とりあえず続きを書いてみました。
もはや、自分の楽しみだけで書いてる感じですが、少しでも喜んで下さる人がいるのなら本当に嬉しいです。
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打合せが終わった千早は、先にあてがわれた楽屋で椅子に座っていた。
彼女は、耳に借りたMP3プレーヤーのヘッドホンを付けて、譜面を見ながら今日のライブで歌う曲の確認をしている。
先程から店内放送で、「BOW」のライブが中止になったことと、千早のライブは予定通り行われることがアナウンスされていた。
すぐ近くでは大柄な士郎が少し離れた椅子に腰掛けて、携帯電話を片手に765プロの高木社長と話していた。
彼は「BOW」のドタキャンと、そのおかげで千早が単独でストアライブを行う事になったことと、それに伴う音響の賃借料の増額について社長に説明を行い、承認を求めているところであった。
「ふむ、了解した。賃借料の増加分の見積書の手配と「BOW」の所属事務所への連絡と交渉は必ず行うと約束しよう。ああ、それから・・・今回は、私のような部外者の言葉を聞きいれていただき感謝している。えっ?私がプロデューサー?そういう冗談は好かん、こんな事はこれきりだ!では電話を切らせてもらうぞ。ではまた後ほど」
「まったく」と、士郎は通話を終えて、自分が手にしている携帯電話に向かってしかめ面でつぶやく。
「どうしました?」
不機嫌な顔つきの士郎を見て、千早がヘッドホンを外しながら、少し不安げな顔をして聞いてきた。
千早の表情を見て、不安にさせてしまったのかと、士郎は申し訳ない気持ちを抱きつつ苦笑いで答える。
「ああ、すまない。私が不機嫌な顔をしていたので心配させてしまったか?ライブの方は問題ない。いささか、やらなければいけない事が出来たが社長の了承は取れた。私の不機嫌の元は別の原因だよ。社長がいっその事、君のプロデューサーになったらどうだ、などとからかって来たのでな」
やれやれと言った風で士郎は千早に大袈裟に肩をすくめて見せた。
「・・・・・・」
千早は肩をすくめる士郎を見ながら、少し想像する。
有りえない事だとは思うが、アイドルである自分の隣に、ボディーガードではなく、プロデューサーとして立つ士郎を。
千早から見て多分彼は有能だと思う。
士郎は今日の打合せでも、冷静に状況を見て、ライブ開催に向けて慎重だった芳賀を説得してくれた。
今も社長に、その時の内容の一部始終を報告し、音響設備の賃借料の増額の承認を得たが、千早から見て、その姿は立派にビジネスマンとして通用する仕事ぶりであった。
唯一、芸能界で経験が無いのが玉に瑕だが、今の自分のプロデューサーも半年近く前では丸っきり素人だった事を考えれば何という事はない。
何より、夜の公園でチンピラ達から助けられたのを「縁」として、今、彼が自分の隣に居ることに彼女は何とも言い難い「絆」を感じている。
上一郎には悪いが、千早は『もし、そうだったらいいのに・・・』とちょっと憧れのような気持ちでそう思っている。
「如月君?」
ジッと、自分を見て固まる千早に士郎は少し心配になって声を掛けた。
今、目を覚ましたかのように、ハッとして千早が我に帰る。
「何でもありません・・・」
千早が拗ねたようにソッポを向いて返事をする。
自分のプロデューサーになると言う話をあそこまで全力で否定されるのは正直、面白くない。
そんなに私の事が嫌いなのかしら?という思いさえ湧いてくる。
「緊張しているのか?」
士郎が、千早を気遣って声を掛けてきた。
千早は、彼に本当の事を言う訳にはいかないので、いつもより冷たく接して誤魔化すことにする。
「いえ、そんな事はありません、大丈夫です。それより、そろそろステージ衣装に着替えようと思いますから、部屋から出ていただけますか。」
士郎は少し訝るような表情をして彼女の横顔を数瞬見つめたあと、席から立ちあがった。
「分かった。では、廊下に出ているので、着替え終わったら教えてくれ。」
千早は士郎が部屋から出て、扉を閉めた事を確認すると立ち上がり、ふうと一息つく。
「もう・・・」
誰もいない部屋に向って一言文句を言ってから部屋のカーテンを閉め、千早は着替えを始めた。
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「お待たせしました。もういいですよ」
しばらくして千早が部屋から顔だけを出す。
斜めに出した頭から黒髪がサラリと垂直に垂れる。
「失礼」
千早が顔を引っ込めるのに合わせて、廊下の壁にもたれて待っていた士郎が体を起こし部屋の中に入る。
再び部屋に入ると、化粧をしてステージ衣装を身につけた千早の姿が彼の目に入る。
彼女はヒールの高いロングブーツを履き、同じく青を基調としたミニのワンピースを身につけ、同色のショールを羽織っていた。
ショールの留め金には白いボンボンが付き、ブーツと服の裾にはサンタクロースをイメージさせる白いファーで縁取りがされている。
士郎が腕を組み、目を細めて千早の姿を眺める。
「ほう、これは、なかなかに愛らしいな。この季節に本当に良く合っている」
「そ、そうですか?でも、そうやって改めて言われると、ちょっと恥ずかしいですね・・・」
彼女は、照れたようにモジモジしながらスカートの前を両手で押さえた。
「だが実際、良く似合っている。自信を持ってステージに上がればいい」
士郎が優しい目をし、柔らかな口調で千早に語りかけた。
「はい!」
千早は、士郎の言葉を聞き、今度は嬉しそうに笑顔で返事をした。
士郎は衣装に着替えた事をきっかけに彼女の身に纏う雰囲気が変わったことに気付いた。
先程までとは変わって、緊張しながらも歌い手として精いっぱい胸を張ってステージに立とうとする意気込みが伝わる。
雰囲気の変わった千早の姿に士郎は目を細める。
そして10分前を指す腕時計を見ながら士郎が告げる。
「さあ、そろそろ時間だ」
「はい!!」
千早は背筋を伸ばし、士郎と二人連れ立って楽屋をでる。
そして二人は1階のイベントホールへ向かった。
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「お客さんは三分の二くらいですね・・・」
出番を待つ千早が小声で客席の様子見て囁いた。
やはり、これから歌う身としては客席の様子が気になるようだ。
千早と士郎の二人はステージ脇に作られたテントのような控えブースで出番を待っていた。
客席数は、パイプ椅子で80席くらいだろうか、客席の真ん中と後ろを中心に客席の三分の二位に人が座っている。
士郎の予想通り、客席は空席ばかりと言う事は無かった。
むしろ無名の千早が歌う事を考えれば上々のお客の入りと言って良い。
そして、これもまた読み通りと言って良いのだろう、観客は「BOW」のファンの年代層とは違う、割りと年配の人が多いようである。
もっとも、彼らはたまたま休憩の為に椅子を利用しているに過ぎないと見ることもできる。
もし、千早のステージに興味が無くなれば、すぐに席を離れてしまうのかもしれない。
出番を待つ千早は、自分の顔が少し強張っているように感じる。
化粧をしているので観客からは分からないだろうが、恐らく顔色も少し青ざめているに違いない。
「緊張しているのか」
士郎が柔らかな口調で千早に話しかけてきた。
「緊張していないと言ったら嘘になりますが、大丈夫です」
千早がしっかりした口調で返事をした。
「ならいい」
士郎は千早の返事にうなずいた。
「衛宮さん・・・」
「どうした?」
「さっき芳賀さんに私の歌は普通じゃない、その・・・天才、なんて言ってくださいましたよね、あれは・・・本心なんですか?」
千早が顔を少し下に向けながら上目使いに士郎を見て聞いた。
「・・・ここのショッピングモールに入っている鯛焼き屋は中々の評判のようだな。だがチーズ入り鯛焼きを売るのは邪道だという意見には私も賛成だ。鯛焼きはやはり餡でなければな」
士郎は千早の問いには答えず。視線を上げて何の脈絡も無い事を語りだした。
「えっ・・・何の事でしょうか?」
千早は士郎の話しについて行けず聞き返した。
士郎が薄く笑みを浮かべながらステージ側のテントの隙間から指をさした。
「あそこのベンチに座っている女子高生がいるだろう、彼女達がそんな話をしているのさ」
千早も士郎に言われた方向をそっと覗くと、彼女達のいるテントから30m程離れたベンチに腰掛けて、二人の女子高生らしい女性が、何かを食べながら話をしているらしい姿が見えた。
「!」
千早は目を見張り、絶句した。
「前にも君に言っただろう、他人より五感には自信があると」
士郎がそう言っていたのを覚えてはいた、だが実際に見せられたその能力はとても常人のものとは思えなかった。
「あの言葉は、私がボイスレッスンの時「この耳」で聞いた君の声に抱いた素直な感想だ」
士郎が真っ直ぐに千早の顔を見つめた。
今聞いた言葉をすぐに咀嚼できなかったのだろう、千早は数瞬ボーッとした表情をさらした後、士郎の言葉に反応した。
「あ、ありがとうございます!!」
千早の顔に喜色が溢れる。
「しっ! 声が大きいぞ!」
慌てた様子で、声を潜めて士郎が千早をたしなめる。
「す、すいません・・・」
千早も右手で自分の口を押さえつつ声をひそめて、士郎に謝った。
二人はそっと観客席を覗くが、千早の声は店内のざわめきに紛れたのだろう、幸いお客には気付かれなかったようだ。
二人はホッとため息をつき、お互い顔を見合せて、小さく笑みを浮かべあった。
MC役のレコード店の店員の女性がテントに顔を出す。
「如月さん、そろそろ始めます」
「はい!」
千早の顔つきが一瞬で堅く引き締まる。
そして、彼女はステージの方を向いて目を瞑り、これから己のなすべきことに想いを馳せる。
ステージではMCによる紹介が始まり、「BOW」が大雪で出演出来ない事が改めて告げられ、代わりに千早が歌う事がアナウンスされる。
そして・・・
「では、ご紹介いたします、如月千早さんです!!どうぞ拍手でお迎えください!!」
ステージで千早の名が呼ばれた。
「さあ、しっかりな!」
士郎がトンと千早の背を押す。
千早は瞑っていた目をスッと開き、息を短く吐くと、士郎の手の感触と押された勢いに乗って、ステージへ向けて飛ぶように一気に足を踏み出した。
ステージへ駆け上がると同時に彼女の視界が急に開け、自分を見つめる人たちの視線をはっきりと感じる。
少し高いだけのはずのステージからは、やけに遠くまで見渡すことができ、鮮やかに千早の瞳に映る。
少しだけ熱に浮かされた部分と、冷静を保っている両方の自分を感じながら高まる気持を声に乗せ、最初の言葉を紡ぐ。
「こんにちは! 如月千早です!!」
こうして彼女のステージが始まった。
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「ここでいいです、ありがとう」
金田上一郎は乗っていたタクシーを停車させると、千円札二枚を赤ら顔の運転手に押し付けるように支払い、タクシーから転がるように降りると、すぐに駆け出そうとした。
「あーっ、お客さんレシートは?」
運転手の言葉に、上一郎は既に二、三歩踏み出した足をその場で急ブレーキを掛けて止め、むりやり反転すると前のめりになって体勢崩しつつ再び車に駆け寄り「すいません」と言いながら運転手からひったくるようにしてレシートを受け取るなり、改めてすぐ目の前に建つショッピングモールに駆け込んだ。
ここは、千早がストアライブを行うはずのショッピングモールである。
昼から降り続いていた雪は一先ず小康状態となり、点り始めた街灯越しにも今は少しちらつく程度であることが判別できる。
そのおかげで、電車は何とか動き出し、大幅にダイヤは乱れながらも上一郎は何とかストアライブの会場となるショッピングモールにたどり着けたのだった。
だが、うす暗くなった冬空に雲の切れ間は無く、もう雪が降らないとは断言できない。まだ油断は出来ないだろう。
『すっかり遅くなってしまった・・・』
腕時計を見ると時間は午後4時50分を過ぎている。
上一郎は先ほど見た自分の携帯電話の画面を思い出した。
画面は、最後に千早と電話で話をした午後2時30分以降に何回かに渡って千早からの連絡があった事を示していた。
おそらく緊急に連絡しなければならない要件があったに違いない、彼はそれを見て唇を噛む。
しかし、いまさら悔やんでも仕方は無い。
上一郎は上一郎で別の事態の収拾に忙殺されていたのだ。
今は出来るだけ早く彼女たちの元へ駆けつけるしか無い。
『千早のライブはもう始まっているはず』
彼は店内を駆け出さんばかりの速さで歩き、千早のライブの会場を探す。
上一郎は入った入り口からホールを探して一直線に歩いた。
「A thrill of hope the weary world rejoices・・・」
一階のフロアを早足でしばらく歩いた彼の耳に飛び込んできたのは、天空へ突き抜けるようなソプラノボイスだった。
「千早・・・?」
お客がいない店では店外へ出て、その声に聞き入っている店員もいる。
少し離れた所から聞こえてくる歌は、雰囲気からしてクリスマスの曲だろうということは想像できるが、上一郎はこの曲を聴いたことがなかった。
「今日歌うのは、こんな曲じゃなかったよな・・・」
早足で一人つぶやきながら歩く上一郎の目前が開けて、十重二十重の人垣が現れた。
どうやらここが千早のライブの会場であるホールのようだ。
だが、駆け出しアイドルの彼女の歌を聴きに来ている観客としては異様な人数の多さと熱気である。
ステージのある1階を見下ろす2階、3階の円形の吹き抜けにも手すりに沿って隙間無く観客が立ち並び、さらにその観客の後ろにも幾重にも人が取り巻き、千早のステージを見つめている。
「なんだ、この人だかりは?もう「BOW」のライブが始まっているのか?でも千早が歌っているし・・・」
「BOW」のライブが中止になった事を知らない上一郎はそんな事を考える。
「Oh, hear the angel voices!・・・」
ピアノとオーケストラを中心として奏でられるこの曲の伴奏は生でこそないが、聖夜の荘厳な空気を醸し出すのに十二分な力を持っている。
だが聞こえてくる千早のボーカルはその遥か上を行く高みにある。
彼女のどこまでも透明で澄み切った蒼天を思わせる声が、人垣の向こうで聖なる歌を紡いでいる。
「O night divine O night when Christ was born・・・」
そして人垣の向こうで歌う声の主をもっと良く見ようと伸び上がった上一郎の目に映ったのは、人垣の中心――ステージ――に立ち、目線を空へと向け、両の手を胸の前へ差し出し、形の無い何か尊い物を捧げるかのように歌う千早の姿だった。
その姿は、昔テレビか何かで見た、どこか外国の教会に描かれたフレスコ画の聖女のような美しさだった。
「O night, O night divine!」
歌は二番へと流れ、曲は再び静かなメロディを奏でる。
「And in His Name, all oppression shall cease・・・」
千早は抑揚をつけ今度は静かに、滑らかに歌う。
人垣の外で歌を聞く上一郎は、もっと良くステージを見ようと何度も背伸びをしていた。
その時、彼はステージのすぐ脇のテント型の控え室で隠れるようにして立つ士郎の姿を見つけた。
「すみません、関係者です、道を開けてもらえますか?」
上一郎はステージの横に回り、観客達に小声で道を空けるように頼みながら士郎の方へ向かった。
観客は迷惑そうな顔で上一郎を睨みながらも体をずらし、スペースを空ける。
人垣を抜けた上一郎が士郎に声をかける。
「衛宮さん」
上一郎は声の大きさを絞って話しかけたつもりだったが、思ったよりも大きな声が辺りに響く。
彼の声の大きさに士郎が眉をしかめる。
「しっ、歌は静かに聞くものだ」
「すいません・・・」
上一郎が、今度は辺りを憚りながら小声で詫びつつ士郎の前に現れた。
「お疲さん。ここに来るまで大変だっただろう」
士郎は、観客席に油断なく視線を向けながらも、隣に来た上一郎を小声でねぎらった。
「いえ、僕の方より衛宮さん達の方が、大変だったんじゃ・・・」
上一郎が申し訳なさそうな顔つきで士郎を見た。
「まあ、それほどでもないさ。それに君には申し訳ないが、ライブはいくつか変更を加えさせてもらった、何があったかはこの後にでも説明しよう。」
「分かりました。ところでこの曲は・・・」
「ああ、今言った変更の一つさ。「O Holy Night」というクリスマスキャロルだ。まあ欧米ではポピュラーな曲だな」
「そうなんですか・・・」
二人はしばし無言になり、歌に聞き入る。
「Let all within us praise his holy name・・・」
観客たちは身じろぎもせず、ただ、ただステージを見つめる。
恋人同士なのだろう、大学生位の男女二人連れが、歌を聞きながらどちらとも無く身を寄せ合い互いの手を握り合う。
士郎達の前の観客席に買い物袋を持ちながら歌に聞き入る一人の老婦人がいた。
彼女の目からスッと涙が一筋、頬を伝って流れ落ちる。
観客の幾人かが、溢れた涙をある者はハンカチや手で押さえ、またある者は拭う事もせずステージを見つめる。
歌を聞く彼らの心の内にどのような思いが交錯しているのだろう・・・。
「Christ is the Lord!・・・」
「千早、凄いですね・・・」
目を瞑り彼女の歌を聞いていた上一郎が思わず呟いた。
「ああ・・・」
観客席から目を外す事無く士郎が短く返事をした。
二人は彼女の声にただ圧倒される。
彼女の声は、士郎がボイスレッスンの時初めて聞いた息を呑むほどの美しさをそのままに、歌を紡いで行く。
千早の限りなく清冽な声で紡がれるキャロルは、聞く者に否応無く人より上位の存在――神――の存在を予感させる。
そして同時に年の節目であるこの時期、歌を聞く者達の胸中には様々な思いが去来する。
もしかすると、先ほど涙を流した老婦人の頭をよぎったのは、天へ召された親しい者との思い出なのかもしれない。
ならば、神の存在を予感させるこの歌を聴いている時、天上にいる者への想いは歌と重なり合い、その者への想いはより美しい物へと昇華するだろう。
さらに言うならば、感動とは、ある人間が自分の持つ価値観を越えた出来事に遭遇した時に起こる。
人は今まで生きた人生において経験した事柄を基に、その人間なりの価値観を形作る。
そして、生きるにつれて価値観は固定され、いつしか人はその枠内の物に対しては反応を固定化してしまう。
だが、それを超える出来事を新たに体験した時、人は感動という全く違う反応をする。
千早の歌声に紡がれるキャロルは正に聞く者の価値観を揺るがし感動を与えるものであった。
士郎は、改めて彼女の歌声の力を思い知る。
そして千早の声は天を突き抜けんばかりの一際高音のフレーズを紡ぎ、歌はクライマックスへと至る。
「Noel, Noel・・・」
神の御子の誕生を祝う天の詞(ことば)を 天に代わり千早が歌い上げる。
彼女は、天上からの光を一身に受けるかのように視線を宙に向けて大きく手を広げた。
「O Night O holy Divine!!」
千早は、自らが奇跡を体現するかのような凄まじいばかりの美しさと荘厳さを歌声に乗せ、それを世界に響かせた。
歌が終わってから会場は声も無く静まり返った。
1秒、2秒、3秒・・・
MCを入れるはずの千早の顔に戸惑いの表情が浮かぶ。
誰かが、独りパチパチと拍手を鳴らす。
その拍手の音で思い出したかのように、近くで二、三人が拍手を鳴らし始める。
拍手はあちこちで散発的に起こり、やがて一階の観客席、立ち見客全てに広がる。
そして一階を基点として広がった拍手は二階、三階の吹き抜けに広がり、ホールを揺るがす拍手と歓声に変わるのにそれ程の時間はかからなかった。
文字通り降り注ぐ万雷の拍手に呆然とし、戸惑っていた千早だったが、やがてステージ上で美しい笑みを浮かべ深々と頭を下げて観客に応えた。
長い拍手が収まり、少し上気した顔の千早がMCを始める。
「今日は雪の降る中、こんなに集まって頂いただけでなく、たくさんの声援を頂いて・・・皆さんの前で歌えて本当に幸せです。ありがとうございました・・・。でもとうとう次の曲で最後になってしまいました。私のオリジナル曲で「蒼い鳥」です。ではお聞きください」
ピアノのイントロが始まる。
千早はイントロを聴きながら目を閉じて、気持ちを高めながら歌いだすタイミングを計る。
そして・・・彼女はその切ないまでに透き通った歌声を美しい旋律に乗せて紡ぎだした。
彼女にとって最高の時間はもうすぐ幕をおろそうとしていた。
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「千早、今日は本当にお疲れさん」
助手席に座る上一郎が、後ろでいつしか眠りに落ちた千早に彼女のコートを体に掛け、小さくつぶやいた。
それを横目で確認した士郎が車のエアコンを操作して車内の設定温度を上げる。
時間は午後7時少し前といったところだろうか。
車は既にショッピングモールを出てしばらく経ち、今は近くの国道を走っていた。
時々、タイヤが残った雪を踏んでザリと耳につく音を発する。
既に外は夕闇に覆われており天気は分からないが、あれほど降り続いていた雪が今はやんでいる。
他の車が通るせいか、路面の中央の雪は既に溶けてほとんど無く、今は道の端に残ってその存在感を主張するのみであった。
「如月君も自分の歌が、お客にあんなに喜んでもらえたのなら歌手冥利・・・といえばいいのかな、につきるだろう。」
ハンドルを握る士郎もポツリと喋る。
ストアライブは無事終了し千早は観客の拍手と歓声の中ステージを降りた、しかし観客の反応に気を良くしたライブの主催者が、CD購入者対象の握手会を行う事を提案し、急遽開催される事になったのだった。
しかし、実際行ってみるとホールに大変なお客が並ぶ事態となってしまったのだ。
もともと、多めに用意してあったとはいえ前座扱いだった千早のCDはそれほど在庫が無く、あっという間に売り切れてしまい、買えなかったお客は予約をする羽目になってしまったのだった。
結局CDは予約も含めて100枚以上売れて、千早はそれらのお客一人ひとりと話をし、握手を行ったのだった。
「そうですね、彼女も楽しかったと思いますよ。そしてきっとこんな積み重ねが彼女に、より大きな舞台への道を開いてくれるのだと思います、おっと電話だ」
上一郎が穏やかな顔で士郎に返事をした時、彼の胸ポケットで携帯電話が鳴った。
「社長からだ、なんだろう・・・はい、金田です・・・はい今車に乗って・・・」
士郎は電話を横耳で聞きながら、ふと考える。
『こういう世界もなかなか悪くないものかもしれんな』
アイドルという少女達の成長を見守り、道を開く手助けをする・・・。
こんな世界もあるのだと、今日初めて知った。
しかし、彼の中にはもう一つの止め処も無い想いがある。
『だが、俺には関係の無い話か・・・それよりも・・・』
士郎は心の内で自分の考えを否定し、あえて見えない千早の敵に思いを馳せる。
横で上一郎が携帯電話を切り笑顔で士郎に話しかけてきた。
「衛宮さん、社長が「今日はもう遅いので事務所ビルの一階の居酒屋で大人だけの歓迎会やろう」って言ってます。参加できますよね?」
「ああ、折角だしな、ぜひ参加させてもらうとしよう」
士郎は取り留めの無い思考を中断し、チラリと上一郎の顔を見て、口元に笑みを浮かべながら返事をした。
「アルコールが飲めるなら小鳥さんには注意したほうがいいですよ」
上一郎がニヤリと笑い不気味な事を言う。
「くっ・・・せいぜい気をつけるとしよう」
士郎は顔を多少引きつらせて答えた。
こうして、衛宮士郎の765プロでの1日目は、仕事の方は愛らしい千早の寝顔で、プライベートの方は酔いつぶれて士郎に背負われて眠る音無小鳥の寝顔で幕を閉じることになるのだが、まだ彼はその事を知らない。
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今期のアニメ、Fete/Zeroとアイマスのクオリティー異常に高杉!
あれでこのまま続くなら最高だぜ!
アイマスの15話「無尽合体キサラギ」は何だ、けしからん!もっとやれ!!
読んで頂き本当に、ありがとうございました。
次回は少し新たな展開を考えています。
でも、「上手く書けるやら・・・。