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[27875] (習作)歌姫とノッポのプロデューサー(iDOL M@STER × Fate)
Name: たぬき◆f99c5be9 ID:aabf4d13
Date: 2012/04/10 10:39
初投稿となります。
ニコニコ動画でアイマス関連動画を見ていたらなんとなくSSを書きたくなり、書きだしました。どなたか読んで感想をいただければ望外の喜びです。
Fateと絡めたのは赤い人が好きだからで深い意味はありません。この二人は意外と気が合うのではないかな?と思っただけです。ただ、英霊にいたるまでの物語は意外に少ないので、どの様に書いていくのかは未だに悩ましいところです。
どなたか感想書いていただけてポジティブな物が多いなら続きをひねり出し、無ければ黒歴史へとなると思います。

アイマスもfateも知識不十分なので、なんじゃこりゃと思われる事や、ご都合主義に走る事もあると思いますが御容赦いただければと思います。

※H24.4.10(番外編)削除しました。
 内容がちょっと唐突過ぎましたね。混乱させて申し訳ありませんでした。



[27875] (習作)歌姫とノッポのプロデューサー(iDOL M@STER meets fate)1
Name: たぬき◆f99c5be9 ID:aabf4d13
Date: 2011/05/22 03:28
大通りから1本外れた路地にある公園。ここは師走の喧噪から離れ、静かな面持ちを保っている。
周りは中小のオフィスビルが立ち並んでいるが、今日が土曜日で午後も8時を過ぎているからだろうか、大半の窓の明かりは消え、ひっそりとしている。
そんな公園で、一人の少女がブランコを所在なさげに揺らしていた。
彼女の年のころは15から16歳、高校生くらいだろうか。青みが掛かった美しい黒髪と、普段は凛々しいであろう黒く大きな瞳と目元が特徴的だ。
体つきは同年代と比べて少しスリムにすぎるであろうが、容姿は人並みを遥かに越えて美しかった。
彼女は、かなり前に自身の仕事場である事務所を出たはずなのだが、その後数時間を過ぎても足を家へ向けることが出来ないでいた。
家での離婚瀬戸際の両親の冷え切った会話が脳裏をよぎる。どうせ家に帰っても居心地は最悪だ。正直帰りたくない。
ここは、彼女の仕事場からそんなに遠くはない。
普段、彼女は、帰宅が遅いため仕事場から直接、自宅まで車で送ってもらっている。だからそんな思考が入り込む余地はない。
だが今日はたまたま仕事が早く終わり、自ら公共交通機関を利用して帰宅するという稀なケースであったため、出口の無い思考の罠に陥ったのだった。

「寒い・・・。」

12月の冷気が都会の公園でブランコに一人座る彼女を容赦なく包み込む。このまま外に居続ければ風邪をひてしまうかもしれない、そうなれば彼女にとって命である声 ― 歌声 ― に影響が出てしまう。
彼女もそれだけは避けなければとわかっているのだが・・・。
「しかたがない。こうしていても何も始まらない。」
彼女はうつむいた顔に垂れていた美しい黒髪をかきあげブランコから立ち上がった。

「ねぇ、君一人?ヒマなの?」

公園の端のブランコに近い路地から下卑た声が彼女にかかる。

「俺らも、ヒマなんだよね。」

「そうそう、どっか行かない?」

18歳か19歳くらいだろう、いわゆる「いかにも」な大柄の「少年」三人が彼女の前にたちはだかる。
思わず彼女は腕を抱き、後ずさる。
口ひげを生やしダウンジャケットを羽織った体重100キロに近いだろう巨漢の「少年」が言う。

「おーっ、ちょっとかわいくね?」

「もしかしてキミ「タレント」か何か?」

バサバサに立ち上がった髪をピンクにそめた、細目でやせ形の「少年」が口を開く。

「わ、わたしは、その・・・。」

彼女が、良く通る声で返すが、歯切れが悪い。

「えっ、マジ?おれファンになる。」

はっきりと否定しないことを肯定と捉えたのか、身長が185センチはある黒人とのハーフと思しき筋肉質の「少年」が調子のいい言葉を発する。
それにつられて残りの二人が弾けるように笑う。

「えーっ、じゃあさ、ファンサービスで頼むよ。」

「さんせー」

「少年」達が勝手な言葉を次々に連ねて行く。

「わ、わたしは、これから家に帰るので・・・。」

彼女が拒絶の姿勢を示すが、いかにも弱々しい。あるいは、もう恐怖で声が出ないのか。
「少年」達はかまわず、さらに言葉を並べて行く。

「へーっ、じゃあ今日はもうヒマ決定だね。」

「ラッキー」

「どこがいい?飲み?クラブ?」

「わたしは行きません!」

今度は、彼女が振り絞った勇気で発した明確な拒否の言葉。
だが、「少年」達にとってはそれも当初の予定通り。

「ファンサービス、ファンサービス」

今度は彼女の肩を掴んで強引に連れて行こうとする。

「とりあえず、クルマのせるぞ。」

「オッケー」

「イヤ、たすけ・・・むぐぅ」

「少年」達は、彼女の口を塞ぎ、体を拘束する。これは、もう犯罪だ。

だれか、助けて・・・。彼女が声にならない声を叫んだ時、

「ぐはぁ」

彼女の腕の自由を奪っていた、三人の中で一番大柄なハーフの「少年」が猛烈な勢いで5、6メートルほど地面を転がる。

「ファンサービスだと?たわけが・・・。誘拐だぞ。」

いつの間にか、三人の「少年」の後ろに立つ男が蹴り足もそのままの姿勢で警告の言葉を発する。

「てめぇ、なんだ?」

「いってーな、ケツ蹴りやがって、このクソが」

今しがた、蹴り飛ばされた「少年」もゆっくり立ち上がり、男に罵りの言葉を吐く。

「た、たすけて。」

体と口の拘束が解けた彼女が藁にも縋る思いで言葉を発する。

「おまぇは、関係ねぇだろ。すっこんでろよ。」

口ひげの「少年」がゆっくり近づき男の胸倉をつかむ、掴んだ「少年」の腕から、ちらりとバラとスケルトンをかたどったタトゥが覗く。
だが、次の瞬間「少年」は胃液を散らしながら派手に音を立てて前向きに倒れ込む。
男のヒザが口ひげ少年の分厚い腹部を打ち抜いたのだ。

「不用意に相手に掴みかかるのは感心せんな。相手を掴んで固定するという事は、相手から見れば己も固定されているという事に他ならない。」

思わぬ展開に、彼女は現れた男を見る。
服装は黒色のコートに、カーキのワークパンツ、黒の長そでシャツ。靴はワークブーツ。まるで軍人のようないでたちだ。
背丈は大柄な「少年」達よりさらに大柄で、190センチはあるだろうか?
特筆すべきは、暗闇に浮かぶオールバックに撫でつけたその髪の色と浅黒い肌の色。

「白髪に黒い肌・・・外国人?」

というわけではないようだ。その証拠に街灯に浮かぶその顔つきは、ほりが深いといっても東洋人の範疇だし、先ほど聞いた言葉のイントネーションも同様に日本人のそれだ。

「テツジ!」

口ひげが倒れ伏すのと同時に、ハーフの「少年」の鋭い声が飛ぶ。

「てめぇ、よくもテツジを・・・。」

「ふん、ありきたりのセリフだな。」

「ぅるせぇ」

男と2メーターほど離れた距離からハーフの「少年」が大柄のリーチと黒人特有のバネを生かし、鋭く踏み込み男の顔面を右のコブシで狙う。
バネの効いた一撃は、食らえばタダでは済むまい。だが男はことさら何でも無いことのように左に少し首と体をひねってそれをかわす。
「少年」が、右コブシを戻しつつ、さらに左の二打目を放とうとする。
瞬間、男が一打目の戻しに合せて狙い澄ました左の一撃 ―コブシでなく掌底― を「少年」の右あごにたたき込む。
ハーフの「少年」はゆっくりとスローモションのように膝を折り倒れ込む。
白目をむいているところを見ると完全に意識を失ったようだ。

「さてと、次はどうする?」

男は余裕を持って最後の一人、ピンク頭の「少年」に向きなおる。
「少年」は5メートルほどの距離をとりながらゆっくりと右ポケットに手を入れる。
少しやせ過ぎに見える「少年」が上着の右ポケットから何かを取りだそうとする。
ナイフ!と彼女が認識したその瞬間、ピンク頭の目が驚愕に見開かれる。彼女も同様に驚愕した。
男が、ナイフをポケットから取り出す途中だったピンク頭の右腕の手首を握っている。

「いつの間に・・・」

彼女の眼には男が踏み込む瞬間が全く見えなかった。ピンク頭も同様だろう。
その驚きようがそう物語っている

「いだああああああああああああああああっ」

ピンク頭が唐突に叫び声をあげる。

「どうだ、なかなか効くだろう?強化を用いずとも私の握力は軽く100キロを超えているのでな。」

見れば、男が皮肉げに口の端をゆがめピンク頭にささやいている。
「強化」とは何か分からないが、どうやら男が「少年」の手首を強烈な力で握り込んでいるようだ。ナイフがポロリと「少年」の手から落ちる。

「あの二人を連れてこの場を立ち去る気はないか?もっとも、あくまで、頑張るというのならそれでも一行に構わんが。」

「わかった!わかった!立ち去る!立ち去るから!手を、手を離してくれ」

「ん?よく聞こえんのだが?」

「うああああああああああああああああああああああああああああああ お、お願いします。手を離してください!お願いします。」

ピンク頭が恥も外聞も無く懇願する。

男が、握り込んだ腕にさらに力を込めたようだ。

「ふん、ならばさっさっと消えろ。」

男が握っていた手を離したその後の5分の間に、ピンク頭は必至で口ひげとハーフを起こし、蹴飛ばし、目を覚まさせ公園から消えた。

「なんか、ああいうのを見ると切ない気持ちになるな・・・。」

「少年」三人の必死の退場シーンを見ていた男がぽつりとつぶやいた。
その言葉を合図にしたように彼女はペタンと地面に腰を下ろした。
どうやら気が抜けたようだ。そう、ともかく、彼女は救われたのだ・・・。

「久しぶりに日本帰ってみればこれか・・・。まったく・・・。」

と独り言をつぶやく男は、ようやく彼女が地面に座り込んでいたことに気づいた。
「立てるか?」男が手を差し出し、彼女は呆然としながらもその手を恐る恐る握った。
次の瞬間、ふわっと浮かぶような感覚とともに彼女の体は引き上げられ立ち姿勢をとらされた。男がそっと手を離そうとするが、まだ体がふらついてしまう。

「大丈夫か?そこのベンチまで歩けるか?」

男が彼女の手をとって支えつつ気遣わしげに彼女に声をかけてくれる。
「大丈夫です。」彼女は気丈にも回答をするが、とても言葉通りにはいかないようだ。
彼女は男の手を借りて何とかベンチにたどり着いた。
男は目の前の自動販売機から暖かい緑茶とミルクティーを買い彼女の眼の前に差し出した。

「どちらが、好みかな?」



[27875] (習作)歌姫とノッポのプロデューサー(iDOLM@STER meets fate)2
Name: たぬき◆f99c5be9 ID:aabf4d13
Date: 2011/05/22 03:08
「本当にありがとうございました。」

緑茶をすすった彼女はようやく人心地ついたらしい。男に助けてもらった礼を言う。

「いや、そんな礼を言われるようなことでは無い。ともかく君が無事で何よりだ。」

男が返事をする。

「表通りを歩いていたのだが君と奴らのやり取りが聞こえたものでね。」

サラリと男がとんでも無い事を言う。

「えっ、でもここは通りから結構離れていますよね。」

彼女は、思わず振り返って距離を確認する。通りから一本入っているから30メーターはあるはずだ。

「私は割と五感が鋭くてね、視力ほどではないが聴力もそれなりに自信がある。」

「そ、そうなんですか・・・」

彼女は信じられないものを見るような目つきだ。若干顔も引きつっているかもしれない。
ところでと、男が続ける。

「君のような女性がこんな時間に一人で出歩くのは感心しないな。」

「いえ、出歩いていたわけではなくて・・・。仕事の帰りだったんです。」

「仕事?君の年頃で?ふむ・・・。先程奴らが君の事を「タレント」と言っていた
ようだが?」

男の視線が彼女に向けられる。

「ええ、「アイドル」です。まだ駆け出しですが・・・。すぐそこにプロダクションがあるんです。765プロダクションて変な名前なんですけど。聞いた事ないですよね?うちは弱小ですから。」

少し寂しげに彼女は説明を加える。

「すまない、もともと余りテレビを見ない上に、海外暮らしが長かったのでね。」

男も間接的に彼女の言葉を肯定する。

「さあ、君もそろそろ帰ったほうが良い。一日に二度も危険な目に合っては洒落にならない。ご両親も心配するだろう。」

男は缶のミルクティーを飲み干し彼女に声を掛ける。

「ええ、ありがとうございます。そうですね、これ以上ご迷惑を掛けられませんし。」

彼女の暗さを含んだ返事に男が顔をしかめる。

「家には、あまり帰りたくないのか?」

「いえ・・・、そう言う訳では・・・。」

彼女のあいまいな返事に、おそらく当たりなのだと男は推測した。だが、これ以上は初対面の行きずりで出会った男が踏み込むべき領域ではないだろう。
何か彼女の苦しみを和らげられる手段があれば良いのだが・・・。と男は考えた。

「そうか・・・なら良いが。できれば、私が君を自宅にでも送っていければ良いのだが・・・。大丈夫だとは思うが、さっきの仲間や同類がうろついていると厄介だな。」

二人はゆっくりと表通りに向かって歩き始める。

「いえ!送っていただくなんて・・・。これ以上お手間をとらせられません!」

「ふむ・・・。では、これを持って行ってくれ。」

男は胸のポケットから銀に輝く親指ほどのペンダントヘッドのようなものを差し出した。
それは西洋の剣を象った物だろうか?なにか見たことの無い文字のようなものが何箇所かに掘り込んであり、紐を通せば首から掛けられるようになっている。

「えっ、それシルバーのアクセか何かじゃないですか?助けてもらった上にそんな高そうなものを受け取れません。」

彼女の言う事はもっともだろう。人は一方的に借りを作るだけでは、重荷になる。

「これは、アミュレット(護符)と言ってお守りのような物だ。君は信じないかもしれないが、とある魔術師が作成したものでね、効果は折り紙つきだ。きっと君を災厄から守ってくれるだろう。」

「はあ、魔術師・・・ですか?でも、そうだとしたら、尚更そんな大切なもの受け取れません。」

彼女の意思は固そうだ。

「では、君に貸すということでどうだ、次に私に会った時に返してもらえればいい。私としては君を連中から助けた以上、責任をもって安全な場所に送り届けたいところだが、このままでは中途半端になってしまう。私はそれが心苦しいのさ。だから私の心の重荷を減らす手助けと思って預かってほしい。」

「・・・・分かりました。そういうことでしたら。ありがたくお借りします。」

彼女としては既に身の危険を振り払ってもらった時点で自分には借りがあるはずで、その相手からさらに、貴重品と思われるものを無理矢理「借りてくれ」と言われ受け取る事に抵抗が無いわけではない。
だが相手の気持ちに応えることで少しでも借りを返すことになるのではと考え、申し出を受けることにしたのだった。

「そうしてくれると助かる。これで、私としても気が楽になった。」

男の眉宇が緩む。言葉のとおり心底そう思っているようだ。
チンピラ相手にあんな大立ち回りを演じたかと思うと、一転して彼女に対して繊細な心遣いを見せる、そのギャップを見せられて彼女はクスリと笑い思わず本音を漏らす。

「あなたは、本当に変わっていますね。って、私、恩人になんて事を!」

笑った顔をあわてて真顔に戻そうと取り繕う。

「やっと笑顔が出たようだな。やはり君はそういう表情の方が似合っている。その可愛らしさは、さすが「アイドル」といったところか。」

男の思いがけない言葉に彼女は赤面する。

「へ、変な事いわないでください。は、恥ずかしいです。」

男はそれを見て、くっくっと、忍び笑いをする。

「もう・・・。」

とうとう彼女は膨れっ面だ。
師走の街を大勢の通行人が行きかう大通りに出たところで彼女が申し出た。

「ここまで来れば大丈夫です。今日は助けていただき本当にありがとうございました。今度お会いする時まで、このアミュレットは大切にお預かりします。」

「ああ、そうしてくれると嬉しい。では、ここでお別れだな。君も今日は早く帰るんだぞ。」

「はい。」

男が踵を返して立ち去ろうとした時、また彼女が声を掛けた。

「あっ、待ってください!」

男が、立ち止まり怪訝そうに振り返る。

「どうした?」

「えっと、私は如月千早、駆け出しのFランクアイドルです。私まだ、あなたのお名前を聞いていませんでした。」

「ああ、お互いまだ自己紹介が済んでいなかったか。私の名はエミヤ、衛宮士郎だ。お互い縁があれば会えるだろう。では、またな。」

そして今度こそ、二人はそれぞれ街の灯りの輝く都会に溶け込んで行った。まるで、お互いが出会った事など幻であったかのように。
しかし、既にお互いが見えない糸で繋がれているとは、どちらもこの時はまだ気づいていなかった。



[27875] (習作)歌姫とノッポのプロデューサー(iDOL M@STER meets fate)3
Name: たぬき◆f99c5be9 ID:aabf4d13
Date: 2011/05/22 03:09
引き続きアップしてみました。読んでいただければ幸いです。
ご指摘いただいたので、既に投稿した分について改行いたしました。
多少でも読みやすくなっていればいいのですが。

千早~ タイナカサチのimitation 歌ってくれ~

*************************************
衛宮士郎はその朝、日本滞在時の定宿である都内のビジネスホテルで、いつものように朝5時過ぎに目を覚ました。
簡単に身支度を整えるとホテルの外へ出て体を動かすため公園へ向かう。
空は晴れ渡っているせいか、外へ一歩出ると刺すような冷気を感じる。

「今日はかなり冷え込んだな・・・。」

つい最近まで、暑さ厳しい国外で過ごしてきた彼には日本の冬は一段と厳しく感じる。
もっとも、そんな事で行動が制限されるほど彼は温い鍛え方をしていない。
一年で一番昼の短い12月のこの時期、この時間は未だ夜の様に暗い。
10分ほど歩くとブランコと鉄棒だけの小さな公園がある。そこでいつものように柔軟体操を始める。
足裏を伸ばし、肩の筋をのばす。同時に自らの体調を確かめつつ体の曲げ伸ばしを行う。

「トレースオン・・・」

次に彼は、自己のイメージにリアリティを与え、イメージしたそれをその手に生み出す。
現れたのは二振りの木剣。彼はそれをしっかり握り直すと、ゆっくりと左右同時に上から下へと素振りを始めた。
彼は自らの内にしみ込ませた型をなぞるようにゆっくりと振るっている。
だが、その振り一つ一つは、まるで鉄棒を振るうかのような盤石の重みを感じさせる。
30分程振るったであろうか、彼の額にはうっすらと汗が浮かぶ。

「こんなものか。」

次に、一転して実戦さながらに二刀を振るう。
目の前に見る敵の幻は、彼とは違う生き方をし、かつて戦ったもう一人の自分、自身を亡きものにしようとした赤い英霊。
二人は誰も目にすることの無い至高の剣舞を舞う。
英霊の幻が士郎の左肩を狙い袈裟切りに右の黒刀を振り下ろす。
彼は左刀で相手の刀身の反りをおさえつつ一撃をいなした。そして同時に前へ出つつ彼は右刀で、英霊の幻の伸びた右腕を切りつける。
途端に幻は左に大きく体を翻して一回転するやいなや左の白刀を立てて士郎の首筋を狙い右から切りつけた。
士郎は大きく下がりその一撃を避ける。しかし大きく開けたはずの間は、一瞬で詰められ英霊の幻が今度は右手で逆袈裟を切り上げる。
彼は両剣を胸前でクロスし必死に止める。
受けに回ってしまった彼に対して幻は左右の袈裟切りを切れ目無く打ちつける。対して士郎は受けにまわりつつも反撃の機会を待った。
しかし英霊の幻から放たれる双剣の乱れ打ちに後退を余儀なくされる。
だが彼は下がる途中で一歩の歩幅を大きく変え、幻の敵に彼との間合いを読み違わせようと試みる。
はたして試みは成功し、彼と幻の間合いは再び大きく開けられた。そこに再び、幻が神速の踏み込みを持って間を詰めに入る。
先程の再現になるかと思われたその踏み込みを士郎が、大きく飛び越してかわし、空中で前方に回転しつつ英霊の背中を切りつけるという捨て身の大技を見せ攻守を入れ替える。
だが英霊の幻は当たり前のようにその背に剣をかざし士郎の渾身の一撃を防いだ。
そこで再び互いの間は開き、今度は一転して膠着となった。

「はあっ、はあっ」

さっきの一撃は危なかった、と士郎は一人心の内でつぶやく。
全身に冷たい汗が吹き出し、脇と額を伝ってしたたりおちる。
こうして幻と対峙していると奴の人を小馬鹿にしたような笑みまで見えてくる。
だが、その幻が浮かべる皮肉げな笑みは、今の自分が浮かべるそれと、どれほど違いがあるのだろうか?
おそらく見た目に違いは分らないだろう。
ならば今の自分と奴の違いは何処にある。

かつて、士郎が赤い英霊と闘った時、英霊は彼の目指す生き方も、想いすらも偽りだと喝破した。
だが逆に彼は、例え想いや理想が偽りであろうと、ひたすら信じ、目指し続けるのならば本物であると言い切った。
ならば、今の自分は、あの時の自分に恥じぬ生き方をしているのだろうか?
しているとは言い切れない、だが、していないとは決して言ってはならない自分。
未だ彼は信念を賭けて赤い英霊と戦っている途上なのだと思い知らされる。

「ならば、負けるわけには行かない。」

士郎は再び、皮肉げに笑みを浮かべる赤い英霊の幻に向かい剣を振るった・・・。

そろそろ6時半近くになる。人々が外で活動する時間帯だ。
辺りに人払いの魔術を掛けてはいるが、もう切り上げる頃合いだろう。
荒い息を落ちつけ残心をしつつ木剣を下ろし、下ろしたそれを一瞬で幻想に返す。
汗が額から滴り落ちる。
ふと、ブランコに目が行き、昨日助けた少女のことに記憶が届く。

「如月千早だったか・・・。無事に帰っているだろうか?」

多分大丈夫だろう・・・。別れ際に見せた彼女の笑顔を思い出しつつ思考を漂わせる。そして自身で彼女に言った言葉に行き着いた。

「縁があればまた会えるだろう。」

そこで、彼は思考を切り替えホテルへの帰途についた。



[27875] (習作)歌姫とノッポのプロデューサー(iDOL M@STER meets fate)4
Name: たぬき◆f99c5be9 ID:aabf4d13
Date: 2011/05/22 03:09
ホテルに帰り、シャワーを浴びて服を着替える。
冷蔵庫を開けてミネラルウォーターを取り出しそのまま口をつける。先週まで彼がいた場所では、その行為すら至上の贅沢であった。そこでは井戸まで数キロの道のりを歩き水を汲む。
それは年端もいかない子供の仕事であった。そしてその水は少し塩味がした。
リモコンを拾いテレビをつける。朝のワイドショーが相も変わらず芸能人の一挙手一投足について、どうでもいい事を これまたどうでもいいコメント付きで垂れ流す。

「次の話題です。昨日、アイドルの星井美希ちゃんが一日消防署長として・・」

世界のあまりの違いに、やるせない気持ちで思わずつぶやく。

「場所が変われば、色々変わるものだ。」

ひと心地ついたところで、朝食をとるためにコートを羽織り、再びホテルの外に出る。
ホテルにあるカフェで朝食をとっても良かったのだが、日本滞在での定宿となっているため、その味は正直食べ飽きていた。
少し歩いて別のホテルのカフェへ向かう。
そこはビジネスホテルでは無く、れっきとした大手鉄道会社の名前を冠したシティホテルであった。入口にはリボンをかたどったイルミネーションとクリスマスツリーが大きく飾り付けられ、クリスマス気分を盛り上げている。
玄関に入る時、ボーイからチラリと咎めるような視線を受ける。
オリーブグリーンのワークパンツとブーツを履いた士郎は、どうも客として彼のお眼鏡に適わなかったようだ。しかし、士郎はそんな事に頓着することなく中に入る。
中のロビーは吹き抜けになっており、外よりさらに巨大なクリスマスツリーとイルミネーションが設置され飾りを施されている。
周りを見渡しカフェを探す。左の少し奥まった先にカフェの一角が目に入り、そちらへ向かう。
カフェの一角は表通りより高く作られており、外には大きな樹木を何本も植えて通りからは中を見通せないつくりになっていた。そのため、店の通りに面した部分についても大きくガラス面がとってあり、店内はかなり明るい雰囲気になっていた。
店に入ると20代前半の年若い男性スタッフがすぐに彼を席に案内しようと声をかけてくる。

「Good morning,sir.」

このスタッフが士郎を外国人と思ったことは明らかだ。思わず苦笑いをする。この容姿になってからは、しばしばあることだ。

「I m Japanese. I d like to have a breakfast here.」

「た、大変失礼いたしました。」

慌てて、スタッフが頭を下げて詫びる。

「いや、かまわんよ。割とよく間違えられる。」

スタッフが恐縮しつつも彼を窓際へと案内する。その席は先程歩いてきた通りに面した明るく眺めの良い席だった。おそらく彼なりのお詫びとサービスなのだろう。

「紅茶とクラブハウスサンドを」

「かしこまりました」

士郎はメニューをほとんど見ることなく注文をする。
程無くして、注文の品が運ばれてきた。
士郎が紅茶を飲もうとカップとソーサーに手をかけた時、タイミング悪くマナーモードの彼の携帯電話が震えた。
彼にしては珍しく少し慌てて、電話を取る。
むろん着信画面を見る余裕は無い。

「もしもし」

「おはよう、衛宮くん。久しぶりね。」




[27875] (習作)歌姫とノッポのプロデューサー(iDOL M@STER meets fate)5
Name: たぬき◆f99c5be9 ID:aabf4d13
Date: 2011/05/22 03:27
本日もアップさせていただきます。
感想もいくつか頂けて感激です。
掲載方法に関するご指摘も頂いてますが、何とか改良してまいります。もう少しおまちください。

***************************************************

「おはよう、衛宮くん。久しぶりね。」

久しぶりに聞く鈴を振るような耳障りのいい声、だが、士郎にとっては悪魔に等しい声。

「と、遠坂?」

「あによ~、せっかくあんたの声聞きたくて電話したのに何、その物言い?ずいぶんご挨拶ね?」

「い、いや、そんなことは無い。それに半年ぶりに声聴けたからな。電話をもらえて嬉しいぞ。」

「幾たびの戦場を越えて不敗」であるはずの彼がここまで露骨に動揺することは、めずらしい。

「・・・・ふん、まっ、いいけど。ところであなた日本に帰ってきてるんでしょ?」

「ああ、今東京にいる。遠坂は今、冬木なのか?」

「ええ、先月ロンドンから帰ってきたところよ。」

「話があるんだろ? 俺は今、朝食食べるためにカフェにいるところだから、食べてから、かけ直していいか?」

士郎が、自身の空腹と置かれている状況を勘案し、至極まっとうな提案をする。

「あら、衛宮くんは私を待たせるってこと?」

ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ・・・・・。擬音がリアルで聞こえたような気がする。
何がヤバいか分からないが、ともかく凄くヤバいことだけは士郎にも分かる。

「・・・・・・・・分かったよ。すぐ店の外に出るよ。」

「やっぱり衛宮くんね。そういうところ変わってないわ。」

クッ、相変わらずの、遠坂クオリティー。
士郎は自分が暖かい紅茶を飲む事が不可能になったことを理解したのだった。
店のスタッフに一言断ってから、携帯電話を片手にカフェの外のロビーに出る。
長くなるだろう話に備えて椅子を探す。
あまり他人に聞かれたくない話も出るだろうから、なるべく隅の椅子が良いと考えロビーのあちこちに目を走らせる。
幸いトイレに近い一角に休憩用の長椅子を見つけ腰かけ足を組む。

「で、どうしたんだ?」

士郎が話を促す。

「あんた、いつまでこっちに居るつもり?」

「こっちに戻ってきたのはビザの関係だから、書類が整えば、またすぐに戻るつもりだぞ。」

「・・・行くの延期してくれない?」

「どういうことだ?」

「頼みたいことがあるのよ。」

「何を?」

「今から話すわ。」

遠坂凛の話はこうだった。東京のある芸能プロダクションに度重なり、あるアイドルに対する警告と脅迫状紛いの手紙が送られて来ている。内容が内容なので、そのアイドルの身辺の簡単な警護をして欲しいい、できれば犯人を見つけて解決して欲しいとのことだった。

「それは警察の仕事だろう。」

士郎の指摘はもっともだ。

「イメージが大事なのよ。狙われてるなんて何か後ろ暗いことがあるみたいでしょ?」

「うーん、それが何で遠坂のところにそんな話がくるんだ?」

「それは・・・、そのプロダクションの社長さんが藤村先生のお爺さん・・・、そう雷画さんと古くからの知り合いみたいで雷画さんに相談したらしいのよ。」

「雷画爺さん、ガチ極道じゃないか。アイドルのイメージも何も無いぞ。」

「っ、ともかく信頼できる人間に内密に片を付けて欲しいってことなのよ。」

「それで、俺ってことなのか。」

「そう、あんたアッチでも傭兵紛いの事やっていて荒事にも馴れてるし、口の堅さでは信頼がおけるし最適だと思ったわけよ。」

士郎はどうしても残る疑問を再度、彼女にぶつける。

「でも何で、遠坂がそんな話を俺に持って来るんだ?」

「・・・あんた、最近時計塔でも名が売れ始めてるって知ってる?」

「何のことだ?」

「中東、アフリカの政情不安定な国で正義の味方ごっこをしている男がいる。何でも、そいつは常識外の能力で現地の独裁者に刃向い、難民を助けたりしている、ってね。それから、アトラス院の縄張りで死都が何者かに殲滅された、殲滅した人物は虚空から数えきれない剣を取り出し死徒に浴びせた、とかね。」

皮肉気な口調で凛が語る。

「・・・・・・。」

「時計塔はその常識外の能力や、虚空から剣を取り出したりした力が魔術ではないかと疑っているわ。」

「そうか・・・。」

「そりゃ疑われるわよ、目撃情報がこんなんよ。『政府軍が監視所で警戒中、男を発見。男は発見された場所から150mあまりの距離をわずか4、5秒で生身で駆け抜けて監視所を襲撃、黒と白の刀と思しき武装で監視所の兵士十数人を装備していたAKMごとたたき切り監視所を占拠。ただし、兵士に死者は出ず全員生存。』あんた何考えてるの?!
それから死都の件に関してはアトラス院から非公式だけど時計塔所属の魔術士について照会が来たわ。時計塔のお偉方は、知らぬ存ぜぬを貫いたみたいだけどね。でも当然そのまま放っておく訳は無いわ!」

凛が、先程の皮肉口調から一転して怒りを露にする。

「そうか、お前、俺を日本に足止めするために雷画爺さんに俺を推薦したって訳か・・・。」

士郎は凛の言わんとする事をようやく理解した。

「そうよ、藤村先生から、その話を聞いて、ちょうど良い人間が東京にいるってね。」

凛が全てを告白する。

「ねえ士郎・・・あんな事やってたら、あんたいつか本当に殺されるわ・・・。私、そんなの嫌よ・・・。
会うたびに、あんたの姿がアーチャーと瓜二つになってくるし・・・。
あんたの理想も知っている、あたしには止められないかもしれない。けど・・・せめて、この依頼を解決するまでは日本に居て・・・お願い・・・。」

その言葉に、いつもの余裕と自信に溢れた遠坂凛は無い。
士郎のことを心底案ずるが故につむがれた言葉。
正に懇願と言って良い。
士郎は凛の言葉を電話のスピーカー越しではなく、本人を目の前にして聞かされているような錯覚に陥った。
自然と彼の中から言葉が零れ落ちる。

「心配かけて済まない・・・。」

「ううん、私も少し取り乱したわ。」

「だけど、俺は・・・。」

彼の中にあるもう一つの思いが、彼女の言葉を簡単に受け入れない。
かつて救われたこの命は誰かのためであらねばならないという士郎にとっての呪い。
その呪いが彼に立ち止まる事を許さない。

「士郎の言いたいことは分かってる。行かせないって言ってるわけじゃないわ。少しだけ遠回りしてって言ってるの。今出て行ったら時計塔の魔術師と鉢合わせする可能性が高い。あんたあっちで目立ちすぎてるわ。」

それに、と言って凛が言葉を続ける。

「困ってる女の子見捨てて、自分はどっか行っちゃうわけ?正義の味方さん。女の子を助けるのは正義の味方の基本じゃなくて?」

今度は少し悪戯っぽい口調で士郎に問いかける。

「困ってる女の子って、そのアイドルのことか?」

「そうよ。それにアタシの事も含めておいてくれるかしら。」

電話のスピーカー越しに今の言葉を聞いた士郎の脳裏に、少し得意げに方目をつむる凛の姿が浮かぶ。
瞬間、ふっ、と肩の力が抜けて、士郎の心に彼女の言葉を受け入れる準備が出来上がる。

「・・・・・・・・・分かったよ。」

「ありがとう・・・。士郎。」

「確かに困っている女の子を見捨てては置けないしな・・・。それで俺はどうすればいい?」



・・・・・・・・・・・・・


遠坂凛との電話が終わってからも士郎はソファに持たれていた体を起こすことが出来ないでいた。
電話の内容をゆっくり思い出す。
自分のこと、凛のこと、依頼のこと・・・。
ゆっくりと、ゆっくりと。
そしてつくづく思い知る。

「俺は、やはり彼女にはどうしても勝てないらしい。」

彼女に対する、諦めのような、悟りのような少しさっぱりした気持ちを心が持て余す。

そして士郎は最後に、自身の朝食の事を思い出す。
多分、紅茶は飲めた物ではないだろうと。

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今回も765勢出せませんでした。すいません。
次回から765プロ編です。



[27875] (習作)歌姫とノッポのプロデューサー(iDOL M@STER meets fate)6
Name: たぬき◆f99c5be9 ID:aabf4d13
Date: 2011/05/24 08:41
あまり長くありませんが、
本日もアップさせていただきます。
少しでも続きを待っててくださる方がいるようなのでがんばってみます。
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衛宮士郎は、目の前の光景に困惑していた。
「お金は、プロデューサーさんに借りてでも必ず支払います。もう少し待ってください!」
彼の目の前では年の頃13、14歳、明るい茶色の髪をした短めのツインテールの可愛らしい少女が、深々と頭を下げて彼に懇願している。
彼には初対面の少女に、このようなことをさせる趣味も理由もない。
というか、ぶっちゃけると、少女に頭を下げさせている大男、というこの構図は彼の体面上非常によろしくない。
実際、階下の住人が通るたび、この二人の様子に何事かと好奇の目を向けてくる。
『どうしてこうなった・・・・。』
天を仰ぎたい気持ちをこらえながら、ここ数日の記憶を手繰り寄せる。
事は、数日前に遡る。
彼は遠坂凛から、とある少女 ―アイドルらしいが― の警護と事件の解決を依頼され、承諾した。

「依頼の内容は、さっき話したとおり、警告というか犯罪予告に対する対処、つまり対象人物の警護、出来れば解決ということよ。細かい内容については、プロダクションの社長さんが引き受けてくれる人に直接話したいそうよ。だから詳しい事はそこで聞いてくれる?」

「警護対象の事とか状況とかもか?」

士郎が聞き返す。事前に何も調べられないのは、何ともやりにくい。
本来なら断っても良いくらいに乏しい事前情報だが、今回に限ってはそれは出来ない。

「せめてプロダクションの名前くらい分からないのか?」

多分聞いても知らないだろうと思いつつ彼女に確認する。

「えーっと、なな、ろく、ご?ああ、「なむこ」って読むんだ、765プロダクションですって。変わった名前ね。」

士郎の脳裏に急速に記憶がよみがえる。

『ええ、「アイドル」です。まだ駆け出しですが・・・。すぐそこにプロダクションがあるんです。765プロダクションて変な名前なんですけど。・・・』

公園でであった少女の事が気に掛かる。

「まさかな・・・。」

士郎は、なんとなく感じる嫌な予感を意識に上らないようにねじ伏せる。いくらなんでも偶然だろう。

「この件は、雷画さんに連絡とってから先方と調整するから、少し待って。又連絡するわ。」

そして、改めて彼女から連絡のあった当日、彼は約束の時間、午後3時に合せて765プロダクションへ向かった。
外は、冬晴れで12月も中盤に差し掛かった午後としては暖かであった。
今日は、会社の事務所を訪れるということで、上着こそはいつも通り黒のコートを羽織っていたが、その下に身につけていたのは、いつものワークパンツや長袖Tシャツではなく、黒のスーツにダークなカラーのワイシャツに黒のネクタイという、彼らしいといえば彼らしい服装であった。
地下鉄を降り、エスカレーターを使わずに階段で地上へ昇る。
数日前、夜に通った大通りを今日は昼間に歩く。
昼の大通りは、土曜日の夜であったあの時と違って大勢のサラリーマンが行きかっている。
信号を渡り、目当ての雑居ビルを見つけ出す。

「これは、また・・・。」

思わず、感想がこぼれる。
一階は居酒屋だろうか「たるき亭」と書いた看板が掲げられている。ただ、時間が早いせいだろう、準備中の札が、入口の扉にかかっている。
二階は、カラオケスタジオの看板が掛かっている。
そして三階、表通りに面したガラス面に「765」と大きくガムテープを切り張りして描かれている。
これが探していたプロダクションの事務所なのだろう。
確かに事務所の場所を示す方法としては、安上がりではあるが夢を売る仕事としては、いかがなものだろうか。
そのような感想を抱きつつ階段を上へ昇る。
先日出会った如月千早はこのような場所でアイドルを目指しているということなのか?
大丈夫だろうかと、思わず要らぬ心配をしてしまう。
そして三階にたどり着いた時、一人の少女が事務所の玄関ドアを丁寧に磨いている姿を見つける。
士郎が声をかける。

「仕事中に済まないのだが。」

「はい! なんでしょう! ひっ!」

「ぐりん」と少女が振り向き元気にあいさつを返す・・・が、少女は持っていた雑巾を取り落とし蛇に睨まれた蛙のようにその場に硬直する。
この反応は、士郎の姿を見てのことに間違いないだろう、彼は地味に傷ついた。
だが、とりあえずコミュニケーションを取らねばならない。

「驚かして済まない。私は・・・」

硬直していた少女が、突如直立不動し、直後に頭を深々と下げる。

「お金は、プロデューサーさんに借りてでも必ず支払います。もう少し待ってください!」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「さ、察するに君は、私を別の誰かと勘違いしているようだが・・・。」

よくわからないが、誤解を解こうと士郎がおずおずと話しかける。

「給食費を取り立てにきたのでは無いのですか?」

「は・・・・?今何と?」

「で、ですから、給食費の取り立てに来たヤクザさんでは無いのですか?」

「い、いや私はそういう理由できたわけではなくてだな、」

「違うのですか!」

「もちろんだ!給食費を取りに来るヤクザがいたら、私がぜひ会いたい!と言うかむしろ、来たらその心意気に免じて私が払ってやる!」

先程の少女の反応に割と傷ついたせいだろう、普段の彼らしからぬ姿で力説する。

「ヤクザさんが給食費払ってくれるのですか♪ ありがとうございます♪」

「まて!都合のいいセリフだけを抜き出すんじゃない!」

女性には良くあることだ、と、彼は冬木の虎、ロリブルマ、赤や金ロールの悪魔など、自らが駆け抜けた幾多の戦場の猛者を振りかえる。
くっ、あいつらは都合のいいとこを抜き出して覚えていて『あの時約束したじゃない。』とか言うんだよな。
こんな可愛い顔をしていても、やはりこの子も女性ということか・・・。
士郎は再度、女性の恐ろしさを認識した。
しかし何か大事な事を言い忘れているな、と考えをまとめようとしていると、少女が、はっとした表情になり、青い顔して事務所に駆け込んでいくのに気付く。
士郎も釣られて入って行くと、少女は中で緑の服装をした事務員らしき女性に腕をブンブン振りながら何かを話している。
士郎が部屋に入って来たことに気づいて、事務員らしき女性がギョッとした表情の顔を彼に向ける。


***************************************************

ここはネオン街のホテルの一室。
私はベッドで客がシャワーから上がるのを待っていた。
もうすぐ私は、娼婦として初めての客を取らなければならない・・・。
なぜこんな事に・・・。
これまでの幸せだった日々を思い出すと悲しさに涙がこみ上げてくる。
かつて私は、アイドルとして紅白にまで出場した。
引退後は、765プロダクションで事務員としてそれなりに満ち足りた生活を送っていたはずだった。
それが12月のある日を境に一転した。
一人のヤクザが765プロダクションを訪れたのだ。
身長190センチ近い大男で白髪のそのヤクザは、社長に巨額の借金の返済を迫った。
仕方無く社長は、プロダクションの女性をカタに返済の延期をヤクザに認めさせたのだった。
そして、そのせいで私は今から見ず知らずの男性に、わずかばかりのお金と引き換えに抱かれ・・・・。

*******************************************************

「妄想中済まない、私の話も聞いてほしいのだが。」

士郎は、まるで感情の籠らない目で事務員らしき女性に話しかける。

「・・・・えっ?あ、あなたっ、今、初対面の私に妄想中とか言いましたねっ。ど、どうして私が妄想したとわかるんですかっ!ニュータイプですかっ!」

話しかけられた女性は、大いに取り乱し士郎に突っかかる。

「うー、小鳥さん、妄想が口から駄々漏れですう。」

少女が、さも恥ずかしい物を見聞きしてしまったような表情で、女性に事実を告げる。

「ええっ?はっ!しまった・・・。」

「小鳥さん」と呼ばれた女性が、へなへなと床にへたり込むのを士郎は、ただ呆然と見ていた。


*************************************
765プロ編です
一応ギャグパート対応で書いてみました。
これからは、掲載ペースが落ちます見捨てず見に来ていただければ嬉しいです。



[27875] (習作)歌姫とノッポのプロデューサー(iDOL M@STER meets fate)7
Name: たぬき◆f99c5be9 ID:f73a54d2
Date: 2011/06/10 17:47
遅くなりましたが、続きを掲載してみました。
読んでいただけたら嬉しいです。
でも、内容がな~。
設定を考えるというのは本当に難しいですね。
また、書き換えが必要になるかもです・・・。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

はぁー、と士郎がため息をつき、宣言をする。

「まず、最初に言っておくが、私は借金取りでも、ヤクザでもない」
「本当に申し訳ありません・・・」
「うぅー、ごめんなさい」

彼の目の前では、二人の女性(一人は少女だが)が何度も頭を下げている。

「でも・・・、目とかギラーンって感じで怖かったんだよ」
「ふ、服装も黒系のスーツでいかにもって感じだし、背も高くて厳ついから、つい私も・・・」
「つまり、私の服装や目つきが良くなかった。そういうことだな・・・」

士郎が顎に手を当て、思案顔になる。

「ふむ、それについては私の問題でもある。いらぬ誤解を与えてしまったようだ、すまなかった」

士郎が詫びる。
思わず、女性二人が顔を見合せる。
二人は「被害者」であるはずの彼が謝罪した事に少なからず驚いた。どう考えても彼女達二人の一方的な勘違いだろう。

「い、いえとんでもありません。もとはと言えば見た目だけで判断した私たちが悪いのですから」
「そうです、わたしたちの勝手な思い込みのせいです」

彼が、悪い人間ではないようだと分かり、二人が口ぐちに士郎に非が無いと言い始める。
士郎は思わず、ふっと笑ってしまう。
二人とも間違いなく「いい子」だ。こんな二人が楽しく笑っていられるプロダクションならば、そんなに悪いところではあるまい。
もっとも、経営的には苦しいだろうな、と別の感想も出てくるが。
士郎が頃合いを見計らって二人に提案する。

「さて、この話はこれで終わりにしないか、お互い至らぬところがあり、それが誤解を招いたということだ。それをお互い詫びた今、
良い頃合いだと思うが」

「はーい、賛成でーす」

少女が元気よく答える。
「お互いにというか、こちらが一方的に間違えただけの気がしますが・・・。ただ、そう言っていただけるのあれば、そうさせていた
だきます」

事務員の女性が答える。

「よし、この件はこれで終わりにして、本題に入らせてもらおう」

「あっ、そういえばお客様・・・ですよね、当プロダクションにどういったご用件でしょうか?」

「私は、衛宮士郎という。3時に高木社長にお目にかかる約束をしていたのだが」

成人二人は、改まって初対面の挨拶を述べる。
事務員の女性が腕時計を見る。時間はほぼ3時を示している。
彼女が「ああ」という表情をし、次に少し困った顔をして答える。

「社長の高木はあいにく、外出しておりまして・・・。本来ならもう戻っている予定なのですが」

そう答えたところで、バンと入口の扉が開き50代だろうか、白髪交じりのオールバックに色黒というか、もう本当にいろいろと色黒
すぎる男性が、勢いよく事務所に入ってくる。

「ただいま、遅くなって済まない、音無君、例のお客さんは見えてるかね」
「社長!丁度良かった。今そのお客さまがこちらに」

「おおぉ、君がそうか!私は当765プロダクションの社長、高木順一郎だ。よく来てくれた。音無君、お客様に失礼は無かったかね?」

「えーっと・・・」

「あぅー」

約二名の声が小さくなる。

「いや、とんでもない。お二人には「大変」良くしていただいた。私は衛宮士郎という。藤村雷画氏の紹介によりこちらに参上した」

士郎が大人の対応で二人に、すかさず助け舟を出し、自己紹介を行う。
ただし、少しのいたずら心を込めて「大変」を少し強調してみたが高木社長は気付かないようだ。

「うん、私も雷画さんにはお世話にはなっている。まあ、立ち話も何なので応接室へ入ってくれたまえ。音無君、応接室へご案内して
お茶を。私は、荷物を置いてからすぐに向かうので」

「はい」

「では、後ほど」

高木社長が社長室に向かう。
正面にガムテープ張りされた765マークのガラス窓を見ながら事務所の奥まで向かい、そのすぐ左にある部屋に入る。
扉を開けると応接室になっており、質素なソファーとテーブルが置かれている。

「こちらです。どうぞお掛けください」

士郎は、二人掛けのソファの真ん中に浅く腰掛け小鳥を見上げる形で話しかける。

「ありがとう。音無さん・・・だったか、君がそうやって仕事をしている姿を見ると先程、妄想を膨らませていた女性と同一人物とは
思えないな」

「っ! べ、別にいつもあんな事している訳ではありません!」

顔を真赤にして否定する姿は非常に可愛らしい。
士郎が思わずこみ上げる笑いをかみ殺して答える。

「もちろん、そうだろう。別に責めている訳ではないさ。ただ君のような女性が事務所に居れば皆、和むだろうと思っただけだよ」
「あ、後で、お茶をお持ちします!」

さすがに、「バン」と大きな音を立てて閉めはしなかったが、顔を真っ赤にして逃げるように部屋を出て行った。

「うう、私の第一印象最悪です・・・」

給湯室では、密かに涙を流す音無小鳥であった。
入れ替わりに高木社長が応接室に入ってくる。

「お待たせして済まない、ところで、なにやら音無君が顔を真っ赤にして出ていったが?」

「いや、わからないな、どうしてだろうか?」

士郎が大げさに肩を竦めてとぼけてみせる。
社長は、ちらりと士郎を一瞥し、新たに話を振りむけた。

「では、本題にはいろうか。君は藤村さんの紹介を受けているので、君の経歴、能力は、問題ない物として話をさせてもらう。依頼内
容について藤村さんから話は聞いているかね?」

「おおまかには。ただ正直、情報が少なすぎるがね」

士郎がチクリとトゲを交えて答える。

「すまなかったね。ただ、こちらとしても揉め事を社外に話すには信頼できる相手でなくてはならないのでね。分かってもらいたい」

社長がソファで手を組みかえて少し探るような視線で士郎を見る。

「ああ、承知している。」

士郎は視線を受け止めて短く答える。

社長は、そうだねと言い、少し言葉を区切ってから今回の依頼内容を話し始めた。

「三か月ほど前の事になる。うちの所属アイドルの一人に、この手紙が届いた。有名になれば珍しい話では無いのだが、受け取ったそ
の子は、まだほとんど無名だ。心当たりがまるで無い上に、続けて何通も届いている。内容は読んでもらえば分かると思うが脅迫状と
も、いたずらともつかぬものだ。
まだ、何事かが起きた訳ではないのだが、本人の身に何かが起らぬようしばらく警護をお願いしたい。それから、できるならば犯人を
突き止めて手紙を止めてほしい。」

社長がスーツの懐から輪ゴムを止められて束となった手紙を取り出し、応接テーブルの上に置く。

「拝見しても?」

士郎が社長の顔に目をやり確認をとる。

「もちろん、かまわないよ」

士郎が、白い便せんにワープロ打ちされた手紙を手に取り目を通す。手紙は10通ほどあり、一通一枚の便せんに大概一行、二行だけ
詩とも文章ともつかない言葉が書かれている。

ペラリ、ペラリと士郎が手紙をめくる音だけが室内に響く。

「どう思うかね」

士郎が読み終わり手紙をテーブルに置いたのを確認して社長が問いかける。
おそらく、純粋にプロとしての意見を聞くだけでなく、反応や回答を見て本当に解決する能力があるのかの見極めもしたいのだろう。

「ふむ・・・。言葉はどちらかというと女性言葉・・・。いくつか意味がはっきりしない部分がある。いたずらかもしれんが、あなた
方の同業者が彼女の歌に関して何かを妬んで書いたように見える」
読み終わった士郎が簡潔に答える。

「そうだね、私も同感だよ」

それを聞き社長も同意する。
しかし、士郎は表向きそう答えつつ、全く別の事を考えていた。
彼の思考は一通の脅迫状の中のある一語に集中していた。

『起源は同じのあなたと私 私は歌う機械 歌い続けて壊れそう でもあなたは自由に歌って楽しそう 妬ましい 妬ましい 必
ずあなたも私と同じにしてやる 壊してころす おんなじにしてやる』

『起源?・・・』

世界において秘されている事象、魔術。
その魔術における根幹「根源の渦」により万物が与えられし「起源」。
起源とは「その物」がなぜ「その物」であるかの意味付けそのもの。

『なぜこの言葉がここで・・・。偶然なのか?』

士郎は表情にこそ出さなかったが、驚きを抑え切れなかった。
偶然でないとすれば、この手紙を送り主は間違いなく何らかの形で魔術に関係する者。
受取人は、否応無く非日常へ片足を突っ込まざるを得ない。

「受け取った本人に、心当たりは?」

込み上げる焦燥感を意思で抑え込み士郎は淡々と必要な情報を確認していく。

「いや、全く無いそうだ。それはそうだろうと思う。彼女はアイドルと言ってもまだ世間の認知度はからっきしだからね」

「彼女・・・なるほど女性ということか・・・。ちなみに確認するが、受け取ったのはどのような人物なのかね?」

本当は聞きたくない・・・。なぜなら彼の悪い予感は当たってしまうから。

「今はまだ芽の出ないFランクのアイドルだが歌が抜群に上手い子だ。如月千早という。ダンスやビジュアルの素質についても他の子
より抜きんでている物がある。ただ、アイドルとしては多少仕事への姿勢に問題が無い訳ではないがね」

士郎の心の内に衝撃が走り、ひそかにため息が出る。

「やはり、悪い予感のとおり、か・・・」

「え?」

社長が怪訝そうに聞き返す。

「いや、彼女とは少しだけ縁があってね」

士郎がごく端的に社長の問いに答える。

「それはどういう事かね?」

「なに、数日前の事だ、ちょっとした面倒事に巻き込まれていた彼女を見かけてね。たまたま私が救いの手を差し出したのだよ。その
時は、お互いに面識も無く、ほんの少し会話をして別れた訳だが、こんな事になろうとはな・・・」

士郎は、社長の質問に答えながら振りかえる。
初めて路上で出会った時、再会の予感めいた物がなかった訳ではなかった。
遠坂凛から依頼を受けて、765プロダクションの名前が挙がった時に嫌な予感がした。
そして今、彼は何かに導かれるようにここに来て如月千早の名前を聞いた。
ふと先日出会った彼女の笑顔が脳裏に浮かび心の内で思わず呟く。

『ならば、私が何とかするしかないだろう』

士郎は心の内で誓う。
何かあれば彼女を必ず守ろうと。

「彼女からは、事情を聴くことはできるのか?」

「もちろんだとも、君には彼女の警護も依頼するのだから。いろいろ共通認識をもってもらった方が良い。ただ、彼女は今、ダンスの
レッスンに行っている。もうすぐ帰ってくるはずだ」

「了解した。ならば戻ってから話を聞くとしよう」

士郎は一息区切り、彼にとって重要な質問を社長に放つ。

「一つ確認したいのだが、なぜ私のような人間に依頼をしたのかね?」

彼はこの問いに関しては一切の妥協を許すことは出来ない。

「藤村さんにも話したのだが、出来れば内々で片付けたいと思っている」

社長が穏やかに話す。

「何故だ、彼女の安全を優先するのであれば警察に通報すべきだろう」

対して士郎は氷点下の口調で訊ねる。
彼は魔術が関わる可能性があると知った以上この件から降りるつもりは無い。
だが、今回の依頼が彼女のことを二の次に考えた結果だとすれば、それを見過ごす訳にはいかない。

「・・・・彼女には夢がある、自分の歌を多くの人に聞いて欲しいという夢が・・・。そして夢をかなえる才能を持っている。
確かに通報することで、彼女の安全は守られるかもしれない。だが脅迫を受けたのはランクが上がり有名になってからならばともかく、
無名の今現在の事だ。もし警察に通報したならば、脅迫を受けた事実をこの業界に知られてしまうことになるかもしれない。そうなれ
ば知った者達はどう思うだろうか。おそらく事実内容にかかわらず、彼女の私生活、ひいては人間性その物に疑問符を付けるだろう。
そうなってしまえば、そんな新人を・・・彼女を使う者などいない・・・。
私は彼女の事を全て知っている訳じゃあ無い。だが彼女の姿、生き方を見ていれば彼女の人生にやましい事など無いと誓って言える。
だから、こんな事で彼女の才能、夢が消し去られるのは理不尽だと思った。故に私はこのような方法で彼女のために闘おうと考えた」

高木社長は口調こそは荒げなかったが、静かにそして激しく闘志を燃やしつつ、その意思を伝える。
だが次の瞬間には、その雰囲気を和らげ、士郎を見つめ穏やかに語りかけた。

「だから、君を呼んだ・・・」

士郎は向けられた瞳を瞬き一つせず見つめる、社長もそれに応えるように士郎の視線をそらさず受ける。
彼は、高木社長の心の内、揺れを見極めんと、その眼を持って瞳の奥を覗き込む。
部屋の時間が停止する。
やがて士郎は、ふっ、と微笑みつつ視線を下に外した。
時間が再び色を取り戻し動き始めた。

「・・・・・なるほど了解した。私の不躾な質問を詫びさせていただこう。彼女は名伯楽に見出されたということか」

そして士郎は再び視線を上げ、瞳を社長に向ける。
その鉄色の瞳は猛禽のそれそのものだった。
衛宮士郎が宣言する。

「ならば、私も全力でその闘いに望むとしよう」

ここに、二人の男の共闘は成立した。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「まず、手紙の指紋分析を行いたい。その道ついて少し専門家を当たるつもりだ。おそらく照合用に後程この事務所の全員分の指紋を
採取させていただくことになると思う。構わないかね?」

士郎が、社長に確認を取る。

「・・・やむを得ないだろう」

社長が少し苦しげに答える。
事務所の他の人間を巻き込む事にためらいは隠せない。

「感謝する。それから、指紋分析については、普通に警察に依頼できない以上、外部に委託することになる。そこで、経費として、謝
礼が発生することになるが問題は?」

士郎が重ねて必要な条件を伝える。

「ぬぅ・・・・。問題はない。本人の安全には代えられん。しかし警察同様に、指紋を集めて調べる事が出来るのかね?」

社長は、今度も苦しげに了解した。しかし黙って聞いているだけでは物足りなかったのだろう、浮かんだ疑問を士郎にぶつける。

「いや、生半可に指紋をデータベース化したところで警察には全く及ばない。つまり餅は餅屋という事さ。そういう者に対する謝礼
として理解してもらいたい」

士郎は皮肉気に笑みを浮かべ答えた。
社長は一つため息をついて士郎にこぼす。

「せめて犯罪でない事を祈るよ」

「さて、それはどうかな、あなたは知らないほうが良いだろう」

その時、扉でノックの音が響いた。

「失礼いたします」

ガチャリと扉が開き、音無小鳥が湯気のたつ緑茶の入った湯呑二つをお盆に載せて応接室に入ってくる。

「粗茶ですが」

改めて告げて湯呑をテーブルの上に丁寧に置いてゆく。
社長がその内の一つを手に取りながら、小鳥に確認する。

「如月君は帰ってきたかね?」

「いえ、まだです。でも、もうそろそろではないでしょうか?」

小鳥が答えた刹那、カチャリと事務所のドアが開く音が士郎達のいる応接室まで聞こえた。

「ただいま」
「ただいま~」
「戻りました」

男女の声が事務所に響く。

「ほら、噂をすれば何とやらですよ」

小鳥が二人にウィンクする。

「千早ちゃ~ん、社長がお呼びよ、ちょっと応接室まで来てくれる?」

小鳥が応接室の扉から顔を出し名前を呼ぶ。
コツコツと靴音が響き、扉の前で止まる。

「はい、ご用でしょうか?」

先日、公園で聞いた声が扉越しに士郎の耳に届く。
扉を体一人分開けて応対している小鳥が声を掛ける。

「入ってきてくれる?」

「はい、それでは」

呼びかけに応じて開いている扉から、長い青みがかった黒髪を右手で軽く透かしながら如月千早が部屋に現れた。
そして彼女は椅子に座る人物を見て息を飲み、動きを止める。

「あなたは・・・!」

「久しぶり、という程には時間が経っていないか。元気そうで何よりだ。如月千早君」

ソファーに浅く腰掛けた姿勢から千早を見上げ、軽く笑みを浮かべつつ士郎が声をかける。

「衛、宮さん・・・」

彼女の顔が一瞬明るく輝き、深く感慨のこもった声でつぶやく。

「君たちは先日たまたま知り合ったそうだね」

社長が千早に対して温和に話しかける。

「ええ、実は先日すぐそこの公園でチンピラに絡まれていたところを助けてもらいました・・・。衛宮さん、その節は本当にありがと
うございました」

千早は社長に答えるとすぐに士郎に向き直り頭を下げて、先日の礼を改めて丁寧に述べた。

「いや、先日も言ったが私は礼を言われるほどの事はしてないよ。これ以上の感謝の言葉は私には過分だ」

士郎があまり興味無いという雰囲気で素気なく答える。

「分かりました、そう仰るなら・・・。でも、どうして衛宮さんはここに?」

士郎の言葉に千早は一瞬、寂しそうな表情を浮かべたが、続けて彼に質問を投げかける。

「君の社長からの依頼だよ」

「依頼?」

千早が訝しげな反応をする。

「君の事だよ、如月君。君が何者からか脅迫状を送り付けられていると社長から聞いている」

士郎が深く座り直し、体を前に傾けて胸の前で手を組む姿勢になり理由を述べる。
千早が困ったような表情になる。

「あれの事ですか・・・」

「君が狙われている、そう理解しているが」

「・・・いたずらでは無いのですか?」

「そうなら問題は無い、だが、本物かもしれない。」

士郎は千早を見上げ冷静に言葉を返す。

「如月君、彼の言う通りだ。あの手紙がどういう意図で送られて来ているのか全く分からない。君に万が一のことがあってはならない。
彼・・・衛宮君にしばらくの間、君の警護と、出来るなら事件の解決を依頼しようと思う。」

社長がはっきりと宣言する。

「えっ・・・・。」

千早は一瞬呆けたような顔をしている、すぐに意味を理解出来なかったようだ。

「ちょっと待ってください社長。警護って・・・私に衛宮さんが四六時中付いてくるということですか?」

「どこまでお願いするかは、もう少し相談しなければならないがね・・・。概ねそういう事になるだろうね」

社長は、椅子を少し深く腰かけ直しながら千早の言葉を肯定する。

「で、でも男の人がいつも一緒にいるなんて・・・。わ、私困ります。周りの眼もあるし、う、歌に集中だってできないし」

千早が戸惑いの表情を浮かべて断りの言葉をどうにか表現する。

「男性という点なら、プロデューサーがいつも一緒にいるのも同じだろう」

社長がどうにか了承の言葉を引き出そうと畳みかける。

「え、えーっとじゃあ、プ、プロデューサーに守ってもらえばいいのでは!」

何とか断ろうと千早が苦し紛れに言葉を連ねる。
だが、若干目が泳いでいるようだ。

「君は、自分を守るために、そのプロデューサーに命を賭けさせる気か?」

成り行きを見守っていた士郎が無表情でぼそりと呟いた。

「・・・そ、そういう訳では・・・と、ともかく困ります・・・」

痛いところを突かれて千早が黙り込む。

「社長、本人が狙われているという自覚が無いのであれば依頼の遂行は非常に難しい。あなたの想いも、どうやら彼女には通じないよ
うだし、こうなった以上は、早急に警察に届けた方が彼女の安全のためには良い。」

士郎がやれやれと肩をすくめて社長に提案する。

「社長の想い、ですか?」

千早が士郎の言葉に反応する。

「そうだ、社長はなぜ今回の件を警察ではなく、民間人の私に依頼したか考えようとは思わないかね?」

再び士郎はソファーに浅く座りなおし千早を見上げて彼女に鋭い視線を投げかける。

「さあ・・・事務所の体面のためですか?」

逆に千早は出来が悪くて立たされた生徒のように士郎の顔を伺いながら答える。

「ふむ、想像がついていないようだな。ならば逆に警察に届けたならどうなったかを考えてみたらどうかね?」

「・・・・・。」

千早が思考の海に沈む。まだ、回答は出ないようだ。

「君は、自分がFランクのアイドルだと言った」

このまま考えさせても彼女から回答は無いと考えたのだろう、再び士郎が話し始める。

「ええ」

「私はこの業界の事はあまり良く知らないが、少なくとも売れている訳では無いだろう」

「はい」

「君の名前が売れた後ならばともかく、未だ無名の君が警察に相談するほどの脅迫を受けたと他人が聞いたらどう思う?」

「・・・・・」

そろそろ問いが想像の範疇を超えたのだろう、彼女から回答は無く無言となる。

「おそらく多くの者は、君個人の事情、もしくは素行の結果により脅迫を受けたと判断するだろう」

「それは・・・」

「そうなれば、君をまともな人間と見る者はいまい。ましてアイドルのような人気商売であれば、そんな君を起用しようと思う者は更
に少ないだろう。たとえ事務所を代わったとしても一度君についたレッテルは、簡単にははがれまい」

「そんな!」

千早は自分の想像を超えた士郎の指摘に耐えられず思わず否定の声を上げる。
だが、士郎は耳を貸すことなく話を先にすすめる。

「君には夢があるそうだな」

「・・・ええ」

「私の語ったシナリオの先にその夢は描けるのか?」

「・・・無理です」

先程の士郎の正鵠を射た指摘の前に抵抗する気力を削がれたのだろう、千早は力無く答える。
彼女の顔は青ざめ唇はわずかに震えていた。

「ならば社長がなぜ私に依頼をしたのか、容易に想像がつくだろう」

「私の・・・夢のため・・・?」

「あえては言うまい、だが社長が君の安全と、君の夢への想いとを天秤にかけてギリギリの選択をした結果を前にして、君が先程述べた反
対の理由は、どれ程の説得力を持ちうるのか是非聞かせて欲しいところだ」

「あ・・・・」

士郎の言葉の前に千早は為す術なく立ち尽くす。
彼女はこの時初めて、脅迫状によって自身や、自身を取り巻く様々な物が、瀬戸際に立たされているのだと知った。
応接室の中を沈黙が支配する。
ただ、エアコンの音だけが、響いていた。



[27875] (習作)歌姫とノッポのプロデューサー(iDOL M@STER meets fate)8
Name: たぬき◆f99c5be9 ID:aabf4d13
Date: 2011/07/29 23:56
お久しぶりです。
だいぶ間が開いてしまいましたが続きをかいてみました。
しばらくは戦闘も派手さも無いのですがもう少しお付き合いしていただければ幸いです。

*************************************

「では改めて聞こう如月千早。今の話を踏まえた上で、君はどうする?」

士郎が、姿勢を変えることなく無表情に千早に結論を問う。
立ち尽くしていた千早は、金縛りを解かれ、弾かれたようにピクリと肩を震わせた。

「はい・・・社長や衛宮さんの仰るとおりにします。それしか、私には未来は無いでしょう。」

彼女は胸に手を当て、意を決したようにハッキリと述べた。
ドアの手前で、佇んで息を飲んで成り行きを見ていた小鳥が、胸に溜めていた空気をホッと息を吐き出し、同じく千早の返事を固唾を
飲んでうかがっていた社長も肩の力を抜いて椅子に座りなおした。
目に見えて部屋の空気が弛緩する。

「うむ、それがいい。君には苦労をかけてすまないが、私は、きっとその選択は正しいと思う。なあ、衛宮君!」

本意でない選択をせざるをえなかった千早の気持ちを察したのだろう。社長が千早の決心をねぎらい、士郎にも彼女の選択が正しい事
の同意を求めた。

「無論だ。先程社長とも約束をしたが、全力で当たらせてもらおう。」

士郎は口調を緩める事無く返事を返す。
それを聞きながら千早はうつむき、口をキュッと結んだまま視点を床に向けていた。
そして、つと顔を上げて社長の方に向きなおり口を開く。

「先程は申し訳ありませんでした。自分の都合ばかり言って心配してくださる社長の事を何も考えていませんでした」

彼女は先程の自分を省みて言っているのだろう本当に申し訳なさそうに社長に頭を下げて謝罪をした。

「いや、気にしていないよ、君が歌以外の事に集中を乱されたくないという思いは私も知っている」

社長は優しく千早に返事をする。
千早は社長に引き続いて今度は士郎に頭を下げて謝罪をした。

「衛宮さん、先程は失礼いたしました。男の人とずっと一緒にいるのが嫌だなんて・・・。衛宮さんだってお仕事だから仕方無くそう
するだけなのに・・・。私は本当に嫌な人間ですね」

「別に自分を卑下する必要など無い。重要なのは社長の気持ちが君に通じているかどうかだ、通じているならばそれで良い。それに君
にああ言っておいて何だが、私のような性格の者が四六時中付いて回るとすれば、確かに断りたい気持ちにもなるだろうからな。」

士郎が、口の端を上げて笑みを浮かべ冗談めかして答えた。
さっきまで千早を問い詰めていた士郎の思いがけない言葉に、千早以外の人間がどっと笑う。

「も、もう、私は真剣なんですから・・・」

千早が恨めしそうに、椅子に座って笑う士郎をにらんだ。

「いや、冗談だ。これが最善だという判断には一分の迷いも無い。いかなる場合でも必ず君を守りきろう」

士郎は彼女の眼を見て、何のてらいも無く自信を持って千早を守ると宣言した。

「・・・・・・はい・・・」

千早は一瞬ポカンとしていたが、その後一足遅れて士郎が何を言ったのかようやく理解した。
千早の白い顔がほんのり赤くなる。
歌に命を賭けているとはいえ彼女も夢見る一人の女の子だ。
憎からず思っている年上の男性から面と向かって『君を守ってやる』と言われて冷静でいられる年齢ではない。
千早の赤い顔が、知らず知らずのうちにうつむき、前髪が垂れて目元を隠す。

「あら、千早ちゃんどうしたの?」

急に黙り込み、うつむき加減になった千早の様子を訝しく思った小鳥が彼女に声をかけた。

「何でもありません・・・」

千早は後ろで手を組み目線を上げて窓際を向いた。
他の人間から見ると、ちょうどそっぽを向いたようになる。
これなら自分の赤い顔は誰にも見られないだろう。
今度は、ちらりと目線だけを動かし士郎の方を見る。
赤みがわずかに残る白い髪、浅黒い肌、精悍な目付き、美しいという程ではないが、それなりに整った顔立ち・・・。
千早がこの前、チンピラから助けられた時には十分に気がつかなかった士郎の姿がそこにあった。
『この人が、また私を守ってくれる・・・』
嬉しいような、恥ずかしいような何とも言えない、むず痒い気持ちが千早を襲う。
先程まで、男の人が付いてくるなんて嫌だと言っていた自分は何処へいってしまったのだろう。

「ん?」

士郎が、すぐに千早の視線に気付き彼女の方を向く。さすがに、他人より五感は鋭いと自分で言うだけのことはある。
千早は慌てて視線を戻し、あらぬ方を見た。

「そういえばプロデューサーに話をせねばならんな」

社長が小鳥に話しかけた。

「そうですね、衛宮さんにお願いする件を話さなければいけないですね」

彼女も同じ意見を言う。
じゃあ、呼んできますと言って、小鳥が扉を開けて応接室を出て行く。
待つ間に、士郎が千早に事情を聞くために話しかけた。

「君は、今回の件に関して心当たりは無いのか?」

「ええ、私自身に心あたりは無いのですが・・・」

彼女は申し訳なさそうに返事をする。

「ふむ、君は普段は高校生なのか?」

「ええ、そうですが」

「では、そちらの関係ではどうだ?案外、思いもかけぬ人間が関連しているということはあるものだ」

士郎が違う方面からの交友関係について更に問いかける。

「いえ・・・心当たりはありません。私は学校には親しい友人はいません、人間関係自体あまりありませんし・・・」

彼女はうつむき、士郎に答える。

「そうか」

士郎は、あえて千早の気まずそうな雰囲気を気にせず無表情に答えた。
社長は口を差し挟むことなく二人の会話を聞いていた。

「とりあえず、今はこれくらいにしておこう。いずれ、君の家族に関する事や君自身に関する事なども聞かせてもらいたい。不快に思
うかもしれないが、何が手掛かりなのかはわからん。」

「はい」

応接室の話が途切れた時、コンコンとドアがノックされた。

「失礼します」

まず小鳥が応接室に入り、続いて紺のスーツをまとったやせ形の若い男性が入ってきた。
年の頃は、23~4歳くらいで士郎より少し若いようだ。
身長は175センチ位、クシャリとした柔らかな髪と、優しげな目元の好青年だ。
顔つきは、とりわけ美形というわけではないが造作は悪くない。
彼の全体の柔らかな雰囲気と相まって、士郎とは対照的に甘く優しい印象を醸し出す。
彼は士郎を見て、戸惑いながらも軽く会釈をし、士郎もそれに返す。

「社長、お連れしました」

小鳥が社長に声をかける。

「ありがとう、音無君」

社長が小鳥に礼を言い、次に士郎に向って若い男性を紹介した。

「衛宮君、彼が我社のプロデューサーの金田君だ」

「どうも、金田上一郎です。はっ!もしかして社長、新しいプロデューサーの候補の人ですか!?」

士郎の事を新任プロデューサーと勘違いしたようだ。
彼の顔が一瞬パッと明るくなる。

「残念ながらそうではない、こちらは衛宮君だ。如月君の例の件で来てもらった」

社長が、上一郎に説明をする。

「千早の脅迫状・・・の件ですか?ということはもしかして・・・」

「はじめまして、私は衛宮士郎という。君は今回の件を知っているということだな。なら話が早い。私が社長からの依頼で彼女の警護
と捜査を請け負うことになった」

士郎が、立ち上がりつつ表情を変えずに淡々と告げる。
背の高い士郎の動きに合わせ、応接椅子がギシリと軋む。

「なるほど、そうですよね。プロデューサー候補の方にしては、どうも目つきが鋭すぎると思いました」

彼は、ガッカリした様子で一人合点している。
どうもこのプロダクションは人手不足のようだ。

「君に協力を仰ぎつつ彼女の警護を行うことになるだろう。ひとつよろしく頼む」

士郎が右手を差し出し上一郎に協力を依頼する。

「いえ、こちらこそお世話になります。彼女のためにも、ぜひ解決をお願いします」

上一郎も右手を差し出し、真剣な眼差しで士郎の顔を見つめながら手を握る。
彼は、警察に通報するのではなく士郎に依頼することの意味を理解しているのだろう、士郎を見る瞳は強く、握る手には力が籠ってい
た。

社長は二人の姿を何か眩しい物を目にする様な表情をして見る。
士郎は同じく自分たちを見る小鳥の顔つきが少し怪しげに弛んでいる事が気になったが、あえて触れる事はしなかった。
きっと、何か妄想をしているのだろう。

「了解した、皆の期待に添えるよう全力を尽くすつもりだ。」

士郎が頬に笑みを浮かべ力強く返事をする。
そして返事の力強さを裏付けるように握る手に力を込めた。

「いだだだだっだっだっだっだだだだだ!」

上一郎が突然大声をあげて悶絶する。

「衛宮さん!痛いっ!痛いですって、力入れ過ぎです」

士郎がすぐに彼の手を放す。

「むっ、すまないな。君の期待に答えるという意味で手を握り返したが、少々力を込め過ぎたようだ」

「なんて力で握るんですか・・・。まったく」

少し涙目で自由になった手をさすりながら上一郎が情けない声で士郎に抗議をした。
このやり取りに、上一郎以外のその場にいた全員が笑う。

応接室では、当事者を含めて改めて今後の具体的な計画が練られ、警護の方法について話し合われた。
今回の件は脅迫状の文面からするに「歌」が関連する可能性が高い。
「歌」は基本的に彼女の仕事と直結する。

「一人になる通勤通学の時、脅迫の内容と関連の深い仕事の時、この二つを中心に警護を行いたい。休日については、外出を控えてく
れればありがたいが、そうばかりも言ってはいられまい。休日の外出時も警護に含めようとおもうが、どうかね」

士郎が提案を行う。

「私も、それでかまわんと思うが、如月くんはどうかね?」

社長が賛成の意を示しつつも、千早を気遣い意見を述べる場を与える。

「私は構いません。必要であるなら、どんな条件でも受け入れるつもりです。」

一度受け入れた千早にブレはなかった。
社長にまっすぐ向いて間を開けることなく返事をする。

代わりという訳では無いだろうが、小鳥が言いにくそうに士郎に尋ねた。

「その・・・なんというか、警護の時間が長いですけれど、そういう場合、料金というのはどういう請求になるんですか?その、高い
んじゃ・・・」

「通常こういう業界はリスクの程度と派遣人数に応じて1時間当たりの単価を設定している。そして、その体制で警護を何時間行うか
により、請求額を決定することが多い。だが私は企業ではなくフリーなので、時間単価の設定をするつもりは無い、それに藤村氏の紹
介でもあるし無理を言うつもりも無い。請求は必要経費にいくらかを上乗せさせてもらうだけのつもりだ。」

「そうですか」

小鳥がホッとしたように明るく答える。
小さなプロダクションのサイフを預かる身としては当然の心配だろう。
士郎は「等価交換」を原則とする魔術師ではあるが、彼に限っては対価を得るという考えはあまりない。
なぜなら、彼が他人に「救い」を与えるのは、自らの心に「救い」を与えるためなのだから。
しかし、彼は世間が「無償」という言葉に対して持つ「偏見」 ――― 胡散臭さと言っても良い――― を十分に知っている。
それゆえ、彼が料金を受け取る事により、依頼人が安心して彼に頼む事が出来るのならそれで良いと考えていた。

結局 警護は士郎の提案どおり通勤、通学、仕事の間、必要に応じて休日と決まった。
引き続いて士郎が、千早の日常生活やスケジュールや毎日の通勤・通学経路を千早から聞き、警備に関する細かい手順を決めていく。
終盤に差し掛かり士郎が気になっていたことを確認のため口にした。

「ところで、事務所の他の人間にはこの件どう伝わっているのかね?」

「いえ、皆が動揺するかもしれないということで、まだ僕も社長も他の人間には何も伝えていません」

少し困ったように社長の顔を見ながら上一郎が答える。
士郎が眉をひそめて問う。

「明日から私が事務所に現れれば隠し通すわけにはいくまい、私を皆にどのようにして紹介する気なのかね?」

「・・・・・・・」

しばし全員が無言となる。

「おお、ピンときた!私に名案がある!」

社長がポンと手をたたき突如大声を出した。
何か閃いたらしい。
士郎は、ほお、と感心した表情になり、上一郎は無表情ながらややジト目、小鳥と千早は露骨に冷たい視線を社長に向ける。

「衛宮君、君がプロデューサーに、な『だが断る!!』なぜだ?まだ全部言っていなじゃないか!」

思わず立ち上がった士郎の渾身の突っ込みに社長がたじろぐ。

「今、私にプロデューサーをやれと言いかけただろう!私は警護ということでここに来たのだぞ、それがなぜプロデューサーなのだ?
それに素人の私にそんなものが勤まる訳がないだろう!」

鼻息も荒く士郎が周りを見渡すと小鳥と上一郎が「社長にしては、まともな提案ね~」という雰囲気うなずいており、千早は困ったよ
うな、何とも微妙な顔をして士郎を見ている。
士郎は思わず頭を抱えそうになった。

「素人でも大丈夫ですよ、衛宮さん!金田さんも経験半年!でも今や立派な765プロのプロデューサーですから」

「どーん」と大きな波しぶきをバックに、盛大なドヤ顔とサムズアップの小鳥が士郎に迫る。

「あのな・・・プロデューサーというのは確かに普段はアイドルの傍にいるのだろうが、それだけでは済まないだろう。営業等を行え
ば逆にプロデュースする対象のために傍を離れなければならないこともあるのではないのかね?」

対する士郎は完全にジト目で反論する。

「まあ確かにそうですね」

小鳥が「あはは」と頬をかき、目を泳がせてあらぬ方を見ながら士郎の言葉に応ずる。
士郎は思わず溜息をつき、目頭に手を当てて目元を揉む。

「必要な時に共に居られなければ、警護の意味が無いだろう。それよりも、本題は他の事務所のメンバーに彼女の件を伝えるかどうか
ではないのかね?」

上一郎が頭を掻き、周りを見渡しながら意見を述べる。

「やはり、何も説明せずにみんなの理解を得るのは難しいですね。普通に考えて千早を特別扱いする理由がありません。このままでは、
みんな納得しないでしょう。」
社長が顔を右手でつるりと撫で、ため息を一つついて決断をする。

「そうだな、やはり明日みんなに説明するとしよう。今事務所でなにが起こっているのか彼女達にも知る権利がある。危険だと言って
765プロを見限って去るならそれで良し、ここに残ってくれるならそれも良しだ。判断は彼女達に任せよう。」

「ふむ、確かに、それがフェアというものだ」

士郎も社長の判断に満足し賛同する。

「すみません、私のせいで・・・。」

千早が、右手で下に伸びた左腕の肘をきつく掴み、俯きながら力無く詫びの言葉を口にする。
社長が椅子から立ち上がり千早の肩を一つポンとたたき、慰める。

「君が悪いのではない。こんなモノを送り付ける輩が悪いのだ。君が気にすることでは無い。それに、君はこれからトップアイドルを
目指すのだろう?そうしたら、多少の損失があったとしてもすぐに取り返してくれるはずじゃあないのかね?」

社長がいたずらっぽく千早にウィンクして見せる。

「大丈夫よ。きっと、みんな今までどおりだと思うわ、千早ちゃん」

「僕もそう思うよ、みんな仲間だろ」

小鳥も上一郎も千早を慰める。

「はい・・・ありがとうございます」

そう言ってから千早は笑おうとして笑えず顔がこわばり、思わず涙をこぼした。
士郎は椅子に座ったままの姿勢で顔を少し伏せ、フッと口元を曲げて微かに笑みを浮かべた。
上一郎はポリポリと頭をかきながら困ったように微笑み、小鳥はもらい泣きで、少し涙ぐみ目元にハンカチをあてている。
みんなが千早の事を心から心配し、気にかけている。
そこには優しい時間が流れていた。
この優しい時間は、つい最近まで戦いに明け暮れてきた士郎には少しだけ辛かった。

「ところで、みんなには明日説明するとして、私は対外的に、そのままボディーガードを名乗る訳にはいかないと思うが、どうすれば
いい?」

場が落ち着いたタイミングを見計らい、士郎が警護の話を再び進める。
社長はしばし考え、口を開く。

「名目上は、プロデューサー代理というところでどうだね?」

「了解した。正面に立つわけでないのだからな、まあ妥当なところだろう。」

士郎は決める事を全て打ち合わせできた事を確認して全員に告げる。

「私からは以上だ。それから本来なら、経路や周辺の下見等を十分に行いたいところだが時間が無い。明日朝の通勤から彼女の警護を
始めたいが良いかね?」

全員がうなずいたところで最後に高木社長が宣言する。

「では、衛宮くん明日からよろしく頼む」

これでその日の打ち合わせは終了となった。
時間は午後5時少し前だろう。
冬の短い陽は大きく傾き、街を歩く人や建物は影で覆われており、もはや地に沈むのは時間の問題である。
東の空には夜の帳が性急に舞い降りて来ていた。
仮初めの暖かさをまとっていた昼間の空気は、次第に冬の本性を現そうとしている。
士郎は事務所のビルを1階まで降りたところで階段の上から呼び止められた。

「衛宮さん」

少し慌てて階段を降りてきたのだろう、如月千早が、走って乱れた髪を押さえながら息を少し荒げ、士郎に追いついた。

「如月君か、どうした?」

士郎が振り向き返事をする。
夕暮れの寒さが二人を覆い、息が白く立ち上り夕闇の中に消えていく。

「あの、これをお返ししなければと思って」

千早が握っていた手を開き、白銀に輝く物を士郎に両手で差し出す。

「先日、お預かりしていたアミュレットです。まさかこんなに早くお返しする事になるとは思いませんでしたが・・・」

少し寂しそうに士郎を見上げる。
きっと彼女が、雑貨屋かアクセサリーのショップでみつくろったのだろう、アミュレットには茶の革の紐が通されて首にかけられるよ
うになっており、本体のすぐ脇には小さなターコイズのついた飾りがアミュレット同様に革紐に通され、彩りを添えている。
その様子を見ただけで彼女がアミュレットを大切にしようとしていた事が分かる。

「ふむ、そういう約束だったな。では確かに受け取った。君が無事に帰宅でき、アミュレットが役目を果たせて良かった」

士郎は千早からアミュレットを右手で受け取り手元に戻す。

「そして今日、仕事とはいえ私は君を守る事になり、そのアミュレットは私と共に新たな役目を負うこととなった」

士郎が再びアミュレットを握った手を千早に差しのばし、指を開く。
驚いた表情で千早が士郎を見る。

「だから、改めて君に預かってもらいたい」

「いいのですか・・・?」

「ああ、アミュレットが私と共に君を守れるよう、ぜひ持っておいてほしい」

士郎は千早の目を見て頷き、受け取るように促した。
アミュレットは冬の街の明かりを弾いて微かな銀の輝きを放っている。
千早は微笑みながら士郎の手から小さな「守り人」を受け取る。

「ありがとうございます。衛宮さん、では、改めてよろしくお願いね、小さなボディガードさん」

千早が士郎に頭を下げた後、手に取ったアミュレットに話しかける。
士郎がふっと笑い、優しい目つきでその姿を見守る。

「本当は、お預かりしてから革紐を買ったり、飾りを付けていたら愛着が湧いてしまって・・・だから、もう少し手元に置いておける
のは正直嬉しいです。」

千早が士郎の方を向いて顔を伏せ、少しバツが悪そうに語る。

「それに、私、これを着けていたから衛宮さんにもう一回会えたような気がするんです。ってなんか変な事言っちゃってますね、私」

彼女は少し顔を赤らめながらうつむいたまま、自分の首にアミュレットを掛けた。
長い黒髪の上に掛かったままの革紐を髪の下に納めるために髪を両手で持ち上げてすく。
すいた刹那、青みがかった美しい黒髪は、街を覆いつつある夕闇に広がり、再び彼女の肩に舞い降りる。

「存外、君の言うとおりかもしれんな・・・アミュレットが君の危機に応じて私を再び引き合わせたのかもしれん」

士郎は千早の仕草を眺めながら、笑みを納めてそう言った。

「なら、このアミュレットに感謝しなければ・・・。でも、そうすると私には危機が迫っているって事ですね・・・」

千早が日没直後の、西の空に顔を向けポツリとつぶやいた。
その姿は、見えない明日に戸惑い、途方に暮れているかのようだった。

「真実はその時にならねば誰にも分からない・・・」

士郎は、誰とも無しに向けられた彼女の発した言葉の意味に気付き答える。

「明日から君の生活には確実に変化が訪れる。なにしろ私という人間が張り付き、場合によっては脅迫状のとおり何者かに生命すら狙
われるかもしれんからな。君の不安は察するに余りある・・・」

士郎はいったん言葉を区切り千早に視線を向ける。
彼女は士郎の言葉に自身の心の奥の不安を衝かれたのか、表情をこわばらせ思わず彼に顔を向ける。
それを見て士郎は再び言葉を紡ぐ。

「だが、君自身に根ざす本質が変わる訳ではないはずだ。ならば、どのような状況下であろうと君は、自分に出来る事を精一杯やるだ
けでは無いのかね。しかる後の事は他の者に任せておくことだ。そのために私もここにいる」

千早は士郎の方を向き、その顔をしばらく見つめた後、うなずいた。

「そうですね、まだどうなるのか分からないのならば思い悩む事は無意味ですよね」

千早は視線を落とし、自らの手の内に宿る見えない物を確かめるかのように、右の手の平を眺め、それを握りこむ。
その姿には空を見上げ不安げにしていた先程の彼女には無かった覚悟のような物が見て取れた。

「ふむ、吹っ切れたようだな。」

士郎が彼女の雰囲気の変化を感じ取り口元を緩める。

「ええ、不安だったんです。今だって、これからどうなってしまうんだろうって、すごく不安です。でもさっきの言葉で少し楽になり
ました。・・・・・衛宮さんのおっしゃるとおりです。どんな状況になっても私は私なのだから」

千早はしばし目を伏せていたが、次の瞬間、顔を上げ、士郎に花のように可憐な笑顔を向ける。

「私はみんなに私の歌を聞いてもらいたいんです。だから明日からも今日までと変わらず全力で歌います!」

彼女はさらに言葉を続ける。

「衛宮さん、明日から私の事、よろしくお願いいたします!」

「ああ、必ずや君の期待に応えよう」

士郎は思う。
この笑顔の主を守りたいと。
そして彼は憎む。
このような状況を作りだした脅迫状の差出人と、彼女に、このような悲壮な笑顔を強いた自分を。

*************************************

Pの名前が分からんので適当にコミック版から拾ってきました。
続き書くのが結構苦しいです・・・。



[27875] (習作)歌姫とノッポのプロデューサー(iDOL M@STER meets fate)9
Name: たぬき◆f99c5be9 ID:aabf4d13
Date: 2011/08/02 11:42
こんばんは、たぬきです。
とりあえず書き上げましたのでアップさせていただきます。
短く拙い話ですが読んでもらえれば幸いです。
それから前話の一部に修正を入れました。
申し訳ありません。
「明日朝の通学から」→「明日朝の通勤から」

今回は真美のポロリもあるでよ~。
*******************************************************
その日の朝、如月千早はいつもどおりの時間に目を覚ました。
目覚めた自室のベッドの中で大きく伸びを一つし、ベッドを抜け出し、身支度を整えるために洗面所へ向う。
狭くて、お世辞にもきれいとは言い難い公団住宅の洗面所に、外の寒気が、ひたひたと押し寄せる。
普段、彼女は洗面所で洗顔をし、髪をとかす他は基礎化粧もろくにせずに済ましている。
それは、芸能に携わる者はおろか、同年代の女子とも比べられない程の短時間だ。
そして彼女は今日も、いつもどおり済まそうとして、昨日までと少し違うことに気付く。

「そっか、今日から衛宮さんが迎えに来るんだっけ・・・」

千早は、少し心が弾んでる自分に驚きつつ、これまであまり使ったことの無かった化粧水の瓶を手に取り肌の手入れを始める。
手入れを一通り終えると、彼女は再び自室に戻り、タートルネックのセーターとジーンズに着替えてリビングに向かった。
リビングの扉を開けて部屋に入ると父親の姿はすでになく、既に仕事に出かけているようだった。
部屋ではテレビが誰が見るとも無しに点けたままになっており、女性気象予報士が寒波の来襲と、関東地方の降雪の可能性を伝えてい
る。
暖房がついているはずのその部屋が千早には、なぜか寒々しく感じる。
彼女は母親に、おはようと朝の挨拶をする。
ぼおっとテレビを眺めていた母親は、千早の挨拶の声にようやく彼女の存在に気付いて挨拶を返し、千早のトーストを焼くためにダイ
ニングテーブルの椅子から立ち上がった。
代わってダイニングテーブルの席についた千早は、しばらくして母親から焼きあがったトーストを皿に受け取り、いただきますを言っ
て、角からかじり始めた。

「ねえ千早、昨日ね、あの人が、・・・」

席について食事を始めた千早に、母親は夫である千早の父親の至らぬ点を彼女に延々と語りだす。
彼女の両親は、過去に起きた、とある忌まわしい出来事をきっかけに険悪の仲となっており、事ある毎に家庭で言い争い、時には暴力
的な出来事すら起きていた。
千早は黙って母親が語るにまかせて聞いていたが、次第に胃と同時に別の部分 ―― 心 ―― が食物の受け付けを拒否し始める。

「・・・ご馳走さま。今日はちょっと約束があるから、もう出掛けるね」

結局、千早はトーストを半分ほど残して食事を終え、逃げるようにダイニングを離れることになった。
母親は、しっかり食べないと体が持たないなどと、もっともらしい事を千早に言うが、もう彼女の心がその場にとどまる事を拒否して
いた。
千早は、再び洗面所へ向かい、歯を磨くと家を出た。

団地の階段を降りて出口を表へでたところで、千早は男に声をかけられた。

「おはよう如月君」

赤みがかった白髪をオールバックに撫でつけた190cmに近い大男が、黒いコートに細身の黒いスーツの上下に白いワイシャツ、細

く黒いネクタイといった出で立ちで彼女の目の前に無表情で現れる。
彼は昨日とうって変わって冷え込み厳しい寒空の下で千早を待っていた。

「おはようございます 衛宮さん・・・寒い中、お待たせしてすいませんでした。今日からよろしくお願いいたします」

千早が士郎を見て挨拶し、一瞬安堵したような笑顔を見せた。
だが士郎は彼女の声音、表情に暗い影が見え隠れしていることに気が付く。

「なに待つのも仕事だ、問題はない。こちらこそ今日から、よろしく頼む」

士郎が、二歩ほど下がって千早の右後ろに付く警護のポジションに立ち、二人は歩きだす。
こうすることによって士郎は千早と彼女への接近者を広く視界に捉えて歩くことができる。
彼女を後ろから襲う者については当然、士郎がその身を挺して防ぐことになる。
歩きだしてから、少しして士郎が声をかける。

「どうした、あまり元気が無いようだな」

「いえ・・・別にそんなことはありません」

千早は否定するが、内心、士郎の観察眼に舌を巻く。

「そうか・・・」

千早は、士郎が深く追求してこないことにホッとしながらも、この心の内を誰かに打ち明けたいとも思う自分に気付く。

「おっと、こちらだ」

家から20mほど歩いて、いつものルートを歩こうと道路に出たところで、千早を士郎が呼び止める。

「えっ?あ、はい」

士郎が呼び止めた路上に、彼女の見慣れない白のセダン車が駐車されている。

「これは?」

千早が首を傾げて士郎に問う。

「君の送迎用の車だ」

士郎は特に何の感情も見せずに千早の問いに答える。

「うちの営業車にこんな車ありましたっけ?」

千早はまだ納得いかないのか士郎に重ねて問いかける。
白いセダン車は、千早も良く知っている大手自動車メーカーの物で車種も1500ccクラスの大衆車である。

「話は後にしよう。まずは乗りたまえ」

士郎が後ろ座席のドアを開ける。

「えっ、いえ自分であけられますから」

士郎にドアを開けられた千早が慌てる。

「いいから乗りたまえ、警備上の都合でこうしているだけだ」

士郎がやや強い口調で千早の乗車を促す。

「は、はい」

千早が乗車する間、士郎は周囲の気配と接近者に目を配る。
朝の団地の路上には通勤中のサラリーマンと小学生が数人歩いているだけで、おかしな気配は感じられない。
千早が乗り込むのを確認すると士郎は素早く車を発進させる。

「訳も分からず急かして済まなかったな、家からの出入りと、車の乗降車は隙が出来やすく襲撃のタイミングとして非常に狙われやす
い。乗降車は、私がドアを開けて周囲を監視している間に速やかに行って欲しい」

車が発車してから、しばらくして士郎が千早に詫びながら話しかける。

「分かりました。次からはそうします。」

千早が士郎の言葉に素直にうなずき返事をする。
続けて興味深げに士郎に車の事を問う。

「この車も警備のために用意した車ということですか?」

「ああ、この車の見てくれは、ただのセダン車だが、一応防弾仕様になっていて自動小銃程度ならばガラスもボディも貫通することは
ない。最も爆発物となると、そうはいかんがな」

士郎がシート越しに千早の質問に答える。

「もしかして、これ、衛宮さんの持ち物ですか?」

「いや、ただの借り物だ、こういった車両を専門に扱う知り合いがいてね、その男から無料で借り受けた」

「はあ、そうなんですか・・・」

好奇心と恐ろしさが半分半分と言ったところだろうか、千早は微妙な表情で窓ガラスやシートをそっと撫でたり触ったりする。
実際のところは刀剣マニアである、その知り合いに、士郎が「本物」の「虎徹」や「正宗」を貸出し、引き換えにこの車を借り受けたのだった。
ちなみに、士郎がどうやってそれらの刀剣を手に入れたかは秘密である。
車は郊外の主要道路から都内の幹線道路に入り小道を抜け渋滞を避けながら事務所を目指す。

「今日の予定は、午前中は都内でボイスレッスン、午後からは郊外のショッピングモールでストアライブだったか?」

士郎が、千早に予定の確認を兼ねて話しかける。

「はい朝、変更の連絡が無ければ、ですけれど。特に午後からはお客さんの前で歌えるからとても楽しみです」

千早が嬉しそうに士郎に返事をする。

「そういえば、君の歌声を聞くのはこれが初めてになる訳だ、ふむ、これはなかなか楽しみだな」

「そうやって改めて言われると少し恥ずかしいですね」

千早がミラー越しに運転席の士郎の顔をチラリとのぞく。

「何と言っても君のこだわりの歌だ。仕事を疎かにするつもりは無いが、是非にでも聞かせてもらうぞ」

今度は士郎がバックミラーを使って千早をのぞき、笑いかける。

「ところで、こういうストアライブは初めてなのか?」

「いえ、何回かあります。今回のライブ、実は出演者は私だけではなくて、私の後からもっとメジャーなグループが出演する予定なん
です。私はいわば前座ですね。」

「なるほどな、彼らを目当てに集まったお客に君の名前も覚えてもらう訳か。で今回は何曲歌う予定なのかね?」

「3曲です。でも最初の2曲は定番のクリスマスソングですから、持ち歌を歌えるのは1曲だけですけどね」

ガラス越しに朝の冬の街を見ながら、千早は多少の悔しさをにじませて答える。

「なに、どのような目的であれ来て貰えればお客だ。3曲でもしっかりと君の歌を聞いてもらえばいいさ」

「ええ、そうですね・・・」

彼女自身にも色々思うところがあるのだろう、士郎の言葉に短く返事を返す。
車は順調に進み、朝9時少し前に765プロに到着した。
すぐ近くのコインパーキングに車を駐車する。
今回の防弾車のレンタルは昨日の打ち合わせ後に急遽士郎が社長に提案した件なので、正式な駐車場はこれから探す事になる。
士郎がまず車を降りて辺りを確認し、千早の乗る後部座席に回りドアを開ける。
千早が少し緊張した様子で車から降りて素早く上着を着て歩きだす。
同じくコートを羽織った士郎が千早の後をついて行く形で事務所へ向かう。
昨日と、うって変わり、今日は冬の冷え込みは厳しく、低い雲が時々陽を翳らせる。
二人は、階段を上り事務所の前に到着し、士郎がドアをゆっくり開けて周囲を確認しつつ扉を押さえつつ千早を入らせる。

「おはようございます」

千早の声に続き、聞きなれない男性の声が事務所内に響く。

「おはよう」

事務所内には既に7、8名のアイドルの少女が出勤(?)しており、それぞれが仕事までの時間をおしゃべりや雑誌を読んだりして思
い思いにすごしていた。

「如月君、では、また後ほど」

士郎は千早に一声かけ、彼女たちの横を悠然と通り、事務スペースへ向かって歩く。
千早は彼女たちの輪に加わろうと「おはよう」と声をかけ近づく。
だが少女たちは、そんな千早に目もくれず、石化の魔法にかかったかのように、それぞれが直前に行っていた動作で見事に固まり士郎
が歩み去るのを目線だけ動かし呆然と見送る。
双子らしい姉妹のうち緑の髪留めで短髪を左上に縛っている少女は口にビスケットをくわえたまま、キレイに固まっている。
士郎が横を通ると口からはみ出たビスケットがポロリと床に落ちた。
彼が事務スペースにたどり着いたところで魔法は解け、先ほどの少女が集っていた場所から、わっと一斉に声が上がる。

「誰?あの人誰!?」

「新しいプロデューサーかな!?」

「えっ、こんな時期に?誰の担当かしら!?」

「あふぅ、けっこうオジサンなの、髪の毛白かったよ」

「でも、お顔は若いようでしたよ。歳は、おいくつなのでしょうか?」

「体でっか~!色黒っ、でも、まあ真美的にはありかな。」

「わ、わたし、もうダメですぅ、また、おとこの人が増えましたぁ」

さらに周りの状況についていけず、無駄にきょろきょろとしている千早に、左右の髪を赤いリボンで留めた少女がズイと迫り、碧がかった瞳で千早を見つめる。

「ねえ、千早ちゃん、あの人と一緒に出勤してきたよね」

「え、ええ」

千早はその迫力にたじろぎ、後ずさりする。

「あの人誰!?千早ちゃんの知り合い?」

リボンの少女にさらに詰め寄られ千早は更に一歩下がる。

「は、春香?何か目が怖いのだけど・・・」

「そう?気のせいだよ、で、誰?どんな関係?」

手をワキワキさせながら、じりじりと春香と呼ばれた少女が千早に詰め寄る。

「は、春香・・・? い、い、い、いやああああああああ・・・・・」

千早が恐怖のあまり、涙目になりながら春香から逃げ出す。

「千早ちゃん、まてえええええええええ・・・・」

恐怖の追っかけこが今始まる・・・

千早が恐怖の雄たけびを上げる少し前、士郎は事務スペースに到着していた。
小鳥と上一郎はすでに出勤しており、めいめい雑務をかたずけていた。
士郎は頭を下げ、二人と早速、挨拶を交わす。

「おはよう、何かと面倒を掛けるかもしれないが、今日からよろしく頼む」

「おはようございます。衛宮さん。こちらこそよろしくお願いします」

「おはようございます、私の方こそよろしくお願いいたします」

盛り上がる休憩スペースをしり目に士郎がこぼす。

「しかし女性が三人集まると姦しいと言うが、隣の部屋は、まさに言葉通りの状況だな」

「あら、それは私にケンカ売ってるんですか?」

小鳥が澄まし顔で士郎の言葉に応じる。

「ふむ、分かるかね」

士郎もこれまた澄まし顔で片目をつむって返答をする。

「言っときますが、私を敵に回すと恐ろしい報復が待っていますよ」

「ほう、それは中々に興味深いな。ちなみに恐ろしい報復とはどんなものかね?」

「そうですね、これから衛宮さんにお出しするお茶は出涸らしだったり、衛宮さんの机は床を拭いた後の雑巾で拭かれたり、それか
ら・・・」

「ああ、了解した。君と、世界の全ての女性に謝罪しよう。女性は3人集まっても姦しくは無い、済まなかった」

士郎が浅く目を伏せて笑みを浮かべ、両手を軽く挙げてバンザイの姿勢をとり、降参をする。

「ふっふっふ、分かればいいんですよ」

小鳥が胸の前で腕を組み、不敵に士郎に笑いかける。

「では、早速衛宮さんにお茶を入れてきますね、もちろん一番茶で」

士郎は空いている席に腰かけ小鳥のお茶を待つ。
少女たちのさざめきは、まだしばらく止みそうにはなかった。

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今回はちょっとキャラ崩壊気味です。
真美のポロリはいかがでしたか?
すいません、石を投げるのは勘弁してください。
戦闘はもう少し後の話になりそうですが見捨てず読んでいただければと思います。



[27875] (習作)歌姫とノッポのプロデューサー(iDOL M@STER meets fate)10
Name: たぬき◆f99c5be9 ID:aabf4d13
Date: 2011/08/12 23:40
どうもご無沙汰しています。
とりあえず、アップいたしました。読んでいただければ嬉しいです。
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しばらくして、お茶をお盆にのせて、小鳥が士郎達のもとに戻ってきた。
お待たせしましたといいながら、士郎の目の前に湯気の立つ緑茶の入った来客用の湯飲みを置く。

「ありがとう」

士郎は小鳥に礼を言いながら湯呑を手に取った。

「さっき、向こうで女の子たちに取り囲まれましたよ」

小鳥がさも面白い目にあったかのようにクスクス笑いながら二人に語る。

「ほう」

士郎が短く相づちを打つ。

「なんか嫌な予感しかしないんですけど、何だったんですか?」

士郎より少女たちの事を良く知っているせいだろう、上一郎は少し顔を引きつらせながら返事をする。
小鳥が士郎の方を見てニヤリとしながら、続きを語る。

「みんなで一斉に衛宮さんの事聞くんですよ、『あの人、誰なんですか?』とか『新しいプロデューサーさんですか?』とか、みんなす
ごく気にしているみたい」

「で、どうしたのかね?」

湯飲みを両手で抱え、小鳥の顔を見上げながら士郎が続きを促す。

「仕方ないので、お名前だけ教えて、後は社長から朝礼のとき説明があるって答えておきました」

彼女は男性二人を見ながら、肩をすくめて、あっさりと答える。

「そうですね、社長が衛宮さんの事をどうやって紹介するかわかりませんから、僕らにはそれくらいしか今は言えませんね。」

上一郎も自分の机の書類の束を整えながら賛同の意を示す。
二人の会話を聞きながら、士郎は湯飲みの緑茶を口に含んだ。
口中に程よい苦みが広がる。
ふと、彼は背中に視線を感じ、後ろを振り向いた。
すると事務スペースとの仕切りになっている書棚の横から二人の少女が顔を半分のぞかせて士郎を見ている。
しかし士郎がいきなり振り返った事に驚いたのだろう、彼女達は、きゃあきゃあ声を上げてその場から逃げ去ろうと慌てふためく。

『ドンガラガッシャーン』

逃げようとした左右の髪を赤いリボンで留めた15、6歳の黒髪の少女が足をもつれさせて効果音のとおりに、盛大に転び、もう一人の、お下げに眼鏡をかけた17か18歳くらいの少女もそれに巻き込まれて一緒にひっくり返る。
二人は折り重なるようもつれあい、リボンの少女は馬乗りになって士郎達に向かっておしりをつきだし、下になって仰向けに転がる眼
鏡の少女の胸に顔をうずめるというとても不健全な有様で床に転がった。

「あいたたた、ゴメン律子さん、大丈夫?」

「ちょっと、なにすんのよ春香!」

「だって、しょうがないじゃない、いきなり振り返るんだから」

その様子を見た上一郎が、右手を額にあてて頭痛に耐える仕草を見せてため息をつき、小鳥は右手で口を押さえて笑いをこらえている。
言い合いを始めそうな二人だったが、自分達の姿が士郎達に見られている事に気づき、お互い顔を見合わせてからすぐに立ち上がり、慌てふためき逃げようとする。
しかし、すぐに諦めたらしく、二人ともため息を一つついてから、ペタリと床にへたり込み、リボンの少女は片手でコリコリと頭を掻
き、眼鏡の少女はポリポリと鼻を掻きながら、ずれた眼鏡を直し、それぞれ照れ笑いを浮かべ士郎に小さく会釈をした。
とても微妙な表情で一部始終を見ていた士郎だが、二人の会釈に苦笑いをしながら軽くうなずき応えた。
士郎のその反応を見た二人は、再度お互いの顔を見合わせて立ち上がり、おずおずと士郎のもとにやって来た。

「あの・・・」

眼鏡にお下げの少女が士郎に話し掛ける。
今風の細いフレームの眼鏡をかけた見たところ理知的な雰囲気を持つ少女である。
おそらく眼鏡をはずして、お下げを ほどけば中々の美人になるはずだ。
ここにいるということは、この子もアイドルなのだろう。

「どうした?」

士郎が問いかける。

「衛宮さん、ですよね。私 秋月律子といいます。初めまして」

眼鏡の少女が士郎に頭を下げて自己紹介をする。

続いて碧がかった美しい瞳を士郎に向けて、黒髪の左右に赤いリボンをつけた少女が頭を下げ、はつらつとした声で士郎に自己紹介を
行う。

「え~と、天海春香です。よろしくお願いします」

こちらは、すらりとしたプロポーション、肩に切りそろえた艶やかな黒髪、愛らしい顔立ちに、輝く瞳の彼女は、まさに正統派アイド
ルといったイメージである。

「秋月君に天海君か、私は衛宮士郎だ。こちらこそよろしく」

士郎は、椅子に座る自分のすぐ隣に来て並んで立つ二人を見上げて、挨拶を返した。

「あの・・・お聞きしたいのですが・・・」

律子が遠慮勝ちに士郎に問いかける。
彼女がもじもじする様は中々に可愛らしい。

「なにかな?」

「衛宮さんは、私たちのプロデューサーとして来られたのですか?」

おそらく、先程小鳥から聞いた内容だけでは物足りなかったのだろう。
直接士郎に直接確認をしたいらしい。

「ふむ、先程音無さんから社長が説明すると、話してもらったはずだが」

士郎は、あごに手をあてて思案をする仕草をする。

「ええ、聞きました。ですが、衛宮さんが誰のプロデュースをされるのかやっぱり気になりますし・・・」

どうやら、彼女たちは士郎がプロデューサーであるという前程で質問をしているようだ。

「はい、はい、はい、はい、はーい、質問でーす」

士郎がどう返事をしたものかと思案しているところに、春香が手を挙げて割り込む。

「衛宮さんは、如月さんと一緒に出勤してきましたが、どういう関係ですか?千早ちゃん、ちっとも教えてくれないし・・・。」

春香が目を伏せて、ちらりと横を向き休憩スペースを見た。
士郎もつられて、彼女が見た方向に視線を送ると千早はテーブルにつっぷし、息も絶え絶えにグッタリとしている。
一体何をどういう聞き方したらああなるんだと、士郎の額に汗が浮かぶ。

「天海君の質問については、済まないが社長の説明を聞いて欲しいとしか言いようがない。だが秋月君の質問に答えるとすれば、私は
プロデューサーではない」

えっ、と二人の少女からほぼ同時に驚きの声が上がる。

「じゃあ、何のために・・・」

驚いた表情のままの春香から重ねて質問が飛ぶ。

「先程言ったとおりだ、その件も社長が説明を行うだろう」

士郎は、表情を変えずに少女たちに告げる。
初めて、少女たちに不安の表情が浮かんだ。

「そんな事も言えないって・・・何か765プロに起きているということですか?それも千早に絡むことで・・・」

律子は、いい加減な回答は許さないという気迫で士郎の前に立つ。
なかなかいい推理だと士郎は感心する。
だが、この件については彼が話す訳にはいかない。

「それは社長から聞いて君が判断すればいい。そら、社長が来たようだぞ。三人連れで階段を登っている」

「誤魔化さないでください!そんなの分かるはず無いじゃないですか!」

答えをはぐらかされたと思ったのだろう、律子が今にも机を叩きそうな勢いで士郎に迫る。
周りの人間の視線が一斉に律子と士郎に集まった。
先程まで、騒がしかった部屋が一瞬で水を打ったように静まり返る。
だが、士郎は椅子に浅く腰掛けて腕を組んだまま無表情に律子の顔に視線を向ける。

「律子さん、やめようよ」

春香が小声で引き留めるが律子には聞こえない。

「プロデューサーも何とか言って下さい!」

「律子、よせ!」

上一郎が制止に入ったその時、

「諸君、おはよう!」

ガチャリと扉が開き初老の男性の朗々とした声が事務所中に響き渡り、社長が事務所に入ってくる。

「えっ・・・」

社長の声を聞いた律子の顔が、鳩が豆鉄砲で撃たれたような表情になる。

「うっうー、おっはようございま~す!」

「おはようございま~す」

同時に緊張感の無い二人の少女の挨拶が事務所に響く。
律子が呆然とした表情でつぶやく。

「本当だったんだ・・・」

「生憎と私は耳が良くてね、こういった余計なことも良く聞こえる」

そして士郎は、用は済んだとばかりに律子から視線をはずして正面を向き、突き放すような口調で告げる。

「さて、君の願いはこれで叶う、後は社長に聞きたまえ」

彼女は俯いたまま、顔を上げる事が出来ない。

「律子!!」

静止の呪縛が解けた事務所内で、ツカツカと事務スペースに来た千早が、怒りにまかせて律子を怒鳴りつける。

「あなた、あんな暴言吐いてどういうつもり!」

「千早ちゃん、あのね、」

春香が、今度は千早を止めに入るが頭に血が上っているのか全く聞く耳を持たない。

「黙っていて春香、私は律子に聞いているの、律子、衛宮さんが何をしたって言うの!」

千早の言葉に、律子は俯いたまま、切れ切れに言葉をつないで弁解をする。

「私は・・・765プロとあなたが心配で・・・衛宮さんに聞いたら、社長に聞けとしか言わないから、つい頭にきて・・・」

律子の言葉を聞いて、今度は千早が冷や水を浴びせられたような思いをする。
全ては、自分を警護するために練られた計画のせいで、二人がいがみ合ってしまったのだと彼女は瞬時に悟った。

「くっ・・・」

知らず知らずのうちに視線が下がり、歯を食いしばる。
千早の脳裏に自分の責任だという思いが何度も交錯する・・・。

「やれやれ・・・・・・・ていっ」

誰かの呟きと共に、うつむいていた千早の脳天にズンと衝撃が走る。

「い、いったーい」

思わず声をあげ、涙目になりつつ両手で痛む脳天を押さえ、頭と視線と共に上げると、自分の頭のすぐ上に大きな右手が静止している、
しかもチョップの形で。
いつのまにか、士郎が立ち上がってチョップを脳天に食らわしていた。
上一郎、小鳥、春香もあっけにとられた表情で三人を眺めている。
ふと隣に目線が行くと自分と同じように律子も頭に士郎のチョップを食らって、千早と同様にうずくまって両手で脳天を押さえていた。

「な、な、な、何をするのですか!衛宮さん!」

全くの予想外の自分への攻撃に千早がどもりながらも、抗議の声をあげる。

「ど、どうして、ワタシがこんな目にあわなきゃならないんですか!」

同じく、全く言われの無い士郎の直接攻撃に律子も声をあげて抗議する。

「ふん、さっきよりは幾分か、ましな顔つきになったようだな」

士郎が二人を観察するような目つきで眺めて感想を言う。

「まったく、何を律儀に独りで抱え込んでいるのかは知らんが、真面目が過ぎるというのも考えものだぞ、君たちは。
『どんな時でも余裕を持って優雅たれ』とまでは言わんが、もう少し心に余裕を持たねば先が思いやられる。
まあ・・・この私が言うのも、なんだがね」

士郎が、二人の頭の上に静止させていた手を下ろしながら、フッと口元を緩ませて語る。

「だからと言ってチョップかます人がいますか!」

「そうです、私だって心外です!」

律子と千早がプリプリ怒りながら尚も士郎に噛み付くが、その口調に先程までの張り詰めた様子や深刻さはもう無い。
士郎は、二人が自分に噛み付く様子を見て、くつくつと笑いながら律子、千早、春香の三人に声を掛ける。

「さあ、社長も来たし、朝礼がはじまるのではないのかね?聞かねばならん事があるのだろう?」

「やっぱり、誤魔化されたような気がしますが・・・もういいです」

律子が、何か投げやりに士郎に文句を言うが、その口調は明るい。
その様子に、今までのやり取りを見守ってきた上一郎や小鳥もホッと胸をなでおろす。
チョップを受けた頭をそっと撫でながら千早は救われたと感じる。
あのまま、二人の諍いを自分の責任として抱え込んでいたなら、士郎が警護する今日からの日々はあまりにも辛かっただろう。
だが、士郎のあの「一撃」で千早の中で背負い込んだはずの「責任」は何処かへ雲散霧消してしまった。
おそらく、「間違って」士郎を責めた律子も似たような思いがあるのではないかと千早は想像する。
椅子から立ち上がり歩きだそうとする士郎の広い背中を目で追う千早の心は、灯が点ったように暖かな気持ちだった。
事務スペースにいた者達が、落ち着いた様子で休憩スペースに出てきたのを見て、休憩スペースで固唾を飲んで見ていた者達もようや
く落ち着きを取り戻した。

「諸君、おはよう!」

休憩スペースで他のアイドルと談笑していた社長がチラリと士郎を見てうなずいた後、改めて朝の挨拶をした。
士郎もうなずき返す。

「では、まず連絡事項だ」

社長がこまごまとした連絡を時に上一郎や小鳥の補足を受けてアイドル達に伝えていく。

「また、今日は雪が降るそうなので、各自時間調整、体調管理に注意してくれたまえ、いつもの連絡事項は以上だ、それから・・・」

社長の言葉がしばし止まり・・・再び言葉を紡ぎだす。

「今日は、諸君に伝えなければならない大切なことがある」

ここで再び言葉を切り、彼を取り巻く一人ひとりに視線を向ける。

「もう、気付いていると思うが、我が765プロに新しい人材が今日から加わる事になった、彼は衛宮君だ」

社長が士郎の方を向き名前を読んだ。
目をつむり腕を組んで聞いていた士郎が、目を開けて小さく会釈する。
社長を取り巻く少女達も士郎の方を向き、それぞれ会釈をする。
みな好奇の視線を士郎に向けてくる。

「だが、彼の仕事は君たちのプロデュースではない事をまず、知っておいてもらいたい」

当事者である千早や、既に一部を士郎から話を聞いている律子や春香を除いた少女達が、ざわめきを漏らす。

「では、どういう仕事をされるのでしょうか?」

先程、士郎から聞けなかった回答を得るため今度は冷静に律子が問う。
だが、社長は彼女の望む答えと違う方向から答えを返す。

「彼の事を説明するためには、今、このプロダクションで起きている事を説明しなければならない」

そして社長は全員に、千早に届いた脅迫状の話から、内容が身体に危害を及ぼすだけではなく殺害までに言及していること、このまま
警察に届ければ、彼女のアイドル生命にかかわる可能性があることがあることを説明した。
アイドル達は、ある者は信じられないと言うように驚き、ある者は冷静に話を聞いている。

「無論我々も、手をこまねいて見ている訳にはいかない、そこで独自に警護と捜査を行うために外部から人を招いた」

「それが衛宮さん、という訳ですね・・・」

社長の言葉を先回りして律子が言葉を引き取る。

「そのとおりだよ、君の先程の問いに答えるならば、彼の仕事は如月君の警護と脅迫状の捜査だ」

社長が律子の理解が正しい事を伝える。

「でも、どうして千早がそんな事になっていることをみんなに、教えて下さらなかったのですか?」

律子が不満げに食い下がる。

「何が最善なのか判断が非常に難しかったのだよ、そしてこれは経営者である私がせねばならぬ判断だ。他の者に説明できるような軽々しい内容ではないのだよ」

社長は律子に諭すように説明を加えていく。
律子は、まだ少し言いたい事があるような顔つきではあったが、うなずき納得の姿勢を見せる。
その姿を見てから、社長は更に少女達一人一人の顔を見ながら言葉を発する。

「それからひとつ、誤解の無いように言っておくが、私は如月君だけを特別扱いしている訳では無い。皆、如月君と同じように、それぞれが夢を持ちステージに立っている事を知っている。だから、この中の誰が同じ目にあったとしても彼女にしている事と同じ事をする、それは忘れないでほしい」

一度言葉を切り、一息ついて再び言葉をつなぐ。

「だが、君たちの中には、今の話を聞いて自らの身に危険を感じる者もいるかもしれない、またそうでなくとも、このように混乱した765プロに愛想をつかす者もいるかもしれない、そうであれば申し出てほしい、もし事務所の移籍を望むのであれば最大限の便宜をはかろう」

社長の言葉には経営者としてだけではなく、少女達を預かるという責任感と、彼女達を大事にしたいという優しさが感じられる。
だが、社長からの突然の選択肢の提示にとまどっているのだろうか、場は静まり返り言葉を発する者はいない。
少女達の中で、千早一人は、社長の言葉に身が縮むような思いをする。
彼女は、奥歯をキュッと噛み、うつむき耐える。
誰かが、辞めると言い出したなら千早は責任を感じざるを得ない。
そんな中、一人の少女が発言をする。

「それって千早さんがひどい目にあってるってことだよね」

背中まで癖のある髪を流した金髪の美少女が社長に確認をする。

「うむ」

「でも、どうしてそれが美希たちが他の事務所に行くお話になるの?美希、そんな目にあってる千早さんのこと、ほかっておいて他の事務所へなんか行けないよ」

「美希?」

千早の知る美希とは違う思いがけない発言に、彼女は思わず声に出して聞き返す。

「そうですね、私もそんな事考えられません。社長がリストラをお望みでないなら引き続きここに居させてほしいですね、765プロが好きですから」

律子も、少し冗談を交えて残りたいという意向を伝える。

「僕もそんな事で他の事務所へなんか行かない。千早と・・・みんなと一緒にここでアイドルを続けたいからね」

ボーイッシュな髪型をした美少年といってもいい容姿をした少女も同意をする。
容姿のとおりの中々に男前な発言だ。

「フン、いちいち脅迫状ごときでビビッてたらアイドルなんてやってらんないわよ、これから有名になれば脅迫状なんて当たり前にな
るんだから。それより、そいつ頼りになるの?なんなら、うちの連れて来るけど?」

ウサギのぬいぐるみを抱いた小柄な少女が、士郎に胡散臭い物を見るような目を向けて挑発的な発言をする。
腰まである長髪に前髪を上げたヘアスタイルに整った顔立ちの愛らしい外見に似合わず中々に過激な物言いだ。

「さて、こればかりは、いざその時に判断してもらうしかないな。最もそんなものは起こらんにこしたことはないがね」

士郎が、肩をすくめてみせる。
少女達は口ぐちに事務所をやめる意思の無い事を伝えた。
春香が最後にみんなの言葉を引き取り少女達の総意を伝える。

「社長、聞いてのとおり私たちは、今のまま765プロでアイドル続けます!」

春香の言葉を聞き千早が立ち尽くす。
今だに夢から覚めず彷徨っているような顔をしている。

「ほら、大丈夫って言ったでしょ」

小鳥が立ち尽くす千早の肩を抱き、微笑みかける。

「みんな、仲間だからな」

上一郎が笑顔を向ける。
千早が探し続けていた居場所が確かに、そこにはあった。
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ところでアニメのOP「READY!!」いいですね。
作業用にながしっぱなしです。



[27875] (習作)歌姫とノッポのプロデューサー(iDOL M@STER meets fate)11
Name: たぬき◆f99c5be9 ID:aabf4d13
Date: 2011/08/20 16:51
また、アップさせていただきます。
今回は「普通の人間には興味はありません!」が私の中のお題なのですが・・・
少しでも、面白いと言っていただける方がいれば幸いです。
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「少しは落ち着いたかい?そろそろ出かける時間だけど・・・」

苦笑を浮かべながら上一郎が、千早に声をかける。
千早はグズグズと真っ赤になった目と鼻をこすりながら答える。

「はい・・・何とか、恥ずかしいところをお見せして申し訳ありませんでした」

感極まった千早が泣き出してから15分ほどの時間がたっていた。

「そういえば私、10時からテレビ局に営業へ、プロデューサー!・・・」

「小鳥さん、今日の私のオーディションは・・・」

他の少女達も千早を微笑みながら見守っていたが、上一郎の言葉に現実に引き戻され、そわそわと動き出す。

「では、我々も準備をするとしようか、午前中のボイストレーニングの教室は都内の近場だったな」

士郎が、千早と上一郎を見ながら声を掛ける。

「ええ、ここから地下鉄とJRで20分、駅から徒歩で5分かからないくらいのところですね」

上一郎が士郎の問いに答え、ついでに最寄りの駅名を告げる。

「ふむ、安全を考えれば車で出かけたいところだが・・・」

士郎が駅名を聞き、渋面を作ってつぶやく。

「あの界隈でこの時間だと、駐車スペースは無いかもしれませんね・・・」

上一郎も考え込む素振りをしながら士郎の言葉を引き取る。

「そうだな、公共交通機関の使用もやむ無し・・・か、だが、警護の難度は格段に上る」

士郎はちらりと上一郎の顔を見て渋面のまま、独り言を語るように返事をする。
雑踏に繰り出すとなれば、不特定多数の人間が接近する機会が増えるため、当然危険度が増す。
通常、このような場合は警護対象の前面に接近を制限するための人員が配置されるが、一人で警護を行う士郎はそうはいかない。
いきおい警護に、接近者に対する観察や直感的な判断という曖昧な部分が増えることになる。
五感が常人よりはるかに優れている士郎にとって、こういった警護は不可能ではないが、負担が非常に大きいのも事実である。

「まあ、何とかなるだろう」

彼の中で方策の目途がついたのだろう、眉根に寄せていた皺をようやく解き、溜息をつくような口調で士郎がつぶやいた。
それから、チラリと軍用と思しき銀色の無骨な腕時計を確認して、上一郎に聞く。

「10時だったな、そろそろ出発せねば間に合わん。君も来るのか?」

「いえ、10時からテレビ局にあいさつ回りがあるので、僕はそちらが優先です。今日は午後から別の営業周りもしなければいけない
ので、千早のところには夕方のストアライブの前に何とか顔を出すつもりでいますが・・・」

頭を掻きながら、上一郎は申し訳なさそうに士郎に返事をする。

「なら仕方あるまい。だが、なんとも忙しいものだな」

士郎が同情するような表情で上一郎を見る。

「プロデューサーは僕一人ですから」

あきらめたような表情で自嘲的に上一郎が答える。

「あ、でも、ボイストレーニングは千早一人では無くて、もう二人の女の子も一緒ですから」

上一郎が言葉を付け加え、士郎の右後ろの空間に視線を向けた。
士郎もそちらに目をやると、二人の少女が佇んでいる。
一人は、ボーイッシュなショートヘアで、先ほど社長に移籍なんかしないと啖呵を切った男前な美少女、もう一人は、茶色がかった髪
を肩のあたりで切りそろえた、これまた儚げな雰囲気を持つ美少女だ。
士郎と目が合うとショートヘアの少女が二コリと微笑み自己紹介をする。

「はじめまして、菊池真です。よろしくお願いいたします!」

外見のとおりの男らしい爽やかさに士郎は好感を持つ。
そして士郎がすぐ隣に目を移すと、

「ひっ・・・」

もう一人の少女が士郎と目が合った瞬間、青ざめた表情で真の背中に隠れる。

「ほら、雪歩、ちゃんと自己紹介しないと失礼だよ」

真に言われて、雪歩と呼ばれた少女がそーっと彼女の肩越しに顔を出し、士郎の顔をのぞいてから、ようやく全身をあらわし小声で言
葉を発した。

「あ、あ、あ、あの・・・・・・・・・萩原雪歩です・・・よ、よろしくお願いします!」

「ああ、先ほども紹介があったが、衛宮士郎だ。二人ともよろしく」

雪歩の行動に士郎は戸惑いながらも、もはや恒例となった自己紹介を行う。
上一郎が士郎のそばに来て、小声で士郎に雪歩の不自然な行動について説明を入れる。

「彼女、実は男性恐怖症なんです」

「・・・・・・・・・そうか・・・なら仕方ないな・・・」

そもそも、なんでアイドルを目指すのか、士郎は雪歩を牛丼屋で小一時間問い詰めたくなるような衝動に駆られるが、今は、返事を返
すのに精一杯である。

「プロデューサーさん!」

少し離れた所から、春香の声が上一郎を呼ぶ。
彼女は、もう一人の髪の長い女性と、一緒に出掛ける準備をしているようだ。
もう一人の女性は他の少女と比べて一際背が高く顔つき、体つきも成熟した女性の雰囲気を醸し出している。

「ああ、もうこんな時間だ。春香、今行く!すみません衛宮さん三人をよろしくお願いします」

士郎に一声かけると、上一郎はバタバタと慌ただしく扉を開けて出かけてしまった。
いってきまーすという声があちらこちらで響き、少女達が出かけて行く。

「まったく・・・」

これでは、千早の警護どころでは無いなと思いながら、士郎は振り返って三人を見る。
振り向いた瞬間、雪歩がビクッと反応し、右腕で自分の顔を腕で隠し、のけ反った。
一方、真はニッコリと士郎に笑いかける。
千早は士郎の雰囲気を察したのだろう、そんな二人と士郎を非常に微妙な表情で交互に見くらべる。
士郎はここへ来て何度目だろうというため息をこっそりついてから、三人に声をかけた。

「では、行こうか」

四人は、事務所ビルを出て、すぐ前の通りを西に歩く。
少女三人がまとまって前を歩き、そのすぐ後ろを一歩遅れるような形で士郎が付いてゆく。
朝早いうちは雲の切れ間があり、薄く日の差し込んでいた空は、今や重い灰色に塗り潰され、日が差し込む気配は無い。
寒波が来ているという天気予報のとおり、身を切る寒さが四人を襲う。
士郎は不自然な気配や行動をする人物が無いかと、千早の周りに目を配りながら歩く。
少女同士、士郎の前方で固まって歩いていたはずの真がスルスルと歩を緩めて下がり、士郎の横に並んで話かけてきた。
朝の時間は終わろうとしているのに、士郎に喋りかける彼女の口からは白い息が立ち上り、今日の寒さを際立たせる。

「衛宮さんは武術とか格闘技をやっているんですか?」

彼を見る真の目は、キラキラと好奇心にあふれており、どうやら単純に武術やそういったものに興味があるようだ。
だが、衛宮士郎の武は特殊である。
人に説明できる事では無いので無視しても良いが、フェミニストの彼はそこまで無愛想に出来ない。
結果、婉曲とごまかしを含めて答えることになる。

「・・・そうだな、やはりこういう仕事をこなそうと思うと、そういった技術も修めざるをえん。そういう君も何かを習っているので
は? 足運びがなかなか軽やかに感じる」

それは、まあ、ある程度は本当のことだ。
真の動きや歩行には、あくまで普通人と比べての事だが、武術を習う者特有の滑らかさが見て取れる。

「本当ですか?やりぃ!プロの人に褒められちゃった、僕、実は空手やっているんです」

「ほう、なるほど」

こうして歩いている間にも何人もすれ違う。
相槌を打ちながらも、士郎は周囲の警戒を怠ることは出来ない。
だが、士郎に褒められた事がよほど嬉しかったのだろう、真が思いがけないことを言い出した。

「良かったら、僕も衛宮さんのお仕事のお手伝いしますよ」

真が、冗談とも本気ともつかぬことを士郎に持ちかける。

「ちょっと、真!あなた何言ってるのよ」

さすがに、前を歩く千早から突っ込みが入る。

「大丈夫、僕に任せてよ、ねえ、どうです衛宮さん」

だが、真は千早の言葉など意に介した様子もなく、士郎に期待を込めた眼差しを向ける。
どうやら彼女は割と本気のようだ・・・。

「いや、それは遠慮しておこう。私が失業してしまうからな。まあ、それはともかくとして、君はまず自分の身を第一に考えるのが良
いのではないか?武術のおかげで、大ケガをするところが普通のケガで済み、ケガをするところが無傷で済む、つまるところ武術は、
まず自分の身を守るためのものだ。」

士郎が冗談を交えながら、無理をする必要はないと、真を諭す。
実際のところ士郎にとって、少し武道をかじっただけの素人を巻き込むことなど到底容認できない。

「うーん残念・・・」

少しガッカリしたような彼女の声に、士郎が慰めの言葉をかける。

「だが、体を張って他人のために何かをしたいという思いは貴重だ、その思いはそれとして大事にしておけばいい」

雪歩は二人のやり取りを少し離れて聞き耳をたてる。
どうやら、この新しく事務所に入った男性は、見た目は強面だが、思ったより優しい性質であるようだ。
ボディーガードなどと言うから自分の実家に出入りする父の部下たちと同じような人種ではないのかと思っていたが、かなり違うよう
である。
雪歩は少しほっとする。これならどうにか一緒にやっていけそうだ。
彼女が、もう少し士郎に近づく努力をしてもいいかな、と考えているうちに、四人は生暖かい空気を吐き出す地下鉄の入口に到着した。
彼らは、しばしの間地下の住人となるべく階段を下った。



「ああ―――――」

防音壁で仕切られたマンションの12畳ほどの一室に真の声が響く。

「ほら、前のめりにならない!姿勢を正して、もっと腰を固めて!」

腰まで届こうかという長い髪を簡単に縛った女性講師のハスキーな声が響く。
ここは、四人が地下鉄とJRを乗り継いでやってきたボイストレーニングの教室である。
部屋の中にはアップライトのピアノが一台置いてあり、講師と士郎たち5人が入るとさすがに手狭になる。
建物は、大通りから一本入った雑居ビルとマンションの立ち並ぶ一角にある、やや古びたレンガ張りの12階立てのマンションである。
さらに教室は、その中の7階の一室にあり、尾崎玲子と名乗る女性講師の住居兼用となっていた。

「ああ――――――――――」

真が玲子に言われたとおり出来るだけ姿勢を正そうと体を動かす。

「ほら、違う動きをしない!変なところに力が入るでしょう?」

真は、しばらく声を出し続けた後、玲子の「はい、よし」の言葉とともに声を止めて脱力をする。

「くそー、上手くいかない!」

膝に手を置いて前かがみになって悔しがる真に玲子が声をかける。

「腹から声を出そうとする努力は買うわ、ただ、姿勢が悪いと他の全ての努力が水の泡よ」

「じゃあ次、雪歩!」

「は、はい!よろしくお願いします」

玲子の凛とした声に雪歩の緊張した声が応える。
玲子がピアノを鳴らし雪歩に出すべき声の高さを指示する。

「ああぁ―――」

士郎は部屋の隅のパイプ椅子に腰かけて腕を組み、物珍しげに少女達の練習風景を眺めていた。

「ほら、雪歩!もっと声を大きく!」

「は、はい!ああああああ―――」

何度か発声を繰り返した雪歩は、玲子の「よし」の声にようやく解放される。

「雪歩・・・姿勢はいいけれど、本当に腹の底から声出さないと、喉痛めちゃうよ」

士郎は、雪歩が受ける玲子の注意を聞きながら、なるほどと納得する。
士郎の聞いた雪歩の声も玲子と同じ感想であった。
さらに言うと、彼女が大きい声を出そうと、しゃかりきになって、喉に力を入れていることが手に取るように分かる。

「じゃあ次、千早ね」

「よろしくお願いします」

玲子の指名に千早が落ち着いて返事をする。

「じゃあ前の二人と同じ事から始めるわよ」

玲子が千早が出すべき声の音程を 2、3回ピアノをならして指示する。
それを聞いた千早が背筋を伸ばし、一拍置いて声を紡ぐ。

「――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――」

それは、士郎の想像をはるかに超えるものだった。
同じ声であるはずなのに、前の二人とはまるで違う、異次元にあるもの。
ただ発しただけの、意味を持たないはずのその声は、鳥肌が立つような滑らかさと繊細さ、そして矛盾するはずの力強さを伴って士郎
の心に響きわたる。
彼の超人的な聴覚を持ってしても、その声の内に破綻と乱れを聞きとる事は出来ない。
この声をもって紡がれる歌はどれほどの物となるのか、彼には想像も付かなかった。
士郎は、千早の声に全身を貫かれるような衝撃を受け、普段の彼には決してあり得ない程、呆然の状態となった。

「なるほど・・・これは・・・凄まじいな、これが彼女の才能か・・・」

彼は意識せず切れ切れに言葉を呟やく。
才能・・・その言葉の持つ煌きは士郎自身が身を持って知っている。
魔術においても、非才である者が血の滲む努力をしてなお辿りつけぬ境地に、易々と辿り着く天才がいる。
例えば士郎の盟友である遠坂凛は、魔術においてアベレージワンを誇り、いずれ第二魔法に手が届こうかといわれる天才である。しか
しその能力は、彼女自身の研鑽によって得たものというより、長きに渡る遠坂の血が彼女をして受け継がせた、いわゆる努力ではどう
にもならない部分が多くを占めている。
同様に千早にとっても、彼女の声は、願い、努力してようやく手に入れたものよりも、既に最初から彼女が持つ才能という輝きによる
部分が非常に大きい。
遠坂凛の魔術を他の誰も真似できぬように、如月千早の持つ声は、他の誰にも真似する事はできない。
彼女の持つ才能という高みに至る道は、余人がいかに目指そうとも登るための足場すら見出すことは出来ない。
ゆえに、如月千早も紛れもない天才であった。

「はい、オッケー、凄くいいね!!」

玲子の指示が千早の声を遮り、それを合図に、呆然としていた士郎も正気に戻る。
彼は、ホッと一息つき、思わず辺りを見回し現実世界と自身の感覚の差異を確認してしまう。

「千早、今日はえらく気合入ってるね」

楽しげに玲子が千早に声をかける。

「えっ?!いえ、別にそういう訳では・・・」

思わぬことを突っ込まれ、なぜか千早は恥ずかしげにうつむきながら、チラリと士郎の方を見る。

「?」

視線に気付いた士郎が訝しげに千早の方を向くが、既に千早は士郎の方を見ておらず、玲子とトレーニングについて話し込んでいる。

「大分慣れたけど、千早と一緒にボイスレッスンすると落ち込むんだよね」

真がミネラルウォーターのペットボトルに口をつけながら疲れたような声で愚痴を言う。

「そうです、何年練習してもきっと、あんな風に声は出ないです・・・」

雪歩も真に同調する。
確かに、二人はまだ上手ではないけれど、あれほどの違いを見せ付けられたならば、多少へこむのは仕方ないのかもしれない。

「ほら、あんた達はヒヨッコのくせに何偉そうに諦めの言葉吐いてるの!そういう事は、やる事やり切ってから言いいなさい!」

情けない言葉を吐く二人の教え子に対して玲子から容赦のない叱咤が飛ぶ。

「ほら、私語禁止!まだまだみっちりやるからね。次も腹筋使って声出す練習!やり方は・・・」

まだ、始まったばかりのトレーニングを見るとも無しに眺めながら、士郎は先程の千早の声について思い出す。
今しがた聞いた千早の声から察する彼女「歌」の才能、脅迫状に書かれた「歌」・・・
思いを巡らす時間は、まだしばらく有りそうだ。
時計を見ながら士郎はそう思った。
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いかでしたでしょうか?
楽しんでもらえるといいのですが・・・。
今回は、千早の才能について少し書いてみました。
スペックがちょっとインフレーション気味ですが、錬鉄の英雄の隣に立つのは、「ちょっと歌がうまい女の子」ではなく、「天才」が
相応しいのかな、と思いこんな記載です。
あと、ボイストレーニングの先生はオザリンと同姓同名ですけど偶然ですから(笑



[27875] (習作)歌姫とノッポのプロデューサー(iDOL M@STER meets fate)11.5
Name: たぬき◆f99c5be9 ID:f73a54d2
Date: 2011/08/23 12:10
こんにちは、今回もアップしました。
今回は、内容と全く関係ありません。内容的には11.5と言ったところです。
完全に御遊びとキャラ崩壊のお話ですが、少しでも面白いと言っていただける方がいれば幸いです。
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「ああ、疲れた体に浸みわたる。」

真が自分の目の前に置かれた紅茶を一口すすり、思わず年寄り染みた感想を漏らす。
レッスンの後、四人は玲子に招待されてダイニングでお茶を飲んでいるところだった。
居間は10畳ほどの広さで、ソファーと机が置かれ、少し離れた窓際には大型の液晶テレビが置かれている。
五人が囲むテーブルの上のポットからは紅茶の芳しい匂いが漂ってくる。
テーブルでは士郎と玲子が向かい合って座り、興味深げに士郎が現れた理由を聞いているところであった。

「衛宮さんだっけ、じゃあ、あなたは765プロの新プロデューサーって訳じゃないのね。思わず、金田クン、クビになっちゃったの
かと思ったわ」

「いや、彼はかなり忙しいのでね、代わりに私が付き添いで来たというわけさ」

一通り説明をし終わると、士郎は紅茶のカップに口をつけ喉を潤す。
口の中に、ふくよかな風味が広がり士郎は眼を細める。

「おいしい・・・」

カップをソーサーに置いた雪歩がポツリと言葉を漏らす。

「ああ、確かにうまいな」

士郎も雪歩の漏らした言葉を受けて同意をする。

「へえ、分かるの?」

玲子が悪戯っぽい視線を士郎に向ける。
士郎は、玲子の顔を一瞥するとゆっくりと手元の紅茶について語り始める。

「ふむ、そうだな・・・、これはダージリン・・・ 茶の色が濃い、しかもマスカットフレーバーがしっかり感じられるところから察
するにセカンドフラッシュだ。」

士郎は、一端言葉を区切り紅茶の鮮やかのオレンジに目をやり、それから言葉を続ける。

「先程、チラリとあなたが紅茶を淹れる手つきも見せてもらったがゴールデンルールに則った中々の手際だったな。だが惜しむらくは、
茶葉をパッケージした時期から今日まで、かなりの日数がたっている。保存方法は間違っていなかったのだろうが保存期間が長かった
ために、多少鮮度が落ちてしまっているようだ」

語り終わると士郎はソーサーとカップを手にしてもう一口すする。

「あなた、大した鑑定眼ね・・・。 秋口に何パックで買ったセカンドフラッシュのダージリンのパックの最後の1つを今日開けたの
よ」

玲子が心底、感心したような口調で士郎を褒める。

「へーっ」

「衛宮さん、すごい・・・」

真と千早も驚きの声を上げる。
雪歩も声にこそ出さないが、士郎の思わぬ鑑定眼に目を丸くしている。

「あなたも紅茶が好きなの?」

玲子が興味深げに士郎に話しかける。

「いや・・・まあ、仕事で興味を持たざるをえない時期があってね・・・」

士郎が、言葉を濁して答える。

「何よ、はっきりしないわね。何の仕事なの?」

士郎のはっきりしない言い方に多少イラついたのか、玲子がやや強い調子で士郎に問いかける。

「・・・昔ある時期に執事で身を立てていた事があってね・・・その時にどうしても必要な知識だった」

士郎は少し言いにくそうにボソリと答える。
その回答を聞き、士郎を除く四人は思考が追い付かないのか、しばし沈黙する。
だが、その直後に、今聞いた事が正しいのかを確認し合うかの様に四人は一斉に口を開いた。

「執事?!」

「えっ、それ何てマンガ?」

「本当の話ですか?それ?」

「なんか、スゴイです~」

四人を代表するかのように、机にドンと両手を付いて、玲子が士郎にズイと綺麗な顔を近づけて迫る。

「何よ、ちょっと面白そうじゃない?詳しいこと聞かせなさいよ!」

士郎は玲子に迫られても特に意識して姿勢を変えるような事はしなかったが、眉根に皺を寄せて彼にしては珍しく困ったような表情で、
一口紅茶をすすってから口を開く。

「別に大した話じゃない、一時期イギリスに滞在していた事があってね、その時世話になった人物の身の回りの世話を 執事として行
っていたというだけさ」

真が好奇心丸出しで問う。

「世話になった人物って、どんな人だったんですか?」

「確か・・・フィンランドの貴族だったな」

『えーっ!!』

今度も士郎を除く全員が大声で驚きの声を上げる。

「私の話はここまでだ、もうこれ以上話すことは特にないぞ」

士郎が騒ぎを収めるために、自身の話の打ち切りを宣言する。
特にここから先の話をしようとすれば、どうしても魔術がかかわってくる。

『えーっ』

またしても士郎を除く四人がそろって抗議の声を上げる。
こいつら何時からこんなに仲良しなんだ・・・。
だがそのすぐ後、玲子が何かをひらめいたかのようにニヤリと笑い、関係を一瞬で崩壊させる一言を放った。

「ねえ衛宮さん、今度飲みに行かない?金田クンも一緒に。」

「なっ!」

千早が思わず絶句する。
当然、今度は未成年組が玲子の傍若無人に対して抗議の声を上げる。

「ちょっと、それじゃあ僕たち行けないじゃないですか!」

「そ、それにプロデューサーまで誘うなんて先生とは言え目に余る横暴ですう」

玲子は彼女達の抗議を全く意に介さず、実にオトナ都合の話で、未成年達の抗議を一刀両断する。

「うるさいわね、こんな面白そうな話聞くのに、酒とおつまみ無しなんて勿体ないじゃない!」

ずいぶん脆い関係だったようである・・・。

今しがたまで、能面のように無表情だった千早が突如二コリと笑い、イイ笑顔を士郎に向ける。

「衛宮さん、わたしお腹がペコペコです、『こんな所』サッサと出て、ご飯食べませんか?」

士郎の心眼(真)がトラブルの発生を彼に訴えかける。
ああ、遠坂やルヴィアも一番ヤバイ時はこんな笑顔だったな・・・。
千早の意図を察した真と雪歩も口ぐちに士郎にステキな笑顔で空腹を訴える。

「衛宮さん、僕もお腹すいちゃいました、『こんな所』、早く出てご飯たべましょうよ」

「そ、そうです、『こんな所』はもう出て、お昼が食べたいです。」

「ぬおっ!!」

士郎を取り囲み、満面の笑顔で『こんな所』を出たいと迫る少女たち・・・彼は戦慄を覚えざるを得なかった。
邪魔者達の排除のために今度は玲子が怒りの声を居間に響かせる。

「あなたたち、言うに事欠いて「こんな所」とは何よ!それに今、彼は私と大事な話してるんだから、邪魔しないでくれる?」

「そんな邪魔だなんて・・・僕たちはただ、お腹がすいたと衛宮さんに訴えただけで・・・」

真が小首を傾げて手を後ろに組んで、とびっきり可愛い仕草でしれっと答える。
真に続いて千早が冷たく言い放つ。

「先生、そのようなくだらない内容は、世間では大事な話とは言わないかと。」

「なっ・・・」

講師と生徒の仁義なき闘いが、更にヒートアップの兆しを見せる中、ついに士郎が動く。

「あー、先生、済まないが聞いてのとおりだ。昼も過ぎてこの子達もお腹をすかせている事だし、長居するのも何なので辞去させて
いただこうと思う。飲み会の件は、金田君にきっと伝えておく、おいしい紅茶をありがとう。では、失礼する。」

正直、これ以上ここにいたら胃が持たない、ここは早急に戦場を離脱するに限る・・・。
逃げる訳では決してないからな・・・と自分に言い聞かせつつ士郎はそそくさとローカットの黒い革靴を履いてマンションを出る。

「先生、お疲れ様でしたー。失礼しまーす」

「お疲れ様でした。では、失礼いたします」

「お疲れ様でした~」

士郎の後から、三人の少女が満面の笑みを浮かべ、まるで何事もなかったかのように玲子に挨拶をして玄関の外で待つ士郎の後を追う。

「くっ、あなた達、覚えていなさいよ~」

玲子の遠吠えが響く・・・
士郎は、今の言葉は自分には向けられてないと思うことにした。

************************************************************
いかがでしょうか?
少しでも面白いと思っていただければと思うのですが・・・。
よかったら感想をいただければと思います。



[27875] (習作)歌姫とノッポのプロデューサー(iDOL M@STER meets fate)11.8
Name: たぬき◆f99c5be9 ID:aabf4d13
Date: 2011/09/27 21:24
お久しぶりです。
中々ストーリーが進みません。今度は「11.8」(笑
ただ、士郎には、お約束のイベントなので付け加えたのですが、どんなモンですかね?
拙い文章ですが、楽しんでいただければ嬉しいです。
*****************************************

「うーん」

レッスンが終わり、マンションの外に出た雪歩が大きく伸びをする。
寒さで、彼女が吐いた白い息が大きく空へ昇り、やがて低く垂れこめた雲の色と区別がつかなくなる。
士郎も三人の少女の後ろを歩いていたが、ふと立ち止まり頬に当たる厳しい寒気に、ある予感を持って大きく空を見上げた。

『そろそろ降るかもしれんな・・・』

士郎はどこか郷愁を感じる冬の匂いにひたる。
彼の吐いた息も寒気に触れて、やがて大気に溶けていく。
しばし士郎はその有様に見とれた。


少し歩いたところで、士郎が三人に声をかける。

「ところで、君たちは昼食をいつもどうしているんだ?」

千早がチラリと他の二人の少女の顔を見て答える。

「仕事先なら、お弁当が出ることもありますけど、いつもはコンビニでパンやお弁当を買うことが多いですね、お金もかからないし、簡単ですから」

うん、うん、と真がうなずく。

「時々は家からお弁当持ってきたりしますけど、千早の言うとおりコンビニでお弁当買うことが多いかな?」

「私も真ちゃんや千早ちゃんと同じです・・・」

三人ともどうやらコンビニ弁当やその類が多いようだ。
これでは、栄養の偏りも大きいし、何より食べる楽しみが半減するのではないかと士郎は考える。

「君たちは、コンビニの弁当や惣菜が好きなのか?」

「嫌いじゃないけど・・・そりゃあ、出来ればもっとまともな物を食べたいですよ」

真が士郎の問いに対して何を言うのかという表情で答えを返す。
千早と雪歩も真の言うことに頷く。
それを聞いた士郎はしばし考え込み、思い切った風に三人に提案をした。

「ならば今日は、コンビニではなくスーパーで食材を買って簡単に何かを作ってみるというのはどうだ?これなら、外食よりもお金が掛からないし、コンビニ弁当より、まともな物が食べられる。」

三人は士郎の提案に、えっ、という表情で、お互いの顔を見合わせる。
三人のうち千早が、少し顔を赤らめて少し言い辛そうに申し出る。

「私、お料理は家で、お母さんの手伝いを少しやった事があるだけで、あまり得意じゃないのですが・・・」

士郎が残りの二人に目を向けると、真も同じように、少しうつむき加減にして士郎に白状するかのように話し出す。

「実は、僕もあんまり得意じゃないかな、そもそも僕が台所に立つのをお父さんが嫌がるし・・・」

一方、雪歩は二人とは少し違う反応を示す。

「私は・・・、少しならお料理したことあるし・・・やってみてもいいかな。」

三人の言葉を聞いて士郎は大事なことを言い忘れていた事に気が付いた。

「ああ一言、言い忘れていたがメニューや主な調理は私が担当しよう。君たちは調理のちょっとした手伝いをしてくれればいいぞ」

確かに料理が得意でない者に自分たちだけで作れと言えば、尻込みをするに違いない。

「えっ、衛宮さんお料理できるんですか!?」

士郎の言葉は全く想像をしていなかったのだろう、思わず千早が士郎に問いかける。

「ほう、君にはそうは見えないと?」

今度は士郎が少し意地の悪い口調で、千早に問い返す。

「い、いえ、そういう訳じゃ・・・」

慌てたように千早が取り繕う。

「ふむ、この昼食時の短時間では手の込んだものは難しいが、君たちをそれなりに満足させるくらいの物はできるだろう」

士郎の言葉を聞き、三人は再びお互いの顔を見合わせ二言、三言を交わし合う。
どうするかを一人では決めかねたらしい。
そして、再び三人は士郎に向きなり、真が代表になってにっこり笑い、返事をした。

「じゃあ、衛宮さんお願いします!」



四人は再びJRと地下鉄を乗り継いだ後、事務所から10分程度の距離にある商店街のスーパーに来ていた。
昼時のスーパーは出来合いの総菜を買う近所のお年寄りや、早めの買い物を済ませようとする主婦たちの姿で、それなりに混んで活気があった。
その合い間を 190cmに近い長身に白髪、色黒で、黒いスーツとコートをまとった大男が買い物かごを持ち、美少女三人と共に店内を歩く様は中々に異様である。

「なんか僕たち注目集めていません?」

周囲の視線を気にしながら、真が士郎に聞く。

「さあ、どうだろうな?」

士郎に気にする素振りは全くない。
作る料理は士郎の勧めでクラブハウスサンドと決まっていた。
先日、士郎がホテルで朝食としてとった、あれである。
紅茶は冷めてしまっていたが、士郎はあの時に食べたクラブハウスサンドの味を中々気に入っていたのだった。
彼には、ホテルと同じ味とはいかないまでも、準備や時間が無くともそれなりには作れる自信はあった。
四人は必要な素材を購入し、レジでお金を払ってレジ袋を持ってスーパーを後にする。
道すがら、四人は料理の事を話す。

「衛宮さんはどんな料理を作るのが得意なんですか?」

レジ袋を両手で提げた千早が士郎の少し前を歩きながら、クルリと振り返って聞く。
彼女が振り返るのに合わせて長い髪と持ったレジ袋がなびいた。

「そうだな、味の評価は人によるとは思うが、和食、洋食はだいたいの料理は作れるだろう、だが中華だけはちょっとな・・・」

あごに手をあてて、士郎が視線を空に向けながら答える。

「へえ、すごいなあ、でもどうして中華だけダメなんですか?」

士郎の隣を歩く真が首をかしげる。

「ああ、それはだな・・・子供の頃に連れて行かれた中華料理屋、そう・・・あれは泰山という店だったな、そこで食べさせられたマーボー豆腐がとんでも無い激辛の代物でね・・・それ以来、中華はトラウマなのさ・・・」

よほど、嫌な思い出だったのだろう、士郎が口元を引きつらせながら遠い目をする。
士郎の話を聞き、千早と真がクスクスと笑い、雪歩も口元を押さえて笑い出す。

「むう・・・」

チラリとそれを見た士郎は、照れた顔を少女たちから隠すように口をへの字に結んで上を向く。
四人が横断歩道を渡る。
もうすぐガムテープの765の文字がはられた雑居ビルが見えてくるはずだ。


戻った四人は、帰りの挨拶も早々に調理するべく準備を始める。
流しのある休憩スペースでは小鳥と金髪の少女の二人が昼食を取り終わったところだったらしく、お茶を飲んでくつろいでいた。

「あれっ、千早さんたち何するの?」

先程、小鳥と共に千早たちに「お帰り」と声を掛けてくれた金髪の少女が、再び声を掛けてきた。
流しの周りに置かれた、四人が買ってきた買い物袋の中身と、四人の様子見て不思議に思ったのだろう。
小鳥も不思議そうに四人の様子を見ている。

「今から、四人でお昼ご飯を作るのよ」

小鳥と金髪の少女は千早の説明を聞き驚く。

「ええっ、自分達でお昼ご飯を作るの?」

「ああ、材料を途中で買ってきた、それに作ると言っても大したものではない、ただのサンドウィッチさ」

「えっと、エミヤ・・・さんも作るの?」

士郎からの返事を聞き、金髪の少女は驚きを隠さない。
彼は上着を脱いでネクタイを外し白いワイシャツ姿になった後、腕をまくり上げたところで彼女に答える。

「無論だ、では始めようか」

少女達三人は、玉状になっているレタスを1枚づつはがし、トマトを薄切りにする。
いくら料理馴れしていなくとも、この程度の作業に難しい事は何も無い。
その間、士郎はささみを薄切りにし、コンロのオーブンで焼き、同時にフライパンで卵焼きを焼き始めた。
そして彼は、あっという間に卵を焼き終わり、今度はそのフライパンにベーコンをのせ、火を通してカリカリにした。
そのまま別で焼いていたトーストに野菜と卵焼きとベーコン、焼いたささみをはさみ込みクラブハウスサンドは程なく完成した。

「切り分けを頼む」

その間、士郎は買ってきたリンゴをウサギさんに切り、皿に並べる。
四人は各々カップを4つ並べて準備を始める。
程なくして、こんがりとキツネ色の焼き目をつけたクラブハウスサンドと旬の果物のリンゴを添えて昼食は完成した。

「うーん、おいしそう」

出来上がったクラブハウスサンドを見て真が歓声を上げる。

「意外と手間の掛からないものですね」

千早が時計を見ながら作成までに掛かった時間と手間を思い出し感想を漏らす。
確かに、たいした時間は掛かっていない、20分くらいだろうか。

「さあ、準備が出来たなら食べよう」

士郎が三人に声を掛ける。

「「「「いただきます」」」」

四人はそろって息を合わせて食事の挨拶を行った。

「うん、おいしい!」

「手間はあまりかかってないのだけれども、ボリュームがあって美味しいわ」

「鶏肉、卵焼きとベーコンの組み合わせが最高です」

「ふむ、ホテルのメニューを見よう見真似で作ったが、悪くないな」

四人は口ぐちに自分達の作った食事の感想を述べる。

「おいしいそうだね。」

先程から、四人が食事を作る様を興味深げに見ていた金髪の少女が士郎に声を掛けてきた。

「ああ自分達で作ると、また一味違うものだ。失礼、君は確か・・・ミキ君だったか?」

士郎が、今朝の朝礼で発言していた彼女の事を思い出す。

「うん、あたしは星井美希。みんな美希って呼んでるよ、よろしくね、えっとエミヤさん!」

にっこりと笑い士郎に自己紹介する美希の姿はとても愛らしい。

「星井美希君か、私は衛宮士郎だ。こちらこそよろしく、ところで、その・・・もしかして、君も食べたいのか?」

じっと四人が食べる様を見つめる美希に士郎が少し気を使う形で問いかけた。
美希と一緒に食事を取っていた小鳥は既に仕事に戻っている。
彼女はうん、うん、うんと首を何度も縦に振り、あきれた表情で女性三人がそれを見る。

「美希、君、さっきお昼ご飯食べたんじゃないの?太るよ」

士郎から昼食をねだろうとする美希に対して、士郎の前に座る真から突っ込みの声が入った。

「いいの真君。美希は、ヤセイノオオグイだから」

「・・・?」

真の頭に盛大にクエスチョンマークが浮かぶ。意味が分らない。

「ああ、そこは“やせの大食い”ということでいいのかね?」

コーヒーカップを手にしながら、真の代わりに士郎が美希の言葉を受けて冷静に突っ込む。

「そうみたいですね、でもなんか美希の言う通りでも、いいような気がしてきました」

お預けをくらっているワンコのように、期待で目をキラキラさせて士郎を見つめる美希を見て、士郎の隣に座る千早も苦笑いをする。

「ほら美希、私の分をあげる。衛宮さんの分、取っちゃだめよ」

溜息を零しながらも千早が4つに分けてある内の一切れを美希に差し出す。

「ありがとう!千早さん、やっぱり千早さんは優しいの」

ほくほく顔でクラブハウスサンドを受け取り、可愛らしい容姿に似合わず、大きな口を開けてガブリとかぶりつく。

「すまんな、君はいいのか?」

幸せそうにパクつく美希を見ながら、士郎が、千早に礼を言う。
しかし千早が、自分の取り分を割いて美希に渡してくれたことは士郎にとっては、やはり申し訳なく思える。

「ええ、大丈夫です。私、元々ご飯あまり食べない方だし、ひどい時だとカロリーメイトだけだったりしますから。だから今日は、たくさん食べている方なんです」

手元に残ったもう一切れを食べようと手にしながら千早は薄く笑って士郎を見る。

「そうか、だが無理は、ほどほどにな」

そんな千早を見て士郎は少し複雑な顔をする。
女性であり、アイドルである以上、いろいろ気にしなければならないことが多いのは仕方ないが、願わくは食事くらいは人並みに食べて欲しいものだと士郎は思う。

「ごちそうさま、とてってもおいしかったよ!」

千早に貰った分を食べ終えた美希の顔が笑顔でほころぶ。
ボリュームたっぷりのクラブハウスサンドは美希にも好評のようだ。
千早と対照的に何の制約も無いかのような美希の食べっぷりに思わず士郎は頬を弛める。

「ねえ、衛宮さん、お願いがあるの」

食べ終わった時のホクホクの笑顔をそのままに美希が士郎に話しかけてきた。

「どうしたんだね?」

「美希、ほんとーに一番大好きな食べ物は、おにぎりなの」

「ふむ・・・」

「だから美希ために、おにぎり作って欲しいの。衛宮さん料理上手そうだから、きっと美味しいおにぎりが作れると思うな」

美希がキラキラ輝く青みのかかった瞳に、天真爛漫な笑顔を ズイッと士郎の顔の真っ正面に押し出し、士郎の鉄色の瞳を覗き込む。
ちなみに、美希も士郎もほぼ初対面である以上お互いに恋愛とかそういう感情があろうはずはない。
なので、士郎は美希に顔を寄せられても、別に動揺する様子でもなく距離を取ろうともしない。
結果として二人の顔と顔の間の距離は、さながらキスする3秒前といったところである。

「ふえっ?」

「ちょっ、ちょっと美希、衛宮さんに近づき過ぎ!」

傍から見ると、まるで映画のワンシーンのような美男美女の接近に、雪歩が真っ赤になった顔を思わず手で隠しつつも指の間からしっかりと覗き見をし、真が机の向こうから腕を伸ばし止めに入るが、二人はまるで意に介さない。

「わかった。君の気に入る味になるか保証は出来ないが、今度作ってみよう」

士郎が美希の瞳を見つめながら答える。

「本当?ありがとう!!」

おにぎり作成の快諾を得た美希が、士郎に抱きつかんばかりの喜びを表そうとしたその時・・・。

「み、美希・・・衛宮さんにそんなに面倒を掛けちゃだめよ・・・」

千早が美希と士郎の会話に割り込み、美希をたしなめる。
千早の様子は、見た目としてはニッコリ笑顔なように見えるのだが、何か違和感がある。
良く見ると額に青筋が見える気がするが気のせいだろうか?

「えーっ、どうして?衛宮さん良いって言ってくれたよ?」

美希が不服な表情を隠しもせず当然の反論を行う。

「ど、どうしてって、それは・・・その、衛宮さんは今日、765プロに来たばかりでしょ」

千早が美希の反論に困惑の表情を浮かべ言葉を返す。

「それで?」

美希がジト目になりつつ千早を見る。

「だ、だから、衛宮さんも嫌な事でも断りにくいじゃない、自分は新参者だからって遠慮して・・・」

美希にジト目を向けられて、千早が右の人差し指で頬をコリコリ掻きながら目をそらしつつ、今一つ説得力のない説明をする。
さらに意外なところから美希への援護射撃が行われ、千早の返答が更にgdgd感を増す。

「ふむ、新参者か・・・君は私の事を、そんなふうに考えてるのかね?」

「えっ!?そ、そ、そう言うわけでは・・・ありません・・・」

味方のはずの士郎からも突っ込みを受けて、もう何かとボロボロな千早が、右目の端に涙をちょっぴり浮かべて顔を引きつらせながら返答をした。

「じゃ、いいでしょ?おにぎりくらい」

美希が勝ち誇ったように胸――とても大きな胸――をそらす。

「くっ・・・」

口ゲンカだとか72だとか、いろんな意味で敗北した千早が美希の仕草にうなだれた。
それを見た美希は何を考えたのか、彼女に近づき耳元で意味ありげに囁いた。

「もしかして千早さん・・・美希が衛宮さんの側にべったりだったから・・・妬いちゃったとか?」

「!!」

うなだれていた千早の顔がガバリと起き上がり、その顔がみるみるリンゴのように赤くなる。

「あ、あ、あ、あの、その、わ、私は・・・べ、別にそんなこと・・・」

「なあんてね、ちょっと言ってみただけ」

美希がベーと舌を出して千早に顔を向ける。

「なっ、美希あなた!!」

からかわれたと知った千早が今度は、まなじりを釣り上げて美希の襟首をつかんで彼女を捕まえようとする。
美希はヒョイとその手をかわし、トトトと事務スペースに逃げ込んだ。

「千早さん、ゴメンなの~」

「もおっ、美希!覚えてらっしゃい!!」

千早の悔しげな声が部屋に響く。
士郎は黙ってカップのコーヒーに口をつけながら憤怒の形相の千早を見上げ、何を怒っているかは分からないが、とりあえず今は巻き込まれまいと心に決めるのだった。



[27875] (習作)歌姫とノッポのプロデューサー(iDOL M@STER meets fate)12
Name: たぬき◆f99c5be9 ID:aabf4d13
Date: 2011/09/27 21:26
続けて投稿です。
ようやくストーリーを少し進めました。
皆様に気に入っていただけるのやら・・・
読んで感想を頂けるのならこれ以上の喜びはありません
*****************************************
「ねえ!雪!雪が降ってきたよ!」

千早と美希の追っ駆っ子が終わってから程なくして隣の事務スペースから少し興奮して四人を呼ぶ美希の声が聞こえた。


「えっ、本当?」

真が真っ先に立ち上がり窓のある事務スペースへと向かう、雪歩もその後を追う。
士郎と千早は、二人が真っ先に窓際へ向かったのを見て、お互い顔を見合わせる。
そして、士郎が肩をすくめて苦笑いをし、それを見た千早はクスリと笑って立ち上がり、少し遅れて二人は窓際へと向かった。
士郎と千早が事務スペースに着くと、窓に真と美希が吐く息でガラスが白く曇るほど顔を寄せて覗き込み、すぐ横に雪歩がついて同じく外を眺めていた。
士郎も窓際に置かれている物の間越しに外を眺めると、白い雪が舞う姿が見えた。
道をはさんで反対側に立つ灰色の雑居ビルを背景にして、雪は一層その姿を際立たせて地上に舞い降りる。

「結構降って来ましたね・・・」

士郎の隣に立った千早も外を見てポツリと呟く。

「ああ、この時間からこれほどの量が降るとはな・・・これは積もるかもしれん」

士郎は、チラリと千早の方を向くと複雑な表情で彼女に言葉を返し、視線を窓の外に戻した。
雪はビルの谷間を吹き抜ける北風の強弱に乗り、時にチラチラと、時に吹きつけるようにと、自在に強さを変えて地上に降り注ぐ。

「衛宮さん、雪ですよ!」

真が士郎の隣に立ち嬉しそうに話しかけてきた。
彼女は雪を見て子供のように喜びをあらわにする。

「ああ、とうとう降ってきたな」

だが、士郎が素っ気無い返事をする。

「あれ?ノリがいまいちですね」

「まあ、今日が休みなら見方も変わるだろうが、次の仕事への移動を車で想定しているのでね・・・正直、素直には喜べんよ」

士郎が複雑な表情のまま真に返事をする。
その場の全員が士郎の仕事という言葉を聞いて、彼と同じように複雑な表情になってしまった。

「美希も部屋の中で暖かいコーヒーを飲みながら見てるだけならいいけど、外に出るのは寒いから嫌だな・・・」

あれほど熱心に外を見ていた美希だったが、思いがけず本音を呟く。
どうやら寒いのは苦手らしい。

「でも私は、雪は好きです・・・世界をみんな、きれいな白に変えていくから・・・でも、もしかしたら好きなのは自分の名前のせい
かもしれませんね」

ずっと雪が舞い降りる様を見ていた雪歩が振り向き、ふわりとした柔らかな笑みを士郎に向ける。
士郎は雪歩の笑みを見て確かに降り積もる雪のような美しさをその中に見て取った。

「・・・そうだな、確かに灰色の空を舞い、地上を白く染めていく雪は美しい・・・」

士郎は雪歩の言葉を受けて眉間のしわを解き、窓の外を見つめながら、今、目の当たりにしている風景を改めて見入る。
雪歩と士郎の会話を最後に、ほんの一時だけ事務所に沈黙が訪れる。
それは、二人の会話を聞いた事務所にいる者全てが、雪の舞い落ちる姿に心を奪われているかのようだった。



雪が降りしきる中を士郎が運転する白いセダン車が進んでいく。
時々、スタッドレスタイヤがギュリギュリと雪を踏み締め、その感覚はハンドルを通して士郎の手に伝わってくる。
今のところ、雪は降り出したものの道路はまだ通行に支障をきたすほどの積雪は無い。
だが、時折、空から息を吹き付けるように激しく降る雪は、確実に道路の端から順番に白く変えていこうとしている。
車を運転する士郎が苦笑する。

「この様子では道に雪が積もるのは時間の問題だな」

「ええ、早めに事務所を出たのは正解ですね、遅れれば交通がマヒしてしまうかもしれません」

千早も後部座席の窓から外を覗き、風と共に車や道路に吹き付ける雪を見て士郎に相槌を打つ。
スタッドレスのタイヤを履いているこの車は多少、雪が積もったところで問題は無い。
だが、そうでない車が多い現状では、移動にグズグズしていると他の車が引き起こす渋滞に巻き込まれるかもしれない。
今、車に乗っているのは士郎と千早の二人だけである。
二人が向かっているのは、午後の千早の仕事である都内から少し離れたショッピングモールでのストアライブへの出演のためである。
開演は午後4:30からなので、リハーサルや機材のチェックのために2時間前には現地に着いておきたい。
今回の千早はあくまで「おまけ」での出演であり、今回は彼女の後に、別のメジャーなグループが引き続き出演するのである。
彼らの負担になるような遅刻やミスは絶対に避けなければならない。

「追っ付け金田君が来ると言うが、打ち合わせ時間に間に合うのか気になるところだな」

上一郎は都内のテレビ局で挨拶周りを終えた後、電車で千早のストアライブの打合せに間に合うように来る予定となっていた。

「電車はまだ動いていますし、大丈夫だとは思いますが・・・プロデューサーが来なければ、最悪、私だけで打ち合わせに臨むしかありません」

「まあ、確かに仕方無いのかもしれないが・・・」

予想外の事態と言えば仕方無いのかもしれないが、士郎としては割り切れない気持ちが残る。
こういう異常事態を見越して手を打つのが大人の知恵ではないのかと思わないでもない。
最も、あれだけの少女達の仕事を管理しているのが彼一人と言う状況では多くを望むのは難しいだろう。
なんとか、自分に出来る範囲で彼女をサポートできれば良いのだがと士郎は考えた。
黙り込んだ士郎を見て、ミラー越しに千早がそっと笑みを浮かべ、話しかけてきた。

「私は大丈夫ですから、心配しないでください」

千早の優しい言葉に、士郎は思わず苦笑いをする。

「すまない、気を遣わせてしまったようだな」

自分の役目は千早の不安を取り除くことなのに、自分が千早に気を遣わせてしまったら意味が無い。
これでは上一郎のことなど言えた義理では無いなとハンドルを握りながら士郎は自嘲した。


二人の車は都内で渋滞に巻き込まれつつも、郊外に出てからは雪降る道を滞りなく進み、予定どおり午後2時半頃には目的地であるショッピングモールに到着した。
ここは、全国展開している大手スーパーのチェーン店の一つで関東地区でも有数の大きさを誇る売り場面積を誇る店舗である。
周りにはのどかな田園風景が広がり、駐車場だけでも何百台分のスペースがあるのだろうかという広さである。
こういった店舗ではよくあるイベントホールで歌うのが今回の千早の仕事である。
今回彼女の後に出演する、グループ「BOW」はライブを中心として活動する4人組のバンドということである。彼らは元々こういった小さなライブ活動を元にステップアップしたグループでありメジャーとなった今もこういった場所でのライブも好んで行っている。
本来であれば、この場は彼らの独壇場であり、千早の出る幕など無いはずであったが、このような場所を得られたのは、千早の歌唱力を気に入ったイベントの企画者のおかげであり、売込みを行った上一郎の(数多くは無いが)営業成果の賜物であった。
士郎たちは、あらかじめ指定されている駐車場に車を停めた後、サクサクと雪を踏んで店舗の中に向かう。
店内に入る途中で、千早が上一郎に携帯電話で連絡を取ろうと白い息を吐きながら携帯電話を握る。
携帯電話のボタンを押し、1回、2回・・・7回鳴らしたところでようやく上一郎が通話口に出た。

「もしもし、プロデューサーですか?お疲れ様です、如月です。私達はさっき現地に到着しました。今どちらですか?」

どうやら、彼の方は順調とは言いがたいようだ。

「えっ?まだ駅ですか?打ち合わせ間に合いませんよ!えっ、雪で電車が遅れている?」

「ふう」と千早がため息をつく、彼女の吐いた白い息が降りしきる雪を滲ませる。

「分かりました、じゃあ私と衛宮さんで、はい、打ち合わせを。ええ、大丈夫です、いえ、雪では仕方ありません、はい、じゃあお気を付けて、では」

千早は「ふう」ともう一度ため息をつくと、横に立つ士郎の方を向いた。
千早の髪に白い雪がついては溶けて行き、やがて雫となり彼女の美しい黒髪を濡らしていく。

「もう、聞こえたかと思いますが、プロデューサーはどうやら打ち合わせに間に合いそうにありません。打ち合わせは私達だけで行いましょう」

「はあ・・・やれやれ」

士郎も釣られて思わずため息をつく。

「了解した。だが、それは本来私の役目では無いのだがな」


二人はショッピングモールの店内に入る。
入口の自動ドアの下には暖気が直接噴き出しており、体の冷え切った二人には、強めの暖房が心地がいい。
見渡すと、店内はクリスマス一色となっており外の景色とはまるで違う煌びやかさに包まれていた。
店内ではクリスマスソングが流れ、売り場の各所には大きなツリーが置かれおり買い物客の目を楽しませている。
そしてツリーと共にクリスマスの大売出しの開催を告げるチラシや看板が到る処に置かれていた。
店員は接客や商品出しに追われており、通路にはウインドウショッピングも含め、なにがしかの客が行き交うところを見ると、平日の昼間にしては客の入りは悪くないようだ。
士郎と千早は今回の企画の主催者である店舗内の2階にある大手レコード店に向かった。
こういったショッピングモールでの音楽イベントを行う際にはそのショッピングモールのレコード店等が主催となる事が一般的である。
幾つかあるエスカレーターの一つで2階についてから二人が辺りを見渡すと、二人のいる所から各店舗を繋ぐ通路の30m程先に店内の一角を大きく占めるレコード店の看板が目に入った。
通路を歩いて店の前に立つと、店先は他の店のご多分に漏れず、2m程のモミの枝の先が赤くファイバーで輝くクリスマスツリーが飾られている。
さらに店内に入ると、クリスマスソング特集の棚が各音楽ジャンルごとに設けられており、ここでもクリスマス商戦の盛り上げに一役買っている様が見て取れた。
売り場の棚の前には二学期はもう短縮授業に入っているのだろうか学校帰りの女子高生の姿や、スーツ姿の会社員らしい姿がちらほらと見える。

「あの、お仕事中すみません。765プロの者ですが、今日のライブの件で参りました。店長さんはお見えでしょうか?」

千早が少し緊張した声で、近くのポップスの棚を整理していた女性の店員に取次ぎを依頼する。
彼女は、少し驚いたようだったが、お待ちください、と言って7、8m先のレジに向かい、レジの奥にいた店の制服を着た中年の男性に、なにやら話をした。
しばらくするとその男性が入口そばにいる二人の方に歩いてきた。

「ああ、どうも、765プロさんですか?初めまして、私が店長の芳賀です。」

芳賀と名乗る店長は、人懐っこい笑顔を浮かべ二人に初対面の挨拶をする。
見たところ彼の身長は170センチくらい、年齢は40代前半で、少しメタボ気味の腰まわりが特徴である。
続けて765プロの二人も頭を下げ挨拶を行う。

「はじめまして、如月千早です、今日はよろしくお願いします」

「衛宮士郎です。今日はよろしく」

二人を見て芳賀が疑問を呈した。

「あれっ、金田君はいないのかい?」

「ええ、すいません。今こちらへ向かっているのですが、雪で電車が遅れてしまって・・・」

千早が申し訳なさそうに上一郎のいない理由を説明する。
芳賀は千早の説明を聞き、少し考えると二人を見ながら口を開いた。

「そうか、それじゃあ仕方ないね、実は、今日君の後に出演する「BOW」の連中もまだ到着していないんだ。しょうがないから、打合せは我々で出来るところまで進めてしまわないか?」

「そうですね、わかりました」

千早が芳賀の言葉にうなずいた。
芳賀は次に士郎を見ながら話しかける。

「じゃあ今日は君がプロデューサー君の代わりかな?」

士郎が少し困った表情をしながら彼の言葉を否定する。

「いや、申し訳無いのだが・・・」

士郎は自分が付き添いのような立場である事を説明し、打合せは千早を中心に進めてもらうように依頼をする。
芳賀は怪訝そうな表情をするが、芸能プロには、いろいろ事情が有るのだろうと考えたのか、それ以上深くは聞いてこなかった。
打合せの前に、二人は今日の楽屋となる部屋へ案内される。
エスカレーターで3階へ登り、管理スペースに入り扉を閉めると、店内の喧噪が扉に遮られて嘘のように静まり返る。
廊下には幾つかの事務室が並び、スーツを着た男性やグレーの制服の女性が忙しそうに各部屋を行き来していた。
二人はその内の一番奥の一室へ案内される。
部屋は普段は会議室となっているのだろう、薄いグレーの安っぽい扉に、A4のコピー用紙を横にしてマジック書きで「765プロ様」と書かれた紙が貼られている。
中は15畳ほどの広さで会議室によくある安っぽい長テーブルとパイプ椅子が「ロ」の字に並べられていた。
士郎達はそう多くない荷物を手近な机の上に置き、部屋に鍵をかけると、今度は1階に下り今日の会場となるイベントホールに向かった。
扉を開けて管理スペースを出ると再び店内の喧噪が二人を包み込む。
二人はエスカレーターを二つ降りて、ショッピングモールの中央にあるイベントホールを目指して歩く。
イベントホールに到着した二人が周りを見回すと、客席を作るために既に椅子が並べ始められ、ステージも形づくられて準備が行われていた。
1階のホール部分は直径30mくらいの円形で、店舗のある3階部分までの高さで吹き抜けになっており各階から1階を見下ろす形で覗けるように白い手すりがホールの形に張られている。

「765プロさん、すいませーん」

二人が着いて早々、芳賀が千早と士郎の二人を呼び、打ち合わせが始まる。
千早は組みあがったばかりのステージに立って広さや目線を確認する。
次に音響のエンジニアと今日歌う曲の音を聞きながら、自分のマイクの音量の確認や好みの音程の調整を行ったり、今日の司会役と
MCの確認を行う。
士郎は、千早の後ろで専ら聞き役に徹しつつ周囲の警戒に目を光らせる。
3、40分ほどたち、打合わせが一通り終わったところで、士郎が暖かい緑茶のペットボトルを差し出しながら千早に声をかけた。

「お疲れさん、中々、堂々としたものだな」

「いえ、そんな大したことは・・・」

千早がペットボトルを受け取り、蓋を開けながら答える。

「ただ、歌に関してはこだわりたい部分がありますから・・・。私の思った事を伝えてそれに合わせてもらえるようにお願いしただけです」

経験の浅い駆け出しのアイドルが、経験豊富なプロを相手に自らのこだわりを伝えて、聞いてもらおうとするのは並大抵の事では無いだろう。
士郎は千早の言葉を聞き、改めて彼女の歌に対する姿勢に感心した。

「なるほどな、そういうところも含めて、やはり大したものだ」

士郎に再度褒められた千早は、今度は下を向き、顔を逸らしてボソリと答えた。

「あ、ありがとうございます・・・」

雪は、士郎たちが来た時と変わらず未だに降り続いているようだ。
館内放送で駅とショッピングモールを結ぶバス便に大幅な遅れが出ている事と、電車のダイヤが大幅に乱れている事がアナウンスされている。
ステージの近くで会話をしている二人に芳賀が顔色を変えて現れた。
士郎が様子を察し、先手を打って芳賀に問う。

「どうしたのかね?」

「「BOW」が出演できないと連絡が入ったよ・・・都内でラジオの収録が終わってから車での移動を考えていたようだけど、この雪でとても時間に間に合わないそうだ」

二人の顔色を見ながら芳賀が言いにくげに口を開く。

「それで、今日のライブのことだけど・・・続けていいものか迷っている・・・」

芳賀の言葉に士郎は目を細め眉根に皺を寄せる。
一方、千早はキョトンとして、すぐに反応が出来ない。

「それは・・・一体どういうことですか・・・?」

考えの追いつかない千早がどうにか言葉を絞り出した。

「もし、このまま続行するとして、君は大丈夫なのかい?」

千早がショックを受ける事は予想していたのだろう、芳賀が落ち着いた口調で彼女に語りかける。
千早の後に演奏を行う「BOW」は、メジャーグループである。
今回、集まってくる客の大半は彼らを見に来るのだろう。
一方、千早はまだシングルを1枚出したばかりの駆け出しの身だ。

「僕は、君の歌をすごくいいと思う。でも今日君が歌えるのはたった3曲だ、おまけに今日は「BOW」目当てのお客ばかりだから彼らが来ないとなれば席はガラガラになるかもしれない。それでも君は歌うのかい?」

このままではライブ開催が無謀だという芳賀の言い分が理解できたのだろう、千早はうつむいて唇を噛み、言葉を返すこともできず黙りこむ。
ショッピングモールのざわめきが逆にこの場の三人の沈黙を際立たせる。
芳賀の言葉に千早は、自らの無力さを思い知るしか無い。

「それに今なら、音響設備の賃貸料は全部ドタキャンした「BOW」の責任として相手方の事務所に持たせることができる。悪い話じゃないと思うよ」

意気消沈した千早が絞り出すような声でつぶやく。

「・・・プロデューサーの判断を仰ぎます・・・」

彼女は再び携帯電話を取り出し上一郎に電話をかけるが、ツーツーツーという通話中の音が響く。
何度か掛け直すが、中々繋がらない。
恐らく彼は彼で、この雪で生じた予定の様々な齟齬を調整すべく孤軍奮闘しているに違いない。
この分では彼に連絡を取るのは難しいだろう。

「そろそろ、決めないとアナウンスをする時間が無くなってしまうよ」

焦りのせいか、芳賀が冬なのに汗を額ににじませつつ回答を急かす。
千早が一瞬目を瞑り、何かを考え込んだ後、後ろに立つ士郎を振り返った。

「衛宮さん・・・どう思いますか?」

千早の突然の言葉に、黙って腕を組んで聞いていた士郎も流石に驚きを隠せない。
眉をしかめて千早を見る。

「私・・・か?私に意見を聞いて意味があるとは思えないが」

「いえ、今は衛宮さんの意見が聞きたいんです」

千早が両手を胸の前で合わせ、真っ直ぐな視線で士郎の目を見る。
その瞳には士郎という人間に対する信頼がうかがえた。
士郎は出会ってそれ程の間も無い自分に、何故これほどの信頼を向けるのかと戸惑った。
だが、今はその真っ直ぐな視線に応えなければならない。
士郎は一度、目を閉じて考えた後、おもむろに口を開いた。

「私は・・・お客の入りに関して言えば、必ずしも悲観的になる必要は無いと思う」

士郎を見つめる千早の顔が驚きの顔に変わる。
一方、芳賀は訝しげな表情をする。

「どうしてだい?「BOW」が出ないとなれば彼らのファンは心情的には「裏切られた」ような気分になるだろう、おそらく大半は如月さんのステージには来ないと思うよ。一方如月さんは無名で固定ファンと言うのはまだない。興味を持って見るお客さんも少なそうだ。そうなれば客の入りを期待するのは厳しいんじゃないかな」

芳賀が士郎の意見に対して自己の推理を述べる。

「ふむ、あなたの言う事は一理ある、普通であればその通りなのかもしれない。だが今回は二つ普通と違う点がある。一つは今日の天候だ。外は雪が降り積もり、未だやむ気配は無い。その結果、交通は寸断されバスに乗用車、それに鉄道のダイヤまでもが麻痺している。おそらく、この状況ではお客は買い物が終わっても交通が復旧するまで帰るに帰られないのではないか?そうなれば言い方は悪いが、暇を持て余しイベントに来る客は少なくない、いや、むしろ如月君の歌を聞いてもらうと言う意味では逆にお客に集まってもらうチャンスとなるはずだ。それに「BOW」は既にメジャーであるならば今日のお客はコアなファンが多く来ているのだろう?観客席がコアなファンばかりで埋まっていたら逆に一般客は一歩引いてしまう。一般客がその中に混じって聞くには敷居が高かったはずだ、だが如月君のライブならば、一般客が来てくれる可能性が高まるのではないかね」

士郎は一旦言葉を区切り二人の反応を見る。
千早は表情を驚きから真剣な面持ちへと変え士郎の話を聞いている。
一方、芳賀は、あごに手を当てて難しい表情を崩そうとしない。
会場設置の作業は粗方終わり、作業員は帰り始めようとしていた。
ライブを続けるにしても止めるにしても早く決断しなければならない。
それを横目で見ながら芳賀が士郎に問う。

「もう一つの違う点と言うのは?」

芳賀の言葉に士郎が薄く笑う。

「如月君のことだよ」

「えっ、私ですか?」

突如挙がった自らの名前に、千早が意表を突かれ思わず声をあげる。

「そうだ、彼女は普通では無い。店長、あなたは彼女の歌を聞いたことがあるのだろう?そして聞いたからこそこのイベントにブッキングさせた」

士郎が芳賀の顔を見ながら確認をするように語る。

「うん、そうだよ。君のところのプロデューサーから依頼があった時に、送られてきた彼女のCDを聞いて「これは!」と思ったのは事実だよ。だけど別にそれ以上でもそれ以下でもない」

芳賀は、面白くもなさそうな顔で士郎の言葉に答える。

「そうか、ならばぜひ、彼女の歌っている声を直に聞いてみるべきだろう」

士郎がニヤリと片頬を吊り上げ、笑みを浮かべる。

「ありきたりでは無いのだよ、彼女の声は。間違いなく天才だ。そして、あなたも、お客も聞けば必ず分かる。その事が」

「衛宮さん・・・!」

千早は士郎がここまで自分の歌を評価する事に驚いた。
思わず彼の名前が口から零れる。
士郎がここまで自分の事を買ってくれている、その事がたまらず嬉しかった。

「ふーっ、つまり彼女の歌声を聞けば観客は必ず集まる、そういう事だね・・。しかしまた大きく出たね。今時、たとえそう思ったとしても、そんな言葉なかなか言えないよ」

士郎の言葉を聞き、芳賀は右手を目元にあてて、目頭を揉みほぐす仕草をした。

「まあ、事実は事実なのでね、仕方ない」

芳賀の感想に士郎は肩をすくめて見せる。

「なるほど、君の言っている事はよく分かった、確かに君の言葉が正しい部分もある・・・もしライブを行うとして音響の賃借料はどうする?ライブを行うなら、765プロさんが単独で費用を持たなきゃならないだろう?」

少しづつ話が動き出す。
中止を前提としていた話の内容が、開催をした場合に変わりつつあった。
士郎は腕を組んで右手をあごに当てた姿勢のまま少し考えてから、芳賀に答える。

「それについてはプロデューサー・・・ではなく私が社長に直接掛け合おう、それに音響の賃借料に関して今はバンド編成に対応した大掛かりなセットだろう?うちはオケしか使わないので賃借料に差額が出る。その分は「BOW」の事務所に持たせることも交渉できるかもしれない。」

「そうか、そっちは問題無いわけだね。だけど、最後に一つ問題があるよ・・・それはどうする?」

芳賀は上目使いに士郎の表情を観察するかのように彼の顔を見る。

「そのとおりだ・・・あなたの言う通り、一つ問題がある・・・」

士郎は一瞬目を瞑り何かを考えた後、おもむろに千早の方を見た。
彼の鉄色の瞳の射抜くような視線が千早に注がれる。

「その前に一つ聞きたい・・・如月君、君はどうしたい?」

彼女は、猛禽にも似た士郎の鋭い視線に一瞬たじろぎながらも、その鋭さに耐えて彼の目を見る。
そして千早は士郎の問いに対して自らの想いをこめた一言を放った。

「私は・・・歌いたいです!」

士郎の瞳を見つめる千早は士郎の視線の鋭さが、彼女の言葉に満足したように、少しだけ弛んだように見えた。

「ならば君に聞くが、たった3曲ではミニライブと言えども、お客は納得すまい。どうすればいいと思う?」

士郎の言葉に芳賀も大きくうなずいた。

「そのとおりだよ、これが解決されなければ今回の単独でのストアライブは絵に描いた餅だ。単独で行うなら後3曲は欲しい」

士郎と芳賀の二人の視線が千早に注がれる。
千早は目線を床に落とし、頬に右手をあてて考え込んだ。

「3曲ですか・・・1曲はシングルのカップリング曲でいいと思いますが・・・後2曲は・・・」

千早の意識が思考の海に沈み言葉が止まる。
駆け出しの身としては聞かせるべき歌が手元に無いのは、ある意味当然なのだが、今日この場で解決しなければいけない問題としてはハードルが高すぎる。
確かにこれでは単独でライブなどと言っている場合ではない。
考え込む千早を見て芳賀がアイデアを出す。

「おたくの他のアイドルの持ち歌は歌えないのかい?版権とか色々な問題もクリアしやすいだろう?」

彼の言葉に千早が、かぶりを振る。

「いえ、アイドルの曲は、ほぼ全てダンスと一体です。今からまともな振り付けを覚える事はできませんし、かと言って歌だけ歌ったとしても全く見栄えがしないでしょう。」

「それじゃあ、どうするんだい?」

ジッと考え込んでいた千早が、ため息をつくと肩の力を抜き何かを振り切ったように、キッパリと言った。

「クリスマスソングをもう2曲歌います」

「ふむ、何か考えがあるのかね?」

士郎が興味深げに千早に聞く。

「いえ、そういう訳ではありません、ただ、歌い込んだという自信がある曲です」

「ちなみに、どんな曲なんだい?」

今度は芳賀が千早に聞いた。
彼としても千早が、どの様な選択を行ったのか興味がある。

「えっと、学校の合唱部で歌った曲なんですけど・・・」

「合唱部」の言葉に千早を見る芳賀の顔が険しくなる。

「如月さん、遊びでは無い事は分かっているよね」

主催する立場としては彼女の選択が子供の思いつきレベルではたまらない、と心配するのは当然である。

「も、もちろん分かっています。合唱ではなくソロとして、部活の延長ではなくてプロの歌い手として、お客さんに聞かせる自信があります」

千早が胸に右手を当て、真剣な眼差しで芳賀の言葉に反駁する。
彼女にしてみれば如何に自分が駆け出しとは言え、自分の真剣さを疑われては立場が無い。
二人のやり取りを聞いていた士郎が、千早に助け舟を出すかの様に芳賀に自分の考えを伝える。

「店長、私の知る限り彼女はいい加減な人間では無い、先程の打ち合わせに臨む姿を見てその事をさらに確信した。アイドルとして自覚を持ち、お客に対して責任を持ってステージに立つだろう。私は彼女の選択に任せて大丈夫だと思う」

士郎の確信に満ちた態度に芳賀は大きくため息を吐いた。

「・・・・・・分かったよ、とりあえず追加する曲名を教えてくれないかな?司会のMCに加えるのと、オケを探さなきゃいけないだろう?とりあえず、今日のライブは開催という事だね。全く・・・久しぶりに無茶苦茶だよ」

芳賀の言葉を聞き、千早がやりましたとばかりに士郎に輝くような笑顔を向ける。
その笑顔を受けた士郎は目を伏せて口元に柔らかな笑みを浮かべたのだった。
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どうでしょうか?楽しんでいただければ嬉しいです。
「BOW」とは名前決めるの面倒なんでテキトーに「某」バンドということで・・・
それから、ライブの打合せとかは、かなり想像ですから。
皆様が、どんな感想を持たれたかとても知りたいです。
よろしければ感想をください。
アクションシーンはもう少し先でーす。



[27875] (習作)歌姫とノッポのプロデューサー(iDOL M@STER meets fate)13
Name: たぬき◆f99c5be9 ID:f73a54d2
Date: 2011/10/25 10:30
とりあえず続きを書いてみました。
もはや、自分の楽しみだけで書いてる感じですが、少しでも喜んで下さる人がいるのなら本当に嬉しいです。

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打合せが終わった千早は、先にあてがわれた楽屋で椅子に座っていた。
彼女は、耳に借りたMP3プレーヤーのヘッドホンを付けて、譜面を見ながら今日のライブで歌う曲の確認をしている。
先程から店内放送で、「BOW」のライブが中止になったことと、千早のライブは予定通り行われることがアナウンスされていた。
すぐ近くでは大柄な士郎が少し離れた椅子に腰掛けて、携帯電話を片手に765プロの高木社長と話していた。
彼は「BOW」のドタキャンと、そのおかげで千早が単独でストアライブを行う事になったことと、それに伴う音響の賃借料の増額について社長に説明を行い、承認を求めているところであった。

「ふむ、了解した。賃借料の増加分の見積書の手配と「BOW」の所属事務所への連絡と交渉は必ず行うと約束しよう。ああ、それから・・・今回は、私のような部外者の言葉を聞きいれていただき感謝している。えっ?私がプロデューサー?そういう冗談は好かん、こんな事はこれきりだ!では電話を切らせてもらうぞ。ではまた後ほど」

「まったく」と、士郎は通話を終えて、自分が手にしている携帯電話に向かってしかめ面でつぶやく。

「どうしました?」

不機嫌な顔つきの士郎を見て、千早がヘッドホンを外しながら、少し不安げな顔をして聞いてきた。
千早の表情を見て、不安にさせてしまったのかと、士郎は申し訳ない気持ちを抱きつつ苦笑いで答える。

「ああ、すまない。私が不機嫌な顔をしていたので心配させてしまったか?ライブの方は問題ない。いささか、やらなければいけない事が出来たが社長の了承は取れた。私の不機嫌の元は別の原因だよ。社長がいっその事、君のプロデューサーになったらどうだ、などとからかって来たのでな」

やれやれと言った風で士郎は千早に大袈裟に肩をすくめて見せた。

「・・・・・・」

千早は肩をすくめる士郎を見ながら、少し想像する。
有りえない事だとは思うが、アイドルである自分の隣に、ボディーガードではなく、プロデューサーとして立つ士郎を。
千早から見て多分彼は有能だと思う。
士郎は今日の打合せでも、冷静に状況を見て、ライブ開催に向けて慎重だった芳賀を説得してくれた。
今も社長に、その時の内容の一部始終を報告し、音響設備の賃借料の増額の承認を得たが、千早から見て、その姿は立派にビジネスマンとして通用する仕事ぶりであった。
唯一、芸能界で経験が無いのが玉に瑕だが、今の自分のプロデューサーも半年近く前では丸っきり素人だった事を考えれば何という事はない。
何より、夜の公園でチンピラ達から助けられたのを「縁」として、今、彼が自分の隣に居ることに彼女は何とも言い難い「絆」を感じている。
上一郎には悪いが、千早は『もし、そうだったらいいのに・・・』とちょっと憧れのような気持ちでそう思っている。

「如月君?」

ジッと、自分を見て固まる千早に士郎は少し心配になって声を掛けた。
今、目を覚ましたかのように、ハッとして千早が我に帰る。

「何でもありません・・・」

千早が拗ねたようにソッポを向いて返事をする。
自分のプロデューサーになると言う話をあそこまで全力で否定されるのは正直、面白くない。
そんなに私の事が嫌いなのかしら?という思いさえ湧いてくる。

「緊張しているのか?」

士郎が、千早を気遣って声を掛けてきた。
千早は、彼に本当の事を言う訳にはいかないので、いつもより冷たく接して誤魔化すことにする。

「いえ、そんな事はありません、大丈夫です。それより、そろそろステージ衣装に着替えようと思いますから、部屋から出ていただけますか。」

士郎は少し訝るような表情をして彼女の横顔を数瞬見つめたあと、席から立ちあがった。

「分かった。では、廊下に出ているので、着替え終わったら教えてくれ。」

千早は士郎が部屋から出て、扉を閉めた事を確認すると立ち上がり、ふうと一息つく。

「もう・・・」

誰もいない部屋に向って一言文句を言ってから部屋のカーテンを閉め、千早は着替えを始めた。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「お待たせしました。もういいですよ」

しばらくして千早が部屋から顔だけを出す。
斜めに出した頭から黒髪がサラリと垂直に垂れる。

「失礼」

千早が顔を引っ込めるのに合わせて、廊下の壁にもたれて待っていた士郎が体を起こし部屋の中に入る。
再び部屋に入ると、化粧をしてステージ衣装を身につけた千早の姿が彼の目に入る。
彼女はヒールの高いロングブーツを履き、同じく青を基調としたミニのワンピースを身につけ、同色のショールを羽織っていた。
ショールの留め金には白いボンボンが付き、ブーツと服の裾にはサンタクロースをイメージさせる白いファーで縁取りがされている。
士郎が腕を組み、目を細めて千早の姿を眺める。

「ほう、これは、なかなかに愛らしいな。この季節に本当に良く合っている」

「そ、そうですか?でも、そうやって改めて言われると、ちょっと恥ずかしいですね・・・」

彼女は、照れたようにモジモジしながらスカートの前を両手で押さえた。

「だが実際、良く似合っている。自信を持ってステージに上がればいい」

士郎が優しい目をし、柔らかな口調で千早に語りかけた。

「はい!」

千早は、士郎の言葉を聞き、今度は嬉しそうに笑顔で返事をした。
士郎は衣装に着替えた事をきっかけに彼女の身に纏う雰囲気が変わったことに気付いた。
先程までとは変わって、緊張しながらも歌い手として精いっぱい胸を張ってステージに立とうとする意気込みが伝わる。
雰囲気の変わった千早の姿に士郎は目を細める。
そして10分前を指す腕時計を見ながら士郎が告げる。

「さあ、そろそろ時間だ」

「はい!!」

千早は背筋を伸ばし、士郎と二人連れ立って楽屋をでる。
そして二人は1階のイベントホールへ向かった。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「お客さんは三分の二くらいですね・・・」
出番を待つ千早が小声で客席の様子見て囁いた。
やはり、これから歌う身としては客席の様子が気になるようだ。
千早と士郎の二人はステージ脇に作られたテントのような控えブースで出番を待っていた。
客席数は、パイプ椅子で80席くらいだろうか、客席の真ん中と後ろを中心に客席の三分の二位に人が座っている。
士郎の予想通り、客席は空席ばかりと言う事は無かった。
むしろ無名の千早が歌う事を考えれば上々のお客の入りと言って良い。
そして、これもまた読み通りと言って良いのだろう、観客は「BOW」のファンの年代層とは違う、割りと年配の人が多いようである。
もっとも、彼らはたまたま休憩の為に椅子を利用しているに過ぎないと見ることもできる。
もし、千早のステージに興味が無くなれば、すぐに席を離れてしまうのかもしれない。
出番を待つ千早は、自分の顔が少し強張っているように感じる。
化粧をしているので観客からは分からないだろうが、恐らく顔色も少し青ざめているに違いない。

「緊張しているのか」

士郎が柔らかな口調で千早に話しかけてきた。

「緊張していないと言ったら嘘になりますが、大丈夫です」

千早がしっかりした口調で返事をした。

「ならいい」

士郎は千早の返事にうなずいた。

「衛宮さん・・・」

「どうした?」

「さっき芳賀さんに私の歌は普通じゃない、その・・・天才、なんて言ってくださいましたよね、あれは・・・本心なんですか?」

千早が顔を少し下に向けながら上目使いに士郎を見て聞いた。

「・・・ここのショッピングモールに入っている鯛焼き屋は中々の評判のようだな。だがチーズ入り鯛焼きを売るのは邪道だという意見には私も賛成だ。鯛焼きはやはり餡でなければな」

士郎は千早の問いには答えず。視線を上げて何の脈絡も無い事を語りだした。

「えっ・・・何の事でしょうか?」

千早は士郎の話しについて行けず聞き返した。
士郎が薄く笑みを浮かべながらステージ側のテントの隙間から指をさした。

「あそこのベンチに座っている女子高生がいるだろう、彼女達がそんな話をしているのさ」

千早も士郎に言われた方向をそっと覗くと、彼女達のいるテントから30m程離れたベンチに腰掛けて、二人の女子高生らしい女性が、何かを食べながら話をしているらしい姿が見えた。

「!」

千早は目を見張り、絶句した。

「前にも君に言っただろう、他人より五感には自信があると」

士郎がそう言っていたのを覚えてはいた、だが実際に見せられたその能力はとても常人のものとは思えなかった。

「あの言葉は、私がボイスレッスンの時「この耳」で聞いた君の声に抱いた素直な感想だ」

士郎が真っ直ぐに千早の顔を見つめた。
今聞いた言葉をすぐに咀嚼できなかったのだろう、千早は数瞬ボーッとした表情をさらした後、士郎の言葉に反応した。

「あ、ありがとうございます!!」

千早の顔に喜色が溢れる。

「しっ! 声が大きいぞ!」

慌てた様子で、声を潜めて士郎が千早をたしなめる。

「す、すいません・・・」

千早も右手で自分の口を押さえつつ声をひそめて、士郎に謝った。
二人はそっと観客席を覗くが、千早の声は店内のざわめきに紛れたのだろう、幸いお客には気付かれなかったようだ。
二人はホッとため息をつき、お互い顔を見合せて、小さく笑みを浮かべあった。
MC役のレコード店の店員の女性がテントに顔を出す。

「如月さん、そろそろ始めます」

「はい!」

千早の顔つきが一瞬で堅く引き締まる。
そして、彼女はステージの方を向いて目を瞑り、これから己のなすべきことに想いを馳せる。
ステージではMCによる紹介が始まり、「BOW」が大雪で出演出来ない事が改めて告げられ、代わりに千早が歌う事がアナウンスされる。
そして・・・

「では、ご紹介いたします、如月千早さんです!!どうぞ拍手でお迎えください!!」

ステージで千早の名が呼ばれた。

「さあ、しっかりな!」

士郎がトンと千早の背を押す。
千早は瞑っていた目をスッと開き、息を短く吐くと、士郎の手の感触と押された勢いに乗って、ステージへ向けて飛ぶように一気に足を踏み出した。
ステージへ駆け上がると同時に彼女の視界が急に開け、自分を見つめる人たちの視線をはっきりと感じる。
少し高いだけのはずのステージからは、やけに遠くまで見渡すことができ、鮮やかに千早の瞳に映る。
少しだけ熱に浮かされた部分と、冷静を保っている両方の自分を感じながら高まる気持を声に乗せ、最初の言葉を紡ぐ。

「こんにちは! 如月千早です!!」

こうして彼女のステージが始まった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「ここでいいです、ありがとう」

金田上一郎は乗っていたタクシーを停車させると、千円札二枚を赤ら顔の運転手に押し付けるように支払い、タクシーから転がるように降りると、すぐに駆け出そうとした。

「あーっ、お客さんレシートは?」

運転手の言葉に、上一郎は既に二、三歩踏み出した足をその場で急ブレーキを掛けて止め、むりやり反転すると前のめりになって体勢崩しつつ再び車に駆け寄り「すいません」と言いながら運転手からひったくるようにしてレシートを受け取るなり、改めてすぐ目の前に建つショッピングモールに駆け込んだ。
ここは、千早がストアライブを行うはずのショッピングモールである。
昼から降り続いていた雪は一先ず小康状態となり、点り始めた街灯越しにも今は少しちらつく程度であることが判別できる。
そのおかげで、電車は何とか動き出し、大幅にダイヤは乱れながらも上一郎は何とかストアライブの会場となるショッピングモールにたどり着けたのだった。
だが、うす暗くなった冬空に雲の切れ間は無く、もう雪が降らないとは断言できない。まだ油断は出来ないだろう。

『すっかり遅くなってしまった・・・』

腕時計を見ると時間は午後4時50分を過ぎている。
上一郎は先ほど見た自分の携帯電話の画面を思い出した。
画面は、最後に千早と電話で話をした午後2時30分以降に何回かに渡って千早からの連絡があった事を示していた。
おそらく緊急に連絡しなければならない要件があったに違いない、彼はそれを見て唇を噛む。
しかし、いまさら悔やんでも仕方は無い。
上一郎は上一郎で別の事態の収拾に忙殺されていたのだ。
今は出来るだけ早く彼女たちの元へ駆けつけるしか無い。

『千早のライブはもう始まっているはず』

彼は店内を駆け出さんばかりの速さで歩き、千早のライブの会場を探す。
上一郎は入った入り口からホールを探して一直線に歩いた。

「A thrill of hope the weary world rejoices・・・」

一階のフロアを早足でしばらく歩いた彼の耳に飛び込んできたのは、天空へ突き抜けるようなソプラノボイスだった。

「千早・・・?」

お客がいない店では店外へ出て、その声に聞き入っている店員もいる。
少し離れた所から聞こえてくる歌は、雰囲気からしてクリスマスの曲だろうということは想像できるが、上一郎はこの曲を聴いたことがなかった。

「今日歌うのは、こんな曲じゃなかったよな・・・」

早足で一人つぶやきながら歩く上一郎の目前が開けて、十重二十重の人垣が現れた。
どうやらここが千早のライブの会場であるホールのようだ。
だが、駆け出しアイドルの彼女の歌を聴きに来ている観客としては異様な人数の多さと熱気である。
ステージのある1階を見下ろす2階、3階の円形の吹き抜けにも手すりに沿って隙間無く観客が立ち並び、さらにその観客の後ろにも幾重にも人が取り巻き、千早のステージを見つめている。

「なんだ、この人だかりは?もう「BOW」のライブが始まっているのか?でも千早が歌っているし・・・」

「BOW」のライブが中止になった事を知らない上一郎はそんな事を考える。

「Oh, hear the angel voices!・・・」

ピアノとオーケストラを中心として奏でられるこの曲の伴奏は生でこそないが、聖夜の荘厳な空気を醸し出すのに十二分な力を持っている。
だが聞こえてくる千早のボーカルはその遥か上を行く高みにある。
彼女のどこまでも透明で澄み切った蒼天を思わせる声が、人垣の向こうで聖なる歌を紡いでいる。

「O night divine O night when Christ was born・・・」

そして人垣の向こうで歌う声の主をもっと良く見ようと伸び上がった上一郎の目に映ったのは、人垣の中心――ステージ――に立ち、目線を空へと向け、両の手を胸の前へ差し出し、形の無い何か尊い物を捧げるかのように歌う千早の姿だった。
その姿は、昔テレビか何かで見た、どこか外国の教会に描かれたフレスコ画の聖女のような美しさだった。

「O night, O night divine!」

歌は二番へと流れ、曲は再び静かなメロディを奏でる。

「And in His Name, all oppression shall cease・・・」

千早は抑揚をつけ今度は静かに、滑らかに歌う。
人垣の外で歌を聞く上一郎は、もっと良くステージを見ようと何度も背伸びをしていた。
その時、彼はステージのすぐ脇のテント型の控え室で隠れるようにして立つ士郎の姿を見つけた。

「すみません、関係者です、道を開けてもらえますか?」

上一郎はステージの横に回り、観客達に小声で道を空けるように頼みながら士郎の方へ向かった。
観客は迷惑そうな顔で上一郎を睨みながらも体をずらし、スペースを空ける。
人垣を抜けた上一郎が士郎に声をかける。

「衛宮さん」

上一郎は声の大きさを絞って話しかけたつもりだったが、思ったよりも大きな声が辺りに響く。
彼の声の大きさに士郎が眉をしかめる。

「しっ、歌は静かに聞くものだ」

「すいません・・・」

上一郎が、今度は辺りを憚りながら小声で詫びつつ士郎の前に現れた。

「お疲さん。ここに来るまで大変だっただろう」

士郎は、観客席に油断なく視線を向けながらも、隣に来た上一郎を小声でねぎらった。

「いえ、僕の方より衛宮さん達の方が、大変だったんじゃ・・・」

上一郎が申し訳なさそうな顔つきで士郎を見た。

「まあ、それほどでもないさ。それに君には申し訳ないが、ライブはいくつか変更を加えさせてもらった、何があったかはこの後にでも説明しよう。」

「分かりました。ところでこの曲は・・・」

「ああ、今言った変更の一つさ。「O Holy Night」というクリスマスキャロルだ。まあ欧米ではポピュラーな曲だな」

「そうなんですか・・・」

二人はしばし無言になり、歌に聞き入る。

「Let all within us praise his holy name・・・」

観客たちは身じろぎもせず、ただ、ただステージを見つめる。
恋人同士なのだろう、大学生位の男女二人連れが、歌を聞きながらどちらとも無く身を寄せ合い互いの手を握り合う。
士郎達の前の観客席に買い物袋を持ちながら歌に聞き入る一人の老婦人がいた。
彼女の目からスッと涙が一筋、頬を伝って流れ落ちる。
観客の幾人かが、溢れた涙をある者はハンカチや手で押さえ、またある者は拭う事もせずステージを見つめる。
歌を聞く彼らの心の内にどのような思いが交錯しているのだろう・・・。

「Christ is the Lord!・・・」

「千早、凄いですね・・・」

目を瞑り彼女の歌を聞いていた上一郎が思わず呟いた。

「ああ・・・」

観客席から目を外す事無く士郎が短く返事をした。
二人は彼女の声にただ圧倒される。
彼女の声は、士郎がボイスレッスンの時初めて聞いた息を呑むほどの美しさをそのままに、歌を紡いで行く。
千早の限りなく清冽な声で紡がれるキャロルは、聞く者に否応無く人より上位の存在――神――の存在を予感させる。
そして同時に年の節目であるこの時期、歌を聞く者達の胸中には様々な思いが去来する。
もしかすると、先ほど涙を流した老婦人の頭をよぎったのは、天へ召された親しい者との思い出なのかもしれない。
ならば、神の存在を予感させるこの歌を聴いている時、天上にいる者への想いは歌と重なり合い、その者への想いはより美しい物へと昇華するだろう。
さらに言うならば、感動とは、ある人間が自分の持つ価値観を越えた出来事に遭遇した時に起こる。
人は今まで生きた人生において経験した事柄を基に、その人間なりの価値観を形作る。
そして、生きるにつれて価値観は固定され、いつしか人はその枠内の物に対しては反応を固定化してしまう。
だが、それを超える出来事を新たに体験した時、人は感動という全く違う反応をする。
千早の歌声に紡がれるキャロルは正に聞く者の価値観を揺るがし感動を与えるものであった。
士郎は、改めて彼女の歌声の力を思い知る。
そして千早の声は天を突き抜けんばかりの一際高音のフレーズを紡ぎ、歌はクライマックスへと至る。

「Noel, Noel・・・」

神の御子の誕生を祝う天の詞(ことば)を 天に代わり千早が歌い上げる。
彼女は、天上からの光を一身に受けるかのように視線を宙に向けて大きく手を広げた。

「O Night  O holy Divine!!」

千早は、自らが奇跡を体現するかのような凄まじいばかりの美しさと荘厳さを歌声に乗せ、それを世界に響かせた。




歌が終わってから会場は声も無く静まり返った。
1秒、2秒、3秒・・・
MCを入れるはずの千早の顔に戸惑いの表情が浮かぶ。
誰かが、独りパチパチと拍手を鳴らす。
その拍手の音で思い出したかのように、近くで二、三人が拍手を鳴らし始める。
拍手はあちこちで散発的に起こり、やがて一階の観客席、立ち見客全てに広がる。

そして一階を基点として広がった拍手は二階、三階の吹き抜けに広がり、ホールを揺るがす拍手と歓声に変わるのにそれ程の時間はかからなかった。
文字通り降り注ぐ万雷の拍手に呆然とし、戸惑っていた千早だったが、やがてステージ上で美しい笑みを浮かべ深々と頭を下げて観客に応えた。
長い拍手が収まり、少し上気した顔の千早がMCを始める。

「今日は雪の降る中、こんなに集まって頂いただけでなく、たくさんの声援を頂いて・・・皆さんの前で歌えて本当に幸せです。ありがとうございました・・・。でもとうとう次の曲で最後になってしまいました。私のオリジナル曲で「蒼い鳥」です。ではお聞きください」

ピアノのイントロが始まる。
千早はイントロを聴きながら目を閉じて、気持ちを高めながら歌いだすタイミングを計る。
そして・・・彼女はその切ないまでに透き通った歌声を美しい旋律に乗せて紡ぎだした。
彼女にとって最高の時間はもうすぐ幕をおろそうとしていた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



「千早、今日は本当にお疲れさん」

助手席に座る上一郎が、後ろでいつしか眠りに落ちた千早に彼女のコートを体に掛け、小さくつぶやいた。
それを横目で確認した士郎が車のエアコンを操作して車内の設定温度を上げる。
時間は午後7時少し前といったところだろうか。
車は既にショッピングモールを出てしばらく経ち、今は近くの国道を走っていた。
時々、タイヤが残った雪を踏んでザリと耳につく音を発する。
既に外は夕闇に覆われており天気は分からないが、あれほど降り続いていた雪が今はやんでいる。
他の車が通るせいか、路面の中央の雪は既に溶けてほとんど無く、今は道の端に残ってその存在感を主張するのみであった。

「如月君も自分の歌が、お客にあんなに喜んでもらえたのなら歌手冥利・・・といえばいいのかな、につきるだろう。」

ハンドルを握る士郎もポツリと喋る。
ストアライブは無事終了し千早は観客の拍手と歓声の中ステージを降りた、しかし観客の反応に気を良くしたライブの主催者が、CD購入者対象の握手会を行う事を提案し、急遽開催される事になったのだった。
しかし、実際行ってみるとホールに大変なお客が並ぶ事態となってしまったのだ。
もともと、多めに用意してあったとはいえ前座扱いだった千早のCDはそれほど在庫が無く、あっという間に売り切れてしまい、買えなかったお客は予約をする羽目になってしまったのだった。
結局CDは予約も含めて100枚以上売れて、千早はそれらのお客一人ひとりと話をし、握手を行ったのだった。

「そうですね、彼女も楽しかったと思いますよ。そしてきっとこんな積み重ねが彼女に、より大きな舞台への道を開いてくれるのだと思います、おっと電話だ」

上一郎が穏やかな顔で士郎に返事をした時、彼の胸ポケットで携帯電話が鳴った。

「社長からだ、なんだろう・・・はい、金田です・・・はい今車に乗って・・・」

士郎は電話を横耳で聞きながら、ふと考える。

『こういう世界もなかなか悪くないものかもしれんな』

アイドルという少女達の成長を見守り、道を開く手助けをする・・・。
こんな世界もあるのだと、今日初めて知った。
しかし、彼の中にはもう一つの止め処も無い想いがある。

『だが、俺には関係の無い話か・・・それよりも・・・』

士郎は心の内で自分の考えを否定し、あえて見えない千早の敵に思いを馳せる。
横で上一郎が携帯電話を切り笑顔で士郎に話しかけてきた。

「衛宮さん、社長が「今日はもう遅いので事務所ビルの一階の居酒屋で大人だけの歓迎会やろう」って言ってます。参加できますよね?」

「ああ、折角だしな、ぜひ参加させてもらうとしよう」

士郎は取り留めの無い思考を中断し、チラリと上一郎の顔を見て、口元に笑みを浮かべながら返事をした。

「アルコールが飲めるなら小鳥さんには注意したほうがいいですよ」

上一郎がニヤリと笑い不気味な事を言う。

「くっ・・・せいぜい気をつけるとしよう」

士郎は顔を多少引きつらせて答えた。
こうして、衛宮士郎の765プロでの1日目は、仕事の方は愛らしい千早の寝顔で、プライベートの方は酔いつぶれて士郎に背負われて眠る音無小鳥の寝顔で幕を閉じることになるのだが、まだ彼はその事を知らない。

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今期のアニメ、Fete/Zeroとアイマスのクオリティー異常に高杉!
あれでこのまま続くなら最高だぜ!
アイマスの15話「無尽合体キサラギ」は何だ、けしからん!もっとやれ!!

読んで頂き本当に、ありがとうございました。
次回は少し新たな展開を考えています。
でも、「上手く書けるやら・・・。



[27875] (習作)歌姫とノッポのプロデューサー(iDOL M@STER meets fate)14(注・内容大幅改訂)
Name: たぬき◆f99c5be9 ID:aabf4d13
Date: 2012/03/08 09:27
ご無沙汰しております。たぬきです。
申し訳ありませんが14話について大幅に改訂させていただきます。
私自身、前回掲載させていただいた内容についてあれで良かったのかどうか悩んでいました。
また、いろいろ調べているうちに、従来のままでは思ったような展開にできない事もわかって来たため、思い切って差し替えをさせて
いただいた次第です。
もし、拙作において差し替え前の展開に対して期待していただいていた方が見えたのであれば本当に申し訳ありませんでした。特に感
想を頂いていた方たちにはお詫びの言葉もありません。
こんないい加減な作品ですが、引き続き読んでいただければこれ以上の喜びはありません。
**********************************************
如月千早の警護を始めて数日が過ぎた。
士郎は仕事を終えた千早を自宅まで送り届けた後、自身が宿舎代わりにしているビジネスホテルに帰りついた。
時間は夜9時をいくらか過ぎた頃だろうか。
食事は帰る途中にある安くて割とうまい定食屋で済ましたので後はシャワーを浴びて眠るだけだ。
彼は、部屋へ帰り着くとベッド脇のパソコンを立ち上げメールの確認をする。
仕事関連のメールをチェックするためだ。
最も、仕事関連とは言っても「魔術師」兼「正義の味方」である士郎に別に大した数のメールは来ていない。
この分では5分もかからずチェックは終わりそうである。
そんな中、士郎は一通のメールに目を留める。
差出人は個人の名前になっており何の変哲も無い物だが、これこそ士郎が気にしていた物の一つだった。
メールの送り主は現役警察官であり、その男の勤務先はとある県警の鑑識課であった。
メールの内容を読む士郎の眉根が険しくなる。
10通以上あった千早に届いた手紙から検出された指紋は全て765プロ関係者及び士郎の物であった事が綴られていた。
つまりは、部外者の指紋は見つからなかったと言う事だ。
この解釈は難しい。
犯人が全く指紋を残さなかったとも考えられるし、もしかしたら指紋の残っている事務所の誰かが送付したとも考えられる。
だが、読み進めるうちにもう一つ特記すべき事柄が綴られていた。
この手紙から、わずかではあるが「無指紋の指紋」と推察される指紋らしき物が検出されていたのだった。
指紋というのは通常皮膚の汗腺から滲出する汗と共に排出される皮脂がインクとなって指の紋様が物体に付着した跡のことを指す。
通常、指紋が検出されたのであれば、個体認識が可能な指先の紋様が紙に着いていたと考えるべきである。
だが、無紋様ということはノッペリとした指型がそのまま手紙に残されていたのだろうと推測される。
さらに報告書には、警察のデータベースには無紋様の指紋の持ち主について登録は無かったことが報告されていた。
個人の特長としては、これに勝る物はないが、逆に不特定多数から個人を特定する事は不可能だろう。
これでは指紋が分からなかったのと大差は無い。
想像を越えた報告にさすがに士郎も戸惑う。
顎に手をあてて、窓ガラス越しに街の明かりを見つめながら彼は暫し沈思黙考する。
千早に届いたあの手紙を「いたずら」と判断するには手紙に残されていた指紋が特殊すぎる。
彼は、何とも言えない不気味さを拭う事が出来ない。
だが、どちらにしても、現段階では何の手掛かりも掴めなかったということだ。
この結果は、明日社長に報告をせねばならないだろう。
そう考えて区切りをつけると士郎は、メールをテキストファイルにしてUSBメモリに保存をしてからパソコンの電源を落とすと、シ
ャワーを浴びるための身支度を整え始めた。
ホテルのすぐ前の道をパトカーが師走の街に緊急走行のサイレンを鳴らしながら通り過ぎる。
さらにそのすぐ後を救急車のサイレンが追いかけるように鳴り響いた。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「ふむ・・・すると脅迫状についていた指紋は我々765プロの面々との物と、その怪しげな「無指紋の指紋」と言うわけかね?」

765プロの社長室で高木社長が社長室の椅子に腰掛けて顎に手を当てながら士郎の報告を復唱するように口を開いた。
部屋では高木社長と、もう一人上一郎が士郎の報告に耳を傾けている。

「その通りだ。だが「無指紋の指紋」については確定と言うわけではない。あくまでそうである可能性が高いと言う確率の話だ」

社長席の前に立ちながら士郎は、事務所でプリントアウトした昨日のメールを手にして社長の言葉に答えた。

「ふう・・・手紙には怪しい指紋のようなものが付いている・・・しかし、これは解決の手掛かりにはならない・・・何とも困りまし
たね」

上一郎が右手で頭をコリコリ掻きながらしかめ面で発言をする。
彼の言葉は他の二人の言葉を正確に代弁していた。
彼が発言をしてから、しばし室内は無言となった。
エアコンから吹き出る暖められた空気が部屋を巡りゆっくりと士郎の白い髪を揺らす。
社長室の扉の向こうでは時折、話し声に混じって少女達の笑い声が響く。

「衛宮君、君はどう思う?」

しばらくしてから社長が、士郎に水を向けて発言を促す。

「私も残念ながら金田君と同じ感想だ。戸惑っている、と言うのが正直なところだな・・・結果がどうにも想定外に過ぎる。ただ本来、
このタイプの指紋を持つ人間は、海外のある特定の遺伝子を持つ者に限られると研究で報告されているそうだ。相手が人間である以上
それを手掛かりとして調べる外はないだろう」

士郎が紙を手にしたまま腕を組み、椅子に座る社長を見下ろしながら答える。

「そうだね・・・私もこれが犯人の特定につながる手掛かりになれば良いと考えていたが、・・・ただ「無指紋の指紋」というのは想定
外だったよ。なんとも結果が不気味過ぎるな・・・」

確かにこれでは手掛かりと呼ぶ事はできないだろう。
社長は腕を組み、しばらく黙考する。
そして嘆息しながら結論を出した。

「しばらく現状維持のまま様子を見るしかどうしようも無いと思うが、どうかね金田君?」

チラリと士郎を見ながら上一郎が答える。

「ええ、結果がこれでは仕方ありませんね。僕もそれが良いと思います」

士郎が二人のやり取りを聞き、自らの今後の方針を確認のために口にした。

「では私は引き続き警護を続けようと思うが、それで良いかね?」

「うむ、そうしてくれ給え、では引き続きよろしく頼むぞ」

社長のこの言葉で打ち合わせはお開きとなった。
パタリと扉を閉め、社長室を士郎と共に出た上一郎が苦笑を浮かべながら士郎に話しかける。

「困りましたね・・・」

士郎は憮然とした表情で上一郎の顔を一瞥すると相づちを打つ。

「ああ、全くだ・・・」

確かに今だに差出人の目処は全く立たない。

「まあ、地道に行くしか無いさ、まだ始まったばかりだかな、」

士郎は諦めとも、開き直りとも取れる言葉を自嘲気味に喋る。
二人が社長室を出て休憩スペースに入ると何人かの少女達が午前の仕事を前にして集まってそれぞれ話しに花を咲かせている最中であ
った。
二学期が終わり、冬休みに入ったのだろう、学生組は自分達の宿題を持ち寄って勉強をしている。

「ううっ、数学難しすぎです」

短いツインテールにオレンジのパーカーの中学少女――高槻やよい――が「冬休みの友」という冊子の12月28日の分を前に、この
世の終わりのような表情をして頭を抱えている。

「最近はそんなに難しいのか?」

思わず士郎が興味本位で上一郎に問いかける。

「いえ、彼女の家は両親が共働きな上、兄弟が多いそうなんです。だから彼女が家事を一人でこなしながら兄弟達の面倒を見なきゃい
けないみたいで、とても勉強どころじゃないみたいなんです」

「そうなのか・・・」

士郎は上一郎の語る、やよいの身の上話をしみじみと聞き入った。
ちなみに、士郎は彼女との初対面で彼は一方的にヤクザ扱いを受けるなど散々な出会いだったが、再会も割と散々だった。
まあ、その話はいずれ別の機会に語られるだろう。
それはさて置き、「冬休みの友」を前に撃沈する、やよいに対して容赦なく突っ込む猛者が現れる。

「ちょっと、やよい、あんたそんな冊子なんて基礎問題しか載ってないわよ。数学云々の前に勉強時間が足りてないんじゃないの?」

前髪を大きく上げた小柄な美少女――水瀬伊織――が、やよいの様子に反応して割と辛辣な言葉を投げかける。

「うう~・・・」

やよいの凹んだ声が部屋に響く。
だが、この二人は親友同士という事を士郎はここ数日の観察で知っている。
ちなみに、彼女は士郎との初対面にも辛辣な言葉を上から目線で投げかけた。
しかし、ここ数日で彼女は日本でも有数の大富豪の家に生まれであること、そしてそのプライドが、そう言う態度を取らせるらしい事
が士郎にも分かった。
先日の士郎への手厳しい発言も、あくまで千早の身の安全を心配した上で、思わず口をついて出た言葉なのだろう。
要はどれだけ上から目線で憎まれ口を叩いていてみても、彼女の中身は、やっぱり765プロの一員らしい、優しい、良い子であった
ということだ。

「しかた無いわね、あんたいつも家事で忙しいし・・・。ほら、貸してごらんなさい、こんなのこっちの文字式を移項して・・・」

家庭教師がついて家でみっちり学習している伊織が、ぶっきら棒な口調ながらも丁寧に解説を始めたのだった。
上一郎が事務スペースで資料を揃えて再び休憩スペースへ戻ったところで社長が姿を見せる。
上一郎が朝礼のために少し大きな声を出してみんなの視線を自分に向けさせる。

「みんな、朝礼をはじめるぞ!」

士郎はいつもどおり、社長、上一郎、小鳥の更に脇の一番端に腕を組んで立つ。

「うおっほん、諸君おはよう」

準備が整ったところで社長が朝の挨拶を行い、いつものとおり、社長を中心にして朝礼を行い今日の連絡事項や予定の確認を行う。

「以上だ、今日も寒いので体調管理にはくれぐれも気を付けてくれたまえ。では今日も一日がんばろう!」

社長がいつもの言葉で締めくくり、休憩スペースはホームルームが終わった教室のように少女達のざわめきで満たされた。
今日の千早の予定は春香と一緒に都内のBSテレビ局でB級アイドル中心のバラエティ番組への出演となっている。
色々な事務所に所属しているアイドル達が一同に会してゲームやクイズを行うといった形式の番組だ。
優勝したアイドルは賞品と共に自分の持ち歌をステージで歌う権利を与えられる。
放送は年が明けてからだが、撮影は年内に行われる。
BSとはいえテレビへの出演は駆け出しの二人にとっては初めての経験となる。
スタジオ入りは午後3時となっており、打ち合わせやメイク等を考えると、その2時間前にはテレビ局に到着しているべきだろう。
士郎は、千早と春香に出発時間の念押しをしようとの彼女達の方へと視線を向ける。
二人は先程朝礼で社長の話しを聴いていた場所から動かず、二人で並んで話を続けていた。

「千早ちゃん、テレビのお仕事、楽しみだね」

春香が仕事に行くのが待ちきれないといった様子で千早に話しかける。

「ええ・・・そうね」

新しい仕事への期待に胸を膨らませている春香に対して、千早は浮かない表情を隠せない。
士郎は今日の朝、彼女を車で迎えに来た時から何処となく元気が無かった事を思い出した。

「どうした?表情が冴えないようだな」

様子を見ていた士郎が、小さく笑みを浮かべて千早に話しかけた。
千早がその声を聞いて顔を上げる。
春香も千早の返事から様子がおかしい事に気付く。

「千早ちゃん・・・体調でも悪いの?」

「ううん、そういう訳じゃないけど・・・」

明らかに「何かあります」と言う表情の千早が二人に返事をした。
士郎は一つ溜息をついて千早の顔に改めて視線を向ける。

「どう見ても、何も無いような表情には見えないがな・・・まあ、無理にとは言わないが、「膝とも談合」ということわざもある。私で
は膝にもならんかもしれんが、良かったら話してみたらどうだ?」

千早は士郎が自分を膝に例えた事が面白かったのか、クスリと手を口元に当てて少し笑いながら士郎をチラリと見たが、すぐに表情を
曇らせて視線を足元に落とした。

「そうですね・・・その、困ってる、とか・・・そういう訳では無いのですが・・・」

千早が含みを持たせた言い方で口を開きかける。
士郎に対して、どの様に話を切り出そうか迷っているようだ。

「今日の仕事の事か?」

士郎が千早の話しやすいように少し先回りして話を誘導する。
千早は士郎の言葉に小さく頷いた。


「ええ、テレビというかバラエティの仕事っていうのがちょっと・・・その、ああいう番組にも台本はあるのですが、突然、会話を振
られたらアドリブで返答をしなければいけないかもしれません・・・私はそういうのが苦手なので、もしそうなったらどうしようかと・・・」

この手のアドバイスはプロデューサーである上一郎の仕事の範疇だろう。

「金田君には相談したんだろう?」

「はい、小手先の対応は必要ないから、ありのままの自分を出せばいいと・・・」

士郎は千早の返事を聞いて考える。
確かに上一郎の言う通りだろう、こういう面では人一倍、不器用な千早が上面を取り繕ってスタジオで受け答え出来るなら苦労はしな
い。
そういう意味では実に千早向けの適切なアドバイスだと言える。

「なるほどな、君には実に適切な助言のように思える」

「その「君には」という表現に、若干の引っかかりを感じますが・・・」

千早が小さく口を尖らせて士郎を軽くにらむ。

「まあ、そう言うな。君が歌に一途だということを含めてそう表現したまでだ」

士郎は涼しい顔で千早の視線を受け流した。
千早は睨んでも全くこたえる様子の無い士郎に軽くため息をつき、諦めたように言葉を続ける。

「・・・まあ、いいですけど・・・とりあえずプロデューサーの仰る通りだと思いますし、納得もしています。けど・・・」

「いくらアドバイスをもらっても、苦手なモノは苦手・・・か」

士郎が千早の言葉を引き取って結論を述べる。

「ええまあ、そういうことです」

千早が苦笑いでそれに応じた。
そもそも彼女自身、「アイドル」という存在を目指す事に少なからず抵抗をもっており、歌と関連の無い仕事に関して無意識に避けてい
る部分がある。
今回の仕事についても言葉にこそ出さないが、そういった思いが心理的な抵抗になって苦手意識として表面に出ている可能性もある。

「なるほどな・・・だが適切なアドバイスを受けたならば、後は如何に実行するかだな。・・・天海君はどうだ?君はアドリブの受け答
えは問題なさそう見えるが」

士郎の言葉を聞いて、春香が右手の人差し指でコメカミを押さえて視線を上に向けてうーんと考え込む。
春香の艶(つや)やかな人差し指が前髪をかき分けて白いコメカミに当てられる。

「うーん、問題無いと言うか・・・他の人との受け答えでそういう事を意識した事がありませんよ」

「きっと、それは春香がそういう事が得意なだからだと思うわ。私は今日の収録中に話を振られたら、何て返事を返すべきなのか考え
過ぎて一言もしゃべれなくなってしまいそう」

「うーん、そうなんだ・・・でも、千早ちゃん、私とだったら考える必要ないでしょ?」

「そうね、でもそれは春香だからであって、ほかの誰かだったらこうはいかないわ、ましてテレビだもの。それに何の話題について話
すかにもよると思う。私は歌や音楽の話題ならいくらでも平気だけど、きっと他の人はそうはいかないと思うし」

「うう、それはあるかも・・・もしコイバナとかいきなり振られたらどうしよう・・・私、そんな経験とか無いし・・・なんて答えれ
ばいいんだろう・・・。うう、何かそうやって言われたら、急にどんな受け答えをしたらいいのか分らなくなってきたかも・・・」

「春香?急にどうしたの?」

急に黙り込み、頭を抱えて考え込み出した春香の姿に、千早が訝しげな視線を向ける。

「千早ちゃん、衛宮さん・・・どうしましょう、私、何か・・・今日の収録、急に自信が無くなってきました・・・」

「な、なに!?ミイラ取りの君がミイラになってどうする、まずは、落ち着きたまえ」

全く予想できなかった春香の言動に、いつもは冷静なはずの士郎ですら何時になくうろたえる。
春香に話を振り、彼女を使って千早の気持ちを整えようと目論んでいた士郎の戦略はどうやらあっけなく崩壊したようである。

「そ、そんな事、急に言われても・・・うう、なんか緊張もしてきました・・・どうしよう・・・プ、プロデューサーさん、どうしま
しょう、私、急に緊張してきました・・・」

春香が取り乱した挙句に休憩スペースの片隅で携帯電話片手にメモをとっていた上一郎に突如助けを求め出した。

「へ? どうしたんだ、春香!?」

タイミングよく電話を終えた上一郎だが、春香に突然呼ばれた事情が呑み込めず素っ頓狂な声を上げて反応をした。
事情を聞いた上一郎が呆気に取られつつも士郎と共に、青菜に塩の例え通り、シュンと萎れてしまった春香に励ましの言葉をかける。
だが、どうにも中々上手くいかない。
いきおい、男性二人が春香を励ます事に掛り切りとなった。
一人ポツンと残される事になった千早が呆然と立ち竦み、思わず三人に向かってポツリと言葉を零した。

「あ、あの、私はどうしたら・・・?」


**** 5分後 ****


「大丈夫だ、天海君。その前向きで明るい性格があれば君は必ず上手くやれる。その事は私が請け負おう」

「本当ですか・・・?」

春香が胸元で手を組み上目づかいに士郎を見上げ、弱々しく口をひらいた。

「もちろんだよ。それに春香のいい所は物事に対して柔軟性のあるところだろ。だから今日だってそれらを生かせばきっと大丈夫だ」

上一郎も士郎に調子を合せて春香を必死で持ち上げる。
春香が上一郎の顔をしばらく見つめた後、俯き考え込む。
しばしの沈黙が続き、やはりダメかと二人がお互い顔を見合せて諦めかけたその時・・・

「・・・分かりました!私、今日の収録、頑張ります!!」

みなぎる闘志を復活させた春香が右腕をグッと突き上げガッツポーズをして、元気に「ガンバルぞ」と宣言をした。
それを見た上一郎がホッと肩の力抜いて表情を緩め、士郎はやれやれというように口元をニヒルにつり上げて小さく微笑みを浮かべた。
しかし、春香は「のワの」という表情を浮かべて今度は首を傾げつつコメカミに手を当て考える素振りを見せる。

「あの・・・そういえば衛宮さん、私達、千早ちゃん励ましていませんでしたっけ・・・?」

「ん?・・・」

春香の言葉に士郎の笑みが引きつる。
二人はそっと千早の方を見る・・・。

「もう、忘れられたのかと思いました・・・」

そこには、「どよーん」とした雰囲気を纏った千早が壁にもたれて無表情に俯いて佇んでいた・・・。


**** さらに5分後 ****


「大変申し訳なかった! すまない! 許してくれ!!」

士郎が平身低頭して千早に謝罪の言葉を述べる。

「うう・・・ごめんね、千早ちゃん!忘れていたわけじゃないんだよ」

春香も千早の前で拝むように手を合わせる。
そんな士郎と春香に千早が9393と能面のように無表情な顔を向ける。

「何の事でしょうか?許すも何も、私は元から怒ってなどいませんが」

いや、どう見てもメチャクチャ怒っているだろうという千早の態度と言葉に二人は思わずお互いの顔を見合わせた。

「まあ、私は春香と違って、後ろ向きのくら~い性格で、柔軟性なんかありませんからね。きっと今日の収録はうまくいかないかもし
れませんね。まっ、別にいいんですけれど」

さっきまで士郎と上一郎が春香を宥めるために用いた言葉を捉えて千早が士郎に当てこする。
この様子では、しばらくは士郎の言葉を聞いてはくれないに違いない。
千早の前で困り果てる二人を見て上一郎が助け舟を出す。

「千早、今日のバラエティの収録の事でまだ悩んでいたのか?」

千早がジト目を一旦「解除」して上一郎に視線を向ける。
士郎と春香が心なしかホッとしたように見える。

「ええ・・・実は・・・。プロデューサーから頂いた助言はとても適切だったと思います。ですが・・・苦手な事に代わりは無いので
気分的に落ち込んでいました。」

「そうか、それを見かねて衛宮さんや春香が・・・千早、バラエティはインタビューじゃないんだから話を振られても100点の答え
なんて無いんだぞ」

上一郎の思いがけない言葉に千早が目を丸くする。

「えっ?ですが、プロならば完璧を目指すのは当然ではないかと・・・」

「うーん、バラエティは、話が脱線した時やゲームをしている時に普段見えないタレントの素顔が、思いがけない角度からさらけ出さ
れるだろ?視聴者は、そういう所も見ていて楽しいと思うんだ。だから台本以外の話題が千早に振られた時、千早がそれに真剣に答え
たんだったら、その姿を素直に視聴者に見てもらえば、俺はそれでいいと思う」

上一郎が穏やかな表情で千早の疑問に答える。
春香も士郎も彼の言葉に聞き入る。

「ですが、「本当に」それだけでよろしいのですか?」

千早が再び真剣な眼差しで問う。
彼女が問うているのはテレビに出演する者としての在り方や心構えの話だろう。
テレビは視聴率と言う尺度が厳然として存在し、出演者は何とかして、それを上げる事が是とされる。
また、そうでなければ次への出演には繋がらない。
彼女としては、自分が上一郎の言うとおりにテレビで自分の思ったとおり語ったところで意味が無いのではないかと思っているようだ。

「もちろん、出演者であれば視聴者の受けを考えるのは当然だと思う。」

上一郎も真剣な眼差しを返し千早を見る。
その言葉を聞いた千早の眉が曇る。
しかし上一郎はすぐに明るく笑みを浮かべ千早に語りかける。

「けど、千早にそんな事言っても始まらないだろう?だから出来る事で良いんだよ」

その言葉に、千早が彼を半目で恨めしそうに見る。

「う・・・さっき衛宮さんにも違う言葉で同じ意味の事を言われました・・・」

上一郎はチラリと笑顔で士郎の顔を見たあと、千早に最後に確認の言葉をかけた。

「はは、そっか、二人の意見が一致したのならこの方針で間違い無いさ。・・・それとも、まだ心配かい?」

千早はかぶりを振る。

「いえ大丈夫です」

彼女の表情からは先程の迷いは消え、きれいな笑顔を見せて、上一郎の語った言葉を噛みしめるようになぞる。

「たとえ、どんな事を問われても、それに真剣に答える私自身の姿を見てもらう事に意味がある・・・素晴らしい言葉だと思います。これなら私にもできるのでは・・・プロデューサー、的確な助言ありがとうございました!」



[27875] (習作)歌姫とノッポのプロデューサー(iDOL M@STER meets fate)15
Name: たぬき◆f99c5be9 ID:aabf4d13
Date: 2012/03/05 20:43
続けて投稿させていただきます。

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正午過ぎ、士郎の運転する白いセダン車が、都内の大通りを走っていた。
車内には運転手の士郎の他にプロデューサーの上一郎、アイドルとして出演予定の千早、春香が乗っていた。
三人を午後1時のスタジオ入りに合わせて都内のテレビ局に送るためである。
師走の雰囲気は何ともなく人々を気忙しくするのか、都内の各所ではいつも以上に渋滞が起きている。
士郎は渋滞に巻き込まれないよう網の目を潜るように細道を抜けて進むので、決定的に動けなくなる事はないが、いつもと比べて長距
離を走る事になるために到着までの時間には余裕が必要であった。
予定より余分にかかる時間を四人は少し揺れる車内で雑談をして過ごしていた。

「ほら、映画やドラマだとボディーガード役の人はよくサングラスとか掛けてるじゃないですか、衛宮さんはそういうのしないんです
か?」

助手席の上一郎の後ろに座る春香が座席の間から少し顔をのぞかせて話し掛けてきた。
それを受けて言葉を発したのは士郎ではなくて彼の隣に座る上一郎であった。

「そういえばそういうのあったな・・・ほら、ずいぶん昔に流行ったハリウッド映画で「ボディーガード」ってあったじゃないですか、
春香や千早はまだ生まれてないから、知らないかな? たぶん衛宮さんなら知ってると思うけど・・・なんせ封切りした時は僕も、本
当に小さい頃だったからな・・・。」

士郎がハンドルを握りつつも少し考えるようなそぶりを見せてから、おもむろに口を開く。

「ああ、中身の評価は置いておいて見た事ならあるぞ」

一方、春香と千早が怪訝そうな顔をして「知らない」と首を横に振る。
ジェネレーションギャップを感じてしまったのだろう、それを見て上一郎が少しムキになって力説をする。

「いや、あったんだよ、そういう映画が。で、その中でボディーガード役の主人公が護衛の仕事中によくサングラスを掛けていたんで
すよね。子供心にカッコ良いと思ったもんです。主演していたのが、え~と・・・」

「確かケビン・コスナーと・・・ホイットニー・ヒューストンじゃなかったかな?」

昔の記憶を思い出そうと頭をひねっていた上一郎に、彼より幾つか年上の士郎がハンドルを握って前を向いたまま答えた。

「ああ、そうだ、思い出しました。ボディーガード役がケビン・コスナーで狙われた有名歌手の役がホイットニー・ヒューストンだっ
たんだ」

上一郎がポンと手を叩いて士郎の回答に納得する。

「そこで、二人のロマンスが生まれたりするんですか?少女マンガみたいに有り勝ちな話ですけど、それはそれで素敵ですね」

春香が少しうっとりとしたように両腕を胸の前で組む。

その時、「ホイットニー・ヒューストン」という言葉を聞き、少し意外な人物が反応した。
いや、シンガーの話題と言う意味ではむしろ順当と言えるかもしれない。

「ホイットニー・ヒューストンの主演していた映画で「ボディーガード」・・・ですか?思い出しました。私、その映画のサントラ持っ
ています。主題歌がすごく良いんです。主演の彼女が歌った、主題歌「オールウェイズ・ラヴ・ユー」は当時、全米で400万枚
の売り上げを記録してグラミー賞以下各賞を総ナメにしたそうです」

千早が後部座席から目を輝かせて話に加わってきた。
意気込んで喋りかけてきたような千早の様子に、士郎が少し意外の思いを抱きながら、ハンドルを左に切りつつチラリ
とルームミラー越しに彼女の姿を見る。

「はあー 今のご時勢ではミリオンですら、とんでもないのに、400万枚ってどれだけヒットしたんだか・・・」

上一郎が助手席で両手を頭の後ろで組み、呆れ気味につぶやく。

「なるほどな・・・そんなに売れていたのか、たしかに映画は大ヒットとは聞いていたがたいしたものだな。そういえば主
題歌は映画の内容にマッチした良い曲だったという記憶はあるな」

「やっぱりそう思いますか?」

士郎の言葉に更に目を輝かせて千早が食い付いた。

「あの曲、出だしは囁きかけるような優しい口調のアカペラから始まるんですが、そこからのメロディラインの美しさや、
サビのフレーズを一回、一回調子や表情を変えて歌っていって最後のサビを全力で歌いあげるようにクライマックスを持っ
てくる演出が凄く素敵だと思いませんか?それにサビの話で言えば、一回目のサビの途中からさりげなく楽器を入れる事に
よってそこから曲の雰囲気に一気に奥行きを持たせることを狙っていると思うんですよ。でも何と言っても私は直前で転調
して三度目のサビの部分を歌う時のホイットニーの声が信じられない位にスゴイと思うんです!」

「そ、そうなのか?」

自分の好きな曲を褒められて何かのスイッチが入ってしまったのだろう、千早がウットリした顔つきで、映画の話そっちのけで主題
歌について、それはもう熱く語りだした。
一方の士郎はその様子に一歩引いたように思わず顔を引きつらせる。
だが、そんな士郎のことなど気にする様子も無く千早が上気した顔で言葉を続ける。

「そうなんです!!何が凄いって、あの高音域をロングトーンで歌う時の声の厚みが他のシンガーと比べてゼンッゼン違う
んです!何と言うか・・・そう、彼女の声がまるで聞く者の心に直接突き刺さるような・・・ともかく、もの凄い存在感で
す!!でも、それが出来るのは、やはり彼女が圧倒的な声量の持ち主であるからこそなんですよね。私も声量には結構自信
がありますから、いつかあんな存在感溢れる歌を歌えればどれほど素晴らしいかと・・・。あっ、そういえば!ご存知で
すか?彼女の出せる声域はファルセットを使っても、並のシンガーとそんなに変わらない2オクターブ半から3オクターブ
くらいなんです。でも、その代りに自分のボディそのものを楽器のように駆使して天を突き抜けるような、あんな分厚い声
を―――――」

千早が曲の魅力を伝えようと、士郎の方に身を乗り出さんばかりにして一方的に喋りかける。
そんな彼女を見て、春香が一瞬ギョッとしてマズイという表情をする。

「ち、千早ちゃん?」

千早は、どちらかと言うと普段は無口で基本的に無駄な事は喋らない性格である。
短い付き合いであるが、そんな性格だと理解していた彼女がいつもとはまるで別人のように饒舌なである事に士郎は驚きを隠す事がで
きない。

「歌の話になると彼女はいつも、ああなのか?なんというか・・・人格変わってるぞ」

士郎が滔々と喋る千早をミラー越しにチラリと見ながら、小声で上一郎に話しかける。

「よく分かりませんが、前にも一度あった気がします。多分、ああなってしまったら、本人が気付くまで手が付けられないんじゃない
でしょうか」

上一郎も口元を手で隠しつつ声を潜めて、士郎にヒソヒソと返事をした。

「聞・い・て・い・ま・す・か?」

千早が自分の話を聞けとばかりに、ジットリとした半眼をコソコソ話す前座席の二人に向けて、これ見よがしに二人の会話に自分の言
葉をかぶせてきた。
いきなりの事に、びびった大の男二人が、情けない声で応じる。

「うおっ?!何だね、ちゃんと聞いているぞ?!」

「ぼ、僕も、もちろん、聞いているぞ?!」

千早は大の男二人が情けなくビビる姿に満足したのか、二人の姿に一瞥をくれると、何と言うか・・・ぶっちゃけドヤ顔で先程の続き
をとどまる事無く語り始めた。
既に諦めが入っているのだろう、千早の隣にいる春香が少し遠い目をして、悲しげにポツリと呟いた。

「ああ、千早ちゃんが遠くへ行ってしまう・・・」

こうして、最早、誰も千早を止める者がなくなった車内は次第に彼女の音楽講義の場と化していくのだった。



<<<<<<<<<<(のワの;)20分後 >>>>>>>>>



「――――――――ですから、やはりボイストレーニングにR&B的な要素をもっと加えるべきだと思うんです。無論、彼ら黒人と黄
色人種の私達では筋肉量や骨格は元より、内臓の位置すら微妙に違いますから、彼らと同じ事をしたからと言って一概に同じ声質、声
量が出せるようになるとは思っていません。ですが、それらをあえて取り入れる事によって日本人であっても発声方法や技術が・・・
皆さん、聞いていますか?!もうっ・・・今、とっても大事なところなのに・・・って、春香?」

目下、絶好調で「講義」を行っていた千早だったが、目の前の春香と前座席の二人の反応の薄さにようやく様子がおかしいと気が付い
た。
春香が千早の呼びかけに応えようと、引きつった笑みを何とか浮かべて弱々しく千早に返事をする。

「千早ちゃん・・・ちょ~っと先、突っ走りすぎかな?・・・私、付いていけないかも・・・」

春香は返事をし終わると、力尽きたようにカクンと首を重たげに前へ垂らした。
彼女のただならぬ姿にすっかり「正気」に戻った千早が右手を口元に当ててオロオロと周りを見回す。

「ちょ、ちょっと! 春香?! あ、あれ?・・・皆さん、どうしたんですか?!」

「・・・・・・・・・・」

『ちーん』と言う仏壇の鐘の音のような効果音が車中で聞こえたかどうか・・・。
その時千早の視界に入ったのは一方的な彼女の話についていけず、それぞれの座席でゲッソリと疲れ果てた表情を浮かべる前座席の男
二人と隣に座る友人の姿だった。


*****************************************


「すみませんでした・・・私、歌のことを話始めるとつい夢中になってしまって・・・」

車内では千早が、正座よろしくキッチリと背筋を伸ばし、先程の失態(?)を詫びようと何度も何度も三人に頭を下げているところで
あった。
その姿をみていると、さっきまでのノリノリであった事がまるで嘘であったかのようである。

「ははは・・・そんなに謝る事無いよ。私もすごく勉強になったし。ねっ、プロデューサーさんに衛宮さん」

何度も頭を下げる千早を見た春香が困ったような笑顔を浮かべて、彼女に頭を下げるのを止めさせるようと掌を千早の目の前でパタパタ
と振りながら上一郎の方を見る。

「ああ、気にする事は無いさ。それに普段クールな千早があんなに夢中になって喋る姿は結構、新鮮で面白かったからな」

上一郎が後ろを振り返り、ニヤリとしながらさっきのお返しとばかりに千早をからかうかのような口調で話しかける。

「っ!」

上一郎の言葉に思わず千早の顔が思わず引きつる。
そして千早が、運転席からルームミラー越しに向けられている、もう一つの意地悪な笑顔に気付く。

「確かに二人の言うとおりだ、君が気に病む事は無い。それにしても、あの喋りっぷりならば今日の君の番組収録は、さぞかし期待が
持てる事だろうな」

「くっ!!・・・プロデューサーも衛宮さんも人が悪すぎです・・・」

二人にからかいの言葉を受けて千早が、顔を真っ赤にしてうつむいてしまった。
千早からすれば、自分が三人の前で我を忘れてペラペラと得意げに喋っていたというだけで、十分に見っとも無くて赤面モノなのに、
その事をネタに更にからかわれるなんて恥ずかし過ぎる、正直、穴があったら入りたい、いやむしろ雪歩ではないが穴を掘って入りた
い、という気持ちで一杯である。

「もうっ!二人共も、千早ちゃんをからかいすぎです!私たちこれから収録なんですからね、テンション下げてどーするんですか!」

見かねた春香が千早をかばい、からかう大人二人を叱り付けた。

「ああ、そうだな、済まなかった」

「うん、調子に乗りすぎたかな、ゴメン、ゴメン」

春香に叱られた士郎と上一郎が、決まり悪げに頭を掻いて詫びる。
前座席の男二人の意地の悪い笑みが収まったところで話題が当初に戻った。

「そういえば、衛宮さん。私、さっきの回答聞いてないですよ」

「ん、回答?・・・ああ、サングラスの事だったか?」

士郎が少し首を傾げて、先程の出来事を思い出す仕草をする。
そして、何を思ったか再びニヤリと口の端を曲げて意地悪な笑みを浮かべ春香と千早をミラー越しに覗き、最後に隣の上一郎をチラリ
と見る。
士郎が笑った意味を理解できず、その笑みの意地悪さに三人は思わず身構えてしまう。

「まあ、端的に言えば掛けるメリットよりデメリットの方が大きいと言うことだ」

「それって・・・具体的にどういう意味なんですか?」

士郎の回答が簡潔すぎて意味が分からない。
三人を代表するような形で春香がシート越しに士郎を覗いて更に疑問を投げ掛けた。
それに対して士郎が歌を諳んじるようにスラスラとサングラスを掛ける利点を挙げる。

「あれを使うメリットは幾つかあるが、まず周囲に威圧感を与える事が出来る事、次に何処に視線を向けているか隠す事が出来る事、
それから襲撃者にいきなり液体等をかけられた時に眼を保護する事ができる事、最後にカメラのフラッシュに眼を眩ませられない
事・・・と言った所だな」

三人は「なるほど」と言う具合に頷く。
その姿をチラリと確認して士郎が更に説明を続ける。

「次にデメリットだが、何と言っても視界が限定されるという一言に尽きる」

再び「なるほど」と言った顔をして頷く三人は士郎の解説を聞いても余りピンとは来なかったようだ。

「ふーん・・・じゃあ、さっきの話しだとサングラスを掛けているメリットの方が多いんじゃないですか?」

士郎の解説に今一納得が行かないらしい春香が、再び士郎に問いかける。

「さて、本当にそうか良く考えてみたまえ、まあ質問としては少し難しいかもしれんな」

士郎が運転席で再び意地悪げな笑みを浮かべる。
三人が腕を組んだり、頭を掻いたりと、それぞれの座席で考え込むがすぐには回答が出てこない。
だが、しばらく右手を頬に当てて考えていた千早が、少し笑みを浮かべながら遠慮がちに口を開いた。

「あの・・・もしかして、メリットというのは大勢の人に取り囲まれる状況で初めて生かされる・・・とか」

「その通りだ、よく分かったな!」

士郎が心底、感心したような声を上げて千早を褒めた。

「すごーい、千早ちゃん!って・・・ん?・・・それって・・・もしかして・・・」

春香がまるで自分が答えを当てたかのように喜び、千早を誉めそやしたが、すぐに何かに気付いたのか急にゲッソリとした表情になっ
た。

「なるほど・・・自分で答えておいてなんですが、そういうことですか・・・」

千早も落胆したような、ため息交じりの声を漏らした。
二人の少女の言葉を聞いた上一郎が、三人を代表するような形で結論じみた言葉を述べる。

「・・・つまり、ファンや取材陣にみたいな大勢の人に取り囲まれる機会がなければ使う意味が無い・・・と」

「まあ、そういうことだ、今の君たちはファンに取り囲まれる事も、記者にインタビュー攻めに遭う事もなさそうなのでね。願わくば、
私が如月君の警護をしているうちにサングラスが必要となる機会があると良いのだがな。そら、もうすぐ到着だぞ」

士郎がウィンカーを右に出した後、ハンドルを右に切りながら口元を吊り上げ笑みを浮かべて答えた。

「「「はあっ・・・・・・」」」

車内では士郎の皮肉が効き過ぎた三人がガックリとうなだれて、大きくため息をついたのだった。


****************************************************
キャラ完全に崩壊していますね。すいません・・・。
ホイットニー・ヒューストンさん亡くなられたんですね。
この話を書き終わってから、このニュースを知ったので何と言うか・・・。
とりあえずご冥福をお祈りいたします。
次の投稿は推敲中なのでそんなに間を空けなくて済みそうです。
こんな拙い話でも読んでいただければ嬉しいです。



[27875] (習作)歌姫とノッポのプロデューサー(iDOL M@STER meets fate)16
Name: たぬき◆f99c5be9 ID:aabf4d13
Date: 2012/03/10 14:34
こんにちは、たぬきです。
先日に続いて投稿させていただきます。
少し、物語を動かしたつもりなのですが、どうでしょうか?
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鈍い冬の太陽をそのボディに受けながら士郎の運転する白いセダン車がテレビ局の地下駐車場に滑り込んだ。
士郎はセダン車で薄暗い地下駐車場を一周し、隅に空いた場所を見つけると、そこに駐車した。
最初に運転席のドアが開き、中から士郎が黒いコートの裾を翻して車内から素早く降り立つ。
続いて紺のスーツにカーキのコートを羽織った上一郎が助手席から降りると、車のすぐ脇に立った。
最初に車を降りた士郎が、千早の座る運転席側の後部座席ドアの横に立ち、周囲を警戒すべく鋭い視線で周りを見渡す。
そして異常が無い事を確認すると士郎は彼女のために後部座席のドアを開けた。
千早が座席からジーンズを履いた華奢で長い足をアスファルトで覆われた駐車場の地面に降ろす。

「ありがとうございます」

千早は、自分のためにドアを開けて周囲の警戒をする士郎の顔を見上げ、小さく笑みを浮かべて彼に感謝の言葉を述べた。
この言葉はおそらく律儀な千早が自らに課した義務なのだろう、彼女は警護が始まってからの二週間余りの間で、彼の運転する車の乗
り降りの際に、この言葉を欠かしたことは殆ど無い。
周囲から眼を離すことができない士郎が彼女の方を向くことはないが、彼は口元を緩めて見せる事でそれに答える。
ほぼ同時に春香が千早と反対側のドアから降り立った。
士郎と二人の少女は上一郎からあらかじめ受け取っていたテレビ局への入館証を首から提げ、四人は関係者出入り口の自動ドアを目指
した。

「お疲れ様です」

上一郎が入館証を自動ドアの脇で直立不動する二人の警備員の前にかざして見せると、彼らに労いの言葉を掛けた。
少女達も彼に習い入館証をかざしつつ「お疲れ様です」と声を掛ける。
士郎は四人の一番最後を歩き、首だけを動かして小さく会釈をしつつ入り口に立つ警備員の脇を通り過ぎる。
警備員は眼だけを動かし四人がかざした入館証の写真と文字に目を走らすと、形ばかりの挙手の礼を行った。
建物の内部はスーツと私服が入り混じり、通路は人と荷物の行き来で雑然としている。
四人は廊下の人ごみを縫うようにして歩き、エレベーターに乗り3階のタレントクロークを目指した。
途中廊下でこれまで自分がテレビで見てきた「芸能人」を幾度となく見かけ、千早と春香は否応無くここがこれまでとは別世界である
事を認識させられる。
エレベーターで1回へ上がると上一郎がタレントクロークの受付で今日の二人の控え室を確認する。
二人は大部屋を案内され、スタッフやタレントが行き交う雑然とした長い廊下を奥へと向かって歩く。
途中、上一郎が挨拶を交わす相手には千早や春香もそれに習って挨拶をして頭を下げる。

「ほう、こんなふうになっているのか」

千早のすぐ後ろを歩く士郎が興味深げに小部屋が連なる廊下を見回す。
廊下の壁には、局の年末特番のポスターやスローガン、視聴率の一覧など意味の分からないモノが取り合わせで雑然と、しかも大量に
張られている。

「今日の控え室は大部屋なんてちょっとガッカリです。私も、こんな「いかにも」な楽屋が良かったなあ」

上一郎のすぐ後ろを歩く春香が、廊下に並ぶ控え室の白い扉に目をやり、少し気落ちした様子を見せる。

「そうね、でも仕方ないわ。私たちはまだ駆け出しだもの」

千早が少し硬い笑みを小さく浮かべて、春香を慰めるかのような言葉をかける。

「今日の出演者は、みんな大部屋に集められているみたいだよ、それに皆で居た方が緊張も薄れるんじゃないか?」

上一郎も苦笑しながら千早の言葉に合わせて春香に言葉をかける。
上一郎の言葉に春香が「そうですね」と明るく笑って返事をした。
控え室が並ぶ長い廊下の中間地点近くまで歩いた四人はこれまで規則正しく続いていた控え室の扉が途切れたことに気付いた。
先程の扉から15m位の間隔を空けて次の扉が設けられているのが見える。
安っぽそうなその扉の向こうから少女達のものと思われる話し声が途切れる事無く廊下に漏れ出ていた。
中から漏れ出るざわめきは丁度、765プロの朝の朝礼前の騒がしさを倍にした位だろうか。

「どうやら、ここみたいだな」

上一郎が普段は会議室であろう大きな部屋の前で止まり、部屋名の下にある会議名を書き込む欄に書かれた「あいどるだらけ!! B
級アイドル真冬の出番争奪大戦! 出演者控え室③」と番組名と目的の書かれた札を見てつぶやく。

「では、私たちは中へ入りますから」

千早が付き添ってきた男性二人に向かって抑揚の無い口調で告げた。
士郎は、彼女の声に硬さを感じ取る。
本来、千早は仕事だからと言って必要以上に緊張するようなタイプでは無い。
まして、今はまだ着替えとメイクのために控え室に入るだけで、収録開始まではまだ大分時間がある。
おそらく、慣れないバラエティ番組への出演という仕事への緊張感がそうさせるのだろう。
士郎は、なんとか彼女達の緊張を和らげられるように傍で話し掛けられれば良いと考える。
しかし男性である自分達は、出演者が着替え等の準備を終えていない今の時点では、まだ部屋の中に入る事が出来ない。
おそらく士郎と同様の思いを抱いているのだろう、上一郎も二人に気遣わしげな視線を向ける。
廊下では他のアイドルの男性マネージャーやプロデューサーと見える者達が人待ち顔で携帯電話を見ていたり、着替え終わったと見え
る少女達と廊下で言葉を交わしたりしていた。
恐らく彼らも士郎達と同じ心配を持って扉の外で佇んでいるのだろう。

「さあて!じゃあ行ってきますね!」

大人たちの心配を知ってか知らずか、目前にいる春香が振り返り、二人の不安を吹き飛ばすようなとびっきりの笑顔を見せた。
千早、上一郎そして士郎ですらも、その輝くような笑顔に一瞬、目を奪われる。
おそらく彼女の笑顔と言葉には人を惹きつける天性の何かが備わっているのだろう。
春香のその明るい笑顔と言葉に勇気付けられたかのように千早が硬いながらも笑顔を取り戻し、士郎と上一郎に声を掛ける余裕を取り
戻す。

「では、しばらく失礼します」

「じゃあ二人とも、また後で」

上一郎が微笑みを浮かべて落ち着いた様子で千早に返事を返し、士郎は彼の後ろに立ち、薄く笑みを浮かべて二人を見ながら頷いた。
こうして大人二人が見守る中、少女達は落ち着いた足取りで大部屋の白い扉を開けて中へと入っていった。


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スタジオでは既に通しのリハーサルが終わりAD達が慌しく立ち働いている。
客席では観客を入れようとスタッフが誘導の手はずを整えているが今しばらく時間が掛かりそうだ。
千早や春香といった出演者と、上一郎(おまけの士郎)を含めた番組スタッフとの打ち合わせは既に終わり、二人は椅子に腰かけてス
タジオ入りを待っているところであった。
二人は765プロのアイドルとして青いタータンチェックのミニスカートにセーラー服をイメージしたノースリーブの白いシャツを着
て、その大きな襟元に、スカートに合わせた青いタイを結び、黒いニーソックス、スカートとお揃いのチェックの丸い帽子という艶(あ
で)やかなステージ衣装を身に纏っている。
しかし、彼女達が今日の出演する番組はステージに立つことが最終目的ではあるが、出演する時間の大半は用意されたゲームで体を張
って競い合う事である。
正直、千早も春香もこんな格好で体を張ってゲームするのはどうかと思う。
だがこういうものは単純に体を動かすだけだと割り切るしかないだろう。
こういう仕事から抜け出すには、早く名を売り有名になるより仕方が無い。
今日、二人と同じようにステージ衣装を着て出演する他の事務所のアイドルも、全員がそんな思いだろう。
後は出番を待つだけになった765プロの二人は椅子に腰掛けて、千早は台本を手に取って先ほどの打ち合わせで修正のあった箇所を
見直し、春香は自分たちと同じように艶やかなステージ衣装を身に付けた他のアイドル達を見るとも無しに見ていた。

「さて、今のうちに大急ぎで司会の人達に挨拶に行こうか、衛宮さんいいですか?」

状況が落ち着いたと見て、千早と春香の傍に立っていた上一郎が三人に声を掛ける。
上一郎の提案に千早と春香もそれぞれ頷いて腰を上げた。

「了解した」

壁に持たれて立っていた士郎も短く返事をすると、脱いでいたコートを手にして千早の傍に立つ。
四人は大部屋の控え室を出て、ここまで来た通路を15m程戻り、まず最初に、今回の司会の「一人」である中堅の芸人コンビ「ブラ
ックロブスター」の控え室へと向かう。
彼らは、しばらく前まではひな壇芸人としてテレビに出演していたが、番組の流れを読んだ機転の利いた返答や仕切りの上手さといっ
た点が認められ、ここ最近司会に抜擢される機会が急速に増えている芸人である。
上一郎が扉を叩き、許可を貰って部屋の中に入る。
彼らの控え室は和室になっていて、扉から入った正面が畳敷きになっている。
打ち合わせも終わり、後はスタジオ入りを待つばかりなのだろう、ブラックロブスターの二人はそれぞれ畳と椅子に腰掛けて携帯ゲー
ムをやって時間を潰しているところであった。
彼らは司会をやる機会が増えて挨拶を受ける事に割りと慣れているのだろう、千早と春香が少し緊張をしながら頭を下げると機嫌良く
「よろしくな」と二人に気さくに返事を返した。
ブラックロブスターの控え室を出た四人は、続いてもう「一人」の司会者の控え室を訪ねる。
上一郎が控え室のドアをノックして丁寧な言葉で声を掛ける。

「すいません、765プロですが今日番組をご一緒させていただくうちの者が挨拶をさせて頂きたいのですが」

「はーい、どうぞー」

少し間が開き、扉の向こうから少し高めの良く通る若い女性の声で返事が帰ってきた。

「失礼します」

上一郎が扉を開けて先頭を切って部屋に入り、続いて千早、春香、士郎の順に部屋に入る。
部屋は先程の「ブラックロブスター」の二人の控え室とは違って洋室となっており8畳ほどの広さがある。
そして扉から入って、すぐ右には机が設えてあり、壁には大きな鏡が掛けられている。
机の前にはこの部屋の仮初めの主である少女が椅子に腰掛けており、傍らにはマネージャーかプロデューサーであろう上品なグレーの
スーツを纏った20代中頃と見える男性が佇んでいた。
椅子に座る少女の年齢は15,6歳くらい、背丈は160cmに少し足りない位だろうか。
髪は完全な金髪、それが癖無く真っ直ぐ腰まで伸びており、さらに高貴さすら感じさせる大きなエメラルドの瞳、すっと通った鼻筋、
それらが全て儚げなバランスを保って整った輪郭の顔に精緻に配列されている。

少女の名前は小早川瑞樹。彼女は歌にダンス、ビジュアル、はては知性に至るまで全てにおいてファンの高い評価を得て今正にブレイ
クしつつある旬のアイドルである。
デビューしてからまだ一年余りしか経っていないにもかかわらず、彼女はテレビ、ラジオ、雑誌などあらゆるメディアでの露出が急速
に増えつつあった。
さらにアイドルとしてのビジュアルだけでなく歌については、アイドルの範疇を越えてシンガーとしても認められつつある存在でもあ
る。
そんな彼女の姿は駆け出しアイドルである千早にとって目指すべきカタチの一つであった。
瑞樹が柔らかく微笑んで四人を迎え入れる。
上一郎と765プロの少女二人が瑞樹のすぐ前に並び、士郎は三人の後ろに立つ。

「あ、私、765プロのプロデューサーの金田です。彼女達が今日、御一緒させていただく・・・」

「天海春香です。一生懸命頑張りますので今日は、よろしくお願いします。それから・・・」

「如月千早です。テレビは慣れていないのですが、よろしくお願いいたします。」

「プロデューサー代理の衛宮です。よろしく」

四人はそれぞれ頭を下げて挨拶をする。
765プロの4人の自己紹介を受け、瑞樹もスッと立ち上がり自身の紹介と共に自らの傍らに立つ男性を紹介をする。

「小早川瑞樹です。今日はよろしくね。隣はプロデューサーを努める私の兄です」

兄と紹介された男性は身長180cm程だろうか、頭髪の色は瑞樹と同じ金色で長めの前髪が僅かに癖毛になって巻いており、容姿は
アイドル瑞樹の兄らしく秀麗眉目である。

「よろしく・・・」

彼は無表情に頭を下げる。それに呼応するように上一郎達4人も小さく会釈を返した。
瑞樹の兄が下げた頭を上げるのと同時に頭を上げようとしていた士郎は偶然、彼と目線が合った。
士郎は意図する事無く彼の瞳を覗き、その暗さに思わず微かに眉をしかめる。

『まるで鮫の眼のようだな・・・』

誰が言ったのか鮫の眼には感情が無いという、あれは死者や人形の眼と同じだと。
士郎が覗いたその男の瞳は、あらゆる感情全てが欠落しているように見える。
なぜ、このような暗い眼をした男がトップアイドルに近い立場の小早川瑞樹の下にいるのかと士郎は訝しむ。
そんな士郎の思いを他所に少女達の会話が進む。

「ねえ・・・あなた9月のアキバのアイドルフェスに出ていたでしょ?」

自己紹介の後から瑞樹が千早を見て少し考え込むような仕草を見せていたが、しばらくして彼女は躊躇いがちに口を開いた。

「え、ええ・・・出ていましたが・・・どうして私の事を?その時、お会いした覚えは無いのですが・・・」

先程からチラチラと瑞樹の視線を受け、何事かと気になっていた千早は彼女が話し出した内容に少し意表をつかれ、思わず聞き返した。
自分より遥かに格上のアイドルである瑞樹が何故、駆け出しの自分の事などを知っているのかと千早は疑問に思う。

「ええー?私の事、忘れちゃったの?冷たいなー、って嘘よ。直接会ってはいないわ。あなたがステージで歌っているのを見たの」

千早の戸惑い気味な反応に、今度は瑞樹が悪戯っぽい笑顔を浮かべ冗談と共に千早のステージを見たことを告げた。
歌にも高い評価を得ている小早川瑞樹が自分のステージを見てくれていたと聞き、千早が思わず嬉しそうに喋りかけた。

「ステージを見ていただいたのですか?光栄です」

「光栄だなんて大袈裟よ。それより、あなた物凄く歌上手いのね、驚いた・・・というより衝撃的だったわ。私、今まであんな声聞い
たこと無かったもの・・・本当に凄かった・・・」

瑞樹は少しオーバーなくらいの千早の反応に苦笑いを浮かべた後、ふと真顔に戻り、その時の印象を語りだした。
彼女の言葉は単に千早への褒め言葉というだけで無くむしろ自分の内に向かって語りかけているようであり、その表情はともすると真
剣というよりもむしろ、思いつめる、と形容できるほどまでに張り詰めた雰囲気を感じさせた。
そして彼女はそんな空気を少し和らげるかのように口元に一瞬笑みを浮かべて千早を見た後、今度は目元をジットリとした半眼に変え
て視線を上一郎と士郎の方へ向けた。

「でも、残念ながら観客席はガラガラだったのよね。 ねえ、もうちょっと何とかしてあげられなかったの?そちらのプロデューサー
ズ!」

彼女は軽い口調ながらも大人二人をチクリと責めるような発言をした。
士郎が首を傾げて「私もか?」という意味を込めて思わず右手で自分を指差し瑞樹を見る。
瑞樹は「あたりまえでしょ」と言わんばかりに半眼のままコクリと大きく頷いた。

「ははは・・・残念ながら新人は前座扱いだったから人出の少ない午前中に出番が割り当てられちゃったんですよね」

上一郎がその時の事を思い出し、頭を掻きながら瑞樹に返答をした。

「それを何とかするのが、あなたの腕の見せ所でしょっ!ったく・・・如月さん、765なんて辞めちゃって西園寺プロ(うち)に来
なさいよ。きっと社長が上手にマネージメントしてくれるわよ」

上一郎の返事を言い訳と判断したのか、瑞樹が今度は半ば怒っているかのような声で上一郎の言葉をバッサリと切り捨てて、千早に向
かって物騒な言葉を掛けた。

「ふふ、ありがとうございます、そのお話はまた今度考えておきます。でも、冗談でも小早川さんほどの歌い手からそんな言葉を掛け
てもらえるなんて、本当に光栄です。私もあなたのようになれるように努力しなければ」

千早は、瑞樹の不穏当な発言を冗談として軽く受け流すと、少しはにかんだ笑顔で自分を評価してくれた事に対する感謝の言葉を伝え
た。

「あなたが私のように・・・か・・・どうなのかしらね?」

だが千早の言葉を聞いた瑞樹は考え込むような仕草で視線を下に向け、皮肉げな言葉と突き放したような口調で千早に返事をした。
た。
瑞樹の感情の急激な変化に、千早の顔に戸惑いの表情が浮かんだ。
千早は自分の言葉をきっかけにして、今さっきまであんなに親しく感じていた瑞樹が何故か急に遠くなったように感じた。

『何かまずい事を言ったかしら?』

和やかだった場の空気が瞬時に微妙な物へと変わる。
しかし、その空気に何の恐れもなく割って入る声があった。

「あのう・・・私のステージも見ていただけました?千早ちゃんと同じ位の時間だったんですが」

春香が頭を掻きながら照れたような笑いを浮かべ、おずおずと瑞樹に話しかけた。
思いつめたように険しかった瑞樹の表情が一瞬キョトンとした物になる。
そして彼女は苦笑いを浮かべつつもキッパリと返事をした。

「ええと・・・ごめん、印象無いのよね」

「あああ・・・やっぱり」

瑞樹の容赦無い返事に、春香が見るも無残にガックリと肩を落とした。
だが落胆をした可愛そうなはずの春香の姿が、かえってその場の人間の笑いを誘い、張り詰めた空気を打ち壊した。

「もうっ、みんなで笑うなんて酷いです、私これでも傷ついたんですからね!」

その笑いに春香が頬を膨らませて抗議をするが、その姿が何故か微笑ましくて、かえって更に笑いを誘ってしまう。
ひとしきり笑った後、笑いすぎて眼の端に浮かんだ涙を拭って瑞樹が春香の方を見た。

「ごめんなさい、あなたの落ち込む姿が何故か、その・・・微笑ましくって・・・でも、あなたも大概大物よね。きっと素敵なアイド
ルになると思うわ」

瑞樹の言葉に春香がまだ頬を膨らませつつ「それ褒めてるんですか?」と問う。
それに対して瑞樹がウィンクをしながら「もちろん」と答えた。
いつしか気付かないうちに、部屋の空気は再び穏やかな物へと変わっていた。
しかし、その穏やかな空気に冷や水を浴びせるかのように抑揚の無い声が瑞樹の名を呼んだ。

「瑞樹・・・時間だ」

彼女の兄が無表情に彼女の方を見て時間を知らせる。彼は先程の春香の姿を見て皆が爆笑している時にも表情一つ変える事はしなかっ
た。

「時間みたいだから、私はお先に行かせてもらうわ。引き止めちゃってごめんなさいね」

兄の言葉を聞いた瑞樹が溜息を一つ小さくつき、椅子から立ち上がりながら腰まである金色の美しい髪をかき上げた。
瞬間、宙に金色の銀河が舞う。

「えっ、少し早すぎませんか?まだ前説が始まる時間ですよ」

上一郎が腕時計を見ながら少し驚いたようにして瑞樹達に問うた。
その言葉に、瑞樹はチラリと上一郎の方に振り返ると薄く笑った。

「早くなんて無いわ、だって私が前説やるんだもの」

「えっ、小早川さんが?」

上一郎が再び驚きの声を上げる。
通常、前説は番組観覧者に対して、観覧を行うに当たっての事前の注意をADやディレクター、場合によっては、お笑い芸人が行うも
のだ。
最近は単なる事前説明としての役割だけでなく番組本番前に場を盛り上げておく役割も果たしており、それを楽しみにしている観覧者
もいるほどである。従って業務として行うADや笑いを取るために行う芸人でないアイドルの瑞樹が前説を行う事は非常に珍しいと言
える。

「私の番組だもの、当たり前じゃない。それよりも、場は私が暖めておくから、二人とも本番頼むわよ! まあ私としては出来ればあ
なた達に優勝してもらって、如月さんに歌ってもらえると嬉しいわ。もっとも、オトナの事情がどうなっているかは知らないけどね」

瑞樹がそんな事を喋りながら千早たちに軽く笑みを浮かべてみせた。
彼女の口ぶりからすると番組には色々な事情があるようで千早たちが優勝するのは、なかなか難しそうだ。
瑞樹は視線を出口の方へ向けると、兄が開けたまま立つ控え室のドアをくぐり廊下に出た。
士郎達も瑞樹達に合わせて彼女の控え室から出る。
廊下に出た時、士郎はふっと横から絡みつくような視線を感じ、瞬間的にその元を辿った。
辿った先には無表情に士郎の顔を見つめる瑞樹の兄の眼があった。
士郎は眉を顰めつつもその視線を正面から受け止める。
再び、鷹と鮫、空と海の覇者の瞳が交錯する。
しかし次の瞬間には、瑞樹の兄は何事も無かったかのように視線を逸らし、仕立ての良さげなスーツの裾を翻すと瑞樹の後ろに立った。
瑞樹は四人に「じゃあね」と声を掛けてヒラヒラと手を振ると、上の階にあるスタジオにつながるエレベーターへと足を向けた。

「すごく素敵な人だったね、かっこいい・・・」

瑞樹が歩み去る姿を見送りながら少しうっとりした表情で春香がポツリと感想を漏らした。

「そうね・・・私も歌を褒められて嬉しかった」

千早も二人の歩む姿を何とも無しに見つめながら笑顔を浮かべて返事をした。

「さあ、俺たちも仕事だぞ!準備、準備!」

瑞樹達を見送り、夢見心地のままでいる二人の少女の目を覚まさせるように、上一郎がパンと手を叩いて次の行動へと急かした。

「「は、はい!」」

二人の少女はハッとして少し慌てたように返事をして元の控え室へ戻る方へ足を向けた。
だが、士郎は歩み去る瑞樹たちに視線を向けたまま廊下に立ち尽くす。

「衛宮さん?」

その場を動こうとしない士郎を見た千早が怪訝に思い彼に声を掛けた。
士郎は視線を固定したまま口を開いた。

「ああ、今行く・・・」

士郎は瑞樹の兄と称する男の自分に向けた視線を思い出しながら足をゆっくりと千早達の方へと向けた。


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拙い作品でお眼汚ししました。
内容は・・・いかがでしたか?
皆様に楽しく読んでいただけたら嬉しいのですが。
昔のコミックに出ていた小早川瑞樹を出しました。
コミックとは、ぱっと見性格が違います、もし気になる方がいましたらSSと言う事でご容赦を・・・



[27875] (習作)歌姫とノッポのプロデューサー(iDOL M@STER meets fate)17
Name: たぬき◆f99c5be9 ID:aabf4d13
Date: 2012/06/18 08:31
お久しぶりです・・・誰も見てないかも知れませんが更新させてもらいます。
もう、何を書いていいのやら・・・
どんだけ直しても、書き加えても、削っても良くならない・・・
ええーい、もうどうにでもなーれ!

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「はいっ、オッケーでーす。一旦カメラ止めまーす」

フロアADの声がスタジオに響き、収録は一旦中断となる。
今まで行っていたゲームのセットの解体と片付けのためにスタジオの脇からADや大道具担当が走り出る。
春香がスナック菓子のような形をした発泡スチロールの緩衝材の池から抜け出し、手を膝において前屈みになりハアハアと息を荒げる。

「大丈夫? 春香」

中断の合図と同時に千早が少し離れた回答席から駆け寄り、前屈みになって荒い息をつく春香を覗き込んで心配そうに声を掛ける。

「うん、なんとか・・・でもちょっと、キツかったかな・・・」

自分を気遣う千早の声に、春香は心配を掛けまいと強がりを言うが返事に思いがけず本音が入る。
いつも元気な春香が思わず弱音を吐く様子に、千早は今の競技で彼女にかなり無理をさせてしまったと唇を噛んだ。
ならば次の競技は春香の代わりに私が体を張るほうに回らねば、と彼女は密かに決心をした。
番組の収録が始まってから既に2時間近く経ち、二人は幾つかのゲームを終えていた。
出演者はユニットごともしくは事務所ごとに分かれて二人一組となり、ゲームに挑戦する形式となっている。
今、終了したゲームは一方は回答者として地上の回答席で司会者からの問題に答え、もう一人は高さ2メートル程の角度が変わる可動式の滑り台に座る。
そして、問題が出題されて回答者が質問の回答を間違えると滑り台に角度が付き、そこに座るもう一人は落ちないように滑り台の上で耐え、どのチームが一番最後まで耐えられるかを競うゲームであった。
滑り台は丁度彼女達が両手を広げるとギリギリ届くくらいの幅で作られており、滑り台の縁は傾斜に沿って10センチほどの高さで囲ってあり、少女達はその囲いに手や足を掛けて堪えることになる。
もし、耐え切れず落ちればそのチームはそこでゲーム終了となる。
765プロチームは今のゲームで意外にも勝ち進み、最後の二組となって奮闘していたが、千早が今の問題を間違えた結果、更に傾斜がきつくなり、台上で必死に重力に逆らい堪えていた春香はあえなく緩衝材の海に落下したのだった。
しかも、滑り台の下ではカメラが待ち構えており、スパッツを履いていたとはいえスカートを大きく捲くり上げながら落ちた春香を舐めるように撮影していたのだった。
しかし765プロチーム参加8チーム中、2位に入った事で得点が入り、765プロチームは総合でも2位につけている。

「ごめんなさい春香、折角あなたが頑張っていたのに間違えてしまったわ」

「仕方ないよ、あんな難しい問題。私だったら、あそこまで答えられなかったもん、それよりも、あんな格好撮るんだもん、うう・・・恥ずかしいよお」

春香がガックリと肩を落として目の端に小さく涙を浮かべながら、千早に返事をした。

「二人ともお疲れさん!」

その時、上一郎が温かい緑茶のペットボトルを持ち二人の前に現れた。
その後ろには士郎が少し斜めを向いて腕を組みながら立つ。

「ありがとうございます、でも春香が・・・」

上一郎の言葉に千早がペットボトルを受け取りながら苦笑いを浮かべて二人の方を向いた。

「うう、プロデューサーさん・・・ありがとうございます・・・」

春香が、泣き笑いの表情で上一郎からペットボトルを受け取った。
二人は受け取ったペットボトルに1口、口をつけた後今のゲームの感想――というより苦情――を上一郎に向かってスタッフに聞こえないように小声でぶつける。
上一郎は、そんな二人をまあまあと宥める。
士郎はそんな三人を横目に、チラリと司会のセットでADと打合せを行う瑞樹の方に眼を向けた。
瑞樹は美しい横顔を士郎の遠目に見せ、右手を口元に当て左手で台本を持ち確認していた。

「どうかしたんですか?衛宮さん」

つい今しがたまで少女二人に詰め寄られて少し疲れた表情の上一郎が、目敏く士郎の目線の向きに気付き、問いかけた。

「ん?いや・・・なんでも無い」

上一郎の言葉に少し慌てたように士郎が三人の方に視線を戻した。

「ところで、1位の961プロだったか、中々に手強いようだな」

士郎が三人の会話に加わり1位に立つライバルについて話題を振った。
現在まで三つのゲームが終了し、1位には961プロという大手プロダクションに所属する二人が立っている。
ゲームは合計5つあり、各ゲームで1位を獲得すると15点、2位は10点、3位は7点といった具合に獲得する事が出来る。
961プロチームは既に2つのゲームで1位を獲得しており結果合計37点。
もう1ゲームについては彼女達は明らかに油断していたようで、途中まで余裕のある動きを見せていたが、途中から怠惰にも思える動きを見せた挙句にあえなく撃沈され3位となっていた。
一方、千早たち765プロチームは2つのゲームで2位を獲得し合計20点。
結果、二つのゲームで上位に入っているのはこの2チームだけとなり、1位が961プロチーム、やや差が付いて2位に765プロチームとなっている。

「ええ、特にクイズ形式の問題では、ほとんど間違えませんね」

先程のゲームでもう少しの所まで追い詰めながら敗れた千早が、悔しそうに相槌を打つ。

「それに体を使うゲームの時も、やけに上手なんだよ、あいつら。何と言うか、初見のゲームをやってるっていう感じじゃないんだよな」

千早の言葉に同調して、上一郎も自らの思いを吐き出すように語ると、スタジオの端で余裕を示すかのように笑い声を立てている961プロの所属だという二人『Double Accele』とういう名前のユニットの少女達とプロデューサーらしい男性を恨めしげに眺めた。
少女達は黒を基調とした皮パンツに皮ジャケットを羽織っており、一人は緩くウェーブのかかった背中まであるロングヘア、もう一人はうなじの見えるショートといった髪型をしている。
二人ともアイドルである以上当然整った顔立ちであるが、雰囲気としては愛らしいというよりはむしろ精悍というほうが相応しい。
また、プロデューサーらしき男は野生的ながら端正な顔なつきをしており年齢は士郎と同年代のように見える。

「まさか、クイズの答えや、ゲームの内容知っていて対策練っていたりして」

春香がアハハと笑い、軽い口調ながらジョークにならない一言を言う。
彼女の言葉に、上一郎や士郎だけでなく、その言葉を口にした春香本人までもが黙り込んでしまう。

『オトナの事情がどうなっているかは知らないけどね』

先程控え室で、小早川瑞樹が話した言葉が四人の脳裏をよぎる。

「もしかしてこれが、さっき小早川さんの言っていた『オトナの事情』と言うものでしょうか?」

千早が眉をひそめてポツリと脳裏をよぎった思いを口にしつつ目線を961プロの面々に向けた後、司会席の瑞樹を見た。
彼女が目線を向けたその時、小早川瑞樹は千早の視線に気付いたかのように壇上から千早に視線を向けた。
千早の視線に気付いたかのように自分に視線を向けた瑞樹に彼女は驚愕し思わず体が固まる。
数瞬、二人の視線が交じり合う・・・そして瑞樹の瞳がふと笑ったかのように感じた瞬間、瑞樹はクルリと身を翻し視線を切った。
その時フロアADの大声がスタジオ内に響いた。
千早はその声にハッとして我に返る。
セットの準備が完了したのだろう、収録の再開が告げられる。

「さあ、他所の事は考えても仕方ないぞ。俺たちは俺たちだ!気持ちを切り替えて行こう!」

上一郎がパンと手を叩き、今までの暗い会話と考えを吹き払うようなカラリとした笑顔を浮かべて千早と春香に元気良く声を掛ける。
少女達が気持ちを切り替えやすいようにと考えた上一郎の声を掛けるタイミングと、その言葉の選択の良さに士郎は感心する。

「そうですね、私たちの一番いいところを見てもらわなきゃいけませんね!」

春香が上一郎の言葉を受けて、グッと両手のコブシを握り、きれいな笑顔を浮かべ元気な声を上げる。

「プロデューサーの言うとおりです。 私たちは私たちで出来る事を精一杯するだけです。それに、まだゲームは終わったわけではありません」

先程の出来事から我に返った千早も目に強い意志の光が宿し、静かに力強く思いを口にした。
士郎は三人の言葉を聞き、その心持ちの清々しさに思わず表情を緩める。
三人をどうにか勝たせてやりたいと思うが、もとより士郎が口出しすべき事など何も無い。
ここは彼の戦場ではない。
士郎は、自分に出来る事はせいぜいサポートするくらいだと割り切る。

「二人ともしっかりな、だが無茶は禁物だぞ」

士郎が彼にしては珍しく柔らかく微笑みながら、新たに組みあがったセットへと赴こうとする二人に声を掛けた。
二人は士郎の方を向くと、千早は笑顔を浮かべてうなずき、春香は再びグッとコブシを握って見せた。
彼女達は再び凛とした姿でセットへ向かって歩み始めた。


**************************************

「くっ!!」

千早が歯を食いしばり、必死で直径40センチほどの円形の透明な盾を右に向けてかざし彼女の上半身目掛けて勢い良く迫ってくるボールを防ぐ。
彼女に目掛けて飛んでくるのは、カラフルな様々な色をしたソフトバレーボールだ。
盾で弾いたボールが、千早が安全のために被っているプラスチックのヘルメットの端をかすめた。
ボールは彼女が立つ高さ2m程の橋の後ろへと軽々と飛んでいく。
観客席から、やかましいほどに歓声が飛ぶが、それは必ずしも好意的なものだけでは無いようだ。
このゲームは「メモリーぼんBON」と名付けられ、そのふざけたネーミングとは対照的にえげつない破壊力を発揮し、何人ものアイドル達を文字通り恐怖のどん底へ突き落としていた。
このゲームは競技者が幅1m弱、高さ2m程の橋の上に立ち、10m程離れた「岸」に据え付けられた3台のボールの発射台から打ち出されるソフトバレーボールを手にした盾で防ぎ、最大20発を1セットとして何セットまで橋の上に残っていられるかを競うというゲームであった。
またボールは決められた順番とリズムで発射台から発射され、競技者はゲームを行う直前に、大型ディスプレイに映される3つの砲台がボールを発射する順番をあらかじめ見て記憶した後に競技に望む事になっている。
そしてゲームの難度はセットとして表現され、セットが進むほどボールの発射間隔が短くなり、ボールを防ぐまでの時間が短くなる仕組みになっていた。
結果、このゲームは記憶力と反射神経を問われる難易度の高いものとなっているのだった。

『あと2球!』

千早は記憶にある発射の順序をたぐりながらアクリルの盾を正面に構える。
ボールを盾の正面から細い体で受け止める。
ソフトバレーボール自体は柔らかく体に当たってもそんなにダメージは無いが、発射台からはそれなりのスピードで飛んでくるので体に当たれば勢いでボールの進行方向に体を飛ばされる。
彼女は打ち出されたボールを既に18球防いでいた。

『次、また右!』

千早は抜群の集中力で記憶した発射順序を元に盾をかざす。
間髪入れず盾越しに右肩を衝撃が襲う。
疲労と過度の集中からか体が揺れる。
『あと1球・・・! 次・・・左から・・・』

揺れる体を立て直しつつ左に盾を向ける。
だが彼女の努力むなしく盾をかざした体は死に体となり、その瞬間をボールが襲う。

「あっ!」

千早の体は衝撃を吸収しきれず右へと傾き棒立ちとなる。
バランスを崩した体はその場にとどまる事ができず、彼女は体の傾きを止める事ができない。

「千早ちゃん!!」

控え席から見ていた春香が声を上げ思わず立ち上がる。

「ッ、まだ!!」

千早が眉をしかめ、歯を食いしばりながら足を更に広げて重力に耐える。
思わず反射的に床に手を着きそうになるがコブシを握ってそれをこらえる。
橋に手を着けば反則となる。
橋の上でこらえる千早の姿は、最早、アイドルとして、いや女性としての見得も何もあったものではない。
カメラが舐めるように無様に耐える千早を捕らえる。
1秒、2秒・・・・・・15秒・・・千早は倒れなかった。

「おおーっと、すごい!如月千早選手こらえたぞ~! レベル3クリアー!!レベル3をクリアーしたのは765プロチームだけ!!」

クリアを知らせる明るいBGMと共に実況役の若い男性アナウンサーの声がスタジオ内にやや興奮気味に響く。
観客席からワッという声と拍手が響く。

「やった!!」

春香や上一郎が思わずコブシを握ってガッツポーズをする。
疲れでうつむいてた千早の視線が上へ向き、顔がパッと明るく輝いた。
同時に大型ディスプレイに映ったあられもない姿で橋の上に立つ自分の姿をに気付き、千早が慌ててカメラに向かって大きく開いていた足を閉じ、青いチェックスカートを両手で押さえた。

「中川アナ、もう何かオリンピックか世界陸上かなんかの実況みたいになってますねー、めっちゃ熱いなー」

ブラックロブスターの片割れの背の高い方が少し呆れ気味に関西弁のイントネーションでコメントを入れる。

「いえ、来年オリンピックありますから、間違いなく中継狙ってるんだと思いますよ」

さらにブラックロブスターの小太りであごひげを生やした、もう片割れが合いの手を入れる。

「このゲーム、いつからオリンピック競技になったんですか?」

そこへ瑞樹が美しい顔に似合わぬボケで二人に絡む。

「いや、瑞樹ちゃん、さすがにこのゲームそんなもんになってへんから!これがオリンピック競技になってたら如月さん多分、今頃日本代表になってて、こんな所いてへんと思うよ」

待っていたとばかりに、ブラックロブスターの背高が、すかさずツッコミを入れる。
台上から降りてプロテクターを外していた千早がいきなり出た自分の名前にキョトンとした表情で司会の三人の方を向く。
瑞樹がニッコリと満面の笑みを浮かべ更にボケを重ねる。

「じゃあ、早くオリンピック競技になるといいですねー」

「「ならんわ!!」」

ブラックロブスターの二人が息の合った突っ込みを揃って瑞樹に入れた。

ドッと会場が笑いに包まれたところで移動カメラとマイクが千早の前に立つ。
突如目の前に現れたマイクに、千早は思わず一歩引いて右手で左腕を掴んで身構えるという、おおよそアイドルらしからぬ反応をした後、思い出したようにマイクと一緒に立つカメラに向かって弱々しく笑顔を浮かべて見せた。

「如月さーん、お疲れー。ゲームの感想と次のオリンピックへの抱負を聞かせてくれるかな?」

ブラックロブスターの背高の方が、千早と対照的に明るく元気な声でボケながら千早に声をかけた。

「オリンピックネタはもういいっちゅうの!!千早ちゃん、このゲーム見事初クリアーだけどどうなの?」

ブラックロブスターのアゴヒゲの方が背高に突っ込みながら、千早に改めて質問をする。

「えっ? あ、はい・・・」

思いもかけず巡ってきたアドリブの場面に千早の声が思わず裏返る。
トクンと心臓の脈打つ音をありえないほど近くで感じ千早は思わずたじろぐ。
だがここで、動揺してしまえば上一郎たちにアドバイスをもらった意味が無くなってしまう。
彼女は落ち着きを取り戻そうと小さく息を吸って言葉を紡いだ。

「そうですね・・・」

千早は一度言葉を区切り、ぎこちないながらもカメラに向かって一瞬微笑んで見せる。
上一郎や士郎の言うとおり、やはり今の自分にできるのは気の利いたコメントではなく自身の素直な気持ちを表す事。
そして彼女は何を話せばいいかではなく、今の自分に話せる無理の無い気持ちを・・・掛け値なしの本心を汲み取ろうと心に耳を澄ます。
そして千早は小さく息を吸った後、美しく微笑んで再び言葉を紡いだ。

「とっても、嬉しいです!」

たったこれだけが、今の彼女にできるコメントの全て。

「・・・・・・」

モニターを見てインタビューをしていたアゴヒゲの動きが止まる。
アゴヒゲだけでなく一緒のモニターを見ていた背高の方も一瞬モニターに見入る。
もしかしたら、カメラマンやサブ(副調整室)でモニターを見つめるスタッフ、同じく大きなモニターで彼女を見ていた観客も一瞬、見入ったかもしれない。
モニターに映ったのは千早の笑顔、しかも何の打算も無い笑顔、だが最高の笑顔だった。
司会席の前でフロアADが、「早く次へ!」とマジックを使って汚い字で書かれたカンペを持ち、それをブンブンと縦に振って背高にインタビューを打ち切るように促す。

「あ・・・じ、じゃあ頑張って!」

アゴヒゲが、思わず動揺しながらインタビュー打ち切りの言葉を並べる。

「はい、ありがとうございます」

小首を傾げ、千早は少し物足りないような表情を浮かべたあと、プロテクターを外しながらセットから降り、765プロの控え席に戻ろうと歩きかけた。

「さあ、次は本命、先程までトップを走っていた961プロ『Double Accele』牧瀬のぞみ選手です!」

アゴヒゲが気を取り直してこだまプロチームの競技者の名前を大声で告げて盛り上げようとする。
『わーっ』という歓声が客席から響き、のぞみは歓声の中、手を振りながらセットへと向かう。
千早は席へ戻る途中にセットへと向かうのぞみと、司会席の近くですれ違う。

「・・・・・・」

擦れ違い様に、のぞみが千早にだけ聞こえるような小さな声で一言ボソリと呟いた。

「!」

その言葉が聞こえた刹那、千早は冷や水を浴びせられたような心持で弾かれたように振り返り、歩み去るのぞみの後姿に刺す様な視線を向ける。
だが、のぞみはそんな千早を振り返りもせず、何事も無かったかのように軽い足取りでセットへと向かった。
しばらくして千早も前へ向き直り自席へ向かうが、彼女の足取りは重く視線は足元を向いた。
うつむいた目元に前髪がかかり、彼女の表情を隠す。

「くっ・・・」

千早は奥歯を噛み、擦れ違い様に自分に向けられた、必死でゲームに望んだ自分に対する彼女のせせら笑うような言葉を脳裏で反芻した。

『・・・無駄な努力大変ね・・・バッカみたい・・・』

彼女の言葉はどういうつもりなのか?
現在、4つのゲームが終わり、961プロチームがまだゲームを終えていない今、765プロチームは暫定的に1位にいる。
今の言葉は、点差はともあれ自分達の首位を脅かす者に投げ掛けた安い挑発の言葉かもしれない。
だが先程の会話のとおり、765プロチームからすると彼らは、優勝を賭けて戦う相手であると同時に何とも言えない疑惑を抱かせる相手でもある。
千早はのぞみの語った言葉の意味を勘繰らざるを得ない。
単に精一杯頑張ろうとする自分の姿に対する嘲りなのか・・・それとも定められた予定調和があってそれに逆らうがごとく闘っている自分たちの努力に対する嘲りの言葉ということなのか?・・・
先程まで橋の上でボールに立ち向かい、コメントを懸命にアドリブで返した出来事は既に千早の意識の隅に追いやられてしまう。
彼女の心は怒りと悔しさ、空しさといったネガティブな感情に乱される。

「千早ちゃん!お疲れ!!すっごーい、アタシ感動しちゃった!!」

席に戻った千早を春香が飛びかかるように熱烈なハグで出迎えた。
他人が見たら誤解しそうな、強烈な春香のハグを千早は何の抵抗もせずなすがままに無気力に受け入れる。

「あ、れ?千早ちゃん?」

いきなり抱きついた自分に、もっと抵抗してくるかと思っていた春香は、為すがままな千早の反応に拍子抜けしたのか思わず間の抜けた声を出す。
そして、千早の表情を見た春香は眉をしかめて何があったのかを思わず問い質した。

「どうしたの、千早ちゃん!?」

千早の表情はとても難関をクリアーした充実感に満たされたものとは程遠く、暗く考え込むような表情である。

「うんん、何でも無いわ・・・」

春香の心配そうな表情を見た千早は、消え入りそうな笑顔を浮かべ返事をした。
スタジオのセットでは次のゲームが始まり、961プロののぞみが挑んでいた。
のぞみは運動神経に自信があるらしく軽快に体の向きを変えてアクリルの透明な盾をかざしてボールを防いでいく。
その姿は安定感にあふれ、失敗をする気配は見られない。
この分では、第一セットは楽々とクリアーするだろう。
浮かぬ表情のまま千早がのぞみのチャレンジを見つめ、その千早を時折、春香が心配そうに見つめる。
そんな二人が見つめる中のぞみは順調にゲームを進め、2セット目に入っても余裕を持ってボールを防ぎ、かわし続ける。
しかし余裕を持ちすぎたせいなのか、かわす動作に余裕を超えた緩慢さが見え隠れし始める。
そして、そのまま3セット目に突入し事態が動いた。
記憶違いなのだろうか、余裕を持って動いたはずののぞみの回避動作がボールの向かってくる方向と正反対になる。
ソフトバレーボールがのぞみのむき出しになった体の右側面を打ち抜く。

「きゃあ!」

予想外だったのだろう、のぞみは思わず大声を上げつつも一撃目を橋の上で堪えるが、軽く柔らかい割に、大きく勢いのあるボールに撃ち抜かれた体は既にバランスを失いつつあった。
そこへ無常にも二撃目がのぞみの正面から襲う。
すでに、死に体となっていた彼女はその衝撃に耐える事が出来ず、たまらず橋の上から緩衝材のプールへと背中から転落した。
カメラがプールの上から見下ろす形でのぞみの姿を写す。
実況担当の新人らしい若い男性アナウンサーが思わず大声を張り上げる。

「ああーっ、ここで961プロのぞみ選手、転落!」

のぞみは、何が起きたのか理解出来なかったのか、しばらくの間厚く積もった呆然発泡スチロールの上に横たわり呆然としていたが、やがて体を起こして天を仰ぐと、思わず下品とも言える言葉で声をあげた。

「ああー、もう、ちくしょう!!」

「961プロ・・・まさかの転落!得点ならず!『Double Accele』
961プロ未だに一位キープしていますが・・・最終ゲームの得点次第では765プロチーム逆転を狙える点差です!」

浮かぬ顔でモニターを見ながら実況アナウンサーの声を聞いていた春香と千早は、思わぬ出来事に目を見開いてポカンとしたまま一瞬固まった。

「・・・・・・・・!!」

そして思考が追いついたのだろう、次の瞬間、春香がひったくる様に千早の両手をつかむと力強い瞳で正面から千早の目を覗きこんだ。

「千早ちゃん!」

突如手を握られた千早は驚いた表情で春香の瞳を見つめる。

『まだ、チャンスがある!がんばろう!!』

春香の言いたい事は明白に千早に伝わった。

「ありがとう、春香・・・」

そして千早は何かに思いを致すようにスッと一度目を閉じると、やがて微笑みと共に再び力強く春香の瞳を見つめ返し、彼女に気持ちを込めて感謝の言葉を述べたのだった。




[27875] (習作)歌姫とノッポのプロデューサー(iDOL M@STER meets fate)18
Name: たぬき◆f99c5be9 ID:aabf4d13
Date: 2012/06/18 10:57
続きです・・・

********************************

「メモリーぼんBON」が終わり、セットの組みなおしのため、再び収録は中断し休憩となっていた。
千早と春香、それに上一郎に士郎の四人はスタジオの隅に立ち、収録の再開を待っていた。
目の前では、数人の大道具担当がガンガンと音をたてながら次々と手際よく先程まで使っていたセットを解体していく。
その一方では、新しいゲームのセットが運び込まれ、古いセットの解体と組み立てが同時に行われていた。
結局、先程のゲームで765プロは晴れて1位を獲得し、15点を加えて合計35点となった。
一方、961プロチームは3位に入る事もできず、合計点数は据え置きのまま37点となり辛うじて1位を守っていた。

「泣いても笑っても次が最後か・・・で、次は一体どんなゲームなんだ?」

士郎が運び込まれた次のゲームのセットを見ながら興味深げに三人に話かけた。
千早がチラリと士郎の顔を見てから台本に目を落として答える。

「はい、次は確か・・・」

そんな話をしていると、一人の男がタバコの匂いの混じった少しきつめ香水の匂いを振りまきながら、四人に近づいてきた。
男の身長は180cmをいくらか越えているだろう、ダークグレーのスーツをワイシャツのネクタイを外してラフに纏っている。
きちんとした身だしなみの上一郎とは対照的だ。
男は整った顔付きながら目つきの鋭い野性味をたたえた風貌である。
彼の剽悍な姿は士郎に、いつか出会った蒼い槍の英雄を思い出させる。

「あんたが765プロのプロデューサー?」

男が飄々とした景色で士郎の方を向いて彼に声を掛けてきた。
彼は先程まではしゃいでいた、961プロのスタッフであった。

「いや、彼だが」

対する士郎は声の主を一瞥し、無表情で男の間違いを訂正すると上一郎の方を指さした。

「ああ、そっちか・・・」

男は、小さく舌打ちすると上一郎の方を向き、今度は薄笑いを浮かべつつも鋭い目つきで声を掛ける。

「悪いんだけど、ちょっと、そこまで顔を貸してくんねぇかな」

千早と春香が男の声と口調を聞き小さく顔をしかめた。
二人はやけに馴れ馴れしげな男の声に、年若い上一郎に対する侮りの感情が含まれている事を感じ取る。
士郎は無表情のまま二人のやり取りを見守る。

「はあ?・・・失礼ですが、どちら様ですか?」

上一郎もわずかに眉根を寄せて男の態度が不快である事を控えめに示しながらも、あくまで丁寧な口調で男に返事をする。
無論、先程から首位にいるチームのスタッフを上一郎が知らないはずが無い。
男は再び小さく舌打ちすると口を開いた。
彼が動くたびに香水の香りが四人の鼻につく。

「ああ、俺の事知らないのか。・・・オレは961プロのマネージャーで犬上っていうものだけど」

男はどこか気だるげな口調で自己紹介した。

「どうも初めまして、765プロのプロデューサーの金田です。で? 961さんがうちに何の御用ですか?」

上一郎はあくまで丁寧かつ、ビジネスライクに対応する。
当然、相手がこちらを侮った態度をありありと見せている以上、上一郎も名刺一枚すら渡すつもりは無い。
もっとも、犬上が所属する961プロは、数多くあるプロダクションが乱立している業界の中では大手と言われる存在であり多くのアイドルが所属しているプロダクションでもある。同時に所属アイドルを売り出すために強引とも呼べる営業や手法を用いる事でも良く知られている。
犬上が弱小事務所である765プロ、さらに自分より年若いプロデューサーである上一郎を侮る気持ちも分からないでもない。

「ちょっと、ここでは言いにくい話なんでね、あっちで話そうぜ。番組ディレクターの大野『ちゃん』も待ってるからよ」

犬上が馴れ馴れしい呼称で番組ディレクターの名前を上げて上一郎に一緒に来るように促す。
上一郎は、犬上の言葉に今度は露骨に眉をしかめて不快気な表情を浮かべた。
彼はこんな時にライバルプロダクションのマネージャーがわざわざやって来て持ちかける話など碌な話で無いであろうと察しをつける。
だが、番組ディレクターの名前を出されては行かない訳にはいかない。

「分かりました」

上一郎は犬上の言葉聞いてから、少し間をおいて一つため息をつき返事をした。

「よし、じゃあ行こうぜ、スタジオ出てすぐ裏のところさ。何、大した事じゃねえよ」

上一郎の返事に犬上がニタリと笑みを浮かべた。
その場に残る少女達の方を向いて、上一郎は小さく笑顔を浮かべると口を開いた。

「二人ともちょっと外すけど、すぐに出られるようにちゃんと準備をしとくんだぞ」

二人は従順に上一郎の言葉に頷いたが、何か尋常で無い様子を察した春香が胸に両手を当てて心配気に上一郎を見つめ呟いた。

「プロデューサーさん・・・」

千早も無言だが春香と同様に気遣わしげな視線を彼に送る。

「大丈夫か?」

腕を組んで話を聞いていた士郎が眉根を寄せて、胡散臭い物を見るような目付きでチラリと犬上の顔を一瞥した後、上一郎に視線を向けた。

「ええ大丈夫です。衛宮さん、すみませんがちょっとだけ二人の事よろしくお願いします」

上一郎は士郎の問いかけに笑顔を浮かべて返事をする。
だが、笑顔と裏腹にその声に緊張感を滲ませている事を士郎は感じ取る。
だが、これは上一郎がプロデューサーである以上彼が立ち向かわなければならない事だろう。
心の内を隠して笑顔を浮かべる上一郎の姿を見て士郎はそう考える。

「了解した・・・だが、無理はするんじゃないぞ」

士郎の言葉に上一郎はコクリと頷くと、犬上と共にゆっくりとスタジオの出入り口へと歩き出した。

「こんな時に何の話でしょうか?」

その後ろ姿を見た千早が士郎の顔を不安げに見上げて問いかけた。

「さてな・・・」

士郎は表情を表す事無く千早の問いに簡潔に答える。
士郎の視線の先には廊下へ続く重い扉をくぐる二人の姿があった。

********************************

「単刀直入に言えば、オタクらに次のゲームで確実に負けてほしいんだよ」

犬上が今日の夕飯のメニューを注文するかのような気軽さで上一郎に在り得ない事を注文した。

「どういうことでしょうか?」

上一郎は胸のムカツキを抑えながら努めて冷静にその意味を問い返した。
だが怒りの感情とは別に、彼は自分が呼び出されたのはこんな事だろうという予感があった。

「いや、言葉の通りなんだけどな・・・なら、もうちょっと分かりやすく言い直そうか?961プロ(うち)が優勝したいから次のゲームでオタクらには確実に負けてほしいっていうことさ」

犬上が薄ら笑いを浮かべながら今度は、噛んで含めるように上一郎に言って聞かせる。
言い終えると上一郎の反応を待つ事無く彼は胸ポケットからタバコを取り出して咥え、火をつけようとするが、建物内が禁煙である事を思い出し舌打ちを一つしてタバコを再び胸ポケットに仕舞い込んだ。

「うちにわざと負けろって・・・そんな事出来るわけないじゃないですか・・・」

上一郎は煮えくり返るような思いを押し殺してタバコの代わりにガムを噛み始めた目の前の男に静かに怒りをぶつける。

「まあ、そりゃそうだよな。ところでオタクのところには今、売れてるコいるかい?うちにはいい線いってるコが結構いるんだよな」

犬上が突如、無関係な話題を上一郎に振る。
上一郎は犬上が何を言い出すのかを図りきれず、眉をひそめて彼を見つめ、話の続きを待った。
不審げに自分を見つめる上一郎の表情を見た犬上は、涼しげな目元をニヤリといやらしく歪め話を続けた。

「何言い出してんだ?って顔だな。まあいいや、ちょっと想像してみて欲しいんだが、例えば・・・あくまで例えばの話だぜ?うちのその『いい線いってる子』ってヤツがバラエティかなんかに出演するってなった時に、台本見てアンタのところのコと一緒に出るのイヤだって言いだしたら、アンタのところはどうなるんだ?」

「・・・さあ? どうなるんですかね・・・」

上一郎が怒りを抑えながら詰まった息を少しずつ吐き出すようにして、ようやく言葉をつないだ。
どうなるかなど問うまでも無い、結果は火を見るより明らかだ。
制作側は無名の765プロのアイドルを出演させるのではなく売れている961プロのアイドルの要求を優先するに違いない。
上一郎は掌の色が変わるほど握りこんでようやく平静を保つ。
怒りのあまり、今、犬上を殴りでもしてしまったら取り返しがつかない。
事はある意味、765プロの存続に関わることだ。

「そりゃあ・・・きっと、アンタのところのコは降ろされちまうだろうよ、ありゃまあ、可愛そうに」

「・・・・・・・」

犬上のおどけを含んだ心にも無い同情の言葉に、上一郎の怒りはさらに募るが彼に今、その怒りを向けることは出来ない。
上一郎は視線を犬上の足元に向けたまま歯を食いしばり黙り込む。
今、この男に向かって口を開けば罵倒の言葉しか出てこないだろう。
だが、そんな言葉を発したところでこの男は痛くも痒くもないだろうし、むしろ上一郎の立場がかえって悪くなるに違いない。

「大野さん・・・こんな事いいんですか?」

上一郎はその場に立つ小太りで厳つい表情をした無精ひげの男に呻くようにして声をかけた。
番組ディレクターである大野と呼ばれた肥えた男は、目線を上一郎に向けたまま、すぐに彼の問いに答えようとはせず、しばらくむっつりと黙っていたが、やがておもむろに口を開く。

「金田クンよ、オレは犬上さんのところのやり方に口を挟むことはできん。そして、もしそんな状況になったとしたら制作側の方針としては犬上さんの言うとおりにせざるをえんだろうな」

「・・・・・・」

上一郎はもはや絶句するしかない。
おそらく犬上はこんな展開になると予測をし、上一郎に自分達の条件を呑ませるためのカードの一つとして大野を呼んだのだろう。
犬上は俯き黙り込んだ上一郎を満足げに見ると更に止めの言葉を放った。

「今回もうちのコ、なかなかいい調子でクイズやらゲームやらをこなしてるだろ?あんまり大きい声では言えないけど、あれもちょっとしたタネがあるんだよ。まあそこの大野ちゃんのおかげ・・・とだけ言っとくか」

後ろめたいと思っているのか大野は上一郎の姿から目をそらし、あらぬ方を向いた。
一方、今回961プロを勝たせるために番組の制作側も関わっている・・・その事を知った上一郎はもはや身動きすら出来ず、その場に立ち尽くした。
その様子を見て犬上がささやく。

「じゃあ、確認するが、今の『お願い』を765プロさんは聞いてくれるという事でいいよな?」

立ち竦む上一郎の脳裏に先程まで千早や春香が必死の表情でゲームをこなしていた姿が浮かぶ。
上一郎には彼女達の頑張りを裏切る事など出来ない・・・
しかし、765プロの今後の事を考えるなら、この話を無下にする事が出来ない。
上一郎は、どっちつかずのまま返事もできず、そのまま呆然と立ち尽くした。
その様子に焦れた犬上が舌打ちと共に味の無くなったガムを捨てながら再び小声で囁いた。

「アンタの守りたいと思っている者のためにも、この話は呑むしか無いんじゃねえのか?」

その言葉に上一郎はピクリと体を動かす。
ああ、そうか・・・何より大切なあいつらのためなら仕方が無い・・・
追い詰められ思考の鈍った頭で、そう考えた上一郎が犬上の提案に頷こうとする。

突如、スタジオの出入り口の色鮮やかなオレンジ色で塗装された金属のドアがギシリという音と共に開いた。
耳朶に響いたその耳障りな音に、空ろな瞳と思考であった上一郎の頭脳は冷水を浴びせられたようにハッキリとし、現実感を取り戻す。
上一郎が音を発したドアの方に目を向けると、そこには口元を歪めて皮肉げに佇む衛宮士郎の姿があった。


**********************


「衛宮さん・・・」

上一郎は士郎がどうしてここにいるのか理解できないと言った様子で士郎の名を呟いた。

「ふむ、君のその顔色から察するに、どうやら話し合いとやらは、あまり有意義なものでは無かったようだな」

士郎が不敵な笑みを浮かべながらその場の上一郎、大野の二人を見回し、最後に犬上の顔を見据えた。

「あんたは、関係無かったんじゃないのか?」

犬上も士郎の顔を見返し、訝しげな表情で視線を向ける。

「あいにくと、この身はプロデューサー代理などという肩書きを得ている身でな。いかに『担当』が違うと言えど765プロに関する話がここで行われているのであれば私にも聞く権利くらいはあるはずだろう?」

士郎が冷笑と共に挑発的な視線と口調で犬上の言葉に返事を返した。
犬上も薄笑いを浮かべ士郎の言葉に答える。

「さあな、別にどっちでもいいぜ。どうせ答えは出ているんだからよ」

その言葉に士郎が微かに眉根を寄せて訝しげな視線を上一郎に向けた。
その視線を受けた上一郎が士郎にこれまでの経緯を説明する。
説明を聞く士郎の顔に皮肉めいた笑みが再び浮ぶ。

「なるほどな、そんな事だろうと思ったが・・・後は最後のひと押しと言ったところか?」

「そう言う事さ。言ったろ?どうせ答えが出ていると」

犬上が獰猛に歪めて歯を見せて笑みを浮かべた。
その笑みは、まるで獣が牙を剥いてるようだと上一郎は思った。

「で?その結果我々は何のメリットを得られるのかね?」

一方、士郎は犬上の言葉にさして興味もなさそうに腕を組み無表情に問い返した。

「あん?」

一瞬、犬上は士郎の言葉の真意を測りかねたのか怪訝の表情を浮かべる。
だがすぐに余裕を取り戻し、彼は嘲りを含んだ口調で言葉を返した。

「別に。ウチはオタクのところの邪魔はしない、それだけさ。強者であるウチが、オタクら弱者に何かを譲る必要があるわけ無いだろう?食われなかっただけ感謝しろってこった」

「話にならんな。」

犬上の返答を聞いた士郎は心底興ざめをしたといった表情で上一郎に声を掛けるとスタジオの扉へと向かおうと体の向きを変えた。

「金田君、我々はここにはもう用は無い。早々に立ち去るとしよう」

「えっ?しかし・・・」

士郎の何の迷いも無いかのような 決断の早さに、先程まで犬上に追い詰められていた上一郎が慌てた様子で戸惑いの声をあげる。

「何、構わんよ。我々が、わざわざそんなモノに付き合う義理など無いさ」

士郎はチラリと上一郎の顔に視線を向けると口元を吊り上げて今度は犬上の顔を見ながら嘲るような口調で返事を返した。
士郎の予想外の言葉に、これまで終始余裕を見せていた犬上の口調がここで初めてやや慌てたものへと変わる。

「待てよ。正気か?オタクらを干すといっているんだぞ」

「聞いたよ。その上で言っているのだが」

士郎は犬上の言葉にもまるで動じる様子も無く返事をしてのけると、彼に背を向け、スタジオへ向かう扉へと足を向けようとした。
その後を慌てて上一郎が不安の表情を浮かべたまま追いかける。

「後悔するぞ・・・」

士郎の全く予想外の返答に、やや呆然としていた犬上であったが、士郎が一歩踏み出したところでその背にくぐもったような低い声で警告の言葉を発した。
だがその言葉に、士郎は足を一旦止めつつも、さらに犬上を挑発するかのような口調で返事をする。

「ああ、実に安くて分かりすい脅迫だな。好きにするがいい。出来るのならな」

嘲るような士郎の口調を再び聞いた犬上は、激高する様子も無く怒りを溜め込むかのように抑えた口調で喋りかける。

「あんた・・・ウチを舐めているのか?だったら考えなおしたほうがいいぞ、これが最後の警告だ。オレも別にそういうことやりたいって訳じゃないが、あんた達の態度によっちゃあ遠慮はしないぜ・・・」

だが士郎も、その脅迫じみた言葉を涼しい顔をして受け流す。

「それは何ともご親切な話だな。だが、そもゲームの内容を事前に知っていながら、ここまで追い詰められるとはどういう了見だ?貴様のところのアイドル自身にも問題があるのではないかね?少なくとも先程のゲーム見るに明らかに油断があったはずだ。いかな強者であろうとも、慢心して事に望めば足元をすくわれるのは世の道理というものだ」

「・・・・・・」

士郎の言葉に犬上から返事は無い。
だが、士郎は構わず犬上の顔を見ながら言葉を続ける。

「にしても貴様の行動は理に合わんな。この程度の番組で優勝する事に何故それほどに拘る?私の知る限りではBSテレビなどまともに視聴率が公開できん程の代物だぞ。ここで他のプロダクションを脅して恨みを買ってまで勝ちに拘る必要がどこにある」

「あんたらには関係のない事だ」

犬上が目を細め、うめくような口調で返事をする。

「だろうな・・・」

しかし彼の回答は士郎には予想の範囲である。
犬上の回答をサラリと流すと今度は振り向いて彼の正面を見据え、その考えを糾すかのように問いかける。

「だが、貴様は彼女達を勝たせるためにこれからも弱小プロ脅すつもりなのか?しかし、そんなもので箔をつけたとしても所詮それは実力などではない。いずれ剥げるメッキだ。芸能界(ここ)はそんなものが簡単に通用する甘い世界では無いはずではないのかね?」

士郎の表情には、もはや揶揄するような笑みは無い。
その言葉を聞いた犬上は小さく溜息をつくと一旦眼差しを伏せた。
士郎は犬上が口を開くまでの間にも目をそらす事無く彼の表情を見つめる。
犬上が右手を挙げて後頭部をコリコリと掻き、『参ったな』というような仕草を見せる。
こういった細かい仕草にこの男の愛嬌とも言うべき憎めなさが時折顔をのぞかせる。

「・・・確かに油断したのは、いただけねぇが、あいつらの才能は本物だ・・・それは、いずれ分かる」

犬上は伏せていた眼差しを上げ、再び士郎の顔を捕らえた。
互いの視線が交錯する。
犬上は目を逸らす事無く、薄笑いを浮かべたまま軽い口調で言葉を続けた。

「まあ、うちの社長の方針もあってな・・・今のご時勢、アイドルと称する連中は世にごまんといる。だが大半はどうしようもねえゴミだ。しかし、そいつらの中にも才能溢れたヤツがまれにいる。だがこんな玉石混交の世界では如何に才能があろうとも、まともにやってちゃ表舞台に上がる機会すら得られねえ。だからウチの連中は絶対そんな事がねぇように才能に見合った舞台に最短で立たせることにしている。それだけの事だ」

士郎は見つめる彼の瞳の中に揺るがぬ意思を見て取る。
犬上の言葉には、自分の担当するアイドル達の能力に対する絶対の自信が表れていた。
だが、その想いと言葉は上一郎達他のプロダクションからすれば決して受け入れられない傲慢さそのものである。
士郎の口元に再び皮肉めいた笑みが浮かぶ。
それと共に猛禽の眼差しは更に厳しさを増す。

「フン、なるほどな・・・ならば、こちらも尚更譲るわけにはいかんな。今まさに自らの力で勝ち取ろうとしている舞台をそのような卑劣な手で奪われる訳にはいくまい」

「ならオレ達に妥協点は見出せないって事だな」

犬上は右手をスーツのパンツのポケットに両手を入れるとおどけるように肩をすくめ手見せ、その口調も相手を嘲弄するような余裕に満ちたものへと戻る。

「互いに相譲るべき点が見出せねば是非も無い事だ」

二人はお互いを正面から見据え微動だにしない。

「なら、遠慮はしねぇよ。叩き潰すまでだ」

犬上の口元が獣のように三日月の弧を描き獰猛な笑みを浮かべる。

「やってみるがいい、もっとも出来るのならな」

士郎も犬上と同様に口元を吊り上げ不敵な笑みで彼の顔を見つめたまま答える。
二人はお互いの顔を見据え微動だにしない。
周囲の空気がミシリと凍りつく。
その時、上一郎が士郎の黒いスーツのジャケットの袖を引いた。
先程まで彼は二人の睨み合いに圧倒され傍観者と化していたが、ふと我に帰り、慌てて士郎を止めに入ったのだった。

「衛宮さん!マズイですって!!相手は大手ですよ!」

上一郎の言葉を聞いた士郎は怪訝の表情を浮かべて反論をする。

「何故止める?君はこれからこんな事があるたびにいつも相手に譲る気か?これでは結局何時までも我々は彼らの後塵を拝する事になる。それでは彼女達をトップアイドルにするという目標は到底叶えられんぞ」

「それはそうですが・・・」

士郎の言う事はもっともではある。
このまま、何かある度に彼らに見せ場を盗られていたら765プロの少女達は何の為に日々努力をしているのか分からない。
だが、この場で何の策も無く彼らに敵対する事が正しいとは上一郎には思えなかった。

「それに一応手は打ってある」

そんな上一郎の考えを見越したのか笑みを浮かべ士郎が囁いた。
彼の言葉に今度は上一郎が訝しげな視線を士郎に向ける。
笑みを浮かべる士郎が、ふと視線をスタジオの出入り口の鮮やかなオレンジの鉄製の扉に目を向けた。
刹那、扉が開き、背筋の伸びた一人の美しい少女が金髪をなびかせて姿を現した。
士郎を除く三人の男達が遅れて突如姿を現した彼女のほうを振り向く。

「こんな所で何をしているのかしら?貴方たち」

姿を現した少女――小早川瑞樹――が女王然として四人に挑むかのような口調で話しかけた。

「あら、ディレクターまで・・・どうりで収録が始まらないわけね。ねえ、司会の私差し置いてどんなステキな話してるんですか?」

彼女は鳩が豆鉄砲を食らったような表情をした上一郎や大野の顔をつまらなさそうに眺めると士郎の隣に立った。

「べ、別に・・・ねえ」

話している内容が内容なだけに大野の目が泳ぎ、思わず視線を下へと向ける。

「・・・お嬢ちゃんには関係ねえよ」

割と傍若無人であった犬上も、さすがに番組を盛り上げるために司会をしている瑞樹に面と向かって八百長の相談をしているとは言い難いらしい、横目で瑞樹の顔を見るとふて腐れたような口調で返事をした。
そんな二人の様子を見た瑞樹はニコリと無邪気とも言える笑顔を向け、毒を含んだ言葉を場にいる四人に投げ掛けた。

「こんだけ雁首そろえて、何でも無いなんて事ないでしょ?たとえば・・・765さんに負けて欲しいと頼んじゃったりしてるとか?」

瑞樹の言葉を聞いた大野がギョッとした様に顔を上げて瑞樹の顔を見つめ、犬上の表情が険しくなる。
一方、上一郎は予想外の事の成り行きに呆然としている。

「そのとおりだよ、我々に負けろ・・・さもなくば干すぞ、だそうだ・・・」

士郎が肩を竦めながら薄く笑みを浮かべ、彼女の横から事実を告げる。
瑞穂はチラリと隣に立つ士郎の顔を見上げると今度は半眼であきれたような声を上げる。

「ふーん、やっぱりね・・・コソコソ何をしているかと思ったら・・・まあ、そんな事だろうと思ったわ」

瑞樹はコツコツと二、三歩歩み出し、番組ディレクターの大野の前に立つとダンスのようにクルリと優雅に体を翻して彼に正面から向かって立ち、その顔を見上げた。
回った時に彼女の纏う赤いチェックのミニスカートがフワリとひらめく。

「大野ディレクター。961プロさんにはクイズの問題とゲームの中身、前もって教えてたんでしょ?」

瑞樹の女王然とした凛とした声が大野に届く。
笑みを浮かべる瑞樹の端整な顔から向けられる鋭い視線が大野を射抜いた。
その少女とは思えぬ強烈な眼力(めぢから)に、大野はその視線から逃れるように様に横を向いた。

「あ、ああ、そうだが・・・」

彼女の圧力に大野がたじろぎながら答える。
腰の砕けた大野の姿に、犬上が見ていられないとばかりに目を逸らし『チッ』と思わず舌打ちをする。
大野の返事を聞いた瑞樹は、今度は犬上の方を向く。

「じゃあ、最初っから961さんのところが有利だったのよね?ねえ、犬上さんでしたっけ、そんな有利な状況で追い上げられてるあなたのところの二人組みって、どんだけマヌケなの?で、それを棚に上げて765さんに負けろって・・・あんたバカ?」

容赦無く瑞樹が今回の961プロの対応を槍玉に挙げて切り捨てる。
瑞樹の断罪の言葉を聞いた犬上が面倒くさそうにポリポリと頭を掻きながらぞんざいに答える。

「はあ・・・この件はお嬢ちゃんには関係ねえ、余計なことに首を突っ込むんじゃねえよ」

犬上の言葉を聞いた瑞樹の氷のように美しい顔の口元が弧を描き、彼女はゾッとするような笑みを浮かべた。
その凍るような笑顔を向けられた犬上の表情が一瞬、強張る。

「ふーん、そう・・・じゃあ、あたしはアンタのところのタレントが一緒の番組に出るっていうのなら、出演を拒否っていいかしら?こんなボンクラな連中と一緒に番組なんてやってらんないわ」

瑞樹の予想外の言葉に、犬上の表情が一瞬固まり、狼狽の表情が浮かんだ。
だが、そんな表情はすぐに消え、取り繕うように嘲るような声で彼女に問いかけた。

「あ?・・・正気か?オマエ・・・765プロ(こいつら)のためにウチと事を構えるつもりか?・・・」

犬上の言葉に瑞樹の目がスッと細められる。

「765プロは関係無いわ、アタシはアンタたちが気に入らないって言ってるの。アタシの番組でそんな好き勝手はさせない」

瑞樹が両ヒジを抱えるようにして白くて細い腕を組み、一歩も引かぬ決意を見せる。
その姿に釣られて犬上が歯を剥き、悪鬼のように顔をゆがめ、射るような視線を瑞樹の顔に向ける。
だが彼女は殺気にも似たその視線を冷笑と共にいとも容易く受け流し、犬上の顔を睥睨した。
息の詰まるような二人の睨み合いが行われる。
士郎は腕を組み二人の睨み合いを微かに眉を寄せ、ただ無言で見つめる。
上一郎や大野は息を呑んで二人の成り行きを見守った。
彼らの耳には緊張からか、ホワイトノイズのような廊下に響くざわめきが、いつの間にか耳に入らなくなる。
だが、何時までも続くかに思われた睨み合いも、やがて終わりが訪れた。

「チッ、くだらねえ・・・」

犬上が吐き捨てるようにして一言呟くと視線を横に向け、瑞樹から目を逸らした。

「いいだろう・・・765プロ(あいつら)に言った言葉、あれは撤回する・・・。」

犬上がやれやれといった表情で耳をほじりながら士郎の方を向いて言葉を発した。
勢いに乗っているトップアイドル一歩手前の瑞樹は今、あらゆるメディアに出ずっぱりの状態である。
一方、961プロは大手と言えど、彼女ほどの勢いがあるアイドルは、『今は』いない。
彼はこのささやかな舞台を巡る争いで、彼女と正面から対立する事は、961プロにも少なからず損失が生ずると判断する。
犬上の言葉に士郎と瑞樹の眉が微かに動き、上一郎の顔に思わず安堵の表情が浮かんだ。
消えていた日常のざわめきが、場に戻ってくる。
だが、その雰囲気をかき消す様な言葉が再び犬上から冷えた口調で吐かれる。

「けど・・・嬢ちゃん、そんな事をしていると、いずれ引き摺り降ろされるぜ・・・」

再び場に緊張した雰囲気が漂う。
だが瑞樹が、そんな雰囲気と言葉を真っ向から否定するように冷たい笑みを浮かべて言葉を紡ぎ、圧倒的なオーラで押しつぶす。

「やれるのならやればいいわ・・・もっとも、アンタのところのマヌケにそんな能力があるとは思えないけどね」

「ケッ、言ってろ!」

犬上が忌々しげに瑞樹を罵る。
そして次に彼女をこの場に呼び込んだ士郎に視線を向けて言葉を吐き捨てた。

「テメェもだ!765プロ!テメェ端からこうするつもりで、あの嬢ちゃんを呼んだな?女にケツ拭かせやがって・・・いいか、テメェらにもいつか必ずこの借りは返すからな!」

「やれやれ・・・そちらから無理難題を並べておきながら、その言い草とはな、全く、大手事務所サマの威光とやらには恐れ入る。もっとも・・・降りかかる火の粉は振り払うまでだ。その時にはせいぜい相手をさせてもらうとしよう、『正々堂々』とな」

士郎が呆れた様な表情でオーバーに肩をすくめて見せると身勝手な復讐の言葉を並べる犬上をなじった。

「何が『正々堂々』だ。あんなお嬢ちゃんに助っ人頼んどいて何言ってやがる・・・テメェ、名前は?」

犬上が目を細めて士郎を流し見て名前を問うた。
だが、士郎が不敵な笑みを浮かべて犬上を敢えて挑発すような言葉で返す。

「月並みな言葉で申し訳ないが、人に名を聞くならば、自分が先に名乗るのが筋だと思うが?」

「!!・・・」

犬上は士郎の言葉に一瞬、激高しかけたが、ガッと歯噛みをして怒りをどうにか押さえ込み自らの名を名乗った。

「・・・オレは犬上だ・・・」

それを受けた士郎が彼の怒りなど素知らぬといわぬばかりに涼しい顔で自らの名を名乗った。

「私の名はエミヤ、衛宮だ」

「その名・・・覚えたからな」

犬上は名乗った士郎の名前に呪いを掛けんばかりに憎々しげに言葉を投げつけた。
だが、士郎は相変わらず涼しげな表情で人を食ったような返事を返す。

「それはどうも。生憎とその手の言葉には慣れているのでね、気にしない事にしている」

だが犬上は、今度は表情を変える事無く士郎を冷たい眼で一瞥すると、扉を開けて何も言わず足早にスタジオの中へと姿を消した。
慌ててその後をディレクターの大野が追った。

「ふう~」

犬上が姿を消したのを確認した上一郎が、今度こそ魂が抜けたかのように大きな溜息をついた。
士郎が上一郎の顔を見て渋い表情を浮かべる。

「コラコラ、まだ奴らと次の勝負が待っているんだぞ、中で待っている如月君達にプロデューサーの君がそんな気の抜けた顔を見せる訳には行くまい」

士郎の言葉に、上一郎はバツが悪そうな表情で頭をポリポリと掻きながら答える。

「はは・・・すみません、衛宮さんの言うとおりなんですが・・・でも・・・僕は今、心底ホッとしてるんです・・・あいつらの頑張りを裏切らなくて済んだから・・・」

上一郎の包み隠さない物言いに釣られて思わず士郎も苦笑いを浮かべる。

「でも、衛宮さんの策というのは小早川さんのことだったんですね」

緊張が解けて弛緩した表情で上一郎が二人に話しかける。

「まあ、正直、策などと呼べたものではない。だが君が奴に連れ出された時にこんな事でなはないかと予想はしていた・・・」

士郎が少し遠い眼差しでスタジオの扉を眺めながら語りだす。

「前説の時もそうだが彼女の仕事に取り組む姿を見ていたからな。事情を話して頼めば力を貸してくれるのではと思っただけさ、後は彼女が現れた時のインパクトをいかに最大限に生かすかということだけが問題だったがな」

瑞樹がそんな二人の姿を無表情に眺める。
その視線に気付いた士郎が彼女の方を向いて微笑みながら声を掛けた。

「君には借りを作ってしまったようだな」

その言葉に上一郎もハッと瑞樹の方を振り向き慌てて礼を述べる。

「小早川さん・・・何とお礼を言っていいか・・・本当にありがとうございました」

そんな二人を見て瑞樹は再び冷たい笑みを浮かべて口を開いた。

「あなた達・・・何か勘違いをしているみたいね・・・」

その言葉に上一郎は彼女が何を言い出すのかと驚きの表情を浮かべ、士郎も眉をひそめ何事かと瑞樹の言葉を待つ。

「私は、私の事情のためにこうしただけ。悪いけど、あなた達の事なんか一寸だって考えていないわ」

士郎は無表情に瑞樹の次の言葉を待ち、上一郎は彼女の発言の意図が分からず困惑の表情を浮かべた。
そんな二人を尻目に瑞樹が言葉を続ける。

「そもそもこれが良い事だなんて誰が決めたの?この先どんな結幕になるか知っているの?・・・それでもあなた達は・・・『これが』そんなに嬉しいの?!」

瑞樹は何かの思いを爆発させたかのように次々と言葉を紡いで二人に浴びせかけた。
士郎も上一郎も彼女がなぜこのような事を言い出したのか意図を図りかね、二の句を告げることが出来ない。

「まあ・・・とにかく良かったわね、まともに続きが出来て・・・。じゃあ、私はこれで」

彼女は最後にそれだけを言うと、二人に背を向けて重いスタジオへの扉を開けて姿を消した。
後に残された二人は、瑞樹の意図も想いも分からぬまま言葉を浴びせかけられて、何とも言えないやるせなさを抱いたまま、しばらくその場にたたずむ。

「一体、彼女どうしたんでしょうか?」

士郎の思いをそのまま形にしたかのように上一郎が溜息混じりに疑問を投げ掛ける。
無論、士郎に答えなどあろうはずがない。

「さあな・・・分からん・・・だが、こうしていても仕方があるまい」

上一郎が曖昧な笑みを浮かべて士郎に声を掛ける。

「ええ・・・戻りましょうか」

「ああ・・・」

士郎も上一郎の言葉に賛成の意を伝え、自身も扉へと体を向けた。
そして二人が去ったその後ろにはいつもどおりにスタッフが出入りする日常だけが残された。

*********************************

もう、何が何やら、どうしていいのか・・・
きっと、書き直しが必要な気がする・・・っていうかもう黒歴史っぽいかも。

こんな駄文でも少しでも喜んでもらえれば幸いなのですが。



[27875] (習作)歌姫とノッポのプロデューサー(iDOL M@STER meets fate)14.5
Name: たぬき◆f99c5be9 ID:aabf4d13
Date: 2012/10/21 22:06
ご無沙汰しております。
たぬきです。実は続きは全然出来ていません・・・
あんまり進まないので、前に自分で書いたものを見直していたらモワモワと妄想が湧いてきましたので書き付けてみました。
結局、出来上がったのは14話と15話の間の話・・・14.5話(泣笑)
続きでなくてすいません・・・

*********************

「「ふ~っ」」

士郎と春香は先程の場所から少し離れた壁際の椅子に隣合って腰を下ろすと、思わずお互い同時にため息をついていた。
千早と上一郎は先程の場でまだ仕事の話を続けているようだ。

「いや、参った・・・」

士郎が額に垂れた白い髪を掌で後ろにかきあげながら、苦笑い交じりで独り言をこぼした。
士郎の言葉を聞いた春香もつられて苦笑しながら話しかける。

「でも、とりあえず、千早ちゃんの問題は解決して良かったですね」

「ああ、そうだな、それに応えた金田君も流石と言ったところだな」

士郎が正面を向いたまま返答をする。

「えへへ、当然です、私・・・じゃなかった私達のプロデューサーですから」

士郎の上一郎に対する褒め言葉に春香が得意げに胸を張り、彼の方を向いて顔を綻ばせたが、すぐに真顔になって視線を下に向けた。
彼の前では士郎と春香を見ながら何人かの少女がぼそぼそと内緒話をしている。
先程の士郎達四人のやりとりに興味を持っての事だろう。
視線を下に向けていた春香が小声で士郎に話しかける。

「衛宮さん、さっきはごめんなさい・・・私のせいで千早ちゃん、怒らせちゃいました」

「ん? その事か。なに、別に構わんさ。結果として君が金田君を呼んだおかげで事が上手く納まった。それに君に話を振ったのは私
の「策」の一つだったしな。今回はその「策」を外した私が悪いのさ」

パイプ椅子に浅く腰かけた士郎が少し首を回して春香をチラリと見て、穏やかな顔つきでサラリと言う。
それを聞いた春香が顔を上げて頬を膨らまし士郎に抗議をする。

「ひっどーい、衛宮さん突然私に話を振ったのは作戦だったんですか?」

「ああ、君達は仲が良いからな。二人が会話する中に打開策があると考えたのだが、まさか君が『自信が無くなってきた』といいだす
とは思わなくてな」

士郎がくつくつと笑いながらチクリチクリと春香を楽しげに言葉でつつく。

「もうっ、それを言わないでください!・・・衛宮さんだって千早ちゃんの事忘れちゃってたじゃないですか」

春香が可愛く頬を膨らませながら反撃とばかりに士郎の泣き所と思われるところを突き返した。
だが、士郎は椅子に浅く腰かけたまま余裕の姿を崩さない。

「ははは、そうだったな、まあ、忘れた訳ではなかったのだがそう受け取られてもしかたあるまい。なにしろ君が取り乱してしまって
それどころでは無かったからな。あの時は本当にどうしようかと思ったぞ」

結局、士郎が千早の事を二の次にしてしまったのは春香が取り乱したせいなのだ。
春香がどう反撃しても結局そこからは逃げられない

「うう・・・やっぱりそこに行き着きますか」

士郎と春香は椅子に座りながらお互いに軽口を叩き合っていると、先程まで他の少女達とヒソヒソと内緒話をしていた、金色の髪を背
中に流したおにぎり少女が小首を傾げつつ士郎と春香に声をかけてきた。

「ねえねえ、さっき、なんかあったの?なんで春香と衛宮さんは千早さんに謝ってたの?」

美希の言葉に春香が士郎の顔をチラリと見る。
その視線にすぐに士郎が気付き二人は互いに瞬間的に顔を見合わせた。
春香が士郎の顔を見てきまりの悪そうな表情をする。先程の出来事を皆に説明するのは躊躇があるらしい。
察した士郎が了解の意味を込めて春香に片目を瞑って見せる。

「まあ、善意というのは難しい物なのだよ」

「うん、そういう事かな」

煙に巻いたような二人の回答に伊織が不機嫌全開の様子で二人を睨む。

「今の返事、ぜんぜん意味が分らないんだけど」

そしてさらに赤面しながら、怒った様な口調で突拍子も無い事を言い出した。

「それに、あんた達、何なのよ?さっきから意味ありげな目配せなんかして、はっ!・・・ひょっ、ひょっとしてあんた達・・・デ、
デ、デキテるの?・・・」

「へっ?」

話の突拍子の無さに春香は目を点にして間の抜けた声を上げ、士郎も一瞬目を見開き、口を小さく開けて「はあ?」と言う顔で反応を
した。
二人の周りを取り囲む少女達が驚きとも、喜びともつかぬ声を一斉に上げる。

「ええーーーー!!」

取り囲む少女達が、こんな顔(*≧∀≦)をしてキャアキャア言いながら騒ぎだす。

「ねえ!ねえ!春香?いつから付き合ってんの!?」

「きっかけは、何!?」

「ねぇん、はるるん、もうチューとかした?」

「ちょっ、ちょと、違うよ!!みんな、そんなんじゃないから!」

春香が顔を真っ赤にしてブンブン腕を振り回して否定するが、彼女達のテンションはむしろ上がる一方である。
反対に士郎はジト目のまま周りを見回していたが、一つため息をつくと、おもむろに立ち上がり一番最初に騒ぎ出した張本人であり、
今も大騒ぎしている伊織の顔の前にスッと右手を伸ばすと前髪を上げた彼女の広いオデコにピシリと軽くデコピンを放った。
受けた伊織は子犬の様に可愛い声で「キャン」と言ってオデコを押さえる。

「あっ、デコちゃんのおでこにデコピン・・・」

美希が珍しい物を見たという表情で伊織の顔を見る。
士郎の対応に驚いたのだろう、彼のデコピンを見た少女達が空騒ぎを一旦中止して、彼女達のざわめきは一旦収まる。
ただ一人伊織が、中央が小さく赤くなった白いきれいなおでこを押さえ、いささか涙目になりながらガアーッという迫力で士郎に噛み
付く。

「ちょっと、アンタ何するのよ!痛いじゃない!!」

そしてその勢いかって、今度はビシリと美希を指さして渾身の突っ込みを入れる。

「それから美希!誰がデコちゃんだ、コラ!それにアタシを茶柱の立った湯飲みを見るような目つきで見るんじゃな~い!」

そんな伊織に士郎は動じることなくジト目のまま責めるような言葉を返す。

「君がたわけた事を言うからだ。常識的に考えて天海君と私の間でそんな事が有り得る訳が無いだろう」

「ははは、衛宮さん・・・その言い方も、ちょ~っと傷つくんですけど・・・」

春香に女性として全く興味など無いとも聞こえる士郎の言いように、彼女が顔を引きつらせながら乾いた笑いを浮かべつつ抗議をする。
士郎の言葉を聞いた伊織が、白魚のような右人差し指を下唇に当てて少し宙を見上げ、士郎にきれいな横顔を見せながら、その言葉を
吟味するような仕草をする。

「まあ・・・言われてみれば、確かにそうね」

伊織が、あっさりと士郎の言葉を受け入れ、他の少女達も「つまんない」などとブーブー言いながらもあっさり引き下がった。

「ていうか、みんなもあっさりと納得?!・・・・・・うう、まあ、事実そうなんだけどね。 で、でも衛宮さん!私、今のやり取り
で、なんかオンナとして大切な部分が傷ついた気がします!どうしてくれるんですか?!」

士郎の言葉にあっさり納得した少女達を見て、士郎の言葉に重ねてガーンと衝撃を受けた春香が、轟々と怒りを燃やしながら、最初に
きっかけの言葉を発した士郎に抗議の声を上げた。

「ん? 何を言っているんだ?君は女子高生でアイドルなんだぞ、「常識的に考えて」年齢や立場を鑑みれば君が私の恋愛対象外なのは
当然の事だろうが」

春香の言葉を聞き、士郎が訝しげな視線を春香に向けた。

「え・・・?あ、ああ、さっきのはそう言う意味ですか・・・ははは」

士郎の言葉を聞いた春香は、すぐに意味を理解出来なかったのか、最初にポカンとし、続いてきまりの悪そうな表情をしてポリポリと
子鼻を掻きながら視線を宙に逸らした。

「春香、あんた何だと思ったわけ?」

初めから士郎の言葉の意味を理解していただろう伊織が、呆れたような口調で春香に問いの言葉を発する。

「ねえねえ、真美、真美、はるるんは、オンナとして大切な部分がなんちゃらとか言ってなかったけ?」

「亜美、それって、きっと、はるるんが、自分にオンナの魅力が無いのを気にしてるってことだよ」

ニンマリとした顔と口調で双子の姉妹――双海亜美、真美――が春香に突っ込みを入れる。

「っ! ち、違うって、な、何でも無いから!」

再び顔を一瞬で真っ赤にした春香がワタワタと手を振り、説得力の無い裏返った声で双子の言葉を打ち消そうとするが、その仕草がか
えって言葉のとおりであった事を物語っている事には本人は気付いていない。

「春香、あなたも、そういうのを気にするのね」

「だから、違うんだってば!って、うわっ!千早ちゃん、いつの間に!?」

他の少女達混じって話をきいていたのだろう、いつの間にか千早が春香の脇に立って彼女に声を掛ける。
突如聞こえた声を千早とは気付かず返事を返して振り向いた春香が、彼女の姿を見て大袈裟な位に驚いた。
その言葉と様子に、千早が呆れたような表情をして春香に声を掛ける。

「もう・・・人をお化けのように言わないでくれる?」

その言葉に春香がテヘヘヘと笑ってバツ悪げに頭をコリコリと掻いてみせた。
士郎が少し顔を引きつらせながら、おずおずと話しかける。

「そ、その・・・なんだ・・・済まなかったな・・色々と」

「いえ、とんでもありません。こちらこそ本当に申し訳ありませんでした。二人とも私の事を心配して話しかけてくれたのに、あんな
態度をとるなんて・・・私こそ、心配をかけてごめんなさい」

千早は士郎の言葉を打ち消してペコリと頭を下げて二人に詫びると、少し俯いたまま、やや不安げな表情を浮かべたまま上目遣いに士
郎と春香の二人を見上げた。

「ううん、私こそゴメンね。千早ちゃん。でも、千早ちゃんが元気になってよかった」

そして、千早と春香がその場に集う少女達に事情を説明し、その場は解散となる。
士郎は一足先に車へ向かい、その場には千早と春香が並んで佇んでいた。
ふと、千早がジト目を春香に向けつつ口元に右手を添えてボソリと他の誰にも聞こえないように質問をした。

「と、ところで、あなた本当に衛宮さんとは付き合って無いのよね?」

「千早ちゃ~ん・・・」

春香が困ったような笑顔を千早に向けたところで、入り口から上一郎の二人を呼ぶ声が聞こえた。
春香はこの問いどうやって答えようか考えつつ千早と入り口へと向かう。
春香は入り口へ向かいつつ、親友がどうしてこんな問いを敢えてするのかが気になったが、あえて口にする事はなかった。

*******************

うーっ、妄想だけで書きました。
こんな内容でも楽しんでもらえれば幸いです。
次の話は早く読んでいただけるようにがんばります。
では。



[27875] (習作)歌姫とノッポのプロデューサー(iDOL M@STER meets fate)19
Name: たぬき◆f99c5be9 ID:aabf4d13
Date: 2013/06/17 00:45
おひさしぶりです。たぬきです。
前回アップから随分時間が経ってしまいました。
内容にはなかなか納得がいかないのですがとりあえず生存報告を兼ねて
アップさせていただきました。
いかがでしょうか?・・・

*************************************************

「クソッタレが!」

犬上は歩きながら誰に言うとも無く――いや言うべき相手は決まっているのだが――言葉を吐き捨てた。

「ねぇ~マネージャ~ ど~だった?」

スタジオに入りしばらくしたところで、ややハスキー気味の気だるげな黒髪のショートヘアの少女の声が犬上に届く。

「あ?何が?!」

犬上は鬱陶しげに振り返り、問いかけの言葉を投げ掛けた声の主に雑に返事を返した。
彼の投げ遣りな返事に今度は苛立った口調で別の声が責めるように重ねて問いかける。

「ちょっと!あたしらが、もうこんなかったるいゲームを本気でやら無くて良いように話つけてくるとか言ってたじゃん」

「ああ、わありぃ!上手くいかなかったわ」

犬上は拝むようにして右手を目の前に立てて見せるとニヤリと笑みを浮かべて軽い口調で謝罪の言葉を口にした。

「えーっ、なんで!?」

「ねえ!話違うじゃん!」

二人の少女が一斉に口々に犬上を責め立てる。

『ったく、コイツらは・・・』

犬上は頭痛になりそうな感覚に耐えながら小さく溜息を一つ吐くと、ボリボリと右手で後頭部を掻きながら気だるげに二人に返事をす
る。

「ちょいと思い掛けねえ事が起きてな・・・まあ、上手くいかねえ事もあんだよ」

そして返事をしつつチラリとステージ上の小早川瑞樹の姿に目を向ける。
彼女は先程のスタジオ外の出来事などおくびにも出さず台本を見ながらブラックロブスターの二人と笑みを浮かべながら談笑をしてい
るところだった。

『流石にコイツらとは、まだ役者が違うか』

彼は今しがたの出来事を苦々しく思い出しつつも瑞樹を見て、改めて自分の担当する少女達と彼女のアイドルとしての格の違いに嘆息
する。
その間にも約束が違うと二人の少女が彼の隣に立ってギャンギャンと責め立てるが彼は全く意に介する様子はない。
彼はそんな二人にチラリ視線を送り再び嘆息すると、頃合を見計らって二人に押し殺したような口調で言葉を放った。

「うるっせえぞ、オマエら・・・放り出されてえか・・・」

突如豹変した犬上の眼光と底知れぬ迫力に二人がビクリと怯えの表情を浮かべて口をつぐんだ。
実のところ、犬上が二人にこのような姿を見せるのは滅多に無い事だった。
これまで彼を飄々とした気のいいマネージャーとしてしか見ていなかった彼女達は、今までの姿とは違う犬上の様子に戸惑いを隠せな
い。

「ケッ、まあいいや」

そんな二人の怯えた様子を尻目に犬上は額に垂れた髪を右手で撫で付けながら次に為すべき事に思いを巡らす。

『次のゲームは確か・・・』

犬上の顔に暗い笑みが張り付く。
その表情の黒さにのぞみと「Double Accele」のもう一人、ショートヘアの少女――まひろ――は暖房の二人は入ったスタジオにもかか
わらずゾクリと悪寒を感じ思わず互いに身を寄せ合う。
犬上はその暗い笑みを顔に貼り付けたまま二人の少女に向き直り口を開いた。

「・・・いいか!次は手なんか抜いてんじゃねえぞ、最初から本気でやれ!あいつらを叩き潰せ!」

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「プロデューサー!衛宮さん!」

「プロデューサーさん!!」

スタジオに戻り姿を現した士郎と上一郎を見て千早と春香が息をせき切ったように二人の名を呼ぶ。
士郎は口元に軽く笑みを浮かべ、一方、上一郎は少しはにかんだような笑顔を見せながら二人は、千早と春香の出迎えを受けた。

「プロデューサーさん!大丈夫ですか?!何か変な事されませんでしたか?!」

春香が真剣に心配げな表情を浮かべて真面目にそんなことを問いかける。
どうやら彼女は少し取り乱し気味のようだ。

「いや、変な事ってどんな事だよ?っていうか俺、男だからさ・・・」

春香のピントのずれた質問に上一郎が少し引きつった笑顔を浮かべて返答をする。
多分このネタで喜ぶのは、あの事務員だけだと上一郎は思い、思わず「そういうとき」の彼女の黒~い笑みを思い出して身震いを一つ
する。
代わりという訳ではないのだろうが千早が真剣な表情で上一郎と士郎の顔を見比べてながら問いかける。

「あの、それで結局、961プロのマネジャーの人が言っていた「話」って一体何だったんですか?」

千早の問い掛けに上一郎が一瞬だけ少し困ったような表情を浮かべる。
だが次の瞬間にはそんな表情は綺麗に消え、上一郎は千早と春香の顔をを交互に見ながらキッパリとした口調でその問いに答える。
いま、懸命に戦っている彼女達の前で、スタジオの外であったことなど言えない。

「ああ・・・何でも無い!二人が心配する事では無かったよ」

上一郎の言葉に春香がホッとしたのか少し大袈裟なくらいに安堵の声をあげる。

「本当ですか!良かった・・・あの961プロのマネージャーの人、あんまり感じが良くなかったから、何か色々と考えちゃいました」

だが千早は、一抹の不安を覚えたのか上一郎の返事を聞きながらも、その言葉を確認するかのように今度は士郎の方にチラリと視線を
送った。
腕を組んで黙って上一郎と春香の会話を聞いていた士郎は、その視線にすぐに気付き、彼にしては少し柔らかな笑顔を浮かべて千早を
見つめながら口を開いた。

「彼の言う通りさ。何も心配無い、君達は目の前の競技に全力をそそげばいい」

士郎のその言葉にようやく不安が晴れたのか、千早が明るい表情で小さく笑顔を浮かべる。

「はい!」

千早は士郎と上一郎の顔を見上げて美しい笑顔を浮かべ返事を返した。


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「収録、再開しまーす」

スタジオ内では長い中断を終えて再度収録を開始が告げられた。
観客もスタッフ達も私語が減り、スタジオのざわめきが目に見えて収まっていく。
瑞樹たち司会者が司会席に立ち、その前でフロアADが、カメラの隣に膝を着いてヘッドホン越しに副調整室からの合図を今かと待っている。
千早たち出演者はステージの定められた場所に立ちスタートの合図を待つ。
そしてフロアADの合図で観客席の拍手と共に収録は始まり、瑞樹とブラックロブスターの二人が時折アドリブを加えながら淀み無く番組を進めていく。

「さあ、瑞樹ちゃんとうとう最後の競技がやってきました」

ブラックロブスターのアゴヒゲがマイクを持ち瑞樹の方を向いて話を振る。

「はいっ!泣いても笑ってもこれが最後!賞金もステージもこれで決まってしまいますからね。」

アゴヒゲの言葉を受けて瑞樹もニッコリと笑顔を浮かべながら、テンポ良くブラックロブスターのアゴヒゲの方を向いて、受けた会話のボールを送り返す。
瑞樹の言葉を受けて今度は背高が、心得たとばかりに今度は競技を行うアイドル達の方へ会話を振り向けた。

「それじゃあ、ちょっと最後の決戦に臨む心意気を聞いて見ましょうか、じゃあまずトップに立つ961プロ「Double Accele」のぞみちゃん!どうですか?自信の程は」

話を振られたのぞみはフッと乾いた笑顔を浮かべて軽く前に垂れていた黒い前髪をかき上げると、自分に会話が振られたのがさも当たり前のかのようにして余裕のコメントをハキハキと語る。

「はい、アタシらとしては負ける要素なんてマジ全く無いんで、当然優勝を狙います!」

「おーっ、余裕の優勝宣言やね」

アゴヒゲがさも大変な言葉を聞いたかのような大げさにリアクションと共にのぞみに相づちを打つ。
インタビューに答えるのぞみの見下すかのような視線がモニター越しに千早と春香の二人に向けられる。

「まあ、こう言っちゃなんですけど、2位の765プロさんなんて敵じゃないんで」

のぞみが千早達765勢を挑発するかのような言葉を吐く。
その言葉を聞き、無表情に彼女達の話を聞いている千早の右の柳眉がピクリと一瞬だけ跳ねる。

千早はのぞみの言葉を聞きながら思いを巡らす。
先程、上一郎が961プロのマネージャーに呼び出された。
そしてそれを見た士郎が、この番組の「オトナの事情」を知る瑞樹に何事か声を掛けて連れ立って上一郎の後を追った。
戻ってきた二人は口では何でも無かったと言っているが、その言葉を額面通りに受け取るほど自分も春香も単純ではない。
先程の呼び出しで、おそらく大手プロダクションである961プロから765プロへ何らかの圧力があったはずだと二人は確信してい
る。
そして上一郎達は、それらを必死の思いで跳ね返してきた上で、何でも無いと言ってくれたのだろう。
そう考えると、961プロのぞみのこの不穏当なコメントの理由が千早にも理解できた。
おそらく、圧力に屈しなかった765プロへの宣戦布告といったところなのだろう。
千早は、自分の想像通りであるとするならば、この勝負には絶対に負けるわけにはいかないと考える。
でなければ、上一郎達は何の為に961プロに向こうを張ってきたのか分からなくなってしまう。

「じゃあ、今度は765プロの天海春香さん!どうですか?あんな事言われちゃってますけど」

そんな剣呑な空気をあえて煽るかのように瑞樹が今度は興味深げな表情で765勢の春香に話を振った。
憮然とした表情でのぞみの言葉を聞いていた春香が頬を膨らませて瑞樹の問いに答える。

「はい!私たちだって絶対負けません!」

おそらく彼女も千早と同じ思いなのだろう。
怒りという負の感情をあまり表に出す事の無い春香だが、彼女なりに怒りと負けん気を前面に押し出し答える。

「おっ、今度は765プロが返り討ち宣言!ほんなら春香ちゃんは自信ありっちゅう事やな?」

お世辞にも、それほど運動神経が良いとは言えないように見える春香の言葉を聞いたブラックロブスターの背高の方が、彼女を茶化す
ように少し意地悪げな質問を投げ掛ける。

「まかせてください、絶対返り討ちにしちゃいますから!!主に千早ちゃんが・・・」

「コラ!そこは人に丸投げかい!」

春香が胸を張って自信満々に答えたヘナチョコな答えに、ブラックロブスターの背高がズッコけるようなリアクションを見せ、思わず
アゴヒゲが突っ込みを入れる。

「春香・・・」

腕をを抱えるように軽く組んで、春香の答えを頼もしげに聞いていた千早だが、彼女の返答に呆れた様に額に右手を当てて頭痛に耐え
るような仕草で思わずため息をつく。
上一郎や士郎も春香にゲッソリとした顔付きで視線を向け、961プロのぞみが、やれやれといった風情で首を振りながら苦笑をしつ
つ肩をすくめて見せる。

「あははは・・・も、もちろん私も頑張りますから!」

アゴヒゲの突っ込みに、春香は目を泳がせながら右手を後頭部に当てて繕うように言葉を返した。
春香のある意味、いい加減な受け答えとタイミングの良い司会の突っ込みに、意外にも観客から、うけたとも失笑ともつかぬ、やや大
きな笑い声が会場に響く。

「さあ、天海さんの人生舐めてるような、いい加減な受け答えで会場が、やや盛り上がった所で次のゲームの説明です」

会場が盛り上がったタイミングを見計らって瑞樹がアナウンサーのような完璧な営業スマイルを浮かべつつ、その表情とかけ離れた毒
舌をサラリとアドリブで混ぜて番組を進める。

「今、結構ひどい事、サラッと言いましたね・・・」

その言葉を聞いて、アゴヒゲが少し引き気味に瑞樹に突っ込む。
まるで外国人が難しい日本語で問いを受けたように瑞樹が小首を傾げて大げさに肩を竦めて答える。

「何のことでしょうか?」

二人の受け答えでさらに会場がドッと沸いて次へ進む準備は完全に出来上がる。

「さあ、そんな事より次のゲームが最後ですからね、張り切ってお願いしますよー!次はアイドルらしくお互いダンスで対決して白黒
つけていただきましょう!次の勝負はこれです!ダンシングエボリューション!!」

瑞樹の良く通る声がスタジオ内に響き、観客からお約束どおりの拍手が鳴り響く。
彼女は休憩中にセッティングされた大きなディスプレイのついた機械の前に立つ。

「さて、このゲーム、皆さんゲームセンターとかでやった事のある方も多いと思います。音楽のリズムと画面のポーズと合図に合わせ
てステップを踏んで手や足の動きで振付をするゲームです・・・ほら・・・こんなふうに」

そう言いながら瑞樹が、ゲームのステップのセンサーに軽やかに足を乗せる。

Da!Da!Da!Da!Da!・・・・

とたんにゲームが作動し、このゲーム特有の激しいクラブミュージックがビートを刻み始める。
スタジオの照明がビートに合わせて七色に色を変え、観客がそのリズムとダンスに合わせて手拍子を打つ。
設置された大型ディスプレイにはグラフィックの女性が現れる。
黒人をイメージしたグラフィックの女性が、ビートに合わせて手足を舞わせる。
瑞樹は画面を見ながらその画面の女性をトレースするように踊る。瑞樹のシルエットとディスプレイの女性のシルエットが重なり「V
ery Good」の文字が画面に瞬間浮かび出る。
間をおく事無く画面に光の輪が現れる。
途端に彼女は触れる事の出来ないその輪に触れようとするかのように躊躇なく正確にその細くしなやかな手を伸ばす。そして再び現れ
る「Very Good」の文字。
それをきっかけに次々にディスプレイに現われる七色の光のサークルとライン。
瑞樹はそれらに触れるべく次々に手足を伸ばし、画面には再び数多の「Very Good」の文字が明滅した。
彼女の動きにスタジオにいる者全てが魅了される。
手の振りの「キレ」、魅せる為のストップモーションの「キメ」・・・もはや彼女がゲームに合わせて動いているのでなく、ゲームが彼
女に合わせ動いているようにすら感じる。
1分程曲が流れたところで音楽が止まりゲームは終わる。

「と、まあ、こんなとこですかね?二回目にしては、上出来でしょ?」

右手を高く差し上げ、右肩越しに振り向くような決めの姿勢をとっていた瑞樹は、ライトが通常に戻ると同時に照れ隠しのように両手
で口元を覆うような少し茶目っ気のある仕草で口を開いてゲームのステップから降りた。
これが二回目とはとても思えない完璧なダンスと対照的な控えめな彼女の口調にスタジオの観客席からは瑞樹に対する賞賛の拍手と歓
声が降り注ぐ。
瑞樹は自分に向けられる歓声に感謝の言葉を述べながら、歓声が落ち着いたところを見計らって彼女は再び淀み無くゲームの説明を始めた。

「今回はオトナの事情も含めてチーム対抗戦形式にします!対戦はくじ引きで決まった1回のみ!しかも勝者に与えられる点数は敗者
の点数の半分を奪って、それを加算する方式とします。つまり仮に対戦が点数40点の1位のチームと10点の最下位のチームだった
場合、もし1位のチームが敗れたとすると40点の半分の点数20点が、ゲームに勝った最下位チームの元の点数10点に足され、最
下位チームは一気に合計30点となります。また負けた1位チームは元の40点から20点が引かれて残り20点となり一気に首位か
ら大きく転落ということになります、つまりクジ運とゲームの結果次第で下位のチームは上位のチームを蹴落として上位へ上がる事が
可能です!」

にこやかに説明する瑞樹と対照的に、上位にいる765プロの面々は渋い表情となる。
士郎が腕を組んだまま苦笑いを浮かべ、上一郎に話しかける。

「ふん、またしてもオトナの事情か・・・これではまだ順位がどうなるかは分からんな。対戦相手が最下位チームに当たってしまった
ら、たとえ勝ったとしても得られる点数は少なく、負けた場合には優勝どころか下位に滑り落ちかねん」

「ええ、せっかく2位に着けていますからね。何とか負けずにそれなりの点が取れる相手と当ってほしいのですが」

上一郎が士郎の言葉に答えつつ、頭を掻きながら視線をスタジオに向ける。
彼の視線の先では各チームの代表が一人ずつスタジオの中央に集まっている。
その輪の中には765プロチームの代表として春香も少し緊張した面持ちながら笑顔を浮かべ、加わっている。
集まった少女達の輪の真ん中にはブラックロブスターの背高のほうが黄色い箱を持ち、集まったチームの代表が順番にその箱の中に手
を突っ込んでクジを引いていた。

「私、ダンスのゲームなんてやった事ないわ、とてもじゃないけど、あんなふうに踊れそうにないんだけど・・・」

クジを引いて戻ってきた春香に、千早が横目で瑞樹の方に目を遣りながら不安の言葉を漏らす。
確かに、千早がゲームセンターに出入りする姿は春香にも想像がつかない。
春香が千早の不安を取り除こうと自分を引き合いに出しながら慰めの言葉をかける。

「小早川さんは例外だよ、初心者であんなに出来る人いないって。私もゲーセンには時々行くけど音ゲーなんてあんまりやった事ない
から千早ちゃんと変わらないと思うよ。それに、音ゲーやってる人って結構目立つからヘタクソだと恥ずかしいんだよね」

「音ゲー?」

春香の返答の耳慣れない言葉に、千早が戸惑いの表情を浮かべ思わず聞き返す。
千早の問いに春香が「うん?」という表情を浮かべた後、千早の問いに合点がいったのか優しく返答をする。

「ああ、音ゲーっていうのは、今回みたいな音楽やリズムを使ったゲームのことだよ」

春香の説明を聞きいた千早が溜息をつき、更に暗い表情で言葉を返す。

「そんな言葉も知らないなんて・・・絶望的ね・・・」

説明を聞いて「ズーン」と更に落ち込む千早の姿を見て春香が慌ててフォローをする。

「だ、大丈夫だよ、千早ちゃん。そんな言葉、知らなくてもゲームには関係無いんだから!ほら、現に私だって音ゲーって言葉知って
ても、このゲームぜんぜん得意じゃないし!」

下手は下手で問題があるだろう?今からのゲームどうするんだよ!というツッコミは別として春香がオロオロと必死にフォローを入れる。

『えーん、千早ちゃんの取扱い難し過ぎ~』

心優しい春香だが、彼女もこの親友の取扱い方法には心悩ませられるところである。

************************************************

「は~い、それでは皆さん注目の対戦組み合わせを発表しま~す」

各チームが一通りクジを引き終わり、瑞樹の声がスタジオに響き渡る。
少女たちはそれぞれチームの相方のところへ戻っており、固唾を呑んで瑞樹の次の言葉を待つ。

「では、各チーム引いたクジの番号順に対戦を行って頂きます、各チーム呼ばれた順に名乗り出てください、じゃあまず1番のクジと
2番のクジを引いたチームお願いします!」

瑞樹とブラックロブスターの二人に番号を呼ばれて各チームの少女達が順番に名乗りを上げて行く。
春香と千早の二人は呼び出されていくチームを見ながら我知らず次第に顔を強張らせていく。

「千早ちゃん・・・これって・・・」

自分たち765プロチームと対戦相手である後もう1チームが残った時点で、緊張からか春香が自分の不安を分かち合おうとするかのように千早に話かけた。

「ええ、間違いないみたいね・・・」

その言葉を聞く千早も硬い表情で春香に答える。
千早の右手が拳の形をつくりギュッと強く握り締められる。
そして彼女達の持つクジの番号7番と、対戦相手である8番の番号が呼び出しを受ける。

「7番と8番のチームどこ?」

「はいっ!」

ブラックロブスターの背高の関西弁に呼ばれて春香が、何かに挑むかのように勢い良く手を上げて返事をする。

「は~い」

すぐに続いて春香の声と被らないようなタイミングで、余裕の返事を返したのは961プロ「Duble Accele」のぞみであった。
彼女は薄く笑みを浮かべながら、細くしなやかな腰に右手を当て、左手の人差し指と中指に8番のクジを挟みピラピラと揺らす。
のぞみの声に呼応するように春香と千早が強い瞳を961プロの二人に向ける。
Duble Acceleの二人は千早、春香から向けられた強い視線に全く動ずる事無く、逆に見下すような冷ややかな視線で二人を見返す。
スタジオの中で互いの視線がぶつかり合い、火花を散らす。

「おーっと、何と最後の戦いは現在トップの961プロ「Duble Accele」と2位765プロチームに決定やね!こら面白くなってきたわ~」

彼女達の戦いの火蓋は間もなく切って落とされる。

***************************************************

本当はこの章をにケリをつけてからアップをと思っていたのですが
何時になるのか分からないまま結果として放置となってしまいました。
申し訳ありませんでした。
ただ、まだ推敲中なので、この後の展開と整合性を取るために書き直しがでてきてしまうかもしれません。
そうなってしまいましたら申し訳ありません。
こんな未熟な作品を読んでいただきありがとうございました。


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