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[27694] 【ネタ】カンストキャラを放り込んでみた【オリDQ】
Name: ソリトン◆c040fcc2 ID:b4c89df6
Date: 2011/05/09 01:08
はいこんにちは、ソリトンと申します。

ドラクエ10が出ると聞いて久々に過去作をやってみたところ、あれなんか面白くね? ってことで衝動的に書いたものです。

色々とやりたいことはあるのですが、それを文章に出来るかどうかが問題です。

それでは、生暖かく見守ってやってください。感想をくれると更新スピードがマッハ。かもしれない。



[27694] プロローグ:カンストに至るまで
Name: ソリトン◆c040fcc2 ID:b4c89df6
Date: 2011/05/09 01:13
その洞窟は、とある城から数里ほど離れた山の中にあった。

長い年月をかけて山肌と同化した入り口は、その存在を知っている者であろうと発見は困難であろう。

ゆえにここを訪れる者など皆無であり、また、付近に生息する動物たちや――――辺りを徘徊する魔物たちでさえも、この洞窟から発せられる〝ただならぬ気配〟を本能で感じ取り、一切近付こうとしない。

人々に忘れ去られた古の洞窟――――。

そこに足を踏み入れる、一人の戦装束に身を包んだ若者の姿があった。





『わたしを 呼びさます者は だれだ……………』


洞窟の中、闇の中から声が聞こえる。

太く、重く、底知れぬ力を感じさせる男の声。

長い年月、誰も訪れていなかったにも関わらず、洞窟の中は松明によって明るく彩られていた。


『わたしは 破壊と 殺りくの神 ダークドレアムなり……………』


闇がうごめく。

松明の炎が照らす光の先に、その声の主が見えた。

遠目には、屈強な肉体と鋭い両刃の剣を持つ男性に見える。

しかし、その体躯は若者と比しても三倍近く、放出される圧力は、通常の者であれば対峙しただけで意識が刈り取られそうなほどであった。

魔神、という表現がこれ以上ないほどに似合う存在だ。

黄金の瞳がギラリと光り、視線の先に立つ若者を見据える。


『わたしは だれの命令も うけぬ!』


剣を握った腕を振り払い、魔神は一喝する。

同時に放出される重圧、プレッシャーが倍以上に膨れ上がり、若者の足を一瞬、止める。

しかしそれも一瞬、一言も発せずとも強靭な精神力で重圧をはね除けた若者は、腰に下げた長剣を右手で振り払うように抜き放つ。

青く、蒼く、透き通るように澄んだ、それでいて底知れぬ魔力を伴った美しい意匠の長剣。

銀河の剣、と呼称される伝説の武具を片手に戦闘状態へと移行した若者をねめつけ、魔神もまた呼応するように己の愛剣を振るった。


『ただ すべてを 無に かえすのみ! さあ かかってくるがいい! 』










『ダークドレアムのこうげき! ギンガは 受け流した! かいしんのいちげき! ダークドレアムに1027のダメージ!』

『ダークドレアムをたおした!』

「いよっっっっっっっしゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! ドレアムLv99ソロ撃破完了ォォォォォォォ!!」


ところ変わって、二十一世紀の日本。

自室のベッドに寝そべり、DS片手に絶叫する一人の少年の姿があった。

壁にかけられた時計は既に午前二時を示しているというのに、全く眠気を感じさせないテンションである。


「苦節2000時間……………俺の努力もようやく実を結んだぜ……………」


ここで、一つ解説しておこう。

冒頭の文、そして少年が今言っているのは、「ドラゴンクエスト9」と呼ばれるロールプレイングゲームのことである。

スクウェア・エニックスが発売しているこのソフトは、日本が誇るビッグタイトルRPG本編の九作目にして、国内総売上432万本を達成するという超人気タイトルなのだ。

特徴としては、旧作のように決められたキャラクターを操作するのではなく、主人公の容姿をある程度自由に変更できること、戦闘にはシンボルエンカウント(フィールドに表示されているモンスターと接触すれば戦闘が開始される)方式が採用されていることなどが挙げられる。

他にもダーマ神殿や錬金釜、ルイーダの酒場、スキルシステムなども旧作から引き継がれ、またDSというハードを生かしてのWi-Fi配信など、まさにシリーズ集大成と言っても過言ではないほどのボリュームなのである。

中でもやりこみ要素として人気なのが、「宝の地図」と呼ばれるシステムを利用して、過去作の歴代魔王と戦闘できること。

これらのボスに勝利すると、戦闘終了後に経験値を与えることができ、それを繰り返す事でボスの強さ、つまりLVは上昇していく。

中でも先ほど少年が戦っていた相手――――「ダークドレアム」は魔王の中でも最強と噂される存在であり、LV1時の基礎能力からして他の魔王より数段優れているという「強い、硬い、速い」の三拍子が見事なまでにそろっている優秀な(?)ボスなのだ。

LV99ともなれば、攻撃力は1500、守備力は900を越え、完全に三回行動を行い、打撃・炎氷ブレス・攻守増強呪文・風属性全体攻撃・マダンテといったバランスのとれた攻撃などなど、まさに鬼神の如き強さを発揮する。

聞けば、これほどまでの強さになったのは、制作者が「勝てなくてもいいや」という方針のもとパワーバランスを調整したからだとか。

しかし、だがしかし。

ユーザーの力とは恐ろしいもので、例え開発が匙を投げても、何度理不尽な負け方をしようと、必ず攻略法を見つけ出すのが通例。

今回もその例に漏れず、この少年は、レベルが99の四人パーティでも苦戦必至な魔王を、なんと、主人公一人で討伐することに成功したのだ。

その余韻に浸り、少年は特に意味はないが「つよさ」と表示されるコマンドを選択。

そこに表示されているのは、文字通りこのゲーム内でのキャラクターの持つステータスだ。



名前・ギンガ
性別・おとこ
職業・僧侶
Lv:99

()はスキル補正
ちから:973(+100)
すばやさ:999(+200)
みのまもり:870(+200)
きようさ:516(+210)
みりょく:246(+100)
かいふく魔力:700(+300)
こうげき魔力:300(+300)
さいだいHP:999(+300)
さいだいMP:435(+120)

攻撃力:999
守備力:999

装備:
E.銀河の剣
E.ウロボロスの盾
E.しんぱんのかぶと
E.セラフィムのローブ
E.かみわざのてぶくろ
E.ぜったいのズボン
E.オベロンのくつ
E.ラッキーペンダント

スキル:
剣:100pt
素手:100pt
棍:100pt
オノ:100pt
扇:100pt
盾:100pt
ゆうかん:100pt
しんこう心:100pt
まほう:100pt
きあい:100pt
おたから:100pt
きょくげい:100pt
とうこん:100pt
はくあい:100pt
フォース:100pt
サバイバル:100pt
さとり:100pt
オーラ:100pt



なんというか、まあ、所謂極めキャラというやつであった。

遅れたが、ちなみにこの少年、名前を氷川銀河という。

彼のキャラが銀河の剣を愛用しているのは、この辺りのこだわりからだったりする。


「あー……………やっべ、感無量だわ…………」


目を閉じれば思い出す、今までの苦労。

数えるのも馬鹿らしくなるほどの数の種・木の実でドーピングにいそしみ、その種・木の実を落とす魔物をカンストの数倍に至るほど薙ぎ倒し、時には錬金成功のためPCに繋いでセーブデータのバックアップをとり、電車やバスの中でも時間を惜しんでレベルを上げてスキルポイントを貯め、ボスが倒せなかったら十数時間もぶっ続けで同じ相手に挑んだ2000時間。

全てが、この時のためだ。


「これで討伐モンスター100%…………錬金レシピも100%……………転生回数もオール10!」


今度はDSのセレクトボタンを押し、「せんれき」を呼び出す少年。


「収集アイテムコンプ……………クエストも全クリア…………! そしてファッションもコンプ!」


そこにあったのは、今までの苦労の証。

およそドラクエ9で出来る事のすべてをやり尽くした証拠が、DSの液晶に映し出されていた。


「長かった…………本当に長かった…………」


セーブし、DSをたたみ、静かにベッドに横になる少年。

その顔は、誰がなんと言おうと、まさに長年に渡って苦労を続け、それが報われた「男」の顔だった。


ちなみに、ドラゴンクエスト9は、既に発売から二年ほど経過している。

発売当時高校生だった彼は、いまや大学生。

ドラクエをやりこみながらも、勉強、試験、部活、友人関係、時には恋愛、受験、その全てをこなし、時には友人の「まだドラクエやってんのかよ」という声に耐え、時にはモンハンの誘惑に耐え、二年の歳月を経てでも、こうしてドラクエ9の全コンプリートを遂げたのは賞賛に値するであろう。

少年――――いや、青年は、元来ひとつの事に熱中すると、それをとことんやりこまなければ気が済まない性格だ。

今回はたまたまそれがドラクエだっただけの話なのであり――――もし先に似たようなゲームを触っていたら、恐らく青年はそちらをやりこんでいただろう。

恐らく、最もネトゲに触らせてはいけない人種である。

それはともかく。


「あー………………」


ベッドに大の字になって、気の抜けた声を上げる青年。

いや、事実気が抜けているのかもしれない。

これほどボリュームのあるゲームをコンプしたのだ、その達成感たるや本人にしか分からないであろう。

彼は寝そべりながら手を伸ばし、部屋の電気を消す。

辺りが暗くなると、自然と瞼が重くなる。

瞼の裏に映るのは、やはり今までのこと。

卒業式に感じる感情にも似た何かを思うと、ふと青年の目頭が熱くなった。

たかがゲームごときで、と思うかもしれないが、本人が本気でやっていればそれだけ達成感も大きくなるというもの。

しかし号泣するのも流石にアレなので、すん、と鼻をすするだけにとどめておいたが。

感情の波が収まると、部屋に再び静けさが戻る。

初夏の虫の声がやけに耳に響く。

しばらくそのままの姿勢でいると、忘れたはずの眠気がどっと襲いかかってきた。

現在時刻は午前二時を少し過ぎたところ。

眠くなるのも道理であり、また青年も明日早朝のバイトのことを考えて睡魔に抗うこともなく。

二年にも渡って続けて来たゲームをコンプリートした達成感に浸りながら、青年の意識は闇に落ちていった。







それで終われば話は早かったのだが。






翌朝、青年は開口一番こう叫んだ。


「なん……………じゃこりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」


なんとも使い古された台詞を入れてくる青年だが、彼の状態を考えれば仕方ないとも取れる。

事実だけを話そう。

青年が目を覚ましたとき、その身体は、誰のモノとも知れぬ他人のものにすり替わっていた。

しかも、現在位置は見た事もない森の中ときている。

しかし、こんな異常も極まる事態の中にあって、青年の第二声はこんなものだった。


「やっべ、バイトどうしよう」


青年の明日はどちらだ。









[27694] 第一話:美少女じゃなくてごめんね
Name: ソリトン◆c040fcc2 ID:b4c89df6
Date: 2011/05/09 01:11
青年、氷川銀河はひとしきり叫んだあと、まず冷静に状況の把握につとめた。


そこで違和感。

意識を失う前と服が変わっているのだ。

ベッドに横になった時点で、彼は黒のジャージをパジャマ代わりに着ていたはず。

だというのに、今着ているのは青を基調とした豪奢なローブに、水色の鉄甲が着いたズボン。

全く覚えがない。

いや、見覚えはある。あるが――――


「セラフィムのローブに……………ぜったいのズボン…………あと、オベロンのくつ…………?」


いくらなんでもあんまりだ。

挙句の果てには腰に一振りの西洋剣まで下げている。

恐る恐る鞘から引き抜いてみると、それはこれまた見覚えの、そして名前から妙な愛着のある「銀河の剣」。

となると、背中に背負っている金色の盾は恐らく冒険中で一番お世話になった「ウロボロスの盾」だろう。

これらの装備は、全て銀河の操作していた「ギンガ」が装備していたもの。


――――何がなんだか分からない。

いや、分かる。分かるが故に、認めたくないだけだ。

まだドッキリ、悪戯という可能性もある。

しかし……………


「考えるな」


半ばパニックになりかける思考を超人的な理性で持ち直し、彼は最優先でなすべき事を考える。

まずは森を抜け、人と会うこと。

疑念通りにいけば言葉が通じるかどうかも甚だ疑問であったが、このまま一人でいても仕方がない。

出来れば人里に着きますように、と願いをこめて、青年は、まず昔の知識から川を探し始めた。





しかしどうしてこう事がスムーズに運ばないのか。


「ははっ。なんと言うか、基本だな。最初はスライムって」


目の前で飛び回る一匹の青いタマネギのような形をした軟泥状の生物を視界に入れ、銀河は呆れとも愉快ともつかない乾いた笑い声を上げた。

スライム。

恐らく日本なら一度は見た事のあるであろう、ドラゴンクエストの世界において最もポピュラーな、


「魔物」である。


笑った風な顔のままピョンピョンと飛び回るその姿を目にして、銀河の中で何かが吹っ切れた。


「ははは………………はは………」


乾いた笑い声も、自然と止まる。

スライムを見ていたはずの目が、どこか遠くを見つめるような――――焦点が合っていない眼差しへと変貌する。


「おい……………待てよ…………」


青年の声が震え始める。

興奮、高揚から来るものではない。

むしろ逆。怒り、恐怖、不安、それらをない交ぜにしたような声色だった。


「ゆめ…………だよな……………?」


「たつじんのてぶくろ」に覆われた手で、青年は自身の頬をつねる。

痛い。まだ目は覚めない。

頬を殴る。

痛い。それでも目は覚めない。

鼻毛を一掴み、思い切り抜いてみる。

一番いたい。涙が出てきた。それでも目は覚めない。

夢じゃない。

となると、これは。


「待てって、おい。やめろ銀河。馬鹿なこと考えてるんじゃない」


両手で頭を抱え、髪を掻きむしる。

しかしその爪は青年の黒い髪に届く事はなく、頭部を覆う金色の兜によって遮られた。

「しんぱんのかぶと」。

これもまた、「ギンガ」が装備していた武具の一つである。


「…………………っ」


模造品、現代日本の技術で作られたとは思えないほど神秘的な雰囲気を漂わせるその兜を外して見つめ…………………青年は、その兜を地面に思い切り叩き付けた。

黄金の兜が地面に勢いよくめりこみ、ゴガァン! と人間の腕力では出す事が不可能な音が響くが、銀河はそれを見てはいなかった。


「ふっっっっっっっっっっっ――――――――ざけんな!! ドラクエってのはゲームの中、架空の世界だろうが!」


天を仰ぎ、絶叫する。

仮にも魔物であるはずのスライムは眼中に入っていない。

ただ己の中にある理不尽を吐き出したいがための咆哮であった。

しかし、それを黙って見ているほどスライムは温厚ではない。

案の定、「魔の物」であるスライムは人間である銀河へと飛びかかる。

開いた口から二本の牙が覗く。

それらは小さかったが、人間の皮膚をやすやすと貫通しうる程度には鋭かった。


「ゲームのくせに――――」


対して、銀河が取った行動はシンプルだった。

張り裂けんばかりに握った拳を、カウンターの要領で飛びかかって来るスライムの身体へと叩き付ける。

それは一種の防衛本能であると同時に、自身に起きた異常への腹いせの意味も含まれていた。


「現実に干渉してんじゃねえぇぇぇぇぇぇぇぇぇっっ!!」


凄まじい音が響いた。

青年の絶叫すらかき消すほどの、轟音。

それは拳が空を裂く音であり、拳を叩き付けられたスライムがひしゃげる音であり、振るわれた右腕が生み出す風圧が近くの木々をなぎ倒し、地面を抉り取る音でもあった。

静寂が戻る。

原型を止めないほどに破壊されたスライムはやがてその身体が半透明になり、数枚の金貨へと変貌し、その姿を完全に消した。

銀河はしばらく破壊の嵐を巻き起こした自身の右腕をぼーっと見つめ、やがて再び拳を握ると、今度はそれを地面に叩き付けた。

再び爆音が炸裂する。

地面には直径数メートルのクレーターが穿たれ、衝撃波は周りの木々を根っこから吹き飛ばし、轟音に驚いた鳥たちが一斉に羽ばたく。

それらを見ても、銀河の表情は何一つ変わっていなかった。

どうにもならない事に直面したかのように、どこか諦めた、吹っ切れた顔をしている。


「ああ……………そういや攻撃力もカンストだったっけ」


力の種を集めるためにブラウニーを狩りまくった日々が脳裏に浮かぶ。

液晶に映る魔物を倒し続けた日々。

しかし、今はもうそれが笑い事ではなくなってしまった。


「自分の育てたキャラクターになるって………………なんでこんなことに……………」


さっきの暴行で理不尽への怒りは出し切ってしまったのか、一応は落ち着いた様子の銀河。

自身の状態に対する疑問は数えればキリがないほどであったが、ここでグジグジ悩んでいても事態は好転しないという事が分かる程度には、彼は大人だった。






さて。

森の中を歩きながら、彼は頭を切り替え、現在の自分の状態をチェックすることにした。

まず、自分のステータス。

間違いなく、ゲーム内での「ギンガ」と同一だ。

これはもう、先ほどのスライムとの戦闘(と呼べる物であったかどうかは定かではないが)で疑う余地はないだろう。

呪文、特技に関してはまだ試してはいない。というか、試し方が分からない。保留。今は人を捜す方が先だ。


次、現在位置。

これについては不明と答えるしかない。

スライムが生息していたことからウォルロ地方、アユルダーマ島のどちらかだろうが、これはこの世界が「9」であった場合の話だ。

もしかしたら、ナンバリングタイトルとは全く関係のない別の世界だということもありえる。

いや、むしろそちらの可能性の方が高いかもしれない。もし自分が主人公、つまり天使であるなら、近くにサンディがいないのはおかしい。

もっとも中身はただの人間であるため、サンディの姿自体が見えないという可能性も捨てきれないが、考え出したらキリがない。保留。

差し当たっては歩くしかないだろう。


次、所持品について。

これはもう、着の身着のままだ。

あれだけ苦労して集めた装備品も、道具も、秘伝書も、全て無い。というか、「ふくろ」らしき物さえ無かった。

一応腰に得体の知れない鱗のようなものが張られている巾着のような物はあったが、中身は空だった。

まあ差し当たっては現在の装備があれば大丈夫だろうが、やはり自分で集めた物がなくなると多少は落ち込む。たとえゲームの中の話だったとしても。


次、所持金。

当たり前の事だが、「ふくろ」が無い以上、金について期待するのは間違っている。

とりあえず先ほどのスライムとの戦闘で拾った四枚の金貨、恐らく4G(金貨の裏に数字が書いてあった)を、腰の鱗が張られた巾着に入れておく。




いつの間にか日が高く上っていた頃。

歩き続けて数時間、いまだ疲れを見せない自分の身体に、銀河は驚くというよりもむしろ「やっぱりな」という思いが強かった。

なんと言っても、HP999である。ダークドレアムの攻撃が直撃しても二回までは耐えられるのである。

これで疲れるわけはない、と銀河は半ば確信していたのだが、どうやらその通りだったようだ。

しかし、いくら疲れないからと言っても、人に会えないのではどうしようもない。


「てか、ほんとにこの森出口あんの……………?」


呟いた、その時だ。

ピタリ、と青年の足が止まる。

この身体になってから、なんだか「勘」のような物が働くようになった。

例えば、まだ見えていないにも関わらず「数十メートル先に何かがいる」ということが分かり、結果としてそれは正しい事が多い。

第六感とも呼ぶべきものなのだろうか。おかげで今まで戦闘もなく進んで来れた。

そして今回も、それが働いていた。

ただし、今回のそれは今までのとは違う、ほとんど確信に近い物を銀河へと与えていた。


「ああもう、なんなんですかぁ?」


この獣道を進んだ先に、何かがいる。

いや、正確には、何かが戦っている。

本来なら避けるべきところだったのだろうが、今の青年は魔王すらサシで倒した勇者。

何を恐れるものがあるとばかりに堂々と歩いて行くと、第六感の次は聴覚が、青年の勘が正しい事を教えてくれた。

聞こえて音は、主に三つ。

男の叫び声、金属音、猛獣か魔物のものらしき咆哮。

間違いない。魔物と誰かが戦闘している。

巨大な足音や地面そのものを破壊するような音が無いということから、それほど大型のモノと戦闘している訳ではないらしい。

だが。

叫び声は途切れ途切れにしか聞こえてこないが、消えはしないということから、恐らく声の主の相手は楽な魔物ではないのだろう。

しかし、第六感と聴覚だけでここまで状況を推察できるとは、自分の頭の変わりように薄ら寒いものを感じる。

ふと、拳、そして鞘に納まったままの「銀河の剣」が目に入る。


「…………やれるのか?」


自分が大変な状況だというのに、こんな思考をしている自分に呆れてしまう。

だが、もしやれるなら、助けに行けるなら。

身体は恐らく史上最強でも、中身は動物も殺したことのない一般人だ。本当に戦えるのか。

スライムの時とは訳が違う。

半ば反射的に繰り出した一撃とは違い、今度は自分の意思で戦いに赴くのだ。

その時、聞こえて来る戦闘の音に変化が生じた。

鳴き声だけが聞こえて来るようになり、男の叫び声が全く聞こえてこなくなったのだ。

それを認識した瞬間、青年の頭から悩みは消えていた。

素早さ999の脚力を十二分に生かし、銀河は音が聞こえて来る地点へと走り出した。






鬱蒼とした木々が取り囲む森の中、木立もいよいよまばらになり、もう少しで森の出口といった開けた場所。

そこで、魔物と人間による戦闘が繰り広げられていた。

襲われているのは一台の馬車。荷台を引く馬は襲いかかって来る魔物に混乱に陥るが、それを操る御者が巧みな操縦で彼らの暴走を食い止めている。

商人が乗るこの馬車を襲うのは、多数の魔物による混成部隊だ。

一・五メートルはある大型の猫を直立させてローブと杖を持たせたような「ねこまどう」、大型の鳥の頭部をそのまま赤い花に付け替えたような「はなカワセミ」、鳥に鉄の鎧を着せたような外見の「メタッピー」。

馬車に襲いかかる魔物は合計十数匹にも及ぶ大軍団。

比較的魔物の少ないとされるこの森においては、異例の大所帯である。

普通に考えれば、馬車とその乗組員たちはとっくに魔物の餌食になってもおかしくない状況。

しかし、そうはならなかった。

一人の戦士風の男が、襲いかかる魔物の群れから必死に馬車を守り抜いていたのである。




「全く、ツイてないぜ……………!」


吐き捨て、筋骨隆々の肉体を鎧兜で包んだ戦士風の男――――ウィリアムは、両手で「鉄のオノ」を構え直した。

豊かなヒゲと日焼けに彩られた精悍な顔つきを今は苦痛で歪め、怯える商人を背に、魔物の群れと対峙している。

彼は、付近の町にある冒険者ギルドの一員であり、今回この商人の護衛を引き受けた一人であった。

既に彼の足下には大量の金貨が落ちている。

死んだ魔物は金貨へと姿を変える事を考えると、ウィリアムの健闘は凄まじい。

ねこまどう、はなカワセミ、メタッピー。

これらのうち、前者一つは後方から魔法を放ち、後者二つは空を飛ぶ。

およそ戦士にとってこれ以上悪い組み合わせは無いにも関わらず、ウィリアムはそのハンデをものともせず、上空から迫るはなカワセミを拳で叩き落とし、メタッピーを鉄の鎧ごと斧で叩き斬っていた。

しかし、どうしても後方でメラを使い、稀にしか接近してこないねこまどうには対処できない。

自分が前に出れば、その分護衛対象が手薄になる。それではダメだ。


「ジリ貧か……………」


かろうじて耐えていた火弾呪文も、そろそろ限界。

残りがメタッピー四匹、はなカワセミ三匹、ねこまどう六匹。

半数近くは減らした計算になるが、もう最後の手段を使う時かもしれない。

一か八か、逃げるという手を。

いくら魔物相手に健闘しようと、死んでしまってはそこで全てが終わる。

決断しなければならない。

この数の魔物相手に逃げ切れる確率は、多く見積もって三割弱。

空を飛べる魔物は足が速いため、振り切るだけでも至難の業だ。

しかも馬は暴走しないだけで使い物にならないほど興奮状態のため、必然的に荷台は置いて行くことになる。

しかし、それは自分も逃げに徹した場合だ。

自身がここに残り、足止めに徹した場合――――護衛対象が逃げ切れる確率は、グンと上がる。


「おい、オッサン……………ぐっ!!」

「き、君!」


また一匹のはなカワセミを斬り捨て、ねこまどうのメラを左肩に喰らいながら、それでもウィリアムは声を振り絞って商人に言った。


「何も言わずに真っ直ぐ走れ。いいか、何があっても走り続けろ」

「そんな、君は……………」

「いいから行きやがれッ!!」


鬼気迫る何かを感じたのだろう。

最初はウィリアムを案じるような様子だった商人も、コクリと頷くと、御者と一緒に全速力で森の出口へ走り出した。

しかし。

側の木立から飛び出した新たなはなカワセミが一匹、商人たちの方へと向かって行った。


「っ! マズ――――」


言いかけたウィリアムの声が、再びねこまどうのメラによって遮られる。

気を逸らしていた彼の右肩に直撃した火の玉は鉄の鎧の一部を破壊し、右手に握られた「鉄のオノ」を弾き飛ばした。

くるくると回転して宙を舞うオノが、やけにスローモーションに感じる。


「――――!!」


ほとんど言葉にならない声を上げるウィリアム。

それに気付いたのか、御者の方が走りながら後ろを振り向く。女性だった。まだ若い。

彼女の瞳は、自身へと迫る魔物をはっきりと捉えていた。

瞳が見開かれる。表情が恐怖で歪む。

その細い背中に、はなカワセミの鋭いクチバシが突き刺さる――――その、刹那。



一つの青い影が魔物と御者の間に割り入った。


目にも留まらぬ早業、とはこういう事を言うのだろうと、ウィリアムは疑問より先にまずそう思った。


その影――――青いローブを纏った青年が弾き飛ばされたウィリアムの「鉄のオノ」を空中で掴み取り、なおかつそこから御者の所まで移動し、片手の腕力だけではなカワセミを両断したと、はたして誰が視認できただろうか。


自然、皆の動きが止まった。

これまでせわしなく動き回っていた魔物でさえ、雰囲気に呑まれたかのように動きを止めていた。



俯いている青年の顔は、前髪に隠れて見えない。

ただ、一言。


「〝消えろ〟」


脅しでもなんでもない、ただの言葉。

にも関わらず、それを聞いた魔物が震え始める。

一匹のねこまどうが回れ右をして逃げ出すと、それに釣られてか他の魔物まで我先にと蜘蛛の子を散らすように逃げて行ってしまった。


「……………助かった…………のか………?」


自分のオノを片手にこちらに近付いて来る青年の姿を最後に、ウィリアムの意識は途切れた。

――――あのオノって、片手で振り回せるようなもんだったけかなぁ。

最後に、そんな事を思いながら。









[27694] 第二話:学術都市
Name: ソリトン◆c040fcc2 ID:b4c89df6
Date: 2011/05/10 23:38
ドサリ、と戦士風の男が崩れ落ちる。

それを皮切りに、青年の背後でドサッという音が聞こえた。

恐らく魔物の標的にされていた御者が地面に座り込んだ音だろう。

その時、咄嗟に倒れた男へと駆け寄りながら、銀河はこんなことを考えていた。


「(あれ……………俺、今何をした?)」


間に合った、と感じるより先に浮かんだのは、先ほどの自身の行為に対する疑問。

無我夢中だった、というのもあるかもしれないが、それにしてもスムーズ過ぎる。

中身は一般人の銀河だ、いざ魔物と相対しては足がすくんだりどうしていいか分からずにまごついてもおかしくない(スライムの時は、恐れより強い怒りに満ちあふれていたため例外)。

だというのに。

自分でも驚くほど滑らかに、銀河の身体は流れるように一連の動作を行った。

考えるより先に身体が動いた、ということであろうか。

とりあえずはそう結論付け、銀河は倒れた男の側に片膝をつく。

思ったよりも、男は重傷だった。

身体のあちこちに火傷の痕や何かで貫かれたかのような傷があり、左腕に至っては肩の鎧が丸ごと破壊されている。

もう少し青年の到着が遅れていたら、命に関わっていたかもしれない。

さて。


「……………使えるのか……………?」


己の右手を見つめ、銀河はそう呟く。

彼の職業がゲームの中通りだとすれば、その職種は「僧侶」。

癒しと補助の呪文を最も得意とする支援職だ。

だがゲームの中でなら腐るほど使ってきた呪文も、実際自分で使うとなると話は別。


「……………べ、ベホマ?」


何となく傷口に手を当ててそう呟いてみるも、変化はなし。

こいつはやべぇぜ、と意識を持ち直し、今度は集中するために目を閉じてみる。

魔法、などと言われても彼にはよく分からない。

しかし、このまま黙って戦士風の男が衰弱していくのを見るのは、何かが違う気がした。

俺ならできる。俺はLV99だ。俺は強い。

思い込みは自信となり、意志の力へと変貌する。

意志の力は生命力を魔力へと変換し、じんわりと、彼の中に新しい何かを生み出す。

気付けば、不思議な力が、己の右腕に宿っていた。

ああ、いけるな。

心の中でそう呟き、銀河は目を開けた。


「〝ベホマ〟」


目を覆わんばかりの金色の光が、翳した手から溢れ出した。

掌から放たれた光は分散し、様々な軌跡を描きながら戦士風の男の全身へと吸い込まれて行く。

そして光が収まった頃には、男の全身を覆っていた傷はすっかり消え失せていた。

男の目は未だ固く閉じられたままであったが、先ほどまで苦しげだった呼吸が今ではすっかり落ち着いている。


「………………うし!」


奇跡を起こした己の右手を握りしめ、銀河は小さく喜びの声を呟いた。







「いやはや、助かりました。本当にありがとうございます」


クレイと名乗った男は一見の印象通り、商人であった。

彼の話によれば、銀河たちが今いる森を抜けて南に行ったところにエルシオーネという大きな町があり、周囲で大きな人里と言えばその位だという。

他にも森の中に小さな集落や農村はぽつぽつと存在しているらしく、クレイもその中の一つからエルシオーネへと向かう途中だったという。


「エルシオーネってのは大きな学術都市でね。君も聞いた事くらいはあるだろう?」


目的の町へ向かう馬車の中、銀河はクレイからこの辺り一帯の説明を受けていた。

銀河がクレイの馬車に同行しているのは、簡潔に言えば双方の利益が一致したからだ。

クレイは戦士風の男が目覚めるまでの護衛が欲しく、銀河はとにかく人里に行きたい。

目的地は一緒ということで、ならばという流れになり、今に至る。

この時代に旅人は珍しくないらしく、クレイは命の恩人である銀河に「エルシオーネ」なる町について詳しく教えてくれた。

言葉が通じることに安心した反面、会話の端々に出て来る「エルシオーネ」「ラヴェンドリア」などという聞いた事のない単語を耳にし、「やはりここはドラクエ9の世界ではなかったのか」と、多少は落ち込む。

しかしこの世界では相当に有名な土地であるらしく、仮にも旅人が「知りません」とは言えるはずもないので、曖昧に茶を濁しておく。


「…………そういえば、ギンガさん、でしたかな」

「ええ。何か?」

「いえ。あれほど腕の立つお方ならば、噂くらいは聞いた事があるのではと………………職業は、何を?」


顎に手をあて、青年を観察するクレイ。

商人としての眼が、銀河の身につけた数々の伝説の装備を興味深げに観察している。

まあ、万が一価値が分かったところで、名称が分かる事はまずないだろう。

もはや半ば投げやりになり、銀河は正直に答えた。


「一応、僧侶を」

「……………そ、僧侶?」


まさか僧侶がそこらの業物を凌ぐ剣を持っていたり、オノを空中で掴み取って片手で振り回したりするとは思っていなかったのだろう。

馬車の手綱を握っていた御者までもが目を丸くしてこちらを見ている。


「あー、戒律厳しい宗派だったんです、ウチ。結構武闘派なんですよ」

「そ、そうですか。まあ、人には色々事情というものがありますしね……………」


咄嗟にフォローになってるんだか分からない付け足しをする銀河だが、即興にしては上出来の方だろう。

そうなんですか、そうなんです、と噛み合っていない会話をするクレイと銀河の耳に、微かな呻き声が聞こえてきた。


「おっ、お目覚めになられましたかな?」

「みたいですね」


馬車の後方、比較的揺れが少ない箇所に、先ほど〝ベホマ〟で治癒された戦士風の男、ウィリアムが横たわっていた。

兜が外されているため、短く刈り込まれた茶色の髪が露になっている。

彫りの深い目が、うっすらと開けられた。


「……………背中が痛ぇ。この揺れはどうにかならねぇのか」

「それはどうにもなりませんな。何にせよ、無事で何よりです」


ホッホッホ、と笑う商人に、銀河の脳裏に「楽天家」という文字が浮かぶ。

しかし頭を振ってそれを消すと、今度は銀河から声をかけた。


「一応回復呪文はかけときましたが、大丈夫ですか?」

「ん、おう、戦闘の怪我の方は大した事は……………ん?……………んん?」


ここで初めて銀河の存在に気が付いたかのように、まばたきを数回繰り返す男。

その後も頭を振ったりし始めたため混乱していると思われたのか、苦笑する商人から事情を聞かされた彼――――ウィリアムと名乗った――――は、ようやく銀河と話せる状態になる。


「ありがとな、兄ちゃん。助けてくれたみてぇで」


精悍な顔にニカッと笑みを浮かべ、男は青年の肩をばっしばっしと叩く。

結構力が込められていそうだったが、やはりというかダメージは無かった。


「いや、いても立ってもいられなくて。無事なら何よりっす」


自分の頑強さにいい加減呆れを覚え始めながらも、銀河はそう答えた。





ウィリアムは、その外見通り「戦士」と名乗った。

何でもクレイが立ち寄った村に里帰りしていた帰りに、護衛を引き受けたらしい。


「ま、もうちっとで死ぬとこだったがな」


洒落になってねぇよ。

内心そうツッコム銀河であったが、ここで怒るのもなんだか違うような気がしたし、本人が言っているのだから別にいいだろうと口を出したりはしなかった。

筋肉ムキムキな外見通り、豪気な人物である。


「商人のオッサンから聞いたんだが……………兄ちゃん、僧侶だって?」

「ええ、まあ。回復より打撃っていう武闘派ですが」

「謙遜するこたぁねぇ。僧侶で俺の「鉄のオノ」が扱えたって事は、オノのスキルは極めてるわけだろ? 戦士でも中々できねぇことを僧侶でやってるお前さんは、それだけで十分すげぇよ」

「そんなもんすか」

「そんなもんだ。腰の大層な剣も飾りじゃねぇだろうし……………いやはや、世の中には強ぇ兄ちゃんもいるもんだなぁ」


ガッハッハ、と豪快に笑うウィリアムだったが、会話の中で普通に「スキル」という言葉が出て来た事に銀河は少し驚いていた。

もう少しぼかすというか、あまりに直接的な表現は避けるだろうと踏んでいただけに、意外だった。

しかしここで突っ込んだことを聞くのも厄介な事になりそうな予感がするので、声には出さない。

町に着けば図書館くらいはあるだろう、そこで学べばいい――――そう思っていたからだ。

幸い、今向かっている「エルシオーネ」なる町は学術都市とのこと。


(こういうのを、「不幸中の幸い」って言うのかね…………)


ちょっとだけ内心でため息を吐き、銀河は馬車から外を見る。

先ほどまでは真上に昇っていた太陽が、今ではもうすっかり山々に隠れようとしている。

既に馬車は森を抜け、辺りの景色は一面の草原へと切り替わっていた。

その先に、やがて大きな町の影が姿を現す。










町に着いたのは、もう夕暮れ過ぎだった。


「いやはや助かりました。それでは、ごきげんよう」

「じゃあな兄ちゃん。今度会ったら一杯やろうぜ」


エルシオーネの入り口で、クレイとウィリアムはそれぞれ別れの言葉を口にした。

元より固定のパーティではなく、あくまで護衛と依頼主。目的を果たした後はサヨナラという訳だろう。

思っていたより、ドライである。せめて酒の一杯くらいは一緒に飲むと思っていたのだが。

と、銀河がそんな事を考えていると。


「あの…………」

「はいはい?」


声をかけたのは、御者の女性だ。

銀河と同い年か少し上、といった年頃の彼女は、少し頬を染めて、こう言った。


「ほ、本当に、ありがとうございました……………! か、神のご加護がありますようにっ!」

「は、はい、どうも…………」

「失礼しますっ」


すててて、と小走りにかけて行く御者を見送り、銀河は無意識にヒラヒラと手を振っていた。

僧侶、と名乗ったから、神のご加護というのは分かる。

だが、頬を染めていたのは…………?


「あー……………アレか。命の危機を救ったヒーローってやつか」


そういえば、初めてクレイやウィリアムと合流した時に斬ったはなカワセミは、御者の女性を襲っていたような気もする。

無我夢中なので詳しくは見ていなかったが、恐らくそうだ。

となると、あれか。俺にホの字か。俺に惚れたら火傷するぜ。いやいや、吊り橋効果で結婚した男女は離婚の可能性が高いと聞くぞ。こういうのはもう少しお互いを知ってからだな――――。

そんなアホな事を考える程度にはテンションが上がっていた銀河だが、ふと自分の境遇を思い出し、軽く鬱になる。

そうじゃん。俺、恋愛ごとにかまけてる暇ないんじゃん。

いいタイミングで冷静さを取り戻した青年は、まず一言。


「…………ごめんなさい」


俺は年下が好きなんだ。

そんな呟きを辛うじて飲み込み、銀河は夜の帳が降りつつあるエルシオーネの中心街へと歩き出した。







掃き清められた石畳の街道、その周囲を覆う滑らかに整えられた芝と街路樹、レンガ造りの建物。

エルシオーネの町並みは、正直言えば、銀河の予想よりも遥かに美しいものであった。

学術都市と言われるだけあって、通り過ぎる人々も、どこかインドア派な印象を受けるのは気のせいであろうか。

無論、そんな学者肌の人物が、見るからに異様な魔力を放つ装備品を身につけた若者を見逃すわけもない。

案の定、銀河は研究熱心な人物たちの好奇の目に晒される事となった。

夕暮れ時という事もあり、銀河にとって人が少なかったのは幸いだったと言えよう。無用の騒ぎは起こしたくない。


さて、そんなエルシオーネの一角に、巨大な大理石で造られた大図書館はあった。

単純に高さだけを言うならば、現代の三階建てビルに匹敵する。

しかし奥行きもかなりのものがあり、蔵書量に至っては検討もつかない。

だが。


「ほ、本日の営業は終了しました………………だと……………?」


まず向かった図書館は、案の定と言うか、閉まっていた。

まあ、電灯などの設備も無い時代、辺りが暗くなっては本も読めないのは道理。

諦めてまた明日来るより他はない。

軽く落ち込む銀河だったが、入り口に掲げてあった看板を見て、字が読めるという事が分かったのは僥倖と言えよう。

さて、どうするか。

色々とやりたい事はあるが、まずは今夜の寝床を確保する事が先決だろう。

幸い、町中の至る所に看板が設置してあるので、どこが宿屋なのか分からなくなるという事はない。

そこで、思い出したように腰の巾着袋を取り出す。

所持金、104G。

最初のスライムを倒した時に拾ったのが4G、馬車の護衛の報酬として貰ったのが100G。

それを見て、銀河はハッとする。

ゲームの中では有り余っていたため、気付かなかった。

そうだ。

図書館より先に、やるべき事があった。


「お金……………どうしようか」


しかし、今は夕暮れ。

何にせよ、今夜は宿を取って休んだ方がいいだろう。

肉体はそうでもないが、精神的にかなり疲れている。


「まずは、宿屋か。……………風呂、入りてぇなぁ……………」


片手で頭をかき、銀河は手頃な宿屋へ向かう。






「いらっしゃいませ、旅人の宿屋へようこそ」

「一泊したいんですが、個室はありますか?」

「はい。5Gになりますが、よろしいですか?」

「ええ」


小銭が無かったので巾着から100G金貨を取り出し、カウンターの上に置く。


「確認しました、少々お待ちください……………」


結局入ったのは、高くもなく安くもなさそうな、普通の宿だった。

始めから冒険する勇気はないし、かと言ってわざわざ悪い環境で寝たいとも思わない。

カウンターの主人がゴソゴソと何かを探している。


「ありました…………十三号室が空いております。どうぞこちらへ」


おつりの95Gと部屋のキーを渡すと、主人は銀河を案内した。

銀河は恰幅のよい主人の後に続いて小洒落た階段をのぼり、十三と書かれた真鍮の表示のある部屋の前に着いた。

中には寝心地のよさそうなベッド、簡素ながらも磨かれた木製の家具一式が置かれている。壁には暖炉もあったが、流石に初夏なので火は灯っていなかった。


「それでは、何か用事がございましたら、いつでもどうぞご遠慮なく」


主人は最後に一礼すると出て行った。

5Gにしては、なかなか良質の接待と部屋である。


「さて、と……………」


一人になった銀河は、まず装備を外す事から始めた。

ここに来るまでに思った事だが、やはりこの装備は目立ちすぎる。

魔物との戦闘予定がない限り、剣以外はここに置いていた方が無難だろう。

そう判断し、彼は妙にスムーズに装備品を脱いでいく。

そしてここでも例の「肉体が勝手に動く」現象が起きていた。

触った事のない装備のハズなのに、外し方が分かるのだ。

まあ鎧を付けている訳でもないので、全く知らなかったとしても途方に暮れるような事はなかっただろうが。


脱ぎ終わり、インナーのタンクトップと短パンだけになった銀河。


「うわお、いい身体」


なんとなく姿見でポーズを取ってみる。うむ、美しい筋肉だ。理想的な細マッチョである。

満足げに頷いた銀河は、そのままの格好でまず風呂へ向かう。

インナーとは言っても下着ではないため、そこまで気にならない。

聞いた話では大浴場らしいが、その辺り日本人である銀河に抵抗はなかった。



風呂から上がった後。


「中々いい湯だったな……………」


心無しかホクホク顔でベッドに寝転がり、銀河はそう呟いた。

繰り返すが、今彼は大変な状況下に置かれている。

にも関わらずいい事があると一瞬でもそれを忘れられるのは、彼の長所と取るべきか。

ともかく、異世界に来て初めての夜。


「……………」


色々と思う事はあった。

あったが――――睡魔の方が勝った。


「……………おやすみなさいませー」


精神的に限界だったのだろう。

コテンと横になり、彼はそのまま眠りに落ちた。










[27694] 第三話:行くなよ? 絶対行くなよ?
Name: ソリトン◆c040fcc2 ID:b4c89df6
Date: 2011/06/01 00:56
「ん……………」


窓から差し込む陽光で、銀河は目を覚ました。

まどろんだ視界が、木製の天井を捉える。

それは明らかに現代日本建築のものではなく、文化レベルを数段階下げた建築物のそれである。

ひょっとしたら全てが夢で、目が覚めたら自室のベッドだった、という展開を期待しなかった訳ではない。

だがそこまで期待値は高くなかったので、そこまで気を落とすようなことはなかった。


「……………おはようございますー」


誰も返事をしないのは分かりきっているが、一応言っておく。

ベッドから半身を起こし、首に手を当ててコキリと鳴らす。

そして部屋の全体を見回し、一言。


「……………さむっ」


掛け布団はいつの間にかはだけてしまっていたようだ。

夕べはそこまで気にならなかったが、流石に初夏とは言え早朝の空気は少し肌寒い。

のそのそと緩慢な動作で、しかしまごつく事はなく銀河は「セラフィムのローブ」を身に着ける。

昨日は丸一日着ていたにも関わらず全く汚れや匂いが付いていないのは、装備を覆う魔力のおかげなのだろうか。

まあ、洗濯が要らないのは便利だ。


「………………」


立ったまま寝てしまうところだった。

彼は何とか洗面所まで歩き、冷たい水を思いっきり顔面に浴びせると、そこでようやく意識がハッキリしてくる。

パン、と両手で頬を叩く。


「げっ」


衝撃波で鏡が揺れた。以後気を付けよう。

朦朧としながら思い、そして数秒、目の前の鏡を見る。


「……………」


無造作に散らされ、パーマがかった茶色の髪、細く整った眉、目鼻立ちのくっきりした顔立ち。

取り立てて騒ぐほどの美男子という訳でもないが、着飾ればそれなりに人目を引きそうな、中々のイケメンである。


「……………ふっ」


無駄に爽やかに笑い、銀河は朝食を摂るためロビーへ降りて行った。





「さて………………まずは金稼ぎか」


朝のエルシオーネの町。

街道に備え付けられたベンチに腰掛け、銀河は腕を組んで呟いた。

何をするにも、まずは金だ。

図書館に行って情報を集めるにしても、どうやら「入場料」が必要らしい。

手元にあるのは99G。

入場料は一回30G。

公共施設なんだからタダで読ませろよ! と思った銀河だが、この時代では書物は貴重なのだろう。仕方ないと割り切る事にする。

しかし、現在の所持金が99G。

装備を買いそろえる必要が無いとは言え、これから先の宿屋での宿泊代を踏まえたら、かなり心許ない金額である。

故に、銀河は何よりも先にまず金を稼ぐ事を決断した。

ドラクエで金を稼ぐと言ったら、やはり魔物退治しか思いつかない。

銀河自身の強さ的には全く問題ないのが唯一の救いか。

万が一怪我を負っても、昨日の感覚で〝ベホマ〟を使えれば問題ないだろう。


「稼ぐついでに、色々探検してみるか」


思い立ったが吉日。再び人々の好奇の目から逃げたいし、ここで考えていても埒が明かない。

もしかしたら、何か元の世界に戻る手がかりがあるかもしれない。

そんな淡い期待を抱いて、銀河はベンチから立ち上がる。

腰に下げられた青い伝説の剣が、陽光を反射してキラリと光った。





「とは言っても、あんまり遠くまでは行けないんだよな……………」


数刻後。

背後に広がる新緑の草原と、その中に広がるエルシオーネの美しい姿を見つめ、銀河は呟いた。

現在の位置は、エルシオーネから歩いて数十分の位置にある森の入り口だ。

ちなみに、昨日の森とは別の場所である。昨日の森は馬車でも数時間かかる遠さのため、とても徒歩で行ける距離ではない。いや、もしかしたら行けるかもしれないけれども(なんと言っても素早さ999)、試そうという気にはならなかった。それはもっと余裕ができてからの話である。

この森に来たのは、適当に帰りの道を見失わない程度に遠出するつもりで、手頃な場所がここだったという訳だ。

意外と言うか拍子抜けと言うか、ここに来るまで魔物に襲われるような事はなかった。

まあ、エルシオーネからこの森まで広がる草原はこれ以上ない程に見晴らしがよく、あんな所では魔物も人を襲う気にはなれないのだろうか。

とりあえず、入り口でじっといていても仕方が無い。

銀河は森に足を踏み入れた。



――――瞬間、どこからともなく飛来した矢を、銀河は完全に無意識の内に片手で掴み取った。


「え?」


超人的な神業を成した己の手とそこに握られた剣呑な矢をしばしじーっと見つめ、銀河は言う。


「………………あっぶねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」


いくら超人的なステータスを持っていようと、所詮中身は一般人。

襲いかかる殺気に対応できるはずもなく、絶叫する。

恐らく体力的に考えて、命中しても死にはしないだろう。

しかしそれでも、今まで体験した事のない恐怖には抗いがたかった。

今回ばかりは、身体が勝手に動いてくれた事を感謝する。


「やっべぇ…………ガチで死ぬとこだったかも………………」


思わず深呼吸し、バクバクと激しく動く心臓を落ち着かせる。

そこで、第二撃。

今度は「勘のようなもの」が働いていたため、割と冷静に対処する事が出来た。

ひらりと身を躱す。

そしてこれまた超人的になった視力――――具体的には、飛んでいる羽虫の足の数を余裕で視認できる程度――――を駆使して、矢の飛んで来た方向を見やる。

森の緑の中に、こちらを見つめる二つの真っ赤な目玉があった。

茶色の頭巾をすっぽりとかぶり、手にした短弓をこちらに真っ直ぐ向けている。

この世界において「リリパット」と呼ばれるヒトガタの魔物である。


「テンメェ……………舐めた真似してくれてんじゃん」


バキリ、と小さな音が響く。

青年の手の中にある矢が握力によってへし折られた音だ。

果たして自分にヒトガタの魔物を倒せるのだろうか、という懸念はこれで吹き飛んだ。

相手が到底同じ人間とは思えない容姿をしていたというのもあるが、それよりも。

命を狙って来た相手をわざわざ見逃すほど、今の銀河に心の余裕は無かったのだ。

あれは敵だ。敵は殺す。

現代にいた頃からは到底考えつかないような物騒な思考のまま、青年は己の名前と同じ銘を持つ腰の剣を引き抜いた。






ゴォッ!

全体重を乗せるような形で己の身体近くもある大木槌を振り回す魔物の一撃を、銀河は身体を反転させて避ける。

渾身の力を込めて放った攻撃を躱され、魔物はその場でたたらを踏む。

紫色の頭巾をかぶり、大きな木槌を持った魔物――――「おおきづち」は、次なる攻撃を青年に放とうとするが、その前に迸った青白い剣閃によってその身体を縦に両断された。

「銀河の剣」を振り上げた姿勢のままの青年へ、今度は別のおおきづちが襲いかかる。

短い足を踏ん張って跳躍、木槌を高く振り上げたところで――――銀河の左脚が、おおきづちの右腕を蹴り上げた。

神業的なタイミングであった。

勢いに負けた魔物の手から木槌がすっぽ抜け、くるくると宙を舞う木槌を、銀河は跳躍して剣を握っていない方の手で掴み取る。


「………………ッ!!」


無言の気合いを込めて、得物を失った魔物に、青年は重力と腕力に物を言わせて、木槌を叩き付けた。

ビタン! という間の抜けた音とは裏腹に、攻撃を受けた魔物は木槌を叩き付けられた身体の反対部分が破裂し、悲惨な事になっている。

青白い体液が撒き散らされるがそれも一瞬、即座に姿が薄れた魔物の死体は、やがて数枚の金貨を残して消え去った。

衝突の勢いで折れてしまった大木槌の柄を投げ捨て、銀河は油断無く周囲を見渡す。

しかし敵の影が視界に入る事はなかった。どうやら恐れをなして逃げ出したようだ。


「ふう…………大分慣れてきたな」


息を吐き、剣を鞘に収める。

その表情は、安堵の色こそあるものの、恐れや焦りの色は全く見えない。

昨日この世界に来たばかりだというのに、信じがたい適応スピードだ。

凄まじいを通り越して、恐ろしくもある。


「ひい、ふう、みい………………今ので40Gか」


地面に落ちた金貨を拾い上げ、腰の巾着袋に入れる。

最初のリリパットから幕を開けた魔物退治。

戦闘開始から数時間、危なげなく襲いかかる全ての魔物を倒している銀河の懐には、結構な額のGが貯まっていた。

中身を確認してみると、なんと。


「合計……………うわお、670Gか。午前中だけにしては、中々の金額じゃないの」


他にも、魔物が落として行った「やくそう」らしき道具も沢山あったのだが、生憎と袋がなかったので、結局拾えたのは「絶対のズボン」のポケットに入る分だけだった。

――――やっぱり、「ふくろ」もいるな。今度、買おう。ていうか、普通に売ってあるのかね?

そんな事を考えながら、青年は立ち込める木々の隙間から空を見上げる。

朝からぶっ通しで魔物を倒し続けて数時間。そろそろお昼の時間だろう。


「へっへっへ……………じゃーん! おにぎりだぜーっ」


懐から一つの包みを取り出し、一人でテンションを上げる銀河。

出立の際、エルシオーネの入り口付近の露天で買い求めたものだ。ひとつ100Sと、中々に手頃な価格である。

そういえば、この世界の通貨は、どうやら「G」の下に「S」という単位があるらしかった。

正式な読み方は定かではないが、恐らく「シルバー」であろう。

考えてみれば、確かに「G」だけでは不便だ。大きすぎる。

ゲームの中では食料品や日常品などを買う必要がなかったため分からなかったが、そう考えれば道理だ。

――――ドラクエの世界の人間も、ちゃんと現代と同じようにご飯を食べ、風呂に入り、生活している。

それを思うと、銀河はなんだか変な気持ちになるのであった。


「ま、いいや。いただきまーす」


とりあえず腹が減った。

三つあるおにぎりの中からシャケおにぎりを選び、銀河はそれを歩きながら口に放り込んだ。




ここで、一つの違和感がある。

あまりにも、あっさりしすぎている。

あまりにも、冷静に対処しすぎている。

異世界に来て、まだ二日目だ。

果たして普通の一般人が、殺されそうになったからと言って、身体のスペックでは圧倒的に上回っているからと言って、そうそう魔物に立ち向かえるものだろうか?

また、その魔物が山ほど徘徊する危険極まりない森の中で、能天気に昼飯を食べられるものだろうか?

何しろ、「魔の物」である。その殺気は、身体の小さな個体が発するものでも、並の大人の戦意を挫くには十分なプレッシャーを秘めているというのに。

この青年は、氷川銀河は、それを物ともせずに、逆にプレッシャーを怒りに変換して魔物に牙を剥いた。

先ほどのリリパットの一件についてもそうだ。

自分が矢で狙われているという事態だけでも異常なのに、青年はあまつさえ放たれた矢が間一髪で当たるところだった。

普通の人間では、腰を抜かしても仕方がない。

加えて、彼は人に限りなく近い姿を持つこの魔物を、何も躊躇う事なく斬り捨てた。

並の大学生の神経ならば、罪悪感に苛まれるのも当然。

だというのに、この青年は何なのか?


――――簡単な話。

青年は、一般人ではなかったのだ。

平和な現代日本に住んでいたため、平凡に見えていただけだ。

人を殴ったり、命のやり取りをする機会が無かったため、その本性が表に出てこなかっただけだ。

恐れより怒り。

絶望するくらいなら反抗する。

現代に生きる人類にとって不必要な、そして失って久しいモノ……………「野性」。

異世界に放り込まれるという極限に近い状況下に置かれ、ようやくその一端が顔を覗かせた、といったところだろうか。

現に、魔物と対峙した際の彼の心の奥底には、理性を凌駕しそうな程に膨れ上がった闘争本能が燻っている。

剣を握った時、うっすらと口元に笑みさえ浮かべているのは、無意識だろう。

見知らぬ魔物と対峙した時、瞳が爛々と輝いているのも、無意識だろう。

正直な話。

銀河は、下手をすれば命を失う「戦闘」という行為を楽しんでいたのだ。

――――もっとだ。もっと強い奴と戦いたい。

現代からすれば危険人物とされても仕方ない思考。

銀河はまだ、己の中に潜む本性に気付いていなかった。







「ごちになりましたー。いや、おにぎりはやっぱシャケだろ」


そんな心の中の野性はともかく、今の銀河は、予想以上に美味だったおにぎりにご満悦の様子だった。

全てを奇麗にたいらげ、銀河は満足げに呟く。

やたらと独り言が多いのは、寂しさを紛らわすための本能的な行動だろう。普段の彼はこんなに独り言を言ったりしない。

事前に買っておいた水筒(容器5G)で喉を潤し、再び魔物退治を再開する。

先ほどからずっと、何かしらの視線を感じていた。

辺りを見渡してみれば――――ホラ、いた。

視線が交わった瞬間、その魔物は手にした杖から拳ほどの大きさの火の玉を発射して来た。


「おっと」


昨日出会った戦士ウィリアムも苦戦していた、ねこまどうだ。

プロ野球選手も顔負けの速度で迫るそのメラを、しかし銀河は、片手でパシンと薙ぎ払った。

方向を狂わされたメラは、近くの木に着弾。ゴォッ、とそれなりの音を出して燃え上がる。

しかし、それを放ったねこまどうは目を見開いている。魔物でも、手を出してはいけない相手というものが分かるのだろうか。


「悪い。別に恨んでないけど、俺の生活費になってくれ」


またしても薄らと笑いながら言い、銀河は剣を片手に跳躍した。








本日の戦利金、1080G。

戦利品、やくそう×5、樫の杖×3、大木槌×2。


「いやいや、結構溜まるもんだなぁ」


樫の杖を右肩に、大木槌を背中に背負い、銀河は帰路に着きながら呟いた。

時刻は夕方。夕日の紅に照らされたエルシオーネの草原は、一種の幻想的な雰囲気を醸し出している。

その中で、銀河はホクホク顔だ。

何せ一日で1000Gである。昨日の宿屋になら200日も泊まれるのである。

――――この分なら、俺ってかなりの金持ちになれるんじゃないか?

そんな調子に乗った事を考えるのも仕方の無い事。

エルシオーネへと帰還する足取りも軽くなるというものだ。


「到着っと………………あるぇ?」


街に入った瞬間、銀河は街の様子が今朝とは違っている事に気が付いた。

行き交う人々の様子が何やら、慌ただしい。心無しか、冒険者然とした人物の数も多くなっているような気がする。

それらの人々の顔に共通しているのが、何やら不安げな、あるいは焦っているような表情。

明らかに何かが起こった風情である。


「えっと……………すんません、何かあったんですか?」

「ん? ああ、君は旅人かね? いやさ、何でもこの近くの鉱山に未確認の魔物が出たらしいんだよ」


近くにいた男に訪ねると、彼は顎に手を当てながら答えてくれた。

銀河の身なりを見て多少は驚いた様子だったが、どうやら旅人という事で納得してくれたらしい。

————やっぱり普段着は買うべきだな。魔力のおかげで汚れなくても目立つのは勘弁だ。

そんな今この場では関係ない事を考える銀河の心中はいざ知らず、男は話を続ける。


「しかも恐ろしく強いそうだ。話によれば、討伐に向かったこの街のベテランの冒険者が悉く返り討ちに遭ったらしい。幸い死者は出ていないようだが……………」

「へぇ……………大変ですね」

「うむ。今までこんな事はなかっただけに、皆浮き足立っているよ。………………ん?」


そこまで言って、男はふと言葉を切る。

不審に思った銀河が話しかけようとした時、銀河の方をどこか品定めするかの様な目で見て、男は言った。


「そういえば、ルイーダの酒場で対策のための会議を開いているそうだよ。パーティーの募集もしているそうだ。腕に自慢のある者なら、一度くらいは覗いてみるといいんじゃないかな?」


ハイ飛び出しました「ルイーダの酒場」。

世界は変わってもドラクエである以上、この単語は共通なのね……………と、銀河は変な感慨を抱く。


「あの鉱山はこの街で使用する金属のほとんどを採掘しているからね。きっと報酬も破格だと思うよ」

「………………そうですか。お話、ありがとうございました」

「うむ。早く討伐されるといいね」


ひらひらと手を振って、銀河は男と別れた。

————というか今の言葉はフリだよな? 確実にフリだよな? 俺に行けって暗示してるんだよな?

「あー」片手で頭を掻きむしる。

まあ、ちょうどいい。この世界のルイーダの酒場にも興味はあったところだ。


「でも、この装備だと少し目立つか………………」


自分の格好を見下ろし、嘆息。

それなりの冒険者が見れば、この装備の詳しい価値まで分かってしまうだろう。

根堀り歯堀り聞かれては面倒だ。ボロを出す危険性もある。


「よし、買い出し買い出し。まずはこいつらの換金からだな」


背負った「大木槌」と「樫の杖」を担ぎ直し、銀河は街の商店街へと歩き出した。








[27694] 第四話:予兆と予感
Name: ソリトン◆c040fcc2 ID:b4c89df6
Date: 2011/06/01 00:56
流石にあの装備のまま武器・防具屋に行くほど銀河は間抜けではなかった。
まず向かったのは、服屋だ。
そこで値段を見比べてみて分かった事だが、いわゆる「布の服」ひとつとってみても、普段着用と冒険者のそれとでは全然価格が違う。
別に街を出歩くために着るものなので、安い方で結構。ついでに、後々便利になるであろう丈夫そうな革製の鞄も買っておく。
そうしてようやく人目につかない格好になった所で、武器屋へ。「樫の杖」「大木槌」を換金する。
その後防具屋へ行き、とりあえず着心地が良さそうで、かつ値段もお手頃なものを購入。


数刻後。

「よっし……………まあこんなもんじゃね?」

自身の格好を見下ろし、銀河は満足げに呟いた。

新調したもの:

E.銀河の剣(in包帯ぐるぐる巻き)(包帯2G)
E.旅人の服(70G)
E.布の手袋(50G)
E.布のズボン(80G)
E.皮のブーツ(70G)

ほか、普段着を数着(80G)

所持金:1186G
歳出:382G

残金:804G

外したローブやズボン、盾、兜は折り畳んで背中に背負う形の革製の鞄(30G)に入れておいた。
こういう時、鎧の類ではなくてよかったと思う。
しかし、意外にお金がかかるものである。分かってはいたが、そう簡単にブルジョワにはなれないという事か。

まあ何にせよ、準備は整った。
鞄を背負い、包帯を巻いた銀河の剣を肩に担ぎ、青年はルイーダの酒場へと歩きだした。

彼が肝心のルイーダの酒場の所在を知らないという事実に気付いたのは、数分後の事だったりする。


さて。

「到着っと。さて、何が出るやら……………」

行き着いたルイーダの酒場は、レンガ造りが多いエルシオーネの街の中にあって、珍しい木造建築だった。
西部劇に出てきそうな扉を開き、少し緊張しながら銀河は中に入る。
まず思ったのは、人が多い。大半は冒険者然とした風貌の者たちだが、中には一般人らしき者もいる。残念ながら、給仕はバニーちゃんではなかった。
意外と言うか、見渡してみれば、想像よりもずっと清潔だった。

「うお、なんか感動」

ルイーダの酒場だぜおい。俺、ルイーダの酒場に入っちゃったんだぜ。
心にひしめく感動を静かに味わおうとするが、よく考えればそんな場合ではないと青年は頭を切り替える。
既に近くにいた何人かの戦士風の男に怪訝そうな眼差しを向けられていた。
無遠慮に舐め回す視線。
そう言えば、今は「鉱山に現れた未確認の魔物」の対策会議だったハズ。
要約すれば、「皮や布装備の若造が何しに来やがった」とか、そんなところだろう。
一々応じていてはキリがないので、無視。
とりあえず、近くの空いている席に座ろうとする……………が。


「だから! 総攻撃をかけるしかないだろう!」
「先遣隊がどうなったのかを忘れたのか!? まだ相手の詳しい情報が得られない以上、迂闊に攻めるのは危険だ!」
「だからってこのまま放っておくってのか! あそこを取り戻さなきゃ、この街の資源はすぐに枯渇しちまうぞ!」
「誰も永遠に放置するとは言っていない! ただ、しっかり対策を練らないと、余計な犠牲者が出るだけだ!」
「もう怪我人は出てる! それに、あの魔物がいつまでもあそこに留まってるって保証もねぇだろうが!」
「作戦を練る事と、時間がかかる事はイコールではない! しかるべき対策を練るためにも、まずは情報が必要だ!」
「情報だぁ!? ハッ! この街で最高レベルの冒険者が四人がかりでも勝てなかった! その強さと凶暴性だけで討伐するには十分だろ!」
「……………ッ! とりあえず、調査隊の報告を待て! 攻めるかどうかは、その後だ!」


この酒場の、いや、この街の冒険者の中心人物なのだろう、戦士風の男女が言い争っていた。
とにかく攻めるべきだと主張しているのが男の方で、対策を練るべきだと主張しているのが女の方だ。

「白熱してるねぇ……………あ、ども」

それらを傍目に見ながら、銀河はちゃっかり飲み物を注文していた。
流石に酒ではなく、ブドウのジュースだったが。
ウエイトレスが運んで来たグラスを受け取り、銀河は論争の中心から目を離し、改めて周囲を見渡す。
戦士、武闘家、僧侶、魔法使いと言った基本職から、盗賊っぽい格好の男や、恐らく踊り子なのだろう、肌を過剰に露出させた女性なども見受けられる。

誰も彼も、一様に引き締まった様子。
自分のように飲み物を注文してくつろいでいる者など、確認できる範囲ではいなかった。
…………やべ、少しは緊張したフリでもするべきだったか。

青年がそんな事を考えたとき、急に荒々しく酒場の扉が開かれた。
自然、酒場の中が水を打ったように静まり返る。
先ほどまで白熱した議論を展開していた戦士風の男女も、口を閉ざして扉の方を見る。

「ほ…………報告…………します…………」

片足を引きずりながら入って来たのは、一人の女性。いや、まだ少女と言うべき年齢かもしれない。
しかし、その姿は少女が本来すべき格好ではなかった。
細い身体を包む、マントの付いた緑を基調とした服————恐らく「レザーマント」だろう————は、あちこちに赤い染みができ、特に右腕部分が肩から丸ごと破り取られ、肌が露出している。
短く切り揃えた緑色の髪は、今は額から流す血で真っ赤に染めていた。
整った顔は、苦痛と疲労に歪められていた。

どう見ても、重傷である。
「報告」と言っていた事から、恐らくは先遣隊なのだろう彼女は、何かを言おうとして……………そのままバタリと床に倒れた。
見えなかった背中部分も、まるで何かに引っ掻かれたかのような細い三本の傷が斜めに走っていた。

「お、おい!」
「だ、大丈夫か!?」
「誰か、回復呪文の使える者を! 僧侶はいないのか!?」
「先遣隊なんだろう!? 鉱山の様子は!?」
「今はそんな場合ではない! 人命が第一だ!」

たちまち騒ぎになる酒場。
誰の物とも知れぬ声が飛び交う中、青年は、真っ先に倒れた少女の元へと走り出していた。

確かに目立つのはマズイ。
だが目の前で人を死なせるのはもっとマズイ。

ほとんど衝動的な行動であった。

「ほ、〝ホイミ〟! 〝ホイミ〟! そんな、どうして効かないの!?」
「裂傷が酷過ぎる……………これは、初級や中級の呪文では手の施しようがない…………!」
「そんな…………! 目を、目を覚まして! 〝ベホイミ〟!」

人垣をかき分けて行けば、倒れた少女の下には二人の女性が居た。
先ほど議論していた戦士風の女性と、目に涙を浮かべて必死に〝ホイミ〟をかけ続ける僧侶風の女性。
しかしその効果は現れず、女性の手は光っても倒れた少女の傷は塞がる気配がない。

「駄目だ……………! せめて、〝ベホイム〟以上の呪文でなければ…………!」
「私が…………私がもっとレベルを上げていれば…………!」


「……………のいてください」

ハッと振り返る二人を無視し、青年は倒れた少女の傍らにしゃがみ込む。

「お、おい君、気持ちは分かるが、今は……………」
「すいません。ちょっと黙っててください」

皮装備の自分に何か言おうとして来た戦士風の女性を、視線だけで黙らせる。
悪いが、集中するには邪魔なだけだ。

そして一度、自分の右手を見る。

ここでやったら、多分後には引けなくなる。

見て分かる事だが、ここの冒険者たちは総じて————言い方は悪いが————レベルが低めだ。

そこで上級呪文なんて唱えれば、嫌でも目立つ。

————知った事か。

思い出すのは、昨日の事。
奇跡を成した己の姿。

————俺ならできる。俺は強い。

「〝ベホマ〟」

目を覆わんばかりの金色が、銀河の右手から溢れ出した。







「場所は…………鉱山の坑道の…………A-3地区…………そこに…………魔物は巣を作っています…………」

数刻後。
僧侶風の女性の腕に抱かれながら、少女は朧げな意識のまま言った。
酒場の全員が注視する中、先遣隊だった少女は続ける。

「気をつけて……………黒い馬……………とても…………強…………く…………」

そこで、少女の意識は途切れる。
とは言っても規則正しい呼吸が聞こえるので、ただ眠っただけだろう。
途端に、周囲がざわつき始めた。

それも当然だ、と戦士風の女性は————クリスは思った。
今倒れている少女は、まだ15歳ながら、既に「盗賊」としてはこの街でも右に出る者がいないほどの腕を持つ。
他に派遣した先遣隊の四人、その誰もが、このエルシオーネでも選りすぐりの冒険者たちだ。
だというのに、こうして帰って来たのはたった一人で、しかも重傷を負っている。
この街で「戦士」として最上位に位置すると自負する彼女でも、相手の正体がまるで掴めないのだ。

辺りを見渡してみれば、その魔物の強さにどう対抗するか頭を捻らせている者もいれば、もう駄目だと諦めている者もいる。

「ん……………?」

そこで、ふと違和感を感じる。
少し考えて、すぐに思い当たった。むしろ忘れていたのが不思議なくらいだ。

貴重な情報をもたらした先遣隊の少女。
その彼女を、ルイーダに登録されている者では使える者がいないハズの〝ベホマ〟を使用して治療した、あの青年。
驚いたり、問いつめようとした矢先に少女の意識が回復したりで、いつの間にか意識の外になっていたあの旅人の服を装備した冒険者。

その青年の姿が、ない。

「なんだ……………?」

妙な胸騒ぎが、クリスの胸を浸食していた。






————さて。


「どうすっかなぁ……………」

ルイーダの酒場から遠く、エルシオーネの路上で、銀河は呟いた。
少女の言葉が終わるや否や、最速で、かつ誰にも気取られず酒場を抜け出していたのだ。
あれだけ大人数の中で上級魔法を使ってしまったのだ、何か言われるであろう事は想像に難くない。
〝ベホマ〟ほどの魔法が使える人物は、それだけで噂になるのだろう。
でなければ、この大きな街で〝ベホマ〟が使える人物がいないのはおかしい。

そんな事よりも。
今の銀河には、確認したい事があった。
少女の言った言葉の中に、気になる単語があったのだ。

「〝黒い馬〟……………まさかな」

なんだかんだ言いつつ、既に青年の心は決まっていた。









[27694] 第五話:心の向こう
Name: ソリトン◆c040fcc2 ID:b4c89df6
Date: 2011/06/01 00:58
「さて……………鬼が出るか、蛇が出るか、はたまた魔物が出るか…………」

あれから街を出て、近くの森の中で装備を整えた銀河は、エルシオーネの街から東へ数時間、購入した地図には「エルス鉱山」と記されていた場所へまっすぐに向かった。
理由としては〝黒い馬〟という単語も気になったし、何よりあそこの冒険者たちで解決できる問題かどうか疑問だったからだ。
ざっと見渡してみたところ、あの酒場にはそこまで高レベルの冒険者や、名のある装備を身につけた者がいなかったように感じる。何様と思われるかもしれないが、正直、不安だった。
だったらどうするか。簡単だ、自分がやればいい。そのカンストの肉体は何のためにある。
そういう訳で、彼は今ここにいる。
しかし、時刻は既に深夜を回っている。昼にはぶっ通しで魔物退治に励んでいたというのに、タフな男である。

月明かりに照らされた鉱山は、所々露出している好物が月の光を反射し、ある種の幻想的な雰囲気を醸していた。
高さも相当なものだが、ずいぶんと(無駄に)急な傾斜を持つこの鉱山は、普通の人物なら見るだけでげんなりしてしまいそうだが、生憎と今の銀河には苦にもならなかった。
鉱山とは言え、山は山。道中にも「ウイングスネーク」や「あばれうしどり」などの魔物(主に空を飛べる種類)は出現したが、当然の事ながら全て拳の一撃で仕留め、ついでにお金も稼がせてもらっている。

銀河は知らぬ事であったが、平時のこの「エルス鉱山」において魔物が出没するという事はまずない。
それは人間が利用するために、鉱山のあちこちに「聖水」がまかれているためであったが、生憎と未確認の魔物の出現によって鉱山が立ち入り禁止になっている現状、それを期待するのは酷だった。
ちなみに、立ち入り禁止と言っても具体的に見張りなどがいる訳ではなく、鉱山の周囲に看板が立ててある程度。
故に銀河はここまで登ってこれたのだが……………少し安全性に問題があるのでは? と疑問に思わなくもない。

息一つ乱さずに中腹まで登り終わると、銀河は再び地図を確認する。
鉱山の中の洞窟に入るには一度山を登らなければならず、その洞窟の入り口を確認しようとしたのだ。

「お、発見」

地図片手に徘徊する事数分。
木製の枠組で整えられた入り口は、荷台が行き来する事もあってか、中々に広く、整備されている。
中世レベルの文化だからって侮っていた自分を少し反省し、銀河は鉱山洞窟の中に踏み込む。
普段であれば坑道のサイドに取り付けられている燭台に火が灯っているのだろうが、人っ子一人いない現状ではその火すら消えている。
仕方がないので、街の雑貨屋で買い求めた火打石と松明を鞄から取り出し、銀河はそれに火をつけた。この辺り、まるで現代人とは思えないほど抜け目の無い男である。



時折松明の明かりに惹かれて襲いかかって来る魔物を蹴散らしながら、銀河は坑道を進む。
地図を片手に道順を確認しながらのため、ペースは少々遅いが、
しかし、それにしても。

「怖ぇぇ――――っ…………暗過ぎんだろここ………」

順調に進んではいるように見えるが、内心ガクブル状態なのである。
時折腰の「銀河の剣」から聞こえる金属音にビクッと震えながらも、青年なりの意地で気丈にも前へ進む。
そんな時。
再び例の「第六感」が作用し、銀河は前方に「何か」がいる事を当然の事として知覚した。
数は三体。
それが今までであればただの魔物として戦闘準備に入っただろうが、今回はそれに加えて気になる事があった。

酷く、臭う。
まるで生ゴミを何日も放置した汚物のような臭い。
あまりの激臭に思わず目をしかめた銀河の持つ松明が、「それ」の姿を照らし出した。
「それ」は、遠目から見れば人間のカタチをしていた。
だから、青年は勘違いをした。逃げ遅れた人間か、この臭いは何日も身体を洗っていなかった故の臭いか、と。
そう、気を緩めてしまった。
だからこそ。
「それ」の姿が鮮明に視界に映った時、銀河の思考は一時どこかに吹き飛んでしまった。

「それ」は、確かに人間のカタチをしていた。
ただし、その片目は収まるべき所から垂れ下がり、全身が腐敗し、世にも恐ろしい表情を浮かべていた。
銀河の吹き飛んだ思考の片隅に、こんな言葉がよぎる。

「くさったしたい が あらわれた !」。

くさったしたい。
字におこせば「腐った死体」である。
そのオゾマしい姿を、ナマで、直視した銀河は、


「っっっっっっぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!」


絶叫。
レベル99とは思えない必死の形相でそのまま回れ右、松明と地図を放り出して走り出してしまった。







「ぜーはー……………ぜーはー……………あー、怖かった……………」

疲労とは無関係にバックンバックンと脈打つ心臓を抑え、銀河は息も絶え絶えに言う。
――――仕方ないじゃないか。リアルでゾンビを見て平気な奴なんて居る訳ねぇよ。漏らさなかっただけ褒めやがれ。
八つ当たり気味にそう考えていると、ようやく落ち着きが戻って来る。

「あ、やべっ……………」

地図と松明、必須とも言えるその二つを落とした事に気付き、愕然とした表情を浮かべる青年。
だが、今からあの場所に取りに行く気にはなれない。怖い。
頭をひねって腕を組んでしばらく考えた末、

「あ、そうだ」

少し思いついた事が。
そうだ、何を悩む事がある。自分は何のために全てのスキルを極めたと思っているのだ。
そうと決まれば即、実践。
今の状況で使えそうな特技を頭の中で思い浮かべ、実行。

「〝ライトフォース〟」

その言葉を口にした瞬間、青年の身体が発光し始める。
最初は淡く、次第に強く。
そして一瞬カッと一層目映く光ったかと思うと、次の瞬間には収まり、しかし青年の身体から出る光は、坑道内を明るく照らす程に強まっていた。

魔法戦士が習得可能な、自身の攻撃と防御に特定の属性を帯びさせる事の出来る特技「フォース」の光属性バージョンだ。
ゲーム内での効果からもしかしたらと思ったのだが、どうやら大成功だったらしい。

「おお…………これはこれで…………」

中々カッコいいんじゃね? と口には出さずに思う銀河。
なんだか勇者にでもなったかのようで少しテンションを持ち直し、銀河は再び坑道を歩き出す。
地図はない。まあ、適当に行けばどうにでもなるだろう。
確証はないが、なぜか銀河にはそういう確信があった。





そういう確信ほど当たるものだ。

しばらく気の向くままに進んでいると、洞窟はだしぬけに広い通路になった。
不思議な事にその通路だけは燭台に灯が灯っており、そこが他とは「違う」事を思わせる。
踏み込んだ広い空間は、どうやら鉱山の最奥地らしかった。
所狭しと荷台が置かれ、様々な色の鉱物も散乱している。それらを採掘するための道具も無造作に散らばっていた。
しかし、今はそんな事を考えている場合ではない。

その広間の、奥。
先遣隊の物であろう、夥しい血痕や装備品の破片、そして真新しい肉片が散らばるその中に。

コォォォォォォォォォォ…………………。

静かな、それでいて荒々しい、生命感を感じさせる呼吸音。

馬のような、しかし体躯はその数倍もある漆黒の巨体。
四肢を走るように翡翠色の炎が取り巻き、身体と同じたてがみは怒りに逆立っているように見えた。
見た事がある。
何度も、倒した顔だ。ただし、液晶の中で、だが。

――――「黒竜丸」。
かつて天空を駆け、その凶悪性故に封印された古の魔馬。
「ドラゴンクエスト9」において、「宝の地図」と呼ばれるダンジョンに生息するボスモンスターである。
なるほど、エルシオーネの面々が敵わなかったのも無理はない。
何せこの黒竜丸、シナリオ終盤のボスに匹敵する強さを誇っているのだから。

「予想的中……………さて、どうしたものか」
〝貴様は…………!〟

青年の姿を視界に入れるや、黒竜丸はその目を見開いた。
金色の瞳は執念に燃え、眼前の人間を睨みつける。

〝おのれ……………おのれ忌まわしき天使よ……………! よくも我を封印したな…………!?〟
「…………?」

全く以て覚えが無い。
が、何となく想像はつく。
自分がこの世界にやって来たように、この黒竜丸も「9」の世界からこちらの世界へ飛ばされて来たのだろう。
ちなみに、「9」の主人公は人間ではなく天使である。
だとすれば、この黒竜丸が言っているのは「銀河」ではなく「ギンガ」となる。

〝天空の宮殿は我の物だ…………! この世界も、生き物共も! 皆、我の僕の筈!〟
〝なぜ、天使である貴様が人間を守る!? 失敗作でありながら地上の王を気取っている人間を…………?〟

しかし、ずいぶんとお怒りの様子である。
「封印」とは、恐らくゲーム内での討伐の事を差しているのだろう。
だとすれば、それは仕方ないかもしれない。何せ、ゲーム内での黒竜丸の討伐回数は百回を超えているのだから。

〝許さぬ…………! このような封印など打ち払い…………一飛びで空へ戻り、全てを滅ぼしてくれるわ!〟

ズシン、と魔馬が足を踏み出す。
蹄が岩盤を踏み抜き、その箇所を中心に小さなクレーターが生み出される。
同時に、銀河には、黒竜丸の纏う空気がどんどん攻撃的なそれに変わっていっているのが知覚できた。

「血の気多いねぇ……………ま、今更か」
〝滅びよ、天使!!〟

馬の物とは思えない凶悪な口を開くと、黒竜丸の口腔に漆黒の魔力が収束していく。
戦闘開始早々に放たれた闇のブレスだが、銀河の超人的な見切りによってあえなく空振りに終わる。
しかし、その威力は尋常ではない。
ゴォッ! と坑道内を熱風が駆け抜け、直撃を受けた壁の岩が高熱によって熔解してしまっている。

「……………ッ」

ここに来て、ようやく銀河の顔に冷や汗が流れる。
この世界において、そして人生において初めての「命がけの」戦闘。
今までの余裕のある戦闘とは違う。まだ相手の強さすら分からない状態。
だが。
ぐっ、と剣の柄に置いた手に力を込める。

自分がやらなければ死人が出る。否、死者ならもう出ている。
先遣隊の生き残り、あの少女の事を思い出す。行かれる黒竜丸相手に帰って来れたのは奇跡だろう。
しかし、あのレベルの冒険者では、何人束になろうと黒竜丸には敵わない。

何よりも。ここで引いたら、もう前には進めなくなる。そんな気がした。

大丈夫だ。何度も勝って来た相手だろう、銀河。お前は何度言えば気が済むんだ?

――――俺は強い。

「ハッ」

不安を短い笑いで吹き飛ばし――――無意識の内に口元を歪ませ、銀河は己の剣を引き抜いた。




「せぇあっ!!」

カッ、と銀河の剣が閃光に包まれる。道中でも使用した、〝ライトフォース〟だ。黒竜丸の身体を掠めた刃先から光が迸り、魔馬の巨体を一瞬、灼く。

〝ぬぅっ……………強力! だが!!〟

語気も荒く、魔馬は身を震わせて光を振り払った。強靭な四肢で地を蹴り、巨躯からは想像だに出来ない俊敏さで銀河へと突進する。
加速、という表現すら生温い。まさに疾風、暴風の類だ。
しかし、無論彼も黙って見ているはずもない。
金色に輝く「ウロボロスの盾」を構え、青年はその突進を真っ向から受け止める。

〝何っ〟
「……………っ!」

押し戻されそうになる両足を根性で持ち直し、銀河は眼前の標的を見据える。
――――大丈夫だ、いける。この程度なら、やれる。

「…………〝隼斬り〟ッ!!」

瞬間、青白い閃光が二度走った。伝説の剣から繰り出される、高速の二連撃。
突進を終えたばかりで碌な回避運動も取れなかった黒竜丸は、その直撃を受ける。

〝調子に……………乗るなッ〟

傷を受けながらも、黒竜丸は行動を止めなかった。
唐突に、魔馬の全身から漆黒の霧のようなものが噴出する。
〝隼斬り〟を繰り出すために黒竜丸の至近距離にいた銀河は、咄嗟の判断が間に合わずに霧に飲み込まれる。

「おぉっ……………?」

それは〝闇の波動〟と呼ばれ、その霧に触れた者の守備力と敏捷さを低下させる効力を持つ特技であった。
その効力は割合で決まり、元の能力が大きい者ほど、低下する数値は大きくなる。
故に、ほぼ全ての能力がカンストしている銀河は、急に手足に鉄の枷をはめられたかのように動き辛くなった。

〝隙を見せたな、天使ッ〟

高々と振り上げられた前足が振り下ろされ、セラフィムのローブで覆われた青年の身体を掠める。
馬を模しているとはいえ、黒竜丸は魔物。その蹄は、並の猛獣の物より遥かに殺傷力を秘めている。

パッ、と、銀河の胸元から鮮血が吹き出した。





「あ…………?」

胸元を見下ろす。
蹄の一撃によって、セラフィムのローブの胸元が裂かれ、その下から夥しい量の血液が噴出している。
血。
血。
自分の、血。

「……………っ」

真っ当な人間、現代日本の一般人であれば、パニックになっても仕方がなかっただろう。
初めての流血。初めての命の危機。
胸元から流れ出る血液の量は、明らかに放置すれば失血死してしまうだろうほど。
そんな状況に、血もまともに見た事のないような一般人を放り込んだらどうなるか。

パニックになる。取り乱す。呆然自失となる。



そうならなければおかしかった。



「………………はは」

青年の口から出たのは、笑いだった。
恐怖で頭がおかしくなったのではない。
本気で、この状況がおかしくて仕方がないから笑ったのだ。

「やばい……………面白ぇ……………!」

「達人の手袋」で覆われた手で、胸元を拭う。
そして、ベロリ、とその血液を舐め摂る。
すかさず〝ベホマ〟を使用し、胸元の傷を完治させる。

――――いいねぇお前。いいよお前。もっとだ。もっと…………

「もっと……………やろうぜ…………ッ!」

銀河の両目が、魔性の光を帯びた。




〝何だ……………?〟

得体の知れぬ雰囲気を感じ取り、黒竜丸は思わず銀河から距離を取っていた。
意識しての行動ではない。本能からの、反射的な行動であった。
そして問う。
これは、何だ?
この、まるで、取って喰われそうな雰囲気は――――
次の瞬間。

〝…………!!〟

視界が、飛んだ。
少なくとも黒竜丸には、そう見えた。

弱体化しているとは思えない猛烈な速度で間合いを詰めた銀河の拳が、魔馬の巨躯を殴り飛ばしたと、視認出来た者は本人以外にいなかったであろう。

〝………………ぬぅあっ!〟

どうにか体勢を整えて着地、青年の次の行動に備えようとする黒竜丸だったが……………遅い。

「遅いな、オマエ。全然遅い」

銀河は、既に魔馬の背後に回り込んでいる。

早い。行動が。思考が。

こちらが一の行動をする間に、青年は二の動作をこなしている。

〝……………認めん! 我は認めんぞぉぉっ!!〟

再び、弱点である光属性の〝フォース〟によって強化された〝隼斬り〟の直撃を受けながらも、黒竜丸は吼えた。
瞬間、ゾッとするほどの魔力が魔馬に収束する。
漆黒のたてがみが揺れ、重力が逆転したかのように逆立った。
黒い炎の如くざわめく毛髪の中で、バチバチと小さな閃光が弾ける。
そして魔馬の足下に展開される、巨大な魔法陣。

〝消え失せろ、天使ッ!!〟

瞬間、坑道の中を凄まじい雷撃が襲った。
咆哮と共に放たれたその攻撃は、凄まじいという言葉すら生温い。まさに、地獄の雷である。
人間で言うところの、〝ジゴスパーク〟に該当する特技であった。

直撃すれば人間を、そして並の魔物ですら跡形もなく蒸発させてしまうであろう強力無比な一撃。
だが。

「……………まあ分かってはいたが。お前、弱いな」
〝ば、馬鹿なッ!?〟

ウロボロスの盾を突き出し、全身から黒煙を上げながらも、しかし健在な青年の姿があった。
そこから紡がれた言葉の意味は分かりかねるが、自身の渾身の攻撃が受け止められた事は分かる。
盾と前髪の隙間から覗く青年の瞳に、魔馬は言い知れぬ恐怖を感じた。

〝何故だ、何故こうも勝てぬ!? 失敗作の人間を守る愚かな天使に、支配者たる我が何故――――〟

魔馬の言葉は途中で途切れた。
全速で踏み込んだ銀河の拳が、その顔を全力で殴り飛ばしていたからだ。

――――見えん。知覚すら出来んだと…………!?

何とか体勢を整え着地するも、浮かんで来たのは疑問。
青年の構え、移動、攻撃に至るまで。
動きの過程が、見えなかった。
先ほどは手を抜いていた? いや――――。

「知らん。強いて言うなら、レベル上げて出直してこい……………どこぞの魔王みたいにな」
〝…………!〟

考える暇などなかった。
青年が振り上げた蒼銀の刀身に、虚空から雷が落下する。
刀身に宿り、雷は目映い金赤色の炎と化す。

「〝ギガスラッシュ〟」

振り下ろした刃に炎が絡み付き、二つは溶け合うように渾然一体となって放たれ、黒竜丸の身体へと襲いかかる。

〝我は…………諦めん…………!〟

最期の時を悟りながらも、魔馬は言う。

〝地上も…………天空も…………全て…………我の……………〟

その身体が、薄れていく。
一際大きく響く咆哮。
尾を引く断末魔を残し、黒竜丸は完全に消失した。





「終了…………あ、やっぱゴールドは落とすのね」

一息つき、剣を鞘に収める。
そうして魔物が居た場所へと歩み寄り、戦利金を拾う。
しかし、その表情は到底問題の魔物を倒した者の物とは思えなかった。

何故、こうも腑に落ちない?
何故、素直に喜べない?

考えてみれば、答えはすぐに出た。
そして、彼は自分の思っている事に気付き、愕然とした。

「がっかりしている」。

何故?

それは。

――――期待以上に、黒竜丸が弱かったからか。
――――血湧き肉踊る戦いが出来なかったからか。


「…………………ッ!!」

ぶるり、と全身が震える。
何と言う事を考えているのだろう、自分は。
これでは、まるで————

恐ろしい考えに至りそうになった思考は、唐突に終わりを告げた。


「君は……………! そこで何をしている!?」
「……………あー……………」

振り向いた向こう。
恐らくエルシオーネの街から魔物を討伐に来たのであろう、数人の冒険者がいた。









[27694] 第六話:暁の旅立ち
Name: ソリトン◆c040fcc2 ID:b4c89df6
Date: 2011/09/08 20:04
何故ここに、という思いはあった。

だが同時に、やはり、という思いもあった。

勇士を募ったとは言え、碌な対策も講じないまま、こうして自ら討伐に赴くなど、彼女――――クリスの今までの行動からは考えられないような愚行だが、今の彼女にはそんな事を考える余裕はなかった。

先遣隊の少女を治療した青年。

その存在が心に引っかかって、居ても立ってもいられなくなり、自らが率先して討伐隊に参加したのも、全ては彼の事が胸に引っかかっていたからだ。

結果として、クリスのその直感は当たっていた。

彼女とて馬鹿ではない。

先遣隊から知らされた場所に、明らかに戦闘の行われた痕跡と戦装束の冒険者の姿があれば、何があったかは想像がつく。

ましてや、その冒険者が酒場で見た顔であれば尚更、だ。


それに、この場所に来る直前、彼女のパーティーは、遠目にながらもはっきりと目にしていた。

洞窟内だというのに、目を覆わんばかりの閃光。同時に轟く雷鳴。

クリスは過去に一度、あの現象を見た事がある。

剣を扱う者ならば誰もが憧れる極地。全ての剣技を超える必殺剣。

――――喚霆斬、ギガスラッシュ。


「君は……………! そこで何をしている!?」


知らず、声が出ていた。

問いかけではない。ただの確認だ。

青年が振り向く。

その顔は、いくらか覇気が感じられないものの、酒場で見た姿と同一人物であった。


「……………あー……………」


帰って来たのは、ため息とも唸り声とも付かない声。

眉間に皺がより、目頭を片手で押さえている、心底、面倒そうな表情だった。

その態度に思う所が無い訳ではないが、一応、言わなければならない事はある。


「この場所はエルシオーネのギルドによって立入禁止になっていたハズだ。もう一度問う。ここで、何をしていた?」

「……………はぁ。何でこうもスムーズに行かないんだろ」


顔をしかめたまま、がしがしと片手で頭をかいた後、青年は改めてクリスたちの方へ向き直る。

心なしかその瞳には、少しばかりの覇気が戻っていたような気がした。








到着したのは、四人。

酒場にいたリーダー格の女戦士に、先遣隊の少女を治療していた女僧侶、後は魔法使い風の男と盗賊らしき男が一人。

中々バランスのいいパーティではあるが、しかし、あれほど好戦的な意見を発していたもう一人のリーダー格の男戦士の姿が見えない事には多少疑問が残る。

まぁいいか、と銀河は思った。

目立ってしまったのは仕方がない。あの言い方からして、女戦士の方は既に自分が何をしたか想像がついているだろう。


――――さて。

別にここで洗いざらい吐いてしまおうか、という気持ちがなかった訳ではない。

しかしそうしてしまえば、もう力の事を隠し続けるのは厳しいだろうし、何よりこれから先の展開が非常に面倒臭いものになりかねない。

そう、つまり、銀河は面倒臭かったのだ。

先ほどの思考で自分の本性を暴きかけたところに、この事態。

故に、取った行動が、


「〝ステルス〟」

「なっ!」

「き、消えた!?」


魔法使いと盗賊、二人の男が戸惑いの声を上げる。

それもそのハズ、今の今まで彼らの目の前にいた銀河の姿が、スッと透けるようにして消え去っていたのだから。

――――上級職〝レンジャー〟の持つ〝サバイバル〟スキルによってのみ習得可能な特技〝ステルス〟。

ゲーム内であれば敵から姿を発見されなくする効果を持っていたこの特技だが、画面のエフェクトを見る限り、その効果はどうやら〝術者の姿を透明にする〟もののようだ。


ゲーム内ではその便利さ故に頻繁にしようしていたこの特技だが、上級職という存在自体が希少(のようだ)のこの世界において、その効果はまるで得体の知れないもののように捉えられた。

事実、魔法使いと盗賊の二人は、この事態に対して狼狽えるばかり。


だが、残りの二人は違った。

人間の姿が消えるという異様な事態にあってなお、戦士と僧侶、二人の女は冷静を保ったままだったのだ。


「………………クリスさん」

「ああ、分かっている」


僧侶のかけ声に応じ、クリスと呼ばれた戦士が目を瞑る。

まるで精神統一するかの如く固く目を閉じた彼女は、次の瞬間、カッと目を見開き、


「……………そこだっ!!」

「っ?」


腰に佩いた〝鋼の剣〟を抜き打ち、虚空を薙いだ。

普段であれば空振りにおわるはずの抜き打ちは、しかし、ガキィン! という金属音に遮られる。


「やはり居たか………………貴様、何者だ?」


そう告げるクリスの視線の先には、繰り出された鋼の剣を、銀河の剣を握った片手で受け止めている銀河の姿があった。

心底驚いたようなその表情は、勘だけで〝ステルス〟を破られるとは思っていなかった故か。

その表情を見て、彼の内心を悟ったのか、クリスは口元を歪ませる。


「生憎と気配を探るのは得意分野でな………………だが」


黒と蒼、二つの刃が十字を描くその向こうで、女戦士は視線を険しくする。


「やはり先ほどのような特技を使う人間を、私は見た事はない。答えろ。貴様は何者だ?」


人間は消えない。これが彼女たちの常識。

だが、魔物はその限りではない。古今、人間に姿を変えたり、突然その姿を消した魔物の伝承はあちこちに存在している。

呼称も、〝君〟から〝貴様〟へ。

纏う雰囲気も人間に対するものではなく、むしろ敵、魔物と相対する時のソレへと近くなっていく。

流石にこのままではマズイと感じたのか、銀河も、その視線に答え――――


「ごめん」


剣を持っていない方の拳を固く握り、女戦士の腹部に叩き込んだ。

戦闘状態に入ったはずの冒険者四人の誰もが反応できない速度。

女戦士の腹部を覆っていた赤い鎧が粉々に砕け散った。

ズシン、と重低音がその場にいた人間の鼓膜を震わせ、少し遅れて風圧が洞窟の中を駆け巡る。


「クリスさん!」

「お前、何て事を!」


っ、と息が漏れる声が聞こえるが、無視。

カラン、と力の抜けた女戦士の手から鋼の剣が落ちる。

一言も発さず崩れ落ちた女戦士を、仲間が心配する声も、それすら無視。

むしろその隙に、銀河は再び〝ステルス〟を発動させ、その場から全力で立ち去っていた。

待ちなさい、という声が聞こえた気もするが、当然の事ながら、銀河は立ち止まる訳もなかった。










「何やってんだ、俺は」


数刻後。

〝何故か〟覚えていた洞窟内の道を逆戻り、月夜のエルス鉱山の山頂で、銀河は己の両手を見ながら呟いた。

〝黒竜丸〟との戦闘で熱く、不安定になっていた思考は既に冷えている。

普段の冷静な思考が出来るようになった頭は、何故こんな事をしたのかと訴えていた。


立ち入り禁止区域に入って〝何か〟をしていた見慣れぬ男を問いつめた冒険者を、殴って逃亡。

明らかに〝何か後ろめたい事があります〟と言っているような、不審人物の行動である。


「……………だって、仕方ないじゃねぇか。そんな正解ばっか選べるような頭はしてないんだよ」


確かに、もっと他の選択肢もあったはずだ。

冒険者たちに正直に話したり、素性を隠しつつ当たり障りのない事でごまかしたり。

少なくとも〝殴って逃亡〟よりはマシな行動だっただろう。


だが、全ては終わった事。過ぎた事。

どの道を選ぶかよりも、既に選んだ道をどう生きるかが重要だと、銀河は思っていた。


やってしまった事は仕方ない。

大事なのは、これからどうするかだ。


「とりあえず……………いつまでもあの街にはいられんよな」


顔はばっちり見られた。

捜索網が敷かれるのも時間の問題だろう。

誤解を解かない限り、もうエルシオーネの街では、堂々と生きる事は不可能に近い。

しかし誤解を解くという事は、すなわち全てを暴露する事とイコールだ。今更ごまかしは通用すまい。

身を隠して生きる、という手もあるにはある。だが平和な日本で生活していた銀河は、そういう〝裏の〟社会に入る事に抵抗があった。

だとすると。


「……………旅立つ………………か」


他の街に移る。

電子的なネットワークが皆無なこの世界だ、遠ければ遠いほど情報は正確に伝わらなくなるだろう。

学術都市に来た当初の目的、〝図書館で情報を集める〟事は達成できなかったが、仕方ない。

別に図書館のある街はこのエルシオーネだけではないだろうし、また別の場所を探すだけだ。


「そうと決まれば………………っと」


歩き出そうとした瞬間、銀河の左の空間を巨大な物体が通過した。

毒々しい青い鱗に覆われた、ぬめりと光る細長い胴体。

空飛ぶ大蛇、とでも形容すべきその魔物は、〝ウイングスネーク〟と呼ばれている。

フシュゥ、と凶暴な息を漏らしながら空中で見下ろされる形になった銀河は、この世界に来て何度目になるか分からないため息をつき、


「飽きないね、魔物(お前ら)も」


足場にしていた山頂の岩場を踏み砕き、跳躍。

魔物が行動を起こす前に、伝説の剣がその身体を両断した。










例によってカンストしていた素早さをフルに活かし、銀河は全力疾走でエルシオーネへと戻ってきていた。

行きは数時間かかった道のりも、走ると何と一時間未満で走破できたのだから、ほとほと呆れるしかない。

そんな事を考えながら、銀河はエルシオーネの街道を歩いていた。

既に日も完全に落ちてしまっているためか、周囲に人の姿はない。

エルシオーネを出る、とは言っても元より荷物は装備品の類のみの銀河である、特に荷造りなどは必要なく、泊まっていた宿屋も既に引き払っている。

では何故、まだ銀河がこの街にいるのかと言えば、


「流石にこの時間まで空いてる店はないよなぁ……………欲しかったんだけどなあ、地図」


地図。

旅をするには必需品である、地図を購入するためだ。

エルス鉱山に向かう前にも一度購入してはいたのだが、例の〝くさったしたい〟とのエンカウントによって紛失してしまったため、再び購入する羽目になってしまったのである。

だが、時間も時間。

こんな時間に空いている店など、宿屋を除けば、どこもかしこも〝真っ当な〟雰囲気ではない。

よくよく眺めてみれば、表のルートでは流せないような〝そういう店〟だからこそ手に入る商品などもありそうではあったが、今は別に必要ではない。

はぁ、とため息。

仕方が無い。

最悪、舗装された道を辿っていけば看板もあるだろうし、食料のみ購入していっても何とかならない事もあるまい。

銀河は腹を括った。




だがしかし。

武器・防具屋が空いていないこの時間に食料品など売っている訳もなく、結局銀河は街道のベンチに座って夜を明かす羽目になった。

この辺り、どこか考えの足らない男である。

だが、無論眠ってはいない。人の気配を察知したらすぐに移動するようにしていたため、誰の目にも止まっていない自信はあった。

現在は、ようやく山並みから朝日が覗いた頃の早朝。

〝朝市〟という単語を、現代日本のバイトの経験から知っていた銀河は、なんとか人間が本格的に活動し出す前に食料を手に入れる事に成功した。

とりあえず保存の効きそうな干し肉などを数キロ、飲み水なども購入。

さっき経験した、並のバイクよりも早い自分の脚の早さを考慮した結果、これくらいあればいいか、という結論に至った銀河は、それらを鞄に詰めて背負う。

既にその格好は伝説の装備ではなく、〝旅人の服〟に変わっていた。






見張りのいない街の入り口で、銀河は一度エルシオーネの美しい町並みを振り返った。

まだ滞在して二日弱。訪れたところと言えば、宿屋と図書館、ルイーダの酒場、商店街のみ。

全てを把握したとは到底言えない。心残りがないと言えば嘘になる。

だが、この街にいる訳にはいかない。思わぬハプニングによって、自分はこの街にいられなくなってしまった。

だから旅立つ。

考えようによっては、自分が元の世界に戻るには、情報が必要なため、旅に出るのは丁度いいかもしれなかった。

そんなポジティブな考えのまま、銀河は街から草原へ一歩を踏み出す。


銀河が広い世界へと踏み出した、暁の旅立ちだった。









[27694] 第七話:フラグびんびん
Name: ソリトン◆c040fcc2 ID:b4c89df6
Date: 2011/09/11 22:01
一人旅とは言っても、風の向くまま、気の向くままとはいかず、舗装された街道をゆったりと歩く青年、氷川銀河。

白い旅人の服に青いマント、背には包帯を巻いた〝銀河の剣〟。

格好だけなら、普通の旅人と変わらず、むしろ冒険者として見るなら低いランクに落ち着いてしまいそうな風情にも関わらず、しかし銀河の足取りは軽い。

理由は明白、彼は旅をするにあたって、周囲の景色を楽しんでいたのだ。


「~♪」


思わず鼻歌でもやり出しそうな青年の視線の先には、夕暮れに染まった草原が見える。

幻想的と言ってもいい景色を見ていると、もういっそこのままでもいいんじゃないかと思わなくもないが、いやいや呆けている場合ではないと持ち直す。

エルシオーネを発って既に半日。

行けども行けども草原には終わりが見えなかったが、昨日魔物退治をした森を通り過ぎた辺りの十字路で、一つの看板があった。

『東:エルシオーネの街
 西:レント港
 南:ルティア鉱山
 北:グランディア城』

どの道を行くかは多少悩んだが、今の銀河としては少しでも広い世界の情報を得たかったため、『レント』なる港町に行く事に決める。

グランディアなる城にも興味はあったが、今は城よりも港。少しでも広い世界を見たい。

しかし、昨日言った『エルス鉱山』とはまた別の『ルティア鉱山』とは、この辺り一帯はいい鉱石が取れるのかもしれない。


「一人旅……………かぁ」


この景色、何だか一人で眺めるのは勿体無い気がする。

何よりつい数日前まで現代日本の大学生だった青年にとって、喋る相手が居ないというのは些か違和感があった。

まだ数日なので、辛いという訳ではない。

だが、これから先。当ての無い旅を続けるに当たって、連れが誰もいないというのは――――。


「きつい……………かね? どうなんだろ、わかんねぇ」


まあ、なるようになるさあ。

そんな事を考え出して、ふと前方に違和感。

魔物だ。

もう何度も感じ、いい加減慣れ始めた感覚だが、だからと言って無視する訳にもいかない。

舗装された道で、見晴らしのいい草原だからとて、魔物が出ないという訳でもない。

むしろ背の高い草に身を潜め、通りがかった人間を引きずり込んで襲うなどというえげつない真似をする魔物もいるのだが、今の銀河には知る由もなかった。

それはともかく、今回彼が感じ取った魔物の気配は二つ。

その方向に視線を向けてみれば、その瞬間、草の中から弾丸のように何かが飛び出してきた。

が、頭を狙ったその攻撃を直撃させてやるほど銀河は甘くない。

ガシッ、と片手で掴んでみれば、その正体は全長一メートルはある巨大なウサギ。ただし、ツノつき。

〝いっかくうさぎ〟の上位種、〝アルミラージ〟である。

一メートル前後とは言え、丸々とした体型のその魔物を片手で、しかも宙づりにする銀河の握力と腕力にはもう敢えて言及しないが、魔物の数はもう一匹存在する。

背後から殺気を感じ、銀河はひょいと頭を左に傾げる。

同時に、つい一瞬前まで銀河の頭があった場所を、サッカーボール大のオレンジ色の物体が通過して行った。

常人には早すぎて分からなかっただろうが、銀河の動体視力ならば捉えられる。

笑ったような顔をオレンジ色のタマネギに貼付けたようなその容姿は、〝スライムベス〟をおいて他にないだろう。

奇襲のハズの攻撃を躱された形になったスライムベスは、しかし、街道の上でキキッと制動、こちらに向き直る。

仕切り直し、となった銀河と魔物だが、ふいに銀河はまだ右腕に握っているいっかくうさぎを眺めた。

きーっ、と鳴くそのウサギを、銀河は、


「ふんっ」


思い切り振りかぶり、スライムベスに投げつけた。ツノの方を先頭にして。

ぞぶりゅっ、という嫌な音が響いた。

いっかくうさぎのツノが、スライムベスの胴体のど真ん中を貫通した音だ。

即座に身体を薄れさせてGへと変わっていくスライムベスを尻目に、銀河はいっかくうさぎへと肉薄。

その脚を高々と振り上げ――――


「りゃっ!」


かかと落としの要領で、魔物の身体を〝両断〟した。








「日が暮れてもうた……………のんびりし過ぎたかもわからんね」


風景に気を取られていると、いつの間にか辺りは夜の暗闇に包まれていた。

薄暗くなってきたところで〝ライトフォース〟を使用していたので視界に困るという事はなかったが、実際この方法はどうにかならないものか。

何せ光っているのは自分の身体なのだ、周囲から見れば人間が光っていると一発で分かってしまう。

別に襲われたとて、魔物では銀河をどうにか出来る訳ではないので構わないのだが、目立たないに越した事はない。

こういう事も考えなきゃなとか脳内で考えながら、銀河は野宿の準備をする。

流石に徹夜二日目である。寝なきゃ死ぬというほど睡魔が襲っている訳でもなかったが、寝れる時に寝なければ身体に悪いというのも事実。

まあ不意をつかれても死ぬ事はあるまいし、怪我も〝ベホマ〟で直せる。

なら別にいいかと、街道から少し外れたところにある近くの木に寄りかかり、目を閉じる。

――――あれ、何で俺こんな自然に野宿体勢?

不思議に思ったものの、まあ拒絶感がないのはいいかとポジティブな思考に切り替え、銀河の意識は闇に落ちて行った。




そして翌日。

目を覚ました銀河の周囲には、無数の金貨が転がっていた。


「寝ながらもオートで戦闘出来るのかよ……………」


呆れながらもGを拾う辺り、銀河もこの世界に馴染んで来た証かもしれなかった。





そんな生活を繰り返して一週間。

少し好奇心で何日まで徹夜が出来るのかと試したところ、なんと最初の一回以来、全く眠らずに活動する事が可能という驚愕の事実が発覚した。

しかし睡眠はよくても、食欲はそうもいかない。

用意した食料もそろそろ尽きかけ、こいつはそろそろやばいかなと思い始めたある日の夜。


「お。明かり発見」


前方……………恐らく一キロ弱。

明らかに人工物であろう、オレンジ色の明かりが見えたのだ。あれは……………灯台か?

僅かすぎて気付かなかったが、視覚だけではなく聴覚でも、近くに海があると知らせている。

アブねぇ、ギリギリだった、と思いつつ。


「さて、ひとっ走りっと」


背中の刀と鞄を背負い直し。

ぐ、と脚に力をこめ、己の全力を試す意味でも、銀河は全速力で草原を駆けた。







港町レント。

古来、繁栄した都市の多くが河川や海沿いにあった事からも、水辺と文明の関係性は深いものであるという事が分かる。

元は貿易港として建造されたこの街も、船舶の停泊に適した陸地に自然と人々が集住し、海上を結ぶ交易都市として発達していったという。


「ふーん……………まあ、成り立ちはいいんだけどさ」


入り口に置いてあった看板を思い出し、銀河は街の中心街を歩いていた。

深夜とあって、人影はまばらだ。入り口にいた兵士にも「こんな夜更けまでお疲れさまです」などと言われてしまった。

よくよく考えれば、もう徹夜を続けて六日目だ。

別にそこまで眠い訳ではないが、そろそろ寝なければ活動に支障が出るかもしれない。

戦闘中に睡魔に襲われるなんて目も当てられない状況は御免被る。あ、いや、寝ながらもオートで戦えたんだっけ。

まあいいや、寝れる時に寝ておけ、という訳で、銀河は今宿屋を目指して歩いていた。


〝ぅぃー、ひっく……………勝てば戦の華なりよぉ……………〟


数えで十二人目の、何やら変な歌を歌う酔っ払いとすれ違った頃、銀河は宿屋に辿り着いた。

金はある。黒竜丸やエルス鉱山、そしてこのレントまでの道のりでも多数の魔物を倒した事もあり、手持ちの金額は2000Gを超えていたのだ。

ふんふーん、と酔っ払いに影響されたのか、妙な鼻歌と共に、銀河は宿屋の扉を開けた。






「はぁ? 船に乗れない?」


翌日。

朝一番の便でどこか適当な大陸へと渡るつもりだった銀河は、船の乗り口で、思わぬ足止めを喰らっていた。

受付を担当していた男は、カールした前髪をいじりながら、困ったように笑って言う。


「そうは言っても……………規則でして。グランディア国発行の許可証がなければ、冒険者は船に乗れないんですよ」


曰く、許可証。

大陸間の冒険者の数や質のバランスを偏らせないための制度らしいが、果たして誰がこんな事を考えたのか。

ともあれ、今の銀河にとってこの制度は、行く手を阻む邪魔者以外の何者でもなかった。


「そこを何とか……………ほら、お金ならこんなに」

「駄目です。というか、犯罪ですよ、それ?」

「分かってますよ。言ってみただけです」


さて。


「うーん、じゃあグランディアとやらに行ってみます。お邪魔様でしたー」

「はい。許可貰えればいいですね」


立ち去ろうとした矢先、受付員が妙な事を言う。

その言い方が、どこか引っかかった。


「〝貰えればいい〟? 誰でも貰える訳じゃないんですか?」

「ついこの前まではそうだったんですけどね。前の王様が亡くなられて以降、新たに許可を貰った冒険者は一人もいなんですよ」


形だけの制度が本格的に機能しだしたんですかね、と呑気に言う受付員は、その事に対してあまり興味がない様子。

船に乗るのは冒険者だけではないので、別に冒険者が船に乗れなくても困らないという事だろうか。


だが受付員の男と違い、銀河は冒険者である。

許可証が貰えるかどうかは死活問題であり、もし貰えなければ、銀河はこの大陸から出られない事になる。


「いやまあ、それでも別に構わんのだけどさぁ……………やっぱ船って、こう、冒険って感じがするじゃん?」


購入した大陸の地図を広げ、銀河は唸る。

どうやら銀河が今いるこの大陸は、レントとエルシオーネ間の距離から計算して、銀河ならば一年あれば踏破出来そうな広さだった。

全て歩くのに一年であるから、人里を尋ねるとあればそれよりも遥かに短い時間、数ヶ月で可能だろう。


「数ヶ月後にまた来る……………ってのもアリだけど、どっちにしても許可証はいるしね」


しゃあ、と銀河はレントの入り口で気合いを入れる。

今回は、旅人の服に包帯を巻いた銀河の剣だけと、来た時と比べれば随分身軽な格好である。

実は二日で戻って来る予定なので、荷物その他は宿屋に預けっぱなしなのだ。

伝説の装備を置きっぱなしにするのは些か不用心と言わざるを得ないのだが、宿屋から鍵を預かっているし、何より現代日本に住んでいた銀河には盗難に備えるという意識が薄かった。

まあ、今はそれは関係ない。

目指すはグランディア城。

護衛として馬車に乗せて貰うのも駄賃が手に入って一石二鳥だったが、生憎と馬車よりは銀河が自分で走った方が圧倒的に早い。

今度は地図もある。

レント~エルシオーネ間をのんびり歩いて一週間だった。

ならば、ここからグランディアまで、しかも走れば――――。


「一日弱」


ニヤリ、と笑みを浮かべる。

ググッ、と両脚を踏ん張り、銀河はグランディア城を目指して走り出した。







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