの願いって『世間を馬鹿にしてるなぁ』って思います。

 だから私は……私は多分、杏子さんを許せないけど。
 堪(こら)えます。
 憤りはあります。理不尽は許せません。
 でも……今ここで、杏子ちゃんを殺すとかしたら。多分、ゆまちゃんとか、ひみかちゃんとか、八千代ちゃんに私たちが恨まれる。
 そんなの繰り返してたら、ずっとずっと、『全部が破滅するまで』終わらないじゃないですか?

 多分……鹿目まどかさんの。『魔法少女の神様の願い』って、そういった因果を断ち切りたかったんじゃないかな? 究極的には。
 だから、この世界で、奇跡や魔法の『いいとこ取り』をしてやろう、って考えてたんじゃないのかな?
 私は、直接合った事は無いけど……欲張りな神様だなーって。何と無く、今、思っちゃいました」

 それは、私が……一番『ワガママ』な魔法少女だからこそ。
 至った、結論だった。

「そう。やっぱりあなたは……優しい子ね」
「ええ、でも、その……正直、それが、お兄ちゃんに分かってもらえるかは、別問題です。
 だから、その……黙っていてください」
「分かってるわ。斜太チカに、思いっきり釘を刺されたんだから」
「チカさんが?」

 考えてもみれば、チカさんは杏子さんと暮らしているのだ。事情を知っていても不思議ではない。
 ……単に、性格的にウマが合うから組んでたと思ったのだが……そっか、マミお姉ちゃんの家を出て行ったのは、そういう事情があったのか。

「『堪える』と言ってくれたついでに、教えておくけど。
 私が辿ったループの中で、御剣颯太は、佐倉杏子と『決闘』にまで至っているわ。
 ワルプルギスの夜との闘いを目前に控えてなお……彼は、佐倉杏子への復讐を選んでしまった。そして、彼女を惨殺している」
「それ、分かります。お兄ちゃんは、優しいけど……その分、物凄く、激しくて厳しい人だから」

 私が一番、危惧した事態は……どうやら、一度、現実のモノとなってしまっているらしい。

「斜太チカがね……私が全てを話そうかと思ってた時に、言ってたの。

 『あんたの話を聞く限りだと、状況がまるで違う』
 『時間が欲しい。ぶっ壊れた颯太を治して、あいつが真実と向き合えるようになれる時間が』。
 『あいつにこれ以上人殺しなんて、させたく無い。増して『魔法少女殺し』なんて……魔法少年として最悪じゃないか』。
 『誰よりも厳しい奴だけど、魔獣相手に救えなかった仲間や被害者に、一番心を痛めているのはアイツなんだ。だから鬼にもなるんだ』。

 ……改変前の世界で、美樹さやかに接してきた彼の態度を見てて……今度は私は、斜太チカに、賭ける事にしたの」

「そう、ですか……」

 溜息をついた。
 本当に……私は、知らない事ばかりだったんだなぁ。

「あ、そうだ。で、その……」
「いいわよ。この『弓』の……まどかの力、写させてあげる。借り物の、借り物だけどね」
「それで十分です。
 むしろ、本来の女神様の力なんて……一介の魔法少女の私には、手に余るモノなハズですから。
 だから、コピーのコピーくらいで、丁度いいんですよ」

 何しろ、お兄ちゃんはまだ、神様じゃないし。『ザ・ワン候補生』だって言ってたしなぁ。

「『大幅劣化した女神様』の力+『未熟な神様候補生』の力……さあて、どんなのが出来るかなぁ」

 そう嘯きながらも、私は……少々頭を抱えていた。

 お兄ちゃんの力。その本質の部分は、『憤怒』と『断罪』だ。
 そして、女神様の力は……多分……『慈悲』と『救済』。

 そう。
 完全に相反する概念に属する力を、私は扱わねばならない。
 だが、それを踏み越えねば……乗り越えねば。『私は私だ』と主張する事すらも出来ない。

 今、私は……生まれて初めて。最初にして、おそらくは最大の試練に、挑もうとしている。
 だが。それを乗り越えなければ、お兄ちゃんは……いや、私は、一歩も踏み出せない。

 考えてもみれば。
 お兄ちゃんを超えられなければ、お兄ちゃんを救えるワケなんて、無いのだ。
 だから……

 魔法少女、御剣沙紀。見滝原小学校、小学六年生。
 覚悟キメて……挑みます!!



[27923] 幕間:「御剣冴子の憂鬱」
Name: 闇憑◆27c607b4 ID:cb2385d9
Date: 2011/09/16 20:12
「あんたン所の『魔法少年』とやらは、一体全体、どうなってんのよ!!
 もらった手作りクッキーを『不味い』の一言で捨てるなんて、男としてどーなのよ!!」

 私、御剣冴子。
 魔法少女なんてやってますが……今、とても不安を抱えています。

「先週も、話しかけてきた子に対して『君、誰だっけ?』とか……マジで何考えてんの、こいつ!!」

 そう。私を護るために『魔法少年』なんて事をやってくれている、弟の颯太の事です。
 基本的に、物凄く真面目で、大人しくて、イイ子なのですが……女性に対しての気配りとか、そういった部分が、かなり皆無なのです。

「颯太、ほら、謝りなさい!」
「なんで僕が謝らないといけないのさ?
 あのクッキーなんて塩と砂糖間違えてるし、マックロコゲだし……お菓子作りが趣味な、僕の舌に対する挑戦状かと思ったよ。
 あと、いきなり『知らない人』に馴れ馴れしく話しかけられたら、気味が悪いじゃないか」
「いいから、謝りなさーい!!」
「ナンデサー!!」

 ……拳骨を降らせ、頭をひっぱたいて謝らせますが……正直、不安です。

 これで、颯太自身にも悪い所とか欠点とかあればいいのですが、家事炊事洗濯から学校の勉強までパーフェクトで、億の桁を超える金銭管理も出来て……あまつさえ、そこらのパティシエそこのけの、お菓子作りの腕前まで持っているのだから、始末に負えません。

 正直、私が……いえ、女性的な作業や部分で、並みの魔法少女が颯太に勝っている部分を、探すほうが難しいのです。
 完璧超人の正論ほど、始末に負えないモノは無く……とても、不安です。



「あんたン所の『魔法少年』とやらは、一体全体、どうなってんのよ!!
 あたしの相棒がノイローゼになった責任、取ってちょうだいよ!!」

 ある日、我が家に怒鳴りこんできた一人の魔法少女に、玄関先で怒鳴り散らされまして。

「あ、あの……と、いいますと?」
「なによーっ! しらばっくれても、ダメなんだから!!」

 詳しく話を聞くと……どうも、『お菓子好きな魔法少女』が一人、たまたま私の居ない時に我が家に来て、颯太の作ったお菓子を食べていったはイイのですが……どうも、こんなやり取りがあったらしく。


『君……俺の作ってくれたお菓子を、美味しそうに食べてくれるのは、嬉しいんだけど……』
『ほへ? 何?』
『チーズ系メインに、そんなガツガツお菓子ばっか食ってると……幾ら魔法少女でも『肥えるよ』』


「ぶっ!!」

 『太るよ』どころか『肥える』……幾ら男の子の社会で生きてきたからって、どこまで直球なんでしょうか、この子は!?
 あまつさえ。


『……ま、いいか。君、胸まで痩せてるし。
 貧乳に希少価値はあっても資産価値なんて無いんだから、ちょっと胸とか脂肪分っつーか、脂身を足した方が……』
『うわあああああああああああああんんんんんんんんんんんんん!!』


「あれ以降、あの子、寝小便が再発して、『マラソンしなきゃ』とかどーとか、うわ言ばっかり言って引き籠っちゃって」
「弱いなぁ……そんなに太るのが嫌なら、喰った分だけ運動すりゃイイだけの話じゃないか」

 ピキピキピキピキ……

「颯太ーっ!! あーやーまーんーなーさーい!!」
「なにさー。姉さんだって、貧に……」

 ゴスッ!! ガスッ!!

「ごべんなさひ………」

 拳骨降らせて颯太に謝らせた後、こんこんとデリケートな女性に対しての接し方について、お説教したものの。
 いつか、他の魔法少女たちと『致命的なトラブル』を引き起こすのではないかと思うと……物凄く、不安です。




 とりあえず、トラブルを起こさないように、女性に対しての接し方やタブーその他諸々、徹底的に教え込んで、そういった騒動とは無縁には、なったのですが……
 ふと、日々を追うごとに、颯太の表情に何かこう……『無理をしていそうなモノ』を感じ、私は颯太に問いかけました。
 
「颯太、好きな子とか、居るの?」

 話を振った瞬間、颯太は味噌汁を吹いてしまいました。

「ないないないない! そんな子、いるわけないじゃないか!」
「そう? 私と共同戦線を張ってる魔法少女たちから、結構、好意的な目で見られてるの、知ってる?」
「知らないよそんなの! ……僕が大切なのは、家族だけなんだから」

 これです。
 もっと家族以外の女性に、優しく出来るといいのですが……

 ふと、最近知り合った魔法少女を思い出しました。
 巴マミって子で、私よりも魔法少女としての経験年数の長い、ベテランの子です。
 正直、私よりも落ち着いてて、イイ子だなぁ、と思っていたので……

「でっ、本当は誰が好きなの? 巴ちゃんあたり、どう? 紹介するよ?」
「姉さんっ!! イイカゲンにしてっ!!」

 激怒の余り、ガンっ、とテーブルを颯太に叩かれてしまいました。

 ……本当に、どうしたらいいのでしょうか。



「今のお兄ちゃんに、『好きな人』なんて、出来るわけ無いじゃない」

 見滝原総合病院で。
 魔法少女になった沙紀が、入院服のまま、ベッドから教えてくれました。

「え?」
「『心の痛みなんて、簡単に消しちゃえるんだ』って……あの日以降、お兄ちゃん、ずっと自分の傷と向き合えないで、壊れたままだもん」

 カンのいい子だとは思ってましたが、ズバッ、と……颯太の病巣を指摘したのには、驚きました。

「そんな……そんな様子、ちっとも」
「お姉ちゃんこそ、お兄ちゃんを分かって無いよ。
 お兄ちゃんが、何で必死になって家族を守ってると思う?」
「?」
「私たち魔法少女が、夢や希望を見る代わりに、お兄ちゃんは必死に現実を見てるからだよ。
 それに……お兄ちゃんが『夢を見る』にしたって、もう『悪夢しか見れない』状態なんじゃないかな?」
「っ!!」

 思い出しました。あの日の事。
 沙紀と抱き合って、ガタガタ震えているしか無かった、あの夜。
 颯太は決死の形相で、父さんと母さんと向き合い……そして、私たちを守った事を。

 そして、それは『結果的に正しく』……そして、『家族を守れる正義の味方』という、『颯太の夢』を最悪の形で木端微塵に撃ち砕く事になってしまった事を。
 誰よりも正義のヒーローに憧れていた、それでいて内気で大人しかった颯太が。
 遊園地で泣きながら『憧れの正義の味方の剣の玩具』をねだった颯太が。
 そして、本当の剣術家に弟子入りしてまで、誰かを守るために闘う力を求め……最終的に、家族を手にかけざるを得なかった颯太が直面した『最悪の現実』。

 颯太が味わった無力感は、どれほどのモノだったのか。
 それを埋めようと、必死になって『ああなってしまったのか』と思うと。
 私には言葉がありませんでした。

「今、お兄ちゃんに必要なのは、愛とか、そういったのを一方的に押しつけるんじゃなくて。
 自分の傷を見つめ直す、キッカケと時間だと思う」
「そう……ね」

 今、ようやっと。
 私は颯太の、本当の病巣を、知った気がしました。
 颯太にとって、どんな技術も才能も……全ては『現実から過去の傷を、護って欺くための鎧』でしか無かったのです。
 そして、それが『可能だった』事が、颯太の最大の不幸だったのではないのか?
 今、真剣に。そう思えてきました。

「沙紀。
 本当に、あなたは優しい子ね」
「……そう、かな?」
「うん。誰かの事を……『心の傷』を分かってあげられる。
 物凄く、優しい子」

 そうだ。だからこそ……

「旅行にでも……連れて行ってあげるしか無いかな。
 それと、『颯太に甘えない』しっかりした『誰か』を紹介するしか無いか」

 頭の中で、色々と、知りあいの魔法少女の名前がめぐり……

「うん、やっぱり、彼女しか居ないか」
「お姉ちゃん?」
「沙紀。
 魔法少女になった沙紀に、頼もしい仲間を紹介してあげる。
 ……とってもいい人なんだよ?」

 巴マミ。
 彼女ならば、事情をしっかり説明すれば。
 颯太に甘えず、変な恋心を抱かず、しっかりと一緒に、行動してもらえる。
 もし万が一、私に何かあったとしても、颯太が自分の傷を見つめ直し、沙紀が一人前の魔法少女になる時間を、稼いでもらう事が出来る。
 何となく、そんな予感が、しました……



「……本当に、寝顔はタダの男の子なのよねぇ」

 夜。家に帰って。
 魔法少年として、苛烈な戦闘に身を置きながらも。
 その寝顔は、タダの中学生……いや、それよりも幼くすら見える、男の子です。

「『本当の意味で』この子を分かって上げられる子って……現れるのかしら?」

 溜息をつき、首を横に振ります。

「しっかりしないと。私も、夢と希望を振り撒く、魔法少女なんだから」

 そう言って、ベッドの脇を見ると……

「……子犬?」

 そこには、小さな檻に入れられた、子犬が二匹居ました。

「颯太ったら。やっぱり、何だかんだと優しい、年相応の男の子……っ!!!」

 そして、学習机に転がっていた本のタイトルは……
 『ザ・サバイバル。犬の裁き方編』『犬食のススメ』『犬(とも)を喰らう――サバイバルの究極の選択』。

「ガアアアアア、ガアアアアアア、ガアアアアア、ギリギリギリギリギリギリ………」

 寝返りを打って仰向けになった途端、どこか座りが悪いのか、イビキと歯ぎしりを始める颯太。
 壁に貼ってある、どこぞの殺人鬼のポスターが、何か不安を感じさせて仕方ありません。

「……………不安だわ」

 子犬を檻から出して、どっかに逃がすべく抱えながら。
 私は……『現実しか見ていない』この子の将来が、一体どうなってしまうのか。

 ……とても不安に苛まれています。



[27923] 幕間:「御剣家の人々 その2」
Name: 闇憑◆27c607b4 ID:cb2385d9
Date: 2011/09/17 06:53
「……なんだ? 一体……」

 ある日の事。
 遅れてる学校の勉強を教わりに、あたし――斜太チカは、颯太の奴の家に行ったのだが。

 そこには、門前につけられた土を盛ったダンプに小型のユンボ(パワーショベル)。
 さらに何人かの職人さん。そして……

「よっ、チカ♪」

 直足袋にドカンをはいて、ねじり鉢巻き姿の颯太が、設計図らしきモノを持って、何やら棟梁らしき人物と話をしていた。

「一体、何事だよ、こりゃあ?」
「いや、茶道部に入って、色々凝ってる内に『野立て』とかやってみたくなってな。
 あと、『主夫の友』に乗ってた、ガーデニング部門の『ある一般投稿者』の庭の写真に刺激を受けて……ちょっと庭を日本庭園風に弄ってみようかな、って」
「『風』って……ま、アンタがアンタの家の庭を、どー弄ろうが、文句は無いけどさ」

 颯太の奴は無趣味なよーに見えて、一度『コレ』と決めこむと、無駄に凝り性な側面がある。
 例えば、料理……特に、和菓子作りとか。
 ……まあ、日ごろ、色々と忙しくて慌ただしい奴だし? 趣味を持つのは悪い事では無いのだが……

「にしても、大がかりだね」
「いやまぁ、鯉を飼う池とか作るしさ。ちょっと土掘って掻き出さないといけないし」
「あ、なるほど……まあ、無駄にあんた、金持ってるもんね」

 日ごろ、何をどうやって使って運用してるんだと疑問に思うほど、御剣家の経済力は、底が知れない。
 だが……

「そんな使ってないよー?
 古民家の解体の時に出た、中古の庭石とか……まあ、タダで貰って来たようなアイテムが殆どさ」
「……そういうネットワークとかも無駄に持ってるアンタの、底が知れないよ」

 とりあえず、今日は颯太に勉強見て貰うことは、諦めたほうが良さそうだ。
 ならば……

「巴さん家に行くか……」

 年下に教わるのは、ちょっと業腹だが。
 まあ、気にしたってしょうがない。あたしが、学校の勉強関係について馬鹿なのは、事実だし、ね。



「……お?」

 一週間後。
 完成した、御剣家の庭園は……簡素ではあるものの、設計者のセンスを感じさせる、落ち着いた代物だった。
 小さな池には鯉が二匹泳いでおり、これぞ『和』とも呼べる風情を漂わせている。
 あたしは作法とかは知らないが……確かにここならば、茶道にも、うってつけであろう。

「へぇ、完成したんだ……イイ庭じゃん?」
「ああ、まだ苔とかが定着し切って無いんだけどな……カトリーヌ、グレース、ご飯だよー♪」

 そう言って、池の鯉に餌やりをする颯太……っていうか。

「なんだよ、その……飼ってる鯉につけてる、日本庭園とはかけ離れた、無駄に不吉極まる名前は?」
「ん? いや、食用鯉だからさ、これ。いざとなったら捌いて喰おうかと思って。
 他にも、植えてある木とか草とか、殆どが、食べられたり、実が生ったりするモノばっかだよ?」

 なんというか……トコトンまで本人の気質を表した『質実剛健』さに、呆れ返ってしまう。

「大きく育てよー♪ いつか味噌煮にするか……いや、あらいでもいいかなー♪」
「……ま、15年もの歳月かけて育てた、孫のよーな鯉じゃない分、安心か」
「あっはっは、どっかの高校の最凶用務員様じゃあるまいに。俺にあんな、『面白オカシイ本性』なんて、あるワケ無いじゃないか。
 それに、アホ毛も無いしね。武術の……増して、いちおー程度とはいえ、剣の達人な俺に『隠された暗黒面』なんて、あるわけ無いだろ♪
 明鏡止水っつってな……己の心の動き全てを把握しておけ、って。安直にキレるとか、そーいったのは未熟の証拠だよ」

「……………そうだね。『そーいう風に未熟な部分』は、知らないほーが本人幸せだよね」
「ん?」
「いや、何でも無い。それより、颯太、勉強教えてほしいんだけど」

 そう言うが……

「悪い。ちょっと『ドブさらい』のネタが入ってな。そろそろ出ないと晩御飯作るのに間にあわないんだ」
「何だい? あたしも手伝うよ」
「いや、俺一人で十分。晩飯には帰って来るから、それまで待っててくれないか?
 それからなら、いいだろ?」
「あー分かったよ。今日はあたしが料理当番じゃないし、杏子にも連絡は入れておくさ」

 朝飯前のよーな事を言うが……さらっとコイツは、ヤクザの事務所を単独(ひとり)で潰して来たりするから、恐ろしいのだ。
 ……案の定、振り込め詐欺のグループが、借りてる部屋ごとメンバー全員『謎の爆発事故』で丸コゲになって逮捕されたニュースを、後日、あたしは聞く事になる。



「……遅いねぇ、お兄ちゃん」
「そうだねぇ。もー、ご飯間にあわないし。
 沙紀ちゃん、あたしが作ろっか?」

 予想以上に手間取ってるのだろうか? いや、颯太に限って、それは無かろう。
 あいつの用意周到さと恐ろしさは、あたしや杏子よりも遥かに上である。
 何しろ……『証拠一切残さず、基本的に誰も殺さずに、ターゲットが痛い目見た上に、社会的に破滅して行く』のが、颯太の基本パターンだ。
 この間のよーな、教会でのドンパチに至ってしまった場合は、むしろ例外というか仕方ないと言うか。
 『知られたからには、しょーがないよね』って、嬉々としてマフィア屋さんを、深く静かに埋めて行く颯太の表情は……例の『ウォーズマン・スマイル』状態で。

 ほんと、怖かった。
 世の善悪とか以前に、こー……『敵に回してはイケナイ存在』というのを、まざまざと見せつけられた気分だった。
 ……色んな意味で。

「キュゥべえ。前の世界で、あたしとあんたが手を組んで、アイツと対立したっつーけど……案外、あんたも破滅してたんじゃないのかな?」

 ふと、気になり、キュゥべえに問いかけてみる。

『否定は出来ないけど、肯定も出来ない。
 彼の知性や計算高さ、そして底のしれない魔力係数。さらに『見えない魔力』……不確定要素が多すぎて、どうなるか分からない。
 何より、僕らにとって不可解なのは、『感情という精神疾患』に関して図抜けてると言ってもいい、彼の『性格』だよ。
 感情を『無くしている』んじゃない。感情という精神疾患を『完全に制御しているように見える』。
 正直、稀有な存在だよ……彼に指摘された『感情』という精神疾患を分析する上で、彼は僕らにとって興味深い、研究対象でもあるんだ』

 そう言う、キュゥべえ。だが……

「本当に、そうなのかな……」

 少し、考え込んでしまう。
 あいつはあたしと同じ、十六歳だ。あたし自身も、同年代の連中よりは色々経験してると思うが、アイツのほうは、その上を行っている。
 あいつも私も……魔法少女だ、『ザ・ワン』だ何だと言ったって、本質的には、タダの高校一年生である。

 と。

「待った、チカさん! 御剣家の客人をもてなすにあたって、やっぱここは、お兄ちゃんに倣って、私が料理をします!」
「……沙紀ちゃん?」

 颯太と違って、沙紀ちゃんの料理――あれを料理と呼んでいいかどうかは、色々と定義の問題があると思うが――は、恐怖の存在だ。
 ……一度、人を喰らうタイプの魔獣に、冗談半分で沙紀ちゃんの料理食わせたら『一発で倒せた』とかあったしなぁ……

「安心して、チカさん! 自分でも料理の腕前は分かってるから、食べたくなければ食べなくてOKです!
 お兄ちゃんの部屋の本棚の、サバイバルの本に乗ってた、私でも出来そうな簡単な料理でしたから」
「……ま、まあ……じゃあ、やってみ?」

 不安に駆られるあたしを前に、沙紀ちゃんは何やら、ボウルと丈夫そうな布を取りだした。

「まずは、ボウルと丈夫な布を用意します!」
「ほう?」
「次に! フレッシュなお魚!!」
「フレッシュな……お魚?」

 言うが早いか、颯太の作った庭から、網でもって鯉――カトリーヌのほうを掬って台所に持って来る沙紀ちゃん。
 ……って、まさか……まさか!?

「そのお魚を布でくるんで……絞る!!」
「ちょっ!!」

 そのまま、ぶちゅぶちゅと、包んだ布の中で潰されて、色んな液体をだばだば垂れ流す事になる、カトリーヌ。
 ……鯉って確か、潰すとマズいにがり玉とかあったと思うが、そんなもんお構いなしだ。

「さらに、改良を加えて、ビタミンなんかの栄養剤とあれとコレと……」
「…………………………………」

 何と言うか。
 相変わらず、料理というより、禁忌の実験としか思えない所業に、あたしは深々と溜息をついた。

「じゃーん! 『カトリーヌ一番搾り!』です!」

 大き目のコップに、なみなみと注がれた『液体』を見据えながら、あたしは沙紀ちゃんを、お寺の大仏みたいな目で見つつ。

「で、沙紀ちゃん。
 自分で作ったそれを、一ぺん、飲んでみちゃくれないかね?」
「……………………」

 沈黙する、沙紀ちゃん。

「こ、この料理は『封印』って事で」
「ああ、そのほうが賢明だね。
 あと、あたしゃアンタが料理するにあたって、使用した食材や調理法その他の内容について、一切の責任は負わないからね」

 一晩中バーサークした颯太と追いかけっこをする羽目になった、あの恐怖の出来事は……もう忘れ去りたい事実である。

 とりあえず、その禁断の『カトリーヌ一番搾り』が入ったコップにラップをして、冷蔵庫に封印。
 絞った布は、中を開ける事無く、これまたゴミ箱へ。
 この色々と狂った液体を、それでも颯太なら……颯太なら、きっと何とかしてくれるハズ。多分……何かのソースにするとかで。

 と。

「おーう、すまん。ちょっと遅れた。
 今晩はカツオのいいのが入ったからな。捌いてタタキにしよーぜー」
「わーい!!」
「ああ、ありがと。あたしの分も頼むわ!」
「任せろ……っつーか頼むわ、チカ、喰ってってくれ。二人じゃちょっと持てあます量が出来ちゃうかもしれんし。
 ……いや、市場で見かけて、衝動的に買っちまったんだよ」

 そう言って、キッチンに立つ颯太の背中は、もー、無駄に頼もしい事この上ない。
 ……単に、キッチンに立つ沙紀ちゃんの背中が、『頼りない事この上ない』から、ギャップでそー見えてるダケかもしれないが。

「沙紀、倉庫から七輪、外に出しておいてくれ。あと、練炭と藁があったろ?」
「あ、颯太。火はあたしが起こすよ」
「あー、チカ、頼む。
 ……沙紀に任すと、何がどーなるか知れないからな」

 うん、流石、颯太。実の妹の事は、よーく分かってるね。



「ぶはぁ! 喰った喰った!」
「美味しかったー♪ あたしお刺身とか好きー!」

 小ぶりなカツオの頭を、兜焼きにしたり。皮を焼いたモノを食わせてもらったり。
 タタキとは別で、作った料理を、三人揃ってモリモリ食し終えた後。
 あたしはソウルジェムの能力で、勉強道具を取りだした。

「で、さ。悪いんだけど颯太。例によって、みてもらいたいんだ、勉強」
「ああ、チカ。その事なんだが、申し訳ない。今日は多分、無理っぽいと思うんだ」
「え?」

 言っておくが。
 あたしは今日に限って言えば、メシをタカりに来たわけではない。
 あくまで勉強を見てもらいに、夕飯まで待ったのである。

「うん、とりあえずさ。遊び半分に無駄に命を玩具にされた、我が家のカトリーヌの無念を、晴らしておかないと行けないと思うんだ」

 にこやかに微笑む颯太。
 だが……その目が、一切笑ってない!!

「あ、あの……颯太!?」
「安心して。
 犯人が誰で、やらかした事が何で、どーいう動機かも、大体推察がついてるから。
 な、沙紀?」

 わしっ、と沙紀ちゃんの頭が、颯太の手で引っ掴まれる。
 ジダジダと暴れ回る沙紀ちゃんだが、脳天をアイアンクローで引っ掴んだ颯太の手は、巌の如くビクともしない。

「ま、そういうワケだ。御剣家の恥晒しに、ちょっとお仕置きしてやらんといかんので……すまないが、今日の所はカンベンしてもらえないかな? そう急ぎってワケでも無いだろ、テストはまだ先だし?」
「あっ、あ、ああ。そうさせてもらうよ」

 ワーニン、ワーニン、ワーニン。
 頭の中で、警報装置がバリサン状態で鳴り響く。

 これ以上、この場に居残るのは、危険極まりない。
 そう判断したあたしは、可及的速やかに御剣家から撤退し……

『ぎみゃあああああああああああああああああああああああああっ!!』

 あたしが、御剣家の敷地から外に出た瞬間。
 沙紀ちゃんの絶叫と、何かこう……御剣家から、玩具箱をひっくり返したような轟音が響きわたる。

「南無」

 とりあえず、色んなモノの冥福を祈り、手を合わせる。

 沙紀ちゃん……颯太は優しいんじゃない。
 怒りという感情を『人一倍制御出来ているダケ』であって、『怒り』そのものが無いわけじゃないんだぜ?
 むしろあたしは……あいつの人格の中にある、根本的な本質の部分を占めてるのは、『怒り』だと思うのだが……どうだろうか?



「仏像? 仏像って……あの?」

 ある日。
 颯太の奴が、何か別な趣味を見出したらしい、という噂を確かめに、沙紀ちゃんに聞いてみると。

「うん。ノミとか彫刻刀とかで、木彫りの仏像作ってたよ。ほら」
「ほー……こりゃまた、本格的な」

 なんかの如来像だか何だか知らないが、よく出来てるのは、あたしにも分かる。

「でも、『何かが足りないなぁ』って言って……ちょっと郊外を超えて、山奥で土地と小屋借りて、何かやってるみたいなんだ」
「借りたっつーか、あいつの事だから、もしかして……」
「……うん。土地だけ借りて、許可貰った雑木林を切り開いて、自分で掘立小屋みたいな家、作っちゃったみたい……」

 また、無駄に凝り性な事を……
 まあ、アイツ……今時、鉛筆にトーテムポール刻んでたし。鉛筆をナイフで削るとか、凄い上手だし。
 こーいう細工物とかそういったのは、手先の器用さから、向いてはいると思うのだが……。

「しかし、仏像ねぇ……らしいっちゃらしいけど、実用重視なアイツが、それだけでそんな事をするかなぁ?」
「なんか、頼まれたらしいよ? 『仏像彫ってみたら?』って言われて、作ってみたら出来が良くて。
 それで追加を……って」
「……またいつものパターンか」

 お人よしの颯太だが……ちょっと今回に限っては、事情が違う。

「にしても、それをキッカケにして、自分からのめり込むとは珍しいね?」
「でしょ? あたしも不思議に思って……」

 さて。ちょっと興味が湧いてきた。
 颯太の奴が、一体、あたしたちにも黙って何をやっているのか?

 そういえば、以前、『金庫の二層目』に踏み込んだ時、『前に溜めこんでいたエロ本』は、一冊も無かった。
 あれらをドコにどー処分したのかは、永遠の謎のままだが……もしかしたら、その掘立小屋の中に、置いてあるのではあるまいか?

「……チカさん。なんかあたしたち、同じ事考えてません?」
「そうだね、沙紀ちゃん」

 お互いに、キュピーンと目が輝く。
 何だかんだと……隠されたモノがあると、見に行きたくなるのは、お互い似通った性分らしい。

「沙紀ちゃん、ヘルメット持ってる?」
「無問題♪」
「OK♪ おまわりにバレないように行くからね」

 そう言って、あたしは沙紀ちゃんを、愛車……『カワサキ・ZEPHYRχ(ゼファーカイ)』の後部座席に乗せて、颯太の作業場へと向かって行った。



「このへん……だと、思うんだ」
「ほいほい、っと……あ、あったあった」

 郊外から山道を抜けて、雑木林の近く。
 ちょっと珍しいヨシムラカラーの颯太の愛車『スズキ・GSX400S・カタナ』を発見。
 ……って、なんか、エンジン音が聞こえるんだけど?。

「なに? バイクの音……じゃないよね?」
「あー、こりゃ芝刈り機か何かの音だよ」

 作業場を確保するために、雑草でも刈っているのだろうか?
 ……あいつ、そーいう所の作業を、地味に厭わないからなぁ。

 とりあえず、バイクをその場に置いて、林道を歩く。

 そして、そこには……

「「―――――はい!?」」

 ホッケーマスクを装備してチェーンソーを携えた、もー、どー見てもホラー映画に出て来る『アレ』としか言いようのない生き物が、突き立てた材木に向かってチェーンソーを入れてる所だった。

「……あ? 何だお前ら? どーしたんだよ、こんな所まで?」

 ホッケーマスクを、ひょい、と持ちあげた颯太が、首をかしげる。

「い、いや……あたしたちに黙って、何やってんのかなー、って……」
「そ、そう、気になって……」

 とりあえず、エンジン音が怖すぎるチェーンソーなんぞを携えつつ、颯太が肩をすくめてみせる。

「ああ、いや、その……ちょっと、仏像彫りから発展して行って、興味があって挑戦してみた事があるんだが、どーも上手く行かなくてな。
 納得行かない、出来が悪いモノを見せるのもアレだから黙ってたんだが……すまんなぁ、気を使わせちまって」
「……で、何やってんだい?」
「いや、『チェーンソー・アート』とか『チェーンソー・カービング』って奴なんだが……ほら、『ジェイソンさん』とか、動画掲示板であるだろ?」
「あー……いや、それは分かったんだけど……」

 何と言うか、マジで怖い。
 あのバーサーカー颯太が、もし『木刀ではなくチェーンソーを持っていたとしたら!?』。
 冗談抜きに、魔法少女どころか神だってバラバラに出来そうである。

「っていうか、何だい、これ……? 女神像?」
「んー、あー……その、俺が姉さんの死に際に見た『魔法少女の女神様』なんだが……どーも出来が悪くてなぁ。
 没作品が、むこーに山ほど転がってるんだ」

 颯太の指差した先には、ばらばらにされた木片の山。
 ……なんとなく、『理想の結末に至るまでループを繰り返した』とか言う、どっかの魔法少女の姿が頭をよぎってしまったのは、あたしだけだろうか?

 そっから、マスクを下ろして、真剣な表情で材木にチェーンソーを入れて行く颯太だが……

「だめだな、こりゃ……没」

 はやたは チェーンソーで
 めがみを こうげき!
 めがみは バラバラになった。

 っていうか、目が……目が!!
 何かストレス発散してる時の、ウォーズマンスマイルの怖い顔してる時の目だって、颯太!!
 沙紀ちゃんなんか、あたしにしがみついて、プルプル震えてるし!!

「はぁ……また、やっちまったぜ……どーも芸術とかの才能、無いのかな、俺?」
「ちょっ!!」

 逃げてぇぇぇぇぇっ!! 魔法少女の女神様、超逃げてぇぇぇぇぇぇっ!!!
 あたしは、心の中で叫ぶ。 

「あ、あのさ、颯太。何も、道具をチェーンソーに拘る必要は、無いんじゃないのか?」
「いや、多分、この獲物、性に会ってると思うから……こー、なんというか、作って行くうちに、いろんなもんが発散されて行くと言うか……」

 冗談では無い。
 タダでさえ、本性は憤怒の化身のよーな颯太に、『かみ殺し』の武器を持たせるなんて。
 ある意味、核爆弾より危険すぎて涙が出て来る!

「い、いや。ほら……あー、そうだ、暁美ほむらの奴が、この作業場見たら、怒りだすと思うぞ、ホントに。
 やめとけ、な?」
「む、むう……まあ、しょうがないか」

 そう言って、颯太は、仏像彫り……もとい、チェーンソー・アートの趣味を、放棄してくれた。

 ……いや、だって……夢も希望も無さ過ぎて、怖いんだもん。マジで……



「ところで、動画掲示板で見たんだが、V8エンジンで動く超巨大チェーンソーとか、面白いのがあってな。魔獣退治用にひとつ……」
『や・め・と・く・れ』
「……チッ!」



[27923] 終幕:「御剣家の乱 その2」
Name: 闇憑◆27c607b4 ID:cb2385d9
Date: 2011/09/30 20:58
「チカ……卒業したら旅に出るってなぁ本気か?」

 休み時間、学校の教室で。
 チカの奴に勉強を教えながら、俺は問いかけた。

 何しろ、頭の回転自体は元々悪くは無いが、単純な学力レベルで見た場合、チカの奴は、かなり『悪かった』。
 とはいえど、元々の頭の良さもあってか、急速に高校一年レベルへと追いつこうとしていた。

「ああ、本気だよ……だからあんたに、学校の勉強とは別で、英語以外の外国語も教わってんじゃないか」

 以前、フルボッコにして埋めた、マフィア屋さんたちとのやり取りその他で、何か痛感したモノがあったらしく。
 こうして、チカの奴は、今までやさぐれていた分も取り返そうと、必死になって勉強をしている。

 ……なんか、周囲の俺たちを見る目が、最初は冷やかしだったのだが、俺が勉強教えてる時の真剣なチカの表情から、最近はそういった事も無くなってきていた。
 というか、『あの斜太チカを更生させた』などという誤解や、数多の助っ人から『御剣マジック』などと言われてしまい……親殺しという、偏見の目線が減ってるのは、ありがたい話だった。
 ……っていうか、変な嫉妬の目線があるのはウザったいが、そういう連中は無視する事にしている。

「流石にネェ……同じ学校行ってないにしても、杏子に馬鹿にされるレベルの学力じゃあ、年上としても相方としても、ちょっと、ね。
 それに、言葉が通じないんじゃ、礼儀もクソも無かろうしね。言葉って、パスポートみたいなモンだから」
「まあ、な」

 中学レベルの問題やテキストから、誰より必至にこなし。遅れた分も、授業に必至に喰いついて行くチカ。
 その姿には、後悔も諦観も、恥じらいも無い。
 ただ、ひたむきな努力の姿が、あった。

「なんつーか……最近分かってきたんだけど。
 あたしゃさ。学校の勉強が『無意味』だとは、思わないんだ」
「え?」
「知識ってのは、いわゆる道具だよ。しかも幾らでも頭に詰め込んで、持ち運びできる便利な『道具』さ。
 あたしが魔法少女になったよーに、人生なんて何が起こるか分からないんだ。
 だから、持ち運べるモンは持ち運べる限り、ありったけ持って行けば、いざ困難とぶち当った時に『こんなこともあろうかと』って出来るわけじゃないか?」
「……」
「ま、そのためには、頭の中をきちーんと整理整頓しておかないと、取り出せるモンも取り出せないんだけどね。
 沙紀ちゃんみたいに、自分の部屋の中ゴチャゴチャにしてたら『どこにしまったんだー』とか『忘れてたー』とかってなっちゃうし。
 ……はい、こんなもんでどうだい?」

 数学の問題集の回答を、俺に見せるチカ。それをチェックしていく。

「ん、87点。悪くは無いぜ」
「そっか……よーやっと『追いついたぁ!!』」

 ぶはぁ、と溜息をつくチカ。

「じゃ、教えてくれよ!
 基本の英会話とか……」

 と、そこでチャイムが鳴る。

「時間切れだな。次の授業、終わった後に、な」
「ちぇっ。学校の授業、あんたは余裕なくせに」
「……そー、でもネェんだがなぁ」

 最近、なんか一部の先生が意地になっちまって、変に難しい問題を出しまくって来るのだ。
 ……まあ、俺は楽に解ける範囲なんだけど、そのせいで俺の周囲からの目線が何かこう……恨みがましいというか。

「ああ、次の数学の西原先生?」
「あの人、生徒見ないで、黒板しか見て無いからなー」

 上から目線というか。
 『問題そのものが』間違ってたので、ちょっと修正して、回答出したら、えらい真っ赤な顔んなって。
 それから、嫌がらせのようにテストを繰り返すようになっているのだ。

「……ねえ、颯太」
「何だい?」
「西原の馬鹿さー、裏で援助交際(エンコー)とかやってるっぽいんだけど?
 ムカつくし、一発、とっちめてやんね?」
「放っておけよ。魔法少女や……増して、沙紀が絡んでんだったらシメっけど」

 まあ、その気になれば、三秒でミンチに出来るけど。
 平和な生活を脅かされない限りは、そんな気軽に俺は武術の腕を……増して、魔法少年の力を、振るおうとは思えなかった。

「あんたはどうしてこー……自分に降りかかる『災難』は必死に振り払うけど、それ以外は無関心なんだよねぇ」
「それが、長生きの秘訣なのさ。俺は家族と一緒に、平和に暮らしたいだけだよ」

 そう言って……話題の本人が入ってきた所で、俺とチカは沈黙して正面を向いた。




「それじゃ、そうだな……斜太。『この問題全部』答えてもらおうか?」
「っ!」

 明らかに、高校一年……というか、高校生レベルを逸脱した難易度の問題。
 それを十問ほど黒板に書き連ねた、西原の態度は、横柄そのものだった。

「最近、御剣と頑張ってるそうじゃないか。成果、見せてもらおうか?」
「っ……はい」

 チカの奴が、黒板に向き合う。
 だが……当然、解けるわけがない。

「ふん……クズがクズ同士集まっても、この程度か」
「……っ!」

 ……あー、なるほどね。そーいう事か。
 俺への当てつけか? ……上等!

『……チカ、やめておけ。分からないモンは、分からないでいい。後で教えてやるから』

 テレパシーで、チカと会話。

『颯太……だからって』
『この問題、東大入試レベルだよ。高校一年に出す問題じゃない……素直に降参しておけ。暴れても損だぞ』
『っ……分かった』

「分かりません」
「そっか……じゃ、次に移るぞ」

 そう言って、わざわざ問題の答えすらも書かずに、次の内容へと移る。
 明らかに苛めだ。

『……颯太。あいつ、ミンチにしてやりたい』
『やめておけ。クズは裏でシメるに限る……ただ、ちょっと仇は打ってやる』

 そう言って、俺は手を上げる。

「せんせー、その問題の答えは何なんですか?」
「あ? 馬鹿に説明しても分からんだろ?」
「ええ、馬鹿ですから答え教えてください。それとも、先生も馬鹿なんですか?」

 にこやかに微笑みながら、かるーくジャブ。

「ふん! えっとな……」

 そこから黒板に『虎の巻』を見ながら、答えを書き連ねて行く先生。

「以上だ」
「せんせー、間違ってませんかー? っていうか、答えが全部、変ですよー?」
「ほう、どこが間違ってるって?」
「問い一なんですけど、まず……」

 そこから、どんどんどんどん、間違いを指摘していって……最終的に、十問全部。
 先生の答えの間違いを指摘していく。当然、馬鹿の顔は、蒼白だ。

「……以上です。何か?」
「っ!! そんな、馬鹿なっ!」
「先生ー、頭いいなら、回答書読むよりも『問題文をちゃんと読んだほうが』いいと思いますよ?」

 クスクスクスクスと、周囲から笑われる、馬鹿教師、西原。
 無論、こーいう手合いにムカつかないワケではないので……こいつがいつも振りまわしてる『虎の巻』に、予め、少々小細工をしておいたのだ。
 もちろん、こいつが『虎の巻』に頼らねば、引っかかる道理なんて無いわけなのだが……

「っ……よし、御剣。そこまで言うなら、お前が授業、やってみせろ!」

 いきなり話を振って来る西原先生。
 ……あらら、いいのかね? 職務放棄なんかしちゃって?

「えっと、教科書のページは、この間からの続きでいいんですね?」
「ああ、56ページからだ」

 さて……と。

「分かりました。やってみます」

 そう言って、俺は前に出て制服のまま、堂々と教壇に立った。
 ……何しろ、部活が無い時は、ちょくちょく教会で、孤児や家に帰れない『佐倉杏子以外の』魔法少女に、勉強教えたりとかしてるのだ。
 ぶっちゃけ、『先生役』なんて慣れたモンである。

「それじゃ、みんな、56ページから。
 まず……そうだな、一番上の問い一から問い三まで。チカ、やってみ?」
「あいよ」

 今度は、しっかりと、問題を解いてのけるチカ。

 そして、そこからはまぁ……俺の独壇場だった。
 微妙に野郎向けではあるが、トークを交えながら問題文を解説していく。
 さらに、その場で即興で作った問題を、分かりやすく解説しながら、みんなに解いてもらう。

 そんな中で、いつしか馬鹿教師は、教室の隅で、存在感そのものが空気と化していき……

 キーン、コーン、カーン、コーン……

「あ、もう終わりですね……じゃあ、今日はここまで」

 と。チカの奴が、更に。

「起立! 『御剣先生に』、礼!」
「はい、じゃ、『次の授業』で会いましょう。
 ……あれ? あんた誰?」
「――――――――――――――――――っ!!!!!!!」

 ばんっ、と。教材を抱えて、西原の馬鹿は涙目で教室を出て行った。
 そして、教室中、大爆笑となり、チカと俺はクラスメイトたちに、手荒な歓迎を受ける事となった。

 こうして……俺の学校でのあだ名は、助っ人的な意味も込めて『センセー』になってしまいました。 
 ……どうしてこうなった?



「あっはっはっはっはっは、スーッとした。やっぱさいっこー、アンタ!!」
「ま、ざっとこんなもんかね。あとは援助交際の現場押さえて、シメちまうか?」
「あんたがアレだけやってくれたし、もうその必要は無ぇよ。ホレ?」

 そう言って、チカの奴が取りだしたのは……ラブホテルに女子高生と入って行く、西原の姿を映した写真。

「ちゃーんとフィルムで現像しているから、『デジタル写真の合成だー』とか言っても、言い逃れ不可能だぜー♪」
「なんか、最近、俺のやり方が分かってきたな、お前?」
「そりゃねぇ? アンタは基本的に『目には目を。歯には歯を』だし?」

 と……

「御剣! 斜太! ちょっと来い!!」

 教室に怒鳴りこんでくる、体育教師一名。
 ……ありゃりゃ。



「うーん。ドキドキ魔女裁判、って感じだな、おい?」
「あー、退学かなー? それはちょっとヤだなー」

 何と言うか。
 校長先生の前で、自分の事を棚に上げて、色々と悪しざまに俺やチカの事を言って来る、西原の馬鹿。
 それに同調しようとしてる教師たちに……俺は溜息をついて、一言。

「チカ、あの写真、何時の?」
「えっとねー、先週の木曜日かな? 夜の九時くらい? 見滝原のホテル×○ってラブホテル」

 その言葉に、西原の奴の顔が、引きつった。

「なっ、何を、言ってるのかね?」
「はい、西原先生。それに他の先生方も。私たち生徒からのプレゼントです♪」

 そう言って、何枚か、周囲に写真を手渡す。

「合成じゃありませんよー? 言い逃れされたらヤダから。
 何しろ、ちゃーんとワザワザ光学カメラで撮影して、フィルムから現像してますから」
「ネガ、まだ持ってますけど……どーしよっかなー♪」

 にこやかに笑いながら。
 俺たちは逆転した立場で、馬鹿を追いつめる。

「きっ、君たち! 私を脅すつもりかね!?」
「脅すだなんてトンデモナーイ♪ 僕たちはちゃーんと、先生方に『普通に授業をしてもらいたい』だけです」
「あ、そうだ。インタビューも録音してありますよ? 先生が、援助交際(エンコー)した子の」
「見滝原高校って私立だからなぁ……やっぱ、父兄に流すほうが面白い事になるんじゃないかなー、とか考えてるんですけど。
 ……どーしましょっか? コレ?」

「きっ、きっ……君たちは!!
 ……なっ、ならば、二人でこんな時間に、何をやっていたのかね!?」

「撮影したのはチカで、俺は当時、別の知り合いの家に居ましたよ? 何でしたら、証言取りましょうか?」
「そーいう関係じゃないですよ、私たち? 当時、颯太は別の知り合いの子に、勉強教えてました。マジで。
 私は、たまたま通りがかったんで、ちょっと面白いなーって思ったんで、コンビニで使い捨てカメラ買って、こーパシャっと」

 ニッコニッコと微笑みながら、俺たちは西原の馬鹿を追いつめて行く。

『で、どうしましょっか、この写真?』



 後日。
 西原は見滝原高校を辞め、同じ系列の別の学校へと、転任していった。
 完全にはクビにゃなんねーか。学長だか何だか、エライさんにコネあるみたいだったし。……でなけりゃ、あんな無能を業績重視の私立の高校で飼うわきゃねーよなぁ……

 ま、転任直前に『どっかの魔法少女』の手によって『少し不幸な目』に遭ったそうだが、それは俺の知ったこっちゃ無い話である。



「……チカ。あのさー」
「ん?」

 放課後の教室。
 茶道部の活動も助っ人も無いため、俺はそのまま真っ直ぐ帰る事にするとして。
 少々、思った疑問を、俺は口にした。

「今の見滝原の街とか……仲間たちにとか。なんか、不満、あるのか?」
「いや、無いよ。……なんだい、急に?」
「いや……旅に出る、って。何か不満があるから出て行くのかな、って」

 その言葉に、チカは苦笑する。

「そんなんじゃないよ。
 ただ世界を見て回りたい。ドブの底から空を眺めるんじゃなくて、もっとデカい空を飛んでみたい。
 ……教会のガキ共の面倒は、杏子に押し付ける事になっちまうけど、あいつなら大丈夫だろう、って思ってね。
 それに、たまーにアンタもチョクチョク、杏子の居ない時狙って、教会に顔出すようになったじゃん?」
「……まあな。
 流石に、家庭に行き場が無いにしても、いつか帰れるようになった時に、『勉強遅れてます』ってワケには行かんだろ?」

 本当は、孤児院みたいな場所に送りたいのだが……中には、その『孤児院から逃げてきた』っていう子も居るのだ。
 無論、中には、ゆまちゃんのよーに佐倉杏子やチカの奴になついてるって子も居るが……兎も角、あそこに居るのは、佐倉杏子含めて、本当にワケありで、どうしょうもない子ばかりである。

「っていうかさ、今日のアンタを見て、確信したよ。
 あんた、『学校の先生』とか……マジで向いてるんじゃないか?
 魔法少女を教え導く相棒(マスコット)……まじでアンタ向きだと思うよ?」

 その言葉に、俺は手を横に振る。

「よしてくれ……他人を教え導くなんて、俺のガラじゃねぇよ。
 それに、俺はあくまで、沙紀のピンチヒッターなんだ。沙紀が一丁前になったら、俺は引退。ふつーの男に戻るさ。
 卒業して、お菓子関係の専門学校に入って。そこを卒業したら弟子入りしたい和菓子屋があるんだ。
 和菓子作りの道を、ちょっと極めてみたくってな……俺のお菓子とか食ってくれた、みんなの笑顔が、見たいんだ」

 その言葉に……チカの奴が、怒り始める。

「あんたさ……ホントに何なんだい?」
「え?」
「誰かのため、みんなのため……その『誰か』って……『誰』だい?
 そうやって『本当の自分』から目をそらして、ドコに行こうってんだい!?」

 その問いに、俺は迷うことなく。

「一番は『家族』だよ。俺にとっちゃ……それが全てだ」
「そして、アンタは、沙紀ちゃんを『潰す』んだな」
「っ!! ……どういう、意味だよ!?」

 チカをにらみつける。

「親が子供に何かを期待をする。それは間違っちゃいないさ。
 だけどね。沙紀ちゃんも言ってるだろ? 『誰かの願いは、他の誰かにとって『呪い』でしかない』って。
 『祈り』と『呪い』は、本質的に表裏のモノなのさ。

 ……アタシの家の事、知ってんだろ?
 昔なら兎も角、今時のヤクザなんて稼業は、言っちまえば究極の身勝手さ。
 自分と身内が良ければ、他人を幾らコンクリ詰めの海の底に沈めても構わない。何人首くくっても構わない。シャブ食わせて破滅させても構わない。
 それを戒めるために、『仁義』とか『任侠』って概念があったハズなんだけど、ね。
 ま、実際、今時、そんなの守り切れてるヤクザなんて、あたしゃ、この年になるまでホント見かけた事すらも無いよ。……もしかしたら、どっかにゃ居るのかもしれないけど、さ」

「何が言いてぇんだよ?」

「何かを守る、何かに守られるってのは……言い換えれば、何かに縛られる、囚われるって事さ。
 あんたは沙紀ちゃんを守っているつもりで、沙紀ちゃんの可能性を潰しちゃいないか?」

「っ……」

「あたしの究極の夢……教えてやるよ。

 『カッコイイ正義の味方の、お嫁さんになりたい』。純白のウエディングドレス着て、教会で式挙げて。
 女の子なら、一度はあこがれる。そんなフツーの夢だよ。

 でもね。何度か、そーいう場所に連れてってもらったけど……どんな綺麗なウエディングドレス着せてもらっても、あたしにゃそれが、カタギの血で真っ赤に染まった代物にしか、思えなかった。
 どんな真っ白いドレスも、あたしが触った瞬間、真っ赤に染まっちまう。結局、薄汚いのは『あたし自身』なんだ、って。
 ……もうね。そう思ったら、涙が止まんなかったよ。
 だから処女なんて簡単に捨てちまったんだ……魔法少女になった事で、そこまで『綺麗になった』のは、驚いたけどさ」

「チカ……お前……」

「あたしゃね……こんな事考えてるんだ。
 子供が大事。家族が大事。それは絶対に間違ってない。
 だからって、それを盾に『何やっても許される』なんて考えてる親は、『本当の大バカ者だ』ってね。

 子供を盾にして、自分がやらかした博打で借金抱えてんのに立ち退き拒否したりとか、子供を盾にとって道理の通らない変な主義主張押し通そうとしたり。
 そうやって、気がつくと『子供が免罪符』になっちまって、『子供のため』なのか『自分の願望』なのか、分かんなくなっちまってんじゃないか。あるいは『子供を盾に取れば何でも押し通る』ってカンチガイしてんじゃないか、って。
 そうやって、『子供を理由に何も考えないで、好き勝手馬鹿やらかした親のツケ』ってのはさ……結局のところ、最終的に、その大切にしてるハズの『子供が払わなきゃいけない』んだよ」

 言葉が……無い。

「あんたの家も、杏子の家も、そうだろ?
 『世界を救う正しい事』なんて親が夢見ちまって、『間違ってる事をしてる』っつー現実から、目を背けちまった。

 そのツケを、あんたも、杏子も……いや、あんたたちだけじゃない。
 あたしや、ゆまちゃんみたいな……まあ、巴さんのは、ある意味しょーがない部類に入るけどさ。

 しかも、アンタは親殺しだ。子供が親を手にかけて殺すなんて、本当に最悪中の最悪だよ。
 そして『それが結果的に正しかった』からこそ……多分、あんたは夢も希望も見れなくなっちまったんだ」

「何が……言いてぇんだよ?」

「あんたさ……もう、嫌になるくらい、現実見てるアンタに言うのも、アレだけどさ。
 そろそろ、もう一度くらい……夢を見ても、いい頃合いなんじゃないのか?」

「っ!?」

「あんたは夢を見る前に、現実を見せ付けられちまった。
 夢や希望ってのは子供の特権で、しかもそれは、人間が人間として生きる上で、絶対必要なモンさ。
 でも、それだけじゃ人間は人間として、生きて行けない。
 だから社会を支える大人になる前に。大人に守られてる子供で居られる内に、いっぱいいっぱい、たくさんたくさん、夢を見ておく必要があるのさ。
 でも、アンタは……」
「チカぁっ!!」

 思わず。
 俺は、叫んでしまった。

「……ごめん、颯太。
 でもあたしは、あんたがいつも、泣いてるようにしか、思えないんだ」
「っ!! 何を……そんな」
「何となく、だよ。
 顔で笑って、心で泣いて。そして今のアンタは、本当の自分の心まで殺しちまってる。
 ダメ親持っちまった子供ってのはさ、本当に不幸だよね。……子供は、親を選べないんだから」

「……………」

「巴さんもさ……あの人場合はしょうがない事故だけど、それでも本人は苦労してるんだぜ?
 何しろ、あたしやアンタみたいな、頭の回線が四、五本吹っ飛んだ面子の面倒見ながら、魔法少女やってんだから」
「ああ。だからよ……好きだ、って言われて。今、本当に迷ってんだ」

 その言葉に、チカが笑った。

「ああ。キュゥべえから聞いたよ。告白した、って。そんで沙紀ちゃんとの顛末も。
 ……まったく、本当にアンタも無茶を振るもんだね。ザ・ワンを……アンタを超えろって。
 フツーの魔法少女だったら逃げ出してるよ」
「はっ、今まで代打でバッターボックスに立ってるのが、俺だぜ?
 俺は、ベンチで茶ぁすすってるほーが性に合ってるってのに、それを無理矢理引っ張り出させてんだから。
 俺以上の働きをすべきなのは、当然だろ?」
「ま、そりゃ道理かもしれないけどさ……しかも、それに上等切って、家を飛び出しちゃうあたり、沙紀ちゃんはやっぱアンタの妹だよなぁ、って。
 じゃあさ?
 アンタ……本当に沙紀ちゃんが、アンタを超えられると、思ってんのかい?」

 その言葉に、俺はあっさりと鼻で笑う。

「ま、無理だな。アイツの能力はコピーばっか。言わば幻影や幻想に近い。
 写せたとしても、それは『どっかの誰か』の能力であって、その能力の本質の部分は捕えちゃいねぇ。よしんば捕まえられたとしても、『それだけ』だ。
 俺の『否定の魔力』ってのは応用が利き難い分、そういった雑多で軽薄な能力を打ち消すのなんて朝飯前だからな」

 そう言うが……

「そうかね? 今、沙紀ちゃんがドコに居るか、あんた知ってるかい?」
「……?」
「暁美ほむらの所。
 何か掴んだみたいだよ、アンタを攻略する手段が」
「あいつの?」

 結局、何だかんだと、誰ともツルまずに動いてる暁美ほむらとは、お互い、基本的に不干渉の立場を取っている。
 ……まあ、魔獣相手の共同戦線を張る事も無いわけではないが、闘いが終わったら、ハイサヨウナラ、である。

「颯太。一個教えてやるよ。
 どっかのヒーローが言ったそうだがね? 『偽物が本物を超えていけない道理など、無い』そーだよ?。
 妹が兄を超えていけない道理など無いように。
 子が親を超えてはいけないという理屈は無いように。
 うかうかしてるとアンタ、沙紀ちゃんに踏み超えられるよ?」

「そりゃ幸いだ。そーなったら俺ぁ、安心して引退出来る、ってモンさ。
 ついでに言うなら『俺はヒーローなんかじゃない』……お前と一緒で『気に入らない悪党の敵』ってだけの話なのさ」

 うすら笑いを浮かべながら。
 俺はチカに背を向けて、教室の扉を開けて、立ち去ろうとし……

「そうやってアンタは、『家族』って殻に籠って……認識広げないで、世界を狭いままに心を殺してるから。
 他の女の本音が……魔法少女の本当の心が、見えなくなっちまってんだよ」

 その言葉に、俺は……

「そうしなけりゃ『生きる事すら許されなかった』俺に……一体、『それ以外にどんな夢を見ろ』って言うんだよ!!」

 苛立ちと共に言葉を返し、俺は、教室から立ち去った。

「『本当の自分』なんて下らネェモンに……何の意味があるンだヨ……」



[27923] 終幕:「御剣家の乱 その3」
Name: 闇憑◆27c607b4 ID:cb2385d9
Date: 2011/09/30 20:59
「……くそ、何なんだ……一体」

 イラつく。腹が立つ。ムカつく。
 それは良くないと分かっていても……止められない。

「本当の自分と、向き合えって……出来るワケねぇだろ」

 何しろ、俺は……人殺し、親殺しだ。しかも、家族を護れない、タダの男以下の存在。
 俺個人に、生きてる価値なんて、ありはしない。

 ……ああ、本当は分かってたさ。
 他の魔法少女だって……それなりに、好意的な目線で見てたのくらい。
 でも、男なんて、幾らでも居る。たまたま俺が『闘いの場に居た』、『闘う事が出来た』。
 それだけだ。

 だから、誰よりも、俺は……心を鈍くさせながら。
 その『雑音』から耳を背けていたのだ。

 そのツケを……俺は、払わねばならない時が、来たのかもしれない。
 だが……

「誰も……他人を本当に、理解できるワケなんて、無いんだよ」

 幸福なんて自己陶酔で、不幸なんて被害妄想だ。
 だから、見据えるモノは、現実のみ。
 そして、その現実は……今、俺に向かって、変な角度から牙を剥こうとしている。

「あの二人は……どうして俺なんぞを」

 チカの奴は……まあ、分かりやすい。
 ……魔法少女という現実を前にしても、躊躇無く、全てを知って、この世界に飛び込んで来た。
 俺がチカに惹かれるのは……『奇跡も魔法も関係なく』、俺という個人に向かって、真っすぐな目を向けてくれていた事。
 その心意気だ。

 巴さんは……長い付き合いだ。
 お互いに、敬意を抱きあう関係であり、色々と知り尽している。
 更に、姉さん亡き後、魔法少女として沙紀や俺の面倒を見て貰っていたという、恩義もある。
 だが俺は……彼女に一度たりとて、俺自身が恋愛感情を抱かなかったと、断言出来るだろうか?

「……どうすれば、いい……」

 いっそ、死ぬべきだろうか? 俺みたいな男は。
 ……だが……

「沙紀……
 馬鹿な。あいつが、俺を超えて行く?」

 誰かの陰で、おどおどしてるしか出来ない。
 共に並ぶ事は出来ても、前に出て立つ覚悟を見せた事の無い、アイツが?

 ……だが……もし、アイツに、それが出来るのならば……俺が、生きて、『魔獣との闘いの場に立つ理由は?』
 って……

「なんだよ……結局、俺は……闘いが好きなのか?」

 俺は……俺が求めてきたのは、『安らぎ』だけだったハズだ。
 敗北の現実を知って、誰かを失う痛みを知って……そこから逃げ出したかったハズ。
 なのに……

 ふと、思う。

 じゃあ、どっちか。
 巴さんが死んだら?
 チカが死んだら?
 俺は、それに……耐えられるだろうか?

「嫌だ……どっちも、失えるワケが、無い。
 誰も、もう失いたくなんて……無い」

 だが……二年後には、確実に、チカの奴は旅に出る。確かにあいつは、一か所に留まれるタマじゃない。
 一方で、巴さんは責任感が強い。何より、今では、この見滝原の魔法少女たちの、顔役同然だ。

 考えてもみれば。
 あんな凄い二人が、この見滝原って街に留まっている状況そのものが、奇跡と言ってもいいのではあるまいか?
 それに、俺は甘え過ぎて居なかったか? 『都合のいい現実』に染まり過ぎていなかっただろうか?

 と……

「よっ、お兄さん。何、黄昏てんの?」

 腰かけたベンチから顔を上げると。
 そこに、美樹さやかの姿があった。



「……上条恭介は、どんな塩梅だ?」

 俺の質問に、彼女は笑いながら答える。

「ん、凄いペースで回復してる。……無茶なリハビリが利いたんだろうね。もう、杖無しで歩けるようにすらなってね。
 左手は相変わらず動かないけど、完全に神経が死んでるのは肘から先の部分だからっていうんで、職人さんに頼んで『左右逆のバイオリン』特注したの。
 バイオリンの弓、動かない左手に縛り付けて……さ。
 毎日、そのバイオリン相手に、必死になってる」
「ほ、考えたな」

 苦笑する。

「うん。音とかね……もうガチャガチャなんだけどさ。それでも、少しずつ良くなっていってるんだ。
 元の恭介のバイオリンは、もう聞けないけど……なんていうのかな。こう、『新しい上条恭介の境地』を、切り開こうとしている感じ?
 バイオリン弾いてる時に、あんな必死な顔の恭介、初めて見た。一番簡単な『キラキラ星』から、やり直してるんだよ? あの恭介が」
「そっか。良かったな」
「彼がね。『僕の尊敬するバイオリンの先生は、基本を大事にしていた』って。『だったらもう一度、基本からやり直すダケだ』って……」
「ま、そうだな。剣術でも剣道でも、基本は大切だしな」

 と……

「あとね、彼が言ってた。
 『御剣さんに会ったら、伝えてくれ』って。『ありがとう』だそうだよ?」
「別に、大したこっちゃないよ」
「あー、そうかもね。……なんか恭介、ちょっと高所恐怖症になっちゃったし。
 聞いたよ。屋上から放り出したんだって?」
「死ぬよっかマシじゃね? 怖いの知ってるって事は、危険から避けられるって事だし。
 少なくとも、屋上から飛び降り自殺する心配は、もう無かろうさ」

 そう嘯く俺に、彼女が苦笑した。

「酷い人だなあ、お兄さん……ほんと、荒療治なんだから」
「はっ、だから言ったろ?
 野郎はな、傷なんざ後生大事に抱えてるよっか、気合い入れて前に進む覚悟キメねーと、前にゃ進めねぇんだよ。
 痛いだとか、苦しいだとか。現実に挫折する前に、己に鞭入れて、困難に立ち向かわなきゃいけねーのさ」

 と、

「その割には……お兄さん、なんか、悩んでるように見えたけど?」
「……まあ、な。予想もしない困難に、直面しちまってな」

 考えてもみれば。
 彼女は、現時点では魔法少女とは関係ない、普通の女の子なワケで。
 そういう要素を排した、女性の心理を聞くには、丁度いい存在かもしれない。

「告白されたんだ」
「え? あの……斜太チカって人から? また?」
「いや、巴マミっていう、別の人だよ」

 と……

「えっ……マミさんが?」
「なんだ、知り合いか?」
「いや、同じ中学だし……魔法少女の事について、色々と聞いておかないとなぁ、って思ってたから」

 その言葉に、俺は眉をひそめる。

「なんだお前、契約する気か!? 絶対やめておけ、ロクな事に……」
「知ってるよ。
 でもさ……例えば、恭介が魔獣に襲われて、死にそうになったりとかしたら。
 多分、あたしは契約しちゃうと思う」
「それでも、やめておけ。
 それが報われる保障なんて、ドコにも無いぜ?」

 何しろ、俺は……

「迷ってんだ……どっちも大切で、どっちも無碍になんて、出来るわけが無い。
 本当に、真っ直ぐに俺を見ていてくれる仲間と……俺や沙紀が散々世話になってきた人。
 どっちかを選ばなきゃいけないんだ。
 っていうかなあ……お前、上条恭介が好きな女が、自分だけだと思ってるのか?」

「えっ?」

 何も考えて無かった。
 そんな風な表情に、俺は苦笑する。

「あーいうイイ男にゃ、勝手に女が寄って来ちまうんだよ。男のダチと過ごして居りゃ分かる。
 モテる男ってのは、女の幻想を勝手に煽っちまう奴の事なのさ。ウチの妹の沙紀なんかは、引っかかったその典型例だな。
 アイツのファンだったそーだぜ?
 まあ、よ……俺も魔法少女の世界なんて、女所帯の中で過ごしてて、分かったんだけどさ。女ってなぁ、究極的に、基本、自分中心に都合のいい事しか考えちゃいない生き物なんだなー、って。
 何と無く、分かっちまったのさ」

「うわ、酷い事言うなぁ……っていうか、自慢?」

「いや。単に『ショッパい焦げたクッキーを、喜んで喰ってくれる男ばっかじゃねーぞ』って事さ。
 そういう意味で、自分の都合のいい幻想しか押しつけてこない女ってのは、俺は嫌いでな。
 ただな……」
「ただ?」
「問題は、あいつらは『真剣に他人の事を、考えられる魔法少女だ』って事だ。
 やり方は全然違うけどよ……
 幸せにしてやれるなら、どっちも幸せにしてやりたい。でも……俺はどっちかしか選べない。
 迷いっぱなしだよ」

 その言葉に、彼女は首をかしげる。

「……で、お兄さんは、本当はどっちが好きなの?」
「『どっちが好きか』……って……俺にそんな『選ぶ資格』なんて、無いのさ。
 ……人殺しなんだよ。俺は……」

 遠い目をして、俺は溜息をつく。

「人殺し……って」
「父さんと母さん。
 新興宗教に入れ上げた挙句、教祖様の後追いで無理心中しようとして、抵抗して……殺した。
 家族を護るために、習っていたハズの剣術で……俺は、家族を殺しちまったんだ。
 そして、冴子姉さんも護れなかった。護れなかった仲間も、何人も居る。助けられなかった人も。
 ……だから、俺は、人殺しなのさ」

「…………………」

「俺の気持ちとかさ、俺の意思とかそーいうのって……結局、誰かを不幸にしていくしかない。
 だから俺は、出来るだけ『気に食わない奴を不幸にして行く』事にしているのさ。
 ……ハリネズミのジレンマって奴だよ」

「じゃあさ、あんたの妹の沙紀ちゃんは、どうなのさ? あんたが必死に守ってきたんじゃないのか?」

「一杯不幸にしてるぜ?
 大嫌いなピーマン食わせたり、ムカつく悪さしたらケツ叩いたり。もー四六時中、大喧嘩さ。
 あまつさえな……出来もしない事を、今になって、背負わせちまった」

「出来も、しない事?」

「『一丁前に、魔法少女として立って見せろ。俺を超えろ』って……な。
 ……力比べ以前に、能力の相性的に、無理なんだよ。じゃんけんで言うなら、グーとチョキみたいなもんで……俺っつーグーに、沙紀っつーチョキは、絶対勝てない相性なんだ。
 それを知って居ながら……俺は、カッとなって沙紀に無茶を振っちまったんだ」

 天を仰ぐ。

「そんで、俺からすりゃあな。
 意図して無かったにせよ、あんなスゲェ二人に告白されるなんて、想像もしちゃいなかった。
 考えてもいなかったんだ。
 俺の中身とか本性の部分は、多分、もードロドロの醜いモンでさ……正直、そんなモテていいよーな男じゃネェんだよ、俺は。
 ……世の中、『幸せになるべきじゃない』馬鹿ってのは、居るモンなんだぜ?」

 と……

「はぁ……あのさ。
 あたし、男の人の事はよく分かんないけど……それでも、あんたが女ナメてるのは、よーく分かったよ」
「あ!?」
「そんな、『自分だけ不幸背負いこんで、独りで行こう』とするワガママ男をさ……増して、そいつに惚れた女が、何の覚悟も無しに『好きだ』とか、言うと思う?
 妹さんだって、多分、アンタの重荷になりたくないから、必死になって、転校生の所に転がり込んだんじゃない?」

「あ、ああ、まあ……って、待て。何で沙紀の事まで知っている!?」
「女同士のネットワークを甘く見ないことだね。特に、魔法少女関係のはキュゥべえまで居るんだから」

 初耳である。
 っていうか……あのオシャベリ悪魔め……

「ついでにね。アンタの恋の顛末は、色んな意味で、魔法少女たちの注目の的らしいよ?」
「おいおいおいおい、嫌だぞ俺は! 芸能人じゃあるめぇに!
 大体、こんな下世話な事、好きで悩んでんじゃネェんだ!」

 絶叫するが、彼女……美樹さやかは、チッチッチ、と指を振り。

「ショーガナイだろ?
 あんたは魔法少女の世界の中じゃ、黒一点の存在なんだし。女の子からすりゃ、マジで頼りがいのあるナイト様なんだ。
 ……中には、マミさんやチカさんに嫉妬してる子も、結構いるって話だぞー?」
「うわ、嫌だなー……そんな女。関わりたくないし、相手したくもねぇー」

 嫉妬に狂った人間程、頭おかしい行動に出るのは、人間も魔法少女も変わらない。

「それとさ。あんた、自分が『人殺しだ』って言うけど……本当に、好きで人を殺したの?」
「……いや。でも、直接手を下したのは……俺だ」
「でもそれってさ、『誰かを守るため』じゃ、無かったのか?」

 その言葉に。
 俺は深々と溜息をついた。

「それがな……正直、その……取り押さえようと思えば、取り押さえられる実力は、あったんだ。
 でも流石に……実の父親と母親が、俺ら兄妹を殺しに来るなんて想定外もいい所で、完全にパニックになっちまってさ。
 そんで、気がついたら……俺は、両親を殺していた。木刀持っててさ、『どう殺したかすらも』分からないんだ……」

「………………」

「どうやって殺したのか、何を考えて殺しちまったのか、どうして殺したのか。
 その『殺す過程』だけが、スッポリ抜け落ちててヨ。
 気がついたら、階段の下で、両親が脳天カチ割られて、俺が血まみれの木刀引っ提げて構えてて……後ろで、沙紀と姉さんが、ガタガタ震えてて。
 そこまでに至る、前の記憶『だけ』が、完全にブランクの彼方だ。

 それがな……たまらなく、恐ろしいんだ。

 確かに、『結果的に』俺は、両親を殺すことで、沙紀や姉さんを救えた。
 でも『殺す時に何を考えて殺したのか』。その過程が分からネェんだ。
 俺は……家族を守るために、剣を習っていたハズなのに、なんで両親を殺しちまったんだろう、って。
 そこん所の答えがな……どうしても出て来ないんだよ」

 と……

「それは……知らないほうが、いいんじゃないかな?
 多分、そんな気がする」
「え?」

「人間ってさ、無意識に辛すぎる記憶とかそういったの、封印しちゃうって話、聞いた事あるんだよ。
 多分、それは……知らないほうが、幸せなんじゃないかな?」
「そういうワケには行かないよ。俺は『見えない物は信じない主義』で、さ。
 本当の自分と向き合うには……やっぱり俺自身、どうしてもソコの所の問題は、外せないんだよ」

「……そう、か。
 そういえばさ、あんた……凄腕の剣術家なんだって?」
「まあ……ソコソコかな、腕前としちゃあ。
 ……お師匠様にゃ、トンと及ばんけどな」
「あのさ、ちょっと……教えちゃくれないかな、剣術とか」

 その言葉に、俺は呆れ果てた。

「やめておけ。半端に齧った技なんぞ大怪我の元だ……俺みたいに、な」
「むー……」

 ……はぁ、しょーがねぇ。

「ケータイ、持ってるか?」
「え? うん」

 ポチポチ、とケータイを操作して、赤外線でデータを送ってやる。

「何、これ?」
「女の子向けの体力作りメニュー。
 こいつを一カ月欠かさずやったら、なんか教えてやるよ」
「ちょっと……ハードだな、これ」
「嫌なら辞めちまえ。そんで格闘技とか習おうなんて思うな。
 人間なんてなぁ危ない事に近寄らないほうが、一番なんだ。
 もし護身のつもりだったら、下手な技は逆効果にしかならん。それに……」

「それに?」

「俺に剣なんて習ってみろ。俺の運命までトレースする事に、なっちまう。
 中学生で、親殺しなんて……したかぁ無ぇだろ?」

 そう言うと、俺は立ちあがった。

「ま、とりあえず、体力作りは、無駄にゃなんねぇからな……『心を鍛えるには、まず体から』だ。
 ……サンキューな、相談に乗ってくれて。
 ちょっと暁美ほむらの所に行って、沙紀に謝って来る」

「え?」

「出来もしない事を、押しつけた。『一足飛びに独り立ちしろ』なんて、言う方が無茶だよ。
 ……あいつは、まだまだ俺が居ないとダメなんだし、な」



『その必要は無いわ』

 暁美ほむらのアパートで。
 二人揃って開口一番。俺の謝罪に帰って来た返事が、それだった。

「なっ、沙紀、お前……俺はお前を心配して言ってんだぞ!」
「訓練の邪魔。あっち行って。っていうか、見ないで」
「くっ……訓練!?」
「秘密の特訓。絶対お兄ちゃんにギャフンて言わせてやるんだから!!」

 バンッ!

「……………どうして、こうなった?」

 暫し、懊悩。
 そして……再度、扉をノック。

「……何かしら?」
「暁美ほむら、ちょっと来い……」

 そして、アパート裏に呼び出した後。

「お前、沙紀に何、吹き込んだ?」
「別に。沙紀ちゃんから志願してきたのよ。『打倒、御剣颯太』って……」

 頭痛がした。
 ……俺、そこまで何か、沙紀に悪い事、したかなぁ?

「沙紀の奴が、俺に勝てるわけが無いだろ? 能力の相性的にダイヤグラム9:1なんだから!」

 自惚れでもなく、これは事実……な、ハズなのだが。

「そうかしら? 私は……五分と見てるわよ」
「っ!」
「話はそれだけ?
 うかうかしていると、本当に妹に足元すくわれるわよ、御剣颯太」

 そう言って、スタスタと暁美ほむらの奴は去って行った。



「…………」

 何でか。
 俺は、自分の家の前で立ち止まってしまった。

 沙紀が居ない家。
 俺の……家族の居ない家は、本当にがらんどうだった。

 そこに戻って何かをする価値を見いだせず。
 俺は、そのまま、踵を返して、夜の街へと向かった。

 雑音と喧騒。そんな中、ゲームセンターへと入る。

「……久方ぶりだな、ゲーセンなんて」

 小学校から中学の頃は、剣の修行帰りに、よく小遣い握りしめて通ったモンだった。UFOキャッチャーで景品根こそぎにして、出入り禁止喰らった店もあったっけ。
 ……あの頃は、非売品系の景品を、オタグッズのショップやネットオークションで叩き売って、小遣い稼ぎ、よくしてたんだよなぁ。

「お? まだコイツ、稼働していやがるのか?」

 ふと、見ると。
 懐かしい格闘ゲームが、ゲーセンの隅っこで、現役で稼働していた。

 ……そーだな。あれから、まだ四年くらいだもんなぁ……

 四年。
 その間に、両親が首を吊り、姉さんは魔法少女になり……あとはもう、怒涛の如くだ。
 ……元々、家事炊事の手伝いは好きでやってた部分はあったが……考えてみると、俺だけだったら家事なんてする必要、無いんだよなぁ。
 恐らく、物凄く自堕落な生活を、送ってたんじゃないだろうか?

「……懐かしいし、やってみるか」

 コインを投入し、プレイ開始。
 コンコン、スココン、って感じで、懐かしい感覚がよみがえって来る。

 ……そーいえば、昔、30人抜きとかして、俺が負けた瞬間、対戦相手の集団に『バンザーイ!』とか言われたっけ。
 あれは噴き出したなぁ。

「しかし、この挑戦者粘るねぇ……」

 連コイン5枚目。
 キャラを変えて挑んでくるのを、ことごとく撃退していくのだが……まあ、いい。中々に歯ごたえのある対戦相手だし。
 昔を思い出しながら楽しませて貰うか……とか思いながらも、俺はコンパネの上を踊る指を、一切休めない。

 そして……対戦相手の吸血鬼だの鎧武者だの雪男だのを、血の池から伸びた巨大な手で引っ掴んで片っ端から『契約』してトドメ刺していく、俺の操る『冥王』に、だんだんと向こうの動きに苛立ちが混ざって来る。

 ……クックックックック、この手の格闘ゲームは、ある程度以上のレベルになると、『焦ったら負け』で『ビビったら負け』なのデスヨ。
 というか、この『冥王』様。攻め筋そのものが薄い分、ガード不能技や飛び道具で攻撃範囲を狭めて『相手の動きを固める』性能は、このゲーム屈指である。

 そして、案の定……

「ゲッゲッゲッゲッゲ♪ 受け攻め幾つか予想しておったが……そりゃ悪手じゃろ」

 同キャラで挑んで、木端微塵のパーフェクトで完封。
 どっちかつと『冥王』様は、攻めをパターン化させないよう意識して使う必要がある上級キャラだからな……増して、同キャラじゃ読み勝負が全て。
 カッカした頭じゃあ、そりゃ完封もされるさね♪

「……あんた、ゲームも上手いんだな」
「あー? これでも、昔は雑誌(メスト)に乗ろうと必死になったし、UFOキャッチャー荒らしもよく……え?」

 俺の後ろに、さっきまでの対戦相手……佐倉杏子が、立っていた。



「……………」
「………」

 沈黙が痛い。さて、どうしたものやら。
 ……とりあえず、俺はその場で立ち上がると、目当てをつけたUFOキャッチャーのお菓子の奴に、百円玉のコインを二枚、入れる。

 一回目は、アームの強度と癖を見抜くため、捨て撃ち。だが、幸運にもゲット。
 そして、二回目……

「こんな所に、こーんな不安定な台座据えちゃってまぁ……」

 アームの先の爪を、展示部分のお菓子が乗ってる『台座そのものに』引っかけて……ガッバーン!! ってな勢いで、台座がひっくり返った挙句、『アームに振りまわされた台座そのものに』押し出されて、ザラザラとお菓子が出口から出て来る。

「必殺、『台座返し』……良い子のプレイヤーは真似すんな♪」
「ぶっ!! あ、あんた……それ、狙ってやったのか?」
「ま、ね。……慣れりゃ楽勝だぜ」

 据え付けてあるビニール袋に、景品口に山盛りになってるお菓子を、ザラザラと放り込んで回収。
 そして……

「とりあえず、一個喰うかい?」

 と、佐倉杏子に話を振ってみると……

「あの、お客様、ちょっと……」
『……………』

 こうして、俺はまた、出入り禁止のゲーセンを増やす事になった。



「あたしまで、出入り禁止になっちまったじゃないか」
「あー、その……すまん」

 ビニール袋山盛りのお菓子をほおばりながら、頭を下げる。

「思い出したよ。
 なんか昔、クレーンゲームが鬼のように上手い奴が居て、あのへんのゲーセン荒らしまわってるって『伝説』。
 ……アレ、アンタだったのか」

「いや、小遣いあんま貰えなくてさ……俺。
 だから、オタグッズだの何だの狙って、『それ系』のショップに非売品の景品叩き売って、剣術の師匠への束収(月謝)にしたり、小遣いにしてたんだよ。
 あーいう所の景品って、金で買えないレアモノが多いから、それが『お金で買える』ってなると、幾らでも金出すって『大きなお友達』、結構いたし。
 中には、その場で『取ってくれ』って友人に頼まれてホイホイ取ってたら、『大きなお友達』まで集まって来ちゃって、大騒ぎになった事もあったなぁ……」

 そーいや、ゲームソフトだって誕生日プレゼント以外は、中古で転がしたりしてたし。余程気に行ったゲームじゃない限り、絶対手元に残しておかなかったし。
 ……思えば、そんな下地があったからこそ、お金や物に関して、シビアに見る事が出来るよーになったのかもしれん……親戚たちも、かなり『アレ』な人たちが多かったしなぁ。

「だから俺、パチンコやる大人の気持ちが、分かんネェんだよなぁ……」
「え?」
「だってさー、アレ、システム的に、トータルで絶対客側が勝てないよーになってんだぜ?
 預玉のシステムとか、顔認証のシステムとかあってさー、テキトーに絞り上げられるよーになってんだよ。
 それだったら、ハナッから『損する事を前提に楽しむ』ゲーセンや、その他のゲームのほーが、まだ楽しむ余地があると思うんだけどなぁ……一日に万単位の金を、バカスカ突っ込むとかアリエネェよ」
「ゲーセンのクレーンゲームも、そうなんじゃないのか?」
「んー? まあ、そーいう台はあるけど、アームの強さや何やを見切れば、その台に近寄らないくらいはするさ。
 キャッチャーのコツは『勝てる台を選ぶ』のが重要でな……って、あんたにゃ釈迦に説法か」

 何しろ、彼女は現役のゲーマーだ。
 一方の俺は、一度、ゲーセンから卒業……というか、引退した身だし。

「それでも、さっきみたいな滅茶苦茶な取り方をした憶えは無いよ。……ああ、出入り禁止になるワケだ、アンタが」
「はっ、ゲームなんてのは、いかに『ルールの裏を掻くか』だって重要要素だぜ? そして俺は、少なくとも『ルール違反はしちゃいない』し、そーいう裏技があるから、ゲームってのは面白いんじゃねぇか。
 無論、真っ向勝負のぶつかり合いの面白さも、否定はしないけどな」
「そうかなぁ?」
「そーさ。
 増して、ゲーセンなんてなぁ、日々、金っつーチップを賭けた『子供との真剣勝負』の舞台なんだ。
 そこン所手ぇ抜けば、俺みたいな奴に痛い目見るのは当然なのさ。
 ……ま、だからといって、俺みたいな『職人』レベルがゾロゾロ居た日には、ゲーセン(狩り場)が潰れちまうワケだが、な。
 だからテキトーに加減はしてたんだぜ? 何度か出入り禁止になってからは」

 と。

「……あんた、ホントにフツーじゃなかったんだな」
「あ? そっかぁ?」
「だって、今時、そんな事考えて実行できる子供って、何人いるんだよ?
 アンタが『伝説』作ってた頃には、あたしはそんな事、考えても居なかったぞ?」
「そりゃ、偏見っつーか……甘いんだよ見滝原(このへん)のゲーセンが。
 都内のゲーセン行ってみろ。仕掛ける側も、狩る側も……ついでに、景品買い取る側も売る側も全部、マジで『鬼』が揃ってんぞ?」

 これ、ホントの話。
 俺だって『無理だろぉ!?』っていうような、しかも素人には絶妙に取れそうに『見える』ディスプレイとか、ゴマンと作ってあるから。

「あそこは、マジでサバイバルだ……いや、ホントに」
「なるほど。そーいう所で、いっぱい痛い目見てきたから、アンタはゲームに強いのか」
「ま、ゲームに関しちゃな。
 現実(リアル)じゃあ、見滝原(ココ)以上に『痛い目見た』場所は無ぇよ……つくづく、俺は『タダのガキなんだ』って、思い知ったさ」

「っ!!」

「あ……いや、すまん。悪かった」

 迂闊な事を口走った俺は、佐倉杏子に頭を下げた。

「い、いや……いいさ……あんたら兄妹が、痛い目見たのは、よっく知ってるし」
「いや、こっちこそ悪かった。
 だって、話のスジ的に考えたら、あんたに罪の無い話じゃねぇか……子供は親を、選べねぇんだから、よ」

 だが、彼女は沈黙したままだった。
 やがて……

「あのさ、少しその……疑問に思った事があるんだけど、いいか?」
「何だよ?」
「あたしの家ってさ、そんな裕福じゃなかったんだ。信者が集まっても、自分たちの生活賄う分しか、使ってこなかった。
 特段、贅沢した憶えなんて無ぇんだよ……だってのに、何であんたの家は、破滅するよーな大金、ウチに寄付しちまったのかな、って」

 その言葉に、俺は少々呆れ……まあ、年齢を逆算すれば、無理からぬ話かと、思いなおす。

「それは多分な。……『買った』んだと思うぜ。あの教会を」
「は? ……おいおい、あたしはあそこで生まれ育ったんだぞ? あの家が誰かの借家だったってのか!?」
「ん、その……お前、本当に知りたいのか?」

 とりあえず、適当な花壇に腰かけて、次の袋の中のお菓子を奴に渡す。

「あんまり、イイ話になるとも思えネェし……お前さん自身は、今でも親父さんを尊敬してんだろ?
 それに、俺の話は、あくまで推論で……全部が全部、正しいとは思えない。
 無論、あの教会調べて行けば、その証拠も見つかるかもなのだが……正直、俺はそいつを直視する勇気がネェよ。
 もし、変なモンでも見つけちまったりしたら、ブチギレて何しでかすか、自分でも分からん」

「っ……」

「それに、昔は兎も角、今じゃあの教会は、魔法少女の孤児院状態だ。
 そいつをブッ壊してまで、俺は真実を追求したいとは、とても思えネェんだ」

 その言葉に、佐倉杏子は戸惑いながら……

「じゃ、じゃあさ……あんたの推論でいい。聞かせてくれないか?」
「……辛い話になるかもしれねぇぞ? それでもいいんだな?」
「う、うん……」

 その言葉に、俺は淡々と説明して行く。

「まずな、宗教法人ってのはな、日本って国じゃあ『公共のモノ』って位置づけられてるから、基本非課税なんだ。
 ただしそれは、宗教法人っていう『組織』に対して税金がかからないだけで、そこで働く『個人』……この場合は、お前の親父さんだな?
 それには税金がかかって来る。それはいいな?」
「う、うん」
「で、だ……普通は……まあ、本当に個人でやってる宗教法人なんかは別として。
 大規模な宗教法人の場合、大概、土地建物ってのは、『その宗教法人の持ち物』として扱われるんだ。税制面でもお手軽だしな。
 だから、お寺なんかでも、代々そこに住み続けてる一族ですら、『後継ぎが寺を継がない』ってなると、一族全員、その寺から出て行かなきゃならないのさ」
「そっ、そんな……出て行く、って! どこに出て行くのさ!?」
「そこまではドコの宗教団体だって、基本、知ったこっちゃ無い。そもそも、元の教義を広めるために、衣・食・住の内の『住』の要素を、保障しているんだから。

 っていうか、お前さんの親父さん、本部から破門されてたんだよな? だってぇのに、あんだけの信者集めてのけた技量は……まあ、大したもんだよ。それは認めてやる。
 ただな。フツーは、破門された段階で、元の教団の本部から代わりの神父なり、シスターなりが、あの教会に派遣されて来るハズなんだ。
 それが来なかったって事は……あそこの土地建物からして『元の教えと完全に縁が切れた』としか、思えねぇんだよ」

「っ!!」

「まあ、凄い親父さんだったんじゃないのか? そもそも、元の教えのカンバンがあったとはいえ『説法だけで飯が食えた』ってだけで、俺からすれば仰天モノさ。
 漫画家や小説家と一緒でな。文化的事業として国から保護されてるとはいえど、神様だけでメシが喰えるほど、世の中甘くないし。

 そこいらの小さなお寺のお坊さんに聞いてみ? 葬式だの葬儀だのでメシが喰えるお坊さんなんて、ほんの一握り。よく、ベンツ乗りまわす金満坊主なんてのは、漫画家に例えれば、ウン千万部売り上げた超人気作家みたいなモンで、実在はするにしても、殆どアリエネェ存在なのさ。
 だから、あんたの親父さんは……例えるなら、『元の教え』っつー週刊誌でベストセラー書いてた漫画家で。それが独立して、雑誌一つ立ち上げちまったよーなモンだと思えば、分かりやすい、かな?」

「……何でそんな事に詳しいんだよ?」

「いや、俺の姉さんの願いが『大金』だったのは知ってるだろ?
 で、最初に相手にしなきゃいけなかったのは、魔獣でも何でもなくて、税務署と警察署でな……『こんな大金、どこで拾ったんだ!?』って、説明不可能なお金に、大騒ぎになっちまった。
 親戚もハイエナみたいな連中が揃ってたからな……誤魔化すのに、マジで一苦労どころじゃなかったぜ。

 っていうか、今でもオッカネェんだけどな、税務署って……税金の申告とか、全部殆ど俺がやってるし。

 で、その過程で『税金払わないでベンツ乗りまわすお坊さん』なんて話を聞いてたから、宗教法人ってモンに関して、色々調べたんだよ。
 最初は、魔法少女やってた姉さんを本尊に新興宗教でも起こしてやろうか、とか考えてたんだけどね……すぐ無理だって分かった。世の中、神様だけでメシが喰えるほど、甘くない、ってな。

 だから、お前さんの親父さんのやった事はともかく……『説法の力量は』誇っていいモンだと思うぜ?
 要するに……引っかかったうちの親父やオフクロが、馬鹿だったんだよ」

「そ、そう……なのか……?」

「ああ、そうだよ。必死になって俺が何を言って説得しても、聞く耳一つ、持ちゃしねぇ。
 挙句の果てに……ま、これ以上語るのは、野暮ってモンだな。
 俺も、お前も。お互い、馬鹿な親を持っちまった……つまりは、そーいう事さ」

「あたしの親父は……父さんは、馬鹿なんかじゃ……ない」

「……あ、すまん。そうだな……お前にとっちゃ『親』と『師匠』が一緒だもんな……悪い事した。すまねぇな。
 まあ、俺だってあのトンチキ師匠と会ってなければ、一緒になって首くくってたかもしれねぇしな……正味、今の俺が在るのは、あの人に鍛え上げられたからのよーなモンだし」

 あの、珍妙不可思議にて胡散臭さにかけては、どこぞのピコ麻呂真っ青な、トンチキ師匠を思い出す……もー、怪我の功名というか、何と言うか……

「そーいやよ、アンタの剣の師匠って……どんな人だったんだ?
 あんたに、あんなスゲェ剣術教え込んだ人物が、どんな奴だったのか……ちょっとついでに聞きてぇんだけど」

 その言葉に……俺は、腕を組んで、渋い顔をした。

「う、ううーん……いや、なぁ……それが……」
「なんだ、話したくないのか? だったら……」

「い、いや、話す分には構わないんだ。
 ただな……その……正直、俺自身にとっても、あの人が『何者だったか』なんて今でも定義不能なんだよ。
 デタラメに喧嘩が強くて、凄腕の剣術使いで、ペテンとイカサマと詐欺の達人で……アル中で、50過ぎて女抱きまくってて、安アパートでクダ巻いてるくせに、変な所と変な人物に、異様に広いコネを持ってたりする。
 本当に、『謎の人物』としか、言いようが無い人なんだ」

 俺の言葉に、佐倉杏子が呆れ果てた。

「……よくそんなのに弟子入りしようと思ったな、アンタ?」

「ああ。自分でもそー思うよ。
 その人なぁ、基本的に、嘘は言わないんだけど、やること成す事デタラメでさ。
 信じられるか? 中学一年の段階で、弟子の俺に、腹にダイナマイト巻かせて、日本刀一丁でヤクザの事務所に特攻させるんだぜ?」

「……マジ?」

「マジだよ。
 そして、そんな騒ぎの中、自分はヤクザ屋さん家の金庫開けて、中から金とかカッパラってトンズラだよ。
 正体隠しながら、全員、『死なないように』切り伏せて必死になって逃げ回ったらさー……どこぞの飲み屋にツケ全部払ったあと、オネーチャンたちと豪遊して、ベガスだか何だかに行って、スッテンテンになって帰って来た。
 も、滅茶苦茶通り越して、豪快そのものさ」

 ちなみに、そのヤクザの事務所は、何故か組織ごと『消滅』しているのだが……俺はそれに関して、詳しくは知りたくない。
 きっと、世にも恐ろしい物語が、あの人の事だから、背後で蠢いているに違いないのだ……いや、マジで。

「他にも、サンタクロースの格好で『メリークリスマス』とか言いながら、ヤクザ屋さんの事務所にダイナマイト放り込んだりとか……もう、ね、色々と『神話』を創り出した、化け物でな。
 そーかと思うと、飲み屋で強盗しよーかとかフいてる若者たちと、一緒になってマジで強盗しようとしたりとかしてな……すれすれになって、その若者たちが『ヤバさ』に気付いて、ビビって逃げ出しちゃったりとか。
 こう、なんつーのかな。ペテンとイカサマと暴力の化身? でも、何でか不思議と人を救っちゃったりする人、かな?」

 その言葉に、佐倉杏子が、呆れ果てる。

「そんな怪人物の正体とか、探ろうとは思わなかったのかよ?」
「それがな。探れば探るほど、混乱して来るっつーか……皇族だとか、傭兵だったとか、新聞記者だったとか、得体のしれない嘘経歴ばかり掴まされてな……もう、二十くらいかな? ダミーの経歴に引っかかったのは。
 だから、もうあの人の正体探るの、諦めたよ……どーせ多分、ロクな経歴じゃねぇと思うし。本人見てると、さ。
 まあ、そんなトンチキ師匠でさー。
 口癖が『正しい事ほど、疑ってかかれ。自分の頭で考えろ。まして、胡散臭い大人は、よく疑え』だったしなぁ……自分が一番、胡散臭くて妖しい大人だっつーの。
 だから、こう、何と言うか……コトを疑ってかかるクセとか、そーいったのはついたなぁ」
「……スゲェ師匠だったんだな、その人」
「まあ、俺が接した、親以外の大人では……何て言ったらいいのかなぁ? 尊敬はしてるけど、信用はしてないし出来ないっていうか。
 あの人の教えてくれた中で、たった一つ信じられるのは剣術だけ。
 それ以外は、ほんと、色んな意味でダメ大人の見本みたいな人だったよ。マジで」
「そう、か」

 そう言って、黄昏る佐倉杏子に、俺は追加のお菓子を渡す。
 何だかんだと、袋山盛りのお菓子は、もう半分になろうとしていた。

「あ、そういえば……お前さ」

 ふと、こいつにも、確か妹が居たハズだよなぁ、とか思いだし……

「あ……いや、その……いいや。すまん」
「なんだよ、言いだしかけて。……気味が悪ぃな」
「いや、その……お前も、妹とか、居たよなぁ、って……沙紀の事で、ちょっと悩んでてさ。
 すまない、変な事、聞く所だった。これ、やるよ」

 そう言って、お菓子山盛りの袋を、押しつける。

「他人は他人、自分は自分だし。
 第一、俺の家って、よその家の事なんて参考になるめぇし。
 ……ウチくらいなもんじゃないか? 一家揃って、子供全員、魔法少女だの魔法少年だのやってる家は?」
「っ……そうだな。あんたの家、ちょっと特殊かもな。……特に、アンタが一番」
「うっ……」

 否定できない、自分が悲しい。

「ま、何とか向き合ってみるさ。
 沙紀の奴がさ……俺に上等切って、家飛び出しやがって。『絶対、お兄ちゃんを超えてやる』って」
「ああ、何? その相談かよ」
「うん、まあ、その……な。どう接するべきかとか悩んでいたんだが……。
 まあ、突っかかって来るなら、軽くいなして力量差見せつけて、頭でも撫でてやるさ。
 あいつはまだまだ、独り立ちには早すぎるよ」

 そう言って、俺は立ちあがった。

「じゃあな。話、聞いてくれて、ありがとな。
 ……その。普段、あんま会いたくないっつーか……ぶっちゃけ、避けてたからさ。
 やっぱ、お互い、アレだろうし」
「ああ、そうだな……」

 多分、これは今夜限りの事。
 調子を狂わせた俺が、たまたま、話し相手を欲しただけ。

「家に帰って、風呂入って寝るわ。じゃあな……」

 そう言って立ち去ろうとし……

「あのさ、あんた……沙紀ちゃん、あまり舐めないほうがイイと思うよ?」
「なんだよ? あいつの評価、みんな妙に高いんだな?」
「あの子は……何と言うか、不思議な子だよ。
 誰にも勝てないのに、何でか生き残って勝つ。一番油断できない、ビックリ箱みたいなタイプの子だよ」

 なる、ほど。佐倉杏子の評価も、もっともだ。
 だからこそ……

「だからこそ……俺は、『沙紀の壁』にならんと、いかんのかもな」
「壁?」
「子供にとって、守るべき盾であり、越えねばならぬ壁。
 子供が親を超える時ってのは、確かにあるのかもしんないけどさ。そん時に親として、壁として低すぎたら、超える意味が無くなっちまう。
 そして、俺としては、沙紀の奴に、まだまだ俺っつー壁を超えさせるつもりなんて、毛頭無いしな」

 そう。
 ならば……ならば、やるべき事は一つ!!

「……よし、覚悟は決まった!
 真正面から完膚なきまでギッタンギッタンに叩きのめして、兄の偉大さを、もう一度、その身に叩きこんでくれる!
 覚悟しろ、馬鹿妹め! 夢と希望を抱いて溺死するが良いわ……グハハハハハハ!!」

 高笑いをキメながら、俺は意気揚々と自分の家へと戻って行った。



[27923] 幕間:「御剣沙紀、最大の試練 その2」
Name: 闇憑◆27c607b4 ID:cb2385d9
Date: 2011/09/22 20:36
「……………ごめんなさい」

 私は……涙が止まらなかった。

 願いを知りたいと言う願い。その共感能力の高さを利用した、魔法少女の能力の読み取り(リーディング)。
 それは時として、対象の魔法少女の記憶を垣間見てしまう事があるのだ。
 そして、今、私が見てしまったのは……暁美ほむらさんの、孤独な、長い長い闘いの記憶。

 無論、普段は黙っているのだが……流石に、これは……私には耐えられなかったのだ。

「御剣沙紀……?」
「ごめんなさい……能力の読み取りの最中に、ウッカリ見えちゃったの……暁美さんの記憶が」
「っ!!」

 私は今……初めて、自分の能力を、呪おうとしていた。

「本当にゴメン……気持ち悪いよね。アカの他人に、自分の記憶を探られるのって。
 自分の目の前に、自分のコピーが現れたら……誰だって嫌な顔するよね……」
「あなたは……」

 私は……こんな人の。
 そして、こんな人の思いに答えた魔法少女の女神の力を、家庭の問題の解決のために、タダ同然で借りようとしていたのだ。

「私……初めて魔法少女、辞めたいって思った。
 ……こんな酷い力、要らないよぉ」

 知りたく無かった。知らなければよかった。
 彼女は……こんな残酷な運命を、踏破して、今に至った。
 その思いの染みついた力を……ただ、安易に『借りれれば』などと考えた愚かさに、腹が立った。

 だが……

「……ありがとう」
「え?」
「あなたが優しい子で、良かった。
 正直、その……私の記憶、証明する手段、殆ど無かったから。
 ……せいぜい、御剣颯太が『見た』っていう、まどかの姿くらいだし」
「そんな……ごめんなさい。私こそ、無神経に酷い事しちゃって。
 本当に……ごめんなさい」

 それにしても……

「その、何といいますか……凄く、奇妙な関係だったんですね、あたしたち兄妹と、暁美さんって」

「ええ。あなたたちが存在していたループは、色々な意味で強烈だった。それ以降も、延々と『一番最初に』世話になり続けたし。
 ……そういえば、織莉子たちとの闘いで、彼の忠告を無駄にしてしまったわね。
 『躊躇なく、ソウルジェム目がけて引き金をひけ』『追いつめたからって甘く見るな』って、言われてたのに……本来の彼ほど、問答無用になれなかったのが、あのループでの私の敗因だわ」

「それは……しょうがないですよ。
 それにしても、お兄ちゃん、本当に、阿修羅みたいだったんだ。魔力も無いまま、全てを敵に回してでも、私を守って魔法少女を殺し続けて……本当に、『闘いの権化』になっちゃって。
 それで、みんな本当に泣いてて……まどかさんが魔法少女を救うまでは、こんな悲しい世界だったんですね」

「そうね……」

 沈黙が落ちる。

「本当に私は、お兄ちゃんに甘えてたんだなぁ……」
「え?」
「ピーマン嫌い、だとか。兄妹喧嘩したり、だとか。
 考えてみれば、まどかさんが魔法少女を魔女にする運命から救ってくれなければ、そんな事出来るわけが無かった。
 それどころか、独り立ちなんて……ずっと兄妹二人で、闘い続けるしか無かったんだ……」

「そうね。
 あなたは……いえ、あなたたち二人は、一介の人間と魔法少女のまま、魔法少女と魔女のシステムに挑んで来たんですもの。
 それは、誇っていい事かもしれないわね」

「でも、お兄ちゃんの体の中にも、ソウルジェムみたいなモノがある、って……その時は、自分が『ザ・ワン』だなんて知らなかったんですよね?
 だから、最後は、とんでもない悲惨な事になってたんじゃないかな? 魔女じゃなくて……魔人、とか……そんなのになってたんじゃないかなぁ?」
「……どう、かな?
 おそらくは、今の世界の御剣颯太の体内にあるソウルジェムは、まどかとの契約。
 そして、前の世界では、沙紀ちゃんとソウルジェムをリンクさせても、穢れが移る事も無かった。
 という事は、おそらく……いえ、どっちにしろ、末路は変わらなかったもしれないわね。代償の無い力なんて、無いのだから」

 改めて。
 沈黙が落ちる。

 だが……

「不思議ですよね……前の世界でキュゥべえに祈った、まどかさんと、お兄ちゃんの『願い』って……物凄く似てるんですね」
「え?」
「『全ての魔女を消し去りたい』っていうまどかさんの願いは……何だかんだと『キュゥべえまで』救っちゃってる。
 一方、お兄ちゃんは『全てのキュゥべえを消し去りたい』ですもん。だから……最後は、お兄ちゃんもキュゥべえも、物凄く悲惨な事になっちゃったんじゃないかな?
 二人揃って、相打ちとか」
「かも……しれないわね」

 一呼吸。落ちる沈黙。

「『誰かを救いたい』っていう慈悲の祈りと。『誰かを消してやりたい』っていう憤怒の祈りが。
 こんなにも似通る事って、あるんですね」

 ふと。そこに……私は、ヒントを見たような気がした。

「……あの世界のお兄ちゃんが、死にたがってたっていうの、分かる気がします。
 お兄ちゃん、本質的に物凄く優しいから……だから、誰かに裁いてほしかった、赦してほしかったんじゃないかな?」
「まあ、人として、当たり前の心理かもしれないわね」

 そして。
 パズルのピースが、揃った……そんな、気がした。

「まどかさんは……」
「え?」
「まどかさんも、怒ってたんだと思います。魔女と、魔法少女のシステムそのものに。
 だから、自分が神様になってでも、それを否定したかった……。
 お兄ちゃんだって、普段はとっても優しくて……みんなにお菓子作ったり、誰かのために闘ったり。
 私に怒ってお尻叩いたり、魔獣相手に決死の形相で闘うのは、優しいからなんですよ。

 お兄ちゃんにしても、まどかさんにしても。
 本当に、そーいう事を、言いわけ抜きに『人間として』貫ける人が……最終的に、神様になれちゃうんじゃないかな?」

「……」

「何と無く、見えてきた気がします。まだ、全然ですけど……私の『最強の願い』。
 出来るかどうかは、分からないけど……これなら、お兄ちゃんを、超える事が……目を覚ましてくれるんじゃないかな?」
「え?」
「私たちは今、幸せなんだよ、って。
 ……だから、『不幸を消して行くのも重要だけど、幸せを増やす事も重要なんだ』って伝えないと。
 いっぱいいっぱい、幸せを増やせば……いつか、不幸な人に、自分が余った幸せを分けてあげられる。
 そんな気がするんです。
 それはそうと……」

 私は、台所に乗った、チンジャオロースの材料を前に、一言。

「居候の分際で申し訳ないんですけど、ピーマンは出来れば無しの方向で、お願い、出来ます?」
「……………それなら料理くらい、自分で作れるようになりなさい。御剣沙紀」



 思う。
 人は何故、誰かに怒るのか?

 思う。
 人は何故、誰かに優しく出来るのか?

 ああ、きっと。優しいから怒るのであり、怒るから優しいのだ。
 相反する概念ではあっても、それは『不可分ではない』のだろう。

 そして、誰かに対する優しさがあればこそ、犯した罪の意識に怯え、苦悩する。
 それを断罪する事こそが、『人として生きる道において』救済に繋がるのだ。

 ビルの屋上。
 暁美さんが見ている前で、結跏趺坐を組んで、深く、深く、瞑想しながら。
 私は、そんな事を思っていた。

 ふと、私の脳裏に、ある言葉が浮かぶ。

「易有太極(易に太極あり)
 是生兩儀(これ両儀を生じ)
 兩儀生四象(両儀は四象を生じ)
 四象生八卦(四象は八卦を生ず)」

 まどかさんが……魔法少女の女神様にも、怒りがあったように。
 お兄ちゃんにも……神に等しい魔法少年にも、優しさがある。

 そして私は……『御剣の家の子』で『魔法少女』だ。
 ならば出来るハズ。いや……やってみせなきゃいけない!
 これは……私にしか示せないモノ。私にしか出来ない能力(ちから)。

 ある意味これは『宇宙を創るに等しい』魔法なのではないか!?

「願望(ウィッシュ・オブ)……混成(マッシュアップ!!)」



「っ……御剣沙紀!? あなた……ソウルジェムが!」
「え? ああ……あー……神様の力を受け入れて、色々弄り倒した反動……かな?」

 一瞬。
 私のソウルジェムが、白黒の二色混成の『大極図』のようになっているのを見て、苦笑する。

「すぐ、元に戻ると思います……ほら?」

 そして、元の緑色の輝きを取り戻す、私のソウルジェム。ただし、濁りはそうとうに酷い。

「あは、あはは……やっぱ神様の力を二人分、無理矢理借りて弄るなんて無茶だったんだなぁ……」

 どさっ、と体を投げ出しながら、私はソウルジェムを外し、穢れの除去を始める。

『そうだね。僕としてもおすすめは出来ない。
 君の願望混成(ウィッシュ・オブ・マッシュアップ)は……負担がかかり過ぎる』
「そうね。
 ……あまりにリスキーだと思うわ」

 キュゥべえと暁美さんが、そう忠告する。
 だが……

「無茶って事は……『無理』って事じゃないですよ?
 お茶が無くたって、お菓子は食べられるんですから」
『っ……君は!』
「とりあえず『理論上は正しい』って事が分かっただけで収穫ですよ。
 ……あとは……私の体を使って、魔法として、能力として具現化させて、証明するだけです」

 とはいえど。これって『宇宙を体現しろ』というような能力なのではあるまいか?
 ……まあ、宇宙って単語や概念そのものが、元を辿れば仏教用語だ、って、お兄ちゃん言ってたし。

「よくよく考えてみれば、お兄ちゃんって、男の人なんだもんなぁ……」

 それを、女の身である私が受け入れて、行使する事のほうが、そもそも無理がある気がする。
 ……なんの。

「私だって、お兄ちゃんの妹で、御剣家の子で、魔法少女なんだから……しっかりしないと!」

 そうだ。
 これを乗り越えねば、私はお兄ちゃんに独り立ちなんて、認めてもらえるわけが無い。
 そして……それが認められたら、私は、上条さんに、告白するのだ。

 ……というか、チャンスは今しかない。
 『お兄ちゃん自身が、絶対に私を怒れる立場じゃない』今しか無いのだ!!

「きっと……お兄ちゃん、『色んな意味で』怒り狂うと思うからなぁ」
「どうかしたの?」
「ん? ううん、何でも無いよ。じゃ、続き続き!」

 一通り、綺麗になったソウルジェムを元に戻し。
 私は再び、結跏趺坐を組んで、瞑想へと戻った。



[27923] お笑い
Name: 闇憑◆27c607b4 ID:cb2385d9
Date: 2011/09/25 09:22
「おいっす♪」
「こんばんは」

 ふらり、と帰った家の前で、待っていたのは……

「巴さん……チカ。二人とも、どうして」
「いや、何。沙紀ちゃん出て行って、寂しいんじゃないかな、って」
「ご飯、作ってきましたよ」

 手の中には、巴さんやチカの作った料理……というか、酒まであるし。
 ……って。

「おいおい、待てよ。佐倉杏子がさっきゲーセンに居たって事は……」
「ん ひみかの奴が、鍋振るってる……そろそろ、あいつらにも教会の中の事、させないとな、って」
「……ん、そうか」

 そういえば、彼女が一番、面倒見てる中では年長だったな。確か、孤児院での虐待から逃げ出してきた子だから。
 『本当の両親が知りたい』だったっけか……だから探索系の能力なんだよなぁ。
 もっとも、彼女が探し当てた両親は……いや、言うまい。

「……とりあえず、一緒に喰おっか」



 黙々と。
 俺と、巴さんと、チカと。飯を食って行く。

「颯太。美味いか」
「……ん、二人の飯は、結構イケるよな」

 その言葉に、二人は微笑む。

「魔法少女の『メシ使い』に太鼓判押して貰えるたぁ、光栄だね」
「なんだよそりゃあ」
「いや、定番じゃないか。
 悪さした魔法少女を、あたしら二人が叱って、説教して。そんで、あんたが飯食わせて、巴さんが諭して。
 本当に、どーしょーもない魔法少女たちは、教会で面倒見て……さ」
「まあな。何時の間にか、そんなパターンになっちまったな」

 チカの言葉に、俺は苦笑する。

「ああ。だからさ……今回は、ちょっと趣向を変えてみたんだ」
「」

 その言葉と目線に、俺は、感づいた。

「……なんだ、今度は俺が、取り調べを受ける側か」
「ま、な。趣向としちゃ、そんなもんだ」
「そういう事です」

 なる、ほど……

「まあ、いいこっちゃ無いよなぁ……でもさ、俺のしてきた事って、そんな罪のある話か」
『罪です』

 ……言い切られたよ、おい。

「……分っかんネェなぁ……
 正直、男なんて幾らでも居る。たまたま、俺はお前らと共に闘える。『それだけだ』ってのに……よ」

 その言葉に……巴さんが、逆に問いかけて来る。

「では、颯太さんにお尋ねします。
 ……もし仮に。沙紀ちゃんに、好きな人が出来たとしたら」
「……は」

 想像もしていなかった。

「ま、まあ、恋人づきあい程度なら、いいんじゃないの
 所詮、子供の……」
「その先まで行ったとしたら」
「………」

 沈黙する俺。
 更に、チカの奴までが追い打ちをかけてくる。

「そんで、沙紀ちゃんが連れてきた男の人が、『沙紀を、僕にください、お義兄さん』とか、言われたら」

 その言葉に、反射的に俺は叫んでしまう。

「少なくとも、『沙紀を守れる男以外』、嫁にやるなど俺は認めんぞ」

 ああ、兄馬鹿と言うなら言え
 むしろ、俺を超えて行く男に、沙紀が嫁いで行くのならば、それは本望
 貧乳に希少価値はあっても資産価値は絶無なのだから、それ以外の側面で勝負するしかあるまい
 ……というか、巨乳に和服は似合わんのだからこそ、『御剣沙紀 大和撫子計画』を、わざわざ計画しているというのに

 ……いや、『料理』初め、家事炊事洗濯の段階で、色々、躓いてるんだけどさ……正味、も計画進行してません。

「で、ドコにいるのさ 『魔法少女の沙紀ちゃんを守れる、アンタ以外の男の人』ってのは」
「……どっかに居るんじゃないのか、そんなの 男なんて星の数……」

 その言葉に、二人揃って一言。

『いねーよ、あんたの他に魔法少年なんて』
「ぐっ……おーい、キュゥべえ」
『なんだい』
「俺の他に、歴史上、『ザ・ワン』とか、『魔法少年』って居なかったの」
『居るワケ無いじゃないか。
 君みたいな宇宙の特異点がゴロゴロしてたら、宇宙が今頃どうなっているか、分かりゃしないよ』
「……俺は涼宮ハ○ヒか」

 頭痛がした。
 ……おっかしーなぁ……俺は、ふつーに平凡な男だったハズなのに。どうしてこうなった

「なあ、颯太。
 一言言わせてもらうけどさ。
 女にとって好きな人ってのは、『たった一人の運命の人』って意味じゃ、みんな『ザ・ワン』なんだよ。
 お前、自分自身で言ってただろ 『好きになった人が、好みのタイプだ』って。つまりは……そういう事なんだよ」

「……む」

「あとな……その。
 正直、冴子さんも、酷な遺言、残したなぁ……って、思ったさ」

「冴子姉さんが」

「あんたが壊れてる事、沙紀ちゃんも冴子さんも、気付いてたのさ。
 そんでね、そーいうタイプの人間は、普通、同情だけの馬鹿な女に引っかかって、その女とトラブルを起こすか……何れにせよ、いい末路は辿らない。
 だから、アンタと巴さんを、引き合わせたんだよ。

 『颯太に恋心を抱か9



[27923] 終幕:「御剣家の乱 その4」
Name: 闇憑◆27c607b4 ID:cb2385d9
Date: 2011/09/30 20:59
「おいっす♪」
「こんばんは」

 ふらり、と帰った家の前で、待っていたのは……

「巴さん……チカ。二人とも、どうして?」
「いや、何。沙紀ちゃん出て行って、寂しいんじゃないかな、って」
「ご飯、作ってきましたよ」

 手の中には、巴さんやチカの作った料理……というか、酒まであるし。
 ……って。

「おいおい、待てよ。佐倉杏子がさっきゲーセンに居たって事は……」
「ん? ひみかの奴が、鍋振るってる……そろそろ、あいつらにも教会の中の事、させないとな、って」
「……ん、そうか」

 そういえば、彼女が一番、面倒見てる中では年長だったな。確か、孤児院での虐待から逃げ出してきた子だから。
 『本当の両親が知りたい』だったっけか……だから探索系の能力なんだよなぁ。
 もっとも、彼女が探し当てた両親は……いや、言うまい。

「……とりあえず、一緒に喰おっか?」



 黙々と。
 俺と、巴さんと、チカと。飯を食って行く。

「颯太。美味いか?」
「……ん、二人の飯は、結構イケるよな」

 その言葉に、二人は微笑む。

「魔法少女の『メシ使い』に太鼓判押して貰えるたぁ、光栄だね」
「なんだよそりゃあ」
「いや、定番じゃないか。
 悪さした魔法少女を、あたしら二人が叱って、説教して。そんで、あんたが飯食わせて、巴さんが諭して。
 本当に、どーしょーもない魔法少女たちは、教会で面倒見て……さ」
「まあな。何時の間にか、そんなパターンになっちまったな」

 チカの言葉に、俺は苦笑する。

「ああ。だからさ……今回は、ちょっと趣向を変えてみたんだ」
「?」

 その言葉と目線に、俺は、感づいた。

「……なんだ、今度は俺が、取り調べを受ける側か?」
「ま、な。趣向としちゃ、そんなもんだ」
「そういう事です」

 なる、ほど……

「まあ、いいこっちゃ無いよなぁ……でもさ、俺のしてきた事って、そんな罪のある話か?」
『罪です』

 ……言い切られたよ、おい。

「……分っかんネェなぁ……
 正直、男なんて幾らでも居る。たまたま、俺はお前らと共に闘える。『それだけだ』ってのに……よ」

 その言葉に……巴さんが、逆に問いかけて来る。

「では、颯太さんにお尋ねします。
 ……もし仮に。沙紀ちゃんに、好きな人が出来たとしたら?」
「……は?」

 想像もしていなかった。

「ま、まあ、恋人づきあい程度なら、いいんじゃないの?
 所詮、子供の……」
「その先まで行ったとしたら?」
「………」

 沈黙する俺。
 更に、チカの奴までが追い打ちをかけてくる。

「そんで、沙紀ちゃんが連れてきた男の人が、『沙紀を、僕にください、お義兄さん』とか、言われたら!?」

 その言葉に、反射的に俺は叫んでしまう。

「少なくとも、『沙紀を守れる男以外』、嫁にやるなど俺は認めんぞ!」

 ああ、兄馬鹿と言うなら言え!
 むしろ、俺を超えて行く男に、沙紀が嫁いで行くのならば、それは本望!
 貧乳に希少価値はあっても資産価値は絶無なのだから、それ以外の側面で勝負するしかあるまい!
 ……というか、巨乳に和服は似合わんのだからこそ、『御剣沙紀 大和撫子計画』を、わざわざ計画しているというのに!

 ……いや、『料理』初め、家事炊事洗濯の段階で、色々、躓いてるんだけどさ……正味、2%も計画進行してません。

「で、ドコにいるのさ? 『魔法少女の沙紀ちゃんを守れる、アンタ以外の男の人』ってのは?」
「……どっかに居るんじゃないのか、そんなの? 男なんて星の数……」

 その言葉に、二人揃って一言。

『いねーよ、あんたの他に魔法少年なんて』
「ぐっ……おーい、キュゥべえ!」
『なんだい?』
「俺の他に、歴史上、『ザ・ワン』とか『魔法少年』って居なかったの?」
『居るワケ無いじゃないか。
 君みたいな宇宙の特異点がゴロゴロしてたら、宇宙が今頃どうなっているか、分かりゃしないよ』
「……俺は涼宮ハ○ヒか!?」

 頭痛がした。
 ……おっかしーなぁ……俺は、ふつーに平凡な男だったハズなのに。どうしてこうなった?

「なあ、颯太。
 一言言わせてもらうけどさ。
 女にとって好きな人ってのは、『たった一人の運命の人』って意味じゃ、みんな『ザ・ワン』なんだよ。
 お前、自分自身で言ってただろ? 『好きになった人が、好みのタイプだ』って。つまりは……そういう事なんだよ」

「……む」

「あとな……その。
 正直、冴子さんも、酷な遺言、残したなぁ……って、思ったさ」

「冴子姉さんが?」

「あんたが壊れてる事、沙紀ちゃんも冴子さんも、気付いてたのさ。
 そんでね、そーいうタイプの人間は、普通、同情だけの馬鹿な女に引っかかって、その女とトラブルを起こすか……何れにせよ、いい末路は辿らない。
 だから、アンタと巴さんを、引き合わせたんだよ。

 『颯太に恋心を抱かず、あくまで魔獣との闘いのパートナーとして過ごせる魔法少女が必要だ』ってね……。

 だけど、アンタみたいな……いや、男と女が、一緒に過ごしてきて『一度として恋心を抱くな』ってほうが、無茶ってモンさ。
 だから、この子は自分から『好きだ』なんて面と向かって言えなかった。『アンタに振り向いてもらうしか』他に方法が無かったんだよ」

「っ……!!」

 言葉が……無かった。

「正直ね……そんな事情知ってりゃ、あたしだっていきなり告白とか、しなかった。
 これじゃ、あたしが泥棒猫にしかならないな、って……初対面の時の巴さんの慌てっぷりを見て、ピン、と来たし。
 あたしも、必要以上にアンタに迫る事はしなかった。

 でも、何だかんだと、あんたはイイ具合に、砕けてきてたんだ……と、思う。
 少なくとも、あたしの事を、ちゃんと『異性』として見てくれるようにはなった。
 ただ……この子は、巴さんに関しては、あんたは……」

「いや、ストップ!
 その……チカ、それと、巴さん……その、すまなかった。悪かった」

 今更ながらに。
 俺は……この二人に、色々な意味で支えて貰っていたんだ、と、悟った。
 だからこそ……

「その……言いわけにしかならないと思うが、一つ、いいか?」

「なんだい?」

「沙紀の事。
 やっぱさ……その、沙紀が一丁前に立てるようになるまでは、俺はあいつを支えないといけないんだな、って。

 アイツが将来、誰を選ぶのか分からないけど。
 そん時に、アイツは魔法少女として『家族を守りながら』、かつ『誰かを守る』事をして行かなきゃ行けないと思うんだ。
 今、俺自身が『代打』とはいえ、その立場に居るから分かるんだけどさ……正直、『重たい』ぜ、こいつは?
 あの、色んな事に甘えづくしの沙紀に、それが出来るとは……とても思えないんだ」
「代打というより、最早『ホームラン請負人』って感じだけどね……現に、野球部の助っ人に入って、アンタ、伝説残しちゃったじゃないか」
「……いや、野球、興味無いし。俺、高野連の玩具になる気、無いし」

 そーいえば、ビーンボールをワザと俺に投げてきた命知らずに向かって、ピッチャー返しで顔面撃砕してやった彼……死んで無きゃいいけどなー。
 それは兎も角。

「本当に、そうでしょうか?」
「ん?」
「沙紀ちゃん、あれでチャッカリしてるというか、シッカリしてるというか……物凄くシタタカですよ?」
「……まあ、『末っ子属性』は、しっかり持ってるよなぁ……」

 殆ど、計算でやってるとしか思えない、無邪気さとか。
 時々、怖いもんなぁ……色んな意味で。

「とはいえど、今のままじゃ、独り立ちなんて無理だな。
 あいつは、他の誰かと共に何かをするとか、利用するだとか、理解するだとか、そーいった事は出来るかも知れんが。
 『自分ひとりで何かが出来る』ってタイプじゃない。
 一人だと何も出来なくて、完全に途方に暮れちまうタイプだと見たけどね」

 と、その言葉に。

「それは、颯太さんも同じではありませんか?」
「むっ? そんなことは……」
「少なくとも。『何をしていいか分からない』状態に、陥ってしまうと思うのですが……」
「それは……」

 そうだ。
 俺は……沙紀を守るために、家族を守るために、そして……仲間を守るために、魔獣と闘ってきた。
 じゃあ、『守る必要が無くなったら?』。

「……金はあるし。
 今度こそ、和菓子職人にでも、なるかなぁ?」

 と。

「……あのさ、颯太。
 あんた自身、今更そんな『普通の暮らし』をする道、『タダで歩める』と思う?」

「どういう、意味だよ?」

「一つ聞くけどさ。
 あんたは魔法少女と魔獣の闘いの世界を、知っちまった。
 そして、世間の皆さんが『普通の暮らし』をしている裏側で、大勢の魔法少女が闘っている。
 ……いいかい? 『魔法少女』だ。
 自衛官でもない、警察官でもない、消防士でもない。
 タダの女の子が過酷な闘いに身を投じている中で、アンタはそれに甘えて安穏と過ごせる程、ヌルい男なのかい?」

「っ……それは……」

「少なくとも。あたしは闘う。そして、多分……巴さんもね。
 で……『魔法少年』。あんたはどうする?」

 問われ、言葉に詰まる。

 俺が……俺が求めて居たのは、ただ、普通の暮らし、普通の生活。
 本当に当たり前に、そこらの家庭にある団欒。
 ただ、それだけだというのに……

「……なあ。キュゥべえと契約して、お前らは魔法少女になった。そして、願いをかなえた。
 じゃあ、俺はさ……知らない内に、魔法少女の女神様と契約した『俺』は、一体全体、『どんな願いをかなえた』んだろうな?」

「颯太……」

「姉さんが死んだ時、キュゥべえと契約しようとして、出来なかった。時間を戻せるなら、見滝原に引っ越した直後に戻りたいとすら、思ってる。でも、俺自身は……既に、女神様とやらと魂を契約済みの俺には、そんな願いを叶える事すら出来ない。

 そのくせ、闘いの義務は負わねばならないって……何なんだろうな?

 それとも、何かな? 俺が『この世に生まれてきた事そのものが』神様との契約で生まれてきたとか? 闘って苦しみながら生きるだけの人生しか送れないなら、生まれないほうがよかったよ。
 ……闘って、闘って、闘って。いつ、終わるんだい、この魔獣との闘いは?」

 と……

「じゃあさ。あんたは……あたしや巴さんと出会った事すらをも、否定するつもりかい?」

「え?」

「あんたが、巴さんやあたしと出会えたのは……究極言っちまえば、あんた自身の力が遠因にあるハズだよ?
 それに、奇跡も魔法も無かったら……巴さんは死んでて。沙紀ちゃんも死んでて。あたしだって、ドーショーモナイ女に成り下がっていたハズさ。
 それとも何かい? あたしらじゃ不満かい?」
「い、いや……その」
「人間と人間の……増して、男女の出会いってのはね、それだけで一つの『奇跡』なのさ。
 そして今の今まで、あんたはそんな奇跡を、知らないとはいえ大量に無駄遣いしてきたんだよ! ……きっと、魔法少女の女神様も、限界だと思ったんじゃないの?
 『こんな馬鹿の面倒、見切れるか』ってさ」
「……………」

 言葉が、無い。

「あのさ、人生なんてドコに行くにしろ闘いの連続で、逃げ場なんてありはしない。
 ……そりゃ、戦略的撤退を否定はしないけどさ。それは『闘い続けるために逃げる』んであって、玉砕よっか辛い道さ。
 あんたが昔、自分自身で言ってた言葉じゃないか?」

「……」

「あたしはさ、不満があって、この見滝原を出る決意をしたんじゃない。
 何かを守るために闘う事の大切さを、あんたや巴さんに教えて貰って……そして、二年後、みんなが生きていりゃあ、もうこの街は大丈夫だ、って思うから『旅に出る』なんて言ったんだ。

 アンタの故郷が東京なように! あたしにとって見滝原が故郷なんだよ! 帰って来る港なんだよ!
 『帰る場所があるからこそ、人間は旅に出れる』んだ。
 杏子やゆまちゃんやひみかちゃん見てれば、分かるだろ!? ……『帰る所が無い人間』ってのは……本当に悲惨なんだよ。
 だから、あの教会っつー『帰れる場所』を作ってくれたあんたに。あたしは……いや、あたしだけじゃない。杏子や、ゆまちゃんや、ひみかちゃんたちも、本当に感謝してんだ。

 そんでね……あたしゃ馬鹿だからさ。
 地図を眺めて心を躍らせるよっか、現地に飛んで、生で人と接して体験して……ついでに、その土地のお酒でも飲めりゃ最高だと思ってね。
 ……そして、あたしゃね……いや、あたしだけじゃなく、巴さんも。
 アンタっつー『正義の美酒』を、もっと飲んでみたい、味わってみたいと思ってるのさ」

 その言葉に、俺は……

「俺は……正義の味方なんかじゃない。ただ、『俺がムカつく悪の敵』ってだけの話さ」
「それを、勘違いしてるよ。『正義』なんて万人それぞれ誰もが抱えてる。
 ……そしてあんたは、誰より『悪』って概念を知って対処出来ている。
 分かるかい?
 あたしは、『誰よりも悪を知り尽くした、アンタの正義に酔ってみたい』。それだけの話なのさ」
「……」
「会った時に言っただろ! あたしにとっちゃ『酒も、正義も、一緒のモンだ』って!!
 あんたは!
 あたしにとって! 巴さんにとって! サイコーに酔わせてくれる『酒』であり『男』なんだ!
 そんな男が……情けない事、言わねぇでくれよ……」

 うつむいて、涙を流すチカに、俺は……

「分かったよ。でも……今はだめだ。

 二人には本当に申し訳ないし、悪いと思ってるが、まだ結論は出せない。
 沙紀の事が片付くまで、俺は見滝原を離れる事は、絶対に出来ないしな。

 巴さんを選ぶにしても、チカを選ぶにしても……まず、先に沙紀の奴が本当に魔法少女として一人でやっていけるのかどうか。
 それを確信出来なければ……俺は、この場所を離れるなんて、出来るワケが無いのさ」

『颯太……』

「あいつは、未熟もいい所だ。俺からすれば、年齢的に近いゆまちゃんのほーが、よっぽどシッカリしているさ」
「ああ、あの子……沙紀ちゃんと仲が良いんだか悪いんだか、分かんない関係だよね。ちゃっかり者同士の同族嫌悪というかシンパシーというか……多分、嫉妬に近いんじゃないかな?
 っていうか、『チカさん取っちゃやだー』とか泣かれたしなぁ……あれで結構ワガママだから困っちゃうよ。
 ……杏子が居なかったら、どうなってた事やら……」
「ああ、お前……ああいうタイプ、叱るの苦手だよな。沙紀なんかお前、めちゃくちゃ甘やかしてただろ?」

 どーも、沙紀の奴が酒飲んで帰って来たのは、せがんだ沙紀の奴が原因らしい……というのは、つい最近、知った話。
 勿論、沙紀の脳天に拳骨を追加しましたとも。

「あ、ま、まあ……ね……っていうかさ。
 同じ後方支援型でも、万能型の沙紀ちゃんと、回復特化型のゆまちゃんじゃ、専門分野が全然違うってのにさ。
 ……ヒーリングの能力じゃ圧倒的にゆまちゃんが上で、それを超えられない沙紀ちゃんと、回復以外に多彩な芸持ってる沙紀ちゃんに嫉妬してるゆまちゃん。
 今じゃ、どっちも欠かせない、後方支援担当なのに、ね」
「……何が言いたい?」
「いや、だからさ。
 『あんたと専門分野が全然違うんだ』って事さ……沙紀ちゃんは沙紀ちゃんで、少しは認めてあげたら、って事。
 ゆまちゃんの回復魔法に、あんたもひとかたならぬ世話になったろ?」
「む……」

 それは……否定できない。
 だが……

「まあ、な。それは認める。
 だが、一つだけ、俺が腹が立つのは、だ……あいつはもう、前線に立とうと思えば立てる能力を持ってるんだ。
 分かるか? 『いざって時に闘えばいい』みたいなグータラこいて、自分にできる事を放棄してたら、その『いざって時に本当に闘えなくなっちまう』。
 それは……御剣家にとっちゃ、恥もいいトコでな」

「あの子は、何というか……能力特化型だから、身体強化に関しちゃ、並み以下だよ。
 回復能力はあっても、ゆまちゃん以上に前に出れるタマじゃない」

「だったら、飛び道具使えばいいだろうが? 暁美ほむらの弓でも、巴さんのマスケットでも、何でも!
 いいか、『やらない』と『出来ない』は違う! ゆまちゃんだって、あのピコハンで魔獣を殴ったりしたろ?
 なのにあいつはオタオタと、誰かの後ろで回復だの支援だの『しか』やって来ない!
 ……いい加減、ちょっとお灸を据えてやらんとイカンと、常々思っててな」

『……………』

「後方支援の重要性は理解している。ひみかや、八千代、ゆま。それに沙紀。
 彼女たちが居なければ、前線型の俺やチカ、杏子の奴が危なかった事だって、何度もあった。
 だがな……巴さんや暁美ほむらみたいな、長距離攻撃型なら、いざ知らず。支援型の魔法少女たち専門に狙う魔獣とかが現れたら、どうする?」

『っ……』

「その時、奴らのポジションに居て、かつ、魔獣に対処できる現実的な攻撃能力を持ってる魔法少女っつーと……沙紀しか居ないんだよ。
 いいか? もう一度言うぞ。『出来ない』と『やらない』は違う!
 増してあいつは……俺を超えてそれを見せてやるって、啖呵切って出て行ったんだ。
 なら、やってもらうだけさ……あいつを。『御剣沙紀を、俺に見せつけてみろ』って……」

 その言葉に……沈黙が落ちる。
 ……やがて。

「……分かりました、颯太さん。
 ただし。
 颯太さんと沙紀ちゃんが決闘するにしても、私とチカさんは、沙紀ちゃんのセコンドに回らせて貰います」

 今まで、沈黙を保っていた巴さんが、決然と言い切った。

「なっ! おい……」

「それだけね、あたしも、巴さんも……抱え込むのが限界なんだよ。『あんたへの恋心』って奴が……さ。
 愛ってのは真心で、恋ってのは下心さ。そして人間は、下心無しに生きて行けるほど、綺麗なモンじゃないんだよ。
 だからさ……眠れない夜を過ごす、どっちかの女の恋心に、アンタは早くトドメを刺さないといけないのさ。
 それがモテる男の義務ってモンだよ、颯太」

 そう言って。
 二人は、御剣家を出て行った。

「だから……モテた憶え、無いんだけどね……俺」



 一週間後。
 御剣家に、キュゥべえが手紙を持ってきた。

『果たし状

 今晩、12時。
 見滝原郊外の廃ボウリング場、ウロブチボウルにて、待つ。 ――御剣沙紀

 追伸:逃げるなよ、ヘタレ馬鹿兄貴。巴さんやチカさんよりも、エロ本抱いて溺死しろ』

 あまつさえ、なんかみょーにデフォルメされた、ボコボコにされる俺を踏みつけてる沙紀のイラストまで書いてあった。

 ……ピキピキピキピキピキ……

「上っ等だ、あの馬鹿!! お尻百叩きだけじゃ済まさん!!
 どこぞの超人直伝の、48の殺人技+ワンと52の関節技で、徹底的に締め上げてやるーっ!!」

 自分でも額にカンシャクスジが浮かんでる事を、自覚出来る程に。
 俺は拳骨握りしめて、我が家のリビングでブチギレて絶叫した。……それが沙紀のトラップで挑発だと知りもせずに。



[27923] 幕間:「作戦会議――御剣家の乱・決戦前夜」
Name: 闇憑◆27c607b4 ID:cb2385d9
Date: 2011/09/30 20:59
「……と、いうわけで、暁美さん、沙紀ちゃん」
「あたしらもセコンドにつく事になりました。よろしくー」

 暁美ほむらの自宅に押し掛けたあたしら二人は、早速、『対御剣颯太』戦に関しての戦略を、練り始めた。
 とは、言うものの……



『……どうしましょうか?』

 三人揃って、頭を悩ませる事、暫し。

 沙紀ちゃんの『必殺技』は、何とか完成した。
 あたしも一度、見せて貰ったが……まあ、確かに。度肝を抜くような破壊力だった。
 何しろ、小さな山が丸々一つ、抉れて『消滅』してしまったのだ。

 とはいえど。

「……とても、単独で、かつ、実戦で使える技じゃないわね……」
「うん。一発ぶっ放す前に、百万回、颯太にブッ殺されてると思う」
「それなのよ……考えてもみれば、願望混成(ウィッシュ・オブ・マッシュアップ)自体が、かなりの大技だもの」

 セコンド役の三人の評価は、おしなべて『ソレ』だった。

「ううううう、しょーがないじゃない、ここ一番用の大技なんだもん。隙が大きいのは仕方ないじゃない!」

 そう。
 現時点では、『タメ』が死ぬほど長い。
 一分? 二分?
 あたしだって、余裕でぶん殴って倒せるくらいだ。

「問題は、颯太の『速度』だよ。
 あいつを捕えられる速度の持ち主っつったら……辛うじて、杏子か?」
「そうね、武器は違うけど、同じスピードタイプの接近戦型だから、参考にはなると思う。
 ただ……『否定』の魔法で強引に切り込む颯太さんと、多彩な魔法で細かく攻めて行く佐倉杏子では、ちょっと違うと思うけど」
「何れにせよ、参考になりやすいといえば、彼女かもしれないわね」



 と、いうわけで。



「はーい、専門家召喚。コメントをどーぞ」
「コメントって……アネさん、確かにアイツとあたしは、同じ接近戦型でスピードタイプかもしれないけど。
 色んな意味で戦い方が全然違うよ」
「と、いうと?」

 杏子の言葉に、あたしは首をかしげる。

「まず、第一に。
 アイツの魔力や魔法は、あくまで『実体があるモノ』を媒介しないと、伝えられないって事さ。
 あたしら魔法少女の場合は、『魔法で武器を生み出してる』のに対して、アイツのはあくまで『現実にある武器に魔力を付与する』事しか出来ない。
 それでいて、沙紀ちゃんやアネさんみたいな、収納能力も無い。
 つまり魔法としちゃあ、物凄く大雑把で不器用で……『原始的』と言えるかもしれないね。
 そういう意味じゃ、最初の頃、鎖でとっ捕まえて殴る蹴るしかしてなかった、アネさんに闘い方が近いよ」
「ああ、まあ……確かに」

 無茶な戦い方してたよなぁ……とは、今だからこそ思える話だったり。
 いや、素手喧嘩(ステゴロ)上等なアタシに、一番しっくり来るスタイルだったし。

「ただし、その『原始的』=『弱い』ってワケじゃないのが、アイツの恐ろしい所さ。言わば『最強のワンパターン』だね。
 『否定の魔法』を軸にして、恐ろしいほどの体術の冴え……魔法少女や魔獣の天敵のよーな存在かもね」
「原始的……ねぇ」

 ふと、思う。

(確かに、何と無く緑マナって感じだよな、颯太……あ、赤も入ってるか? 完全な速攻型だし。
 あとは……基本、善人の部類だと思うから、白、かな?)



『白赤緑緑

 魔法少年、御剣颯太

 伝説のクリーチャー ―― 人間・侍

 先制攻撃、呪禁、速攻、魔法少年・御剣颯太は打ち消されない。 
 あなたのコントロールする全ての魔法少女は、+1/+1修正と共に頑強を得る。

 3/3』



(こーんな感じか? 颯太って)

「何考えてるの、チカさん?」

「あ? あああ、いやいや、何でも無い何でも無い♪
 ……そういやさ、暁美ほむらさん、ちょっと関係無い事かもしれないけど、気になったんだが、いいか?」

「何かしら?」

「颯太とあたしってさ、鹿目まどか……だっけか?
 その子が世界を変えちまう前と後じゃ、随分違うって言ってたけど……改めて聞くけど、その頃の颯太の戦闘スタイルって、どんなだった?」

「昔の私の闘い方に、近いモノがあったわね。
 魔法や魔力が殆ど使えない代わりに、密輸した銃火器をメインに闘っていた。……それどころか、巴マミが指摘するまで、自分に魔力がある事すら知らなかった。
 兗州虎徹に魔力が宿っていると『誤解する事によって』自己暗示を解く形で魔法を行使するか、さもなくば沙紀ちゃんのソウルジェム併用の段階で魔力を使うか。
 元より、彼が使える魔法は『それ』しか出来なかったわ」

「それだよ……あの颯太が、『否定の魔力』を完全封印に近い状態で闘ってたなんて、信じられネェんだよなぁ」

「ええ。その分、今よりも遥かに容赦が無かった。
 沙紀ちゃん以外の魔法少女とキュゥべえ全てを敵に回して、闘い続けていたのだから、当然と言えば当然かもしれないけど。
 魔女を狩る縄張りにトラップまで仕掛けて、警戒心と猜疑心の塊みたいな男だったわ。
 あまつさえ、魔法少女の存在を気配だけで察知してのけて、そして……数多の魔法少女を、暗殺という手段で、次々に手にかけて殺していっていた。
 そんな……遥かに『危険』で『壊れていた』男だったわ」

「まあ、アイツなら……可能ではありそうだよなぁ。想像もつかねぇけど」

「ええ。
 しかも恐ろしいのは、『壊れている』という事が、『非合理な行動を取る』という事では無いという事。
 表面上は陽気でも、本質的に冷静なのよ。冷静なまま『壊れて行く』自分を、物凄く冷めた目で見て居た。
 彼が、感情的なモノを剥きだしにしたのは……沙紀ちゃんと、佐倉杏子、それと……一度だけ、巴マミに関してだったわ」

「……ああ、さもありなん」

 何しろ、杏子の親父に関しては……いや、『杏子そのものが』御剣家の仇なのだ。
 恐らく、杏子があんな祈りをしなければ、御剣家は……あ、でも、沙紀ちゃんは死んでたって事だよなあ?

 そんな中、ふと、脳裏に浮かぶのは……



『黒黒赤緑

 暗殺魔法少年・御剣颯太

 伝説のクリーチャー ―― 人間・暗殺者

 先制攻撃、警戒、速攻、トランプル、瞬速
 (T)対象の魔法少女を破壊する。それは再生出来ない。

 6/1』



(こーんな感じか? 前の世界の颯太を某TCGのカードにすると)

 と、そんな馬鹿な事を考えていたりすると……

「そうだよねぇ……杏子さんが、あんな無茶な祈りをしたお陰で、御剣家が滅茶苦茶になっちゃったんだもんねぇ。
 そりゃあ、幾ら冷静なお兄ちゃんだって、プッツンするよ」

『ぶっ!!』

 沙紀ちゃんの言葉に、あたしと杏子は茶を吹きだした。

「さっ、沙紀ちゃん!?」
「あっ……あっ……」
「暁美さんから教えて貰ったの。今回の特訓を受ける、交換条件に、ね」

 そう言って、ずずずっ、と茶をすする沙紀ちゃん。

「安心して、杏子さん。
 お兄ちゃんに話すつもりも無いし、この事は一生、私は口を閉じたまま過ごすつもり。
 それに、魔法少女の私には杏子さんを怒る資格、無いし。だって、魔法少女にならなければ、私、死んでたんだもん。
 ……ただ、勘違いしないで欲しいのは、『許したわけじゃない』って事、かな?」

「っ……どういう、意味だよ?」

「正直言うなら、杏子さんと、杏子さんのお父さんのやった事、滅茶苦茶だよ。
 そのせいで、お兄ちゃんは、物凄く苦しんで。冴子お姉ちゃんと父さんと母さんは死んじゃった。

 そんなの……人として許せないのは、当たり前なんだよ。

 でもさ……今、杏子さんにも、ゆまちゃんとか、他にも教会で面倒を見ている魔法少女たちとか、居るわけじゃない?
 それを無視して、復讐を理由に今の杏子さんを殺したりしたら、こんどは御剣家のあたしたち兄妹が、ゆまちゃんやひみかちゃんたちに恨まれる。そして、延々とそんなのを繰り返して、終わらなくなっちゃう。
 そんな因果とかさ、やっぱどっかで断ち切らないといけないと思うんだ」

『……………』

「正直ね……昔の、無駄にヤサグレてた杏子さんだったら、あたし、お兄ちゃんに全部の真相を話して、一緒になって殺してたと思う。
 だって、誰も悲しむ人が居ないどころか……盗みはするし、無銭宿泊はするし、お風呂だって服だって、全部窃盗で生計立ててたんでしょ?

 お兄ちゃんが頑張って美味しい料理作ってる時に、杏子さんは他人の料理盗んで食べて。
 お兄ちゃんがお布団の中で父さん母さん殺した悪夢に呻いている時に、杏子さんは他人の家の布団の中でお金も払わずグーグー寝てて。
 お兄ちゃんが必死に金銭管理と税務署の書類を書いている時に、杏子さんは盗んだお金でゲームセンターで遊んでたわけでしょ?

 杏子さんの祈りと全く関係の無いお兄ちゃんが物凄く苦しんでいる中で、杏子さんは魔法少女の奇跡や魔法の力で好き勝手しながら、自分勝手に他人に迷惑かけたおして、のうのうと生きてきたワケじゃない?

 そんなの、いつか天罰が下るに決まってる……例え『人誅だ』って言われても、私が天罰下すよ、そんなの」

「……………」

「ついでに言うけど。『万引き』なんて罪は存在しないんだよ?
 全部『窃盗罪』だし……特にね、小さなお店やスーパーなんかは、万引き一つで致命傷になる事だってあるんだよ?
 子供のイタズラの万引きが激しくて、店長が首吊っちゃった本屋とか……そういった話だって実際にあるの。

 『泥棒を、軽く見ちゃだめだ』……って。私が、4歳くらいの幼稚園の頃かな?
 小さすぎて『お金』って概念そのものを知らなくて、『レジの前を通ればお菓子が貰えるんだ』って思いこんでて。
 そんで、スーパーからお菓子持って来ちゃって……気付いたお兄ちゃんやお父さんと、大慌てて引き返してスーパーの人に平謝り。
 スーパーの人は許してくれたけど、お父さんやお兄ちゃんに、拳骨落とされて物凄く怒られた。
 自分のしたことが『犯罪だ』って知って……大泣きしたの、憶えてるよ。

 だから杏子さん。これだけは絶対に忘れないで?
 『あなたは誰かに生かされているんだ』って……チカさんや、ゆまちゃんや、ひみかちゃんや……大勢の人に生かされてる、って。
 今のあなたは『独りぼっちじゃない』って事。分かって……くれるかな?」

「うっ……うん。分かった。
 分かったよ、沙紀ちゃん……その、すまない」

「ん、ならよろしい。
 でも、絶対に、これはお兄ちゃんには話さないで?
 多分、杏子さんの祈りで、一番酷い目見てるのは、まず間違い無く、お兄ちゃんだから。……何より、父さん母さんを直接手にかけた事を、お兄ちゃん、物凄く後悔して今でも苦しんでるの。
 そんで、『その原因が杏子さんだ』なんて知ったら……もう、私にも、お兄ちゃんがどうなっちゃうかなんて、分かんない。
 うっかりしたら、今度こそ完全に発狂して、人格が壊れちゃうかもしれない。私だって……この話、最初に聞いた時、頭がヘンになりそうだったもん……」

 と……

「あの……皆さん、ちょっとその……私には、話が見えないのですが、説明して頂けませんか?」

『あ』

 隅っこで、おずおずと手を挙げた、巴さんに、沙紀ちゃん含めた全員が、その場で絶句した。




「っ……!! そんな……」

 絶句する巴さん。……まあ、無理も無い。
 あたしだって、この話を最初に聞いた時は、本当に頭を抱えたモノだ。

 だが、あいつは……あいつに、これ以上、必要の無い人殺しをさせるのは、間違っている。
 それに、例えそれが、どんな救いようのない腐れヤクザだとしても……あいつは可能な限り『殺し』は避けているくらいだ。

 ……まあ、『死ぬよりマシ』か『死んだ方がマシ』かは兎も角として、だが。
 世の中、『死ぬ方がマシ』って状況、実際あるし。比喩抜きで『半殺し』とか『生殺し』とか『ヤル』からなぁ。アイツ……

「……颯太さんは……颯太さんには、本当に『闘う理由』なんて、無かったんですね」

「ああ、あいつ個人は、ただ『家族を守りたい』。それだけの男だったんだ。
 だけどさ、よくよく考えたら、沙紀ちゃんは魔法少女にならざるを得なかったワケでさ。
 何れにせよ、あたしら魔法少女と出会って『共に闘う運命には』あったと思う。ただ、出会い方が不幸だった。キッカケが不幸だった。
 ……それだけだよ」

 とはいえど。
 『絶対に口にできるワケが無い』という意味では、この場に居る全員の、共通見解だった。

 と……

「あのー、で、私の『対お兄ちゃん』対策会議でしたよね?」
「あ、ああ。すまない……ちょっと、脱線が過ぎたな」

 とりあえず、話の軌道を修正。

「んとなぁ……まず、思ったんだが……こんなの、使えないか?」

 そう言って、あたしが取りだしたのは……ベレッタM92F。

「えっ……ち、チカさん、これドコで!?」
「ん? こないだノしたヤクザから、巻き上げた。
 要はさ……奇跡や魔法で挑むから、負けるのさ。以前、催涙スプレーやスタンガンで、颯太、ボコボコにしただろ?」

 そう。要諦は単純。
 奇跡や魔法には無敵の颯太でも、現実の物理攻撃が効かないわけではない。
 要は『レベルを上げて物理で殴ればいい』という、アレである。

 ただ、問題は……

「問題は、颯太の奴が、マジで『銃弾叩っ斬れる剣客だ』って事なんだよねぇ……ほんと、オッカシイよなぁ。殆ど生身で、アレだぜ?」

 敵である颯太のレベルが、カンストブッ千切って『チートレベル』だという事だ。
 ……こんなの絶対おかしいよ。

「んと……要はさ、コレ使って足とか撃てば、お兄ちゃんの動きを止められる、って事だよね?」
「まあ、なぁ……あいつは、肉体の再生能力や防御力に関しては、並み以下だ。無敵に見えても、ただ、否定の魔法で、魔獣の攻撃をキャンセルしてるだけだし。
 まあ、その『たった一つの原始的な魔法』が、一番厄介なんだけどさ」

 と……

「その……出来るかもしれません」
『は?』

 沙紀ちゃんの言葉に、あたしは……いや、全員が絶句した。

「あの……沙紀ちゃん? 私でも、颯太さんに狙って当てるの、無理ですよ?
 せいぜい、炸裂弾を放つか、それとも結界系の技で地雷的に撃つかしか……」

 巴さんの言葉に、沙紀ちゃんが一言。

「いえ、その……暁美さんの能力の読み取り(リーディング)してる時に、面白い能力、ゲットしちゃったんです」

 そう言って、沙紀ちゃんの手に現れたのは……何か、丸い盾のようなモノだった。

「ちょっ、沙紀ちゃん……あなた!!」
「えへへ、暁美さんから学ばせて貰いました……私の『能力の読み取り』って、失ったりとか、封印されたりした能力も、読みとれるんですよ? もっとも、例によって、完全再現は不可能ですけど」

 ……なんというか。
 颯太は颯太で、トンデモネェと思ってたけど……沙紀ちゃんも、改めて思うと、トンデモネェよなぁ……

「で、これ……何なんだい? 暁美ほむら。あんたから沙紀ちゃんが読みとった能力って?」
「……時間停止よ」

『ぶっ!!』

 全員が吹き出す。
 ……その、何だ。幾ら魔法少女が、条理を覆す存在だっつったって……こいつらデタラメにも程があるぞ、コンチクショウ!!

「そっか……コレがあれば『最速』の颯太を、叩きのめす事も」

「うん、可能……だと思うんだけど……やっぱ怖いなぁ、って。
 お兄ちゃんの闘い、間近で見てたけど、本当に応用とかとっさの機転とか上手いんだもん。
 その……『戦闘の経験値』っていうのかな? 闘いのセンスもズバ抜けてるし……もしかしたら『時間を止めても、そこから何か』ひっくり返されるかもしれない」

「そうね……私も、最初に御剣颯太と接触した時に、たった二、三回で『時間停止だ』と見抜かれたわ。
 そして、次に会った時には、もう対抗策を提示して来た。
 たまたま、共通の目的がある同盟関係だったからよかったものの……敵対してたら、殺されてたかもしれないわね」

 時間停止の能力を持つ、魔法少女すらをも、敵に回し得る。
 その言葉に、あたしは改めて颯太の奴の凄さを思い知った。

「そっか。
 結局のところ、颯太を相手にする場合は……あいつの能力だとかそういったモノよりも、むしろ、あいつの『思考』に注目すべきなのかもな」
「そうね。魔力が無くても、魔法少女を暗殺という手段で倒せる。そして……ペテンと心理戦の達人だったわ。
 実際に、斜太チカ。
 あなたも含めた、12人以上も徒党を組んだ魔法少女の集団を、巴マミと二人でペテンにかけて、完勝すらしてのけている」

 その言葉に、あたしは納得した。

「あー、納得。アイツ、『喧嘩芸』は物凄く上手いからなぁ……」
「喧嘩芸?」
「んーと、『喧嘩のコツ』っつーかね……『闘いにおける実戦的、心理的なコツ』かな?
 沙紀ちゃんなんか、その典型例だけど……魔獣とか、そーいったの相手にするの、最初の内は、怖くて出来なかった事って、無いか?」

 その言葉に、全員が何処かしら、心当たりがある表情を浮かべる。

「まあ、ルーキーが陥りやすい、典型的な症状だよな」

「うん。杏子、正解。
 でもさ、あたしは全然怖く無かった。颯太の奴も、そーだったと思う。
 何しろ『人間相手に、生身でガチの実戦を重ねて居る』って事はさ……恐ろしく勝負度胸がついてる、って事でもあるのさ。
 増して、あたしら魔法少女は、魔獣と闘うための力を持っているわけで……その、なんつーかな。『本当の殺し合いに至るリアルファイトを知ってる人間』からすれば、魔獣との喧嘩ってのは、まぁ……相手がどうなろうが知ったこっちゃ無い分、『ある意味まだ楽』なのさ。

 本当に怖いのは……『同じ人間相手に、同じ魔法少女相手に、それが出来るか』って問題でな……」

 その言葉に、沙紀ちゃんがビクッ、ってなる。

「分かるかい、沙紀ちゃん? 一つ聞くけど……『あの必殺技』で、颯太を撃つ覚悟は、出来てるかい?」
「えっ……その、私……」

 動揺する沙紀ちゃん。
 そして……それが全てだ。

「はい、アウトだ。あんたは颯太に負ける」

「っ!」

「あいつの恐ろしい所はね、戦闘中に『全く迷いが無い』んだよ。そして、ありとあらゆるモノを使って、『機』を生み出すのが圧倒的に上手い。
 一瞬でも動揺したら、あとはアイツのペースに巻き込まれちまう。……口先だけで、あたし含めた十人以上の魔法少女を翻弄したなんて話は、正にその典型例さ。
 多分、話を聞く限りだと……改変前の世界のあいつにとって『言葉すら武器に過ぎない』ものだったんだろうし、実際、ヤクザ屋さん相手の喧嘩にも、時々使ってるよ。
 そういった、実戦の場で『機』を作り出して、それをモノにして闘い抜くセンスとか技術ってのは……まあ、街の道場なんかじゃ教えてくれないし、出来ない奴には一生出来ない、正に『実戦を闘い抜くための芸』なのさ」

 その言葉に、暁美ほむらが、納得がいった表情を浮かべる。

「なる、ほど……それが、御剣颯太の『強さ』の秘密、って所かしら?」

「まあ、能力的なモンとは別の……精神(メンタル)的な部分の強さは、ソレだろうね。
 そーいう意味じゃ『颯太の強さ』は、あたしや、あんた、あとは……杏子、あんたに近いよ。

 思うんだけど……沙紀ちゃんの強さってのは『理論の強さ』だと思うんだよね。
 どんな魔法少女の能力も使う事が出来るなんて、最強もいい所だ。
 でも、沙紀ちゃんは最強じゃない。厳然と魔力の限界もあるし、コピーした能力は、原則劣化版。
 何より、その『他人を理解できる心の優しさ』が、逆に闘いの場において、致命傷になっちまってる。

 一方の颯太は『実戦の強さ』だ……能力的には原始的もいい所で、出来る事も武器も、物凄く限られてる。だが、その限られた能力を限界まで使いこなして、全く迷いが無い。選択肢が無い事が、さらにそれに拍車をかけてるんだろうね。
 あいつは、自分の振るう一刀に、全く迷いが無い。正に『我はこの一刀に賭ける修羅』ってなモンさ」

 と……

「つまり……能力的には、沙紀ちゃんに勝ち目はある、って事ですね。チカさん?」

 巴さんの言葉に、あたしは首を縦に振る。

「うん、勝ち目はたっぷりある。でも、実際には負けるだろうね……心構えの点で、颯太と沙紀ちゃんじゃ、月とスッポンだよ。
 そして……悪いんだけど、沙紀ちゃん。
 そういった精神的な弱さや強さってのは、そー簡単に覆ったりはしないんだよ。無理にやろうとすると、沙紀ちゃん自身の人格が壊れちゃう。
 ……よく、一般人が喧嘩の時に『キレる』ってのは、『そーなる必要がある』からこそ、なのさ。喧嘩慣れしてくると、あたしや颯太みたいに『キレる必要すら無い』んだよ」

「ううっ……」

 さて。
 この気弱な沙紀ちゃんを、如何にして颯太に勝たせるか……

「つまり……颯太さんが、いつもの颯太さんじゃない。
 こう……颯太さんが、『闘いの場でペースを狂わせる』って事は、無いのかしら?」

 ふと、巴さんの言葉に、あたしは耳を傾ける。

「『颯太を動揺させる方法』ねぇ……あいつは、正味、戦闘マシーンだからなぁ……ん?」

 ふと、思い出す。
 颯太が初めて、ヤクザの事務所に腹マイトでカチコミかけさせられた時、滅茶苦茶怖かった、と……

「あのさ……あたし、昔、空手の道場に、成り行きで道場破りに行った事があるんだけど」
「……チカさん?」
「まあ、聞け。
 野球なんかでもそーだけど、あーいう場所でのアウェー感ってのは、精神的に、色んな意味で半端無かったよ。
 強がって笑ったけどさ……正直、雰囲気に押しつぶされそうだった。
 そんで、喧嘩ってのはさ、究極言っちまえば『自分の押し付け合い』だよ。『自分のやり方を通せたほうが、必ず勝つ』のさ」

 その言葉に、全員が首をかしげる。

「その、アネさん。何が、言いたいんだ?」
「いや、だからさ……颯太の奴を『アウェーに招待してやる』のさ。そんで、動揺を誘うとか……」
「アウェーって……あの御剣颯太の『アウェー』って、ドコだよ?」

 それに、あたしは言葉を詰まらせる。
 ……颯太は、究極の実戦派だ。ドコだろうが、どんな状況だろうが、的確に動揺せずに対処でき……いや、待てよ?

「……あたしさ、颯太のやり方知ってるから、よく分かるんだけど。『クズは裏でシメるに限る』なんだよね。
 基本的に、闘ってる所は他人に見せない。だから、裏路地の路上なんかじゃ無類の強さを発揮するんだけど……逆はどうかな? って」

「逆?」

「『大勢のギャラリーが、見てる前』。
 例えばそう……リングの上とか。そういった場所での戦闘経験は、薄いんじゃないかな、って……あ、いっそ、プロレスにしちまうのも『手』かもな」

「プロレス?」

「こう、結界張ったリングに、二人ともあがってもらってさ。スポットライト浴びてもらって。
 んで、たくさんの魔法少女全員が見てる前で……あ、いっそのこと、颯太に悪役(ヒール)になってもらうか。
 何しろ、女心を分からん朴念仁だし、沙紀ちゃんの事だって究極言えば『親父と娘』の喧嘩だし……『魔法少女の反感買うには』ガッツリなキャラになれると思うんだ」

 何しろ『沙紀を守れる男以外、嫁にやるなど俺は認めんぞ!』である。
 親馬鹿……というより、兄馬鹿にも、程があると思う。

「『たった一人の家族を守る! 体は子供、頭脳は親父! その名は、魔法少年・御剣颯太!』とか。
 んで、入場曲は『ゴッド・ファーザー 愛のテーマ』とか……どうよ?」
「ぶっ……チカさん、それって」
「で、さ。沙紀ちゃん。悪いんだけど、リングインまで颯太を挑発してくれ。
 原則、颯太は『不利な状況では闘わない』人間だからね……ちょっとでも『ヤバい』って思ったら逃げ出しちまう、はぐれメタルみたいな部分もあるし」

 そう。あいつの恐ろしい所は、『逃げる』という選択肢すら、闘いの中で冷静に判断できる所である。
 我武者羅に突っ込みたがる魔法少女を、あたし含めて、それで何度も引き留めていたりするのだ。……魔法少女の損耗率が減る、というのは、ここから来ているのだろう。

「リングは……杏子、あんたと巴さんの二人で結界張って作ってもらおう。
 で、ご近所中の魔法少女に、キュゥべえ通じて『面白いイベントがあるぞー』って伝えておくとかしてさ。
 ギャラリー集めて、沙紀ちゃんの味方の『観客として』騒いで貰うのさ。
 ……こうすれば、『颯太の心理』にだって、多少なり影響は出ると思うんだが……どうだよ?」

 その提案に、巴さんが手をあげる。

「言わんとする所は分かったけど……魔法少女と魔法少年が、遠慮なく闘える場所となると、物凄く限られません?」
「その点も抜かりない。夜中騒いでも誰も来ない場所で、うってつけのポイントがある」

 そう言って、あたしは示す。

「見滝原郊外に、『ウロブチボウル』って、おっ潰れたボウリング場がある。周りは山で囲まれてて、誰も来ない。
 そこを決戦の舞台にすりゃいいのさ」



[27923] 終幕:「御剣家の乱 その5」
Name: 闇憑◆27c607b4 ID:cb2385d9
Date: 2011/10/01 09:05
「どっ、どういう事だよ、こりゃあ!?」

 決闘。
 その覚悟を以って、装備その他を整え、その場に臨んだのは、いい。

 だが……

「わー、来たーっ!!」
「へぇ、あれが……『魔法少年』?」
「悪く無いなぁ、巴さんが惚れたの、分かる気がする」
「良くも悪くも、骨っぽいよねー」
「一昔前のタイプだけど、イケメンではあるよねぇ」

 ……なんだよ、おい?
 教会組の観客くらいは覚悟してたけど、知ってるの知らないの含めて、異常な人数の魔法少女が集まってるのは……一体、どういうこった!?

「沙紀……これはどういうこった!?」
「えへへー、みーんなあたしの、『お友達』だよ!」

 ますます、ワケが分からない。というか……

「おせんにー、キャラメルー、ピーナッツは如何ですかー♪」
「はい、ジュース150円です。まいどー」

 ……その『観客』相手に商売してる、教会組の面子は、なんなんでしょーか!?。

「……沙紀。日を変えるぞ。どーも決闘だとか、そーいった空気じゃない」
「ん? 逃げるの? お兄ちゃん。
 じゃ、私の不戦勝ねー、わーい♪ お兄ちゃんに初勝利ーっ!!」

 喜ぶ沙紀。さらに……

「そうだそうだー」
「逃げるな馬鹿親父ー」
「むしろ逃げちゃえ馬鹿親父ー」

 観客からのブーイング。って……

「やかましゃあああああっ! 大体、家庭の喧嘩だぞ、これ!!」
「だから?
 どっちにしろ、ここに来たって事は、『今日、この場で決着をつける』って、双方合意してるって事だよね?」
「……いや、だから、って……」

 どっちかというと、これ、家庭の恥の問題である。
 それを衆人環視の中で解決する程、俺は恥知らずではない。

 って……

「そうか……沙紀、そういう事か。
 『皆が見てる前だから、無茶はしないだろう』とか……甘い事考えてるんじゃ無いだろぉなぁ?」

 と……

「違うよ。
 今から、お兄ちゃんはコテンパンに負けて、その生き証人に、みんなになってもらうんだから!
 あ、この勝負、キュゥべえ通じて、全世界の魔法少女に中継されてると思ったほうがいいよ?」

 ピキピキピキピキピキ……

「上等切ったな、馬鹿が……!!」

 と……

「ハイハイハイハイ、試合前にヒートアップすんのはそこまで!
 開始のゴングは守ってね」

 沙紀と俺との間に割り込んだのは、チカだった。

「チカ……そうか、この筋書き書いたのは、テメェか!?」

 何だかんだと。
 お互い、前線で剣を振るいながら、ドブさらい等で手の内を知り尽くした同士である。
 そして、こんな筋書きを描ける魔法少女っつったら……コイツ以外、思いつかない。

「提案はした、かな。
 何て言うか……アンタが『今、敵に回してるモノが何か』って事くらいは理解してもらいたいな、って」
「あ!?」

 おかしい。
 俺は今夜、沙紀との決闘に臨んだ。それだけのハズだというのに。

「……ま、せいぜい足掻いてみな、『魔法少年』。
 最強のアンタは、今日、この場に……『あんたにとっての最弱に』負けるのさ」
「ケッ、ぬかせ!
 男はなぁ……増してや『親父』や『兄貴』ってモンは!
 どんな時だろうが、『家族の前では最強じゃなきゃ』勤まンネェんだよ!!」

 そう。
 誰かに俺個人が負けるのはいい。
 だが、自分に負けるのは認めない。家族を守れない自分は認めない。

 それが例え、一人で無理をしてでも立とうとする、沙紀(かぞく)だとしても。
 それを安易に認めてしまえば……結局、不幸になるのは沙紀自身だ。

「……だから、沙紀。お前こそ降参すんなら今の内だぜ!
 俺の兗州虎徹(えもの)は刃引きなんざぁしちゃいねぇ……ここまでやった以上、ガチで叩っ斬られる覚悟だきゃあ、キメておくんだな!」
「上等だよ、馬鹿兄貴!
 ……ゴングが鳴った瞬間、宇宙の彼方まで『消し飛ぶ』覚悟くらいしておいてね……」

 ほほう……能力の相性(ダイヤグラム)的に9:1な割に、いい度胸である。

「OK、沙紀。
 ここまでオメーがお膳立て整えたんだ、乗ってやろうじゃねぇか!」

 十中八九、罠だと悟りながらも。
 俺はあえて、兄として、父として、『小賢しい罠ごと踏み砕く』覚悟を決めて、俺はそれに踏み込んだ。



「……冷静なあんたらしくないね。ここまで露骨な挑発に、あえて乗るなんて」

 臨時に割り当てられた、控室……に、居たのは、佐倉杏子だった。

「なんだ、アンタがココに居るのも、沙紀の作戦の内か?」
「まあね。そーいう事」

 ここまで徹底していれば、むしろ『見え透き過ぎて』笑えてしまう。

「観客利用した『アウェー効果』全開で、精神的動揺を誘う、か……まあ、作戦としちゃあ悪くは無いさ。
 確かに俺は、観客の前で闘うために、見世物として積んだ技や剣なんて持っちゃいない。『体を鍛える趣味はあっても、バトルマニアじゃあない』しな。
 なるほど、こーいう経験は……こういう『実戦』は、生まれて初めてだ」

「その割には、格闘技とか銃器とかに詳しいよね」

「『武器を知る』のは重要さ。
 どんなスペックで、何が出来て、何が可能なのか。
 闘いの場で、下手な幻想は命取りだ。
 妄想と想像は、紙一重だしな。それを分けるのが『知識』と『経験』なのさ」

「じゃあさ。
 アンタはこの場合、『闘う前から負けてる』事に、ならないか?」

「かもな。
 孫子の兵法持ち出すまでも無く、『作戦としては』『この場に現れた段階で俺の負け』だ。

 だがな、世の中は、そして人間は、作戦通りにコトが運ぶワケじゃねぇ。実戦じゃ、何がどー転がるかなんて、分かりゃしない。
 ……沙紀の奴は、その辺の判断力や作戦立案の能力は、悪いモンは持って無いが……まだまだ『実戦』てモンが分かっちゃいない。
 正味、理詰めで思考出来る部分は七割から八割だ。残りの三割とか二割はな……最前線で修羅場を潜んなきゃ、絶っ対ぇ見えて来ねぇんだヨ。
 あんたも実戦派なら、それくらい分かるだろ?」

「まあ、ね……確かに、あの子は色々と凄いよ。『未完の大器』だってのは、あたしも認めるさ」

「ああ。
 だからこそ、俺っつー保護者無しに、闘いの場に出すのは、まだ十年早い。
 世間ってのは……世界はトコトン不条理で理不尽だ。
 そんでな、親ってのはそれから守るために、その『理不尽』で『不条理』な存在で無けりゃならないのさ。

 子供にとって、一番の『世間』ってのは、『世界』ってのは、やっぱ『親』なんだよ。
 だからこそ、時として『不条理と理不尽を教える事』もまた、愛情の内なのさ……」

「っ……あんたは……」

「元から憎まれるのは覚悟の上さ。
 俺は……元々、不器用だからヨ。こーいう愛情くらいしか、示してやる事が出来ねぇんだ。
 これで俺を超えて行けばよし。超えられなければ『ソレマデ』って事だ」

 その言葉に、佐倉杏子は黙り込む。

「そっか……『それもまた、優しさの内』って事かい?」
「まあ、俺は……男だからな。
 沙紀みたいに、他人の……まして女の心の襞を読み取って、誰かに優しく接してやるなんて、到底出来っこ無ぇのさ」

 何だかんだと。
 結局、俺が……俺みたいな不器用な朴念仁に出来るのは、示せるのは……それくらいである。

「……馬鹿だね、アンタ。伝わらない優しさに、何の意味が在るんだい?」
「知るかよ。それ以外に、出来ねぇモンは出来ねぇんだ……
 第一、『理屈や言葉じゃ伝えられないモン』を、『無理矢理伝えよう』っつーんだ。
 だったら、態度で、行動で、『示す』以外無ぇだろーが」

「っ……ほんと、馬鹿だね、アンタ。
 そんだけ頭いいのに、何で……」

「だから言ってるだろ?
 愛情だ何だってのは、理屈じゃ無い。それは元々『不条理』で『理不尽』なモノなのさ。……だからな……それが『全部正しく伝わる』なんて事を期待する方が、そもそも基本的に間違ってるんだヨ。
 仮に、親の愛や言葉を、全く疑いも無く『鵜呑みにしか出来ないイイ子ちゃん』な子供が居たとしたら……そいつは文字通り、『親のデッドコピー』にしかならないし、最終的に親よりも『不幸』になっちまうしか無いんだよ」

「っ……!」

「親ってのは、師匠ってのは、世間ってのは……『他人の言葉ってのは、まず疑って自分で考えて、噛み砕いて飲み下してナンボ』だ。
 テレビ見てるみたいに、鵜呑みにして聞き流してズルズル行ったら、最終的には魂をフォアグラにして取られる、文字通り『カモ』にしかならねぇ。
 そーやって疑って疑って、最終的に残った『自分が信じられるモン』を、自分の中に、自分なりにカスタマイズして組み上げて行って、初めて人間ってのは、世間を渡って行く『自分』が出来るよーになるのさ。

 ……と言ってもまぁ……俺みたいに無垢なヒナ鳥の段階で、ヒデェ目見て生き残っちまった人間ってのは、やっぱどっか捻くれちまうから、やり過ぎても、あんまイイ事じゃねぇんだけどな」

 笑う。

「沙紀の奴が、どんな効果期待したんだか知らんが……逆効果だぜ。
 あんがとよ、佐倉杏子。
 これで安心して、あの馬鹿をぶちのめす事が出来る、ってもんさ。
 ……それにな、この闘いに『備えをして来た』のは、沙紀だけじゃないんだぜ?」

 そう言って、俺は……腰の紐に通して提げた、五円玉の束を見せる。その数、おおよそ、30枚弱。

「……なんだそりゃ? 五円玉?」
「『指弾』とか『羅漢銭』……って、聞いた事、ネェか?」

 そう言って、俺は、先端を団子にして括った紐から、二枚、五円玉を手の中に送り込む。

「つまりは、こういう事さ」

 そう言って、五円玉を一枚、指ではじく。
 ガンッ!! と……転がっていたジュースの缶に、穴が開いた。

「単純な威力なら、凡そ、九パラの拳銃くらいの威力と射程かな……遠距離戦用に、飛び道具の一つくらいは用意してきた、って事さ。
 コイツを軸に、『否定の魔力』を使って、色々、小技の練習だって、してきたんだぜ?」

 不敵に笑いながら、俺は五円玉を吊った『弾倉』を、腰に戻す。

「人間、どんな『手札』を握って、オフクロの腹から生まれ落ちるかなんざぁ、運次第だ。
 そして、魔法少年として……魔法少女たる御剣沙紀の『親代わり』として、俺に持ち合せて示せる『魔法』の手札は、生憎と『否定』っつー、こんな単純(シンプル)で原始的なモンしか無くってヨ。
 ……だから、『そいつを使って何が出来るか』……考え抜いて生き延びてきた。それが『魔法少年』としての、俺の全てだ。
 だからな……」

 そう言って、俺は壁に貼ってあるポスターに向かって、もう一枚、五円玉を叩きこむ。
 破れたポスターの裏側に、小細工じみた魔法陣……恐らくは、監視か何かの魔法だろう。

「分かっただろ? 小細工は無駄だぜ……沙紀。お前を『罠ごと徹底的に、叩きのめす!!』」

 もう一か所のポスターに向かって、俺は不敵に笑った。

「アンタは……沙紀ちゃんにとっては本当に『オッカナイ親父』だね。
 それを不幸と見るか、幸せと見るか……女のあたしにゃ、少し理解に苦しむなぁ」
「だから、それ以外に『愛の示し方』を知らないダケだっつの……不器用なダケさ」

 そう言って、俺は立ち上がる。
 そろそろ時間だ。

「そうやって『家族の為に最強』を張り倒す。……そんな滅茶苦茶な生き方、どんだけアンタ、続けるつもりだい?」

 佐倉杏子から俺への問いに、決然と返す。

「『無論、死ぬまで』って奴さ。佐倉杏子。
 少なくとも、俺の師匠は、お前の『師匠』と違って、こと『剣に関しては、死ぬまで最強だった』からな。
 『それだけは、あの人を信じられる』。
 だったら俺も……そう征(ゆ)くまでだ!」

 そう言って、物理攻撃対策にゲプラー繊維や鎖帷子を仕込んだ、黒いトレンチコートを改めて羽織りなおすと、スタングレネード等『物理的フラッシュ』対策のために、黒いグラサンをつける。コートの襟は大き目に作ってあり、催涙ガスを防ぐ事も出来る。
 無論、防刃、防弾スリーブをズボンその他、各所に装備。……爆弾でも至近距離で爆発しない限りは、多分、大丈夫だ。

 ちなみに、総重量20キロなり。
 ……少し動きは鈍くなるが……ま、問題は無いレベルだ。

「あ……あんた、その格好さ! ……ちょっと待ってくんねぇか?」
「あ?」

 と。
 佐倉杏子の奴が、部屋を出ると、何か黒いカウボーイハットを持って帰って来た。

「そこの景品コーナーのガラクタの山にあったのを思い出したんだ。なんとなく思ったんだけど……似合うと思うぜ?」
「言わんとする所は、大体読めたけどヨ……コスプレの心算は無かったんだがね」

 苦い笑顔が浮かぶ。

「ま、いいさ……ここまで沙紀とチカが舞台整えたんだ。ンで、プロレスなら『演出』も必要だしな。
 ああ、そうそう……このキャラの登場の台詞回し、なんだったっけ、確か……」

 ゲームのキャラの台詞を思い出しながら、頭を巡らせること、暫し。

「えーっと……『どうなっても知らんぞ!!』だっけ……か?」
「『瞬きする暇は無いぜ』、だよ」
「だっけ……か?
 スマネェな。四年もゲーセンにご無沙汰だと、好きなキャラの台詞回しも、忘れちまっててな。
 そうだな……この勝負っつー馬鹿騒ぎが終わったら。
 沙紀と、チカと、巴さんと……ついでにお前さんも、見知った連中連れて、ゲーセンやカラオケにでも行くか」

 ……などと、完全に舐め倒した事を考えながら……俺は控室を後にした。

 そう……ある意味俺は……この状況を、色々な意味で完全に『舐めていた』としか言いようが無かった事を、後に思い知る羽目になる。



 潰れたボウリング場のホール。
 その両端の出入り口に、青い塗装と赤い塗装が塗られ、リングサイドの代わりになっている。

 なお、戦場は、この廃ボウリング場全て。
 勝負は時間無制限一本勝負で、ギブアップか、結界を超えての逃亡。
 そこに無数に配置された、キュゥべえの奴が今回、カメラ役らしい。
 ボウリング場の外からは、無数の魔法少女たちの息を飲む様子が、手に取るように伝わって来る。

 ……全世界生中継での、兄妹喧嘩か……まったく、派手な事やりゃあがる……

『さあ、兄妹全員が奇跡と魔法の関係者という、御剣家において、因縁の一戦!

 愛ゆえに! 兄は妹の壁となり!
 愛ゆえに! 妹は兄を超えんとする!
 正に、名勝負の火ぶたが切って落とされようとしています!

 あ、申し遅れました。
 実況は私、斜太チカ。解説は、キュゥべえと、暁美ほむら。
 特設結界リングの提供は、佐倉杏子、巴マミの両名による、オクタゴンリング方式で、お送りします』

 なんか、イイ調子で、外の実況席でノリノリに観客まくしたててるチカの声が聞こえる。……お前はどこぞの古舘さんか?
 ……まあいい。そういう演出ならば、乗ってやろうじゃないか。

 やがて、流れて来るBGM……って、これは……

『青ーコーナー! 挑戦者サイドー!! 御剣ぃぃぃぃぃ沙紀ぃぃぃぃぃ!!』

 スポットライト代わりに使われた、照明の魔法の中。
 某、型月曰く、『公式処刑用BGM』とまで言われた……まあ、例の赤コートの弓兵のBGM鳴らしながら、ホール……もとい、『リング』に入って来る沙紀。

 ……まんま過ぎるぞ、おい。

 あまつさえ、魔法少女姿ではなく、赤コートなんぞ着て両手に例の夫婦剣(もちろんオモチャ)を手にして、ノリッノリでコスプレしてるアタリなんぞ、もーアレ過ぎである。 
 ……そいえば『アチャ子』ってなんかであったよーな……っていうか、お前、剣術以前に、接近戦の心得と才能、絶無だってのになぁ……ぶっちゃけ常人以下だし。

「少しは捻れよ……馬鹿……」

 ついでに言うなら、そのBGM。
 『理屈の通じないバーサーカー』相手には敗北フラグでもあるんだけどな。
 そして、俺は……今回、『この闘いに限って言うならば、理屈で闘っているワケでは無い』のだ。
 でなければ、こんな茶番に付き合う、義理も理由も無いのである。

『赤ーコーナー! チャンピオンサイドー!! 御剣ぃぃぃぃぃ颯太ぁぁぁぁぁ!!』

 で、俺に用意されていた入場曲は……何か、激しくメタルアレンジされた『ゴッド・ファーザー』のテーマだったり。
 ……流石に、ギル○ィ・ギアのサントラの用意なんかはしてねぇか。

「よう、沙紀……処刑用BGMで入場たぁ、随分ゴキゲンな演出じゃねぇか。『テメェが死ぬ覚悟はできてる』って事でいいな?」
「ふん! だ。お兄ちゃんこそ、13回くらい射殺される覚悟はあるんでしょうね!」

 手加減抜きの殺気を叩きつけて、視殺戦を繰り広げながら……俺は、内心、嬉しくなってきた。
 あの沙紀が……俺の目をまともに見て、立ち向かおうとしている、その姿に。

 だが……まだ、その目で俺を睨むのは。
 お前には、実力的に十年早い!

「ぬかせ……お前が何か、コピーした能力一発ぶっ放す間に、俺は10回は抜刀出来るぜ」
「ふん。せいぜい、届きもしない剣を振りまわしてなさい、この原始人!
 私が……奇跡と魔法の『究極』を見せてやる!」
「そうかい、俺は原始人か?
 じゃあ、俺は……奇跡と魔法の『原点』を見せてやるよ!」

 こと、『能力の種類』に関しては、文字通り『無制限』のセンスを持つ沙紀。
 それに対抗する俺は、『無尽蔵』の魔力を持つものの、出来る事は……ただ『否定』のみ。

『やってみんかいゴラァ!!』

 そして……開始の合図のゴングが……鳴った。



「っ!」

 半身になって、何か……右腕で『盾』のようなモノを展開する沙紀。
 だが……

「遅いっ!!」

 一瞬で間合いを詰め、その『右腕の盾』が何か機能を発動する前に、切断し……

『っ!?』

 驚愕に顔が歪んだのは、双方ともだった。

 沙紀の姿が一瞬でかき消え、俺の左足と右足に、鈍痛が走る。
 一方、大きく距離を取った沙紀は……自分の撃った銃弾が効いてない事に、完全に絶句していた。

(テレポート……? にしちゃあ、妙だな)
「嘘っ、防弾装備!? 聞いてない、そんなの!」

 半身で隠した、もう一枚の『左手の盾』と、いつの間にか右手に手した拳銃……ベレッタM92Fを手に、絶句する沙紀。
 遅ぇよっ!!
 間髪入れずに、俺は沙紀の拳銃を、腰の五円玉を三枚ばかり右手で掴み取って『狙撃』!

「っ!」

 だが……

「……どういう、事だよ?」

 思わず、口にして呟いてしまう。
 確実に五円玉で弾いたハズの拳銃を、沙紀が瞬間移動して引っ掴む。
 のは……いいのだが。

 何かが、違う。

 これは……『テレポートなんぞでは、断じて無い』。
 そもそも……

(沙紀は何時、発砲した?)

 『最速』の俺の目を、スピードで誤魔化す事は出来ない。
 『幻想殺し』の目を持つ俺を、催眠術や幻惑で惑わせる事は出来ない。
 なら、沙紀のやっている魔法は……何だ?

「沙紀……その能力、『誰から借りた?』」
「っ……へーんだ! 私に勝ったら教えてあげる!!」

 再び、沙紀の姿が消え……

「ぐっ!!」

 今度は右足に集中的に、ベレッタの弾が弾着。
 全身を『否定』の魔力で覆っている状態なため、魔法的な攻撃は、ほぼキャンセル出来るものの。
 流石に、銃弾の類は、物理的な装備で防ぐ以外無い。

(……危なかったぜ。防弾装備を仕込んで来なければ、一瞬で機動力殺されてた)

 内心、冷や汗が出る。
 ……いや。

「どうした? セコい場所しか狙えないのか?」
「言ったでしょ!
 お兄ちゃんに『夢と希望』を、無理矢理でも見せつけてやるんだ、って!
 ……『殺すダケ』なら、何時だって出来るんだから!」
「それはお互い様だぜ……初太刀でソウルジェム叩っ斬られなかっただけ、ありがたく思え!!」

 そう言うと、俺は沙紀の『盾』と銃、両方目がけて、五円玉を弾く。

「っ!?」

 その弾を、左手の盾で受けて……『受けてしまった』、沙紀が絶句した。

「甘いぜ……」 

 否定の魔力を込めた五円玉が盾に食いこみ……盾が『消滅』。
 俺なりに考案した、遠距離型の『能力封じ』、『魔力封じ』だ。
 が……

「ほぅ?」

 普通は十秒かそこら程度、特殊能力が使えなくなるハズなのだが……沙紀の奴は、あっというまにもう一つ、右手に『盾』を再構築してのける。

「『万能』舐めるな、馬鹿兄貴!」
「上等!」

 そこからは、イタチゴッコの様相を呈してくる。
 五円玉の一撃で、『盾』を消去しながら間合いを詰めようとする俺。
 その盾を再構築して『謎の能力』で回避しながらも、俺の『足』を殺そうと銃弾を撃ち込んでくる沙紀。

(まただ……感覚総動員しても、『コマ落とし』としか認識出来ネェ……)

 沙紀そのものの動きは、以前と変わらず、決して早くは無い。むしろ遅い。
 だが……盾が動いた瞬間、姿がかき消え、足に銃弾が叩きこまれている。

 というか……

(ヤバいな……そろそろ、鎖帷子仕込んだ防弾スリーブとはいえ、妖しくなってきたぞ)

 なんぼ通常型の9パラ弾とはいえど。
 何発もの集中射撃を受けた、足の部分の防弾装備が、だんだんと心許なくなってきた。
 って……

(『コマ落とし』……って……まさか、沙紀の奴!)

 沙紀の走る速度。それと、現れた位置関係。そこから割り出されるのは……

「時間停止かぁっ! 誰だか知らねぇが、トンデモネェ力を借りやがったな!」
「っ!」
「だが、『能力の相性的に全然』なんだろ!?
 一介の発動で止められるのは、一秒か、せいぜい二秒か?
 能力の発動時間と、同じくらいの隙があるんじゃねぇのか!?」

 でなければ、俺は一瞬で倒されているハズだ。

「くっ! このっ!! ……えっ?」

 更に。
 ガギッ……と。沙紀のベレッタが、妙な異音を立てる。

「う、嘘、ちょっと……」
「弾詰まり(ジャミング)だよ……オート系の拳銃じゃ、よくある事故さ。
 お前、考えなしにぶっ放しまくってただろ?
 弾も外れ初めてる所見ると、銃身もオーバーヒート起こしてるか何かしてユガんでんだよ。下手すりゃ暴発さ。
 ……粗悪品、掴んだな」
「っ……!!」

 絶句する沙紀。
 鉄砲を使って時間停止から叩きこめば、何とでもなるとでも思ったのだろう。

 甘いぜ。
 『武器』ってのは、メンテナンスを完璧にして、初めて十全に機能すんのさ。
 誰がセコンドに就いてのアドバイスかは、大よそ予想がつくが……武器の管理その他を甘く見過ぎだぜ。
 増してや……ズボラな沙紀に、そんな細かい事が、こなせるもんかね?

「さて、手品のトリックは? 次は何だ、沙紀?」
「くっ……! このぉっ!」

 次の瞬間……沙紀の立っていた空間に、爆弾のようなモノが置かれ……

「チッ……! 手製の閃光手榴弾(スタン・グレネード)かよ」

 誤解して、とっさに回避したモノの。
 その隙に、時間停止の能力を使って、とっとと沙紀はホールから撤退してしまった。

「建物全部を使った、潜伏戦かい……だが沙紀よ、俺から目を離したのは、とんだミステイクって奴さ。
 『俺に大技使う隙を、与えちまったんだから』な……」

 そう言うと、俺は目を閉じて集中し、瞑想する。



「土は土に(earth to earth)
 灰は灰に(ashes to ashes)
 塵は塵に( dust to dust)

 心に静寂を(serene heart)
 地に平穏を(tranquil domain)

 自然に帰れ(back to Nature)
 基本に帰れ(back to basics)

 現実は、在るがままに!!(Reality is realized!!)」



 ガンッ! と……鉄拳を建物の中心部。足元の地面に打ち込む。

 俺の大技、『現実肯定、幻想否定の結界(Reality is realized)』。
 ……味方も敵も巻き込むので、普段使っていないが……まあ、こんな状況では有効である。
 それで『リングとなる、廃ボウリング場の中全てを』覆った。

 しかも、かなり強度を上げてある。
 『並みの魔法少女だったら』、ソウルジェムと肉体のリンクが、途切れてしまうくらいに。
 そして、並みで無かったとしても、魔力の行使どころか変身すら不可能だろう。

 ……これで、終わりだ。

「沙紀。だから言っただろ? 『十年、早い』と。
 さて……生きてれば、いいんだがな」

 と……

「生きてるよ、お兄ちゃん」

 そこには、魔法少女の姿から、例の弓兵のコスプレ衣装に戻った沙紀の姿が在った。
 ……チカの『気配消去』か。なる、ほど?

「ほう? で……今度はバズーカでも持ち出すのか?」
「そんなモンじゃないよ……これを……待ってたんだよ」

「あ?」

「私は……『最弱の魔法少女』だよ。
 独りでは何も出来ない、独りでは何処にも行けない。
 お兄ちゃんが居て、冴子お姉ちゃんが居て、マミお姉ちゃんが居て……そんで、佐倉杏子が居て。『みんなが居るから、私はこの場に立てた』。
 みんなが居るから、『最強のお兄ちゃんに立ち向かえた』。

 お兄ちゃん、言ってたよね?
 『神様とか英雄ってのは、所詮、自分に都合のいいアカの他人の事だ』って。
 ……だから、『私の味方になってくれる、神様や英雄』を、今日この場に、いっぱい集まってもらったんだ……」

「だから、何だ?
 どんな神に祈ろうが『手前ェの現実に立つのは、手前ェ独り』だ!
 この状況を、理解出来ない程、馬鹿に育て上げた憶えは無ぇぞ、沙紀!
 ……降伏しろ!」

「違うよ!
 神様や英雄は……夢や希望は、人の数だけ、他人の数だけ『奇跡として存在している!』
 それを……『お兄ちゃん自身だって、誰かにとっての夢や希望だ』って証明してやるために、私はこの場に立ったんだ!」

 そう言って、沙紀の奴は……

「なっ!?」

 普段の……どう特徴を捕えてもいいのか分からない。文字通り『魔法少女』としか言いようのない、平凡な姿とは違う。
 白くドレスアップされ、頭には赤いリボン。そして、手には『魔法の弓』を持つ魔法少女に変身した、沙紀の姿。
 それは……あの時、冴子姉さんを看取った。
 そして、闘いの中、数多の魔法少女の死に際に現れた……。

「鹿目まどか……そうか、お前は『そんな力まで借りやがった』のかぁ!!」
「事業を起こすために借金する時は、借入限度額まで借りるのは、商売の基本だって……教えてくれたのはお兄ちゃんだよ!!」
「そうかい! 友達が一杯で、お兄ちゃんとしては安心だぜ、沙紀!」

 俺の『否定』の魔法は、あくまで力技だ。
 だからこそ、それより『上位の存在の力までは縛る事は出来ない』。

 正味……盲点だったとしか、言いようが無い。
 だが、それを模倣して、行使しているのは、あくまで沙紀自身。……さて、俺の『否定』は、どこまで通じるか!?

「くらえっ!」

 この結界の中では、俺自身も『否定』以外の奇跡や魔法の類……例えば『最速』の幻想は一切使えない。
 だが……沙紀の奴は、『鹿目まどかの力を借りる事で』それを行使出来ている。
 かといって、この結界を解除しては……全願望の図書館(オールウィッシュ・オブ・ライブラリー)で、やりたい放題になった沙紀の手によって、もっと不利になるのは目に見えている!

「くっ……! このっ!」

 兗州虎徹で、飛来した矢を切断。……派手な火花を散らして、斬った手ごたえを感じる事に、絶句。
 俺の『否定の魔法』は、触れた瞬間に対象の魔法が『消滅』する。
 それを手ごたえがある……つまり、『物理的に反動を感じる』という段階で、相当に『相性が悪い』のだ。

 ……そういえば、暁美ほむらに撃たれた時も、大けがをする羽目になったな。迂闊だったぜ!

(これは……下手に何発も斬り払ったら、兗州虎徹(こいつ)と言えど、折れちまうな)

 事、ここに至っては手加減は出来ない……沙紀。悪いが、大けがを覚悟してもらおう。

「うおおおおおおおおおおおおおっ!!」
「このおおおおおおおおおおおおっ!!」

 乱れ撃ちでぶっ放される矢を、奇跡も魔法も関係無く、ただ鍛え上げた己の技と肉体のみで、回避し、時に斬り伏せ、時に五円玉の羅漢銭で相殺し、沙紀との距離を削って行く。
 だが……

「っ!!」
 
 先程の足もとへの集中射撃は、特製の防弾防刃スリーブの上からでも、相当のダメージを俺の足に与えていっていた。あまつさえ……一発だけ、微妙に肉に食いこんで離れない弾がひとつ。さらに、装備の重さがそれに加わる。

 だからこそ、俺は大技で勝負に出たのだが……ここに来て、裏目と出たか!

 微妙にイメージについていかない『足』にもどかしさを感じ……それが焦りへと変わる。
 くそっ! 落ち着け、冷静になれ……迷うな。この程度の危機は、何度もあった!

 そして……幾合もの剣閃が、矢を斬り払って火花を散らしながら……

『もらったぁっ!!』

 叫んだのは同時で……驚愕したのは、俺の方。
 沙紀の奴……恐ろしい事に至近距離で、『俺の右足目がけて、弓をぶっ放した』のだ。

「っ!?」

 体勢を崩した斬撃は沙紀を掠めるだけに留まり……俺は、その場に、膝を突いた。
 ……なんの……まだだ。
 まだ、五円玉のストックは二発残ってるし、兗州虎徹を投げてもいい。

「やっと止まった……『最速を止めた』よ、お兄ちゃん」

「抜かせ! ……まだ武器はある!」

 否定の魔力を込めた羅漢銭を、沙紀の弓が撃ち払う。さらに、もう一発、払われ……そして、距離を取られる。
 ……くそっ……
 もうこの距離だと、兗州虎徹を投げても、当たらないだろう。

 と……

「お兄ちゃん。『御剣沙紀を見せつけてみろ』って……お兄ちゃん、言ってたよね?
 だから、見せてあげる。これが……『ここからが、私のオリジナル!』『私の本当の力だ』ぁあああああっ!!」

 弓を握った左手を上に、右手を下に。
 空手で言う、天地上下の構えを取りながら……沙紀の右手に、刀が生まれる。
 あれは……俺の、兗州虎徹!?

「願望混成(ウィッシュ・オブ・マッシュアップ)……審判(ジャッジメント)!!」
「なっ!!」

 一瞬。
 沙紀の背中から、白と黒。二色一対の翼が伸びて、力強く羽ばたく。その圧力に、俺は立ち上がる事すら、出来ない。
 
 ……そうか! 沙紀の奴……『結界を展開した、俺の力を利用して』いるのか!?
 そのキッカケは……恐らく、魔法少女の女神、鹿目まどかの力!

 全く、この期に及んで……裏目に出るにも程があるぞ、チクショウ!

「言ったでしょう!
 私一人じゃ、何も出来ない! 私一人じゃ生きて行く事すら出来ない!
 だから『お兄ちゃんも含めた、みんなの力を借りる事しか、私には出来ない!!』
 みんな大切で……お兄ちゃんだって、大好きなんだから!!」

 ゆっくりと、大極図を描くように、弓と刃を持つ沙紀の両手が周り、そのまま、射法八節を描く。
 弓と刃が一体となって解けて交わり、一本のエネルギーの塊のような『光の矢』へと変化する。

「うっ……おっ……おおあああああああ!」

 悪足掻きと悟りながらも。
 俺は、兗州虎徹を盾に構え、全力で否定の魔力を使い、防御に回る。
 が……

「だから……だから……いい加減、悪夢(ゆめ)から目を覚ませ、馬鹿兄貴ーっ!!!!!」

 『そんなものは関係ない』とばかりに。
 問答無用の光の矢が、俺を飲みこんでいった。




 あの日。
 大雨が降っていた、あの日。

 俺は……父さんと母さんと、話をしていたんだ。

『ああいう風に間違ってしまったら、もう家族が根気よく、言葉で説き伏せる以外に無いぞ』。

 一応、曲がりなりにも師匠だった人の言葉の勧めに従って、俺は……色んなインチキ宗教から抜けだした人たちの意見や言葉を聞き、さらに自分なりに神父様の言葉を解釈して、徹底的に頑張ったんだ。

『切支丹はどーだか知らんが、仏門には『法戦』と言うてな……まあ、ディベートっちゅーか、朝まで生テレビっちゅーか。
 そんなノリの結構激しい、言葉のぶつけあいとぶつかりあいがあるんじゃよ。
 お前の家、一応、仏教徒じゃろ? なら一丁、試練だと思って、頑張ってみ?』

 酒飲んでクダ巻きながら、例によってベベレケ師匠のドーでも良さげな、虚実ないまぜの与太話の寝言をアテにして。
 父さんと母さんの、『俺なりに間違ってる』と思った事を、毎日のように、淡々と説いていったんだ。

『やめようよ』
『まだやり直せるよ』
『一緒に行こうよ』
『家族なんだから、さ』

 俺の言葉に、沙紀や姉さんは、納得してくれた。
 けど……父さんと母さんは……最後には、俺の言葉すら、聞いてくれなくなっていた。

 それでも、俺は……頑張って。
 『家族なんだから、いつか言葉は届く』と信じて。
 必死に説得を続けた。

 やがて、例の神父様が発狂して……父さんと母さんが、途方に暮れて。
 それをチャンスだと思って、今度こそ力を入れて、必死に説得したんだ。

『騙されたんだよ』
『しょうがないよ』
『間違ったなら間違ったで、やり直せばいいじゃないか』

 でも……後で知ったんだけど、その時にもう、ウチは返すに返せない借金を、していたんだ。

 親戚の人たちも、もう我が家を相手にしなくなっていた。
 そして……父さんと母さんは。
 最後には『何も信じられなくなっちゃった』んだ。

 そして、それを知って。
 あの日、俺も……ついに、膝を折った。
 父さんが、泣きながら……俺の首に手をかけて来るのを『もー、しょうがないか』と。黙って受け入れようとしていた。
 そして、意識が白くなって……その時に、声が……したんだ。

 『助けて』。

 沙紀だったか。姉さんだったか。……多分、沙紀だったんじゃないかな?
 その声に、言葉に……俺は改めて、怖くなった。

 『死にたくない』

 そして、初めて。
 馬鹿な父さんと母さんに……『家族に、怒った』んだ。

 『なんで俺たちが、死ななきゃいけないんだ?』

 もう、付き合いきれない。
 『これは家族なんかじゃない! 別の『何か』だ』って。

 そして、『敵』として認識してからは、行動が早かった。
 父さんと母さんを突き飛ばし、沙紀と姉さんを二階に避難させ。
 そして、ゾンビのようにすがってくる、父さんと母さんの脳天に、木刀を叩きこみ……俺は、階段から蹴り落としたんだ。

 自分の頭で考える事を放棄して、『誰か』に盲従するしかない……『あれは最早、両親の姿をした、ゾンビ同然なんだ』と。



 なーんだ。
 あの日、俺は……ちゃーんと『俺が信じられる家族を、選んではいた』んじゃないか。



 『たった一つ……大切な家族(もの)を守り通せれば、それでいい』

 ……まあ、つまり。

 俺は、『言葉の闘いで佐倉神父に負けて』、父さんと母さんを失い。
 魔獣に負けて、冴子姉さんを失った。

 つまりは……『それだけ』だったのだ。

 負ければ、死ぬ。
 弱肉強食は、世界の当たり前の法則だ。
 そんな世界の法則から、子供の盾になるのは、やはり……保護者であり、大人の仕事だ。
 その盾が無ければ、弱い子供は、死ぬしかない。

 そして……だからこそ。

「強くなったな……沙紀」

 嗚呼。
 これだけ友達が居て、みんなと笑いながら過ごせるなら。
 もう俺が居なくても、あいつは一人で生きて行ける。魔法少女として……最後まで、ずっと。

 そして。
 走馬灯のように駆け巡る、俺の意識は。
 それでも何とか、ギリギリ『役目を果たした事に』満足しながら。

 今度こそ、完全に、ブラックアウトした。



[27923] 終幕:「御剣家の乱 その6」
Name: 闇憑◆27c607b4 ID:cb2385d9
Date: 2011/10/21 09:25
「……暁美ほむらか」

 夕暮れ時の、河川敷の土手に腰かけながら。
 俺は、背後に現れた人物に、声をかけた。

「沙紀を鍛え上げたの、お前らなんだってな?
 あと、時間停止とか、鹿目まどかの力とか、教えたのも……」
「ええ、そうよ」
「そっか……」

 後々になって話を聞くと。

 暁美ほむらに、能力を教わりながら、色々と銃器の扱い方を、付け焼刃ながら教わりつつ。
 チカや巴さんは、一緒になって事情説明等を魔法少女たちにして、一緒になって頭を下げて舞台を色々と整えてもらい。
 あまつさえ、佐倉杏子には、スピードタイプの俺を仮想敵にした、模擬戦闘(アグレッサー)の訓練まで、積ませてもらったらしい。

 俺を倒すため『だけ』に、どんだけの数の魔法少女巻き込んだんだよ、沙紀の馬鹿。
 ……あまつさえ、魔法少女の女神様まで、引っ張り出しやがって。

「お陰で、全世界に、生き恥さらす事になっちまった……どーしてくれるんだ、コンチクショウめ」

 控室のやり取りまで、観客に生中継だったのは……まあ、まだ許せるのだが。

 あの後……物凄い閃光と共に、ウロブチボウルは半壊。
 沙紀のぶっ放した、極太レーザーのような光の矢が触れた部分は、文字通りコルクを抜いたように、丸く綺麗に『消滅』してしまったのだ。

 そう。
 何故か生身の俺自身『ダケ』を、残して。
 着てた服とか、兗州虎徹とか、ぜーんぶ綺麗さっぱり消滅させて。

 ちなみに、佐倉杏子と巴さんとチカ、それとキュゥべえ全員で、射線上に居る魔法少女たち全員を避難させたらしく、観客に被害は皆無だったそうな。
 ……まあ、溜めが長くて隙のデカい技だったからな。フツーに闘ってれば、そりゃ俺みたいなスピードタイプには、当たらんわ。

 ま、それは兎も角。

 沙紀に起こされて意識を取り戻して、何とか立ち上がり……これが、キュゥべえ通じて、全世界生中継だと思いだした時には。
 俺の生まれたままの姿が、キュゥべえ通じて『ナニの毛まで』既に全世界の魔法少女に、大公開されてしまった後だった。

 その後の騒ぎについては……『チョットいいとこ見てみたい』なんて騒ぎ始めたチカの馬鹿をぶん殴り、辛うじて景品コーナーに残ってたガラクタ山から、ボロボロのTシャツその他を引っ張り出して、何とか隠す所を隠し。

 ……ああああああ、もう、思い出したくも無い。マジで、生き恥だ……

「別に。
 『色々な意味で、借りを返したかった』……タダ、それだけよ。
 ……いい気味ね。御剣颯太」
「何だいそりゃあ?
 俺、お前に何か、酷い事とか悪い事とか、したか?」
「……さあ?」

 とんと心当たりが無いが。
 ま、いいさ……なんか、怒る気力も失せた。

「『おお神よ、彼を、救いたまえ』……か」
「え?」
「いや、何。最強(チャンピオン)じゃ無くなった『タダの男』は、その後、どんな人生歩んだんだろぉな? って。
 何と無く、そんな歌を思い出してな」

 遠い目をしながら、俺は溜息をついた。

「ちょっと想像もしてなかったっつーか……うん。やっぱ……色々とシテやられたよ。
 みんな揃って、よってたかって。
 あまつさえ魔法少女の女神様まで『我が家の喧嘩』に介入してくるなんて、滅茶苦茶もいい所だ。
 全く……」
「本人自覚ゼロの神様を、殺さず叩きのめすんですもの。そりゃ、魔法少女が総がかりになるに、決まってるじゃない」
「『神様』ねぇ……俺は、ホントに『家族を守れれば、それでいい』としか考えてなかった、タダの男なハズだったのになぁ」

 まあ、負けは負けである。
 誰も死ななかった分だけ、まだマシだしな。

「三度目の……完全敗北、か」
「え?」

「『本当に心が折れる瞬間』を、男にとって真に『敗北』と言うのなら。
 俺はもう、三度も負けているんだな、って。

 父さんと母さんの時。
 冴子姉さんの時。
 そして……今回。

 その度に、俺は『誰かに立たせて貰っていたんだ』って……何と無く、そんな気がするよ。
 ははは、ぜーんぜん『最強』なんかじゃネェし」

「そうね。
 そして……あなたは常に、『最速で誰かの前に立って』、剣を振るい、その背中を見せ続けてきた。
 だけど、あなたは、一度も、後ろを振り向く事が無かった……いえ、『振り向けなかった』のね」

「まあ、怖かったからな……今にして思えば、だけどさ。
 だから、ずっとずっと前だけ見て、背負っちまったモンのために、必死に突っ走って生きてきたからな……あの時から、この年齢(とし)になるまで、ずっと……ヨ。
 だから……その。何なんだろうな、この気持ちは。
 ホッとしてんだか、寂しいんだか、満足してんだか、物足りないんだか……わけがわかんないよ」

 そう、俺は、沙紀のただの代打。ピンチヒッター。
 その、ハズだった。

 だが……改めて、思いなおす。

 冴子姉さんが、魔法少女をやると言った時。
 俺は何故、魔法少年に志願した?

 そう、『家族を守るために』……だ。

 そして、思いだす。あの遊園地で『何の玩具をねだったか』を。
 ……ああ、『沙紀の馬鹿が、入場の時に、コスプレしてブン回してた、オモチャの夫婦剣』じゃねぇか。
 アレ、どこにやっちまったか知らなかったけど、沙紀が隠し持ってやがったのか。

 そーいえば、ヒーローごっことかして、良く沙紀や姉さんと遊んだもんなぁ。

「……なあ、そのさ。
 俺、今まで代打のつもりだったけどさ。
 レギュラー枠って……まだ開いてると思うか?」

「え?」

「いや、さ。
 沙紀が一丁前になったら、とっとと引退しよっかなー、とか前は思ってたんだけど。

 何かさ、こう……昔、ワルやってたチカじゃねぇけどさ。今度こそ『正義の味方として』、俺個人の意思で、魔法少年として、魔法少女と共に立ってみようかな、って。

 今更……色々と、こー……ガラじゃねぇのは分かってるんだけどさ。
 沙紀の奴は、それを、必死になって思い出させてくれようとしてたんじゃねぇかな、って。何と無く……そう思えて来ちまってさ」

「そうね。
 悪くは……無いんじゃないかしら?」

 と……

「え?」

 土手の下。
 三歳か四歳か、幼い子供が、独り遊びで地面に絵を書いて遊んでいた。

 それはいい。だが……

「まろか♪ まろか♪」
「っ……」

 絶句。
 何故、この子が……?

 疑問に思っていると、暁美ほむらがスタスタとその子に近づいて、何かをしゃべっている。
 そして……

「こらっ!! タツヤ。女の人の髪の毛を引っ張っちゃダメじゃないか」
「すみません、大丈夫でしたか?」

 その男の子の両親と思しき夫婦が現れ……って。

「!!!
 あっ……あなたは!!」

 その女の人の姿に……俺は立ち上がった。

「お久しぶりです!
 あの時は……ありがとうございました!!」

「えっ、あの……どちら、様で?」

「あー、四年前っつーか……もう四年経っちゃってるから、憶えて無い、です、かね……すいません。
 目つきも変わってるし、声変わりも体格も、変わっちゃってるから分かんないかもしれませんが……その、路地裏で、路上強盗しようとして、出来なくていじけてたクソガキ。
 ……憶えて、いらっしゃいませんか?」

「あ……ああ! あの時の……少年!」



「行くよぉー!」
「よぉしっ、来いっ!!」

 軽く、手加減しながら相撲で、その子と遊んでやりながら。

「うにゃあああああ」
「そうそう、腰を入れて、足を踏ん張って。すり足で押すんだ」

 そして、適当な所で、投げられてやる。

「だー♪」
「おー、強いなあ、坊主」
「もーいっかい」
「よし、来い!」

 そんな感じで、俺だけ一方的に泥まみれにされながら遊んでいると。

「御剣君、その、服とか……」

「え? ああ、お気になさらず。
 こんなもんハタけば落ちますし、子供と……まして、男の子と外で遊べば、服が泥まみれになるのは当たり前です。
 気にしないでください」

「いや、洗濯とか、大変じゃないかな、って……」

「あー……まあ、洗い物は、全部俺がしてますし。
 大丈夫ですよ。
 うち、両親居なくて、家事炊事洗濯、全部、俺がやってますから……そういえば、見事なガーデニングのお庭でしたね?」

「え?」

 今度は、俺を鉄棒代わりによじ登りらせながら、パパさんと会話する。

「『主夫の友』に投稿されていたでしょ、お庭のお写真?
 あれ見て、自分なりにちょっと刺激を受けて庭イジリに目覚めましてね……完全に『俺流』ですけど」

「ああ、あれか。
 詢子が写真とって、勝手に投稿しちゃったんだよなぁ……僕としては、ちょっと照れくさいんだけど」

「いえ、見事ですよ。
 友達に俺の作った庭見せたら、『質実剛健過ぎる』って言われちゃいましてね。
 あまつさえ、妹が、イタズラで庭の鯉を捕まえて、キッチンで勝手に裁いちゃって。鯉ってニガリ玉があるから、さばくの難しいのに……案の定、大失敗しやがりまして」

「妹さんが、居るのかい?」

「ええまあ……外面に似合わず、腕白盛りというか、反抗期というか、無茶やらかすというか……毎度毎度、生意気通り越した馬鹿を繰り返すので、もう、兄妹喧嘩が絶えないんですよ。
 大体は、俺の勝ちで終わるんですけど……ついこの間、もう、コテンパンに負けてしまいまして」

「負けた? 君が……妹にかい?」

「ええ、完敗です。
 真っ向勝負で、グウの音も無く……何というかこう『踏み越えられたな』っていうような事が、ありましてね。
 俺としては、嬉しい反面、寂しいというか……『どうしようかな』って感じ、ですかね。
 おっと」

 ずり落ちそうになるたつや君を支えながら。俺は、彼が髪の毛やら顔やらを弄るに任せる。

「そっか……君にとっては、『妹さん』というより、『娘』で『息子』だったのかな?」
「……かも、しれません。
 俺としてはその……両親が死んで以降、『親代わりだ』って意識で沙紀……ああ、妹と接して来てたんで。
 考えてもみれば『兄妹の会話』というより、『親子の会話』って感じになっちゃってたかもなぁ」

 と。

「御剣君。それは多分……とても幸せな事だよ」

「え?」

「多分……妹さんは、君に『子供として』じゃなくて、自分を『並んで立つ存在だ』と見て欲しかったんじゃないかな?
 だから、反抗を繰り返したんじゃないかな?」

「かも……しれません。
 でもね、やっぱり……俺、親代わりだからって意識があって」

「うん、それは御剣君が正しい。
 だからこそ、僕は君が羨ましいよ」

「え?」

「少なくとも、その妹さんにとっては、君は絶対に超えなきゃいけない『壁』だったんだろうね。
 そして、その『壁』を、その妹さんは真っ向から飛んで、超えてみせたんじゃないか?
 だったら……それは。『親で在ろう』とする君の願いは、『叶った』って事にならないか?」

「っ……そう、ですね……そうかも、しれません」

 と、タツヤ君を、俺から引き剥がして肩車しながら。パパさんは微笑む。

「タツヤが大きくなって……そんな風に自分が出来て、『反抗して来るのは』何時になるのかな?
 その時、僕は……立派に、たつやが超えるべき『壁』になれるのか。少し……自信が無いな。
 詢子のほうが、そういう意味じゃよっぽどシッカリしてるからなぁ」

「ああ、奥さん……凄いですよね。
 こう、優しいんだけど、カッコイイっていうか。
 本当に強い女の人なんだなー、って。俺、あの人に凄く励まされましたし」

 と……ポケットのケータイから、着メロの音が鳴る。

「……あ、すいません、失礼します。
 もしもし?」
『もしもし、颯太かい、助けてくれ! 杏子が、杏子が!!』
「どうした!?」

 切迫した声のチカに、俺は何事かと思いきや……

『『食い物を粗末にするわけにはいかない』っつって……『沙紀ちゃんの手料理』食べちゃったんだよ!!』
「なんだとぉっ!! あれは料理じゃなくて生物(ナマモノ)兵器だって、知ってんだろうが!」
『い、いや、その……色々あって』
「吐かせろ! トイレで吐かせろ! とにかく吐かせておけ! 今すぐ俺も、家に帰る!!」

 ぶつっ、とケータイを切って。

「すみません。
 妹の奴が、またバカをやらかしたみたいで、とっちめてやらんと。……ほんと、俺を超えたと思ったら、何も変わってネェでやがる!!
 お話、ありがとうございました、失礼します!」

 そう言って、俺は駆け出そうとし……

「あ、そうだ。これ……奥さんにお渡しください。四年前、借りたお金です」

 そう言って、財布から二万円を取りだして握らせる。

「み、御剣君?」
「本当に、ありがとうございました!! 御恩は忘れません、失礼します!」

 そう言って、その場からダッシュで駆け出すと、なんか洵子さんと穏やかな会話してる暁美ほむらを尻目に……とりあえず、会釈だけ頭を下げて、俺は止めてあったバイクに飛び乗り、我が家へと全力ダッシュで走らせた。




「親父が……親父とオフクロと妹が……なんか川の向こうで」

 ガクガクと震えながら、トイレで盛大にゲロ吐かせた末に、ソファーでグッタリしながらうわ言を述べる佐倉杏子を、チカと巴さんが介抱してやりながら。

 俺はビクビクと怯えてる沙紀を、問い詰める。

「で……今度は何をやらかしたのかね?」
「え、えっと……今度こそ、動画掲示板の料理タグを見て『間違いない』と思って……」
「思って!? 何だ?」
「『グレース一番搾り』をベースに、『ハイポーション』っていう馬の被り物をした人の『料理』を参考にしつつ……」
「チョエアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!!」

 鬼のような蹴り技連打で空中に蹴り上げて浮かせると、正に飛天の如くそれを追って跳躍し、切れ味鋭いサマーソルトキックを、回転ノコギリの如く九連発で叩きこむ、『御剣家式、九頭龍閃』を、沙紀にぶち込んで沈黙させる。

「……相変わらず、教育方針に容赦が無いね、颯太」
「うん、とりあえず、魔法少女としては兎も角。
 こいつには、本格的に花嫁修業させん事には、色んな意味で安心が出来ん事は、よーっく分かった!」

 だが……

 俗に。
 メシマズ嫁は三種類に分類されると言う。

 不器用な奴。
 味音痴な(味見しない)奴。
 いーかげんな奴。

 この三つだ。

 だが、沙紀は……

(『全部』だから、手に負えネェんだよなぁ……)

 仮に、俺が『ザ・ワン』で神様だとしても。
 最早、ここまでメシマズ女としてイッちってる沙紀に、料理を教え込むなど……最早、不可能である。

「……今度、暁美ほむらに、鹿目まどかって料理得意だったかどーか、聞いてみるか」

 最早、もう一人の神様に、おすがりするしかない。……俺には……無理だっ!!

 某、掲示板で『マズニチュード(maznitude)(単位は[Mz])』 とか言って、見た目、香り、味を指標とするマズメシの尺度があるそうだが。
 沙紀の料理は間違いなく、問答無用のトップランク『15Mz 一口で神仙を殺す料理』の域に達していやがるのだ。

 その証拠に、魔法少女たる佐倉杏子すら、一口であの有様。
 マジで死に至るほどでは無いが、ソウルジェムが濁り始めてすらいる。

 ……おお、神よ、魔法少女の女神よ。
 世界に夢と希望を振り撒くハズの魔法少女が、何故、食卓というささやかな日々の希望の舞台に、マズメシという命への冒涜としか言えぬ『絶望』と『呪い』を撒き散らすのでございましょーか!?
 こんなの絶対おかしいよ、女神様! どーしてそのへんまで、フォローして下さらなかったんですか!?

 と……

「まあ、颯太の心配も分かるよ。食いしん坊の杏子ですら、こんな有様だもんなぁ」
「ええ。心得てますからね、颯太さん」

 にっこりとほほ笑む、巴さんとチカ。
 ……なんだ? 何か、嫌な予感がすんぞ?

「まあ、あたしは二年っつー期限つきだけど。教え込む時間、そんだけ時間があれば十分だろ?」
「そうですね。だから、『どちらを選ぶにしても』問題はありませんよ♪」
「えっ……?」

 絶句。

「沙紀ちゃんは、もう『一人前の魔法少女』、だろ?」
「あとは、颯太さんご自身の問題の解決、ですよね?」

 二人とも、さらっとその場で変身。

 リボンをさらっ、と構える巴さん。
 鎖をジャラッ、と構えるチカ。

 どっちにせよ、トッ掴まったが最後。
 何かこー……色んなモノが『最後』な気がしてならないのは、気のせいでございましょーか!?

『で、お返事は?』

 何でしょーか? 何かこー……無駄にダクダクと脂汗が止まらないのは?
 正味、魔法少女の女神の力を借りてる状態の、沙紀よりもオッカナイモンを目の前にしてる気がしてなりません!!

「ふぅ……」

 とりあえず、遠い目をして、正直に一言。

「即答不能だし怖いから、とりあえず今は戦略的撤退って奴で、逃げていい?」

 その言葉に、にっこりと二人は怖い笑顔で微笑み……問答無用で、黄色いリボンと黒い鎖が乱舞する隙間を掻い潜って、俺は『最速』で我が家から逃亡したのだった。

 ……どっちもある意味、『文化の神髄』なんですけど!? 助けて、クーガーの兄貴。



[27923] 終幕:「水曜どーしよぉ…… その1」
Name: 闇憑◆27c607b4 ID:cb2385d9
Date: 2011/10/04 08:23
「参ったね、ドーモ……」

 放課後。
 天を仰ぎながら、俺は溜息をついた。

 結局、あの後。
 『また』見滝原とそのご近所全部の魔法少女+キュゥべえ総がかりで、街中全部、山狩りを喰らった挙句。
 佐倉杏子にしがみついた沙紀の時間停止で追いつかれて結界を組まれ、さらに『否定』で解除しよーとした所で、巴さんとチカのリボンと鎖でトッ掴まり。

 『一週間以内に、お返事をさせて頂きます』、と、土下座する羽目になりまして。

 いやその。
 圧倒的に使い慣れて手に馴染んだ『魔力を伝える媒体』である、兗州虎徹抜きでは、どーしょーもありませんでした。
 なんというか……『剣に拘る者は、剣に足元を掬われる』という、師の教えを、最近、もー身に染みて理解しまして。

「それに……新しい武器、どーしよ」

 消滅してしまった兗州虎徹の代わりを探さねばならないのだが、スペアに用意してあった兗州虎徹を手にしても、どうも『イマイチ』なのだ。
 二刀にするとか色々考えてみたのだが、やはりシックリ来ない。納得がいかない。

 やむを得ず、魔獣狩りの時は、二刀流(それ)で代用しているが……四年も実戦で使いこんだ、愛刀だしなぁ。
 そりゃ、『代わり』なんて『それ以上』じゃ無けりゃ勤まらないし、握る意味も無い、か。

 思えば。
 あの刀は、魔法少年として、今の今まで、駆け抜けて生き抜いてきた俺の証だった。

 兗州虎徹。

 元は平凡なタダの自動車部品であるリーフスプリングを、鍛え抜き、叩き上げた一刀。
 大陸での戦争中、自らを護るための武器を欲した、武器を持てぬ者が叩きあげた護身の刃。
 その在り方そのものに、共感を感じて居たからこそ、俺はその刃に命を託す意味を、見出していたのかもしれない。

 だが……今。
 俺は、『自分が何者か』、知ってしまった。

「『ザ・ワン』……か」

 並行世界でただ一つ。唯一無二の『己』だと……いや、まだ『候補生』だけどさ。
 そして、俺は……巴さんかチカか。
 どっちかにとっての『特別』にならねばならないのだ。

「人間なんて誰だって、『とっても普通』で。
 だけど……だからこそ、『出会い』は何時だって『奇跡(トクベツ)』なんだよな……」

 今まで、『特別』の意味を……俺は『平凡』の中から見出していた。
 だが、俺は……もう、ここまで来ては、認めざるを得ない。

 俺はやはり……どっか『基本から普通じゃなかった』のだろう。

 どこだ?
 俺は、何が他人と違う?
 考えに、考えた末に、出た結論。それは……

「ああ、そうかぁ。
 俺は……こんな大量に奇跡や魔法を見せつけられて、それに依って自分でも使っておきながら。
 それでも今の今まで、『普通で在ろうとした事そのもの』が、そもそも普通じゃなかったのか」

 そもそも、『普通』なんて……どこにも無い幻想だ。
 みんなみんな、一人の個人であり、元々は独立したバラバラの砂粒だ。
 だから、『平均値』としての『普通』はあっても。
 『全てが平均』などという人間が居たら……それはそれで逆に『一つの個性』である。

「沙紀の奴なんか、正にソレだよなぁ……」

 一個一個の能力は、凡庸、もしくはそれ以下のモノしか持ち合わせておらず。
 だけど、大量に展開する事によって、運用と応用で生き延びる。

 その究極が……

「『願望混成(ウィッシュ・オブ・マッシュアップ)』……か。大したモンだ、全く」

 あまつさえ、俺の結界を利用して、神様二つ分の力を混ぜて、ドッカンである。

 そういえば……

「アイツなら、話さえ通じれば、殺しに来た敵とも、あっさり友達になりそーだよなぁ……」

 とある合気道の達人の遺したお言葉だが。
 闘いにおける最強技は『殺しに来た相手と友達になる』事だそーである。
 アイツは魔法少女の間では、正にそれを地で行ってるとしか思えないしなぁ……誰とでもアッサリ友達になっちゃうし。

 ……俺とは大違いである。色んな意味で。

 今思えば……魔法少女としての『付き合い』に関しては、殆ど沙紀と巴さん任せである。
 頑固で偏屈で、闘いの事以外は、殆ど女性と口を開かない。無骨者の俺を、フォローしてきてくれたのは、彼女たちだ。

「その差……か。良き『師』に恵まれたな。沙紀」

 俺にとって、愛情を注いでくれた父さん母さんとは別に、あのヘベレケ師匠が、厳しい現実を教えてくれたように。
 沙紀にとっては、厳しい俺から優しく庇ってくれて、愛とか優しさとかを教えてくれる師匠が、巴さんだったのだろう。

 いや……巴さんだけではない。チカも、暁美ほむらも、佐倉杏子も。
 『全願望の図書館(オールウィッシュ・オブ・ライブラリー)』を能力に持つ沙紀にとっては、『全ての魔法少女が師』なのだ。

 だからこそ。

「もう、安心して良さそうだな」

 俺の背中を飛び超えた沙紀には。
 それでも、何人も無数の『追うべき魔法少女の背中』が、きちんと見えているハズである。

 と。

 ケータイから鳴り響く音。通知画面からは、公衆電話からと出ていた。
 ……誰だ?

「はい、もしもし」
『もしもし、御剣さんですか?』
「お? おーっ、上条さんか! なんでぇ、今時分、藪から棒に? っていうか、よくこの番号が分かったな?」

 コールの声の持ち主は、意外な人物だった。

『いえ、その……ケータイの番号、さやかから聞いたんです。
 ……明日の午後、退院なんですよ、僕』
「ほー、そりゃ目出てぇな? おめっとさん!」
『ええ。
 で、その……『例のアレ』に関してですね。どう処分したモノかと……』
「いや、好きに捨ててくれて構わねぇぞ? アレ?」
『だ、だから、その……捨てる場所とかに困ってるから、言ってるんであって。
 その……虫が良い話だとは思うのですが、明日、退院の時に、引き取りに来て頂けるとありがたいのですが』

 暫し……沈黙。

「……気に入ったのとか、持って帰る気、無ぇか?」
『そ、そりゃあ……だ、だとしても、段ボール一つ分は無理ですよ』
「いや、そこをこう……半分くらい、紙袋か何かに隠してだなぁ」
『だとしても、僕、左手が動かないんですけど!? これでも細心の注意を払ってたんですから!
 ……流石に、父さん母さんや……増して、さやかにバレたら……ちょっと、その……』

 うん。確かに生き恥だ。

「分かった。預かっててくれたダケ、アリガテェしな。
 今日は無理でも、俺が明日の午後、退院前に引き取りに行くよ。幸い、祝日で学校休みだしな」
『あ、ありがとうございます。
 それで……その……隠して持って帰れそうな何冊かは……』
「うん、持ってって構わねぇよ……もともと捨てるつもりで、お前さんに回したモンだし。
 ……確かに、要らない分は、俺が持って帰るのはスジってもんだしな」
『あ、ありがとうございます、御剣さん! それじゃ、失礼します』
「おう、じゃあなー♪」

 そう言って、ケータイを切った。



 さて。
 話は少しさかのぼる。

 あの騒動の時に、入院はしたものの。
 あの生き恥さらしたエロ本を、そのまま放置しておいては、からかわれる種にしかならないと思った俺は、入院に際して、ダンボールに入れて蓋をして、病室に持ち込んだわけだが。

 その時に、暁美ほむらに相談を受けたわけである。

『美樹さやかと、上条恭介をくっつけるには、どうすればいいのか?』

 聞くところによると……恐ろしい事に、あれだけハタから見てればラブラブな関係の上条恭介と美樹さやかは、暁美ほむらの辿ったループ全てにおいて、カップルとしてのハッピーエンドを迎えておらず。
 ことごとく破局か、諦めるか、魔女になるか……まあ、美樹さやか自身が、魔法少女になるかどうかに関わらず、ロクな末路を辿らなかったらしい。

 そして、上条恭介と『一番マシ』だと思われる関係。
 即ち『友人として、志筑仁美と上条恭介を祝福しながら、彼らと付き合い続ける』事を選び、更に魔法少女として闘い続けてワルプルギスの夜を超えて生き抜いた。
 ……などというオチを迎えたのは、どーも俺が生存して生きていた、ループのみだったそーで。

「何だよ?
 俺は、彼らカップルの、キューピット・フラグなのか!?」
「まあ、何と言うか……『結果的に、そうなった』みたいな部分が、かなりあったわね。
 だから、彼らが、カップルとして成立するように、協力してもらいたいんだけど」

 その言葉に、俺は少し顔をしかめる。

「まあ、幾ら魔法少女の女神様の頼み事とはいえ……なーんで俺が、そこまでやらにゃならんのよ?
 ……っていうかなー、上条恭介。ありゃ正味、馬鹿だぞ」
「馬鹿?」
「そう、バイオリン馬鹿。ガキの頃から積み続けた己の道を究める事しか、目に無いタイプだ。
 脇が見えて無いから、後ろも振り向けない。
 外面や人当たりとは裏腹に、典型的な朴念仁の類だと、俺は見たね」

 その言葉に、何故か……暁美ほむらが、どんよりとした目で、俺を睨んで来た。

「……………相変わらず、『他人の評価は』的確ね、御剣颯太」

「ま、『己の背中を誰が見てるか』理解出来て無いんじゃねーの?
 そーいう前しか見て無いタイプだからこそ、『目の前に現れた』女の手を握っちまうモンさ。
 だから、志筑仁美とくっついちまったってぇ話は、ある意味、当然っちゃ当然だなぁ?」

「……そうね。そうかもしれないわね……斜太チカに感謝しなさい」

「あ? 何のこった?」

「いいえ。何でも。
 それで……何か、上手い手は無いかしら?」

 暫し、沈黙。
 そして……

「思うに……あいつ、美樹さやかを『異性として認識して無い』んじゃネェのか?」

「と、いうと?」

「いや、だからさ。
 男ってのは『ウマが合い過ぎる』相手だと、異性だとか同姓だとか関係ネェんだ。そんで、『居るのが当たり前の友人関係』って奴になっちまって、『そこから先がある』なんて想像も出来なくなっちまうんだよ。
 そうだな、強いて言うなら……俺とチカの関係を見てくれてれば、分かりやすい、かな?
 もし、チカの奴が『告白から俺に関わらなければ』、多分、俺はチカを『親しい仲間』とは思えても『異性』とは全く認識出来なかったハズだぜ?」

「……………貴重な意見だと受け止めておくわ。で、具体的な対策は? 『ザ・ワン』」

 その言葉に……俺は暫し懊悩し。

「要するに、まず最初に、『上条恭介に、美樹さやかは異性だ』と認識させる事のほうが、重要だと思うんだ」

「つまり?」

「状況的に、『上条恭介から、美樹さやかに告白させる』のが、一番のベストなんじゃねぇの?
 どーも、話聞くと、美樹さやかにとって、上条恭介が理想のナイト様になっちゃってるみてーだし。
 だったら、美樹さやかに『お姫様』になってもらったほーが、イイんじゃね?」

「なる、ほど……で、どうやって?」

「うん、それなんだが……とある漫画とか小説で語られた、『深遠な真理』……らしいのだが。
 高校生や中学生ってのは、ピッチピチな女の子と会い続けてるから、そーいうのが居るのが当たり前の空気と同じで、無くなって初めてその価値に気付くんだそーだ。
 で、大人になっても、Hな事とかは幾らでも出来るけど、あの子と目が合ってドッキドキ……なんてのは、学生の時しか出来ネェそうだ」

「……………因みに、御剣颯太。あなた自身にその経験は?」

「いんや?
 確かに、魔法少女なんて女所帯の中で過ごしてるけど、『そんな感情、全く経験した憶えが無ェなぁ』
 だけど、俺の周りに居る、学校での男友達の連中を見てると……『何と無くそーなんじゃねぇのかな?』とは思うんだ。
 だからまぁ……まずは『美樹さやかは異性だと、上条恭介に意識させる事』のほーが、大切なんじゃねぇの?
 男ってのは……ああ、特に、上条恭介みたいなタイプってのは、朴念仁なよーに見えて繊細だし。増してやあいつは、アーティスト様って奴だろ?
 そんで、一度、『友人』って関係になっちまった相手が、無理にゴリ押ししても、絶対イイ結果になったりはしねぇだろうしな」

「……………で。具体的な方法は?」

 その言葉に、俺は目をそらす。

「それなんだが……その方法、具体的に口にするのは、色々な意味で憚られるんだが。
 ……聞きてぇか?」

「……? 是非。重要な事だと思うから」

「その……何だ。
 『暁美ほむらには無理でも、美樹さやか、巴マミ、そして斜太チカなら可能な方法』……としか、俺に出来る事は無いか、と思ってる。
 通じるかどうかは、運次第って奴だが……上条恭介が『健全な男子』である事に期待しろ」

 その言葉に、暁美ほむらが、何かキョトンとした表情を一瞬浮かべ……またドンヨリとした目で俺を睨んでくる。

「……なんだよ! そんな目で見るなよ! 悪かったな『健全な男子』で!
 とりあえず、アレだ、こう……『下心』から入って行くのも悪くネェんじゃねぇの? 相手に受け入れる用意があるんなら、ヨ!

 それに、男だって常時そこまでケダモノじゃねぇんだ!
 恥じらいとか、そーいた部分だってちゃーんとあるんだし、自制くらい出来るっつの、普通は!
 それに、元々お堅い朴念仁なら、尚更だ! そーいうのは、多少砕いたほーがいいんだよ!

 どーせ性欲なんて、誰もが何時かは向きあわなきゃいけねぇ問題なんだから!」

「……………とりあえず、入院中にお願い出来るかしら?」

「あいよあいよ! ……運が良い事に、丁度『小道具』も揃ってるしな。
 とりあえず、かるーく『洗脳』してみますか」



 そんなやり取りがあり。

 で、まぁ……我が家に置いておけない事情を説明しつつ、上条恭介に頭を下げて。
 俺のエロ本が詰まったダンボールを見せつつ。

「その……み、御剣さん!? ……こ、これは……」
「すまんが……コレ、ちょっとの間、病室のベッドの下にでも、預かって欲しいんだ。
 気に入ったら、好きなのどれでも持って行って構わんし、オカズにしても構わないから!」
「いやいやいやいや、ここここここっ、こォいう本は、良く無いと思うのですが……」
「だから、家族に見つかるとマズいから、預かって欲しいって、頭下げて頼んでんだよ!」

 ……何と無く、手ごたえあり、だと思い。

「うーん……入院中に『溜まってる』かと思ったし、『右手は動く』んだから、いい取引になるかと思ったんだが。
 ちょっと、まだ『早かった』みてぇだな。……邪魔したぜ」
「ちょっ……その……み、御剣さん?」
「いや、確かに、悪い事頼んだのは俺だ。
 ……すまんな。やっぱ、俺で何とかするわ」

 と……

「その……御剣さんが入院中の間、だけですよね?」
「ん、まあな。何だったら、全部くれてやって構わんぞ。……どっちにしろ、もうこれ、我が家に置いておけないしな」
「そ、その……ちょ、ちょっとの間だけでしたら、お、お預かりしても……」
「そうか。いや、マジ助かった、サンキューな!
 気に入ったのあったら、どれ持ってっても構わねぇから!」



 と、まぁ……こんなやり取りがあって以降。

 上条恭介の、美樹さやかを見る目が、少しは変わった……ような……気がしないでも無いような?
 なんか入院中、時々、無理に『幼馴染だ、幼馴染だ』と思いこんで我慢してそーな雰囲気というか、そんな感じだろうか?

 ま、とりあえず、下地作りはしてやったワケで……あとはもー、ナニがどー転がるかなんて、知ったこっちゃ無い話だ。

 他人の色恋沙汰に首突っ込むほど、俺は野暮では無いし。
 何しろ、連中は中学生で、俺は高校生だ。
 退院してしまえば、魔法少女絡み以外に、接点なんて殆ど無いに等しいわけで、そっからは同級生である暁美ほむらの領分である。

 ……ちょっとムッツリスケベなオッパイ星人が一人、増えちまった気がするが……ま、問題あるまい。『おっぱいこそロマン』って、どっかの人も歌ってるし、貧乳に希少価値はあっても資産価値は無いわけで。
 だったら、資産価値を求めるほうが、日本という資本主義国家においては、現実的で健全な認識ってモンである。……多分。

 まっ……それは兎も角。

「そーいや、確かに回収して帰るの忘れてたなー。
 さて……どこに捨てるかなぁ……しょうがない、金庫の二層目に、また封印だな」

 とりあえず、男にとっての核廃棄物の処理は、深く静かに埋めるという事で決定した。



 で……

「なーんでお前が、ついて来るンだよ?」
「えへへ……だって、上条さんのファンだったって。お兄ちゃん、知ってるでしょ?
 退院前に、『結果を聞かせてくれる』って話、回って来なかった?」

 翌日。
 俺は、何故かひっついてきた沙紀の奴を連れて、見滝原総合病院に向かっていた。
 ……おかしいな、もう少し早く出る心算だったのだが。

「んー、っつっても、アイツ、もー天才でも何でもないぞ?」

 何しろ、交通事故で、完全に左腕の肘から先が死んでいるのである。

 そして……ちょっとネットで齧った程度に調べたのだが。

 バイオリンというのは、モノによってはトンデモネェ値段しやがる代物であり、更に、そーいう代物でないと、絶対に『良い音』というのは出せないそーだ。
 ストラディバリウスだとか、クレモナだとか、デル・ジェスだとか……まあ、俺にはよー分からんが。
 ああいう世界でブランドになる品というのは、それだけの価値のある楽器としての性能を認められた代物だ、という事である。
 
 そんで、もし、仮に。
 上条恭介が、どんな真剣に上を目指し続けたとしても。
 その演奏技術とは別に、バイオリンという『武器の限界』にぶち当たってしまうのは、最早、宿命的なモノである。
 何しろ、あんな状態で演奏する事を前提とした、ストラディバリウスなんて、この世にあるワケが無い。

 ちなみに、ストラディバリウス一丁のお値段は……まあ、まちまちなモノの、高いと十二億円とか、そんな風にしやがるそぉで。
 たいていは個人所有では無く、貸与の形で音楽家に貸出になるそーな。(……ウチの金庫から、ちょっと金ハタけば買えちゃうのは、とりあえず秘密だ)。

「まあ、どんな頑張っても、イロモノ扱い……大道芸レベルが精々じゃないの?」
「いいの! 『かつての天才の、努力の結果』を私は見てみたいの!」

 その言葉に、俺は暗くなる。

「沙紀。天才なんてそんなモノは、この世に存在しない。
 人間はな、どんな奴だって、唯一無二の異形なんだよ……」

「ほへ?」

「いや、『天才だ何だなんて騒いでやるな』って事さ。
 取り戻せない過去を思うのは……多分、きっと辛いハズだぜ?」

 往く川の流れは絶えずして。しかも同じ元の水に非ず。

 河原の石コロですら、同じ石が一つとして無いように。
 巨大な原石と言えど、時を経て水に削られて丸くなり、割れて尖ったモノも、また欠けて丸くなり。
 そして、川を下り切った最果てには……砂となり、泥となる。

(何時かは、俺も。
 ハリネズミみたいな、誰かを傷つけるしか出来ない俺も、丸くなれるのか、な?)

 小さくていい。
 神様なんかじゃなくていい。
 ただ、穏やかに過ごしたい。

 そのために、闘って、生きて、過ごして来た。
 だが……俺はどうやら、神様みたいな、途方も無い力を持ってしまっているみたいなのだ。

 だとしたら、案外……上条恭介は、幸せだったんじゃなかろうか?

 異能というのは、望む者が全員手にして生まれるわけではない。
 無能を望んでいても、異能を手にして生まれてしまった……俺や、数多の魔法少女のように。

 だが……

(チカ……)

 あいつは、自らの運命を、文字通り楽しんでるとしか思えない。
 人は、ああも軽やかに自らの運命を、異能を、闘いの定めを、楽しめるモノなのだろうか?
 だとしたら、アイツは凄い才能だとしか思えない。

「お兄ちゃん、なんか難しい顔してるよ?」
「ん? ああ……最近、色々考えちゃってな」

 そう言うが、沙紀は……何故か、微笑んだ。

「……えへへ。お兄ちゃん、なんか少し、明るくなった」
「え?」
「前はさ、無理して明るくしよう、明るくしよう、って感じだったけど。
 何か、こう……一個、重大な事がふっきれたみたいな、そんな自然な顔してる」
「……ああ、そうだな」

 罪の重さや感触は消えていないが。
 それでも……父さんと母さんを殺した事には、自分の中で『佐倉神父との敗北』という形で『納得が出来た』のである。

 何しろ、沙紀が俺を『一度でも超えてみせた』今。
 俺が『最強でなければならない理由』など、もうドコにも無くなってしまったのだから。

「勝って負けて、負けて勝って……どんな人間でも、百戦百勝ってのは、アリエネェんだしな。
 むしろ、負けられる時に負けて、敗北から学んでおかないと、ロクな事にならねぇのかも……な」
「そーだね。私、お兄ちゃんにいっぱい負けたからなぁ……」
「……その割にゃ、ぜんぜん学んでネェように思えるがな」

 そして、俺が一番『負けた人』っていうと……やっぱり。

(師匠……俺、師匠にいっぱい負けまくったよね。
 だから、守り通せたんだ。沙紀は、ちゃんと俺を超えてくれたんだ)

「なあ、沙紀。
 今度、ちょっと暇が出来たら……師匠の墓参りに行って来たいんだが、いいか?」
「ん、いいけど……マミお姉ちゃんとチカさんへの返事、忘れないでよ?」
「うっ……」

 ……言わないでぇぇぇぇぇ! 考えないようにしていたのにぃぃぃぃぃ!

「どうせ、考えたくも無かったから、考えて無かったんでしょ?」
「いや、その……考えれば考えるほど、こんがらがってきちゃって、ちょっとこう、現実から目を」
「週末には、確定するんだからね。覚悟する事!」

 あううう。



「沙紀、ちょっとココで待ってろ?」
「ほへ?」

 病室の前で。
 俺は沙紀の奴を留めておく。

「ちょっと、上条さんと『男と男の話』があるんだ。
 女には絶対聞かせられない内容になるから、入るなよ?」
「えっ……でも……」
「は・い・る・な・よ?」

 くわっ、と睨みつけて、黙らせる。

「うっ……ううう、はぁい……チャンスだったのに……」

 そう言って、病室の扉を開ける。

「よっ、元気そうで何より」
「あ、御剣さん……間にあって良かった」
「で、ダンボールは?」
「退院のためのモノはちゃんと、自分で整理してあります」
「うん、よろしい。じゃ、コレは俺が持って帰るから」
「はい、その……あ、ありがとうございました!」
「いや、退院の時、うっかり忘れちまった俺が悪い。すまんな……」
「いえ、その、正直……その……助かったといいますか、何といいますか」
「そうか……あ、あははははははは」
「は、はははははは」

 お互い、冷や汗を流しながら、空笑い。
 さて。
 あとは沙紀を放っておいて、帰るだけ……

「やっほー、恭介♪ 退院おめでとー♪ ……って、アレ、御剣さん?」

 ガタタタタタタタッ!!!

 そこに入ってきたのは、美樹さやか、暁美ほむら。
 更に……何故か、巴さんや、チカの奴まで、ひょっこりと。

 ついでに……

「ややややや、やあ、さやか!」
「よよよよよ、よぉっ! ……っと?」

 見慣れぬ少女の姿に、俺は戸惑う。

「ああ? この子、あたしの友達の仁美」
「こんにちは。志筑仁美といいます」
「あ、こりゃどぉもご丁寧に……じゃ、俺、入院中に預けたモンを、受け取りに来たダケだから」

 っていうか、何だ?
 ……退院の時間には、まだ早いんじゃねぇのか? みんな?

 更に……

「お兄ちゃん、お話、終わったー?」
「沙紀? ……あ、ああ、まあ……な」

 本当は、この状況下。
 ふつーに担いで帰る事が出来ないから、出て行けないんですけど。

 と……

「あの、上条さん。
 一つ、お尋ねしたい事があるんですけど」

「君は……確か、御剣さんの……」

「はじめまして。妹の、御剣沙紀といいます。
 交通事故で、聞けなくなるまで、あなたのバイオリンの大ファンでした。
 その……『かつての栄光』に、興味はありませんか?」

「え? どういう……事だい?」

 その場に居た全員が、目を点にする中、スタスタと沙紀は上条恭介に近寄っていく。

「上条さん!
 私が……私がその左腕を治します! 治してみせます!
 だから……私と付き合ってください!」



[27923] 終幕:「水曜どーしよぉ…… その2」
Name: 闇憑◆27c607b4 ID:cb2385d9
Date: 2012/01/12 14:53
「お……」

 全てが石化した、世界の中。

 まず、俺の絶叫で、それが解かれた。

「お兄ちゃんは許しませんよーっ!!
 っていうか、何考えてんだお前ーっ!!」

 絶叫する俺に、沙紀がベーッと舌を出して、一言。

「だったら、お兄ちゃん!
 今この場で、マミお姉ちゃんとチカさんに、告白の答え出しなよ!!
 ……そんな度胸も無いくせに、私の告白に文句言う筋合い、お兄ちゃんに、ひとっ欠片も無いもーん!!」

 ぐばっ!!
 そ、それはぁぁぁぁぁ……

「いいいい、いかんいかんいかんいかーん!! 誰が何と言おうが、沙紀、お兄ちゃんは認めませんよぉぉぉぉぉおっ!!」
「認めてくれなくて結構だもーん!! 上条さんがOKしてくれたら、私、上条さん家に転がり込んで、上条沙紀になってやる!」
「うぎゃあああああ、何考えてるんだこのオバカーっ!!」

 更にもってきて……

「……ずるい……ずるいですわ、沙紀さん……ワタクシだって……私だって、上条さんをお慕い申し上げておりましたのに!!」
「ひっ、仁美っ!!」
「上条さん! こんな泥棒猫の言う事なんかじゃなくて、どうか私を見てください!!」
「ちょっ、おまっ!!」

 ナニゴトですか、この修羅場!?

「へーんだっ! 泥棒猫だろうが何だろうが、愛なんて早い者勝ちだもーん!
 それに、私、上条さんの腕、治せるもーんだ!」
「適当な事を、おっしゃらないでください!」
「適当じゃないもん、嘘じゃ無いもーん! 私! 魔法少女なんだから!」

 そう言って、その場で変身してのける沙紀。

「なっ、なっ……!?」
「その証拠見せてやる!
 ……上条さん、左腕。肘は動くけど、完全に動くわけじゃないですよね?」
「あ、ああ。
 肘から先の神経が死んでるから、全く影響が無いわけじゃ……でも、リハビリ次第で、何とか……」
「見た感じ、肩まで影響が出てます。
 だから……今、『証拠として、そこまでは』、治してみせます!」

 そう言って、沙紀の奴は、上条恭介の肩と肘に治癒魔法を発動させる。

「っ……これは……」
「どうです? 手首から先は動かなくても、肘も、肩も。格段に軽く動くでしょ?」
「だあああああっ、沙紀ぃっ! お前は何考えていやがるーっ!!
 お前、今、魔法少女どころか『魔法悪女』になってんぞ、おい!? それじゃあ、御剣沙紀じゃなくて、『御剣詐欺』じゃねぇか!!」
「知ったこっちゃ無いよ!
 例え『魔法悪女』と言われても『御剣詐欺』と言われても泥棒猫と言われても! 私が一番上条さんを好きなんだからぁっ!!」

 そんでもって……

「ちょ……それなら、キュゥべえ! 今すぐ私が魔法少女の契約して、恭介の腕を……」
「ちょっ!! やめなさい、早まらないで、美樹さやか!! それは悲劇の始まりだって、何度も言ってるでしょ!!
 ……御剣颯太! これは一体どういう事!?」
「知るかぁっ! むしろ俺が知りテェよ!!」

 暁美ほむらに詰め寄られ、俺は戸惑う。

「何とかしなさい!
 これじゃ美樹さやかと上条恭介をくっつける計画が、滅茶苦茶じゃないの!
 まどかの願いを踏みにじるつもり!? 御剣颯太!」
「だから、そんなの含めて、俺が知るかぁぁぁぁぁっ!!」

 と……

「颯太。どーしても沙紀ちゃんを止めたいなら、この場でアンタに出来る事は、一つしか無いよ」
「そうですね。それしかありませんね」
「ゑ? ……チカ? 巴さん?」

 二人揃って。
 なんか怖い顔して詰め寄って来てるんですけど!?

「今すぐアンタが、この場で結論を出しゃあいい!」
「その通りです!」
「ちょっ……ちょっと待ってぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!! 答えは週末まで待ってくれるんじゃ無かったっけ!?」

 その言葉に、二人揃ってものすげー怖い顔で。

「私は、随分待ったつもりですけど!?」
「私は、結論が早い分には、一向に構わない!!」

 そんでもって、暁美ほむらが、

「御剣颯太! 今すぐ結論を出して、御剣沙紀を……妹を止めなさい!」
「んぎゃああああああっ!! 煽るなーっ!! 無茶言うなぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 何と言うか。
 沙紀という爆弾が一発爆発した瞬間、変な形で連鎖爆発して、こっちまで火の粉が飛んできたぁぁぁぁぁぁっ!



「恭介! 私も……私も、あんたの事が好きだよ!
 仁美よりも、沙紀ちゃんよりも! ずっとずっと昔から好きだったんだ!」
「さっ、さやか!?」
「上条さん! 私! 上条さんのバイオリン大好きです!」
「……え、えっとぉ……」
「上条さん! どうか……どうか私を見てください!」
「し、志筑……さん!?」



「颯太さん……私、ずっと待ってました。ずっと、ずっと……」
「あ、あの、巴さん?」
「颯太! ……あの時の告白……忘れて無いよね?」
「ち、チカ……」



 追いつめられ。
 ふと、上条恭介と目が会い……お互いにお互いが救いを求めあうように、何かこう、以心伝心といいますか。

「なあ、上条さん。
 とりあえず……息が詰まるまで、やるぞ」
「み、御剣……さん」

 戸惑う上条恭介のえり首を、わしっ、と掴み……

「逃げるんだよぉぉぉぉぉ、スモー○ーっ!! どけ、野次馬共ーっ!!」
『あーっ!! 逃げたーっ!!』

 『追えーっ!』だの『逃がすなーっ!』だのの女性陣の絶叫と……ついでにキュゥべえの『わけが分からないよ』などという軽口を尻目に。

 病室の窓から、跳躍して、俺と上条恭介は、その場から逃亡した。



「とっ、とりあえず……こ、ここまで来れば、ひと安心だろぉ」

 二人ともノーヘル&免許取得一年未満の二人乗り&幾つかの道交法無視という、免停確定の交通違反をカマしながら、何とか警察にトッ掴まらずに。
 俺は上条恭介と、郊外の山奥。
 ウロブチボウルの廃墟に、逃げ込んでいた。

「……と、とりあえず、時間は稼げましたね」
「ああ、だが、いずれトッ掴まるのは確定だ。何時までも逃げ切れるもんじゃない」

 何しろ、向こうには沙紀がいる。
 それに、こんなこじれまくった問題、放っておいていい話ではない。
 とはいえど……

『……どーしよぉ……』

 と、二人揃って溜息をつく。
 というか……

「その、御剣さん……あの時もそうだったんですが……おもいっきり飛び降りましたよね?」
「ああ」
「あの時は、特に疑問にも思わなかったというか、思えなかったというか。
 とりあえず、細かい事は考えないようにしていたんですけど……その、一体、御剣さんは……」

 その言葉に、俺は深々と溜息をつく。

「そのー、何だ。
 ……俺や沙紀。あと、あの場に居た何人かが『魔法使い』の類だと言ったら、信じるか?」
「信じざるを得ないでしょう? 何しろ……ほら」

 左腕の肘と肩を、軽く回してみせる、上条恭介。

「……動かした時に、引きつれたり、麻痺する感覚が、全く無いんです。
 お医者様に言わせると、『バイオリンを演奏する上で、一生ついて回るモノだ』って言われてたのに」
「まあな。
 ……タダ、ひとこと言わせてもらうならな。
 そーいった『奇跡』や『魔法』も、万能でもタダでもねぇ。文字どおり、トンデモネェ義務を、負わなきゃイケネェんだ」
「義務?」
「影から人を襲う、バケモン退治。
 『魔獣』って言ってるけどな。そんで、そいつらとの闘いの中、命を落とす連中も、少なくネェんだ。
 ……俺は、そーいった風に散っていった仲間を、姉さん含めて、何人も見ているんだよ」
「それで……だから御剣さんは、片腕でも稽古に励んでたんですね」

 入院中。
 たまたま、屋上で剣を振るっていた現場を見られた事を思い出す。

 ……そういえば、調子に乗って、五百円玉を薄切りスライスにして、こいつに手渡してやったっけ。

「まあな……。
 で、美樹さやか、居ただろ? あいつにも『素質』があるんだ」
「さやかに? 素質が?」
「そう、俺らみたいな『魔法使い』の素質。
 そういう奴はな、何でも一個だけ、悪魔みたいな宇宙人と契約して願いをかなえてもらえる代わりに、こんな力を手に入れて、魔獣と闘う義務を負う羽目になるんだ……勿論、契約して願いを叶えなければ、そんな風になる必要は無いがな。
 ……もっとも、俺はちょっと……いや、かなりの特殊ケースなんだがな」

 遠い目をして、つぶやく。

「特殊? どんな風に、ですか?」
「いや、それがな……俺は何も願いを叶えて無いのに、生まれつき闘う力『だけ』はあったんだ。
 だけど、姉さんと妹に、その素質があってな。
 で、二人とも、家の問題や命の問題を解決するために、『魔法使いにならざるを得なかった』。だから俺は、姉さんや妹を……家族を護るために、彼女たちと一緒に闘ってきたんだ」

「……つまり……」

「そう。俺個人にはな。
 何か特別に叶えたい願いなんて、元々特に無かったし、闘う理由も義務も無いんだ。
 ついでに言うなら、そうなれるのは、本来女性だけでな。
 だから、基本、全員『魔法少女』って呼びならわされてる」

 その言葉に、上条さんが納得したようだ。

「ええっと……もしかして……ならば、御剣さんの場合は、『魔法少年』って事になりません?」
「ご名答。『魔法少年』御剣颯太……かっこわりぃだろ?」

 苦い笑顔を浮かべる。

「いえ……その、なんか、正義のヒーローみたいじゃないですか」
「そんなイイもんじゃねぇさ。
 五人家族のうち、一人しか……しかも年下の沙紀しか護れなかった、しがない男だよ。

 ……それより、どーすんだ、お前? こーいうのって、返事は可能な限り、早い方がいいぞ?」

 その言葉に、上条恭介が縋るように問いかけてきた。

「……御剣さんは、どうするんですか?」
「俺は……べ、別に、どうだっていいだろうが?」
「いえ、参考に聞きたくって」
「参考に、って……こっちは二人、お前は三人だろうが?
 ……むしろ俺だって、お前がどーするのか、参考に聞きたいくれぇだよ」

 途方に暮れる、男、二人。

『……ですよねぇ』

 なんぞと、溜息をつき。

「……正直、その……迷ってるんです。
 『どれもアリだな』と思って……」
「あ?」

 上条恭介の言葉に、俺は耳を傾ける。

「分かってるんです。
 今の僕の左腕と、変形バイオリンでは、目指せる所なんてタカが知れている。
 本来なら、とっくに夢をあきらめるべきで、今のままでは、結局、誰かの同情だけのイロモノで終わっちゃう。
 だからこそ……正直、腕が元に戻るなら、心が揺れないと言えば、嘘になります」

「……………」

「それに、志筑さんの家は……言っては何ですが、上条家と『家と家のお付き合い』をする上で、またとない縁談になるでしょう。
 妥協と言われそうですが、入院や……まして、あんな変則のバイオリンを作るお金を出して貰ったり、家族や周りの人たちに迷惑をかけ続けている以上、父さんや母さんに『恩を返して安心させたい』という思いも、あります」

「……………」

「そして、さやかは……僕の一番身近で……ずっと一緒に居てくれた女性(ひと)です。
 僕の一番、無様なバイオリンを……子供のころから、ずっと聞いてくれた。
 さやかが居たから、僕はバイオリンっていう夢にうちこめたんだ、って……多分。ずっと一緒に居て、安心できるんじゃないかな、って。
 ……身近すぎて、最近まで、全然気付かなかったけど……その、もし、僕の思いに答えてくれるのなら、って……

 僕は……どうしたら、いいんでしょうか?」

 頭を抱える上条恭介。
 それに……俺は、溜息をつく。

「あのさ……『周りがどーだ』とかじゃなくて。
 恋人にしたいなら、『自分が惚れた、一番好きな女を選びなよ』。
 男が命っつーチップを張るにゃ、それが一番だぜ? どーせ負けたらスッちまうしか無ぇんだし、さ」

「……御剣さん?」

「打算とか、そーいったのダケじゃ、結局、『愛情』ってのは成り立たねぇよ。
 そして、あの三人に対して、『そんだけ理屈で考えられりゃあ』、おめー何だかんだと、『結論出てるも同然』じゃねぇか?
 バカくせぇ……聞いて損したぜ。おめーに足りネェのは、その『結論を信じる勇気』だけだ」

 その言葉に、むっとした上条恭介が、問いかけて来る。

「じゃあ、御剣さんの場合は、どうなんですか?
 あの二人に、突っ込まれてましたよね!?」

「俺は……おめぇ……その、よ。
 どっちも大切な人だな、っていうか……『どっちも好き』っつったら、怒るか?」

「怒りますよ。何ですか、その都合のいい、ハーレム願望は?」

「ショーガネェだろぉが! 両方とも大事で、結論なんて出せやしねぇんだから!
 好きだとか、愛してるだとか、そういった気持は、理屈じゃねぇんだよ! ……でなけりゃ、俺が家族を護るために、魔獣と喧嘩なんかするもんか。
 ……たまたま、本当に好きな人が、二人出来ちまった。そして、二人とも俺に告白してくれた。

 確かに、男として生きてりゃ、アリエネェ程の幸運さ!

 だから、どっちにも答えてやりたいけど……どっちかを選ばなきゃいけない。
 それこそ……コインを弾いて、裏か表かで決めちまったほうが、いっそ楽なくらいだ!」

 と……

「だったら、それでいいじゃないですか」
「あ?」
「どんな理由や理屈や感情を並べても決められないのなら、最後は運任せですよ」
「運任せって……お前なぁ、それ、俺が一番嫌う言葉なんだけど?
 っつーか、俺、確かに『悪運』はあるほうだとは思うけど、普段はそー『運が良い方じゃ無い』んだよ……」

 何しろ、沙紀や男友達とポーカーやって、スリーカード以上の役、作った事ネェし。
 ババ抜きや七並べ、大貧民や、麻雀みたいな、計算や『読み』が働くモノなら、なんとか五分で展開出来るが……純粋な『運だけの勝負』だと、かなり弱かったりするのだ。(ちなみに21(ブラックジャック)は、生身でカウンティングが可能なので、結構、好み)。

「だからって、他に方法なんて無いなら、それしか無いんじゃないですか?
 そうしたら、一緒に、彼女たちに返事を持って、逃げた事を謝りに行きましょうよ。
 ……『悪運はあるほう』なんでしょ?」
「なる……ほど。確かに……『運以外を塗りつぶしたのなら』、あとは運しか残らない、か」

 上条恭介の言う事にも、一理、ある。
 俺は、ポケットの財布から、五百円玉を取りだす。

「表が巴さん、裏がチカ。……何かこじれたら、お前が証人だ、いいな?」
「はい」

 そして、コイントス。
 高々とコインは宙を舞い……そして……運命の結果は、出た。




 やがて。
 ウロブチボウルの廃墟に居ると知った全員が、集まって来るのに、さほどの時間は要さなかった。

 だがもう、俺たちは、逃げも隠れもしなかった。

「みんな、ごめん。
 ちょっと、パニックになって御剣さんと逃げちゃった。
 本当に、すまない。
 それで……色々と、御剣さんと相談したり話しあったりして、結論……出せたよ」

 そう言って、上条恭介は……真っ直ぐ、美樹さやかと向き合った。

「さやか、君が好きだ。僕と……付き合って欲しい」
「っ……」
「こんな、無様で……もう、バイオリンの天才なんかじゃない。『天才の残骸』でしか無い僕だけど。
 もし、こんな僕でよければ……友達や幼馴染じゃなくて、恋人として、付き合ってくれないか? さやか」
「恭介……」

 ぼろぼろと。
 美樹さやかは涙を流して、抱きついた。

「……さやか。ごめんね……今まで、気付いてあげられなくて」
「ううん、恭介……いいの。私も……大好き」

 と。

「上条さん。
 もう一度だけ、お尋ねします。
 ……天才としての、過去の栄光に、興味は……本当に無いんですね?」
「沙紀っ!」
「黙って!」

 進み出た沙紀の言葉に、上条恭介は、首を横に振った。

「ありません。僕は……さやかを選びました。
 だから、志筑さん。沙紀ちゃん。本当にごめんなさい」

 そう言って、頭を下げる上条恭介に……

「よろしい! 合格!!」
「え?」

 そう言って、つかつかと沙紀は上条恭介に近づき……左手に、治癒魔法をかける。

「上条さん。
 これは……この『奇跡』と『魔法』は『上条さんのバイオリンの大ファン』からのプレゼントです!
 だから、絶対に……絶対に、さやかさんを離さないであげてくださいね!」

「沙紀……ちゃん?」

 そのまま……沙紀の顔から、涙が落ちる。

「だって……ずっと一緒に過ごして来た、美樹さんの気持ちを袖にして……過去の栄光に縋って私や、増して志筑さんに走ろうモノなら、もうそれは、『私の好きな上条さん』なんかじゃないもん。
 だから……だから……私は、『上条さんに思いを伝えた上で、ちゃんとふって欲しかった』。
 それだけなんです……」

「っ……君は……」

「だから、分かってたんですよ……『勝ち目なんて、全く無い』って。
 だって……だって、私を選んだりしたら……多分……上条さん、ぶん殴ってた。

 でも……気持ちが抑えられなかった。
 だから……だから、ちゃんと『私の恋を、はっきりと終わりにして欲しかった』。

 どんな理由があったって……泥棒猫が、ハッピーエンドなんか迎えちゃ……やっぱダメじゃないですか」

 そう言いながら……ボダボダと涙をこぼしていく沙紀。

 そう、か……

「沙紀。お前は……『スッて悔いのない博打』を選んだんだな?」

「うん……だって、石ころの私が、『普通の人』相手に恋をして、幸せになんて、なれるワケが無いじゃない。
 だから……」

「そんな事は無い!!
 沙紀! お前は石ころなんかじゃない! 魂の在り処に拘るような、心の狭い男なんぞ、男じゃネェよ!
 今回は……たまたま、運が悪かった。相手が悪かった。それだけだ!」

 そのまま、俺は沙紀を抱きしめてやる。

「お、兄…ちゃん?」
「言ったよな? お前は一丁前の魔法少女だ、って。『家族とみんなを守れる』魔法少女だ、って。
 沙紀! お前は、一度とはいえ、ちゃんと『そうやって生きてきた』俺を超えたんだ!
 だから……お前は、誰に恋をしたっていい。『魔法少女として誰かを愛する資格』は、俺が保障してやる!」

 そして……

「お兄……ちゃん……うわあああああああああああああああああああああああ!!」

 俺の腕の中で沙紀の頭を撫でてやりながら。
 いつまでも沙紀は、嗚咽を漏らし、泣き続けていた。



「さて、と……そんで、巴さん、チカ。すまないが……俺もさっき、答えを」

 と、俺が切り出した時だった。

「あ、あのさ……颯太。
 その……週末、だったよな、返事は?」
「チカ?」
「ご、ごめん。やっぱ、フライングは無しだよ……週末まで、答え、待つからさ」

 そう言って、チカの奴は、その場を立ち去ってしまった。



 ……なんだよ、チカの奴。コインは……裏って出たんだぜ?



 まあいいさ、週末に、結論を伝えりゃいいか。

 そう、甘く考えていた事を。俺は、一生涯、後悔する事になる。

 そう、魔法少女に……時間なんて、無かったのだから。



[27923] 幕間:「斜太チカの初恋 その1」
Name: 闇憑◆27c607b4 ID:cb2385d9
Date: 2011/10/14 11:55
「わたしのしょうらいのゆめ いちねん2くみ 斜太チカ

 わたしのしょうらいのゆめは、かっこいいせいぎのヒーローの、およめさんになることです。
 わるいひとたちをばったばったとたおしていく、そんなせいぎのヒーローと、しろいウエディングドレスをきて、およめさんになって、つかれてかえってきただんなさまに、おいしいごはんをたべて、もっとげんきになって、がんばってもらいたいです」



 あの頃まで。
 私は……そんな夢を、ただ、無邪気に思っていた。



「セリカちゃん……どうしたの?」
「ん、お父さんが、事業に失敗したみたい……白女(がっこう)、辞めなきゃいけないんだって」
「っ!! そっかぁ……残念だなぁ。せっかく友達になれたのに……」
「うん。だから、明日から引っ越しの準備。東京の親戚、頼って行く事になりそうなんだ」
「そっか。じゃあさ……私、明日、手伝うよ、セリカちゃん」



 そして……中学一年の『その日』。
 『引っ越し』という『夜逃げ』の場に現れた、マサや梶、テツの姿に……私は。自分の生まれが、血塗られたモノだという、全てを知る事となった。



 全てが、虚飾。その真実は、暴力と血。
 そんな血塗られた世界で、私は、滑稽にも純白のドレスを着た、お姫様の夢を見てしまった。
 手前ぇが触ったら、全部が真っ赤に染まっちまうってぇのに……そんな、馬鹿な……女。



 『おまえのためなんだぞ』。



 要らないよ、そんな血まみれの贅沢な暮らしなんて……私はただ、普通に綺麗なモンが欲しい。
 要らない! 要らない! こんな汚い世界も、汚い体も!
 だったらもう……何がどうなったって、構うもんか!!



 酒を持ち歩き、暴力に身を投じ、タバコをふかし……処女なんて簡単に捨てられた。
 親の前ではテキトーにイイ顔だけして、ドラッグにまで手を出した。
 盗みもやった、暴れもした。白女(がっこう)の裏で、気に入らない奴をボコって……あたしは白女(がっこう)の裏番だった。

 成績も、一年の頃はトップクラスだったけど。
 そうやってワルのドブに漬かって世間を知る度に、比例するように学校の成績はどんどん馬鹿になっていった。
 入学したての頃は、生徒会長やろうかなんて思ってたけど、きょーみなんて、とっくに失せていた。

 ああ、こうやって人間は、ドブの底に堕ちて行くんだ、と……世間を笑いながら、世間を呪って、自分を笑って、自分を呪った。



 『一応』程度の勉強をして……まあ、色々と親父だの何だのが動いたおかげで、あたしは見滝原高校へと進学出来た。
 そして、そこで、あたしは……『運命』に出会った。

 一目惚れ?
 馬鹿馬鹿しい。
 そう思いながらも、アイツの顔が……頭を離れない。
 気になって、あいつの事を調べてる内に、あたしは……どんどん恥ずかしくなった。

 両親が新興宗教に入れ上げた末、一家無理心中に、やむなく抵抗する形で二人を殺害。
 運よく、宝くじに当たって生活費は賄えたモノの、彼の姉も苦労をかけたそうで、旅行先で心不全を起こして死んだらしい。
 それでも、家事炊事洗濯を頑張って、スポーツ万能、成績優秀の優等生で……茶道部ってのが、ちょっとアレだけど、まあ、余裕が無いのだろう。

 要するに……『親が間違ってる時に、命を賭けてでも、逆らえたかどうか』。
 結局、あたしが自棄になって暴れてたのは、『親に甘えていたダケなんだ』と。

 そう悟った時には。

 もうあたしは、自分自身ですらどうしようも無いほど、手のつけられない『ワル』に成り果てていた。
 そう、どんなに好きな人が出来ても、告白すら出来ない体に。



 そして、高校に進学して日も浅い、ある日の路地裏。
 あたしは……その胡散臭い生き物と出会った。
 キュゥべえと名乗るソイツは、『僕と契約して、魔法少女になってよ』などと言っていた。

 そんで一通り、説明を聞き……直感的に、あたしはタバコをふかしながら、鼻で笑って一度、断った。

「馬鹿馬鹿しい。
 第一、見ての通り、あたしはもう『少女』なんかじゃないよ。……処女なんてとっくに割っちまってんだぜ?」

『そんな事は無いよ。僕が見えるって事は、君には『素質がある』って事さ』

「……素質、ねぇ?
 あんた、そりゃ『魔法少女』って外面で呼びならわした、別の『何か』なんじゃねぇの?」

『そうとも言える。
 何しろ、宇宙から着た僕らインキュベーターには、他に適切な表現の単語が、見当たらなかったからね』

「なるほど、ね……だから『魔法少女』か。馬鹿馬鹿しい。
 そりゃ典型的な『ペテン屋の理屈』だよ……どんな裏があるんだか知らないけど、お断り……」

 と。
 あたしの心の中に、ふと。イタズラ心が浮かんだ。

「じゃあさ、『御剣颯太って男と、恋人になりたい』っつったら。あんた叶えられるのか?」

 その言葉に……キュゥべえは、首を横に振った。

『申し訳ないけど、その願いはかなえられない。
 君のその願いは、エントロピーを凌駕していないんだ』

「はっ! 『何でも願いを叶える』なんて言っておいて、早速、不可能な事が出てきやがった」

『流石の僕や魔法少女も、『神との契約者』に、そう簡単に干渉したりするのは不可能だ。
 彼は、僕らより遥かに上位の存在と魂の契約を交わした、一種の超越者(オーバーテイカー)なんだ』

「超越者ぁ?」

『君たちに『魔法少女』という素質があるように。
 彼は『魔法少年』として、神と契約してこの世に生まれ落ちた。
 そして、共に魔獣と闘ってくれている。言わば、『魔法少女』と共同戦線を張る存在なんだよ』

「……なんだそりゃあ? ますます話が胡散臭くなっていくね?」

『彼は一種のボランティアだよ。
 家族が魔法少女と言うだけで、契約の対価も無しに、魔獣と闘ってくれているワケだし。
 僕からしても、本当に『謎の存在』なのさ。彼自身は『魔法少年』って名乗っているから、便宜上、そう呼んでいるけどね」

「ちょい待て。アイツの家族が?」

『うん。彼の姉と妹。両方とも、魔法少女だ』

「……つまり、この間、高校の入学直前に死んだっつーあいつの姉貴は……」

『戦死だよ。
 彼女の願いは『家族を救うための大金』。魔獣との闘いに敗れてね……その場に彼も居たんだ。
 その時になって初めて、僕も彼自身も、『極めつけのイレギュラー』だと知ったのさ」

 胡散臭さが加速して、頭痛がした。
 だが……『宝くじが当たった』云々の話よりは、確かに、まだ納得のいく内容だ。

「つまり……『それ以外の願いを考えろ』って事かい?」

『そういう事になる。
 申し訳ないけど、その願いを叶えるにあたっては、君自身が抱えた因果の絶対量が、全く足りて無いんだ』

 そうは言っても。

 あたしは、あたし自身の人生に、とっくの昔に、もう絶望し切っていた。
 今のあたしは……あたしにとって、夢とか、希望とかって……『あいつ』くらいなモンだ。

 まあいい。丁度イイ、暇つぶしだし。
 どうせ騙されたって、『命を含めて、失うような大事なモン』も、特に無さそうだ。

 考えろ。
 チャンスは一度きり。
 ならば、命を賭けて、何を願う?

「なあ、魔法少女ってのは……『夢と希望を振り撒く存在だ』って、言ってたよな?」
『そうだよ』
「今、あたしはさ。あたし自身に絶望し切ってるんだけどさ。
 こんなあたしでも、誰かに……人間様の世間に、夢や希望を振り撒くなんて、出来るモンかね?」
『それは君次第とも言えるね。
 現に、願いをかなえたあとに孤児になって、窃盗で生活を賄っている魔法少女だっているし』
「なるほどね……」

 つまり、重要なのは。
 究極的には『自分を変えなくてはいけない』って事か。

 ……何と無く、地獄に降りた一本の蜘蛛の糸の話を、思い出してしまう。
 この細い一本の糸を……どう手繰っていくか。

 考えろ。
 今、この世で一番、嫌いなモノ。それは……薄汚いワルのドブ泥にドス黒く染まった、あたし自身だ。
 この嫌いなアタシが好きになれるようにすれば……そう。綺麗な体になりさえすれば。

 ……少なくとも、『彼に思いを伝える資格は』得られるのではないか?

 だが。
 あたしの周囲は。あたしの世界は。ドス黒いワルのドブ泥で真っ黒だ。
 親父やオフクロが……いや、それだけじゃない。もっと色々な所に絡みがあって、結局、ヤクザというのは、簡単には抜けだせないようになっている。
 あたし自身『だけ』が一度、真っ白になった所で……また、ドブ泥に染まって、ドス黒く汚れちまうのが、目に見えている。

 それに……何だかんだと、父さんも、母さんも。
 いや、それだけじゃない、マサも梶もテツも……何だかんだと『あたしにだけは』優しかったんだ。
 ワルのドブ泥の中でも、必死にあたしを諫めてくれていた……ただ、『自分が見えて無かった』、『それしか生きる術が無かった』だけで。

 だから……

「OK、決まった……あたしの願いはね。

 『『斜太興業の全員を』カタギにしてほしい。
 世間様に何恥じる事の無い仕事に就いて、真っ当な稼ぎでメシを喰って家族を養っていける、『あたしも含めた全員が』カタギの好きな人に告白できる『綺麗な体』になりたい!』

 どうだい、出来っこネェだろ!?」

 この願いを叶えられないのなら、もー用済み。この『遊び』はお終いだ。
 だが……あにはからんや。

『その願いなら可能だよ。それでいいんだね?』

 あたしの考えて考えて考え抜いた、一番の願いは……あっさりと肯定された。

「はぁっ!?
 おい……そんな事が……本当に、可能なのかよ?
 い、いいのかよ、おい? 男一人モノにするよっか、トンデモネェ願いだぜ!?」

『少なくとも、『御剣颯太に直接干渉するよりは』難度の低い願いさ……本当に、いいんだね?』

「あっ……ああ! 構わない!
 そんな事が本当に可能ならば、薄汚いあたしの命なんざぁ、幾らでもくれてやる!!」

 その言葉に、キュゥべえが笑う。
 何と無く……嫌な笑顔だなと思った。

『契約は成立だ。
 君の願いは、エントロピーを凌駕した。さあ、解き放ってごらん、君の力を』

 そう言った途端。……胸の奥から、強烈な激痛が走り……

「っ……ぐっ……ああああああああああああああああああああっ!!!」

 琥珀色の宝石(ソウルジェム)を生み出し……あたしは、その日、人間を辞めて『魔法少女』になった。



「『魔法少女』斜太チカ……か。ぞっとしないねぇ……」

 手の中のソウルジェムを弄びながら、溜息をつく。

 あの裏路地で気絶して、置き上がった時には、びっくりした。
 染めた髪の毛は綺麗な黒に戻ってるし、ドラッグの副作用のむかつきや偏頭痛、それにニコチンを欲する『乾き』も無い。
 あまつさえ、親に内緒で背中に入れた、トライバル柄のタトゥーまで『綺麗になって』やがった上に、もしやと思って……その……トイレで確認したら、アソコが処女に戻ってやがったのには、もう呆れ返ってしまった。

 ……いや、確かに『綺麗な体になりたい』とは願ったけどさぁ……

「……へっ、ま、いっか。
 どーせ、『親父たちがカタギになってる』だなんて、有り得るワケが無ぇんだもんな」

 そう言って、あたしはフラッと『斜太興業』ってカンバンが掛ったビルの事務所に足を運び……

「よう、親父……って、どうした? みんな?」

 組員全員、神妙なツラを提げて、親父の部屋に集まっていたのだ。

「おう、チカか……その、何だ。
 全員、杯、返してな……組、解散することになった」
「はぁ!?」
「色々とヤクザ続けてく上で、締め付けがキビしくなってな……幸い、全員、小さいながら、それぞれカタギの会社に就職先が決まったんだ。
 この渡世、シノいで行くにゃ、俺らみたいな武闘派ヤクザは、邪魔にしかなんねぇみてぇだしな。
 ……丁度いい、頃合いだったのさ」

 目が点になるアタシの目の前で、マサや梶、ヤスまでもが、男泣きに泣きやがる。

「よし、改めて伝える。
 本日、午前零時を以って、斜太組……もとい、斜太興業は解散とする!
 既に解散届も警察に出してある!
 ……全員、カタギになっても、しっかり家族やオンナのために食い扶持稼げよ!」

「オヤッサン!」
「親父!」
「泣くんじゃねぇよ、マサ……全員、目出てぇ、門出じゃねぇか……」
「叔父貴ぃぃぃぃぃ!」

 やがて、時計がボーンボーンと、十二時の鐘を鳴らす。

「解散っ!!」

 その言葉と共に。
 全員が、斜太興業のビルから、出て行った。

「……ウソ?」

 ぼーぜんとなりながら。
 あたしはその場で、立ち尽くしていた。



 その後、予想されるよーなトラブルも何も無く、アッサリと。
 あの頃から夢見ていた『カタギの女』に、あたしはなる事が出来た。



「ほ、ほんとに……叶っちまった……のか、なあ?」

 その割には……

「タバコもドラッグも辞められたのに……酒(こいつ)だけは、何度飲んでも『美味い!!』としか思えねぇんだよなぁ」

 ワイルド・ターキーをグラスに注いで、チビリ、チビリと開けて行く。
 元々、小学校の頃から、何だかんだと他人の眼の盗んで、色々お酒は嗜んできたが、中学過ぎる頃には、既にそこらの大人より飲んでいた気がする。……いや、凄く美味しいし。お酒。
 だが……

「いや……何時からだったかな。酒が『本当に美味い』と思えなくなったのは」

 思いなおせば、ただ、惰性で飲んでいた。そんな気がするのだ。
 少なくとも……今、口にしてる酒のように、心の底から『美味い!!』とは思えないモノだった気がする。

「……『酒』、か」

 どうも、それに……何か、あたしが魔法少女になった、重要な意味があるのではないか?
 そう思い、あたしは考え込んだ。

 人は、何故、酒を飲むのか。
 暫し、考え……

「そっか。夢とか、希望とか、正義とか……大人って『そういったのに酔えないから』、つい酒を飲んじまうのか」

 そして、子供には……夢とか、希望とか、正義ってモノを見て、教え込んでいかないと行けない。何故なら、それは『人間として生きる基本』だからだ。
 それを消費し尽くして消耗した果てに……現実の痛みに耐えるために、『酒』という麻酔に手を出す。出さざるを得なくなる。

 あたかもそれは、ドブの底に居た時に、あたしがドラッグに手を出したように。
 あたしは、他人より速く、そーいったのを見ちまったのかもしれない。

「だったら……」

 何でも、生活のために窃盗をしてる魔法少女まで、いると言う。
 そういう、『半端なワルを気取って生きる魔法少女』を、ワルの道から引きずり上げてやることが、あたしの使命なんじゃなかろうか?

 冗談でも何でも無く。

 そういった悪事に一度手を染めると、あとは誰かが引きあげるか引き留めるかしない限り、果てしなくドコまでも転落して行くしか無いのは、あたし自身がよーく分かっている。
 そして、ワルの気持ちは、ワルにしか分からない。……それを理解したうえで、引きとめて、救ってやれるのは……

「多分、あたししか、居ないんだ……」

 ふと。
 何かで見た、伝説級の暴走族のヘッドが改心して、社会復帰や更生などの、族の足抜けを手伝ったりとかいう逸話を思い出した。

「よし、やるぞっ!!
 って……その前に……親父とオフクロに、色々説明しねぇとなぁ……」

 どっかの小さな会社で、営業やる事になっちまった親父だが……苦労はしているモノの、何だかんだと家族三人、飯食う分くらいは稼げてはいるらしい。
 ついでに、ちょっと確認したら……御自慢の見事な唐獅子牡丹の彫り物まで、綺麗になってた。

 この調子ならば、大丈夫だろう。

 そう思って、あたしは親父とオフクロに全てを話し、更にキュゥべえにまで来てもらって……事情を説明して、最初、冗談だと笑っていた二人は、あたしがその場で変身して、事実だと理解した瞬間。

 ……ブチギレやがって、生まれて初めて、家中をひっくり返すような、ガチの大喧嘩をかまして、家を飛び出す羽目になった。

 ……もー知るもんか、あんな馬鹿親共!! 一生、ヤクザの夢見てろ!!



「さて、明日はドッチだ? ってか」

 翌日。
 とりあえず、漫画喫茶に泊まって(この時ばかりは、年齢を誤魔化せる大柄な自分の体に感謝した)、更に学校に行ったモノの。
 住む場所が無くなってしまった。

「どうやって、金、稼ぐかなぁ……」

 今更ながらに、切実な問題。
 これでは、最初の目標どころか、あたし自身が救われない。……犯罪や、昔のワル仲間の所に転がり込んだら、全く意味が無いし……
 そんな時に……ふと、『気になるアイツ』に目が行く。

 ……やばい。ドキドキする。止まんない。

 見ないように、冷静に目をそらし……その時になって、ふと思いつく。



 あいつに告白して……OK貰ったら、そのままアイツん家に転がりこんじゃえばいいんじゃね?


 
 あいつの家に……あいつの家に……うわぁ……
 悶絶しながら、頭を抱える。だが、現実的に一番な方法は、それしか無いように思えてきた。
 聞けば、魔法少女と共同戦線を張る存在だ、というし。魔獣狩りの時に借りを返す心算で行けば、問題無いだろう。

 ……最悪……

「か、体で家賃払っても……って、何考えてる、あたしゃあ……」

 教室の一番後ろの隅っこ……不良の特等席で、あたしはこっぱずかしさに、頭を抱え込んだ。



「よぉ、優等生……話が、あるんだ。部活終わったらでいいからサ、チョイ、ツラ貸してくんねぇか?」

 あいつが茶道部の活動に向かう前に。教室であたしはアイツに声をかけた。
 正味……声をかけた瞬間、『誰?』っていう目線が、露骨に突き刺さる。

「えっと……すいません、どんな御用でしょうか?」
「その、ここじゃ話せない事。魔法少女絡みの話なんだ」
「!? ……わ、分かりました。部活が終わったら、校舎裏で」

 よし、呼び出しは完璧。
 あとは……告白(こく)るダケだっ!!



「えっと、斜太……さん? その、魔法少女絡みの話って、どんな御用でしょうか?」

 人気の無い校舎裏で、あたしは待っていた。
 待ち続けていた。
 ……やばい、心臓が、止まらない……ドキドキしてる。

「あ、ああ……その前に、まず、あたしの……その、キュゥべえに頼んだ『願い』から、片づけようかと思うんだ」
「は?」
「ああ、その、なんだ……その……あっ、あっ、あっ……」

 落ち着け、あたし……度胸一番!
 ここでイモ引くなんざぁ、斜太の血がすたるぞ!!

「あたしと付き合ってくれ!!」
「……え?」

 暫し、沈黙が落ちる。

「えっと、その……え、何? 魔法少女が、どうとかって話じゃなくて……何? どうなってるの? わけがわからないよ」

 に、鈍い……これは、はっきり言わんと、伝わらんタイプと見たっ!

「だっ、だっ、だから……だから……あたしの! 彼氏に! なってくれって! 言ってるんだ!!」
「……はっ、はあああああ? あ、あのさ、だから、何でそれが、魔法少女がどーとかって話に、繋がるんだ!?
 マジで、ワケが分からないんだけど!?」
「っ……ああああああ、もう! こう言う事なんだよ!」

 そう言って……あたしは、自分のソウルジェムを取りだした。

「なっ! おっ、お前、まさか!」
「そうだよ! うさんくせぇとは思ったけど、あたしもキュゥべえと契約したんだ!
 だから今のあたしは魔法少女なんだよ!」

 ……目が点になるあいつ。
 なんというか……目線が『どういう事?』って感じで、あたしを見ていた。

「って……ご、ごめん……い、いきなりこんな事言われても、気持ち悪いよね、ワケが分からないよね。
 分かったよ。順を追って、話して行くよ……」
「う、うん、頼む。イキナリ生まれて初めて、告白とかされて、マジパニック」
「あっ、あのさ……あたし、あ、アンタの事が、好きだったんだ。……それは……いいか?」
「あ、ああ……まあ、その……うん。それは分かったけど、それがどう魔法少女と繋がるんだ?」

 そして、告白から話を転がして行ってる内に。
 ……あたしは、あいつの想像もしてなかった内面を、悟る事になる。

「なんていうか……あんたさ、それ寂しすぎないか?
 誰かのために一生懸命尽くして、そんで最後はポイとか。少しは『自分がこうしたい』『ああしたい』って思う事とか、無いのかい?」
「んっと……『誰かを守りたいって』のは、ダメなのか?」
「そんなんじゃないよ! もっとこう……『自分中心の願い!』『俺様がナンバーワンになってやるZE!!』みたいなトコロ!」
「『誰かの笑顔を見たい』とかじゃ、ダメなのか?」

 なんなんだ、コイツは!?
 あたしが惚れた男は……何でここまで『空っぽ』なんだ!?

 更に、話を重ねる内に……その、ゾッとするような心の虚(うろ)が、垣間見えてきた。

「はぁ……こりゃ、重傷だね! アンタさ、どっか壊れてるんだよ、多分」

「え?」

「普通の人間はさ、こう……あたしみたいに『理想の誰かが好きだーっ!』って、ワガママな部分ってのが大なり小なりあるもんなのさ! そりゃ、もう男女関係が無い! だから『みんなのアイドル』なんて虚像の稼業が、二次元でも三次元でも成立してんのさ。
 でもね、あんたは多分……その、噂は聞いてるよ。『家族を守るために家族を殺す』なんて、究極の決断を迫られて壊れちまってんだよ。自分でも知らない所が。
 そこから逃げられないから、結局『守る必要がある人のために生きなきゃいけない』って、強迫観念にトッ掴まったままなのさ。

 そーいうのをね、『サバイバーズ・ギルト』って言うんだ」

「っ!!」

「まあ、あたしもさ……そういう部分、自覚してっけどね。何しろ、あたしの祈りは『贖罪の祈り』だ。
 でも、それは多分……そのキッカケをくれたのは、キュゥべえと、そして『アンタが好きだ』ってあたしの気持ち。
 言わば、『あたし個人のワガママ』が元なんだよ。そこが、アンタとあたしの、決定的な違いなのさ」

 ダメだ……こいつは。
 こいつは、告白なんか、気軽にしちゃいけない相手だ。
 こいつには、『自分』が無い。
 行動の規範を外に置く事に『慣れ過ぎている』。

 確かに、女の子にとって『頼もしい理想のナイト様』には、なれるだろう。
 だが、それじゃあたしが魔法少女になった、意味が無い。
 あたしは……『御剣颯太』に告白したんであって、女の子が夢見るような『理想のナイト様』が欲しかったワケじゃない!

 そして、あたしの告白は……あたしの言葉は『本当の意味で』こいつに届いちゃいない!

「……わかったよ。
 アンタ自身が『自分の本当の気持ち』を『自分で理解できるようになるまで』あたしもあんたと一緒に闘う!
 そん時に、返事をくれりゃいい!」
「っ! ちょっ、そんな……」
「勘違いしなさんな!
 あたしはね、あんたや親父みたいな咎人気取った奴が放っておけないから、魔法少女になったんだよ!
 ……なんて、かっこつけて、あんたの事をあたしが好きなのは、憶えておいて欲しいけど、さ。

 まあ、今は深くは気にしなさんな。

 あんたに必要なのは、まず『アンタ自身の本当の気持ち』を、『自分で悟る』事なんだよ!
 それまではまぁ……付き合ってやるし、嫌でもつきまとってやるさ。

 あたしはアンタの事が、好きなんだから……さ」

 そう言って、あたしは、あいつに手を差し出した。

「あんたの背中を、あたしが守る。
 だから、あんたが自分の気持ちに気付いたその時に、『あたしのいる後ろが気になったら』……こっちに振り向いてくれりゃいい。
 ……なんて、ベテランのアンタには言えた義理じゃないんだけどさ。少なくとも……少しは頼りにしてほしい、かな?
 そうなれるようには、頑張るよ、あたしも」

「あ、ああ……よろしく、頼む」

 そう言って、あいつはぎこちなく、あたしの手を取って、握手を交わした。
 その手は……あんな繊細な和菓子を作る手は、想像以上に、ゴツゴツしていて固かった。




「押忍!
 先輩、よろしくおねがいします!」
「は、はぁ……あ、あの……こちらの方は?」

 あいつに『仲間を紹介する』と言われ、あいつの家に連れて行かれて。
 あたしは、そこで……頼もしい仲間であり、先輩であり、恋敵(ライバル)と出会う事になる。

「えっとね……その……俺の同級生で、新人の魔法少女。斜太チカさん。
 縁が合って、仲間にしてほしいって頼まれて……俺は構わないんだけど、どうする?」
「そ、そうね。……魔力もかなり高い。素質はかなり飛びぬけてイイほうじゃないかしら?」
『彼女は生まれが生まれだからね。背負い込んだ因果の量も、相当なモノさ』

 そう言って、足元をチョロチョロと動き回りながら、キュゥべえが説明していく。

『魔法少女の素質ってのは、因果の総量で決まる。
 彼女は産まれからして、本当に『因果な稼業』だったから、もってこいだったのさ』
「はぁ……あの、生まれが違うって……家は何を?」
『ヤクザの一家さ。斜太興業の娘だったんだよ』

 ぐらり、と、傾く彼女……巴さん。
 何かこう、『信じられない』というか……『チンピラを、娘に彼氏だと紹介された母親』のような。
 そんな感じの表情だった。

「はっ、はっ、颯太さんっ!? その、どういう事だか、説明して頂けませんか!?」
「あ、いや、その……」
「ごめんなさい、先輩。あたしが自分で説明します」

 そう言って、あたしは、自分の身の上を説明していった。
 ……当然、『颯太を好きだ』という事まで。

「そっ、そう……そういう、事、だった、の……」

 何かこう……『来るべき時が、来てしまった』、という。
 そして、明らかな、嫉妬と、後悔と、そんなの感じが入り混じった、そんな表情から。

 ああ、彼女も……こいつの事が、好きなんだ、と。

 分かってしまった。悟ってしまった。だから……

「ええ。それで、ですね、先輩。
 モノは相談なんですが……あたしを、『巴先輩』の家に、暫く泊めてくれませんか?」
「え? それは……どういう、事、でしょうか?」
「その……あたしが魔法少女になった事情とか、全部正直に親に説明したら、親から勘当喰らっちゃいまして……」

 そこから、昨日、我が家で起こった出来事を、説明していく。

「ぢつは、颯太にOKもらったら、颯太の家に転がりこもうとか甘い事考えてたんですが……その『フェアじゃない』と思うので。『色々と』。
 だから同じ魔法少女のよしみで、『巴さんの家に』転がりこませてもらおうかな、って……ダメでしょうか?」

 何故?
 そういった表情を浮かべたまま。
 しどろもどろに受け答えしていく、巴さん。

「は、はぁ……その、ええ。構いませんよ。私も一人暮らしですので。
 確かに、颯太さんの家で過ごすのは、『色々と問題がある』でしょうし……構いませんよ」
「そうですか。暫くの間、よろしくお願いします!」

 良かった。とりあえず、寝床は確保出来た!
 あとは……ちょっと色々、説明しないと、いけないよなぁ……何か、ワケアリっぽいし。
 でも、とりあえず、これだけは言っておかないと。

「……負けないよ」

 正々堂々。
 あたしは、巴さんにライバル宣言をした。



「あ、あの……斜太、さん?」
「チカ、でいいッスよ。巴先輩」

 巴さんの家に案内されて。
 何故か、あいつの妹までもが、くっついて来たのだった。

「そう。じゃあ……チカ、さん? その……何で、私の家に?
 颯太さんの事、好きなんでしょ?」
「いや、だから言ったじゃないですか。『フェアじゃない』って。
 確かに、色恋沙汰なんて早い者勝ちですけどね……今のアイツは、徹底的に虚ろだ。底なしのガランドウですよ。
 申し訳ないんですけど……あたしゃ、そーいう男に興味が無いんです」

 と……

「あの……それを、チカさんは……どこで、気付きましたか?」

 あいつの妹……沙紀ちゃんが、あたしに問いかけて来る。

「いえ、校舎裏で告白したんですよ。
 そこから話を転がしてっている内にね……こう、ゾッとなるっつーか、虚ろっつーか。
 あいつ、多分、『何も見ていない』んじゃないかな、って。思いまして」
「何も、見てない?」
「自分が無いんです。無さ過ぎるんです。
 だから、告白して彼氏になる事は出来たとしても、それは形だけの事で、『本当の意味で』あいつをモノにしたとは言えない。
 そのうち、多分……我慢できなくなって、破綻しちまうんじゃないかな、って。
 だから、とりあえず『仲間』って所から、始めないといけないな、って……あいつに付きまとってやれば、いつか、その空っぽの底っつっか……『本当のアイツ』が見えてくるんじゃないかな、って。

 何て言うか……他人の傷に付け込んで、モノにするのは簡単なんです。

 ただ、そんな恋愛関係は、あいつみたいな『本当の男』をモノにしたい場合、絶対長続きしない。
 恋人ってのは、いずれその男の嫁になり、そいつの子供を産んで妻になる、その幾つかあるステップの、ほんの一段階に過ぎないワケですし。
 あたしは颯太と『ずっと一緒に居たい』以上、『恋人』って立場だけで、満足できるワケが無いんですから」

 あたしのその言葉に、二人が顔を見合わせる。

「驚いた……初めてだわ」
「こんな的確に、初対面でお兄ちゃんを見通せる人が居たって」

 何というか、感心したというか、驚愕したというか。
 そんな感じの目線で、あたしを見つめられた。

「沙紀ちゃん、どう思う?」
「うん……悪くは無いと思うけど、でもマミお姉ちゃん、本当にいいの!?」
「私は……その、颯太さんが幸せになれるなら」

 その言葉に、あたしは一言。

「ちょっと待った。なんか、話が見えないんですけどね。
 とりあえず、あたしゃ泥棒猫の真似事だけは、するつもりはありませんよ?」
『え?』
「巴先輩……いや、はっきり言わせてください。
 巴さん、あんたもアイツの事、好きなんでしょ?」

 その言葉に……二人が、沈黙した。

「その……何か、あったんですか?」

「お姉ちゃんの、遺言があるんです」
「『巴さんならば、颯太が自分自身の傷と向き合う時間を稼いでくれる。沙紀が一人前になる時間を、稼いでくれる。
 恋心を抱かず、保護者として接することが出来る。だから、私に何かあった時は、お願いします』って。
 だから、チカさん。どうか颯太さんを」

 ブチッ!!

「ふっざけんなーっ!! 何だそりゃあ!!
 兄妹でも家族でも無い、男と女が一緒に居て『恋心を抱くな』なんて、何無茶な事頼んでんだ、あいつの死んだ姉貴はーっ!!」

「ちょっ……チカさん!?」

「巴さん、安心していい! あたしは告白はしたけど、OKは貰ってない! あんたにだって、まだチャンスはある!
 っつーか、こんな状況で、『空っぽなアイツ』を彼氏にしたって、あたしは嬉しくもなんともないし、アンタだって横からかっ浚われたみたいで、面白くないだろ!?」
「っ……それは……」
「正直に、あいつに『好きだ』って伝えなよ! あんたには、その資格は十分にあるんだよ!
 その上で、あいつに決めて貰おうよ! っつーか、アイツにはその義務がある!!」

 と……

「それが出来れば、苦労は無いんだよ……」
「あ? 何、どういう事?」

 沙紀ちゃんの言葉に、あたしは耳を傾ける。

「私たち、『魔法少女の体の事』です。正直、ショッキングな話になりますが、聞きますか?」
「は? 体が……どうかしたって?」
「その……滅多に起こる事でもありませんし、私たちも沙紀ちゃんの『訓練』の時に、初めて気付いた程なので。
 ただ、この話を聞いた子は、全員、その事実に耐えられず……颯太さんへの告白を、諦めてしまいました」
「正直、その、『魔法少女がお兄ちゃんに好意を抱く』っていうケースは多々あったけど。
 『お兄ちゃんに好意を抱いた子が、魔法少女になる』なんて、初めての話しだから……話していいかどうか、迷っちゃって」

 はて。
 魔法少女になるって事に、どんなリスクが存在するんでしょーか?

「とりあえず、お兄ちゃんは『ンなモン気にすんな』って笑ってたけど、やっぱりね……」
「確かに、『生きてるだけ丸儲け』って言葉を考えれば、そうかもしれませんけど」
「えっと……どーいう事?」

 首をかしげるあたしに、沙紀ちゃんが自分のソウルジェムをテーブルに置く。

「これ。何だと思います?」
「『何』って……あんたのソウルジェムだろ?」
「うん。そしてね、これは『私自身』なんだよ」
「は?」

 何を言ってるんでしょうか、この子は?

「率直に言うなら、私たち魔法少女の『魂』なんです。このソウルジェムは。
 だから……マミお姉ちゃん、ちょっと見せてあげて」
「はい。チカさん。よく沙紀ちゃんを見ていてください」

 そう言って、沙紀ちゃんのソウルジェムを持って、巴さんは部屋を出て行く。
 ……?

「そろそろ、かな?」

 沙紀ちゃんが言った、次の瞬間。
 バタッ、と……沙紀ちゃんがその場で倒れ伏した。

「……おい? 沙紀ちゃん? おーい?」

 突いてみる。反応が無い。

「『返事が無い、タダの屍のよぉだ』……っていうか、本当に屍にしちゃうぞ、おい?」

 突いてみても、全く反応が無い……って、おい、まさか?
 脈を取って見る。……って、マジで動いてない!!

「……ちょっ、沙紀ちゃん?」

 いい加減、ビビろうかなぁ……とか思っていると。

「……ぷはぁっ!!」
「うわあああああっ! お、驚かすなよ!!」
「ん、ごめんなさい。
 私は、ソウルジェムと肉体が分離されてる状態に、慣れてるから……ある程度は何とかなるけど。
 つまり、そういう事なんです」
「え?」

 どういう事かと疑問に思っていると、部屋に戻ってきた巴さんが話を続けてくれた。

「つまり、私たちの魂そのものなんです。このソウルジェムは。
 私たちの元の肉体というのは、外付けのハードウェアに過ぎない……言わば、ロボットやゾンビのようなモノなんです」
「っ……マジかよ……」

 その言葉に、あたしは、暫し、絶句しながら沈黙し……

「キュゥべえ。一個だけ聞きたい。生き延び続けた魔法少女は、子供を産む事は出来るのか?」
『ん? 一応、女性としての身体機能に影響は無いよ。歴史上、そうやって子孫を残した魔法少女も居たしね』
「あ、そっか。なら問題ないや♪」

 あっさりと言い切ったあたしに、二人の方が目を丸くしていた。

「……何さ?
 言っておくけど、元々のあたしの体はね、ドラッグとタバコと酒とで、かなりボロボロだったんだよ? ついでに刺青まで背負ってたしね……それ考えたら、こんな『綺麗な体』、他に無いよ。
 少なくとも、あたしゃ『魂の在り処』に拘るよっか、『魂の在り方』に拘りたいモンだ……それ考えたら、元の体よっか、魔法少女の体のほーが、百億倍マシだね」

『……………』

「ついでに言っておくけどさ。あたしの体はあたしのモンで、あんたらの体はあんたらのモンだ。
 そんで、アイツは、そんな魂の在り処にいちいち拘るような、せせこましい男だと思うか?
 そーだとしたら、あたしから願い下げだよ、そんな奴」

 唖然、呆然。
 そんな感じで二人とも、ぽかーん。

「そ、その……強い、ですね」
「あ? 何さ? あたしゃ当たり前の話をしたツモリなんだけどね?
 むしろ、ヤクザのドブの底に生まれちまったあたしにしてみりゃ、魔法少女の素質があった事のほーが、よっぽどラッキーだと思ってるよ。
 所詮、人間なんて『命も体も、道具』だよ。
 そりゃ大事にするのは当たり前だけどさ、問題はその道具を使って『何が出来るか』って事さ。後生大事に傷つくのを恐れてたって、何にも出来やしない。
 だったら、気合い入れて足腰踏ん張って、『なんかカマしてやろう』って思うべきじゃねーの?」

 あたしの言葉に、二人の目が輝き始める。

「な、なんというか……凄い人だなぁ。マミお姉ちゃん、ちょっと負けてられないよ?」
「え?」
「だってさー、結果的にとはいえ。
 あたしたち、魔法少女の真実利用して、お兄ちゃんに近づく他の魔法少女、蹴り落としてたようなモノじゃない?」
「……………そ、その……確かに、そう、です……ね」

 その巴さんの表情に、ふと……

「もしかして巴さん……あんた、意図的に、そうやってライバル蹴落としてたとか?」
「え?」

 ぢーっ、と……あたしは巴さんを見る。
 その頬には、どこかこう……たらーり、と一滴の汗が。

「ちょっ、それは……ご、誤解ですよ、誤解。あは、あははははは」

 その言葉に、更に。

「そういえば、マミお姉ちゃんへの遺言に『お兄ちゃんがマミお姉ちゃんを好きになったら?』って聞いたら、『勿論構いませんとも』って言ってたもんねぇ……冴子お姉ちゃん」
「やっぱりか、この確信犯……」

 二人揃って、ジト目で睨む。

「まー、でも……あんたがやってきた事は、確かに正しいよ。こんなチンケな事にも耐えられん奴に、あいつは任せられない。
 本当の自分とも向き合えない奴に、『底なしに空っぽ』のあいつと、向き合えるワケが無い。
 ……一緒に居るとしても、それはタダ、甘えてるだけだ。

 で、巴さん。とりあえず、恋敵同士ではあるけど、さ。
 あいつ自身を何とか壊れないよう、前に進めるように治してやるほうが、先だと思うんだ。
 その、なんだ……色恋沙汰で競い合うのは、後にして、さ。
 何とか一緒に、魔法少女、やって行こうと思うんだ……よろしく、頼む」

 そう言って、あたしは右手を差し出した。

「そ、そうですね……よろしく、お願いします」



[27923] 幕間:「斜太チカの初恋 その2」
Name: 闇憑◆27c607b4 ID:cb2385d9
Date: 2011/10/19 20:20
「あの、斜太さん……料理、出来たんですね」
「ん、まあね。
 中学一年までは、真面目に女の子やってたし。……三年間で、かなり馬鹿になったけどさ。
 ……その頃の写真見たら、多分、ギョッとなると思うぜ?」

 居候のままじゃ心苦しいので、とりあえず、軽く何か作ると宣言し、キッチンを借りて料理を作る。

「にしても、少し珍しい能力ですね。『魔法を使っての収納能力』、沙紀ちゃん並みの収納量じゃありません?」
「ああ、まあ……多分、『奥の手』に絡んでるんじゃないかな?」
「……奥の手?」
「んー、あたしの最終奥義?
 なんとなくこう……魔法少女として生まれ変わった瞬間、『ああ、これだ』って思えるモノだったから。
 ……ただ、今の段階じゃ、多分、自爆技にしかならない」

 その言葉に、沙紀ちゃんが水を向けてきた。

「なんか……あたしと一緒ですね。
 能力だけが先行してて、それをコントロールする魔力や実力が、ついて来ないタイプ」
「かもね。だから今のところ、あたしに使えるのは『鎖』、あとは『コレ』かな」

 そう言って、あたしは作った料理を皿に盛り付けると……一つの力を発動させる。

『?』

「はい、お待たせ」

 出来あがったカレーライスを、食卓に並べ始め……ぎょっとなる二人。

「チカさん、今、台所で料理してましたよね?」
「ああ。ついでに、ちゃんと二人とも『あたしを見えては居た』よ。ただ『存在感や気配』が『極度に薄くなる』のさ。
 ……ほら、あたし……図体デカいじゃん? 大女だメスゴリラだ何だって色々言われてたから、そのへんも絡んでるのかもね」

 ちなみに、身長は174センチ、スリーサイズは……まあ、秘密だ(悪い方では無いと自負してはいる)。

「ま、人間や魔法少女相手の、不意打ちとかストーキングとかにしか使いようが無いけどね。……ローグスタイルの戦い方にはもってこいかもだけど、あんまりイイ使い道のある魔法じゃないよ」

 と、

「そんな事無いよ」
「沙紀ちゃん?」
「私、分かるよ……魔法少女の願いって、力って、全部、万人共通の願いだもん。
 ただ、『誰かの願いって、誰かの呪い』なだけで……何て言うのかな、それを飲み下して、ちゃんと使いこなす事が、求められるんじゃないかな?」
「そう……かな?」
「そうだよ。きっとその力だって、役に立つ日が来るよ!」

 その言葉に、あたしは苦笑いをした。

「……なるほど、これもまた、『正義』という名の『酒』か」
「え?」
「ん? あたしの信念(ポリシー)でね……『正義』も『酒』も一緒のモノ。適量用いれば百薬の長なれど、飲める量を間違えたら、破滅あるのみ。
 だから、保護者が居る子供の頃に、ちゃーんと正しい事を教え込んで、うんと夢を見て、うんと失敗して……そんで、人間は大人になって行くんじゃないかな、って。
 そんでまあ……チョットだけ。将来、『酒』とか『正義』に溺れないよう、ワクチン代わりにかるーく『悪い事』を教え込む奴が、稀に居る。なーんとなく、そう思ってんだ」

 と……

「あの、お酒って……」
「あー。あたしねー、子供の頃からずっと影で飲んでたりしてたんだ。中学超えたくらいからは、もう立派に酒豪でさー。
 そこらの大人よっか、飲んでたと思うよ?」

 そう言って、あたしは『カティー・サーク』のボトルを取り出す。

「どぉ? カレー喰う前だけど、軽く一杯、飲る?」



「……飲ますンじゃ無かった……」

 あの後。
 カレーを平らげて、沙紀ちゃんは帰ったものの。

 何だかんだと勧めて飲み始めてる内に、巴さんも付き合うように、もぉ一杯、もぉ一杯と、杯を重ね始め……まあ、彼女も見た目通り生真面目な分、溜めこんでるモンが多いと言うかなんというか。

 酷く『絡む』のである。いや、ホントに。

 ……何と無く、沙紀ちゃんの感の良さを、あたしは垣間見た気がした。
 きっと『危ない』と思って撤退したのだろう。

「まあ、でも、何だかんだと颯太の事、好きなんじゃないか、この子も」

 きっと真面目な分、あいつの死んだ姉さんの遺言を、後生守って言いだせなかった部分もあるのだろう。
 だったら……

「おーい、起きろー。風邪ひくぞー」
「ん? ……あれ? 私……?」
「完全に酔っぱらって潰れちまったんだよ……あー、アンタにゃウィスキーはまだ早かったね。
 とりあえず、ビールから始めたほうがいい。あと、飲み過ぎには注意しな」

 と……

「その、チカさん……この事は、颯太さんに言わないでくださいね?」
「あ? 言わないよ。
 ……むしろ、あんたの口から言うほうが、いいんじゃないか?」
「え?」
「颯太(あいつ)がどんだけの朴念仁か、もー切々と説明してくれたじゃないか。酔っぱらって」
「えええええええっと……その、記憶が……」

 ……やっぱりか。

「いいんじゃないの? 正義の味方だって、酒呑むくらい。
 あたしら魔法少女なんて、魔獣との勝負で命がけの日々を送ってんだし、こう、パーっと、さ♪」
「は、はぁ……お酒って、恐ろしいですね」
「まあ、確かに、酒は魔物だから上手く付き合う必要はあるけどさ……それでも、上手く付き合えれば、これほど頼もしい味方は無いよ。
 それと、なんていうか……あんたさ、いっぺん『間違えて』みたらどうだい?」

 その言葉に、首をかしげる巴さん。

「『間違える』?」
「そ。
 何っつーか……自分が『先輩として立たなきゃいけない、シッカリしなきゃイケナイ』ってのは分かるけど。
 好きな人の前で、隙を見せて甘えるくらいは、してみたらどうだい?」
「そう……です、けど。その……何て言うか、やっぱりほら、作ってきた立場というか、そういったのって……」
「なーに、心配しなさんな。そーいう時のために、『酒(こいつ)』がある♪」

 そう言って、あたしは『シーバス・リーガル』のボトルを、ドン、と置く。

「少なくとも、酔っぱらった女を介抱するくらいの甲斐性は、男なら誰にだってあるハズだしね。
 そうやって、間違える事の出来ない立場の人間が、『正しく間違えて転ぶために』酒(こいつ)はあるんだよ」
「はぁ……」
「大丈夫! どんな聖人君子だろうが魔法少女だろうが、酔えば誰だって酔っ払いだ♪ そんで、『正義』も『酒』も、『自分が飲める範囲を知っておくこと』も、また、正しい事だよ。
 そして、それが分かったのなら、あいつに軽く、酒(こいつ)の力を借りて甘えてみたらいい。……案外、面白い方向に話が転がって行くかもしれないぜ?」
「そう、ですね……今度、試してみます」

 あたしの言葉に、巴さんはうなずいてくれた。



 その後、その酔っぱらった巴さんの行動と告白が、『どう面白い方向に転がった』かは、別の話。
 ええ、ええ……面白すぎて、ションベンチビるくらい『怖い目』と『痛い目』を、巴さんもあたしも見てしまいましたとも。クワバラクワバラ。



「ほほう、中々面白い動かし方してくるね、沙紀ちゃん」
「えへへへー」

 ある日の事。
 『魔獣狩り』の前に颯太の家に集まり、買い物に行ってる颯太を待ってる間。
 あたしと沙紀ちゃんは、『アドミラブル大戦略Ⅵ』をガチャガチャとプレイしていた。

 実は……こと、ゲームに関しては、あたしはアクションやシューティングよりも、RPGやSLG、あと、トレカ系なんぞにも、ちょろちょろと手を出してる。ついでに将棋はアマチュアの段位持ってたり。
 こー、何というか、激しいアクションや弾幕を避けるよりも、ストーリーを追ったりロジックで構成された盤面に没頭するのが、実は好きだったりするのだが……この図体と数々の喧嘩の逸話のせいで、そーいう趣味とは無縁の人と思われてしまうのが、悲しかったり。

 そういう意味で、沙紀ちゃんが振ってきたSLGゲームの対戦プレイの話しは、願っても無い申し出だった。
 そして……彼女がコマを動かす『筋』は、未熟ながら非情にユニークに富んでいて、面白味があった。

「だけど、こう来るとどうするのかな?」
「うにゃっ!? チカさん、それは……」

 爆撃機を沙紀ちゃんの高射砲の死角に置いてやる。

「うー、うー、こーする!」
「ほい、じゃ、タンクをこっちに進めて、と」
「うにゃー!? ひどいよ、こんなのあんまりだよーっ!」

 はい、チェック・メイト。
 そのまま、詰将棋のよーにカタに嵌められて司令部陥落、と♪

「……チカさん、意外な趣味をお持ちですよねぇ」
「ああ。あんたとはチェスで今晩、また一指し願いたいね……西洋将棋も、悪くないモンだ」

 と……

「痛ってぇな、こんチクショウ!! 放しやがれ!」
「なーにが『放せ』だ、こん盗人が!」
「痛だだだだだっ……くそっ! あたしも焼きが回ったか……」

 玄関先に現れたのは、颯太……に、後ろ手に関節極め上げられた、知らない魔法少女が一人。

「よう、颯太、お帰り……って、コイツ、誰?」
「ん? 『スーパーの万引き犯』。で、悪いんだけどチカ、お前の『鎖』でとっ捕まえといてくんね?」
「あいよー」

 そう言って、変身して『罪科の錨鎖』で、万引き犯をとっ捕まえておく。

「テメェら、あたしが誰だか知っててやってんのか、この野郎!」
「あー? アンタが誰様だか、こちとら知ったこっちゃないけどさ。
 あんた、魔法で万引きとか、それでも魔法少女かい? 世間に対して恥ずかしいとは、思わねぇの?」
「なんだと? ……テメェみてーなメスゴリラに言われたかねぇよ!」

 ピキピキピキ……

「誰がメスゴリラだ? こんガキャあ?」
「アンタだアンタ! ……キュゥべえの奴、とうとう契約相手に事欠いて、ゴリラの少女とまで契約しやがったのか」
「はっはっは……颯太ー、こいつ、裏でシメちゃっていい?」
「逃がさなければ、好きにボコっていいぜー。ただし、殺すなよ? あと程々にな」
「了解♪」

 そう言って、鎖で締め上げたまま、片手で持ちあげる。

「うおっ!! ……なんつー馬鹿力だコイツ……放せっ、このゴリラっ!!」
「悪いなぁ。パワー『だけ』なら、巴さんや颯太のお墨付きもらってんだ、あたし」
「巴さん? あんた、マミの知り合い……って」

 その奥から、ひょっこり出て来る巴さん。

「あら……珍しいお客さんね」
「なっ、マミ! って事は……あいつが噂の『魔法少年』かよ!」
「そういう事。
 ついでに彼女は、私たちの仲間で、期待の新人。見ての通り『素質だけ』なら超一流よ」

 期待の新人、ねぇ……正味、いろんな事を教わってる段階で、自分の力の活かし方も、まだ全部分かっちゃいないんだけどね。

「巴さーん、ちょっと裏でコイツ、シメてきますねー」
「殺さないようにね、チカさん。……一応、それでも魔法少女としては、あなたより大先輩なんだから」
「了解。ま、この鎖は、知っての通り、そう簡単にゃ千切れやしませんけどね」
「うわあああああ、放しやがれ、この筋肉ゴリラ女ーっ!!」
「あっはっは……まずは年上に対しての、口の利き方から教え込もうかー?」

 完全に鎖で緊縛して身動きとれない状態にして、死なない程度にボコボコにしつつ。

 これが……あたしと杏子との、初対面だった。



「さて、どうしたモンかな、っと……」

 何だかんだとシメて説教して……彼女の事情を知ったあたしは、そこで颯太との因縁を知る事になる。
 ついでに……颯太や沙紀ちゃんが、佐倉杏子の活動範囲に行きたがらなかった理由も。

 ……まあ、そりゃぁ避けるわなぁ……インチキ新興宗教の親玉の娘と、その被害者の子供。
 どー考えても、噛み合うワケが無い。

 だが、あいつは多分、自分の父親が何をしていたのか、知らなかったのだろう。
 でなければ、あんな所で涙を流すワケが無い。だからこそ……

 『あのさ、颯太……あの子の事、あたしに任せちゃくんねぇか?』

 そう、名乗り出た。
 それに、そういう、帰る家も家族も無い『救えない奴』を『最低限の所まで』引っ張り上げてやるのは、あたしの仕事だと。
 魔法少女になったあの日、そう誓ったのだ。

 だから……

「よっ♪」

 ゲーセンで、ダンスゲームを踊ってた彼女に、気配を消して近づき。
 踊り終わった所で、思いきって声をかけた。

「っ……テメェ……」
「イキんなよ、『先輩』。……ちょっとさ、話があるんだ」
「はっ、メスゴリラが人類に、何の話があんのさ?」

 ピキピキ……

「好きでデカくなったんじゃねぇんだけどなぁ……あたしも」
「そりゃ、類人猿だからショウガネェんじゃねぇの?」

 ピキピキピキピキ……

「まあ、ゴリラでも何でもいいさ。だから……」
「失せろよ、メスゴリラ。群れに帰れ」

 ブチっ!

「上っ等だ、表出ろゴラァ!!」
「はっ! 本性現したじゃん……野ゴリラが」




「なあ、アンタさ……多分、あたしと『同類』だろ? そんな『匂い』がするんだ」
「まあ、な……」

 繁華街の路地裏で。あたしは魔法少女の大先輩と対峙した。

「分かんねぇなぁ……そんな奴が、何でイイ子ちゃんのマミと組んでやがる?」
「それ含めて、話そうかと思ってたんだけどねぇ……ま、いいさ。
 ボコられたのがムカつくってンなら喧嘩(ゴロマキ)くれぇは付き合うさ。元々、ゲンコで勝負すんのも、あたしの流儀の内だ」

 そう言って、あたしは変身し、両腕に鎖を巻く。
 完全な格闘戦(グラップル)スタイルが、今のあたしの流儀だ。

「はっ、腕力馬鹿のゴリラ女が……魔法少女の実戦を教えてやるよ」
「そうかい、よろしくご教授頼むぜ、先輩!」

 そして、あたしの魔法少女としての、初めての『喧嘩』の火ぶたが切って落とされた。



 っ……速えぇ……

 恐ろしいほどのリーチと速度に、あたしは驚愕した。
 颯太程ではないが、こいつ……恐ろしく速い!

「はっ、そんなダルマみたいになって、手も足も出無いか!?」
「……っ!」
「筋肉バカが……手玉だぜっ!」

 振りまわされる多節棍のような槍に、一方的に叩きつけられる。
 だが……元より、こちとら『無傷で勝とうなんて、思っちゃいない!』

 振りまわされる槍に叩きつけられ、突き出す先端に腕をぶち抜かれ。
 一方的にボロボロにされながらも、何とか耐え抜いて耐え抜いて耐え抜いて……

「これで……終わりだよ!!」

 トドメに振るわれる、横薙ぎの一閃。それを……あたしは強引に引っ掴んで、右手で止めた。

「なっ!!」

 更に……

「捕まえろっ!!」

 左手の錨鎖が、そのまま槍を這うように絡みつき、奴の右腕をひっ捕える。

「っ!」
「さあ、捕まえたぜぇ……ゴリラとチェーン・デスマッチだ、先輩!」
「くっ……てめぇ……ハナッからそれが狙いか!」
「そぉらぁっ!!」

 そのまま、一本釣りの要領で、振りまわしながら叩きつける。魔獣狩りの、あたしの必勝パターンに嵌めた。
 が……

(やべぇ、攻撃、喰らい過ぎた……ちょっと意識が……あっ!)

 ふと……投げ落とす先に居た、黒い猫を庇って。
 思わずあたしは、あいつの右手にかけた鎖を、反射的に緩めてしまい……

「もらったっ!」
「やばっ!」

 解けた鎖から抜けたあいつが、そのままビルの壁面を足場にして槍をふりかぶるのを、あたしは呆然と見て居た。



「……なんで、トドメ刺さねぇんだよ?」

 体のすぐ脇にブッ刺さった槍を、呆然と眺めながら。
 あたしは佐倉杏子に問いかけた。

「あのさ、あんた……馬鹿だろ?」
「あ?」
「喧嘩の最中に、猫なんぞ庇って……何なんだよ」
「うるせぇなぁ……好きなんだよ、猫」

 何というか。
 動物以外、友達が居なかった時期とかありまして。

「……そうかい、あんたも一人ぼっちだったんだな」
「……まあ、な」

 お互い。
 ボロボロの体で、ビルの壁面にもたれかかる。

「あのさ、話しって……何だよ?」
「そりゃあ……あー、ここから近いか。ビルで話そうや」



「あんたさ、本当に好きになった男とか、居るかい?」

 『元』斜太興業の事務所があった、ビルの階段をのぼりながら。
 あたしは佐倉杏子に問いかけた。

「あ、何だよ? ……居るワケ無ぇだろ?」
「そうかい……だったら、まあ、意味の無ぇ話に聞こえちまうかもな」

 かつて、組事務所のあった階の扉を、開けて。
 あたしは中へと入った。

「……ここは?」

 かつて、組長(おやじ)の部屋だった、今は何もない空間。

「うん、何も無い……もう、誰も。ここに戻ってきてない」

 それだけで。
 あたしは胸が一杯になるくらい、満足だった。

「ここはね……あたしの親父の組事務所だった。
 あたしの親父は、ヤクザの親分やってたゴンダクレのロクデナシでね……斜太興業、知ってるかい?
 あたしの名前はね、『斜太チカ』って言うんだ」

「……………!」

「他人の事なんぞ、お構いなし。仁義も任侠もクソも無い。
 シャブさばいて、他人カタに嵌めて、人生食い物にして……そんな世間に顔向けできない事を一杯して、食い扶持稼いでるって知ったのは、あたしが中学一年の頃だったかな?
 当時、学校で出来たばかりの親友の家族を、あたしの親父たちはハメたのさ……

 ……悲しかったよ。
 それまで、ちょっと背が高いダケが悩みの、フツーの女の子だと思ってた自分がさ、全然フツーじゃなかったんだ。

 親に『カタギになってくれ』って頼んでもさ……ぶん殴られて『お前のためなんだぞ』って言われちまったら、子供としちゃあ、もう何も言えないじゃん?
 だからね……荒れた。もー滅茶苦茶に荒れたよ。
 酒、たばこ、ドラッグ、暴力、盗み、援助交際(エンコー)……悪い事は一通りやった。背中に刺青(タトゥー)まで入れて……もう何がどうなろうが、人生知ったこっちゃ無いってくらい、荒れたよ。

 そんな時にね……何とか高校に進学して、アイツと出会った。
 本気で惚れた、男と出会ったんだ。

 でも、そん時のアタシは、もう、体まで滅茶苦茶だった。
 タバコのニコチンで肺は真っ黒、ドラッグのムカつきは取れない、内臓も色々イッてたし、処女だって捨てちまった後で、背中に刺青(タトゥー)まで入れてたしね。
 そして、そんな薄汚いドブ泥の底で、カタギの血を産湯に漬かって生まれちまった……そんなあたし自身の体が、親たちが、そして何より、それに『逆らうことが出来なかった自分に』一番、我慢ができなかった。

 ―――だから、キュゥべえに頼んだんだ。

 『斜太興業の全員を』カタギにしてほしい。
 世間様に何恥じる事の無い仕事に就いて、真っ当な稼ぎでメシを喰って。あたしも含めた全員が、カタギの好きな人に告白できる『綺麗な体』になりたい!』って。

 魔獣退治が命がけだとか、そんなの知ったこっちゃない。
 『命を賭けるよりも、命を賭けられないまま腐って行く自分が』あたしゃ我慢がならなかったんだよ」

「あんた……」

「しかもさ……正直に、親父とオフクロに事情話したら、何っつったと思う?
 『誰のためにヤクザしてたと思ってんだ』とかさ、完全にトンチンカンな事ヌカすんだぜ? 誰がアンタに頼んだよ、そんな極道な生き方!
 だから、家中ひっくり返すような大喧嘩して、後ろ足で砂引っかけて、おん出てやったのさ。そんで今は、巴さん家に厄介になってる。
 もー、あんなの親じゃ無いよ。
 せっかく、カタギになって食い扶持まで稼げるよーにしておいて、何ヤクザに夢見てんだか……」

「それでも……家族だったんだろ?」

「まあね……家族だと思ってたよ。
 実の両親だけじゃない。斜太興業の組員全員、世間に蛇蝎のように忌み嫌われても、あたしにだけは優しかったしね。
 でも、もうあんなの親じゃない、親とはあたしが認めない。
 ……丁度よかったんだよ。
 極道の家庭なんて、元々どっかブッ壊れてるも同然なんだ。だったら、いっぺん、完全にブッ壊したほうがいいのさ……ざまぁ見ろだよ」

「……………」

「なぁ。アンタにどんな事情があったんだか、あたしゃ知らない。
 でもさ、この魔法少女として授かった力ってのはさ……世間様に迷惑かけるために使うモンじゃ、無いんじゃないのか?

 そうじゃなくてもさ……もしあんたが将来『好きな人が出来た』っつったら、あんた、どのツラ下げて、その人に告白するつもりだい?
 『あたしは泥棒やって生活賄ってる家なき子です』って……惚れた男に、そう堂々と言えるのか?
 そうやって、手前ぇが勝手に背負いこんだ、汚いモンまで惚れた男と分かち合えってのか? そんな自分が恥ずかしく無いのか!?

 そうじゃなくてもね……あたしには分かるよ。

 あんたは『ホントはイイ子』って奴なんだよ。そういった半端なワルはね……あたしの親父みたいな『本当のワル』にとっちゃ、いいカモでしか無いんだ。そんで喰い物にされちまった子を、あたしはイッパイイッパイ見てきてるんだ!
 いいかい? ワルのドブってのはね、本当に底なし沼なんだ!
 あんたは今、魔法少女の力を使って、舌を出して上手く凌いでるつもりかもしれないけど、こんな暮らし続けてたら、本当に『取り返しのつかない事』に手を染めちまうよ!?
 そんな事をしちまったが最後……もう、キュゥべえと契約でもしない限り、絶対、ワルのドブから抜けだせなくなっちまうのさ。……昔のあたしみたいに、ね。

 だから、盗みなんぞ辞めて、差し伸べてくれた颯太の手に縋っておきな!
 ……それが、アンタのためだよ」

 と……

「すまねぇな。
 あたし、アンタの事……色々、誤解してたよ」
「別に、構わねぇよ。分かってくれりゃ、それでいい。
 だからさ、一時的にでも、アイツの家にでも厄介に……」

 そう切り出した。
 が……

「でも、ダメだ……アイツにだけは、世話になる事は出来ねぇ」
「何でだい!? 金もある! 住む所もある! そんな奴が手を差し伸べてくれるチャンスなんて、そうそうあるモンじゃねぇんだぞ!?
 それともナニかい? あんたの親父がやった事の負い目かい? だとしたら、チャンチャラ筋違いだよ!
 子供は親を選べないんだ! その事くらい、颯太だって……」
「違う! ……違うんだよ……アイツには。『アイツにだけは』、絶対に世話になれねぇんだ」

 どうやら、何か……複雑な事情が、あるらしい。

「何でかな……あたしとアンタと同じ魔法少女なのに……どーしてこうも、違っちまってんのかなぁ?」

 涙を流す佐倉杏子を……思わずあたしは抱きしめて、頭を撫でてやった。

「その……まあ、何だ。もう、夜も遅いからよ。今日一日、ココに泊まって行こうぜ。
 あたしは明日、学校があるけどさ……放課後になったら、アンタのほうの事情、聞いてやるよ」
「……ああ、頼む」



「どーした、チカ……ボコボコじゃねぇか」
「ん、まあ、なんつーか……滅茶苦茶強かった。負けちゃった」

 後日。
 学校で正直に、結果だけを報告する。

「だから言わんこっちゃ無い……どれ、俺が今度はアイツを」
「いや、話は聞いてもらえたんだ。今度は、あたしがアイツの話を聞く番。
 放課後に、ちょっとね……」
「本当に、大丈夫か?」
「大丈夫だよ。あたしを信用しとくれ……多分、これは、あたしにしか出来ない事だ」
「……だったらいいが。
 お前、魔法少女同士の喧嘩を、甘く見るなよ? うっかりしたら、本気で殺されるぞ」
「ん、分かってる……」

 だが……何か、気になる。

 あいつの涙の意味が、あたしにはまだ、全然つかめない。
 だが、トンでもない事実が、そこに秘められているのではないか?

 そんな嫌な予感が……尾を引いて、離れなかった。



「……へぇ。なんか、イイ感じの教会じゃん?」

 廃教会。
 そんな趣の建物だったが。あたしは逆に、それが何か気に入った。
 ……神様から見捨てられて魔法少女になったよーなアタシだ。このくらいの教会で式を挙げるのが『丁度いい』とすら思ってた。

「ここはね……あたしの親父の教会だったんだ」
「ああ。そのへんの話は、颯太から聞いてる。
 その……インチキ新興宗教の教祖様で、信者から金を巻き上げてた、ってね」
「違う!
 ……って、言っても、信じちゃもらえないか。
 確かに、あの兄妹にしてみりゃ、あたしの親父は、とんだペテン師になっちまうんだろうな」
「いや、よぉ。酷い事言うようだけど……ドコをどー逆さに振るった所で、そーとしか見れないだろ?」

 むしろ、それ以外に、どういう風に見ろと言うのか?

「そうじゃねぇんだよ。
 インチキなのは親父じゃ無い。インチキをしたのは……あたしなんだ」
「あ?」
「あたしの親父は正直過ぎて優しすぎる人でさ……新聞を読んでは、『どうして世の中が良くならないんだ』って、そんな風に真剣に悩んで涙を浮かべるような人だったんだよ。
 『新しい時代には、新しい信仰が必要だ』っていうのが、親父の口癖でさ。そんである時、親父は信者に対して、教義に無い事まで説法をするようになった。
 ……当然、信者の足はバッタリ途絶え、本部からも破門された。あたしたちは一家揃って、喰うにも事欠く有様になっちまった」

 なんというか。
 颯太から聞いた『悪徳宗教家』とは、ちょっとズレたイメージの告白に、頭が混乱して来る。
 ……純粋過ぎる人?
 それがどうやったら、颯太の……いや、御剣家を破滅させるんだ?

「親父は間違った事なんて言ってなかった。だけど、誰も真面目に取り合ってくれなかった。
 悔しかった。誰もあの人を解ってくれないのが……あたしには我慢出来なかった。
 だから、あたしはキュゥべえに頼んだんだ――『みんなが親父の話を、真面目に聞いてくれますように』って」

「なっ! ……ちょっと待てっ!! それじゃあ……」

「ああ、そうだよ。
 あいつにとって……いや、あの兄妹にとって『本当の仇』は、あたしなんだ。

 そして、あたしは晴れて魔法少女の仲間入り。
 バカみたいに意気込んでたよ……親父の説法と、あたしの魔獣退治……表と裏から、世界を救うんだ、って。
 でもね……ある時、カラクリがバレた。
 魔法の力で信者が集まったって知った時、親父はブチ切れたよ。あたしの事を、人の心を惑わす魔女だって……そう罵った。

 そんで、親父は壊れちまった。
 酒に溺れて、頭がイカれて、最後は無理心中さ……あたし一人を置き去りにして、ね。

 だからあたしは、二度と『他人のために魔法を使わない』って誓ったんだ。
 奇跡ってのはタダじゃない。祈った分だけ、同等の絶望が撒き散らされる。そうやって、差し引きゼロにして、世の中は成り立っている。
 だからあたしは……その『高すぎるモン』を払っちまったツケを取り戻すために……釣銭を取り返すくらいのつもりで、生きてきたんだ」

 その言葉に。
 あたしは……腹が立った。

「何だよテメェ……それをあたしにゲロするって事は」
「そうだよ……もう、なんか。どうでも良くなっちまったんだ。
 あいつの飯、喰わされた時にさ……腹が一杯なんじゃない、胸が一杯になっちまったんだ。
 あいつさ、あんなヒデェ目を見て生きてきたってのに……一体、何であんな美味い飯を、他人に振る舞えるんだよ? ワケが分からねぇよ」

 そして……キレた。

「ふざけんなよ……アイツはタダであんたに飯を出したんじゃない!
 あんたに魔法少女として『マトモに戻って欲しい』から、カツ丼出したんだぞ!

 そんで……言わせて貰うよ。
 『家族の事を分かって欲しい』っつー、あんたの祈りは間違っちゃいない……間違ったのは、『子供の祈りに答えられなかった』あんたの親父だ!」

「っ……違う、親父は、間違った事は言ってなかった」

「バカ言ってんじゃないよ! 家族を養う食い扶持も稼げネェ奴が、何が『新しい時代の新しい信仰』だい!! 何が『人の心を惑わす魔女』だ!!
 第一、テメェの説法が『絶対正しい』っつーなら、テメェの教えを広める手助けをしたアンタが、『どーして魔女になんなきゃなんないんだ!?』。『そうあれかし』って祈ったのは、テメェじゃねぇか!

 祈るのが宗教家の仕事なら『テメェの祈りにくらい責任持ちやがれ』ってんだよ!!

 純粋過ぎる人!? ふざけんじゃないよ!
 家族養う力も無いくせに、ガキみたいな夢見てるガキみたいな大人がガキを作ったら、そりゃ一家纏めて不幸になるに決まってんじゃないか!」

「それは……」

「言ってる事は確かに間違ってなかったのかもしんないけどね……あんたの親父が『やっちまった事は』トコトン間違ってるよ!!
 大体、自分も救えない奴が、どうして他人を救えるんだい!?
 世の中を良くするには、まず自分から糺して行かなきゃ、世の中なんて良くなるわけが無いだろ! 『自分』だって突き詰めていけば世の中の一部なんだよ!?

 『アレが悪い』『これが悪い』『あいつが悪い』『こいつが悪い』。口先だけの正しい事なら、誰だって言えるんだ!
 そうやって外野から罵詈雑言の石投げて、野球やってる選手の邪魔して潰したとしても、野球が面白くなるワケが無いし、増してや世の中が良くなるわきゃ無いんだよ!

 大体、世の中、口先だけの奴が信用してもらえるワケ無いだろ!?
 言葉や理屈ってのは、後から馬車でついてくるモンで、人間、まず最初に行動ありきなんだよ! あんたの親父は、その『行動』の段階で間違っちまってんだ!
 そりゃ誰も関わろうとはしねぇさ、小奇麗な理想を掲げた『殉教』なんてモンに誰が憧れる!?

 そんでアンタさ、多分、その……『親』と『教師』がゴッチャになってないか?
 そりゃ『何が間違ってるか』なんて見抜けるわけが無いよ……子供にとっちゃ、両方とも絶対のモンだ。
 その『両方』が同じように間違っちまったら、子供としちゃ、どんなペテンにかけられようが、お手上げだよ。比較対照のしようが無いんだもん。
 っていうか……あんたさ、ホントに『イイ子ちゃん』だったんだな? 親に逆らったりとか、疑問を持ったりとか、ワガママ言ったりとか、無かったのかい?」

「……………」

「あのね、『夢や希望』ってのは本来、子供の特権なんだ。
 それをあんたの親父は、家族を犠牲にして、他人を犠牲にしてまで、『自分じゃ絶対飲みきれない量の正義』っつー夢を見ちまったんだ。
 酒に溺れて頭がイカレて? 所詮、正義も酒も一緒のモンだよ!
 『器を超えた飲めない正義』に手を出して飲めば、そりゃ頭がイカレるのはアタリマエの話だっ!!



 ……あたしの好きなマンガに、こんなのがあるんだけどね。



 あるとき、街にやってきたある男が、説法を始めた。
 「世の中が良くなるように」
 そう言って、男は毎日説法を続けた。
 最初は皆、耳を傾けた。共に戦おうという者も居た。だが――皆はまた、興味を失って行った。
 連中にとっちゃ、世の中がどうなろうと、知ったこっちゃ無かったんだ。

 だが、男はやめなかった。年を食い、誰ひとり聞く者が居なくなっても、男は説法を続けた。

 ある時、そこを通りかかった子供が、男に聞いた。

「どうして誰も聞いてないのに、説法を続けるのか」と。

 男は答えた。

「最初は、皆を変えられると思っていた。そして今では叶わぬ夢だとも知っている。
 だが俺が説法をやめないのは……あの頃の俺は、『生きてるって事を、こいつに懸けてた』んだ。
 それを嘘にしたくネェからだよ」

 そう言いながら、男は説法を続け、闘い続け……最後の最後にはね、テロリストっつー『公共の敵』に成り下がっちまった。世の中を『悪くする側』に、回っちまったんだ。



 ……アンタは、アンタの親父を『嘘にしたくなかった』んだろ?
 だけどね……間違ってるモンは、やっぱドコまで行っても間違ってんだ。そいつから目を背け続けても、絶対に、ロクな事になりゃしないんだよ! 最後にゃあんた、ホントにテロリストになっちまうよ!」

「だからって……今のあたしに、どうしろってんだよ!! 窃盗(それ)しか生き方を……やり方を知らねぇんだよ!!」

「ああ、そうだよ!
 あたしにだって、あんたの告白受けて、どーしていいか分かったモンじゃないよ!

 だけど忘れたのかい、アンタ? どうしてあたしが魔法少女をやっているかを?
 あたしの親父たちはね、神妙なツラしてあたしのダチの家族を切り捨てた。はした金と……『自分たちを食わせる居場所を護るために』。

 あたしがアンタに拘ってんのはね。
 あたしをそんな生き方から抜け出させてくれた、巴さんや、沙紀ちゃんや、颯太や……そんな魔法少女って存在(モン)が、『あたしの親父たちと同じ理屈で同じ事をやってやがる』。
 そいつがあたしにゃ……我慢なんねぇんだ!!」

「っ……………」

「沙紀ちゃんが言ってた事の意味が、あたしにゃようやっとわかった。
 『誰かの願いは、他の誰かには呪いだ』って……そのまんまじゃないか、この状況!
 道理で、魔獣が絶えないワケだよ……『人の世に願いが在る限り、また同じだけの呪いも増え続ける』道理さ。

 あの子の能力は、究極のコピー能力だ。
 ……他人の傷を、心を、願いを、誰よりわかってやれる、優しいあの子だからこその能力なんだろうね……共感能力が強すぎるんだよ。
 だから、他人に回復系の力を使うと、本人よりも強烈な痛みを伴っちまうんだ。

 でもね、そんな子でも、必死になって自分の力を使いこなそうとしてる。
 いいかい? 他人の力を、願いを、思いを、『自分のモノにする』ってのは、そりゃ物凄い覚悟と努力が要る。
 でもね……そうやって『誰かの願いっつー呪いを飲み下して』初めて子供ってのは、人間ってのは成長出来るんだ!

 そういう意味で、全部が全部、純粋なまま大きくなれる奴なんて居ない!
 もし、そうなっちまったとしたら……そいつは大人の皮を被ったガキでしか無いんだよ! そんなのがマトモに社会で暮らしていけるワケが無いじゃないか!

 あんたとあたしの違いは……『何に反抗したか』さ。『親』か、『世間』か、どっちが正しいか。
 それを『見抜きようも無い』アンタの立場で、魔法少女なんて素質を持っちまったあんたが……あたしにゃ哀れでならないよ。っていうか……はっきり言っちまえば、元々、あたしらみたいなガキが、こんな力を持っちまう方が、どっか基本的に間違ってんだ。
 今のアンタは『魔法少女の力に、生き方そのものを』振りまわされてるようにしか、思えネェ。力ってのは、振りまわすもんで……振りまわされるモンじゃ、無いだろ?」

「だったら、あたしに……どうしろってんだよ。
 死ねとでも、言うのかよ? どう償えってンだよ!」

「馬鹿言うな! だから、考えろよ! あたしも一緒に考えてやる! そんで、行動するんだ!
 さっきも言ったけど、言葉や理屈なんてモンはね、後から馬車でやって来るんだよ! あんたン所の教祖様だって、磔台によじ登った後に奇跡を示したから、教祖様になれたんじゃないか!

 ともかく……こんな事実、颯太や沙紀ちゃんに、話せるわけが無い……特に、颯太の奴には、ね。
 みんなアイツを、タダのお人よしの飯炊き男くらいに思ってるかもしれないけど、本性は誰より恐ろしい男だよ……あたしでさえ、本気で怒ったアイツとは、絶対に関わり合いになりたく無いくらいだ。
 そんなアイツが、こんな事実を知ったら……あいつ怒り狂って、あんた殺した後に、本格的にぶっ壊れちまうよ」

「壊れる?」

「ああ、そうさ。アイツはね、両親を殺したあの日から、自分の心を殺して、少しずつ壊れながら生き続けてきたんだ
 あたしら魔法少女が、夢や希望を振り撒くように、あいつはタダひたすらに現実だけを見て。御剣冴子や御剣沙紀っつー夢や希望を振り撒く、魔法少女の盾になり続けてきたんだ。
 ……本当は、子供として本格的に、色んな夢を見るべき分までね。

 そうやって、あいつは『自分』っつー心を殺して殺して殺して……『家族』以外の夢が、見れなくなっちまってんだよ。
 だからさ……とりあえず、何やっていいか分かんないから、あいつのためにも、家出者同士、『基本』から始め直そうぜ?」

「基本?」

「衣・食・住。人間の基本だよ!
 食のほうは……まあ、あたしが何とかする。こう見えて、料理の腕には少し自信がある。
 だから、あんたは住のほうを、あたしに貸してくれ」
「あたしにゃ、もう家なんて……」
「何言ってるんだい? 『ここ』だよ! この教会は『あんたの家』じゃないのか!?」
「っ……! それは……」
「どんなに辛かろうが、目を背けたかろうが! あんたの家は『ここ』以外無いんだよ!
 大体、世のトーチャンカーチャンが、自分の持ち家を買うために、どんだけ必死に働いてると思ってんだい!?
 世間に迷惑かけず、住み続けるとしたら……もう、この教会以外に、あんたに場所なんて残されちゃいないよ!」

「……」

「大丈夫だ、あたしも手伝う。……この問題に、とことん付き合ってやる!
 そんで、二人で何とかしよう……あたしも馬鹿だから、どーしていいか分かりゃしないけど。とにかく何とかするんだ!
 でないと、あたしが本気で惚れた男が壊れちまうし、アンタだって放っておけない。
 希望で始まり、絶望で終わるなんて……そんなの、あたしが許さない! 許すもんか!」

 その言葉に、彼女は涙を流した。

「……すまねぇ……アネサン」

「いいさ……元々、あたしの祈りは『贖罪の祈り』だ。
 あたしが救える奴は、あたしが救う。あたしが救えない奴を、救ったそいつが救ってやれば、それでいい。
 ……人間の社会ってさ、そーやって出来てんじゃないの?
 警察官は犯罪者を捕まえるのがお仕事で、医者は病気を治すのが仕事だ。
 だから間違っても、医者は犯罪者を捕まえたりしないし、警官は病人の面倒を見たりはしない。その代り、警官が病気になったら医者が面倒みるし、医者の家に泥棒が入れば警察が捕まえるんだよ。

 あんたの親父は宗教家だったのかもしれないけど……宗教家が救えるのって、『人間の心』だけで『人間の現実』は救えないんだよ。
 世界を救う絵図面を描くのは政治家の仕事で、それを実行すんのは現実の現場で働く人間の仕事だ。

 そこンところを……多分、あんたの親父さんは、色々間違えて、履き違えちまったんだ。
 アンタが釣銭を取り返すべきなのは、世間に対してじゃ無い。無茶な事を振ってアンタを潰した、親父に対してだよ!

 そんで……もし、出来るのならばでいい。
 釣銭を取り返すなんてセコい事言わず、札束叩きつけて『グダクダぬかすな、これで満足だろう』って、死んだ親父に啖呵切ってやるような生き方、目指しなよ。
 ロビンフッドが居ないってベソかいて嘆いてた情けネェ親父に、アンタ自身がロビンフッドになって、見せつけてやりゃいいんだよ!
 この見滝原っつーシャーウッドの森で!

 ……あと、アネサンってのは辞めてくれ……昔を思い出して、吐き気がしやがる。
 チカでいいよ」

 と……

「ダメか? どー考えてもアンタ……アネサンって感じにしか、思えないよ」
「だから、やめとくれ! 第一、あんたのほうが魔法少女としちゃ先輩だろうが!
 ……むしろ、こっちが色々と、魔獣との実戦面で教えを請わなきゃいけない立場なんだし!」
「分かったよ、ア・ネ・サ・ン」

 にたぁ、とか笑いながら、からかってくる杏子。

「だーっ、やめてーっ!! アネサンとか言うなーっ!! マジでやめとくれーっ!
 あたしゃもう、カタギで魔法少女なんだーっ!!」
「いや、もうイイ具合にシメられたんで、これからはアネサンと呼ぼうかと……」
「アンタがあれで反省するタマかーっ!! やめろーっ!! アネサンとか言うなーっ!!」

 涙目で追いかけるあたしを、ひょいひょいと翻弄する杏子。
 そして……

「も、アネサンで……イイデス」

 こっちがぐったりするまで、追いかけっこをする羽目になり、あたしは降参した。
 ……どうしてこうなった!?



[27923] 幕間:「斜太チカの初恋 その3」
Name: 闇憑◆27c607b4 ID:cb2385d9
Date: 2011/10/30 03:00
 お互いに。
 顔を突き合わせて、真剣な目で向かい合う。

 そして、一言。

『……幾ら、持ってる?』

「……二千円とちょっと」
「……千円くらい、かな……」

 お互いの財布の中身を、後悔、もとい公開し合う。

「……とりあえず……」
「全然足りないよなぁ、色々と。普通に外食したら、一回分の食事で終わっちまうよ」

 教会で向き合いながら、あたしと杏子は溜息をついた。

「今更ながら思うけど。金が無い生活って大変だよな……」
「まあねぇ……そーいう意味じゃ、颯太の奴は、幸運だったよ。
 ……もっとも、あいつはあいつで色々、洒落になんない苦労してるみたいだけど」
「だよなぁ……」

 天を仰いで、溜息をつく。ついでに、二人とも腹の虫が鳴り始めていた。
 ……と、教会の屋内に。ハトが巣を作ってるのが、見えた。

「なあ、杏子。あのハトさー?」
「あ? ハトがどうした?」
「『誰の持ち物』だと思う?」

 その言葉に、杏子が首をかしげる。

「いや、そりゃ野良犬野良猫と、一緒なんじゃねーの?」
「だよねー? で、さぁ……あたし、知ってるんだけど」

 真剣な表情で、あたしは杏子に言い放つ。

「ハトやスズメって……食べられるんだぜ?」



「……成仏しとくれよ」

 二人揃って、それぞれの神に軽く祈りながら。二羽のハトの首を絞め、ブチブチと羽をむしり始める。

「とりあえず、寄生虫とかいると思うから念入りに焼くよ。あと、水道の水が欲しい所なんだけど……どっか無いかね」
「あー、止まってるから、とりあえずどっかから貰って来ないとね。あとアネさん、食器が残ってた」
「おー、上等上等! 何があった?」

 幸いなことに。
 埃をかぶってはいたものの、台所に鍋釜の類は、残ってはいたのだ。
 ただ……

「妙だな……包丁だけが無いね。どこやったか知らないかい、杏子?」
「あ、それ……多分、親父とオフクロが自殺した時に……」
「っ……そうか、すまないね。
 しょーがない、ちょっとアレだけど、コレで何とかすっか」

 そう言って、あたしはバタフライナイフを取り出した。

「うわ、不良の定番……」
「……あ、ガスも止まってら……」

 考えてみりゃ、当たり前の話しである。
 電気、ガス、水道全滅……これで料理しろってほうが、無茶だ。

「どーすんのさ、アネさん?」
「んー、ジッポライターは持ってるから、火は起こせるんだよ、火は。……問題は燃料なんだよねー」
「……そのライターで『何に火をつけてたか』分かりやすいんだけど、あえて深くはツッコまねぇよ」

 ふと、見渡すと、『イイ感じに壊れた木の机や椅子が幾つか』。それと、何かのぼろ布。

「なあ、杏子。あの椅子と布切れさー。使い道、あると思う?」
「あ? ……あるワケ無ぇだろ? もうゴミじゃねぇか」
「だよねー? だったら『壊して燃やしちゃって』構わないよね?」



「お、中々コレ、使えそうだね」

 なんか、外から、いい匂いのする、大きな葉っぱの植物を発見(後に、ホオノキの葉っぱだと知る)。更に、キッチンからアルミホイルゲット。
 そんで、羽をむしって軽くアブって表面を焼いて内臓と骨を取ったハトを、なけなしの金で買っておいた味噌を塗って、葉っぱに包んでアルミホイルに包み。
 組んだ木の中に放り込んで、火をつける。

「……なんか、キャンプみてぇだな……」
「まあ、ね。ちなみに、この料理の名前ね、『乞食鳥』って言うんだ」

 無論、かなりアレンジ入ってるのは認めますが。
 料理のコンセプトは……まあ、そんなモンだ。

「なんだいそりゃ、縁起でもねぇ名前だな」
「いやいや、それがそーでもねぇんだ。
 昔々の中国で、鶏を盗んだ乞食が蓮の葉に包んで焼いて食べようとしたら、運悪く盗まれた鶏を探しにきた役人に見つかりそうになってね。
 あわてて乞食は地面を掘って鶏を土の中に隠し、焚き火をしている振りをした。
 その後、役人が去り、取り出した鶏は見事に美味しく出来上がっていたらしい。
 ま、諸説あるんだけどさ……一節には、その料理法が広まって、その乞食は皇帝の前で料理する事になって、ご褒美をたんまり貰った、って逸話もあってね。
 だから、別名を『富貴鳥』。ちょっとした、縁起モノでもあるのさ」
「へー」

 それから。
 薪を足しながら、あたしは杏子と与太話を続けた。
 ……何だかんだと、お互いに、意外な知識を色々持ってたりして、顔に似合わずって感じで新鮮だった。
 そして……

「そろそろ、出来たんじゃねぇかな?」
「お、完成? 待ってました」

 焚火の中から、アルミホイルの黒い塊を二つ取りだし、分ける。

「そんじゃま、いただきます」

 手を合わせ、肉を頂く。……何というか、微妙な味だった。

「むー、あんま美味しく無いな」
「まあね……ロクな調味料も無くて、味噌だけなら、こんなもんさ。それに、天然物やジビエが『必ずしも美味い』ってワケじゃないし。
 ……でも、喰えない味じゃないし。
 それに、何にせよ『食事をする』って事は、『誰かの命を頂戴している』ってワケで、さ。あたしらは人間は」

「……それを、神父の娘のあたしに言うかよ」

「いや、だからさ。
 ハトをシメた時に……こー、『メシを喰う』とか『生きる』って、今更ながらに罪深い事だよなー、って思っちまってさ。

 だって、あたしたちと、あそこのハトと、立場的に何ら変わんなかったんだぜ? 違うとすりゃ、強いか、弱いか。
 もし、あのハトが百倍大きくて、あたしたちが百倍小さかったら、あたしらがハトに喰われてたワケでさ。
 そうかと思えば、あたしはあの時、命がけの喧嘩で猫をかばっちまった……人間なんて、ホント勝手なモンだなー、って。

 だから『いただきます』と『ごちそうさま』の祈りって、万国共通なんじゃねぇのかな、って……大体そーじゃん、どういう風に祈るかはどうあれ、どこの国も宗教も。
 ……そーいう意味じゃ、颯太の奴は、食材を成仏させる天才かもな。あいつの作る飯で、不味いモンは無いし」

「まあ、そうかもな。
 他人の命を頂くならば、奪った命より善く在ろうと心掛けるのは、確かに間違っちゃいねぇよな……『食い物を粗末にすんな』とは言っては来たけど、考えてみりゃ自分で鳥をシメて喰ったのは初めてだ。
 ……言葉じゃ知ってたけど、確かに『実際にやってみる』のとじゃ、大違いだよなぁ」

 と、思いだす。
 たしか……

「そう思えるのが人間だけだからこそ、魔法少女なんてモンに、あたしらが成れたんじゃねえの?
 ほら、熱量がどーだとか、感情エネルギーがどーだとか、キュゥべえが言ってたじゃねぇか。……テキトーに聞き流してて、忘れちまったけど。
 動物は喰ったモンに感謝なんてしねぇし、増してや料理なんてしねぇだろ? ただ、喰わない獲物は襲わないだけで」
「ああ、あれか。
 ……確かに、そうだよな。そう考えると『料理』ってのは、人間だけが使える一種の『魔法』なのかもな……」

 それから、お互いに黙々とハトを食べる。
 そして、食べ終わって。

『ごちそうさま』

 そう言った後、庭の隅っこに、内臓や食べかすを埋める。

「……なあ、アネさん」
「ん?」
「あたし……このハトの味、忘れない」
「そっかい。そりゃ、ハトにとっちゃ何よりの成仏だよ。……下手糞に料理してごめんな、ハト」

 そう言って、あたしと杏子は再び、ハトの墓に手を合わせた。



「……さて、と」

 とりあえず、ケータイで巴さん家に外泊すると連絡し。
 今夜から、この教会に泊まる事にした。荷物は明日、放課後に巴さん家から回収して来りゃいい。

「結構、広いね。部屋数もあるし」
「まあ、元々、土地は広い方だしなぁ……好きな部屋、選んでいいよ」
「了解……どーれーにーしーよーおーかーなー」

 そう言って、何か所か部屋を覗いて回る。が……

「ありゃ? この部屋……開かねぇぞ?」
「あ、悪ぃ、そこは、開けねぇでくれ。……っていうか、開かずの間なんだよ、今じゃ。
 親父の書斎なんだけど、部屋の鍵……どっか行っちまってよ」
「っ! ……そっか。悪いな」

 無論、あたしのパワーを以ってすれば、強引に扉を破壊する事は可能だが、あえて、それをする心算は無かった。
 ……もし、その必要があるなら、杏子自身がやっているハズである。

「んー、そういえば、アンタ、どこの部屋にするつもりだい?」
「あ? ああ……あたしは、元の自分の部屋にするよ。隣に妹の部屋があるから……何だったら、あんたは、ソコにしたらいい」
「そうかい」

 そう言って、扉を開けたモノの……

「うっ! ちょっと……これは、片づけが大変だね」

 雨漏りか何かだろうか? ベッドの布団が、完全に腐っていたのだ。
 床も痛んでいる。これでは……

「すまん、杏子。今晩だけ、一緒の部屋でいいかい? 床ででも寝るよ」
「ん、まあ……いいか。……にしてもアネさん、ほんとそういうの躊躇無ぇな」
「あー、今ほど本格的じゃないけど、家、飛び出した事もあるから。
 ……ダンボールの上で寝た事だって、何度かあるよ」

 その言葉に、杏子の奴が、顔をしかめる。

「……その、襲われたりとか……」

 まあ、女性なら当然だろう。
 杏子は当時、魔法少女だったから何とでもなったろうが、あたしは……

「したよ。だから、金もらって犯(ヤ)らせてやった。……そんくらい、色々、どーでも良かったしね」
「っ……すまねぇ。その」
「いいさ。お互い、脛に傷持つ身だ。隠しっこ無しで、仲良くやろうぜ。
 それに……」
「それに?」
「こんだけ広い家なんだ。一人ぼっちは……寂しいだろ?」



「本当に……大丈夫ですか?」
「あー、大丈夫大丈夫♪ あの教会で杏子と暮らす事に決めたんだ、あたし」

 翌日、学校を終わって。
 巴さんに今まで世話になった礼を言って、あたしは荷物を纏めて、巴さん家を出た。

 で……

「おいーっす……アネさーん、コレでいいのか?」
「おう、上等上等! ……なーんだ、探せばあるじゃねーか♪」

 実際、雑草畑はノビルが取り放題だった。剥いて洗って酢味噌つけて喰えば、なかなかオツな味である。
 他にも、家庭菜園にでも手を染めていたのだろうか? なんか野生化した食用可能な植物が幾つもあった。
 ついでに、スズメバチの巣があったのは、ラッキーだった。……蜂の子って、高級食材なんだよねー♪

「当座はこれで凌ぐとして……あとは、『獲物』だよね」
「『獲物』? 何を狙おうってぇのさ?」
「んー? そりゃおめぇ、決まってんじゃネェか。
 人間様の世間にとっちゃ『どーなろうが知ったこっちゃ無い生き物』で、かつハトや野良犬や野良猫みたいな『野生動物的な弱肉強食の暴力の倫理で』生活していて、かつ『現金を持っている』……あたしらみたいな『家出魔法少女の獲物』さ」
「それって……まさか……」
「いやね、こないだ、デタラメな寝言吐いてたホストを、鎖でつないでバイクで引き回してたついでに、『丁度イイターゲット』が見つかったんだ。
 そんであたしさ……魔法少女になって以降、『いっぺんやってみたかった事』って、あるんだよねぇ~♪
 ……例えば『人助け』とか」

 あたしの言葉に、何か胡乱な眼を向けて来る杏子。
 それを安心させるべく、とりあえず玄○哲章ボイスを真似つつ。

「大丈夫だ。あたしにいい考えがある」
「司令官……もとい、アネサン。
 その台詞と声って……嫌な予感しかしねぇんだけど?」



「なっ、なっ……何事じゃあああああ!?」

 巨大な組長のリムジン(勿論、防弾ガラス鉄拳粉砕&鍵穴壊してエンジン直結)を運転しながら、あたしは、とあるヤクザの親分の屋敷へと突入する。
 そのまま、一直線にン十万もする襖やら何やらをブッ壊しながら、邸宅の内部を暴走しまくる事、暫し。

「かっ、カチコミじゃあああああっ!!」
「こっ、こりゃ組長のリムジンじゃねぇか! 誰だ、出てきやがれ!!」

 出てこい、と言われたので、とりあえず……

「ピピ○ピルピル○ピルピィ~♪」

 『変身』した後に、『某魔法少女』のお面かぶって更に鋭角なサングラスをくっつけて。声は勿論玄○哲章ボイスを意識しつつ。

「なっ……『何だ』、テメェは!?」
「あたし『撲殺天使トグロちゃん』♪
 魔法の擬音で、悪い人たちの『人生、やり直させて』あげようかと思ってるの♪」

 いや、冗談でも何でも無く。
 ぢつは、この組……女をクスリに漬けて海外に売りトバしたりしてて、この間のホストの一件で、颯太の奴に目ぇつけられたのである。
 そして、思うのだ。
 あの問答無用のパニッシャーに『人生丸ごと破滅させられて、未来の無い生き地獄を味わう』よりは、あたしに『ぶん殴られて組潰されて警察病院送りにされ、刑務所から人生再出発したほーが』、まだ幸せになれるチャンスがあると思うのである……色んな意味で。

 まあ、『全くのゼロ』か『0コンマ以下の確率』か程度の違いではあるが、人生『希望を捨てることは無い』と思うんだよねぇ。
 ……ほら、あたしって、優しいだろ?
 
 暫し、呆然とする組員の皆さん。
 そして……

「あ、新手の、鉄砲玉……か?」
「どっちにしても、ええ度胸しとるのぉ? おぅ、オドレ、ドコの組のモンじゃ?」

 その疑問に、あたしは正しく答えてやる。

「ん? そんなの決まってるじゃねぇか、一年B組♪ ……あ、クラスのみんなには、内緒だぜぇ♪」

 そうあたしが吐いた次の瞬間。
 両手にとりだしたバットに魔力を付与して、片方をリムジンのフロントエンジン部分にブッ刺して『車体ごと持ち上げる』。

「で、取り合えず、君たち全員の『人生、やり直す』には……三〇%って所かねぇ」

 分かりやす過ぎる『自分たちの運命』に、愕然となるヤクザ屋さんたち。
 そして……

「奇跡も、魔法も、あるんだぜ? ……ピピ○ピルピル○ピルピィ~♪」

 あたしの唱えた『魔法の擬音』と共に、トン単位の車重のリムジンが宙を舞い……ヤクザ屋さんたちの絶叫が、響き渡った。



 一時間後。
 瓦礫の山と更地に化けた組事務所や親分の屋敷と共に、組長を筆頭に若頭以下組員全員、死人一歩手前状態で救急に発見。
 さらに人身売買や薬物取引の証拠が発見され、彼らは全員、見滝原総合病院から、群馬県警の警察病院に転院する事になる。

 ……勿論、組員全員一人残らず、『物理的、社会的に』『ヤクザを廃業して人生やり直す』羽目になった事は、言うまでも無い話だった。



「アネさん、その……」
「ん?」

 力任せにブッ壊した金庫から失敬した、万券の札束五個の内、三つばかりポケットにねじ込みながら、残りを杏子に放る。

「あたしも昔、親父が自殺する前に、魔獣退治とは別で、目に余った奴相手にこーいう事やってたけどさ……あんた程、豪快じゃなかったよ。
 ……マミの奴が言ってた『期待の新人』って理由が、よーく分かった。あんた大物だよ」
「あ? 魔法少女の先輩だろ、アンタは?」
「いや、あたしの場合は、幻覚魔法で同士討ち誘ったり、盗んだりするパターンが大半だったからさ。
 ……ここまで豪快な事は、した憶えが無いよ」
「へー、あんた、そんなモンが使えたんだ?」

 と……

「……使えネェんだよ、もう……」
「あ?」
「魔法少女の最初の能力ってのはさ、その祈りや願いに左右されるんだ。
 そして、それに絶望しちまうと……その力は使えなくなっちまう。
 そういう意味で、あたしの最初の祈りが……まあ、『幻覚魔法』だったのは、分かりやすいかもな」
「なるほど。『そうあれかし』って祈りが『間違ってる』なんて思っちまったら……それは『使えない』のか」
「ああ、スゲェ苦労したさ……魔獣との闘いでも、今まで使ってた必勝パターンが使えなくなっちまった。
 新しく色々必死になって、魔法を憶えたよ」
「そっか、苦労してんだな……あんたも」

 遠い目をする杏子に、あたしは……

「なあ、杏子。
 『誰かの事を信じる』って事自体は間違いじゃないし、『世界を救いたい』って願うのは……あたしゃ、絶対に間違いじゃ無いと思うんだ。

 ただ、人間は『自分が見えてる範囲でしか』物事を判断出来ないし、自分の器や技量を超えた『正義』も『酒』も、飲む事が出来ない。
 飲んだら頭がイカレちまうか死ぬか……どっちみち破滅さ。
 だから、その中で、最良と最善を尽くして行くしか、方法は無いように思えるんだ。

 そんで、『どんなに神様みたいな偉大な人間でも』、『自分自身の事は、絶対に全部見通す事が出来ない』んだよ。
 だから、鏡ってモンが必要になってくるんだろうね。

 で、子供ってのはさ、大体、親にとって自分を映す『鏡』なんだよ……特に『イイ子ちゃん』ってのは。
 多分……あんたにあんたの親父がブチギレたのは、あんたを通じて『自分の知らない醜い部分』を、見せつけられちまったからじゃねぇのかな?」

「……かもな。
 なんか、アネさん見てるとさ。だんだん親父に拘ってた自分が、少し、馬鹿馬鹿しくなってきたよ。
 でもな、やっぱ……言ってる事は、理屈で考えて行けば、確かに間違ってなくてさ……」

「だったら、実行してやりゃいいじゃん?
 アンタ自身が経験して積んできた中で、その教えを参考に飲み下して、『自分が正しい』って思う事を、自分の頭で考えて行動するのさ。
 所詮、理論は理論で理屈は理屈。『実践出来てナンボ』だよ。

 それに……なんかの漫画にあったんだけどね。職人の世界じゃあ、『師匠の言う事を100%丸のみにする人間』と『師匠の言う事に100%反抗する人間』。
 この二つだけは、どー足掻いてもモノになったりはしないそうだよ?
 あんたはその……多分、『丸のみ』し過ぎたんだよ。『親父の教え』や『家族の愛』って奴を。
 そんで、親が絶対になっちまって、世間とのギャップに耐えられなかったんだろ?

 ……颯太の妹の、沙紀ちゃん見てごらん。
 四六時中、あの完璧超人の颯太の奴相手に、トムとジェリーよろしく、下らない事で『仲良く真剣に』喧嘩してっから」

 まあ、あの兄妹は、本質的に血の気が多すぎるのかもしれないけど。
 見た感じ、二人とも他人には温厚でも、身内には容赦なくぶつかったり甘えたりするからなぁ……都内の下町出身ってのも、分かる気がする。

 と……



『いやーっ!! またチンジャオロースーなんて嫌ーっ!!
 キュゥべえ!! もう一回契約するから、地球上からピーマンを消滅させてーっ!!』
『トンチキな事ぬかしてネーで、とっとと喰わねぇか、馬鹿ッタレがぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!』
『……ワケがわからないよ』



 その話題の御剣家の前を通りかかった時に。
 例によって例の如く、どんちゃか騒ぎの兄妹喧嘩が繰り広げられていた。

「そういや、親父には『諭された』事はあっても『怒られた』事は殆ど無かったし……増してや、モモと喧嘩した事なんて、ほとんど無かったな」
「あ?」
「いや、妹がね……居たんだよ。あたしにも、さ」
「っ! ……そっか」

 遠い目をする、杏子。

「思えば……真剣に家族とぶつかって喧嘩して、なんて、殆ど無かったな。
 お互い、貧しい中で、波風立てず過ごし続けたよーなモンだったから……もしかしたら、家族の事、分かっているようで、何も分かって無かったのかもしれねぇ」
「まあ、ガチンコでぶつかり合わなきゃ、お互いに分かり会えない事って結構あるしな……あたしらだって、そうだったじゃん?」
「かもな……あ、帰り道に、銭湯寄って行こうぜ? まだ水道、引いてネェんだから、風呂入んないと臭くなっちまう」
「だな。あたしもちょっと疲れた」

 と……何かがひっくり返る音に、沙紀ちゃんの尻を叩く音が聞こえ、さらに泣き声。

「しかしホント、血の気の多い兄妹だよ。……御剣家って、豪快だねぇ」
「……光学迷彩を装備したメスゴリラが、何言ってるんだか」
「何か言ったか? 杏子?」
「いや、何も?」



 カコーン……と、洗面器がタイルに当たる音の鳴る銭湯の中。
 富士山のペンキ絵が、また格別である。と……

「どうした、杏子?」
「いや……考えてみりゃ、この銭湯、いつも無断使用してたなー、って。
 ……金払って堂々と入ったの、初めてだ」
「そっか。ま、こーいうのも、いいんじゃないか?
 ……最近は、あたしらみたいな『半グレ』に類する連中が、幅を利かせ始めてるしね」
「半グレ?」
「元暴走族のOBだとか、昔、悪さしてた、そーいった連中。
 最近じゃゾクも流行らないけど、それでもそーいった世界に居た連中の、先輩後輩や仲間の結束って、結構強くてさ。
 そんで、そいつら普段、ふつーにカタギの皮を被って生活してんだけど、裏じゃオレオレ詐欺の主催者とか、ハッカーとか、色々悪ーい事やってる奴も、中には居るんだよ。
 ケーサツも、そーいった連中だと暴力団と違って、人権だ何だって五月蠅くて、手ぇ出しにくいらしくてさ……そーいう意味じゃ、伝統的な暴力団の存在も、過去のモノとなりつつあるのかもね」

 何しろ、IT関係の犯罪だの何だの……いわゆる『法律の追いつかない最先端の犯罪』に関しては、若者の独壇場である。
 そして、ヤクザのシノギというのは、やっぱり伝統的なシャブだのミカジメだの何だのが基本で……単純に言えば『ハイリスク』なのだ。

「なんだかんだ、ヤクザって『男を売る』のが稼業だからさ……コワモテと意地っ張りじゃなきゃ、勤まらねぇんだ。
 一方で半グレ共は『存在を隠す』んだよ。そーいう意味じゃ、半グレのほうが怖い存在かもな、今時は」
「確かに……今日、アネさんがタタいた『分かりやすい悪』ばっかじゃねぇよな……世の中」
「まあね。
 そーいう連中ってさ……大体、下らないイイワケで、自分をまず偽って、だんだん悪の側に傾いて行くんだ。
 ……あたしだって、最初からドラッグに手を出してたワケじゃない。酒の量が増え、タバコに手を出し、そして最後には……ってね。
 そこから抜け出したくて、一時期、自分が生まれてきた答えを知りたくて、ハイデガーだの何だの哲学書から漫画まで色々読み漁って、図書室で本の虫になった事だってあった。
 そして、もう、どうしようもないと『諦めた』。そっからの転落は……速かったよ」

「……………そうだな。あたしにも、憶え、あるよ」

 杏子の言葉に、あたしは『あたしが見て来た世界』を教えてやる。

「ヤクザの世界にゃあね、『市場マークの入った帽子かぶって大根でも売ってろ』って、相手を馬鹿にした言いまわしがあってね。
 ……八百屋のトッチャンが聞いたら、怒りだすと思うけど……要はヤクザって、真面目に働いてるカタギを頭っから馬鹿にして、『そいつらは自分たちの食い物でしか無い』って思ってんのさ。
 そして、そーいう風に嘯く連中は、大体決まって、『食物連鎖』だの『自由競争』だのの理屈を持ちだして来るんだよ。馬鹿の一つ覚えで、『自分が食い物にされる事なんて想像もしないで』……『自分が喰われる瞬間まで』、ね。
 そんで喰われる側になった時に初めて、『喰いモンにした人間の事を、後悔しながら思いだす羽目になる』……だから、あんたが放っておけなかったのさ」

「……アネさん……」

「そーいう意味じゃ、今時のヤクザなんて、ハッキリ言えば意地を張ったガキの集まりでしか無い。
 拳骨だけが正義、俺様最強、食い物にされたら他の誰かを食い物にして、自分だけが良ければいい。

 ……まさか、自分の親が、そんなガキの倫理丸出しの世界で、あたしを食わせてたなんて知った時は……本当に泣きたくなった。

 誰かと競い合って高め合う競争なら、大いに認めるし、勝ち負けはハッキリしねぇとイケネェけどヨ……だからって、お互いを食い物にして、足の引っ張り合い繰り返して他人引きずり下ろすゼロサムゲームなんて、世の中つまんなくなる一方じゃねぇか。

 そーやって喰いモンにした人間踏みにじって孤高を気取ったり……増してや、お山の大将気取ったところで、あたしゃちっとも嬉しくないし、面白くも無いね。
 確かに、世界はサバイバルだけどさ……人間はイワシみたいにン万単位で子供を産むわけでなし。ライオンみたいな牙があるわけで無し。そんな人間が、弱肉強食の理屈『だけを』振りまわしてたって……虚しいダケだと思うんだけどね」



 風呂上がり。
 ホカホカ&さっぱりした体で、飲むべきモノ。それはやはり……

「杏子、何、飲む?」
「ん? あー……フルーツ牛乳」
「OK。
 オバチャン、ビールとフルーツ牛乳頂戴」

 番台に、小銭を置くと、その言葉に、ギョッとなる杏子。

「あ、アネさん!?」
『しっ……バレたら面倒だろ?』

 テレパシーでそういって、プルタブを開けて、350mlの缶をごっきゅごっきゅと飲み干す。

「ぶはぁ……美味ぇぇぇぇぇ!!
 ……あ、どうした、杏子? 飲まないのか?」
「い、いや……アネさん、その……酒?」
「あー? あたしねー、ガキの頃から人目盗んで飲んでてさー。中学超えた時点で立派に酒豪だよ。
 もー、ワルやる前からずっと飲んでたから、こればっかは辞められなくてね……なーに、ビールで酔う程、弱く無いさ。
 こんなんジュースと一緒だよ、一緒♪ なんだったら、あんたも飲むかい?」

 と……

「ちょっと。未成年に飲ますんじゃないよ、そこの姉さん。……最近は色々五月蠅いんだから」
「チェッ……はーい」

 番台のオバチャンからのツッコミに、あたしは大人しく引き下がる。

「図体デカいって……得だな、アネさん」

 とりあえず、聞かれるとまずいので、テレパシーで杏子と会話

『まあ、高校一年に見られた事は無いなぁ……でも、いい事ばっかじゃないぞ?』
『と、言うと?』

 以下、通常会話。

「ここまでデカいと、男の方が『ドン引く』んだよねぇ……颯太みたいな大柄な男とだったら、釣り合うんだけどさ。
 なんていうか……『可愛い女の子』には、絶対になれないんだ。もー『かっこいい』以外の選択肢が、残されてなくてさぁ。
 ……あたしゃ、フツーに好きな人と出会って、フツーに恋をして、フツーにウエディングドレス着て。そんなの夢見てたから……杏子みたいな、ちょっとコンパクトなのが羨ましかったりするよ」
「まあ、胸はマミと一緒か、それ以上か……背丈も遥か、超えてるしなぁ」
「そ。せめて、あの子くらい、背が小さかったらなぁ……はぁ……オバチャン、ビールもう一本!」
「あいよ」

 もう一缶。プルタブを開けて口にする。

「おまけに大酒飲みと来れば、ねぇ。……しかもさ。この体になって、最悪な事がわかったんだ……」
「あ? ……なんだよ?」
「あのさ、あたし……不良やって『不健康な生活してて、この身長だった』んだよ。
 で、ね。健康的な生活に戻った途端……背が……また……伸び始めたんだ」

 頭を抱える。
 ソウルジェムに魂がどーたらなんぞと言うよりも、あたしにとっては真剣にマズい問題だ!

「は? ……マジ!?」
「マジだよ。巴さん家に一か月世話になってる間に、一センチも伸びやがった。
 ……最悪だ」
「あ、アネさん!? ……今、身長、幾つ?」
「今、175センチ………チクショウ、このペースだと、卒業する頃には180超えちまうよ……うっかりしたら、颯太、超えるかも」

 ちなみに、アイツの現時点での身長は、182センチ。
 とりあえず、気になるあいつよりかは小さいからイイが、これで身長追いぬいちゃったら……もう『鬱』としか言いようが無い。

「こー、ちょっとね……フェミニンな服とかに憧れたりもしてたからさ。時々、周りの魔法少女たちの姿とかが羨ましかったりしてね……」
「あー、アネサン、本気で『海賊王』って感じだもんね」
「言わないで……多分、それ、あたしの出自とかにも絡んでる」

 おそらく多分。
 生まれとか人生の経緯とか……そーいった心象が、モロに出た姿なのだろう。

「もー、ゴリラだ大女だ何だって『鬱』としか言いようが無いよ。
 ……はぁ、どーやったら『かわいい女の子』って奴になれるのかなぁ」

 と……

「アネさん」

 軽く、肩をポン、と叩く杏子。
 そして、フルーツ牛乳を飲みほした後の、爽やかな笑顔で……

「どー考えても無理だ、諦めな♪」
「……ちょっと表ぇ出ろっ、杏子!」




「アネさん、行ったよ!」
「応!」

 杏子の振った魔獣に、あたしの鎖で拘束。そして……突貫。

「チェェェストオオオォォォォォ!!!」

 鎖を巻いた鉄拳で、一撃粉砕!

「ん~、破っ壊っ力~♪」
「『破っ壊っ力~♪』じゃねぇよ、アネさん……アンタの戦い方は『原始的過ぎる』って、何度も言ってるだろ?」
「う……」

 そう。
 何というか……あたしの扱える魔法は、『肉体強化』と『気配消去』、あとは『鎖』のみ。
 そっから一歩も進歩出来て無いのだ。

 しかも以前……



『とりあえず進化の方向性として、フルパワーで魔力を拳の一点に集中させて、魔獣ぶん殴ったら、どーだろーか?
 今のスタイルを変えるんじゃなくて、逆に徹底的に進化させて、あえて単発破壊力重視の方向で』
『……やってみればー?』

 呆れ果てたよーに、投げやりな杏子。
 で……例によって、鎖で拘束した後、上半身を思いっきり捻ってテイクバックを大きく取り……

『必殺!! 超破壊拳(ビッグバン・ファントム)ゥゥゥゥゥゥ!!』

 全力全壊の一撃に、魔獣は粉々になって消し飛んだ。そして……

『どーだ、杏子♪ これぞ『究極の破壊力』……って、アレ?』

 そこには……『ぶん殴った反動で』、鎖ごとバッキバキのボロボロになった、あたしの右手が……

『……やっぱり。
 幾らパワータイプの魔法少女だからって、アネさんの魔力量を一点に集中させて素手でぶん殴ったら、そりゃ拳のほうだってイカレるよ』
『んっぎゃあああああああっ、沙紀ちゃん、沙紀ちゃん、ヘルプゥゥゥゥゥ!!!』



 ってな事がありまして。

 それ以降、色々試しているのだが……どーも、全く上手く行かないのだ。
 そうでなくとも、魔獣の被弾回数はあたしが圧倒的だった。
 ……ベテランの颯太や巴さん、杏子と比べるほうが(増して、杏子や颯太はスピードタイプ、巴さんは遠距離型)、間違ってるのかもしれないが……かといって、毎回毎回沙紀ちゃんのお世話になり続けるのも、心苦しいし。

 むしろ……

『あんだけ攻撃喰らって、強行前進しながら一撃ぶちかませる、アネさんが異常なんだよ。
 あたしとの喧嘩の時だって『どんだけタフなんだ』って……正直、底が知れなかったぜ……』

 とは、杏子の弁である。
 とはいえど……被弾の負傷を癒す、癒しの力そのものは、あたしは結構弱い。要は、単に『傷つきにくい』だけである。
 ……それはそれで、一つの武器であり、強みではあるとは認めるが。

「そっから一歩も進歩できてねぇのは……なぁ。
 それはそうと」
「ああ、そうだな」

 魔獣との修羅場の痕。
 そこに生き残った、一人の少女の頭を、あたしは撫でてやる。

「災難だったね……お嬢ちゃん。
 あんたと両親を襲ったのは、魔獣って化け物さ。そんで、悲しいかもしれないけどね……あんたの両親は、もう死んじまったんだ。
 とりあえず、生き残った幸運に感謝して……真面目に生きな。
 警察に行けば、多分、誰かが保護してくれるから……っ!!」

 その、撫でた頭の額に。
 根性焼きの後を見たあたしは、絶句した。
 ……この子……

「お姉ちゃんたち……正義の味方、なの?」
「違う。『気に入らない悪党の敵』ってダケの話しさ。
 そんでね……そんな顔したって、あたしたちはアンタをこれ以上、助ける事は出来ない。
 後は……警察とか、児童福祉施設とか、そういった『大人の人たちの領分の話』なんだ……」

「……」

「大丈夫。
 大人がみんな、弱い者いじめをするワケじゃない……優しい大人だって、必ず居るハズだから。
 じゃあね……」

 ……と。

 ぐきゅるるるるる……

 腹の虫の音が、盛大に鳴って。さらに泣きそうな顔で見上げて来る少女に。
 あたしと杏子は顔を見合わせて……溜息をついた。



 カセットコンロの上で、鍋を煮る。
 電気なし、水道無し、ガス無し。そんな生活が、ここ暫く、続いていた。
 ちなみに、風呂は銭湯、洗い物はゴミ捨て場の水道を汲み置きで拝借して洗っていて、トイレは当然、公衆トイレ。
 ……金はあったとしても、これではホームレス一歩手前である。

「アネさん……もうちょっと文化的な生活がしたいね」
「まあなぁ……電気ガス水道関係とかの契約とか。颯太の奴なら、そーいうの、詳しいハズなんだけどねぇ」

 それ以前に。
 この教会が、『誰の物なのか』も、はっきりしないのである。
 というか……正直、管理者なり何なりが、そろそろやって来ても、おかしく無いハズで、その上で話(ナシ)つける心算だったのだが……その辺がハッキリと分からない以上、あまり好き勝手が出来ないのが現実なのだ。

「……しょうがない。
 シャクだけど、この子の事も含めて、あいつに頼るしか無いか」
「……アネさん、それは……」
「いいよ、杏子。
 魔法少女の相棒(マスコット)の力を借りられないアンタの代わりに、魔法少年に借りを作るのは、あたしの仕事だ。
 そんで、お嬢ちゃんの面倒を見る人間を探すのも……」

 と。

「ゆま」

『あ?』
「お嬢ちゃんじゃない。あたし、ゆまだよ、お姉ちゃんたち」
「……ゆまちゃん、ね。『何』ゆま、なのかな? 名字は?」
「ゆまは……ゆまだよ?」

 その言葉に、あたしは絶句した。
 自分の名字を知らされない生活……この子は……どんな暮らしを送ってきたんだ!?

「杏子。気付いてるかもしれないけど」
「ああ……こりゃ、あたしらの手には、負えないね。シャクだけど、颯太の奴に任せるしかない。
 あと、あたしはお姉ちゃんじゃ無い。佐倉杏子だ」
「……キョーコ?」

 首をかしげる、ゆまちゃん。
 そして……

「そ。
 そんで、このビール飲んでる、大きなお姉さんは『アネサン』だ」
「……アネサン?」
「ぶーっ! 杏子ーっ、何て事教え込んでんだ!!
 ……いいかい、ゆまちゃん。あたしは『アネサン』じゃない!
 チカ! 斜太チカ!! ……間違ってもアネサンとか、言っちゃダメだからね!?」
「ふえ? ア……」
「い・い・ね? ……アネサンとか絶対言わない事、ゆまちゃん!? チカさん。いいね!」
「ふ、ふぁーい! チカさん」



「おーまーえーなー、どーして魔獣の被害者の子なんて、連れて来るんだ!?」

 案の定。
 御剣家にあの子を連れてったあたしは、『ちょっとこっちに』ってな塩梅で裏に連れてかれ、颯太の奴に怒鳴られた。
 ちなみに、応接間にゆまちゃんを残して、沙紀ちゃんに相手してもらう。

 ……何だかんだと、出来た子なんだよねぇ……沙紀ちゃん。

「うっ、颯太……悪い、その……悪かったよ。で、さぁ?」
「今すぐ、警察に連れて行くんだ! 記憶消して『分かんない』って事にすりゃいい!
 ……全く……お前、自分自身だってかなりテンパった状況なんじゃねえのか!?
 あの教会で、電気もガスも水道も使えネェ状態なんだろ!? そんな中で、ガキ拾ってきてどーすんだ!? あの子の将来の面倒とか、見れるのかよ!?」

 言葉が、無い。

「ガキがガキを育てたら、ロクな事にならない……お前自身が、分かってる事じゃねぇか。なのに、どーして連れて来るかなぁ?」
「い、いやさぁ……どこに連れて行ったらいいのかな、って」
「そんなの警察に決まって……あー、そっか。お前自身もある意味、家出人だからな。
 ……OK、分かったよ、俺が連れて行く」

 と……

「うにゃああああああっ!!」
「みにゃああああああっ!!」

 応接間のほうから、何か、ゆまちゃんと沙紀ちゃんの叫び声が。

「な?」
「……なんだぁ!?」

 慌てて駆けつけると……応接間でゆまちゃんと沙紀ちゃんが、取っ組み合いの大喧嘩してた。

「こらーっ!!」
「ちょっとーっ!!」

 お互いがお互いの頬を、つねくりあって……なんか、一歩も譲る気配が無い。

『やめなさーいっ!!』

 怒鳴りつけると、二人ともぱっ、と指を放して、お互いを指さし。

「ゆま、こいつ嫌ーい!」
「沙紀、こいつ嫌ーい!」

 ピキッ……ピキピキピキ……

『仲良くしなさーいっ!!』

 あたしと颯太の絶叫が、御剣家に轟き渡った。
 ……なんか、滅茶苦茶相性、悪くないか、この子たち!



「で、颯太さぁ……悪いんだけど、調べて欲しい事が、あるんだ」
「あ? ……何だよ?」
「いや、あの教会にさ、電気とか、ガスとか、水道とか……引きたいんだ。そんで、土地建物の持ち主と話(ナシ)つけテェんだ。
 で、悪いんだけどさぁ……あの土地とか教会が誰のモノか……調べてくんねぇか?」

 その言葉に……颯太の奴が、顔をしかめた。

「お前ね……俺や沙紀が、あそこに近寄る事すら避けてるの、知ってんだろ?」
「分かってる。あそこが颯太……いや、御剣家にとって、トラウマだってのは。
 だから、借りイチでいい……流石に、ライフライン使えないってなると、ちょっと辛くてさぁ」

 その言葉に、颯太の奴は、呆れ果てたように言う。

「……誰の物かも何も……多分、佐倉杏子のモノだと思うぞ?」
「は?」
「あのな、教会とか寺とか、そういった宗教施設ってのは、大体が『宗派の持ち物』なんだよ。で、あの教会に代行の神父とか、シスターとか、派遣されてネェだろ?
 つまり……多分、あの神父様が独立した時に、土地建物、買ったんだとしか思えねぇんだ。そうじゃねーと、スジが通らネェんだよ。
 ……だから、現時点で、土地建物の管理とかそーいったのが、どーなってんのかは知らないけど、本人が未成年なんだから……誰か管財人とか居るんじゃねぇの? でなけりゃ、最悪、国有地になってるハズだぜ?」

 とりあえず、ポカーン。
 ……な、何なんだかなぁ……

「……あ、あのさ、じゃあ、颯太。それ調べるのを……」

 そう言って切り出すが……

「悪い、お前が自分でやってくれ。
 正直、自立して生活しようとしてる佐倉杏子やお前には悪いが……俺は、マジであの教会そのものに、関わり合いになりたく無いんだ。
 もし、変な証拠とか見つけちまったら、俺ぁうっかりすっと、トチ狂ってあの教会に火をつけちまうかもしれん。
 ……俺だって、人間なんだ。悪いが……カンベンしてくれよ……」
「っ!! ……そうだね、悪かったよ、颯太。じゃあ、調べ方を教えてくれないか?」

 思った以上に。
 杏子と颯太の……否、佐倉家と御剣家の、因縁と確執の深さを思い知らされ……あたしは、溜息をついた。
 ……これは……単純なだけに、根の深い問題になりそうだ。



「……おおーっ!」

 電気が点灯する。ガスでコンロに火がつく。
 そして……

『水が出たーっ!!』
「よっしゃーっ! これでマトモに料理が出来るぞーっ!! 杏子、まずは冷蔵庫買おう、冷蔵庫っ!」
「OK、アネさん! 今までずっと、鍋とか缶詰とか、キャンプ料理ばっかだったもんな!」

 ちなみに。
 ここに至るまで、杏子と組んだ『ドブさらい』の結果、ヤクザや詐欺組織のグループが、三つばかり見滝原から『消滅』しているのは、秘密だ。
 ……颯太の奴は、ちょっと首かしげていたけど、『ま、害が無いなら放っておくか』みたいに、相変わらずの無関心。

 で……

「やったねー、チカさん、キョーコ♪」
『ゆまちゃん! 孤児院に帰りなさーい!!』

 見滝原の児童福祉施設から、孤児院に預けたモノの……院を脱走しては、ここに来るのを繰り返してしまっているゆまちゃんを、あたしと杏子は怒鳴りつける。

「やだーっ! ゆまを一人にしないでーっ!!」
「院の子とか……他にも居るでしょ!?」
「ヤダヤダヤダヤダー、キョーコとチカさんじゃないとヤダー!!」

 これである。
 孤児院の人も、『いいかげん、引き取ってくれませんかね?』みたいなノリで、あたしらに話を持ちかけて来るのだが……あたしが未成年だ、と名乗るワケにも行かず、断り続けるしか無いのだ。

 ……っていうか、図体のせいで、杏子の保護者と勘違いされるのは……色々便利とはいえ、精神的にキッツいモノがあるんだが。
 あたしと杏子、そんな年齢、違わないんだぞ! 花の高校一年生なんだぞ、あたしはーっ!!
 自分には無い、フェミニンな服とか、小柄で可愛いスタイルとか、白いウエディングドレスとかに憧れて、何が悪いーっ!!(血涙)。

「ウチはウチで、手一杯なんだよ、ゆまちゃん」
「そうなんだ。悪いけど……自分たちの事で、一杯一杯で、引き受けられないんだ」

 と……

「……ゆまが……弱いから?」
「え?」
「ゆまが弱いから……キョーコもチカさんも、私を捨てるの?」
「違う!
 杏子もあたしもね……『強く無いから面倒見てあげられない』んだ。自分の事だけで、イッパイイッパイなんだ。
 本当は……ゆまちゃんと居たいんだよ」
「嘘だよ! キョーコもチカさんも、魔法少女で、物凄く強いじゃない!」

 その言葉に。
 あたしは溜息をついた。

「強さにも色々あるんだよ、ゆまちゃん。
 そんで、『人を殴れる強さ』ってのはね……『戦場やリングの中以外では、誇っていいモンじゃない』んだ。
 ……いいかい?
 魔法少女ってのはね? 『人間で居る事を諦めざるを得なかった』どーしょーもない奴が、『仕方なくやるもん』なんだ」

 あたしの言葉に、ゆまちゃんは『分からない』と言った表情を浮かべる。

「嘘だよ。
 パパもママも……ゆまの事を役立たずって……可愛くないから、パパが帰ってこないって。
 本当は、パパとママの事、好きじゃ無かった……」
「っ!!」

 なんて……親だっ!!

「それはね……ゆまちゃんのパパとママが、弱虫だったからだよ。
 本当に強い人は、弱い者を踏みにじって生きたりしない……弱い者イジメをしたりは、しないんだ。
 『弱い人を守れるのが、本当の強さ』なんだよ」

 そう言いながら、あたしは少し、虚しくなった。
 何故ならあたしは……あたしの親父に『そうやって育てられてしまった』のだから……

「そんでね、子供が弱いのは当たり前なんだ、ゆまちゃん。
 ……弱い者イジメしか出来ない奴ってのは、人間として最低の生き物なんだ」
「だったら……だったら私は……私は、強くなりたい! あの沙紀って子にも、馬鹿にされたくない!
 私……私にも素質があるって、キュゥべえ言ってた! だから、私も……」
「ダメだ!!
 ……聞き分けなさい、ゆまちゃん。
 無理に背伸びしてまで、『強さ』なんて求めるモンじゃ、無いんだよ……」

 怒鳴りつけ……あたしは、後悔した。
 あたしに……『そういう風に生まれ落ちた』あたしに、それを言う資格は、無いのだから。

「……今日はもう遅い。
 ご飯、作ってあげるから泊まって行きな。……そんで、明日、また施設の人に、引き取ってもらいに来るから。
 だから、絶対、キュゥべえと契約なんて、しちゃダメだ。
 ……同じ、命を張るなら、人間として、真っ直ぐに生きる事に賭けるんだ! いいね!?」
「うん……分かった。だからチカさん、また、ハーモニカ、吹いて♪」
「はい、よ……」



 ゆまちゃんが寝入った後。
 あたしはゆまちゃんとの添い寝役を杏子に押し付けて、自分の部屋に帰る。

「いい曲だな……アネさん、それ、何て曲?」
「……某エロゲの曲。なんか聞いてて耳に残った」

 そう言って、あたしは、ハーモニカを拭いて収納する。

 ……因みに、聞かせていたのは……『ス○ートウォータ賛歌』。
 まさか、ビッチ萌え全壊ピカレスク浪漫な、エロゲの曲です……とは、幼子には言えませんとも。
 それに、演奏できる曲のレパートリーも、そんなあるワケじゃないし、ね……。

 というか、音楽に関しては、あたしの趣味は無節操だ。
 エロゲの曲だろうがクラシックだろうが、気に入れば聞くし、気に入らなきゃ買わない。
 そーいう意味じゃ、颯太と一緒である。

 ……あいつの部屋にあったCDのレパートリー、ロックからクラシック、ゲーム音楽まで滅茶苦茶だったしなぁ……自分の感性だけを信じて、世間のジャンルに拘らないドライさは、あたしといい勝負だ。

「しっかし……」

 自室に戻って、溜息をつく。
 杏子の親父の神父様……それなり以上に『人徳』ってモンはあったらしい。
 管財人のオッサンは、何時帰るとも知れない杏子の存在を信じて、この土地建物を預かっていたってぇんだから、驚きだ。
 ……こう、何というか、目ぇキラキラさせて。

『最後は、あんな事になってしまいましたが……私たちの一家は、あの神父様のお言葉に救われたようなモノなのですよ』

 そう切々と語ったのは……あにはからんや、御剣家の隣の家の住人、倉本さんってぇ一家だったのだ。……世の中、ホント、狭い。

「世の中、ままならねぇモンだな……信じる者じゃなきゃ救われず、信じすぎりゃ裏切られ」

 ふと、思いだす。

『誰かの祈りは、誰かの呪いだ』という、沙紀ちゃんの言葉。
『希望を祈った分だけ、同等の絶望が撒き散らされる』という、杏子の言葉。

 ……あの二人の決定的な違い。
 それは……『呪いすらも自分の力にしてみせる』という、決意の差。

「そうやって、人は……『誰かの願いという呪い』を飲み込んで、大人になって行く、か」

 愛情も、劣情も……全ては感情。
 そして、自分の思い全てが、正しく他人に伝わると、思いこむほうが、愚かだ。
 悪意が人を強く育てる事もあれば、善意が人を腐らせることもある。全ては結果論。

 ……そのハズなのに、何故、人は『正しい答え』なんてモノを、求めてしまうのだろうか?

「全部が全部、答えを掴める人間なんて……居るわきゃ無いのに、ね」

 ふと、ベッドの枕元に置いてある、ラフロイグを引っ掴む。軽く寝酒だ。
 ……こーいう気分の時、通学前に酒臭さをアジャスト出来る魔法少女の体は、便利だ。

「時として、度を超えた『願い』という酒を、無理矢理飲まされる……子供も大人も、そーいう意味じゃ『キッツい部分』は大して変わんネェのかも、な」

 それが例え、離乳食のつもりだとしても。飲まされる『願い』というモノの本質に、変わりは無い。
 そして、子供という存在は、それ自体が希望ではあったとしても『親の願いを叶える聖杯でも願望機でも無い』。

 そういう意味で……あたしは、ゆまちゃんが、哀れでならなかった。

「『強くなりたい』か……そう在らねば絶望しか無い人生なんて、ロクなモンじゃネェってのに、ヨ」

 そういう生き方を強要する親に、育てられた子供は……『生き残りさえすれば』確かに『強くはなれる』だろう。
 だが、その『強さを証明する』には……弱い者を踏みにじって凱歌をあげる以外、無いのである。
 そしてそれは最早、人ではない。人の皮を被った、あたしの親父たちと同じ、犬畜生だ。

「ガキみたいな親が、後先考えずガキを作っちまった。だから、奇跡と魔法なんて、ご大層なモンが……必要になっちまうのかも、な」

 そう呟きながら。あたしはグラスを傾けた。



「くっ……そがぁあ!!」
「チッ……やけに魔獣が多いね、今夜は!」

 その翌日の日の『狩り』は。
 あたしと杏子が組むようになって、初めてのピンチだった……

「杏子……颯太の奴に、応援要請寄こせ!」
「アネさん!」
「ケータイ、やっただろ! アンタにも!」

 颯太の奴がやった事。それは……魔獣狩りの効率化だ。
 ある程度の日取りを決めて、一斉に『狩り』に出て、見滝原を大掃除する事。
 その時に、最年長の颯太やアタシは、バイクが使えるので、それを用いての探索。
 巴さんや杏子は、それのフォロー。

 で……それとは別で、あたしと杏子は組んで、二人だけで狩りをする事も、ままあった。
 というか、颯太の奴に、借りを作りたくないという意味が、お互いに強かったのだが。

「杏子、先輩のアンタ差し置いて言うのも何だけど。……ここ、あたしが引きうけて、いいかい?」
「アネさん!」
「足の速いあんた一人なら、逃げ切れるだろ! その時間くらいは……耐え抜いてみせるさ」

 両腕の鎖を垂らす。
 最近は、魔獣の捕獲できる数も、結構増えてきた。残り……八匹。なんとか、イケるぜっ!!

「捕まえろーっ!!」

 『罪科の錨鎖』が、ザラザラと這い回り、魔獣の群れを捕獲する……が。

「っ……やばっ、ちょっ……!!」

 捕まえたハズが、逆に魔獣の群れに、引き回されてしまう。

「チクショウが……ナメんなゴラァ!!」

 気合を入れて、踏みとどまる。だが、限界は一瞬で訪れた。

(流石に……八匹は無茶だった、か!?)

 鎖が千切れる。魔獣の群れが殺到する。杏子の奴は……逃げおおせただろうか!?
 集団リンチ。フルボッコ。むしろ、『死ねない』ほうが酷い有様。

 ……まあ、しょうがない……ちょっとばっか、分不相応な、幸せな夢、見せて貰ったし……な。

 と……その時だった。

「チカさん!!」
「っ!!」

 一瞬で傷が言える……沙紀ちゃんの治癒魔法!? いや、それよりもっと強力だ。
 が、そんな事を考える暇は無い。

「っだらぁぁぁぁぁぁっ!!」

 一匹、二匹、三匹、四匹!
 油断して、至近距離に近づいてたのが仇となった。あたしを相手に『あたしの手の届く距離に居る』。
 それは、致命的な誤算だ。腕力勝負(ガチンコ)なら……負ける気がしない!

 更に……

「アネさん! 相変わらず後ろが甘いよ!」
「っ……悪りぃ!」

 杏子の奴が仕留めて行く魔獣……見ると、杏子の被弾の負傷も治癒している。
 程無く。魔獣の群れは、沈黙した。

「とりあえず、助かったみてぇだけど、ヨ」
「……一体、誰が……沙紀ちゃんじゃ、ねぇよな?」

 幾ら、見滝原最速の颯太とは言えど。応援の連絡を寄こしたにしては……速すぎる。
 と……

「キョーコ、チカさーん、キュゥべえの言った通りだ。
 あたしも闘えるよー♪」
『っ!!』

 そこに……魔獣なんかよりも恐ろしい。
 あたしと杏子が、一番、見たく無い現実(モノ)が……居た。

「ゆま……」
「お前……」

 魔法少女になった、ゆまに。
 ……あたしたち二人は、思わず絶叫した。

『バカヤローっ!!』



[27923] 幕間:「斜太チカの初恋 その4」
Name: 闇憑◆27c607b4 ID:cb2385d9
Date: 2011/11/07 04:25
「バ・カ・や・ろ・う」

 腕を組んで怒りの表情で仁王立ちする颯太&困り顔の巴さんの前で。
 あたし、杏子、ゆまの三人は、全員、正座させられていた。
 もちろん、全員、颯太のゲンコツが頭に降ってきている。

「その……スマネェ」
「スマネェじゃねぇよ。色々な意味で、どう責任取ンだよ?」

 と……

「ゆま、魔法少女になりたかった……強くなりたかった……何がいけないの!?」
「おお、イケネェよ、ガキンチョ!
 子供はなぁ! 大人に護られて、『可愛がられながら誰かの脛かじって暮らさないと、いけないんだ!』。
 本来、魔法少女や魔法少年として戦わなきゃなんねぇのは、俺らみたいな『それ以外にやる事の無い奴』しか、やっちゃいけねぇんだ!
 ……テメェ、『強さ』に対して、負わなきゃいけない義務ってモン、分かってンのか!? 『生きる力』なんてのは、普通に育って行けば、嫌でもいつか身につくモンなんだよ!」
「颯太っ!!」

 ゆまの首を捩り上げる颯太。
 と……

「『いつか』って……『いつ?』」
「っ!」
「教えてよ、お兄ちゃん……『いつか』なんて時は……『いつ』なの?
 私、パパとママも、好きじゃ無かった……いつもゆまに意地悪して……居なくなっちゃえばいいと、思ってた」
「テメェ! 安易に家族が居なくなっていいとか言うな!!」
「あんなパパやママ、嫌だよ! チカさんやキョーコのほうが、ずっとやさしいもん!! カッコイイもん!!
 チカさん言ってたよ。『弱い者いじめをする奴は、本当は弱虫だ』って……ゆま、あんな弱虫なパパとママ、要らないもん!
 『いつか』は……『今』じゃないでしょ?」
「っ……っ……クソッ!!」

 文字通り、言葉を無くして絶句し、手を放す颯太。
 ……無理も無い。
 何だかんだと、あたしたちの中で、いちばん『生き急いで力を求めて生き抜いて来たのは』……こいつだからだ。
 御剣冴子を、御剣沙紀を……家族を、護るために。
 そして、護るべき家族から、存在を否定される辛さは……杏子も颯太も、ついでに沙紀ちゃんも。
 嫌というほど味わっているからだ。

「おい、ガキ!」
「ゆま」
「……あ?」
「千歳ゆま。ガキじゃないよ、お兄ちゃん。千歳ゆま!」
「……OK、千歳ゆま。あと、俺は『お兄ちゃん』じゃねぇ……御剣颯太、だ。
 そんで、千歳ゆま。
 お前が、魔法少女をやろうが、怪獣になろうが、死のうが、何だっていい。
 だがな……『学校だけはキッチリ行けっ!』 それは子供として最低の義務だっ!」

 そう言い放つと、颯太はあたしに向き直った。

「おい、二人とも。この子の責任、お前らだけじゃ、負えネェだろ!?
 ……俺も手ぇ貸してやるから、生活の面倒は、お前らが見ろよ。いいな!?」

 更に。

「そうね。私も可能な限り、お手伝いさせてもらいます」
「巴さん!?」
「マミ!?」
「流石に、ね……放ってはおけませんから」

 そう、巴さんも名乗り出てくれた。



 結局。
 何だかんだと、ゆまの奴は沙紀ちゃんと同じ学校に、通う事になった。
 ……裏で颯太の奴が、どんな暗躍の仕方をしたんだかは、あたしにはわからないが、なんか孤児院の人と色々話をした結果らしい。
 で、とりあえず無駄にヤクザを襲撃せずに済むよう、生活費は、あたしを通じて最低限程度は、渡して貰えるようにはなった。

 ……もっとも、悪党イジメをやめるつもりは毛頭無いが。
 酒代稼ぐ相手には、丁度いいし、ね。『悪党に人権は無い』。昔の魔法少女は、良い事を言ったもんである。

 それに、何だかんだとトラブルはあるみたいだが……沙紀ちゃんが色々学校で、フォローして回ってるらしい。
 で、それが、ゆまの奴には面白く無いらしく、喧嘩になっては、あたしや杏子、颯太の奴に、二人揃って怒鳴られる。
 ンで、それに我慢出来ないと、どっちかが巴さんに泣きついて、あたしたちを宥める。
 そんな構図が、繰り広げられていた。



 ……何と無ーく、巴さんと颯太が、あたしら見滝原の魔法少女全体の、オトンとオカンになって来てる気がするのは……気のせいだろうか?



「……ぜんっぜん分からん」

 テストの真っ最中。頭を抱え込む。
 真剣に学校に通おうと思った矢先ではあったものの……正味、自分自身の頭がパッパラパーだと思い知らされる。
 一学期最初のテストは、必殺のカンニング・テクで何とかなったモノの、その現場を颯太の奴に見つけられてシローい目で見られていたのだ。
 ……これでは、色んな意味で面子が立たないし、増してや赤点なんてなった日には色々マズ過ぎる!!
 なので、とりあえず、テレパシーで緊急救援要請!!

『たーすーけーてー、颯太モーン!!』
『なんだい、チカ太君?』
『問題の答え以前に、問題の意味そのものが分からないんだ。なんとかしてよ、颯太モーン』
『前々から思ってたけど……君は本当にバカだな』

 返す言葉もありません。

『お願い、赤点だけは回避したいんだ! 颯太もーん!!』
『努力しろ』
『これからするから、赤点だけは何とかーっ!! お願い、ヘルプミー・ハヤたん!!』
『知るか。あと、カンニングすんなよ。大体手口、分かってんだから』
『うわあああああ、おーねーがーいーたーすーけーてーっ!! 颯太先生ーっ!』
『だが断る。
 この御剣颯太が最も好きな事のひとつは、奇跡や魔法で何でもどーにかなると思ってるパッパラパーの馬鹿に、「NO」と否定してやる事だ』
『っ……この……悪魔っ!!』
『悪魔でいいよ。悪魔らしいやり方で、お返事返してあげるから♪』

 結果……無情にも、あたしが馬鹿だという証明は、成されてしまった。
 ……颯太の……ケチ。



 と、まあ。
 そんな事がありまして……

「……アネさん、何やってんの?」
「……見て分かんないか?」

 結局。
 あたしは、本格的にグレ始めた中学二年の頃の教科書から、やり直す事になった。
 ……よく受験で受かったよなぁ、あたし。どんだけ下駄履かせたんだ、親父の奴。
 とりあえず、日々の補習を受けつつ、期末まで勉強の取り戻しに、颯太や巴さんがつきあってくれる事になりまして。……っていうか……ブツブツ文句言うなら、テストで答え教えてくれればよかったのに、颯太。

 でも、なんか、パズル解くみたいで、面白いんだよなぁ……颯太や巴さんの教え方がイイからだろうか?
 ……いや、単に……私が馬鹿だったダケだろう。

 偏差値50の人間を70にするのは難しいが、30の人間を50にするのは、実は本人がその気になれば容易いと、何かで聞いた事がある。
 ……要は、基本的に抜けてる部分を、埋めて行けばいいダケの話だし。

「って……中二の教科書じゃん、これ?」
「そーだよ。あたしが本格的に不良やってグレ始めたのがそのへんでね……そこから勉強に関しては、頭の中が止まったままなんだよ。
 おまけに、テストで赤点取っちまってさぁ……颯太の奴に教わりながら、日々、補習だよ」
「へー……大変だな」

 ふと、気付いた。

「あんたも、いい加減、学校ブッチすんの、やめたら?」
「学校、あんまイイ思い出、無ぇんだ……それに、必要無いぇよ」

 そう言って、杏子の奴は、あたしの問題集を一冊、手に取ると、サラサラと回答を叩き出して行く。

「……!? あんた……」
「これでも、昔は神童とか言われてたんだぜ?
 なのに、あたしより馬鹿な連中が……親父の事をネタに、あたしを馬鹿にしてさ。そんな頭空っぽで、他人引きずり下ろすしか能が無い連中とツルんで、何が楽しいのさ」
「……ま、そんな奴ら、どこにでも居るさ……」

 だから、中学の白女時代……あたしを『そういう目』で見てた連中は、全員、徹底的に、バレないようボコりながらシメてやった。
 ……お陰であたしゃ白女の中じゃ、完全なアンタッチャブルだったっけ。

「でも、よ……なんつーか、サイの目放る事を怖がってちゃ、人生っつー博打は打てネェだろ?
 少なくとも、あたしは『学校』って場所に行った事で颯太と会えた。それは変えようのない事実だし、キュゥべえが居たからあんなドブの底から抜け出せた。……それだけで『勝ちの目』を拾ったよーなモンさ。
 それにゆまちゃん、何だかんだと沙紀ちゃんと馬鹿やりながら通ってるみてーじゃん?」

 ゆまちゃんと沙紀ちゃん、二人揃って、ドタバタ漫才やりながら、小学校、通っているらしい。
 ……軟禁に近い生活を送っていたせいで、常識を欠いたゆまちゃんが魔法で起こすトラブルを、沙紀ちゃんが脳天ひっぱたいて窘めながらフォローして、それで喧嘩になって。
 んで最後はあたしに二人揃って泣きつくパターンが――何しろ、颯太や杏子だと、片方が不利になるので――最近は定着していた。

「それに沙紀ちゃん、あれで優等生だけど……なんか、プライド傷つけられてるみたいだしなぁ」
「あー? そりゃ、魔法少女の『回復役としちゃ』ゆまの奴のほーが上だから、だろ?」

 そう。
 『魔獣狩り』の最中に負った負傷の手当て。
 ゆまちゃんのほーが、圧倒的に治癒魔法の性能が上だったのだ。
 例えるなら……ベホ○ミとベホ○くらいの差だろうか? しかも沙紀ちゃんと違って、ほぼノーリスク。
 あまつさえ、颯太の奴に『良かったな、沙紀。これからは痛い思い、しなくて済むぞ』なんて頭撫でられて……涙ッシュで夕日に向かって突っ走っていったっけ。

「あー、納得。沙紀ちゃんの能力って……基本的には『究極の器用貧乏』だもんねぇ。
 なんでも出来るけど『一番にはなれない』平均点……いや、むしろ平均以下のマイナスか」
「あ?」
「あの子ね、炊事洗濯掃除の家事能力、壊滅的なんだから。
 特に料理は最悪……颯太が居なかったら、あの子、飢え死だね」

 そう言うと、あたしは杏子の書いた問題集の答えを、消しゴムで消すと、あえて『自分の頭だけで』向き合う事にする。
 結果は……まあ、あたしの負けだ。

「……しかし天才だね、アンタは。
 あたしなんぞよっか、よっぽど頭のデキがイイ。だから『余計に色々なモン』が見えちまうんだ……颯太と一緒だな」
「っ!」
「だけど、アイツとアンタの決定的な違いは……『見えた現実(モン)を前に、己の在り方を捨てたか、捨てなかったか』、さ。
 ……ま、あたしみたいな馬鹿と違って、あんたみたいな『余計なモン色々見えちまう人』にゃ、逆に世の中ってのは渡りにくいのかも、な」
「ウッセェ……メスゴリラ」
「へっ、馬鹿に図星刺されると、効くだろ?」

 落ちる沈黙。
 そんな中、あたしは必死に問題集に向き合う。
 と……

「アネさん。ちなみに出身、ドコチュー?」
「クダンネー学校さ。女の園……白女だヨ」
「は?」

 その言葉に、杏子の奴が、L5になって叫んだ。

「……嘘だっ!!」
「何でアンタに、嘘つかなきゃイカンのさ!?」
「ドコをどうやったら、アネさんが白女入れるんだよ!」
「余計なお世話だバカヤロウ!! これでも小学校までは、あたしだって神童で通ってたんだぞ!
 ……大体、あたしが白女出身じゃそんな悪いかーっ!!」
「湧かねぇ……ゼンッゼン、イメージが湧かねぇよ!!」

 ……結局、卒アルや昔の写真見せるまで、杏子は信じちゃくれませんでした。
 あまつさえ、中学一年のグレる前の写真は、同一人物と認識してもらえず。
 ……なんだよ、あたしがロングヘアーで伊達眼鏡でお嬢様やりながら将棋盤に向かってたのが、そんなにオカシイかっ! グレて処女切った時に、今の長さにバッサリ髪の毛切ったのが、そんなにアレだってぇのかーっ!
 ……ドチクショウ。




「……しっかし、何つーか」

 魔法少女として活動しつつ、学校の勉強をがんばりながら、杏子やゆまの食事の面倒を見て居たある日。
 教会に転がり込んできた、一人の魔法少女に、あたしは溜息をついた。

「どうして、こうも酷い親しか、世間にゃ居ないんだろうねぇ……」

 臼井ひみか。
 そう名乗った魔法少女は、孤児院でゆまちゃんの知り合いだったらしい。
 で……何でも、院の中での虐待に耐えかね、その場から逃げ出すべく、キュゥべえに願ってしまったんだそうな。

 『本当のお父さんとお母さんを知りたい』と。

 そして……知ってしまったらしい。

 自分の母親が、どうしようもない淫売の商売女であり、母性など欠片も無い人で……堕胎に失敗して自分が生まれてしまった事。
 自分の父親は、その行きずりの客であり、妻子ある身でヤッてしまった事。

 さらに、彼女の『臼井』という名字は、実は父親から拝借したそうで。それまでは院で面倒を見てくれた先生の『早乙女』だったそーな。それでもその名字を名乗るのは、せめてもの反逆と意地だそうで。
 結果、『安住の地』として求めていた実の両親に拒否され……生き場を失った彼女が辿りついたのが、ゆまから聞いた、この教会だったらしい。

「もう、ドコに行っていいんだか……分かんないんです。
 魔法少女としての力も、かなり使えなくなっちゃって……あたし、もうどうしたらいいんだか」

 涙を流しながら、説明する彼女に、あたしと杏子は溜息をつく。

「……どーする、家主様よ? 颯太に口利くなら、あたしがするけど?」
「またかよ、アネさん。……なんか、アイツに借りばっか増えて行く気がしてならねぇぜ」
「どっちにしろ、こんな子、放っておいたら昔のアンタみたいになっちまうよ。……どっちにしても行きようが無いじゃないか、こんな子」
「……はぁ。ショウガネェな、チクショウ! 分かったよ、料理長(シェフ)殿!」



 と、まぁ……こんな事件が、度重なりつつ。
 気がつくと、半年もたたないうちに、教会はあたしや杏子含めて、七人もの魔法少女が集う、大所帯となってしまった。

 こーなって来ると、流石にあたし一人では負うモノが多すぎる。
 結果、杏子の奴も、あたしに料理を教わりながら、何だかんだと後輩の面倒を見るようになってきていた。

 さらに、全員ではないが、何とかまぁ……希望する子は、あたしが颯太に話を通して、学校に通えるよう取り計らってもらいつつ。
 なんだかんだと金銭面も含めて、細かくフォローしてもらい始めていた。

 勿論、魔法少女としての実戦面では、巴さんや杏子という優秀な教師がいる。
 更に、そんなワケアリで転がりこもうとする子を諭して、あたしや杏子の世話にならず、可能な限り、一般の孤児院だの自宅だのに返してやるのも、巴さんや杏子、そしてあたしの役割だった。

 それにつけても。
 もー、冗談抜きに、颯太と巴さん様様である。

 いや、マジで。
 あたしだけだったら、本当にヤクザ相手専門の、魔法少女強盗団が完成していただろう。
 『続々!! 殺戮のハヤたん害伝……地獄のビッチハイカー』とか……冗談じゃないわ、ホント。



「……あー、大変だわ、こりゃあ」

 そんなある日の放課後。
 スーパーで買いだしに行ったあたしは、別のスーパーの特売を狙った颯太と待ち合わせをしていた。
 ちなみに、最初、中古ショップで買った冷蔵庫は、容量不足で僅か二ヶ月でお役御免。今、教会には最新型の家庭用大型冷蔵庫が鎮座している。
 ……本当は、暇してる子にでも買い物行って欲しいのだが……今日び、満足にお使いも出来ん子って、どーよ?

「おー颯太。野菜の特売、ゲットできた……っ?!」
「危ねぇっ!!」

 不意に。
 あたしのソウルジェム目がけて、魔力の矢が飛んできて……あたしは絶句した。

「颯太っ! ……おい、しっかりしな!」
「痛だだだっ……痛っテェ……」

 右手を抑える颯太。その手の甲が、恐ろしいほどに腫れ上がり始めている。
 そして、矢が飛んできた方向から。
 呆然というか、愕然とした表情の、黒くて長い髪とリボンの魔法少女が、一人。 

「ど、どういう……事、なの?」
『それは、こっちが聞きてぇよ!!』

 声をハモらせて、絶叫するあたしら二人。

「ちょっとアンタ! ウチの颯太に何するんだい!」
「うち……の!? えっ!? えっ……まどか、一体、どういう事なの、これ?」

 何か、パニくってるようだが……まあ、とりあえず、やる事は一つだ。

「っ!! 何か、カンチガイがあるみたいだな、そこの奴。
 ……見た感じ、新人とも思えねぇが、まあいいさ。ちょっと『O☆HA☆NA☆SI』しよぉか? アァン?」
「そうだね、颯太……悪さした子には『O☆SE☆KKYO☆U』ってのは定番だもんネェ♪」

 あたしら二人……見滝原『最恐』の『仁王タッグ』を怒らせた意味を、まずは理解してもらうとしましょうか。

「くっ!!」

 後ろを向けて逃げようとしたところを……

『逃がすかぁっ!!』

 快速でカッ飛ばす颯太と、あたしの鎖で。
 あっさりと彼女は捕獲されてしまった。



「わけが……わからないわ」
『ワケが分からんのはお前じゃあああああああああっ!!』

 混乱する彼女――暁美ほむらの寝言に、颯太と声をハモらせて絶叫しながら。彼女を、颯太の家……別名『魔法少女の取調室』に連行した。

 ちなみに、この家の中で、悪さをした魔法少女に対して、颯太とあたしが『SEKKYOU』しつつ、巴さんがそれを最終的に判断して救うという構図が出来上がってたり。
 その結果、なんか最近、巴さんが、実力とは別の人望面で、見滝原の魔法少女の元締めになりつつあるのだが……そこをバシッとキメてくれるのが、流石に巴さんである。

 ……こりゃ、色んな意味で、アタシも負けてらんねって。ホント。
 それは兎も角。

「どうぞ」

 沙紀ちゃんが淹れた茶と、栗鹿子を出しながら、暁美ほむらは、戸惑いながらそれを口にし……

「っ……これは……変わらない味ね。懐かしいわ」
「は?」

 ワケが分からない事を言う、暁美ほむら。

「もう、どれくらい昔になるのかな、ここの時間軸は? かなり最初の方だったハズだけど……
 随分、特異なループだったし、色々世話になるキッカケだったから、よく憶えてたけど……まさか『御剣颯太の居る並行世界に戻る』なんて。
 ……聞いてないわよ、まどか……」
「何言ってんだ、てめぇ? ……まさか、『自分が未来人だ』とでも抜かすのか?」

 もー、吹っ飛んだデンバな事しか言わない、暁美ほむらに、あたしも颯太も呆れ返った。
 奇跡や魔法の世界で生きているあたしたちだが、ここまで吹っ飛んだ思考回路の持ち主とは、滅多に遭遇した事が無い。

「……相変わらず、鋭いわね、御剣颯太。当たらずとも遠からず、よ」
「っ……!! おい、チカ……すまん、黄色い救急車の用意が必要っぽい」
「ああ、きっと『自分の性格変えてくれ』とか、頼んじゃったんじゃないのか?
 ほら、居ただろ、呉……なんとかって子? ありゃ色々な意味で、やりづらかったじゃないか?」

 以前、どーにも扱いにくい性格した魔法少女の起こしたトラブルを、成り行きで解決せねばならずに向かった事を、思い出した。
 あれはまぁ……ホント、大変だったよ。色んな意味で。

「そうね……信じて貰えなさそうね。邪魔したわ」
「おい待てや。
 ……信じる信じない以前に、お前、自分が何やったか、分かってんのか?」
「っ……悪かったわ。
 流石に、ドラッグを使う魔法少女なんて、今まで彼女だけだったし、あの拉致騒ぎを思い出して思わず……」

 は!?
 ドラッグ? あたしが……?

「えっ!? チカ……お前ぇ、まさか……」

 更に、颯太の奴に、ジト目を向けられて……あたしは、瞬間的にキレた。

「ばっ、馬鹿言うな! 魔法少女になって以降、あんなのに手ぇ出してねぇ!!
 ……おい、てめぇ!! 誰がドラッグに手ぇ出したってぇ!? 颯太や巴さんの前で、イイカゲンな事言ってんじゃねぇよ!!」

 そう叫んで、胸を捩じりあげる。

「くっ……ちょっ……」
「おっ、おい、チカ!」
「ああ、昔、荒れて人間やってた頃には手ぇ出したけどなぁ、魔法少女になって以降、二度とあんなモンに手ぇ染めちゃいねぇよ!!
 ……っつーか、何様だテメェ! スカしたツラしやがって! こちとらがヤクザの娘あがりの魔法少女だからって、バカにしてんのかゴラァ!!」

 シメる。
 こいつ、ガチでシメる! むしろ、シメて埋めてやる!!

「おい、落ち着け、チカっ!!」
「チカさん、ストップ! ストップ!!」
「放せ、颯太! 巴さん! こいつガチでシメてやるーっ!!!」

 結局。
 颯太や巴さん、沙紀ちゃんの三人がかりで取り押さえられるまで、あたしは大暴れする事になった。




「俺が、魔法少女の……殺し屋ぁ!?」
「あっ、あっ……あたしが、ドラッグの売人(プッシャー)で……沙紀ちゃんの誘拐犯!?
 挙句、颯太に成敗されたってぇ!?」

 自称、元『時間遡行者』、暁美ほむらの話は、突拍子も無いを通り越して、荒唐無稽もいい所だった。
 だが、その言葉に秘められた、妙な説得力と真実味。
 そして、颯太の奴が話を転がして行く内に……あたしは自分が紙一重で『魔法少女の女神様』に救われていたのだと、知る。

「やっ……やばい……あり得る……そんな理屈が裏にあって、更に『昔のアタシだったら』マジでやってたかもしれない……
 っていうか、夢も希望もありゃしないじゃないか、そんなの! 世間の仕組みに反抗したあたしの祈りなんて、真っ先に踏みにじられる類のモンだよ!」

 弱肉強食。
 それを否定したくて、あたしはヤクザをやっていた親父に反抗したのだ。
 世界は『ソレだけではない』と……その上で成り立つ『何か』を信じたあたしの祈りは、そんな真実を前にしてしまったら、根底から否定されてしまう事になる。

「そうね。それに、その……さっき使ってた『鎖』は、私も見た事の無い力だったわ。おそらく、それは……」
「あ、ああ!
 もしそんな理屈がわかったとしたら、多分、この『罪科の錨鎖』は使い物になるワケが無いし、あたしの『奥の手』なんか、絶対無理だ。
 杏子の奴に聞いたんだが、あいつも能力を封印しちゃってる部分が結構あるっていうし……多分、その時のあたしもそうだったんだ」

 何しろ。
 この鎖は『戒めの鎖』でもあるのだ。『悪い事をしてる奴を、野放しにしておいてほしく無い』。
 そんな願いも、この錨鎖には込められている。
 そして、自分自身が魔女の元だ、なんて知ったとしたら……もう100%、この能力は使えなくなってしまうだろう。

 更に……颯太の奴が、幾つかの尋問を繰り返し。
 彼女の言葉は、完全に真実だと証明されるに至った。

「……つまり、何か? 俺が契約したのは……おそらく、その『鹿目まどか』って子だったのか?」

 これまで、完全な『謎』だった、颯太の力。
 変身もせず、魔法少女と同等か、それ以上の戦闘能力を誇る異常性と、16の子供にしては異様な『知識や社会等、体験の経験値』。
 その理由が、完全に明らかになる。

「ええ、あなたは、前の世界では、他の魔法少女の力を介してでしか、キュゥべえが見えて無かった。
 なのに、今ではちゃんと魔力として自分の力を行使出来ている……そして、本来見えるハズの無い、まどかが見えていた。
 そして、『魔法少年は、魔法少女と契約して成る相棒(マスコット)』という定義のもと、あなたは動いていたわけで……だとするなら、契約相手は、まどか以外に思いつきようが無いわ」

『なるほど。御剣颯太、もし仮に、君がザ・ワンで、しかも『否定の祈り』なんてモノを祈っていた。その上、宇宙の因果律そのものを書き換える『神』とまで契約済みだとしたら、君の魔力の底が読めないのも、合点がいく話だ。
 ……君は本当に、空恐ろしいほどの不確定要素だ。イレギュラーにも程がある存在だよ。
 もし仮に、前の世界で、君を敵に回したいと望む存在が居たとしたら、それは愚かにも程がある話だ』

 と……颯太の家の電話に、コール音が。

「はい、もしもし……あー、すまん。ちょっとな、魔法少女絡みで、結構、デカい話が分かっちまったんだ。
 代わりに俺が……あいよあいよ……チカ、杏子の奴から。カンカンだぞ」

 その言葉に、あたしは頭を抱えた。
 ……やっべ、ケータイ、充電切れてたんだった。

「あっちゃー……やっちまったね、また……」
「因果応報だ、諦めろ」

 覚悟を決めて、杏子からの電話を受け取り……

『アーネーサーンー!! 今日の食材と料理当番、どーなってんだよ!!』
「わっ、悪ぃ、杏子! マジすまなかった!」
『すまなかったじゃねぇよ! もー冷蔵庫の食材、無ぇんだぞ! チビ共飢え死にさせる気かよ!』
「悪かったって……ちょっと魔法少女絡みと、颯太の事で、デカい話が分かっちまってさぁ」
『あ!? ……なんだってんだ?』
「ああ、その、どうもさー……平たく言うと、颯太の奴『神様の使い』だったらしいんだ」

 とりあえず。
 端的に事実だけを伝える。と……

『……アネさん。馬鹿だ馬鹿だと思ってたけど、とうとう一線超えて、ホンモノの馬鹿になったか?』
「いや、そうじゃねぇんだ。ホントのホントに、トンデモネェネタだったんだって!」
『……ともかく、今晩、あんたのメシは無いよ! 神様とでも何でも、イチャついてな!!』

 ブチッ!! ……ツーッ、ツーッ、ツーッ……

「すまん、颯太。今晩、あたしの分、飯抜きになっちまった」
「りょーかい……えーと、五人前、か……ま、いいか。
 とりあえず、なんか適当に作るか……肉じゃがとサラダとみそ汁くらいでいいな?」

 さらっと言うが。
 ……あいつ、右手、大けがしてたよなぁ?

「手伝いましょうか?」「手伝うか?」

 巴さんと二人で名乗り出る。が……

「いや、とりあえずまだいいよ。簡単に作っちまうから、座ってて適当に話でもしててくれ。
 ……女子トーク、苦手なんだよ、俺」

 これである。

 そーいえば、業務的、義務的な事は魔法少女と接触して会話をするが。
 普通に女の子を喜ばせるようなトークって、颯太、しないよなぁ……あたしとの会話は、どっちかっつーと『男友達の会話』になっちゃってるし。
 基本的に、女子にはオクテなんだよねぇ……颯太。

 というか、多分。普段、あたし自身を、『女と見てない』からこそ、フツーに接する事が出来るんだろうなぁ……なんか、悲しいし、悔しいぞチクショウ。



 で……

『言わんこっちゃ無い』

 大怪我した右手でキッチンに立った末に大失敗した颯太を、リビングのソファーに座らせて。
 あたしは巴さんとキッチンで料理を始めた。

「チカさん、味醂、取ってもらえます?」
「ほいよ。あ、巴さん、そっちの味噌取って」

 勝手知ったる何とやら。
 巴さんもあたしも、何度か颯太の手伝いに、御剣家のキッチンに立っているので、大体の位置は分かってる。

 そして、颯太の奴は……目の前の魔法少女を前に、何やら居心地の悪さに戸惑っていたが……意を決したのか、暁美ほむらと話を転がし始めていく。
 だが……食事をしてる最中。
 怪我をしてるという事もあるんだろうが、やはり……何か思いつめた表情になっていたのは、気になった。
 そして、案の定。

「ごちそうさま」

 ふらふらと。
 颯太の奴は、自分の部屋に、閉じこもってしまった。

 無理も無い。

 今まで、『何者!?』と問われても『タダの男だ』としか返して無かった、そして返す事が出来なかった『WHO AM I(自分自身の正体)』という答えが、出てしまったのだ。

 だから……

「巴さん……その、颯太の奴の面倒、見てやってくんねぇか?」
「え?」
「あいつ、多分、今、すげー傷ついてる。
 あたしもアイツもさ……望んでたのは『フツーの暮らし』って奴なんだ。
 そこに、自分自身が『フツーじゃない』って宣言されちゃったら……多分、モノスゲーショックだと思うんだ」

 あの日。
 自分の親父の仕事を知って、あたしが味わった衝撃は……今でも忘れられるモノではない。
 あたしも、杏子もそうだが……全ての人間が『答えが出た結果を、受け入れられるワケでは無い』のだ。

「いまのアイツを癒せるのは、あたしみたいなドブの中から生まれた外道じゃなくて……巴さんみたいな『優しい普通の人』なんだと思う。
 ほら、あたしって『壊す』しか、今のところ能が無いから、さ……」

 先程の、暁美ほむらとの颯太の言葉。
 魔法少女一人一人を、天人に例えたのなら……多分、あたしが該当するのは『破壊(破戒)神』だ。
 全てが力任せの勢い任せの運任せで、望む『何か』に向かってルールも何もかもクソクラエで、全力で転がって行く存在。
 そういう意味で。
 あたしは、自分自身が世間一般で言う『癒し』とは、程遠い存在である事は、自覚しているのだ。

「破壊の力……か」
「え?」
「いや、何でもネェ。
 それより、暁美ほむらさんよ、幾つか聞きテェ……その、『戦闘スタイルがまるで変わっちまってる』って聞いたが。
 そん時のアタシは、一体全体、どんな闘い方、してたんだ?」
「……そうね、ドラッグを使って」
「そうじゃなくて、戦闘スタイルの事さ。今のアタシは、この鎖と怪力くらいしか使えない……そして、あんたの話しを聞く限り、この鎖を使えないあたしは、どんな闘い方をしていたのか、知りたいのさ」

 その言葉に、顔をしかめる暁美ほむら。

「そうね。
 確かに、以前と武器が違う事に、かなり戸惑ったわ。
 ……あなたが使っていたのは、接近戦では、美樹さやかのような刀を二刀流で。距離が開けば、巴マミのマスケットを短く切り詰めたような短銃を二丁持ちで使ってた。
 どっちかというと……中~近距離型、って感じ、かしら? ただ、パワーの凄さは、同じみたいだけど……」

 その言葉に。
 あたしは……あたしの中で、何かがカチッと嵌ったような。そんな感触を得た。
 だが……

「……暁美ほむら。それ、多分……『元』が存在する」
「元?」
「……嫉妬だな。おそらく、そういう武器を用い始めたのは……颯太と、巴さんの影響だ」

 己を縛る『戒めの鎖』を無くし。
 それでも、揺るがぬ正義の味方を前に。あたしは……それに憧れて、武器を真似たのではないか?
 何と無く、そんな予感が……した。

「ま、いいさ……颯太にだって、師匠は居たんだ。参考にできるのなら、参考にさせて貰うさ」

 あたしは新人なのだ。ならば、個性を主張するよりも、生き残る術を優先して模索したほうがいい。
 ……ゆまや沙紀ちゃんの世話になり続けるよっか、少なくとも圧倒的にマシだろう。

「……しかし、あんたも酷い事するね。うちの組事務所からチャカ持ち出したりとか。
 颯太に合うまで、ウチの若衆の小指(エンコ)が、何本スッ飛んで、何人、コンクリ詰めにされたんだろうな」
「それは……」
「いや、いいさ。あたしだって今、似たような事やってるし。
 だいたい、マトモに生きようと思えば、幾らだって世間に迷惑かけずに生きる方法なんて、ゴマンとあるんだ。
 そんな中で、カタギの人生食い物にして、自分だけのうのうと贅沢して暮らそうだなんて、世間舐めた考え方してるほうが、そもそも間違っているんだ。
 ……いい薬だよ。マジで」

 そう言って、あたしはサラッと暁美ほむらを許す。
 
「あと、さ……思うんだけど。
 その、『元の世界』の魔法少女たちってさ……結局、颯太の奴にも『救われて』いないか?」

「え?」

「いやさ……こんなゾンビ同然な体で、しかも、魔女なんて世間に迷惑振り撒いてさ……『カタギの綺麗な体』を望んだあたしからすれば、死にたくなるよ。
 死んでしまいたい、消えてしまいたい。でも、好きだ、という思いは伝えたい。
 そんな狂気にも似たギリギリの最後の希望。しかもそいつが『魔女の釜』なんて持っていた事実が……誘拐事件なんて起こしたんじゃないかな?
 だとするなら……そんな世界で颯太に殺されたアタシは……多分、幸せだったんだと思う。他の連中だって……『希望と夢を見たまま、絶望せずに『死』という『終わり』を見た』ワケだ?
 だったらさ。
 前の世界の颯太のやった事って……その、『鹿目まどか』だっけか? その、魔法少女の女神様?
 ……規模は桁違いだし、手段も違うけど……あまり『やってる事に大差無い』気がするんだけど……どうだろうね?」
「そうね。
 実際、あるループで、それを知った巴マミは『全員死ぬしかない』と発狂して、その場に居た仲間を皆殺しにしようとしたわ」
「あー、あり得る。っつか、さもありなん、って感じ」

 人間、余裕が無くなれば最後に残るのは、地金剥きだしの闘争本能。
 文字通り、『弱肉強食』の倫理だけで行動するのが『正しい事』になってしまう。
 そして……巴さんの責任感の強さを考えるならば……そういう発想に至ってしまっても、なんら不思議では無いだろう。

「だけどさ……なんつーか。
 人間、『弱肉強食の倫理を踏まえた上で』さ……それでも、その土台の上に乗っかった、文化だとか何だとか。
 そういったモンってのは、物凄く尊いモノだと、あたしは思うんだけどね……」

 と。
 ふと、思い出す。

 ……隠し金庫、か……

 以前から、それとなく颯太の好みのタイプだとか何だとかを、聞いているのだが。
 あいつはそんな話題になるたびに『特に無い』『好きになった人が、好みのタイプだ』みたいな、捕えどころの無い答えしか返してくれないのだ。
 ……そしてそれは、多分、嘘では無い。
 自分の心を殺して、ひたすら家族のために、誰かのために生きる。言い換えれば『理想の大人』として振る舞ってきた颯太にとって、そういった欲望だとか願望だとかは、表に出せるモノでは無いのだろう。

 だが、あたしはこう思うのだ。
 『欲望』こそが、『人間が人間として生きるための原動力であり、原点』だと。
 根源的な生存の欲求――食欲、性欲、睡眠欲は、人間が人間として根幹を成す、基本中の基本である。
 男女の差異はあれど、それが『無い』人間は、人間では無い……別の『何か』だ。

 あいつは……恐らく、自分自身ではそれをコントロール出来てるつもりなのかもしれないが。
 ただそれを封印して、押し殺してしまっているダケなのではないだろうか?
 だとしたら、そのほうが、よほど子供じみているし危険である。

 正直、あいつの名前のように、正に『風を掴むが如し』と、色々と諦めては居た。
 そして、そこが、奴にとって『女友人』と『恋人』という認識の間に引いた、ラインなのだと思っていた。

 だが……女性に己の本心を絶対に明かさぬ男の、本当の本音の部分。
 それが、この家の隠し金庫に眠っているとすれば……あたしは御剣颯太の、本質の一端を掴む事が出来るのではないか?

 ……無論、それプラス、私個人が、颯太をからかうネタが欲しかった、ってのもあるが。それら諸々全てを踏まえた上で、あたしは、暁美ほむらに問いかけた。

「あのさ、その隠し金庫って……中にエロ本とか、無かった?」
「え? ……ええ、まあ。
 何も知らなかった私は、それを取引の材料にしようとして、大失敗したわ」

 ふと……その場に居た、沙紀ちゃんと目が合う。
 何というか、以心伝心と言いますか。

「よし! 開けよう、その金庫♪」
「うん、チカさん、私も賛成!」
「ちょっ、ちょっと! ダメよ! ザ・ワンを怒らせるなんて、無茶にも程があるわ!」
「いーじゃんいーじゃーん」
「そーだよ、私たちには知る権利があるもーん♪」



 そして……何だかんだとバタバタあった末に。
 魔法少年として、颯太が自分の力に、本格的に覚醒するというトラブルがあったものの。
 あたし『たち』は、御剣颯太という男の、『本質の一部』に触れる事に成功する。



「うわぁ……颯太って、やっぱり巨乳好きだったんだー」

 密かに、オッパイ星人なんじゃないかとは思っていたのだが。
 これで色々なモノが確定した。

「へぇ……颯太さんって、こんな人が……こ、これなら、私でも」

 巴さんが、顔を真っ赤にしながら。
 それでもチラチラとしっかりチェックして。

「……お兄ちゃんって、こーいう女の人が好きだったんだー?」

 にまぁ、と。
 兄貴の弱みを握った沙紀ちゃんが、邪悪に微笑む。

「……………その、御剣颯太……ごめんなさい」

 謝罪する暁美ほむら。



 そんなあたしらを前に、横たわったまま、血の涙をダクダクと流す颯太が、ボソッと呟いた。
「…………………………いっそ、殺せ…………………………」



 何というか。
 そこまで恥ずかしがる事も無いと思うんだけど……

 と、同時に。
 その……なんというか。
 オカンにエロ本見つかったみたいな表情と、極度に子供っぽい仕草に、あたしは確信した。

 ……ああ、やっぱり、こいつは……本質の部分が、『男の子のままなのだ』と。
 意地を張って……張らざるを得なくて、『無理に大人として振る舞っているのだ』と。
 案外……それが『出来てしまう事が』、こいつの不運だったのでは、あるまいか?

 無論、あたしが取った手段は、確かに、褒められた手段では無い。

 が……今、あたしは確実に。
 颯太の奴が、無理して身につけていた『心の鎧』を一つ、ブチ割った、と。
 その手ごたえを、感じていた。



 ……の、だが。
 その後、颯太の奴は救急車を呼び、右手骨折の大けがを理由に、病院に搬送。
 引き籠るように、そのまま入院してしまった。

 いかん……ちょっと……やり過ぎた……か?



「で……話って、何かしら? 正直、あなた個人に対して、私にはいい思い出が無いのだけど」

 バタバタあった、御剣家からの帰り道。
 暁美ほむらを呼びとめ、あたしは公園のベンチで、缶コーヒーを奢りながら、切り出した。

「まあ、そう言わネェでくれ。……アンタ、元、『時間遡行者』って奴なんだろ?
 だったら、幾つか……質問に答えて欲しい事があるんだ」
「それは……もしかして、佐倉杏子の事?」
「ビンゴ。
 率直に聞く。杏子の『願い』を……アンタは知っているのか?」
「知っているわ。そして……それが御剣颯太に伝わった結果、起こった顛末も」

 あたしたちに色々事情を話していた時に。
 何故か、杏子関係のネタは、ボカして話していたのだ。

「……やっぱりか。で、どうなった?」
「決闘に至ったわ。そして、佐倉杏子を惨殺している」
「……だろうな」

 御剣家の悲劇の引き金。
 それを引いたのは、杏子の親父であり……そして、杏子自身だ。
 だが……

「なあ、アンタの知る限り……この世界は『変』か?」
「まず、あなたが魔法少女として存在している事そのものが、私にとっては『変』としか言いようが無いわ」
「みてぇだな……あたしが魔法少女になるっつーファクターは、『御剣颯太』という存在が居ない限り、有り得ないみたいだし」

 缶コーヒーを、ゴクリ、と飲み干す。

「ええ。あのループの後、何度かあなたを探したけど……あなたは絶対、魔法少女にはならなかった。
 素質はあっても、絶対にキュゥべえの口車に乗る事が無かった……正直、あなたと遭遇するまで、記憶から除外してたくらいよ」
「なる、ほど。……だろうなぁ。
 じゃあさ、悪いんだけど……御剣兄妹。特に颯太には、この事、絶対黙っててくれねぇか?」
「え?」
「……いや、な。
 あたしゃ颯太が好きなんだが……杏子とも、ダチなんだ。その二人が、殺し合う所なんて……見たくネェんだヨ」

 そう切り出したあたしだが。
 暁美ほむらはかぶりを振った。

「無駄だと思うわ。現に、あの時、佐倉杏子自身が、自責の念から自白してしまっている。
 それに、御剣颯太のカンの良さは……相当のモノよ?」
「だが、あんたの話を聞く限りだと、状況がまるで違う。
 颯太は人殺し……ではあるけど、少なくとも、正当防衛や、誰かを護るため以外の殺人に手を染めちゃいない」

 そう言って、あたしはその場で頭を下げた。

「頼む……時間が欲しいんだ!! ……杏子だって、悪い奴じゃない。
 ただ……アイツは家族以外のモノが見えて無かったし、自分の祈りがどんな悲劇の引き金を引く事になるか、自覚が無かったんだ。
 そんで、颯太だって、元々、器の小さな男じゃ無い!
 だから、ぶっ壊れた颯太を治して、あいつが真実と向き合えるようになれる、時間が欲しいんだ!」
「御剣颯太と、佐倉杏子の相性と関係は……はっきり言って『最悪』よ? それでも……」
「分かってる!!
 だけど、あいつにこれ以上、人殺しなんてさせたく無い。増して『魔法少女殺し』なんて……魔法少年として最悪じゃないか。
 ……誰よりも厳しい奴だけど、魔獣相手に救えなかった仲間や被害者に、一番心を痛めているのはアイツなんだ。だから鬼にもなるんだ」

 沈黙が落ちる。

「頼むぜ……魔法少女の女神様だって、そんなオチ、望んでたりしねぇだろ?
 『ハッピーエンド』って奴を御所望なんだろ!? だから神様なんて代物になったんだろ!?」
「……痛い所、突くわね」

 苦い笑顔を浮かべる、暁美ほむら。

「……そうね。御剣颯太に言われた事、思い出したわ」
「?」

「思えば、私自身、大勢の人を救える立場でありながら、まどかのためだけに数多の人々に迷惑をかけて、見捨ててきた。諦めて来た。
 それを、まどかは言いわけ抜きに、友達として……全ての因果を背負ってくれた。私の身勝手とも言える思いや罪を受け止めて……。
 でも、いい? 繰り返してきた中で分かった事は……『歴史の流れ』というのは、大きな部分は変えられない。何かを変えようとすれば、何かに歪が押し寄せる。
 美樹さやかがワルプルギスの夜を超えて生き残った代わりに、佐倉杏子と巴マミ、そしてまどかが死亡したように。
 それでも……」

「構いやしねぇ……っつーか、そんなモン、やってみなきゃ分かんネェさ!
 確かに、アンタみたいに人間は時間遡って繰り返せるワケじゃねぇ。けど……『反省してやり直す』事は、何時だって可能なんだ!
 杏子の奴は今、真っ当な人の道を歩もうとしている。そいつを邪魔させたくねぇし、颯太の奴だって、多分、心の奥の底のトコが、両親殺した瞬間から、止まっちまったまんまなんだ。
 そんで、あいつはアンタに『自分が何者か』という答えを貰った。あいつは『見えないモノ』には無関心だけど、知った事、見えた事から逃げ出すようなタマじゃない。そういった精神的な割り切りの速さは、あたしらの中で随一だ。
 だから……その、なんつーか。ようやっと、あたしはこう、歯車が噛み合って、回りだしたような。そんな予感がするんだよ」
「……………」
「頼むぜ……命ならあたしが賭ける。あたしが、この問題の因果、受け止めてやる!
 あたしにとっちゃあ……そんだけの価値が、あるんだ」
「御剣颯太は、恐ろしい男よ?」
「知っている。だが、あたしが惚れた男だ」

 交錯する目線。落ちる沈黙。
 そして……

「……わかったわ。
 だから、なるべく御剣颯太とは関わらない。正直……私も、彼と人格的な相性は良くないし」
「すまねぇ……恩に着るぜ」

 そう言って、あたしは暁美ほむらに、頭を下げた。



[27923] 幕間:「斜太チカの初恋 その5」
Name: 闇憑◆27c607b4 ID:cb2385d9
Date: 2011/11/13 18:04
『面会謝絶』

 そう書かれた札のかかった病院の個室を前に、あたしは溜息をついた。

 ……そこまで嫌だったか、颯太。

「あー、その、颯太ー……ある程度、自分の欠点はネタにしていかないと、人生辛い事ばっかだぞー?」
『……』

 なんというか、まあ……自分の欠点から目を背けて逃げず、常に何らかの形で立ち向かおうとするのは、颯太の美点の一つなのだが、同時に、最大の欠点でもあるのだなー、と。

 よーするに、根っこの所がクソ真面目なのだ。
 まあ、『やらなきゃいけない事』に向かって強迫観念に突き動かされて生きて来た上に、親殺しなんてトラウマ負っちゃったら、そうなるか……しかも『ザ・ワン』なんて『経験値の化け物』なワケで。

 ……ふと、気がついた。
 何だかんだと『正解を叩き出せる』颯太の奴だが。それはあくまで『男性の体験』としてなワケで。
 つまり……恋愛沙汰に関しては、『全ての並行世界で、全くの未経験』というワケか。

「こりゃ、あいつの『心の鎧を壊す』のに時間がかかりそうだね……ホント」

 今まで。
 ドコかアンバランスな颯太の人格の、本当の理由が分かった気がする。

 なんというか……『正しすぎる』のだ。
 男としては、どこも間違ってない、何も間違ってない。だからこそ……頑なになる。

 時として……人間は『間違えなければいけない』事も、ある。
 そのために、酒というのは存在しているというのに……その酒にすら酔う事も出来ないというのは、哀れですらある。

「……せめて、颯太の奴が、師匠を参考にしてくれるくらいは、砕けてたらなぁ」

 あいつの師匠が、西方慶二郎だと知ったあたしは、マジでビビったと同時に納得した。その出自や家族構成も謎の人物だが……まあ、『業界』では斜太興業(ウチ)以上に色んな意味でアンタッチャブルな『怪獣』である。
 まあ……アイツは、あの師匠に関して『剣術以外』は、殆ど反面教師にしてるみたいだが……そういう意味では、ある意味、正義の味方とも取れなくも無い。

 実際、男と女のナニがナニしてというよーな部分は……まあ、知ってはいても。
 それは下世話なネタとして、女子の前では封印しているのだろう(実際に、学校の男友達とは、よく下ネタ含めて話してるらしい)。

 ……よくよく考えてみると、あたしは色々な意味で、変な地雷踏んじゃったのかもしれないが……ま、基本、温厚な颯太の事だ。時間がたてば笑って許してくれるだろう。
 そう思って私は、病室の前を退散した。



 ……後に、その人物評価は大きな誤りだった事を、巴さんとあたしと沙紀ちゃんは、身をもってリベンジ喰らって体験する羽目になるが、それはまた別の話である。



『……あ?』

 で、帰り路。
 CDショップにて、一枚のCDを挟んで、あたしともう一人の客が、固まった。

「……どうぞ」

 どーも、店に一枚しか残って無いCDだったが……遠慮して、その子に譲る事にする。

「す、すいません」
「いや、気にしなさんな♪ あたしゃ、ネットで探す事にするよ」
「あはは……ありがとうございます」

 さて、と。
 CD買い損ねた事だし……あとはフツーに買い物して帰るか。
 そう思って、地下にある食品コーナーで買い物してる最中。
 ふと。
 あたしのソウルジェムに、反応が出る。

 ……チッ、こんな所にまで、魔獣が居たか……まあいい。

「丁度いい。
 実戦訓練と洒落込むか……」

 暁美ほむらから教えて貰った、『改変前の世界のあたしの力』とやらを試す、いい機会を経て。
 あたしはその場から走り出した。



 閉鎖された、空きテナントというか倉庫というか、そんな感じのスペースに。
 魔獣の気配を感じて、あたしは飛び込んだ。

『ななな、なによこれっ! 仁美』
『ど、どういう……事、ですの、これっ!』

 チッ、巻き添えになった人が居たか……

「行くぜぇ……オラァッっ!!」

 変身すると同時に、鎖を展開。それを両腕に巻きつけて……それを、巴さんみたいに短銃へと変化させる。
 ……よし、出来たっ!

「よっ! っと」

 二丁一対、フリントロックの短銃を発砲。射程、精度共に巴さんには及ばないが、威力『だけ』は同レベルだ。
 ……って、さっきのCDコーナーの奴じゃねーか。

「危なかったな……ま、後は任せな」

 魔獣に怯える二人を無視して。
 あたしは短銃を鎖に戻し、そこからさらに……カトラスの二刀に変化させる。

「どっらぁっ!!」

 力任せの十時斬り。それで、魔獣は消滅した。

「す、凄い……」
「……せ、世界が、も、戻った……」

 と……

「斜太チカ……こんな所で、何をしているの?」
「え!?」

 声のした方を向くと。
 そこに居たのは、暁美ほむらだった。

「げっ、あんたか……いや、ちょっと、人命救助を兼ねた、実地訓練さ。
 魔獣狩りの、ね……」
「不要よ。それに、彼女には不用意に接触をしないで」
「ああ、分かってるって分かってるって。ゆまの一件で大失敗したからな……だから、お前ら二人、ここで起こった事は『忘れちまいな』」

 パチン、と。
 目の前で指を鳴らして、二人の『記憶を消す』。

 ……以前、沙紀ちゃんからやり方を教わって、ホントについ最近、あたしも出来るようになったばかりの技だったりするのだが……元々は颯太の魔法らしい。
 何でも……これも杏子の幻覚魔法と一緒で、『封印された魔法』だとか。
 ……便利だと思うのになぁ……何で、封印しちまったんだろ、颯太の奴。

「……え?」
「あれ?」

 呆然となる二人に、変身を解いて、目線で暁美ほむらを追い払った後、あたしは声をかける。

「お二人さん、あんたらもバイトの面接じゃないの?」
「え?」
「いえ……その」
「いや、あんたらがフラフラここに入って行くから、バイトの面接会場ここなのかなーって思って、ついてきちゃったんだけど。
 どうも……ココじゃなかったみたいだね?」
「あ、はい……そう……みたい、ですね……どうしちゃったんだろ、あたし?」

 と……

「大変……お茶のお稽古のお時間ですわ!」
「あ、仁美……そりゃ大変だ。
 どうも、ご迷惑おかけしました。失礼します……あ、CD、ありがとうございました」
「どーいたしましてー♪」

 そう言って、あたしは二人を送り出した。



「意外と便利な魔法を知っているのね。それと……何故、あなたがココに居たのかしら?」
「なんだ? あたしがCDや食材買いに来ちゃ、悪いってのか!?」

 暁美ほむらが、何やら頭痛を催したように、溜息をつく。

「……おかしいわね。巴マミは、何をやっていたのかしら?」
「あ?」
「いえ、御剣颯太の居る時間軸なのだから……何が起こっても不思議ではない、か……」
「何、考え込んでんだよ? おーい?」
「いえ、何でも無いわ、斜太チカ……」

 と……気がついた。

「あ、そっか。『時間遡行者の知識』って奴か。
 ……案外、颯太やあたしが居た事によって、色んな出来事だとかが、ズレ初めてんじゃネェの?」
「……かも、しれないわね」
「それだけじゃねぇだろ?
 話を聞く限りだけど……アイツも、『魔女の釜』ってモンに振りまわされてないか?」
「?」
「つまり『魔女と魔法少女のシステムに、反逆する事』が、色んな意味での動機だったワケだ、颯太の奴は。
 だっていうのに、それが解決されちまっている……っつーか『問題そのものが無くなってる』以上、全く別の人生を歩んでいても、不思議じゃ無いわけじゃん? あたしみたいに」
「そうね……既存の知識がアテにならない世界……か。
 思えば、たびたびそんな事があったわ」

 そう言って、遠い目をする暁美ほむらに、あたしは……

「つまり……まあ、なんだ。
 案外、時間遡行者の親友への、女神様の取り計らい、って奴なんじゃねぇの?」
「?」
「『何が起こるか分からない人生』って奴さ。『だからこそ人生は面白い』……ってね。
 案外、その……あんたにも『人生、楽しんで欲しかった』んじゃねぇの? その女神様ってのは、さ」
「かといって、御剣颯太と関わる人生なんて、もう二度と御免だわ。……トラブル続きで、命がいくつあっても、足りはしない……」

 その言葉に、あたしは噴き出しそうになる。
 あの『人生昼行燈』が座右の銘なアイツが……どっちかというと、トラブルを鎮める側の人間だというのに。

「よっぽど過激な人生送ってたんだな、颯太の奴。……正味、想像がつかねぇよ」
「そうね……あなたは彼の本当の怒りに触れた事が無いから、そんな事が言えるのね」
「かもな。
 まあ、さ……魔法少女全員、死んだら会えるみたいだし? それまでは『楽しんで生きな』って事じゃねぇの?
 ……何だったらお近づきに一杯、飲るかい? あなたに一杯、私に一杯、ってな」

 そう言って、あたしはグラス二つと『山崎25年』のボトルを取り出す。

「結構よ。
 ドラッグやアルコールの類は、感情を不安定にさせて、魔力を暴走させやすくするわ」
「つれないねぇ……大体、酒も飲めない人生なんて、何が楽しいんだか」

 そう言って、軽くグラスに注ぎ、ストレートで飲み干す。

「……っかぁ~、勝利の後の酒は、美味い、と♪ こーんな美味いモン、他に無いのにねぇ……」

 そう言いながら、あたしは暁美ほむらを見送った。



 後に。
 暁美ほむらが言い放った言葉の真の意味を、嫌というほどあたしと巴さんと沙紀ちゃんは味わう羽目になるのだが。
 それに関しては、また別の話である。



「あー、その……颯太、機嫌直してくれよ」
「お兄ちゃん、その、悪かったわよ。ごめん」
「颯太さん、その……ごめんなさい」

 数日後。
 とりあえず、いつまでも面会謝絶の札が下がったままだったので、当事者三人、雁首そろえて颯太に謝りに行こうという話になり。
 ようやっと、颯太は天の岩戸の扉を、少しだけ空けてくれた。

「……………………」

 なんというか。
 背中を向けた布団の中から、もうむんむんと怒りのオーラが立ち上っている。

 はぁ……

「あのさぁ、颯太。あたしがアンタの事好きなのは知ってるだろうに……」
「……だから? それがどうして、俺の秘蔵のエロ本漁る事に繋がるんだ?」
「いやさぁ『好みのタイプは?』って聞いても、『好きになった人が、好みのタイプだ』みたいな答えしか、いつも返してくれないじゃないか?」

 とりあえず、今までの颯太の態度を、指摘しておく。
 が……

「……ほぉ? それじゃ何か? 家族として沙紀を愛してる俺は、沙紀が巨乳じゃないといかんのか?
 確かにおっぱい大きいほうが良いなぁ、とは思うが? かといって俺が愛する人は、みんな巨乳じゃないとイカンのか? 誰が決めたんだ、そんな事? あ!?」
「いや、そうじゃなくて。
 こう、なんというか、颯太って、色欲の部分が薄いっつーか……こー色恋沙汰に淡白過ぎて、好みのタイプとかが見えてこないんだよ。
 正直、何考えてるか分かんなくて、どうアプローチしていいか分かんなくてさぁ……つい、その……」
「うん。で?
 悪いけど人のプライベートに踏み込んで、意中の男のエロ本漁るような女って、ふつーどんな男でも100%敬遠すると思うよ?
 ……それとも何か? お前らプライベートの部屋漁られてイイ気がするのか? 誰にも見せられないモノなんて、部屋に一切無いと言い切れるのか?
 それを俺は、あえて女所帯の魔法少女共の集まる中で、見せびらかす趣味があるとでも思ってたのか? そういう部分に、一切気を使わない人間だとでも思ってたのか?」

 真っ向正面からの正論で、思いっきり叩き斬られた。

「特に沙紀。
 お前、自分の部屋でポテチだの何だの、ボリボリ食い散らかして漫画見ながら貪るのは止めたりはせんが、自分で掃除、一切しないだろ? で、部屋に入ったら入ったでブーブー文句言うよなぁ?」 
「うっ……そ、それは……」
「俺だってお前の部屋なんて入りたくないのに、お前が自分で掃除しないから入らざるを得ないわけだ?
 しかも洗濯だって自分でしないよなぁ? 『俺の下着と一緒に洗うな』とか言うんなら、服とか全部自分で洗えな?」
「あ、あううう……」
「イイ機会だ。一人暮らししてみろ、な? 自分で作ったメシ、自分で喰ってみやがれ」

 さらに、沙紀ちゃんまで一刀両断。
 そんで……

「あ、あの……颯太さん、その……ごめんなさい、本当に、その」
「うん、巴さん。信じてくれてありがとう。そしてごめんなさい、こんな男でした、俺は」
「い、いえ、その……そうではなくて、その……」
「満足ですか? ええ、確かに男ですから、俺は?
 どーぞ、キヨラカな魔法少女様が、あの本お好きに処分なさって結構です。
 俺だって、高校一年生の男子ですからして? 性欲くらいありますよ? 欲望もありますよ?
 ですから、そーいう男の本能の部分を、動物見るみたいな目でしか見れないのでしたら、どうぞ『俺とは関係ない場所で』好き勝手にご自分の正義を貫いてくださいな。
 どこぞの青少年に有害云々とかヌカして、社会的弱者をいぢめるしかストレス発散法を持たない更年期障害のキチガイババァ共の真似でも何でも、ご自由に!!
 ……なんだよ、人のエロ本漁るのが正義かよ……男の頭の中、探って笑い物にして、そんな楽しいのかよクソッタレめ!!」

 完全に拗ねてしまった。
 ……最早、これは、謝るしかないなぁ……

「悪かったって。本当に悪かった……あたしたちが悪かったって言ってるだろ?」

 三人揃って頭を下げる。

「……ふーん? 悪かったの? で、『何が悪かったか』分かって言ってんの?
 言っておくけどさ、他人の頭の中の妄想暴いておいて、今更『悪かった』とか、通じるとか思ってんの?
 思想統制? 思想弾圧? 調教?
 ……男、馬鹿にしてない? お前らも性欲とか無いの? 悪いけど、俺、ちゃんと煩悩持ってる健全な生身の人間ですから。
 それとも何? 『男はみんな狼です』って?
 ああ、そりゃ一皮むけば狼かもしれませんが? ちゃんと大人しく日常生活を羊の皮被って過ごそうと自制している以上、狼呼ばわりされる謂れは無いと思わない?
 それを無理矢理ひっぺがしておいて『狼が出たぞー』とか騒ぎ立てて……最低だ、お前ら」
「誰もそこまで……」

 巴さんが冷や汗を流しながら、つぶやくも、一向に効果無しである。

「あー、本気でへそ曲げちゃったよ、お兄ちゃん……こうなると大変なんだよねー、本当に」
「そうなの?」

 沙紀ちゃんの言葉に、あたしと巴さんは耳を傾ける。

「うん、お兄ちゃん、我慢強いけど、本来、受動的で繊細な人だから……。
 多分、師匠や魔法少女たちと出会わなければ、魔法少女になる前の暁美さんみたいな、大人しい文学少年になってたと思うよ。
 っていうか、環境に鍛えられたタイプ? でなけりゃあんだけ家事万能で、和菓子作りなんて繊細な事が出来るわけ無いじゃん」
「うわ、ある意味一番厄介なタイプだ。
 ……ああ、うすうす気づいてたけど、やっと分かった。颯太って、こう……『心の中の家の庭には誰でも入れるけど、母屋には絶対入れないタイプ』なのか。しかもその『庭』の範囲が広すぎて、家が全く見えないだけで」
「あ、チカさん、上手い事言った……そんな感じ」
「聞こえてんぞ!! 沙紀! チカ!
 ……っつか、テメーらとっとと出てけっ!!」

 うーん……なんというか。

「巴さん、ちょっとコッチに」
「え?」
「颯太ってさ、基本的に『行動で示す』タイプの人間だと思うんだよ。
 だからさ、あたしらも口先だけじゃなくて、本気で謝ってるって事を示さないといけないと思うんだ」
「なるほど。……でも、どうしたらいいんでしょうか?」
「だから、とりあえず『好きなんだ』って事を伝えつつ謝るには、あたしらも『体を張って』示すしかないと思うんだ……」

 そして……

「あー、悪かったよ。悪かったってば! だからお詫びにちょっとイイモン見せてやるから、ちょっとトイレ借りるね」

 そう言うと、巴さんの手を引いて、病室のトイレに引っ張る。

「えっ、わっ、私も……ですか?」
「いいからいいから。サービス、サービス♪」

 そして……持ってきたメイド服だの水着だのを見せる。

「チッ、チカさん、これって……」
「うん、だから『体を張って』、さ……こう、誘惑しながら『ごめんなさい』すれば、案外許してくれるんじゃないかな、って」
「よ、余計、火に油を注ぐ結果になりそうな気がするんですが!?」
「大丈夫だよ。『男心は下半身と胃袋にあり』ってね……ここまでやれば、颯太だって許してくれるハズさ」
「……い、嫌な予感しかしませんよ、チカさん!」
「じゃ、他に方法は? あんた何か、思いつく?」
「それは……」

 黙り込む巴さん。

「ウジウジ考え込むより、まず行動だよ。失敗したら、また謝ろう!」
「それって、かなり泥沼な気が……」
「だから他に方法があるなら、教えとくれ。
 ……少なくとも、あたしにゃ『これ』以外、他に思いつかなかった」
「……はぁ、分かりました」

 で……二人揃って着替えた後に。

「じゃーん♪ どーだぁ!」
「っ……あ、あの……」



「!!!!!」
 あたしたちの姿を見た瞬間、石化、硬直する颯太。
 よし、イイカンジだっ!



「だからねぇ……颯太、機嫌直してよぉ♪」

 そのまま、しなを作りながらオッパイ強調して謝る私。

「そ、その、本当にごめんなさい、『ご主人様』」

 巴さんも、何だかんだとノリノリで恥じらうように頭を下げる。



 そして……沈黙が落ちる。
 ……あれ? おかしいな。こんなハズじゃ無かったのに……何でかな? どうしてこうなっちゃったのかな?



「でっ……」

『で?』

「出てけぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!!!」

 次の瞬間。
 颯太の奴が、顔面真っ赤になって、絶叫。
 あたりかまわず、モノを手にとって投げつけはじめた!

「うにゃああああっ!」
「あわわわわわっ!」
「きゃっ、ちょっ、待っ……」
「人の妄想からかって、そんな楽しいかっ! 最低だ、最悪だお前らあああああああああああっ!!」

 うっわ、完全に裏目ったーっ!!
 って……

「やばい、ちょっと待った、颯太、ストップ、ストップ! ナイフはヤバイ!」

 完全に逆上した颯太が、フルーツバスケットの中の果物ナイフを手に取りやがった。

「やかましいいいいいいいっ!! 消えろチクショウがああああああっ!!」

 と……

「ちょっと!! あんたたち何騒いでんの! ここ病院……ひっ!!」

 ダンッ! と、病室の扉を乱暴に開けて入ってきた少女の顔の脇に、颯太が投げつけた果物ナイフがブッ刺さり……彼女はヘナヘナとその場に座り込んでしまった。

 ……って、あの子……確か……



『本当に、ご迷惑おかけしました』

 颯太と病室回りで謝罪しまくった後。
 隣の病室の少女を誘って、病院のロビーで、あたしたちは再度謝罪した。

「いや、いいんですよー。その気持ち、よーく分かりますから」
『え?』
「『好きな人の好みを知りたい』って……女の子なら、ごく普通じゃないですか。
 あたしや恭介みたいな幼馴染なら兎も角……男の人って、結構考えてる事、謎だし」
「あー、まあね。
 アイツ『好きなタイプは?』って聞いても、『好きになった人が好きなタイプだ』みたいな答えしか、返してくれなくってさー……ほんと、掴み所が無かったんだよ。
 それで、つい……さ」
「ひどい人だなー。
 そりゃ、女にとっちゃ、無理難題もいい所じゃないか。むしろ、答えにすらなっちゃいないし」

 からからと笑い合いながら。
 何だかんだと、巴さんや沙紀ちゃんと一緒になって、コイバナだの何だのの話を交わしていると……

「何をしているのかしら? 斜太チカ?」
「いっ!?」

 冷や汗が垂れる。
 そこに現れたのは……暁美ほむらだった。

「あ、ほむほむ、おいっす♪ ……どしたの、こんな所に? あんたも誰かの見舞い?」
「……その、ほむほむ、っていうのは……」
「なんだよー、『転校生』じゃアレじゃないか。友達だろー? それにあたし、保健委員だしさー」
「はぁ……もう、ほむほむでいいわよ」

 溜息をつく、暁美ほむら。
 その仕草に。

「ああ、いいな……ほむほむ。可愛いじゃん」
「ちょっ! 斜太チカ! やめなさい!」
「いや、あんた、笑ったほうが可愛いし。愛嬌もあるし、同年代の子にモテると思うぞ?
 ……ほんと、いいよなぁ……あんたみたいな、男の保護欲をそそる『可愛い』タイプってのは。
 正直、羨ましいよ」

 と……

「……そうね、では、私もあなたの事を『アネサン』と呼ばせて貰うわ」
「ぶーっ!!! そっ、そっ、それはーっ!!」

 暁美ほむらの反撃に、あたしはジュースを吹きだした。

「ああ、確かにあんた、姐御っていうか、アネさんって感じだもんね!
 も、完全にかっこいい系? いいよなー、そんな人」

 さらに、彼女まであたしをからかってくる。

「やっ、やめとくれ! あたしゃまだ高校一年生だぞーっ! 巴さんと一年しか違わないんだぞ!」
「へ、マジ!? 見滝原高校の制服だし……あたしてっきり、高三くらいかと。その……色々、大きいし」
「言うなーっ!! 身長の事は言うなーっ!!」

 ええ、凹みますよ、凹みますとも。
 ……何だかんだと健康的な生活送って、とーと身長178cmに達しちゃいましたとも!
 正味、魔法少女やって、いきなり伸び始めたとしか思えネェ……最悪、高校卒業までに190を覚悟しなくちゃいけないこの状況、超ショックですとも!!
 救いがあるとすれば、颯太の奴が、現時点で186センチまで伸びてるくらいですが……あいつ、身長、幾つになるのかなぁ?

「ああ、そういや、名乗って無かったっけ。美樹さやか。見滝原中学の二年生だよ」
「そりゃご丁寧に。あたしゃ斜太チカ、見滝原高校の一年さ」
「私は巴マミ。同じ学校の三年生ね」
「私、御剣沙紀♪ 見滝原小学校の六年……って、あれ?」

 全員、顔を見合わせて硬直。

『美樹……さやか?』

 三人が三人とも、顔を見合わせて硬直し。
 暁美ほむらが、その場で深々と溜息をついた。



「あー、その、何というか……」
「暁美さん、その……ニアミスといいますか」
「不幸な事故だと思うよ、うん」

 全員、顔を見合わせる。

「何、ほむほむ。……全員、知り合い?」
「……まあ、そんなもの。
 正直、あなたと関わらせたく無かったのよ……迂闊だったわ。御剣颯太が入院した時点で、その可能性に気付くべきだった」

 と……気になって、あたしは美樹さやかに問いかける。

「あ、あのさぁ?
 あんた……『鹿目まどか』って子に……憶えは無いか?」
「は? ……なんか、ほむほむと一緒の質問されたよ、おい?」
「いや、知らないんならいいんだ。……忘れてくれ」

 ……ふと。あたしは……彼女に哀れを催した。
 もし、あたしがもう一度、人生をやり直すとして……颯太の事を知らないで生きてたとしたら?
 あたしの人生は……あのドブ泥の底を這い回るままだったんじゃなかろうか?

「なあ、暁美ほむら。彼女に……全部を話すべきじゃないのか?」
「ダメよ、斜太チカ。彼女は知らないままのほうがいい……絶対に」
「でもさ、『素質がある』って事は……今回みたいに、何かのきっかけで変なニアミスしちゃうとか、考えらんねぇか?
 そん時に『契約した』ってなったら……余計、対処が面倒になると思うぜ?」
「そうね……キュゥべえに選ばれる可能性がある以上、他人事では無いのだから。
 だから、彼女には、全てを知った上で……選んでもらう必要があると思うわ」

 と……

「おいおい、なんだよほむほむ。
 水臭いなぁ……保健委員のあたしに隠し事って何なのさ? このウソッコ病弱娘め」
「そ、それは……」

 あたしと、巴さん、そして沙紀ちゃんと、美樹さやか。その三人に見つめられ……暁美ほむらは、溜息をついた。

「仕方ないわね。
 ここじゃない、どこか適当な場所で、話しをしましょう」



「お邪魔しまーっす」

 結局、巴さん家に集まって、話をする事になった。

「うわー、素敵ー」
「今は一人暮らしだから、ロクにおもてなしの用意もしてないけど」

 美樹さやかの言葉に、謙遜する巴さん。
 だが……

「とか何とか言いながら、ちゃーんと紅茶とケーキは用意してあるんだよなぁ……巴さん」
「えっ、マジ!? ケーキ?」
「うん、マミお姉ちゃんの紅茶とケーキ、あたし大好き♪」

 と……

「沙紀ちゃん、じゃあ、紅茶、淹れてみる?」
「えっ、いいんですか?」
「お茶の淹れ方『だけ』なら、颯太さんから太鼓判、もらってるから……ただし『絶対』私の言うとおりにしてね!」
「はーい♪」

 そう言って、キッチンに入って行く沙紀ちゃん。
 ……大丈夫だろうか?

「お姉ちゃんって……あの子、マミさんの妹?」
「いや、あの子の姉さんと、巴さんは、友達だったのさ。その関係で、よく可愛がってもらってたみたいなんだ。
 実際の血縁は……もう兄貴しか居ないよ」
「へー……え? 『だった?』」
「うん、それも含めて、話してあげる」

 そして、並べられるケーキと紅茶。
 危惧した沙紀ちゃんの紅茶は……ほぼ、普段の巴さんのと変わらず。ほんとにお茶淹れるの『だけ』は上手だよなぁ……沙紀ちゃん。

「うまっ♪ めちゃ美味ッスよ~」
「相変わらず、美味いけど……このケーキ、ちょっとブランデー、入ってる?」
「ええ、ちょっと大人の味に仕上げてみました」
「へぇ……イケるじゃん」

 ひとしきり。
 もぐもぐとケーキを食べ終えた後に。

「さってっと……とりあえず、何から、どこまでを話そっか?」
「そうね。全てを話すと、混乱するでしょうし……」
「ちょっと、難しいよね……」

 と……巴さんと沙紀ちゃんと、三人揃って雁首揃えて相談中。

「で、ほむほむ。……どーしてこんな年齢バラバラの、不思議人脈、持ってるの?」
「そうね、まず……『私たちが何者か』って所から、説明したほうがいいかしら」

 そう言って、暁美ほむらが、自分のソウルジェムをテーブルに置いた。

「うわ、綺麗な宝石……」
「これはソウルジェム。私たちが魔法少女である証であり、魔力の源であり、そして……『私たちそのもの』よ」
「魔法……少女?」
「と、呼ばれてる、別の『何か』さ……」

 そう言って、あたしは補足説明をしながら、自分のソウルジェムを置く。
 さらに、巴さんも、沙紀ちゃんも。

「うわぁ、綺麗綺麗。全員、こーいうの持ってるんですか?」
「ああ。
 で、こーいうのを持って、具体的に何をしてるかって言うと……こういう事さ」

 そう言って。
 あたしは彼女の目の前で指を鳴らし、記憶を元に戻す。

「っ……あっ、あっ……あああああっ、あの時のっ!!」
「思いだしてくれたかい? ……ああ、巴さんと沙紀ちゃんは、その場に居なかったね。
 以前、この子、助けた事があるんだよ。そん時に、沙紀ちゃんから教わった記憶操作、かけたんだ。それ、解除した」
「そうだよ、ほむほむも、その場に居て……じゃあ、あの得体の知れない、のっぺらぼうみたいなアイツは」
「魔獣……って呼ばれてる。そいつを退治すんのが、あたしらの役割って事……かな?」

 そう言うと、キラキラとした目で彼女はあたしらを見つめて来る。

「つ、つまり……こう、世界を裏から救う、ヒーローみたいな!?」
「実際のところタダのドブさらいだよ。しかもボランティア……誰にも感謝なんてされないし、報われたりはしない。一文の得にもなりゃしない」
「そんな……で、でもでも! 凄くかっこよかったですよ!」

 その言葉に、あたしは溜息をつく。

「実際、冗談抜きの命がけなんだ……ハンパじゃ死ぬ。この子の姉さんみたいに、ね……」
「え!?」
「私のお姉ちゃんも、魔法少女だったの。でも……去年かな。魔獣との闘いに負けて、死んじゃった……」

 沙紀ちゃんの言葉に、美樹さやかが絶句する。

「っ!! そっか……本当に、命がけなんだ。あ、チカさん、その……ありがとうございました」
「いや、いいんだよ。
 あたしゃ、何だかんだと『そーいうのにムカついて』、勝手に喧嘩売るクチだから。
 ……何の関係も無いカタギが、魔獣やヤクザの犠牲になるのが……心底、我慢ならなくてね」

 そう言って、あたしは天を仰いだ。
 と……

「あのー、聞いた限り、リスクしか無いように思えるんですけど。それって……辞める事は、出来ないんですか?」
「無理だ……死ぬまで永遠に魔獣と闘い続ける、その覚悟が必要なんだ。
 更に、魔法少女になるには、まずある種の素質が必要。
 そして、その『素質』が許す範囲内において、どんな願いごとでも叶える事が出来る……『ほぼ、何でも願いがかなう』と思っていい」

 その言葉に、美樹さやかの目が輝き始める。

「何でも!? じゃあ、不老不死とか? 目のくらむような大金とか!? その……誰かの怪我を治したいとかも!?」
「可能だ。
 現に、『目のくらむような大金』ってのは、冴子さん……沙紀ちゃんのお姉さんが頼んでいる。
 そして……それが、家族を救うと同時に、苦しめる一端を担っている」
「っ!? どういう……事?」

 その言葉に、沙紀ちゃんが言葉を継ぐ。

「『出所不明の無茶苦茶な大金』ってのは、それだけで扱いが難しくなるんです。
 実際、犯罪者扱いで、お兄ちゃんや冴子お姉ちゃん、警察や税務署に連れて行かれて……刑務所に行く寸前だったみたいです。
 そうでなくても、お金の管理はお兄ちゃん必死になってやってるし……だから少しずつ、学校の勉強とは別で、お兄ちゃんに内緒で、私もお金の事、勉強してるんですよ?」
「あー……それは……じゃあ、誰かの怪我を治したいとか、そういったのは……可能ですよね?」

 その言葉に、あたしは溜息をついた。

「あんた、その……上条さんか?
 それも、やめておいたほうがいい。その治した本人に、感謝されるとは限らないよ?
 ……あたしの願いごとなんか、正にソレなんだから……」

「……どういう、事です?」

「あたしの親父は、ヤクザの親分やってた、どーしょーもないゴンダクレだったのさ。
 それが分かって以降、自分自身も家族も、何もかもが嫌で、嫌で、嫌でね……あたし自身、人生どうなろうが知った事かって、荒れまくってた。
 ……それでも、組の若衆や親父は『あたしにだけは』優しかった。だからね、『組員全員、あたしも含めて綺麗なカタギの体にしてくれ』って……そう頼んじまったんだ。

 そんで、暫くは良かったんだけど……その事親父に話したら、ブチギレて家、追い出された。

 ま、あたしゃ後悔なんて、しちゃいないけどね。
 正直、自分の親父が、あそこまで人間のクズだとは思わなかったし……極道の家庭なんて、元々どっかぶっ壊れてるも同然なんだし、丁度よかったと思ってるくらいさ」

 さらに、沙紀ちゃんが言葉を継ぐ。

「ついでに言うと……魔法少女としての能力って、その叶えた祈りや願いに左右されるんです。
 そして、その能力によっては、物凄く取り扱いの難しい能力になっちゃったりするんです……例えば、私みたいな」
「どういう、事?」
「私の能力って……『誰かの能力をコピーする能力』なんです」
「うわ……それ、無敵じゃない!?」
「そんなワケ無いですよ。コピーした能力ってのは、原則的に、劣化版でしかないですし。
 後で説明しますが、それに比例したリスクの高さも、相当なモノなんです。
 正直……お兄ちゃんが居なければ、多分、私はあっというまに自爆して死んでいたでしょう。
 ……物凄く扱いが難しくて、ちょっと失敗しただけで死に至る。そういう能力なんです」
「なるほど……『自分の願いや能力そのものが、自分自身を苦しめるキーになっちゃう』可能性もあるのか。
 うわー……大変なんだなぁ」

 更に、あたしは……肝心の部分をボカして、言葉を継いだ。

「ついでにね……『みんなを救うために世界の法則を書き換えよう』なんて、神に等しい事を願った魔法少女も居てね……その子は、『人間として存在していた事実そのものが』消滅しちまった。最初からその子は『世界に居なかった』事にされちまったんだ。

 更に、別口で。

 『世界を救いたいと願った人を助けたいと』願った魔法少女は、その人に存在そのものを否定されて……その願われた相手は自殺しちまった。いや、願われた相手だけじゃなくて、家族や、仲間や……大勢の人を巻き込んで、不幸にしながらね」

「それって……願った本人は、どうやっても幸せになれないって事じゃない!」

「そうだよ。
 誰かのための祈りってのは、他の誰かにとって『受け止められなければ』それは呪いでしか無いんだ。
 だからあんた、その……上条さん? 好きなのかもしれないけど。だからって、上条さんに感謝されるとは限らない。
 そうでなくても……男には男の矜持(プライド)ってモンがあるからね」
「プライド?」
「『惚れた相手にかけられる情けなど、限りなき恥辱』って、どっかの世紀末覇者が言ってたけど。
 ま、あそこまで過激じゃないにしろ、男には多かれ少なかれ『善悪は別として』そーいう部分て、あるモノなのさ。
 そこに安易に女が手を貸すと、ロクな事にならない。どんな善意だとしても『男のプライド』っつー他人の大黒柱、折っちまう事になるんだ……ウチの親父みたいに、ね。
 ま、アレの場合は、折れて正解だけどね……むしろ砕けて死ねって感じ♪ も、人間の根っこのトコが腐ってんだから、どんな立派な柱立てようが、意味が無いよ」
「っ……そっか。それがどんなに正しくても、報われるとは限らないワケですね?
 あ、そうだ……マミさんは、どんな願いを?」
「私は、彼女たちほど複雑じゃないわ。数年前、交通事故で、ね……考える暇も、無かった」

 その言葉に、美樹さやかはマズい事を聞いた、という顔になる。

「あ……ごめんなさい。そのー……ちなみに、ほむほむは?」
「ごめんなさい。私は、ちょっとイレギュラーなの。だから理由も今は話せない……御剣颯太ほどでは、無いけどね」
「あーごめん……そうだよね、今、聞いた限りだと、本当に『命を投げ出す覚悟』って奴が、必要になって来るんだね。
 その結果が、このソウルジェムなんだ」
「ああ。ついでにな……もう私たち魔法少女の体ってのは、人間のモノじゃない。
 『命を投げ出す』どころか『人間を辞める覚悟』すら必要になるんだ」

 そう言って、沙紀ちゃんに目配せをする。
 ……何だかんだと、この説明に、一番慣れてるのが彼女だからだ。

「どういう事……ですか?」
「いいかい、沙紀ちゃんをよく見ていてくれ」

 そう言って、自分と沙紀ちゃんのソウルジェムを持って、あたしは巴さんの部屋から出る。
 ……マンションの一階に降り、そこから数歩、歩き出し……

「チカさーん、OKでーす」
「あいよー」

 巴さんがマンションから手を振った所で、あたしは巴さんの部屋に引き返す。

「……どうだい、分かってくれたかい? 『魔法少女になる』って事が、どういうリスクを伴う事か。
 それでもあんた、あたしらみたいな石ころになりたいかい?
 何でこの子が、あたしらからあんたを遠ざけようとしていたのか……理解、出来たかな?」
「……………」

 沈痛な表情を浮かべる、美樹さやか。
 そこには……言葉で納得は出来たけど、気持ちが整理できない、といった表情があった。

「なあ、アンタ……今、マトモな両親、居るんだろ? ゴンダクレのヤクザじゃない『普通の親』って奴が、さ」
「はい」
「ここに居る全員ね……『マトモな親』とか『マトモな家庭』って奴に、恵まれなかった子ばっかなのさ。
 そういう意味で、あんたはまだ『マトモの範疇に居る』んだ。だから、魔法少女になんて、なっちゃいけない。

 ……もし、あんたが死んだら一番悲しむのは……あんたを育てた親なんだからね?
 死と隣り合わせの、しかも、報われる事の無いボランティアに……アンタみたいな子は、絶対首を突っ込むべきじゃないんだよ。

 そんで、本気で惚れた男が居るならば、自分自身の生身で体当たりしてぶつかるくらいの、根性や強さを持つんだ。奇跡や魔法なんぞに頼る事無く……自分の恋は自分自身で何とかするんだ。
 ドブの底で産声上げて生まれちまったアタシとは違って、あんたにはその『真っ当なチャンス』って奴が、ちゃーんと用意されてるんだよ!
 ……いいね!?」
「はい……分かりました。その……ありがとうございました」

 不承不承といった感じだが。
 それでも、納得はしてくれたのか……美樹さやかは頭を下げてくれた。



「なぁ、暁美ほむら。
 あたしゃさ、ゆまちゃんの徹を、また踏みたく無いんだ。だから……あの子の事、頼むよ。
 あんた、同級生だろ?」

 帰り路。
 たまたま、道が同じだった暁美ほむらに、あたしは声をかける。

「元より、そのつもりよ。
 まどかが願ったのは……多分、『全員が報われるハッピーエンド』だと思うから。
 でも……」
「でも? 何だい?」
「……いいえ。
 恋の問題というのは……どう頑張っても一筋縄じゃ行かないモノなのよね」
「まーね。
 颯太も含めて、男ってナニ考えてるのか、ホンッッットーに謎だしなぁ。そんでさ、多分……それは男女双方にとって『永遠の謎』って奴なのかもしれない」
「その割には、御剣颯太と親しくしてるみたいだし……彼から聞いたけど、クラスメイトの男子とも、気さくに話しをしているそうじゃない?」
「そりゃまあ、こんな性格してるから男に『合わせる事』は、ある程度出来るさ。でもやっぱ……究極の根本のトコは、分かんネェよ。
 そんで、人間が人間として生きるなら、男女の問題なんて絶対避けようが無いし。……だから、アイツは魔法少年で、あたしらは魔法少女なのかもな」

 遠い目をして、つぶやく。

「どんな言葉を交わして、キスをしても、肌を重ねても……それは多分、永遠に分かんないんだろうなーって。何と無く思う。
 そういう意味じゃ、颯太の奴が臆病になるのも、無理は無いかもな」
「臆病?」
「戦闘マシーンのサガ、って奴らしい。
 『他の誰かを信じる事は出来ても、自分自身を絶対に信じて無い』んだそうだ。
 謙虚とも受け取れるけど……あいつのは度が過ぎてる。臆病なんだよ、本質的に……ま、親殺し、家族殺しなんて罪悪感、背負っちゃったら無理も無いかもだけど、ね」

 そう言って、あたしは溜息をついた。

「ま、あたしはアイツに言わせると無謀の塊だけどさ……案外、アイツとあたしと足して割ったくらいで、丁度いいのかもな」
「そうね。
 ……新しい能力を、いきなり実戦で試すとかは、辞めた方がいいと思うわ」
「うっ……」

 美樹さやかを助けた後。
 暁美ほむらが教会にやってきて、杏子と話をして行った時に、思いっきり単独で戦った事がバレて。
 で……

『アネさん、あんた馬鹿なの? 死ぬの?』

 と、また杏子にゆっくりボイスで呆れかえられた。
 ……恐らく、颯太の奴だったら『君は本当にバカだな』って大山の○代ボイスで、呆れかえられそうだ。

 ……なんとなく、あの二人、似てるよなぁ……同じスピードタイプで、豪放なようでいて慎重派。頭の回転も双方ともにキレる。
 前線で、安定した切り込み役を任せるに足る、実戦派ってあたりも、そのまんまだし。

「……御剣颯太を雑にしたら、こんな感じかしら?」
「なんか言ったか?」
「いいえ、何も。
 ……それよりも、そちらこそ佐倉杏子と御剣颯太との、和解の目途をつけて欲しい。
 正直……私には不可能だわ」
「ん、分かった……まあ、何とかボチボチやってみるさ。幾つか、手が無いわけじゃないし、ね」
「と、いうと?」
「んー、まずは……双方を『知ってもらう事』から始めようかな、って。
 ……アイツも杏子も、目を背けちまってる部分があってさ。そこを、上手く調節しながら、話を転がして行こうかな、って」
「随分アバウトね」
「アバウトくらいがちょうどいいのさ、こういった計画は。
 だからとりあえず、教会の面子の勉強とか、颯太に見てもらうあたりから始めようかな。
 ……杏子の奴はブッチしちまってるけど、ゆまちゃんとかひみかとか、何とか学校に通ってるし」
「そんな事を、彼が引き受けると思うの?」
「思うさ。
 アイツは義理固いホンモノの侠客(おとこ)だ。増して、ゆまちゃんに『学校に行け』っつったのはアイツだしな。
 なら、学校の勉強の面倒を見るのは、当然のスジってもんだろ?」
「そうね……でも、裏切りに対して剥く牙も、容赦が無い男よ?」
「分かってる。だからこれは博打さ。あたしが命を賭けるに値する、博打なのさ。
 ウチは確か、博徒系だったハズだしね。テキ屋系だったアイツん家とは、ちょっと違うのさ」
「?」
「あー、日本のヤクザの系統って、発祥別に三つあってね。
 博打打ちの集まりの博徒系、縁日なんかの屋台で稼いでるテキ屋系、それと戦後の動乱期に勃興した愚連隊系。
 で……アイツん家の家訓からして、たぶんテキ屋系だと思うんだよねぇ……ま、今じゃ実際、全部まとめて『暴力団』だし、やってる事も大体一緒の、ロクデナシのクズ共だけどな」
「……詳しいのね」
「親が親だったからね……色々調べたさ。
 ま、カタギになったとしてもさ。こう……弱きを助け、強きを挫く、仁義だとか任侠だとか、そういった『心意気そのものは』間違っちゃいないハズ……なんだけどね」

 そう言って、あたしは遠い目をして溜息をついた。

「今じゃカタギもヤクザも総理大臣からホームレスまで、頭からケツの毛まで手前ぇの事しか考えねぇ。
 自分を偽って、狡いツラ下げて弱い者いじめしか出来ない、情けネェプチブルばっかになっちまった……だから、あたしらみたいな、奇跡や魔法で何とかしなきゃっつー魔法少女や魔法少年が……必要になっちまったのかも、な」



 その後。

 あたしは、杏子の事を颯太に知ってもらうよう、積極的に、教会に引っ張り込むように心掛けた。
 杏子との仲は、相変わらず相互不干渉だったものの。杏子やあたしが暮らしている『今』は、否応なく見せつけた。
 何だかんだと、颯太の奴も、最初は文句言ってたものの……とりあえず、仕事として、教会に来る事そのものは、拒否しなくはなっていった。

 更に、沙紀ちゃんも来るようになって、ボケ役のゆまとツッコミの沙紀ちゃんのやり取りが、垣間見れるようになった。
 ……ああ、やっと分かった。初対面のアレは、近親憎悪だったんだ。こいつら、本質的に甘え上手の似た者同士だし、カンの鋭さもドッコイだし。

 そんなこんな、ドタバタとやり取りを繰り返しながら、季節は巡る。

 あたしが、この街からの旅立ちを決意し。
 そして……颯太の奴が、あたしと巴さんの思いに答えようとした時には。

 もう、三学期も終わりになろうとしている、時期だった……



[27923] 終幕:「水曜どーしよぉ…… 3」
Name: 闇憑◆27c607b4 ID:cb2385d9
Date: 2011/11/21 04:06
「……沙紀、お前さ……」

 その日の夕食。

 俺は、沙紀に問いかける。

「何だかんだと、真剣に狙ってただろ、上条さん?」
「女の子が、恋に手を抜かないのは、当然じゃない。
 それに、退院前のあの時が、私と上条さんの二人きりになれる、ラストチャンスだったんだから。
 ……あの段階で、美樹さんに追いつかれた時点で、もう私の勝ち目、殆ど無かったんだし。
 それにね……」
「それに?」
「チカさん、言ってたでしょ? 『本当に好きならば、恋人だけで満足できるわけがない』って。
 ……多分、私が上条さんと付き合ったら、『理想の上条さん』を押しつけて、潰しちゃうと思う。
 ほら、私って……ワガママじゃない?」
「まあな」

 そう言いながら、俺は避けて逃げようとする、チンジャオロースーのピーマンを、沙紀の皿に盛り付ける。

「ついでに言うなら……お兄ちゃん、上条さんをオッパイ星人に洗脳したでしょ!!
 多分、それが一番の敗因だよ!」
「ぶっ!!」

 あの騒動の後。
 何だかんだと暁美ほむらが、両親を誤魔化してくれた末に、恋愛がらみで大騒動があったと説明。
 更に……戻ってきて早々、その場で、堂々と両親に『さやかを彼女にした』宣言を、両親にカマす上条さん。
 ご両親も、何か納得が言ったかのように落ち着いて……『これからも恭介の事、よろしくね、さやかちゃん』などとハッピーエンドになった。

 ……のはいいのだが。

「あのHな本、どこにやったかと思ったら……上条さんに預けてたなんて、想像もしてなかったわよ!」
「なんだ、バレちまったのか。
 ま、貧乳スキーなロリペドさんになるよっかマシたぁ思うし、正しいハズだしね……揺れる巨乳は資産価値であるからして、資本主義社会においては絶対正義(ジャスティス)ですヨ。
 ……っつーわけで沙紀。悔しかったら好き嫌い無くして、ついでに牛乳飲んで、モリモリ喰って育つんだな」

 そう言いながら、沙紀の小皿に、またピーマンを追加してやる。

「って、まだピーマン追加ぁ!?
 ……なんて奴! こっ、この血を分けた実の兄とは思えぬ、血も涙も無い悪魔! この邪悪な大艦巨乳資本主義の走狗め……!
 くそっ、レーニンよっ、スターリンよっ、全国津々浦々の貧乳スキーな革命戦士たちよっ!!
 このモテ期入って腐敗して堕落した、大艦巨乳資本主義者に、人民裁判という名の赤き鉄槌をっ!!」
「ふ、ナイチチや、貧乳スキーなんて、どれもくだらない精神的未成長の遺物。
 唾棄すべきペド野郎の懐古主義、敗北主義者の同窓会よ……やっぱりオッパイは大きい方がイイよNE♪」
「くうううううう!! 最近、変態紳士の本性、隠さなくなって来たわね! このジョルジュ長岡め……」
「ま、そりゃお前の前じゃな。……最早、隠すだけ無駄だと悟ったよ。
 っつーか、むしろ、魔法少女としてソレナリに一丁前になった今、遠慮なく言わせて貰うが。
 その発育の悪さを、俺は真剣に心配してるし……いつ血迷って、失恋の隙突かれてペド野郎に引っかかるかと思うと、お兄ちゃん心配で心配でならんのだよ、全く。
 だから、どこぞの腹ペコ王を憑依召喚しても構わんから……とにかくピーマンを喰え!」

 更に、もりゃっ、とチンジャオロースーの大皿から、ピーマンを小皿に盛り付ける。

「だから、ピーマンと胸と、何が関係あるのさー!」
「ピーマン以前に、喰いモンの好き嫌いをすんなと、言うとるんじゃーっ!! ……タダでさえ貧乳女神の力を借りて、キャラ的に貧乳属性が加速してんだから!
 それともアレか、おめー、共感能力の高さ利用した女神様の巫女さんでも気取って、一生マジで結婚もせんと過ごす気か! っつーか、そんな不健全な欲望を抱えた、ナイチチ好きのペド野郎の毒牙にかけるために、育てた憶えは無いぞ!
 ……あー、そーいえば、暁美ほむらもナイチチの洗濯板だし、あの女神と深く関わった人って、大体、貧に……え、ちょっと?」

 不意に……沙紀の奴が『変身』する。
 それも、普段の『特徴が無い魔法少女』姿では無く、白くドレスアップされた、例のアルティメットな感じの女神様の姿に……

「ごめんね、お兄ちゃん。
 今、魔法少女の女神様から『殺ってヨシ』って、許可つきの電波を受信した気がしたの」
「ちょい待て、沙紀……ご近所迷惑……」

 ギリギリと引き絞られる、魔法の弓矢。

「大丈夫、お兄ちゃんも、半分神様みたいなモンだし、死んだりはしないと思うから。
 だから……神の鉄槌、喰らっとけーっ!!」
「だが断るーっ!
 この御剣颯太が最も好きな事のひとつは、奇跡や魔法で何でもどーにかなると思ってる馬鹿に「NO」と『否定してやる』事だーっ!!」

 『否定』の魔力を付与した箸や茶碗を投擲して、『女神の矢』を相殺しつつ。



 ここに、『第二次 御剣家の乱』が、勃発した。



「ふ……闘いの後は、いつも虚しい……」

 よく『手に馴染んだ』フライパンと中華鍋を使って、頭に三段アイスの如くコブを作った上に、ヒキガエル式に踏みつぶした沙紀をグリグリとDIE所の床で踏みにじる。

「特に、このゴリゴリと骨と皮と筋って感じで、チチとか尻とかに女性的な柔らかさの欠片も無い、沙紀の体と接するたびに。
 貧しい……非情に貧しいなぁ。その上『メシマズ女』で『かたずけられない女』なんて……我が妹ながら、お兄ちゃん、虚しいを通り越して、悲しくなって来るなぁ……」
「ううううう……だ、だが、私が最後の貧乳ではない以上、私が絶望する理由なんて、無い!
 そして何時か、この邪悪にして傲慢なる大艦巨乳資本主義者に、赤き人民裁判という名の、裁きの鉄槌が……」
「悪いな、沙紀……色んな意味で、キッチンで負けた事、無いんだ、俺」

 運が悪かったな、沙紀。
 前回の『乱』とは逆で、今度は俺が、地形効果的に戦力200%増しデスヨ♪
 特に、暴走する特急電車の食堂車や、戦艦のキッチンなんかだったら、1500%はイケる自信があるネ!!(……ふと、何故か、『佐倉杏子』って単語が頭をよぎった気がしたが、多分気のせいだろう。そもそも、あいつと険悪になった事はあっても、ケンカした事、無いし)。

「う、ううう、そういえば、キッチンはお兄ちゃんの『聖域』だった……迂闊」
「愚かなる貧乳マルキストよ、DIE所の床の味を噛みしめて逝きたまへ……あ、そうそう」

 ふと、思い出して、俺は財布から一枚のコインを取りだす。

「ほい、沙紀。上条さんからプレゼントだ」
「……何、これ?」

 そのコインには、表しか無かった。
 裏半分が、すっぱりと斬り落とされて、薄切りスライスになっている。

「上条さんがな、『世界で二番目のバイオリンのファンに』だってさ。
 こいつの半分……裏面は、アイツが持ってる」

 ちなみに、『俺が作った』ってぇのは秘密だ。

「……むー……」
「何だかんだと、お前、スゲェ感謝されてんぞ? 上条さんや美樹さやかに。『良かったら、演奏、聞きに来て欲しい』だって……」

 そう言って、慰めるモノの……

「ううううう……シクシクシクシクシクシクシクシク……確かに、上条さんのバイオリンは凄いし、物凄い好きだけど。
 だからって『世界じゃ二番目だ』って、何よそれ!
 なんかあたし、魔法少女の能力的にも『永遠の二番目』ポジションで終わるの、繰り返しそう」

「『三番目』よっか『マシ』なんじゃねぇの?
 ほれ、あの……志筑さん、だっけか? 彼女も大泣きした後、立ち直ったし」

 なんか最初、天の底が抜けたみたいに落ち込んだ、志筑仁美さんだったが。
 何だかんだと、『私! もっと素敵な『女の人』になって、上条さんを後悔させてさしあげます!!』って、最後は意気込んでたし。

 そう言う意味じゃ、『初恋は実らない』なんて、ごく普通の話だし自然とも言える。

 ……何しろ、男にだって選ぶ権利はあるワケだし? そもそも人間は、試練を乗り超えねば、強くなることは出来ないワケで。
 むしろ、ある意味、失恋が女性を大きくさせるとするならば、上条恭介と美樹さやかのほうが『不運』と言えるかもしれない。何しろ、これから先、美樹さやかが『堕落しない』などという保障は、何処にも無いわけで。

 ……ま、いいか。そこまでは知ったこっちゃ無い話である。

「腕白でもいい。逞しく育ってほしい……ってわけで、二番目で終わるのが嫌ならピーマンを喰うんだ!! 沙紀っ!!」
「うにゃああああああああああああああっ!!!!!」

 死守した小皿に盛りに盛ったチンジャオロースー(ピーマン大目)を、無理矢理口開かせて、喰らわせる事により。
 『第二次 御剣家の乱』は、ここに終息を見た。



「あんた、アネさんに何をした!?」

 翌日。
 朝早く、登校前に家に訪ねてきた佐倉杏子に、俺は問い詰められた。

「あ? なんだよ、こんな朝っぱらから……チカの奴が、どーしたって?」
「『学校行きたくない』だって……あのアネさんがだぞ!?」

 その言葉に、俺は溜息をついた。

「あー、そりゃ問題ネェよ。今週の週末にゃ、どっちにしろ解決する話だ。
 それより、朝飯どうした? 食って行くか?」
「アネさんが作ってくれたよ! それより、どーいう事だ!?」

 何といいますか。
 とりあえず……事実だけを伝えるか。

「沙紀の奴にビビって、イモ引いたんだよ。……昨日、上条恭介と、美樹さやかの話、聞いたか?」
「はぁ? ……なんだそりゃ?」
「んー、上条恭介になー、沙紀と、美樹さやかと、もう一人……志筑仁美、だっけか?
 三人揃って、いきなり告白した上に、それを止めようとした俺にまで、巴さんとチカが『答えを出せ』って迫ってきてな。
 結果、上条恭介は、美樹さやかを選んだんだが……そん時に、まぁ、沙紀が『女見せた』っつーか、『カッコイイ引き際』見せちまったモンだからな。
 で、俺がそれに続いて、答えを返そうとしたら途端にイモ引きやがった」
「あー、そうか……って、おい、待てよ? あんた、じゃあ答えは……」
「出したよ。出せてるよ。
 ただし、アイツが『週末まで答えを待つ』っつったし。
 俺としても、その場のノリで男を追いつめておきながら、『答えを聞くのが怖い』なんてヘタレた事言われて、ムカつかんワケあるめぇよ?」
「本当に……答えは出したんだな?」
「ああ、出してる。証人は上条恭介だ。だが、結果は今週の週末、土曜日まで絶対封印だ!
 ……そこに関しちゃあ、悪いが、イモ引いてヘタレたあいつが、絶対に悪いぞ? ああ、上条恭介シメて、結果だけ先に聞こうなんてしたら、ブッ殺すかんな、お前?」
「っ……分かったよ。じゃあさ、あんた。アネサン、学校に連れてってくんねぇか?」
「あい、よ。朝飯はマダだが、ショウガネェ……チカの馬鹿連れて、学校行くか。
 沙紀、悪いが、朝飯は適当に喰ってろ。
 洗い物は俺が学校から帰ったらやるから、適当に流しに置いておけ……絶対、残すなよ?」
「リョーカイでアリマス、お兄サマ」

 昨日の『乱』の結果、フルボッコフェイスで、びみょーにカクカクと恐怖で引きつってる沙紀を放置して、俺は教会の方へと足を運んだ。



「……沙紀ちゃん、いつに無く酷い顔だったが、何かあったのか?」
「なに、ピーマン喰いたくない余りに、女神の力を借りて暴れ始めやがってな。
 とりあえず徹底的にとっちめて、食わせた」

 とりあえず、『ありのままの事実』を説明する(間違ってはおるめぇ?)。

「あたしが言うのも何だけど……ほんと、食い物の好き嫌いに、容赦が無いね、アンタは」
「はっ! 好きなモンだけガツガツ喰ってっから発育が悪くなるんだよ。増して『メシマズ女』で、『片づけられない女』だぞ、あいつ?  ……確かに魔法少女として一人前とは認めたが、今度は『嫁の貰い手が無い』なんてなったら、困るのはアイツだ。
 外面もガキ臭いし、家事炊事洗濯全滅……最早、俺に出来る事っつったら、少しでもアイツに家事を憶えさせる事と、好き嫌いなくモノを喰えるようにさせる以外、無いね」
「毎度毎度思うけど……あんた、ホント鬼だね」
「鬼にもなれんようじゃ、親代わりは勤まらんよ。
 好きで我が子をひっぱたく親が、ドコにいるってんだ……って、ゆまちゃんの両親は、そうだったよなぁ……」

 彼女を虐待をしていた両親が、魔獣に襲われて死亡し、途方に暮れていたのを教会に連れてきたのは、佐倉杏子(こいつ)とチカだった。
 そして、『魔法少女になるな』という、チカや俺、沙紀や巴さんや、佐倉杏子(こいつ)の忠告も虚しく、彼女は魔法少女になってしまい、更にチカと佐倉杏子(こいつ)にベッタリに甘えはじめ……思えばあれが、あの教会が孤児院化する、第一歩だった気がする。

「ま、何だかんだと……沙紀も、ワガママでも素直な子に育っている分、ありがたい話ではあるよなぁ。
 少なくとも、自分が悪い事したら、頭を下げて身を引く素直さはあるし……」

 その分、色々と狡猾ではあるが、まあ……『イタズラ』の範疇である。

「何だかんだと『イイ子』に育ってるからこそ、ちゃんと炊事洗濯さえできれば、何時かは結婚相手にも恵まれるだろうし……っつーか、沙紀が嫁に行く姿を見るまでは、俺は絶対死なないし、沙紀だって死なせるつもりは無いしな!」
「……頼もしすぎる『オヤジ』だな、まったく。そのうち、暴走する特急電車や戦艦を乗っ取ったテロリストを『料理』しそうで怖いよ」
「魔獣相手にやってる事は、大体似たようなモンじゃねぇか、俺たち。
 ……まあ、確かに俺とかチカは、『料理』の食材に、『たまーに』ヤクザとかマフィアとかチンピラとか混ぜてるのは、事実だけどさ」
「『たまーに』……って……」

 笑いながら一言。

「安心しろ。カタギには手を出して無いさ……そう、カタギには、ね。
 だってさ、魔法少女や魔法少年なんて、ヤクザみたいなもんじゃん……好き勝手、やりたい放題出来る体で、何でも願い事叶えて。
 フツーの人はさ、もっとこう、小さく自分の幸せだけ夢見て、幸せに死んで行けるんだぜ?」
「……それって、本当に、幸せなのかな?」
「さあね? 少なくとも、俺の夢ではあるよ。
 そういう意味で……美樹さやかと、上条恭介は幸せかもしれんし、不幸かもしれん。
 何しろ、『恋人』というステップは踏めても、『その次』に至れるかどうかは、全然別の問題だし。告白してOK貰えるってのは、確かに一つの幸せかもしれんが……人生なんて基本、塞翁が馬だしな」
「あんた、ホントに冷めてるっつーか、シラケてんなぁ……全く」

 その言葉に、俺はアッサリと返す。

「そーでなけりゃ、魔法少年なんてやってられませんとも。
 ……っつーか、あんたもそうだろ? でなけりゃ、俺がお前と落ち着いて、こんな会話なんてやってられますかいな?
 首吊った新興宗教の親玉の娘と。その被害者の息子と娘。どー考えたって、フツーは会話が成り立つ関係には、成り得ねーだろ?
 ……そいつの橋渡ししてくれたのは、紛れも無く、チカだけど、ヨ」

「っ……そう、だな」

「って……あー、言い過ぎたか。すまん、悪かった……お互い、トラウマだし、ま、そのへんは忘れようや。
 まー、なんだ。魔法少女のみんなが、夢や希望を見て居る分、俺は現実を見て行動することにしてるのよ、色々と……ね。
 そういう意味で、あんたやチカみたいなタイプは、凄く貴重だよ。……ある意味、巴さんよりもシッカリしてるしな」
「そっか、な……」
「ん、まあな。もっとも、現実見過ぎて、そいつに『潰される』タイプと見たけど」

 と……

「やっぱさ……アンタとアネさん、似てるよ」
「あ?」
「あたしに向かって、言う事……大体一緒だもん」
「ま……ウマが合うってのは事実だな。
 何て言うか……あいつさ、将来の事なんてなーんも考えてネェと思うけど。でも、『自分の行く末』だけは、きっちり見据えてるタイプだ。
 こう、死生観っていうか……『いつ、ドコで野垂れ死にしても構わない』って思った上で、『やってみたい事に突っ走る』からなぁ……そーいう意味じゃ、以前のお前さんと似て非なるモンさ」
「……どーいう事だよ」
「まあ、あっさり言っちまえば……『アウトロー』と『チンピラ』の違いさ。
 チンピラってのは、目先のモンしか見えてねぇ。その場その場が楽しければ、自分さえ良ければそれでいい……昔のお前みたいな奴の事を指すのさ。
 それに対して、アウトローってのは『それさえもどうでもいい』連中の事で……何ていうか『大局的に世界を知った上で』根本的に色んなモンを否定してるのさ。
 ……っていうか、アイツの場合、なんつーのか……『魔法少女になることで、普通の少女時代を取り戻してる』って感じにしか思えん。ヤクザ狩りすんのも、どっちかつと親含めたヤクザ全部に対しての『反抗期』って感じだしな」

 ……ま、反抗期入ってる魔法少女のヤクザ狩りに巻き込まれるヤクザ屋さんたちには、本当に気の毒だと思うが。
 そればっかりは、赤の他人踏みにじってヤクザ気取ってる段階で、人生諦めてもらうしかあるまい(キッパリ)。

「あー、なんか……分かる気がする。時々、ホントガキっぽいもんなぁ、アネさん」

 なんというか。普段、教会のチビ共をコイツと一緒にまとめている姿は頼もしいのだが……巴さんとブラのサイズとデザインの談義してる時なんかは、ホント『女の子』なのだ(っていうか、ウチでやるなよ、って思うのだが)。

「でも、動力源は『酒』なんだよなぁ……」
「……ああ、あの人、ホント飲むからなぁ……」

 テキーラだのスピタリスだのアブサンだの……余裕で空けて行く姿は、頼もしすぎて恐ろしいモノがある。

「まったく……ホントに16歳か、アイツ!?」
「……そのアネさんを飲み潰したアンタが言うか?」
「いや、普段飲まないし、美味しいとも思わんから。それに……俺、魔法少女以上に『マトモ』じゃ無ぇみてぇだし」

 そう。
 俺は……俺自身は、普通に生きたかった。
 剣術だって、『普通』と『日常』を護るために習っていた、ちょっとしたスパイスなハズであり、生きる『術(すべ)』では無かった。

 だが、思う。
 普通というのは、日常というのは、どこかの誰かが支えていて、初めて成り立っているのだ、と。

 それを支えるのは、誰かの希望となるべきなのは……本来は『大人』の仕事なのだ。

 ふと。
 俺は、こいつが世話をしている、千歳ゆまを思い出す。
 『いつか』は『今』ではない、と……『過去』を踏み台に『今』と向き合い続ける力を欲し、未来を掴むために。
 そして、こいつやチカの背中を追いかけるために……彼女は魔法少女になった。

 そして……俺は。
 俺にとっての夢であり希望であった沙紀は、俺を超え、未来へと一歩を進められたのだ。

 ならば、次の夢を見るべき、俺自身は……チカと、どうやって一歩を踏み出せばいいのだろうか?
 正直……皆目、見当がつかない。

「なあ、俺さ……あの二人に告白されて、何だかんだと考えてたんだけど。
 やっぱり、誰かに『使われる』『頼られる』って事そのものは、嫌いじゃあねぇんだよ。
 そういう意味じゃ俺はさ、やっぱ魔法少女の相棒(マスコット)であり、結局は……『魔法少年』なんだと思うんだ。
 ただ、やっぱ……その、化け物だからさ、俺は。そういう意味で『飼い主』は選びたいし、選ぶ必要もある。しかも、その期待に答えられるかどうかなんて、全然分からネェんだ」

「あんたさ、その……自分がやりてぇ事とか、見つけらんねぇのか?」

「こればっかりは、な……何でもできるってのは、何も出来ないって事も、同然なのさ。贅沢な悩みだとは分かってはいるんだけど、ね。
 ……でもまあ、最近は好き勝手させてもらえるようになったと思うよ。庭弄りしたり、茶道部でお茶を嗜んだり……日ごろ慌ただしくて忙しい分、侘寂ってのは何よりの贅沢さ」
「……枯れてんなぁ、アンタ」
「そういうお前だって、昔は似たようなモンだったじゃねぇか。
 俺から言わせりゃ、人間なんて『本当にやりてぇ事』も分からないで、目先の楽しみばっか追っかけてりゃあ、犬みてーに同じ所をグルグル回るしかねぇ。
 そーいう意味で、お前も、『足を止めちまったまま』だったんじゃねぇか?」
「……かも、な……」

 そう、俺とコイツとで違う所があったとするならば。
 家族と過ごす『役割』があったか無かったか。
 義務があったか、無かったか。
 己を束縛し、道を示す存在が居たか、居なかったか。

 もし、冴子姉さんが、沙紀が居なかったら。俺は昔のコイツみたいになっていただろう。
 そういう意味で……沙紀が俺を飛び越え、ある意味、自由になってしまった今。
 魔法少女のマスコットとして、少々それを持てあましてるのも、また事実だったりするのだ。

 と、気になって、問いかける。

「なあ、お前……学校とか、行かねぇの?」
「……あんまり、行きたくねぇ」
「そっか。あんまいい所じゃなかったんだな、お前にとっちゃ」

 少なくとも。
 学ぶ意欲の無い者を学校に行かせるほど、俺はお人よしでは無い。
 だが……

「まー何だ。
 やりたい事が分からなきゃ『探さない』ってのも、一つの手なんだよ。
 ……俺のお師匠様の受け売りなんだけど、ヨ……人間は、分かんない事を不安に思って、そして、そこをつい『嘘』で埋めちまう。
 だから、『何をしていいか分からない時は、とりあえず一番得意な事をやれ』って……それは真実だと思うぜ?」
「得意な事……ね。じゃ、アンタの場合は?」
「……剣術。あとは料理、かな?」

 もっとも、剣術に関しては、最近、色々揺らいでるが。……だって、沙紀にモロに足元、掬われたしな。
 『剣に拘る者は、剣に足元を掬われる』。
 師匠の言葉は……『行動とは別で』、何だかんだと真理を突いていたりするから、侮れないのだ。

「じゃあさ……アンタのその……師匠の正体とか、もういっぺん、探ってみたらどうだ?」
「あ?」
「いや、昔のアンタが諦めた事。今だったら、出来るんじゃねぇか?」

 その言葉に、俺は戸惑った。
 そうだ……考えてもみりゃ『あの人が何者か』って……本当に正体不明なままだったのだ。
 そもそも、『西方慶二郎』って名前そのものが、どーも偽名っぽいのである。

「なんつーか……『ザ・ワン』の師匠って、どんな人物なのか、何者だったのか。
 興味、あるよ。やっぱり……」
「まあ、そりゃそうかもだけど……今更、死人を暴いて楽しむ趣味、俺には無いなぁ。
 ヒトラーだろうがキリストだろうがヤクザだろうが、人間死ねば、皆、仏だよ。罪も徳も、生きて積み上げてこそのモンだろーし……ね」
「……かも、な」

 そんなやり取りを繰り返しながら。
 俺はすっかりおなじみになった、教会に足を踏み込んだ。



「アーネーサーンー!! 起きてんだろーっ!!」
「おーい、チカー! 学校行こうぜー!!」

 あいつの部屋を、ドンドンと叩く。が……反応が無い。
 ……仕方ない、か。

「頼む。流石に、女の部屋に無断侵入は嫌だ」
「りょーかい……アーネーサーン!!」

 どがん! と……蝶番だとか鍵だとかを蹴り壊して。
 佐倉杏子が、チカの部屋に踏み込んだ。
 が……

「あー……逃げたか?」
「居ねぇ……ワケが、無い!」

 そう言って、俺は、ベッドをひっくり返した。
 そこには……『気配消去』でベッドの下に隠れてた、チカの姿が。

「ぐっ……なんで分かった!?」
「出て行った痕跡が無ぇんだよ。
 ……お前の『気配消去』は、確かに俺にも有効だが、実体を隠しているワケじゃない。『目に見える範囲なら、喝破する事』は容易いのさ」

 そう。
 あの時、沙紀も使った『気配消去』だが、あれを何故見破れなかったかというと。
 単に物陰に隠れてて『俺が見えない場所に居た』からである。

 『幻影を見抜く目』を持っていたとしても。
 元より、見えないモノは推察と想像と経験で見出すしか、無い。

 ……そーいう意味で、チカのこの能力は、『気配察知+幻想破り』を持つ、俺の天敵と言えるかもしれない。初手を物陰からの完全な奇襲、さらに物理攻撃に限定したら……俺は多分、チカに敗北するだろう。

 いかなる幻想を見抜く目を持とうが、『現実の裏側に隠された真実』までは、完全に見通す事が出来ない。今の俺には、『神の力』はあったとしても、神の『視座』を、持っているワケでは無いのである。
 だからこそ……

「とりあえず学校。行こうぜ」
「……わかったよ。着替えるから、ちょっと待っててくれ」



「……………」
「……」

 お互い、沈黙しながら黙々と学校に向かう。
 なんというか……気マズいのだ。色々と。

「な、なぁ……考えてみりゃさぁ、一緒に学校に行くとかって……無かったよな」
「まあ、な。通学路、正反対だもんな」

 学校で、仲のいい面子と馬鹿やって。そんな中にこいつも加わって。
 告白から始まったとはいえ……今の段階で、結局落ち着いた所は、そんな関係だった。
 と……

「あ、あのさ……その、やっぱ……カッコワリィよなぁ……」
「あ?」
「い、いやさぁ……あたし、沙紀ちゃんみたいに、あんたに何かしてあげるとか……出来てるのかな、って。
 いつも迷惑かけてばっかだしさぁ……その……振られるのが怖い、ってワケじゃなくて。
 あんなかっこよく、恋を終わらせられるのか、って。ちょっと自信が無くなっちまってさ」
「で、イモ、引いたってか!?」

 その言葉に、俺は呆れ返った。

「だってさ、ほら。あたしって、デカ女で、可愛くないじゃん? もう、『カッコイイ』以外の選択肢が残って無いの、自分でも分かってんだよ。
 そんなあたしが、カッコ悪くなっちまったら……何が残るんだよって。
 だから、ちょっと合わせる顔が無かった」

 そして……思いっきり噴き出した。

「なっ、なんだよ、おめぇ! 何がおかしいんだよ!」
「いや、俺からすりゃさぁ、そーいう女の『可愛い部分』ってのも、中々の萌え対象だよなーと」
「っ……なっ! 何を……」
「だーかーらー、大男の俺からすりゃ、おめーだって十分『可愛い』範疇だっつーの」
「そ、そうか……そう、なのか……なぁ?」
「ああ、身長がとーとー180超えても、立派に女の子……」

 次の瞬間。
 鬼のようなブーメランフックが、鼻先をかすめていった。さらに裏拳→左ジャブの連打を回避回避回避。

「うるさい、デカいとか言うなっ!! 180とか言うなっ!!」
「いや、こー、ギャップ萌えというか、図体の割りに純情だなぁと」
「うるせーっ!!」
「ハハハハハ、やっぱ可愛いわ、お前!」
「っ……こっ、こっ……馬鹿ーっ!!」

 涙目で真っ赤な顔のチカをからかいながら、トドメのアッパーカットをひょいと避けつつ。
 木曜日の通学路を、俺とチカは、学校に向けて走っていた。



「おーい、颯太ー、チカー、大貧民やろーぜー」

 いつもの日常。
 いつもの昼休み。
 弁当をモリモリ喰い尽くした後、お決まりの面子とのトランプ遊び。

「おー、OKOKー。って、あれ、坂本は?」
「あー? アイツ、彼女出来たってさー、屋上で石沢と一緒に、石破天驚ラブラブ弁当一緒に喰ってる」
「わお、そりゃ東方先生も真っ青だ……ん?」

 ふと、思う。
 何だかんだと男子とツルんで馬鹿やってるチカだが……女子とも関係が無いわけではない。
 そして以前、コイツが坂本を呼び出していたのを思い出したのだが……

 とりあえず、目線をトランプで覆い隠しながら、テレパシーだけでやり取りを交わす。

『お前、坂本になんかした?』
『いや、ラブレター届けただけだよ……ほら、何だかんだと男子と一番仲が良いの、あたしだからさ。
 ちょくちょく頼まれるんだよ……『誰ソレに渡してくれ』って』
『あー、納得』

 何だかんだと、義侠心に厚いコイツは、クラスでも男女問わず、それなりの人気者だったりするのだ。

『そーいえば、お前……この一年で、告白とかされた事、ねぇの?』
『されたよ、何人か。で、アンタに惚れてるって言って、断った』

 げっ!!

『おっ、おまえなぁ……』
『安心しな。
 ついでに巴さんの事も話してあるから、あんたにフられたら考えるって言っておいてある』
『ギャース! それでか……なんか妙な嫉妬の目線が、俺に来てるのは!!』
『あ、ちなみに……巴さん、四月にゃウチの学校に来るからね』

 ぶーっ!!

『な、なにそれ……初耳なんですけど?』
『そりゃ、内緒にしてたに決まってるじゃないか。ま、そーいう意味でも……あんたに逃げ場は無いと、思ったほうが良いよ?』
『そ、そういえば、年末にかけてそっけなかったし。
 あまり魔獣狩りに顔を出してないなーと思ってたけど……そっか、受験だったんだよなぁ』
『まあね。
 結局、推薦で合格できたみたいだけど……落ちたら一般で来るつもりだったみたいで、必死になってたからなぁ』
『……あー、納得』

 頭も成績もいい、真面目な人だしなぁ……魔獣狩りと並行しながら、勉強して進学するとなれば、推薦が一番ベストだろうなぁ。

『そーいえば、アンタは一般だったんだって?』
『ああ、まあなぁ……キレていっぺん大暴れしちゃってさ。推薦、取り消されちゃったんだよ。
 ま、成績的に色々余裕だったから問題無かったんだけどさ』
『……にしても、よくこの学校来ようと思ったね。もっとイイ学校もあったろうに』
『家から一番近いからな……歩いてすぐだし、何だかんだ日々忙しいからよ』

 いや、ホントに。
 沙紀が一人前になるまでは、と……必死に生きてきた以上、ここ以外、立地的に有り得なかったのだ。

「ほい、八切り。そっからダイヤとスペードの3でペア出し。
 あがりな」
「げっ! 御剣……またかよ!」
「相変わらず、恐ろしい『読み』だよなぁ……」

 全員が溜息をつく。
 ちなみに、ビリなのはチカだった。

『颯太……アンタ』
『テレパシー会話ばっかで、現実おろそかにしてっと、こーなるのさ』
『あたしゃアンタほど、並列思考が出来ねぇんだよ』

 そのテレパシーに、俺は溜息をついた。

「そうだよな……それが人間……なんだよ、な……」



「なあ、颯太……」

 放課後。
 茶道部の活動に向かう前に、俺はチカに声をかけられた。

「あのさ……アンタ。結局、あたしか巴さんか、どっちを選んだんだ?」
「それに関しちゃ、土曜日まで答える気、無いね」
「……やっぱり、怒ってるか?」
「当たり前だろ? ……その場のノリと遊びで、人を追いつめてるんじゃねぇよ」

 と……

「あ、遊びなんかじゃ無い! ただ……」
「ただ?」
「……ごめん、怖く……なっちまったんだ。
 一学期の最初の頃さ。
 魔法少女になりたての頃は、あたしにゃ怖いモンなんて無かった。アンタにフられても、それはそれで仕方ねぇとすら、思ってた。
 でも……今は怖い。あんたの事、知れば知るほど……あの時、傷に付け込んででもモノにしてれば、って。そう思うようになっちまってる。
 そんな自分がカッコ悪いって……あたしにゃ、『可愛い』なんて選択肢はハナッから無ぇから、カッコよくしてねぇとイケネェって、分かってるのに。
 ……やっぱり、怖ぇよ」

 そのチカの告白に。
 俺は苦笑した。

「いいんじゃねぇの? ガキってのはヨ、怖いもの知らずが特権だ。
 そんで、怖いモンを見て、痛い思いをして、生き抜きながら成長して行く。それが人間なんだよ」
「……あんたは、怖いモノとか無いのか?」
「怖いモノだらけさ。そんで、一杯、痛い思いしてるよ。何しろ、俺……『元から人間じゃ無かった』みてぇだしな。
 そういう意味で、自分が一番怖いし……ワケが分からねぇよ」
「颯太?」

 遠い目をして、溜息をつく。

「ずっとずっとずっと、無理に『タダの男だ』と思いこもうとして、ヨ。
 それがもう絶対無理だって、分かっちまった。
 ……考えても見りゃさ、こんな『ザ・ワン』なんてぶっ飛んだ生き物……同類なんて他に居るワケが無ぇんだよ。
 だったら、神様でもヒーローでも、何にでもなってやるしかネェのかなー、って。
 最近は諦め始めちまってる」
「っ……………」
「だからヨ、俺は……そんな俺を『タダの男』として見てくれる人を、本当は必要としているのかも、な」

 そう言って、俺はその場から立ち去った。



『百聞不如一見(百聞は一見に如かず)
 百見不如一幹(百見に一幹に如かず)』

 茶室の床の間にあたる所に下がった、俺の直筆の掛け軸。
 それが、俺の生き方の流儀の全てだ。

「相変わらず、見事な点前ね。御剣君」
「ありがとうございます。先生」

 茶道部の顧問、大森先生に、礼を返す。

「時に、御剣君。恋をしている?」
「え? ……え、ええ……その……告白を受けまして。知り合いの二人から。
 正直、迷っていたんですけど……ようやっとつい最近、答えが出せまして」
「そう。ならいいのだけど……御剣君、君は少し、危ういところがあるから」
「危うい、ですか?」
「ええ。
 あなたは……与えられた問題には強いけど、自分からは何らアクションを起こそうとしない。
 闘いに備える事はしても、闘いを起こそうとはしない。
 ……例えるならば……そう。闘いの中でしか、己の存在意義を見出せない、戦場刀(いくさがたな)みたいな子だから」
「それ、妹にも言われました……」

 苦笑する。
 戦場刀、か……上手い事を言う人だ。
 兗州(えんしゅう)虎徹は、護身の刃ではあれど戦場刀(いくさがたな)である事に、変わりは無い。
 『闘いが無ければ、生まれようが無かった』。
 そんな無骨な刃物だ。

「そう。どんな問題でも何でも、一刀両断の答えを叩きだそうとする……そして、敵対した人には容赦が無い。
 西原先生の一件で、戦々恐々としてる教師がいるって、知ってるかな?」
「何がですか?
 俺は普通に授業をしてほしかった。それだけですよ?」
「誰もが、正しく居られるワケじゃない……それは御剣君、君自身がよく分かってる事じゃない?」
「まあ、それは否定しませんが。だからといって、ただ威張るだけの能無しに教わるほうが、生徒には不幸でしょう?」
「まあね。実際、あの人の行動は、色々と問題視されてたし。ただ、もう少し穏便な手段は無かったのかな、って……お陰で、職員会議は大変よ」
「そりゃあ……何の理由も無く、八つ当たりで他人吊るし上げて晒し物の恥をかかそうっていうんです。
 自分が吊るし上げられて恥かかされるのは、当たり前の話しじゃありません?」

 その言葉に、先生が苦笑する。

「目には目を、歯には歯を……か。
 君はどちらかというと、優しいんじゃ無くて、無関心なのよ」
「……かもしれません。
 俺みたいな本質が過激な人間に深く関わると、人によっては派手に傷を負う事になる。心にも、体にも。
 だから、なるたけ他人と深く関わらないように心掛けてる部分は、ありますね」
「そうね……でも、君の点てるお茶。先生、好きよ?」
「そう、ですか?」
「ええ。若いだけじゃ無い……勢いと正しさがある。あとは、勇気……かな?」
「勇気、ですか?」
「ええ。まだ見ぬ何かを信じる勇気。
 君は堅実過ぎるのよ……少しは冒険をしたほうがいいわ」
「だとするなら、恋をしてる段階で、俺には大冒険です。
 何しろ『どっちか』なんて、どんだけ考えても決められなかったんですから……」
「あら? じゃあ、どうやって決めたの?」
「五百円玉を弾いて、表か裏か。究極の二択問題ですから、もうこれ以外に思いつきませんでした」

 その言葉に、50に迫ろうかという、この中年の女教師はコロコロと笑う。

「それは……大冒険ね」
「ええ。一世一代の大博打です……正直、不安ですよ」
「そうね。でも、あなたに告白した二人は、もっと不安なんじゃないかしら? むしろ、『そんな方法で決めた』なんて分かったら、怒りだすわよ?」

 その言葉に。
 俺はドキッとなって口をつぐんだ。

「御剣君。
 恋というのは、ただ甘いだけじゃ無い。とても苦いモノだって混ざっているのよ?
 あなたに……それを飲み下す勇気は、おあり?」
「苦い思いなら、過去に何度もしてきましたよ」
「そうかしら? 恋の苦さは……ある意味、肉親の死よりも強烈よ?」
「っ……」

 大森先生の言葉に。
 俺は動けない。動けなかった。

 そう、俺は……恋という思いを、感情を抱いた事は、まだ無い。
 ただ、『答えを出さねばならない』。
 そのためだけに、コイントスで決定した。それだけなのだ。



 『私たちは『正しい答え』ではなく……『颯太さんの答え』を、待っているのですから』



 巴さんのその言葉が、脳裏をよぎる。
 俺は……あのコインを投げた段階で。どこかで思考放棄をしていなかったか?
 考える事をやめていなかったか?

 それは……本当に、『俺の流儀』だったんだろうか? 『俺の答え』だったんだろうか?

 俺は……本当はどっちを愛しているのだろうか?
 いや、もしかして……俺は……誰も愛する事が出来ない男、なのだろうか?
 物凄く、背筋が凍るような嫌な予感がして……俺は再び、考えるのをやめた。



 翌日の金曜日。
 チカの奴は、今度こそ、学校を休んだ。
 聞いた所によると、教会にも帰って無いらしい。が……前日の夜、巴さんと何か、話しはしていたそうだ。



 そして、その日の夜……

 RRRRR……

「あん?」

 夕方。
 自宅で飯を作って、食卓に並べ終えた。その時だった。

「誰だよ、今時分……もしもし!?」
『……助けて! チカさんが……チカさんが死んじゃう!』
「っ! 美樹さやかか!? どうした!?」
『見滝原の市街地、噴水公園! 新種の魔獣だって……チカさんが、チカさんが!!』

 背筋が凍る。
 あの……馬鹿! 単独戦闘は控えろと……何度言わせれば!

「沙紀っ、知り合い全員にコール入れろ! 噴水公園だ!!」

 沙紀の返事を待たず。
 兗州(えんしゅう)虎徹を握りしめ、愛車に跨って見滝原の街を、俺は爆走する。
 最速。
 それを証明せねばならない時は、今だった。
 だが……

「………あ………」

 俺が、公園に到着した時には。
 既に、闘いは殆ど終わっていた……

 そこに居たのは。
 倒れ伏したチカと……魔法少女になった美樹さやかが、一匹の魔獣と悪戦苦闘してる姿。
 そして……胸に大穴が空いた血まみれの服のまま、チカを介抱している、『傷一つ無い』上条恭介の姿だった。

「っ……!!」

 瞬時に。
 俺は、この場で起こった出来事を悟った。
 そして……

「消えろっ!!」

 兗州(えんしゅう)虎徹を一閃し……魔獣を消し去る。

「チカっ! おいっ、チカっ!!」
「ん……颯太か……遅かったじゃねぇか……」
「バカヤロウ! 単独戦闘はあれほど控えろって、何度言わせれば……」
「へ、へへ……悪ぃ……『奥の手の大技』使ったら、一匹取り逃がしちまってさ……ドジ、踏んじった。
 あのカップルには悪い事しちまった。魔法少女失格だぜ」

 ドス黒く濁った、チカのソウルジェム。
 一体全体……こいつは『何』をやらかしたんだ!?

「なあ、颯太……一個だけ、頼みがあるんだ。杏子の事、許してやってくれねぇか?」
「っ!? な、なんだよ、おい……今更、気にしちゃいねぇよ!」
「へっ、へへ……言質とったぜ、ダチ公……巴さんと杏子に、よろしくな……アバヨ」
「っ……バカヤローっ!!」

 そして、降りて来るのは……鹿目まどか。
 魔法少女の女神。
 ソウルジェムを限界まで酷使した者に訪れる、悲劇と破滅を回避するための……死神。

「やめろよ……連れて行かないでくれっ……俺は、俺は……俺はコイツを選んだんだぞ!!
 やめてくれよっ!! 行かないでくれ……行くなあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!」

 俺の叫びも虚しく。
 チカのソウルジェムは消滅し、魔法少女から人間の姿に戻ったチカを。
 俺は抱きしめて、慟哭の涙を流し続けた。



[27923] 終幕:「最後に残った、道しるべ」
Name: 闇憑◆27c607b4 ID:cb2385d9
Date: 2012/01/10 07:40
「この子ぁね……素直で優しい、イイ子だったんです。
 正直……あっしみたいな極道の家庭にゃ、勿体ないくらいのイイ子だった。
 だから、この子さえ幸せになれりゃ、あとはどうだって構わない……そんくらいの愛情を注いできたつもりだったんです」

 斜太家に運ばれた、チカの遺体を前に。
 彼女の両親は、涙を流しながら告白した。

「でも、この子がグレて行くのを、あっしは止める事が出来なかった……『あんたがカタギになったら考えるよ』って言われちまったら、もう極道としちゃあ何も言えませんや。
 そうやってね……お互い何も言えなくなっちまって、どんどんどんどん悪い方に傾いちまって。
 気付けば、完全に手遅れになっちまってた……もう、どうしようもなくなっちまった。そんで、しまいにゃ魔法少女になるなんて、言われて……最初、狂ったかと思ったんですが。
 考えてみりゃ、極道が足を洗って、このご時世、真っ当な稼業に就けるなんて、ありえっこネェんですよ。
 そんで、それが命がけの仕事だって知って……あっしゃブチギレちまった。命を賭けるのは親の仕事で、子供の仕事じゃねぇってのに……あとは売り言葉に買い言葉ですよ」

「……………」

「そんでね……たまーに、教会で暮らしてるチカを、遠くから見に行ったんですが……イイ顔してたんですよ。
 あの頃の素直な笑顔を、アンタや仲間に向けてた。
 すっかり明るくなったあの子を見て……あっしゃあ、あの子を可愛がるつもりで、一番苦しめてたのが自分だったんだって。本当に身に染みて分かって……恥ずかしくなりやしたよ。
 チカぁ……父ちゃんが、父ちゃんが悪かった!! すまなかった……すまなかったぁぁぁぁぁ……………うううううううううううううう」

 そうやって、ひとしきり、泣きじゃくったチカの親父さんに。

「御剣さん、最後に一つ。『チカの夢』叶えさせちゃ……くれやせんかね?」



某日某ラジオ放送
『17日より行方が分からなくなっていた、私立見滝原高校一年生の斜太チカさんが、本日未明、市内の公園で遺体となって発見されました。発見現場にも争った痕跡が無い事から、警察では事件と事故の両面で、捜査を進めています。
 続いて、天気予報です。今夜は北西の風が強く、雨……』



 粛々と。
 葬儀会場のホールで、葬儀の列が献花を、棺の中に手向けていく。
 チカの遺体に着せられたのは、白装束。そう、白い無垢の……ウエディング・ドレスだった。

「御剣さん……沙紀ちゃん。これ、入れていいかな?」

 上条さんが、手にしたのは薄切りにされた、500円玉の裏面。……あの日、弾いて叩き出した、運命の答え。
 無言で俺たちは頷き、それを、チカの柩の中に入れる。
 俺は……酒好きのアイツが良い夢を見れるよう、エル・ドラド(黄金郷)の名が入った、ラム酒のボトルを入れてやった。



 翌日。
 葬儀ホールから運び出されたチカの柩。
 チカとごく親しい人間だけが、それを抱えて……彼女たちが住んでいた教会の、教会墓地へと運んで行く。

「馬鹿だぜ……アネさん。
 『惚れた男と教会で式を挙げてぇ』って……葬式挙げてどうすんだよ……馬鹿野郎」

 参列する人間……その殆どが、魔法少女と、その関係者だ。

「チカさん……あの日、あたしたちを尾行しちゃってたみたいなんです」
「僕たちの姿を、街で見かけて……思わず、って感じだったそうです。
 そんな時に、魔獣が現れて……」
「凄かったですよ、あの人。『世界をひっくり返すような大技』ぶちかまして……あたしたちを救うために」

 それから……俺は、チカの奴が、どんな風に闘ったかを、美樹さやかと上条恭介から聞いた。

「そうか。アイツは……最後まで、勇敢だったんだな」
「ええ。強い……人でした」



 雨が降る中を、俺はチカの墓碑の前で、立ち尽くしていた。

「本当に……馬鹿だな、男ってのは」

 あの時、素直に答えを返していれば。
 それ以前に、チカの親父さんが、もう少し素直に本音を話していれば……こんな結末は、避けられただろう。
 ……その……ハズだったのに……

 と……

「風邪、ひくよ……礼拝堂にでも、戻ったほうがいい」

 佐倉杏子に声をかけられた俺は、その場に立ち尽くしながら。言葉を返す。

「アイツ……最後まで、お前の事、気にしてたよ。
 俺、そんな器の小さい男じゃないツモリだったのに……確かに、俺、お前の事を避けてたのは事実だけどさ。
 だからって『お前を許してやってくれ』だって……今わの際に、それだぜ?」
「……っ!!」
「お前だって、万引きしてる所とっ捕まえた昔のままじゃあるめぇに……ちゃんと認めてるってのに。
 ワケが……分からねぇよ……」

 沈黙が落ちる。
 ……やがて。

「ワケ……教えてやろうか?」
「あ?」
「あたしが何をキュゥべえに祈ったか。
 ……あたしの祈りはね『みんなが親父の話を、真面目に聞いて欲しい』っていう、願いだったんだ」

 っ!!

「ちょっと待て……テメェ……それじゃあ」
「ああ、そうだよ。アンタの両親の本当の仇は……あたしの親父だけじゃない。あたし自身も含んでるんだ」

 思い出す。
 『愚かな魔法少女を……少しだけ、許してあげてくれないかな?』という、あの時の……鹿目まどかの言葉。
 その、意味は……つまりは、こういう事……だったの……か!?

「待てよ。じゃあ、俺は……」
「ああ、あんたら兄妹が苦しむ事になった理由は……あたしと、あたしの親父のせいだ」

 足元が……ぐにゃりと歪んだ。

「は、はは……つまり俺は、最初から……『生まれた時から、魔法少女たちに踊らされてた』のかよ!?
 奇跡だとか、魔法だとか……そんなどっかの誰かの、ご大層な願いに……御剣家全部が、踊ってたのかよ」

 流石に、立っていられなくなり……俺は、その場に座り込んで、尻もちをついた。

「……だから、あたしを殺しても構わない。
 アネサンが死んじまった今……あたし自身にも本当にあんたや沙紀ちゃんに、どう償っていいんだか。
 もう……分かんネェんだ」

 ザァザァと雨が強くなる中。
 ずっとずっと……長い事、俺と佐倉杏子は、そのままだった。

 やがて……俺は立つ。

「俺の父さんと母さんは、元々、馬鹿な人でさ……偉そうな雰囲気だとか、そーいったのに物凄く弱い人だった。
 インチキ臭い通販の品物に手を出そうとしてさ……乗馬マシーンとか、『アレって、沙紀が公園で跨って喜んでるバネのお馬さんと、何が違うの?』って突っ込みかけて、ようやっと正気を取り戻すような。
 そんな馬鹿な人たちだったんだ……」

「……………」

「そんで、姉さんも、すげーお人よしでさ。
 『しょうがないわねぇ』とか言いながら、いつも分かって貧乏くじ引いてて……俺がそれのフォローに必死に回ってた。
 魔法少年なんてやる事になっちまったのも……元々は姉さんをフォローするためだった。

 だから……父さんや母さんは、ある意味、自業自得だよ。他人の話を鵜呑みにしかしないで、自分でよく考える事もしねぇで足元掬われるなんて社会人失格さ。
 そんで、沙紀は……もともと、奇跡や魔法が無ければ、死んでいた。
 そして……姉さんは……姉さんは、多分……困った顔しながらも『今のあんたならば』……許すと思う。

 だからこれは純粋に、『誰かのため』とか『御剣家』とかは、関係ない。
 俺の……『俺個人が』『お前に対して向ける』……俺の怒りだあああああああああああああああっ!!」

 そう叫んで、握りしめた拳を。
 俺は佐倉杏子の横っ面に、全力で叩きこんだ。

「っ……うっ、うっ……うわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」

 慟哭の涙を流し、天に、吠える。
 魔法少女に救われ、そして魔法少女に裏切られ……そして、魔法少女に運命を翻弄された俺は。
 ……最早、涙を流しながら、天に吠えるしか……術が無かった。



「……御剣、本気か?」
「ええ……」

 終業式のその日。
 『退学届』と書かれたソレを差し出された、担任の園崎先生の問いに、俺は憔悴し切った表情で返事を返す。

 長い、長い沈黙の後。

「……なあ、御剣。
 大変な事情を背負ってるお前からすれば、泣き事にしか聞こえないかもだが……少し、先生の話を、聞いちゃくれないかな?」
「……何ですか?」
「先生もな……18だったか。お前くらいの頃、将来を誓った恋人がいたんだ。
 その頃な、先生はゲームプログラムの仕事に就きたいと思ってて、必死に頑張ってた。彼女もそれを、応援してくれてた。
 正直……いい線いってたと、自惚れじゃなく、そう思ってたよ。小さい賞とか、幾つも取ってたからな。

 だが先生はな……親父に裏切られたんだ。
 『自分の進路は自分で決めろ』なんてカッコイイ事言っておきながら、いざ受験の段階の土壇場になって、無理矢理行きたくも無い大学を受験させられて、先生自身の希望進路を滅茶苦茶にされたんだ。
 金が無かったとか、そういった理由じゃ無くて……完全な『親父の理想の俺のために』な。
 ……正直、今でも親父の事は、許せんよ。
 何しろそれが、悪い事とは知りつつやったと『反省する』ならまだしも、『自分が何を裏切ったか分かって無い』んだから。

 だから、未だに孫の顔を見に来るたびに、俺に蹴りだされる理由が、全然分かんないんだそうだ。
 あの人は『俺の息子の人生まで、オモチャにする気満々だ』と確信してるし、だから一切、信じて無い。
 自分が先生に縁を切られた理由も、『ひとっ欠片も分かっちゃいない』んだ。

 確かに、こうやって成り行きとはいえ学校の先生をやるようになった今、親父の言葉の意味は分かるし、意図も分かる。安定した仕事に就いてくれる事を願うのは、当たり前の話だ。
 だが、それは……必ずしも本人にとって『幸せ』ってワケじゃない。実際、大学に行ってやりたい事なんて、欠片も見い出せなかった。
 正直、今の女房と子供がいなかったら……先生はこの仕事に就く事すらしなかっただろうな」

「……」

「『自分の人生を自分で決めろ』なんて、子供に当たり障りのイイかっこいい事言っておきながら、いざ土壇場になって裏切った親に……それを見抜けなかった、信じ切ってた自分に腹が立って……無気力だった。
 そんな時にな、当時の彼女が言ったんだ。
 『こうなった以上、せめて大学は出ておけ』って……それが、遺言になっちまった」
「!?」
「交通事故でな……即死だった。流石に発狂したよ。
 だから、それをキッカケに、ヤケクソになって必死に学校で勉強した。
 そして、今の女房と出会って……あれやこれやあって。俺はココで、学校の先生なんて、やっているんだ。
 そんでな……死んだ彼女を愛してる自分も、それを承知で俺を愛してくれている今の女房や子供を愛してる自分も……そんで、親父を恨んでいる自分も。
 それは偽らざる『先生自身』だ」

「……………」

「なあ、御剣?
 こんな結末になったとしても……斜太は『お前が不幸になるのを望むような女』だったのか?
 お前、まだ16だろ? 辛いだろうが……人生を投げ出すのは、まだ早いんじゃないか?」
「かも、しれません。でも、俺には、もう……」
「……そうか。
 まあ、疲れるのは当たり前だ。……気持ち、よく分かるさ。
 だから、これは先生の一存で預かっておく。
 っつーか、正直、職員会議も西原先生の騒ぎや何やでシッチャカメッチャカでな……こっちも大変なんだよ、色々と」
「そう、ですよね……警察はなんて言ってますか?」
「家出の末の衰弱死。そういったセンで……カタつけちまうみたいだ。
 死因もハッキリしないし……手がかり、まるで無いんだ。発見者のお前の知り合いも、何も知らないみたいだしな」

 そうだろう。
 あの後、集まってきた魔法少女たちに、魔法を使って魔獣との闘いの痕跡を消去を指示したのは……紛れも無く、俺だからだ。

「正直……不良から足を洗って真面目に戻った教え子が、こんな末路を辿るなんて、な……余計、こたえるよ」

 そして、何と無く。
 俺は、この先生が生徒から人気がある理由が、分かった気がした。
 特段甘いワケでは無い、むしろ厳しい部類に入る先生だが……それでもこの先生は、『生徒を裏切る事を良しとしない』のだ。
 どんな理由や大義名分があれど……それを理由に『人に裏切られる辛さ』を、この人は、よく分かっているのだろう。

「御剣。春休みの間、しっかり休んで、ゆっくり考えろ。
 そんで出来れば……二年生になったお前の顔を見せてくれ。
 先生……お前を信じてるからな」



 そして、春休みのある日。
 俺は、『ある事に気付いて』暁美ほむらに電話した。

『もしもし?』
「暁美ほむらか……一個、確認っつーか、教えて欲しい事がある。
 鹿目まどかのソウルジェムは……魔法少女の女神のソウルジェムって、一体『どんなサイズの大きさだった?』」
『質問の意図が見えないわね』
「大した事じゃねぇよ……教えてくれねぇか?」
『巨大な隕石のような大きさだったわ。
 そして、彼女はそこから生まれた魔女を打ち消して、一段階上の存在として、円環の理という概念になった……』

 その言葉に……俺は、確信した。

「そっか……教えてくれて、ありがとうよ」

 そう言って、電話を切った。

「なあ、沙紀」
「ん? どうしたの、お兄ちゃん」
「どうやら、俺は……やっぱり神様になるしか、無ぇみてぇなんだ」

 家のリビング。ソファーの上で横になりながら。
 俺は沙紀に語りかける。

「なっ……何よ、急に、お兄ちゃん」
「乗数計算ってオッカネェよな。すっかり忘れてたぜ」

 そう言って、俺は……沙紀に自分のわき腹を見せる。
 そして、そこは……『肉体から溢れた』俺のソウルジェムが露出していた。

「っ!! おっ、お兄ちゃん……そ、それっ……」
「『ザ・ワン』の生成原理。
 御剣颯太AとBがあわさってABになる。別の所ではCとDがあわさってCDになる。
 そしてABとCDがあわさって、ABCDになる。別の所ではEFGHが居て……ってな具合に。
 この並行世界の勝ち抜きサバイバルトーナメントを、闘い抜けば闘い抜くほど……俺は『人間を辞めて行く』事になる。
 今の俺の中には、残骸とはいえ膨大な並行世界の『御剣颯太』が居てよ……億の桁なんざぁ、とっくに突破してんのさ」

 天を仰ぐ。
 神に等しい力を得る事は……神のリスクを背負えという事。
 つまりは……

「生まれた時からこんな力持ってるなんて……一体全体、俺は何をやらかしちまったんだろうな?
 ……まあ、佐倉杏子が馬鹿な願いをしなければ、『俺は俺のまま死ねた』のかもしれないけどヨ。今の俺は、最早そう簡単に『死ぬ事すらできそうにない』んだよ」
「そんな……そんなのって!」
「俺の中にさ……『ソレ』に気付いて自殺した『俺』が何人か居てさ……そいつ、俺に向かってモノスゲェ謝ってたよ。
 『すまない、怖かったんだ』って……気持ち、よく分かるし、笑って許してやったけど。
 ……だからって、俺が同じ事をしてイイ理由にも、ならねぇよなぁ」

 恐らくは。
 もう、『全ての並行世界に残った御剣颯太の数』は、トータルでも俺含めて20人も居ないんじゃなかろうか?

「沙紀、だから俺……近いうちに旅に出るよ。どっかに消えて、人知れず神にでもなって。
 これ以上、みんなを悲しませたくない。
 なにしろ、『並行世界の自分』っつー『赤の他人の人格』が、俺の中で『無限に近い数蠢いている』んだ。
 自我を保つのだって、最近じゃ一苦労になっちまってる」
「待ってよお兄ちゃん……お姉ちゃんは!? マミお姉ちゃんは、どうなるの!」
「あの人ならしっかりしてる。俺なんか居なくたって大丈夫さ。
 だから……そうだな、『巴沙紀』にでもなるか、お前?
 何しろ、家事炊事洗濯、壊滅的なんだし……何なら俺が頭下げて、頼んできてやろうか?」

 と……

「馬鹿ぁっ!! マミお姉ちゃんが、どんだけ寂しがってたか、分かんないの!?」
「!?」
「あの人が、どんだけチカさんに嫉妬してたか、お兄ちゃん全然分かって無い!
 そんな自分を自己嫌悪していたのが、全然分かって無い!!」
「……」
「いつも……いつもそうだよね! お兄ちゃん、みんなを置いて行こうとする。
 自分ひとり、前に出て、仲間を護る事はしても、仲間に護られる事をよしとしない。
 誰かのためとか言って……自分を誤魔化して!」
「俺は……戦場刀(いくさがたな)さ。闘いが終わっちまえば意味の無い代物で『飾りとしてすら存在を許されない』……そういう男なんだ」
「ふざけないでよ!! お兄ちゃんに救われた人が、どんだけ居ると思ってるの!? じゃあ、お兄ちゃんは何のために生まれて来たの!?」
「佐倉杏子を許すため……じゃねぇの? 正直……も、疲れたよ」
「馬鹿言わないで! それは諦めてるだけじゃないの!!」
「かもな……なんかさ、俺が生まれた事自体が、どっかの誰かの掌の上だったみてーでさ。
 俺ぁ、お釈迦様の手の上の孫悟空だったのかもな。そんな自分……『俺自身にとって、何の意味があるんだよ?』」

 天を、仰ぐ。

「『他人に運命を左右されるとは意志を譲ったということで。意志なきものは文化なし、文化なくして己無し』……って、どっかの最速兄貴も言ってたけど、それは真実だと思うんだ。
 じゃあ、俺が生まれてきた意味は?
 ……誰かを助けるだけ助けて……誰も受け止められるワケが無い、ザ・ワンなんて化け物に仕立て上げられなきゃならない理由は、どこにあるんだよ!!
 俺は、普通に生きたかったんだ! 普通に……生きたかっただけなのに……どうして、こんな事になっちまったんだ」

 と……

「じゃあ……チカさんはどうなるの!?
 暁美ほむらが言ってたよね!? あの人は『お兄ちゃんが居なければ、絶対魔法少女にならない人だった』って!
 そんな人が、どうしてお兄ちゃんを助けようとしてたか、分かる!?」
「っ……助ける?」
「そうだよ!
 無理だとか、無茶だとか、それでも何とかしなきゃいけないって思って……だって、昔のままだったら、お兄ちゃん絶対杏子さん殺してたよ!
 お兄ちゃんに、もう誰も殺して欲しく無いって……増して、『魔法少女殺しなんて最悪だ』って。そう願ってたんだよ、チカさんは!」

「っ!!」

「お兄ちゃん言ってたよね!?
 『俺は神様なんかじゃ無い』って! だったら人間として生きようとしなよ!
 死ねない体!? だったら無理でも何でも『人間として生きればいいじゃないの!!』 神様なんてクソクラエだ、って……お兄ちゃん、いつも言ってたじゃない!!」
「だって、俺は……俺は……もう、どうしていいんだか、分かんねんだよ!!」
「そんなの私だってわかんないわよ! でもね、これだけは言える!
 『どんな理由があろうとも、誰かを不幸にしていい権利なんて無い』って! いつもお兄ちゃんにお師匠様が言ってたよね!?」
「そうだよ、だから……」
「このウルトラ馬鹿ーっ! お兄ちゃんは、マミお姉ちゃんを『不幸にしたい』の!?
 あの人が、どんだけ孤独に怯えていたか……孤独ってね、本当に人が死ぬんだよ!?
 だから、マミお姉ちゃん、ずっとチカさんにお兄ちゃん取られちゃうって、怯えてたんだよ!?」
「……………」

 言葉が、無い。 

「……行って来い」
「え?」
「今すぐマミお姉ちゃんに、告白してこい、この鈍速馬鹿兄貴ーっ!!」
「ちょっ、ちょっと待て! 俺は……今の俺に、そんな権利も資格も……」
「そんなんヘッタクレもクソもあるかーっ!! 告白するまで、家に帰って来んなーっ!」
「……で、でも……」

 戸惑う俺に。
 沙紀の奴はとーとー……

「うるさーい!!
 とっとと私から離れてどっか行かんか、この大馬鹿魔法少年!

 言ったよね、お兄ちゃん?
 魔法少年としての私との『契約』は、『私が一人前の魔法少女になるまで護る!』って。
 もう私との、魔法少女と魔法少年の『契約』なんて『とっくに終わってる』んだよ!?

 だったら! もしお兄ちゃんが『まだ魔法少年続けたい』って言うならば!
 魔法少女の相棒(マスコット)として、『あたらしい魔法少女のご主人様』が必要なんじゃないの!?」
「っ!!」

 そう、俺は……家族のために生きると……あの日も、あの時も、常にそれを決めて生き続けてきた。
 『家族を護るのが魔法少年』だと。
 ただしそれは『己の意思を譲った』という意味ではない。

 『己の意思で誰かを護ると、己で決めた』。
 それは……『それだけは、神様も何も関係が無い』、揺がぬ己の真実だ。

 だから……もし、この不甲斐ない、何も守れない俺でも『護らせてくれる』という、人の良い魔法少女が居るというならば。
 俺は……その魔法少女と……

「分からネェ。今の俺には……何もかも分からねぇよ。
 自分の事も、他人の事も、神様の事だって……未来なんて、何も分かんねぇ。
 でも、世の中『本当に分からない事だらけ』なら……あとは、自分を信じる以外に『方法なんて無ぇ』よな」

 多分、今の俺は……どこか狂っているんだと思う。オカシイんだと思う。
 許されるわけが無い、認められるワケが無い。その、ハズなのに……何なんだろうか、この衝動は!?

「じゃあ、沙紀。行って……来るよ」



「っ!?」

 マンションの前。
 そこの入り口で、待っていた巴さんの姿に、俺は絶句した。

「と、巴……さん!?」
「沙紀ちゃんから、連絡貰いました」

 そう言って、巴さんは、小脇に抱えたヘルメットを頭にかぶる。

「今日、何日か知ってます?」
「?」
「四月二日。颯太さんの誕生日ですよ?」
「あ……」

 そうだ。すっかり忘れていた。
 ……免許を取ったのが一年前。つまり……堂々と、誰憚る事無く、愛車(バイク)の後ろに、誰かを乗せる事が出来る。

「バイク。
 後ろに乗せてくれる、約束でしたよね?」
「っ!!」

 チカが仲間になって暫くの頃。
 巴さんと交わした約束を……俺は、思い出した。



 『一年後……バイクの後ろ、乗せてもらえませんか?』



 何故か……本当に何故か、ハッキリと。
 その言葉を。約束を。
 俺は思い出した。

「行きましょう、颯太さん」
「え? ど、どこに?」
「どこかへ……あなたと一緒に。二人きりで」



 結局。
 見滝原の街を……いつものように流す。
 だが……

「と、巴さん……その……」
「大きい背中。ようやっと、捕まえました」
「っ……!!」
「こんなに大きいのに……照準越しに捕えたと思ったら、あっというまに消える。
 本当に……風のような人……」

 押し付けられる背中の温かさと柔らかさに、戸惑う。
 ドキドキと……心臓が脈打つ。分からなくなる。

 そして……身を以て、悟った。
 嗚呼、これが……『恋』という『感情』なのだ、と。

 その不慣れな感情に浮かされるように。俺は思わず、ハンドルを切って、郊外への道を進んでしまう。
 そこから、ドコをどう飛ばしたんだか……気がつくと、半壊したウロブチボウルの前に居た。
 景色はもう、夕暮れから……夜に変わろうとしていた。



 ボウリング場の建物の、一番高い屋上。
 そこで、俺と巴さんは、段差に腰かけて星空を眺めていた。

 お互いに言葉が出ない。
 何を言うべきか、頭が混乱したまま……不安定だ。

 だが、とりあえず言わなきゃいけない、告げねばならない事。
 それは……

「……巴さん。俺……どうも完全に人間辞めて、神様になるしか無いみたいなんです」
「え?」

 そう言って。
 俺は、わき腹から露出した、ソウルジェムを見せる。

「っ……これ、は?」
「前、話しませんでしたっけ?
 俺のソウルジェムは、肉体の中に内在している。それがね、『ザ・ワン』としての能力に覚醒していけば行くほど肥大化していくんです。
 『魂に肉体が浸食されて行く』……そういうシステムだったみたいで。
 おそらく……最終的には肉体全部がソウルジェムっつー『石ころ』に化けちまうんじゃねぇかな?」
「っ……そんな……! だって、そうなるのはまだ大分先だって」
「いや、それがウッカリしてたんですよ。
 サバイバルレースの勝ち抜きトーナメントって事は『負け抜けした御剣颯太の分のソウルジェムの欠片も』背負いこまなきゃいけないわけでして。
 つまり、『時が経てば経つほど、乗数計算式にソウルジェムのサイズが体内で肥大化していく』って事なんですな、これが」

 どんな薄い紙だとしても、七、八回も折り畳んで繰り返せば、分厚い厚紙同然になるように。
 例え、元のソウルジェムのサイズが小さく、更に後進に付与されているのが、そのほんの一部だとしても……それが乗数式に集積して行けば、どういう事になるか?

「今はまだ、この程度で済んでますけど。
 ま、あと何年持つか持たないか……死ぬか、本当の神様(ザ・ワン)になるか。
 ……多分、今、準々決勝あたりまでトーナメントが進んでる状態みたいなんです。今、俺の体はね、多分……『そう簡単に死ぬ事も出来ない』状態なんですよ」
「それって……そんなのって……!! どうあがいても颯太さん自身には、絶望しか残らないじゃないですか!」
「まあ、俺個人は、ね。
 でも、沙紀が、曲がりなりにも魔法少女として一人前になってくれた。
 今のアイツならば、後を託すに足る存在です。それだけで……十分すぎるくらい満足……の、つもりだったんです」

 遠く、遠く。
 遥か彼方……星を見ながら。

「でもね……やっぱり、その……死ぬのは怖いし。死ぬより悲惨な、神様になるのも怖いですよ。
 だけど、闘ってる時は、死ぬのなんて大して怖くないんです、俺。
 だって、自分が死ぬよりも、『親しい『誰か』が死ぬ方が、俺には怖かったから』」
「……………」
「今だから、言えます。俺……チカを愛してます。巴さんも、愛してます。
 結局、どんだけ考えても『どっちか』なんて『選べなかった』んです。
 それを、流石に『どっちか選べ』なんて言われて、本当にパニックになりました。
 だから多分……俺は、チカを護り切れなかったんじゃないかな」
「っ! ……ごめんなさい」

 その言葉に、俺は苦笑する。

「いいんですよ。
 ……何しろ、『両方選ぶ』って選択肢だって、あったんですから」
「え?」
「二人とも抱いて、無理矢理とか……」
「……颯太さん?」

 ジト目で睨まれた。

「冗談です」
「嘘でしょ?」
「ええ、嘘です」

 あっさりと自白する。

「……酷い人」
「酷い人ですよ、俺は。
 ……大体、ハーレムだって『万人共通の願望』の一つの形じゃないですか?
 他人を屈服させたい、問答無用で従わせたい。アイアム・ナンバーワン。でもね……そこを成り立たせる理屈ってのは、結局のところ、やっぱり弱肉強食の動物の理論なんですよ。
 ライオンなんかいい例ですし、人類史における戦国時代なんかでもそうです。
 強者が残る、弱者が死ぬ。そして強者しか子孫を残せない。『弱肉強食』や『自由競争』の倫理を突きつめて行けば、至る所は『ソコ』です。
 ……そんな存在が背負わねばならない『義務』の量を、俺は『身をもって』分かってますから」

 何しろ、『ザ・ワン』というのは……実力以外の運不運も含めた『究極のサバイバー』でもあり『全ての御剣颯太の集合体であり最終形』でもあるワケなのだ。
 つまり『並行世界の自分』という『自分と極めてよく似たアカの他人』の人生全てに責任があるのである。
 正直、重たいどころじゃない。

 そういう意味で、『自由競争』と『多様性』ってのは、本来、対極のモノである。『弱肉強食』という概念は、何らかの保障が無い限り、『多様な可能性を奪うモノでしか無い』のである。
 自由や挑戦という概念の裏には、『挑戦して敗北し、死ぬか奴隷になる』という『責任』まであるのだ。

「そんなの……俺が求めたモノじゃない。チカが求めたモノじゃない。
 『たった一つ、大切な家族を守れれば、それでいい』。俺って男は、本来、その程度の生き物なんです。
 それを分かっていたからこそ、俺は……家族の事以外、何も求めなかった。何も……負いたくは無かった。
 やる事だけやって、あとは考えない。何しろ『やらなきゃ行けない事』だけでも、人間ゴマンとありますから」
「……そう、ですね」

 そう言って。
 俺はもう一度、空を仰いだ。

「なんで俺が、巴さんとチカに惹かれたか。今なら分かる気がします」
「え?」
「二人とも、魔法少女になった動機が『人間の原点』に近い願望なんですよ。
 誰だって『理由も無く死にたくない』し、『普通に生きたい』。
 平和とか日常ってのは物凄く貴重なモノなんだ、って、よくわかりますから。……そのために『誰かを護る』って思いは決して間違いじゃないし、そのために命を賭けねばならない時は、幾らでもあります。

 だから、『それに逃げ込んでた』。
 要するに『俺は、俺として生きるのが怖かった』んですよ」

 そう言って……俺は、俺自身についてきた、最後の『嘘』を自白した。

「生きる事に執着すれば、目が曇る、怯えが出る、躊躇が出る。そして『どんな理由があれど、命を奪うのならば奪われる覚悟を負うべき』で……だから、何て言うのかな。闘ってる時、俺は常に『死んでる』んですよ。
 そういう意味で、俺個人の生死そのものは、実際、大した問題じゃ無いと思ってたんです。

 父さんと母さんを殺してしまった俺が……姉さんを護り切れなかった俺が。それでも沙紀が生きてる。
 それだけで、俺には救いでした。
 だから……怖かったんです。『絶対に護らないといけないモノが増える』事が。

 でも、それってね。
 大切な人を『護るっていう目的』と、それを護るために『闘うっていう手段』が……完全に逆転しちゃってたんですよ。
 だから、そういう意味で俺はずっと……魔法少女以上に『人間を辞めてた』んじゃないかな?」

 だと、するならば。
 この、『肉体のソウルジェム化』という罰も、当然のモノかもしれない。
 死の恐怖から逃げるために闘いに身を委ね続け、何時しか『人として生きる事を放棄した人間』に与えられる『罰』としては……死よりも最悪の代物だ。

「そんな俺を、必死に『人間に』引き戻そうとしてくれたのは……沙紀であり、巴さんであり、そして、死んだチカだったんだ、って。
 ようやっと、分かりました。
 だから、もう手遅れな……こんな、死ぬか、神様になるかしか使い道の無い、情けないバカな男で良ければ。
 俺がこの世から消え去る最後の刻まで。
 巴さん。一個の魔法少年として、あなたを、護らせてもらえませんか?」

 それが……今の俺の精一杯。
 『最後まで責任を取る事が出来ない』俺に、約束できる限界だった。
 だが……

「……酷い人ですね、颯太さんは」
「え?」
「私、誰かに護られるだけで満足するような女じゃありませんよ?」
「っ!? と、巴さん……」

 戸惑う俺に、巴さんが微笑みながら。

「それです。……ずっと、嫌だったんです、それ。
 どうして、チカさんは『チカさん』なのに、私だけ『巴さん』なのかな、って……私、年下なのに」
「い、いや、物凄く世話になってたし……沙紀の面倒だって、それに他の魔法少女たちとの折衝だって、俺じゃ無理ですし。
 女性と折衝出来る経験豊富なベテランって意味じゃ、巴さんがナンバーワンじゃないですか?」

 何しろ、俺自身、魔法少女と関わるとロクな事が起こらないトラブルメーカーだという自覚はあるのだ。
 そして、沙紀は幼すぎるし、チカの奴は……まあ、佐倉杏子みたいなタイプには強いが、アイツ自身もトラブルメーカーだ。
 魔法少女相手に、諸事柔軟に、コトを調整して応対出来るのは……正味、巴さんしか居ないのである。

「いっつもそう。あなたは、誰かを護る事はしても、護られる人の事なんて考えたりもしない」
「それは、俺の勝手だからです。
 護ってやるから感謝しろなんて……そんな厚かましい事、言えません。
 それじゃ護った意味が無い……『護った人が護った人に縛られちゃ、意味が無い』じゃないですか!?」
「そう、あなたは本当に、勝手者なんですよ」

 そう言って。
 巴さんは、俺の手を掴んで……その、自分の胸に……

「とっ……巴……さん!?」
「……颯太さん。それと、チカさんも言ってましたよね?
 『心も体も、使えば傷ついて当たり前。その上で人間生きてりゃ丸儲けだ』って。
 私、生きてますよ? ちゃんと心臓……動いてるでしょ?」
「わっ、わかりました! だから、その……手を……」
「嫌です。もっと、ちゃんと私を見てください。私を……感じてください」
「っ! と、巴……さん」

 戸惑いながらも、俺は……その手を、払う事が……出来なかった。

「……マミ」
「え?」
「マミって……呼び捨てにして」
「っ! そんな」
「颯太さんの近くに居たい。『巴さん』なんて他人行儀じゃなくて、もっと……近くに」

 迷う。分からない。
 だから俺は……どうしようもなく臆病で。

「その……………あー……」

 臆病な俺が……限界まで『分からないモノ』を信じようと足掻き。

「だから、私を護りたいなら……あなたが居なくなる最後まで。私を、これからも愛してください、颯太さん」
「……っ!!」

 背中を押されるように。
 俺は……マミを抱きしめて、その場に押し倒してキスを交わした。

「愛してる……マミ……」

 唇を離し。それだけを告げ。
 あとは……言葉も無く、俺とマミは抱き合い、涙を流しながらキスを交わした。



「ここで、待っててくれるか?」

 翌日の朝。
 マミと一緒にバイクに乗った俺は、佐倉杏子の教会に来ていた。

「……っ!」

 ひみかや八千代、ゆま……教会組の面々が俺の姿に怯えるのを無視し。
 俺は礼拝堂の中に入って、ひたすら待ち続ける。

 やがて……


「ヨォ。『曽我の助六』が遊びにやってきてるってのに、随分つれねぇじゃねぇか……『髭の意休』さんヨォ。
 神の家ってのは、茶の一杯も出さねぇで、客人をもてなそうってのかい?」

 扉を開けて、入ってきた佐倉杏子の顔には、俺に鉄拳で殴られた痕がクッキリとついたままだった。

「……なんだ、あたしを……やっぱり、殺すのか?」
「馬鹿言え。殺るならとっくに殺ってらぁ……ま、もしかしたら死ぬより辛い目に遭う事になるかもしれねぇが、な」
「っ!」

 俺の言葉に、脅しやハッタリも無い事が分かったのだろう。佐倉杏子が身構える。

「……どういう、意味だよ?」
「なーに、俺としちゃあ、死人に鞭打つ趣味は無ぇんだけど……ちょっと気になる事があってヨ。
 お前の親父さん……『何で自殺しちまったのかな?』って。
 考えても見りゃ、俺はおまえの親父さんの事に関しちゃ、説法してた所しか知らねぇ……目ぇ輝かせて、ソコの祭壇で色々説いてたあの現場しかな。
 てっきり、そういう演技をしてて、裏で何かやらかす悪党なのかと思ってたんだが……それにしちゃ『何で自殺したのか?』って、辻褄が合わねぇな、って」
「……っ!」
「お前の祈りって、ある種の洗脳だよ。
 新興宗教ぶちあげて金巻き上げようってぇペテン師にしてみりゃ、喉から手が出るほど欲しい才能さ。
 だってのに、何で発狂して自殺したんだか……もしかしたら、他殺なんじゃねえかなとか。色々考えてんだが、やっぱり分かねぇんだ」

 その言葉に。
 アイツは溜息をついた。

「だよな……アンタの視点から見れば、親父はとんだペテン師になっちまうんだよな。
 分かったよ……丁度いい部屋があるから一緒に行こうぜ?」



 懺悔室にて。
 俺は告解を聞く側の椅子に腰かける。

「あたしの親父はさ……純粋な人だったんだ。
 純粋過ぎて……新聞を読みながら、『どうして世の中が良くならないんだ』って涙を浮かべるような。
 そんな人だったんだ」

 それから……チカの話を含めて。
 色々と、親父さんの人物像について、話を聞いて。俺は、その親父さんが発狂した理由に、得心が行った。

 と、同時に……

「どうして誰も止めてやらなかったんだよ……お前の親父さん」
「え?」
「いや、本部なり何なりさぁ? 神父だろうが何だろうが、上司ってモンがいるだろうが?
 教義に対しての矛盾や疑問に対して、答える役割の人間ってのが、確かに居るハズなんだよ」

 誰かを教え導く立場の人と言えども、迷いとは無縁ではない。
 それを監督し、指導する立場の人間というのは、確かに居るハズなのだ。

「破門だ何だって……そんな騒ぎになる前に、誰かに相談出来たハズだぜ? それとも、そこまで常識知らずだったのかな? お前の親父さん」
「……それは……」
「まあ、その謎はどーでもいいや……あと、お前の親父さんが『新聞を読んで悩むのは当たり前』なんだ」

 俺は呆れ返って溜息をつきながら、佐倉杏子に言う。

「どういう意味だよ?」
「いや、どういう意味も何も……新聞とかニュースってのは『何か事件が無いとメシを喰って行けない』人間の集まりなんだよ。
 どっかの神父が『世界を救うヒーローになる事を望むという事は、世界の危機を望んでるに等しい』って言ってたが、あいつらはハッキリ言えば『それ以下の存在』なのさ。
 何しろ『他人の不幸を飯のタネにしてる連中』なんだから、『事件が無ければ無理矢理事件にしてでもニュースをでっちあげる』連中なんだ。そんで後の事は他人任せで知ったこっちゃ無い。
 要するに『世界の危機を望みながらも、自分がヒーローになろうとすらしない』最低最悪な連中の吹き溜まりなのさ」

 実際。
 『報道のため』『真実のため』と称しながら、目の前で人が殺されて行くの、死んで行くのを、ただただ冷徹にカメラを回し続けて撮影しつづけられる神経は、俺としては異常と言う以外無い。

「そんでな。
 そんな連中にとっちゃ『本当に事件を解決できる英雄』なんてのは、飯のタネを潰す邪魔者でしか無いんだ。
 だから連中が欲しているのは、問題を解決できる本当の英雄(ヒーロー)なんかじゃなくて、自分の飯のタネを潰さず、かつ適当に問題のお茶を濁せる偶像(アイドル)でしか無い。
 だからボランティアなんて『ド素人がTVでもてはやされる』のさ」
「……つまり、あたしの親父は……」
「まあ、『純粋な人』は、そー踊っちゃうんだろうなぁ?
 でも、テレビや新聞ってのは、実際は、『それを見ている視聴者や購読者のほうなんて気にしちゃいない』。
 顔色窺うのは、自分たちに金出してくれる出資者(スポンサー)だけで、どんな滅茶苦茶な寝言や嘘八百を垂れ流して吠えようが、自分自身じゃ『吐いた言葉に責任を取るなんて事は絶対にしねぇ』のさ。

 せーぜー『申し訳ありませんでした』なんて上っ面な寝言を流すだけ。
 オウムの時もそうだったかなー。
 TBSが取材情報をオウムに垂れ流した結果、弁護士一家が暗殺されちゃった、とか。他にも椿事件とか、面白すぎる不祥事、いーっぱいやらかしてんだぞ、あいつら?
 そんな連中の言葉を、『頭から信用するほうがどうかしてる』のさ。

 それになあ、今、どこの新聞も、大体似たような記事の内容しか、掲載してない理由、知ってるか?
 『共同通信社』っつってな、大体、どこの新聞にも『ニュース記事を新聞各社に卸す』会社があるんだよ。
 自前で新聞記者を取材に行かせるなんて非効率的な事よりも、よほど経済的なのさ。
 だから、ほとんどの新聞がやってる事は、その『卸して貰った情報』の、コピー&ペースト。せいぜい端書きを付け加える程度。

 あと『記者クラブ』っつってな、官公庁のニュースの内容を『各新聞社で』独占して、横並びにするシステムってモンがある。
 ……ま、ネットの普及で色々ぶち壊しになってんだが、それでも『新聞しか読まない』馬鹿は、未だに引っかかってるんだろーなー。

 ついでに教えてやるとな。
 恐ろしい事に、新聞と、新聞を配る『販売店』の間には、発注書が存在しないんだ」
「あれ? ……あれって、新聞刷ってる会社が運営してるんじゃないのか?」
「違う。
 契約は結んでいても、大体は基本的に『独立した店舗』なんだよ。
 そんで『新聞が幾ら売れなくても』、ウン百万部っていう新聞が、全国の販売店に『無理やり押し付けられる』んだ……その『売れない新聞』、押し紙とかお願い部数とかってんだが、そいつは、もー、どっかに捨てるしかない。『新聞の情報』なんて生鮮食品だからな。
 それでもな、『ウン百万部、発行しました』っていう情報を餌に、新聞ってのは、スポンサーから金をむしってんのさ」

「なんだよそれ……滅茶苦茶じゃねぇか」

「そーだよ。
 基本的に、報道機関の連中なんてなぁ、はっきり言えば『客観的な視野を盾前に、自分さえ良ければ、面白ければ、世間がどうなろうが知ったこっちゃない』究極のプチブル共の吹き溜まりなのさ。
 大体、『庶民感覚云々』なんて抜かしておきながら、この不景気に自分たちの給料、年収一千万超えてますなんてザラなんだぜ?
 しかも、番組作りは下請けの制作会社に丸投げしながら、制作費用買い叩きまくって、それこそ本当に『下請けイジメ』やってんだよ。

 ……今、本当に、『自前だけで番組を制作する能力』を持ってるテレビ局なんて、殆ど無いんじゃないかな? それでいて『自分を棚に上げて、他人に無謬性を求める』最低最悪の連中なんだぞ?

 特に日本のテレビだの新聞だのはな?
 公共で電波流せるチャンネル数が少ない『独占商売だから成り立ってる商売』なのさ。
 ……偉そうに他人に自由競争を唄うんだったら、マジでタダで見れるTVを100チャンネルくらい一気に増やしちまえばイイのに、それを阻止しようと躍起になってる。
 だから、新聞見る奴もテレビ見る奴も減ってるんだよ。

 スポンサーだってマトモな会社ならば、そんな『社会的責任を果たそうともしない報道機関』にCM撃つほーが、マイナスイメージになるってんで、どんどん撤退していってるんだぞ?
 だから最近、得体の知れない会社や、パチンコなんかの博打屋のCMや、胡散臭い通販番組が増えてんだろ?
 そうやって、スポンサーがどんどんどんどん妖しい方向に偏っていってるから、番組自体もドンドン変になってチャチい代物になっちまってんのさ」

「……」

「だからまぁ……お前の親父さんが自殺しちまった、ってのは、『そーいう連中からすれば百億倍マシ』っちゃあマシかもしれねぇなぁ。
 自分の都合をおためごかして、戦争煽ったり不景気煽ったりしながら、テメェだけノウノウと美味い飯喰ってる連中なんて、ゴマンといるからな。
 何しろ、やりようによっちゃ、お前の祈りや願いって、ホントに世界をひっくり返せる祈りだぜ? もし、そうなったとしたら……俺はお前とその親父に対する、レジスタンスに身を投じてただろうな」

 そして、恐らく。
 それは相当に孤独で過酷な戦いになっただろう。

「そっか。
 あたしの元々の魔法が幻覚魔法だった理由が、ようやっと、本当の意味で分かったよ。
 誰かを躍らせる魔法を使って、あたしや親父も踊らされてたんだな……今の今まで、ずっと、どっかの誰かに」

「まあな……なんつーかヨ、『世の中終わりじゃないと飯が食えない』連中なんてザラに居るのさ。
 笑っちまう事に、『あと数年で日本が破綻する』なんて『破綻する結論を絶対に変えず、理屈だけコロコロ変えながら30年近く言い続けてる』狼少年みたいな経済学者だって実際に居るんだ。……ほんと、狼に食われちまえばイイのにって思うよ。
 まあ、そんな狼少年を『飼ってる奴が居る理由』も、ロクなモンじゃなかったりするんだけどな」
「なんだよ、そりゃあ? 誰がなんのために?」

 その言葉に、俺は溜息をつく。

「知らねぇほうがいい……俺が知ってる事全部、『イイ子ちゃん』のお前が知っちまったら、なんも信じられなくなっちまうぞ?
 ただ、俺から言える事は……『理想だの理論だのばっか肥大化して、皮膚感覚的な実体験や経験を軽視し過ぎた』り。あるいは逆に『体験だけを重視し過ぎてて、理屈に対して聞く耳持たない』。
 そういう『両極端な連中』が増えすぎてると思うんだ。
 知性や理性だって万能じゃねぇ。むしろそれは人間が失った『本能』の代替品でしかネェんだから。『どっちも備えて、初めて人間』なんだよ」

 例えば。
 さっき話したTVだの新聞だの書いてる連中の『当事者意識の欠如』だとか。
 『上げる必要も無い税金を上げる法律が成立すれば、財務官僚が出世する&税金の審査機関という天下り先を確保できる理屈』とか。
 金に関して、どんな汚い世界が、国家単位で繰り広げられているとか。
 ついでに、『日銀砲伝説』とか……

 それ知ってしまうと、一千億という我が家の個人資産なんて、ホントに『吹けば飛ぶような紙クズに見えてしまう』のだ。
 いや、マジで。
 だって、10兆とか100兆とかの単位で金が動く世界なんですヨ?
 それに護られてる俺たち日本人の生活ってドンダケなんだって、初めて知った時、色々戦慄が走ったモンだ。

「……ま、いいさ。お前さんの『祈りの動機に関しちゃ』よく分かった。
 あとは最後の疑問……『なんで親父さんは、正しい教えなんてモンに突っ走っちまったか』なんだが」
「それは新聞を読んで……」
「だから、『誰も止めてやらなかったのか?』って事だ。
 教団からすりゃ、普通に信者集めて説法して回る優秀な神父様だ。
 そんな神父様がトチ狂うのを、教団が指咥えて見逃してるとも思えネェし、そんだけ純粋に悩みがあるなら、誰かに相談しようと考えないほど、お前の親父さんも愚かじゃないハズだ。
 ……まあ、家族の前で、迂闊にボロボロ涙流すのは120%親失格だがな。お前もチカとみんなとここで暮らすようになって、分かっただろ?」
「確かに、そうだよなぁ……」

 さて、と。
 とりあえず、当面の用は、終わった、と。

「……まあ、こればっかりは、本当に俺の流儀じゃねぇヨ。死人に鞭打つ事になっちまうからな。
 お前としても、そんな疑問の答えなんて知りたくも無いのなら、俺としちゃそのままでいい。
 正味、『お前の祈りの動機が分かった段階で』もう俺個人にとっちゃ、カタはついてるのさ」
「おいおい……」
「だってそうだろ?
 どんな理屈があるのかなんて、蓋を開けてみなけりゃ分かんねぇ……しかも、本人死んでるんだ。
 生きてる人間が、今更暴いたって意味なんざ無ぇかもしれねぇし、むしろマイナスかもしれん。それをおめー、棺桶の蓋ひっくり返して調べようってぇんだぜ?

 もしかしたら、お前の親父さんが、本当にとんでもないロクデナシだって結論が出ちまう可能性だってある。
 しかも今からできる事は、証拠集めと類推なワケで……だからこそ、それが『間違ってないだけで正しいなんて保障は無い』。

 いいか? 『何かを信じる』って事はな、『裏切られる』って事と表裏なんだ。一種の博打だよ。
 俺が最後の最後まで家族を信じようとして、親父やオフクロに殺されかけたよーに。
 『家族だって最後は裏切る可能性がある』んだ。
 それでも……誰も何も信じないで、人間、生きて行けるわけが無い。最悪、お前はまた、家族に裏切られる事になるかもしれねぇ……それを踏まえた上で、だ」

 一呼吸。
 懺悔室の仕切り越しに、俺は佐倉杏子に問いかける。

「俺としちゃオススメはしねぇが……どうする、佐倉杏子?」



「ここは?」

 俺を案内した佐倉杏子は、閉ざされた扉の前で、立ち止まった。

「親父の書斎だよ。今まで開かずの間で……いや、開けるの、怖かったんだ。でも、もう目をそらさない。いや、逸らすわけには、いかねぇよ」
「……いいんだな? ホンットーに?  どんな理屈が転がってるか、分かんネェんだぞ?
 最悪、お前の親父がサイテーのロクデナシだったとか、そんなオチがついちまう可能性だってあるんだぜ?」

 知らないほうがいい。そういう事だって実際にあるのだ。
 例えば……チカがコイツを俺からかばったように。実際、出会った当初にそんな事知ってたら、俺はコイツを殺していただろう。

「構わない……あたしは事実と向き合いたい。あんたにも、その権利がある。そうだろ?」
「OK、針金か何か、あるか? このタイプの錠前はシンプルだ、壊す必要すらネェよ」
「ほいよ」

 そう言って、佐倉杏子がヘアピンを一本、渡してくれた。

「よっと」

 そして、カチャン、と音を立てて。
 ……あっけなく、開かずの間の扉は開かれた。



 佐倉神父の書斎は、書籍で埋まっていた。
 殆どが哲学書だの宗教関連の本だので……まあ、勉強家だったのだろうな、とは理解出来た。
 だが……

「……ん、イイモンが見つかった」
「なんだい、そりゃ?」
「帳簿。
 宗教法人なら、税金の申告とか、けっこー厳密にやってるハズだから。
 こっから色々探れるかもしれねぇ……」

 とはいえど……そこから分かった事は。

「あー、やっぱな……」
「何が……分かった?」
「まあ、破門される前と、それ以前の収支の事が、な……お前の家族がどーやって喰ってたかって話さ。
 説法での寄付だけじゃなくて、やっぱり冠婚葬祭だとかでも優秀な神父様だったみてぇだな」
「え?」
「よーするに……元の宗派の教えにしたがった、優秀な神父様だったって事だよ。葬儀だとか、結婚式だとかか?
 そーいったのも、ちゃーんと収入に入ってる。ほれ?」

 薄茶けた帳簿に記された、かすれた記録。
 だが、その収支記録だけは誤魔化しようが無い事実だった。

「まあ、葬式と結婚式とかは、神様の独壇場だからなぁ……誰だって死んだ後の魂の行き先なんて分かんネェしな」
「神様(ザ・ワン)候補生のアンタが、そんな無責任な事言うなよ」
「知るかボケ。わかんねーモンはワカンネーんだよ」

 そう返事を返す。
 ……我ながら、世界一無責任な神様(ザ・ワン)候補生だよなぁ。

「……で、だ……お前さんの親父さんが、破門された途端、とーぜん帳簿が真っ赤になってる」
「まぁ、そうだろうな……ウチが一番、貧乏した時期だし」
「いや、そんだけじゃねーよ。宗教法人の資格、無くしてんだな、コレ」
「は?」
「だから言っただろ?
 日本において宗教法人ってのは『公共のモノだ』って位置づけられてるからこそ、税金が減免される。
 逆を言えば、だ……破門された段階で出て行きたく無けりゃあ、この教会の土地建物買い取らなきゃいけねぇし、買い取ったら買い取ったで、その土地建物に税金ってモノもかかってくる。
 ……ンでな、もういっぺん宗教法人としての資格を取るには、三年の活動期間ってモノが必要になって来るんだ」
「さっ、三年!?」
「そー日本の法律で決まってんだよ。
 それまでは、どんな風に教えを説こうが、一個人の収入と支出や資産の中から、税金の申告をしなきゃいけねぇ。
 よーするに……『国が宗教に対して、信教の自由のために肩替りしてるリスク』を、『個人で背負わなきゃイケナイ』って事なんだな」

 説法以外の収入を断たれ、更に土地建物を買い取りせねばならず、その上、今まで払ってなかった税金も払わねばならない。
 正直、俺だったら絶対やらねーと思う。家族が路頭に迷うのも、アタリマエだ。

「で……あー、このへんかな、お前が魔法少女になったの?
 信者が増え始めたの、このへんだろ? うちの両親が入信したのも、このあたりだ」
「ああ、そうだよ」
「スゲーな、おい……えらい勢いで、赤字が補填されていってるぜ。案外、変な所からお前の親父さん、借金でもしてたんじゃねぇのか?」
「それ、ドコからか、分かんねぇか?」
「いや……確かに借入金の類はあるっぽいんだが、『どこから』とかが分かんねぇな……でも、返済の義務はあっても、無利息っぽいんだけど、コレ?」

 何しろ、利息が増えて無い上に、完済しているのである。

「って……あっ、あった……って、はぁ?」
「どうした?」
「いや、これ……確か、元の親父さんの宗派じゃなかったっけか?」

 その借金は……元々の宗派から出ていたのである。
 つまり……『元の宗派から借金をして、佐倉神父は教会を買った』のだ。

「どういう意味だよ?」
「分からねぇ……けど、借金できるって事はそれだけの信用があるワケで? ……でも、破門されてたんだろ?」

 混乱してくる。
 どーいう事だよ、オイ?

「分からネェ……謎が解けるかと思ったら、更に謎が増えやがった」

 頭を抱える。
 とりあえず、帳簿から分かった事は……エラい勢いで信者から金巻き上げて、その借金を完全返済していたって事だ。
 しかも、『利息の無い借金を返していた』って……どういう事なんだ?

「……あれ、コレ、何だ?」

 佐倉杏子が見つけたのは机に置いてあった、辞書の隙間にあった封筒。
 それに、俺は……見覚えがあった。

「それ……俺が昔送り付けた、意見書じゃねぇか?」
「え?」
「いや、お前さんの親父さんの説法や教義を『真剣に聞いたんだけど、どーしても納得が行かなくて』。
 ンで俺なりに必死に頭絞って考えて、素直に疑問をぶつけてみたんだよ」
「なんか、手垢がつくくらい、読み込まれてるっつーか……うわ、全部、親父の教義や説法の矛盾を、鬼のような勢いで突きまくってるぞ?」

 手紙の内容は、そういったモノだった。まあ、いわゆるツッコミという奴だ。
 かるーい先制のジャブとして、悪党の鼻先に一発カマしてやるべきかと思い、送りつけたのだが……

「こんなの送りつけられたら、親父、ノイローゼになっちまうよ……」
「いや……俺としちゃあ、家族洗脳された悪徳宗教家だし? 軽いジャブのつもりだったんだが」

 まさか、ガチであんな理想論を唱えていたとは、思えるワケがありませんって。
 何というか……『色々夢見過ぎてるだろオイ』って言いたくなるような。

「……ひょっとしてさ、親父が首吊った一端、アンタが片棒かついでねぇか?」
「知るかよ。それに当時小学生だぞ、この意見書送りつけたの?
 大体、新興宗教興そうって人間が、小学生にツッコミ喰らった末に凹んでドースンダヨ?」
「まあ、確かにそうだけどさぁ……むしろ小学生に突っ込まれたほうがダメージ大きい気がするのは、気のせいか?」

 それから、あれやこれや色々調べて行く内に。
 何だかんだと気高い理想は持っており、かつ知性や教養の高さはあったものの、どーも基本的な足元が御留守な傾向が強い、いわゆる『学者肌』な人物像が薄っすらと見えてきた。
 ……無論、何だかんだと神父としては、とてつもなく優秀な人物だったのだろうな、とは、垣間見えてはいたが……

 そして……

「……このテーブルの、鍵がかかったトコだな」
「ああ、ヘアピン貸してくれ」

 最後。
 鍵を開けて、俺はその引き出しを開ける。

「……こりゃあ」
「親父の……日記か?」

 何冊か取り出して。

「どうする、読むか?」
「……う、うん……」

 そして……佐倉神父の日記を紐解いて分かった事は……やはり、宗派の中で抜きんでて優秀な神父様だったという事。
 そして、それが故に理想を掲げたモノの、現実(を、曲解解釈した新聞報道)を見て悩みを抱え、相談役の上司に打ち明けたが、とーぜん誰も答えられなかった事だった。

 アタリマエである。
 今時の報道機関の連中なんて、自分を棚に上げた素人の暴論で、他人に無謬性を求める連中ばっかなんだから。
 ……そりゃ、そんなのに全部パーフェクトに答えられる奴なんて、それこそ本当に人間じゃネェよ。

 そして、それの『答えは無いのか』と求道者らしいクソ真面目っぷりが、彼を追いつめて行く事になる。

 その末に、今までの教えを『古い』と批判し、自らデッチアゲた代物に、反論できる本部の人間は、誰も居なかった。
 だが、それが『理想に偏り過ぎた危険な物』だと分かり切っていたが故に、本部は『破門』という判断を下したのだろう。
 ……独立に際しての無利息の借金という形を取ったのは、いずれ現実を知って、元の教えに帰って来ると、本部が判断したからではなかろうか?
 恐らく、『理論ではなく現実に痛い目見て反省したうえで、諭さねばならないモノがある』と感じたに違いない。

 多分……おそらくは。
 反省して、ホトボリが覚めた頃合いを見計らって、教区というか、教会を引っ越させて、別な場所でやり直させるつもりだったんじゃなかろうか?

 要は……

「……なんつーか、反抗期の子供みてぇだな、オイ」
「あー、なんか分かる気がする……親父、すげぇ頭は良かったから」
「そーだな、スゲェ優秀だったんだんろうな。なんつーか……専門馬鹿って感じだよ」

 だが、一度、破門という形で捨てられた末に、本人がとことん真面目な人間だった事が、逆に災いした。
 元の教えに納得出来ない以上、戻るわけにもいかない。
 家族を抱え、彼は苦悩する事になる。

 何と無く……

「親と喧嘩して家出した子供が、世間の厳しさ知って実家に帰りたいのに帰れなくて、家の前ウロウロしてるよーなモンじゃねぇのか?」
「……アネさんやアタシが、ひみかや、ゆまが悪さしたの叱りつけて、叩き出した時みてーだな……おい」
「俺は何と無く、沙紀の事を思い出したよ……」

 後は……俺やコイツが知っての通りだ。
 喰うに困った末にコイツは魔法少女になり、親父含めた信者が集まって……ンで、それがバレた、と。

「なんか、アンタの意見書受け取って、親父、メチャクチャ悩んでるし……その末に、あたしが魔法少女になったキッカケを知ったワケか」
「そりゃあ『魔女』呼ばわりされるわ……お前」
「おいおい、この日記の悩みっぷりからして、アンタがウチの親父、追いつめたようなモンじゃねぇか!」
「だから知るか!
 ウチだってオメーの親父の説法にドップリ嵌って、極貧に落ちた末に親戚に縁切られちまったんだぞ!」

 ひとしきり睨み合い……お互い馬鹿馬鹿しくなって、溜息をつく。

「なんつーか……ホント、大変だな、お前」
「ああ、あんたもな……あたしも馬鹿馬鹿しくなってきた」

 ページをめくる手を止めて、お互いに溜息をついた。

「なんっつーか……『人生とは、クローズアップすれば悲劇であり。ロングに引いて見れば喜劇だ』って、チャップリンが言ってたけど。
 今まで、自分の事やアンタの事、結構シリアスに考えてたんだけど……それも視点の違いにしか過ぎネェのかもな。
 こんなクダラネェオチがつくなんて、思いもしなかった」

 そういった佐倉杏子の言葉に、俺も心から同意する。

「かもなー。
 だが人間の目は、目の前のモノを見るようにしか、出来てはいない。
 それを踏まえた上で、『自分を見失わず』かつ『多様な視点を持つように』心掛けねば……物事の本質というのは、みえてこないのかもしれねぇな」

 そう言って。
 お互いにもう一度、深々と溜息をつく。

 日記は……酒に溺れて以降、滅茶苦茶な文字になり、日付も飛ばしまくりになった。
 そして、最後の日付が書かれた文字は、意外とマトモだった。

 そこに書かれていたのは……最早、『死ぬしかない』と悟った自分の事。
 そして……自分の意地やワガママが道を誤らせてしまった信者たちへの詫び文句。
 更に遺される『家族への』最後の言葉。

「ちょ、ちょっと待ってくれ!
 ……じゃあ、何で母さんと妹は死ななきゃいけなかったんだ!?」
「一個聞くが、よ。
 おまえは『家族が死ぬ現場を目の当たりにしたワケじゃない』んだよな? あくまで『一家が首吊った』って『結果だけを見てた』わけだ?」
「あ、ああ……じゃあ、ひょっとして……まさか!?」
「ああ、つまり……もしかしたら、だぞ?
 『お前の親父さんが首吊った』→『その後にオフクロさんが絶望して、お前の妹連れて後追いで死んだ』とかって……考えらんねぇか?」
「っ!!」

 もし、仮に。
 『己の意思を持った男ならば』。
 せめて『家族を後に残そう』とは、普通に考えるハズである。

 そして、日記の最後の一文は。



 『すまない、杏子……父さんはお前の祈りに答えてやることが、出来なかった』



「っ……………馬鹿だぜ……………馬鹿だぜ、親父……間違っちまったんなら、意地張らねぇで頭下げて戻って来りゃいいのに。みんなもそう言ってたんだろう!?
 なのに、なんで……なんで『家族遺して死ぬしかない』なんて。なんで母さんもアタシだけ置いていっちまうんだよ、バカヤロー!!」
「今更、戻るに戻れなかったんだろ。
 その上で『自分の言葉に、万人に聞いてもらう価値は無い』って、自分で悟っちまったんだ。宗教家としちゃオワリだよ。増して、信者だとか一杯引き連れちまった以上、も、どーしょーも無かったんじゃねぇのか?
 そういう意味じゃ『己の過ちを認められない独裁者が、失策を国民のせいにして大量虐殺』するよっか、百億倍マシだよ」

 ポル・ポトだとか。スターリンだとか。毛沢東だとか。
 かつての共産主義もまた、理想論として掲げたモノは崇高ではあったが……実際は大失敗に終わっている事は、歴史的事実が証明している。
 むしろ、そういった現実と乖離した理想を、権力者が掲げたが末に大虐殺(ジェノサイド)に走るのは、十字軍や文化大革命の頃から、変わらない人間の歴史であり真実だ。

 どんな完璧と思われる理論にも人間が作る以上、穴があり、過ちがあり、間違いがある。
 そして、その失敗を踏まえた上で、人間は経験や体験という『経験値の歴史』を積み重ねていくしかない。
 無論、それを『どう判断してどう積み重ねていくか』は個人個人のモノではあるのだが……それでも思う。

 『親父の話を真面目に聞いて欲しい』

 あの佐倉神父の言葉を、真剣に聞いたうえで、その問いに答えをくれてやる奴が。
 むしろ逆に疑問をぶつけてやる奴が、何故、居なかったのか? そういう意味で……こいつの親父さんは『孤独』だったんじゃなかろうか?
 だとするならば、あの神父が家族を犠牲にしてでも己の正義を世間に訴えようとした、狂気に近い行動にも納得がいってしまう。

「まあ『同類が居ない』ってのは……寂しいモンだしな。オンリー・ワンでもナンバーワンでも、よ」
「っ……そっか。あんた、ひとりぼっち(ザ・ワン)だもんな」

 その言葉に、俺は苦笑した。

「そうでもネェよ。
 俺には……沙紀以外にも、『待っててくれた女が』居たみてぇなんだ」
「っ!!
 ……そっか。あんた、マミを選んだんだな。アネサンが死んだからとかじゃなくて『自分の意思で』」
「ああ。だから……」

 一呼吸、天を仰ぐ。
 魔法少女に欺かれ、魔法少女に運命を翻弄され、魔法少女に酷い目に遭い続け。
 ……それでも、魔法少女に救われ、魔法少女を……巴マミを、斜太チカを、愛してしまった、どーしょーもない俺って男は。

 ……だから俺は。人として……

「そのー、何だ。……俺、お前を許すよ」
「っ!!」

 俺の言葉に。
 今まで、佐倉杏子の中で張りつめていた、『何か』が解かれるのが、分かる。

「ショウガネェだろ?
 今のお前は、一人じゃねぇし……っつーか、お前殺したら、誰がゆまちゃんたちの面倒見るんだよ? 絶対、嫌だぞ、俺は?
 大体、沙紀一人、一人前の魔法少女に育てんのに苦労しまくってたんだ。もー、あんなジャリタレ共の未熟な連中の面倒なんて、金輪際、見たくネェんだヨ。
 それに、ついでに言うなら……確かにチカの言った通り、お前の親父さんが『どう間違っちまったか』なんて『お前の立場じゃ見抜きようも無い』よ。
 俺みてぇに『人殺しとかしてるなら兎も角』……まだ、償いようのある範疇だしな、お前自身は。
 それに、お前の親父さんが首吊った理由の一端、俺にもあったみてーだし。……全く、因果応報とかブーメランとか……よく言ったモンだぜ」
「あ……」
「お前は……『俺みてぇに間違うんじゃネェぞ?』。
 考える事をやめるな、行動する事を止めるな、自暴自棄になるな。そんで悩みながら最後まで『最初の祈りを信じて』生きろ。
 自分を見据えて、誰かを護って……誰かの希望を育てて生きろ。何しろ、俺には……もう無理なんだから、よ」
「え?」


 と……



 ぶばんっ!!

「はぁっ、はぁっ、居たぁっ!!」

 荒々しく扉を開けて、飛びこんで来たのは。美樹さやかだった。

「っ! ……おまえ?」
「な、なんだよ!?」

 えらい形相で、俺に突っ込んでくる美樹さやか。
 そして……

「一か月」
「あ?」
「一か月、真面目にトレーニング、しました!
 だから……だから、あたしを弟子にしてください!! 師匠!」
「しっ、師匠ぉ!?」

 思わず噴き出しちまう。
 ……そういえば、そんな約束、したよーな?

「あー……『なんか教えてやる』とは言ったけど、弟子にすると言った憶え、無ぇぞ?」
「そんな事言わないで、あたしを弟子にしてください! 師匠!!
 ……あの闘いで、分かったんです! あたしは新人で、しかもチカさんみたいな、闘いに恵まれた素質があるわけじゃない。
 闘い抜く力が、生き抜く力が、護るための力が、全然足りてないって! だから、それを……同じ『剣士』として教えてください! 師匠!」
「あー、その、な……すまん、約束破って悪いが、俺にはもう無理だ。
 悪いが諦めてくれ」
「どうしてですか!? あたしの実力不足ですか!?」
「いや、そうじゃなくてな……」

 そう言って。
 俺は自分自身に降りかかった、『ザ・ワン』としての宿命を説明する。

「あんた……!!」
「そんな!」
「ま、そーいうワケなんだ。
 悪いが、師匠としてさ、最後まで教えた事に責任なんて持てそうに無ぇんだ。神として消え去るか、死ぬか。
 それしか俺にはもー道が無ぇんだ」

 と……

「それでも……それでも、最後まで師匠は生きるつもりなんでしょう!?」
「ああ、まあな。惚れた女と生きるためなら、神様なんてクソクラエさ」
「それです!」
「え?」
「あたしも分かったんです!
 誰だって死にたくない! 愛する人と一緒に生きたい!
 だから……『魔法少女として、好きな人と共に生きる力』を……師匠の剣を、あたしに教えてください!」
「っ……だけど、俺は……」

 と……

「あのさ、あんたの剣は、誰に教わったんだ?」

 話を振ってきたのは、佐倉杏子だった。

「え?」
「あたしの基本ってさ、やっぱ親父の言葉であり教えなんだよ。それを踏まえた上で実践してみろって……アネさんに言われた。
 魔法少女だって無敵じゃねぇし、いつか死んじまう。だから、そのために後輩に自分が間違っちまった事だとか、間違ってる事だとか。
 そーいった『自分のやってきた事』を伝えていくとか、教えて行くのって……物凄く重要なんじゃねぇか?」
「っ! だけど……」
「あたしが認めるよ。
 アンタの剣術……ホンモノだよ。アンタの剣がホンモノだって事は……アンタの師匠もホンモノだって事だよ。
 ……勿体ねぇよ。そうやってホンモノが消えちまうのって」
「……」

 俺の……俺の、かつての夢想。
 小学校の頃の小さな小さな……本当に自分の力の本質も知らなかった、愚かな頃。
 ああ、それでも。『家族を護れる正義の味方でありたい』と願い、手に入れた力を真剣に継ぐ覚悟を決めた者が、居たとするならば……

「俺は……ずっとずっと、生き急いで、ブレーキの踏み方も知らねぇ勢いだけで突っ走って、生きて来た。
 なあ、美樹さやか。お前、本当にそんな俺に……ついてくる覚悟は、あるのか?」
「覚悟も何も……魔法少女になっちゃった以上、ついて行かざるを得ないじゃないですか?
 それにあたし……あの時、何も出来なかった。チカさんが命を賭けて、あたしを護ってくれたのに、魔法少女になったら闘えるだなんて……あたしが甘かったんです。
 だから、チカさんから受け取ったバトンを、あたしが継ぎます! あたしがみんなを護れる魔法少女になりたいんです! だから……改めてお願いします、あたしを弟子にしてください、師匠!!」
「っ!!」

 溜息をつき、天を仰ぐ。
 全く……チカの馬鹿も、とんでもない大馬鹿を、後に遺しやがって。
 ……こーやって馬鹿の系譜は、馬鹿を増やしながら後世に残って行くのだろうか? だとしたら、俺としてはよほど悪夢だ。

「わかったよ……俺が教えられる限りの事は、暇な教えてやるよ……『この、馬鹿弟子が』」



「颯太さん。用事は……終わりましたか?」
「ああ。
 ……よけーなモンがついて来ちまったが」
「余計な、モノ? ……そういえば、誰か裏口から入ってったみたいですが」
「いや……何でもネェさ」

 教会を出て。
 待っていてくれたマミに、礼を言うと、俺はヘルメットを被る。

「じゃ、行こうか。 春休みが終わるまでは、まだ日にちがあるしな」
「そうですね。今日はドコに行きます?」

 その問いに、俺は目をそらしながら。

「なあ、その……泊まりがけとか、大丈夫か?」
「えっ?」
「いや、連れていきたい場所があるんだけど……二人乗りは出来ても、高速は二十歳超えるまで一緒に乗るの無理だからさ。
 ……ちょっと下道を行く割に、遠出になるんだけど……」
「どこです?」
「東京。上野とか、荒川とか、浅草とか、あのへん。
 ゴチャゴチャしたせせこましい所だけど、その……なんつーか、俺の『故郷』をな、案内してやりてぇって。
 ……ダメか?」

 その言葉に。

「是非、連れてってください、颯太さん。
 私を……あなたの故郷へ」

 満面の笑顔を浮かべて、答えを返してくれたマミ。
 そして……俺たち二人は、この教会から走り出した。

 希望を胸に。
 二人の、未来に向かって。



[27923] 終幕:「奥様は魔女」
Name: 闇憑◆27c607b4 ID:6f113433
Date: 2012/01/10 07:39
ごく普通の二人が、
ごく普通に恋をし、
ごく普通の結婚式を挙げようとしていました。

でもただひとつ違っていたのは……奥様は魔法少女だったのです。



「なんて、な……」
「やっぱ居た! お兄ちゃん、どうしてココに居るのよ!?」

 教会の裏手、生活スペースのキッチンで。
 俺は『いつものよーに』エプロンをつけて普段着で料理をしていたら、見滝原高校の制服を着た、沙紀の奴に怒鳴られた。
 ……学生服って便利だよなぁ……冠婚葬祭、コレ一着でオールOKって服、中々無いぜ?

「あ? いや……式が終わったらパーティだろ? 食物が無けりゃ盛り上がらんだろーし」
「だからって、明日の式の料理、お兄ちゃんが作るなんて……しかもお兄ちゃん、新郎でしょ!!」
「そー言うな。何だかんだ、今の今までキッチンに立ち続けたんだ。
 忘れたのか?キッチンは『俺の聖域』なんだぜ?」

 その言葉に、沙紀の奴が溜息をつく。

「どうしてこう……お兄ちゃんはいつも変わんない、自分ペースのままなんだから。
 『もう時間が無い』っていうのに」

 そう。
 マミと共に過ごした日々は……『神様の短い春休み』は、もう終わりを告げようとしていた。

 あの告白の後。
 とりあえず成り行きから『世界の危機』とやらを6回ばかり(ついでに、日本の危機はソレ含めて10回)救う羽目になり……結果、俺の『人間としての』命数は、尽きようとしていたのだ。

 ……ま、そのうち一回は、俺自身が招いたと言えるかもしれない。
 何しろ、沙紀との戦闘を見ていた、他所の星の魔法少女の王女様が『是非、ザ・ワンを婿に迎えたい』などと寝言を吐いて、宇宙船の艦隊を率いて、俺とマミとの間に割りこもうとしやがったのだ。

 ……何でも、種族全員、ほぼ魔法少女と化した結果、男がいなくなって、種の存続の危機に陥ったとか。
 アタリマエである。
 『女のワガママ全部聞いてたら』、そりゃ世界が滅ぶわ馬鹿タレが。
 しかも、男は下僕や労働力扱いで、俺も実験動物(モルモット)として欲しているとの本音が透けて見えて。
 で……とりあえず『反省して種族丸ごと滅んでしまえ。っつーか馬鹿女に興味は無い。俺はマミを愛してるんだ。男は理想のナイト様ばっかじゃねーんだぞ豚女』と断固拒否してバッサリ斬り捨てた結果、嫉妬の余り、いきなり地球破壊爆弾で地球を吹っ飛ばそうなんて暴挙に出やがったので、逆に爆弾ごと戦艦を消し飛ばしてやった。

『悪いな、俺……『本当の意味で』『男女平等主義者』なんだ』

 そんな感じで『本気の男の暴力』を目の当たりにし、彼女たちは小便漏らして逃げ帰っていってもらった。
 これで反省すりゃいいんだけど……嫉妬に狂った女って、ホント頭オカシイ行動に出るよなぁ……

『御剣颯太。
 君は一個人でありながら宇宙のパワーバランスをも壊しかねない程の存在だ。
 ……今更だけど、僕にもようやっと理解が出来たよ。この魔法少女のシステムの危うさが。
 もし、鹿目まどかや、君が……僕も含めた宇宙の覇権種族の族滅を願っていたとしたら、それに抗う術なんて無い』
「だろ? 俺や鹿目まどかが『温厚でマトモな奴』だった事に、感謝しやがれ」

 その宇宙のパワーバランスをブッ壊しかねない神様は、こーやって結婚式を前に、キッチンで客に振る舞うための料理をしているワケですが。

「そーいやキュゥべえ。少しは『感情』ってモン、理解出来たか?」
『まだ研究中だよ。でも……』
「でも?」
『君という存在に対しての、『恐怖』という感情はよく理解出来たよ。
 そして、その研究と体験は僕らの中で最重要課題さ。何しろ僕たちは『神様に滅ぼされたくない』

 その言葉に、俺は大笑いする。

「そうだよ。
 人間はな、赤ん坊は、生まれた最初は、怖くて怖くてしかたねぇから泣き叫ぶんだ。
 知ってるか、キュゥべえ……『神様』からの忠告だがな、宇宙ってのは、赤ん坊の形をしてるモンなのさ」
『……?』
「要は、宇宙が膨張していく家庭で、それを感情で埋めようってぇのはさ……『成長した子供にいろんなものを教えて行こう』って事でもあるのさ。
 だからってな……『悲劇』や『絶望』ばっか教えていったら、そりゃどんどん『冷めたガキに育っちまう』んだよ」
『何が言いたいんだい?』
「いや?
 ただ単にハッピーエンドだとか、幸福だとか、そーいったモンも『形として示して行かないと』、どーしょーもないガキに育っちまうぞ、って事さ」

 と……

「颯太さん、手伝いますよ」
「お、すまねぇな」

 マミと一緒に、キッチンに並ぶ。

「砂糖とって」
「はい。あ、ブランデーを」

 目を合わせず、それだけで、お互いがお互いに何を作るか、何をしたいかを理解しあえる関係。

 ……ああ、ようやっと俺は……手に入れたんだ。
 失い続けるだけだった『家族』って奴を。俺はやっと……手にする事が出来たんだ。

 キッチンでマミと共に立ち続けながら。
 俺はその幸せを噛み締めていた。



 かつて、佐倉杏子の父の教会であり、今は魔法少女の孤児院であり……そして、今日、この日に限って、教会はかつての意味を取り戻す。

 俺と、マミとの……結婚式。
 タキシード姿で待つのは、新郎である俺。ベストマンは馬……美樹さやか。
 そして神父役は……佐倉杏子だ。

 最初、話を振った時は、全力で嫌な顔をされたのだが……
 まあ、何だ。俺がマミと知り合って、みんなと知り合う切っ掛けの大本の元は、コイツの無茶で馬鹿な祈りだったワケで。

「あんた、いちおー仏教徒じゃなかったっけか?」
「ンなモン特に拘りは無ぇっつーか……だってさ、俺とマミが知り合う切っ掛けを作ったのは、結局お前さんじゃん?
 俺を不幸にしたんなら、せめて議事進行取り仕切って、ちゃーんと『未来の幸せを祈る』手伝いくらいはしろよ」
「まあ……わかったよ」

 八千代の弾くオルガンの流れる中。
 ウエディングドレス姿のマミが、バージンロードを沙希に手を引かれて、入ってくる。

 讃美歌を歌い、式が始まる。
 もっとも……スイートウォー○ー賛歌なのは、まあ……アイツの影響と、俺のリクエストだ。

「汝、御剣颯太。
 あなたは、病める時も、健やかなる時も、巴マミを妻として添い遂げる事を、誓いますか?」
「誓います」

 堂々と、宣言。

「汝、巴マミ。
 あなたは病める時も、健やかなる時も、御剣颯太を夫として添い遂げる事を……本当に、本当に、誓えるのか? だって……もう、こいつは……」
「誓います」

 はっきりと。
 マミはそう、言った。言い切って……くれた。

「っ……では、指輪の交換を」

 俺は馬鹿弟子から。
 マミは沙希から。
 二人が指輪を受け取り、交換する。

「契約は成立した。
 汝らを円環の理の下に、夫婦と認める」

 差し出されたのは、役所への書類。
 婚姻届……の、コピーのほう。本当の書類は既に、二人で提出済みだ。
 それに俺もマミも、サインを入れる。

 この瞬間。
 巴マミは、御剣マミになり。
 俺達は、本当の意味で、夫婦になり、家族になった。



「おめでとう!!」「おめでとう!!」

 列席者たちのライスシャワーの中を、二人で歩く。
 何だかんだと……男友達でも、事情を知ってる知り合い、その他。
 他にも色んな魔法少女が、この式に集まってくれた。

 だが……みんなが少し、湿っぽいのは……まあ、しょうがないよな。

「そんじゃまぁ、ブーケトスと行きましょうか!」

 その言葉に、目の色が変わる魔法少女たち。
 マミの手から放られるブーケ。そして……それをキャッチするための壮絶な争奪戦が始まる。

「ゲットーっ!!」

 中でも、一番目の色が変わってるのは、つい最近、8回目の失恋を経験した沙希だ。
 もーなんというか……我が妹ながら、色々な意味で情けないっつーか泣きたいっつーか……『目玉焼きは生焼けだとおもう!? 丸焦げだとおもう!?』って……そりゃ男にフられるわ!!
 『花嫁修業しろ』って、マミと並んで口酸っぱく言っても『お兄ちゃんとマミお姉ちゃんの式が先でしょー』とか、のらりくらりとかわしやがって……だからあれほど料理覚えろと言ったのに。
 しかも背は伸びないわ、絶壁ツルツル行進曲、大平原の小さな胸なのは相変わらずだし……マジで婚期逃すぞ、コイツ。

 だがまぁ……多分、最終的には……

「破ぁっ!!」

 そんな沙希を飛び超えて、予想通り、いちばん高々と跳躍したのは、馬鹿弟子……美樹さやかだった。
 そして……

「えへへー、やっほー、恭介!! 次はあたしたちの番だよーっ!!」
「さっ、さやかっ!!」

 上条恭介が顔を真っ赤にさせて、あたふたとあわてている。
 ……海外留学した後に、新進気鋭の若手バイオリニストとして成功を掴んだ彼は、今日、この日の為に欧州から一時帰国して駆けつけてくれたのだが。
 ……うん、まあ、逃げようもないし、逃げられんな、コイツは。料理とか剣術とか、俺が色々教えこんだ結果、いろいろと美樹さやかに尻に敷かれてるみたいだし。……布団の中以外では。

「ほんと、羨ましいですわ……」

 そう言って、ため息をつくのは、志筑仁美だった。
 結局、何だかんだと彼女もお見合いで、相手が決まったらしいが……やっぱりブルジョワな一族というのは、色々あるそうで。
 それでも、相手の人は誠実な人みたいだし……まあ、見合いもまた出会いの一つの形だし。
 彼女が不幸になる事は、多分無かろう。

「そういや、キュゥべえ。あのシステムは、役に立ったか?」
『うん。だけど、これは……君の持つ『鹿目まどかより前の世界』の知識なんだね?』

 そう。
 俺は……『再び、神へと戻る間際に』、全てを思い出していた。
 闘争に明け暮れ、死と隣り合わせの日々を歩み、敵も味方も家族も。全てを殺して殺して殺しまくった、絶望に満ちたあの戦いの日々を。
 そして、その果てに手に入れた、奇跡も魔法も関係ない、宇宙を維持するシステムを。

 もっとも、効率的に現時点でかなり劣る代物だからこそ、しばらくは魔法少女のシステムと併用する形になるが……いずれ、研究が進んで効率化が進めば、魔法少女の存在も不要になるだろう、との事だった。

 『誰かの願いは、誰かの呪い』。

 そして、奇跡や魔法のシステムで生み出された願いが、魔獣を発生させる呪いを生み出す元だとするならば。
 俺が闘争の果てに見出したこのシステムは、いずれ宇宙の平和への架け橋になってくれるだろう。そう、信じたい。

 何しろ、鹿目まどかや、俺といった、次元をぶっちぎりに超越した神様を作ってしまう可能性のある、奇跡や魔法のシステムより、この方法のほうが、宇宙人たちにとっても、はるかに低リスクなのだから。

 実際に、俺の存在。
 そして俺が存在する事によって二次方程式的に証明された、鹿目まどかの存在が、宇宙の覇権種族の方々に、ものすごい危機感を抱かせたらしい。
 『こいつはヤベェ……うっかりしたら自分たちが奴隷にされかねない』……と。

 『もう二度と、人の手から、概念という神を生み出してはならない』(意訳:猿に核爆弾を持たせてはならない)。

 そういった意味で、この魔法少女のシステムは、だんだんと規制がかかって来ているそうな。
 数十年、もしくは数百年単位にはなるだろうが……おそらく、徐々に撤廃、封印されて行くのも時間の問題だろう。

『鹿目式にせよ、御剣式にせよ……誰かの願い、誰かの祈りが、因果の糸に複雑に干渉した結果、『神』を生み出してしまう可能性がある以上、このシステムは宇宙にとっても、危険極まりないモノだと分かったからね』
「気づくのが遅ぇよ……ってか、馬鹿だろ、お前ら?」
『だって、ワケが分からないじゃないか。神様なんて』
「ま、そりゃそうだ。
 俺だって好きこのんで神様になったワケじゃねぇからな……でも、ワケが分からないって事には、まず疑問を持って、疑って、恐怖を抱いたほうがいいぜ?
 今のお前に足りないモノは、『未知の存在への危機感』と『それを乗り越える用心深さと好奇心だ』」

 俺は、ただの男だった。ただ、家族を守りたかった。
 鹿目まどかも、普通の少女だった。普通の女の子だった。

 ただ、誰かに託された思いがあった。願いがあった。
 それにNoと言わず、受け止める覚悟を決めて、思いに答えた結果。
 俺も彼女も神様なんて、分不相応なモンになってしまった。
 正直……

「メンドクセェ。
 ……けど、ヨ。義理ぁ果たねぇとな……」

 そう呟いて、俺はマミの腰を抱き寄せて、キスを交わす。
 そして……その薬指につけた結婚指輪。それに埋め込まれた、『俺のソウルジェムの欠片』を介して、彼女の中に、俺の記憶の一部を『伝えた』。
 闘争と死。
 その果てに行きついた、俺の神としての破滅と……そこを救った女神の事。
 そして再び死と破滅を前提に、『約束を果たすために』戻ってきた事を。

「あっ……は、颯太……さん……」
「約束……守ったぜ。マミ」

 そして、無言で俺の胸の中で涙を流すマミを抱きしめながら。

 その向こう。
 この場に来ていた鹿目まどかと、それに連れられたチカの奴に、頭を下げた。

 『すまない』  そして  『ごめん』と。

 そして、一度、マミの背中を撫でて、目を離したときには。
 もう彼女たちはその場から姿を消していた。

 ……そして……

「ん……そろそろ、限界が近いみたいだ」

 俺の肉体のソウルジェム化は、いよいよ最終局面へと入ってしまった。

「暁美ほむらよぉ、お前もわかってると思うが…………魔法や奇跡で直接起こしたことは、同じモンで元に戻せるかもだがな。
 それが引き金になって『起こっちまった事』ってのは、魔法や奇跡じゃ、どーにもなんねーって……分かってるよな?」
「……何が、言いたいの?」
「お前、最近さ、『無駄に魔力が増えている』だろ? つまり……お前も『俺と同じような道を歩み始めている』って事さ」

 それが、並行世界を繰り返しつづけた因果だとするならば。おそらくは……俺と同じような理屈が、彼女にも適応されるハズだ。
 何しろ、彼女は……『並行世界の自分』という『赤の他人の人生を乗っ取って使い捨てにする』という罪深い事を、繰り返しまくったのだから。

「お前が『人として生きる事に価値を見出す』か、それとも『親友に会いに行くために、本格的に人間をやめるか』。それを選ぶのはお前さん自身だが……ひとつ、先達からの忠告だ」
「何?」
「その答えはな……『一人で戦い続けるだけじゃ、決して見えて来ねぇ答えだ』、って事さ。
 『全ての答えを、自分一人で掴めると思うな』。
 それは、どんな天才や超人や神様にだって絶対不可能だ。しかも、その個人が掴んだ答えは『全ての万人に適用出来るわけじゃない』。
 だから、男がいて、女がいる。
 性別が違えば、視野が違う。視点も違う。そして『正義』もまた違ってくる。
 ……つまりは、そういう事なのさ」

 きっと、多分。
 永久に男と女は、どこかで求めあい、争いあう運命なのだろう。
 もしかしたら……どっかに男と女の性別を二つに分か立った神様が、居たのかもしれない。
 なにしろ『完璧』という事は……『そこから一歩も進歩出来なくなってしまう』という事なのだから。
 『完全でない事が完全』であり……だからこそ、連綿と続いたモノ、受け継がれたモノは尊いのだ。個性と個性が衝突し、高め合う事。ぶつかりあいの中から生み出す火花の答え。
 それは全てにおいて、理由があり、意味があり、尊いモノだと……俺は、思う。
 だからこそ……

「忠告、感謝するわ。『正義のヒーロー』」
「ん。って、やべぇ……そろそろか」

 マミから離れ……俺は一人、歩き出す。

「じゃあな、マミ。……ちょっと神様になって来る」
「……いってらっしゃい、あなた」
「うん、行ってくる。
 ……達者でやれよ、みんな! ちゃーんと『神様は見てるんだからな!』」

 肉体が石(ソウルジェム)へと全て置き換わっていく。
 そのまま、ザラザラと風化し、肉体は朽ち果て……俺は再び、神へと……概念へと成り果てていった。



「行っちゃったね、師匠……」

 ブーケを手にした美樹さやかが、遠い目をして呟く。

「寂しくなるなぁ……あの人の怒鳴り声が、今じゃ懐かしいっつーか……『つけあがるな、この馬鹿弟子がーっ!!』って……ほんとに師匠なんだもんなぁ、あの人」
「美樹さん、よく耐えられたね……あのスパルタ教育に」
「まあ……ガチでギアナ高地に放り込まれた時は、どうしようかと思ったっけ。
 他にも暴走する特急電車でテロリスト相手にする事になったり、戦艦で暴れる魔獣をキッチンで相手にしたり……は、ハハハハハハ」

 御剣沙希につっこまれ、何やら、トラウマまでぶり返したのか、目がドンヨリと曇り始める美樹さやか。
 と……

「あら? 寂しくなんて、ならないわよ? むしろ……私にとって、これからが大変、かな?」

 そう言って巴マミ……否、御剣マミは微笑んだ。

「だって……『これから家族が増えるんだから』」
『え?』

 慈愛に満ちた表情で、ウエディングドレスのおなかをさする、マミ。
 その、意味は……

「まさか……マミ、おめぇ……」
「御医者様に三か月って言われたわ。……母子共に順調だ、って」
『えええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!』

 騒然となる教会前。

「おっ、おっ……お兄ちゃん……なんて無責任な……」
「ちょっと待て、おい! いいのかよ、本当に! マミ!」
「いいの。むしろ、颯太さんは反対したんだし。それに……一番、私が望んだんだから」

 そこに居たのは、母親としての顔を持ち始めた、御剣マミの姿。

「希望を信じるなら、夢を信じるなら。いつまでも『夢見る少女じゃ居られない』……居られるわけが無いのよ。
 夢や希望って、本人のモノだけで終わったら意味がない。『自分の夢や希望を叶えた上で』、『誰かに後に続きたいと思える夢や希望を分け与える』。
 それが出来るのが、一番じゃない。
 確かに、物凄く難しいし、イバラの道だけど。それでも颯太さんとだったら……愛する人とだったら、一緒に歩く価値がある。挑む意味がある。
 それが出来れば……多分それはとっても嬉しいな、って」

 にっこり微笑む、御剣マミ。

「だからね、私……『魔法少女』って名乗るの、やめようと思うの」
「あー、まあ、確かに……二十歳超えて結婚して、子供が出来たのに『魔法少女』も無いよね」

 年長の列席者が何人か、うんうんと頷く。

「うん。
 でも、この奇跡や魔法の力は……みんなに夢や希望を分け与えられる力も、ものすごく大切だから。
 ……だから、ちょっと縁起が悪いんだけど……」

 母親の表情で。
 それもとびっきり魅力的な笑顔で。

「『魔女』とでも、名乗っちゃおうかな、って♪」



[27923] 幕間:「神々の会話 その2」
Name: 闇憑◆27c607b4 ID:cb2385d9
Date: 2012/03/11 00:41
「結局……ここに、帰ってきちゃうワケか」
「はい、そういう事です」

 黒いダンダラ羽織の、魔法少年姿で。
 俺は、深々とため息をついた。

「まったく……お前はトンだイカサマ師だ!!
 結局お前がやった事は、『俺と契約して、お前が改編させた全ての並行世界に、バラバラにして放り込んだダケ』なんだから。
 ……何が『殺させません』だ? お前、あの時、俺が佐倉杏子殺してたら、どーするツモリだったんだ!?
 いや、俺だけじゃなくて、どこか変な所でウッカリバレしたりとか、可能性考えたのかよ!?」

 思いっきり睨みつける俺に、彼女はイイ笑顔でこたえる。

「言ったじゃないですか。
 御剣さんも、他の魔法少女も、みんな信じてましたし、それに……自信、ありましたから」
「あ?」
「『夢や希望を持つ事が間違ってる』なんて……そんなの、間違ってますから。
 御剣さんだって、ちゃんと夢と希望……『努力と根性の果てに』叶えたじゃないですか」

 頭痛がした。

「まあな。
 愛別離苦(あいべつりく)
 怨憎会苦(おんぞうえく)
 求不得苦(ぐふとくく)
 五蘊盛苦(ごうんじょうく)
 生きる事の意味をたっぷりと味わったさ。
 だが、お前……チカの存在と行動は、完全に予想出来たのか?」
「うっ、そ、それは……」

 俺は、彼女の立てたプランの、一番の『大穴』に突っ込みを入れる。

「アイツは本来、魔法少女にならない存在だった。
 だが、『俺が存在する』というファクターによって、一番運命を狂わせたのが彼女だ。
 もし俺が彼女を選んでたら……お前は、どう責任を取るつもりだったんだ?」
「もちろん決まってるじゃないですか。『その時はその時です』」

 さらに頭痛が加速する。
 はっきり分かった。
 コイツは……キュゥべえよりタチの悪いイカサマ師だ!
 夢や理想をぶちあげるだけぶちあげて、その出来は他人任せとか……サイッテーだ!

「お前、文句言われなかった? チカの奴に?」
「いいえ、むしろ感謝されましたよ? 『ありがとう』って。
 『あたしは颯太に挑戦する権利が欲しかったダケ』であって『成功をつかむか否かは、あたし個人の問題だ』って。
 ……それに『ちゃんと気持ちは伝わった。それだけで十分満足だ』だそうです」
「なるほど、あいつらしい……って、アイツはどこに行ったんだ?」

 円環の理の下に、魂が行くとするならば。
 アイツはここに現れてもおかしくないのだが……

「いませんよ。ここにも、現世にも。
 『斜太チカ』という魔法少女も、その人格も、魂も、すでに『ドコにも存在しません』」
「なっ!? おい、どういう事だ、テメェ!!」
「彼女の希望です……『責任、とってもらう』んだそうです」

 ますます分からない。
 いや……待てよ。鹿目まどか……つまり『円環の理』。循環する存在……まさか。

「そうか、輪廻転生……だとするなら、行先は……」
「本来、ちょっと反則なんですけど……まあ、御剣さんが居てくれた事によって、『本当の意味で』宇宙が救われたわけですし。
 このくらいならいいかな、って」

 は?

「ちょっと、ついてきて下さい」

 そう言って、俺は、鹿目まどかに手を引かれて、世界を飛んだ。



「ここがお前が管轄する宇宙……いや、『すべての宇宙』か!?」

 俺が見せられたのは、『全ての並行世界まで俯瞰した、宇宙の姿』だった。
 根源を辿っていくと、巨大な大河のような太さ。そこから樹木のように、無数、無限に枝分かれした世界。
 『セフィロトの樹』、という言葉が自然と連想出来る、そんな光景。
 だが、いくつかの……いや、ほとんどの枝は、行き詰まり、どん詰まりを見せていた。つまり……『その宇宙はそこから進歩をせず、何らかの原因で破滅した』という事だ。
 そんな中……その破滅した宇宙も含めた、すべてを横断するように連なる、細い、細い、糸のような蔓が一本。

 暁美ほむら。
 それが絡め取った因果が一点に集中し……鹿目まどかを生み出した。

 そしてそれとは別に。途切れそうなほどか細い糸が、一点に集中している。
 あれは……俺だ。

「……あ」

 その『俺』が集まった一点。……そしてそこを中心に、『無数の並行世界の枝が、未来へと向かって広がっていた』。

「分かりますか、御剣さん。
 あなたは、『夢と希望』を叶えた。そして……その夢と希望が、『次の夢と希望を創り出した』んです」
「……っ!!」
「多分……私だけじゃ不可能だった。『魔法少女だけじゃ不可能だった』んですよ。
 魔法少年と、魔法少女……男と、女が居て、初めて開ける未来がある、世界がある、奇跡がある。
 それを、証明したんです」

 だが……それよりも、俺には嬉しい事が、あった。

「そうか……宇宙は、続くのか。そして、そこに、俺の子孫が……『家族』が居るんだな?」
「ええ、御剣さん。
 あなたが『人間として駆け抜けた』人生という旅は終わりました。
 でも、あなたが願い、切り拓いた『日々』は終わりません。
 タフで、ハードで、厳しくて。でも優しくて、楽しくて、愉快な……努力と根性と奇跡と魔法に満ちた日々は……」
「そっか。
 俺は……俺は、手に入れたんだ。『家族』を……こんなにたくさんたくさんたくさん、手にする事が出来たんだ!」

 涙が……止まらない。

「だから、御剣さん。
 あなたは魔法少年として『始まりの一(ザ・ワン)』なんですよ?」
「ああ。そして、俺は……『全ての俺は』あの師匠から……こういう条件で『力を受け取った』んだ」

 涙をぬぐい、振り返る。
 そこに居たのは、隻腕の憤怒神。
 『かつての俺自身』。全ての魔女と魔法少女とキュゥべえを惨殺し、己も含めた全ての破滅を前提とした存在。
 それに向かって。
 俺はマミから……愛する妻から受け取った力を振い、一丁のライフルへと仕立て上げる。
 ただしそれは、フリントロック式のマスケットではなく『リボルバー式の』、そして『兗州虎徹』を銃剣にした俺の武器。
 俺が、戦いと努力の果てに手にした銃剣。俺の……本当の奇跡。

 『家族を守れる、正義の味方で在りたい!!』

 槍と成した銃剣を『両手で』突き立て、右手で引き金を引く。
 魔神は抵抗する事も無く。穏やかな笑顔を浮かべて、消えていった。自らの望み通りに。永遠に、俺の中に……

「『家族』ってのは、そこに『俺自身も含まれる』……つまりはそういう事だろ、鹿目まどか?」
「正解です♪」

 そして、俺は……深々とため息をつく。

「まったく……女ってのは、ほんと強欲だ。
 無茶でワガママで自分勝手で……どっかに手綱つけておかねーと、夢ばっか見て現実見ねーで好き勝手に暴走すっからなぁ。
 ……俺なんか、ほんとイイ面の皮だぜ」
「でも、あなたが居たから、冴子さんや沙希ちゃん。
 そして、他のみんなの魔法少女は、安心して、夢と希望を『求め続ける事が出来た』んですよ?」
「男の都合やプライド、ロクに考えもしねぇで……な」
「あら、御剣さんこそ、女性の思いを分かって無いじゃないですか」

 その言葉に、俺はバッサリと。

「知るかボケ。
 だいたいチチも尻も無い幼児体型が恋とか愛とか、『そんなの不可能に決まってるじゃないか』。
 経験上、沙紀みたいな貧乳女ほどコンプレックスまみれで、ワガママでメンドクセー存在だってのは分かり切ってるし、そんなのに付き合って人生振りまわされた男の身にもなってみろってんだ。
 やっぱり女ってのはこー、胸がぼいんぼいーんのおぱーいが……え? ちょっと……」

 ……そこに。
 にっこりと微笑みながら、それでも夜叉の形相でカンシャク筋を浮かべて、俺に向かって弓を引いた、鹿目まどかの姿が……

「御剣さん。
 言っておきますけど……『ここはキッチンではありません』。
 そして、『私は御剣沙紀(デッドコピー)ではありませんよ?』」
「ちょい待て! お、俺はただ、俺の個人的な体験上の見解をだなぁ……」

 ずざざざざ、と後ずさりながら。
 俺は射線から逃れようとするが、彼女は弓を引いたまま、ピタリと俺に照準を合わせて逃がしてくれそうにない。

「いいんです。分かってるんです。
 私も『素敵な恋とかしてみたいなー』って思ったりもしてましたし……体型的に叶わないんだろうなー、って分かってましたから」
「なんだ、分かってんじゃねーか。だったら素直に諦めろよ。
 ……言っておくが俺は嫌だぞ?
 確かにあんたを護るとは言ったし、円環の理を護るっつー義理は果たすけど。
 もー嫁さんいるんだし面倒な貧乳に興味無いっつーか、沙紀だけでおなかイッパイイッパイだっつーの」

 ぶちっ……と。
 何かが切れた音がした。

「ほんとに救いよーがない男の人(バカ)って……案外、いるもんですね」
「……な、ナンデサ!?」
「御剣さん、その喧嘩、買いました♪」
「え? いや、俺は喧嘩売った覚えは無……って、んぎゃああああああああああ!!!」





 愚か者に鉄槌が下り、神々の世界に絶叫が響き渡る。
 それでも、確かに。
 そこには……未来に繋がる、夢も希望も、あった。

「たたたたた、助けてくれーっ!! 女神に、鹿目まどかに殺されるー!!」
「死んでも治らない馬鹿なら、治るまで殺してあげます!!」
「だーっ! これだから貧乳は面倒なんだーっ!!」
「一番面倒なのはあなたでしょーが、この朴念仁ーっ!!」
「んっぎゃあああああ、わけが分からないよーっ!!」

 ……の、だろう……多分。おそらく……



[27923] 最終話:「パパはゴッド・ファーザー」
Name: 闇憑◆27c607b4 ID:cb2385d9
Date: 2012/01/16 17:17
「……あー、朝か……」

 あくびを一つして、僕……御剣翔太は布団をはねた。

「母さん、おはよう」

 庭から、朝ご飯の食材を摘んでいた母さん……御剣マミに、声をかける。

「おはよう、翔太。沙紀ちゃん、起こしてきて」
「はーい……また寝坊かよ」
「そう言わないの。もうすぐ従兄弟ができるんだから」
「ま、そうだけど……あの人の場合、二日酔いかツワリなのか、ドッチがドッチなんだか分からないんだよねぇ」

 溜息をつく。

 僕の家には、父親が居ない。
 その代わりに、僕の叔母にあたる人が、どっちかといえば、そんな存在だった。

 篠崎沙紀……旧姓、御剣沙紀。
 バリバリのキャリアウーマンで一線で働いてる人なのだが……まあ、背丈も胸も小さいくせに、男も裸足で逃げ出す、台風のような豪快な人で。
 僕が物心つく頃から『イイ男が居ない、イイ男が居ないー!!』などと合コンだの婚活だのに明け暮れていたのだが……結局、何だかんだと同じ職場に居る、高校時代から腐れ縁の元同級生と、くっつく事になった。
 
 そんで御剣家(うち)を出て行ったはいいのだが。
 静かになったなぁ……と思った矢先、今度は『出来ちゃった』と出産のために御剣家に帰ってきちゃったり。

 で……

 ばんっ!! と扉を開け……カーテンを全開にし……

「起きろーっ!!」
「どぅえああえええあえええあえああああああっ!!!」

 布団を強引に引っぺがし、奇声を上げてのたうつ沙紀叔母さ……もとい、義姉さん(こう言わないとキレるのだ)を叩き起こした。



「そいえば、翔太。道場の方は最近どーよ?」

 朝ご飯をモソモソと食しながら。
 義姉さんの質問に答えて行く。

「えーあー……まあ、ボチボチ? 『青鬼』に睨まれない程度には、何とか」
「ほー、そりゃ大した進歩だ。千佳ちゃん、あしらえるよーになったんだ?」
「あしらうっつーか……あいつ意地になって突っかかって来るから、怖いんだよ」

 ご近所にある剣術道場に通っている僕だが……その道場主の娘さん、上条千佳とは、実は犬猿の仲なのだ。
 と、いうのも、その剣術道場の道場主である『青鬼』……もとい上条さやかの師匠が、父さんだったりするのである。

 で……僕としては特に意識もしてないのだが、千佳の奴がライバル意識剥きだしで、物凄くつっかかって来るのだ。
 ……まあ、確かに、入門前に小太刀二刀流で襲いかかって来たのを、その場にある竹竿やら洗剤やらを利用してKOしちゃったのは、色々マズかったのかもしれないけどさ……

「翔太……お前、本当に憶えて無ぇのか?」
「何がさ?」
「いや、いい……」

 何か、母さんも義姉さんも困ったような顔で、溜息をついた。

「それより、義姉さんのほうは? エースが産休で、会社、大丈夫?」
「あー、問題無いよ。
 あたしが半年抜けたくらいじゃ、もーあのプロジェクト止まんないし、根回しも済ませてあるし。
 ……にしても、鹿目のバーサンもさぁ、オモチャもらったガキじゃあるまいに、はしゃぐにも程があるだろっつーか……もー無理が効く年齢(トシ)じゃねーんだから、ちったぁ落ち着いて欲しいモンなんだけどねぇ。
 息子も大学行ったんだし、そろそろ隠居考えて欲しいんだけど……あー、でもあの人が抜けたら代わり居ねぇしなぁ……役員のスダレハゲとか、どっかトんでくれると色々楽になんだけど……むしろっかな、あのハゲ」
「……いっそ、義姉さんが、また社長にでもなっちゃえば?」

 義姉さんが大学生時代に仲間と立ちあげたベンチャー企業が、在学中に億の売上を叩き出し、そのまま買収……というか、吸収合併に近い形で、今の会社に仲間と全員就職したのは、業界ではちょっとした伝説になっているらしい。

「そっか……その手があったか」

 ギラリ、と目を輝かせる義姉さん。
 ……この人がこーいう目をする時は、ガチでヤバい事考えてる時の目だ……

「とりあえず、ヅラとトッツァン坊やを何とかして、問題は企画と総務だよね……あとは経理のゴマシオ……やはりむしるしかないかなぁ……ぶつぶつぶつ」

 なんか危険な事を口走る義姉さん。
 ……とりあえず……

「……関わらんとこ。あ、母さん、洗い物は僕がやるよ」
「そう。じゃ、お願いね」
「うん。……なんだったら、晩御飯も」
「いいのよ、翔太。学校終わったら道場でしょ?
 頑張ってらっしゃい」
「はーい♪」



「よー、翔太」
「おー。おはよーッス」

 見滝原中学への通学路を歩きながら。
 親しい友人たちと会話していく。

「そいやさ、見た? 昨日の国会討論……美国議員、マジでイイわ」
「……またかよ」

 友人の友崎良悟は、つい最近、国会議員になった美人さんに夢中だ。
 ……まあ、それをキッカケに、政治家目指そうなんて勉強初めて成績があがり始めたあたり、コイツは大物かもしれない。

「いや、言ってる事も分かりやすいし、スジも通ってるし……何より美人さんだし!
 っつーかさ、お前の叔母さんだって、すげーじゃん。学生時代立ちあげたベンチャーだけで、一生喰って行けるだけ稼いでたんだろ?」
「まあ、そうだけど……お前、あの人の『本性』知らないから、そんな事言えるんだよ。
 料理出来ないし、家事炊事洗濯しないし、色々だらしないし……金稼いでるから黙認されてるだけで、実際はムチャクチャワガママな台風女だよ、マジで。
 ……篠崎の叔父さんも、よくあんなの嫁にしたいと思ったよ」

 まあ、草食系の大人しい人だからかもだけど。でなければ、多分付き合いきれないと思う。

「そいや、『風の子ハウス』、改築すんだって?」
「ああ、最近、大口の寄付があってさ……匿名で。斜太神父も母さんも喜んでたよ」

 友人の佐倉智也……彼は、この見滝原の中にある孤児院『風の子ハウス』の出身だ。
 実際……彼は、赤ん坊の頃に両親に捨てられて、そこを取り仕切るシスターと、元極道の老神父に拾われたという経緯がある。
 名前も『智也』としか残って無かったため、実際の名字も分からないそうだ。

「そっか。そーいや、斜太神父……大丈夫? 入院したって噂だけど」
「うん。ちょっと、肝臓壊しちゃったみたいだけど、まだなんとか元気」
「あー、良かった。シスターにもあの人にも、世話になったからなぁ……」

 と……

「そいや、台風女で思い出したけどよ、上条とは最近、どーよ?」
「うげ……アイツの事は言うな……」

 げんなりした顔で答える俺に、周りが冷やかし始める。

「まあ、男が女に殴り合いの喧嘩で勝ったからって、自慢にならないでしょ」
「そーは言うが、『あの』上条だぞ?」
「勘弁してよ……僕はただ、父さんの事を知りたいから、あの道場に通ってるだけなんだぞ」

 そう。
 なんというか……色々と人物像が掴めないのである。
 うちの父さん。

 とりあえず、剣術と料理の達人で、『温厚な草食系の人だった』のは間違いないみたいなのだが。
 深く探ろう、知ろうとすると、みんな言葉を濁して来るのだ。
 ……とりあえずバイクに乗って、母さんと色んなところに旅行に行った写真は、アルバムに残っているのだが……

『……あなたが育てないから、あなたそっくりに育っちゃって……』

 などと、家の仏壇に手を合わせる母さんを見てしまっては……流石に、ねぇ。

 しかも、死因もはっきりしない。
 行方不明のまま、失踪、死亡扱いである。どこで、どうやって死んだのか、生きてるのかすらも分からないのだ。
 ……とりあえず、顔合わせたら、まず最初に『青鬼』から習った剣術使って、木刀で顔面ぶん殴ってやろうと思っているのは、母さんにも内緒な僕の秘密だ。



「はーい、出席ーっ!」

 教室に入って来た臼井先生の号令と共に、授業が始まる。
 平和な日常、平穏な生活。
 それが、どれほど大人たちの、先人たちの努力によって成り立っていたのか。
 僕がそれを知るのは、もう少し先の話になる。



「ううう、も、もう一本!!」
「むぅ……師範、もういい加減にしません?」

 道場で、僕が師範……『青鬼』こと上条さやかに救いを求める目を向けた。

「だめ。ちゃーんとトドメを刺しなさい」
「はぁ……分かりました」

 そう溜息をついて、僕はよろよろと小鹿のような足取りで、立ちあがってきた千佳の剣を二本とも払い……

「よっ、と」
「くけっ!」

 首を絞めて、オトす。

「これでいいですか?」
「……しょうがないわね。はい、今日はおしまい」

 そう言って、『青鬼』がバケツを持ってきて、千佳の顔面にざばーっ、と水をぶっかける。

「う……母さん」
「はい、今日もアンタの負けだよ。……まったく。
 『剣に拘る者は、剣に足元を掬われる』って教えているだろうに、どうしてこの子はこれだけ足元掬われても意地を張るのやら」
「うっ……うっ……うえええええ、だって、だって、だってぇ……」
「いい加減『攻め方』を変えなさい。もう中学二年なんだから……でないと」
「やだーっ!!」

 溜息をつく。
 ……まったく、何なんだか。

「で、師範。今日こそ教えてください、父さんの事!」
「そうだなぁ……それじゃあ、他所の星から、宇宙人が宇宙船使って、ラブラブだったあなたの父さんと母さんの間に割り込もうとした話を……」
「師範、いい加減にしてください!! なんなんですか毎度毎度毎度!
 ギアナ高地に放り込まれた話は百歩譲って真実だとしても! 暴走する特急電車でテロリスト鎮圧したり、戦艦のキッチンで爆弾作って反乱軍鎮圧したりとか、どこの沈黙シリーズですか!? からかうのも程々にしてください!」
「あー、そうは言ってもなぁ……そうだなぁ、ヤクザの事務所にサンタクロースの格好をして、ダイナマイト放り込んでメリークリスマスとか、そのへんだったらまだ現実味が……」
「あるわけないでしょうが!! ……ほんとに怒りますよ!?」

 これである。
 どーもこの人の話しを聞いてると、父さんが超人ヒーローか何かのよーなトンデモ星人になっちゃうのだ。
 まあ、実際、色々マルチな才能を持った、凄い人だったみたいではあるんだけど(何しろ『あの』沙紀叔母さんを育てた人だぞ!?)……幾らなんでもヤクザに喧嘩売ったとか、あるわけないだろうし。

「うーん……じゃあ、そうだな。君のお母さんともう一人、お父さんを巡って競い合った、ラブストーリーあたりなら、まだ現実味があるかな?」
「ラブストーリー、ですか?」
「そう。まずは、お父さんが高校時代の話でね……」

 それから。
 僕は、父さんの初恋物語を聞かされて、色々な意味で口から砂を吐いておなかイッパイになりました。



「……で、何で千佳、お前がついて来るんだよ? 勇樹(ゆうき)と大樹(たいき)の面倒はどーなってんだ?」

 上条家の双子の弟の事を聞くと、千佳の奴が

「母さんがコレ、あたしの手からマミおばさんに届けてくれ、だって。あと、あの二人は父さんにベッタリくっついて回ってる。
 『僕たちも将来、バイオリニストになるんだー』って」
「そっかー。成功すっといいな」

 あの『青鬼』の旦那さん……上条恭介は、海外でも売れっ子のバイオリニストなのだが、今は帰国して日本公演の真っ最中である。
 って……

「何これ? ……白鞘?」
「うん……なんか、『あたし向きじゃないし、勇樹と大樹は剣の道を選ばなかったから』みたい。
 元は、あんたの父さんが振るってた剣なんだって」
「えっ!?」
「まあ……レプリカだけど。皆伝の証に母さんが貰った奴なんだって。……オリジナルはもうこの世に無いみたい」
「そ、そうか……なあ、千佳」
「ダメ! そうなるのが分かってるから、あたしに預けたんだし。
 これは、マミおばさんに返すべきモノなんだから、欲しかったらおばさんに頼むのが筋でしょ!?」
「む、むぅうう……」

 母さんの事を出されると、僕も弱い。
 ……しょうがない、母さんの手に渡った事を確認して、そこからおねだりしよう。
 ……と……

「あ、そうだ……まだデパートのCD屋、開いてるかな?」
「え、あそこ?」
「うん、CD予約してんだよ」
「CDって……ネットのDLで買えばいいのに……」
「DLじゃなくてさ……CDの現物欲しいの。コネクトのリメイク版」



「……あー、間にあった!」

 蛍の光が流れる店内を走り、レジカウンターに特攻した僕たちは、そこでCDのお金を払う。

「DLサイトでPCに落とせばいいのに……」
「そりゃ、どーでもいいと思ったらネット動画とかで聞いて終わりだけどさ……『いいな』って思った曲やアーティストのCDって、手元に欲しいじゃん、やっぱ」
「まー気持ちは分かるけど……」

 CDを手に、歩く僕たち。
 だが……

「ねぇ……何か、変じゃ無い?」
「うん、店が……」

 何と無く。
 僕も千佳もヤバい予感を感じて、その場から走り出した。

「なんつーか、殺気っつーか」
「ヤバいよ、ここ……」

 だが。
 走れども走れども、店の出口が見えて来ない。
 ……おかしい。
 この店の規模からして、とっくに出口にいなくちゃいけないのに。

「……千佳。白鞘貸して」
「え、翔太」
「早く!」
「う、うん!」

 そう言って、僕は白鞘から刀を抜く……って、何だ、これは?
 それは、日本刀と言うには、あまりにも優美さに欠けた……完全な『人斬り包丁』だった。
 ……こ、こんなの振りまわしてたって……父さんいったいマジで何者だったんだ!?

 だが、躊躇ってる暇は無い。
 僕はそのへんにあった、手ごろな資材か何かの木材を適当な長さに斬ると、千佳に放った。

「ほい、千佳。木刀代わりに使え!」
「ン、サンキュ! ……って……何時、真剣の使い方教わったのよ!」
「こないだ青鬼に教えて貰った」
「……か、母さん……中二の男子に日本刀は危なすぎだって」

 得意の小太刀二刀流を使えるようになった千佳と、白鞘を手に、僕たちは再び走り出す。
 だが、やはり……

「おかしいよ、これ……ほんとうに出口が無くなってる」
「冗談……閉じ込められたとか!?」

 やがて。
 通路のような場所の前後を、僕と千佳は……何やら、変な生き物に挟まれた。
 その怨嗟に満ちた表情と声から、どうもタダで通してくれそうに無い雰囲気。

「……千佳」
「うん。どうも笑って通してくれそうにないね」

 二刀流で構える千佳、白鞘から刀を抜いて構える僕。
 お互いがお互いの背中を庇いあって、構える。

「少しだけでいいから、後ろ、頼む。僕が突破口切り開くから、そこから全力で逃げよう!」
「うん……」

 と……その時だった。

「翔太!」
「千佳!」

 聞き覚えのある声が……って

『母さん!?』
『二人とも伏せなさい!!』

 反射的に。
 ヤバい、と思った僕たちは、武器を放り出して、その場に臥せる。と……

「っつぇええええあああああああっ!!」

 騎士礼装のような衣装に身をまとった『青鬼』が、巨大な斬艦刀を一閃。

「ふっ!」

 さらに……母さんのほうは、宙に浮かべた『銃剣のついた無数のマスケット』を、怒涛の雨のように無数に降らせ、突き刺して発砲。

 って……

「か、母さんたち……」
「その、格好……」

 呆然とする僕たちを他所に。

「ああっ、翔太、翔太、翔太っ!!」
「千佳……よかった、間にあって」

 二人に抱きしめられ……あまつさえ、泣きだしちゃった母さんを前に、僕と千佳も呆然としていた。



「ごめんなさい、翔太、千佳ちゃん……」
「いつかは、話さないと行けないって思ってたんだけど……正直、関わらせたく無くて……」

 僕の家で。
 母さんたちの説明を、キュゥべえと一緒に聞いた僕らは、頭を抱えた。

「母さんたちが……魔法使い?」
「そう。キュゥべえと契約して『願い』を叶えた人間。
 ただし、契約できるのは第二次成長期の女性に『原則』限定されているの。そうやって契約した子を『魔法少女』って呼ぶのよ」
「……つまりその、母さんたちは……」
「そう、元、魔法少女。
 そしてね……『本当の恋をして、それを実らせた時』に、初めて魔法少女は『魔女』へと成長する事が出来るの」
「つまり、その……僕らは」
「ええ。父さんと母さんの愛の結晶ですもの。『あなたたちが居てくれる事が、私たちが魔女である証明』なのよ」

 頭痛がした。
 おかしいな……ウチ、普通の家だったハズだよなぁ?
 何この『パパは神様、ママは魔女』って……

「もっとも、人によっちゃ、イバラの道だけどねー……」

 つわりで吐き終わって、トイレから出てきた義姉さんが溜息をついた。

「指摘されるまで、気付かなかったもん……あたし、自分がブラコンだったって。
 『お兄ちゃんを基準で、世間の男の人を見てたんだー』って……危うく『大魔法少女』のまま、婚期逃しちゃう所だったよ」
「え?」
「人によってソレゾレなんだけどね……基準として、二十歳を超えて未婚だと『大魔法少女』。
 恋をして、結婚をして、初めて『魔女』を名乗れるの。だから杏子さんは『大魔法少女』のままかな……今のところ」
「なるほど……って、シスターも!?」

 ぎょっとなる僕と千佳。

「結構、生き残ってるわよねぇ?
 八千代ちゃんと志津ちゃんは死んじゃったけど……ひみかさんもそうだし、ゆまちゃんもそうでしょ?」
「げっ……うちの担任も!?」
「もしかして、うちの道場の門下生もお世話になってる、見滝原総合病院の……千歳先生!?」

 マジデスカ、おい!?

「そういえばさ、母さん……今日、魔獣? あれと初めて向かい合った時に、抜いたんだけどさ。
 この刀、どういう事なの?
 これ、完全に人斬り包丁だよ。美術品じゃない、完全な人殺しの道具としての日本刀だよ」
「っ……それは……」
「ねえ母さん……僕さ、父さんの事、母さんに聞くと、母さんが暗い顔するから黙ってた。
 だけどさ! いい加減、ちゃんと教えて欲しいんだ。父さんの事!
 ううん、それだけじゃない。
 うちはおじいちゃんもおばあちゃんも居ないって。母さんの方は、交通事故で死んじゃったって聞いたけど……父さんのほうは、どうしてなの?」

 その言葉に、母さんは顔を曇らせる。

「……それはね、魔法少女や魔女は『夢や希望を司る存在』ではあっても、決して『万人にとっての夢や希望ではない』のよ」
「『誰かの願いは、誰かの呪い』。翔太。お前の父さんは……あたしの兄貴は、まさにその『希望の裏側』……『呪い』の『最大の被害者』だったんだ」
「どういう、事……?」

 沙紀叔母さんが、溜息をつく。

「長い……長い話しになる。そして突拍子もない話だ。それでも、信じられるか?」
「う、うん……」

 それから。
 僕と千佳は、父さんの壮絶な話を聞かされた。
 それと同時に、シスターと父さんの因縁も……

「神様って……」
「実際に気になって、キュゥべえから聞いてみたんだがな。
 杏子さん……ああ、シスターみたいな祈りをした子は、人類の歴史上に何人か居たみたいなんだ。
 中には……『第一次大戦後の貧窮に喘いでいたドイツ』で『ドイツを掬う夢を見た、ただの絵描き崩れの伍長の話』を『みんなに聞いて欲しい』って願ってしまった。
 そんな魔法少女も居たらしい」
「……待って。それってまさか……」

 ナチス・ドイツ。アドルフ・ヒトラー。
 そんな単語が、自然と脳裏をよぎる。

「ま、彼女のパパさんが、あそこまで肝の据わった大物じゃなかったのは、ある意味幸いだったかもね。
 でなけりゃ、今頃、彼女の父親の独裁政権になって、日本が……いや、世界が滅茶苦茶になってたかもしれないよ。
 歴史見れば分かるけど、『理念や情熱だけで、実力の伴わない人間の暴走』というのは、色々な意味で物凄い危険なんだ」

 義姉さんの言葉に、気が遠くなる。

「つまり……その、なんだ。この世界はいっぺん、鹿目まどかって女神様にひっくり返されて。
 それを経て、父さんがもう一回やり直した末に、僕が生まれたと?」
「まあ、そうなるわね……そして、父さんはこの魔法少女のシステムが生み出す『歪み』を嘆いていたわ。
 夢や希望を持つのは決して間違いではないけれど、だからって他人の人生をオモチャにしていい理由なんて無い。
 『……これは人間には、増して思春期の少女には危険すぎるシステムだ』って。
 ……だからこそ、不完全でも、代わりのシステムを提供したの。実際、魔獣の数も発生件数も強さも、減少傾向になっていってるし、私たち魔女や魔法少女にかかる、魔獣狩りの負荷も減って行ってる。
 夢も、希望も、祈りも。
 人間が『インキュベーター(孵化機)』の手を借りず『自分の意思と力だけで自立して、全てを成し遂げる事が求められる』。
 そんな時代を……あなたのお父さんは、望んだのよ」

 その言葉に。
 僕は……

「あのさ……キュゥべえ。システムが変わったっていうけど、どう変わったの?」
『まず、『時空や因果律に反逆、干渉する祈り』は却下される。鹿目まどかのケースがあるからね。
 次に、『不特定多数の因果に影響を及ぼす』と判断されたケースも厳しくなる。佐倉杏子のような祈りは、別の祈りと干渉し合った結果として、御剣颯太を生み出しかねない。
 要するに『個人の責任において、処理出来る範囲の願い』に、限られて来ちゃうんだ』

 そうか……だとするならば。

「じゃあ、もうひとつ聞きたいんだけど……僕には君が見えているよね?」
『うん。因果というのは、血縁にも宿るモノだ。だから、君は漠大な因果を、その血に宿している。
 つまり、男性であっても僕と契約する事は可能だよ』

 と……

「翔太っ!! やめて!!」
「母さん!」
「ダメよ! 絶対だめ!! あなたはこんな世界に、絶対に関わっちゃダメよ!! お願い……翔太。イイ子だから、キュゥべえと契約なんてしないで」
「ありがとう、母さん。でも、俺……ずっとずっと『叶えたかった願い』があるんだ」
「やめて翔太! 話を聞いてなかったの!? どんな理由があったって、命がけで子供が闘うなんて、母さん許さないわ!
 それに……それじゃあ私は……何のために……」
「父さんに会いたいんだ」

『っ!』

 その言葉に。
 その場に居た全員が、息を飲んだ。

「ずっとずっと、物心つく前から、死んだ事になってて……だから、母さんを僕が護らないといけないって。悲しませちゃいけないって。
 沙紀義姉さんが出て行ってから、得にそう思ってた。
 でも……それも何か違うんじゃないかって……うーん、何て言ったらいいのか、上手く言えないし、分かんないんだけど。
 とにかく会いたい。
 会って、話をして……喧嘩になっちゃっても怒られてもいい。それって……多分、俺が『本当に父さんの子供だとするなら』『命を賭けてでもやらなきゃ行けない事』だと思うんだ……」
「……翔太……」

 と……

「あー、義姉さん、無駄だ。
 この子の目、しっかり『御剣の男の目』だ……むちゃくちゃ頑固者の、己の道を見出した男の目だよ。
 今止めたとしても、どっか親の見て無い所で、勝手に突っ走っちゃう目だ」
「沙紀ちゃん!」
「翔太……もういちど聞く。
 この道は比喩抜きでイバラの道だ。『マトモな人生』なんて二度と送れなくなるかもしれない。
 死ぬまで魔獣と闘い続ける事を言い訳抜きに宿命づけられた、石ころの人生だ。
 兄貴も、義姉さんも……翔太、お前を生んだ人たちは、育てた人たちは、そんな事を絶対に望んじゃいないんだぞ!?」
「分かってる。
 でも、俺が俺として……『御剣翔太が御剣翔太として生きるには』、多分絶対必要なんだ。
 だって……自分を作った人がどんな人だったのか分からないのなんて、気持ち悪いよ。
 みんな俺に言うじゃないか、『父さんソックリのイイ子だ』って。俺からすれば、実体も実像も掴めない相手なんだし、その言葉に納得も反発もしようも無いんだ。
 こう……『俺が俺として始めるために』、まず父さんに会いたいんだ。もう……理屈じゃないんだよ、これは」

 多分。
 俺は今、何かを間違えようとしてるのかもしれない。
 でも……これは『必要な間違い』だと思う。どんな結果になろうが……後悔なんてしない。してやるもんか!

「そうか……なら行って来い、翔太!
 義姉さん。こいつも結局、男の子だよ。諦めな。……普段はヤワでイイ子でも、こうなるとホントに頑固なんだって、分かってるだろ?」
「っ……一つ、約束して、翔太」
「何?」
「母さんより先に、死ぬことは……許さないわよ?」
「ん、分かったよ」

 そう言って。
 俺はキュゥべえ……インキュベーターと向き合った。

「さあ、叶えてくれ! インキュベーター!!」





「みーつーるーぎーさーんー!! いつものバッサリ一刀両断な威勢はどうしたんですかーっ!」
「いや、その、よぉ……来るのが『分かってはいても』その……なんつーか……顔を合わせ辛いっつーか」
「だらしないわね、御剣颯太」

 神々の世界の隅っこでイジケる御剣颯太を、鹿目まどかと暁美ほむらが、呆れ返って見ていた。

「もう大分待たせてるんですよ!」
「いや、だからな、その……自信が無いっつーか……俺、親失格だしさ」
「……分かりました、じゃ、翔太君、ここに呼んできます。ほむらちゃん、押さえといて」
「分かったわ、まどか」
「うーあー、わかった、わかったよ、会うよ、会うよ!!」

 ヤケクソになって立ちあがった、御剣颯太。
 その前に……鹿目まどかに連れられた、我が子が現れる。

「えっと……父さん?」
「あー……翔太か?」

 見つめ合い、暫し、沈黙。
 そして……二人とも、開口一番。

『あのさー、ぶん殴っていい?』

 そして……

「何神様気取ってやがる、クソオヤジ!!」
「うるせぇ! テメェこそ何で親の言う事聞かねぇで勝手にキュゥべえと契約なんてしやがった!」
「やかましい! 母さんがどんだけ悲しんでると思ってんだ!」
「バカヤロウ、俺だって神様になんてなりたかぁ無かったわい!!」
「嘘こけこのクサレヒーロー!! 大体アンタがウチに居たら、契約なんかするワケ無ぇだろ、この放蕩親父ーっ!!」
「このバカ息子がーっ!! 俺がどんだけ苦労したと思ってやがるんだーっ!!」

 殴り合いの掴みあいの取っ組み合いの、大喧嘩が始まった。



「なあ、親父……一個、聞かせてくれ」
「あ?」

 二人ともボロボロになるまで殴り会った末に。
 大の字に横たわりながら、子は父に問う。

「母さんの事。どー思ってんだ?」
「……愛してるよ。おめーだって大切だよ。だからぶん殴ったんだ」
「そーかよ……クソ親父」

 それから。
 父から子へ。

「なあ、翔太。父さんはなぁ……『世界を掬いたい』なんて具体的に思った事、一度も無いんだ」
「……は?」
「みんな、誤解してんだよ。
 父さんはただ、世間に迷惑をかけたくなくて、そして家族が大切だった。
 何しろ、世界が吹っ飛んじまったら、家族も世間もクソも無くなっちまうだろ? つまり……『たったそれだけ』だったのさ」
「……なんだよそりゃあ? それだけで、あんた、神様になっちまったのかよ?」
「そーだよ……悪いか!?」
「悪いね」
「……だよなぁ。本来、俺みたいな男は、神様向きじゃねぇんだよ」

 深々と、溜息をつく御剣颯太。

「翔太。正直に言う……すまなかった。本当に、寂しい思い、マミにもお前にもさせたよ」
「っ! ……人、ぶん殴っておいてから謝ってんじゃネェよ」
「うん。だよなぁ……」

 言いワケ出来る道理も無い。
 どんなに未来を切り開き、平和を創り出した救世主だとしても。『そこに本人が居なければ、意味が無い』のだ。

「……帰る」
「も、いいのか?」
「うん。知りたい事、大体分かったから。後は、俺個人の問題だし、俺で何とかする」

「……そうか。なら翔太、父さんからのアドバイスだ。
 『自分で自分を信じるな』。
 闘いは常に力学で、勘違いで勝てりゃ苦労は無い。自分の実力と性能を、正確に把握しておけ」
「なんだよそりゃあ。夢も希望も無ぇアドバイスだな、オイ!?」
「バカヤロウ。道があるか否かなんてのはな、神様だって全部分かんネェんだよ!
 それを踏まえた上で、『お前はどうしたいか』『何をかましてやりたいか』。『開ける道があれば、必ず道は開ける』……神様だって、どーしょーもない事は、幾らだってあるんだ。
 いいか、『自分を信じない事』と『現実に折れて諦める事』とは『似てるようで全く違う!』……その事だけは、憶えておけ。いいな?」

「ん、分かった。けどさ……自分が信じられなかったら、何を信じりゃいいのさ?」
「そりゃあ、おまえは男だろ? 男だったら、『お前を信じる誰か』くらい、居るはずだろうが!
 その『お前を信じる、誰かを信じてやれ』……その思いに答えてやるのが、男ってもんだ」
「そっか……母さん、ここに来るまでにマジで泣かせちゃったもんな」

 その言葉に、父さんは深々と溜息をついた。

「お前って奴は……まあ、いいさ。頑張れよ、翔太」
「ん、分かった」

 と……

「翔太君。はい、これ」

 鹿目まどかから、御剣翔太へ……手渡されるのは、兗州虎徹。

「これ……は?」
「パパからの預かり物よ。これで家族を護ってあげてね」
「……はい!」



「……不安、ですか?」

 鹿目まどかに問われて、御剣颯太は溜息をついた。

「まあな……『子供に何かを託す』ってのは、正直、不安だよ。
 でもさ、一度、『次の世代』に委ねた以上、俺らみたいな旧世代の人間は、それを見護るしか出来ないんだ。
 かといって、未練がましく子供に執着したって、ロクなガキに育たねぇ……子育てってのは、一種の博打だよ、ホント」

 と……

「はい、そんな御剣さんに、お仕事です」
「え?」
「魔法少年になれるのは、『御剣さんの血を引いた子孫のみ』だって、分かってますよね?」
「あ、ああ……って、まさか!?」

 翔太が千佳と結婚した後の子孫……この奇跡と魔法のシステムが無用になるまでの期間限定ではあるものの。
 その程度だったら、『小さな神様』である俺でも、何とかなる範囲だ。

「頑張りなさい、『ザ・ワン(はじまりの一人)』……『家族を護れる正義のヒーロー』のお仕事よ」

 暁美ほむらが、薄笑いを浮かべる。

「なるほど……しょうがねぇ。『俺の家族が世間に迷惑かけるなんざ、許されるワケ無いし』な」

 家族を護るためには『家族をぶん殴る事』すらも視野に入れる。
 それが俺の流儀である。
 だからこそ……俺は『やらねばならぬ事』のために、立ちあがった。

「さーて、父さんは『神様のお仕事』に行って来ますか!」



[27923] あとがき
Name: 闇憑◆27c607b4 ID:cb2385d9
Date: 2012/01/16 17:51
 まどマギをベースに、ウロブチ作品の色々な要素(モン)を混ぜ、隠しきれない隠し味にブラックラグーンを少々……あ、見滝原が『鬼哭街』になっちゃった(汗笑



 裏テーマとしては『因果応報』。『家族』。
 そして『偽りの救済に断罪を』。『悪人正機』。
 『何かをしたら自分に返る』。そんな感じの馬鹿話でございます。



 事の起こりは、ふと気付いた事実。

『佐倉杏子の願いや行動って……ある意味で『暁美ほむらより洒落にならないんじゃね?』

 信者洗脳、使い魔養殖してグリーフシード集め、窃盗、無断宿泊etc……
 うん、どー考えても動機は兎も角、『行動の結果』泣き見てる無関係な一般人(モブキャラ)の数が、主要キャラの中でマジで桁違いだと思うのです。
 更にそんな奴が、『好きな人がいるなら、手足折っちゃって~』だの『弱い奴が~』だの。そんなの『実際の被害者の前で堂々と言い放ったら』?

 そういう意味で、この話で一番描きたかったのは……『御剣颯太VS佐倉杏子』の戦闘シーンです。『お前とお前の親父がやらかした事、ある意味、ほむほむより洒落にならんぞオイ!?』と。

 まどマギに年甲斐も無く嵌って、繰り返して見ながら考えている内に。
 なーんとなく、そう思ってしまったのが、運のつきでした。

 更に、ほむほむの独壇場。
 11話の例のワルプルギスの夜戦をネタに『これ、自衛隊や米軍関係者の首が飛びまくるぞ』『そもそもドコからパクっとるんじゃー!』という、ありきたりな話を前に……『でも、ほむほむがガチになるのも当たり前で、そこからまどか神様に繋がるワケだよな? だったら、何とか『少しだけでも』救ってやりたいなー』と。

 あと『マミさんって『孤独』という要素さえ解消出来たら、実は最強キャラなんじゃなかろーか?』という思い。
 ついでに『仲間が居るだけであれだけ闘えるのならば『共に闘える恋人』が居たら、どれだけ強くなれる?』という発想。

 あと、『さやかは助けたい。哀れ過ぎる』という、まあ、ごくフツーの感想。

 そして、『まどか神様万歳』。
 さらに『QB死ね』という思い。

 なーんとかソイツを『全部イッパツで』解決出来ねぇモンか?
 そーんな都合のいいキャラを考えておりまして……ふと、見かけた、某小説の後書き。

『ザ・ワンとして覚醒した用務員さんが、ボ○太君を薙ぎ散らす様は~』

 ……あ、そうだ。
 要は、存在として『まどかとほむほむの中間点』のキャラにしちまえばいいんだ、と。
 『誰も時を繰り返す事無く、でも時空を超えた因果を一点に集中させた存在』。『別の方法で、もう一人、鹿目まどかを作っちまえばいいんだ』と。

 結果、『並行世界という時を繰り返す魔法少女』の前に現れる、文字通りの『ザ・ワン』『一度きり』の存在。
 『己も含めた、全ての破滅を前提とした救世主』。
 同じリセットスイッチでも、まどか神様が唱えたのが『神の怒り』だったら、ハヤたんが唱えようとしたのは『ジョークルホープス』もしくは『黙示録』です。
 扱いづらいです、ええ、ええ。

 そして鹿目まどかが、『魔法少女を肯定する女神』だとするならば、それの真逆。戒めとして『魔法少女を否定する神』を作ろう。
 だとするなら、まどか神様が仏教的に言うなら『大乗』で、ならそれよりも『小さな神様』、『小乗』の英雄だよな、と。
 立場的に言うなら、『本社勤務のエリート大学出の若造』と『現場のアルバイトから叩き上げのベテラン支店長』。あるいは『士官学校出たての新米少尉』と『一兵卒から叩き上げのベテラン曹長』。

 で、動機面として都合が良いのは、やっぱ佐倉杏子。
 動機は兎も角、行動も願いも、家族含めて、色んな意味で超絶問題ありまくりです。
 ぶっちゃけ、現実から目をそらしたガキがグレとるだけだろ? ……いや、グレるのは自由だけど、それで周囲に迷惑振り撒き過ぎかと。

 で、『普通の人間の立場として』ぶちかませる立場や能力を持ったキャラって、絶対必要だと思ったのです。

 ……というわけで、能力的には『最速』。それと『幻覚殺し』装備。
 設定から何から何まで。
 『対佐倉杏子キラー』として、御剣颯太の『能力や出自』は『設計』されました。
 防御とか生命力とか、そーいった部分は限界まで落としつつ……あ、これなら死にやすいから、あっというまにザ・ワンになれる。 

 そう思って書き連ねていたのですが……書いてる内に、『魔法少年の作り方』あたりの段階で、当初考えてたプロットだと『あ、これは無理だ。終幕でも杏子、絶対颯太に殺されちゃう』と判明しまして。

 そう。あの無駄に長い終幕、ホントはもっと短かったんです。とっとと終わらせるつもりだったんです。
 面倒だし。荒らしがウザいし。
 もっと早くチカが死んで、杏子ぶん殴って終わりにするハズだったんです。(それ以前に、書き始めた当初、チカは全く予定にありませんでした)。

 でも書いている内にキャラクターの内面が見えてきた結果……『ああ、これ絶対に颯太、タダじゃ許したりしねぇな』、と。
 で、考えた末に『魔法少年の作り方』書いてる段階で、颯太、チカ、杏子の構図が頭に浮かびまして。
 結果、『御剣家の乱』が勃発し、それに関連していく形で決着がつきました。

 恐らくは……人によってはバットエンドですが、ギリギリハッピーエンドだと思います。
 原作キャラは、全員生きてますし。これが限度というか、限界です。
 俺はやりたい放題、やるだけやった。後は知りません。



 以下、キャラクターの解釈、もしくは言い訳に関してです。



>御剣颯太(主人公)

 言わずと知れた、ベタでありサイテーな、『どこにでも居る普通の主人公』。
 コンセプトは『佐倉杏子キラー』であり、仮定と過程のこの話において作られた『プロトタイプ鹿目まどか』。

 『何も出来なくて悩む』鹿目まどかに対して、『何でもできるけど自分の望みが分からない』『対比でしか成り立たない、空っぽの英雄』。
 そして『佐倉杏子被害者の会』でも、トップランクに酷い目見てる人。

 サーヴァント的に言うなら、セイバー(剣士)から始まり、アーチャー(ガンマン)になり、アサシン(暗殺者)になったあと、ほむほむとの出会いによってアヴェンジャー(復讐者)になってアヴェンジャーを振りまわし、完全なバーサーカー(狂戦士)になった後、セイヴァー(救世主)になった末に、まどか神様の御力で、またセイバーに戻り、時々親父としてバーサーカーになりつつも、ライダー(バイク乗り)として己の本当の夢をかなえた末にランサー(銃剣使い)になっちゃって、最終的にまたセイヴァー(救世主)になった……でも『絶対にキャスター(魔法使い)には該当しない』。
 あるいは……最初、浜面さんで、そのうち上条さんになり、後編では一方通行になっちゃった……そんな『ごく普通の主人公』です。

 だから武器も衣装も、実際結構コロコロ変わってます。
 アヴェンジャーとして召喚されたら、きっと雲水姿の装甲悪鬼村正ならぬ、復讐悪鬼虎徹と化して召喚されるでしょう。



 元々の発想は名前にもある通り、『QBに対抗できるマスコットはおらぬのかっ!?』と考えた結果……『パヤたん! QBに対抗できるマスコットは、パヤたん!! うぬしかおらぬわっ!!』という、至極フツーの発想。
 そこから、キャラクターの設定から動機や肉付けを描いている内に……途中で『あ、こいつの『正義』って『任侠道』だ』と、理解出来てしまい。
 そういう意味で、ちゃーんと『鹿目まどかから派生したキャラ』になってると、一安心(『誰かの役に立てる人になりたい』というのは、正に任侠の心だと思います。もっとも、彼の場合は『家族を護りつつ』『無関係な誰かに迷惑はかけたくない』ですけど)。
 そういう意味で、『己が正義』だった『武侠』の佐倉杏子とは、ちゃーんとキッチリ対比になってるなと一安心。そこから更に『斜太チカ』という『中間点』の存在が、派生して行くワケでして。

 で、元々、御剣颯太というキャラは、前も説明したとおり『アンチ佐倉杏子』あるいは『佐倉杏子キラー』として設計されました。
 が……『相手を否定をするという事は、相手の上を行かねばならない』ワケで。

 まどか神:俺が人外相手に闘ってきた事そのものを『無かった事にしろ』言うんか? フザケンナ!→終幕という名の後編へ(真実、上を行って結果を出したが故に、認める)。
 ほむほむ:理想の結末を求めたい→人生安易にやり直せたら苦労は無いわボケェ! 結果受け止めて進歩して人間ナンボじゃい!!
 さやか(ゆま):恋人(誰か)を助けたい→テメェのケツちゃんと拭けて、初めて人間は誰か助けられるんだぞ? そこンとこ分かっとんのか?(共感度、中)
 マミさん:死にたくない→……俺だって、本当は死にたくねぇよ。(共感度:大。で、あるが故に惹かれ、己を無意識の内の嘘で偽る)
 杏子:誰かに話を聞いて欲しい→なんの信用も無い奴の『机上の空論』なんぞ、聞いてもらえるワケネェだろうが。働け! 行動で示せ! 人生は行動と結果の積み重ねじゃい!!

 ついでに。

 おりこ様:私の未来はどうなっちゃうの?→『どうなるか?』じゃなくて、『どーにかすんだ』よ、ボケェ!!
 キリカ:自分の性格を変えたい→好きこのんでこんな性格になったンとちゃうわ!! 大体やる事やってりゃ人間嫌でも根性太くなるわい!!

 更に。

 御剣冴子:お金が欲しい→ま、そりゃ欲しいけどさ……だからって、なぁ(あまり否定はしないが、全肯定は出来ない)
 御剣沙紀:誰かの気持ちを分かってあげたい→アカの他人の事など知るかボケ(兄妹二人とも人格のバランス取りに必須)
 斜太チカ:自分も含めた家族をマトモにして→魔法少女そのものが一番マトモじゃないわい!(全否定)→(後編)……いや、俺が一番マトモじゃなかったか(共感度:大)。



 ……あ、ありのまま、今、分かった事を話すぜ。
 俺は『佐倉杏子とQBを否定したかったダケ』なのに、気がつくと『ほぼ全ての魔法少女を否定してしまっていた』。
 な、何を言ってるのか分からねぇと思うが、俺も何を書いてるのか分からなかった。
 頭がどうにかなりそうだった。
 催眠術だとか神降臨だとか、そんなチャチなモンじゃ断じてねぇ……もっと恐ろしいウロブチの片鱗を味わったZE。

 と、まあ……ポルナレフ顔な私が居るのは兎も角。

 御剣颯太は、基本『言葉は武器でしかない』という『自覚的な口先の魔術師』です。必要ならば幾らでも業務用トークを回せますが、それ以外は喋る事が無い。
 特に戦闘の場で喋る言葉は、ほぼ全て『闘い』であり、現実を利用して心理的動揺を引き出す手段だと割り切ってます。(佐倉杏子との対決シーンでトークから入るのは正にソレが狙い。正面から馬鹿正直にやっても勝てないと思ってるので。喋ってる言葉は本気(ガチ)ですが)。

 本当にあまり女性相手にサービストークを回さない人で、魔法少女同士の華のあるコミュニケーション的なトークは、協力者である巴マミ、妹の御剣沙紀に、ほぼ丸投げで自分はキッチンに籠りっきり。改編後の世界でも、一応、交渉や事務的なやり取りはするのですが、それ以外は素っ気なく。
 それでいて行動そのものが『雄弁過ぎる』ため、それが魅力的に見えてしまう。

 が……男同士だと直球ストレートで打てば響くやり取りが出来る部分が、女性となると気持ちを察する事が破滅的に苦手な、典型的なフラグブレイカーな上に『自分がどんなに狂乱しようが、他人の狂乱には絶対に巻き込まれない男』。どこぞの戦争ボケの軍曹殿の最初の頃と一緒です。

 『だって女って何考えてるかゼーンゼン分かんないし、かといってホントの事言うと勝手に怒りだすじゃーん。ワケが分からないよ(本人談)』

 主夫属性の持ち主なのは、対シャルロット、対佐倉杏子キラーとしての設計上。
 プラスチック爆弾をお菓子に偽装して食わせて爆殺というのは、実は改変前では十八番。
 冒頭で吹っ飛ばされた魔法少女は、正にソレで、沙紀を虐待した魔法少女のグループ全員も、その手法で爆殺しています。
 『食』という『人間の基本を握られると言う事が、いかに恐ろしいか』という、好例。

 そういった意味で、幻想殺し(イマジンブレイカ―)な切継さんになっちゃいました……どうしてこうなった?

 キャラクターのコンセプトとしては『和』。日本人。日本男児。……銀さんになっちゃったのは、も、ショーガナイと諦めて、途中で居直りました。
 名字の『御剣』は、美樹さやかの師になるソードマスターとしての側面から。
 『見滝原のサルガッソー』、『バミューダトライアングル』(日本的に言うなら、ドラゴントライアングルか?)の異名は、暗喩的に美樹さやか、斜太チカに絡んできます。
 



>御剣沙紀

 この話の『もう一人の主人公』。コンセプト的には『妹属性の鹿目まどか』。
 御剣家の魔法少女の中で、『直接的な佐倉杏子の被害者じゃない』唯一の存在

 御剣颯太との対比軸は、そのまんま『兄妹』であり『親子』。あるいは『理解』と『否定』。

 個人的に、まどか神様は、外面は兎も角、『姉属性』の持ち主だと思うのです。弟いるし。
 嘘も言わず素直で真っ直ぐで。だけど力が足りず、臆病になる場面はあれど、魔法少女となった時に見せる勇気は、正に『姉』そのもの。そのへんは、御剣冴子と一緒です。

 対して、ツンでワガママで甘えん坊で嘘も偽装もあるけれど、自分のために上に立つ人間の辛さを分かって、自分の甘えの部分と小ささと弱さを自覚していながら、好きな人のために自分にできる事を考えて必死に動く『御剣詐欺』の使い手。
 自分の先駆者たち(特に御剣颯太、巴マミ、御剣冴子)の背中を、誰よりも見続けているからこそ、その背中を自分なりに苦悩しながら追おうとする存在。
 御剣颯太が『奇跡と魔法の否定者』であり、鹿目まどかが『奇跡と魔法の肯定者』ならば、その中間点、『奇跡と魔法の理解者』。

 能力的には、ほぼそのまんま。
 魔法少女版『無限の剣製』あるいは『禁書目録』(『千歳ゆま』言われてた時は屁でもありませんでしたが、ゴールドアーム様の添田ちえみを知って、物凄く焦りました)。
 さらにそこから一歩先に進めた『願望混成』こそが、真の切り札にしよう。『イメージするのは、常に最強の自分』っつって、どっかの赤い弓兵も言ってたし。
 ついでに、御剣颯太戦で見せていた、『能力二つの同時使用』は、FF的に言うなら『れんぞくま』。『願望混成』が『能力の掛け算』ならば、『能力の足し算』。颯太が『打ち消してた』のは『片方だけ』だったという事です。
 白魔法も黒魔法も使えるけど、どっちも極められない器用貧乏な赤魔導師らしい技……そいや、あの弓兵も『赤』だったな。

 『理解したい』という性質がある故に、その『誰か』に引きずられやすい性質があり、それを引き留める軸心が、御剣颯太という、歪みねぇ上に半端ネェ兄貴であり父である存在。
 それを軸に、自分自身を成長させて行く者。

 能力的にも、この与太話の裏テーマ『因果応報』を、完全に体現してるキャラとも言えます。
 実際、彼女の行動と能力が『最後の切り札』になる、『ワルプルギスの夜戦』、『御剣颯太戦』。共に最強キャラを倒しています。
 しかも『最強の一撃で倒す』のではなく、『相手の力を利用して、自分の力を加えて返す』という形で。

 そういう意味で、同じ合気道の使い手でも、御剣颯太が『全てを薙ぎ払うケイシー・ライバック(セガール)』だとするならば、まさに和合の道を往く『植芝盛平』って感じでしょうか?
 実際、『成長度』という意味では、かなりのトップランカーで、それに釣られて周囲のレベルを引き上げて行きます。もっとも、後篇では千歳ゆまにパーティの回復役のポジションを取られた事が、万能サポート型へ転向する成長のキッカケですが。

 『イメージするのは、常に最強の自分』→『その幻想をぶち殺す』な兄貴とは、能力の相性的にとことん悪いのですが、現実(それ)を踏まえた上でなお、『最強』を必死で模索し、自分を鍛え上げ……その成長の末に、御剣颯太戦では、御剣颯太の弱点キャラコンボ(暁美ほむら→斜太チカ→鹿目まどか→自分自身)の能力を行使。
 更に『鶴翼三連』ならぬ『弓兵三連(アーチャー(コスプレ)→まどか神→ボップ)』で、実の兄をメドローア(まどマギ的に言うなら、カズミの双樹あやせ(るか)のピッチ・ジェネラーティ)でそげぶするという、見事な『親殺し』を成し遂げます。

 大貧民的に言うならば、この二人をジョーカーとするならば、彼女はスペードの3でしょうか?
 シンボルカラーの『緑』は、佐倉杏子の赤との『対立色』という意味で、即、確定。
 ネーミングに関しては、『先』であり『詐欺』であり、未来の不確定さを表す意味で、沙紀に。



>斜太チカ

 後編部分の主人公。
 『もう一人の御剣颯太』≒『4人目の鹿目まどか』……に、したら、ゴトゥーザ様、もといまどかママになっちゃった(汗
 きっと教会で『水で割るのもメンドクセー』とか言いながら、ウィスキーを開けてそうだ。

 御剣颯太とのキーワードは、前篇では『挫折した御剣颯太』。本来は『同類』、『親友』。恐怖の『仁王タッグ』。
 まどか神様による、救済からの『悪人正機』という後編のテーマを体現した人。プチ鹿目まどか。
 ちなみに、佐倉杏子戦で彼女が救った黒猫は、もちろん、最初のころのまどか神様が救った、黒猫エイミー。本人が死んだ後も、教会で杏子その他、魔法少女たちに可愛がられて、子孫をぽろぽろ作ってます。

 元々、この話を書き始めたプロットの段階では存在しなかったキャラだったのですが、書き進めてる内に、彼女が不在だと後編でも確実に佐倉杏子を颯太が殺してしまう事が判明したため、急きょ投入。

 と、同時に、結果的に、一番まどか神様に救われたキャラであり、斜太興業さんの救済フラグ。

 何しろ
 原作:『ほむほむに銃器をかっぱらわれて、若衆が小指詰めさせられる』
 前篇:『組長の娘が魔法少女になった末にブッ殺される&触れちゃならん人の怒りに触れた挙句、組ごと師弟コンビに潰された末、組員全員、死ぬか未来の無い生き地獄を味わう』
 まどか神救済後:『娘は死んでしまったが、全員カタギの生活を送れる』。

 斜太興業にとって、文字通りのカンダタの蜘蛛の糸。

 魔法少女としての姿は、元々巴マミの恋のライバルという立場から、紅茶→イギリス→海賊という定石的発想。
 そこからアン・ボニー(佐倉杏子)と共に未来へと漕ぎだし、人魚姫(美樹さやか)を王子様(上条恭介)の元へと届ける役割でありながら、黄金郷(ジパング)を求めてサルガッソー(御剣颯太)へと挑む冒険者。
 あるいは、前篇では自由海賊(パイレーツ)であり、後編では私掠海賊(コルセア)。
 鎖は、己を繋ぎ止める象徴であり、戒めの意味。

 御剣颯太同様、『強烈な分、毒にも薬にもなる』という典型例。酒はその象徴。
 最終奥義は、固有結界『無敵艦隊(アルマダ・リーダー)』。黄金の鹿じゃないのは、『英国(巴マミ)との敗北』をイメージ。
 格闘戦の技は、KOFのラルフが元。武器ありならばFM4のバビロフ(鎖で動きを止めて、不器用ながらパワフルな二刀流で『殴打』)。

 ネーミングはそのまんま。斜太興業+ブラックラグーンのチャカ=斜太チカ。
 ソウルジェムの琥珀色のシンボルカラーはギルティギアのメイから拝借。



>御剣冴子

 御剣颯太の姉であり、『佐倉杏子被害者の会』でも、かなりのトップランクの被害者。
 御剣沙紀同様、いわゆる『偉大なる無能者』。そんで貧乳。

 御剣颯太とのキーワードは、当然『姉弟』。生前、彼が唯一絶対頭が上がらなかった存在。

 しっかりしなきゃと思いつつも、生来のドジっ子属性が災いして、シッカリ者過ぎる弟に頼りっきりな自分を嫌悪しながらも、何とか自分にできる事をこなさねばと思う、おっとりお姉さん。
 改変前では、弟に色々とおんぶに抱っこだったため、弟の女性とのコミュニケーション能力の破綻を見抜けなかった人。

 イメージ的な元キャラは、モンスターコレクションの、カッシェ・アルデバル。
 シンボルカラーは美樹さやかと一緒のスカイブルー。



>西方慶二郎

 御剣颯太の師匠にして、彼が人生を誤らせる原因になった諸悪の根源の一人。いわゆる『物語の本筋に出て来ない、師匠キャラ』。
 何だかんだと面白がりながら、颯太の才能を見出して相撲部屋的な意味で『可愛がった人』。
 あるいは、御剣颯太が本当の意味で『救った』最初の人。

 彼が抱いた魔法少女は、魔女の釜を使って代々一族から魔法少女を輩出して日本を裏から支えていたけど、彼の弟子に伝承させる事が分かり(限定的ながら未来予知持ち)、祈りの内容が少々変質したため、自らの破滅と不要を悟って消え去ったという裏設定。
 初期段階では、同じ魔女の釜を持つ御剣兄妹との対面シーンの構想もありましたが、あえなくお蔵入り。

 ビジュアル的なイメージ元は、薬師丸法山というか、碧鱗の王というか、宮本武蔵というか、まあそんな感じ。
 ネーミングは、リアルバウト・ハイスクールより、東方流玄(京極慶景)+南雲慶一郎を捩ったモノ。



>鹿目まどか

 原作の主人公にして、一番、干渉しにくいポジションの人。
 何しろ、この話の主人公である御剣颯太は、ほぼ全て、性別から何から何まで『鹿目まどかの逆を行く事』で成り立ってます。
 まあ……主人公ポジを食っちゃった結果、仕方ないと諦めて下さい。

 御剣颯太とのキーワードは『慈悲』と『救済』に対しての『憤怒』と『断罪』。女と男の『質の違う正義』の対比。
 あるいは『神様タッグ』。

 結果的に彼女は御剣颯太という『もう一人の神』を救う事によって、彼女の存在が2次方程式的な方法で、御剣颯太がいた時間軸で存在が証明されます。

 そういう意味で、改編後の佐倉杏子は優秀なシスターになれるんじゃないでしょーか。
 魔法少女の葬式や結婚式を取り仕切り、円環の理へと送り届け、魔法少女たちの結婚に希望と祝福を授ける役割としては、ピッタリな気がします。

 個人的に、御剣颯太は『プロトタイプ鹿目まどか』だと意識して、設計しました。
 ゆえに、御剣家の乱での『究極(アルティメット)』に対して、『原点(ルーツ)』を見せてやるというのは、彼の意地であり本音です。
 また、佐倉杏子と鹿目まどか。
 この二人の『願いの質や方向性が似てる事』が御剣颯太に『待った』をかけられる原因であり、それを『叶える過程で』御剣颯太と衝突した事が、『神々の会話』であり後篇の発端です。



>暁美ほむら

 唯一、原作から立ち位置があまり変わらないキャラ。
 御剣颯太とのキーワードは『相棒』。『時空の特異点(イレギュラー)タッグ』。
 あるいは、『ホマンドー(メイトリックス大佐)』と『リアルセガール(ケイシー・ライバック)』が手を組んだ『第三次世界大戦タッグ』。
 ……そりゃワルプルギスの夜も倒せるワ。

 御剣颯太が、ワルプルギスの夜戦の経験者という事を知り、更に頭脳、戦闘面での『キレ』と、自分と同等ながら、違う視点、視野の持ち主だと認め、利害を一致させていく。
 能力的には御剣颯太の天敵だが、人格的にQBや彼女のような『理性だけで動こうとするタイプ』は、御剣颯太みたいなタイプが色々と天敵なため、色々と翻弄されちゃうカワイソウな人。

 繰り返しの中で、彼の正体に気付ける唯一の存在。
 後編でも、ポイントポイントで重要な立ち回りを果たして行く。

 因みに。
 計算を出した人によってマチマチですが、ほむほむ11話の大暴れシーンの『兵器の総額』は、高くても、おおよそ200億円だそーです。
 1000億あれば多分足りるだろうと思ってたんですが、ばっちり御剣家の家計の予算内!
 あまつさえ資産運用を色々やって、颯太の奴は金稼ぎまくってます。だから予算的には大丈夫っ!
 更に、プロデューサーが居た事にすれば、ほら。ほむほむは『追いつめられて唆されただけ』という言いワケが立ちます♪

 ……え? 損害賠償? ワルプルギスの夜が暴れまわったらどーせ全部ぶっ壊されるんだし、そんな細かい事は知りません(バッサリ



>巴マミ

 原作ではマミったりマミったりマミったりと散々だけど、この話では『孤独』というキーワードが最強に近い形(甘え上手な妹キャラ&頼れる男に頼られる)で埋められているため、スーパーマミさんとして降臨。

 御剣颯太とのキーワードは、勿論『恋人』。『スーパーベテランタッグ』
 精神的な不安定さを解消したため、ベテランの経験を活かした正に八面六臂の大活躍。
 ついでに、「ソウルジェムが魔女を産むなら、みんな死ぬしか無いじゃない!」という彼女の叫びを、御剣颯太は文字通り体現してしまったのは『計画通り(にやり』。

 後編では、あまり描写されてませんが、見滝原を中心に魔法少女たちの元締め的存在へと成長していきます。
 一方で、チカと颯太との関係に嫉妬する場面も。

 個人的に、『一番幸せになるべきじゃないかなー』と思ってるキャラだったりするので、あんなエンディングになりました。
 ……ま、『食べられちゃう』落ちに変わりは無いんですが。



>美樹さやか

 原作では薄幸ぶりが目立ちましたが、この話においては頼れる先達が二人も生きてるために、己の信念を貫ける一人前の魔法少女として成長。
 『安定のさやか』ならぬ『意外性のさやか』として、大活躍。

 御剣颯太とのキーワードは『師弟』。文字通りの『師弟タッグ』として、ワルプルギスの夜戦では活躍。

 色々な意味で『間違ってしまった正義の味方』である御剣颯太を救う、優秀な生徒。
 まどかママの『間違ってあげればいいんだよ』というセリフの通り、『間違った人』としての御剣颯太の教えを、自分なりに活かして自分の正義を貫き通す人になったのは『計画通り(にやり』。

 後編でも、結局は師弟に。
 結果、『見滝原のサルガッソー』に育まれ、『逞しすぎる人魚姫』に育ちましたとさ。



>上条恭介

 原作では、特に細かいキャラ描写がされてなかったのですが、『世間知らずの御曹司でありながらも、誰より自分に厳しく己の道を往く男』として、個人的に何と無くこーんなキャラじゃねぇかなと思い。
 御剣颯太とのキーワードは、精神的な意味での『兄貴』。シモンとカミナとか、ペッシとプロシュートとか、そんな感じ。
 御剣颯太とは、年下でありながら一つの道を極めんとする男と男の会話が成り立つ、唯一の存在。
 ついでに、鈍感ぶりも大体共通(笑)。この二人の逃亡シーンは、必然の成り行きかと。



>佐倉杏子

 この作品の要。
 由来はあれど、基本なんの変哲もない平凡な家である御剣家滅亡の引き金を引いた、張本人。
 当然ながら、唯一『御剣颯太とタッグを組めない』魔法少女。

 キーワードは『武侠』と『任侠』。あるいは『一神教』と『多神教』。もしくは『信仰』と『金』。『幻想』と『真実』。

 宗教関係のネタを、ちょろっと調べていくと、彼女の願った事や佐倉神父のやった事が、トンデモネー事だってのがよーく分かります。
 ……そりゃあ、颯太に『悪徳宗教家』呼ばわりされますって。
 もう、なんというか……色々な意味で、ツッコミを入れやすかったというか。
 挙句、使い魔を魔女に育ててグリーフシードの養殖までやって、窃盗で生活をするなどという、フリーダム絶頂な真似していれば、『まともな暮らし』を望んでいた颯太がキレるのは当たり前かと。

 御剣兄妹が存在している事そのものがトラウマなため(彼女にしてみりゃ、首吊った家族が目の前に現れたよーなモンでしょ?)、それを強烈に抉られて、生来の精神的な強さや割り切りが出来なくなり、完全にパワーダウン。
 前半では、かなりの勢いで押し込まれた末に、土壇場で往時の幻覚魔法を取り戻すモノの、文字通り相手が悪かったとしか言いようが無い結末に。

 後編では、チカとの『不良タッグ』で精神的再建を果たして行くパターンに。
 さらに、ゆまやその他の面子も加わって行くものの、御剣兄妹への後ろめたさは、ぶんなぐられてコトを解決するまで消えず。

 エンディング後は、何だかんだとシスターとして教会を取り仕切って、魔法少女の結婚式や葬式、身寄りのない魔法少女や子供を引き取って育てる等、経験を活かした大人になります。



>佐倉パパ

 この物語の諸悪の根源。究極の中二病患者。
 きっと、ものすごく真面目な人で、遊びとか全然しなかったんじゃないかなー、と。
 精神的にいろいろと純粋培養されちゃった人が道を誤る典型例。……まずは『政教分離』って言葉の意味から学んだほーがいい気がする。

 そういう意味で、西方慶次郎と一緒。

 もっとも彼の場合は実際に行動し、実行して血を流しながら言葉の意味を理解します。
 その結果、自身は破滅したモノの、最後には御剣颯太という優秀すぎる弟子に救われました。

 『真の狂気とは、理性を失った時ではなく、本能を失った時である』って何かでありましたが。そういう意味で理想や理論、あるいは幻想『だけ』で飯を食おうとする人間への、警告と警鐘だと思います。
 ……だって、人間の問題を究極的に『理性だけで』最終解決しようとするなら、ソイレント・グリーン、もしくはQBになっちゃうし『実際にそう考えてるとしか思えない』思考回路で行動してる人も、マジで沢山居ます。

 何となく、最近、オウム(アレフ)に入信する若者が、また増えているという話を聞いて、あーいう宗教団体に嵌っちゃう人って、基本優秀でも己の人生を己で拓く力とか、支えてくれる仲間とか家族とかの概念が欠けてるんじゃないかなーと思い。(サリン事件の時、『このまま失敗したら嘘になっちゃう』とか実行犯が言ってたのは、正に竹中さんだと思われ)。
 きっと、そーいう所じゃねぇと親友とか作れなかったんじゃねぇのかな?

 しかも恐ろしいことに、その『中二じみた新しい信仰』から、結果的に本当に『世界が良くなる神様』を作り上げてしまう人。
 そういう意味でも『計画通り(にやり』。

 カルトの本質は、究極的に『一発逆転』です。
 既存の価値観をぶっ壊し、それに成功すれば、一躍英雄、この世の支配者です。
 そういう意味で、佐倉杏子の祈りは、相当に相性がいいモノです。

 ですが、連綿と積み上げてきた価値観……伝統、あるいは金、国家というのは、それそのものは幻想ではあっても、多くの人間、数多の人間が、それを拠り所にしています。
 そして何かを『壊す』のは簡単ですが。
 その壊した何かの代わりを『創り出し』、かつそれを『維持し続ける』のは相当に困難です。
 そしてそれを否定するならば、その上を行けるモノを実行し、示さねばならないのは、責任であり義務です。

 そして価値観と価値観の衝突を起こした場合、どちらが道を譲り、どちらを優先するか、妥協するか。それは深淵な人類の永遠のテーマです。最悪、戦争になる。
 そういう意味で『全てを救う絶対的な教え』、あるいは『方法』なんて有り得ません。

 が、現代の日本人が、同じ生活を古代ローマで送ろうとした場合、単純計算で一人頭300人ほどの奴隷というマンパワーが必須になるそうです。
 なんだかんだと、テクノロジーの進歩というのは素晴らしいモノだと思われるのです。……俺は、ね。

 佐倉神父は失敗しました。
 でも佐倉杏子をこの世に残し、さらに御剣颯太を創り出すキッカケを作りました。
 そういう意味で、彼が後世に残したのは、盛大な『呪い』ですが……なんとかかんとか、彼らはそれを飲み下せました。

 『祈り』と『呪い』は、本質的に表裏です。誰かの正義は別のだれかには悪です。
 だからといって、ゼロサムゲームを繰り返していては、前編の颯太のように破滅あるのみです。
 誰かに勝つよりも、『みんなが得をする事を考える』のが、本来の人間の知恵だと思います。

 そういう意味で、鹿目まどかも、御剣颯太も、一種の破綻者と言えます。
 何しろ、『自分は一切得をしようと思っていない』のですから。
 ですが、そういう人たちを支えるために、人と人がつながりあう意味が、あるのではないでしょうか?
 俺個人はそう思えて仕方ありません。



>キュゥべえ

 言わずと知れた、全ての黒幕。
 そして前編では御剣颯太の真の敵対者。

 そして俺個人が思ったのは『こいつは子供だ』と。あるいは『今時の大人』と言えるかもしれません。

 何しろ、鹿目まどかを使って地球をぶっ壊しておきながら『ぼくは願いをかなえただけ』『あとは人類の問題』の一言で、一切責任を取ろうとしないスタンスは、正に、昨今のTV局やそれに出てくるインチキ御用評論家そのもの。
 あるいは、全てを秘書のせいにする政治家とか、その政治家に全ての責任をおっかぶせて、自分たちが陰で好き勝手しようとしか思ってない官僚集団とか。
 究極的に自己中心的で、何かあったとしても我関せず、自分自身の問題が解決すれば他人がどうなろうがお構いなし。
 『自分のしたことの責任をとる』事が大人の条件ならば、QBは間違いなく子供です。

 大体、人類が裸で洞穴で生活しようが何だろうが、はっきり言えば関係ないし、余計なお世話です。

 だから、究極の決断……御剣颯太の願いを突き付けられた瞬間、彼はバグります。
 今まで『死』という概念からも解き放たれた上に『宇宙を維持する』という『誰も否定できない正義』に酔ってた彼に、いきなり『別の角度からの正義』が『リアルな自己保存の危機』と共に突き付けられて、彼はパニックになります。

 実際、佐倉杏子のような願いを叶えた結果、御剣家のような家が沢山発生するのは、こいつは知っているはずです。
 まどマギの世界観だったら、彼女のような『ヒトラーが生まれる事が可能な祈り』をすれば、それから派生して生まれていく悲劇を何とかしようという契約相手が、沢山増えるわけで。
 そういう意味で御剣冴子は、キュゥべえのイイカモであり、お得意さんであり、狙い通りだったんじゃないでしょーか?

 実際、ヒトラーは当初、第一次大戦後の経済的に傾き倒したドイツを救っています。
 その後どうなっていったかは、みんなも知る通りですが……案外、『アドルフさんの話を聞いてほしい』って願っちゃった魔法少女とか、いたんじゃねぇかと確信してます。
 だとするなら、そのマッチポンプの結果、アンネ・フランク以外にも、相当数こいつは契約を稼いだんじゃないでしょうか?
 ともあれ、結果、QBの目論見は、『いつも通りほぼ成功する』ワケですが……そこをひっくり返す『怪獣』御剣颯太が居た、と。
 で、理性だけで何とかなると思いあがった『傲慢』の結果、火遊びが過ぎた末に彼は破滅します。
(実際、彼(ら)は御剣颯太を恐れています。それが認められず、だからこそ人間の手で処分させようと立ち回って、彼にあまり近づこうとしません)



 ちなみに、QBと御剣颯太との戦いは、最終的に宇宙規模の戦争にまで発展。
 何だかんだと地球から叩き出された(従順な契約者数の絶対的不足)QBは、この段階で既にダダッ子のよーな有様になってて『御剣颯太は宇宙のために抹殺しなきゃいけないんだ』という妄念にとらわれた末に、『僕を認めない知的生命体なんて宇宙にいらない』と『地球丸ごと御剣颯太をぶっ殺そうと』します。

 そして、QBにそそのかされて宇宙艦隊を率いてやってきた他星の魔法少女たち。
 迎え撃つは両腕組んでガイナ立ちした御剣颯太が掌握して、彼自身の指揮官としての才能+魔女の窯+魔法少女支援効果の結果、文字通り、全員一騎当千、NT(ナノハ・タカマチ)級の、総勢300人のMS(マホウショウジョ)軍団。
 『敵の数はたかだか3倍!!』などと言い切りながら、それらを指揮して、正にレオニダス張りの奮戦の末に撃退した後、拿捕した宇宙船を使って、幾つもの星で魔女の窯や真相を利用して魔法少女たちを懐柔、決起させて『我々は奴隷ではない!!』と、宇宙規模で魔法少女の大反乱祭りに発展。

 その責任やら何やらを、全部QBに押し付ける、ちゃっかり者の、他の星の覇権種族の皆さんたち。
 そして、恐怖のNT(ナノハ・タカマチ)なMS(マホウショウジョ)軍団を率いる御剣颯太を納得させるために、宇宙人たち全員そろって必死に別口の宇宙を維持する手段を開発。
 何しろ、いくら正当化しよーが詭弁を弄そうが『じゃ、君たちも宇宙を維持するために生贄に何人か魔法少女になる人、QBに差し出してね。嫌? 出来ない? じゃ、滅ぼうか?』なんてニッコリ迫られては、たまりません。
 何しろ、反乱鎮圧のために送り込まれた覇権種族の連合軍を撃砕してるんですから。

 そんな恐怖の棍棒外交の結果、宇宙の勢力図が書き変わった末に、QBは用無し扱いに。
 スパルタクスの反乱、あるいは猿の惑星が、宇宙規模で起こったよーなモンです。

 一方のQBは、文字通り『わけがわからないよ』状態で、極々一部の魔法少女(奇跡や魔法に頼り過ぎて種族丸ごと魔法少女になっちゃった人たち)と共に、御剣颯太を殺るためのテロリストとして活動。
 もはや、宇宙がどーとかでは無く、完全に私怨。『他人の感情を分からない奴が、一番自分の感情に囚われた』その末に……盛大な罠に嵌めたつもりが、御剣颯太の暴走を引き起こす事に。
 結果……あーなっちゃいました。

 後編では、人間の感情の研究を進めた結果、雌雄同体から、雌が生まれる事に。
 男女の差異と闘争こそが、感情の元であると判断し、そこから僅かながら、感情というモノの体験と研究を進めつつあります。



>魔女の釜について

 ぶっちゃけた話。
 イメージとしては『個人用の原子炉』です。
 呪を利用して、希望を生み出す魔法のシステム。でも、それがぶっ壊れてあふれたら……見滝原がエラい騒ぎになるでしょう。
 颯太自身も言ってますが、『赤の他人を幾らでも食い物に出来る、おぞましいシステム』ですが、同時にそれは使い方を間違えなければ、希望にすら成り得る。
 希望と絶望の不可分さを表すモノとして、作りました。
 ……ま、発想の大本は、特異点の視野のとおり『魔法少女用の罠』だったんですがw



>兗州虎徹について

 元々は、リアルで居合やってる知人に『金属バット、日本刀で斬れる?』と聞いて『絶対無理』と答えられたのがキッカケでした。
 いわゆる『日本刀最強伝説』というのは巷間に流布していますが、やはり独り歩きしている部分があったんだろうなと。薄々気づいてはいたのですが。

 ですが、そこから調べていっている内に、本当に『実践を戦った日本刀が強い』のは、間違いないというのが分かり。
 さらに、昭和刀という、リアルに戦争を戦い抜いた実戦刀があり、そこから兗州虎徹の存在を知った瞬間『これだ』と思いました。
 元々、ガラクタ山の中から何かを見出して作り出すという話や行為が大好きな人間だったりするので、ド直球。
 そういう意味で、イメージとしては、Fateのアーチャーに通じる部分があります。(ちなみに、彼が両親から買ってもらった玩具の夫婦剣を沙希が隠し持ってたのは、完全に狙ったネタです)。

 他にも、太平洋戦争中は、軍刀に拵えを作りかえられた家伝の名刀、宝刀が実戦で役に立たず(すぐ折れる、メンテナンスが大変等々)、兗州虎徹のような実戦刀が各所で求められた事を知ったのが切っ掛け(逆を言えば、それだけ重火器や小火器が貧弱だったとも言えますが)。
 昭和刀にも、色々と魅力的な逸話や伝説があったりして、イイネタに出来るんじゃねーかなーと思ったりしています。




>この話を描いた動機について。

 現場仕事をしていると、時々「俺を誰だと思ってやがる」なんて偉そうな事を言ってつっかけてくる無関係な人が居ます。
 そして、はっきり言うならば、現場仕事をしていて、こういう態度でワガママこいてトラブルを起こして喚き散らすのは、体験上8割以上が50や60代等のいわゆるイイトシこいた『老人』です。

 だって、『俺を誰だと思ってやがる』なんて、フツー、リアルで赤の他人に言えませんよ?
 その言ってる相手が自分の会社の社長の息子だったらとか、その息子の友人だったらとか。どんな相手かも分からないのに、一方的に被害者面で偉そうに叫ぶ。
 想像力が欠如して、変な夢見てるとしか思えません。ぶっちゃけスゲーカッコ悪いです。

 仕事上、列整理をしていたときに、いかにもイキがったチンピラ風のおっさんが『ワシはヤクザやぞ』と凄んだのですが、こちとら人と接する仕事をしてる人間です。そーいうハッタリは一発で見抜けます。
 挙句の果てに、大人しく列に並んでた家族連れの『本職』が現れて、その人を裏手に引っ張っていったのは、内心、腹の底から大笑いしました。

 そして、思ったのです。

 『いつからこの国は、大人が夢を見て、子供が現実見る国になっちゃったのかな?』と。

 俺が体験した子供の社会は、いまどきの大人が考えるよりも、遥かにリアルで生々しかったです。暴力もありますし、侮られればカツ上げ食らいます。
 ぶっちゃけ『子供の人権』なんて生温い単語は子供同士じゃタテマエでしかありません。『生まれたままに純粋』だということは『獣同然』だという事を、身をもって知りました。
 実際、特に大した理由もなく、集団暴行や、武術武道の経験者に殴られて、死にかけた事、殺されかけた事、殺しかけた事……相手はどう思ったか知りませんが、『これは命のやり取りだ』と覚悟した事が、私個人は何度もあります。



 夢みたいな理想論ばっか唱える人が横行した結果、今の老人たちは『何か』おっ欠いてるんじゃないか?
 現場仕事の場に立ち続けた俺には、そう思えてなりません。



 3.11の大震災の時。
 私の十年来の親友は、福島の原発に勤める人です。
 私自身は鹿児島なため、被害も何もありませんでしたが、ガチで真っ青になりました。

 なんとか連絡が取れたモノの、彼自身、事故後の対応でテンテコマイです。
 そんな中、メールで一言。

『もう会社やめたい』

 彼は原子力の専門家です。その彼が今、仕事をやめたら、どうなるか?

『がんばってみろよ?
 俺、原発なんか分かんネェんだから。代わってやれる奴、多分そんな簡単に見つからねぇぞ?』
『ん、分かった、頑張る』

 結果、彼は現場に残る事を選びました。
 そして数日後……その現場の惨状、そしてそこで働く人たちの悲惨な実態がTVの映像やネットに写されて、俺は心底後悔しました。
 なぜ、俺はあの時、安易に『がんばれ』なんて言ってしまったのか!!
 逃げていい、むしろ今からでも会社辞めて逃げてくれ。そう言おうとして……出来ませんでした。
 しかも。

『TV局が最悪でさー、アポもとらないのに休憩室の俺の寝顔とか写していったんだよねー』

 ……この瞬間、初めて俺はTV局というモノに。そして評論家面した連中や、一方的な被害者面した連中に。
 そして『自分自身に』本気で憎悪に近い怒りを覚えました。

 原子力のシステムを必死に維持管理して守っていたのは誰でしょうか?
 その恩恵を受けていたのは誰でしょうか?

 原子力そのものは、ぶっちゃけ悪です。
 でも、その恩恵を当たり前ヅラして受けておきながら、いざ誰も予想だにしなかったトラブルに遭った時に、だれが悪い彼が悪いと責任のなすりあい。
 究極的には『電気を使ってるみんなが悪い』んです。みんなが悪いならば『国が具体的な救済策』を取らねばならない。
 だというのに、『責任は東京電力が』云々とか、一方的に上から目線で偉そうに言ってる連中は、いったい全体何様なんでしょーか? お前ら電気を使わん生活しとったんかい!

 そういう意味で、事故直後、原発に行きたくないと言って逃げ出した自衛官さんを、俺は責められません。
 当たり前です。誰だって行きたくないんです。緑の肌の巨人になんぞ、なりたくありません。

 今、あの事故があって、初めて別なエネルギーの方向が模索されていますが……実際問題、かなり難しいでしょう。
 コストパフォーマンス的に原子力以上のエネルギー源を確保するのは難しいのが現状です。
 それも考えた上で、原子力は少しずつ削っていくのが正しいでしょうが……いきなり『全部廃止しろ、研究も中止しろ』というのは、気持ちはわかるけど狂ってるとしか俺には思えません。

 家電の消耗電力が新技術で減るといったって、人間が増えて使う人が増えれば一緒です。
 太陽光で発電して、余った電力を売ればいいという人は、『その電力会社に売ったバカ高い電気を、『誰が最終的に買って使うのでしょうか?』。
 あるいは、化石燃料でバカスカCO2や色んな有害物質吐き出しながら、値段の高い火力発電に戻れと?
 豊かな社会というのは、自然だけじゃありません。都市インフラなんかも含んだモノです。そこには当然電力なんかも含まれます。

 みんなが金持ってる事が豊かな社会んじゃありません。
 作中でも書きましたが、金なんて一種の『信用』という名の『幻想』であり『信仰』の一種です。
 そのうえで、お金という『人間の信用でモノが買える社会が成り立っている事』が、人間としての豊かさにつながるワケです。
 『お金が人を支配するのではなく、人がお金を使う社会』。これこそが経世済民の基本の心じゃないでしょーか?
 そーいう意味で、資本主義国家において、お金の概念だの何だのは、学校の授業で簿記と一緒に一般教養に含めるべき、基本なんじゃないかなと個人的に思います。

 何故なら、今、日本に限らず、世界は高度に専門化された技術を持った人たちが軸となって支える社会になっています。

 御剣颯太は『俺はヒーローじゃない』と言いながら、結局、最終的にヒーローとしての義務を背負わされて、それを果たします。
 何故なら、彼しかいない、文字通りの『ザ・ワン』だからです。

 他にも、オンリーワンの技術や才能や諸々で、世の中を支えて稼いでいる人たち。
 そういった技術や技能、理論は、はっきり言えば専門分野でありエキスパートのモノで、門外漢に全部理解しろというのも難しいモノがあります。
 実際、友人に原子力の細かい説明されてもサーッパリです、俺には。ただ、それに向かって現場の人たちが必死に向き合って、今現在も戦い続けているのは事実です。

 そこを信用という目に見えないモノを『見える形で繋ぐのは』、残念ながら『お金』しか現在の所、ありえません。

 そして、確信しました。
 この不景気が続いてる昨今で、弱肉強食だの自由競争だのを唄う連中というのは、大概が『そういった競争にさらされる立場に絶対に無い連中』、もしくは『自分は100%勝てるから大丈夫だと思い込んでる』脳天気なQB並みの大バカモノなのだと。
 実際、大手といわれる新聞社は『どこも株式上場していません』。中には、フツーだったら倒産しててもおかしくない経理状況の新聞社だってあります。マジで。

 そして、それを唄い続けたら、最後の最後に残ってるのは、冗談抜きに、金ではなく暴力の世界になってしまいます。
 マジで世紀末救世主ワールドの到来です。モヒカン革べストでヒャッハーな人たちが横行する世界です。
 しかも、そんな世界になったとしても、胸に七つの傷がある救世主が現れる保障なんてドコにもありませんし、仮にそんな救世主が現れたとしても、『あなたを救ってくれるなどという保証はどこにもありません』。



 よく『中産階級の消滅』などと言います。
 いわゆる鹿目まどかが生まれた『ふつーの家庭』というやつが、どんどん無くなって行って、二極化と言われています。
 その結果、何が起こるか考えると……やはり、大規模なカタストロフとしか思えません。
 『外国を参考に~』などと言う人たちは、その外国が『中産階級(普通の家庭)が消滅している普通じゃない状況』に陥ってる事実を、どう捕えているのかと思います。



 そして、オッサンになるまでに俺が体験してはっきり言える事は。

 『他人を嫉んだり羨んだり蔑んだりするのは自由だが、それで他人を引きずり下ろしたとしても、自分は絶対豊かにはなれない』という真実です。

 実際、公務員の給料が下がったからって、税金が下がりましたか? 電力会社のお役所体質だ何だとか言いながら、結局、電気料金は下がりましたか?
 公務員の給料を下げれば、それを民間の会社の経営者は参考にして給料を下げる事を検討します。そして、民間の給料が下がります。
 そして、誰もお金を使わなくなります。
 世に言うデフレとか不景気というのは、こうやって『煽られた嫉妬から、負の連鎖が続いてる』んじゃねぇかなと、漠然と思っています。

 ……ま、財務官僚という『日本で一番、大金を動かせる立場の人間』が、組織維持の自己保身(デフレにする=金の価値が上がる=『一番金を動かせる』自分たちの組織の力になる)に走りまくってるのが諸悪の根源な気がしますけど。

 大体、誰かを『羨ましい』と思うのなら、自分がそう在るように努力すべきなのです。大金もらってる人間が羨ましいと思うなら、大金を稼げばよろしい。公務員が羨ましいなら公務員になればよろしい。もっとも、散々バブルの頃には、みんなが公務員を馬鹿にしてましたが。
 ただ『その金を手にして、あなたは何をしたいですか?』というのは、明確にしておいたほうがいいです。
 お金ってタダの手段ですから。

 だから俺は、全然、大金持ちを羨ましいとは思いません。
 日々暮らしてそこそこに自由を謳歌できて家庭を維持するお金さえあれば、それでいいとすら思ってます。だってタダの小市民だもん。
 御剣颯太を見れば分かると思いますが、大金を貰って生活するということは、トンデモネェ義務や責務を背負うのが普通です。子供が誘拐されたりとか、その金を狙った何者かが現れたりとか、そんな事までリアルに心配しなくちゃいけない。

 御剣家は有り余る大金を手にしましたが、果たしてそれだけで幸せになれましたか?
 あなたは『意味も無く』御剣颯太になりたいですか? あるいは鹿目まどかになりたいですか? と聞かれたら……おそらく『子供か馬鹿じゃなければ』9割がノーと答えるでしょう。

 ですが『必要があってその覚悟はありますか?』と問われたら……多分、みんなイエスと答えるんじゃないかと思います。……とりあえず口先だけは。

 『あなたは夢や希望を叶えるんじゃない。誰かの希望になるのよ』とは、エンディングの言葉ですが。
 本来、『子供にとっての大人』って、そーいう存在じゃないですかね?
 今、俺も含めて、大人とか老人って……『子供が憧れるかっこいい大人』って、すげー少ないです。
 そういう意味で。
 鹿目まどかが、まどマギの中で、一番の『大人』だったんじゃないかな、と(除く、まどかママ)。
 そう思えてなりません。
 



 さて、ここまで書いておけば、俺がこんな話を書く動機を理解してもらえると思います。
 ぶっちゃけた話、二次創作が生まれて初めてなトーシローの俺が、マトモなモンになるわけねーんです。
 でも、個人的なシンクロが様々に重なりに重なった結果、暗黒筆神、虚淵様の御作の二次創作に手を出してしまいました。

 荒れるのは当たり前なんですよ。
 佐倉杏子自身が人気キャラだし、そこに真っ向真正面からぶった切るキャラを、投入してんですから。『己の器(技量)を超えた正義に手を出せば、頭がイカレるのは当たり前の話』なんです。

 ほんとーはド素人の俺は、テキトーにまどか神様万歳してりゃー良かったんです。テキトーに無難に話を合わせてりゃ良かったんです。
 でもやっぱり、俺には『QBも佐倉杏子も間違ってるとしか思えなかった』。それだけなんです……いや、ほんとに。

 だから最初、『無意味な概念』の段階で、話をぶった切って勝ち逃げで終わりにするつもりだったんです。Fate/Zeroみたいに。
 『夢と希望の物語は虚淵様に任せた、俺はガッツリと佐倉杏子を断罪して、『現実』と『絶望』を描いてやったぜ、ウケケケケケ』と。

 何しろ、筆神様自身が同じ事やってんだし?
 出来が悪いのは認めますし幾らでも怒られますが、『そこに挑んだ事だけは』筆神様にだって文句言わせません(悪笑)。



 ですが……あれだけ生き地獄を見た御剣颯太が、そうそう簡単に鹿目まどかを認めるでしょーか?

 そう考えたとき、どーしても鹿目まどかの行動にも疑問が出てきました。

 『理想を信じて、希望を信じて』と無責任に全肯定する『神として新人の彼女』に対して、全く正反対の立場である歴戦の古参兵である彼が、こう言うのです。『若ぇの、リアルに生きてる人間、舐めんなよ』……と。

 全肯定も、全否定も、立場が違うだけで、どっちも同じ『無責任』に変わりはありません。
 そう思ってしまうと。
 やっぱり『無責任』ってのは『QBと一緒』で……それは凄く嫌だな、と。

 ハッピーエンドに繋げるための『プロトタイプ』。過程と仮定の話ではあったとしても。
 『御剣颯太は救われてません』。『斜太チカも救われてません』。Fateの場合は、助からないのは言峰だけで、ワカメですら救われるルートがあるというのに。

 だから、終幕という名の後篇を、書く決意をしたのです。
 俺なりに『無責任は嫌だな』と。



 『涜神も、礼賛も、等しく信仰である』とは、青髭の御言葉ですが。
 俺はあえて、『正反対のものをぶつける事』で、俺なりに、まどマギ万歳と言いたかった。

 アンチ魔法少女、アンチQB、そして、そのスタンスの中で、絶対に許せないモノは?
 そー考えた時に……やっぱり、佐倉杏子の願いや行動は、『一番、人間を馬鹿にした理不尽だ』と。そう結論づけざるを得ませんでした。
 なんというか……『こんだけボケてるんだから、突っ込み入れてやらなきゃ失礼にあたるだろう』って感じで。



 もう一度言いますが。
 全肯定も全否定も、『その内容を深く考えない』という意味では『無責任』という罪に成り得ます。
 他人の話を唯唯諾諾と聞いてるだけで、その意味や裏を考えないと、俺俺詐欺みたいなのに簡単に引っ掛かります。
 そう言う時は数字を見れば、と言いますが、それですら絶対ではありません。何しろ『数字は嘘をつきませんが、嘘に数字はつきもの』なのですから。

 そして、『信じる』という事は、『裏切られる』という事と表裏です。コインの裏表です。
 裏切られるのが嫌ならば、まずは『疑う』べきなのです。疑って、考えて、そのうえで何を信じるか、信じないか。
 そして、それでも裏切られたのなら……ケースバイケースではあったとしても、『信じた自分がいた事』だけは、絶対に自覚して反省しなくてはいけません。

 親兄弟であっても他人です。
 それを無条件で信じるって事は、裏切られる事を想定してないと同然です。
 それで私は人生の中でものすごく痛い目を見ました。そういう意味で、誰一人、裏切られた経験のない人間なんて、いません。

 斜太チカ、あるいは御剣颯太のよーに、ある程度世間ズレしている人間は、QBの胡散臭い部分を本能的に見抜きます(だから、それが『恋』という要素で狂うまで、チカは魔法少女になりませんでした)。
 それは何故かと言うと『あまりにもウマ過ぎる話だ』と思ったからです。
 対面する相手の外面に惑わされない、本質の部分を見抜いていく感性は、人と人とで接して行かないと、絶対に磨けない類のモノです。
 そういう意味で、美樹さやかと御剣颯太(斜太チカ)は、本質が直観タイプなため、ごく近しいとも言えます。



 そして……思いっきり噴き出したのが、感想の内容です。

 『これは二次創作の名を借りたオリジナルだから価値がない』という人もいれば『オリジナリティなんて欠片も無ぇパクリばっかで価値が無い』なんていう人も。
 『価値がないと否定したいんだったら、理由を矛盾させないで意見の統一くらいしろよ。お前らどっちだよ? はっきりしろよ?』と笑い転げてました。

 そして、それはほぼ『狙い通り』です。

 俺がこの話でやっていた事は、『世に出回ってる既存パーツの順序数列組み合わせ』。
 ほんとーにただそれだけです。トレカのデッキ作りと一緒です。

 誰かのプロの作家様やいろんな人が物語として撒いた種や、俺自身が身に染みた体験が、俺の中にあって、それを組み合わせて叩きつけた。
 ただそれだけです。

 ぶっちゃけ、台詞をもじったり展開の上っ面誤魔化して、オリジナル気取る事なんて、結構容易いんですよ。
 でも俺はそれをやりたくなかった。したくなかった。それは俺個人にとって、一番卑怯な『嘘』ですから。
 だからあえて分かりやすい、台詞や展開のマルパクやパロディに突っ走ったんです。
 少なくとも、オリジナルじゃない『ここの部分はこの作品から教わった事だ』というのだけは、堂々と分かりやすくしたかった。
 だからこーやって後書きでネタばらしまでカッチリとやっているのです。

 そういう意味じゃ、これは堂々と『パロディ』であり『二次創作です』と断言しますとも。

 所詮、習作ですし。
 俺、金もらってるプロじゃない『アマチュアなんで』(ここ、重要)。
 少なくとも『二次創作だと前置きしている』ので『ルール違反はしていない』とだけは、断言します。

 何しろ、こんな色んな人を敵に回す内容の作品書いたって、一文の得だってありません♪
 ただ、やりたいからやった。そんだけです。
 当たり障りのイイ事ばっかしか言えない、書けない連中と違って。『自分が傷つきたくない』なんて自己保身、ハナッから捨ててかかってんですから。
 荒らしの標的になるのだって、ある程度覚悟してましたとも。

 だから、荒らしの反応含めて、俺は楽しめましたよ?
 消えようかなと折れそうになった事もありましたが……考えてみりゃ、何ら『ルール違反を俺はしてないんですもん』。
 ……ルールの想定外の事は、色々やらかしましたけどね。



 だからこそ、あえてもう一度、言わせてもらいます。

 『他人にぐだぐだ言うなら、まず自分で書いてみろ! やってみろ! オリジナルに拘るな!! 無様でも中二でも何でもいいから、自分が感動したモノを信じてみろ! 下手にカッコつけんな! 幻想や妄想なんて笑われて上等だ!』

 それだけは……色々と人生失敗したオッサンから、伝えたいなと。



 あと、何人かの方が、御剣颯太の『逆を行こうとするキャラを描こうとして』大失敗してましたが、俺から言わせれば、そりゃトーゼンなんです。
 何しろ、御剣颯太自身が、『鹿目まどかの逆を行く事で成り立ってる』キャラなんですから。
 俺の視点での『鹿目まどか』の裏面であり、そのつもりで書いてきましたから。
 裏の裏は表にしか成り得ません。
 つまり、御剣颯太の逆を描いたうえで超えたければ、まずは『鹿目まどかを超えたキャラを描くしかないという事です』。
 だからまぁ、正直……『無謀な事してるなー』とは思ってましたが、止める気はサラサラありませんでした。だって、むしろ出来るのなら、やってみせてほしかったし(笑)
 反骨や反発が理由でも、それを糧に前に進める人間がいるのなら、幾らでも見せてほしかった。

 何しろ、俺自身がソコから始まってるんですから。

 ……ま、結局、完結も出来ねぇ連中ばっかでしたが。
 プロだとかアマチュアだとか『それ以前』だよね、物書きとして。なんというか、こう……突っ張るなら突っ張り通せよ、みたいな。




 さて、エンディングにかけては、かなり駆け足……というか、色々手抜きをかましてしまいましたが。
 正直、それは荒らしの方々がウザかったからです。
 意見なら聞きますけど、感情だけで喚き散らすような人たちの集まりで、モノ書くのに疲れたというのが、本音です。

 『斜太チカのラストバトル』、『西方慶二郎の正体』、『暁美ほむら視点でのこの世界の話(特異点の視野 その4)』、『執事、御剣颯太の一日』

 ……ネタはあるんですよ。ネタは。

 でも、疲れたので、このへんで筆を置かせて貰います。
 お付き合いして下さった方々、本当にありがとうございました。


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