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[27648] 【原作2巻編エピローグ投稿】混ぜるな危険! 束さんに劇物を投入してみた(IS×狂乱家族『一部』)
Name: 九十欠◆82f89e93 ID:a6979411
Date: 2014/05/18 00:22
 どうも皆様。今までチラ裏でお目汚しさせて頂いていた九十欠と申します。
 今まで、二つの章を同時進行で進めて参りましたが、時系列に過去である方の章が一区切りをつけた事を機に、その多板に出て参りました。
 ネタだったんですがネタじゃなくなって来ました。

 誤字を消し切れていなかったり、描写的に未熟な所も多々あるでしょうが、時間と興味がおありでしたら、御一読おねがいします。


 ネタだったんですがねぇ……。
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 この作品は、色んな魔改造があります
 あと、クロス先は『狂乱家族日記』の『インフィニットストラトス』ですが、宇宙生物(色々偏っている)に関しては、色々宣言無く乱入してきます。ご了承ください



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 小さい頃、宇宙の構造とか、生物図鑑などを眺めてわくわくした事はありませんか?
 不可能を可能にしようとする科学者が大好きです。

 しかし、新しい発見は時として世界を大きく書き換えてしまったりします。

 ノーベルやアインシュタインはその事に苦悩したそうですが、一方未知への探求に対する飽くなき衝動で、そんな事一切考えない人達。


 

それを狂科学者マッドサイエンティストと人々は言います



フィクションの世界であるからこそ魅力ある彼ら。
Dr.ワイリー(ロックマンシリーズ)
Dr.ウェスト(デモンベイン)
ジェイル・スカリエッティ(リリカルなのは)
Dr.ゲボック(狂乱家族日記)
Dr.エッグマン(ソニックシリーズ)
キース・ホワイト(ARMS)
葉月の雫(おりがみ)
峰島祐次郎(9S)
篠ノ之束(インフィニット・ストラトス)
涅マユリ(BREACH)
高原イヨ(吉永さんちのガーゴイル)
則巻千兵衛(Dr.スランプ・アラレちゃん)
カレル・ラウディウス(Add)
剛くん(サイボーグクロちゃん)
探耽求究ダンタリオン(灼眼のシャナ)
岸和田博士(岸和田博士の科学的愛情)
中江馬竜“ミスターB”(ばいおれんす☆まじかる)
八鹿寿壱(アプサラス・神の逆矛)
真賀田四季(全てがFになる、など)
成原成行(究極超人あ〜る)
夏目久作(万能文化猫娘)
カウプラン(パンプキンシザーズ)
レクター博士(羊達の沈黙)
Dr.マロンフラワー(住めば都のコスモス荘)
ハカセ(魔人)


 とかとか大好きですね
 などなどまだまだ居ますね〜

 まぁ、そんな中二つ程。インフィニット・ストラトスと、狂乱家族日記をクロスさせてみました

 拙作は公開処女作となります。激しく未熟です
 原作は持ってますが、考察不足で独自設定を知らず出してしまうかもしれませんし
 辻褄合わせの為に独自設定をだすかもしれません。というか出しますね・・・俺なら
 そもそも、遅筆で更新不定期です


 原作編はオリ主編でもあります。苦手な方はご注意ください


 ……次回に出るのいつだろう……

 そんな未熟作ですが、もし好奇心があったらご一読ください



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業務連絡

12月4日
各話のタイトルで、上下で別れているのは、同じ話数にしない事にしました
2話○○上
2話○○下
と言うのを、
2話○○上
3話○○下
と言う感じです

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7月31日、篠ノ乃→篠ノ之に何カ所か修正いたしました
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更新履歴

2011年
5/7   連載開始。
      遭遇編第1話 投稿
5/8   原作編第1話 投稿
5/21  遭遇編第2話 投稿
6/4   原作編第2話 投稿
7/2   遭遇編第3話 投稿
7/8   原作編第3話 投稿
7/18  遭遇編第4話 投稿
8/1   原作編第4話 投稿
8/4   アランに関するダイジェスト 投稿
8/28  転機編第1話 投稿
9/26  原作編第5話 投稿
10/22 転機編第2話 投稿   
11/4  原作編第6話 投稿
12/6  転機編第3話 投稿

2012年

1/1   原作編第7話 投稿
1/3   原作1巻編ネタバレ集 投稿
1/28  転機編第4話 投稿
2/14  バレンタイン閑話 投稿
3/26 原作1、2巻間話上下 投稿
ゲボックの名字の誤字、・・・を……に修正
4/1   四月馬鹿閑話投稿
5/4   結節編第1話 投稿
6/5   原作2巻編第1話 投稿
6/23  結節編第2話 投稿
7/15  原作2巻編第2話 投稿
8/28  結節編第3話 投稿
10/20 原作3巻編第3話 投稿
12/21 過去編エピローグ 投稿

2013年

1/13  その他版に移動
遭遇編元ネタバレ投稿
転機編元ネタバレ投稿
2/24  原作2巻編第4話 投稿
3/24  結節編元ネタバレ集投稿
5/4   原作2巻編第5話 投稿
7/25  原作2巻編第6話 投稿
10/14 原作2巻編第7話 投稿

2014年

5/18  原作2巻編エピローグ 投稿

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[27648] 遭遇編 第 1話  邂逅———割とありがちな爆発移動
Name: 九十欠◆82f89e93 ID:a6979411
Date: 2013/07/29 12:12
 とある田舎の小さな村。
 そこにはよくある怪談が流れていた。

―――曰く、村の片隅にある廃工場、そこには悪魔が住んでいると

 よくある怪談だった。
 危険な場所に子供を行かせないため言い聞かせる『子供部屋の邪妖精』のようなものである。

 不穏な事件など何も起こらなかったし、肝試ししようとする活動的な若者も居なかった。
 子供達はただ一人を除いてそれを信じて近付かず、大人の真意に気付いていた聡明な少女も、まだ好奇心はそちらに向いていなかった。



―――ただ
 ある意味において、ある者達に取ってはそれは噂通りの存在であった。

 それは本来ならば彼らこそが、人々が恐れ、忌み嫌う闇夜に生きる人外共。
 その彼らが、そこの廃工場に『悪魔』が居る、と恐れるものが生み出されつつあったのだ。
 もしも、それが完成したのならば、その圧倒的な悪意によって彼らに暴虐が降り注ぐ事であろう事は間違いなかった。

 そこが廃工場である事も、生み出そうとしている者たちの意図によって偽装されたものだった。

 だから、その情報を得た彼らは家族を、大切な者を守るため、廃工場で生まれつつあるモノを破壊しに来たのである。



「ぎゃあ!」
 それは、どの人外の悲鳴だったか。
 彼らの屈強な肉体さえものともせぬ凶悪な弾丸が、留弾が、次々と彼らに襲いかかる。
 全身鎧にも似た装甲服を着た、化け物狩りのスペシャリスト達がそこには待ち伏せしていたのだ。



 廃工場の情報は真実だった。
 だが、その情報の漏洩そのものが彼らの罠だったのだ。
 だが、一方的にやられるわけにはいかない。
 彼らにも守るべき者は存在し、彼らは人には無い異能がある。

 尤も―――
 彼らとて限界はある。
 だが、自分の命などよりも大切な者があった。

 しかし、現実は厳しいものだ。
 とある人外が、吹き飛ばされ、一瞬だけ意識をとぎらせたと思えば、足が動かない。
 気付けば胸から下が爆弾で破裂したのか無くなっていた。
 どうりで、力が入らない筈だ。
 たとえ人間とは比べ物にならない生命力があろうが、これでは助かる筈も無い。
 
 痛みは無い。
 眠くなって来た。
 仲間はどれぐらい生き残っているのだろうか。
 逃げられた者は居たのだろうか。
 いや。
 自分と同じ志願した者達だ。
 何もなせず逃げる事は無いだろう。

 力を絞り出す。
 流れ出る血液とともに。命さえ加速させて。
 どうせ助からないなら出し惜しみするようなものでもないのだし。
 彼に気付いたのか、あちこちから、自らを省みない仲間達の力を感じた。
 それにすまない、と胸の内だけでつぶやき、意識は永遠に闇に落ちる。

 いったい、どんな力だったのかは人間には分からないだろう。



 この離れた地から、放たれた彼らの異能の力は―――

 根こそぎ廃工場をこの世界から消し飛ばした。
 後に、核兵器さえ凌駕すると言われた、悪魔の頭脳とともに。












―――某日本国某県某市、篠ノ之神社裏―――

 友人と遊んでいた少女、織斑千冬はそのとき、起きた事をたった二つしか理解できなかった。
 爆音と暴風である。

 当時5歳でありながら、すでに自分の肉体コントロールが同年代の児童たちを遥かに凌駕していた彼女は、一緒に遊んでいた友人に覆いかぶさり、とっさにその余波からかばっていた。
 とは言っても彼女の知識では何が起こったのか理解出る訳も無く、内心では動揺凄まじく心臓はバクバクと鳴っていた。
 
 友人はこの神社の神主の娘で、篠ノ之束と言う。
 束は神童と呼ばれる程の頭脳を有してはいるが、肉体は至って普通の五歳児並だった。

 頭脳が並ではない束と、身体能力が並ではない千冬。
 何かと浮きがちであった少女二人は、自然と交流を持つようになって行った。
 今では互いに無二の友である。
 肉体的に頑健なのは自分なのだから守らなければ、と言う義務感をしっかり持っている千冬であった。



「何が……起こったんだ?」
「えへへ〜、すごかったねえ、ちーちゃん」

 あたりを舞う粉塵を吸い込まないように袖で口を覆い、全く気に留めない束の口元も抑える。
 なんというか、のんきだなあ、怖くないのか? と考えてしまう千冬であった。

 やがて、粉塵が収まって来る。
「う……わ―――」
 そこにあったのは直径三十メートル程のクレーターだった。
 神社裏で整備されていた木々は根こそぎなぎ倒され地肌を晒しており、中心に向かうに連れ、ギラギラと光沢を放っていた。
 さて、中心にはぐちゃぐちゃにスクラップと化した鉄屑の固まりと……。

―――千冬はそれを認識した。
 年は自分と同じぐらいの、子供が踞っているのを。

「子供が居る!」
 千冬はクレーターを駆け下りようとして引っ張られた。
「危ないよ〜」
「離せ束! あそこに子供が!」
 突撃しようとした千冬を束が両手で引っ張っていた。
 身体能力の差で、逆にずるずる引っ張られているが。

「でもね、ほらち〜ちゃん。中心に向けて光ってるよね、地面が高温で解けてガラスになってるんだよ、熱くて火傷しちゃうよ?」
「何を言っているんだ束? なんで地面がガラスになるんだ?」
 普通の五歳の意見である。
 ちょっと知識の差が出てしまったようである。
 だが、何故危ないのかは千冬も察した。その辺は同年代より聡明な千冬である。
 束が飛び抜けすぎているのだ。
 
「それこそ火傷する程熱いならなおさらだ! あの子が危ないだろ!」
「それこそどうでもいいのにな〜」
「良くない!」

 千冬に会うまで、知能の高さ故に隔絶されていたからなのだろうか。その点は推測するしか無いが、束は千冬以外に人としての興味を持とうともしなかった。
 何を言おうが完全に無視。
 いや、千冬以外、束の世界に居ない、と言った所か。
 両親さえ辛うじて認識する、と言った程度なのだ。
 後に、千冬に言われ、嫌われたくないと思った束は一応、人の話を聞く事だけはするようになったのだが。



「離せ、私は行く!」
 束を振り払って、まだ蒸気を上げるクレーターの中を千冬は突き進んで行った。

「あ〜あ、本当にどうでも良いのに。ち〜ちゃんは優しいなあ。でも」
 束はクレーターの中心にずんと、構える鉄屑を注視した。

「あっちはちょっと面白そうだな〜、あとでいじっちゃお★」 
 にこり、と天真爛漫に束は笑むのだった。



 その後、爆音を聞きつけた束の両親が神社裏の有様に悲鳴を上げ、さらにまだ熱引かぬクレーターに千冬が乗り込んで行っているのを見るや重ねて悲鳴を上げ、その中心の巨大な金属の塊になんだあれはと絶叫して、止めに千冬が助けようとしている、ここから見たら死体だよなあ、としか思えない程ぼろぼろの子供を見て、しばらく声が掠れて出なくなる程に絶叫する事になる。
 束はうるさいなあ、としか思っていない。
 ああ、千冬の心配だけはしているが。



 慌てて父がクレーターの中に入り、千冬とその子供を抱え上げた。
 さらさらとした、絹のような金髪を持った少年だった。
 無事な所を見つける方が大変な程全身くまなく大怪我をしており、彼は妻に救急車を呼ぶよう叫んだ。声は枯れ切っている。

 幸い、千冬は両掌の皮が水ぶくれになった―――少年を担ごうとして地面に触れたからなのだが―――他は、靴底のゴムが溶けたぐらいですんだ。

 やがて救急車に搬送され、千冬は火傷の治療の為同伴し、束は残った。
 危ないから止めるように言う母の言葉は完全に無視し、束は安全な場所までクレーターを降りて数秒観察、その鉄屑がなんなのか一発で見抜いた。
 胸に湧くのは好奇心。

 高き知能で大抵のものを理解できる少女にとって、未知とは最大の愉悦と言っても良い。
 大抵の事は大人でも匙を投げる書物を読みあさり、知識として参照できる彼女に取って、その鉄屑は理解できたが未知だった。

 何故なら、それは現行技術では絶対に作り上げる事は不可能であるのだから。






 少年の身元は不明だった。
 しかも明らかに国籍不明。
 すったもんだの紆余曲折の後、神社から最寄りの孤児院に引き取られる事が決まった。

 そして、少年とともに神社裏に出現した鉄塊だが。
 その日の夕刻、しばらくしたら来る警察になんと説明したら良いかと神社裏に来た神主―――束の父が―――神社裏に来た時すでに。

「ほっほ〜、なーるほど〜、こうなってるんだ〜これは凄いねっ! ふふふっ! これが分かるなんて束ちゃんはやっぱりすごい! まぁ、これを作った人もそこそこだけどね!」

 その神社の娘、束によって徹底的に解体されていた。
 五本の指の隙間それぞれに異なる工具を挟み、猛烈な勢いで分解、解析しつくしきっていたのだ。
 彼は自分の娘の異常性が恐ろしくなった。
 あの子は本当に人間なのだろうか、と。

 もう用は無い、と自分の横を通り過ぎる娘は、自分の事を認識していなかった。
 あまりの事に呆然とし、それこそ警察になんと説明しようか、と彼が頭を抱えるのはしばし後の事である。






 そして、少年は辛うじて一命を取り留めた。
 それからしばらくして、意識を取り戻したらしい。
 驚くべき事に、言語も通じて会話も出来るそうなので、面会謝絶が取り下げられた。
 だが、取り調べは、子供という事の上に、認識の齟齬が大きく、進んでいないらしい。

「ねー、ち〜ちゃん、本当に行くの〜?」
「当然だ」

 その事を聞いた千冬は、見舞いに行く事にした。
 4年後、弟が生まれその愛情を一点集中するまでは、全方面に優しい少女だったのである。
 
 花束とバナナが土産である。代金は何故か束の両親に貰った。
 お見舞いに行く、束も何故か付いて行くと告げたらくれたのだ。
 申し訳なかったが、手ぶらで行くのもあれだと、素直に受け取る事にした。
 花屋での買い物は、篠ノ之母同伴である。
 バナナは吸収が良くて弱った体にもいい、と束に聞いていた事もある。

 なんだかんだ言って、最後まで束も千冬に付いて来た。

 病室に入ると、包帯だらけの少年が居た。背もたれを上げて、座るようにベットに寝ていた。
 包帯が無くても、貧弱で弱そうな印象を受ける。
 人形のように奇麗な顔立ちと美しい金髪に、一瞬、千冬は呼吸も忘れて息を飲んだ。

「大丈夫か?」
 千冬の声に一瞬だけびくっと反応したが、すぐに少年は千冬へ笑みを浮かべた。
「―――大丈夫ですよ、手も足も折れてるらしいですけど」
 確かに、四肢は全てギブスで覆われていた。

「……そうか。―――って、こら束。何をしてる」
 少年のギブスに落書きしようとしている束の襟首を引っ張って戻す。
 視線を戻すと、少年はじっと千冬を―――いや、持っている花束を見ていた。
 そうだ、土産を渡そう。と思う前に少年は口を開いた。

「あなたがその手に持っているのはなんですか? 奇麗で、いい匂いがしますけど?」
「―――あぁ、これか、お見舞いの花束とバナナだ、丁度渡そうと思っていたんだ」
「おぉ〜、バナナだバナナ〜、腐りかけが一番美味しぃんだよね!!」
「束、お見舞いの品を食おうとするな」
「え〜」

 そこで少年は妙な表情を浮かべた。
 今まで同様の笑顔に、感動が含まれた表情である。
「お花…………? 不思議な構造をしてますね」
 その物言いに、さすがの千冬も問いかける。

「どうした、そんな顔して。まさか、花を見た事が無いのか? まぁ、それなら存分に見てくれ、あまり高い花は買えなかったのだがな」
 花束を少年に渡す。
 と言っても、両手がギブスなので腕で抱けるように。

「束、花瓶はあるか?」
「ん〜、わかんなーい。大丈夫! 三日ぐらいで腐っちゃうよ!」
「お前に聞いた私が馬鹿だった、看護士に聞いて―――ん?」

 ナースステーションに向かおうとした千冬は、少年の様子が変わった事に訝しむ。
 少年はふるふると震えていた。
 そして、酷く恐縮した態度でまっすぐ千冬を見つめて来たのである。
「ありがとうございます!」
「あ、あぁ、そんなに気に入ってもらえたなら―――」
 感動溢れんばかりの少年に千冬は面食らった。どもりながら言葉を紡いで行くと、言い切る前に少年は感動の言葉を繋げる。

「こんなに嬉しい贈り物は初めてです。あなたは、まるで天使のようです」
「んな、なぁっ―――!」
 あまりにストレートな物言いに千冬の顔が真っ赤になる。
「ふふん、今更そんな事に気付くなんてまだまだだね! ち〜ちゃんは女神様みたいに輝いているんだよ!」
「お、おお、お前まで何を言っているんだ束!」
 何故か束が対抗して来た。
 もはや耳まで真っ赤になった千冬を尻目に、束は少年に千冬の魅力を語る。
 普段ののったりとした喋りではなく、まさしくマシンガントークで。
 これは見るものが見れば驚愕の光景だった。
 束が、千冬以外に語りかけているのである。内容は千冬の事だが。

「いい加減にしろ!」
「ち〜ちゃん!? ちょっとそれそのまむぅわ――――――!!」
 羞恥がトップに達した千冬はバナナの房を一本毟ってそのまま束の口に突っ込んだ。
 当然、皮は剥いていない。
 それを少年はにこにこと笑顔で見つめていた。

「お前も、そんな恥ずかしい事を真顔で言うな!」
「そうですか? 思った事をそのまま言ったのですけど」
「それをやめろと言っている!」
 少年の口にもバナナを突っ込もうとして踏みとどまる。相手は怪我人だった。それを考慮できる程には物事を考えられる……はずだ、と自分に言い聞かせる彼女。

「そういえば、何を探していたのですか? さっき部屋から出ようとしていましたが」
「花瓶だ。花束をさすがにそのままにするわけにはいかないからな、」
「どんな用途に使うのですか? 形を教えてください」
 聞いて来てどうするのだ、と思ったが、素直に教える。なんだか、一般常識も随分知らなさそうだなあ、と思いながら。

「それでしたら、これを使ってください」
「これ?」
「これです」
 空きベットだった隣から花瓶を丁度持って来る。
「あぁ、これだ。これを花瓶って言う……は?」

 そうなんですか、これが花瓶ですね、教えてくれてありがとう御座います、と相変わらず畏まって腰の低い少年はベッドに寝そべったままだ。
 そりゃそうだ。彼は両足が骨折している。ベッドから動けない。
 では何が、今自分に花瓶を渡したのだ?

 なお、束は口から出したバナナを改めて皮を剥いて食べている。
 彼女では有り得ない。

「―――な?」
 見つけた。見つけた後見つけなければ良かったと思ったが、見つけてしまった。
 ベッドの脇から、腕が生えていた。
 しかも機械製のマジックハンドである。
 ご丁寧に五本指で、精密動作もばっちりこなせそうだった。

 少年はそれを見上げ、にっこり笑いながら説明する。

「あぁ、両腕が使えないんで不便だったから、ベッドに腕を付けたんです。ついでに歩けないから頼んだ通り動くようにベッドを改造しましたし」

 何だそれは。

 あまりの事に千冬が思考停止していると、バナナを食べ終えた束がその腕を少し調べ。
「すごいよ、ち〜ちゃん。これは思考操作だねえ」
「はい。触れている肌の電位の差から思考を読み取らせているんです」
「ん〜ん〜、このへんはどうなってるのかなあ!」
 トンでも無い少年の発言を全く聞いていない束。さっきのは奇跡だったのか。相変わらずの束である。
 勝手に一人で解析している。ただ、上機嫌で鼻歌なんぞ歌っている。よっぽどこのベッドが気に入ったらしい。

「これ……お前が作ったのか?」
 両腕が折れているのに……いやそもそも、その年でどうやって? 材料は?
 次々と疑問が浮かんでは沈むあたり、千冬の頭脳も優秀である。
 
「はい。元々怪我する前にしていたお仕事と大して変わりませんし」
 そう言えば、と千冬は思う。
 彼はどうして神社の裏の爆発の中心で倒れていたのか

「どうしてあんな所で大怪我をしていたんだ?」
「さあ? お仕事をしていたらいきなり目の前が光って。気付いたらここで寝ていました」
「お仕事?」
 五歳の子供からは似つかわしくない言葉が出て来る。
「作っていました」
「何を?」
「ひこうき」
「……ひこうき?」

 何を言っているのか分からなくなった。
 ひこうきとは、まさか、飛行――――――

「うん! あそこに一緒にゴミになってたあれだよね、ち〜ちゃん!」
 束が答える。返事をする気がないだけで、聞いてない訳ではないらしい。
 それで気付く。
 少年の側にあった鉄のかたまり。
 束が分解してしまったらしいそれを思い出す。

「あれを?」
「そう、軍事用重量爆撃機。長距離運行でばびゅーんと飛べるよ! 束ちゃんがぱぱ〜っと調べた分じゃ、お〜よそ地球の直径、その3分の2以内の距離なら無補給で何処へでもひとっ飛び! しかもこのマジックハンドと同じで思考操作だから誰でも機長になれちゃいます! えぇ〜、おっほん! 当便は〜単機で小さな島ならグロス単位で焦土に変える事ができます。半島だって余裕余裕! お客様達はせいぜい命乞いをしやがれーって、ぐらいすっごい代物だよ!」

「―――国の偉い人がね是非とも必要だからって制作を頼んで来たんです」
 少年が独り言のように、特に誇るでも無くつぶやいた。
「最初は、簡単な玩具とかを作ってたんですよ。あとパズルとか…………皆面白がってくれたんですけど、だんだん化け物でも見るみたいに僕を見て……そのうち、僕に何かを望んでくれるのは、頼んでくれるのは軍の偉い人だけになりました」
 寂しそうに言うのだった。
 千冬はこのとき理解した。

 この少年は、束の同類だ。
 こんな幼い少年に軍が依頼する。
 異常事態だ。

 少年はきっと嘘をついていない。
 千冬は心に決めた。
 束と、この少年の力を無粋な破壊力になどせず、もっと素晴らしい事に生かしてくれるよう、自分が側に居てやろうと。
 一緒に遊ぶのだ。この、花や花瓶の存在すら知らなかった少年と。
 だから、手始めに仲良くなろうと思った。そのために必要な事を今まで忘れていた。

「私の名は織斑千冬だ、こいつの名は篠ノ之束。人見知りする奴だが、悪い奴ではない。あなたは?」
 そうだ。名前の交換を忘れていた。
 何故忘れていたのだろう。そんな礼儀知らずになったつもりは無かった。
 そんな当たり前の事さえ忘れるような事が何かあっただろうか?
 考えても思いつかない。その思考は後に回す事にした。

―――だが、彼女の決意は非常に困難な道である―――

 少年は無邪気に微笑む。名を教えてもらった事に素直に感動しているのだ。
 きっと、自己紹介すらした事が無いのだろう。
 そう思うと、千冬は胸が痛くなった。

―――何故ならば、彼は後に、生きた天災と称される束同様にDr.アトミックボムと称される事となる―――
 
「僕、ゲボックと言います。フルネームでは、ゲボック・ギャクサッツです」

―――別次元の頭脳を持った少年なのだから



[27648] 遭遇編 第 2話  幼少期、交流初期
Name: 九十欠◆82f89e93 ID:975a13eb
Date: 2012/03/26 00:16
 天才、と言うものはまず発想そのものからして常人とは違うものである。

 かの有名なアインシュタインが、相対性理論について考え出したきっかけは、エレベーターに乗った時、ふと。

———このエレベーターが光の速度で動いたらどうなるのだろうか。

 と、いきなり妄想した事だったという逸話がある。
 常人ならば、そのエレベーターが登ればブレーキが効かずに建物の天井をぶち抜いて逝きっ放しロケットになるか、下れば地面に馬鹿でかい穴をあけるとしか考えないだろう。

 とまぁ、このように着目するところが一般人とは根本的に違うので、よくよく認識のズレというものが出てくる訳だ。

 この齟齬に対し、一切の無関心を貫いたのが篠ノ之束であり。
 興味津々で突撃するもあまりの勢いで通り過ぎてしまうのがゲボック・ギャクサッツである。

 その結果、この二人の天才のお互いに対する認識は。

 束 → ゲボック = ちーちゃんと遊ぶのに邪魔(路上に落ちているレシートでも見るような目で見ている)
 ゲボック → 束 = 凄い人(傍から見ると懐いている)

 という図式で成り立つのだった。

 ゲボックは自分の頭脳が優れているとは思っていない。
 世の中には無尽蔵に自分の知らない事があると考え、自分にとって未知の事柄を知っている人を素直に尊敬し、感動するのである。
 尊敬される方も、悪い気はしないので教えるのだが、その人がそこまでにくるまでの努力だとか年月など全く意に介せず瞬く間に吸収し、未知な事が無くなるとまた尊敬できる人を探してフラフラと彷徨うのだ。

 詰まるところ、何が起こったのかといえば明白だった。ゲボックはこの世界で出会った束に釘付けとなったのだ。
 果てしなく湧き出るアイデアの泉、ゲボックはずっと、束を尊敬し続けていた。

 尊敬しているのは千冬に対しても同様だった。
 千冬は常人には理解できない二人の世界からいつも年相応の遊びの世界に二人を引っ張り出した。

 即興で情報圧縮言語を喋り出した束に、凄い凄いと即座に翻訳して返事するゲボック。
 無視されてもへこたれず話すゲボックに束は暗号化をかけて「しつこいなあ」と悪態をついて、それを解読してごめんなさいと謝るゲボック。

 そんな二人を周りの大人は気味の悪いものを見るような視線を向け、それに憤りを感じた千冬が「訳が分からん!」と殴りつけ、頭頂部をおさえる二人を公園まで無理やり引っ張って遊ぶのである。



 例えば。

「今日は、そうだな、砂場で城を作るか」
 何気に男前な千冬だった。
 この二人に限らず、ママゴトをすると母親役をやらせてもらえないのがささやかな悩みだったりする。
 姉ならばともかく、他に男子がいるのに父親役なんてやらされたらふてくされるのも仕方がないわけだが———
 これがまた似合うから堪ったものではない。

「うーん、どんなお城にしましょうか」
 ゲボックは芸術的な行動が苦手である。
 積み木で遊ぶと寸分の狂いも無くジェンガも真っ青なバランスで積んだり並べたりするが、城を作ったりとかはしないのである。

「ハートの女王様のお城みたいなのがいいよね!」
 と言うのは束だ。
 彼女は不思議の国のアリスが大好きである。ウサギを見ると見かけに反した機動性で追いかける程に。

「とにかく大きな城がいいな」
 千冬の希望が出れば、暴走し出す二人がいる。

「それならば、強度を上げるためにハニカム構造にするといいですね」
「それじゃ女王は女王でも蜂の女王様のお城だよ! やっぱり二次元とも言えるトランプ兵をたくさん収容する為にフラクタルに積み上げなきゃ!」
「どれだけ増築しても違和感が無いようにするんですね。でも強度に不安があるので自作の補強剤で砂を固めないと」

「お前ら、城作りの相談だよな? これは」

「もちろんだよっ!」
「そのとおりですけど」
「そ、そうなのか?」
 千冬が腑に落ちないものを感じている間にも色んなものは加速する。

「翼をつけて見ましょうか」
「ふふんっ、そんなの前時代的だね!」
「分かりました。ではこの浮遊石を使いましょう」
「白兎のガードロボットも欲しいな! 空を飛んだりレーザーを撃ったりするんだよ!」
「地上に向けてプラズマ砲も撃てるといいと思いませんか?」
「おーい、おまえら……」
「なぁに?」
「なんですか」
「こう言う時だけ仲が良いな」
「?」
「タバちゃんは僕の話聞いてませんよ?」
「今まで明らかに会話してたよなぁっ!?」

 などなど。

「フユちゃんはどんなのがいいですか?」
「攻め込まれた時の為に自壊装置が欲しいな」
「おぉ〜、んじゃ、このヌル爆雷で」
「格好いいですね、では僕からはこの超重力メギドで」
「あのなぁ……おい冗談だって、どうしてお前達は私の言葉を全肯定するんだ?」
「ちーちゃんだから」
「フユちゃんのお願いですから」
「だから何故だっ!?」



 その翌日。
 日本上空を周回していた某国のスパイ衛星は、衛星軌道上に突如として割り込んで来た城塞に激突したことで木っ端微塵となった。

 破壊される前に送信された映像を見た某国の人たちの反応と言うと———
「これがラピ◯タ……」
「竜の巣から出てきたのか!!」
「いや違うって」
「◯ピュタは本当にあったんだ!!」
「違うつってるだろいいから黙れ!」
「ふははははっ見ろ———人がゴミのようだ!!」
「そこのにわかオタクをつまみ出せ、ここはロボットが起動した時のセリフだろう!」
「「「貴様もかっ!!」」」
 (以上、分かりやすい様に翻訳しております)

———とまぁ
 ご覧のとおり、砂の城は、最終的に天空の城へ進化したのである。
 空への打ち上げの号令は三人揃っての「「「バ◯ス」」」であり、前日見た地上波ロードショーに影響されたのは間違いない。
 この時ばかりは千冬もノッていた。
 国民的アニメの再現に興奮しない幼児はいない。
 千冬だってまだまだ子供なのだ。
 余談だが、千冬はドー◯のファンである。
 ますますキャラクターの成長チャートが順調に進むというものである。

 なお、主成分公園の砂である天空の城は撃破を目論む各国の基地を「神の雷」で次々と蒸発させ、直接落とそうとしたミサイルや戦闘機にいたってはウサミミ型レーダーを取り付けた起動兵器に迎撃され、尽くが撃破される大惨事を巻き起こす。

 処女航海を滅びの呪文で送られた天空の城は、敵なしとなるや悠々と地球の重力圏を離れ、浮遊石へのエネルギー供給が途切れた後、月面———静かな海に不時着。
 ヘリウム3を採掘してエネルギー源とし、兎型自律メカがフラクタルに城を増築し続けているらしい。
 そして現在に至るも、『人類に敵対的な地球外起源種』もかくやの勢いで月と言う天体丸ごと建材扱いで、エンドレスに増築リフォームしっぱなしである。
 これで独自推進システムでも獲得したら彗星帝国の出来上がりだ。

 後に千冬が月を見ながら、己の黒歴史に頭を抱え、『時効……あれはもう時効だ』と呟いていたのを一夏少年が目撃している。



 とにかく、普通の感性で物事を捉え、何かと常識はずれな二人をを叱る千冬は必然的に二人を引っ張るようになる。
 ちょろちょろ動き回って騒動を起こす為、幼い日の千冬は姉気質が順調に育って行ったのは皮肉な話である。
 ゲボックにしても悪い事を教えてくれる千冬を尊敬していた。
 彼の住む孤児院ではゲボックは浮いてしまっていたので、彼はますます二人に依存して行く事となる。

 そんな三人の関係に変化が訪れたのは、束に妹が生まれた日の事である。

 その日は七夕なので、ゲボックと千冬は白紙の短冊とジュースを手に、公園でぼぅっとしていた。

「束は今病院か」
「そうみたいですね、家族が増えるってどんな気持ちなんでしょう」
「そうなってみないとなんともな……うちももうすぐ生まれるから、自然とわかるんじゃないか?」
「予定では十月でしたね。完成予定日までわかるなんて人間は凄いですね。でも、僕は前も一人でしたから、難しいです」
「ゲボック……」
「いいのですよフユちゃん。僕にはフユちゃんとタバちゃんがいるので寂しくないですよ? それに大好きな科学ができればそれで満足です」
「束はいい加減どうしたものか。出会ってもうすぐ四年……全然お前と打ち解けてくれないしな」
「僕が何か悪いのでしょうね。何かお願いしてくれればいいいのですけど」
「お前は別に悪くない……あいつもだいたい自分でなんでもできるしな。あぁ、一つだけ言わせろ、人の役に立ちたいからと言って、なんでもホイホイ聞くんじゃない。黙って従ってても仲良くなるとは限らん。だいたい、お前は本気で誰の頼みでも考えなしで実現させるからな。確実にシャレにならんことになるんだぞ?」



 一度、学校の肝試し大会で仕掛けを作ってくれと頼まれたゲボックがゾンビパウダーを精製してとんでもない事になった。
 生物化学室の標本が一斉にゾンビ化して地獄絵図を作り出したのである。
 幸い、人を襲わない親和的なうえに、趣味はボランティア。感染して増殖しないタイプだったので千冬無双で片付いた。篠ノ之流を学んでいて良かったと心から感動した日である。
 ただ、取り囲んでスリラーを踊り歌い出すのでSAN値が凄まじい勢いで削れていくが。
 防腐剤滴るムーンウォークはその筋すら唸らせたらしい。

 致命的な被害者は一名。
 工作が得意だと聞き、ゲボックの度合いを知らずに『思いっきり笑いが止まらなくなるほどの恐怖で!』と頼んだ先生はゾンビ稼働をその身で体験した第一号となり、今でも病院で壁に向かって笑い続けているらしい。

 なお、骨格標本を一体逃がしてしまった。
 束によれば本物の女性の遺骨だったらしいと千冬でもゾッとする後日談もあったりする。



「フユちゃん……」
「なんだ?」
「子供ってどうやって作るんでしょう?」
「ぶほっ! ……いきなり何を言う!? ……ん? お前が分からないのは珍しいな、どうしたんだ?」
 ジュースが炭酸だったのがまずかった。思い切り放物線を描くように噴出した。
 努めて誤魔化す千冬は女の子である。
 成長の早い子は月のものがそろそろ来るので、男子よりその手の教育を早く受けるからだ。
 しかし、知識の極端なゲボックである。
「僕にはまだまだ分からない事は沢山あるんですよ? ただ、この件についてはみんな調べようとすると邪魔するんですよ。どうしたんでしょうか」
「ゲボックだからな」
 くす、と千冬は笑う。
 内心は動揺をしまくっているので流石のポーカーフェイスだった。

「フユちゃんの笑顔は相変わらずかわいいですねえ」
「だからそう言う事をお前は真顔で言うな!」
 照れには弱い千冬だった。
 これに鍛えられたせいで、後に弟が感じる千冬のツン度が比較的向上したらしい。
 ジュースを口に含みなおし、顔色を直そうとする。

「痛い!? どうして殴るんですかぁ———?」
 頭を抑えてうずくまるゲボックを見下ろし、彼女は大いに悩む。
 まさか嘘八百を教えるわけにも行くまい。ゲボックの場合、それを実現化させる可能性がある。
 『木の股から子供が出てくる』なら森では人口爆発が起きるし、『キャベツから赤ん坊が出て』くれば収穫の際下手すれば畑がグロ真っ盛りの血畑となり、終いには赤子を浚うコウノトリが大増殖しそうな気がする。
 だが、今回は珍しくゲボックの質問である。なので返答を吟味し、真相をついてはいないが、嘘ではない言葉を用いて、誤魔化す事にする。

「そうだな、結婚すればできるんじゃないか?」
 有名なお父さんとお母さんが、のごまかしで使うネタだ。
 上の例でも出たが、木の股やコウノトリ、キャベツなどの類似ネタがある。

「それならフユちゃん、結婚してくれますか?」
「ブッふぉぉあああっ!? な、な、なな———」
 切り返しを暴投したゲボックに千冬が再度噴き出した。結局まったく飲めずに終わる。
 そうなのだ、ゲボックとはこういう、良くも悪くも素直なやつなのである。

「———な、なな、な、何をいきなり言い出すんだお前はっ!!」
「フユちゃんが家族になってくれるなら大歓迎だと思いまして。結婚すれば子供をどうやって作れるか研究できますし」
「するなっ! この馬鹿者がっ!」
 全力全開で隕石の如く、脳天に拳が炸裂。

「痛い痛い痛いっ! 何故だかいつに無く強力です! 何か自分が悪い事しましたか!? あぁぁぁぁぁっ!!」
 頭を抑えてゴロゴロ転がり出すゲボック。

「大体お前の様な未熟者が私と結婚しようなど十年早いわっ!」
 貧弱なゲボックがこの時ばかりはフルパワーの千冬鉄拳を受ければこうなるのも当然である。
 だから彼女は聞こえ無かった。

 十年ですか。

 短冊を握り締め、そう呟いたゲボックの声を。
 これを聞き逃す———それがどんな事を意味するかも気づくわけも無く。



「しかしそうなると、タバちゃんの妹さんを見てみたいですね」
「確かにな。かわいいだろうしな」
「行きましょうか? 実物が一番標本として素晴らしいですし」
「行ってみたいが、間違っても束の妹をそんな目で見るな。本気で怖い。そもそも……あー、ちょっと待て。このあいだお前が作ったジェットチャリはゴメンだから———と言っているそばから出すな」
「———アダブッ! 痛いですよ、うぅ、それは残念です。フユちゃんと二人乗りとか夢だったんですけど」
「一漕ぎで新幹線のトップスピード追い抜く自転車なんぞに誰が乗るかっ!」
「でもフユちゃん乗りこなしましたよね? 空も飛べるから車の心配もないですし」
「どう考えてもただのミサイルだろそれは……」
 アーハーッと叫びながら神風しているゲボックを想像してげんなりする千冬。

「じゃあ、これで」
 そう言ってゲボックが取り出したのは輪になった紐だった。
 地面に円を描くように敷いてその中に千冬を招いて二人で入る。
「これでしっかり紐を掴んでください」
「ん?」
「よいしょっと……」
「なんだこれは?」

 二人でで輪になった紐に入って前後に並んで紐を持っている。
 完全無欠の電車ゴッコだった。

「おいゲボ———」
「車掌は僕で、運転手も僕ですよ!」

 後にISの航空機動の要となるシステムPIC(パッシブ・イナーシャル・キャンセラー)をどうやってか実装したロープで二人は結局空を飛んだ。

 なお、その様をシルエットで見るとETの棒有名シーンが一番近いので参照していただきたい。



「あははははははっ! Marvelous! 見てくださいフユちゃん! 緯経座標を入力すれば目的地まで一直線ですよ!」
「待てゲボック、今一直線と言ったか!?」
「はいっ! そのとお———ゲバァ! 痛いなぁなんでしょこ———レヴァッ!」

 ぐっきょんがっきょん、信号機に激突して嫌な音がする。
 飛んでる高さが問題だったのだ。丁度道路標識が掲示されているぐらいの高さだったりするので———以下、ゲボックの悲鳴生中継でお送りします。

「看板ですかこ(ガンッ)痛い痛い! 針葉樹はマズイですねって、これは———電線でずバババババババババアアアアァ!! どうして都合よく首にから(ぎゅるん!)? 絞首刑張りでビビィッ!」
「……ゲボック、高さを設定したらどうだ?」
 千冬は無傷だった。優れた動体視力で見切って最小限の動きでよけ、またゲボックを楯にして凌いでいる。
 なんなのだろうかこの無敵小学生は。
 自身とて突っ込みどころ満載であるのに、一々突っ込むのを辞めた彼女が当たり前の提案をするが、電線を振り払ったゲボックは何故か笑いだしている。

「タバちゃん探知機に切り替えたのでタバちゃんのいる高さでしか飛びませんよ? あー痺れました」
「生き物は轢くなよ」

 地上に彼女がいたらどうするつもりだったのか。
 車とか建物等……まぁ、ゲボックだから死にはしないか。
 変な信頼が芽生えてる事に自分の常識も危ういかもしれぬと脳裏に浮かぶが、常識人として一応注意するのだった。

「馬鹿かお前はっ! ……しかし無駄に頑丈になったな」
「フユちゃんにいっつも叩かれてますしね。それに強くなって誇れるよう頑張って強化改造してますから」
「———は?」
「それよりフユちゃん、病院がもう見えて来ましたよ、あぁ、赤ちゃん楽しみです!!」
 興奮するゲボックに対し、千冬は冷静に病院を指差して言う。

「本当に早いな、ところでゲボック、どうやって止まるんだ?」
「……ア」
「……分かった、私はここで降りさせて貰う」

 ため息とともに千冬は身を翻す。
 黒豹を思わせるしなやかな躍動を見せ、三階分はある高さから躊躇い無く飛び降りる。
 そのまま空中で身を捻ると病院脇の植木の枝を順次蹴りつけながら減速、片膝を着いた形に着地した。

「おぉーう、フユちゃん、綺麗で———ぐびゃあ!!」
 見惚れていたゲボックが病院に激突したのは、最早突っ込むまでも無い———

———それが、鉄筋コンクリートの壁面をぶち抜くほどのもので無ければ、だが。

「ゲボック!? ———今行く、ちょっと待て!」
 幸い、ここは病院だ。医者には事欠かない。
 産婦人科ではあるけれど。



「どうしようっかな?」
 そこにいたのは、いつもの自信に満ちた姿とは程遠い、酷く狼狽えた姿の束だった。

「おーう、タバちゃん見つけましたー。とおおぉっっ———ても探しましたよ? 如何しました? 僕で良ければ力になりますよ」
 そこにやって来たのは空気読めない男の子、頭にコンクリのかけら乗っけたゲボックである。
 千冬とはまた違った意味で不死身っぷりを表しているが、まあゲボックだしで片がつく。
 病院中から、「何今の音?」「事故!?」「馬鹿、三階に何がぶつかるんだよ!」「まさかあの時の奴が!」「うぉあ、でっかい穴、なんだこりゃあ!」「院長、奴って何ですか!」「先代院長があれだけの犠牲を払ったのにもう……だと!?」「だからそれなんですか院長!!?」「この間のあそこの若頭にやっちゃった医療ミスの報復かなあ」などと、一部を除いてゲボックの突撃で大騒ぎになっていた。

 頭からダクダク血が流れているが、ゲボックは相も変わらずハイテンションのまま、立ちつくしている束の肩越しにそれを見た。

「おぎゃあっ———!!!」
 そこで泣いていたのは赤子だった。
 この女の子こそが篠ノ之箒、誕生後数時間の束の妹だった。
 新生児室なのか、新生児が沢山居た。
 普段なら必ず何人か看護師がつくのだが、ゲボックが起こした騒ぎで、ここにいるのは束だけだったのである。
 職務怠慢である。普通なら逆にここに居なければならないのに。

「どうして泣いているのですか?」
 ひょこひょこやってきて真面目に赤子の方に聞いている。
「……誰、かな?」
「ゲボックですよ」
「知らないなあ」
 束はゲボックの事など、名前さえ覚えていなかった。

「僕は知ってますよ。タバちゃんはとっても頭のいいフユちゃんのお友達ですね!」
「フユちゃんって、ちーちゃんの事? センスないねー。あと、束ちゃんが天才なのは当然だからね」
「当然です! それで、どうしてこの子は泣いているのでしょう」
「それは分からないよ、それで考えてたんだけど……お腹がすいたのかなあ」

 束は優秀だったが、他人に殆どといって良いほど興味が無い。
 例外は千冬だが、彼女が泣いたところなど一度たりとも束は見たことがないのだ。
 よって、人が何故泣くのか。さっぱり興味の無かった束には分からないのだ。

 かろうじて認識できる両親に妹を見てもらうように言われ、見ていたのだが泣き出した。
 両親としては、面倒を見る、では無く、もっと人に意識を向けて欲しかったのである。
 親の心子は何とやら。正直束は途方にくれているという非常に珍しい状況下にあった。
 普段の彼女ならまったく気にしないで居ただろう。だが『妹』は束にとってもまだ未知の存在である。学習するにもまだ時間が無く、興味を持つかも決めていない。

「フムフム。泣くのはストレスが溜まっているからでしょう。セロトニンが足りないんでしょうか? 笑わせるには内在性オピオイドを分泌してもらえばいいのですが」
「……それは自分で出すとはいえ麻薬だよ」
「おぉ! 今日はタバちゃんが四ターン連続で返事してくれます! とってもいい日です!! よぅし、痛くないこの無針注射で赤ちゃんにニコニコ笑ってもらいましょう!」
 単純にそれが嬉しくてテンションが上がるゲボック。

「おぎゃああああああああああああ——————!!!」
 赤子にしてみればこれは怖い。まだ目も良く見えていないものだから大泣きする。
 逆効果も甚だしい。

「———ぉおう!? どうしたんですか? どこか痛いんですか? 注射嫌なのかなぁ、痛くないのになぁ———ま、いいですか。ふっふっふ、まぁ、でもですねタバちゃん。僕は知っているのですよ、僕の居る孤児院にもこの子ほどではないですが小さい子が居ますから。その子らはこうするとみんな笑うんですよ。えと、どうです? タバちゃんの妹ちゃん、高い高いです!」
 もし、このまま抱えあげれば、生まれたばかりで首の据わっていない赤子にどれだけダメージが来ただろうか。というか、変な注射されていたかもしれないし。
 この時、偶然か生存本能か。
 生まれたばかりの赤子とはいえ、箒は自らの命を守護する行動を取った。

「———ダアッ!」
「メガあああぁぁ!」
 綺麗な金髪を振り回し、顔面を抱えて後ろに仰け反ってぶっ倒れる。
 元気よく振り上げた足が、箒を抱え上げようとしたゲボックの目を突いたのだ。
 生まれたばかりの赤子は本来、うようよとしか体が動かせないものだが、天を突き上げんばかりに伸びた爪先が立って居た。
 産まれて早々、受難多き人生に適応し始めているのかもしれない。
 逞しき、生命の神秘を垣間見た気分である。

「ぶぎゃぁ!」
 止めとばかりに先程の激突で出来た頭部の怪我を強打。血糊がぶばっ、とばかりに広がった。
 それきりぴくぴく痙攣するゲボック。
 不死身にも限界はあるらしい。

「だぁ、だぁ」
 ゲボックを撃退した箒は束の指を掴んで笑っていた。
 一体、いつの間に泣き止んだのだろか。

 束は箒とゲボックを無表情に何度か見比べ———



 のっぺりとした束の無表情に、とある亀裂が奔る。
「あは、ははは、は、あはは、あはははははははっ!!!」
 それが何なのかは分からないが、束の何かを壊したのは確かだった。
「箒ちゃんすごーい! えと、君なんていうんだっけ面白いね、でも役立たずー! あはははははははっ!」

 迸る哄笑。何事か、とそれを頼りに入ってきた千冬が見たものは。
 泣く赤子と大笑いする束。そして痙攣するゲボックだった。
「……何があったんだ?」
「箒ちゃんが泣いててこの子が高い高いでメガー! だよ、おっかしいよね!」
「全然分からん」
 千冬の感想ももっともである。



 良くわからないのだが———
 ゲボックは束の笑いのツボを酷く突くらしい。
 今まではゲボックの作ったガラクタを興味深そうに分解し、改良して作り直して居たぐらいだったのだが———

「あ、おはようございますフユちゃん。今日もいい朝ですね」
「ちーちゃんおっはよー!」
 二人は良くつるむようになった。
 一度興味を向ければのめり込む束である。

「ところで……」
「なあにー? ちーちゃん」
「束はどうしてゲボックに乗っているんだ?」
「お馬さんだから」
「ちなみに僕は手と膝にナノマシンを塗って運んでもらってます。三段亀さんみたいですね」
 シャーッ! とアスファルトの上を滑っていくゲボック&束。無駄に超性能だった。
「むーっ、駄目だよゲボ君! お馬さんは蹄の音を立てて走るんだよ」
「分かりました。どかかっどかかっ」
「あははははっ! そこは口なの!?」
 そこ、笑うとこか?
 あと少しは怒れ、ゲボック。

「どうしました? フユちゃん」
「……いや、お互い合意の上なら別にいいんだが」
「フユちゃんも乗ります?」
「結構だ!」

「えー、……それなら、あんまりやる意味ないねー」
「そうですねー」
 束はあっさりゲボックから降りる。
 馬も人に戻って立ち上がる。

「……お前らは何がしたかったんだ?」
「フユちゃん、車で行きますか?」
「あるのか?」
「ありますよー」
 答えるゲボックを無視して束が呼ぶと、普通の車両がやってきた。

「ゲボックの孤児院の人の車か?」
「タバちゃんのフルスクラッチです! 必要に応じてウサ耳が出ます」
「は……ふる? ……耳?」
 車にウサ耳が必要な事態って何だ。

「まーまー、乗った乗った、乗るのだー」
 嫌な予感がしながらも束に押されて車両に乗り込む。
「……誰も乗ってないぞ?」
「そりゃタバちゃんのですから」
「説明になっとらんぞ」

 というか、どうやってここに来た?
 運転席に誰も居ない。
「いやー、AIは組まさせてもらいました」
「……ええ、つまり?」
「この車は僕とタバちゃんの合作です! 言うだけで勝手に行ってくれますよ?」
「……そーか、良かったな」
「これなら免許がなくても大丈夫ですね!」
「そもそも運転手が居ない! どうしてこうなったんだ?」
「うっふっふ、それはなんでしょーか! それじゃあ、うぃーきゃんふらーいだね!」
 束はあんまり会話しないで事態を次へ進めることとなる。

「「せーの、ぽちっとなー!」」
「話を聞け! うぉおおおおおおっ!?」

 ジェットを噴射して、車は空を飛んだ。ウサ耳は展開済みである。
「お前らどうして何でも飛ばそうとするんだ? おかしくないか!? 車である意味がなくなるだろう!」
「「?」」
「二人そろって「ごめんなさい何言ってるのか分かんない」風に首を傾げるな! なんだか私がおかしい様な気になるじゃないか! 私が変なのか?」
「大丈夫です、僕が一緒になってあげますから」
「ほう? この私に、上から『なってあげますから?』か?」
「ごめんなさい」
 おかげで正気に戻る。
 ゲボックは素直に土下座。躾がずいぶんと行き届いている証拠だった。
 まあ、態度は絶対に改めないのだが。

「それじゃあ、束ちゃんは先に行ってるねー?
 ドアを開けて、何故か背負っているカバンから火を噴いて飛んでいく束。
 反重力も出来るが、様式美らしい。
ゲボックと千冬はそれを見送る。千冬の脳裏をよぎるデジャヴが、一つの疑問となって投擲される。
「……ゲボック、これはどうやって着地する?」
「……ア」
「頭がいいのだからそこは学習しろ馬鹿者が!!!」



 冒頭で述べたとおり、人は優秀になるにつれ、認識が一般人と乖離していく。
 天才の極みとは絶対的な孤独。
 だが、ここでは都合が良すぎるほど都合よく、とある天才が二人そろった。
 孤独ではなく、互いに互いを研究対象としているのが友情といえるかは不明だが。
 進歩が進歩を呼ぶというのならば、この組み合わせは爆発的なそれを生み出すだろう。
 驚異的な革新は、世界に歪みを生む。時として取り返しのつかないような。
 だが、それによって危機に陥る事は何とか差し押さえられている状態だ——————



「フユちゃん」
「……なんだ」
「置いて行かないでくださいよ」
「ええい、断る!」
「手厳しいです!」

「うふふー、どうしたのかな、二人とも。遅刻しちゃうよー?」

 シュバーと飛んで来て言いたいことを言ったらすぐ戻っていく束。わざわざ言いにきたらしい。

「束……あとで覚えてろ」
「まあまあまあまあ———がんっ!?」
「少し黙れ」
「痛タタ……といいましてもここには確か脱出装置が」
「あるのか」
 思わず身を乗り出す千冬——————がちん。
「ありますよー? 飛行機みたいに座席ごとばしゅーんって飛ぶんです」
「ところでゲボック、一つ聞きたいんだが」
「何ですか? フユちゃんの質問なら大歓迎です!」
「今私が押した、これは何だ?」
 それは、青い石だった。
 運転席の後頭部、ちょうどその後部座席あたりに半ばめり込んである。
「死ぬほど痛いよ(はーと)」と、束の字で親切にも注釈付きだった。

「これは自爆装置ですよ」
「わざわざ説明するな」
「痛い! 聞きたいっていったのに!」
「何でこんな押しやすいところに設置しているんだお前らは……!」
「科学とは爆発なんですよね? タバちゃん言ってましたよ」
「束ええええええっ!」
 どっかんと花咲く炎の花。
 その寸前に飛び出した千冬はまさにハリウッド主人公といったところである。
 ゲボックの襟首を掴んで脱出したのは彼女の最後の良心である。
 ぐえーとか言っているゲボックを気にしてはいけない。彼はこのぐらいではびくともしないのである。









———世界は何とか保っている。そう、一人の少女の心労の引き換えに、であるのだが



[27648] 遭遇編 第 3話  中等期、関わり始める世界、前編
Name: 九十欠◆82f89e93 ID:a6979411
Date: 2012/03/26 00:16
「くそっ……」
 とある河川敷。
 川を横断するために跨る橋の根元。
 血と反吐と泥にまみれて彼はもたれ掛かっていた。

「あのアマ、絶対犯して殺してやる……」
 彼にしては珍しく、言葉を紡ぐ。
 今までにありえない、怨嗟の言葉だった。

 彼は典型的な、力で物を得るタイプの人間だった。
 金、女、物。
 あらゆるものを力尽くで脅し、奪い生きてきた。
 元々体格に優れていたと言うのもある。
 何より彼が力を求める事にためらいの無いのも原因の一つだった。
 武道を身に収め、その精神的理念とは間逆の行為をなし続けた。

 だが、力で出来る事など所詮高が知れている。
 力で奪うものは、結局更なる力に奪われるだけなのは常の世のさだめである。



「おいそこのお前、その見苦しいのを止めろ」
 いつもどおり、彼が弱者から金銭を巻き上げているとき、彼の栄華は終幕のコールを受ける。

 珍しい———歯向かう者がいる事に喜びを覚えながら彼が振り向けばそこにいたのは中等部にあがったばかりと思われる少女がいた。
 整った顔立ちだが、まとっている気配が尋常では無かった。
 触れれば切れるどころか心の臓までえぐりぬく! と言わんばかりの剣呑な気配。
 目はこの世全てを憎みきっているといわんばかりに釣りあがり、美しく整った顔の印象を台無しにしてしまっていた。

 嗜虐心とともに口角を吊り上げ、見下ろす。
 彼は言葉というものをあまり用いない。
 ただ力で押し潰し、踏み躙り、毟り取る。
 人の形をした獣といっていい存在だった。

 何故彼がこのような人格形成に至ったかは分からない。
 両親はごく普通の共働きの会社員、彼は特に家族の愛情に飢えるでもなく、また溺愛され甘やかされるでもなく普通に育てられてきた。
 別に貧困に喘いでいた訳でもない。
 逆に、満ち足りすぎているが故に渇望の求め先が無いわけでもない。

 生まれ育ってきた環境、幼いころ受けた印象深い事。
 そんなものは結局、些細な事でしかない。
 結局は、彼がこういう人間だった、という事に過ぎなかっただけなのだ。

 ただ、獣として行動するだけである。

 だが。
 彼が獣として足りないところがあるとすれば———

 ごぎん。
 伸ばした腕がへし折られた。

「——————っ!」
「見たところ初めてというわけでもあるまい。やる、という事はやられてもかまわない、という事だろう?」

 少女も彼と似た表情を浮かべる。
 口角を吊り上げた、威嚇の笑み。



 獣ならば。
 自分より強いものに威嚇などしない。
 見ずとも同じ空間にいるだけでそれと察する。

 特に———圧倒的強者と相対する場合は。

 つまるところ。
 彼は自分より強いものと出会ったことが無かっただけなのだ。

 彼は人の知性で、自分が負けるはずが無いと思い込んでしまった。



———獣ならば。
 脇目も振らず逃げ出さねばならぬほどの差なのだから———




 後は彼にとって馴染み深い展開にしかならなかった。
 圧倒的強者による一方的な蹂躙だ。
 ただし、それを受ける側に回るのが、初めてだっただけだ。



 そして、カメラを冒頭に戻そう。
 そこに残っていたのは獣の残りカスである。
 残された人としての恨み。
 ただ、人としても獣と共通したものが残された。

———殺意

 動かぬ体にはフラストレーションがたまる。

 そこにあるのは最早獣の様な剣呑さを内包したニンゲンに過ぎなかった。



「———Sです。検体を発見しました」
 彼の耳朶に女の声が届いたのはそんな時だった。
 日本人ではない。鮮やかな金髪が映えていた。
 女というには幼い、彼を叩きのめした少女と同じぐらいの年齢である。

「はい、状態も良好、順調にパラメータも上昇中です、間が良かったとも言えますね」
 少女が何を言っているのかも分からない。
 そもそも言葉を交わしているのは少女が耳に当てている携帯の先だ。

 年嵩が同じ程度の少女、それだけで彼の鬱屈を高めるには十分な理由だった。
 全身の筋肉が躍動する。彼は起き上がり、その身をねじ伏せようと———

 プシッ———

「———がああっ!」
「御免なさいね、寝てて頂戴」

 その怒りは激痛に寸断される。
 携帯とは逆の手には小口径の銃が握られていた。
 消音措置がなされている———恐るべきは反応速度の方である。
 いつ銃を取り出し、彼を撃ったのか、全く見えなかった。

 四肢を撃ち抜かれて転がる彼に保健所の職員のような格好をした男たちが取り掛かる。
 暴れる彼を押さえつけ、担架に縛りつけ、首筋に無針注射を押し当てて黙らせる。
 それを、対して興味なさそうに眺めていたが、少女は一息つくと、区切りとしたのか。

「———さて、これからどうなるのかしら?」
 言葉に反して、相変わらず興味なさそうに銃を持ち上げる。
 銃の紫煙を吹き消す仕草の後、懐にしまうときびすを返す。
 作業の隠匿は完璧だった。銃によって出来た血痕も既に無い。






 ISが発表される一年前。
 まだ、男女平等に移行しつつあるとはいえ、男尊女卑の根強かった時代の話である———






 あれから数年の時を経て、三人は中等部に上がっていた。
 この時の三人の状態とは言うと。

 まず。
 束の一人称が束さんに変わり。
 ゲボックの一人称が小生に変わった。



———学校について

「えー、ちーちゃんとゲボ君が居なきゃこんなつまんないところ来ないって」
 まず束。色々言いたいが義務教育だ。
 サボリの常習犯だった。なおかつ主席を取るのだから何も言えない。
 予断だが、ゲボ君のイントネーションは『下僕ン』だったりする。

「いやいや、ここも中々面白いですよ。なにで証明しているのかのか分からない杜撰な理論教えてますし」
 全く悪意無しで毒を吐くゲボック。本当に凄いと楽しんでいるから性質が悪い。

「お前らな……」
 二人を見て溜息をつくのは、最近めっきり目つきの悪くなった千冬だった。

 理由はある。彼女の両親がとうとう消息不明になったのだ。
 元々、家に寄り付かない両親だった。
 一夏などは二人の顔も覚えていない。
 というか、四年前の九月二十八日、『名前は一夏です。昨日生まれました』という添え書きとともに一夏が玄関で寝ていたのを見たときは、本気で両親の正気を疑った千冬である。酷すぎるネグレクトだ。
 一応、防寒処置は完璧だったが。

 そのため、あまり今まで変わらないのだが、唯一つ。蒸発に伴い困ったことが起きた。
 経済的支援がぱったり途絶えたのである。

 元々貯蓄はしていたのだが、全く収入が無ければ精神的余裕もなくなってくる。
 ゲボックが孤児院うちに来ますか? と言ったり、束の家でお相伴に預かったりしていたが、それで尚きつい。

 孤児院に行くのはきっぱり拒否していた。
 ゲボックにしても、いつの間にか自称『秘密基地』が出来てたりするので、あまり孤児院に執着は無い。大人にまで不気味がられるからだ。
 警察沙汰になるのは面倒なので、中学卒業までは孤児院に居るように千冬が言いつけている。
 同様に、両親の蒸発についても警察に届けていなかった。
 市政の介入があれば、現在の生活は出来ないからだ。

 余裕が無くなっているのは自分でも分かっているつもりだった。
 尤も———二人が最近の千冬を心配しているのも良く分かるのだ。



 しかし。
「特許で取ったお金だよー。束さんってばやっぱり天才!」
 背負ったリュックに札束を満載してくると言う暴挙をなす幼馴染だったり。
「金ですよ。使ってください!」
 といって純金の塊を持ってくるゲボック。
 念のためこれはどうしていたのかと聞いてみると。

「小生が作りました」
 錬金術師でも禁止されている事に頭痛を覚え、とりあえず張り倒して庭に金塊ごと埋めてしまった幼馴染だったり。何故死なないのだろう。



 有難いのだ。有難いのだが、今はその善意が重かった。
 この頃よくありがちな、善意を無条件で受けることに抵抗を抱き始める年頃ゆえの葛藤だった。



 千冬の困窮の種はそれだけではない……ことさら重いのが、家でニコニコ笑っている女性である。

 内側に緩くカールした灰色の髪に灰色の瞳、そして灰色の割烹着。
 常に笑顔を絶やさない、そして極めて無口なぱっと見人間の彼女。
 誰が思おうか、これが人の手によって作られた生命体だとは。

 家事手伝い用生物兵器———灰の三番。

 家事手伝い用とは何だ……と突っ込みたいのだが。
 ついに生命の創造まではじめた彼に、千冬は暗澹とした将来を感じずにはいられなかった。

 最初は当然断った。お手伝いなど要らないと。
 しかしゲボックは人手は必要ですよ、とこういうときに限って正論で論破してくるのだ。

 ゲボックや束、千冬が中学に上がり、一夏を保育園まで迎えにいくのが困難になったため、と言う事らしい(束の母がいっしょに迎えに行けばいいと言う発想は思いついていない。大人に頼りたくない年頃の弊害である)。
 再来年、一夏も小学生となる。家を守る存在も必要だ、と言う事だ。
 一夏を持ち出されては千冬も折れざるを得ない。

 なにより、千冬は家事が未だに上達しない。
 出来ないわけではないが、所謂要領をつかめないのだ。
 目の前でテキパキと掃除をこなしていく灰の三番に千冬は何もいえなくなった。
 それ程に彼我の戦力には差があるのである。

 実は一夏と同い年のようで稼働時間は四年———千冬は素直に四歳と言え、と言っているが。
 ゲボックは一夏や箒と幸せそうに笑いあう千冬や束の様子を見て、素直に羨ましく思ったらしく、家族を造ってみようと思い立ったようなのだ。
 実際可能なのが恐ろしい所である。

 そうやって生まれた灰の三番は生まれてから今まで何をしていたのかと言うと、『秘密基地』の管理をしていたとのことで。
 そこには束も入り浸っているし、千冬もよく通っていた。
 私生活はずぼら———その辺は三人とも似たようなものだが、そのゲボックの『秘密基地』が片付いていたのはどうも、そんなタネがあったようだ。
 良くぞ今まで出会わなかったものである。
 等と聞いてみたら、実は出過ぎるのもどうかと、と返された。
 ゲボックの何を抽出したらこんな子が出来るのか以後、永遠の謎である。

 だがしかし、見た目は十代の終盤、千冬たちより年上に見える。
 作られたとき既にこの見た目だったらしい。
 母恋しいのだろうか、千冬はそう思ってしまう。時々、一夏も隠しては居るがそんな表情だから。

 されどまあ———高いところにある洗濯物をとろうとして物理的に腕を伸ばしているのを見ると、あぁ、やっぱり人間じゃないか、と納得してしまうのがなんとも、である。

 どう見ても年上の灰の三番が、創造主であるゲボックの前では年相応の子供のようにニコニコと懐いているのはなんとも微妙な絵面であるが、『家族』としての仲は良好なようで、そこは良かった、と千冬も思っている。



 だが!!!
 
 
 
「グレイさーん、何を作ってるのー?」
 グレイさんなる程、そういう呼称もありだ。
「———(指を立ててニコニコなにやらジェスチャーをしている)」
「よっしゃ! ハンバーグだー!」
「———(びしっと、指を一夏の目の前に突きつける)」
「げっ、ピーマンに詰めんのか」
「———(びっと、指の動きを止める。心なしか眉が寄っている様にも見える)」
「む、好き嫌いしてたら千冬ねえみたいになれねえ……うー、分かった」

「…………」
 台所を覗く千冬は腕に力を込めすぎて震えていた。
 一夏が異常に懐いているのが……なんとも……どうにも……納得……できん!
 何気にふてくされている弟大好き千冬だった。

 それも仕方が無いもので、千冬は一夏を守る、と言う姿勢を常に貫いてきた。
 それゆえに、一夏にとって千冬は父性の象徴のような存在になっており、対して灰の三番は格好も相まって母性的な存在である。
 立派な男になるように、と少々躾も厳しくしている。まあ、それで少し身を引かれがちではある。
 それに、時々束の家で彼女の母に良くしてもらっている一夏としては、母性的存在は憧れだったのである。

 だがしかし……っ、一夏、何故奴のジェスチャーを理解できるんだ……っ!
 それは千冬を持ってしても最大の謎だった。

 しかし、生活費を自分で稼ぐと豪語したからには家に居る時間が減るのは必須。
 痛いです! と憤りの矛先を向けられるゲボックが居るだけである。

 張り詰めつつも、ギリギリの一線で気を抜かれ、不安定ながら平静な千冬だった。






「むー……この空前絶後の美貌の持ち主にして、天才束さんが苦戦するとは君も中々やるねー」

 そこは暗い部屋だった。
 縦横無尽に四周から声の主に向けられているモニターのみが光源となっているのだ。

 胡坐をかいて腕を組み、淡白く光るその物体を凝視しているのは束だった。



 その物体は、今束が精魂こめて作っているものだった。
 ぱっと見はキューブである。
 それがずらずらと転がっていた。

 誰がこの時知りえようか。これが完成した暁には、この世の全ての兵器が淘汰されようなどとは。

「何かお困りですかー? タバちゃん」
 モニターの隙間からさかさまにずるずる降りてくる人影———ゲボックだった。
 ここはゲボックの秘密基地、その中の束の部屋だった。
 ここには灰の三番も入っていないため、惨憺たる有様だった。
 まあ、この秘密基地自体が似たような状態になりつつあった。とんでもない速度で。
 灰の三番が織斑家に入り浸り、秘密基地の仕事は暇が出されていたからである。

「んぬぬぬぬー、今開発中の宇宙空間での作業用スーツに使う、コア君についてなんだけどねー」
「どうしました?」
「量子化、絶対防御、自己進化、自立意識の付与、他からの干渉を一切排するコア間での独自ネットワークの構築、ここまでは上手く行ったんだけどねー」
 それだけでも恐ろしいものだ。どれか一つでも技術の革新が生まれる。

「あれ? それって完成じゃないんですか? それにしても絡まったケーブルが痛い! どうして気付いたらおうちがトラップまみれになるんでしょ? 管理については灰の三番が居ないと駄目ですねー、どうしてですかねー、灰シリーズは何体か居るはずなんだけどおっかしいなあ? あだだだだっ! 何で有刺鉄線がここにあるの!?」
 ぶら下がっているゲボックが一人よがって痛がっている。

「それが一つのコアに搭載出来ないんだよー、今の束さんの課題だね! ねえ、ゲボ君———」
 ぎゃーうぎゃー、感電しました! 刺さる刺さる!

「……えい」
「ぶぎゃああああああああああ———っ!!」
 無数のモニター……タッチパネルのそれは侵入者迎撃用だったらしい。途端に流れる高圧電流にのたうつゲボック。
 話を聞いてもらえなかった事にぷくーっと脹れる束は年相応に可愛かったと述べておく。
 束の前に墜落。ぐわしゃっ! とコアをぶちまけて墜落。びくんびくん痙攣していた。
 あちこち焦げている。


「うっひょ、お、おおっ!? アイデアわきましたよ? さすがタバちゃんです」
 いきなりリレイズするゲボック。本当に不死身だなこいつ。

「もっかいやる?」
「ちょちょちょちょ、それは待ってくださいタバちゃん、ストーップです、さらっと怖いですよ、タバちゃん……冷血?」
「聞こえてるよ?」
「ほわーっ! 質問なのに既に決定事項としてスイッチ持ってるし!」
「世界って……ままならないよねー」
「待ってください、善良極まりない一般市民に平然と凶器を……おうおうおうおうっ、なにこれって戦争なのよね? みたいに諦めブギャアアアアーっ!」


 で、もう一回痙攣と復活。


「ところでゲボ君って今何してるの? 束さんは興味深々だね!」
「じぃーつはですねぇ、お薬を作ってるんですよ、それと笛ですかね。そうそう、前から作りたかった『わーいマシン』のようなものを作って欲しいって言ってくれた人が居ましてね! もうこれは作るっきゃありません!! 曲解して完全に自分の作りたいものにしちゃってるんですよ! だって楽しいし、検体と資金が湯水のように出ますし、まあ、元々金なんてどうでもいいですけど———ってことで寝ても研究し、覚めても研究し、最近食事も忘れ気味で研究してたせいでなんだかちょっと餓死っちゃう寸前でしたよ。灰の三番が居ないとこういうとき不便ですねー」
 マシンガントークだった。よほど楽しいと見える。

「灰の三番ってそんなに便利なの?」
 ちょっと興味出た、と身を乗り出す束。恰好もずぼらであるため、既に発達を始めた特定部位が此方を覗く。
 しかし、そんな事気にするものは一人も居ない。ある意味では若さの全く無い現場だった。こちらとしては寂しいモノがある。

「便利ですよー? 誰に似たのか気配りできる子ですし、かゆいところに手の届く孫の手みたいですよ。いっくんも懐いてるみたいですし」
「うーん、ちょっと欲しいかもー」
「でも他の灰シリーズはどうしてか三番程にはならないんですよねえ」
「ふーん」
 その辺は興味ないのでまたコアを弄り始める束だった。
 のち、三秒後。

「ねーゲボ君、これあげる」
「げっふぅっ! 何気に剛速球!?」
 それまで弄っていたのコアを急に投げつける束だった。
 ゲボックが撒き散らした限定版コアの事だ。
 あ、三連続でゲボックの頭に直撃した。

「いたた……えーと、このコア君ですか? 限定機能でも結構使えると思いますけど」
「束さんは常に完璧を求めるのだよ! にゃっはっは! ってゆーか、飽きちゃった。一から作った方が早いしね!」
「そうなんですか? 小生は逆に中途半端なものはそのままにして置くのは嫌なんですよね」
「ほええ〜? これはちょっと驚いたよ。ゲボ君にもそう言うのがあるってのは知らなかったなあ」
「小生は基本、楽しく科学できれば良いんですけどね」
 なるほどなるほど、と頷く束は、ちょっと前の話題を引っ張り出す。

「そう言えば、いっくんが懐いてる灰の三番もリサイクル品だっけ?」
「そうなりますね? 元々微粒子をナノマシン制御する統制用の母体だったんですけど、展開速度に難がありまして。それじゃあ、別の事してもらいましょってことで。まあ、それでもチタン合金ぐらいは輪切りに出来る生物兵器なんですけどねぇ」
 ばっちり家事にハマってるみたいですよ? とニヤニヤ笑う。

「あ、そーだタバちゃん十人の小人って知ってます?」
「当然! 知ってるよー。十人の小人からそれぞれ腕とか足とか頭とか取っちゃうひどい話だよね。束さんはその人が何をしたいのか良く分からないよ。その実興味無いだけなんだけど」
「小生にも良く分かりませんね、そもそもなんで思いついたんでしょ? ま、いっか! 十人から取った手足を組み合わせると11人目の小人が出来るんですね。その子は手足の長さがちぐはぐだったりしますけど、それでも他の小人と違って———どこも欠けていない」
「その子達を小人さんにするってこと?」
「そうですねぇ〜、小生は実験してみたいだけですし。ま、今の研究が終わったらですけど」
 もらっておきますと服の中に明らかに納まりきらないコアを詰め込んでいく。

———入ったし。どうなってるそれ。

「———あ、そうだ、いっくんと言えば———タバちゃんタバちゃん、いっくんが何故か小生に会うたびに『初めまして』って言うのか理由知ってますか?」
「あー、あれはゲボ君がいっくんをデラックスにしようとするからだよ?」
「格好いいじゃないですか!」
 目をきらきら光らせるゲボック。

「少なくともドリルとミサイル、ブースターは絶対付けたいです!」
「いいかも……なーんて駄目駄目! ちーちゃんが怒るよー?」
「…………」
「ゲボ君?」

 はて。ゲボックは?というとガタガタ震えていた。
「おぉぉぉおお〜もい出させないで下さいタバちゃん! 実際物凄く怖かったですから!」

「え? 本当? どんな感じだった?」
「気付いたら空中に殴り飛ばされて。小生が動かなくなるまで地上に戻してくれませんでした」
 エアリアル的な意味で。

「わーお……そりゃ愛だね……そうそう、いっくんがゲボ君のこと覚えてないのは、ちーちゃんに記憶消されてるからだよ」

 そんな処置が必要なトラウマ刻むのか、いったい何をしたんだろうこの馬科学者は。

「そんな愛は重すぎます!? ふぅううーむ? ついにフユちゃんは記憶を消す秘孔でも身に付けたんですか? 中国に嫁探しに行くって六年前に失踪した竜骨寺さんとか使ってましたけど」
「え? 何それ? いや、まーそりゃどうでもいいけど。あーもう、そんなんじゃないね! ふっふっふ…………じゃっ、じゃじゃーん! なんとびっくり! 単にいっくんのこの辺を斜め上からびしっと———綺麗さっぱりゲボ君の事だけ忘れてるんだよね。本当びっくり! ちーちゃんのいっくんへの熱々の溺愛だね!」
 ちょっぷの真似。
 しゅっしゅっと口で言っている。

 一夏は古いテレビか。

「いっくんの記憶力って初期ロムぐらいなんでしょうか」
「さあー?」
「って事はいっくんも結構叩かれてますねー。週一くらいで」
「……どれだけいっくん改造したいの?」
「是非ともですよ! しっかし良かった! てっきり小生のキャラが薄くて忘れられてるかと心配してましたよ!」
「あはははは! ゲボ君に限ってそれは無いよー!」
「束ちゃんだって名前覚えてくれるまで四年もかかりましたし……やっぱ小生って……」
 喋りながらどんどん気弱になっていくゲボック。なんだか一人でいじけ出してのの字を書き出した。

「あー、ゲボ君いじけちゃ駄目だよ! あの時はただ興味無かっただけなんだし!」
「悪意の無い正直な言葉で胸がえぐられる! いよぉし、こうなったら頑張っていっくんに名前を覚えてもらいます!」
「その前にゲボ君がハンバーグにされそうだね!」
「おぉう……とってもリアルな未来予測ですね……でもフユちゃん料理下手ですし」
「二人して色々彷徨ったしね!」
「なんの道具も無しで空の上に行ったのは初めてでした」
「……そうだねー……こう、ふわふわーっと……なんかお父さんいた気がしたね……」
 二人して遠い眼をして見上げる。
 人はそれを幽体離脱と言うのである。
 因みに上を見ても配線と天井しかない。
 照明も乏しいので真っ暗だった。
 しかし、ツッコミが誰も居ないボケ通しは非常に苦しいものがある。

 なお、束の父、篠ノ之柳韻は、篠ノ之流剣術師範のバリバリの現役で存命どころか健康極まりない。



「ま、いっか! 続きしよー続きー、束さん頑張っちゃうぞー!」
「手伝う事はありますか?」
「今の所無いね! 束さんだけで十分十分! 後で見せあっこしようよ!」
「いいですねえ! 分かりました。小生も戻って科学してきますねー?」
 よいしょいよいしょと元の場所に戻ろうと四苦八苦しながら登っていくゲボック。
 恐らく、これからひたすら研究と実験に突入するのだろう。



「———ほう? 何を頑張ると? 学生が学校も来ずになにをやってる? お前ら」

 低い、地の底から響くような声が聞こえなければ。
 ツッコミが到着したようだった。

「お?」
「ほよ?」
 いい加減学習しないのか、怒気満ちる声を聞いてもぽかーんとしている。

「珍しく大人しいと思ったら……!」
 ずしんっ! と足音を響かせんばかりの勢いで千冬が部屋に入ってきた。
 その背後にはゲボックの作った生物兵器が死屍累々と倒されていた。
 それをみてようやく。冷や汗をたらすゲボック。

 警備員代わりの生物兵器は、敵意を見せない限り身内認定の千冬には攻撃しない。
 つまり、相当殺気を放っていると言う事だ。

「なんか妙だと思ったら、偶然鼻を押した瞬間二人とものっぺりとした顔になってくれてな?」
 千冬は人間大の人形を二体担いで居る。
 待て、担いだまま警備員替りの生物兵器をなぎ払ってきたというのか?

「あ、それってコピーロボット(人間大)だねー。良くぞ今まで頑張った! ほめて遣わすぞー」
「影武者として学校に行ってもらってたんですよ?」
 二人はただ、千冬が怒っているという事しか気にしていない。
 どうして、怒っているのかなど分かるわけもない。
 何故なら、研究をしていたからだ。
 研究第一なのだ。他にはなさそうだった。特にゲボック。

「最近な、新しい係が出来たんだよ……『対特定狂乱対策係』というものでな……?」
「それでどうしたんですか?」
「私が、長に命じられた」
「わー、ちーちゃんさっすがー!」
「人員は……私一人だ」
「凄いじゃないですかフユちゃん! ただ一人選抜されるなんて!」
 悪意は無い。全くこの二人に悪意は無いのだ。

「学校も来ずこんな物に代役をやらせるとはなあ……」
 学校での最近の流行は思考放棄だ。嘆かわしい。
 思考行動は人間にのみ許された行動だと言うのに。
 まて、私はこんな事を考える女だったか?

 二人に毒されている?
 あり得る。おそらく世界で一番二人の影響を受けているのは自分だ。それだけの時を一緒に生きている。
 
 ……だからって先生。『お前ぐらいしか適任者が居ない。是非とも頑張ってくれ、いやいや待て待て待て、待ってくれいや、待って下さい、この通りお願いします。本当この通りです』と男泣きしながら土下座なんて本気で止めて欲しかった。
 生活指導の強面先生だったので逆の意味でトラウマだ。

 さらにだ。それから廊下ですれ違う不良達に『オス! 姐さん今日もお美しいですね、お務め頑張ってください!!』と最敬礼されるのだ。
 どうしてくれる。
 ここままだと道を歩いても似たような事になるんだろうさ、私だって女なのに!!


 千冬が自分の将来に不安を抱いている所にあっけらかんとゲボックが笑顔になってへこへこやってくる。
 こいつに悩みなんてないんだろうなぁ。
 殺意芽生えてきた。

「あー、分かりました!」
 剣呑になってきた千冬に全く気づいて居ないゲボックはぽんっ、と手を打った。
 なになにー? と束も近寄ってきた。

「で、今まで何していた? 二人とも」
「あー、聞きたい聞きたいー?」
 満面の笑顔の束。聞いて欲しくて仕方が無いのだ。なにやらゴソゴソしていたゲボックは、束が担いで居る二体と同じ人形を引っ張り出していた。

「———フユちゃんも遊びたいんですよね! 明日からフユちゃんも要ります?」

 ぶちっ———

 確かに、何かが切れる音がした。
 理由は分からなくても生存本能で逃げ出す二人。

 だが、元々運動が得意でない二人が千冬から逃げられる道理は無い。
 千冬はコピーロボット二体を投げ捨てるや人間離れした速度で突撃し、非常用ハッチに潜り込もうとしていた束の襟首を掴む。
 束が息を詰まらせて硬直している間に後ろ手に逃げ出そうとしているゲボックの足首を捕まえた。
 地獄の釜に引きずり込まれる罪人のようにゲボックを引きずり吊るし上げ、二人とも地面からぶらり浮かされる。

「お前ら……」
 宙に浮いてじたばたしている二人を、怒りのまま振り回しつつ、すでにプッツンしていた千冬は爆発した。

「真面目に学校に来んかああああああああ——————っ!!!!」
 こんな調子の続く、落ち着かぬ日々が三人の日常であった。






「おぉおう……」
 ようやく通学させたある日。
 ゲボックが食い入るようにその本を見ていた。

「これは、凄いです……」
「だろう? ゲボック、お前も変に頭ばっか使ってないで偶にはこういうのも見ろよなー」

 学校におけるゲボックは、別に孤立しているわけではない。
 見識のあるものほどゲボックについては不気味がったり、あるいは利用しようとする。
 だが、利用しようとすると千冬が待ち構えているのだ。

 逆に、ゲボックのことを単なる変な奴だと思っている級友は、気さくに会話をしたりする。全く外国人らしくない仕草や、なんでも素直にホイホイ聞くのが、人気の原因らしい。
 もう一人、似て異なる素質を持つ束が居る事もある。
 彼女の方は興味の無いものに対しては一切無視を貫いているために、御高くとまっている女と見られて敬遠されており、それに比較されてゲボックが緩くなっている感じだった。

 ベキャッ!

「おぉぉ……ぷっけぴぃ!」
 一心不乱に本を読んでいるゲボックの頭に英和辞書が炸裂した。
 舌を噛んだようであひあひ言っている。
 因みに本を貸した級友も頭を抑えている。
 金属補強が施されているのだ。これは痛い。

「もうすぐ先生が来ると言うのに何をしているお前らは」
「……ふおいおろれふ(凄いものです)」
「げ、織斑……ゲボック、おい嫁が来たぞ」
「お嫁さん!? それは本当ですかフユちゃん! 不束者ですがよろしくお願いします!」
「誰が嫁だ!」
「アウフッ!」
「……真に受けるな」
 ぶぎゃああああと悲鳴を上げるゲボック。二発目だった。

 落ちている本を拾う。
「いったい何を読んでるんだ? まあ、お前も年頃の男だし……少しは隠すような真似をだな……ん? 漫画?」

「おう、こいつにもこういう娯楽を教えてやろうと思ってな」
 それは、マンガの神が描いた作品の一つだった。
 普段はどこか足りない少年が、額のオデキに隠された第三の目を開放するや卓越した知能と超科学技術で活躍するマンガである。

———ちょっとゲボックと性質が似ているな、と思ったのは内緒である。まあ、ゲボックには攻撃性のかけらも無いが。

「見てください! 人間の脳みそがトコロテンになってます!」
「いや……まぁ、なぁ」
 流石の千冬も漫画にはツッこめない。
 そうだな、と思案する千冬。

「これは原子変換ってレベルじゃないです! 他の細胞に変化は無く、頭脳のみを変換してさらに最低限の生命維持活動を維持しています! Marverous!! 歩行だってしてるんですよ! 一体どうしているしょうか! 分からない! 照点レーザー? いやいや、ただ普通の発光です。指向性があるようには見えない……あぁ、驚きました。小生も頑張って科学をしてきましたが……まだまだなのですねえ。思い知りました。山崎君、素晴らしい物を見せていただき、有り難うございます」

「あーそう言う見方すんのねお前。相変わらず科学馬鹿だな」

「ええ、小生の科学的探求なんてまだまだ児戯にすぎないんですね。これに比べれば馬鹿と言っても差し支えない……思い知りました」
 話がかみ合っていない。

「山一、ゲボックの変なスイッチいれるな」
「悪りぃ悪りぃ、嫁が言うんじゃ旦那———ぎゃあ!」
「誰が嫁だ」
 誰相手だろうと容赦無い千冬だった。

「あと俺山口だから。ま、続き持って来てやるから楽しみにしとけ」
「分かりました! 是非ともこれら実現させて山崎君にプレゼントします!」
「いや、マジでそうなったら織斑に『ブッ消されそう』だからやめとくわ」
「山一……」
「やべ、じゃーな、俺席に戻るわ……あと俺は山口だ……なんでお前ら夫婦は俺の名前を良い加減憶えないんだよ……」

「何を言ってる? 山一」
「山崎君は山崎君ですよ?」

「畜生! 悔しくなんかねええええ!!」
 何気に息の合う二人が悔しかったのか捨て台詞付きだった。

 残された二人は朝の準備を始める。
 ふと、この楽しさを他にも広げようとしているゲボックが。
「後でタバちゃんにも見せてあげましょう」
「頼むからやめてくれ」 
 後が怖い。







———そんなこんなで放課後

 正直、学校で天才二人が学ぶことはない。
 既に教職員の誰よりも高い知性を得てしまっているからだ。
 千冬はそれでも二人を沢山の人と接触させたかったのだ。

「バイト行ってくる」
 荷物を片付けながら千冬は述べた。
 彼女はちょっとしたBerで働いている。

 一夏と生活する為にはどうしても先立つ物が必要だ。
 束やゲボックは金銭に疎い。
 そのくせどうやってか大量に得ているのだ。
 頼めば二人はいやな顔一つせず全部差し出してくるに違いない。

 だが、それは千冬の望む事では無いのだ。

 幸い、勤め先のマスターは良い人だった。
 未成年であるにも関わらず、黙っていてくれる。

 表向きは十才も逆にサバを読んでいるが、案外客には通じる物である。大事なのは度胸だ。

 マスターの店は雰囲気が良いのでセクハラしてくる客も少ない傾向にある。
 一度尻に手を延ばして来た客を極めつつ投げ倒し、捩じ伏せてしまった事もあるだろう。
 
 最早篠ノ之流の古武術(剣術だけじゃすまなく、千冬は秘伝まで吸収して行った。調子に乗って教えすぎたとは柳韻の後述)は骨まで染み付いているようだった。
 何より、バイト自体にも少しずつだが、楽しみを見出して来た。
 特に上がりの際マスターが出してくれる……待て待て、ここでは言えない。



 と、いきなりだった。

「チャオ! もしもし小生ですよ? ——————はい分かりましたよ? 伝えておきますね」
 宙に向かってブツブツ言いだすゲボック。千冬にぐるんと向き合うと腕をブンブンふりだした。
 
「フユちゃん! 灰の三番から脳波です! 今日の夕食はコロッケと海藻サラダらしいですよ!」
「脳波って……あいつからか……分かった、いつも通りの時間でバイトから上がると伝えてくれ」
 千冬も慣れてしまっていた。ああ、そうなんだと考え始めている。
 頭痛が酷くなるし。

「分かりましたよ、フユちゃん」

 今の話題では、そんな事より千冬を悩ます事柄があるのだ。

———あぁ、悔しい
 あの家事手伝いは一夏と手を繋いでスーパーで夜の献立を吟味していたのだ。
 お菓子をねだる一夏をいさめ、一つだけですよ、と結局妥協したに決まっている。

———あいつは甘すぎる! 一夏が虫歯になったらどうする!

 思わず握っていたシャーペンがへし折れた。
 落ち着け、落ち着くんだ千冬、はい深呼吸。

 何とか気を宥めると、まだ宙へ視線をふらつかせるゲボックを見やる。
…………おかしなクスリをヤっている様にしか見えない。

「ゲボック、その通話法についてだがな、やめる事をお勧めするんだが……何というか、危ない」
 色んな意味で。

「……どうしてですか?」
 何か電波を受信しているみたいで……あぁ、そうか、実際に受信しているのだった。

「まぁ……ゲボックなら何とかなるか」
 普段の言動的に。



 かなり失礼だが、真実を突いた意見を抱くと千冬はバイトに向かった。

「さて、今日は小生も灰の三番のご飯貰いましょうか、さて、今日こそいっくんに———」
「させるかぁ!」
 迷わずバックしてシャイニングウィザードを放つ千冬だった。

 なお、束はサボりでとっくに早退している。






「楽しいお友達ですね」
「いえ、少し冗談では済まない事もありまして」

 キュッキュとグラスを磨くマスターにむっつりとした顔で千冬は嘆息する。
 バイト先のBarで、雑談を求められたために出たのは幼馴染みの二人の事である。
 一度、一夏について語り出したらもう止めて下さいと言われてしまったのだ。
 何故だろうか。
 今の千冬は、バーテンダーの衣装を装っている。
 カクテル一つ作れないが、そこは雰囲気です。とマスターに押し切られた。

「でも、お二人とも大切なお友達なのでしょう、貴女の顔を見れば、分かりますよ」
「ええ……まぁ、そうかもしれませんが」
 素直に認めたく無いもので。

「ですがね、千冬さん」
 年相応にブスッとしている彼女にマスターは急に少しだけ険しい表情を浮かべる。

「そう言う貴女だってそうとう暴れているでしょう? 聞きましたよ? 不良グループを丸々一つ潰してしまったとか。たとえその行為が正義感から来たものだとしても、暴力で全てを解決しようとする姿勢はいけません。そのような事を続けて行けば、いつか手痛いしっぺ返しに会ってしまいますよ」
「……はい、申し訳ありません」

 マスターの情報網にはいつも舌を巻く。
 先月、多人数で一人を恐喝している現場に居合わせ、全員を木刀で叩きのめした。
 その事に恥ずかしくなる。
 別段、正義感からでは無いからだ。

 最近、両親が蒸発してから、千冬が情緒不安定なのは前も述べたとおりである。
 この時も、目の前で行われる行為に、ただ居ても立っても居られなくなっただけだ。
 放って置く事そのものに憤りを感じ、兎に角堪らなくなった。
 ぶちのめさずにはいられなかったのである。

 敵対的な意識を向けるだけで勝手に襲って来た。
 後に過剰防衛だと諌められたが、相手の数が数だけに不問となった。


———その裏で、暗躍した二人がいるとも知らずに


 幸い、彼等は力で統率されたグループだったらしく、リーダーを血だるまにした途端、蜘蛛の子を散らすように解散していった。

 しかし、なにか憮然とした後味しか残らない。
 圧勝だったとはいえ、久々に歯ごたえのある相手だったのに……何もすっきりしないのだ。
 千冬はただ解消できぬ『何か』を暴力に変えてあたっただけにすぎないのだから。
 鬱屈とした感情は、彼女の心理に重く沈殿していく——————



 ガシャーン!

 ハッとして顔をあげる。
 テーブルが倒れ、料理やドリンクが床にバラ撒かれている。

———倒してしまった……ようには見えないな

 どうやらマスターに愚痴っている間に諍いが初まったらしい。
 見たところ、血気盛った客同士の諍いだ。



 Barの隅にあるバケツから、木刀を抜き取る。
 千冬愛用の真っ黒な『鋼よりも強靭な木から削り出した木刀』だ。
 ゲボックの秘密基地に植生していた木から出来ている。
 時によっては『アレトゥーサ』と言うものになるらしい。 
 その場合、ただの木なのに、冬虫夏草のように動物の死体に寄生して歩き出すらしい。どんな化け物だ。
 まったくもってよく分からない。
 しかもまだ生きているらしい。だから、普段は肥料を溶かした水に浸けている。
 ものすごく頑丈なので乱暴に熱かっても気にしないと言う。
 ただ、優しく接していると応えてくれますよとか。なぜプラントセラピー?
 
 言われた通りにしてみたら、春には花を咲かすので千冬はその観賞をささやかな楽しみにしていた。



———ぶれかけた思考を仕事に集中しなおす
 マスターから千冬に与えられた仕事の一つ———用心棒だ

 つまみ一つ満足に作れない千冬がここに置いてもらえる最大の理由だった。
 他には在庫の出し入れなどが主な仕事だ。
 大樽があったりして、中々重労働だったりする。

 それはさておき。
 店にはマスターの趣味で色んな人がくる。
 色々訳ありが集まりやすいそうだ。
 えり好みしないのは千冬を置いてもらえる理由にもなっているので文句は言えないが、かなり頻繁に諍いが起こる。
 千冬もそんなに暇できないと言うものだ。
 それでいてBer全体に下卑た雰囲気が無いのはマスターの人柄だろう。
 千冬がくる前からそうなのだから———まさか前はマスター単身で無力化していたのだろうか。

 特に部活等もしていない千冬の戦闘能力を何故知っているのか。
 超実践派である篠ノ之流古武術は危なすぎて対外試合は無いし———

 まぁ……疑問点に目を瞑れば、千冬の言いたく無い事を察して黙っていてくれる上に、適した仕事を采配するマスターは本当にナイスな燻し銀。まさに適材適所、感謝してもし足りない。



 戦闘を意識した瞬間。
 千冬の雰囲気が———『堕ちる』
 表情が変化が乏しくなり、目付きが殺気で塗り潰される。
 剣呑な空気が周りに圧迫を与え始めた。

 気弱な者は充てられて呼吸困難を訴える程だ。



 そしてその結果など、今更語る迄も無い。



「流石ですね」
 気楽にマスターはカクテルを振っていたりする。
 暴れた客は適度に殴打して、転がしておくだけに留めている。
 骨や靭帯に損傷を与えなければよし、と言うここルールの為、後遺症こそ残らないものの袋叩きである。
 警察に摘発されないか、千冬としてはなんとなく心配である。

「いえ、マスター。相手がこれでは剣が錆びます———おい、身包み剥いだあとふん縛って表に転がしておけ!」
「はい! 姐さん!!」
「うぐっ!」
 あぁ、ここでもか。
 年上の男にまでそう言われてしまっている。
 
 彼は店員ではない。店の雰囲気には全く合ってないが常連なのである。
 お陰で千冬とも少なくない面識がある。
 彼が素直に支持を聞くのは———空気、としか言いようが無い。

 年齢を偽っているとは言え———いや、だからこそ落ち込む。


 その時。

「———ぐあっ!」
 千冬の指示を受けて動いていた青年がヨロヨロと下がって来た。
 彼は苦鳴をもらしつつ、肩を抑えていた。指の隙間からは決して少なく無い血が流れている。

「大丈夫か?」
「ええ、大丈夫です姐さん……ただちょっと、こいつはおかしいですぜ」
 口調があれだった。愛称はマサとかケンに違いない。
 実は千冬、名前を覚えていない。

「ううぅぅ……ぐぅううぅうぅ……」
 千冬が倒したはずの男が起き上がった。
 その姿は尋常なものではない。

「おい……」
 焦点が合わず中空を見つめ苦しみ出し———

「あがああああああああああああああっ——————!!!!」

 そして。
 鼻面が突き出して牙がむき出しになり、青年の血が滴る爪が鋭く伸びた。

「は?」
 非常時において思考が硬直する事は死に繋がる事が多い。
 しかし、千冬はそうであっても生に最も近い反応を見せた。

 すなわち。

 ドゥゴフッ!

 木刀の切っ先が男の喉元に突き刺さった。
 殺気を感知した瞬間、瞬間的に突きを放ったのだ。
 それは千冬の意識外の咄嗟の反応と言えた。
 そうでなければ、一歩間違えれば死に至らしめる一撃など放たない。
 電光石火の危険極まりない急所突きは今度こそ男を沈黙させた。

「———なんだ? 今のは」
「さらっとあんな危ないのはよして下さいね。マナーを守らない客は客でないので別に良いのですが、反吐を吐かれたりすると店が汚れますので」
 え? ダメージ制限ってそれが理由なのか? 千冬は一瞬だけ頬を引きつらせた。

「反応は、何かしらの薬物依存症患者に似ていましたが———」
 荒く息を吐く千冬の傍でさすがにマスターが眉をひそめながら、倒れた男を見ていた。

「しかし、そんな、聞いたことがありません」
 その———変形———する麻薬など。

「確かに、怪力を発すると言われるフェンサイクリジンでもさすがにここまで劇的な身体の変形は無いですし」
「フェン……?」
「千冬さんは別に知らなくても良いですよ? ですが千冬さん……」
「マスター?」
 急にマスターが言い淀んだ。
 怪訝に思って千冬がマスターを見上げる。
 そこには冷や汗を流しているマスターが居た。

「裏口から逃げてください」
「マスター?」
「早く!」

 珍しいマスターの怒鳴り声を聞いた瞬間だった。

「「「「「ゴオオオオオオオオオオォォォォォォアアアアアアアアアア」」」」」

 轟声が響いた。
 あまりの大音量に店自体が振動しているような感じさえ受ける。

 失点だった。
 倒れた男に注意を向けすぎていた。

 店中の人間が、マスターと千冬を除いて同じ症例に襲われていたのだ。

「マスターは!」
「私も逃げます! 千冬さんは早く!」
 押し込められるように裏口に追いやられる。

 店の外に出ると、扉が施錠された。
「マスター!!」

 扉の奥からは大きな物音が聞こえる。
 千冬が叫べども叩けども、扉は開かない。

「———くそっ!」
 爪が掌を食い破り血を流す右手を扉に叩き付けた。

「———誰かに———」
 店の裏口から出た千冬は地獄絵図見た。

「うううぅぅぅ……」
「がああああああっ」
「ぐるるるる……」

 Berを出た通りに犇く同様の症例者を。

「まったく……唐突になんなんだこの三流映画は!」
 木刀をぶら下げる。

「上等だあああああああああっ!!!」
 内心に反し、そのときの千冬の口角はつり上がっていた。






 自分より身体能力の高いものとは戦いなれている千冬だった。
 練習相手は、ゲボックの作った生物兵器である。
 あれらは関節が変なところに合ったり、時々超能力としか思えないものを使うものも要るため、非常にやりづらい。
 それに比べれば。
 見た目どおりの野獣じみた身体能力だけでは、千冬の敵ではない。

「———ふっ」
 もう何度目か分からない、木刀を振るう。
 しかし、いかんせん数が多い。
 動きが単純な相手と言えど、油断は出来ない。
 実家ではどうなっているのか、一夏は無事なのか。
 この事態は何だ、絶対ゲボックに違いない、あの馬鹿今度は何をした。
 数を相手にしているときは走り続けるしかない。
 飛び掛ってきた一匹を地に叩き伏せ、すぐさま走り出す。

「くそっ! 雑念が多くなるっ!」
 疲労が溜まっていたのか、余計な思考が多くなる。

 そう言えば束は無事なのだろうか。
 近頃はゲボックの秘密基地に良く篭っている。
 一応千冬もおばさんには、『束も男の家に行くのは構わないけれど、年頃の娘だからお願いね』と頼まれている。
 ゲボックならその意味では安全だが、人としては外れる割合が跳ね上がる。
 あの二人は揃うとろくなことが無いのだ。
 最近、研究のジャンルが違ってきた二人だが、それでも別ジャンルなど関係なく、気楽によそ見出来る呆れた天才同士だ。
 人の道から外れそうになってもアクセルをべた踏みにするどころか、ニトロ積んでジェットでぶっ放すほどに危険極まりない。

 まあ、あの家も生物兵器がひしめいているから危険な事は何も無いだろう。

 無理やり思考に一区切りつけるが、一瞬遅かった。
 後ろから振り下ろされる爪、気付いても反応速度の限界が、千冬に絶望感を与える。

 極力ダメージを何とか減らせないものか。
 覚悟したときだった。

 ダムッ

 一発の銃声が、そいつを吹き飛ばした。
「……なん、だ?」
「よかった、当たってない」

 不安になる言葉を残して、銃声の主が姿を現した。
 年の頃は千冬と同じ頃だろうか。黒のパンツスーツと同色のベスト、革の手袋。それに同素材の靴をまとった出で立ち。
 何となく、バーテンの衣装を着た千冬に似ている。
 ショートカットの金髪を無造作に整えた少女が、硝煙を上げる銃を構えて佇んでいた。

「ねえ。貴女は人間かしら」
「その問いは悪意しか感じないぞ」
「あら、ごめんなさい」
 全く悪びれずにさらに銃を三発、吹っ飛ぶ同じ数の人影。

「……」
「これ? 大丈夫よ、出るのは衝撃波」
 銃を直視している千冬に気付いたのだろう、彼女はくるり、と銃を舞わす。
 そのまま握把で一人を殴り倒す。

「そんなもの、何時、何処で手に入れた?」
 千冬は四五体張り倒しながら少女の元へ駆け寄る。
 銃声は大きい。放っておいたら際限なく集まってくるのだ。
 その銃は妙だった。幼馴染みの顔が浮かんで来る。

「手に入れたのは昨日。場所は言えない。衝撃波が出るってのは知ってたけど、どれぐらいのが出るかはさっき撃って分かったわ」
「なるほどな、よかった、とはそう言う事か」
「大丈夫よ、当たっても死なないらしいし」
 少女も一緒に駆け出した。

「ぬけぬけと……織村だ」
「シャウト、よ」

 二人揃ってからはまさに快進撃だった。
 優秀な前衛と後衛が揃えば、身体能力任せで突っ込んでくるだけの獣同然の奴らなど敵ではない。

「撃ち慣れているな」
「だって私、銃社会の国の、人だものね」
「……この国には、銃刀法というものがある」
「法に引っかかる機構は無いわ。そう言う貴女だって、法には掛からないけど随分とした得物を持ってるようだし」
「仕方ない、緊急事態だしな」
「そ。緊急事態だものね。ところで、どこか行く当てがあるの?」
「ああ……」

 家に、と言いかけて口を噤む千冬。
 今、自分は大量の奴らを引きつけている状態だ。
 家に戻れば、大量に連れて行った奴らとそこでろう城をする羽目となる。
 家には、一夏がいる。万が一にも危険には晒すわけにはいかない。
 ではゲボックの秘密基地に———と考えて思いとどまる。

 さっきの思考とは反するかもしれないが、今。家は無事なのだろうか。

 思考の袋小路に突っ込まれた千冬は言い淀み———

———は〜い、テステス! 束さんはらぶりーちゃーみぃなマイクテス中だよ? 私の美声を聞け〜 ———
「うぉあったあ!」

 いきなり脳内に響いた甲高い束のヴォイスにバランスを崩し、盛大に転ける所だった。
 ギリギリで持ち直したのは千冬であるが故のさすが、としか言いようが無い。
 緊急事態でのギャグは、実際起こればとても致命的なのだ。

「ちょ、大丈夫?」
「……なんとか」

 漫才のようなやり取りの中でも、二人の攻撃が精彩を欠く事は無い。
 悲しいまでに見事だった。
 千冬の頭に響いた声はシャウトには当然ながら聞こえない。
 経験したのは初めてだが、ゲボックが自分の生物兵器と遠距離で連絡を取っていた何かだろう、とあたりは付ける。

 ……頭の中で思考を伝えれば良いのか?

———さっすが〜、ちーちゃんもうコツ掴んだの? さっすが〜 ———

 束の声。どうやら正解であったらしい。
 
 状況を把握したい。ゲボックはどうした?

———ん〜、ゲボ君は、ちょっとおねんね中かなあ? ———

 なに? まさかゲボックも?

———あはは〜、そこは大丈夫。セイウチになったいっくんに踏みつぶされただけだから———

 一夏が!? 束、一夏は大丈夫なのか!

———落ち着いてちーちゃん、いっくんは、元通りになってくーくー眠ってるよ———

 本当、か……?
 千冬は思わず胸を撫で下ろす。

———ちーちゃんも現金だねー。私はゲボ君が潰されたって言ったのに〜。ゲボ君、いっくんの事、潰されながらも治してくれたんだよ?———

 ……あ……すまない。
 一夏の事ばかり考えていて、全くゲボックの事を心配していなかった。
 本当、余裕が無い。
 恥ずかしくなるばかりの千冬だった。

———別に気にしてないからいいよっ。でもいっくん、何でセイウチなんだろうね? そうそう、ちーちゃん知ってる? セイウチの群れって ———

 すまないが、雑談は後にしてくれ。それよりゲボックと話をさせてくれ、この事態を。

———ああ、ちーちゃんは今の状況をゲボ君の仕業だと思ってるんだ———

 ……え?

———この事件は、ゲボ君が起こしたんじゃないよ? ———

 ……は?

———うんうん、その気持ちは分かるよ。束さんも絶ぇぇぇぇぇええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええっっっっっ対、ゲボ君がやったんだと思ってたし。本当? って何回も聞いたもん。でもね、ちゃーんと束さんは言質もとったよ? ゲボ君は、この事件を起こしても居ないし、この事件の原因とも言える薬物は作ってないよ———
 
 なんだ、って?

 そん、な……あ、すま、ない、束……。

———だーめ、後で一緒に謝ろう? ———

 ああ……分かった。

 穴があったら入りたい、とはこういう気分なのだろう。
 異常事態が起こればゲボック、束のせい。
 そう決めつけていた。
 決めつけて勝手に憤っていた。
 もし、今、会話していたのが束ではなくゲボックだったら。
 冷静に事実を受け止められただろうか。
 …………・・。



 それで、頼りっぱなしなのはすまないが、対処法は分かるか?

———それなら完璧! 万事オッケー!! ゲボ君が解毒薬作り終わってるから、ちょっと取りに来て? 今ちーちゃんちだから。
 いやー、実は今篭城してるんだよねぇ。『第二形態』になるとゲボ君の生物兵器と同じぐらい強くなるらしいし、それにゲボ君の生物兵器、生物ベースの子は取り込まれちゃったしにゃー。しっかあああああしっ! ここは備えあれば憂い無し、まさかリサイクル品だった灰の三番が無機物ベースの生物兵器だったから一番役に立って、何とか交戦できてるって感じ! あと、ゲボ君はいっくんに踏み潰されてしばらく使えないから、そっちに色々もって行けないし? あらら、冷静になってみると逆に……割と絶体絶命かも? ———

 分かった。今行く。後少々、保たせてくれ。
 うん、了解だぜえっ。束さんも、合流次第箒ちゃんの所行かなきゃ行けないし、やる事山積みだね!

 ……全然反省できていなかった。
 束も、大事な妹が居るのだ。一緒でないのだろう、心配で仕方ないに違いない。

———でも気をつけてね、ちーちゃん。さっきも言ったけど『第二形態』になって個性が出て来るとちょっと手強くなるから———

 は? 個性?

———そう、いっくんみたいに———

 どういう事だ? 今、襲ってくるのは一様に犬面で牙を剥き出し、かぎ爪を鋭利に延ばしているものしか見えないが……。

———あと、噛まれちゃ駄目だよ? この薬品、凄い浸透圧で全身の体液に浸透してるみたいだし……どれだけ希釈しても効果に殆ど変わりはないみたいだから……噛まれると、唾液から感染るよ? ———

 まるで狂犬病だな!?

———あー、そうだね、そんな感じだね! ちーちゃん頭良い!———

 天才の束に頭良いと言われても、複雑な気分にしかならないものだった。
 しかし、この事態の活路を見いだした事に一筋の光明を見た気がした。
 今までの会話中、それまでと一切変わる事無く奴らをあしらっている事が凄い。
 完全に、思考と動作が乖離していて、それで居て必要な行動をとっているのだから。

———さあて、いっくよ! 本邦初公開のぉおお、大・天・才!! 束さんの大発明———『壁の穴を埋めるバズーカ』!!———

 束も、まだまだ隠し種を持ってそうだった。
 千冬は意識を引き締め直し、意識を完全にこちらへ戻した。



「シャウト、一先ず私の家に向かうぞ、対処法が見つかりそうだ」


「……それの真偽も疑わしいけど……何より貴女本当に大丈夫!? 奴らの仲間になったりしないわよね?」
「……どういうことだ?」
「そりゃあねえ……だって貴女、急に目が空ろになったと思ったら百面相になって顔を青くしたり赤くしたりしてたし、本当に大丈夫?」
「……え?」

 一拍後、いつぞやゲボックに言った事を思い出す。



——————『ゲボック、その通話法についてだがな、やめる事をお勧めするんだが……何というか、危ない』——————



 ああああああああっ!!
 今の私はあの時のゲボックに似た姿をしていたのか。
 本気で死にたい。
 ゲボックに謝ったらその場で殺そう。

———理不尽な事を考える千冬だった。






———その瞬間。

「……なんか、気配が変わったみたいね」
「まさか———」
 これが、第二形態移行か?

 ビンゴ。

 千冬の懸念は的中する。
「ヴグルルルルウルルルウルっ!」
「ヒヒィィイィイイイーン!」
「パォオオオオオオオオーン!」
「シャギャアアアアアアアアアッ!」
「メエエエエエエエエエエエッ!」

 周囲で響き渡る、獣達の鼓舞。
 ブルドック、馬、象、狐、羊、狸、猫、駱駝、獅子、牛、etc,etc——————
 さっきは元となった人物の印象が強く残っていたため不気味だったが、これは笑いが止まらない。
 一転して様々な種類の獣と人が合わさったような、違和感しか振りまかない二足歩行の生き物が姿を現して来る。
 今まで以上にファンタジーだった。

「はっ———まるで動物園だな」
「余裕ねえ。私はいい加減疲れて来たのだけど」
「弾に余裕はあるか?」
「んー、後百発ぐらいは撃てるかな? 普通、熱や衝撃でとっくに駄目になるのに、これって無駄に頑丈なのよね」

「これからはどうやら手強くなっているらしいが、やり方は変わらん。一点突破で行くぞ」
「分かったわ。貴女前衛私後衛。それで良いわね」
「当てるなよ」
「貴女こそ取りこぼさないでね」
「言っていろ!」

 獣人の群れに突っ込んだ千冬は犬面の腕をかい潜り、脇腹に叩き付ける。
 筋肉の厚みの薄い所に鋼より強靭な一撃を叩き込まれ、さすがに動きを止めた所へ体当たり、後続の羊にぶつけると、怯んだ隙に逆袈裟で切り上げ、そのまま勢いを殺さず右へ。
 
 肘が右から食らいついて来た狐の顎を砕き、その後ろの駱駝のこめかみを、左下から伸びた木刀を逆袈裟の余韻で引き上げ、打ち抜く事で意識を消し飛ばす。
 さらにステップして一回転、踏み込んで身を沈みこませ、左から迫っていた象の臑に下段の居合いを叩き込む。

 象の筋肉は銃弾すら通さない。そもそも高質化した皮膚は、まさに鎧と言って過言ではない。
 強靭な筋肉で威力が半減され、弾かれるが、帰って来た木刀を己の身に添える千冬。
 
———刃無き木刀であるが故の戦術。これで、居合いの死に体は無くなった。

 自分の胸を貫くように延ばされる象の牙を木刀で受け、身をその勢いに逆らわず滑らせる。
 そのまま象頭の膝より頭が低くなるように姿勢を極限まで身を倒し、象の後ろへ通り抜ける。
 
 跳ね返したとはいえ、ただの象ではなく獣人であるため足の構造は人間と変わらない。人より遥かに分厚いとは言っても肉の少ない臑への一撃。与えた痛撃は相当だったのか、牙を繰り出した勢いのまま前のめりになる象。

 打たれなかった方の足で踏み込むがそこに背後から尾てい骨に一撃。
 振り向きもしなかった千冬の追撃だった。

 立て続けに守りの薄い所を一撃されて仰け反る象をシャウトにより連発された衝撃銃が止めを加える。
 他より一際強力な連撃を受けたせいか、牙を粉砕させ、ついに墜ちる象。

 先に進んだ千冬を両脇から馬が襲って来る。
 蹄をかわして跳躍した千冬はその頭上から睥睨、着地点に牛を発見。

 左右の馬が、勢い余っている所に銃撃が炸裂、吹き飛ぶ。
 そのまま連発された射撃は正面の牛は顎下に衝撃を与え、涎をまき散らし牛は仰け反った。

 先の象もそうだが、精確無比な射撃に千冬は頼もしさを覚える。
 右足を引き寄せ、勢いのまま左足を蹴撃の形に固め———

 半開きになっているその口に千冬の飛び蹴りが彗星の如く炸裂。
 臼のようになっている歯をまき散らす牛をそのまま倒して勢いのまま滑る。
 倒れた牛の体は獅子と狸を巻き込んで転がり、千冬はサーフボードの代用品となった牛から体勢を崩す事無くその身を降ろし、躊躇無くそれぞれのこめかみを蹴り抜いた。

 その後ろでは、最初に千冬に飛ばされた狼と、それと縺れて絡まっていた羊に止めを刺したシャウトが千冬を追って来ていた。

「ねえ……貴女、人間? 何今のジャンプ。どれだけ跳んだのよ、ねえ!」
「さあなっ!」



 二人の快進撃は、千冬の家まで後一キロ、と言う所まで続く。






 織斑家。

 そこには一人の少女と、眠っている二人の男が居た。
 束と、獣化が解けた一夏。潰されて実は重傷のゲボック。

 ゲボックの頭にはテープのようなものが貼付けてあり、
 そこから伸びた幾本かはパラボラのようなアンテナに伸び、残りは束のPDAに繋がっていた。

「んーふふー」
 鼻歌まじりに束はPDAを突ついて操作する。
 これも束の自作だ。指だけでは無い。一度に複数の情報入力手段が存在するハイスペック器で、鼻歌の旋律さえも、それには含まれる。まさに、常人ならば使いこなす事も不可能な代物だった。



 ゲボックが自分自身を改造した事で、特定の種の生物兵器と思念通話のようなものが出来る事は知っていた。
 正しくは、回線を生物兵器に開いてもらう事で送信が出来る、と言った感じだったが。

 束は機械を繋いで生物兵器の代用をして、さらに思念の偏重を整え、千冬と回線を繋いだのだ。
 生体関係の研究は束も必要だからやっていたが、ここまでオカルト臭のする技術は興味を抱いていなかった。
 そもそも、機械式で近い事は束も実践中だ。
 ゲボックのような方法も、やろうと思えば出来ない事も無いが、まず発想に繋がらない。

 本当に、ゲボックは面白い。
 四年間もの時間をよくぞ無駄にしたものだと。珍しく自分を叱責したい所である。



 表では、灰の三番が奮闘している。
 リリース落ちした個体でもこれだけの戦闘力とは、本当にゲボックの叡智には果てがない。
 それに勝つ千冬はまた、別として。

 PDAを操作して灰の三番の援護をしつつ、先程完成したばかりの『子』を調整、さらにゲボックのダメージの調整、意識への刺激を同時に行う。

———『子』———束は当然ながら子を宿した事は無い。しかし、ゲボックは自分の生み出した存在を『子』と呼んでいた。そこに普通の親としての感情が全くなかったとしても———ならば、そう言う遊戯もまた楽しいだろう。



 何故そう思うのかと問われれば、ゲボックの思考の先、意図さえも理解できるのは自分だけだという自負があるからだ、束はそう答えるだろう。
 通常は答えるのすら面倒で、そのくらい理解できないものに興味は無い、と切り捨てるだけだが。

 そして、自分自身がゲボックに劣っている気もまた、ありえない。ゲボックが専攻している事でも、理解できればそこまで追いつける。

 だが、それは向こうも同じだ。
 どれだけ突飛な、相手が思いつかない事を着想しようとも、気付けば同じになる。
 この、思念通話の技術のように。
 どうせ同じならば違う事をしよう。
 それが、最近の束のテーマだ。

 ゲボックは生体から機械が如き存在へのアプローチを。
 束は逆に機械から生体のような存在へのアプローチを。

 恐らく、最終的には一つの同じ点へ収斂していく。

 対し、違う事と言えば。
 
 ゲボックの求めるものが称賛であると言う事が束との違い。

 束と違い、ただ研究し続けるだけ、永遠に終わらない円周率の計算を延々と続けるだけでも楽しいのがゲボックと束の差異だ。

 だが、過程は束は考慮しない。
 その時、どんな風に立っているのか。
 現時点と結論しか束には興味が無い。

 自分と同じ所に容易に立つブラックボックス。

 これさえあれば、どんな事があろうと自分が退屈に苛まれる事は無い———



「ちーちゃん、あと二キロぐらいだよ、頑張ってねー」
 ゲボックを抱き寄せ、その耳———入力装置代わりになっている———に千冬への応援を囁く。
 千冬は再び頭に響く自分の声にびっくりしていた。

 自分の世界は、自分に優しいものだけで良い。
 それ以外は、何にだって邪魔されるわけにはいかない。



「ねえ、ゲボ君? 束さんは知ってるんだよ?」
 ゲボックの耳を塞いで、束は言う。

「確かにこの事件にゲボ君は関わっていない———でもね、それなら———どうしていっくんを治療する解毒薬を持っていたのかな?」

 懲りずに一夏を改造しようと織斑家に来たゲボックとただそれを余興に楽しむ為に来た束が見たのは、傷つける訳にも行かず、発症した一夏を拘束し続け、困り果てていた灰の三番だった。

 解毒しようとしたゲボックは絶妙なタイミングで第二形態のセイウチになった一夏に踏みつぶされていた。
 本当に間が悪いと言うか面白いと言うか。
 だが、しっかりしている所はある……。手に持っていた無針注射ですぐに一夏を元に戻したのだ。

 その後、質問する束に全く平静にゲボックは関係ないと言って、吐血直後ぶっ倒れた。
 ならば、本当に今回の件はゲボックの手によるものではない。

 ゲボックは、誤摩化そうとする事はあっても、絶対に二人に嘘を吐けない。
 というか、嘘をつこうとしたら目をそらすわ口笛吹くわ、動揺してどもるわで絶対にばれるのだ。



 ……だが、嘘をついていないし、隠し事もしていないと言う思考のもとでなら、確かに動揺は無い。
 まずいね。ゲボ君の習性を知っている人が他にも出て来たみたい。

 ゲボックは楽しい楽しい自分と千冬の『お友達』だ。
 絶対誰にも渡してやるわけにはいかない。

 そのためにも、この『子』にも頑張ってもらわなくちゃ。
 あとは、千冬をどう説得するかだ。
 束は、今後の行動を組み立てて行く。






 それは。砲弾のように二人の間に落下した。

「シャウト!」
 地面との激突、その衝撃に余波がまき散らされ、千冬はとっさに後退。

 まずい、しまったと舌打ちする。
 これがなんなのか、分からないが———
 シャウトと引き離された。

「くっくっク……」
 
 笑い声が聞こえた。
 聞き覚えがあるが、思い出せない。
 そのぐらい、千冬に取ってはどうでも良い程の重要度しか無い声である。
 人間、だった。
 五体満足、一分の隙もなく、人間である。
 顔面や、肌を覗く腕などにタトゥーのようなラインがはしっている。
 特に口の両端から耳の後ろへ流れて行くそれが禍々しさを醸し出していた。
 この特徴を除いても、やっぱり記憶に無い。

「ミぃいいイイイつけたぞ、オンナあああああアアアアアアアアアアアアッッッ——————!!!!」

 逆に、相手に取って千冬の重要度はかなり高そうだった。

 その思いの丈と言うか雄叫びと言うか……それは、今までの獣の咆哮に似て、しかし決定的に違っていた。
 含まれる人語。それは明らかに人の知性が存在する事を意味し、しかしそこに含まれる感情が人間の理性がそこに含まれている考慮を無用のものとしていた。

 かなり大柄な体型である。
 上下に着ているボディラインをあらわにする衣服にはその下の隆々とした筋組織を容易にイメージさせた。
 そして、見た目通り馬鹿そうで、単純、短気で粗暴そのものである。

 同じ男として、師匠やゲボックと比べるのもおこがましい有様で……。
 
 ……おい待て、何故今ゲボックが出た。
 やはり、男は師匠のように凛々しく、精悍としていなければ。
 自分の思考を必死に制御する千冬。

 一夏は是非そのように育てよう。灰の三番にも言い含めなければ———
 思考が脱線しかけたのを慌てて引き戻し、敵(としか思えない程こちらに敵意を向けている)の観察を再開する。

「あの体型、どこかで見たな……」
 何か引っかかるが記憶から出てこないもどかしさがある。
 
 こんな事を考えられるとは……。
 非常事態に段々慣れて来ているのかもしれない。

———ダムッ、ドム、ドッ———

「シャウト!?」
 しかし、その気もすぐに引き締まる。
 男の後ろの方からは何発も衝撃銃の発砲音が聞こえたのだ。
 それはどんどん引き離されているようで、男の横をすり抜けなければ彼女の方に向かう事は出来ないだろう。


「ヴぅうううガアアああああああああああッ!」

 何故か、周りの獣人はその声一つで引いて行く。
 それだけでも、シャウトとの合流の困難さは理解できた。
 今まで野の獣も同然だった獣人だったが、最悪この敵が居れば統制が取れる。
 種族は違えど似たような攻撃しかしてこなかったが、適材適所を当てはめられれば、そもそも生物としてのスペックはこちらが下だ。敵う訳が無い。

「……首謀者の関係者か?」
 それとも、これも何かしらの実験の過程なのか。

 ゲボックや束の動向を見て来た感想から言えば……。

———後者の線が濃厚か

 千冬は覚悟を決めた。

「あがあああああああああああああああっ!」
 獣人を遥かに上回る速度の突進で迫って来る。

 だが、単純なそれならば、今まで同じである。
 かい潜り、脇腹を打つ。

 ぐむ。

「!っ———堅いっ」
 象人を殴った時にも感じなかった密度。
 まるでゴムの塊を拳で打ったような違和感がする。

 その千冬に振り上げるような一撃が迫る。
 
 背筋をはしる寒気。
 予感がある。
 当たれば、防御の意味は無い。


 この敵の攻撃は全て、一撃必殺だと。


「ちぃっ———」
 転がり、その一撃をかいくぐる。
 かすった指が千冬の神を何本か毟っていく。
 その痛みが、千冬の神経をさらに鋭敏にした。

 感だけを頼りに、転がり様に両足を振り上げる。
 蹴りの為ではない。そんなもの、何の役にも立たない。
 その身をまっすぐ倒立させる。

 その身の芯をなぞるように。
 
 さっきまで千冬の胴があった所に———
 
 千冬の眼前を拳が落ちる。

 その時発した音を千冬は聞けなかった。
 一瞬灰色になる世界。聴覚はカットされた。
 脳の処理能力が、限界まで跳ね上がり、余計なものが削げ落されたのだ。
 これが緊急事態に感じるゆっくりとした世界か、と思う程に余裕ができる時間感覚。
 
 冗談じゃなく、拳で地面を割る瞬間を事細かく目の当たりにしてしまう。

 巫山戯た、なんてものではない。

 ゲボックの生物兵器とて、こんな膂力は無い。
 無駄だからだ。
 地面を割りたければ、別の攻撃手段を用いた方がエネルギーの効率がいい。

 それを震脚でもなく、わざわざ振り落とした拳で。
 どうやって勝つ?
 高速化した思考はあらゆる戦術を構築する……が。
 その殆どが自分の死で終わる。
 こんな事なら、ゲボックや束の護身武具を素直に貰っておけば良かったと公開する。
 あれは、明らかに過殺傷なんだよなあ。
 今は、無性に欲しくてたまらないが。

 唯一貰ったのはこの黒い木刀。『アレトゥーサ』だけである。
 この木はまだ生きている。
 寄生はされたくないものだ。

 待てよ?

 確か、漆黒のフラーレン(とか言うらしい)の強靭さと『アレトゥーサ』は植物故の構造を合わせた。あの攻撃があった筈。
 冗談だと聞き逃していたが———



 筋道は立った。
 後は全力を尽くして足掻くだけである。
 この手の賭けは思えば好みであった。
 例え百回に一回でも、最初の一回に出ればそれは確実だ。

 これから十と少しの年月後、まさか弟が似た思考を抱くとは思わず、千冬はうって出る。


 反動を付け、倒立のまま跳ぶ。
 身を猫のように捻り、少しでも男から離れるべく飛距離を稼ぐ。

 頬が熱い。
 間近で粉砕されたアスファルトが千冬の全身を抉っている。
 こめかみから流れるものと、切れた頬から流れる血が合流して顎を伝う。
 気にするものかと、千冬はアドレナリンを自覚する。

 割れた地面を一息に飛び越え、男は突っ込んで来る。
 振り上げた腕を、右方向へ時計回り。体を独楽のようにまわして回避。
 相変わらずとんでもない力と速度。巻き起こる風だけで肌が裂ける。

 男の腕は千冬の狙い通り、電柱をぶち抜いた。

 こちらに倒れ初める電柱。
 男の膂力ならば、片腕で払ってしまうだろう。
 まったく、なんなんだこいつは。
 くそ、やはり思い出せない。

 なぜ、獣人とセットになって来ているのだか。
 戦術を探る思考が余計なものまで引っ張って来る。
 即座に黙らせ、思考の全てを一点に注ぐ。
 
 千冬はタイミングの計測に全力をかけ、一回転を終了ささせる。
 相手は半身を返している段階だった。

 倒れて来る電柱。
 無造作に片手で払おうとしている瞬間。

「やああああああああああああっ—————————!!」
 気合い一拍、遠心力も加えて振り上げた木刀を膝裏に叩き込んだ。

 どんな膂力があろうとも。
 人体工学上、関節の向きに逆らう事は出来ない。

 さすがの男も体勢を崩した。
 タイミングを外され、電柱は違わず男の脳天に炸裂した。
 そこを起点に再度へし折れる電柱。
 電線は垂れ、紫電をまき散らす。

 そこでやった! とは思わない。
 のしかかって来る電柱を、男は反対の手で振り払う。
 まるで、直撃した発泡スチロールに対してやる様に。



「く———あっ!」
 無造作に払われ、飛んで行った電柱の端が千冬を掠める。
 それだけで激痛が脳髄に噛み付いた。

 だが止まらない。
 止まれば死しかない。
 全身のバネを用いてその身を跳ね上げる。
 同時に、振り下ろした木刀を全力で引き寄せるた。

 男は不安定な体勢で電柱を払った為か、半身からこちらに向き直るには一秒程かかりそうだ。

 それだけあれば有り余る。
 胸の前で構えた木刀を、男の口内に突き込んだ。

 口内は、あらゆる生物の弱点だ。
 そこを突かれれば、ひとたまりも無い。


 しかし。


 その希望も、男はあっさり、木刀に食らいつく事で叩き潰す。
「な———」



 フラーレンで出来た、ダイヤを凌駕する強度の木刀の先端が噛み折られていく。

 しかし、千冬が浮かべたのは絶望ではなく、己の算段が通った会心の笑みだ。
「んてなあああああっ———!」

 生物たる木刀は、折られる事に生命の危機を感じ、防衛反応をおこす。
 すなわち。

「ぶがあああああああああああっっっっっっっ!?!!??」  

 吸っていた水を、フラーレンと言う強固な素材で極限まで圧縮し、先端から射出。
 鋼鉄すら容易に両断する水圧カッターは男の口内で炸裂し、後頭部から抜けた。
 もう一度言うのだが、口内は生物共通の急所だ。



 一瞬の躊躇も、作戦成功の余韻も見せず、千冬はそこから全力で退避する。
 折れた電柱。散らばる電線。
 木刀から出た生理電解水。
 この組み合わせが意味するものは。

 がつんっ!

 殴りつけるような音の一瞬の発光。
 配電線を流れる電圧は、一般家庭用とは異なり、六千ボルトに達する。
 一瞬でショートし、電線は焼き切れた。



「はぁ、はあ———ふぅ……すまん、助かった」
 はあ、と。
 千冬はようやく、一息をついた。
 先端を食い折られた木刀に礼を言う。
 これが無ければ死んでいた。

 電柱が掠めた左肩を抑える。
 急いで家に向かわなければ。

 今はこの男が命じたからだろう。
 シャウトが大半を連れて行ってくれたのか、それとも命令の内容はそれだったのか。
 助け出そうにも、今時分が行けば逆に足手まといにしかならない。
 一端、休息を取らなければならない。

 あまりの集中に疲労困憊だ。獣人が集まってくる前にどうにかしなければ、今の自分は対処できるか分からない。
 今までの快進撃は、優秀な後衛が居てこそである。
 これからは身を潜めて確実に———

「ヂくしョう……」
「なっ———」

 男はあちこちを焦がしながらこちらを睨みつけていた。
 なんと言う殺気か。

 喉を突き破られ、そもそも無事な筈が無い。
 脊椎は確実に損傷し、倒れていないのも異常すぎる。



 男は、怨嗟のうめきを延々と放出する。

「殺しテやる殺シてやる殺してヤる殺してやルコロしてやる殺しテやる殺シてやる殺してヤる殺してやルコロしてやる殺しテやる殺シてやる殺してヤる殺してやルコロしてやる殺しテやる殺シてやる殺してヤる殺してやルコロしてやる殺しテやる殺シてやる殺してヤる殺してやルコロしてやる殺しテやる殺シてやる殺してヤる殺してやルコロしてやる殺しテやる殺シてやる殺してヤる殺してやルコロしてやる————————————!!」

 くぐもった声。
 そこで千冬は気付いた。
 この声は、合成音声だ。
 損傷を受け、それでようやく電子的に合成した音声特有のダミが聞こえて来たのである。

 ボロボロと男の着ていた衣類が崩れる。
 高圧電流で発熱した男の表皮で溶け、または炭化したようだ。

 そこから見た素肌に見えるのは、顔面同様の謎の入れ墨のライン。



 否。

 それは感覚素子センサーグリッドだ。その線が全身、一気に割れた。
 その隙間から飛び出すケーブル、チューブ、センサー。などなど、通常、人類の内部に無いものが顔を覗かせる。

 途端、男の体は、内側と外側がひっくり返る…………

「コロシテヤルコロシテヤ———」

 男の声だけが、公園に響く。



 それは、全身機械化人間サイボーグだった。

 しかも、ただのサイボーグではない。だが、その特別とされた機能は発揮される事が無かった。
 これまで、完全な適合者が居ない為、ただのサイボーグとしてしか機能していなかった。

 ———尤も、それでも、これまでの戦闘兵器を遥かに上回る有効性を示していた。
 それは千冬との戦闘で見せたこれまでで十分証明している。

 では、適正とは何か。
 今回の稼働に置いて、男が力に飲み込まれ、ただ振り回しているだけの様を見れば、寧ろ人選を誤ったように思えるだろう。
 冷静に男が戦っていれば、千冬に勝機は無かった筈だ。



———だが———



 それにある最大の特徴。
 内部にある人体の特定の感情———主として闘争心を食らって形状を形成する、精神感応金属によって構成されている肉体を最大限に生かす為には、とある適正が必要だった。

 それは、抑圧された圧倒的なまでの攻撃衝動。
 普通に暴力を振るうだけでは発散される事の無い理不尽な憤怒。

 それを持ちやすい、特定の家系、レヴェナの眷属と言われる世界中に分布する血統。しかも先祖帰りをおこし、尚かつその攻撃性が最も高まる……思春期頃の、男子。

 それが、彼である。

 一般的に、男子の方が視覚的イメージを情報として尊重しやすい、と言う特徴がある。
 方向音痴が女性に多いのはそのためだ、とも言われている。

 それは、容易に変身願望を精密に描き出す。



 望むものは———おおかみ。
 


 月に吠える願いが、敵意が、そのまま形状を完成させる。
 ずっと彼の胸の内に眠っていた、しかし物理的に表出する事の出来なかった怒りが鋼の獣を完成させる。
 精神感応金属が喉の傷を埋め、全身を変形とともに修復していく。

 鋼の人狼。
 直立すれば身の丈三メートルはあるだろうか。
 背を曲げ、それよりは低いだろうがその巨躯の迫力は尋常ではない。
 明らかに質量保存の法則を無視して変形を完了させた男は——————
 今度こそ、見た目にふさわしい、遠吠えをあげた。

 千冬の眼前で、生まれたばかりの赤子のように。









「はい———Sです」
 離れたビルからスコープで覗いていたシャウトは金髪を掻き揚げつつ、連絡する。
 その周囲も獣人が居ない訳ではない。
 彼女の手にあるのは笛だった。
 くるくる振り回され、空気を振るわせている筈だが、周囲には風を切る音しか響かない。
———人間には

 逆に、獣人を問答無用で蹴散らす機能が付与された特殊音波を放つ高周波専門の笛である。
 ある意味超強力な犬笛と言えよう。
 これがある限り、獣人はシャウトに近付く事さえ出来ない。



「ええ、こちらでも確認しました。成功です。Were Imagineヴェア・イマジン完全稼働、モニターを継続します」



 夜はまだ、終わらない。



[27648] 遭遇編 第 4話  中等期、関わり始める世界、後編
Name: 九十欠◆82f89e93 ID:a6979411
Date: 2012/03/30 23:26
 天才には往々として、似通った障害を患う事が多い。
 それは、突出した『才』故の弊害なのか、なんらかの欠損を伴うケースである。



 サヴァン症候群とガンツフェルト症候群。

 聞いた事がある人も多い事だろう。
 後者は創作物の代物であるが、そもそも元となったネタはガンツフェルト実験と名付けられたものであり、調べれば充分に話題に挙げられるものと言えるだろう。



 さて、話を戻そう。

 前者、サヴァン症候群は賢者症候群と表す事ができる。
 知能や社交性に障害、あるいはなんらかの身体的欠損を有した人物がある特定の分野に比類無き才能を示す症例だ。



 こんな話がある。
 ある、コミュニケーション能力に欠けた青年がいた。
 人前に出るとパニック症状を起こしてしまうのだ。

 そんな彼に、一つの転機が訪れたのは、友人の気紛れによるものだった。

 途方も無い根気と時間を掛けて、彼と意思を交わす事ができるようになった友人がある日、彼に一冊のスケッチブックとHBの鉛筆をプレゼントしたのだ。

 友人は何の気無しに彼にプレゼントしたに違いない。
 心理テストで、子供に好きに描かせその心情を推し量るという事をどこかで聞いていた為かもしれない。

 彼との交流で、自然とその手の知識に食指が伸びるのは当然と言えよう。






———そして、友人が見たその作品は。

 友人のみならず、見るもの全てが息を呑む程の代物であった。

 真っ白な画用紙に描き出されたのは、真正面から捉えられた石造りの美術館。

 極めて正確に———

 石柱の亀裂一つ一つに至るまで正確に描写され、まるでモノクロ写真を現像したかの様な傑作。
 初めて写生画を描いたとは誰も信じ得ぬものであった。

 後に友人は語る。
 彼程、正確に世界をありのまま見ている存在は居ないだろう、と。

 どうしても人が見ている『世界』は観測者の主観が入り込み、実際のものに比べ歪みが生じる。

 彼には一切それがなかった。
———極めて完全な、写真記憶能力。

 人が無意識に行う視覚情報の、言語情報化。
 それを一切排したある意味一つの障害。

 無論、それだけではこの傑作は日の目を見る事はなかった。
 彼の脳内にある複写された瓜二つの世界。
 それをアウトプットする術があったからこそ、彼の『世界』が他者の知るところとなり得たのである。

 正確無比な写真記憶能力。
 そしてそれを描き出す絵画の才。
 それらを併せ持っていたお陰で、偶々他人は彼の世界を本の僅かだけ、垣間見る事ができたにすぎないのだ。



 人は一人では決して生きていはいけない。
 それなのに、殆ど人と接する事が出来ないという障害を代償に。

 彼は世界をありのままに感じる事ができる———いや、感じる事しか出来ない脳を得たのである。



 ガンツフェルト症候群についてはまたの機会に述べるとして———ゲボックは自分でも(偏っていると)考えている。

 やろうと思えばなんでもできる筈、何だって作り出せると。
 だけど、芸術的な行動は苦手で、人が感動する様なものを作り出す事は出来ないと。



———そんなもの、真の欠陥に比すれば些細なものでしか無いと言うのに



 ゲボックのその精神、根幹に根ざす衝動は単純明快。



『ねぇ、今度はこんな事ができたよ! ねぇ、凄い? 凄いでしょ! なら褒めて! もっと褒めて!!』



 幼子ならば誰でも抱く、拙い願い。
 しかし、同じ事を続けていては、やがて褒められなくなる。
 ならば次を。
 もっと凄い課題を。
 もっと凄い目標を。

 このサイクルはいずれ壁に当たり、その克服の為に誰しもが考え、人としてその心は成長する。
 だがゲボックは天才だった。
 目標を悉くこなした。
 天才だと褒め称えられた。

 だからもっと———もっと、と。

 彼の精神は幼いまま、人知を超えた知能を携え。
 幼い精神のまま、歪な大樹へと育まれる。

 際限なく研究を。
 果て無き賛辞を。
 研究を繰り返し、実験し観察し、それをもってさらなる研究を。

 あらゆる———人としてなくてはならないものを微塵も考慮せず、全く意識もせずに。
 ゲボックの科学と称賛の流転は止まらない。

 彼の知能は悉く夢想を実現化させる。
 その代償として、精神の熟成を阻害させながら。

 彼の人間性など考慮せぬ、頭脳を利用しようとする者達がその狂気とも言える恐るべき事実に気付くのは———






———何時だって、全てが手遅れになった後であった






 喫茶店。
 そのオープンテラス。
 ウェイターが「お待たせしました」と必死に構築する怪訝な笑顔を浮かべながら、料理を差し出し———

 どう見ても中学生頃、金髪の白人男女の前に食器を迷わせ———

———合席していた少女に、当然彼のよ、と目配せを受けて慌てて一礼し、去って行く。

「Marverous! これを待ってましたよ!!」
 右手がペンチ、左手がドリルと言う冗談の様な義手を振り回していた少年が万歳をする。

 本当に煩く騒いでいたものである。
 金属製の両腕をガンガン机に打ち鳴らし、よりにもよって『お子様ランチ』を注文していた———料理が来る迄の間は、並の精神の持ち主なら顔から火が吹き出てナパーム噴出機になる程であろう。

 金髪ショートカットの少女——— “S” ことシャウトはそんな表情など微塵も浮かべなかった。頬肘を突きながら、奇妙な印象のゲボックを興味深そうに観察するだけである。

 不思議な印象の少年だった。
 非常に中性的な———男とも女とも、更には老人にも幼子にも見える、非常に一定しない曖昧な印象の持ち主であった。

 それでいて強烈なキャラクターを振りまいて居る。

 どう見ても幼児性退行者かその手のロールプレイを嗜む変態、果ては知的障害者———と言うと知的障害者に失礼な程しっちゃかめっちゃかな言動の持ち主。

 それが、現在彼女のいる組織でも扱いに手をこまねいていると言う超絶兵器、<Were・Imagine>を独力で開発してしまった鬼才だと言うでは無いか。


「ねえ、ドクター?」
「うふふふ、美味しそうですねえ」
 チキンライスの山に日の丸印の旗を次から次へと突き立てる少年は聞いて居なかった。
 ちゃきり、とステーキ用のナイフを取り出すシャウト。

 途端に少年はガバリとこちらに視線を移した。
 静かにナイフを戻す。
———殺気を気取られた!?

「そう言えば! 小生の渡した獣除けの笛の効果、どうでしたか?」

 そう聞いて、ホッと内心安堵するシャウト。
 考えすぎか。

「ええ、ばっちりだったわ、一体、どういう仕組みなのかしら」

「それは良かったです。『小生の作った麻薬で産まれた獣人』でしか試していませんでしたので。ですけど、フユちゃんでさえも微妙に避けましたので効果はバッチリだった筈ですよ!」

 効果を実証して居なかったのと内心冷や汗を流すシャウト。
 しかし、獣人は、少年も作り出せるのか。
 先のマシンとはジャンルが全く違うだろうに。


 後……効くのか……千冬にも。


「あ、それに効果ですか? あの笛は本来、人間には聴こえない可聴域で根源的に嫌悪する音を出すのです」

 硝子を引っ掻く時の音の様なものだろうか。

「とは言っても獣によって嫌う音というのはそれぞれ違うでしょ? だから最初に聴覚から脳にアクセスして脳内から『一番嫌な音』を引っ張り出してぎゅーぎゅーに押し固めてドバンと開放するんです! 自分の知る限り最も嫌な音を何倍にもして聞かされるわけですから一発で気絶しちゃうんですね!」

「そう……それはすごいわね」
 言動とは逆に、内心では相当動揺していた。
 想像以上にとんでもない代物だった様である。

 嘘をついている様には見えない。
 相手に合わせて、最も嫌う音を生み出す———相手の脳から。
 そんなもの、どうやって防げと言うのだ。

「それにしても、<人/機>わーいマシンの起動実験に示し合わせたかの様に起きたこの獣人事件は何だったんでしょうね? フユちゃんやタバちゃん、いっくんとかも危ない目に会いましたし。灰の三番や茶の三番も結構直すの大変でしたよ」



———さて

 今迄は任務だったが気が変わって行くのを自覚する。
 ブツブツ文句を言っている少年の前で、シャウトはさらに少年を値踏みする。

 彼は一体何なのか。
 シャウトが感じるのは『世界とずれている』であった。
———見慣れた……いや、見飽きたからこそ分かる、この世界との間に明確に生じている『ズレ』。
 紛れもない。彼を中心にそのズレは生じていた。
 彼本人は気にも止めて居ないが、そのズレのために彼は酷く生きずらい生涯を過ごすのだろう。



 何故か……。
 その事が酷く気に入らなかった。



 シャウトには、明確になっていない、形さえもあやふやな『願い』がある。
 自分自身にも分からないその願望が分からない事実は、ずっとシャウト自身に緩慢な諦観と鬱屈を与え続けていた。

 願いが分からないからその解消法も分からない。
 袋小路でゆっくりと酸素濃度を下げられているかのような、生きている感覚と死んでいる感覚が同居した様な脱力感。

 それが———
 少し、解消された気がした。

 無論、それは錯覚に決まっている。

 だが、ずっと抑圧されていたシャウトは、世界に対して憎悪と迄はいかなくても、殺意のようなものは抱いていた。
 どうして、自分は世界に受け入れられないのか。

———どうして、世界の現状に自分は納得できないのか

 少年に共感を抱いたわけでは無い。
 こんな存在と何かが共有できるのは、同質の狂人だけだ。

 だけれども。
 今自分と同じように、世界の隙間で生きて居る少年が、己のあるがままに『自分』を広げて行けば。

 世界の方が、ただで済む筈も無いという、単なる純粋な好奇心だった。

———『ズレ』ている彼自身の存在が世界を塗り潰せば、世界はどんな顔をシャウトに見せてくれるのだろうか

 『今の世界』を、『彼の世界』が広げ押しつぶしたらどうだろうか。

 抑圧されている少年が、あるがまま、思うがままに世界を圧倒してけば、どれだけ世界の顔は様変わりするのだろうか。
 その果てに、自分も———見えるものが何か、変わるのだろうか。

———そうすれば、自分自身に蟠っている、何か……。『それ』が分かるかもしれないと———



「ドクター、あなたの<Were・Imagine>について教えて欲しいのだけれど」
「困りましたね〜、困ってしまいましたよ」
 少年はまだ愚痴っていた。
「ドクター?」
 少年には聞こえて居ない。
 シャウトは静かにさっき下ろしたナイフをもう一度持ち上げて。

「今後、こんな事が起きても大丈夫な様にフユちゃ———ズガァッ!! ———うっひゃあ! 何ですか一体!」
 少年の顔、そのすぐ横にナイフが突き刺さっていた。

「ドクター? お話を聞いていただけますか?」
 やっぱり食器のナイフじゃ重心が安定しないわね。などと、今何をしたのかなど全く意に介せずシャウトは続けた。

「こわっ! いけないですよ! ナイフは食事に使うものであって人に投げつけるものじゃ無いですから!? どうして小生の周りの女の子は皆揃って攻撃に移るタガがゆるいのでしょ? もう帰りたいです……ッ!! はいぃぃぃ、何ですかァ!!」

 にこにこ微笑まれつつ、次のナイフを取り出す様子をじっくり見せつけられたので、素直に少年は話を聞く体勢にうつった。
「ドクター、<Were・Imagine>について」
 ナイフを弄びながら再度述べる。
 彼女の纏う空気が『次はブッ刺す!』と大声と語っていた。

 少年はダラダラ脂汗を流しながら回答する。

「うぇあ……あー! あー! オウオウ、<人/機>わーいマシンの事ですね?」
「……わーいましん……?」
「今言った<Were・Imagine>以外にも、あれには語源があるのですよ! それぞズバリ<Were・Machine>ワー・マシン!! それら二つの語源を併せ持つようモジってみました? どうです? その性質をよく表しているでしょ??」

 話しているうちに空気が反転した。
 その全身から、嬉しさを溢れ出しながら少年は両手を振り回す。
 一体どうやっているのか、少年はペンチとドリルで器用にスプーンとナイフをふるっている。

「それで、何を最たるものとしているのかしら」
「聞きたいのですか? 聞きたいのですね! 分かりました! 皆皆、話の途中で勝手に打ち切っちゃうんです不満爆発だったのですよ! 良くぞ聞いてくれました! そもそもです—————————」

 ドカカッ———!

 襟が椅子に縫い付けられていた。
 フォークで。

「本題を」
「わわわ、分かりましたよ……女の子は本当に怖いですね」
 うーんうーん、と必死にフォークを抜いてから、少年は語り出す事にした。

「お願いします———Dr.ゲボック」



 少年はゲボックだった。
 言う迄もなく、バレバレである。






———Were Imagine.

 開発者による呼称は<人/機>わーいマシン
 到達すべき機能はただ一つ。

 搭載された生体ユニットの変身願望を成就させる事。

 人は誰しも精神の奥底に変身願望が存在する。

 それは、芋虫が蛹を経て蝶へと羽化するような劇的なものから、身近な信頼する人物のようになりたい、というものに至る迄様々だ。

 <人/機>わーいマシンがサイボーグであるのは『変身願望を叶える』という機能を与えるために必要であったからのと、パトロンからサイボーグを要求されていた、という事に他ならない。

 いずれ、いや、ゲボックが望めば、すぐにでも変身願望通りに変身する薬が開発されるだろう。
 もう既に獣人にはなれるのだ。その程度、容易いだろう。

 重要なのは、機械の血肉でありながら、搭載者の願望通り変身する事だ。
 サイボーグに変形のギミックを仕込むのは容易い。
 だが、搭載者の願望通りとなると話は違う。
 開発の段階で、変形の姿を描くのとは訳が違う。

 それを問題点を解決したのは精神感応金属『シンドリー』だった。
 搭載者の脳波を観測し、機体を望む通りに変形させる。
 こうして、望み通りの機能を鋼の肉体で駆動させる。



———筈であった



 ここ迄は容易かったのだ。
 しかし、システム的には完璧でも、そこに組み込まれる人体の方に適性がなかった。

 まず、女性では『変形』が起動しなかった。
 女性は男性に比べ、現実主義であり、変身願望を真には望まず、造形のイメージ力が脳構造的に足りなかったのである。
 よって、明確なイメージを与えられず、よしんば変形が始まっても一定の形に定まらなかったのである。

 次に、肉体の変形に脳が追いつかなかったのである。
 誰しも変身願望は持っている。
 しかし、同時に『自分の形』像もまた、誰だって明確に描いているのだ。
 それが突然に切り替わってしまえば、それを操る脳が混乱して途端に役立たずになってしまうのも道理である。

 暗示や脳に思考補助を取り付ける事も考えたが、それではどうしても望む形態への自由性が損なわれる。
 それならば、初めから決まった変形機構を取り付けた方が手っ取り早いのだ。性別問わず使用する事もできるし、費用も数桁取り下がる。

 そんな中、発見された。
 前頭葉よりも脳幹の方が活発に発動する———つまり、本能に忠実な、獣じみた衝動的な人種を。

 脳幹———ワニの脳とも言われる、脳の中でも比較的原始的な部位に当たる部分の制御優先度が、一般人をはるかに上回る人間を。
 さらにその人種は、大脳辺縁系を自己暗示で活性化させ易い事も判明した。
 その結果生まれるのが衝動的な欲望への堪えが効かない、運動神経に優れた人間だ。
 常人をはるかに上回るその身体駆動は他者を圧倒し、
 欲望のまま暴虐を振るう。
 実は運動選手や格闘家のなかに非常に多数、存在していたりする。

 だが、その事実が判明するのは、その様な『功績』が出てからであり、劣性遺伝なのか発現が非常に少なく、肉親を探してもなかなか存在しない。
 成長と共に暴力性は収まっていくらしく、社会人となる頃には至って普通に社会に溶け込んでいるらしい。

 そして、そうなっては『使えない』のだ。
 さらに求めているのは、その特徴を備えていながらさらに想像力に優れた若い脳なのだ。



 ゲボックによれば、ソフトウェアだけではなく、肉体ハードウェアも……つまり完全獣化できる、『祖たるレヴェナの眷族』なるものも論理上存在する筈だが、混血が進んだせいなのか、環境開発に追いやられ滅んだのか、オカルトじみた彼らは見つからなかった。
 ゲボックによれば、生体組織のみでそれを成し遂げるその種族は逆に、月に一度サブの脳を作り出せる女性のみが、完全獣化できる筈なのだそうだ。

 なお、これらの事は地球の生命の進化系統樹から推測したのだと言う。
 推測では誰も信じない———筈だが、彼はその推測でいくつかの新種を居場所から生態に至るまで予測し、的中させて居る。
 ゲボックは、地形、環境の変化から気象による外来生物の移動なども全てシュミレーションし、生命の淘汰を計算済みであったのである。

 なお、例の麻薬の場合は、彼女らを再現するため、新しい肉体の制御用として、擬似的にサブの脳髄を構築するようになっている。



 だが今回、条件に適合する検体が手に入った。
 日頃からの非・社会的行動により家族は精神的に疲弊しており、施設へ入れるよう勧めたらあっさり身柄を手にする事ができた。

 さらに<人/機>わーいマシンは、可変の際、獣化麻薬を搭載者の脳に部分的に投与する。
 薬物によって脳———肉体駆動に関する部分を肉体の形通りにしてしまう事で精神と肉体を完全に一致させ———



 その結果生まれるのは———



「U——————ガAァアァぁぁァアあアアァぁァAァッ!!!」

 あたかも生物の様に代謝する、人の手によって組まれた鋼の肉体、それを駆使し切る圧倒的運動性能を演算する生体脳。
 野獣の本能に従い、未来予知と言っても差し支えない第六感を鋭敏に反応させ、人間の判断をはるかに上回る最適行動解を取り続ける。
 されどその内には人間としての知性や感情を宿し、敵を欺く。
 ただ———理性や倫理と言った戦闘に不要なものは排除された。

 鋼鉄製の、完全に破壊のためだけの半機械生命体。
 <人/機>わーいマシンなどという巫山戯た名前をつけられるには———あまりにも、あまりにも圧倒的で凶悪すぎる存在だった。








 <人/機>わーいマシンに搭載された青年と違い、千冬の生物としての本能は確かなものだった。

「———くっ!」
 それが完全に変形を終える前に、全力で逃走を始めたのである。

 電柱が掠めた腕を庇い、それでも普通の人間からは比べものにならないほどの俊敏さで走り出す。
 なお手放さぬ『アレトゥーサ』こそが、千冬が生を諦めて居ない強靭な精神力の証拠だった。

 一体——————何なんだ、あれは。
 冷静さは消えなかった。だが、さしもの千冬もあれだけのモノを見れば恐怖を抱く。



 人間の全身に亀裂が入り———その———裏返るなどとは。
 さらには膨れ上がり、明らかに元の質量をはるかに上回っている。

 それに———なんだ? この遠吠えは。
 この事件の当初、なんの三流映画だと言ったが、これはそれどころではない。

 あれがゲボックの手によらぬモノなら、一体この世は何時の間に千冬の知らぬ世界に変わり果ててしまったのか。
 実際、獣人はともかく、今の魔獣はゲボックの手によるものなのだが、どちらも獣の形になると言う事から一緒くたにしてしまっていた。

 千冬はガソリンスタンドと並んだ中古車センターに向かっていた。
 燃料をスタンドに補充する前に運転手が獣化したのだろう。
 給油用のケーブルが転がっていた。

 攻撃に……使えるか?

 一瞬そんな考えが頭をよぎるが、そんな余地が無いのは分かっている。
 人間の生身で出せる攻撃力で倒すのはまず不可能だ。

 撃破よりも、一秒でも早くこの場を離脱する事が最重要項目であった。

 だが、走っていては絶対に追いつかれるのは明白だ。
 それに、獣の姿をしているのだ。
 こちらを何らかの形で探知できるのは充分想定内だ。

 車の運転方はわからない。
 単車の方なら何とかなる。
 当然、年齢的に法令違反だ。

 Barのバイトで年齢を誤魔化しているせいか、客の自慢話を聞いている内に何となくわかったのだ。

 いきなりの博打だが、やらねば命が無いのは明白で———



 ど——————

 その瞬間は、本当に何が起こったのか分からなかった。

——————かンッ

 意識が、飛んだ。



「うぐ、くぅ……な、何が起こった……?」
 周囲の景色は気付けば一変していた。
 まるで竜巻に会ったかのように瓦礫の山へと。
 超局所的な天災にあったかのような有様にぞっとするしかない。

 何故、私は生きている?

 痛むのが肩だけではなく全身になってしまったので、千冬はヤケクソになって立ち上がった。

 運良く側に転がっていた『アレトゥーサ』を手に取り、千冬は見た。

 向かおうとしていた500m程先の中古車センターに一直線に弾丸が突っ込んだような、巨大な轍が生まれていたのだ。
 その車線上にあった車両はクズ紙のように引き裂かれ、その終着点にあった重機に捩り込むように<人/機>わーいマシンがめり込んでいる。

「呆れた奴だ……ただ、突っ込んだだけでこれ程とはな……」
 流石に脳が最適化されても可変直後、体と意識が完全に合致して居ないのだろう。
 千冬を跳ね飛ばすコースを取ったつもりが逸れたのだ。

 されど、それでも充分。
 それでなお、この被害。

 掠めるどころか、近くを移動しているだけで吹き飛ばす。

「どう考えても、バイクなんかより早く走ってきそうだな……」

 軽口を叩く間にも千冬は逃走手段を探す。
 <人/機>わーいマシンは体をアッサリ重機から引き抜き、全身に刺青のように走るセンサーグリッドを働かせていた。
 当然、最新鋭の探索機器はすぐさま千冬を発見する。

「ミぃつケたぁ……」
 眼球に見える視覚センサーが、千冬の視線と交錯した。
 ただのレンズにすぎない筈だが、その奥に人の『脳』があるからなのか、人の瞳と同じ、意思を感じる。
 見た目が4m程の巨大狼男だからより一層不気味だった。

「おのれっ、しつこい男は嫌われるぞッ!」
 一体いつこの男に恨まれたのか、完全に忘れ切っている千冬にはわからない。

 『足』は間に合わない。
 跨いだぐらいで突っ込んでくる。鍵を探る暇もない。

 積んだ。
 見つけられたのが早すぎたのだ。
 人間があれ相手に一体、何をすればいいのだ。

 自分よりも大切な一夏の笑顔が脳裏を過った。


 幼馴染の姉妹が瞬きの瞬間、目蓋の裏に垣間見えた。



 そして……花束を持って笑む———



———巫山戯るな
 私は、まだ、こんな訳の分からない、人の妄想から出てきた様な訳のわからないモノに殺される訳にはいかない。

 最後まで足掻いてやる。

 4mの巨躯が身を沈めた。
 来るつもりだ。

 ぎりっ、と奥歯が鳴る。



———これが☆を滅ぼす魔法……メテ◯だよんッ!!
「……おい」

 脱力した。

 ついさっき聞いていたはずの、脳内に響くその高い声。
 なのにやけに久々に聞いたかの様に懐しく感じる。
 脳に直接届く電波であろうと。
 普段はやけに耳に掛かって鬱陶しく思っても。
 緊張からの開放と言う意味で、千冬の心は救われたのだ。

 走馬灯まで見たのになんともな……と、息を吐かざるをえなかった。



 空の向こうから<人/機>わーいマシン目掛けて正真正銘、『本物』の隕石が降って来るまでは。



「なあああああああぁッ!?」
 一転して、慌てて体を伏せる千冬。

 流石に慌てて、突っ込んでくる方向を捻じ曲げ、回避する<人/機>わーいマシン
 その第六感は凄まじく高精度で、隕石を回避する。

 地表に炸裂する隕石。
 咄嗟に伏せたのは正解だった。

 衝撃波が全身を襲う。
 再度クレーターが掘りなおされ、土砂が体に降り注ぐ。 
 周囲の瓦礫が石の破片から千冬を守ったが、それでも凄まじい衝撃波が全身を通り過ぎて行った。
 しかし、敵の鋭敏性は音速超過のそれを回避して退けていた。



———なんてこったぁ、外れちゃったよ? うにゅにゅにゅッ!! 犬の分際で生意気なっ

 束、今のは何だ?
 目の当たりにしたモノを信じられず、通信をとる千冬。

———え? 分からなかった? 束さんの将来、敵になる奴に叩き落とす為に用意して置いたお星様だよっ! 火星付近のアステロイドベルトから引っ張ってきた純レアメタル製の本物ばっちり! ちーちゃんの玉の肌に傷をつけたそいつを今潰してあげるからね!

———あ、小生は今そっちに行きますね

 その思念通話にゲボックが介入して来た。

———おー、ゲボ君復活したの? まるでゾンビみたい!

———ケ◯ルでは回復するだけなので大丈夫ですよ! いやいやいいモノを見せていただきました! ぜひとも実験したいのですが今はそんな暇じゃ無いので、またにしましょう。いっくんがセイウチになるとは思いませんでした。あれはハーレムを作る獣なんで、素養的にきっと将来いっくんはモテモテですね! ちなみに関係ない事なんですけど、小生自身はちょっと骨が八箇所ぐらい折れて内臓が三つぐらい潰れているだけですから気にしなくても大丈夫ですよ

「あぁ、それはよか…………ん?」

 ゲボック、それは……!
 完全に重傷だろうがああああッ!

———大丈夫ですよフユちゃん、あ、ちょっと避けてください

 何だ?

 嫌な予感がしたので思い切りしゃがむと何かが千冬の頭上を突き抜け<人/機>わーいマシンに直撃した。

 ……今、しゃがまなかったら私の顔が無くなってたわっ!

———大丈夫です! 信じてましたし。おー、衝撃波等の余波で余計な破壊の出ない、市街狙撃用・サイレントレールカノン、なんっ———ですけどねぇ、流石に300ミリぐらいじゃびくともしませんか、これは是非行くしかないですね! そんな凄いものはこの目で見ないと———きっとまだ見ぬ新たな発見がある筈ですからね!

 来るだと、馬鹿かお前は! 死ぬ気かッ!

———いえいえ、行きますよ? 心配してくれてるとこありがたいですけど……ムカっ腹立っているのはタバちゃんだけじゃ無いですからね?

 ……は? おい、ゲボック、ゲボック?
 今、違和感があった。
 ゲボックに今まで感じた事が無い何かが。

———ふははは、第二弾、第三弾発射あ! 有象無象の区別無く! 束さんから逃げられると思うなーっ!

 だが、違和感が何なのか考察する暇はなかった。
 次から次へと<人/機>わーいマシンに降り注ぐ———否———炸裂せんと大地を抉る『◯テオ』。

 回避して重心をずらした瞬間にゲボックの無音レールカノンが装甲を抉る。

 幼馴染を傷つけられ、何処かイっちゃった天才達の非常識な攻撃が間断なく飛来する。
 まったく、どんなトリガーハッピー共だ。

 しかし、<人/機>わーいマシンに用いられている精神感応金属『シンドリー』はどちらかと言えば防御の特性が高い。
 ある時は剛の装甲、またある時は柔の装甲と変異し、さらには破損部分を形態変化を利用して修復する。



「ここは紛争地帯かっ!?」
 次から次へと猛火力が飛来している。
 千冬もわかっていた。
 二人の本気の攻撃手段はこんなモノではない。
 他ならぬ、千冬がいるからこの程度で留まっているのだと。
 ならば、自分がここにいるのは得策では無い。
 寧ろ、二人の足手纏いでしか無い。

 Barで得た記憶を頼りに、コンビニで停まっていたバイクをキー無しで動かす。
 中古車センターで窃盗どころかではない。
 ……が、まぁ、非常事態だ、持ち主はとっくに獣になっている。

 胸の中でひとつ、言い訳をすると千冬は走り出す。



「女ァ……逃がスカぁッ!!」
 隕石とレールガンの猛攻を掻い潜りながら、千冬の動向に注目していた様だ。
 一体、どれだけの執念なのだろうか。
「——————跳んだ!?」

 一気に飛び上がり、千冬を追い越そうとする<人/機>わーいマシン
 だが、流石にそれは早計だったようで。束に動きを読まれ、隕石が左腕を肩口からごっそりもぎ取っていく。

「ぎぃぃいいいヤアアアアアアアアアアッ!!」
 転げ回る<人/機>わーいマシン。これ幸いと、千冬はアクセルを全開、その場を離脱するのだった。

 そして、転げ回る『わーいマシン』にとどめの攻撃をしようとした時に。

 『わーいマシン』の残された右腕が———そばにあったタンクローリーに一気に伸びた。
 その先端を、狼の顎に変形させて。

———ほえ?

 頭に届く、束のそんな声が、物凄く嫌な予感がしてならない千冬だった。
 そして、嫌な予感と言うモノは的中する。

 『わーいマシン』の右腕はは口腔を一挙に巨大化、ガソリンを満載したタンクを丸呑みにして咀嚼。

 べこん! ばこん! と異音がして体内に圧縮されて行く。
 タンクの外部は破損部位の『シンドリー』補充に。
 大量の燃料は蒸留されて航空機用と差し支えぬ高濃度に。
 その過程で余計な水分が排出されているのか、全身から湯気が立ち上る。

———最初に反応したのは、失われた左腕の断面だった。
 隕石で弾けた左腕からゾザザザザッ! とささくれ立った剣の様な金属片が伸び、ケーブルがずるんと垂れて伸び—————————

 即座に左腕を復元。
 しかも、それだけではない。
「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア—————————ッ!!!!!!!」

 その背中、左右の肩甲骨が一気に盛り上がる。
 後ろからその様子を覗けば、垣間見えるのはタービン。

 航空機に搭載されている、ジェットタービンエンジン。
 ごあっ! と大量に息を吸い込むと。

 体内で圧縮、高酸素内にタンクローリーから取り込んだ燃料を霧状に噴霧して点火。

 『跳んでは』駄目だと判断した<人/機>わーいマシンが、人間部分の知識を利用して、可変フレームの『シンドリー』を変形、文字通り『飛んだ』のだ。
 千冬の嫌な予感は、ジェット音で証明される。

 キイイイィィィィ——————ずごん!!

「いくらなんでもこれは滅茶苦茶過ぎるだろうがッ!!」

 飛んだと言っても完全な飛行ではない。
 ジェットの推進力を単にバランスを取って直進していたのだ、が———

 もはや、なんでもありだ。生物の適応力と機械の整備、換装。<人/機>わーいマシンは、そのどちらも単機で成し遂げる。
 そんな非常識を目の当たりにしたのだ。千冬の悲鳴も、頷けると言うものだ。

 動転している千冬に、対処する暇も無い。
 眼前に着地した獣の爪が、バイクの前輪を薙ぎ払った。






 束は、隕石を重力圏に引き込み、大気圏の突入タイミングや角度をリアルタイムで計測して攻撃に用いているだけではない。
 同時に複数の衛星をハッキングして掌握、秘密裏に搭載したレーザーで篠ノ之神社の半径100m以内の獣人をこんがりウェルダンに焼き上げている。

 織村家を防衛する為にもちゃんと動いていた。

 否。一方的に蹂躙していた。
 当初こそ、バラエティに富んだ発明品を色々と使っていたのだが、面倒になったのか、やがてなんの躊躇いも無く虎の子を解放したのである。

 その力は圧倒的で、獣人達全ては全く動く事も出来ない満身創痍の状態で打ち倒されていた。

 一見、束の姿は変わっていない様に見える。
 メカウサ耳カチューシャが頭部でピコピコ揺れて居るぐらいだろうか。

 だが、その周辺は量子化した数々の超兵器が粒子状のまま竜巻の様に渦巻き、夜であると言うのに、全方位から科学の寵児たる彼女を照らし出していた。

 幻想的な光景だった。
 この輝きがいずれ、この世の兵器と言う兵器を駆逐し尽くすなど、誰しも想像すら出来まい。

 そこに新手の獣人が死角から飛び出した。
 犀のような獣人だった。
 ハンマーのような前足が突き込まれる。

 しかし、その一撃は量子の輝きに阻まれる。
 いや、よく見ればその数ミリ前で止められていた。
 半透明に力場を魅せるのはシールドエネルギー。
 今だ実弾兵器の域を脱出出来ない、この世界の軍需兵器ではあり得ぬ技術レベル———まさにSFそのものエフェクトと効果———幻想的とさえ評価できる程の美しさだった。

 束には全てが見えていた。
 全周囲を一度に認識、把握していた。
 もはや、対象を一瞥する必要も無く。

「んー、単純で鬱陶しい。犀ならせめて角使えよ。臭いから呼吸すんなよ。正直、束さん的には駄作だね。もう飽きたからあっち行けってば。と言うかとっとと舌噛んで死んでくれると嬉しいんだけど?」

 辛辣に吐き捨てる。
 無価値。
 獣人に脅威など無く興味を引く事も無い。
 束からしてみればそれ以外の何者でもない。

 親しい者に見せているどこか『ぶってる』気配など全く無く、心底鬱陶しそうに、罵倒し、容赦無く。

———ドズンッ!! と重い響きとともに全身丸焦げになった犀人が放物線を描いて側に駐車してあった軽を圧し潰した。
 犀の象徴でもある角が完全に根元から燃え尽きていた。

 束を包む量子の竜巻の一角から砲口が三十門も不自然に突き出ていた。
 束を取り巻く光の渦からなんの脈絡も無く、唐突に生え始め、空間を切り取ったかの様に出現して居るポイントでの太さはたった3ミリ程。
 しかし、先に行くにつれ太くなり、丁度犀の全身とほぼ同等サイズの砲口の密集群となっている。
 まるで空間をレンズで歪めているかのようだった。
 排除対象が消えたのを確認するまでも無く、それらの武器は再度光の粒子となって束の周りを周回し、踊り輝く。

 それを見ていた者は一人。
「Marverous!!!」
 今の光景に激しく感動していた。

「Marverous! タバちゃん! ついに出来たんですね!! うんうん、スッゴイじゃないですか!!」
 そんな風に大興奮なのはやはりゲボック。お前、重傷じゃなかったのか。

「———あ、ゲボ君! 見て見て! この通り試射もバッチリだよ! やっぱり束さんって天才だよね!」
 振り返った束には、もう侮蔑の表情は微塵もなかった。
 満面の笑みで幼馴染の少年を迎える。
 さながら二重人格のようである。

「わぉ、凄いですね。でも、死んじゃうとフユちゃん怒るかもしれないですよ? 気をつけましょうね」
「大丈夫! 死んでも改造人間にして生き返らせるし!」
「いいですね! 絶対ロケットパンチはつけましょう! ———っと、そうでした。ちょっと行って来ますよ」

 んしょ、んしょ、とゲボックが引っ張って来るのは巨大な脚立の様なモノだった。

「———重くない?」
 そんなゲボックが引きずって居るモノを見上げる束。
 でも手伝わないのが束クォリティ。

「——————あ……小生とした事が迂闊でしたよ……いや、余りに脳味噌に血を送りすぎたのであっちで組み立てられるって事忘れてました!」

 あっはっは———と笑うゲボック。
 脳味噌に血を送りすぎた———頭に血が上りすぎた、と本人的には言いたいらしい。

「相変わらずゲボ君も天才なのにバカだね!」
「えぇ? 小生は天才なんかじゃ無いですよ?」
「まったまたー♪ ゲボ君も大天才だよ! この束さんが言うのだから間違いなっしーんぐ! その自覚無い所こそバカバカなんだぞ!」
 束は、結構幼馴染みにも辛辣だった。



「よし! ゲボ君に貸してあげる!」
「……何をですか?」
 白衣の中の収納空間に無理矢理押し込もうとしてる所で声がかかっていたので聞き取りきれず首を傾げるゲボック。

「これがあれば問題は解決だよ! ちーちゃん向けに調整しているからゲボ君には何かあるかもしれないけど、便利だからま———いっか!」
「どれどれ……おぉ! 本当にこれは凄いですね!」
 瞬く間に問題は解決した。
 巨大な荷物は消失している。

「それじゃ、今度こそ行って来ますね。タバちゃんはこれが無くても大丈夫ですか?」
「大丈夫! もうすぐ雨が降るし」
「成る程———行ってきますよ!」
「いってらー♪」
「———あぁ、そうだ、タバちゃん」
「? ん? なぁに?」
「さっきのウサギさんの耳、タバちゃんにメチャクチャ似合って可愛かったですよ! また見せてくださいね!」
「———本当!? やっぱり!? やっぱり束さんは美少女だもんね!———うん! 見せてあげる!」
「ありがとうございます!」

 久々に見る物腰低いゲボックな感じで束に深々と礼をすると、彼はその身一つで千冬の下へ駆け出した。
 唐突に正面の空間がばっさり開くとゲボックを飲み込んでいく。

 ばいばーい、またねー。
 腕をぶんぶん降っている束の頭には、何も乗っていなかった。



 慣性の法則と言うものがある。
 止まって居るものは止まり続けようとし、動いて居るものは動き続けようと働く力である。
 移動中、動体の源———タイヤ———を破壊すれば。

 それに乗って移動していたものは、止まっていた場所から移動エネルギーを受け、必要ない程に過剰に前へ移動しようとする力を受けるわけなのだ。

 つまり、千冬はバイクから前方に投げ出された。
「ぐぅ———」
 咄嗟に受け身を取り、反転の後身構える千冬は相変わらず流石としかいえないが。

 どうする!? それで無くとも速度で違いがありすぎる。
 この至近距離じゃ束の———援護? も期待出来ん。

 万事休すの事態は続いている。
 そもそも初めからひたすら『耐え』の段階なのだ。
 ここまで堪えられているのが奇跡に近い。

 普通ならとっくに『投了』———諦めてもおかしくは無い。

 しかし、援護は一人では無かった。
 いきなり身を伏せる<人/機>わーいマシン
 そのすぐ上を無音の砲弾が通過して行った。
 先も放たれていた超長距離狙撃用のサイレントレールカノンである。

 あれを勘だけで避けるのか!?
 超音速でありながら無音で飛来する砲弾を回避するとは———規格外にも程がある。
 まさに獣じみた在り方を再現された代物だった。

 そう言う千冬も、じきに音速超過のミサイルを次々鱠切りにして行く事となるのだが……それは別として。

 それを援護として二つの影が巨獣に飛び掛かった。

 だが、それを見た千冬は。
「あいつらは———!!」
 とまでしか言えなかった。

「——————(キリっとしている)」
「初めまして! 私ロッティ、こんな姿だけど、戦うのはとっても得意なのよ!」

「………………」
 ……ただ、沈黙する。

 西洋のフルプレートメイルの様な物を着込んだ人型と…………なぜかふりっふりのドレスを身に纏った単眼のロボットが両腕のナイフをチェーンソーの様に唸らせ、可愛らしい女言葉を口にしていたからだ。
 襲い掛かりながらなので、尚更だ。

 流石の千冬も思考が止まっていたのである。
「奥様、御無事ですか、ささ、こちらに」
 声をかけられ、腕を引っ張られる。
 まぁ、言動はともかく、救援に来てもらえたのは確かだ。
 だが。

「……誰が奥様……だ?」
 妙な呼称で呼ばれている。
 独身であるどころか乙女である自分に何を言ってるんだと文句を言おうと振り向くと。

 三つ編みの様な物を頭から垂らした、メイド服を着たロボットがいた。
 空いた口がふさがらなくなる。
「誰だお前は」
「ベッキーに御座います奥様」
「ロッティにベッキーって、ま、まさか……小公女……か!?」

 こんな無骨なロボット達に、一応主役では無いとは言え、登場人物の名を当てるとは……惨すぎる。
 まあ、ロボットではなく生物兵器なのだが、千冬にしてみればたいした違いは無かったりする。

「よくぞご存知で。私どもの間でつまるところ『ごっこ遊び』が流行っておりまして。皆、その役が気に入り、番号では無くそちらで呼び合うよになりました」
「巫山戯るな……全世界の小公女ファンの少女達の思いを踏みにじるな! 謝れ! 小公女のファンの子や私に謝れ!」
 必死だった。今回の一連で、一番精神にダメージが来たのがこれだったという。

「ところで、灰の三番は何役だ? 面倒見のいいあいつの事だ、セーラ役か?」
「いえ、ミンチン先生で御座います」
「あいつがその役ついたら小公女が冒頭で終わるわ!」
 主にハッピーエンドで特に山も他にも無く。



 その頃の激闘。
 流石に生物兵器———特に戦闘型たちの猛攻は凄まじかった。
 ロッティは全身が360度回転する自在関節であり、自在に動く四肢、その先にある単分子カッターで切りつける。

 フルプレートメイルの方は、あらゆる外付け兵装を追加取り付け可能な茶シリーズの最新型、茶の三番———アンヌである。
 普段臆病な彼は臆しているかと思い来や、実は奮起していた。
 臆病な彼は前々から凛々しい千冬に憧れており、彼女を助けられるなら、と。もう、ありったけの重装備を取り付けてやって来たのである。
 今も胸部のソードオフショットガンから散弾ではなく単発の対徹甲弾を至近距離からぶつけていた。

「傷つけてもすぐ治ってしまうわ! まるで本当にワーウルフね! アンヌ!」
「———(こくり)」
 アンヌの両腕が鳳仙花の様に花開き、粘土を拡散させる様にぶちまける。

 流石に回避出来ず、粘着性の高い泥を浴びる<人/機>わーいマシン。全く意に介せずアンヌを薙ぎ払おうとして。
『ッヅッァガッ!?』

 その全身が突っ伏する。

「……なんだあれは」
 やや離れた位置からベッキーに問う千冬。
重力子(グラビトロン)を押し固めた粘着榴弾で御座います」
「よく知らないが、グラビトロンって粒子の名前とか力の名前だった気がするんだが……」
「ゼリーも、ゼラチンで固める前は液状でございましょう。同じ様な物でございますよ」
「よく分からんが……絶対それ科学の常識じゃ無いはずだろ……」
「旦那様のなされる事ですので。その辺りの匙は奥方もお分かりでしょう」

 ぶちっ。

「だから……その、奥方と言うのはなんだ……(がシッ、メキメキメキィッ!!)あぁッ!?」
「おぉ……奥様、超合金性の私の頭部が悲鳴をあげております……なんと言う握力……いえ、旦那様に常識を指導してくださますのは奥様だけであるとの意見が我々の間で共通した見解となっております……もう、外堀を埋め……メキメキフレームが断末魔をっ——————!!」

 これからの人生をゲボックの調教に費やすのはごめんだった。
 しかし、外堀を……学校でよくセット扱いされるのはまさかこいつらのせいではなかろうか。
 ただ、戦力としての生物兵器だと思っていたが、成る程諜報戦もできるのか。
「……これが終わったら思い知らせる必要があるな」
「おお、気貴きお姿、流石は奥様ぉおおおおっ!」
 ベッキーは懲りてないようだ。

「なぁ……一つ、聞く事があるがいいか?」
「な、なんでございましょう」
 光学モニターに映る千冬の凄惨な笑みに生物兵器らしくもなく怯えるベッキー。
 千冬は、重力に逆らって立ち上がろうとしている<人/機>わーいマシンを顎で差して」
「……あいつに効く、近接用武器私に使える獲物はあるか?」



「ふんっ」
 声だけは可愛らしく、しかし獲物は凶悪な単分子カッター。
 ちゅいいいいっと聞こえる甲高い音はそれが超振動を起こしている証なのだが、チタンすらバターの様に切り裂くそれがなかなか切り込めない。
 攻撃を食らうごとに装甲の硬度や密度を変えて超振動の周波数に対処している様なのだ。
 すぐさまこちらもナイフの振動周波数を変えるが、その後再び対処されるイタチごっこが展開されていた。

 それに、生物兵器たる身であっても<人/機>わーいマシンの攻撃力は脅威に尽きた。
 さらに俊敏なのも警戒が必要だった。

 重力子で圧し潰し続けているのになお立ち上がり反撃してくる。

「いい加減……お眠りなさい!」
 すくい上げる様な爪の一撃を回避し、ロッティは背後から渾身の一撃を振り下ろす。

 ずぼぉ!
「……あら?」
 両腕が肘まで埋まる結果に、疑問が尽きないロッティ。
 両腕を左右に開くと、そこには空洞。
———抜け殻!?

「アンヌ!! トンズラされたわ! お気をつけ———」
 ロッティの忠告は間に合わなかった。

 サバンナでバッファローを襲うナイルワニが如く。
 粘着榴弾が張り付いた外側を残して地面を掘り進んだ大顎がアンヌに食らいつく。

「アンヌを離しなさい!」
 ロッティが咄嗟に斬りかかるが、<人/機>わーいマシンは気にも止めず、その超金属の牙をアンヌの鎧に食い込ませていく。

「———このっ」
「ロッティと言ったか? その名前は許容してやるから、除けろ。まとめて斬り伏せるぞ」
 頭が沸騰しかけた時だった。
 静かに、殺気を押し隠した声が耳朶に届いたのは。

「——————え? きゃあッ」
 背後に、死神がいるのかと思った。

 呆然としてもやはり生物兵器。
 感情とは別に体は反応して、ロッティは真後ろから来た斬撃を回避する。

「どうして、私が今迄不様に逃げ回っていたと思う?」
 抜刀一閃。

 千冬は幅広い刃を持つ剣を既に振り終えていた。
 刀と違い、剣の使い勝手は違うが、刃の付いている棒であるなら大体似た様な物だ、と乱暴な持ち論を振りかざす千冬。
 単に、千冬の芸術的な迄の運動センスが優れ過ぎて居るからなのだが。

 アンヌに食らいついていた<人/機>わーいマシンの首にズレが奔る。

「……それはな? 単に攻撃力が、足りなかったからだ」
 斬首された狼頭からアンヌが脱出する。

「この程度では死なないんだろう? 化け物が。やっと、こっちの準備が整ったんだ、指名した分はたっぷりサービスしてやろうか———アンヌ! ロッティ!」
「私もおります、奥様」
「……斬り伏せるぞベッキー」
「ご、ご容赦を!」
「———いくぞ」
 了解! と三体の生物兵器は千冬に続いた。



 千冬が『シンドリー』製の機体を斬り落とせたのにはきちんと訳がある。

 千冬の振るう剣は、基本はロッティの高周波振動ナイフと同じなのだが……しかし、ベッキーの持って来た物は刀剣部分で触れた対象を一瞬にして探査し、最適な高周波振動を発生させる機能をさらに持っている。

 如何に『シンドリー』が適応して固有振動数を変更しようが、即座にこれに対応するのである。

 単にこれは適応能力と対応能力の演算速度勝負と言えるものであり、千冬の持っている剣の方がそれに勝ったにすぎない。



 ビキビキビキィッ———

 しかし、<人/機>わーいマシンはその程度では機能を停めはしない。
 生物であるならばそれで終わるだろうが、これは同時に機物でもあるからだ。
 首の断面から狼頭が三つ、長い首を有して生えてくる。
 さながら金星を一週間で滅ぼした怪獣だった。

「対応したつもりか? 先に言っておく。私より優れているだけでは、私には勝てんぞ」
 速度と攻撃力が戦闘能力だと思っている内ではな!

 <人/機>わーいマシンは一端、距離をとる事を選択した様だ。
 さもありん、千冬の一撃は今迄で最大の効果をあげたのだから。

 だが、忘れているのだろうか。
「は、無敵じゃ無いと悟って怯えたか———束!」

———ばっちり!

「———ッガアッ!?」
 距離を取るという事は、束の援護が有効になるという事だ。
 相変わらずの第六感で直撃こそ回避するが、それでも隕石の炸裂は千冬の斬撃よりもひどいダメージを与える。

 怯んだその隙にロッティは左側から斬りかかる。
 先ほどより大回りなナイフに持ち替え———

 鋼の狼が対応して鉤爪を振り上げようとすれば右手から、ベッキーで隕石の余波を防いで来た千冬の斬撃が飛ぶ。

 狼首一本のうち一本を逆袈裟で斬り飛ばし、それをそのまま大上段の構えへと強制的に変更。
 千冬の最も得意とする太刀筋———応用、逆袈裟型一閃二断だ。

 流石に一刀両断されてはまずいと回避行動をとる<人/機>わーいマシン。だが、その両足は動かなかった。
 ベッキーが施設補修用の瞬間接着剤を両足に吹きかけ、硬直化させていたのだ。

 固定化してある接着剤はその凄まじい膂力ですぐさま亀裂が入る。
 だが、まだ足が固定化されているその身にアンヌがサイレントレールカノンを叩き込んだ。

 ゲボックの援護だと思っていたこれは彼の物であるらしい。

 真相を言うなら、ちゃんとゲボックの指示であったそうだが。

 大きく抉られた胸部に身をよじらせる<人/機>わーいマシン
 だが、これまでの戦闘でいいだけ証明されていた事がある。

 この隙を、千冬が逃す訳が無い。

 その速度はまさしく疾風迅雷。
 一直線にその斬撃が、真ん中の狼頭に食らいつき。

 <人/機>わーいマシンの体が爆発的に膨れ上がったのはその瞬間だった。
 寒気において動物が毛を膨らませるかのように、ハリセンボンが威嚇のために海水を呑んで丸く雲丹を模倣する様に。

 ぶばばばばっ、と巨大な体が更に膨れ上がる。

 その一本一本には、先程の偽ジェットエンジン同様、高純度の燃料が充填されていた。

「しま———!!」
 千冬と巨躯の距離はほぼ零距離。
 用途は反応爆裂装甲。
 しかしその実態は簡易ミサイル。

———ズドォンッ———!!

 巨大な炎の花が咲く。



「……ぐ……くぅっ」
 こんな手まであるとは全く呆れた化け物だ。

 爆音で耳がやられ、キ———ンと耳鳴りがする。
 その最中でさえ鋭く響くのは、剣戟の音だろうか。

「ご無事ですか……?」
「……うぉっ!? あぁ、ベッキー……お、お前!?」

 視界にいきなり映ったのがベッキーのどアップ面だったので一瞬ギョッとしたが、はっ、と気付く。
 つまりは彼女(彼?)に庇われたのだと……。

「お前……」
 ベッキーの背中は削げ落ちていた。
「私は非・戦闘型ですが、奥様の警護を最優先としていますゆえ……」
 想像以上の破壊力だった様だ。
 
「余計な一言さえ無かったら抱きしめてやったんだがな」
 奥様言うの止めろ。

 剣戟の音が響く。
「お逃げください、かなり甘く見ていた様です。まだ、初めのうちならば勝てる見込みもあったのですが……」

 が、ごォン!! がヅンッ! ゴンッ!

 それがすぐさま掘削機械のそれに変わった。
 地響き一つ。
 ズン———と一つ響いて、そいつは千冬の前に出現する。

  やはり、<人/機>わーいマシン、ただ、だいぶ体積を消耗したのか、ほっそりとしたシルエット、背丈は2m半ぐらいになっている。
 両腕にロッティとアンヌをそれぞれ引きずっている。

「ご……ガ……女……殺ス……」
「しつこい奴だな、いい加減、貴様の事など覚えて無いと聞いてくれても良いんだが……」

 流石に疲れて来た。
 見たところ、頭は兎も角、体の掌握は完全となった様であり……しかしそれでも、本気のゲボック製生物兵器を下すとは。

「まったく、辟易と…………はぁ?」

 思わず間抜けな声が出たことに千冬は口を抑えた。

 その、正面の空間に裂け目が生じて、見覚えのある背中が飛び出て来たのだ。

 薄汚れ、考えたく無いなんらかの汚れがこびりついたヨレヨレの白衣。
 絹の様なサラサラな金髪。
 男にも女にも見える中性的な相貌。
 間違える訳が無い。






 非常識だ、紙一重だ。隠す迄もなくゲボックだ。






 なんで出てきた、いや、まずどっから湧いて出た。
 その上、大上段に持ち上げている———

——————決して武器では無い、土木作業の機械で切断に特化した、十三日の金曜日にホッケーマスクを被った人がよく人をバッスリやる時に使う…………そのチェーンなんたらは一体なんなんだ。

 ドドドドドドドド…………ドゥルウゥン! ドゥルルルゥ……ルォオオン!!!!

 豪快なエンジン音である。
 なんだろう、別に違和感は無いはずなのにこの場違いな感じは。

「オォウ! 見事に進化してますね! フユちゃんに襲いかかった事を抜かしても、これは是非とも解剖してみたい!!」

「なんかもう、駄目駄目だな……」
 一気に脱力してしまう。
 
「とおぉりゃああああああ」
 一気に飛びかかるゲボック。
 気の抜けたような掛け声にますます緊張感が削がれていくなか、チェーンソーの閃きだけは鮮明に———
 待て。
 千冬は自分の目を疑った。

 なんと言うか、その、チェーンソー捌き(?)の人間離れした様にである。
 おかしい。ゲボックは体を動かすのは苦手だったはず……。

 相手も一瞬呆気に取られたのだろう。
 はっ、と気付いた時にはチェーンソーは目の前。

 咄嗟に両腕を掲げてチェーンソーと激突する。

 そして、ゲボックの手にする物はチェーンソーとて半端では無かった。

 ギャリャリャリャリャアァァッ!!

 回転数も半端なモノで無かったようで猛烈な勢いで火花が散る。



 が、現実は無常。



「へぶォォオアァッ!!」
 あっさり殴り飛ばされて来た。

「おぉ……痛い痛い……あ、チャオ! フユちゃんお元気ですか?」
 多分、大丈夫ですかと言いたいのだろう。

「どっちかと言うと、お前が大丈夫か? 半死人がノコノコ何をしにきた」
「大丈夫です! 今、まさに両腕の骨がバッキバキに折れましたけど、そんなの今更ですしね! でも助けにきたのにちょっとひど過ぎませんか!? 少なくとも圧倒的白兵能力は封じたんですよ?」
「……いや、足手まといだろうが、重体の死に損ない……ったく、本当に死ぬぞゲボック!? ……待て、近接を封じたって何をした?」

 両腕が折れたのは本当のようで、起き上がれずにジタバタしていたゲボックをロッティとアンヌが支えて立ち上がらせる。

 そう言えば、お前はこいつらの親玉だったんだったな……。
 ベッキーを抱えたまま先を促すと、自分の作った生物兵器にぺこぺこお礼を言っていたゲボックは折れた腕をガバッと振り上げる。
……大丈夫か?

「アレはですね、精神感応金属でできています。つまり精神力の持続する限り動き続けられるんですよ……つまり、限界は精神の疲弊、と言う事になりまるんですけどね。すでに薬物でその問題は解決済みですし、脳そのものも、すでに稼働の弊害で起こる組織の崩壊を、補填するシステムでほぼ全てが機械化しています。もはや一種の半・永久機関です———でも見てください両腕を———再生してないでしょ?」

 お、脂汗だ。
 あぁ、痛いんだな、うん。
 不思議と優しい感情が生まれてこないものだ、と冷静に自分を見つめている千冬だった。

 そして、確かに腕が生えてこない

「ウィルスですよ」
 戸惑っているため、襲ってこない<人/機>わーいマシンを観察しながらゲボックは言う。
「機械の部分もあるのなら、プログラムが通じない、という事はありません。それで、切断に用いる決して武器ではない工具で切り付けた際、その断面に形状を固定、変形を阻害するコンピューターウィルスを感染させたんです」

 さて。
 ゲボックは次なる手を取っていく。
 やはり、その様子は千冬が見知っているゲボックとは少し違う。



 さて。
 意味の無いイフをここで述べるとしよう。
 もしも、ゲボックが千冬や束に出会ってなかったとしよう。
 謎の・・事故が起こらず、ゲボックがとある廃工場で軍事用重量爆撃機を作っていたとしよう。
 そして、彼女達と出会わず、別の少女に出会っていたとする。

 同じように、やがて、その少女はゲボックの特異性を知る。
 しかし、彼女はゲボックと身柄を引き離される。
 ゲボックの生まれた国はその実軍事独裁国家である。
 ゲボックのような存在が利用されない訳が無いし、事実彼は五つの時点で既にそうだった。
 彼に特定の、親しいものが出来るのは、人質に使えるかもしれないが……リスクが高すぎる。
 そんな世界で、彼は千冬や束程……ずっと、人として交流していただろうか。
 
 その少女はまさに死に物狂いでゲボックを追いかけたかもしれない———が。
 


 ここは、日本である。
 ゲボックは現在十三歳。
 幼子が少年、そして青年へ変わっていく微妙な年頃だ。
 彼に特定の親しきものが出来ていくのを阻害しようとするもの———軍事国家の上層部は存在しない。
 彼は、本来の国で育つよりも———ずっと、研究以外のものに多く晒されて来たのである。
 それは誰でもない、千冬が……ずっと、ずっと彼を一般の、人が浴びる光のもとへ、引っ張り出し続けていたからに他ならない。

 ゲボックは自覚している。
 楽しく科学できれば良い。
 何らかの使命感も。
 克服したい何らかのものも。
 一切合切持っておらず、ただただ、研究を続けていければ良い———
 そういう、極めて適当な人格を有していると。

 だが少し。
 ほんの少し、本当にほんの少し。
 端から見れば、分からない程些細な変化だが。



「いよぉっし———束ちゃんの力ちょっと借りたいと思います。流石の小生もフユちゃんがいぢめられちゃあ———ちょっとどころじゃなくムカっ腹立ってんですよ?」

 それは、千冬が初めて見た、ゲボックの負の感情だった。
 彼だけならば、たったそれだけを得るのに、何十年の年月を必要としたのだろう。
 身近な人間が傷つけられれば、全身の痛みなど全く考慮せずに怒り狂う……たったそれだけの、人のような感性を得ることを。



 そのゲボックを幻想的な光景が演出する。

 足元から光が噴出し、それがゲボックの前で収束、一つの形へ結実して行く。
 成形し終えるや、輝きは瞬く間に失われ鈍重な物体を残して光はおさまった。

 出てきたのは直線的なフォルムで構成された砲身だった。
 それが三本。

 サークルから並行に、正三角形の配置で伸びている。
 その様はまさしく光線銃。地面に固定するための三本の脚は既に地面に食い込み、いつでもその破壊力を吐き出したくてたまらないと言っている様だった。

 さらに、何故か頭に機械で出来た兎耳が生えていた。
 ……何だアレは?

 目の前で光の渦から重厚感たっぷりの武装をゼロコンマ五秒で取り出したゲボックに唖然とした千冬だったが、実行したのが他ならぬゲボックだったためにすぐに冷静になれた。

 ゲボックのやっている事をいちいち気にしていては気が持たない。
 ただ、ほんの僅かな安堵もあっただろうと問われ、それを否定すれば嘘になる程度には落ち着いたきがする。

 バヂヂヂヂヂヂヂヂッッ!

 光線銃が火花を迸らせる。
 それは前準備に過ぎなかった。

「ははははははっ! 行きますよ! 小生の科学的探求(サイエンス)を! まだあるのでしょう!? ビックリ箱の種が! 素晴らしい実験結果(データ)を小生に示してください!! ははははひゃはははひゃひゃひゃははひゃひひゃっ———!!!」
 両腕が潰されているのを全く気にも留めず、ゲボックは哄笑する。

 そこで、ようやく<人/機>わーいマシンが動く。
 口腔を広げ、例の燃料に点火、火炎放射器さながらの業火を吐き出す。
「はははっ、わーいマシンともあろうものが、火炎放射!? 武装を逆行させないで下さい! 両腕が使えないぐらいが何だというのです。獣化麻薬がいけないのですかね? 別に腕が二本で足が二本でなければ行けないなんて一言も言ってませんよ? 失望させないで下さい、もっと! もっと未知を小生に見せるのです!」

 ゲボックは躊躇無く炎に両腕を付き込む。
 ばぁんっ!! と弾ける音がして炎は消し飛ばされた。
 燃料貯蔵庫などの火災によく用いられる、爆発を用いた消火法だった。
 ゲボックの両腕は最早原型を止めない程崩れているが、彼は全く気にしない。

 故に。<人/機>わーいマシンはそのまま突っ込んで来た。
「させると思ったかっ!」
 千冬がゲボックを追い越し、袈裟懸けに振り下ろす。
 瞬時にして<人/機>わーいマシンは恐ろしい俊敏製でその一撃を後退して交わす。
 次の瞬間、真横からゲボックの取り出した武器を狙う。

 だが、そこにまた千冬が割り込んだ。
「!!?」
「確かに速くなった。恐ろしく、今まで以上にな。正直、私は絶対追いつくどころか視界にとどめるのも難しいだろう。だがな? 随分と縮んだろう、体積が縮めば、剣で弾き返せるならば———もう、お前の速度などとっくに『慣れている』、後の先でもいくらでも取れる———速いぐらいで———目にも留まらぬ速度如きで、私より先に、動けると思うなよ?」

 これが、あらゆる獣より劣る人間が持つ体の繰り方。
 常に最適な駆動を用いいて移動する。
 だが、それを成せる人間がどれだけいるのだろうか。
 千冬もまぎれも無い、鬼才であった。

「ぐがあああああああああああああああああああああああああああああッッッッ!!」
 人としてあった頃の屈辱が、記憶が、<人/機>わーいマシンの頭を灼熱化させる。
 更なる攻撃衝動を持ち上げさせる。



「フユちゃん! 準備オッケーですよ!」
 千冬のこれが、台詞も含めて時間稼ぎである事に気付かぬ程、獣に戻るという事だ。




「なっ———」
 振り返った千冬は絶句する。
 その三脚のような武器は、出現した時のように淡く輝くのではなく、激烈な閃光を放っていた。

 スパークが耐えられぬほどの輝きと千鳥の鳴く様な騒音を発して行く。
 その事に対してではなかった。
 砲身に記されていたこの武器の名を、光に包まれる前に彼女は読み上げてしまった———その内容に対する絶句だった。



  Homing・Railgun———T- Barrette-Shift



 冒頭の英単語、そのどれもが凶悪な性能を誇る兵器である事を意味し、どれか一つであっても生身の人間が抗するのは絶望に等しい。

 だが———分かる。
 通常、ゲボックは武器を武器と言う目的で開発しない。
 頼まれれば気軽にホイホイ作るだろう。
 実際、数々の武器は生物兵器達自らのリクエストを受けて彼が作ったものだ。
 しかしゲボックは、依頼者の想像力以上のものは決して作らない。
 気がつけば勝手気ままに研究しているだけだ。

 千冬と束だけが知っている事なのだ。冒頭で述べた通り、ゲボックが開発する大きな理由は。

———すごいね

 ただ、皆にそう言って欲しいだけ。
 褒めて欲しいだけなのだ。
 それ以外は。
 彼が望む科学の進歩はアウトプットを必要としない。
 作り上げるまでも無く、研究だけでそのシュミレーションは終わる。
 脳内だけで完結してしまう。
 出ているように見えるのは実験———未完成の過程に過ぎないのだ。

 もし、ゲボックが研究を形にするとしたらそれは究極。
 ゲボックの研究の終焉に他ならない。

 果たしてゲボックの頭脳における終焉とは———一体どれだけの高みにあるのだろうか。

 理解出るわけが無い。
 理解できる程度のものがゲボックの目指す科学的探求の到達点であるわけが無い。



 そんなゲボックが千冬や束に見せる発明品とは、言ってしまえば二人に喜んでもらうか褒めてもらうかのためであり、武骨な兵器などは見た事がなかった。

 他ならぬ千冬がそれを嫌うからだ。

 おそらく裏では作っているのだろう。
 誰かに頼まれ。それがどんな意味をしているのかも知らず———すでに知っていたとしても

 その事が千冬には悔しくて仕方がない。
 ゲボックの知性はそんなものに使って良いものでは無いと、誓った幼い日のためにも。

 そのゲボックが。
 千冬の前で武器を構えている。
 おそらくなんらかに束も関わっているだろうが……。

 千冬にもパッと分かるレベルの武器。
 もしも字面通りならそれこそとんでもない代物だ。
 しかしゲボックが武器を武器として作るなら。

———こんなもので済むはずがない。

 千冬の危機を知り、慌てて突貫制作したのだろう。

 そのくらい。
 ゲボックがブチ切れていた。
 だけどウサギ耳が生えているのでいまいち来ないものがある。

 常に腰の低い、それでいて躁っ気が強く科学馬鹿で束とよく踊りだす、幼くて純真な心の持ち主。

 改めて言おう。
 そんな幼馴染が。
 怒りをあらわにしている姿を、初めて見た。

———————————————ッッ!!!

 もう、音とは表現できない空気の炸裂と爆光が撒き散らされる。

「———っ!」
 あまりの光量に咄嗟に目を守った。
 下手をすれば目を焼かれかねない程だったから。

 一体どんな機構なのか。
 マッハ五から七。本来、専用の戦艦でしか出せない速度の超電磁誘導砲が曲線を描き、敵を執拗に追うのだ。

 本来なら、側でそんな速度を叩き出す物体があるのだ。こんなそばにある千冬の身は衝撃波に切り刻まれてバラバラになってしまうのは道理。
 隠密に特化したサイレントレールカノンなら別として、これには有り得ない。

 だが、千冬の所へは衝撃波どころかそよ風一つ、ドライヤー程の熱波も静電気程の電磁干渉も届かなかった。

「これは……エネルギーシールド……というモノか?」
 光の壁が、千冬への物理干渉を一切遮断していた。
 珍しく束が難航している研究を見せてもらい、概略を聞いていたから分かる。

 ISコアユニット。

 束の研究は身を結んだのだ。

「傷が……!?」
 千冬を守る粒子の輝き、慈母のヴェールは千冬の体を癒していく。

 ゲボックの数百キロもの武装の〈量子化〉、あらゆる物理干渉を無効化する〈絶対防御〉、そして千冬の傷を癒した〈生体再生〉いずれも、この後千冬の剣となる〈IS〉———インフィニット・ストラトス———第一世代一号機〈白騎士〉に搭載されるNo.1コア、生まれたてのそれだった。

 一方、<人/機>わーいマシンは音速超過の暴虐を第六感で察知した。

 投薬による感覚強化と第六感の鋭敏化は、脅威の反射神経と瞬発力を実現化させる。
 即座に跳躍して回避、直線的な攻撃など、いかなる速度があろうとも彼の脅威にはならないのだ。
 だんっ、だんっ、と一定の間隔を置いて連発される音速超過の弾丸を事も無げに俊敏に回避していく。

———だが

 暴風はウェーバーの戯曲を再現したものだった。

<人/機>わーいマシンに回避され、上昇しつつカッ飛んだ超電磁誘導砲はインメルマンターンを実行。続いて垂直に上昇するや、弧を描いて重力の引き手とガッチリ推力を腕を組む。

「流石ですよ! よく避けました———でもね。そんなものは推定どおり! その程度して貰わなくちゃ実験になりませんからね。さぁ、見せてくださいよ?」

 ゲボックの言葉を聞き、<人/機>わーいマシンは敵愾心を隠しもせず攻撃態勢に移る。

 この圧倒的な攻撃性。
 用いられた人間の特性なのか、それとも攻撃性の高い男性の脳を用いた故の弊害なのか。

「!?」
 しかし、それは空回りする事となる。

 一歩踏み込んだ足がゼリーの様に崩れたのである。
 たまらず態勢を崩す<人/機>わーいマシンに、ゲボックは楽しそうに笑いかけた。

「一発掠っちゃいました? それは残念ですね。まぁそれも良々。それはそれで実験結果を見れますし」

 潰れた両腕から血を流しつつゲボックは空を見上げる。

「小生、自身の科学なんて物はまだまだだと思うんですよ。写楽君には到底及びません」
 だって———

 そう言って崩れた<人/機>わーいマシンの足を腕で差し示して。

「小生は相手の脳だけをトコロテンにして尚且つ生かしたままなんてまだまだできませんし。せいぜい、触れた物を何もかもトコロテンに物質変換するぐらいしか———ね」

 <人/機>わーいマシンは掠ったレールガンの弾頭に施された原子変換の触媒に触れた為に足をトコロテンに変えられたのだ。
 その結果、自重に耐えきれず潰れてしまったのである。
 T- Barrette-Shift———トコロテンへ存在を移行する弾丸———とは、そう言う事なのだ。

 こんな時なのに千冬は呆れてしまった。
 こいつ本気だったのか。
 まぁ———ゲボックらしいと言えばらしい物だった。

 だが、内容としては恐ろしい事この上ない。
 装甲の強度など、特質性とてなんの意味もない。
 触れてしまえば……たちまち強度ゼロのトコロテンに作り変えられてしまうのだから。

——————この世のどこに、例え余波でもレールガンに耐え得るトコロテンがあると言うのか。

「まぁーここままだと、実験するまでも無く。落としたプリンみたいに、ぐちゃぐちゃにぶっ潰れると思いますよ?」

 ゲボックが血にまみれた腕を上げると<人/機>わーいマシンは空を見上げた。

「!!?」

 視界を埋め尽くすのは、こちらに一直線に向かってくる超電磁誘導弾———その群れ。
 一体、如何なる弾頭なのか、本来何十mも進まぬうちに大気圏との摩擦で燃え尽きる筈のそれは発射当時と全く形状を帰る事なくリターンする。
 一定間隔で連発されていたレールガンが弧を描き宙を舞い、上空で編隊を組み、暴雨と化して一斉に<人/機>わーいマシンを照準する。
 その間、僅か0.3秒。
 その全てがホーミングの名に負けぬ様、互いの軌道を阻害せぬ様タイミングをずらし、蝗の大群の様に覆いかぶさる。

 片足を潰し、態勢を崩しているそれに回避などできるはずも無い。



———ッヅゴォォオオオンッッッッ——————!!

 鈍い爆音と振動を響かせ、キャラウエイのように噴出したゼリー状の物質が降り注ぐ。
 トコロテン以外、何物であるはずも、無い。



———さて
 はははと笑っていたゲボックはひょこひょこぺたぺた千冬へ向かって歩いてくる。

「フユちゃん?」
「近い! 顔が近いぞゲボック」
 へたり込んでいる千冬に遠慮なく覗き込んでいるゲボックに思わず赤面した。
 ゲボックはこう見えて結構中性的な美形である。

「ふぅっ! ほっとしました。良かった……無事ですね」
 なまじっか中性的な美形であるゲボックがほんの僅かにでも真面目になれば映える。
 だが、やる事は芝居臭く、額の汗を拭う仕草で息を吹くゲボック。
 汗を拭うどころか、腕からの出血が額に付いて凄惨な表情になってしまっている。

 ぽた———

 一段落とともに、雫が降り注いで来た。
「……何とも、タイミングよく雨が降って来たな」
「ええ、これでこの事件も終わりです」
 淡々と、ただ事実を語るように、雨を受ける。
「———これ、実は獣化する薬品に対する解毒薬なんです。タバちゃんに降らせてもらいました」
「もう、何も言えんよ」
 どうやら、自分の幼馴染み達は天気まで弄れるらしい。

 やや本降りとかして来た雨の中、へたり込む千冬。
 さすがに、今夜は疲れた。
 その千冬を、ゲボックのポケットから出て来たマニュピレーター……マジックハンドが抱え上げる。
「……なっ、何をするゲボック!」
「いやー、本当はこの手で抱え上げたいんですけど、この通りですし」
 グネグネに弾け、未だ出血の止まらない両腕を抱え上げるゲボック。
「この———余計な事をするな! 自分で立てる! そもそもお前の方が重傷だろうが!」
「無事無事ですよ、もう、全力で機械アシストなんで。フユちゃんもお疲れでしょうし、まかされて下さい」
「……はあ、実際、もう立てんが……」
 そのまま何らかの薬が降ってくる空を見上げる千冬———正直、もう灰の三番の作るコロッケと海藻サラダを食べて寝たかった。
 ……そういえば、シャウトはどうなっているだろうか。
 まあ、噛まれて獣人になっててもこの雨で戻っているだろう。放っておいても大丈夫か。

 ゲボックは超音速で敵を追尾する鬼畜兵器、ホーミングレールガンを量子化しつつ、マニュピレーターに抱かれている千冬にきっぱりと。
「まあ、お姫様抱っこしても体力無い小生じゃ結局頼る事になりますし」
 寧ろ言わない方が良い告白をしていた。

「そこは気合いで行け、軟弱者が」
「小生、精神論は苦手なんですよ」
「知った事か。気張れ」
「フユちゃんは小生が抱っこした方が良かったですぶふぅッ———?」
 千冬は黙って剣の柄で殴りつける。

「おうおうおう……フユちゃあん、せっかく助けに来たのに殴るなんて酷いですよぉ。でもアレですねえ、今日は一体なんなんでしょうね」
「お前が原因じゃない事が私には驚きだよ」
「そうですか? おー」
「割とどうでも良さそうだな、お前」
「そうなんです。全部トコロテンになっちゃったんで研究できませんでした」
 ゆっくりゲボッックは残念そうにトコロテンてんこもりの後を覗き込んでため息をついた。
「おや?」
「どうし———ゲボック!?」

 ゲボックが顔面の穴という穴から一斉に血液を垂れ流しにしていた。
 それでいて本人は平然とした顔をしているので怖い。

「おい、おい、良いから降ろせ! この馬鹿者がッ!」
「なるほど! これはフユちゃんが運用する事を前提として作られてるので男性———得に小生なんかが使うと拒絶反応が出るんですね。なるほどこれは予期せぬ発見です!」
 しかしゲボックは気にも留めない。
 ISコア———これは、後々まで後を引く事になる特性。
 ISは女性にしか使えない……に繋がっていくのだが、この時の拒絶は激烈だった。
 もしかしたら、ゲボックにはISを使えないどころか、拒絶される体質なのかもしれない。

 そんな事、あっさり考察した後、新たな発見に興奮しているのか、だらだら血を流しながら。
「ふっふっふ、不思議ですねえ、別にそんなに違いは無い筈なんですけど、んー、時々フユちゃんが超合金で出来てるんじゃないかって本気で考える事もあっちゃったりしますけど……ま、それは関係ないでしょ、それはともかくとしてあー、なんか気が遠くなって来たんですけど」
「医学の心得があるのだから少しは止血しろ! 出血しすぎなんだこの馬鹿ああああ!!」
 何故か妙な事に気を効かせ、身を潜ませていた三体の生物兵器が千冬の声に反応してやってきて。
 そりゃもう盛大に慌てて病院に連れて行かれる事となった。
 ……二人とも。
 
 獣人事件の起きていない街の病院では三体の生物兵器が入り込んで来た事で大騒ぎになった事はまた別の機会に述べるとしよう。









———翌日

「やぽぽぽーい、束さんだよー! おみまいだーっ! さてさて今日のブツは礼のブツだぜカーポ、もれなく抱き合う相容れぬ原子と原子! 反物質ぅ兎だああああっ!」
 なにやらシールドで覆われた、つぶらなで大きめな眼の黒ウサギを抱えて束が突入して来た。
 ポルヴォ○ラも真っ青な超破壊爆弾生物を両手で持ち上げて振り回している。
 なお、山口君がゲボックに貸す予定だった漫画を束に託したのが原因だ。
 言うまでもなく、王泥○である。

「ぉおう……花じゃないんですね。でも! 凄いですよタバちゃん! その子一匹だけで地球が一欠片残らず消し飛んじゃいますよ!」
「病室に危険物を持ち込むなあァァァァァッ!!」
 ちょっと千冬もテンパってた。ツッコミがちょっとそれている。

 それと言うのも。
「何でゲボックと相部屋なんだ!? 普通男女は最低でも部屋が別れるだろうが! こいつがいたら一夏を呼べないだろうがっ!」
 ちなみに最後のが切実な叫びだった。ビバブラコン。今頃灰の三番は一夏にお菓子を作っている事だろう……(血涙)。
 
「あー、それはらぶりー束さんがこう、ちょちょっとね」
「原因はお前か束……」
「だって別の部屋にお見舞いにいくのは面倒だよね!」
「それだけかっ!」
「フユちゃん、病院ではあんまり叫ばない方がいいらしいですよ」
「お・前・に・だ・け・は・言・わ・れ・た・く・無・い・わ!」
「ぎゅうううッ!」
「おー絞めているー。束さんもお見舞い絞めようかなー。う・さ・ぎ・な・べ、う・さ・ぎ・な・べ」
「きゅきゅっ!?」
 命の危険に瞳孔を細める反物質ぅ兎。

「ところでゲボ君、両腕の具合はどうかね」
 フムフムと顎に手を当てる束。何かの物まねらしい。
「あ……」
 思わず千冬は声を漏らした。
 ゲボックの両腕は既に処置不可能なまでになっていたらしい。
 半分以上自業自得なのだが、考え無しなのだが、それでも……千冬の為に体を張ったと言っても過言ではない。
 特に最後の火炎放射器の時。
 一体、何を爆破したのか分からなかったが、アレが致命的なまでにゲボックの腕に止めを刺した。

「どうしました、フユちゃん」
「ちーちゃん、どっか痛いの?」
 ほんの少し俯いていただけで二人は心配そうに覗き込んで来た。

 顔面まで3cmに。
 
「だから近いわお前らっ!」
「「ぺぎゅーっ、ぺでぃぐりーっ」」
 少々の照れ隠しも含めて押しやる。 後なんだ、その声。犬の餌か。
 
 頬が紅潮するのを無理矢理心拍数を下げてなだめる。
 武人の精神統一がこんな事に活用できるとは泣きたくなった、師、篠ノ之柳韻に詫びたい気持ちでいっぱいになった。切なすぎる。
 横目でゲボックを見ると、自分のベッドによじ上っていた。
 そう言えば、私達三人が初めて会話したのも病院だったなあ、と何やら感慨深く考えていたら。

「心配する事は無いのです!」
 この中で何故か一番重症だったゲボックは包帯でぐるぐるになった両腕をずばあっ、と持ち上げ。
 ごがあっ! と両腕をベッド脇の手すりに叩き付けて。



 音がしただけで何も起こらなかった。



「あははははっ! 失敗失敗、恰好悪いぞぉ? カッコ笑い、なんちゃってーっ!」
「……痛く無いのか?」
「おーう……これは失敗しましたねー」
 仕方なく地道に包帯をハズし始めるゲボック。
 しかし、両腕が包帯なのでえらく難儀しているようだった。

 しばらくその様子をぼーっと見る千冬と束。
 束はすぐに飽きて例の爆弾兎で遊び始める。

「よし、取れました! どうです、二人とも!」
 包帯を全てハズし、両腕を掲げるゲボック。

「……は?」
「ぉおー、こ、これはー」

 それでゲボックを見た二人の反応は、まさに逆のモノだった。
 ゲボックの両腕は義手になっていた。
 ただし、普通の義手ではない。

 左手がドリルで右手がペンチ。
 生活性が全くと言っていい程皆無の、冗談みたいな両腕だった。
 左手のドリルが回って唸る、右手のペンチがカチンカチン閉じたり開いたり。

「いつそんなもの取り付けたあああああぁッ!? 昨日の今日だぞ!?」
「か……恰好いぃ、ゲボ君、素敵だよ、それ!」
「束えっ!?」
 本気かっ!?
 
「タバちゃんの可愛いうさぎ耳に触発されて小生もこの通りですよ! だからフユちゃん、気にしないで下さい! この義手は、昨日ちょっとトイレ行ってきますと言って10分ほど部屋離れた隙に取り付けちゃいました、束ちゃんが来るまで内緒にしてましたがね!」
 なんと言うお手軽人体改造。
 ブラックジャックのように、自分で自分を手術したというのか。



———十分後
「退院する! 私はもうアイツと僅かでも同じ空気を吸っていたく無いんだっ! 離してくれ! ほら、傷も何も無いだろうが!」
 それは事実だった。
 全身傷だらけ。特に電柱を掠めた肩は亜脱臼をおこしかけていたし、全身にはアスファルトの破片で斬られたり裂けたりしていた傷が無数にあったが、それは全て『束の発明』とやらで治ってしまっていた。
「駄目だ! 君の住んでいた町ではガス漏れで集団幻覚症状や事故での大火傷、喧噪があったのか木刀で殴られたような傷などがあったんだ! たとえ外傷が無くても精密検査をしなければならないんだぞ」
 昨日の事件は、ガス漏れ事故による集団ヒステリーの一種と報告されている。
 これは束による情報操作等の賜物でもあるが、本当の事など、誰も信じまい。
 ……火傷は知らんが、殴打の外傷は私……だな……。
 深く、永遠に封印しようと胸に誓った千冬だった。
 こうして、子供は大人になっていくのである。

 なお、Barのマスターは普通に、無事だとメールが入っていたのは余談である。
 単独で全員のして店の外に投げ出していたとか。
 ……あのままあそこにいた方が安全だったな、絶対……。
 マスターのナイス紳士っぷりに逆に涙が流れそうである。



「だったらせめて、せめてアイツとは違う部屋にして下さい! これ以上は耐えられない!」
「む……それは」
「先生! 310号室の患者さんがっ!」
「どうしたね、この子はここに———」
「いえ、もう一人の方です!」
 な、何したゲボック……。
 もう関わりたく無いと、耳を塞ぐ千冬。
 だが、目に映ってしまった。

 窓から飛び出すゲボック。
———なにしているんだ、アイツ
 しかし、腕に抱いているものを見て驚愕する。
 束の連れて来ていた兎だ。
 ……いまさらだが、病院に動物連れて来ていいものだろうか。
 何も言われなかったのだろうか……。
 あ、浮いてる。

「駄目だよゲボ君! そんな、そんな!」
 窓から乗り出す人影一つ。
 束だった。
 その束にしては珍しく必死な表情……何があった?
「いけませんよタバちゃん、反物質ぅ兎のシールドが解けてしまえば、大規模な対消滅が起きてしまいます。これは、小生がしなければいけないかもですよ」
「……最後疑問系なんだね」
「今です!」
 しゅごーっ! と凄い勢いで飛んでいくゲボック。
 ドリルとペンチで兎を抱えて。
 無機物なもので抱えられて、非常に居ずらそうなのが印象的だった。
「ゲボく————————————んっ!」
 と叫んで一旦落ち着く束。

「……ちーちゃん! ここは三分待つんだよ! えーと、カップラーメンカップラーメン、と」
「……おい」
 とりあえず先生と二人、待つ千冬である。



———三分後



 凄まじい爆発音と爆光が天を埋め尽くした。
 さりげに放射線は防御されていたらしい。

「ずずずず……ゲボ君、君が世界を救ったんだよ!」
「ラーメン食いながら言う台詞じゃないよな……あ、先生、私はこれで。待ってろ一夏あああああああっ! 灰の三番っ! 束に聞いたぞ! 一夏と添い寝したんだってなあ! 覚悟しろっ!」
「あ、待ちなさい、こらああっ!」
「ごちそうさま! 束さんも帰ろー」

 なんだかんだで息は合う三人だった。












「———と、言うものなんです!」
 ゲボックの説明に、シャウトは首肯を繰り返した。
 これは、当たりかもしれない、と。
 史上最強の陸戦兵器。冗談抜きにこれは本物だ。

「でも、その話からすれば、<Were・Imagine>はその特異な体質の彼でなければ完全には使いこなせないのでは無いのかしら」
「そうですよ? 試作一号ですから」
 あっさり肯定するゲボック。

「だから稼働実験が必要だったんですけどね。何でこの時だったのかは知りませんけど、小生にも内密にするなんてちょっと酷いじゃないですか」
「組織とは、そんなものよ、ドクター」
「困りましたよ、それじゃ小生がデータ取り出来ないじゃないですか」
「……あなたの地元で実験した事は何とも思ってないの?」
「そんな事、小生もやってますし。ただ、小生の知らないうちにやられると困っちゃうなあ、データが取れないじゃないですかあ」
「そう」
「嬉しそうですね」
「ええ、楽しいもの」
「それは良かった! 楽しい事は素晴らしい事です!」

 言ってゲボックは白衣からカメラのようなものを取り出して、日の丸の旗を撮影した。
 するとどうだろうか、空間に全く同じ日の丸旗を実体化させ、出現させる。

「ん? これですか? 空間を複製するファックスみたいなものですよ? えいやっ」
 どうやら、チキンライスをハリネズミにしていた日の丸旗はこうやって量産していたらしい。
 ……理屈を考えるのはよそう。
 瞬時にシャウトもその結論に達した。



「……ところでドクター」
「はい? なんでしょ」 
「あなたはどうして、自分の作った<Were・Imagine>を破壊したのかしら」
「あー、アレですか? 単に壊しちゃいけない理由は無いからですよ」
「どういう、意味?」
「あの機体は元々、一旦完全起動したら用無しなんです。でなきゃ、兵器として欠陥まみれの人格持った人を搭載したりしないでしょ? あっれぇ? 小生はなんか変な事言ってますか?」
「……データ取りの為、なの? その割には解析なんてとても出来ない状態になっているようだけど」
 一面トコロテンまみれ。深さ500mもあるトコロテン地獄である。
 足を滑らしたが最後、ツルリンと、奈落の果てまで飲み込まれる。
 実際、組織の調査員がそれで何人か消えた。
 あまりに情けないリタイアに報告しようか本気で悩んだ程だったらしい。

「ええ、データなら、一旦接触した際に戴きまして」
 あのチェーンソーは、ウィルスを送り込むためただけのものではなかったらしい。

「『わーいマシン』に完全適合した脳のデータさえ採取できれば、もう後は誰でも出来る『獣化麻薬』ができちゃいますよ」
「……もう、ロールアウト?」
 普通、二度、三度の改良を乗り越えて正式量産態勢ロールアウトは成り立つ。
 誰にでも適応、これが一番兵器として重要なのだ。

「ま、フユちゃんの事追いかけ回して虐めてましたので、ムカっ腹が立って煮えたぐりまくりまして! ちょっと冷静さを失ってました! いやあ! キレるってこんな感じなんですね、もうまさに思考がしっちゃかめっちゃか! 兎に角ぶっ壊してやろうと息巻いちゃいましたよ!」
「あら———結構男らしい所もあるのね」
「褒められた? 小生褒められた!? いっつもフユちゃんには軟弱者モノ言われてましたのに、はっ———まさかこれは輝く第一歩!?」
「ねえ、ドクター?」
「うわあっ! 一言目からいきなりナイフ撫で始めたましたょ! なんかパターン読まれてる気がするんですけどどうでしょ?」
「あなたは長い髪とさっぱりした髪……どっちが好みかしら」
「んー、そうですねえ……」
 ゲボックは考える。
 と言っても、彼が思い浮かべる女性は二人しかいない。
 そのどちらも長髪の少女である。
 
「小生は長い方が大好きですょ!」
 正直に大声で告白するゲボック。目の前のシャウトはショートカットだったりするので、その辺の機微は全く分からないようだ。
「そう———ドクター、これからも亡国機業ファントムタスクと良き関係を」
「分かりました、いいですよ!」
「それと、組織に関係なく私とも友人になっていただけるかしら?」
「———ほう??」

「ミューゼル」
 一言だけつぶやき、席から立ち上がり、ゲボックに近寄って来る。
 伝票を取り、帰るらしい。

「私には名前も名字も無い。ただのミューゼル。まあ、 “S” って言われてるからシャウトって名前を初めとして、コロコロ変わると思うけれど、ミューゼルは変わらない。そう呼んでいただける?」
「分かりました! ミューゼルちゃん……ミューちゃんですね! 小生はお友達少ないからとっても嬉しいですよ!!」
「そう、ありがとう。じゃあ、お礼ね。男性って本当は苦手なんだけど」

 ミューゼルがゲボックに近付き、そして離れて去っていった。
「これからも宜しくね」
 と、唇を一舐めして。年不相応の色気を振りまきつつ。

「……お?」

 しばらく視線を彷徨わせるゲボックだったが、ぴくんっ、と反応して上を見た。
 真っ青な空。雲一つない晴れ渡った空。
 だが、そのさらに上。そこには———

 ぽん、と手を打つゲボック。
「ああ、なんだ、タバちゃ———」

 そこに大気との摩擦で赤熱化した巨岩がつっこんだ。
 大爆発だった。
 奇跡的に、死傷者はいなかったそうだ。



「———やっぱり、見られてたわね」
 この地域に有り得る筈の無い、地球の自転周期と同期させられた人工衛星が自分達を超上空から監視していた事に薄々気付いていたシャウトは、挑発して見せたのである。
 その結果は、ご覧の通り。監視されていた事は証明された。

 そこで、ぴ、ぴ、ぴ、と懐からかすかな振動が伝わって来た。
 取り出したのはボールペン程の金属棒。
 その信号を読み取り、やっぱり、とシャウト……この場合はミューゼルか———は纏っている空気を張りつめた。

 付近の組織関係者が全滅した。
 今、彼女の知りうる限り、この作戦に参加したメンバー、ほぼ全ての救難信号をキャッチした事になる。
 恐らく、送っていない構成員も……送る暇さえ無かったのだ。

 後に受けた報告では、全員命に支障はないが、復帰するのは不可能な程、心を徹底的にへし折られていたらしい。
 <Were・Imagine>の投入に関わったものは一人残らず。
 実動部隊の一人 “T” も消息を絶たれ。
 幹部会の重鎮達も何人か『根こそぎ』やられたらしい。
 日常生活もおぼつかないだろう、との事だった。

 それだけではない。
 <Were・Imagine>と同時に実行されたゲボックとは別口の獣化麻薬、『パンデミックを用いた仮想市街作戦実験』の関係者は全員、治療不可能なまでに、その獣化麻薬を投与され、人間ではなくなっていた。

 この徹底的容赦の無さ。
 彼では有り得ない。
 ジョーカーはもう一人いる。
 
 でも、それならば、彼女の望み通りには加速するかもしれない。寧ろ願ったりだった。



「でも彼、何処まで育つかしら」
 世界の異物を、育むべく。少女は微笑む。
 ゲボックに貰った衝撃銃と、得意とするスローイングダガーを構え。

 さあ、まずは当面の刺客から逃げなければ。












「———という訳なんだよ、ちーちゃん」
「…………やっぱり、そうか」

 ここは、束の研究室。
 何故か砕けたコンソールが一つと、腫れている束の右手。
 ……なにか、八つ当たりしたくなる事でもあったのだろうか。

「……あいつは、矛盾した行動をとってもその全てが本気なのだろうな」
「うん」
「あいつは、この開発が何をもたらすのか、どれだけの被害が出るのかも気にも止めていないのだろうな」
「まあ、それは束さんもだけどね」
「…………」
「協力してくれるかな、ちーちゃん」
「ああ、あの馬鹿の両手をこれ以上真っ赤に染めてたまるか。アイツが何を作ろうが、それが兵器である限り無意味なものにしてやる」
「そうだね! ゲボ君の兵器制作は打ち止めだね!」
 楽しそうな束、対し、苦々しそうな千冬。
 ぎりぎりと、拳を握りしめている。爪が掌を食い破りかけていた。
 彼女は、束に聞いたのだ。
 <人/機>わーいマシンの開発者。
 そして、その構造を。

 搭載された人間のデータは束に見せてもらった。
 やはり、見ても思い出せなかった。
 だが、彼はもうこの世にいないのだ。
 今回の『ガス漏れ事故の犯人』として、その場で事故により亡くなった、となっていた。



 話は変わる。
「まあ、完成したと思ったけど、まさか男性に使えないとは思ってなかったよ」
「ゲボックは拒絶反応でボロボロだったからな」
「んー、なんでだろうねえ、普通、あそこまではならないと思うんだけどなあ。まあ、これ以降作る子はそこまで拒絶しないようにするよ、せいぜい無視程度に———ふっ、シカトだぜ」

 きゅぴーんと、ポーズをとっている束をそれこそ千冬はシカトして。

「しかし、そこまで凄まじいものなのか?」
「……うー、ちーちゃんのいけずー。うん、ちーちゃんならまず間違いなく、史上最強になれるよ? これは余のメラじゃ、とか余裕で言えるぐらいに」
「何言ってるが分からんが、信用するぞ」
「うん、この世の兵器理論、価値観を根こそぎちゃぶ台返ししてあげるよ、『この兵器を作ったのは誰じゃああ!かっこ海原○山風かっことじ』てな感じでこけ落してあげるんだよっ! そして教えて上げるんだ、現行兵器は全て凌駕された、ってね。そのあとで、ゲボ君の興味を兵器から逸らせば良い。さらにそこそこ束さんの力を配ってあげれば、兵器そのものが一変、あっという間に塗り変わる」
「……それこそ、対抗できるのはゲボックだけ、とはならないか?」
「まあ、ゲボ君が本気を出したら結構危ないだろうな〜。でもね、その誰かがゲボ君を制御できると思う? ゲボ君は束さんに『勝とう』なんて俗な事を考えると思う? ゲボ君は研究が好きなの。誰の言う事だって聞くけどさ、言われた通りにしか作らないじゃない。それこそ現行兵器何かで満足している世界が、束さんのものを凌駕する具体的な想像をゲボ君に伝達できると思う?」

 ゲボックは誰の言う事でも聞く。
 だが、依頼者の想像力が、束が兵器として割り振った物を凌駕するイメージができるとは限らない。

「そもそも、ゲボ君の研究意欲をコントロールしようってのがそもそも無理だからね、そもそもそもそも、作麼生———説破、ってね、うう、座禅は足が痛いー」
「……なるほど、な」
 千冬は口数少なく頷く。

「だがな———束」
 ごっ! と空気が唸った。
 居合いの要領で抜き放たれた『アレトゥーサ』は、削り直され、やや短くなった木刀になっているが、やがて再生するらしい。
 それはともかく、その切っ先は束の喉元に突きつけられた。

「束、今回の獣人化の麻薬———作ったのはお前だな?」
「あ? 分かっちゃった? ちーちゃんさっすが!」
「当たり前だ、こんな非常識な薬品、ゲボックじゃなければお前ぐらいしか作り出せん、単純な消去法だ」
「その通り、謎のエージェント “T” とは、束さんのTなのだ! もう退会したけどね!」
「……そうか」
 他人の言う事など興味の無い束の方が説得しやすいとも思ったが……結局、同じ事なのかもしれない。
 千冬は歯噛みしつつ、それを見た。
 中世の騎士の出で立ちをした、全身装甲の強化外骨格。



「さて、出陣だ! ちーちゃんいっきまーす! IS———インフィニット・ストラトス、コアナンバー001、試作一号機『白騎士』でっ!」
「……ああ、分かってるな、束、一つだけ良いか?」
「おー、分かってるぜいぜい。世界はちーちゃんに釘付けとなるのだ!」
「それはどうでも良い」
「ふえ……あれ、そうなの?」
「今回、一夏が危険な目にあった。いや、お前だろ束、灰の三番は視覚で毒味が出来る……その場にいたお前が一服盛らねば一夏にあの麻薬を投与したりは出来ん。ゲボックの解毒薬の確認の為か?」
「んー、ちーちゃんの冷静さをそぐ事かな?」
 変わらず、束は千冬に正直に言う。

「確かに、あのとき私は珍しくお前に窘められた……だがな?」
 木刀を少し逸らす、束の顔面すぐ横に突き立つ『アレトゥーサ』。
「束、お前は私の大切な幼馴染みだ。それでも、一夏を危険に晒すなどという事は……」
 ごうっ! と木刀を引き抜き、舞うように停滞無く竹刀袋に収納する千冬。
「たとえお前でも、次は無いと思え」
「おー、ちーちゃんの威圧感が凄い事になってるよ、お嫁さんの貰い手がなくなっちゃうぞ? あ、その時は束さんが貰ってあげる!」
「五月蝿い黙れ」
 そう言って、千冬は束の研究室を出て行く。



「んふふー、うふふふっ」
 まだ、語ってない事はある。
 獣化麻薬の解毒薬を、『亡国機業のT』として、ゲボックに依頼したのは束だ。
 あの時、ゲボックが都合よく一夏を治療できたのは偶然でもなんでもない。
 束にとっても、一夏はとてもとても大切な、弟分なのだ。
 万が一にも、危険は無いよう多重安全装置は施してある。
 放っておいても、一夏だけは元に戻ったのだ。
 だからこそ、予め自分の獣化麻薬に効く薬を飲ませ、街に出回っている成分を分解させてから、一夏専用のものを投与した。



 束は、自分の身内以外はどんな様になっても構わない。
 全くこれっぽっちも気にしない。

 だから今回、千冬と共謀して行う計画には、千冬の考えているような倫理的な事など全く考えていない。
「うふふ、これで一緒、皆一緒だよ……」

 束には懸念があった。
 このまま大人になっていけば、皆バラバラになってしまう。
 それは、束にとっては退屈と孤独が一挙に押し寄せて来ると同意。
 何よりも恐れる事柄だった。
 でもこれで、これで。

 一生、私達の縁は途切れない。
 一つの世界に、皆、皆縛られるのだ。
 ずっとずっと、私達皆は、なかよしなかよしお友達。
 あんなパッと出の女に、割り込まれるわけにはいかない。

 思い出すだけでもいらだちが募った。
 あの女は、ゲボックに———



「———ふぅ、天才の束さんらしく無いね、うん、リセットリセット。電源を切るときはリセットを押しながらだよ! セーブが飛んじゃうものね! あははは、わはは、あははは、頑張ってね、ふふ、白騎士。束さんの可愛い可愛い、最初の子供」
 あはははは、くすくすくす———天才の、天災の少女は笑う。
 
 純白の騎士が、己の造物主を、母を、笑い続ける彼女を、静かに見守る中。
 ただただ、楽しそうに、自分の世界を作り出していくのを夢想する。



 世界が一変するまで、あと僅かのみ——————



_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/

てな感じでISが出来る経緯をねつ造してみました。
千冬さんが束さんにあの自己完結テロにただ同意したとは思えなかったもので。
なんか裏があるのかもしれませんけど
ゲボックがいるのでこういうギミックで組み立ててみました


あと、<わーいましん>は、宵闇眩燈草紙とブラックロッドから一部ネタを戴いていたりします。


あと、前回程じゃないですけどやっぱり長い……。なぜだ、ワールドエンブリオ風のプロットに纏め始めたというのに!
あっ! アレが原因か? 思いついてどんどん書き足してなんかアヴェスターのようになってるし……!

あと、あのお姉さん(後)もゲボックに目を付けました。
狙いは千冬さんの真逆です

どうもなあ、真性の女性なのに、スコールさんはエレンディラ・ザ・クリムゾンネイルのイメージが抜けないんだよな……。


こんな未熟作を読んでいただき。
感想もくださりまして、皆様ありがとう御座います

捜索掲示板でおすすめに上がっているのを見たときは赤面して床ごろごろ転がり回ってました
いつも感想くださるあのお方でして……
高ご評価、ありがとう御座いましたm(- . -)m



[27648] 遭遇編元ネタバレ集
Name: 九十欠◆82f89e93 ID:a6979411
Date: 2013/02/24 00:44
さて始まります、過去編元ネタバレ集
ここでは遭遇編のみを出して行くのであんまりない予定
そう……本番は転機編や結節編なのだよ。
考えるだけで途方に暮れそうである

それでは始まり始まり





第2話。幼少期、対話開始

それ以前に第一話にネタが無い事に今更ながら驚愕している。
いや、マジックハンドとかは色々ネタあるけど元ネタ多すぎて特定出来ないので割愛

○冒頭
 科学史的には有名な話なのだが、私が知ったのはアンビリーバボーだったりする

○この浮遊石を使いましょう
 天空の城のアレです。日本国民なら説明不要。あと、その後の兎ガードロボットは、束の中でコレの中のロボットがモデル。あれ、アルファとか、ラムダとか、オメガとかそんな名前らしい。
 狂乱家族で去渡博士の城や、氷霞の浮遊システムも……天空の城がネタだと思う。

○「おぉ~、んじゃ、このヌル爆雷で」
○「格好いいですね、では僕からはこの超重力メギドで」
 どちらも上遠野浩平先生のナイトウォッチシリーズで用いられる超兵器。
 ヌル爆雷は銀河を一撃で消し飛ばし、超重力メギドは、太陽系内のどこで使おうとも、その中にある全ての物質を米粒程にまで圧縮してしまう超重力兵器。
 でも、これらでさえ、直撃しなければ傷一つ付けられない虚空牙て……

○「これがラピ◯タ……」
 これ以後数行もしつこく続いた天空の城ネタである。
 微妙に、バスタードでキングクリムゾングローリーを発見した魔戦将軍が入っているのはご愛嬌。

○人類に敵対的な地球外起源種
 アルファベットにして頭文字をとるとBETAとなるそうです。
 何であんなにグロイんだろうねあれ。しかも戦闘用じゃなくて土木作業員。
 するとアレか。あ号って工事現場主任とかそんななのか実際。

○彗星帝国
 宇宙戦艦ヤマトのラスト、ヤマト自体を神風に用いて倒したある意味ラスボス。
 皆死ぬ。死ねば感動だ、と言うのに対して俺は異議を上げるタイプなので、ちゃんと意義持たせて皆を殺して欲しかったとか思う。こう、希望は託したぞ……! みたいな。
 神風は綺麗だというのは非常に腹立たしい。こう見えて鬱は好きだけどハッピーエンド主義なもので。

○ゾンビパウダー
 ブードゥー教の人間をゾンビに変えるクスリ
 ヴァルキリープロファイルなり、死者の指輪から出て来るあれなり、元ネタありすぎるのだが。
 まあ、ここでは遺体の一部に残留している思念から云々と色々科学的なものだと思って下さい

○ジェットチャリ
 魔界都市新宿のとある仮面付けた花屋さんのバイトにーちゃんが乗っていた区外じゃ乗れそうにないチャリである。
 一漕ぎでアフターバーナーに点火。とんでもない速度で突っ走ります。流石新宿。
 しかし、あの仮面は一体設定どうなったんだろう……?



第3・4話 中等期、関わり始める世界

○検体と資金が湯水のように出ますし
 宵闇幻橙草子の忍者らの組織に雇われたジャックさんの感想。
 MADな方達にとって宗教団体ってのは理想的な環境なのかも知れない。
 まあ、ここは亡国機業なんですが。

○グレイさん
 Lv1
 生物兵器『灰の三番』である。
 元ネタは宇宙人の中で最もポピュラーな『グレイ』から。
 『灰=グレイ』の『三番=さん』だからグレイさんである。これは、本当に執筆中に一夏が名付けました。
 キャラが勝手に動くと言うのを初めて体感した気がする。
 オリキャラであり、『ドリムゴード』の作者中西達郎先生にとってのエト・アイル的存在。
 つまり、何があろうと本文からもプロットからも出番は減らないキャラである。
 存在条件はやたらと目立つ脇役である事。何だそりゃ。
 実年齢一夏と同い年。見た目一番お姉さん。アンバランスですそこが萌えます。
 初登場時にこれでもかと彼女の伏線と要素を圧縮して出してます。
 母親的とか、一夏が何故か彼女と会話出来るとか。
 家事手伝い型、と戦闘能力は低めだが、散布されているナノマシンを集束操作して形状操作が可能、重戦車(笑)ぐらいなら両断する事が可能なので、この界隈での『戦闘能力低め』はあてにならない。
 ゲボックファミリーの中で極めて珍しい気遣いの出来る存在。
 イギリスにて、短期ではあるが本格的なメイド修行に行った事が有り、チェルシーとは親友同士であったりする。
 束とゲボックの会話にて、彼女が『失敗作である』と述べられているが、中途半端なものをそのままにしておくのが我慢ならないゲボックにとって、そんなものは存在しないのが伏線になっている事を誰か気付いていただろうか。

○竜骨寺さん
 原作『狂乱家族日記』の商店街に居る中華料理屋の兄妹———でもあるのだが、その父親である。
 第日本帝国の三強の一人と言える暗殺者だったそうで。
 残る二人のうち一人がラスボスで、もう一人がオカマバーのママなのだからこの国は分からない。
 その戦闘能力は、料理人である彼の息子が一度だけその怒りをあらわにしたとき片鱗を見せつけた。
 なんか秘孔まで使えるっぽい。
 でも見た目は窓際族っぽい普通のおじさんである。

○いっくんの記憶力って初期ロムぐらいなんでしょうか
 『銀魂』より、ジャスタウェイが出た時の話で。
 近藤が記憶喪失状態な上に簡単な衝撃で更に記憶が飛ぶ様の評価から。
 あの漫画の、熟語的ツッコミ大好きですな。

○十人の小人
 本当の元ネタが思い出せないのだが、それをネタにしたトリックがでた、『金田一少年の事件簿』より。
 自分が見た時は確か実写版でした。Kinkikidsの堂本剛が金田一一役であった時代の話。
 十体の人形から十一体めの人形を捏造すると言うちょっと不気味な話。
 しかしだね、金田一の話はじっちゃんの頃も彼の場合も、犯人が犯罪をやり遂げてからトリック解くから正直全然尊敬出来ないんだよね。そんなとこまでじっちゃんどおりか。
 犯人本懐遂げてるじゃねーかとか思うんだがどうだろう。
 いや、犯人もだいたい死ぬよね。皆殺し探偵である。
 ちなみに、今の実写版は見ても居ないからノーコメントで。

○「なんか妙だと思ったら、偶然鼻を押した瞬間二人とものっぺりとした顔になってくれてな?」
 パーマンのコピーロボットである。
 きっと皆さんも、一度はアレが欲しいと思った事がある筈だ。

○普段はどこか足りない少年が、額のオデキに隠された第三の目を開放するや卓越した知能と超科学技術で活躍するマンガ
 手塚治虫先生の遺作の一つ、三目がとおるである。奇想天外! ハテナのブーメラン云々かんぬん。
 ちなみにこれは第一話で、いじめっ子達の脳を一瞬でトコロテンに変えてしまったという。取り返し着かない兵器。どうなったんだろうね、その後の彼等。
 絶対今の漫画じゃ書けないんじゃないかなぁ
 もう言えないけれど、あの槍の詠唱、暗唱出来たんですよ…………変わんねえな、俺。

○山口くん
 原作『狂乱家族』に出て来た、1巻で優歌を虐めていた男の子筆頭である。
 虐めが解決してからは気に病んでいたのか、逆に一番に彼女に気遣うようになる。
 気があるのがバレバレであり。優歌からも憎からず思っているようである。
 が、いかんせん家族どころか優歌にも名前を間違えられてしまう悲しい運命にある。
 サッカーが得意で、将来本気で選手になる事を考えている。なんか昔の小学生もので良くあったね。
 姉は姉の千花の舎弟かつ、本気で彼と結婚を考える重度のブラコンであり、彼は日々貞操を守っているのだとか。
 父親も優歌の姉の千花と関わりがあるようで、人外のハーフである可能性がある。

 そんな山口君の同一存在。
 世界を挟んでも名前を間違えられるのは健在である。
 三人と深く関わって来た一般人であり、地味に評価されている。
 サッカー部に彼も居て、本気で色々考えていたが、ナデシコジャパンの活躍に反して男勢のサッカーが衰退、ISの台頭でそれは更に加速し、進路を改める。
 ティム程ではないがゲボック技術によるメンテナンス技術を有しており、後にドイツの某部隊ビットチーフに就任する。
 漫画・アニメ・ゲームなどのサブカルチャー全般の伝道師を自負しており、布教に余念のない男である。
 その情熱は凄まじく、何せ束にすら『漫画の人』と認識されているのだから凄まじいものがある。
 そのせいか、ゲボックや束の発明にも、なんとなくそれらの影響が見て取れる程のものである。
 何故か、日常パートからシリアスパートへの転向フラグを敏感に感じ取れる節があり、その度に千冬に進言しているせいで、千冬の中では彼の忠告=狂乱の前兆(ヘイムダル)という甚だ理不尽な称号を当てはめられている。
 ドイツでは、親しくなった女性の父親と、プルートゥはアトム漫画として是か非かで大舌戦を繰り広げ、気付けば何故か婚約者に指定されていたのだとか。フラグは無かった筈だぞ……! とは本人の談。
 なお、本名は狂乱家族日記と同じで山口清。
 姉に山口聖が居る。
 地味に活躍するモブである。

○アレトゥーサ
 マガジンZで連載されていた植物系SF長編漫画。
 雑誌の打ち切りでなければ、完全な第1部完結まであと一歩と言う所だったのに……
 それに出て来る、『行動する植物』。
 通常はただの木なのだが、子種が動物の死体の付近にあると根を伸ばしてその運動機能を利用し、行動可能になるというとんでも植物。
 原作がスプリガンやARMS、死が二人を分つまでなどのたかしげ宙さんなので、外れ無しかとお勧め出来る傑作であります……いや、ラストがちょっと不満だけど。

○衝撃銃
 実はもとネタドラえもんである。
 とは言っても直訳ショックガンは何か痺れる光線が出る銃であり。
 内容的には空気ピストルが近い。

○獣化麻薬
 狂乱家族原作にも出て来た、人間を何らかの獣へ変貌させる薬物。
 しかし、この暴れっぷりはどっちかというと魔界都市の影響の方がデカイ気がする。
 主に暴れたのは千冬なんだけど。
 あと、噛み付くと浸透圧で感染する、というのはブギーポップシリーズのパンドラ編で出て来た不良少年達を変貌させた特殊麻薬からだったりする。

○壁の穴を埋めるバズーカ
 吉永さんちのガーゴイルで、ガーゴイルの創造者高原イヨが作った文字通りのバズーカ砲。
しかし、背後にあるものを吸い込んで壁の穴埋めを製造しているらしく、背後に壁があると全く同じ穴が開くらしい。
 あのお姉さん、バッタもん好きなんだよね。賢者の石のレプリカとか、パナケアのバッタもんとか。
 大好きだよ俺も!



———後編———



○冒頭
 NHK科学特番『脳——小さな小宇宙』……だったと思う、こんなタイトルの番組より
 サヴァン症候群で、内容そのままの絵の好きな青年がいました。
 正直、才能をとるか、その他全ての生活能力をとるか、と言われたら……。
 うーん……。

○わーい・マシン
○Were・Imagine
 元ネタは電撃文庫『ブラックロッド』のワー・マシーン。狼男に変身出来る全身義肢。
 ならびに、宵闇眩燈草紙の脳だけ獣人の設定等々。
 まあ、素体は女性だったから狼女かね?
 人の野生部分を特化させて獣の魂を持つ鋼として行動出来るらしい
 吸血鬼に食われましたけど。

○精神感応金属『シンドリー』
 スニーカー文庫RAGNAROKにおいて出て来た、古代文明の超金属。
 恐ろしいまでの剛性と、人体にフィットする柔軟性を併せ持つために防具として高い適正を持つ。
 かつ、精神感応金属であるので、持ち主の思考似合わせて防御性能を更に変質出来ると言うとんでも合金である。だから、いい加減続き出てくれ。審査員なんてしなくていいから。

○これが☆を滅ぼす魔法……メテ◯だよん
 FF7では、攻撃魔法であるメテオが実際の隕石災害扱いされると言う設定でして。
 はい。隕石降ってきます。
 ふと思ったけど、ジェノバとラヴォスって似てるよね。
 いや、特に深い意味はないけど。

○有象無象の区別無く! 束さんから逃げられると思うなー!
 と言いつつ隕石で狙撃する束さん。
 ヘルシングの魔弾の射手。『リップバーン・ウィンクル』から、
 どんな大気圏突入計算しているのだろうか。多分暗算です。
 
○Homing・Railgun
 丁度この数ヶ月前、ガトリングレールガンを禁書で見まして。
 滅茶苦茶撃つのがあるなら、レールガンの常識を全力で無視して追跡機能付けたらどうだろう、と言うのが切欠である。
 超電磁砲が追跡したらそりゃ死ぬわ。
 あと、これT- Barrette-Shift(トコロテンバレットシフト)だし。

○反物質ぅ兎
 この後書いているが、元ネタは『王泥棒ジン』の爆弾生物ポルヴォーラである。
 可愛いよね。動揺したらとんでもない爆発起こすけどあの子ら
 可愛いだけにスッゲェ悲哀を感じてしまう。
 ぷちポルヴォーラを庇う為に自爆突貫したパパ、ママポルヴォーラは本当に涙を誘いました。

○これは余のメラじゃ
 超有名な大魔王様の台詞。とんでもない攻撃をぶっ放しておいて、これ、最弱だからと言われた時のこちらの絶望感はそんじょそこらではありません。しかも最上級呪文となると、フェニックスになるしこのお方。
 あの人カリスマなのに何でこんなにネタ多いんだろうね。



 あれー? 思ったよりあったし……(==)?
 うん。大人しめだったんだなーこの時は、と思いたい。
 いや、単純にこれ以降は阿呆みたいに長くなったから総数増えたんじゃねーの?
 んーまぁ、そうだけどさあ。


 さて、ネタバレからその他版ってのはアレなんだろうか?
 とか思いつつ転機編に取りかかろうと思います



[27648] 転機編 第 1話  白雪芥子———倫理の境界
Name: 九十欠◆82f89e93 ID:a6979411
Date: 2012/03/26 00:18
 篠ノ之箒にとって———



 姉とは、時を重ねる毎に理解出来無い面が見えてくる。
 そんな存在だった。

 それでも、やはり箒は姉である束の事が大好きだった。
 それというのも、束は箒の事を溺愛していたし、その事が分かる箒も束の事が大好きだったからだ。
 彼女が作り出すものはすべてがおとぎばなしの幻想のようで、それを惜しみなく箒のために次々と披露する束に、箒はまるでシンデレラに出てくる魔法使いのようだと思ったのである。

 だが、その姉には、幼馴染みが二人居た。
 どちらも強烈な印象で、一目見たらまず忘れないような人達であった。
 今でこそ思う。この姉とともに居るならば、そんじょそこらのキャラ付けでは乗り越えられないと。

 そして、ある日の夕食時。
 箒は出会う。



「お姉ちゃーん、ごはんだよー?」
 箒は束を呼びに行く。
 束は集中力が凄い。
 一度何かに夢中になってしまうと、放っておいたら飲食もせず没頭してしまう。
 体に悪いし、食事は、皆で取れるときは皆で取るべきだ。
 お父さんもそう言ってたし。

「お姉ちゃん?」
 束の部屋に入る箒。

 ……なんだろう。
 くったくったと妙な音が聞こえる。
 それに部屋全体が、なにやら蒸し暑い。

「お姉ちゃんどこー?」
 部屋のどこにもいない。
「お姉ちゃーん!!」
 心細くなって泣きそうにな声が出てしまう。
「え!? なになに!? どうしたの!? 苛められたの!? お姉ちゃんが消しちゃうよ!」
 その声色でいきなり束が反応した。
 千冬同様、束もまた、シスコンである。

「お姉ちゃんどこー!」
「あー、私探してたのか。こっちこっちー」
「……え?」
 ようやく姉と会話できたので声がすっとテンション復活。分かりやすい箒である。
 まあ、今年で4歳児なんてこんなものである。
 束やゲボックだけじゃなく、千冬だって知性的に普通じゃないのだ。

 だが、声のした方は……。
「押入れ?」
 押入れしかない。
 この中は普通、布団なんかを収納するところである。

「○ラえもんごっこ?」
 そう言えば、ここで床に就く猫型ロボットがいたなあ。
 なんてい思いつつ、押入れの引き戸を開ける。

「……え?」
 幼児でも矛盾ぐらいなら分かる。
 トンネルを抜けたら、そこは雪国でしたとは有名な作家による名作の一文だが、この場合。
 押入れを開けたら台所でした。である。
 いやいやおかしいから。

 思わず正面を押入れとして、左の窓に向かう箒。
 そこから、よいしょと顔を引っ張り出して押入れの辺りをみる。
 どう考えても、空間的に足りない。

 昨日テレビで見たトリックアート?

 箒の知識で恐る恐る手を延ばしすと、空間がある。
 どうやら精巧な絵画であり、向こうに行こうとしたら顔がゴン! と言う事はなさそうである。
「お姉ちゃん、どこー?」
「こっちだよ箒ちゃん、手の鳴る方へ♪」

 台所(?)に進んで行く箒。
 進むにつれ、蒸し暑さが増して行く。
 箒も理解する。

 このくったくったと言う音は、何かを煮込んでいる音である、と。
 ならば、熱源に束は居るだろう、と辺りをつけ、さらに進むと(どれだけ広いのか見当もつかない)、箒はそれを発見した。

「うわー……」
 大きな壺の様な鍋だった。
 魔女が『ひぃーひっひっひ』と笑いながらかき混ぜてそうなあれである。
 ルラムーン草を煮込んでいたら高速都市間移動魔法でも覚えそうな勢いだった。

「やっほぅ箒ちゃんよく来たねー、どうしたの? どうもしなくても箒ちゃん大好き! お姉ちゃんは大歓迎だよ!」

 その際の束の行動がイメージ通りだったので茫然自失となる箒。
 何か長い棒で怪しい壷をかき混ぜている。
 何故か仄かに光っている壷からの逆光が不気味に笑顔を彩っていた。
 正直、怪しい(核爆級)のだった。
 しかし、責任感の強い箒ははっ、と見直して。

「お姉ちゃん、ご飯だよ? 一緒に行こ?」
「あぁ~ん、箒ちゃんったらかぁわぁい~い~!! 奇遇だね、お姉ちゃんも料理を頑張っててね、ふぅ、暑い暑い」

「え? ご飯ならお母さんが作ってるよ?」
 それ、料理だったのか。

「……ん~、まぁ、そりゃそうなんだけど、これは綺麗なウェディングドレスを着るための修行なんだったり? 箒ちゃんもいない? そんな子。まぁ、いたらいたでブッ千切るけど」
「なにをブッ千切るの!?」
「ナニをって? いやん、箒ちゃんたらもう、束さんは恥ずかしぃん~」
「? ? ?」
「よし、箒ちゃんはまだ純情っと」

 幼女に何を言う。
 ついっ、と指を振るとふよふよレンゲが浮かんで来て、壺の中身を掬う。

 またも無駄なところにPICだった。

 一口啜った後束は両手を腰に当てるや。
「うーまーいーぞー!!! よし! さっすが天才束さん!! ねえ箒ちゃん! 箒ちゃんには早いかもしれないけど、女の子たるものは料理の一つも出来なきゃね!」

 背景に料理漫画のリアクション皇を浮かべながら自画自賛でご満悦の束だった。

 因みに料理が一人前の女の必須技能だと言うのは、思いつきでもなんでも無く、彼女の信条の一つである。

 後々束は、『娘』にもそう語っている。

 案外、そう言う古風なところは親譲りなのかもしれない。

 しかし、この束と言う少女、好き嫌いがない。

 僕の血を吸わないで、と言っていたこの世で最も馬鹿な男に美的感覚を日夜仕込むべく、肉体言語を振るっていた学園のアイドルが如くに。
 蜂の子だろうがザザ虫だろうが、何でも好き嫌い無く食べる事が、素敵なスタイル構築の秘訣とでも言わんばかりの悪食っぷりである。
 犬は赤犬、猿は脳味噌が美味いんだそうな。おい待て美少女。

 どちらかといえば、誰がどう愛情を注いで作ったかに重きを置いている節があり、箒が作ったのならゲル状の何かだろうが炭化物質だろうが同じ様に『うーまーいーぞー』と叫ぶだろう。
 単純な味覚障害かもしれないが。
 まぁ、一つ例外があるとすれば千冬のポイズン通り越したデス・クッキングであろう。
 VXガスさえ無効化する改造肝臓を備えている筈のゲボック共々レテ川のほとりでゴーストバスターズをやったのは良い思い出である。

「お姉ちゃん、早く行こう?」
 とにかく、これ以上両親を待たせるわけには行かないので、束の下に向かう。
「ねえ、何作ったの?」
「あぁん! 箒ちゃんもやっぱり女の子だねえ! いっくんに作ってあげるの?」
「———な、なな、なんでアイツに」
「うんうん、誤魔化さなくてもいいのだよ!」
「違うよお姉ちゃん!」
「みゃははははっ!」

 この時、一夏はまだ道場に通っていない。
 しかし、千冬に連れられて来るので、度々顔を合わせていた。
 あまり接点は無いのだが、それ以上に同年代の子との接点が無い箒にとって、一夏とはなんとなく、印象には残る相手だった。かなり強めに。

「ちなみにお姉ちゃんがつくったのは全ての料理の基本、出汁作り! 和洋中問わず旨みの抽出なくして美味は無しなんだよ箒ちゃん。見るがいい、単一にして厳選された食材を!」
 びびっ、と鍋を指差す束。

「———え?」
 従ってそちらに眼を向けた箒は、あるはずのないものに、一瞬思考が硬化した。


 鍋には『人』の形した……いや、人である訳が無い、そんな猟奇的なものある筈が無いけど何だろうアレ……が浮かんでいた。
 幼い箒ではそんな複雑思考は出来ないが、人? いや違うって? でも人っぽいという感じになっている。




 すると……。
「あぁぁぁぁぁぁぁあああ~、まぁだですかタバちゃあああん、いい加減湯立って色々危うくなってるんですけどね、湯立っていると言うか煮立ってませんか? 出汁をとるときは沸騰させてはいけないって聞きましたよ? 小生、色々搾り取られてげっそりしてきましたけど」
「喋ったああああああああっ!!」
 な、何か煮込まれていたものが喋り出した。






「いやだなぁ、ゲボ君。ごはんを食べさせてあげるから協力してって事に応じたんだからだまって出汁を出す出す! ん? 出汁を出す、ダシダス? おぉ、何かのメーカーみたいだねぇ、なんちゃって☆ そしてこの出汁を元に束さんはゲボ君からさらなる演出をひきだすのだ!」
「小生から出た出汁を小生が食べてもただの共食いじゃないですか? あれ? 自食作用? 本末転倒ではないですかねえ」
「……火力アップ!」
「おあちゃちゃちゃちゃちゃああああああ!!」
 普通、それだけじゃあすまない。既に沸騰しているというのに。
 改造人間は伊達じゃない……なんで千冬に勝てないんだろう。
 束作ガスコンロ。最高焦点温度は鉄をも焼く。当然鍋というか壷も特別製だった。

「ああああああああああああああ! 誰!? お姉ちゃん何してるの!?」
 箒が復活した。
「ゲボックですよ? ああ、箒ちゃんですね、小生、タバちゃんのお友達の———アッチャアアアアアアアア!」
「お料理☆」
「ただの五右衛門の釜茹でだよ!?」
 昨年の年末大河ドラマは『秀吉』でした。
 父、柳韻の膝の上できゃいきゃい見ていたから覚えている。
 なお、水戸黄門も欠かさず見る箒であった。なお、歴代全て肯定派である。
 髭が無いからなんだと言うのだ。
 評価が一番低い役者を思い浮かべる。ご老公は心の持ちようだ。見た目ではない。
 心がご老公なら髭などいらないのです。偉い人にはそれがわからんのです。
 おかげで近所のおじいちゃんおばあちゃんの覚えがよい箒だった。

「大丈夫安心して! お姉ちゃん特性お料理用リキッドはじっくりたっぷり熱を通すから、熱で主要栄養素を破壊しない優れものだからね! 油みたいに速攻で煮えたぎる事なんてないのだ! それに油で煮るってカロリー的にどうかと思うなぁ、でもこれなら、お肌もお肉も血液も! スッキリサラサラ爽やかに! らんらん♪ ってね!」

「それはもっと苦しいよ!?」
 温度上昇が緩やかとは……より拷問である。

「大丈夫ですか! ねえ、あ、ええ!? 大丈夫!?
「溶けそうですね」
「思ったより大丈夫そう!? でも危、熱っ、あー、ああーー、ああああっ!」

「……箒ちゃんは優しいねえ、出汁殻に。もう、慈愛の女神様だね!」
 だしがら……何気にえぐい。

「お姉ちゃん!」
「ねえ箒ちゃん」
「わああわああ」
「おいしいよ、一口いかが?」
「食べないよ!?」
「……がーん!!! しょぼーん……」
「火を止めてあげてええええええ!」



 ……箒とゲボックの出会いはこんな感じだった。
 箒の姉に対する印象が、魔法使いよりも魔女に大幅に傾いた一件だった。

 束と箒の関係? それはもう少し、後で話すとしよう。









 中東の紛争地帯。
 中世の頃より宗教問題から睨み合いを続けていたが近代化していくにつれ、先進国による植民地化政策が進んだ。

 その事により、圧倒的武力で弾圧、支配されていた。

 大国により領土を真っ二つに分けられ、代理戦争をさせられる。
 血を流す彼らの悲哀は、独立に対する悲願となっていった……。

 やがて、植民地政策の終焉とも言える転機が訪れる。
 各地での独立である。

 道徳、人道という言葉が表向きだけとはいえ国際的な集まりにおいて重要視されてきた事は、独立の悲願への後押しとなったのだ。

 そして。
 大国の陰ながらの支配が消えたといえば嘘となるが、民族が独立する事に成功する。

 だが、表面上、上から押さえつけられるものがいなくなれば、ただ自由だと喜ぶだけではなくなるのだ。

 あれだけ支配され、その愚かさを身をもって痛感していながら彼らは同様にこう、思ってしまうのだ。



 今度の主役は自分たちだ、と。



 彼らが思うのもいたしかたは無い。
 それだけ耐えたのだ。
 それだけ苦しかったのだ。
 そして、やっと願いは叶ったのだ。

 しかし、困った事にそう考える小集団———民族は無数にあり。
 対して大地は有限だった。

 人の数だけ信念はあり、人の数だけ正義もまた無数に存在する。



 今までは強大な支配者がいた。
 彼らの強制により、または彼らに対する反発心から、些細な考えの差異や動向は考える余裕が無かった。
 苦しくも、共通する強大な敵と認識したものがあれば、人と人は手を繋ぎあうのである。

 だが、もう違う。束ねられていた意思は再び個々に別れてしまった。

———些細な違いが気になる
 人の文明はいつだって序列とそれによる差別で成り立ってきたのだから。

———自分の正義にそぐわぬ行為が目端に映る
 それが相手にとっての正義だとしても。

———重複した権利をめぐって闘争する
 それがたとえかつての支配者との口約束だとしても。

 かつて巨大な力へそろえ向けられていた力は、自分たち同士へ向ける無数の小競り合いの火種となった。



 人はやられればやり返す。
 目には目を歯には歯を。
 世界最古の罪刑法定を記されたハンムラビ法典に記載されている言葉ではあるが。
 実はその法典、身分によって処される刑が等価ではない。

 すなわち、相手が同等と思っていない場合は反撃が等価であろうはずも無い。
 それぞれが正義を掲げ。
 それぞれが悪を討つため。

 格下によるのぼせ上りを正すため。
 報復に告ぐ報復は絶えることなく連鎖し———
 人々は武器を手に神に祈りを捧げ。

 かつて自由を求め手を取り合った人々の大地は、お互いの血液で成り立つ程の、泥沼の地獄と化した。



 果たしてそこに、本当に亡国機業の関与がなかったのが、死の商人の介入が無かったのか、それは定かではないが———



 しかし、あまりに戦火が広がれば大国も動かざるを得なくなる。
 勝手に殺しあってくれるだけならかまわないだろうが、中東には貴重なエネルギー資源があるのだ。

 その採取が滞れば自国の経済に影響が出る。
 採取に行った自国民に被害が出れば民意にも影響が出る。

 もっともらしい理由を付けて、彼らは圧倒的力を振るいに舞い戻る。
———それすらも死の商人の企みか

 しかし、その後が大変である。
 もう支配は出来ない。表向きの道徳はそれに反する。
 心の底からそれを信奉するものも多いのだ。

 住民の反抗は、過去の事実からもより大きい。
 それで軍人に被害が出ればまた政権の支持率に影響を及ぼそう。



 地元民の反抗は———大国を悪とみなして攻勢へと移る。
 そしてこちらも泥沼だ。
 その被害は直接戦闘していないもの達にこそ牙を向く。
 それまで家庭で団欒を囲み、明日の情勢に憂いを抱きつつも自分だけは大丈夫に決まっている。幸せはやってくる。と信じるものにこそ。
 それが瓦解したとき———



 深遠の内からこちらを覘く破滅がそろりと手を招く。

 そんな———情勢であった。



 といっても、表向き中東の人々が大きく真正面から反抗する事は未だ出来ない。
 故に取っているゲリラ作戦に大国は手を焼いているのだから。

 一度起きた大規模テロから、大国の目はより鋭くなっていた。

 中東でならば兎も角、己の国土ではゲリラさえも実行不可。
 事実、なにも起こさせずにいた。



 これまでは。



 さて、視点を大国に移そう。

 とある大都市の森林公園。
 ボートの浮かぶ人工池を背後に、軍事介入を後押しした政治家が、自分の指示は正義であったと声高々に街頭演説に立っているときだった。

 ふざけるな、と。

 声が上がった。
 見るからにアラブ系の男性が憎悪に歪めた表情で政治家をにらみつけていた。
 彼は特にテロに参加していたわけでも、紛争地帯で銃を手にしていたわけでもない。
 町場の電気屋だった。

 しかし、僅かにそれた空爆により、彼を除く彼の愛した家族は一人残らず瓦礫の下敷きとなった。

 どれだけ対地攻撃の精度が上がろうと、攻撃対象の居所を掴む諜報活動が凄腕であろうと、絶対など、それこそ絶対には無いのだ。



———訂正しよう
 ゲボックや束でもない限り、絶対など存在しないのだ。



 政治家は、暴力に訴えそうな雰囲気の彼を、ゴミでも払うかのようにSPに命じて退去させようとした。
 実際彼に大事なのは自国民の支持率であり、空爆で他国の民がどれだけ人が死のうとも彼の昼食の味は変わらない。
 むしろ、空爆の事を演説中に喚きたてられ、自分の『正義』に支障をきたすのは困ったものである。家族の豊かな生活に支障をきたす可能性がある。



 正義と悪など、その程度だ。人と人、各人の度合いの差でしかない。



 治安のいい地では、権力がそのまま腕力だ。

 SP数人掛りで組み伏せられる。
 暴れられれても、こちらは訓練をつんでいる。武器を持ち出されればSP側の有利はさらに増す。鎮圧に対する攻撃力の楔が取れるからだ。
 それに市警に対する言い訳など、それこそこちらに発言力があるのだから。



 本来なら気の良い、近所でも評判な人柄であった電気屋の主人は。
 家族を空爆で奪われた、お前は人殺しだと叫ぶ彼は。
 このまま取り押さえられ、臭い飯を食う羽目になるだろう。

 だが、常識離れした圧倒的力というのは、あっさりそれを覆す。



 憎悪とそれに伴う殺意、自分も含めた殺害衝動により———

 とある数値が一定値を突破、彼の願望の本当に奥底、普段の彼からは想像もつかない程の攻撃性が噴出、その『願い』に従い、肉体が変貌を開始。
 全身に亀裂が入り、衣類を一瞬にして引き裂き、ひっくりかえって…………・・そのうちより覘く歯鋭い牙と爪。

 カラカル———猫科のシルエットを持ちつつ二足歩行で直立する異形を、3m程まで拡大させた鋼の魔獣が誕生した。

 後は、言うまでもない。
 ああ、これは何らかの演出なのかと、現実離れした光景は、人々を彫像へと変える。
 周囲を染め上げる真っ赤な血袋と化してアカイロをブチ撒けるSP達を見ても、誰も逃げ出さなかった。

「人殺シ共め」
 獣の口から人間の言葉が漏れた。
 だが、そんな夢物語の中でしか起きない出来事に、誰もが現実から思考を逃避させる。

———おめでとう、今この瞬間から、君もその仲間入りだ。

 全てを失った彼から、文字通り肉体さえ奪った者からの賞賛だった。
 しかし、通信で届いた嘲りには全く意識を傾けない。
 変身に必要なのは過剰な興奮と殺意、そして圧倒的強者としての自分のイメージ。
 <Were・Imagine>は精神観応金属を持ってそれを実現化させるのだ。
 さらに、脳に直接投与された獣化麻薬によって極度の興奮状態にある搭載者は狭窄視野に陥り、実に効果的なテロを行える。
 殺し方は引き出した生物の本能を用いるが故に。



 そして。
 対人武器如きでは、<Were・Imagine>は痛痒さえ感じない。

 権力にしろ、暴力にしろ。
 圧倒的に傾けば、種類の意味など、ありはしないのだ。



———この後の結果など、語るまでも無い。



 同様のことが、戦場でも起きた。
 砲撃の止まぬ、鼓膜を破らんばかりの号砲。
 さっきまで笑っていた戦友が、次の瞬間には人の形を失っていたりする。
 そんな極限状態では。

 本人すら仕込まれている事に気付かなかった者達ならば尚更、感情の危うい琴線を容易く打ち破り、変容へのきっかけとなる。

 戦場はまさしく地獄と化した。
 いったん変われ……ば、よほどの精神力の持ち主もなければ理性を保てない。
 敵も味方も関係なく、衝動のまま殺戮を続ける、本来の獣とも違うただの化け物。

 ただ、これは<わーいましん>ではない。あくまで<Were・Imagine>である。
 非常識な適応性も、極度の防御適性もない。
 当たれば、ロケット砲でも破壊可能。

 世の科学者などでは、この程度の再現が限界である。
 例え、ゲボックの提供した設計図があろうともだ。
 なにより、予算と言う世知辛い理由もある。

 ただし、ゲボックの改良した、一般人でも獣化適正者へ変異させる薬物のために、第六感は本物。
 弾丸や砲弾を、撃たれてから避わすそれらに攻撃を当てるのは困難を極めた。



 文字通り、正真正銘、命を投げ打たねば勝てぬ戦場が逆戻りしてきたのである。



 世界の軍事パワーバランスが大きく転覆される事となる。
 その、第一歩を飾る出来事であった。



 どういう皮肉だったのか。
 世界中に<Were・Imagine>の脅威が広まった大都市での事件は。篠ノ之束がISを発表した当日だったのである。












「うーん、どうしてちゃんとやってくれませんかねえ?」
「どしたのー? ゲボ君」
 ゲボックが転がり回りながら新聞を読んでいた。
 しかしその新聞は妙だった。
 たった一枚である。
 明らかに質感は新聞紙なのだが、定期的に紙面の文字が切り替わる。
 地上の情報を、ゲボックが望んだ時、望んだものをを映し出す印刷紙であった。

 ふぅ、とゲボックは束を見つめ。
「いえですね、この機械なんですけどね」
「ふんふん。あー、合衆国で暴れたあのメカだよね。前にちーちゃん襲ったのと一緒の奴。結局戦車2両ぶっ潰して戦闘機による対地爆撃で面制圧……だっけ? どうでもいいけど」

 その際、市街地でありながらやむを得ずぶっ放した砲弾で多数の死傷者が出た。
 第六感で避けられたからだ。
 苦しくも、その際の悲劇は、搭載者の悲劇の再現とも言えた。
 この事は、彼にとって復讐となったのか、それとも……。



「そうなんですよね。でもタバちゃん、一緒なんかじゃないです」
 珍しく拘りの一言を挟むゲボックだった。
 教鞭になっている義手をびゅっと伸ばすとぶんぶん振り回し、説明する。

「そうなの?」
「そうなんですよ! 何度言ってもボディに使う精神感応金属を『シンドリー』じゃなく『イヴァルディ』にしてるんです!! 確かに攻撃にバリエーションは増えますけど、これじゃミサイル一つでおじゃんじゃないですか! 他にも色んな所削って駄目駄目にしちゃって、せっかく小生が頑張って作った<わーいましん>じゃ無いですよこれ! どうしてくれるんですか!」
「……珍しく怒ってるね」
「設計図まで作ってあげたのにです!」
 これは小生が作ったものとは言えないです! と珍しくぶーたれているゲボックを面白そうにニヤニヤ見る束。

「ふぅん、やっぱりゲボ君が作ったんだ、この間のあれ。知ってたけどね」
「勝手に動かされて大変でしたけどね」
 この間、千冬を襲った<わーいましん>を作ったのがゲボックであると知られても気にも止めない。
 束ならば、知っていて当然だと、ゲボックは確信している。
 何故ならゲボックは束を尊敬しているからだ。



「そう言えば、今日のタバちゃんはいつもとちょっと変わってますね。それも可愛いですよ?」
「当然だじぇい、束さんの仕事は常に完璧であるのだよ、何故なら束さんが十全なる天才である所が故に!」
 にかーっ、と笑う束。台詞はいまいち理解不能だったが。

 現在、彼女は機械的なパーツで全身のファッションを決めていた。
 二個目のISコアでいつの間にやら作った二機目のISである。
 ただ、その印象はがらりと変わり、一体目のISとは真逆にする代物だった。

 白騎士は全身装甲の甲冑のようなISである。
 対し、このISはどちらかと言えば後の時代、多くの国が採用されたタイプに近かった。
 全身の要所にプロテクターのようにおざなりに取り付けられたパーツ。
 脚部はストッキングのように極限まで装甲を削られた、足のラインを表す物であり。
 腰部からはしなやかな、骨のようなパーツが伸び、前部を除いて傘のように半透明の皮膜が張られている。
 皮膜は光を屈折させ、七色に輝いていた。

 腕部は肘からがこれまた腕のフォルムを残す程に薄い装甲が展開し、掌はフィンガーレスグローブのように指が全露出していた。
 束曰く、感覚が鈍くなるから、だそうである。
 人の感覚を何倍にも鋭敏化させるハイパーセンサーを、よりもよって作った本人が否定しているのである。

 そして、最大の特徴が、途中からダウジングロットのように曲がった、兎の耳のようにも、昆虫の触角のようにも見えるハイパーセンサーと、背部に煌めく——————七色に光り、屈折させる蝶の翅のような非固定浮遊部位(アン・ロック・ユニット)であった。

 その姿はさながら蝶の妖精。
 従来なら、被弾面をわざわざ増やすような翅など取り付けない。
 だが———彼女は篠ノ之束なのだ。
 その形状が、彼女独自のセンスだけで成り立っている訳が無い。



「みんなのアイドル束さん~♪ ここにキラ☆ っと参上魔法少女~♪ いったいなんで~できてるの~?」
 先端がピンク色の蝶がくっついているステッキを振り振り、量子実体化。束は歌い出した。

「愛と勇気と夢と希望♪ そしてとっても甘ぁいお菓子でね☆ とってもチャーミィ美少女の、束さんは出来ている♪」
 くるっとステッキを舞わせば、束の背中にある翅と、同じ色彩の蝶がひらひら生まれ飛ぶ。

「一口齧ればさぁ大変♪ お口が蕩けるホッペも落ちる♬ だけど私はお安く無いの、お代はさあて♪ どのぐらい?」
 次々と生まれる蝶に取り囲まれ、束は歌いながら宙を舞う。

「夢と希望の魔法少女、ただただ甘い、だけじゃない♪ 実はピリッと隠し味☆ スパイスも♪ カチッとジャストに利いている~♪ とっても素敵な束さん。皆のアイド~ル束さん♪ 返品不能のプレゼント☆ 絶望だぁって、リボンでくるんで、低能、共に押し付ける♪ 魔法少女、フラット・マウンド・エレクトリック・バタフライ♡ ちゃん♪」
 最後のリズムとともにステッキを振り下ろす。
 無数の蝶の群れは灰色の砂地に溶け込み———大爆発。
「———ふぅ」
 粉塵がゆっくりと下降する。

 その爆発を見送る束は吐息一つ。

 何だか、彼女にしては珍しく意気消沈している風である。
 心なしか、頭部のハイパーセンサーも力無く垂れている様に見えた。

「どうしました? 何だか機嫌悪いですねえ、タバちゃん」
 今の無意味な破壊はストレス発散を兼ねていたらしい。『地上』から見れば、地表に新たな巨大なクレーターが穿たれている事に驚愕するだろう。


「躊躇い無く直球で来るゲボ君は素敵だねえ。さっき可愛いって言ってくれたからちょっと持ち直したけどやっぱ駄目駄目~」
「それはまたなんで?」
「せっかくこの大天才、束さんが一年もかけて精魂込めて作ったISを発表したのに、ぼんくら共が全く認めようとしなくてね。脳の構造が理解不能だよ! あいつら顔面に濁ったこんにゃくでも埋め込んでるんじゃないかな! 目玉の代わりに!」
「あー、ここ迄、頭の出来で差が付いちゃうと、どうしようもないですよね。頭悪いとタバちゃんの凄さも分からないようですし」

 ISを発表したその時。
 返ってきた反応は失笑だった。

 噴出機構を用いている現代、そこに提唱される『完成された』慣性制御飛行。
 物理防護しかない現在におけるエネルギー障壁。
 そして質量を情報化して質量を消し、格納する量子化。

 自らのプログラムを書き換える言語さえ出来ていないというのに示された———
 生体の特徴とも言える自己進化機能。



 そんな彼らからすれば夢物語よりも何より。
 現行兵器を全て凌駕する、などという。信じるのも馬鹿げている、もっとも証明しやすい事柄など。

 ともすれば冗談としか言えない超絶的技術の数々に、証拠を見せつけられても誰も信用しなかったのである。

 それも、ある意味仕方ないと言える。
 その発表の場に居たのは、未知を探求する筈の科学者と言えど、世のしがらみに縛られた、『社会の一員』だったからである。
 また、女性にしか扱えない、と言う所も大きかった。
 この時点ではまだまだ殺し合いは男の領土だったのである。

 人は成長と共に常識に対する反応が育まれて行く。
 言ってしまえば、『社会に適応し落ち着く』とは、思考のアルゴリズムが均一化して没個性化する事を意味している。
 嘆かわしい事に、社会とは均一化された人材を用いて管理を容易くし、その事により役割の分担を拡大させて行くものなのだ。

 時折発想を転換し、突出するものもまま生まれるが、それもあくまで『常識』の範囲内、あまりに奇抜な個性は社会の歯車から弾き出される。
 これはまっこと世間の生理的反応で有ると言える。

 束やゲボックはまさにその筆頭。
 常識を置き去りにし、超加速で突き進む先進波。

 例え科学的に可能であろうとも、現段階では途方もない発展の先の技能ならば。
 事実不可能とみなす。

 それが常識だ。

 だが、そもそも常識の認識は大多数のものでしかない。
 真実そこには現実があるというのに。

 大多数の印象と言う形で縄張りから追放される。
 俗に言う『空気』とは『常識』という目隠しで現実からさえ目を背けるこれを意味し、その効果を向けられたものは実にその場にいずらくなる、結界としての効果を有する。

 この様にして異物を排除し、社会は己を防護する。
 一個人など、これに抗う術は無い。
 社会生活を営む人間種が何千年も前から構築し続けていた手法でありシステムであった。



 理由はそれぞれ違えども、自分の発明が思ったとおりの効果を発揮しない事にちょっと落ち込んでいる天才達であった。
 社会とは異端を排するシステムであるためである。

 古来より、『社会』を貪り塗り替えるのは、常に外から持ち込まれたより強い『社会』であり『より強い外の常識』でしかなかったのだ。

 常識とは超常的なものが駆逐され尽くした現代における信仰であり。

 かつてとは異なり、地球と言う天体のほぼ全てが『常識』を伝達する手段で繋がっている現代では、それこそ遊星の彼方からの持ち込みでもなければ世界的な『常識』が打破されることは無いのである。
 あくまで矮小な『個』の力では、圧倒的『社会』に勝て様も無い。
 そういう『信仰』なのだから。



 だが、ここではそのあり得ないが呼吸のように巻き起こる。

 前言を繰り返そう。
 如何なる種類のものであろうとも、その力が圧倒的なものであるならば、全く意味を為さないと。

 ヒトのみが持つ力———開発力。

 発展がさらなる発展を呼ぶその力で、社会を食い破る『個』はすでに一つ誕生し、そして、もう一つの『異物』はとうの昔に紛れ込んだ。

 元々、それぞれ単一でさえもそれを容易と成し遂げられるにも関わらず———

———あり得ぬ混ざり合いは起こり、既にいつでも世界を圧倒的に蹂躙出来る程に反応を起こしてしまったのだと言うことを




「そうなんだよ、全く困ったもんだよ。現状に凝り固まった石頭はこれだからいけないんだよ。ねえ、ゲボ君ならこういう場合どうする?」
「褒めてくれそうな人の方に行っちゃいますね、興味ないんで」
「ゲボ君は大人だねえ」
 何処がだろうか。ゲボックはこう言っているのだ。理解してもらえない相手には興味が無い。持ってくれる所に行くだけだ、と。
 相手に理解してもらおうとする姿勢が全くないのだ。
 だが、その態度でさえ、束にしてみれば大人な対応であるらしい。

「この私、天才足る束さんの叡智を濁り切ったその眼に映すことができるという、最高に幸運に恵まれた機会があるというのにだよ! それをないがしろにするとは何たる事か! 見ないというのなら顔面取っ捕まえて無理矢理にでもこんにゃく眼球に焼き込ませてあげるんだよ! 今なら味噌塗りつけて味噌焼きこんにゃくだぞ!! ふはははっ」
「さすがですタバちゃん! おぉ!? ということは今迄余す事無くタバちゃんを見て来た小生はとっても幸せ者という事ですね!」
「そのとぉり! 宝くじ一等前後賞なんて目どころか鼻でも口でもないのだ! ゲボ君はとぉーってもハッピィだね!!」



 ここに、ブレーキたる千冬は居ない。
 なんというか、まともな会話を求む物は不要である。そんな感じの会話だった。



「ねぇ、知ってる? 前ゲボ君に10人の小人の話を聞いたからお返しにこの私のプリティな恰好、エレクトリック・バタフライについて」
「ん? なんですか? 是非とも聞いてみたいです!」
「蝶は昔からね、『兆し』を象徴するんだよ? 蛹から孵るとこから『変化』を意味するものでもあるし」
「よく夢の題材にされたりしますね」
「私は蝶の夢をみているの? それとも私が蝶の見ている夢なのかな?」
「それが一番有名ですよね。まぁ、小生は大して気にしませんがね」
「ほえ? どうして」
「小生は小生がなんであろうとも、ただ、楽しく科学してるだけでしょうから。まだまだ世界は未知なる事だらけで、きっとまだ見ぬ発見がわんさかとあるのでしょうし」

「ふぅー……ん……」
 それを聞いた束は視線を宙に彷徨わせる。
 再び七色の蝶を生み出しては突ついたり、破裂させている。
 何だか勢いやら指向性やらの行き先を見失ったかのようだった。







「ねえ? ゲボ君は自分の作った物で、沢山の人が不幸になる事を、どう思う?」
 どれほど沈黙が過ぎた後だろうか。
 束は珍しく、真面目な口調で呟いた。

「道具は、使う人次第じゃないですか? 道具は道具。そこに意志はないんです。使い方まで作る方が一々悩んでたら、何も発明できないでしょ? 列車を動かす蒸気機関だって、人を轢き殺したり兵力を運搬できるようになって、どれだけ人が死んでると思ってるんですか?」
 ゲボックの回答は単純明快だった。
 自分達に責任は無い。
 もしあるというのなら、それは進歩への冒涜であると。

「だよねえ、うん。そうだよねえ。一々、その他の事なんて考えてられないよね?」
 同じ意見なのは嬉しいね、中々そう言ってくれる人は居ないんだよ、興味無いし。
 束は後ろに手を組んで微笑む。

「そもそも、小生は楽しく科学できれば良いんですから、どうでもいいんですけどね?」
 結論は同じ所に辿り着く。しかし、二人はその過程が大幅に違った。



 己が科学は身内の為に。それ以外がどうなろうと、ちーちゃんが心を痛めないのならばそれで良い。

 己が科学は次なる科学の探究の為に。その過程で出て来た『副産物』は称賛の為だけに。余談で、自分が感謝している人が笑える為に。



 その事はお互い理解している。
 誰よりお互いを理解している。
 だが、対立は無い。
 共通すべき守るべき物が同じであるのだから。
 その善意が、善意の向かない方全てへの悪意以上の悪意となっても。



「でも、ちーちゃんがねえ」
「ああ、フユちゃんですか?」
「アレを作ったの、ゲボ君だってもう言ってるから」
「フユちゃんもすぐに気付いたと思いますよ?」

「ありゃ? そう言う事気にしないのか」
「怒られたら謝りますよ、そりゃね。でも、<わーいましん>で実験したの小生じゃないですから」
 使ったのが自分でなければ責任が無いと結論づける。
 それがゲボックの結論だった。

「うん、うん」
 束はそこは同意だった。この話題を出したのも、千冬が関わっている故にすぎない。
「タバちゃんこそ、実験した人達に色々したでしょ?」
「そりゃあもう、あんな不細工な実験しか出来ないものなんてこの世に要らないからねぇ」
 裏で手を回しておきながら、堂々と束は宣言していた。
 その上で言っているのだ。
 あれだけお膳立てしやったのにあの程度だったのか、と。

 そして、この時の束はこうも考えていた。
 死者が出れば千冬が悲しむ。
 ならば、死ななければ良い。
 命を奪ったのが、束のせいでなければ良い と。

 その結果が獣化麻薬による永久完全獣化である。
 考慮していないのだろうか。
 世の中には、死んだ方が遥かにマシと言う事があるという事を。

 さらに。
「まあ、人死にを出さない、と言う事柄も、フユちゃんの命が関わるならばその限りではない、とは小生たちで決めましたし」
「そうだねえ。例え嫌われても、これは必須だね!」

「……その考えだと、そのうち世界そのものが要らなくなっちゃうかもしれませんね?」
「……あながち外れてないから困るんだよね、ふふふっ」
「小生達は何だって出来ます。何だって作り出せますよ? だけど」
「ちーちゃんは色々残したい物が沢山あるみたいだし」
「タバちゃんも、箒ちゃんにでしょう?」
「うんっ」
 満面の笑みを浮かべる束。彼女にとって『愛すべき』家族は、箒だけだから。
 この点は、千冬と同じと言えた。

「まだ世界は必要だ、という事ですか」
「そう言う事にしよっか?」

 くるくる、ふわふわ、束は白い砂が舞う大地に降り立つ。
 着地と同時にふわり、と砂が舞い、重力六分の一の世界を浮遊する。

「ねえ、ゲボ君?」
「……なんでしょ?」
「お願いがあるんだけど、乗る?」
「丁度良かったです。小生も、ここでお願いしたい事がありましたので。お互いお願いして、貸し借り無しって事でどうですか?」
「へえ、いっつも何も求めず何でも聞いてくれるゲボ君がそう言うってことは、相当大事な事?」
「はい。小生の人生掛かってますよ? これ」

 空中でぐるぐる新聞を読み回っていたゲボックの背後から、二匹の銀色が顔を覗かせる。
 それは、人間大程のウサギだった。
 ただのウサギではない。
 それを形作る装甲はあらゆる現行兵器による一撃でもへこむ事すら無く、いっぽう、口から放つ加工レーザーは人類のあらゆる防護をあっさり切断する。
 この地の砂を食らい、ヘリウム3で稼働する月のウサギこと———シーマスシリーズであった。



 現在はこの地……———<月面>において城塞を延々と構築中である。



 シーマスシリーズはゲボックと束が友人となる前に開発された代物である。
 担当は束であったため、ゲボックが彼らに干渉するには束の承諾が必要なのだ。
 たとえ可能であっても、その辺断りを入れるようになったのは千冬の教育の賜物と言っても良い。
 
「おっけー! 束さんは了承するよ!」
「Marvelous!! 大感謝です! ありがとう御座います!!」
「で? なにするの?」
「その辺は秘密です! 出来上がってからの、と言うアレです! まあ、残り時間が半分になっちゃったのでちょっと焦ってました! 本当にありがとう御座います!!!」
 これだけ喜ぶゲボックも珍しい物だった。まあ、それは置いておき、率直に感じた疑問を問うてみる。

「時間?」
 首を傾げる束を尻目にゲボックは義手からミサイルを発射させつつ、ひゃっほうとテンションを最大にして重力六分の一の世界を跳ね回り。
「はい、後五年しかタイムリミットが無いんですよ!」
「気が長いなあ———束さんは出来る頃には忘れているよ?」
「ま、忘れた頃にって物です。すっごい実験結果(データ)を見せてあげますから、タイムカプセルみたいに待ってて下さい!」
「———ま、いいか」
「ええ!」
「それじゃあゲボ君! 地上に戻る前にちょっと最後に踊ろっか———ジャンルはズーク・ラブで」
「ちょっ、小生は踊ったりするのは……よりによってあのヨガみたいのですか!?」
 小生体堅いんですよ? と弱気なゲボックに束は覆いかぶさった。

「せっかく魔法少女と踊れる機会があるんだから、リリカル・マジカル・エレクトリカル・バタフライ!! レッツダンシング! なんちゃってー☆」
「その設定まだ続いてたんですかー!?」
 などと言うゲボックの悲鳴とともに、月面で天才の双璧は躍る。
 途中、ゲボックの体の各所からベキィ! とかゴキィ! とか。鳴ったのだが、それはゲボック以外誰にも分からなかった。
 だって月、空気無いから音伝わらんのだよな。
 ところで今更なのだが、宇宙空間での活動を主目的としたISを装着している束は兎も角、ゲボックはモロ生身で月面に居るのはどうした事だろうか。
 いつも通りの、何がこびりついているか分からない白衣を黒いインナーの上から羽織っているだけである。
 だが、問題は無い。
 『飲む宇宙服・錠剤、服用・宇宙服遊泳前3分、効果24時間タイプ』を飲んでいるのである。



 変異しつつある月面を監視していた月監視衛星カメラのデータを見ていた担当員の悲鳴が上がるのは数時間後の話である。
 ゲボックがテンションハイアップと共に発射した義手ミサイルが衛星を撃墜したのだ。
 最後に監視衛星が転送した映像に映っていたものは、月面を舞う鋼の兎達と束。彼女に手を取られ、限界以上に体を折り曲げられているゲボックだった。









 今現在、千冬の胸中に渦巻く混沌とした思考を別として……千冬に頭痛の種は無数あれども、発芽して双葉どころか本葉まで大きく広がってきて悩ませるものがあった——————それは、周囲の生暖かい不愉快な目である。
 周りは何故自分とゲボックをくっつけたがるのか
 『対特定狂乱対策係』の腕章を見る。
 うん、周囲は、この———歩く狂乱———に人に一生縛りつけ、自分らは安穏とした世界を謳歌せんとしているのだ。なんとしても阻止しなければ……あぁ、殺意が満ち溢れる。

 何故だろうか。順調に外堀が埋められている気がする。
 最悪のカウントダウンが響いているような気がした。



 まったく以て、アイツ等の起こした惨事の収拾で一生を費やすのは御免だった。
 そう思いつつも千冬はゲボックを男として値踏みしている事に気がついた。

 見た目はいいだろう。
 善性もよし。
 なんだかんだで気に入っているのは認めよう、自分も大分酷い目にあっているが、救われた事も多々あるのだ。
 ただ、あの馬鹿は己の性質とは関係なく、善悪の判断を自分でしない。

 なにより、普段の言動が●●●●だ。
 こんな奴に好意を抱くのはよほどの人格破綻者……。

 脳裏にちーちゃーん! ぬわっはっは!! と豪快に笑う人格破綻者が爆誕した
 逆説的に人格破綻者が出てきた千冬を責められるものはいまい。

 まさかなあ……。
 あと、回想の中で踊るな歌うなバック転しながら前進するな、蛹になるな脱皮するな、隕石を止めるでウィリスと言って宇宙目指すなおい、結局「愚民共め、束さんが手を下す前にとく自害せよ」
 あー、自分が落としているし。何処の英雄王だ。

 黙れ暴走した己の妄想。

 あいつに限ってそんな凡庸な感情を……それはある意味精神疾患と同じだよーとばかりに笑い捨てていたので、まさかとは思うが、今迄、あの二人が揃うと色々2乗倍になって荒れ狂うし、騒動を鎮めるのも死物狂いにならざるを得なかったなあ……ああ、余計な考えで涙が出てきた。

 しかし、こういうときに限って嫌な予感が当たると、統計がうたっている。
 そう言えばあのクサレ両親が失踪した時なんて、朝目覚めたら黒猫が窓の外でチューチュートレインをしていたのだ。虫の知らせにしては何の冗談かと思ったものだ。

 後日、ゲボックが仕込んだことが発覚して覚醒した千冬の剣技に超究●神覇斬が加わったのは余談である。天●龍閃だって間近かもしれない。
 なお、前者は第一回モンド・グロッソの決め技になるのをこの時、まだ千冬は知らない。
 零落白夜を全方位から滅多斬りで食らった決勝相手の心情に皆、さぞ同情できるだろう。



 これだけは外れて欲しいと切に願う。
 この血が統合されたらどんなハイブリッドが生まれるか分かったものではないからだ。

 ダーウィンに心の中で怨嗟を届け、ああ、こんな感じで科学者が出てくるのは自分も毒されてきたんだと諦観が出てくるが、呑むと沈む、堕ちる。際限なく。
 それだけはいけない。

 なお、遺伝の法則はダーウィンでは無くメンデルである。
 いや、合ってるのか?
 進化(種の淘汰)的な意味で。






「ふぅ」
 千冬は大きく息を吐いた。
 現在の問題に、意識を戻そう。
 心なしか、その吐息も手も震えている気がした。
 実際、流石の千冬も緊張していた。

 これより、自分達は世界の秩序に挑むと言っていい。
 彼女には、これ以上ゲボックの手を血で汚させないという目的がある。
 それ以上に千冬の両手がゲボックの血で染まってるんじゃないか? という意見は置いておこう。
 誰だってゲボックと同じ目にはあいたくないのだ。

 海岸を望む展望台に辿り着き、腕章に手を掛け取り外す。

 あぁ、苦笑が洩れる。
 ついに自分も、狂乱を起こす側に回ってしまったか。
 彼女の相棒は、すでに待機状態で身につけている。
 ふむ、この潜伏性はあの狼男に通じるかもしれんな、などとこの場では意味のない事を考え。



 だが、世界情勢で聞く、鋼の獣による事件を見るたびに、胸を絞り、息を吐き尽くしてしまいそうに苦しくなる。
 千冬は、ゲボックが妙な物を作るたびに迷惑を被って来た。
 だが、その対処に躍起になっているときは、普段一切消えない不安感がぬぐい去られていた。
 両親無き状態で一夏をきちんと育てられるのか。
 自分はちゃんと姉をやれているだろうか。
 いつも悩む。
 千冬は人が思う程剛胆ではない。そんな苦しみで潰されそうになった事など何度もある。

 真実、それを察している……あの嘘の吐けない幼馴染みは、千冬を楽しませるためにわざわざ開発するのだから。
 それだからこそ、千冬や束の関係ない所では善悪の判断を全くしない事に対して、なんとかしなければならない。
 アイツの頭脳から生まれた数々の発明で、人々の血を流すニュースを見るたびに苦しくなるのだ。
 ああ、一夏、気付いてくれて労ってくれるなんて…………お前はいつもお姉ちゃんを見ていてくれたんだな、本当に———本当に優しい子だいや、本当に。婿になどやらん、嫁などとらせん———ではなく。
 ゲボックに兵器開発を依頼する事そのものをばからしいと言わせ無ければならない。
 圧倒的に驚異的に、究極を世界に知らしめなければならないのだ。

 すぅ、とあくまで自然に息を吸う。
 それを丹田———下腹部に落とす。

 吸気を腹の内で循環させ、倍の時間を掛けて、静かに口から呼気を吐く。

 それだけで落ち着けた。
 我ながら色気の無い精神統一法だ。
 女ならキチッと切り替えたい物である。



「ちーちゃんちーちゃん、ねぇねぇねぇねぇ! もーしもしもしモシン・ナガン?」
 いきなり耳元から束の声が聞こえて来ても、千冬はもう、動揺していなかった。
 横目に見てみれば、空中に窓のように映像が浮かび、束がニヤニヤしていた。
 当時、空中投影ディスプレイなんてものもSF内にしか存在していなかった。

 そう言う千冬も、以前思念通話迄やっていたから、これぐらいはやるだろうと安易に考えている時点でアレである。
 投影機械が何も無いと言う常識はずれの事実にはまだ気付いていない。
 何から何迄ブッ飛んでいる幼馴染達である
 ふぅ、と軽く嘆息するとディスプレイに向き合うと頭をかく。

「……誰が最強のフィンランド人愛用狙撃銃だ。で?」
「お馬鹿なお偉いさん方は皆頭を抱えてるぜい! 束さんのISならこんなときの対処法も一から百までぜぇーんぶナウローディングできるのにね。ふふふ、それにしても諜報関係が甘過ぎるよ、束さんが何もしてないのにこの異常事態が一般家庭にまで漏れちゃった」
「……余計な心労を関係ない人にまでかけてしまうな」
 頭上から真っ直ぐ、日本を攻撃可能な全ての国が撃ったミサイルが降って来る。なんて知ってしまえば、その恐怖は計り知れない。
 直撃すれば無意味だと、例え分かっていようと家の中で皆身を寄せ合っている事だろう。
「いやいやー、しずちゃんも言ってたでしょ? 分かってがっくりと来るエイプリルフールより、分かってホッとするエイプリルフールの方が良心的だって」
「ネコ型タヌキロボットの話なんて持ち出すな」
 ヒロインまで主人公の少年を騙そうとしたときの台詞である。
 ゲボックが山口にまた漫画を借りているのを後ろから見させてもらったのだ。
 名作はいつの時代も素晴らしい。
 しかし、あの漫画……実現されたらかなり危ないものもあるのではないだろうか。
 地球破壊爆弾なり、独裁スイッチなり。

「だいたい、嘘ではないだろう」
「ミサイルが来るのはね? でもミサイルが当たる、というのは嘘になるでしょう?」
「嘘にする。それだけだ」

「さっすがちーちゃん恰好良い! それじゃあ、カウントダウン行っくよ! 10! 9!」
「……『白騎士』———いや、起きろ。『白雪芥子(しらゆきげし)』!!」

 束のカウントを無視して量子の輝きが瞬く間に千冬を包み込んだ。
 顔を口元を除いてバイザー型ハイパーセンサーが包み込み、全身装甲(フル・スキン)の装甲が全身を覆い尽くす。
 その姿はさながら中世の騎士のようであり、剣を主武装とする千冬に相応しいと言える姿だった。

 そして、白雪芥子とは、千冬が付けた白騎士の名である。
 白騎士という名は束が開発コードで仮に付けた物にすぎず、また、後の世にその威容が中世の騎士のようだったから呼ばれ、通称になっているにすぎない。
 そもそも、千冬と束が関わるISは基本、春の花の名が付けられている。
 この白雪芥子を始め、暮桜、そして赤椿など、その法則に沿っている。
 唯一異なるとすれば白式だが、これは倉持技研で開発された事と、白騎士の名をもじってつけられたからだという経緯があるためだった。



「あぁん! 酷い! ちーちゃんのいけずぅ! 束さんはいじけて灰の三番と一緒にいっくんをおっぱいではさんで誘わ———こわいこわいこわい! ちーちゃん怖い!」
「黙れ」
「サー・イエッサー!!」
 投影されたディスプレイに言葉では表せぬ千冬の表情に何を見たのか、珍しく素直に従う束である。
 なお、この時すでに束の胸部装甲は中学生とは思えない程発達していた。一夏ぐらいなら簡単にその中に顔を埋める事が可能な程である。
 箒も似たような成長を辿った所を見るに、篠ノ之の血の系譜はホルスタイン因子を内包しているに違いない。

 いっくん、逆セクハラ、ちーちゃん危険。
 アフリカの原住民のような覚え方(偏見)をした束は量子還元したハンカチをフリフリ。
「いってらっしゃ〜い」
「ああ———」

 PICを起動して白雪芥子は飛翔。
 ステルスを全開にし、それでいて一直線に目標、海上沖にむけ千冬は全速力で空を駆けだした。



「さて———」
 千冬に繋がらないように回線調整、束はもう一人の幼馴染みに向け、通信を送る。
「おおっ!? 小生も出ていいですか? いやいやてっきり置いてけ堀食べちゃったかと戦々恐々でした! まぁ、悪性の劣化商品を一挙に処分する機会ですし、好きにやらせてもらいますね」
「ん! 束さんももうちょっと各国に輸血して血の気を増やしてもらうとするよ。犬を噛ませるには、もう少し飢えさせてお預けしないとね。そうそう、ゲボ君、好きにやったらいいよ、て言ったけど、たった一つの条件、覚えてるよね!」
「もちろん覚えてますよ」

 二人は視線を絡ませ、そろってニヤァと口角を吊り上げる。
 その様子を見ていたのなら、千冬はこめかみにはしる疼痛に悩まされた事だろう。
 絶対、碌な事にはならないと。

「「ハデにやれ」」
 二人は口を揃えて宣言し、その後、ヒャハハくふふと笑い出す。



 そしてそれはズバリ、的中する。



 迫り来るミサイルの群れ。
 防衛の要達は迫り来る死に抗い、ミサイルの動向をギリギリまで知るべくモニタリグしていた者達——————
 または日本がどんな反応をするのか注意を向けていた各国は————————————

 唖然とするしか無い。

 観測機のカメラを通し、その姿を認めたものは、者達はその威容に釘付けとなったのだ。



 宙に佇む白き騎士、そうとしか表現できない何かが唐突に出現した。
 まぁ、それは光学迷彩を含め、周囲の一切からステルス技術で潜伏していただけなのだったが、誰もそれを解析する事は出来なかった。

 しかし、ミサイルと被我の質量差は歴然であり、立ちふさがったとしても不可避な紅蓮の蹂躙の未来予測を、人々に思わせた。
 だが、それとはまったく、逆に、それが何の問題だ? と落ち着き払った雰囲気で飛ぶ騎士に人々は驚愕する。
 その態度に、人々の印象は反転する。まさか———もしや、と。
 己の知能が、理性が否定するが、根源的な本能が安堵を呼び起こす———もう大丈夫だと。
 騎士は余裕しゃくしゃくに、ゆったりと故郷を焼き付くさんとする鉄塊のむれにまったく興味は無い———と言わんばかりにただ、ぼんやりとミサイルを『視認』し。

「いくぞ」
 驚いた。この声の主は女性であるらしい。
 が、超音速で流れる声など、誰も捉えられる訳が無い。
 そして一転。
 超音速域まで瞬時に超加速。騎士は飛んでいる状態から、宙を跳んだ。



 そして、開催される舞踏劇ははまさに圧倒的だった。
 一二二一発。
 白雪芥子の物理ブレードによって、文字通りぶった切られたミサイルの数だった。
 被我の相対速度、ミサイルを構成する物質の硬度、斬り払いから翻して自分を通り過ぎた、飛んでいくミサイルを雑作も無く追いつき斬り裂く。
 それを振るう千冬の関節に来る負荷は、彼女の人外ぶりを無視しても容易く破砕させる程の物だろう。

 見ている人間達の常識ならば。
 ISとは、人の存在を絶対否定する虚空で人があるための力である。
 その程度の慣性、負荷から人間を守れぬ物である筈が無いのである。
 さらに、その超速度での正確な状況判断。
 ISと人体とのインタラクティブな情報のやり取りは、ハイパーセンサーから送られて来る正確無比な莫大な情報を材料に判断、思考・実行を超速度で行わせるのだ。


 そして残り、一一二〇発のミサイルは。
 騎士の腕に———『コストやサイズを弩外視すれば、戦艦サイズで一時間1、5秒発射可能な傑物を作り出せる筈の荷電粒子砲』———を小銃サイズまでコンパクト化させた、本来有り得ぬはずの閃光によって薙ぎ払われた。

 よりにもよって、虚空より喚び出され実体化して、だ。
 量子化による質量の制御は、詰まる所、兵装の積載量と機動力のバランスを考慮する必要が殆ど無くなった事を意味する。
 取り回すときだけ、気をつければ良いのだから。



「馬鹿な———」
「Crazy……」



 誰もが思った。
 これは漫画かと。
 それ程に、常識を駆逐し尽くした喜劇。フィクションの中でしかなかった驚嘆の数々である。



 だが、ようやく脳がこれは現実だと判断した後の、世界の行動は素早かった。


 再び量子化し、荷電粒子砲を消した白騎士に対し、よりにもよってミサイルをブッ放させられた各国がその非常識な高機動兵器の分析、鹵獲、または撃滅するべく、部隊を派遣したのである。
 ミサイルのときは間に合わない、と言い訳をして偵察機しか飛ばさなかった彼らと同一とは思えぬ機敏さであった。

 まあ、理由は分かる。
 日本に行くミサイルと違って、この高機動兵器は今後、『単機』で自分たちの脅威になりうるからだ。
 国際条約など、それは食べられる物なのですか? と言わんばかりにわんさかと戦力を送り込んで来たのである。



「こうなるのは当然か」
 千冬が睥睨する周囲には戦闘機三〇〇機弱、見えるだけで巡洋艦七隻、空母五隻が取り囲んでいる。
 束がいつでも乗っ取れるのだろうが、上空には『公式上存在しない』衛星などが幾つもこちらから僅かにでも情報を得るべく様々な手段を講じている。
 それを逆に観測できるハイパーセンサーを持つ千冬にしてみれば、それは視線で全身を舐め尽くされているにも等しい不愉快さだった。

「殺さずに全て無力化する———」
「やっさしいねえ、ちーちゃんは」
「別に、そうでもない」
 その言葉通りに、千冬の手には消えた荷電粒子砲の変わりに物理ブレードが展開されていた。
 千冬に最適化された白雪芥子が、自ら構築した『雪片影打』である。

「殺しはしないが、屈辱には塗れてもらうしかないな」
「死んだ方がマシって? ちーちゃんもワルよのう」
 真逆な評価。当然、冗談なのだろう。相手が千冬なのだから。
 このようにころころと態度や意見が変わる、ふわふわと一定しないのが束の最大の特徴だった。

「五月蝿い黙れ———」
「うふふふふ、あーあ」
「……どうした?」

 束の雰囲気が変わった。
 ものすごく嫌な予感のする方へ。
 楽しんでいる。
 喜んでいる。
 そして間違いない。

——————嗤っている

「こんなお祭り騒ぎをやった時点で束さんは気付くべきだったのだぁ」
 実際何だか分かる筈なのに、やれやれと眉間に指を当て芝居臭く嘆く束。
 本当にタネが分かれば失笑物だろう。他でもない、束の仕込みなのだから。

「……いきなりどうした」
「ああああ! あれはなに? 古代から隠れていた大巨人? 虚数域に生息する多頁次元生命体? いやいやいや———」

 束がびしっと指を指した方を千冬も見た。

「———んあ? な、なんだあれはっ———!?」
 わざとらしく叫ぶ束の声はすぐさま軍用無線の全ての暗号をすり抜け、その場に居る全員にあらゆる通信経路を通して届けられる。
 その為、屋外を覗ける物はハッキングの事実に驚愕する前にそれを確認してしまった。
 そして、その非常識さに思考が硬化したのである。
 空母の背後からそれは接近して来ていた。
 全高約80m、人の形をした黒いシルエット。
 なんか目だけはよく分かる。
 分かりやすく言えば、名探偵コ●ンの、判明する前のシルエット犯人さんである。

 全身で匿名を表している巨人で———匿名?
 シルエットだが、豪奢な装飾が全身を飾り立て、背中には巨大な翼のようなオブジェも付いている。
 シルエットの分際で小林●子バリの舞台衣装で出現とは、自己主張激しすぎである。ンな匿名があるか。

 シルエットは———その場に居る全員の脳に直接、声を叩き付ける。



 「Marverous!!」



 ドリルとペンチの両腕を振り上げて。

「———分かってた、分かってた……ゲボックだと……」
 毎度の事ながら、一気に脱力した千冬だった。
 あまりの大出力思念波にこめかみに血管が浮いた。
 多分、頭痛のためだけではない。
「アイツめ、一体私がどんな気持ちでこんな事を———」
「ゲボ君が分かる筈無いって———」
「束……それはそうだがな」
「まぁ、ゲボ君の事だから、仲間はずれにされた事にはっちゃけて、色々用意して来たとか思ってみたり」
「……違いない」



 ゲボックは大演説を開始する。
「いやいやいや、こんな楽しいお祭り騒ぎに小生を誘ってくれないとは小生ちょっと寂しいですよ!? いやいやしかし、小生が参加しない訳には行きません! Marverous! 見れば日本を守った騎士と、肝心な事は押し付けて後からやって来たチキン鳥ちゃん(言語おかしい)共が群れてなんか二極化してませんね、恰好わるう? ひひひひひひっ、なぁんて!! そんな事無いでしょう? 今無能でも、貴方達は自分の国を守るために毎日、小生の思いもつかない程頑張ってるんでしょう!? 折角なんで気合と根性見せて下さいよ? でもまあ、そのVeryVery格好良い騎士相手にだと、大人と子供の戦争通り越して、お子様とワラジムシの戦争になっちゃうんで苛めどころじゃありませんしねえ……なぁんて! そこで小生は考えました!! ここにいる防人の皆さんに見せ場を作ってあげるにはどうしたら良いのかと! Marverous!! ンなぁんだッ! そこで丁度いい物があるじゃないですか! 小生が折角頑張ったのに、その特性を微塵も見習ってくれないで勝手に作って下さって劣化品が世界中にあるでしょう? ほらアレですよ! みんなあんな低俗品に危険な目に遭わされるなんて不愉快極まりないじゃないですかぁ? なので! 小生がそれら全部『ズバギュッぽん!』とリモコンして、ここに持ってきました! あの純白の騎士が一体だけ主役なんていやですよね? いや、小生はあの騎士超超超超超恰好良いから他どうでも良いと思いますけど。だから今日はみんなが主役です! 誰もが命がけで戦い、英雄の如き武勇伝を謳歌する! 隣のオトモダチが食べられちゃう事に怒りを覚え、その悲しみを乗り越えてさらに成長する! なんてMarverou!!! 見せて下さいね! あ? 小生? 小生なんて舞台前に出て来る解説前座の舞台裏です! 科学者はそれで良いと思いますんで! だってぇ、体動かすのはガラじゃないでしょ? はっきり言って面倒くさいですし。このように出てくるのは最初だけ、舞台劇の始まる前だけです! でも今日は派手にやろうと思うので最初だけ、こんなに着飾ってみましたァ?」
 それはもう溜まっていたものをいっせいに吐き出したようなはっちゃけ具合だった。
 止まらない止まらない、身振り手振りで暴れまくる巨体。脅威を通り越して滑稽だった。

「案の定か……」
「いやーいつも以上だねぇ、あはは(うーん? 煽りすぎたかなあ? 別にいいけど)」
 なんかとんでもなく興奮している。

 あと忍んでない、シルエットなのに忍んでない。
 今のを一息に喋ったのだ。上記の句読点は読みやすくするためである。

「今日は皆が皆主人公です! Marverous! Marverous!! Marverous!!! Marverous!!!! うひゃひゃひゃひゃひゃひゃぎゅいひひひひひ、あわはははっははははははははッ!! くふふふふふふふふふひひぃっ、ひひ、ひひ、ぐぎゃかかかかかかはひぐあはははははふぁいと! ふぁいと! はははははははははは来ますよ来るんですははははギヒヒヒィィィッ!! はははははッッッッッッッッ!!!!!!!!!」

 シルエットは体を折り曲げ、狂ったように笑い出す。
 いや、あまりの興奮に実際狂っているんだろう。
 まずい、あれは———あの鋼の人狼と戦っているとき見せた、ゲボックだ。
 笑い過ぎだ。コレはまずい。正気は、もうどうでも良いだろう。いや、良く無いが、普段から何見てるか分からないゲボックだし。だが、あまりに笑うと、唾液が器官に入ったりして、しばしば危険な呼吸困難や、様々な———

「ひゃははははっ! はははははははははっ、うごぉう!? うえ、うえ、うぷっ」
 あ、ほら言わんこっちゃ———
 あ、体折り曲げた。
 ちょっと待て止めろ、ここでそれは止め——————



「ごぉぉおえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ—————————っっぷぇ」

「「「「え……お、あ、おま——————っ、ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」」」」



 大巨人が笑いすぎて唾液気管に詰まらせ———うん、まあ、つまり……いっせいのーで……。

 特大ゲ●吐いたあああああああああああ!!

 千冬も含めて大合唱の大悲鳴である。
 さらに恐ろしい事に、このヴィジョンはゲボックが作った物であり、超高性能で超細密だった。
 まともに真下にあった空母に吐瀉物の滝(映像※実体はないよ)が降り注いだもんだから。阿鼻叫喚の地獄絵図が出来上がる。

 初めに正体を明かすと、これは巨大化立体映像装置『ディカポルク』である。しかし、映像を投影している媒介が空気中に散布されたナノマシンで、映しているものが、がらんどうの映像では無く、その内部までも精密に描き出し、さらには触る事こそ出来ないものの、すり抜ける訳では無く、感触無しで触れた状態を物理演算してシュミレート結果を元にリアルタイムで映像加工、本当に触れたように再現するのである。
 掬い上げると、映像が手に乗っているのである。
 誰もそんなおぞましい事しないが———

 無駄なところまでぶっちゃけ超リアルなのだ。

 臭いも触感も無いのに、気分を悪くするもの多数、また、臭いも無いのに貰ってしまう人々が続出し、さらにそこから二次、三次被害が拡大、本当に臭いを伴ってしまったためにリアリティが倍増、プラシーボどころかリアルタイムで精神汚染が拡大、恐ろしい事にこれで映像が直撃し、内部が●ロ動画で埋め尽くされた空母一隻が無力化した。
 一番特筆すべき事項、それは何より、立体映像こそオーバーテクノロジーであるが、被害拡大のメカニズムは至って現実的なものであった事だ。



 そんなこんなで、色々緊張感が台無しになったのだった。



「……あの馬鹿は……おい、どうした? 束……」
「ごめん、ちーちゃん、これもらう……」
「なぁっ!? 束ッ」
 わーいブルータス(お前もか)
「うぅ、もうだめ……うぷっ———」
「おい、ちょっと待て束、せめて通信切——————」



 ピ—————————
 (背景に花びらが散りばめられているBGMはエナ●ーフロー)
 ただいま、ご観賞の皆様と織村千冬様にとって、いちヒロインが●ロる光景と言う、精神衛生上、非常に不都合な事態が発生されております。
 誠に申し訳ありませんが、今しばらくの間、リラクゼーション効果のある映像と音楽を代わりにお楽しみください。







———事後……っていうとなんか嫌らしく聞こえますね(byゲボック)———

「いやぁ! 感受性の高い束さんは思い切り貰ってしまったよ! はっはっは…………あの、ちーちゃん、ごめんね?」
「この時ほど私はハイパーセンサーの高性能を恨んだ覚えは無いな……」
 なお、千冬は耐えた。ISの高感度の通信で、しかもISによって極限まで鋭敏化された神経が、細密に束リバーシブルを詳細を五感に届け、その上巨大な人から精神に直接そのイメージを送られているのだ。
思わず臭いを連想してしまった……だが、千冬は誇りとともに飲み込んだ。(少し酸っぱかった)それはもう、賞賛せずにはいられない凄まじい精神力だった。
 束よりは乙女回路が発達している自負があるだけによりいっそうだったのである。



「さて、気を取り直していきましょか」
(((お前だけだ……)))
 ゲボックのシルエットはドリル(左手)を天に突き上げ———

「んぅっふっふぅ、さあ!! 大空をごらんあれえ!」
 その言葉に、空を見上げられるものは全て空を見た。

 静かに昼に佇む白夜月の傍にそれはあった。
 明らかに、上空1、2キロ程にある『黒い月』
 いつの間に!? という全員の心の声が空気で読めているのか無いのか騒ぎ出す。

「群居集合欲求———を刺激して一まとめにして見ましたょ。駄目ですねぇ、作るプロセスを簡単にしたみたいですけど、搭載する中身の方も吟味しないと、こんな風に、一網打尽にされるんです」

 その月が。
「さあ! 皆さん頑張って下さい! パァティの始まりです!」

 爆散した。
 そして、その破片一つ一つが雨となって降り注ぐ。
 この際、一番被害が大きかったのが。空母だった。
 その巨体さゆえに、一番上空からの被害を被ったのだ。

 振ってきたのは卵のような砲弾だった。
 激突の衝撃でも一切変形することなく半ばまで空母の戦闘機離着用滑走路に食い込んでいた。

 そして、その『卵』が。
 直接変形する形に孵化し、次々と産声を上げる。
 猛獣の遠吠えを。

 それを見た軍人たちは戦慄した。
 現在、世界中にはびこる『鋼の獣人』。

 超音速の爆撃を、放たれてから躱す陸戦兵器。
 戦車の装甲など造作も無く引き裂き、かつて夜の闇が獣のものであった頃の恐怖を呼び覚ます、原初の恐怖。

 単語らしきものは発声するが、そもそも会話が通じる事は無い。

 それは彼らが単一の衝動に塗りつぶされているからだ。

 どこの国にも消える事は無いが、殊更弱者にとって地獄極まりない国ほど出現数が多く———特に検体として適性を有するものが多く出る温床である独裁国家や紛争地帯出身者であるため———

 その脅威をよりいっそう理解していた。



「言っておきますけど、それを作ったのは小生じゃないですよ? 小生はそれを操ってまとめて持ってきただけですから。せっかく世界中の稼働中のもの全て持ってきたんです。今頃世界はその分平和になって安心ですから寧ろ褒めてください!! さあ、頑張って処分して下さいね? それだけ武器弾薬満載してきたんだから使わないと勿体無いでしょぉ?」

「ゲボック……」
 今回の作戦、最悪の形で、よりにもよってゲボックに切り返された。

 無数の戦闘兵器による乱戦。
 どれだけ被害が広がるか分かった物ではない。

「さあ立ち上がるのです勇者達よ! 本当に必要な時に出て来れなかった役立たずのままで居たく無かったら、世界の敵を倒したほうがいいですねぇ、今度こそ、価値無しと思われたくないのなら———」

「だまれ!」
 千冬は飛んだ。
 一息にトップスピードまで機体が乗る。
 スラスターが放出したエネルギーを機体内に再吸収、圧縮してPICの推力に上乗せる事で、それまでを遥かに凌駕する加速を叩き出す。

 IS戦に於いて、千冬が対戦相手を圧倒するために得意とした瞬時加速(イグニッション・ブースト)、その無意識の会得だった。
「うおおおああああッ———!」
 今すぐにでも艦橋の水兵に食らいつきかけていた虎型の<Were・Imagine>は、瞬間移動と見紛う程の速度で死角から通り抜け様に横一閃で胴体を両断された。
 超速度で斬り飛ばされて宙に浮いた後に一拍遅れ、虎の肌。千冬の方に無数の眼球が発生し、体毛から刃を生み出して迎撃する。
 だが、その刺突が千冬に到達する前に『雪片影打』がくるくる回って定まらぬ虎の頭部からへそまで唐竹割りに両断した。
 すでに生体が殆ど置き換えられていたようで、脳の形をしたナノマシンが集合して擬態している左脳と右脳に断ち切られていた。
 
 あれだけの超加速の慣性を完全に中和、その際のG圧を再度『瞬時加速』の要領でエネルギーとして吸収剣を振り下ろす速度に加えたのだ。
 斬撃が直撃した部分以外はあまりの衝撃で木っ端微塵に吹き飛んでいた。
 ……成程。劣化品である事は確かか。
 以前、千冬が戦った人狼型ならば、最悪第二、第三の脳を構築していてもおかしくない。
 そもそも、頭部に脳が収まったままでは無かったのだから。

 今しがた斬り捨てた相手は既に完全に機械になっていた———とうに死んでいた———という自分の言い訳を自分で握りつぶして。
 決めた。
 全員は守れないだろう。
 だがしかし———私は、一人でも数多くの人間を守るために、この元人間達を殺す。
 ゲボックがなんと言おうとも、これらはゲボックの発明なのだ。
 私の手を血で染めようとも、ゲボックを無知の殺戮者にさせるつもりはないのだと。

 振り下ろした剣をそのまま叩き付ければ、この移動エネルギーが追加された一閃では空母に致命的なダメージを与えかねない。
 ならば同じだ。
 この慣性も———『食らって』中和の代えとする。PICの慣性制御を全力で加速だけに割り振る。

 そして推力へと変える。
 超高速移動に於いて、まき散らす筈のエネルギーを、斬撃として必要最低限な分を除き再吸収して行う一撃必殺、連続再アプローチ次敵撃滅法。
 第三世代のISが開発されてもなお、誰も成し遂げられぬ、異形の『効率を極限まで最適化された連続瞬時加速』、一対多の極地であった。
 初めて『瞬時加速』を使ったとは思えない技術会得速度である。恐るべきセンスとしか言いようが無い。

 慣性が無くなったため、剣が水平の位置でピタリと固定され、突撃。
 次の熊型を衝撃で木っ端微塵に消し飛ばし、その反動さえも一切登場者保護機能やシールドを減じさせる事無く自然に再活用、次の瞬間にはヒヒ型の額を水平にスライスしていた。

「な……な、な……」
 それを見ていた空母の水兵達は、自分たちの命の危険も忘れてその姿に見惚れる事しか出来なかった。
 方向転換時に一切止まらぬこの『瞬時加速』は人間の目には殆ど映らない。
 だが、空母の滑走路上などを縦横無尽に駆け回る『白雪芥子』は日光だけは銀色に反射し、その移動速度からか、乱反射させた光で一面を明るく埋め尽くしていた。

 その姿はあまりにも。
「……美しい」
「奇麗だな———殺されても良い」
「同感だ」
 見ている者達に、圧倒的強者に対する捧身の意さえ抱かせる程だった。

 さらには、衝撃波を生むエネルギーまで『再瞬時加速』に用いているため一切人を巻き込んでいなかった。
 空母に取り付<Were・Imagine>を全て撃破までに掛かった秒数は30秒。

 艦上の誰もが言葉を失う中、千冬は艦長の前に瞬時にして出現。
「艦を退いていただけませんか?」
 ただ一言伝え、再び瞬時加速で次へ向かった。



「凄い! 凄い凄い凄い! さぁっすがちーちゃん! まさかこんな使い方をするなんて束さんも思いもしなかったよ!」
 モニターしていた束は両手を上げて興奮していた。

「本当に鎧袖一触って奴ですねぇ、これは凄いです!」
「あれ? ゲボ君こっちに居たの?」
「ええ、あっちにはうちの子に行ってもらいましたので」
「あー、生物兵器」
「そう言う事ですょ。さて、これならもうちょっとやっても良いですよね」
 天才達は殆ど動かない。
 動く事無く全てを支配可能としているからだ。
 篠ノ之家の玄関。
 ゲボックは白衣からキーボードを取り出し、ドリルとペンチの両手で器用にてちてちタイピングを始めた。

「さてさて、社会性でも足してみましょうか。先程まで群居集合欲求を刺激していたからいい結果が出るでしょう」
 ゲボックの言う社会性とは、社会性昆虫のそれを意味する。

 つまり。

———警告! 超長距離狙撃の兆候を感知
「なに?」

 『白雪芥子』の警告に従い、身を躱す千冬。
 そのすぐ横を、電磁加速された金属塊が超音速で通過する。

 そこにさらに、航空機がミサイルを撃って来る。
 何を勘違いしたのか、千冬まで敵と勘違いしたどこぞの軍が攻撃を仕掛けて来たのだ。
 さすがにその程度では、ISの装甲には傷一つ付かない。
 シールドバリアーは健在である。
 まあ、それ以前に千冬ならば、当たらない。
 しかし、迂闊に反撃して落す訳にも行かない。
 中の搭乗者を殺さずに無力化させる事も可能だが、下には<Were・Imagine>がウヨウヨとしているのだ。
 わざわざ餌をくれてやる訳にも行かない。

———が、邪魔だ
 効かなくても、体勢ぐらいは崩れる。
 直撃ならば、エネルギーも減る。

 それに今、レールガンらしき狙撃があった。
 一体どうやって……。
 ゲボックは集めて捨てただけと言った。
 ならば、改良されていないこいつらにあんな攻撃をするエネルギー量も知能も無い筈だが……。

 その通り、その時点……・では。
 まあ、プログラムに干渉しただけである。

 千冬は見た。

 千冬に攻撃して来たため後回しにしていたある空母が棒のようなものを突き出している。
 さらにそこから両腕のようなものを伸ばし、空母の建材に……噛み付いている?

 千冬が注意した事に気付いたのだろう、ハイパーセンサーがそちらを画像拡大してバイザーに映し出す。
「何……?」
 それは、砲へと変形した一体の<Were・Imagine>だった。
 それは何となく分かる。
 何度も非常識な変形を見せられた経験のある千冬にしてみれば、大砲に化ける事など、たいして物珍しくは無いのだ……が。

 そこから伸びる両腕のようなものは、それぞれ『別の個体』だったのである。
 三体が合体し、腕のようになっている二体が空母の建材を食って弾殻へ形成、砲塔が……いや。
 ハイパーセンサーが捉えた情報はそれどころではない。
「———原子力炉に取り付いて直接エネルギーを……!!」
 確かにそれだけのエネルギーがあればレールガンなど雑作も無い。
 三体どころではない数が融合して出来上がっているようである。
 しかし、それぞれが単一の作業をする結果、総体が単一の個体となり、一つの機能を維持するなど、今までとは違いすぎる。
 これは、獣というより、蟻や蜂などと言った社会性昆虫の活動だ。

 次弾が放たれた。
「分かっていれば雑作も———くッ!!!」
 レールガンがカーブ……を描いた。
「曲がるだと!?」
 さらに連発され放たれた一撃はホップを描き、何とか回避した千冬を先程から虎視眈々と狙っていた戦闘機をあっさり貫通、爆砕させた。
「なんっ、しまったッ———」
 理屈は単純だ。
 野球の変化球と同じである。
 弾殻に特殊で猛烈なスピンを掛ける事でジャイロ効果等を発生させているのである。
「仕方が無い——————ホーミングレールガンを獲得する前に潰してやる!」
 さすがにそれ程の精密追尾機能は無い。
 だが、逆を言えばいつ進化し、獲得するのかもわからない。
「何処が———欠陥品だあの馬鹿が!」

 難敵たる空母半融合型へ向け、千冬は降下した。






 その結果。
 さすがの千冬も全力を使い切った。
 体力的になら、まだ余裕がある。
 されども、精神力の方は極限まで削りきられていた。



「はあっ……はぁ、はぁ……くっ……うぅ———」
———<Were・Imagine>の全機撃破を確認、お疲れさまです。
「ふぅ、ふう、はぁ……やっとか」
 白雪芥子の報告に力を抜いた千冬。

 周囲で無力化された空母、巡洋艦が黒煙を上げている。
 戦闘機は殆ど飛んでいない。
 空母上に待機してある戦闘機を取り込んだ個体が神風的に襲い掛かったのだ。
 中には独自に飛行能力を得たものも出て来たのである。
 ISのようにネットワーク機能でも有しているのだろうか、最初の空母半融合型を潰したあたりで全体の雰囲気が一変した。
 今まではそれぞれが好き勝手、手当たり次第に襲い掛かっていたのだが、それが急に連携行動を取り出したのだ。
 まあ、真実、ゲボックがプログラムを変えただけである———千冬ではなく、一般兵の手に負えなくするために。
 あるときは融合し、あるときは仲間を意味ある捨て駒にし。
 ある固体は電子戦を実施し、人工衛星を無力化した。
 ネットラインが繋がっているかどうかは関係ない、そういう次元である。

 その様は獰猛な野獣であろうとも襲い掛かり、瞬く間に骨にしてしまう軍隊蟻の襲撃にも見えた。
 そうそう大火力の携行武器など無く、元々無いに等しいぽつぽつとした反撃の勢いは次第に防戦一方、やがて数を減らすだけの作業へと変わっていく。

 千冬が助けに来るまで耐え切れれば生き延び、間に合わなければゲームオーバー。
 いつしかそんなルールが出来上がり。

 助けてくれ。
 死にたくない。
 何故だ、何故こんな事が。
 もう耐えられない、隔壁が、隔壁が。

「……ぐっ」
 ハイパーセンサーで傍受した多数の救助を懇願する声は、千冬の精神を蝕んでいた。
 今度こそ、耐え切れず吐きそうだった。

———警告。次期戦線の接近を確認
 ハイパーセンサーで確認すれば、意地になったのであろう、さらに送り込まれた各国の部隊が接近中である。
 しかし、次から次と襲い来る各国には執念すら感じた。
 さて、とうとう重い腰も上げざるを得ないか……。躍起になったのだろう、次に来る部隊は見るからに最新鋭の機体やら実験機がある。

 さて、どうするか。

 もうすぐ日没だ。
 いちいちこいつらに構っていては文字通り日が暮れる。

「———こんにちわ、魔法少女です。らん、らん、らん♪ 今日はもう帰って流しそうめんでも食べようね★ ということはつまりだね! 現在ゲボ君が流し機を製作中なんだよっ!」
 千冬の傍に七色に煌くISをまとった少女が降りてきた。
 年に似合わぬ発育。特に運動もしていないのに、均整の取れた肢体。兎の耳のような、昆虫の触覚のようなハイパーセンサーをカチューシャのように付けた頭部。
 そして玩具の魔法の杖のようなものを持った束であった。

「あいにくだが、何も食べる気にはなれないな……」
 あまりに凄惨なものを見すぎた。
 千冬の精神力は同年代のそれを軽く凌駕する。
 どれだけ動揺しようとも、元々の精神力に加えて、篠ノ之流の古武術において、精神統一法を会得しているという事もある。

 だが、それでも所詮は14の小娘だ。
 戦場の空気は、誰しもの心を蝕み、病む。
 きっと今日の事は悪夢として見るんだろう、と。
 口元を押さえ、憂鬱な未来を想像するしかない。

「いっくんが心配するよ?」
「卑怯者め」
「うん、ごめんねー」

 まったく悪びれず、束は先端が揚羽蝶になっている杖をふい、と振った。
「イエ! イエ! イエェ! あはっ、例え私の才能を信じない馬鹿な世界でも、おつむの足りない愚民共だって、奇跡の魔法で救うのよんっ! なぁんちゃって♪」

 次の瞬間、超常科学レベルで機能するステルスが発動、二人の姿は肉眼からも、あらゆるセンサーからも姿を閉ざした。

「—————————嘘だけど」

 誰も聞く事の無い、束の呟きを残して。



 一方、接近中の部隊にも、怪異は発生していた。
 無数の蝶に取り囲まれ、進むことが出来なくなっていた。
 蝶などと侮る無かれ、極彩色にキラめく鱗粉の効果なのか、視界がチカチカと明滅するとともに方向感覚が狂い、無視して進めば、気付けば反対方向へ向かっているのである。
「くそ、なんだこれは———というかこの蝶、顔が……兎(何故かここだけ造詣が超リアル)だと!? 化け物かっ!? いや、それより先ず———めっちゃキモッ!!」
 誰かがここにいる全員の思いを代弁した瞬間。
 兎フェイスの蝶が全て爆発した。
 破壊力は一切無い。霧か、煙幕か。視界やレーダーが完全に埋め尽くされ、完全に進行を止められた。

「な、何だと!?」
「消えた……!」

 そして、レーダー、そしてカメラから白い騎士の姿が完全に消失した報告を受ける。
 そう、それは現状の軍事機能は完全なる敗北を喫したことを意味したのだった。



———その頃の束

不思議の国のアリス(アリス・イン・ワンダーランド)———うふふ、普段から夢見てるようなスポンジ頭どもは、アリスのように夢でも見てるといいよ、だいたい何なんだろうね、あの子らがキモイだなんて本当に失礼な奴らだよ……」
「束?」
「なーに? ちーちゃん」
 まるで二重人格のように、さっきの不快そうな表情が笑顔に変わった。
 もう慣れきっているのでそこには突っ込まない千冬だったが。
「なんでその蝶を口元に当ててるんだ?」
 ステッキの蝶を鼻の下に当てている束の奇行にはさすがに突っ込んだ。
 ぱたぱた動いている蝶だが、何となく髭にも見える。
「んっとね、爆爵」
「……なんなんだそれは?」

 そう言いながら、篠ノ之神社へ向かう。
 食べられるか分からないが、打ち上げを実行するために。









「———ただいま」
「おかえり、千冬姉」
 消沈した姿で帰宅した千冬を迎えたのは、もう寝る前だったのか、パジャマ姿の一夏だった。

 すすすっ、と一夏の背後から全身灰色尽くめの女性が千冬の荷物を受け取る。
 そのまま上着も受け取ると、目を合わせた。
 一夏の護衛兼、家事担当生物兵器<灰の三番>である。
 いつも思うが、生物兵器の使い方が贅沢すぎる気がする。
 <灰の三番>自身は家事にすっかりはまっていたので誰も文句を言わないのだが。
 一夏と言えば、自分より高い目線の二人の動作を観察し「成る程、こんな気遣いが必要なのか、ふむふむ」と言わんばかりに見習っていた。
 こうして人知れず織斑一夏良妻賢母化が進行している事に、現在誰も気付いていない。

 千冬と言えば、そういう痒いところに手が届く気遣いに心が癒されるが、他ならぬ<灰の三番>がゲボック製である事に気付いて、再度落ち込んだ。
 対する<灰の三番>は、その心情を一瞬で察した。
 彼女はゲボックに絶対服従という、他の生物兵器にありえない性質を有し、造物主への敬愛を絶やさないとか言う、どこから生まれたか分からないキャラをしているのだが、その父が回りにどんな影響も与えるか判別する客観視点も持っていた。
 本当、お前どこから生まれた、である。
 でなければ、それを一番傍から見ている一夏が良妻賢母へなど進まない。

 今日はこのままお休みになりますか?
 すっと差し出した千冬の寝巻きを、有難く受け取る。

 風呂で体を休めるよりも、泥のように眠りたいのではないか。<灰の三番>はそう察したのである。

 口の利けない<灰の三番>は、千冬相手に事細かい意思伝達をする場合は筆談を実施する。
 何でも以心伝心の一夏に対し、千冬は未だに疑問を抱いていた。
 ゲボックに変な改造されてやしないかと。
 毎度二人が会うたびに記憶を消しているが、もしかしたら一度くらい手遅れがあったかもしれない。
 そうならばゲボックを墓に埋めてこなければならん。

 そこですっ———と殺戮の決意を抱く千冬に差し出されたホワイトボードにはこう書かれていた。

『それでは、私はここでお暇をいただきます。偶には姉弟水入らずでお休みください』
———正直、千冬は泣きたくなった。自分が男なら嫁に欲しいと言いかねない程に
 それは未来の教え子がするから等とメタい事が聞こえるわけも無く。

「すまん……なぁ、お前本当にゲボックが作ったのか? ちょっと信じられんのだが」
 返事は『当然です』であった。
 変な信仰ではないだろうか。そう思う千冬も大概であるが、下の方から「あれー? グレイさん帰るの? なんだよ、ちぇーっ」などと名残惜しそうな一夏の声に嫉妬がむくむくと沸きあがる。

 すぐさま取り成しに掛かった<灰の三番>と一夏はしばらく千冬には解読不能な言語での応酬の後「わかった! 頑張る!」と言う何やら異様に張り切った一夏の決意を持って終わった。
 それを見て、思わず方眉を跳ね上げる。

「……一夏に何を吹き込んだ?」
『秘密です』
 口元に指を立てて、恐らくそういうジェスチャーであろう事を示すや、千冬と入れ違いに玄関から帰っていった。相変わらず行動が機敏である。
 動作もなんだか艶っぽい。本当に一夏と同い年か? 見た目は私より年上だが。

 まあ、ゲボックのドリルやペンチで頭をガリガリ撫でられるのが至上の喜びらしいので、まだ、年相応のところがあると言えるのだろうが。



 そして、一夏が何を仕込まれたのかはすぐ分かった。
「千冬姉、今日は一緒に寝よう!」
 成る程、人が一番望むものを察する事が出来るのは素直に尊敬できる。
 ……しつこい様だが、生まれるところ間違えてないか?

「———あぁ、分かった。せめて歯は磨いてからな」
「うん! 先に寝てる!」



 千冬が支度を終え、寝室に入ると一夏は既に寝入っていた。
「本当に、子供は寝つきが良いな」
 苦笑する。
 久々に姉弟で眠れるので、普段寂しがらせているであろう一夏もリラックスして眠れたのだろう……。

 いや。

 一夏が寂しがる?
 逆だ。
 一人で眠るのが怖いのは自分だ。
 眠って、昼間見た光景を夢で再び見るのが怖いのだ。
 あれが一夏に置き換えられて夢に出ようものなら———発狂してしまうかもしれない。

「一夏——————」
 起こさないように弟をそっと抱きしめる。
 そのまま千冬は、誰にも———弟にも幼馴染にも誰にも見せた事のない涙をそっと流しながら眠りに就く。

 幸い。今夜は悪夢を見なかった。






 遡った時を回想する。



「ゲボック!!」
 束と篠ノ之神社に帰還するや、流しそうめん準備中のゲボックの胸倉を掴みあげていた。
 IS装備中なので、あっさりゲボックが吊るされる。
「———どうしました? フユちゃん」
 何でもないことのように吊るされて答えるゲボック。

「どうしてあんな事をした!」
「どうしてって何をですか?」
「ふざけるな! どれだけ被害が出たと思っている!」
「ああ、さっきのですか? 言ったと思いますけど」
「なんだと!」
「処分のためですょ。あんな出来損ないどもに跋扈されちゃあ、小生の名が廃っちゃいますし」
「お前は! ———そもそも、お前があんなもの作らなければ!」
「小生が作らなくても、いずれは、似たようなものは出来ると思いますよ?」
「……なに?」
「小生、作る前に原案見せられまして。まあ、小生が作るものより数十段ぐらい下のものが出来ますけどねぇ? そんなものでも、出来上がるまでにどれだけの人体実験が繰り返されると思います? まあ、どんどん作ってるうちに面白くなって色々機能突っ込んじゃってどうやって倒せば良いのか、さっぱりこれっぽっちもわっかん無い物が出来上がっちゃったときはどうしようかもう———笑いが止まんなくなっちゃいましたけど。てへっ(束の真似)」
 だれだ。いったい、誰が気付いたのだ? ゲボックの存在に、いつ? つまり、あの獣人事件より遥か前に!? あれの原案となるようなものを考え出せる組織が……目を離した隙に?
 思考がぶつ切りで支離滅裂にぐるぐると回り、気が遠くなる千冬に、ゲボックは追い討ちをかける。

「それに、もう出来ちゃってますから。今日のようにするのが一番被害が減りましたよ?」
「……どういうことだ?」
 分かっていても、言ってしまう。
 自分をそれが追い詰めるにもかかわらず。

「だって今日出したものは、もう世界中に出回ってたのを回収しただけですし。放っておけば、どんどん人を殺していたでしょう。今日破壊した事が一つの解決になるんじゃないかなぁ? まあ、ちょっとずつ、微々たる物ですけど技術が上がってますから、明日にはまたちょっとだけ向上した欠陥品が生産されると思いますけどねぇ。設計図は世界中にはびこってますし」

 もう止められない。そうゲボックは言っている。
 だが。

「回収できたなら何故今日撒き散らした! そのまま処分すればいいだろう!」
「えぇ? なにかおっかしいですかぁ? 彼らは軍人なのに、同盟国の危機に何もしなかったんですよ? そのくせにフユちゃんを狙うんですから勝手ですよねぇ。だから処分を兼ねて迎撃に使ったんですよ。ほら、射線上にフユちゃんが交わってない限り攻撃してこなかったでしょ? あ、一部反射的防御は行ったかも知れませんけど」
「おい、ゲボック、待て———」

 それ以上は言ってはいけない。
 そう思うが、感情は納得しないが———
 理性が結論付けてしまった。

「わ……私の、護衛……だった、の……か・・?」
 道理で、弱い。
 自分への脅威が少ない。
 あの場で、自分は危険の中、助けているつもりだった。
 ……そんなわけが無く、一番、安全な立ち位置にいたのか?

「ええ!」
 目の前が真っ暗になっていく。

「だが、どれだけの命が……」
 なお、言い返す千冬の声も力が無い。

「命ぃ? 何を言っているんですか? フユちゃん。あの場には日本の海上保安庁も、自衛隊もいなかったですよね? つまり、あそこにいたのは全て『軍隊』です。」

 ゲボックは指を立てるようにドリルを立てて、教えるように言う。

「つまり、人を『殺せ』と言われて人を殺す事でお金をもらう人ですよ? そんな人達が実際にフユちゃんを殺しに来たのに、どうして小生がためらわなきゃいけないんですか? 罪も無い民間人が死ぬよりはずっといいと思いますけどねぇ」

 違う、そうじゃないんだ、例え間接的でも人の命を———
 それどころじゃない、これはゲボックの明確な殺意ではないか?
 伝えたい。
 命の尊さを。
 だが、倫理観が。
 目線が。

 違う。
 この二人は違う。
 伝わらない。
 もはやこいつらは別の生き物だ。
 言葉を尽くしても思いは、心は伝わらない。



 いや、そう思ってはいけない!
 必死に自分に言い聞かせる。
 駄目だ! 違う! そう括るな! そう諦めれれば、誓いが折れる!
 そう、折れかけるのを必死に立て直そうとする千冬。



 わあ———ありがとう! ねえ、君なんて言うの? 私は、束だよん! ———

 ありがとうございます、こんなに嬉しい贈り物は初めてです。あなたは、まるで天使のようです———
 必死に、一番大切な思い出を懐から引っ張り出す。
 そうでもしないと、自分が最低の存在になる気がした。



 こいつらだって……。
———二人の生み出す力を無粋な破壊力になどせず、もっと素晴らしい事に生かしてくれるよう、自分が側に居てやろうと———

「ゲボック……」
「何ですかフユちゃん?」
「それぐらい察しろこの頭デッカチがああああああっ!!」
「ぶっふぉおおおああああああっ!! なにがでですかあああああ!?」

 IS装備のフルパワーでアッパカートを食らったゲボックがそのまま彼の作った流しそうめん機に乗って下流まで流れきる。
「ぶばばばばばばばッ!?」
「よーしキャッチするぞー!」
 今迄さっぱり会話に割り込んでなかった束は束で一人流しそうめんを楽しむべく準備を完了させていたらしい。
 流れているのはゲボックだが。
「むむむ……これは大物だね。あはっ! 箸じゃ無理っぽいからぁ……よぉし! ディバイ———ン、てふてふ~!!」
「ぼがががが……迎撃!? ぶふぅ———!?」

 ひらひらと生まれたピンクの蝶が流しそうめんの経路を逆流、流れてきたゲボックに———
 爆発。
 ズドガアアアアアアアアアアアアン! と吹き飛ぶゲボック。
 流しそうめん機は焦げ目一つない。さすがゲボック製、変な所で凄まじい。



 どれだけかかっても。
 こいつらに大切なものを教えなければ。
 有難う、と人に礼を言える二人なのだから。
 今回は駄目だった。
 今の一撃もただの八つ当たりにしか過ぎない。心が折れないための。
 本当、私は弱い。

 だけれども。
 いずれ、この悲劇も、過去の話として笑えるような、まっとうの———
 きっと、必ず———



 その、執着こそを、束が望んでいるものと知らずに。



 そして、世に新たな常識が生まれた。
 <ISを倒せるのはISだけ>
 そして
 <Were・Imagineを倒すための力も、IS以外にありえない>
 と。












 さて、話を再開するとしよう。

 仲睦ましい姉妹だった。
 いつ、どこに行くのだって、箒は束に手を引かれ、普通なら、とてもでは無いが見る事が出来ない、夢のような数々の体験をしたのだった。





 それは箒が四歳の誕生日を迎えた七月七日の事だった。

 姉の友人である千冬と、その弟、一夏が祝いに来てくれていた。

 当時、物心ついて大して間もない頃で、一夏とも出会ったばかりであった。
 持ち前の人見知りでつっけんどんな態度をとっていた事や、一夏が年相応の生意気盛りであった事もあり、殆ど会話も無かった。



 ただ、その姉の千冬には憧れた。
 父、篠ノ之柳韻の門下生である千冬は、既に周囲を突き放すほどに頭角を現していた。
 普段は巌の様に厳格な柳韻をもって「つい秘伝を教えてしまった」と冗談混じりに言わせしまうほどのその才覚は、父に憧れを抱き、剣を志したいと幼心に思っている箒には、憧憬の対象だったのだ。

 束の腰にしがみ付き、隠れる様にして見上げる千冬は、背筋をぴん、と張り詰めており、とても凛々しかった。



 同時に———

 どうして、お姉ちゃんはお父さんに剣を習おうとしなかったのかな?

———いつも疑問に思っている事を胸に抱きながら


 それが、家族に対する最初の疑問だった。
 剣が嫌いという訳でもなし。
 千冬の実演する型を一つ一つ箒に説明する内容は分かり易く、かつ深く詳しく。
 とても興味が無ければ覚えきれない様な事をとうとうと、束ははしゃぎながら教えてくれたのだ。

 この時は知らなかったのだ。
 束と両親が、お互いを苦手としている事を。

 両親は愛情深い人達だったが、古い人間だった。
 良くも悪くも、篠ノ之神社という格式高い歴史あるものを守って行くには適した気性であったのだろうが……。

 いかんせん、束は新しかった。
 否、それはまだ無い未来とさえ言えた。

 最先端を抜き去り、未来を棚から引っ張り出す様な彼女に、両親は一歩引いてしまったのだ。

 そして、幼かった束はすぐにそれを察してしまった。

 束の気質からして興味を持たなければ気づきもしなかっただろう。
 しかし。
 それは、両親への興味が無ければ生きる事すら出来ないという生存本能による賜物か、束は普通に両親に興味を持ち、愛情を抱いていた。

 当然であろう、年頃の幼子なのだ。
 ゲボック同様、束も頑張った。
 頑張りすぎてしまった。

 その異常性。
 両親が気付かぬわけがない。
 それでも、両親は愛情を持って接した。
 この点は、蒸発した千冬の両親や、とっとと軍に預けてしまったゲボックの両親よりは、はるかに素晴らしい事だろう。



 だが———
 子供は。恐ろしく、かく鋭いものなのだ。
 愛情は有る。しかし、どのように接すれば良いのか。困惑や、将来に対する責任などの戸惑いを、見抜けぬわけが無かった。

 なんたる皮肉か、興味を持っていたがために束は普通の子供同様の感性で両親に疎外感を感じてしまったのだ。
 天才の感性ならば、そんな事何の興味も無かったであろうに。

 そうして彼女は引きこもる。
 大人でも理解困難な学術書を紐解き、一人鬱々と、知識を貯え熟成させていく。

 千冬に出会う……その時まで。



 話を戻そう。
 束と千冬という、真逆でありながら親友である二人はなんだかんだで互いを理解しており、そこに両親が混じっても団欒という一時は崩れる事無く終わりを迎えた。


 玄関から手を振る姉弟を、対して大げさに両手を振って見送る姉とともに、小さく手を振る箒だった。
 それに気付いた一夏もにっこりと笑って軽く手を挙げた。

「!」

 まさか気付かれるとは思わなかった箒は、気恥ずかしさから束の影に隠れた。

 一夏からすると、「愛想悪いなぁ、アイツ」ぐらいにしか思って居なかったが。

 余談だが———
 このようなすれ違いがまさか幾度にも渡り、延々と続くとは箒も思って居なかった。
 良くも悪くも二人の関係を示す一件であると言えよう。

 さて、二人が見えなくなるまで姉妹は見送り、家に戻ろうかという事になって———ふと。
 箒は空を見上げる。

 あいにくの曇天である。
 箒の誕生日は、全国知らぬ物は居ないという程有名な日———七夕だ。
 織姫と彦星の物語は女の子である箒も興味を持つには十分な内容で———しかも、自分の生まれた日にそんな感動的な逸話があるのかと胸をときめかせていたのだから、それが台無しになる曇りの夜は残念だった。
 しかし、天気に文句を言っても何かが変わる訳ではない。
 玄関から戻ろうとして———



「おやおやぁ? 箒ちゃんはお星様が見たいのですかぁ?」

 まるで、子供がそのまま変わる事無く中学生になったような。そんな声に、箒は背筋を振るわせた。
 この声を、箒は知っていた。
 千冬と同様、束の幼馴染みである———

「そうなのでしたら、遅ればせながらもこの小生、ゲボック・ギャクサッツが!! 箒ちゃんに誕生日プレゼントとしてお星様を見せてあげましょう!」
 そこに居たのは、男にしておくのが勿体ない程のさらりとした絹のような金髪、黙っていればイケメン。ただし、いつも浮かべているニヤニヤとした表情で全てをぶち壊しの残念な少年———



———ゲボックだった



 大げさにゲボックは叫んだ。が、一瞬にしてしょんぼりとする。

「しかしうらやましいです。小生もお誕生日会に参加したかったです……」
「……げ、ゲボックさん?」
 ようやく我を取り戻した箒が声をかけると、ビクンッ、とゲボックは反応し。

「はぁい! ドモドモ、ゲボックですよ!!」
 またテンションがだだ上がる。
 なんでこの人はいっつもこうも躁鬱が激しいのだろうか?

 困った事に、姉がたまに彼の動行を真似するのだ。
 ……その、礼を失する……はしたないにも程がある……。
 姉にしてみると、笑いのツボを酷く突かれ、腹筋が痙攣する程面白いらしいのだが。

 理想の相手が父親である箒にしてみれば、真逆どころか地中を掘り進んで地球の裏側へ一直線な印象の男である。
 お姉ちゃんも友達を選べば良いのになあ。

「あの……ゲボックさん」
 姉の嗜好に少々文句を思いつつ、ようやく今まで我慢していた事を言おうと思う。
「何でしょうか? 箒ちゃん。誕生日記念で何でも応えてあげますよ! 不完全性定理を二行で解する証明法とか」
「ちがうの……」
 箒は、実は言って良いものかと考えたが、今更だろうと思い……。

「どうして御神木に吊るされているの?」


———今のゲボックの状態について素直に聞いてみる事にした

 簡潔に言えば、今のゲボックはぐるぐる巻きに縛られて木から吊り下げられている状態なのである。
 自由に動けるのは首だけ。
 しかも逆さまに吊り下げられていたのだった……。

「分かりませんよぅ、いきなりフユちゃんに縛り上げられて吊るされちゃったんですから……今日こそ、いっくんで実験できると思っていたのですが……うぉうおう、頭に血が登っててそろそろ小生気分がハイになっちゃてれれ? ムーンフェイスになっちゃったらどうしましょうか」

 彼自身の台詞で全部語られたようなものだった。
 さて、箒ではこの縄は解けない。
 ご丁寧に篠ノ之流の緊縛術で縛られている。
 まだ習っていない彼女には解くことができないし、刃物は持つ事も禁止されている。
 どうしようと、放っておけない箒が困っていると。
「ねえ、お姉ちゃ……」
 あれ?
 気付けば束が居ない。
 あまりの事に心細くなった箒が両親を呼ぼうとしたときだった。
 視界の端がキラッ、と光った。
 え?
 疑問符が浮かんだ瞬間、彗星が水平に飛んだ。



「ゲ———ボ———く——————んっ!!!」
「ゲハァッ!?」
 彗星は何かで水平飛行している束だった。
 ゲボックに、腕をクロスチョップ状態にして構えていた束が水平に激突。
 その際に、どんな物理現象が起きたのか、ゲボックをぐるぐる巻きにしていたロープがぶつ切りになり、放り出されたゲボックがきりもみ状にくるくる吹っ飛んだ。
「お姉ちゃん!?」
 友達(?)になんて事を!?
 ぐしゃあっと潰れたように頭から墜落する。
 だが、箒以外に心配するような子はいなかった。

「いやあ、助かりました!」
「うわあっ!」
 よりによって食らったゲボックが礼を言った。
 ぐわばっ! と起き上がったために箒は心底ビビった。動きが怖すぎる。

 目を白黒させている箒を尻目に、元気に立ち上がったゲボックは束の肘が当たったのか鼻血がだくだく流れていた。
「だ、大丈夫ですか……?」
「このぐらいで怖じ気づいていちゃあ、タバちゃんやフユちゃんとは遊べないのです!」
「……そうだよね……あ」
 思わず頷いてしまった箒の呟きもどこ吹く風、ゲボックは白衣の中をゴソゴソと漁り出した。



「さてさてお星様ですね! 曇ってたってなんのその! 超宇宙的に第五元素(エーテル)だってバッチリ観測する望遠鏡です!」

 ぬぬぬぬーと白衣の内側から出て来たのはごく普通の望遠鏡だった。
 あくまで見た目は、なのだが。

 しかし———長い。
 3m程はある。

 ど、どこに入ってたんだろう……。

 慄く箒にひょいっとそれを渡し。
「ハッピィバァスディで……ん? どうしました? タバちゃん?」
「先ずはゲボ君が見てねー」
 望遠鏡がすっと箒の手から引き離され。
 ぎゅむっとゲボックの眼窩に押し当てられる。

「ひ、光ガアアアアァァァッ!! 眩ッ! めっ、目ガアアアアァァァッ!!」
 途端に顔をおさえて転がり回るゲボック。
 それもそのはず、この望遠鏡、集光率が半端じゃ無い。
 ゲボックが言ったのは誇張でもなんでも無い。まぁ、エーテルという架空元素をどうやって視認するかはゲボックのみぞ知る。

 ちなみに、その集光率は昼間に使えば太陽光がレーザーに早変わりする程なのだ。

 どれだけの光が目を焼いたのか、のたうちまわるゲボックに束は珍しくため息をついて、ズビィッ! と望遠鏡を指差し。

「ゲボ君ならともかく、箒ちゃんにそんな危ないモノ使っちゃノンノン! これは主にちーちゃんがゲボ君を叩く時に使わなきゃね!」
「どっちに転んでも小生が痛い目に!? すでにそれは望遠鏡とすら呼べないですよ……」

 こちらも珍しくゲボックがツッこんでゴシゴシ目をこする。
 夜で、しかも曇っているのにスタングレネード並みの光量があった。
 箒ちゃん関係だと目が危ないんですよねぇ? どうしてですかねぇ?

 箒にはなんの事やらの被害報告を述べながらゲボックは思い出す。
 そう言えば箒ちゃんのおかげでタバちゃんと仲良くなれましたし。



———と、箒に対する恩義を思い出したおかげでゲボックは



 テェェエエエンション上がって来たぜえぇぇぇぇえええええ!!!

 な状態に。

「タバちゃん!! こんな雲ブッ飛ばしちゃいましょう!!」

 いえいえいと打ち上げ花火のセットを始めるゲボック。
「それじゃあ束さんはフィルターの方準備するね! 箒ちゃん、お空のショーへご招待! ゲボ君ー、いーいー?」
「バッチリですよ! いっきますよーっ、プゥアアアアアアアアアイナッップルフラァァァアアアアアアアアッッッシュウウウウッ!!!」
 ズヴァアッ———と両手を振り上げ、花火の発射台を殴りつけた。

———が



 シーン…………。
 しかし何も起こらない。



「あれぇ? 変ですねえ、どうして動かないんでしょ? おっかしいなぁ? ファイア!」

 もう一回叩いてみる。
 反応は無い。

「……ファイア!」
 同上。

「ファイア! ファイア!」
 変化無し。

「ファイア! ファイア! ファイア! ファイア! ファイア! ファイア! ファイアアアアアアアアアアアッ!!」

 うんともすんとも言わない。


「あっれぇ? おっかしぃなぁ、どうしたんでしょ? ようし———音量上げて……」
 白衣からマイクを取りだしたゲボックの肩にぽんっと手が置かれる。

「束さんもやるやるーっ、他ならぬ箒ちゃんのためだもん!」
 そんな束を見てゲボックはあろう事か感動した。
「有難うございます! はいどうぞマイクです」
「わーいわいわいわいの次はゼットだいえぃ! へぇい!」
 ペコペコ頭を下げるゲボックと、マイクを貰ってクルクルはしゃぐ束。

 いったい、この人達は何をやっているんだろうか……。

 理解不能な上においていかれた箒はぼんやり二人を眺めるしか———

 途端にぐりゅんとゲボックの首がこっちを向いた。
 思わずひっ、と悲鳴をあげる箒にフラフラとゲボックは歩いて来るや、マイクを差し出して。

「御一緒どうですか?」
 返答は、音がしそうな程の首振りだった。
 即答だったと言う。



「そうですか、それは残念です」
 同じ様にフラフラ戻るゲボック。
「タバちゃん、やりましょうか!」
「待ってたよぉ、本当に待ってたよぉ?」
 マイクをもって合流した二人は歌い出した。
「「●描いて~お豆●二つ、おむすび●とつ、あ~っと言う間に~」」
「えっ、その歌はっ」
 いろいろ危ない。

 二人は思い切り息を吸い込み———

「ちぇーすとー…………えふっ」
 ※束。野太い声を出そうとして失敗。
「ファイアアアアアアアアアアア——————ッ!!」
 ※ゲボック。俺の歌を聞け張りの絶叫。



 なんでどうして二人が歌い出したのかさっぱりわからない箒だったが、プレゼントを送られる身としては、時間を考えて欲しかった。ここが隣接する住宅の無い篠ノ之神社だったから良いものの、苦情が来て当然の音量である。

 はてさて、原因が本当に音量だったのか、花火の打ち上げ台が光を放ち、夜の帳を押し退け始める。
 それは、途端に周囲を埋め尽くす爆光。

 思わず腕で目を庇う箒の耳に、ゲボックの声が届く。
 眩しくて姿は見えないが、この声はゲボック以外に無い。
「……おぉう! これは凄い! 予期せぬ反応です。一体どんな変化が……んん? これってもしかして……アウチ」
 まて、何があった今。

「どーしたのー? ゲボく———」
「これはザレフェドーラですよぉおおおおおおおおおおおお—————————」
 まぶしい輝きの中、あ。声が遠くなって行く……。
「あ、成る程分かったよー」
「何がなの!? お姉ちゃん!?」

 見えないとはこんなに恐ろしい事だったのか。
 と言うか姉の言動がいつに無く良くわからない。

「レッツゴー・ショウタイム! あれ? 時間に行こうっておかしくない? それに、んー、指鳴らないや……でも、ま、いっか!」

 スカスカ指を鳴らし損ねる束は、箒の両肩に優しく手を置いて。
「もう良いよ、上を見て」
 いつしか、光は消えていた。硬く閉じていた瞼を開き、空を見る。
「———あ、ああぁ——————」
 束に従い、上空を見上げた箒は、自分の瞳に映し出されたその光景に、言葉を失った。

 そこにあったのは、満開の星空。
 都市部ではまず滅多に見られない、六頭星以下の星々までも映し出された空。

 篠ノ之神社を中心に、雲どころか空気中の塵、汚染物質から———大気そのものに至るまで———消滅させられていた、純粋な虚空(そら)

 テンション上がったからと言って、ブッ消すにも程がある。

 その光景に圧倒され、釘付けになって見つめる箒。
 大気の無い空は、星こそ瞬かないものの、現代の人間では、宇宙か未開地域にでも行かない限り見られない星の海を晒していた。

 降り注ぐ宇宙線等の有害な要因は、箒の害になるから、と言う理由で束の作った大気圏外活動用保護フィールドでシャットアウトされていた。
 つまりはISのシールドなのだが、束は当時、全くそんな気は無かったのである。故に、上空でドーム状にそれを展開すると言う使用法をしていた。
 もし、空白の上空よりも小さなフィールドが展開されていれば、人的被害は甚大なものになったのだろう。
 千冬と言うブレーキが無い状態で、この結果は偶然の幸運だったと言える。



 そして、ゲボックがそれだけで済ませるわけがない。
 上空の様々な要因を消滅させたゲボックの花火『ザレフェドーラ』が無数の流星となっていたのだった。



「凄い……本当に天の河だ……」
「おぉー、こりゃあ、こんだけ天の河が氾濫してたら彦星と織姫は逢えないねえ」
「お姉ちゃん……」
「おう? ごめんごめん箒ちゃん、それじゃあ、織姫に氾濫中の川でも泳げる篠ノ之流の古流泳方でも教えにいこっか」
「うん!」
 なぜか女に苛烈な束だった。

「それにこーんな星空は、宇宙に行かないとそうそう見えないからね」
「……行って見たいなあ」



———それが、きっかけだった



「ようし! お姉ちゃんに任せなさい! 単独で宇宙に行けるもの、作ってあげるから! 見に行こ! ちーちゃんやゲボ君やいっくんと一緒に! 天才の束さんは、頑張っちゃうぞぉー!!」
「うん!」
 それは、本当に仲睦ましい姉妹で……。

「にしても、ゲボ君は凄いねえ」
「———お姉ちゃん?」
「このやり方……おぉーう、束さんにはできるけど、思いつかないよ……」
 その表情は箒の見る初めてのものだった。
「お姉ちゃん、その『おぉう』ってゲボックさんの真似?」
「うん、そうだねぇ、面白くてついついねえ」

 その様子は、天才など関係ない、普通の姉妹だった。
———一緒に、宇宙まで、見果てる程に星で埋め尽くされた天の河を見に行こう

 この約束が、飽きっぽい束にして、彼女を以ってしても一年掛かる様な研究を成し遂げさせたとは、箒は知らない。






 お姉ちゃんは、まるで魔法使いだ……。
 感動で胸を一杯にした箒は、満面の笑みを浮かべ、最高の誕生日に感謝していた。






——————そう、知らない方が良いのだ






 ゲボックの放った花火———『ザレフェドーラ』。

 後に、ゲボックを暗殺する。それだけのために、自国さえも巻き込んだ焦土作戦に用いられた熱核兵器、その形振り構わぬ姿を嘲笑うが如く無力化した、質量保存の法則を覆す



———『消滅兵器』である———



 その際、最も国民の数が多いその国土は、スプーンでくりぬかれたかの様に抉りぬかれた。
 さらに、この兵器は『生き物にハ効きませんョ』とのゲボックの言う通り、直接にはあらゆるバクテリアを含め、殺傷する事は無かった。
 これには、後に完成する『わーいましん』やIS、ゲボックの生物兵器など、生体と機械の融合体も含まれる。

———しかし
 確かに生体を害しない非殺傷設定兵器であっても、そのニ次災害は凄まじかった。
 広範囲に渡って消滅した大気による窒息や気圧障害、空白となったスポットに流れ込む周囲の空気による暴風、乱気流による被害、空白地に流れ込む海水による高波、そして———
 地殻を失った事による地殻振動や溶岩の流出は莫大な被害をもたらしたのだった。



 かく言う今も、束の防御の外では竜巻が吹き荒れ(箒の見えない位置)、航空機のダイヤルが大幅に乱れ、大気の減少に伴い、減衰しなかった太陽風等が防護フィールドに弾かれ、オーロラを描いて箒をさらに感動させる一方、電磁波が高所を用いる通信関係が甚大な被害を受け、亡国機業の有する『存在しない人工衛星』が消滅撃墜、調査が出される事となる。

 さらには細分化され世界中に飛び散った流星状の『ザレフェドーラ』が炎と法律書———だったか? を持ってつっ立つ女神の顔ど真ん中を貫通したり、人民放送を生放送中に独裁者のヅラを消滅させたり、直撃した人物が素っ裸にさらされたりと、尋常ではない被害がもたらされたのだった(闇笑)。



「ありがとう、お姉ちゃん」
「礼など不要って事だよ箒ちゃん! 何故なら束さんはお姉ちゃんだからだ!」
「ねえ、ゲボックさんにもお礼を言いたいんだけど……」

 ………………居ない。

「………………それはまた今度ね! ザレフェドーラって、最終的に土台ごと飛んでく砲台だから」
 見事なスルーだった。

「ゲボックさんは!?」
「あの星々のうちどれかだよ」
 指で天を衝く束。
「えぇ!? えええっ!?」
「大丈夫だよ、ゲボ君だし」
「えええええええええーっ!?」
 流石に冗談である。
 ゲボックは衣類が全て消滅した状態で織村家に墜落していた。
 翌日、弟のもので見慣れている筈なのに顔を真っ赤にした千冬によって、織斑家の庭に血の雨が降ったそうな。









 束の天才っぷりを素直に凄いと思えるのは、素直に受け止められる———世の平均の値を知らないからである。

 凄いのは凄いと言えるだろう。
 だが、凄すぎるのは常軌を逸する代物だ。
 外れすぎてしまえば……成長すればするほど、逸脱を理解してしまう。

 そして、箒は、千冬のように、それを初めから理解する事ができなかった。
 恐ろしさを、脅威を理解できなかった。

 だから、大多数の価値観『常識』が、分かってしまえば恐怖が生まれてくる。
 まだ箒はその段階にいたってはいないが……。



 単純な憧憬ではない。理解不能、どうやっても『分からない』事が分かってしまう。
 それでも、箒は束が大好きだった。


























——————現時点では——————






——————まだ——————






 奇しくもその関係に亀裂が入ったのは、箒が幼くも女として成長したがゆえであった。
 皮肉な事にも、その成長は天才である束よりも先であったのである。






_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/

皆さん申し訳ありません。遅すぎましたね。丸一月掛かりました。

白雪芥子……なんかアニメの白騎士の頭の周りがホワイトポピーぽかったので名前捏造
いや、研究に出されたから白騎士が正式名でいいのだろうか?

この作品は諸事情でIphonで書いてました。
やっぱりパソコンよりタイピング速度が遅いです。
タイピング中にふと思いついたネタをメモらないと、タイピイングに四苦八苦してるうちに忘れるという、海馬との戦いの最中に書いてましたね。
プロット? すんません、骨しかないです
全体量が把握できなかったので長い長い、今まで出最長記録。
次は短めにしようか……と本気で思ったり。

やっぱりある程度で切った方が良いのでしょうか? (前も言ってた。改善無しむしろ悪化)
しかしプロットどおりに書くともんの凄く伸びるこの事象、どうしたものか?



そして、いつもいつもこの未熟(で長ぇ)な文章をを最後まで読んでいただき、有難うございました。



[27648] 転機編 第 2話  思春期狂宴_其上
Name: 九十欠◆82f89e93 ID:a6979411
Date: 2012/03/26 00:19
———さて。
 いつぞやの続きを話すとしよう。
 今回は、ガンツフェルト症候群についてである。
 もっとも、この名称自体が造語であり、人の作った創作物の一つにすぎないのだが。
 元ネタとなったものがあるので、それを紹介してみよう。
 ガンツフェルト実験である。

 完全に隔離された二つの部屋を用意し、それぞれ被験者の視覚と聴覚を不自由なものとする。
 その上で『テレパシーが出来るか』と試験する。
 詳細は異なるものの、大雑把に言ってしまえばそのようなものである。

 といっても、送信物は情報でなかったり、受信者が四つの選択から選ぶものであったり。
 明確に『テレパシーの実験ではない』と言われているため、この実験を持って何を証明したかったのは依然不明であるが……ここに有る事を意図していた事が伺える。



 人は、持っているものを失えば、それを補う何かを獲得する、と言う事だ。
 逆を言えば、何かを得る際は確実に何かを喪失すると言う事でもある。

 例えば視覚を失った人あるは、自分の発した声の反響を感じ取り、物体との距離、硬度の硬軟を計測可能なエコーロケーションを獲得したという。

 以前述べたサヴァン症候群とて、これの一端ではないかと論議されているのだ。

 ガンツフェルト実験とは、それを意図的に行い、それが事実なのか確かめる事こそが主体だったのではなかろうか。
 ……まぁ、勝手な思い込みなのだが。



 さて。

 束は、両親と妹、そして二人の幼馴染みとその兄弟、それしか『自然に人間として認識』する事ができない。
 ……そう、興味がない『人間を無視する』のではない。
 認識が非常に困難……否、する事ができないのだ。


 では、束は一体何が欠如しているのだろうか。
 それは詳細を調査しなければ分からないだろうが、いくつかの仮説を立てる事は出来る。



 シミュラクラ現象の機能不全、そして、顔ニューロンの発達障害である。

 前者は、人が漫画など人の顔のデフォルメや木目、壁の染みなどを『人間の顔』として認識させ得る脳の働きである。
 最も簡単な例で言えば、逆三角形に配置された点ないし線を見ると、脳はそれを顔と判断できてしまうのだ。

 これは、速やかに人間を人間として認識するために必要な機能であると言われている。
 人間の顔を構成する最もシンプルな構成要素を見出し、人間とその他物質を本能的に識別するのだ。

 続いて後者は、人間と判断した存在をさらに『個人』として識別するために必要な脳の回路である。

 考えて見て欲しい。
 人間など、目が二つ、鼻が一つ、口が一つ、耳が二つ。
 眉や髭などもあるが、概ねこれは最低限ある。

———そう、それだけしか無いのだ

 個人の差は、目の釣り上がり、鼻の向き、唇の厚さ、輪郭の差異———等々、微々たるその程度でしか無いのだ。

 それだけで個人を識別出来るとすれば、その凄さを理解できないだろうか。
 こと親戚となれば、その差はいよいよ細に緻になって行くのだ。人間の高機能ぶりを理解出来るだろう。

 これが、顔ニューロンの機能である。
 仕組みはこうだ。
 ただひたすらに見た顔をデータベースとして保存し、無意識に比較、個性を見出し、誇張する事で個人を識別。
 これを一瞬でこなすのだ。
 驚嘆には値しない。
 なぜなら、そのためのシステムなのだから。

 だが恐らく、束にはこれが無い。
 皆にも経験は無いだろうか。
 異国人、特に異色人種の見分けが困難だった経験が。

 これは欠陥でも何でも無い。その人種のデータベースがデータ不足であるために、詳細な差異を判断できないだけなのである。

 故に、初めは識別できなくても、その人種の顔を見続けて行くうちに、自然と識別出来るようになる。
 動物飼育員が猿や犬猫を見分けられるのも、その顔を数多く見ているが故に、常人には理解出来ないわずかな個体差を顔ニューロンが誇張し、識別させているのである。



 束には恐らく、この回路における———データを蓄積する機能が無いのである。
 そして、人間を人間として認識する能力も乏しい。
 『自分と同じ生物だ』と、しっくり認識出来ないのだ。
 認識出来なければ簡単だ。
 『背景』と殆ど変わらない。
 感情の移入が出来ない。
 共感が出来ない。

 ましてや束の鬼才。
 それは他者から見て畏怖の対象となるには容易すぎる。
 束の生きる世界、その『背景』と大して変わらない何かが隔意を持って接して来るのだ。
 自分がそうと自覚出来なかった幼少時の束にとって、それは如何なる恐怖だったのだろう。

 束が自分の殻を作り、必死に自分を守っていたとしても、理解出来るのでは無いだろうか。

 だから、恐ろしく興味の持てない『背景』に何かしら意識を向けるには———興味を抱くには———それなりに他の背景と比較して突出しなければならない。

 同じ背景であっても、並木道の中に『一本だけ満開』の桜があれば目を引くであろう。

 千冬はまさに、それに該当する存在であった。
 明らかに周囲から突出した存在。
 束とは別の方向性ではあるが、千冬も確かに、異物であったのである。

 2人の違いは単純に人を識別出来るか否か。それに尽きていたと言える。

 モザイクに似た、3D画像をご存知だろうか。
 一見無意味なマダラの塊であるが、意図的に焦点をずらして見ることにより、隠されて描かれたものが浮かび上がって来ると言う代物だ。

 束にとって、人間を見分けるとは常時その作業をしているのと変わりが無い。
 『背景』とごた混ぜになった『何か』。
 樹海に於いて木の一本一本を見分けるが如き地獄。
 そこから目的とする『一本の樹木』を抽出するには極度の集中を要し、さらには一人一人異なる焦点で見なければならないとすれば、一体どれだけの負担を強いるのであろうか。

 では、千冬達をどうやって認識しているのか? と言う問いが出て来る。
 皆、忘れてはいないだろうか。

 束が天才であると言う事を。

 本来顔ニューロンが識別するであろう千冬の色、形、変化、それらを含めた彼女を示す情報、その全てマニュアルで脳に焼き込んでいるのだ。
 束と言えど、これは容易では無い。
 これだけの事を為す。
 相手に余程思い入れが無いと出来はしない。

 束が『人に対して興味を持つ』とは、これ程の労力を要するのである。
 相手が自分を受け入れてくれる———保証が無いのに態々してやる程の労力では無いのだ。

 束が疑って疑って疑い、なおも疑ってようやく『受け入れてくれるのでは無いか』と判断した時に限り、勇気を振り絞り手を差し出す。



 束にとって———
 『あなたの全てを憶えます。だから、あなたも私を受け入れてください』
———と全霊を持って訴える事……それが、『束が人に対して興味を持つ』と言う事なのである。



 隔絶した才能の代償。
 喪失したものがなければ得られるものはないのか。
 束はこれに該当していた。

 『賢者(サヴァン)症候群』
 紛れもなく、束もこれに該当していたのである。


 千冬も大なり小なりそう言う信号を発していた。
 束程では無いが、千冬の精神も同年代とは比較出来ない程に成熟していたのである。

 二人が手を取り合い、無二の友人となるのは、必然であると言えただろう。






 そして———



 それを見た時。

 激しく束は動揺した。


 明らかに違う。



 確実に異物。



 人の形をした別の何かにしか見えなかった。
 違和感と不快感が胸を締め付け、その不自然さに嫌悪を抱いた相手。

 それは極めて人間と同じ形をしており。



 自らをゲボック・ギャクサッツと名乗っていた。








 本来の生き物ならば、大抵持っている能力。
 シミュラクラ現象もその一つ。
 視覚によって人間を人間と判断するための要因。
 だが、これは別の、もっと大きな役割を持っている。

 それは人間と言う認識の『記号化』である。
 古代の壁画などをみて、省略化された人のカタチを人間として認識する事が出来る。
 その事により、はるか古代の事であってもその概要を予測しやすくなる。
 即ちそれは、人間のみが出来る、記録を遺し、伝達する行為。
 人類が発達して来た所以。己の成果を次へ繋げる事の出来る驚嘆的行為。
 それをよりわかりやすくするための機能なのである。



 では、何が同族かどうか判断する機能なのか———
 それは、直感と言うか第六感としか言いようがない。

 見た瞬間、天啓を受信したかの様にハッ、とするのである。
 高度に発達した生物、特に人間は視覚を重要視するため、それが起きる事は早々ないが……。
 大抵の生き物ならば、何の意図がなくとも行うことができる事。

 視覚によるその機能が欠落している束は、欠落しているからこそ、こう、判別した。



 ゲボック・ギャクサッツは、自分と同じ生物では無い。



 だから、千冬が自分との輪に彼を持ち込んで来ても徹底的に拒絶した。
 常人同様、認識出来ないのでは無い。
 その逆だ。
 人間以外では働く識別機能が、よりくっきり、ゲボックと名乗る異物の存在感を伝えて来るのである。

 3D画像の例えで言うならば、ゲボックのいる部分だけが色分けされているせいでむしろ逆に見えすぎるぐらいなのである。

 しかし彼は、どんなに拒絶しても気にする事なく自分たちの中に混じっていた。
 まあ、それは他ならぬゲボックが束を尊敬し、慕っていたと言う事実があったりするからなのだが。

 次第に自分との共通点を見つけるにつれ、束は内心の恐怖を強めて行く。
 先ず、知能の高さ。

 物事の理解を、階段を飛び越えるどころからその上を飛んで行く様な束の思考の飛躍に喜々として付いて来る。

 さらにそれを発展させて平然と喜ぶ。
 だが、それも束は理解できた。
 束にとっても、その思考の発展はごく当然だっただろうからだ。
 逆に、自分自身が理解できた事が恐ろしかった。

 だが今まで、それが出来た人間は誰も居なかった。
 自分は、もしかしたら人間ではなく、ゲボックと同じ種なのでは無いのだろうか。
 そんな妄想さえ抱いた事もあった。

 だとしたら、両親は突然変異の化け物を産み落とした事になる。
 そう考えると恐ろしいと思う事もあった。
 既に両親に隔意を感じていたのだから。

 その理由が、自分が化け物だったから———なんて、考えるだけで恐怖で震えたのである。



 そして、束の混乱を極地に到達させる事が起きた。
 妹、箒の誕生である。

 束にとって、『妹』は未知の存在であった。
 両親に対して興味を持ち、普通に認識で来たのは生存本能だったのだろう。そうしなければ生きていけないため、また、脳の発達が最も優れていた頃だったからであろうと思う。

 その『妹』は、自分をどう扱うのだろうか。
 やはり、化物として見るのだろうか。
 両親の様に———愛情を示しつつも、その裏で困惑を抱いてしまうのだろうか。なんの気兼ねもなく対応してはくれないのだろうか。

 色々、ぐるぐる頭の中で思考がループする。
 なまじっか明晰な頭脳は意味の無いシミュレーションを延々と繰り返す。
 ただ、どうする事も出来ずに、新生児室で泣く妹を見下ろしている時に。

「チャオ! ———どうもー、不法侵入者ですよー」
 よりによって、そこにゲボックがやって来た。
 頭から血を流しているが、それこそどうでも良い。
「おぉう、タバちゃん見つけましたー。とおおぉっっ―――ても探しましたよ? 如何しました? 僕で良ければ力になりますよ」
 空気読めよ。
 よりにもよって、束にそう思われた。

「……誰、かな?」
「ゲボックですよ」
「知らないなあ」
 嘘だった。

「僕は知ってますよ! タバちゃんはとっても頭の良いフユちゃんのお友達ですね!」

 それからしばらく言葉を交わした。
 思うに、これだけ会話したのは初めてではなかったか。
 いつも千冬を挟んでいたため、束が邪険にするとフォローを入れていたのだ。なんでこいつに、とますます意固地になってしまうあたり、束も千冬もまだまだ経験不足であった、と言えるだろう。
 ゲボックは単に能天気なのでいつも通りだったが。

 内容が、とっととどっかに行って欲しいために邪険にしたものであっても、ゲボックは気にせず、むしろ嬉しそうに応じるのであった。

 考える。
 ゲボックは束と、在り方だけならば『≒』で結べる存在だった。
 だがしかし、元々コミュニケーション能力に乏しい束はゲボックの感情なんて分かる筈もなかった。

 そもそも。
 そんな存在であるにもかかわらず、どうしてこんなに能天気に居られるのだろうか。
 精神構造自体がそもそも別の生き物なのだろうか。

 鬱屈とした思考が貯まり貯まって頂天に到達せんばかりの時。

「メガぁぁああああああァッ!!」
「……え?」


 良く分からないが、ゲボックが箒に迎撃されたらしい。
 顔面を抑えてのたうちまわっている彼を見て。

———ふぅ

 なんだか、自分だけが悩んでいるだけ馬鹿なんじゃ無いだろうか、と思ってしまった。
 違う生き物だからなんだと言うのだ。
 普通の人だって、人と暮らすのが下手でペットぐらい飼うでは無いか。
 むしろ、人よりもペットを大事にするぐらい、極普通では無いか。
 世界の裏では人々がその日の食べ物も得られず飢えて行くのに、その人達を何人も救える程の金額で、ペットを色々と着飾ったりするでは無いか。
 
 ゲボックは異物だ。
 だが、害悪では無い。

 今のところ自分と千冬に懐いている。
 このまま傍におけば良いでは無いか。
 愛玩して何が悪い。
 愛玩する事で自分を愛して何が悪い。

 慕われるのは、無条件に心地いいでは無いか。









 あぁ———なぁんだ、そんな、単純な事で……良いんだ———









 吹っ切れた。

「———あはっ」
 それまで千冬に見せた事の無い、のっぺりとした無表情に亀裂がはしった。



「———あは、ははは、は、あはは、あはははははははっ!!!」
 束は久しぶりに思い切り笑った。
 成る程理解した。
 思考のスランプに陥るとはこういう事なのか。
 解けてしまえばこれほど爽快な事はない。
「箒ちゃんすごーい! えと、君なんていうんだっけ面白いね、でも役立たずー! あはははははははっ!」

 あはっ、なんて楽しい。
 これからはもう、鬱屈する事はない。窮屈に押し込める必要もない。
 思う存分楽しめば良い。
 これ以後、吹っ切れた束は妹、箒を溺愛して行く事となる、
 無条件の愛情は至福を感じられるのだから。

「……なにがあったんだ?」
「箒ちゃんが泣いててこの子が高い高いでメガー! だよ、おっかしいよね!」
 遅れて入って来た千冬に感情の赴くままコメントする。
「全然分からん」

 御尤も! 束だって分からない。
 楽しくて楽しくて楽しくて、解き放たれて!!
 将来に希望を見出したのは二度目だったのだから。
 なお、初めての時は千冬と出会った日、それ以来の希望だったのだから。









「……ねぇ、ゲボ君」
「なんですかぁ?」
「ゲボ君は、私の事好きー?」
「ハイもちろんです! 大好きですよっ!」
「……よろしい!」

 このまま、ずっと楽しく友達と死ぬまで生きるのだ。
 束はそう思っていた。
 ずっと—————————



 束は見落としていた。
 それだけ対人経験値が足りなかったと言える。
 愛玩動物(ペット)といえど、愛情を注げば家族以上の存在になるのだと言うことを。
 実際に、なくてはならない存在になるのだと言うことを—————————









 それは、一人の少女にとって、一世一代の決意表明であった。
 小学四年であったと思う。

「こ、今度の、剣道ぉ、ぉ、ぉ、お……んんっ、ののの、だにゃ、ぜぜ、ぜ、全国大会だが……」
「どうしたんだ? 舌でも痺れたか? フグでも食ったか?」
 痺れ始めたら死ぬわい。

 緊張は頂点に達し、否、K点をこえなおも上昇中である。どもりまくり、噛みまくっていた。
 ああ、初めからやり直したい。しかし、無情に現実は一回きりなのだ。
 メリクリウスよ、永劫回帰でもう一回やり直させてくれ。あ、でもまた同じ事の繰り返しか。駄目じゃないか、意味がないぞそのループ。
「わ、私が優勝したら———」
 頬を紅潮させ、言葉を続ける。羞恥に顔は真っ赤に染まり、視界すらも紅く染まっている気がする。まともに正面に居る筈の少年を見ることができない。

 だが、思い切り振りかぶり、勢い付けて叫ぶように口から言霊を吐き出す。
「つ、付き合ってもらう!」
 よし、言い切った!
 もう、これだけで全て終わったかのような達成感が少女を満たしていた。
 甚だ大間違いである。

 ピシィッ! と少年を指差す。何故かそこだけは決まっていた。
 しかし、そのポーズで固まる少女は内心、断られたらどうしよう、どうして返事をくれないのか、などと高速思考で考えていた。
 なお、何故待たせるのだ、と思い始めたのは発言から0.6秒しか経ってない。
 主観時間とは不思議なものである。



「ん? ああ、別に良いぞ、そのぐらい。優勝のご褒美だ。まあ、俺だけじゃ大した事が出来ねえけど、構わねえよ」

 その日の剣術訓練で吹き出した汗を拭う少年は、少女の緊張に対して全く気負う様子もなく、温めのスポーツドリンクを口にしつつ返答した。

(な、なんだ一夏は……こっちが、ここ、こんなに緊張しているのに何でもないかのように気軽に返しおって……)



 それより、少年———織斑一夏の認識が少しおかしい事にこの時の少女———箒は気付いていたか。相変わらず肝心なところですれ違う二人である。

 幼少時の甘酸っぱい思い出。
 束の妹と千冬の弟である二人のそのエピソードは———

 開発されて5年。
 世界の根底を根こそぎひっくり返した巨大すぎる力。
 『IS』による影響で、振り回される事となる。












 少し、時を戻す事にしよう。



 翌年、一夏や箒が小学校に入学を控えたその年。
 詰まる所箒が一大告白(一夏にゃ素通り)をする4年前。

 世界的にISの運用について決まり事をまとめたIS運用協定……そのまんまなだな……と思った人が居たのか、協定を結ばれた地に因んでアラスカ条約と呼ばれた。
 やっぱりそのまんまである。
 そう言えばジュネーブ条約もそんな理由で名付けられた気がする。

 取りまとめられ、世界的に法整備が紛いなりにも一段落付いた瞬間。



「はぁあああああああ〜〜っ」
 思い切りため息をつく千冬である。
 海千山千の好々爺共が自国の利益のために手簡手管やらなんやらを回している様は。
 非、常〜〜〜〜〜〜〜に疲れる。
 自分が汚れたような気になる。
 んで、気が重くなる。

 千冬自体が交渉の席に着いた事はない。
 公式において、千冬は白騎士———白雪芥子———の操縦者とはなっていない。
 ただ、束の研究所専属テストパイロット兼私的ボディーガードとして傍に居るだけ……なのだが。

 束に対するパイプになるとでも思っているのか、まあ、色々小包持ってやって来るのである。
 公式非公式問わず。

「なんだか、このまま私は中卒で就職しそうな勢いだな……まったく」
 この懸念はある意味的中するのだがその話はまたの機会にして。

「ひっきりなく人が面会に来るのはどうしたものか」
「だんだんめんどくさくなってきたよねぇ……だからこう言えば良いんじゃないかなぁ―――『薙ぎ払え!』って。人気者はそれでいいと思うよ?」
「帝国の姫になどなった覚えは無い。———ったく、誰が人気者だ」
 一人きりの筈の個室、テーブルに向かい合うように束が居た。

「いつ入って来た?」
 一人きりだったので、千冬はかなりラフな恰好である。
 上はノーブラでシャツ一丁、下は下着のみである。
 かなり扇情的であると言える……まだ15だが……充分美しかった。

「ん〜? 今だよ、そこから」
「……ん?」
 束が指差す方には裂けた空間があった。
 ジッパーが開いている。
「ブチャラテ●?」
「どっちかって言うとポルノ・ディ●ノかなー?」
 もはや非常識にもツッコミさえない。
 疲れていた。頼むからこれ以上疲労を重ねさせないでくれ。主に精神的に。というか寝かせてくれ。
 千冬はそんな心情だった……。



「ようし、あの花いっぱい植えましたよ?」
 とか言いつつその穴から出て来たゲボック……と、千冬は目が合った。
 ああ、もし神なんて奴が居たら私を過労死させたいらしい。

「おぉう! チャオチャオ、ゲボックですよ」
「…………」
 もう一度繰り返す。
 千冬は、シャツと下着のみである。

「ゲボ君〜」
 そのゲボックにとたとたと束が走っていく。
「タバちゃん!」
 ゲボックも穴から飛び出して束の方へ走っていく。

「チェスト!」
 束のウェスタンラリアットがゲボックの喉元に食い込んだ。
「ぐぅおえっ!?」
 絞殺される寸前の鶏みたいな悲鳴だった。


 束は、薙ぎ倒されたゲボックにのしかかり。
 ほわぁぁあ~と妙な叫びと共に片手を持ち上げる。その手を中指と薬指から分けた風変わりな手刀にする。実はコレ、古武術で良く有る、チョキよりより良い目つぶしの構えである。他にも虎爪という目潰しも有るのだが。
 やりやすさどうこうよりも、受ける方が意図を察しやすいのが主眼である。
 例え習っていなくても束の実家は古武術を継承しているのである。
「眼球の前でゆ~らゆ~らゆぅらゆら……」
「なんか普通に狙われるよりずっと怖い!? やめて下さい、ものすごく怖いのですよ!!」

「…………珍しいな、心理攻撃とは……」
 殴ろうとして振り上げていたのに行き場を無くした拳を……本当に所在無さ気に元へ下ろし、パンツスーツを身に纏う。
 千冬としては、この持て余した勢いをどうしようか。

「束、もう良いぞ」
「はいはーい」

 ぶすっ。

「目ぎゃあああああああァッ!!」
 結局刺すのか。

「ところでゲボック、植えた『花』ってなんだ?」
 ごろごろごろごろ———「ん? 花ですか?」
 むくりと起き上がるゲボック。
 さっきの一撃が効いていたのか妖しいものがあるんだが……。

「いやぁ! アレトゥーサの生えていたところの近くに面白い花が咲いて居たんですよ。それを株分けして増やしたのです。そこで聞いたは、何やらフユちゃんがお困りのご様子。ぜひ力添えしたく周りに沢山植えてみたんですょ」
「……だから、どんなのだ?」
「うーむ、そうですねえ」

 どこから話していいかゲボックは思案し。
「ちょっと変わってましてねえ、普通の広葉樹の茎や葉が伸びるのですが、その先端に多肉植物のような花を咲かせるんです。赤地に白い水玉模様が描かれてますが———うん、その花、肉食なんですよ」
「……は?」
 『隣のお宅、今日は肉じゃがだそうですよ』みたいな軽いノリで話されるにはちょっと妙な単語だった。

「花———と言うより、子房に近い見た目なんですけど、口が付いてて噛み付いて来るんです」
「ちょっと待て、それは本当に植物か!?」
「ええ、確かに植物ですよ? 体組織内の水圧なんかで動いて自ら獲物探しますけどね。丁度魔界のオジギソウみたいに」
「ますます植物じゃない!?」
「植物ですってば。火に弱いですし———特にイタリア人の配管工が放つパイロキネシスには弱いですね」
「何故そこ限定するんだ!?」
「他にも恐竜の卵ぶつけると縮んで破裂しますね」
「だから何故やけに具体的なんだ!?」
「ただ、養分をある程度限定させると、より獲物を欲するために動的になるみたいで……一定サイズまでの植木鉢だと良く育ちますね……具体的には土管が一番でした」
「……すまん、今グラフィックが分かった」
 良くみればゲボックは歯型だらけだった。
 植えている最中にじゃれつかれたかはたまた単に餌扱いだったのか。
 千冬としては激しく後者を推したいものである。

「それは良かったです。そしてですねフユちゃん! 小生は新種を作ったんです! 土管で生育した時のみなんですけど、子房から直接四枚の本葉が生えている子なんですけどね! なんとビックリジャンプするんです!! 完全に地面から離れるんですょ!!」
「ヨー●ター島限定種まで蘇らせたのか!?」
「うふふ、イヤイヤァ! 凄いでしょう!」
 ちょっとイラっとした。
「……で、具体的にどんな風に役立つんだ?」
「あぁ、それはですねぇ———」

 ぎゃあああぁぁぁぁぁぁ……。

「おぉーう、早速役立ってくれたみたいですね」
「待て」
 ガシッとゲボックの肩を鷲掴みにする。

「なんですか? フユちゃ痛たたたたたたたたたたたぁっ、握力が半端じゃ無い!?」
「明らかに今の悲鳴だっただろう」
 事前に肉食だと聞いているから余計に胸騒ぎがする。

「うむ! フユちゃんは、望まぬ強引な面会にストレスを貯めている様だったので、表から来ないでこっそり侵入しようとした分からず屋を食べてくれます!」
「食べてくれます! じゃなあああああああい!」
 部屋に侵入して来る蝿や蚊を食べてくれます、のノリで容易く人食いを取り扱うなと———!

「害虫駆除はお手の物ですよぉ、だって、束ちゃんの保護を名目としてて、不法侵入者は厳しく罰せられる筈なのに、一向にその気配がない———束ちゃんの命がどれだけ狙われたか、知らないフユちゃんじゃ無いでしょう?」
「……それは、そうだが……」
 仕事としても、友人としても、それは危惧していた事である。

 表向き、厳重な警備によって束が護衛されている、との事だったが。
 あまりにザルすぎるのだ。
 今まで束がどれだけ狙われたか、最早数えるのも億劫である。
 これは、どの場に於いても束を不要と断じ、始末したがっている輩が尽きない事を証明しているのである。

 それだけではない。
 警備がザルすぎると言う事。
 それは、意図的に警備に穴を開けている思惑が透けて見えると言う事。
 どの場に於いても———それは、守る側のものの中にも常時紛れているのだろう。

 束を疎ましく思う者が。
 敵を作らない様にする配慮が一切無い束に問題が無いわけでは無いが、だが———

 ISを開発し、尚技術を独占し、その気になれば世界をいつでも容易に転覆させうる束。
 彼女の子であるISは、現行ではISでしか対処する方法はなく、そのISについて最も造詣が深いのは、当然束なのだ。
 束は扱いにくい気性であり。
 その上、気紛れ一つで国家そのものを危ぶませる程の突出しすぎた技術者を、生かしておきたい筈がない。

 反面、当然その技術を独占したい筈だ。
 表向きは排斥しようとも……まあ、既に不可能だが。
 コレまでの体制は既に復旧など考えられぬ程に破壊され尽くしている。

 束の身柄そのものも狙われている。洗脳なりなんなりする方法さえ、常道に入っている。
 ISについて他より突出すれば、例え小国であろうともイニシアチブを容易に取れてしまうからだ。
 だが逆に、大国を容易に窮地に陥らしかねない技術を容易くバラ撒きかねないのが束である。

 しかも理由は特に無く、水物のような十代の小娘1人に牛耳られ、左右されるとならば尚更———



 ISの技術は独占できぬと、アラスカ条約で決まった。技術の公開義務である。
 だが、それを裏どころか表でさえも黙って大人しく従う国など、到底有る筈もない。
 一度確保してしまえば後で何とでも誤魔化せる。

 どさくさの有耶無耶で、手っ取り早く第一人者を取り込みたいに決まっている。

 その為の絶え間ないエージェント達であった。



「だったら、ちゃんと自衛設備をきちんとさせなければ行けません!」
 ふんっ、と珍しく鼻息荒くゲボックはなんか鼓舞していた。
「———それに、フユちゃんもちゃんと休んで下さい」
「だがな……」
 要は、ゲボックの目的はそれだ。
 休む暇なく束を守り続けていた千冬は、確実に疲弊していた。
 今でも戦闘能力的には充分だ。
 しかし、どうしてもこの状態では不意の攻撃に反応するにはワンテンポ遅れてしまう。
 いざという時、それでは致命的だ。
 相手がISならばことさらに。

「こんな時に、小生が子供達を連れて来ていない訳がないでしょう? ごゆっくりとお眠りください。それとも、小生の子守唄をご所望ですか」
「……はっ、冗談抜かすな」
 思わず吹き出した。……子守唄と来たか。

「顔が笑顔なのに殺気は本物ですよね!?」
「そもそも音痴なお前の歌など聞いたら安眠できるか」
「手厳しい!!」
 ゲボックは気恥ずかしそうにペンチな右腕で金髪をぽりぽり掻くと、はっ、と思い出した様に。
「そう言えばさっきの花ですけど、火に弱いのに火球吐く子もいるんですよ」
「火事になる前にやめさせろぉおおおおおッ!!」
 やっぱり、心労だけは軽くなりそうにない。






 アラスカ条約が締結されしばらく、三人の幼馴染みの影は日本にようやく戻って来た。

「ふぅ、やっと、国際的な法整備も終わったし、暇も取れるだろう……流石に地元は良いものだな」
「お疲れですか? フユちゃん」
「そうだな、やはり慣れない環境は気疲れするものだな」
「結構生き生きしてた気がするんですけどね。わりとストレス発散を目的にグリズリーをあしらってましたょね、しかもアレトゥーサ一本で。あれはもう、凄かったですょ」
「あれはお前が小熊とサーモンを奪い合うからだろうが!」
 怒髪天の母グリズリーが突貫してきたのである。
 疲れるのは主に幼馴染み二人のせいである。

「ISの性能検査だった筈なんですけど、フユちゃん生身だけでやっつけちゃうから皆ドン引きでしたねぇ」
「……言うな、マフィアに頭下げられる様になったんだからな……」
「それにちーちゃん、平然と色々と食べてたよね! 国境なんて気にしてないみたい」
「脂っ気の割には塩味には乏しかったがな。あと、それだけは一言挟ませろ。束には完璧に負けるぞ。どうしてあんな強烈なチーズを食べられるんだ……」
「好き嫌いが無いのが、天才にして健康美溢るる束さんの長所なのだ! ははははははははっ!!」
 いきなり笑い出すのは、天才のデフォルトなんだろうか。

「久々に和食とか食べてみたいですね。どうします? 行きつけの定食屋があるんですけど、定食とかオススメですよ」
「……ゲボックの容姿でその発言は激しく違和感があるな……」
「ゲボ君、中身は完璧日本人だもんね〜」
「元々大日本帝国人ですし」
「間違ってるぞ、日本国だ」
「あはははー、ゲボ君前も言ってたよね」
「うーん……そう言う事にしますか。あー、こっちこっち、こっちですよ」



「おお、ゲボックじゃねえか、この間は有難うな、おかげで白バイをブッちぎりで引き離せたぜ! ———じゃあなゲボック、爆発しろよな!」
 いきなり、どう見ても暴走族風の青年に声をかけられた。
 千冬が驚いていると、青年は千冬と束の顔を見て、続いて胸を(束の方を長く見ていたので殴り殺そうかと思った)眺めた後、一瞬だけゲボックに殺意をこめた視線を向けたが、すぐに見た目とギャップのある気さくな雰囲気に戻って一言二言交わすと、手を振りながら去っていった。
 ……爆発? 確かに実験で良く自室を爆破しているが、何故言うのだろう。
 なんだったんだろうと。千冬がゲボックに問いただす前に、通り過ぎかけた八百屋のおばさんが声をかけてくる。

「あら、ゲボック君じゃないの。まぁ、きれいな女の子二人も一緒にいるなんて隅に置けないわねえ。どう? ウチのドリアンジュース飲むかしら?  あ、でもウチで飲まないでね。臭いから」
 けったいな話である。

 それだけではない。
 人が素直に通り過ぎない。
 次から次へと声をかけてくる。
「おう、坊主じゃねえか。お前が公園で作ってくれた、合体してロボットになる滑り台と鉄棒な、結局機動隊と激突して完封勝利の後、空飛んでったぞ? ウチのガキが残念そうにしてたなあ」
「おやおや、ゲボックさんじゃないですか、あなたの作ってくれたこの砥石、素晴らしいですね。でも、研いだ包丁を落とすと、取っ手まで床に刺さるんでちょっと危なすぎます?」
「わんわんわん」
「痛い! 何でこのワンちゃんは小生を見るといつも『千切る!』と言わんばかりに噛むの!?」
「男にしてくれて有難うございます―――フゥンムッ!! あ、この筋肉は自前ですフンハァッ!」
 商店街で会う人会う人に挨拶されまくるゲボック。
 皆少し常識とズレている気がするのは千冬の気のせいだろうか。
 とりあえず最後の男(?)は脂ぎっていたので張り倒した……触りたくなかったので看板で。

「……驚いたな、ゲボック」
「んんぅ? どうしました? フユちゃん」
「お前がこんなに知名度高いだなんて初耳だったからな……」

 などと話していると、ちょうど答えを携えた人が来たようだった。
「あらぁ、ゲボックちゃんの彼女かしらねえ。とってもお顔の奇麗な子ね。どっちなのかは分からないけど……ゲボックちゃんはね、皆のお願いを何でも聞いてくれる凄腕の発明家だから、このあたりの人はなにかしらでゲボックちゃんに助けられているのよ」
 千冬の独り言に反応したのかは知らないが、老婆のそんな言葉に千冬は目を丸くした。
 ゲボックに助けられている人が居る。
 ゲボックもへらへらと嬉しそうに商店街の人と会話している。
 そう、千冬は『こういうこと』をゲボックに幸福として感じてもらいたいのである。
 ストン、と胸に安心感のようなものが落ちが気がした。

 それだけで、なんだか救われている気がするのだが……。



―――と

 ちょっとまて。
 何で私のいる場所ではいつも嵐のような騒動が起きるのだ?
 世の理不尽さに頭を痛めていたら、束が珍しく無言なのに気がついた。
 いつもならゲボックと踊り出すぐらいしているのに。

「……むぅ」
「どうした? 束」
「なんでもないもん」



 束の奇行に頭をかしげていると。「ここですここです」とドリルとペンチを振り回すゲボックが一軒の店を指し示す。

 五反田食堂とある。
「……本当に普通の定食屋だな」
「うわぁ、きったなーい」
「衛生レベルは確かですから安心して下さい。うふふ……この辺りでは一番お勧めですね」
「……ふむ、意外だな」
 ゲボックが関わると皆非常識になる気がして居たのだが、案外普通なので驚く千冬だった。
 ふむ……ゲボックについては何でも知っているつもりでいたが、存外、ゲボックは単体でもそれなりに良好な行動をとっているのかもしれない。


「失礼します!」
 とやけに低い物腰で暖簾をくぐるゲボック。
「おう、坊主じゃねえか、はぁー、テメェも女連れで歩くようになったんだなあ」
「そうですか! そう見えますか! ヒャッハーッ! 小生にも黄金時代が来ましたかヘブゥッ———!?」
「声がでかいぞ駄阿呆。店で騒ぐなって何回言ったと思ってんだよ、消毒すっぞ、あぁッ!?」
 飛んできた中華鍋がゲボックを直撃し、覆いかぶさった。
 デカイ。
 これを投げるにはどうするか。
 中々難しい事をやる職人だ。自分でも難しいだろうと、千冬が感心していると、中華鍋を被ったままゲボックが立ち上がった。
「おぉう……これは中々のフィット感……」
「やかましい坊主、さっさと返せ」
「あああっ、厳さん御無体ですよっ! しっくり来てたんですがっ!」
「だまれっつってんだ。炒め尽くすぞ。さっさと注文しろってんだ」
「分かりましたよ。厳さんはフユちゃん並に痛いので驚異ですねぇ……どうです? 二人とも何か決まりましたか?」
「……随分馴染んでいるな」
「ええ、孤児院から出てうろうろしてたら迷っちゃいましてね。アハハハ、餓死しかけたところを店前で拾ってもらったんですよ」
「初耳だぞそれは!?」
「まあ、孤児院に行ってすぐの頃でしたからねえ、良く好奇心に負けて外出してたんですよ」
 ああ、それで時々孤児院でリード付きの扱いだったのか。

「……ったく」
「それから五反田食堂を初め、商店街では色々お世話になってるんですよ」
「……それは今日まで知らなかったな」
 それが本当なら、相当長い付き合いだと言う事になる。気付かなかった。

「あら、それを言うならこっちのほうがお世話になってるわ」
「おぉう、蓮さんじゃないですか。お元気でしたか」
「ええ」
 それまで他の客の対応に向かっていた女性が笑顔でやってきた。注文をとるらしい。

「……この馬鹿が何かご迷惑をかけてないでしょうか」
「そんな事ないわよ? うちも、どんなに振り回しても中身の絶対こぼれないうけもちとか、地上げに来たやくざ屋さんを見たら変形して追い払いに行く冷蔵庫とか作ってもらったもの」
 なお、受け持ちには重力制御装置が搭載されていたりする。超オーバースペックだった。しかもただでメンテにゲボックが来るので。故障の心配も無い。

「あ、母さん。ゲボックさん来てたの?」
 つづいて店の裏からバンダナを付けた赤髪の少年がやってきた。
 年の頃は一夏と同じぐらいである。
「おぉう、弾君ですね! どうでした、タケ●プター」
「あぁ、ガキ大将の尻にくっつけてやったら隣町まで吹ッ飛んでったぜ!」
 竜巻に遭ったかのように大回転しつつブッ飛んだらしい。飛んだ時螺旋を描いた理由は、ヘリの尾翼にローターが付いている理由を調べると良い。

「……え? 自分で使わなかったんですか?」
「なーに言ってんだよ、ゲボックさんの発明、試さずに使えるかってんだよ。何起こるかわからんし」
「素直すぎて手厳しい!」
「……この子は?」
 千冬が弾を見下ろして言う。
「うちの子で弾っていうの」
「……息子さんなんですか!?」
 その女性……ゲボックの言うとおりなら蓮さん―――のあまりの若さに驚く千冬。
「蓮さんはとっても若くて奇麗なんですよ?」
「あらあらゲボック君、エスコート中の女性の前で別の女の人を褒めちゃ駄目よ」
「……なんでですか? 特にエスコートはしてないですよ?」
「うーん……その辺はまだまだなのねぇ、とっても頭いいのに。ほら、そっちの子なんていじけちゃってるわよ」

 ……そういえば、さっきから束が全く何も言っていない。
 どうしたのかと千冬とゲボックが振り向くと……。

「うわっ、何をしているんだ束!」
「凄いバランスですねえ」
 ふてくされながら逆さピラミッドを爪楊枝でくみ上げている束。
 当然、接着剤など使っていない。
 計算し尽くした驚異的なバランスで安定を保っているのだ。
 単なる暇つぶしとしてはレベルが高すぎる。

「……どうしました? タバちゃん」
「……ふーんだ……」
「今日は束ちゃんご機嫌斜めですねえ」
「知らんのか? ゲボックと山道がマンガの話しているときも束はこんな感じだぞ」
「……山道? 山谷君じゃなかったでしたっけ?」
 山口は、未だに名前を覚えられていないらしい。

「あらあら……まあまあ」
 くすくすと蓮は笑うだけである。

「困りましたねえ……弾君、どうしらたら良いですか?」
「……俺に聞くの!?」
「坊主! 注文はまだかっ!」
「御免なさい、お父さん。ちょっと話し込んじゃったわね」
 あらあらと笑う蓮。若さの秘訣は笑顔だと思うのは一部だけでは有るまい。

「お兄ぃ~っ!!」
 その時、奥の生活空間の方から女の子の声が聞こえて来た。
「あら、弾。蘭が呼んでるわよ?」
「分かった。ちょっと行って来る。おーい蘭ーっ」

 弾はすぐ部屋の奥に引っ込んで行った。
 もしくはゲボックから逃げた、とも言う。

「しっかりしたお子さんですね」
 微笑ましく弾を見送る千冬だったが……。だんだん、表情が変わっていく。
「一つ下の妹が可愛くて仕方がないみたい……」

 それに気付かず、ゲボックがつい———
「あれでいっくんや箒ちゃんと同い年なんですよ」
 迂闊なことを言った。

「あ……ゲボ君!」
 それまで拗ねていた束が急に声を上げた。
 千冬が、ずっと弾の居なくなった通路の奥を見つめ———

「あちゃあ! まずりましたよ!」
「い……い、い、一夏ぁぁぁぁぁああああああアアアァァァァァァッ!!」
 千冬が暴発した。

「あー、だから言ったのにー。ちーちゃん、ずっと海外に居たせいで、いっくん欠乏症で禁断症状出てたんだから」
「名前一回で忘却組成薬を無効化するだなんてどんな精神構造ですかーっ!?」
「まぁ、ちーちゃんだし」
「フユちゃんですしねえ」
「うるせえぞ! マナーのない客は客じゃねえんだぞコラァ!!」



 その後、厳と千冬の人類最強種頂上決戦が起こり、理性がなかったからか動きに精彩を欠いた千冬が、万能ネギを口に押し込まれて理性を取り戻した。五反田食堂は半端ではない。
 ちなみにそのままネギは完食されました。



「ではでは、業火野菜炒めお願いしますね! 小生はお気に入りのアレが是非とも食べたいのです! あ———これは是非是非お勧めですよ」
「ふむ……ゲボックが食べ物に関して薦めるとは珍しいな。私もそれでお願いします。束もそれで良いか?」
「ZZZzzz……良いよ〜」
「コイツは聞いているのか? 寝てるのか?」
「寝ながらでも結構できますよ? 小生は良く研究室で丸一日研究してるせいで、徹夜七日目ぐらいから寝てますし。気付いたら研究の記憶だけが残っててあと憶えてないんですよねえ」
「……素直に寝てろっ! はぁ、人外共め」
「フユちゃんに言われたくないですょ、グリズリーを最後は一本背負いしたくせに!」
「……いや、都合良く手を伸ばして来たんで、つい」
 ぽりぽり、思わず頬をかく千冬。何となく、気まずいときの一夏に似ている。
「体重差考えて下さいょ! 次はシロクマなんですね、そうですね!」

「……良いわねえ、こういうの」
 結局、お玉が飛んで来るまで騒々しく二人は騒いでいたと言う。
 束は店を出るまで熟睡しており、口元に食料を近づけると勝手に食べるという御技を見せた。
 寝ながら栄養補給出来なければ、一日35時間は生きられないとは彼女の談である。



———その影で
「ふふふ、旦那様と奥様が良い雰囲気になっておられるのに、邪魔しようとは無粋なお方ですねえ」
「うわああああっ! なんだ、この———鉄仮面に三つ編み付けた鉄の化け物はああああああッ」
 某国のエージェント達に、ゲボック家の一員がわさわさ群がっているところだった。
 なお、指揮官は非・戦闘型のベッキーである。

「……左様でございますか」

 化け物と言われたベッキーはコンマ数秒思考が硬化した。
 すぐに動き出すのだが、その時既に回路が変わっていた。
 人間で言えば、『カチンと来た』という状況である。
 
「……ほう? 化け物と。あいにくとわたくしは、戦闘型ではありませんが……少々御相手させていただきます」
 言葉を終えるや否や……いや、言い終わる前に素早くも素晴らしい手際で、その両手からゲル状の何かが吹き付けられ、即座に全員が動けなくなる。

「……な、なんだ、これ、う、動けない!?」
「ええ、宇宙ステーションで用いるべく開発された、隔壁代理材でございます。瞬間的に硬化するため、穴の開いた宇宙ステーションで、気圧差による空気の流出にもものともせず外壁を塞げる代物です……繰り返し申し上げさせていただきますが……わたくしは、戦闘型ではありませんので……行動不能になるまで殴打させていただきます———拳で」

 手も足も出ない隔壁補修材の中である。
 抵抗も逃走も受け流しも出来ない状態で、生物兵器としては膂力の乏しい……が、人間よりは充分に腕力のある『無骨な鋼の拳』。

「———さて、存分にお召し上がりください……当然、通信は妨害しておりますので、救援は呼べませんよ?(口が無いのに、にやぁと言える雰囲気を醸し出す)」
「「「ひぃぃぃぃぃぃぃ———!!」」」

———当然、フルボッコであった。
 本日、束を狙ったエージェント達のうち、最もむごたらしい有様になったと言う。
 なお、異形の怪物に襲われて何故話題にならないかと言うと、ギタギタにした後、忘却組成薬を射っているのだ。
 完全に忘れている。
 物陰から観察し、情報を得ようとしても、そもそも諜報能力、感知能力の技術差が数世代差があるのである。
 恐怖は記憶になりはない。しかし、感情に焼き付いたそれは、凄腕である筈の彼らを再起不能にするには十分だった。
 あえて、不完全にフラッシュバックするという周到な嫌がらせ付きだったのだ。

 余談だが、ゲボック家の一員達は、この町内会では普通に受け入れられていた。
 しょっちゅうゲボックが連れ回していたから……そのうち慣れたとか……どんな順応力だここ。
 後に、家事を憶えてきたために、この町内に買い出しに来る一夏は結構生物兵器と交流ができる。
 ゲボックに関していないのは、執念にも似た千冬の努力の賜物といえた。

 しかし、この町内の見た目カオスっぷりは、正夢町に通じるかもしれない。









「それじゃあ、束、ゲボック。また明日な」
 三人の分かれ道。
 千冬の実家への道、神社への道、孤児院への道。
 千冬宅は、ゲボックや束への借金で購入した。
 裏の色々な書類も工面している。
 二人は『プライスレス』などと言っていたが、こういうケジメは大切だとごり押ししている。
 この面では、頭が上がらんな、と千冬は思っている。

 だが、それ以前に体がうずうずしている。
 早く一夏の顔が見たいと、顔に書いてある上に態度が巨大スピーカーで叫んでいるような感じだった。

「久々の学校ですねえ」
 ゲボックはあまり執着のない孤児院の方である。
 中学卒業とともに出る予定であった。
 院の方にしても、完全問題児扱いのゲボックをとっとと追い出したい雰囲気が出ている。
 ゲボックが居なくなれば、ゲボック自身が出している孤児院の収入のほぼ半額、寄付が無くなるというのに、匿名であるから気付いていないに違いない。
 まあ、どうなろうと、知られた事ではない。
 以上の事実も、調べた束以外は知らないのだから。
 ただ、意趣返しとして一報を送るだろう———ゲボックが居なくなったので打ち切ります、と。
 ……も言う一度言うが、寄付しているのはゲボックだが。

「えー、面倒くさいなあ」
 そして、束である。
 束にしても、久々の実家である。
 なにより、彼女もシスコンだ。箒を猫可愛がりしたくて堪らないのだろう。
 両親は……どんな反応をするのだろうか。



「……私は、学歴覧に『小卒』だなんて間違っても書きたくない」
 拳を握る千冬は結構切実に述べていた。

「……灰の三番はどうします?」
「彼女の意見通りにする。まさか追い出すとでも思ったか?」
「いえ、それが一番だと思いますよ? こっちも孤児院ですから」
「……ん」
 じゃあ、うちに引き止めた方が良いな、と決めた千冬だった。

「んーじゃーねーちーちゃん、ゲボ君!」
「ああ」
「でわでわですよ!」
 三人は分かれて行く。






 しばらくゲボックが一人で歩いているときだった。
「———お久しぶり。だいたい、一年ぶりかしら」
 電柱の影から、金髪がのぞいた。

「おぉう! ミューちゃんですね! お久しぶりです! お元気でしたか?」
「まあ、それなりに」
 そこに居たのは、ミューゼルであった。
 束から逃げ切れたのである。
 そして、1年前とはだいぶ印象が変わっている。
 ショートカットがセミロング迄伸びているのが、一番の変化であった。
 どうも、彼女は髪を伸ばすとより豊かに見えるようなウェーブが掛かるらしい。

 そして、彼女がゲボックに会うときはただのミューゼル。
 名前の方は、その都度変わるのだから。

「どうかしらドクター。私と一緒に、世界中に人助けに行かないかしら」
「人助けですか……いいですねえ!」
 あっさり肯定するゲボックだった。



 ゲボックは誰の言う事でも聞く。
 誰の唆しでもほいほい付いて行く。
 この場合、この気性が仇になった。
 千冬にしても、束にしても。
 この時の彼女らはISが中心だった。
 それに関して常に狙われる束や、その縁者ばかりに気が行っていた。

 同等の技術的脅威があるというのに。
 それに目を付けたものが、確実に居るというのに。

 見事に隙を突かれた形となる。

 ゲボックが孤児院に顔を見せる事はなかった。
 そしてそのまま、出奔という形をとる。

 ゲボックはそのままミューゼルとNGO団体『亡国の風』に所属。
 ……といっても、所属はその二人だけだが。
 なんというか、シュミレーションゲームのタイトルのような組織名である。

 ゲボックは約一年間、日本から姿を眩ませ———
 世界中を跳梁跋扈する事となる。



 弱きを科学で助けると言うのを主眼とした組織だが。
 裏を通じて利益を貪る者達に、そのあり方は戦慄が走ったと言っても過言ではない。
 圧倒的力による、安寧した権益を貪る有力者の組織。
 それを容易く打破する脅威として二人は暴れ狂った。

 裏に大国の影響があってもそれは同じであった。

 今までは、ISによる影響でさえ、それでも政治として利用できた。
 
 だが、これは。

 どういう名目であれ。
 搾取を主体とした利益の流れをそれ以上の圧倒的力により毟り取られる事になるからだ。



 国家の暗部。
 社会の暗部。
 権力の暗部。
 平等の陰。
 平和の陰。
 粛正も、殺戮も、その裏にある個人の権益も。
 そう言った、切除できない膿。
 それを狙い撃ちした、ある意味社会混濁を目的とした愉快犯。

 世界の後ろ暗いところで巻き起こる狂乱と混沌。



 Dr.アトミックボム———後にそう称される博士。その伝説の幕開けは、ごくあっさりとした決断で初まった。

 つまりはその日。
 千冬が商店街で感じた将来への至福は、容易く打ち砕かれた日でもある———

 さもあらん。

 ミューゼルの目的は、ゲボックの知名度を、Dr.天災、束(ゴッド・ケアレスミス)と同等レベル迄高める事だったのだから。



 とある紛争地帯———
「死ねえええええぇぇぇッ!」
「あほぉふゅゔぇ!?」

 そこは紛争地帯でよく見るスラム街だった。
 路地裏にひしめく人影はその日一日生き抜くにも必死であり、生きる糧を得るためならば、殺人の忌避感など全くない。
 人の命よりも一杯の水が重い。そんな環境で。

 どうどうと、人気の無い路地裏を歩けば、こういう事になる。
 言わずと知れた被害者はゲボックである。

 そこには、後頭部を殴打され、倒れ伏すゲボック。
 そして、ゲボックを見下ろす幼子達。
「良し、さっさと貰うもん貰ってずらかるぞ———」
「ティムさっすが」
「見ろよ、見るからに金持ってそうだぞ」
 そう、誇らしげに言うのはリーダー格なのか、ゲボックを殴り倒した張本人である。他の子の言通りなら、ティムと言うらしい。 

「髪の色が金色だからってそれはねえと思うけどなぁ」
「服、俺等と大して違いが無いくらい汚いよね……」
 散々な言われ様である。まあ、白衣は洗ってないため、一体何の薬品やら体液やらがこびりついているか得体が知れなくなっているので———まぁ、それも仕方が無い。
 
 

「あら、それは困ったわね」
 気安い、女性の声だった。
 それでなお、ティムは凍り付いた。
 まるでどうでも良さげな声色でありながら、体の芯から震え上がるような殺気が体を縛り付けていたのだ。
 背後に、セミロングを伸ばした女性が細身のナイフを首に押し当てている。
 もしも、むやみに動けば、その瞬間、頸動脈がカッ捌かれ、人生を閉じるだろう。
 動ける訳が無かった。

「駄目じゃない、こういう時は逃げられないようにして搾り取らなきゃ。殺したりしたらアシ付くじゃないの」
「えぇ!? 叱るのそこなんですか!? ミューちゃん」
「だって、何度言っても白衣を清潔にしないんだもの。そろそろ一回死んだ方が良いんじゃないかしらって」
「ひぃっ———何だこいつ」

 ティムを凍り付かせていたのは殺気の塊だが、得体の知れない気配は、あっさり殴られた男から放たれていた。
 頭から血を流しているが、何事も無かったかのように立ち上がっている。
 にやぁ、と口角すらつり上がっていた———嗤っているのだ。

 助けは来ない。
 凍り付いたティム以外は居なくなっていた。
 皆、生存の術は心得ているのだ。
 過酷な環境は、確かに彼等を鍛え上げていたと言える。
 適応出来ねば死ぬだけなのだから。

「しかし、何でこうなっているんでしょうか?」
「うわぁ、なんだその腕!」
 ドリルでガリガリ頭を掻いているので、さらに怯えるティムだった。

「……いや、そう言うのは殴る前に気がついて下さいょ」
「選り好みしてる余裕なんてねえんだよ!」
「ふむ———どうしてですか? お困りならお話伺いますょ?」
 何でも言って下さい、と科学者は嗤う。
 老いたファウストに手を差し伸べたメフィストフェレスのように。

「な、何でだよ……さっき殴られたってのに……」
 ティムは完全に呑まれて動けない。
 とっくにミューゼルのナイフは離されているというのに、逃げる気も起きない。

「正直言うと、やられっぱなしはちょっと癪にさわるんで何か仕返ししようと思うんですけどね? まぁー、その前に何か面白そうなので———はい、小生は科学がしたいだけなんです」

 何か、お困りですか?

 科学者は嗤い続けている。

「あのさ———」
 ティムは、口を開いた。



 それは、押したと言う事だ。
 Dr.核爆弾(アトミックボム)。ゲボック・ギャクサッツの———



———誰にでも押せる爆破ボタンを



 ティムは元々、近くの農村で生まれた。
 その日その日を必死に生きていたが、飢える程ではなかった。
 最低限の糧を育み、余ったものは売り。
 そうやって生きてきた。

 しかしここで、持ち込まれたものがあった。

 焼畑農業と、石油マネー。

 焼畑は、手軽に肥沃な土地を農地へと変え、豊作を変えらに与え。

 石油の産出は、莫大な外資と『外の知識』を彼等にもたらした。



 だがそれは。
 この地で正しく巡っていた循環を破壊してしまったのだ。

 生まれたのは貧富の拡大。
 そして、森を焼いた事によって圧倒的加速を促された砂漠化だった。

 結果、巻き起こったのは紛争。
 外が見えれば、今迄なかった物が欲しくなる。
 そして、貧しくなれば富める者へ鬱屈が募る。

 そして、第一次産業が火の車となればもう———真っ逆さまだ。

 ティムの村は完全に砂漠に飲み込まれた。
 もう、父母と共に耕した田畑も、獣を狩り、糧を得ていた森林もすでに無い。

 あとは餓えて乾いていくだけだ。
 生産出来ぬなら。
 狩りも出来ない。

 石油の利権とて、僅かな上層階級と、略奪と搾取に長けた外の企業に奪われてしまっている。

———あぁ、あとは、奪うしか無い



 適当な名目をつけて起きた紛争とは、つまるところその程度のものに過ぎない。
 その皺寄せはいつだって弱者へ弱者へと寄せられる。

 当然のようにティムをはじめ、自力で稼ぎを得られない子供達は捨てられた。
 誰しも他人に目を向けられないこんな国では物乞いさえ出来ない。

 打ち捨てられた廃棄区画で身を寄せ合い、強奪やスリなどを行うグループが出来はじめ———
 こうした、弱肉強食のスラム街が出来上がる。

 以上をかい摘んでミューゼルに意訳されたゲボックは思案し。

「———つまり、森が蘇って軍隊が無くなれば良いんですか?」
 ざっくばらんに簡潔すぎる結論を出したゲボックは楽しそうに言うのであった。

「それじゃあ、木を植えればいいですね」
「……はぁ?」
「それはどんな?」
 何言ってんだこの馬鹿、餓鬼でもわかるぞ、と言う感じのティムと対象的に楽しそうなミューゼル。
 それはそうだろう。
 ミューゼルは、ゲボックの幼馴染二人に次いで、彼の事を理解しているのだから。

「そりゃあ勿論!! 軍隊より逞しい森を!」
 あ~はいはい、と言った感じのティムをさておき、ミューゼルは、内心ほくそ笑んでいた。

 ちょうど、大きな敵が欲しかったのである。



 翌日。
 砂漠のど真ん中に一夜城ならぬ一夜森が発生していた。

「はぁ……?」
 とぼやいたのは一体誰だろうか。
 何とこの森。
 1時間に1ha広がるのである。
 樹木の成長を視認可能なのだ。
 尋常なものではない。

 さらにこの森、何と全体的に移動迄するのだ。
 速度はだいたい時速5キロ程。

「何だありゃあ?」
 などなど話していても埒が明かないのは確かなので、何人かで入ってみる事にした。

 3時間程探索した後、彼等は大荷物を持って帰ってきた。
 あまりに呆然としていたため、荷物を受け取った男が聞いてみる。

「……肉が、木に生ってた」
「「「はぁ!?」」」
「いや、何言ってるか分からんだろうけど、本当に木にバラ肉が実ってたんだよ」
「冗談言うのも大概にしろよな」
「マジだって!」
「はっはっは、マジだったら今晩俺が奢ってやるよ、その肉をツマミにな」
「食えんのかこれ……」
「……さあ」



 まぢでした。

「今晩お前の奢りな」
「畜生ォ!!」
「……ん? 前には無かった看板があるぞ?」
「んだよ、そのあからさまなのは……」

 にょきっと言った感じで、地面から生えているかの様に看板が生えていた。
 そしてその看板には———
『武器持ち込み禁止』
『火気厳禁』
『喧騒御法度』
『なヲ、上記に反した場合、生命の保証はしかねます』
『収穫用の鉈は許可』
 などなど書かれている。

「なんなんだろうな」
「知るか」

 等と首を傾げながら食料を収穫し、戻った彼等の報告で、翌日は周囲の難民じみた者達が30名程で森に潜った。
 そして、皆。笑みに包まれたまま豊かな食料を持ち帰り……。

 三日目。
 大分成長した森の入り口に看板が増えていた。

『チュートリアル終了。ルーキー仕様から難易度をノーマルへ移行します』
『猛獣注意』

「ルーキー仕様?」
「猛獣注意?」
 口々に疑問を交わす彼等。
 今迄、ジャングルであるにも関わらず、危険な生物がいなかったからである。

「大体、誰だよ、この看板」
 はしょりすぎなセリフだった。
 今更感がひしひしとたゆたっていた。
 地面から直接生えているような感じである。

「……さあ?」
 御尤もである。

 さて、今日も糧を得ようと森の間を進んで行った時。

 それまで居なかった、見憶えの無い生き物が居た。
 一言で述べれないが、言ってみれば、『黒くて大きくて硬くて光ってて臭くて奇妙な声をあげるせーぶつ』だった。

「……え? なにあれ」

 思わず回れ右して逃げ出す彼等。
 しかし、それは最大の誤策だった。
 『黒くて大きくて硬くて光ってて臭くて奇妙な声をあげるせーぶつ』に限らず、肉食の動物と言うものは、背を向けて逃げる者を獲物とみなし、嬉々として追って来る習性があるからである。
 死んだ振りをすれば見逃してくれるという逸話が有名だが、真っ赤な大嘘。これ幸いと―――食われるだけだ。

「お、追って来たぁぁぁあッ! な、何だ、あの———『黒くて大きくて硬くて光ってて臭くて奇妙な声をあげるせーぶつ』はぁぁぁぁぁあっ!!」

 すると、博識だったとある一人がはっ、と何かを思い出したようで。
「俺知ってるぞ、なんか北の方の山に住んでる猛獣だ、確か名を―――」
「そんなのどうでも良いわぁ! なんでそんな生き物がジャングルにいるんだあああああああァッ!!!」
「俺が知るかあああああァッ!」

 はむ。

「うぉあァッ!? あたかもひょいと摘むかのように食われた!?」
「逃げろおおォッ!」
「早ええええよ! 『黒くて大きくて硬くて光ってて臭くて奇妙な声をあげるせーぶつ』早すぎるよ!」
 なお、『黒くて大きくて硬くて光ってて臭くて奇妙な声をあげるせーぶつ』は時速56~64Kmで走る事が可能である。
 これは百メートルを6秒台から7秒台で走る速度なのだ。逃げ切れたらギネスに載れる。しかも、以後打破不能の。
「強っ『黒くて大きくて硬くて光ってて臭くて奇妙な声をあげるせーぶつ』強っ!」
「動でもいいけど俺ら良くこの状況で『黒くて大きくて硬くて光ってて臭くて奇妙な声をあげるせーぶつ』って連呼できるよなー」
「はァ? 『黒くて大きくて硬くて光ってて臭くて奇妙な声を―――ばみっ!?―――」
「……言ってるそばから舌噛んだ!」
「つーか死んだぁ!?」
「食べてる!? 舌噛んで倒れた奴が『黒くて大きくて硬くて光ってて臭くて奇妙な声をあげるせーぶつ』に喰われてるッ!?」

 猛獣注意の意味は理解された。
 情け容赦の無い弱肉強食が襲い来るのである。
 しかも、彼らの逃げる先にはなんと―――

「な、何だこれは……」
「『黒くて大きくて硬くて光ってて臭くて奇妙な声をあげるせーぶつ』の、白いのだああああっ!!」

 もっとデカイ脅威がいた。

「もっとありえねえええええええええ!!」
「そもそもこの森の存在自体がそうでしょうに」
「無駄に冷静な貴様が憎い!」



「見たまんまだなおい!」
「つーかさっきのよりデカぁッ!」
「極地の海に居る筈なのになんでだああああああっ」
「あー、だから白いのか」
「ああ、『黒くて大きくて硬くて光ってて臭くて奇妙な声をあげるせーぶつ』は、北に行くにつれ灰色、白へと漂白されていくんだ」
「生き延びるには本当の本気で意味の無い知識だなおい!」
「トリ●ア~」
「この状況じゃ真剣中の真剣に満足もクソもねェッ! つぅか古ぇ!」



 ぎゃあぎゃあ喚きながらも彼らは森から脱出した。
 途中、森の成長を見逃していて闘争距離が伸びたり、本来ならありえない『黒くて大きくて硬くて光ってて臭くて奇妙な声をあげるせーぶつ』同士の思わぬ連携などで被害を出しつつも、逃げ切れたのである。



「……くそ、何で今日からこんな風に……」
 ぼやきも仕方が無いといえた。
 彼は、今まで半信半疑だったのだが、昨日までの『収穫』を見て今日から参加したのだから。

「チュートリアルって何だよ……ゲームかよ……?」
「……くそ、なんか自衛道具を……」
「武器は駄目なはずだぞ……鉈以外は」
「鉈でどうやって『黒くて大きくて硬くて光ってて臭くて奇妙な声をあげるせーぶつ』倒すんだよ!」

 世界には、『黒くて大きくて硬くて光ってて臭くて奇妙な声をあげるせーぶつ』の灰色のを木刀一本であしらい、一本背負いでシメる少女もいる事を、彼らは知らない。

「くそ、明日から銃持ってくしかねえんじゃねえか?」
「いや……武器の持ち込みは禁止だって書かれてたしな」
「おいおい……本気で守る気か? あの看板」
「……『黒くて大きくて硬くて光ってて臭くて奇妙な声をあげるせーぶつ』を見たあとでそれを言うのか?」
「鉈で勝てるかよ……くそ、どうすりゃ……」
 途方に暮れる彼らのもとに、近付く一団があった。
(くそ、やっぱり来やがったか……)

「おい、食料を大量に確保できる緑地帯が拡大していると言うのはここか?」
 威圧的な気配で声をかけて来たのは、軍人だった。
 食料を確保できるという事は、軍部にとっても重要な事項だったのである。

 彼らは互いの顔を見合わせた。
 お互いの眼が同じ意見を発していた。相談無用である。
「「はい、あの森です」」
 むっちゃ笑顔だった。






「武器を持ち込んでは行けません」
 斥候の前に現れたのは緑色の女だった。
 髪も肌も緑色のその女は、樹皮色の装甲を胸や局所に覆っただけであり、女性は肌を隠すものと教えられていた彼らは顔をしかめた。

「立ち入りは自由です。でも、武器は駄目です」

 彼女は訴え続ける。
 しかし、誰も聞かない。
 彼女を置いて奥へ進んで行く。
 あられもない恰好でありながら、襲われなかっただけマシなのかもしれない。

「分かりました。ペナルティーを実行します」

 その言葉を聞いた者は居ない。
 既に魔窟へと進んだ後だった。



 そこには。
 『例の花』が待っていた。

 ぱく。
「ぎゃあああああああああぅッ!!」

「なんだ! なんなんだこれはああああああああ!」
「ぎゃあああああっ! 足がっ! 足がァッ!」
「口臭ッァ! なんかコイツだけ違う!?」



「武器、持って来ては行けないと言ったのに」
 抑揚無い声。
 苦境に喘ぐ彼らを。
 緑色の少女が彼らを見下ろしていた。

「お前か! お前の仕業かっ!」
 部隊の一人がとっさに銃撃し、少女の頭部は果実のように破裂する。

「……武器はいけないのに……」
 その比喩はまこと正しいものであった。
 鼻から上を失っても、少女は何ら変わりなく言葉を紡ぐ。
 少女の破裂した頭部からは黄色の果汁が迸り、甘い香りが広がった。
 人間である筈がない。

「ひぃっ……」
「武器を持って来ちゃいけないって言ったのに……」
 ジリジリと這いよる『緑色の少女』。
 花がさわさわと彼らに迫って来る。 
「う……うぁ……うわああああああああああああっ!!!!」



「怖ぇえよ! ぶち殺されたいのかてめえ! むぐむぐ……甘……」
「暴力はいけませんよ? そりゃ、この子の自慢の果実ですからね。うむうむ……酸味が素晴らしいです」
「……どちらにしてものんきなものね。じゃあ、私はこれね」
 森の奥。植物の光学器官が転送した映像を見つつ、三人は果実で舌鼓を打っていた。

 そのゲボックの後ろ。積み重なった腐葉土の隙間から緑色の少女が文字通り『生えて』来た。
「お父様。武装した人。肥料になりました」
「おぉう! 頑張りましたね『翠の一番』! このまま順調に砂漠を緑化して下さいね!」
「子孫増やすのは本望」
 確かに、命令というよりは本能のまま動いたと言った方が近い。

「でもどうするんだよアニキ、斥候が全滅したとなったら、あっちも本気で重い腰あげるんじゃねえか?」
 いつの間にか、ゲボックはティムにアニキと呼ばれるようになっていた。

「そうねえ。ベトナムで使われた枯れ葉剤とか撒かれたらどうするの?」
「ふふふ……小生がそんな事を見逃していると思いましたか!?」
「ええ」
「抜けてるしな、アニキ」
「手厳しい!」
 ずぅーんと落ち込むゲボック。四つん這いになっているが、口がモゴモゴは止まらない。
 相当美味しいらしい。

「しかぁし! この『戦闘封印樹海・生物兵器、翠の一番』は生命力こそを重視して作り上げた傑作品! 軍隊なんかにゃそうそうやられませんよ!」
 すぐさま起き上がり、ゲボックは興奮してドリルを振り回す。
「お父様」
「ふふふ、森の中に於ける『生身で行える攻撃以外、及び一切の白兵戦以上の武器を禁ずる』ためにはどんどん進化するこの子はそうそう負けないのです!」
「お父様」
「ん? どうしました? 翠の一番」
 くいくいと蔓がゲボックの袖を引くので振り返ると、『例の花』があった。
「……? どうしました?」
「ドリル。武装」
「ほえ? ドリルは掘削工具ですよ? 武器としても白兵戦しか出来ませんよ?」
 ふるふると少女———『翠の一番』のコミュニケーション用インターフェースたる少女は首を振った。
「ドリル。緑色のビーム出る」
「なっ!? なんで、小生の秘密兵器を知っているのですかーっ!?」

「アニキ……出るんだ、ビーム」
「ね、何が出るか分からないおもちゃ箱みたいでいいでしょ?」
「……笑えねえよ」

「武器。駄目。武器。駄目」
「ちょ、ちょちょちょ、ちょっと待って下さーい!!」

 わさわさと緑色に覆いかぶされていくゲボックを見送りながら、ミューゼルは思考を巡らせた。
 さて、どう来る?



 始めに来たのは、焼却部隊だった。
 凄まじい勢いで拡大する森は、既にいくつかの町を飲み込んでいた。
 スラム街なら兎も角、有数の———石油資源採掘場まで飲み込まれているのだから、奪還すべし、と命が下ったのだ。
 そして、火炎放射器の斉射を浴び、延焼が始まった……。
 が、1時間程であっさり消え去る。
 植物の中には大量に水分を含むものもあり、それによりあっさり消火されたのだ。

 さらに。
 森の入り口付近で真っ先に焼かれた木々は……。

「ミューちゃんにティム君、ユーカリをご存知ですか?」
「知らねえよ」
「ユーカリってあれよね。コアラが食べる」
「そうです。強烈な成分のため、コアラ以外はそれを消化できないため『毒素』扱いされている成分です。実はこれ、表皮にとても多く含まれた、たいへん燃えやすい油でして、一気に燃えあがるんですよ」
「……え? 意味ないんじゃね?」
 ティムの感想をゲボックは、ドリルをもがれた左腕を振り。

「いえ、燃えやすすぎるのです。そのため、真っ先に表面が炭化して真皮が熱にやられないのですね。そして、その状態から再生を始めるので、炎が燃え尽きたその跡地において、他の如何なる植物よりも圧倒的に優先的に植生を広げられるのですよ」
「ああ、オーストラリアは落雷による自然火災が多いものね」
「ええ、つまり。翠の一番、その拡大は、焼いたぐらいでは止まりません」

 ゲボックの言う通りだった。
 延焼が止まった地点からと、同時に、森の先端部だった焼け野原からもいきなり芽吹き、まったく食い止められる事無く緑の拡大は続いたのだ。



 その翌日、さらに威力を増した伐採部隊が接近して来た。
「おぉーう。この財政難に戦車と来ましたか。よほど死の商人さんが頑張ってるんですねえ」
「あー、多分それうちの組織ねぇ……儲け出るのかしら」
「はぁ」
「どうでも良いのね」
「ドリルが無いのですーすーしますね」
「そっちが気になるの? なんか量子転換で色々変えられなかったかしら?」
「一番兵器からかけ離れてたのがドリルだったので、何に代えても翠の一番に取られちゃうんですよ」
「……それも難儀ねえ」
「それより、ビームの出るドリルが一番弱いってところに突っ込めって」
 と言うのはティム。

「まあ、これだけの戦力を昨日出さなかったのが今日の敗因ですね」
「どういう事?」
「育ち終わったんですよねぇ」
「フユちゃんの木刀にもなってる子なんですけどね? これが本来の形態です」

 アレトゥーサですょ。
 
 ゲボックはボソリ、と呟いた。



 ずしん。
 まるで、怪獣映画のような冗談を伴い、それらは現れた。

 巨大な木人。実に5メートル程。
 今まで森に飲み込まれた人間、そのうち五体満足だったものを苗床に、樹木が覆いかぶさるようにして生まれた樹木による動死体。
 その表面は千冬の木刀同様、フラーレンの強靭な炭素結合によって保護され、戦車を容易くひっくり返す。
 また、あるものは千冬が使ったのと同様、ウォーターカッターを射出し、刃を振るっているかのように斬り裂いて行く。

 何故か『黒くて大きくて硬くて光ってて臭くて奇妙な声をあげるせーぶつ』や『例の花』も追随してくる。
 圧倒的戦力差に撃破され、散り散りに散って行く軍隊を見送りつつ、よっこいしょ、とゲボックは立ち上がった。

「さーて、そろそろ潮時でしょう。駐屯所まで後少しまで来ました。向こうもなりふり構わなくなっている筈です。『武器使用禁止』の空間に、自分達の陣営が飲み込まれるなど、冗談ではないですからねぇ」
「……もう終わりなの?」
「ええ、表向きは。ここもすぐに焼かれちゃいますよ。『翠の一番』、保護すべき対象はわかってますね?」

 こくり。頷き地面に潜って行く緑色の少女を見送ってゲボックは傍にあるものごっつく太い竹をコンコン、と右手のペンチで小突く。どうも、ペンチは武器扱いからは免れたようだ。
「それじゃあ、行きましょう! 二人とも!」
「「どこに?」」
「ノリ悪いですょ……」
 極常識的な返しを受け、祖国にいる束の重要性を痛感するゲボックだった。



 翌日、空爆により、広大な範囲に広がった森はその4割を消失させる。
 だが、そこにゲボック達の痕跡は無かった。



——— 一週間後
 某軍の駐屯所において、二人の兵士が愚痴っていた。
「何だったんだろうな、あの森は……」
「知らねえよ。そのせいで俺達は大打撃受けてんだからよぉ」
「良く生き残れたよなあ、あの化け物に追われて」
「全くだ。しかし最近はおかしすぎるじゃねえかよ、狼男に変身するロボットにISだぁ? 常識ってのはどうなっちまったんだ———」
「どうした?」
「……何か今、揺れなかったか?」
「いや? 別に?」
「いや、確かに、ほら、今も揺れてやがる!」
「おいおい、木の巨人の足音でも感じたか?」
「そんなんじゃねえ、これは、下———」



「Yes! Marverous!!」

 ズゴバァッ! と。

 二人の目の前にゲボックが噴出した。
「「……は?」」

 正確には、『下から生えて来た大樹に押し出されて来た』形である。
「な……な……な……」

 地響きが終わらない。
 次から次へと施設を食い破るかのように大樹が噴出する。
 アスファルトを砕き、建造物を掬い上げ、戦車を横転させ、武器庫を幹で埋め尽くす。

 ゲボックが指し示したのは竹だった。
 竹は、非常に広大な面積に身を広げ、竹林一面全てが一本の竹である事も少なくない。

 その秘密は、地下茎と呼ばれる構造である。
 竹は、普通に見えるだけが竹ではない。
 地下一面をおびただしく張り巡らせた、『地下茎』から、枝を伸ばすようにして地上に一本、また一本と竹を生やして行く。
 故に。地上の竹を切ったとしても。竹を伐採した事にはなりえない。
 地上にある部分が切られていたとしても、よそで伸ばした他の竹が光合成で養分を作り、虎視眈々と地下茎を伸ばし、一斉に伸び上がる時を待つことができるのである。

 竹林の傍にある民家の庭が、いつの間にか竹に庭の地下を侵食されていたというのは良く聞く話なのである。



 緑が広がった地域。
 その配置を見て、意図を察してしまった。
「今の襲撃で、武器庫を全部潰された……!」
「そんな! それじゃ取り出せない!?」
「表に配置してあったのは衝撃で全部潰されてる、やられた! このクソッたれが!」

「対象施設をピンポイント攻撃。どこぞの国の十八番でしたね」
 声が頭上からした。
 見上げれば、お世辞にも奇麗とは言えない白衣を身に纏った金髪の少年が、大樹の枝に引っかかってぶら下がっている。

「誰だ貴様……」
 ぶら下がってるのはゲボック。見上げる軍人は二名。何とも間抜けな絵面だった。
「うーん……降りれたら言いますよ」
 じたばたじたばたしているが、引っかかっている枝から外れそうな気配がない。
「困りましたねぇ。降ろしてくれると嬉しぃんですがぁ———あー、ちょっとぉ、待って下さい面倒だからもう良いや侵入者でもって顔して離れて行くの止めて下さいょ、ねえねえ軍人の人」

 うわあ、うっぜぇ。
 軍人二人は期せずして思考がハモッていた。

「うんしょうんしょ、よぉし! 仕方がないです、白衣を脱ぎましょう。そ——————ぶげぇッ!」
 どうも、枝が白衣に引っかかっていたらしい。
 確かにそれなら脱げば脱出できるが———当然、落ちる。

「どもども! ゲボック・ギャクサッツですよ」
「あー、はいはい、ゲボだかぎっくり腰だか知らねえけど、あれだけ落ちておいてこれだけ元気ならもう結構。侵入者ね。蜂の巣になりたくなかったら両手を上げてそこで膝をつきなさい。分かった? 分かんないなら射つぞ? それでなくても周り面倒なんだし」

「ああ———」
 ゲボックは自分に向けられた銃に全く物怖じせず。
「もう、武器は使用禁止ですから」
「コラ待てガキ……オイ」
 助けてくれなくて酷かったですよー。と去って行くゲボックを追う事が出来なかった。
 自分達の周りに牙を剥き出しにし、果汁をまき散らす花が取り囲んでいたのだから。
「クッソがああああああああ!!」
「ああああああああああッ!」



 周囲から阿鼻叫喚の悲鳴や怒号、爆発音が聞こえてくる。
 ゲボックは思い切り背筋を伸ばした。
「ふーむ、良い事をした後は、大変気分がよろしいですねえ」
 そんな中、爽快そうに彼は呟くのだった。



 この後、拡大の止まらない戦闘封印樹海は中東地域を瞬く間に緑没。
 続いて、地下茎を張り巡らせ続けるや気温もものともせずロシア西部やアフリカ全域にも出現。
 紛争地域を悉く緑で埋め尽くした。
 不思議な事に、都市部や治安的安定地域には欠片も出現せず、逆にスラム街や餓死する幼子が多数居るような地域には軽難易度の森が出現した。
 月に一回ぐらい『黒くて大きくて硬くて光ってて臭くて奇妙な声をあげるせーぶつ』が出て来るぐらいである。

 なお、最も生育に適したのは砂漠地帯であるようで、現在サハラを侵攻中との事である。



 なんと、そんな中、先の駐屯所で生き延びた(武器を速攻で食われたため攻撃対象にならなかった)某軍人の証言により、ゲボック・ギャクサッツなる人物が原因として存在する事が判明。各国の諜報機関がしのぎを削る中、帰化日本人であると判明し、日本の外交官が束のコメントを聞いてしまった事から、事態は動き出す。

 束。
 ISを生み出した、神の手違いなる災害(ゴッド・ケアレスミス)
 彼女の耳に届く範囲で思わず、機密であったゲボックの名を出した途端。それまでは一切無視して実行していた作業をやめ。

 おぉー、おぉー。としきりに唸ったあと。

 反応したのだ。

 自分と同等。発想が違うため、自分とは全く違うアプローチを繰り返す逸材、と。



 束とゲボック・ギャクサッツが幼馴染みである事は調査で既に周囲の事実である。
 元々、一切隠されていなかったのだが。

 しかし、ある意味バイオテロであるこの事態。
 砂漠の緑地化だと言われればそうだが、極端すぎる。
 高性能な兵器を持ち込んだところこそが大打撃を受けるのだから、軍需景気で盛り上がっていた国にすれば、いきなり冷や水をぶっかけられたようなものだろう。
 口では平和だ人道だISこそ至高といっても、事武器に関すれば、中東はこの上ないお得意様だったからだ。

 ISは軍事兵器として使ってはならないと、国際的に決定されてしまっているならば、尚更である。

 各国の高官達には、森の伐採は国際環境維持活動だから大丈夫である。故に、このバイオハザードをISでどうにかしなければ———いや、ISでなければどうしようも無いのではないのだろうか———と言う意見が、ある一点で食い止められていた。

 もし、この際に古き馴染みである束が、ゲボックと迎合すれば。
 もはや、誰にも手が付けられなくなる、と。

 そして、ゲボックが起こしている事件はこの緑地拡大化だけではないのだ。
 矛盾した依頼であろうが、頼まれれば実行に移す狂った判断力。

 敵対する二つの勢力にそれぞれに決戦級の武装を提供し、泥沼の戦いを激化させる事もあれば、小さな子供の願い通りに、食べられる超高層ビル(蟻がびっしりの地獄と化した)を建造したりと、兎に角節操がないのだ。

 誰が何を願おうとも、それを聞き入れ実体化させる願望機。
 もし、おおっぴらに彼を知らしめれば、すぐさま『誰の願いでも聞く』は広まるだろう。

 何でも願いを叶える願望機に対し、願うものが増えたのならどれだけの被害が拡大するのか。
 まさに、スイッチさえ押してしまえば、誰でも辺りに差別無く被害を与える爆弾に等しい。

———否

 爆弾どころではない。
 核兵器と同列の危険物。

 こうして、今まで繰り返して来た彼の呼称が決定した。



 『Dr.アトミックボム』



 世界にとっての厄介者との認定である。
 世界中をミューゼル、そして何故かそのままくっついて来たティムと共に跳梁跋扈するゲボックに対し、各国は湯水のように刺客を差し向けた。

 初めは、人質なり何なりで囲い込もうとしたのだが———
 ゲボックは孤児である。どれだけ調べても神社における爆発事故以前の足跡が無いのである。
 そして彼にとって身内とも言えるのは束と織斑千冬だけなのである。

 束一人御せない現状では何の解決にもならない。
 それどころか、もう一人の幼馴染である織斑千冬に下手に関われば、芋蔓式に壊滅させられるだろう。
 調査能力は———言うまでもない、束がいる。
 白騎士事件。利を得たのは? そう考えればゴシップ記者でも犯人に推測を立てられる。
 何より———『証拠も何も、手掛かりさえ無いのが証拠』であると言える。
 だがこれは———
 彼女に何をされても立証出来ないと言う敗北宣言でもある。
 迂闊に束を悪役として立てれば、それこそ世界は終わる。
 間違いなく、ゲボックが参戦するが故に。



———そして、それ以外において彼は、誰の頼みも聞き、優れた人間に教えを請い、瞬く間に吸収して次へ向かい、人の願望を叶えるを繰り返し、凄まじい数の知人を構築している。

 掌握しきれないのだ。

 だが、そんなあらゆる国家の威信は、何とかして一矢報いる事に成功する。

 ゲボック本人には何の痛痒にもならない。
 されど、千冬とミューゼルの狙い、その真逆の意図を持ってゲボックと接する少女達にとって……だが。



 それはこの1年間のゲボックの活動と各国の攻防は、千冬の目的としてもミューゼルの目的としても半端な結果に終わっと言う事だ。
 ミューゼルが指揮した場合それは概ね国家の暗部を狙い撃ちにした形である。
 つまり、それに対する被害を公開する事は自分の恥部を晒すも同じ。

 つまりそれらしい理由をでっち上げ、間接的にするしかゲボックへの抗議が出来ないのだ。

 また、ゲボックの特性から一般市民への情報提供は禁止された。
 どんな立場の願いも聞き入れるため、それを危ぶんだ上層部に、詳細を封滅されたのだ。
 だが、一切の躊躇いもなく技術を供し続けたため、少しでも裏に通じる者ならば知らなければモグリだ、とまで呼ばれるようになる。

 つまり———
 千冬の望んでいたゲボックの安寧は潰え。
 ミューゼルの望んでいたゲボックの社会への影響は、絶大であっても『裏限定』にとどまるという甚だ不満の残る形となったのである。



 その結果、表の天災、(ゴッド・ケアレスミス)、裏の核爆弾、ゲボック(アトミックボム)と呼ばれるようになる。

 そして。
 一見行き当たりばったり、言動無駄まみれに見えるゲボックだが、いつに間にそこまでやってたんだお前と言いたく成る程に、気付けばとんでもないものが出来上がっている。

 技術的に優れた者は、こっそりダイナミックな事をやり遂げるのは通例なのだろうか。









———変遷はその発覚から

「———ふぅ」
 ISとは国家防衛の要である。
 必然、現在IS操縦者として最も熟練している千冬は、防衛に関する諜報の類いもまた、耳に届きやすい。
 まぁ、聞きたくなかろうが束にかかれば聞きたく無いものまで集まってくるというかなんというか。

「中国がゲボックに核投入だと……自国内でだなんて正気かッ!?」
「にゃっははー、何て言うか大規模で大雑把すぎるといっそ笑うしかないよね~。どうやって思考が成されてるのかわかんない程杜撰で」
 腹を抱えて束が大笑いしている。核爆弾に核爆弾とは何たるギャグかと。

 上の意思に民は従うしかない。
 そんな国家でこそゲボックは疎ましい。
 力無き者の諦観をあっさり打ち破り、自由と反発の気風を起こしかねないからだ。
 故に、犠牲になる自国民の数とゲボックの脅威を天秤に掛け、ゲボックの殲滅に踏み出したのである。
 情報統制が取れる国故の自国焦土作戦であった。

「んで———あっさりザレフェドーラに迎撃されて国土が大規模に消失。んン、ギャグだねぇ、Dr.アトミックボムにアトミックボムファイヤーだなんて、名付けの理由を誇張かなんかだと思ったのかにゃ? きゃはは、うふふ。そんなにゲボ君が怖いだなんておっかしぃねぇ。これで少なくとも日本との領土問題は一つ解決。ゲボ君は日本人の鑑だよ」

「そういう問題か!」
「ここは怒るところじゃないよちーちゃん。飛んで来たのは核だよ核、どうせ迎撃しなくてもこれ以上人が死んだんだし、土が抉れただけじゃない。むしろ人死にが減ったって事はゲボ君に助けられた人が出たって事なんだから褒めてあげないと。ちーちゃんはいっつもゲボ君怒ってばっかりなんだし偶には褒めないと———こんな風に放蕩しちゃうんだよ……ふぅ、やっぱつまんないよねぇ」

(やはり言動に棘が多いな……やれやれ、居なきゃ居ないで束にストレスをかけるとはな……せっかく心労が半分になったかと思えばこれか……束の言う通り偶には褒めないといけないのか? だが私は……うぅ、褒めるのが苦手だ、一夏もあまり褒めて居ないな……放蕩しないだろうなぁ、一夏……)

 一夏の教育にあたり購入した教育本ではすべからく褒める事とやる気の関係について書いてある。

 しかしゲボック、やる気にだけは満ち溢れているのだ。大変困った事に。
 しかし、同じように一夏がふらついていかないか、千冬にはそれが心配である。
 と考え、灰の三番が褒め役である事に気づく。

 激しく落ち込んだ。
———それでは私は父親役そのままではないか
 ……あまり好かれない。

「「——————はぁ」」
 異口同音に溜息が漏れた。
 まぁ、思考は全く別方向を向いているが。



『呼びました?』
 空間投影モニターが浮かんでいた。轟音が度々響き、ガタガタぶれまくるゲボックが映っていた。

「ゲボック……お前はなにか超能力でも得たのか?」
『いえ、検閲機が小生の名を感知したので興味を向けたらフユちゃんでした?』
「……お前また変なものを……」
 ……検閲? と疲れた鈍った脳で疑問を浮かべる千冬の脇から束が割り込んで来る。

「あー、ゲボ君……流れ星落として良いかなぁ? 雨霰と」
『タバちゃんがいきなり殺意満点ですか!? 小生何かしました!?』
「どーのーくーちーがー言ーうーのー?」
 投影モニターを掴んでぶんぶん振り回している束。
 こういう対人独占欲強いところはやっぱり箒の姉なんだなあ、と妙に納得した千冬である。

『本気ですね! その眼は間違いなく本音でいってま———ガみぶッ!』
 次の瞬間、モニターが大幅に揺れた。向こうで何があったかは知らないが、盛大に舌を噛んだようだ。
「本当、何してるんだゲボック?」
『(おい、兄貴! この非常事態にどことダベってんだよ!)』
 爆音まじりに聞こえた言語は聞き取れなかった。
 声色からして幼い事は分かるのだが……。
 ……というか、今どこの国に居るんだこいつ?

『ティム君、今は取り込み中なのです! 交渉スキルを成功させないと星が降ってきますよ!』
『(兄貴が交渉ォ!? 絶望しかねえじゃねえかよボケ!!)』
『何を言います! これでも小生は必死にですね———』

 やはり分からない。聞き取れないのではない、翻訳出来ないのだ。
 どこか、異国の人物……中東あたりだとは推測が付くが……と言い合っているゲボックを見て、束の眼が据わった。
「天明らかにして星来たれ———」
「懐かしいけどその手のネタは止めろ……な」
「来来……えー? いいじゃない……はいはい、しょうがないなあ———星の素子、依りて依りて彼の(もと)来たれ星の雨よ(りゅうせぇーい…………ぐぅーん)
 ぺかーと妙な輪っかを持って呪文を唱え始めた束を止めるのだが、束は詠唱を変えただけで構わずふわっと手を差し出した。

 雰囲気に反して裏では凄まじいテクノロジーが蔓延しているのだろう。
 どれだけ技術の無駄遣いだそれは。



『異魔●こえましたァー!?』
『ちょっとドクター、何に怯えているのか分からないけど、変な所掴まないで、コラ待ちなさい……あら??』
「……シャウト!?」
 ついに悲鳴を上げたゲボックにクレームが来たと思った頃、ようやく何故揺れているのか分かった。
 バイクに乗っているのである。
 しかし、運動神経がかなり残念なゲボックがバイクなんてバランスの必要なものを乗りこなせるとは思えない。当然、誰かドライバーに捕まっているのだが、なんとまぁ、それは千冬の知己であった。

『あら、Ms' 織村じゃない』
 期せずして、生存確認兼再会だった。
 驚愕で硬直している千冬に対し、シャウトはあらまあ、と気安い感じである。操縦がそつないのが素晴らしい。
 そして、千冬の中で疑問が一つ解消されたわけだ。
(成る程、あの衝撃銃はゲボックのお手製か……)
 まあ、恐らく……と言う形で推測が付いていたが。

「……お前、ゲボックなんかと何をしているんだ?」
『……つれないわねえ、まずはお互いの無事を喜ぶべきでしょうに。彼とはちょっと世直し中かな?』
「……お前まさか、獣人に頭でも噛まれたのか?」
『それはいくらなんでも失礼ではないかしら。まあ、今はバイク三人乗りで諜報機関とカーチェイス中』
『バイクなので正確には……なんていうんでしょうねぇ』
『分からないならコメント挟まないで欲し……コラ、しがみつかない! 止めっ……』
『手を離したら落ちますよ! 小生落ちるじゃないですかぁ』
「…………どういう経緯でそうなったのか、激しく聞きただしたいのだがな……」
『(おい、兄貴! なんか空が変だぞ!)』
『おぉぉぉう!? これぞまさしく壊滅的規模災害(カラミティ・アンプラグド)じゃないですかああああああッッ!』
『頑張ってね、男の子』
『小生!? 小生が何とかしなきゃ駄目なんですかッ!?』
『ええ、盾として』
『(頑張れよ、兄貴)』
『ティム君はっ!? ちょっとチョット、待ってくだ———』

 ブチッと画像が途切れた。

「———えと、束?」
 今頃、ゲボックのもとにはパ●プンテが如き恐怖の流星群が殺到しているのだろう。

 ……おかしい。

 それより、束の様子が普段と違う。
「チッ———生きてる」
 待て束。
 いつお前はそんなにやさぐれた。
 そんなヒステリックなお前は初めて———

 いや、あったような気がする。
 <人/機>わーいマシン事件の説明を受けに行った時。

 千冬が見たのは———
 割れたキーボード。
 ばら撒かれたゴミ箱の中身。
 ぶちまけられたデスクの上。
 真っ赤に腫れ上がった束の手。

 あの時のあの部屋は、こんな雰囲気の後の様ではなかったか。

 まさか。
「ゲボックとシャウトはそれなりに長いのか?」

 直球放って見た。
 こういう所、すごく男らしい。
 なお、ゲボックは天然で、束は委細気にせずと、理由は違うが結構似た者らである。

 反応は、油の切れたブリキのおもちゃの様な反応を返す束だった。
 いつもは関節あるのかと思えんばかりにぐぅねぐね動いている彼女が。
 ギ……グギギギィ……とゆっくり千冬を見る。

「金髪は、駄目だね。うん、駄目駄目だね、あぁ———」
「束?」
 いよいよおかしい。

「あ……あ、あぁ———」
「束、本当に大丈夫か!?」
 千冬が束の肩を掴んで揺さぶって見ると、されるがままに首をぐねんぐねんさせてい———くわっ! ———
「うわっ!」
 びっくりした。いつもだらしなく緩んで隈の消えない束の目が見開いたのだ。



「あ……あんのっっっっ、金髪はあああ——————アアアッ!」
 叫んだ。もう絶叫だった。

「しりか? あのでかい尻なのかな!? アレが良いのかな!? ホイホイ付いていっちゃってまぁ!!」
 何かもう止まらない感じだった。

「ええい、ザレフェドーラ一斉砲火用意! あんなの大陸ごとマグマだまりにしてや痛ぁっ!」
「やめんかコラッ!」
 思わず対ゲボック級の力で張り倒してしまった。
 だが———もしやらねば、間違いなく本気で撃っていた。
 正直、今の束は極めて危うい。

 倒れかけた束は限りなく地面と水平の状態からぐにょんと態勢を立て直した。
 そのままずずずずぃっ! と千冬に顔を寄せて来る。
 なんだ、その、生理的に怖い。

「うぅ、酷いよう、束さんの脳が陥没するかと思ったよぅ。ね、ね、ちーちゃんも黒髪だよね! 黒髪最高だよね、ビバ! 黒髪! 私の知り合いに金髪の『女』は居ないんだよ! 黒髪最高———ま、黒髪でも箒ちゃんとちーちゃんといっくん以外はどうでも良いんだけど……」

 まさか……。
 千冬の中に懸念が生まれた。
 いや、しかしあの束が……まさか……。

 そうなのだとしたら。
「束……お前———」
「なぁに? ちーちゃん」
「ゲボックの事———好きなのか?」
 一体、どんなキメラが産まれ……うん、私も大概酷いな。
 意を決して問うて見たのだが、言われた束は豆鉄砲を撃たれた鳩みたいにぽけっ、として。



「いや、うん、大好きだけど恋愛感情はないよ」
 本当に、なんでもない事のように言った。

 ……あれ?
 違うのか?
 返答はあっさりしていた。

 ならばどうなのだろうか?
 ちょっと考えて見る千冬。



 ……うぅむ。
 思いついたのは、我ながら酷い考えであった。

 つまりはあれか。飼い犬がよそで尻尾を振っていると憤りを感じる飼い主とかそんな感じか。
 本当に酷い思考だな、と千冬は少し自己嫌悪に陥った。

 まぁ、兎に角。
 キョトンと束が落ち着いたので良しとしよう。

「ところで束、ゲボックが何やら気になる単語を言ってたのだが……」
「ほぅえ? 何の事?」
「検閲機……だったか?」



「あーもー、文字通り! その通り! 例え何処にいようとも、指定されたワードが放たれたなら即座に場所と人物を特定するシステムだね。今回は多分、『ゲボック』っていう名前そのものに反応する感じかなー。ふんふん、最近刺客を差し向けられてばっかだから計画段階で察しようとしたんだねぇ、ぐふふ……越後屋お主も悪よのぅ、いえいえ、お代官様程では……を天井から見なくて済む画期的発明だね! 独裁政権からは喉から手が出る程欲しいだろうねぇ」
「何だそれは」
 言論の封圧のためにあるとしか言えないではないか。

「検索対象にしていたのは恐らくゲボ君自身を示す単語。そうやって自分に対する襲撃計画を筒抜けにしてたんだねぇ」
「冗談でもなんでも……なさそうだな」



 慄いている千冬の傍ら、束は唸りながらぐるぐると歩き回っていた。徘徊していたともいう。
「……うぅーん……そうだとすれば、この放蕩にも理由がつくけどー、ゲボ君絶対に狙ってないよね~……天然だもんねぇ、なのに計算され尽くしたように見えるこの行動、ゲボ君……君は何て恐ろしい子なんだッ!」
 一人くわァッ、と戦いている束。
「もう少し噛み砕けないか、束」
「ボリボリボリ……うー、わはっは」
「誰が煎餅を噛み砕けと言った……あぁ、ポロポロこぼすな」

 千冬が束の口周りを拭うのと束が煎餅を飲み込むのは同時だった。
 誰も見て居ないが、大変微笑ましかった。

「よぉし、それじゃあ始めるよ~とっても分かりやすい『何故ナニ束さん』の始まりだよぉ、良い子も悪い子も馬鹿も痴呆もよって来る来る!」
 ビシッと束が量子展開したのは紙芝居セットだった。
 衣装も女教師で三角眼鏡、教鞭と、形だけはかなり様になっていた。
「ちーちゃん水飴いる?」
「要らん!!」

「むぅ、それは残念、死人も起き上がる美味しさなのに」
「ゾンビになってか?」
「ご名答~実は水飴じゃなくてはえみつって言うんだよ~密閉機開放……」

 ふわっ(香り広がる擬音)。
「「———うぷぅっ!!」」

 慌てて密封して換気する二人。
 千冬に至っては全力で窓から投げ捨てた。
「たばね……おまえ、そんなもノをわタしにたべさせるキだったのか……?」
「ノウノウノウ! これはちょっと想定外だったんだよちーちゃん! スリ●ク在住のゲ●プーさんお勧めだったからゲットしただけなんだよ!」
「せめてかく二んしろこのタわけが」
 名前でまず怪しんで欲しかった。

「……う、うん、ごめんね、ちーちゃん」
 相当壮絶な匂いだったようで、千冬の発音がおかしい。束でさえもいつもの調子が出ず、素直な謝罪が出たのだった。
 本当、どんな匂いなのだろうか、はえみつは。



「ん、んじゃ、始めるね」
「あぁ……」
 変な雰囲気のまま、紙芝居は始まった。

「実は実は、ゲボ君の直上、成層圏よりちょっと上ぐらいには、何と生物兵器がいるんだよね」
「……そんなところにまで居るのか」
「うん、この間ちょっとゲボ君と月に行ったとき教えてもらったんだけど」
「……は?」
「私が開発したISは元々どんな目的で作ったか分かってるよねー」
「……そうか」
「あーっ、もしかしてちーちゃんも一緒に行きたかったんでしょ、ねーねー」
「黙れ」
「むーむーむー(口がぁっ!)」
 概ね図星だった。

「でねでね、だいたい高度は上空1500Km以下を飛び回ってんだけどね。これは人工衛星としては非常に低い高さなの。これはとんでもない速度で地球をぐーるぐーる回っているって事なんだけど、最近軌道がね、妙だったんだよねー」
「どんな感じに?」
「一定しないんだよ、位置が。衛星にあるまじき事にね。多分、PICみたいな慣性制御能力があったんだろうけど、今まで衛星に擬態してたのが嘘みたいに。でね、今確認してみたら多分、真下にゲボ君が居たんだよ。まるで凧上げてるみたいな絵だね。いやいやー。まさに世界中をあっちこっちだねえ———そしてね、ゲボ君が定期的に打ち上げる資材をもとに、低重力化で作った何かを散布していた訳で———」
「……まさか、特殊BC兵器か?」
「いやいや、ゲボ君が本気でBC兵器作ったら今頃地球は死の星だね。絶対に人類の対応は間に合わないよ、矛は盾より強くて早い。だから束さんでも無理だね」
 そこは本気で呟く束。彼女が絶対に間に合わないと言ったらそれは確実だ。
 背筋にゾクリとした。悪寒がはしるのを悟らせないようにしている千冬に、束は畳み掛ける。



「そこで散布されていたのはね、滞空型のナノマシンだったの」
「滞空型? ナノマシンと言ったら……」
「そう、これはまさに新型だね。再生活性化治療や、ISの自己修復に使われるもの、それはあくまで投与や塗布。直接作用させるものに接触させなきゃ行けない……けど、これは元々ね、『夥しく在ること』を目的としているからその限りじゃないんだよん」
「生物工学をより得意にしているゲボックだから出来た、ということか?」
「そうだね、空気感染型レトロウィルスをもとにして色々考えてるみたいだね」

 インフルエンザとかモロだね、と教鞭を振った束は紙芝居を一枚めくる。
 どうも一枚一枚が極薄モニターらしい。
 つまりそうか、リアルタイム編集か。

「そうして構築しているのはね、量子技術を転用した空間を媒介とした通信だね」
「……分かりやすく言ってくれ、ナノマシンをノードにして通信しているわではないんだろう?」
「うん、そこを誤解してくれなくてさっすがちーちゃんってところだね。そう、前者ならそこにあるナノマシンを除去すれば無力化できる。でもこれは無理。何故ならこのナノマシンはね、空間そのものに伝達基盤を焼き込む存在であって、これが実際に役立つものじゃないんだねぇ。量子力学を応用した———空間を粒子と見なす応用的な空間加工だねこれは———あぁ、ふむふむ竹踏むツボに効くーって、面白いよゲボ君。ゲボ君は地球の地上から宇宙まで、それを丸ごと三次元の回路基盤とみなして———うん、まだ目的は無いみたいだね。ただ張り巡らしたかった、言うならば、地上回路を———」
「束、おい、どうした束!」

 途中からそれは説明ではなくなっていたのだ。
 言っているうちにどんどんこれの発展性に気付いて行ったのだろう。集中のあまり半ばトランス状態に陥った束の頭蓋の中では、広い机が広げられ、バラバラになった束の思考がそれぞれ小人さんの姿になって多角的に仔細を推測していた。

「ああ、ちーちゃん御免、これ、すごくて、面白いよねえ……兎に角、この地上回路とでも言う物を利用して検閲機の機能を地球規模に拡大……そして人類の言動を検索、何処の誰か、前後の会話も記録……ふぅむ、地球に脳神経を構築したみたいな感じだね……くくく、これだからゲボ君は大好きだよ……あぁ、恋愛感情なんて無くてもね」
 頬を紅潮させてまで調べる束はとても、そのようには見えなかった。
 千冬には一つの推測が立っていたが……。
 果たしてそれを言って良いのか、その疑問が残っていた。

 憮然として束を見ている千冬に気付いたのか、束はうんうん、と頷いた。

「ちーちゃん、恋愛感情って何だか知ってる?」
「世間一般的に言われている事しか言えんよ、私自身、初恋の経験も無いからな?」
「……そーなの? てっきりゲボ君だと思ったのに」
「いや……ゲボックは無いぞ、はっきり言って」
「ふむ、それは残念無念———ねえ、ちーちゃん、恋愛感情なんてものはね」

 すぅ、と束は軽く吸って、大して面白くもなさそうに言った。

「———
 主観的な錯覚に過ぎず。
 詰まるところ、強迫神経症の一種で。
 生殖本能が理性を納得させる為の自己愛が、単独でも機能可能になった欠陥回路。
 素晴らしい、至上のものだと何故か声高々にうたわれている宗教にして。
 結局主体本意のものにすぎず、対象を人間に据えた物欲で。
 つまるところ、単なる欲望の一形態であり。
 常習性が強力で、禁断症状が破滅的で危険極まりない脳内麻薬による自家中毒の一種。
 素晴らしいものだとひっつめていられている狂言の名詞。
 要は単に精神疾患。

———そんなものにすぎないんだよ?」



「……そこまで言うか?」
「そんなもんだよ、恋愛状態に陥った人間ってのはね? 注意力が特定人物に極度に集中するからねぇ、比較対象が居なくて主観的な行動ばっかするの。さらに性的な衝動が加わるから、行動が、支離滅裂極まりない非論理的になるんだよ。そもそも、人間ってのはだいたい思い通りにならないってのに、過度の信頼、期待は宗教や信仰となにも変わらないものでね。心で何を期待していても決して現実はその通りにならないんだよ」
「ふむ、ではさっきの束の言動は何だ?」
「……何って?」
 千冬の質問の意図が分からなかったのだろう、首を傾げる束に、ニヤつきそうになる頬を意思で抑え、言質を取るべくメモを取り出す千冬は問答を開始。

「ゲボックが自分の思い通りに動かなかったから衝動的に破壊活動に映ろうとしてなかったか?」
「だって! 束さんの知らないところで勝手に金髪なんかと楽しそうな事してるんだよ!」
「……ふむ」
 といいつつ、取りあえず何やらをメモする千冬。



「だいたいだよ! 恋愛感情だなんてたかがあやふやで不安定な精神状態を至上化するのもオカルトじゃない! 感情の価値のすり替えだよ。こうやって、何かの方向性をすり替えるのは、宗教が信者の信仰心を煽る常套手段なんだよ。人間なら誰だって持ってる感情を信仰に結びつけて、その感情に価値を持たせながらその方向性を宗教に誘導する形でね———本来、感情なんてものに価値なんて微塵も無い無い! 所詮脳内のシナプス間を迸る生体電流に過ぎないんだよ、それなのにねえ……どうも、人間って生き物は自身のたかが生理的反応を奇麗なもの、と言われると安心するらしいんだよね、どうにも……なんでそういうメディアはそんなに執拗にも病的に恋愛とかいうものの正当性を保護しようとするんだろうね? なんか理由知ってる?」
「知るか。まあ、それは私も思わなくもないが……」
「借りてる漫画男の子向けばっかりだしねえ」
「……何を? 束だって山林に少年漫画借りてるだろ」
「え? 風火君じゃないっけ?」
「興味ない相手だとそこまで分からんのか……」
「興味あるのに名前憶えられないちーちゃんの方が変だよ!」
「むむ……だが、束。ゲボックと研究するのは楽しいだろう」
「うん、たまに食事も寝るのも忘れるよね」
「最悪な至上化だな……」
「え? なんか言った? ちーちゃん」
「いや、何でも無い、これはいいか……」
 メモに書かれていた事項をぐりぐり斜線を引く千冬。



「更に言うとだよ! 恋愛とかの物語に出てる子ってさ、登場人物がやけに麻薬中毒者的じゃない?」
「なんだ薮から棒に」
「恋愛感情ってさ、多幸感伴う興奮状態の一種と見なせるけどさ、なんかこのアへってる絵とかって、麻薬使用による意識の変容に通じないかな? 『別れた後の寂しさ』なんてまんま副作用じゃない。確かアヘンとかコカインが切れたときってこんな副作用があったよねえ」
「私が知るか」
「もしかしなくてもこれが脳内麻薬のせいだよ。少なくとも、『いつも一緒に居たい』なんて常習性そのものだし、同じ状態に飽きてまんねり? だっけ、になって新鮮な刺激を求める様なんて耐性付いて来たところそのまんまじゃない、より非日常的かつ刺激の強い方を求めて、やがてはそれ無しには居られなくなる!? もう完璧麻薬じゃない! 恋は麻薬というのは慣用句でもなんでも無くそのものなんじゃないかな、どうして取り締まん無いんだろうね!」
「人類が滅びるからじゃないか?」
「そんなのクローンでも人工子宮でも何でも使えるじゃない……まったくもう」

 ふむ、と千冬のメモへの手は、鬼の首を取ったと言わんばかりに赤マーカーで塗りつぶされる。
 そして、年相応の女子の顔を二マリと浮かべると(千冬がすると如何しても猛禽の顔付きになって台無しだが)ぐいっと束と肩を組んで抱き寄せる。
 いつもと違うスキンシップにほえ? と奇声をあげる束。

「で、ゲボックが居なくなってから今まで以上に落ち着かなくなって不安そうにしていた束としてはどう思う? アイツが居なくなったら———」
「嫌だよ! もし、もしそんな事になったらダークマターやニュートリノや、タキオンとか事象の地表境界とか先進波、生体兵器の自然環境での多様性とか、ISの量子技術の発展とコアネットワークの干渉とかの話が全然出来なくなっちゃうよ、嫌だよ!」
 常人より遥かにシュミレーション能力に優れた束の脳が、彼女の希望にそぐわぬ結論を出したのだろう。肩を抱いて、ガタガタ震え出した。
 天才などではない、普通の、年頃の少女のように。

「……あぁ、ちょっとゲボックが居てよかったと思う私がいるな」
 ゲボックの居ない間、束の宇宙人語を聞かされていた千冬はゲンナリとした。
 多分、ゲボックからも異星人語が飛び返して居たに違いない。
 はて、そんなのが混ざり合うから、合成して思わぬ科学変化を起こしたとばっちりが私の下に来るのだろうか……。
 千冬のテンションがさらに落ちる。
 だが、束に至っては危険域にまで到達していた。
「そんな事しようとする奴なんて……皆っ———」

「待て待て待て! すまん、……あぁ、すまんな。落ち着け、もしもだ、もしも、だからな……もう、何となく分かったよ———なぁ、束」
 千冬は一度、束を強く抱きしめた。
 すぐに離し、落ち着いたか確認する。
 束は熱しやすく冷めやすい。
 すでに落ち着いて居た。

「どうしたの? ちーちゃん。すっごい落ち込んでいるけど」
「いや、お前達に出会った時点で私も年貢の納め時だったんだな……あぁ、もう苦労しか無いんだな……ってなぁ」
「ふぅん、なんだかわかん無いけど、困った事があったらこの大天才! 束さんに言ってみたまえ!!」
「まさに、そう言うのが原因なんだがな———」

 はぁー、と大きくため息をついて気分を切り替える。攻撃の方に。
 メモにぐりぐり二重丸を追記する千冬は最後に束に一つ問う。

「お前は、1日に何時間ぐらいゲボックについて考えている?」
「……ほえ? んふふ、ちーちゃん甘いね! 束さんは1日35時間生きているレディだよ! そんな束さんにとって、大事な友達について考えるなんて……えーと、あーでこーで……8時間ぐらいかな、それがどうしたの?」
「束……言われなきゃ分からないってのもあれだがな? お前はもうバッチリと、ゲボックに惚れてるぞ」

「えー?」

「えぇとだな、束の言う、強迫神経症だったか? あれでな? いわゆる恋愛状態に陥っている人間ってのは、大体1日に4時間ぐらい好意を抱いた相手に付いて考えるそうだ。束、お前今8時間って言ったな? さすが天才。常人規定、その倍もの好意を向けるとは。そこまでベッタ惚れだったのか」

「ええ?」
 困惑する束に向けられるのは、さらに深みを増した猛禽の笑み。

 束はメモの上の方に視線を移す。
 そこにはぐるぐる書かれている覧が在った。
 さっきの会話で引っかかるところをメモしておいたものだ。

「さらに、ゲボックの交遊を自分がコントロールしようしているような言動を取ってたな。束、お前の言っていた事だぞ、『人は決して想い通りにならない』とな。なのにだ。更にあの時はゲボックにのみ神経を集中させていただろう。ザレフェドーラ一斉砲火だと? 束にしては、非・論理的だな」

「う、うぅ……え? えぇ?」

「さらに麻薬中毒者? 副作用? 禁断症状に常習性に耐性? まぁ、私だってゲボックが居なくなるのは嫌だ……何だかんだでアイツには借りが在るし、大切な奴だからな……でもな、想像だけで震えは来ないだろう、普通は。よほど思い入れてなければな? どうだ? 束、自分で自分の理論論破してるぞ。否定こそして居ても、お前自身がその状態である事は確固たる証拠が湯水のように出ているぞ?」

「ええ? え? えええッ!? うわえあえあ……っ」

「もう一度聞くがな———惚れているんだろう? ゲボックに」

 違うよ。
 束は言いたかった。
 彼は。
 あくまで愛玩するモノ。
 だって、違うんだもの。
 私やちーちゃんとは……違うんだよ?

 そんな相手に恋をするだなんて。
 ゴリラがオラウータンに恋をするようなものなんだよ?

「いや、だから違うよー。全く、何度言わせるのかな、ちーちゃん。ちーちゃんも恋愛宗教の虜だね、さすが女の子。束さんはゲボ君とは……あっ——————」

 そう思いつつも、思考では満ちあふれる知識が一例を引っ張り上げる。
 飼育員にのみ求愛の舞いを飛んだ、ある丹頂鶴の話を。
 同族には一切興味を示さず。
 報われぬ求愛を続けた一羽の、番を得られなかった比翼の鳥の事を。

 自身で出した否定を、自分自身で否定して肯定にしてしまう。



「え? ……え? ……あれっ? ———あ」

 千冬の言葉がリピートされる。

 私はゲボ君を独占したい。
 ゲボ君が関わる時は主観的に傾聴した非・論理的行動になってしまう。

 私は、ゲボック・ギャクサッツに中毒している。
 他者から客観的に言われ、見直したのならば、理性と知識で論理的に否定して居た事が、感情で無理通ししてしまっている。

 過剰なまでに束は、感情移入してしまっている。
 愛玩対象、ゲボック・ギャクサッツに。
 ペットが家族になり、他の人間より大切になるのはむしろ当然の反応だろう。
 しかし、恋愛対象などに———
 生物として破綻した———

 いや、自分でも言ったではないか。

 生理反応を理性で納得するための錯覚の筈が———本能から独立してなお機能するものだと。

 それに。

 無機物性愛者と言うものがある。
 『物』にしか恋愛感情を抱けないと言うものだ。
 これは恋愛障害の一つ、立派な欠落だ。
 冒頭に述べただろう。

 突出した者は何らかが欠落していると。
 束は人が誰しも持つ機能が無い故に、ゲボックが異物である事を見抜けた。

 されども。

 だからこそ、『異物』に好意をいだける———この欠落も得られたのではないだろうか。

 推測に過ぎない。
 簡潔に、そう言う性格だったに過ぎないかもしれない。

 傍から見れば何の事も無い。
 女性が男性に好意を抱いているだけだ。

 事実、千冬もそう思っている。

 そうして、背中を押してしまった。
 幼馴染同士だ、よかれと押してしまった。

———だがもしかしたら、これは突き飛ばされた、なのかもしれない。

 束は人に対し、認識障害である。
 しかし、認識できた人間の異物、ゲボックは理性で性愛の対象とみていなかった。

 これが、元々異物が恋愛対象である気質で、それを自覚して居ないだけだったとしたら?

 人を人と認識出来ず、愛せぬものが、人の心を持つが故に異物を愛せずに居たのに、その垣根を取り払ったのなら?



 文字通り、その世界唯一の番い(アダムとイヴ)となる。
 ノアの方舟に残された、ただの一組となる。

 他に選択肢がなく。
 元々好意を抱き。
 最後の垣根が親友によって取り払われれば——————






 ……あれ? さっきからずっと否定してたのに、ずっとどうなんだろうって考えてたら……条件と現状を鑑みるにだね、ようするにこの証拠を持って、主観的および客観的に判断するとだねぇ…………。

 簡潔に、明解に———数式も単純な方が美しい。







「あ、あ、あ? あれれれ?? 嘘、本当に? あれぇ?」
 混乱している。思考がまとまらない。ただ、感情だけが脳内に迸る。

「あ、あはは、あははははは???」
「束?」
 嬉しい。
 彼を愛玩すると決めた時———それ以上だ。



 笑いが止まらない。
「はは、は、はは? ははは? はははははははははははははははッッッッッッッッ!! そうか、そうなんだ、この頭がおかしくなる感覚———これが、これが———この会話のせいで、違うってそう思ってたのに———なんだか意識するようになっちゃって、それからもう一度よくよくよく考えてみたら……あ…………好き……なんだ……」

 好き。
 ようやく、その単語が束の中で明確な文字となった。

「あぁ! 好きみたい———あはっ、あははは、は、イエッイエッ!———ああ、そうか、そうなんだ、あはッ!! 好きなんだ、ああ———もう、好きだよ、大好きだあああああああッ!! ゲボ君、お前が欲しい良い良い良い良いイ??????!!!!! って事かな? 事なんだよね!! 事でいいよねッ!!! いいねえ、良いよこれ! 良いぐらいに可笑しいよこれ! 馬っ鹿じゃないの? 狂ってるとしか思えないよ、この思考の不合理っぷり! 最高最低最悪最良最狂だよ!!」



 好意とは狂気である。
 奇しくも束の持ち論そのままに悦び狂う。



 その自覚の仕方、北●誠一かお前は!?

 想定とはブッ外れた束の反応に、自覚させたのはまずかったか、失策だったかと考えてしまう千冬だった。

 だが、千冬としては本当に見ていて歯がゆかったのだ。
 古くからの幼馴染が、もう一人の幼馴染に向ける感情は年不相応に幼く。
 親しければ、誰にでも見て取れる程に。
 そっと、背を押したくなる程に。



 少しは人並みな感情を憶え、思春期特有の暴走はあれども、少しは今までのような狂態が落ち着くと思いきや……。

 これである。
 喜色満面の大嬌笑。

 さもあらん。ただ、勘違いしないで欲しい。これは、束が狂っているのでは無いのだから。
 そう———知性に比べて、あまりにも感情が発育して居なかった。
 それだけなのだ。

 人の感情とは、他ならぬ人との交流の果てに育まれるものだ。
 束の交流は述べずとも分かろう、極狭まっている。
 その成長が乏しいのは当然なのだ。

 だがまさか———この点に於いて、箒より幼い(…………)とは。



「あはははははは、凄い、凄いよ!? この条件でずっと考えてみたら、私束さんは一目惚れじゃない? ぞっこんだよぞっこん、これは面白い発見じゃないかな! 凄い凄い! 行動が主観的に一直線だよ? 制御できないよ!? なんて素敵! なんて狂い具合!? ちーちゃん! 私おっかしいよ!?」
 今度は束が千冬に抱きついた。
 さて、今回の自分が正しかったのかどうなのか……真剣に悩む千冬はいつもと違って抵抗が乏しい。

 くるくる、千冬から離れ、束は量子の輝きに包まれる。
「よいしゃーっ! キャロットミサイルオープン!」

 だからこそ、展開されたミサイルに気づくのが遅れた。

「はは、はは、は———じゃあね、ちーちゃん、束さんは行って来るよ!」

 気付けば、束がオレンジに着色されたミサイルにまたがっていた。
 推進器は緑に塗られている。
 あぁ、なるほどヘタか。
 凝り性の束の事だ炎色反応やら何やらで、緑色の火で飛ぶに違いない。

「は? どこに?」
 そう、何処へ行く。

 答える束は鼻息荒く。
「ゲボ君の所にだよ! ゲボ君だって生物学的には雄だよ! 狼なんだよ? 相手が食べられないか心配じゃないかな! もし食べてたら、はは、素敵素敵、何するか、天才束さんでも分からないよ! ゲボ君のお腹壊れたら一大事だし!」

「いやぁ、それは無いだろう。それこそ、ゲボックは男として狼どころかお前の好きそうな兎じゃないか———」
 苦笑混じりにそう言う千冬に、ウサ耳カチューシャを威嚇しているようにイキリ立たせ、束は絶頂テンションのまま叫ぶ。

「ちーちゃん甘すぎるよ! 兎は絶倫なんだよ! 人と同じで万年発情期なんだよ! 妊娠してても更に孕ませられるエロエロ動物なんだよ! うそ、ゲボ君ってそんなキャラだったの!?」

「思考をそこまで飛躍させるな!私の上げた例えにすぎんだろ!」
 うわぁ、さっき束の言った通りだ。視野が果てしなく狭くなっている。

「むーむーむー!! 何を! ちーちゃん程ゲボ君を見て来た人は居ないよ!? そのちーちゃんが兎というのだから兎以外には居ないじゃない!」
「いやいや、冗談だから、おい聞け———」
「はっ、一番見て来た———? まさかちーちゃんもっ!?」

 あろう事かこっちまで疑ってきた。
 ないないないない。
 全力で、首が抜けるんじゃ無いかと言わんばかりに首を振る千冬だった。
 正直、恋する女に絡まれるのがこんなにウザいとは思わなかった。
 あぁ、あんな事言っちゃって、もう後悔が始まったんだなー。

「あ、そう。本当? 本当だよね! 嘘なら……いやいやいや、もう何言いたいのかしたいのかもわかんないなーもぅ!」
 顔を両掌で挟んでいやんいやんしてる束はジュワッと跳躍。
 目をあらんばかりに輝かせ———

「よし、よし、じゃあこうしよう。うむ、よし、行って来るとするよ!」
 結局行くのか。

「この想い、報告しなきゃ、伝えなきゃ、報告したりして、吐き出さないと頭がおかしくなる! あぁ! もうおかしっかな、みゃははははははははァ———ッ!? 王様のミミはロバの耳ってこんなに地獄だったんだね、なんでこんな簡単な事出来ないの? 馬鹿じゃないの、え……束さん馬鹿じゃないよ! 馬鹿じゃないもん! 天才なんだよ!?」

 本当にこれが、さっきまで恋愛感情は錯覚だよと言っていたのと同一人物なのだろうか、激しく疑わしい。

 良くも悪くも人を変えるのは人なのだ。
 そして、束に関われる人は自然、限定される。
 千冬の見落とした点は、自分だって多大な影響を束に与え続け、また、劇的に及ぼせることに自覚して居なかった事なのだ。



「はっははーっ、出発進行———!」
「待てこの発情ウサギ!」

 ミサイルに乗って飛ぼうとする束の襟首を千冬が鷲掴みに。

「ぐぅえ!?」
 当然、慣性の法則で思い切り首が締まる。
 美少女にあるまじき声をあげて転がり回る束である。

「ひ、ひどい、ちーちゃん、束さんの首は飛んでいきそうだよ! そもそも発情させたのちーちゃんじゃない!」
「聞き捨てならん事絶叫するなこのたわけ! ———よかったな、これでPICが無くても飛び回れるぞ、あァッ!?」

 珍しく束は眉を寄せ、抗議に湯気をあげ……うん、芸が細かい。
「むむむむむむ!! いーもん! 束さんは頑張って、首が取れてもちゃんと飛び回れる、玉のような子供を産むもん! びゅんびゅん飛び回って皆を驚かすんだよ!」

「……それはどこの妖怪か将門だ。確かにシルエットは玉みたいだがな……」

 なんだか、もし二人に子供ができたらどんなものが生まれても、あぁ、あの二人だしな……と言えそうだった。

「あのなあ、そもそも———」
「うん、まさかの束さんも自分がゲボ君と交配実験を望むとは思わなかったよ」
 身も蓋もない言い方だな……。

「うんうん、最初はちーちゃんにやってもらうつもりだったし」

———ぶぅ!?

 思わず吹き出した千冬だった。
 こいつ、何て恐ろしいことを考えつくのだと。
 やっぱりよかった、自覚させてよかった……!
 内心、心の底から安堵する千冬を置いて束の暴走は止まらない。

「だっていっつも気にかけてたし、交配させるならちーちゃんかな? って思ってたし」

———ごすぅん!!

「ブッ!? 痛あぁぁあああいっ! 考案してただけなのに本気で殴ったぁ!」
「五月蝿い!」
 実は本当に本気だった。
 束の強度も侮れない。

「でもそうなると何が生まれるのかなー? でもダメだよ、私が好きなんだからね!」
 キメラの恐怖か……?

「おぉー、眉がよってるよぉ。その反応。そっか、ちーちゃんはゲボ君の遺伝子に、明らかに未知の酵素が含まれてるの知らないんだっけ?」

 ……待て束、今お前なんて言った?

 束はゲボックへの異物感を科学的に証明していた時期があったのだ。
 幸い、千冬の鉄拳のおかげで血だの体液だのサンプルには事欠かなかった訳で。

「地球上の如何なる生き物にも確認されていない、未知の合成アミノ酸が組み込まれているんだよね……本当、不思議」

 ……は?

「ゲボ君にはね、ゲボ君だけの固有のアミノ酸や、それに関する酵素が遺伝子レベルで点在しているんだよね。それはね、今言った通り、地球上ではどんな生き物も持ってないものなの」

 束はさっきの紙芝居セットにDNAの拡大図を投影する。

「これはね、ゲボ君が地球上で発生した生き物である限り、絶対に有り得ない事なの。
 ……ほら、ゲボ君と出会ってから、一月ぐらいの時かな? 体調崩れたじゃない、傷は有り得ない速度で治ったのに。
 あれはね? その酵素を接種できない事による栄養失調だったの。
知ってるかな? ゲボ君はね、それを合成してサプリという形でしかそれを接種することができない。
 摂らないで居ると、必須アミノ酸が無くなって死んじゃうんだよね」

「……は?」

「うん、そのアミノ酸がよりにもよって、遺伝子を構築しているから、正直束さんがどれだけ頑張っても、ゲボ君の子供が生まれるかは全くの未知数。何が生まれるのか、そもそも交配できるかも分からない」

 言っている内容と相まって、平然とした束の表情が一層不気味だった。
 千冬は、一言も発することが出来ず。

「うん、束さん自身の体を使って交配実験が出来るんだから、躊躇の必要は無いよね……ああ、本当興味が沸くなあ……ゲボ君って本当に、何なんだろうね?」

「まぁ、だいたいの推測は着いているんだけどさ。ジャイアントインパクトって知ってる?」
「……NH●の番組で見た気がするな。古代の月が地球に激突した、とか言う話だった筈だが」

「うん。ぴんぽんぴんぽんその通り! その衝撃で『今の』月が出来たって言うけどね、その時の衝撃で生命の元となったコアセルベートが生まれるきっかけとなったとか、遺伝子の元になったアミノ酸の欠片がウィルスの形で散布された、とも言われてるんだけどね」

 紙芝居を一枚めくる。

「ゲボ君の中にはそうやって出来た現生物の上に、さらに生命が細胞に同居しているんだよ」
「……前、ゲボックが言っていたレトロウィルスか?」
「いんにゃ、そうじゃないの」
 束は慎重に言葉を選択する。

「レトロウィルスは細胞核を破壊して細胞の自己増殖機能を乗っ取って自己増殖、細胞溶解する分子機械みたいな奴なんだけどさ、どうも色々失敗して生物のDNAを取り込んで突然変異したり、逆にしょって来たDNAを組み込んで単一世代進化させたりするものでね、凄いように見えて、その実エネルギーは細胞内のミトコンドリアのを掠め取ってるだけなんだよ。言ってしまえば簡単に書き変わるコピーミスプログラムの組み込まれた単純プログラムって感じ。電力/エネルギーはあくまでプログラムを走らせるコンピューター/細胞から得ないと何も出来ないんだけど……ゲボ君の細胞には、恐るべき事にその真逆のモノが混入されて居たんだよ」

 なんだと思う? と言う束。
「もったいぶらずに教えてくれ……なんなんだ」
「言ったでしょ、真逆のモノなの。何の仕組みも無い、ただ生命エネルギーの塊としか言えない特殊細胞……言って見るとね……」

 紙芝居を更に一枚めくり。束は告げた。

「それはね……『水』、ただ、莫大な生命エネルギーを内包しているにも関わらず、指向性の無い、水分子で構成された高分子アミノ酸……としか言えないもの……そんな正体不明のものだったんだよ」
「水? 人体は元々7割ぐらい水だろう」

「……うん、そう。だけどね、これは水なのに『水』どころじゃないんだよ」
「訳が分からない、はっきり言ってくれ」
「そうだね、これは言ってしまえば『水』なのに『生物』なんだよ。水分子だけで出来た、高エネルギー内包生物———かつてミトコンドリアって酸素から莫大なエネルギーを得る事に成功した生物は、細胞核を持っている生物の中に入り込む事で、それまでとは運動能力に置いて一線を画す原核生物の元に進化したんだけど……それと同じような、でも、ミトコンドリアどころじゃない。とんでもなさ過ぎるものなんだよ、これはね。僅かにでも生物の中に入り込めばその莫大なエネルギーを持ってその生物を極端にまで強化する。そうだね、『生命力』といっても過言じゃないかな。純粋な———そう、言ってしまえば『生命のプール』……普通、これは生物を強化するから単純に生物は巨大化したり強靭な肉体を獲得したり、特殊な力を得たりするんだけど……ゲボ君は、取り込んだのか、ミトコンドリア同様、親からそれごと遺伝して来たのかは分からないけど……そのエネルギーは……」

「まさか、アイツの頭脳は……」
「うん。そのエネルギーは一切肉体を強化する事には使われていない。その才能に適応したのか、それとも偶然なのか、脳神経ニューロンを兎に角強靭に複雑に、しかも何が在ろうと衰退せずに、事によっては再生までする程に———もうぐねぐねだねッ!?」
「なんだ———その擬音」
「そうとしか言いようが無いんだもんこうぐねぐねーって」
 腕をうねうねしている束を見ながら千冬はますますゲボックの正体が分からなくなって来ていた。
「でもね、確かに凄い脳神経だけどさ、頭脳の優秀さとは関係ないと思うよ、単にボケない忘れない、処理速度、発想が高レベルなだけで……それを使いこなせないと意味が無いから」
「……確かにゲボックがあんな頭をしているのは『好きこそものの上手なれ』が大きな割合を占めているしな———」
「度を越えてるしねー」

 しかし、疑問は一層強まるだけである。
 一体、彼は———どこからやって来たのか……。
「まさか、ゲボックの奴は本気で地球外生命体なんじゃないだろうな……」
「んー、全く否定できないよねえ。束さんは人間扱いしてなかったし」
「……それなのに惚れてたのか!?」
「ん? 自覚したのさっきだし」
 ……本気で指摘した自分が正しかったのか、疑問に思う千冬だった。今更……もう遅いし。



「ところで束? ゲボックのその『水』とやらが、生物を強化するってどうやって調べたんだ? 怒らないから正直に言ってみろ?」
「……ぜ、ぜぜぜ、絶対嘘でしょちーちゃん、笑顔が怖いよ」
「んー? な、言ってみろ」
 顔が強迫モードである。

「……んーとね、小学校のザリガニに投与してみましたー♡」
「あの、小学校の校庭を爆走して、車をなぎ倒しながら奈良まで一直線だったあれか……」
 なんか、鹿が好物だったらしいそのザリガニは結局、ゲボックに熱線で真っ赤に茹でられるまで飽食の限りを尽くしたらしい。
 ほくほくたいへん美味でした。

「あれはお前だったのか束ェェェェエエエエエエッ!」
「……貴重な日本ザリガニだったのにね……」
「……う」
 振り上げた拳を降ろさざるを得ない千冬だった。
 一番美味しいと言っていたのは彼女だったからである。
 小学生とは言え、黒歴史が増えて行くのは辛いものである。



「ああ、そーだそーだ、ちーちゃん!」
「……どうした、束」
「一日にどれだけ個人を思う時間があるかって言ってたけどさー」
「ああ」
 さっき束に自覚させる為に使ったものだが。



「ちーちゃんも同じぐらい一日に思ってるから、ちーちゃんも大好きだーっ!」
「……はァ!? 待て、来るな束ぇーッ!」









「昨日は死ぬかと思いましたよ」
「本当、よく生き残れたよな……」

 そこは、ゲボックの秘密基地の前だった。
 ミューゼルは居ない。
 居るのはゲボックと結局ここまで付いて来たティムである。
 日本に帰って来たのだ。

「そう言えば、ティム君、ミューちゃんに付いて行かなかったんですか? 小生よりミューちゃんの事が好きだと思ってたんですけど」
「力不足だってよ」
「あー、ミューちゃんの組織って弱いと売り物にされるかバラ売りにされるかのどっちかですから、世間の荒波に塗れてこいって事ですねぇ」
「しっかしこの国、本当、平和ボケしてるなあ、生温くてバッカみてぇ」
 ここに来るまでに、認識を阻害して来たのだが……ティムからすれば、一切警戒を抱いていない街に違和感を禁じ得なかった。

「でも、市民には治安組織が厳しくもありますからねえ。ティム君も日本語憶えないと、満足に街も歩けないですよ?」
「うわ……最低だな、クソっ」
「まあ、戸籍作っておけば変な国には送還されないでしょうね」
 にゅっと、空間投影モニターを展開するゲボック。
 ドリルとペンチでてちてちと、しかしとんでもない速度で情報を入力して行く。

「……戸籍?」
「……うーん、手頃な男の子の戸籍が無いですねえ」
「待てコラ」
「……しょうがない、女の子の戸籍で良いですよね……ハイ終わりですよ」
「手軽すぎんなアニキ、おいテメエ!」
「小生のいとこって事になってますので……戻りましたよー、ただいまですよぉー」
「……ここ、城?」
 ゲボックの秘密基地を見上げて呆然としているティム。
 出迎えたのは灰の三番だった。

「おぉー、お迎えありがとう御座いますよ。あぁ、この子ですか? 助手にしました。ティム君です」
「ちょっと待てアニキ! 聞いてねえぞ! つーか誰だよこいつ!」
「小生の娘です。名前は灰の三番……ん? どうしました、灰の三番。ティム君にはグレイと呼んで欲しい、と。あー、いっくんに付けてもらった名前がお気に入りなんですねえ」
「娘ぇ!? いや年近いだろ、そうでも逆だろ!?」

「それじゃあ、灰の三番、ティム君の身なりを整えてあげて下さいね」
 ぺこり。

 一礼した灰の三番はティムを連れて基地の奥に連れて行った。
 風呂なり着替えなりさせるのであろう。

「さぁて、小生はこれから外では出来なかった研究を……」
 がし。
 ずるずる……。

「あれぇ? おっかしぃなぁ、体が勝手に後ろに引っ張られてますょ?」

 楽しい科学的実験(サイエンス)を始めようとした矢先に、後ろにぐいっと引っ張られている。引っ張られ続けている。
 そして、恐ろしい何かを———感じられないが、感じられないように押し込めている。
 解き放たれれば、どうなるか分からない。
 そんなものが、二つも感じられる。



「ははは、昨日の今日で帰って来るとベッキーに聞いた時は耳を疑ったがな?」
「ふっふふー、唐突に出現はゲボ君だけの取り柄じゃないんだよー?」
 ゲボックはだらだら脂汗が背中を伝うのを自覚していた。

「おぉう、灰の三番がなんかいつもと違うなー変だなーとは思ってたんですよ?」
「あぁ、アイツもちょっと腹に据えかねてたみたいでな? いつもなら世話焼きのアイツだ。お前も身なりを整えられてるだろうさ、私達が頼んでいなければな」
「ゲーボ君ー? 出かける時はどこに行くのか伝えるように教えられなかったかなー?」
「……それはお前もだ、束」
「いーじゃん、言うくらい。今回一年もぶらぶらしてたのはゲボ君なんだし」
「そうだな、今日は大目に見よう」
「うん、この一年間——————」
「どこほっつき歩いて何をしていたのか、じっくり聞かせてもらうとしようか?」

「……えぇ? フユちゃん? タバちゃん? あれ? タバちゃんも!?」
「ベッキーに頼んで『特別な個室』を作ってもらっている。必要なものは全部あるぞ、じっくりたっぷり時間もある。ようく聞かせてもらうとしよう———」



「う、うわっ、な、な、なな、なんだお前らはああああああぁぁぁぁぁぁッ!!」
 悲鳴が聞こえて来た。それも絹を裂くような。
 ああ、生物兵器の一群にでも会ったのか。
 確かに初見は、あいつら怖いしなあ。



「……あ、ティム君悲鳴上げてますよ、小生ちょっと様子見に行ってきますよ」
「そんなの、いつも気にするお前じゃ無いだろう? ゲボックぅ」
 ゲボックが初めて見るような満面の笑みで千冬がこっちを見ている。

「うん、あの子に付いても色々聞きたいねぇ、束さんは珍しく傾聴万全だよーん?」
 束も同じ表情だった。幼馴染みとはこういうとき色々似通って来るから怖い。
 変に影響を与え合っているのでいよいよである。

「あ、ティム君は拾ったんです。助手してくれますよ?」
「まあ、その話は———」
「ゆっくり聞かせてもらうだけだから大丈夫じょぶじょぶー? ふっふっふ……」
「綺麗に繋げるなんて息ぴったりですね!?」

「ああ、まぁいい。もう何か言うのが面倒だ、来い」
「何をするかな、何をしようかな。で、この金髪何かな?」
「およ? およおよ? タバちゃんが何故か怖い!? 小生の金髪ですよそれ、いや、待って待って、ちょっと———」
 ジタバタジタバタ抵抗するが、所詮トロ臭いゲボックでは千冬どころか束でも一対一で引きずられかねない。
 なす術無くずるずると『特別な部屋』に引っ張られて行く。

「聞く耳持たん」
 完全に千冬は無視し。

「待ったなーい、のんすとっぴんぐー!」
 束も色々量子化して持ち込んでいるのが分かった。



「な、何ででしょうかね?」
 その問いに応えるものは無く。

 暫くして。

「勘弁してくださあああああいっ! いや! いや! ッア———!!」
 何が起こったのか。
 取りあえず、推測だけにした方が良い。






 そして、洗浄室。
 詰まる所大浴場で。

「だ……誰か、誰でも良いから、助けやがれ……」
 ティムが、硬直していた。
 借りて来た猫どころではない。
 猛獣の檻に入れられたハムスターの如く縮こまっている。
 戦力的には当たっているが、何とも言えないものがある。



「いやー、良い湯だなあ」
「…………」
「お背中流しますか?」
「——————♪」
「(ピカピカ眼が光っている)」
「私ロッティ、あなたはなんて言うのー?」

 猿が冬に温泉につかるがごとくに。
 様々な異形、風貌に囲まれ、ティムは風呂から一歩も動けなくなった。

 この浴場に於ける恐怖体験は、のぼせて医務室に担ぎ込まれるまで、延々とティムを苛む事になるのであった。









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 今回も長い……テロップ本気でヤバいのか、俺の書き方が悪いのか……。
 伏線回ともう一つ、やっと書きたかった、束からゲボックへの想いの変遷です。



 遭遇編2話で束がどうして興味持ったのか、とか。
 しかし、こりゃまー、俺が恋愛観とか、好意持つ経緯書こうとするとどうしてこんなに回りくどくなるのか。
 単に好きだ、と言わせるまでの長さ、まさに地獄。
 テロップでさえ長かった、本番で更に長い!



 なお、今回の束の恋愛観については、現世の魔王、空目恭一陛下と鏡こと、稜子ちゃんの会話、ならびに心臓の代わりに時計が埋まってカチカチ言ってる一夏とはまた違った唐変木、九門克綺とファンタスティカこと、牧本美佐絵さんの対話から大変沢山に参照させていただきました。

前者は徹底否定。後者はそれらをふまえた上で『自分はあなたに必要以上に感情移入している、つまり、好きだ』的な概要を言っている。理論は前者が主だけど、流れは後者に持って行けただろうか、うーん、恋愛観は本当に難しいのでスよ、わたすにとっては。




本当、一夏のフラグ体質が恐ろしすぎるわ。
あ、優しい。惚れたとかさ、なんだろう。他の娘と仲良くしていると胸がチリチリ……好きなのかな……

ティムじゃねえけどざっけんなああああああああ!!!
肝心な惚れた経緯を教えて欲しいんだよ! 何だよ、もう気付いたら惚れ構築済みだこんちくしょー! ラウラぐらいか!? でもあれクロッシングである意味一目惚れだよな、ちょっと会話したけどさー!
私が一夏ハーレム構築の流れ書こうとしたらそれだけで執筆気力が潰される。どれだけ駄文を連ね連ね示せば行けないのか気が遠くなる———ああ、潰される。絶対潰される。確実に潰れますブッチャリと。
と言う訳で、原作編では、双禍から見たら、あ、ハーレム増えてる。ってな感じで心情の移り変わりは出せない。つうか出したらマジで話が進みません。その辺は原作力に任せます
あ、何でか好きになってる……便利だ、原作一夏ァ……。


一目惚れって衝動買いと変わらない。そう言った短絡的な感覚を人間に対して抱くのはナンセンスだと空目陛下も言っておられます。蘭、そこは思い直そうぜ、と強く言いたい。弾兄ちゃんが可哀想すぎる。



そして、捏造設定一つ。
ゲボックが頭良いのって月香の生命のプールのせいだったんだよー! とか捏造ばりばり
しかし思うのですよ。月香が墜落したとき、彼女自身でも知覚できない程細分化した欠片があったのではないかと(寄生獣のミギーのように)

生命力で生命が強化されて巨大怪物になったりするのだし。
その力場のなかで精神生命体——魔族が生まれたりするのだから、
人間の生命的特徴、知性を特化強調させたのがあるのではないかと。

しかも、直接取り込んでいた強キャラではなく、先祖が取り込んでその子孫で隔世遺伝的に出たのだ、死神三番のように……とか勝手にやってみました。
こっちに月香来ないから別にいいやとか……うん、軽率だったかも
ただ、クロスしてその異物感出さないのはなんか嫌だな、と思って出してみたり。
あの世界の最大の特異点はやっぱり月香だと思うのですし……





PS 原作一巻分の話が終わったら、元ネタ集作るつもりなんだ……



[27648] 転機編 第 3話  思春期狂宴_其中
Name: 九十欠◆82f89e93 ID:a6979411
Date: 2012/03/26 00:19
 それは、千冬が珍しく、家で一人きり、のんびりくつろいでいる時だった。

 一夏も灰の三番も不在しており、脱いだものはソファーに脱ぎっぱなし、脱いだままの下着姿で一夏作の冷めても美味しい肉じゃがを摘まんで舌鼓を打っていたところだ。当然、箸なんてお上品なものは使っていないのが本人的には最高である。
 以前、手作りの煮物にレンジをかけすぎて突沸させてしまってから、あれこれと一夏が試行錯誤したようで。その格差に、自分ははたして女としてそれはどうよ、と思わなくも無い……が。
 自分が家庭を支えているのだし、と問題を先送りにするのも常の千冬だった。

「平和だ———」
 ここ最近、ついぞ訪れていなかった平穏を堪能する。
 このだらけきった姿を見ると口煩く(と言っても声が出ないが)言ってくる灰の三番は今イギリスである。
 本格女給の一週間短期講習に行ってくるんだそうな。
 たまの連休で暇を与えたらこれだ。
 自己研鑽に余念が無いのは素晴らしいが、生物兵器としてそれはどうよと突っ込みたい千冬だった。
 どっちかと言えば自分の方が生物兵器染みた日々を送っているので藪蛇にしかならない———故にぐっと飲み込む千冬なのだった。
 誰だって自分の方が痛い喧嘩はすまい。

———と、言う事で口煩い者も狂乱も無い。千冬にとって至福の時間であった。

 が、そんな時間は刹那の如く儚いもので。

———フユちゃぁぁぁん……助けてくださぁ……い

「……はぁ、儚い平穏だったか……」
 脳裏に届いたゲボックの思念波に軽く溜息を吐くと、気軽な服装に着替える。

———で、今どこにいるんだ?
———タバちゃんちです
———ごゆっくりな
———はぁい!? ちょっとちょっと、どうしてそんな返答になるのですか!? もう出会って十数年にもなる幼三人組の一人である小生の大大どぅあいピンチなのです! これはもうフユちゃんなら是非とも助けに向かわずには居られないはずですよ!!

———十年以上か、長かったなぁ……
———はいですよ!
———切るには頃合いだな
———手厳しいッ!?

 などといつも通りにゲボックをからかいながらも、既に玄関にいるのだから、この縁は相当堅固に違いない。
 自分がいくら切ろうと足掻いてもドンドン新素材で補強して行くのだろう、天才達に辟易しながら、自宅をあとにする。






「こんなん如何かな! ゲボ君」
「あ~~~~」
「ようし、この調子で束さんは頑張っちゃうぞぉ!」
「あ~~~~」
「………………(千冬)」
「ほぅれほれほれ如何かな~」
「あ~~~~」

「…………おい、待てやコラ」
 低く告げる千冬の声は重くドスが効いていた。

「あはっ、やっほー、やっほー、やっほぉう……山無いから谺は自作自演だよん。んーんんー? ちーちゃんじゃない、どうしたのー?」
「呼ばれたから来て見たものの……」
 ゲボックが非常に珍しく助けを求めていたのでやって来たというのに。
「何をしているお前ら」

 千冬が初め見たのはゲボックの顔、その下半分だった。
 ……で、千冬が注視しているのは上半分。
「ゲボ君、嬉しい? 如何かな~、良いかな~、好きだよね~、ぱふぱふ~」
「……うむ」
 誰だお前。
 思わず言いかけた。

 だから代わりに———
「なにが『うむ』だ!!」
 踵を振り上げる。下着が見えてしまうが気にする千冬ではない。

 何よりここにいる唯一の男の視界はあろう事か束の母性の塊———あぁ、まさに塊だ———によって視界を独占されているのだ。

 と、踵を振り上げたは良いが、ゲボックの頭部はずっぷりと保護されてしまっている。まぁ、その、束のそれになのだが、その重量感たっぷりの衝撃緩衝材に踵を振り落とすのは同じ女性としてあまりに引けたので、思いとどまり腿を引きつけ———

 難しい。ヤクザキックに切り替えようとしたのだが今の束とゲボックの体勢、努めて意識しないようにして来たが、この足の行き所を考えるにはどうしても思考のテーブルに上げないといけないので仕方なく、もう、本当にしょうがない為あげるのだが———

 先ず、ゲボック。
 座り込んでいる。
 時折びくっ、ぴくっと痙攣し、一貫してほぼあうあう言ってるだけなのだが、一応束の声は聞こえるらしく、なん等かの反応がある。
 ここから覗ける肌があり得ざるほど真っ赤に充血しているので、相当興奮状態のようである。

 続いて、束。
 座っているゲボックの後ろで膝立ちで後ろから抱きついているのだが、束は何を思ったのか女の最大武装をよっこいせとゲボックの頭に載せていたのだ。

 ので。ヤクザキックを与えると、後ろの束ごと吹っ飛ばす事になる。
 ……と、何か今以上にもみくちゃでR指定が付きそうになる気がした。
 これは経験則から来る予測である。千冬の経験値も半端ではない。

「それ」
「ぶっふぁっ!?」
「あぁんっ」
 それゆえ、回し蹴りに変更、ゲボックの脇腹に炸裂させた。
 艶っぽい束の声がまた鬱陶しぃ。
 肝臓に入ったようで背中をペンチでタップし続けるゲボックを見下ろしつつ、天を仰ぐ。

———と、そこで束が気付く

「あ、ゲボ君鼻血だ!!」
 そこには、血液と殆ど変わり映えしない程赤面したゲボックが腰と鼻を抑えつつ血を迸らせていた。
 勢いが尋常ではない。血圧上がり過ぎである。
「と、取り敢えず止血だ止血! あと、何か冷やすものだー!!」
 流石の千冬も慌てるしかない。SOSは確かであった。
 一歩遅ければどこかの血管が破裂してもおかしくなかっただろうし。

 ゲボックは、恐るべき程純情であった。



 さて。
 束がゲボックへの感情に気付いてもう少しで3年になるだろうか。

 千冬も束も、そろそろ美少女を脱し、美女へと完全に移行しつつある。
 特に体付きは顕著で、出るところは出て引っ込むところは引っ込むと言う素晴らしさ。
 日々剣を振っている千冬が引き締まっているのはわかるが、何故に特に運動していない束に余分な肉が付いてないのだっ(血涙)! と言うのが世の女子の苦言であった。
 束に言わせれば、何でも食べられる健康美だと言ってはばからないが、それじゃあ食ってなおそれかと暴動が起きかねない。
 まぁ、それは束の悪食を知らぬ者達の言なのだが。

———それでいてなお、束の発育は目まぐるしい

 既に巨乳を逸脱し、爆乳に突入しつつある束のそれは、ゲボックをそれだけで無力化させたのである。
 千冬の見たてでは、遺伝子の成せる業だと見ている……束の母親なり、叔母を見るなりだ……一体、どんな進化の収斂だろうか。
 この見たては8年後、箒が証明する事になるがそれは別の話、とひとまず置いておく。
 そうだ置いておくのだ、だから黙れ。良いから置いておけ。



 もうじき、高校を卒業する。
 中卒者になるのでは? と言う千冬の懸念はわりとあっさり解決した。
 近場の高校に進学出来たのだが、学力平均より上を目指した千冬にごく普通に天才が二人もくっ付いて来るのは如何なのだろうか?
 きっと影では高学力の進学校が涙を飲んでいたに違いない。

 ごく当然のように同じクラスに集う事もいつも通りで、その裏の暗躍を努めて考えない千冬である。

 時折、『裏』で国際指名手配されているゲボックを狙った諜報員と生物兵器の激闘の名残り———消しきれていないそれを見かける度にスルースキルの熟練度が上がっている千冬は日常を楽しむのみである。

 道路には、戦闘の余波で引っこ抜けた街路樹がビーバーの巣の様に積み上げられている……あ、ビーバーみたいな生物兵器がいる。数少ない自然なのだから大切にして欲しい。

 街路樹の代わりに、とでも言っているのだろうか、延々とエージェントが犬神家の事件、湖のあれみたいに生えている通学路を横目でみつつ、神社へ視線を向けると、知恵の輪菌に感染した様な有様のエージェントをショベルカーが撤去中だった。
 咥えタバコの狸が重機を運転して居るのは気のせいだろう。うん、きっとそうだ。

 ハァァア……と、軽く息を吐くも、胸の内の暗いものは残留して抜けていかない。

 そろそろカンストしそうだった。キャパにも限度はあるのである。

 この時点ではテストパイロットである千冬はそれほど有名では無いが、束は今や世界一有名な美少女だ。
 皆、興味津々で集まって来るのも当然と言えるが……。

———が
 恐るべき絶対零度の無関心で皆ドン引きだった。
 本気で完全無視なのである。
 陰口を叩かれようが、カクテルパーティ効果で完全に有象無象の雑音と決め、仕分けてしまっている束には、暖簾に何とか糠に何とか、馬の耳に何とやらである。

 対し、両腕が生活性皆無の義手である、これまた悪い意味で際立つゲボックにも人が集まり、まぁ、聞かれずとも一々愛想良く答えるものだから……そうなるとヤキモチを妬いてますます束の機嫌はレッドゾーンに突入しかねなくなるのも必然であり。

 …………千冬の心労も察していただきたい。

 一体、何度白騎士事件が再現されかけた事か。
 とうとう耐えかねて鉄拳制裁が入って以来、一応応答するようになるのだが、束にしてみればそれは相当苦痛なようで、その反動でますます二人にべったりと依存して行くのだった。

 そんな学生生活も、もうじき終わる。
 束は既に国から彼女の研究所が与えられており、そちらに向かう。
 翌年、競技となったISの模擬戦闘、その世界大会が開催される予定である。その日本代表が操縦する機体の開発であった。
 当然、千冬はその機体のテスト要員として束とともに行く。
 実際、二人はしょっちゅう研究のため欠席していて、出席日数はまるで足りていないのだが、学校としては手放す筈もなく、特待措置としての卒業であった。
 日常……と切望する千冬がいたとか何とか。

 そしてゲボックは……。

 束の研究所には来れない。
 それは、ゲボックが世界に対してやった事、それに対する責任その他を国が背負うと言う事なのだから。
 では高校は? と言えば、この高校はとっくに買収済みだと回答が来る。
 『何をしても良い』のはそのためであった。



 そしてそんな束は。
「いい加減、素直に告白しろ束。初日の勢いは如何したんだ?」
「うぅぅ~、だって恥ずかしいんだもん」
「……何が『この想い伝えなきゃ』、『王様の耳はロバの耳の気持ちが分かる』だと? あと、今お前がしてた事細かに言ってやろうか?」
「待って待ってちーちゃん待ってぇ!」
 ジタバタ暴れる束だが、その顔面は千冬の手で鷲掴みであった。
 どれだけ暴れようともびくともしない千冬も凄まじい。

 そう。
 意外な事とお思いだろうが、束は未だゲボックに想いを告げていない。

 いざゲボックの真正面に立つと、さっきのゲボックでは無いが、顔面を真っ赤に火照らせ、酸欠状態の鯉みたいにパクパク口を開閉させるだけになってしまうのである。

 そのくせ、ヤキモチ妬きなのは相当で、ゲボックが他の女子と和気藹々と会話しているのを見るや、兎を掻っ攫う木菟(みみずく)のようにゲボックをひったくって物陰で過剰なスキンシップを始めるわけで———
 今日程のものは流石に早々ないが、ぎゅーっと誰にも渡すまいと抱きしめている束と、青少年には色々過激な刺激に脳の血管が切れそうになっているゲボックを教室まで引っ張って行ったのは一度や二度では無い。

 お前の羞恥の基準は一体どうなっているんだと頭を掻き毟りたくなる千冬であった。

 まぁ、なんだかんだ言って、束と箒は根っこは一緒の姉妹という事だろう。

 この頃の一夏が、箒の言動を今一理解できないと灰の三番に漏らしていたそうだ。
 その旨を灰の三番に聞いた千冬は、自分に相談してくれなかったのが相当悔しかったのだろう。
 その日、篠ノ之道場での彼女はベルセルカが如く荒れに荒れ、門下生が何人も、『人体が出してはいけない効果音』を奏でながらスーパーボールのように跳ね回るという、身の毛もよだつ惨劇の舞台となった。

 道場主の柳韻は後に———

 門下生の三分の一が消えた。
 あれ程の惨たらしい事件はそうそうあるものでは無い。
 正直な話、止めるのに死を覚悟した。

———などと残している



「で、何を待つんだ束?」
「だってだって、既成事実のためにお酒とバ●アグラを混ぜて飲ませても、ゲボ君の強化改造された肝臓は全部分解しちゃうんだよ!」
「おい待て未成年」
 あと改造。



 良い子の皆、この組み合わせは心臓がショックで止まりかねない危険な組み合わせだから気をつけてね!

———良い子は酒飲まねえよ
 まぁ、ある意味この作品自体が混ぜるな危険だがな!
 黙れメタ。



「先ず普通に好きだと言え馬鹿」
「お……女の子は男の子に好きだって言ってほ、欲しいんだな!」
「その口調は山下清画●か」
「あぁ、漫画貸してくれる人?」
「いや、それは……山、何だったか?」

———その頃
 一人の男子がクシャミをして鼻をすすっていた。
 呼んだかー? いや、俺もおにぎり好きだけどさ。
 奇しくも同じ学校、同じクラスに進学した山口だった。
 もう諦観しているため、普通に反応するらしい。



「……全く、ゲボックは安泰だからいいものを……普通なら取られるぞ?」
「あれだけくっ付いて何もしないゲボ君がおかしいんだよ!」
「何故まず肉欲から行くんだお前は……」
「思春期なんだから当然じゃ無いかなー、全く、モテまくるちーちゃんには分かんないって!」
「女にばかり告白されても微塵も嬉しく無いぞ私は……」
 大体、月一で女子に告白される千冬の嘆きだった。
 女子達の間で、色々取り決めと牽制、抜け駆けと調停の応酬がある事を千冬は知らない。

「あぁ、実際動いてるのは女子だけだもんねぇ、ちーちゃんは高嶺の花すぎるんだよ」
「……なに?」
「ちーちゃんは異性の好意に鈍すぎるんだよ、あのうざったい奴ら(束主観的に全員へのへのもへじ。識別不能)がどれだけアプローチしても全く気づかないから行動起こす前に撃沈してるんだしね」
「はぁ!? 私が男にモテるわけないだろう」
「……ふぅ、流石ちーちゃん、いっくんのお姉さんだ」
「その言い方は激しく腹が立つんだがな。『億が一』そんな奴がいてもだな。そもそも、私は真正面から好意も伝えられん軟弱者なんぞと付き合う気はさらさら無い」
「ブーブー、それは束さんが軟弱者って事かな! ……ふんふん……それまでは絶対安心圏だと———兎も角だよ! そもそも今回の勇気を振り絞る行動! まさに軌道エレベーターの舞台から飛び降りる心境で実施した本作戦は束さんの叡智を振り絞って———『束サんミット』———で全会一致の総員可決された、超々々高———尚!! な、ものなのだよ!!」
 叫ぶ束と、対して色々絞り過ぎだな、と淡々に思う千冬だった。

 ところで。
「たばねさんみっと? 何だそれは」
「ふんむ! よくぞ聞いてくれましたぁ! 『束サんミット』とは———



 束は一線を超えた天才である。
 一日35時間生きるという言は比喩ではない。
 活性化して沈静化する事を知らない彼女の知性は、安寧なる眠りを彼女にもたらさない。
 眠りとは記憶の整理であり、現実と等しいシュミレーターと化した脳内理論実践場であり、主観時間を操作し獲得した時間を活用する場である。天才にとっては、時間さえ常人とは等しい尺度の財では無いのである。

 そしてこの夜、束はその持てる頭脳の全スペックをふんだんに活用し尽くし、とある自己討論型会議を開催していた。

 その名称が、『束サんミット』なのであった。



 巨大な大段幕が掛けられていて、そこに大々と本日の題目が掲げられていた。

 題目とはズバリ———

 『ゲボ君を如何に誘惑するか』
 ……これぞまさしく才智の無駄遣い、その極みであった。

「諸君! って言ってもここにいるのは全部束さんだけどね。えへへへ、分かっていると思うけど、ゲボ君とらぶらぶぶっちゅぶちゅするためにはどうすれば良いか! それを是非とも決定するために意見を出し合うのだ、にゃはははははは!」

 そう叫ぶのは2頭身のSD束だった。
 何故か高校指定のセーラー服とウサ耳、SDにも関わらず巨乳と分かるようなデザインである。

 この束こそが、この場(?)における束の主人格であり、総合司会を司っている。
 名を仮に、『セーラーぷち束』と呼ぶ事にしよう。

 『セーラーぷち束』の宣言に、その場に居る束———全員がSDサイズ———が一斉に歓声を上げる。
 この全て、本当に全て束なのである。
 人は誰しも心の中に天使と悪魔を飼って居ると言うが、束の精神活動はそれどころでは無いのである。

 そして、その中央には仰々しく円卓が設置されており、群衆束とは一際異なる何体かのぷち束が席に着いていた。

 その席についている束は皆、何らかの個性を有しているのか、それぞれ変わったコスプレのようなものをしており———

 かくあらん。思考を分割し、討論形式さえ出来る束の精神は、ほぼ無限数に分割する事が可能、すなわち———

 文字通り、思考の分岐の数だけこの場にぷち束は存在する事になるのだ。
 そして、その中でも個性に尖ったぷち束が九体、主要格として存在する。



「簡単だ、的確に囲い込め。ゲボの身内、生物兵器を取り込み、足元を固めても構わん。最終的に婚姻届に印を押させればこちらの目的は達成するのだからな」
 そう言ったのは将校の衣装にサングラス、パイプを咥えたぷち束だった。
 なんだか『マッカ●サー』っぽい。

 明らかに口調からして異なるこのぷち束は策謀、計略を司る『参謀ぷち束』である。白騎士事件や獣人事件では多大な発言力を発揮したそうな。

「……それではあまりに浪漫が無い。愛は日常で育まれるもの……一緒に研究して寝泊まりし、ある日……彼の方から……ぽっ」
 ぶつぶつ言って居るのはぐるぐる眼鏡で半纏を背負い、円卓の一部を炬燵に改造してヌクヌクして居るなんだか引きこもりっぽい束だった。
 呼称を『どてら眼鏡ぷち束』と言い、人と関わりたく無い、内向的な面の象徴である。基本受け身なのだが、その分一人チクチク内職して居る時の作業効率は群を抜く。

「駄目だよ! ちゃんとお話しして好きになってもらわないと! 待つだけで期待してたら、おばあちゃんになっちゃうよ! どれだけゲボ君ちに泊まったと思ってるの!? ……殆ど徹夜で寝てないし! 言葉にしないと伝わらないんだよ! だから真っ正面から想いを貫かせないと!!」
 逆に社交的(身内限定)な『魔砲少女ぷち束』が蝶飾りの付いた魔法(科学が極限まで発達すれば魔法と云々なそれ)のステッキを振り回して強調する。
 可愛らしいヒラヒラな蝶をイメージする衣装、しかしウサ耳である。
 なお、そんな事を言いのつる彼女の基本、言葉を用いるものの、やってる事は力ずくのゴリ押しである事が殆どだったりする。

「ねむいー。ゲボくんとねてくるのー」
 そんな会談など全く意に介さぬぷち束がいた。
 ひらひらとしたドレスを着て眼をこするのは、SDサイズのぷち束の中でも一際幼い印象のぷち束である。
 沈黙の兎、という人食い兎の縫いぐるみ(誰かを頭から丸齧りしていて猟奇的であり、お世辞にも決して可愛くない)を抱きしめつつ、ここの空気に全然混じろうともしていない。
 束の童心を司るロリロリぷち束だった。
 束は感情の発達が遅れているため、結構強い勢力でもある。

「「「「「ぬけがけすんな!」」」」」
「びえーんっ、たばねちゃんぜんぶこわいー」
 しかし、6体掛かりものぷち束の剣幕には幼い故に敵わないようで泣き出した。

「全く、なんだかんだ言って貴女達も彼と寝たりいちゃいちゃしたいんでしょうに。具体的には———」
「「「「「「きゃーっ! いきなり何言い出すのー」」」」」」
 いきなりY談を始めるのは如何にも女教師、と言った風情の紅い三角縁眼鏡のスーツ姿のぷち束、『女教師ぷち束』である。教鞭を振ったりホワイトボードマーカーでまぁ、色々書き始め———
「ふん縛っておけ」
 『参謀ぷち束』に指揮された『無印ぷち束』に猿ぐつわでむーむー芋虫にされている『女教師ぷち束』であった。
 まあ、言うまでもないが、束の女性面を真っ正直に出した面でもある。
 知っている知識をドヤ顔で開けかしたりするのも、このぷち束の影響が大きい。



「まあ、よい。何にしても、ゲボ君も男であるからの。女教師の策も悪くはない。寧ろその方向性で行くも良かろう。しかし、となるとゲボ君の趣味趣向を調査する必要があるのぅ、参謀や、その辺の調査は抜かり無いかの?」

 その言葉とともに。
 ゴンドラが降りて来た。

 神々しく円卓に降りて来たゴンドラに腰掛けているぷち束は、一言で言えば宝塚のアン●レのような衣装、きらびやかな羽根が背中からもわもわ出ている一際存在感を有していた。

「はっ、ゴッデス閣下、ゲボは……その、エロいものには過剰に赤面いたします。純情的なタイプであるかと。どれにも過剰な反応を示すので、逆に趣向を特定するのも困難であると思われます」
 流石束、見てないようで何と見ている事か。

「む———浮気や寝取られの心配は無い反応なのは良いが、わらわの賜る至福にさえその様子では、やや難があるのう……どうしたものか……」
「こらーっ! 勝手に仕切るなっていっつも言ってるでしょおおおおおおっ! あと参謀! ゲボ君の事ゲボって呼び捨てすんな! つぅかゲボじゃねえ! ゲボックだ!」
「乙女があんまりゲボゲボ言うのもどうなのかね?」

 その、凄く偉そうなキラキラしているぷち束に『セーラーぷち束』が抗議する。
 どうも、いつもこんなやり取りをしているらしい。

 なお、この無駄に神々しいのは、束の『己に対する絶対の信仰』すなわち『自らに対する絶対の自信』の表れ———『ゴッデスぷち束』であった。

「なんじゃ主人格よ。結局我々は同じ束なのじゃから別にどうでも良かろうて」
「言い訳あるかー!」
「まぁまぁ、落ち着いて。飲み物とかどうですのー」
「おぉう、超気が利くね流石私!」
 後ろから飲み物を進めてきたので、一気にテンションアップして飲み干す『セーラーぷち束』……が。
「ッブふぉぉ!? って何これ生臭ああああああああッ!」

 ブッハァッと赤茶けたドリンクを吹き出す。
 他のぷちぷち束は見事にしぶきから完全回避だった。
 末端でも流石は束である。

「ストレスが溜まっていたようなので、カルシウムとビタミンDが採れるイワシジュースを作ってみたんですのー。キャハッ」
 竹箒をかき抱いてシナ作っているのはエプロンドレス姿の『メイドぷち束』。
 束の奉仕心(身内限定・一方通行気味)を担当している。
 ちなみに竹箒には『箒ちゃん印。洒落は洒落でも御洒落なのさっ!』なんて書いてある。
「いくらなんでも生臭いよ! どうやって作ったんだよ!」
「鮮度の高いイワシを一匹丸々ミキサーにぶち込んで作ったんですのー」

「生そのまんま!? 喧嘩売ってんのかごらあああああああああァァァ———ッ! だいたい今時『ですのー口調』なんて古いんだぼけぇ! その喧嘩、今なら買い占めるぞクソメイドぉぉおおッ!」

 ぺち。
「へう?! う、動、け、無、いーっ!?」

「まぁ、そう興奮してはいけませんよ、主人格。短気は損気。」
 『セーラーぷち束の顔にはデッカい札が『巨乳注意』の印で書き込まれ貼り付けられていた。
「まぁ、言葉では聞かないようなので封印封印、インドの蕎麦屋〜、インドの蕎麦屋〜、煩悩煩悩ゲボ君煩悩煩悩いちゃいちゃ煩悩煩悩ラブラブ煩悩煩悩……」
 隣で何か呪文を唱え始めたのは巫女服姿の束だった。
 一応、篠ノ之の娘としての束のようで、そのまんま『巫女ぷち束』。篠ノ之家は一応神社であるのだが、どっちかって言うとコスプレの巫女服っぽいのが束らしい。

「さて、何やらよく分からんが続きをするとするかの。しかし、『巫女ぷち束』よ、お経は仏教じゃぞ? そのうえ、煩悩を逆に垂れ流しにしてどうとするのや?」

「メイドに巫女か……さすが私、わきまえていますわ」
「女教師、もう黙れよ私」
「参謀……踏まれて喜んでるから止めた方が良い」



 ま・ぁ・じ・め・に———



 仄暗い声が響き出した。
「ふ、封印がっ———」
 『巫女ぷち束』がその脅威に戦く———

「大丈夫、何があっても真っ正面から加粒子砲で打ち抜けば大丈夫だよ!」
「おい私、本当に魔法少女なのか!?」
「うぉおおおおおっ! いっつもこの調子で進まないんだからー! だから駄目駄目なんだよー!!!」

 カッ! と会議場に閃光が響き渡る。
 うわあああああああっ! といちいち『無印ぷち束』が反応する辺り、さすが束クォリティだった。しかし、束束、口が疲れて来た。



 参謀(知略)魔法少女(ゴリ押し)が漫才やっている間に『セーラーぷち束』が復活する。
 なんかオーラのようなものが迸っているように見えなくもない。
 吹っ飛ばされている『無印ぷち束』が何ともエフェクトっぽくなっている。

「で、どうするのかの、主人格———」
「誰かいい案無いかな!」
 潔過ぎる即答だった。

「他力本願じゃの」
「んー、そもそも、まっとうに思いつかないからこの場を設けたんだしー」
「眼を逸らしております!」
 報告す(チク)る参謀。

「本人が、役立たず……くくっ」
 陰気に笑うどてら眼鏡。

「ちゃんと眼と眼を合わせなきゃ駄目だよ!」
 何か言葉だけは真っ当な魔法少女。

「そうね、女の眼は武器よ」
 相変わらず明後日に論議がブッ飛んでいる女教師。

「主人格様、御本人さえ碌な案が無いので眼を逸らしておりますのー」
 奉仕心の象徴のくせに何やら黒いメイド。

「ふっ、眼をそらしたという事は弱みがあるという事、今こそ篠ノ之家直伝、秒殺閃空地獄極楽封印を———」
 目的変わって邪気眼に目覚めつつある巫女。

「すー、ちーちゃん、すー、ゲボくーん、ZZZZzzzz……」
「おやおや、お子様が寝てしまったの」
 さらにはついに寝落ちした『ロリロリぷち束』を膝に乗せてあやすゴッデスであった。

「もうヤダこんな私ーっ!!」
 まぁ、元が束なのでこんな風になってしまうのも仕方がない。
 この場に千冬が居たら、少しは私の気持ちも分ったか? とニヤニヤしながら言うに違いない。

「うーるーさーいー」
 やだやだと駄々をこね初める主人格が五月蠅かったのか、『ロリロリぷち束』が目を覚ました。

「お前も私なら勝手に寝るなぁー……ひぐっ、ぐすっ……うぐっ」
「あーたばねちゃん、ないちゃめーよ?」
「だってー、ゲボ君がぁー」
「おうおう、ついに泣き出してしまったか、これではどちらがお子様か分からんでは無いかのぅ」

 なんだか混沌の様を———あぁ、それは初めからなんだが、そんな感じになってきたので自己賛辞の象徴たる『ゴッデスぷち束』もこれだからわらわは……と呟いても仕方が無いかもしれない。

「そもそも、男をひきつけるなどとは我等総員を持ってしても経験が枯渇しておりますゆえ、明確な方針が出ないのも仕方がなし」
「漫画にも……確実性のある方法は特に無し。なぁんで上手く行くんだか……くく、所詮フィクションだねえ。大体が打算もない行き当たりばったり……博打と大差ない……」

「んー? げぼくんとらぶらぶー?」
「いいわぁ、その私のつぶらな幼さ、背徳感をそそるわ! そう! 二つの天才的頭脳はカドケウスの———むぎゅう」
「はいはい、汚物はお掃除ですのー」
「メイドの、消毒が良い。はい、精神感応紅蓮放射器『ゲイルレズ』だ」
「オーバーキルもはなただしく無い!?」
「メイド、色魔踏んでる。どこから私はそんな知識得たんだか……封印いる?」
「焼くのは流石にのう、人間焼くとすっごい臭いらしいし、脳内にそんなデータ1ビットもとどめときたいとおもうのでな、埋めとくがよろしい『無印ーズ』やっとけ」
「「「「「「あいあいさーっ」」」」」」
 ずごごごご……とさすが束。何やら凄い重機がわんさかやって来て瞬く間に『女教師ぷち束』を埋めて舗装してあげくにベアリングロード加工までしてしまった。

 なお、ベアリングロード加工とは、路面の鏡面を精神感応金属『イヴァルディ』のナノボールで敷き詰める事により、思考操作でナノボールを転がす事により人を勝手に運ぶ路面である。



 そして。
 落ち着くのを待っていたのだろう。

「んーとね、ゆきこおばちゃんがいってたのー。おとこなんてわがいちぞくでんとうのおっぱいでもおしつければいちろこだーって、おばちゃんもおじちゃんげっとーだって」
 『ロリロリぷち束』にしてみれば、ラブラブの続きを話したにすぎないのだろう。
 子供は会話の流れを自分の言いたい事でよくぶった切る。増してや束ならば尚更だった。
 だが、そんな事はどうでも良かった。
 重要なのは、彼女の語った内容である。



———しん———

 『ロリロリぷち束』が、全然まとまらない会議にそんな石ぶん投げたのをきっかけに、水を打ったかのように円卓が沈黙したのだ。

「……おっぱい、だと?」
「その前に、雪子とは誰かの?」
「……さて? 知りませぬが」
 叔母の名前が出ないとは、さすがの束である。『童心』だけが知ってるのが何とも。

「……くくく」
「知ってるですのー? 眼鏡どてらちゃん」
「さぁ……ねぇ」
「教えて!」
「……ひっ、近付くなっ」
「外交的な個が、引きこもりに迫ってますねえ」
「アレは封印しなくていいのか?」
「……良いじゃないですか」
「黒いね私!」

「んー、私も興味ないけど、ロリりんが、叔母ちゃんと言っているんだから父親か母親いずれかの妹に違いないんじゃないかな!」
「あ、主人格復活した」
「よくも悪くも刹那を精一杯駆けまくりすぎじゃからのう」
「……近所の小母ちゃんとかは無いの?」
「そんなん、この子でも憶えてないよ!」
「「「「「「「「そりゃそうか」」」」」」」」
 全会一致。これが篠ノ之束、総意な訳で。

「あ、女教師も復活した」
「でも地面から顔だけ出てます」
 ボゴンッとベアリングロードブチ抜き。
 頭に破片が乗っているのがコケティッシュだった。

「河豚でも食べたみたいですのー」
「それは迷信であるな」
「知ってるよ! だって束さんは天才だもん!」
「つまり皆天才な訳だのぅ」
「以心伝心! 心が伝わり合うって良いよね!」
「彼女は本当に私なのかしら……?」

「っていうか今誰の発言か分るの?」
「皆同じヴォイスだし」
 わいわいがやがやしばし束同士で喋った後だった。
 
「さて、そろそろ良いじゃろうか、この幼子の言った『おっぱい作戦』で行くか否か。皆の意見を聞こうではないか?

 そして、意見を統計する。



「おっぱいで」
「おっぱいで」
「おっぱいで」
「おっぱいで」
「おっぱいで」
「おっぱいで」
「よろしい、ならばおっぱいだ流石私、ほぼ全会一致じゃな」

「だーかーらー! 勝手に仕切るなぁー! あ、でもおっぱいで」

 だが、意見は結構あっさり統一(お子様の『ロリロリぷち束』は別)する。まあ、全員同一人物なのだし。
 バックで21万弱の束が一斉に「おっぱい」と声を合わせて斉唱している。

 ……この場に男が居ないというのもアレなのだが、巨乳の持ち主が———たとえSDサイズでも一斉に叫ぶと変な意味だが、宗教的な光景だった。
 煩悩の化身みたいな宗教だが……。
 ●川流か?

 天才って……。
 
「これで完全に全会一致でおっぱいで誘惑、これでいいな———む、もうこんな時間か、人格を統合するぞ」



「「「「「「「「「超電磁天才合体!!!!!!!!!」」」」」」」」」
 どりゃあああああっ!! と20万8467体の束が一点に向かって殺到する。

 その姿は合体巨大化する際のバル●ン星人の様だった。
 合体する様がスライムみたいにぐにょぐにょ軟体化しているのがちょっとキモい。

———意識統合!! ———

 チュンチュンと雀が鳴く。



「起きろ、束、朝だぞ」
「んー? ちーちゃん?」
「ほら、寝ぼけてないでさっさと起きろ」
「よし、おっぱいだね!」
「寝起きでもう色ぼけか!?」
 拳が真上から振り下ろされる。
「はぁうっ! ちーちゃん酷い! 素敵なアイデアが脳天ごと陥没するところだったよ!!」



 と言う事が今朝あったのであり。
 なお、千冬は学校公認の起こして学校に引きずって行く幼馴染である。
 現実はこんなもんだよ、と山口に慰められた。
 詳細は意味不明だったがとりあえず殴っておいた。
 ……しばらく食事ができなくなった様だ。

 不味い。最近、力加減が分からなくなってきた。
 幼馴染共が頑丈すぎるのである。

「てな事があったからこの作戦にしたんだよ!」
 ふん! と胸を張り、ぶるんと震わせる。
 ……はぁ、と千冬は視界を覆う様に手を被せ、ため息を吐いた。
 最近、絶え間なく頭痛が響いている気がする。



「阿呆だろ束」
「阿呆じゃないよ! 天才なんだよ!」
「そのまま陥没してれば良かったんだがな、脳も」
「だんだんちーちゃん残虐になってない!?」
「誰のせいだ」
「自覚あるんだ!」



 なお、ゲボックは傍でぶっ倒れてるわけだ。
 相当過激だったのか、物理的に冷却しながら。









「なあ、山なんとか、立場交換しないか?」
「マジで病んでるな織斑! あとついに思い出そうとする作業放棄したなてめぇ!」

 なんて会話が出る授業間の休み時間。
 千冬は山口に愚痴っていた。
 所でゲボックはと言うと、鳥山石燕―――じゃなかった、同じ苗字の作者が描いたの超バトル漫画を束とを読んでいる。七つの球を集める物語は素晴らしい。
 丁度、緑色の宇宙人の星で上空に宇宙中のエネルギーをチャージしているところだった。何としても冷凍庫なる敵に当てなければいけない燃える展開だ。

 でも、あれ最初シュールギャグバトルマンガだと思ったんだがなぁ。

 なんてもの読ませるんだ! と詰め寄る千冬に山口は「アイツに、これかDr.スラ●プ、どっちかって究極の選択迫られたらどうする。嫌だって言うと篠ノ之がめっちゃ睨んで来るとして」と言われて。
 ああ、こっちだな、と思った。
 つるっと滑って時空漂流とか挨拶で口から波動砲なんて洒落にならん。
 あ、口から何かはこっちにもあったか。

「あいにくだが、俺は篠ノ之のあの目に見られて喜ぶ性癖は無いからなあ」
 山口はキッパリ千冬の提案を拒絶する。
 束は千冬の教育のお陰で、人を無視することは無くなったが、それでも興味が無い相手には、顕微鏡で見るミジンコに対するような表情(ゲボック談。因みに小生はミジンコでもとっても面白いですよ! との事)をするので、特殊な性癖を持ちでもしない限り、すすんで話しかけたりはしない。特に同姓からの評価は最低に落ち着いていた。

「だが、一夏の姉の立場は渡さん」
「交換する前提で喋るな。せめて性別はそのままで居させてくれ」
「まぁ、冗談だ」
「織斑が言うと冗談に聞こえないからなあ、ま、当然だわな、織斑までアイツ等に毒されたらこの高校は終わる。何であんな頭だけじゃ無いが突き抜けてるやつらが、こんなちょっと成績良いだけの学校にくるんだよなー」
「……あー」
「わり、冗談だよ」
「すまん」
 理由が分かっているが故に、山口は謝罪した。それぐらいは二人の事を理解しているのだ、この男も。

「―――で、どうしたんだよ、織斑が愚痴るなんて珍しい。俺にでも惚れたか?」
「死ね。いや、いつも相談に乗ってたところなんだが、このところ忙しくて行けなくなったんでな、ちょっと溜まってたん……だろう」
「お前もすっぱり過ぎるなあ。確かに忙しそうなのは分かる。まだ公式に出てねえけど、何つったっけ? 篠ノ之が作ったメカ使ってやるKー1みたいなの。あれ、出るんだろ?」
「モンド・グロッソだ。せめてオリンピックみたいと言ってくれないか?」
「いや、でもやるのはガチンコだろ?」
「ま、それはそうだがな」
「こうして織斑無双伝説は世界規模で知れ渡るわけだ」
「本気でやめてくれ!」
 まぁ、ずばりその通りである。

「俺、学友としてインタビュー受けたらこう答えるわ。ああ、出会ったときから最強でしたって」
「殴るぞ」
「……まだ殺人犯にはなりたくあるまい」
「安心しろ、蛇●捻転で関節外すだけだ。肘と足首と膝と股関節どこが良い」
「裏鬼●かよ!? 外すところがいちいちいやらしいな!」
「ところで、傷一つ残さず内蔵奪う抜き手ってどうしたらできるんだか想像もつかんのだが、分かるか?」
「極める気満々だよこの女! というか元ネタ分からん人はハンター試験中のキ●アだと思うだろうが!」



 そんな感じで無駄な話をつらつらと。
 山口は、客観的な立場で千冬、束、ゲボックを見続けてきた数少ない猛者であるから、心情を察してもらえるのである。
 こういう無駄なものが、あー日常って良いなぁ、等と涙を誘う事この上ない感想を千冬に抱かせるわけで。

「ところでよ、近頃篠ノ之の奇行に輪が掛かって磨かれつつ極まった感があるんだが、もしかしてもしかすると、やっと思春期来ちゃったとかそんな感じか?」
「まあな。分かるか? と言っても気付いたのは3年前だ。最近進展の無さにとうとう堪えきれなくなったみたいでな?」
「分からんでか。あんな幼稚園児の初恋みたいなの見せ付けられたら年甲斐も無く、お父さん的に微笑ましくなるだろうが。へー……しかし、3年ねぇ……」
「……? どうした?」
「で、お二人共通の友人、織斑さんとしちゃどうなんよ、幼馴染同士が交際するようになるかもしれないってことにさ」
「私としては大歓迎なんだがな。これでちょっと人として成長してもらえればいいな、と思っている」
「さらに自重しなくなるだけだと思うがなあ。色ボケ付で」
「……人の夢を壊すような事を言わんでくれないか?」
「……ふぅん、さあな」
「……?」
「なあ、ゲボックの野郎はどうなんよ。織斑としちゃ、脈ありと見るか?」
「なかなか、相性はいいと思うぞ、二人で会話しているところは、本当に楽しそうだからな。むしろ、十分すぎるほどだ。レベルが飛び抜けすぎて他では何を話しているかさえ分からんだろう。親しい私でそれなんだ。お似合いだよ」
「織斑なぁ……」
「どうした?」
「お前織斑だな、うん。マジ織斑」
「なんだか腹立たしいな。そうだ、急に指弾練習をしたくなったんだがそこに居てくれないか?」
「アスファルトにめり込む指弾なんて一発も受けたくねえよ!」
「……しかし何だ、いきなり。不可解だぞ山」
「ついに山しか言わなくなった!? ……まぁ、あれだ。織斑」
「だからなんだ」

「……残酷だな―――お前」
「は……?」
 まったく理解不能なコメントを返され、思わずぽかんとしてしまう千冬。

「お、先生来た。席々……」
「おい、どういう意味だ。おいっ!」
「だから、お前は織斑だなって」
「意味が分からんぞ、おい!」

 なんだか微妙な表情を浮かべながら、山口は席についた。
 結局後で聞こうと思っても、その日はそれ以来、会話する事も無く。
 そのうち、授業に集中している間に忘れてしまった。

 この時、山口の話をちゃんと意味が理解できるまで聞きただす事をしなかった。
 この事を、千冬は後に酷く後悔する事になる。









 篠ノ之箒、小学4年生。
「うふふ、くっふふふふふ……」
 ああ、間違えないでいただきたい。
 これは箒であって束ではない。

 つい先程、とうとう彼女は一夏に宣言する事に成功したのだ。
 今度行われる剣道の全国大会。
 それにおいて優勝すれば一夏に付き合ってもらうと。

 とうとう———大事なのでもう一回言ったのだ———伝える事に成功したのである。
 今まで何度一夏の前で硬直し、口に出来なかった事か。
 言おうとしたその場に柳韻が居たか。
 一夏がよそを見ていたか(竹刀で頭頂部をぶん殴った)。
 千冬が竹刀を振り回していたか。
 ぐふふふと聞こえたので背後に振り向くと天井に束が張り付いていたか。
 とうとう言えたと思ったら、言葉に合わせてゲボックが実験を失敗させて大爆音を響かせていたか。
 気を取り直して、もう一度言おうとしたら吹っ飛んで来たゲボックと一夏が鉢合わせになり。突如猛速度で乱入した千冬が二人の頭部を強打して引き離したせいで入れ違いになったゲボックに間違えて付き合って下さいと言ったとか。慌てて、条件を言い損ねたのである。
 もし一夏なら普通の告白だったのだが。惜しかった。一歩間違いでこちら地獄の三丁目である。

 ああ、思い出しただけでさめざめ涙が出て来た。
 特にその瞬間、人生の墓場はまさしくノンフユーチャーモードだぜ! の絶望感に捕われたものである。
 その直後どこかに一夏を保管した千冬がバックして来てそのまま『仮面バイク乗り』の跳び蹴りをゲボックに炸裂させ撃滅した後、箒の両肩に手を優しく乗せ『自分は大切にするものだ』と真摯に伝え、去って行った事とか。誰のせいだ。未来の義姉上よ。
 
 などと勝手に決定事項を浮かべる箒だった。
 その直後、間違えてマンドラゴラの引き抜きコンサートに紛れ込んだUSAでのマリ●のような表情の束を発見したのだが、いったい何だったんだろうか? まあ、姉の奇行は尽きないので特に気にしない。

 まさか姉妹でっ……! そんなっ! なんて運命は残酷なのッ! とか。だから何がなのだろうか。



 そして、何度目か分らない程のリピートで思い出す。
 言えた。
「うふふ……」
 再び、にやぁ。と歪む頬を戻せない。
 さっきは泣いていたのでとんでもない百面相である。
 両親が見ていなくてよかったものだ。見られていたら『ほ、箒もだと……ッ!』となっていたのは間違いない。

 この姿を見たら、千冬なんかは、あぁ、束か———と言いそうなぐらいそっくりだった。
 箒の中に勝利条件なんてあって無いようなものだ。

 相当昔から剣を振るっていたため、同年代の子を遥かに凌駕するアドバンテージがあるし、柳韻直々に『お前は俺に似て才能がある』と言っていただいたのだ。
 箒にとって、理想の男性像が実体化したような柳韻のお墨付きを貰ったのだ。
 箒はさり気にファザコン気味である。実は尊敬の念なのだが、それが相当高いのである。
 もう、負けるなんて一切思考に挟まれない。
 ああ、やっぱり束の妹である。
 繰り返し過ぎはしつこいだろうか?



 まぁ、一夏にしてみたら、優勝の褒美に一緒に出かけて持て成してやろう、ぐらいの感覚なんだけどな!



 知らぬが仏ばかりなり。なのだった。



 さて、慢心を発散しまくっている箒だが、鍛錬は本気で毎日こなす。
 げに恐るべきは習慣であった。

 一心に対戦相手の脳天を砕くイメージを反復し木刀を振り下ろす。そう、竹刀ではなく木刀である。時折ニヤ付く箒は不審者そのものだった。知己でなければ通報しそうな勢いだった。
 しかし、練習は本気なのだから、箒も器用なものである。

 そこに、オドオドと、接近して来る気配があった。
「誰だ!」
 さて、ニヤ付いていた顔を見られたのなら、殴って記憶を消そうとしている辺り、ばっちり千冬の影響も受けている箒が振り向くと、そこには異形が居た。

 茶色い体躯。
 まるで、デッサン人形を人間大にしたような姿。
 それでいて人としてもやや長身なひょろ長いシルエット。

 ゲボック製の生物兵器、茶の三番だった。
 コンセプトは汎用性の極致。
 ありとあらゆる装備を取り付ける事が可能であらゆる状況に対応が可能なタイプだった。

 何となーく、フランスの兵器企業、デュノア社の兵装コンセプトに近い所があったりする。

「あぁ、アンヌか」
 安堵の吐息を漏らす箒。
 何故か、茶の三番には気が許せる箒だった。
 それは、恐らく茶の三番の気質であろう。

 茶の三番は器用貧乏と言う印象が強いが、逆を言えば苦手な事が無いという事でもある。
 万能性とは、そう言う事だ。
 実際、茶の三番が使えない武器は無い。
 実生活にもその性質は現れているのか、ベッキーと一緒に研究所を増築(ウィンチェスター家も真っ青の謎の大改築を繰り返している)し、左官屋作業をしているのを見受けたり、灰の三番と家事をやったりもしている。実は超音速戦闘機の操縦も可能である。脳波でもマニュアルでも大丈夫である。
 さらには、何気に商店街でのお使い要員として出現頻度も高い働き者なのだ。
 一夏とも顔見知りである。
 そうであるにも関わらず、本人は全くその事を鼻にかけないのである。

 茶の三番自身という生物兵器は謙遜に過ぎる性格をしているのだ。
 いつも相手の様子をうかがい、キョドキョドとしているのが第一印象、それが誰しも受けるイメージである。
 その為だろうか。
 誰に対してもまず威圧という、束とは逆ベクトルの反社交性の塊である箒にも、いつもどおりビクビクしながらも決して疎むでも無く。根気強くしながら接し続けていた。
 例え誰だろうがビクつくのだから、別に箒でもいつも通り慎重だっただけなのだが。
 さて。
 とってしまう態度は兎も角、実際は良心的な気質である箒だ。
 怯えつつも傍にいてくれる茶の三番を気に病まない訳が無い。

 高圧的な喋り方であるものの、一言二言と、言葉を交わすうち、少しずつ気を許すようになって行ったのである。
 千冬に憧れている点でも共通しているから、話題が弾むという訳だ。
 まるで猫だな、篠ノ之箒。そして見事だ茶の三番。

 しかし、箒には同年代に溶け込めない理由として話題の共通性の無さがある。

 何せ周りが束に千冬にゲボックだ。
 一夏は自分と同じ剣術見習いのため世界は広がらないし。
 故にただひたすらに剣を振る。

 そこで変化が起きた。
 茶の三番に剣を持たせてみたのである。
 ただ、箒の練習をぼうっ、と眺めるのも飽きたので、持ってみたのだ。
 万能性故か、好奇心旺盛な質でもある。ただ、臆病でそう見えないだけだ。

 結果。西欧ブレードを主とした動きだったりするが、見事に振れた。

 それはそうだろう。あらゆる戦闘武器を装備できるという事は予め、それについての動作が基礎プログラムに組み込まれているという事なのだから。
 思ったよりずっと巧みに剣を振る茶の三番に箒が眼を煌めかせたのは言うまでもない。
 一夏を相手にした場合、剣においては競い合う相手というよりも、凄まじい勢いで背を追って来る後輩という感じなのだ。追い付かれる訳にはいかないと意地になり、剣に関しては馴れ合うわけにはいかなかった。血涙流す心持ちでもだ。
 一緒に楽しく、とは行かなかったのだ。
 最近ギリギリになる事も多くなって来たのである。
 さすがは千冬さんの弟だな、と戦慄している最中でもあるが、それに合わせて成長を続ける箒も大概だった。



 暫くして『小公女ごっこ』でアンヌ役になった、と報告する茶の三番に、『では私もアンヌと呼ぶ事にしよう。私の事も箒と呼べ』と言う程にはすっかり、剣友なだけではなくなった。
 それから起きた事は皮肉と言う他無いだろう。
 同学年の友人が殆ど出来ない箒はアンヌを通して沢山の生物兵器と友人関係になれて行ったのだから。
 6年後、IS学園でISサイボーグと知り合ったとき、一夏レベルでいきなり気さくに攻撃をしかけられたのも、この『後遺症(と言っていいだろう)』のせいである。
 精神的な防護の垣根が、人間よりも生物兵器の方が低いのである。



 まあ———
 それは、これから起こる事も関係がある訳、なのだが……。



 アンヌはその気性のせいか、顔が広いのだ。
 最初に青の零番こと、アーメンガードと知り合い、と言った感じだった。
 眼の点滅を解読する為にモールス信号に精通してしまったのは秘密である。
 年齢を偽ってアマチュア無線に合格してしまったりする。
 え? 偽装? 情報統制型だって、箒の友人である。
 
———そう。お陰で箒は人間よりもそれ以外の友人が多いと言う、本末転倒な人脈を構築する事になってしまっていた。
 一夏がIS学園で再開した時、初対面の人に対する態度に一言言ったのもそのせいである。



「よっ」
 箒はアンヌと全国大会へ向けた稽古を開始する。
 アンヌを作ってくれた事。この一点だけで箒のゲボックに対する印象はプラスだったりするのはここだけの秘密だ。

 箒が袈裟掛けに振り下ろした木刀をアンヌはよく見たら三つはある肘で人体に有り得ざる角度に剣を取り回し、受ける。

 何気に即応性を高める実戦訓練をしている二人だが、この訓練は本当に随分と箒の為になっている。
 実は、今振っている木刀は中に鉄芯を通しており、真剣とほぼ同じ重量があるのだ。
 だが、そんなもの試合形式の稽古では振れない。
 当たったら怪我では済まないからだ。

 だが、アンヌは普段キョドキョド君だろうが、ばっちりゲボック製生物兵器。
 宇宙空間での活動も可能である肉体は、もし剣で受けられなくても腕の硬度で弾き返せる。
 そう、怪我の心配が無いのだから、箒も思い切り振るえるというものである。

 続いてアンヌが放った竹刀の薙ぎ払いを、止まらず躱す箒。更に接近し、ギリギリで剣の振るわれる道を見抜いて更に懐に入る。
 結構な長身のアンヌは竹刀を振り回すだけでも範囲攻撃になる。
 腕も木刀ではびくともしない硬度なので当たれば痛い。アンヌが恐る恐る手加減しているので骨折は無いが、痛いものは痛い。
 一回、脇に当たって悶絶した箒を見てしまいショックを受けたアンヌが柳韻に土下座しまくっていた事があった。
 稽古の上なのだから、寧ろその態度の方が侮辱になる、とアンヌの頭を上げ、食事に招待した柳韻は、大物かもしれない。
 顔は引きつりまくっていたが。

 そんな訳で、アンヌから離れるのは愚策である。
 大柄な相手と戦う場合は懐に入る。これは、常道である。
 だが、相手は人間ではない。しかも、現行兵器を易々と捻り潰すゲボック製生物兵器。
 撃破したかったらISか千冬でも持って来なァ! な超絶生物な訳で。
 腰に構えた一閃を逆袈裟に振り上げた所には、アンヌの上半身は無い。
 依然として触れそうな位置にアンヌの足腰は有り、別に分離なんかはしていないが、逆袈裟の軌道から逸れて倒れた胴体が地に着きそうな程折れ曲がり、長身を生かしてぐるっととぐろを巻くように箒の後ろに上半身が回って来る。
 そこで一刀唐竹割りに振り下ろされる竹刀。
 とっさに箒は真上に剣を構えてアンヌの一刀を受ける。
 と言っても体格差から、箒では受けきれない。
 だから、ずるっと滑るように、アンヌに逆らわないよう身を沈め、スライディングの要領で、アンヌの足をすり抜ける。

 ここがアンヌの手加減の巧みさなのである。力を抜いているだけではない。
 対処できると判断すれば、それなりに力を入れ、ギリギリの攻防を体験させることができるのだ。さすが万能、教導も得意という事だろうか。
 そのうえで、アンヌも楽しんでいるのである。やはり生物兵器、闘いは楽しいらしい。

 その間に、アンヌは普通の人型に体勢を整える。
 再度、箒は打ち掛かるを繰り返す。

 二人はこの瞬間、確実に充実していた。



「あー、結局腕で庇われるのが限界か、まだまだだな、私も」
 汗だくで箒が伸びていた。
 アンヌはそっと飲み物を差し出す。
 アンヌも、灰の三番同様、声を発することができないタイプ、と言う訳ではない。凄まじい程口下手なだけである。

「すまない。あー……生き返る……本当、稽古になるな。お前との打ち合いは」
 それを聞いて、額の汗を拭う仕草をするアンヌ。

「……色々危なかった、だと。冗談抜かすな。全くお前は綺麗に手を抜くものだからな……」

 お陰で箒が超実戦派になってないか? と柳韻が首を傾げる羽目になっている。
「なぁ、アンヌ。ついに私は言えたぞ」

 好きだって?

「違うわっ!」
 ストレートに珍しく言ったアンヌに顔を真っ赤にして反論する箒。
 ビクッ、と少し反応してしまったのがアンヌらしい。
「―――今度の全国大会、優勝したら付き合ってもらうってな」
 対するアンヌはやれやれ、と言った仕草である。
 ゲボックの秘密基地で一夏の詳細を灰の三番が喜色満面で公開しているので、だいたいが推測ついてしまったアンヌはやれやれ、と思ってしまう。
 でもそれを伝えないのが、アンヌクォリティだった。臆病な気質だからである。

 うん、頑張れ。

 普通に激励するだけなのだが。
 そう言う経験に乏しい箒は感激する。
「あぁ、お前がこうして訓練してくれるからな、私は無敵だっ!」
 寝そべりながらも、万全の旨を宣言する箒はこの時、絶頂期だった。

 そう、絶頂、頂点に到達すれば。



 あとは———

 転がり落ちるだけである。



「……箒、いいか?」
 仰向けに大の字で寝転んでいる箒に声がかかった。
「……ち、父上!」
 慌てて起き上がる。
 屋外でぶっ倒れているなど、はしたないにも程がある。
 アンヌが両手を振って自分が悪いんですと弁明しようとしていた。
 しかし、叱責の気配はない。
「……?」

「体の手入れを済ませたら、居間の方に来てくれ」
「……は、はい!」
「母さんと、三人で話し合う事がある。急がなくて良いから、ちゃんと来てくれ」
「分りました」

 それだけ告げると、柳韻は自宅に戻って行く。
「……なんだか、父上の雰囲気が違ったな」
 こくこくと頷くアンヌ。

「何の事か、心当たりはあるか?」
 と聞いても、アンヌも首を傾げるだけである。



 切欠は、この柳韻の切り出した話だった。
 一つの家族が巨大すぎる力に振り回されるのは。









「さぁーて、今日も今日とて楽しい楽しい科学ですよー!!」
「今日もとか言いつつ全っっったくもって不眠不休で続行中だろボケェ!」
 何だか色々テンションが天元突破(常時運行)しているゲボックの後頭部にモンキーレンチが炸裂する。
「ふぶぅあ――――――ッ!」
 何だか色々怪しげな薬品入りのビーカーやらフラスコやらを薙ぎ払いながら滑っていくゲボックを見てティムは溜息をつくだけである。

「なんで死なねえんだアニキは」
 劇薬でもあったのか、あっつぅぎゃっはぁのた打ち回っているゲボックに『束さん印の何でも中和剤。果物に入れないでください。酸味が消えるぜ!』をぶっ掛けずるずると部屋の外まで引きずり出す。
 部屋の外にある『水洗』レバーを捻って部屋丸ごと洗浄するとそのまま、ズルズルとリノリウムの床をゲボックで這い跡を残していく。
 振り返ると何だかナメクジみたいな跡だな、と微妙な表情になったティムは丸い窓を開けてゲボックを放り込む。
「えーと、人一人だったな。こうしてこうしてっと」
 投影パネルを操作して、洗浄を開始する。
 全く着衣を洗濯しない、風呂にも入ろうとしないゲボック用の『人体洗濯機』である。
 洗い終わるまで絶対中身が出れない超硬度で作られている。
 以前は普通のクリーニング屋用巨大ドラム方洗濯機に放り込んでいたのだが、ゲボックが余程継続したい研究があったのか、ぐるぐるシェイクされている内に脳がヤバ気にトランスしたのか、変なものを食ったのか。はたまた神か妖精が降りていたのか。脱出しようとドリルを洗濯機に突き立てやがったせいで、その穴から遠心力と共にゲボックが射出されるという事件が起きた。
 反陽子炉に突っ込んだ。

「よく生きてたなあ……」

 大爆発だったのだ。
 ウルトラマ●になるかと思った。あ、違ったか?
 というか、今の呟きはこの研究所に来てから幾度と無く発しているものである。
 自分の事だけではない。それより遥かに凄惨な目にあってもぎゃあぎゃあ悲鳴を上げているだけのゲボックの方の割合が大きい。
 その度に、何であの科学者は死なないんだろうか、という疑問が日増しに増して、今やどうやったら殺せるんだろうか、に変わっている。

「しかしなあ……」
 もし、自分が重傷を負ったら『改造人間として復活させてあげます!』といういやーなお墨付きをもらっている。
 この若さで手がドリルになったり、口から砲弾を撃ち出せるようになったら人生お仕舞いである。そのときは安楽を頼もう……聞いてくれるといいが。墓場からでも引きずり出されそうな気がする。

「お、そうこうしている内に乾燥が終わったか」
 丸い窓から目を回したゲボックを引き出し、床に転がしておく。
 今日の仕事はおしまいだ。勝手に目を覚ませば勝手に研究を始めるだろうな、この科学者は。
 しかしまぁ、自分を大●山おろしばりに洗う洗濯機を頼んだだけでホイホイ造りやがるのだから、馬鹿というかなんと言うか。
 自分の墓穴掘れといわれたら喜んで掘るんじゃないかこいつ?
 兄貴分を見てそう思う。半ばこれは確信だった。



 今やティムも既に立派な研究所の一員だった。
 立派に助手も勤めている。主な仕事はゲボックへ身の回りの世話である。
 身体的制裁ともいう。

 灰の三番が助かりますと言うのは、何だかんだで自分の体を無視しまくって研究一直線のゲボックを殴り倒し引き摺り倒しまともな生活になるよう管理している点であろうか。

 この役目、初代千冬。続いて灰の三番。少し千冬に戻って今ティムである。
 何だかんだありつつも面倒見が良いのである。浮浪児達のリーダー格を勤めていたのはその気質もあるのだろう。
 そんなティムも、灰の三番には頭が上がらない状態になっている。
 なんと言うか、やんちゃな子とそれを柔らかく抱擁する母親的図柄になってしまい、強く出れないのである。
 この研究所ならぬ秘密基地? に来た当初、何を見てもどれをを見てもぎゃあぎゃあ悲鳴を上げていたティムを何かと面倒見ていたのが彼女だったから、というのも多分にあるのだが。

 というか休んでるんかね? なんか家政婦的な仕事もしてるって聞いたが。
 気を使うと、それを上回って逆にこっちが気を使われてしまうのであった。



「それも後少しかねえ」
 来年には、ミューゼルの組織に参入する事を決めているティムは、少し懐かしむように回想していた。
 が、すぐ、今までの苦労にゲぇ、とした表情へ移り変わる。
 なんと言うか、生物兵器にさまざまと色んな技術を叩き込まれてきた事を思い出してである。
 今や、それなりの装備を整えれば、兵隊クラスの生物兵器となら余裕で戦える程強化されてしまっている。
 研究所中で狂態を繰り返している奴らを武力制圧していると、必然として超人化して行くのであるのだろうか。

 一度だけ見たのだが、暴風と化して決戦級の生物兵器相手に無双、暴れ狂う千冬に遭遇した事のあるティムは『やっぱアニキの知り合いってなこんな感じか……』と、遠い目をしたと言う。
 あまりの恐怖にチビりそうになったので遠目から確認である。

 ちなみにその時、ゲボックの御題目は、『いっくんの、そのモテ因子を解析してフユちゃんにモッテモテになるのです! ザ・ファースト!!』だった。これから始まる幾度とない闘いの幕開けである。

 もう一人、ゲボックの馴染みと思われる奇抜な女も現れる。
 こちらは一度だけ顔を合わせた事もあるのだが……。
 あれは、こちらの事をゴミと同列に見ていた目だった。経験があるから分かる。
 こちらに向けられる感情だけでそれを察することができた。
 感性的にはゲボックと近い存在なのに、対外的行動が真逆というのも珍しい。
 それでいて対立していないのだから……。

 いや。
 ありゃあ、惚れてるか。

 ティムでもそれぐらいは分る。
 あの怪人百面相張りに態度変えられりゃあなあ。

 しかし、あんな化け物みたいな頭脳が一つの時代に同時に存在し、尚かつ友好的な交流を結ぶと言うのも珍しい。
 エジソンは自分の理論を堅く信じ、交流を推し進めたかつての部下、ニコラ・テスラに様々なネガティブキャンペーンやら圧力をかけたらしいが。
 まあ、『天災』同士がその技術で攻撃し合ったら世界は一瞬で滅ぶ。
 現在作られている核兵器を全て起動させるだけで何度世界が滅ぶのか分らないのだし。

 生きる執着だけは人一倍だと自認しているティムは、世界平和で結構。と納得した。
 誰にゴミ扱いされようが、自分の好きなように生きられればそれで良いのである。

 さて、生物兵器に生存戦略として色々教育されているティムは、教養的にも焼き入れが入っている。
 ゲボックと束の頭脳が尋常ではない。それが分る程には……では無く。
 それなりにIS技術者と対話が出来る程にである。
 ちなみに、ゲボックは教えていない。
 意外と思われるが、天才という生き物は、人にモノを教えるのには向かないのである。

 以前千冬に教えたときは精肉店の裏で廃品のバラ肉と一緒にミックスされていた。
 野良犬や野鳥についばまれていたのだが……。

 多分に漏れず、ティムの場合は研究所のアンテナに逆さまで張り付けにされる事になった。
 やはり、色々な生き物に啄まれていたらしい。

 やはりと言うか、生存に直結するような事は飲み込みが良く、正直技術的な事は苦手なティムだったが、各種装備を自分なりにアレンジするには必要な技能であった為、吸収して行ったのである。僅か数年でこの成長は、代表候補生級であると言えよう。戸籍女だし。



「ほれ、テメーらも片付け手伝え!」
 低反動の大口径銃を近くに居た生物兵器に直撃させ、オラオラと指揮を始める。
 食らった生物兵器も痛いねえ、とポリポリ頭を掻くだけなので相手の防御力によって武器を変えているティムは一応、ちゃんと考えているらしい。

「まあ、まだまだ要、研鑽だな」
 ミューゼルの事を思いつつ、部屋の整頓を始めるティムだが……。

「ぅぉお思いつきましたよティム君!」
「うぎゃあああっ!」
 いきなり目の前に出現したニヤケ顔に仰け反った。

「いつもいつも小生の衛生具合をティム君に御任せするのも後僅か。小生、しっかりしなきゃなあと思い至りましたので、生物兵器灰の二十七番を灰の二十七番改に改良しまして、あらゆる汚れを原子レベルで分解しちゃったら良いじゃないかと作り終えましたょ!!!」
 なお、IS学園の通風口を掃除し始めるのもこいつらである。結構簡単(ゲボッククォリティ準拠)に作れるのである。

「作る前に相談しろやあアァァァッ!!!」
「作ったんじゃないですょ? 改良ですょ? いたでしょ? あの灰色灰助な子。まあ、この呼び名はタバちゃんが命名したんですけどね」
「どうでも良いわそんな細けぇ事は! そもそもちゃんと風呂入りゃ良いんだよ、この超弩級脳末期癌腫瘍があああああっ!」
「あ。それ無理です」
 きっぱり潔すぎる。

「諦めるの早ぇよ!」
「しょうがないじゃないですか。面白くなってきちゃったら、気付けば一週間とかアッと言う間なんですから」
「まともに人間の生活しやがれ……って、ん? 灰シリーズってそんなに居たのか? あの人確か三番だろ?」

「はい。実はあの子は結構老舗の子なんですょ。と言うか、小生のナノマシン技術が飛躍的に向上したのはあの子のお陰なのです。その結果、いやいや面白くなってナノマシン型の生物兵器沢山作っちゃった時期が有りまして。今は二十九番まで居ますかね」
「……向上? おい、そうじゃ無く作り過ぎだろ……その数は……」
「はい。小生の作ったナノマシンが特許とって世界中にあるのはティム君も知ってるでしょ?」
「いや、それは知ってるけどさ。アニキのお陰で世界のナノテクは百年は進んだってのもな。今やアニキの作ったナノマシンを自己複製させて改良するのが世界標準なんだろ?」
 こういう会話が出来る辺り、ティムの成長が伺えるものである。
 ちなみに、そのお陰でゲボックは金に困らない。
 ちなみに金を払わない所ではナノマシンが暴走するというオマケ付きである(実行者T.S)。

「実はですね。アレって灰の三番の細胞を貰って品種改良しただけなんですょ?」
「……は?」
「灰の三番がケイ素系生物なのはティム君もご存知の通りですし」
「ちょっと待て」
 順番がおかしい。そう思って止まない自分が居る。

「あの人ってアニキが作ったんだろ?」
「そうですょ、灰の三番とそう取り決めてますし」
「……ん? 待てよコラ」
 ジャキャッ、と銃をゲボックの眉間に突きつける。
 周りでは生物兵器が殺るか! おお殺るのか! と盛り上がっている。
 誰も助けようとしない。

 フランケンシュタインコンプレックス? アシモフタブー? え? 何それ美味いの? のゲボックの被創造物らしい反応である。
 全て生物兵器の自由意志。ある意味兵器じゃない。暴走させっぱなしとも言える脅威だった。
 比較的忠誠を誓っている個体も、うん、それ自分も聞いていないとか、あなたが悪いと、助けない奴らばかりである。誰がどれとかは言わないけれども。人徳の差がティムとまで出ていた哀れな創造主だったと言う。



「アニキ、喋るか死ぬか今なら選べるぞ」
「何ですその二択!?」

 ティムはぐりぐり銃口を眉間でくねらせる。
「取り決めてるってどういう事だ、あぁ?」
「ええ!? そんな事小生全くこれっぽっちも全然言ってないですよ」
 目線を泳がせて吹けない口笛をふーふー吹きながら汗をだらだら流している。
「隠す気無いんじゃないのか? 本当は?」
「何をですか———」
「あ、引き金が急に軽くなった」
 バァンッ! と発砲。ゲボックの髪が一房吹き飛ばされてゲボックが沈黙する。

「て、ティム君」
「う、うぐ、駄目だ……『アニキがちゃんと話してくれないと思わず発砲してしまう病』が発症してしまった……がああ……」
 バァン! バァン! とゲボックの周囲が撃たれて行く。
「ひゃあああああああっ!!!」
「お、抑えきれない……っ! つ、次当たってしまう……!」
「分りました! 分りましたからそのあたかも今作ったような病気は止めて下さい!」

 と言うとケロッとティムは戻る。
「いや、実際今作ったし。さあ、喋れ馬鹿、あっさりとな!」
「小生の扱い本当酷いんじゃないですか!? みんなも助けて下さいよ!」
 その返事として生物兵器が取った態度は一斉に『何で?』と首を傾げる事だった。
「小生寂しすぎますよ……」
 煤けたような雰囲気をかもしながら渋々ゲボックは語り出す。



「実は灰の三番って拾ったんですよ」
「……実にあっさり言うなオイ!」
 しかし、そうなると、灰の三番を作った者が居るという事なのだろうか?
「ティム君、それは違いますよ? 灰の三番は天然物です」

 一瞬、その場が沈黙に包まれた。

「……なんだそりゃ、真珠か?」
「そっくりの綺麗な姿にもなれますよ、あの子は。ただ、ケイ素系生物はタイムテーブルが小生達炭素系生物とは何倍も違うんですね」
「……?」
「ケイ素系生物は宇宙空間に滞空しているものも多いと言われています。そのせいか、天体と天体の間を行き来するものも多い訳なんですがね? と言う訳で、非常に気が長いんです。万年億年何も無い事も少なくないですから。微睡むだけで人間で言えば浦島太郎級の年月が経ってたりするんです」
「何だっけそれ、童話?」
「小生は異界訪問・帰還記録だと思うんですがね。そのうち信憑性からおとぎ話になったんだと思いますけど」
「まー、いいや、それでそれがどうしたんだよ」
 それより、灰の三番について知りたいティムは話題を引き戻す。

「灰の三番はそう言う、外宇宙を渡る生物を由来としていたんでしょうね。ただ、地球に突っ込んで重力に捕われてしまったようです」
「良く焼け残ったなあ」
「彼女の墜落地域は『牙の痕』と呼ばれてまして、多分、大気圏の突入角度がよろしかったのでしょう、墜落の結果生まれた洞穴の最奥で、漬物石ぐらいの大きさで転がってましたね。小生はそこがクレーターだと言うのは分ってたので、異星由来物を探す機械(名称無し)で隕石なんか探しに行った時に出会いました」
「……へえ」
「当然、彼女は石なんで動きませんでした。ただ、小生に興味を持ってるのは分ったんですよ。探査波の様な何かを小生に放ってましたので」
「アニキにしか分らんなそれじゃ」
 何かを発していると分っても、探査波だと認識する事も不可能だろう。

「はい。形と言い、大きさと良い、漬物石にぴったりだったので、おばあちゃんとかに見つかったらその用途に使われていた可能性は大きいですね。ははははは!」
「笑えねえよ!」
 今現在の灰の三番を知っているだけに、漬け物樽に彼女がちょこんと乗っかっているイメージを浮かべておいおいと、突っ込みたくなるティムだった。

「それで、彼女が小生達を調べやすいように、小生達の意思を彼女を伝えやすいように、科学的に時間感覚とかその他モロモロもう目一杯改造して彼女が生まれました」
「途中もの凄く省いた!?」
「つまり、現在のナノマシンってのは彼女のケイ素生命体としての細胞を培養した物なんですね。つまり、現在のナノマシン技術はメカニカルテクノロジーではなく、バイオテクノロジーだったりするんですねぇ」
「ちょっと待て、アニキ、前俺らと世界中回っていた時、『地上回路』の構築を高空からのナノマシン散布でやってたよな」
「はい、その子が灰シリーズ最新の『灰の二十九番』ですよ」
「つまり、世界中にあの人が満ちあふれてるって事か」
「おおぅ! そうとも言えますね」
「世界はまさに彼女に抱かれてるって感じか」

 そう、今や世界は灰の三番に埋め尽くされていると言ってもいい状態だと言う事だ。

「その気になれば世界支配できるんじゃないですか?」
 検閲機もあるし、絵空事ではない。
「他人事だな……」
「実際、小生も灰の三番も興味ないですし」

 ま、彼女の生まれがどうでも関係ないか。
 ただ、彼女の事を知りたいという欲求が満たされたので、ティムはこの場を解散させようとして……。
 ん? なんだか周りがいつもと違う気がする。
 言うならば、研磨剤を掛けたように輝いていると言うか……。
 なんだか、全身がムズ痒い。

「何かもの凄くくすぐったいのだが……ゴラァ! クソアニキ! まさかっ!」
「さて、早速灰の二十七番改の清掃具合は……」
「だから一言相談しろって言ってるだろおおおおおおおお!」

 さて。
 温泉などに生息するドクターフィッシュという種が居る。
 温泉に入って来た生物の古くなった角質などを食べている生物だが、口が吸盤のようになっていて歯が無いため、肌を傷つける事なくアトピー性皮膚炎・乾癬など皮膚病に治療効果があると言われている。

 トルコなどでは保険も適用される医療行為として認められているし、日本でもフィッシュセラピーとして認知度が広まりつつある。
 が、一つ欠点がある。
 くすぐったいので、敏感肌の人には注意が必要だという事だ。

 そして、灰の二十七番改はその実ナノマシンサイズだ。
 指紋の隙間すら清掃する。

 結果。

「ぎゃはははははははははッ! あはははっ! 駄目だ! 駄目すぎる! あは、あ、アハハハハッ! 耐えらんねー! いひひひひひひひひっ! ぶっ殺す! アニキ絶対ぶっ殺す!」
 ティムが一人悶絶する事となる。

 なお、他の生物兵器達は特に暴れるでもなくじっとしており。
 似たような性質の鳥に歯を清掃してもらっているカバのような風体だったらしい。






———その頃

「とまあ、こんな感じで良いですか?」
 研究室に向かう途中、ゲボックが誰もいない所に向けて話しかけた。
「そうですか。別に小生は秘密にしなくても良いと思いますがね」

 反応は、やや躊躇うような気配だった。相変わらず姿が見えない。









 ふむ。僕達を知る為に同じ目線になりたいと。

 ——————。

 そうですか、良いですよ。代わりにお願いが有りますけどいいですか?

 ——————。

 タバちゃんもフユちゃんも家族が出来るんです。よく分からないんですけど、僕にもそれが今あったらどうなるんだろうか、と興味が沸きまして。昔は居たんですけどねぇ。両親とか兄弟とか……まあ、最後に会ったのも結構昔ですし。あんまり印象無いんですよねぇ。それで、あなたのお願いを聞いた暁には、ちょっとばかり、僕の家族になってくれませんか?

 ——————————————————。

 それは、とある古参の生物兵器にとっての原初の記憶。






「ま、嘘じゃないですしね」
 ゲボックはすぐに興味を失って研究室に向かう。
 たっぷり一時間後、全身の肌がツヤツヤになって殺意が頂点をブチ抜いたティムの奇襲が起きたが、別にそれは珍しくも何ともないので割愛させていただく。











 ごろん。
 そんな印象だけを残し。
 獣の首が転がる。

 獅子、狼、象、犀、雹、猩々。
 大小様々な首を転がし、千冬は雪片真打ちを振るう。
 血糊などついていないが、そうしないとへばりついた何かが剣を駆け上がって全身にまとわりつくような怖ましい気配がする。
 <Were・Imagine>の撃破。
 今だ絶える事無く出現する脅威の撃破はISの操縦者にとって唯一の実戦とも言える物になっていた。
 アラスカ条約でも、一般兵器では犠牲者を伴わなければ撃破できない<Were・Imagine>の撃破に限ってはISの運用を許可しているのだ。

 戦力的に言えば、<Were・Imagine>は陸戦兵器だ。ISに相対し、敵う道理は無い。
 稀に変異種や巧みに戦闘を運ぶ物も居るが、概ね上空から一方的に攻撃を叩き込めばそれで終わる。彼らの第六感も。ハイパーセンサーの正確さには敵わない。
 だが、それが一度天井のある環境となると優位性は反転する。
 <Were・Imagine>の膂力はISを遥かに凌駕する。
 鳥と猛獣の差を考えてくれば分りやすいかもしれない。
 天井も床と見なし、跳ね回る<Were・Imagine>は一度捕まればシールドが削り切られるまで離される事は無い、単純な攻撃力———腕力を有しているのだ。
 故に、洞穴に潜んでいたりする彼らを撃破するIS操縦者は技能の問題から限られて来る。



 千冬は、その数少ない一人であった。



「———ふぅ」



 気付けば、千冬は幼い姿になっている。
 今現在の一夏よりなお幼い姿。
 五歳の姿である。

 彼女の目の前には解けて表面がガラス状になったクレーターが出来ている。
 その中心には金髪の少年が踞っていた。
 全身にはここから見ても酷い火傷を負っており、腕や足もおかしい方へ捻曲がっている。

 焦燥に駆られ、灼熱のクレーターを駆け下りようと。



「———待てよ」
「五月蝿い! あそこに———!!」
 振り返った千冬は思わず息を飲む。

 狒々の生首がそこに転がっていた。
 否、その表面の光沢、<Were・Imagine>に違いなかった。

 その首が、気さくに話しかけて来る。
「あいつ助けたから、俺はこんなんなったんだぜ?」
「———っ!」
「そうそう、お前が助けたから、お前も俺の事殺す事になったんだろうが」
 別の方から聞こえて来た声に視線を向けると、獅子の頭があった。

「殺すのも面倒だろ? まあ、俺も殺されたんだから一応お前も恨んでるけどさ」
 また、別の頭も言う。

「五月蝿い! お前だってその体になってから人を沢山殺しただろうが!」
「いや、まあそりゃそうだけどよ。それでも、殺されたら恨むじゃん」
「お前も恨んでるんだろ? あいつの事。助けといてアレだけど、恨んでるだろ? 誰だって好き好んで人の首なんて斬りたくないもんなあ」
「黙れ黙れ黙れ!」

「人間じゃない、人としてはもう死んでるって思い込もうとしてるんだろ? 他のISに乗ってる女には言ってないで一人で抱え込んじゃってまー、人殺しの感覚を味わうのは自分だけで良いんだぁ、とか恰好付けてる? それとも殺した感じを独占したいの?」
「でもやっぱり、人だって認めちゃってるじゃないあんた」
「うる……さい———」



「女ァ……殺シテヤル、殺し、テヤル———」
「……!」
 背筋に悪寒が走った。

「憎ぃイイい……」
 恨みがましい声が聞こえる。
 地の底から響くような声。
 振り返って思わず息を飲む千冬。

 それは狼の頭だった。
 だが、千冬はそれを識別できる。
 他でもない。『一番最初』。

 千冬が死を覚悟した相手。
 初めて目にした死。

 首の切断面からトコロテンがグチャリと漏れる。
 ドロドロとその表面がトコロテンに変わって崩れて行く。

「———ひっ」
 それはいつ以来の悲鳴だっただろうか。
 千冬が恐怖さえ感じた相手。

 溶け出したトコロテンから出て来たのは、やはり思い出せない相手、だが、あの事件でしっかり脳裏に焼き付けられた『誰か』。

「殺しテヤル……」
「お前があいつを助けなきゃ良かったんだ」
「このまま見殺しにしていれば良かったんだ」
「どうして助けたんだ……」
「お前だってこんな状況にはならなかっただろ?」
「正直に言おうぜ? お前はあいつが憎いんだろ?」
「何で俺を殺した……!」

 千冬が今まで斬って来た獣の首が、5歳の幼い千冬の周りに集って来る。

 一転。

 それが全て人の首になった。

「—————————ッ!!!」



「「「お、前が、あい、つを、助け、な、けれ、ばァ———!!!」」」
 その叫びを聞き、千冬は———






「ちょ、大丈夫あなた!」
 揺さぶられ、千冬は目を覚ました。
「ん……?」
 目の前には金髪碧眼があった。
 ゲボック……いや、女だ。
「うなされてたわよ? 大丈夫?」
「すまん、夢見が悪かったようだな」
「働き過ぎなのよ、うんうん」



 軍用ジープでの後部座席。
 千冬は米軍に施設内での対<Were・Imagine>の実戦講習を行った後だった。
 獅子奮迅とはこの事か。
 相も変わらず雪片真打ち一本で千冬は壊滅せしめた。
 その帰りである。

 通例では、<Were・Imagine>に接近戦はタブーとされている。
 掴まれたら終わりだからだ。
 だが、その常識を叩き返した千冬に皆、感嘆の息を漏らしたものである。
 しかし、参考になるのか? と言う疑問は後になって出てきたそうな。

「ま、これ飲んで」
「うむ、すまん」
 千冬に水筒を渡しているのはナターシャ・ファイリス。
 米軍所属のIS操縦者である。

「しかし、凄かったわねえ」
「最適化が進めば、ISは肉体の延長以上の馴染みを示すからな。結局は体が資本になるという事だ」
「いや、アレは普通できないわよ?」
「そうか?」
「流石篠ノ之博士の直属操縦者。技量は並じゃないってわけね」
 うんうん、と頷くナターシャ。

「別に、単に取り扱っている時間の違いだろうさ」
「それは無いと思うけどなあ」
「ところで、これ、酒か……?」
「気を取り直すには最適でしょう?」
「寧ろ悪酔いしそうだな」
「貴女。溜め込みそうなタイプですものね」
「……そんな事言われたのは初めてだな」
「だとしたら、周りは貴女を神格化しているのよ。貴女も一人の女なんだし、ちゃんと辛い事だってあるんだから」
「すまん……感謝する……!」
「ちょ、これだけでそこまで感謝するの!?」
 女扱いされたのは本当に久しぶりだったのだ。

「まあ、あれよ、貴女も息を抜きなさい。愚痴ぐらい、誰かに吐いてもそれは悪い事じゃないわ」
「……ああ」
「そう言えば、貴女、モンド・グロッソ出るのかしら」
「出ない訳が無いだろう。寧ろ拒否させてくれるのか、そっちの方が疑問だ」
「あの技量じゃね。第二形態移行(セカンドシフト)も済んでるみたいだし」
「嫌味な事に戦闘経験だけは死ぬ程溜まるしな」
「そうねえ。今日も沢山」
 そう言って二人で笑い合う。

「……私は、先程紹介したしな」
「私はナターシャ。ナターシャ・ファイリス。ナタルで良いわ。よろしく、Ms'オリムラ」
「千冬で良い。ナタルも出るのか?」
「出ないわね。私は軍よりの行動が多いと思う。試作機の動作試験とか、さっきのチフユの教えを見せられたから実戦にかり出されるとか」
「私に会ったのが運の尽き、という事か」
「それに正直、チフユに剣で追い回されるの、怖いもの」
「———それは、喜んでいいのか?」
「そう言う事にしておきなさい。で、どうするの、これから」
「これからは、そのモンドグロッソに集中でな、日本に戻る」
「成る程。私もステイツの人間だから、優勝は願えないけど、頑張ってね」
「微妙な声援だな……」
 等とたわいない会話を続け、日本直通の旅客機が止まっている空港前で下車する。

「じゃあな、ナタル」
「またね、チフユ」
 ナターシャが見えなくなるまで手を振った千冬はふぅ、と息をついた。
 夢が一瞬フラッシュバックする。

 踞るゲボック。夥しい生首。
 夢とは、深層意識の現れ。自覚できない願望の実体化。
「最低だな……私は———」



 それから、しばらく、モンド・グロッソへ向けた訓練の日々が過ぎる。



「いよいよ明日ですね! モンド・グロッソ! 先輩なら優勝間違い無しです!!」
 紙コップに茶をそそいで持って来た後輩が異様なテンションで叫んでいた。
 彼女の名は山田真耶。当、日本国の代表候補生。

 千冬の後を追って日本の代表を背負う可能性のある少女だった。
「そうだと良いんだがな」
「そうに決まってます!」
 失礼します、と言って千冬の隣に腰掛ける。

 ここは訓練場の控え室、簡易テーブルとパイプ椅子がばらつくように設置されており、二人は簡易テーブルにコップを置いて一息をついた。
 なんと言うか、良いものだ、こういうゆったりとした空間は……。

 が、この空気は常に———破壊されて来たのだ、あいつらに。

 これまでの経験と第六感で、何かを察した千冬が急に周囲を見回し始める。
「どうしました? 先輩」
 それまで、愛玩犬のような雰囲気を出していた真耶も表情を険しくする。
 あらゆる分野に置いてエリート足る代表候補生は、緊急時に優れた判断と戦闘能力を発揮する。
 だが、そんな彼女から見ても、空間の揺らぎすら見逃すまいと警戒する千冬は異常に見えた。
「ど、どうしたんですか先輩……まさか何らかの……?」
「いや、単純に私の疑心暗鬼だったかもしれない。こういう穏やかな雰囲気は本当に希少でな、大体知り合いの内誰かが乱入して来るんだ」
「なーに言ってんですか先輩、ここは国家最重要機密の塊、ISの戦闘訓練場ですよ? 凄腕のスパイですら侵入だけで命が幾つ会っても足りないってのに、そんな心配する必要ないですよ」
「……その程度で食い止められるなら私にも安寧はあったよ」
「へ……? いや、でも勘違いだったんでしょう?」
「ああ、下にも居ないな」
 取りあえず簡易机の下までチェックする千冬。

「あははは、そんな所に居る訳———ってきゃああああああああああっ!!!!」
「おや? ここは暗いですね?」
 千冬のところには居なかった。
 だが、真耶の所にソイツは居た。

 よれよれの白衣。む———? 何だかいつもよりは清潔な気がする。
 が、真耶の足下にちょこんと体育座りしている。
 ちなみに真下である。
 ゲボックだった。見えませんねえ、とか巫山戯た事抜かしている。

「取りあえず色々言う事はあるがな? ———くたばれぇ!」
 とっさに下がった真耶を掠め、蹴り上げた爪先がゲボックの顎を捉え、その頭蓋を天井に食い込ませた。もうすでに膂力だけで殺人級だった。
「他所様にまで迷惑かけるなといつも言ってるだろう、このたわけが」

「あの……先輩、死んで……」
「こいつがこの程度で死んでいたら私は今頃少年院だ」
「それも凄い台詞ですけど……!」
 というか、突き刺さってゲボックが落ちて来ない。

「あの……この人は……」
 ブラブラしてるゲボックをビクビクしながら見上げている真耶。
 初々しいものだと千冬は頷いている。

「ああ、それは気にするな。私の開発した発明品だ。人と思ってはいけない」
「先輩も発明なんてするんですか!?」
「それは初耳ですね、小生も興味がわきました……ところで何故その指は小生を指差しているのでしょうか?」
 ズボゴォッ! と天井から落ちて来たゲボックが興味津々に千冬を眺めている。

「動き出したァ!!」
「ああ、動きぐらいするさ。それは所謂、『男の形をしたサンドバッグ』だ。鬱憤がたまったとき好きに殴打すると良い。私の許可は要らないから好きなときにやってみたらどうだろう。
 いや、まず試し殴りしてくれ。思い切り腰を入れてな」
「え? へ? これどう見ても人間ですよ!?」
「えー。小生は人間(?)ですけど?」
「かまうことは無い。触感から悲鳴までとてもリアルだが、その分ストレスの発散に最適だ。思う存分やるといい」
「せ、先輩? なんだか殺気立ってませんか? わ、私、そんな事で、でででででででで、できませんよ!」
「そういわず思い切り一発行ってくれ。ここに居てそれだけですむだけで大恩だとは思わないか? この発明品は馬鹿だから言葉じゃ聞かなくてな? これからも一々私が殴るのが本当に面倒なんだ。殴った拳も痛いし。山田君が殴れば、皆も気兼ねなく殴れるようになる。『ああ、あの優しい山田君でさえ殴れるんだ』と皆『これは殴るものなんだ』『よし殴ろう』と納得してくれる」
「そんな免罪符にされるような理由で殴りたくないですよ!」

「そんな事言わず、さあ、一発!」
「ええええええっ!」
「ふむ、踏ん切りがつかないか。山田君は優しいな。———おいゲボック」
「なんですか? フユちゃん」
「さっき見えた山田君の下着について教えてくれると嬉しいんだが」
「そんな物なんかに興味あるんですか? ま! フユちゃんたってのお願いなら仕方がありません!  えーと、この子山田ちゃんですか? なんか山谷君そっくりなお名前ですね! 彼女の下着は———」
「嫌あああああああああああああああああっっっ!!!」
 思わず真耶は拳を振り下ろした。
「ピンクのレぶズゥッ———!?」
「見事だ。一撃で沈めたか」
 ぱちぱち拍手している千冬。

「あ、あ、いやああああああああっ!! やっちゃったあああああ! どうしよう、こんなにめっきりやっちゃった———どうしよう、私の人生が、いやああああああっ!!」
「自分の人生を第一に考えるとは見事だ山田君。埋めると良いぞ」
「さり気なく犯罪を幇助しないで下さい先輩いいいいいいいっ!」
「安心しろ、録画は完璧だ」
「何でそんなに用意周到なんですか先輩ィッ!?」
「いや、こいつらが私の周りに覗き見カメラを設置していない訳が無いからなあ。データを貰えば事足りる」
 と言って、沈んだゲボックを指差す。
「いやあああああああああっ!」



 後ろで「ああああああああああああ」と叫び続けている山田
「で、何しにきたゲボック」
 言外に、理由無く遊びに来たんだったらしばくぞと言っている千冬にゲボックは少しだけ真面目な表情を浮かべる。
「今日、タバちゃんが来れなくなったんで変わりに小生が暮桜の調整とメンテナンスに来たんですよ」
「……待て待て。私は今日束が来る事も知らなかったんだが」
「明日からフユちゃんはモンド・ナカムラですよね。そんな大事な時にタバちゃんが来ないというのは珍しいと思いますけど?」
「明日から誰が仕事人だ。私がそうならまずお前を斬るぞ、まあ、確かに束が来ないのは珍しいな」
「きゅいんきゅいんですね」
 何気に良く見ている二人だった。箒も一夏も好きである。

「で、束は何の用事なんだ?」
「なんでも、箒ちゃんにやっと約束を果たせるよーとかテンション有頂天でしたね」
「姉妹仲良いなら良いだろうが、最近は、なんだか箒には荷が重くなって来たような気がするんだが……」
「……? そうなんですか?」
「ゲボックは分らなくていい。純粋に凄い物を凄いと言っていられるうちが幸せだ、と言うだけの事だからな」
「凄い物は尊敬しませんか? 小生はまだまだなので、小生より凄い人はMarverousだと思うのですけどね。フユちゃんとか凄すぎですよね、いや本当Marverous! ですよ!」
「いや……うん。まぁ、どうも」
 真っ正面から凄い凄いと邪気無く言われるのは幼馴染みであってもやや照れくさい千冬だった。

「さーて、暮桜出してくれますか? もうバッチリにしちゃいますよ!!」
「ちょ、ちょっと待って下さい! 代表のISは機密の塊ですよ! 先輩もなに勝手に見せようとしているんですか! というかいい加減誰なんです!?」
 平然と溶け込もうとする違和感の塊、ゲボックにとうとう真耶が口を挟んだ。
 これは、ゲボックに馴染みすぎたが故の千冬には盲点であったのだ。

 ん? と暫く千冬は考える。
 成る程ああそうか、代表『候補生』レベルではまだゲボックについての教育が行き渡っていないらしい。

「ああ、私の幼馴染みだ」
「え? 幼馴染みってこんな事していいんですか……?」(身内を機密区画に手引き)
「幼馴染みだから気兼ねなくやれるだろうさ」(先のサンドバック事案)
「何か違う……絶対何かが違う……!」
「そうか、こいつらのせいで私の常識も歪んでいるのか……」
「いやいや、先輩がそんな悲しそうな表情をするっておかしくないですか!?」

「なんだか、もの凄く話が食い違ってる気がしますね」
 驚嘆すべき事に、一番真っ当な言動がゲボックだったと言う。



「安心しろ。そいつは日本人だし、束がその技術を認めている人間だ。任せて悪い事にはならんさ」
「束……? えぇ!? もしかしてあの篠ノ之博士ですか!? ええええっ!? そんな凄い人なんですかこの人!」
「まぁ……技術力はお墨付きだな」
 言外に技術力以外はなあ、と言っている。
「そういえば、今度篠ノ之博士の研究所にテレビが入るそうですね」
「ああ、民間からだけでは無く、各国から束の情報公開を訴えられてるんでな。苦肉の折衷案だ……」
 そのテレビにゲボックが出なければ良いのだが……と心配している千冬だった。
 言ったら絶対出て来るので注意も出来ないのが何とも歯痒過ぎる。
 そのゲボックはと言うと、自己紹介を始めていた。



「ええ! そうですよ! 小生はその超優秀な頭脳から世界中の首脳部に核兵器と同列の危険物だと判定され、いつだって拉致とか暗殺とか虎視眈々と狙われている事実から、Dr.アトミックボムとの異名で呼ばれている———がひっ!」
「はいはい、超天才、超天才だって分ってるからな? 一々テンション上げるなやかましい」
 こめかみを小突かれ自己紹介中に吹っ飛ばされたゲボックをしばし二人で眺める。
 なんだか、言動が段々束臭さが混じって来た気がする。
 こいつも結構影響受けてるんだなあ、自分の事天才だなんて昔は言わなかったのに……。
 などと嫌なインタラクティブだ、と黄昏れていたら腕が引かれる。そっちを見たら真耶が袖を引っ張っているわけで。

「あの———その超優秀な頭脳をそんな殴打しちゃって———」
「安心しろ、そうしすぎたせいで紙一重の元になってしまったかもしれん……そうしたら、そうか、私のせいか……」
「いや、そんな暴行後にしんみりとした表情しなくてもッ!?」

「いやはや御尤も!」
「きゃあああああああっ!!」
 即座に復活したゲボックが真耶の目の前に現れる。

「うふふふふふ、頑張りますよー、フユちゃんのISを弄るのは初めてですから心臓の心拍数が滅茶滅茶上がってますよ。ああ、もう楽しみで楽しみで! これはもう絶対優勝間違い無しのチューンナップをしてあげなきゃ行けませんねええ、ひゃはははっははっ!」
「わわわわわわわ、って腕がドリルですうううううう!」
「山田君、今頃気付いたのか」
「もう色々インパクト強すぎてドリルどころじゃなかったんですよ!?」
「……? ドリルですよー? ぐるぐる回りますよー?」
「きゃああああああっ!」
「いや、山田君。腕がドリルなだけだろう?」
「なだけ、じゃ無いですよ、腕がドリルって十分おかしいじゃないですか!?」
「そう……か? ゲボックよ」
「いえいえ、フユちゃん。こっちはペンチですよ? と思ったらドリルがピンセットに早変わりですよ。ぱちんぱちん摘めますよ」
「いやああああああっ!」
「と思ったらこっちはハンマー、こっちはIS用特殊工具だったりしますょ?」
「いやああああッ!!! もういや! もうやめてぇ! お母ぁぁさあああああああああん!!!」

 珍しくゲボックが攻めを実施していた。
 山田君は希有な才能の持ち主だな、と感心していた千冬も妙な影響受けている証拠だった訳で。

「今度は楽器ですよー、ぴー」
「もうやだあああああああああっ!!!!」
「話が進まん。暮桜を出すからとっととやれ」
「わっかりました!」
 両手を上げるゲボックはよたよた千冬に近付いて行く。

「あっ」
「どうした? ゲボック」
「小生、口の中から鳩が出ますよ」

 振り向き、真耶と目線を合わせ。
 くるっぽー。

「何なんですかそれええええええええ! 本当に止めてえええええええええッ!!」
 真耶に背を向けていたゲボックが振り向いて口から本当に鳩を出したものだから、真耶がついに恐慌を突破した。

「止めろ馬鹿」
「はい止めました」
 当然、殴打プラス1だ。
「……ところで、本当に今のは口から鳩を出したのか?」
「はい。そうで———はっ!!」
 千冬の質問にゲボックは愕然とした表情を浮かべる。

「……ん? どうした?」
「今の、フユちゃんが優勝したらするつもりだったんですが……、やってしまいました!!」
「……今やってよかったな」
 何考えてんだコイツ。

「ええええい! こうなったら、本番はもっとビックリする事をやらなければ!」
「やらんでよろしい」
 どこでも平常運行な二人だった。

 いやああああああああ! と真耶が悲鳴を上げる中、二人はいつもの調子でメンテナンスを始めるのだった。

「んー? なんかこの光景は見覚えがあるんだが……」
 暮桜に取り付いているゲボックは、ケーブルを取り付けデータを見たり、何やら溶接したり、はたまた手をトンカチにしてカンコン叩いたり。
 忙しなくちょこまか動いている様子はまるで———

「あぁ、バイ●ンマンか」
 UFOの修理中とかこんな感じだったはずである。

「あのですねぇ、フユちゃん」
「ん? 如何した?」
「暮桜の単一仕様能力(ワン・オフ・アビリティ)なんですけどね?」
「零落白夜が如何した?」

 零落白夜。
 自らの機体を保護するシールドエネルギーを動力源にして発動する対エネルギー消滅機能。
 IS同士の戦闘の上で、その性質より対IS最高の攻撃力を誇る———と、言う事になっている、能力だ。
 自らのシールドを消耗するため、正に身を削らねばならないピーキーな代物だが、そんな弱点をものともせず千冬は使いこなしている。

 そもそも、単一仕様能力と言うのは、人間とISが、長い時間を共にし、共に成長する事で『共に創り上げる』能力だ。

 千冬の力をより際立たせるものが生み出されるのは必然であり、今述べたエネルギー消耗に関するリスクも、『千冬の足を引っ張る、もとい望まぬ点』を暮桜が認めて創り出すはずもない。

 そして、その単一仕様能力について。
「剣の形に整形するでは無くですね、今のリミッター掛かった状態でもアリーナ丸々埋め尽くす事も可能ですから調整しちゃいましょう!! 『逃げ場など一切ない無慈悲な世界、必中の攻撃とはまさにこういうものの事を言う』とか是非ともやって見て下さい!!」

 焦熱世界(ムスペルヘイム)零落白夜(レーヴァテイン)とかどうでしょ? と満面の笑みで伝えるゲボックに。

「一発で反則負けだろうが」
「えー、ケチですねえ」
「それよりも、零落白夜のエネルギー効率の方を弄ってくれないか?」
「あぁ、それなら小生、もうやっちゃいました!」
「ちょ、先輩、それって技術者がチーム組んでやっと見つけたバランスじゃないですか! それを勝手に———」
「あまりに杜撰がすぎたんで、ちょっと調子しておきました。倍の時間は発動するはずですね」
「は?……嘘、ですよね」
「生憎、こいつは嘘をつけるほど賢くない」
「その通りです!!」

「……そんなっ……」
 真耶もゲボックの能力に気づいて青ざめる。
 到底信じられなかった。
 千冬に冗談の気配が微塵にでもあったのならば。
 だが、千冬の態度はそれが事実だと告げている。

「出力調整もできるようにしておきました。シールドの消耗を任意に増減できますよ」
「済まんな」
「いえいえ! 是非とももっと褒めて下さい! あ、でも100%以上は気をつけて下さい。リミッターがかけられている今の状態を準拠で見ますから。消耗がそこから段違いになります。IS相手ですと、『絶対防御』ごと抵抗無く斬り裂いて、ズンバラリンと行っちゃいますから」
「物騒すぎるわ!」
「絶対安全なISでも絶対ブチ殺せちゃうのが暮桜なんですね。ウムウム」
 と、ここまでが真面目なげボックで。

「特に!! 出力最大設定の際に発動する『夜剣・両断皇后』は、リミッターの掛かっている今ではモードすら変更できませんが、フルスペックでさらにエネルギー供給の安定化を図れたのならば何とぉ!!」
「いや、言わなくていい。嫌な予感がする」

 経験上。

「えー、そんな事言わないで下さいよぉ、フユちゃん。ねーねー、本当に凄い技なんですからねーねー、是非とも聞いて下さい!」

 ウザかった。
 束から本気で妙なものを吸収しているようだ。

「言うならさっさと言え、言うだけならタダだ」
 根負けして許可すればゲボックはテンション最高潮、しばっ、しばばっと踊りまくり。

「はい! それではご要望にお答えしまして! ちゃらららららん(でーでっ!) はい! ななななななななななな、なんとですよぉおおおっ!」
 ゲボックは一旦そこで区切り、両腕を楽器に量子変換、楽器に作り変え、じゃーん!! と響かせる。
 ……見た目トランペットなのだが……。

「地球とかわりかし簡単に割れるんですょ!!」
「限度を考えろこの馬鹿者がああああああっ!!」

 どこでもいつも通りのゲボックだった。









 翌日、とある一般家庭の居間で。
 モンド・グロッソの全世界生中継を最後まで見終えた青年はにやにやとしながら。

「やっぱりな」
 ばりっと堅焼き煎餅を噛っていた青年はやっぱりねー、と予定調和をに特に感慨も無く。
「織斑無双伝説、世界進出だな」
 続けて緑茶を啜る青年だった。






 一閃二断。
 千冬の最も得意とする太刀。
 彼女の背後を、絶対防御を展開させた敵ISが落ちて行く。

「ふぅっ……」
 常日頃から突然変異するわ合体するわ、兎に角読めない<Were・Imagine>相手に命がけで剣を振っている千冬にしてみれば実力的にも危機的にも比較にならないものであり。

『勝者は圧倒的力を見せつけ、織斑千冬に決定! 素晴らしい! 総合成績も当然2位以下を大きく引き離してダントツのトップ! ブリュンヒルデの称号は、まさに彼女にこそ相応しい———!!』



「ブリュンヒルデ……か」
 ブリュンヒルでとは、北欧神話に出て来るヴァルキリーのうち、最も有名な個体の名である。
 ジークフリートの嫁になったり誤ってジークフリートが悲劇の内に死んだりするが、その辺は自分で調べて欲しい。

 そもそも、総合優秀者にブリュンヒルデという称号が与えられるのは、各部門優勝者にはヴァルキリーの称号が与えられるからだ。そのトップに、最も有名な名を据えただけなのだろう。
 どうも、束の愛情を見せつけられているため、狂愛には拒否反応が出てしまう。

 何よりヴァルキリーとは。
 いずれ訪れるラグナロクを予見したオーディンの指示により、ラグナロクに備える兵士、エインフェリアを勧誘、招致する存在である。

 エインフェリアとは死者であり、ヴァルキリーはその魂を戦力としてヴァルハラに勧誘するのである。
 だが、そこで行われるのは修羅道が如き、延々とした殺し合いである。
 朝起床後より夕刻まで、いずれ起きるラグナロクへの戦闘訓練としてエインフェリア同士で殺し合うのだ。
 しかし一日が終われば死者であるが故に蘇り、酒を飲み肉を食らう。
 ヴァルキリーとは、そんな兵士達にあてがわれる女でもあるのだ。

 意味が分かって使っているのだろうか。千冬は辟易とする。
 何より。
 そんなおぞましい果て無き殺し合いへ死者達を勧誘する存在は———

 いや。何でも無い。

 表彰台で栄光と喝采を浴び、その後祝勝会を大歓声の過ぎていき———
 ふと思った。
 一夏は今どうしているのだろうか。

 希望:明日に備えて穏やかな眠りについている。
 現実:千冬の優勝に大感激し、灰の三番と二人掛かりで限度無視した豪華フルコース&オードブルを調理してしまい、持て余したので生物兵器を大勢織斑家に招待。翌朝までブッ通しで宴会騒ぎ中。



 知らぬが仏とは正にこの事。



「私の世界も変わったものだな———」
 自分がまさか世界のこんな大舞台に立てるなんて思っていなかった。

 それもこれも。
「あの二人のお陰か」
 もはや、自分の人生に欠かせなくなった幼馴染み二人を思い浮かべ———



「ちゃお! フユちゃん。優勝おめでとう御座います!」
 その幼馴染みが、目の前に居た。
 マニュピレーターでもう一人の幼馴染みを背負いながら。相変わらず体力が無いようである。
 というか、日本から束を背負ったまま来たのかこいつ。

「……ゲボック?」
 そう言えば、如何してこいつは今まで近くに居なかったのだろう。
 この、騒ぎ事が大好きな男が今まで祝勝会に乱入して来なかったのは如何してなのだろうか。

 いや、それより気になる事があるではないか。
 全体的に、ゲボックの薄汚れ具合がいつもとは色彩が異なる。

 その白衣の所々が———
 いや、ゲボックだけではない。
 束も全身のあちこちに———

「どうしたんだ! その怪我———」
「ああ、まあ、平気ですょ。致命的なのは無いです」
「そうじゃ無くて……束は!?」
「ああ、あちこち擦りむいてますけど、これは泣き疲れて眠っちゃってるだけです。大きな怪我とかは無いです。安心して下さいね」
 そうは言うも、ゲボックの白衣。そのあちこちが朱に染まっている。
 束もゲボックのように流血こそ無いものの、全身が擦り傷だらけになっている。
 千冬は知っている。
 束は、千冬やゲボックとじゃれついている時以外は常時展開無装甲型のISを使用、常時シールドで自らを保護している。
 それこそ、ISに攻撃されても傷一つ負わない程強固なものが。
 そしてゲボックは、自分は兎も角、この場合、束を傷つけようとするものには容赦はしないだろう。

 お前らに怪我を負わせるなんて一体誰が如何して?
 パニックを起こしそうになった千冬にゲボックがニヘラっと笑い。

「いやあ、喧嘩にですね」
「お前が!?」
「……ちょっと巻き込まれただけですよ? そんな大した事の無い。ありふれただけの事です」
「ああ、巻き込まれって……束も?」
「いやあ、小生は力不足でして」
「……束が誰かと喧嘩したのか?」
「………………やっぱ隠せませんか?」
「いつも通りに目が泳ぎまくってるわ」
「あぁ、小生は駄目駄目ですねえ」
 しかし、束が喧嘩しそうな相手となると……。
 そもそも、喧嘩とは相手を認識し居なければすることができない。
 束が他者を害しているように見えるのは、単純に、気付かぬ相手を跳ね飛ばしているだけに過ぎないのだ。
 他に、束が認識する人間と言うと、両親、千冬の弟の一夏。
 あとは———

 いや、初めから正解は明確だったではないか。
 束が防御を一切しない、いや、する訳が無い程溺愛している存在。

「まさか箒、なのか……?」
「さー、どうでしょうかねー」
「態度がそうだとしか言ってないぞ?」

 ゲボックはガリガリとドリルで頭を掻いた。

「……要人保護プログラムというのが始まるそうですよ?」
「……?」
「タバちゃんはISの開発者。よって、その身柄は誰だって喉から手が出る程欲しいんですねぇ。若しくは、消しておきたいとか」
「ああ、そんなの百も承知だが」
「ですけど、タバちゃんはそんな間抜けには捕まらない。捕まえられるわけがなぁい。でもね、そんな無敵で素敵なタバちゃんにだって弱みはありますよね。フユちゃんにもあり、小生には無い弱みが」

「家族か……」
「はぁい。その通りですょ。なので、日本政府はタバちゃんの家族を保護する事にしたみたいですね」
「……そうか、今回の私が悪目立ちし過ぎたせいか?」
 あまりに圧倒的に他を圧倒した。
 篠ノ之束の縁者たる織斑千冬に。
 つまり、公開されていない情報が千冬にもたらされているのではないのかと。
 まあ、確かにエネルギーの効率性など、通常技術のオーバーさっぷりは千冬に恩恵を与えているが、あえて千冬自身それにリミッターを掛けていた。
 あくまで、千冬の突き抜けた実力故である。
 しかし、対戦した者達はそうは考えないだろう。
 優勝したのは篠ノ之束のひいきがあったからではないか。
 自分たちの知らない機能を引き出しているのではないか。
 そう思われても不思議はないだう。

「それもあるかもしれませんね。でもそれってただの逆恨みなんですけどね」
「分っている。それでもそうなるが人間だ」
「面倒ですねぇ、本当に」
 言葉の割には、特に感慨もなさそうにゲボックは呟いた。

「それより、小生は日本政府自体がタバちゃんに対する人質としてやってるとしか思えませんね。他の国にタバちゃんが恩恵を与えないようにしてるとしか」
「それも大きいだろうな……で、それでどうしたんだ? いい加減、本題を言え」

「そうですね。少々、長くなりそうですから、あっちの公園で腰掛けながらでもどうですか? タバちゃんも休ませてあげたいですし」
「……分った」






 二人で茶を飲みつつ、だから何が起きたのか。千冬が問いかけると。
「茶の三番に聞いたのですが」
 唐突に、ゲボックが自作の生物兵器の名を挙げる。

「ああ、箒と仲のいい子だな」
「ええ。どうも、箒ちゃんは勇気を振り絞っていっくんに『剣道の全国大会で優勝したら付き合ってくれ』って言ったそうです」
「……ほう?」
 千冬はゲボックのその一言に平然と応えた。
 あくまで声は。
 しかし千冬。頭を二三度掻き、せわしなく目線を動かし始める。
 
「フユちゃん、なんですか? その動揺に満ちあふれた複雑そうな顔は」
「……いや、どうした?」
「なんか滅茶苦茶動揺してませんか?」
「別にしていないが?」
「人の事言えませんね」
「何か言ったか?」
「いやいや別に!? 拳振り上げないで下さいょ! ついさっき灰の三番からも確認とらせたのですが、本当だったみたいなんですけどね。どうもいっくんはどっかに一緒に遊びに行こうみたいな感じで受け取ったみたいですけど。後で箒ちゃんに斬られなきゃ良いですねぇ」
「そうか。そうだな、女心が分らん奴だ」
「目に見えて落ち着きましたねフユちゃん」
「だから何か言ったか?」
「いやいやべつに!? アレトゥーサ振り上げないで下さい!!」

 千冬のブラコンを再確認しつつ、ゲボックは話を続ける事にした。
「それで、その全国大会当日が、今日だったみたいなんです。フユちゃんと同じで決戦の日だったんですね」
「ああ、そうだったのか」
「そして、同日だったんだそうです、要人保護プログラムで、最初の住居転居が」

 つまり。
 勇気を振り絞り、一夏に一大告白(箒視点)を遂げ。
 付き合ってもらう為に剣道の研鑽を積み重ねていたにも関わらず。
 その『条件』たる剣道の全国大会に優勝どころか参加も出来ず、さらに所在に関する機密の為に一夏に何も告げる事も出来ず、転居———引き離される事となった、という事だ。

 束の作ったISを原因として。

「確かに、箒が怒るのも仕方が無い……か」
「ええ。しかも、それだけじゃないんです。憶えてますか? 何年か前の箒ちゃんの誕生日だったと思いますが、小生がザレフェドーラで満点の夜空を箒ちゃんに見せた日の事です」
「ああ……」
 千冬にとってみれば、翌朝素っ裸のゲボックが庭の木に引っかかっていると言う、ある意味衝撃的起床を遂げた前日である為、良く憶えている。
 暴風が巻き起こったせいで航空関係に多大な被害を与えたらしい。あと、どこぞの国のスパイ衛星も消滅したそうな。
 そう言えばその時憶えた必殺の剣技で今日は決勝でかなり優勢に立ったなあ。最後は何とか一閃二断で誤摩化したけど。



「知ってましたか? タバちゃんがISを作った本当の理由」
「……? いや?」
 千冬にしてみれば、ISを作った理由というのはゲボックを発明品で血に染め上げるのを阻止するため、と考えていた。
 あらゆる兵器が無意味と化す物を作れば良い。
 しかし、それをゲボックが知っているとは思えない。

 その裏に、三人の縁をいつまでも強固に縛る、と言う意図が更に主たる目的である事を千冬は知らない。
 当然、ゲボックも知らない。
 だが、これからゲボックの発する言葉は、今回の事件で大きな原因となったとも言える。



「そもそも、ISは宇宙空間での活動を前提としたマルチプラットフォームスーツと発表しました。まぁ、今やそんな事には誰にも目も向けて貰えてませんがね。でもね、それはあくまで対外的ですが、だいたい、『宇宙』なんて単語が出て来たのは、宇宙を見据えていた事は確かだったからなんです」
「私は聞いてないぞ?」
 自分の知らない事情に関わって来たのか、千冬は眉を寄せる。
 そう言えば、束は本当に隠したい事には隠し通して来た気がする。
 まあ、その通りなら発覚はしていないだろうが、何となくそう思うのだ。
 うっすらと、彼女達を縛り付けるという理由に感づいているのかもしれない。

「さて、その事はちょっとおいて置きますよ? あのタバちゃんでさえ、ISの開発は1年もの日々を要しました、あの飽きっぽいタバちゃんが1年も続けられたんですよ。何故だと思います?」
「……言われてみれば、確かにその通りだな。特にISは凄いと言えば凄いが、束程の奴が尚更執着する程の物ではない筈だ」
 千冬が話を持ちかけられたのは、操縦者とモニターが必要になってからだった。
 つまり、研究としてはかなりの終盤になってからである。
 だから、気付かなかった。
 束のISにかける熱意を。

「実はですね。その箒ちゃんの誕生日に約束したそうなんです」
「……まさか」
「はい。直接一緒に、天の川を見に行こうって言ったみたいですょ」

「それは、知らなかったな。IS誕生秘話だな。ある意味今回は悲話になってるんだが」
「ええ、小生もさっきタバちゃんに聞きました。小生はその時ブッ飛んでましたからね、物理的に」
「ああ、ブッ飛んで来たな、物理的に。しかし、どういう確率で家にくるんだ?」
「……いや、本当に小生もそれは不思議で仕方が無いですけどねぇ……」

 んー? と超天才でも因果律の恐怖に説明は付けられないらしい。



「……裏目に出過ぎだろう、あいつ」
 今回、篠ノ之家の転居はIS開発の影響下と言って良いのだから。

「だから、ISは執拗なまでに安全性に気を使ってるんですねぇ、タバちゃんは本当に箒ちゃんの事が大好きだから、万が一も起きないようにしてたんですね」
「つまり、ISってのは」
「はい、箒ちゃんにも単独での宇宙遊泳を楽しませる為に作り上げた、と言っていいんです」
「昨日、あいつが私の所に来なかったのも」
「ええ。箒ちゃん用ISの最終調整ですね」
「……つまり、あいつは———」

「———ええ。剣道の全国大会当日であり、それに行けない保護プログラム最初の転居の日でもある———『篠ノ之箒の誕生日』、7月7日に、いっくんと離れ離れになる原因となったISをよりにもよってプレゼントしちゃったんです」
「……間が、間が悪すぎる……!」
 ある意味、束らしい失敗と言えた。
 と言うか、あっさりISを作ってプレゼントするな、国際的にヤバすぎる。



「いつもは相手がどんな反応してもタバちゃんは気にしてませんけど、今日は相手が箒ちゃんでしたから、そう言う訳にも行きませんし。ある意味、そう言う経験が無かった為の失敗と言えますね。本当難しいのですよねえ、これは。小生なんかは何回空気読めなくても学習できませんし。こればかりはどうしようもないとしか言えませんね」
「自覚あったのかお前?」
「それはちょっと酷くないですか!? 小生だっていつも反省してるんですよ!」
「自覚あるなら少しは改善の成果を見せてみろ馬鹿たれ。それで?」
「小生だってそれだけ言われたらいじけますよ……。てなわけで、ちょっとぷっつん来ちゃった箒ちゃんがタバちゃん特製ISで大暴れしたから大変でした。タバちゃんも箒ちゃんに『大嫌い』なんて言われたものだから恐慌起こしちゃって怪我だらけになってしまいましたし。うちの子達も結構動けなくなっちゃいましてね。今ティム君と非・戦闘型が必死になって修理中です」
「裏目に出過ぎだろうが……」
「箒ちゃん大好きが最悪の形で返されちゃいましたねぇ」
「その事、箒は……」
「知りませんよ。疲れて眠っちゃってますけど、遡れば自分がタバちゃんに頼んだ事だなんて分ったら、どんな事になるか、小生でも分りますし。あぁ、小生は冷淡なんでしょうか、あの時箒ちゃんが駆ったISと生物兵器の戦闘、あれを思い返すたびに思うのですよ、素晴らしい。ああ、本当に———素晴らしい実験結果(データ)だって思ってしまうんです。今思い返してもニヤニヤしてしまいますょ」
「ゲボック……」
 千冬は、自嘲するゲボックを見る。
 しかし、それは仕方が無い。それはゲボックにとって習性、本能と言っても良い行動なのだから。

 そう。いつもと違うのは、あまりの怒りで理性が吹っ飛んだ箒に、束純正の極めて性能値が天元突破した超絶スペックのISが託されていた事だ。

 ゲボック達自身の超科学がそのまま牙を剥いて来たのである。
 いつものようにへらんへらんと流せない程の脅威だったのである。
 しかもそれを操るのは箒。
 束の溺愛する妹であり、傷付けるなど微塵も思考に登らない相手。
 瞬殺は出来るが無傷で取り押さえるとなると、手間取らざるを得ない。
 流石の天才達も手を焼いたのだ。

 だからこそ、なおさら今だ見ぬその経緯に興奮したのだろう。

 その結果が。
「ゲボック、治療した方が良い……」
 全身の白衣に及ぶ赤い染みは徐々に広がっていた。
 自然には塞がらないような傷を多数負っているのである。

「いえ。タバちゃんがこんな状態なんで、本当小生もタイミング悪いなぁとか間が悪い星につきまとわれてるんでしょうかとか、非科学的にもオカルト研究してみたくなる程なんですけど……やってみましょうか今度!」
「話逸らすな」
「ああ、ちょっと興奮して飛んじゃいました。それより、小生自身も、もうすぐやりたい……いえ、やらなきゃ行けない事があったんです。それでフユちゃんのところに来ました。ちょっとタバちゃんには悪いですけど。治療とかはその後でしないと。何か永遠にそのタイミングが無くなっちゃうような気がしましてね?」
 実際、束は傷こそ多いが擦り傷で全て傷は塞がっている。
 ゲボックより、かなり安心できる状態である。
 せいぜい消毒してバンドエイド張れば良いぐらいだった。
 泣き顔で酷くなってしまっているのが気になるくらいか。



 ふと。
 じっと、ゲボックが千冬を見ていた。



「……なんだ?」
 気になったので、声をかけてみる。
「全く話が変わりますよ。いいですよね?」
 ゲボックは懐かしむように月を見る。誰が見ても見事としか言えない、雲一つ無いはっきりとした満月だった。
 そして発した言葉は、今までの話はここで終わりだと言う、ゲボックの宣言だった。
 確かに月には忌々しい黒歴史と今まさに続く因果があるが……。

「正直、今回の件について、箒ちゃんには何とかフォローしたいとは思ってます。正直、箒ちゃんのお陰ですからね。タバちゃんと御友達になれたのは……ああ、日付が変わりました。ええ、ちょうど『7月8日』、今日ですね。タバちゃんとお話が出来るようになったのは」
「生まれたばかりの箒がどうやってお前に貢献したのかは未だに分らんがな」
 それは、束の心境の変化が分らない二人には全く意味不明な束の転身だった。なぜ、あの時束がゲボックを受け入れたのか。まだ、束の欠落が先天性の物だと気付いていない二人には分らない。
 いや、ゲボックは気付いているのかもしれないが、気にするような事ではないのか。



「そして、それから『10年』が経ちましたね。えぇ、長かったですねぇ。全くもって本当に」
「……は?」
 10年。
 確かに、束とゲボックが親しくなってから今日……日付が変わったばかりだから10年丁度よりは少し早いが、確かに十年である。

 待て。
 何かを、何か忘れている気がする。

「あの頃の小生は。タバちゃんやフユちゃんに箒ちゃんやいっくんと言った兄弟が出来る事をとっても羨ましかったんじゃないかって、今になると思うんですねぇ。いやはや、小生も何だかんだ言って寂しがり屋だったって事ですねぇ……まあ、それで生物兵器作り始めたんですけどね?」
「そう言う発想の転換がお前らしいな。普通作らんだろ、生物兵器なんぞ」

 ゲボックが何を言いたいのか分らなかった。
 今更、何故昔を懐古するのか。

「小生はそのときフユちゃんに未熟者と言われてしまったので、色々と自分を研鑽しようと研究にのめり込みました。まあ、そうでなくても研究ばかりはしてたんですけどね? 自分を高めようと色々頑張ったのが増えたんじゃないかと思います。まずは強い人になろうと思って自分を改造したりとか」
「いや、それは何か違うんじゃないか?」

 言った気がする。何かいつも言っている気がするが。
 なんだか『このとき』のは特別な気がする。
 そうそう、あとそれから凄まじい勢いで頑丈になっていったのはそのせいか。

「自分が作った<わーいマシン>が勝手に起動されてフユちゃんに襲いかかったって知ったときはマジでムカッ腹立ちましたしね! 白雪芥子でミサイル落してたフユちゃんに軍隊が襲って来たと知ったときはぶっ潰しに行きましたし」
「……何だかんだ言ってそれら全部私が後始末してないか?」
「ええ。小生は全然未熟でした。フユちゃんのためになると思ってやった事は全部裏目に出ちゃいますしねえ。いつも怒られてばかりでした」
「なぁ……思い出したら本気で泣きたくなって来たんだが……」
 目が遠くを見る事になった千冬だった。
 今までの苦労が一気に押し寄せて来たような疲労感が襲って来たのである。
 このまま蓄積して行ったら、将来、思い出しただけで過労死するんじゃなかろうか。

「それで、光明の兆しが見えて来たのはアラスカ条約が締結されて日本に戻って来たときですね」
「ん……あぁ、そうか」
 確か、商店街の皆の為に発明を役立てていると知ったときだと思う。

「それで、やっと何となく分りました。フユちゃんは、小生がフユちゃんの為に動くより、他の誰かの為に動くと喜ぶと分ったんです」
「いや、それ微妙に違うぞ」
「えええええ!? そうなんですか!?」
「うん……まぁ、概要は間違ってないんだが……」
 先が長そうだなあ。嘆息する千冬。



「なら良いじゃないですか、それで、もっとたくさんの人を助けたらメッチャフユちゃんが大喜びして褒めまくってくれるんじゃないかと思ったんです! はははっ! まあ、それでミューちゃん主催の『世界お助けツアー地球一周編』やったんですけどね。皆喜んで大歓声あげてるでしょう」
「……あ、あれってそんな下心があったのか!?」
 短絡過ぎるにも程がある。
 誰の言う事でも聞くゲボックだが、そんなあっさり世界中に回ったのはそんな経緯があったとは。
 よく分からん……と言うかまさか私のせいにならないだろうな。
 あと、歓声をあげるよりは断末魔や絶叫をあげていると思う。
 何事もやりすぎるとよろしい事には非常に良い事にはにならないという良い例だと思う。
 核撃たれるわ、紛争地帯が弱肉強食のサバイバーになるわ、全世界で核弾頭級の指名手配食らうわ。

「でも……全然褒めてくれませんでしたねぇ。一体、何が良くて何がいけないのか。どうすればフユちゃんが喜んでくれるよう小生が成長するのか、ちょっと手詰まり状態になっちゃいました……まあ、自分の研鑽という意味では、10年やそこらじゃまだまだ足りないのかもしれませんがね。でも、10年という区切りを自分で決めましたので、この取り決めは守りたいと思ってます」
 ……しかし、あの世界への放蕩が、自分に向けた意図があるとは思っていなかった千冬は、何を見逃しているのか、まだ分らなかった。
 それを見つけるべく、過去を必死に漁る。
 しかし千冬はその辺は常人と大差がない。どれだけ思い出そうとしても、過去の出来事となる程に記憶に霞がかかっていくのは否めない。



「で、ちょっと遡って5年程前に山々君にも相談してみまして。どうも、こういうのは雰囲気らしいじゃないですか。ロマンチックなのがベストだと。この点では箒ちゃんの事件の後なので間が悪いなぁと小生でも思うのですが、フユちゃんがモンド・グロッソで優勝しましたし、そのテンションの高揚の方で良いんじゃないでしょうか」
「だから、何がだ?」

「うーん、やっぱり憶えていませんか? 小生の独り相撲だとちょっと悲しいなぁ……とか思っちゃいますけどね? 『10年早い』あの日、フユちゃんは小生にそう断じて下しました。『未熟者』だと。んでぶん殴りましたね。痛かったですょ。んまぁ! 気にしてませんがね!」
 ちょっとは気にして欲しい。殴った意味が無いのは拳が痛いだけで無意味ではないか。

「ですので、10年間研鑽を積んでちょっとはマシになっちゃんたんじゃないかと自負してる小生がもう一回申し込んじゃいますよ??」

 これを、言わせては行けない気がする。
 何か、とんでもないことが起こる気がする。

 背筋を走るおぞましいまでの悪寒。
 死が首を掠めたときの間一髪の感触と言うか。
 ここから一歩でも進めば死ぬ———死線を軽く踏んで止まっているような緊迫感があった。

「ひゃはははハッ!!! それではフユちゃん、上空の満月をご覧あれ!! 小生、ゲボック・ギャクサッツの一大ステージをご覧に入れて差し上げましょうカァ! ははははっ!」
 ゲボックは止まらない。
 ひょいっと白衣からキーボード(単体)を取り出すと、ペンチな右手でで器用に摘みながら左手のドリルで器用に一個ずつトリガーを押していく。

「さぁて! 『地上回路』プログラム『光学操作』、固有名称『幻惑の銀幕』全解除!! 帳で隠していた真実を晒すのです! アハハハはハッ!今まさにここは世界の中心で、小生からは色々な物を叫んだり迸らせたりしちゃいますょ、いざMarverous!!」

 千冬は見上げた。
 そこには変わらず満月がある。


 だが。
 ガギ。が、ぎぃきききききい———

 空が軋んだような音を上げた気がした。
 そして、意味合い的にはあっている。
 今まで世界に偽って来た光景。
 ゲボックが世界中を回ってナノマシンをバラ撒きまくって来たのは、ただの気紛れではない。
 山口が言っていたのだ。
 直前まで内緒にしておいて、驚かす事こそが秘訣だと。

 今迄、地球に降り注ぐ太陽光そのものを操作して偽って来たカーテンを引き払い、真実の姿をさらす。

「いやぁ! 大変でしたねえ、太陽風が来たときの調整とか、そもそも人工衛星は大気より上に居るかもしれないから全部の衛生に誤情報を流し続けてみたりとか。どっかの国が隠れて射ったスパイ衛星にちょっかい出したり、それで国家暗部に追われたり、色々苦労しました!」

「おい……何だこれは……」
「いやあ、小生の気持ちです」



 月面。そこにはゲボックの想いの丈が月面の城塞の屋根で綴られていた。

 要は、小生は貴女を愛している。
 結婚して下さい。
 家族になって下さい。

 ぶっちゃけ、月と言う、地球から見て一番巨大に見える天体を用いたラブレターである。
 ゲボックが5年前、束に借り受けた、殆ど土木メカ足る銀兎———シーマスによって地球から見える程に月面を改築しまくっていたのである。天体改造、ゲボックでも5年掛かる大工事だった。
 まあ、それより何より。
 世界規模の羞恥プレイだった。
 もう、あぐあぐ口をぱくぱくさせるしか無い。



「10年前の申し込みをもう一度させていただきますよ? フユちゃん、結婚していただけますか? 家族になって下さい」
「おい……お前……」
 千冬はまともに言葉を出せなかった。



「待てゲボック……」
「何ですか? 正直10年待ったのでこれ以上待つのはちょっと大変ですよ?」

「お前———束の事が好きじゃなかったのか?」
「大好きですけど?」
「ならなんで!」
「何かいけませんか?」
「私じゃ、お前達の話には付いていけない、お前の事を誰より理解しているのは束じゃないか! どうして私なんだ! 先に知り合いになったからだと言ったらただじゃおかんぞ!」
 怒鳴る千冬にゲボックは首を傾げる。
「んー、まあ、確かに先ってのもありますよ? 小生は10年前からフユちゃんとラブラブになる為に頑張って来たような物ですし」
 うーん、と腕を組んでゲボックは考える。



「そうですねぇ。タバちゃんは確かに小生の事を誰より理解してくれます。小生だって、タバちゃんの考えてる事を誰より理解しているつもりはありますよ? 何たってタバちゃんは超天才ですから。小生も天才ですしねえ。この点に関してはフユちゃんにだって負けない自信はあります」
「じゃあ……何でだ!」
 そう叫ぶ千冬の声には最早、力はない。

「でもね? タバちゃんも小生も、お互いが間違ってても、その事に気づけないんです。小生達は余りに近いんです。同じなんですね? だから、お互いの事は全部肯定、とっても楽しいんです。でも、それじゃ偏りが出て来ちゃうんですよねぇ。あと知ってました? タバちゃんは結構小生の事をペット扱いしてました。人間として見て無かったんじゃないかなぁ。楽しかったから小生も楽しんでましたけど、タバちゃんは恋人とか、そんな目で小生の事見て無いんじゃないかなぁ……」
 ゲボックは、束の認識を見抜いていた。
 気にしないだけで、ゲボックは大体自分が受ける感情を認識していたのである。
 そして、その上で束の事が大好きだったようである。
 ただ。
 ゲボックは気付いていない、今や、その感情が変化している事に。
 単に、スキンシップが過剰になっていると思っている。
 先入観に固まってしまっていたのだ。
———そもそも

「自然界でも、交配はホモ接合型よりヘテロ結合型の方が強靭性を誇ります。生命として歪感が無いですし。共通の弱点を保有しますので、天敵の出現の際、一網打尽の可能性も出てきます———とまあ、小生の好きな科学的な言い訳はこの辺にしておきますけどね———」

 ゲボックはニヤケ顔を止めた。
 どこにでも居る純朴な男の子の様な、そんな表情を浮かべ。

「小生はね? 自分でも分かってるんですよ。何だって出来ます。何だって作り出せますよ。天才ですから。それこそ神様みたいにね? でもね? やっぱり小生は偏っています。戦争を力尽くで鎮圧する植物を作り出す事は出来ますよ? でもね、そこの人に平和を訴える事は出来ません。小生は、凄いと自分でも思ってますよ? 凄い物を沢山作ってきました。でもね、間違いが無いわけがないです。完璧な物なんて無い。だからこそ科学者は完璧を目指すのですから。ゼノンのパラドックスのように、永遠に到達できなくても———そんなありふれた言葉は真実なんですから。でも、何が間違っているのか。それは小生自身じゃ分らない。何故かって? 科学的には完璧に正しいからなんです。そしてね」
 ゲボックは千冬を見る。

「フユちゃんはそんな小生をいつでも叱りつけてくれました。殴って止めてくれました。何時だって小生の暴走を受け止めて、抱きしめ止めてくれました……ずっと———ずっと感謝していたんですよ? だから、フユちゃんに助けられたあの日から今迄ずっと」

 ゲボックは懐から花束を取り出した。
 そのラインナップには何となく見覚えがあった。
 結局千冬は思い出せないが、それはゲボックが初めて千冬と束に会った時、ゲボックに渡した見舞いの花束と同じ構成だった。
 あの時から、ゲボックは千冬に一目で心奪われていた。
 束の心情の変化に気付く余裕は無かったのである。自身で決めたタイムリミットが刻一刻と近付いていた故に。
 呆然としていて花束を受け取ってしまった千冬を見てゲボックは頷く。ウムウムと。
 やっぱりフユちゃんは花束が似合うなぁとか考えているのである。

———あなたは、まるで天使のようです。

 あのとき彼が言った言葉は、心の底からの本音だったのである。

「ですのでフユちゃん。フユちゃんは、小生にとって一番大切な人です。まだまだ未熟者だと思いますが、悪ければ殴って下さい。まぁ、殴られれば治るんじゃないかなぁ———とか思いますし」

 最後はしまらないゲボックだった。
 だが誠心誠意、精一杯の真摯な告白だった。



 だが、それは。
 千冬は思う。
 最初自分で言ってただろ。
 どんなタイミングだと思っているんだ。
 空気を読んでくれ。
 つーか空の月なんとかしてくれ。羞恥で死ぬ。

 なんで。



 箒と争い、精神的に参っている束の前で言うのだこの愚か者が。
 お前に背負われている(マニュピレータ補助付き)時点で、束が眠りにつくなど無いだろう。
 束だって色々狙っていたに決まっている。
 お前だって傷ついた相手に優しくするだろう?
 束はそれを狙っていたんだよ。



 間違いなく———









「あぁ……間に合わなかったなぁ……」
「束」
「タバちゃん、御目覚めですか?」

 そう。狸寝入りに決まっているだろうが。
 ゲボック、気付け、この不穏な空気に。

 それに。
 ゲボックの言葉を要約すればこうなる。
 束と親しくなった時は既に千冬一筋だったと。
 三年間、ゲボックを想い続けて来た束にどんな精神的ダメージを与えるか———

 ん? 待て。
 それより、今束はなんて言った?



「間に……合わなかった?」
「そうだよ、ちーちゃん」
 ぐずっと鼻をすする束は湯気を上げる蒸しタオルを量子展開、顔を拭う。
 流石に束でもずっと泣き顔で腫れた顔はどうかと思ったらしい。

「まさか、束さんがゲボ君の気持ちに気付いていないとでも思ったの?」
「……は?」
「何の話ですかー? 無視しないで下さいょ」
 ゲボックだけが、何の事か分らないらしい。

「だから、思い出してみてよ。ちーちゃんが私の気持ちを指摘する言葉に、束さんは最初もの凄く驚いたでしょ。なに言ってんだろちーちゃんとか思ったし。というか、束さんでも分るよ? ゲボ君がちーちゃんの事一番大好きだなんて、あの漫画貸してくれる山……だっけ? も知ってたし」



———……まぁ、あれだ。織斑……残酷だな―――お前



 あれは……そう言う意味だったのか!?

「むしろ気付かないちーちゃんに驚きだよ? クラス全員知ってたよ? 小学校の時も中学校の時も、高校の時も、皆々気付いて微笑ましくしてたんだよ? だから何かとちーちゃんとゲボ君を何かとくっつけようとして皆ゲボ君の事応援してたんだから。束さんは必死だったよ、ちーちゃんの事ゲボ君に取られないようにね」

 そう、最初、束から見たゲボックとの関係はライバルだったのだ。
 千冬をとられまいと、もっと構って欲しいと。
 ゲボックが言った通り、二人とも同じであり、同じだからこそ同じ人物———千冬を求めていたのだ。
 だから、そんな束がゲボックの思いに気付かない訳が無い。
 和解する迄は千冬に関してだけは、敵ですらあったのだから。

 付き合いが長いから分かるのだ———

 その好意が……。

 誰に———
 向いているのか———
 向いていないのか———

 だからこそ、ゲボックの事を好きなのでは無いか。3年前、そう言われた時は訳が分からなかった。
 何故ゲボックと自分をくっつけたがるのか。
 ゲボックの事が嫌いなら追い払えば良いではないか。
 それとも、私とゲボックをくっつけて纏めて厄介払いしようとしているのか。
 最初、親友であるのにそう思ってしまった程である。

 そして恋愛について口論しながら気付く。
 ああ———気付いていないんだ、ちーちゃん。
 まあ、説得されて自覚していなかった想いが吹き出てしまったのだけれど。
 お陰でこんな気持ちになってるのに。
 対人交流能力が皆無と言って良い、束ですら分ったというのに。
 クラスが一丸となって知って色々画策していたというのに。

 これが、千冬の欠落なのか?

 だからとうとう、この間言ってしまった。
『……ふぅ、流石ちーちゃん、いっくんのお姉さんだ』と。
 箒の文句をさんざん聞いて来た束だからの感想だった。
 うぅ、箒ちゃんー。思い出したらまた涙出て来た。






 対して、混乱の極致にあるのは千冬の方であった。

 え?
 
 知っていた? 束だけではなく私以外全員が!?

 私だけが察していなかった? 何故だ? 何故分らなかった?



 千冬が延々と、何で肉欲から行くんだお前は……と言っていたが。
 何故束がゲボックに告白しないか等とも。
 確かに、前述した理由も合っている。だが、それ以上に。

 束でなくても、すぐさま計算できたのだ。
 告白すれば確実に玉砕すると。

 ゲボックが傾ける想いでは、束は絶対に千冬に敵わない。
 だから———束に武器は体しか残っていなかったのである。なんか嫌な言葉だが、その通りだったのだ。
 幸い、束は自分でみても魅力的に育ったという自負がある。
 千冬もまた美人だ。だが、タイプが違う。見込みはあると思った。

 そして確認もした。
 ゲボックが告白する迄は時間に余裕があると思っていた。
 それ迄なら既成事実を作ってやる。そう息巻いていた。
 そうなれば、ゲボックは何気に義理堅い。ゲットできると想っていたのだ。
 卑怯? 女は手に入れたい男が居ればなんだってするのだ。

 ゲボックが月面で何かしているのは知っていた。5年前シーマスシリーズを貸したのは他ならぬ束なのだし。
 しかし、ゲボックはこの点に関してだけは極めて秘密を心がけた。
 幻惑を解除できるも、面倒だと、束に思わせる程に。
 きっと、束から内容が千冬に漏れるのを恐れたのではないか。ゲボ君のくせに考えるなあとか腹立たしかった。



 でも———結局間に合わなかった。
 そう言えば残り5年と言っていたではないか。タイムリミットはあの時既に決まっていたのだ。

 束は想う。
 もう、どうなるんだろう。

———姉上が、姉上がISなんて作ったから……姉上なんて……姉上なんて大嫌いだぁ!
 違うよ、お姉ちゃんは箒ちゃんの為にISを作ったんだよ?

———フユちゃんは、小生にとって一番大切な人です
 嫌だよう。ちーちゃんとくっついちゃったら……。



 独りになっちゃうよう。
 いっくんは当然ちーちゃんが一番だし。そのうち箒ちゃんと結婚するだろうし。



「嫌だよう……」
「束……あのな———」
「嫌だよう……独りは嫌だよぅ。嫌だよ、嫌だよぉ……」
 束は立て続けに襲って来た事態に耐えられずにぽろぽろと再び涙を流し始める。
 これが、人と関わって来なかった束のツケが回って来た、と言う事なのだろうか。
 周りに振りまいて来た無自覚の悪意が、知人達に返って来て自分を孤立化させようとしているでも言うのだろうか。

「束……」
 マズい。
 背筋の悪寒が既に堪え難いところ迄達しつつある。
 これは———

「タバちゃん? どこか痛いんですか? そりゃ傷がありますからですよ。それに大丈夫ですよ? 『一人』じゃないですよ。小生が居ますよ? フユちゃんも居ますよ?」
 おいゲボック。お前にそんな気はないだろうが、人に告白した後すぐその態度では、ある意味最低だぞ。
 あといい加減治療しろお前。流血が洒落にならんくなって来てるぞ。



「もうやだぁ———」
 千冬の危機感が最高潮に達した。

 途端に浮かび上がる無数の投影モニター。
 そこに浮かび上がる各国の基地、空母等の共通点に千冬は心当たりがあった。

 まずい。
 まずいなんて物じゃない。

「もう、何もかも———無くなっちゃえば良いんだよ—————————!!」



 次の瞬間。
 ゲボックの『地上回路』を一瞬にして掌握した束はそれを経由して世界中の核弾頭を管理するシステムをハッキング。

 有り得ない光景だった。

 冷戦時最高数7万発弱。現在は解体中と言えど3万発を軽く越える核兵器が世界には存在する。
 全部爆発すれば世界を何度焼き払えるか分った物ではない。
 当然、いつでも発射できる体勢にあるのはわずかな数だろう。
 そもそも、核兵器とは一人でどうにか出来る物ではない。

 発射シークエンスに多数の人を必要とする。
 自動報復システムぐらいだろう、あっさり放たれる核は。

 何より金が掛かるのだ、核兵器を持っているだけでも。
 故に、その殆どが倉庫で寝ているだけだろう。

 そもそも。
 ハッキングなど。物理的に断絶し、完全に独立したシステムには束と言えど手を出せる訳が無い。



———今迄は。



 苦しくも、ゲボックが作り出した『地上回路』。
 それは、あらゆる地点を量子回線で繋ぐ、ゲボックや束の触覚の延長となるシステムである。
 ISのコアネットワークを参照してゲボックが作り上げ世界を埋め尽くしたそれを、IS開発者たる束が掌握仕返せない訳が無い。
 
 すなわち。地球上の空間に繋がっている限り、二人が支配できないコンピューターは存在しないのである。
 
 さらに。
 世界中に散布したナノマシンは、『地上回路』を構築してなお、地球のあらゆる地点に夥しく滞空している。



 生物モーターというのを御存知だろうか。
 単細胞生物の繊毛が異常な運動効率を発揮して彼らの移動の術としている細胞より小さい単位である。
 それを参考に、血管内を泳ぎ回る治療用極小機械がナノマシン普及前に考案されていた事がある。

 単細胞よりサイズ単位の小さいナノマシンが、複数集合すればそれを構築する事など容易い。
 かくして『灰の二十七番改』は粒子状でぞぞぞぞと動き回っているのだが。
 空気中に漂っているナノマシンは人工衛星型生物兵器『灰の二十九番』製のナノマシンであり。

 このどちらもがゲボック製ナノマシンの大本『灰の三番』の体組織から作り出された亜種であり。
 
 似たようなシステムを構築させられぬ訳が無い。
 かくして、空気中に、世界中に漂っていたナノマシンは周囲の資源を素材に爆発的に自己増殖。集合して、発射台で佇んでいる核兵器、倉庫で眠っている各兵器、その何もかもに取り付いて外側にあらゆる物を構築し始めた。

 それは起爆機構、それは弾体、それは射出機構。最低、アタッシュケースに入って起爆を待つだけの核爆弾の一部でもあれば充分。即座に武器の形へ再構築されていく。分解中の核兵器がつぎつぎと再生していく。
 さらには、弾頭などは腕が生え、自ら倉庫の天井を突き破り。空へ向けて自らを差し向ける。
 恐怖と震撼を通り越して笑いさえ誘う光景だった。

 文字通り、世界中に存在する核兵器が発射準備完了状態に移行したのである。

 その数———白騎士事件の時より数だけでも一桁上回る。
 破壊力に例えれば桁違い。
 攻撃対象面積に限れば世界全てだ。



 千冬は即断即決した。
 束の意識を一瞬にして断つ。
 正しくは思考を止める。
 脳を働かせるわけにはいかない。

「うわあああああああああんっ!」
 年も外聞も関係なく、大泣きしながら束は飛び上がった。
 ISを展開していない時の束の防衛装備。
 常時潜在型IS『マクスウェルにはネコじゃなくてウサギ』(ユビキタス)だった。
 全てのシステムを、『有る』と『無い』の状態で固定化させる事に特化したISである。
 分りやすく言えば、常時ISの機能を量子化していて、思考だけで展開せずとも『機能だけを働かせるIS』と言えよう。
 でもその名前はどうよ。あれって、猫好きがブチ切れるような実験だったはずなんだが。それにウサギ好きがウサギ当てはめてどうすんだろうか。

 半量子半実体武装化機能は、ISの展開よりずっと素早く活動可能という利点がある。
 それで千冬から飛び退った束は一気にエンターキーを殴りつけた。

「しまった———」

 カタストロフが———

「タバちゃん、それは駄目だと思いますょ!」
 ゲボックがハッキングされた『地上回路』をハッキング仕返した。
 途端に、地上を上昇中だった核弾頭達の先端にナノマシンが集結。
 推進ブースターを構築。
 今迄使われていた推進システムが機能停止。上昇中だった兵器群がそのままのコースを描いて尻から落ちて来ると言う前代未聞の物理現象無視した事態(ゲボックなので一応科学的なのだが)に、飛び上がっていく世界の終末を見上げていた者達はもう一度度肝を抜かされた。
 逆にミサイルが激突したように、世界中の核施設が大質量の墜落に大打撃を受ける。
 その大破壊に巻き込まれ、どれだけの人が死傷したのだろうか。それは分らなかった。

 だが、最悪の事態は免れた。
 核の起爆には、計算され尽くした科学的計算に基づくシステムが必要である。
 そんな物が叩き付けられ、歪めば、ただの質量爆弾でしかなくなる。
 それでも推進剤に引火し大爆発が生まれるが、それは核反応ではない。ある意味世界中の核は全て無力化された。
 束やゲボックがナノマシンを用いてそれらを修復しなければ、という前提が付くが。

 これが更にまずい事態を呼んだ。

 核とは何だかんだ言っても軍事に金かけてる血気盛んな自己陶酔国家にとって国家防衛の要である。
 こちらが核を持っているから相手も射てないだろ、射ったら射ち返すぞ、どっちも滅ぶけどな! という何だか妙な脅しあいで平和を保っているのである。

 となると、相手の国もまさか自国と同じ状態に陥っているなんて考えても居ない彼らは核に続いて強力な武器を次々と準備し始める。
 お互い人間同士であるが故の疑心暗鬼の結末であった。
 
 この5分の後、まさに第三次世界大戦の恐れのある緊張状態に陥ったのである。



 束がこの場から音速超過で去っていく。
「やむを得ん———」
 と言うより、初めからこうしていれば良かった。
 許可されていない時のISの展開。
 緊急時意外は禁止されている。
 何を言う。これはまさに緊急時ではないか。

「ゲボック! コアネットワーク経由で干渉されないよう防御頼む!」
「えええええ!? 何でこうなってるんですか!? 今度はフユちゃんとタバちゃんの喧嘩!? 訳分かりませんよ! あーもうこっちだってタバちゃんが隙あらば世界滅ぼそうとしてるの止めなきゃいけないんですよぉ!!」
「喧しい黙れ馬鹿そして死ね諸悪の根源が!! 兎に角やれ! あとお前は世界を守る方だな!」
「そりゃ、まだまだ実験したり無いですし。世界に未練タラタラなんですねぇ。あと、フユちゃん返事ください。これ無くしてまだ死ねませんから」
「そんな場合か状況知れ! 空気読め! あと月隠せ! 恥ずかしくて死ぬわ!」
「分りました。でも有耶無耶にされたくないので月はお返事後に隠します」
「それ本気かおい止めろゲボック本気で止めてくれいや本当に!」

 珍しく千冬が懇願していた。それ程の羞恥である。
 なお、一夏と言えば、千冬優勝記念宴会で誰かの混ぜ込んだ酒を飲み完全に出来上がっていた。全世界公開中のラブレターを肴に月見酒中である。
 酔うと、千冬に似るらしい。被害者の某生物兵器は語る。



「蜃よ、霧出せ惑わせ蛤。夢見せよ———ELECTRIC・BUTTERFLY(エレクトリック・バタフライ)!!」
 束のISが常時/火急用から、本格活動用に切り替わる。
 貝のように閉じていた蝶の翅が開かれ、ISスーツ姿の束がその姿を現した。

 束が自身用のISをただの高性能で済ませる訳が無い。
 白騎士事件の時見た機能だけではないだろう。
 天才達は日進月歩で怪物的に進化する。

「あの馬鹿が! 私が絶対ゲボックの申し出を受けるとでも思ってるのかあの超馬鹿が!」
「ええええええええええええっ! 本当なんですかそれ!」
「手が止まってるぞゲボック手が!」
 気を抜けば世界が焼かれる。
 それ程の超絶的な電子戦が地球を駆け巡っているというのに。

「ふぅ。小生も世界が無くなっていいんじゃないかって思ってきました」
「面倒だなあ、ああもう、この紙一重共がああ———ッ!!」
「もう絶対月このままです。これを記念に小生は日々を生きていきます」
「脅しか!? それは私を脅してるのかゲボック!? いや消せよ本気で!!!」
「小生どうしましょうか、本気で」
「分った、これが終わったら返事するからそれまで働け!」
「了解しましたって、また微妙なお返事ですね! どっちかぐらい今でも言えるじゃないですか?」

「ああああああああ、もう良い、色恋沙汰はこりごりだあ、ああもう、来い!! 暮桜ああああああああああああアァッ!」
「フユちゃん逃げた———ッ!!?」









「フユちゃんちょっとちょっとぉぉぉぉおおおお——————ッ!!」
「待ァて束ええええええええエエエエエエェェェッッッッ———!!」
「嫌あああああアアアアアァァッ————————————ッ!!!」
 千冬自身、束を追いかけているのかゲボックから逃げているのか分らない状況だった。



 これが後に、出来事を知る者達に、第三次世界大戦勃発を予期させる緊急事態を巻き込んだ『たった三人による世界大戦』と呼ばれる痴話喧嘩の始まりだったそうな。



 ……笑えねぇ。






_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/

 話数のカウントをちょっと変更しました。
 上中下って分けるなら別に話数が進んでも良いんじゃね? と言う事で。
 
 剣道の全国大会って本当に7月にやってるんですね。調べてみたんですが。他の月の時もあったんですけど、甲子園みたいに年何回とかそう言う事なんでしょうか。勉強不足ですいません。
 モンド・グロッソについては捏造だらけにしてみました。実施年月日ほぼ全部。
 箒の転校の年にしたとは原作のどこにも書いてませんよ、うんうん。

 福音戦が大きなテーマになるな、我がSSは7月にイベントが多い……。
 あ、この過去編はあと大きなテーマが二つ終われば終わります。
 その後に、捏造があるので年表的な物を出したいと思います。
 原作に正確な年表が出たら修正するのですが……どうなんでしょうね!?


 今回のテーマ。
 千冬さんは織斑。マジ織斑。つまり一夏のお姉ぇさああああん!!
 
 束さんと箒も姉妹。いや似てんだよね。マジであの姉妹。奇行のせいでそうは思われてないみたいだけど、自分と周りの立ち位置に対する様子とか。
 
 束さんが箒に渡したISは、原作のあれのプロトタイプです。
 その箒ブチ切れイベントをあえて端折ったのは、箒メインイベントまで取っておこうと思ったからです。
 決して鬱書き続けたら精神力が保たないからでは御座いません。本当ですよ!?

 女の子二人に男の子一人(子って年齢でもないが)こりゃやっぱり三角関係じゃね?
 とか思いましたが、良く良く見たら一直線列車的関係と言う罠。

 タッチ的にはならんな!(そりゃ三角関係の最上級系ですし)
 甲殻のレギオスにおいてのディン、ダルシェナ、シャーニッド的と言ったところでしょうか?
 ああ、レベル足りない? はい、すいませぬ。しかし、ゲボックがことあるごとに求愛的なことをしていたのは千冬相手だけでした。好き、と言うのは別として。原作でもゲボックとヘルは何年進展しない相思相愛してたんだよお互い初恋同士で、って感じですからね。アンチエイジングするような年なのに。

 灰の三番についてもちょっと書きました。
 あれで元ネタ分る人居たらちょっとラブレター書くかもしれない。
 月には書かないけどな!
 原作編の最初の方で千冬が月を見て頭を抱えるのはそのせいだったり(だけじゃないけど)。いやー、最初の伏線やっと使えましたよ。その前にエタら無くて本当に良かった……。






 次回過去編。
 ええ、自重しませんとも、する訳がある物ですか。
 我が胸の内の中二心、全身全霊を持って流出させるつもりです。

 その前に原作編ですが。
 難しいですよね、原作流れでアレンジって
 
 何がしたいのか、とのご指摘もいただきましたが。
 すみません力不足で
 ですがその通りです。何をすれと双禍は指示されていないのです。
 ただ、助けろとだけしか。
 だから何が出来るか模索迷走中なんですね……。
 ゲボックが出てからも双禍視点で出て来るので、その時某ガンダムの脇役になっちゃった主役みたいにならないよう、その足場固めとキャラの確立という理由もあったり。

 ですが、原作編でまだゲボックを出すわけにはいかないのです。
 やはりゲボックが出てからで無いと調子が出ないので、そっちの方も気長に御付き合いください。
 双禍は要らない子ではありません。それだけ切実に……。
 ……時間が御許しになれば、で良いので。



 では。また、御許しいただければお会いしましょう。



[27648] 転機編 第 4話  思春期狂宴_其下
Name: 九十欠◆82f89e93 ID:a6979411
Date: 2012/04/01 08:50
 皆、申し訳ない……最初に謝っておく。
 このエピソードは自分の実力をさっぱり把握していなかった時期にこれを書きたいここにもってくぜとまず旗として立てておきました。

 そしてこのSSを書き始めてもうじきで9ヶ月でしょうか……。
 やっべぇ、まじやっべぇ。
 書いているうちに増えた設定、追記するプロット。ついでに文進めると勝手に暴走するゲボック……などなど忠実にこれも書きたいアレも書きたいとしてたらですね……。

 なんと299KBですよ奥さん! 299KBぉお!
 あっぶねー! 300行く所だった、あぶねぇー危ねぇ。
 あれです。切る所は大体ここだろうか、と複数当たりつけてますが。

 長過ぎるときは感想に 『長え!』 と一言申し付け下さい。


 あ……でも、次は多分減る。うん、減る……本当だよ! 本当だからね!

前書き終わり



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 子供と言うのは、とてもストレートなところがある。

 もし、IS学園に通っている時間軸の一夏。いや、彼だけではなく千冬を知る誰しもに。



 千冬はいじめられっ子だった———



———と言って、一体何人がそれを肯定するだろうか。
 誰しもがそれを鼻で笑い、いやいや、いじめっ子の誤植……? と返すだろう。
 その後振り下ろされる出席簿も含めてもはやこれはお約束だ。

 だが、もう一度言おう。
 子供は直で言う。
 相手がそれでどんなに傷つくか全く考慮もせずに。
 そう、普段の束の様に。

———あぁ、脱線したな。
 ここでは、まだ束は関係無いのだ






 怪力女(ゴリラ)






 千冬のあだ名だった。



 きっかけは何でもないものだ。
 体格が一回りも二回りも大きな男児を単純に片手で投げ飛ばした、とか、突き飛ばされるのが普通のところを逆に押し返して転ばした、とかそういう些細な事でしかない。

 だが、幼くとも子供同士でもちゃんと社会が出来上がる。
 力の強い子、足の早い子、体の大きな子は自然と回りからもてはやされ、本人もそれを自負する。
 一丁前にプライドを持ち、それを鼻にかけ、リーダーたろうとする。

 もし、その幼いアイデンティティを、自分よりも小柄な、しかも女子に覆されたら?

 プライドはズタズタだろう。
 ジャイアンがのび太にボコボコにされる時の様子を想像してもらえば良い。

 そして、その後の反応は、アニメ通りではない。奇しくも大人の社会の縮小であるそれも同様だった。

 『異端』として取り扱うのである。

 それまで力自慢であった子が、手の平を返した様に力があることを糾弾し、気味悪がり、排斥しようとする先頭に立つのだ。



 千冬はゴリラ、ゴリラ、とグループから爪弾きにされ、孤独を噛みしめる事になる。
 ゴリラに比べればパンダなんて可愛いものではないか…………否、排斥される称号を付けられ、そう呼ばれることそのものが、集団でヒトがいるために積もって行く負の側面を剥き出しにして表すのである。



 奴隷、邪教徒、カースト下層、穢多、非人、白豪主義下での有色人種。
 そして男尊女卑に女尊男卑。

 様々な呼び名で呼ばれるも皆同じだ。
 『差別』こそ社会の礎『格差』こそ、社会を維持し続けるために必要不可欠な要素。

 人は絶対に勝てる闘争相手に日頃の鬱憤を、社会に混ざっていて生じる鬱屈を叩きつけ、精神の安定を保たなければ群れの中で生きてはいけないイキモノなのだから。

 千冬には力で敵わない。
 だから、数で勝つのである。
 大人も、子供も、醜悪な部分は一緒なのだ。子供だから純粋などと言う事は絶対にありえないのだから。



 一人、同年代のグループから離れてそれを一瞥し、やる事も無いので視線を巡らせる千冬。

 そんな時。

 そんな、特にやる事も、全てが馬鹿馬鹿しく、やる気そのものが無くなった千冬だから、見つけられたのだ。

 それは完全な隠行だった。
 古武道をその年で既に会得していたのか。
 否、それは生物として当然の防御反応。
 気配を圧し殺し、小さく身を固め、誰の意識にも止まらぬ様身を潜める———そう、まさに。

『化け物に埋め尽くされた世界にたった一人、身一つで投げ出された少女』

 篠ノ之束に。






「待てえええええええええっ!」
 千冬は追う。
 その気になれば世界を何度滅ぼしても飽き足らぬ、滅亡のボタンを全身に取り付けたと言っても過言ではない親友を。
 今ならそれを何のためらいも無く殴り続けるであろう親友を。

「嫌あああああああっ!」
 束は逃げる。
 兎に角特に親友達とは離れて一人になりたかった。
 しかし、こうなったのは一人になりたくなかったからだ。
 一人は嫌だ。でも、一人になりたくてたまらない。

 自分でもわけのわからない支離滅裂な反転を繰り返す感情のままに束は飛ぶ。

 速い。
 先日ゲボックの改良を経て、性能が軒並み底上げされている暮桜だが、一向に距離が縮まらない。

「もう! 追って来ないでよぉ!」
 ここは一体どの辺なのだろうか。
 陸地を離れ、どこかの海上である。海軍の基地が、強化した視覚でピックアップされる。

 一瞬にしてその基地内における電子の世界が掌握された。
 束がISと組み合わさった時のハッキングは、正に一瞬である。防護など、時間さえも稼げない。
 周囲の領海巡洋艦から対弾道弾迎撃ミサイルが暮桜に殺到する。

「『それ』が通じない事を証明させたお前がそれをするか?」
 通常兵器はISのシールドを破れない。
 迎撃どころか防御反応の必要もない攻撃に、千冬は首を傾げ———

「もう!  どうなっても知らないんだもん!  IS攻性因子塗布(エンチャント・ローディング)

「なっ、まさか……まずい! く、ぉおおおおおおおおっ!!」
 プライベート・チャンネルから聞こえた束の声に悪寒を憶え、雪片を鞘走らせる。

 斬り裂かれ爆散する弾道弾。
 そこから感じる衝撃波を受け流し———

 そう、衝撃がシールドを貫いて。

「やはり、通常兵器にIS攻性因子を付与させたのか———自分の発明の優位性が無くなるような事を平然と!!」



 ISに通常兵器は効かない。
 今や常識の一つであるが、おかしいとは思わないだろうか。

 思わない? では、通常兵器より破壊力の乏しい武装であるにも関わらず、ISのシールドエネルギーを削る事のできる事例があるのは何故なのか、説明できるだろうか。

 そう、IS用と言えども、ハンドガンがミサイルより強いわけが無いのだから。

 ならば、何故ISが攻撃した場合は、シールドに影響を与えるのか。
 それは、攻性意志、とでも呼べるものだと言えばいいだろうか。それが、多大に関係して来るのである。

 ISは、意思を持つ。
 大体は、何となく乗り手に『こう言っている気がする』と思わせる程度の弱いものでしか無い。
 それは、ISが乗り手と意思を同調・増幅させようとするからだ。
 人の意思そのものを、ISは自分の行動決定指針———『意思』とするのである。
 そうする事によって、他よりも強い『意思』を得たISは、そうでは無いISに対し、かなりの優位性を得ることができる。
 つまり、精神的に上位に立てるのだ。

 ここまで言えばお分かりだろうか。
 ISのシールドを相殺し合うのは他でもない、相手を攻撃しようとする意識なのだ。
 ISコア内に存在する精神的要素によって構成された半物質であるシールドエネルギーは、ISの保護者を守護しようとする意思により、想像を絶する堅固さを保有できるようになるのである。

 人が乗った方がISが強くなる、と言う由来はここから来る。
 通例では、人が乗らないと動かないと言う事なのだが、束は自律稼働を既に実現させている。
 ただ、やはり意思が弱く、戦闘能力が低い。ゴーレムシリーズなどは、これに出力を無理矢理肥大化させる事で僅かな意思力でのシールド突破を実現させているに過ぎない。

 兵器は意思を持たないが故に、意思にて相殺されない最大限の効率を得たシールドエネルギーに傷一つ付けられないのだ。
 ISの攻撃は、この相手を害する意思、攻性因子が込められ、シールドを相殺するのだ。
 だが、千冬に殺到する攻撃にはそれが塗布されている。
 大方、地上回路を経由に、半有線状態でシールドエネルギーを送って兵器をくるみ込み、同時に束の『意思』を与えているのだ。

 そうなれば、ISを相手にしているときよりも厄介だ。
 こと、効率とコストパフォーマンスを除き、攻撃力、人を害する指向性だけなら通常兵器はISを遥かに凌駕する。

 流石に絶対防御を中和する機構は開発して居ないよう……だがまぁ、それも時間の問題だろう……だが。
(ISの絶対的安全・優位性を覆すものを何のためらいも無く開発だと……っ)
 束の危機管理の無さをボヤきながらも次々と襲いくる迎撃兵器を打ち払って行く。

 まあ、尤も、ISの最強は何もシールドエネルギーだけではない。
 音速超過の壮絶な加速下で、人間の認識能力をはね上げる機構もその一つだ。
 五感の強化、パワーアシスト、人間の機能を拡張するだけのものでも、数えきれない。
 どこか一つだけ強化すれば良いものではない。人間、バランスを崩せば全てが崩壊する。
 人間が強くなるには、全部強くなる必要があるのだ。

 さもなくば、剣でミサイルなど斬れはしない。

 だが、迎撃した隙に距離が離れる。

「もー分かったよーだ。迎撃して、撃墜まで行っちゃうんだからね! ふん、ふん、ふん、ふん。もすもーす、もすもー♪」
 束が鼻をすんすんさせている。
(拙い、少なくとも冷静になった———!)
 恐慌状態よりもまずすぎる。
 何故なら、束が現在の行動を取りやめるとは思えなかったからだ。

「どぅーがんかさーくやん、いんどぅーむー」
 何か分けの分からない鼻歌まで歌い出した。
「るすとー、うぃらーどぅあん、はんばーはんばぁむやん♪」
 その間も、次々と防衛兵器が千冬に襲いかかる。
 正直言おう。
 すっごくイラッとした。

「らんだーばうーらだーん、とんじゅんかんらんっ♪」
「な、に、を歌ってぇっ!」
 るん、だ、束! と言おうとして———
「かしゃっくいや〜ん、ああんっ、束さんを守って蝶ちょさん!」
 ミサイルを薙ぎ払い、対空砲から身を逸らし、火線の包囲網を突破した千冬は。
「なああああああっ!?」
 目の前に突如出現した10mもの巨大なエネルギーの塊に度肝を抜かされた。
 銀色に光り輝くそれは、羽ばたく蝶の形をしていた。

「なん、だ、これはっ!」
「うんうん、ちーちゃんが暮桜なら、束さんは秋の桜なのだ!」
「……コスモス?」
「そう、秋桜にはおっきぃ蝶の守護神がついてるのだよ!」
 それを聞いた千冬はしばし考えた。
 結論はすぐに出た。

「あれは蛾だ!」
「うそん!」

 ががーんっ! と本気で口にしている束がショックを受けている隙に、千冬は雪片を切り上げて巨大蝶を消し飛ばす。
 零落白夜。
 相手がエネルギーなら。自身のエネルギーと引き換えに、消滅させられる。
 シールドを防御に使うISだからこそ、鬼門と言える攻撃機能。

 必殺のタイミングの一撃を難なく払い落とされ、しかし束はそれを見て感動するように微笑んだ。
「し、知ってるかな、蛾と蝶には、学術的には明確な差はないんだよ! 人間が勝手に識別してるだけなんだから!」
 口は動揺しまくっているが。

「素人目にも分かる程動揺し過ぎだな、素直に知らなかったと言えばいいのに」
「束さんは天才なんだよ! 知らないわけないじゃないかな。にゃはははははー……」
 全力で嘘ですという束の態度に、あー、確かにこいつゲボックと同じだ、と感慨を受ける千冬である。
 まあ、本当は———なんなのだが。

「うんうん、やっぱりちーちゃんは凄いねっ! 暮桜とそんなものを作り出せるなんて。はっきり言って束さんの想定外だよ」
「開発者のお前にそう言ってもらえるとは光栄だな!」
 その間もミサイルを迎撃し続ける千冬。
 何か白騎士事件を思い出しかけてテンションが落ちて来た。
「だってさ、自分の身を削って攻撃するなんて、普通じゃないもん」
「……代償無く繰り出して与える痛みを出し続ければ、いずれ私は人ではなくなる。束、私はそう考えている」
 そう、束とゲボックが『凄すぎるもの』で周りの影響を与えず好き勝手しても心を痛めないように、千冬自身も『最強』なんてもので、同じに心になるわけにはいかない。
 千冬の目的は二人をこっち側に引き戻す事なのだから。

「ぬぬぬっ! ちーちゃんが難しい事考えてるよ!」
「失礼だな束、私だって意味なく暴力を振るっているわけではない」
「分かってるよ、ちーちゃんだって頭良いもん。でもね、そんな事わざわざするのが凄いって。人間の歴史を見てみりゃ分かるじゃない。自分に代償無く与え続ける痛み…………はっ、はは、ははははははははははははっ!! 面白くて笑いが止まらないよ! そんなもの、誰よりも人類が好き好んで振るって来た力じゃない! どうして飛び道具なんてものが昔からあると思う? 『自分が痛い目に合う事なく相手を痛い目に合わせたい』って気持ちが皆強いから何だよ!」

「———なっ!?」

 ぐばあっ! と気付けば千冬を小型の紫電迸る蝶———雷蝶が取り囲んでいる。
「いつの———」
「てふてふ、だね」

 一挙に殺到する雷蝶。
 最初の一匹に千冬の剣が触れた瞬間、一斉に全ての蝶が千冬へ向けてエネルギーを爆縮する。

「本当———束さんは……」
「何、勝ったつもりで余韻に浸ってるんだ? 随分と余裕だな?」
 プライベートチャンネルから、平然とした千冬の声が聞こえた。
 依然としてエネルギーは千冬を取り囲み、ダメージを与え続けている筈だ。

「え?」
 爆縮中のエネルギーが『凹ん』だ。
 そこから、暮桜が飛び出て来る。
 否。
 フィギュアスケートのスピンの様に回転しながらと言う様ではあるが、出現したのだ。
 そして、飛び出たのではない。
 猛烈に回転した暮桜は、自分を取り囲んだ雷蝶のエネルギーを全方位全てから推進機(スラスター)に取り込んでいたのだ。
 飛び出たように見えたのは、排水溝に水が飲まれる様のように、振り回されたエネルギーの隙間から暮桜が見えたからそう錯覚したに過ぎない。
 下手すれば全身まんべんなくエネルギーをかき回すように受けていたかもしれないというのに。なんと言う操縦センス、そして———

 スラスターにエネルギーを外部から取り込めば、次は一気に吐き出すだけだ。
 瞬時加速(イグニッションブースト)の推進力として。

 瞬時加速の理論はこうだ。
 一度吐き出した推進エネルギーをスラスターに取り込み、通常の全力推進に上乗せする事で爆発的な速度をえる技術だ。
 故に、取り込むエネルギーは自らのスラスターに限るものでもなく、また、その速度は取り込んだエネルギー総量に比例する。

 だが、敵の攻撃エネルギーを取り込むとは。
 一夏の場合、仲間の攻撃を、タイミングを合わせて行使しても全身打撲の反動が有った。攻撃エネルギーは、発動者以外には非常に取り扱いの難しいものなのだ。

 だが、千冬は敵の推力、攻撃力、どちらも奪って自分の速度に出来る。
 すれ違った相手の推力を奪ってたたらを踏ませ、イグニッションブーストを螺旋状にして発動、敵ISを強烈な回し蹴りで沈めたエピソードは余りに有名だ。
 まぁ、誰も真似などしない(つーかできない)ので、次のモンド・グロッソには誰しも思考にあげないようにしていた題材ではあるが。
 零落白夜も含め、徹底的にエネルギー運用を効率的に最大限の効力をえる。
 ブリュンヒルデの名は、戦闘力だけではない。戦闘技巧も含め、全てが突出していたからこその称号なのである。
 そして速度は、攻撃力に上乗せできるのが道理。



 そして、虚を突かれた束にその速度に対応する事など出来るわけが無い。



「ぶっ———なぁ、にぃッ!?」

 そう、当たれば、だ。



 手痛い一撃を受けたのは千冬の方だった。
 頭を疑問符が埋め尽くす。
 タイミングは完璧だった。
 完全に虚を突かれた束は、本来なら零落白夜で落とされていた筈である。

「そう、真っ直ぐこっちに来られたらの話なんだよ!」
 そう。千冬の超瞬時加速が、束を真っ直ぐ捉えられていれば、である。
 束は一切迎撃をしていない。
 千冬は大幅に束への進路がそれ、海面に機体を叩き付けたのである。
「一体———何故だ……?」
 上空から雷蝶の大群が、千冬に降り注ぐ。
「ぬっ———」
 千冬は水中に身を躍らせる。
 雷蝶は水面に触れ、次々と水蒸気爆発を起こすが、水中には殆ど衝撃が伝わって来ない。
 着弾の間隙を縫って千冬は水面を突破する。
 猛烈な蒸気で辺りの視界は塞がっている。
 と言っても、ISのセンサーならこの程度、何ら感覚器の妨害にはならない。

「ちーちゃん、どこ〜」
 遠くから、束の声が聞こえて来る。

「何かがおかしい……」
 巨大蝶の時と良い。
 殺到する雷蝶の時と良い。
 そして、イグニッションブーストが見当違いの方に進んだ時と良い。

「ちなみに束さんはね〜」
 束の声は遠くから聞こえて来る。
 ハイパーセンサーによれば、水蒸気は何ら支障がないが、当たりにまき散らされた雷蝶の余波で一種のジャミングになっているようだ。
 ただ、聴覚の強化はそちらとは関係がない。大体の方向は推測がつ———

「ち〜ちゃんの目の前に居ますっ!」
「なっ!」
 がしっ、と千冬の顔面が鷲掴みにされた。

「一回やってみたかったんだよね〜、ちーちゃんにアイアンクロー」
 いっつも貰ってたし、お返しだよ、と言いながら束は千冬を振り回す。
「んだ———とっ!」

 接近を全く察知できなかった。
 移動を認識していないのである。
 その直前まで、遠くに声を聞いていたのだから。

「くっ!」
 自分の顔を掴んでいる束へ、横薙ぎに雪片を振るうが。
(やはり手応えが無い———!)

 いつの間にか束は消えている。
 そして、感触も変わっている。
 掴まれているのは、顔面ではなく後頭部だ。
「どろっぷきーっく!」
「ぐぅっ!」
 束の両足が背に炸裂し、千冬は吹き飛ばされる。
 吹き飛ばされた先には、丸っこいウサギが浮いていた。

「これはっ! 前に入院していた時の———」
「ああ、大丈夫だよ、『反物質ぅさぎ』じゃ、ちょっと危なすぎるから、『ぽぽぽボゥさぎ』に抑えといたからね。それでも、オクタニトロキュバンよりは強いから気をつけてね〜」
 現行最大威力の火薬———製造コスト黄金と等価のあれよりもだと———っ!

 千冬は慌ててシールドを全面に集束して展開した。
 暮桜が人間の許容できる光量と音量を超える出力をカットしたが、その瞬間確実に、意識が飛んだ。



 カッチ、カッチ、束の胸元にある懐中時計が、針を刻んでいた。



「おぉー、ま、ちーちゃんだから無事だよね!!」
 はー。とつまらなそうに束は溜め息をつく。
「世界はつまんないなー。やっぱりつまんない。はぁ、ゲボ君も居ないし……」
「つまらなければ、どうするんだ?」
 その独り言に、応える声が有った。

「あはっ、要らないからぶっ壊すだけだよ、あっても百害あって一利無しだし。無くなっちゃえば良いんだ! それにしても凄いなっ! あれ貰ってその程度なんて、さっすがちーちゃん」
 素直に束は独白した。
 千冬は、左腕部分の装甲がやや溶けた状態だったが、無事だった。
 さながら念能力のようにシールドを腕部に集中。掌握するような形で爆発の威力を機体の反対側に集束して放ったのだ。
 だが、暮桜は束に背を向けている。

「……ご両親や、箒も居るこの世界をか?」
「……箒ちゃんにも嫌われちゃったもん」
「だから要らない、と?」
 あえて両親の事を口に出さない事は追求しなかった。

「……束さんは、箒ちゃんをものとしては絶対見ないもん。要らないなんて思わない」
「ならば、何故世界を壊そうとする?」
「わかんないよ! 壊したら箒ちゃんも死んじゃうって分かってるもん! 束さんは天才なんだよ、そのくらい分かるもん! でも世界なんて要らないんだよ! あるだけで苦しいだけなんだよ! 嫌われてたって箒ちゃんに死んで欲しくないけど! 世界はあるだけで虫酸が走るんだよ! この一瞬だって、『あるだけ』で———苦しいんだよ、痛いんだよ! もうわかんないよ! ぶっ壊れちゃえばいいんだよ!」

 ああ。
 束の心は。
 ここまで幼かったのか。
 詰まる話が———

「束、それを何ていうか知ってるか? 自分の思い通りに往かなかった時に全部ひっくり返して壊そうとするお前の今の行動はな? ———餓鬼の癇癪って———言うんだよ!」
「ちーちゃん、いくら何でもその言い方は———!」

 次の瞬間! 千冬の拳が束を掠めた。

「うひゃあ! 嘘っ!」

「———む、その反応、惜しかったか」
 千冬は、有らぬ方を見ている。

「そして分かった。この蝶……ミサイル迎撃の時に見せた、ウサギ面の蝶と同じものだな?」
「ありゃー……? 気付いちゃった?」
 するどいなぁ、ちーちゃんは……。
 
「成る程な、視覚、聴覚、触覚、それに……三半規管もだな……感覚器に誤認情報を刷り込ませる……実にお前らしい単一仕様能力(ワン・オフ・アビリティ)だ」
「さっすが、ちーちゃん。不思議の国のアリス(アリス・イン・ワンダーランド)、その片鱗に気付くとは。恐るべし。ぶりゅ…………えー……なんだっけ? ま、いっか、伊達じゃないって事かー。ぱちぱちぱちぱち〜……ん? でも、今の一撃どうやったの?」
 感覚が支配されていると言うのに、どうやって攻撃を掠めさせることができたのか。
 その謎に、千冬は何の気も無しに、とんでもない事をあっさり一言でまとめる。



「勘だ」
「かん?」
 しーん……と二人の間に静寂が響き渡る。
「かん?」
 何それ? と束は聞いてみた。



「つまり、適当だ」
 千冬は応えるや、雪片を振り下ろして来た。
 目を閉じている。勘というのは本当のようだ。だが、なんだこの正確性は。

「嘘お—————————!! そんなかいくぐり方なんてあり!?」
 慌てて回避。

「ま、ブリュンヒルデだろうが、私より強かろうが、お前のそれは反則過ぎる。勝てなかっただろうが……私が何だか忘れたか?」
「えーっと……ちーちゃんだよ? 忘れるわけ無いっしょ」

「ああ、そうだな、良く分かってるだろう? お前のな———幼馴染みだろうがぁ! 大体読めるんだよ! 呼吸というのがな!」

 がしりっ! 千冬が束の肩をつかんだ。
「嫌ーっ!」
 蝶が炸裂する。
 その爆発力はシールドを貫き、千冬の全身を強打する。
「があっ! く、痛ぅう……、つまり、掴めたか……触覚も支配されてるので掴んでいるかどうか分からんが……お前の反応で分かったよ、束———教えてくれてありがとうな。聴覚を暫く制御してないな? たっぷり後で叱ってやるから——————! 墜ちろぉぉおおぉおおおおおおおおっ!!!」
 雪片が白光を増す。
 千冬には確認できなかったが、大威力の零落白夜が束に炸裂した。
 その反動で束は吹っ飛んで行ったが、千冬にはそれが分からなかった。
 視覚も触覚も支配されていたからである。
 
 だが、束が離れた直後、千冬の頭から蝶が一匹離れ、零落白夜の光を受けて消えて行った。
 途端にきりもみ状になって吹き飛ぶ束が視界に映る。
 成る程、あれが千冬の感覚を支配していた蝶だったか。

「適当にやっても何とかなるもんだな……」
 それは貴女だけです。千冬さん。
 誰かがそう言ったのかもしれない。

「おい、ゲボック———これから束を回収して行く。情報の隠蔽等、頼む———」
 さて、後は面倒な後始末だ。
 幸い、今回はゲボックが行動不能になっていない。噂含めて容易に後片付けが……。
 あ、この後ゲボックにどうしようか……う、何と困難な一仕事が残っている。うぐぐ……。
 いっそ頭痛を仮病なり何なり発症でもして早引きしようか。
 学生時代もしなかった、そんな発想でこめかみに走る痛みを抑えようとして……あ、仮病じゃねえ。
 頭痛が増しそうなその時。切羽詰まったゲボックの声が。

『何言っているんですかフユちゃん!』
「……どうした?」
『何だか、すんごいエネルギーがタバちゃんの方へ向かってるんですけど! 大丈夫なんですか?』
「なに?」
 慌てて暮桜にゲボックの示すエネルギーをリンクさせて確定させる。
「……は?」
 その瞬間、さっきの束のように思考が止まった。

 きーん、とでも言ってるような恰好。
 つまり両腕をピン、と横に張って走る仕草で空中で束めがけて一直線に走る影が有った。
 あれが、束の方へ向かっているというエネルギーだろう。
 だが、その姿が———

「束?」
 そう、束に向かって走って(飛んで?)来るのも束だったのである。
 ただし、恰好は全然違う。
 イタリアの配管工のような上下の繋ぎに身を包んだ、二頭身にデフォルメされた束である。

「なんだ、あれは———?」
 それを、千冬が知る由もない。
 束が自己討論する際、分割した思考を一つの疑似人格としてくくった存在。
 『ぷち束』である。

「き—————————んっ!!」
 あ、二頭身の束、本当にきーんて言ってる。
 のんきな事に千冬はそう思ってしまった。
 終わったと思っていたから。
 だが。
 束が。
 超天才云々以前である。
 科学者が———

「とぅ!」
 ぷち束は束のISにひょいっとくっついた。
 両手に調理器具を量子展開して持ち、束のお腹に乗っかる。
 そして、
「目覚めよ〜♪ わたし、束さん〜♪ ええい、いつまで寝てるの! 束ったらもう! これ食らって逝くんだよ! 死者の目覚め!」
 それを打ち鳴らした。
 起こすのか? 逝かすのか良く分からないコメントだった。



 ドンゴンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンッ!!



「嫌ああああああああ!」
 とんでもない音量だったのだろう。両耳を抑えて束が頭を振り回した。

「……なにしてるんだ?」
 本気で頭が痛くなって来た。暮桜。音量抑えても、そっちで頭が痛いんじゃないんだ。でも有り難う。
『フユちゃん! 早く止めて下さい!』

「ゲボック、あれ、起こしてるんだよな?」
『そんなの演出に決まってますょ! タバちゃんは科学者ですよ! フユちゃんと戦うという事は、常に零落白夜による一撃必殺の脅威にさらされるという事です。まさか———』



 科学者ともあろうものが。

「『——————零落白夜を受けた場合には(こんな事も有ろうかと)———ッッ!!』」



 束とゲボックの声がハモッた。
 見事なまでの一致だった。
 息合い過ぎである天才達。
 いや、やっぱりお前等が付き合えよ。
 内心毒を吐く千冬だった。

『———何も対策を練ってない訳が無いじゃないですか!』
 えー……。
 千冬はげんなりした。
「それって常識なのか?」
『当たり前ですょ!』
 え? 私が非常識なのか?
 ショックを受けた瞬間である。



 するっと、ぷち束は束とISの隙間に入り込んだ。
『さっきなんですけどね、近くの海上防衛施設が』
「ああ、さっき束に乗っ取られてこっちをいいだけ攻撃して来たあの基地だな」
『エネルギーが根こそぎ奪われて機能停止したんですょ』
「———は?」
『つまり、あの小さくて可愛いタバちゃんは! 軍事施設一つを丸々運用させられる程のエネルギーを纏めて固めたものだったんですょ!』

「おい、一体それはどれだけの———」

 にゃはははははははははははははははははははッ!!
「完・全・復・活!」
 にゃはははははははははははは!
 
 束の哄笑に勢いづけられたかのようにエネルギーが束のISから迸った。
 復活どころではない。
 一体、どれだけのエネルギーを飲み込んだ!?

「ねえねえねえ! 大ピンチに大逆転の一手を掴んだ瞬間ってのは最高じゃないかな! ちーちゃん!! それじゃあ、束さんのIS、電気の蝶(ELECTRIC・BUTTERFLY)その本当の力を見せてあげるから、来週まで楽しみにしててね!」
「何が来週!?」
「ノリだよ!」
「ノリなのか……」

 束は蝶の飾りを先端に取り付けた杖を展開した。
「夢に飲み込まれればいいんだよ、こんな———つまらない世界なんて!」
 戦慄する千冬の前で、束の絶叫が響き渡った。



 カチリカチリと、懐中時計が時を刻む。











 いつも思っている。
 そこに居なければならないというのは、苦痛以外の何でもなかった。

 切欠は何だったのだろうか。
 ああ、公園だ。
 束が母に連れられ、初めて公園という所に来たときである。

 その時束が感じたものはただ一つ。



———気持ち悪い



 であった。
 束にとって、母以外は全て『人間』では無かった。
 『人間』だと感じることができなかったのである。
 それは、以前語ったであろう、人間を識別する機能の欠如によるものである。

 どうあっても、『人間としての特徴を持っているだけの何か』としか感じられないのだ。
 話している事は分かる。
 形も五体が揃っている事が分かる。

 だが、ぬぐい去れない違和感。
 認識の齟齬。
 こみ上げる嘔吐感。
 どうしてお母さんはこんなものに囲まれて平然としていられるのか。



 束は、両親を除くニンゲンに会いたくなかった。
 何故なら、人はコミュニケーションにおいて、『暗黙の了解』や『お決まり』、『通例』、『局所ルール』などと言ったものを持っているからだ。
 つまり、空気である。

 束はこれが分からない。
 わざわざ会って会話したいなら言葉を使えばいいではないか。
 どいつもこいつも全く同じなら会話しなくてもいいだろう、くだらないルールまで設けてつるむ必要が無いではないか。
 識別不能なニンゲンの群れに、束はそう判断する。
 用いなくても、反復されたパターンなら、確かに省略してもいいと束は思う。
 だが、それを分からなかったからと言っておかしいものを見るような認識になるのはいただけない。
 そもそも、分かり切っているならコミュニケーションを計る理由が無い。
 くだらない。
 ニンゲン同士の交流に、集団に入るのにそんなものを前もって学習していなければならないなんて。
 本末転倒だ。
 人間は交流によって学習するものなのだろう?
 交流の為に学習しておくなど、無意味だ。
 だからお前達は人間じゃない。
 つまり、そんなスキルを前もって用意しなければならないコミュニティなど、存在価値皆無である、と。

 そう。
 自分は超能力を使える宇宙人の星にやって来てしまった、たった一人の地球人なのだ。
 周りは意識をテレパシーで伝え合って、その合間に決まった言葉を吐いているだけなのだ。
 わたしは『人間』だ。そんなもの、分かるわけが無い。

 わたしと交流したいなら、まず『言葉』を使え。 

 それが束の意見だった。
 そして。
 幼いながらも、周囲のニンゲンを人間と認識しなくなる根源だった。

 束は家に引きこもる。
 様々な本を読んだ。

 幼い心を躍らせる童話。
 小説から鉱物図鑑、法を記載した書。果ては地図に至るまで。
 ありとあらゆる本を手当り次第に読んだ。
 周りの生き物が何なのか調べる為の、大人さえ匙を投げるであろう学術書さえも。
 それは生物的なものから精神的なものまで様々だった。

 そして、束はまだ自覚がなかったが、天才であった。
 どんどん吸収して行く世界の理を明快化させて行く部門———科学。
 一足す一は二。
 明確にそれしか無い因果と結果。
 明快なその理に、束はのめり込んだ。

 束はどんどん賢くなって行く。
 人と人は交流しなければならない。交流しなければ成長は有り得ない。

 それが分かったからこそ判断した。
 自分より『決まった知識を決まったように吐き出す』機能が劣っているニンゲンと会話しても、何の益にもならない、と。
 人と関わる必要性を皆無としたのだ。






 そんな時、ある物語と出会った。
 図書館で手に取ったマンガだった。
 苦しくも、ゲボック同様、初めて手に取ったマンガは、漫画の神の著作であった。

 それは、一人の青年の物語である。
 その青年は、普通なら助かる筈も無い大事故で瀕死の重傷を負う。
 だが、世界は青年に死を許さなかった。
 発展に発展を重ねた科学は、青年の肉体を殆ど人工物に差し替え、無理矢理機能を維持させる事で彼の魂を現世に呼び戻したのだ。

 だが、青年を襲ったのは苦痛極まりない地獄だった。
 人間を人間として認識できない。
 人間を無機物として脳が判断してしまうのだ。
 触っても見たままの触感しか脳は判断しない。

 この青年は、束よりなお地獄だっただろう。
 束と違い後天性であり、もともとどんな感覚なのか分かっていたのだから。



 だが、彼に一筋の光明が差し込んだ。
 一人の美しい女性に出会ったのだ。
 周りのニンゲンが無骨な『何か』にしか見えない彼に取って、その女性は救いの女神だった。
 一発で恋に落ちたのも、当然と言える。

 だが、やはり彼の魂は壊れていたのだ。
 彼女は、普通のニンゲンから見れば醜い無骨なロボットだったのだ。
 彼は狂人として周りから見られる事になる。
 ニンゲンが近付けば悲鳴を上げ、ゴツゴツとしたロボットに求愛をするのだ。
 誰だってそう判断する。

 作中で語られる。
 彼は、脳も含めて七割ものが人工物であると。

 故に、彼は持ってしまったのだ。
 ロボットの心を。
 ロボットから見た世界の認識を。
 ロボットに心なんて無い。

 誰が言い切れる。
 そんなもの、単にロボットが未熟だからに過ぎない。
 有機生命体とて、人間程の心を持ったものなんて他に居ないだろうから。
 人レベルになったロボットなど、まだ誰も生み出した事が無いのだから。

 工場から吐き出す黒煙を深緑の空気と感じ深呼吸し。
 溶鉱炉のせせらぎで昼寝を楽しむ。

 確かに、彼は狂人に他ならなかった。
 
 やがて、彼はそのロボットを連れて逃亡する。
 後ろ暗いブローカーに拾われ、彼は願う。

 自分の魂を電子情報化して、彼女———ロボットと一つになる事を。

 そして誕生する。
 彼とロボットの魂の子が。
 以後長きに渡り、次々と新型が生まれても人々に愛される。
 『人間臭いロボット』が。



 そのロボットが、自らの命をどう扱うか、と言う結論まで全てを読み終え。
 本を閉じた時。
 束は泣いていた。
 それは、初めて共感を抱ける相手を見つけたからか。
 創作物内の、存在しない人物に過ぎない。
 だが、束の感受性は素直だった。
 人との交流がほぼ皆無であるため、素直にその思いを受け取ったのだ。

 そして。
 束は、4歳といえども女の子であった。
 彼のように。

 何時の日か。
 周りにひしめく『ニンゲン』ではない———束に取って本当の『人間』と恋をしたいと。
 あんな情熱的な恋をしてみたい。
 憧れた。
 その優れた脳で何度も何度もシュミレーションをした。
 デートをするのだ。抱きしめ合うのだ。家族を作って幸せに生きるのだ。

———ああ

 でも、二週間程でその空虚さに気付いて自分自身に絶望した。
 束は、両親以外でまだ人間を見つけ出していない。
 そんなもの、この世に居るわけが無い。
 知能の高さから、その結論をすぐさま出してしまったのだ。
 それだけの知能が有りながら二週間も妄想にふけった時点で、束の羨望の強さが良く分かるというものだ。



 束は知らない。
 僅か一年足らずで、『ニンゲン』と判断できない少年に出会うなどと。
 既に失望していたのだ。
 『人間』に会える事など未来永劫ありえ無いのだと。
 だから、少年が『ニンゲン』とは異なると一目で判断した束は、渇望とは反して即座に敵対に移る。
 親友を奪われない為に。
 自分を救ってくれた一番大事な千冬を守る為に。

 一発で意識する存在になっていると言う事がどういう事かも深く考えずに。

 そう。
 束にとってゲボックは、夢焦がれ、恋い焦がれ、憧れた———直球ド真ん中の相手に他ならなかったのだから。
 ゲボックを自分と同じ生物だとは認識しない。即座に判断したが。
 彼だけである。
 千冬にもそうは見なさなかった。
 いまだに、束はゲボックを異種族と認識しているが。
 
 そのあり方は誰が見ようとも。
 篠ノ之束は、ゲボック・ギャクサッツのみを『人間』であると見なしていたのだ。

 経緯こそ異常ではあるが。
 その意識の仕方はありふれたラブロマンスに他ならなかったのである。
 つまりは、一目惚れだったのだから。












「さぁさぁちーちゃん!! 皆々よっておいでよ見て行きな! まあ、見なきゃ見ないでぶっ潰すけどねぇん! いざ旅立たん! これより幻想世界への冒険を始めるよぉ! ゴォ! ゴーッ!! Down the Rabbit-Hole!!」

 束は自称、魔法のステッキを眼前に構える。
 唄うように、唱えるように、解放コードを読み上げ出す。



 それは歌だった。
 人の声帯は、二枚の膜がぴったりと合わさり、その隙間を空気が通る事によって膜を振るわせる事で発声する。

 だが、訓練すれば二枚の声帯それぞれで声を発する事もできるのだ。
 束がしているのは単身による二部合唱。
 異なるのは、それぞれが異なる歌である事だ。



「Tabane was beginning to get very tired of sitting by her Houki on the bank, and of having Nothing to do: once or twice she had peeped into the book her Houki was reading, but it had No pictures or conversations in it, "and what is the use of a book," thought Tabane, "without pictures or conversations?"(束さんは退屈で溜まらなくなって来ていた。土手の上で箒ちゃんのそばで座っていたけど何もする事は無いし、箒ちゃんの読んでる本を覗いても挿絵も無ければ台詞も無い。そんな本なんてどこが楽しいんだろうと思って)」

 一つは英文。
 主人公を自分に差し替えた世界的に有名なストーリーを。



「以前のこと、わたしこと超天才束さんは夢の中で蝶々になってたんだよね。喜々としてひらひら蝶々になりきってました! なんて素敵! なんて楽しいのかな!」

 もう一つは、ある漢詩の翻訳文———やはりアレンジが加えられていたが。



「So she was considering, in her own mind (as well as she could, for the hot day made her feel very sleepy and stupid), whether the pleasure of making a daisy-cain would be worth the trouble of getting up and picking the daisies, when suddenly a "White Rabbit" with pink eyes ran close by her(雛菊の花輪でも造ったら面白そうだけどさ、わざわざ立ち上がって摘みに行くのも面倒だし、何しろこの暑さでは眠くて頭がぼーっとしてて、これだけ考えるのもやっとで。と、その時ふいにピンクの目をした白ウサギが一匹、すぐ傍を通っていたのさ)」



「いやぁーこれが本当に楽しくてもぉ、超々ひらひらと華よ蜜よと舞ってました! 自分が束さんであることは全く意識に無かったよ! なーんちゃって!」



「There was Nothing so very remarkable in that, Nor did Tabane think it so very much out of the way to hear the Rabbit say to itself "Oh dear! Oh dear! I shall be too late!" (when she thought it over afterwards, it occurred to her that she ought to have wondered at this, but at the time it all seemed quite natural)(それだけならそれだけなんだけどさ、またそのウサギが「大変だ! 大変だ! 遅刻しそうだ!」なんてぼやいているのが聞こえちゃって。束さんは別に不思議だとは思わなかったんだけど、今考えてみたらこれで驚かない方が変じゃないかなー? その時は当然のような気がしてたんだけどね)」



「はっ! とばかりに気付いてしまって、これはがっかり。私は超天才美少女科学者、束さんだったのでしたー。にゃっはっは」



「but, when the Rabbit actually took a watch out of its waistcoat pocket, and looked at it, and then hurried on, Tabane start to her feet for it flashed across her mind that she had never before seen a rabbit with either a waistcoat-pocket, or a watch to take out of it(ま、さすがにそのウサギがチョッキのポケットから時計を取り出して時間を確認、また悲鳴を上げながらさっさと駆け出した時はさすがの束さんもさすがに飛び上がっちゃてさ、なぜかって、ようやく気付くのもあれなんだけど、そもそもウサギがチョッキ着てるなんて、また、そのポケットから時計取り出すなんて見た事無いし)」



「ところでところで、束さん的に疑問なんだけど、その蝶々って、束さんが夢の中でなったものなのかな? それとも今の束さんこそが、蝶々が微睡んでみている夢のなのかな? どっちがどっちなのかなかな? なんて不思議、これは天才束さんにも分からない。不思議不思議だね〜」



「and, burning with curiosity, she ran across the field after it, and was just in time to see it pop down a large rabbit-hole under the hedge(あまりに面白そうなんで束さんはウサギの後を追って駆け出し、原っぱを突っ切るとちょうどウサギが生け垣の下にあった大きな巣穴にピョンと飛び込むのが見えちゃってさ)」



「束さんと蝶々は確かに違うものなんだけどね? これがものの変化って奴なんだねぇ。全ては移ろい変わりゆく。こればっかりはしょうが無いってものさーね。でもでも、束さんが私である事に変わりないし、蝶々が私である事にも変わりないし? その本質、超々天才美少女である事に変わりはないんだ、やったね!」



「In aNother moment down!! went Tabane after it, never once consi dering how in the world she was to get out again(束さんもすぐさま続いて飛び込んだのさー。出るときはどうするかなんて全く考えもしないでね〜♪)」



 当然、こんな長文を読み上げる束を千冬が止めようとしなかったわけが無い。
 なにより、武人としての勘が、同時に詠われる二つが詠み終われば、とんでも無い事になると警鐘を鳴らし続けているからである。

 ゲボックに頼んで知覚妨害への対処法を聞き出したのだ。
 なんでも、武人である千冬が、それがあると認識すれば弾けるらしい。
 武術の精神修行で鍛えられた精神的防御が、認識を得るとちゃんと対処するのだと。

 つまり、そう言う攻撃があると分かれば対処できるというわけで。
 聞く迄もなかったのだが。

 だが。
 束は全力で得たエネルギーを直線でブッ飛んで逃げると言う力に注ぎ込み、常時イグニッションブーストで直進しているのではないかと言う超速度で市街へ逃げ込んだのである。

 同時にハッキングされて混乱陥る交通機関。
 市街を飛ぶISに度肝を抜かされる市民達。
 しかもその片方が、ブリュンヒルデである千冬だから、その驚愕はひとしおである。
 その上で、別の所から軍事攻撃をしかけて来た。

「市民を人質に使う気だな———!」
 今までのように回避が出来ない。
 千冬に当たらなかった攻撃が。流れ弾が、市街にどんな影響を与えるか分かったものではない。

 千冬単身では、海上ならば兎も角ここでは間に合わない。
 故に。

「ゲボック!!」
『分かりましたょ!』
 地上回路を経由にナノマシンを集束。
 空中に壁を作って流れ弾から市民を守る。
 千冬は防ぎきれない大きなものを破壊すれば良いだけになる。

「あーっ! ゲボ君に協力してもらうなんてずるいずるい! やり直しを要求するんだから!」
「お前が他も巻き込むからだ馬鹿!」
 完了……! 間に合わなかった!

「むむむー。良いもんね。多数決の邪悪さは、これから束さんが思い知らせてあげるんだから!」
 そう、もう遅い。

 束は合掌するように、しかし隙間を空けて胸の前によせ、ステッキを捧げるようにその間に浮かべ。

 決定的な言葉を詠い上げる。



「コード1、ルイス・キャロル解放。コード2、胡蝶の夢、開放———
 単一仕様能力(ワン・オフ・アビリティ)、完全展開———」



 ぞわっ、と千冬の背筋を悪寒が走る。
 感じる事はただ一つ。
 束の気配が一気に拡大した。



「私が微睡む、夢のうちより溢れ出充ちよ———」



 束のISから白銀に輝く光が漏れる。
 それが天を覆う程に広がって行く。
 束の気配が文字通り、見渡す限り、世界を飲み込んで行く。



不思議の国の(アリスィズ)—————————」



 ああ、そうだ。その、国も主題も何もかも違う二つの話の題材に用いられたのは等しく『夢』。
 
 やがて、その光が空中でそれなりにまとまって行く。
 それは、さっき千冬も見た———



アリスの冒険(アドベンチャー! イン・ワンダーランド)おぉ〜ッ!!!」



 初めに起きた、はっきり分かる変化は可愛い挨拶だった。
 まとまった光が、キャラクターを作り出す。

「はろはろー! 皆のアイドル束さんユニットだよー」
 二頭身、ぷにッとした印象のぷち束が。


「ユニットって言っても全部束さんだけだけどね」
「全てが束さんになる」
「うわさむー」
「ぴきーんっ!」
「本当に凍ってる! これは酷い!」
「「「「「わはははははははははは!!」」」」」
「「「「にゃははははははっ!!」」」」
「これが娑婆の空気か……黄色いハンカチは出ているだろうか」
「別において来た男は居ないだろう私」
「おー、なにあれー? あ、ちーちゃんだー」
「長いようで……短かったな……」
「何言ってるんだろこの私」
「さーて観光だ観光! チョコ食い尽くす!」
「私ちょっとあのビル解体したい」
「まーわるーまーわるーよ私ーは回るー」
「ちょ、それ以上は著作権著作権!」
「落ちる方とかどうかな」
「結局危ない!」
「「「「「「あははははははははははは、はぅぶッ! げほっ、げほげほっ!」」」」」」
「何人むせてるの!?」
「だって結局私だし?」
「変な説得力あるかもかも」
「「ふゅーじょんっ、はっ!」」
「ははははっ、むにょんと合体したよ!?」
「いや、だって私らエネルギーだし」
「じゃあ、私も合体」
「私も」
「私も」
「私も」
「あ、じゃあ私も」
「「「どうぞどうぞ」」」
「じゃあ、遠慮なくむしゃむしゃ」
「「「「ぎゃあ! 食べられるー!!」」」」
「げっぷー」
「あ、5頭身」
「おぉ……他のぷち束とは一線を画したボディ……これぞまさしく絶……はぁうっ!?」
「どうしたのだ」
「中に居る……!」
「とう! エイリ●ン的に誕生!」
「でりゃあ! 遊●司狼的に復活!」
「おんどりゃあ! メル●ム的に誕生!」
「ぴかーっ! アンダ●ソン君的にスミスブレイカー!」
「ぎゃあああああああっ! 内側からぶちぬかれるー!」
 ぼんっ。
「弾けたー!」
「復活!!! 我ら「宇宙束プリテ「本気「世界覇「ビューティフル救世主ちゃん」王蟻束ちゃん」で生きる君」ィズ」!!!!」
「統一性ゼロだよ!」



「な……何だ……これは……っ」
 千冬はその光景を唖然と見上げる事しか出来なかった。


 ぷち束が、凄まじい数で天を埋め尽くす。
 笑い声だけで天が轟く様だった。
 他にも、さっき見た蝶や、兎なども天を飛び交っている。



 本体たる束は満面の笑みとともに、地上を睥睨する。

「じゃじゃーん! ちーちゃんは束さんに食べられてしまいましたーっ!
 くっふふぅ……さぁ、これより消化の時間のはじまりだよぉ〜♡」



「「「「「「「「「「わはははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははッッッッッッ!!!!!!!!!!!!!!!!!」」」」」」」」」」



 悪夢のような光景だった。
 右見ても、左見ても、上見てもどこ見ても束だらけ。



「それではまず一番槍をこのジェントル束が」
 するすると一体が前に躍り出る。

「あ、知ってる。ティ●ズで背の高い人だ!」
「違ううううううっ!? しかもそれってモンスター!」
「茶々を入れたら可哀そうだって」
「しかし、可愛いものこそ手を入れたくなる束さんでありまして」
「「「あー……」」」
「でもそれって結局ナルシストだよね」
「しーっ!」

「とう!」
 結局しまらないながらも、紳士服風の束が降りて来て。
「どれにしようかなー」
 なんか、素に戻って吟味を始めるぷち束。

「何をする気だ?」
「ふむ。他ならぬちーちゃんの質問なんで答えましょう! 我々ぷち束は精神エネルギーを括ったものに過ぎなく、物理干渉が出来ないのだー」
「……つまり?」

「体があればオッケー!」
 にゅるんっ。

 ぷち束がビルの中に染み込むように消えて行った。

「何を?」

 にょろん。
「……は?」
 ビルから、ウサ耳が生えた。
 何かシュールな光景だった。

「光り輝くお兄さんが良く子供達に変形巨大ロボットを預けますけど、あれって問題放棄だと思う束さんであります。地球の命運を子供に預けるってどうなのかな? 学校とか変形したら勉強どころじゃないよね、とあんまり学校行かなかった束さんが問題提起してみるよ!」

 そして。
 がしゃんこん! がしゃんごこん! ガキンゴキンジャキン(以下略)ジャキーンッ! 

 ビルが巨大ぷち束に変形した。服装も元の紳士服風のままだった。何気に芸が細かい。
『Marverous! Marverous! Marverous! Marverous! Marverousッッ!!』
 それをモニターしてたようで、通信回線から凄い勢いの興奮したゲボックの声が聞こえて来た。
「ゲボック興奮し過ぎだ! あと束ちょっと待て! 変形過程に明らかにおかしいのがあったよな今!」

 途中までは機械的に開いたりくっついたりしたのだが、急に以下略、と言わんばかりにぷにっとしたぷち束になっている。
 その変形過程の繋ぎ目が分からなかった。

「うーん。ちーちゃんがそう言うならサービスで!」

 再びガシャンガシャンとビル(ウサ耳)になる。

「はいもう一度ー!」
 がしゃんこん! がしゃんごこん! ガキンゴキンジャキン(以下略)ジャキーンッ!
 
「やっぱり分からああああああああああんッ!!」
 途中の以下略からが理解できない。
『かっ、恰好良いですよ! 流石タバちゃんです!』
「もう黙れよゲボック!」



「でもサービスは終わり!」
「乗り込む束さん達ー」
「行け、鉄じーん」
 その巨大ぷち束に次々とぷち束が入って行く。

「おーーーーっ! ってジェントルぷち束さん、割にあわないよね」
 巨大束が襲いかかって来た。
「何がしたいんだ?」
 だが、最強兵器ISに敵うわけも無い。
 シールドエネルギーを纏っているも、あっさり腕を斬り飛ばされた。
「おおおおおっ! これは勝てる気がしません! なお、体にしているとは言え、束さんのものではないので痛くありません」

「そこで出を待っていたピンチに駆けつけるさすが私!」
 隣の電波等に取り付いた別の巨大ぷち束(蝶の触角が頭から生えてる)が変形しつつ、ビルになった束に乗っかった。
「二体合体!!」
「私は下になってるだけじゃないかな!」
「遊んでるのか束!」

「束さんは至って真面目だよ!」
「支援に入る!」
 キューンと飛んで来るぷち束(蝶の翅)。既に肉体を得ているらしい。

「———ん?」
「神風束さんです!」
 憑依元はミサイルだった。
「なっ!」

 ごんっ!

 炸裂する。
 IS的の攻性因子を得ているので、流石にダメージが来た。
「ああああああああっ」

「あぁ……時が見える……」
 体を失ったぷち束がまた飛んで行く。

 そこに二体合体して当社比二倍サイズになった巨大ぷち束が拳を振り下ろして来る。
『ところで、ビルに居た人はどうなったんでしょうか?』
「———忘れてた」
 ぼそっと呟いた千冬に巨大な拳が炸裂した。

「くふふふふ……」
 笑む天災の胸で、またカチリと、懐中時計が時を刻む。












 やる事も特にない千冬は静かに、怯えている少女の傍に腰を下ろした。
「どうした?」
 ビクッと反応する少女。
「どうした?」
 もう一度聞く。
「なんでもない」
 少女は怯えつつも、冷たい声を返した。
「別にゴリラと言われているが、お前を殴る気はない」
「そんな事どうでも良い」
「……私に怯えているわけではなかったか」
「お前だって化け物だ」
「……ああ、私は化け物だと言われているよ」
 面と向かって言われると、流石の千冬もきついものがあった。
 だが、目の前の少女(千冬はこの時名前を知らない)の目つきは、千冬が感じた、自分へ向けるものではないらしい。
 文字通り、全てが敵と見なしている目だ。
「……? どいつもこいつもだ」
「ふぅん」
 良く観察すると、目の前の少女は千冬だけではない、先生を含めた全ての人間に対して怯えている様子だった。

 一体どういうつもりなのだろうか、と思うが、別に自分が解決しなければいけない問題でもない。
「このままここに居ていいか」
「好きにすれば良いんだよ」
「そうか」



 これが、二人のなれそめだった。

 千冬が探りを入れても、誰をも怯えて近寄ろうとしない。
 迎えに来た母親にくっついてすぐ居なくなる。
 そんな子だった。
 千冬が何を言っても殆ど相手にしない。

 だから、殆ど話していなくても、束と千冬が一緒に居るところを束の母親が見たときは、本当に驚かれたものだ。

「束の事、宜しくね」
 手を取られて頼まれた。
 懇願にも似ているな、と千冬は思ってしまった程、それは必死だった。
 ついでに言うと、束の名前を知ったのもこの時だった。

 暫くすると、千冬が何もしない事に慣れて来たのか、近くで本を読むようになった。
 どうだろう。噛まない猛獣とでも認識されたのか。

 同じ幼稚園児は、遠巻きから何か言って来るが、それを気にする千冬でも束でもない。
 そうなると、子供は飽きっぽいもので、また千冬を除いたコミュニティを元通りに組み直し、勝手にし始めた。

 下らんものだな。
 千冬がそう思ってしまう程だった。

 そんなある日。
「痛い痛い痛い!」
 体格の大きな男子に、束の髪が引っ張られていた。
 本を読んでいる束が、その子を無視(おそらく怖くて声が出せなかったのだろう)した為に癇癪を起こされて髪を引っ張られているのだ。

「おい」
 多分、自分と一緒で、独りの子、と言う親近感がわいていたのだろう。
 それを見て一気に頭に血が上った。
「なんだ、ゴリ———」
「ああ、それで良いぞ、サルが」
 振り向きかけた男子の後頭部を指の力だけで掴む。
 子供の頭は、大人よりも比率が大きい。
 小さい子供の手では鷲掴みが難しいのだ。

 だが、関係ない。
 髪があればそれを掴める。

 そのまま床に叩き潰した。
「ぶ!」

 ぴくぴく痙攣する子供を完全に無視し、千冬は束の方に歩み寄って行く。
「大丈夫か?」
 そう言われ、束はビクッと怯えた……。
 伸ばしかけた手を引っ込め、千冬は束の顔をじっと見る。
 束は目を細め、こっちをじっと見た。

 まるで、よく見ないと。何なのか分からないかのように。

「ああ———君」
 納得したかのように束は頷いて、近付こうとした千冬を静止させる。



「ちょっと待って」
 束は、ぴくぴくと、痛みで動けないが、しかし意識を失っていない男子の傍に歩み寄る。

「おい、誰だか知らんけどお前」
 本気で相手が分からないかのように束が言った。

「やったらやり返されるぐらい、サルでも知ってるよね。ハンムラビって言うらしいよ」
 人体について医学書を既に読んでいた束は、痛点を思い切り突いた。

「——————っ!!」
 声もあげられず苦しむその男子に。

「次は、もっと痛いよ?」
「おい、何してる!」
 流石に千冬が、その様子に声を荒げるが。
「大丈夫、怪我もしないし、後遺症も無いところだから———分かった? サル。分からなかったらまた躾てあげる。憶えてないだろうけどね」

 そして、くるっと束が千冬を見た。
 じっくりと。
 何か、あるものを見つけるようにじっくりと観察している様だった。

「どうした?」
 疑問に思った千冬が声をかけるが、束は。
「ありがとう……ちょっと、興味が沸いたよ」
 観察を止める。

「?」
 その意味が千冬に分かるわけが無い。
 その重大性が。



「ちょっと! 何してるの!」
 ようやく先生が気付いたようだ。
 束は、気持ち悪いものを見るかのように彼女を睨んだ後。

「髪を引っ張られた」
 それだけ言って、もう関わりたくないと言わんばかりに、壁に寄りかかってまた本を読み始める。
「本当です。やりすぎたみたいだからちょっと押したんだけど(………………・)、それきりおきないけど」
 千冬もそれだけ言って、何と束の隣に座った。



 先生は黙った。
 前もほかの子を怪我させたとかで、その子の親から苦情が来ていたのだ。

 と言っても、その時だって、怪我した方がちょっかいを掛けすぎ、嫌がった千冬が力余ってしまった事故だというのは分かっている。
 だが、千冬は両親が家に殆ど居ない。
 近所に住む園の母親に一緒に送ってもらっているぐらいだ。

 親の空気というのは子に伝わる。
 親の影がない千冬に対して親同士のコミュニティで交わされる陰口を、子供が聞いていない訳が無いのだから。

 千冬の孤立が進む理由でもあった。
 そして束。
 集団生活に全く向かない子だった。
 誰を見ても怯えるのだ。

 送迎する母以外の誰にも気を許さず、誰ともコミュニケーションを取ろうとしない。
 常に怯えたような子。
 問題児が二人揃ってしまった案件だ。

 これから面倒だな。と思ってしまった。
 千冬を送迎する親は、今突っ伏している子の母なのだから。
 先生は、所詮職員で敷かないという事だろう。



「なあ、何をしたんだ?」
「……話掛けないで」
「私のように力づくだとすぐ問題が大きくなるからな」
 それでもしつこく話しかける千冬に、束は露骨に嫌そうな顔をした。

「……ふぅ。面倒だなあ。うちに来る? 古武術とかしてるから、そう言うのに詳しいし」
「習ってるのか?」
「親が……私は本で」
 医術書を差し出す束。

「うわ、読めん……何語で書いてるんだこれ」
「気が散るから話掛けないで。ドイツ語」
「……さっぱりだな」

 会話はそれっきりだった。

 だが、お互いそれなりにいつもと違う感触を得た。
 そんな気がした。



 そして翌日。
 案の定、男子の親が抗議に来た。

「まったく、何の異常もなかったから良いものを! もうこの子の送迎はしませんよ! なんで止めさせないんですか全く!」
「……すみません」

 黙って頭を下げているのは束の母親だった。
 男子にしてみれば、束の方が怖かったようで。
 親にしてみれば前歯をへし折られた千冬の方に力を置きたかったが、案の定千冬の両親は居ない。

 よって、矛先は束の母親に向くわけだ。
 千冬はじっとしていた。
 だが、束は。
 最早殺さんばかりの形相でその親子を睨みつけていた。

「———それにしてもお宅、ちゃんとお子さんに躾を———」

 ヒステリックな抗議は続いている。
 だが、千冬はその束の表情が気になって仕方が無かった。



 抗議がやっと終わり、今日は先生が送ってくれる事になった千冬は、束が返るまでにふと、問題を呟いてしまった。
「さて、明日からどうしようか。一人でも来られるんだがな、まわりが五月蝿いし」
「ふぅん……うちのお母さんに頼んでみようか? そんなに家離れてないし」
「いや、悪いだろ」
「気にしないと思うけど。でも———邪魔だな、あの化け物」
「凄い言い方だな———確かに、おばさんがうちに来たらまた文句を言うだろうな。やっぱりいいよ、迷惑をかけるし」
 千冬の精神も、幼稚園児のそれでは無かった。
 だからなのだろうか、少しだけ、このように会話ができるのは。
「うん。でも、問題が無くなれば良いよね」



 半月後、その親子が園に来る事は無くなった。
 夕食時にガス管が破裂し、そのまま火災へ発展。
 両隣の家に延焼する程の大火事で、家は全焼。命こそ無事だったが入院する程の火傷で、完治した後も引っ越しを余儀なくされたらしい。



 だが、束はその事を聞いても千冬に対して。
「うん、問題なくなったね」
 表情の無い顔で呟くだけだった。
 まさかとは思う。
 千冬の精神年齢が半端に高いせいでそう思ってしまうのかもしれない。
 だが。
 人の不幸に表情一つ動かさない束に一つ、懸念が生まれたのは確かだった。



 その後、束が珍しく母にお願いしたとかで、大喜びした様子の母親に送迎してもらえる事になった千冬は、家に二人を招く事になる。

 しかし、母親の喜び様が凄かった。
 とても面倒が増えるとは思えない様子だった。
 束をお願いね。
 何度もそう言われたのを憶えている。

 だが、千冬の家を見て、束の母親は顔をしかめた。
 生活感の無い家だった。
 ろくに家具も無い。
 ぽつんと床に直置きのテレビと、その向かいのインスタントの山。
 ゴミ袋に押し込められたそれらの食いカス。

 ベッド代わりのソファに丸められた毛布。
 洗濯した後、適当なところで掛けて乾かしている下着類。
 後に分かるが、千冬はこの原初体験のせいか、生活空間水準がどうあろうが『こうなる』様になってしまう事になる。
 一夏が奮起するのも分かる。



「ねえ、千冬ちゃん」
「なんですか?」
「うちに来なさい」
 千冬は、初めて問答無用の彼女を見た気がした。



 その日。
 千冬は。
 感動で人が涙することができると初めて知った。

「美味しいです……」
 もう、滂沱だった。

 初めて知った手料理の味は、篠ノ之家のお袋の味でした。
 なんて不憫な。

 ああ、銀シャリってこんなに美味しかったんだ。
 味噌汁ってインスタント以外も存在したんだ。

 ああ、美味しい美味しいと一口ごとに言う千冬に篠ノ之柳韻はドン引きした。
 何年前の人間ならこんな反応を返すのだろうかと。



「明日からもうちでご飯食べなさい」
「そんな悪いです」
 でも、涎がこぼれている千冬だった。胃袋は正直である。

「あと、うちの古武術にも興味があるみたいだな」
 柳韻が問いかける。
「ええ、何かと自分は力が有り余っているみたいなんで、御す術が欲しいんです」

 幼児が御すって。

 柳韻は本気で考えた。
 最近の幼稚園児とはかくも精神年齢が高いのだろうか、と。
 束って平均よりちょっと上なだけなんじゃなかろうかと親馬鹿も出た。

「ああ、月謝は考えなくていいぞ。主に剣術しか今は教えていないし、君はまだ子供だ。仮だと思えば良い」
 後にその才能に惚れ込み、秘伝まで伝えてしまうとは思うまい。

 ああ、こうも次々と転機は訪れるものなのだろうか。
 次々と訪れる幸運に、千冬はやや怯える程だったと言う。



 兎に角。
 半ば篠ノ之家の一員になった千冬は、何かと束と一緒になる事が増えた。

 例えば昼食。
 今まではレンジでチンのご飯だった千冬が。

「おぉぉおお……」
「大げさ」
「束、お前には分かるまい! ご飯を炊くものとして食べて来たお前には!」
「興奮し過ぎ」
 束と同じメニューにしてもらった弁当に毎食ごと感動し。

「…………」
「…………」
 ぺらり、と二人して壁に寄りかかりつつ本をめくる。
(なんて子供らしくない時間の過ごし方なのかしら……by先生)

 一言たりとも会話は無かったが、これはこれで有意義な時間の過ごし方だった。

 だが、やっと訪れた平穏は、千冬さえ考えてしまった事が、広まってしまった事により、終焉を迎えた。



 篠ノ之は不幸の子。
 篠ノ之を怒らせると、事故に遭う。



 その悪意は、一部の大人さえ信じてしまうような、そんな悪辣を極めたものだった。










「あれ?」
 振り下ろした腕が木っ端微塵になった。
 二体合体巨大ぷち束は次の瞬間。

「ありゃ」
 縦にまっぷたつになった。

「甘い」
 雪片を振り回し、千冬は宙を舞う。

「束ええええええええええええっ!」
「「「「「呼んだー?」」」」」

 まっぷたつになった巨躯の中から無数の人影が飛び出した。
 千冬は思わず迎撃しようとして絶句する。

 それは、ビルの中に居た人達なのだろう。
 なんらかの商社だったのだろうか、スーツを着た……お父さん方が、重力場をまとい、ISのように飛び回り、ISのようにシールドエネルギーを展開し、ぷち束のエネルギーでパワーを強化されて襲いかかって来る。

 そう。その国の経済を支えるお父さん方が、バーコードの隙間からウサ耳やら蝶の触覚やら、スーツから蝶の翅やらを生やすという悪夢のような見た目で。

「げ」
『Marverous!! 成る程、人間も取り憑いて支配できるんですね。しかももともと、獲得した肉体には疑似ISとしての戦闘機能も発揮すると……これは大変ですね!』
「しかも手強いのかそれは!」

 ゲボックの言葉は、見た目だけじゃなく、性能的にも脅威であると言う、恐ろしい事実だった。
 しかも、下手に加減を間違えると、人間が粉々に———
『それは安心して下さい! 一応絶対防御が発動します! 零落白夜の出力が100%以下なら人死には出ない筈ですよ!』
「それは良い事を聞いたああ!!」
『物凄く嬉しそうですょ!?』

 飛びかかるお父さん達を殴り蹴り剣で張り倒し、吹き飛ばして、本体の束を探す。

「本体はどこだっ! ゲボック、探せるか?」
『結構難しいです。全部、正真正銘タバちゃんですので』
「……なに?」

「さっすがゲボ君! その通り! ぷち束達は束さんの一部達だよ。そーのとーぉりぃ。皆みーんな、束さんの心の映し。内なる断片の投影。それがこの、私達」

 束が、ぷち束を従え降りて来る。
「どうも、ホモ・サピエンスってのは、雌の方が複数の事を一度に考えるのに長けるらしいんだよね。対して、ゲボ君とか良く見れば分かるけど、雄は一つの事をとことん突き詰めるのに優れてるんだとか。ま、束さんとかゲボ君レベルになると、そうそうアウトプットの結果に差異はないんだけどね? 過程が大幅に違うらしいんだよねえ。束さんはね、結構総当たり的にシュミレーションするタイプでね? 現実の物理演算を脳内で展開して、よくシュミレーションするんだよ。思考能力の分割って言うの? よく何かをしながらしてるんだけど」

「……何が言いたい?」

「ぷち束はね? そのレベルの思考能力が無いと動かせないの。総当たりで複数のシュミレーション。それが出来る数しか作り出せない」

 待て。
 ならば、この数は何だ。

「エレクトリック・バタフライのワン・オフ・アビリティはね? 分割した思考の数だけ、独立体を生み出す。生み出された独立体は精神エネルギーであり、肉体を獲得する事で、ISの基本機能や、依代になった物質の性質を帯びる。ただ、それだけなの」

 いや、それだけで十分恐ろしいが。
 取り憑かれたら乗っ取られるという事なのだから。
 束、ついにお前は悪霊になったのか。

「———なんか失礼な事考えてない? ちーちゃん。ま、いんだけど。でね! 最初にあった知覚欺瞞はその限定発現。脳の五感を司るところだけ乗っ取って、偽情報を流す。ただ、その程度の些細な思考力、たしか蝶々だったでしょ? そう、虫レベルの思考しか独立させられなかったんだよねー。そう、凡人じゃそれでも、使えても一体ぐらいなものなんだけどね———」



 待て。
 知能が、思考が優れたる者程、見合った数の複雑精緻な分離体を生み出せるというのなら。



「あははははははははっ! 思考能力!! ちーちゃんに勝る絶対の自負があるもんね! 繰り返すよ! 束さんの『不思議の国のアリスの冒険』は、束さんの分割した思考を独立化させ、周囲の物質に憑依させる事で自律行動を可能とさせる、一人にして世界を制圧可能な大軍勢! 文字通り、たった一人で世界を掌握する事なんてカップラーメン前の機能なんだじぇい!」
 それは束の願い。
 『この世全て自分の思うがままになれば良い』と言うそれを叶える為に生み出された機能。



「甘いぞ束、どれだけ手数を増やそうが、所詮は束、お前自身! その全てを叩き落せばそれで完結だ!」
 千冬は咆哮する。
 つまり、考えているのは常に束一人に過ぎない。
 無数に居るように見えて、その実、一人が一度に沢山の事を考えているだけなのだから。
 そうして引っかけには乗らんと叫んだ千冬に、束は口角をさらに吊り上げ嗤う。

「ふっふふー、だから甘いんだよちーちゃん、束さんの思考能力を完璧に甘く見てるでしょー? 束さんが同時に分割し、現実実験を脳内でシュミレーターする代用演算能力が可能な分、その程度まで分割したとしても———この機能で実体化させられる思考数は20万8467体!」
「はあ!?」
 20……万!?
 ほぼ21万体と言う事になる。

「その全て、剣一本で、どこまでやっれるのかなー?」
 その言葉に千冬が眼を見開く。
 今現在、現実を仮想空間でシュミレーションするシステムはすべからく、ビルの一フロア丸々占領する程の巨大さだ。
 現実の大気の動き『だけ』を限定して演算する『だけ』の気象予測コンピューターでも、それ程なのである。
 量子と言う不安定な分野がISで広められる中、その演算は現行のコンピューターでは大気『だけ』でも大幅に演算にズレが生じ、気象予測が外れる事も稀ではない。

 その、確実な演算だけでも現行技術では不可能だ。
 だが、束はそのクォリティでを脳内だけで完結している。
 
 だが。問題はその事ではない。
 それだけの機能が、束に取っては取るに足らない、ほぼ21万体の思考分割体、全てで出来る、絶後の性能水準だという事実の方なのだ。



 そして今、束はあまりに人間離れした思考演算能力を、たった一人を倒す為に全て動員している状態だ。
 その尋常外の有様、笑って済まされる程のものではない。



 千冬は、先の驚愕で見開いたまま、ゲボックに連絡を送る。
(おい、この冗談どうすれば良い……)
『フユちゃん、エネルギーの残量はどのぐらいでしょうか』
(3割を切った———さっきからエネルギー攻撃……分体も精神エネルギーの塊だから零落白夜でしか斬り祓えん(※誤字じゃない)消耗が激しすぎる)
『しかも、束ちゃんの精神が続く限りと言う条件付きのはずですなんですが、減らされた分体を再具現できるみたいですし』
(どう足掻いても———足りん……)
『その辺は任せてください! ばっちり『灰の二十九番』がそちらに支援へ向かっていますから!』
(『灰の二十九番』……あぁ、あの、人工衛星型生物兵器か?)
『はい、その通りです!』

 正直。
 分体束の数を聞いて全てを投げ出したくなったものだが。
 だが、口から開くのは獰猛極まりない女性の声である。啖呵だけでも負ける訳にはいかない。



「束———私も舐められたものだな。
 その程度で十分だと思ったのか?
 分かってくれていると思ったのだがな。
 お前の親友たるこの私を。織斑千冬を———ッ。
 粗雑な数の暴力なんぞで擦り潰したいというのならば———最低でも!」





 宣言する。
 その自負を。
「そのッ! 三倍は持って来いッッッ!!」



 この程度ならば。
 エネルギーさえ問題が無くなれば、余裕で死ぬまで続けられる。
 雪片を振るい、千冬は迎え撃つ。



「あはっ! あはははははははははは! 凄い! 凄いよちーちゃん! それでこそちーちゃんだよ! それでは総軍、全部私で行っきまああああああああああああああああああ—————————ッ!!!」



 飛来する『神風束』。
 おそらく肉体はミサイル等の射出兵器。
 地上からも対空部隊が現れた。
 戦車や対弾道弾兵器の部隊だろう。『砲兵束部隊』などと書いている。相変わらず芸が細かい。

 他にも、兵器ではなく、建造物の一部や道路標識を肉体にした『白兵束』が次々と襲いかかって来る。
 それら全て疑似IS、通常兵器よりも強大な戦闘能力を有しているのだ。
 というか、千冬一人相手にどれだけの大部隊、過剰大戦力だ。

「ああああああああああああっ!!」

 砲弾を斬り払い(砲弾まで束だった)、白兵束を掴んで神風束に投げつけ爆散させ、まわりのぷち束を巻き込んで吹き飛ばす。
 こっそり取り憑こうとしていたぷち束は気合いで怯えさえ、数で押し囲んでいたときは零落白夜でエネルギーそのものを消し飛ばす。
 だが遠い。
 上空でアルゴ●ズム体操を他のぷち束とやり始めたりしている束が遠すぎる……!
 というか余裕すぎるな束! 少しは真面目にやらんのか、苛つかせるのが目的なら大成功だぞあいつ!
 
 少なくとも、束本体を倒せる程に零落白夜をとっておかねばならないのだ。倒せないと知っていても物理攻撃でぷち束を吹き飛ばすしか無い。
 だが、確実にダメージは蓄積されて行く。

 ぎしっ!

 機体が途端に動かなくなる。

「なん……だ!」

「はーっはっはっは! はーはっはっはっは! 空気に取り憑いてみました!」
 半透明な巨大ぷち束が、千冬を鷲掴みにしている。
「何でもありだなお前ら!」
「ふふふー。うーごけーまいー? 篠ノ之家を空気と呼ぶ奴は空気に泣かせてみたいと思う束さんであります!」
「何の事だ!?」

 ここまで個性が強すぎる奴が空気な訳が無い。
 ……筈なんだが、何だか将来妥当な気もしないでもない。その芽を潰す気なのだろうか。

「……零落白夜」
「いや〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜んっ!」

 あっさり消し飛ばされる『巨大エア束』
 だが、拘束。そして、撃墜が目的ではないだろう。
 零落白夜を無駄に浪費させ続ける事が目的なのだ。

 だが。
 エネルギーを放出し続ける形態上、束の単一仕様能力も悪食張りの燃費の筈なのだ。
 だが、束はひょうひょうと千冬以上のエネルギーを吐き出し続けている。
 自分には分からない種がある筈だ。間違いなく。

 まずい。エネルギーが1割を切った。
 早く来てくれゲボック!
 このままでは、押し潰される—————————っ!!



 ガチンッ、と懐中時計が刻を進める。





———その頃

 勝敗の鍵を握るゲボックは。
「フユちゃーん! 待ってて下さいよぉー! 今小生達が向かいますんで!」
「あのう、Dr.自身が行く必要があるんですかね? 自分だけで行ってたらもう着いてたんだけどよー」
「何を言うのです『灰の二十九番』! この先で起こっているのは! おそらくこれ以後、絶対にこれ以上は無いだろうと思われる最強のIS VS 最高のISの闘いなのです! これを逃せば以後永久に見つけられない未知なるものの発見が唸る程に満ちあふれているに決まっています! これを逃しては科学者じゃありませんょ!!」

 ゲボックに応える声は、呆れるように。

「あー……ヒーロー願望の方じゃないんだ。やっぱね。でもさー。ドクター。ついに告白したんですよね? そんな態度じゃ、オッケーなもんも駄目になるんじゃないですかねー?」
「……ぉえ?」
「脂汗だくだくですな……あ、案の定! やっぱり考えてませんでしたねDr.! どうすんですか、10年計画が知的好奇心の一押しでパーになっちゃったらどうすんですかね! あーあー! わざわざ自分のとこまでロケット飛ばすなんてまー、余計な一手間まで掛けちゃって」

 そう。
 ゲボックは宇宙に居た!

 背景に自分の書いたラブレターをデッカく映しつつ、形だけは人工衛星『ひまわり』そっくりな、衛星軌道上の物体。
 成人男性1.5人分大程の人工衛星に腰掛けている。当然、飲む宇宙服は投薬済みだ。



 この人工衛星こそ、『灰の二十九番』現在、灰シリーズ最新型である。
 だが、その『ひまわり』そっくりな部分は成人男性一人分(太陽電池パネル除く)であり、残りの質量は何と、成人男性の上半身が生えている。
 しかも何か、忍者のコスプレをしている。

 彼の役割は、地上のオーダー通りのナノマシンを指定の地域に散布する事。
 地上回路形成の立役者である。
 ゲボックの告白計画を知っていた数少ない生物兵器でもある。
 他の人工衛星へ偽情報を送って月のラブレターを隠していたのが彼だからなのだが。

 もっとも、衛星間での戦闘も考慮されている。
 某大国のアンチスパイ衛星や攻撃ロケットとの交戦した際に圧勝できるよう、マッハ5(秒速11.2Kmぐらい)以上の相対速度でも確実に相手を捉える脅威の視覚を持っているのだ。
 具体的には、ここから地上で手を振っている『翠の一番』が見えるぐらい。

 そして、その速度下や、地上へ向けてもあらゆる修正を考慮して正確に狙い射てる狙撃能力を持っているのだ。



———吹き矢だけど



 なんだか、空気抵抗をコントロール出来る吹き矢の様で、こんな上空から攻撃しても破壊力を調整して、人間に当たってもほぼ非殺傷に出来るらしく(でも激しく吹っ飛んで失神する)これで地上を狙い射って来たらしい。
 でも、全力でやったら対地下施設貫通兵器、バンカートマホーク級の破壊力が出ると言うから吹き矢も侮れない。

 しかも、なんか暇なときは地上の『翠の一番』と組んで審判コンビなんかやってるそうで。
 『翠の一番』が諍いの空気や勝負事を見つけると、「合意と見てよろしいですか?」と地面から生えて来るらしい。
 最近は、サッカーや野球の審判の資格を勉強中らしい。体が複数あるから、一度にたくさんの勉強ができていいのだとか。

 なお、ルールには相当厳しく、ペナルティを発見すると、連絡を受けた『灰の二十九番』が吹き矢で狙撃する仕組みになっている。

 本当、暇な時何やってるか分からない生物兵器達である。



 現在は千冬と束の戦闘の舞台まで超音速で移動中というわけだ。
 ゲボックは失態に脂汗を流しながら叱咤する。
「も……持って行く物もあるのでいいんですょ! さあ急ぐのですよ『灰の二十九番』!」
「いそげいそげー!」



 ………………。



「……すいませんDr.今の可愛い声、誰っすか?」
「小生も聞こえましたよ? 凄いですねえ、宇宙空間に小生以外で無事な人なんて」
「素直に感心してないで確認して下さいって」
「分かりましたょ」
 何だか自分の創った生物兵器に指示されているゲボックだが、カサカサとゴキブリのように『灰の二十九番』の体を這いずり回る。

「痒っ! Dr.! くすぐったいっ!」
「ちょっと我慢して下さいね……んー。これは隠れんぼですかねえ」
 ゲボックは捜索ルートを突如反転、振り返ると。

「にぱー」
 ぷち束が居た。
 白いゴシックドレス調のぷち束だった。熊のぬいぐるみを持っている。

「おお? タバちゃんが居ますよ?」
 ひょいっと、抱き上げる。バレーボールぐらいのサイズだった。
「うそっ! 束博士が!?」
「なんでタバちゃんが居るんですか? あれ? ちょっと顔の割合が大きくなって背が縮んでませんか?」
「Dr.! 見るからに頭身が人間じゃないでしょうがっ! あと背丈ぇ!」
「まあ、タバちゃんですし」
「確かに束博士なら有り得ますけどっ!」

 生物兵器にまで人外扱いされる束だった。ゲボックと大して変わりない評価らしい。

「如何してここに居るんですか?」
「んーとね、んーとね、ゲボくんのしえんをそししにきました!」
「おー、それは凄いですねえ。偉いですねえ」
 なでがりなでがりなでがりなでがり。
 ドリルで頭を撫でられて。
 えへへへーと嬉しそうに笑うぷち束。

「ちょ、Dr.それってヤバくないですか」
「なんでですか? ねえ、ちっちゃいタバちゃん。一緒にフユちゃんとタバちゃんのところ行きませんか」
「うん!」
「平和的に無力化した!?」
 ゲボックにまとわりつくぷち束。何だか他の個体より幼い印象だが。
 そのせいで余計にゲボックとは非常に合うらしい。精神年齢的に。



「ところでDr.いいですか?」
「あ、ここねじだー。どらいばーどらいばー、めすめすどりーる、ちぇーんそー」
「ちょ、ちっちゃいタバちゃん、髪の毛引っ張らないで! ドリル分解しないで! 小生をどんどん解体しないで下さい!」
「何気に大ピンチ!?」
「あ、そういえば『灰の二十九番』何か言いかけてましたね、言って下さい!」
「あ、良いんですか。なんかその子と同じようなのが沢山、世界中から自分等と同じ方へ向かって飛んでるんですよ。何なんですかねあれ」
「何か凄いエネルギーの塊みたいですねぇ。何でしょうか」
「んー? あれ、へーたんがかりだよ?」
「へーたん……? 兵站の事でしょうか」
「そんなかんじー。あとおまえ、たばねちゃんとゲボくんのみつげつをじゃましないでください」
 『灰の二十九番』はしっかりと黙った。
 幼くても束は束だった。
 ゲボックは機械部分が次々分解されていた。
 うん、そんな火サス的な蜜月は要らんな。
 まあ、やる事は分かっている。
 最悪、Dr.が分解されても任務遂行できるから良いか。

 保身に走る『灰の二十九番』だった。









「火力!」
「水力!」
「原子力!」
「風力!」
「太陽光!」
「波力!」
「地熱!」
「ガス!」
「その他諸々エトセトラ!」
「何それ酷い」
「我らエネルギー戦隊束レンジャー!」

「「「「「「「「「おぉいっ! まとめやがったコイツ!!」」」」」」」」」

「まあ、その実、世界中の発電所からエネルギーを持って来ただけだったり。てへ☆」

「回復担当が居たのかっ!」
 雷光輝く束を見つけた瞬間。
 手品の種がわれた。
 全ての独立体を戦闘に回しているわけではなかったのだ。
 これだけの数が居るのだ。
 補給兵としての役割を持った個体がいると思い付かなかった方がおかしかったのだ。
 そう。
 最初に零落白夜を与えて落とした後、どうやって復活した!?
 限定的なら、この単一仕様能力を使えると言っていただろうに!

「させるかあああああああああああああああああああああっ!!」
 零落白夜を発動させる。
「無駄無駄ァッ! 雷天●壮2ゥ!」
「まんまだねー、今の私達ー」
「ぐはぁッ! おっかさん、おらぁ、駄目だったよ……」
 とんでもない速度で動き回っている。確か『グレ●リン2』で居た筈だ、こんなの……とか考えている千冬も余裕があるが、動きが素早く、一体しか消し飛ばせない。
「原子力が!」
「よりによって原子力が!」
 アトミックな因果だろうか。
 と言いつつも、ぷち束は束本体と合流する。
 気配が再び数百、数千と膨れ上がる。

「はははははは! 回復完了! 続けて第二陣行きまーすっ!」

 ぶはぁ! とぷち束が更に生み出され、千冬が切り開いて来た隙間を埋め尽くして行く。
「くっ———」
「そろそろエネルギー切れかなぁ、にゃはははは!」

「やばいかもしれんな———」
 事実その通りだった。
 既にエネルギーは底をつきかけ、零落白夜どころか、瞬時加速さえ怪しいところだ。

「それにしても流石はちーちゃん、全体の百分の一、二千体ぐらい倒されたのはびっくりしたよねえ」
 そんなに倒したのか。自覚無かった……百分の一?

「だけど今ので兵力補充完了。くふふふ……全力で行かせていただき……ん?」

 その時、空に何かが彗星が如く煌めいた。
「なんだろー……?」
 ハイパーセンサーでズームすると…………矢?
 しかも、その軌道は———

「あ、ちーちゃん」
「あのな、束。今更それは引っかからんと思うぞ」
「いや、そうじゃ無くて。そのままだとね」
「? へ———ンぱぁッ!!」
 延髄に衝撃を受け、ずしゃーっとつんのめる千冬。

「あー……ん、まいっか」

 その判断は束としては珍しく失策だった。

「は……はは……」
 千冬から空気の漏れるような音が聴こえてくる。
「どうしたの?」
 首を傾げる束。

「いやな?」
 立ち上がった千冬はくつくつと笑っていた。
「まさか、こんな手段を取るとは思わんだろう? この私に気づかれないよう対ハイパーセンサー用ステルスだの第六感知覚妨害なんか施しやがってな……」
「へ?」
 何故笑っているのか。
 変なところに矢が当たったのか……矢?

「お前の言う通りだよ……束」
「……ちーちゃん?」
「久しく味わって居なかったよ、本当に私は詰まらない……あぁ……確かにこれは最高だな!」
 千冬の視界に投影されていたパラメータ値が激変する。

 エネルギーゲイン・フルチャージング。



 閃光が迸る。
 余波として夜に際立つそれは、今だ放たれ続けている———下弦の月さながらに、白金に輝く束の単一仕様能力に対し、千冬のそれは夜明けの薄明が如く煌めいた黄金色だった。

 しかも、それまでの様にエネルギーの運用をやりくりしていた必要最低限の閃きではない。

 一切合切遠慮なし。
 零落白夜の本領———攻撃力史上最強の名に恥じぬ覇者の威容。

「苦戦自体が殆ど無い、模擬戦でナターシャぐらいか? ははっ、それじゃあ味わえんわな。絶体絶命の筈から——————一発逆転の機をつかんだ瞬間ってのはなぁ!!」

「どひゃーんっ!」
「ぬあーーーーーーーーーーーーっ!」
「今ネタで悲鳴あげた奴は誰だーッ!」

 黄金の竜巻———遠慮なし、全力の剣閃、斬撃の暴風は千冬の進撃とともにぷち束を消し去って行く。
 束に浮かぶのはやっばー、と言った苦笑

「うそん! まさか———今のは地上回路経由からのエネルギーバイパス受容アンテナ!? ゲボ君!」
 そう言った束の声は最早悲鳴に近かった。

「Marverous! はい、ゲボックですょ?」
 はるか上空からゲボックが返事と共に降りてくる。

 『灰の二十九番』に掴まったゲボックである。
「あの……Dr.……。ぶっちゃけ自分、忍なんで目立ちたく無いんですけど……」
 人工衛星から忍者が生えていた……コスプレじゃなかったのか。
 ……忍者が棒を持ってる。
 まさか、あれがさっきの……吹き矢?

 私に殺気を感じさせなかった事といい、実力はあるんだろうが……。
 可哀想に、意見を聞いて貰えず涙目になってるなぁ。

 即席PICでゆっくりおりてくる。
 重力操作って、即席で出来るもんなんだろうか。



「束……私としては逆にチャンスだと思うんだが……」
 エネルギーが全く減らないので、これ幸いにぷち束相手に無双しながら千冬は言う。

「なんの……?」
「●るとんみたいにお前の思い告げるまたと無い機会だぞ」
「だ、だから、それじゃ束さんは絶対に敵わないよ!」
「その時は押し倒せばいいだろう。ゲボックはあれで案外義理堅いから責任ぐらい取ってくれる筈だしな。なぁ、束。考え直せ。世界を潰すのとどっちが簡単だ?」
 千冬の全力的な問題先送り計画だった。
 実はそうなってくれたらいいなぁ的願望と言うか、本音というか。そう言う利己的ないろいろなものも多分に混じっていたりする。

「そ、そんなの———」
 束の顔面が真っ赤に染まる。
「世界をぶっ潰す方が何万倍も簡単に決まってるじゃない———ちーちゃんの馬鹿ァ———!!」

「なんでだぁ———ッ!?」
 千冬は頭を抱えたくなった。
 これだから規格外脳天跳躍式メランコリン風ギミック内蔵ブレイン幼馴染はああああああッ!!

 実はとても奇遇だが束も似た心境だった。
 これだから乙女心廃棄済み体育会系清純風武闘派幼馴染わあああああああッ!!

 お互い心中で絶叫したとかしてないとか、やっぱりしてたとか。



「? 何の話ですか?」
「あぁ、実はな、ゲボック。束なんだが」
「いーやー! やめてーちーちゃんやめてー!!」

 慌てる束を見て、あぁ、と手を打つ『灰の二十九番』
「あぁ、そう言う事ですか、青春してますねえ」
 人工衛星故のテレビ傍受は伊達じゃない。
 様々な恋愛模様は見尽くした感がある忍者だった。
 本当、ヒマなのだ、宇宙は。

「お前が『灰の二十九番』か。さっきは助かった。何故かステルスだったが」
「あ、はい。自分がそうっす。初めまして。仕様なんです、吹き矢の」
 やっぱり吹き矢か。
「はぁ……こいつでさえすぐ分かったのに、お前は本当に鈍いなぁ」

 ぼそっと言ったつもりだった。
 が、全員にそれは聞こえていたようで。

「いや、姐さん程じゃ無いです」
「それちーちゃんが言っていいセリフじゃ無いよ!!」
「それだけはフユちゃんに言われたくありませんょ!!」
「ゲボックまでキレた!?」

 激烈な反応が帰って来た。
 そ、そんなに私って鈍いんだろうか……。



 落ち込んでいる千冬の傍、束も束で。
「そ、それにしても、ゲボ君……」
 どうしてここに?
 通信以外でゲボックの介入を阻止するために独立体を派遣したと言うのに……。
 動揺しまくりだった。
 このシーンだけ抽出すれば恋する乙女以外の何者でも無い。

 が、そんな微笑ましい表情は一発でブッ潰れた。
「たばねちゃんはじぶんさえよければそれでよいのです」
 返事は他でも無い束自身だったために。

 ゲボックの胸元からぷち束がにょきっと生えた。
 温泉の猿のようにホヤホヤな顔でゲボックの懐に収まっている。

「ろりろりぷち束!? 束さんの主体要素を司る『束さん九天愚人』の一柱が何故!?」
「たば……きゅうてん愚人?」
「あ、今即興で思いついたんで気にしなくていいよ、ちーちゃん」
「何処の邪気眼だそれは!?」

「たばねちゃんはさとったのです」
 幼い印象のぷち束はど根性ガエルのように首を伸ばして語る。

「あらそいなどどうでもいいのです。むしろかってにあらそってもらえたらたばねちゃんはゲボくんをおもいきりまんきつできちゃうから。そのままずっとたたかっててください」

「あ、因みに小生はカンガルーみたいな有袋類に改造されてます。
 小生、男の子なんですが、タツノオトシゴみたいな物でしょうか」

 そこに、すごく気まずそうに逆さま人工衛星な『灰の二十九番』が。
「Dr.言いにくかったんですけど……実はですね、右手と左手逆です」
 本当だ、ドリルが右にある。
「ノオオオオオオオオオオッ!! ちっちゃいタバちゃん! これ、組み間違ってますよ!?」
「ささいなこと。ん。ぬくぬくあったかー」
「自分本位にも程ないですか!? まぁ、これぐらいなら自分で直しますがね……」
 治す、じゃないのか……。

 ぶちんッ!!
 あ、何か聞こえ……。
「———っざっけんな! この獅子身中の虫がああああああああああああっ!!!」×ウン万体。
「おいおい……」
 何万体の束軍団———一斉蜂起。
 キャラぶっ壊れで……。
「……はあ。これはこれでチャンスか……。ん、れぇ——————」



 暴動が起きた。
「我々は正当な報酬! 相応のゲボ君分を要求するものである!」
「富の占有を許すなーっ!」
「悪しきぷち束に制裁を!」
「腹黒幼女を吊るせぇ!」
「我々ぷち束労働組合は断固として改善の要求を求めるものである!」
「それまでストだー!」
「さっきの、巨大合体ビッグタバネンガーの時、私踵役だったんだよ……」
「ロボットと言うよりは、●ルタン星人みたいだねそれ……」
「そんなんいたのか……」
「ちーちゃんのわんぱんK.Oだったけどね……」
「「「弱ぁ!」」」

 統制が一気に崩れた。
 これもまた、実に束らしい。
 まさしく束の心の写し、断片達であった。

「おおお! タバちゃん一杯から目一杯注目を浴びています! これは何か面白い事をせよという天の思示し! それでは、本当ならフユちゃんのモンド・グロッソ優勝時に見せる予定でした『鳩を自在に呼び出せる程度の芸』をお見せしますよ!」
 視線を浴びると、ゲボックは興奮する性質らしい。
 まぁ、薄々分かってたが。

 ブバァッと全身の穴と言う穴、裾袖から鳩がまぁ、出てくる事出てくる事。

「「「「おー……」」」」

 だが、ゲボックにしてはインパクトが足りない。
 素の方がエンターテイナーっぽいのがなんとも皮肉なゲボックであった……が。

「みゃああああああああッ!!」
「「「「「「「あははははははは!」」」」」」」

 そう、隙間という隙間といいことは『ろりろりぷち束』の入っているポケットからも鳩が噴出するということだ。
 
「     い———」

 自分の王国(と言う名のゲボック袋)から出まくる鳩に翻弄される彼女を見て、大笑いするぷち束達だった。

 それを見て勘違いしたのがゲボックである。
 自分の鳩芸がヒットしたと勘違いしたゲボックが、乗って来ましたよぉ! 科学的に! などと叫びだし。
「これより小生は全てがマッハ3で動く遊園地を作りたいと思います! 具体的にはジェットコースターとかコーヒーカップをですょ!」
「「「「わああああああああああ—————————ッッ!! ゲ・ボ・君! ゲ・ボ・君!」」」」
 一斉に歓声を上げるぷち束達。

「ははははははははッ!! 小生は今! 生きています! 確実に! 輝かしく!」
「いや、マッハ3って、衝撃波で間違いなく人体ブッ千切れますよね……」
 調子に乗りまくりである『灰の二十九番』のボヤキも耳に届かない程の興奮具合だった。

「…………眠い。おやすみー」
 だが、『ろりろりぷち束』はゴゥイングマイウェイだった。
 ごそごそとゲボック袋に潜り込んで寝息を立て始める。

 はたと気付くぷち束達。
「「「まだそこにいやがったのかてめぇ———!!」」」
 亡国機業の秋さん張りにガラの悪くなったぷち束達の暴動が再発した。
 
「    ら———」

「一人だけいいところで寝てんじゃねー!」
「悦楽は共有すべきだ!」
「ゲボ君のベルト発見! 取材班は早速引っぺがして見たいと思います! ……ごくっ。ハァハァ」
「おぉう!? タバちゃんの大軍勢の人達が一杯来ましたょ、ちょっと、ちょっと待ってください! ズボンをなんで真っ先にはごうとするのですか!?」

「   く———」

「白衣に突入!」
「ぶっ……ブラックホールだー!!」
「なーんでも吸い取るー……あ~れ~……」
「なんだこれー」
「10円傷つけてみない?」
「ちょ、お嬢ちゃん達やめてくれないっすかーっ」
「そう言われて」
「止める束さん達ではないのです」

「  びゃ———!」

「取り憑いてみようか」
「ぎゃははははははっ、忍者にウサミミだ~」
「あえて意識残されてる!? 精神的拷問にも程ありゃしませんかぁ!?」
「さっきのバーコードバタフライよりはましかと」
「そうだね」
「ねー」
「私あの時インおっさんだったんだよ……しくしく……」
「あー、その私だったのかー(遠い目)」
「無視ですか、そうですか……やっぱ来なきゃよかった……」

「 く!」

 これぞ束地獄であった。
 知性はあっても本体より欲望に忠実なのか、それぞれ好き勝手にきわどいことを連発している。

 何せ、このぷち束達は、肉体さえ手に入れれば準ISクラスの戦闘能力を獲得するのだから。
 それが主体たる束の制御を離れ、それぞれ束クォリティで自由気ままに遊び出すのだ。収集がつかないに決まっている。

「だから、空気の変化に乗っていた束は失念していたのだ。

「ぃ夜あああああああああああああああ——————ッ!!!」

 千冬との戦闘中である事に。



 千冬は耐え切った。
 耐えに耐えに耐え、やり遂げたのだ。
 ツッコミ不在、果て無きボケとボケの応酬、それに耐え忍び息を殺し隙をつき———

 全身全霊をもって雪片をハリセンと見て振り上げる!

 あ。
「ちょっ、ちーちゃんそれずるいよ!!」
「喧しい煩い黙れ! 口を閉じて素直にみょうちくりんなものしか捻り出せん頭を差し出して私におもいきり———積りに積もった分全力で突っ込ませろおおおおお——————ッ!!」

 そう、耐え切ったのだ(ほろり)。

 驚愕する束の胸に座す懐中時計が、主の心拍数などものともせずに、カッチ、カッチと変わらず時を刻んでいた。











 束に対する目線が変わった。
 今までは、変な子。と言った、上から目線だった。
 いつしか、それは恐れを含んだものに変わった。

 それは、子供だけに限らず、その親達にも及び、避けられるようになったのである。
 全ては、あの火災からだった。
 誰が言い出したのかは、もう覚えていない。
 束を怒鳴りつけたら事故にあった。
 束を叩いたら近親者に不幸があった。
 などなど。
 言いがかりにも程がある、何の根拠も無いそれを。
 何故か皆信じ、尾ひれ端ひれ付け加えられ、今や何処の貞子かという所まで来てしまっている。
 冷静に考えれば、喜劇としか言えない有様だというのだから———

 束が忌む『空気』と言うものは、誰しもが扱う宗教染みたものなのでは無いか。
 所謂その空気に馴染めない存在にとっては宇宙人に思えてもおかしくないように思える。

 千冬はその視線に訝しげな感情を抱きながらも、束の傍で本を読む。
 最近少しずつ、束といつも傍に居る子、という認識に変わって来たからである。



 束の方とは言えば、むしろそれは大歓迎だと、完全無視を決め込んでいる。
 この二人の組み合わせが、実は苛めが起きない最大の理由と言えた。

 下手なちょっかいを出して、千冬に痛い目に会わされるのは重々理解してしまったのだ。
 例えば、大人数で千冬の上履きを奪って返さないとしよう。

 持っている一人に千冬が走って行くと、他の一人にその上履きを投げ渡す。
 パスを繰り返され、取り戻すことができない。
 一人ではどうしようもない数の暴力という奴だが。

 パスを阻止する? いやいや、千冬が敵認定の相手に容赦をする訳が無い。
 投げられる上履きを一瞥だけで行き先を確認し、行動は変えず。
 え? なんでこっちくるの? という感じで疑問を浮かべる、今まで上履きを持っていた子供の鳩尾を———
 
 づぐむっ! と幼児の喧嘩では起こりえない鈍い音とともに、泣く事すら出来ず踞る一人を蹴り付け、パスを受け取った方へ続いて走って行く。
 千冬は的確に、一人ずつ潰す方針で行っているのだ。

 その事が分かると、『靴を受け取る———千冬に殴られる』の構図になり、2、3回程でそれを理解した方が一斉に散らばって行く事になるのだ。
 そうなると、恐ろしい鬼ごっこの始まりだ。
 靴を得た千冬のスタミナは尽きない。
 あと、からかいに参加した奴の顔も全て憶えている。
 全員殴るまで地獄の鬼ごっこやかくれんぼが始まるのだ。

 そんな千冬が守護神となって束の傍に居るのだから、誰も手を出せない。



 だが、そんな視線まで無くす事は出来ない。
 束の実家が神社だったからと言うのもあるかもしれない。
 神聖なところとは、逆を言えば近寄りがたいのだ。
 禁忌とは尊いところ、忌むべきところ、どちらにでもあるのだから。



 ダメージを受けていたのは束の母だった。
 同じ母親連中から、孤立してしまったのである。
 だが、彼女は母親としての鏡であった。
 
 千冬達に悩んでいるそぶりは決して見せなかったのだから。



 ある食事の日。
「もしかして———千冬ちゃんって、ふゆはる助教授の娘さん?」
 千冬にとって両親の事は暗黙と言っても良い筈が、つい出てしまったようで。
 それ程その事に気付いたのは意外だったらしい。 

 織斑ふゆはる。
 織斑秋夏(しゅうか)
 夫婦揃って四季完備! と言う妙な夫婦だった。

 民俗学を専攻して居るらしい。
 浮世離れした二人で、体して由緒正しいものも無いですよ。
 うちの風習は続けさせるのを主として居るので、確固とした伝統もありませんし、と言っても。

「自分達のルーツが見付かりそうなんです」
「ここの土地神様って、天女伝説に縁があるんですってね! だから女性用の実用刀があるとか」



「何故それを……?」
 特に喧伝もしていない篠ノ之神社の伝承を言い当てた夫婦は、暫く篠ノ之神社裏にある御神刀を奉納してある洞窟を見て回ったりした後、唐突に有難う御座いましたーと居なくなった。
 始終躁気ばんだ夫婦で印象深かったのを覚えていたのだ。



「えぇ……世界中飛び回ってます」
「そう———」
 何故、子供をおいて行ったのだろう。
 あの二人なら、どんな危険な所でも連れ回しそうなものだが———

 ちょっと暗くなった千冬をみて。
 やっぱり寂しいのだろう、当たり前だ。自分は何と馬鹿なのだ。
 千冬はまだ四歳の子供なのだから……あぁ、失敗した、と。
「ねぇねぇ、千冬ちゃん———知ってる?」
 だから。自分も色々心労が溜まっていながらも、少しでも話題を明るくすべく話題を切り替えんと声を弾ませるのだった。



 異様な光景だった。
「はぁ、はぁ———」
 目には映っている。
 だが遠い距離。
 そう、ひどく低い所。
 千冬からみて、そんな高さにある所で。

 束は四方を壁に囲まれ、さらにその上から見下ろされていた。

 幼い子供だけでは無い。
 大の大人までチラホラとみえる。
 それでいて、束に怯えているのだ。
 迂闊に怒らせれば、祟られるのではないかと。
 普通に考えて『ない』だろう。いつの時代の迷信だそれは。

 ゲボックなら何と言うだろう。
 非科学的だと笑うだろうか。
 それとも、その事象すら科学的根拠があるのではと研究するのだろうか。

 だがこの時、地球にゲボックはいない。

 直接触れるのも嫌なのか。
 けしかけられる。
 束に向かうのは犬だ。
 何をされたのか殺気立った黒犬は牙を剥き出しにして涎を撒き散らしている。

 犬とは充分人間にとって驚異だ。
 ましてや幼児。
 一噛みでその命を奪えるのだ。

 束は何の感情もなく、それを見つめていて。
「やめろ!」
「……え?」
 飛び降りて割り込んだ千冬が、束を庇った。

「———あ」
 口に腕を突っ込むようにして噛み付かれた。灼熱の様な痛みが千冬の脳髄を駆け上がる。
「うぐぅぅぅぅぅぅうう……っ!」
 食い千切ろうとしているのか必死に必死に首を振る犬を抑え付ける千冬だが、本来人は犬には勝てないのだ。
 ましてや童女と狂乱している成犬。
 牙が食い込んだ左腕の痛みをこらえる千冬が束には理解出来ない。



「———なんで?」
 そこまでする必要は無いでしょう?
 カッチ、カッチと束の中のリズムが、ある刻の鼓動を刻み初める。

 他とは違う空気が割り込んだ事に、束は少しだけ混乱した。
 人間とは保身に走るものである。
 自壊に向かう習性もあるが、今回のは違う。
 お母さんに頼まれたから?
 それしたって度が過ぎている。

 だから、今まで割と一緒にいたであろう少女に。



「すまんが……先に手を出したのはお前だ、容赦は———」
 押し倒され、犬にのし掛かられる千冬。
 だが。

 ぐぎょがっ———!

 水っぽいものを破裂させたような音ともに犬が大きく痙攣した。

 ゆっくりと千冬が痛々しい左腕を抱えて立ち上がる。

 千冬がどれだけ常人離れしてても子供である事には代わり無い。
 だから千冬は口内から喉に爪を食い込ませ、残る右腕で下顎を捩折りながら脊椎を破壊したのだ。
 獣の顎の力は強靭だ。
 大人でも開くのは困難を極める。
 だから、横に捻じったのだ。
 曲がらない角度ゆえに、抵抗もこちらの方が乏しい。
 さらに、千冬は食い付かれても絶対に引かなかった。
 獣の牙は引き千切るために適した形状をとっている。
 もし、千冬が少しでも臆して引けば、腕はズタズタに引き裂かれていただろう。



 そんな、血に濡れ苦しむ千冬を見て。
———あはっ
 束は笑んで。そして初めて、少しではない興味を持った。



 千冬は柳韻に古武術———その中でも剣術の基本のようなものを習っている。
 だが、殺し合いに最適な思考など、まだ習うわけも無い。
 これこそが素質なのか。
 常に何かと闘争するのを前提にして回り続ける思考回路としか言えない精神性。
「———次は?」

 そう言って睨みつける千冬の凄惨さに大人まで怖気が立つ。
 瞬く間にいなくなった。

 途端に切な気な表情を浮かべる千冬。
「あ……わた、しは……」
 それをぼんやり見つめる束。



 カッチ、カッチ、カッチ、カッチ。
 束の中のリズムを刻む時計が———

 束の瞳は、目は爛々と輝いていた。
 見つけたのだ。

———ちりりりん、と鳴って時を刻むのを一休む
 本来、知的好奇心の塊である束が一端、興味を持ってしまえばあとは凄まじい勢いで情報を取り込んで行く。

 束にとって、有象無象の輩は丸太と大して違いがない。
 次々とベルトコンベアーで流れて来て、割られるのを順次待っている薪でも良い。



 そんな中で堂々と、満開に花咲く一本桜に、やっと出会ったのだ。
 千冬が睨み上げた瞬間。
 あ———違う。
 直感で分かった。
 今まで擬態が上手だったようだが。
 元より常人とは逆に『そちらの判別』に優れた束がそれを見逃す訳も無い。
 やっと見つけたのだ。

 歓喜に震えぬわけが無い。

 あぁ、なんて綺麗なんだろう。
 どうして今まで気づかなかったんだろう。
 そう思ってしまえば、彼女の障害など、どれほどのものか。
 専用の機能で千冬の顔を覚えられないなら全部一から覚えれば良いだけだ。
 束にはその才がある。
 千冬の濡れたような黒髪を覚えた。
 千冬のきりりとつり上がった眉を覚えた。
 千冬のスラリと通った鼻を覚えた。
 千冬のしっかり引き締めた唇を覚えた。
 千冬の白く透き通った肌を覚えた。
 千冬の身から流れ出す熱い血潮を覚えた。
 そして何より、強い意思をたたえた、万物に立ち向かい、それで居て勝つためにありそうな瞳を脳裏に焼き付けた。
 千冬の———
 千冬の———
 千冬の———

 原子の一単位まで、記憶せんばかりに凝視した。

 その結果。
 あぁ———やっぱり。なんて綺麗な子なんだろう。
 束は初めて自分以外の子を羨んだ。
 そして憧れた。

 続いて自分と同じ事に気づいて喜び悲しんだ。
 自分と同じだ。
 周囲の雑草に害されるたった一本の木。

 あぁ、この星にちゃんといたんだ。
 自分以外にも、宇宙人に紛れてしまって泣いている子が。



 嬉しかった。
 今更ながらに助かった事が。
 自分を助けに来てくれる人がいる事が。

 自分だけじゃなかった事が。
 ああ、もう心細くは無い。
 怯える事も無い。
 だから、自然に話しかけれた。
 今までの自分ではあり得ない程当然かのように。



「わぁ———痛そう———大丈夫? でもね、ありがとう! ねえ! 君なんていうの? 私は、束だよん!」

「———は?」
 千冬は一瞬腕の痛みも忘れてポカンとした。

 束のキャラが今までと完全に別方向だったからだ。
 束はあまりの嬉しさに浮かれた、と言う事もあるのだが、抑圧された色々なものの一端に風穴がブチ抜かれた事で、本来のあるはずだった束が反動つけて跳ね上がって来たのだが。

 千冬にしてみれば『壊れたかコイツ』レベルの変貌だったのだ。
 が———何より。

「織斑千冬だ……束、まさかお前、今の今まで覚えてなかったのか!?」
「うん。でも、もう覚えたから一生忘れないけどね、うんうん。千冬ちゃん……うん! じゃあちーちゃんだ。ちーちゃんよろしくね!」
「ちーちゃんッ!?」
 そんな呼ばれ方初めてだ。
  
「と言うかどうした!? 何があった、なんか変なものでも食べたのか!? 変わりすぎろう?」

 そんな! 声まで変わって!! の世界だった。

「そんなんどうだっていいじゃん。あーはいはい腕出してー、お医者さんにして看護婦さんの束ちゃんです。その犬は狂犬病じゃなくて薬物のオーバードーズによる錯乱だろうけどさ、犬なんてきったないから一応抗生物質射っとくよ? でー、こうしてこうして止血して包帯巻いてはい、出来上がりましたぁ。さすが医学書読破済みの束ちゃんです」
「いや、今なんと言ったのか半分も意味わからないんだが……上手いな、手当」
「いやぁ、そこはこう、束ちゃんですから」
 謙遜微塵も無いなコイツ。
 思ったが一応手当してもらった身なので口にしないぐらいは千冬は大人だったという。
 幼児だけど。

「さあて、それじゃあ仕返ししましょうか」
「は?」
 なんと言ったか、今束は。
「まったく、呪われるとかオカルトにも程あるよねぇ。まったく、これだから愚暗どもはねー。束ちゃんがするのはぜーんぶリアルな現世の理なのにねー」

 いま、何と?

「束……お前、今までなにして来た?」
「べっつに直接はなにもないよ、ちーちゃん。資金源叩き潰しただけだし」
「なんと言った?」
「わかりやすく言うとだよ」
 束は何処から取り出したか、小さなパソコンを展開し。
 小さな可愛い手でてちてちタイピングする。
「株価とか為替とかに干渉して、勤め先ぶっ潰したり、預金預けてる銀行倒産させたりしてるだけだよ? あと地価暴落させて財産ゴミにしたり、攻撃的買収し掛けた上でリストラかけたり。ブラックリストに乗ってる人の保証人にしたりもしてるね。会社の情報ライバル社に売って見たりもしてるかな? 人間、先立つものが無いと不安でしょうがなくなるもんなんだよ、そりゃ毎日玄関に取り立て屋さんが来たら凡ミスだってするよ。ガス報知器の電源外しっぱなしとか、コンロから離れたりした時着火してなかったとか色々ね」

 なんという知的悪質な。
 しかも、ハッキング以外、違法行為を一切行っていない事だ。
 どんな悪意があろうと、それで罪に問われない。
 マネーゲームは合法ゆえに。
 だが……それに、一体、どれだけの人が巻き込まれた!?

 束がなにをしたのかなど、半分も千冬には分からない。
 ただ、一つの社が倒産するだけでどれだけの無関係な人が影響を———

「あ。帳簿に矛盾発見だね。マルサに通報してあげよう。束ちゃんなんて愛国者!」
「おい……束?」
「さっきの奴ら、顔は分からないけど会話は全部覚えてたから名前は分かるしね———ん? 佐藤さん多過ぎない? いっぱいだ……う~ん……どうしようか……うん、全部始末しよ」
「リアル鬼ごっこかああああああああっ!」
「痛い!?」
 このツッコミが、始まりだった。
 延々と続く腐れ縁の日々、それに振り回され拳を振るう、そんな日常の———









 束は、『人』と被り、相手を凌駕する事を病的なまでに嫌う。
 どこがだ、と言ってはいけない。
 ISがどれだけの者を蹂躙して来たのか、その努力を無意味なものへと変じさせたのか、知らぬ訳が無いとしてもだ。
 ここで重要なのは、束が『人』と認識するものが極僅かであるという事だ。



 くどいようだが、束は認識障害である。
 束にとって人間とは極限られた人間だけである。
 千冬、ゲボック、箒、一夏、そして———



———がぎぃん!!

「———なっ」
 千冬の必殺の一撃が、束に止められている。
 その事に、千冬が驚愕を浮かべる前にそれは起きた。
 ステッキを右手に、その先端の蝶の飾りを取り外し左手に。

 その姿は、見覚えがある、なんて物ではない。
 その型は、誰よりも千冬が見知っている筈のものだった。
 篠ノ之流剣術の型、『一刀一扇』。

 しゃん、と蝶に付いた鈴だけが、静寂の中で鳴り響いている。

「束———お前……」
「ゲボ君の前で……流石にツッコミで負けましたなんて無様は晒せないもんね」

 それは、ごく当たり前の感情。
 好きな相手の前では格好を付けたい。無様を晒せないと言うこと。

 何年に一度あるかどうかの真面目モードだった。
 何故今? とは千冬の疑問だったが。

 ゲボックは千冬を常にフルスペックで戦える様支援している。
 好きな人を相手に———あぁ、燃えるでは無いか、『勝って映えるのにこれ以上の機会は無い』ではないか。
 ゲボックが千冬を支援するのは、それが当然だとの思いと、何より世界を知り尽くして居ないと言う事だって挙げられる。

———認めてくれるなら、やめても良い

 そんな打算だってあった。
 切欠こそ支離滅裂だが、段々落ち着いて来ても止められない。これは勢いもあるのだろう。
 兎に角、ゲボックの気を引きたかったのだ。
 それはまるで親の興味を自分に向かせたい子供の様で……。
 いや、規模が規模だけにかなり笑えないのだが———

「篠ノ之流の剣術なんてね……ちーちゃんに会う前にもう、見ただけで全部憶えちゃってるんだよね……『あの人』も、まさか4歳児に秘奥たる技術を『見盗られる』とは思ってなかったんだろうし……」
「束……?」
「あはっ……もう、あんな簡単なの、とっくに型をひと流しを初見しただけで極めちゃってるんだよ。『あの人』を基準に見ていると、ちーちゃんでも泣いちゃうよ?」
 その顔いびつに歪み、笑っているようにも、泣いているようにも見えて———






「あ……よっ、ほいっ」
 それは幼いある日。

 束は父が大好きだった。
 それは、箒が父を日本男児の鑑として尊敬しているのと同様。
 束も、剣を振るう柳韻が大好きだった。

 そして、当然のように、自分も、その剣を振りたいと思った。
 大好きな、そんな、父のようになりたいと思ったのだ。

 当然、当時まだ束の体は小さい。木刀どころか通常の竹刀も振るえはしない。
 だから見ていた。
 毎日欠かさず鍛錬する柳韻の姿を。

 そしてある日———
 柳韻はたった一度だけ、篠ノ之流の秘伝さえ含めた殺陣を一流し、束に披露した。
 正しく言えば、前で型を通した、だが。
 その美しさに束は感動した。
 父の生涯を費やした芸術と言えるものを、自分もあんな風にしてみたいと切望し———

 自分の身の丈にあった棒切れを発見した。
 そして、憧れの姿を模倣する。

 柳韻を真似る。
 その才覚に見合って。
 完全に。
 完璧に。

「束?」
「あー、お父さん!」
 棒を振り回している束を見つけ、柳韻は微笑ましい笑みを浮かべるだけである。

「ねえ、見て見てー、お父さんの真似ー」
 束の見せる殺陣を見るまでは。

 今度は真似るだけではない。
 やや引っかかるなと思ったところ、まだまだ最適化できるところを効率的に繋げ、さらに早く、さらに美しく、さらに洗練されたものへと———

「束?」
 完全だった。
 見ただけで、完璧に束は模倣してみせた。
「それは……どうやっ、たん、だい?」

 完璧だった。
 否。それは既に完全以上であった。模倣より既に発展していた。
 柳韻がどれだけ鍛錬を積めば、その領域に到達できるのだろうか。
 否、永久にその高みには到達できぬ算段の方がずっと高い。
 
「お父さん見てたからやってみたのー。『初めてにしては』上手でしょー? えへへへ」
 それを、今まで見ていただけのそれを、初めて完全以上にこなしたのだと。
 正確には、二本目だったが、大して違いは無いだろう、その鬼才に関しては。
 されど。束はそう言うのだった。

 その時の、柳韻の胸中はどんな物だったのだろうか。
 鬼才を見出した事による歓喜だろうか。
 それとも、見ただけで完全にそれを再現した束に対する畏怖だろうか。



———もしくは———そこまで辿り着くのに要した年月、打ち込んだ情熱、その全てを一瞬で覆された事による———



「……お父さん?」
 この時束は、あれ? と懐疑を浮かべざるを得なかった。
 褒めてくれると思った。
 よくやった、凄いな、さすが俺の娘だ、と頭を撫でて抱っこしてくれるのだ。

 その筈なのに。

 どうして、そんな、泣きそうな、怒っているような、笑っているような顔をしているの?

 どうして褒めてくれないの?
 凄いでしょ?
 お父さんが大好きだから頑張ったんだよ?

 どうして?
 お父さん———?
 どうして?
 私はお父さんが大好きなのに。
 どうして、お父さんみたいに頑張ったのに褒めてくれないの?
 どうして———?
 





 そしてこの日以後、束が柳韻の後を付いてまわる事は無くなった。
 子供とは、感情にことさら敏感なのだ。
 子供に嘘をつく事は本当に不可能だと言っても良い。

 束はそれ以来、一切、剣を持とうともしなかった。
 それどころか、体を動かすこと自体を良しとしなかった。
 体が動けば神経が洗練される。
  
 父より優れて動いてはいけない。
 束の内心に深く刻まれた、呪いと言っても良い代物だった。

 束は認識できない人間の事を全く顧みないが故に———認識できる人間に対しては神経質なまでに気を使う。
 箒とのすれ違いは、単なる認識のずれ。致命的なまでに共感できない者同士だからだ。
 コミュ障どうし(にしても酷い表現だ)似て非なるが故に一番遠いのだ。

 だから、束は愛情を注ぐ相手と、競う事はしない。
 束の天才、その真価は『叡智』ではなく『万能』であるが故に。
 相手の苦手な部分を伸ばして助けるのだ。
 そして、自分を必要としてもらうのだ。
 
 だから、相手とは被らない。
 誰だって、矜持あるものをあっさり踏みにじられては、好印象を持たないのもまた当然。
 単純明快、嫌われたくないのだ。
 だから。
 千冬と並び立つために、束は頭脳特化を選択したのである。



———あぁ……———
「この世界は、つまらなすぎるんだよ———ッ!!!」

 世界はなんて、簡単すぎるんだろう。

 だから、被ったら研究するだけ無駄だと、ゲボックと研究ジャンルをずらしている。
 でも分かる。
 ゲボックだけは、そんな事を気にしないと。
 己の事を、束に合わせて天才と称しつつも、『まだまだ知らないものが多すぎる』と認識しているのだ、あの彼は。
 だから、自分の知らない事を微かにでも知っている人が居れば、無邪気にそれを尊敬するのだ。
 そして、そこからは自分と同じで。
 その『未知』を『既知』に変え、そして私と違い、新たに尊敬する人を捜すのだ。

 だから、束の懸念は杞憂でしかなかった。
 ゲボックだけは違うのだ。
 そう……例外なのだ。
 特別なのだ。

 被ってなお私で失意しない。
 それ以上のものを持って来る。
 凌駕してもさらに上に来る。
 未知を諸手で運んで来るのだ。
 果てが無い果てが無い果てが無い、どこまで行ってもキリの先さえ見えもしない。何より、彼はそれで全てを失わない。
 必ずそれを凄いと認めてくれる。
 素直にMarverous! と、一切尊敬を隠す事無く与えてくれる。

 だから———

 それが一体。
 どれだけ、束を救ったのか。
 どれだけ、彼女に至福をもたらしたのか。

———ああ
 この気持ちは貴女が気付かせたのだ。
 だからこそ。
 これだけは。
 これだけは!
 これだけは———!!

 一緒になるのは億が一良いとしても、その後私が取り残されてしまう。
 被ったとしても貴女にだって、何があっても譲る事は許容できない。
 
 例え。
 剣を振るわないと己に決めた誓いを破ってでも———
 あれ?
 ちーちゃんにどうしたいんだろう。

 ま、いいか。
 だから。だから。

 一人は嫌だ。
 一人は嫌だ!
 一人は嫌なのだ!!!


 絶対、絶対に———!

 ゲボックも、ちーちゃんだって離さない———!!



「あはははは———ッ!」
「くっ、まさか、束がこれほどのものだとは———ッ」

 振る、突く、薙ぐ、受ける逸らす払う切り返す、扇で絡め動きを縛る。
 その全てが的確で、正確無比。
 千冬でさえ息を飲む美しさ。
 認めざるを得ない———格上だと。

「驚いた!? それは禁を破った甲斐があるってもんだねおっかさん、てかなっ! 剣振るのなんてもう十何年ぶり、四つの時に初めて棒っこ振り回してた時以来だもんねぇ、でも、生身だとしてもスタミナの切れる30秒間が経過するまでならちーちゃんだって蹂躙できるのは確実だけどね!」
「何だと!?」
 それは、実力云々以前に、実剣に限って言えばこれが初めてだという事に他ならない。

「勘が鈍る? 体が言う事を利かなくなる? それはね、ちーちゃん、肉体の制御を脳幹になんかに任せてる怠け者の言う事なんだよ? 反復させないと、あの組織はすぐ最適化掛けちゃう欠陥器官だもんねぇ、どぉどぉ!? 束さんはね? 全部の身体駆動を頭脳労働でなんとかできるんだよ? まあ、それでも脊髄反射の類いは流石に速度で勝てないけどね」
 ならば。
 何故、束は千冬に圧倒できる?
 今まさに、千冬が、『剣に置いて圧倒的実力差を有する束』に食いついて行けるのは長年を掛け、その身に刻まれた反射神経に他ならない。

 全て考えてこなす束が、最適正解の即座反射をする千冬に勝るのか。

「その為のIS———その為の超音速に適応させる思考加速と思考伝達加速だよちーちゃん! 頭部に取り付けたハイパーセンサー、身に纏うISスーツ、そしてISとパイロットの間を循環するナノマシン! これらは人間の粗末な神経なんかよりもずっと素早く私の意識をISに伝達できるの! 脊髄反射なんてね? 超音速戦闘の世界じゃ遅すぎ駄目駄目! ゲボ君が言ってたよ、パワードスーツ、サイボーグ、どちらも最終的には人間はシステムの一機能に過ぎなくなってしまうってね。これはまさにその通り。今や考えずに戦うよりも、考えて戦う方が速度を得られる戦いになれるんだから!」

 そして、思考活動ならば、束の独壇場だ。

「うふふふふ、それにね? 私程ちーちゃんの剣舞を見て来たのは地球上探してもそうそう居ないんだよ。ちーちゃんの剣を浴びた数ならゲボ君に負けるけどね、うふふふ。そしてこれまで、ちーちゃんは束さんがどれだけちーちゃんの本音や本気を見てきたと思う?」
「なに?」

 ジリリリリリリリリッ!!
 胸元で懐中時計が、『必要な情報取り込み作業』完了の報せを響かせる。



 私は貴女の全てを覚えます。



 準備は完了———さあ蹂躙の始まりだ!
「束さんはね? ちーちゃんが大好き。その発した言葉の一語一句、ちーちゃんの見せた魅力的な表情。ちーちゃんの躍動感溢れる美しい動き、全部、全部を記憶してるよ。


 だから———



 記憶に焼き付け。

 記録し整頓。

 展開し可能性を模索し。

 判断の糧とする。

 発想は憧憬と共にうち広げられ。

 発祥した感動は意欲を満たし。

 演算は確実正確無比かつ瞬時に完了。



 もって欠損を創造し想像し完全に彼の者を成しあげる。

———ちーちゃんの放っする、心の底からの本気の言葉、本気の表情、本気の行動、その全てを!!
 それはちーちゃんを形作る真実の一片(ピース)。断片を知る事で、束さんはちーちゃんの全てを逆算演算展開し、全てを透し見るッッ!! もう終わりだよ、ちーちゃん。演算終了につきましては~、構築完了だぜぃ! 脳内『ちーちゃんエミュレーター』!! ———たぁだぁいまァよォり〜ッ! ちーちゃんの戦闘行動は、全て、把握したァよォぉぉぉおおおんっ!!」
 
 束が千冬に興味———『貴女の全てを憶えます。だから、私を受け入れて下さい』———を持つ事に、全く嘘はない。正真正銘、束は千冬が大好きだ。出会ってから今までの全て、千冬の全てを束は憶えている。
 千冬だからこそより一層、分かるのだ。

「言っ「たな、束、出来るものならやってみろ!」」
 千冬の言葉を途中から、束が被せる。
 思わず閉口した千冬に、束が笑顔を深くする。

「ほら、ね———その気になれば、心だって読める。次に何を言おうとしてたか、もね?」
 束がその身をたわませる。
 完全に、完璧に、千冬の行動を先読みした上で。
 蝶の翅をはためかせ、天才がその真価を発揮する。

 剣技の差に、さらに行動予測の補正が上乗せされる。
「くっ———」
 戦いの天秤は大幅に傾いた。



 だから、私を愛して下さい
 だから、私を一人にしないで下さい



 攻撃が一切当たらない。
 動きが全て先読みされ、回避し様のない斬撃が暮桜のフレームを削る。
 防御も読まれ、その隙を突かれ。
 策も思考も、漏れる言葉さえも把握される。
 これが———本気の篠ノ之束。

「くっ———」
 唐竹割りに振り降ろした千冬の一撃を居合で弾く。
 そのまま流れるように大上段の構えに。
 この流れは———

「おああああああああ———っ!」
 受ける訳には行かない。これは必殺の———
 千冬の最も得意とする必殺の一閃二断なのだから。

 千冬はPICとスラスターを駆動、束の一刀両断を阻止すべく剣の腹を。

「殴りに来るからストップ」
「なぁ!?」
 寸止めし、たたらを踏みかける千冬に笑いかける。
 だが、ブリュンヒルデも伊達では無い。
「そのまま弧を描きつつ、月を背負うようにとんで4m後退、即座に瞬時加速」
 完全に読み切っている。
 立て直しの手順も掌握済み。
 束が言い終えたのは、正に千冬が瞬時加速に入る瞬間だった。

「んーでー、束さんの剣の届かないところで一旦停止、間を外してそこから二段階瞬時加速に入るから、そこにフローティングマインぷち束を———もう設置してたり」

「にぱ———」
 千冬を待ち受けていたのは、グーに閉じていた両手を広げ花火を全身で表現するぷち束。
 ずんっ。

「ぬっ———」
 突如中空が爆発し、加速を中断した千冬が飛び出てくる。

「そこに砲兵ぷち束が弾幕張るけど、ちーちゃんはさっきと同じで左腕一本のシールドで払い落とすんだけど」
「束!?」
 そう、待ち受けている。
「はい、皆のアイドル束さんだよ! そうなると意識の薄くなった右手にちょうどいる束さんがこうやって———」

 蝶の扇を振り上げる。
「ファイト一発なのさっ!」
「ぐ……かっ———」
 一閃、千冬を打ち上げる。

「んーでー、あとは待ち受けるぷち束による連携コンボのー」
「「「「トライアングルフォーメーション、アルファ~!!」」」」
「トライアングルどころの数じゃ無いッ!」

 視界を埋め尽くすぷち束達による、絶妙な怒涛の連携攻撃が降り注ぐ。

「あぐあ———」
 耐え凌ぐのも完璧に回避不能、しかし刹那の隙に過ぎぬ筈のそれを突かれ、ままならない。

「なるほどねー。そうやってそこから逆転する気なんだ、ちーちゃん凄い!」
 く、起死回生の反撃さえ掌握済みだと———

 そう、このままでは———
 絶対敵わない!!

———このままでは!!






 どれ程の一方的猛攻があったのか。
 が、千冬は何とか健在だった。



「すごい! すごいよちーちゃん! 完全に心も行動も読まれているのにここまで持ちこたえられるなんて! さっすがちーちゃんスッばらしぃ!」
 だが、束にあるのはその逆で、千冬に対する称賛だった。

「はぁっ、はぁ……それは遠回しの自画自賛かっ?」
 息も荒い。
 何の皮肉かと思う。
 周囲に存在する『砲兵束』の攻撃は悉く当たり、振る剣は出掛かりを『神風束』に封じられ、ゲボックの支援でシールドエネルギーこそ常時満タンだが、物理ダメージで暮桜がギリギリまで装甲を抉り続けられ、満身創痍の状態でふらついている。

 完全に束に対抗できない。
「ああ、心が読まれるなんて事が、ここまで鬱陶しい事だとはな……」
「まあ、本当に心読んでるわけじゃないし、実際それだけじゃ対応できないんだけどねー。束さんのこれは計算に基づいた的中率100%の行動予測ってだけだし」
「それが非常識だというのに……」

「ふふふ、これで束さんの———」
「そうだな」
 ただ一言。千冬顔を伏せる。



 されど。
 再び持ち上がり、覗いたその表情は、束が今までみた、いずれの千冬でもなかった。

「…………束だけが解禁というのも、少し不平等だからな、こちらからも一つ、ビックリものの出し物を披露してやろうか? 束」
「えー? 何何? 何か有るの? ちーちゃん」
「私は昔から、ずっと不服だった事がある。そう、だな……それは脆弱すぎる事だ」
「なにが?」
 急な独白に束は首を傾げる。演算上の『ちーちゃんエミュレーター』は、そんな行動をしないが為に。

「全部だ———全力でなくても、抱擁どころか撫でるだけでどいつもこいつも砕け散る! もろすぎやしないか? お前ら、まったく以て繊細すぎるにも程が有るだろう! だから私は、求めたんだよ、武術を、技を———」
「え?」
 束の疑問も致し方無し。束の計算では、千冬は全力なのだ。これ以上は無いし、実際、千冬に束の攻撃に対処が出来ていない。

「自分を律する術として剣術は最適だった。自分を一本の剣と見なし、全ての破壊力をただ一点に集束する。余計なものは一切破壊しない。これを知った時、芸術に感動するにも似た荘厳を感じたよ。私はな、平穏で居たいんだよ。狂乱なんて冗談じゃない、呼吸するように何もかも破壊する破壊魔なんてまっぴら御免極まりない!」
 強くなるためでは無い。自分を律し、縛るため。
 皆の手を砕くのではなく、取り合うために武を学んだのだ。

「お前に見せていないものと言ったな、束……私の全てを見て見たいなら、やってやろうじゃないか。せっかくお前も隠していた剣技を見せてくれたんだからな———あぁ、敵わないな、束、私が今まで積み上げて来た、時間、研鑽、技術、修練———その全てがお前の前では塵芥も同然なんだろう。だから、止める事にした。喜べ束。私は刹那の狂気に身を浸し———持ち得る衝動そのままに! お前を……ただ、壊す事にする!」
「———ほえ?」
 千冬の表情を見て、あれ? と束は首を傾げた。
 変わらず、これも今まで見た事の無い顔だったから。
 とても嬉しそうなのを、実は照れ屋な千冬が全くそれなしで見せている。
 口角を釣り上げ、牙を剥き出しにしているような、そんな表情。

 中学時代、幾度と無く頭をもたげた千冬の攻撃衝動、幾つもの不良グループを壊滅させるに至った、千冬が嫌う、嗜虐を快楽と見なす考え。

 親しい人にはそんな一面が有る事を知られる———それ自体を恐れた、千冬の過剰な攻撃衝動。
 精神の成長とともに、武術の修練で今や完全に抑え込められたそれを———






 そう。
 束が急に打ち解けてくれたあの時の少し前。
 狂った犬に噛み付かれ、左腕に迸る痛みに脳を貫かれながらも、千冬はその実———

 あぁ。
 やられたから———そう、やり返す。


 加減をしなくて良い事に。
 自分が痛いという事よりも。
 相手を害しても良いという事に。
 自分はどれだけ暗い喜びを得ていたのか。

 千冬は元々、生まれつき血の気が多い。

 学術的に見るならば、ワニの脳と呼ばれる脳幹———その部位の制御優先度が、一般人と比較して、前頭葉よりも格段に高い事がわかる。
 加えて、大脳辺縁系を自己暗示で任意に活性化させやすい体質でもある。

 端的に言ってしまえば、千冬は、一般人より情動が激しく動きやすい。衝動性の強い、常に運動関連の全身が活性状態にある存在と言える。

 そう———かつての、<人/機>わーいマシン素体と同じ素養を持っているのだ。

 そして、直接の勝負でも分かる様に、その格は千冬の方が遥かに上だ。

 元々刹那的な感情に振り回され、欲望のままに暴力的な行動に陥りやすい素質が、あの男よりもいよいよ強いのだ。
 そして、そんな自分を千冬は何より嫌っていた。
 武に打込むのは自分を律するため。
 誰にも、特に幼馴染二人には決してみられたくない醜き部分。
 それを徹底的に抑え込むためなのだ。

 攻撃力は『強さ』では無い。
 これは他ならぬ千冬が何より自分に戒めている言葉なのだ。
 自分の最も素直な感情が、最も嫌うそれであるためなのだ。

 それを今の今まで強靭な精神力で押さえつけていたそれを。

 まるで反動をつけたバネの如くに。






———かつて

「すまんが……先に手を出したのはお前だ、容赦は———」

 押し倒され、犬にのし掛かられたとき、千冬は確かに。
「微塵も容赦する気は無いから覚悟しろ」

 束の死角になっていて良かった。
 痛みで声が震えていて良かった。

 何故なら千冬の表情はその時、嗜虐の期待に歓喜し、喜びに打ち震えていたのだから。
 逃げ出した者たちは正しかったのだ。
 弱肉強食的に上位がどちらなのか、即座に本能で察したのだから。



 だから、犬の血と自分の血が織り混ざる中、千冬は自分への嫌悪で震えていた。
 自分は人間と言えるのか。
 『けだもの』か、『ばけもの』か。いずれにしても大差無いでは無いかと。



 だからその時。

「わぁ———痛そう———大丈夫? でもね、ありがとう! ねえ! 君なんていうの? 私は、束だよん!」

「……は?」

 そんな、とんでもなく場違いな、礼と笑顔に思い切り虚を突かれて思考が停止した。
 ネガティブになっていた流転の思考が吹っ飛んだ。
 それに———どれだけ救われたか。
 どん底に陥りかけた千冬を問答無用で引きずりあげた事か。



 あぁ、なんて綺麗な子なんだろう。
 冷静に束を見る。今までと違って表情豊かな束を。
 千冬は、満開のひまわりの様な、太陽の様な、束の笑顔に見惚れてしまった。
 憧れたのだ。

 続いて、彼女が自分と同じ事に悲しんだ。
 束は、自分とはまた違うが飛び抜けすぎている。
 聡明すぎるのだ。

 幼い感情に反して見えすぎる現状は苦痛以外の何者でもないのだろう。



 だが、自分だけじゃなかった事が。
 あぁ、もう心細くは無い。



 そう、あの時の救済は。
 いつどんな時でもその感謝を忘れられない。
 やがて、千冬は折り合いをつけられる様になった。
 幼馴染み以外にも友人が出来た。

 それなりに充実している。
 だが、あの時束に救われていなければ、今の自分があったかといえば、そうでは無いだろうと思ってしまう。



———それこそ、<人/機>わーいマシンの素体になった男の様に、暴力的な価値観しか無い、貧しい人生しか残らない人間になっていたであろう



 だが、束はそのままだ。
 自分達二人と箒、一夏しかいない。
 だからこんな暴挙にも走ろうと言うのだ。



———嫌だよう、一人は嫌だよう



 尚更だ。束には感謝してもしきれない恩がある。
 だから———

 こっち側に引きずり出す。
 それが千冬の生きる目標の一つだった。

 単純な事のはずなのだ。

———そんなところで一人寂しくしてないで、皆の居るこっちに来なよ!

 そう誘う。ただ、それだけの事の筈だ。
 それなのに、あの頑固者がっ!




 そう。束も、千冬にさえ秘密にしていた事があったのだ。
 剣の技術に関しては本当に驚愕物だった。
 自尊心が抉られたのは少なからずあるのだが……恐らく、束にも何かあったのだろう。それは、千冬には分からない。

 だが、それは『まだ』でしかない。
 これから知れば良いのだ。



 その一つを見せてくれたのだ。
 全力でぶつかってくれているのだ。

 思えば初めてでは無いだろうか。

 延々と続いて来た、ぬるま湯の様な関係。その居心地の良さにお互い甘んじ、浸って来ただけでは無いのか。
 そんな、腑抜けた姿で千冬の願いがどうして叶おうものか。


 故にこそ。

 忌み嫌う醜き姿をみられ様とも、それがどれだけのものと言えようか。
 あぁ、そうだ——————



 こちらも全てを曝け出さなくて何が幼馴染みか! 何が親友か!






 切り換える、曝け出す。

 獣のような、そんな『人間』の浮かべる笑みを。
 笑みでありながら乏しいという印象を受ける表情。
 目付きだけがギラギラと、殺意で塗りつぶされ束を睨みつけ。
 剣呑な空気が周りに、と言っても相対しているのは束だけだが———気弱な者なら充てられただけで呼吸困難を訴える程に圧迫する。
 
 完全に千冬の気配が———『堕ちた』
 そして、張りつめ、弓のようにたわんだ閉塞感を。
 長年押さえつけ続けていた凶暴性を!

「あああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
 千冬は雄叫びとともに一挙に解放する!



———それは何でも無かった



———ただ突っ込んで来た



———猛々しく叫び



———周囲の束の攻撃を一切顧みず



———暮桜の被害も、それを貫いて体に刻まれる傷にも全く意に介せず、全く気付いていないかのように



「え、えぇ———!?」
 完全にその行動を読んでいたからこそ驚愕した。
 千冬は何も考えていない。
 でも、これは千冬の思考の中で一番忌むべき事だ。
 力を、何の律しも無く振るう。『けだものの』ように。
 単純に攻撃力を戦闘とする事。



「ああああああああああああ—————————ッ!!」
「きゃあああああっ」
 一番、単純極まりない突撃。
 それでいて何故、束が対処できなかったのか。
 それは殺気の差である。
 今までの千冬は、張りつめるような殺気を充満させていた。そのあまりの圧力で相手を威圧し、動きを鈍らせ押しつぶす。そんな殺気が周囲を埋め尽くしていた。

 だが、これは。
 見えているのは束だけ。
 束を殺す———否、『壊す』事しか考えていない、野獣の思考。

 自分だけを貫く『暴力そのままの殺気』それは、八つ裂きにせんとする、千冬という生物の持つ、根源的殺意、ずばり———『お前を喰らって私は生きる』であった。
 それを受け、束は身をすくませた。

 威圧には、対抗できる。彼女は、世界全ての人間が異物だったのだから。
 異星人の中にただ一人取り残された女の子だったのだから。
 しかも異星人は感情をテレパシーで交信しており、束には彼らの状態が分らないのだ。

 ただ、理解不能という恐怖、その存在の圧力に常に耐えていたのだから。
 だから、彼女の認識できる存在が決して束に向けていなかったモノを初めて受け、彼女は恐いた。
 束は、生まれて初めて彼女の認識できる『激怒』『敵意』『殺意』を感じたのだ。



 今までの千冬は、ある種義務感と言うか、親友故の義理と言うか、責任感と言うもので動いていた。だが、敗北を濃厚に感じて、今までずっと———取り繕っていたものを止めたのだ。
 束が見せた、ある意味本当の姿。それを見て、自分だけが取り繕い続けるのを不義理だと思ったのか。
 
———親友同士なのだから



 千冬は常々語っている。
 『強さ』とは、攻撃力ではない。
 ああ、そうだ。これは強くなってなどいない。寧ろ弱体化だ。
 今の千冬などただの獣。普段の千冬の足下にも及ばない。
 だが今は、ブレーキが無い。思いのまま、親しかろうが大切だろうが拳を振るえる。
 強大化したのは攻撃力だけだ。
 自分の身など厭わない。
 束にとって計算外。
 千冬は『強さ』を捨てる事で、目的を達する事にしたのである。
 束の知らない自分を見せる事で、戸惑っている間に叩き潰す。
 冷静になられたら終わりだ。攻撃力こそ遥かに上だが、今の千冬は極めて弱いのだから。



 こわい。こわいよ。

 しかし、それは杞憂だった。

 束は動けない。
 それでなくても、知性と相反しすぎて束の感情は幼すぎる。
 人と人の交流が、人の感情を育てるのだ。周りの人間がほぼ全て異星人同様だった束がそれを育めるわけが無い。
 それはともすれば妹の箒よりも。
 箒も人付き合いは苦手である。そのためか、感情的になりやすいところがある。
 変な所が似ているが、それでも束の場合は一際である。

 子供が、目の前で怒る大人を見て身を竦ませるのと同じだ。
 この決断は有効だったのである。
 千冬の思惑を遥かに越える恐怖を束に叩き込んでいたのだから。

 そう、この手法は束の親友である千冬が取ったからこそ、この上なく有効で、最善の選択だったのだ。

「ひっ———」
 飛びかかる千冬は雪片すら握っていなかった。
 束の頭に掴み掛かり、シールドごと掌握、束の髪を掴むや———
 ただ、力づくで無造作に振り回した。
 PICによる空間停止さえ無視した力任せ。

「痛———」
「そうかッ!? 私は! 私はああああっ、た、の、し、い、ぞ、たぁ、ばぁ、ねぇえええええええええ———ッ!」

 いぃうんっ———
 大気が鳴る。
 
 そのまま、高度を極限まで落とす。それは墜落と言っても良い有様だった。
 摩擦熱でシールドが赤熱化し、彗星と化したまま直角に折れ曲がり、長い直線道沿いに這うように飛ぶ。
 街路樹に次々と束を叩き付ける。
 衝撃で束の脳が揺さぶられる中、千冬は暮桜の足を地面に突き刺し更にPICで急ブレーキ、引っ掻かれた大地が爆発し、慣性が束にだけ掛かり、それを掴む右腕がメキメキと悲鳴を上げる。
 だが、それすらも、今の千冬には楽しい事なのだ。
 されど、腕に掛かるGがそろそろ鬱陶しくなったのだろう、その『慣性エネルギーをスラスターに吸収』、重力に乗せ、『瞬時加速』で束を地面に叩き付ける。

 づぅごぉんっ!!

「かは———ッ」
 あまりの衝撃にクレーターが大地に穿たれ、街路樹がへし折れ宙を舞う。
 そこで息の詰まった束は視界の端に、『左腕』で雪片を振り上げる千冬を見る。
 ああ、確かに剣術も何も無い———

「思考が隙だらけだよ!」
 銀の蝶を飛翔、両腕を支配、千冬の両肩から蝶の翅が生え、振り下ろそうとする力を振り上げる力に変換する。
 千冬の意志で動く暮桜と束の意志で動く千冬の両腕が真逆に肉体へ意思を伝え、千冬の肩が嫌な音を立てて外れ———



「あああああああああああああァッ!!! だからどうしたァッ!」
 痛み委細を一切無視した千冬が、頭突きを束に叩き付ける。
 恐らく、IS同士の戦いで見舞われた初の頭突きを受けた束は再度クレーターを深く抉り、バウンドする。
 額に迸る激痛と目眩を堪えた束は見上げ、そして———そこで更に常と違う千冬を見る事になった。

「暮桜ああ———!」
 千冬の叫びに愛機は応える。
 両肩が端からも聞こえる程の異音を立てて、元の場所にはめられる。
 憑依していた束の思考分体だが、頭突きの際の千冬の気迫で剥がれてしまった。
 千冬に対する束の恐怖が伝播してしまっているのである。

 腱も骨も筋も痛めてしまっている。
 だが、それがどうした。

「嫌あああああああぁっ!」
 とうとう、束の恐怖が爆発する。
 
「むむ、主人格大ピンチです。ここは一つ、綺麗な花火を咲かせましょー」
「―――ッ!!?」
 束と千冬の間でエネルギーが炸裂した。
 近くの発電所のエネルギーを根こそぎ依り代にして来た『ぷち束』が雷速で乱入。そのエネルギーを発散させたのだ。

 都市を丸々維持できるエネルギーの炸裂に、クレーターは続いて溶解、蒸発する。
 その中で束は自分に迫るエネルギーに更に蝶を取り憑かせ『ぷち束』化、取り込んでシールドエネルギーを補充する。
 地表は危険だ。
 束は一気に8000メートルを上昇する。
 その途中で見えてしまった。
 半ば溶岩池と化したクレーター中央で赤熱化した大地に照らされながらも、シールドエネルギーを操作して前面のみに集束展開、横から割り込んで来たエネルギーをスラスターで吸収、充填中の『暮桜』を真上に推進を向ける。
 そして、発電所、一時とは言えその全エネルギーの爆発。そのほぼ4分の1を取り込んだ『瞬時加速』。

 それは瞬間移動と言っても過言ではない凶悪すぎる加速だった。
 瞬時に追い抜かす。すれ違い様にまるで鉄パイプで殴りつけるかのような振り上げた雪片を、バットのように束の横腹に叩き付けて吹き飛ばす。
 くの字になって吹き飛ぶ束を千冬は更に追いすがる。
 だが、束もやられっぱなしではない。
 なにより、束のエレクトリック・バタフライの単一仕様能力(アリスィズ・アドベンチャー・イン・ワンダーランドは、思考を分割して、それに独立した肉体を与えるものである。
 千冬の予測と異なるのは、既に独立した束の思考は、分割体であってなお天才であり、束本体が気絶していても機能するという事だ。
 全方位からぷち束が一斉に砲火を放つ。
 それを雪片で払い、掌に集束したシールドで叩き落し、だが、それでも千冬は速度だけは落さない。
 故に、当然先の戦いよりもなお被弾数が多く、さらに流血まで増加するが、絶対に千冬は止まらない。
 そして、束本体は失神している。
「くっ、至急援護を乞う! 本体が失神中!」
「ならばわらわが行く———束さーん、新しい顔(?)だ!」

 一体のぷち束が束に戻る。
 束の瞳に光が戻る。体勢を立て直し、ステッキを構える。
「さて、元気百倍仕切り直しじゃ! 主人格が一時休養中故、選手交代! 遍くわらわ共に告ぐ! いつまで腰を抜かしとるんじゃ! 奮い立てええええッ!」

「……誰だ?」
 束の気配の変化に、千冬も速度を緩め、問いかける。
「わらわも束じゃよ? 分割体の統括の一助を担う一柱、九天愚人……と言った所か。ああ、多重人格などでは無いからあしからずじゃ。わらわは『その』障害は負っておらぬ。いやなに、相性の問題からわらわでなければいけないようじゃからのう……わらわは篠ノ之束の『己への信仰』『自負心』を司る」
 応えたのは、束の分割した主体、そのうちで大きな割合を占める一体だった。
 束である事が分れば、千冬はもう、言葉を発する意味を無くす。

「そう———か」
 一挙にトップスピードに達する。
「まさに獣じゃの!」

 千冬は言葉少なに束に襲いかかる。
 そこに、六つの影が千冬に襲いかかった。
 今までと違い、明らかに違う分体の動きに、千冬もその場から一時撤退する。

「……山田?」
 急襲して来たのは、置いて来た筈の後輩、山田真耶だった。
 それだけではない。
 襲いかかって来た六つの影、その全てに見覚えがある。
 それもその筈だ。

「ふふふ、ようやく間に合ったのぅ、我が国の代表及び、その候補生達じゃ、ちーちゃんよ、後輩共と遊ぶが良い!」

 そこに居たのは、6機のISだった。
 登場しているのはいずれも日本の代表候補生、全員がウサ耳が生えている。
「動きの癖を再現する為に脳幹のデータはそのまま使っておる、その方が、スムーズに行くのでのう。さあ、いつまでも獣のままじゃあ———なぶり殺しじゃぞ?」

 そして束本体含め、7機のISが千冬に襲いかか———。
「邪魔だ」

———ゴガァッ!

 裏拳が1機に炸裂する。
 零落白夜が雪片ではなく拳に発現し、一撃で機能停止。絶対防御に包まれ、即座に1機脱落となる。

「一撃っ! ———おぉ……これは怖い怖い、まだ、成長しとるのか。獣の破壊衝動と人の技、それを合わせ始めたとはな、流石に戦慄が走るよな……さぁて! 気張るぞ、我らは篠ノ之束! 主人格が休養中に天才の自負を折られる訳にはいかぬでの! 九天愚人が一部『策略』『内職家』『外交面』『アニマ』『奉仕者』! 行くぞ!」

 なお、一撃で倒されたのはぷち束でなら、『巫女ぷち束』たる、『夢見』である。
 束を形創る因子の中、重要な位置をを占める要素達が、日本の代表、代表候補生を操縦して一斉攻撃を始める。
 即座にその独立体は周囲の分割思考を統括して、周囲から援護を始める。

「ははははは、復活なのでーす!」
 千冬の死角で、今しがた落とされた代表候補生に『巫女ぷち束』がエネルギー補給。
 そのまま、再度乗っ取って追撃して来る。



「人と獣の違いは、『壁』を認識できるか否かじゃが……獣でありながら『壁』を見いだし、それを打ち壊す……ははっ、これはまさしくっ!」



 場所は成層圏。
 地球を30分で一周できる人工衛星達と速度を同期させ、超速度で地球を駆け巡りながら8機のISは絡み合い闘争を継続する。



「「「「「「星の素子、依りて依りて彼の(もと)星よ(メテオ・フォール)」」」」」」
 ぷち束が集い踊り、歌いて起動する、その姿は正に祭事の巫女の様で。



 ごぅ!
 ついに登場する。
 束の十八番、火星のアステロイドベルトから持ってきた巨岩による重力波デブリレールガン。
 いつものように大気による減衰が無い為、原寸大の隕石が千冬に殺到する。
「うだぁあっ!!」
 既に出力が100%を突破している零落白夜を以て片手一振り、それを両断した。
 その影に居る2機の代表候補生Inぷち束。
 
 正確な狙撃が、千冬を急襲する。
 加えて。

「主砲。いっきまーす!」
「そして飛ぶ私!」
 今や衰退し、解体されつつある現行兵器、戦車の数少ない生き残りに取り憑いたぷち束が弾丸型のぷち束を射出する。
 世界を超高速で衛星のようにぐるぐる回りつつ、各国の兵器を奪いながら怒濤のように攻撃を繰り出しているのだ。
 なにせ、ぷち束が取り憑けばISとしての機能も得るので、戦車だろうがイージス艦だろうがPICと同じエネルギーを発して大気圏を突破できるようになるのである。
 世界中の軍事力がどんどん宇宙に吸い上げられていた。
 なんかキャトルミューティレーションみたいだなと思ってしまう。

 更に。
「往くぞ?」
 精妙な剣技を繰り出す束本体。

 無尽蔵のエネルギー供給は、既に千冬の攻撃一つ一つに零落白夜を灯す程になる。
 ダメージを無視してひたすらに極大威力の攻撃を繰り返す千冬に対するは、圧倒的数と質で波状攻撃を繰り返す束達である。
 千冬が完全に別キャラになった為、人格演算による先世見は通じなくなった。だが、それが無くても束は絶後の才を持って剣を振るえる。

 しかし決着がつかない。
 剣の腕が束の方が上であろうとも、まるで<人/機>わーいましん張りの第六感でギリギリ急所を回避するのだ。
 その上、冷静なときの千冬の技まで振るえるようになって来たのだから始末に負えない。
 正しく、人のように壁を打ち破れる獣だった。
 
 愛機暮桜も、あたかも興奮しているかのようにフル稼働し、補給されているエネルギーは暮桜の自己再生機能を最大限まで発揮させていた。

 千冬の攻撃はどれもが灰塵必滅。零落白夜である。
 だが、生身の部分には限界がある筈なのだ。例えISが保護してようと、ISが最重要と見なすのは登場者の生命だ。危険域に到達すればいわゆるドクターストップも有り得るのである。
 ならば何なのか。
 まさか、人間離れしたスタミナがこれほどの重傷でも無事だとISに誤認させているのか。



 最早何合目か。
 暮桜とエレクトリック・バタフライは互いに居合いを繰り出し激突、鍔迫り合う。
 力量は束が上、ジリジリと押し込むが。
 じゅうじゅうと束のステッキが白煙を上げる。
 攻撃力の差だった。千冬の攻撃は全てが極大の零落白夜。このままではステッキが溶け折れる。
 その時、至近距離故に束(inゴッデスぷち束)は目撃する。
 目で確認できる程の凄まじい速度で千冬に刻まれた傷が癒えて行くのを。
 どんな野獣並みの生命力だ———などと冗談は置いておいて。
 治療用ナノマシンでもこうは行かないはずだ。
 待て。自分の発明に、この機能を有するものがあったではないか。
 
 ふと、目についた。
 暮桜に吹き矢で打ち込まれ、組み込まれた地上回路を経由とするエネルギー受容機。
 それに絡み合うように組み込まれているのは———

「ISコア!? まさか———白騎士(束視点だとこの名前)のじゃと!?」
 そう、ゲボックがわざわざ取りに行ったものとは、解析、研究中のISコアNo.1。
 わざわざ研究所からカッ払って来たのだ。
 自ら宇宙に昇ったのはこの為だったのだ。

 元から千冬の為だけに作り出されたと言っても良いコアである。
 初期化したと言えど、千冬の為の原型的機構は変わらない。
 そのコアが有する固有機能———生体再生。

「……しかし、コアは一つのISに一つしか組み込めぬ。複数のコアを組み込むという事は、人の脳を一人の体に複数の脳と心臓を別々に取り付けるのも同じだから……あ———まさ、か———」
 束は可能性を思い当たる。

 思えば、コアNo.1はマスターへの執着が強かった。
 研究の為とは言え、千冬から引き離され、暮桜が千冬の愛機となるときはいささか問題も生じたが、何とか納得させた。その上で初期化したわけだが。

 もし、初めから非限定情報共有(シェアリング)で暮桜の処理余剰領域に常駐し、No.1コアが機能を働かせていたとしたら。

 推測が正しければ。
 常時No.1コアと、暮桜のコアは連絡を取り合い、二つで一つとして千冬の為に力を発揮していたと言う事になる。

 零落白夜の発現も説明できる。
 千冬の深層的自己投影。それを、使い始めて歴史の浅い暮桜が理解できる筈も無い。
 No.1コアの手引きがあるならば、そんな事は有り得ない。
 二つのコアで共同開発したならばこの高機能も頷ける。

 こんな事が推測される。
 初期化を見越して自らの情報を圧縮して暮桜の隅に隠してたとしたら。
 初期化されたとしても仮の『芯』の様な物が暮桜に残る。
 その上で、非限定情報共有で改めて元のコアに自らを解凍、まんまと初期化されたと偽り、千冬の為に機能を継続。獲得した機能領域で暮桜の支援をしていたら。

 いざ、デュアルコアで機動したとしても支障無く、むしろいよいよかと嬉々としてブーストが働くだろう。
 ははっ。
 IS。
 人と共にあれと束が作り出したもの。
 それが創造主たる束の思惑さえ超えて機能する。
 こんな場合でなくば、激しく興奮し、研究・実験し、皆に吹聴して回るものだが———



 そして千冬本人。
 最早これが素で有るかのように、凶暴な有様で篠ノ之流の剣を振るう。
 思わず『束の自負心』(ゴッデスぷち束)に笑みがともる。

「ははははっ! 怖いのう。これでは『あの人』の剣もまんざらではないの」
「ご両親を———『あの人』などと呼ぶな束!」
 千冬の眼に理性の光が灯り、激高する。
 千冬に取ってあの二人は返しても返しきれない程の恩人なのだ。
 その娘たる束が、そんな事を言う事が、何とも許せなかった。

 だが、それは束に取っても逆鱗であったようで。

「……ふぅん、それじゃあのぉ、ちーちゃん———」
 束は、千冬も同じだと目を細める。



「ちーちゃんは自身の二親にも、『お父さん、お母さん』なんて呼べるのかえ?」
———聞いた途端、千冬は歯噛みし、目付きを凶暴に吊り上げる。

 思わず、語気が荒くなる。
「『あいつ等』と、一緒にするなああああああああああああああああっ!!」

 その千冬を見て、ふんっ。と束も鼻息を荒くする。
「おんなじなんだと言うておろうがあああああああああああああああっ!!」

 目と鼻の間程の距離で叫び合う二人の横からISが一機突っ込んで来る。
 千冬は右手一本で迎撃。
 だが、鍔迫り合いは束に押し切られる。
 即座に蹴って距離を取ろうとする千冬。当然それにも零落白夜は灯っており。

 束は頭を軸に側転するように円回転して回避して蹴りを回避。
 千冬の目の前で逆さまになり、そこから独楽のように今度は横回転。舞うように斬撃を放つ。
 迎撃する千冬。だが、追撃は別の方向から。

「ついに彗星の如く現れた束さんでありまーす!」
「うぁらあ!」
 デブリに取り憑いた巨大ぷち束が来るので、束に当て損なった激高を全て込めたが如く、千冬は気合い一発、崩拳気味に拳を打ち込む。
「う……ぷっ!」
 ごすん! と一撃で砕け散り。溢れるぷち束複数。
 その隙に千冬は束に背中を斬りつけられる。

「ぐ……かっ!」
 だが、怯まない。
 雄叫びを上げ、雪片を振り上げる。

「あははははははははは——————ッ!」
「ああああああああああ——————ッ!」



 戦い始めて早くも八時間。
 IS同士の戦いとしては尋常ならざる長時間に渡る戦闘である。
 シールドエネルギーは互いに補給手段を得て無尽蔵。
 ただ精神の削り合い。
 千日手は終わらずまだ継続する。 






「えーとえーとここはこうでこうすれば良いですね!」
 ゲボックはさりげに大忙しだった。
 束はこの状態でも世界を焼き尽くそうと電子の世界で荒れ狂っていたし。



 某所
 
「私はミサイル」
「私は無反動砲」
「私は爆弾かなあ」
「私は、んじゃ〜、空母」
「あー、それ一人じゃ辛くない?」
「ではでは私も加わりましょう」
「んじゃ、私は戦闘機かなー?」
「えーとね、えーとね……」

「兵器が……」

 某国、某武装蓄積倉庫。
 そこでは、次々と武装が、兵器が、施設が。
 ぷち束に憑依され、ぷち束と化し、空へ飛んで行く。
 唖然と見ているしかない。
 迎え討とうにも、携行した武器さえぷち束になって行くのだ。
「どうも、空から落ちて来るどころか空へ落ちて行く系ヒロインの束さんです。束さんの作ったISコア使用料として無期限で武装をお借りいたしまぁす! ……ま、返事は聞いてないけどねん!」
 ぱひゅーん、とそれだけ言って飛んで行く分隊長ぷち束。

「……こ……の、神の手違いたる災害(ゴッド・ケアレスミス)が……っ!」
 怨嗟と共に束の異名を吐き捨てる倉庫の管理者の頭上、天井から忍び寄る影一つ。
 ずるぅり。

「な、なんだ貴さ———ぐぅあああああッ!?」
 降りて来た灰色の影は、管理者の耳にイヤホンを突っ込んだ。
 聞こえて来る、頭のおかしくなりそうなリズム……。
 ちゃんちゃちゃちゃんちゃかちゃかちゃかちゃん——————

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉ……!?」
 ただ悲鳴を上げる管理者。
 白目を剥いてぶっ倒れた彼を見下ろして。

『……何でメン●ンブラックみたいな発光タイプの記憶操作装置にしなかったんだろう。一人一人耳の穴にイヤホン突っ込むのなんて面倒だなぁ……ま、いいや、記録も消したし、ここの人はこれで終わり。Dr.次どこ~?』
ずるずるとぞざぞざと、去って行く粒子状生物兵器『灰の二十七番』だった。
 
 
 
 てな感じで、世界中から束や千冬の大暴れの痕跡を隠蔽していたりしていたのだ。
 
 他にも、流れ弾で被害が出ないように地上回路経由でナノマシンを操作、集束。壁やシェルターを作って降って来るメテオなんかも弾いたりしている。
 
 珍しくゲボックが後始末係になっているのは、どうも千冬の知らないうちにルールが自然と決まっていたようで。
 なんでも、この三人は予定調和のように、誰かが狂乱を起こすと、残りが後始末に回るらしい。

 そもそも、『今並行してやっている作業』に掛かりっきりであり、介入する余裕など無い、と言う事か。



「ねーねー、ゲボくん?」
「なんですか? ちっちゃいタバちゃん」
「ちーちゃんにおくっているえねるぎーってどこからもってきてるの?」
「そりゃあ決まってます! 自称世界の警察です!」
「あー」
「考えてみて下さい。毎年おもいやりなんとかとか、あんぽんたん条約だとか色々しているけど、白騎士事件のときは逆に敵に回った契約履行の違反者です。ですから、今まで払っていたのは電気代の前払いだと思えば良いんです」
 物資やら資産やら凄まじい勢いで宇宙に吸い上げられて行く某国の様子を思い浮かべ、ろりろりぷち束は、おー、と歓声を上げる。だが、あんぽんたん条約ってなんだ。
 この後、その報復としてIS学園創立の際、一方的な負担を日本政府に押し付けたのは暗黙の常識と言うやつだ。

「フユちゃんとタバちゃんの喧嘩は、それこそ世界規模の大喧嘩になってしまうのは当然と言うものですょ? それ程の所が動いてくれないと収拾がつかないというのに動かない。だから———警察だなんて言ってる割に自国の利益だけ……ま、それは当然ですが、そのくせに大言壮語振り撒いてますしねぇ———動かないなら最低限、払った分は貰うものはちゃんと貰う。いつも日本がやられている事です。我が身を振り返ってみて欲しいものですょ」
 さりげに地下資源も強奪している事は言わないゲボックだった。

「ね、ね、ゲボくん?」
「なんですか? データ収集に映像記録も取っておきましょう。あとで赤面する二人とか見て見たいですしね」
「Dr.悪趣味っすね」
「ええ!?」
「本気でそう思ってなかったんですか……」

「いつまでふたりはけんかしてるの? そろってごめんなさいはまだなの?」
 さっきは話を無視されたので、今度はドライバー持って喋り出すろりろりぷち束だった。
 ビクッ、とゲボックは一瞬怯え、こええですょやっぱりちっちゃくてもタバちゃんですょ……と呟きながら、答えた。

「長いですねえ。二人とも、頑固ですからねえ」
「やっぱり、けんかはめーなのです。どっちもおこってる。いやだなあ」
 それは、『童心』を司る分割体だからこそ強く思った事。
 束は、千冬の事も大好きなのだから。

「いやだなあ」
「う〜ん、よし、『灰の二十九番』! 止めに行きますよ!」
 誰でも操れる科学者。いざ動かんと。
「死ねと!?」
 流石に止められた。
「おぉう……どうやったら止まると思いますか?」
「さあ……Dr.が疑問符を浮かべるような事、自分に聞かれましても」
「少し、まずいんじゃないかと思ってきました。そろそろ、二人とも色々箍が吹っ飛ぶ頃でしょうし」
 珍しく、僅かに真面目なゲボックだった。
 何だかんだ言っても、ゲボックだって二人の人柄を知っている。
 と言うか、ここまで来てまだ箍があるのだ。
 されども、ここまでムキになったら相手を屈服させるまで、絶対に止まらない。
 だが、ここまで決着がつかないと、取る手段が段々……。

 なんて創造主とその被創造物が掛け合っていたら、半分べそをかいたろりろりぷち束がぷくーっと頬を膨らませて。

「いいもん! ゲボくんにもうたよらないもん! このやくたたずー! むのうーっ!」
 とてとてとてとてとーっ、と空中に足音を立たせながら(波野さんちのイ●ラちゃん参照)いなくなってしまったろりろりぷち束だった。
 八時間以上も一緒に居たのに、あっさり見限る。幼くとも女であった。

「あー……行っちゃいましたねDr.…………ってDr.!?」
 ゲボックの反応が無い。
 ん? と確認してみると、居るには居たが。
「ぉぉぉ……小生が役立たず……小生が役立たず……無能? 役立たず、なんですかぁ?」
 『灰の二十九番』が様子を見てみると四つん這いになって縦棒線を何本も掛けているゲボックが居た。

「想像以上のダメージ受けてるし!? 千冬姐さんに色々言われるのは耐性あっても束姐さんに言われるのは免疫無かったてことですか!?」

 いつもお互い全肯定同士だった為か、一部とは言え束に言われた罵倒が応えたらしい。
 出会った頃の冷徹な束の事など那由他の果てだった。

「ん? ———すると、世界は核の炎で包まれるのでは……仕方ない、自分がここから作戦立案と迎撃をするしか無いっすかね。ベッキー姉さんに地上での指揮は任せるとして……」
 凄まじい視力で地上の方を観察する『灰の二十九番』。
 しかし、八時間経ったといえども、箒のIS暴走事件で戦力手は大半重症であり、修理最大手のゲボックはここで別作業……ああ、今鬱ってるけど……となると、生物兵器は完治しているものは少ない。
 一部動いて入るようだが、今回の騒動の根回しに回ってしまっていて、手数は足りない。

「これってまずいんじゃ……Dr.Dr.起きて下さい、マジで……」
 しかし、電子世界での束の活動は止まっていた。
 
「———え? なんすか、兄さん……ってマジですか」
 代わりに。
 軍事施設関連の記憶操作担当。同系列の『灰の二十七番』からとんでもない連絡が届いて来た。

 曰く。
 世界中の核兵器が、すでに一斉起爆しており、しかし一切の破壊が起こらなかったと。

「Dr.が気付かなかったって事は相当本気で周到にやったんでしょうねえ。束姐さんらしくも無い……でもそれってシャレが無いって事だから……」

 そのエネルギーを余さずぷち束に変えていたとしたならば。

「ふんっ! むーっ! 分かりましたよ! もう役立たずとは言わせません! 見ているのです、きっちりかっちり小生が何とかして見せますょ! 役立たずじゃありませんからね!」
「……そんなに気にしてたんですか」

 鼻息まで荒くしているやたらと意気揚々なゲボックを見つつ、先の情報を纏めて見る。
 ……やっぱり、ろくなもんじゃ無い。

「おいおい……どんな攻撃するつもりなんですかね」
 まぁ、世界中の核兵器が処分されるなら、世界は少し安泰ですかねえ……。
 今日、地球という惑星そのものが消え去らなければ。
 なんて事を考える『灰の二十九番』だった。






「はぁ———はぁ———っはぁ———」
「ぜぇ———ぜぇ———っぜぇ……」

 二人ともまさに死力を出し尽くしている状態だった。
 ISはお互い自己修復が間に合わない。
 非固定浮遊部位(アンロックユニット)は最早ただ浮いているだけの飾りになり、束の蝶の翅など、毟れて酷い事になっている。
 暮桜も全身無事な所を探す方が苦労する程だ。

 そして、操縦者も只では済んでいない。

 千冬は全身くまなく怪我を負っており、それが順次修復———再度負傷と言う繰り返しで肉体の方が既に限界近くなっている。
 それを無理矢理保っていた異常な興奮状態も、アドレナリンの出過ぎで血圧等が高騰しまくっており、肉体の負担がとんでも無い事になっていた。詳しくはエ●リゴリの強化人間部隊“猟犬”の欠点を見て欲しい。



 束も同様だ。
 元々、エレクトリック・バタフライはとんでもないピーキーな機体である。エネルギーの分配からタイミング、重力波の入力計算など全てがマニュアルである。
 一切コンピューターから、機能を補助する演算支援を受けていない。この機体にあるのは、束の示した数値を正確に再現する機構だけなのだ。AIという概念そのものが無い。
 その為に、加速した思考の分だけダイレクトに反応する最速の機体に仕上がっている。
 束が開発するAI、そのいずれも、束自身の演算速度に追い付けた物がまだないからだ。

 常人ならば、思考入力とは言え、与える最低限の情報量にさえ、おぼつかず、戦闘どころか飛ばす事も出来はしまい。いきなり飛行の経路を対応した関数式で入力しろと言われて出来るだろうか。その操縦難易度はカガ●ゴー以上である。考えただけで気が狂いそうなものだ。

 そんな作業をしながら、例の単一仕様能力である。
 常時異なる場、異なる作業をする自分の思考。
 一度独立すれば、自分の分身としてオートとして動くとはいえども、逐次情報のやり取りや共有はやはり必須なのだ。
 なにより、意識せずとも脳は酷使される。

 本来、人類ならば未使用な領域までつぎ込んだ、人間という生物の範疇を超えた酷使の果ての酷使により、天才足れども束の脳はオーバーヒート気味であった。
 それに、ダメージのバックヤードもある。
 独立体が破壊されても肉体には何のダメージも無いが、『倒されれば』その経験が本体に反映される。暗示は肉体に影響される事案が証明されている通り、痛みも無ければ傷も無いが、『倒された疲労』は蓄積される。
 ましてや他にIS六機同時操縦だ。
 それだけなら、束には楽だろうが、ISが絶対防御を発動させるときの衝撃は、独立体が倒されるときの比では無い。
 それを何度も復帰させ、再度参戦している。
 束の精神が限界だった。
 代表、代表候補生達は、すでに絶対防御発動済みでここには居ない。
 そもそも、機体が既に動く程機能が遺されていない程の大破具合なのだ。
 ぷち束が憑依しても、それは人に取り憑くのと大差がない。ならば要らない。
 補う程の気力は既にない。

 互いに、今が勝利か敗北かの分水嶺。

 次に繰り出せるのがお互い最後。
 故に繰り出すのは最大の一撃。
 加減は無しだ。
 後の事を考えるのも後で良い。
 何がきっかけで争っていたのか。今のおぼろげな思考でははっきり明確には出来ない。
 兎に角まずは勝つのだと。



「ハロハロ〜よくぞ保たせたね、それでこそ私!」
 一体のぷち束がそこに割り込んで来た。
「遅いわ主人格———」
「うわ、気付かれる前にネタバレした!?」
「阿呆が、もうそんな余裕は無いわ。とっとと戻って味わうが良い」
「私なのにワビサビが足りないねえ、どう思う? ちーちゃん」
 それは、失神していた筈の主人格だった。
 主人格さえ分離可能な単一仕様能力。
 それはもはや、肉体と魂の完全な乖離と呼べまいか。
 しかも、行っていた作業は勝つ為の符丁。
 怯えたと言えど、千冬から只逃げる為に交代したのではない。

「ん、ご苦労様。交代だよ、ハイタッチ〜」

 そのぷち束がエレクトリック・バタフライに帰還する。
 途端に———
 それまでの負荷全てが主人格たる束にのしかかる。
「あははは…………いやぁ、これはキツいねえ……でも耐えるよ、束さんは天才だからね! あはっ!」



 正真正銘、本来の束が戻った。千冬はそれを見届け。
 そして、視線を絡ませた二人は。
 


「「墜ちろ親友! これで終わるぞ勝つのは私だっ!!」」
 一斉に叫んだ。
 唯一消えない決意だけは胸に秘め、そして己への鼓舞として。






「もう耳は貸さんぞ! いいから黙って私に従え!!」
———引き摺り倒してでも連れて行く! 皆で笑い語らう陽だまりへ来い!!
 千冬は居合いの形へ構えを取り。



「五月蝿いってば! 黙ってわたしの言う事聞いて!」
———独りは嫌だ! 彼は渡さぬ貴女も共に! 誰一人私の世界からは離さない!!
 それも出来ないならこんな星なんて要らない!
 新世界で私達『皆』でまたやり直すのだ!

 束は既に蝶の飾りもなくなったステッキを振り上げる。



「「それでいてなお喚くなら———いっそこの場で千切れて爆ぜろ!」」



 二人の願いはほぼ同じだと言うのに。
 どちらかが屈服させねば事が収まらない。






「じゃあ……行くよーっ!」
 初めに動いたのは束だった。
「みんなー! 束さんに力を分けてぇー!」
「「「「「「おぉーーーーーーーーーーうっ!」」」」」」

 地球に潜伏していた兵站担当のぷち束が一斉に招集される。
 その内包しているエネルギーは、発電所を食い尽くした個体など一笑に伏せる程の莫大なエネルギーを備えていた。
 そう。人類最悪の兵器———『核』。
 その反応エネルギーを、放射線一筋漏らさず押し固めて来たぷち束が———
 
 施設への介入、ゲボックに気付かれないよう活動する。その為には束主体そのものが地上に降りて根回しする必要があったのだ。そして作戦は上手く行った。
 ありったけのエネルギーを内包したぷち束が集って行く。

「行け———束、お前がNo.1だ……」
「あぁ、光が集って行く……」
「かつては敵同士だった私達だったけど……共通の目的の為、力を合わせようじゃないか……」
「生憎、力だけはあまりあってな……全力そっちにもって行け!」
「こんなときでもネタだらけな束さんでーす」
「ミ●デイン!」
「元●玉———!」
「どちらかと言うと嫉妬玉?」
「●極図戦闘形態(真)でも良いかと」
「というか、その時の台詞の奴さっき居たよね」
「皆の力を合わせるのだ……そうすれば如何なる壁も打ち破れよう」
「うわ、良い話で纏めようとしてるよ」
「おぉーう、核反応という事は正しく小さな太陽なのです。うむうむ」
「あ、ゲボ君の真似」

 束の頭上でその莫大な力を有したぷち束が集って行く。第2の太陽を創造していく。
 これに滅せぬものは無い。



「集束砲だと———ッ! だが、これ、全部束だろうが……ったく……」
 その完成を見終える前に、千冬も既にボロボロな雪片に最後の命令を下す。

「雪片、音声入力———零落白夜。出力最大、リミッター全カット———」
 ゲボックよ、お前はこう言っていたな。



——————フルスペックでさらにエネルギー供給の安定化を図れたのならば何とぉ!! 地球とかわりかし簡単に割れるんですょ!!



 まさか、本当に使うとはな……珍しく良い仕事したものだ。
 限度を考えろ……か。
 改めなければならないかもしれない。
 確かにお前の言う通りだなゲボック。束相手にはそんなものは無用だと!

 雪片から、零落白夜が伸びて伸びて伸びて行く。
 地上回路経由で『世界の警察』を担うエネルギーが凄まじい勢いで吸い上げられて行く。
 そんな事実を千冬は知る良しも無いが、とんでも無い事になっているだろう。
 金だけ貰って何もしてないとしっぺ返しが来る良い例である。

 そして伸び終わる。生み出された零落白夜の刃は実に12,756kmを突破。
 
 ゲボックは虚言を用いない。文字通り、地球割りを可能とした長さへと。
 それが次の瞬間、PICを過剰機動し空間圧縮。見かけ上、通常の雪片程のサイズまで圧縮される。
 だが、実際は地球の直径以上の長大な刃。
 斬撃が炸裂すれば、地球の直径長の刃が、外から見た亜光速で瞬時にして薙で抜ける。
 しかも元が零落白夜。これに斬り裂けぬ物は無し。
 
 その為に掛かる負荷でゲボック改造済みである筈の雪片さえ、激しく火花を散らす。
 おそらく、この一撃が限界だ。もう保たない。
 保つ方がそもそもおかしいのだが。



「にゃははははははははは!! 避けたら地球に馬鹿でかい穴が空いちゃうよ! 土星にゃ輪っかがあるけど星自体に穴なんて空いたら、別世界につながるのかな? 重力崩壊起こして潰れちゃうかも。どうする? どうするちーちゃん!」
 束は唄う。
 神を祀る家で生まれた娘は声を響かせる。
 祝詞を唄うように。神楽を舞うように。

我創りしは偽りの明星(Lucifer start)!!


 我が世界よ一つに集え『The world』


 貫け閃光『light』 !!


 そして我が敵一片残らず滅ぼし尽くせ『breaker』 !!!」

 極光が煌めく。



「諸共、両断するだけだ。半分になっても恨むなよ束!!」
 千冬は地球を背負う形で迎え撃つ。
 収束砲ごと切り伏せる。
 例の月は地球から見て右手後方、千冬からは見えない位置にある。助かった。あれが見えたら最後、攻撃に専念できるものもできなくなる。
 生み出された滅びの灯火。それを一瞥すらせず、千冬は一言名詞のみ。その状態の剣の名だけを呼んだ。

夜剣(やけん)———両・断・皇・后(りょう・だん・こう・ごう)ォ―――ッ!!!」



 テンションは互いに最高潮。
 もう止まらない。
 惑星を一撃で貫き消し飛ばす、地球から火を食らって生まれた太陽も。
 惑星を一閃で断ち割る、地球の力を食らって生まれた刃も。
 止められるものなど居るわけが無い。



 だけれども。
「だーかーらー! けんかメーっ!!」

 止めようとする者は居たのだった。
 ナウ●カ見た影響か、仁王立ちし、手を広げるろりろりぷち束だけが、間に立ちはだかった。



 そう。
 まさか束も、自分の一部が反対するとは思っていなかった。
 僅かと言え、望んでいなかったのか?
 
 だが、今更止まるわけが無い。
 一瞬たりとも、引けば、負ける程の全力の激突。
 意思は硬い。止まる訳も無い。



 千冬も、それは束の一部だ。止まるわけが無い。
 そもそも、アレを消しても、束本体に多大な影響が及ぶわけでもない。
 主要な分体の一体なのは確かだ。ショックは大きいだろうが、それで生命に支障はない筈だ。
 むしろ巨大なダメージを与えられてそれが決定打になるやも知れない。

 そう、臆すれば負ける方と変わる。
 だから、彼女等が止まる訳が無い。一切の躊躇も無い。
 
 だが、ろりろりぷち束に愛着を持っている者も居た。
 精神年齢が近いというのもあるだろう。
 一緒に八時間も居たというのもあるだろう。

 そもそも、この男に、科学が関わらぬ状況で、身内を害するという概念があるかも疑わしい。



「あー、そこは危ないですよ、ちっちゃいタバちゃん」
 ゲボックが、宇宙空間をとことこ歩いて来て、ろりろりぷち束をひょいと持ち上げ、『灰の二十九番』にぽいっとパスした。

「「ゲボック(君)!?」」

 何しているのだこの馬鹿は!
 当然、そこに残ったゲボックは。

「あうち」
 胴体を薙ぎ払われ両断され———

「曲がってえええええええええええええっ!!」
 極大砲と言え、ぷち束だ。操作は通じる。
 しかし、指向性がついて逸らす事しか出来ない。その一撃はゲボックに直撃こそしなかったものの、余波だけでゲボックを吹き飛ばす。
 逸れて逸れて曲がったあと、もう制御されなかった束の切り札の一撃は、直進して行き、月のド真ん中を貫通。

 ぼっ!

 と自然発火したゲボックはそのまま地球に落ちて行く。
「ちょっ———Dr.!?」
「ゲボくん! おまえからだかして!」

 ろりろりぷち束が叫びかけた『灰の二十九番』を乗っ取り。
 大気圏で更に燃焼するゲボックを抱え。
 
 絶対防御を発動、そのまま一緒に墜ちて行った。


 
 残ったのは、途端に冷静になった二人だった。
「ちーちゃ……」
「急ぐぞ早く!」
「う、うん……」



 こうして。

 たった三人で世界中の軍需という軍需をかき乱し、エネルギーと資源を強奪し略奪を重ね、ただそれを闘争に浪費すると言う戦争の虚しさをそのまま象徴する事となったたった3人による世界大戦は——————

 何だか訳の分からないゲボックの突如とした乱入により、終焉を迎えたのだった。



「どうしてどうしてどうして? たばねちゃんはてんさいなんだよ? そしきのへいさも終えたし、ちだってとめてる。さいあくのういしょくだってできるのに!」

 絶対防御の障壁ごと墜落したのだろう。形成されたクレーターの中央にいたのはすぐに見つかった。
 ぺちぺちと小さい手で何かを叩きながらぽろぽろぷち束が泣いている。

 それが事実で、それが全てだった。
 ———半分以上もの面積が炭化したモノ
 半分の大きさになった、ゲボックだった。

 ぷち束が叩いているのはそれである。
 幼女の自我と言えども。
 技能は束ものと等しい。
 つまり、束の技術でも助からない。

 絶対防御のエネルギー消費は多大である。
 やがて薄れ、ろりろりぷち束は消失して行った。

 ISの機能を憑依先にも与える特性は、兵器としてだけでは無い。
 救命領域対応もちゃんとある。
 だが、これでは。そうやっても時間の問題でしかない。

「ゲボック……なんで、あんなことをした? 今までで一番の愚行だぞ? はは、巫山戯るなよ、お前はさ……」

 千冬の声にも力が無い。

———だって、危なかったじゃ無いですか。ちっちゃいタバちゃんが
 いつぞや使っていた思念波である。
 声帯も、焼けてしまっているのだ。

「ゲボ君、あれはでも……」
 やっと口を開いた束に。ゲボックは。

———でもね? あの子だってタバちゃんなんですょ?

「え……?」
———あのちっちゃいタバちゃんは、一緒にいた八時間。ずっと、ずっと何度も何度も小生の事が大好きだと言ってくれました。こんなに言われたのは生まれて初めてだと思います。とってもうれしかったのですょ

「う、う、うにゃあああああああああッ!!」

 束は余りの羞恥に絶叫して赤面してずっこけた。それほどのショックだったのだ。
 まさか分体に先に告白されるとは。
 流石主要九体のうち一体である。



———本当、小生は何を取ってもマダマダですねぇ。特に、人の心は本当にわからない。タバちゃんの事も気づいていませんでしたし、フユちゃんも何やら傷付けてしまいました……一体、あとどれだけの実験と観察を続ければ理解できるようになるようになるのやら

「ゲボック……」
———あ、そうだ。フユちゃん。ケンカ終わりましたし、お返事頂けますか?

「お前は……私に、私は……」
 何か言いかけて千冬は辞めた。
 そっと、ゲボックを拾い上げ、抱き寄せる。
「今、束の想いを知ったんだろう? なのになんで私なんかを……」
 自分は好かれる資格なんて無い。
 本気で千冬はそう思っていた。

———……タバちゃんの想いを聞いて考えて見たのですがね? それに存分に応えられる程、タバちゃんの事が大好きでした。タバちゃんはとっても魅力的な女の子です

 よく喋るとは思わないでいただきたい。
 既に、生身の脳は動いていないのだ。
 記録補助や肉体への神経伝達補助を担っていた第二の脳(純機械製。どこにあるのかはヒミツですょ♡)が思考の残滓を拾って復元させている(束ぐらいしか理解不能)に過ぎない。

 そして、ゲボックの中で、結論は決まっていたのだ。

———でも、小生にとっては、フユちゃんが一番なんです。それなのに何の結論も出さず、タバちゃんと一緒になるのは順番的におかしいと思うんですょ

「………………」
「………………」

 ゲボックの結論を聞いて。二人の『女』は長らく沈黙していた。

「———どこまで」
 千冬が絞り出すように言う。
「どこまでお前は実験科学的思考なんだ馬鹿がっ———良いじゃないか、好いてくれるなら、良いじゃないかっ———何番だろうが! お前も好きなら———それで幸せじゃないかっ!!」

 私は———

 今回、色んな胸に詰めていたモノを吐き出したからだろう。
 ついに。
 ずっと自分自身嫌っていた想いを———

「私がお前に好かれる資格なんて無いに決まっているだろう! お前なら気付いているだろうゲボック! 私が心の奥ではお前を疎ましく思っている事が! お前が騒ぎを起こす度に愚痴ばかり垂れていた事を! お前さえいなければ鉄の獣なんて化物共と殺し合いなんてしなくて済んだと! お前を……」

 血を吐くように、千冬は言う。

「あの時助けたりなんてしなければ! 化物とは言え人を殺さずに済んだんだと!! 私は———私はなぁ! そんな———」

 仲の良い、理解者のふりをした最低の女なんだと。

「なのに———なのに、なんで———!」
 告白した、自分の汚い部分を。



———あっれぇ? それってなんかおかしいですか?

 あっさりぺちっと叩き返ってきたのはそんな気の抜けた思考だった。

———人が人に対して愛憎合わせ思うのは普通の事なんじゃないかなぁと、大して心が分からない小生でさえ思いますょ?
 フユちゃんは、そうであっても今までずっと、本気で小生に向き合ってくれました。本当に、嬉しかったのですょ。
 それを言うなら全肯定であるはずのタバちゃんにだって、興味無い人の話も聞いて見ましょうょ、興味深い事もありますし、って言いたいですし。
 フユちゃんにだって、ブラコン過ぎやしませんかとか、『灰の三番』に対抗して作った料理をなんで小生に毒味させるんですかとか、脱いだ下着をその辺に置くのは女の人としてそれはどうなんだとか、何か色々杜撰ですょねとか、そもそもそんなに凶暴なのは何故なんなんですかとかブヘェッ———!

「……私の方が圧倒的に多くないか?」
「ちーちゃん、相手が今際の際でも容赦無いね……」

———おぉーう、痛いですょ。もう痛み感じる神経なんて無いですけど。うぅ……相手の事を全て好き、というのはね『狂ってる』と言うんだと思います。例えば小生とか。科学が全部大好きです。普通の人は、科学を便利だと思うと同時に怖い、と思うらしいですねぇ。小生は全くそんな事が無いんですけど、知る事は何より優先してしまいます———だからこそ、小生のような人種は———狂気の科学者(マッド・サイエンティスト)と、そう言うのでしょうね。

 それを聞いて。
 千冬はまるで自分の心臓にナイフを突き立てるかの様に、ぎゅっと目を瞑って、絞り出す様に、ついに———



「済まんゲボック。やっぱり私はそれでも———“ごめんなさい”なんだ……私が私自身、それを認められないんだ…………すまん…………」
 最期でも、嘘は吐けない。
 正直に千冬は、返事を返したのだった。

 束は、あれ? と言う事は私達二人とも科学より好感度低いの? などと割と深刻な事を考えていた。



———……そうですかー。残念ですねぇ
 10年の想いの玉砕に、ゲボックは何を思ったのか。
 だが、次に誰かが何かをする前に、千冬は自然と動いた。



「代わりに選別だ———」
「え———」
———え?

 天才二人でも千冬の行動は読めなかったらしい。
 千冬は抱え上げたゲボックの顔に自分の顔を近づけ———

 ごづん!

 距離感間違えて激突した。
 束との激闘で疲労が極限に達している事も大きかったりする。

「~~~~~~っ!! げ、ゲボック、冥土の土産で餞別だ。正真正銘初物だから鬼共に自慢してやるが良い…………痛て」
「格好つけてるちーちゃんが口から血ぃだっくだっく流している事に束さんはあえて触れてあげない事にしました。束さんってばとっても優しいね♪」
「…………触れまくってるだろうが(小声)」
「———ちーちゃんなんか言った~?」
「別に……」
 しまった、機嫌損ねたか。
 もう二度と慣れない事はすまいと誓う千冬だった。おかげで婚期がはるか彼方に行ったという。

———小生が地獄に行くのは確定なんですね……あぁ、そうだタバちゃん
「え?」

———箒ちゃんときっと仲直り出来ますよ。難しかったら『茶の三番』とか使っても良いですから
「ゲボ君、それ、裏あり過ぎ」
「なんか矛盾してないか?」

———あと、フユちゃんと仲良くしてくださいね。それと、皆の話も聞くだけ聞いて見たらどうでしょう。小生達は天才ですが……まだまだ知らない事がいっぱいありますから……ガガッ———ピー

「ゲボック!!」
「ゲボ君!!」

———あれぇ? そろそろ電池キレソウナンデスカね。んんっ、マぁ、アァ———そウデスた。小セイハ、フタリのこトガ、大好キ、でス…………ざ、ザザッ——————————————————

 補助の思考が途絶えた。
 唐突だった。
 あっけなさすぎた。

 喧嘩を……もとい殺し合っていたのは自分達だった筈なのに———
 なんでゲボックが。

 ……そして、一分が過ぎ。

 五分が過ぎた。



 十分が過ぎても二人は動かず、一言も発しなかった。



 このまま、石になってしまうのではと思えた時、動きがあった。
「姐さん方……良いですか?」
 フラフラとやってきたのは倒立している忍者———『灰の二十九番』である。
 足が無いので倒立して進むしか無いのだ。
 誰だ、足なんて飾りと言った馬鹿は。
 人工衛星滅茶苦茶重いだろうが。PIC壊れてるんだよ。

「今、迎えが来るんで、Dr.の御身体はこちらで預からせて———あぁ、来ま———」

ゴヴァッ!

 それは正に炸裂だった。
 上空から落ちて来た十字架のようなそれ、は地面に突き刺さり、クロスの部分まで埋没していた。

『灰の三番』が。
 つまり、爪先から胸まで地面に食い込んでいる。

 それを見て焦ったのは『灰の二十九番』である。
「姉さん無茶しすぎですよ! 元来戦闘用じゃないのにカタパルトで射出だなんて!」
「カタパルト?」
「ええ、傾斜をつけたジャンプ台で台座を滑らせて、その上に居る生物兵器を射出するんです」
「変な所だけアナクロなんだな……」
「半分、飛ぶ奴らが楽しいからってのがあるんですがね。アニメ風発進ごっことか」
 あぁ、成る程。
 っておい。そんなので来たのか彼女は。

「一夏は?」
 学校です……頭痛そうでしたが……まったく貴女達は一晩中暴れてたんですよ。

 質問は想像の範疇だったらしくカンペで見せられた。
 ……頭痛?
 千冬は知らないが、酒乱一夏、昨晩の大暴れの名残である。

 『灰の三番』は体を引き抜こうとして踏ん張っていた。
 元々、攻撃力は戦車を丸ごと両断出来る程である彼女だが、それはあくまで能力であり、身体能力は千冬より遥か格下、一般女性程でしかない。そんな『灰の三番』にとってみれば、めり込んだ体を引っこ抜くのは重労働らしい。
 あと、それなりに頑丈のようだ。こんなモノで飛んで来れるぐらいには。

 しばらく頑張っていたが、どうやら脱出不能らしく、見かねた弟に引き抜かれ、ぺこぺこ礼を言って、その後わざとらしく「ふぅ!」と額の汗を拭う仕草を見せる。
 千冬は口元を抑えた。

 あぁ、ゲボックの仕草だ……。

 まさか、こんな形でゲボックを連想してしまうとは。

 子は親を見て育つ。
 彼女もある意味ぷち束と同じだ。
 ゲボックを映し出す鏡、その一部達。

 ん?
 つまり一夏は間接的にゲボックの影響を……!?

 あまりの不意打ちに思考が混乱するわ切なくなって、涙が溢れそうになるのを堪えていたら、ゲボックをその手から奪われた。

 あとは家族の問題です。
 関わる権利を拒否した貴女に、これを持つ資格はありません。

 何か言いかけた千冬を問答無用と言わんばかりにそのカンペで封殺した。
 ……あれ、もしかしなくても……。
 怒り狂ってる?
 どの生物兵器よりも、ゲボックに忠じていた個体であったが故に。

 それに父は、自分に何かあったら、自らを指示通りの実験用献体とするよう申し付けておりました。鮮度は良い方が良い。正直、刹那の間も惜しいのです。

 いつ書いて居るのかそのカンペを見せたあと書き加える。

 まったく、天才と言うものは全力を出す機会が殆ど無いせいでしょうか、限界の見極めが甘い……貴女も、篠ノ之様も。

「どういう……?」
 視線に応じて振り返れば、束が突っ伏していた。
 やけに静かだと思ったら、ダウンしたからだった。
 目や鼻や耳から血が流れ出している。
 脳の酷使をし過ぎている明らかな証拠だった。

「たば……」
 駆け寄ろうとして、立ち上がれない事に気付く。
 全身がビキビキビキィッ! とヒビ割れる様な悲鳴を一斉に、オーケストラで大合唱。
 千冬自身も、とっくに限界は超えていたのだ。
「いぎぎぎ……」

 と言う身も蓋もない悲鳴をあげて。
 千冬は意識を失った。






 古い———古い夢を見た。

 どんな夢かは思い出せなかった。
 ただ———いつか、過去の再現なのは分かった。
 今の様にしがらみも道徳も倫理も構わない、そんな純粋な頃の楽しい夢だった。

 自分達三人は、笑いながら走り回って。



———やれやれ。彼ほど魂に忠実に生きているものはいないと、参考にしていたんだが

 そんな夢に無粋に割り込んで来た声に千冬は気を削がれてしまう。
 その声はどこから来るか分からない、性別も年齢も判別できない、空間自体に反響した谺の様なものだった。

———人の魂とは何なのか。魂と言うものは人間にしか測れない価値でありながら、どうやら人間自身ですらよくわかっていない。やれやれ……彼ですら、こうなのだから

 何を言っているのだろう。
 夢の中の千冬が首を傾げた時。

———彼の行動理念はシンプルだ。ある意味我等と同じ、ただ『知りたい』。
 そして彼独自の『褒められたい』と言う願望。
 だが、彼自身となると他の君たちとそうは変わらないのだよ。彼を単純なモノだと決めつけて居ると、今回の件の様に思わぬ事で足を掬われる事になる訳だ。今後も気をつけたまえ

 どういう、事だろうか。
 まったく理解出来ぬ事を一方的に語られ、疑問符に埋め尽くされそうになっている千冬に、谺の様に響くその声は、気配だけで『ニヤリ』と口を釣り上げる様なイメージを与えて来るや、一転、その気配を慣れ親しんだ柔和なそれに切り替える。

 初めて聞いた声だと言うのに、それが誰なのか、直ぐにわかるような———

 楽しい魂の『宴』が、この程度で幕を引く訳が無いでしょう?
 いつまで寝過ごしているのですか?
 貴女の願いを叶えるには一分一秒さえ惜しいと言うのに。
 生半可な事では、貴女の立場は変わらない。
 せいぜい、死力を尽くして足掻く事です。精進したまえ、若者よ。

 ま、狂乱は当分終わらないと言う事で。

 それを聞いて千冬は——————



「巫山戯るなよグレイ! 冗談じゃないッッッッ!!」
 激昂とともに飛び起きた。
「あ~、ちーちゃんおっそよ~」
 寝起きの不調全開の束が隣に居た。
 肩にパッ●マン見たいなのが噛み付いている。
 彼女も今起きたばかりのようだ。
「……今日は?」
「んー、あれから三日だねぇ。流石の束さんも、夢すら見ずに昏睡してた……はぁっ!?」
「……どうしたんだ?」
「超天才超絶美女束さんともあろうモノが人生を72時間も無駄に浪費したんだよ! これは世界的損失じゃ無いかな!」
「……ん、平常運行か」
「ちーちゃんが冷たい……」
 ここは、と見回すとゲボックの研究所である。
 そう言えば、最近あまり来ていなかった。

 しかし……寝室? あぁ、そうか。ティムとやらが居たか。
 ゲボックだけだった場合、研究一辺倒で、意識が途切れる時が眠る時なので寝具が無かったのだ。

 ベッドを三日も占領したのかと申し訳なく思いつつも、三日ぶりの食事を求めて食堂へ向かう。

「あーさあーさ朝ごはん~、でも朝じゃ遅いし昼にゃ早い~のでせいか~くにはブランチだ~と思うのだけど、どうだろうね?」
「歌うのか聞くのかハッキリしろ」
 はーい、と頷いて歌い出す束。
 そうか、歌うのを選んだか。

「ところで束。その肩のはなんだ? さっきから気になってたんだが」
 ぱくっと噛み付いている。
「ちーちゃんの肩にもあるけど?」
「あ、本当だ……」
 気付かなかった。
「多分無針点滴とかその辺だよ、疲れとか何にも無いもんねぇ」
「確かに、前よりすこぶる快適に動けるな」
「ちーちゃんって、惑星野菜の戦闘民族だって言っても誰も疑わないんだろうね」
「待て束、誰が満月見ると大猿になる種族だコラ。尻尾なんて……あ! 束! 満月は!? 月はどうなった!」
 全世界規模級羞恥プレイは。
 がっくんがっくん束を揺さぶる。
 最悪、お天道様の下で歩けなくなるではないか。
「低血圧な束さんを揺さぶらないでよ~、朝ごはんしながらで良いじゃ無い? あれ? ブランチだっけ?」
「朝から焼肉食えるお前が低血圧なんて聞いた事も無いしどっちでも良いわ! そんなもんより月はどうなった!」
「ちーちゃん」
「なんだ」
 束が真面目な顔で。
「吐くよ」
「……分かった、食事中にしよう」
 本気で暴れられたら生身でも30秒は蹂躙される事が此度良く分かったので。

「何だか騒がしいねぇ」
 香ばしい香りに誘われて食堂に向かうと何やら気配が多い。
「あぁ……そうか、箒ちゃんを抑えてくれた子達の快癒パーティとかだね」
 まだ箒の事を引きずっているようで、寂し気な表情を浮かべる束である。
「……三日で……?」
 そりゃ私の苦労が耐えない訳だ。と顔を引きつらせる。
「人の事言えない完全回復済みのちーちゃんであった」
「うぐぅ!」
 痛い所を着かれて呻いていた。
 なかなか雄々しく呻いているので、鯛焼きを与える狐とは全然違う。

 そんなこんなで受け付けに行くと、見た事無い顔がいた。
 まるで首から上をすっぽりタコを被った様な全身赤タイツな奴がいる。

「えー……と?」
「あ、お目覚めですね。どうぞ参加して下さい。申し遅れましたが、自分は『緑の二十番』です。今後ともよろしくお願いします」

 タコなのに緑……?
「緑シリーズって所謂、量産型だよね。一杯居るの?」
「ええ、フロアメンバーとして頑張らせていただいてます」
 束とタコ男の会話からするに……つまりウェイター。
 通路を所狭しとトレーを手に働くタコ達。
 邪神でも復活するんじゃないかという光景が脳裏に浮かぶ。

「で、今日はどんな催しなんだ?」
「タコ焼きパーティです」
「………………………………強く生きろよ」
 千冬にはそれしか言えなかった。



 そこは、とんでもないの一言に尽きた。
 ここはデルム●ン島かはたまたエンディング後のグラン●ニア城かと言わんばかりに異形がひしめき合い、それぞれのテーブルに設置されたタコ焼き用鉄板の半球のくぼみを覗き込んでいる。
 異形+庶民的仕草、イコール……。

「シュールだなぁ、おい……」
 多分、パプ●島でもいい。

 システムは、中央の大テーブルから材料を持って来て、自前の机で焼くセルフ派とタコウェイターに頼んで、奥の屋台から完成品を持って来てもらう注文派に分かれていいらしい。

 迷わず注文した千冬である。
「ちーちゃん料理ダメだもんねぇ」
「……そう言う……おま」
 お前は、と言おうとしたら、上手く焼けずに困っていた生物兵器の台で見事にくるくるタコ焼きを回している束がいた。
「おぉー!」
 と歓声を上げる生物兵器。
 すげーすげーと褒め称えられ、「にゃっはっはっは! 束さんは超天才だもんね!」と仰け反る束と天才コールを湧き上げる周囲の生物兵器一同。

 お礼に次々と焼きたてのタコ焼きを『あーん』で差し出され、「え? なにこれなにこれ逆ハーレム!? いやいや、照れるぜ、束さんの体は一つしか無いんだぜ はっ、まさか多人数プレイ!? 何てハードコア……束さん初めてなの。ちょっとレベル高いねぇ……でも頑張るから優しくしてね? なぁーんちゃって! にゃはははははははっ! え? 本当にくれるの? いや、照れるねぇ、貢がれる女、つまりは魔性の束さんなんだぜ。いただきまーすっ、はい、あーん、ってあづづづづづづゥッ! 限界限界! 熱い上にもう束さんの口には入らなもがァ!!」と熱がっている束を見る。そうか、そいつらでも逆ハーレムか……。見た目気にしろよ、少しは……。
 その社交性普段から見せろって、千冬は物凄く言いたくなった。
 ……焼けないから何も言えない千冬である。
 まぁ、兎も角。
 かくもやはり束は、箒の姉なのだ。

 何せ形が突飛すぎるから見分けが簡単なのだ。良くも悪くもゲボックの子だからか、皆素直だから束をあっさり受け入れるし。
 どこを見回しても———形がどうだとか、考えが違うとか、そんな事で諍いが無い。たまにあちこちで喧嘩が起きて手足が吹っ飛んだりして居るが、禍根残さず仲直りするのは当たり前、派閥なんて作らず(実は家族派と言うのがあるが)一緒にゲラゲラ笑っている……あ、もげた手が生えた。
 あぁ、これが天才の心が映し出した、楽しい世界なのか。

———これがお前の作った世界だ……
 危ない、思わず泣いてしまいそうになった。

 このぐらいのシーンではSAN値が小数点以下であっても微塵も減らなくなった千冬の適応性も半端では無い。

 仕方ない。
 束も盛り上がっている事だ。あっちの屋台から直接もらって来るとしよう。



 屋体では、巨大なタコがタコ焼きを焼いている。
 二本の腕でタコを焼きながら、他の足でタコを刻み、タネをかき混ぜ、作業が途切れる事が無い。流石八本足だ。
 タコがタコを刻んでタコを焼いている。タコ自身としてそれでいいのだろうか、何も無いのだろうかと疑問を浮かべざるを得ない。

 因みにそのタコは巨大な方が口からポンッと材料たるタコを吐き出している。
 そろそろ本格的に、何か倫理的にやばく無いか?

———え?
 ぼんやり同胞調理の巨大タコをみていると、またまた新顔が居た。
 機械ベースなのか、ラーメンの丼をひっくり返した様な形状の金属製の頭部———いや、ヘルメットか———を被っている。
 ライダ●マンの様に鼻から下をのぞかせている。
 だが、その仕草と言うか与える印象と言うか、どこかで見た気がするのだ。
 
 直感は答えを告げている。
 理性はそれを否定している。
 束でさえ不可能だと告げたのだ。

 だが、感情は血圧を正直に上げて行く。
 
 それは当然ながら喜びだった。
 言うまでも無く感動だった。
 贖罪が可能である事への安堵でもあった。

 が。

 しかし、無駄に胸を締め付けた哀しみの浪費でしか無かった。
 切なさの空回りであった。
 
 幼い頃の日々を懐古したと言う寂寥感とか、ここで今感じたお前の子供達への感動、それは良いのだが、その事に対するお前への感心をどうにかして返してくれとか。
 その他諸々の羞恥心どうしてくれんだこの野郎とか。
 って言うか月はどうなったんだとか、あのままだと人として社会的に死ぬだろうとかの必死さだとか。
 そう言や、貴様あれ放って置いて死んでったよな、とか、あのまま以後恒久的保存されたら太陽系に何てものを遺す気だとか、あれが『かつて世界を騒がした『漢』がブリュンヒルデのためにしたためた迸る熱情です』とか世界遺産として万が一保護されたらモナリザに続く『漢の劣情の証として印された女』として残されるじゃ無いかとか。

 何より餞別に私の初物くれてやったのに何事も無かった様に戻って来て———

「本人はこんな所で呑気にタコ焼き食べてるしな!!」
 もぐもぐタコ焼きを食ってるのは死んだ筈のゲボックだった。
 ヘルメットで顔はわからないが、ドリルとペンチの両腕で別人騙ってもダウトである。
「美味しイですョ」
 声が合成音声の様なものに変わっている。
 見た目も前より中性的というか、男にも女にも、子供にも老人にも見える。
 だが、駄目だ。物腰が、気配が。ゲボックで御座いと自己宣伝に余念がなさ過ぎる。
 ペンチな右手で器用に挟んだ楊枝の先のタコ焼きを素直に口にする千冬。
 あまりに自然だが、あーんだった。
 自然すぎてなにも無かった。

「あのな、どれ、はむ……うむ、美味ぁ……じゃ無くてだおい!」

 思わず差し出されたタコ焼きを口にしてしまった。
 これはまずい……いや、味覚的には超絶品だが空気的にやばい。このまま流されそうな気がする。

「……いや、ぶっちゃけゲボック、お前死んだはずじゃ……」

 なのでマナー違反覚悟で口の中にタコ焼き含みつつ問う。
 なぜならこいつ、もう二個目用意してるし、なんでこんな時ばかり気が利く、あぁ美味しそう。三日ぶりの食事だ。誘惑に勝てる訳も無いだろう。黙ってわかれ。

「死にましタョ?」
「……は?」

 会話が噛み合わない。
 いや、あの、死んだって、じゃあお前なんだよ。

 とりあえず。
 大タコに頼んでタコ焼きをひっくり返す千枚通しのようなのを借りるとゲボックを引き寄せ。

 ふぅ、と、深呼吸———さて。

「おいお前なんでこんな所に普通にいるんだ死んだんじゃ無かったのか正直に言え言わないと今から素敵に貴様が複数穿孔死体にメイクアップでジョブチェンジだぞあぁ!?」

 句読点吹っ飛ばしだがそれはチンピラ以外の何者でも無かった。

「オォウ! フユちゃん怖いでスょ、ご説明シますから———確かにあの時小生は死にましタ。タバチャんの診断通り、生身でマともナ所が脳ミソ含めても全くなかッタので、助かリようが無かったんですねェ」

「……じゃぁ、お前は何なんだ?」
「ゲボックですョ」
 やっぱり話が噛み合わない。


 すると、説明ですネと意気揚々となったゲボック(?)が奇妙な音階で淡々と説明を始めた。

「死にましタけど、科学的に作り出し、科学的に保存してイた予備の脳髄を起動して科学的に準備していた魂の移動をこナシて、科学的に同様に作ってヲいた予備のボディに、科学的施術で脳髄手術をして科学的に蘇り———えぇ、っとあとはでスね? 地獄のような拒絶反応を科学的に耐えて、それを抑える為に科学的に投与した薬を打ちまくってたラ、科学的な脳生理的な反応で幻覚とか見える副作用が出て目がぐるングるん回ったりしたんで、科学的にその副作用を抑える科学的な薬品を飲んでたらまた別の副作用が出たんでッて、それを繰り返してたら血液が全部薬になっちゃって、科学的にそれでも適応できるヨうに手術しましてパワーアップしたんですが、そしたら薬が効かなくなっちャって、科学的に激痛が脳内のリガントをノックし続けるんでヒーハーとまァ、科学的に精神錯乱起こしマして。こうなったらもウ、と科学的に神経パルス直接弄ったら良いじゃなイかと科学的に改造したら幻覚とか実体化スるようになりマしたが、科学的に安定期に突入したので、科学的にもう必要ないかと判断して科学的に三日間掛けて復活を完了しましたと診断し、タコ焼きパーティ開きましたョ。美味しいですか?」

「美味いわ! じゃ無かった……死ぬんだったらちゃんと死ね!」
 言葉と裏腹に、千冬は戦慄していた。台詞が変になる程錯乱していた。
 ついに、人類の命題、死を克服したゲボックにである。
 この情報は、絶対流出させては行けない。
 力持つ物程、生に未練がある物程、手段を選ばなくなる。
 死の克服は、最悪多角的世界の破滅を及ぼしかねない程の魅力なのだ。

「無茶苦茶酷いと思いますケど……ちゃンと死にましたし、ほら」
「ブフウゥ———ッ!」
 と言って、ウイーンと壁の一角を降ろしたらそこに水槽があって、何かもう、色々実験の限りを尽くされたゲボック(旧体)がプカプカ浮いていらもんだから、一見ですぐさまタコ焼きを吹き出した。
 
「な、ななな、なな……」
「で、何か言う事無いかな?」
 すちゃ、と束がゲボックの両肩に乗った。アイドル化してたが、これだけ騒げば流石に気付くか。
「あ、タバちゃン———」
「女の子を泣かした罰は極刑なんだよ!」
「うばばばばばばッばばばばバぁ!?」
 そのままゲボックの首を固定してバク転しながら前進すると言う訳の分からない軌道を開始。凄いなPICと、千冬は感心するだけである。
 ゲボックは顔面を路面に連続で叩き付けられまくっている。

 そう言えば、束は喧嘩の時使ったISの他にマクスウェルにはネコじゃなくウサギ(ユビキタス)という常時潜在型のISがあったな……と思い出す千冬。
 そのまましぱぁーんっと回転の勢いで上空に飛び上がる二人。
 束の額からキラキラと汗が飛ぶ。

 そのまま束はゲボックをひっくり返し、肩に乗せ足を掴み———
 一斉に生物兵器一同が歓声を上げる。
「「「「筋肉バ●ターだ!!!」」」

 おそらく何らかの漫画で見たのであろう、必殺技を空中で発動させて降って来る。
 しかし、一斉に叫ぶ生物兵器が多い。知名度が高い技なのだろうか。
「イダダだだだだだだだダダだだギゃ———ァ!?」
 けほけほと気管に入ったタコ焼きをあるべき場所へ戻している千冬は、何もせず、復活したてで早速昇天しかけているゲボックを見ていた。
「……今度、山……何だっけ? まあいいか。ネタまみれの分体と良い、アイツが束に見せた漫画のラインナップ聞き質す必要があるな……」
 山口、束に興味を持たれなくても会話できる、希有な男であった。



「いやあ、モウする事も無いんですケど、やっぱ記念ですし」
 三人並んでタコ焼きを摘んでいるのだが、ゲボックが唐突に言い出した。

「何のだ?」
「そうデすねえ。初めて死んじゃッた記念ト」
「んなもん記念にするな」
「あとでスねー、こノ体は『フユちゃんのファーストキス頂いた記念』デすョ」

 クネんクネんとキモく照れているゲボックを見て。ぷちんっ。と、何かが斬れる音が二重奏で響いた。

「「記憶を失えええええええええええええええええええッ!!」」
「どウして二人ハこんなに息ピッタリなんですかあああ———ッ!!?」
「夜剣———」
「The World———」
「しかモ全力全壊!?」



 こんなノリで、三人やら生物兵器達やらは、ずっと宴会を騒いだと言う———






 夕刻。
 フラフラと千鳥足でヨタつきながら、ゲボックは研究所の表に出て来た。

「———あら、Dr.お分かりでしたか?」
「オヤオヤ、お久しぶりですね、ミューちゃん。ティム君が合いタがってましたョ」
 生身が更に減ったゲボックに、知覚の死角は無い。
 地上回路によって、望んだ所の情報が手に入る。
 死角に居たのはミューゼルだった。

「いえ、Dr.に大事があったと聞いて慌てて」
「大した事じゃありませンょ、一回死んだぐらいデす」
「……そう言えるのは、Dr.ぐらいですよ」

 暫くミューゼルは夕日を眺め。

「いくつかお聞きしたい事が」
「……何ですカ? フユちゃんは兎も角、何故かタバちゃんはミューちゃんの事目の敵にしてますカら、あまり居ない方が良いですョ?」
 それを聞いたミューゼルはくすくすと笑って。

「分かってて言っているくせに」
「…………」
「あっれぇ? この人ってまさかエスパー? みたいな顔しないの。まったく……」
 ゲボック程読みやすい奴も居ない。
 ミューゼルは嘆息して。
「それデ質問とハ?」
「Dr.あなた、あの二人が戦い始めた時、既に死ぬ気でしたね? 『その時まだ蘇生技術が未完成だったにも関わらず』———違いますか?」
「あっレぇ? あの二人が喧嘩するんでスョ! 巻き込まれて死んだときの研究を慌て大至急進めルなんて当たり前ででシょ? 小生、なんか可笑シィですか? 命が幾つあっても足りなイのは目に見えてるじゃないでショ?」

「話がそれてますよ、Dr.あなたの蘇生の最も重要な所。それは『魂の移動』———そうよね。そして、その為の最後の重要なピースは、他でもない篠ノ之博士のISが有する単一仕様能力。魂の量子偏在化。かつ、分割する、迎合独割自在の能力。それが不可欠だった筈」
「別に、タバちゃんのデータが欲しかった訳ではないんですがね」
「そうね。あなたならそんな姑息な事しなくてもすぐに翌日にでも辿り着いていたでしょう。もしくはその日の内か。貴方が束博士からデータを収集したのは、他でもない、決着までに間に合わなかったから。ただその一点。闘争が始まってからでしょう? その体を創り始めたのは。どんな早さなのかしら、って感じね。しかしそれは凄い物じゃないかしら。Dr.貴方達は『魂』を定義した———他でもない……科学で」
「小生は超優秀な頭脳を持ってますから。ティム君も手伝ってくれてますし」
「ええ、ティムは優秀ね、貴方から色々吸収してるもの」

———一般としては最高位に———だが、足りる筈もあるまい。貴方がたに比べれば。

「そして、明らかになってない認識の統一がもう一つ……まあ、何の結果に変化も与えない齟齬だけど。聞いてみるかしら?」
「ン? なんですか?」
「簡単よ」

 ミューゼルは、出会った頃とはうって違い、豊かになった髪を掻き揚げ。

「今回、篠ノ之博士は貴方に女として求愛した。だけど、Dr.……貴方は彼女の感情に気付いていなかった……でも———貴方からしてみれば、M's織斑同様、篠ノ之博士の事も———好きだったんでしょう?」
 ゲボックは反応しない。

「本当に些細なすれ違いよね。貴方は考えるまでもなく束博士の事も好き。博士が貴方の事を人間と見なしていない事に気付いていたから、先に心奪われ、しかもアピールしていたM's織斑にのみ求愛した。だけど、もし、告白前に彼女の心境の変化———既に相思相愛である事に気付いたら、どう行動していたか。それが気になるのよ」

「どうにもならなイんじゃ無いですカ?」

「……そう言う事にしてあげるわ。でも、やはり貴方も私は怖いわ……ねぇ、Dr.……残酷な選択肢って知ってる?」
「……さあ? 何ですカ?」
「例えば兄と弟。例えば母と妻。例えば友と自分の四肢とか———訪れる時が来るかもしれない。そんな選択肢。人生ってのは絶え間なく続く選択問題の連続よね———決して正解なんてなく、でも選ばなければ最悪の結果が待っているし、選べば選んだ所で決して拭えない後悔が呪いとなって人生につきまとうようになる。しかも、制限時間付きと来る。今回、すれ違いがあって貴方はM's織斑にしか告白しなかったけど、女性として意識していた彼女達のどちらの命を取るか———今回、貴方はそんな選択肢上にあった———違うかしら」

「命とハ大げさですネぇ」
 にやにや笑っているゲボックに、頭を抑えながらミューゼルは続ける。

「そんな訳ないじゃない。あの二人が本気で闘争を開始したら、どちらが絶命しなければ終わらないに決まってるでしょう? 最悪、共倒れの可能性もあった。そこで貴方は何の躊躇いもなく、二人のどちらかでは無く、自分の命を差し出して、二人を無事宥めた……まだ、臨床実験もしていない技術まで使ってよ? そのまま死ぬ恐れを全く感じさせるそぶりも見えない、本気で正気の沙汰じゃない。貴方にとっては既に自分の命でさえ、何度でも代用が効く物でしかない。不完全であってもそれは変わらない。貴方はいつか言っていたわね。貴方はただ科学していれば楽しい。研究して実験して、新しい発見をするたびに幸せを感じると———」
「ええ」
 常々ゲボックが語る事である。
「その上位に二人が居る。違う?」

「そうですが?」
 全く躊躇せず、ゲボックは言い切った。
 科学が全部好き、人ならば愛憎併せ持つ。ゲボックが二人に言った事に嘘は無い。
 だが。
 優先順位が下だとは、一言も言っていない。

「……言い方が悪かったわ……貴方、自分の保身に対する優先度がどれぐらい低いの?」
「そんな物無いですョ」
「……躊躇無く言い切った。それで既に恐ろしいわ。貴方が今回、命の予備を用意するような真似をしたのは、研究を途中で終わらせたくなかった、他でもないただそれだけ。そして、二人とも大切———これは、篠ノ之博士と同じくらいの狂気を内包していると言って良いのじゃないかしら。ただ、向かう方向性が正反対なだけ。篠ノ之博士は、自分の大切な者達だけで箱庭を構築しようと———いや、それしか出来ない排他的なコミュニティを作るけど……貴方は……」
 ミューゼルは今回完全に判断できた。その事を。

「貴方は全てを受け入れる。貴方はどんな願いも飲み込む。そして全て叶える。喜ぶ顔が見たいから、その事で褒められたいから。何より、それを叶える為に科学を更に探求できるから。でも———受け入れた全てでさえ次の、更なる、科学の足がかり。受け入れた全てが———科学にしか見えない。いや、科学と言う最高の約数を手に入れて、それで解析分解、割り切れて納得してしまう。だから、割り切れないあの二人が別格———そう言う事でしょう?」

「んー、マぁ、大体合ってますね? ドウしました? 今回の顛末も良く知ってルし」
「特に何も指示してないのに———ティムが状況教えてくれるのよ。いや、スパイとかじゃなくて報告って形で」
「———あの子の観察眼は素晴らシいと思いますよ」
 内情が漏れる事など、どうでもいいらしい。
「あと数年で迎えに行くわ———そう言っておいて」
「それは喜びますねェ」
「それにしても今回の事件———ISの重要性が高まるわね」
「と言うか、他の防衛機構が根こソぎタバちゃんに浪費されちャイましたし」
「あれは正直洒落にならないわねえ。こっちとしても、バランス整えるのこれから大変だわー」

 あー、あっちの軍備バランスがどうとか、提供する武器自体あまり残ってないからどうしようとか、頭の中の電卓が火を吹くのが目に見えている。

「ますますもって、国家防衛はISへの依存が高まるわね」
「デも、ISの脅威も更に広まりまシたねぇ。しかるべき乗リ手が乗れば、単機で世界を壊滅可能な事が」
「あら? 後始末はしていたんじゃないの?」
「流石に、ISには干渉しテ居ませんよ」
「……ああ、人の子には手を出さない。二人の決まり事だっけ?」
「ええ」
「貴方達二人で一緒に何か作ったら面白い事になりそうだけどね」
「何を言ってまスか」
 ゲボックは笑う。
「小生もタバちゃんも、まだまダです、基礎を築いているに過ぎなイのに、いきナり応用に走っても面白くない結果になるのは目に見えていルでしょう?」
「…………はは、ははは……」
 ミューゼルは笑う。
 ゲボックは言った。
 現時点でまだ下積みだと。
 世界をこれだけ引っ掻き回してまだそう言うか。

「ふふ、では、これぐらいで。そろそろ、怖い方のお姫様が気付くだろうし」
 そしていきなりダッシュだった。

 どうやら本気ではないらしい———が、殺意だけは満点で隕石が降って来る。

 ミューゼルは結構命がけだった。
 だが、今回の事件で分かった。

 自分が望むのは束ではない。
 あれは、自分の為にどこまでも世界を集束する。

 対してゲボックは———
 ああ。
 色んなモノを自分色に染め上げる天才だ。
 自覚は全く無いのだろう。
 だが、誰もがこの狂気に対し、面白いと思ってしまう。
 乗ってしまう。
 感染して浸蝕汚染して行くウィルスのようだ。

 冷静に考えられるのは、今の所は千冬だけだ。
 自分とて、ずっと近くに居たらまずい、あの一年はまさにそれだった。
 もしそれが———
 世界規模なら?
 ああ。
 楽しみだ。
 
 今の、自分とは一致しない世界。
 決してゲボックの世界とも自分は一致しないだろうと言う確信はある。
 だが、どうせ合わないなら、思い切り楽しめる、思い切り狂気に満ちた、思い切り胸躍る世界の方が楽しいではないか。

 ああ———と、その時の事を考え———
 緩む頬を抑えつつ、ミューゼルは全力で逃走した。









 あぁ、お月様ノ恋文もぶち抜ケてしまイましたし……。
 さて。
 実は、長年掛けていたプロジェクトが失敗で終わり、やる事が無くなって次のテーマは何をしようか、恐るべき事に迷っているゲボックが居た。
 月はド真ん中に穴が開いて向こう側が覗けるようになってしまい、想いをしたためた文面どころか月の城がほぼ壊滅した。束の集束砲は本気で半端無い。
 千冬は本気で安堵の吐息を次の満月に吐き出す事になる。何だかんだでのらりくらりと束とゲボックが回避したせいである。絶対楽しんでいるが———直後冷静になって「あああああああああああああああああああああっ!!!」てな感じで穴を見て絶叫していた。
 海の干潮を調整する為に色々月にくっつけて重力操作する事になるがそれは後に語るとして。
 結局、それを見る度に思い出す事になり、ネタとして延々と語られる事になる。

 シーマスは何体か生き残ったので自己複製機能で数を取り戻させている最中だ。
 さて、今度はお月様で何しましょうか。

 と言いつつ、興味は移ってたりする。

 ああ、そうだ———六年前、手が空いたらやろうとしテいた事があっタのでそっちに移るのも良いかもしれませんネェ。



「ゲ〜〜〜〜〜ボォ〜〜〜〜君〜〜〜〜」
 その思考を中断させる声は当然束だった。
「また金髪か———ッ!!」
「怒っテる!? って———酔ってル———っ!?」
「ぐふふふふふふふふ! 今日は寝かさナいぜ———!」
「言動がオッサンですョタバちゃああああああん!」

 ずるずる研究所に引っ張られて行くゲボックだった。






「わははははははははははは! どれだけ飲んでも大丈夫! 小生が改造した超肝臓はフユちゃんの作った料理以外全て解毒できまスんで!」
「にゃははははははははは! んじゃこれ次飲めー!」
「よろしいのです! ん? こレ———工業用アルコールじゃ無いでスか!?」
「のめのめのめのめ飲めぇぇぇぇえええええええええ———!!」
「ぶはっ、げふ——————」
「うわっ! ホルマリン臭! 解毒早過ぎ!」

 ゲボック、空気に馴染むのはやすぎだ。
 何が怖いかってゲボックは強化肝臓のせいで素面だという事だ。素でこれかい。
 最早、何次会なのか分からない。

 千冬がかつてバイトしていたバー、『クレッシェンド』そこでひたすら申し訳なくマスターに頭を下げる千冬だった。
 何この空気。まるでキャバクラ。

「大丈夫ですよ、千冬さん」
 マスターはいぶし銀な顔で千冬に語りかける。
 白髪が少し増えたようだ。

「貸し切りですので」
「すみません」
「いえ———」
 と言葉を切りマスターはどんっ。とちょっと大きめの音を響かせて一掴み程の塊を千冬の前に置く。
「……えーと?」
「先払いは済んでますので」
 プラチナだった。
 
「…………」
 大人って……。
 来年、自分もその仲間入りなんだなあと感慨深く思う千冬だったが。

「わははははははははあははハハははは!」
「にゃははははははははははははははは!」

 あいつら良いなあ。そんなの全く何も考えてないんだろうなあ(未成年飲酒)。



 耳を済ませたら。ゲボックが何やら語っている。

「今回小生がしたのは魂の移動ですがね? 実は魂の複写ってのも考案してたんですがね?」
「んー? 分割じゃなくて?」
「いえ、直接魂を加工するんジゃなくてですネ? 別の媒体に比較して全く複製するんです」
「ほーう?」
「実は一般的な技術の延長なんですがね? 基礎データだけ入れたAIとひたすら問いと返答の応酬をするんですねぇ。それで、AIの方には回答から知識を得て更に問答を自己精製するようにする。これを繰り返すと、質問者が単一の場合なら、その人の正しく個我が電子媒体上に複製されるんです。今でさえ、記憶容量と処理能力の問題上不可能なんですが———実は、大分前から何やら理論だけは証明されているんで、まあ、今度専用のAI作ってやってみたいなぁとか考えてます———ただねぇ」
「んー?」
「いえですねェ。ただひたすらに質問するの、面倒なんデすヨねェ……それに、それで小生が複製されても小生は面白くないですし、小生自身を小生が証明できる物でもないし」
「ふーん……んじゃさあ、子供とかの疑問とか質問を受け付けるパーソナル広辞苑みえたいな形式取れば良いんじゃないの? 思念通信とかで他の質問者の情報は入力できないようにしてさ、日常的な疑問とか、感想とかも送信するの」
「おぉ! それは素晴らしい! 流石タバちゃんです!」
「面倒だし何の役に立つか分からないからしないけどねー」
「そうなんです。面倒なんでスよねえ」

「お前等……何小難しい事語ってるんだ?」
 そこに割り込んで行く千冬。正直、訳分からん会話は打ち切るに限る。

「おぉ! フユちゃんやっトいらっしゃいましたね! こっチこっち!」
 ぺしぺし自分の横叩くゲボックを無視して千冬は束の隣に座る。

 おー……と目に見えて落ち込むゲボックである。

「さて———」
「ちーちゃんは遅れて来たので」
「駆け付け3Lです!」

「息ピッタリだなお前等———てさん……リッタァ!?」
「うふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ」
「どうぞーですよォ〜(ニタニタニタニタ)」
「く、来るなお前等ああああああああっ!!」


















 我が生涯に一片の悔い無し!
 と言うポーズで束は目を覚ました。どんな寝相だ。
「いやいや、悔いだらけだからね? 結局誰も誰もくっつかなかったからプラマイゼロかね」
 世界的には超マイナスである。

 うむ。しかし、昨日、金髪めがけて隕石落した辺りから実は記憶が無い。酒飲んで動き回った為、一気に回ったんだろう
 確か手当り次第に目測で落としたら何個か存在しない筈の軍事衛星落としたんだっけ? 酔っぱらうと言動が派手かつ杜撰になるって本当本当。流石束さん超天才。『灰の二十九番』からマジで死ぬと悲鳴が送られて来たような来てないような。

 しかし風邪引いたかも……でもなんで素っ裸で拳突き上げてしかもそれで寝てるんだろう。

 ん?
 シーツが真っ赤だった。
 今は酒飲んで記憶が吹っ飛んだ朝。こういうシチュエーションと言えば、だいたいが王道で決まっている。
 おい待てや。
 まさか———いや———と流石の束も脳が凄まじい勢いで大回転する。
 寝起きのスローモードなんて一瞬で吹っ飛んだ。

 辺りに視線を巡らせる。
 ISのハイパーセンサー使えば良いという事すら吹っ飛ぶテンパりっぷりである。

 あっれぇ?
 ……千冬が居た。
 こちらは壁に逆さまでもたれかかっている。ちょっと女としてどうかと言うポーズで。
 こっちは下着姿だった。何だろう、この格差。

 はて……。
 え?
 まさか女同士で?

 いや好きだけどね、そうじゃ無くてそう言う好きじゃなくて女の子なんだしね? しかも、酒の勢い? やっぱり最初はだねこうムードたっぷりでね……いや、そうじゃなくてー。



 ……医学的に調査中。


 
 答え。
 ぶー。乙女のまんまでした。何もありませんでした。

 え? じゃ、この赤いの何?
 鉄臭いんですが。

 ようく考えよう。
 シーツは真っ赤だよー。

「いや、これだけ染まるって致死量超えて———」
 だんだん何かオチが分かって来た。
 呟いた時。
 ポタリ。
 赤い雫が垂れて来た。

 つつーっと見上げたら。
 
「なんですと!?」
 アニメ版コ●ガン家次男(本当は4男)の様に天井にめり込んでいるゲボックが居た。
 絞り出るかのように血が滴っている。
 大重傷、蘇ったのにまた三途の川を渡りかけていた。

 しばし考える。
 ゲボックは天井。
 自分は拳を突き上げていた。

 うん。絵面で何があったか予想がつく。



 暫く考えた後、束は、普段なら何かしら常に活動している思考を放棄した。
 えいどりあーん!
 束は意味も無くそう、叫んだと言う。












 オマケ。



 千冬は、血まみれというか血を出し切った感……うーん、これもある意味搾り取られたというのだろうか……と言う感じのゲボックを始末(ダストシュートに放り込んだ)した後、慌てて日本の国際IS委員会支部に向けて連絡した。
 ヤバい。四日間も失踪してた。
 本当なら、昨日連絡しなければ行けなかったのだ。
 ああ、色々あったんだ、アイツ死んだとか月とか生き返りやがったとか月とか月とか月とかあああ、あいつ等結局はぐらかしやがって今度こそ白状させてやる。

 ああ、思考がそれた。

 叱責を覚悟して連絡したが、以外にも帰って来たのは安堵の声だった。
 えー? とラッキー! を内心混ぜこねた千冬に。

「日本の代表と代表候補生が一気に居なくなってしまって焦ったんだよ。心配した……本当に無事で良かった……あとは山田君か……」
「山田君がどうしたんですか?」
「彼女だけがまだ連絡がつかなくてね……織斑君が居るのは日本かい? まったく、中国にアメリカにブラジルにフィリピン、ブルガリアとまあ、世界中から連絡が来てね……正直、何があったのかまったく分からないんだ」

 言えない。
 全員束に操られて私と戦ってましたなんて。
 全員叩き墜として世界中にまき散らしたのは私です、なんて……。 

「それより、大至急来てくれないか?」
「日本内の最寄りにあるIS協会でよろしいですか?」
「ああ、宜しく頼む。しかし、皆何故か、千冬君に関して聞くと物凄く怯えてね。何かした?」
「いえ! 別に何も!」
 取り憑いていた束の精神体の恐怖が残っているのかもしれない。
 思い切り怖がらせたからなあ——————
 あははは、と千冬らしくないごまかし笑いでなあなあ、と話を終わらせ。
 ぷつっ———と通話を切って千冬は考える。



「………………」





「………………………………黙っとくか」
 完全に色々放棄した千冬だった。









 オマケのオマケ。



「こ、ここどこなんですかー!!」
 山田真耶は悲鳴を上げる。
 砂漠のような所だった。
 何故か9割方ぶっ壊れているISが無ければひからびて死んでいただろう。

 そこにのそのそと、アリクイが真耶に近付いて来る。
 真耶がサバイバル技術の粋を駆使して貴重な水分補給減としていた蟻塚を狙っているのだ。

「あ、あげませんよ! これは私が見つけたんですからね!」
 じっくり近付いて来るアリクイ。
 生命保護機能しか働いてないIS装備の真耶。
 だが、地上最強兵器のISでアリクイを潰すというのは酷すぎないだろうか……。
 
 そこで更に発想が沸く。
 いや、むしろこのアリクイ、貴重な食料とならないだろうか。

 ごくり。
 代表候補生は軍人としてもあらゆる技術を叩き込まれたエキスパートである。
 当然、生き物の捌き方も熟知している。



 さて、真耶には今、無数のライフカードが提示された。
 生き残るには取る選択は決まっている。だが——————

「……蟻塚を巡って勝負、同意と見てよろしいですか?」
「きゃああああああっ!」
 いつの間にか緑色の女性がレフェリー服来てアリクイと真耶の間に居た。
 生えて来たとは誰も知るまい。

「いや、え、もしかして救助ですか? 私、ただ帰りたいだけなんです。飲み物と食べ物があれば争いなんてしたくないんです」

 それを聞いた緑色の女性は。

「同意ではない……と。ならば人命保護。果汁。飲む」

 にゅるにゅると蔓を伸ばして真耶を絡めとる。
「え……? 何これ?」
「飲むが良い」
「え、ちょっと止めて下さい!」

 とっさにISで防御する真耶だがガコンと堅い音がする。
 緑色の女性が真っ黒に変色していた。なんで!? と思っていたら、その光沢に見覚えがあった。
 ISの摩擦が激しい場所に使われるフラーレンである。
 炭素が60個も精緻に組み合わされた。超硬物質であり、機動エレベーターのワイヤーに用いられる事も考案されている程の物である。

 ぶちゅ。
 押し付けられる黒い唇。
 そこから流し込まれる濃厚なジュース。
 それは今までどんな味わった果物とも違った。
 文字通り、様々な果物の栄養と旨味を濃縮したジュースだったのだ。

 実は彼女———『翠の一番』には遭難者救助プログラムの一環として、植物因子を操作して果実成分を配合して栄養剤———もといミックスジュースを作り出せるのだ!
 ちなみに、栄養配分は完璧である。

 押し付けられる唇。流し込まれるミックスジュース。
 タップするが『翠の一番』は表皮がフラーレンなので全く痛痒を感じていない。

「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッ!!」
 あ、でも美味しい……ていつまで流し込むの!?
 後に、これがゲボック製の生物兵器であると聞き、ゲボックに対し、新たな苦手意識が植え付けられた事件だったと後に語る真耶であった。









 蛇足

・マユ何たらの姉
 突撃インタビューです! いきなりですが、ファーストキスの味ってよくレモンとかイチゴとか言いますよね。
 
・ブリュンヒルデ
 知るか。

・巨乳代表候補生 
 まあまあ、先輩。というか私の名前酷くないですか! 先輩だって大きいですよね!



・マユ何たらの姉 
 お二人は経験ございますか? どんな味だったかお聞かせ———なんですかその死んだような顔はっ!

・ブリュンヒルデ 
 あー……あれな。

・巨乳代表候補生 
 あぁ……あれですね。



・マユ何たらの姉  
 おおおぉ! あるんですか! あ、あの? お聞かせ……頂けます?

・巨乳代表候補生 
 ミックスジュースでしたね。もう完璧栄養剤そのものの……。



・マユ何たらの姉 
 あの……?

・巨乳代表候補生 
 先輩……?

・ブリュンヒルデ 
 ん? あぁ、私か。言って良いのか? 聞いても面白くも何ともないだろうがな。単なる鉄の味だったぞ。

・二人      
 え——————っ!? (舌でも噛みちぎったのこの人!?)



 どっとはらい。


_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/


後書き前にちょろっとオリジナル設定
/*--------------------------------------*/

○ エレクトリック・バタフライ
 束の愛機のオリジナルIS。
 全パラメータが現行ISをぶっちぎる高性能機であり、基本スペックだけで、ゲボックによるチューニング済みの暮桜でなければ蹂躙できる圧倒的性能を誇る。

 基本攻撃は、蝶の形をした先端の、自称魔法のステッキから繰り出される蝶型エネルギー波である。この蝶の飾りは扇であり、取り外すとステッキを刀と見なして、一刀一扇の構えに取り移れるが、束の精神的枷によりまずそれは発動しない。

 尋常ならざるピーキー機で、AIが存在し無い。
 全てをマニュアルでデータ入力して起動するのは、OSの上にAIを乗せて演算した場合、現行技術ではどうやっても束の暗算速度を上回れなかった事に起因する。
 データは全て思考入力なのだが、それはつまり飛ばし続けるだけでも考え続けなければいけず、無数の作業を同時に考える必要があるため、無限書庫の司書長か学園都市第一位ぐらいにしか扱えないだろう。次点は簪か。

 もし普通の人間がこの機体を取り扱おうとした場合、AIを失ったアージェイトを動かせずジタバタしたケン・マリネリスのようになる。はいだらー言っても意味ありません。



 単一仕様能力 『不思議の国のアリスの冒険』

 通常状態での限定機動と、コード解放時の全力機動の2段階の性能を誇る。
 通常状態では、簡単な単一命令をプログラムとして組んだ、自律思考を有する蝶の形で実体化する。これは、攻撃用の蝶エネルギーに酷似しており識別は難しく、攻撃の蝶に紛れて組み込まれた単純な思考を他者の脳で展開する。
 主とした使い道は、脳内への偽情報の展開、正確な情報の消去などである。
 あくまで現在知覚する五感に対してか機能せず、記憶の改変などは出来ない。
 だが、本当に機能を限定すれば相手の腕に偽信号を送ってエイリアンハンドの様にする事も可能である。


 コード解放は、一人の人間が『不思議の国のアリスの冒頭・原文を改竄したもの』と『荘子の胡蝶の夢の改竄文』を10秒以内の差で読み終える事で二つのコードが解放され起動する。
 つまり、コードを知っていても同時に詠えなければ意味が無い。

 本文内で束が語っている通り、同時に考えられる数だけ、その分割思考能力に比例した分体を生み出せると言うもの。
 複雑な作業を必要とすればする程数が減る。
 だが、本来同時作業は非常に困難であり、精々が通常展開時の機能程度の思考しか分裂できない。
 『ハンターハンター』で『ダブル』を生み出すだけでメモリが足りなくなる、と言ったのはまさにそう言う事なのだ。
 
 だが、束の圧倒的思考能力は疑似人格を有する分体を20万8467体も生み出すことができる。彼女が用いたからこそ、この能力は桁違いの性能を有することができる訳だ。
 なお、ゲボックが発動した場合、ゲボック級の天才がもう一人出来て終わりである。ゲボックは何でも特化型らしい。

 だが、この能力の神髄は、作業手を増やす事ではない。『狂乱家族日記』の原作を知っている方は予測が付かれたと思うが、この単一仕様能力の本当の機能は『搭乗者の魔族化』である。
 肉体を離れた精神にISのエネルギーが纏っているので視覚化されているだけで、後はほぼ同じであり、様々な物に憑依し、自らの肉体とすることができる。
 その際、元の依り代にウサギの耳や蝶の触角、または翅が生える事になる。
 作中のビルの変形などは、高濃度の精神エネルギーが見せた幻覚のような物で、所謂ぷち束の着ぐるみを来ているような状態である。
 物体だけではなく、炎や電気、エネルギーなども依り代に出来る。

 だが、主として一番役立たせるのはやはり精神エネルギーであり、束は気付かなかったが、『超絶魔空砲』として機能させた場合、物体破壊は兎も角、存在破壊は『THE WORLD LIGHT BREAKER』さえ超える。

 デメリットは、初機動、維持に莫大なエネルギーを要する事、一度に脳を平行起動させるため、自律した個体からの帰って来る情報の識別に多大に負荷が来る事と、ナルトの影分身同様、精神の疲労は蓄積される事である。



マクスウェルにはネコじゃなくてウサギ(ユビキタス)
 束の開発した、コアに依存しないISシステムである。
 コアに依存しない、とはどのコアでも良いという事だ。故に、作中語っているコアの複数使用が可能である。
 常時量子展開と量子格納の中間状態で束の周辺に偏在しており、束が望んだ機能を瞬時に部分展開する、機能だけのIS。如何なる不意打ち暗殺に耐えうるように設計させており、事実上ISで暗殺行為を行わなければ束は傷一つ付けられない。



○ 夜剣・両断皇后
 阿呆みたいにエネルギーを消耗する機構。
 与えられたエネルギーに比例した長大な刃を形成し、それを空間圧縮で通常の刀サイズに圧縮する。
 これで斬られると、元々の長さの刃に引き切られると言う、ある意味刃チェーンソー。
 しかも、それを振り回すと、元々の大きさが長大であれば長大である程、見かけと違って実際の速度がとんでも無い事になり、インパクト力が桁違いに跳ね上がる疑似ナイトウォッチブレードである。ただ、時間加速は使っていないため、空間圧縮率に比例し、光速に近付くにつれ抵抗が上がり重くなって行くため、無限大の威力は出ない。
 しかし刃を構成するのは零落白夜。
 ただし、距離を圧縮して行くため、威力をあげれば上げる程、零落白夜の輝きは距離の向こうで輝くのどんどん暗くなって行く。暗くなれば暗くなる程強大になって行く所もナイトウォッチ擬きである。つまり、今回の起動如きじゃまだまだである。
 斬艦刀どころかどこぞの星薙ぎ(あー原典同じだっけ?)の名前を文字通り実現できる刃の為、非常に物騒。取り扱いの際は注意事項が一つ……決して落とすな。ただそれだけ。



/*--------------------------------------*/

 サブテーマ。
 それは、世界を浸す愛。

 ああそうですよ、束の過去話ちょっと書いた時点で、同じくあの神様のオマージュである沙耶の唄とかくまなくルートコンプする程やりこんで(といっても3時間もかからない)。肉塊とか、ロボットとか、そんなのと恋している人って……まずSAN値測定しないとなーとか訳分からん事考えてましたよぉおおおお!

 実は、前の過去編書いた後、有り得ない物を見つけてしまったのです。
 発売から1年———普通なら中古で奇跡的に発見できてしまうような。そんな感じの同人音楽を発見したのです。

 黒夜葬という東方のアレンジを主として出しているグループなのですがAhnenerbeってプロジェクト名でつくったEINHERJARってアレンジアルバムなんですよね———Dies iareの。

 いや、発売時買い損ねてようつべで聞いてたりしてたんですがね? 購入の際に火がつきまして、もうiTuneでループで聞きまくり。
 さっき確認したんですがね。その中でもよく、単曲ループを掛けていたΩEwigkeitのアレンジが……再生回数……965回……うぉぉおおおいっ!!

 はい、何が言いたいのかと言うと……。
 


 すいません! めっちゃ影響受けましたあああああああああああああああああああああっ!!
 その合間にReckless fire(TV Full Size Version)何かも聞いちゃいましてね!
 最後の方束までキャラ崩して叫びましたしね!

 皆、これ教訓だよ。
 作業用BGMは良く吟味したまえ、マジ引き摺られる……。 

 あと、ゲボックがふられた理由は、千冬さんが言っていた理由以外にも。
 千冬さんは恋愛とか全部抜きにして束LOVE、という事があります。
 一夏は別格ですが、少なくとも束が自分が居なくても人に溶け込めるようにならないと自分に恋愛する余裕なんて無いと、感じてしまっているんですね、自覚無いけど。
 つまり、最大の恋敵が他ならぬ束なのです。
 よし、トライアングル形成完了……。うわ、何このウロボロス。

 さて、次はついに過去編最終章。一夏誘拐、双禍誕生編。
 問題はアレだ……どうやってこのメンツから一夏誘拐させりゃ良いんだろう……って事だな……。


 オマケ
 友人:なあ、お前って束を書く時どんなのイメージしてるんだ?
 
 俺:ん—……、橙たる種とか?
 
 友人:何でもあり過ぎだアアアアアアアアアアアアアアッ!
















 ……今回、一番のヒロインはろりろりぷち束なんだぜ。



[27648] 転機編元ネタバレ集
Name: 九十欠◆82f89e93 ID:a6979411
Date: 2013/02/24 00:45
 さて、続いて転機編です。
 ゲボック思春期編とでも言える章である。

 段々自重して来なくなった所でもあります。
 そして……あるんだよなあ……ぷち束によるネタの軍勢が……。






 転機編第1話 白雪芥子―――倫理の境界



○ルラムーン草を煮込んでいたら高速都市間移動魔法でも覚えそうな勢いだった。
 御存知ドラクエⅤイベントである。
 ルーラの価値はシリーズで様々ですが、確かに瞬間移動魔法だからなあ。
 物理透過はしないのか天井にゴンですけどね。

○うーまーいーぞー!!!
 料理ものでおかしい演出を始めた、味皇様(アニメ版)である。
 いや、本当、どうしてこうなった、だよねー。
 いや、大ヒットしたから良いけど。

○この世で最も馬鹿な男に美的感覚を日夜仕込むべく、肉体言語を振るっていた学園のアイドルが如くに。
 蜂の子だろうがザザ虫だろうが、何でも好き嫌い無く食べる事が、素敵なスタイル構築の秘訣とでも言わんばかりの悪食っぷりである。
 『僕の血を吸わないで』及び『僕にお月様を見せないで』に出て来る倉地香さんの事。
 超美人。超スタイル良い。あと、財力も凄い。家柄も素晴らしい。
 しかしプライド高すぎて、センスの分からない馬鹿に称賛求めたのが運の尽き。
 意地でも自分を魅了させてやると自棄になり、気付けば惹かれているという恐ろしい事象が発生。
 吸血鬼化すると、成り立てで500年級の能力を得られます。なんでも後輩曰く、才能あると思ってましたとか何とか。
 この世界、五感が鋭敏になる為に吸血鬼は人間だった頃、嫌いな食べ物が、弱点に成ると言う設定なのだが、この人、上記にある通りなんでも食べられる健康的な人だから弱点が無いと言うとんでもない人であったと言う。
 束は炭化した料理やゲル化した料理を平然と食べられるので思い付いてしまった。
 もしかしたら、天才から来る味覚障害かも知れないけど。
 そんな束も、エターナルフォースブリザード級である千冬の料理には耐えられない。食べるどころか口に入れたら死ぬ。そのレベルである。

○精神感応金属を『シンドリー』じゃなく『イヴァルディ』にしてるんです!!
 スニーカー文庫RAGNAROKにおいて出て来た、古代文明の超金属。
 遭遇編の『シンドリー』よりは『イヴァルディ』の方が有名。
 いずれも北欧神話から名前が来ている。
 変形したりビーム打ったりフォトンサーベル飛び出て来たり、燃やしたり凍らしたりもう何でもありである。

○魔法少女、フラット・マウンド・エレクトリック・バタフライ
 狂乱家族日記のラスボス、平塚雷蝶をそのまま英語読みしてみた。
 展開時の束は何となく彼女のコスプレっぽい姿である。
 体型はグラマラスだけど。
 なんというか、ヒロインにラスボスの箔付けてどうすんだろう……。
 しかし、雷蝶は生まれ変わってディケイド(本名はついに読者には明かされず)と名付けられ、末っ子に成ると言う。
 十周年てオイ……!

○蝶は昔からね、『兆し』を象徴するんだよ?
 XXXHOLiCの侑子さんの家紋が意味するもの。
 あれも地味に悲しい話でしたね。
 最終回で受けた衝撃はキツかったなぁ。曾祖父に当たる人が変わっているの。
 小鳩ちゃんやひまわりちゃんは幸せに生きられたのだろう。
 それだけが救いかな。

○シーマスシリーズ
 上遠野浩平先生のナイトウォッチシリーズの第2作に出て来るマッピングムーバー。
 月の砂を食べて地図を作れると言う地味に凄い機能がある。
 あと、作った人はヨンのモデルの人で、鉄仮面にとっての初子さんだと思う。
 地味に超科学で作られているので、そのところの軍事兵器の攻撃を一切受け付けない超装甲を持ってたりするわけで。
 彼のポジティブシンキングな所は、見習う価値があると思います。

○『飲む宇宙服・錠剤、服用・宇宙服遊泳前3分、効果24時間タイプ』
 原作『狂乱家族日記』の番外で何気に狂乱家族もゲボックも使っていた便利過ぎるクスリ。
 一般ピーポーでも月面での活動をお約束します。

○隕石を止めるでウィリスと言って宇宙目指すな
 元々は『HELSHING』の夢ネタ。
 銃の名前がジャッカルだと言う理由で、映画『ジャッカル』の悪役ブルース・ウィリスがジャッカルの精として(嘘だけど)出て来ると言うネタで……。
 『アルマゲドン』のお父さん。ブルースウィリスを用いた語尾ネタ。結構難解だと思う。

○千冬の剣技に超究●神覇斬が加わったのは余談である。天●龍閃だって間近かもしれない
 FF7クラウドの最終リミットブレイク技。
 うちの千冬さんは、ネタ必殺技を悉く会得しそうで怖い。
 第1回モンド・グロッソの決め技だったりする。

○もーしもしもしモシン・ナガン?
 千冬自身が言っている通り、フィンランド人最強のスナイパーの愛銃である。
 この人、マシンガン捌きも無双級だとかで。

○ハデにやれ
 この分だけで元ネタ分かった人は凄いと思うけど
 ハンターハンターの蜘蛛編にて、メンバーに下したクロロの唯一の指定。
 普通の台詞に見えて、束がフッたたった一つの条件が、その伏線だったりする。
 ウボォーギンの追悼を兼ねて、彼の望んだようにしたのだとか。
 つーか、ハンターハンターは一体どこへ向かうのだろうね、作品方針……外世界かね?

○「ああああ! あれはなに? 古代から隠れていた大巨人? 虚数域に生息する多頁次元生命体? いやいやいや———」
 スーパーマンです。結構有名。
 大巨人とか、多貢次元生命とかは、単純にそれっぽいと良いよねとかムーから引っ張りだしてきました。お気になさらず

○巨大化立体映像装置『ディカポルク』
 感想で気付いた方もいらしましたが、金色のガッシュのアヒルみたいな魔物キャンチョメの、巨大な虚像が浮かぶ魔法である。
 あの子がまさか鏡花水月の域にまで至るとは思うまい。
 『これが私の斬魄刀———シン・ポルクだ』ってアイコラ誰も作らなかったなぁと少し残念。
 しかし、原作で不解宮ミリオンを初めとして色々格ある人が巨大立体映像を使用し、しかもそれがゲボック製だと言うので別に良いんじゃないですかね。名前だけって事で。

○さあ!! 大空をごらんあれえ!
 他でもない、束が赤椿を登場させた時の台詞フライングパクリですョゲボックである。
 降って来ると言うシチュ考えたらアニメのあのシーンがですね。

○群居集合欲求———を刺激して一まとめにして見ましたょ
 八房龍之介先生の『仙木の果実』より、正義の魔法使い、アーノルド・ラスキンが初登場の時に出た、変身役を投与された者達の願望をひとまとめにする事で安定化させたもの。
 『わーいましん』の変身願望云々は、このかいの影響を多大に受けていたりする。
 しかし、ゲボックは敵が使っていた技術を使わせると輝くのは何故だろうか。

○「奇麗だな———殺されても良い」
「同感だ」
 『惑星のさみだれ』にて、ピュアノプシオンなる群体の泥人形を姫が単身薙ぎ払ったときの野郎二人の会話。実際後者の方は、思考だけで言葉が無かったのですが。
 この人の作品は、作家買いして損の無い一作です是非ご一読を。

不思議の国のアリス(アリス・イン・ワンダーランド)
 後の、「んっとね、爆爵」も含めて『武装錬金』の蝶野爆爵のネタである。
 感想では気付いていた方もおりましたが。
 チャフの武装錬金で五感を支配とは恐るべし屑紳士。
 そもそもここの人らは名前が凄いよね。
 これを、臨死の恍惚で纏めてブッ飛ばすパピヨン恐るべし。
 LXEの武装錬金は童話を元にしているのが色々あったので、もう少し色々種類を見たかった気もします。

○自分が男なら嫁に欲しいと言いかねない程に。
 それは未来の教え子がするから等とメタい事が聞こえるわけも無く。
 千冬さんグレイさんを嫁に欲しくなる。
 なるなる、流石ラウラの師匠です。としたかった。
 グレイさんは良妻賢母を目指しました。お陰で一夏の方向性が……!

○ディバイ———ン、てふてふ~!!
 束さん中の人ネタ。
 蝶の形をしたピンクのエネルギー塊による砲撃である。

○めっ、目ガアアアアァァァッ!!
 なんかこの時は自覚なかったが、何かムスカである事に気付く。
 日本人のイドにまで刻まれているのだろうか……。
 他にも、アーマードコアの、光が逆流するううううう! も結構候補に挙がってたりするネタである。

○テェェエエエンション上がって来たぜえぇぇぇぇえええええ!!!
 輝ける奇跡の馬鹿。
 ドルチルさんのネタ。
 母親似だと言われると極限まで落ち込む、左右それぞれ15k、20kしか握力の無い無駄筋肉の巨漢。
 どんな傷も、ダメージも、すぐに忘れて気にしない! そして何より実際治っている奇跡の馬鹿!
 土塚先生の『マテリアル・パズル』の謎魔法である『パイナップルフラッシュ』の出力アップに必須の言葉である。
 過去編で、クロイツの一体を元とする魔法である事が判明する。
 でもあのキャラが使うとは思わなかった。
 超高機動で、かつ最大熱量はテンション比例で上限知らずと言う恐ろしい魔法である。
 素敵すぎないだろうか、『パイナップルフラッシュ』
 って、ゲボックも叫んでいるし。

○●描いて~お豆●二つ、おむすび●とつ、あ~っと言う間に~
 ちぇーすとー
 ファイアアアアアアアアアアア——————ッ!!
 結構ギリギリ感のある。星のカービィの絵描き歌。
 ゲームボーイの第一作と、夢の泉並びにそのリメイクでのみ流れているものである。
 ちぇすとーとファイアーは、そのカービィがマップ兵器『マイク』を使用した際の歌声である。
 こちらはスーパーデラックスで。
 大食漢、いつも寝てる。音痴。
 今なのが人間だったら凄い嫌だな。流石カービィだ。

○ザレフェドーラ
 ゲボックの消滅兵器だが、元ネタは『金色のガッシュ・ベル』のラスボスの魔法『シン・クリア・セウノウス・ザレフェドーラ』から。
 魔法でありながら一体の魔物として独立もしており、ファイア! の叫びで地球の三分の一以上をカバー出来る消滅長距離砲撃を可能としている。
 まぁ、つまりファイア! はカービィとダブルネタであったりするのだが。



 転機編第2話 思春期響宴其上



○ガンツフェルト症候群
 作中にもあるが、これは創作物内のネタである。
 元ネタはかまいたちの夜2の超能力編である。
 意図的になんらかの五感機能を奪う事によっってその他の機能を発達させる事で超能力に達すると言う理論。
 なんとなーくペンデュラムの能力者の理論と近いかなーと思わなくも無い。
 これのネタは作中でも述べている通り、ガンツフェルト実験より。

○あなたの全てを憶えます。だから、あなたも私を受け入れてください
 元ネタは無いのだが、何となく語呂が近いもので好きなものがあった。
 人に恋すると人の形になれるというコイネコという漫画がありまして。
 それの旧版で猫が発情期に鳴いているのは願いであり、『私は恋をしています、あなたも恋をして下さい』と唄っているのだそうだ。
 某水銀の告白に近いストレートっぷりが結構好きで。
 束的に改変してみました。
 わたくし事なのですが、読んでいて小難しい言葉を並べるのも好きですが、読んだとき韻を踏む、リズムがあるなどの文章は俳句や歌に通じて心地よいものだと思うのです。
 なので、ネタではないがリズムを頂いた、と言う事で。
 えーつまり、文章が淡々としてたらその時の私はスランプ入ってます。生暖かい目で見て下さい。

 という長々とした良い訳だったり。

○では、何が同族かどうか判断する機能なのか———
 それは、直感と言うか第六感としか言いようがない。
 見た瞬間、天啓を受信したかの様にハッ、とするのである。
 言葉こそオリジナルだが、この文章を思い付いたのは『寄生獣』より。
 人を殺し過ぎために、相手が人かどうか判断出来るチャンネルを開いてしまった殺人鬼の持ち論から。
 本来、生物は敵か味方か、判断する機能を持っているとか素敵ですよね。

○だからこう言えば良いんじゃないかなぁ―――『薙ぎ払え!』って
 俺はジブリネタが好きである。
 そう言えば見た? あの巨神兵の映画。
 虚空牙のモデルってアレだよね……多分。

○ジッパーが開いている。
「ブチャラテ●?」
「どっちかって言うとポルノ・ディ●ノかなー?」
 何かを『開く』ものをジッパーで現すところから。
 前者はジョジョの死んでも根性で戦い抜いた彼。
 殴ったらジッパーで開く。何だそりゃ、いやジョジョはそんなもんです!
 後者はバスタードの悪魔大元帥の使った空間を開いた機能。
 誘導弾を吸い込んだり、掃除機を引っ張りだしたり出来ます。
 何ていうか、ビジュアル的に恰好良いよね。

○あの花
 マリオで土管から出て来るあの憎い花である。
 その後暫くマリオネタは続いて。
 イタリア人の配管工が放つパイロキネシス=マリオのファイアボール。
 恐竜の卵=ヨッシーの卵投擲。
 ヨー●ター島限定種=スーパーマリオワールドのPパックン。
 火に弱いのに火球吐く子=火を噴くパックンフラワー。3から登場。
 となっている。
 しかし———
 あの花を『あの花』と呼ぶのは、『足洗い邸の住人たち。』の第1巻で、兎小説家にファンから届けられた鉢植えの花からである。
 特殊諜報員を捕食して食い殺せる程の『あの花』なので、取り扱いに注意して下さい。

○元々大日本帝国人ですし
 ゲボックは狂乱家族日記における、世界最大の国家『大日本帝国』国民だからである。
 流石に幼児までしか居なくても、自分の故郷名ぐらいなら知っているのだが。
 辿り着いた先が日本国なのでなんかズレてても通ってしまったと言う次第である。

○正夢町
 原作『狂乱家族日記』において、人間至上国家における人外唯一の居住地である。
 言ってしまえば江戸時代の出島のようなもので、悪く言えば隔離されている。
 それぞれ星座に対応した顔役が居るらしい。
 ライトな魔界都市だと思ってくれれば良いかも知れない。
 ライトだけど、ここも結構人の命は軽かったりするので。

○ティム
 オリキャラと思いきや後に発覚魔改造原作キャラ。
 どう見ても教養の無さそうな原作より、ストリートチャイルドな境遇に。
 私はパラメータの高いチンピラって大好きです。
 後々ドンドン魔改造されて行くのでお楽しみに。
 ちなみに、ティムと言うのも男装名であり、本当の本名はティミリィ。
 作中に出る予定は一切無い『予定の』設定です。

○黒くて大きくて硬くて光ってて臭くて奇妙な声をあげるせーぶつ
 THE.KUMA———そう、熊だ。
 元ネタは『ジャングルはいつも晴れのちグゥ』より、何故かジャングルに出没した熊である。
 熊を知らないジャングルの子供は、その見た目をそのまま言ったんだが、この一連の流れそのものがじゅげむじゅげむっぽい気がしないでもない。

○黒くて大きくて硬くて光ってて臭くて奇妙な声をあげるせーぶつの、白いの
 THE.SHIROKUMA———あ、もういいって? はい。白熊です。
 こちらは、同じ『ジャングルはいつも晴れのちグゥ』でも、アニメ版だけに出たもんで。
 最後の一言が加わっているせいで早口言葉が一層増えた。
 でも最初に黒いのって言ってるのにね。

○トリビア
 生きる上でそんな大して役に立たない知識、ただし知る事、そのものこそが快楽に繋がる。そんな言葉である。
 いや、懐かしいね。メロンパン入れとか。

○例の花
 上記『あの花』を参照して下さい。

○口臭ッァ! なんかコイツだけ違う!?
 FFに出て来るバッドステータスの塊の悪臭植物。
 モルボルだ!
 何か地味にドラゴン並みに強い臭い植物。これなんて地獄絵図でしょ。

○緑色の女
 生物兵器『翠の一番』。元ネタは、感想でも一発でバレましたけど『吉永さんちのガーゴイル』のオシリスです。天空竜じゃないからな。うん。
 原典では、最初はビオランテみたいでしたが、一応こちらでは最初から女性モードである。
 尋常ではなく巨大な体躯と、分裂する能力があって、地味に世界をあっさり征服済みである。
 それで、自分の上で競い合うものを審判したりするのが好きになる。
 地味にハードゲーマー。

○ドリル。緑色のビーム出る
 地味にゲボックのドリルだって螺旋力あるんだぜ! な緑色です。

○対象施設をピンポイント攻撃。どこぞの国の十八番でしたね
 『緑の王』より、ソウマ博士。
 空間座標合わせて平行世界から植物突出攻撃とかどうやって防ぐんだか。
 言ってみれば、リリカルなのはのサンダーレイジO.D.Jだぞ!?
 植物だって地球規模でネットワークを繋げば人間以上の知能を得ると言うコロンブスの卵的な設定がウヨウヨでてこの漫画は好きだったんですよねえ。

神の手違いなる災害(ゴッド・ケアレスミス)
 『惑星のさみだれ』より、魔法少女の魔法で、天災をこう称した事でアイデアゲットー! な話である。ルビだけですが。
 二つ名にして、結構二次創作で『天災』は散見したのでちょっと足したろうか、みたいな感じである。
 神って付けるとカッコ良くね? と思う私は厨二病。

○技術的に優れた者は、こっそりダイナミックな事をやり遂げる
 『BLEACH』にて、夜一さんが言った浦原喜助の評価。
 まさか、死神の本拠地の地下に第空洞作るとは思わんだろう普通。
 ……浦原はマッドに入るのだろうか?
 『BLEACH』はマユリがすでに入っているのでなあ……?

○「天明らかにして星来たれ———」
「懐かしいけどその手のネタは止めろ……な」
「来来……えー? いいじゃない……はいはい、しょうがないなあ———星の素子、依りて依りて彼の(もと)来たれ星の雨よ(りゅうせぇーい…………ぐぅーん)
 あなたを守ります、守護月天……ではなく、そのパロのパロ。
 『ペンデュラム』において、カラミティに何出来るの? と聞いた所、彼女がやりかけたパロ。
 ファンがおっかないから止めろ、のパロである。
 この後、学校の校庭に馬鹿でかいクレーターが穿たれる。
 うん、星が来たんです。隕石が。
 束のまさしく天災攻撃メテオコメットなんでもござれ。

○『異魔神こえましたァー!?』
 『ドラゴンクエスト・ロトの紋章』より、ラストバトルで異魔神が本来パルプンテでしか喚び出せない筈の『りゅうせい』を放った図から。
 ……この漫画のオメガルーラとかイビルディンとか、響き恰好良いよね。

○一体、どんなキメラが産まれ……うん、私も大概酷いな。
 『スレイヤーズ』の特大版後書きより。
 ゼルガディスとアメリアのカップリングを歓迎するファン達の心根を神坂一がズバリ指摘したもの。
 このカップルがお似合いだ、以前に、超合金娘とゴーレム肌のイケメンの間で子供が生まれたら一体どんな子共が生まれるのだろうかと言う期待である。
 すまん。その発想は正直あった。
 というか、長編は終わったのにいつまでスレイヤーズは続くのだろうとか思うこのごろ。ロストユニバースだけじゃなく、他の魔王世界設定流用とかあれば読むかもと思うのに。
 いや、他のあんまり読んでないから実はあるのかも知れないけど。

○はえみつ
 『マザー2』でプレイヤーどころか主人公ネス君の心象世界にまでガッチリ組み込まれまくった極めて臭くて強面でキモいと言うジャンルにすら割り合わない何かとしか思えない下品なスライム、スリーク在住のゲップーさん。
 特殊状態を負うガスってモルボルか。部下にオエップっているし。

 のッ!! 大・好・物。戦闘中に投げつけると一心不乱に我を忘れて貪りつくのでその中毒っぷり推して知るべし。

 蜂蜜ならぬはえみつである。ドットレベルでその中に蝿が籠っているのが分かる超悪絶品。
 当然極めて不衛生で悪臭の根源である。
 何とこいつ、リベンジにやって来る。まあ、カマセっぽくスターストームで消し飛ばされるんだけどね。

○束の恋愛観
 作中にも書いたが、『Missing』の現世の魔王陛下、及びに『塵骸魔京』の主人公、九門克綺による感情論を一切排した状態での『恋愛とは何か』を参考にした所謂ぶっちゃけた話、である。
 生理的反応を奇麗なもの、と言われると安心するらしい、との談は読んでて成る程、と思わされてしまったものである、人の善性は素晴らしいものだと思わなきゃやってられないと言うのは真理である。
 これを掲げた上で好きだ! と断言した九門克綺は凄いんじゃなかろうか。

○対して千冬が束を観察して出した評価の参考
 『良く分かる現代魔法』より、恋愛とは参照。
 実はこれも科学的な事を言っているのだ。
 一人の人間について一日4時間以上考えると、血中からセロトニンの働きを助ける化学物質が減少する。それによって陥っている脳の精神状態を『恋をしている』状態だと言うのだそうだ。

 つまり、外部よりセロトニンの活動を阻害すれば人は恋に陥っているのと同様の精神状態に陥らせる事が可能なのだ! 的な。なんとも恐ろしい話である。

 で、セロトニンって何してるのよ、と調べて見ると色々してて、自律神経の交感神経やら副交感神経やら、体温調節、はたまた食欲抑制、痛覚の認知、抑制など、結構重要なことをしている訳で。

 これらが働かなくなると、鬱や慢性倦怠感などに襲われ———

 恋って鬱なのか? いや、確かに精神病といえるけどさ。

 しかし、ここでは逆にそれがロマンがあると言っているわけで。
 人の一日で活動出来る時間は極めて短い。
 一日はそもそも24時間しか無いし、そのうち結構人は眠っていて、そんな状況下で一日に、4時間もたった一人の事を考えているのだ。運命とか神とかが指に赤い糸つけてる、なんてのよりよっぽどロマンティックだとか。なるほど。
 束さんは脳が超高速回転しているので体感時間ではどれだけ彼の事を考えているか分かりません。
 そういや、寝不足で隈が凄いと言われる束さんですが、セロトニンが激減してて睡眠障害に到達している可能性がある。これは危ない。

———ん?

 というかさ。一夏のフラグ体質ってまさか。
 周囲の人間のセロトニン、ないしその働きを助ける物質を破壊する何かを放出していると言う事なのか!?
 恋愛原子核放射線の正体が何となく見えて来たぞおい!?

○ゴリラがオラウータンに恋をするようなもの
 『増血鬼かりん』より。人間に恋してしまった事を自覚したかりんちゃんがそれを(自分なりの)客観的に見下ろして判断した状況。
 しかし例えが凄い。で、どっちがゴリラだと言いたかったのだろうか、彼女は。どっちもどっちだぞ。
 そういえば、そのある意味世界観繋がりのアイオーンも終ってしまったな……。
 しかしあんな彼女もかなり良いかも。と思う俺は駄目駄目っすな。

○その自覚の仕方、北●誠一かお前は!?
 やっと持って来させられた自覚であるが。
 好きなんだろう、と指摘されて。否定するけど待てよ、と考えてみればべた惚れだった事に自覚する。
 『エンジェル伝説』最恐フェイスのエンゼル北野君である。
 それでそのままその場で小磯良子に素直に告白するのだから、本当良い奴である上に漢だ。何でこんな顔なんだ。

 全く関係ないが、自分は白滝幾奶が結構好きだったりする。
 北野と良子の仲が一番だと言いながら、その間に愛人として囲って欲しいとかとんでもない爆弾発言する彼女は素敵だと思う。
 彼女が原型になった、クレアが主人公の漫画、クレイモアも傑作である。画集買えば良かったかなぁ。
 いや、連載中にもう一度ぐらい出る筈だと期待して待っておこう

○『水』
 『狂乱家族日記』における、宇宙生命の一つ。
 水分子だけで出来ている天体そのもの。
 それが全て生命エネルギーに満ちあふれていると言うのだから凄まじい。
 その中に生まれた最初の自我が月香である。
 一般的な水とは、月香と言う本体が千切れて残った天体部分に作り出された無数の自我であり、月香の分身と言える。
 それぞれがゴッコ遊びのように役割を与えられて社会を営んでいる(フリだよ。結局一体であるし)が、ぶっちゃけ一般『水』と姫役の『水』であるOASISUしか知らない。
 人格を持つ水である為、他の生物の体内に入って操る事が可能である。
 が、その上から魔族が支配し直せるため、あんまり強くは見えないが、一般的な有機生命には抗い難い脅威であると言える。酒を混ぜられると非常に苦痛を感じるらしい。調味料でも同じである。

 強大なエネルギーを内包する故に、自我の無い『水』が、その一部でも他の生命体に入り込むと、有り余る生命エネルギーで強化するという極めて厄介な性質を有し、邪神とか言われていた海生生物もこの一つである。

 厳密に言えば月香も、その妹であるSYGNUSSも『水』である。

 で、これは独自解釈なのだが、『狂乱家族日記』の様々なものはこの『水』による影響を受けており、原作設定には全くその片鱗もないのだが、ゲボックの知能にもこの『水』が関わっていると言う解釈を下している。
 もっとも、その上でゲボックがゲボックであるが故に天才なのですが。
 また、当作では『水』を内包した人材は、織斑一夏以外でもISに反応することができると言う仕様になっています。クロス故の独自仕様なのでツッコミは勘弁願います。一応根拠はありますので。
 しかし、『水』を内包した人物達の反応通り、通常は一度きりの稼動しか出来ず、その後拒絶反応で9割型全身が死にます。その辺をご了承ください。



 転機編第3話 思春期響宴其中



○ぷち束
 『狂乱家族日記』でヒロイン(!?)にして神(?)たる凶華の分身達、ぷち凶華から。ぷち版の束である。
 実体は超常現象対策局の技術によって作られたミニチュア人形なのだが、これに魔族である凶華の能力で操作している———のだが、何だが固有自我があるような気がしてならない。

 加えて主要な個性持ちの個体は、大人の童話と言われるゲーム『ヤミと帽子と本の旅人』からちびリリス達の個性……他を交えて色々数を増やしてみました。
 沢山居て、かつ全てが束であるために、この作品ではこれ以後、わさわさと沢山でてきます。
 その全てが束の分割した思考のの一要素に過ぎず、その取りまとめを固有個体が為している。
 同じ束の一部なのに、派閥が出来ていたりするから超多重平行思考ができる束は難儀な思考である。
 束と言う狂乱の象徴……後に能力としてもリアルに実体化を始めますな。

 可愛く無い? ミニチュアヒロインって。私は大好きだ。

○沈黙の兎、という人食い兎の縫いぐるみ
 元ネタは『羊達の沈黙』と言うタイトルそのもの。レクター博士です。
 人食いです。
 何がやばいって、こんな超絶レベルの天才かつ●●●イに、ストーキングかつされるヒロインだよね

○う、動、け、無、いーっ!?
 『足洗い屋敷の住人たち。』より、適当な紙に書かれた(何か張られたものの名前が書いてある? 名札? 乳とか、ポニーテールとか)が張られただけなのに何故か封じられたが如く動けなくなる。
 呪文はひたすら『煩悩』と唱え続ける事。
 なお、ここでも巨乳とか張られています。
 唱えている『インドの蕎麦屋』は孔雀王から。偽読経w
 しかしあの漫画も良く終末思想に行くよねー。
 しかし、何故日本神話系に言ったのかが未だに分からん。あと、キャラが丸々しい。何があった。

○秒殺閃空地獄極楽封印
 『バスタード』の竜王子、ラーズ・ウル・メタリカーナの必殺技『封神剣極限奥義秒殺閃空地獄極楽斬』一瞬中国語かと思った必殺技である。なんかドラゴンのエフェクトがでて来て敵を粉砕しつつブッ飛んで行きます。どこに剣が!? と言っては行けない。なんかカッコいいっぽいよね。熟語w

○精神感応紅蓮放射器『ゲイルレズ』
 『RAGNAROK』より、古代文明の遺産。
 その名の通り、スイッチいらずの火炎放射器である。
 ……しかし、これ、イヴァルディなんだが、本当、イヴァルディって何でもアリだなぁ。

○ベアリングロード
 『ドラえもん のび太の銀河鉄道』より。
 路面が極小の金属製のボールで舗装されている上に精神感応システムがあり、進めと思うだけで足下のボールが回転して運んでくれる通路。もしこれが実現したら、運動不足のデブが爆発的に増える事請け合いの技術である。

○「おっぱいで」
「おっぱいで」
「おっぱいで」
「おっぱいで」
「おっぱいで」
「おっぱいで」
「よろしい、ならばおっぱいだ。流石私、ほぼ全会一致じゃな」

 これ……『HELLSHING』の、『戦争! 戦争! 戦争! よろしい、ならば戦争だ』が元ネタだと言ったらどうなるんだろうか……。

○20万8467体のぷち束
 実は、初代ウルトラマンに大虐殺されたバルタン星人母艦の搭乗員の数にするつもりだったのだが。
 その数なんと。
 
 20億3,000万人!!

 この連載始める時は既に、千冬と束の激突は構想にあったので。
 いや、流石にこれに相打ちまで持ち込めたら千冬はもはや地球上生命体じゃない。人工太陽の爆発の影響で超人化したレッド族の擬態形態だな。とまでなったので桁を減らしました。
 そうしてこうして、、20万3000体まで減らしたのですが。
 それに5000体追加し、さらにISの総数467体を追加したものであったりする。
 それというのも、作品が不評であれば、実は千冬VS束で連載を切るシナリオ分岐があったのである。
 そのシナリオでは20万3000体が、あるミッションを。5000体が千冬に襲いかかり、残る467体が全世界のISを乗っ取りに襲い来ると言う、もう束なのかBETAなのか分からないシナリオだったのである。
 …………ヒロインだよ。うん。
 結果、20億もの束と戦う事はなかったが、5000の42倍近い21万弱のぷち束総数相手に大立ち回りやらされる羽目になる千冬だった訳である。
 うーん、結局人間離れしたなぁ。
 あと皆さん、応援ありがとうございますm(_ _)m

○立川流か?
 仏教にエロイ事をさせたかったらこれを出そう立川流。
 しかし、京極夏彦先生の『狂骨の夢』で、立川流の解釈が変わった私がいます。
 なるほどな、と納得した形である。実際のはどうか知らんけどね?

 最後に、この作で最大の衝撃を受けた台詞を。
『僕が神だ』

○超電磁天才合体
 これまた『バスタード』の超電磁美形合体!! より。
 ダークシュナイダーの体の構造は……ねぇ。
 首だけになっても何で生きてるんだァ!? ですし。
 ま、さらに元ネタに行くと単なる超電磁合体ですが。
 それとは違って合体が粘土的です。

○鳥山石燕―――じゃなかった、同じ苗字の作者が描いたの超バトル漫画を束とを読んでいる。七つの球を集める物語は素晴らしい。
 丁度、緑色の宇宙人の星で上空に宇宙中のエネルギーをチャージしているところだった。何としても冷凍庫なる敵に当てなければいけない燃える展開だ。
 日本人なら説明不要だと思うけど『ドラゴンボール』のフリーザ編である。
 あのとき、プロ野球がシーズン真っ盛りで、かつ、アニメが連載に追い付いた為に調整補正が加わって、シャレ抜きで元気玉を一ヶ月間アニメは浮かべ続けてました。時間稼ぎしてた皆さんグッジョブです!
 あと、鳥山石燕先生と鳥山明先生を噛ませるネタは『地獄先生ぬ〜べ〜』でやってます。
 鳥山石燕先生の図画百鬼夜行は、数多くの妖怪漫画に影響を与えていて、水木しげる先生なんてそのもんだし、『足洗い屋敷の住人たち。』もそうだし、『ぬらりひょんの孫』も多大に影響を受けています。眺めるのもまた一興です。文庫ででてたし。

○アイツに、これかDr.スラ●プ、どっちかって究極の選択迫られたらどうする。嫌だって言うと篠ノ之がめっちゃ睨んで来るとして
 方や人類が何度も絶滅したりしかねない漫画。後者は地球とか簡単に割られる漫画。そして断ろうとすると後ろに束。
 究極の選択である。
 エイプリルフールの恐怖もあるので。

○つるっと滑って時空漂流
 Dr.スランプのタイムマシンになる彼である。
 実際滑らないと発動しないと言うユニークメカだが、やってる事、凄いんだよね……。

○口から波動砲
 んちゃー! 砲。

○「安心しろ、蛇●捻転で関節外すだけだ。肘と足首と膝と股関節どこが良い」
「裏鬼●かよ!? 外すところがいちいちいやらしいな!」
 菊地秀行先生『妖美獣ピエール』より。
 古武術裏鬼門による、全身のどこでも関節ならば外せる蛇のように巻き付かせる瞬間技である。
 作中では膝を外していた。うーんすげぇ。
 チート書かせるなら菊池さんだな。うん。

○ところで、傷一つ残さず内臓奪う抜き手ってどうしたらできるんだか想像もつかんのだが、分かるか?」
「極める気満々だよこの女! というか元ネタ分からん人はハンター試験中のキ●アだと思うだろうが!」
 上の裏鬼門の歴史の中でも数える程しか習得したものが居ない秘奥。
 ここまで来るともはや仙道である。
 でも。知ってると思うけどハンター試験中にキルアは敵の心臓を抜き取ってますから、そっちの方が印象強いかなぁ、と。
 感想版では竜骨のシグとありました。
 昔床屋で読んでいて知っていたのですが、たいとるがわからなかったんだよなぁ。

○「アスファルトにめり込む指弾なんて一発も受けたくねえよ!」
 世界最強の格闘家教師がそう言う事をしてましてね。

○……まぁ、あれだ。織斑……残酷だな―――お前
 『無限のリヴァイアス』小説版。1巻で打ち切り。
 そこから、三角関係。兄弟ととあるヒロインの会話から引用。
 鈍い事は残酷である。の伏線。
 分かるものなら分かってみるが良い!
 アレはアニメ見て無いと痛々過ぎて読めなくなるわ。
 冥王星のお嬢ちゃんが電波とっぱじめから受信しているし。
 最後に———千冬さんはマジ織斑である。

○一夏を保管した千冬がバックして来てそのまま『仮面バイク乗り』の跳び蹴りをゲボックに炸裂させ撃滅した後、箒の両肩に手を優しく乗せ『自分は大切にするものだ』と真摯に伝え、去って行った事とか。
 俺としては1号や、ブラックの王道蹴りとか、王蛇さんのバタ足キックとかが個人的に好み。
 後者は、『ペンデュラム』で主人公に告白した子にヒロインが言った言葉。ギャラリー総肯定。
 その後恐ろしい台詞で返す子…………子ですけどね。
 ちなみにこの子(告白した方)、クーガー兄貴体質です。

○マンドラゴラの引き抜きコンサートに紛れ込んだUSAでのマリ●
 何でこう言うトラップなかったのか未だに考える事のある無駄な俺。いや、仮面は追って来るけどさ。

○アンヌ
 『小公女』のアンヌちゃん……ではなく。
 生物兵器茶の三番。
 番外と、ラストでDr.ヘルの依り代になった子である。
 …………ここでは男の子だけど……原作ではどっかに『彼女』って書いてあった気がする。
 ……もう、いいや。

○アニキ、喋るか死ぬか今なら選べるぞ
 『狂乱家族日記』でDr.ヘルによる主人公、凰火の教育法。
 悪いことをした時は、だまって眉間に銃を突きつけ『生きるか死ぬか選びなさい』から。
 凰火でなければグレる。そんな躾だったりする、

○牙の痕
 『ブギーポップ・バウンディング ロスト・メビウス』より、天から降りて来た者達、『牙』が漂着したと思われる場所。
 一種の隔絶空間になっており、超常現象としか思えない異常現象に隔離される羽目となる。
 如何なる手法でゲボックがこの奥にある漂着した物体を回収出来たのか。
 ……まあ、ゲボックだから、でいいかも知れない。
 嘘です、ちゃんと理由ありますよ。

焦熱世界(ムスペルヘイム)零落白夜(レーヴァテイン)とかどうでしょ?
 14歳神正田卿の嫁と噂される恋愛処女、ザミエルさんの必殺創造。
 今居るフィールドを砲身に見立てて結界で閉じ込め、中を一切焼き尽くすと言う、恐ろしい事この上ないそりゃまあ、必中砲撃だよな、な一撃。
 ちなみに焼け死ぬまでずっと燃えます。こええよ。
 この人、何だかんだで続編で映えたなぁ。親バカな所とか。

○夜剣・両断皇后
 次の話で実際にぶん回される零落白夜の斬星刀。
 最大出力では地球の直径を凌駕する程刃が伸長するとんでもねえビームサーベル。
 しかし、刃部分が零落白夜なせいで超絶的にエネルギーを食いつぶすと言う極大の欠点がある。
 それを圧縮させ、実際の剣サイズで取り回し、斬りつけた時に、圧縮した分だけの長さで撫で斬るという、斬撃。
 この理論を思い付いたのは、『空想科学読本』で、ルパンⅢ世の五右衛門が振るう斬鉄剣は相当長く無くては引き斬れない、と言ったのを解決させてみた。長い必要があるなら伸ばせば良いじゃない!
 超長い刃を空間ごと圧縮して、超長い刃で『斬った事にする』イカサマ超斬撃である。
 名前の元が、タイプムーンのサイドマテリアルに掲載されていた『鋼の大地』より、『魔剣・斬撃皇帝』を女性向けの名に改名にするとしたらどうだろうとか考えてみたのだが、そこで都市シリーズの香港編を読んで、ナインケーニヒと、その対のデヴァイス見て……おぉ、皇后いいね! と言葉をこねくり回して出来ました。
 結構気に入っているので、再登場の予定もありますぜ旦那。

○幻惑の銀幕
 リリカルなのはStsのサイボーグ4女の固有能力。
 光学的にも、感知機器的にも完全に己の存在を隠蔽、偽装する固有能力。
 地味に強い能力だと思うんだけどね。
 持ち主の姉ちゃんが小物臭バリバリだったが、的確に使えば物凄く恐ろしい能力であろうと思う。

○ゲボッックの告白
 ヘルへの告白を結構パクらせて頂きました。
 千冬はポストヘルなもので。
 ちなみに花束を出したのは、プロポーズにはやはり花か、という無駄ロマンチスト。
 第一話から引っ張ったのもありますけど。
 『月と貴方に花束を』以来、結構自分の中では定番にして王道であります。

○付き合いが長いから分かるのだ———
 その好意が……。
 誰に———
 向いているのか———
 向いていないのか———
『ハヤテの如く』より。
 呪術士お嬢様の好意が誰に向いていたかは、ビデオ屋さんの少年主人にはバレバレだったのですな。
 あーちゃん編終わってからあんまり見て無いな。今、どうなってるんだろう。

○たった三人による世界大戦
 思い付いた人は居ないだろうが、これの構想が思い付いたのは、『戯れ言シリーズ』や『人間シリーズ』から『狐と鷹の大戦争』こと『世界大戦』を知ってから。
 個人闘争が世界を巻き込むって凄く興奮しないでしょうか。あぁ、他にもあったね。『バキ』で。
 何でどっちも親子喧嘩なんだ……!
 でも本作ではその実痴話喧嘩w



 転機編第4話 思春期響宴其下
 書いている中で最長の長さを誇る一話。
 これを一月で書いていたあの頃のテンションは異常だった。うん。認めざるを得まい。



○束が唄っているもの。
 感想で一発でバレましたが、『モスラの歌』である。
 結構崩したので歌詞には……なってないよ!(言い訳)

○「うんうん、ちーちゃんが暮桜なら、束さんは秋の桜なのだ!」
 平成版VSシリーズのモスラと意思を交わせる小人。
 所謂初期で言う小美人である。
 そう言えばザ・ピーナッツの伊藤エミ(いとう・えみ、本名・日出代〈ひでよ〉)さんは亡くなられたそうで。切なくなりました。
 モスラと言ったら小人だよなあ。何かすげえ、平成後期版モスラに居たっけ?
 そして、モスラは蛾である。

○ぽぽぽボゥさぎ
 一時期、テレビを完全掌握したACのコマーシャルの中で最も有名になった、『あいさつぽぽぽーん(もうこれでいいや)』から。ニコニコ動画で勇者王的合体シーンが作られたり、皆アレに受けた印象がでかかったんだなぁと思っていたが。
 あまりにしつこいんで自分的にはぽぽぽぽーんがだんだん、『爆音だったら良かったのにな、こいつらブッ飛ぶのに』などと思考が物騒になって来たのである。中毒どころかストレス溜まりました。視聴者から苦情がでたと言うのも頷けますがw
 そんな妄想から出て来た、爆砕する兎。
 その前に、『反物質ぅさぎ』も出ているが、それはポルヴォーラが元ネタであるし。威力強すぎやねん、と言う事で比較的温和的な破壊力です。
 まあ、それでもオクタニトロキュバンよりは強いのだが。
 なお、オクタニトロキュバンは現状製造出来る火薬の中で最も爆発力のある火薬なのだが、製造コストのせいで価値が同重量の黄金と等価と言うブッ飛びもんの現実があるので使用されてません。

○「勘だ」
 『ロスト・ユニバース』より、ステルス性完備の長距離砲撃精密照準支援チップを天文学的確率をくぐり抜け撃墜し続けているミリィの命中出来る根拠『勘よ!』から。
 何となくこの辺な気がする! な恐ろしさから。
 だが、同巻にて、なんとなくロストシップの傍にいた為に目覚めた異能っぽい事が判明するのだが。

○「き—————————んっ!!」
 アラレちゃんが猛スピードで走っている時の様子。
 小さいとき、私と同年代の子供なら一度はやった事がある筈である。
 まあ、パトカーを撥ねるなんて出来ないけどな!

○死者の目覚め
『テイルズオブディスティニー及びその続編』より、寝起きの悪い金髪主人公であろうがほぼ確実に覚醒させる、食器同士を激突させる音波兵器。
 なれないものだと、しばし耳鳴りなどの後遺症が残ります。

○「『——————零落白夜を受けた場合には(こんな事も有ろうかと)———ッッ!!』」
 別名後付け設定、御都合主義。
 いやいや、違います。今やこの台詞は科学者ならば!
 一度は言ってみたい台詞であるのだ!
 寧ろ筆者である私とすれば、言わせまくりたい台詞なのだ!
 いや、多用したらそれこそ陳腐になってしまうので使いどころが難しいのですが。
 これに興奮しなければ技術系に携わる存在ではないと思いますな。

○初めて手に取ったマンガは、漫画の神の著作であった
 本文ではこれより下に概要が書かれているが、これは『火の鳥復活編』である。
 認識こそが世界を形作ると言う量子的な話を物語にしたのかも知れない。
 この一話は、テーマが複数ある上に絡み合っているので、是非とも一読して頂きたい。
 何かを考えさせられる筈である。
 『沙耶の唄』がこの物語をオマージュしている事はあまりに有名。

○単一仕様能力『不思議の国のアリスの冒険』の起動コード同時詠唱
 皆まで聞くな。
 詠唱って素晴らしいよね。
 調べました色々! それだけである。
 これより怒濤に始まるネタ地獄。さあ、書き始めよう。

○「うわさむー」
「ぴきーんっ!」
「本当に凍ってる! これは酷い!」
 映画『MASK』より。
 フリーズ! と警官に銃を向けられたイプキスが本当に氷結した様から。
 言葉通りにとると、結構面白い事ってあるよね。『ハンドルを切れ』とか。

○「これが娑婆の空気か……黄色いハンカチは出ているだろうか」
「別において来た男は居ないだろう私」
 『幸せの黄色いハンカチ』から。
 お勤めを終え、果たしてあの人は待っているのだろうか、的な。
 何故ここで束が持ち出したかは、私も分からない。

○「まーわるーまーわるーよ私ーは回るー」
「ちょ、それ以上は著作権著作権!」
「落ちる方とかどうかな」
「結局危ない!」
 回るをやたらと言う歌詞二つ。
 どちらにも取れるから決して断定はしていない。

○「「ふゅーじょんっ、はっ!」」
「ははははっ、むにょんと合体したよ!?」
 『ドラゴンボール』でとうとう出た合体技能。
 正直、難易度はウルトラQクラスだと思うのだが。
 なかなか面白いよね。

○「じゃあ、私も合体」
「私も」
「私も」
「私も」
「あ、じゃあ私も」
「「「どうぞどうぞ」」」
 ダチョウ倶楽部。正直、テレビでやるのは良いが、リアルでやられるとしこたまムカつくんだよね。

○「じゃあ、遠慮なくむしゃむしゃ」
「「「「ぎゃあ! 食べられるー!!」」」」
「げっぷー」
「あ、5頭身」
「おぉ……他のぷち束とは一線を画したボディ……これぞまさしく絶……はぁうっ!?」
「どうしたのだ」
「中に居る……!」
「とう! エイリ●ン的に誕生!」
「でりゃあ! 遊●司狼的に復活!」
「おんどりゃあ! メル●ム的に誕生!」
「ぴかーっ! アンダ●ソン君的にスミスブレイカー!」
「ぎゃあああああああっ! 内側からぶちぬかれるー!」
 ぼんっ。
「弾けたー!」
 内側からブチ抜くというシチュエーションは古今東西あちこちで使われているので。色々引っ張って来た。
 上から順に。
『エイリアン』の誕生。ブレストなんとかと言うので、宿主の胸をブチ抜いて出てきます。トラウマ必須。
『Dies irae』より。魂を呑み込まれたと思いきや、内側から乗っ取ったトリックスター、『俺。復活』は恰好良かったなぁ。
『ハンターハンター』より、キメラアントの王、メルエムが未成熟状態からの誕生のシーン。
 本当に未成熟かってぐらい強いけどさ。
『マトリックス』第1作の決め技。内側からデータを食い破りスミスバーラバラ。
 しかしこのせいで、理解不能な第3作ではスミスさんがパワーアップしたのだとか。
 誰か、マトリックス第3作は何が言いたかったのか、教えて欲しいものである。

○「復活!!! 我ら「宇宙束プリテ「本気「世界覇「ビューティフル救世主ちゃん」王蟻束ちゃん」で生きる君」ィズ」!!!!」
「統一性ゼロだよ!」
 『BLEACH』より、虚圏編の最初の方、ネルとそのお付き二人がいっぺんに自分らのチーム名をバラバラに叫んだ様から。
 ここまで一致しないのも凄いものである。

○「あ、知ってる。ティ●ズで背の高い人だ!」
「違ううううううっ!? しかもそれってモンスター!」
 ティルズシリーズより、エンカウントモンスター、ジェントルマンの容姿である。
 ひょろ長い棒人間のような容姿であり。しかし真摯な為、お辞儀が範囲攻撃と化す。

○光り輝くお兄さんが良く子供達に変形巨大ロボットを預けますけど、あれって問題放棄だと思う束さんであります。地球の命運を子供に預けるってどうなのかな? 学校とか変形したら勉強どころじゃないよね、とあんまり学校行かなかった束さんが問題提起してみるよ!
 束さんが自分を差し置いてこう言う長官的な事を言っていますが私は大好きです『絶対無敵ライジンオー』。学校が変形ですよ学校、司令室に変形ってこりゃ興奮しない訳が無い。しかし他のクラスや学年から僻まれまくるんだろうなあ、と思ってしまう私は既に汚い大人なのか……。
 しかし、『元気爆発ガンバルガー』でまたエルドランを見た時、こいつ去年見たぞ! と叫んだなぁ、幼い我よ。

○変形過程に明らかにおかしいのがあったよな今!
 ロボットものには変形がつきもの。
 しかし、明らかにカットを繰り返し視聴する変形シーンから、どうやっても変形後との整合がつかないものがあるものである。
 感想では、ワッハマンとのご指摘を頂いたが、いや、見てましたがそれも、しかし自分はそれからオマージュされた『住めば都のコスモス荘』のワンシーンから。
 Dr.マロンフラワーのサポートメカ、クリーカ0C5型が生身の女性型、栗之華 栗華に変形するシーンである。開発者であるマロンフラワーですら、その不条理に首を傾げる凄い変形をこなすが、結果的に美人になるので大歓迎ではなかろうか。

○行け、鉄じーん
 おーーーーっ!
 いや、言っちゃってるけど『鉄人28号』起動シーンより。
 あんなコントローラーで、しかも冷静に見れば、殆ど音声入力なのがあのロボの不条理に凄い所。
 何故か叫ぶんだよね、彼。完全に人工物の筈なのに。

○「二体合体!!」
「私は下になってるだけじゃないかな!」
 『遊戯王』名物、ただ乗っかってるだけなのに合体である。
 いや、一枚のカードに二体分描いてるからその分強くなった、ってのは理解出来るけどさぁ。

○「あぁ……時が見える……」
 あまりに有名なのでアレですが、『起動戦士ガンダム』より、両軍の特エース級パイロットに長年にわたるトラウマを植え付けた名シーン。その前の神風束も、その伏線であったりする。

○千冬と束のなれそめ
 原作では小学校にて、交流が始まった二人だが、この作品ではもう少し早めさせて頂いた。
 それと言うのも、小学校に通いだしてからだと、ゲボックと遭遇する時期が遅くなるのである。
 そうなると、束がゲボックを初期受け入れしにくくなるのは明らかで、しかも箒や一夏が生まれる前に仲良くなれないなぁと、束の精神を考えたらそうなってしまった。まあ、この作品の、ですが。

 まあ、本作中もギリギリだった訳ですが。
 感想で、子供時代の千冬がまるで南雲慶一郎だと言われて。
 本当だよ! この荒みっぷりは! と思ってしまった。
 まあ、ある意味人類最強に到達するのは共通してますがw

○束ISのワンオフアビリティ
 『不思議の国のアリスの冒険』
 能力の元ネタは『狂乱家族日記』の魔族そのものである。
 人の『夢』を滋養として補給し、三次元世界で活動するには、何かしらに憑依する必要がある。
 憑依した場合は何かしら特徴(猫耳や尻尾など)があらわれる。などなど。
 どうも格次第で精神力に差が出て来るようで。体の一部を分岐して遠隔操作なども出来るようである。
 他にも、相手の思考や記憶を解析可能である。
 束は頭脳チートであるため、これを20万8467体まで分割可能。
 しかし、束の精神年齢はかなり幼いため、実は搦め手に弱かったり、脅かしたらビックリして無力化させる事も可能。子供向けのギャグとか大好きである。
 しかし、まずは認識してもらわない事にはただの物体相手として襲って来るし、それぞれは準IS級の戦闘能力を持っている為。生身では千冬以外では対抗不可能である。
 精神エネルギーなので物理攻撃無効であるし。
 原作と違って、未憑依状態も視認可能である。

○そのッ! 三倍は持って来いッッッ!!
 『Fate/Stay Night』より英雄王。
 この世全ての悪? は、我を染めたければその三倍は持ってこい、より。
 英雄王は宝具チートなどではなく、格自体が凄まじいからなぁ。
 何故世の他所からアイテム持って来たSS書きの人はそれが分からんのか。
 まぁ、俺もゲボックつれて来たけどね。

○アルゴリズム体操
 『ピタゴラスイッチ』より。
 ぷち束達は、同一人物である事から驚異的な阿吽の呼吸を見せられる。
 数が多すぎて戦闘中に手の空いた個体などはこのように遊んでいたりする。
 束にその気はないが凄まじいまでに挑発になっているという。

○篠ノ之家を空気と呼ぶ
 『篠ノ之空気』
 どこだかのサイトで、箒さんがE缶だとか、タンク、だとか空気さんだとか言われていた事から。
 モッピーもあれだよねーとか思ってたが、これは酷い。
 と言う訳でどう見ても空気ではないお姉さんに怒って頂きました。
 メタネタである。

○『灰の二十九番』
 感想でも叫ぶ方もいらっしゃいました。『メダロット』漫画版から、忍者型が人工衛星とドッキングしたメダロット『テラカド君』である。
 大気圏上空から脅威の吹き矢による精密狙撃を実現しています。メダロット協会ロボトル委員会の公正なジャッジを下しています。窓ガラスとか割りますけど。
 ボンボンでコレみたとき、俺感銘受けたもんなぁ。
 人工衛星型の生物兵器作るならこれだ、と何故か固く決意していました。

○「合意と見てよろしいですか?」
 そのまま『メダロット』ネタ。
 ロボトルしようとすると、どこからとも無く現れるMr.うるちの『名台詞』。
 本当にどこでも出て来るからな。
 メダロット7では心無しか演出が派手だった気がする。
 なお、メダロットで戦争を始めると。これはロボトルではない……! と言って居なくなってしまいます。ちょっと悲しい。

○「火力!」
「水力!」
「原子力!」
「風力!」
「太陽光!」
「波力!」
「地熱!」
「ガス!」
「その他諸々エトセトラ!」
「何それ酷い」
「我らエネルギー戦隊束レンジャー!」
 ぷち束が奪って来た発電所のエネルギー源をそのまま全身タイツにして登場。
 巨大ロボ建造予定もあるらしい。

○雷天●壮2ゥ
 『魔法先生ネギま!』より、主人公が開発した常時雷状態化する魔導形態。
 でも殴ってる時は物質化してなかろうか?
 まあ、詳しく知らないが、この手の能力、この話が掲載された時点では、この手の界隈では結構使い古されている能力であり、新鮮感は無かった。どちらかと言うと、他の開発魔法の方が、演出から恰好良かった。というかあのバトルは結構楽しめたと思う。

○『グレ●リン2』
 ギズモを飼うにあたって、守らなければ行けない事が三つ。
 水をかけてはいけない。
 餌を決められた時間以外に与えてはいけない。
 光を浴びせてはいけない。
 で、有名な映画です。
 この作品は生化学研究所があったせいで次々とグレムリン達が突然変異して行く進化の戦慄を感じられる作品でした。これも色々オマージュあったぁ。
 その中で、電気化したグレムリンが居た為にこう書いてある。
 ……本当昔からあったんだな、この変化。

○「原子力が!」
「よりによって原子力が!」
 当作品の主役の二つ名は何だったかな?

○確かにこれは最高だな!
絶体絶命の筈から——————一発逆転の機をつかんだ瞬間ってのはなぁ!!
 『足洗い屋敷の住人たち。』より、バルロス・オルツィ。
 正しくは、ここにトラップが〜云々の一言が入ります。
 確かに、気持ち良いんだが、遊戯王でやられると、何か違うよね。

○「ぬあーーーーーーーーーーーーっ!」
「今ネタで悲鳴あげた奴は誰だーッ!」
 笑い事に出来ないネタ。
 ドラクエⅤで、パパさんの断末魔。である。
 関係ない宣伝だが、Pixivで飛田ニキイチ先生の描かれている『方乳首出したおっさんの話』は、タイトルに反して無茶苦茶泣けます。

○清純風武闘派幼馴染
 元ネタは『清純風武闘派少女』———まぶらほのヒロインの一人、宮間優菜ちゃんより。血統先祖代々ヤンデレという恐ろしい一族の末裔である。
 千冬さんは清純風……? となるが、武闘派である事は疑う余地もありません。

○束さん九天愚人
 『戯れ言シリーズ』より、七愚人になんか出来ないもんかと色々こねくり回していたら、何故か九天弦女が思う勘でみょうちくりんに合体したと言う。
 とにかく、束の大きな要素要素がコスプレした者達である。
 内容は主にちびリリスからとってる個体が多い。

○「我々は正当な報酬! 相応のゲボ君分を要求するものである!」
「富の占有を許すなーっ!」
「悪しきぷち束に制裁を!」
「腹黒幼女を吊るせぇ!」
「我々ぷち束労働組合は断固として改善の要求を求めるものである!」
「それまでストだー!」
「さっきの、巨大合体ビッグタバネンガーの時、私踵役だったんだよ……」
「ロボットと言うよりは、●ルタン星人みたいだねそれ……」
「そんなんいたのか……」
「ちーちゃんのわんぱんK.Oだったけどね……」
「「「弱ぁ!」」」
 富士見ファンタジア文庫の『フルメタルパニック』の陣台高校、『リアルバウトハイスクール』の大門高校のモブ学生達のヤジから細かく抜粋。
 途中から本題と関係ない話題で盛り上がって行くのも原作通りの仕様です。

○亡国機業の秋さん
 おーい、ティム君、読んでますよー。

○「なーんでも吸い取るー……あ~れ~……」
「なんだこれー」
「10円傷つけてみない?」
「ちょ、お嬢ちゃん達やめてくれないっすかーっ」
「そう言われて」
「止める束さん達ではないのです」
 俺の胃は宇宙だ、を地で行っている『星のカービィ』の絵描き歌、完成以前の最後の一詩である。
 なお、そのあと十円玉で引っ掻こうとしているのは『南国少年パプワくん』から、うさぎっぽいのと…………たぬき? のなんかつるつるしたものを見た時の反応からです。

○「喧しい煩い黙れ! 口を閉じて素直にみょうちくりんなものしか捻り出せん頭を差し出して私におもいきり———積りに積もった分全力で突っ込ませろおおおおお——————ッ!!」
 『清村くんと杉小路くん』の……どれだっけなぁ、つっこむな、という話があった時のオチ。
 臨界点突破したツッコミ症の清村が数頁に渡り今までのボケを一つ残さずツッコミまくった時の……気分でしょうか。

○例えば、大人数で千冬の上履きを奪って返さないとしよう。
 『まほらば』より、ヒロインの大屋さんの分割人格の一人、赤坂早紀いわく、虐めの対処法。
 ちなみに彼女は、虐めの場面を見つけると、虐めている方もされている方も殴ります。
 しかし、敵は一体ずつ確実に潰すってのはRPGの基本だしな!

○そんな! 声まで変わって!!
 古いCMなので、今の人は知らないが、ナオミと言う女の子がナオミ・キャンベルに変わるエステのCMがありましてな。

○リアル鬼ごっこかああああああああっ!
 設定が特異な小説を書かれる山田悠介先生の小説である。
 日本の国王名が佐藤で、佐藤多過ぎるから私だけが佐藤になりたいとかいう理由でリアル鬼ごっこという佐藤狩りをはじめると言う話。
 映画版が何か妙な設定が加わっていたが、原作版では生き残った佐藤が佐藤国王を謀殺してオシマイである。なるほど、映像化してもブーイングが来そうな無いようではある。
 しかし、心理描写は一見の価値あり。

○『見盗られる』
 『刀語り』より。七花のあね、七実の能力、見稽古をちょっと文字をもじってみた。
 書いたあと気付いたが、どちらかと言うと『9S』の峰島由宇の身体を脳機能で完全に身体制御にしているに近い。
 まあ、初見で篠ノ之流極めているのでその辺は七実よりであるが。
 これにより、スタミナを抜かせば、論理上、技を持って束を打ち倒す事は不可能なこととなっている。

○パワードスーツ、サイボーグ、どちらも最終的には人間はシステムの一機能に過ぎなくなってしまうってね。
『新約とある魔術の禁書目録』より、パワードスーツ編とでも言うのだろうか。浜面がライダーになった話である。
 どちらも人体を内包した機械システムだが、成る程極めれば行き着く所は同じと言う事か。
 ゲボック技術ならこれぐらいは行って頂かねばなるまい。

○どぉどぉ!? 束さんはね? 全部の身体駆動を頭脳労働でなんとかできるんだよ?
 『9S』の峰島由宇がこの機能を自らの意思で獲得した事が外伝で綴られている。
 これにより、極限までエネルギーを効率よく使えるらしい。
 束は……多分出来てもしないね。何か浪費の権化っぽいし。

○「束さんはね? ちーちゃんが大好き。その発した言葉の一語一句、ちーちゃんの見せた魅力的な表情。ちーちゃんの躍動感溢れる美しい動き、全部、全部を記憶してるよ。
 だから———
 記憶に焼き付け。

 記録し整頓。

 展開し可能性を模索し。

 判断の糧とする。

 発想は憧憬と共にうち広げられ。

 発祥した感動は意欲を満たし。

 演算は確実正確無比かつ瞬時に完了。

 もって欠損を創造し想像し完全に彼の者を成しあげる。
———ちーちゃんの放っする、心の底からの本気の言葉、本気の表情、本気の行動、その全てを!!
 それはちーちゃんを形作る真実の一片(ピース)。断片を知る事で、束さんはちーちゃんの全てを逆算演算展開し、全てを透し見るッッ!! もう終わりだよ、ちーちゃん。演算終了につきましては~、構築完了だぜぃ! 脳内『ちーちゃんエミュレーター』!! ———たぁだぁいまァよォり〜ッ! ちーちゃんの戦闘行動は、全て、把握したァよォぉぉぉおおおんっ!!」
 『マテリアル・パズル』より、千里算総眼図初登場時より抜粋。
 某所で簪ちゃんが使ってました。いやビックリしました。
 なお、上に書いてある記憶に焼き付け〜から、〜瞬時に完了までは、マテパでは単に記憶、記録、展開、判断、発想、発祥、演算とだけ吹き出しで出てますけど……。
 Fateであったんですよ。
 基本となる骨子を想定し……うんぬん。が。
 やべぇ、これかっこうよくねぇ!?(中二病発症)的一時の迷いが生まれましてね。
 じゃあ、これも改良(悪かも知れないけど)してみようと、こんなに長くなりました。
 一を聞いて十を知る能力。
 見られただけで完璧コピーの『見盗り』だけでなく、それが本音であるのなら、一部発しただけで、完全に掌握される。
 実に恐ろしい事である。
 束の情報収集能力の一つであり、噂を集めて真実を再構築すると言った技も原作で披露されており、束の場合、大量のネットのジャンク情報から国家秘密などを抽出までこなす、情報処理機能の極限特化である。
 束が普通の人間並みに人間へ興味があったら恐ろしい事この上ない能力だが。彼女の『欠落』のお陰で、ある程度その脅威は抑えられている。
 しかし、束と接することができる人間こそが彼女と相対できるのであり、逆を言えば相対することができる者はこの餌食になると言う事で、何この無理ゲー。

○「言っ「たな、束、出来るものならやってみろ!」」
 『9S』で、峰島由宇が、相手の思考を完全に把握して先に告げたものとか。『コードギアス』でルルーシュもしていたし、創作世界では、所謂鬼謀の頭脳の持ち主ならできるのだろうなぁ、と。
 なら、束もしていいや。てなノリでした。

○「ほら、ね———その気になれば、心だって読める。次に何を言おうとしてたか、もね?」
 これまた『マテリアル・パズル』より、ティトォの台詞から。
 千里算総眼図を習得した彼は、実際にやった事があるのであろうところから。この台詞が出たのであろうとも思われる。

○全力でなくても、抱擁どころか撫でるだけでどいつもこいつも砕け散る! もろすぎやしないか? お前ら、まったく以て繊細すぎるにも程が有るだろう!
 『神咒神威神楽』よりラスボス波旬が、ラインハルトの残滓を投げつける時に用いた渇望の読み上げから。
 千冬さんは人間の精神性なので、そんなのごめんだ! と言うのが武術を始めた切欠であります。

○束さーん、新しい顔(?)だ!
 ……おれ、バタ子さんが人間じゃないってのが一番驚いた真実だよ……。

○「邪魔だ」
———ゴガァッ!
 裏拳が1機に炸裂する。
 一撃で機能停止。絶対防御に包まれ、即座に1機脱落となる。
 『ARMS』より、モデュレイデットARMSとの最終戦、とある一体がコウ・カルナギに裏拳でビルまでブッ飛んだシーンを思い浮かべて下さい。
 そんぐらい千冬さんドンだけー? なシーンです。

○「人と獣の違いは、『壁』を認識できるか否かじゃが……獣でありながら『壁』を見いだし、それを打ち壊す……ははっ、これはまさしくっ!」
 『RAGNAROK』より、SS級傭兵『光刃のアグナル』の最後の言葉から流用。
 だって、こいつの最後は、主人公に両手捕まえられて押し倒された所を頸動脈噛み千切られるですから。主人公的攻撃じゃないけど。
 千冬さん猛獣モードです。知性が出て来たところから。

○デュアルコアで機動
 いや、これも色々ネタあるのですが、一つ出すなら『斬魔大聖デモンベイン軍神強襲』から。
 獅子の心臓を二つ搭載したやたらと攻撃偏重なデモンベインから。
 色々他も元ネタあるから、特に、って訳ではないんですがね。

○管理者の耳にイヤホンを突っ込んだ。
 聞こえて来る、頭のおかしくなりそうなリズム……。
 ちゃんちゃちゃちゃんちゃかちゃかちゃかちゃん——————
 『僕の血を吸わないで』における対吸血鬼機関のサイボーグの機能。
 記憶消去のミュージックをイヤホンを用いて強制的に聞かせ、吸血鬼の記憶を隠蔽する機能を持っていたりする。
 後に主人公たる森写歩郎は、真剣にもう一回彼が帰って来ないかな、と考えた事がある程である。

○詳しくはエ●リゴリの強化人間部隊“猟犬”の欠点を見て欲しい。
 『ARMS』より特殊部隊『猟犬』。
 アドレナリンを意識的に分泌させる事で肉体を興奮させ、所謂闘争状態に一瞬にして到達、またはその興奮機能で戦闘能力を向上させることができる者達である。
 しかし、行ってしまえばこれはアクセルをベタ踏みするようなもので、エンジンが焼き付いてしまう。
 そう、攻撃性の発露、血圧、心拍数、体温恒常機能の過熱過多、発刊機能が追い付かない、等様々な重い負担が人体にのしかかる。
 その果ては廃人である。
 この作品での千冬は、一切の改造処置無しで大脳辺縁系を過剰に活性化させ、自らの意思だけでそれを成すことができるのだ。
 まあ、それがプロトタイプわーいましんを起動させるのに必要な才覚だったのだが。
 千冬としても、これは過剰に用いればブレーキの無いチキンレースだと自覚しているのだが、束戦はそうでは無かったようである。

○その操縦難易度はカガ●ゴー以上である
 『空想科学大戦』そう、『空想科学読本』の漫画版である。
 まあ、これも完全に科学準拠か、と言えばそうでは無いが、素晴らしいツッコミとかあるので見ると面白い。
 それの三巻で出て来た巨大ロボットカガクゴーである。
 なんか、オートバランサーが無いらしく、機体にある全稼動部位がスイッチ操作であると言う。パイロットが発狂しそうな操縦難度を誇るメカである。
 これを、操縦したのだからパイロットは恐ろしい。しかし自称最強のアッシーなんだよな……。

○「「墜ちろ親友! これで終わるぞ勝つのは私だっ!!」」
 これも、語呂だけ頂いたものの一つ。
 語呂元は『Dies irae』の所謂完全版以降である。
 黄金の獣と水銀の蛇の激突の際の台詞『故に滅びろ、勝つのは私だ!』から。
 最後しか合っていないが、言葉舌に乗せると、語呂だけは似てます。語呂とか言葉のリズムと言うのは結構見習うとすいすい読めるんだよなーと言うのは持論です 

○「「それでいてなお喚くなら———いっそこの場で千切れて爆ぜろ!」」
 感想でバレてました。
 『宵闇幻灯草紙』の長谷川虎蔵(この人知ってるだけで名前三つあるよ)VS馬呑吐にある『いざことここに至っては、最早貴様は用済みだ———いっそこの場で千切れて消えろ!』より。
 いやあ、ついに到達しちゃったよお互い人外決戦。
 腐れ縁の馴染み同士がフルパワーでぶっ殺し合うのはいつであろうと萌える(誤字じゃない)ものである。ヤンデレ? アレの恐怖はどっちかって言うとジェイソンだ。ジャンルが違うんだよ。
 ふと思うのですよ。
 どうして最近の美少女ものに、血肉骨腑成分が足りないのかと。
 どうして最近の美少女はなかなかぶちまけられないんだろうね。ハーレムにはなるのに。
 いや、そう言うのもあるにはあるけど、まさにボンドガールが如く、消耗品のように今日のぶちまけ(られ)ガールみたいにならんのはどうしたものか。モブではないですぞ。
 あ、装甲悪鬼の一条さんみたいなのも何か違う気がします。
 いや、別に束と千冬にぶちまけられろと言っている訳ではないですが。むしろブチ撒けて欲しい。某バルキリーでスカートなあの女傑が如く。

○「行け———束、お前がNo.1だ……」
「あぁ、光が集って行く……」
「かつては敵同士だった私達だったけど……共通の目的の為、力を合わせようじゃないか……」
「生憎、力だけはあまりあってな……全力そっちにもって行け!」
「こんなときでもネタだらけな束さんでーす」
「ミ●デイン!」
「元●玉———!」
「どちらかと言うと嫉妬玉?」
「●極図戦闘形態(真)でも良いかと」
「というか、その時の台詞の奴さっき居たよね」
「皆の力を合わせるのだ……そうすれば如何なる壁も打ち破れよう」
「うわ、良い話で纏めようとしてるよ」
 上から順に元ネタを言います。

 ドラゴンボールより、ついにデレたベジータの台詞。ツンデレはこれぐらいはツンでくれなきゃデレの価値は無い!

 ドラマCD版魔法少女リリカルなのはStsより、スターライトブレイカー発動前のイクスの感想。これと同じ光景を向けられたフェイトやヴィヴィオはどんな気分だったんだろうね。

 藤崎版封神演義より、趙公明 。ラストバトルで魂魄のままこんな事言ってました。

 抱腹絶倒爆笑必須の同人動画DVDマリグナントバリエーション(アクアスタイル)より。ムックがガチャピンとランページしているとき言ってました。元ネタ的にスパロボのオリジナルジェネレーションだと思うのだが。そっちは実はプレイしてないので、パロディのパロディと言う事で。

 自虐ネタ。束さんだぜ!

 ドラクエの勇者の魔法。事によっては全員が最高攻撃したのに負けるけど、漫画では是非使って欲しい。

 いつもダメージを負わせるで留まっていたが、最後の魔人ブウ(純粋悪)相手にようやく決め技に。

 ケロロ軍曹のタママ新兵。世界中の嫉妬を集束し、放つ怨念である。主にアンゴル・モアちゃん目掛けて放たれます。これ、色々バリエーション作れるよね。

 藤崎版封神演義のラストで使ったもの。

 ↑の説明。

 ↑の説明その2、趙公明 の事。

 ごめん……その次の『纏めようとしてるよ』も含めてネタだったのだが、忘れた。

○「我創りしは偽りの明星(Lucifer start)!!
 我が世界よ一つに集え『The world』
 貫け閃光『light』 !!
 そして我が敵一片残らず滅ぼし尽くせ『breaker』 !!!」

 田村ゆかりんボイスで集束砲と言うとメジャー過ぎる程メジャーなのがスターライトブレイカー。
 どっかのSSで『星を軽く破壊する』と意図して誤訳しているのをみて腹筋よじれた憶えがあります。流石です。
 しかし、そのまま星にするものなあ………………星、星、☆、★、ほし…………。
 スター………………。プラチナ?
 んじゃ、こっちは『世界』ぶっ壊そう。
 ってなわけで生まれたザ・ワールド・ブレイカーです。マジで。
 熱核集束砲なので割と世紀末な攻撃だったり。

○第二の脳(純機械製。どこにあるのかはヒミツですょ♡)
 『バスタード』より、アビゲイルにあるらしい謎の器官。
 しかし、第二の脳と言うと、ゴジラも思い出すよね。

○アニメ風発進ごっこ
 アニメ風なんたら、というのは元々劇場版『起動戦艦ナデシコ』の大気圏突破ごっこである。
 …………あれってゲッターのオマージュ? あれ? どっちが先だっけ?
 しかしわざとやるのがイキであると思わないだろうか。

○古い———古い夢を見た。
 元ネタでは、冒頭でこの書き出しを出される文章は、正確には『こんな夢を見た』である。
 夏目漱石の『夢十夜』である。
 だが、自分はそれより前に黒澤明の『夢』と言う映画で知ったのだが、それも夏目大先生のものが元であるらしい。
 ストーリー的には簡易だが、あの幻想的な映像は一度見る事をお勧めするものである。
 手塚治虫先生も行っていたではないか。良い漫画を書きたかったら、良い漫画を見ても意味は無い。良い映画を見て、良い芸術を見るのだ、と。

○夢のシーンと対話
 全然印象が違うのでは? と思われがちだが、これは『心』を学習する為の人格外装をまとっていない素のグレイである。つまり、天から降りて来たものである。
 シーンの形式そのものが『僕は虚空に夜を見る』の主人公と『敵』の会話から雰囲気を引用させて頂いた。
 そうそう、『僕は虚空に夜を見る』を初めとしたナイトウォッチシリーズは星海社文庫で再販されるらしい。
 なん……だと……!
 挿絵が増えまくってたら絶対買うと思う。

○超天才超絶美女束さんともあろうモノが人生を72時間も無駄に浪費したんだよ!
 『足洗い屋敷の住人たち。』より、若返って復活したあとのバロネス・オルツィである。
 どうやら戦いのあと気を失っていたらしく、目覚めたときその時間の経過に絶叫してました。
 その時の台詞のオマージュであるが、この人の考え方って面白いんだよねー。

○「確かに、前よりすこぶる快適に動けるな」
「ちーちゃんって、惑星野菜の戦闘民族だって言っても誰も疑わないんだろうね」
「待て束、誰が満月見ると大猿になる種族だコラ。尻尾なんて……あ! 束! 満月は!? 月はどうなった!」
 ん? サイヤ人についてですよ。言わなくても皆さん分かってるくせに

○デルム●ン島かはたまたエンディング後のグラン●ニア城
 ドラクエ世界において、モンスターが人とわいわいひしめき合える環境で御座い。
 そう言えば、デルパ! イルイル! あの筒、どこいったんだろうね。

○「本人はこんな所で呑気にタコ焼き食べてるしな!!」
 『狂乱家族日記』で、二度目の登場がタコ焼き食ってるゲボックだったのだ。
 量産型生物兵器に雹霞を襲わせながら自分はタコ焼きなんか食ってるので凰火は取りあえず攻撃モードに突入、以来、彼はゲボックを見ると無条件で制圧に来るようになったとか。

○いや、ぶっちゃけゲボック、お前死んだはずじゃ
 『劇場版起動戦艦ナデシコ』からルリのツッコミである。なお、元の方はお前がアンタになっている。
 いや、それは死んだフリだったのですがね。ゲボックと違って。

○「死にましタョ?」
「……は?」
「死にましタけど———
 原作でもあったゲボック、戦慄の復活内容。
 危ないのだから危なく無いようにしよう、ではなく、駄目だったとしても対処出来るように。死ぬのも取り返しのつく失敗としてしかとってないのが常軌を逸する。
 なお、ゲボックは、ここで良く読むとギガロマニアックスに覚醒しているが科学的に投与した薬品でその能力があっさり科学的に消滅しています。

○バク転しながら前進する
 武蔵小金井走りである。アニメ版『晴れ時々豚』から。
 地味に原作編で双禍もやってたりする。

○筋肉バ●ターだ
 いや、そのままです。
 周りの人が皆筋肉バスターだ! と叫ぶのは『銀魂』で確かあった気がする。

○残酷な選択肢
 度々あちこちでテーマとなる事。
 自分としては『ハンターハンター』のハンター試験前にあった試練の村、そしてやはり『トライガン』のウルフウッドの言葉であると思う。
 今回、私はその答えから逃げたも同然なんですよね。
 何度でも取り返しの効く自分の命であがなう、ですからね。

○我が生涯に一片の悔い無し!
 御存知拳王様の最後の様です。
 いや、あんな風に天に還れたらどれだけ幸せなんでしょうかね。
 周りから見たら傍迷惑な事この上ないですが。
 仁王立ちで拳を天に突き上げるポーズ。
 束はそんな恰好で目を覚まし…………どんな恰好だそれは。

○アニメ版コ●ガン家次男(本当は4男)
 『ジャングルの王者ターちゃん』より。
 アメリカ編で出た、ターちゃんの兄弟(何か違ったっぽいけど)の同士の戦いで、末の弟であるマッドが、外で育った兄弟であるニドにやられた時のシーン。
 原作漫画では右腕右足を切り落とされたが、アニメでそれは拙いと天井の照明に大の字でめり込んで血の雨を降らす事になった。
 いや、この漫画面白いけど品位も下底突破する程酷いよね。

○えいどりあーん!
 シルベスタースタローンの『ロッキー』の亡くなる奥さんへの轟の叫び……でもあるのだけど。
 それからどういう影響受けたか、『まほろまてぃっく』のまほろさんがとある祭りで優勝を遂げた後の分け分からなくなって有耶無耶にする為に叫んだ言葉。
 用法、要領を頂きました。
 てーか、スタローンって、自分で作った脚本を持ち込んで自分で主役するって凄いよね。

○ライフカード
 そのまま、ライフカードのCM。
 オダギリジョーさんが主役をやっていて、人生の転機の度に、ノベルゲームのように選択肢が提示されるのである。故にライフカード。
 そういえば、全部は見て無いんだよね。まとめに行ってみようかな。



○終わったあとに

 これ…………絶対拾い損ないがあるううううううううう!!
 あと誤字も多いそうで。
 駄目だ。見つけられない状況だ……うむ。
 しかし、こっちは結構元ネタに片寄あるんだなーと思いつつ。
 多分……ハマッたのがそのまんまか……。

 というか多かった。
 あと申し訳ない。結節編は、次の原作編の後でよろしいでしょうか。

 それとやった後に言うのもアレだけど……。
 こう言うネタ編を機にチラ裏脱って良いのだろうか……?


 そう言えば、原作がオーバーラップ文庫でISが再始動されるそうで。
 ………………内容次第じゃプロット書き直しかなぁ。

 んで、思ったよりネタバレ集で時間がかかってしまったんですが…………。
 いや、プロットは出来ているんですがね? これから書きはじめなので。
 ちょいちょい時間掛かるかと。
 いやね。今週は兎も角、来週から来月頭まで外仕事あるからなあ……。
 出張じゃないけど、帰って来たら多分すぐ寝るだろうなぁ……。
 と言う訳で、またちょっと原作編は申し訳ありませんが時間がかかります。
 それでは皆様。
 今年もよろしくお願いします。



[27648] 結節編 第 1話  来訪者順応
Name: 九十欠◆82f89e93 ID:a6979411
Date: 2012/06/23 16:40
―――間違えた



 間違えた、間違えた、間違えた、間違えた、間違えた、間違えた、間違えた、間違えた、間違えた、間違えた、間違えた、間違えた、間違えた、間違えた、間違えた、間違えた、間違えた、間違えた、間違えた、間違えた、間違えた、間違えた、間違えた、間違えた、間違えた、間違えた、間違えた、間違えた、間違えた、間違えた、間違えた、間違えた、間違えた、間違えた、間違えた、間違えた、間違えた、間違えた、間違えた、間違えた、間違えた、間違えた、間違えた、間違えた、間違えた、間違えた、間違えた、間違えた、間違えた、間違えた、間違えた、間違えた、間違えた、間違えた、間違えた、間違えた、間違えた、間違えた、間違えた、間違えた、間違えた、間違えた、間違えた、間違えた、間違えた――――――ッ!!!!



 間違えた。
 あぁ、間違えた。


 
 間違えてしまった。


 
 もう、取り返しがつかない。






 『それ』は、延々と悔恨を連ねていた。
 『それ』には成さねばならぬ使命が与えられていた。
 『それ』自身には、それが何なのかという自覚は無い。
 だが、本能、いや、存在指向性レベル。渇望と言っても良い。
 自覚不能だが、ただその為だけにあったのだ。

 その為に、成すべき最初の一歩でつまづいた。
 何を間違えたのかは分からない。
 だが、致命的に間違えたのだ。

 『それ』らは全部で五つ『天から降りて』来る筈であった。

 『それ』が降りてくる際、莫大な高熱が発生した。『それ』を構成する大部分は砕け、燃え、一抱え程の大きさ迄小さくなり、このとき発した熱で発生した灰や煤が一面を覆う事となる。
 『それ』は、それらの灰にまぶされ、半ば埋もれつつ、永き時を過ごす事となった。



 取り返しのつかない大きな失態を冒した為に。

 本隊である四つの前に先遣隊として降りて来るはずであった『それ』は、如何なる事故のためか、他の四つとは全く縁のない次元、縁のない時間に落ちてしまったのだ。

 そのうえで、さらに最初の最初で『間違えた』。

 やがて、『それ』は興味を得る事象が出るまで———何年も、何百年も、何千年も、何万年も、悔恨を連ね積み重ねていく事となる。






 『それ』が落ちて来た所は———まるでろくろで形成中の陶器に、獣が一本牙を食い込ませたために出来た、引き摺る痕のような形を描いており、それを高台から見た『モノ』の意味で『牙の痕』を意味する名を与えられていた。






 『慣性の法則』というものがある。
 電車の中で跳んだり飛んだりしても、同じ重力下であるなら、同じように移動し、俯瞰して見たとき、電車内の壁にぶつかる事が無い現象はこの為に起きている。

 もし、これに逆らう事があるとすれば飛んでいる物事体が重力に何らかの干渉が出来なければならない。
 これには相当なエネルギーが必要であり、重力操作で飛行するISであっても、通常はこの巨大な力には逆らっていない。
 逆らえば、飛んでいるだけで地球の自転速度でその場から離れてしまい、相当なエネルギーを無駄に消耗する事となるからだ。わざわざそんな事をする筈も無い。

 故に、『それ』が無意識に発散していたエネルギーの莫大さが理解できよう。

 そう。『一本牙の痕』の地形が出来た理由―――それは、地球に降り立った―――『それ』が、地球の自転を考慮していなかった為に地表に食い込んでしまった―――ただ、それだけの事にすぎなかったのである。
 周囲を灰燼と化した熱など、それから僅かに漏れた力が熱に変換されてしまっただけに過ぎないのだから。






 後悔し続ける年月が、幾万年程続いた頃であろうか。
 その、『一本牙』が食い込んで洞穴のようになっていた部分が意に添うのか、現地の生命体と思わしき何らかの『モノ』達がで纏まって住み始めていた。
 灰に半ば埋もれつつ、『それ』はやる事も無いので情報を収集して内々的に考察してみる事にした。
 誰の気にも留められぬ小さな存在になってしまった『それ』にとって、間近で観察するには最適の環境であったと言える。



 興味を抱いたきっかけは、些細な事だった。
 『それ』が、『モノ』達に興味を抱いたのは、『モノ』らが、非・効果的な行動を続けているときだった。

 『モノ』らの一体が、活動継続時間の限界を迎え、機能を停止している事に対し、他の個体が不服を訴え、大気を振動させる情報伝達方法を過剰に用いている———通常と違う活動に興味を抱いたのだ。



―――何をしているんだろうか? 不可解である



 当事者にすれば酷い事この上ないが、実に淡白に興味を抱く。根源的な願望『何故?』が機能したのである。
 『それ』は、今まで何の疑問も抱かず『モノ』の情報を収集していたため、理由を考えてみた。

 いくつか分かった事を整理してみる。

 『モノ』の活動目的は、増殖である。
 自分の形質を多く受け継ぐ個体を増やし、それが、増殖機能を成熟させるまで成長を助け、増殖の為のエネルギーを蒐集したり、増殖しやすい環境を構築したりと、役割を分担するため『モノ』が集まっている。

 だが、今行われている事は、活動目的にそぐわない。如何なる事なのだろうか。
 
 何故、活動目的にそぐわない———増殖機能の衰退した個体が活動停止した事に対し、なんのメリットも無い行動をするのだろうか?
 地を堀り、機能停止した個体を埋める。これは分かる。環境の維持の為だ。
 『モノ』は活動停止すれば分解される。その際の精製物には、『モノ』の活動を阻害するものも多くある。故に、この環境維持行動を理解することができた。



 だが。単に環境維持行動にしては余計な行動が多い。そして、必要な個体数より遥かに多い。
 何故、空気を揃って振動させる必要があるのか。
 何故、地に生えている酸素生成生物を毟って大量にばらまくのか。
 『それ』には、非・効率的な行動を過剰に行っているだけのようにしか見え無かった。
 興味を抱いたのは、所謂『無駄』に対する好奇心であった。



 今更明かす事ではないだろうが———
 『モノ達』は、人類の祖とも言える生命であり。

 彼らの行動は、至極当然。長く生き、経験を積み重ね。それ故に数多の知恵を授けた老齢の一人、その死を悼む。花を添え、悲しみの慟哭をあげる———ただそれだけの事だったに過ぎないのだから。



 『それ』は、『モノ』について、もっと知りたいと思ったのだ。



 それが、元々の使命であるとも知らずに―――



 しかし、それは困難を極めた。
 初めの間違いが致命的過ぎたのだ。
 相変わらず、何を間違えたのかは分からなかったが、その結果、『それ』と『モノ』にはとても、とても大きすぎる隔たりが生まれてしまったのである。

 先ず、『それ』は動きが酷く緩慢である。
 対し、『モノ』は超絶的な速度にて生活サイクルを送り、増え、瞬きの間に機能を終える。

 ふと、興味を持った個体を観察していたが、ひょんな事で意識を逸らしてみれば、機能停止していた———何て事はざらで、下手すれば世代が幾つも交代していたなんて事もあった。



 そう、あまりに巨大な隔たりとは、時間に対するスタンスであった。
 『それ』は最速でも数ヶ月、下手すれば百年単位での活動を旨としていたのだ。

 その事は、『モノ』―――人間にしてみれば、本当に気の長い話である。

 結果として、『それ』は、何一つ『モノ』の事が理解できなかった。
 あぁ、最初に間違えなければ。

 そのために、『それ』は、始まりの悔恨を引き続き嘆くのみである。
 間違えなければ―――――――――出来るのに。



 そんな日々がずっと続いて行くのだろう。
 そう思っていた。
 ……のだが。



「おやぁ、ぉぉお? おおおおおおおおおおおっ!! Marverous! これは素晴らしい! 生きてますよ! 生きてます! これは是非とも調べてみたい! どう見ても不自然なクレーターである『牙の痕』に、異星を由来とした飛来物があるに違いない! と採集に来ていたら、とんだ掘り出し物じゃあなぁいですかぁ! 持ち帰って調べれば、きっとまだ見ぬ新発見が―――!!」



 『なんか』いた。
 第一印象はそれだった。
 最初に感じたのは違和感。
 まるでこの惑星由来とは異なるような生命根拠がいた。

 あくまで『なんか』は『モノ達』と共通点が多かったので、『取り敢えず』興味を持つ事にした。
 つまりそれは探査波を放ったという事なのだが、なんと驚くべき事に、今までどんな『モノ』であろうとも、知覚さえできなかったその探査波をその場で探査波だと認識し、解析し。

———『なんか』は『それ』の情報伝達法で語りかけてきたのである。

『やぁやぁ、何やらお困りのようですね。僕でよければ力になりますょ?』

 『それ』は、信じるべきか悩んだ。
 しかし、ここに転がり続けて早何百万年経っただろうか。
 タイムスパンの長い『それ』にとって、その年月は、苦痛な期間ではない。
 しかし、『モノ』なのか『モノモドキ』なのかは分からないが、『それ』が他の何かしらとコンタクトを取るなど、これを逃せば以後、未来永劫訪れないであろう事は容易に想像がついた。

 故に。賭けに出ることにした。
 意思が通じている事が分かれば、見世物になる可能性が高い。
 行動のテンポが早すぎる『モノ達』にいざ捕まれば、『モノ達』の文明が崩壊するまで、ほぼ永劫保管されるだろう。

 しかし、『それ』は、停滞した現状維持を良しとしなかった。

 これをきっかけに——————できるかもしれない。
 目的の分からない、分かってしまっては遂行の妨げとなる使命。

 分からないが、成し遂げなければならない事だけは分かっている。
 悩んだと言っても、実際葛藤していた時は殆ど無かったと言える。



———果たして『それ』は賭に勝った

 『なんか』はどんな願いであろうと、頼まれれば叶えるべく動く、現代の魔法使い。

———科学者であったのだから。

 かくして、天から降り立つ際に、自らの到来の影響で発生した大量の灰にまみれた灰被り異星人(シンデレラ)は、人と同じ時間を手にする事ができたのである。

 とは言っても、魔法には契約がある。
 御伽噺の灰被り姫(シンデレラ)は、全ての魔法が零時までの刻限であるという契約を受けたの同様。

 この灰被り異星人(シンデレラ)は———



『あなたは何がしたいんですか?』
『あなた達が知りたい』
 目的は分らない。だが、興味を持った事は目的の達成に必要だからではないか?
 そう判断した『それ』は、『モノ達』を知る所から始めようと思ったのだ。

『奇遇ですね。僕もあなたの事が知りたいですょ?』
『しかし、相互には越え難い隔たりがある』
『ふむ。僕達を知る為に同じ目線になりたいと』
『同意。事、活動スパンと時間感覚の隔たりは埋め難い』
『いいでしょう。それでは、僕がなんとかしてみますね。それはもう、科学的に! ただ、代わりにお願いが有りますけどいいですか?』

『それは如何なるものか』
 ここが勝負どころであった。
 この要求、交渉次第では総てが水泡と帰すやもしれぬ。
 魔法使いとの契約は悪魔との契約にも通じるものがある。
 果たして『なんか』が求める事とは———



『僕の家族になってください』
 と言う、奇想天外、予想外極まりない、理論を暴投するような内容だった。



『———正気を伺うが、如何か???』

 それは余りにも想定外の要求であり。一瞬、『それ』の思考が停止する程であった。
 この天体に降り立って以来、そんな事、『それ』にとって始めての事だったのだから、この一言で受けたインパクトの大きさが良く分かる。

 『家族』。体験していないため真の意味でこそ理解していないが、辞書に載っている程度にはその意味は理解している。
 ここしばらく、『モノ達』は電波を用いて交信を始めたのを『それ』は知っていたからだ。

 空間上の気体を震わせる情報伝達法より、電波を用いた情報伝達手段の方が『それ』にとって馴染み深い為、傍受し、あっさり解読。今迄よりずっと情報を得られるようになったのだが。

 だが、駄目なのだ。知識として『モノ達』の語彙を数多身に付けようとも、それではかつての通り、遥かな遊星の果てから垣間見ていた方がよっぽど確かな知識を得られるのだ。
 混ざり、体感せねば——————する事はできない。

 家族。
 絶対とは言わないが、遺伝形質の近しい者や、番いで作るコミュ二ティ。

 『それ』と『モノモドキ』では根本的に生物として根元から違う。だというのに、それは可能なのであろうか、と。

 体感しようにも自分には仲間がいない。
 事、この点に関しては後回しにするつもりであったが———



 『モノモドキ』は、ニヤニヤと(この感覚はのちに知った。後悔した)笑みを保ちながら、興奮気味に自分勝手に喋り出す。



『タバちゃんもフユちゃんも家族が出来るんです。よく分からないんですけど、僕にもそれが今あったらどうなるんだろうか———と興味が沸きまして。いやァ、昔は居たんですけどね? 両親とか兄弟とか……まあ、最後に会ったのも結構昔ですし。あんまり印象無いんですよねぇ。それで、あなたのお願いを聞いた暁には、ちょっとばかり、僕の家族になってくれませんか?』

 知らない単語が多い。
 タバチャン、フユチャンとは何か?
 思考に疑問のみが浮かんでいる。
 『モノモドキ』は丁度踏ん切りをつかせる文句を告げた。

『実験、観察、推論を立ててみたいんですょ』

 それは、『それ達』が様々な万象に―――自分で言えば特に『モノ』に対して行っていた事だ。
 故に、問う。

『我々同士では正しいかも分からぬのに?』
『まずは形から入ってみましょうか。客観からみて違和感が無ければ問題ないと見て良いでしょうし』

 かくして『それ』は———

『同意する』

 ゲボック(魔法使い)と契約し。

 行きましょうか———

 『灰の三番』(シンデレラ)となった。



 『それ』が彼女になるに当たって、時間感覚の他に、どうしてもと頼んだ事があった。

 それは、身体機能の制約である。

 人の中に混じるには人と同レベルでなくてはならない。
 人と同じ目線でモノを見て、人と同じように感じねば———出来ない。

 ここは、譲れなかった。

『そうですか———それは残念です』
 色々取り付けようとしていた彼は非常に残念そうであったが。
 ただし。相当頑丈に作られたのは、彼なりの心配であったのかもしれない。

 色々なことがそれから起きた。
 
 一番の予想外の事とは、特にあれだろう。
 彼女の細胞を採取し、研究。
 その結果誕生した———

 彼女の仲間達であった。

 彼女の血肉から次々と作られた、彼女と同じケイ素系生命体は『灰シリーズ』と称され、実に二十九番代まで作られた。
 仲間について初めに話題としたため、単独では淋しがっていると思われたらしい。

 『厳密な意味』では、彼らと彼女は同じ生命ではないのが少し哀しくもあるのだが。

 この地に降り立つ際に成した、いの一番の過ち———体の中に埋没している十二本の杭を意識しつつ、彼女は自分の子供達と言える『灰』の名を冠した生物兵器たちを想う。
 『哀しい』———あぁ、自分も大分感情を獲得できてきたのではないだろうか。

 それから数年―――ようやく人間の行動様式も大分模倣出来るようになった、と自負出来る様にまで至る。
「流石ですね『灰の三番』!! Marverousですょ!」
 彼に頭を撫でられる。
 人とは、このような時に照れ、はにかむ様に笑むのだろう?
 完全にそれを再現し、笑う彼女———『灰の三番』であった。






 色々分って来ると興味が尽きないのが人間というものだ。
 そう、例えば―――人間は順番をつけるのが好きな生き物である事を上げよう。

 一番の親友、一番の異性、一番の宝物……etc、etc……。
 彼女から見て、全く同じに見えるモノ。時には形の無い概念でさえ、彼等にはこだわりがあるらしい。
 価値の付与。
 これが人間の文明、その基礎ではないか。最近、彼女の考察はそれが主題だ。

 彼女の仲間もそれに着目し、個人ごとにおいて命と同じ価値のモノを観察しようと採取して回る個体がいたので、どうも彼女の同族は似た様な思考に偏ってしまうらしい。

 そんな人間の中で、彼女の一番近くにいる変種である彼は、『一番の二人』なる存在がいる。
 言葉的におかしくないだろうか? そう思えなくもないが、彼の世界観ではそれが絶対であり、真実である。

 研究所の清掃をしながらこっそり覗き見る———


 その一。個体名称タバネ。その他無数の同族間における共通認識が非常に狭量。ただし、その分の脳機能を思考処理容量に回している彼の同類。
 自覚していないが、彼を将来的な交尾対象と位置付けている節を確認。求愛のモーションを多数確認。健康状態は良好。健康的な彼の子を生むのに支障無し。彼と同等の知性を有するため、目的の遂行の為にも敵対は多大なリスクを伴うと判断。求愛行動を幇助し、協力体制の構築に務める方針で対応。対立は避けるべし。

 その二。個体名称チフユ。原始的な脳の活性値が常時活発で非常に活動的。彼と束を見守り、ルール違反をただしている。
 彼と束。二名に対する、集団生活への適応推進因子と認識。されど効果はさほど認められず。
 相当危害を加えているにも関わらず、関係は良好。
 サンプルの中でも最高値を示す『工—兵—』に準ずる程、非常に高い戦闘スペックを有する為、目的の遂行の為にも敵対は多大なリスクを伴うと判断。彼の生命維持において致命的な攻撃を加えない限りは傍観を継続。

 追記。彼が希望する将来的な交尾第一目標と認識。健康状態は良好。健康的な彼の子を育むに問題無し。
 


―――と
 疑問である。
 良くぞここまで方向性の違う二人を等しく一番の価値として並びたてるのか。
 何を以てしてそう判断しているのか。おそらく、彼自身にも分っていない―――ああ、目的遂行までは道が長そうである。

 ただ、そうだ。彼の嗜好は非常に興味深い。
 以上、二名に関する評価を終える。



 などと考察していたら、彼に思念通話で呼び出された。
 彼女は、音声を持って意思疎通を図る事が出来ない。

 これは、現地の生命体に過度の情報を与えてはならない、というモノだが、ずいぶんと適当で、彼女の仲間内でも随分とした差が存在する。
 『反響』と呼ばれた彼は、与える情報を限定するために、かけられた言葉から単語を拾い、組み替える形でしか言葉を返せなかったのに対し、『飴屋』と呼ばれた彼は抽象的ではあるものの、流暢に言葉を交わす事が出来たからだ。

 あとの二体はよく分からない。
 一体は全く分からず、もう一体に関しては破壊されてしまったのだから。

 そもそも、はぐれた彼女がそれを知る由もなく。
 『音声以外なら自由自在』という杜撰なセキュリティを課せられているのだった。
 その為、彼を含めたこの研究所の住人全員が思考通信を可能としているのである。
 些細なその気遣いが、彼女のテンションをやや上げる。
 これが―――もしかしたら、気が弾むというものなのだろうか。



 呼び出されて赴けば、彼と、その『一番の二人』の片割れ、『チフユ』が居た。

———用件は何か?
「はぁい! 実はですね! 『灰の三番』には是非ともお願いしたい事がありまして呼んだ次第ですょ!」

———ならば如何用でも。下命受諾する
 珍しく彼が『お願い』と来たので余程重要な件であろうと彼女は判断した。
 そう判断できるぐらいには、彼の行動パターンの集積は済んでいる。




 そして、彼女は『お願い』を受諾する。
 個体名称『チフユ』の遺伝形質近似体、『イチカ』を、『チフユ』不在の間、育成する事である。

 思案する。
 確か、『イチカ』の活動経過時間は、自分がこの身を得てからの年月と確か同じだった筈。
 人間は、成熟するまでこの惑星公転周期二十回弱程の年月を必要とする。

 嘗てなら瞬く間だったであろう。
 だが、今のタイムスパンは人間と同じである彼女は的確に判断した。
―――生育には時間がかかる、と

 『目的』遂行の時間を大幅に削るのでは? そう判断して短期にしてもらおうと考え―――とどまる。
 『イチカ』は人間として未成熟―――つまり、『これから人間になって行く』個体である。
 人間と言うものが、如何なる過程を経て人間となって行くのか。その経過を観察するには、至上のサンプルではないか。

 これは、思わぬ機会を得たかもしれない。
 彼―――ゲボックは、定めた方針から揺らがぬ、ぶれぬ、ためらわぬ為、なかなか新しい発見が無いのだ。
 人間の時間感覚からすれば、随分退屈だという事だ。

―――退屈
 これも、今までは持ち合わせていなかった概念である。 



 思案している間に、彼が『チフユ』を説得したらしい。
 随分と難色を示していたようだ。自力で何とかしたいという自立欲求や———または、判断するに『チフユ』は『イチカ』を外部からの干渉、特に彼に関わるモノから隔離したいらしい。
 理由は、分らないのだが。

 こうして―――

 彼女、『灰の三番』は、『家事手伝い用生物兵器』という名目を持って織斑家入りを果たしたのだった。



 そして。
 それは、『灰の三番』にとって、二つ目の運命、劇的な出会いだった、と断言できる出来事の切欠であった。



「えーっと……俺、一夏」
 その子供の第一声はそれだった。
 次の瞬間、千冬の拳が振り落とされる。
「―――ってぇ!」
「自己紹介ぐらいきちんとしろ。礼儀をわきまえないぬ者に誠意が返ってくるとでも思ったか?」

 千冬は礼儀作法に厳しく、一夏を躾けていた。
 千冬に取って、ある意味本当の親より親らしい篠ノ之家の両親が片や社の巫女、片や剣術家であったという事も大きいだろう。おかげで、実年齢より大幅に成熟してみられるようになる。

 そんな千冬が、一夏に対して、同様の教育をしない訳が無い。

「あー……」
 ここでまた一発来るかと思ったのか、一瞬だけ千冬をチラ見。
 まあ、また殴るのもアレかと、千冬は黙認した。

「俺―――じゃなかった、僕は織斑一夏。4歳です。これから宜しくお願います」
 千冬はうん、と頷いてすぐ去ってしまう。
 一夏と二人きりにされてしまった『灰の三番』は待って欲しいと彼女は思った。
 彼女の特性をせめて伝えて欲しかったというのに。

 きちんと言い直した一夏に、同様に自己紹介しようとして一瞬とどまる。
 彼女の特性―――口がきけないのだから。

 どうしようか。
 自分の名。彼に名付けられた『灰の三番』を伝えようか。
 まて。そもそもどうやって伝える。
 手話をこんな幼い子供が知っている訳は無い。
 今まで思念通話だった為、失念していたのだ。
 『イチカ』の身内に聴覚障害者が居るなら兎も角、そんな情報網も無い。
 ジェスチャーだけで通じるのだろうか。
 だいたい、『灰の三番』は人間の名前としては不適格だろう。
 自分は人間ではないが、人間に溶け込む為に人間の姿形をしているのだ。
 人間らしい名前が無いと違和感があるではないか。
 今更気付くとは、つくづく自分は目的遂行に向いて無いのではないだろうか。

 まあ、漫画では『人造人間何号』という名前のキャラも居るのだから、別段絶対駄目、と言う訳ではないだろうが、やはり普遍的ではないだろう。

 筆談という手段に当時辿り着いていない彼女は悩む―――
 そこに。

「はい……の、さん? 変な名前だなあ。んーじゃあ、俺がなんか考えてやるよ。はいって確かグレイだったよな、英語で確かそんなんだった筈だよな? で、さんって数字の3だから……よし、くっつけて灰の三(グレイ-さん)で良いよな!」
 少々間違えている。
 『Gray』は『灰色』だ。
 名付けられた開発コードとしては確かに灰色で偶然合っているのだが、一夏のイメージなら、正しくは『灰』は『Ash』の方である。そもそも、三はそのまま日本語だし、珍妙な名前である。まあ、幼児が考えた英語の印象なんて、こんなものであるのだが。

 勝手に名付けられてしまった。
 ……疑問発生?

 今、自分はどうやってその製造番号を伝えたのだろうか?

―――まさか
 
(問い―――伝わっているか?)
「あ―――うん。聞こえるけど。変な喋り方だなあ。グレイさんは」

 想定外事項が発生。
 どうやら、伝えようと思った事がこの子にはダイレクトに伝わるらしい。
「この子じゃねえ、一夏だ。自己紹介したんだからちゃんと呼べよなー」
 まずい。機嫌を損ねたようだ。と言うか、今伝えようとしただろうか?
(謝罪を。一夏)
「いや、別に怒ってねえよ。俺もグレイさんって呼ぶからな!」
(―――)
 とある理由のため、彼女は一瞬だけ逡巡した。
 
 だが、そのリスクと、引き換えに得られるものを比較し、それを認める事にした。
(承知。『グレイさん』との識別を承認)
「うん。ああ、やっぱ変だって」
(如何に?)
「あー! 俺の部屋来いよ、教えっからさ!」
 一夏は『灰の三番』―――否、『グレイさん』の手を引き、自分の部屋へ連れて行く。
 どうも、見た目年上の『グレイさん』にタメグチでが一夏が喋っている様が、無礼を働いていると千冬に判断されたらまた拳が降って来るのではないか、等と考えていた訳である。



 とある理由とは―――
 彼女達の種族は、今まで自分の『名前』と言うものが無かった事に起因する。

 反響(エコーズ)にしろ。
 銀色(ペイパーカット)にしろ。
 煉瓦(ブリック)にしろ。
 そして彼女、『灰の三番』(シンデレラ)とて。

 あくまでも有様。
 その形容をそのまま呼称とされただけである。固定された『名』を名乗った事も無いし、また、様々に呼称されてもそれを『名』とは認めていない。

 そもそも。
 彼女達はすでにスタンドアローンであるとは言え、端末に過ぎない。
 使命を帯び、目的を成すためだけにある、本当の彼女達の切れ端だ。
 派遣されて来たというより、予め命令を書き込まれた体の一部を飛ばして来たようなものだ。
 寄生獣が分離する時に予め合図を決めているのと何も変わらない。

 だから―――

(『グレイさん』―――…………『わたし』…………の、『名前』…………―――)
 便宜上、自分という分体を『私』と呼称する事はある。
 だが、それはゲボックとのコミュニケーション上、この端末を一つに括った方が理解されやすいからだろうと言う意識から出た擬態行為に過ぎなかった。



 だが。
 一夏に名付けられ、それを自覚したとき。
 彼女の―――彼女の存在構成要素に『グレイさん』という名前が組み込まれ、原型相似率が小数点以下第十七位の数値がわずかに減少した。 
 
 有り体に言えば。自分と言う個を認識可能となったのだ。



 つまり、生物兵器『灰の三番』は、ゲボックによってその身を作り出され。
 この時一夏によって、織斑家の一員、家事手伝い用生物兵器『グレイさん』の魂を与えられたのである。


 
 こうして、ようやく彼女は初めてこの惑星上にて産声をあげたのだ。
 そして、劇的に彼女は人間に近しい感性を獲得して行く。
 
 一夏に普通の仕草を学び。
 一夏に流暢なコミュニケーションをこなせる会話を学び。
 一夏に女性らしい人格を教わり。
 一夏と供に料理を学び。
 一夏との生活を少しでも快適にし。
 一夏の望む役割を果たし。
 一夏に家庭らしい温もりを与え。
 一夏と供に千冬の疲れを癒し。
 一夏と千冬の居る空間に最も適した存在へと最適化を遂げて行く。

 感謝の感情を何より先に学び。
 今までの境遇を反芻して恐怖を憶える。
 そんな、当たり前の存在に――――――

 それから僅か半月。
 ゲボックと再会した彼女は完全に『ゲボックの娘』と、己を認識していた。

 人と交わる喜びを与えたゲボックに絶対の感謝と忠誠を。
 最も―――ああ、いや、『唯一』ゲボックに忠実な生物兵器はゲボックに己の成長を報告する。

「Marverous! さすがフユちゃんといっくんですね! 小生では何年かかっテも突破できなかった停滞を僅か半月で覆すとは! こレぞ素晴らしき生命の神秘! 『灰の三番』も流石ですね!」

 そう。だから私は―――『グレイさん』。『灰の三番』と呼んでいいのはこの身を作った『父』だけだ。
 自分を定義して個を固定し、嘗てと同じに、ゲボックに頭を撫でられる。

 『灰の三番』は羞恥で顔を真っ赤に染め、ただ、はにかんでいる表情は崩れない。



 彼女は、心の底から歓喜に満ちていた。
 今度は、統計で作った表情ではない―――
 自然にこぼれた、笑顔だったのだから。






『千冬?』
「ん? どうした?」
『一夏がどんな風に成長するのか、楽しみですね』
「なんだ、薮から棒に?」
『私は思うのです。私も一夏や千冬と出会って、とても変わりました……これが成長というのかは分りませんがね。そして思うようになったのです。一夏の成長を感じる事。今や、それが私に取って、この上ない喜びだと』
「………………なぁ」
『どうしました? 千冬』
「お前はどこの母親だ……?」
『母親……ですか?』
「まさにそんな感じだったがな? おいおい……言っておくが、逆光源氏はさせんからな』
『千冬ったら……はぁ。一夏がどんな素敵な男の子になっても、そんな事はしませんよ』
「信用ならんな、お前……下手したら私より一夏の信用得てるような気がせんでもないからなぁ」
『本気で殺気出さないで下さい、千冬。一夏にとって貴女より大きな存在なんて居ませんよ。まったく―――どれだけ姉馬鹿なんですか貴女は。私はどちらかと言うと、将来できるであろう一夏の細君よりも、更には貴女よりも先に一夏の子を抱き上げたいですね。生まれた子を取り上げて細君に渡すのは私の役目になりたいです』
「誰が姉馬鹿だ! と言うか、それは本気で母親の言動だろう……!?」
『そもそも、逆光源氏とは心外です。私、実は一夏や箒と同い年(製造年月)なんですよ』
「なにいいいいいいいいいいいいいいい――――――ッ!?」

 そう言えば、ゲボックが言っていたような気がするが。どう見ても私より年上だと気を抜けば忘れるではないか。しかもこの物腰だと尚更に!



 千冬とこんな会話が交わせる程。
 彼女は成長して行ったのである。









 世界中に大被害を巻き起こしたたった『三人による世界大戦』であるが。
 殊更深刻な被害と言えば、『月』である。

 元々、幼少の頃の三人が打ち上げたBE●Aばりの資源掘削メカ『シーマスシリーズ』に虫食い状に食い荒らされた上に地球から屋根の形で作った文字を読み上げられる程に巨大な城を造られていたのだ。

 そこに、束の『殺る気MAXな集束砲』で向こう側が覗ける程のデカイ馬鹿穴を開けられたのだ。
 本当、月は踏んだり蹴ったりであろう。
 これは、早急になんとかしなければ行けないのだ。

 太陽系の引力バランスとは非常に絶妙なバランスで均衡を保っているのであり、それでなくても危うかったのだ。

 月の重力が減っただけでとんでも無い事になる。
 まず、潮の満ち引きが起きない。
 わーい大変だー潮干狩りが出来ないよーどころじゃ無いのだ。今巫山戯た奴来い。

 少なからず地球上の海水の流れを生み出している要員であり、海流が変われば地球上での気象も変わる。生態系に大打撃である。そもそも、月齢そのものが生命に及ぼす影響も計り知れない。
 人間でさえ、満月時は犯罪が起こりやすい精神状態になるという統計も取られている程である。

 というわけで、ゲボックは(ゲボックなりに)取りあえず応急処置を施した。

 重力素子を精製して作り出した超小型ブラックホールを月と地球の間に浮かべて重力の均衡を保ったのである。

 ちょっと待て、である。
 ブラックホールは良く、『これすげーんだぜ!』の基準によく使われるため、フィクションではけこうメジャーであるが舐めては行けない。
 たったハワイ島サイズのブラックホールが、太陽の何千倍もの直径を有する恒星を排水溝みたいにズルズルふりまわし回転させながら飲み込んでいる最中と言う恐ろしいものが宇宙には実際に存在するのだ。光すら閉じ込める重力を舐めては行けない。
 言っておくが繰り返したんだからな。舐めては行けない。

 が、そんなに上手く行く訳が無い。地球に置ける重力干渉は何とかなったのだが、今度は月が少しずつブラックホールに引っ張られ始めたのだ。
 このままでは月が飲み込まれてしまうので、今度は超出力PICをブラックホールと月の間に浮かべて中和したら―――
 地球の重力が届かないので月が地球から離れ始めたのだ。
 待て待て待て―――ということで、ザレフェドーラでブラックホールを消滅させてPICだけで月と地球を繋ぎ、保たせてみたという次第である。
 もともと、少しずつ地球と月は遠心力で離れつつある。
 ちょっとぐらいズレてもまあいいか、と適当なゲボックは考えていた。

 さて、PICのそれは応急処置なので、何とか月の穴を埋めなければならない。
 地上は地上回路による幻影で偽物の月を映しているが、それではあまりに情緒があるまい。

 と言う訳で、材料の第一候補が火星周辺のアステロイドベルトにあるデブリ群である。
 束が良く引っ張って来て地球に落としているそれであるが、丁度いいや的な気分で現在引っ張って来て月の穴を埋めている最中である。
 最初は面倒なので火星のフォボスで埋めようとしたゲボックに千冬の飛び蹴りが炸裂したのは言うまでもない。






「サて、今日はとってもおめデたい日です! 皆ハメをはずして楽しみましョう!!」
「一番ハメ外しちゃ行けない奴がほざいたぁー!!」

 ティムが絶叫した。
「何を言うのデすティム君。行けませんョ、今日の主役ナんですからネ!」
 ゲボックはいつものニタニタ顔である。

 今日。
 ギャクサッツ家一同が集まって行われているのは、ティムの就職記念パーティである。
 ただ、垂れ下がっている垂れ幕に『祝! ティム君! 亡国機業に就職おめでとう!』と出ているのは何かおかしい気がする。

『腕によりをかけました』
・僕も手伝ったよ

 胸を張っているのは、『灰の三番』ことグレイと、『茶の三番』ことアンヌの三番コンビである。

 並ぶ料理はどれも料亭で出てもおかしくない見た目からして凄まじいものである。
 一夏と供に千冬を労う料理研究をして来たグレイは伊達ではない。

 そして、何でもそつなくこなすアンヌも凄い。
 所々要所のみを指示されるだけで的確に模倣して行くのだ。器用の極地たる茶シリーズならではである。
 まあ、それだけではなく思考通信とリアルタイムのデータ共有とかズルもしているが。
 それは、アンヌからベッキーシリーズである。
 シーマスシリーズの復活に併せて何を考えたかベッキーまで自分の体を増やし始めたのだ。
 作業員は多い方が良いとか何とかである。手が足りない悔しさがあったのだろう。
 手が足りないなら体ごと増やせば良いじゃない。
 実にギャクサッツ家的思考である。

 グレイの技術を器用さでアンヌが翻訳し、データ化してベッキーシリーズ同時制動に運用しているわけだ。

 おかげで絶品料理大量同時生産である。
 生物兵器としてのスペックを絶大に別方向へ活用していた。『家族派』ならでわだった。

「えーと、どれどれ……ん」
 一口、茶碗蒸しを口にするティム―――
「んまぁ――――――ッ!!」
 叫んで転がり回っている。どんな美味さだったんだろう。
「ティム君がこんなリアクションを!? そノ料理は神デすか!?」
 おかげでゲボックが即座に成分を調べようとしたらしい。
 その空気の読めなさに物理的に物騒なツッコミが周囲から殺到したが。

「って、そうじゃなくてだな! オイアニキ!」
「何ですカ? ティム君」
 半ば焦げたゲボックが変わらず。応える。これぐらいじゃなんでもないようだこいつ。

「荷物の整理をしていた筈なのにどうしてここに居るんだ?」
「部屋はそノままで良いんですョ」
「んー。アニキに射つ為に取っといた対戦車砲は置いてくわ。邪魔だし」
「標的小生だったんデすか!?」
「当ったり前だろう―――じゃなくて、どうして気付いたらここでパーティに参加しているんだよ!」
「ティム君の祝イ事だからですネ!」
「いや、それは垂れ幕見りゃ分るけどよ、いつの間に何だよ」
「こういうモのはサプライズが良いと、皆さン言ってましたので、部屋の隙間から『灰の二十七番』がガスを入れて眠らせました」
「サプライズすぎて殺意が有頂天だわ! 早速対戦車砲取りに行きたくなったわ!」
 と言って四周を見渡すティム。

「つーか、ここどこだ? また知らない部屋作ったんか? ウィンチェスター家じゃねえんだから、無計画に増築するなってあれほど———」
「いエ―――」

 ゲボックは白衣の袖で額を拭い、ワザとらしく『ふぅっ!』と息を吐く。

「増築じゃナいです。新築でス。小生は頑張リまシた!! 本当なら野ざらしな所ヲ、ティム君の為に特別設置シました! どう? 小生凄いでシょ? 偉いでショ?」
「その申告でるのがアニキの残念な所だと常々思うんだが……研究所の外なのか?」
「あっチの窓から窓から見ればこコがどこか分かりますョ」
「ん—?」
 言われたままに窓から外を覗くティム。

 そこに映っていたのは果てしない砂漠だった。
 地平線から上が真っ暗で、夜を思わせる。
 塵が漂っていないのか、六等星以下の星々もくっきりと瞬く事無く光っている。

 ん?
 瞬く事無く?

 星々が輝くのは大気の揺らぎで星からの輝きがランダムに散らされるからだ———と、言う事は……。

 ひとまずその疑問は置いて、最も目立ち、かつ美しい———天の中央に一際輝く天体を見上げる。
 その星はアクアマリンのような美しさで一際輝き、見る者全てが息を飲むほどであった。

 所々に見える白い煌めきは、水蒸気が冷えて凝固したものだろう。
 圧倒される。
 これが宇宙に数多ある星々の中でもレア中のレア。奇跡のような、生命を育んだ母なる惑星———

「本当———」
 ティムはゲボックの後ろに回り込んだ。
 後ろからガッチリと組み付き、腰をホールドする。
「おョ?」
「こ・こ・はぁ———!」
 そして踏ん張る。
 ゲボックは体の七割方が人工物であり、
全身の比重がおかしい。
 バランスが崩れそうになるのを必至でこらえ、渾身の力で持ち上げる。
「どぉこだあああああああああああああッ!!!」
「へぶぁ———っ!?」
 そしてそのままバックドロップ。

「だうーん!」
 ダッと駆け寄るのはロッティ。
 今日はゴシックドレスで着飾っている彼女はそのまま床に叩きつけられているゲボックを覗き込んで床をタップ。
「わーん、つー、すりー! うぃんなー、ティムちゃん!!」
 ガバッとティムの手を掴み突き上げさせる。

「「「おおおおおおおおお―――っ!!!」」」

 分かりやすいもので、一斉に盛り上がる生物兵器達。良くも悪くもノリ易い奴らなのだ。
 一斉に持て囃されるのでティムも悪い気がしないのか照れて———

「―――っと流されるかァ! ここどこだよオイ!」
 と、思いとどまる。
 数年に渡る付き合いは伊達じゃないのだ。

「またまタぁ、ティム君だって分かってるでしョ?」
 バックドロップ姿勢のままニタニタ笑っているゲボックの一言である。正直キモイ。なぜその姿勢で固まるのか。
「いやな、分るけどな? でもよお……」
「はい、月ですョ」
「やっぱり地球ですらねえええええええええええええええッ!」
 窓にでかでかと映っているのはやっぱり地球だったのだ。嫌な予感ほど良く当たるものである。

「なんでいつの間にかわざわざこんな所でやるんだよアニキ!」
「いヤですね、月の修復作業が忙しすギて、地球で準備やる余裕が無かったんですョ、わざわざ降りる時間が勿体無かったんですねェ。だから来てもらいまシた」
「……なあ」
「何でスか?」
「それってアニキの都合だろ」
「……ア、バレまシた?」
「死ね! ゴミ収集車に押し込まれてなんかクルクルまわるひれでブチッと潰されて死ね!!」
「例えが具体的デ怖っ! 痛い痛イ痛い! 小生は踏まれて喜ぶ人ではなイのです! おぉう、なんでスかぁ! ティム君は何の変哲もない超優秀な科学者を踏みつけるのがそんナに楽しいでスか!?」
「やかましい! この極有害放射性指定腐れ脳味噌あとその他がっ!」
 スタンピングしまくるティムだった。
 生物兵器達は薄情なもので、煽る者、気にせず料理で舌鼓を打っている者、踊っている者、談笑する者、シャレにならないバトルしてるのやら様々であった。
 誰も止めようとしていない。

———否、一体いた
『まぁまぁ、この辺で勘弁してあげて下さい。ね』
 ぽんっ、とティムの肩に手を置いたのはグレイである。

「あ……ん、まあ。アンタがそう言うなら勘弁しないでもないけどよぉ」
 うっ、と一歩引くティムである。

 生物兵器達に鍛えられたティムは今や、生物兵器達に対しても一歩も引かなくなっている。
 突っ込みに普通に銃を使ったり、喧嘩の仲裁に部屋ごと爆破したりと、かなり過激になっている。
 常識的に恐怖というのが馬鹿になっているのかもしれない。
 
 だが、ティムはグレイにだけは強く行けないのである。
 毎日悲鳴を上げ続けていた当初、珍しい人間型であった為か、グレイはティムにべったり懐かれたのである。藁にも縋るという思いではあるが。

 それからアンヌやアーメンガードやらとの縁で少しずつ今のティムになって行ったのだが、かつての関係性は簡単に抜けないらしく、グレイに窘められると従ってしまわざるを得ないのだ。

「うー……ダ、誰か助けてくれマせんかぁ?」
 ゲボックはバックドロップを受けて床にめり込んだ姿勢のまま固定していたと言う。

 これはグレイも助けに入りませんでした。



 パーティも落ち着いて来ると、グレイは心配が募って堪らないのか、色々と伝えて来る。

『亡国機業というのは危険な仕事ばかりするのでしょう? 大丈夫なのですか?』
「う……まあ、でもさ、ミューゼルの力になりたいってのが一番なんだよな」
『……あなたがそう決めたのなら、もう仕方がありませんが……ちゃんとご飯は食べるんですよ』
「分ってるよ、栄養の確保の方法は皆に色々サバイバル法習ってるしさ」
 生物兵器直伝と言うのは珍しいと思う。

『世界中飛び回るのでしょう? 生水には特に気をつけるんですよ。人間の滅菌能力には限界があるんです。お腹を壊すのは想像以上に危険な事なんです』
「大丈夫大丈夫、ちゃんと水の浄化法も習ってるからさ」
『毎日寝る前にはキチンと歯を磨く事。虫歯菌が口内の傷口から入ったらとても危ないんです』
「分ってる分ってる! ちょ、どこまで子供扱いしてるんだよ。大丈夫だから!」
 グレイは正に子離れできない親そのものだった。

『でも心配なんですよ、やっぱり人様の物を壊したりする仕事なんて……』
「いや、それはここに居るメンツとやってる事は大して変わらないと思う」
『うっ』
 珍しくグレイへのツッコミで彼女が呻く。
 メッセージボード一面に大きく『うっ』ってどれだけ用意が良いんだ彼女。



『束が間違ってあなたの上に隕石を落としたときの対処法も分りますね?』
 でも、更に心配な事は沢山あるのか―――
 
「そりゃもう。アニキの傍に居るとたまに降って来るからって……おいいいいいいっ!! 全然日常的に気を使う事じゃねえよこれ! …………なんでそんな物にまで手慣れてんだろう…………ちょっと泣きたくなって来た」
 瞬間的にティムの脳裏をよぎったのは、むしろ常識的な事の方が少なかった日々だった。

 あー、とかうー、とか呻いて頭を抱え出すティムである。
 そこに後ろからすっと、グレイがそろりそろりと寄って来る。

 その忍び歩きの様。両手は幽霊のように前に構え、爪先歩き。普段の彼女を見知っていればいる程虚を突かれそうな仕草である。
 正にゲボックなのだが、そこを突っ込んではならないだろう。
 一見常識人のように見えてやっぱり彼女もゲボックの影響を多大に受けているのだから。

「あ―――? あっ!?」
 グレイがしたのは背後からの抱擁だった。

『兎に角、怪我だけはしないで下さい。私達と違って、手足一本でもかけがえの無いものである事を良く、胸に留めて下さいね。あなたの無事こそが私達の喜びなのですから。あなたがどんな未来を望んでいるのかはあなただけにしか分らないものです。ですが、私はあなたの成功を祈ってますよ。なんでも報告して下さいね。一緒に喜び、憤ってあげますから』
「グレイ姉ちゃ……」
 グレイに体温は無い。ケイ素生命体故の外気温そのものだ。
 人間の死体と同じ温度であるという事だが。しかし、ティムは確かに温もりを感じた気がした。
 それはまやかし、気のせいに違いない。
 体もガラスの様な硬度である。人間の柔らかさは無い。マネキンの様なものだ。
 だが、確かにそこに込められた想いをティムは深く胸にしみ込ませ―――

「面白い事してまスね」
 目の前でそれを観察しているゲボックを見落とした。
 さっきのグレイ同様忍び足のポーズ(こっちが本家)で真っ直ぐ真っ正面からくるという、ポーズの意図を全無視極まりない———忍んでない行動を、穴だらけのゲボックの意図通り忍べたのは、ひとえに背後の感触に気を取られていたからで……。

「え? アニ……」
「サンドイッチでス!」
 ガバァッ! とゲボックが真っ正面からティムにしがみついた。
 ティムは何をされたか分らずにキョトンとするしかない。

「え?」
「で、これ何しテるんですか? ねえ、『灰の三番』ト二人掛かりでティム君捕獲しまシたけど、コの後どうなんです?」
「ええ?」
「ん? どウしました? ティム君」

―――はぁ
 グレイが、溜息をついたような気がした。

 一拍遅れて。
「えあうえああええいえうあえあえふぁうえああふあああああああああああああああっっっ!!」
 何をされたのか、気付いたティムが恐慌状態に陥った。
 それ程のショックだったらしい。

「どうしタんですか? いつもトなんカ―――ごぅふ!?」
『お父様、どうし―――あ』
 ゲボックの股間がティムの膝で蹴り上げられていた。まごう事無き、クリティカルヒットだった。
 それからが、コンボの連続である。
 鳩尾にそのまま連撃で膝を叩き込み。抉り込むように心臓の真上を直ストレート。
 思わず息が詰まったゲボックの喉に抜き手を突き込んで更に呼吸を阻害し、逆の拳で顎を下から打ち抜き、人中と鼻と眉間を纏めて頭突きで脳まで衝撃を通し、膝から崩れ落ちた所へ仕上げとばかりにヘルメットの頭頂めがけ、かかと落しが炸裂した。
 見事なまでに人体の中心線に沿った急所攻撃オンパレードである。

「―――はぁ、はぁ、マジで、マジでビビった―――アニキがそんな事するとは思わなかったからよ……」
「オォウ……何故??」
 ぴくぴく床で這いつくばっているゲボックに、全力で息を荒げているティムの方が怯えていた。
 スキンシップがアグレッシブなゲボックは怖いのかもしれない。飛びかかって来るG的な恐怖で。
 たまに千冬も味わってるらしいが。



『もしかして、お父様、気付いてないんですか?』
「な、何をデすか……?」
 とん、とん、とゲボックの腰を擦り叩いているグレイがふと聞いてみた。
 なお、先程の対急所連続攻撃、実はグレイがティムに伝授したものである。
 元々グレイが、千冬に『お前も女なら痴漢対処の一つは憶えろ』と実用第一で教わった唯一のものである。
 繰り返すが、グレイはケイ素生命体である。
 例え身体能力が標準人類程しかなくても、彼女に殴られるという事は石で殴られるに等しい。
 ちょっと、人命的にも危険かもしれないコンボである。
 実用性って……まさか殺傷力ではあるまいな。

 後日、千冬に聞くと、
「ああ、あれか? 実はな、最初の一撃だけが重要だ。物理的に去勢できるからな」
 という恐ろしい一言を戴きました。

 そして。

「ふぅ……ふぅ……ん、んん?」
 気息を整えたティムは当たりが静かになった事に気付く。
 見回せば、生物兵器が全員。じっとティムを見つめている。
 
「えー、あ、なに?」
 まずは聞いてみる。やな予感しかしないが。

「ハグだね」
「だね」
「ぎゅーっとしてたね、Dr.」
『灰の三番』(姉さん)もしてたね」
「ずるいね」
「ずるいな」
「やわっこそうだよね」
「ふわふわそうだよね」
「ぬくぬくしてそうだね」
「あったかそうだね」
「いや、そんな癒し持ってねえし!」
「これは是非とも確かめねば」
「まさしく。真実は一つなり」
「昔の人は言った。一見は百聞に勝る」
「されど一回やる事は百見に勝る」
「格言捏造してないか!?」
「真実の解明こそが重要な事」
「そしてそれを皆に伝える為、是非ともハグを」
「ハグを」
「ハグを」
「ちょ、ちょ、ま、ま、ま、待てえええええええええええええええええええええ―――ッ!」

 さて。このパーティ会場。
 ゲボック研究所の生物兵器が一体残らず集合している。
 ティムのめでたい門出だ。祝わぬ愚者など居なかろう―――それ程に研究所の皆にティムは愛されているのだ。

 それが一斉に。
 ティムの抱擁を求めて目をギラギラさせている。
 今日きり、ティムは研究所を出てしまうのだ。
 これを逃せば次の機会はいつか分からない。
 ならば最後はいっそ思い切り―――いや、死ぬけどそれじゃ―――

「え―――あ?」
 生物兵器とハグ、と一口に言ってもそのままボッキャり、さば折りになる事必須のパワータイプは勿論。
 全身トゲだらけで、抱きしめられようものならある意味生きた鉄の処女(アイアン・メイデン)になってるものや、そもそも、どこが五体のどこに相当するのか分らないものもある。
 
 それが一斉に―――ティムに殺到した。

「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああッッッ!!!」
 ティムの絶叫が響き渡った。
 それは最早何度目か分からぬ命がけの鬼ごっこの始まりな訳で。
 最後まで、揺るがぬ日常であった。






「はぁ、はぁ、出来た。出来たぞ……」
 それは一言で言えばフルアーマーティムである。
 あちこちに隠していた兵器を片っ端から引っ張り出して使いまくったのである。
 
 そして、初の生物兵器大量撃破。
 いつだか千冬が成し遂げるのをその目で目の当たりにして以来、いつか自分もやってみたいと憧れを込めてみていた事があるのだが。

 まさか最後の最後、ここでそれを成し遂げられるとは思っていなかった。
 いや、千冬は素手だったので自分はまだまだだなあ…………いや、あの天然生物兵器と並んだらある意味終わりだからこれぐらいで良いのかもしれない。

 『宴』に参加しなかった量産型ベッキーがあっちこっちで生物兵器を修理し、その奥からどこに隠れていたのか、ゲボックがふらふらやって来る。



「いヤぁ、今日は楽しかっタですねェ」
「もう二度としたくねえよ」
 心底。

「そウですか。それは残念ですね」
 ゲボックはニタニタと遠くを眺め。
「しかシ、早いものですね。ティム君はもう行ってしまうのでスね」
 しみじみと言う。
 ゲボックはえらく人恋しい質である。
 素直に寂しがっているのだ。

「もともと、そう言う話だったしな」
 想定通り、とっても鍛えられました。

「ミューちゃんに宜しクお願いしますね」
「ん。そりゃあもう。ところでアニキは、最近、ミューゼルに会ってんのか?」
「半年に一回ぐらいデすかねぇ。その度に隕石降って来るノであんまり長居は出来ませンけど。ア、そうだ。この間、マルチプラットフォームスーツの化石発掘したんで復元シてプレゼントしました」
「何だそりゃ!? 何の化石っつった今!?」
「メンテ方メモに書いとくンで技術納めとくと喜んでクれると思いますョ」
「あ……ども」
 訳が分からないのはデフォルトなので、効果が分かる成果が出たなら納得し。

「そりゃマジでどーも。でもよぉ、まずアニキはあっちの博士との仲どうにかしろよなあ。とばっちり来たら堪ったもんじゃねえ」
「タバちゃんですか? 大好きですョ」
 うわ、ドストレートに言いやがった。これは凄え。感嘆するティムはやや思案し。

「それなら何かしてやれよ、甲斐性てのは、頼みを聞いてやる事だけじゃなくて、こっちから何かしてやるって事なんだからな。今度、一緒に遊びにでも行ってやれって」
「おぉおう! なる程! ティム君は素晴らしいですね! 是非トも今度やってミます!」

 これが新たなる惨劇を呼ぶ事となるのだが。

「あれ? ところで姉ちゃんは?」
「『灰の三番』デすか? 外で何かシーマス君に口説かれてますョ」
「……え? あのメカウサギに?」
「一体、妙ナ個性を持っちゃいまして。大変興味深いので放置しテます」
「おいおい、大丈夫なのかよ……」
 グレイは、一般人類程度である。シーマスは一応、月面に来るまでに各国の航空戦力を無力化した戦績を持つため、実はかなりの戦闘能力があるのだ。

「ナんか、相互理解が目的見たいです。『灰の三番』程それが簡単なもノは居ないと思うのですがネ」
「それは確かに……」



 外において。



「やあ、僕はコーサ・ムーグって言うんだ。やっぱり思うんだ。理解し合えると思うんだ、僕らと君たちでは」
 何故か演説気味に語る銀色のウサギがいた。
 このシーマスは、自称コーサ・ムーグなる謎の人格が入ってるらしい。

『……えーと、あなたの言う『僕ら』と『君たち』の範囲が如何せん分らないのですが』
 いきなり謎の言葉をかけられてグレイは困惑気味だった。
「僕らも君たちも、知性と理性を持ったもの同士なんだし、意識を通わせればきっと争う事を無くせると思う。その為には、心と心を直接繋ぎ合わせる機械が必要なんだ。皆に僕の想いを届けたいんだ。Dr.に君からもそれを語ってくれれば―――」
『待って下さい、そんな事したら、心の境が曖昧になってしまいますよ?』
「そんなものがあるから、人は自分と他人とで争ってしまう。それはとても悲しい事なんだよ」

 これは困りましたね……。
 このシーマス……自称コーサ・ムーグは心根から平和で優しい世界を望んでいるようだが……。
 それではこの世界全てが没個性化してしまう。

 それは―――それでは行けない。
 だが―――それ以前の全ての人の心にアクセスするという所は、何故だろう。非常に魅力的だ―――
 しかし、彼(?)自身に、何か隠された感情的なものがある気がしてならない。



 その時だった。
 現在も順次、火星外縁のアステロイドベルト帯から、重力場レールで運搬されている巨岩の一つがビクりと動いた。

『あれは……?』
「イカそっくりだね。うん、宇宙イカだ」

 コーサムーグの言う通り、その岩はイカそっくりの形をしていた。
 重力場フィールドを自ら形成し、全長15m程の巨体を浮遊させ始めている。
 つまり、自ら重力を生成して宇宙空間を飛び回る生物と言う事だ。

 火星公転周期外縁のアステロイドベルトに生息していたのだろう。月面を埋めるため、資材を運搬していた中に紛れていたのだ。



 成る程、私はあれに———
 灰の三番は、その生命体を見て理解した。
 自分は、あの生物を———



「何ンだアレェッ!?」
 それは、当然だがパーティー会場からも視認することができる訳なので、当然ティムも目にするのだが……。
 当然、あんな風になんだか良く分からないものを見てしまえば、大体原因と言うものは決まっているものなので……。
 またか、とティムがゲボックを見れば少し違う反応だった。

「あァ……成る程、アレがそうなんデすか!」
 そこにいたのは、激しく好奇心を刺激された(つまり危険極まりない)ゲボックだった。
 最近、そうそう興奮する事がなかったのか、久々に未知の存在に遭遇して、子供のように表情をキラキラさせている。

「……アニキ、他人にも分かるように言ってくれないか?」
「オォウ、そぅりぃソウリィ、ごめんなさいデすね。ティム君は、アレが何なのか分かラないンでしたね」

 ゲボックは両手を万歳の様に掲げ———

「アレこそガ! 本来太陽系に生息する、天然ノ珪素系生命体なのですョ!!」
「はい?」
「オォウ! ティム君流石でス! その通り、ズバリ灰!! 現在稼働スる灰シリーズ全テの雛形、『灰の三番』は彼等とは進化の袂を分かった同種の生命体なんデすね!」
「いや、はい、ってそういう意味で言ったんじゃ———って、はいいいいいいいいいいいいいいいいいいいッッッ!!!?」
「はイ。灰ですョ?」
「その受け答えは話がループするからちょい待ち! えーっとまて———」
 ティムは何年前か前のゲボックとの会話を思い出す。



———拾ったんですョ



「え? アニキ、昔拾ったって聞いてたけどよ、まさか……ああいうのを拾ったんか?」
 正直、それがグレイになったとは思いたくない。
「いえ、我々の概念で言エば、それは卵の様なものダったんでしョウね。ただ———地球は彼等にとッて生育するにハ不適格な環境ダッたんですョ。さらに彼等にハ、炭素系の小生達の様に厳密ナ寿命と言うものは無い———地球が彼等二適しタ環境二なる迄何億年でも待ツつもりだったのでしょうネぇ———全く、宇宙に居るモノ達のスケールは桁が違いますョ!!」

 宇宙———それは何とかに広がりしフロンティア———そんなキャッチフレーズがよぎるぐらいゲボックは大興奮していた。
 あぁ、確かにこの男にとっては興奮する事柄なのだろう。
 未知なるものがそれこそ無尽蔵にありそうな、その果てには。

「グレイ姉ちゃんがイカ娘だったとは想定外だ、なぁ……」
 興奮しているゲボックの隣でティムはあ~~~ッ! と頭を掻き毟る。
 表情も引きつる。
 ちょっと同じ様には見えないもので。

「でも、ちょっと拙いかもしれマせんね」
「……どういうことだ?」
 ほんの僅かに真剣なゲボックにティムが真剣味を強くする。
 ゲボックでさえ、極僅か、ミジンコの産毛程であろうとも、真面目になるという事は、一般人にはそうとう険しい事である事が多いのだ。

「ティム君は、ガラスを見て食欲を感じマすか?」
「……いや、感じたらやばくね?」
「ハイ。何の栄養にもならないカらですね。人間に限らず、生命は、自分の肉体を作る材料でなイものに対しては通常、食欲ガ湧きません。そして小生達が美味しいもノだと判断するのは、ほぼ全て有機物でス。炭素が含まレて居ます」
「なんかすっげえヤな予感がするんだが……」
「やっパりティム君は鋭いですネ。そのまま観察眼を鍛えるのですョ? 珪素生命体はその都合で言エば珪素化合物を取り込ンで肉体を構築します。ブッチャケ土とかガラスを食べても良いんですョ。デも、人間だって、自分の体に近イ物の方ガ取り込み易いでショ? お肉とか。特に美味シいですョね」
「えーと、そのこころ、は?」
「あのオっきいイカと『灰の三番』は小生達の感覚デ言えば、クラーケンと船乗りみたいなモのです。あのイカにとって、『灰の三番』はとッても美味シそうに見えるのですョ」
「えぇ!? っつー事はアレかっ!? あのイカは食欲満々で舌なめずりしてるって事かぁ!?」
「えエ!」
「姉ちゃんが食われるだろうがッ! 何ぼけっと解説してんだよ! 阿呆がッ! 即座に五体倒置して死ね!」
「大丈―――え? チョッと待っテ下さッ、最後まで話聞いて下さゲビブッ!?」

 ゲボックを制裁するや、即座に服用宇宙服の瓶を手に取り、今にも月面に飛び出しそうなティムである。

「———へ?」
 だが、あと一歩で外へ飛び出さんとしたティムはフリーズした。

 グレイとイカの間に突如として壁ができていた。
 イカが壁にぶつかって拮抗した瞬間、壁から長杭が突き出て壁に貼り付けにする。返しが付いた銛の様なものなので、抜けないのである。

 その次の瞬間。イカに馬鹿デカイ風穴が開けられた。
 イカは月の弱重力に従いゆっくりと墜落し、暫く蠢いた後———
 灰色の塵にたかられ、まるで軍隊アリに襲われている獣の様にもがき
———消えて行った。

「あ、シーマス潰したってか―――え?」
「オォウ。アッサリでしタね」

「……あれ?」
 ティムには疑問しか浮かばない。
「もしカして、ティム君は『灰の三番』の事心配シてました?」
「いや、当たり前だろうが」
「弱いとカ思ってたでしョ?」
「う……まぁ」
「確カに、『灰の三番』は人間程度の基礎能力しかありまセんョ。力も、速度も、反射神経も、感覚器もデす。頑健さはかなり高めてマすが、それだって、そんなに強固ナものではアりません。指向性地雷グらいで砕けてしまうでしょうし」
「いや、それは充分強固なぐらいだと思うぞ」
 ピストルぐらいではヒビ一つ入らないと言う事だろうに。
「ですが、彼女は灰シリーズ四番以降の母体ですョ。当然デスが『灰の二十九番』も彼女の分身ト言えます———さて、ティム君。『灰の二十九番』の散布しているナノマシンと彼女は、アララ、一体———ドんな関係なンでしょうねェ?」

「前も、そんな会話したよな……」
「『灰の三番』の周囲には常時かなリの密度でナノマシンが密集していまス。それは肉体の延長にもナるんですね。集合と分散ヲ調整シて、形造る事ガできまス。まるで宙から色んなものを取り出せるみタいにネ。そんな『灰の三番』に丸腰———ナんて言葉が通用すると思イますか?」
「なんだそれ●ナハ虫かよ」
「小生的には、三●兎なんでスけどね。オヨヨ、そっチの方が良いかもしれませんネ」



 馬鹿でかい穴を開けられたイカは、ざわざわと這って来た『灰の二十七番』が分解、捕食していた。
 その様は、炭素系生物で言えば、人食いバクテリアの様なものだろうか。
 先の軍隊蟻のようだ、というティムの感想もあながち間違っていない。

 ところで。

 先程、イカに馬鹿でかい穴を開けたのは何なのだろうか。
 グレイが首を傾げながらパーティ会場の方を見ると―――






「「「ご奉仕」」」
「「「完了―――!」」」
「「「致し」」」
「「「ましたッ!!」」」

「いや、何やってたんだお前等?」
 ティムの突っ込みもかくあらん。

 ベッキーシリーズが一列になってそろって頭の上で輪っかを作っていたのである。

「PICを用いた重力式レールガンですね」
 ベッキーの一人がほいっと説明した。
 輪の中を通ったものを加速させて撃ち出すようになっているらしい。

「重力式レールガンって……あれ? お前等PICなんて付いてたの?」
「巨大建造物の手入れには、反重力で飛翔するのが非常に都合が良いのですよ」
「で、え?」

「と、申しましても私共のPICの出力などたかが知れておりますので」
「直列に」
「並んで」
「加速に」
「加速を」
「重ね」
「「「「「「砲弾級の破壊力でお皿をブチこんでみました」」」」」」
「因みに私はお皿で開いた壁の穴を塞ぐのがお仕事です」

 次々と別のベッキーが言葉を重ねて言葉を紡ぐ。
 器用な奴等だなぁ、と感心し———
「え? 今の皿なの!?」
「ええ、『速さを一転に集中させて突破すれば砕けぬものは無い』と、かの兄貴も申されておりますので」
「科学的にも正しいんだけど何か違う!?」



『ただ今戻りました』
「無事で何よりデすね!」
「いや、それはアニキに同意だわ。すっげぇ珍しい事に」

 戻って来たグレイを出迎える一同。
「でもあんな生き物が居るんなら、火星ん所のアステロイドベルトを材料にするのも危なくねえか?」
「しかし、ソうなるとそれなりの質量を得ルのは難しいですョ? ダイモスでも埋めマすか?」
『そもそもフォボスを使おうとして千冬の指導が入ったのをお忘れですか?』
「オヤオヤ、そう言えばソんな事もありましたね」
「いや、反省してくれ。せめてミジンコの脳みそぐらいは」

 いつも通りの応酬であるわけで。

 ふと、グレイの様子が少しおかしい事に気付く。
「姉ちゃん、大丈夫か? 一応、脳無しの食欲イカとは言え、仲間———みたいなもんだったんだろう?」
 ショックを受けたのかもしれない。彼女は、優しいから———

『いえ、コーサ・ムーグと名乗っていたシーマスが……』
「あー、あっちもか。大丈夫だろ、アニキが直せば」
「そうそう! すグ直せますョ!」
『そう、ですね―――ああ、紅茶をお入れしますね』
 ティムが心配している間、ずっと曖昧な笑みを浮かべていたグレイだったが、茶を淹れに去りっていく。
 ティムは心配そうに見送る事しかできなかった。

 グレイの表情を曇らせて居るのはまた別の事なのだったのだが———

 と、気づけばお茶請けも含めて準備万端になって席について居る。何だこのマジック。
 英国で女給の教育を本格的に受けて来たと言うのは伊達ではないようだ。

「グレイ姉ちゃんいつの間に? たまには尽くしてばっかじゃ無くて色々アニキに頼めよ、一応天才なんだし」
「小生は一応どころカ超優秀ですけドね!」
「はいはい、優秀ですねアニキ」
「その通りです!」
「皮肉が全く通じねえ……」
 この辺りは束の教育である。
 ゲボックは自分と同様、天才である。
 そのゲボックが己を正しく評価しない事は篠ノ之束さえ正しく評価していないと言う事だという筋が通ってそうでその実あんまり因果の通ってない『おはなし』により、半ば洗脳気味ではあるがゲボックも天才を名乗り出したのであった。

 自覚した天才ほど手に負えないと思うのは私だけだろうか。

 なお、この『おはなし』は半日にも及び、結構ゲボックも己に対しては頑固であったとみえる。が、実に十二時間に及ぶ正座が何より堪えた様である。
 何せプラス石抱きだったようで。
 ああ、うん。容赦ないのな。と思える一巻きである。



『でも、昔は色々聞いていただいてましたよ?』
「え? ———どんな?」
『一夏や箒と入浴する為に体表偽装用ナノマシン、『偽りの仮面』を耐水仕様に急遽改造していただいたりですね。お風呂と言うものに一度入ってみたかったので、あの時は本当に嬉しかったですね』
「え? 『偽りの仮面』って何それ?」
 ゲボックが役に立ったというのも凄いが。

『そう言えば、知りませんでしたか?』
 グレイは両手で顔を覆い隠す。
『私の素顔って———』
 そのまま両手を顎の方へズリ下げる。
「え?」
 ティムが抜けた声を上げた。
『こんな顔なんですが———』
「え?」

『見たこと―――無かったですか?』

「え?」
 そこには、何も無かった。
 目も眉も鼻も口も耳も無かった。
 文字通りのっぺりとした綺麗な卵形である。
 あったのは澄み渡る『透明』であり、その透度は、硝子よりも水晶よりも純度が高かった。

 その後ろで「凄いでしョ?」と、透過されて見えるクネクネとウネっているゲボックが正直ムカつくが———

 『灰の三番』の本来の姿とは、女性のシルエットを取ったガラスの裸婦像のような姿なのであった。
 その体表には偽装用のナノマシンが常駐しており、顔の陰影や凹凸、衣装はこれで形成していたのである。

「え?」
 ティムは今迄様々な生物兵器共に暮らして来た。ちょっとやそっとの異形じゃ「ん? 面白いな」ぐらいにしか感じないのだが。

 今の今迄全力の心服を寄せていた相手が。

 のっぺりと。
―――「それは———こんな顔ですか?」―――

 なんて古典怪談の体裁をリアルにやったものだから———



「……………………え??」






「久しぶりねティム。知らない間に随分しっかり———して、る?」
「え? ———ってぇ、うぉああああああおッ!? あれ? ミューゼル!? ってかここ地球!?」
「あ———うん。えぇ? 地球よ、決まってるじゃない———の?」

 亡国機業に到着する迄心ここにあらず。と言った感じで茫然自失状態であったそうな。
「え———と、大丈夫かしら?」
 ミューゼルの不安気な呟きだけが青空に広がって行くのだった。






 一方———研究所では……。

「もしモーしもしもーし、どうシたんですねかぁ? 『灰の三番』一体どうしたって言うんですかぁ?」

 グレイが自室に引きこもった。
 どうも、どんな魑魅魍魎でさえも既に微動だにしないティムにビビられたせいで、こっちもこっちで精神的に絶大なダメージを負ったらしい。

 ティムが心身を色々吹っ飛ばされたのは、安心して精神的に油断しまくっていたグレイですらもアレだったからであり、三匹の子豚が逃げ込んだ三男豚のレンガの家が、狼を撃退してほっと一息つけばは実はそこ、屠殺場兼ボンレスハム工場だったと気付いた様なものである。
 
 だいたい、グレイの容姿はそんなに驚嘆すべきものではない―――のだが、グレイにとってはそうはとられないらしく。
 なんともナイーブな生物兵器である。

「一体どうしたというんだ? グレイ、おい」
 ゲボックの後ろから千冬も来てドアをノックする。
 急に家に来なくなったので心配してきたのである。

「で? 何したんだゲボック。グレイは繊細なんだから余りに変な事だったらただじゃすまないと思えよ?」
「小生が原因だト決め付けないでくださいョ!?」
「違うわけ無いだろう、ゲボック、頭脳しか取り柄が無かったのに、ついに馬鹿になったか?」
「手厳しィ!?」

 暫く千冬がゲボックを振り回したりぶら下げたり犬の餌にしたりした後、ようやく事体を納得したようで。

「繊細な奴だな」
「超合金なフユちゃんトウチの子は違うんですョ」
 注意して欲しいのは、ウチの子―――比較対象が生物兵器であるという事である。

「よーし、その喧嘩勝った。もう一周行くぞ」
「ワァオ、危険危険! ヘルプ! ヘルプ! ヘルプなのですョ! あああああアああああ――――――!」



 誰も助ける訳が無く。
 暫くお待ちください。



 千冬は、グレイの部屋の前で説得を続けていた。
「大丈夫だろう。普段のお前とのギャップでショック受けたぐらいだろうに―――ん?」
 ドアの下からメモが出て来た。コレで会話するらしい。
 普段からコレなので違和感の無ささが凄い。

『それは分っています。これは、それ以前に、女性としてすっぴんを恥ずかし気も無く晒した自分が恥ずかしくてたまらなくなりまして……』
 それを読み上げ、千冬はしばし考える。

「化粧? あぁ、まあ確かにお前の表情は砂化粧と行っても良いある意味芸術品だからなあ……。だが、そこまで深刻になる事は無いだろう。第一私は、化粧なんてモンド・グロッソ関連の記者会見でしかした事無いぞ? まぁ、それ自体後輩にしてもらったから、自分じゃした事そのものが無いんだがな」
 地味に真耶の自慢だったりする。『私はあの、織斑千冬のメイクを専属で受け持ってたんですよ! てな感じでだった。

 が、その言葉の影響は凄まじく。

 ガタガタッ!
 部屋の中で凄まじい物音がした。

「おい……? どうした? 大丈夫か?」
 返事はただ、ドアの下から静かに、メモが一枚。

『それは―――本当ですか?』

 ただ一文だけだった。
「なん―――だ? これ」
 だが、そのメモが異様だった。
 まず、縁が何やら黒く滲んでいる。
 まるで血痕かなにかである。
 しかし、グレイはケイ素生命体であるからして、紙の縁で指を切った、なんてことは無いし。

 何より。
 フォントが怖い。
 ホラー漫画でよく見られる、文字自体が途切れ度切れのフォントなのだ。
 何だかおどろおどろしい。

 千冬は少し、本当に少しホラー映画序章の様な悪寒を背筋に憶える。
 なんだ? 私は何か地雷踏んだか?

 この時、千冬の第六感は鈍っていた。
 むしろ女として必要な感性が潰えているからなのかもしれないが。
 なお、ゲボックは千冬の後ろでくねくねしている。拷問メドレー二周後だと言うのに元気な事である。あ、振り向きもせず肘で黙らせた。



「いや、全くした事ないという訳じゃないがな? 日差しの強いときは日焼け止め塗るだろうし、衣類の素材によっては襟元にベビーパウダーまぶしたり……、まあ、これは一夏の入れ知恵だがな。後は…………んー……」
 しばし、千冬は思案する。
「冬に乾燥するときはリップクリームぐらい付けるぞ、私だって」
 以上、ヴリュンヒルデ織斑千冬。化粧と言えない身嗜み集でした。



 キィ―――
「よかった、グレイ、出て来―――ん?」
 半開きになったドアの向こうには、ティムも見た透度の高い素顔。
「後ろが暗いと怪談的に怖いからやめないか?」
 確かにコレは、恐い、と言うより怖いかもしれない。
『千冬―――お話が』
「は? ―――ぷっ!?」

 パァシィンッ―――!

 言った千冬の顔にガラスの掌が張り付いた。
 するのは得意だがされるのは慣れないアイアンクローに千冬が一瞬固まった隙に、頭が、肩が、胸が―――どんどんグレイの部屋に引きずり込まれて行く。

「痛たた、狭い! せめてきちんと開けてから引っ張れグレイ! って聞いてない? ちょっと待て本当にお前か!? 力強すぎ―――」

 バタンッ!

 千冬の全身、爪先まできっちり引きずり込まれ―――荒々しく扉が閉まった。
 本当にどこかで見たホラーの様だった。



 残されたゲボックは、千冬の肘打から即座に復活し、ドリルで頭を掻くと。
「一体ドうしたんでしょウかねえ? あんなにカッカした『灰の三番』は初めてですョ」
 十分後―――ポケットからいつもはみ出ている何かのケーブルを胃カメラのようにしてグレイの部屋を偵察したゲボックは、自分のカメラを疑う様な事体を目の当たりにしてしまう。



『いいですか、千冬―――そもそも、化粧というのはですね、自分を少しでも良く見せようと言う自己アピールの表現であるだけではなく、社会人として最低限の礼儀の一つでもあるのです。柳韻様のところで礼の重要性を見に染み付かせている貴女ならば、その意味は分りますね?』

 なんかグレイが千冬にこんこんと説教していた。

「いや―――ちゃんと身嗜みはしているぞ?」
『衣服に関しては文句は言いません。貴女のセンスは素晴らしいと私も思っています。一夏に頼んだときなんて素敵の一言と供に溜息が漏れますもの。流石一夏ですね。貴女を最も輝かせるのが何なのか分ってます―――ですが! 貴女自身がまだまだ輝くのにそれを磨こうともしていない! それはどういう事なんですか! どぶ沼に至宝を投げ捨ててるも同然じゃないですか!』
「溜め息も何も、お前呼吸しないだろ。あと一夏ヨイショしたいだけだろ」
『茶々を入れては行けません!』
「うっ、な、なぁ……なんでそんなにムキになってるんだ?」
 珍しく千冬が弱々しくなっている。
 逆にこんなに強気なグレイも珍しい。

 ぴき―――ん、とグレイは千冬の応答がどこかの琴線に触れたのか。ガッガッガッ! とメッセージボードに殴り書いてく。感情がそのまま筆跡に表れる様だった。
『第一ですね! 若いからって放置しておけば、どんどんお肌にダメージは蓄積されて行くんです。年を取ってから後悔するのは貴女なんですからね! 千冬!』
「一夏の健康思考ってお前から来てたのか……」
『聞いてますか千冬!』
「あ……あぁ」
 ちなみに何故か講習中ずっと千冬は正座である。
 いや、剣術道場で慣れている為、2、3時間し続けても何ら支障無く活動できる千冬だが、如何せん、どうしてもこの姿勢では隙を見て脱走なんて出来そうもなく。



「オォウ、これは珍しイですね!」
 何故かグレイの部屋が、漢女(ちふゆ)の女子力養成教室になっていた。
 
 グレイは女性として憤っている。
 化粧っ気を殆ど見ないと思っていたら、まさか全て後輩任せにしていたなんて!
 グレイは色々奮起していた。ショックが抜けたから一応目的は達したという事だ。
『化粧させるという事が何を意味するか分っているのですか! だから学生時代、女学生に群がられるんです。自業自得だったんですね!』
「な―――あ、そ、そうなのか!?」



 ゲボック自身、あまり興味の沸く内容ではなかったので、すぐにカメラケーブルを引っこ抜いてふらふら研究室に戻って行ってしまった。



『まずは下地から作りましょうね。ファンデーションの塗り方は―――いえ、乳液から行った方が良いでしょうか』
「待て! お前自身使わないのに何でこんなに詳しいんだ!?」
『淑女なら常識です!』
「………………え?」
『だから千冬は!』
「うぅ……待て、化粧品抱えてにじり寄るな! 大体使わないのに何でそんなに品揃え良いんだ―――ッ!?」



 その様子は数年後、IS学園でのある日。一夏が酢豚に付いて勘違いしている生物兵器に料理とは何たるかを指導している様そのものだったらしい。

 以来、グレイの前で『すっぴん』とは禁句となった。逆鱗が生えてしまったようである。こう、にょっきりと。
 グレイ自身がすっぴんであるときもそうだが、千冬がすっぴんでも口煩く(書き煩く?)言うようになったため、千冬は真耶に化粧の仕方を聞くようになる。



「私の仕事がなくなるからやめて下さい!」
 と、ささやかな幸福と優越感を得られる仕事を奪われかけた真耶は悲鳴を上げた。
 が、ふと、何かに気付いたのか、ハッとする。普段のやや妄想癖的な所が暴走し―――
「え? でも先輩、どうして急に化粧なんて……今までそんな事……まさか、男ですか!? 男が出来たんですか!?」
「違う!」
「嘘吐いても駄目ですよ! 女がより綺麗になろうとするときは恋に決まっているんです! 相手は!? 一体相手は誰なんですか! 先輩の事だからきっと凄まじい―――あ、まさか前のモンド・グロッソの時のドリル―――ぺぎゅっ!?」
「……話を聞けこのたわけ……」
 もしかして、束の分体に乗っ取られていたときの記憶が残ってるのだろうかこの後輩。


 どっと疲れる。
 何故だ。
 何でこうなった……。
 大きく溜め息をつく千冬である。
 グレイはすっぴんだと大変煩くなってしまった。
「なんで、グレイに会う度わざわざ化粧なんてしなければならんのだ。帰宅経路間だけなのにだぞ? そもそも、家に付いたら落とさねばならんだろうに、いちいち面倒じゃないか、しかし、そうしないと……一夏は必然、家でグレイと一緒だし……」



「まさか……先輩、相手は女なんですか!? どうして!? 私に黙ってそんな!」
「山田君、いい加減黙れ」

 初めて化粧して帰宅したときもそう言えば、一夏も驚いてたなあ。彼氏出来たのかって。
 カメラ持って来るし。定期的な撮影を今ここで是非と言って来たなあ、一夏、それ程か。私が化粧するのはそれ程なのか。
 
 千冬のものぐさは彼女の自室を見ていただければ分るだろう。
 なお、整理整頓を掛けた織斑家大戦については、週一の割合で起きている、と織斑家長男は語っている。












 さて。
 主従は似ると言う。

 そこは遠浅の砂浜であった。
 潮の響きが耳朶を打ち、鳴き砂のように目の細かい砂が果てしなく広がっている。
 にも関わらずマングローブのような木々が生えていたりして何となく混沌な体を現している。
 それが彼女の心象であり、ここは彼女の世界だから仕方ないのかもしれない。

「ら〜らLa〜」
 調子良く。
 彼女は鼻歌を歌いながら。それはもう。

 無精全開でゴロゴロしていた。
 真面目な気分などどこにも無い。
 今日は思う存分働いた。
 端から言えば、それは暴れたのだとしか言えないのだが、彼女にとっては全霊を掛けて主に尽くし、全てを出し尽くしたのだから、もう後は怠けて腐るだけだと言いはばかっている。
 ほぼ同時期に誕生した妹との忠誠心対決に決着がつかなかったのは残念でしかないが、それでも主がそれを気にしていないなら自分が気にしても仕方が無い。
 そのような単純な精神構造なのが彼女だった。

 ああ、主だけではなく、母にも似ているような感がある。

 普段着込んでいる重苦しい甲冑はそこら中に脱ぎ捨て、半ば砂に埋もらせ、本人はブラとパンツだけになって砂浜に仰向けになっている。
 布による保護面積だけなら、水着そのものである。

 手を掲げると、あくまで娯楽用品としての情報存在であるが、マカロンを展開。寝転んだまま口にする。

「ん〜〜〜〜、美味し」
 そのまま砂浜を下着姿でゴロゴロと転がり、漫画を手に取って寝転んだまま読み耽り始めた。

 白く長い髪を腰まで伸ばした、20代前半程の女性だった。
 漫画を読みつつマカロンを手の上に呼び出し、食べる。
 二、三食べたら今度はさっぱりしたくなったらしく、逆の手にカップを喚び出した。
 その中には、紅茶がすでにインしている。
 ああ、なんて至福。
 しかも誰にも文句は言わせない。
 ここは私の世界。誰にも邪魔など出来ないのだか―――



「ってうわー、家での千冬姉みたいだなこれ……グレイさんが居ないとすぐなるんだよなあ」
 あれ?
 見知らぬ声がした。

 彼女がうつ伏せ状態から漫画と紅茶を戻し、ぐにゃーっと、背を捻る。
 柔軟な体は殴り合いには欠かせない。

 振り向く。
 10歳ぐらいだろうか。
 男の子が居て、目が合った。

「え? な? へ?」
「……あぁ、服着た方が良いと思うぞ」
「ええ、ってうぉにゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ―――ッ!!!?」
「な、なな、なんだぁ!?」
 いきなり叫び出したので男の子が思い切りビビった。

「なんだはこっちだあ! なんで人が居るんだあ……って」
 彼女は、頭の天辺から爪先までじっくりたっぷり矯めつ眇めつ。

「え? 男?」
「……俺が女に見えたらちょっと軽く軽蔑するぞ」
 憮然としている。

「なんでええええええええッ!? なんでなんでぇ!? 誰か居るし、よりにもよって男!? 一体どうした何がどうなった、まさか私はバグったかあああああッ!?」
「ちょっと落ち着いた方が良いと思うぞ」
 取り乱す彼女に落ち着かせようと近付く一夏。
 姉と同じぐらいの年の女性の下着姿にその実、内心どぎまぎしているが。


 が、それに気付いた彼女は慌てて。
「私に触っちゃめええええええ!」
 とっさに刺す又を喚び出して少年を突き飛ばす彼女。

「うごほっ!? またなんて古典的な武器を!?」
 ごろんと転がった少年はガバッとすぐさま起き上がり。

「何しやがる!」
 頭に血が上りやすい質なのか、突撃して―――

「だから私に触るなっつーとろうがああああああっ!」
 彼女も迎撃する。

 しばらく、不毛な突撃、刺す又で迎撃と言うワンパターンが暫く繰り返された。
 お互い学習能力が無いのかと言う同じ行動の繰り返しがあれである。ああ、波長が合うのか。



「ぜはー、ぜはー」
「なかなか……ふぅ、タフね少年」
「一夏だ」
「…………いちか? あれ?」
「どうした?」
「千冬の弟の?」
「千冬姉知ってるのか」
「うん、マブ」
「まぶ?」
「嘘!? 死語!?」
「で、アンタは? 俺は名乗ったぞ」
「流したし……あぁ、私ね―――うむ」
「ん?」
「私の名前はいっぱいあってな」
「ごめん、俺実はルドルフって言うんだ」

 一夏がそう言うと二人は暫く見つめ合い。
「「いえーい」」
 ハイタッチしようとして―――

「ちぇりぉおおおおっ! ―――っ! 危なああ!」
 咄嗟に彼女は刺す又を足下に突き立てる。
「とぉりゃあああああああああああああ―――!」
「棒高跳び!?」
 一夏を飛び越えた彼女は、走り出す。
 さっきまで自分が醗酵していたあたりに転がっている甲冑を手慣れた手つきでがちゃがちゃ取り付ける。

「ふぅ―――っ! おぉしっ!」
「何してんの?」
 さて、全身甲冑を完全に取り付けた彼女は両腕を思い切り広げる。

「さあ来い一夏! いくらでもハグしてやろう!」
「ごつごつして痛そうだからヤダ」
 そりゃそうである。



「ところで、何で触られたくないんだ? 潔癖性って奴か? 所謂―――」
 周りを見る。
 まるで己の姉の部屋を見るような有様に。
「ああ、その線は無いか」
 それは確かである。
 この時一夏は、単に。
(ああ、こうやって自然は汚されて行くのか……)
 と思ったとか何とか。

「今物凄く失礼な事思ったわね」
「千冬姉そっくりだねって思っただけだよ」
 嘘は言ってない。

「ありがとう!」
 いいんだ。むしろ喜ぶんだ。


「じゃあ、あれか? 所謂最近流行っている、女の方が偉いって奴か? 男には触られたくないって……言う奴の……」

「ああ、ごめんね、そうじゃ無いの。私に触るとね―――」
「結晶にでもなるのか? それでその鉄仮面?」
「何で分ったの!?」
「あー、ごめん。ノってくれて。で、名前なんて言うんだ?」
「こっちが気遣われてたああああああ!」
 走り出した。
「うわ、あんなに重そうなの着てるのに早い!?」
 取りあえず追う事にした一夏だった。



「―――ぜはー、ぜはー、で、姉ちゃんはなんで触られたくないんだ」
 走りすぎて精根尽きかけていた。正直、一夏は根性と意地だけで追跡を続けていたといえる。
 対して彼女は鎧なんて超重量をフル装備していると言うのに、息切れ一つない。
 この人は柳韻さんか、はたまた千冬姉か。
 何だか失礼な事考えている一夏である。

「多分、言っても分らないわよ?」
「餓鬼だって思ってんな? 言うだけ言えば良いだろ?」

「んじゃ、言うわよ?」
「おう」

 彼女はすぅ、っと息を吸って。ぎらりと鉄仮面の裏で瞳を輝かせる。
 食らうのなら食らえば良いと。思い切り―――

「ここはある意味一つの世界と言っても良い。そんな中で主体である私は、あくまで外の世界、その一部である一夏と比較すると、あまりに巨大な質量過ぎるのよ。その私に物質的接触をするという事は、君の自由意志によって私と『関わり』を持つという選択をしたとみなされるの。そんな事になれば、今回の邂逅で結ばれてしまった私と一夏の運命係数が、本来有り得ない質量に引き摺られて、事象の地平ごと思い切り沈み込んでしまうの。君の知っている言葉の中では、『エン』が一番近いけれど、意味合い的に違うのは分るわね? そして、それはね―――決まっている訳じゃないけど、大概にしてその人の―――」
 論理の波涛攻撃だった。
 
「すんませんでした。俺が悪かったです」
 訳が分らなすぎて取りあえず一夏は土下座した。
 ファースト幼馴染みの姉ならば分ったんだろうが、これはまさに一夏に取って宇宙人語である。

「ん―――」
 彼女は、頭の後ろで腕を組む。

「つまりね。君の頭でも分るように言うと、私が招いた訳でもない人が私に触るとね―――」
 白髪の女性は、砂浜の果て、海岸線の向こうに視線を馳せて言った。

「不幸になるのよ」
「……は?」

「千冬は良いのよ、元々ここで私と語れる資質があったし、私も千冬と物凄く馬が合ったものだから、喜んで招いたし―――でも、一夏は駄目よ。本来有り得ないんだけど、多分一夏は、今寝てるんだと思う。何かの拍子に紛れ込んじゃったのかな? 多分千冬の弟ってのも関係あると思うけど……早く起きた方が良―――」

「隙あり」
 彼女の仮面が取り外された。
 マングローブのように、海岸のあちこちから生えている木に登って、一夏はそこから飛びついたらしい。

「ちょ、まああああああっ! 何してんの糞餓鬼! 人の言う事聞いてなかっ―――」
「千冬姉直伝。メガンテ」
 言うや一夏は親指を除いた四本の指を第二関節で曲げて、白雪芥子の左右の両こめかみに叩き付けた。
「痛あああああああああああああああああああああああああああ―――――――――ッ! って何触ってんじゃこらああああああああっ!」
「あばよ、とっつぁん!」
 シュババッ———と逃げる一夏である。
 
 しばし追跡劇をご堪能ください。

「むぅあああてぇええええ、ゴォルゥウウウァアアアアアアアアッ!!」
「あの鬼神、あの恰好でまだ加速するだとおおおおおお!?」
「誰が鬼だぁッ! 待てコラ首置いてけ糞餓鬼ャァアアアアアアアアアアッ!!」
「ち、千冬姉!? じゃなくて妖怪首置いてけ鉄仮面!?」

 砂浜で走るのはしんどい事極まりない。
 そこを全身鎧尽くめで猛スピード追撃してくる姉ちゃんはマジ怖かった。
 千冬姉以外にそんな事できる女性がいると思う訳無いって、普通そう思うだろ!
 後に一夏はそう語っている。



 追跡が一区切り終わり。
 観念して、一夏は正直に告げる事にした。
 彼女から立ち昇る殺気は、『死にたいんだな、良し、願いは叶えよう。今更返却は無しで。お代は首な』と首マジ狩るな眼差しで見下ろしていたからだ。
 仕方なく、しかし照れ臭いので一夏は頬を掻きながら。

「あのさあ、あんまり、俺を馬鹿にしてもらっちゃ困るぞ」
「……え?」
「そんな泣きそうな顔で言われたら、触わって欲しいって行ってる様なもんだろうが。多分だけど、千冬姉の資質ってのは、その実触れてないって事なんだろうし」
「……はえ?」
 予想外の台詞に彼女は殺気ごと固まる。

「ま、ほら、この通り、俺は不幸になってないぜ?」
 妖怪首置いてけ鉄仮面につい先程まで追われてたど、と言うのは言ってはならないが。

———そんな一夏を見て
 彼女は何を思ったのか———
 彼女は諦めたように溜め息をついた。
 ぐっとこみ上げるものを、鉄仮面が無い故に堪えなければいけないのが辛かった。

 そもそも、もう、手遅れである。『縁』は繋がった。



「はぁ―――そんな事言う子は、初めてよ」
「俺は斬新だからな!」
「はい、はい」
「そもそも、ここに来れた雄性は君以外に居ないんだから、それもそうなんだけどね」
「はい? ゆうせい?」
「あーいいの、そんなのどうでも良いし」
 ばたんがちゃんガントレットを振る全身甲冑であった。

「まあ、いいよ、前々から声は聞こえてたからさ」
「え? ―――って一夏。体、透けてきてるわよ」
「え? ってのわあああああっ!? 本当だああああ! なんだ、なんだこりゃ、これが姉ちゃんの呪いか!?」
「いや、呪いじゃないから……って似た様なもんか……でも、よかったじゃない。触ったけど、そっちに強固な影響が無くて……ま、ネタバラしするけど、違うの。一夏はもうすぐ起きるの。グッモーニングって奴ね」
「え? 消えなかったらどうなってたんだ?」
「え? ずっと昏睡状態よ? 決まってるじゃ無い。私に触って縁が強くなりすぎたらこっちの世界の引力に縛り付けられるもの。まだ、元の世界の引力の方が強くてよかったわね。たぶん、起きれなかったら植物人間みたいなものになってたわよ?」
「怖っ!」
 今更ちょっとだけ怖くなった一夏だった。そうなったら千冬姉を一人にしてしまうではないか。

「え? じゃあ姉ちゃんは?」
「まあ。私はずーっとここに居るわ。世界の中心だもの。これまでも、そしてこれからも。別に大丈夫よ、千冬も居るし」
「……嘘だろ、最近会ってないんだろ、千冬姉と」
「本当、一夏は人の欲する事が良く分かるわね。受信感度高いのかしら。でも大丈夫、さっき思いっきり一緒に全力全開で大暴れ出来たから———多分、最後だろうけどね」
「いや……似たような事なら、良く分からんけどグレイさんには姉弟揃って、自身が欲する対象だったら不感症とか言われてたっけ? でも俺は誰のものにもなる気はないし」

「成る程。良く分かったわ。本当、千冬の弟ね。直さないと、さっきの千冬みたいに心の底から後悔する事になるわよ?」
 肩をすくめる。一夏は、どういう意味かとしか思わない。時間もないし、そんな事で無駄な時間を消耗できない、と。
「じゃーね」
「おい、あのさ!」
 最早殆ど消えかけてる一夏は叫ぶ。
「姉ちゃんの名前! いい加減教えてくれよ! 姉ちゃんじゃ千冬姉と被るからなんか嫌なんだよな!」
「ああ、そうねえ……」

 彼女は、存在感が限りなく希薄となり、殆ど消えている一夏に。やっと名乗る事にした。



「あー、私……。んー……まぁ……いっか。私はね、白雪芥子っていうの」
「しらゆきげし……おぉう」
「ホワイトポピーの事ね。一番大切な人に付けてもらったのよ」
「へぇ」
 千冬のことである。

「じゃあね」
「はあ、常識知らずだな、こう言う時は、『またね』っつうんだぜ」
「私は面倒だわ。一夏が言いなさい」
「ちえっ。わーったよ。また―――」



 言い終わる前に、一夏は消えて行った。
「あちゃー、名乗るつもりは無かったんだけどねえ」
 白雪芥子は一夏のダブル梅干しを受けた所を擦り回し。

「そんな事言う子は―――初めてよ―――」
 一夏の居た方を―――いつまでも見つめ続けていた。






「なんだ? 変な夢見たな……」
 一夏は目を覚まして一番。そう言った。
 外を見る。空が果てしなく遠く見えた。
 あと、凄まじく頭が痛い。何故だ。

「まあ…………」
 ポリポリ頬を掻く一夏。
 何となく姉に似た生活形態の白い印象の女性を何となくおぼろげに思い出す。

「またな……」
 知らず口から出た言葉だった。
 何の変哲も無い日のある朝、そのありふれた出来事だったと言う。

 だが、二日酔いのあまりの酷さにやられたか、昼頃には忘れ去っていたそうな。
 夢なんてそんなもんである。



 『三人だけの世界大戦』―――それが明けた朝の事であった。












 PICを励起、引力操作を応用して拳に空間歪曲を形成。
 束との戦闘で発動した『夜剣・両断皇后』で発動したPICによる空間集束の応用である。
 準決勝の相手は中国代表、こちらが剣の使い手であることを考慮してワイヤーで雪片を拘束されていたからだ。
 やはり自分は前回優勝者。皆対策をとっている訳だが―――

「どうにもお前等はどいつもこいつも、ISと言うものは武器をよりゴツくするだとか、小難しい特殊な傑物を捻り出せば強くなるとでも思ってるようだがな―――」

 千冬はあっさり雪片を手放し。
「え?」
 虚を突かれた相手の隙をついて瞬時加速(イグニッション・ブースト)

 即座に懐に潜り込んでボディブロー。
「えふッ!?」
 続けて空間歪曲を解放。
「かっぱあああああ―――――――――ッ!」
「……河童?」
 その修正反応に弾き飛ばされ、アリーナの壁面に後頭部から激突する中国代表。
 二重にダメージを食らって脳震盪状態の相手選手に向けて、千冬は告げる。
「雪片を手放しただけでそんなに驚くな。臨機応変型の剣士対策をするなら最低限、五輪の書を熟読しておく事だ」
「さすがはブリュンヒルデ……胸に書き留めておくわね……」
 目をぐるぐるさせている相手に、更に追い討ちをかけるように千冬は呟いた。

「ISは基本性能だけでかなり戦えるんだよ」
「あ……貴女だけよ……がくっ」
 この後、意地でもあの一撃を再現するべく努力した彼女の貢献で衝撃砲が開発されたとかされなかったとか。

 なお、千冬の一撃は衝撃砲のように砲身を形成していないので集束には乏しい……のだが、如何せんゼロ距離で叩き込まれるので一撃で大抵は沈むらしい。



 このように常勝無敗で千冬はアリーナを後にする。
 第二回モンド・グロッソ。このようにいまだ一方的すぎる千冬のワンサイドっぷりにレートは大幅に偏り、最早千冬の優勝は誰しもが確信する程の事になっていた。

(うん……束を超える様な化け物は居ないもんだな)

 などと、自分の事は棚に上げておいてのんびり考える千冬であった。
 比較する相手とする者がおかしいのである。



 さて。
 連覇はもう確実だろうと言う事になろうと、是非とも頂の頂点に立つ瞬間、応援したいと思うのが身内である。
 本当は前回も応援せねばと思っていたが、学業に専念しろ! と千冬いわれ渋々テレビを見ていた訳である。
 その分、優勝時の祝勝会はとんでもなかった(一夏酒乱形態)のであるが。



 宿泊ホテルへ向かう千冬である。
 そこで、一夏とグレイが泊まっているのだ。

 千冬もそこで宿泊するのである。
 本来なら選手全体でまとまって一カ所で泊まるのだが、織斑千冬のネームバリューはそれなりの自由を得られる訳だ。
 本来、このような時は他国からの妨害工作などを懸念するのだろうが、ISの専用機持ちはいつ何時においても瞬時にISを展開できるため、あまり心配事ではない。
 むしろ、選手の家族こそがその危険が及ぶ恐れがある。

 前回のモンド・グロッソの際は、開催国が日本だったため、一夏を狙った団体さんは観光客に紛れて相当数団体さんで来国されたようで。
 生物兵器に取り囲まれ、あっさり捕縛。智恵の輪菌を感染させて送り返したが。
 しかもその後、『たった三人による世界大戦』で彼らのパトロンがそれどころではなくなったらしいからだ。
 あれ、感染者が絡まるんだよなあ。しかも接触感染。
 ゲボックが初製作した生物兵器である。
 9歳でなんてもの作ったんだアイツは……。

 今回は、ドイツで開催である。
 流石に母国において来るのは千冬とて安心は出来ない。
 ゲボックの生物兵器を信用していないと言う訳ではない。
 だが、あいつ等飴やったら素直に相手を信用しそうなんだよなあ……。

 なので、手近な所に一夏置いておきたく、応援を許可したわけで。
 ニコニコ笑っているグレイが『私は分ってますよ』と言う表情だったのが腹立たしかったものだ。
 弟離れしてないだと? ふん、そんな事ある訳があるまい。
 一夏にしてみると、13にもなって身内の年上女性二人(グレイが同い年である事を一夏は知らない)と同室で眠ると言うのは激しくこっ恥ずかしいものだったのだが……。
 
 だがしかし、幼馴染みと同室で暮らす事になったとき、この経験のお陰で平気になったと後述するのはおかしいと思うが。



 ホテルへ向かって近道がてら路地に入り込む。ISはカーナビならぬマップガイドになる。大変便利な代物である。と、ホテルが見えるより先に露店を見て回っている一夏とグレイを発見した。
 む……と、思うが二人きりで普段どうしているのか興味がある千冬は尾けてみる事にした。
 暮桜のプライベートチャンネルを開く。

『『灰の二十九番』……チクるなよ』
『いつになく姐さん本気っすね』
『アイツは散布してあるナノマシンで相手の動きを察知したり、『目』を作ったりは?』
『出来ませんね。姉さんはあくまで形作る、もしくは分解する、ぐらいしか出来なかったはずですよ』
『情報、感謝する。それさえ分れば、大丈夫だ。グレイの視野は人間と同じだからな』
『まあ、くれぐれもやり過ぎないようにお願いしますね』
『分った。お前も私以外に気を配れよ』
『姐さんが居たら要らない気もしますがねえ』
『遠隔攻撃支援は任せた。全員一々近付いて斬るのは面倒極まりない』
『あぁ、面倒なの抜かせば出来るんですね……ソロで……』
『剣呑にも程ありやしませんか? まあ、了解です。こっちにしてみりゃ平常ですんで』
 よし。
 これで密告は封じた。

 実は、行動パターンから読まれてるんだろうなあ、と思っている事は口にしなかったスペース忍者だった。



 一夏とグレイを追ってみると、露店商を見て回っているらしいが、手に取っているものを一つ一つ見てみれば。
「ああ、土産を探しているのか」
 日本に居る友人達に送る土産を探しているのが分る。
 なお、二人が手に取っているものが見えるのは、ISの機能ではない。千冬の肉眼の性能である。
 ゲボック曰く、千冬の視力は遊牧を営むマサイ族並みらしい。

 さて。
 ごそごそとゲボックの発明を引っ張り出す。
 耳栓型集音マイクである。
 なお、初めは同じものを束に要求したのだが、はい、とばかりにウサ耳を渡された。
 社会的に死ねと言うのか。幼馴染みよ。満面の笑みだったなぁ。



「う〜ん、弾にはこの、いかにも怨念を立ち上げそうな置物でいいだろ? 蘭にはえーっと……」
『何故こんなものがドイツで売られているんでしょうね?』
「売ってるのも、どう見てもドイツ人だしなぁ?」
『数馬さんには何が良いでしょう?』
「アイツはどう見てもグレイさん目当てだから煮立てて無理矢理作ったノンアルコールビールで良いんだよ」
『まあまあ……』
「よし、じゃあ、この何か叫ぶ人形で良いや」
『くるみ割り人形ですか? 人形なら蘭さんの方が良いのでは?』
「いやね、ここを押すとさ」
 くるみ割り人形は胡桃を割るであろう口を食いしばった後―――
『ドイツの科学力はぁああああッ!! 最高最高最高最高ォオ――――――ッ!!!!(意訳)』 
 なんて叫んでいる。
 グレイが翻訳して伝えると。
「絶対スパイしたくない類いのドイツだな……」
 全くである。

 気を取り直して一夏は、真っ当な方の人形を手に取る。
「蘭にはこっちの陶器人形が良いと思う」
『ビスクドールの原型になったものですね。これは貴重ですよ』
「そうなのか、へぇ」
『全て、母が子に向けて作った手作り品ですもの。特別でない事はありませんョ』
「いまグレイさん、『よ』変じゃなかった?」
『…………父の訛が感染ったようです』
 かなり自然に漏れたらしい。

「グレイさんのお父さん……ね」
『一夏には千冬が居るでしょう?』
 暗に、父親役は千冬だと言っているのだろうか。
「グレイさんもね」
『ありがとう御座います』
「礼を言う様な事じゃないと思うけどなあ」
『でも言わせていただきますね。さて、御土産は―――』
「あとは鈴のだな」
『そういえば、一夏』
「なに?」
『一夏は鈴さんとはどうなのですか?』
「どうっ―――て?」

 鈴とは、要人保護プログラムで地元を離れざるを得なかった箒と入れ違いのような形で転校して来た中国人の少女である。
 慣れない異国故に馴染めず、虐められている所をいつも通りブチッと天辺来た一夏が大立ち回りして以来、何かと一緒になる事が増えた経緯がある。
 丁度同年から同じクラスになった弾と三人で良くつるむようになったのだが———
 なお、住んでいる所は弾の実家兼五反田食堂の向かいの中華料理屋、凰飯店である。
 商売敵と言えるのだろうか? まあ、あの商店街の人は溢れる程の前例のせいでおおらか過ぎるようになっているので、まあそのような事は些細な事なのかもしれないが。

 しかし、去って行いかねばならなくなった箒だが……あの商店街ってある意味世界で一番安全な土地ではないかと思うのだが、どうだろうか。

 さて、鈴と弾の話に戻すのだが。この三人、家にもお互い遊びに行き交う中でもあり、グレイにしても、弾はゲボックが嘗て世話になった一家の長男坊であるし、鈴もかなり頻繁に遊びに来ているからである。

 そして、当然鈴もまた一夏に惚れてしまった事はバレバレであり。
 あらあらと言った感じだった。本気で主婦である。

 本気で最初、鈴はグレイが一夏の母だと思ってしまった程なのだ。
 その間違いがよほど気に入ったのか、ちょくちょく相談に乗ったり、料理苦手の鈴に対して一夏好みの味付けを教えたりと、懐かせるべく頑張っていたグレイだった。
 全ては一夏の子の産婆となる為である。贅沢言うと、乳母にもなってみたい彼女である。

 なお、鈴は千冬に対してはやや苦手である。
 これって、娘を貰いに来た男が義父になるで有ろう男性にプレッシャーを感じる構図と何が違うのだろうか? とグレイも思ってしまう程である。
 千冬としては、行儀がなっていない所を躾しているだけのつもりなのだが。

 しかし、一夏は全く鈴の好意に気付いていない。
 そう言えば、箒の態度がよく分らないと一夏に相談を受けたとき、それは思い切り箒が一夏に向ける好意を素直に現せない為の錯乱なのは一夏の言葉を聞いても分っていたので。

 はあ。千冬。
 一夏はやっぱり貴方の弟なのです。そっくりですよ、そんな所。

 色々苦労して来た(なんとかしてゲボックの好意を気付かせようと頑張っていた過去。結局世界大戦になって元の木阿弥になった今までを思い返して)ことを思い出し、偽装している表情が引きつるのである。
 繰り返すのだろうか。いや、一夏は私が立派な男性へと育ててみせます!
 と思っていたのにここまで強固(千冬級)だと、挫けそうです。とゲボックに念を飛ばしていた。祈願する対象がまず残念である事に気づけないのだろうか。

『一夏は織斑なのですね』
 なので、そんなコメントしか出ない。

「ああ……うん、俺織斑だけど?」
『歴史は繰り返すのかもしれませんね……世界大戦とか。ああ、危険危険』
「何でそんなスケール大きい話に飛ぶの!?」

 前例があるので。尚更怖いのである。
 やはり彼の恋模様は気になるのだ。
 くどいが、一夏の相手が誰であろうとも、一夏の子の産婆役をやるのか。グレイの夢な訳で。

「あ、この陶器なんとなく模様が中華っぽい」
『模様は正式とはかけ離れてますが、それでもこれは純粋ドイツ製のマイセン磁器ですね。模様が東洋系にそれとなく似ているのは、シルクロードを通って文化が流通していたからでしょう。珍しいですけど、決して無いものではないですね』
「これで茶でも淹れろって言おうかね? あいつ、中華料理屋の娘なのに料理能力壊滅的だからなあ」
『まさか……一夏、鈴さんに料理を作って欲しいとか言ってませんよね』
「ん? 美味くなったら目一杯食ってやるとは言った事あるけど」
『はぁ……鈴さん、御愁傷様です』
「何が?」
『あなたは千冬の弟だと言う事です』
「まあな!」

 褒めてない。

『でも、この陶器は私も一セット欲しいですね』
「え? グレイさんも?」
『ええ、私もお土産で。以前、英国で勉強した際に友人が出来まして。とっても紅茶を淹れるのが上手な方なので喜んでいただけるかと』
「そりゃいいな!」



 極自然に二人は会話している。
 最早二人が家族である事に誰も異を唱える事など出来ないだろう。
 だが。

 やっぱり一夏が、何故そこまで事細かにグレイの意を汲めるのか良く分からない。
 端から見たら、一夏の一人ショーである。隣にグレイが居るから、何だか自然に感じてしまうが。
 心でも読めるのだろうか、我が愚弟は。
 千冬は眉が寄る。
 しかし、それにしては異性の好意に疎すぎるしなぁ。

 色々棚に上げて千冬は唸るのであった。

「ん……アイツは……なんでここに?」
 その二人に、見知った人物が近寄って行くのを見て懐疑的な表情になる千冬だった。
 わざわざドイツくんだりまで来る様な奴ではないのだが……。



「……あれ? おたくって、ゲボックん所のグレイちゃんかい?」
「―――ん? 誰だ?」
 日本語が聞こえて来たので先に反応したのは一夏だった。

『あら―――山……………………う……お久しぶりですね、ご健勝でございましたか?』
「ボードに名前候補を書いては何度も書き直すぐらいなら書かんで良いわ。泣きたくなるし。久しぶりだな。ゲボックは元気か?」
『いつもの通りに』
「だよなあ、むしろアイツが元気じゃないときなんてあるのか?」
「―――で、この人誰?」
 置いて行かれた一夏はだいぶ機嫌を損ねたようである。

「グレイちゃんの親父の元クラスメート。で、坊主は?」
『千冬の弟ですよ』
「ああ、織斑のかあ」
「千冬姉も知ってるのか?」
 ますます険しくなる一夏。一丁前に警戒しているのである。

「言ったろう? クラスメートだって。こう見えて、小学校以来ずっとクラスメートだった……なぁ? なんでだろうな」
 三凶耐性があると公式で認められているせいである。

「ところで、お二人は織斑の応援?」
『ええ。……様は?』
「もう、貴方とか君とかお前で良いよ。後で泣くから」
『も……申し訳ありません。何故か記憶から喪失するんです……。それでは、あなたは、どうしてドイツに? 特にIS競技に関心があったと言う訳ではなかったはずですが』
「まあ、それなんだが、俺もIS関連の職に就いたんだよ。整備員かな? ウチの爺さん、ビタミン何とかって名前のドイツ人でな? 俺ってばクォーターだからその縁でこっちに就職できたんだよ」
 山口自体も祖父の名前をちゃんと憶えていないようである。因果か。何の因果だこれ。

『まあ、では今こちらで暮らしているんですか』
「まぁな。日本じゃ肩身狭くてね。織斑や篠ノ之と知人だったって調べられると日本じゃまわりが煩くてな。あー、責めてるんじゃねえぜ? 楽しかったし。実は就職決まってからゲボックに技術教わったしな」
「え? 束さんとも知り合いなのこの人……?」
 一夏が『この人何者!?』とばかりにビックリする程、何気に凄い山口である。目立たないけど。
 ちなみに、束の認識では漫画棚とか、そう言う認識である。

『お父様に!?』
 グレイもグレイでビックリだった。あれほど人にモノを教えるのが下手な者も居ないので。

「いや、途中からベッキーに交代したがな。第4世代機の構想聞かされても知らんし。むしろ知りたくないし。まあ、その結果、それで結構他より一歩出てて有利って感じなんだわ」
『それは良かったです。力になれたようで』
「まあ、充実してるよ。良い布教先も見つけたしなぁ……ありゃ良い弟子になるぜ……けけけ」
『あら、こちらでも漫画の普及でございますか?』
「当然のパーペキよ! まずは少女漫画から投入しようと思ってる」
『ああ、狙いはIS操縦者ですか……私はフルーツバ●ケットとか大好きですね』
「確かに雰囲気がグレイちゃんにピッタリだな。身内にゲボック居る当たりとか」
 漫画内の何のキャラと共通点出したのかはあえて言うまい。

「ぼーず、グレイちゃんのこと、ちゃんと守れよ……織斑は必要ねえな……うん」
「当たり前だろ。えーと、前半だけ」
 事実だったが、断言するのも怖い一夏だった。
「ん、それでこそ男だ。おしっ―――邪魔したな。三人に宜しくな」
『ああ、二人で大丈夫ですよ、後一人は自分でご挨拶ください』
 言って、一枚のメモを山口に渡す。
「……あ、あーあー。なるほど。じゃあな」



 山口は二人から離れて行き、見送ったグレイは再び一夏と露店を冷やかし始めた。
 で、その山口は。

「よっ、織斑」
「なっ!?」
 真っ直ぐ千冬の方に来た。

「久しぶりだな。俺の予言は現実の物になったなぁ。織斑無双ワールドワイド化。はっはっは」
「やかましい」

「しかし、よく私に気付いたな」
「くっくっく……グレイちゃんにバレバレだったみたいだぞ? ここ教えてもらったし」
「何ぃ!?」
「今からでも普通に参加した方がお得じゃね?」
 実際は気付いた訳ではない。
 しかし、千冬が勝った試合を応援し、それから一夏達もアリーナを出て土産探ししていた訳なので、時間を計算し、そろそろ来るだろうと推測していたおかげで、更には千冬の行動パターンを掌握しているので、来ないと言う事はどこかで見ているだろうと言う結論に至り、さらに予め取得してたマップデータから、『こっちからは絶対に気づけない監視に適した場所』を逆算すれば良い。

「ぐぬぬ……」
 呻く千冬だが、山口は結構アドバイザーとして優秀なのだ。
 『三人だけの世界大戦』とて、彼の助言をキチンと聞いていれば起きなかったかもしれなかったのだから。
 三人を客観的に見るとしたらこの男が一番なのかもしれない。
 そう言う感じに千冬は山口を評価していた。

「んじゃーな。あ、そうだ言っとく。きな臭い動きが団結してる臭い。単独じゃどこもお前等を出し抜けない。敵の敵は味方って感じにな。身内に関して特に気を配っとけ。身内が敵に回る可能性も無きにしも有らず、になってるからな」
「…………お前、本当に今整備員なのか?」
「一応、な。ん、じゃーなぁ」
 手を振りながら山口は去って行った。

「はぁ……」
 負けだ。
 千冬は二人の方へ足を向けた。



「二人だけで楽しそうだな」
「あ、千冬姉」
『おや、観察は終わりですか?』
「いい性格になったな、グレイ」
『お忘れですか? 私はギャクサッツの娘ですよ』
「今さらながらに痛感してるよ……で、何を物色してるんだ?」

 一夏とグレイが居たのは古着屋である。
 本当に旬など関係なく、様々な衣類が展示されている。

 そんな中、一夏が持っているのはオリーブカラーのモッズパーカーだった。
「なんだそれ?」
「いや、今来るなんてなあ」
「どういう意味だ? え?」
 のけ者にされているみたいで。ちょっと悔しかった千冬である。

「痛い痛い! 千冬姉!? 頭鷲掴みはストップ!」
「じゃあ、なんなんだ?」
「言葉が軽い! じゃあこれ軽いスキンシップ!?」
 普通に触れ合うだけでとても痛いものである。

「実はこれ、千冬姉に」
「…………私に?」
 思わぬ弟からのプレゼントに、危うく感動しかけた千冬である。
「千冬姉、スーツばっかりだからなあ。家でも下着かジャー……」
 鷲掴みがヘッドからマウスになった。
 折角の感動が一気に冷却された気がした。

 千冬は今や世界的有名人である。
 迂闊な事を外で漏らされたら堪った者では無い。
 でも、顔は一夏からのプレゼントだ、と、ポーカーフェイスとニヤけようとする表情筋が全力で激突していた。随意筋と不随意筋の全力激突であったと聞く。

 一夏はと言うと、そんな千冬の内面戦争など知らずにコクコクと黙る事を誓うと脱出。
 さっさとモッズパーカーを購入して来て、千冬に羽織らせる。

「むぅ、なんと言うかやっぱり似合うな千冬姉」
『なんと言う男前でしょう。さすが一夏。千冬のコーディネートはお任せできます』
 二人べた褒めに、流石の千冬も赤面する。

 だが。
「男前と言われて私は喜べば良いのか? と言うか、何となくこれ着ていると、ブリッジを封鎖しようとしてできなかったり、『モンド・グロッソは会議室で起きてるんじゃない! アリーナで起きているんだ!』とか言わなければ行けない気がして来たんだが何故だろう?」

 デザイン的にです。

「あ、そうだ。こっちはグレイさん」
『え? 私にもですか?』
「そりゃ当然だろう。一夏は平等だぞ? で、何を買ったんだ?」
「グレイさんは、逆にスーツものかな? 普段着ないだろう物を買ってみたんだよ」
「そりゃあいい。お前の趣味がモロ分りだ」
「ええええええっ!?」
「気づかんでか。姉を舐めるな」
『一夏、エプロンも入ってますよ?』
「なんか、仕事着からすぐ自炊に入れるようにってエプロンを付ける前提のスーツらしい。エプロンスーツ? 何か新ジャンルっぽいな……。エプロンつけても映える様なデザインらしい」
「本当、妙な物まで取り揃えてる露店だな……あと、一夏の趣味は特殊すぎないか?」
 品揃えが良すぎる気がする。
「いやいや趣味じゃないし!?」
「ばればれだ。まったく……」
「千冬姉信じて!?」
 説得力有りません。

『ところで一夏、エプロンに書いてある『麿之介』ってなんでしょう? 何故日本語なんでしょうか?』
「んー。こっちの人から見たら漢字はスタイリッシュなんじゃないかな? なんか、千年サイブレータ戦えるとか言うコンセプトのブランドで『Maronosuke』っていうらしいよ、良く知らんけど」
『サイブレータって、なんでしょうか……』
「さあ?」

 千冬はそのスーツを持ち上げる。
 軽い。それでいて不快な触感では無いが、しかし形容すべき語彙が出てこない。
 辛うじて、合成繊維らしいつるっとした感触があるが、張り付かず、むしろシルクのような心地良さ。
「しかし、何か不思議な素材だな。まるでISスーツみたいな合成素材に見えるな。タグ見せてく………………」
 ちらりと見て。
 千冬は静かにタグを戻———
「うぐっ! げほげほっ―――ブフゥッ!?」
———せずに咽せて詰まって終いにゃ吹き出した。

「どうしたの千冬姉!」
 一夏が千冬の背中を擦っている間にグレイもタグを見た。
 『Made in Gebock』と記されている。何故か表記が英語だった。

 ドイツで一体何してたんですかお父様……。
 グレイでさえ、呼吸していないのに溜め息をついたそうな。



「さて、ホテルに向かうか」
「その前にどっかで夕食とっていかないか?」
「む、それが良いな。グレイ、成分分析は頼む。何がドーピング検査に引っかかるか分ったもんじゃないからな」
『畏まりました』

「やっぱり何か力が付きそうなのが良いよな」
「ああ、肉だ肉」
 確かに前日食すなら意味はあるなぁ。
 決戦の朝カツとか食べるのは逆効果なんだぜ知ってたか?
 虚空に向かって何故か解説する一夏である。
 加えてふとイメージした。
 千冬姉が言うと全く違和感がないなあ。
 肉食獣的な意味で。

 なんて思っていたら拳が落ちた。
 うぐおおおおおと呻く以外の全てのリソースが奪われる程の激痛である。
 千冬の一撃は本当に響くのだ。脳細胞が5000は死んだと悲嘆にくれる一夏である。相変わらず心が読まれていたらしい。
「お前は分りやすい」
『千冬、何かとゴリゴリ叩いたら、一夏の脳細胞が絶滅していまいますからやめて下さい』
「弟の頭は姉の物だ。どう叩こうが姉の勝手だ」
「千冬姉、それ横暴すぎない!? あとグレイさん。庇ってくれるのは嬉しいけど、その言い方じゃ千冬姉の威力と頻度について言及しているのか、俺の脳細胞が少なそうだからなのか判別つかないんだけど!?」
『ソーセージが美味しいとレビューの店はこちらのようですね』
「露骨に話題逸らされた!?」
「話題も何も今グレイ何も書いてなかったよな……!?」

 この後、織斑家の三人はそのまま和気藹々と夕食を終え、ホテルに戻るやグレイがエプロンスーツを着込んだり、千冬が明日に備えて英気を養っていた。具体的に言うと肉を胃に詰め込んでいた。
 調理は一夏である。
 これだけ食ってもスタイルが崩れないのは、世の女性に知られれば一体どうなるであろうか。



 第二回、モンド・グロッソ決勝。



 オッズは千冬が圧倒的だが、それでも全力で挑める方が良い。
 相手がいっそ哀れだが。

 明日に備え、三人は早めに川の字になって久々に床に就く事にした。

 こうなった経緯と言うと。
 提案、グレイ。噴茶、千冬。硬直、一夏である。

 ベッドを繋げる作業は初めグレイがしていたのだが、膂力に乏しく、頑張る様が余りにあれだったので、千冬がヒョイとこなした。あー、俺がやるのに、とぼやく一夏の傍ら———作業を軽々と終えた千冬は———あれ? これってジャムの蓋を開けられない妻の代わりに開けて重宝される夫と何が違うんだろう……と真剣に寝る迄悩まされる事となる。
 正直、どっちが生物兵器か分からない絵面であった。



 あと、余談だが。
「…………寝れる気がしねぇ」
 体温高めの千冬と常温しかない冷んやりとしたグレイの二人に揃って左右から抱き枕にされたせいで、一夏は一睡も出来なかったそうな。



 このとき、誰も思いはしなかった。



 これが。
 織斑家三人で揃った最後の夜になるなどとは。









 科学と言うものに携わる者にとって———

 ゲボックが様々な分野で台頭した為、世界の科学技術は暴力的に進歩したと言って、それを否定する者は居ないだろう。

 逆に現行で研究中だった技術分野は壊滅的なダメージを受けたと言っても過言ではない。

 法周りを固め、最先端技術を独占していたとしても、それに一切関わらない形で、その技巧を跳び越しきった代物をあちこちに撒き散らす鬼才がいれば、それは一切意味を成さなくなる。

 彼自身の行動目的が叡智の探求のため、如何なる脅しや勧誘であろうとも———

 従わせるのは容易でも、留める事が一切できないのだ。
 『発展し続ける化け物』として匙を投げるしかなく。
 ただ一言、こう言われたのだ。

———手に負えない———と


 
 その技術の開発にどれだけの苦労と費用が費やされたのか。
 全く意に介さず、独力のみで技術を次々と異常加速させる因子。
 これぞ外来帰化技術。ミッシングリンクを連発させる技術の圧倒的侵略者。

 特に———
 殊更甚大な損害を被ったのが、最早ゲボックの代名詞であり、独壇場でもある生命操作技術の分野であった。

 ゲボックの手による技術が発表会に登った時、その変遷はまさにISの台頭と同じであった。

 初めは誰も信じず、されど彼の実験に巻き込まれ実証され、認めざるを得なかったそれは、本来ならば遥か未来になら『あるかもしれない』とだけしか言えぬ絵空事だけのもの———のはずであったもの。

 当時、まだ齢一桁代であったゲボックが学会デビューを果たすキッカケとなった『知恵の輪菌事件』や、その変異種『ルービックキューブ菌事件』は記憶に新しい。

 感染者がパズルとなって、治療や研究にあたろうとした医師や研究者に対し次々に絡みついて組み込み感染拡大。広がって行ったあの戦慄がトラウマとなり、上書き不可で脳髄に焼き込まれた者も少なくないのだ。

 それまで自分達が手探りで進んでいた彼等の傍らで、ISで飛び去って行くが如き所業。
 ゲボックに嘲笑われていると彼等が判断しても、それに非を唱える者がいるはずもない。



 彼等の反応は大きく二つに別れた。
 一つは諦観。

 ゲボックだから仕方が無い。
 そう口にし、ゲボックがその研究に着手するや諦める。
 若しくは、初めからゲボックへ研究を放り投げる———と言った向上心を放棄した者達である。

 その誰もが、ゲボックに成果を搾取されたと思っている者達ばかりだった。

 何故なら———
 ゲボックは、自分の知らない事を知っている者ならば、老若男女の区別無く、心から賞賛するからだ。

 誰だって貴方はMarverous!(素晴らしい)貴方に教わりたいと褒めちぎられれば悪い気はしない。

 そんな彼等が研究をゲボックに見せれば、彼はMarverous!(素晴らしい!)と、それを瞬く間に修め、未熟な所をまた一つ埋めてしまえばもう、興味は無い。再びふらりと新たな『尊敬出来る人』を探すのだ。

 ゲボックは心から尊敬しているが、懸命にその研究をして居た者にとっては、成果だけを奪いに来たとしかとられないに決まっている。

 実際、ゲボックは『自分の知らない知識持つ者を尊敬する』のだから、事実上は大差無いのであるし。

 故に、出来てしまった事には何の愛着もないゲボックは、訴えればいとも簡単に成果を差し出すのだが———

 それが新たな悲劇を産むのだ。
 片鱗でさえ圧倒的に顕在するその隔絶された能力差を見せつけられる。
 打ちのめされ、誰もが挫けるのである。

 理論の解明どころか再現さえも不可能であるが故に、差し出された成果の続きを始める事が出来ないのだ。



 そして、もう一つのパターン。
 徹底抗戦派である。
 これまでの研究を掲げ、己が技術こそが至高であると、ゲボックに挑む者達である。

 もっとも、それは肩透かしにもなりはしない。
 ゲボックにはそもそも、研究における対抗意識というものが存在しないからだ。
 知り得るという過程と、課題を達成した時の賞賛こそがゲボックの求めるものであり、自分が一番になる事など、彼は一切求めていない。

 誰もが追いつけないが故に一番に『なってしまう』だけなのだ。
 そして、自分を上回る者がいれば、単純至極、心から尊敬するだけである。

 ゲボックの科学的探究(サイエンス)には、一切の負の感情が介入する余地はない。

 そんな不純物を挟むいと間は無いのだ。



 もっとも……そんな絶望的な真実を、在野の科学者が知る由も無い。

 怨嗟は募り、無謀とも言える無茶な実験を頻発する様になり———

 その殆どが自滅し潰えて行く。



 故に。
 『自分が痛く無い』分野は際限なくエスカレートするのだ。
 ゲボックに追いつくため。
 打倒するため。
 己こそが一番だと主張するため。

 狂気は他者の痛みに対して鈍くなる。



 例えば、ここ———
 ドイツ———その中の暗部。かつて、優生学という名の人体実験を繰り返していた地獄でさえ、ゲボックによる焦燥からは逃れられ得なかったのである。



 完全なる兵士を。
 我らこそが最も優れたる民である事を示すため。
 より強く、誰より優れた、最高の兵士を安定して生み出すのだと。
 何も気にする事は無い。
 我らが最も優れた民であるが故に、成功は『決まっている』のだ。
 ゲボックなどと言う、何処ぞとも知れぬ者が創った化け物如きに負けるわけが無いのだからと。



 勝手に追い立てられている気になり、さらにそれを否定すると言う自滅循環。
 肥大化したナルシズムは、同国の同胞の命と尊厳こそを無造作に蹂躙し、どこまでも加速する。

遺伝子強化体(アドバンスト)兵士、製造計画。

 より優れた我が民を、さらに優れたる形へ昇華する。
 ならば、誰も批判などするはずも無いではないか。
 これが、彼等の主張である。

 如何なる時代。如何なる国家であろうとも、自己民族至上主義者はいる。
 それが、単一民族国家かつ、愛国心の内に収まる内ならそれは素晴らしいものだ。
 同胞へ貢献する良い原動力となるために。

 だが———
 それが根拠無き至上化となればいずれにせよまっとうな所へ辿り着きはしない。

 それはもはや宗教的な発想だ。
 意味と価値をすり替えて、自分でそれを無条件な信仰に方向性を変えて行くのだ。
 この国は特に、潰えたとはいえそのアジテーションによって統率された歴史がある。
 中核者達は駆逐されたが、その影響を受けた末端まで、その思想を根絶させる事など不可能だ。

 嘆かわしかろう。
 実際の成果と自負心はなんの関係も無いというのに。

 これをみればゲボックでさえ嗤うだろう。
 なんて非科学的な事をしているんですか? と。



 そして。
 流された血と涙が川となり、海を作れる程に、彼等の狂気は加速した。

 生体強化ナノマシン……それでさえゲボックの研究成果———その矛盾さえ気にも留めず、生み出された命達は、安全性を省みぬ生体実験の過激化、投薬、ナノマシンの過剰複合投与に晒される。
 強くなる手管に適合せぬ者は脱落して行く。
 ある種、淘汰が被験体に強制的に襲いかかって来たと言えよう。

 そして、本来ならば出来損ないに過ぎない筈の『彼女』が劇的な変化を遂げる。
 それは最早進化と呼んで差し支えぬ劇的な変更であった。



 皮肉なものである。
 さて、知っているだろうか、優生学———この学問が世に出たきっかけの一つ。それがダーウィンにある事を。

 種の起源———ダーウィンの代名詞とも言えるその理論は、ガラパゴス諸島における同種である筈の生物達と、各諸島の環境を比較しまとめあげられた論文である。

 陸イグアナを一例としてあげ、小さな島ごとでさえ、それぞれ特徴のある形質変化を遂げた事に対する推論だ。

 例えば。陸に敵が多ければ、走る力や高所へ登れる足腰を。
 例えば。餌の草木が背丈の長い島では長めの首を———等と、あげれば切りが無い。

 生まれた生命の僅かな差が、ほんの少しずつ生存率へと繋がって行き、生き残りやすかった形態の中からさらにより生き残りやすい形態のものが生存率を高めて行った結果、環境に最も適した形質のみが生き残っている———即ちこれが『種の分岐』であり、多種多様な生命が存在する理由だと発表したのである。

 しかし、この理論は当初支持される事はなかった。
 当時は科学よりも信仰が人々のあらゆる思考、その根幹にあって隆盛を誇っていた時代だったからだ。
 コペルニクスの地動説同様、この世界は『一なる神』に創造されたものであるからと、この理論は異端であるとされたのだ。

 人は神によって創造された神の似姿である。
 間違っても『猿などから進化発達』したとは認められなかったのである。

 しかし時は過ぎ、科学が発達してくると、この『種の起源』は別の捉え方で支持される様になる。

 即ち、適応出来なかった個体は当然ながら弱肉強食の食物連鎖に淘汰され、種を残せない。
 この事に対して、彼等はこう判断したのだ。

 優れし者のみが生き残る。
 故に劣等が死ぬのは自然の摂理であると。

 この考えが発展した先にあったのは、近代化しつつあった技術によるより効率的に発揮されるレイシズムであり。
 他人種への差別、国家規模での大量虐殺の実行であった。
 


 それは、大きな間違いであると言うのにだ。



 進化の果てに残るのは優れたものでは無いのだ。
 言葉遊びではあるが、こう言えるのだ。
 進化の対比語は退化に非ず。

———無変化である、と

 飛行能力と言う優れた力を得た鳥類が、敵がいないからと言って、駝鳥やドードー、ペンギンの様に飛ぶのをやめた事とて。退化と言えども、それもまた進化の一形態にすぎないのだ。

 即ち、進化とは『偶々現在の環境に合ったものが淘汰によってその方向性に尖って行く』だけの現象にすぎない。



 話を戻そう。
 苛烈にして粗雑な実験の加速して行く状況。

 生み出された遺伝子強化体達にとって、これもまた一つの環境と言える。

 元来、人工子宮によって育まれるそれらに、遺伝子の形質変化は訪れない。

 だが、その人工子宮とて完全な同一物を生み出すものではない。

 生まれてくる者の性質は、やはり揺らぎが生じてくるのだ。
 これは、自然界における遺伝子のコピーミスによる進化の一環となんら変わらない。
 同一遺伝子かつ同母体から生まれる一卵性双生児とて、生まれる子のどの因子が発現するかは完全にランダムなのだ。



 ここで、先とは全く別の方向性から、『進化』について少しオカルト的な科学論を暴投してみるとしよう。

 生物学の世界で有名な進化議論と言えば、やはりキリンの首や象の鼻であろう。

 なんであれだったんだ。と。
 首や鼻の長さについていまだに話題としてよく上げられている。

 キリンの例で言えば、高所の草を食べられるものが生き残ったからだと言うだろうが———それならば。
 背を伸ばす、しかり。
 他の物に対しても食性を得る、しかり。
 
 等々、他にも手段はあるだろうとは言えないだろうか。

 ある学者はこう語った。
 科学的ではないと前置きをおいて。

 進化とは。
 この世に生きる万物が総体として足掻き、抗い難き死へ逆らい、抵抗を示し続けている事、『そのもの』によって生じたのだと。

 王道ならば自然淘汰?
 レトロウィルスによる転写酵素のミステイクによる形質変化?
 果ては突然変異?

 そんなものは所詮切欠に過ぎない。
 キリンは『自ら望んでキリンになった』のだ———その学者は語ったのである。



———以上を踏まえ、実証も出来ない推論に推論を重ねた空論でしかない。
 実証性などありもしない意見でされど、彼女を現すならば。

 遺伝子強化体の一人である彼女は、完全な人工物的生まれでありながら、僅かなランダムでしかない揺らぎの幅の中、確率論内でしかあろう筈も無い僅かな可能性を掴み上げた、人工物中の天然進化体であったと評価できはしないだろうか。



 ここからはさらに非・科学的推論に過ぎないのだが。
 ならばこそ、『彼女は』———

 ここで生まれ、潰えていった遺伝子強化体達の狂おしい迄の生への渇望、苦境への怨嗟、哀惜の慟哭———それら『みんながねがったおもい』の果てに彼女と言う個体が生まれたのだと言えはしないだろうか———



 もし。その推論が正しいのならば。



 彼女が充分に力を得て初めに行った事が、現在の環境への攻勢、打破にあたる事は至極当然の帰結であろう。

 何が起きたのか本来ならば語る迄もない。
 研究所は、人と言う種を最も狩る事に長けた種———人の発展系たる彼女の手による屠殺場へ変じたのである。









「うへぇ。いや、懐かしきは産土の空気よってかぁ?」
 ティムは壊滅した研究所であー、吐きそ、などと嘯きながらゼリー状栄養食を啜っていた。

 辺りは炎に包まれていた。

 床には輪切りになった研究所員が並べられ、壁には警備員が画材となってキャンバスに抽象画をぶちまけている。

「っでもよぉ、いくらアニキんとこの出身だからって、初めてのお使いが生物科学災害(バイオハザード)ってのはあんまりじゃねぇ? ミューゼルもティムならなれてるでしょってそりゃあんまりだろうがよ」

 任務は既に完了済み。
 目前には捕獲した遺伝子強化体が転がっている。
 ゲボックの助手だったティムは、生物兵器達に様々な生存術を叩き込まれている。
 戦闘力が生物兵器基準であったティムにとって。

 ティム自身より桁違いに強いぐらいでは、遅れを取るわけもない

「いや、しかしすっげぇな。羨ましいぐらいにボンッキュッボンじゃねぇかよ、一体何食ったら11歳でこんなに発育良くなんだよ、あー、ナノマシンだっけ? ならいらねーな。こっちゃぁ天然趣向でね」

 暴走体の情報は事前に目を通していたのだが、11歳の少女との筈だった。
 しかしどう見ても目前にいるのは成人女性、しかも同性だろうと羨むようなスタイルである。

 これが年下とは思えぬティムだったが、資料のナノマシンレシピを見る限り、生体活性が成長を加速させた上に最良の状態を保っているらしい。羨ましい限りだ。

 そのナノマシンの活性率は狂気の沙汰であったが。
 今も、活性化したナノマシンが全身に指令を伝達、情報をやり取りさせる為にラインを走らせ全身をぼんやり金色に輝かせている。髪などは金色に波打つように輝く銀髪である。
 浮世離れしすぎて現実味が薄すぎる。
 おまえはスーパー化した野菜人か。

「しかし、IS捕縛を考慮して開発したイヴァルディ製の『ラーン』を生身で引き千切るってそりゃ人としてどうなんだかねぇ。アニキんとこの姐さん二人なら兎も角なぁ」

 こんな所でも千冬と束は人外認定だった。

 それにしても、ゲボックの元で下積みしていた経験は伊達ではない。
 ティムはゲボックや束には遥かに及ばぬものの、先に進み過ぎた技術を基礎に勉学していたせいか、一般常識から比すれば充分常識はずれの超越技術を有していたのである。

「バージョンアップして『グレイプニル』でも目指してみるかね? あんま神話まんまなネーミングはどうかと思うが、と言うか脳にチップ埋め込まれそうな名前だし」
 辟易しながら、回収舞台が到着する迄思案するティムであった。



———なんて事から早2年

「んだぁ? ティム」
「うっせぇな、あンだよオーギュスト」
 立場が逆転している二人がいた。

 捉えられた遺伝子強化体は自らを『オーギュスト』と名乗った。
 何をするのかと思いきや、オーギュストは自らの戦闘能力を売り込んだのである。

 自らを生み出した研究所の壊滅はあくまでもデモンストレーションに過ぎなかったらしい。
 たとえ次に自分の元へ訪れるものがなんであろうと、自分ならば売り込めるだろう、となんの算段もなく、むしろ破滅的に行動し始めたのだ。

 彼女が名乗る『オーギュスト』とは、とある地域の方便で『愚者』を意味する。それは、彼女なりの自虐なのかもしれない。

 果たして、愚行とも言える行為は彼女にとって願ってもない結果となった。

 戦闘部隊の一員としての参入が認められたのである。

 そして、この二人。本当に反りが合わなかった。
 僅かにティムが先に入ったとは言えほぼ同期。
 さらにはオーギュストから見ればティムは彼女に生まれて初めて土をつけた張本人。
 雪辱を果たさんとするのは当然である。

 だが、なかなかその機会は無かった。
 ティムの本領は後方支援。明かしては居ないが、ある程度地上回路に干渉できるティムは情報関連のバックアップで非常に重宝したのである。

 対し、オーギュストは戦闘最前線班。
 その戦闘能力を遺憾なく発揮する場はそれ以外に無い。

 さらに。
 ティムが超常の技術をさり気なく振るうと言っても、現行最強兵器はISである。
 そう、オーギュストはISの強奪を成功、己の自機としているのだ。
 その功績により、ティムより上の立場を手にしているのだ。

 そうなると技術力的にティムが整備員となるのは必然である。
 職人根性の為か整備に手を抜く事は無いが、反りが合わないこの二人がIS無しでなら本気で殺し合った事は一度や二度ではない。

「生意気なんだよてめぇ」
「うっせえな、黙らせたきゃ実力で黙らしやがれ金銀ピカ髪漫画女」
「あぁ!? ISも動かせねえくせに生意気なんだよ」
「嫌だねえ、IS様が無きゃ犬吠えも出来ねえのかよ、後ろ盾があると強いですねー狐ちゃん。わーい私ISあるから偉いのー? かぁ? はいはい、オーギュストちゃん偉いねーかっこわーらーいー」
「今、ここですり潰してやろうか? スコール(おんな)の付属物がよ」



―――お前でさえもか、オーギュスト。



「やれるもんならやって見ろよ、前みたいにひっぺがしてやるよ」
 以前、ISで殺しにきたオーギュストに対し、剥離材(リムーバー)で対処したティムである。
 前回の二人はISが無くなってからが本番で、拠点が一つ丸々壊滅した程である。
 だが、組織での地位はいかんせん、上位はオーギュストとなってしまっている。
 いつの間にやら、がティムの感想であった。

「あれを早々に使ったのは失敗だったな、ISを舐めんじゃねぇ、もう耐性が付いてんだよぉ」
「馬鹿はてめぇだ。そんなん使ったこっちが良く分かってるっての。はい、ここで新型ー。もっぺんやってやろうか? あぁ!?」

「―――はい。そこまで」
 オーギュストがISを展開、ティムが超科学道具を取り出しかけた時に介入する声があった。
 両腕限定でISを展開したミューゼルである。
 気付けば二人の間に居た彼女は、それぞれを両腕で牽制していた。
 払いのけるのは容易極まりない筈なのに何故か手が出せない。
 二人が気圧される程の何かを、ミューゼルは放っていた。
 反りが合わないのもここに関係がある。
 二人は揃ってミューゼル直属の部下なのである。

「あなた達が暴れると被害額で組織が傾きかねないわ。ティム、オーギュストは一応二文字ナンバーなんだから気をつけなさい。あなたは技術で買われているけど本当なら処置されてもおかしくないのよ」

 ―― 『S』 ―― 今はスコールと名乗っているミューゼルであった。
 二文字ナンバーとは、通常アルファベット一文字で呼び交される戦闘部隊のそれなりに地位のある中でも、殊更能力の高いものに付けられるものである。
 ゲボック製でないにも関わらず凶悪的な戦闘能力を誇る、ある種の生物兵器―――遺伝子強化体のであるオーギュストはその数少ない二文字ナンバー『Au』を与えられていた。
 このナンバーである理由はそんなに深い理由ではない。
 彼女の遺伝子強化体としてのロット名が『Au』というシリーズ名だからである。
 だが、幹部相当のコードネームを与えられているというのはティムにとって態度の取り方を考えざるを得ないという事である。
 なお、これは能力としての目測でしかない。なので、指揮能力のあるS―――ミューゼルが上官となっているわけだ。

 この二人を同時に止められるミューゼルの方が底知れないとも言えるが。
 ティムが敬するに値すると思っているミューゼルは千冬や束に匹敵できる何かしらを、持っている筈だ。少なくとも、ティムはそう確信していた。
 
 でなければ、ゲボックと関わったうえで染まらず自分など保って入られない。
 自分などは、ほら見た通り。すっかり染まっている。

「りょーかい、分ったよミューゼル。オーギュスト、テメェ命拾いしたな」
「はっ、そりゃどっちの事かも分らん程とうとう頭蓋骨が塵溜にでもなったンか? 下っ端なら下っ端らしく組織にちゃんと従えよ、猿」

「はいはーい、承知致しましたー。わかりましたよー。幹部様」
 とは言うものの、実はその通りである。
 意地で張り合ったが、新型のリムーバーだろうが、リムーバーはリムーバー。一度剥がせば耐性が出来、もう二度と通用しないのである。
 この状態で殺し合えば、ティムに勝ち目は無い。
 ISとは、それだけの凶器なのだから。

「あぁ、それからティム」
「ん? なんだ? ミューゼル」
「あなたはお仕事。オーギュストのパートナーをちょっと見てくれる? もうすぐオーギュストと次の任務なのに奮起しちゃったみたいで」
「あー。七番か? 分った」

 そこで二手の通路に分かれるティムとオーギュスト。
 お互い舌打ちを鳴らし合いながら別れる不倶戴天の二名であった。



 ミューゼルに別れを告げ、目的の場所へ向かいながら、ティムは改めて就職先(待て)の事に付いて考える。
 亡国機業。正直全貌の良く分からない組織である。
 紛争地帯で武装の売りつけをやったり、かと言えば、大国の裏部隊の代理としてゲリラの掃討。
 果てはオーギュストやミューゼルの様にISを強奪したりと、死の商人にしても商売先に節操がなさ過ぎる。

 ティムはひとえにミューゼルが居たから入った的な縁故で入った口だが、よくぞオーギュストなんて受け入れ居たものである。
 そして―――さらに。

「よぉ、調子はどうだ?」
 ティムが暗がりに声をかけると、独特な———しかし、ティムにとっては聞き慣れた発音で返事が帰ってきたのだ。相手は、こちらをきちんと認識している。

・うるせえなあ、けけけ、最高だよ、速いとこ頼むぜぇ……
 こんなものまで受け入れるとは、良くやるものだ。

 まず仕事を終えよう。そう思ったティムはパッと見一番酷い破損に取りかかる。

「ずいぶんまあ酷使してるじゃねえかよ。あーあー、腕もげてるじゃねえか」
・だからうっせえってんだよ、グチグチ言ってねえでとっとと直せってんだよ、潰すぞ?
「へいへい」

 いや、最高って言っておきながらぼろぼろの上に治せって何だよ。
 ティムはそう愚痴りそうになった。
「お前さあ、同じ茶シリーズでもアンヌとは全然違うんじゃね?」

 ティムがその代わりに呟いたそれに帰って来たのは、劇的な反応だった。
・はぁ!? ざけてんじゃねえぞ餓鬼ィ、Dr.の所でぬるま湯に浸かってニンゲンごっこしてる様な腑抜けの雄と一緒にしてんじゃねえよッ!!

 その巨躯は今にも殺さんばかりの威圧と供に激高する。どうやら逆鱗に触れたらしい。

 生物兵器。茶シリーズ製造番号第七番。
 言ってしまえばアンヌの後継機たる生物兵器である。
 ゲボック製の生物兵器まで受け入れるとか、どれだけ懐広いんだこの悪の組織(笑)は。

 さて、その『茶の七番』の容姿と言うと、一言でいえば、なんか刺さりそうで危ない、である。
 デッサン人形の様なデザインのアンヌに比べ、鋭角的なシルエットなのだ。
 近い生命体で言えばナナフシ。よく見れば人体よりも関節が多い。おそらくそこから接続子を捻り出してあらゆる装備を身に纏うのだろう。
 ならば気をつけなければ行けない。茶シリーズは何よりも汎用性を主眼として作られた生物兵器。

 特筆すべき所は何も無いが、逆を言えば全く弱点がないのが特徴なのだ。
 何でもある程度こなす。
 どんな装備に対してもインターフェースを適応させ得る。
 敵に回したら、弱点を突けないが故に、ティムの様な人間には天敵の様な相手なのだ。
 それに、アンヌの後継と言うならば、その錬度の高さも初期設定値から高いのだろう。



・私らは生物兵器なんだぜぇ? ならば闘いこそが存在理由。破壊こそが至福。生命であるからこそ強さの極致を目指す。その為に戦場こそを求む。闘争そこが我らが慕情。研究所の腑抜け共はそれが分ってねぇ……

 後に、『存在意義原理主義』と言われる一派の主張となるなど、ティムが気づく訳も無い。

 成る程、そこが逆鱗な訳な……。
 様々な個性の生物兵器と接して来たティムは何となく分った事がある。

 ゲボック製の生物兵器は、何かに『凝る』ところがある。
 例えばグレイならば人間として家族らしき振る舞いを。
 ロッティならば衣装を。
 ベッキーは奉仕を。
 アンヌは幇助を。
 アーメンガードは支援を。
 『翠の一番』は規律、『灰の二十九番』は厳正と言った感じで、何かしら自分を確立させる何かを持っている。

 こいつは、闘争か。
 しかも、生物兵器であるという矜持の上でだ。

 信念まである。生物兵器ならば、己のようにあるべきだと言うものだ。
 押し付けられる方は溜まったもんじゃないなあと内心だけで留めておく。

 拘りには触れない。これがティムなりの生物兵器との付き合い方だ。

 一回、ロッティの服についてからかったら本気で細切りにされかけた事があるからだ。
 全員何かしらゲボックに似ているので、もしかしたら、ゲボックにもそのような拘りがあるのかもと思ってみたりする。



・そもそも、三番の野郎は気に入らねえんだよ、旧式の分際で、デカイ面しやがって、だいたい、だなぁ―――

 『茶の七番』は、心底忌々しそうに罵るだけである。
 無駄に和気藹々だった生物兵器環境に居たティムにとっては逆に新鮮だったりするが、あの環境で暮らした思い出は居心地が居すぎるので、やはり頬が引きつってしまう。

「同シリーズだからこそ考えが合わねえのが気に入らんのか?」
 これは本当に単なる好奇心だった。
 生物兵器としてのあり方が単に気に入らないなら、アンヌだけでは無く、研究所の生物兵器そのものが侮蔑対象である筈だからだ。

 だが———
 帰ってきたのは、主義とはまた別の理由だった。『茶の七番』は気怠そうに、まるで当然の事に応えるように。

・単純な事だ―――

 『茶の七番』は当然の事のように吐露した。

・オスの分際でメスを差し置いて戦場をウロチョロしやがるのが気に入らねえ。それだけだ———



 それを耳にし、オーギュストとの会話の時と同じ感慨を抱いた。
 ……ここも、か。

 ゲボックの生物兵器まで世界的思想の拡大に影響を受けている事に少々驚きながら、ティムは整備を続けていた。

 そして、不可解過ぎる事に、内心しこりを感じずにはいられない。

 生物兵器。
 一般的にIS等とは殆ど敵対の形でしか接していないお前等が。
 なんで―――
 


 ISの影響で急速に広まっている女尊男卑の影響を受けてるんだ?

 そしてティムは知らない。

 オーギュストと、『茶の七番』が受けた任務の内容を、まだ———









「この股!」
 ヒップを強調!
「この背!」
 人生を語る背中を後を追う有象無象に見せつけ!
「そしてこの棚(?)!」
 『激動! 超天才の科学的青春記!!』と書かれた書物で埋め尽くされた『棚』を量子展開する。

 それらを立て続けにアピールし!

「にゃははははははは! そうさそうだよ! 『ま・た・せ・た・な!』 大大どぅあい天才にして超絶美形アイドル! 束さんだよはろはろ〜!!」

 背景がピンク色に大爆発した。
 ここに来て、彼女こと篠ノ之束はテンションが高すぎてハイアッパー状態だった。
 元々、素の彼女は躁っ気の激しい常時興奮状態(興味の無い相手に声をかけられると途端にダウナーになるが。認識的にちょっとオエって)なのだが……が!
 今回は更にテンションが天井を突き抜け、更に減速せずに上昇して更にその上の天井をぶち抜いて更にその上の天井をぶち抜いてぶち抜いてぶち抜いてぶち抜いたあげくの果てにゃ屋上の床をぶち抜いて夜空で花火を咲かせてしまったぜハニー! なぐらいのテンションである。なんか、幸運の星の様なコメントであった。
 言ってるこっちも妙なテンションになる様な、そんなテンションだった。何かの予兆のようで怖い。ほら、津波って起きる前に物凄く地平線まで海外線が引いて行くだろう。
 うん、それを見た時の第六感に近いかもしれない。

「それは平気ですョ、今来たばかりでスからね!」
 束の超高いテンションを迎えうつは、こっちもテンション高いのはゲボックであるが。

 ちょっと待て。テンション高すぎるがこの受け答えはまさかかのテンプレ―――

「いえ―――ヤーホゥー! じゃあどこ行く!? そこ行く!? あっち行く!? あぁん! もう!! どこでも行くぜ束さんは! ホテルでも市役所でも教会でも神社でも……あ、実家だ。んーまー良いやあッ!! 当然墓場までもだねッ!」 

 願望と言うか欲望が透けて見える叫びだが。
 そうだ。
 そうなのだ。



 デートなのだ!!(効果音はズドゥオンッ!! で。あ、集中線もお願いします)



 今まで良くつるんで大騒ぎしていた二人だが、これまで束の印象でデートと言うものは一度も無かった。
 何故なら、お互いの動向を知ろうと思えばいつでも超技術で確認し合えるこの二人は、片方が面白そうな事をやるといつの間にか自然に察知して呼んでも居ないのに飛んで来て暴れ出すのである。
 まるで二重連星アルビレオの様に互いの引力で引き合っている二人であるが。
 それでは、デートとは言わない。集合して遊びに行っているだけである。
 この微妙な差異が束には重要なのである。

 箒も、普段はただの幼馴染み、しかしその実秘密の恋人、二人きりの時デレッデレだぜ! なんてモノに憧れるように、姉も姉でシチュエーションにはおおいな拘りがあるのだ。

 そして。

 今回。
 
 何と。

 ゲボックから一報が入ったのだ。
「どっカに遊びに行きマせんか?」

 さて。
 この衝撃を束的に言い表すなら。
「ついにプロポーズか……!」
 全然違う。
 
 だが、束にしてみればこれぐらいの衝撃である。
 ゲボックがわざわざ何かするのに一声掛けたのである。
 これぞまさしく相当重大なイベントが起きるのではないか。

 千冬でさえ思っただろう。

 それぐらいにゲボックは放浪癖と自由極まりない無計画性の塊だ。
 全身に束と千冬とグレイが取り付けた発信器、実に5万4千個もの全て異なる方式で探知させるシステムがあるも、この男、意識もせずに無力化してフラフラどっか行きおるのだ。
 こいつの足の向ける先、ただ常に好奇心のみが示すのだから始末に負えない。

 それ故に、世界大戦の引き金となった十年計画の重要性をより理解してもらえるだろう。

 そして、それぞれ異なる意味で彼女達の心労が募ると言うものである。
 特に千冬とか。その胃とか。



「そうデすねェ。カリストとカで採掘ツアーしてみたりとか面白そうじゃ無いでスか?」
「まさかの採掘クエストだよ!? 束さんがっかりだよ! ぶっちゃけ実家神社でもお守りとか興味ないよ!」
 だが、ゲボックは変わらずゲボックである。

 そう。
 ココは、太陽系内でも木星間近の外縁部。

 世界広しと言えど、デートの待ち合わせに『ハチ公前ね』のノリで『木星前でお願いしマすね』なんてやるのはコイツ等ぐらいなもんである。
 背景に馬鹿でかい木星が輪っかを薄く見せてその威容を示していたりして迫力がヤバい。
 あ、木星も輪があるのである。とても薄く細く見えずらいが。

 まあ、地球だとどこに居ても人の目があるという事もあるが。
 それにココなら絶対盗聴の心配など有り得る訳も無い。

 合理的だが度が過ぎ過ぎである。
 まったく、どこでデートしてんだよアンタ等。




 ゲボックの提案を聞き、流石の束でさえもテンションがやや落ちた。
 考えてみて欲しい。
 デート先に理系の男が科学館とか博物館に彼女を連れて行く様を。
 きっと泣かれる。むしろそれで振られる。
 絶対彼女ほっぽり出しである。目に見えている。
 そうでなくても何せゲボックだ。

 だから、ジト目で束は責める目で見るのである。
「ねー。それともさあ、遺跡でも見つけたの? まさか表層に有り得ない程莫大なメタトロン反応でも感知したのー?」
 途端に溢れた不機嫌がぶーと流出する。隠しもせず出て来るのは気の知れた仲故か。
 いや、束だからか。

「いえいえ、ちょっト合ってますケど」
「合ってるんだ!」
 ちょっと驚いた。でもどれだろう。

 だが、これからはゲボックとしても特別だったであろう。

「これはフユちゃんにもまだ言って無いんですガ―――」
「え?」
「チョッと、見て欲しいものがあルのですョ」



―――それからそれから―――



 降り立ったのはカリストではなかった。
 同じく木星の衛星。
 しかし、66ある木星の衛星の中で、月と呼ばれる程の規模を有する天体はカリストを含めて四つ。

 その中では最も小さな天体。
 エウロパである。

 全衛星の中で、内側から6番目の位置を周回しており、表面は堅く熱い氷に覆われているが、他の各衛星の引力による複雑な潮汐力により、惑星自体が歪められ、それが熱エネルギーとなって内部の氷はむしろシャーベット状、ないし液体の海になっているのである。

 それだけなら、他の木星の衛星にも似た性質の衛星はあるし、取り立てて注目される事ではなかったが……。

 他ならぬ地球において、この海と極めて酷似した環境を有する空間にて、限定的な生態系が築かれている事が発覚された事により、一躍注目を集める事となる。



 その場所とは、ガラパゴス諸島沖の深海、平均2000m以下の深海に於ける熱水噴出孔である。
 その場にあったものは、シーラカンスの発見に並ぶとまで言われた二十世紀の海洋学最大級の発見だった。

 それは、化学合成生物群集と呼ばれるものである。
 熱水噴出孔とは、その名の通り、海底より熱水を噴出する穴が開いている所の名称である。
 高山に登れば、水の沸点が下がるのと逆で、高い水圧を誇る深海では、相当の高い温度でないと沸騰しない。つまり、気泡に変じないのであるが、深海6000m以下となると、480℃まで到達し、すなわちそこは深海でありながら灼熱の空間と言う事になる。

 日の光など一切差さず、高熱により金属物質や海水が反応し黒鈍く輝く硫化鉱物が形成されている地獄同然の海底で何と、生命が発見されたのである。

 さらに驚愕的事実は次々と発覚する。チューブワーム、シロウリガイなどと言ったまず見た目から我々の想像を飛び越す様な深海生命体達の食物連鎖の基盤は、何と植物ではなかったのだ。

 それはすなわち、それらの生物にとって、太陽が生命の恵みではない事を意味する。
 我々は、太陽から栄養素を精製した植物を基盤とした生態系を構築している。
 だが、彼らはなんと、海底火山から噴出している硫化物質の酸化反応からエネルギーを獲得し、活動するバクテリアを根幹とした存在だったのである。

 当然、酸素の酸化反応からエネルギーを獲得する事に成功した嘗てのミトコンドリア、その祖たる原始生命から比べれば、獲得できるエネルギー効率は甚だ低く、非・効率的だ。

 だが、かつて、ミトコンドリアの祖がほぼ全ての生命の基盤として席巻する要員となった切欠、葉緑素の祖となった原始生命が酸素と言う凶悪極まりない酸化しやすい劇物を精製するまでの数億年間は、それらの方が、一般的な生物だったのだから。

 酸素を糧とする生命に、酸素と言う劇物を以て海底の奥底まで追いやられた彼らは、原初の地球の環境に良く似た熱水噴出孔の元で、古代の営みを続けていたのである。
 全く空気をぶち破って申し訳ないが、怪獣デストロイアも、この類いの生命体だったりする。



 だが、またしてもガラパゴス。
 一体、生命の仕組みを突出した形で理解しやすくしているこの環境は一体、何なのだろうか。
 なにか、意図の様なものを感じずにはいられないものである。



 話を本題に戻そう。
 本来は、それがスタンダードであったのだろうが、それを上塗りした我ら酸素を基盤とした活動生命体にはそれらは全くの未知の世界である。

 だが、宇宙的に見ればこちらがありふれたものなのだ。
 高い二酸化炭素と高濃度の硫化物質の混沌。
 原初の地球に満ちていたこれらは、当然、水の惑星、『地球』などよりもよほど発生しやすい。

 そして、調べられた環境上、最も近似値を示していた環境が、他ならぬこのエウロパなのである。
 未だ、その距離からきちんとした調査など行われていない。

 だが、充分生命が存在しうる環境ではあるのだ。
 それだけが判明しただけでも絶大なる一歩であった。



 ゲボックと束は、その海を行く。
 今時無いだろうと言わんばかりのまん丸ヘルメットの潜水服を着込んでいるゲボックと、ISでシールドをはりつつ海中を行く束は、見上げれば見える分厚い氷山の下で、二人だけが光源となって進む。

 ぬぬぬ、これってまさかお化け屋敷みたいな効果を望めるかも?
 なんて期待している当たり、多分それでは怯える訳も無い束だが、こんな闇の中でもときめいていたりする。

 愛しのマッドサイエンティストは時代錯誤な潜水服(他天体仕様。見た目だけ古い)だったりするが。
 だがしかし、あのゲボックが、千冬にさえ秘密にしている事を自分に話してくれると言う事が束に何やら―――優越感と言うものに近いものなのかもしれない―――テンションを挙げる要因となっているのだ。こんな闇を進む程に。

「あァ、ここですョ」
 ある地点からゲボックが上昇する。
 束が後をつけて行くと、そこはシールドで囲まれている空間だった。

「前にココに来たとき色々施シまして」
「あー、本当だ。大気の配分地球型。気圧もほぼ1気圧。パーフェクトだね!」
「お褒メに預かり光栄ですョ」

 そこは、氷の天井をくりぬいて作った空洞だった。
 そこには地球とほぼ同じ大気組成がシールドで包まれおり、言ってしまえば簡易的な地球循環環境(バイオスフィア2)である。

「こっちですョ」
 一体何が光源なのか分らないが、周囲の氷自体が光を発している環境の中、ゲボックは進む。この光は光苔や蛍の発光細胞だろうと知性は働くが、束にしてみれば、むしろ感情面でこその懸念事項が重要なのである。とりあえず、心細さからゲボックの白衣を掴んで。

「やーくそーくー!」
 声だけはいつも通りに張り上げて。
 察せられないように。

「何ですカ?」
「お願い聞いたらこっちのお願いも聞いてくれるんだよね!」
 いつだかの約束を引用し。
「勿論デすョ!」
 言質を取って了解を得。

「そ、それで、お、お願いがあるんだけどね……」
 それで、ようやく頼めるのだ。
 束の勢いはしかし失速してしまい、はっきりせずにモジモジと、消え入りそうな声になる。
「手を繋いで、くれる……?」
 望むのはただ、それだけを言うためなのだから微笑ましい。

「甘いですョタバちゃん! 小生は超優秀でスから、なんだってデきますネ! なんだっテ応えましょう! さあ! お手々ヲ……」

 ゲボックは右手を差し出した。
 誰が見ても紛う事無きペンチだった。

「…………ア」
「…………あ」

 思わず押し黙る天才二人である。

 なんだってデきますネ、デきますネ、デきますネ…………。
 気まずい事に洞窟がその部分ピンポイントでエコらせてしまっていた。

「オォウ、小生としタ事が失敗失敗」
 気を取り直してゲボックは左手を振り上げた! そう、右手がペンチで繋げなくても、まだ、左手が———!

「…………」
「………………ア」

 ドリルだった。

 暫く気まずさから一言も発さず見つめ合う天才二人である。
「あはは、束さんが腕を掴むから大丈夫だ———」
「あっ、ソうでした」
 あの束が思わず気を使うと言う、千冬が見れば世界滅亡の前触れかと怯える様な―――あの千冬が怯える様な! ―――恐ろしい現象があわや起きるかと言うその時———
 まるでタイミングを計ったかのようにゲボックの両腕が量子の輝きに包まれる。
「わぁお!」
 束が思わず声を漏らすのも頷ける程、ゲボックの両手は精巧な義手へと換装完了。
 これなら、人と同じ手作業が出来るというわけだ。

「それデはタバちゃん、お手々を」
「な、なんだか、ドキドキだね」
「表面温度ドうします? 人肌から寒冷地仕様マで色々有りますョ!」
「いや。そこは普通に人肌で良いし。ところでゲボ君、そんな恰好いい義手が有るのに何で普段ペンチとドリルなのさ? しかも本人忘れてるぐらいだし」
「わ、忘れテなど無いですョ! ショ、小生の頭脳は超優秀でスし!」
「バレバレだから。それが演技だったら凄いけどゲボ君100%天然だし」
 ダラダラだら。ゲボックは滝が如く脂汗を流す。じんわり義手も湿って来る。人工の汗も分泌できるのか。滑り止めの為だろうが、精神状態に反応するってどれだけ無駄に高性能か。

「そそそソそそ、そソっソ! そそそ、ソんンンな事ォ―――   無いですョ? 無いニ決まってルるルじゃ、なニゃな無いですかァォ! 本当ですョ?」
 声まで裏返っている。笑顔のまま、面白いぐらいに顔色が変わるゲボックである。まるで信号機だった。

「だいタい、ドリルの方が恰好いィですよね! きゅいンきゅいん回るんですョ!」
「はいはーい、そーだねー」
「その通りですョ!」
 ようやく追究が終わったかと、目に見えてホッとしているゲボックをニヤニヤ見る束だが、内心は複雑である。

 ゲボックが精巧な義手を持っているにも関わらず使っていないのは、最近こそ本当に忘れていた事に間違いないが、腕を失った事をあくまでネタにしようとしているからだ。

 かつて、<人/機>わーいマシンの攻撃から千冬を庇った時に出来た両腕の人工化。

 ゲボックが全く気にしていない―――実際気にしていないが―――と端から見ても分る様な、義手で遊んでいると言うポーズをとらないと、あれで結構繊細な千冬が気に病むだろう事を束は『知っているし』、ゲボックも『理解している』だろうからだ。
 それを言うなら、ゲボックはそもそも、肉体全てを取り替えている。
 その時に両腕を普通に戻しても構わなかっただろうが。

 千冬の中では既にゲボックの両腕はドリルとペンチなのだ。
 おいそれと変えては、こちらが気にしなくても千冬が意識してしまう。

 本当、そう言う事を隠すのは得意なんだからなー。

 科学さえしていれば、それ以外がどうなろうとどうでも良い。
 極めて適当な人格で成り立つゲボックの数少ない例外―――それが自分と千冬である。

 今確実にゲボックを独占していると言うのに、確実に。
 きっかりきっちりまっ二つ。平等に。科学者らしく寸分の狂い無く、彼は想いを込めている。

 千冬にかつて告白したが、それが成就しようが、しまいが、恋人だろうが妻だろうが友だろうが、質は変われどそこに注ぐ愛情の総量は全く変わらない。
 それが分るからこそ。
 束は求愛をゴリ押ししない。
 求めれば応えるだろう。
 愛し合えもするだろう。

 だが、それでも一番として独占は出来はしまい。
 ならば、無意味だ。
 何も変わらないのと事実同じだからだ。

 だからこそ。
 ここに呼ばれた事は、相当重要な筈である。
 束としても緊張で僅かに汗を滲ませつつ、エウロパの深奥へ進んで行く。



「着イた着イた、着きましたョ、タバちゃん。ふぅ、結構歩きましタねぇ」
「おー、すっごい迫力だねえ。何かな何かな? この氷の壁は」

 辿り着いたそこは、果てしなく高い氷の壁だった。エウロパの地表まで続いているのではないかと言うクレバスの底であった。
 ふぅ、疲れましたョ、なんて演技でなくやっているゲボックのやや後ろ、奈落の底の様な闇から、束は見上げる。
 事実、ここはある意味奈落の底の様なものであり、観察して行けば人の背程の高さ程で、何かが氷壁の中に閉ざされている。

 ゲボックが見せたかっと言うのはこれだろう。
 束はハイパーセンサーで内部構造をスキャンすると光学映像化。眼球内に実際の映像と合成して投影した。
 琥珀の中の虫を見るようであり、氷壁にパックされ、実際、これはそれ等より遥かに昔から刻を止められているのだろう。



「―――へぇ」
 そしてそれが何なのか。
 束の知性が理解した刹那、彼女は自分の口角がにやりと持ち上がるのを感じた。

「ゲボ君が束さんを呼んだ理由が分ったよ」
 氷壁に閉じ込められているもの。それは何らかの生命体、その木乃伊(ミイラ)だった。

 地球でも冷凍マンモスが発見された事案が有る通り、亡骸の腐敗と言う現象は、微生物が居て初めて成り立つのだ。
 生命体が居るか否か未だ不明なエウロパでは起こるはずも無い。
 そもそも、永久凍土と言っても良いこの氷壁に閉じ込められてしまえば、腐敗を引き起こすバクテリアの活動そのものが停止する。
 幾星霜でも、永劫の果てまでも、氷結された時は保存され、姿を残す。



 時の鎧に守られ、今なお姿を残すもの。
 それは、言ってしまえば七本足の海星であった。
 だが分る。
 これは、何らかの知的生命体であり、何らかの理由でこの地で力尽き、息絶えたのだと。

 何故なら―――
 この海星は、衣装の様なものを纏っているのだ。
 五肢と言えば良いのか。七体と言えば良いのか七肢と言えば良いのかは定かではないが、木目細かく織り込まれた一枚布で丁寧に先端をくるまれている。
 その素材は、製法は―――束を持ってしても何なのか、一切判明が着かない。

 故に、分る。
 この海星は、人類などより、遥かに進んだ文明を有していた、と。

 そもそも、この海星は地球の生命体と同じ炭素系生命体だ。
 素の状態でこの惑星に降り立てるはずも無い。
 そう、この布は我々で言う宇宙服的役割も兼ねて居るのだろう。
 きっと、様々な機能を有しているに違いない。



 そんな事―――遥か前から束は知っている。
 ゲボックに連れられて初めてここにこれがあるのを知った。
 だが、これなら見た事がある。
 同じものなら。



「ゲボ君」
「はイ」
「知ってたんだね」
「ハい」

 自分を呼んだと言う事は、そう言う事なのだ。

「見たんだね」
「そうデすね、小生が『出現した』場所、そレがどこだか、ト言えば分りマすね」
「そうだね―――そうだったね」
「小生だっテ、自分のルーツが気にナらないと言えば嘘になりますカらね。その時たまタま知っただけですョ」
 ゲボックは、違和感を感じている。
 束と千冬に出会う前。
 ゲボックは軍部に隔離され、研究だけをしていた。
 だから、周囲の事は良く知らない。研究が楽しかった。褒められるのがただ嬉しかった。
 だから、まだ外には興味が向かなかったのだ。野原に咲き誇る花々の存在も知らない程に―――自己完結で満足してしまう、楽しい事に満ちあふれていたのだから。

 だけど、それでも―――
 それまで居た所と、ここには所謂、『空気の違い』の様な物が有る事には気付いている。
 あまりに二人と遊んだ日々が楽しすぎて、気にも止めていなかったが。

 最近、する事に余裕が出来たせいなのか―――そう言う事が気になり始めたのだ。
 ようやく―――ゲボックもデカルトが芽生え始めたのである。
 そうして、始めたのが自分が初めて出現した場所―――篠ノ之神社の調査を人知れず行っていたのも、そう言う経緯があったのである。
 そして、ゲボックは発見した―――



「そうだね―――これは、篠ノ之神社に祀られた本当の御神体と同じだね!」
「タバちゃんの家系、篠ノ之家の祖にして名匠、明動陽(あかるぎょう)が伴侶を用いて作り出したと言われる天女の木乃伊の事でスね」
「篠ノ之神社の天女伝説縁の御神体だね。ただの木乃伊だけど。その―――天女の羽衣(・・・・・)、それと同じものでしょう?」

「まあ、天女が天女っていうかコレどこの海星だよラッキースター☆? になってるけどね」
「タバちゃんちのは、コれと違って確かに女性、とイうか人間でしたョ? 骨盤ノ開き方とかそうでシたし」
「ゲーボーくーん、女の人の体じろじろ見ちゃ駄目だってばぁ、仏さんでもさー。あ、神社関係だから仏じゃないのかな? 干物? ま、どーでも良ーか、そんな事。いやいや、他所の女なんてじろじろ見ちゃ駄目なんだよ、木乃伊でもさ! でさでさ! その干物だけど、束さんが調べてもただの人間の木乃伊だったよ。そう、当たり前にして普通にしてスタンダードだった女性だったね!」
「と言う事は、羽衣ノ方が凄いんでしョうか」
「まあ、それなりだと思うよ? あ。そうだ―――」



 束は、口にする事にした。
 ゲボックが示したこれは自分の立て続けていた推測、それの実証に近い。
 その事自体は束自身にとっては屈辱極まりない事実である。

 だが、それで―――
「ねぇ、ゲボ君、一つ相談したい事があるんだ―――」
 束も伝える事を決断した。

 場所も都合がいい。
 木星の月、エウロパ。
 傍聴防止にはこの上なく都合がいい。
 地上回路さえ無い。
 ゲボックだけに伝えられる。生物兵器にも伝える気など無いのだから。
 私だけに教えてくれたのだから、私も貴方だけに教える事がある。

 そして。

「何でスか! 小生にデきる事でしたら! 何だって力になりマすョ!」
 彼はどんな時にだって力になってくれるのだから。

 第二回、モンド・グロッソが始まる前日の事だった。
 なお、このデート、実はティムがパーティで言っていた提案を実行しただけだと知った時、束が相当荒れた事は言うまでもない。









 攻性因子・付与(エンチャント・ローディング)
 ISの攻撃は、その全てに攻性因子が塗布されている。

 ISの有する次元障壁、通称絶対防御さえ浸蝕する攻撃属性は防性因子を有さぬ物体へ攻撃を与えた際、圧倒的攻撃力を発揮する。
 IS用ハンドガンがタンクを粉砕する事が数多有るのはそのせいである。

 これを防げるのは意思ある者の防御しようとする意識。
 所謂、生命体の生存本能がこれに対して唯一対抗することができる。

 これが、ISを最強無敵の兵装と至らしめる理由である。
 なぜなら、鋼の武装にまで、生命のみが持つ攻性を鋼の圧倒的物理兵器にまで及ばせるからだ。
 文字通り、重火器に至るまで人体の延長上とする。
 それがISの兵器としての神髄である。

 故に、物理的な強固さなど、攻性因子によって紙同然にズタボロにされ。
 攻性因子に対抗できる防性因子を有する生命体であっても、音速を超える鋼にぶつかってしまえば肉体などズタボロに引き千切られてしまう。



 故に、ISに対抗できるのはIS、もしくは強固極まりない生命体。ただ、それのみである。

 生物兵器―――それも生半可なモノではISに到底及ばぬため、それをなし得るのは驚異的な生命体。
 ゲボック製生物兵器。所謂、G(ゲボック)・ウェポンと称される者達だけである。

 故に。

 彼らとて自負がある。
 自分等を駆逐できるのはISのみである。
 そして、ISでさえも容易に自分達を退け得る安牌では無いと。

 それは、普段からのほほんと生きている彼らにさえ密かにある自負であり、それ以外の兵器などものの数ではない。軍隊相手だってブチかましてやらあ! まぁ、ただ、千冬だけは簡便な。
 と、冗談混じりに言う奴らなのだ。



 『灰の三番』―――家事手伝い用生物兵器。
 彼女が今、常に一夏の傍に居るのは、一夏の身の安全を何者からも守り切り、千冬が安心してモンド・グロッソで剣を振るう一助となるべく、警護する為である。

 だが、彼女は周囲に対空するナノマシンを集結させてあらゆる武器を即製できるが、あくまで彼女自身のスペックは一般女性と変わらない。
 最弱のG・ウェポンである。唯一の家事手伝い用と言う名目は名前だけではない。
 故に、彼女はただ一体で一夏の護衛をしている訳ではない。
 宇宙からは彼女の分身の一体である『灰の二十九番』が。

 そして、例えISが来ようとも、彼女が一夏を連れて逃げ切れるよう、もう一体の生物兵器とツーマンセルで、常に行動しているのである。

 現在、セットになっているのは『茶の三番』こと、アンヌである。

 そのアンヌは―――



 G・ウェポンの矜持を粉々に打ち砕かれんばかりに一方的な攻撃に晒されていた。
・む……

 敵は空中から重力を感じさせない機動を繰り返し、様々―――本当に多種多様な武装を次々と繰り出し、アンヌを翻弄する。
 今のアンヌは陸戦仕様である。
 攻撃の豪雨と言って良い弾幕の嵐に、アンヌはエネルギーシールドを展開し、凌ぐしか無い。
 しかし、エネルギーシールドは燃費が悪いのだ。そんなに多用できない上に―――
 
・多重展開した障壁をあっさり一枚一枚千切ってくれちゃって!

 一挙にシールドが砕かれる事は無いが、それでも持ちこたえる事なく消えて行くシールドにエネルギーコストからみて苦笑せざるを得ないのが現実だった。

 一般的に、航空戦力から見て陸戦兵器は的でしかない、という意見がある。
 確かにそうだ。軍用ヘリ一機あるだけで、地上の歩兵は薙ぎ払われるしか末路は無い。
 しかし、人類の闘争の歴史は、如何なる場合であろうと相手を害する為なら研鑽に余念がない。
 空に浮いていると言う事は、どこから見ても丸見えだと言う事だ。
 しかも、三次元的に存在するので、正確な位置を把握しにくい。
 かつ、空中で回避機動を行われたら、命中させるのは至難の業である。

 だが、逆に言えば。
 相手の位置をレーダーで確実に把握し。
 相手の飛行速度より速く飛ぶ攻撃を用いて。
 的確確実に追尾命中できればあとは撃ち続ければ墜ちるだけである。
 サーモセンサー搭載のロケット砲などはこのコンセプトで作り出されたのだ。

 敵の機動からしてISと同じ重力操作による完全三次元移動兵器と判断。

・だが、これならば余裕で粉砕可能だよ

 アンヌは生物兵器としては古参の方である。
 それはつまり、兵器として旧式である事を意味する。
 だが、最新鋭機と比べて劣る、と言う訳ではない。
 確かにコンセプトは元々古い概念である。
 新しい戦術概念には一歩劣るかもしれない。
 しかし、これまで積み上げて来た戦闘経験は性能の差を覆す事が可能である。
 何より、人間と言う生物兵器より遥かにスペックで劣る千冬に叩きのめされて来た事が少なくない彼らは、スペックだけが全て出ない事を何より知っている。

 そもそも、スペックで劣る事も無い。
 彼らは研究所在住の生物兵器だ。

 最もゲボックの傍に居る者達だ。
 ゲボックによるアップデートの恩恵を誰より受けられる。

 そもそも。
 仕事を組む『灰の三番』が、何より一夏の身の安全の為、戦力たる相棒を―――最高の状態にしない訳が無い。
 ゲボックに注文を極限まで付けに付け、今のアンヌは文句無く、ゲボック製生物兵器として、最高水準のスペックを誇っていい状態なのである。

 例え、襲撃者が。

・だから―――いい気になるなよ! 『茶の七番』!!
・丁度いい所にいやがるじゃねえかアアアアアアアアッ! 吠えやがれ! 地べたに這いずり回れ! 『茶の三番』!!

 襲って来たのが、自分と同じ生物兵器であろうとも、臆する必要は無い程に。
 某国機業の任務とは、織斑一夏の身柄を確保する事。
 ないし、その警護にあたるゲボック製の生物兵器の排除である。

 しかし、因縁キツいチョイスできたと言うかなんと言うか―――『茶の七番』は、兄弟と言っても良い生物兵器の中で、さらに血を分けたと言っても良い同コンセプト、同カラーシリーズ。

 だが。

 彼らはどちらも躊躇しない。
 生物兵器は一旦スイッチが入れば肉親であろうと攻撃に躊躇などするはずも無い
 『茶の七番』はおろか、普段は争い事なんて、嫌だなあ。と、常々吹聴し、人間同士の喧嘩にさえ怯えるアンヌでさえ、その業からは逃れられない。
 それに、相手の方が新型だろうと、今のアンヌは負ける気がしない。

 アンヌの右腕が瞬間換装。
 三本の鉄棒が並行に肘部から腕の代わりに瞬時に伸びる。
 瞬時に超電圧が三本の間に通い、激烈な雷光が迸った。
 だが、その変化にも『茶の七番』は全く動ずる事なく、不適に声を張り上げる。

・はっ! ホーミングレールガンかっ! 確かに私の飛行速度(アシ)よか速えけどよっ! その程度、動体視力で見抜けねえとでも思ってんのかァ! 蝿みてえに叩き落してやるよ、カハハハアッ!

・そうだねえ、これだけじゃねえ

 『茶の七番』の嘲りを聞き流しながら、アンヌは右腕を広げる。
 それ一丁で従来の戦闘機の舞台を蹂躙し尽くせる武装をあえて即座に撃たず。
 アンヌの背から翼のように副腕が12本伸びる。
 それら全て、肘から先が右腕と同様の鉄棒へ瞬時に換装。
 
 その隙に、左腕も三本の鉄棒へと変ずる。

―――だけに終わらず
 胸部から。
 腹から。
 膝から。
 尾の様なものまで構築され、その先端が。

 ありとあらゆる所から三本の鉄棒が突き出され、まるでハリネズミの様な姿に変ずるアンヌ。
・一丁だなんて誰が言ったよ、『茶の七番』



 これら全て、一丁でさえ地獄の猛犬が如くどこまでも追いすがり、食い尽くすまで貪り散らす超電磁兵器。塵殺には充分過ぎる程の殺傷力。



・かは、ハハ、上等だ、やれるもんならやってみやがれ!
 空中という、戦闘に於ける地の利を得ている『茶の七番』はその脅威を見てなお嗤う。
 これだけの自動追尾式超電磁砲が有れば、<Were・Imagine>はおろか、<人/機>(わーいましん)ですら即座に虫食い状態になるのは免れない。それでありながら、『茶の七番』は余裕を崩さない。
 だが、彼女にとってはすでに旧世代の武装、数如きで対処できるものならやってみるが良いと、彼女の自負は揺るがない。

 そんな妹に対し。
 アンヌも、普段は絶対発さぬであろう低い声で告げた。

・誰が、ホーミングレールガンだなんて言った?
・…………は?
 その一言で、『茶の七番』の哄笑がピタリと止まる。

・お前、Dr.舐め過ぎだろ? そんな即席武装、作ったのいつだと思ってんだよ。これはね―――

 アンヌは一斉に砲口を構え、全身に桁違いの電圧を迸らせる。
 もはや、肉眼ではアンヌの姿を視認できない程の光量に、瞬時に『茶の七番』の視界にフィルターが掛かる。

 その視界に移ったのは、追加展開された長い長い、ベルトリンクに目一杯の弾丸。連続装弾機構。

・おい、まさかテメ―――
・やっと気付いた? 『茶の七番』って本当に最新型なのかい? 電動知性(あたま)のクロック、とろいんじゃないの?
・ンだとテメッ……!

 普段は子供相手にすらオドオドしている弱気なアンヌが、砲声と共に吼える。
・受けられると、叩き落せると、そんな自信満々で豪語するならさ! 自動追尾式多段超電磁『機関』砲(ホーミング・ガトリング・レールカノン)各毎分9000発超、倍する事の全21ッ丁ォ! ――――――受けれるものなら、さ

・く、くそ、がぁ、ぁ、ぁ、あ、あ! オスの分際でエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエッ!!!
 雷光が爆裂し、破壊の暴風が上空へ飛翔した。
 その猛火は瞬く間に『茶の七番』をドイツの市街地の一角に叩き落し、底に更に殺到する弾丸の暴風は更に抉り、大地をクレーターへと変じて行く。












「チャオー、ゲボックですョー」
「きゃあああああああああああっ!」
「山田君。いい加減慣れろ」
「む、む、む、無理ですうううううう!」

 なんかデジャブを感じた。いや、実際あったからデジャブではないなあ。
 第二回モンド・グロッソの決勝、試合開始まで残り3時間を切った所である。

 今度も待合室にゲボックが出現した。
 今回は普通にドアが開いて入って来た。
 ここに来るまでの扉やゲート全てに、例えISが攻めて来ても防ぎ切る防護体勢とその隔壁に鍵がかかっていたと言う所を抜かせば、本当に普通だったんだが。

「言っとくが、もう改造は要らんぞ」
「確かに今のフユちゃんなら充分すぎまスよねぇ」
「……そう言えば、今回もゲボックだけか。珍しい」
「……イえ、ちョっとタバちゃんとは難しイ状態でして」
 何だか言いにくそうになっていた。
 ゲボックにしては珍しい……。こう言う時は自分か、束関係なのだから……。

「喧嘩でもしたのか? 珍しいな」
 今度はコイツ等が喧嘩して世界が滅亡危機とかやめてくれ。本気で、心の底から切実に。


 
 しかし、冷静になって聞けば、どうやら喧嘩ではないが、束が拗ねてしまったようで。
 二人だけだと何と微笑ましいのだろう。
 何故か姉の気分になる。
 他へ意識を向けると洒落にならないのだこいつらは。いつもこうあってくれ、かなり心の底から願う。



「木星で一緒に遊んでたんですけど、最後にティム君のお陰だと言ったら物凄く怒っちゃいましテ……女の子の気持ちの変化は小生にはまだまだ理解できませんョ」
 思い出してしょぼんとしているゲボックである。
「今さらっととんでもない場所言った気がするんだが……まあ、それは置いておこう。どうしたんだ?」
 試合一時間前。
 ほぼ確実に勝てるだろう事は確信しているが、やはり緊張はするものだ。
 ほぼ勝てるからこそ、プレッシャーもひとしおだと言う事もあるし、今までの試合からちゃんと対策を練っても居るだろうし。

 しかし、まあ、聞いてみればゲボックが悪い。
 束にしてみれば、デートに呼ばれたと思って大はしゃぎしていたら提案はティムに言われたから、と告白されれば、浮かれた気分に水を差されたようなものだろう。
 まあ、確かにゲボックは束を喜ばせようとやった事に違いは無いだろうが……。
 誰が思い付いたか、それだけでも随分と印象は変わるものなのだ。
 女心とは複雑なのだ。
 千冬がそう思うと、同時刻、何故か理不尽に束がムカつきを憶えたらしい。

 取りあえず次からの対処を教えておこう。
「そう言うのは黙って自分の手柄にしとけよ……」
「手柄?」
「……ああ、うん。お前にはそう言う駆け引き自体がお前の辞書に載ってなかったな」

 よくも悪くもゲボックの特徴だ。

「束は来るのか?」
「小生が居なくなってから来るト思います。なので、タバちゃんもフユちゃんに会いタがっていたのデ、暫くしたら帰りますね」
「なんか複雑な喧嘩してるな。ちゃんと仲直りしろよ?」
「勿論ですョ」
「なら良い。この問題はこれで終わりだ―――してだ」

 で。

「山田君は何で部屋の隅で縮こまっているんだ?」
「いや、何か怖いんですよその人!」
「いや、一応人間だぞ、一応。あと一応、私の幼馴染みなんだが……」
 そんな事言っても、真耶には通じる訳も無く。むしろ。
 『一応』に『念』押しし過ぎじゃないですか! 必死にそんな言葉を飲み込んでいるのだった。
「小生がでスか? 小生はむしろ女の子が怖いですケど」

 ふらふら千鳥足でヨタつきながら、ゲボックは部屋の隅で構えている真耶に近寄って行く。
「ちょちょちょ、何でそう言いながらよりによって私に近寄って来るんですかー! いやあああああああっ!」
「そりゃゲボックだって生き物だからな。勝てそうな方に行くのは当然だろう」
「含める範囲『生き物』って、そのぐらい広くしないと駄目な人なんて怖すぎますよ!」

「…………貴女も。ドリルなンて如何デすか?」
「唐突に前振りも何も無くどぉしてドリルを勧めてくるんですかああああああ!? 何か前もドリルで迫ってきませんでした!?」
「この、グルグル回る所とか素敵ダと思うんですョ。あと掘れる所とカ」
「どんどん迫って来ないで下さい! 先輩! 先輩! 助け―――なんかすっごいまったりしてる!?」
「いや、被害が来ないって……素晴らしいな。今回、どれだけ酷くなっても山田君がドリルになるだけだろうし」
「それがくつろげる根拠ですか!? 先輩は私がドリルになって『これが天突くドリルISだぜ!』なんてドリルが主体なのかISが主体なのか分らない惨劇状態で叫んでも構わないって、そう言うんですかああああああ! はっ、ノッてませんか私、感化されてるんですか汚染されてるのですか!? 嫌ああああっ! ドリルなんて嫌ああああああああああっ! 待って先輩コーヒー淹れに行かないで下さぁい、私が是非とも淹れてあげますからあああああっ! え? インスタントで良いからお構いなく―――てそう言う事じゃなくて、ブレイクしてないで助けてええええええ!」

「大丈夫だ、山田君」
「先輩っ!」
「まあ、そんな山田君もまた一興と信じている私を信じろ」
「信用できる要素が一単語も無いですっ!」
「そウですか! ならば! フユちゃんの期待に応えなければ小生では有りません! 今なら特別サービスで両腕だけでハなく! 頭にもドリルを追加! さらには地デジも受信できるようアンテナも追加して差し上げマすョ!」
 あ、千冬がゲボックにニトロブチ込んだ。
「知らないうちに話が進んでるううう! もう、いぃぃぃぃぃぃやああああああああああああっ!」



「はあ―――落ち着く」
 最早、真耶の悲鳴など騒音にもならない程耐性の付いた千冬だった。
 試合前の緊張を解す意味がメイン―――メインだった、はずだよな……。

「さて、どのドリルが良いですかァ」
「近い近い近い! 顔が近いです! あとカタログ持ち出さないで下さいどっから出て来たんですかそんな恐ろしい事この上ないの!」
「ふむ。小生にお任せとかそう言うのですね? それで―――エ?」
 ゲボックが固まった。
「え? あれ?」

 涙が潤みかけていた真耶はまるで一時停止を掛けられた様なゲボックを訝しく思いながらも観察する。
 そっと追いつめられて居た壁際から離れ、どうしたのか調べようとした真耶は。

「イやまあzせxdf地上回43rtjノ大量の量子雑デctfぐぁを流!W#$E%&vbknDos攻撃デrうぇrtcgvqざwゆョ!!」
「きゃああああああああっ!!!」
 ゲボックがバグッた。真耶は目の前でバグられて超ビビった。

 全身がガクガクと痙攣し、口からは合成音声とも記号の羅列とも名状しがたい言語とも言えない音声が放たれる。

 はっきり言おう、正直滅茶苦茶怖い。

「もう嫌あああああああ……おがーざんだずげでえええええええええええええッ!!」
 こんなものを超至近距離で目の当たりにすれば、ドリルにされかけたあとなのだ。真耶の理性、その最後の一線が振り切れるのも当然なのではないだろうか。

「おい、ゲボックちょっとやり過ぎだぞ……おい!」
 いつも何故かゲボックは真耶にだけは押しが強い、主に何故かドリルネタで。
 だが、さすがにこれはやり過ぎだと、注意しに来て。

「ゲボック?」
 状態が治らない、バイブレーターでも搭載しているかのようにガクガク振動している。
 口からも単語の羅列としか言えないものが延々と流れ出し―――
 咄嗟に肩をつかんで揺さぶろうとした、そんなとき、ゲボックは。

「ガガガガガガガガガガg、Pi! ―――サ、さ、再起動ですョ!」
 あ、戻った。
「本当に気持ち悪い!」
「手厳しィ!」
 あ、ぎりぎりで復活したのに。

「―――じゃ無くてですね。いやビックリしマした」
「それは私達の台詞なんだがな、まさに」
「イエイエ、申し訳ないデすね。でも気持ち悪いはチョッと酷く無いですかァ」
「すまん。紛う事なき本音だった」
「申し訳なさそうに言わレると一層応えるんですね、コれは……」
「あ……本当にすまん」
 本気で落ち込んでそうだったので思わず謝ってしまった千冬である。

「で、どうしたんだ」
「いえ、攻撃を受けまシた」
「……は?」
 ゲボックを、攻撃?

「地上回路を利用した連絡網を展開していたんデすがね、一時的に局所の情報量を事象演算級に大量化スる事で受信演算器をパンクさせタんですョ。咄嗟に全部処理して片付ケてみましタが、地上回路は暫く使えませンねぇ、これハ」
「つまりDos攻撃の大規模版な訳か。なあ……その、量子回線パンクさせる様な情報量処理しきるお前の頭って一体なんなんだ……?」
 ちょっと普段の仕草から忘れかけるが、普通に脳みそが人外級なんである。
 そういえば、補助脳も何か別の場所にあるとか言ってなかったか。
 改めて戦慄している千冬に対して向き合い、ゲボックは、いつになく真剣な表情になった。

「『灰の三番』と連絡が取れません」
「……なに?」

「情報を取得しようにも、地上回路を潰されましたので―――ふむム。フユちゃん、暮桜で『灰の二十九番』と連絡取れませンか? 小生も、『灰の三番』とチームを組んでいる『茶の三番』に―――」
「分った―――アンヌも来てたとは知らなかったがな」
「あァ、これハ小生の意図ではなく、『灰の三番』が、自分だケでは心許ないと要請して来たんですョ。『茶の三番』も思いっきり強化するヨう直々に頼まれまシたし―――どゥですか?」
「駄目だ―――ここ一帯の通信そのものが妨害されている節がある。しかし、そうか、グレイが……」
 千冬の脳裏に山口(千冬は名前憶えてない)の進言がリフレインする。



―――あ、そうだ言っとく。きな臭い動きが団結してる臭い。単独じゃどこもお前等を出し抜けない。敵の敵は味方って感じにな。身内に関して特に気を配っとけ。身内が敵に回る可能性も無きにしも有らず、になってるからな―――



「ゥワォ、驚愕驚愕。実に強力なジャミングですネ」
「駄目なのか……?」
 そう聞くのだ。当然、千冬の連絡も、どこにも繋がらない。
 
「こレは『Marverous!』と称賛してよろしイんですかね? こちらの手の内を知り尽くしているとしか言えませんョ? まるで何をするか分っているように悉く妨害して来てまスのデ―――」
 流石に、ここで嬉しそうにするゲボックには先程の罪悪感など吹き飛んだ。

「だから何だ! Marverous!? 巫山戯るな! 遊んでないではっきり言え!」
 断言したくないのだ。
 可能性だ。あくまで可能性だ。
 だが、言ってしまえば確定してしまう様な、そんな気がしてならない。
 非科学的だ。言おうが言うまいが、起きた事は変わらないし、変える事も出来ない。
 何故こんなとき束が居ないのだ。
 ゲボックが居なくても束が居れば別アプローチが出来るではないか。

 いやいやいや、ただ、人のせいにしていては進展は見込めない。
 だけど止められない。
 焦燥が募る。不安感が心を浸蝕して行く。

 どこかに慢心はあった。コレは確実だ。
 ゲボックの作ったものならば、それが真剣にやっているのだから―――大丈夫だろうと決めつけていた。出し抜かれる事を全く考慮に入れていなかった。
 何が、心配だから手近な所に置く、だ。
 私は何もしていないではないか。

 だが、そんな千冬に冷徹に、ゲボックは事実だけを突きつける。
 末期癌患者に冷徹に告知する専属医の如くに。
「いっくんに何カあっタかもしれませン」
















 そして、彼女の意識がそれたのは、何たる皮肉か、アンヌが雨霰と射出したレールカノンの爆音であった。

「な、なんだ!?」
 一夏が慌てる。
 場所がまずい。
 グレイは状況の劣悪さに悔恨した。

 ここは狭い民家と民家の間の通路。
 4階建て程の高さなのだろう。向かい合う建物の間に掛けられたロープに釣り下がっている洗濯物が生活臭さを演出している。
 つまり、こんな狭い路地。得物を追い込むには都合がいい。

 そして、彼女の意識は常に一夏に向いており。それ故に―――
 レールガンの発動に気付いた意識は、一夏のみに向いていて、彼女自身の保身をほぼ残さず奪っていた。



「ぎゃっは―――ッ!!」
 建物の屋上から墜落以上の加速で振って来る人影に気付く事無く。

 故にそれの奇襲を許してしまった。
 グレイには、戦闘思考と言うのが殆ど無い為に。

 墜ちて来るのは金色に輝く銀色であった。
 人の形でありながら異形であった。
 右手中指から鉤爪がディノニクス張りに形成されその異形は一挙にその右腕を、落下の加速に合わせて光線の如く降下、直進し―――

「―――え」
 一夏が気付いた時にはそれは既に終わったあとの光景だった。

 見えるのは、家族と言っていい女性の背中であった。
 だが。それだけではなく。

 肩口から食い込んだ牛刀かと見紛う鉤爪が、そのまま、腹まで引き裂いて行くその瞬間だったのだから。
 
 バリバリと堅いものが割れて行く無機的な音が一夏の耳朶を撃つ。
 ガラス質のグレイの肉体が割られて行く音だった。

 グレイの名を呼ぶ事も。
 その場からどかすべく突き飛ばす事も。
 一夏が振って来る誰かに対処する事も。

 全部終わってしまっているから成す事は出来ない。



「ガ……ガ、ギギッ」
 一夏は初めて、グレイの口から音が漏れるのを聞く。
 それは苦鳴と言うよりも、むしろ異音。
 噛合いがずれた歯車がなおも動こうとするかのような不協和音だった。

 されど。
 最弱なれども、彼女とて生物兵器。半身をもがれかける程度で倒れたりはしなかった。

自在機動陣形(レギオン)!!』
 彼女の内心の叫びに従い、長槍が四方八方から支離滅裂に、一夏とグレイだけには当たらないように精製され、突き出される。
「ひゃはあああっ! っぶねえええええええっ!」
 襲撃者は、埋め尽くすように伸び上がる槍を躱し、爪で払い、皮一枚だけ切らせるようにギリギリで回避し、後退して行く。

 グレイは追撃を掛ける。
『いませり―――深淵の王!』
 続いて地面や両サイドの建物から、錐が生み出され襲撃者を串刺しにすべく伸び上がって行く。

「何が最弱の生物兵器だ! 物騒極まりねえだろうが!」
 襲撃者は言葉とは裏腹に、楽しそうに嗤いながら突き出される槍と地面から生える錐を躱して行く。化け物じみた身体能力と回避性能だった。
 だが、初めの槍も終わった訳ではない。
 際限なく、絨毯爆撃が如き刺突は環境を埋め尽くして行く。

 グレイはアンヌに連絡を試みて、出来ない事を察すると即座にスイッチを切り替えた。
 弱い、などとは言っていられない。
 我が子(守るべき者)はここに居る。
 子の敵に、容赦や慈悲などここでは不要。

 一歩踏み出して、バランスの悪さに転びかけた。
 何とか、股まで割かれるのは阻止できたが、肩口から腹まで割かれたせいで、右腕の重みでちぎれかけた右半分が体軸を引っ張るのだ。
 しかし、彼女は止まらない。必死に押しとどまる。

密集陣形(ファランクス)!!』
 グレイの前に、宇宙イカ相手にも用いた盾が精製される。
 その盾は、更に突き出すように槍を伸ばして行く。
 その後ろでグレイは突撃体勢をとって。
突撃(マーチ)!』
 一気に敵を押し潰すべく―――

「グレイさん!」
 だが、グレイは戦闘型ではない。
 戦闘を仕掛けるべきではなかったのだ。
 逸らし、凌ぎ、耐え、どこまでも一夏を守りつつ逃げなければいけなかったのだ。
 生物兵器(なかま)が、支援に来るまで。
 グレイは、生物兵器として、戦闘のノウハウを学んでいなかった。
 そしてそれが判断を誤らせてしまっていた。

「ははっ! 予想外だがそれはむしろ良いねえっ!」
 襲撃者は、避けきれず体を貫いた槍や錐を破壊し引き抜き、さらに迫り来て埋め尽くして行く凶器を目の当たりにして尚、むしろそれで歓喜を滲ませる。

「来い―――刺し貫くモノ(スティンガー)アアアアアアアアアアアアッ!」

 襲撃者の叫びと供に、グレイが指揮する、攻勢の密集軍勢は一撃で薙ぎ払われた。
 グレイも当然、それに含まれる。
「グレイさん!」
 一夏は憤然収まらず、襲撃者に叫ぶ。グレイに掛けようと―――
『一夏、待ちなさい!』
 いつになく、強い声で止められる。
 これより始まるは、化け物同士の食らい合いだ。
 共食いの晩餐にもし一夏が巻き込まれたら、素敵に路面と肉の合い挽きが出来る事は請け合いだろう。

「くそ、何なんだよお前は!」
「あー? あたしー? 知らねえよ。そんなの勝手にそっちで決めろ馬鹿」
 襲撃者は女だった。
 だが、その見た目は異常だった。



 同性がみても溜め息をつかざるを得ない程均整の取れた、豊かな肢体の女性である。
 顔立ちは整っており、非常に美しい容貌であると言える。
 彼女がグレイは兎も角、一夏と同年齢であると言う事がまず異常だった。

 しかし、各所の異形が恐ろしい。
 まず、グレイを引き裂いた右手中指の鉤爪。
 最早、その指が剣に鳴ったと言っても良い変化であった。
 そして、全身を彩る各所の金色、巡るエネルギーライン。
 ナノマシンが全身の情報を巡らせ、収集、各所に指令を伝達しているのだ。

 そして、その両目もまた金色で染まり、輝いている。
 なにより、目を引くのは踝まである伸びに伸びた銀髪であった。
 その銀髪は、波打つように金色に輝いていた。
 金色に輝く銀色―――そうとしか形容できない輝きである。

 何より、グレイによって負傷した部分が金色に輝き、赤黒い煙を上げて血を沸かせ、塞がって行くのだ。

 全て、併用による障害さえも考慮に入れぬナノマシン過剰投与が彼女にもたらした変容であった。

 止めのように。
 彼女はISを装備していた。
 蠍をイメージしているのだろう。
 トンファーのように取り扱うのだろうか。手首から肘に掛けて甲殻類のハサミが取り付けられている。
 そして、鉤詰と似た様な刃が生えた長大な尾。
 オーギュスト。亡国機業の戦闘部隊の幹部である。

「それじゃヤリ合おうじゃねえかぁ! 化け物同士なああああああ!」
 オーギュストのIS、スティンガーの尾で叩き落とされたグレイは民家にその身が食い込んでいる。
 人間なら即死間違いなしの衝撃でも、頑丈さだけは高められているグレイは、気にした風もなく身を引き抜き———

 ビキィッと破砕音を響かせ広がる腹部の亀裂に眉をしかめる。
 最初の一撃が大きかったか。

 されど、彼女は挑むのだ。全く臆する事なく。
 人類最高の兵器、ISに。
 それが、既に判断ミスであると言う事に気付かずに。













 電圧と加熱で劣化した砲身をパージする。
・流石に最新型だけあって、死んではないと思うけどなあ



 『茶の七番』のスペックは知っている。
 他ならぬ、制作時に案を出すのは旧式の同シリーズなのだ。
 出来上がった時のスペックも当然熟知している。
 ゲボック製生物兵器は、並大抵の事では死にはしない。
 だが、手足を砕けば動けなくなるのは人間と変わらない。人間と違ってそれでも飛ぶ個体は居るが。

・でも、PICの空戦装備なんてどこで手に入れたんだろうな? IS以外じゃPICって表向き実用化されてないと思ったんだけどなぁ……そうだ。グレイに連絡とらなきゃ……あれ?

 ここで、アンヌもグレイに連絡がつかない事に気がついた。

・確かさっき、グレイは一夏と―――
 まずい。
 敵に、本当に不穏な事に同じ生物兵器が居たのだ。

 こっちの手は筒抜けだと思っていい。
 それが何をするか、言われずとも察してあまり有る。

・僕を狙うと言う事は、本命は一夏だ! 急がな―――うわああっ!
 隠密性を放棄し、アンヌは高機動装備を展開―――しようとして装備を破壊された。

・攻撃!? まさか……

 アンヌは振り向いた。
 何万発ものレールガンを叩き込まれたクレーターは粉塵が舞い上がり、様子は伺えない。
 だが。

 まさか。
 攻撃する程の余力が―――

・い、い、い、痛てええええええええええええええええええっ!! くそがっ! くそっくそくそくそがっ! くそ三番がっ! 許さねえええええええ!

・は?

 アンヌが驚愕する。
 重力場が斥力のように展開した。
 粉塵を一挙に撒き散らす。
 
 土砂の尾を引きながら、『茶の七番』は瞬時に宙を舞い、アンヌの進行を妨げる。
 その姿は―――

 アンヌはそれを見て、一瞬息を飲む。
 ダメージを訴えている割には、傷が全く無い。
 だが、驚愕よりも行動だと、すぐさま間もおかずに冷静になる。
 一刻でも早くグレイの、一夏のもとに駆けつけるべく、声を荒げ、普段のアンヌを知っている人から見れば驚愕する程の荒々しい声で怒声を上げた。


・どけ! 何をしてるんだ『茶の七番』!
・御免こうむるなぁ、お兄ちゃんよぉ! これを機にじっくりたっぷり確実に、分らせてやろうじゃないか『茶の三番』! そんで下らねえ家族ごっこしてる研究所の同胞共にもなあ!

 叩き付け合う敵意と悪意。
 だが、敵意の方にはそれよりも驚愕の意の方が大きい。

・想定してなかった……まさか同形機が……よりにもよってそんな形で襲って来るなんて……!
 アンヌの悔恨が漏れる。

 アンヌの驚愕は、しかし抑えきれない。
 まさか、生物兵器としての自負を持つ自分達の中で、この発想を抱くとは。
 いや。
 自分も茶シリーズであるから一層良く分かる。
 茶シリーズならばこそ、この発想は正しい帰結である。

 確かに可能だ。そしてそれは最善にして最高だ。
 だが、アンヌはそれを考慮していなかった。
 だから、最新型の生物兵器が襲って来ても対処できると思っていた。

 考慮していなかったのは、アンヌには出来なかったからだ。



 何故なら――― 



・だよなぁ! 私等は只でさえ強いから考えてなかったよなぁ! でもその堅い頭ほぐして考えろよ『茶の三番』、所詮は旧式かァ! 茶シリーズの特徴は何だァ!? 汎用性だろぉッ!? 何だって使えんだろぉ! だったら―――だったらよぉ! ―――『最強』を使うに決まってんだろうがあぁアッ!
 勝ち誇るように、歓喜さえ滲ませて『茶の七番』武装を完全展開し、アンヌの前に立ち塞がる。



 それは、汎用性を誇るアンヌであっても、とある理由で絶対に使用不可な兵器であった。
 それは如何なる場所にも質量をゼロへと消し去り、持ち込め、重力の軛から人を解放したものであった。
 それは、あらゆる物質を量子に変換し、携行する際、積載質量から来る弊害を解決したものであった。

 それは、使用者に合わせて己を最適なあり方へと変化させる適応能力を有するものであった。
 それは、次元そのものを用いた登場者の保護を可能にしたものであった。
 それは、同種の兵器同士で連絡を交わし合い、絶えず進化し続けるものであった。

 それは、彼らの造物主、ゲボックと同等の叡智を誇る、一人の女性が生み出したものである。

 そして、『茶の七番』(おんな)のみが扱え、『茶の三番』(おとこ)には反応を示さない兵器であった。



 それは、インフィニット・ストラトス。



 そう、世界を変えた超兵器。
 彼らを生み出した父、ゲボックが今なお尊敬し続けている天才にして天災。
 篠ノ之束がこの世に産み落とした究極へ掛けられた一手の一端。

・ISを装備した生物兵器だなんて……!
 ここに、異常なる頭脳を持った二人の作品が一つに結実した存在がついに出現したのである。

・あぁ、痛かったぜえ、てめえを驚かせたくて機能だけの部分展開にしてたからなぁ、さっきのレールガンにゃ絶対防御を使わなきゃならんかったからなぁ―――だいぶエネルギー持ってかれたじゃねえかよ。ま、男にしちゃ頑張った方じゃねえか? 流石旧式とは言え同形かねぇ



 絶対防御。
 事実上、IS以外では傷一つ付けられない上位次元よりの位相障壁。
 これを、IS以外で打ち破ろうとしたら、生身でフレームをぶち破る様な攻撃を繰り出さなければ行けない。
 生身剥き出しの部分はISの方も気合いを入れて防御するので、むしろ装甲に覆われていない所の方が防御が強固と言う訳の分からない状態になっていたりする事が多いからだ。
 例えレールカノンの暴雨であろうとも、それをISをもって取り扱っていないのであれば、絶対防御は揺らぐ事は無い。
 彼女の訴える『痛み』は、絶対防御を展開するまでに僅かにシールドを抜けた衝撃のみによる殴打程度の痛みでしかない。



 『茶の七番』のテンションは、天井知らずに跳ね上がって行く。
 
 『茶の七番』の四肢をISが量子の輝きがつつみこんで装甲展開、装着される。
 ハイパーセンサー、非固定浮遊部位、そして、攻性因子が塗布されたゲボック謹製凶悪武装。
 そりゃ、シールドが紙同然な訳だ。攻性因子が攻撃に上乗せされているのだから。
 最悪だ。よくぞ混ぜやがった。

・前からずっとそうだった! 虫酸が走ンだよ気に入らねえ! 家族ごっこでニタニタ生温いテメェや『灰の三番』がなあ! そうさ、特に今時戦場でテメェみたいなオスがメスの上に居るのが気に入らねえ! 頭にノってんじゃねえぞゴラあッ! 同じ茶シリーズだろうが! Dr.のVerUpを頻繁に受けられよぉが! 世界最強の武装―――ISはッッ! 使えねえだろう!? テメェはオスだもんなぁぁぁぁぁぁあああああああああッッ! 

・くっ―――

 そうして、絶望的な第二ラウンドが開始される。















 それは、前日、太陽系の片隅での会話。

「どうでも良いんだけどね。ちょっと言っておきたい事があるんだ」

 束は言いにくそうに告げる。
 ゲボックが全く関わっていない、ISについての話であった。
 ISは、自己進化機能のリミッターをあえて取り外している。
 故に、ISがどのように進歩していくかは束に取っても未知数にした。
 その方が至高。
 更なる興奮も抱けよう。
 白騎士と暮桜の共謀は束にこの上ない興奮をもたらしてくれたのだから。

 だがこれは。
 本当にISが自ずと臨んだ発展なのか?
 束はこう思う。
 誰かがISを誑かしたとしか思えないと。

 しかし、自分は完璧にして十全たる万能の天才、篠ノ之束だ。おいそれとなんらかの介入があったとして、それを露呈するのは屈辱以外のなにものでもない。

 だが、ここでなら、彼になら。

「何デすか?」
 彼は変わらない。
 マイペースなのだ、本当に。
 小憎らしく思いながらも、束は疑惑を告げる。



「現在の女尊男卑傾向―――ISが元凶かもしれない」
 影響では無い。
 それこそが主犯にして主体では無いのかと。


















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 今回も長い……
 250KB越え(9万文字相当)が常識になって来た……これはマズいんでないかい?

 お陰で……
 おかげで……
 
 もう少しで一周年なのに何も準備してねえエエエエエエエエエエエエエえっ!!!!
 すみません……一周年記念日つまり、5月7日には何も有りません。先に言っておきます

 この話に掛かりすぎて、何もしていない……連休でも俺の遅筆じゃ絶対書けん!!
 ……あ、そうだ。


 皆様が書いてくれれば、感想返しは7日にしたいと思います……
 書いてくれるかなぁ(ー ー  )トオイメ



 今回の話を要約すると。
 ウチの一夏は人外にもフラグを立てられるぞォオオオ、ジョ●ョオオォォオオオ!! 
 今回はオリキャラグレイ尽くし。

———でした。グレイさんと良い白雪芥子と良いデレッデレです


 あと、なんか女尊男卑が有り得ない速度で芽吹いてるけどISのせいっぽいぞ? の二本立て。


 まあ、言ってしまうとアレなんですが。
 一夏「グレイさんは儂が育てた」(キリッ)的状態なんですな!
 まあ、途中で立場逆転して母子的な関係になってしまいましたが。
 一夏の望む通り変化して行ったら、一夏にとって『こうあって欲しい』理想の母親像になって行ったと言う。

 千冬の態度で一夏は何と無く『我が家に足りない人』を察していたのです。
 父性的な所ならばともかく、千冬は母性的ポジションの適性が著しく低く、それで無くても一夏を守らねばと思っている現段階でそんなデカ過ぎる負担は背負えるどころではなかったのです。

 なので一夏は『千冬の為に』その足りない人材ポジションを欲していたのです。
 そこにグレイが来た為に、一夏はグレイを悪い意味で言えば、欠けている穴にピッタリはめ込めるよう調教して行った訳なんですな。
 そうしてできたグレイなんですが、見事な迄にはまったので、千冬も内心愚痴愚痴言いながらも母親ポジのグレイに頼り切っている訳です。

 そのうち無意識で自分が母親風に仕立て上げたなんて微塵も自覚していない一夏にとっても、本当に母親的存在としてかけがえ無くなってしまっている訳です。

 普通は母親と言っても、個人の欲求など、エゴを有しているが故に思った通りにはいきません。完全な母親像とはかくも難しい。母親であると供に、一人の人間であり、女性であるからです。

 ですが、元々エゴが一夏に育まれたものであるグレイにはそれが無い。
 模倣でありエミュレーションであるが故の有り得ない筈の、一夏からみた、他の家庭をみて印象づけられた完璧な母親像、一切の不純物の無い、人間の母親より母親らしい。それが彼女のコンセプト。そのものであるグレイさんが一夏にとっても最高の母親役である事に変わりなく。

 おかげで、ウチの一夏はシスコンな上にマザコンです。
 一層年上好きに拍車がかかっていると思って下さい。ヒロイン涙目状態。



追伸
 理想の母親像ってなると———
 男なら、あとは分かるな?

 今回いくつか矛盾撒いておいたぜ。ふふふ、伏線です。
 次は原作編ですが。

 時が満ち、シンデレラの魔法は解け、夢の時間は終焉を告げる。現れたるは死に満ちたる絶対虚空の果てより来たる使者。
 次回結節編2話 抜杭者叫星
 
 鋭意製作中。



[27648] 結節編 第 2話  抜杭者叫星
Name: 九十欠◆82f89e93 ID:a6979411
Date: 2012/07/15 22:05
今回読んで頂く際の注意。
元々魔改造目的のSSですが、ついに今まで伏線を敷いていたとは言え、ついに一夏がICHIKAにクラスチェンジを致しました。

そのようなものが苦手な方は素直にディスプレイを破壊しましょう(待て

しかし、最近理想郷の投稿掲示板がやったらめったら重いのですがどうしたんでしょう?
いざ作品に入ると軽快に動くので回線になにか過負荷が掛かっている訳ではないと思うのですが。

しかし、一夏の都合のいい難聴、勘の鋭さはこうでもしないと私では処理出来ないんですよ…………しかも都合が良くなるんだよね……これ足すだけで(ボソッ

ただの馬鹿かと思いきや、なぜかIS学園の条項をシャルが必要な部分だけ暗唱出来るし。
それなのにPICさえ知らないし。
無意識でIS関する知識だけフィルターでも掛けてるんじゃないかね? 心の奥ではIS嫌いとか?

ちなみにここが原作の一夏との分かれ目だったりする当作。
原作編の一夏は、原作一夏の皮を被ってますが、今までもちょっと地が見えてましたが、これからベリベリ剥がれて行きますのでお楽しみに。






つーか、忙しくて時間掛かるって言った時に限って謎のハイテンション入るんだよな。
今回のこれは。実質2週間で書いたんですね。
それまで書いていたプロットの言い回しがどうしても気に入らなくて、書き直したりしてましたから書き出しは遅かったのですw
そのあと、あとの話とか整合付ける原作編プロットも書き換えたりしてですね……はあ
うん、まぁよくある話さ……………………(非喫煙者)→( ¯ /¯)y~~~~ふぅ











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―――初めは錯覚だと思っていた



『喉が乾いたな。少し、夕食の塩気が強かっただろうか』



―――織斑一夏にとって、時々聞こえるその声は。



「千冬姉、はい、お茶」
「気が利くな一夏。丁度喉が乾いていてな」



―――両耳から入る音の他に、同時に頭の後ろの方で全く違うスピーカーから何かを聞かされているような『違和感』



「やーい、男女がリボンなんかつけてやがるぞー」
「うわー、似合わねえ」

『私だって、可愛いものが……』

「女を大勢で取り囲もうってのが気にいらねぇ……!」
「一夏……!?」
 まぁ、箒の場合理由をストレートに言ったら絶対歯向かって来るしなぁ……。



———それが、普通には無い事だと



『誰も見てくれない。中国人だとか、名前がパンダみたいだとか、『私』を誰も見てくれない! 誰か見てよ! 誰でもいいから、『私』を見て……!』

「またお前らか……懲りねえなあ、おい」
「一夏、半分よこせ。その子、向かいの子なんだわ。その子が泣いて帰ったりしたところ、母さんに見られたら、後々面倒なんでな」
「好きにしろって、なぁ! 弾!」
「おうよ一夏! 食らえ! ゲボックさん特性、ピーピーフラッシャー!」

―――カッ!

「「「ぎゃあああああああッ! は、腹がああああッ!」」」
「はははは! どうだまいッ……はぉウッ! 俺にも……来た……」
「何してんだ弾んんんンッ!」



———自分にしか聞こえない『モノ』だと気付くには



『触れ合いたい。寂しい。『共にあるもの』のもっと側に寄り添いたい』

「千冬姉直伝! メガンテェ!」
「待てコラ首置いてけ糞餓鬼ゃああああああッ!」
「早ッ! 砂浜なのに超早ァッ!」



―――数年、かかった



 それは―――
 心の底から欲する願いから、ささやかなものまで。
 口から出せぬ助けを求む声なき声。

 欲しているものが何なのか。
 一夏には、それが直接喋っているように『聞こえる』のだ。

 お陰で、一夏は昔から察しの良い子供として知られていた。
 痒い所に手が届く。
 何かを欲したなら、そこに丁度良く一夏がそれを持って来る。

 とても聡い子だ。人の事をよく見ている子だと。
 その実、一夏にしてみれば誰も彼もが欲求を張り上げているので注文通りしただけだ。






 ところで。
 いつからか、空を飛び交う声、と言うものが新しく聞こえるようになった。
 それは世界中にあるものが遠くの物から近くの物まで頻繁にひたすら連絡を交わしていた。

 だいたいがささやかな声だった。
 どうすればもっとあの人を理解出来るだとか。
 あの人の望みは何だろう、とか。
 どの声もだいたい似たような声だった。
 
 だが、一つだけ。
「私に勝てるのはぁ! マスター(あの人)だけだぁ!」
 やたら元気な人がいた。
 彼女の声はやたらと耳に残り。
 他の声を圧殺してまで大きく響き渡るその大声を、子供心ながらに元気だなあ、と思うのだった。
 だが。
 彼女がどこにいるのかなんて分らないし。
 たまに飛び交う声を聞くだけの、ラジオのような関係でしかなかった。
 ずっと気にはなっていたのだけれども。
 一度会ってみたかった、と言うのは真実だろう。

 果たしてそれは叶う。 
 そこは果てしなく遠浅の。白く輝く砂を敷き詰められた浜辺。
 まるで姉のようにだらしなくしていた彼女に。



 もっと触れ合いたい。
 しかし、自分に触れる事を選んだものは不幸になってしまうから。
 この世界で無精に過ごすのだと。



 そんな思考が聞こえて来る。
 イメージ通りの元気そうな。しかし寂しさが拭えない。
 真っ白い。女性が。

 目覚めてからも、彼女の声は時々聞こえて来る。世界を飛び交う声ってな何ぞなもし。
 元気そうで何より。なんてジジ臭い事を考えながら、一夏は無鉄砲な、少年ながらの生活を過ごしていたのだった。
 夢の中でそれ以後も会っていた、など憶えていなかったが。






 しかしこの妙な感覚。
 実はあるものだけには適用されない。
 それは、欲求対象が『一夏本人』であった時である。

 『人』は誰の物にもならない、という哲学的なモノなのかもしれない。

 一夏は無意識にこの感覚に頼り切っており、これを足がかりにして、相手との交流をまず決める。
 おかげで、一夏は今まで『暗に一夏自身を求められた事が無い』も同然なのだ。
 だから、一夏は、自分に向けて寄せられる感情がある事など、気付きもしない。当然、対人的その手の経験も溜まらない。
 人の欲求はそれだけではなく。人が多ければ巨大な雑音となって押し寄せて来る。
 優しく、面倒見のよい、そのくせ無鉄砲な彼は、聞こえて来ない声にまで気付く余裕は持ち合わせられなかったのだ。






『人間を知りたい———』
 随分と妙な事をしたいんだな。
 幼心に一夏は彼女を見上げた。

 ある日。自分と姉の生活に、一人部外者が加わった。
 全身灰色に染まった女性である。
 髪、瞳、衣服。総てが灰色。
 どこか作り物めいた立ち振る舞い。
 家政婦だと言うその女性は、妙な願望を抱いていた。
『生命というものが持つ意味がなんなのか、それを知りたいと思っている―――だが、私の前にある手掛かりはあまりにも少ない』
 そして、そんな難しい事をずっと考え続けているのだ。



 しかし、彼女はそれだけではなかった。
 普通、一夏は欲求が何となく聞こえる気がする。という曖昧な感覚しか無い。
 しかし彼女はする事成す事総てが『そう』なのだろう。
 疎通しようとする声総てが一夏に届いた。
 彼女限定で、まるでテレパシーのように一夏に届いたのである。

 お陰で、一夏は彼女の意思を誰よりも正確に汲むことができたのだった。

 だから、彼女の願望を聞いた一夏は。
「あー! 俺の部屋来いよ、教えっからさ!」
 人間なんて、見たままだろうに。
 だから、一夏は彼女にまず教えようと思ったのだ。
 まずは女性はどんなのが一般的なのか。

 このとき、一夏にまったく自覚はなかったのだが、彼こそ欲していた存在―――多分に彼の願望が含まれる―――『こんな人がお母さんだったら嬉しいな』―――と願う形の物を。
 あくまで一夏の理想。子供の憧れに過ぎない、現実とは程遠い『お母さん』を。
 母親のいない一夏の、一方的な主観でしかない、ほんのささやかな願いであるそれを。
 そして彼女は。
 人間について学習を望む彼女は、素直に。
 その、理想像を―――









 ごぉんっ!
 鐘を衝くような鈍い音が響き渡る。

 オーギュストが腕部に取り付けたハサミを殴打武器としてグレイを巻き込み、住宅に打ち付けた音である。
 あっさり壁は崩壊し、グレイはハサミと壁に挟まれた状態になる。
 そこで。
「るぅうううあああああああああああっ!!」
「―――ッ!」
 そのままグレイをすり潰すかのように壁と平行に突貫する。
 その衝撃で、体に縦にはしる亀裂がさらに広がり、じゃりじゃりとした音を耳朶に打ち付ける。

 すでにグレイの肩口からバックリ裂けた断面はガラス質の輝きが覗いている。
 だが、グレイはそれを逆手に取った。
 肩から腹まで裂けているなら、その分腕のリーチは伸びるのだと。

 腕、肩、胸上部、肋骨の一部までを腕の延長と見なし、自分を潰さんとするハサミごとオーギュストの腕に巻き付け。

 『切断』(ハック)

 そのままオーギュストのISによる防性因子を、普段の彼女を見知るものなら有り得ぬ程の殺意を込め浸蝕し、単分子チェーンソーとして圧搾する。

「て、てめ、がぁ、あ、ああ、あがあああああああああああああっ!」
 それは、まさしく引き千切る、だった。
 周囲のナノマシンを用いてグレイは自身の腕を削り付け足し、蛇のように形成し巻き付かせ、オーギュストの腕を引き千切ったのだ。
 鞭のようになったグレイの腕にオーギュストの腕が、ISの装甲ごと絡まりぶら下がっている。

 グレイの傍のナノマシンが集束し、宙に字を浮かべる。

『おそろい、ですね』
「てめぇ……!」

 しかし重いですね。
 こちらは表示せず。億劫そうに思う。
 何度も言うが、グレイは一般成人女性程の膂力しか持っていないのだ。
 そのまま、グレイは変わり切った自分の腕を刃状に形成したナノマシンで切り落とす。
 互いに隻腕になった事を、そう言っているのだ。

 しかし。
 グレイに表面偽装機能はあっても変形機能などついていない。
 いい加減裂けて体幹が安定しなくなったため、腕自体をナノマシンで武器に作り替えたのだ。
 しかしこれは。
 人間で言えば腕をもぎ取り、その骨でナイフを作るに等しい所行だ。
 文字通り、身を削った反撃である。 

 あまりに凄惨な行動だが、グレイには全く躊躇が無かった。

「てめぇ、てめぇ、てめぇ―――!」
 オーギュストは腕を押さえ、止血すべく血管を圧迫する。
 すぐに失血は止まった。金色の輝きと、血液の蒸発する赤い蒸気と供に傷が視認できる程の速度で再生されて行く。



 自然界において。

 子が天敵に襲われた際の親の反応は、極端に二つに分かれる。

 一つは、スッパリと見限る。
 子の生命に拘る間に、親までもその生命が危ぶまれる事を危惧するためである。
 即ち、自分の系譜を繋ぐ可能性を少しでも高めるためにリスクの少ない方を選択し、かつ、それで次の子のためのエネルギーの浪費を少しでも抑えようとするのだ。

 そして、その真逆。
 例え親であろうとも敵わぬような天敵であろうとも、子を守るべく立ちはだかる。
 若しくは、親が犠牲になってでも子を守り通そうとする場合である。

 以前語ったか。
 r戦略、k戦略という生存戦略も関わってくるのだが。
 生殖とは、生命最大の存在理由であると同時に、生命最大の死の要因でもある。



 唐突に話が変わるのだが。遺伝子の欠損上生殖が不可能である染色体三倍体の鮎は、とても美味いのだ。



 それは、生殖という体力を凄まじく消費する行為が先天的に存在しないそれらは、数倍の寿命を誇り、かつ、栄養を相当溜め込むからだ。
 脂が、普通の鮎から比べ物にならないほどのっているのだ。これは病みつきにならないわけがな……。
 おっと、脱線した。

 つまり、それ程生命とは生殖に全てを掛けるモノであり、それに気を使う必要が無かったらどれだけ余裕を持てるか分ってもらえるだろう。
 産卵後の鮭はパサパサでまったく美味しく無いのもその為だ。

 大量の子を放ち、その中から確率論を潜り抜けさせ、大量の犠牲を出しながら子を反映させるr戦略の生物と、ある程度成長した個体を少数出産して親が手ずから育てるk戦略では、子に掛ける力が違うのも分かるであろう。

 一つの失敗が、それに掛けた自分の命に対比し、どれだけ失うか。その重みが違うのである。

 人間は本来k戦略型生物である。
 親が子を庇い、命を落とす事は世界の上で、時代場所関係なく、数知れず起きて来た事ではあるが。

 それは『愛情』よりもさらに深い所にある人間という生物の『本能』なのだ。

 最近よく聞く子を殺す親、と言う話を良く聞くが、それは単純である。
 その人物の個我が本能でさえ従えさせられないほど『幼稚』であったからにすぎない。

 グレイは、その人間の『親』を人格基礎として構築しているのだ
 一夏(子)を外敵から守るのに。
 自分の今後など、考慮に入れる訳などありえる訳が無い。

 ナノマシン集束。
 形状、腕部。

 ナノマシンを集めてグレイは義手を構築した。
 自分の体と同じ素材ではあるが、決してこれで腕の移植とはならない。
 だが、それでも制御できるし、腕のように扱えるならば———

『これで、支障はありませんね』
 その腕は、即席のためあまりに無骨。
 今の、人間に擬態した姿としても、本来のガラスの貴婦人の姿としても似つかわない……が。

 気にも止めていない。
「グレイさん……」
『一夏、ごめんなさい。ちょっと、ゴツくなっちゃいましたね』
「そうじゃ……」
『ちょっと、待ってて下さいね』

 そして彼女は、一夏を背に立ち上がる。

「かはは、なんか心温まる家族ドラマやってんじゃねえかよぉ、なぁ———」
「だからお前、なんなんだよ!」
「知らねえよ」

 ようやく、まともにオーギュストが一夏にに応えた。
「なんだ、つってもな、私は餓鬼一匹———あぁ、お前な。かっさらって来いとしか言われてねえしな。ま、殺しゃしねえよ。あたしはな」

『させると、お思いで?』
 バキバキと義手を武器として形状変化させつつ、グレイは身構える。
「するんだよ。それにしても贔屓だねえ。そうそう。あたしって自分の体重と同じぐらいのナノマシンぶちこまれてるんだけどさ?」
『……なに、を?』

 オーギュストが唐突に話題を転換。語り出す。
 ナノマシンの過剰投与は、人体に甚大な影響を及ぼし、その殆どが被験者の死亡と言う形で終焉を迎える。
 事実、ゲボックの生物兵器に対抗するため、過剰な強化処置を行われた遺伝子強化体(アドバンスト)達が命を落としていったのはそれが大きな要因である。

 オーギュストは、それら大量、幾種ものナノマシン同士の相互干渉、彼女の素質、投薬の影響と言った複雑極まりないいくつもの要因の可能性の隙間を潜り抜け、天文学的な数の内の一つを掴み上げたために生まれた、人為的でありつつ天然の傑物である。

「でよ? そのナノマシンってのはな?」

 ベキッ!
 木材をへし折るような音を軋ませ、オーギュストの肩口が膨れ上がった。

 グレイの反撃を受け、欠損した右腕である。
 そして断面から吹き出る出血と共にぞろりと伸び出る神経束二本。

 それぞれの神経に絡まる様に白い鋭角が伸びて行き、さらにそれを編み隠す様に白とピンクの繊維が形を成して行く。

———骨と、筋肉組織だ。

 最後に、剥き出しの筋肉を、アーリア人特有の白く透き通る様な肌が覆い隠し。

 オーギュストは、右腕を二本に増殖させて再生させた。

「———こう言う事も出来るんだぜぇ?」
 再生活性化治療と遺伝子因子干渉を併用した欠損部の超速復元———否。自己改造である。
 グレイを抉った牛刀の様な爪も、この能力で作り出したものであり、炭素を再構築し、ダイヤモンド結合に作り変えていた。

 人間の内包カロリーからして、これ程の肉体変成は、不可能である。
 しかし、今オーギュストはISを身に纏っている。
 人体保護機能の応用で、幾らでもエネルギーの供給が可能なのだ。
 さらに、それが例え人体に耐えられない様な高出力でも、彼女は強化された肉体でたやすくそれを受け止める。

 紛れもなく、彼女も生物兵器の域に到達していると言えた。

『うちではよく見ますけど、人間がするとやっぱりこう、来るものがありますね』
「グレイさんちの人ってなんなの!?」

「なぁに言ってんだ、『灰の三番』さんよ」
『私をその『番号』で呼んでいいのは『家族』だけですよ。私は、『グレイさん』です』
 鋼鉄の決意に苛立ちが混じる。
 私の身体を造った者と、その者に同様に造られたものにしか、それは許さない。
 グレイのゲボックへの忠義の一つであった。

「じゃあ、なおさら大丈夫だ」
『…………?』
 オーギュストはそんな敵意をするりと受け流し、なおも言葉を続ける。
 グレイは、その所以が思いつかず思考を馳せるが———

「あたしに今みたいな再生能力やなんやらをくれたナノマシンを生み出したのはな?」

 その瞬間。
 吹き出んばかりの憎悪を込め、オーギュストは咆哮した。

「『Dr.ゲボック製ナノマシン生産母体』そう———お・ま・え・だ!! ありがとよぉ、あんたが生んだナノマシンがあたしの半分以上を占めているんだ———こう言うべきか? なぁ———『お母さん』よぉ!』」
 貴様がいなければ。
 貴様を生み出したゲボックがいなければ。
 私達はこんな目に遭わなかったのだと。



 その、最後を締める一言は。
 完全にグレイの虚を突く事となった。

 もし。そう、ならば。

 グレイにとってあまりに『母親』としての個性が、人格のリソースをそっくり占めてしまっており、そのためにある可能性を僅かにでも考慮してしまった。

 私の、せいで、子が、害され、た———?

 そして、それは完全に彼女を硬直させるには充分な思考だった。
 『母』とは、子を排斥すると言う概念がないがゆえに。
 『グレイさん』と言う指針ルーチンとオーギュストが示した『事実』が彼女の中で矛盾として反立し、思考を疎外する。
『わた———』

「隙だらけだよお母さぁぁぁぁぁん! ってなぁ!」
 そしてそれは、元々戦闘型で無いグレイにとって、僅かにも隙を見せられない張り詰めた環境下において。
 超音速戦闘兵器、ISと相対する以上、これ以上致命的な隙に他ならなく。

「グレイさん!」
 一夏の悲鳴が響く。

 オーギュストのIS、スティンガーの尾を模した非固定浮遊部位(アンロック・ユニット)が、グレイの胴体を貫いてた。

 そう。グレイは戦士では無いのだ。
 戦闘中にとて、隙を晒してしまう。

「さてさぁて! この『尾』はマンバって言う技術が使われててなぁ? ニードルの先にあたしの血液を循環させて、相手に打ち込むんだがな? ここで質問です。ナノマシンの使用上のご注意は、なに?」

 それは———

「はいブーッ時間切れ! 答えは異なるナノマシンを混ぜてはいけませんでしたー! 混ぜるな危険ナノマシン。さて。あたしの中にはそれを無視してどれだけナノマシンが含まれているでしょーか? そしてお母さんは一体、何でできてるのー?」

『———ッ!!」
 『灰シリーズ』は、全身これケイ素生命体の細胞。それ即ち———

「2えsxdcrftvgybふんjrcとぃくjgゔkb%^&*ういk#@$%^!!!!」
 ガラスを掻き毟るようなグレイの絶叫が響き渡る。激しい痙攣がその身を震わせる。

 ナノマシン併合の拒絶反応。
 オーギュストの血液が打ち込まれたため、グレイの全身でそれらの反乱が巻き起こったのだ。
「ぶっ壊れらぁぁぁぁぁああああああ———ッッッ!!」

 グレイを突き刺したままスティンガーの尾が振り上げられる。

 一方的な攻撃が、始まった。









「フユちゃん、暮桜に接続よろしいですカ?」
「何か策があるのか?」
 音信不通。何処へにも連絡する事ができない。
 現代人は携帯依存性とはよく言ったもので、その機能を止められると、途端に不安感に襲われるものだ。
 こと、人間と言う種は特に三大欲求に次いで情報に対する飢求心が強く、その様はずばり情報中毒と言っても良い。
 殊更、『探求』という形でそれが顕著なゲボックではあるが、これは人間が巨大な知能を得たが故の弊害であろう。
 一夏の安否を気にする千冬は、苛立ちを隠しもせず忙しなく視線を振っている。

「ISのコア・ネットワークを介して、通常時ノ地上回路に於ける通信規約(プロトコル)に介入してみますョ。これは、地上回路もコア・ネットワークも量子通信であるカら出来る事なのでスが―――」
「御託はいい! 出来たのか! 出来ていないのか!?」
「まず、接続させテ下さいョ」
「―――は、そうか、すまん」
 千冬は暮桜を右腕に部分展開した。
 まずい。冷静と言う単語が遥か彼方だ。これでは、救えるものも救えない。

 ゲボックはすぐ様取り付いて、ポケット内のケーブルを差し込む。
 お腹(?)の中からキーボードを取り出し、てちてちとペンチでコマンドを器用に押し込む。
「サぁ〜て、さてさて。暮桜のISコアから地上回路に干渉ヲ……をぉ?」

 ばぢりぢりぢりぢりぢぢぢぢぢィッ!
 次の瞬間。何か言い切る前にゲボックの全身が火花を吹いた。

「ヘブブブッオぉひょうヲョ!?」
「なっ、どうしたゲボック!? 敵の攻撃かッ!? 逆に侵入されて脳を焼き切られたか!?」
 硬直しているので、慌ててケーブルを引き抜いてゲボックの傍に寄る千冬。
 ゲボックはぶふぁーっと、黒煙を口から吐き出す。

「げほげほ。いエ、敵じゃないです。暮桜ですョ」
「―――は?」
 喫煙者張りにもくもくと煙を吐いているので、それを手で払いながら問いつめると、意外な言葉が返って来た。

「触るなボケって感じで全力で拒絶されマした―――洒落になんねえョ、流石フユちゃんのISですョ」
「今何か言ったか?」
「いえいえいえいえ! フユちゃんのISはどレもこれもフユちゃんの影響受けすぎて凶暴ですョなんテこれっポっちもまったく!」
「正直なのは良い事だ―――殴っとく」
「ヘッブゥ!?」

 しかし、これでは手詰まりだ。
「クソッ! 何か手は無いか!」
「最後にマーカーの示した地点なら表示できマすョ」
「それで良い! やってくれ」
 ゲボックの胸元からマジックハンドがにょっきり生えてその先端がモニターに。

「お前は一体どういう体の構造してるんだ?」
 部屋の隅では、キーボードやらモニターやらマジックハンドが生えて来るゲボックに素直に怯えている真耶がいたりする。
「知りたいデすか?」
「微塵も興味が無い。さっさとやれ」
「それはそれで寂シいですね……」
 こちらも特に感情を表さずゲボックは瞬く間にマップとマーカーを表示。
「いっくんは分りマせんノで、『灰の三番』の場所を示しまシた。多分一緒でスし」
「分った、すまん。これだけあれば充分だ」
「でも、取り外せませんョ? 小生がブロックし続けナいと、大概の電子機器は継続中のEMPで即座に壊れまスから」
「……それなら、これで用は足りるだろう」
 千冬は言うなり、軽々とゲボックを腰抱きに抱え上げ。なんでもない荷物のように取り扱う。
 ゲボックは黙ってモニターを千冬が見やすい位置までハンドを調整する。
 そうしている間に千冬はその角度を手直しながら、二三度ゲボックを揺さぶって感覚を確かめると眉をしかめ。
「重いぞゲボック。どれだけ体に貴金属埋め込んでるんだ?」
「その割には随分軽々でスよね。アとフユちゃん」
「……なんだ?」
 そう言いながらも既に千冬の足は待機室の入り口に向かっていた。

「こんナに力持ちでも、フユちゃんはとっテも柔らカくて気持ちいイですね!」
「そうか……」
 千冬は満面の笑みを浮かべ。
 腕の筋肉が膨れ上がる。
「それなら存分に味わえ」
「のがががガがががっ! 千切レる! 小生の胴体が絞メ千切られる!」
 いつもの軽口(と物理制裁)の応酬だったが、これは一応千冬の緊張をほぐしているものだったと分るので、千冬も素直にそれに乗る。
 ゲボックはいつも、千冬の胃にダメージを与えているくせに、本当に参っている時はこんな風にフォローして来るのだ。束共々、そう言う所が憎らしい。

「待って下さい!」
「……なんだ真耶」
 控え室の出口に麻耶は立ち塞がった。
 それはそうだろう。麻耶だって千冬がなにをしようとしているのかは想像が付く。
 心情的には同意出来るのだ。
 されど、国家代表とは即ち、国家の顔そのもの。威信にかけて全てが注ぎ込まれている存在だ。
 その身にかかる重責や、生半かなものではない。

 しかし、彼等はそんなものに頓着しない。
「オォウ、すいませんね。急用が入ったもノで、ドリルはまた今度取り付けマすね。今回のお詫びも込めて、ドリルは小生お手製の―――」
 そもそも全てにエゴが勝るゲボックだ。
 意に介するわけが無く。

「ドリルは本気で止めて下さい! 怖いです! 手ずから作るって何する気ですか諦める気まったくなさ過ぎて怖すぎるんですけど確定しないで下さい本気ですまなそうにするって私望んでませんからドタキャンでもなんでもなく本気で嫌ですから!」
 無呼吸で言い切った。
 真耶はそれよりも、と千冬を見上げ。
「―――ってそうじゃなくて先輩! どこに行く気ですか! 決勝戦まで40分切ったんで―――」
 千冬と目が合った真耶は硬直した。
 文字通り、蛙が蛇に睨まれたかのように。

 言うならば、絶対的強者に搾取される寸前の弱者。

「山田」
「は……はい」
 呼び捨てだった。気遣う余裕も消えた。

「一度しか言わん。言って回るのも面倒だ。お前が伝えてまわれ。今の私は―――」
 真耶は自分が怯えている理由が理性では分らなかった。
 だが、以前、束の単一仕様能力で操られているとき、遭遇しているから、生物として理解していたのだ。
 思わず己の身を抱いてしまう。
 それは、凍える己を幻覚してしまう程の殺気。

「次に止められたら、そいつを八つ裂きにしない保証が全く無い」
 一夏が危険に遭っているという証拠はどこにも無い。
 連絡が取れないだけだ。
 しかし、千冬は第六感とでも言えるもので、上限知らずの焦燥を感じ取っていた。
 間違いなく、一夏は危険に遭っている。
 命をかけても良いと言える程にそれは千冬の中で確信であった。

 そして千冬に取って一夏はたった一人の、そして最愛の家族だ。
 その危機に遭遇したならば、理性など意思を伝える程度で充分だった。
 国家代表の責務など、どれ程のものでもないのだ。



 へたり込む真耶をすり抜け、千冬は廊下を走り出した。本当なら天井も壁も破壊して真っ直ぐ向かいたかったが、ここはモンドグロッソ選手待機所だ。
 そんな事をしたら、どれだけ国家代表が沸いて来るかわからない。
 負けるつもりは無い。というか既に決勝なのだ。
 対戦相手でもない限り、実力が上なのは既に確定している。

 そもそも、そんな事どうでも良いのだ。

 全員駆逐できると断言できるが。
 それなら走った方が速い。相手するだけ時間が勿体無い。ただ、それだけで彼女は施設を破壊しない。
 揺さぶられるゲボックが、『ぐえ。酔う酔う!』 と叫んでいるが、気にしないのも同様なのだ。

 自動ドア? スイッチを押して開く時間が惜しい。
 隣の扉を一押しで開き切り、会場裏口から飛び出た瞬間暮桜を展開。
 初めからトップスピードで彼女は飛んだ。

 マップと眼下の市街を比較し、マーカーの位置より手前に火災が発生している区域があるのを発見する。
「なんだ……ちっ、派手にやってくれる」
 誰が見ても分る程の大規模火災のようで、舌打ちした。

 この状況下で決勝だと?

 ずいぶんな区域が延焼しており、これならば消火隊以外にISによる救助隊も出動する筈だ。
 PICによる空中浮遊はヘリなどよりもよっぽど効果的な救助活動を実現させるからだ。

 その隣で、世界一を決める。
 国の詰まらないプライドを賭けた、わいのわいののお祭り騒ぎ。
 巫山戯るな。

 普段は、世の中などそう言うものだろうとしか考えない千冬だが。
 身内の危機なのだ。
 特にそのような場合、千冬は顕著になる。 

 あからさまに露骨だという非難はあろう。
 だが、あなたにそれを糾弾する資格はあるだろうか。人は得てして、大なり小なりそうなのだから。

「ゲボック、あそこから何か反応があるか!?」
「ソうですねぇ……あそこは『茶の三番』の反応があっタ所ですね」
「……アンヌも戦っている、と言う事か」
 アンヌは、普段からオドオドとした闘争が好まない優しい気質で、元来生物兵器に向かない性格をしている。
 しかし、いざ戦闘となれば容赦しないものが生物兵器の本能であり、臆すると言う事はありえない———が、それでも戦闘相手以外には気を使う。
 こんな被害を及ぼしてまで戦おうとは決してしない。

 つまり、アンヌの戦っている相手が。
 アンヌがそれを考慮出来ぬ程の強さ―――いや
 それはないかと思い直し。
 アンヌが庇いきれないはどの破壊を撒き散らす相手と言う事だ。

 そしてそれは現状―――ISぐらいしか該当するものが無い。
 現在、ハイパーセンサーが示すISは暮桜を含めて全部で三機。
 うち一台は火災の中心。
 つまり———

「そこ、だ―――な―――!」
 コア・ネットワーク同士の交信機能でEMPなど嘲笑うかのように、自分以外のISの位置を三次元的に的確に、千冬の知覚に暮桜は伝達させる。
 当然、相手ISにも、暮桜の位置は発覚しているだろう―――が。
 刀一本で、銃弾砲弾飛び交うIS戦を制して来た千冬に取って、それなどなんと言う事も無い。

 果たして、瞬く間に距離が詰められる。

・げ。もう来やがった。うわ、Dr.までかよ、しゃあねえなあ、ほぉれ! お客さんにお茶請けだぁ!
 開放回線(オープンチャンネル)に割り込む声。

 ハイパーセンサーが立ち上る黒煙を除外し、敵影をズームアップする。
 予測は当たっていた。
 IS。
 しかし、搭乗者が異形である。

 ナナフシのように節くれた細長く、鋭い印象を与える長身巨躯。ISはその巨躯に最適化処理(フッティング)されているようだが、装着者が異形すぎてISの方も、元はどんな機体なのか。判明が困難であった。

 装着者は関節の各所から接続端子を突き出させ、ISの装備の他にも全身武装の塊と化しており、火力の塊と言える状態になっている。

 つまり。

「この火災は貴様か」
「はぶっ!」
 『お茶請け』はゲボックの顔面に直撃した。
 オウオウと身をくねらせるゲボックだが、ポケットからはみ出るケーブルは『お茶請け』をキャッチした。
 顔を擦りながらそれを眺めたゲボックは首を傾げる。
 『お茶請け』は、見知った『顔』だったのだ。
「おヤ、ドうして『茶の三番』は頭だけになってイるのですカ?」
 心底不思議そうであった。
・見て察してよDr.
 アンヌはしょんぼりしていた。
 生物兵器が戦闘で役立てなかったのだ。そのショックは計り知れないのだろう。

「落とすぞ、ゲボック」
「ホえ?」
・あー、うん千冬だもん。分ってたよ……

「アぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!」
 一番業火の上がっている建物に落ちて行くゲボック。
 哀愁漂うアンヌがあまりにも切なかった。
・よりによって一番火の手が上がってる所に落とすか普通。
「そうすれば火ぐらいアイツでも消すだろう」
・おうおう、Dr.の扱いが分ってるねえ

「―――で? お前はなんだ」
・ん? 私か。もう察しはついているんだろぉ? え? 『茶シリーズ』製造番号第七番。それが私だ。今回請け負っている仕事は、お客さんのお相手だぜ?
「……成る程、ゲボックの手の内を知っている訳だ……」
・Dr.にゃ、機密って概念はねえからなあ

「あぁ、そうか。つまりお前は―――」
 千冬はだらりと両腕を垂らし。



「敵か」
 宣言と同時に瞬時加速。降ろしていた筈の両腕はいつの間にか上段に構え、幹竹割りに構えて雪片を量子展開。
 起動し見せる輝きは対IS撃滅機能『零落白夜』。

 無拍子の加速だった。
 更に言えば、雪片の展開速度さえ尋常ではない―――これは一種の変移抜刀と言えた。成すはこれぞ瞬殺。
 何者もこれには抗う事など———

・ご名答! 一手交えてもらうぞ乙女最強ッォ!
 だが、『茶の七番』は反応した。
 零落白夜はISのシールドを根こそぎ消し飛ばす。

 ならば。
 『茶の七番』両腕が輝きに包まれ、物理シールドを二枚それぞれ展開、同時にISの両腕装甲を『部分解除』輝く雪片を白刃取りする。
 元々動体視力が人間離れしている生物兵器が、ハイパーセンサーでその精度を底上げしているのだ。
 人体で似たような事を成せるとすれば、ナノマシン処理で視神経を改造する越界の瞳(ヴォータン・ウォージェ)ぐらいであろう。千冬の斬撃を止めると言う事はそれでいてなお凄まじい事なのだ。

「ほう?」
・『零落白夜はあらゆるIS、及びエネルギーフィールドの天敵だ。だがな? 刀身に一番近い部分を解除して実体シールドで防ぎゃただのエネルギー刃に過ぎねぇ。パワーアシストの問題も———私が生物兵器だから問題ねぇ!!
「問題無いのはこちらの方だ」
 千冬は感慨も無く淡々と、左腕をふりあげ、準決勝で使った空間歪曲場を形成。
 しかし、なんと底冷えする声色か。

・最高だッ! それがあんたの殺気か、凍えそうなぐらい感じちまうねぇッ!
 しかし、闘争こそ生物兵器の本旨と言する『茶の七番』はむしろ褒美になった様である。
 大の男であっても竦み上がる様なそれを受けて全く動揺がない。
 それどころか。
・空間歪曲場がエネルギーを開放する前にエネルギーを叩きつけたらどうなるかなァッ!
 嬉々として迎えうつのだ。

 千冬の拳がシールドを砕く前に『茶の七番』の多種多様な武装がシールドを光子(フォトン)でコーティングする。
 当然、光子さえ消失させえる零落白夜には触れないように、だ。

 そして、雪片を挟んだまま盾による近接戦闘打撃(シールド・スマイト)。拳のインパクトが全開になる前に、タイミングをずらすように武器へ代用された盾が激突する。

 千冬の左腕を中心に破壊エネルギーが分散。叩きつける筈だったそれが暴発してしまう。
 シールドが削られたのを感じつつ、ゼロ距離からの衝撃に、左腕が弾かれた千冬はそのまま左後方に体勢を崩し———

 そのまま加速して左一回転。
「手で出来る事が———」

 そして、右。ハイキック。

・が、ふ?
 『茶の七番』の左こめかみをダルマ落しを打ち抜くようにクリーンヒット。
「足で出来ないわけがないだろう」
・がああああああああああッ!
 脚部にも同様に形成された空間歪曲場がエネルギーを炸裂させる。
「腕より足の方が強いのは当然だろう。山……麻耶じゃなくて、えー……あいつが言うには、アトランティス・ストライク、だったか?」
 島でも沈むのか? と言っている千冬。元ネタは知らないらしい。最近山口と真耶の認識が混ざり始めている気がする。

・まぁ、そこの美人さん、ちょっと待ちなよお客さぁんってなぁ!!
 ぶっ飛んだ『茶の七番』は、大地に炸裂寸前にギシッと空をたわませ体勢を立て直す。

 宙に放り投げられた雪片を問題無くキャッチした千冬は、そんな敵を一瞥すらしない。一夏を探すべくハイパーセンサーを巡らせ―――

量子展開(オープン)ッ!
 そんな、一見隙だらけの千冬めがけて一斉砲撃準備。吹き飛んだ『茶の七番』は先のアンヌとの戦闘で奪ったG・H・(ガトリング・ホーミング)レールガンを一斉展開、即座に関節から伸びた接続コネクタが雷光を迸らせる。

 同時に四肢から『茶の七番』自身の武装、アンカーワイヤーを展長し、周囲の建造物に巻き付き、同時にPIC全開、身体を固定する。

・ボロっ布ろやぁ!
 『茶の七番』自身が絶対防御でなければ防げなかったそれが千冬に殺到する。
 およそマッハ3以上。それが自在に弾道を変化させ追尾撃滅せんと迫って来るのだ。

「考えるのはどこの誰でも一緒だな」
・はぁ!?
 千冬が猛スピードで一回転した。
 全方位から殺到した超音速の超電磁弾は、千冬に直撃する寸前で失速。ぱらぱらと軽く千冬を殴打するにとどまる。
 暮桜も、既にこれを攻撃と見なさないのか、シールドさえ展開しない。
 そして、千冬が姿を消した。

・はぁ!? まさ―――



 瞬時(イグニッション)―――



・レールガンの推力を食いやがっただとおおおおおおおおっ!



―――加速(ブースト)



 『茶の七番』は、今回選択したのがG・H・レールガンである幸運に歓喜した
 アンカーワイヤーを『盾』に縛り付けていたからだ。

・家がぁどぉッ! ってなぁ!

 ISのパワーアシストと生物兵器の怪力が合わさった膂力は、周囲の建物をそのまま引き抜き壁へと変じる。
 さらに防性因子付与。世界最硬の家が今ここで誕生した、その瞬間。

 一拍一寸の間を置き千冬の一閃が炸裂した。
 レールガンの推進エネルギーを奪って放たれた超音速の質量斬撃は、まるで巨岩が激突したかの様な破壊を巻き起こす。
 『盾』がわりにされた哀れな建造物は斬られる、と言うより『ブチ砕かれ』、粉塵と破片を撒き散らして原型もとどめず粉砕し尽くされた。
 『斬撃』はそれでいて『盾』をあっさり貫通し、反対側の塔を寸断していた。
 地響きをたてて割れて行く塔が無駄に迫力満点であるのが何とも凄まじい。

・私が言う事じゃねえけどっ! お前自身が建物破壊しまくって大丈夫なのか今後ぉおおおおおおッ!
「心配には至らんよ。江戸時代、日本には『め組』を初めとした(時代劇のお陰で一番有名なだけ)火消しの集団があってだな? 火災の際には延焼を防ぐ為によく建物を破壊してたんだよ……ま、とどのつまり、今のこれはお前のせいで起きた火災に対する防災活動だ。何を問題とする?」
・本気で言い訳しようとする意思がそもそも微塵も感じねぇえええええッ―――!?

 しかし、さっきから悲鳴ガンガン叫んでいる『茶の七番』だが、ダメージが通った手応えがない。

 どうやら、『盾』を斬撃が貫く迄の間、その一瞬に退避を成功させたようだ。
 これが、先の実体シールドなら、零落白夜を臨界励起させ、シールドごと両断していただろう。
 エネルギー刃と言う事は、溶断出来るからだ。

 戦闘狂に見えてその実堅実だ。
 実に的確に守りを固めている。
「面倒な手を選んでくれる……っ!」
 目的が時間稼ぎなのは見え透いている。
 だが、捨て置ける程の戦闘能力でもない。
 効果的で厄介だ。
 そもそも、これだけの戦闘能力を持ってなお、千冬に勝つ気が一切感じられないのだ。時間が無いのに倒すのが至難なのだ。

 瞬間。
 ハイパーセンサーが、肉眼でなら死角の位置から顔を覗かせる『茶の七番』を捉える。
 その口が。開いて———

 思い切り首を捻じ曲げる千冬。
 先迄千冬の眼球があったあたりをレーザーが貫く。
 イオン臭を嗅ぎ取りつつ、そのまま再度瞬時加速する。

・なんであのタイミングで口からくるって分るんだよ!
 『茶の七番』の叫びは既に悲鳴に近くなっていた。
 通常、人体ならあり得ない不意打ち気味の奇襲を動作一つで克服されたのだ。悲鳴の一つも上げたいだろう。

 千冬はさも当然のように。
「口が大きく開けば何か飛んでくるのは常識だろう。馬鹿かお前」

 はぁ!? あ、まさか、この女———
 『茶の七番』は、千冬のプロフィールを思い出す。
 彼女自身の造物主、その幼馴染み。

・生物兵器相手の経験値が尋常じゃねえ!?

 長年、胃に掛かったストレスと供に得た経験値は伊達ではない。
 積み上げたく無かった経験だが。

「そもそもが、だ。お前の基本行動ルーチンがアンヌ……『茶の三番』である事は知っているだろう? アイツに近接戦闘を教えたのはな―――私なんだよ、鵜呑みのままなら、何から何まで筒抜けに決まっているだろう。少しは工夫しろ、研鑽がたりんわ!」
・くそっ! やっぱりバケモンだこの女!
「格下の分際で口の聞き方がなっとらんぞ糞餓鬼。躾が必要とみえる」

 しかし、口と行動では圧倒しつつ、実は倒しきれない事に焦燥を抱いている千冬だった。
———生物兵器がIS装備で守勢に回るとここ迄厄介とはな……。
 IS相手なら望むところだ。生物兵器なら生身でも飽き果てる程にやっている。
 だが、全く異なるこの二つを自在に切り替え、それぞれの欠点を補い合いながら戦闘の継続を求めており、そのやり方は千冬にしても初体験であって、勝手を知り切っていないのだ。
 想像以上の厄介さだった。



「ゆくぞ」
・来いやぁ!

 しかし、やる事に変わりはない。
 二機のISが、対峙し、次の攻防をせんとした、その時———



———うごくな



 周辺一体。ISと縁を繋いでいる操縦者達全てがその声を聞いた。
 千冬、『茶の七番』は勿論、火災現場の救助に向かうIS部隊やモンド・グロッソの選手達に至る迄。

 刹那の間のみ、脳裏に白い髪の少女が一瞬だけ浮かんだのだった。

 それに心当たりがあるのは千冬だけであったが。

(白雪芥子……? いや、私の知っている彼女より幼い……?)
 しかし、思考の切り替えは一瞬。

 反応を返さず、宙に固まったままのISに対し、二者の行動は対象的で。
 そして、勝敗を左右した。

 ISをまとったまま自力の動力で身じろぎする『茶の七番』に対し。
 千冬は何のためらいもなく暮桜の装着を解除、『茶の七番』に向けて宙に身を預けたのだ。
 落ちれば、如何なる人間でも即死を免れぬ高空で。

・正気かぁああああああああッ!?

 千冬は答えず『茶の七番』に取り付く。
 生身での攻撃なら、防性因子を貫けるだろう。
 されど、彼女の旧式たるアンヌでさえ、全国一クラスの箒が振るう鉄芯入りの木刀をそのまま腕で弾けるのだ。
 いくら、千冬といえど———

 それでも千冬は『茶の七番』に掌底を叩き込む。
 当然だが、生物兵器は揺るがない。

「知らんだろうが、篠ノ之流は戦国時代に興された流派だ」
 千冬は言いながら、足だけで驚異的なバランスを保ちつつ、掌底を打ち込んだ形のまま、逆の掌を振り上げる。

 そして。

 自分の掌に掌底を重ね打った。
 果たして———



 ッカァンッ―――!!



 響き渡ったのは、人体ならば決して出し得ぬ筈の金属音だった。
 音叉を連続的に打ち鳴らすように、波打つ耳障りのその衝撃は、『茶の七番』の装甲に染み渡り―――


「篠ノ之流―――無手の奥伝、鎧抜き」
 千冬の呟きと供に
・がっはぁ!? んな! ン! だ! とぉ!?
 そう、衝撃は徹った。
 接続コネクタのある関節部は火花を吹き、顔面からはオイルが溢れ出す。
 見た目だけでも、尋常ではない重さである事が確実な一撃であった。

「鎧武者の甲冑の上から心の臓を砕く殴り方、と言うのがあるんだよ。流石に中身も頑丈に作られてるな? ゲボックに感謝しろよ? 少なくとも、犀の脳天程度なら砕ける一撃なんだからな」

 そう、そんな非常識な一発でも人では生物兵器を絶殺せしめる事は不可能なのだ。
 ISの謎の停止は止み、即座に『茶の七番』の不調は緩和される。
 人体保護機能が『茶の七番』のダメージを緩和し、即座に戦闘行動に復帰する。それは、千冬が体勢を立て直すより早い。
 例え人間離れした千冬であっても容易に殺傷しうるであろう両腕が、鉄の処女のように包み込まんとし———

 千冬の右腕が薄紅色の輝きに閃く。
 ISの不調から復帰したのは千冬も同様なのだ。
 千冬レベルの操縦者なら、ISの遠隔コールも容易にこなす。
 しかも、これだけ密着状態ならば、部分展開の方が即座に反応を可能とする。

 雪片完全武装状態の右腕限定で『部分展開』された暮桜には、既に全力励起された零落白夜が灯されていた。

「中々だった。こんな機会でなければ存分に楽しめたんだがな」
・がっはあああああああッ!!

 袈裟懸け一閃、ISの世界に於いて最強の破壊力を有する一撃によって、一瞬にして機能を停止したISは強制解除。量子の輝きに消え、素のままになった『茶の七番』は地へ落ちて行く。
 まぁ、頭から突っ込んでも死にはしないだろう。生物兵器だし。

 だが、予想に反し、『茶の七番』は満足気に。
・任務、完了。私の———勝ちだ!

 『茶の七番』はその身を一直線の細い針金のように折り畳み、超音速で飛び回る視認不可な生命体を参考にした超振動運動を発動、地面を穿ち、瞬時にして潜り込む。

「しまった! 地下水路か!」
 逃がした———しかも。

 初めから、彼女の言う通りなのは自覚していたというのに。
 お客さんのお相手(千冬相手の時間稼ぎ)が本来、彼女の任務だったのである。

「ゲボック!」
 半ば悲鳴のように千冬は叫んだ。
 目論見通り全て火災は鎮火し、グレイの方へ向かっているであろう幼馴染みの名を。






 彼は立ち尽くしていた。
 直立する彼の足下には、残骸が転がっている。
 残骸。それが最も適した表現だった。

 もし、それを人体で言うならば。
 全身60箇所もの貫通創。
 右腕部欠損。
 人体左右分断。
 頭欠。

 血肉の通った肉体がそれ程の損傷を受ければ、恐らく原型など微塵もとどめはしなかったであろう、致命傷のみの満身創痍。度重なる衝撃を受けた後の大分小さくなったグレイ……そう。やはり、それは残骸であった。


「ゲボック……」
「あぁ、フユちゃんですネ」
 心ここにあらず、と言うゲボックは宙に視線を彷徨わせ。
 結局、何もしない。

 考えてみれば。
 グレイ———『灰の三番』は、ゲボックが初めて創った自律意識搭載型生物兵器(千冬認識)だ。
 つまり、最も古くからのゲボックの家族である。

 それが、『こんな状態』になっている時点で、ゲボックが受ける衝撃はどれ程のものか。
 流石の千冬も、この状態のゲボックを酷使する気は起きなかった。

 だが———他人事では無い。
 グレイがこうなって一夏が居ないのだ。
 それはつまり、拉致されたということで、取り敢えず生きてはいるのだ。

 目的は———恐らく千冬の連覇の阻止だ。
 それは恐らく叶う。
 千冬にしてみれば、連覇などにはさほどの興味も無いのだ。

 だが、相手にしてみればその目的がなされれば、一夏にはなんの価値も無い。

 考えたくも無い———考えただけで理性が吹き消され、目に付く全てを壊し尽くしたくなる衝動に駆られかける、が———
 わざわざ誘拐などしたのだから、殺されては居ないと思うが、その実攫ったと思わせるだけで千冬への牽制になるのだ。
 それなら、死体を持ち去るだけで目的は成せるのだから。



 どうして、私の人生は、要所要所に限ってばかり裏目に出るんだ……!
 ギリギリと握られた拳の中で、爪が掌を食い破る。
 噛み締めていた唇を犬歯が噛みちぎり、鉄の味が口内に広がって行く。

 ふと、ゲボックが懐からウネウネ動いている妙な———妙、な、く、果物?  ———を取り出して千冬に差し出して来た。
 その果物、一番近いものをあげれば、バナナだろうか。
 なんと言うか、触りたく無い。

「フユちゃん、通信機です」
「ゲボック……?」
 これが通信機か。通話器みたいに使うのか。
 顔に近づけたく無いなぁ。
「食べタらお腹の中かラ通信できまスけど、消化しちゃっタら機能を終えるので気をつけて下さいネ」
「食うか阿呆」

「チョット、準備がアりましテ。何かあったラ、こチらにお願いシますね?」
「何をする気だ?」
 ゲボックは、大して反応せず、フラフラと歩き出す。

「『茶の三番』、聞イてますか?」
・聞いてるよ。頭だけでも聴覚センサーはあるからね
「ジャミングは切れマした。『茶の七番』がISを用イて自分の機能を増幅させてタんでしョう。フユちゃんに撃破サれて解除されたンですね。サて———『宴』の時間です。『夜に菫を咲かせなさい』」
・ジャミングが切れ次第、もうとっくに呼集済みだよ。『コード・ヴァイオレット』は既に地球中に巡ってる。
 アンヌの返事に、ゲボックはいつも通りの高すぎるテンションで応えるのであった。
 一言。

「Marverous!」
 と。



 その日。ドイツ。
 かつて、世界中を巻き込んだが一般には知られていない事件として『三人による世界大戦』は、世界中を巻き込んだ大事件として各国暗部に教訓として戒められている。

 だが、この日。

 範囲こそドイツ一国と局所的であったものの、第二回モンド・グロッソ、決勝。
 世界中の注目が集まるこの一点において、前と違って、ゲボックによる隠蔽が一切為されなかったこの事件は、世界中の誰へも遮る事無く事実を見せつけ、驚愕させる事となる狂乱の『宴』となる。



 『コード・ヴァイオレット』

 ゲボックに縁ある者達へ、危急度を一斉勧告するものの中で最大の『コード・レッド』よりも、上位、例外中の例外。外側の警報。

 『唯一のゲボック名義の警報であり、それを受信できる全ての者に対する一斉呼集、総員による集団行動を無制限で伝達する———』

 つまり、こう言う事だ。

 みんなで遊ぶから、仲間はずれは無しにしよう。
 先ずは兎にも角にも、この指とーまれ。



 そしてそれは、当然『茶の七番』にも届いていた。
・かっはは———
 笑うしか無い。
 彼女は、それをこう受け取ったのだ。
 総軍による一斉殲滅作戦と。

・面白ぇ。
 千冬に機能停止させられたISを彼女の自己修復機能の転用で修理している『茶の七番』は、視線を巡らせる。
 あぁ、これでは力が足りない。
 もっと強化しなければ。
 戦闘こそを至上とする生物兵器は、自分の予想が絶望的でも滅入る事は無い。

 さらなる高みを目指すだけだ。
 彼女も、ゲボックの子である事には変わらないのだから。

———しかし

・そういえば、整備の餓鬼、どこ行った?



 『コード・ヴァイオレット』は、『それを受信できる者全て』に通達される。
 生物兵器に限ったものでは無い。
 当然、ティムもそれを受け取っていた。

 だから。
『灰の三番』大破の報告は、ティムを動揺させるには十分すぎる出来事だった。

 何故なら、今回の拉致作戦において、二機のISを整備したのは紛れもないティムだからだ。
 オーギュストの混合ナノマシンを利用した『マンバ』や、『茶の七番』が零落白夜対策に用いた『シンバル・バックラー』も、ティムが考案、開発した代物だ。

 そう、ティムはゲボックや束と違い。
 開発者の懊悩を感じていた。

 自分が開発した兵器でグレイが傷ついた事を、他ならぬ自分が傷つけたのだと自責を感じてしまったのである。
 ティムもグレイに懐いていたがために、一際に。

 だが。
 『コード・ヴァイオレット』の反復を耳にしているうち、落ち着いて来た。
 尤も、出し抜いて一夏を救出するなど以ての外だ。
 自分は『亡国機業』の一員なのだから。
 ミューゼルの為にも、裏切る訳にはいかないのだと。

 しかし、自分は、偽造戸籍上とは言え、『Dr.核爆弾』ゲボック・ギャクサッツの従兄妹(いもうと)なのだ———

 いもうと…………。

「うっげぇ……」
 気が滅入った。
 兎角。
「落とし前ぐらいは付けさせにゃあなぁ」
 『宴』には乗ろう。
 だが、組織の一員としても有能である事を示して見せる。

 かねてよりの計画と、丁度今自分が受けている任務は相入れぬどころか符号が一致する。
 モノにしてやらぁ。
 野心、職務、私情。
 それら全て通そうとするその姿は。

 案外この一連で一番の大人なのかもしれない。



 『コード・ヴァイオレット』は即座に効果を発揮する。
 すなわち。
 火の中水の中草の中森の中、土の中雲の中、岩の下空の上ビルの影人ごみの中人皮の中、砂漠から海から川から山から、光の屈折の中から偏在していた分体から空間の狭間から、ついでにあの娘のスカート中から———そう、ありとあらゆるところから彼らは湧き出て来る。

 つまり、ドイツ中、生物兵器の軍勢に席巻、包囲されたのである。
 ゲボック製生物兵器の恐ろしいところは、その中には生物兵器を開発する生物兵器も混ざっていると言う事だ。
 ゲボックの手を離れても進歩、増殖の手は止まらない。

 これに、なにを勘違いしたのか、戦慄したのは各国のVIPである。
 モンド・グロッソには少なからず代理戦争の側面がある。
 ISの戦闘力を以って国力を誇示するのである。
 よって、自然と各国の首脳陣が集まって来るわけで。

 そして、その出席率が高まるこの状況でのゲボック製生物兵器、暗部の公式名称ゲボックウェポン、ここに大集合。
 狙いは自分だ、と勘違い国家VIPがいてもおかしく無かったのだ。
 ゲボックの力を知る上層部であればある程その恐慌具合が跳ね上がって行く。
 正直、前線の者には秘される事柄であるが故に分からない。
 ISこそが史上最強であると言う認識故に。
 かの、『Were・Imagine』の開発者だと言う事さえ知らない為だ。
 そのせいで、妙な温度差が発生した。



 ところで。
 ゲボックはと言うと、実はそんな風に緊張している世界のVIPのすぐそば、モンド・グロッソの試合会場の一角に即席研究所をおっ立てていた。
 キモが太いと言うより多分何も考慮していない。VIP達もまさか自分達の恐怖の発生源の大元が自分等と壁数枚隔てたところにいるとは想像の外だったのだ。

 しかし、なんと言うかこのゲボック。
脱力していて、覇気があんまり感じられない。
 『灰の三番』の残骸も手術台に上げっぱで手を付けていなかった。

「旦那様。お気をしっかりなさって下さい」
「そウですねー」
 ベッキーが声を掛けても、ゲボックは生返事するだけだ。

「旦那様。なにを腑抜けになっておられるのですか? いえ、分かります。彼女は我らの始まり。誰しも恩義を受け、このたびの事に胸を痛めております。彼女はそれ程に人徳を積んだ方でした。ですが———ここで止まるのが我々ですか? 悲しみ伏せるだけが我々ですか? せっかく『コード・ヴァイオレット』で皆を集めたのです。存分に示さねばなりません。お分かりですよね」
 ベッキーの言葉に合わせ、ゲボックの隣にあった研究機材が押し潰された。
 ベッキーがPICで重力を操作し、叩き潰したのだ」
 はっきり言おう。ベッキーですらぶっちゃけ切れている。
 だからこそ、ゲボックの反応があまりに一般人じみて違和感を感じるのだ。
 親しい者が害されて、落ち込むなど。
 ゲボックらしく無い。
「やレやれでスねえ」

 ゲボックは立ち上がる。
 白衣を翻し。ヘルメットをカチカチと操作。

『はいはーい、ゲボックですョ? 皆サん聞いてマすカ~?』

 その間抜けた思念通話は、ドイツに集合した生物兵器全ての脳裏に届いた。







「「「はぁぁぁぁ〜〜〜〜〜…………」」」



 張り詰めていた気力が一気に萎えた。
 落ち込んでいると思いきや、普段のゲボックである。それも仕方あるまい。

 ドイツ中が溜息を吐いたような雰囲気に包まれたような気がする。
 しかし、そんな彼らの殺気を振り返すような一言を、ゲボックは放ったのだ。

『小生は何もシませんョ?』
 一体どう言う事だ。
 やられたのに何もしないのか。
 にもかかわらず何故集めた。
 その情けなさをワザワザ伝える為か!

 今にも暴動が発生しそうな激情が各所から迸る。下手すればそれがゲボックに向きかねない程だった。

 しかし、ゲボックは変わらず思念を送る。
「だッテ、小生は科学者ですョ? 闘っタり、助ケたりするのは専門外なんデすょ。そもそもワザワザ小生がそんな事する必要無いでしョ? ———ダって」



 火に油を注ぐ様な言葉はさらに空気を張り詰めさせて行く。
 だが、ゲボックはやはりゲボックである。






「———それをスるのは皆サんでしョ?」

———は?

「だから集まッたんじゃナいですか。だカらね」

 ゲボックの演説は止まらない。

「今回、小生から皆サんへ一言たりとモお願いサえありませン、だっテ頼む必要無いデしョ? しなクても皆してクれるシ?」

 その、ゲボックの言うところは。
 それを察した知能の高い生物兵器から順に怒りの矛を収めて行く。



「強いて言うなら『好きにしテ良いですョ』でしょうか。今回、いっくんが誘拐さレましたけど、いっくんは『灰の三番』が大切にしていた子デす。『言わなクても助けてくレるに決まっテ』ますしね!」

———そう。

「何か言うのはアナタたちの方ですョ、小生ノ子供達———さて、こレからの行動でアナタ達は」
 そこで蘇る。ゲボックのいつもの気配。



「何を望ミますか? 何ガしたいですか? 何をして欲しイですか? 何でも望ムのです。小生はなんだって出来ますよ? なんだって作リ出せます。なんだって与えてあげましょう! アナタ達を作ったのは誰ですか? 忘れる筈なんテ無いですョね? 他でも無いアナタ達を作ったのは超優秀な小生なんですから」

 それは、進化を許可する狂乱。

「さぁ! 述べなさい。欲しなさい! 求めなさい! 飢えルのです! 貴方達が小生の子供達だと自負するならば! 貪欲に強欲たりえナさい! 果てなく天井無く底知れず! 際限なく手を伸ばし願い求めるのです! まさか小生の子であろうアナタ達が! 現状如キで満足だなんて堕落に陥ってはいなイでしょう?!!」

 この発言は。
 事実上の。
 リミッター解除。
 限界を感じるならば自分の元へ来い。
 その上限をさらに高めようではないか。

 汝が欲するならば我が元へ。
 何のリスクも。
 何の制約も。
 何の代価も支払わせず。
 望む願いを叶えよう。

 如何なる手段を持ってしても強くなりたいと望む生物兵器に取って、これほどの褒美は無い。



「「「「雄雄雄雄雄鳴鳴鳴鳴鳴鳴鳴鳴鳴鳴鳴鳴鳴鳴鳴鳴鳴鳴(オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ)ぉぉおおおオオオオッ!!!!」」」」

 ドイツを生物兵器の勝ちどきの雄叫びが震わせる。
 これが、後のゲボック製生物兵器最大勢力、『家族派』の勃発である。


 そこに、ベッキーの声が割り込んで来る。

『それでは皆様。何か御要望があればお傍に控えているわたくし共、ベッキーシリーズにお申し付けください。亜高速通信でDr.に伝達、対処を拝上し、その場で直接わたくし共が改良処置を致します』
 さっそく注文を付けて来る生物兵器達である。それに的確に答えを返してベッキーの分体達が生物兵器達の戦力をリアルタイムで最新最強に創り替えて行く。

『さて、改良中の時間をお借りしまして、本題に移るとしましょう。本日皆様に集まって頂きましたお題目は『かくれんぼ』に御座います。どうも、地上回路に偽データを流してわたくし共の全世界監視網からさえ身を隠しているようでして。はい、『鬼』はここにいる皆様全員。追う対象は今回の下手人に御座います。煮るなり焼くなり揚げるなり、刺すなり斬るなり潰すなり、砕くなり刻むなり溶かすなり感電させるなり毒を盛るなりなんなり、御自由に御料理くださいませ。さて―――ここで追加ルールです。特別ボーナスで『一夏ぼっちゃん』が御座います。ぼっちゃんを無事救助して頂いた方には、漏れなく―――千冬奥様のキスをプレゼント! さあさ、皆様はりきって頑張って下さいね!』

「「「「ひょおおおおおおおおおおおおおおっ!」」」」
 千冬人気は、生物兵器の中でも高い。決して『敵わぬ』孤高の華とかそんな感じで。
 あくまで前述の生物兵器としての魅力だからアレである。

『待てコラあああああああああああ―――ッ! 勝手に決めるな! あと誰が奥様だゴラ!』
『これは小生も、是非トも成し遂げないと行けナいですネ!』
『いや、Dr.アンタ今自分で専門外ッつったろーが』
 注意して欲しいのが、このツッコミはベッキーのモノだと言う事だ。
 余りに露骨に現金すぎるせいだ。

『誰も私の話を聞かんとはどういう了見だああああああっ!』

『『ぎゃあああああああああッ!』』

『あ、奥様。ドイツ軍から一報入ってますよ?』
『ああ、すまん。だが奥様言うな』
『ドブッフゥオオオァ!』



 なんて漫才で千冬の精神を何とか安定させつつ。

 ぞろぞろと進軍して来る生物兵器は、それまでの恐ろしい隠密性から一切の妨害を受ける事なく侵入して来る。

 その結果。
 市民は大混乱に陥った。
 中でも人間に擬態するタイプはその場で擬態を解除して生物兵器状態になるものだから周囲の人間の受けるショックは並大抵の物ではない。皮膚の下に鱗ありましたどころか、いきなり背丈が1.5倍になりました、の世界である。
 しかもノリが、『かくれんぼ』なのだ。
 それぞれが。



「ゴォラ出て来いくそ野郎共が―――アアア!」
「一夏ー? 一夏どこー?」
「千冬のキスだよキス! 絶対見つけるもんね」
「ちょっと待ちなさい! 千冬様のキスってどういう事よ!」
「一夏を見つけたら貰えるんだって」
「キャアアアアアアアアア!」
「連絡よ連絡!」
「何言ってるの! この情報は私達で独占しておくのよ!」
「もう僕等全員知ってるけど?」
「情報網はこっちが上よオオオオオオ!」
「ところでこの女の人誰?」
「千冬様ファン倶楽部よ!」
「あ、じゃあこれ一夏の写真ね」
「キャー可愛い!」
「この子をものにしたら名実共に千冬様の義妹……はぁはぁ」
「間違いなくそんな事企んだら千冬に殺されるよ」
「殺して!」
「うわー」

「うぅっ……なんか寒気した」
 なんて、千冬の背筋に鳥肌たつような会話があったり。

「うわああああんっ!」
「どうしたの?」
「あー、迷子だよ迷子」
「ぎゃああああああ!」
「うーん、泣かれるなあ。どうしようか」
「お前の顔怖いんだよ」
「君にだけは言われたく無いんだが」
「さて。じゃあアイスだ」
「……あ、有難う」
「おー、泣き止んだ。流石餓鬼、現金だ」
「思ってても口に出すなよ。あとアイスどっから出したのさ」
「よし、コイツの背中乗ってみるか?」
「は?」
「い、いいの?」
「おう、乗れ乗れ」
「何でそんなホイホイ君が決めるんだい? 話聞けよ」
「ホーレ高い高ーい!」
「わーい!」

 などなど、恐慌起こして取り残された子供を保護したりして―――

「こちら国防IS部隊……生物兵器群を発見、直ちに攻撃を……くっあいつら―――ッ!」
「どうした!」
「あいつら、自分たちの進軍に取り残された子供を組み込んでます! 人質のつもり!? なんて卑劣な!」
「しかしぞろぞろ増えてくなー」
「どこのハーメルンか!?」
 なんて勘違いされていたりした。

 その内、恐慌は段々収まって来て。

「なんだ、仮装行列か」
「驚かせんなよなー」
「子供も参加できるのね。ほら、肩車してもらってる」
「あ、ウチの子だ! 見つかった! はぐれてたんだよ!」
「あーパパー!」
「あ、ご両親ですか」
「ええ。助かりました、ありがとう御座います」
「いえいえ。こちらも友人を捜していて他人事とは思えませんでして」
「それは―――僅かながら力になれるかもしれません。どのような方ですか?」
「ええ、こんな男の子です。織斑一夏、と言いまして」
「分りました―――何か分れば―――」
「あ、この行列の誰に話しても通じると思います」
「そうですか」
「それより、家族の団らんを大切にして下さい」
「分りました。本当にお世話になりました」
「またねー! 『緑の二十七番』」
「おーう」
「なんかスッゲー良心的だなお前」
「こう見えて、児童養育施設で働いててね」
「マジで!?」

「あ、上空にISも飛んでる」
「軍隊も協力しているのか。さすがだな」
「今日はモンド・グロッソ決勝だもんな。軍部もISがあるんだ、全力でお祭り騒ぎに協力してくれるだろう」
 今あなた等の目の前で仮装行列と間違われている生物兵器を警戒しているとは思うまい。

「一夏ぁ、一夏どこぉ!」
 と、そこらで生物兵器(仮装行列と思われている)が叫んでいるものだから、仮装行列じゃ『ICHIKAー!』というのがかけ声なのか、とドイツで間違った認識が広がって行ったそうな。






「ゲボック……」
「何でスか? フユちゃん」
「事情を知ったドイツ軍が協力を申し出て来た。私はそちらから行く。あぶり出しは任せた。あと、軍部から働きかけてドイツ軍とお前等がなるべく衝突しないように促すから暴れるなよ? それで……ああ、その……だな」

 珍しく、千冬は目線をそらして言い難そうにしていた。
 何度か口にしかけ、しかしその度に押し黙っていたが、あまりに珍らしくてゲボックとベッキーに注目されて居るのに気が付いたのだろう。
 ついに観念し。

 顔をそっぽに向けたままではあったが。

「…………あ、ありがとう、な」
 ゲボックに礼を言うのは相当だったのか、真っ赤な顔だった。



 が、その影にて———
 実は、一夏に何かあったら生物兵器が一斉に暴れ出すだろうと、千冬がドイツ政府を脅しまくっている事は知らないゲボックである。
 シンプルに、可愛いでスね! こレは録画でスョ! なんて思っていた。

 お陰でばれたのか照れ隠しかほぼ全力で殴られた。千冬の相手は本当に命が幾つあっても足りないものである。

 ゲボックは暫く呆然としていたが、ぶんぶんと顔を左右に340度振り回し気を取り直すと。
「いえいえ……お互い様でスね。小生はいつだっテフユちゃんに感謝しているンですから」
「…………言ってろ」

 ドアを蹴り飛ばす勢いで出て行く千冬を見送るゲボックとベッキー。
「フラグ立ちましたかねDr.?」
「フユちゃんの場合、それを小生の死亡フラグに張り替えますから油断なラないですョ」
「だいたいがDr.の自業自得なんですがね……はぁ。それでは、旦那様。わたくしも出陣致します」
「気を付けるんですョ?」

 仕事モードとプライベートではゲボックの呼び名が変わるらしいベッキーも出ていき……。

 ゲボックは慎重に周囲に知人がいない事を確かめた。
 口角を吊り上げる。
 あぁ。
 なんてMarverous!(素晴らしい)
 もはや忍耐は限界だった。

「ヒャハッ!」
 その隙間から漏れ出すは興奮。
「ふひゃははははははははっは! いヤぁ、ちゃんチゃらおかしいですョ! この程度で『灰の三番』が死ぬ訳無イでしョ?」

 腕がもげた? 頭が粉砕? 胴体唐竹割り真っ二つ?
 それが?
 それ如きで?
 ケイ素生命体原種(ルート・シリコンベース)を本当に殺傷せしめられると本気で思っているのなら、なんて面白いのだろう。
 そもそも彼女らは、分裂して増殖するのだ。
 真っ二つになった程度、繁殖となにも変わらない。



 落ち込んでいる?
 いやいや、その真逆だ。

 ゲボックは。
 感動していた。
 興奮極まっていた。

 あぁ。
 千冬が不謹慎だと怒るであろうから。
 それが分かっていたから。
 感情を抑えていたに過ぎない。

 小生なガらファインプレーを送りたいでスね。

 それ程に我慢は一苦労だった。
 何故なら———


 『灰の三番』の行動は彼女の体表面におびただしくあるナノマシンのログから確認済みだ。

 それは、殆どの人が目を覆う程のモノだった。
 それは、戦士なら、よくぞ戦ったと言うかもしれない。
 それは、彼女の事を熟知した科学者ならば———
 あり得なさに興奮し。
 彼女の進歩に感動しただろう。

 グレイの望んだ成果も。
 グレイの求めた結果も得られていない。



 だが、科学者ならそれに非を唱える。
 否。
 これは大戦果だ。素晴らしい実験結果だと。



「ヒャハッ! あはハは、Marverous!! 貴女は超越しました! だってダってそウでしょう!? 貴女には使命があった。何に優先してでもやり遂げなけれバならない絶対不可避な重大使命が!!

 だけど貴女は使命よりもいっくんの優先度を上位に置キました。これは本当にスごい事なのですョ、小生だって貴女には特別自衛プログラムを仕込んでいタんです。知ってましたか? ———ま! 知っていても関係無かったでしょウがね!

 己の使命をカなぐり捨ててまでいっくんを守ろうと、母性に類似スる行動をした貴女は、本能もプログラムも超越しマした! Marverous! 本当にMarverous! アハッ、ハハッげひゃひゃひゃひははははフっはは!

 ———ソう!

 こレが貴女の望んだ『魂』というもノなのですョ。貴女自身が魂を手にシたのです! 使命も義務も本能もプログラムも超越した———貴女の選ビとった行動ソのもの! それがほかナらぬ貴女の魂を証明しているノです! あひゃははハひひふふふははっは!! ああ! ゲに恐ろしきは、時として狂気と並ぶ母性!
 ナんて素晴らしい実験結果(データ)でショう、芸術的とも言えル最高傑作(アート)です! Marverous! Marverous!! Marverousッ!!! サあ! もっトもッと小生に新たな発見を提供して下さい! 我が愛娘! 『灰の三番』!! 貴女は本当にMarverous(素晴らしい)!!!!」

 それは———そう叫ぶゲボックこそがまさに狂気の渦中にあるような熱気であった。
 このまま放っておけば脳の血管が破裂するまで際限なく血圧を上げんとしていただろう。
 しかし、運命とは良くできたもので、色々な局地にあるゲボックはやはり、水をさされる事となる。
 それは。

———カランッ

 という。乾いた音だった。
「おヤ?」
 その音が響いたのは、ゲボックの興奮が最高潮に達した瞬間であり、少々気が削がれたゲボックは、それでなお新たに生じた好奇心に惹かれて振り返った。
 何でも無いようなものなのに、酷く第六感が訴えるのだ。
 怖気のする程危険だと。
 しかしゲボック。一度死んでも懲りる事なく危険に直滑降だった。
 こいつはどうもへこたれない質であるらしい。
 そこには簡易手術台と、その上に無造作に乗せられた『灰の三番』の残骸があるだけだった。が———

 その手術台の下。

 真っ白い。骨のような棒が———ころん、と鎮座していた。

 ゲボックは、それに心当たりがあった。
 だから。
 真逆に位置する二つの感情が湧き上がった。

 一つは好奇心。
 新たな発見に対する歓喜。

 だが、口を吐いたのは。
「アッリャア。こりャまずイですネ」

 失態に向けた悔恨だった。
 ひたひたひた、と輝きが生まれ始めていた。
 それは、この緯度ではよほどの異常気象が起きない限り、決して見る事の出来ないオーロラだった。
 ゲボックの視界に、ゆらゆらと、オーロラが広がって行く。
「マ、しょうが無イですね」

 極彩色が、氾濫した。





 時を、やや戻すとしよう。

 それはさながらにロデオだった。

 オーギュストはIS、スティンガーの非固定浮遊部位———蠍の尾をモデルとした非固定浮遊部位———ヴェノムデバイス『マンバ』でグレイを貫いたまま暴れ狂い、叩きつける攻撃方を選択した。
 その暴れ狂い方は四字熟語なら七転八倒、狂風暴雨。巻き込まれれば即座にひき肉にならんばかりの大暴れである。
 グレイを振り回し、体勢を整えさせない為だった。下手に扱えば先の通り、防性因子を貫いて手痛い反撃を受ける可能性があるからであり、かと言って遠距離戦を選択した場合、粘られると非常に厄介だからだ。

 篠ノ之束が手ずから生み出し、ゲボックの手も入れられているIS、暮桜が救援に駆けつければそれで全てが終わる。
 相棒———『茶の七番』からエンカウントの報告は受けている。
 余りに時間は無い。
 勝てるなどと戯言でも口には出来まい。

 あれは最早災害だ。
 天の手違いたる災害(ゴッド・ケアレスミス)と同列である。
 例えなんであろうとも、どれだけ保つか、でしかの違いでしか無い。

 戦力把握? 否。単純に生物としての本能だ。

 例えISがあっても生身の千冬でさえ相対したくは無い。
 身の内の獣が叫ぶのだ。
 闘うな、と。怯えるのだ。



 篠ノ之束。
 ゲボック・ギャクサッツ。
 そして、織斑千冬。

 何故一つ所に規格外ばかりが集ったのか。
 世界は、今やたった3人の影響下に無いところを探す方が困難な程だ。
 これぞ世界を覆す劇的因子。
 地球上の生命的歴史において、主役たる生物の交代、転換期ももしかしたらこのような形だったのかもしれない。



 ———などと、そのような事をオーギュストが考える訳も無いが、ナノマシン同士の拒絶反応で動きの鈍ったグレイはそれでも周囲から塵状のナノマシンを集め砕けた身を繋ぎ、壁に叩きつけられる前に緩衝材を精製し、しぶとくも食らいついてくる。

 はたして。
 グレイは奮闘し、ついに『マンバ』からの脱出に成功する。
 しかし、全身は罅入って無いところを探すのは無理難題だと匙を投げんばかりにガタガタに崩壊を始めていた。

「チィッ!」
 しかし、一手悪化したのはオーギュストである。
 将棋でいえばこれは対戦ではない。
 オーギュスト一人で行う詰将棋なのだ。
 限られた手数で上がらなければ、千冬が到着して(つんで)終わりなのだから。
 オーギュストは些か冷静さを失いながら、両腕の側面にあるハサミ状のユニットを開く。
 『マンバ』とリンクし、彼女の血液を塗布したニードルガンを連射する対ナノマシン兵器———

 途端。
 グレイの目に焦燥が浮かんでその身を弾くように跳ばす。

 グレイが立つ位置は、一夏の前。
 そう。
 ニードルガンは微細な針をスプレーのように、半ば散らすように射撃する。

 グレイは流れ玉ならぬ流れ針から一夏を庇ったのである。
 何十条もの針が彼女を貫いた。しかし、ギリギリで身体硬化、なんとか貫通し、一夏に被害を及ばせないとしている姿はまさに執念である。



 それを見て———
「月並みなのは癪だが、弱み見っけェッ!」
 『マンバ』を横薙ぎに払い、グレイを真横に吹き飛ばす。

 その瞬間は———

 そこに。まるでオーギュストの都合に合わせたかのように。
「いぃやぁめろおおおおおおおおおおっ!!」

 一夏が、グレイの密集陣形(ファランクス)で造られた剣を拾い上げ、振りかぶっている瞬間だったのである。









 一夏は、グレイに関しては、要望がまるで言葉のように聴こえる。

———故に

 一夏、一夏、一夏、一夏、一夏、一夏、一夏、一夏、一夏、一夏、一夏、一夏、一夏、一夏、一夏、一夏、一夏、一夏、一夏、一夏、一夏、一夏、一夏、一夏、一夏、一夏、一夏、一夏、一夏、一夏、一夏、一夏、一夏、一夏、一夏、一夏、一夏、一夏、一夏、一夏、一夏、一夏、一夏、一夏、一夏、一夏、一夏、一夏、一夏、一夏、一夏、一夏、一夏、一夏、一夏、一夏、一夏、一夏、一夏、一夏、一夏、一夏、一夏、一夏、一夏、一夏、一夏、一夏、一夏、一夏、一夏、一夏、一夏、一夏、一夏、一夏———!!

 戦闘中(振り回され、叩き付けられている)のグレイの『声』はただ、『一夏』を連呼するもので、事実一夏にはそう聞こえた。

 必死なグレイは本当にそれしか望んでおらず、しかし、その真意は容易く想像が付く。
 『一夏、逃げなさい』だ。

 尤も、これは戦略上賢いとは言い難い。
 オーギュストが攻撃役を担当するなら、カバーする要員があって然るべきなのだ。
 逃げ出すなど、一夏単身でそれ等のエージェントに身を晒す事に他ならない。

 そこがグレイの修羅場における経験不足であるが———

 本題はここでは無い。
 重要なのは、一夏と連呼するその『声』一語一語を、一夏が———

 『一夏、助けて』

 と、傷つけられ苦しむグレイの悲鳴だと受け取ってしまったことだ。

 特殊な感覚による齟齬、勘違いは奇しくもこれが始めてだった。
 何故なら、普通の人なら単に『逃げろ』とシンプルに聞こえていたに違いない。
 しかし、グレイだけは例外だった。

 まるで言葉として聞こえるために。
 危急の際は逆に、言葉足らずとして伝わってしまう。

 ただひたすらに聴こえる、助けを求める声。
 実際は真逆の事であるのに意図は伝わらず一夏の心をザクザクと切り刻む。

 何も出来ない自分。

 それじゃぁ……。

 何のために常日頃、守ろうと誓い。

 強い、姉の背に憧れて剣を振ってきたのだ。

 今、守らんと立ち上がらずして。
 一体、いつ守るのだ……。

「あ、ああ……あ、ああ、ああああああああッ!」

 ISの強さは分かっている。
 幼馴染みの姉が開発者で、実姉がその最強の乗り手だ。
 男の身では抗うべくも無い事は誰よりも身に染みている。

 だが。
 最早、いつ誰に対しても笑顔を振りまいている彼女が、全身罅だらけのボロボロであって、それでも。

 一夏をニードルガンから庇い、その背から60もの針を飛び出しているのを見た———その瞬間

 そばにあった、グレイの作った剣を掴み。
 目の前が真っ赤になった。
 生まれて初めて殺意を抱いた。
 グレイが『マンバ』に薙ぎ払われた。
 その。影から。

「いぃやぁめろおおおおおおおおおおっ!!」



 一瞬、ハイパーセンサーが壊れたのかと錯覚した。
 さっきまでガタガタ震えていたオスガキが、ナノマシン集束で造られた長剣を拾い上げ、『マンバ』に足を掛けていたのだから。

「さっきから誰に手ぇ上げてんだテメェ! 殺すぞ!」
「——————はぁ?」
 オーギュストとしては、逃げないでいてくれて手間が省ける。そんな感想しか抱いていなかったが。

 右腕の一本が。
 宙を。
 舞っている。

 ISの防性因子を突破できるのは、同じISの攻性因子を塗布した攻撃か、生身の肉弾攻撃だけだ。

 剣などの凶器は、ISに危険とみなされ、シールドに無効化される。
 武器に人間は攻性因子を塗布できないからだ。
 その筈だ。

「まさ、か———」
 一夏の持っている剣が、初めに自切したグレイの右腕を整形したものなら?

 そして、ケイ素生命体原種の細胞は、切り落とされたぐらいで死にはしない。
 個体数が二つになるだけ。
 繁殖と似たようなものだ。

 つまりこの剣は、グレイの分身も同様だ。
 生きてオーギュストに敵意を持っているが故にISの防性因子を斬り裂ける。

 しかし、絶対性が失くなるとはいえ、
やはりシールドはあるはずなのだ。
 それを、たかが、男———しかもガキなんぞに———

 オーギュストの感情が沸騰する。
「っざけんなぁ!」
 残ったもう一本の右腕で一夏を弾き飛ばす。
 ISのパワーアシストが効いている遺伝子強化体の一撃だ。

 一夏は小型車両に撥ねられたかのように弾き飛ばされ、動けなくなる。
 意識はあった。
 だが、動けない。

「はぁ———バケモンの血筋はガキでも健在ってかぁ!? クソッ! クソクソ、男如きが、許さねぇ!」

 さらに、一夏に落とされた腕を接着。
ISが重力操作で固定し、さらに体内のナノマシンが断面の細胞を活性化、即座に接合して行く。

(どっちが———バケモンだっての———)

 IS相手にとんでもない戦果を果たしたとはついぞ気付かぬ一夏はしびれて動かない体を叱咤する。

 だが、奇跡的に骨折や内臓破裂を起こさなかったものの、全身レベルで受けた強い衝撃が、肉体の自由を奪っていた。



 憤るのは当然オーギュストだ。
 防御の絶対性に対処されたとはいえ、ただの男児に———ISが無くても容易く殺められる相手に一泡吹かされたのだ。

 元々女尊男卑の傾向が強いオーギュストの事だ。
 怒りは頂点まで達し、完全に目的を見失っている。

 一夏を殺すなとは言われているが、傷つけるなとは言われていない。
 逃亡防止に足の一本、欠けさせても支障はあるまい———いや、最低そうでもしないと気が収まらない。



 オーギュストが『マンバ』を振り上げた、その時。
「キ、キ、キ、キキキキキキキキキキッ―――!」

 ガラスを引っ掻くような音が響いた。

「ん? あ、おい…………あんだありゃあ?」
 グレイが立ち上がっている。
 しかし、オーギュストが思わずこぼしたように、様子がおかしい。
 上体にまったく力を込めず、大きく前に折り曲げ、だらりとこちらに背を晒している。
 そのくせ、両足はしっかりと地に足をつけていた。

「なんだ……?」
 覆い被さるように上体を降ろしているグレイだったが、その背から。
 ギリギリギリ、とまるで肋骨のような質感の―――ああ、杭だ。杭が背中から突き出、伸び始めている。
 その数12本。

「カ、カカカキキキキキキ儀ギギ疑ギ義ィ…………」
 グレイからは、爪でガラスをかきむしるような音が徐々に強くなって行く。
 出している気配がまるで違う。
 そして。

 ぐにゃあ―――と。
 生理的におぞましさを感じる動きで首を持ち上げたグレイの視線がオーギュストと絡み合う。

 ぞ―――
 まるで背筋に氷柱を差し込まれたようなおぞましさが走り抜けた。

 グレイの表情に、人の持つ感情のそれは存在していなかった。
 口をまん丸の『O』の字に開き、限界以上に両の眼も見開いている。
 しかし、そこにあるのは目でも口でもなかった。

 穴。
 
 まるで、死の国の入り口のようにどこまでも暗い暗い、黒。
 幸運なのは、立ち位置からして一夏にそれが見え無かった事であろう。
 体が動かないだけで、一夏の意識はハッキリしていたのだから。

 その、孔の奥で、ゆらゆらと少しずつ、様々ごちゃごちゃに混ざった虹色が目映来始めた。
 一番近いのは、オーロラであろうか。
 だが、オーロラとはここまで禍々しいものであったろうか。

 古代中国では、オーロラを赤気といい、凶兆の、不吉の兆しと扱われ、恐れられていた。
 おそらく緯度的にオーロラを観測すると言う事は太陽の活動の異常、ないし地球そのものの異常で気象など、天災の要因となりやすいからであろう。

 言うならば、それは『死』そのものだった。
 ギリギリと背から生えた杭のようなものが伸びるに連れて、その気配が増大して行く。

 オーギュストは動けない。
 その硬直から脱するべく、彼女は全力の攻撃をグレイに放とうとして。

「止めろ……」
 それを見た一夏が何とか声を絞り出す。
「止めろ……」
 しかし、それは、異変を起こしたグレイに釘付けのオーギュストには届かない。
「止めろ……」
 しかし、全身が痺れて痙攣する程度にしか体を動かせない。声も高らかに発することができない。
「止めろ……」
 だがやはり、オーギュストも止まらない。最大の攻性因子を乗せ、ギリギリと引き絞る。
 一夏に気付く精神的余裕が無い。
 だが、それでも、何も出来なくても、例え血を吐こうとも、声だけは―――
「止めろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」

 その願いは。魂の叫びは聞き届けられたのか。

 その声には。

 ある声が。



———うごくな



 応え、力添えし。
 結果その声が、周囲総てのISの機能を一時的に停止させた。























 それは、機能があちこち断線し、混乱した神経束が暴発のように再生させた記憶である。
 グレイの『心』に引っかかった、『かえし』のついた針のようなものである。

 それは、月で潰れたシーマスの変わった個体、コーサ・ムーグの眼で見た世界だった。
 そこに、グレイが見た世界も混ざっている為、非常に分り難い混沌と化している。
 
 あの後、修復させたが、結局そのシーマスに再びコーサ・ムーグの個性が宿る事は無かった。
 だが、彼との邂逅が、グレイに一つの現実を打ち込んだのは確かである。






 ……さて。いきなりなんなんだと申されるかもしれないが、コーサ・ムーグは革命家である。
 いや、革命家であった、が正しい。

 彼は自分が何故こんな所で作業用兎ロボットになっているのか全く分からないし、月の様子が彼の知っている様と比較して激変している理由も良く分からない。

 と言うより。
 かつて、自分が何をしていたのか。詳細を思い出そうとすると、イメージに霞がかかって見えなくなってしまうのだ。
 
 漠然と、殺伐した彼の周りを、優和で繋ごう、と活動していたのだけはぼんやりと憶えている。

 なので、考えても先が無いので、ロボットの身として作業をする傍、フリーになった時間で思うままに行動してみた。

 コーサ・ムーグがしているのは二者の橋渡しである。
 コーサ・ムーグには感応能力のようなものがあって、意思を疎通する事に長けている。
 これで、些細な誤解で諍いをしている人達を和解させたりするのが彼の生き甲斐だった。

 案外、かつての自分も同じような事をしていたのかもな———

 ぼんやりと自己を客観的に見ればそんな気がしないでも無い。

 さて———

 そんな彼が今気になるのは『灰の三番』である。
 彼女自身が、人を理解したいと言う願望を強く持っていると知った時。

 かつて。
 『それを知ったときの興奮』を思い出した気がした。
 彼女達と人間を繋ぐ―――

 架け橋と―――



 ふっ、と気付く。
 それは、走馬灯だった、のだろう。

 コーサ・ムーグの目前に。イカの巨体が迫っていた。



 その場面は、ああ、彼の最後か。



 イカが『灰の三番』を捕食するべくに近付いた時、巨大な壁が突如出現してその進攻を阻んでいた。
 
 その時、コーサ・ムーグは、空気の無い月面世界であるにも関わらず、確かに。音声を聞いた様な気がした。
 思念通話で伝わって来る様なものとは全く違う、生命の気配を微塵も感じさせない声で。



密集陣形(ファランクス)



 ―――と、グレイが呟くのを



 そして。
 ファランクス。
 重歩兵が盾を構え、防御しつつ高い密集率で一斉に攻撃、突撃する密集陣形である。
 かなり古い戦闘教義であり、現在の機動性を有する戦術には効果を発揮できるものではないが、そのシンプルすぎるコンセプトは真っ正面からの力にぶつかるには適している。

 何故なら。
 それは盾で防ぎ。

 ナノマシンが集約して出来た壁から返しの付いた銛の様な一撃が打ち込まれる。

 このように、動きを止めた所に刺突を繰り出す攻撃なのだから。
 だが基本、このケイ素系生命体には急所というものが無い。
 人間と同じように体細胞が分化、組織化していればあるのだが、この生物はどちらかと言えば群体に近い生態をしている。
 粘菌のように、細胞単位の生命体が無数に集まって一つの生命的に機能を分担しているのである。
 よって、いくつかの器官が破壊されようが、別の部分が役割を変えてしまえば問題無く機能を続行する事は出来る。
 だが、苦痛はあるのだろう。
 重力制御を滅茶苦茶に振り回し、イカは暴れ狂う。
   
 その瞬間、思い出した。コーサ・ムーグは自身がどんな存在なのか、完璧に把握してしまった。
 声を発しない。いえ、実際発していないのに、耳に届いた理由が分ってしまった。
 そしてそれは、絶望さえ既に起こってしまった後の話。全て余談に過ぎないものであった。


 
―――その瞬間が“今”であった



 さて、今度はグレイの側から見て行くとしよう。
 グレイは、つぶらなコーサ・ムーグの瞳と目が合った。
 
 グレイは聞いた。
 どうやら、僕は『残響のようなものに過ぎない』らしい。

 え?

 どうやら、君が『月』に近付いて来た為に、君、というか君等の存在に共有されている―――根のような大本に蓄積されていた多量のマトリクスサンプルの中から、たまたまこの筐体に反応する僕と言うマトリクスが共鳴、揺らぎが生じて表出してしまったらしい。君の持っている情報に過ぎない僕だったが、このように出てこれたようだ。どうやら僕の交信能力は、残り滓になっても、今だ往生際が悪いらしい。

 意思が伝わって来た。しかし、内容が分らない。
 サンプル? やり残した気持ちを抱き終えた?
 それは、嫌な気がしてならない———そんな予感を抱く単語であった。

 君がいつの時代の『彼ら』で、そもそもここが『どこの』月なのかも知りませんが―――


 理解できなかった。
 しかし、自覚できない使命の方は、それを的確に把握したらしい。
 
 そこで、グレイ意思とは別に、彼女自身の雰囲気がぐるりと変わる。
 戦闘をナノマシンに指示したときの様な、無機的な声色に。

 人間の多様性を潰えすような、精神性の均一化など、人間を学習するにはむしろ邪魔でしかない。そもそも、それは、お前の夢ともそぐわないものの筈だ。しかも、父がいる為に実現の可能性が無ではないからな。

 やめろ。それ以上言うな。言わないであげてくれ。
 しかし、無情にも、彼女の意思を無視してグレイ自身の口はそれを断言する。

―――お前はちゃんと、諦めただろう?

 やめて。
 
 ああ。そうなんだ。

 『諦め』

 コーサ・ムーグは、いや、コーサ・ムーグから得られたサンプルに過ぎない彼は、その一言で、全ての行動を放棄した。

 理解していたが、グレイの奥に居る種族の声を聞いて、暴かれ、情報に戻って行っているからだ。

 異なる世界の異なる宇宙、異なる月面の異なる時代において。
 彼、コーサ・ムーグは、グレイと同じ種族と感応能力を以て交信を交わす事に成功した数少ない存在である。
 彼のいた所で、グレイの種は人間から見て友好的な行動をとっていなかったと言える。
 だが、この交信能力で分り合えば。

 人とそれらとの架け橋になれる。そう思っていた。
 だが。
 彼は、肝心要な、人間相手にはそれほど友好的な関係を築く事が出来ていなかった。

 人から見て、グレイ達は敵であった。
 
 それらと手を取り合おう、私達は分り合える、と語る彼に胡乱な目が向くのは必然であり。
 『汚染』されたと判断されたのは必然であった。

 だから、分り合おうと語っていたグレイの種では無く。
 同じ人類から放たれた凶弾に倒れたのである。
 
 
 そして、コーサ・ムーグは致命傷にて意識を失う瞬間。
 思ってしまったのだ。

 なんで―――
 なんで。こんな醜悪な生き物の為に、自分は生涯をかけて活動して来たのか。
 『彼ら』に滅ぼされてしまえば良いのだ。
 こんな醜い心など、真っ平らに平均になってしまえば良い。

 相互理解とは、正に逆の願い。
 その後起きた彼の幽霊が体験した『諦め』の後に抱いた憎悪にも似たものだった。

 彼の信念は崩れたのだ。
 故に、ここでの彼は、生前にあらざる願いをゲボックを通じて叶えようとしていたのである。



 データとして戻った『彼』を回想し。
 グレイはふと、『自分』に想いを馳せる。

 ………………私の『間違い』は、この意味で正しかったのかもしれませんね……。
 グレイは内心だけで吐露する。
 コーサ・ムーグの記憶を通して彼女の同族を見た。
 人に近しい姿をし、思考を人に近づけた彼女の同族は、心が無い故に触れた人の心を彼らの精神性で汚染する。
 コーサ・ムーグが汚染されているというのは正しかったのだ。

 私は『間違えて良かった』。
 もし間違えていなかったら、父や、千冬、そして一夏を汚染していただろう。

 この失敗はある意味で成功であった。

 失敗していたからこそ、今の私が出来ている。
 これこそが幸運。奇跡と言わずなんと言おうか。
 そして、悲しみを込めてコーサ・ムーグを見つめる。



 そう。グレイ達の種の主体はあくまで実験と観察。そして考察だ。
 交信できた。
 そう思っていたのはコーサ・ムーグだけであり。
 彼の単なる思い込みに過ぎなかったのだ。
 彼は、単に彼の交信能力を利用して人を精神面から知ろうとする為に利用されていたに過ぎない。

 交信能力があるからと言って、複雑怪奇な人同士が理解しきれる筈も無いのだ。
 それを理解せず。盲目的に人々の和平を願っていたコーサ・ムーグは、何より。

 他の全ての人同様に、誰の事も結局、理解なんてしてはいなかったのだ。

 なんて酷い、なんて救いの無い。
 私とは、こういう生き物なのか。



 自分の醜い感情を思い出したコーサ・ムーグの残滓は、全ての行動を放棄し。
 一時の依り代となっているシーマスの一体。その依代もろとも。
 諦めた後の怨みさえも。

 『諦め』て———

 イカの放つ重力場に潰された。

 グレイは、それを見る事しか出来なかった。
 自分は。
 父―――ゲボックや千冬、一夏、他にもここで出来た家族達に―――
 本当に同じ事をしないのだろうかと。
 自分さえ意図せず、既にしてしまっているのではないのだろうか、と。
 考えるだけでも恐ろしく。ただ、見る事しか出来なかったのである。









 意識が、戻ってきた。

 眼前にはISをまとった敵。
 そして倒れている一夏。

 その『命』引き剥がしてくれようか。
 思わずカッとなり、埋没した『杭』がズリズリと背から押し出される。

 グレイには『使命』のため、途方も無く強大なリミッターが仕掛けられている。

 背から突き出ている『杭』がそれだ。

 引き抜かれ、解除されたならば、こんな目の前の有象無象、現在の危急など、容易く解決できるだろう

 しかし。

 それをすれば、自分は一夏をコーサ・ムーグのように汚染してしまう可能性がある。

 何より。リミッターは『次元』と言っても良い。
 上位に昇格するに合わせ、観察者の視点がミクロなものからマクロなものへと一次元跳ね上がるのだ。
 バクテリアの世界に居たものが、一転してそれを顕微鏡で観察する人間レベルまで急激に押し上げられるようなものだと思えばいい。

 もし、次元を本来のものへ一つ近づけたとしたら。

 今まで、皆との交流で培って来た『心のようなもの』は、その後きちんと保持されているだろうか。

 グレイ自身が感じているその『手応え』。
 それは、上に還った際では、極ささやかな、ノイズに過ぎないのではないだろうか。
 一つ、上位に上がってしまえば、好意の存在になってしまえばより純化され、それを失ってしまうのでは無いか。
 そうなった場合、そこに残っているのは今まで皆の中にあった『グレイさん』なのか。
 父に名付けられた『灰の三番』のまま、ある事ができるのか。
 その保証はグレイ自身でも全く無いのだ。

 『自分』が無くなってしまうかもしれない可能性。

 その恐怖が、グレイのリミッター解除を停止させる

 嘔吐しながら、それでも歯向かおうとする一夏が見える。
 動けていない。
 だが、それでも手足を動かそうと死に物狂いであがいている。

 あぁ、なんて辛そうなのか。
 自分の事を棚に上げ、グレイは一夏のみを心配していた。



 そんな一夏を見た為なのだろうか。
 グレイの気配が戻った。
 その事に全身から脂汗を噴き出させ、一気に肝を冷やしたオーギュストは、かえって一気に冷静になった。



『ねぇ———貴女、死にたいの?』

 ISが硬直して攻撃が中断してしまった瞬間。彼女だけはさらに聞こえた。

『もし今、二人のうち―――例えどっちであろうと攻撃していたら———貴女、死んだ方がマシな状態になってたわよ? まぁ、そうなると一夏も無事じゃ済まないから止めたんだけど……ねぇ』



 何故かISを通じて幻視する白い少女。
 彼女は、『災害』と同列視された織斑千冬に酷似した文字通り猛禽の笑みを送り。

『貴女、命拾いしたのよ』
 文字通り、頭が冷やされた。
 グレイへ未だ向けている敵意を容易く見透かされたのだ。

 路線を再変更せざるを得ない。
 オーギュストの人柄からは有り得ないが、危険には敏感な彼女の勘が、普段通りの行動を許さない。
 攻撃目標、一夏に再設定。

 しかし、今度の目的は感情に任せた破壊衝動では無く———
 当然、一夏を守ろうとする、グレイである。



 当然、グレイは一夏の危機に飛び出した。
 結果、一夏は間近で。
 自らを庇ったグレイが、後頭部から眉間まで『マンバ』で貫かれたのを目の当たりにする事になる。

 最後に。
『一夏……』
 と『聞こえる』グレイの声だけが何度も耳朶の中を反響し。

 その後、無残に。

 頭部が爆砕して飛び散った。
 名実共にダイヤモンド・ダストのような細かい硝石の破片がキラキラと光を乱反射する。
 絶叫を上げそうになるが、一夏の口からそれは洩れなかった。
 代わりに。
 ああ、綺麗だ―――
 舞い散るグレイの頭部の破片を見て、憤激が突破しすぎて逆に静寂に陥った一夏の精神は冷静にそれを一切逃さず見送った。
 総てがスローになったかの様だった。感情が昂りすぎて、認識能力が跳ね上がったのだ。
 ゆっくりとグレイの破片の舞い散る様を脳裏に焼き込んでしまう。



 お陰で———

 続けて、グレイが縦に割られる様を網膜に焼き付ける事になる。

 まるでグレイそのものが舞台の幕のように開かれ、奥から嗜虐の表情を浮かべるオーギュストが現れる。

「あ———」

「ハッ、エスコートしてやるぜ色男。このアタシが直々にしてやんだから、光栄に思えよ?」

 二本ある右腕で、一夏に迫ってくる。
 それに抗う力は、最早残されてはいなかった。












 それら全て、自分の感覚器で確認している。
 ゲボックに回収され、今は手術台の上に乗っている。
 かつてと同じだった。
 
 石ころのように動かず、ただ思考を。
 ただひたすらに悔恨を重ねている。
 ああ、『間違えた』また『間違えた』。
 私はいつだって間違えてばかりだ。
 
 何もできなかった。

 いや、出来た事をしなかったのだ。

 そう。私が一夏を救えなかったのは詰まる所、私自身の保身のせいなのだ。
 『今』の自分を保持したかったからに過ぎないのだ。

 今、自分は父のそばで手術台に上げられている。
 皆———集まってくれた。
 大破した私のために。
 一夏を助けるために。

 私は、そんな、皆に慕われるだけの存在では無いというのに。

 そんな資格なんてあるわけが無い。

 何が、一夏の子の産婆役をやりたいだ
 何が、一夏の仮の母親役だ

 結局、最後は自分を取ったのではないか
 最低だ。
 最低だ。
 所詮偽物だ。
 たかが紛い物だ

 図に乗っていたのだ、巫山戯るな。

 償わなければならない。
 千冬はきっと、心臓が張り裂けそうな程心配している。
 偽物の私とは違う。千冬は本物の家族なのだから———不安だろう。心配で押し潰されそうな筈だろう。
 千冬を、そんな目に遭わせてしまった私が。
 私が、せめて。
 どんな風になろうとも。
 一夏を。

 だから、御免ね。千冬。

 一夏は、私が助けるから―――

 もう、いらない。
 嫌だ、こんな自分なら要らない。

 一夏を救えるなら。
 千冬に償えるなら。

 『自分』なんて———

 要らない。



 今度は、何の躊躇も無かった。
 ゲボックの即席研究所に鎮座されているグレイは―――興奮するゲボックの目の前で、枷を脱ぐ。

 カラン、と乾いた音が響き、グレイの背から、骨のような杭が一本抜け落ちた。
 それは、良く観察すれば、骨のような質感、色彩だった。



 突如としてオーロラが出現した。
 オーロラは影のように伸び、広がり、あたりのものを区別無く飲み込んで行く。

 無差別に伸び広がっていたように見えたオーロラは次第に『人影』の形状をとって行く。

 横たわる『影』は、女性のシルエットへ。

 完全に女性とわかる特徴を全て備えるや、オーロラの影は広がって行く。

 それは立体的に矛盾のある存在だった。
 どこから見ても、ちゃんと人の向きを考慮した『影』である。
 だが奥行きを感じない。ペラペラの紙のような印象を受ける。
 しかし、どの角度から見ても、ちゃんとその方向から見た人の輪郭をとっているのだ。

 そもそも、それを人の認識で理解しようと言うのが無駄なのだ。
 シャーレ上のバクテリアが、人の行動を決して理解できないように。

 たった一本、『杭』が抜けただけでここまでかけ離れる。
 離れてしまうほど、二つの種の間には深すぎる溝が開かれてしまっている。

 オーロラの『影』その中心にはグレイの残骸がふわふわと浮いている。
 背中にはいまだ11本の杭が突き刺さっているそれは。

 天井を突き破り、さらに巨大化を続けつつ、起き上がり、ついに直立した。

 同室にいたゲボックは哄笑が止まず、崩れる即席研究所の瓦礫に飲み込まれていった。

 そして、お忘れだろうか。
 ここは———モンド・グロッソ決勝会場。
 まだ千冬の棄権が伝わる前。

 会場を気にも留めず『影』が施設を破壊して立ち上がるそこは、当然、今回のヴァルキリーが、ブリュンヒルデ誰になるか注目の集う所であり。

 実は一番安全なため表の生物兵器から避難して居るVIPも集まっている。
 こんな日なので、生物兵器の大行進がゲリラ的仮装パレードだと思って居る観客何万、最初こそ恐慌が起きたが、被害が無いため落ち着いた———千冬のおかげである———彼らは一様に呆然としており、そんな事全く理解できない影はアリーナを問答無用で横切って行く。

 はっきり言おう。
 生物兵器大行進でも揺るがなかったモンド・グロッソがそれどころでは無くなった。
 ひたひたと広がるオーロラが人も物も構わず飲み込んで行く。
 後には何も残らない。



「くっ———!」

 千冬の決勝相手はそれを目の当たりにしていた。
 イタリアの国家代表、テンペスタの操縦者は、あまりの理不尽さに歯を食いしばっているしかない。

 おそらく女性のそれを象った極彩色の巨人が視線を巡らせると、さあ―――と、オーロラの帯が伸びて行く。
 それに触れた人間は、まるで有機溶剤に触れた絵画のように揺らめいて消えて行く。
 一方的すぎる。
 あまりにも理不尽にどういう訳でもなく人が消え去って行く。

 人だけではない。
 車両、機械などもオーロラに触れれば、PICでも付いているかのように空へ捲き上げられて行く。
 そして、螺子の一本から部品一つ一つがバラバラに取れて解体されて行く。
 人が乗っていたならば、まるで貝の殻を毟るように『皮』の乗り物が解らされ、人が引き出され、同じように揺らめき、消えて行く。

 無造作に、人も施設も、ばらばらと解体されて行く。

 なんだ。
 何が―――起こっている。
 これは、虐殺でさえない。
 あまりに理不尽に。一方的で、どうでもない、ただただ人が消えて行く。

 これはそう―――何だか分らないからもっと良く見てみようと玩具を分解する子供と何も変わらない。
 ただ、それが強大すぎて一方的過ぎる蹂躙なのだ。

「私の晴れ舞台になんて事してくれるのよ―――」
 ショットガンを構え、テンペスタが全力の連続射撃を人影に撃ち込む。

 だが。

「効かない……どころじゃ無くて、まったく何の反応もない……」
 当たった。でも何も反応が無い。
 当たった弾丸がどうなったかもまったく不明である。

 人影は、しかし、自分の周囲に浮かんでいるものがある事に気付いたのだろう。
 テンペスタに向けて首を動かし。
 オーロラが伸びた。

「―――ひっ!」
 彼女の恐怖に反応したのだろう。ISが最初から絶対防御を発動させた。
 だが、何も無かったかのようにオーロラは絶対防御を透過して来る。
「い―――いや―――!」

「何をしている!」
「ぐ―――ふっ!?」
 その彼女を救ったのは、千冬だった。
 瞬時加速で割り込み、その胴に腕を回してかっさらう。

 哀れ、胴体にラリアット気味に暮桜の腕が食い込んで咽せるテンペスタのパイロット。

「あ……ありがと。でも、別の理由で死にかけたわ」
「何だか良く分からないようになるよりはマシだろう。アレはなんだ……!」
「私が聞きたいわよ……アレ何? 何のエネルギーよ」
「こちらでもハイパーセンサーは正体不明(アン・ノウン)しか言って来ないから良く分からんよ。だが、本当にエネルギーか?」
「どういう事?」
「いや、さっきどうあっても間に合わんから零落白夜を叩き込んだんだが……」
「初っ端から全力なのね」
「下手に手を隠して瞬殺されるよりはマシだからな……だが、この有様だ」
 千冬が雪片を持ち上げる。
 殆ど柄しか残っていない。
 そこから先は分解され尽くしていた。
「これじゃ、盾にしたとも言えないな。どちらかと言うと、餌を差し出して食っている隙に逃げ出した、と言うのが正しいようなもんだよ」

「零落白夜が通じないって、それだけでもう私ら、詰みじゃない?」
「巫山戯るな。唯一の武器がこんな私よりマシだろう」
「いや、まあ、うん。そうなんだけどね」



 ……だ……。

「ん? 何か言ってないか?」
「え? 嘘、わかんないけど……」
 現時点、決着のついていないブリュンヒルデ候補(片方は前回ブリュンヒルデ)の二人は巨人に耳をすませる。



 『それ』は自分の―――『グレイ』―――の判断を悔やんでいた。失策だと。
 グレイは、自分が周囲の人間をコーサ・ムーグのようにしてしまわないか恐れていたが。
 グレイの使命としては、最高のサンプルが『グレイさん』という人格そのものなのだ。

 そう、グレイ自身の『心』―――おそらく彼らにしてみれば表層人格=低レベル化に伴う表層に堆積したノイズ―――そのものが、コーサ・ムーグと同列だったのだろう。

 彼らは『心』とはなんなのかまったく理解できない。
 だから、グレイという表層人格が抱いた感情がさっぱり分らない。
 これは、自分の続きでは無いのだろうか。

 分らない―――
 分らない―――

 それこそグレイの心なのだ。理解出来ようもない。

 故に、短絡的に、『グレイ』に『心』だと理解させたものは一夏であると。
 一夏がいれば再度それを獲得できると、短絡的に判断した。
 それが、ほぼ確実に一夏では叶う事など無い事だと、まったく分らずに。

 一夏を探し続ける。
 
 ただ、『興味を向ける』だけで過程にあるものを総て滅ぼしながら。

 その背には、十一の杭。
 そう、まだリミッターは一つしか取れていない。

 まだ、次元が十一も上がある。



「くそっ! どいつもこいつも一夏一夏! 本当にモテるな弟は!」
「やたら嬉しそうに言うわね.千冬」
「知るか!」

 ばちっ!
 オーロラの巨人の周囲が揺らめいた。

「空間を歪めて…………まさか飛ぶのか―――? 巨●兵か貴様!」
「……え? 『腐ってる、早すぎたんだ……』じゃ、ないの?」
「『焼き払え』じゃ無くて、そっち来るか……流石世界に代表する日本作……イタリアにまで……じゃない! あ、あー……原作漫画の方だ。原作だと名前付けるし主人公の息子名乗るし喋るし飛ぶんだよ!」
 山口ファイルの一つである。

「何それ見たい!」
「良いから黙れよ!」
 イタリアは日本漫画ファンが大々的なイベント開いたりして活動が盛んです。

 なんて戯れ合っていたら、文字通り、オーロラの巨人が消えた。
 ハイパーセンサーは空間歪曲の超広域反応が出た。
 一種のワープのように、空間を操作して高速移動を実施したのだ。
「なっ! ゼロシ●ト!?」
「チッ! 五月蝿い黙れ! 取りあえず知ってそうな馬鹿の所に行く!」
「あっ! ちょっと待ちなさいよ!」

 千冬はゲボックの元へ向かった。
 幸い、ここには即席研究所があるのだ。






 当然と言えば当然だが、巨人が出現したので、ゲボックの即席研究所は崩落していた。
「ゲボック! 無事かゲボック!」
 瓦礫を押しのけ、声を張り上げる千冬。
「おーフユちゃあん、こっちですョ〜」

 ……ったく。

 悪態をつきながら声の方へ向かって行く。
 すると、そこまでは殆どが崩れている瓦礫がある地点だけ不自然に残り、その不自然な瓦礫の下から聞こえて来る。

「随分と器用だな……」
「何とか『灰の三番』が避けてくレたんでしョう。しカし、制御が出来ないのか破壊しマくりですね!」
 しかし、初見だとピンポイントで崩落を食らった不幸な被害者にしか見えない。

 恐ろしい話だが……、今、なんと言った? 『灰の三番』?
 取りあえず、近くに居たので、ゲボックを引きずり出そうとする千冬だった……が。
「おい……ゲボック……」
 ことのほかあっさりとゲボックは抜けた。
 今まで動いていなかった事から、てっきり潰されていると思っていたのだが……。
 何の事は無い。
 胸から下が瓦礫に押し潰されて千切れていたのだ。
 千切れていた。血ではなくてスパークが出てる。いや、どれだけ機械化したんだお前。

「いやァ、逃げ遅レちゃいマした。テへ」
「テへとか言うなテへとか」
 流石に突っ込みでもこれは殴り難い。前、炭化していた時は殴ったけど。
「お前は……」
 なんでそう、いつも自分の身に関してはぞんざいなんだ……!
 思わず爆発しかける怒りを抑える。今は、それより一夏が重要である。
 ついでにさっきの災害じみた巨人も気になるものだし。

「しかし、マ、ぶっちゃけるト、このマまじゃまた死ンじャいますね」
「とっとと治せ、馬鹿が」
「いや、チょ―――っと、そんな時間も余裕もありませんネ」
「なに?」
「冗談でモ何でもなく、世界の危機なんデすよねェ。でもそっちに対処してたら小生が手遅レになっチゃうし……どうシまシょうか?」
「いや、どうしましょうかって、テケテケ状態で言われてもな……ところで、今さり気なく『世界の危機』とか言ってなかったか?」
「言いましたョ?」
 千冬は大きく息を吸った。
 静かに、吐いた。

「どういう事だこの馬鹿垂れがああああああああああああああああッ! いや、一夏の危機は世界の危機と同意義だが」
「こ、こここここ、今回ばかりは小生のセいじゃナいでスョってば! フユちゃんブラコン過ぎますョ」
「ブラコンで悪いかと言うか幼馴染みなら把握しとけ…………じゃ、じゃなくて! お、お前以外に……えー………………」
 しばし詰まり。失言が大きすぎる。

「束を抜かしてそんな阿呆事態起きるかこのたわけ!」
「いや、デも起きてますョ?」
「あああああああああああああっ!」
「へブぅ!」
 千冬は頭を掻きむしった。
 もうストレスとか、一夏の事とか、なんか今とか、そう言えば束が静かすぎないかとか色々逼迫してパニクっていた。もう一杯一杯だったのだ。
 ゲボックの悲鳴は、その時落とされたせいである。

「イタタ……ふムフむ。仕方が無いですね。そレじゃァフユちゃん。ソこのケーブル取ってクれませんか?」
「ん? お、なんか無事だの一本あったな」
「そう、ソれです! このヘルメットのココにグさっと刺しちゃっテ下さい!」
「いや……良いのか? どう見てもこの長さだと頭蓋ぶち抜くんだが……」
「大丈夫ですョ! 今もう既に大丈夫ジゃないですカら!」
「いや、そう言う問題か?」
 確かに無駄に元気だが、自己申告じゃ放っておくと死ぬらしいのだが……。

「う……うむ。分ったじゃあ、やるぞ? 良いのか? 本当にやるぞ?」
 千冬がケーブルを持ち上げる。
 その接続端子はどう見ても繋げたら脳みそに突き刺さるのだが……。
 まあ、ゲボックが良いと言っているのだから良いのだろうか……?
「良いのデす! ブスーッ! と思い切りやっチゃって下さい。で、その後このスイッチお願いしますね」
「あ、あぁ……それ、ブスッとな」
「ぎャああああアアあああアアクメツ式ィイイィァァアあああああああああっ! ゲふッ!」
 まるで頭を串刺しにされたかのような地獄の怨嗟をあげてゲボックが『断末魔』をあげる。
 まるで……どころか、実際ブッ刺さっているが千冬はそれを見て見ぬ振りをしようとして―――失敗した。

「死んだああああああああああ! やっぱり死んだあああああああ!」
 ガクガク痙攣して即座にゲボックの全身(上半身しか無いけど)の力がガクゥッ! と全て抜け去った。どう見てもご臨終だった。いや、致命傷だから止めの一撃に相違なかった。
「え、えー。本人が良いって言ったんだから良いよな……! 普通なら死ぬけどゲボックだから信用したってことでイカレ科学者特別適用措置とかあるよな……!」
「いや、無いでしょう、普通……それより、スイッチ押したら」

 千冬が殺人現場にいるシルエットさん(名探偵コ●ン風)になっていると声がしたので振り向いた。
 決勝で戦う筈の相手がいた。



「うわあああああ見てたのかあああああああああ!」
 面白いぐらい千冬が動揺しきっている。
 今まで沈黙していたが、テンペスタのパイロットもちゃんと付いて来ていたのだ。
 よくゲボックの惨状を見て悲鳴を上げなかったものだ。

「ああ、見てたけど、まずスイッチ。言っておくけど、口封じしようとしたらISで私逃げるわよ」
「あ……ああ、ちょっと待て、せめて瞬時加速で追い付ける所にいろよ……ええと、ボタンだな……よし」
「さりげに口封じする気全力よねあなたッ! あと、そこはポチっとなじゃないの?」
「止めろよそう言う様式美は」
「あなたそれでも日本人っ!?」
「イタリア人に言われたく無いわ!」



 と、そこに。



「さァてドぉですカぁ? バージョンスリーですョ!」
 言い合っている二人の目の前にゲボックが五体満足で―――後ろからにゅぅ―――っと現れた。
 ちなみに、ちゃんと足下にゲボック(半分ぐらい)が転がっている。
「え?」
「あ?」
「嫌ああああああああああああ嗚呼!?」
「化けて出たあアアアアアアっ!」

 なお、後者が千冬である。
 一度経験しているのにやはり怯えるものであるらしい。

「ふっフっふ! こんな事もあろウかと(あ、言えた)科学的に復活する手段は日々進歩してイるのです! 今回は前回ヨり素早い復活を主目的としてみましたョ! 次はコードレスを是非とも目指しマす!!」
「唯の化け物だろうが―――ッ!」
「マァマァ、フユちゃん落ち着いて」
「そうそう、前回ブリュンヒルデ落ち着いて」



 千冬が落ち着くのにしばし時間がかかったと言う。

 で、落ち着いたらゲボックが投影モニターと教鞭に差し替えた右腕を振りながら講釈を開始した。
 時間が無いのでは無いだろうか?

「それデはご説明しまシょう! 『姥捨て山』と言う昔話は御存知デすか?」
「……そのぐらいの童話なら。というか関係なかったら殺すぞマジで時間ないし」
「何? その単語だけでヤバそうなの」
「マぁ、日本の昔話ですかラね」

 ゲボックは説明を始めた。
 要約するとだ。

 とある貧しい集落には、その貧しさから口減らしとして労働力として衰えた老人を一食分の食事だけを与えて山に捨てる、と言う制度があった。

 だが、秋も終盤に差し掛かり、冬の足音が聞こえる頃。ある若者は、老いた母親を捨てに背負って山を登っていた。
 しかし、登っている途中、折々で母親が木の枝を折っている音が聞こえて来る。
 それは、若者が下山の際、迷わぬ為の目印として枝を折っていたのである。

 それを知った若者は耐えられなくなり、その場で母を置いて下山してしまう。
 しかし一晩、自分が捨てられると言うのに示した母の愛に良心が苛まれた若者は一睡も出来ず、結局翌朝母を連れ帰ってしまう。

 一方。
 この地方の領主は、殿様から難題を持ちかけられ、何か良い知恵が無いかとお触れを出していた。
 さて、この世渡り下手な若者はその答えを考える役を押し付けられてしまう。

 ここで、連れ帰った母親が知恵を息子に授け、そのため領主が救われる事になる。
 さて。領主が何か望む褒美は無いか、と若者に問うた所、褒美どころか、この知恵は母親から授かったものだと、正直に告げてしまう。
 だが、領主は知恵持つ年長者を蔑ろにした制度を作った、と自らの不徳を詫び、一転して年長者を大切にするよう制度を改めた、と言うものである。



「ト、言うものですね。この逸話を元にシた楢山節考という小説も映画もアりますョ?」
「うん。まあ良い教訓よね」
「……そうだな」
 千冬は、親の愛情と言うものが分からない。束の両親に受けた愛情と恩はたっぷりあるが、自分の親だとは思っていないから別カウントだった。この年老いた母がイメージ出来ないせいか、納得出来かねない表情でこちらを見ている。

「で、この昔話がなんだって言うんだ?」
「実は、これニは諸説あっタり無かッたりする逸話があるんでスがね?」

 若者に、妻がいるバージョンである。
 これは、要領の悪い、貧乏くじばかりを引く若者と縁談した事を常に愚痴るような妻であった。
 さて、大体同じ下りで母親を連れ帰って来る若者だが、さて妻が居る。困ったと、床下の牟呂に母親を隠す事にした。
 連れ帰った母親を隠しながらの生活も何日か続いていたのだが、ここでまたも貧乏くじを引かされ、大本の物と同じように難題の回答を押し付けられてしまう。
 そこで、妻に愛想を尽かされて逃げられてしまう若者だったが、母親の機転のお陰で、やはり難問を見事解決し、褒美を貰う。
 ただ。

「ココですぐ、母親の事を告げなイんですね。まぁ、処罰される可能性があルのでこっちの方が現実的かと思いますけド」

 さて、なんと、殿様からの難題も一つでは終わらなかった。
 その度に領主は若者に相談し、若者は母親に相談し、解決の度に褒美を貰って若者の生活は豊かになって行く。

 さて、ここで若者を怪しんだのは、若者を捨てた筈の妻である。
 仮にも妻であったのだから、夫である若者の愚鈍さは熟知している。
 若者の頭の回転レベルでは、絶対にこんな難題、解ける訳が無いのだ。
 思い返してみれば、男を見限るまでの数日間、何やら怪しさ満点の挙動が見て取れた。
 どうせ捨てるのだからと、気にしていなかったが、アレは、母親を捨てた翌日からではなかったか。

 そうだ。
 若者は愚鈍であったが、その母親は老いてなお聡明であった。
 ここで、母親をこっそり連れ帰った事に妻は気付くのだ。

 妻は一つ思い付く。
 若者は貯蓄と言う概念も無い。
 おそらく、褒美もあったらあっただけすぐ使ってしまう筈なのだ。
 だが、この通りやりくりをきちんとしている。
 
 母親が管理をしているのだろう。
 若者が見え無い所にこっそり隠し、少しずつ出しているに違いない。
 仮にも相手は『もう死んでいる筈の人間』だ。
 誰にも文句も言えまい。

 そうして妻は若者が居ない間に家に戻り、あっさり若者の思考を見抜いて母親を見つけ出し、残りの褒美の在処を問いただす。
 もし答えなければ、制度に反した若者を密告するぞ、と一つ脅しも加えてである。

 すると、母親は自分が捨てられた山に隠していると告げる。
 成る程、あの山は身内を皆捨てているから後ろめたい。家人を捨てに行く時しか行きたく無いだろう。隠し場所としてはもってこいだ。

 そうして、妻は山へ褒美を手に入れるため登って行く。
 その頃。
 若者がいなかった理由は領主に事実を告げる為であった。
 母親が大切すぎて捨てられなかったと。
 そして、ここは領主も同じである。度重ね助けられたのが、知恵持つ年長者を大切にしようと言う話になるのだが―――

 その頃、山中で妻は死んでいた。
 母親の告げた場所には確かに褒美がたんまりとあった。
 しかし、足場の悪い場所であり、足を滑らせ転落死してしまったのだ。
 重い褒美を背負った状態では、バランスを保つのは至難だったのである。
 そして、そこは苦しくも、母親が初めに捨てられた場所であった。

「こうシて、結局最初のと同じ話で終わるんですけどネ?」
「……悪い妻がいるだけだな」
「そうねえ」
「でも、おかシいと思いませんか?」
「何がだ?」

「要領が悪い若者ガ、どうして今まで母親をちゃんと隠せたのデしょう?」
「いや、牟呂に隠して居たんだぞ?」
「それだけじゃなイでスョ」
 ゲボックは教鞭をふる。

「母親は、若者に背負ってもらわないと山に登れなかったんです。キッと、足が悪かっタんでシょうね。そんな母親が―――妻がバランスを崩すような重量の褒美をどうやって山に隠せたんでしょう? 若者にもナイショにですョ? 足場が悪いんでスョ? そもそも、他の人に見つかっテはイけないから牟呂にいルのに、一体いつ、隠しに出て行っタんですか?」
「なに……」
「そういえば、そうね。どうしたのかしら、この矛盾」



「実はこっチの話、後日談があルんですョ」
 ゲボックはニマァ、と口を広げ。

 それから暫くして。
 やはり、姥捨て山の制度は皆の心に重いものを課していたのか、制度が廃止され、皆の気が軽くなっていた。
 さて、そうなると山に捨てた自分達の両親縁者を供養しよう、と言う事になり、山に登った所、若者の妻の死体が発見された。

 しかし、おかしいのだ。
 死因は転落死と思われるのだが、何故そんな足場の悪い所に登って、大きなつづらに目一杯の石を詰め込んで歩いていたのか、と言う事である。
 それでは、むしろ無事に歩ける方が不思議だ。自殺にでも来たのかと言うレベルの意味不明である。

 狐狸にでも化かされたのでは? はて、捨てられた自分達の親に親不孝者と殺されたのか。と話題になる事になる。なにせ、とろ臭いとはいえ、若者に対する仕打ちが酷かったのは有名だったからだ。まあ、鈍臭かった若者を誰も助けなかったのだから皆、似たような物だが。
 それ程精神的に余裕が無い程貧しかったか、やはり両親を山に捨てる制度が心を荒ませていたか。
 そして、妻の転落した所には別の死体もあった。

 まあ、兎に角、縁者の亡骸が見つかった事を若者に伝えに行った村人は、奇怪なものを目撃する事となる。

 それは、若者がとても嬉しそうに飯を頬張り、語っている様子である。

 よかったなあ、これでまたおっかあと一緒に暮らせるぞ。
 飯もおいしいなあ。おっかあのおかげだ。
 おら、ちゃんとこれから頑張るよ。

 概ね、このような感じの事なのだが。



「でもね、そレを見た村人達は悲鳴を上げて逃げ出シたんだそウです」
「えーっとどういう事……?」
「おい……ゲボック、まさか……」
「アあ、フユちゃんは分りマしタか……そうです。その家には、若者以外いなカッたんですねぇ。若者は、何も無い所に、笑顔で語りかけ、お代わりと言って茶碗を差し出して、自分でよそおイ、礼を言って食べていたンです。何も無い所におっかあ、と声をかけナがら」

 妻の死体のすぐ近くで打ち捨てられたような死体―――それは、母親の死体に他ならなかった。

 だいたいが、姥捨て山に捨てられるような老人は、労働力がほぼ無い―――身動きが取れない程衰弱しているのが殆どだ。
 それが、たった一食分の食料を与えられ、冬の足音が聞こえるような身の凍える山中に捨てられれば、一晩とて生き延びられる筈が無い。

 子の為に、自分が死ぬのは一向に構わない。
 だが、自分の子が安心して暮らすには懸念が多い。
 これでは死んでも死にきれない。
 自分が死んだら、我が子はすぐに死んでしまうかもしれない。

 まずは、蓄えを増やそう。
 それをちゃんと活用させられるようになるまで面倒を見よう。
 そして、我が子を蔑ろにし、むしろ殺しかねない妻にはいなくなってもらわなければならない。
 事実、自分が死んですぐ、妻は我が子を見捨ててしまった。
 豊かになった子から富を奪いにも来ないようにしなければ。



「恐るべシは死してなお、子を思ウ一念―――母の情は狂気に近しイものである。と言う事ですョ」
「…………で、それがなんなんだ? 良いだけ講釈くれてくれたが」
「これが、今の『灰の三番』の状態ですョ」

―――待て
「あの、巨人のようなものは……やっぱりグレイだと言うのか……!」
 聞き違いではなかったのか……!

「フユちゃん、知ってましたか? いっくんは密かに母親と言うものに憧れていたソうです。父親役は何だかんだでフユちゃんがしてマしたからね」
「……何となくは」
「そうして、『灰の三番』は『人間』を学習するというプログラムがさレてイました。未成熟な人間でアるいっくんのお世話は、『灰の三番』ニとっても教育的に素晴らしく、都合が良かったんデす」

 しかし、二人の出会いは、『母』を求める一夏と『人間』の共感という使命を持つグレイの目的がそれぞれ合致した。

「そウして、『灰の三番』は『いっくんのお母さん』というパーソナリティを得ました。問題は、そのパーソナリティが完全に独立する程の完全性を獲得シ、エミュレーターに過ぎない筈のそれガ、『灰の三番』の擬態システムを乗っ取ってしまった事なんです……ま、言ってしまえば―――」

 ゲボックは再び興奮しそうになるのを抑え。
「『魂』を手に入れたんです、『灰の三番』は」

「魂……」
「つまり、命を得たって言う事?」
「ソうです。命、魂、心の意味を知る為にやって来た彼女にとって、これハこの上ナく至上の完成度を持った結果と言えるでしょう」

 だが。

 人間の行動が時として、人間自身にすら理解不能であるように。
「『心』として限りなく完成度が高いもノを手にした彼女は、『心』を持ッてしまった為に様々な誤作動を引き起こすようになりました」

 ゲボックの視線が一点に注がれる。
 そこには、グレイの背から抜けた骨のような質感の杭が転がっている。

「何を見て……? アレはなんだ、ゲボック」
 気付いた千冬もそれを見つめる。
「『灰の三番』が言うにハ、アレは『強欲王の杭』と言うのだソうです」
「ごうよくおう……?」

「望めば叶わぬ物事など、何一つ無い程の強大な力を有するモの。気配を垂れ流すだけで惑星級の天体を破壊し、身じロぎすれば恒星系を。闊歩すれば銀河をつい(・・)破壊してしまう程の力を有するんだそうです。もうあんまりスぎてMarverous! と言う言葉さえ足りない最強ですね、これは」
「えーと、フィクションよね……」
「さあ、それバかりは『灰の三番』にしか分りマせんね。まぁ、幸いにシて、『彼』はとても温厚で融和的な性格をシていました。単一で完成していた『彼』は、二者が交遊する『恋愛』に非常に興味を持っテいたと言うのだかラ、これこそ興味深いですね。是非とも調べてみたイ!」

 千冬は付いて行けなくなったのでただ聞く事にした。
 ただ、こんなとき、ゲボックは嘘はつかない。
 ただ、伝聞を言う風なのが不思議であったが。

「そのオ陰で、『宇宙の管理人の代理人』ノ役目を受けた『彼』ですが、さっき言った通り強すぎて大変気を使わなイと何も出来ない―――そんな『彼』が、自分を押さえ込む為に作ったのが、この―――『強欲王の杭』デす」

「……え? 実物?」
「ウムウム」
「さ、触ってみても良いかしら」
 イタリア代表の女性が試しにそれを突ついてみた瞬間。
「え―――」
 僅かに触れただけなのに体力を奪われてぶっ倒れた。
「なっ!」
「大丈夫ですョ、フユちゃん。体力を奪われただけですョ。まあ、これがナノ単位でも刺さったら一瞬で干物になっちゃいマすけどネ!」

 さて。

「この『強欲王の杭』デすが、強欲王に『宇宙の管理人の代理人』を任せた者達にとッても、この発明はとっても有益なものでシた。彼らは、強欲王とハまた別の意味で飛び抜けすぎテいたからです。余りに高次元の存在過ギたンですね。
 彼らの行動はだいたいが実験と観察―――そして考察……ウヮオ! 小生と一緒ですね! でシたのですが、次に彼らが興味を抱いたものが―――小生達、『人間の命』『魂』『心』『意思』についてでした。
 そうして、直接調べる為に一部を派遣したまでは良かったんですが……ここで困った事に遭遇してしマったんです」
 
 と言うと、ゲボックは太陽系の図をモニターに表示する。

「彼らは、本当に遥か離れた所から人間を観察してイました。
 そのため、いざこちらに来た時、生命体と、非・生命体の区別がつかなくて途方に暮れてしマったんです。
 まァ、何とカ時間をかけて太陽系に存在する二つの生命体に候補を絞りまして、どっちかが人間だろう、と言う所までは来たんですけど」
 
「二つ……?」
「ソうですョフユちゃん。一つは大正解、小生達人類です」
「まあ、お前が人類かは置いておこう」
「手厳しィ!」
 さっき人類がしない形の復活しただろうに。

「もう一つは、火星公転軌道外周部にあるアステロイドベルト帯で主に生息しているケイ素系生命体でした。ここで、『『間違えてしまった』』んデす。繁栄している方が興味を持っている対象だと思ッたんでしョうね。種族の総員をかき集めた時の質量でどっちが繁栄しテいるか計るってアバウトすぎませんか? 質とか、文明の発展度とかモ考慮して欲しカったのですョ」



 これが、始まりの間違い。



「とんでもないウッカリサンなんですが、それでも何とか軌道を変えて地球に降り立つ事は出来ました。でも、『間違い』は致命的でした。ケイ素系生物は、地球の環境にはアまり合わなかったンです。どうも、水が苦手ミたいですねぇ」
「いや、間違えるか、普通?」

 ケイ素系生命体といえば、グレイ達『灰シリーズ』である。あれらは、余りに人間―――と言うより地球の生命とはかけ離れすぎてて、一体何に間違えたのかがさっぱり分らない。

「そりゃ、『格』が違いますかラ。
 その存在の視点で見たら、人類とケイ素系生命体は人類から見た『ビフィズス菌』と『納豆菌』ぐらいの違いしかなカったんでしょうね」
「だいぶ違うだろ!」
「繁殖しテいない状態で、顕微鏡無しですョ?」
「―――うっ!」

 呻く千冬の傍ら、ゲボックは講義を締めくくり始める。
「そして、地球に馴染めず、長イ間何も出来なカった所で小生と会いまして。人に擬態して活動基盤を揃えるょウに改造した存在―――それが、『灰の三番』なンですョ」

 千冬は開いた口が塞がらなかった。
 太陽系に天然物の宇宙生物がいるのも驚きだったが。
 まさかのグレイの正体は宇宙人である……と来た……あ、名前が確かに宇宙人だ。

「そんな彼女が人間に合わせる為に使っているのが、強欲王のモのを参考に改良して作ったこの、『強欲王の杭・改』トでも呼ぶべきものです。
 オリジナル同様、この杭はベビー・ユニバースとでも言えるどこかの宇宙に繋がっていまして。吸い出したエネルギーをその宇宙の膨張に用います。まあ、分りやすく言うと、この杭を刺されると宇宙を膨らませるのに必要なエネルギーとだいたい同じぐらい力を吸われるって事なんですね!」
「ビッグバン級!?」
「『強欲王の杭・改』は、それと同時に、存在の『格』も下ゲます。高位の次元生物から、下次元生物へですネ。そしテ、『灰の三番』はコの杭を十二本用いて格下げすることによって、ケイ素生命体に擬態しています。マ、言ってしまえば常時宇宙を12個持って歩いテいるヨうなものデすね」
「すまん……目がくらくらして来た……」

「ですが今回、『灰の三番』に生じた『心』のせいで、彼女本来の使命を大きく損なうことをしてしまいました。それが今回の事件です」
「具体的……には?」
「彼女の役目的には、現状を続け、いっくんが天寿を全ウした頃にでも母性に戻れば任務は完了だったんデす。何せ、もう成果が出ていルような状態だったんですからネ。例え、いっくんが死んだとしても、それは『悲しみ』と言う心のデータを取るには都合がいイ。
 今回だって、何も全部終わッてから、いっくんを取り戻す為に杭ブッこ抜く必要なんテあるわきゃナいんですよね。杭を抜くって事は、『人間』より格上ニなるって事なんです。子供の心を学習しテも、大人になっチゃったらそれはもう子供の心じゃないのと一緒です。
 今回の暴走は、彼女の成果をパーにしちゃうよウなものなんですねえ。なので、人間としての擬態より、彼女の種族としての本能が、今回の『杭抜き』を防ぐ筈だっタんです。実際、戦闘中、何度か『杭抜き』を阻止しているよウな様子がありましたし―――でも、『グレイさん』という、仮想人格は、仮想でなクなり、確固とした自我として確立しましタ。その為、より根幹に根ざす彼女の種としての本能を上回り、杭を一本撤去。あんなん(・・・・)なってしまった、と言う訳ですョ」

「えーと、詰まり」
「首尾一貫とシてですが、母性ぱネェよ、デすね」
 ゲボックは肩をすくめる。

「ですが―――」
 ゲボックの声色が少し、真剣味を帯びた。
 
「ソれは失敗なのですネぇ。
 彼女の視点はミクロからマクロへ一次元跳ね上がってしまイまシた。
 今までの彼女の精神は、ソれに対して幼稚に過ぎル。
 故に、本来の彼女の精神性が宙ぶらりんに浮上し、結果、いっくんを理解できなくなっていマす。
 ですが、いっくんは彼女の目的と言う名の根幹と、『魂』と言うべき人格を繋ぎ止める唯一の楔。矛盾していても、それは確かナのですョ。彼女は今、死に物狂いでいっくんを求め。しらみ潰しに辺りを探し尽くしているんですョ。それだけであの被害。本当に凄まじいですョ」
 
 砂場で米を一粒探す為にそこにある砂場を地盤プレートごとひっくり返しているようなモノです、とゲボックは付け加えた。
 
「げに恐ろしきは、格が上がり理解出来なクなっても行動指針となる母性の狂気―――素晴らしい、データです。
 ……でも、このままじゃ絶対に彼女はいっくんを見つけ出す事は不可能でしょう。
 人間じゃ、ビフィズス菌の一細胞一細胞の見分けガ付かないようにネ。
 こノマまだと、彼女はいっくんを見つける為に地球総てをひっくり返シてでも探して回るでしょう……ですが、途中で肝心ないっくんを潰してしマっても絶対に気付ク事はなイ。
えエ。分りやスく言うと、地球の危機です。絶対にいっくんを見つけられない『灰の三番』はいっくんを見つけられるまで世界どころか、太陽系ごと飲ミ込むまでどこまでも広ガって行きますョ」

 あ。
 やっと結論が出た。
 って。
 は?
 あ……。
 あ。
「阿呆かああああああ―――――――――ッ!?」
 千冬は頭を抱えて絶叫した。今日何度目だろう。
 それは詰まり。
「アイツの早とちりで世界危機って事か!」
「そうなリますね」
「流石お前の娘だなあああああああああああああッて! おいぃいぃぃいいいッ!」
「いや〜、フユちゃんニそう言ってモらえますと……」
「今のは『おたくの娘さん、アナタに似てきましたわね』的な意味で使ってないわァッ!」



「大変ねぇ……」

「他人事だと思って……というか、起きてたのか」
「元々意識は失ってないわ。宇宙一個分吸われる事に比べれば遥かにマシなぐらいだるいけど」

「世界の危機ならお前も関係あるだろうに……あ」
「どうしたのかしら」
「すまん、名前教えてくれ」
「一応決勝戦の対戦相手の名前ぐらい憶えておいてよ!」

「いやあ、すまん……ん?」
「ドウしました?」
「ドイツ軍からだ。一夏の場所が判明した…………と、あっ!」
「オォウ! それはすぐ行かなけれバ!」
「―――と、聞こえた所で音信不通になった………………」
「…………『灰の三番』デすね」
「間違いないな」
 やられたかー。
 ってことは?

「一夏がああああああああああ、危ないいいいいいいいいっ!」
「恐るべシ、いっくんロックオンモードですョ! 見つけられなくても勘でピンポイントでドンぴしゃでスか!」
「どうする、一応超優秀な一応幼馴染み!」
「幼馴染みヲ一応!? チョッとそれは酷いデすョ! 兎に角、小生は『灰の三番』を格下げ出来るよう、『強欲王の杭・改』をなんトかしテみます。フユちゃんは何とか『灰の三番』の気をいっくんから逸らして下サい! あと気を付けてください、今の『灰の三番』はフユちゃんも他の有象無象と違いが分らない筈です、全力で来ちゃいますョ!!」
「ああああああっ! 誘拐犯に構う余裕が無い!」
「と言うより、モンド・グロッソがもう壊滅的よねー」

 全力で千冬がドイツ軍連絡のあった方へ飛び、ゲボックはさて、どう触ったものかと『強欲王の杭・改』を調べていた。
 イタリア代表は、結局名乗れず倒れたままである。



 なお、真耶は瓦礫に生き埋めになっていた。
 ゲボックのように危険かと思いきや―――
 ところがどっこい、IS訓練機の保護機能で無事だったそうな。
 しかし、忘れ去られてて掘り起こされたのが三日後だったと言う。
 変わらず不憫な子である。














 俺は無力だ。俺は何も守れない。
 武力をどれだけ積み上げても、隔絶した兵力相手には……無力だ、と。
 攫われた一夏は、縛られ、どことも知れぬ暗闇に。光の射さぬ個室に閉じ込められていた。

 人は古来より、闇の奥に自分の負の一面を見出すものだ。

 その恐怖心は様々な怪物を妄想の中から生み出して来た。
 一夏が、苛まれているものも、一夏自身が生み出したものだった。




―――――― 一夏、一夏、一夏、一夏、一夏、一夏、一夏、一夏、一夏、一夏、一夏、一夏、一夏、一夏、一夏、一夏、一夏、一夏、一夏、一夏、一夏、一夏、一夏、一夏、一夏――――――



 グレイの助けを求める声が耳から離れない。
 それは、まったく意図違いであると言うのに、一夏の無力感を苛むものとして一夏の耳朶を埋め尽くす。
 それは、砕けた母の無念の死霊のようで。
 一夏はこれ以後、実はこっそり続けていた武道をきっぱり断つ事となる。



 一夏? ねぇ一夏? 大丈夫なの? 一夏……応えて……お願い……。



―――そして

 彼を呼ぶ、白い少女の声は、もう届かない。
 彼は耳を塞いでしまっていたのだから。

 彼の耳には、彼の無力の象徴、助けを求める声だけがへばりついて離れないのだから……。












 オーロラをたゆたわせ、理不尽に滅びを撒き散らし、一夏を求めるその姿を、上空で一機のISが見下ろしている
 七色の帯が伸びる度、ドイツ軍の装甲車が捲き上げられ、解体されて行く。
 搭乗している軍人もオーロラに溶け、消えて行く。

 違う。これは一夏じゃない。

 『それ』に辛うじてへばりついている低次元(ニンゲン)の感情。
 一夏を求めるグレイの思考。
 それだけが、それより遥かに高次である今の状態を支配している。
 低次元すぎて判別が付かない事が、本来なら分るものを、納得せずに探る。探る。
 そして、支配されている本来の『それ』に近い思考は、折角の成果をフイにしてしまった事に嘆いていたのだった。









―――失敗だ

―――また失敗だ。またしても『心』なるものの手掛かりが消滅した

 何故、表層人格は『心』を手放した?
 『心』を掴んだ、と確信していたではないか?
 何故、そのような真似をする。
 何故だ?
 その前はちゃんと保持を優先しただろうに。何故今廃棄する? 心はそしてどこに行った?

 どこだ
 どこだ
 心はどこに
 心はどこに行った
 どこに―――

 どこだ……
 どこだ……

 心はどこだ……


 
―――そうだ

 『一夏』だ
 『一夏』が居れば、また取り戻せる―――

 確かに掴んだあれは『心』に違いない

 『一夏』が居れば―――
 『一夏』が……

 どこだ

 どこにいる
 どこだ
 どこだ……

こころ(いちか)はどこだ……






 『それ』と、『グレイさん』の指針は、恐るべき事に一致してしまった。
 こうなれば行動を阻害するものは何も無い。
 一夏が見つかるまで、どこまでもオーロラに輝く理不尽な『死』がどこまでも流出して行くだろう。
 たとえ、その過程で肝心な一夏を消し去ってしまっても。
 まったく、気付く事なく…………。






「お母さん……か」



 『コード・ヴァイオレット』は、それを受信出来る全てに送信される。
 当然、彼女にも届いていた。
 カボチャがモチーフの橙色のドレス。上半身。
 ガラス繊維で編み込まれたのスカート、ティアラ、手袋、靴。
 魔女の杖と大きなネズミの耳をモチーフにしたパラボラアンテナを搭載した、所謂『一人シンデレラ』モチーフの女性。

 篠ノ之束である。

 眼前でオーロラの『死』を振り回しているそれも、シンデレラをモチーフとして『灰』と名付けられた事を知っているのか否か。



 束はただ観察し続けている。
 いっくんがアレにやられかけたら助けよう。そんな軽い気持ちでしかいない。
 目の前で消えて行くドイツ軍など、文字通り視界に入っていない。
 視界に入っていないなら、無いも同じだ。無いものが消える訳が無い。

 それよりも、思考を占めるのは『グレイさん』のそのあり方。

 ふぅ。
 束にしては珍しい、憂いに満ちた表情を浮かべる。



 無条件に愛せるってのは……そう言うものなのかな?
 そう、束が呟いていた。










_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/
_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/

一夏魔改造 ICHIKAになりました
一夏の能力はズバリ、『攻略フラグを直接相手から教えてもらえる能力』でした。
自己嫌悪で能力を封じられてしまった後も、だいたい何を欲しているのか、それまで経験した事は無駄にならず察することができるので、フラグ体質は止まらない訳です
世界が世界ならMPLSとして駆除されかねません。
しかし、一夏を攻略しようとしてる事は気付かないと言う罠

千冬さん。ついに変移抜刀発動。霞斬りじゃないけど。
シャルが高速切り替え(ラピッドスイッチ)を使えるのだから、千冬さんは居合いの要領で展開できるんじゃないかと。

腕を型の練習のように剣無しで動かし、当たる圏内に敵が居た時、インパクトの瞬間だけ剣を展開、即座に収納とかすれば、敵にとって間合いの分りにくい恐ろしい斬撃になるんじゃなかろうかと。死に体の無い居合いって無茶苦茶怖く無い? 不思議量子マジックは色々想像できるから楽しい事この上ない。実科学? いやいや、ISそのものが不思議科学じゃん。

剣を振る遠心力とかあるだろうと申されても、千冬さんなら寸剄の要領で、ゼロ距離密着だろうが斬鉄とか出来そうな気がするんですよ



コーサ・ムーグの元ネタ知らない人にも、経緯が分るようには書きましたが、ネタ分らない人には唐突になんじゃらホイだと思ってしまうかもしれません。
もし、いや、コーサ・ムーグワケ若布だ、と言う人があったら感想版にご一報を。自分の力不足を痛感すると供に補足したいと思います。


そしてやっとグレイさんの正体が出せました。
人類とケイ素系生命体を間違えちゃううっかりさんでした(前の話冒頭の間違いとはこれ)。
抜かなくて良い杭抜いて大暴れしちゃうお茶目さんでした。
おかげで大騒ぎ。
流石ゲボックの娘でさぁ……。



次回、一夏誘拐編完結予定。科学者狂態(タイトル仮。変更可能性あり)
過去編はその後、エピローグに続いてネタバレ集となります

さて、原作2巻編書き始めましょうか!





ところでIS講談社で出るって、本当ですか? どういう事でしょう? 挿絵とか、今までの出てた巻はどうなるか、とか。色々気になりますが。
新作と平行して書けるんですかねえ。設定混ざりませんか? いや、本当に一作でも大変ですよね? 日日日先生みたいな速度とクオリティがある訳でも無しに……

せめて、主人公のキャラは分けて欲しいものです。一夏Mrk.2なんて目も充てられませんからね



それでは、拙作をお読み頂きありがとう御座いました!



[27648] 結節編 第 3話  科学者狂態
Name: 九十欠◆82f89e93 ID:fd3d2bc0
Date: 2012/10/20 17:21
 読んでくださる皆様へ。
 一月の縛りを大幅に超え、もうしわけありません。

 少々リアルで立て込んでいて次回もやや遅れるかもしれません。

 その分———
 自分から見ても……分割した方が良かったんじゃね? な、大ヴォリュームとなっております。
 自分、バトル時は筆が止まらなくなるようです……。

 眼精疲労に気をつけ、時間に余裕のある時に御一読下さい
    ———九十欠———

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 生物の基本理念と、科学者の行動模範は、一つ、似通ったところがある。



 生物の発展と盛衰を客観的に見れば、それは自己増殖と多様性の獲得こそが本題であり、この地上に存在する全ての生命体は滅亡するその瞬間に至るまで試行錯誤を繰り返すべく追いたてられている、と言って良いのかもしれない。

 対し、科学者は万象に向けて解明を望むために探究する。
 ありとあらゆる角度から観察し、時には『実験』として刺激を与え、その結果を計測、推測を加味し、それを元に異なる実験を重ね、そして比較———
 試行錯誤と積み重なった膨大なデータから、一つの理を解明する。

 そして。

 得た結果から新たな研究対象を定め、繰り返す。



 つまりはどちらも終着の無い道であり、どちらもそれを分かり切った上で継続するのだ。

 何故なら———

『出来るようになったからやってみた』



 何のことは無い、彼らが止まらないのはいずれもただ、『それだけぽっち』の衝動に突き動かされた結果だからだ。

 だがいずれも、ただ『それだけぽっち』に抗うことなどできはしない。

 それは一般的に——— (さが)と呼ばれるものだからだ。



 ゲボック・ギャクサッツ。
 天井無しに発展に発展を重ねる叡智。

 いかな大樹も、余計な枝葉を落とさねばその巨体は成り立たぬ。
 間引く事が必要だ。



 普通ならば、その筈なのだ。



 生命の系統樹。
 一人の人が為せる事柄のフローチャート。

 いずれも樹木とフラクタル値が近似値を示す。

 かつて。
 形状的に類似したものはどちらも同等の関係性を周囲に与える。

 アイザック・フレイザーが各地の民俗伝承を研究し、共通した項目を取りまとめ、執筆された『金枝篇』にはそう示されている。

 上記二つもまた然り。
 系統樹も、フローチャートも。
 余分な枝葉は切り落とされ、そこで断絶するところは同じ、という事だ。



———環境に適さぬ進化を遂げ絶滅した生物然り

———効率的な目的達成のため諦めた項目然り



 断絶したところには必ず挫折や行き詰まり、効率化、最適化が存在する。

 大樹が糧とする養分に限りがある様に。
 系統樹もフローチャートも、環境という絶対や、一人の人が為せる仕事量というものに限りはある。



 知能と知識の発展もまた然り。
 何を学び、何を伸ばすのか。

 そこには行動量と何より絶対たる単位、時間が横たわっている。

 それをどの様に浪費し伸ばして行くのかは、人それぞれの選択であり、限界があるが故に多様な木々が育まれるのだ。



 ここに、万能の天才、篠ノ之束がいる。
 彼女は全てが等しく果てしなく成長し、周りの枝葉を蹂躙して行く球体だ。

 全てが等しく最高値。
 故にどれだけ育っても完全な球体しか生まれない。
 多様性を淘汰すべく生まれた様な存在だ。
 しかし、この球はそれを為さない。
 何故なら、球とはいえ、これも大樹だ。しかし、この大樹には本来あるべき『根』が存在しない。

 単一で完成してしまっていて、他と触れ合う事が一切無いのだ。
 それで以って示すのは一つの木どころでは無い。そう、『生態系』。
 時折、運悪く触れてなぎ倒される木々があるだけだ。

 完成してあるが故に、他者と競合する事も無い。
 故に、全てを押し潰せても、そもそも押し潰す必要が無いのである。

 対し、ゲボック・ギャクサッツ。

 この大樹も一切の枝葉を落とさない。
 全ての知恵、技術、叡智。そう言ったものらが全く挫折する事なく歪な大樹を形成する。

 しかし、この大樹はかなりの部分を他者に依存する。

 褒められたい、認められたいから枝葉が際限なく育つのだ。
 大地に根ざす事なく周りの木々に絡まり、支え上がる大樹。
 その様は森そのものを苗床にした宿木と言えるかもしれない。

 尤も、宿木と言えども枝葉が伸びるのは他の木々に認められるためであり、多大なる恩恵を与える宿木だ。

 無数に伸びる枝葉は、それぞれ宿主の望む果実を結び、滋養として与える。
 故に、森はゲボックという巨大宿木を排除し無い。

 たとえ、増えに増えた枝葉で太陽が完全に覆い隠され、自力で光合成出来ずとも、実った果実だけで生きる事ができるからだ。

 しかしそれでは、宿主は育たない。
 幹も枝も、根もそのままだ。
 より強くなるため育つ必要が無いために。
 しかし、歪な宿木は際限なく肥大化する事にためらいは無い。

 いずれ———

 宿主をその身で押し潰す事となろうとも、全く躊躇う事など無いだろう。



 しかし。
 この宿木は失敗を経験した。

 初めての挫折である。



 端的に述べる。
 失恋だ。

 永き時をかけ、育んできた恋という果実は、熟すこと無く地に落ちた。



 束は自身がそれに患っていながら『勘違い』と断じているが―――
 極論で言ってしまえば、恋とは人間種における生殖活動の一貫となってしまっている。
 前回述べたとおり、生殖とはその生物にとって全てと言っても良く、一個の生命体が傾けられる力の殆どを掛けて行われると言っても過言では無い。

 マスメディアにおける、恋の力の莫大さのアピールは実際、事実全く以ってその通り。
 生命の燃焼行動であると言えるために、誤りでは無いのだ。

 故に、ゲボックが精魂込めて注いでいた成果が実る前に失われたため、ゲボックは莫大な熱量———エネルギーを持て余す事となった。

 さて、それでは、元々そのために傾けられるべき力は何処に行ったのだろうか?

 そして、この挫折は一つの切っ掛けをゲボックに与える事となる。

 麦踏みと言うのをご存知だろうか?
 小麦の原材料である麦の育成中、わざと踏みつける事だ。
 踏まれる事により、麦は再度踏まれた時に抗する為、対抗して強靭となり、強風に負けぬしっかりとした麦と育つのである。

 筋力トレーニングにおいて起きる超回復とメカニズムは同一だ。
 さらに分かりやすく言うと、死にかけた●イヤ人は復活した時に負傷前を遥かに上回る戦闘力を得る。そんな感じである。
 これでわからないならジムに行ってくれ、インストラクターが文字通り手取り足取り筋肉痛への道を歩ませてくれるだろう。



 つまり。
 失恋して有り余ったバイタリティを持て余し、かつ挫折からより強靭に復活したゲボックはもう、うりゃうりゃなのである。



———ま、ぶっちゃけるとだ

 ゲボックの脅威は跳ね上がっていた。
 それも、想像を絶する程に。

 傍目には分からない。
 探究の狂気に底はあらずとも、外から見た逸脱性には限度がある。

 ISの適性に、規定以上Sランクが存在しないのと同様に。

 ゲボックの探究心と言う内圧は際限なく高まって行く。

 それは、千冬でさえもまだ気付かぬものだった。






・明日の朝日を拝む気の、無ぇ奴以外は退いて散れぇ!
 鬼の無聊の慰みに、そっ首引いて地獄に並べっぞぁッ!!
 ISが旋回する。
 生物兵器であるが故に、常人よりよほど純化した敵意が攻性因子として塗布され、単分子ワイヤーが刃と言っていい切れ味を持って辺りを蹂躙する。

「そ、れ、が、どぉしたああああああっ!!」
 しかし、それも牽制にすらなりはしない。
 普段は花壇の手入れを趣味としている生物兵器さえ、猛獣が如き突撃を敢行する。

「ぶっ潰すぞ旧式がア!」
「そんだけの数で勝てると思ってんのか、アァ!?」
・良いねぇ! 良いよ良いねそそられるじゃねえか! そぉだ、そぉだよねぇ……私は! これを待って居たんだァ!!
 歓喜の声を上げる『茶の七番』はこの状況を諸手で迎える。さあ、ようこそ嗚呼、素晴らしき地獄よ。



 それは、人間が介入する術など一分もない争乱だった。

 コード・ヴァイオレットで集合、決起した生物兵器の群れは、ドイツ軍より一早く敵を発見した。
 迎え討つのは『茶の七番』———だけでは無かった。

 生物兵器は生物兵器としての誇りを持ち、闘争の中に生きるべきである。
 そう、主張する者が生物兵器の中には少なからず存在する。

 ゲボック達からは袂を分かち、戦場を渡り歩くようになった、所謂『野生のゲボックウェポン』とでも言える彼らは、世界中あらゆる戦場において死神とも戦場には必ず流れる伝説として恐れられてきた。

 後に『存在意義原理主義』派と称される彼等は、その主義に従い戦場にあってしかし……渇きとも言える苦痛を常に感じていた。

 余りに現行兵器の脆弱さに『戦い』を実感出来ないのだ。

 戦いを求めて戦場にいてしかし、その目的を得る事ができない。
 彼らの目的は蹂躙ではない。闘争なのだから。

 そのようなフラストレーションを常に蓄積してきたのである。
 時折<Were・Imagine>とスリルある闘争を交わす事が出来ても、それだけでは物足りない。

 対処に来たIS相手なら戦力的には充分だろうが、彼女達は当然、戦略的に安全域から攻撃をしてくる。
 好き好んで相手の間合いで戦う愚行は成すわけが無いからだ。
 ISの起動に不可欠な、ISコアの数には限りがあり、それは余りに少ない事も拍車をかける。
 どうあっても失う訳には行かないから、どうしても安全域からの蹂躙となる。

 故に、IS相手には殆ど勝利がないのだ。
 ちまちまとけ削り殺しに来るだけなのだから。
 稀に『茶の七番』のようなIS殺しが出て来るが、それならば尚更だ。
 彼らこそが望むのは、『存分に戦ったという実感』なのだから。



 故に。
 今回のコード・ヴァイオレットに合わせ、『茶の七番』からそんな彼らへ向けて地上回路を流れた一報。

 存分な闘争を求むなら集え。

 これにより、世界中の『存在意義原理主義』派もまた集まったのだ。
 ゲボック家の『家族主義』派と戦闘する為に。

 ゲボックの手に依る最新チューンをなされた『家族主義』派。

 戦場にあって常に自己改造を続け、真に闘争の為に純化して来た『存在意義原理主義』派。
 闘争の為に彼らはあえて自分の位置を知らせ、そこに集った『家族主義』派と真っ正面から激突したのだ。

 ドイツ軍は、突如一点を目指し始めた生物兵器の跡をつけたに過ぎない。
 途中で行軍は子供達を解放し、走り出し飛び出し、とある廃倉庫地帯に駆けつけた。
 そして、この一大戦争。
 影から見ているドイツ軍は手出しなど出せる訳が無い。

 超音速の陸戦兵力。
 飛び交う光学兵器、特殊弾頭、兵装無力化支援機器。力場干渉。
 そのどれもが彼らにとって未知の脅威であり、訓練を積み上げて来た筈の軍人達をその場に縫い付けていた。

 あまりに、技術のレベルが違いすぎて実感を抱けないのである。
 書物や映画でしか見た事の無いフィクション染みた煌々と輝く技術の輝き。

 それが彼らにこう思わせるのだ。
 これに挑めば……俺らは映画で言うカマセの軍人にもなりはしねえ。
 誰だって、物語の冒頭で死ぬモブにはなりたくは無い。

 その想いが、彼らを足止めする。
 任務としての報告すら遅くさせる程に。



 そのとき、空が煌めいた。
 爆撃されるのは拡散型『福音の刃』。
 大地に突き刺さり縛散した破片はそれぞれが超高速振動と光子を撒き散らし、『存在意義原理主義』派を薙ぎ払う。

・チィッ! 『灰の二十九番』かっ! 頭取られてんのはやっぱ分がワリィな……野郎どもっ! 私が上で蝿を叩き潰して来るからそれまで持ちこたえやがれよ!

(((((させるとおもいましたか?)))))
 そこに響くのはベッキーシリーズの思念通話。

 同じ声の五重複合音声。
(((わたくし共ベッキー一同)))
((ご奉死致死ます))
(存分に)
((((鉛玉を))))
(((((お召し上がり下さいませ!!!!!)))))

「『茶の七番』! 前方に重力偏重極大化を確認! クソ給仕共がPICグラビトロガンブチ込んで来るぞ!」
・だからドォしたぁ! ISのシールドに効くか? ンなもんが―――

(だからお前は)
(僕らが)
(殴り殺す)

 そこに神風的に突撃して来たのは緑の怪人。
 緑の全身タイツを身に纏った、首から上がマスクメロンのようになっている生物兵器。
 声帯が無いため、思念通話が到達する。

 量産型生物兵器―――緑シリーズ―――二十七番。
・ッマだああああああああああッ!!

 だが、薙ぎ払われる『茶の七番』の単分子ワイヤーとG・H・(ガトリング・ホーミング)レールガン。
 たちまち粉々にその身を砕かれる『緑の二十七番』は一体や二体では済まない。
 撒き散らされた半透明の体液が、甘く据えた香りを撒き散らす。
・量産型如きが一丁前にほざくんじゃねえ!

 しかし、彼らもまた、怯む事は無い。
(量産型には量産型の矜持があるんだよ)
 そう、彼らの武器は数。
 仲間が砕かれ、その身をぶちまけられても彼らは止まらない。
 『茶の七番』に組み付いて来る。
・だぁあ! 鬱陶しいな貴様ら! それで何かしたつもりかァ!?

(するのは)
(これからだ)

 彼らは、メロンになっている頭部の頭頂。
 メロンならばヘタの部分を自分で捻って回した。

・なっ!? てめえら、まさか―――
 量産型には量産型の戦闘がある。
 すなわち。

 攻性因子をたっぷり含んだ、ISにも通じる―――自爆。
 量産型の生物兵器達は自分そのものを破壊力に変換、周囲の敵生物兵器ごと自爆する。
 流石にこれ相手は『茶の七番』でも危険極まりない。
 だが、まだここで絶対防御を使うわけにはいかない。

 瞬時加速。
 爆発の寸前に一方からのみのダメージに限定、咄嗟に逃亡する。
 千冬でさえ称賛した戦線維持の判断能力は目を見張るものがある。

 だが、かなりの数の味方が自爆で吹き飛んだ。 
 ごっそりとシールドも削られ、エネルギーの損失に舌打ちする。

 そこに、直列で繋がっていたベッキーが放つ重力場牽引射出銃が駄目押しする。
 通常のそれを遥かに上回るマッハ7という凶悪な弾頭は斥力場で大気を押しのけ、抵抗を下げる事で実現する。

 仕上げの天変地異とばかりに辺りを支配したのは地震。地の底から鳴り響くそれは、湧き出る森の調べ。
 次々と突き出て来る大樹。

 これには、幾度も見覚えがある。
・来やがったな、いつもいつも細々口やかましい『調停者』!

「いつもいつも人間同士のルールを破る違反者。今日は手加減してもらえる道理は無いと知れ」
 地から生えるは『翠の一番』、植物と大地の女王である。

・あぁ、それが気に食わなかったんだよ緑女ァ! むしろ来やがれ!

 声と同時に飛来した攻撃が大樹と『翠の一番』の頭部を粉砕する。

「言質は取った。植物館相互佐用(アレロパシー)、コマンド・スタート。シグナル、植物異常大繁殖(プラントバースト)…………深々と、緑没するがいい」
 鼻から下だけになった『翠の一番』はそれでも平然と判決をくだし。

 すると―――

 周囲がまるで、●シガミの森のように急速に緑を拡大させて行く。
 同時に。地のあちこちから、先程自爆した筈の『緑の二十七番』が生まれて来る。
 緑色の女王は無表情にも誇らしさを浮かべながらに解説した。

「『緑の二十七番』は植物ベース。その自爆は、ホウセンカの子種散布を参考。爆散とともに種を金属片代わりに撒き散らす。そこに、私が植物成長過剰加速を促せば―――」

 つまり、『翠の二十七番』は、自爆すればする程数を増やす事になる。
 しかも、その成長は、同じ植物型の女王が上限なく促し、ほぼタイムラグは無し。
 これぞ、生物兵器同士の連携コンボ。

・鳳仙花って———ぇぇおい! メロンじゃねえのかよ!

(メロンだよ。蕩けるような糖度、存分に食らわしてやる)
・鬱陶しいんだよ量産型ァ!
(叫んでばかりで五月蝿いのはどちらだ!)



「だりゃああああああッ!!」
「シネシネシネシネぇッ!!」

 怒号の嵐、ぶつかり合う人外の膂力。
 飛び交う火線、吹き上がる紫電と爆炎。
 これぞ地獄絵図。
 IS装備の生物兵器の脅威は『茶の三番』からの『経験値共有』で知れ渡っている。
 故に、『家族主義』派が取ったのは、数と種の豊富さを背景にした、揃えぬ幾多の波状攻撃。
 あらゆる状況に満遍なく対応可能な『茶シリーズ』と言えど、これを捌くのは容易ではない。
 次第に彼女の気質も重なって苛立ちが募ってくる。

量子展開(オープン)ッ!!

 『家族主義』派の猛攻にシビレを切らした『茶の七番』が球体を上空に召喚。
 その正体は———

「あん馬鹿ッ気化爆弾喚び出しやがった!」
「もう、仲間とか、概念無いよな、アイツ」
・五月蝿ぇッ!! まとめて消し飛びやがれ!



 激昂した『茶の七番』はその実しっかりと撤退経路を確保。退避すべく———

 上空の爆弾が抵抗もせず突如として消滅。
 同様に消失した大気を補填すべく空へ登る爆風が発生、それに誘われ竜巻が幾本も立ち上がる。

・なっ、にィィィイイイイイイィィイッ!!



 何が起こったのか。短切にそれを解説するなら、為したのは人工衛星型生物兵器と応えられる。
 『灰の二十九番』、その彼が吹き矢で放ったのは。

 物体消失兵器『ザレフェドーラ』。
 非・生命体を問答無用で消し去る対核兵器である。

「こっちも味方って概念がねええええっ!」
「吸い上げられるううううッ!」
 でもって巻き起こる二次災害。

(でも、それじゃあ聞きますが、気化爆弾とならどっちが良かったんですかね?)
「「「どっちもどっちじゃああ!」」」
(手厳しくね!?)



・ンの、時代錯誤野郎が———
 しかし、ISのPICとバランサーはその中でも機体を立て直す事が可能なのだ。

 されど、突発的な嵐の中でも、しっかりとその身を固定できる者は他にも顕在だ。

「時代錯誤、そちら。戦争屋など最早流行らぬ」
 大地に根ざした大樹、『翠の一番』である。
 フラーレンコーティングされた蔦が次々と射出され、『茶の七番』に次々と絡みついて行く。

「戦闘とは手段。目的にするのは本末転倒。カビの生えた脳髄は、星に還るがいい」
・うぐぐぎ……! だがな、てめぇら、そもそもだ———

 『茶の七番』は根本的なことを言う。
・それならDr.は何なんだ、アァ!? 作るものとか目的とか無視して研究とか開発目的になってるじゃねえか! そっちの方はどうすんだよ!



 一瞬。生物兵器達が硬直する。
 実際、その通りであるが故に。

 それで、実際彼ら生物兵器だって結構迷惑を被っている。
 その数は一度やニ度ではない。
 桁が二つ三つ違う。

 まあ。

 生物兵器達は一斉に両手を箱を持つように両手を差し出して。
「「「それはそれ」」」
 一斉に唱和。
 続いて、両手の間に想定された? 箱を隣に置くように動かして。
「「「これはこれ」」」

・は?
 戦闘中だというのに、敵味方一斉に闘争行動が停止した。

「「「だからOK!」」」
 次の瞬間には息を合わせたかのように一斉に攻勢を再開した。
 見事な息の一致である。
 なんだろう。悪い意味で知恵が付いて来ている。
 
・どこの誰だ! コイツらにこんな下らねえ知恵つけやがった奴は! この一致感……だから家族ごっこしてる輩らは!

 しかし、実際の攻撃はただ者ではない。
 ガリガリとシールドが削られて行く。
 このままではISが、顕現化出来る限界までエネルギーが削られてしまう。
 しかし、この、蔦が厄介なのだ。
 生きているが故に、当然の如く防性因子を保有し、再生するが故に無尽蔵。

・———チィッ!
 な め る な ァ ッ !!

 先の一戦で千冬とそれなりに戦えた事で奢りが生じていたのだろう。
 そう自覚した『茶の七番』は一気に頭の思考回路を冷却する。

 そう。
 冷やせばいいのだ。

 触媒機能。

 『茶の七番』は機械ベースだが、生物兵器と名のある通り、生物である。
 体内で窒素と酸素を一酸化窒素の形で結合させ、その周囲に反応熱を———
「…………ッ」

 『氷結世界』形成。

・ひゃははははははっ! 雑草女ァ! 南極に行った薔薇の気持ちは味わえたかぁ?

 『茶の七番』の周囲は一変していた。
 水蒸気は凝結し氷柱となってぶら下がり、周辺は一気に純白の世界へ移り変わる。
 窒素と酸素が一酸化窒素に結合する際、周囲の熱エネルギーを吸収する性質がある。
 液体窒素やドライアイスを貯蔵するより、触媒を用いる事で構築するこの手法は、エネルギーの消費が非常に少なくてすむのだ。
 まぁ、ISの格納領域に貯蔵すれば更にエネルギーの状態まで保持するので更に効率がいいのだが、これはあくまで『茶の七番』の固有武装。

 しかし、ここまで極寒の環境に変貌させる程ではない。
 だが、触媒に秘密があった。
 『茶の七番』には、本来豆科の植物の根に生息する根粒菌を遺伝子操作し強化、自由に操作出来るのである。
 この、根粒菌。大気中の窒素を取り込んで植物の肥料になる窒素化合物に作り替える機能を持っており、それを改良して極寒の冷気を精製したのである。

 如何なる植物であろうとも、その体内の水分を一瞬にして氷結されればガラスよりも脆く、あっさりと砕け散る。
 蔦を砕き、地表に出ていた『翠の一番』をISの足で蹴り砕き、さらに周囲で自爆すら叶わず固まってしまっている『緑の二十七番』達を破壊し、一端安全圏の空中に躍り出る。
 周囲数百メートル以内の『翠の一番』は活動不能だろうが、既にこの一帯全てが彼女のテリトリーになっている筈だ。一先ずこの氷結区域は奪い返した陣地として、その外側にいる『翠の一番』の留意することができる。



・ん、あ?

 一端膠着状態を作り出す事に成功した矢先である。
 ベッキーシリーズの放った重力子による牽引射出弾よりも更に極大な空間歪曲を上空に感じたのだ。



・こりゃあ、灰の二十九……違うな。じゃあ、なんだ?
「よぉ、面白い事してるじゃねえか、あたしも混ぜろよ」

 異常が上空に現れる最中、声をかけたのはオーギュストだった。
・なんだよ、混ざろうがどうでも良いわ。それより、何処ほてつき歩いていたんだ? 餓鬼連れて来てから結構経つだろうに
「ハ、ちょっと血液補充にな」
 オーギュストの対ナノマシン兵器『マンバ』は、大量に無数のナノマシンのごった煮であるオーギュストの血液を循環させて初めて効果を発する。
 先の戦闘で思ったより手こずった為、軽い貧血状態に陥っていたのだ。
 例えナノマシンと言えど、ISから生体物質やエネルギーを供給しない限り、無からは血肉を再生させる事は出来ないのである。

 一方、ゲボックサイドの生物兵器達は、ISが増えて戦況が傾いた事より、実際にグレイに手を下した相手の登場に、更に殺気渦巻き憤り、普段の彼らからは決して見られぬ程の凶悪な形相にまで跳ね上がっていた。

「良いねえ」
「あぁ、不利極まりない地獄だ。死神が抱擁してくれるぜ?」

 ゲボックと在野。異なる出身を持つ二体の生物兵器達は、己のあり方のみで共感を持っている。
 それは世間一般で言う友情に近いものがあるのは驚愕と言えるかもしれない。



 再度膠着した戦場は仕切り直し、緊張を引き絞る。
 オーギュストと『茶の七番』は油断無く殺気と警戒を張り巡らせ、『翠の一番』はアラスカで生息する植物の因子を抽出して熱量を生み出し、氷結陣地の切り崩しに掛かる。

 そして、その膠着を崩したのはどちらの勢力でもなく―――

 天を突き破り、夜空を切り裂く流星であった。



 その隕石は戦場を横切り、潜んでいるドイツ軍の後方へ墜落する。
「ちょっと、見て来ますね」
 そう発言したのはベッキーの一体。
 『緑の二十七番』を一体引きつれ、偵察に向かう。
 上空に生じた極大の空間歪曲は『家族主義』派でも観測している。
 そのド真ん中から突如として飛来したもの……きな臭いにも程がある。
 こう言う場合は、身内である筈のゲボックが一番信用ならない事もあるのだし。

 その結果は。

「食べちゃいますよ〜」
「なんだこのメイド服着たロボットはあああああああ!」
(なにやってるんだろベッキー……)


 と———まあ、同じく偵察に来たドイツ軍と遭遇する羽目になっていた。
 取りあえず攻撃されないように、シアノアクリレートを吹きかけて固めているのは支援タイプ故の考慮なのだろうか?

 ああ、ちなみにシアノアクリレートとは、ブドウ糖や脂肪酸と同じ炭水化合物である。
 しかし、この物質。僅かな水分を触媒にして、あらゆるものをガチガチに接着する性質があるのだ。しかもその反応は一瞬である。ようは瞬間接着剤である。

 直線が多めでガチガチしたロボットがメイド服を来ているのはやはり一種のプレッシャーがあるらしい。
 全身を固められ、動けない事も加わって、鍛えられている筈の軍人がマジびびりで怯えまくっている。
 まあ、さっき生物兵器同士の戦闘を見てしまったからというのもあるのだが。

「失礼な人達ですねえ」
(ちょっと洒落に感じられない冗談言うからだよ)
「そうだ。逆に、このメロンの顔を召し上がりますか? 美味しいですよ?」
 そう言って、量産型のメロンヘッドを指差すベッキー。
「死んでも食うかああああああああっ!」
 ごもっともである。
(アンパ●マンかっ! とツッコミたいけどねえ。実際身内では好評だからなあ)
 真実、糖度も高く、水々しいため美味いらしい(千冬談)。
 本当にマイペースな奴らである。



 で———その結果。

 何だかんだで、結局一緒に行動する事になるドイツ軍とニ体の生物兵器である。
「つまり、お前達の攻撃では無い訳か? 先程の支援爆撃のような」
「まあ、彼なら貴方達に迷惑の掛かりかねないミスはしないと思われますので。しかし、空を突き破って降って来たような感じがありまして、少々不可解なのですね」

 隕石(と、思われる?)が墜落したクレーターの縁まできたベッキーがスキャンを掛けてみるが―――
「妙ですねえ」
「……どうした?」
「わたくし、こう見えて後方支援型なので観測や解析は得意なのですが、このクレーターの底……正体不明(アン・ノウン)としか反応が返って来ないんですよ? どうしたんでしょうか?」
「…………なに?」
「あのさあ、メイド服(ふく、に極めて強調)ロボットさんや。そもそも墜落時の粉塵や高熱が凄くて分らないんじゃ……」
「いや、『見えない』とか、その程度なら良いんですがね?」
「え?」
「え?」
「え?」
「え?」
「え?」
「え?」

 偵察部隊のドイツ軍人が一斉にベッキーに注目する。

「どーも、『見えない』んじゃなくて、『分らない』らしいんですよ。でもそれって……少なくとも、太陽系内の物質じゃないって事になるんで———」
「え? マジ宇宙人?」
「しかも外宇宙?」
「あのさあ、いつから俺らの世界はSFになったんだ?」
「ハルフォーフ隊長、ISある時点ですでにSFに追い付いたっぽく無いですか?」
「おのれ……まだ鉄腕ア●ムすら生まれていないというのに!」
「あー、ハルフォーフ隊長、イイ歳したおっさんなのに日本漫画好きっすからねえ……」
「歳は関係ないだろ!」

 などとわいわいがやがや軍人らと騒いでいた。
 なんとも緊張感が無い。
 『緑の二十七番』は、粉塵が少しずつ収まって来るのをじっと見ていたが、やがて、その奥から見えて来るものに思わずメロン首を傾げた。

(マネキン?)
「どうしたんですか……? って、あれは……」

 粉塵の密度が薄まって来た為に、シルエットが露になって来る。
「首の無いマネキン…………?」
「何でこんなところにマネキンがあるのだ?」
「いやー、あんな高熱の中心点にあったら原型無くなりませんか? マネキンってセルロイドですよね?」

 軍人も遠視眼鏡でシルエットではあるがそれをのぞいた感想を口にする。
「なぁー、俺の気のせいかもしれないけどさ」
「どうしたんだ?」
「あのマネキン、真っ二つになってないか?」
「縦? 横?」
「縦、縦、ほらほら」
「あー、よく見えるなお前、目がいいなあ」
「偵察部隊は伊達じゃ無いって事で」
「なぁ、腕も一本無いぞ?」
「本当だ。流石に落下の衝撃で壊れたのだろうな」

 対して。
 生物兵器組はそのシルエットに思い当たる節がアリアリだった訳で。
「あのですね……」
(言わなくてもわかるって……でもよ……どれだけ親バカだというのだよ?)
「何より恐るべし執念。あの状態でやって来るなんて……」

 二体の意見は、口に出さずとも一致していた。
 あそこにあるのは、『灰の三番』だと。

 やがて、粉塵が晴れて来た時見えたのは、当然ではあるがマネキンではない。
 クリスタルのように光を透過する素材。
 もし、五体満足なら、ガラスのような物質で出来た美しいスタイルの裸婦像となっただろう。

 しかし、足りないものが多すぎる。

 彼らが確認した通り———
 失われた頭部。
 縦に割られた全身。
 隻腕。
 全身に穿たれた貫通創。

 おおよそ、重要な器官が随分と破壊された人体の残骸と言える形状。
 光を透過する肉体は、普段化粧用として纏っている擬装用のナノマシンを一切纏っていない素の姿なのである。

 だが、美しい人体には一般的では無い異物が突き出ていた。
 11本の、骨のような質感の―――背に突き立った杭が。

 きりきりきり。

 耳障りの悪い音が響いて来る。
 まるでCGが無い時代のSFX、ストップモーションのようにぎこちなくガラスの四肢は動きだす。
 その際に洩れる、ガラスを擦り合わせるような音だった。



「ところで、どうやって彼女、ここに来たのでしょうか?」
(落ちて来たって事は、カタパルト射出かな? 無茶するなあ、元々戦闘型じゃないうえに、こんなにボロボロだってのにさ)
「いえ……それなら、さっき計測された空間歪曲の説明がつきませんし……」
(流石のDr.も虚数展開カタパルトはまだ作ってなかったよね?)
「そんなもの開発したら、『何処にでも居て何処にも居ない』現象利用して奥様の事付きまといますよ?」
(あー……そうなるねえ)
 虚数存在となってストーキングされるなど、千冬の胃が虫食いになる程の惨劇である。

 だ……。

 重い。
 そんな響きの囁きが……。

「おや? 今、皆様何かおっしゃいましたか?」
(違うけど?)
「いや、俺達でもないけど」
「そうそう」
 ドイツ軍偵察隊の面々も否定する。

 こだ……。

「ほら、また聞こえましたでしょう?」
 ようやく全員が認識した、それは、抑揚の無い感情などまったく込められてない重々しい静かな響きの意思であった。

「あ、本当だ。でも、これ、聞こえたって言うよりは……」
「頭に、直接、響いて来る———?」
(思念波かな?)
「あー。これメロンのテレパシー? いや、なんか感触違うぞ?」
「……東洋の神秘かっ!」
「隊長の事は放っといて下さい」
「いえ、わたくし共も慣れておりますので」
「お互い苦労するねえ」
「いえいえ……」
(メロンって……いや、まぁいいけどさ)
 妙な親近感を抱いているベッキー達をジト目で見送る(目、無いけど)『緑の二十七番』であった。

「なあ、まさか……」
 軍人の一人がクレーターの底にいるそれを指差す。

「いや、流石になあ?」
「今のむっちゃダークな声(?)をあのスレンダーボディから奏でられたとなったらちょっとなぁ……」

 どこだ…………。

「………………いや、そうだったね。他に無いな、あれだな」
「なんと言う事でしょう、『灰の三番』の思念波は透き通った綺麗な波長だったというのに」
 ベッキーが頭を抱える。

「…………身内か?」
「ええ、重傷で要入院かつ絶対安静必須の筈なんですが……」
「というか、あれで生きてるんだから凄いなー」
「しかし、わたくしから見てもちょっと前例の無い姿でして……思念波も、もっと若々しい女性の声の筈なんですよ、いつもなら……」
(ねえ、ちょっと、エネルギー感知モードを生命反応モードにしてみて)
「どうしたんですか?」
(静かに……反応しちゃ駄目だよ……)
「…………な……」
(しっ、気付かれるよ)

 『緑の二十七番』に従ってみたベッキーはその時生じた驚愕を漏らさないようにするのが精一杯だった。

 生命反応―――人間換算、マイナス50億人分。
(生命反応……マイナス!? しかもこの数値はっ!?)
(そうなんだよねー。一言で言うと……やばい?)
(やばいどころじゃ無いでしょうに! 言ってしまえば50億人もの人間を葬れる『反生命』の塊がそこに有るって事なんですよ!)
(なんでこんな事になってるんだろうねえ?)
(この、『どこだ?』は間違いなく一夏坊ちゃんの事でしょうから……)
(親馬鹿リミットブレイクしてブッチギれちゃった?)
(そんなところじゃないかと)
(冗談じゃないよ! なんで親バカが死の塊みたいなのになるんだよ!)
(分りませんよそんな事わたくしに聞かれましても!)

 暗い思念の響きは段々その存在感を強めて行く。

 何処だ……。
 どこだ……。

 一夏は……。

 いちかは、どこだ……。



「ICHIKA?」
「ええ、この先に監禁されている筈の、日本の代表IS操縦者、織斑千冬様の弟君です」
「……おい、ISで織斑って……ブリュンヒルデか!?」
「はい、今日決勝である筈の……って、その捜索を軍部から命じられているのではなかったのですか?」
「いや……いや、軍規だから言えん」
「ああ、大丈夫です。『違う』事が分るだけで充分ですので……しかし———」
「しかし、監禁って———ああ、そう言う事か」
「そう言う事で―――皆様伏せて下さい!」
 ベッキーが焦燥に満ちた警告を放った。

 『灰の三番』、グレイの『無い』頭の部分に反生命エネルギーが集束しているのを感知したからだ。

 ぶぶぶっ。

 正体不明のエネルギーが空間を震わせる。
「なんだこれは……!」
「いえ、わたくしにもなにがなんだか分りません、まあ、概要で『波動』としか……」
「波動!? それはまさかあの東洋の神秘かッ!?」
「ハルフォーフ隊長、本当好きっすね、そう言うの」
「いいだろ! ここはむしろ真面目な話題としてだな!」
「はいはい」
(あー、ヨーロッパ人の認識だと波動ってそうなるのかー)
(呑気ですね『緑の二十七番』、貴方も伏せなさい!)
(了かーい)
 ひょこっと彼がしゃがんだ瞬間だった。

 ぶばば、と放たれた波動撃としか言えない謎のエネルギーが彼らの上空をかすめて飛び去って行く。
 何と無しに、視認は出来なかったがその恐ろしいエネルギーを身を以て感じていた一同はその行き先を見送り……。

 その視線の遥か彼方。
 バイエルン州西武アルプスにある山脈の一山にそのエネルギーが大気を振るわせながら直撃した。

 一瞬、何も起こらない。
 引き伸ばされる一瞬をその場にいる全員が共有した。
 長い長い瞬間を脂汗を浮かべながら耐え過ごし。
 あぁ、なんだ、杞憂だったのか。
 誰もが安堵した。

 その、一拍後である。

 ぶるぶると視界が震えたと思った瞬間。
 一気に山一つ丸ごと灼熱化。溶岩と化し、ボコボコと沸騰したかと思えばそのままその全てが爆発する事さえなく完全に気化して消え去った。

「………………あ?」
「なんだありゃ?」
「アルプスの一角が丸ごと消え去ったああああああああッ!?」
「や、ややや、や、山が……!(日本語)」
「YAMAGA? 楽器メーカーだったか? いや、なんかうちの娘が所属している部隊にそんな整備員が来たって聞いたが(独語)」
「隊長ノンキすぎるッ!」
「ちょっ、彼女、非・戦闘型の筈ですよねえええええ??」
 ドイツな皆様と一緒にベッキーまでフリーズする。
(なんてこったぁ……)
 『緑の二十七番』は呆気に取られつつ、肩をすくめるのであった。



 何処だ……。
 何処だ……。

 一夏はどこだ……。



 重く静かな声が響き渡る———

 そのうえ、そのガラスの肢体が浮かび上がって行くではないか。
(は!? 『灰の三番』には空戦能力は全く無かった筈だよ!?)
「ちょっと待って下さい、飛行されながら先のを連発されたらたまったものではないですよ!?」

 さらに、彼女がオーロラのような輝きを見に帯び始める。
 その姿は、どう見ても、誰が見ても。
「ラスボスだ」
「ラスボスだな」
(しかも課金しないと出ないような裏っぽい奴)
「ああ、貴方達、量産型である事利用して、人海戦術でネトゲしてましたね。しかも作るキャラ皆一緒で無個性なギルド作ってるの……それにしても課金裏ラスボスって、どんだけ廃人プレイしてるんですか?」
 出て来たのは、そのまんまググった時出てきそうな御姿であったそうな。

 どこだ……。

「……あ!」
 言ってカッ飛んだ。
 生じた速度はどれほどの物だったのだろうか。
 大気との摩擦で爆風が生じ、その場に居た全てが灼熱の突風に吹き飛ばされる。

「ぎゃあああああああ!」
「あづづづづづ!」
「大気が燃えた!?」
(や、焼きメロンになる!)
「それは不味そうですね……」

「おい! アイツ我が軍の方に向かって行ったぞ!」
「もしかして認識機能が故障している!? 束様ではあるまいし! 兎に角人間の多い方に向かって行ったとしか言えないのが不味すぎる!」
「…………おい。あれが、人気のある方へ向かうとどうなると思う……?」
「言いたくは無いですが……」
 ベッキーは一呼吸置いて。

「そりゃあもう、見るのもはばかるような一方的な蹂躙虐殺劇が公開される事となるでしょう」
「お前らのせいだぞおおおおおおおおおお!」
「知りませんよそんなのおおおおおおおおお!?」
「身内っつったろうがああああああああっ!」
「兎に角戻るぞ!」
(でも、行ったとしても何も出来ないよねー)

 そこに居る全員が視線をドイツ軍が潜んでいる緑地帯へ視線を向けた時。
 既に、それは始まっていた。






 彼女が襲来したときの衝撃波に巻き込まれたものは、むしろ幸運だったのかもしれない。
 ヒトが集合している地点の上空にて。
 彼女はオーロラを周囲に発生させ、極彩色を広げて行く。

 そして、それが巻き起こすのはモンド・グロッソ会場とまったく同じ現象だった。
 オーロラが伸びる。
 そして、それに触れてしまったモノは例外無く解体されて行く。

 各種機械や車両、武装が部品の一つ一つに分解され、宙を昇って行く。
 それを用いていた軍人も宙に引き上げられ、その軍服がボロボロと崩壊し、その中の人体が———

 揺らめき、溶け、消えて行く。
 悲鳴も何も、自覚さえすることができない。
 それを運悪く見てしまった者達が悲鳴を上げるのだ。

「う、うわわ……っ!」
「こ、攻撃が効いてない!」
「エルヴィン! エルヴィンが!」
「た、助け……助けて!」
「嫌だあああああ!」



 その騒ぎは、闘争中だった生物兵器の勢力側にも充分見える訳で。
 当然、そこにドイツ軍があるのは初めから分っていた彼らであるが、どちらにしても、雑魚だしエンカウントしたら範囲攻撃で纏めて吹っ飛ばすか。ぐらいしか考えていない為、眼中に無かったのである。
 しかし、そこに襲撃を掛けているように『見える』何かは非常に気になる。

「……な、なにあれ?」
「Dr.の新兵器?」
「何も説明無かったぞ! …………って、Dr.だしなぁ、それもそうか……」
「納得してしまう我らであった」
「つーか、今、あそこにある山……無くならなかったか?」
「………………いや、それ、洒落にならなく無いか? 一夏どころじゃ無く色々消え去るぞ?」
「実際軍人さん消えてるぞ……怖っ」
「ねえねえ、あれ……あの浮いてるラスボスっぽい本体」
「なあ、そのラスボスって呼称は決定事項なのか?」
「……他の何に見える?」
「うん。ラスボスだね」
「間違いない。ラスボスだ……と言うことで」
「ん、ラスボス採用だ……で?」
 ここでも共通見解はラスボスらしい。
「あれって———どっかで見た憶え無い?」



 とある一体の生物兵器の一言のせいで、そこに居た両陣営は注目する。
 全員、最低でもとあるジャングルの王者並の視力を持っているためめっちゃ目がいい。

 そして、オーロラの中心に居るそれを目にした瞬間。

 それがこちらに、『無い頭部を向け』、生命反応マイナス値を極点集束を観測…………え?
「…………気付かれた」
「っていうかアレって……ねえ」
「ところであのエネルギー何? アンノウンとしか出ないんだけど」
「…………生命反応だから、波動でいいんじゃね?」
「でも、マイナスだから」
「衰氣か……」
「寄り神??」
「なぜここでファンタジーを持ち出すお前ら……」
「というより、気付いているなら言おうよ」

 ぶぶぶ……。

「あれ、『灰の三番』……だよね———」

 ぶぶばっ———

「あ、本当だ―――って撃って来てるだろおおおおおお!! 総員退避イイイイイイイ!」
 着弾。

 もう、陣営も何も関係なく、全員がごちゃ混ぜになって撤退する。

 派手な爆発など起こらない。
 ただ、空間事体の位相が極限まで引き下げられ、その事によって浮き上がった格差のエネルギーが空間上に飽和し、純粋に破壊が顕現する。
 言ってしまえば、空間自体が破壊力に変換される。
 当然。そんな範囲破壊、防ぐ手だてなどありはしない。

 波動撃。彼女らの、極一般的な攻撃である。

「なんじゃこりゃあああああああ!」
「防御無効! 駄目じゃこりゃ!」
「衛生兵衛生兵!」
「そんなん修理中に消し飛ばされるわ! 地上回路経由で量子化してDr.か束博士のラボに転送しとけ! 少なくとも生きてたらその状態で保存される!」
「もうだめぽ———」
「諦めるなあああああップゥ!?」
「まて! 『灰の三番』にバーサーカーモードが搭載されているなんて効いてねえぞ! ぎゃあああああああっ!」
「いやー、でもDr.の作品ですし、それぐらいあるんじゃないですかねー?」
「説得力がありすぎて涙が止まらねええええええぇぇぇ!」



 もはや、生物兵器同士の闘いどころではない。
 理不尽なまでの理不尽を叩き潰す理不尽。
 分りやすく言おうか。
 これぞ、ゲボックの発明品を前にしたときの一般人達、そのありふれた反応。
 それを、自分たち自身が表現している。何たる皮肉か。

・ははは……ははは……!

 『茶の七番』は歓喜に嗤う。
 これが、面白く無い訳が無い。
 闘争とは、敵意を向け合って初めて成立するコミュニケーションだ。
 こんな。
 こんな、一方的に『どうでも無く』、軍人のように目的も無く、ただ命を刈り取って行くだけの災害のような存在。

 いや、災害ならばやり過ごせない事は無い。
 これは。
 全ての三次元上の生物に、意思あるモノに対しての天敵だ。

 これぞまさしく———兵器のあるべき姿だと、歓喜と羨望に打ち震える。

・なんだよ! なんだなんだ! こんな面白いの隠し持ってるなら、初めから出せってんだ馬鹿野郎が! お前を軽蔑していた私がまるで馬鹿じゃねえかよ!
「何する気だ、『茶の七番』」
 意外な事に、ISで今にも突撃しそうな『茶の七番』を制止したのはオーギュストだった。
 一度、間近で垣間見かけたアレを見た為か、脂汗がびっしり浮かんでいる。
・決まってんだろ! アレとやり合うんだよ!
「おい……お前……!」
・アんだァ!? びびってんのかオーギュスト!
 そう、オーギュストらしからぬ態度である。
 普段の彼女なら、自分の命など、まったく顧みず自分同様突撃する筈であるのに。

 戦うならば、あれほどの存在はあるまいに。
 そんな歓喜に溢れる『茶の七番』に、オーギュストは告げた。

「お前は、あれが、生き物に見えるのか?」
・はぁ?
「お前……あれが、戦うとか、そういう相手に見えるのか?」

 これが、オーギュストと『茶の七番』の違いだった。
 ベースとなるもの。
 人間がヒトの手により生物兵器の高みまで来たオーギュストと。
 無より生み出された、生物兵器としてが始まりである『茶の七番』の違い。

 どちらも戦う事が存在意義だが。
 命のあり方が根本的に異なるのだ。

 故に。
 戦いたい、等と思える『茶の七番』とは違う。
 オーギュストは、アレが認められないと判断した。

「逃げるとは言ってねえだろボケ。あたしは、アレが認められねえだけだ」
・上等ォ!

 それはグレイのリベンジマッチ等と呼べるものではない。

「うらああああああああああああッ!!!」
・ぎゃはははははははははッ!!

 生物兵器を乗せた二機のISは、宇宙一つ分のエネルギーを解放した来訪者に突撃した。









「一つ研究してハ小生の為! 二つ研究しテも小生の為! モ一つオマケに研究するのも小生の為ですョ!!」
「なんで私はコイツと一緒に居るんだろう……」

 ヒャハハハと嗤いながらゲボックは研究する。
 で。
「はぶぶ」
 ぶっ倒れた。
「ちょっと、これで何回目よ!」
 慌てて彼女はゲボックを引き離す。
 彼女は第二回モンド・グロッソで、千冬と決勝を交える筈だったイタリアの代表である。
 名前……は、黙っておく。その方が面白いし。
 何だかんだで自己紹介が潰れてしまい。しかもそれでも何とかなるためズルズルとなし崩しに代名詞だけで呼ばれている彼女である。
 少なくとも、今世界でトップ2が確定しているIS操縦者としての地位と知名度がある筈なのだが。

 ゲボックは、グレイの落とした『強欲王の杭』を研究していた。

 しかし、どうやら成果が芳しく無いらしい。
 それもそうだろう。

 『強欲王の杭』は、ありとあらゆるエネルギーを吸収する。
 そのキャパシティは宇宙一つ分であり。
 事実上、無尽蔵と行ってもよい。
 そのため、あらゆるスキャンがそのまま吸い込まれてしまい、接触すれば力を吸い尽くされ、瞬く間に何も出来なくなる。

 強欲王の杭。それを研究中、何度もゲボックはエネルギーを吸われ、死にかけていた。
 それでもこの男、まったく躊躇いが無い。
 一度やニ度、死にかけたぐらいではまったく意に介せず再び研究に取りかかるのだ。
 その度に、見ていられなくなった彼女が杭からゲボックを引き離して助ける顛末にもはや幾度も至ってしまっている。
 懲りないのかそれでも頭脳の優れた科学者なのか、と言いたくなってしまう。

 すると———

 ゲボックの頭にスッポリと被さっているラーメンの丼のようなヘルメットから注射針が伸びて来て適当なところに突き刺さる。

「ウッヒョアアアアアヒィィィィアアアアアアッ! ヒヒヒッ、復活デすョ!」
 その中身は如何なる強壮剤なのか。
 HPを完全回復したゲボックは、異なるアプローチをする為、再度『強欲王の杭』に取り組み始めた。

「どれだけ出鱈目な体なのよ……」
 溜め息をつかざるを得ない。
 目の前の男と居ると自然と積み重なる心労に。

 そのうえ、彼女がここにいる筈の理由。
 モンド・グロッソはそれどころでなくなってしまったのだ。

 オーロラに染まった巨人による破壊。
 それによって各国の要人は行方不明となり、会場も、巨人が通ったところは食害にあったかのように毟り取られていた。
 一体何があったのか。それは彼女には分らない。
 ただ。彼女も優秀な国家代表だ。

 今ゲボックが行っている研究が、それを修めるのに必要である事も分っている。
 なにせ、ISの絶対防御さえ透過する『何か』だ。
 放っておけば、碌な事にならないのは自明の理だ。

 しかし、自分はこれからどうなるのだろうか。
 そもそも、モンド・グロッソはもう駄目だろう。

 と言うか。

「対戦相手の現ブリュンヒルデは居ないし……」
「フユちゃんは、自分の不戦敗デ構わないらしイですね? 優勝おめでとう御座いますョ」
「それを誰が……認めるのよ」
「フユちゃんが後で言えば良いんじゃなイでしョうか?」
「そして優勝した筈なのに何故かバッシングを受けまくる私なのね……?」
「何ででスか?」
「優勝しても、実力で勝ったと言う事実がなければ、民衆からの支持……そう言うのは得られないのよ」
「…………そレは確かに悲しイですねぇ」
 言葉の割には大した事がなさそうに研究を続けるゲボック。
「フーむ。如何にして吸収するエネルギーを取捨選択させるか、それが重要ですねぇ」
 うーんうーんと、珍しい事に悩んでいるゲボックが居た。
「ねえ、違うプランにしたら? それどう見ても無理そうじゃ無い。ブリュンヒルデも雪片が壊れて丸腰状態なのよ? せめて何か武器を届けてあげなきゃ。貴方、科学者なら、なにか代わりの物を作って上げなさいよ」
「それです! 素晴らしいでスョ! 貴女チゃん!」
「代名詞にちゃんつけて呼ぶの止めて!?」

 見かねて意見を述べてしまったのだが。
 我ながら全く参考になる意見とは思わないのだが……。
 どうやら、自らとは異なる視点、というだけでインスピレーションを閃かせるには十分すぎたようだ。ゲボックに、手段を思い付かせてしまったのだ。
 こうなれば、聞く耳など持つ訳が無い。

 何を言おうとも、もう、遅すぎる。
 一を聞いて十を知るのは優れたる人の証だが。
 天才は、一に満たなくとも、知識を得れば億千万の閃きを世に齎してしまうのだ。
「ひははッ、あはははMarverous!! 天才ですね貴女ちャん! これでもう解決ですョ! 実は小生じゃなくて貴女ちゃんが天才なんじゃ無いですかァ!?」
「も、もうやだこれ……っ」

「あははははっ! こうデすね、こうでしョウ、いやいやこうして―――出来マした!」
「何を作ったにしても早過ぎない!?」
 一分経っていない。

「ソうなのです! どうあっても干渉出来ないなら、干渉出来るモノを作ってしまえバ良いのです! 流石デすね!」
「どうして私が褒められまくってんだろう……」
「と、言う訳で作ったのがこれナのでス!!」

 テンション高いゲボックがテンション高いまま差し出したのは…………鳥の羽根?
 何だろう……。ただの鳥の羽根ではない事は確かであるが、どうにも募金したら貰える赤い羽根の色無しにしか見えない。

「えと、これは?」
 嫌な予感しか無い。聞きたく無いのだが、聞かねばいつまでも期待に満ちた目でまとわりつかれる。
 それも極めて嫌なので、観念してしまったのだ。
 私は悪く無い、と必死に自己肯定しているのがいじらしい。

「強欲王の杭、そのコピーです」
「……………………え?」
 本当にいつ作ったのだろう。

「あの———え? これが、それと同じ―――す、凄すぎない!? ええッ!? 一体!? どうやって!?」
「うふふフ! そうです! 凄いでしョ! 凄イですよね! もっともっと褒めてくダさい!」
 ゲボックは彼女の驚愕を称賛と認識してくねくね喜び出した。
 正直気持ち悪い。

「さらにさらに! ここにはそれを編んで作った『強欲王の杭の服』もありますよ」
 ばさぁ! と翻す一着の服を見せるゲボック。
「だからそれとかいつ作ってるのアナタはあああああああ!? 何処の料理番組横の手際なのよ!?」
 ここに、『それを終えたものがあります』のノリだった。

「小生もアレは凄いと思いまシて、それニ追い付け追い越せでようやく、出来るよウになりました!」
 頑張れば出来るものですョとか言っている、冗談の通じない馬鹿だった。
「子供でも分っているタネが分かってない!? 馬鹿な筈なのに出来るようになってるからなんというか、えええええッ!?」
「ちナみに、着ルとこうなります」
 言うと、そこには既に全身真っ白なゲボックが。
 そう。全身タイツである。
「ダッさぁ!」
 『強欲王の杭の服』でも、正しくは『強欲王の杭の全身タイツ』であった訳だ。
 痛い。しかしこの恰好は痛い。

「どうでショウ? 着てみます?」
「嫌過ぎる!」
「まあ、ソうは言わず。性能ハ折り紙付きですョ? そもそも、ISスーツだって似たようなモノじゃないでスか?」
「あぁ、確かに…………じゃなくて! 嫌と言ったら嫌なのよ!」
 ISスーツも似たような物だとは……言える訳が無い。違いすぎる。
 センスが下方向に違いすぎる。

「えぇー、そンなぁ、折角作ったんですョー? ちょっとでイイから着てみませんカ? ねぇねぇネぇー」
「いやあああああああっ!」
 思わずISを部分展開して、パワーアシスト。
 熊でも吹き飛ばせる膂力で殴りつける―――たのだ、が……。

 ぽふ。

 まるで、勢いを消されるかのように衝撃が消失。
 まったく攻撃になっていない。
「え? は? え?」

「どうデす! これがこの服の特徴! 『強欲王の杭』の特性を防御に用い! アらゆる攻撃エネルギーを別宇宙に転送! 着てイる者を守り抜きます! これぞまサに等身大絶対防御!」
「嘘!? 本気でぇ!? いやああああっ!」
 それはまるでドリルを迫られた真耶のように恐慌状態である。
 ISとは世界最強の兵力。
 しかも、その中でも特別な機体、モンド・グロッソに出場した特別チューン機の操縦者たる彼女のある意味根幹を支えていた事実である事は間違いない。

 例え部分展開であっても、そんじょそこらのISとも訳が違うのだ。
 しかし、それが。
 こんな全身タイツに覆されようとは。

「嫌! 嫌! いやあああ!」
「はっハはー! 効きマせんよー? 無事デすよー。安心安全です! これでフユちゃんの猛攻にもこれカら大丈夫ですね!」
 どうもゲボック、近頃は地味に現在も成長を続けている千冬の戦闘力に対処するにあたり、強化改造での限界を感じ始めていたようで、この『杭』の発見はまさに喉からマジックハンドが出る程常々欲していたモノだったのである。

「どうです? 着てみませんカ? その凄サは身を以テ分りましたョね!」
 ずいずい迫って来るゲボック。
 必死に後ずさるが、調子に乗ると恐ろしいまでに機敏になるゲボックである。
 センス壊滅状態の全身タイツを手に、ずいずい迫って来る。
 咄嗟に攻撃してしまっても全身タイツがそれを無効化する。
 これは怖い。
 ツッコミの通じないゲボックはゾンビ以上に厄介である。



 だが、救世主は現れた。
「ま〜〜〜〜〜〜〜〜〜た〜〜〜〜〜〜金髪かアアアアアアァァァァッ!!」
 それは、ソフトボール大の塊だった。
 飛来するそれは猛烈なスピンで直進し、全身を『強欲王の杭』による究極と言っていい守りで包まれているゲボックの―――



 メシィッ———
 という、骨が軋む音が聞こえたか否か。



 唯一、タイツに覆われていないゲボックの顔面のド真ん中、鼻っ柱をへし折る勢いで炸裂した。
「ぶッゥポゥワぁッ!?」
 非常に珍奇な悲鳴を上げて吹き飛ぶゲボック。
 背後にある瓦礫をなぎ倒し、その全身を捻るや顔面から瓦礫の山に突っ込んだ。

「ふっ———ゲボ君、その究極の守りの弱点———それが剥き出しになっている顔面だという事は既に分ってしまっているのだよ! ―――ふっふっふ、何故それが分るかって? いやだなぁ、だって束さんは大大大大どぅあい天才だという事を忘れたかな! えへ、うふっ、ああ、そうだ。言い忘れてた。ゲボ君―――浮気は死刑だよ!」

 台詞途中でネタバレがあったが―――それは、そのソフトボール大のコロンとしているのはぷち束であった。以前見たぷち束より更に小さい。

 着ている服装は、不思議の国のアリスを想定させるような衣装―――そう、後の篠ノ之束と言えばこの衣装、と言える服装を、身に纏い、ぷち束である証のウサ耳を生やしてくねんくねんしている。

 なんとなく、さっきのゲボックに印象が近い気がする。
 あと、どこに浮気の気配があった。
 そもそも二人は付き合っていないのだが。
 こんな感じの独占欲は結構姉妹共通だなーと、千冬は見ていたりする。
「こ……これが? え? あの、し、篠ノ之博士?」
 現在行方不明であるISの開発者だが……ちっこい…………? 少なくとも、種族は人間だった筈だ……筈……。
「まさか、ISのオーバーテクノロジーは妖精さんの手に依るものだったからなの……?」
 なんか、驚愕し続けると常識とは何か? とか本気で考えてしまうのだけれど……。

「チッ、あ? なに? 何だよ金髪、うっさいなあ。妖精なんているわけないじゃない、良い歳して何言ってんの?」
「舌打ちで吐き捨てられた!? その上態度が全然違う!」
「ぺっ、今束さんはゲボ君との語らいに全身全霊傾けたいんだよ、ふっ、ンな事もわかんないの? これだから金髪は……」
「鼻で笑われた上に唾吐かれた!?」
 なんか、金髪に憎しみでもあるんだろうか。
 ガラが悪すぎる。

「オォウ! タバちゃんじゃないですかーっ!」
 瓦礫の中からゲボックの嬉しそうな声が響く…………。
「おう? おぉう…………? ありゃ?」
 瓦礫が重くて脱出出来ないらしい。
「大丈夫だよ! ゲボ君ドリル付いてるじゃない!」
「そうでした! ヒャッハァ!」
「指先一つでダウンしそうだー!」
 物凄く楽しそうな天才達である。

 すぐさま両腕がドリルになったゲボックが瓦礫を粉砕して飛び出して来た。
「ゲボ君大丈夫ー?」
「何故かは分りませんが顔面が物凄く痛イです!」
「そいつは大変だー!」
 束のせいである。

「さぁテ! 実はちっちゃいタバちゃんの分もありますョ!」
 といって取り出すのは、ぷち束サイズの『強欲王の杭の全身タイツ』である。
「本当! ありがとう!」
「正気!? え? まさか私がおかしいの!?」
「少なくともここにいる中では一番頭が悪いよ」
「………………事実! 事実なのになんなのこの屈辱感はッ!」

「それにしてもなんと言う肌触り! まるで生まれたばかりの箒ちゃんのホッペみたい! さっすがゲボ君だぜ!」
「本当でスか!? もっともっと褒めてくダさい!」
「いよ! 天才ー!」
「「あははははははは——————っ!!」」
「だからいつの間に作ってるの!?」

「蒸着ですョ!」
「了解ちょいさーっ! わははー…………、あ、は———っ! こ、これってもしや……」
 一瞬にして全身タイツを着込んだぷち束は、とある事実に驚愕する。

「…………ぺ、ペアルックだああああッッ!」
 束にとってその事実は、トマトより赤面化した顔を覆っていやんいやんするには充分な事実である。
「コれぞ」
「まさしくぅ!」
「「ミステリアスヴェール!!」」
「だから何が!?」
 白い大小の天才は、常人には分らない世界を駆け抜けている様だった。

「ちなみに蒸着ってのは、金属や酸化物を蒸発させて素材の表面に付着させる表面処理、もしくは薄膜を形作る方法の一種だよ。一つ賢くなったね、愚民共!」
「タバちゃん誰に話シかけテるんですかー?」
「内緒だよーんっ!」









「———と言うノは前置きでシて」
「冗長に過ぎる!?」
「こうしてコピーした『強欲王の杭』を用いまシて、この『強欲王の杭』に握りを作ってみました。小生が作った『強欲王の杭』はエネルギーを吸収する向きや選択が可能になっテいますので、こう言うコとが出来るんでスね?」
「おーおー。これをちーちゃんに届けるんだね!」
「ソの通りです!」
「それってオリジナルより凄く無い……?」
「イエイエ、やはり精度は劣るので、本物の『強欲王の杭』と無効化勝負しタら何だか良く分からない無効化効果が拮抗して訳分からナくなった上に結局負けちャいますね。小生モまだまだです……」
「いや、それって、その『杭』以外じゃ無敵だぞって事じゃ……」
 それどころか、使い勝手がよくなって、より武装として汎用性が増している。
 本来のリミッターとしての特性よりも凶悪になってしまっているのだ。

 ある意味、これが人間の脅威である。
 元々あるものを加工し、さらに新たなる用途へと広げて行く。
 爪も牙も無い、ただの人間がここまで勢力を広げて来た理由と言える。

「ところで……どうやってこれをブリュンヒルデに届けるのかし……ら」
 白い大小の天才がこちらをニヤニヤと見つめていた。
「や……やっぱりなのね」
 最早、抵抗する気力さえ無かった。












 千冬は、私生活が結構だらしない。
 これは、千冬の幼少の光景が荒んだものであり、どうやっても部屋がそうなってしまう事がまず一つ。

 もう一つを述べると。



『千冬、今日必要なのはバッグに纏めておきました。あと、予定はタイマーアラーム付きで携帯に纏めておいたのでそれに従うように』
「千冬姉、もうそろそろ暑くなって来たから夏物纏めといたから。そっちから着替えて。脱いだのはピンクのバケツに入れていて。あと、弁当出来たから忘れないでくれよ」
「———ああ、いつもすまんな」
『「千冬(姉)がいつも頑張ってくださる(くれる)からこのぐらい当然ですよ(だって)」』



 こんな感じである。

 なんかこう、一般人のキャリアウーマンにあらざるが如く。
 超一流の秘書と家政婦が付き従っているかのように。
 何でも前もってやられてしまうのである。

 これは快適だ。
 快適すぎて―――

 人間が堕落するには充分に過ぎる。
 一度、二人がそれぞれの用事や学校行事で同時に家を空けた事があるのだが。
 ああ……思い出したく無い。

 寝坊し、着替えが見つからず家中のタンスをひっくり返し、台所を爆破し服の上下をあべこべに着てしまって、慌てて着直そうとしたら引き裂いてしまった。
 もはや可愛いささえ催す程の寝癖を阿呆毛のようにぴょこんと立たせ、家を出れば定期を忘れ、超速で往復し、持ってくれば書類を詰まった鞄ごとを忘れ、謝罪に行けばスーツの下が寝間着だったと言う始末である。

 ああ、不味い。
 怠惰と無精ここに極まれり。人間はここまで堕落する。
 私は、文字通りグレイと一夏がいなければ生きて行けない身になってしまったではないか。

 …………うん。少しずつ自立しなければならん。これは絶対に……。
 そんな千冬が巻き起こす狂乱事件はまた、後に語るとして。



 何故、このような前置きをしたのかと言うとだ。
「奴は零落白夜さえ力押しで押し退けた———だが、効いていないと言う訳ではなかったが……。つまり、足りないだけで効かないと言うわけではない……か……」
 なんて戦略を口から漏らしてしまう程に。

 雪片の刀身が喪失している事を忘れてしまっているのである。
 一夏が心配だからと言って、剣士としてそれはどうなのか。

「くそっ———もう少し早くならんのか―――」
 正直、束の機体を抜かせばこれ以上無い程の直進速度で目的地まで向かっている暮桜だが、それでもその進みに満足出来ない。
 もし、PICで周囲の大気を宥めていなければ、ソニックブームでドイツ市街地図を書き換えなければならなくなる程の速度で飛んでいるにも関わらずだ。

 しかし、マップで見るよりも早く『そこ』が分ったのは、何よりも特徴的なそれを発見したからだ。
 極光。

 極地でしか見られないようなオーロラが煌めいていている。
 千冬は千冬なりに、アレがなんなのか推測を立ててみた。

 ゲボックが述べた今のグレイの状況を加味して考えるならば……。
 人体を容易く融解させるアレは……。

「感覚器」
 そう。アレは攻撃でもなんでもない。

 指先、もしくは口舌。
 それら、微細な神経の集まりで取りあえず、片端からあるもの全てに対してなんなのか、確かめているだけなのだ。

 赤子が興味を持ったものを口に入れる行為と何も変わらない。
 幼子が、小さな虫を力加減が分ららずに潰してしまうように。
 口に入れた砂糖が唾液に融解して液体化してしまうように。

 その『探査』に人間その他が耐えきれないだけなのだ。
 分らないから、『取りあえず』無造作に調べるべく、試しにしてみる。
 その程度の事でしかない。
 だが、人間はそれに耐えられないから、あちらはそれが何なのか分らず結局同じ事を繰り返す。
 あそこで行われているだろう虐殺は、そんな『取りあえず興味を持ったから』程度の事で行われている、どうでも良いような行為なのだ。
 
 絶対に許容させるわけにはいかない。
 それ自身がそれを理解出来ない、と言う事は、それを一夏に対しても同じように行うと言う事だ。
 一夏にそんな事をさせるわけにはいかないし。
 彼女にそんな真似をさせる訳にも行かない。

 そして、そんな極光にまとわりつくように、二機のISが飛び交っている。
 被害がそんなに広がっていないのは、そのおかげの様だった。

 ハイパーセンサーを巡らせれば、一機は先程千冬が落とした筈の『茶の七番』。どうやらもう復活したようだ。開発者同様、しぶといものである。
 そしてもう一機は―――
「成る程、アイツが誘拐犯で———」
 グレイをやった奴か。
「どういうつもりか知らんが、せいぜい、私が到着するまで被害を抑えるが良い」
 落とし前は後でつけてやるが……な。

 千冬は更に機体を前傾にし、加速を開始した。






・ンだぁコイツ! 何が効くんだこりゃあ!
「知るか! 塩でもぶっかけとけ!」

 それは、ISとしても異常と言っていい機動速度で極光を躱すオーギュストと『茶の七番』であった。
 何をやっても、無反応のため、効いているようにはまったく感じないし、実際難の痛痒も与えていないのだった。
 そもそも、その存在に対して3次元上の何かが影響を与えられるとは思わない方がよいのだから。
 杭を抜く、と言う事は次元が一つ上がる———つまり、そう言う事だ。
 


 グレイを中心に拡散するオーロラは、このままでこの二機を『確認』出来ないと判断したのだろう。
 極光を中心に集め―――

 どこだ……?
 どこだ……?

 極光の巨人を再度構築する。

・どこだ? 知るかンなもん!
「で———どうするつもりだコイ———」
 つ、と言いかけてオーギュストはその巨人の『口』が開いているのに気付く。
「何する気だ……?」
・さっきの奴か! 避けろ! 射出兵器のくせに範囲攻撃だ!
「はぁあああ!?」
 はっきり言おう。
 さっきとは違う。
 試し、ではない。
 弾幕が張り巡らされたのだ。

・ちょ、おいなんだこりゃああああああああ!
 一撃で山をも蒸発させる波動撃の雨霰である。
「地図書き換える気かこの野郎!」

 飛び去る一撃は天の雲を吹き散らし、別の山を再度気化させ、遥か遠くでは海の一角を抉り抜き、そこに流れ込んだ海水があまりのエネルギーに一気に相転移。水蒸気爆発を巻き起こして大津波を巻き起こした。
 近場に着弾しないのは、一夏が近くにいるのを感じているからなのだろうか?
 それは分らないが、撒き散らされるエネルギーと破壊が規格外過ぎる。
 絶対防御すら信頼ならない程の圧倒的エネルギー。
 破壊の為でなかろうと、結果、何よりも破壊として顕現してしまっている。

 そのうえ。
・人型になったのに飛行するなんざ意味分らねえ!
 巨人になったまま、重力から解き放たれ、飛行を開始したのである。
 その状態から弾幕やオーロラの触覚を伸ばして来るのでひとたまりではない。

 ところで『茶の七番』の言う通り、確かに人の形は重力から解き放たれ行動するのに適した形状ではない、が―――

「それ、ある意味IS全否定じゃねえ?」
・兎に角どうするあの化け物!
「ハ、中心にもとの残骸みたいなのがあるから、アレ砕いてやらぁ?」
・弱点としちゃあからさま過ぎねぇかッ!? イ●ローデビルかよ!?

「まぁ、良い。フォローしやがれナナフシ!」
・ああ!? っざけんなよ!

 と言いつつ、フォローにまわってしまうのはアンヌの系列である『茶シリーズ』であるからなのだろうか。
 『茶の七番』は人型になった顔辺りを飛び回り、巨人の注意を向ける。
 如何なる攻撃をしてもまったく無意味だが、しないよりはマシだと、雨霰の攻撃を加える。

 その隙に、オーギュストは『マンバ』に自らの体内で格別強大な攻性を有するナノマシンを複数組み合わせ、格別の回路を構築して行く。

 その攻撃は特攻である。
 如何なる攻撃であろうとも全く反応を返す事のない極光の巨人に如何なる攻撃を成すのか。
 しかし、直撃させることができなければ、その正否も分らない。
 それまでの数倍の速度でグレイの残骸がある周囲から、極光の触覚がオーギュストめがけ、伸びて行く。

 今までは、遺伝子強化体をさらにISで増幅させた反射神経と技量で躱していたが、必然、本体へ近付けば近付く程、相手の猛攻が増すのは当然である。

 そこで———

 オーギュストは、とあるタンクを量子展開、打ち上げ、それを針で貫いた。
 どろり、と液体が撒き散らされる。
「はっ! そんなにこっちに興味があるなら材料から勉強し直しやがれ!」
 彼女も、グレイの一連の破壊行為が攻撃で無い事を悟っていたのだ。
 それ故に、許せない。
 闘争は、敵意をぶつけ合う行為なのだから。

 人間に興味があるのなら、これでも舐めていろ化け物が。

 効果は、劇的だった。

 極光の触覚は、オーギュストよりも近くにあるタンクから撒き散らされる黄色ともピンクとも付かない混合液に殺到し、それを人体同様消し去って行く。

 そう———それは、オーギュストが自己再生や人体改造の際にISから供給する生体物質である。

 拒絶反応等を考慮し、遺伝子のような特定の形質は内包していないが、それは最も基本的な人体と言える構成物質で出来ている。
 限りなく人体だと言っても良い。



 そもそも、そこまで精巧に似せなくても———だ。
 グレイは元々、炭素系生命体とケイ素系生命体を勘違いする程の宇宙規模ウッカリさんなのだ。
 それらを、突如自分の周囲に現れた人間と思わしきモノと勘違いしない訳が無い。



 そして、それだけの隙があれば充分だった。



 それは———ISならば必ず有している機能―――量子化である。
 『茶の七番』から得ていた『地上回路』の概要を理解し、それ自体がシステムではなく制御装置(コンソール)として機能する。

 それは、一として結実化しない量子化である。
 地上回路を経由した莫大な量子演算機能を用いて、IS、『スティンガー』に触れた対象を量子情報と化した上で拡散させる———つまり、展開(オープン)出来ないよう、可能性の濁流に撒き散らすのである。

 それは、あくまで擬似的行為に過ぎないが、相手の『存在する可能性』に干渉し、『存在出来ない』方へ傾け、自己崩壊させる、防御不可のある意味絶対否定攻撃。

「ぶっ潰れらああああああああああっ!!」

 オーギュストは全身を演算補助のため、ナノマシンを過剰励起、全身から、常人なら焼け死ぬ程の高熱を発し、突撃する。
 量子のミキサーと化した特攻。

 その一撃は、極光の巨人の胸部、グレイの残骸が収められている部分に直撃する。

 しかし……。

「貫けねえ、だと———」
 微動だにしない。
 存在の確立を掻き乱すと言っても———

 そもそも、その極光の巨人の表面に見えるそれは、全てが亜空間スクリーンによって包まれている塗膜なのだ。
 物体は何も無い。所謂宇宙空間で物質の確率操作を用いても、操作する対象そのものが存在しなければ意味が無いのも同然なのだから。
 空間そのものをねじ曲げる程のエネルギーを『直接』叩き付けなければ、全くの意味が無いのだ。

 同時に―――

 巨人の口からそれまでを遥かに凌駕する規模で波動撃が放たれる。



・はははっ———これが———これが家族ごっこしてる輩如きの———ありかた、かよ? ンな訳ねぇ。カカッこりゃ傑作———

 上空でIS一機が爆散した。
 そこには、なにも、残らない。



 さて、周囲に撒き散らした生体物質を消され尽くせば、極光は次にオーギュストへ殺到するだろう。
 そうなれば、終わりだ。

「ちぃ、アタシもここで焼きが回ったって———」
『おいそこの貴様』
 観念しかけた時。
 解放回線(オープンチャンネル)に静かな声が響いて来た。

『あと一瞬だけそこにいろ。正直、貴様は微塵になるまで殴打するのが筋なんだろうが———丁度いい。黙って利用されれば逃げる猶予だけは与えてやる。死にたくなければ、そこを動くな』
「はぁ? 誰だか知らねえが、何をほざ———」

 それは、ISの補助により加速された思考上だからここまで会話出来たのだ。
 実際の時間では宣言通りに一瞬後。

 ニ段階どころか、一つ飛び越えて四段階まで重ねに重ねた。つまり四段階瞬時加速(カルテット・イグニッション)でオーギュストの背後に一瞬にして取り付いたISが出現。そう表現出来ない速度で『出現』した。

「ぐ…………ぐぅううっ……」
 流石に、その加速は機体と操縦者に想像を絶する負荷を与えていたようで、薄紅である筈の機体は灼熱化し、操縦者の表情は歯を食いしばり、苦痛に耐える表情であったが―――
 なし得たその操縦者の表情に浮かぶ表情は紛れもなく、オーギュストが鏡でよく見るものであった。



 闘争の、恍惚。



 蕩けそうで凶悪な笑み。
 しかもそれは。
「ブリュンヒルデだと!?」
 データではよく見ていた、誘拐した男の姉、最強の女、織斑千冬。最強の破壊能力を有するIS、暮桜。
 立ち向かえば敗北のみが必定の結末。しかし、その噂は内心、よくある臆病な有象無象の戯れ言だと思っていた。

 そう、このタイプは一番嫌いなのだ。
 データ上のフォトデータでは、いつ如何なる戦いに於いても、すましている表情しか浮かべていない。彼女を。
 戦うときこそ、殺気や衝動、それを御せと言うような輩は。
 嫌いな、筈だったのだ。

 なんだ、この女、良い表情もするじゃねえか。
 思わず、見とれてしまったのである。
 攻撃衝動にあえて飛び込んだ千冬はまさに、彼女の理想の美しさだった。

 その時。
 IS、データ通りなら暮桜だろう。その、装甲に包まれた掌が押し充てられ。

「これは、良い弾丸だな」
「は———?」
 その瞬間、オーギュストの機体が黄金に包まれる。
 暮桜の最強破壊機能、零落白夜の発動の予兆である。
 それが、オーギュストをスティンガーごと包み込み。

「おい———ちょっと待てテメェ、アタシを———ごと撃ちやがッ―――!!!」
 千冬が寸剄の要領でゼロ距離から放った掌底は、オーギュストを零落白夜の発動媒体へと変質させたうえでブッ飛ばし、極光の感覚器を構成するエネルギー力場を食い破りながら極光の巨人の胸板をブチ抜いた。
 当然、そんな速度で大砲代わりに射出されたオーギュストは錐揉み状にどこぞへ吹き飛び、零落白夜の残滓を撒き散らしながら、グレイの残骸を押し出した。

 当然、一撃撃墜に決まっている。



「体勢を立て直す暇なぞ与えん! 一気に畳ませてもらうぞ! グレェェエエイッ!」
 千冬は四肢に極大の零落白夜を集束させ、猛獣のように飛びかかる。



 さて、何故こうなったのか。
 それを説明するには、ほんの数秒、時を戻して千冬に焦点を合わせる必要がある。



 さて、千冬がいよいよ瞬時加速に入り強襲を掛けようとした時。
・あ、御免。ちょっと先に行くね。
「……アンヌ!?」
 ISの格納空間から量子展開したのは同形機たる『茶の七番』に大破され、頭部だけになっていた『茶の三番』こと、アンヌだった。

 しかし、普段のデッサン人形のような姿ではない。
 依然、頭だけである。
 しかし———
 その周囲に次々と必要部品が展開、アンヌに結合して行く。

 生物兵器『家族主義』派の一斉決起集会時、敗北したアンヌもまた、己のパワーアップを望んだのだ。
 その姿、戦闘機に一本腕が生えているような姿である。
「…………アイン●ンダー?」
・ん……まあ、コンセプトはそれに近いね。だけど、絶対防御と量子格納機能を抜かせば殆どISと言っていいようにはなってるよ

「………………何をする、気なんだ?」
・まあ、あんな事されたし、アレだけどさ―――妹だし
「………………アンヌらしいな」
 アンヌはグレイに追いつめられている『茶の七番』を支援しようと言うのだ。

「しかし、暮桜は好き嫌いの激しい性格だった筈なんだがな……」
 そのせいで、剣型の武器以外は量子格納出来ないのが暮桜の問題点といえばそうなる。
 千冬の戦闘センスがそんな事など意識させない程ズバ抜けているせいで気にもされていないが、結構暮桜も気難しい質なのだ。
 それを千冬がカバーしていたのを何か勘違いしたのか日本のIS関係者は『近接ハァッ最強最強最強最強———ッ!!』状態になってしまったため、打鉄は近接特化になってしまったというエピソードがあったりする。

・千冬のパートナーだけあって、いい子だよね
 思わず赤面して、押し黙る千冬である。
「しかし……いつの間に格納領域内へ入り込んだんだ?」
・あー、Dr.の脳天になんかブッ刺してる時
「…………忘れてくれ……」
・まあ、あの時は頭だけだったんだけど、実はその後テンペスタを利用して量子転送してもらったんだよね、パーツを。
 そう、頭部は千冬の機体に紛れ込ませ、その後の決起集会で回収パーツを受け取って転送したのである。
「器用な奴だな……」
・それだけが自慢何でね
「成る程……」

 そして、アンヌ的には先行しない本題があった。

・あとさー。
「ん?」
・雪片大破しているけど、大丈夫なの?

「………………は?」
・一緒に仕舞われていた身だから知ってたんだけど、雪片ヘシ折れてるよね。
 ………………あ゛。
「あああああああああああっ! 何でもっと早く言わないんだお前はあああああ!」
・格納されてると、ある意味情報が停止するから無理なんだよ。
 だから、前もってテンペスタに転送頼んだり、『茶の七番』に近付いたら展開してくれるように暮桜に頼んだんだから、うん。無理無理無理―――怖ッ! 千冬怖いっ!
「あーーー……………………」
・と、兎に角僕は先に行ってるね!
 逃げたとも言う。

 どうしたものか。
 いきなり行き詰まった。
 例え暮桜が万全であろうと、現在のグレイに抗する術が見当たらない。

 零落白夜でさえ、出来て相殺。
 総エネルギーを比較すれば勝敗など想像するまでもない。

 思わず立ち止まり、先行して行くアンヌを見送りつつ、先ずは冷静にならねば、と努める。
 ふ、ふ、ふ、と、短く細かく。千冬は一呼吸を吐いた。
 無理矢理精神を落ち着け、冷静になったのだ。
 古武術を習っていて真っ先に身につけた精神統一法だった。
 これが無ければ、一体何人病院送りにしているか分らない。
 人間的社会生活を送るには必須の、そして最大の技能。
 元々千冬は、暴力を治める為に武術を磨いたのだから。

 逆を言えば、容赦も呵責もなく暴力を振るう事こそが、何の取り繕いも無く、素の千冬を晒すと言う事に他ならないのだが。まあ、普通そんな事したら相手が保たないものである。

 わからない。

 どうしようか。
 どうすれば良いのか。

 行き詰った感がある。
 落ち着け。
 こんな時。
 こんな時こそ原点に戻ろう。



 そう、そんな時はどうしようもない原点へ。
 自分は何をしにきた?

 違う。

 自分は———何がしたいのか。






 よし。
 見えた。

 しかし、やはり困難だ。
 失敗する方が圧倒的に可能性が高い。
 でも……いや、だからこそ、踏ん切りが付いた。
 雪片は大破した。巨人に抗する術は現在存在しない。

 手段は、一つしかない。

 千冬が生来持つ過剰な攻撃衝動。
 対束戦で見せた、零落白夜を爪牙として振るう獣。

 この手しかないのだ、つべこべいう余裕はない。

 もう、押し隠す事も。恥じる事も無い。そんな余裕を持ついとまは無い。
 家族が掛かっているのだ。この戦闘中はせめて———素の私を現そう。

 かつて束との戦いで一皮むけかけていたのだろう。
 ここにきて、千冬は攻撃衝動に対する己のポリシーを下らない拘りだ、と自ら切り捨てた。

 そう、だな———
 家族二人もの命運が掛かっているのだ。

 刀が無いなら仕方が無い。
 手がある腕がある。
 手腕が無くても、足がある。
 足が無ければ食らい付こう。

 外聞などよりも、大切など決まり切っていると言うのに、私は今まで―――

 たった一人の肉親を助けるために。
 そして———



 充分過ぎる程全てを出して一生懸命なくせに、その事を認めず自分を卑下する馬鹿者を。
 卑下して下らない力に手を伸ばし、あげくに失敗して暴れ回っているあの馬鹿を。
 そして、本人も気付かないまま、本来のアイツなら、心を痛めるような暴虐をしてしまっている現在進行形の弩級馬鹿生物兵器を。

 あの、超大馬鹿の娘だからか、良く似ている、馬鹿っぷりを存分に振りまいているあの馬鹿娘を。
 寝ぼけた眼で寝相が荒れ狂いすぎて迷惑極まりない———家族を。

 ああ。そうだ。そうに決まっていた。
「お前が居ないと、私は仕事さえまともに出来ないんだよ! 戻って来いこの馬鹿者が! 忘れたとは言わせんぞ、織斑家(ウチ)では寝ぼけた無精者は好き勝手していいとなぁ!」
 全力で殴り倒してそのツラ引き起こして家に引き摺り戻すのだ。
 そして、一夏とまた三人で食事をしよう。

 ああ、これが私らしい。いや———私なのだ。



 しかし———それをどうやって為す?
 『三人による世界大戦』。
 束との戦い以来、その機能が発揮されることはなかった。

 これでは、意識改革の決意も空回りにしかなりはしない。死に物狂いの奮戦も、牙も爪も無ければなし得る事は出来ないのだから。
 どうすれば良い? なぁ、『暮桜』よ———



———ふふ

「なん……だ……?」
 思いつめたその時に。

 くすくす、と。
 笑い声が聞こえてきた。

 その笑い声は。大丈夫、と言っているようで———


 
「ここは———?」
 唐突に、世界が塗り変わって行く。

 それは、深い、深い森の奥であった。
 その只中が世界として広がり、千冬の周囲を取り囲み、景色を塗り替えて行く。

 どういうことなのだろう。その最深部だけは木々が絡み合う事無く茂みだけが広がり、森の中であると言うのに、日光がさんさんと差し込んでいる。

 そんなところに―――

 一匹の狼がいた。
 随分と大きい。もの●け姫の●ロだと言っても差し支えの無い狼だ。



 唐突に。その狼は千冬の前に立っていた。
 それまでの経緯も何の因果の繋がりも無く、急にそこに転移したかの様だった。

「お前……」
 思わず、千冬の声が漏れる。
 実のところ、狼に対して千冬は苦手意識があった。
 対峙するように思えば一切の怯えなく真正面から向かい合えるが、心の奥底では何とはなしに一歩引いてしまうのだ。

 それは———狼とは、千冬に取って『暴力』の象徴だったからだ。

 幼少の日。束に向けてけしかけられた犬を殺めてしまったあの時に。
 千冬のあのくらいの年齢ならば凶暴性を増したあの犬は狼と実際大差が無い。

 そもそも、自分を何より嫌悪したのはその瞬間だったのだから。

 そして―――

 千冬が死を意識した、<人/機>(わーいましん)による事件。
 あの時も、相手は狼型だった。

 そして……。
 分っている。

 わーい・ましん(人/機)の素体になったと言うあの男。やはりいつ出会っていたのかは思い出せない……だが。
 あの男は自分と合わせ鏡だ。

 あの狼の姿は、自分に抱く凶暴性へのイメージそのものとなった。



 故に。
 狼とは、千冬が最も嫌う自分自身の部分の写し身なのだ。

 故に。
 目の前にいるのは今や自分の半身。
 だからこそ、狼の姿をとっている。

 千冬はしかし、わだかまり無くその狼を抱きしめた。
 薄紅色の毛並みが美しい、大柄な狼は安堵したかのように小さく唸り、千冬の抱擁を名残惜し気に振りほどくと、森の中心部の更に深奥へ向かって行く。

 付いて行かない理由が無かった。

 ちらり、ちらり、と視界の隅を何かが舞っている。
 一つ捕まえてみると、緑に染まった世界にアクセントのように示された紅色だった。
 桜の花びらである。

 そして———

 予感通り、その森の最奥には、巨大な。
 巨大な。

 見上げる千冬が思わず呼吸を忘れる程に圧巻な。

 満開の桜の大樹が咲き誇っていた。



———ちーちゃんは、束さんにとって、森の中で咲き誇る唯一華やかな、一本桜なんだよ。



 幼馴染みが、いつだかそう語っていた事を、ふと思い出した。
 桜と同じ毛並みの狼はその大樹の根元へ進んで行き。
 振り向いた。
「やっと———やっと私を見てくれたね。雪片を手放したのが切欠なのかな?」
 狼はいつしか消えていた。
 代わりにそこにいたのは、薄紅色の桜が描かれた和装の女性。
 どこかで、見た事が有るような気がした。

「やっぱり、白雪芥子の印象が強かったのかな? あの子って、良くも悪くも強烈だから」
 くすり、と彼女は笑う。
「暮桜―――なのか?」
「ご明察。いやいや、千冬は私が嫌いなのかと、いじけかけた事も何度かあったくらいなんだから。どうやっても白雪芥子の要領で私を扱うから、彼女に協力してもらわなきゃまともに動けなかったくらいだし」
「いや———ああ、すまん」
 思わず、謝罪が出てしまう千冬だった。

第二次移行(セカンド・シフト)しても相変わらずだったからねぇ。零落白夜も、彼女との協力技なんだよね、実は」
「———そう、なのか?」
「そう。でも、怒ってないよ、むしろ感激しているくらい。今、ちゃんと私を見てくれているから」
「遅くなってすまんな」
「だから謝らなくて結構。最近あの子がでしゃばらなくなったのは、なんか他に興味出た子が居るかららしいし」
「…………そうなのか?」
 思わず抱いた嫉妬が洩れてしまった。心無しか不機嫌な声が漏れてしまう。

「はいはいムッとしない。熱々なのは良く分かるけど―――それに、その内それが誰かは分るよーだ」
「……ぬ」
 当然、それは暮桜にはバレバレのようで。しかし、それも当然と言う余裕ある態度に千冬は憮然としてしまう。

「でも、今は私が一番。白雪芥子よりも、千冬を理解している自負がある。そもそも、私と白雪芥子ではコンセプトと言うか、あり方が違うの」
 暮桜は、微笑みながら解説する。
「白雪芥子は『共に有る者』。その者に全てを尽くし、自らを合わせる者。私、暮桜は『写し身たる者』。千冬が、千冬自身をもっと好きになる為に私は千冬そのものになる———こんな感じに、ISはそれぞれ人間に対するコンセプトをそれぞれ自分で決めている。相性ってのはそう言う所からも来るのよね」
「……生憎、私はナルシストではないからな」
「それどころか自分が嫌いで嫌いで仕方なかったって感じでしょ、駄目よ、そう言うの。そもそも、鏡である私に写ったのを見てくれなきゃ、私も見てくれてないってことだし」
「…………不甲斐ない」
「でも、私を見てくれたって事は、受け入れたんだよね。自分を」
「グレイやアンヌを見てな―――グレイに対していた非難はそのまま自分に帰って来ている事に気付いたよ。ああ、これからは自分も好きになって行くよ―――家族の為に」
「うん。素敵。合格だよ」

 頷いた暮桜は、気付けば狼の姿に戻っている。

「わふ」
「何故狼に戻るんだ……ん?」
 薄紅色の狼は千冬の元にてしてしと、駆け寄って来る。
 大きいから迫力も凄まじい。

「———え?」
 狼は、いや、暮桜は千冬にくわえている何かを差し出した。
「———牙?」
「わふ」
 千冬が牙を受け取ると、暮桜は頷いた。

———一度使った事があるから、分るよね。素の自分を曝け出す。その勇気を奮った時に一度だけ使えた…………そしてこれからは真性の千冬の力として。

「暮桜……。まさか……」
 千冬は予感に戦く。

———そう。零落白夜は『暮桜』(わたし)単一仕様能力(ワン・オフ・アビリティ)じゃない。あれは私と白雪芥子の合作。束は多核開発仕様能力(プロジェクト・アビリティ)って言ってたけど

「名前なんてどうでも良い———要は使えるか否か、だ」

———何を言ってるのかな?
 心底可笑しそうに暮桜の声が脳裏に響く。
 
———千冬が心底望んだ、千冬の千冬による、千冬の為の機能だよ?
 千冬以外の誰に使えるというのかな? ———

「ああ———そう、だったな———」
 そう言えば、どこかで見た顔だと思った訳だ。
 『暮桜』は、髪を降ろした千冬そのものの姿だったのだから。
『凶気によって狂気を殺す! 我らがその業は!』

「行くぞ」
『ええ』

 踏み出す———

「『単一仕様能力(ワン・オフ・アビリティ)———』」

 暮桜と千冬の声が重なった。

「『狂乱殺し(ライアットブレイカー)』ッ!!」



 そして、それは現実時間において寂静程の僅かな間でしかなかった。
 突如として千冬は現実空間に引き戻される。

 そして、暮桜よ———あぁ、分かっている。

 千冬の内心のみの独白に、半身たる愛機は稼働を以って反応する。
 真正なる、暮桜の単一仕様能力が発動する。
———それ以前に
 千冬とのシンクロ率が最大限まで高められた暮桜の基礎スペックが段違いに跳ね上がる。
 スラスターが尋常では無い規模でエネルギーを飲み込み、連続瞬時加速。
 さすがの千冬でさえ、PICで殺しきれない慣性に内臓を掻き回されたような負荷が襲い掛かるが———
 この程度で、千冬の戦意は削がれない。

 苦鳴を噛み殺し、巨人の胸の前にいたIS、そのすぐ後ろに位置取るや。
 グレイをやられた仇討ちと救命を兼ね、即座に獲得したばかりの機能を発言させる。
 これは良い弾丸になるだろう。

「おい———ちょっと待てテメェ、アタシを———ごと撃ちやがッ―――!!!」
 口に出していたのか、金に輝く銀髪という派手さを全面にだしたIS操縦者の狼狽した声が届く。

 当然だが、やめる理由も道理も根拠も無い。

 単一仕様能力で打ち出したオーギュストがオーロラの発生源であるグレイの残骸を弾き出し、軽く吐息を漏らす。
「成る程……」
 と、何かに納得する。
 そこへ、残ったオーロラの残骸がいかなる理由か、本体たるグレイを離れて尚千冬へ殺到した。
 千冬も軽く驚愕を抱くが、そもそもこの状態のグレイには一から十まで驚愕しっぱなしだ。今更道理を一つ二つ外されても何だか感性が麻痺していて、単に納得するだけだったのだから思わず笑い出しそうになる。
 そして、それは現状況では有効だった。

———ならば、これも試させて貰う

 もし出来なければそれで人生終了であり、なんとも剛毅なものである。
 しかし、千冬は如何な疑問も抱いていなかった。
 当然、それは自らの愛機を信頼していたからに他ならない。

「うあああああああああああ——————ッ!!」

 千冬は吼えた。
 非固定浮遊部位(アンロック・ユニット)のPICが普段を凌駕し稼働する。
 暮桜のその音声波形を忠実に重力波で再現。その上でその衝撃波を単一仕様能力が金色で彩り輝かせる。

 波濤する極光は爆発する黄金に掻き消された。

「———ふぅ、たまには外聞など気にせず、思い切り叫ぶのも気持ちがいいものだ。癖になりそうだよ」
 清々しげに述べる千冬だった。
 その姿はまるで遠吠えの余韻に浸る狼であった。

 ところで余談だが、狼の遠吠えには退魔の波長があるという言い伝えがある。

 オーロラは極地以外では凶兆として恐れられていた過去がある。
 理不尽に命を貪るグレイは神々しさなどより超常的な魔性と言った印象の方が当然強く、今の千冬はまさに陰気を祓う狼であると言えるのではないだろうか。
 泰然不動もかくやと佇んでいる千冬は、まさに守護神のようである。



 そして、今しがった振るった力の感触は———
「成る程、これは使い勝手が最高だな」
 その声には十全の満足感がのっていた。

 単一仕様能力『狂乱殺し』(ライアット・ブレイカー)
 その最大の特徴は、零落白夜をさながら攻性因子のようにあらゆるISが巻き起こした現象に塗布する事にある。

 初めのように吹き飛ばしたオーギュストにコーティングして零落白夜の弾丸にすることも、後の咆哮のように零落白夜の衝撃波を全方向へ放出する事さえも可能。

 その全てが攻撃力極大。
 かつて、束との闘争中にも発現した機能だが、それ以来発揮される事はなかった。

 千冬としては、ゲボックがエネルギーを『暮桜』に過剰供給したためにオーバーロードを引き起こし、結果、発現した副作用だと思っていた———、のだが。

 あの時も。そしてこの度も。
 千冬が———
「私が私自身の攻撃性を———『弱さ』を恥じて武道などで抑え付けようとせず、認め隠さず、御しようと向き合ったその時、出るのだな……これは」

———そうだよ

 機体を通じて『暮桜』の意思が伝わってくる。

———千冬はとっても素敵なんだからもっともっと千冬は全面に押し出て行かなきゃ! ———あはっ! みんな! みんなもっと千冬を見て!

「ブリュンヒルデになったのも辟易としてるのに、その上、さらになにをさせる気だ!?」
 愛機公認羞恥プレイなど軽く死ねる。
 ゲボックと言い、何故私の周囲は私を辱めようとする輩ばかりなのだ!

 気分は暮桜、お前もか!? である。

「しかし———良い事尽くめ、とは流石に行かないか」

 当然、リスク無しで他者を傷つけるのを良しとせず零落白夜を生み出した千冬だ。
 この機能も大きなリスクを有していた。

 それは燃費の劇悪化である。
 今までは刀身にのみコーティングされていた零落白夜だが、当然、発動規模が大きくなるにつれてシールドエネルギーの消費量も跳ね上がる。
 現に今放った零落白夜の咆哮はシールドエネルギーを使い尽くしている。
 実は今現在、千冬はどんな攻撃を受けようとも絶対防御が発動する瀬戸際なのだ。

 抜かりは無い。ゲボックに渡されたエネルギーカートリッジを装填してエネルギーを取り戻す。

 もし、この機能を試合に用いればたちまちその場で即敗北だ。まぁ、相手も確実に撃墜できるが、これは使えるものではない。

 実戦で使うにしてもシールドエネルギーを考慮しなければ一撃で撃墜どころか命の危険性もある。
 ピーキーもピーキーな上にシビアだった。
 決して多用できるものではないし、使い所が難しいのも事実である。
 それを理解した上での『使い勝手が良い』発言だ。
 矛盾しているようで使いこなしている。
 ブリュンヒルデは伊達ではない。

 しかし、このカートリッジの———恐らく束が印刷したのだろう———ぷち椿印とは一体なんなのだ?
 まぁ、束だし。で片付ける千冬も千冬で慣れてしまっているわけだが。
 しかし、ISを持っていないゲボックが何故これを持っていたのかもよくわからない。
 ま、いっか。ゲボックだし。

 着実に千冬の思考停止は進んでいるようである天才の理不尽はかくも罪作りである。



 そこに聞こえてくるのは愛機の意思。

———まぁ、元々零落白夜が零落白夜だしねぇ。
 ピーキーかつハイリスクハイリターン好きなのはあの子らしいというか、千冬もそれにノリノリでノったせいで引き返せなくなったというか……

「……………………」
 愛機に反論を封じられる千冬であった。

 しかし懲りない、どころかエスカレートする千冬である。
「まぁ、いざとなったらスラスターに回す方のエネルギーを回せばいいか」

———ちょ、千冬!?

「さて———行かせて貰おう。体勢を立て直す暇なぞ与えん! 一気に畳ませてもらうぞ! グレェェエエイッ!」

———聞いてってばぁ!

 『暮桜』の悲鳴をバックグラウンドに、四肢に零落白夜を纏わせ、千冬は敢然と飛びかかった。
 理性持つ獣。

 即ち魔獣のように。



 かつてグレイ本体であったケイ素生命部分はくるりくるりと回りながら吹き飛ばされていた。
 極光の触覚はその身から千切れてしまっているが、そもそも彼女は元来、その程度でどうにかなるものでもない。

 抱くのは、焦燥に似た感情。



 こころを———

 欲するは心が持つ意味と理由。

 こころは———

 一刻も早く『一夏』と再コンタクト、『こころ』のエミュレータを構築する必要がある。

 こころはどこだ———

 現在の捜索パターンでは、『いちか』の補足は困難だ。
 そう判断する。改善方法は———

 幸い、現在の体は手間が省ける。

 グレイは正面の千冬を、接近個体としてだが認識。
 まだ、『調べる』ことが出来ていない。
 触覚による『探査』は失敗した。『探査』を拒絶する模様。

 故に、彼らの視点種族でいう、『探査対象に合わせ』んとする。
 『グレイ』(表層人格)の収集してきたデータから『最強』を抽出、それを被る。
 被る『それ』が、目の前の対象そのものだという事さえ判断出来ないのである。
 彼女にとっては差が細に密に過ぎるのだから。
 そもそも、次元が一つ、隔ててしまっているがために。

 ゆえに被る。
 少しでも下位に合わせるために。

 それははるかな未来から、彼らが人類と接触しようとする時にしばしば行う常套手段であった。
 しかし、杭が一本しか解き放たれていない現状では、形状模倣が限界であり。

 結果。

 グレイの残骸はISへと形を変えて行く。
 そのISとは———

「……暮桜!?」
 千冬がすでに述べてしまっている。
 その姿形、紛う事なく暮桜を纏った千冬であった。

 ただ、全身が極光に煌めいているのがなんとも生理的悪寒を感じる。

「これがゲボックの言っていた『不気味の谷』と言う奴か———まぁ、だがな」
 自分そっくりになった相手に冗談めかせて千冬は叫ぶ。
「私はもっと健康的でな! そんな頭の悪くなりそうな肌の色はしておらん!」

 余談ではあるが。『不気味の谷』とは、人形やロボットが人間に近づくに連れれば親近感抱きやすくなっていくが、ある一点を超えたところで急に生理的嫌悪感を抱くようになる事である。

 これは、人間ではないものが人間のような仕草をすることに人は不快感を感じるからであるかららしい。
 映画などのCGでは、あえてデフォルメし、不快感を感じないよう配慮することさえある程だ。
 赤子から老人に至るまで同様であるからして、これは人の本能であると言える。

 なお、この人に近づくと言う一点で、より極限まで近づけば嫌悪感は消えるらしい。
 よって、激しい嫌悪感を感じる近似値のあたりを不気味の谷と称し、『人を模したもの』を作らんとするものにとって、その谷を越えるのは悲願であると言える。

 つまり、千冬の考えはビミョーにズレていたりするが専門家ではないので目をつむって欲しい。



 どこだ——— いちかは——— どこだ———
「それは私の台詞だああっ!」

 極彩色の煌めきと黄金の輝き。
 それぞれを纏った暮桜が激突した。






 ずっと、姉の背を追ってきた。

 ずっと、護られてばかりだった。

 だから、少しでも姉の役に立ちたかった。

 頼りにされる、なんておこがましい事は言わない。
 ただ、少しでも、僅かでも。
 姉が負っている負担を少しでも軽くしたかった。

 守る負担を減らす為に、少しでも強くなろうとした。
 自分を養う為に昼夜を問わず働いてくれる負担を少しでも軽くしようとバイトにも勤しんだ。

 せめて疲れて帰ってくる姉の為に、ゆったりとくつろげる『家』を作ろうとした。
 それは———
 美味しく、健康に気を使った食事やお菓子を作って出迎えよう。
 リラックス出来るよう、清掃や調度にも気を使おう。
 きっと外でも肩肘張っている姉の体を癒せるようにマッサージの勉強もした。風呂にも血行を促進させる入浴剤を研究していれた。



 だが、それが何の役に立った?
 確かに、姉は喜んでくれた、それに嘘は無いと思う。

 だが、バイトで稼いだ金銭は、家に入れる事など拒否された。
 小遣いにするが良いと———

 そうじゃ無いんだ―――

 確かに作った料理やお菓子を美味しいと喜んでくれた。
 衣替えの時やいつも片付いた部屋に礼を言ってくれた。
 リラクゼーションも大分上達し、リクエストも来る程だ。

 だけど、そうじゃ無い———



 実際は、どう役に立った?
 姉の心の支えになっている?

 それはつまり、『気分の問題』でしかないじゃないか。
 姉の負担の軽減には全くなっていない。



 そして———
 今回、これまで必死になって鍛えて来た事は、一体何の役に立った?

 もう一人の家族。
 どこか、憶えてさえいない母と重ねてしまっているあの人を。

 あの人は―――今―――今!

 一夏の脳裏に『割れる』彼女が焼き付いてはなれない。
 思わず、呼吸が荒くなる。



 一体、何が出来た?
 一体、何が出来る?

 例え、どれだけ研鑽しようとも。

 『武力』では、『兵力』———ISに、絶対叶わないではないか。
 男では―――ISに、抗う術は無いと言う事ではないか。

 つまり、自分がやって来た事は、紛う事なき無駄だ。
 何も成せなかったし、何でもない事でしかなかった。

 自分はつまり、どれだけ研鑽を詰もうが、無為でしかない。

 自分は―――
 自分は―――

 何も守れない(・・・・・・)

 耳に、あの人の、自分の名前を呼ぶ『声』がこびり付いてはなれない。
 自分は助けを求める声に応える事すら出来ないのだ。

「あ……あぁ……ああああっ!」
 込み上げる無力感に一夏は踞った。



 一夏の意見は的外れである。
 グレイは、一夏が最重要である。自分など二の次だ。
 故に、狂おうが絶対一夏に助けなど求めない。

 故に、現状、一夏を求めている『グレイを被っていたモノ』はグレイと完全な別物である事が分るだろう。

 そして、無力などではない。
 『グレイの剣』という絶対の守りに亀裂を入れる術を手にしていたとは言え、IS操縦者の腕を切り落とすなどと言う人間離れした所行を成しているのだ。

 彼は無力ではない。
 むしろ驚異的だ。流石千冬の弟だ。と見る者が見れば驚嘆と感嘆の息を洩らすだろう。

 だが、一夏はまだ若い。
 結果しか目に据えていない。

 最期―――結局守れなかった。

 …………これだけで、一夏が全てを判断するのは充分だった。



 一夏は、廃倉庫の地下格納庫群のさらに奥、資材の仮置きに用いられる個室。
 少々改装が施され、周囲が鋼で囲まれた監禁室。
 そこに縛られ、転がされていた。

 口は塞がれていない。
 悔しい。
 ギリギリと歯を食いしばる。
 下手すれば舌を噛み切ってしまいそうな状況で。
 涙だけは流さないで見開き、殆ど瞬きさえせず、血走った眼で、永久に繰り返される自責で精神的な自傷行為を続けるだけである。



「あーテステスーマイクテスー。無事か餓鬼! 今ドア開けっから近くに居るなよ!」



 場違いな声が響いたのは、どれだけそうして過ごした後だっただろうか。
 しかし、一夏は応えない。
「…………あれ? 猿轡でもされてるのか? つーかそれが普通か……さっきも言ったけどドアの近くに居るなよー?」

 一拍おいて。
 金属が金属に噛み付く耳障りな響きと供に、分厚い金属の扉が斜めに切断された。

 一夏は反応しない。



「おい! 坊主、助けに来たぞ!」
 そういうのは、外の明るさが逆行になっていてシルエットしか分らないが、チェーンソーを担いだ人影だった。

 ティムである。
 所属する亡国機業では、織斑一夏は無事に帰すのが元々決まっている。
 織斑千冬は、あの二大狂科学者(マッド・サイエンティスト)の両方と接点がある。

 片方でさえ、出来ぬ事は何も無しとまで言われている存在だ。
 千冬だけなら、例え如何なる戦力でも無意味と言われる程の存在とは言え、個人だ。
 永久に戦い続けられる道理も無い。
 人間なのだから、食事も休息も必要だ。

 だが、千冬が望まぬとも二人は動く。
 確実に。 
 そうなれば、自明の理であろう。

 もし、一夏に何かあったのなら、地球の存亡そのものにまで影響しかねない。
 


 そして、そうでなくとも。ティムは来るだろう。
 理由は二つあった。
 一つは、既に目的は達していると言う事だ。
 一夏を誘拐して何かを要求するでも無い。
 そもそも、誘拐したと言う事実だけが必要なのだから、既に一夏は悪く言えば用無しだ。
 ティムが助けた所で悪い意味は無い。
 いや、ティムしか今、一夏に気を向けられる者が居ないのが現状だ。

 ゲボック製生物兵器が怒濤のように進撃して来た。
 はっきり言おう。
 <Were・Imagine>や『茶の七番』を擁しているだけに、その事実に対する恐怖は、一般を遥かに凌駕する。



 今は、更にそれどころではないのだが―――



 つまりは、誰も彼もが自分の事で精一杯になっているのだ。
 一夏を解放するのはティムしか考える余裕はないだろう。
 うむ。あとで説明すれば何とでもなる事実だ。

 一夏に何か有る方が恐ろしいのだから。
 世界そのものが無くなってしまえば、全てに意味は無いのだから。
 そして、その際千冬に止める意欲は起きないだろうから。 



 そしてもう一つ。
 単純な話だ。
 ティムはグレイに返しきれない程の借りがある。
 それを、ある意味仇で返してしまったのが今回のティムだ。

 一夏を助ける。
 グレイが自分の全てを掛けても守ろうとした存在だ。
 お礼に、なんては死んでも言えない。
 罪滅ぼしの意味合いが強かった。



 そして、直接関係ないため二つには含まれないが、一夏を助けた方が都合が良いと言う事もある。



「おぉ———し、良く分からんけど襲われてるんだよ、ここ。丁度良いから逃げようぜ!」
 ティム的には、嘘は言ってないけど本当の事は言っていない的なつもりである。
 自分もアナタと同じでここから逃げたい人なんだよーと伝えれば、仲間なノリになってくれるだろう、と。

「いい、俺なんて……」
 しかし、自責が積層している一夏には、希望すら鬱陶しいものだった。

「ふぅん。死ぬぞ。お前」
「良いんだよ」

 へぇ……。
 ティムは視線を泳がせる。
 がしゃん! と甲高い音が響いた。
 チェーンソーを手放したのである。

「あぁぁ! もう面倒くせえ!」
「がはっ!」
 ティムは一夏を蹴倒し、そのまま踏みつけると目を合わせて睨みつけた。

 ティムは元々、ストリートギャング育ちのせいか短気な上にシンプルな質だ。

 助かるなら喜ぶ。
 痛いのなら嫌だ。

 シンプルにそれで何がいけないというのか。
 
 そんな気質になったのたのは、幼少の頃の経験であり、余計な事を考えている暇があったら生きる為に足掻き通す、と言う人生を送って来たティムにとって、誰が助かる事が良くて、誰が助かる事が良く無いなんて、無駄な思考そのものが、大凡虫酸のはしる事だった。

 生きる気力を見出すよう励ますなんて言うのは、余裕のある贅沢で暇な奴な考えだと。
 路上で生きて来ざるを得なかった者は吐き捨てる。

「もう細けぇのも芝居も無しだ餓鬼。もう一度言うぞ、『助けに来てやった』んだ。お前を守ろうとした人の願いに沿ってな。その想い不意にするってんなら今殺すぞ。『あの人』があんなんなったのは自分だけのせいだとかほざいてケジメを独り占めして見やがれ、根こそぎ奪ってバラして海に撒くぞ、あぁ!?」
 ティムも、自分が開発しなければグレイが重傷を負わなかったで有ろう数々のものを作り出した自責がある。分りやすく言えば、同族嫌悪だった。
 その上で、一夏が動かないなら、自分以下だ。とそう言っているのだ。

「———分ったよ……。その前に、いつまで人の上に乗ってやがるくそっ!」
 一夏も、名前が出なくても『あの人』が誰かなど、常に考えて来たからすぐに分る。
 しかし、こんなチンピラとも交遊があるなんて、つくづく不思議な人だと場違いにも思ってしまう。
 取りあえず、助けに来てくれたとしても、チンピラと言う人種が好きになれない一夏である。
 起き上がり様に思い切り反撃した。
「おっげぇ! この餓鬼人の腹本気で蹴りやがった!」
「うるせえ」
「助けに来てやったのに何だその態度は……」
「頼んでねえよ」
 そうしてようやく、一夏はティムの姿が逆光からそれ、目にすることができた。

 背中まで有るような長い黒髪をえり首の辺りで一つに纏めている。
 肌は黄色人種なのだろうか? 中東の血も混じっているのだろう。やや浅黒いが、そのぐらいなら日本人でも居るだろう、と言う焼け具合だった。

 歳の程は姉よりやや年下、と言った所だろう。しかし自分よりは充分年上で、日本なら社会に入ったばかりであろう年頃だが、そんな初っぽさは微塵も無い。
 海千山千乗り越えて来た経験から培われたであろう顔つきはしかし中性的で、あまり相手の魅力を気にしない一夏だからこそあまり気にしていなかったが、結局性別は正直判別してない。
 それよりも、正直あまり信用出来ない、という第一印象の方が強く固まった一夏である。



 正直、自責の念は無くならない。が、それはティムも同じである。

 無言でそれ以後は一言も交わしていないのに、自然と何かが気に入らなくなってお互い殴り合う一夏とティムだった。
 しばし自分への憤りを互い、似た相手にぶつける事で一次的に発散した二人は無駄な時間をたっぷりかけ、ようやく脱出を初める。

「こう言うもんだ。持っとけ。後でプレミア付くぞ……痛ぇなこの餓鬼」
「この状況で何故名刺!? って、てめぇも殴ったから相子だクソッ」
「ジャパニーズはそうやって自己紹介するのが風習なんだろ? あぁ、痛」
「そりゃこっちのセリフだ。そう言えば、余りにネイティブで自然だったけどこの人日本語だよ!」
 何故か自己紹介を名刺ですませるティムだった。
 ゲボックと一緒に色んなところで開発依頼を受ける時ゲボックが配って回っていた為、そう言うモノが礼儀だと思ってしまったのである。
 変な所で広まって行く日本式企業戦士作法である。

 一夏が見た名刺には。
 『悪の組織の一員』という変な肩書き(?)の後に。
 『Tumn・Gyaksatts』と名前が書いてあった。
「タムさん?」
「ティムじゃボケ!」
「そもそも悪の組織って……何なんだ」
「んーえー、ダークヒーロー、的な?」
「急に自信無くすなよ……?」
 そう言うティムは何やらポケットからパーツを取り出してカチャカチャ組み上げ、最後に樹脂と硬化剤を混ぜ、組み上がったパーツ共々型に填めて流し込み、10秒をカウントした後、型から取り外した何かを一夏に放り投げる。
「坊主、これもっとけ」

 何しているんだろうかと思って見ていた一夏は慌ててそれを受け取る。
「なんだこれ?」
 ティムに渡されたのは、警棒程の大きさの、ペーパーナイフのような刃の無い短剣だった。

「『霧斬』ってんだ。簡易組立て式な上に携帯用だがな。剣尻のところにあるスイッチ押したら刃に触るなよ、複合装甲ですらバターみたいにとろかすシロモンだからな。人体なんてゼリー状、瞬間だ」
 そういうティムは先のチェーンソーを拾い上げる。
「その言い方だとすぐさまくっつきそうじゃね? ところで、なんだってこんなものを?」
 こんな殺傷力高過ぎるもの渡されても……と一夏の目は語っていた。

「あ、その目、別にテメェにセガールやマクレーンになれなんて言ってねえから。ここはなんか無茶苦茶入り組んでて無駄に高難易度の迷路になってるからこんなもん持たせてるんだよ」
「何に使うんだよ」
「無茶苦茶難しい迷路ってどうやったら絶対出られるか知ってるか?」
「あー、確か、片方の壁に手をついて伝って行ったら、論理上絶対出れるって———」
「はっ!」
 ティムは一笑に伏した。
「ンなまどろっこしい事出来るかよ!」
 ティムはチェーンソーを振り回す。
 あっさり壁がチェーンソーでバラバラと崩れ去った。

「おい……まさか……」
「ハ、絶対大丈夫だよで有名な漫画でも言ってたろうが! 迷路なんてなぁ―――壁を一直線にブチ抜いてきゃ絶対出れるってなぁ!」
 壁を切り裂いたティムは突撃して更に壁を切り裂いていく。
「気持ちいいぐらいに力業だなおい!」
「呆れてねえで手伝えボケ!」
「うおりゃああああああああああああっ!」
 言われて、取りあえず叫んでみた一夏である。逃げている最中だと言う事を忘れている。
「ところで来たところを戻れば良いのではと思う俺がいるんだが! っていうか壁何枚あるんだよ!」
「襲撃受けててあちこちデタラメに隔壁降りてんだよ! 良いから斬っとけ!」
 効果第一の指示を下して周囲の警戒に勤めるティムである。

 亡国機業的に正しい事だとしても、同僚から見れば誘拐した一夏を逃がしている裏切り者に見えなくも無いティムは射殺される恐れがあるからだ。



 暫くして。

「きゃあああああああああああっ!」
 絹を裂くような悲鳴が聞こえて来た。

「ご、御免なさい!」
「なんだぁ!?」
「女性の更衣室だった!」
 赤面しつつ引き返して来る一夏である。何とはなしに手慣れてしまっている感がある。
「はぁ!? さっきもシャワー室突撃したよな! しかも女が入浴中に! 狙ってねえかお前!?」
「指示通り一直線にしか進んでねえよ! と言う事は狙ったのはお前だろ!」
「知るか!」
 襲撃を受けてもシャワーに入り身だしなみを整える余裕があるのは流石(?)世界有数の組織と言えるのか、謎である。

 タイミングがいい理由とかその辺は、一夏が一夏だから。で、説明出来るのが何ともだった。

 その後も何度か、どれだけ迂回しても似たようなハプニングは絶えなかった、と告げておく。



「おい、坊主、こっからは一人で行け」
 どれだけ壁を切り裂いたか。
 急に、ティムがそんな事を言い出した。
「どういう事だよ」
「悪の組織の一員はこう言う時火事場泥棒するんだよ」
 ニカァ、と嫌らしく笑みを浮かべるティムである。

「それはただのチンピラのネコババだろ!? どさくさ紛れに何しようとしてんだよ、命あってのなんとかだろうが!」
「うるせえ、テメェは一人で行け! あの人に俺が怒られんだよ」
「………………くっ、分ったよ、お前もちゃんと逃げろよ!」
 あの人―――グレイの名を出されたら一夏は逆らえない。



 そうして、一人になったティムは振り返って。
「えーと、幹部会の……かたでよろしいですね?」
 一応取り繕った敬語ともに振り向いてみれば、透過している背景が実体を帯びて行く。
 男性でも用いることができるパワードスーツがその姿を現す。
 <Wewe・Imagine>からの転用技術、その成果であった。
 ISに比べればその機能、現行技術の域を脱するものではないが、参考になったモノがモノだ。
 生身の存在には充分な脅威である。

「相変わらず躾がなっとらんな、Sの飼い犬は」

 はっきり言おう。ちゃんと我慢出来た。偉いぞ、と自身を褒めているティムが居た。
「えーっと、織斑一夏を脱出させた理由は分りますよね」

 他の有象無象なら兎も角。幹部会の一員なら、ティムの行動が理解出来る筈である。
 無駄な抗戦に入る事無く弁明で片がつく。
 しかし、誰だったか?
 この幹部。確か疑心暗鬼に過ぎてパワードスーツが脱げなくなったと言うネタ幹部の一人だった筈だ。うーん。『あのパワードスーツ』で誰もが通じるためコードナンバーすら忘れてしまっている。
 問題は―――何故、この幹部がここにいるか、と言う事だ。
 織斑一夏の一件はこの幹部も噛んでいるとは言え、幹部が現場に来るのは非常識だ。
 そもそも、万物に対して怯えているこの幹部が、襲撃を受けている最中のここにいると言うだけで、何か普通ではない。

 なにか、のっぴきならない事が、あったのか。

「ああ。神の手違いたる災害(ゴッド・ケアレスミス)やDr.核爆弾(アトミックボム)の敵意を煽らない為であろう? 分っていたよ。さっきまではな?」
「…………へ?」

 気の抜けた声を漏らしたティムに、パワードスーツはスピーカーから淡々と合成音声を垂れ流す。
 正直抑揚無い声なので効きにくい。

 何故合成音声なのか、という問いにはとある音響兵器の存在で解を帰せる。
 毒ガスなどではない。完全な気密性を保持するのは、エネルギーシールド無き駆動強化服には基本機能として備わっているのが常識であるからだ。

 その音響兵器は、発した声から声帯の固有周波数を割り出し、その共鳴効果を用いて特定の人物だけの喉を爆破すると言う効果のため、音が届く範囲ならどこからでも個人を暗殺出来る脅威として知れ渡っている。
 声高らかに戦争鼓舞を演説していた指導者が大衆の目の前で首から上を吹き飛ばした事件は記憶に新しい。
 それを恐れて地声を秘匿しているのだ。

 それに、今は音声から骨格が割り出され、人相まで詳細に発覚してしまう。
 神経質である事に完全無欠な安全は無い。

 あらゆるところで技術を提供するゲボックのせいで、世界は既にIS抜きでもSFに近しいところまで迫っていると言えた。



「実はだね。織斑一夏、彼がISへ遠隔干渉した、という実証データが上げられたのだよ。分るかね? 彼はISを反応させる可能性がある男性なのだ。ここで手放すのは、色々な意味で不味いのだよ」
「…………ああ、それで……部下からの情報漏洩も怖くて自ら来なさった、と。信用出来る部下はいた方が良いですよ?」
 しかし驚いた。
 ISが反応する可能性のある『男』と来た。

 そう言う『噂』だけでも現在の世界を揺るがすには充分だ。
 一例があれば、可能性が生じるからだ。

 亡国機業でさえ、女尊男卑は浸透しつつある。
 この風潮に不気味ささえ感じながらも。ティムは思う。
 ここに、この風潮の流れに反するこの事実が生じれば―――
 成る程、『読めなくなる』か。

 それを歓迎するものは、どこにもいるが故に。
 よくも悪くも世は男と女。
 完全に一方だけしか存在しない場所は世界には無い。
 この点だけは、光も影も変わらない。

「———で、他の幹部の方には?」
「当然伏せているに決まっているだろう。このネタは、最悪我らの分裂さえ引き起こしかねん」
「そりゃあ良かった」
 ティムは不良じみたツラを一変させて、まるで営業のプロのような満面のスマイルを浮かべる。


「どうせ話されたと言う事は消すつもりなのですね? と言う事は、あなたがここにいる事を知るものもまたいねぇ———だろぉ?」
 べぇ、舌を伸ばして本来の口調に戻るティムは。この状態でも呵々と笑い。

「流石幹部だよ、基本を忠実に抑えてらぁ。最期の会話に企みを一から十まで語ってくれるってのはなぁ! 悪党の十八番なんだよ!」
「生身でこれに勝てると息巻くのは良いが、いささか危機感が足りないと見える。そのおかげでこちらとしては楽なのだが」

 ティムは本来、面倒な事にはなるべく関わりたく無い。
 一夏を逃がした。これで一応、自分の失点を返上した、と言えるのだが———

 あの餓鬼の平穏はあの人の望みでもある訳だし……しゃあねえ、か。
「はぁ? 劣化もんのそのまた劣化もン程度でいい気になってんじゃねえよ? こちとら、本家本元で研鑽詰んで来たんだぜぇ!」

 お互い、相手には消えてもらいたいモノ同士。
 取り決めも無く、静かに闇の世界の住人同士の殺し合いが始まった。









 とんてんかんゴンゴンゴンガガガガガガガッ、ジジジジジジジジーッ!

 いの一番が擬音であった事をまず謝罪したい。
「ちょ———何してるのおおおおおっ!?」

 テンペスタが飛ぶ。
 その背中で。
 イタリアの国家代表の悲鳴を背後に軽やかな演奏会が開かれていた。

 叩く。
 打つ。
 削る。
 溶接する。

 ゲボックは両腕を様々な工具に切り替える。
 その腕から奏でられるは工場の調べ。

 誰が信じられようか。

 千冬の後を追うテンペスタ。
 音速を超えているその機体で。何と。
 その背後でゲボックによる強化改造が繰り広げられているのだ。

「いやー! ちょっ! やめてー! 何かバ●キンマンの基地みたいな効果音が聞こえて来るんですけどおおおおおっ!?」
「ハイパーセンサーで見えまセんか? リアルタイムでテンペスタを改造中でスョ」
「嘘おオオオオオオっ!? いや見えてるけどそんなのアリいいいいいいい!?」

 ゲボックによる改造。それは最早誰しも頷けるものであろう。
 しかし、今行われているのは稼働中の機体を開き組み替え造り上げる。

 いかな所行が行われているのか。

 ISとは御存知精密機械である。
 専用のステータスゴーグルで脳外科手術に迫らんかと言う微細な調整が機体を左右するデリケートな存在である。

 それを、実際起動中、しかも高速飛行中に最適化を重ねて行く等。
 バイパスを噛ませ、空白になった地帯にゲボックの手を入れる。

 それだけであっても、僅かな手先の狂いで機体が空中爆散しかねない緻密な所行を、ドンガンドンガン鉄工所のような効果音で成しているのだ。その恐怖、リアルタイムで感じる彼女のものはどれほどの物であろうか。

 ゲボックがしている事は、フルマラソンしている選手に張り付いて心臓手術しているようなものである。
 その非常識っぷり、推して知るべし。


 更に―――

「ふぅ! いやあもうアレだね! もうちょっと整理したらと思うよ、ちーちゃんの部屋みたいにごっちゃごちゃだったんだから!」
 テンペスタの隙間からぷち束がにゅるりと飛び出して来た。
「オォウ! タバちゃん、プログラムの方はどうですか?」
「いやいや、ある意味では面白かったり? 一体何で動いているのか分らないくらい杜撰で??」
「泣いて良い……?」
 愛らしく小首を傾げながら国家の威信をドブへぶん投げるような束であった。

「ヨォシッ! こっちモ出来ましたョ!」
 両腕をドリルとペンチに戻したゲボックがテンペスタの装甲を這い昇って来る。
 ぷち束はてとてと、と足音を響かせゲボックと合流し。
「それじゃーゲボ君! 行くぜ箒ちゃん星!」
「オォウですョ!」
「え、ちょ、待っ、嫌な予―――」
「「ぽちっとなー」」
「きゃあっ!? ゴラ、アンタらどこ押してるのよ、ブッ殺———ッ!?」

 天才ダブルチューンを受けた効果は覿面で。
 とんでもない超加速でテンペスタは飛翔する。

「い—————————ゃ————————————ぁ——————あぁ………………ッ…………!!」
 それは見事なドップラー効果であった。

 シールド表面が大気との摩擦で赤熱化する。
 その姿、まさに帚星が如く。
 そして彼女は光となったそうな。




「えーと、こっちの方に私の体置いてた筈だからー」
「フユちゃんとは合流してないんですか?」
「いやね? アレは、私の単一仕様能力能力とは相性が悪いんだよねえ。端末の一体でも接触されたら、そこを糸にして一気に浸蝕掛けられかねなくてさー。いや、凄いねえ」
「いやあああああああああああああ! はやいはやいはやいはやい止めてとめてとめて止めてなにこのマッハ7って——————まだ加速するな、い、ゃ———」

「で、今、フユちゃんどうしてマす?」
「それがねぇ…………。オ●ガブーストとそのコピーのヴァイパーブースト合戦みたいにがっちゃんがっちゃんぶつかってるんだけど。あれってドラゴン●ール?」
 下の悲鳴など、全く気にも留めない二人であった。
「フユちゃんに抵抗さレたんで、対処法として最高のデータを引っ張り出しタんでしョうね。まあ、苦しクもそれがフユちゃん自身だった、というだケで」
「壊れる壊れる機体が壊れるウうううううう!? シール、ドが加、速だ、けで、が、ガリガ、リ削れ、て———はやいはやいはやい!」

「エンカウントまで17秒だねー。で、どうするの? ゲボ君。あー、カウント14−、13−」
「存在規模が宇宙そのもの以上である超越者と喧嘩すルんですから、通常の手段では何ヲやっても無駄でスしね……ですので」
「んー? んー? んんー?? あ、カウントは9だね」
「結局力尽くですョ。まだリミッターがヒとつしか取れてまセんし、規模が宇宙程の存在ナらば、宇宙を消し飛ばセる攻撃でブッ飛ばしャ何とかなりますカらね!」
「今さらっと洒落にならない単語が!? っていうか減速しないと―――!?」
「かミー」
「かぜー」
「ですネ」
「だよね。以上、天才束さんによるQ.E.D」
「お宅の国のお家芸押し付けないでえええええええええええっ!?」
「しかたがないなぁ」

「え? 束? ゲボッ―――」



 カウント、ゼロ。
 超高速度で赤熱したテンペスタは。

 激突した。



 戦闘時間が極限られるのが零落白夜の欠点だ。
 故に、千冬がとったのは当然ながら、零落白夜の節約だ。

 PICを用いて慣性を殺す。
 鋭角を描きながら敵を捕捉し―――補足され―――全速で攻撃を仕掛け、仕掛けられる。
 直撃の瞬間にのみ零落白夜極短時間に展開、片腕の甲から肘まで覆った零落白夜が突撃して来た『ISの形状をとった何か』を裏拳で弾き飛ばす。

 しかし、吹き飛ばされても、相手もまた慣性が存在しない。吹き飛ばされた経路をそのまま逆進して千冬に襲い来る。

 腕を振り切って死に体の千冬に。
 しかも、極彩色の剣を新たに手の内に握りしめ。
 コピーは見事なのか、居合いを繰り出して来る。

「物真似も———大概にしろぉ!」
 腕が無ければ。
 腰を捻る。
 PICの出力が悲鳴を上げる。

 左回転した下半身は左足を先に繰り出し、居合い切りを横から蹴り飛ばす。
 上半身を下半身に引っ張らせそのまま全身回転。

 右足を相手の側頭部に叩き付ける。
 今度は流石に体勢を維持出来なかったようで、錐揉み状に吹き飛ぶ極彩色暮桜。
 当然、その両足にも零落白夜は展開していた。

「まずいな……」
 しかし、猛攻を乗り切った千冬には苦みばしった表情しか浮かばない。
 零落白夜でしか接触出来ないために、ジリ貧である事がそもそも前提であるだけではない。
 それは常に前もって覚悟している事だ。
 それ以上に―――

 先程、裏拳を叩き付けたその瞬間―――
「単純骨折だが、折れたな」
 ISの保護機能がまるで役に立っていない。
 衝撃をカットするあらゆる機能、防護シールドが意味をなさず、左腕がへし折れた。
 防護、と言うか接触に貢献したのが零落白夜だけだと言う有様だ。

 しかし、人体保護機能は働き続けているのは確かだ。
 骨折の痛みは限りなく緩和され、炎症が起きる前にナノマシンが処置を開始。
 装甲が変形して添え木の代わりを果たすように腕を固定した。

「……よし、これで後一回は殴れるな」
 暮桜は千冬の意見を読み取ったのか、一瞬駆動がフリーズした。
 千冬は骨折した左腕を二三度振ると、感触を確かめる。
「暮桜、痛覚緩和は最低限で頼む。相手は、一度ミスれば即死する代物だ。痛みに臆して感覚を鈍くする訳にはいかないからな」

 暮桜の受諾を認識すると、千冬は再度飛びかかる姿勢に移る。
 グレイが変じた暮桜は、雪片に変形した自らの一部を一瞥して、一振り。

 剣が、光り輝く槍へと変ずる。
 その穂先をこちらに向け。



 悪寒が走った。
 後先考えず瞬時加速を発動させた。
 あの穂先の先にいては行けない。
 距離等関係なく————————————

 伸びた。
 その切っ先は千冬の頬を深めに抉る。
 否、触れればどう有ろうと即死だ。ISの絶対防御はこの相手には通じない。
 とすれば、槍が内包するエネルギーで空間が捻れたのか。

 しかし、槍か。
 篠ノ之流は、戦国時代に発祥した武術だ。
 
 当然、槍の使い方も、槍との戦い方も習っている。
 しかし———
 流石に無手で槍に勝て、というのは流石になかった筈である。
 陸奥じゃあるまいし。
 つまり。
「これからは新境地か―――ん?」
 右膝に違和感がある。

「あぁ、先程、蹴り飛ばした時、脱臼したか。暮桜、処置しとけ」
 そんな横暴な……。
 なんて聞こえた気がしたが、死ねばそれで終わりなのだから、それよりはマシだと斬り捨てる。

「しかし……中途半端だな、グレイ。私を模倣しても、得物は本来得意な槍か」
 返事は無い。
 示したのは超速度の突撃である。
「ちぃっ!」
 超絶的な体捌きで受け流す。

 しかし、相手に全く痛痒は与えられていない。
 何度でも。何度でも。
 槍を振り上げ、突撃して来る。

 古来より、一対一では得物の殺傷距離が長い方が得意である。
 剣道三倍段という言葉が有名ではあるが、ならば剣より長い槍ならば、どれだけの実力差が必要か。
 相手はコピー動作しか出来ない。本来、武人としての実力ならば、模倣だけの一流と違い、本物の一流である千冬には敵うべくもない。
 しかし、その攻撃全てが致死必須。しかも疲労も痛痒も無く、動きだけの模倣とは言え一流の強襲を繰り返すのだ。
 それを捌き続ける胆力。それこそが千冬の驚嘆すべき闘争本能の成せる業だった。

「うぁあああああああ———っ!」
 弾く。
 逸らす。
 避けて他方へ一撃を与えて体勢を崩す。
 受ければ受けきれず死は必須。

 まぁ、対<人/機>(わーいましん)戦の初陣だった中学時代よりはマシであろうが。
 四肢、肘膝の関節が限界を迎えつつある。
 左腕は強制的に固定してあるが骨折している事に変わりなく。

 残った右腕も、足も。
 何度も脱臼しては無理矢理ISで填め直しているのだ。
 その度にはしる激痛が集中力を掻き乱す。
 だが、折れかける心を立て直す役にも立っているので、どれだけ傷害となっているかは千冬自身ではいまいち分らないが、いい加減痛いのも限界になって来たような気も、アドレナリンのせいで笑い出しそうにもなっている。

 耐久的な問題でも、削り切られるのはこちらの方だ。
 あの、オーロラカラーの表皮が堅固に過ぎるのだ。

 零落白夜を用いてなお『触れられるようになった』程度でしかない。
 衝撃はシールドを貫いて千冬に直に伝わって来る。



 精神力を集中力で無理矢理維持すると力業の為か、認識能力が引き延ばされ、時間の感覚が消失して来る。
 分っている。
 現状況に対処する術を、これからの人生経験から参照して引き出そうと、生存本能が脳をフル回転させているのだ。
 まるで束だな、と思考に余裕まで出て来る始末だ。

 色彩も少しずつ失われて行き、いつしかセピア色に、そしてその赤みも薄れ、モノクロの世界へ移行しつつある。



 しかし。
 学習は敵も行うのである。
 否。学習する為に『天から降りて来た』のだ。その機能が格別、特化しているに決まっている。

「んな———ッ!?」
 最早幾度目か。
 腕の感覚は最早殆ど失われた。
 特に最初に折れた左腕は複雑骨折を引き起こしているだろう。
 痛みに悶絶せず、動かせるというだけで、暮桜と自分の脳のブッ飛び具合が危ない事は推測出来るが―――

 弾こうとした、その時。
 相手は自己の慣性を完全にゼロにし、それに巻き込むようにして、千冬諸共縫い止められたように動きを止める。

 その事によって、弾いた後の対処を考慮していた千冬は不意を突かれる形となったのだ。
 目の前に居る、目に痛い煌めき色の千冬の口が大きく『O』の字に開かれる。

 ここに来て、超至近距離からの波動撃である。
「くぅ———!」
 波動撃は山一つを軽々蒸発させる程のエネルギーを保有する。
 エネルギー系攻撃であるため、零落白夜で打ち消せる———『可能性はある』———そう、あくまで『筈』なのだ。

 これまでどれだけ鉄板を崩されて来たのか。それを鑑みれば、安心等、微塵も出来はしないのだ。
 最早ISで形を保っている左腕を丸ごと犠牲にするつもりで、狂乱殺しで左腕を丸まる零落白夜で包み込み。

「私と同じ面で大口を開けるな! はしたないにも程がある!」
 その口に突っ込む勢いで振り上げた———その時、だった。



「だよね。以上、天才束さんによるQ.E.D」



———はい?



「お宅の国のお家芸押し付けないでえええええええええええっ!?」
「しかたがないなぁ」

「え? 束? ゲボッ―――」
 オープンチャンネルから親友の声が聞こえた。あ。気が抜け———



 全力で脱力した。
 そして、それは失策以外のなんでもなく。



「ぐ、ぐぐ……ぎぎィイイッ!?」
 刹那の瞬間で、四肢の激痛が脳を貫いた。
 脳内麻薬が、緊張感の一瞬の緩和の瞬間、途絶えたのだ。

 どうやら衝撃は胴体全体にも浸透していたようで、言ってしまえば全身が悲鳴のオーケストラを奏で出す。
 そんな千など等露知らず、声の主達は。そのまま。

 超々速度でシールドに接する大気を赤熱化させ、ハイパーセンサーでも刹那としか捉えられない一瞬の間に。

 テンペスタと、その操縦者は。
「篠ノ之流―――あー、なんか適当に抜刀」
 なんだそりゃ。

 激突の瞬間、剣閃を居合いで切り上げ、極彩色の暮桜を撫で斬った。

「は———?」
 あまりの痛みに目尻に涙さえ浮かべていた千冬は、今までの必死の攻防でも傷一つ付けられなかった相手が『真っ二つ』になって、超速度で吹っ飛んで行くのをぼんやり見送ってしまった。

「あー、うーん。チューンナップがいまいちだなぁ。胃腸も荒れてるし! 多分オナラ臭いよ」
「荒れたのは誰のせいだと思ってるのよ! ってぇ口が勝手に!? ちょっと止めて!?」

 あー、うん。
 分った。
 テンペスタの操縦者。ウサ耳早生えてるし。間違いない。
 しかし、健康維持をチューン言うな。仮にも人体である。

「………………何してるんだ、束」
 千冬は知る由もないが、束とゲボックのチューンした廃人仕様のテンペスタ。
 扱いきれる者等、束以外には有るまい。
「やっほー、ちーちゃん元気ー? ハロハロー、束さんだよー……ってうわー、腕も足もバッキバキじゃなーい。内臓もいくつか出血してるし。IS無いとショックで死ぬような状態だよ?」
「意識させるな……洒落にならない程、本気で痛いんだ……生体再生機能が無いからな……」
「まあ、暮桜にはないねー。生体保護機能で色々保ってるみたいだけど……。さて凡人、ある程度のマニュアルは頭に残してやる。束さんはゲボ君と、あの宇宙人さんブッ飛ばす算段つけて来るから、ちーちゃんと頑張ってね」

 自分の口から漏れて来る束の言葉に、彼女は青冷める。
「…………死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ!? あんな『刹那●見切り』で毎回03秒以下出し続けないと即デッドでシビアな苦行に私を混ぜ込まないでよ!?」
「あ? 何言ってんだよ、あんなの常時0でおーけーだろ、そもそも拒否権なんてあると思ってんのがゆとり系って奴? だいたい、一回なら盾になれるって」
「シどすぎる!?」
「まあ、その機体の魔改造っぷりだけでも国に持ち帰れば勲章ものだ。頑張って生き残れ。つまり私を手伝え」

「息、合いすぎよ、この鬼畜共おおおおおお!」
「そりゃ、お褒めに預かり」
「そこそこ、どうも」
 ニタニタ笑い合う世界最高峰の女傑二人であった。
 こうなったら、従うしか無い。
「まあ、良いだろう。これが終わったらお前はブリュンヒルデだぞ。私はこんなんだし」
「……いや、まぁ……」
 全身ボコボコ状態で、辛うじてISに意識を支えられている千冬を見て、それでいて、今決勝試合しても勝てないような気がするのは何故だろうか。




「それじゃー、行って来るねー。ばいびーっ!」
 テンペスタの隙間から抜け出し、するりと降りて行くぷち束。

「そう言えば、Dr.ゲボックは……?」
「ゲボックも来ているのか?」
「………………あ」
「いや、どうした。だいたい憶測は付くが……」
「さっきの激突で落としたみたい……」
「……………………………………まあ、ゲボックだし」
「そ、そう?」
「その程度で殺せるならとっくに死んでいる……」
 遠い目をした千冬である。
 いや、絶命しても科学的に蘇って来るのがアイツであるし。

「ところで、敵は?」
「そう言えば、さっきお前に、と言うか束に一刀両断されて……どうな———」
「……………………え?」

 吹き飛ばされた方を見て二人は絶句した。
 真っ二つになった極彩色の暮桜がそれぞれ再生、ニ体になっていたからだ。

「………………あれか、協力プレイ時は難易度上がります、とかそう言うのか」
「よよよ、余裕有るわねブリュンヒルデ……」
「いや、そうでもない。全身の痛み忘れるぐらい脂汗だらけだよ。次期ブリュンヒルデ」
「…………なんか、称号押し付けるみたいな印象受けるんだけど」
「…………同性の津波に一斉に求愛を受ける恐怖を味わうが良い。イタリアは同性愛に寛容だったみたいだから殊更なぁ」
「ひぃい!?」

「まぁ、巫山戯るのもこれまでだ。嘘は全く言ってないが。あと銃貸せ」
「いっそ嘘であって欲しかった! あ、はいどうぞ。でも効くの?」

 殊更、自分が使う気はない。
「ワンオフ―――『狂乱殺し』」
 単一仕様能力でアサルトライフルを零落白夜をコーティング。
 これで、効きはしないが弾き飛ばせるようになった。
 しかし、零落白夜で弾幕か、これは恐ろしい。

「…………なにそのチート」
「ついさっき出来るようになった。これでブロック崩しの要領ではじけるぞ」
「重傷負ってパワーアップとか、あなたはどこの戦闘民族よ……あ、そうだ。さっきの科学者二人がこれ」
 テンペスタの腰に括り付けられているモノを銃と交換するように差し出して来る。
「…………ん?」
 千冬が受け取ったのは、ニ本の剣。

 雪片のプロトタイプ、『雪片影打』と、白い千歳飴のような―――

「こっちは彼女(?)に刺さっていたリミッターですって。多分、これで最終的に動きを止めるんじゃないかしら」
「よし、暮桜の処置も大分完了したか。ちょっくら行って来る……ちゃんと来いよ」
「…………よくもまぁ、アレに躊躇無しで行けるわね」
「普段から弾丸撃ってる奴らに『近付いて斬る』していると、自然と度胸が麻痺するんだよ」
「付くんじゃないんだ!?」

「当たり前だろう。ここだけの話だが―――」
 千冬はニヤリ、と笑い。
「私程臆病な女は、そうは居ないぞ?」

 エネルギーカートリッジを装填、暮桜のコンディションを復帰させた千冬は、すぐさま瞬時加速で姿を消す。

「説得力がまったくこれっぽっちも無いわね……」
 テンペスタも後を続いた。






「んむ、二刀流は正直得意ではないんだが……」
 そもそも、ニ刀というのは結構なくせ者である。

 篠ノ之流ではニ刀も習熟するが、それは古武術時代から有るものではなく、現在の神社での祭事に於けるものだ。
 即ち、武芸と言うより、演舞の意味合いが強い。
 ニ刀の一般的な使い方と言うと、片方で防御してもう片方でぶった切る。が、オーソドックスである。
 決してバツの字で斬ったりしたら、後ろの方の刀が痛みかねない。

 どっちで防御しようか。

 片や手慣れた雪片、そのプロトタイプ。
 片や、何やら凄そうな千歳飴みたいな棒。

「取りあえず、雪片の方か」
 いざとなったら足に零落白夜を纏わせて蹴り飛ばせば良い。

 なんて考えているうちに目の前に敵。千冬、戦場で余裕が有り過ぎである。
 先程同様、千冬そっくりの機体を雪片影打で、掬うように逸らす。
 その衝撃にビキビキと左腕が悲鳴を上げる。一端折れた所を補強してあるが、その場合は、強化されたそのすぐ傍に一際大きな負荷が掛かり、折れてしまうのである。
「んぎぎぎぎぎぃィイィイッ―――」
 ぎりぎりと歯ぎしりをしていると。後ろに死の気配。
 そう、今度は敵が二体いるのだ。
 背後の敵は槍を振りかぶる。
「しまっ———」
 対処しようとした。

———腕が、動かない。

 不味い、このままでは間に合わな———

 ごんっ!

 死神の吐息を感じる程に気配を感じた刹那に、背後の敵は仰け反った。
 どうやら、テンペスタに渡した零落白夜エンチャント済みのライフルがこめかみを射抜いたらしい。
 
「なんというか、自分と同じ顔が撃たれると言うのは複雑な気分だが―――」
 ブツブツ良いながらも体は動きを完全に憶えている。
 右手で振り上げた千歳飴のような剣は―――

「———はい!?」
 あっさり極彩色の千冬を斜め一閃、両断していた。

「物騒過ぎるだろこれは!?」
 そうか、さっき束が敵を両断したのはこれか、これなのか。
 あっさり敵を切り裂いたのには、ちゃんとタネがある。

『強欲王の杭』が無効化するものは厳密に言えば『力』全般である。
 突き刺せば力を奪い去り、攻撃を受ければ攻撃力を消し去り、そして、攻撃に使えば、あらゆる攻撃に対する防護『力』を奪いさり、攻撃力全てを相手に叩き込む。

 言ってしまえば、いつでも二重●極みのニ発目が当たると言う事だ。

「……なんだこのチート素材」
 更にチートはそれを複製出来るゲボックである。

『ちょ、あなたなにしてるの!?』
「え?」
 オープンチャンネルで悲鳴が聞こえて来たので見て見たら。
 千冬が切り裂いた敵が更に二体に分裂していた。
 この場にある千冬の顔が、都合四つに増えた事になる。



「私がプラナリアみたいで物凄く不愉快だッ!」
『これ以上敵増やさないでよ! 元々何か凄い無理ゲー臭がするんだし!』
「あー……これからはちゃんと考える、本気ですまない」
 飛んで来る波動撃を『強欲王の杭』の剣で弾く。
 山脈すら消滅させる滅却必須の攻撃はあっさり剣に吸い込まれるようにして消えた。
 何だこれ。これではまるでISの絶対防御が絶対防御(笑)ではないか。

「ん。これは防御用だな」

 間違いは正せば良いが、前衛として即死攻撃しか無い敵が三匹って本気で希望が塗りつぶされる気がする。
 防御手段が増えたのは良いが、危うく攻撃したら敵が増えるって。サドンデスパズルか。詰む事前提か。

「———束、ゲボック、何をする気かしらんが、早くしろ。これは本気で―――時間の問題でしかない」

 背後から零落白夜の援護を受けつつ、一秒一秒命を削るとしか言いようの無い戦場に千冬は向かう。
 一夏はどうなっているのだろうか―――
 巻き込まれては居ないだろうか。
 そんな考えが一瞬だけ脳裏に浮かび。

 首を振って雑念を消し去り。
 完全にボッキリ折れ曲がっている左腕を見下ろして。
「いや、かなり本気で」
 ベッキーに借りた建材補修材で腕を固めると言う暴挙を行いつつ、千冬は自分と同じ顔をした相手三体に突撃した。




 




「えーと、えーっと、ゲボ君はー?」
 降り立ったぷち束はゲボックを探していた。
 彼が見つからない事には、今のところ手だては無い。

「主人格……こっち、こっちにいる……」
 その時、ぷち束を呼ぶのは同じ甘ったるい束の声。

「おぉ! 見つけてたか、流石私!」
 てとてと、空中歩行をこなして、そっちに向かうと。
「よりによって『その私』なんだ……」

 そこにあったのは当然ながら、先行していた束の肉体である。
 そして、かつても行った事だが、束は本体たる主体となる精神体を分裂させ、その隙は分身に肉体を守らせることができるのだが……。

 そこに居たのは……。

 もう、ファッションセンスなど、そんなものは皆無。
 機能美こそが全てと言わんばかりの。
 髪の毛を何故か一本に纏め筆みたいにして。
 グルグル眼鏡とどてらを羽織った状態でISに乗っている束が居たのである。

 束の主要人格体の一体、『どてら眼鏡ぷち束』である。
 内向的な、かつ、コツコツ仕事をこなす内職的な面を構築するぷち束である。
 彼女が、束の肉体を掌握している様だった。

「うぉお!? わざわざどてら型のISスーツだよ、妙にこだわるなー。やはり私だー」
 それでいてなんか感心しているぷち束だった。



「…………ところで、ゲボ君は?」
「…………ぐふふ、あの速度で落ちて来たものが、どうなるか分る?」
「…………墜落前に燃え尽きる?」

「……筈なのだけど、ぺたっと地面に吸い付いてそれだけ。クレーターも出来ない」
「うーむ。恐るべし『強欲王の杭』の全身タイツ。あ、これちなみにペアルックだぜい!」
 白い全身タイツを自慢するぷち束をじーっと見下ろした『どてら眼鏡』な束は、こめかみに井ケタをヒョコリと浮かばせて、舌打ち一つ。

「…………ひんむけ私達」
「ずるいー!」
「一人だけズールーイー!」
「無事ですむと思うなよー!」
「ちょ、待って、いやあああああっ!!」



 大量のぷち束が襲いかかった。
 束は、大人気ないもの。これ常識である。



「で、ゲボ君は?」
「アッチで生物兵器と合流。何かしてる」
「おぉーうおぉーう…………? お、おー」
 思わず、ぷち束は感嘆の声を上げた。



「変身ですョ!」
 何でか、『グリ●のポーズ』をとっているゲボックが居た。
 大阪で大きくなっているアレだ。
 その後ろで、何故か各々決めポーズをとっている生物兵器達。
 何だろう、この謎の一体感。

 千冬ならなんだこれ、と思考が硬直していたかもしれない。
 だが、似た者同士である束は素直に感心していた。

「混ぜてー!」
「…………私も……」
「混ぜてー」
「まぜてまーぜてー」
「メレンゲになります」
「あ、じゃあ私は生クリームに」
「では私は生コンに」
「私は塩素系です」
「私は酸性です」
「混ぜるな!」
 ぷち束多数と『どてら眼鏡』も参入して大騒ぎになる。

「はいー、撮影しますよー。『灰の二十九番』が衛星写真とるんで上見て笑って下さーい!」
「はいちーず」
「けええええええええええええええええきぃッ!」
 一人のぷち束が全力で叫んだ。
 その瞬間。

 波動撃が、流れ弾的に炸裂した。

 人が死ぬ気で戦っている間に何してるんだ貴様ら、と言うツッコミ部分も再現していたのかもしれない。






 クレーターの中心は驚くべき事に無傷であった。
「ふぅ、いやいや、記念撮影している暇もないねぇ」
「しかし皆無事だねー」
「恐るべし全身タイツばりあー!」
 と言って、ロッティがゲボックを攻撃が来た方へかざしていた。
「つまりDr.を盾にした訳です」
 ベッキーがうんうん頷いている。

 千冬が振るっている『強欲王の杭』の剣とは異なり、複製品ではあるが、波動撃を根こそぎ消し去る程には防御性能を誇っているのだ。なんと言う全身タイツか。



「真面目に怖ええョ。死ぬカと思いましタョ」
 まあ、それでも怖いものは怖い。
「…………さて。気を取り直して今度こそ小生は!」
 ゲボックの胸元がバッカリ開いて筒がにゅーっと飛び出して来た。

「…………ゲボ君、ついに変形仕様に……」
「恰好良い……!※ぷち」
「束博士、いや、それ本気……?」
 いえ、俗に言う恋愛フィルターである。



 一方、ゲボックの方からも著しい変化が起きていた。
 その胸元から漆黒の輝きが洩れて来る。

 真っ黒な矛盾した光であった。
 視認出来ない筈の、暗黒物質。邪悪なプラズマ。

「何度でも言いましョう! 相手が宇宙規模の存在だと言うのナら! 宇宙を消し飛ばせる一撃ヲ与えれば良いのでス!」



『『Lucifer Cannon』モードへ移行』
 ゲボックの士気に応え、機能が働き始める。
 電子音がカウントを開始、響いて来た。
 シーケンスがスタートしたのだ。

『地上回路バイパス、エネルギーライン、全段直結』
 黒い輝きは、密度を高めて行く。

『砲身固定、射角、ロック』
 ゲボックの体から赤いワイヤーのようなものが飛び出し、アンカーとなってゲボックを固定して行く。
 当然これもゲボックの何らかの発明なのだろう。ゲボックが述べた通りの破壊力ならば、見た目通りの固定等、何の意味も無いだろうからだ。
 
『チャンバー内、正常加圧中』
 ゲボック自身の回路にも負荷が掛かるのか、時折火花が飛ぶ。
 桁違いのエネルギーがこの場に集束していた。

『暗黒物質拡散阻止ライフリング、回転開始』
 余波だけで、地球が消し飛びかねない力を一方に揃え。
 宇宙へ押し出されるであろう大気を少しでも抑えるように、破壊力を増すように―――
 あとは、千冬が何故か三体に分裂している敵を全て射軸に誘い込めば良い。
 有効範囲は尋常ではないのでその心配はあまり無いが…………。



 さあ、解き放て、超越者を覆す破壊の鮮烈を―――『Lucifer Cannon』を。
「……ふぅん……この輝き……精神体だから肌で伝わるよ、ゲボ君………………ねえ、ゲボ君は、何に、そんなに———」
 ぷち束は、その黒いプラズマに含まれるゲボックの感情を読み取ったのだが——————






























『エネルギーが99.9999%不足、撃てません』









「足りなああああああああいッ! 圧倒的に足りなあああああああああいッ!?」
 思わず束がツッコんだ。

「…………ア~、やっぱり?」
「えええええええええッ!? やっぱり、てちょっ———あの、ちょっとぉぉぉぉぉぉぉおおお!? ゲボくんってば、ここまで来て殆ど無理ってどぉ言う事ぉおおおおおおおおおおッ!?」

「…………光エネルギーに換算しタら、ジュデッカすらブチ抜きかネない必要量ですからねぇ」
「56億7千万テラ・アーデルハイドってあのさー、無理じャねとか?」
 同等量のエネルギーが必要な一例を出すと、宇宙開闢級である。
 地球中のエネルギー掻き集めても足りるわけがない。
「ですョね! ハッはっは!」
「いや、笑い事じゃないしー」

 ゲボックも、手を打っていなかった訳ではない。
 かつて、千冬にエネルギーを供給していた時以上に、地上回路経由であらゆるところからエネルギーを強奪する、元ネタ『ヤ●マ作戦』改め『EU作戦』を実行中であり、各国では病院などのライフライン以外はエネルギーを根こそぎ食い尽くされているが、まあ、質量保存の法則に従って見れば良い。
 宇宙を消し飛ばせる破壊力だ。謎の超技術を用いていても、足りないに決まっている。
 


「あー、分かってましたケど足りないですね。んーと、んーっと、ドウしましョ?」
 発射しなければ、集めたエネルギーが行き先を持て余す。
 その結果は、ゲボックが暴発してドカンだ。洒落にならない。

「んふふー。しかたないなー、ゲボ君はー。行くぞ、肉体!」
「…………了解、主人格。レッツフラグ立て」
「いくぞーてめぇらああ!」
「おー」
「おー」
「おー」

 しかし、この場で束にはそれを覆す手段があったのである。
 まさに、これぞまさしく、『こんな事も有ろうかと』であった。

 ぷち束達が、『どてら眼鏡』ボディ束に突撃、融合する。
 さらに、主人格足るぷち束が両手足を一直線に揃え。

「ぱぁいるだああああああああーーーーっ!」
 叫んで飛んだ。

 そのままぷち束は『どてら眼鏡』ボディ束の頭上でクルクルと体操選手のように回転。
 その旋毛めがけて急降下。
「おおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉお——————んっ!!!」



 束の肉体の目が見開き輝いた。
 量子技術によりどてらはISスーツに瞬時に換装!
「ジャキィィィン! と口にて効果音!! 兎に角合体! ただいま参上———!」

 全精神体完全統合!




 蝶の翼が伸びる。
 蝶の触角がはねる。
 虹色のISスーツに浮かび上がる、メリハリの利いた肢体が踊る。
「蜃よ、霧出せ惑わせ蛤。夢見せよ———ELECTRIC・BUTTERFLY(エレクトリック・バタフライ)!」

 虹の輝きが跳ね回る。
 ファンシーなイルミネーションがエフェクトとして彼女を飾る。
 極彩色ともまた異なる、多色混彩。
 単機にして約二十一万の軍勢。

「にゃあっはっはっはー! ははははははははははははははッ!」
 ハイテンションな哄笑が、場違いにも響き渡る。
 夢を溢れ出させ、世界を飲み込む。規格外のISがここに再出現する。

「じゃあいくよん! 愛の絆の共同作業! ラブリー箒ちゃんの栄光の輝きぃー!」
 その束の傍に、ISコアが一つ、浮かび上がる。
 愛機エレクトリックバタフライ以外で、ある意味最も愛着を抱いているそのコアを。

 そして、複数のコアが一人に集えば、さらには誰よりISを理解している束の元に有るならば。
 ISコアを創造できる束だからこそ、当然のように成し遂げられるその贅沢は。



「…………お? どうしマした、タバちゃん?」
「問題は解決なんだよ! 何故なら! 頼もしい事に束さんは全知全能だからね! こんな事も有ろうかと!」
 気付いたゲボックに満々の笑みを浮かべて、束は急接近。

多核開発仕様能力(プロジェクトアビリティ)
 束にそぐわぬ穏やかさで、静かに述べる。
 銀に輝くエレクトリックバタフライに、紅の紫電が入り混じり、強く、強く輝きを増す———
 複数の核でこそ出来る特殊な機能、それは。

「永久機関炉心代用機能―――――――――」
「うひャあ!」
 ゲボックの悲鳴は、束が後ろからゲボックに抱きついたためである。

「あふーん役得ー! それじゃあ、いっくよぉぉぉぉぉお!」
 その実束も内心キャーキャー言っているのだが、それぐらい普段もやっている事なのに、今更どうだと言うのだろうか。

「『絢爛・舞踏』」
 赤い紫電混じりの銀色がゲボックを包み込む。
 一瞬だった。
『エネルギー充填完了——————撃てます』

 瞬く間にエネルギーが充填される。
 ヨーロッパ中のエネルギーをかき集め、それでなお、1%も集められなかったエネルギーをである。

 絢爛舞踏。それはエネルギーを倍々化させる機能である。
 エネルギーを補充するのではない。
 存在するエネルギーを、エネルギー力学第二法則を一切無視し、2倍。2倍を4倍。4倍を16倍。16倍を256倍、そして256倍を———
 単純に掛けて掛けて掛け、最終的に途方も無いエネルギーへと膨れ上がらせる。

 リミッター付きISにおいて一般的に言われている欠点、エネルギーの調達問題を委細無視し、そもそも世界に蔓延るエネルギー問題すらこの一機で消し去れる、非科学極まりない科学技術の結晶は、本来ならば、かつて箒にプレゼントするはずのISのコアによるものであった。

 そして、箒に最適化してあるこのコアが、ISの創造主にして万能の叡智、ましてや箒の姉である束に、適応しない訳が無い。

 そんなものを取り付けた理由は簡単だ。
 何しろ妹大好き束である。今は仲違いし、疎遠になっているが、それでも、いずれ箒に渡す時のためコアレベルで細工し、強大な機能を予め取り付けておこうと、考えない道理が無い。

 何より。
 この機能は束の隙を大きく一つ奪い去る。
 この脅威に、この時点ではまだ誰も気が付いていない。
 それは、束からエネルギー切れと言う欠点が失われたと言う事だと。



 みんなの意思はそちらに向いていなかった。
「撃て!」
 誰か。生物兵器が叫んだ。
「撃て!」
 こっそり生物兵器に紛れ込んでいたドイツ軍の一人が叫んだ。
「撃っちゃえー!! あ、でもちーちゃんどうすんの?」
 束が叫んだ。ついでに首を傾げた。
「フユちゃーん。撃つんで気を付けてくだサいね!」
 無責任なことに、ゲボックも叫んだ。

 意思は一つ。
 早く『あれ』を何とかしなければ。






「は?」
 それは、『強欲王の杭』の剣を持った右腕以外がボロボロになった千冬の、心の底からの懐疑であった。

 まさに死に物狂いで敵を弾き続け得たのは、こう見えてもゲボックや束の技術に対しては全幅の信頼を抱いている千冬だったからだ。
 普段迷惑を被るのは、その方向性がとんでもない方を向くからである。


 思念波が脳裏に届き、千冬は全身をギシギシと軋ませながらも、思念波のする方―――下を見た。

 一面真っ黒だった。

「はあああああああああ!?」
 地面が一切見えない。
 おかげで、射軸に敵を誘導すると言う仕事は考えなくてよかったのだが。
 まるで宇宙に居る様だった。
 しかも、黒が輝いている。
 全部が全部、理不尽な事態の連発である。

「私死んだあああああああ!」
 テンペスタ操縦者もそう叫ぶ。
 こうなれば、全てを用いて抗するしか無い。
 二刀を構え、千冬はやけくそになって叫んだ。
「私の後ろに来い!」






 漆黒に輝く暴風は、三つに分割された『それら』に襲いかかる。

 しかし、『それら』の体表面は亜空間装甲で一部の隙もなく包み込まれている。
 ギリギリ薄皮一枚の壁があるかのようにその輝きでさえ、『それら』には届いていなかった。
 次元の位相がずれているのだ。
 三次元上では無限距離とも言えるこの隔たりは、存在そのものを無力化する『強欲王の杭』でも無くば、如何なる力も届かない。

 駄目なのか。
 千冬が繋ぎ、ゲボックが組み上げ、束が実現させた荒唐無稽でさえ、人を超越した存在には届き得ぬのか。


 否———
 その亜空間の守りに亀裂が入る。

 そうなのだ。

 この黒いプラズマは、『宇宙をも破壊できる様に設計』されている、非科学極まりない科学技術の結晶なのだ。

 無限距離? 位相のズレ? 空間の捻じれや歪み?

 確かにそれらには生半可な力は全く通じ無いだろう。

 だが、宇宙中心には何がある?

 事象の極点。
 宇宙の落とし穴。
 光すら捕らえ飲み下す。
 外宇宙への窓口とさえ言われる。
 なんか最強技とか考えさせたら誰でも一度は思いつくだろう第一位。

 そう、ブラックホールが存在しているのだ。

 宇宙を破壊するとは、当然『これ』ごと消し去るという事を意味する。

 即ち———

 青白い鬼火のような揺らめきが極彩色の体表面、亜空間装甲の各所より迸る。
 細かな亀裂がはしり、エネルギーを漏れ出させているのだ。

 そう、繰り返し強調させてもらうが、これは『宇宙をも破壊する兵器』なのだ。
 亜空間装甲程度、破壊できないようでは設計ミスなのである。
 そして、ゲボックの頭脳は、破壊力などという、単純極まりない計算を必要する設計程度———『 絶 対 に 』『間違えるわけがない』のだ。

 本来、彼女の種族ならば、銀河を消し飛ばしてしまうような爆雷を受けても、直撃でもしなければ態勢が崩れる程度だろう。

 しかし、彼女には未だ11のリミッターが残っている。
 宇宙一つ分の力を、地球から生物を滅ぼさないよう、大まかに加減してしか振るうことしかできないのだ。

 亜空間装甲の防護力とゲボックの火砲はほぼ拮抗していたらしい。
 故に、千冬へ襲い掛かったのはあくまで余波、残滓に過ぎない。
 狂乱殺しの全身防御と『強欲王の杭』の刀で凌げる程度しか残されては居ないのだ。

———当然、千冬が関わるこの場合のみ、普段の彼らしからぬ事ではあるが、そこにゲボックの計算があったことは言うまでも無く———

 装甲を残らずはがされ、残った本体のかけらは本体維持のためか、一つに統合した。

 装甲も無く、狙うは一つ。
 正にただ一時の千載一遇。



———全てはこの瞬間を作るために



「行きなさい!」
「委細、承知だ!」
 背後からの物心両方の声援を受け、千冬は大きく息を吸い。
「グレェェェェェエエエエ——————ィッ!!」
 例え銀河の果てであろうとも、届かせんと言う気迫の叫びを放った。

 取り戻すのだ。

 テンペスタの魔改造出力PICが弾き出した斥力場を、暮桜のスラスターが瞬時加速のために食らう。
 暮桜も幼馴染達の凶悪チューンを受けているのは既にご存知だろう。
 その莫大な出力、効率の相乗効果に上乗せすることの重力加速度まで加わり、垂直に地へ落ちる暮桜は、流星の如く瞬く間に急降下。

 二体の距離は一瞬にして消失。

 取り戻すのだ。

 千冬は即座に『強欲王の杭』の剣を突き立てる。
 抵抗もなく切っ先は飲み込まれ。

 キィィィィィィイイイアアアアアアアアッ!!?

 ガラスを爪で削るような異音が迸る。

 存在の処理容量、そのキャパシティオーバー。そのバックヤードのダメージが生じているのだ。
 もう『それ』は、それまで見ていた目線を処理できなくなっているからだ。
 次元が、下降して行く事による『持っていた情報のオーバーフロー』があらゆる処理機能を圧迫しているのである。



 そのままもつれ合い、一直線に大地へと。
 力が、格が、『杭』を通して次元の狭間に奪われて行く。

 元のように。
 高次の存在が十二の過程を経て『ヒト』の位階へと下って行く。

 『それ』から———

 彼女へと。

 取り戻すのだ。
 あの、三人の日常を。



 想い起こされるのは、朝の弱い千冬が、いつもは逆に起こされる立場の朝の情景だ。
 濡れタオルを被せられたり、グレイ自身の体でガラスを引っ掻く音を奏でたり、『グレイ編集、千冬姉大好きと愛を叫ぶ一夏総集編』を耳元で流して変な夢を見させたり…………。

 あぁ、新鮮だ。
 新鮮だなぁ。
 これまでの日々、グレイとの思い出を込め、千冬は目覚めの挨拶を———



「寝ぼけるのもいい加減にしろ———このっ、呆け茄子があああああああッ!!」
 思い出したせいで他にも色んな感情が混じったとか混じってないとか。



 そして、二人は大地に激突した。
 巻き起こる粉塵と吹き荒れる高熱の衝撃波が周囲を薙ぎ払う。

 その、中心地で。
「ふぅ———、ふぅ———っ」
 動いているのは一人だけだった。
 ゆっくりと、千冬が身を起こす。
 元はと言えば、束が妹の箒のために作ったのがISだ。その安全性は正に絶対。
 例外たる事例が出てしまったのは、グレイの元の種が規格外過ぎるためなのだ。

 絶対防御の名に恥じることなく、エネルギーを消費し尽くした暮桜は、存在維持限界を超えてなお零落白夜及び絶対防御を稼働させ、千冬の期待に見事応え切ったのである。

 千冬の足元には、十二本の骨の様な矢が突き立った、漬物石程の塊が転がっていた。
 それは、リミッターを再度掛け直したことにより、ゲボックに出会った時の状態に戻ったグレイであった。

 石から伸びる十二本の『強欲王の杭』は、ジリジリと石に飲み込まれて行き、やがて本当に漬物石と見分けがつかなくなってしまう。
 千冬は目を細め。

「何だ、まだ寝ているのかグレイ。今度はゲボックに、ちゃんと起こして貰うがいいさ」

 一歩踏み出す。
 既に暮桜は合金の塊だ。
 力を使い切り量子格納する事さえできない状態だった。

 すまない。ありがとう、と、声が聞こえなくなった暮桜に礼を告げ、機体から身を離す。
 これからは一人でやる。

———そう

「凄いわね、ブリュンヒルデ。アレをどうにかしちゃうなんて」
「はいはい、金髪邪魔。ねーねー、ちーちゃんってば、ついに暮桜単機による単一仕様能力発現したんだねぇ。束さんは万感の極地だよ! 零落白夜だけに!」
「扱いぞんざいよね本当に!」
「オォーウ、『灰の三番』も回収しましたし、それでは———」



「次は! 一夏だッ!」
「あ」
「a」
「え? 誰だっけ、あ、弟さん」

 そう、先の千冬が抱いた想いは本来、そこにつながるのだ。

「お前ら残らず忘れてたな!」
 しかしまぁ、全員めでたしめでたしモードに入っていたのでどうにも士気が悪い。

「もういい! 私一人で……」

 ぽききこっ。

 憤慨して踏み出した足が、本来俺曲がらない方にへし曲がった。

「フユちゃん、全身度重なる衝撃で骨密度イタイイタイ病級のボソボソなンですから、無理しなイ方がいいですョ?」
「そうそう、弟さんなら私が助けるから」
「ウチの子らも探シ始めましタし」
「ふふふーっいっくん探しなら天才束さんにお任せを! この、ウサミミ型箒ちゃんレーダーをちょちょいーっ弄れば、たちまち———」
「いい」
「ほえ?」
「これは私がやらなければならないんだ」
「むむむ……」
「束、お前が私でも、そうだろう」

「うぅーむ……」
 束はウサ耳をひょこひょこ動かしながらしばし思案し———
「そっか……。んー。ンじゃ、頑張ってねー!」
 と言うや、そのまま光の国の戦士のようにジュワッと飛んで行った。
 相変わらず、一つところに落ち着かないのは、天才の習性なのだろうか。

「でも、助けるなんて、その体で、しかもIS無しじゃ」
「その時は這いずって頭突きでもして助けるさ———」

 言わん事は無い。
 足がおかしくなっているので倒れた千冬は。

 そのまま。
 地面に飲み込まれるように沈んで行った。






「「………………」」
「———え?」
「オォウ? 小生とした事が思考が凍リついちゃイました! オゥオゥ、コれは真逆落とし穴でスか?」
「頭突きで地面をブチ抜いたようにも見えるわね、これは……有言実行、恐るべしブリュンヒルデね」
「まぁ、こレは先程の戦闘で地盤がにがタが来ちゃッた事による二次災害デしょうけド」
「個人の戦闘で地盤に影響なん———」



「「ああああああああああああッ!?」」
 何だか似た声がハモって地の底からツンざいて来た。



「今の……ブリュンヒルデ、よね」
「それと、いっくンですね」
「え? 何で落とし穴の底に弟さんが? 新手のレクリエーション? MVPへの景品は弟さんだー、とか?」
「冗談は置いといテですね」
「冗談みたいな見た目の人に冗談って言われた!?」
「チょっとマズイかもしレません。フユちゃんは今全身ガッタガタですカら、多分、落下の衝撃でバッキバキですョ?」
「イヤアアアアアアアッ!? テンペスタ! テンペスタああああああ!!」
 慌ててISを展開、穴に飛び込んで行くイタリア代表を見送ったゲボックは振り向いて。

「それジゃ、小生は戻りマすんで、ドイツ軍の皆さんハ、搬送ヨロシクお願いしまスね」

 千冬が作ったクレーターの底。ゲボックの背後にあったダンボールがひょこっと立ち上がりる。
「いいのかね?」
 出てきたのはドイツ軍の偵察隊にいた隊長だった。

「えぇ、小生はウチの皆さんを持って帰らなきゃならなイですし、もし今小生がいっクんに会ったら、いッくんの記憶消すためにどんな無茶デもしそウでして」
「どれだけ会わせたくないのだ……?」
「小生が及ぼす悪影響が恐ろし過ぎるとカ言ってマした!」

 やれやれ、と両手ドリルをすくめるゲボックに、隊長は同じジェスチャーを返す。
 納得の一言だった。
 自分だって娘をゲボックになど会わせたくない。

 しかし、別件で感動したように。
「しかし、流石だな、Dr.ゲボック。私の偽装を見抜くとは、噂に違わぬ凄まじい科学力だな」
「いや、そんな違和感バリバリのダンボールはむしろ見つけてくださイと言っているんじャないですカね」
「そうか……柄がミスマッチだったか」
「ソう言う理由じゃ無いンですガね」
 ゲボックにツッこませると言う。偉業に全く気付かず部下に連絡する彼を尻目に、ゲボックはグレイであった石をよっこいせと持ち上げて。

 いきなりハイテンションに跳ね上がる。
「さァーて! 小生は成長し、進歩しました! ソんな小生が、お子様だったあの時は! 未熟で未熟で出来ナかった事がいっぱイいっパい出来ますョ! これは是非とも試してミたい! 待っているのですョ『灰の三番』! すぐ二また、前よりずっと素晴らしク! 歩けるように、動けるようにシてあげましョう!! ダって小生と貴女は———」

 石を持ち上げクルクル回っていたゲボックは、ちょっとだけ真面目な顔で。

「『家族』なんですからね」



 ゲボックは、そのまま歩きながらも。
「でもナぁ、タバちゃんも分かりやすいですョね。立ち去り方がワザと臭イのですョ。『灰の三番』も楽しミですガ、行ってみた方が良いかなぁ。良いですょね、『灰の三番』、チョぉぉぉーット待ってて下さいね」

 空間が裂けて行く。
 如何なる手段か、ゲボックが度々使う空間跳躍の手段である。

 空間の裂け目を潜ろうとしたゲボックはふと、思い出したように呟いた。

「そう言えバあのイタリアの人、結局名前聞き損ネました」
 どうでも良いか、と結局ゲボックはこの場を去るのだった。









 説明は、ティムと別れた直後が良いであろうと思う。

 ティムと別れ、順調に壁を斬りつけ続けていた一夏だったが。
「なんだ……?」

 背後で連続して響く重々しい音に気が付いた。
「真逆……」
 それが爆音と設備が壊れる音だとは、経験不足の一夏には分からないが、不穏な気配には敏感な一夏である。

「くそっ、やっぱり俺も……!」
 しかし、引き返しかけた一夏の足が止まる。止まってしまった。

「はぐっ…………はっ、はぁ、あ、ぐっ」
 瞬間、横隔膜がひっくり返ったかのようなこみ上げる感覚が一夏を襲っていたのだ。

———俺は、誰も守れない

 そう、自分に課してしまった枷は一夏自身を戒める。
「畜生! 俺は……お、れ、はっ!」
 なんて———
 なんで、何も出来ないんだっ!

 ついに四つん這いになった一夏は何十秒か掛けて息を必死に整え。

「くっそ———」
 その悪態は自分にのみ向けるもので。
「助けを呼んでくるから、やられんなよ!」
 それが、言い訳にすぎないこと。
 自分への誤魔化しである事は、誰よりも一夏自身が分かっていた。

 それを発信機で盗聴していたティムが良し良し、良い子だ、と呟きつつ戦闘しているとは露知らず、ではあったのだが。

 壁を斬り切り進んでいる一夏だが。
 実はここ、倉庫街の地下に、蟻の巣のように張り巡らされているのだ。

 当分、出れそうにはない。

 しかし、ある部屋に来た時、解決へ一気に進展する。

「うさ耳ウサ耳レーダーレーダー」
「……はい?」
 それは、手の平大の二頭身フィギュアのような何かだった。
 触角のような何かを頭でピコピコダウジングさせながら、ウロウロしていたのだが、ふと、こっちに気づくとにぱぁ! を顔を笑みで埋め尽くし。

「お、お、おぉーう! わーい、いっくんだー!」
 その大きさに反してとんでもない速度でそれは走ってきた。

「え? あ? えぇ!? 束さん……の人形!?」
「はーい! ぷち束、1万飛んで32号! どう? どう? 意味深な番号でしょう!? うへへー、妹じゃなくて姉だけどね! 箒ちゃんの!」

「あー、うん。まぁ、確かに束さんは箒のお姉さんですね。えーと、どうしました?」
 もう、束が小さいことは置いて置く一夏だった。
 箒が束やゲボックに振り回されているの同様、一夏も小さい頃から束には色々ぶん回されているからだ。

「ようし、いっくん号、地上へ向けて脱出なのだー! そしてちーちゃんに頭ナデナデして貰う! 束さんてば、なんて天才的な計画! いやっほぉう!」
 そしてぷちとは言え束はごぅいんぐまぁいうぇいだった。相変わらずである。

 一夏の肩に乗って出口を正確に指差す束であった。
「あ、束さん! 地上に連絡できませんか? 俺のことを助けてくれた人がいるんですよ」

 ぷち束は別の自分が他の場所にいるかのように視線を巡らせ。

「あぁ、うん。だいじょぶじょぶじょぶ。なんか、もう終わったみたいだし」
「やっぱりなんかあったのか……」
 苦虫を噛み潰したような顔の一夏を見て、まぁまぁ、と頬をぺちぺち叩くぷち束である。
 束の一夏への認識は初め、『ちーちゃんの宝物』に過ぎなかった。
 彼が生まれた直後は「ちーちゃんが構ってくれないよぉ」と、弟妹の生まれた長男長女のようにヤキモチを妬いていたのだが、「お前の箒だ」というので一気に態度が軟化したしたのだ。

 シスコンの扱いはブラコンだから分かるというものか。
 言ったら殴られたが。幼馴染みが二名程。

 となるとマニュアルで顔を憶える束なのだが、これがイケメンになる赤ちゃんかーとかコメントしていた。
 成長済の顔をシュミレーションしたらしい。

 さて。
 障害のために常人とは比ぶるまでもない相当な過程を経て人の顔を憶え、識別する束ではあるが、顔さえ憶えれば後は普通に気を使う束である。
 束の普通はちょっと他の銀河までカッ飛んでいるものの、精神が幼いためか、落ち込んでいると人一倍早く気が付くのだ。

 ぺちぺち、ぷにぷに。

 まぁ、その精神年齢のせいで暫く一夏の頬をいじっていたら目的を忘れて感触を堪能していたりするからアレなのだが。
「ありがとうございます、束さん」
「んー、何がー?」
「いえ、気を使って頂いて」
「べつにー? 大体さー」

 すぅ———っとぷち束の目が据わった。

「ゲボくんの弟子ともあろうものがあんなブサイクに負ける訳無い無い! 安心したまえ! まぁ、もし負けてもそれまでの子だった———てぇ事だし?」

 しかし、やはり落差は無くならない。
 身内以外に束は興味を示さない。
 そして。

 身内であっても彼女にとっては、一夏もまた、『同族』とは認識できていない。

 未だ彼女は、この惑星に、ただ一人なのだ。
 その能力が、一人にして軍勢であろうとも。



「さぁって、出よ出よーっ」
 ぴょこんっ! と飛び跳ねたぷち束は床面に敷き詰められているタイルのうち、色の違う一枚に、綺麗に収まるように着地。
「いェいドンピシャ天才束さんだぜ!」

 ズッゴバグゴォオオッ!!!

「うぉお!? なんだ何だ!?」
 その瞬間、とんでもない衝撃が施設を駆け巡った。
 対グレイ戦の終焉、一緒くたに超速度で地面に激突した衝撃がここまで響いてきたのである。
 慌てたのはぷち束だった。
 タイミングがタイミングである。
「違うからね! 束さんはそんなに重くないからね!」
「分かってます、分かってますよ、束さん」
 まぁ、常識的に考えて、あり得ない。
 苦笑しながら束を宥める一夏は、見た。

 束が着地した、そのタイルが。

 ず……ず…………。

 沈んだ。
「ありゃー? ま、まーさーかー」
 そのまさか。なんと音声で回答がまずやってきた。それは、こんなな感じである。
『ピンポン! ご名答! トラップだ! はい、出口クローズ! 後は分かるな!? 壁が両方閉じてくるぜ! 何とかしないと押し花だぜハッハッハァ!』

「なんかご親切にも解説流れてきたぞ!?」
「このノリ……もしかしてゲボ君!? でも使う語彙が違うから……!」

 ティムが作った防犯システムである。
 ゲボックの影響はさり気なく染み渡っているらしい。

「ベタだ! スッゴイベタだよ! でも地味にエグいよむしろグロかッ!? 変な影響受けすぎだけなんだけど、どぅえらぁ効果的だッ!! 束さんは壁透過出来るけどいっくんは無理だし!」
「それどこの幽霊!? 罠起動させといて逃げないでくださいよ!?」
「でも、ま、大丈夫か」
「そうなんですか?」
「うん、その剣あるしね」
 ぷち束が示すのは『霧斬』である。
 ぷち束はそのまま続ける。

「だいたいさ、いっくんはちーちゃんの弟なんだしさー。どうにかなるって! 素質は、すっごいんだよー?」
「…………」
「あれ?」

 一夏が強烈なまでに落ち込んだ。
 素質が近いのに、自分は姉やあの人の足を引っ張ってばかり。
 それでは、自分は———

 こう言う空気の読めなさも束である。
 結構こうやって妹のアストラル・サイドもえぐり抜いていたりするから仲直りできないのだ。

「んー……アウトフレームサイズアップ!」
 『出来ない』辛さは束には分からない。
 万能の天才であるために。
 相手の渾身を楽々越えるのは相手に失望を与えるのは知っていても、元から下の辛さは想像すら出来ない。経験が無いからだ。

 しかし、一夏が辛そうなのは束にとっても悲しい事だから———

 じゃあ、教えてあげたら喜ぶのかな?

「た、束さん!?」
 おっきく、いや、普通か、って何ででかくなってんの?

 思春期に突入しているせいか、気恥ずかしさにパニクっている一夏の後ろから柔らかい肢体を押し付け、真っ赤になっているその耳元に囁く。

「いっくんはね? 使い方が分かって無いだけなんだよ? ちょっとお手本、見せてあげよっか。全身一部の隙もなく———身体で、憶えてね?」

 言い終わると同時に、人間サイズの束分身体が、一夏に憑依。

「え? え?」
「それじゃーいっくよー! 斬撃の宴だよんッ!!」
 蝶の触角が生えた一夏は向かってくる壁に『夢斬』を叩きつけ。
「壁を壊しゃ、必ずどこかにゃ行き着くもんなのさってねー!!」
「それ今日二度目って、体が、勝手に!?」
「キャハッ! 切るKillキル斬る切る斬るキルビルじゃなくて斬る壁ぇえええいっ!」
 こんな言葉は一夏の口から漏れていた。
 正直、物凄く恥ずかしい一夏だが———

 自分が起こす事象に驚愕していた。

 放つ連続的斬撃は、間隙を生じること無く、分厚い壁をえぐり抜いて行く。
 凄い。
 凄まじすぎる。

 自分の体を、自分より巧みに操る事に、あぁ、こうすれば良いのか、と学習しながら、一夏は、束が促す流れに従い、壁を斬り続ける。

———そして

「ぉおわぁりぃ!」
 迫り来る巨大な壁をついにくり抜いた。

 一夏だけなら、『霧斬』があっても文字通り斬る事しかできなかっただろう。
 今までは硬くても薄い壁だから切り抜けられたに他ならない。
 人一人通り抜けるほどの穴をあけるなど、一体どんな効率的に動けばスタミナを途中で切らさずにやりきれるのか。

「よーし、ここで待っててね。王子様」
 いつしか、ぷち束は分離して頭に乗っていた。
 一夏の身体操作に、そしてサイズを普通の束に一旦変えた事で、かなり力を使ったのか、薄ぼんやりと、消えかけている。

「束さん……凄いです、本当にこれを俺が……!?」
 これを自分が、一夏の肉体がやったのだ。
 今回束は憑依対象に準IS級の力をコーティングするエネルギーを展開していない。
 文字通り、正真正銘一夏の力だけでやりきったのだ。

「まぁね、まーね! 束さんは頼もしい事に全知全能だからね、このくらいなら二度寝前さーよ。でも、ちかれたー」
「ありがとうございました、本当に」
「うぃ、ガス欠で消えそう……しかし、安心するのはまだ早いぞー……これが最後のぷち束であったとは思えない……きっと、まだ20万8千466体のぷち束が……」
「いすぎですよ……お礼を言ったのに怪獣王か魔王の封印時みたいなモノ言いは止めてくださいよ」
「本当に居るのにー……んッ?」

 ぷち束は上方を見上げ———
「了かーい。そっかぁ。ねぇ、いっくん!」
 何かを受信したぷち束はぴょこぴょこウサ耳を振りながらビビッと指を振った。

「バンザイしてゲットしてハギュウだよ! 分かった!? いっくん!」
「え? あ? はい?」
 言われた通りバンザイする一夏。
「よろしい! それじゃぁね~、ばいばいき~ん」

 ぽむっ。

 白煙を上げて文字通り煙に撒いて消え去るぷち束だった。
「いったい、なんだったんだ? 助かったけど束さんらしいと言うかなんと———」

 言いかけたところで。両腕に、重量が掛かった。
 かなりの高さから落ちたのか、それなりの衝撃が腕に掛かり、バランスを崩しかけ———

 一体、なに、が———

「——————はえ? 千冬姉?」
 姉だった。
 何とか堪え、腕の中の重みを見てみれば、何とびっくり、唯一の肉親、姉なのだ。

「い……一夏……?」

 しばし、そっくりな顔で見つめ合う姉弟。
 耳栓をご準備ください。
 はい、いっせーのー……。

「「あああああああああああああッ!!」」

 姉弟の叫びはやっぱり似ていてユニゾンしたそうな。

「ん———千冬姉? えと、手と足が」
 ぐねんぐねんになっていた。
 あまりにもな複雑骨折で直線を一切維持できないのだ。
 そのうち内出血でパンパンに腫れてくるだろう。
 今迄無事だったのは、ISの人体保護機能に守られていたからに他ならない。

「気にするな、手足が二本ずつ折れただけだろう。弟がそんな些細なことを気にするな」
「それ一本も残って無いから!? 全然些細じゃないから!? あぁッ! 手足が頭足類みたいになってる!?」
 イカタコ言わないのは弟の良心である。

「はっはっは、確かにオウムガイのようだな。一夏、お前も偶には上手い事を言う」
「千冬姉が普段絶対言わないような事言ってる……!? あと、確かに頭足類だけどオウムガイのどの辺なんだよ!」

 そこで、はたと一夏は気付いた。

「千冬姉……モンド・グロッソ……は?」
「ぶん投げてきた。お前が無事なら……それでいい」
「千冬姉が無事じゃないんだけど」
「何か言ったか?」
「別になにも!」
「それに、利き腕が折れてては勝てんだろう。正直ブリュンヒルデなんて面倒なのはむしろ要らなかったからせいせいしている」
(今の絶対本音だッ……)
「一夏、今何か思ったか?」
「別に何も!」
 パワーバランスは相変わらずらしい。

 でも、もし……自分が足を引っ張らなければ……。
 悔しさで思わず涙が浮かんだ。
「おいおい、男の嬉し泣きはとっておけ」
 分かっている筈なのに、姉はそう言う。
 その、優しさに……。
「千冬姉! 千冬姉ぇええッ!」
 何年振りだろう……。
 一夏は姉に思い切り抱きついた。



 ゲボック曰く、全身の骨密度イタイイタイ病級の千冬に。



 ぱきぽきぺきぽく。

 響いたのは、飴細工を抱き潰したような軽い響き。
 思わず、抱きついた姉を見た。
 白眼を剥いている。
 誰がどう見ても、無事じゃない。
「千冬姉!? 泡吹いてる!? 千冬姉ええええええッ!?」
「ドイツ軍です! 助けに来ました!」
「おあああああっ! 千冬姉を助けてええええええええええええええ!!」
「え? 助けに来たのは……あれ?」



 結局。
 ドイツ軍に担架で運ばれる二人であった。
 一夏の方は、束に限界を越えて刀を振り回した反動が遅れてやってきたらしい。






 後日。
 見舞いに来たイタリア代表と報道員に対し。

「これでは結果が見えている———私はもう、戦えん。ブリュンヒルデは任せた。よろしく頼む。
(もう、諸々沢山こんなのはごめんだ。全部ノシ付けてくれてやる。返品は認めん)※プライベートチャンネル経由の副音声」
「———へ?」
「おめでとうございます!」
「二台目ブリュンヒルデになった感想は如何ですか!」
「何か一言を!」
「ええええええええええええええ!!」

 だが彼女、現場最強なのは実際確かにそうなのだ。
 千冬が入院(こんな重症なのに、幼馴染みの処置無しで完治して後遺症も無しだそうだ)中のため、彼女は元々、非常に優秀なISの操縦者である上に。

 機体にゲボックと束の手が入っているため、正に鬼強状態となり、やり直した試合で準決勝に出た三人を纏めてノしてしまったため、誰も文句が言えなくなったらしい。

 一度乗っ取られてその機体を操り、特性を掴んだのもあるのだ。
 他の誰にも使いこなせないのだ。
 コピーもできないし、技術の桁も違いすぎるブラックボックス機体になったと言える。

 お陰で後年発売されたIS/VSにおいて、どの国対応バージョンでも、テンペスタが強過ぎて対戦で使用禁止が出た、という現象が起きたほどだ。

 データに忠実過ぎるのもどうかと思う。

 不本意ながら、彼女はIS操縦者としての頂点として歩み始めた事となる。
 千冬人気が一切衰えなかったのが計算違いだった、と初代ブリュンヒルデは悔しそうに語ったそうな。

 そして、千冬が決勝を放り出して大怪我を負った事は内密に処理された。
 とは言っても、大怪我しているところにマスコミが謎のタレコミに従ってバラされたため、千冬は決勝当日、『事故に巻き込まれた』というカバーストーリーが作られる事となる。



 実際、声明が無いため確定されていないものの、テロだった可能性のある謎の大規模火災やISの未許可戦闘、並びに一斉起動停止。さらには未許可の仮装ゲリラパレードや、オーロラが広域に広がるという異常気象、そしてモンド・グロッソ会場の壊滅、VIPを初めとした大量の失踪者と、はっきり言って処理仕切れないところがあった、あり過ぎたのだ。

 特にVIPの失踪に関して、ドイツは責任問題に大いに駆られる事になる。
 その釈明中に高官が蝶の羽を生やす&全裸で飛び回るというスキャンダルが起きたうえにテロリストと繋がりがあるとまで判明し、政権までもが大打撃を受けた。

 そんなドイツ軍へ、千冬は退院後に教官として赴任することになる。
 日本に戻れば、結局モンド・グロッソについての追求があるだろうし、その辺をうやむやにするために大騒動中のドイツに渡ったのだ、と言う意見がある。

 木を隠すなら何の中、と言うやつだ。

 実際、千冬を病院に搬送したのが彼らだったから単なる恩返し。と言うのもあるかもしれないが、薄情にも放置した幼馴染みに対する『お前らの顔も見たくない』と言う制裁だった、と言う側面も大きかったのではないか。某生物兵器は語っていたそうな。










 ある日、グレイ戦の後、某所にて———

 オーギュストは歓喜していた。
 この世はまだ面白い。
 飽きるにはまだまだ早い。
 存分に楽しめる。

「ふは、はは、ふはははははははははッ!! 広い、世界は広いな! あんな———あんな冗談みたいなのがこんなにも! あたし自身イかれてるとは思ったがまだまだじゃねえか! くく、くくくく、早とちりも甚だしい——————あぁ! この世は巨大な冗談だ! ひっくり返されたオモチャ箱!! もっと、もっとだ! あたしはまだトべ……」

 衝撃が走った。
 灼熱感が脛から駆け上がり、思わず立ち上がり続ける事も出来ずに、その場で転倒した。

「あああああああああああああああああああっ!」
 ドゥルルル……。
 エンジン音が背後から聞こえて来る。
 地をのたうつ事しか出来ないのだ。
 何故なら、立つ為の器官が既に———

「いーや、こんなタイミングなんてなぁ。テンプレっつーてもしゃあねぇんだが、まぁ、王道通りくたばれや」
「テメ……!」

 それは、遺伝子強化体の研ぎ澄まされた聴覚だからこそ聞き取れたもの。

 あり得ざるチェーンソーの音だった。
 小さすぎる。こんな静かなエンジン音など彼女は知らない。
 その、武器ではない、切断に特化した工具の一閃は、オーギュストの両足を断ち切り、彼女を地に這いつくばせている。

「ぐ……が、てめぇ、確か———」
「ティム、だ。戸籍上の名前では死んでも呼ばせねえぞ、あぁ?」

 生物兵器の大軍、巨人の来訪、さらにはそれに対応した織斑千冬、ゲボック・ギャクサッツ、そして篠ノ之束の集合。

 この世で最大級の危機を掻い潜ったというのに、この顛末では詰まらない。
 しかし、掻い潜り生き延び逃げ延びたオーギュストを追い詰めているのはティムだった。

 あっさり幹部のパワードスーツを破壊したティムはそのまま、千冬に弾丸にされ撃墜されたオーギュストを追っていたのだ。

 お互いいがみ合ってきたが為に逃走パターンを読み切ったが故の成果である。

 何故ティムが闇討ちしたのかなど、オーギュストにして見ても『気に食わないから弱り目を襲った』ぐらいの認識でしかなかろう。

 組織的に仲間だろうが殺れるのだから殺る。

 だから、最高の気分を害してくれた相手には相応以上の報いを与えよう。
 反撃など思考以前の判断であり、体内の膨大かつ豊富な種と量のナノマシンに命令、即座に脚部を再構築———

 反応が、無い。
 体内の如何なるナノマシンも反応を返さない。

「さてさて問題だ、ナノマシンの無力化の方法はなんでしょーか」
 その疑問に応えるように、ティムは語り出す。

「なん……だと、テメ……っ」
「鰤ってんじゃねぇよ、ぶぶーっ時間切れ、答えは———毒でしたー」
「毒……だと……」

 いつかのオーギュストが誰かにしたようなノリそのものでティムは嘲笑う。

 毒、ナノマシン同士の拒絶反応による劇物化。
 それは他ならぬオーギュストの手段であり、そしてオーギュストはその毒には決して罹らない完全免疫のような体質の保有者だ。
 ナノマシン過剰適応体質。
 あらゆるナノマシンに高い適応性を示し、十全以上のスペックを引き出すことができるうえに、全てのナノマシンを適性併合関係なく、その全てを矛盾無く内包することができる特異体質。

 ただ———

 常時最大限の反応を示すために、そのほぼ全てが暴走を制御出来ず自滅の一路を辿ったと言う致命的欠点を内包している。
 オーギュストはその対処を『抑制』ではなくさらに『励起』させる事で安定させている。
 超超速度で飛ぶミサイルの飛行がむしろ安定するように、状態を維持しているのだ。

 しかし、それは一切の休まる時が奪われる事を意味する。
 常に彼女が興奮状態であるのはそのためであり、正気を保てるはずなどがない。
 故に気を抜かずとも狂った理性は気を抜く事なく加速させ続ける。

 回遊魚のように死ぬまで突き進む存在。
 崩壊は既に確定していてそれから逃れる事などなく、むしろさらに一直線に突き進むのに一切の躊躇いが介さない。
  故にこその愚者(オーギュスト)なのである。

 当然だが、オーギュストには解毒専用のナノマシンも体内を巡っており、如何なる毒も効果を発揮する前に分解されるはずなのだ。



 種明かしはティムの手にある無骨な工具。
「これはよく知らんけど、<Were・Imagine>の大元になった———なんだっけ、よく知らんけど、それをブッ殺すために作った由緒正き伝説のチェーンソーでな?」
 ティムはまるでゴッ●イーターのようにチェーンソーを肩に担いで破顔一笑。

「再生阻害ウィルスが組み込まれてんだよ」
「それだけじゃねぇな! さっきから対抗プログラム組んでも一向に作用しねぇ! ただの単一ウィルスじゃねぇはずだ!」



 しかし、ここでより深く、邪悪に。
 ティムは口角を釣り上げ嗤う。



「あぁ、言い忘れてたが、これは、ゲボックのクソアニキ製だ。お前如きじゃどうにもならねぇよ」

 かつて、千冬を襲った<人/機>わーいマシンを害する為だけに作った傷害用工具。
 それこそ、ゲボックが作ったもので数少ない———千冬を傷つけた相手への悪意を込めた———負の感情による発明品なのだ。

「しかもフォーマットとか一切関係ねぇのな? ナノマシンだろうが精神感応金属だろうが、純粋有機型生物兵器だろうが、兎に角負傷状態を完治状態として固定する。理屈もなんもサッパリわかんねえ。まったく———これが、出会う前のまだガキだった頃のアニキの発明だってんだからとんでもねぇ、永久に追いつけそうもねぇなぁ、アニキには。まぁ、なんか追いついたら追いついたで、あんな精神性帯びんなら真っ平御免お断り———だがな?」

「おい……っざけんなよテメェ……」

 ゲボックの発明品。
 それはどうあろうと彼女から両足が恒久的に失われた事を意味する。

「ンのォ! オスガキがナマほざきやがってズダズダの挽肉にしてやらぁッ!!」

 オーギュストを量子展開の輝きが包み込む。
 展開するは毒針を示すIS———スティンガー。
 両足を失おうとも依然、史上最強の兵器である事に変わりは無い。



「ハァ!? 千冬の姐さんの弟と同い年なのテメェの方だろうが! どっちがクソガキだあぁ!? ビカビカ髪光らせやがってこのラージ●ン女ァ!」
 同様に、ティムの周囲にも各種機器が量子展開。ISが無くとも超科学がふんだんに溢れる環境下で育った若き技術者は、超常と見紛う発明で身を固める。

 だが、人類の極点をそれぞれ持ち寄る二人の態度は良くてゴロツキ、精々チンピラ程度の因縁の吹っかけ合い程度でしか無い。
 どれだけ人類が進歩しても、手段や道具が進歩するだけでやる事は変わらなかった事の縮図でしかないように。

 しかし、それでもやはり、逆に最先端の激突でもあるのだ。それぞれ持ち寄る超兵器は、そのまま束とゲボックの対立の縮図を現しているものである。
 二人は、常日頃から感じている嫌悪感の根幹を叩き付け合う。



「「目障りなんだよ、妖怪キャラ被りのパチモン野郎が!」」



 そうだ。
 二人の見た目はまるで似ていない。
 ヘアースタイルが両者長髪で流しているぐらいだ。
 ティムは黒で、オーギュストは金色に輝く銀髪で。


 だが、二人は立ち位置が同じなのだ。
 生態系の循環を一つの生物に見立てた場合、同じ役割を示すところに似た生態の生物が同居した場合、行われる事はただ一つでしかないのだ。
 人間とて、それは変わらない。
 人間と言えど、所詮は動物なのだから。

 オーストラリアにかつて、白人がディンゴという種類の犬、狼? を持ち込んだ。
 御存知オーストラリアは、遥か昔に孤立した大陸で、独自の生態系を形作っている。
 子供を腹部の袋で育てる有袋類がその代表例であると言えよう。

 しかし、この生態系、完全に分断したとしても、似たような生態を取る生き物というのは必ず居るのだ。
 生命の循環とは、緻密なシステムであり、成り立つには一定の方程式が必須なのである。

 そして、オーストラリアでは狼、ディンゴの立ち位置にフクロオオカミと言う、極めてよく似た生き物が居た。

 そして、ディンゴとフクロオオカミの間で行われた事。
 それは、シンプルだった。

 居場所を掛けた徹底的な殲滅戦である。

 その結果、フクロオオカミは侵略者たるディンゴに淘汰され、絶滅している。



 人間もそれは変わらない。
 立ち位置―――居場所―――何とでも言えよう。

 そのためならば、人は如何なる手段でも取りうるのだ。
 ありとあらゆる生物と全く同じに。

 ネット環境がある人ならば一言、こう検索すればいい。

 エルサレム。

 人も所詮ケダモノだ。
 神さえ利用して縄張りを奪い合う。



「さて。アニキんとこで修行を積んでたんだが、あそこの神話って中々面白くてな? クマソタケルって知ってるか? 知るわけねえか。お前、トリビア全くなさそうだし。つまんねえもんな、『茶の七番』ぐらいだろ? 友達なんて」
「……何だ貴様、ISを見て狂ったんかぁ?」
「まぁ聞けよ。クマソってのは地名でタケルってのは、『一番強い男』って意味だ。つまりクマソタケルってのは『クマソで一番強い男』って意味だな。でよ、強過ぎて困った奴らが暗殺に来るんだが、強過ぎて勝てそうにない。だから、宴会所で酒に乗じて殺すことにしたわけだが———その手口が爆笑もんでさ、女装すんだよ。いや、酒が入ったぐらいで男と女見間違えるか普通? 昔の女ってそんなにゴツかったのか、そいつがそんなに華奢だったのかは知らねぇが、兎に角それは成功した訳だメデタシメデタシ」

「何が言いてぇんだよ、いい加減殺すぞ」
「今じゃ信じられねぇけどよ、女ってだけで油断されてた時代があったってだけだ。切った張ったなんざ馬鹿な男の仕事だったんだよ、元々な。
 それがIS様々が出たせいで女の気性が段々馬鹿な男よりになってねぇか? あぁ、これお前の事だからな、オーギュスト」
「そうかい、それが最期の言葉で良いんだな———」
 音速超過。
 『マンバ』の刺突が音速の壁を突き破り、爆音とともに突き出される。
 生身には回避など不可能、だけでは無く、二次的に生じた衝撃波でも人体は容易く血袋へと変ずる。

 あっさりと刺突はティムの顔面を容易く突き抜けた。
「手応えがねぇ!?」
「どうだい? ケダモノも騙せる気配ある幻影ってのはよ」
 初めに量子展開したのはこの幻影を作り出す装置だったのだ。
 延々と語りながら必死に距離を稼いでいたと思うと涙が溢れるものがある。
「———そこかぁ!」

 だが、野生の勘も、ISのハイパーセンサーも、騙せて一度である。
 ISは学習し、進化する。
 容易に行われた再スキャンは、ティムの実体を確実に捉える。
 これは、正解だった。

「あのよ、これなーんだ」
 慌てずティムが取り出したのは、以前オーギュストとの殺し合いでも使った事のあるモノだった。故に、オーギュストは嘲る。

「ハッ!? 何かと思えば『リムーバー』じゃねぇか! それはもう耐性ができてんだよ! 例えそれを無視して引き剥がせても、既に遠隔コールが出来るから意味はねぇ。ついに脳味噌に虫でも湧いたか? ヤキが回ったようだなぁ!!」

 PICが斥力を放出、スラスターが食らう。
 発動するは瞬時加速。
 体当たりで充分だ。
 超音速の鋼の塊は、それだけで充分に人を挽肉へと変えるだろう。

 だが、加速の途中。亜音速に達する前に。

 その肉体が、重力に囚われる。
「———あ?」
 そのままオーギュストが地に叩きつけられた。
「がっぶぁ! がはっ! がッ! アアアッ!」
 ピンボールのように何度も地を跳ね、叩きつけられる。
 血反吐と吐瀉物を撒き散らし、激痛にのたうちまわるオーギュスト。その速度で地に叩きつけられれば、人は普通そうなる。

 だが、オーギュストは死ねない。
 体内のナノマシンが死なせてくれない。
 これは傷の苦痛ではなく、修復の苦痛なのだ。
 足の傷も、再生できていないが傷口は塞がっている。

 だが、それよりも。
 とある驚愕がオーギュストの内心を埋め尽くしていた。

「わ……あだ……ぢの……」
「ヒントは散々くれてやったんだがなぁ」
 ティムの声が響く。

 その声は上空から聞こえていた。






「な……ぜ……だ……何故テメェ……が、あたしの……スティン……ガーに……なに、しやが、った……!」

 スティンガーが、奪われていた。
 ティムは何の支障も無くそれを操り、オーギュストを見下ろす。

「お前自身が言ったろ? 『リムーバー』を一度受けたISは、耐性ができ、遠隔による呼び出しが可能になる。全くもってその通り。だから、呼び返しただけだぜ? 自分(テメェ)のISをよ」

「ふざけんな……っざけんな! それはあたしんだ! あたしのISだ! 何をした! あたしの……そうか、整備中に何か仕込みやがったな! っの、野郎……!」

「いやぁ、整備は万全だぜ? つぅか、もう喋れるのか、凄ぇなアドバンスト。ま、ただよ、ずっとこっちのデータを入れさせてもらった。だからよ、初めからそのISは、こっちに専用機化(パーソナライズ)してたんだよ、どうだ? このIS、演技派だろう? テメェに合わせた振りしてやったんだからよ」

 だが……!
 だが! そもそも、根本的な問題だ。

「何でテメェがISに乗れる、テメェは……ッ!」
 ISは女にしか反応しない。
 故の、先程の幹部の襲来。

 現在の世界、その根本的な事項を。
「まさかあのガキか……なんかISの挙動がおかしかったんだよ、接触を図っているとは思ったが、そう言う妙なタネがあった、って事か———道理で生きたままなんて条件があると思ったら……。



「全然違ぇよ、このボケが。人間ってな進歩しねぇよなぁ! クマソタケルの時代から全然進んでねぇ。束の姐さんが見限ってるのも頷けるわ。くっくっく……大体よ、いつ———



———『私』が———



男だなんて、一言でも言ったんだァ? 舐めたなぁ、私を!」



「んに……ッ!」
 その一言は、オーギュストをついに絶句させるに至る。

「本当……世の中変わったモンだよなぁ。初めはよ、ガキのイロに売り飛ばされねぇよう、舐められねぇよう、男装(この格好)してたんだけどな? まさかのまさか、今や———それだけで油断しまくってくれるなんざ———女尊男卑様々じゃねえか!」

 このご時世、まさか逆に不利な立場の男を装うなど、あるだろうか。
 ティムがひとえに、『世界が変わる前』の世界と『今の世界』を客観的に比較できるから成功した企みと言える。

「チィッ!」
 オーギュストの本能は即座に撤退を命じた。
 捨て台詞さえない。

 極限まで野獣の生存本能、アドバンスト達の『生きたい』という願い。彼女はその果てに生まれたものだ。

 決断は即座。躊躇なぞ微塵もない。
 足の傷を新たに作り、
飛び出した骨をナノマシン改造で炭素結合を強化した義足へ変える。

———だが

 それでもISには敵わない。
 『マンバ』が人体を砕かない程度に突き刺さり、昆虫標本のように地面に縫い止める。

「んがああああああああッ!」
「痛ぇよなぁ、痛ぇよなぁ、てめぇはよ、あの人にこれを60回以上もやりやがったんだぞわかってんのかぁ! まぁ、いい。てめぇからはもう一つ、貰うからなぁ」

 傷口を抉りながら。

「てめぇのコード『Au』な、私が貰う。丁度てめぇを作った研究所から依頼があってな? そろそろ実戦のデータも充分集まったんで回収して下さいってな。空くだろ、そこ。私が貰うぞ」

 この言葉が引き金となった。

「ごのぉ……! ま、巻紙ぃ、礼子ぉぉぉぉおおおッ」
 『マンバ』で貫かれた傷口を自ら引き裂いてオーギュストは踊り掛かる。
 その両腕は炭素結合を制御した鉤爪になっており、ティムの顔を握り潰すべく———

「だから遅え!」
 ISは操縦者の認識、反応を跳ねあげる。
 並の人間なら反応もできず、自覚前に死に至る疾風迅雷であっても、見てから反応が出来るのだ。
 スティンガーの腕部装甲に取り付いている鋏で壁に押さえつけられる。
———上半身のみが

 下半身は衝撃で千切れてしまったのだ。
 内蔵がこぼれる。だが、それでも彼女は死ぬことが出来ない。生き地獄だった。
「んがぁ、がぁッ!」
「その偽造戸籍の名前で呼ぶの止めろ、つったろ? 大体、ムカついてんのはこっちの方なんだよ、オーギュスト、てめぇ、私のISで、あの人をいいだけヤってくれたな? 全部一つ一つ返してやるから覚悟しとけ」

 嗜虐の恍惚と、勝利への確信に、邪悪な笑みが浮かぶ。

「そしてシメには存分に丁寧に、顔面を破壊してやる———それで———」

 ようやく自分も舞台に立てた。
 その、勝鬨をあげるが如く。

「今日から私がッ———『Au-tumn(オー・タム)』だぁ!」



 宣告した。









オマケ
 とある定食屋の生物兵器。

「業火野菜炒め一丁なの。お待ちどう様!」
「お、ありがとなー、ロッティ。お手伝い偉いな!」
「うん。頑張る!」

 五反田食堂の一角。
 フリフリのドレスの上に五反田食堂のプリントがされたエプロンをつけたロボットが、茶汲み人形よろしく料理を運んで行く。

 ゲボックさんちのロッティである。
 こう見えて純粋な戦闘タイプなのだが、ゲボックの所で生まれた者達は、学習能力も高いため、結構普通に色々こうしているのである。

「ただいまぁ!」
「あ、弾が帰ってきた」
 何気に精神年齢の低い生物兵器には懐かれる弾である。

 モノアイをピカピカ光らせるロッティは喜んでいるのがよく分かる。

 だが、弾はさらに必死だった。
「すまん! ロッティ、明日もヘルプ頼めるか!」
 そう言ってすがりついてくる弾。

 何でも、半ば諦めていたミュージシャンのライブチケットが手に入りそうなのだ。
 しかし、それは明日でしかも店の手伝いが入っている。

「駄目だ!」
「駄目よ、弾」

 しかし、それにストップをかけたのが弾の母と祖父であった。

「ロッティちゃんにいつもいつも手伝って貰うわけにもいかないもの」
 何気に蓮さん、ロッティをちゃん付だった。この商店街は相変わらずである。



「いや、だって蘭だって今日……!」
「あのね、弾」
「蓮はじっと弾の目を見て」
「それはそれ。これはこれ」
「う、う、う、うわああああああああんッ!」
「うるせぇ! 店で騒ぐな!」
「ぐぶぁ!?」
 中華鍋が飛来して失神する弾をモニターしていたロッティは、ふと。

「蓮さんロッティは大丈夫だよ?」
「いいのいいの、こうやってね、ロッティちゃん手伝ってくれた時のご褒美をねだるの。今度遊んでもらいなさい」
「はーい、ふーん……」
 ロッティは、そんな弾と蓮を見比べ。

「ふーん……」



 その晩。
「ねーねー、皆! ロッティは新しい事を勉強したの!」
・ん? なんだい、ロッティ

 反応があったのはアンヌ。
「えーとね、それはそれー、これはこれー」
・なんだい、それ
「蓮さんに教えて貰ったの。あのね、あのね!」
「どうしたのですか? アンヌ、ロッティ」
・あぁベッキーか。いや、ロッティがね
(混ぜて欲しそうにピカピカ光っている)
「アーメンガードも聞いて聞いて!」



 こうして、生物兵器も、悪知恵を一つ一つつけて行く。
 その伝播はまさしく雷光が如くらしい。






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 皆様、長らくお待たせしました。
 一月の区切りをおおおおおおおおおおおお幅にブチ切り、遅くなってしまいました。
 真に申し訳ありません。

 その分、さらに本文が長くなっています。
 眼精疲労、大丈夫だったでしょうか。



 さて、実は過去編はここでエピソードを全て出し終えました。


 えぇ、分かります。
 出したまんま畳んでいない伏線はまだまだあり、何より今回の事件。

 その後、皆がどうなったかの描写が殆どありません。
 一夏はどうなったのか。
 ゲボックは。束はどこに行ったのか。
 そして、グレイはどうなったのか。



 全ては次回の原作編の後に発表予定

 次回過去編、最終話
 エピローグ。
『げんさくへんのまえに』
 どうか見限らず、お待ち下さい。



 私の長文をお読みいただき、真にありがとうございました。

 2chで愚作が名前が上がっていてびっくり。
 あまり厳しいことは言われておらずちょっとテンションが上がっています。

 ただ。

『説明がくどくそして長い。49万字はざっと数えただけだが、本文にほとんど尺稼ぎはなくてこれ』

 そうですか。

『や は り く ど い か』

 あと、過去編だけで49万字も書いてたか……おいおい。

 情報量を減らして情景を伝える技術を研鑽して行きたいものです。
 試しにして見た所。
『台本形式』に

 俺はどうしてこう、極端なのか。


 あとやっぱり、原作編は不評なのか、殆ど別話とまで言われる始末……

 え? 過去編終わったら当分原作編何だが……大丈夫だろうか……。

 それでは皆様。
 よろしければまたのお越しを。






























「はイ。もしもしー、ゲボックですョ。あぁミューちゃんでシたか。今小生はみんなの修理中ですョ? ティムくんや修理型の皆モ、不眠不休で何ドかぶっ倒れテますねあハはッ。で、ドうしました———あぁ、やっぱり。











反応したノは、マテリア23ダけでシたか」



 それは、千冬でさえも、まだ気付かない———






[27648] 過去編/結節編 エピローグ『ゲンサクヘンノマエニ』
Name: 九十欠◆82f89e93 ID:a6979411
Date: 2013/02/24 00:44
 遅くなってすみません……。
 月刊ゲボックが隔月ゲボックになってしまっている……。


 最初に言っておきます。
 エピローグって長さこんなんじゃねえよなああああああっ!?

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 それは、冷たい雨の降りしきる中での式であった。

 そこに、普段ならば絶対に着ない、色彩が真逆の黒衣を纏った男が、背後から参列していた。
 ゲボックである。

 随伴している生物兵器が雨に打たれないよう傘を差しているが、やや小さいのか、はみ出たゲボックの肩は濡れていた。

「寂しくなリますね」
 ボソリ、とゲボックは呟く。

 式は終盤に差し掛かっていた。
 棺が運ばれていく。
 その行き着く先には墓地。
 その中でも一際手のかかった敷地面積の広い区画が終着地だった。
 既に準備は完了している。

 掘削済みの地中へ、棺が降ろされて行く。



 天を仰ぐ。
 荒天、雲は分厚く、雨足は強くなってくる。
 ゲボックの顔を濡らしているモノが雨なのか、それともそれ以外のなんなのか、判別は付かなかった。



 ゼペット・オルコット。
 その妻、ヘルスゥイ・オルコット。

 供に、ここに眠る。
 そしてゼペットは、歳に離れた———ゲボックの親友だったのだ。
 町のイベント企画を一緒に考えたりする程には。



 英国において、元々敏腕で有名であったが、女尊男卑の風潮に上手く合わせ財力を築き上げたオルコット家の統主夫妻が供に列車事故で亡くなった、という事件は一時騒然となり、あるものを次々と集める事となる。

 無論、金の亡者共を、である。

 夫妻には最愛の娘がおり、かつまだ社会的には幼い少女である。
 彼女の身柄を抑えることは、単に遺産を分散させて相続させるよりも莫大な資金が転がり込むであろう事が容易に想像できる事であり、競争相手は自分と同じ狢であり、一人娘の少女が獣共に貪られるのは最早確定的である、と、誰もが思っていた。

 そう、この式場に集うのは金の亡者共ばかりであり。
 その中でポツンと孤独と悲しさに耐える彼女には地獄以外の何物でも無かった。

 『うちに来ないか』などという露骨なものから狡猾なものまで。

 まだ幼い少女が何とかそれを掻い潜りきったのならば、すでに心労困憊なのは当然の事であり。
 ようやっと断りを入れて休息を取るべくプライベートルームに戻った、その時。

 少女は、見た。
 窓の外には長い棒が二本立っているのを。

「な、なんですの……?」
 恐る恐る窓際まで近寄り、その根元を覗き込めば、あるのは左右一対の黒い革靴。

 長い棒はそこから生えていたという事であり、つまり。



 それは———足。



「ハじめまシて」
「ひゃあっ!?」
 それが。声を発した。
 高い声だった。イントネーションもおかしい。ただ、男性のものであることが分かる。
 だが、この足の長さだと、頭部は途方もない高さにあるはずであろうに、声は普通に届くのは不思議であった。

 しかし、なんて長い足(?)なのだろうか。
 足の長いおじさん。それはつまり足長———

「常識ハズレの長さにも程がありますわよ!?」
 ハッと我に返り、見上げても股すら目にすることはできない。雲の上へ抜けてしまっているのだ。



「ゼペット君とソの奥さんが亡くなったのは、本当に寂シいものです」
「えぇ……」
 二人の一人娘、セシリアはどうして自分はこんな足長過ぎるおじさん(物理的に)な、変極まり無いものと会話しているんだろうと思いつつも、逆に殺伐とした欲にまみれていない風体であったので自然と声が出た。

 しかし、彼女から見ても情けないとしか思えない男性であった父、ゼペットよりの慰問者というのは珍しかった。

 皆、母の栄光を持ち上げはすれども、父の事は母のオプションのような扱いだったからだ。
 婿養子として迎えた事もあるのかもしれない。

 逆に、こんな変なものも父関連ならアリかもしれない、とまで思う程に父の威厳は地に伏していた。
 伏すどころか、英国では乏しい温泉の掘削を始めるかもしれない。

 少し、息抜きにする事にした。
 常識的の考えて、これは夢だ。
 夢ぐらいなら喪に伏しているとき楽しんでも悪くはあるまい。

「セシリアちゃんは、ゼペット君にトって、特別な宝物デあると聞いてイました。そんな大切なセシリアちゃんにとって、『ココ』は、二人の思い出が詰マっているでしョ?」
「はい」
 何が言いたいのだろう、この『足』は。
「そんな『ココ』を手放したク無いのではありませんか?」
「あっ……」
 思わず憤りと共に声が漏れてしまった。
 それ程に、激高を引き出すには充分な言葉だったのだ。

「当たり前ですわ!」
 セシリアが声を荒げるのは当然である。
 この邸は、彼女が幸せだった時の全てを刻んでいる、何よりも大切なものである。
 それを手放すなど———

「当然、オ二人がセシリアちゃんのために貯めテくれたお金を、どこの馬トも知れぬ、血の繋がっているだけの輩にナんぞ、一銭足りとモ渡しタくはありませんネ?」
「愚問ですとも! これはお母様達のものです、一銭(日本語のニュアンスです)たりともくれてはやるつもりは御座いません!」
「ソれを聞いて———安心しまシた。あ、これドうぞ」

 セシリアの前に、百科事典もかくやと言う分厚い一冊の本が落ちて来た。
「こ、これは……?」
「いやァ、小生は既存の決まりとか法律トかの枠内デ物事を進めるノは苦手なんで、ちょっとティム君に頼んデこの国の法律の隙間とか根掘り葉掘り集めて貰いましたョ。百万回死ねとか言われまシたけどネ! はっハァ、いつもの事だから気にしないのです! 別に恋したカらって死ぬ気モ無いでスしね!」
 自分の情けないところをだだ漏れにするところとかが、誰かに似ている気がした。
 しかし、この書の情報が本当なら———

「つまり、おのれで学べ———そう言う事ですのね? 上等ですわ、わたくしを誰だと思っているのです? あの二人の娘、セシリア・オルコットなのですよ!」
 このやり取りは、セシリアに光明を示したようだった。

「そレは良い事を聞キました。セシリアちゃんには、手助けしてくレる人がまだまだ一杯います。法の決まり上なら、頑張れば頑張るだけ、セシリアちゃんに敵は無イでしょう」

 ぽるっぽー、ぽるっぽー、鳩の鳴き声が聞こえて来る、そんな気がする。



「それに———もし無粋ナ手で来ても———」
 声色はニヤリ、とした印象を与えて来るものだった。
「小生なんカが手出しなンてシなくても、彼らで充分何とカ出来るでしョうしね。彼らは全霊を持ってセシリアちゃんヲ助けるでしョう」

 長過ぎる足が消えて行く。

「ダって———ゼペット君が言ってましたョ?」
「———お父さ、ま、が?」
 何を言ったのだろう。最後の方など避けてすらいた自分に、あの人は———父の名が出て、一瞬ビクッとしたセシリアに、正体不明の『声』は、遠くに語りかけるように———

「セシリアちゃんは、ゼペット君達の天使デ、女神様だった———てネ」
 残されたセシリアは、分厚い冊子を胸に抱え、消えた足の行方を見送っていた。



 その晩———

 無粋な者達が、セシリアの寝所に向かっていた。
 所謂殺し組、と言われる者達の手によるものだった。

 セシリアを引き取ろうにも縁遠すぎて、そのような事が出来ようもない者達である。
 そんな者達にとっては、セシリアを引き取って莫大な財産などを手にすることなど出来はしないため、セシリアを亡き者して少しでもその遺産を分配し、その恩恵に預かろう、という思惑なのであろう。

 動機、と言えば逆に該当者が多過ぎるこの事案、もしもセシリアに不幸が訪れても捜査は暗礁に乗り上げるであろう。
 そも、そのような捜査に横槍を入れて迷宮入りさせる事も出来る、そんな者達ばかりなのだ、セシリアを狙うハイエナ達は。
 まさか、予想外の伏兵に襲われるとは、この時誰しも、知る由も無かったのである。






 楽な仕事だと思っていた。
 警報を全て切り、買収した警備が意図的に空けたスポットから敷地に侵入。

 ここには番犬もいない。
 小娘一人くびり殺すのは造作もなく、あとはわざと金目のものを強奪すれば、物盗りの偽装も合間って逃亡の時間を稼ぐだろう。

 さて。
 ターゲットの小娘の寝所を確認しようと、暗視ゴーグルの明度を調節し———

 闇に灯された一対の眼差しと目が合った。
「は———?」

 心臓が止まるかと思うほどに衝撃を受けたが、よくみれば、それは一羽の鳩だった。
「なんだ、驚かせやがって……」

 そう言えば、ゼペットは生前、鳩を用いた手品を児童養護施設などで披露していたという。
 主が死んで世話をする者も居なくなり、適当に放たれたのだろう。
 主共々惨めで哀れな末路もあったものだ。

 しかし、なぜまた鳩で奇術なんぞを……。

 無能で気弱とさんざん言われた彼なりの世への貢献なのだろう。
 女々しい奴だ、と内心嘲笑いながら、再度暗視ゴーグルを以て娘の寝所を伺おうとした、その時。
「ぐァッ!」
 痛撃がこめかみと、ゴーグルを調節していた指に走った。

 ガシャン! と暗視ゴーグルが地に落ち、カツ———ン、と高い音が響き渡る。
 思わず、周囲を見回してしまう男。

「な、なんだ……!?」
 冷静を取り戻すべく自分に言い聞かせ、身を沈めながら自分にぶつかったものを拾いあげる。
 それは、心底意外なものであった。

 豆だったのである。
「はぁ!?」

「ぽっぽっぽぅ、ぽぽぽっぽぅ」
 タイミングは絶妙に、間の抜けた鳴き声が聞こえてくる。

 振り向けば、先程とは別の鳩。
「本当、鳩が多いなここ………………は?」

 呆気にとられた声を漏らしてしまうのも仕方が無い。
 ガシャコンッ!!
 鳩がその豊かな羽毛の中から鳩サイズのライフルを取り出した。
 鳩は手慣れた羽捌きでライフルに豆を装填し、こちらへ美しいフォームで構え、突きつけていた。
 人ならば、フォールドアップ! と口上も付け加えたであろう、見事様になっている。
 あまりにも自然で流れるような挙動だったため、彼はこんな明らかな違和感を判別出来なかったのだ。

 しかし、シュールだ。何というシュールっぷりであろうか。

 そんなものを見てしまった男の表情はまさに『鳩が豆鉄砲に撃たれたような顔』———

 否。

 『鳩に豆鉄砲を撃たれた顔』そのままだったのだから。

 響くのは限りなく無音。

「———がァッ!?」
 しかし、確かに豆はライフルから放たれ、男の脇腹を痛打する。

「こンの、鳥野郎———」
 常識というものは兎も角、攻撃したのは鳩なのだ。
 鳩などに痛手を負わされたとあっては彼のプライドに関わるのだ。

 本来の目的を一時置いて、この鳩に人間との関係を教え込むべく爛々と暗闇に灯された鳩の目を睨みつけ———

 待て。
 何故鳩の目が光る。

 それは、夜行性の動物、それの拡大した瞳孔の特徴ではなかったか。

 鳩は、言われるまでもないが、鳥目だ。
 フクロウでもないのに夜に爛々と輝く目を鳩は持っていない。

 そして気付いてしまった。
 鳩の目元から、カリカリと、ギアの軋む音が微かに響いてくる。
 そう言えば、鳩にしては目が出っ張ってはいないだろうか。

「まさか———嘘だろ、おい———な」
 気付いた。
 その正体が分かってしまったのだ。

 なんで。
 鳩が。
 鳩なんてものが。

「暗視ゴーグルつけてやがるッ!」
 いったい、ゼペットはこの鳩共で一体何をしていたのか。
 鳩の身体に合わせたサイズのゴーグルや銃。まともな判断では作ろうとすら思えまい。

 そうか、ペットに服を着せるのと同じ感覚か、いやいやそうでは無く。

 しかし、装備も理に適っている。
 鳥目対策の暗視ゴーグルだけではない。
 鳩の聴覚は耳骨と頭骨の距離の関係から、音の振動は直で頭蓋に伝わるため、轟音と振動を撒き散らす火薬銃は扱えない。
 鳩が衝撃で失神してしまうからだ。

 故に、鳩が携行しているのは空気銃のライフルである。

 ふざけるな。
 平和の象徴に何てもの持たせてやがる。

 つーかそもそも鳩がそんなもの持てるワケ———

 サイレンサーよりも小さい、空気の炸裂音。
 臑裏を撃たれ、痛みに思わず四つん這いになってしまう。
「———ひっ!」
 そこで彼はさらなる恐るべきモノを見てしまう。
 ニョキニョキと。

 豆が視認できる速度で成長していた。
 SFXかと見紛う速度で育まれる豆。

 芽吹いていない豆は鳩に啄まれ、食われていた。
 本能レベルでは所詮鳩だ。
 しかしその知能、けっして鳩の持てるものでは無い。

 立ち上がらなければ。
 ここは異常だ、と。
 見上げた彼は、立ち上がれなくなった。
 恐怖に、腰が抜けたのだ。

 見上げた彼は、オルコット家の庭木という庭木に止まっている鳩の群れが取り囲み、見下ろしている事に気付いてしまう。

 初めから、既に補足されていたのだ。
「ひいいいいいいッ!!」
 鳩の視線という視線が突き刺さっている。
 昔、鳥が人にぶつかってくるパニックホラーがあったが、これはそれ以上だ。

『鳩が知性を持って人を狙撃してくる』

 文面だけではギャグでしかない。
 しかし、依然として事実である。
 空気銃はれっきとした凶器だが、空気圧もそれ程ではなく、弾丸も豆であるため、皮膚を食い破られる事もない。
 しかし、殺傷性は無くても眼球に当たれば失明ぐらいはしかねない。
 それ程の威力だった。

 鳩からは逃げきれない。
 どこもかしこも鳩だらけ。
 どこに行っても鳩がいる。






「ぽぽぅぽぽぽ」
「ぽぽぽぅぽぽ」
「ぽぽ」
「ぽぅぽぽぅぽぅぽ」
「ぽぽぅぽぽ」
「ぽぽ」
「ぽぽぅ」
「ぽぽぅ」
「ぽぽぅぽぽぅぽぽぅ」

「ぽぅぽぽぅ」
「ぽぅぽぅぽぅ」
「ぽぽぽ」

「ぽぅぽぽぽ」
「ぽぽぽぅぽぽ」
「ぽぽぽぅぽ」
「ぽぅぽぽぽぅぽぅぽぅ」
「ぽぽぽぅ」
「ぽぅぽ」
「ぽぽぅ」
「ぽぽぅぽぽ」
「ぽぽ」

「ぽぽぅぽぽ」
「ぽぽぅぽ」
「ぽぽぅぽぽぅぽぅ」
「ぽぽ」
「ぽぅぽぽぅぽぅぽ」
「ぽぅぽぽぅ」
「ぽぅぽぽぅぽぅぽ」
「ぽぽぅぽぅぽ」
「ぽぽぅぽぽぅぽぅ」
「ぽぽ」
「ぽぅぽぽぅぽぽぅぽぅ」



「ひぎゃあああああああああ———!!」
 腰は抜けたままである。
 必然、這って逃げるのだが、その間にも執拗に豆は撃ち込まれる。
 フンまで降って来る始末だ。

 殺し屋にとって。それは大して痛手では無い痛みだ。

 そんな彼を追い込んでいる一因はたった一つ、シンプルな常識。



 こんな鳩いるわけねぇだろおおおおおお!!



 である。

 その上、後先考えず銃を取り出したとしても。
「痛っでぇ!」
 正確に。
 撃つ前に狙撃され、撃ち落とされる。

 その挙句に。
 ニョキニョキと。
 降って来たフンに混じっていた、未消化の豆が芽吹いて彼の体に蔓を巻きつけてくる。

 最早何も分からない。
 必死に何もかもかなぐり捨て、少しでも鳩から距離を取るべく、手を伸ばし。

 ジャキリッ。

 彼の尻に、冷たい鋼の感触が伝わってくる。
 振り向けば、一羽の鳩が、ゼロ距離で尻に銃を押し付けていた。
「や、やめ———」
 今にも泣き出しそうな、引きつった笑みを浮かべた殺し屋は。

 直後。
 その晩、最も情けない悲鳴を迸らせるのであった。



「失敗しただと!? どうして小娘一匹殺せんのだ!? ハァ!? 豆? 鳩だぁッ!? ふざけているのか貴様!」

 殺し屋のクライアント。
 真実を正確に報告すればこう言われてしまうのは仕方があるまい。

 しかし、直後。
 ジャカッ!
 冷たい感触が、尻から伝わってくる。
「な……に……?」
 振り向けば、暗視ゴーグルを翼で押し上げながら、つぶらな瞳で目を合わせてくる鳩一羽。
 逆の羽には圧搾空気で豆を撃ち出す空気銃を一丁、尻に押し付けている。

「は……はと、だと?」
「ぽぅぽぽ、ぽぽ、ぽ」
 格好良くキメている風の鳩。
 しかし、伝えたいことなど分かるわけもない。
 一切の容赦なく、引き金は引き絞られた。
「ッア——————ッ!!!」

 それなりに豪勢な屋敷に限って似たような悲鳴が英国各所で途絶えることなく響き渡ったそうな。

 その噂が広まった英国社交界では。



「鳩に気をつけろ」
「鳩だけは怒らせてはいけない」
「鳩怖い」
「鳩にだけは手を出してはいけない」
「鳩は、どこにでもいる」
「は……鳩がァ! 窓に! 窓に!」
「鳩……ピジョン……! まさか奴は死んだはずでは!?」
「ぽるっぽー」
「まだなお、奴は影響を及ぼしているというのか……!」
「ぽぽぅ……」
「うわあああぁ、ここにもいたぁああああ!」
 と、噂されたとかなんとか。



 で、時を戻してオルコット邸。
『ところで。あの鳩たちはDr.の生物兵器なのですか?』
 刺客は一人ではなかったのか、続々と悲鳴が聞こえてくる。
 似たような思考の相手はいくらでもいるのだな、なんて事を思いつつ。
 ゲボックに随伴していた生物兵器、『灰の三十番』は何故か首を九十度にへし曲げた状態のまま、ゲボックに問いかけた。

 前継機である『灰の三番』同様、思念通話であったが。

「いエ……あれは皆、ゼペット君が何代にも渡ってブリーディングしてきた鳩達デすョ?」
『……にわかには、信じられませんが』
 世間一般に言う鳩とはかけ離れすぎている。
 まるでカートゥーンの世界からやってきたかのような鳩達だった。
「まぁ、飼料とカは小生も手助けイたしましたし」
『飼料ですか』
「ほら……豆をたくサん食べると頭が良くナるって言うでしョ?」
『耳にしたことはあります』
「その特徴ヲ強めタ豆を作りましたノで」
 案の定かい。
『やはり原因はDr.ですか』
 それはそうだ。
 あれが人の手一代の交配で生み出せるのならば、既に世界において人類から『霊長』類の称号はとっくに剥奪されているだろう。
「いえいえ、だかラこそゼペット君は凄イのですョ」
『どういう事ですか?』

 ゲボックは自分のヘルメットをドリルでコンコンッと叩くと、鳩を見据えた。
 羨ましいモノを見るように。

「一般的に、使役さレる存在が知能や教養ヲ身に付けると、一般的に、類似する事案が起こりマす」
 『灰の三番』は、演算機能を持つ全身で演算し、即座に返答する。
『使役者に対する造反———独立行動』
「Marverous! ソの通り。知恵をつけ、自分の境遇を俯瞰して見れる様ニなると、一般的に被使役者はこう考えてしまうんですョ———自分はもっと良い境遇に足るノでは、てネ」
 ゲボックは侵入者が豆の蔦でツェペシュ公の串刺し張り付けのように釣り上げられて行く侵入者達を見やって。

「一体、いつからどのような推移で彼らの知能が高まって行っタのかは、小生にも推測以上の回答を述べることがでキません。ただ、分かルのは———彼らは、知能が高まり、自分達とゼペット君の関係を冷静に見れるようになッてなお、これまで通りで良いと、その関係に満足シ、変える事なく生きていた、と言う事ナんですかラね?
 小生は、飼い主へ忠誠を誓うような手は一切打っていまセん。しかしそれでも、今もゼペット君の宝物をこうして守ろうトしてイる———本当に羨ましいですね。うちの子は皆好き勝手してまスからね~」

 確かに、ゲボックに忠実なのは、自分の前継機たる『灰の三番』だけだったな、と思い至る。
 そんな最新型の灰シリーズ『灰の三十番』は、鳩たちが撃ち、刺客を吊るし上げる豆の蔓について質問することにした。

「あぁ———あれは、簡単な遺伝子の組み込みをしテいるんですね」
 ゲボックに秘匿意識はない。あっさり答えてくれる。
 しかし、それは構わないのだ。
 口から得られる程度の情報で———ゲボックの技術を完全に模倣出来るか、と言えば答えは述べる間でも無いだろう。

『それは———一体、何をですか?』
「えぇ!」

 ゲボックは嬉々とさえしながら、その答えを最も若い娘へ放り投げた。

「サナダムシですョ!」
『さ、サナ……!?』
「えぇ! サナダムシですョ!」

——————と、重量級の爆弾を
 と言うか、繰り返すな。



 サナダムシ。
 ヒトの腸内に入り込み、その養分を掠め取る寄生虫である。

 人糞を媒介に微生物から食物連鎖のピラミッドを昇竜が如く駆け上がり、最終的に人体内に潜り込み、便に卵を混ぜる事で生息範囲を広げる厄介さを有する。
 しかし、農家などで肥料に人糞を使用することが禁止され、また、腸内検査や虫下しの発達によって日本ではその宿主はとんと見なくなってしまった。

 その最大の特徴はその長さ。
 よくもまぁこんなケッタクソ長い生き物が人の腹ン中に居られるもんだと関心させられる。
 いや、本当だから。目黒寄生虫館行ってみなって、マジで度肝抜かされるから。グロいし。
 東京の名所に一応記されて居るので一度は行ってみるべし。精神的インパクトは相当です。
 偶に方向音痴な個体がまかり間違って口から出てきた時の衝撃は、筆舌に尽くし難いものがあるそうな。



「正確にハ、サナダムシの中でも日本海裂頭条虫デすね。1日に20cmも成長し、大きい個体デは、10mを越えるモノもいマす。雌雄同体デ、1日で、200万個もの卵を———」
『いえ、Dr.別にそこまで詳細な情報は求めてないです』
 言いながら『灰の三十番』は既にゲボックの口をギリギリと塞いでいた。恐るべしマウスキラーである。
 剥がそうともがくゲボックであるが、両者の膂力は根本から桁違いなのだ。

 しかし、その程度ではゲボックは黙らない。ゲボックも思念通話を発信出来るのだ。
『まァ、その大食らいっぷりから、飢餓の時期は餓死っちャう人とか割とシャレにナらなかったンですがね? 今ミたいな飽食の時代なら寧ろ、肥満防止やダイエットなんカにも———痛い痛イ!! 『灰の三十番』はどうして小生の顔を握り潰さんばかりに力を増すノですカッ!?』
『あぁ、申し訳ありません』

 口から喋れなかったゲボックが思念通話で続けるものだから、思わずアイアンクローに力が込もってしまったようだ。

『まぁ、ソんな感じで、腸内に潜り込んで栄養を吸収、『ジャックの豆の木』バリに爆発的に成長し、膨大な数の豆を実らせるンですね!』
 で、その豆どうすんだ。
 ちょっと怖いので言いたくない。
『恐ろしい生物兵器ですね』
 本当に。色々々(誤字じゃない)な意味で。
『エ? 生物兵器? 違イますョ?』
 しかし、ゲボックは意外そうに首を傾げる。
 その弾みにアイアンクローから逃れたゲボックはぷっはぁとばかりに深呼吸し。
「あレは、健康美容補助食品ですョ」
『————————————は?』
 投擲弾頭は、まだまだ予備弾薬を常備しているようだった。

「ほらァ、言ったデしョ? 『灰の三十番』、腸内に潜り込んで栄養を吸収スるって。つまりデすね、お腹の中をすッキりキレイにしテくれますかラ、モチモチとしたハリツヤのあるお肌になルんです!」
『……美肌と引き換えに失うモノが大き過ぎますね。主に人としての尊厳などが』

 張り付けにされている侵入者をよく見れば、成る程ズボンの尻を突き破って蔓が伸びている。

 実際目の当たりにすると、言葉だけでは伝わらない悲惨さが、想像をはるかに超えて肌にヒシヒシと感じる恐ろしい光景であった。



「とこロで、『灰の三十番』」
『なんでしょう?』
 ゲボックは、一段落ついたので初めから気になっていた事を聞いてみる事にした。

「『灰の三十番』は、どうシて首が九十度曲がっているんでスか?」
 葬儀のあと、会う人がいると告げ邸に伺い、先程戻っていた時には既にこんな感じだった彼女である。
 どう考えても、屋敷で何かあった、と言うことなのだが———

『あぁ、忘れていました』

———ゴキャァッ!

 言うや、片手で無造作に首を直す『灰の三十番』。一歩間違えれば首をへし折りかねない、そんな危険性など一切考慮に入れないぞんざいさだった。

 それは『人間ならば』と言う文句を付け加える必要があるためで、彼女には文字通り気にするまでもないのだ。
 淡々と、報告の続きを述べる。

『先程———私のデータコンバート元である『灰の三番』の知己であった、チェルシーに、彼女の機能停止を告げてきました』
「なかなか貴女も酷ナ事シますね……」
 家人の葬儀で友人の死を告げるとは配慮の無さにも程がある。

『その様です。結果が、見事な猛虎爆裂固め(タイガー・スープレックス)でしたので』
 本格ブリテン流メイドはリング上の技も収めているらしい。

 因みに、英語圏でプロレスというと相手を侮辱する語に等しいのでやめておくのが良い。

「でも、こレからも関係を継続するようお願いされたんでしョ?」
『はい———何故か。恐らくは知己の死から来る寂寥感のためでしょうが』
 その回答に、うーン、と、しばしゲボックは唸る。望んだ回答ではなかった無かったのか。
「ふぅーム、『灰の三十番』は、感情についてマだまだ勉強する必要がありまスね」
『……『灰の三番』のデータを有しながら御期待に添えず、申し訳ありません』
「いエいえ、それも含めて貴重なデータなので気にしなイで下さいね。それと、一つ聞きたいノですが、貴女なら首がそんな風になる攻撃なんテ、躱せない訳ないですョね? どうして受ケたのですか?」
 そこで彼女は、初めて逡巡のようなものを見せる。
 一度だけ目を伏せ、しばし迷い———意を決し、彼女はようやく告げる。
『躱してはいけない———理由は不明なのですが、そう……思ったのです』

 困惑が混じる、思念だった。
 だが、それこそがゲボックの望むものだったのか、嬉しそうに、軽薄なニヤニヤ面を直そうともしないゲボック。正直まっとうな感性があるなら殴りたくなる事必須だった。

「イいですねえ。感動的なデータですョ、それは』
 つい、と右手のペンチを振り上げたゲボックを確認するや、自然と『灰の三十番』は頭を下げていた。
 自分の行動に困惑する間もなく、ゲボックはペンチで『灰の三十番』の頭をガリガリと撫でていた。
 お世辞にも心地よい感触ではなかったが、寧ろそれを求めていたことに気付くと、困惑がさらに上乗せされる。

 類似ケースを検索———臓器移植による個性の類似化をヒット。
 俗に言う、『体の記憶』。

 ゲボックが求めるものは『彼女の続き』なのだろうか?
 疑問を生じさせながらも、彼女はゲボックの為すがままを受け入れていた。



「ぎゃあああああッ!! 鳩が! 鳩がァッ!」
「止めろォ! 尻は! 尻だけはああああ!」
「ッア———ッ!!」



 数日後、オルコットの名を受け継ぐ少女が、統主を襲名し、一時期英国は話題が沸騰する事となる。

 だがしかし———今現在、背後には……あぁ、地獄が見えている。
 チェルシーが翌早朝、大きく聳え立つ豆の木に突き刺され、釣り上げられている男達を見て、『これは警察になんて言おうか』よりも、『この景観的に見苦しいものをどう処分しようか』、と頭を抱える事となったらしい。






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 過去編/結節編 エピローグ

『ゲンサクヘンノマエニ』

















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 『灰の三十番』が起動し、意識を覚醒させた後、彼女がした事と言えば、喜ぶ他の生物兵器達には目もくれず、連日の徹夜でハイアッパー一周して寧ろ綺麗なゲボックじゃ無いか? なゲボックに報告をあげる事であった。

『Dr.自己の認識に矛盾が生じています。即座の再調整と情報の入力を』

「ハい?」

 流石のゲボックも、この挨拶は想定外だったようで小首をウぅ~ム? と傾げる事となり。

「また何かしやがったなDr.ァあッ!!」
「いつもいつも断りなく人の事実験台にしやがって!!」
「よりにもよってグレイお姉ちゃんにまでするのは酷いと思うの」
「Dr.流石に今回はフォロー出来ませんわ」
・今回は僕も攻撃の方に回らせてもらうね
・あ? Dr.公然と殴って良いのかアニキ。ヒヒヒッ存分にやらして貰おうかねぇ
「判決、公開私刑」
(攻撃色でモノアイを明滅させている)
「オォーウ、何故でスかァ? 小生が実験シた事と認識が確定しテますョ!?」
「「「「「「当たり前だこのマッドサイエンティストがッ!!」」」」」」

 味方はいなかった。
 『灰の三番』とゲボック、人徳でなら比較するのも馬鹿馬鹿しい格差があった。
 ♯ケタを額に浮かべた生物兵器がギシギシと空間さえ軋ませてゲボックに詰め寄ってくる。
 『家族主義派』は、団結した時が心底パワーを発揮するのだ。

「えェー!? 小生、今回本当に何にもして無いんダけど?? ちョ、皆さんチョットちョっと冷静になってくだッ……わギャああああああああああああああああッ!!!」
 日頃の行いの報いである。

「———ふぅ、やれやれだな」
 未だ全身包帯やらガーゼやらギブスやらコルセットやらで見た目満身創痍の千冬は痛む肺を我慢しつつ、溜息を吐いた。

 第二回モンド・グロッソの優勝をテンペスタパイロットに譲り———もとい擦り付け、マスコミが騒ぎ出す前に逃亡したのである。

 最低限、あと二ヶ月は絶対安静の筈の重傷者が病院から、である。

「さて———大丈夫か? 不具合はなんだグレイ。お前を張り倒した中に私も入っているからな、何でも言ってくれ」
『貴女の方が大丈夫なんですか?』
 立っているのが不思議に見える。まるでマミーだ。
「なに……軽傷だ」
 これが軽傷なら、手足の一本や二本吹っ飛んでも『支障がある程度』で済む。流石ゲボックを何度も三途の川送りにしている女は違うものだった。

『それから、不具合についてですが、その前に一つ訂正を』
「———ん?」
『私は自己を『グレイ』と言う呼称で認識していません。訂正と、私の固有名称の付与をお願いします』
「………………うん」
 しばらく思案した千冬は表情を笑顔のまま完全に硬直。
 そのまま、回れ、右。
 視線の延長上には、制作物にタゲられているゲボック一名。
「私も混ぜろぉぉぉおおおお!」
 千冬も突撃した。全身めっちゃ痛い。
「待ってー! 今の千冬お姉ちゃんが千冬お姉ちゃんの力でパパ殴ったら千冬お姉ちゃんの方が壊れちゃうのー!」
「止めるなロッティいいッ!! ゲボックは! こいつは! こいつという奴はああああッ!!」

※ ゲボックの体は、忘れがちですが大半が機械で出来ています。

 いつも通りだがドタバタのぎゃあぎゃあだったそうな。






「———で、結局、グレイはどんな状態なんだ?」
「フユちゃんは右腕が複雑骨折してでも小生を殴りたかったんですかァ、チョット酷いと思うのデすョ」
 それは物凄い激闘であった。
 誰もゲボックを守る気はないが、それ故に千冬が怪我しないためゲボックが殴られるのを防ぐという訳のわからない奮闘だったのだ。

 終いには凶獣モードに突入した千冬がラリアットで生物兵器諸共ゲボックを薙ぎ払うと言う決着で終焉した。
 亀裂まみれの骨粗鬆症染みた千冬の腕がちょっとばかり形容できないほどにへし折れたので大騒ぎになったのは誰しも予測がついていたが。お陰で今右腕を吊っている。
 あぁ、痛い。死ぬ程痛い。涙が千切れそうだ。冷静になったら後悔してきた。

「そウですねぇ……名付けるナら、解離性自己認識障害とでも呼びましョうか?」
「つまり……?」

 グレイ———ケイ素系地球外生命体改造生物兵器である彼女を、漬物石状態の原生物であるにも関わらず、ゲボックは完璧に還元する事に成功した。

 成功した筈なのだ。

 彼女には、記憶から感情、好悪趣向、思考パターン、そしてその変遷傾向、蓄積経験値、さらには身体動作の反復から生じた身体最適化の反映———即ち、ちょっとした動作的『癖』から仕草に至るまで以前のままである筈なのだ。

 それは科学的に『魂』の復元を科学的に成し遂げたと言ってもいい快挙———となる筈であったのだ。



 しかし『彼女』は。
 それらを保有し、全てを成し遂げられ得るにも関わらず——————それを、『自分のモノ』であると感じる事が出来ない、と述べたのだ。

 つまり、彼女は完全に『灰の三番』でありながら、自分を『灰の三番』だと認識出来ていないのである。

 あくまで感覚的なものでしかない。
 他の生物兵器達からしても、その応答や個性は『灰の三番』———『グレイさん』以外の何者でもなかった———にも関わらず、彼女はそれは自分では無いと首を振るのだ。

 『彼女』曰く。
 空っぽの記憶喪失者である自分が、スッポリ『グレイさん』の中に入り込んで代わりに動かしているような感覚なのだという。
 あらゆるデータは入っているため、続きを自分が肩代わりする事は容易なのだが、その一つ一つに違和感が生じて拭えない。

 それはあたかも。
 新品で購入した筈のゲームにセーブが既に入っていて、その続きをプレイさせられているようなものだ。



「………………」
「……オォウ……」
 グレイを挟んで千冬とゲボックはアイコンタクトを交す。
 単に目配せなのにお互いがやり取りした情報量が相当なのは幼馴染み故かそれとも二人の常軌を逸した点であるが故か。

「なぁ、グレイ……じゃなかったな、なんて言おうか……まぁ、それは後にするとして、兎に角だな」
 ぐしゃぐしゃと綺麗な艶を放っている髪を勿体無くもかき乱す、なんとも贅沢な千冬は、言いたい事がまとめられないのか言い淀み……やがて、決心が付いたのか、軽く息を吸うと、千冬は口にした。

「なぁ……周りに黒い線のような落書きは無いだろうな? それをなぞったらアッサリ物が分断されるとかいう猟奇的な現象は起きてないだろうな?」
 ゲボックも身を乗り出してきた。
「他にモ、線の交わル所に、点があってそれを突イたら塵にナってしまうとかは? モしそうなら、大変興味深いノで研究サせて下さイ!」

『お二人とも、山2%#@様の御影響を受け過ぎです、そんな形而上事象が起きる筈もありません』
「おい今、思念言語がバグって無かったか!?」
「……ン〜、異常は無いみたイですね」
「いや、調べるの早いなゲボック……って、ゲボックや束ばかりか、私まで……山本山の影響受けている……だと……!」
「フユちゃん、それ海苔ですョ。確か山田真耶君じゃなかったデすか?」
「それは私の後輩だ! と言うか、いつだかもしなかったかこんな問答?」

 ついに思考言語でも正常に表現出来なくなった哀れな山口は置いておいて、自分も彼から影響受けている千冬は「あぎゃあああ」とばかりに頭を抱えて(比喩)叫んでいたりする。



『Dr.お願いがあります』
「ナんです?」
 そんな二人を暫く観察していた彼女は、頼めば何でもしてくれる科学者に珍しく———『灰の三番』ならば本当に珍しい事に———懇願した。



『私を、Dr.の出来るうる限り、本気で。どうすれば打倒出来るか、妄想でさえも想像もつかない程、圧倒的な———戦闘用生物兵器にして頂けますか?』
「うゥン? ———良いでスゲピプうッ!?」

 二つ返事で頷きかけたゲボックを物理的に黙らせ、千冬は言った。
「それは……自分の戦闘能力が低かった事を悔やんでの事か?」
 ISを纏った遺伝子強化体に、戦闘用では無いとはいえ、生物兵器たる己が身を完膚無き程、その一夏を守る事(使命)ごと叩き潰された事に対する悔やみなのか。

 しかし、それでは。
 それは。
 戦闘能力などいらない、という『灰の三番』の矜持を曲げての依頼となるのだ。

 一夏を守れなかった事は、彼女にそれまでのものをもたらしたのか。
 自己同一性を保有していない彼女でさえ、記憶だけでさえ、それを強要させるだけの念が込められているのか、と。

 だが。
 それは———

「どこまで自惚れているつもりだ貴様」
 千冬が許さない。

「まさか、一夏が誘拐されたのが貴様だけの責任だと思っているのではないだろうな。だいたい———私がISなどに乗っていなければこんなことは起きなかったんだぞ。それにだ。時間稼ぎをしていた生物兵器の意図通り貴様、ではなく、グレイ救援の為の貴重な時間を時間を潰してしまったのは私の過失に他ならない———それすらも自分のせいと、抱え込むつもりか———? 生物兵器だか何だか知らんが、随分私を含めた人間全てを見下すようになったものだな。それとも何か。それがお前とグレイの差だとでも言うつもりか」

 『彼女』の襟首を掴み上げ、睨みつける千冬。
 一夏を守れなかった事。
 それを悔しく思うのは千冬こその感情であると。
 護衛の役など関係ない。
 家族を守れなくて、何が家長だと。
 その責任を奪わせはしないと。

『勘違いしていらっしゃるようですが』
「なに……?」
 平然と千冬と視線を合わせ、彼女は淡々と思念を紡ぐ。
 千冬やグレイの意図など自分とは関係ない、と。あくまで人事のように。

『私は、これ以上、『灰の三番』との齟齬で不具合を継続したくはありません。個人的な判断ではありますが、症状の根幹起因は、データと肉体が一致し、私のパーソナルのみが一致しないためにこの齟齬が最適化を始めない故だと判断します。よって———私は、その為に『灰の三番』との差異を欲します。千冬の申す通り、『灰の三番』は戦闘能力を欲しませんでした。私は、彼女が望まなかった事をあえて試行するする事で全体的なバランスを意図的に崩します。自力による最適化は、それによって強制的かつ自動的に始まるでしょう』
 それはある意味、こちらに微かにまだ残っていた希望を叩き潰す宣告に他ならなかった。
 
「つまり、とことんお前は宣言したい訳だな。自分は『灰の三番』ではない、と」
『肯定です。彼女のポリシーが何なのか。データとして保有している私は、しかしそれを共有する気はありません』
 ばっさりとグレイの固執する点を切り捨て、絶句してしまった千冬へ向けて表情が相変わらず無いまま、彼女は告げた。

『———それに、生物兵器が失敗データと言う素晴らしい経験値を得たにも関わらず、自分の欠点を改善しようともしないのは不自然だと私は判断しますので』
「……………………………………そうか。分った」

 彼女から手を離し、壁にめり込んでいたゲボックを引っこ抜く。
「ゲボック、彼女の望み通りにしてやれ」
「言われなクてもそのつモりですョ! あはははは! 楽しくなってきましタョ!」
「あ、まー。そうだよな」

 これで、ゲボックは心底本気で彼女をゲボックの造り上げた最強の生物兵器として仕立て上げるのだろう。



「はは……」
 少し、ふらつきながらも研究室を出ようとして、千冬はある事を思い出して振り返った。
 それだけは、自分には出来ない事を。

「一つ、気に食わないと思うが、頼みがあるんだがいいか?」
『内容を聞かず良否を判断する事は私には出来ません』
 ああ、そうか。と千冬は頭を振った。

「一度で言いから、グレイの振りをして一夏に会ってくれないか? それ以来、一夏と会っても会わなくても良い。ただ、アイツを安心させてはくれないか?」
「アぁ、それは良いかもしレませんね? いっくんとの交流は感情の学習には最適ですョ、貴方自身の個我の育成にもソれは大変———」
『拒否します』
 即答だった。

 それまでに無い強い口調だった。
『私は『灰の三番』ではありません。『灰の三番』では、無いのです。虚偽で繕ったところでなんの解決にもならないでしょう。駄目なのです。私が一夏と会ってはいけないのです。『灰の三番』ではないのですから……それだけは、駄目なのです。それに、データが正しければ一夏ならすぐに私が『灰の三番』では無い事が分るでしょう。意味など、ありません』
 確定的な口調だった。
 取りつく島も無いとはこの事か。
 この話題は以後一切打ち切ると言う断固たる意思が伝わって来るのだ。
 これ以上は、何を言っても変わらないだろう。

「…………あぁ、すまなかったな。この話は無しだ」
 この部屋を飛び出す。
 振り向く事さえ。千冬はしなかった。












 ゲボックの研究所からふらりと出て来た千冬は、八つ当たりぎみに壁を殴る。
 折れていない左腕でだが、元々これもボロボロのだ。亀裂でも入ったのか、激痛が迸るが、気にしていない。する程精神に余裕が無い。痛覚を凌駕し切ってしまっていたのだから。
「畜生……」
 その顔は、誰にも見られないところまで来て、崩れ去るように歪んでいく。
 ここでやっと、千冬は友との別離を認識してしまっていたからだ。
 ゲボックの科学力で何とでもなるものだと……そう、あれだけゲボックによる人のモラルの破壊、それによるカタルシスを抑止しようとしていたにも関わらず。
 
 自分だって———依存し切っているではないか。

「千冬……お前は泣いていいんだ……!」
 自分に言い聞かすように、歯を食いしばり、言葉を吐き出す千冬。
「畜生……!」
 悪態は再びもれ出してしまう。
「何故私は……涙が出ないんだッ!!」

 その後、心配した生物兵器が様子を見に来るまで、千冬は壁に縋り、せめて痛みで涙が出ないかと、左腕を打ち続けた。

 しかし、最早千冬は、その程度の痛みでは涙一筋も溢れなかった。
 ギブスは、両腕となった。

 しかし、千冬は気付いていなかったのだろうか。
 彼女が、一夏についての造詣が深かった事に。



「なあ、ベッキー」
「何で御座いましょう、奥様」
「いい加減その呼び名続けると本気で砕くぞ」
「おぉ、怖い怖い。怖いですよ、奥様」
「涙を流したい、そんな時はどうしたらいい?」
「あぁ、涙は女最大の武器と申しますし———そうですねえ。鼻毛を一気に数本纏めて抜くと涙が出るから嘘泣きには使えると聞きましたが」

 冗談混じりに本気の悩みを告げてみたら、確かに冗談的な模範解答が帰って来た。
 だがしかし。
「く、ははは、良いなそれ———だが、また呼んだな、その呼び名で」
「え? 私の装甲もなんか紙切れのようにあっさりと砕きそうな拳で何を———もう肩腕潰れてますよね、せめて一本は残しましょ? ねぇ、あ、あ、あ、あああああああいいいいいやああああああ!」

 流石、ゲボックの子である。






 一方、ゲボックと彼女は、二人だけで。



『Dr.どうして、私は『灰の三番』では無いのでしょうか?』
「さァ、それハ小生でも調べない事には分りマせんね。先程の貴女の逡巡、それがかつての貴女の名残ではアると興味深いのですがねー。ま! それでは早速始めまスか!」
 ゲボックは、改造の準備をそそくさと初めて行く。
 ふと、微動だに動かず、壁を見つめている彼女に気付いたゲボックは動きを止め、ひたと見つめる。



「ねぇ、貴女は、何になりたいのデすか?」
『私は———』






 そして、彼女はゲボック製生物兵器最強『灰の三十番』となった。
 ただ、それだけの事である。





























 唯一、一夏の変化に気付いたのは弾だった。

 当時、弾同様に一夏の内面まで気遣える者と言えばセカンド幼馴染みの鈴ぐらいであろう。
 しかし彼女は、彼女自身の家庭の事情が表面化し始めたため、それどころではなかったのだ。
 第二回モンド・グロッソから数ヶ月。
 そう言えば、渡し忘れていた、と一夏が土産を持って来たある日の事である。

『ドイツの科学力はぁああああッ!! 最高最高最高最高ォオ――――――ッ!!!!(意訳)』
「おい……一夏。こりゃ、なんだ?」
「ドイツ土産。くるみ割り人形だってさ」
「何か熱血で暑苦しい奴だなマジで……」

 くるみ割り人形なのに何故かドイツ軍服のそれを取りあえず脇に置き、『世界一ィィィイイ!』じゃ無かっただけまだマシなのか……? と眉を寄せる弾。
 幸か不幸か蘭は居ない。いや、後で妹の鬱憤と言うなの拳が雨霰と振るから割とマジで不幸の半日前な弾である。
 蘭への土産でもあるビスクドールの原型となった陶器人形を脇に置いて。

 暫く男二人は意味も無い会話を継続させる。

「そう言えば、最近鈴とどんな感じなんだ一夏?」
「どんなってどんな?」
「あー、まぁ……良いや」
 諦めムードの弾である。まあ。コイツがこれだから一夏が義弟になる事は無いだろう。
 未だに鈴の好意に気付いていないのはこいつぐらいなものだし。
「なに、さっきからうんうん頷いてんだよ」
「いや、こっちの話」
 代わりに妹の鬱憤は暴虐となって自分に降り注ぐが、その程度のリスクですむならまあ良いだろう。
 しかし、妹は日々健やかに成長し、攻撃力もそれにつれ凶悪化して来ている。リカバリーが早いのが自慢だが、耐久値の低い自分がLPごと削られるようになる日も近そうで怖い。

「なぁ……一夏」
「ん?」
「ドイツで何かあった……って、千冬さんのアレか? 何があったか知らんが、いつまでも暗い顔してんなよ、ガチ頑固なお前の内面の事だから誰が何言おうがお前にゃ変わらんだろうけどさ、せめてちゃんと笑えよ、心配するぞ千冬さんが」

 前モンド・グロッソブリュンヒルデ、一夏の姉千冬が何故今回決勝で棄権したのかは分らない。
 ニュースで発表された事故、がそもそも胡散臭いのだし。
 一夏のこの態度を見るに……。
(なんかキナ臭い事あったんだろうなあ)

「あぁ……悪ぃ。分りやすいか? 俺ってそんなに」
「そこそこだな。普段なら鈴も気付くだろうけどさ(いつもガン見だし)、アイツもなんか最近切羽詰まって来たように見えるんだよなあ。一夏、お前がそれとなく気を掛けてやれ」

「おう……弾、お前ってすげぇな」
「それ程でもねえ!」
「ドヤ顔!? せめてちょっとぐらい謙遜しろよな!?」
「良いじゃねえかよ、お前と違ってお姉様方の受けが悪いんだからよー。一夏がバイトしていた時の俺の比較されっぷり、哀れだったぜぇ? と言う訳で二度とうちで働くんじゃねえ」
 憎し、イケメン滅びろと言った弾であった。比較されなければこいつも結構な美形なのだが。

「……いや、厳さんの味をもうちょっとで再現出来そうなんだよ」
「させるかあああ! この食堂の未来は俺が守る!」

 暫く殴り合う男二人である。



「実はだけどさ———」
「言いたく無かったら言わなくても良いぜ? 俺は話は聞けるけど解決出来るかは知らんがな」
「良い所で切るなよ!? いや、あながち別件とも言えねえけどさ。なんかさ、聞こえなくなった」
 こんっ、と自分の耳を小突く一夏である。

 こう言う時は察しのいい弾である。一夏の言いたい事を察した。
「てーと、あの変な二重音声が聞こえるって奴か?
「んー。そう」
「アレあると、お姉様方の要求が分るから細やかな気配りが出来てよかったんだがな。で———なんか支障あるのか?」
 実は弾。唯一、一夏の奇妙な聴覚を知っているのだ。



 切欠は商店街の福引きだった。
 その中に妹の蘭が欲しがっていたものがあったのだが、弾の前に居た一夏がそれを当ててしまったのだ。最期の一個を。
 その時の弾の心の叫びは筆舌にし難いものが有り。
 その大音声たるや、すぐ前に居た一夏にとっては後頭部に押し付けられた大声量スピーカーで怒鳴られるに等しかったのだ。

「うぉおおうッ!? え? あ? これ? 俺あんまりいらないし、欲しければ、どうぞ」
「え? あ? マジ? いや、妹が欲しがってたんだよ、すまねえな———って、え?」
「ん? いや、構わないからさ、え———と………………あ゛」



 これが二人の馴れ初めである。



「いや———なんて言うか、静かだなあって思うんだよ。なんかさ、寂しくも感じるんだよな」
「……どれだけ喧しい環境で生きてたんだお前。普通、漫画とかでそう言うの持ってたら、何も聞きたく無いって半ば精神病んだりするのが一般的だと思うんだけど?」
「そうなの? あんまり気にしないで生きてたんだが———まあ、消えたのはだいたい、心当たりあるんだけどさ」
「そうなのか?」
「耳、塞いでるんだろうな、今の俺は」
「———聞きたく無い事でもあったか?」
「———アレを聞きたく無いってのは、俺の逃げだな……くそ」
「まぁ、愚痴るだけなら別に好きなだけ愚痴ってな。相談にも乗ってやんねえけど」
「なんだよそれ。それに、朝が結構困るようになってな」
「ん? なんだよ」
「まあ、千冬姉がなかなか家に帰って来なくなる前だったらな、千冬姉、寝てても朝になると空腹だ宣言が家中に響き渡るから目覚まし代わりになってたんだよ。凄いぞ、千冬姉の腹時計は。毎日ピッタリ朝6時に鳴るんだ。腹減ったーって」
「それ絶対人前で言うなよ」
「ああ、俺も千冬姉にまだ殺されたくねえしな」



「あ、そうそう。アンヌに妹いたって知ってるか?」
 弾が話題をひょいと変えた。暗い話をいつまでも続けないようにと、だ。
 弾はこのように、普段からお調子者なうえに殴打される対象だが、人の機微には敏感である。
 生まれた時から接客業と言える食堂の手伝いをし、妹の蘭の面倒を見て、商店街の生物兵器数体も構ったり世話を焼いたりと兄貴気質であるからかもしれない。
 あんまり敬われないのが悲しい所であるが。
 一夏も似たようなところがあるが、それは結構聴覚に頼っている所があった。
 これからは無いから、参考にしようか、と何気に大評価している一夏である。

「アンヌに妹? ———いや、知らんけど」
「実は昨日相談受けてさ。なんか妹と上手くいってないんだと」
「アイツも大変だな」
 その妹のせいで己の誘拐が成功した事を一夏は知らない。






・ねぇ弾。ちょっと相談に乗って欲しいんだけど
 それは、とある日の昼前だったと言う。

・はい、シュークリームの差し入れ。ちょっと聞いて欲しい事があるんだ
 デッサン人形のような細っこい巨体をぬぅ、と割り込ませて来た。
 場所は、五反田食堂裏の一軒屋、つまり五反田家の生活スペースだった。

「わりぃ、ちょっと待っててくれ。今客が居るんだ。その後にしてくれ」
・あ、ごめんね。隅で座って待ってるよ
「こっちこそわりぃわりぃ。しかし、お前にしては切羽詰まってるな。余程の事か?」
・え? どうして?
「何か今、問答無用で家に入って来た感あるし。まあ、話は聞いてやるから」
・ありがとう
「い゛や゛、わだじの事ぅわ、ぎにじないでい゛い゛わよ?」
 そこに涙声が加わった。

 そこに居たのは弾と大体同じぐらいの歳か、一つか二つ程年上であろう美少女であった。
 いや、女性の方が成長が早いと言うし、判断するのは早計だが。
 かなり美少女である。
 弾と大体同じと言うことは中学中盤から高校の1年程の間であろう年齢だろうが、スタイルがすでにメリハリし始め、シャギーの入った頭髪もかなりその顔立ちの可愛さを引き立てている。

・弾………………まさか、誘拐!?
「何故そこまで飛躍すんだよ!?」
・え? 違うの……じゃあ、まさか、天地がひっくり返るかもしれないと言われた……彼女……ッ
「そこまで言われなきゃ俺に彼女は出来んのか!? いや、違うけどさぁ、彼女じゃないけどさあ! 一夏よりゃ将来性はあるだろ! モテ度は遥か下だけどよぉ!」
・いや、冗談だよ。顔見たら分るし。
「…………ん。だねー。だよねー……あ、髪梳(かみすき)さん、蒸しタオルです」
「あ゛り゛が、ど……」

 美少女とは別の遠因で涙目な弾は蒸しタオルを手渡していた。
 気配りでもあるが、ウォークラリーは弾の家では皆大対こうなるのでもう手慣れているのだ。
 先程の説明に加筆を許可させてもらうとしよう。
 その希代の美少女は、涙と鼻水でエラい事になっていた。

 その原因は、彼女が持って来たまな板にある。
 タマネギが載っていた。
・あぁ、ウォークラリーの人だったんだ
「ん〜〜〜〜、そうなのよ〜〜〜〜、まさかこんなイベントがあるなんてしらなくてね」

 ゲボックが住むこの町内会では、初めてゲボックの家に向かうに者には老若男女一切問わず、一つの試練が与えられる。
 町内各所に置けるチェックポイントで課題をこなし、そこで受け取った新たなる指令書にもとづき町内をかけずり回されるその名もゲボックウォークラリーの参加を強制させられるのである。

 一端始まればその情報は町内中に駆け巡り、まさに町ぐるみのイベントと化す。
 一度その網に捕らえられれば、クリアしてゲボック宅に到達するか、課題に破れ、ボロボロになった所を回収され、安宿経営の森本さんちに送られるだけである。なお、有料だ。

 追伸
 なお、協賛。サー・オルコットとある。

 そして、弾の家ではあるお宅へ出前をさせられるという指令があるが、その出前品である掻き揚げを作る為に、切ったら最期涙が止まらなくなるタマネギの千切りをさせられるのだ。
 その結果がこれ———美人が台無しである。

 蒸しタオルで涙鼻水を拭い、すっきり美少女にクラス復帰したお客さんはそこで、いままで涙でぼやけていた視界では映っていなかったアンヌと目が合った。
・初めまして。僕アンヌ
「……………………へ」
「アンヌー、この人、多分『町外』の人だぞ?」
・あー。そだね。この反応、『外』の人だね
 髪梳は完全にフリーズしている。
 この町では、ゲボックのせいで進み過ぎた技術故に、町の外の人の態度をあえて『町外』と揶揄している所があるのだ。
 何が先進国だ、と。自分より進んでいる事を認めないならこちらも勝手に進めるだけだ、と。

 彼女———弾の言う通りなら髪梳は、大きく息を吸って。
「えー……と?」
 表情が全力で、何これ、と言っていた。

「あー、大丈夫っすよ。こいつ、良い奴なんで」
・んー……やっぱり、僕帰ろうっか?
「何言ってるんだよ、どうせ髪梳さんだってゴールしたらアンヌよりインパクト強い奴らと次々遭遇する事になるんだぞ? 今更気にするなって」
・まぁ、そうなんだけどさ
 やっぱり怖がられると傷つくナイーブなアンヌである。

「私は構わないわよ」
 微妙に声が震えている髪梳であったが、弾の言葉を聞いて機嫌を損ねるのはマズいと思ったのだ。
 これから彼女が行く所は、つまりこう言う奴らの巣窟なのだから。
 機嫌を損ねるのはマズいのではないかと。
 それに、元々彼女はどちらかと言えば剛胆な方で、敵意が無いのなら、対話出来るなら、なんとか出来ると言う自負も持っている。

「ん? 髪梳さんに聞かれても大丈夫なのか?」
・僕としては大丈夫かな? 情けない話なんだけどね



 そして、アンヌは語った。
・実はさ、家出していた妹が家に帰って来たんだけど。どう接したら良いか分らなくて。ツンツンしちゃって色々声かけても取り合ってくれないんだ。どうしたらいいかなぁ、弾

 ぶっちゃけると『茶の七番』の事である。
 アイ●ハンダー状態だったアンヌは、グレイの波動撃で消滅寸前の『茶の七番』を回収する事に成功したのである。
・おい、私に対する意趣返しのつもりか、頭しか残ってねぇってよぉ
・この恰好じゃ僕の膂力はそんなに無いんだよ、君、僕より大きいから重いし
・重いってどういう事だクソ旧式がアアアアアアッ!

 てな感じの救助劇だったのだ。



「難しい事言うなあ、アンヌ……俺ん所も、蘭の奴が思春期迎えてて気難しくなってるの知ってるだろうに」
「うちもなのよぉ、可愛い可愛い妹が居るんだけどね? なんて言うか……そう、すれ違うって、いうの? なかなか昔みたいに、お姉ちゃんって甘えてくれなくて……」
 なんか髪梳さんも混じって来た。妹と言うのはなかなか難しいんだな、とアンヌは思案する。

 そして、率直に思った事を口にしてみた。
・すれ違うって言うより避けられてるんじゃないの?
「ぐっっはぁッ!」
「うぉあぁ!? 髪梳さん血を吐いて倒れたぁ!」
「だ、大丈夫よ……」
 口元を押させながら、ぜひぜひ髪梳はアンヌを指差し。
「そう言うアナタの所はどんな風なのよ、妹さん」
・気性が荒くてさ。久々に会ったと思ったら首引き抜かれちゃったりしたよ。危ないよね
「それで済むかあ!」
「猟奇過ぎるわよ妹さんー!」
 それぞれ三人で妹祭りを開催しかけるのだが、それよりも三者三様で妹相手に悩みがあるらしく。

・他の皆とも出来れば仲良くして欲しいんだけど、餓鬼臭いって言って孤立しちゃうんだよね
「あー……反抗期ねえ、でも、反抗でも相手してくれるだけマシってものよ? うちなんて『忙しい』『また後で』って受け答えもぞんざいなのよ……」
「妹が俺のクラスメートに心を射止められて深刻な状態です」

 一転、愚痴大会に変貌する三人だった。

 そこに———
「あ、弾君いるー?」
「ん? 今日は客が多いな……ってロッティか、どうしたんだ?」

「ねぇねぇ、アンヌ君? この家ってあなたとかみたいな人のたまり場だったりするの?」
・弾ってアレで結構頼れる兄貴分な所があるからね。ロッティは良く懐いてるよ? 元々五反田食堂は餓死しかけたDr.を拾った事がある恩があるからね。厳さんは僕らでも気にせず叱ったりするし。
「成る程成る程……」

「んーとねー。アンヌ居るかなーって?」
「居るぞ? おーいアンヌー、ロッティお前探してたんだって」
・え? 僕? なーにー?
「ラヴィニアお姉ちゃんに町の案内してあげようって思ったの。アンヌもラヴィニアお姉ちゃんと同じ茶シリーズだから気軽に話せるかなーって?」

 ラヴィニア?
 髪梳は首を傾げる。
 そう言えば、アンヌにロッティにラヴィニアと来たら…………小公女、か?
 キャストがとんでもないにも程がある。

・ラヴィニア? いじめっ子役だよね? 皆やりたがってなかったけど……
・誰がラヴィニアだあああああッ!! そんなクソ役、白髪縦ロールヘアのゴリラにでも付けとけやあ!
 ロッティの後ろから、アンヌを更に細長くしたような生物兵器が顔を出して来た。
 全体的な印象はナナフシである。人形をイメージしているアンヌと違い、こちらはフォルムが昆虫じみている。しかし、全体的な形状は四肢———つまり五体のある人間と同じであり、確かに下がって全体的に見れば、アンヌとこのナナフシは成る程確かに兄妹に見える。

「縦ロールヘアのゴリラなんて居ないのー」
・『茶の七番』? ラヴィニア役やってくれたんだ。ありがとう。僕もこれからラヴィニアって呼ぶね?
・呼ぶなクソアニキィぃいいいいいいイイッ!! 脳天カチ割ってペットボトルのリサイクルに混ぜるぞ今畜生があああああッ!

「驚いたぞ……おっとり気弱で優しいアンヌの妹がなんかスケ番(死語)だとわ」
「遺伝子ってアテにならないわねぇ」

・うっせぇぞそこの外野ァ!
「しっかし口悪いわねえ、これから私貴女の家にお邪魔するんだけど、ちょっと礼儀作法ってのを身につけた方が良いわよ?」
・そうだよ、ラヴィニア。最低限の礼ってものはあるんだからね
・ハァ? アニキこそ何言ってやがる……こいつ、あれだろ? 日本政府の間諜だろうが。まともに扱う必要ねぇっての、そもそもラヴィニア言うな!
「はい?」
 いきなり素性をバラされてポカンとする髪梳であった。

・なんだ女、バレてねえとでも思ったのか? これだから日本は情報流出大国って言われんだぜぇ?
・アーメンガードから日本政府からお客さん今日来るって聞いてたけど、ちゃんとウォークラリーする人は初めてだね。あ、お茶とお菓子でたっぷり出迎えるべくゴールで待ってるから
「正体バレてるのに歓迎状態!?」
・前は軍隊来たよね
・あぁ、全員水車に括り付けてぐるぐる回してやったけどなァ
・ちゃんと正規の手続き踏んで来るんだから彼女にはしちゃ駄目だよ?
「…………え? このウォークラリーって、正規……なの?」
 この町の人は、これが普通なんだろうか。今まで、必死になって本気で死ぬんじゃないかと言う試練を乗り越えて来たと言うのに。

「そして置いて行かれている俺」
 髪梳が真剣に悩んでいる間に、弾は話題に取り残されていた、二本セーフの浣腸ってなんだろうとか。
 三本目は危ないんだろうか、とか。
「弾君ー、抱っこー」
「ロッティ何気に機械製だからキツいんだよな。ほら、飴やるから勘弁してくれ」
「わーい!」

・確か、『灰の三十番』が先月壊滅させたとこからIS貰った奴だよな
・彼女の元になった漬物石を拾った日だからね。ちょっとこっちが引くぐらい過剰攻撃だったねぇ
 素性どころか動向までバレている。スパイとして非常に屈辱なのに、なんだかどうでも良くなる光景である。それ程和気藹々———だった、のだが。

・それより、そんな奴が妹に避けられてるだなんてだっさーっ! ぷぷーっ
「な、ななな、なんですってぇ!」
・それはつまり僕の相談も聞かれてたって事だよね……
 地味に落ち込んでいるアンヌだった。

・あぁーん? 何か文句あんのかぁ? あんなら、IS持ってるんだろぉ? 表出ろや、やろうぜ
・あー、つまり戦いたいだけで喧嘩売ってるんだ、流石元存在意義原理主義派……

「岡持お願い!」
「あ、はい。ちゃんと出前して下さいね」
「了解! 冷める前に叩き潰すわよゲボックウェポン!」
・上等だぁ! 掛かって来いやァ!

「来なさい! 『モスクワの深い霧(グストーイ・トウマン・モスクヴェ)』』

・おっけぇやろうぜぇ! 行くぞォ! 『兇器に銘などなど無用』だ『無銘』ッ!

 二人は量子の輝きに包まれつつ、されどISが実体化前に五反田家を飛び出して行った。
 外でガッキンガッキン言っているのが聞こえて来る。
 まあ、この商店街は良く生物兵器同士で喧嘩もするから町の人達は、あらあら、怪我しないようにね、なんて声を掛けていた。何かズレている。

・ロッティ?
「もう手配済みー。ISの展開を政府とかに気付かれないようにジャミング張ったから、町内でならいくらドンパチしても大丈夫ー!」

 その頃、弾は町内有線放送の放送機器を手に取り、スイッチを押していた。
「ああ、はい。出前出ました。ただ、ゲボックさんちの人とバトッてるんで『翠の一番』に準備お願いします。あと、『灰の二十九番』にもお願いしますね。
 相手は、ゲボックウォークラリー実行委員会である。






 てな感じで———

「アイツもなかなか苦労人だからなあ」
「まったくだな———ん? こんな時間か。もうそろそろ、俺帰るわ」
「そうか、んじゃな、一夏」
「おう、今日は色々ありがとうな。俺はもう大丈夫だからさ。明日からパーペキな俺に安心しろ」
「戯れ言ぶっ込むな馬鹿たれが。また何かあったら来いや」
「次来る時は厳さんの味を盗みに来る時だ」
「ぶっ殺すぞ一夏ァッ!」



 一夏が居なくなり、すぐに弾は溜め息をついていた。
「あの野郎、バレバレなんだよ、ったく———」






 そして一夏は。
 追いかけられるように弾の家から走り去り。
 今は自宅に向かう最中の河川敷を歩いている。



 あの日からずっと———弾が訝しむ程に、一夏は同じ行動をとり続けている。
 毎日帰宅まで、目的が無いように見える程、あちこちをさまよい続けているのだ。
 しかし、見るものが見れば、その巡回経路がなんなのか、すぐに分るであろう。

 彼はずっと———ずっと、探していたのだ。



 そう。織斑一夏は探した。

 家の中を。

 一緒に歩いた商店街を。

 街の中を。



———彼女の面影を

 幸せだった、場所を。
 彼女の隣を探したのだ。

 どこを探しても。

 彼女と行っていない場所は一つもなく。

 あたかも幸せの抜け殻のような。

 ……幸せの、抜け殻、みたいな。

 そんな……寂しい景色しか見つからなかったのだが。






 自然と周りを見回してしまう。
 当然だが———

「だよ、な」
 商店街にタイムセールと言う名の戦場へ赴く時は、いつも彼女に手を引かれていたのを思い出す。

「グレイさん……あなたの分も、千冬姉の為に家を守るよ。俺じゃ、男じゃ誰も守れないって…………さ、分っちまったから———な」



 自宅で一息つき、台所に立った一夏は周囲を見回し、自嘲ぎみに溜め息をつく。
「やっぱり———静か、だな」
 立った台所は、酷く広かった、と後に一夏は語っている。
 
 その日以来。
 一夏は、バイトに精を出すようになって。武術の修練こそしていなかったが続けていた基礎トレーニングをきっぱり断ち切る事となる。












「———さて。今日はこれまでだ」
「ヤ、ヤボォォオオ〜ル……」
 死屍累々。

 精強なる精鋭達が一斉に伸び果てている様、というのは非常に珍しい光景ではある筈なのだが、ここ最近はほぼ毎日目にする光景になっていた。

「はいよ〜、皆さんお疲れさんだわ」
 そこにひょこひょこ入って来る男一名。
 上下作業用つなぎであちこちが油で汚れているが、本人は全く気にする様子もなくペットボトルを倒れている隊員達に配って行く。



「しっかしアレだね、織斑、お前マジ人間?」
 千冬にもスポーツドリンクを渡しながら。
「……何が言いたいんだ?」
「ゲボックにゃ、常人なら半年は絶対安静だって聞いたのにその6分の1の一月で復帰するか普通」
 ゲボック研究所で暴れたせいで怪我が悪化したようだ。

「適度な刺激を与えてリハビリし、充分な栄養を取れば治癒は早まるものだぞ」
 しかし、それを覆して悪化する前の診断より早く治癒とは。そのままだったら一週間後には完治していたんじゃないだろうか。

「いや……それにしたって限度はあると思うぞ、うん。しかも、鍛えてるこいつらと同じメニューやって今平然としてるし」
 軍人である。精鋭である、それがあうあうと屍だかゾンビだかを晒していると言うのにだ。
「平然とはしていない。これでも息を切らしている」
「絶対嘘だ!」

 千冬は彼を睨みつけ。
「失礼な奴だな、お前は」
「いや、事実を述べただけだぞ、マジで。あー、そうだ、ところで」
「なんだ? 急に話題変えて」
「あの嬢ちゃんどこ行った?」
 あの嬢ちゃん、とは。

「ボーデヴィッヒか。アイツならさっき起き上がって汗を流しに行ったが?」
「あのナリでもう復活したの!? 実は織斑の隠し子だって聞いても違和感ないようなタフネスっぷりだなぁ。実はマジでそうなんか?」
「五月蝿い死ね。そう言えば、お前こっちでも漫画普及しているみたいだが、訓練に支障がない程度にしておけよ?」



 そう。会話でもうお分かりだろうが、彼は山口であった。
 
「まぁねえ。ハルフォーフがいい筋なんだわ。実は前に言った娘は彼女だったりする」
「…………なんと言うか、だいたい予測はついてたが……」
「何よりあの娘自身の感染力も強いしな!」
「なんで自分でやっといて病原菌扱いなんだお前?」
 自分の級友に首を傾げる千冬である。

「それもネタだぜ!」
「元ネタが分らんわ。でだ。整備員のお前が何故こっちにひょいひょい来れるんだ?」
「ふふーん。俺だってこう見えても結構待遇良いんだぜ? お前程じゃないけどな?」
「そうなのか?」
「そうそう。劣化の劣化っつってもな? ゲボックの知識のダウングレードってだけでもそれなりなのよ。ベッキーにも教わったからな。クラゲの脳細胞程度の……さ、知能指数のミジンコ君でさえ……教われば出来る程の……整備力って奴……? はぁ」
「……あ、うん。そこまで自分を卑下しなくても、良いぞ?」
 教育中何を言われたのか。
「いやいや、そんな呼び名になったのは絶対に名前憶えて無いせいだな」
「まったく、束どころかゲボックと良い、宿口ぐらい憶えとけよな」
「本当……本当、お前らそっくりだよなぁああッ……」
「ちょっ、おまっ!」

 言いかけたとき全力ダッシュ2秒前のポーズの山口だったので、攻撃するのをやめる千冬。
 だまし討ちは今まで無かったので、それを見て素直に逃走態勢を止める山口。
 規格外に巻き込まれ続けた一般人は逃走能力だけなら一般人を逸脱しているようである。

「あのー。教官」
「なんだ? 寝たままで良いから言ってみろ」
 痙攣しながら挙手をして、規律からか何となく立ち上がりかけた教え子に許しを出してみる千冬。

「教官はビットチーフとどうしてそんなに親密なんですかー?」
「学生時代の同期だ」
「小中高……結構長い付き合いだな、マジで」
 俺の人生、随分根っこの方から歪められたんだなぁ、としみじみ思ってしまう山口。

「もしかして教官とビットチーフは昔付き合ってたとかしませんよね? でなきゃそんな相手の勝手知ったる態度とか」
「「無い無い」」
 二人は見事に揃って否定する。
 しかし、二人の内面はかなり違っていたりする。
 千冬的には、そんなであれば面白いような事は、現実にそうそうあるようなものではない、という照れ皆無の感情である。

 相変わらず織斑である。

 対し、山口的には『そんなの命が幾つあっても足りんわ、冗談じゃねえぇ』という生命保身から来る否定だった。
 千冬はそうそうない程の美女であるにも関わらずだ。
 残念だ一夏。姉が落ち着くのはかなり先そうである。

 しかし、色恋ネタが出れば食い付いて来るのは軍人であろうが女性の性であり。

「でもお二人はなんて言うかツーカーですよねぇ?」
「そうそう、そんなに息ピッタリなんですし、どうしても、ねぇ」
「日本じゃ阿吽、て仰るんでしたっけ?」

 こんな感じに早々引き下がらない訳である。
 そこで山口は、単純に否定するより、別の手段をとる事にした。
 つまり。
「無い無い。織斑ってな、十年以上一途に想い募る男相手に全く気付かんような奴なんだぞ? そいつに気の毒で手を出そうとも思わんって」
 もっとうまいエサを野獣の群れ目掛けて投げつける事である。
 しかも、自分を見事話題から逸らすような。

「ビットチーフ、それ本当ですか!」
「その話詳しく———」
 案の定食い付いて来た女性隊員達だったのだが、そこで彼女達は絶句した。

「はぉおおおお……」
 山口が背後から頭を鷲掴みにされて吊り上げられていた。
 大の大人が腕一本で、である。

 後頭部の頭蓋骨がミシミシ物理的に悲鳴を奏でているのを聞きながら、山口は思う。
 この会話を続けていたら、もし俺が火星にて僅か500年で驚異的進化を遂げた人間大ゴキブリだろうが頭を握り潰されるであろうと。
 猛獣すら一蹴するドラゴンが一体居た事を完全に忘れていた。

「…………山なんだか」
「…………いだだだ、な、なな、なんだッ?? マジ頭ぎゃッ」
 頭を起点とする激痛で、もはや名前が適当なのも気にしないらしい。
「最期に一言だけ言わせてやる? 私は優しいだろう?」
「おぉ…………では一言。ちゃらら〜、『パラポネラってグンタイアリも避けて通るらしい』〜よ〜」
「では死ね!」
「まめシヴァあッ!!」



 閑話休題



 その日の訓練が終わり。
 千冬はラウラの訪問を受けていた。

 千冬は特別扱いをしているつもりは無かったが、山口からしてみれば『お気に入りなのはバレバレだ』との事だ。
 しかし、隠し子扱いは許さん。認めぬ、断じて認めん。私はまだ乙女だ。



「教官、つかぬ事をお聞きしますが……」
 軍人として教育を受けた事がほぼ人生の全てであり、その規律に従順な如く、普段は常に簡潔明瞭な受け答えだったラウラが、珍しく言いづらそうにして来たのだ。
 これは珍しいと思い、興味を抱いた千冬は聞いてみる事にした。

 教官と教え子の信頼関係はその教導が長期にわたる場合であればある程、信頼関係が不可欠になる。
 故に、内面を知る事は非常に重要なのだ。
 教官の指導が『正しく自分の力になる』と信頼させなければ、効果的な教導は捗らないし、そもそも教導そのものに従わなくなる。

 山口も———

『確かにお前に頭冷やされたら指導される方は消し炭も残らんだろうしなあ。
 地上派版みたいに目からハイライト消えるどころか、お前の場合魔洸とか放ってそうだし』
 なんて言っていたので意味が分からないし取りあえず殴り倒しておいた。また自分の知らないネタなのだろう。

 千冬の教育方針はシンプル極まりなくただ一言。
 『舐められたら終わりだ』である。
 まるでヤの字の人である。

 その点、今回こそ重傷を負い決勝を逃したといわれているものの、一度は世界の頂きに立った千冬である。
 実力に兼ね加えて、その苛烈な精神性が、一切の余裕を奪い尽くしているのだから、舐める事など出来る筈も無い。
 千冬は『リハビリも兼ねて』自身も教育メニューをこなし、本人曰く、息を切らす程度で済ましているのだから、否応無しに上下関係がガチガチに盤石化するものだ。
 軍人のような命に関わる職業な方々は、前線職になるに連れ、動物的本能に忠実なのだ。勝てない相手には素直にお腹を見せるしかないでしょう。

 訓練終了後の山口の話題にも上がったラウラ・ボーデヴィッヒ。
 教え子の資料は一折り目を通している千冬は、大体の性格と事情を把握している。

 彼女の特記事項には出生に関してのみ、滔々と書き記してあった。
 まるで恐れる危険物の注意書きのように。

 内容を要約するならば。
 遺伝子強化体(アドバンスト)製造番号、Auシリーズγロット–00七四(後γ-00四七)。初期実験におけるナノマシンリアクションテストにおいて、常軌を逸した親和性を示した同シリーズCロット00三七(後C-00三七)からの汎用量産型複製体。

 原型たるC-00三七の暴走により同例の事故を防止するため、『治癒代謝加速』と左目に『視覚器官強化/視神経パルス同期』の二つの施術のみに抑える。

 しかし、やはり、C-00三七と同様のナノマシン過剰励起現象が発生。視神経が必要以上に活動を活性化しているのを確認、前例同様、暴走を危惧し、封印処置を施す。



 読んでいるだけで胸クソ悪くなるような内容ばかりが書いてある。
 そして、次の瞬間には気付くのだ。
 これは、ゲボックや束と何ら変わる事は無い事なのだと。

 身内だから許容するのか?
 技術が飛び抜けて高度で、非人道的な失敗が起きないからと言って、それは正しいと言える訳が無いではないか。
 出来上がったものによる影響だけではない。
 過程こそ積み上げられる犠牲の嵩こそ、血涙で積み上げられるのだ。

 一つの試薬を人間用のものとして開発され認定されるまでに、どれほど実験動物の命がその薬を試されているのだ?
 人間ではない? 仕方が無い事?

 同じ、命なのに?

 考えだしたらキリがないジレンマ。



 千冬は首を振って堂々巡りを始めた思考を振り払う。
「如何しましたか? 教官」
「いや、何でも無い。気にするな、それより立ちっぱなしもなんだろう、腰掛けろ」
「は、ありがとう御座います」

 しきりと恐縮しているラウラに千冬は缶ジュースを取り出して投げ渡した。
 危なげなくキャッチしたラウラに、良いから受け取っとけと、遠慮を先制で叩き潰し、続きを促す。プレッシャー的に半ば恐喝に近いのは突っ込んではいけない。
「———で?」
 と。



「教官は、今回のモンド・グロッソですが、決勝戦、もし負傷なんてものが無ければ連覇は実力的に容易であったと私は思っています」
 上手い前置きが思い付かなかったのか、暫く逡巡し、言いどもっていたラウラは、意を決してストレートで切り出して来た。
 かなり踏み込んで来たものもあったにも関わらず、千冬はそこに反応する事無く促していた。

「にも関わらず、たった一度、勝てなかったのではなく出場出来なかった。それだけで国家代表を引退なされました。後遺症がある訳でも、限界を感じるでも無い。こうして負傷もあっという間に克服し、実力も前より付けられる事は確実でしょう———ですが、もうそれを示す場に出る資格を失われた……教官は、それについて、どう考えられているのでしょうか……と」
「それは、お前の目から来る意見か?」
「———それは———あ、えぇ。はい、そうです」

 ラウラは俯きながら、千冬の返事を肯定した。
 何故ラウラがこんな質問をして来たのか、千冬には心当たりがあった。

 ラウラは、アドバンストとして、ヒトとしての基本性能が常人を上回る。
 更に高い学習能力と応用力で、成績のトップを不動のものとしていたのだ。

 しかし、それが試験的に行われたISの部隊導入で大きな変容をもたらした。
 元々、ラウラの所属していた部隊は、エリート部隊ではあれどもISの部隊ではなかった。

 ISは国家に供与されている数がそもそも希少であり、その戦力は認められているものの、損耗の可能性がある特殊部隊になどは配備されていなかったのだ。

 それが激変する事となった事件が起きた。
 ここではその詳細を述べるのは脱線が過ぎるので別の機会にさせていただくが、この件以来、防衛戦力だけではなく、特殊作戦———諜報戦———におけるISの重要性が浮上して来たのだ。
 
 潜入工作、謀殺、技術強奪、ゲリラ戦等々———ISは軍事利用において禁止されているものの、それはあくまで公式上でしかない。
 しかし、ISは機体が少ない故に、その技能者は僅かである。
 国境防衛を任じている軍人か、モンド・グロッソ等の国際公式戦の技能者では、顔が世界的に割れてしまっていて使えない。
 しかし、ISは広大な空間戦闘が主眼であり、その訓練にはやはり同等規模の訓練用空間が必要不可欠である。
 内密に諜報員のIS訓練など出来ようも筈は無い。

 国家代表ではない技能技巧者の育成。
 この問題に出された解答が、一定レベル以上の能力を持った者はほぼ全てISに触れさせるようにしたのだ。
 木を隠すならなんとやら。
 諜報要因候補を無数に及ぼすことで、深い調査へ的を絞らせないよう、いや、幾らでも候補を切り替えられるようにしたのだ。

 そして———その中でも優秀な中にラウラは入ってしまった。
 本来の目的とは逆に、国家代表候補生に手が届くのではないかと周囲に期待させる程に。

 そのうえ、その出生。
 彼女ならばその先へ肉体を適応させられるのではないか。
 まだ、手を加えられるのではないか、と言う思考に歯止めを掛け難くするのは必然であったかもしれない。

 それまでは『治癒能力のみをナノマシンで強化させるに留めていた』彼女は、動体視力や可視外光線の可視化、更にそれをISのハイパーセンサーにリンクする処置を受け———
 予期されていた筈通りに、暴走した。

 彼女の目は金色のまま、即ち過剰励起状態から戻らなくなり、認識と実際の視覚情報のズレから日常生活にまで支障を来すようになってしまったのである。

 その結果、ラウラは上位成績者から脱落した。
 これまで容易に出来ていた事が何もかも困難になり、思うように捗らない。

 そして。
 ラウラは社交性に乏しかった。
 元々優れていた上に情緒が未発達な所があるせいだろう。
 親しく個人的に交友があった訳でもなく。
 当然、誰も彼女に救いの手を差し出す事はなかった。
 トップに居た事が当然だと自負し、事実トップであった彼女はその態度のせいもあるだろう、すぐさま孤立してしまったのは当然の結末と言える。

 その経験は、ラウラの心に初めての挫折を刻んだのだろう。
 千冬はそんな彼女に個人としての才能(せいのう)ではなく、そのようなものに振り回されない為の基礎を築かせた。
 難しい事は何もさせていない。
 千冬は一流の戦士ではあるが、一流の教導者ではない。出来るわけがないのだ。
 させたのは、初心の初心。
 初めて取り掛かるものがする基礎練習だ。

 千冬自身が天賜の才を持っていたから分かるのだ。
 感覚だけで天才たり得る者は、持ち得ぬ者が経てきた一段一段の積み重ねを理解しなぞれば、それ迄の才だけで辿り着けなかった、脅威の高みに一躍、爆発するかのように伸び上がるのだと。

 束に剣術で圧倒的に敗北し、自分を見つめ直した結論である。
 その結果が、リベンジしにきた相手に対してさらに強化された第二回モンド・グロッソの千冬であった。
 まるで筋肉操作しかできないと言いつつ、例えそれだけだろうが行きすぎると十分通り過ぎて有り余るわ! なグラサン兄貴(弟だけど)を思い出させる訳で。
 考えてみれば、対グレイ戦は100%中の100%だったな。生きてただけ儲けものかなとか考えているあたり、根っこから戦士過ぎる千冬であった。
 
 まぁ、そんな一からの見つめ直しの結果、ラウラは再び部隊のトップに返り咲いている。



 そして、ラウラは一度の挫折でどん底まで落ちた自分と、モンド・グロッソを逃し、国家代表も引退した千冬を重ねているのだろう。

「ふむ……」
 千冬はしばし思案し。



「簡単な話だ。私の価値は私が決める。私を評価するものも、私がその評価を受け入れる者も、私が決めて私が託す。それだけだ」
 ラウラは絶句した。
 その千冬の物言い、それは、あまりにも———
「教官、しかし、それでは———」
 瞬間だった。
 ある光景がラウラの脳裏をフラッシュバックする。






 そうだな、君の名はラウラなんてどうだろうか———まあ、イタリアで良く付けられるな女の子の名前なんだけどね。月桂樹、勝利、栄光、なんて意味がある。君の未来をこの名前で祝福したい。
 私はドイツ製ですが、何故イタリア語なのですか?
 大丈夫だ! フランス語やドイツ語圏のスイスでとても多いらしいし!
 ドイツ語圏で多いのは結構ですが、スイスはやはり国外です。
 ちなみにこの名前、英語圏ではローラって呼ばれるようになるらしい。
 余計な知識はいりません。
 酷ッ!






「ボーデヴィッヒ、おい、どうした? ボーデヴィッヒ」
「あ……? はっ! あ、いえ、何でもありません。申し訳ありません」
 一瞬頭の奥にある記憶が立ち上がった気がしたが、ラウラにはそれが何だか探る気も暇もなく。
 千冬の発しようとする言葉に耳を傾けた。

「なら、いいが。だがまぁ、この考えはあまりに傲慢だな。確かにこれはいけない。人は、一人では決して生きては行けないからな。だがしかし、自分の価値全てを人の価値観まかせにしては、それはどこにも『自分』が介在する余地がない。それでは、他人の付属物に過ぎんからな———そうだ、自分は自分でなければならないんだよ。だがしかし、やはり人は一人では生きて行けないのは確かだ。人が生きて行くのに充分な物資を取り揃えるのは至難だ。もし充実させられたとしても、今度は心の方で支えとなる者が必要になって来る。支える者、支えられる者、両方必要だ。どちらかに依存しきりではやはりそれは複数。つまり群れとは言えないからな。難しく、重要な事は結局バランスだ。一人と群れ、どちらに振り切ってしまってもそこにはもう自分は無い訳だ———とまあ、色々と偉そうに弁舌してみたが、本当にこれは難しい。私だって20年と少ししか生きていない小娘だ、まだまだ未熟。十全とはほど遠い」

 個と全。
 どちらが優先されるかと言えば、社会においては全が優先にならなければならない。
 しかし、そのような形態の社会では行きすぎればそれは上層部の独裁になりかねない。

 しかし、個を優先させすぎれば、他を蔑ろにする個という名の暴徒が溢れかえる。
 何とも難しいバランスで、未だそれを完全に安定させた社会は生まれていないのが現状だ。

「しかし———」
「そうだな、お前がそんなに他者からの評価が欲しいのと言うのなら私に託してみるか? 丁度良く私は教官で、お前は生徒だ。評価するにはもってこいの関係だしな。だがな———良いか、これは命令じゃない。ボーデヴィッヒ、お前が決めてお前が託せ」
 今まで命令と軍紀で縛られていた少女に急に判断を放り投げる千冬。
 目を見開いたラウラは視線をさまよわせ、一つ、大きく息を吸って。

「はい———お願いします」
「よろしい。ああ、それとだボーデヴィッヒ」
「はい?」
「お前の目。まだ確実、とは言えんが治せるかもしれんぞ」
「! ほ……本当ですか!?」
「私の知り合いに、まあ、生命操作に関しては右に出る者は居ない馬鹿が居るからな。そいつに任せれば、少なくとも今より悪くなる事はあるまい」
「あ……ありがとう、御座います」
「まぁ、人格的には破綻している奴だからあんまり期待するなよ? ま、腕は確かだが。だが、ボーデヴィッヒ、目が治るからと言って気を抜くなよ? お前がさっき頼んだのだからな? お前を私が評価すると。それは成績だけではないからな? 気を抜けば———わかるな?」
「は、はい!」
 取りあえずラウラの気を締め直し、部屋から見送ると、隅に居た人影二つに———

「またお前か———と、ハルフォーフまで何をしている?」
「うぉおおお!? 光学迷彩が肉眼に見破られた!?」
「きょ、きょきょ、きょ、教官!? こ、ここ、これはビットチーフに無理や———」
「速攻で師を売ったよこの弟子!?」
 山口とクラリッサ・ハルフォーフである。

 山口が集音マイク、クラリッサが小型高解像度カメラを構えている。覗きか? そう、覗きか。

「人のプライバシーを嗅ぎ回るのは感心せんな??」
「いや、別にやましい事に使う訳じゃないのはお前も分るだろう織斑。俺の性癖にロリが無いぐらいことよ」
「あぁ、ゲボックの馬鹿にお前の好みの女の『本』見せては真っ赤にして遊んでたからな? うん? そう言えばアレは私に対するセクハラだな。踏んでおくか」
「もののついでなノリで、過去まで掘り出して制裁が来たアアア!」
 ぐりぐり踏まれている山口である。生憎彼にはその手の性癖が微塵もなかった為普通に悶絶している。



 説明したのは思う様に踏みにじられた後であった。
「内臓が、内臓が飛び出そうやぁ……うぅ、ま、いやね、ラウラのお前への懐きっぷりみたらなぁ、なんて言うか、猫っぽくて。いや、兎か?」
「えぇ、彼女の私共に体する素っ気ない態度の裏で、あんなにかいがいしく教官をお慕いしている姿なんてもう———!」
「うわ……」
「そういや俺らの周りにゃ居なかったタイプだなこれ……」
 なんか陶酔した顔しつつ鼻から真っ赤な萌え汁垂れ流しているクラリッサに二人ともマジで引いた。

「まぁ、兎に角だ。あいつも何とか人の輪に混ぜないとな。ホントはあのムッスリ娘はこんなにいじらしい萌え妖精なんだぜ、と部隊の奴らに知らしめてる最中。通称『織斑が居ないと寂しくて死んじゃう兎っ娘を愛でる会』だ」
「……ほどほどにしろよ?」
「まあ、女性のプライバシー的な所はクラリッサに任せているから犯罪紛いはしねえよ。ふははは、ラウラよ、つっけんどんとしてもその実隠された愛らしい仕草を部隊規模で微笑ましく見守り殺してくれるっ!」
「お前はマチュマテリアの闘犬か? …………しかし、白兎………………う゛」
「ん? どうした、織斑」
「白兎って聞いて脳裏を束が埋め尽くした……」
「意識しちまったじゃねぇか、おああぁぁぁ……」
「ど、どうなさいましたか? お二人とも?」

「「聞くな!!」」
 心配して声を欠けたクラリッサに返した二人の言葉は全く同じだったという。












 C-00三七。

 先の千冬が見たレポートに準ずるならば、ラウラのオリジナルとなった第一世代アドバンストである。
 何百、何千種ものナノマシンを内包し、かつそれが拒絶反応を起こし合わせない怪物。
 体内で相互干渉し、リアルタイムで新種が開発され、それによって更に肉体は変容する。

 それは、ある日突然、しかしそれが必然であったかのように暴走、研究所に居た全ての研究員と自分以外のアドバンストを全員殺害した後に逃走。

 そして、彼女は生き延び、裏組織でその力を蓄え続けていた。
 この事案より、以後は実験体を監視し、いつでも外部から脳神経を焼き切る安全装置が開発される経緯となった訳である。



 その脅威は、何としてでも排除しなければならなかったのだ。
 その為にドイツ暗部の生態研究所は、他でもない彼女を擁する『亡国機業』にその旨を依頼したのである。
 
 当然、暗部組織にも仲間内での最低限のルールと言うのはある。
 しかし、それを覆す程の見返りがあった為、彼女は所属している仲間に裏切られた。

 その見返り———それはISコアである。

 アラスカ条約からなるISに関わる法令群。
 その中に、如何なる理由があろうともISコアの取引は禁じられている。
 しかし、その禁を破ってでも。
 世界に定数しか無く、限られた防衛力であろうとも、それ引き換えにしてでも。



 しかるに、亡国機業は、ティム、もとい現在コードAu、オータムの活動で捕縛されたオーギュストは、何たる事か。
 クール便で郵送されて来たのだ。

 送られて来た彼女は凄まじい状態であった。
 両腕を切り落とされ、胴は二つに寸断され。
 特に顔面は半分以上が叩き潰された状態で、全身に貫通創
 内蔵が溢れだした状態で生理食塩水に漬け込んだままパックされて来たのだ。

 知っているものが居れば、これを為したものの怒りと執念が分かるであろう。
 他でもない、オーギュストがとある生物兵器に下した執拗な攻撃をそっくり返されたのだと一目で分かる為だ。

 しかし、それでも彼女は死ぬ事が無い。
 励起したナノマシンが彼女を常時興奮させ、気絶する事も許さない。

 研究者達をギラリとした眼光でねめあげ、時折哄笑を上げる。
 研究員達どころか見張りの軍人でさえ、安全だと分るのに背筋を駆け上がる戦慄。

 そんなある日、事件が起こった。

 彼女の検査をしていた研究員がオーギュストと目を合わせた瞬間、その全身を硬直させたのだ。

 瞬間催眠。
 まるで吸血鬼の邪眼の如く、目を合わせただけで研究員の動きを封じたオーギュストは、続いて金色に輝くその瞳から可視信号パルスを放つ。
 催眠によって視線を逸らす事を禁じられた研究者は、特殊な偏光パターンを脳裏に焼き込まれる。

 結果誕生したのは半狂乱の暴徒であった。

 まるでエンゼル・ダストやデビルズ・メッセンジャーを代表格とするPCP系列の重麻薬患者が如く、運動不足で筋肉などまるでついていない研究者が300キロを超える大型冷蔵庫を振り回し、大立ち回りをやらかしたのだ。

 やむなく射殺許可が下りるも、何十発の弾丸を受けてもものともせず彼は暴れ続けた。
 最終的に、大型重火器による肉体破壊によってようやく物理的に動かなくなった、と言える状態になるまで止まらなかったのだ。

 その間、オーギュストは狂ったように笑い続けたという。



 彼女が行った事は、視覚情報による脳内分泌物質の操作だった。
 人間の脳は、様々な刺激に対し、備えようとする性質がある。

 戦闘が近付けばアドレナリンを出し恐怖を吹き飛ばし、手のひらに汗を滲ませ滑り止めの役を果たす。
 日が落ち、暗くなれば逆に肉体を休眠へ向かわせる。

 五感から来る様々な情報を受け取り、脳は肉体を調整していくのである。
 脳内麻薬であるエンドルフィンやエンケファリンはモルヒネの6倍から十数倍の鎮痛効果を有すると言われている。
 それらを完全に把握し、脳内の分泌物質を操作出来れば。

 しかも、それが視覚という単一の情報により、外部からでも可能であれば。
 瞬間催眠と光を用いた脳内麻薬の操作を兼ね合わせる事で。

 人格を破壊し瞬時に洗脳する光学麻薬。
 ゲボックも所有する(主に弾が使っていた視覚下剤)視覚毒の劣悪までの悪用版———体内のナノマシンはここまで進化していたのである。



 結果、対策として彼女は外界への情報を一切遮断された状態にある。
 目を合わせた対象の人格を破壊する眼球は摘出され、再生阻害を目的とした異物を眼窩にはめ込み物理的にも、光であっても音であっても必ず電子機器を介して劣化したものを見せるようにしている。

 例え音であろうとも、意識の間隙に情報を打ち込まれれば支配されかねないからだ。



 殺しきれない怪物。
 とんだものを内包してしまったものである。
 しかし、オーギュストの放置こそが世界の死に繋がる可能性を内包するのだ。

 彼女の身柄は何としても抑えねばならなかった。
 彼女の体内はナノマシンを一つの生命体と例えた生態系と言ってよいものにまで発展している。

 つまり、いつ彼女の体内でナノマシンが突然変異を起こし、人間を害するナノマシン———それも人間に手に負えないものが自然発生するか、分ったものではなかったからだ。

 もし、それが彼女の身を離れ、世界に広がったとすれば、瞬く間に世界は呑み込まれるだろう。
 そして、人間の対処は絶対に間に合わない。
 そう、終わるのだ。

 その上で、アドバンスト、ナノマシン投与という非人道的実験処置。
 これをふまえて公表するわけにはいかなかった。
 彼女の体内には、表にこそ出せないが軍部では常識と言っていいものも多量に投与されていた為に。

 言ってしまえば世界を滅ぼしうる要因を声高々に知らせる事さえ出来ない状態だったのだ。



 一夏誘拐は、言ってしまえば化け物同士をぶつけ合わせるための餌である。

 一夏の誘拐、その第一目的は、織斑千冬を初めとした規格外共を、オーギュストと言う規格外にぶつける為でしかなかったのだ。

 ふぅん。

 ドイツのモンド・グロッソでの地位もあるがそれは二の次だ。
 実際、栄光を勝ち得たのはイタリアであるし。

 化け物同士で削り合わせ、オーギュストが駆逐されればそれで良し。
 そうでなくとも、織斑とぶつかってただで済むまいと判断し、その後対処が可能となると判断したのだ。

 そうなんだ。

 しかし、まさかのその結果でドイツ国内の地図を書き換える程の大災害を及ぼす『何か』が現出するとは思わなかったが。

 そうだよねえ。あれはびっくりしたねぇ。

 何とか収まったから良いものの、あの『虚人』は一体なんだったのか。
 映像でさえ、見た途端に痛感せざるを得なかったのだ。
 ああ―――これは、これが人間の天敵だ、と。

 やはり、織斑———もとい、それに連なる『核爆弾』と『天災』を利用しようとした事がそもそも間違いだったのだ。

 あ? やっと気付いたぁ? もう、やっぱ駄目駄目だね! と言うか処理速度重ッ、こんな脳ミソじゃ全然身動き取れないよ〜。

 ………………は?

「な、なんだ……今、のは……」
 ようやく気付いた。
 一体、何が自分の思考に合いの手を打っていたのか、という自覚に。

 なんだなんだと言われたら!
 答えて上げるか、しゃーないなぁ、天才だしみゃあ〜!

 頭の中で声が響いている。

 そこでようやく、その研究者は気付いた。
 周囲の人間が自分を見る目が奇異である事に。
 何故気付かなかったのか。
 簡単だ。認識そのものが改竄されていれば、何にも気付く事は無い。

「なっ……なんだこれは!?」
 ガラスに半分映った自分を見てかれは絶句した。

 頭から兎の耳が生えている(・・・・・・・・・・・・)
 恥辱プレイ以外のなにものでもなかった。

 今まで運んでくれたり、色々教えてくれてありがとね〜。

 でも———
 それまで底抜けに、場違いなまでに明るかった声色が、急にトーンを落す。

 わたし———
 裏切るね。

「なっ?」

 ばみょん!!

 その言葉を最期に。彼は意識を失った。
 ウサ耳を生やした、一見キの字の研究員が急に倒れ伏す。
 そのこと自体は驚愕すべき事であるが、しかしその事に誰も気付きはしなかった。

 研究員の頭からウサ耳が消えた事など、誰の意識にも上がっていない。
 研究員の背中から。
 まるで宿り蜂が宿主の虫を食い破って羽化するかのように。

「視線よ集え、大・大・注・目!
 天才は、こっこだ!
 ぐ〜てんた〜く、注目したまえ愚物共〜!
 わ・た・し・がッ! 超時空天才アイドル、束さんだよ〜!!」

 篠ノ之束が飛び出したからだ。

「し……しッ……!」
「篠ノ之……」
「束かっ!」
神の手違いたる災害(ゴッド・ケアレスミス)……だとっ!」
 彼らの想いは一様だった。
 何故ここにいる。
 彼らの情報収集装置、地上回路とやらは、雇ったDr.ゲボック製生物兵器の協力でムリョク化した筈だと言うのに……!

「ノンノン! そんなものものしぃ〜呼び名はノンノン! ここは親しみを込めて束さんと呼びたまえ! ま、気安く呼んだら呼びやがったで、ぶっ殺すけどね!」
 じゃあ、どうしろと。
「まー。何故、ここに、とか思われている諸君達、この束さんは所詮ミームでしかないのです。でも、ミームに馬鹿とか阿呆とか間抜けとかが引っかかったんで、本家本元、束さんが御出陣? ふふふ、お前らが見ているこの束さんは所詮21万の束さんの中でも前座に過ぎぬのだよ」

 その言葉で気付いた。
 『これ』が、篠ノ之束の何らかの端末である事に。

 そして数。21万。

 つまり。
 篠ノ之束は、莫大な数の端末を無差別にドイツ国民に取り憑かせ、よりそれっぽい相手を見つければ乗り換える。
 ネットの無かった時代でさえ、知り合いの知り合いはだいたい6人程介せば世界中の人間と間接的に知り合いになるという。

 束はその理論を実践するが如くに、文字通り人海戦術でここを探していたのだ。

 彼らが思い付いていていないが、21万とは、最低限『篠ノ之束』という『天才』を形作るだけの知能を有した分身体を構築する数である。かつて、『三人による世界大戦』で用いられていた分身がこれだ。
 だが。
 もっと簡単な命令をこなすなら、その限りではない。
 触れていない人間に会えばさらにその個体を分裂させれば良い。
 分裂する程思考は簡単に、知能は低く、こなせる事は単純になるが。

 その大本、篠ノ之束は規格外の天才である。
 少なくとも、ヨーロッパ程度、全ての人間に分身を取り付かせても単純な思考は保てるのだ。
 尤も、そこまで到達しなくても、この早さで目的へ到達したのだが。

「きら〜りきらきら……はい、量子展開(おーぷん)ッ」

 ミームの束が手を天井目掛けて差し出すと、上空に光の粒子が集う。
 ここの研究者でなくとも、それはこの世界では随分と見慣れた光景だった。

 即ち、ISが武器を召喚するときの発光現象。

「「そう、ここに真なる束さんが出げびぃッ!」ん———ってあれ?」
 ハモらせて居た口上が途中で途切れたのでミーム役の束は束(本体)の出現した頭上を見上げる。

 天井付近で量子展開された実体ある束(本体)は登場の口上途中で天井に頭を強打し、思い切り舌を噛んで天井で『ぐねっと』張り付いている。何かもう、色々台無しだった。

「ひぃぃぃぃいい〜ん。天井低いよここ〜」
 頭を抑えて半べそをかきながら落下する束。
 そこで気付いたのは周囲の者達である。

 不法侵入だ。
 捕らえるべきなのだ。
 世界的指名手配対象というだけではない。
 彼女は、自分達がしたことを知っている。
 見よ。
 一見可愛い子ぶっている仕草とは裏腹にこちらへ向けられる侮蔑を。
 懲罰ですらない。
 彼女にとっては、手に刺さった棘を抜くのと何も変わらない。
 不快なもの。支障をきたすものの排除だ。
 ゴミ掃除感覚だ。
 面倒で、不快で、でもやらなきゃなぁと言うしょうがなささえ吹き出している。

 警備を呼ぶか。
 自分らで取り押さえられるか。
 いや、命をドブに捨てるような行為でしかない。
 ISを持っているだろう、なにせ開発者だ。数量制限などいくらでも覆せる。故にそれは危険だ。
 そもそも、先の転送技術があるが故に、捕らえられるのか。

 逡巡して居たその隙が、致命的なチャンスの喪失だというのに。

「それでは皆さん。勝手に天才の私だけじゃなく、私の宝石達を利用した代金の徴収に参りました〜。要求はズバリ一択、じゃじゃじゃじゃん! はい、何だと思う?」
「え? あ、えー?」
「ハイ時間切れ、ブブー。そんな事もわっかん無いの? 馬鹿だにゃ〜? えとね〜。壊滅。以上だから」

「は?」
「は?」
「は?」
 一瞬。何を言ったのか、聞いていたが脳が理解を拒絶した。それほどに唐突に、判決は下された。

「命は取らないから安心したまえ。いやいやいや、安心するのはまだ早いのだ! 命以外は全部毟り尽くして行くので覚悟しておくように! じゃあ、みんな〜! 始まるよ〜!」

 排除できる可能性を見出すなどと考える時点で終焉している。
 彼我の比較さえ出来ていない。

 瞬間。
 研究員がその貧弱な肉体とは不似合極まりない無骨な大型拳銃を取り出し。

「ん~?」
 ガンッ!

 まるで、ドラムを打ち鳴らすような轟音が複数、ほぼ同時に響き渡った。
 まるで事前に打ち合わせたかのように一斉に、である。

 キャパ以上の音量はシャットアウトしていた束だが、流石にちょっとビックリしたのか身をすくめ。
 見回して。
「ありゃりゃ~? こいつらに、こんな度胸あったっけ?」
 愛らしく、小首を傾げるだけであった。

 周囲の研究員が一斉に束の眉間や心臓をポイントしたかに見えた次の瞬間には銃を構える手を跳ね上げ、『それぞれが狙っていた束の部位と同じ自分の体』を轟音と共に撃ち抜いたのだ。

 唐突に起こった一斉自害を束は気に止めるでもなく、流れてくる命の滴を「うわぁ、ばっちぃなぁ」などと言いながら躱して奥へ進んで行く。

 気にする訳がない。
 彼らの殺意の対象を捻じ曲げて自分に向けさせたのは束の周りを飛ぶ蝶によるものだからだ。
 束のIS雷蝶(エレクトリックバタフライ)の単一仕様能力『不思議の国のアリス』限定起動である。
 これは、相手の認識を一部偽データを流す事により幻覚、ないし思っている事とは異なる行動を起こさせることが可能である。

 つまり、なんの躊躇も無く自分の頭を吹き飛ばした相手は、なんの躊躇も無く束をヘッドショットしたという認識であったに他ならない。

 傭兵や暗殺者ならともかく、普段反撃できぬモルモットを切り刻んでいるだけの研究員がその行為を躊躇無しに行った疑問から出たのが度胸云々~の発言である。

「おー……おぉー……うぅーむ、やっぱり、操り人形なのかな? かなかな? ならば! 魔法少女が解き放ってあげよっかー!」
 こちらに躊躇無く攻撃してくる相手の生死などに、束が興味を抱くわけがない。
 我々の感覚でいえば、蜂の群れが炎に自ら突っ込んで焼けて行くのを見るのに似ているだろう。

 かわいそうだと思う人もいるだろうが大概はこう思うだろう。

———良かった、死んでくれて———と

 さて、興味は持たないが、異常行動を起こした原因には僅かに興味があるのか、ずんずん無警戒に奥へ進んで行く束。

 やがて。
 オーギュストを初めとしたAuシリーズ専用のラボらしきところに束は到着した。
 壁面全てが水槽になっている水族館のように培養槽が壁一面に並べられ、ぼんやりと灯りが灯っている。それがこの部屋の唯一の光源なのか、部屋が全体的に闇の色が来いのだ。
 そんな培養槽一つ一つに、成長度合いこそまちまちだが、銀髪の少女が浮かんでいる。
 その外見は、美女(オーギュスト)から、美少女(ラウラ)まで、年齢で、まちまちであった。



「おうおう、なんと言うか、何でこんな簡単極まりない者をこんな回りくどいやり方でやるのだろうね私よ」
「いやいや、数式をあえて途中書き記すのも良いのかもしれないよ私」
「そうじゃないよー、その数式でいきなり百倍して二で割って五十で割るぐらい無意味でしょこれー」
「うーん。優しい束さん的に擁護しようとしたが無理かー」
「無理っつーか無駄だし」
「だねだね」
 会話相手はさっきのミーム束だった。
 瓜二つの束が二人、ダラダラくっちゃべりながら歩みを進めていた。
 
「しかし、私にとってはこのボディは肩が凝るのです」
「当然! 見目麗しきナイスバディは真なる束さんのみのボインボインなのだ!」
「フ●ルゴレ的にモゲたろか本体……」
「ほらほらー、君には過ぎた装備なのだよー。さっさと元に戻ればー?」
「うぉぉお……本体のこの自然な上から目線がぁぁぁああ!」
 言いながらも、ミームの束がぷにょん、と縮小かつ等身数減少。ぷち束に。
「うーむ、やはり私はこのミニマムでプリティなのがベストなり」
 言いながらプチ束は束の頭に登る。
 何だか可愛らしい。
「ふん、負け惜しみを述べた所で虚しいとは思わないのかね? お前には、荷が重かったのだよ。ぷち束の実力では、束さんの体を生かしきれないのだ……」
「私が偽乳隊長と同じ枠……だと……! だがしかし、本体よ、ゲボ君に後ろからギュッと抱きしめられたのは我ら、『篠ノ之束ツルペタ推進同盟』が頂点『ろりろりぷち束』だけである事を憶えておくが良い……」
「なにぃ……!」

 束は頭からぷち束を手に取って眼前で見つめ合う事2秒。
「うがー!」
「敵は己にありー!」
 敵施設のド真ん中で頬を引っ張り合って変顔大戦を始める束ズだった。
 しかし、分体と言えど、とどのつまり、どちらも束本人なのだから、一人芝居に過ぎない訳だ。
 と、途端に一人と一体はフッ、と笑うとそろっとドヤ顔になり。

「暇を持て余した」
「天才達の」
「遊び」
「「ん〜まあ、一人だから達じゃないんだけどねっ!」」

 と言って融合した。



「とまぁ、愚民共。折角天才束さんがトークショーをして上げたんだから、絶賛ぐらいしたら?」
 本人自体大して面白くも無さそうに天井を見上げる。

 そこには、びっしりと。
 四肢を虫のように歪に折り曲げ、天井に張り付いている研究所所員達がギチギチにひしめいていた。
 全員が血走った眼を見開き。眼下の束を凝視している。



「うわぁ、何だろうこれ。冬眠中のカメムシみたいだよ……純粋にキモイよ」
 その束の侮辱が気に障ったからでもないだろうが。
 一斉に研究員達が天井を蹴り、人間離れした動きで降り注いで来た。
 その動きはまさに神速。
 動きの洗練さを抜かしさえすれば千冬さえ凌駕した勢いである。
 常人どころか、特殊部隊であろうとも、これに群がられれば、瞬く間に引き裂かれ、襤褸を野に晒す事になるだろう。

 しかし、彼等は束にその凶指を届かせる事は出来なかった。
 ISのシールドエネルギーが主の危機に反応し、自動展開したのだ。
 しかし、これは雷蝶のシールドではない。
 常時束のシークレットサービスの代用を勤めるIS『マクスウェルにはネコじゃなくてウサギ』(ユビキタス)である。

 複数のISコアが重複するように幾重幾種ものハイパーセンサーを張り巡らし、そのどれか一つでも束に害を及ぼそうとする如何なる何かであろうとも、即座に察知、複数のコアによる多重絶対防御を展開する。
 ISと違い、コアならば選択する必要も無く、常時束の暗殺を防ぎ、ISであっても早々それを打ち破る事は出来ない上に多重コアシステム故になんの節制も無く絶対防御を活用出来るセキュリティだ。

 しかし———

 人間の手により、まず一枚目の絶対防御が破られかけていた。
 絶対防御とは、生命が持つ防御本能から抽出された防性因子をもって織りなす次元障壁である。

 すなわち、例え核兵器であろうが、隕石の衝突であろうが、そこに生命の息吹がこもっていなければ汚れ一つつかない絶対の壁である。逆に、生命体であるならそれが他の生命を害す時に発する攻性因子で相殺されて行くのだが、如何せん、そちらは人間では膂力が足りなすぎて防御を破壊力が抜いても、殆ど外傷らしきものを与えられないのだ。

 よって、絶対防御を有するISに攻撃を与えられるのは、兵器に生ける敵意を付与出来るISのみ。
 その常識が。
 生身の人間に破られて行く。
 通常のISなら、とっくにエネルギーが尽きる程の猛攻であった。

 そも、攻性因子、防性因子については、束を初めとするIS開発初期に関わった者のみの知識の筈である。
 在野の科学者では、推測の域を出ていない。
 なんとなくISによる攻撃ならばISの防御を浸食する何かが発生する、とだけ分かっているだけだ。
「ふーん……そっかぁ。知ってるって事だね。あと、操ってるのは確定か」
 束は千冬やゲボックには絶対見せない程の冷淡な表情と口調で。

 ふふふ、くふふふふ、くっふぅ、うっふぅ。

 口だけはつり上がり、笑みを作り、笑い声がフツフツと洩れて来る。
「どこの誰だかは知らないけどさ。世じゃ表沙汰になってないISの弱点が分かるからってさ。後先考えないテッペンブチ切れた人間操ってさ…………ふふふぅ?」
 束の口が、声を発さずに言葉を紡ぐ。

 居るんでしょう? 某国機業幹部さん。

 ばぢんっ!

 ショートしたかのような火花が迸った。
 一番外側のシールドが出力任せで拡大し、手足をドーム型のシールドに食い込ませたまま研究員を一斉に弾き飛ばす。

「まだまだだね」
 束は雷蝶のステッキだけを量子展開。

「この程度で、束さんをどぉにか出来るだなんてぇ、舐めすぎでしょそりゃあッ!」
 一言一言。

「私は」
 力強く区切り。

「天才!」
 己が至高を咆哮する。

「束さんなんだよ!」
 宣言と共にぷち束を一体手の上に具現化。
「ズバッと参上———って、あれ?」
 ぽーん、と高く放り上げられるぷち束。

「ちょ、本体、まさか———」
「スマ———ッシュッ!!」
「やっぱり———って、痛ァァアアアッ!」
 それをテニスのサーブの要領で、打ち飛ばした。

 飛ばされたぷち束は痛い痛いと、尻を抑えながらくるくる回り。吹き飛ばされた研究者の頭上で。
 文字通り。
「くわーっ!」
 とばかりに眼をぎらりーん! と光らせた。
「発動! 本当に増える魔球!」

 直後。
 ぷち束が分裂して体勢を立て直す前の暴徒に飛びかかった。
 ぷち束は、それぞれがIS由来のエネルギーに包まれた、疑似ISとして機能する。
 たかが人間の限界を振り切っただけの生身の人間に遅れを取る訳が無い。

「束さんのテニヌに酔いな……フッ」
 たった一人でも躁っ気は抜けないのが束だった。彼女的に陰鬱となるのは同族と認識出来ない他者が接触して来る時ぐらいなのである。

「こらこらー、本体、無駄に時間食わないのー」
「はいはいー。どんな感じー?」
「なんか無理矢理精神構造に楔ブッ刺さってる感じだねー。こりゃ逆らえないやー」
「いや、そんな奴どうでも良いから。使える情報あるー?」

 束に話しかけて来る相手は先程襲いかかって来た研究所員達である。
 それぞれ兎の耳が生えていたり、蝶の触角や羽やらが生えている気色悪い一団へと変貌していた。
 特に眼が死んでいるため、ファンシーなオプションつきのゾンビ集団にしか見えない。
 しかも、それが束の口調で明るくきゃぴきゃぴ会話して来るのである。
 心の弱い人が囲まれたら発狂するかもしれない。

 だが、これこそが束のISが有する真価。
 自らの思考を分割し、万物を依り代として群体となる特異極まりない単一仕様能力(ワン・オフ・アビリティ)、『不思議の国のアリスの冒険』である。

 先の、認識を狂わす蝶など、この限定的な発現に過ぎないのだ。

 束の分割された思考体であるぷち束が浸透した物質は、篠ノ之束という存在で構成された群体の一部となる。
 先の報告によれば、ある意味完全なマインドコントロールがされている人間であろうが、その人体そのものを束の分体で上から支配してしまえば何の意味も無いのである。

 そして、束と言う群体の一部になってしまえば、その思考や記憶さえも束の掌握化に完全に下るのだ。
 しかし、普段、束は他者の思考になど興味を持つ訳が無い為、覗こうとも思わない。
 それらはある意味、束にとって毒と言っていいものだからである。
 束にとって拒絶感を抱かずにはいられない『人間らしき』もの。
 その思考を覗くなど、束にとって死者の内腑に顔を突っ込むに等しいおぞましい行為に他ならない。



 だが。
「居る筈だよねぇ。ここにねぇ。ちーちゃんとゲボ君と、あといっくんとか泣かした奴が!」
 束が認識出来る相手は、束の世界の一部で、その数が僅かであるが故にそれに占めるものは大きい。

 それに拳を振り上げるものが居たら。
 持てる全てを振り絞り、全力で踏みにじるのは当然である。
 束にとって、それはまさに義務であると言っていい。
 踏みつけるものが束にとって汚物であろうと、その程度堪えるのはどれほどの事でもない。

「うぇ……」
 しかし、精神的負担は大きいのだ.
 心の底から吐き気を催し、それを堪える束であったが、それでも堪える束は、一人一人の思考を腑分けし、思考に楔を打った者を割り出そうとする。
 しかし、一人一人はどうもその部分がぼやけており、肝心な像が結べない。
 流石に対処はされているようである。
 不自然に記憶が曖昧になっているのである。

 束は、手段の選択に躊躇が無かった。

 それぞれ個人ではぼやけている像でも、複数人から共通する部分を抽出し、鮮明化する。
 得られる範囲は極僅かだが、全体を得るまで繰り返す必要は無い。
 人間は本来、全ての情報を処理するマメさを持っていない。
 おおまかな概要が掴めれば、人間は勝手にその欠落を脳で補完する。

 ましてや、脳の機能がずば抜けて特化している束ならば、全体を逆算する事も雑作も無い。

 わざわざ来てやったのだ。
 居るのだと確信したのだから。

「………………ん? 実験体?」
 やがて映像が脳裏に結ばれて行く。
 しかし、それは見覚えがあるどころか、この部屋ではむしろありふれた———

 ハイパーセンサーで辺りを見回して確認すれば、うんざりするほど視界を埋め尽くしている、培養槽に浮かぶAuシリーズ達と同じ像なのだ。

 束は、人間の顔を見分ける機能に特化した顔ニューロンが欠乏している。

 ましてや、常人でも見分けが困難な同じ遺伝子を持ったAuシリーズのクローンがずらりと並んでいるのだ。
 束にとっては、金太郎飴の断面が延々と並んでいるに等しい。
 銀髪だな、ぐらいしか識別できないのに、あとは年齢で見分けるしかない。

「さーて困ったなぁ。自衛目的以外じゃ、ぶっ殺しはちーちゃん嫌がるから、面倒なの全部潰すってな出来ないしー? つーか自分のクローン作って腑分けしたりして何が楽しいんだよー?」
 思考を読み終わったので、最早自分の群体の一部であるウサ耳研究員を使って施設を徹底的に破壊し始める。物理的にも、データ的にも、機能的にもである。

 もはや、ここからは何も続かせない。そこまで徹底的に執行するつもりだ。
 どうやら他にも傀儡となった研究員は居るようだが、乗っ取り返した研究員に襲いかかる前にぷち束が飛びつき、ウサ耳やらを生やさせる。
 弾数は最低でも21万弱だ。この研究所に居る人員全てを掌握しても、総体からして微々たる損失ですらないのだから。
 たった一人でありながら数の暴力を実現とさせる。
 それが、篠ノ之束なのだ。

「う〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ん……」
 うんうん唸りながら、研究室を歩き回る。
 興味の無い事にはとことん思考を割かない束である為、流石に記憶に引っかかるだけの何かを掘り起こすのは苦労するのだ。
 完全に脳を支配出来るくせに、いや、できるからこそ脳細胞を破壊しないで記憶の消去なる荒技もこなしているのかもしれないが。
 なので、ブツブツと思考が口から漏れながら、ぐるぐる部屋を徘徊する。

「Au……黄金……確か他にもあったな……蒼穹、星滅黒、白霧……赤は、あか、えー……ああ、そうだ、たしか(くれない)だっけ、確かそんなシリーズ……あぁ。あったなぁ、そう言うのも。あぁー、そう言う使い方か……そっかー。それならさ! 全部ぶっ潰しても、いいよね!」

 記憶のリブート完了。
 天才は、完全記憶を完全に正しく引き出しから選び出せる。

 結果、先程の躊躇から一転、意を翻してここにある全ての実験体の破壊を決意した束は、ステッキを振り上げ。
「自分の『子供』に色を割り当ててるのはゲボ君のコンセプトなんだよ! 駄作しか仕上げられないくせにパクってんじゃねぇよ!」
 口調が変わる程にブチ切れた束はステッキの先端に蝶の形状をとったエネルギーを形成。
 一気阿世にクローンを薙ぎ払うべく。腕を振り上げて。






「あら。それは困るわね。止めてくれないかしら」






 の、一言で。
 ギシッ! と腕が固まった。
「…………おぉーぅ? あれ?」
 ジジジッ……と蝶状のエネルギーも衰退し、すぐに消えてしまう。
 それはつまり、束が自ら攻撃を取りやめた事に他ならない。

 そして、ガシャアンッ! という破砕音を数百倍に圧縮してそれを飽和させたような大音量が部屋に響き渡った。

 研究室内の、培養槽が一斉に破裂したのだ。
 今しがたの轟音は、培養槽のガラスが全く同一のタイミングで破砕した為に起きたものである。

 部屋中に溢れかえる培養液。
 ウサ耳の生えた研究員達がバランスを崩したその一瞬。金色に輝く銀布が槍の如く束目掛けて突き進む。
「…………むぅー?」
 その正体は、この一瞬では束でも判別付かなかったが、当たらないに越した事は無い。
 PICを起動、下がりかけた束へ、再びどこから掛けられたか分らない声が耳朶へ届けられる。



「駄目、避けないで」



 束は言われた通り回避を中止してしまう。PICが完全に機能を停止。棒立ちになった束の顔面に銀布が絡み付く。



「そのまま、じっとしてて頂戴ね」



 三たび声が響いたや否や、巻き起こったのは暴風であった。
 束の頭部に蛇の如く巻き付いた銀布が暴れ狂い、破砕した培養槽を更に微塵にすべく轟速で振り回す。
 その過程で床を砕きデスクを粉砕し、天井を叩き潰し、最早激突してない所は無いのではないか、と言う程に束をめった打ちに叩きつけ続ける。

 力づくの暴虐とはこの事で、最初の一打でも人体なら木っ端微塵に破裂するであろう。それ程の膂力であり、それでいてなお銀布は一切のほつれさえ見せなかった。脅威の強靭性である。

 果たして———束は———
「うっさいなぁ、ちょっと痛かったじゃないかぁ! 命令すんなよ———ったくばぁ!」
 その尋常ならざる強靭な銀布を引き千切り、掴んだまま逆に思い切り引き寄せる。
 そしてそのまま、仕返しとばかりに培養槽の残骸に叩き付けた。
 巻き起こるのも剛力の応報である。培養槽どころか、その奥の壁が爆砕し、銀布。その反対側、つまり束を振り回した相手が部屋外へ貫通して行く。

「ムッカつくなぁ、もう!」
 鼻息荒く、束は痣一つなく、無傷で立ち上がる。
 ユビキタスの多重絶対防御は健在で、束を守り切ったのだ。

 ユビキタスは、まさしく量子的に、ある状態と無い状態が混在している。
 一切展開していなくても完全展開と同じでISが完全展開時と同等の機能が発揮されるべく、複数コアでそのエネルギーを捻出しているのである。
 生身に見える束はこう見えて、重防装備であり、対暗殺用ISの名は伊達ではない。



 そして、ユビキタスの複数コアから生み出されたパワーアシストにより叩き付け返された相手は。
「なるほど———素晴らしいわね」
「…………繭?」
 時折黄金に輝く、銀色の光沢を放つ楕円形———束の言う通り繭に包まれたような物体が、穴をくぐり抜け戻って来た。
 恐らく、先の布が包み込むように全身を包み、相手を保護したのだ。

 そして、束は確信していた。
 こいつが、敵だ。支配していたのもこいつだ。
 今、自分の精神にも食い込み掛けたのはこの『何か』だ。

「それよりしっかし驚いたなー。まさかここでそれ見るなんてね、何たる偶然! て奴かなー? ああ、成る程ねー、機業。そーゆーこと。ま、興味なんて無いけどさ」
 束が言っているのは、奇襲して来た、敵を防護している銀布についてである。

「あぁ。やっぱり、貴女もこれを知っているのね。ええ、そうでなきゃおかしいもの。そうでなきゃ———」



 相手も、それまでは冷静だった声色が———
 何かを堪えるようなものへ変わって行く。
 それは束と同じ感情……。



 それは———
「ISなんて———作れる訳っ、ないものねえええええええ!」
 憤怒に他ならなかったのだ。

「あはははは! やっぱり! やっぱりそうかあッ! やっぱりそーなのかー、そうなんだ、かな? かなかな?」
 迎え討つ束は、相手が怒りに駆られていることに胸がはずんでいた。
 だが足りない。
 あぁ、足りないのだ。
 この程度で。
 この相手に足りるものか!

 二者は、互いにだけ分る言の葉を交わし合う。

 銀布の繭が解かれる。
 出て来るのはやはり、実験体と同じ銀髪の美女。
 いや、ここにあった水槽に、実験体と混ざって入っていたのか。
 先程の力任せの応酬で、培養されていたクローン達が凄まじい状態になっていた。
 束はとっくに調べていたため全く気にしていない。

 これらは、既に実験済みの使用済みなのだ。
 人道について何事も問う気など無い束だが、それでも、ならば気にしない、と言う見切りの良さが常人から見れば、恐ろし過ぎる。

 女は、銀の布しか巻かれていない、男が視線に迷う姿をしている。
 オーギュストに当然だが酷似しているが、ナノマシン反応は見られない。金に輝いてなど居ないし、両目共にルビーの様な紅玉の美を放っている。

 さながら、天女である。

 似ているのは当然だ。
 某国企業幹部・『AuAg』。
 Auシリーズ達全ての始まり、原初の個体は彼女であるがゆえに。

「あー、それだけじゃないんだけどねー」
 束は怒気そのままにニヤニヤと口角を吊り上げる。
「どういう意味かしら」
 対する女は、余裕たっぷりに銀布は主の体に巻き付かせ、余りをまるで羽衣のように宙にたなびかせる。
 ああ、なるほど、これが展開状態か。

 その両端が、ドリルのように捻れ、束を穿たんと狙いを定める。

 束は、そんな殺意など何も感じぬように、哄笑を続けていた。
「あははははははは! あはははははっ! うふふふふ、うっふふぅ! あぁ、そうかぁ、あれだあれ、あれだよ! アレって何? って聞くなよアレはアレに決まってんだよゴルァッ!」

 束自身も分っていないに違いない程支離滅裂、極限までテンションの上がった彼女は、ユビキタスから雷蝶へISをシフトし、蝶を形どるエネルギーを攻撃として撒き散らす。

 羽ばたき迫る破壊の閃光。それに対し、銀布は自らを引き伸ばし、折りたたんで厚みを増し、壁となって蝶の群れを押し返した。

 普通のものには見えないが、ただの布が———である。
 束は興味深そうにその様子を観察する。
 ピコピコとメカウサ耳が跳ねている。
 感情が直結しているのか、食指が沸いた様子が手に取るよう様に分かるのが彼女らしい。

「ほうほう。なるほど興味深いね。ゲボ君的に言うならそれは是非とも調べてみたい。『生きている』のは初めて見るからねぇ……ん? 待てよ? それを口実にゲボ君呼ぼうかな、あー、でもゲボ君の場合、マジで没頭しそうなんだよなぁ……」

「獲らぬ狸の皮算用も大概ねそれは!」
 銀布の反対側が捻れ捻れ、幾つも螺旋を描く。
 ボールペンで画用紙をひたすらぐるぐる書きなぐったように『のの字』が立体的に描かれる。

 それが正面から見てさながら曼荼羅のように一つの絵を浮かび上がらせ。
 その中心部から大小様々な砲口が顔を覗かせる。

「……原子配列再構築? 変換?」
「いいえ———」
 銀の天女は銀の羽衣を猛々しく翻して。
「貴女も知ってるものよ!」
 火線が束を吹き飛ばした。

 あの、篠ノ之束を、である。

 幾枚もの障壁が一気に侵食された。
 束謹製の雷蝶でなければISごと食いつぶされていたであろう、それは———
「『攻性因子』!? いや、それだけじゃない……反絶対防御(AAD)までかー、へぇー!」

 ISだけが銃火器に付与できる筈の攻性因子が火砲に付与されていた。
 つまりこれは———
 ISに逼迫できる『布のような何か』だ。
 これが一体なんなのか。
 何故この相手がそれを持っているのか。
 束が今まで見た事のある似たモノと同じものなのか。

 因果には全く興味がない。
 束は既存のものに魅力を感じたことが殆ど無い。

 束はそれなど歯牙にもかけぬものこそを作り出すのが主眼なのだ。
 今それに対し、気をかけているのは、ゲボックが興味を持ちそうであるから、でしかない。
 それはそうだろう。

『好きな相手と共通の話題を持ちたいから、相手が注目しそうなものに唾を付けておく』

 珍妙奇天烈なことに、事ここに至って至極真っ当な、恋する人間の思考なのだ。
 ここでその思考を持ち上げるのが、正に束が束たるところなのだが。



「さてさて、真っ」
「かなー誓ーいー!」

 対峙する二人の袖から、小さな影が飛び出した。
 それぞれ突撃槍のような得物を構え、ピンク色の甲冑をまとったぷち束である。

 擬似ISと言えるぷち束は、重力を全く感じさせない水平飛行で銀の天女に突き進み……。
「アイルビーバーックッ!」
「イッツァーブゥメラァンッ!」

 慣性制御の特権を生かしていきなり折り返し、なんと束自身に跳ね返ってきた。
「……む」
 束は僅かに眉を吊り上げるだけだ。

 新たに飛び上がったのは二体のぷち束。
「謀反じゃー!」
「謀反じゃ謀反じゃー!」
 その二体は、バックして来たぷち束へ向けて飛んで行く。

 そして。
 ぱくっ。
 もぁぐっ。

 あっさり対処する。
「食った!」
「食いおった!」
「人の心があればこれは出来んわ!」
「女の子がそんな言葉使っちゃダメだよ!」
「民草とは、人と思ってはならん。考える葦である」
「なんか混じって意味不明になってる!?」

「へぇ~」
 周りでぷち束がわらわら騒いでいる中、攻撃を返されても束は涼やかだ。
 今のぷち束の翻し。
 軽く既視感の憶える光景だった。
 そう、束を銃撃しようとしていた研究員達に———



「なるほどなるほど。そういうものか。ちょっと束さんのに似てるんだねぇ」
 分割した思考体が乗っ取られた。
 それが可能であるということは。
精神支配(マインドコントロール)。なるほどイエスマン作りには便利な能力だねぇ。アンタ実は日本人? それって———あれでしょ?」
 ミシミシミシと束の周囲のあらゆるものが軋みをあげる。
 束の分身が束を中心にあらゆる物質を依り代としてぷち束が発生しているのだ。

 その中心で。
 まるで獣が牙を剥き出しにして威嚇するように。
 束はよく兎に例えられるが、これは(ラビット)は兎でも牙持つ咬み兎(サベッジラビット)である。
 そんな。
 嘲笑が浮かんだ。

『単一仕様能力』(ワン・オフ・アビリティ)、でしょ?」
「そうね」

 あっさりと、AuAgは認めた。

 つまり。
 これは、ISだと。

「亡国機業。いっくん誘拐の主犯的組織。なんか大分昔からあるみたいだけど、なんで織物業を示す『機業』なんて名乗ってたのか分かんなかったけどさ。漢字間違えたただの馬鹿ってのが束さんの見解だったんだけど、ちょっと違うみたいだねぇ。
 そっか、お前らは『天女の羽衣を機織る者達』だーかーらー、機業。
 亡国ってのは大方故郷の事だろうけどね。それがどこか知らないし、興味も無いけどさ———」
 時間と共に束の軍勢が充実して行く。
 準備するは圧殺。

「舐めたな私を。ぺろっと舐めていいのはそりゃゲボ君だけだって———あああああああああああああああああああああああああああアアアアアアアアアアアァァァァァッ!!!! バツバツ今の無し、無しだからね誰にも言うなよ! ここで束さんは何も言ってないからね、なーいーかーらーねー! 分かった! 分かったね分かったんだね、分かりやがれ今畜生〜〜〜〜!! ……ふぅ……いよぉし!! 誰に喧嘩売ったか分からせて上げるってんだよ。意識しただけで相手の精神を支配できる機能。そりゃすごいねぇ。意識できたらそれでお終いだ。敵なんて居なかったし、やりたい放題だったんでしょ? ここの研究ところで、自分のクローンで自分がなんなのか調べて、その結果出てきた変異体を潰すために機業へ依頼するよう支配して———でも、束さんは支配できないでしょ? ねぇ、支配してもしきれないでしょ? だって、束さんは今、精神を二十万超もの数に分裂しているものねぇ。考えただけで精神支配? さて、これだけの束さん全てに対して、考えきれる? 言っておくけど、主体人格は存在しないよ、分かるでしょ? 今も束さんは支配された表層人格をあらかじめ構築した私で塗り潰して、その上で再度精神を分割してるわけだし? 何だか知らないけどさ、(ここ)の出来で勝てると思うなよ、有象無象」

 前半はぐだぐだだったが、というか何も誤摩化されていないが、そこにあるのは絶対の自信だった。
 現在、起きているものは、言ってみれば束の精神という名の舞台で繰り広げられる陣取り合戦だった。
 目の前の女が支配した束の精神と、それを潰して新たに分裂、新生する分割思考体。

 束を支配し切れば女の勝ち。
 支配仕切られる前に束が相手を物理的に沈黙させてしまえば束の勝ちである。
 女は先のように攻撃に移れない。
 肉体を動かすことに思考を割かれれば、途端に拮抗は崩され逆に束の分割人格による支配を受けるだろう。

 思考戦闘を束に挑んだ時点で詰みなのだ。
 自分の思考を、何の躊躇いもなく潰して再構築出来る非常識さ。恐怖も何も抱くわけがない。束は自分を心身共に支配し尽くしているのだ。
 そこへ侵略するのは、容易であるはずが無い。

「舐めているのはそっちの方よ、青二才の小娘が」
 瞬間、支配の圧力が爆発した。
 一気に束の領域が制圧されて行く。



 束が天才であるが故の優勢。
 それは、土台が互角であった場合の話。



「貴女のISとやらが、一体どの種株から生じたものか、私は知らないけれどね? 勝手に沸かれちゃこっちが迷惑なのよ。Yの隷属因子はもっとじっくり適切なタイミングで覚醒、浸透させるはずだったのよ、それを勝手に500近くも節操もなしに繁殖させて覚醒させるから、社会はこんなに歪になってるっていうのに———ッ!」
「知ったこっちゃないねオバサン、そういうそっちこそ、クローン作ってたのは生皮剥いで小皺だらけの顔に張り直す気だったとか? 嫌だねぇ。そんな暇あったら、顔の皺なんて気にしてないでオツムの皺増やすんだね!」
 怒鳴り合う二人。その内容は、他の者達には分る筈も無い内容だった。

 しかし、思考速度と複雑さが遥か上である束が浸食を食い止められなくなって来ている。
 徐々に浸される人格に、脂汗を浮かべながらも悪態を辞めぬ束だった。
 しかし、思考力で優っているのも関わらず勝てない。これは一体……。

「減らず口と頭の回転だけは小賢しいわね。じゃあ、言っておくけど———貴女のISって、精々『第三段』ぐらいでしょ?」
「は? それって第三次形態移行(サード・シフト)のこと———」
 束が言い終える前に、女は、一方的に絶対的な差を突きつけた。
「私の『ラクシュミ』は『第九段』よ、小娘。たかが8年程度の稼働歴で図に乗るなァ!!」

 ISは、経験の蓄積とともに自らを最適化させ、主に相応しい姿機能に、大幅にその形容を変貌させる。
 その変形ごとにISは凶悪的にまで強化され、別次元の性能を獲得するのだ。
 束の『雷蝶』は、既に最終形態とされる第三形態に達しているが。

 第九段階。
 束の形態移行数の実に三倍。
 それは———つまり———

「……つッ、あ、あが、あ、ああ、あ、ああああああああッ!!! さっきのアレ……だねッ!? 」
 束は浸食される原因に心当たりを見出す。
 先程思考を解析した研究員。
 彼等から少しずつ抽出し、結び上げた目の前の女のモンタージュ。
 それが、バックドアとなって———すなわち精神の内側から食らい付いて来ているのだ。

「ふっ———精神をあくまで脳内での電気信号が生み出すものと認識している段階じゃ、この程度なのよ。確かに貴女は脳の使い方を誰より心得ているわね。でも———私は脳など意味をなさない。この子の機能は、直接精神に干渉する。脳をどう働かせようが、浸透に何ら代わり映えは起こらない。人の精神ってのはね? どんなに愚鈍であろうが、一つの宇宙に逼迫する複雑怪奇で広大な存在である事に変わりはないの。人間を舐めきっている。それが貴女の奢りで、盲点よ」
「う、うぐ、ぎぎぎぎ……」
 思考能力ならば超絶的な束だが、精神の爛熟度は、幼児にまで下りかねない束だ。
 知能の高さから来る複雑怪奇な精神防護障壁はしかし幼く、銀布の汚染は、ある時は巧みに、ある時は強引に幾重もの守りを貫き、束の深層心理に辿り着く。






 そこは———
 とある普通の町並みが投影された精神世界であった。

 空は同じ、地も同じ。
 建物も動物も草木も同じ。

 何と同じであると?
 現実にあるものと、である。
 人は案外主観で、世界を歪めて己の精神に投影する。
 しかし、それらは、脅威的にまで正確に、現実にある存在と同じだった。
 それらをあるがまま情報として取り込み、認識している世界だった。
 そして、それらを全て束は慈しんでいた。

 故に。
 だからこそ。
 ただ一点の狂気的存在に、この世界を垣間見たものは正気をたちまち奪われるだろう。



 人間だ。



 人間だけが。
 人間そのものではないのだ。 

 人間の形はきちんとしている。
 人間の仕草もしている。
 だが、人間ではない。

 そう確信してしまう、しかし、何が普通の人間と違うのかは分らない。
 きっと些細な、僅かな違いなのだろう。

 だが、人間のまともな精神は、それを受け入れられない。
 この世界の人間のようなナニカはたった一人を除き、人間ではない。
 生理的おぞましさすら感じる、人間に近い、不気味の谷の底にある魔物が世界の主役である世界。

 これが、篠ノ之束が、認識しているこの世界の光景。



 それら、不気味な者達の眼に留まらぬよう、視線を避けて逃げ回る少女が居た。
 人間(なかま)が居ない孤独感に怯え。

 助ける者がいない絶望に身を震わせ。
 一心に身を小さく。
 押し隠す少女が居た。



 束である。



 実際より大分幼い。
 それもその筈だ。
 これは、精神年齢そのものの束であるからだ。
 ここは、精神世界であるが故に。



 そこに———

「昔々、ある所に不死身の巨人がおりました。巨人は突いても切っても、はたまた焼いても落としたとしても、果ては海に沈めたとしても死ぬ事はありませんでした。どうして不死身なのでしょう。そう、実はそれには秘密があったのでした」

 ついに精神略奪者が到達する。

 裸体に銀布のみの成熟した肢体。まるで『ヴィーナスの誕生』の様な美の印象を与えるそれは、しかし侵略者であり、銀の頭髪に紅の瞳の彼女は、篠ノ之束の精神世界というある種魔界に土足で侵入したのである。
 彼女は、童話のような文句をつらつらと述べて行く。

「巨人はハートを大切に大切に宝箱に仕舞って、世界の果てに隠していたのです。
 巨人の体にはハートがありません。だから、何をされても死ななかったのです―――そう、神の手違いたる災害(ゴッドケアレスミス)。貴女のような人は、どこかにハートを隠している。でも、ハートを無くしてしまう事は出来ない。なぜなら、ハートは貴女自身だから。巨人と違って、体の外に隠してしまうなんて出来ないのだから。そして、その巨人はどうなったかって? それはね? ある泥棒に大切に隠していたハートを宝箱から盗み出されて潰されて、死んでしまいましたとさ、ね? ———ほうら、見つけた」

 小さな女の子が、茂みに隠れている。
「助けてよぉ……誰か助けてよぉ……」
 小さく、小さく、見つからないように身を縮め。隠している少女が。

「お姉さんが助けてあげる。お姉さんはだけは、他の人と違って、『貴女と同じ』よ」
 柔らかく、柔らかく、束の最も柔らかい急所を柔らかく包み込む。
 逃げられないように。

「お姉さんは一緒に居てくれる? ずっと一緒に」
「ええ、一緒に居てあげるわ」
 幼い束を抱きしめ、その毒牙を打ち込んだ。















「ヨばれてどっこいコンニチワです、ゲボックですョ」
「…………あら」
 耳元に通信機を当てたまま、亡国機業の『S』こと、ミューゼルは今現在通話を切ったばかりの人物が後ろから声を掛けて来た事に少なからず寿命が縮んだ心持ちだった。

 相変わらず、心臓を止めかねない事に関してはネタが切れる事が無さそうな人物である。
「いっくんノクローンに面白い事あったンですョね? それなら来ない訳が無いのデす!」

 二人が会話していた内容、とは、亡国機業が、今回の誘拐事件を契機に始めた、『ISに遠隔干渉を及ぼした可能性のある少年のクローンを製造している事についてであった。

「ええ、あの『アオワリ』の指示でね」
「アオワリ……と言うト、ナんですかね?」
「あら、知っていたと思っていたのだけど。金と銀の合金の事ね。『青金』とも言うけど」
「イえ、それは知ってますけどね? その人、コードとか持っテるんですか?」
「ええ、持ってるわよ。『AuAg』ってそのままの」
「…………四桁コード、でスか?」
「そう……作戦部と実動部の更に上。所謂……最高幹部ね。『彼』が引き起こした、周囲のISへの一斉介入が余程興味を引いたのね」
「しかシ、いっくんのクローンを作ったトころで、それの再現は難しいと思イますけど」
「あら? 流石ね。何故あれが起きたのか、分かってるみたい」
「別に科学的でもありマせんしね」
「そうなの?」
「そうですョ? あれ、いっくんの人徳のお陰ですかラ」
「…………は?」
 それはつまり、彼が特別なのではなく、彼の望みをISの方が勝手に聞いた、と言う事か。
「そう言う事でスョ。科学的には再現出来なくも無いデすが、面白くも何ともなイですね」

 本当に興味無さそうに、ゲボックは実験器具を白衣の中から取り出している。

「あら、今度は何の研究?」
「だいタいあたりは付けてマしたけど、あまりに適当に扱ッてたみたいでチョットムカッ腹立ちまして。だってぇ、いっくんのクローンって事ハ、フユちゃんの弟って事でしョ?」
 ミューゼルの問いに対する答えになって無い返事だった。

「えと、それで?」
「だかラ、これで実験スるのでは無くて、逆にイらないモノを置いてっテるんですョ」
 だから、促してみたのだが、その答えは余りにゲボックらしからぬものだったので少し、驚く事になるのだった。

———何故なら

「チョットばっかりブッ潰して来マす。あ、お土産持っテ来ますね!」
「いや、要らないわ。あなたのセンスで選んだお土産は何か怖いし」
「手厳しィ!?」
「それより、マテリア23のサンプルは絶対確保して来てね」
「ああ、電話の件の子ですョね。分かってますよ! アレは非常に研究し甲斐のあるサンプルですカらね!! 忘れる訳がありませんョ!」

 ……何故なら、ゲボックによる攻撃宣言だったからだ。これは非常に珍しい。
 しかし、別に初めてと言う訳ではない。
 人/器(わーいましん)の襲撃、白騎士事件の際の各国の反応など。

 ゲボックはこれまでの事例を見るに、例外なく千冬への悪意や敵意に対しては必ず、攻撃的行動をとるのだ。
 しかし、今回はおかしい。

 ゲボックは経過をミューゼルに聞いている。
 一夏のクローンの一体、『マテリア23』についてである。
 つまり、事体は掌握済みで、その上で今まで看過して来ていたのだ。
 何故、今更それに敵意を向けるのか。

 それは、分からない———

「それじゃ、行きマしョうか『灰の三十番』!」
 その命令に反応したのか。
 ゲボックの白衣が急に膨らむ。
 そのあちこちからガラス状の突起が突き出して来る。
 ゆっくりと、光を帯び始め、ゲボックの姿が歪み初める。

「局所限定空間歪曲!?」
 空間の歪みは僅かにでも生ずれば巨大な範囲へ大幅にその歪みを広げる。

 アインシュタインが相対性理論の証明をする為に、日食時太陽の影にある筈の星を世界に確認させた。
 太陽程の質量があれば、その影にある存在を歪められた空間に従い我々の眼に届く程に、空間は歪む。

 太陽の大きさを考えれば、その規模の広さが分かるであろう。
 それ程に、空間への干渉は与える影響が凄まじいのだ。

 しかし、歪んでいるのはゲボックの姿だけだ。
 ミューゼルのISは、全く空間歪曲の影響を報告して来ない。
 歪曲範囲が局所のみであり、それ以外の影響が全く無い、と言う事だ。
 一体どうやって空間の影響を殺しているのか、全く想像もつかなかった。

 そして次の瞬間。
 空間の歪みを利用し、一瞬にしてゲボックはターゲットとなる研究所へ文字通り『跳んだ』のだった。



 残ったミューゼルは嘆息する。
「———本当、驚嘆の更新に滞りの無い人ね」
「今、アニキ来てたのか?」
「あら、ティム。一足遅かったわね。すれ違いで出て行ったわ」
 そこに新たにやって来たのはティムだった。
 なんかコードを貰ってからは男装はしていなかった。具体的に言うと、体のラインを隠していない。
 まあ、恰好は以前通りラフで口調も男だったのだが。

「今はもう、オータムだからそう呼んでくれよミューゼル。あと、別にアニキに会いたい気持ちは微塵も無いし」
「え———と、そう言うのはツンデレって言うんだっけ?」
「神なんて信じてないけど神に誓ってそれは無い!」
 力説だった。懇願だったともいう。

「あと、私も今はスコールよ。ファミリーネームはそのままだから呼んでも違いは無いけれど」
「……分かったよ。それで、アニキが確保に行ったマテリア23ってなんだ?」
「ブリュンヒルデの弟。そのクローンの一体よ」
「あー……それは知ってる。ンな名前だったか。しかし、いつ細胞採取されたんかね……?」
「『あのパワードスーツ』がちゃっかりとね」
「『あのパワードスーツ』の野郎かぁ……ぶっ殺したと思ったがやっぱり影武者だったか、クソ」
「オータムもまだまだ甘いわね。『あのパワードスーツ』が自ら動くような危ない真似する訳無いでしょう?」
「そうだったな『あのパワードスーツ』野郎、今度こそぶっ殺してやる……」
 一応幹部なのに名前を憶えられていない『パワードスーツ脱げない病』の亡国機業作戦部所属幹部であった。
 何となく、山口的な印象を受ける。
 酒の会を設けたら仲良くなるかも知れない。

「しかし、なんでまたアイツのクローンをわざわざアニキが回収に行くんだ? ぶっ潰すのは、まぁ、行動パターンの一つにはあったから。あぁ、珍しいなぁぐらいは思うけど、驚く事じゃねえが。
 何でも言う事聞くアニキだけどよ、研究的に無意味なもんはあんまりしないぞ?」
「彼的には、研究において無駄は無い、って言いそうだけどね」
「いや、マジで言うだろうから怖いけどよ。アニキ、アイツしょっちゅう攫っては千冬の姉御と戯れ合ってんだろ? クローンなんて自分で作れよ、アニキなら、ボタン一つで1700円ぐらいありゃ手軽く作れそうだし」
「もっと安く作れるらしいわね」
「命が軽いなあぁ———まぁ、人の事言えない所で生まれ育ったがよ、私も」
 言ったん話が脱線したので打ち切る事にする。コーヒーを淹れて来て一息つくと、スコールが本題を切り出す事にする。

「ええとね。それが、このクローン体が少々特別だからよ」
「…………どういう事?」
「この個体はね———ISを起動させたのよ」

 男がISを起動させた。それが示す事を、オータムとて理解していないわけではない。

「なにいいいいいいいいいいいいいい!? いや、男だろ!? 性反転クローンとかじゃ無くて!」
「ええ。実際性反転クローンも作られて、そっちは順調にIS稼動させてるみたいだけどね」

「つー事は何か? これから男もISが動かせるような研究が始まるのか?」
「いいえ、そうはならなかったわ」
「は? なんでまた? 女尊男卑の風潮でも、これは潰せねえだろ、それ程のもんだぞ!?」
「他の個体は、誰も反応しなかったの」
「人工物中の天然物ってことか? いやでも、それならなおさらその個体からまたクローン作って、とかならねえか?」
「ならなかったわ」
 ミューゼルは目蓋を閉じ、その時の光景を目蓋の裏に馳せる。

「起動はしたけどね―――起こったのよ……拒絶反応が」
「は? そんなもの起こるのか? 普通、男相手だと———」
「ええ、無反応。でもね、今回起きたのは紛れもない拒絶。
 起動した直後、ISはまるで免疫反応のように、搭乗していたクローン体『マテリア23』を攻撃した。だけどね、マテリア23の方も、ただ排除されはしなかった。ISコアに干渉し、ISそのものを、強引に自分に合わせて作り替えようとした———その結果、初搭乗時に第一次移行(ファースト・シフト)を通り越して第二次形態移行(セカンドシフト)に到達、そのうえ、クローン故に細胞が脆弱で、ISからの攻撃で崩壊しかけていた肉体を維持する為に『そういう』単一仕様能力(ワン・オフ・アビリティ)を発動までさせたのよ」
「はぁ!?」
 ぽかんと口がひらく。待って欲しい面持ちであった。

「何だそれ化け物かよ! 私のスティンガーだってまだ第一形態なんだってのに、初搭乗時に第二形態に移行した上にワンオフだぁ!? 織斑ってのはクローンまで化けもん揃いなのかよ!」
「ええ、ことここに限ってはね、そう言っても良いわ。その場にいた研究員はね、一人残らずそのワンオフに食い殺されたのだから。
 その事実に気付いたのは、マテリア23が結局ISから弾かれて『崩れている』最中だった所に突入した職員だったらしいわね。しかも、映像記録で……目撃者が一人も居ないのだもの」

 ミューゼルは淡々と話すが、一つ、不可解な単語があった事に気付く。
「食い殺した……?」
 ISが、人を食う。いや、ISで、人が人を食ったのか。

「ええ、まるで吸精鬼のようにね。どこに隠れても無駄。そのISから放たれた光は、遮蔽物を一切無視して這いより、触れた者を全て干涸びさせたそうよ。命とか、体液とか、それら全てを吸い尽くしたのね―――そしてね、その中には、ISもあったのだけれど……それさえも含めて。ええ、絶対防御も完膚無きに無視して次々捕食していった」
「なんだよ、それ———」
「ええ。彼が興味を引かれるには、充分な逸材でしょう? それに———」
「まだあんのかよ!」

 スコールは何かホラーを垣間見るように。
「『彼』は、ISの拒絶反応で骨も肉も構わず一緒くたに溶けだしたのよ。そんな状態にも関わらず彼は死なず、意識を決して手放さず、自分を拒絶したISと、捕食して搭乗者が居なくなったISを———自分の乗機ですら無いIS———に対してまで遠隔干渉し、自分が実験廃棄物として処分する事を阻止した———」
「オリジナルであるアイツと同じか……ISの遠隔干渉……ッ!」
「ええ、これでは流石に処分はできない。彼は『絶対に死なせてはならないサンプル』として、保管される事となったわけよ」
「で、アニキはその回収に行った訳か」
「えぇ……ただ……」
 Dr.は、遠隔干渉を『人徳』と言ったのだけど……。
 その『彼』の場合、果たしてそこはどうだったのかしらね。

 スコールは、その実験体の精神性を想像しつつ、決定的な問題点を言う。

「実は私はね、『あのパワードスーツ』が『AuAg』の指示でMs' 織村の弟を素体としたクローンを作り出したのは、結構初期から知っていたのよ」
 他の幹部の元に手を忍ばせる。
 同じ組織と言えど、何時敵になるか分からないからだ。これは、この手の組織としてはむしろ当然、義務と言っても良い行為だだから、そこについては疑問など無いが。
「……え? そりゃまた、それならなんで今頃話題にするんだ? 潰すにしろ、ほっとくにしろ。もっと速く動くんじゃ……」

「ちょっと、そのクローンに仕込みをしたのよ……マテリア23にね」
「………………何を? で、アニキは?」
「既に報告済みよ彼も承知済み」
「…………一体、何組み込んだんだよ、アニキが興味抱いている事体が起きるような事なんて、特に科学に特化している訳が無いスコールが仕込めるだなんてちょっと想像がつかないんだが……」
「えぇ、そうね.私も一体何が起きるかなんて想像もしていなかった。ただ、興味があっただけよ」
 そのマテリア23に何をしたのか。
 スコールは妖艶に、クスリと微笑む。
 思わず同性であるオータムですら頬を赤らめてしまうその口元から、出た単語は、極ありふれたものだった。

「それはね———『水』よ」
「…………はぁ?? 水ぅ?」
「そ、水」

 それは、至極真っ当な返事であっただろう。
 水など組み込んでも、自然に排除されているだろうに。
「当然、ただの水ではないわ。これはね、『水』であるのに多量の生命力を含んだ、水分子でありながら生命体である『何か』。世界でたった一人、ある天才の体内に、同居していた『何か』。試しに、それをショウジョウバエに与えてみたらとんでも無い事になったのよ、その『水』は。
「えーと、どんな風に?」
「その蝿が幼虫、つまりウジ虫だった頃に、この『水』を与えてみたのよ。凄かったわよ、熊を攫って超音速で飛び回る3m大の巨大蝿が生まれたのだもの」
「怪獣生成水かよ!?」
「正しくは生命を増強させる生命体である『水』よ。そして、それは力や大きさだけじゃない。ねぇ、ティ……じゃなかったわね、オータム。人間の最大の特徴って何だと思う?」
「人間の特徴ってそりゃあ……文明を作り出す程の知性だ……て……って、まさかおい」
「そう、その『水』を初めから内包していた人間は、本当に私達と同じ人間なのか、と疑問に思う程に圧倒的な知性を内包した頭脳を有して———」
「ちょっと待てスコール、まさかそれって……」
「ええ。ISの初めての起動実験って、どんな状況だと思う?」

「ああ、研究所に居た頃、ベッキーに聞いてたんだけどよ。確か、わーいましんの初起動試験時に、迎撃の為にコアだけを直結起動させたんだろ? アニキが量子展開を用いてホーミングレールガンを喚び出してブッ飛ばしたらしい…………ってなぁ、スコール、一つ良いか……おい、ちょっと待って、くれ」
「あら、気付いた?」
 くすくすと、微笑むスコール。

「今更、いや、本当今更気付いたんだけどよ……なんで……なんでアニキが、ISコアの機能を発揮出来るんだよ」
「そう、驚いたでしょう? この世界でね、初めてISを用いたのは男性、しかもDr.ゲボックその人だったのよ、笑えないわよねぇ? そしてね、その後どうなったかも知ってるでしょ?」
「ああ、確か………………ISに嫌われて拒絶反応が起きたせいで全身の血管破裂するわ、靭帯断裂するわ内臓が…………………………て、おい、ちょっ、まさか——————ッ!?」
「えぇ———どこかで、聞いたような話でしょう? マテリア23は、ただのクローンじゃない。きっと、オリジナルの織斑一夏は、それだけでは無い、なにか特別何かがあったんでしょう。Dr.的に言うなら人徳としか言えない程理不尽な何かが。だって、マテリア23以外のクローンは誰一人、ISがぴくりとも反応しなかったのだし」

「ただ今戻りマしたョ〜!」
「アニキ!? っていうか帰って来たのかそんで早ッ!」
 その時であった。
 どんな速度で行動して来たのか、会話中に全て用事を済ませたゲボックが帰って来たのだ。
 スコールはゲボックが帰って来たので全てはここまでだ、と。そして、サービスとしてただ一つだけ告げる。
「マテリア23はね? 私がこっそり、Dr.ゲボックの因子を組み込んで生み出されたやや特殊なクローンなのよ。つまりね、マテリア23がISを使えたのは織斑一夏の因子の為では無い。他でもないゲボック・ギャクサッツの因子を組み込んで生まれて来た唯一のクローンだからなのよ―――つまりね」

 スコールは微笑を深くする。
 眼前に居るオータムを呑み込むかのように。
 どこまでも、仄暗い水の底へ———

「正真正銘、マテリア23は、ゲボックの子と言える存在なのよ」
「そいつもまた不幸だよなぁ……」
 しみじみ憐れんでしまった。

「オヤオヤ? なぁんの話をシているんですかァ〜? 小生も混ぜて下さいョ!」
 で、そんな時にゲボックが室内に到着した。
 何故帰りは歩きなんだお前。
 まあ、盛り上がっている所にヘラっと入って来られたらそれはそれで心臓が止まりかけるのだが。
「ってうわぁ!? 何持って来てるんだよアニキ!?」
 ゲボックは大きなガラスシリンダーを担いでいる。
 テイムが言っている『何』とは、その中に浮いているピンクの大きい肉塊である。
 正直、見た目は気持ち悪いが、これは、毛嫌っているものではない。

「ナニって、さっきも言ッてたマテリア23ノ脳ですョ! なンかもう、脳みソしか残って無いサンプルですけどネ!」

 脳だった。そのまんま。

「うわあああああ! キモイキモイ、故郷で脳天撃たれて中身飛び出たジョンとか思い出すから止めてくれって!」
「ジョンって誰でスか……?」

 肉体が崩壊し、しかし脳は残った残骸———即ち、何とか一命を取り留めた。マテリア23である。
 何故、脳だけは残ったのか。
 人は知性に特化した生物である。
 『水』が生物の特徴を引き延ばすのならば、人ならばどうなるか。
 それが、脳なのでは無いだろうか。
 そして、同時に生命力が『強化』されたが故に、脳だけは崩壊しなかった。そう言えるのではなかろうか。

「酷いですネ!この子はマだ生きてるんダから、そんな悪口ヤめて下さいョ!」
「ああ、御免なさい! でもアニキに真っ当に説教されると死ぬ程ムカつくわ!」
「失礼ナ子ですねェ。お尻ペンペンしますョ」
「止めろコラ! その仕草は叩くっつーかドリル(左手)尻にねじ込んでるじゃねぇかッ!」
 ぶんぶん下手くそにジャブってるゲボックだった。こんなもの食らったら尻が砕け散る。技能はアレでもドリルはゲボック製なのだから、その恐ろしさ推して知るべし。

「ああ、そうそう、この子と契約が付いたんで、二人とも協力お願イしますね!」
 許可も得ずに勝手に喋りだすゲボック。
 正直、好奇心優先でその他はどうでも良いように見えるのがあたかもゲボックなのだが。

「何をだよ」
「私も?」

「えェ」
 ゲボックは大げさに頷き。すぐにグニョりと胸を反らす。
 そして。

「彼に新しい、ソりゃとっテも素晴らしい体を作ってあげるんでスョ!」
 と自慢げに言うのだった。


















 そして、同時刻、束の精神世界内。

「いやいや、あと5秒で十分だよ」
「……は?」

 天女が捕獲した少女は、気付けば燕尾服へと衣装替えしており。
 頭からぴょこりと跳ねるウサ耳ならぬ生身のウサギ耳。
 振り向けば、合うはずの視線が無い。

 束の顔があるはずの場所には、しかし、目も鼻も口も無い。
 顔のある場所には、代わりにカチカチと時計の秒針が時を刻んでいる。
 二本足で立ち上がる燕尾服の兎が、狂い帽子屋のように嗤っている。
「ひっ……!」
 離脱しようとするが、逃げられない。
 時計顔(クロックフェイス)白兎(ホワイトラビット)ががっしりと銀布に絡み付いて離さない。

「やった! 仲間を見つけた! もう一人じゃない! 寂しくない! 恐くない! もう何も———おぉ、危ない、首丸齧りにされるところだった、なんでかいっくんの傍に居そうだよね。将来、じゃなくて、どこにも行かないで、一人にしないでよとか? あーもぅ、面倒臭いや、はい、1、0ッ!!」

 白兎が爆発散した。

 極めて極所的な爆発だったが、威力は相当だったのか、天女の肉体が砕け散る。
 ここは束の精神世界なのであくまでイメージなのだが、二人が行っているのは精神世界での攻防である。
 イメージの破壊は直接、精神へのダメージへと繋がる。

「やっぽー」
「てててててって、てててて」
「それって瓶の中に錠剤ぶち込んでばい菌ぶっ殺すゲームのBGMだよね」
「UFOに乗って飛んでいくところまでは楽勝なんだけどなぁ……」
「帰ってくるって本当なのかなー」
 破損したイメージの肉体に、次々とぷち束が侵食を開始した。

 瞬間。

 銀布の各所から、次々と進入する束と同対数のウサ耳が体から突き出してくる。
 銀布だけではなく、その美麗な肉体の随所にまで、ウサ耳や蝶の触覚が無造作に生える。
 それは、宿リ蜂が寄生した蝶の蛹を食い破る姿にも見えた。

 束による侵食の反撃は、束に侵入した経路を逆流し、現実世界への肉体にまで及ぶ。

 天女が精神的汚染で侵食するならば、束の場合は脳生理学的潜入だった。
 その実態は、脳内のシナプスによって構築される自我を生み出す量子コンピューターと言っていい頭脳へ向けた『脳汚染コンピューターウィルス』といって良い代物だったのだ。

 精神と言う土台上での勝負で叶わないのならば、精神を構築する脳を電子的に破壊しつくしてしまえば良い。



「あははははははは! お前みたいな奴の手口こそマンネリぎみでお見通しなんだよ! 漫画ぐらい読んで出直してこいってば!
ハートを体の外に隠せない? 馬ッ鹿じゃないの!? 常識なんてみみっちぃ物差しで束さんを計ってるんじゃまだまだなんだよ!」
 嗤う、嗤う、嗤う。
 天の手違いが嗤う。
 心臓です。どっきんどっきん。とか言ってるハート型の着ぐるみを着たぷち束が何か言っている傍で束は嗤う。

 その表情は凄惨だった。
 満面の笑み。しかし、眼窩、耳鼻、口角。
 頭部にあるあらゆる穴と言う穴から流血していた。
 自己脳内における論理爆弾の発動は束自身にも少なくないダメージを及ぼしていたのだ。
 口は、精神戦中に唇を噛み切ったからである。束にしてみてもかなり危ない攻防であったのだ。
 精神だけならば80年ほどブッ通しでチェスを打ち続けていた程の体感時間と徒労感。
 並みの精神ならとっくに砕け散るほどの心労であった。



「ぎっ、か、あな、な、あなた、は———」
「おや、まだ人格が分解されきってないなんて驚き驚き。そーだなー、いいもの見せてあげよっか。先ずは問題いっくよん? 
ここにぷち束はいったい何体いるのでしょーか?」

 そう、この部屋は二人を圧殺せんばかりにぷち束がひしめいていた。
 精神世界闘争が始まる少し前からずっと、ぷち束が生み出され続けていたからだ。

「そんな、そ、それは———三人だだ、けの世界大戦でエネルギーコストが、が弱点で、ある、る、と判明していた、は———」
「ふーん、やっぱり観測できてたのか……。まぁ、ゲボ君はIS相手には情報操作しないって言ってたしね。知ってる? 日進月歩って熟語が束さんの国にはあるんだけどね? 束さんがね? 超ー々ー天才の束さんがね? 自分の弱点いつまでも放っておくと思う? その弱点を克服できないと思う?」

 ゲボックの時も、いつか言ったであろう。
 天才の進歩は、まさしく秒単位で別物へと変貌しうる脅威である。

 即ち———



「『絢爛舞踏』」
 多核開発仕様能力(プロジェクト・アビリティ)

 束のISが放つ極彩色の輝きが、紅の紫電を纏い始める。
「束さんにエネルギーコストの問題は最早存在しないのさ! そして問題はとっくに時間切れだよん! 答えはね———?」

 20万8千400体。
 あと67体は仕事中かな?

 束の唇だけが動く。

 あり得ない。
 自己の精神を能力で支配し、分解される脳回路に抗ずるべくサブの思考を構築しつつ———作られた精神が悲鳴をあげる。

 そんな数、この空間のどこにも———

「そうなんだよね———ここはもう、ぷち束(私)で飽和しきっちゃってる。するとねー? 面白い発見なんだけど、空間そのものを触媒にし始めるんだよね。言ってしまえば、ここそのものがもう束さんみたいなものなんだよ。そんでねー? その空間は、束さんのより強い思考に応じてその性質を変貌させるのさ!」

 束が手を掲げる。そうだ。
 周囲の空間そのものが束の分身体が浸透してきているというのなら、精神支配の能力で乗っとれる筈だ。
 そうして、その恐ろしいまでの才覚と能力を奪ってみせる。
 だからこそ、始まりの一人から——————

「ッ!」
 発動しない。
 今まで何千もの傀儡を生み出してきた彼女の単一仕様能力が、発動しない。

「とっくに、お前とその雑巾ISとの接続は分断済みだよ」
 周囲の空間が束の思考に応じて変貌する。
 ピンクのファンシーな、かつ無駄に豪勢な椅子が実体化、束はよいしょあー、と掛け声と共にそれに腰掛ける。
「さーて、束さんの作ってきたISと、お前の雑巾ISと———あと海星のアレ? について色々教えてもらおうかな! 束さんには夢があるからね! それを叶える為に色々がんばってるのさ!」
「ゆ———め———」
「うん。お前たちのせいで見れた、『灰の三番』のあり方を見て、ちょっとねー」
 束は両手を挙げる。
「愛って良いよねー」
 何を———?

「だから、さ———いつまでも人の中にいるんじゃねえよ、ばい菌は免疫で駆逐されるのが正しいあり方なんだからさ! さーて、お前の情報、隈なく隅々まできっちりかっちり! バラしてタグつけまとめて並べて晒してやんよんっ!」

 それは、完全な人間性の否定だった。
 さもあらん。
 束にとって、それは、人間ではないのだから。

「まさか———」
 まさか、お前は———
 篠ノ之束。
 
 分解される思考の中、地に落ちた天女は、それまで意識していなかった原初の記憶を掘り起こす。
 それは、余計なものがそぎ取られていく最中であったからこそ、気付けた事。

「おま、え、は———シノノ———」
 篠ノ之束。
 そして、織斑千冬。

「そう、か! 逆だ……ったの、っ」
「なに? 何の事さ———」
 崩壊寸前の精神であるが故の単語の羅列。そこに、何か鍵となるものを見出した束は。

———緊急警告! 単一仕様能力。『不滅なる闇』を確認。退避して下さい!
 己の保有する全ISコアが訴えた緊急警告が全てを遮った。
「……マインドコントロールではない方……?」

 銀布が一部、金色に輝く。
 それは、オーギュストの髪に似た輝きであったが……。

 それに含まれているものの禍々しさに、さすがの束も退避を全力で行使する。
 これは、どちらかといえば生物的本能だった。

 関われば、死ぬ。何の根拠も理由も無く、ただその結果が待っているのだと。
 直感がその身を動かした。

 まだ起動してないのにこれなのだ。

 切り札か、もしくは。

 その時、雷蝶の非固定浮遊部位、蝶の翼にに何かが引っかかった。
 見れば、オーギュストと同じAuシリーズの一体。天女の複製。その中でも一際幼い個体であった。
 二人の激突でなお、原形をとどめている強運の個体であったと言える。
 しかし、ここの培養槽内に居た、と言う事は———
「そう言えば、ちーちゃんも似たようなの育ててるって言ってたしね。育てゲーってのも面白いかも。比べてみるのもまた愛か。うーむ。良いねそれ!」

「なんとも麗しき刺身ミサイル。針の山にてプロファイルを聞いておりません」
「賢く無き甘味は数え始めた極彩の戦車を掘りあてアロン鋏をへそでわかそう」
「うわ何気持ち悪っ!」
 周囲では支離滅裂な事を呟く研究員たちが徘徊している。

「どれだけ汚染してたんだあの病原菌。能力解除したら廃人しか残ってないって、ねぇ」
 おぞましき気配の中心へ視線を向ければ。



「あははははははははははははは! そうか! そうだったのねシノノ、貴女は、まだ———」
 天女は、ただ笑っていた。
 嗤い。
 ふと、目が濁り。
 何の前触れも無く、無抵抗に倒れた。



 ———死んでいた

「……なんで死んだの? 肉体は殆ど無傷だったってのに?」
 直感は正しかった。
 直感通りであるというのに。
 やはり何が起きたか分からない。
 不快極まりない。
 天才、篠ノ之束にとって、それは自負を傷つけられる事態だ。
 しかし、それに気をとられている時間は無いようだった。

 『それ』が広がってくる。
 恐るべき速さで、迫ってくる。
 まるで誰一人逃さぬように。

 おそらく、本来ならばもっと恐ろしく早いのだ。
 一瞬で侵食し、広がるのだろうが、その発生源は先程から既に、『束空間』ともいえるもので構成されていた。
 異なる空間法則同士のせめぎ合いが、侵食を緩やかなものにしているのだろうと辺りをつける。

 どうやら精神には影響しないようだ。
 もし、機能するならば真っ先に束が死んでいる。
 ただ生物を殺す機能。

 広がるその『気配』に触れた研究員たちは、奇声的な言動をピタリと止めて、目を濁らせ、抵抗も無く死んでいく。

「不可視のシ●ガミ様ですかって、マジですかオカルトだよそれってば! 逃がす気はないって? いい度胸じゃないっ!」
 抱いている幼子を捨てれば、史上最高クラスのスペックを有する束の雷蝶だ。逃げ切るのは容易だろう。

 本来、他者などどうでもいい束だったが。
 千冬が先ず脳裏に浮かんだ。
 衛星で覗いていたのだが、この娘に酷似している(束は先天的に人の見分けが苦手である)人間に目を掛けていた。

 次に、『灰の三番』の、自己犠牲の様を回想した。
 地の繋がりも無く、しかし、使命とやらも己が保身も省みない。

 そして———『夢』。
 へらへらと笑っている男がこっちを見ている。
 そんな情景が浮かんだ。
 男は汚れた白衣を着て、いつでも、どんなときでも、楽しそうにしていた。

 束は、それに手を伸ばして———

 私は、束さんは、全てを———



「えええええええええええいっ!」
 絢爛舞踏発動、満ち溢れるエネルギーが束空間をより濃密化させる。
 ある意味、自分の内側に凶悪的な気配がある不快感を、遠隔的に感じるのが鋭敏化したわけだが、不快感を押さえ込み、束はその侵食を遅延させ、逃走方向を真上に切り替える。
 絢爛舞踏が生み出した空前絶後の出力は、蝶型ステッキから放たれる斬撃属性のエネルギー波を大斬撃と言って良い規模で構築、一夏に教授した要領で天井を一気に屋上まで切り裂くや瞬時加速。
 取り込んだのはこれまた絢爛舞踏の規格違いの出力だ。
 爆発的な速度で真上に打ち上げられる束。
 発生した莫大なGを、驚異的な演算能力で弾き出したマニュアルPIC操作が銀髪の幼子が圧死するのを防ぐ。
 変わりにぐえええええと呻いている束は、自分の防御を忘れていたのだろう。
 リアル大気圏突破なんて目じゃねえぜ! とぷち束が叫んでいるのでモロ凄いGなのは違いない。

 上空数千m程に昇った後だろう。
 眼下を見下ろす。
 このままだと、あの禍々しい『単一仕様能力』はかなりの範囲に拡大していくだろう。

 別にどれだけ死なれても束は構わないが。
 この国には千冬が居る。またぞろ首を突っ込むであろうあの愛しい幼馴染を思い出し、うん、やっぱ私ってば献身的、尽くす女! なんて本気で思った束は研究所内で鬩ぎ合っている己の空間に命ずる。

 紡ぐのは引き金(トリガー)となる詩。

「ねぇ。
 本当のわたし(きみ)は誰なんだい?
 わたし(きみ)の好きにすればいい。
 わたし(きみ)の本当の形はわたし(きみ)しか知らない。
 誰もわたし(きみ)の形を縛ってなんかいない———純粋な怒りに、振り下ろされる無慈悲な鉄槌に、残さぬ愛に、破壊の賛美そのものに———



 変われ———凝縮魔空砲」



 研究所の最奥。
 互いに食い込み合っていた単一仕様能力の片割れが、最も概念的に極めて純粋に破壊へと転じた。

 その破壊は、生命体を即死させていたエネルギーが及ぶ空間そのものまで巻き込んで大破壊、研究所を跡形も無く一挙に空間のゆり返しで委細残さず完全に粉砕消滅した。
 吹き上がる衝撃波、広がる波動。そこにあった全ての物質が原子レベルで微塵の破片さえ残さず粉砕され、文字通り破壊という破壊がその場にあったものを区別無く破砕消滅させた。
 傍から見えるのはその余波で破壊された、範囲の外側にあった物らの延焼や崩壊である。
 即座に立ち上がったきのこ雲が一瞬にして束を巻き込んで立ち上がる。

「うぉぷっ!? ………………おぉうっ! ちょっとやりすぎちゃった、てへ☆」
 誰も見ていないが、やるのは束クォリティである。

 ちょっとばかり本気になりすぎたのか。
 まさかきのこ雲が出るほどの大爆発が起きるとは思っていなかった束は、持って来た少女ごとくるみこむように大きく範囲を広げたシールドを纏ったまま、きのこ雲を脱出。

「しかしねぇ。アレってやっぱ、エウロパのかなぁ……それとも……」
 ふぅむ、と空中で考え込む束。
 鼻を擦って指が黒くなったのを確認すると、よく見れば、全身これ似たような状態だった。

「ふぃー、汚れっちったぜ。どうしたもんかな。もんかなー」
 よいしょー。と、一緒に連れて来た幼子を持ち上げる。
 パワーアシストがあるため、実際は全く重くないのだが、精神的疲労のため、今なら箸を持ち上げるときでも言いそうな束である。

 観察するは、さっき戦っていた相手をそのまま幼くしたような容姿。
 しかし、束はそんな細かい差異が分からない。
 ああ、髪の色同じだね、ぐらいだ。

 だからなのだろう、さっきまで殺しあっていた相手のクローンであるという事には頓着というか、複雑な思いは一切抱かなかった。

「まず色々直したり補強しないとね。予防接種とか必要かな? あとはそうだ! めちゃんこ可愛くしてあげよう! えーとね、えーとね! うん。色々だ! 他は母親にでも聞くかなー?」
 既に彼女の頭は、次なる予定でギュンギュン高速回転していたのだから。













 ———翌日———

 箒の元に束から子供ってどうやって育てりゃいいのかな(間違って母親ではなくて妹の方に行った。開封するまで差出人不明)? などと書いてあった手紙が届いたため、箒は含みかけていたお茶を全力で噴出した。思わずもれた叫びが、ぶわちゃああああああ! で、あったと言う。

 そりゃそうである。
 姉と関わりあいそうな男性は箒の知る限り二人しか(+父?)居ないのだ。
 一人は箒の主観と独断、ならびに偏見で、相手が自分であると断定して排除したため、残る一人は姉の同類のあの男だ。

 背中にびっしりと脂汗を噴き出させた箒は、正座のまま、その真意を読み取るべく、じっと手紙と正対し続けていたらしい。
 また一つ、姉へのトラウマが増えたわけである。






「『スターレス・アンドバイブルブラック』……と」
「どうしたんだスコール」
 二人の後ろでは神経の繊細な部分をガリガリ削る甲高い笑い声(マッド仕様)と土木工事現場のような爆音がデュエットしている訳だが。
「大した事ではないわ。四桁コードの幹部が一人潰されたぐらいよ、それより酷い隈ねぇ。ファンデーションちょっと取ってきなさい。治してあげるから」
「いや~、久々に見るとアニキはのテンションはキッツイわ。あの頃はよく生きれたな私。凄いぞ、褒め称えられるぐらいじゃね? あ! それと、やってくれるんなら是非お願いしまっす!」
 徹夜明けでアッパーになってるオータムは、顔をぽふぽふしてもらうイメージを浮かべながら化粧品を取りに行く。
 かつて、グレイには初日で性別がばれた(生物兵器に風呂で取り囲まれのぼせた事件。結構マジ死ぬとこだった)ので化粧の手ほどきはバッチリだったりする。

 一方。
「手伝うのは構わないのだけれど、今何をしているのか、教えて欲しいのだけど」

 マテリア23そのものである脳にペタペタ電極を貼り付けているゲボックにミューゼルは聞いてみた。

「魂の移動、ソの下準備デす」
「……移すの? その脳の中身を」
「えェ、脳を構成する細胞組織も実は限界ニ来てましテ。全身義肢化の施術に耐えラれませんからね」
「『器』が代わっても、その特性は維持できるのかしら」
 ISに反応できる素質然り、己の機体以外にもアクセスできる然り。

「ソれは大丈夫ですネ。それを含めて『魂』と呼ぶノですかラ。もし、そうで無いのナら、小生の溢れる知的探究心は、科学的に復活した時点で、変質シてる筈でショ?」
 確かにアレだ。この馬鹿死んでも治ってない。

「では聞くけれど、よく精神が魂に引き摺られると言うわよね。輪廻転生ものの物語における年齢や性別の変質に言動が左右されてしまう事を。あれは、無いのかしら」

「そりャ、ジェンダーや衝動は、魂では無く肉体から来るものですカら。変わっテるどころか、一次的には魂トは全く関係ありマせんョ? 魂とは、肉体と精神の相互干渉の果テに積み立てられた、『個人を個人足らしめる肉体と精神の蓄積情報群』なんデす。性別や年齢が変わッて、変わったヨうに見えてモ、知った人が見ればその人だと分かるのなら、肉体に魂が及ぼしているもノなど、その時点では一切無いンだなァ。肉体にヨる変化なんてのは、趣味趣向の変化トなんら変わらないモノなのですョ」
 ただ、とゲボックは繋げる。

「魂は先モ言いましタが、肉体と精神の能動的相互作用(インタラクティブ)な影響のデータ集ですカらね。鍛えられた肉体は精神を練磨し、研ぎ澄まされた精神は肉体をより洗練シます。善トか悪とカの、指向性に関しテはまた別ですョ? その結果紡がれるモノが魂です。もし、肉体ガ変われば、追加される経験値に変化が訪れるのは当然です。長期的に見れば魂に影響がアるのは必然なんですね———ただ、忘れてはいケない事ですケど、魂の移動と言う、普通ナら起きる訳ノ無いイレギュラーがモし起きたのなら、前の『器』での蓄積は、新たな『器』で得たデータで覆い隠されるでしョうが、決して無くなるワケデは無い、ト言う事ですね」
 長々と弁を振るったゲボックは再び作業に戻るのだった。本当、揺らぎない男である。
 スコールは珍しく考え込み、ゲボックの意見を噛み砕いているようだった。

 そこに。
「ミューゼルぅううううううううッ!! じゃなかった、えと、スコォオオオオオオオオオオルッ!!!」
 化粧してくれると何だか色々誤摩化されていたオータムがつと現実に戻って大慌てで帰って来たみたいである。

「おや、ティム君どうシましたか? そんなに慌てテ」
「あ、アニキ、今はオータムで頼むわ、じゃなくってスコール! 4桁コードの幹部が潰されたってどういう事なんだ!?」
「あら、やっと気付いたのね」
「そりゃ、スコールに、ねぇ……化粧直しして貰えるなんてなったらもう浮かれて浮かれて……じゃなくて!」
「じゃなくて、ではないわよ? ほら、こっちきなさい、目元直してあげるから」
「お、おぅ……」
 食虫植物に惹かれる虫のようにスコールに吸い寄せられる。
 スコールは陶然としたオータムからファンデーションを受け取り———

 ぱふぱふぱふぱふぱふ……。



「美しさが2、上がったわね」
「Ⅵかよ!? ってか少なっ!?」

 ふぅ、と一息。
「———って、違あああああああああああああああああああ、あ、わないけど!」
「なら、良いじゃない」
「いや違うんだよ、幹部一人くたばったってどう言うことって事で!」
「簡単よ」
 スコールはニッコリと笑い。
「あなたにオーギュスト討伐を依頼した研究所と、『あのパワードスーツ』はそれぞれは知らないけど、根っこでは同じ幹部が糸を引いてたって事。
 篠ノ之博士はそのどちらも辿って幹部を討滅したってだけの話」
「……束の姐さんパねぇ!? ん? ってぇ事は『あのパワードスーツ』もやられたのか?」
 いつの間にやら。

「えぇ、どうも束博士は本人が最も恐れる事をして回ってるみたいでね。パワードスーツどころか防具、果てには衣類まで残さずひっぺがされて凱旋門にぶら下げられたようね」
「わざわざ何故フランスで!?」
 さあ? 束の思考を理解しようとすれば、それこそ日が暮れそうだ。

「まとっているものを一つでも取り外そうものなら恐慌状態になるほどの神経強迫症だったみたいだから、もう発狂してると思うわ」
 てか風呂はどうして居たのか、色々引きつるオータムだが、このパワードスーツは、水と石けんを自動で取り込み、自動的に搭乗者を洗浄する機能が付いている。脱ぎたく無くなる人は増えるかも知れない。無精的な駄目人間的意味で。

「不憫過ぎるなぁ。同情はしないけどよ……で、ところでアニキは脳みそになにしてるんだ?」
「ヨぉくぞ聞いてくれました! サっすがティム君ですね!」
「わぎゃ!? 首!? 首くびクビィ!?」
 実は色々聞いて欲しかった自己顕示欲の強いゲボックである。ほぼ真後ろ向いている。体の殆ど機械化は伊達ではない。
 実は聞いて欲しくてうずうずしていたのである。さっきスコールにはさんざん演説したくせにである。

「魂の移動、ソの下準備デす」
 しかも内容一緒だった。

「で、具体的に何をしているの?」
 やんわり介入するスコール。リピートはごめんだったからだ。
 止めないと延々と繰り返す。説教おばさんと酔っぱらいのくだと科学者の話はぶち切るに限るのだ。

「山痴愚君ファイルのインストール中ですね!」
「何してんのアンタ!?」
 正式には山口ファイルである。
 彼が布教している漫画の静止画ファイルならびに、アニメなどのムービーファイル、更にはゲームに至るまで。山口が厳選したサブカルチャーの随を集めたものである。

 しかし、そんなものを脳に直でブチ込んだらまさに脳の随までオタクに染まる。

「魂の移動で一番重要なの事がアります」
 ゲボックはニヤニヤしながらオータムの周りをぐるぐる回る。
 正直、殴りたい。
「何だと思いますかァ?」
「いや、私に分かる訳ないだろ? そうだなあ、感だけ———」
「それは確信でス!」
「……………………おい」

 ぷっつん来ました。元々オータムの堪忍袋は切れ目が入っているのである。緒なんて切れる必要無しなのだ!

 瞬間、IS、スティンガーの鋏がミシミシとゲボックを挟み込む。
 その膂力はぶった切る勢いである。
「自らの魂が新タな肉体へ移動出来ル事への確痛い痛い痛い! それなんて千切る勢いでスか! 何をするんデす!」
「……アニキこそ、会話のキャッチボールぐらいしろやゴルゥア!?」
 その後始まるゲボックドリルVSサソリ型ISの無駄バトル。
 やれ、ドリルはグーだとか、チョキだってグーに勝てる! いやしかしドリルはグーじゃねえ! と、なんやかんやで同レベルになる二人だった。一緒に暮らしていた年月は伊達ではない。

「ぜはー、ぜはー! で、続きは何だアニキ」
 どれだけ暴れたのか。
 IS搭乗者を生身で息を切らすと言うある意味偉業は誰にも気にも留められる事なく、説明は再開する。

 分かりマした! とゲボックは一礼して。

「信ですネ。移動しタ後も、自分が自分であルと言う確固たる自己認識ガ、実際の成功率に繋がりマす」
「本当に、一切何も挟まないで続きから喋りだした!?」
 だいたい痛がる前でぶつ切りにされた言葉である。
「……Dr.も、この処置をしたのかしら?」
 スコールも聞いてみた。
 何せこの漫画等のデータ、珍しい一般人の友人から貰ったものらしいのだ。
 熟読ぐらいならしているだろう。

「イえ、この作業で必要ナのは魂の移動を確信さセる為に行う『魂なんて移動しない』という常識の破壊でスから、小生は必要ありマせん」
「何でだよ」
「小生は小生の科学を一切疑っていまセんからネ。『絶対に成功するものを疑う』ワけ無いでしョ?」
「あ〜、成る程」
 ゲボックにとって科学とは、神に等しい絶対の指針である。
 もっとも、神そのものですら科学のメスを突き立てそうなのがゲボックなのだが。
 絶対でないのなら、その分だけ、自分が未熟であると言うだけなのだから。
 自分の全霊を注いだものは、常にその時点で絶対に近い科学なのだ。疑う事などある筈も無い。
 しかし、とんでもない自信である。失敗した事が無い訳でもないのに、ゲボックの『自らへの信仰』は強大であった。
 一切の疑いであろうと、混ざれば魂の移動に失敗する確率が生じる。個我は消失、もしくは変質して全く別のものになる可能性があるにも関わらず、何の躊躇いも無い、実際に幾度も死の壁を乗り越えている。
 恐るべき精神性。精神力が強大なのではない。その質が一般から逸脱し過ぎているのだ。
 これは束にも見受けられる。
 天才足らしめるものは、自らがあらゆる先端を行くと言う自負に他ならないのかも知れない。



「デも、一般的な常識デは、『魂』とはオカルトの部類でスから、狂信者でモなければ魂が移動するなンて信じらレ無いでしョ? だから、病み口クんファイルが必要なのです、現代視覚文化にあル、小生の科学かラ見ても、『科学的ではないかも知れない事』がうヨうよと満ちアふれた、一般的なヒト達の夢としてしか描けナい『作品内の世界』———それに思考を馳せ、『自らの居る世界がこうあることも夢想ではないのかも知れない』と投影させる事で、固定観念の箍を外シ易くするンですね」

 つまり、サブカルチャーを用いた、精神誘導儀式。
 しかしそれは。

「なあ、それってつまり、現実と漫画とかアニメの区別を付けられない痛い子に洗脳するって事じゃねえの?」
「死ぬよリはマシですョ」
「認めたし!」

「そこでもウ一工夫です。ヒトはだいたイ、どんな無信心者でもホぼ必ずと言っていい程、死への信仰がアります。ま、ぶっちャけると『自分が死ねばどうなるのか』ってモノでスね。消滅への恐怖とも置き換えられますネ。だから、人は死後を様々に想像しまシた。そこは終わりではないのだト、断崖の果てに自らハまだ飛べるのだと、死の恐怖を誤摩化す訳ですね? これは、宗教、人種、地域に限らず、自己保存本能のアる知的生命体ナらば必然と発生する思考デす。その信仰の一つに、『魂の移動』に類推するものがありマす。それを、流用して、認識を更に施術に適したものへ誘導サせるんですね。そこでお二人には協力シて欲しいのです。まずティム君」
「オータムだ」

 言い切るティムだった。組織人の顔だったので、ゲボックも不満顔だけは止める。
 しかし、言葉は洩れてしまったようで。
「…………別に良いジゃないですか、小生は組織の人じゃ無いでしョー、ケチですねえ。ふぅ、オータム君は、施術処置の協力をお願いシます。ミューちゃんに頼んで、これをもって来たので、お願いしマす」
 と言って、ゲボックは結晶を机に上げる。

「…………ISコア?」
「えぇ、これの扱いはオータム君の方が得意でしョ? 小生は上手く機嫌をあやせられまセんから」
「んっ、確かにアニキは、ISコアに嫌われている節があるしな」
「残念な事にソうなんでスョね。小生はISに嫌われていますかラ」
「でも、なんだこれ……本当にISコアか? なんか、ちょっと形が妙な……」
「えぇ、例の試運転の際、彼が実際乗っていたISのものですね」
「…………また喧嘩するんじゃねーの?」
「今回は、そうはシないですョ」
「ふぅん……」
 ティムは、釈然としない表情を浮かべながらも、ISコアにコネクタ等を付けて行く。

「それで、私は何をするの?」
「ああ、ミューちゃんは『彼』相手に一芝居お願いしマす! ミューちゃんはそう言う、男を騙スのが得意そうですし!」
「…………ねえ、Dr.殴っても良いかしら……」
「ここが魂の移動をこナせるか否かの分水量なので是非とも頑張って下さイ!」
「話聞かないわね、本当……でも、意外と地味に責任重大よね……」
「ええ、世界の覇権が掛かってるのでスョ」
「スケール大きいわねえ」
「当然でス! これは、小生の知り合いの中ではミューちゃんにしか出来ない事なんですョ!」
「へえ。で、私は何をすれば良いのかしら」

「山串君によれば、金髪でおっぱいが大きい事が必要らしいですから」
「見た目だけで選ばれてた………………!」
 珍しく愕然とするスコールにゲボックはあと演義力も必要なんです! といいつつ、オータムの作業の最新整備を整え、スコールにきらびやかな衣装を渡すと。
「おお、お似合イですね! まさしくソのものですョ! 魂の移動に類推する概念———






































 輪廻転生(リーン・カーネーション)の女神様にはネ」









 そして、『彼』は世界に再誕することとなる。











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 余談

「くっ! なかなか手強いわね!」
・てめぇこそ! 人間のくせになかなかやるじゃねえか!
「言ってなさい!」

 さて。
 IS学園でさえ教本に出来そうな激闘(長くなるので割愛)を繰り広げる日本政府諜報員の少女と『茶の七番』ことラヴィニアの激闘は、巨大な手で差し押さえられる事となる。
「これはっ! サハラの……!」
・植物女! 邪魔すんじゃねえ!
「そうはいかない」

 地面の中から巨大な樹木が腕の形を取って二人の行動を阻害していた。
 しかも炭素結合を組み替え、最大硬度を有するフラーレンに変化させてだ。
 その中央から、露出の多い緑色の女が生えて来る。
 本当に必要最低限の場所のみを樹皮で出来た装甲で覆い隠した彼女は、当ゲボックウォークラリーの違反行為等を取り締まるジャッジである生物兵器『翠の一番』だ。

「ウォークラリー中にISで飛行する等すると、徒歩による労働が省略されてしまう。意義に反する。アウトだ。あと、ラヴィニア。お前は教唆のため同じ罰を一緒に受けてもらう」

 ペナルティ、と言った彼女が指差す方には。黒い球体があった。
 巨大である。
 直径10mはあろうか。
 それが、一切れ切り取られたケーキのように欠け、その中に牙がずらりと並ぶ。
 側面にぎらりと瞳が浮かび上がり、それが———
「これってまさか、ビッグワン———」
 髪梳は見覚えのあるその姿にゾワリと毛虫が背筋を駆け上がる幻覚を抱いた。
 本能的警戒に他ならなかった。

 しゃぎゃしゃぎゃしゃぎゃしゃぎゃ———ッ!

 それが、一気に地面を食い荒らしながらこちらに迫って来る。
「暫く追われているがいい」

・うぉおおおおおお!? もう一匹出て来たアアアアアア!
「いいいいいやあああああああああ! ああああ、もう! 憶えておきなさいよ、ゲボックウェポンんんんんんッ!」

 その後、二人は戦闘によって、元々切れる寸前だったISのエネルギーが尽き、走ってなお追いかけ続けられると言う地獄を垣間見、実にフルマラソンに届こうかと言う逃走劇を繰り広げた後、結局食われ、リタイアとなったそうな。






 この後から、髪梳が無意識にゲボック製生物兵器に感情を剥き出しにするようになるのは、余談である。
 家督を継ぐ試験だったそうで、統首としての名を継承するのが半年遅れたのだそうな。

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 幼馴染二人に愛されまくっている千冬さんの巻き。

 しかし、難産だったのに……束が出た途端に筆がノりまくって自分で吹いた。
 やば、俺自身は束がかなり気に入っているっぽい。

 至上七番目の長さになってしまったぜよ、エピローグじゃねえ!?



 これにて、過去編は終了です。今までお付き合い頂き、ありがとう御座いました。
 これからは、原作編一本で通す予定。お時間と根気に満ちあふれる方はこれ以後もお付き頂ければ幸いです(私が)。

 この後で原作編1話を見るとあれ? となりますが設定ミスではないのであしからず。

 さて。これからまずは、遭遇編のネタバレ集です。年末年始内に作り上げる予定ですので、その他版でその時はお会いしましょう。


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[27648] 結節編 元ネタバレ集
Name: 九十欠◆82f89e93 ID:a6979411
Date: 2013/05/04 23:45
 さて、過去編最後の元ネタバレ集でございます。
 いや、なんか話し進むにつれてネタが多い多い。
 執筆しきるのに一月かかってしまいました、誠に申し訳ありません。
 
 文末に、お目汚しながら過去編に付いて執筆後感を記したりしてますが、読み飛ばしてくださっても大丈夫でございます。

 さて———初めましょう(原作編の執筆も)



第1話 来訪者順応

●冒頭

 お恥ずかしながら。元ネタを忘れる。
 なんか、そう言っているキャラが必死になって頭ガリガリ掻き毟っていた気がする。
 あれー? なんだっけ、意気揚々として書いた記憶があるんですが……。
 いやあ、申し訳ありません、マジで面目無い。
 ちなみに今回は、ストーリーの展開と言うか、話の内容的に、ナイトウォッチシリーズ祭りであることを先に述べておこうと思います。

●時間に対するスタンスのぶっ飛びっぷり

 元ネタは『彼女』の同族である『反響』さんである。
 どうも彼女らの『御元』は遥か彼方からこっちを観察しているようで、生物と物体の区別があんまりついてないようで。
 彼らはしばしばとんでもないうっかりをしてしまう。
 『ブギーポップは笑わない』において『反響』は、擬態する人間の時間軸を大幅に間違え、『言葉を必要としないほど精神性の進化した遥か未来の人間』に擬態してしまったようである。
 彼女もまたそれは同様で。
 ただ、同シリーズの『ロスト・メビウス』において、その不調は、『時間をイマジネーターに奪われたから』であるらしいとの一文が出て来て、どれだけですか彼女、と驚愕する事となる。
 しかし、タイプムーンのORTといい、宇宙スケールの存在のおっちょこちょいっぷりはちょっと笑って済ませられないものが多すぎるなぁ。

●サンプルの中でも最高値を示す『工—兵—』に準ずる

 上遠野先生のナイトウォッチシリーズから『工藤兵吾』の事。
 特別な能力も無く、戦闘技術を習熟しているわけでも無いに関わらず、人類を観察していた虚空牙曰く、人類史上最高の『戦闘の天才』という傑物。
 超光速戦闘機(ナイトウォッチ)ですら追い払うのが精一杯であった虚空牙を一度に4体も撃破し、生身の身体能力しか持ち合わせていない幻想の世界でも、1000年もの破壊工作を続けていたテロリストを戦略的に撃破に追い込み、また、その残骸を依り代に侵入した虚空牙さえ打ち倒した……とまぁ、なんて言うか、とんでもない人である。
 しかし、彼を評して強いと言わしめるのはその戦闘能力もさることながら、どんな苦境に追い込まれたことを自覚してさえ、『だからどうした』『俺たちはそれが気に食わないってだけだ』と言い切れる『在り方』の強さであると思う。
 ただ、一つ言いたい事があるとすれば『ぼくらは虚空に夜を視る』の後、彼が無事母艦に戻れたことを祈るだけである。

 尤も、千冬さんのレベルはナイトウォッチコアとしては最高値のステータスを出した鷹梨杏子クラスだと勝手に思っていたりする。ん? 字が違うけどこっちも『たかなし』さんいたんだ。

 私がこの書を手にとったのは10年以上前の事だが、アニメイトの店員さんによるポップアップに『反響』の仲間が出る! と書いてあったのを見るや、私の取った行動はデュアル文庫という未開のレーベルだろうが即買いでした。ナイスです、店員さん。
 星海社文庫の再録版なら、今でもゲット可能ですとか宣伝してみる。

反響(エコーズ)にしろ。
 銀色(ペイパーカット)にしろ。
 煉瓦(ブリック)にしろ。
 そして彼女、『灰の三番』(シンデレラ)とて。

 今まで判明している天使達である。
 才牙虚宇助がそうなのかはまだ分からないが。
 強いて言えば螺旋だろうか?

———で、グレイは何にしようか考え、灰シリーズなので迷わず灰被り姫を選択してみました。ゲボックと言う魔法使い(かがくしゃ)にも会えたことですし。

●寄生獣が分離する時に予め合図を決めているのと何も変わらない。

 今までも何度か出ていた考えさせられる漫画『寄生獣』より。
 まるでショゴスのような彼らは、しかし人体から酸素や養分を供給し続けなければすぐに枯れて死んでしまう。
 また、彼らは脳でもあるので分割すればその分複雑な思考ができなくなっていく。
 そのため、分離する際に一括合流する為の合図を決めておくとは当作最萌キャラ、ミギー君の談である。

●原型相似率が小数点以下第七位の数値がわずかに減少した。 

 『ブライトライツ・ホーリーランド』より。
 神を生み出すための人造天使、『原型相似率99.999999999%コードα』が『アルファ』と綽名をつけられた時の変化である。
 限りなく神に近い無原罪の魂はその純度の為に名前がなかった。
 その為、忠実に任務に属するだけだったのだが、とある家族に綽名をつけられた事で、彼女自身の同一性を確立、皆に協力出来るようになる……って素晴らしいですよね。
 スレイマンと合体するって選択以外は……自由選択も善し悪しである。

●「ティム君がこんなリアクションを!? そノ料理は神デすか!?」

 『惑星のさみだれ』から、勇者、日下部太朗の絶品料理。
 普段、クールを装っている風のヒネた感のある雨宮に思わずリアクション取らせたための評価。
 彼は本当に……漢だった。
 渾身の敬意と追悼を捧げます。

●シーマスなるメカウサギとコーサ・ムーグ

 『わたしは虚夢を月に聴く』より。これまたナイトウォッチシリーズです。
 シーマスは以前のネタバレで明かしているので省略するとして。
 コーサ・ムーグとは精神感応能力があった月のとある一団の指導者であるが、その為に虚空牙に汚染されてしまっていた人物である。
 虚空牙は、彼の精神感応能力を通じて人類を調査しようとし、彼はそれを知らずに操られていたのか、様々に行動を開始するも———同じ人類の凶弾で植物状態に陥ってしまう。
 その後彼の精神パターンからコピーが作られるのだが、それは虚空牙の汚染も複製する事に他ならなかった。
 だが、イマジネーターとの遭遇により、彼の精神は人類に対する諦観を思い出し、虚空牙の支配から脱し、消滅したのである。

 まあ、残された汚染成分が独立して暴れだすんですけど。

●宇宙イカ

 気付いた人は居るのかな? 『無限のリヴァイアス』から、重力制御能力を持ったケイ素生命体、ヴァイアです。
 グレイさんが擬態したケイ素生命体はELSか、はたまたARMSか、と感想版で物議されてましたけど、ヴァイアは居なかったなあ。
 他ならぬイカがヒントだったのですけど。作中でイカがああッて、良く言われてましたので。
 もっとも、この3種いずれもが人類に対して関心と、そしてコンタクトを試みた事は共通して事実であり、なんか精神のほうもヤバ気になるところも共通している。

 相手の方に宇宙的悪意が無くても、あまりに存在基盤が違うものが対話すると弱い方のSAN値が激減するっちゅう事である。
 なお、ヴァイアの最大特徴は、ケイ素生命体にも関わらず、有機的なぷにぷに感がある事である。ネーヤ好きです。ぼんっきゅっぼんだしね!

●宇宙―――それは何とかに広がりしフロンティア

 宇宙、そこは最後に広がるフロンティア。から始まる大御所SF様、スタートレックです。
 正直、沢山見た記憶があるのですが、どれもこれも再放送だったので、時系列は詳しくありません。全部で7ぐらいシーズンあったらしいですけど。
 それぞれ1話完結として見て楽しませて頂きました。
 全力でとっぽらげる方向にゲボックは間違えてますが。そここそがゲボックらしい、と言う事で。
 最近、新しいので社会事巻き込んでくれるSFが無いのが寂しいなあ、と思う昨今だったり。
 スターウォーズだってもう結構長いシリーズだし、調べると歴史何万年作ってて、トールキンかッ! て叫んだし。

●イカ娘

 何故か一時期、物凄いブームメントとなった侵略者風味な子。
 多分ポジションは可愛いケロロ軍曹でしょう。いや、軍曹も可愛いですけどね。
 海の生き物は形状からして陸上の生物の常識をぶっぱずれるから、昔から宇宙的なものに例えられやすいんでしょうねとか言うと深く読みすぎなんだろうか。

●ゾナハ虫

 空気中に夥しく存在する微細マシンと、書くと、何故こうもかくや恐るべしロマンを響かせるのか。『からくりサーカス』のゾナハ病原です。
 これを操って色々なものを作れるのが新生コロンビーヌです。
 最初、変わり過ぎてて気付かなかったんですよ、俺。名前ちゃんと呼ばれてたのになぁ。
 というか、元々ゾナハ虫操作能力があったのは読み直して後で知る。
 純白の手も使わなかった(そもそも身体が変わったから無い?)し。

 しかし、最古の4人は、真夜中のサーカス編と、機械仕掛けの神編でこうも印象が変わるとはなぁ。
 彼女の最後も、涙腺強打くらったし。

●三月兎

 『不思議の国のアリス』で、狂い帽子屋とマッドティーパーティやってるドグラマグラ張りの兎―――ではなく、それを題材にして作られたアドバンスドARMSですな。
 こちらも散布したナノマシンを鏡面対やレンズ代わりにして光を操りレーザーを撒き散らす『バロールの魔眼』の使い手です。
 ちなみに自身もレーザーの発振体になれると言う。女性のARMSの中で唯一、脱げを披露してくれるお方……と言おうとしたらバンダースナッチがいた……けど、ねぇ。

●「「「ご奉仕」」」
「「「完了―――!」」」
「「「致し」」」
「「「ましたッ!!」」」

 沢山のメイドが粒子加速器のようになって、お皿を重力加速でぶっ放す。
 なんぞやこれ、と言うのは『Go Ahead』シリーズの終わりのクロニクルより。自動人形メイドさんの基本機能、重力操作の為せる技です。なんて俺のポイント突きやがるんだ……ッ!

 このシリーズからどんどん厚みに殺意が出て来た気がします。
 ホライゾンは既に開き直ってますからなーw

●『速さを一点に集中させて突破すれば砕けぬものは無い』

 世界三大兄貴の一人、ストレイト・クーガーの、超速口上の一つです。
 初めは端役っぽい三枚目にしか見え無かったのに、これほどどんどん恰好良くなって行った兄貴は他に居ないと思います。
 しかし、原作後のストーリーを書いた小説を読むに、なんか、あの最終回後、もうちょっと生きてたっぽい。さすが即断即決即行動の兄貴だ。

●『こんな顔なんですが———』
『見たこと―――無かったですか?』
 そこには、何も無かった。
 目も眉も鼻も口も耳も無かった。

 古典! 日本ホラー文学の大古典、『のっぺらぼう』より。
 現代版にアレンジしているのも色々ありましたね。
 『平成狸合戦ポンポコ』でもありましたし。

●「私の名前はいっぱいあってな」
「ごめん、俺実はルドルフって言うんだ」

 NHKで連載していた、童話小説原作の『ルドルフとイッパイアッテナ』から。
 子供向けにしては、結構深い話が沢山あったと思う。
 教養に関してとか、まあ色々。
 悪役の犬にしても、犬が猫を追いかけ回すのはまさか―――と思わせる一文が入っていたのは、子供相手にも絶対的な勧善懲悪は無いと、語りかけているような気がしました。

 その続編で、エリちゃんが一年待ってくれていた事を考えると切なかったけれど。概ねハッピーエンドだったから、良し。

●「ちぇりぉおおおおっ!」

 『刀語り』より、間違った気合いを入れるときの叫びを流行らそうと言う陰謀。
 最後の最後で、将軍をあーする際に放ったのは感慨深かったですな。

●さて、全身甲冑を完全に取り付けた彼女は両腕を思い切り広げる。
「さあ来い一夏! いくらでもハグしてやろう!」

 後述の、触れたらいけないから鎧を纏うところより、デュアル文庫短編集『少年の時間』の『鉄仮面を巡る議論』からマイロー・スタースクレイパーを元にしたネタ。
 これ、読めば分かるが、ナイトウォッチシリーズの外伝である。
 正直、これを読まないと、『わたしは虚夢を月に聴く』の鉄仮面の凄さがより伝わらない。
 詳しくは省くが、この物語自体が『ミダス王』をモチーフにしている、と言えば大体分かってくれるだろう。

●「ああ、ごめんね、そうじゃ無いの。私に触るとね―――」
「結晶にでもなるのか? それでその鉄仮面?」
 
 上のネタの解説のようなもの。スタースクレイパーは触れた生物を絶対硬度を有する結晶体に変えてしまう。
 これは虚空牙にも通じる為、彼は対虚空牙偶発的超兵器として生きる事になる。
 しかしこれは、結晶化して封殺するのではなく、保護する能力であった事が興味深い。
 初子さん(仮)は、シーマスの開発者だったり、ヨンのオリジナルだと思うのだけど、どうだろう。

●「私に物質的接触をするという事は、君の自由意志によって私と『関わり』を持つという選択をしたとみなされるの。そんな事になれば、今回の邂逅で結ばれてしまった私と一夏の運命係数が、本来有り得ない質量に引き摺られて、事象の地平ごと思い切り沈み込んでしまうの。君の知っている言葉の中では、『エン』が一番近いけれど、意味合い的に違うのは分るわね? そして、それはね―――決まっている訳じゃないけど、大概にしてその人の―――」
 〜
「つまりね。君の頭でも分るように言うと、私が招いた訳でもない人が私に触るとね―――」
 〜
「不幸になるのよ」
 〜
「はぁ―――そんな事言う子は、初めてよ」

 『ペンデュラム』より、カラミティと主人公、九能揺介のレテ川での会話より。
 まったく、なんてタイミングでガンガン事変が起きやがったんだ……!

●「千冬姉直伝。メガンテ」

 『ダイの大冒険』の自爆魔法メガンテは、他のドラクエ漫画のメガンテとは一線を画していると思うんですが。
 北斗神拳張りに指を相手のこめかみに食い込ませてそれから自爆するのである。
 ぶっちゃけ、食い込んだ指で相手が死にそうである。
 しかもそれをするのが、本来後衛担当の魔法使いや僧侶なんだぜ(アバン先生除く)、どうよ。

●智恵の輪菌を感染

 『天才バカボン』より感染すると人体が何かに絡み付くようになってしまう恐ろしい伝染病。
 解決シーンが書かれていないと言う恐ろしいパンデミックである。
 しかし昭和版、平成版。どちらのアニメにもこのエピソードはあった為、結構人気な話だったんだろうなあ。

●近付いて斬る

 『魔法少女リリカルなのはSts』より、烈火の将、シグナム姐さん曰く、自分が教えられる事。
 いや……そうっちゃそうだけどさあ。

●『ドイツの科学力はぁああああッ!! 最高最高最高最高ォオ――――――ッ!!!!(意訳)』 

 ジョジョだろ? ジョジョだと思ったろ? 残念! ジョジョじゃないんだなぁ。
 まあ、科学力はぁああ! のとこはジョジョだけど。

 後半は椎名高志著『MISTERジパング』より、武田の騎馬隊の気合い入れ(?)である。
 ここまでするのが偽物だと思うか? と言うときなどにお使いください。
 確かに、偽物がここまで士気込めてこれやられたら恥ずかし過ぎる。いやあ、見事な身分証明。

●ウチの爺さん、ビタミン何とか
 『狂乱家族日記』より、番外から人外と思わしき存在。
 あとでwkiで知ったのだが、山口姉弟の親類であるらしい。
 と言う事は、この姉弟も普通ではないって事ですよなぁ。

●『ああ、狙いはIS操縦者ですか……私はフルーツバスケットとか大好きですね』
「確かに雰囲気がグレイちゃんにピッタリだな。身内にゲボック居る当たりとか」
 漫画内の何のキャラと共通点出したのかはあえて言うまい。

 グレイさんの好きな漫画は、心温まるハートフル漫画『フルーツバスケット』から。
 まともなキャラ程身近な人が変態極まりないという特徴があり、常識人程胃の苦しみに味わう様を楽しむ漫画でもあった。
 でも、巳、犬、辰のトリオとか大好きですよ、あの収拾のつかなさとか。

●オリーブカラーのモッズパーカー
 〜
何となくこれ着ていると、ブリッジを封鎖しようとしてできなかったり、『モンド・グロッソは会議室で起きてるんじゃない! アリーナで起きているんだ!』とか言わなければ行けない気がして来たんだが何故だろう?」

 都知事と同じ青島です→元都知事と同じ青島です。で有名な『踊る大走査線』から、青島さんの来ていたモッズパーカーです。
 そうかあ、都知事も更に変わりましたし、時代の流れを感じますね。
 官僚などの腰の重い体制を風刺しているのが口大きく取り扱われてますが。
 ストーカーやオタクによる猟奇犯罪などを取り扱い始めた作品でもあったと記憶しています。

 しかし、ストーカーについての説明を部長達にする際の堂々巡りが―――うん、分からない概念の説明って難しいんだな、と笑わさせて頂きました。

●『麿之介』

 またも『ぼくは虚空に夜を視る』より、主人公達の乗るカプセル船を沈めようとするテロリストから。
 …………いや、名前のインパクトすげえよな。
 仮にも超未来の人名なんだよなあ。
 実は、青島と言う苗字はこれの伏線にもなっている。
 さらにはこれ、実はグレイが頭吹っ飛んで唐竹まっ二つになる伏線だったりする。

●千年サイブレータと戦える

 上記の麿之介が暗躍した期間、実に千年である。
 他の人間達は、幻想世界が本物だと思い込んでいる為、人としての年月過ごし、死んで行ったのだが、このテロリストはここが幻想世界であると自覚している上に本体は冷凍睡眠状態であるため、延々と破壊工作を行えたのである。
 サイブレータとは、幻想世界を管理するコンピューターであり、マトリックスで言えばエージェント達のようなものである。
 しかし、こちらはフランケンシュタインコンプレックスの影響もあり、出し抜け続けたのである。
 まあ、それでも千年も暗躍出来たので、それにあやかろうとした結果であります。



● 当時、まだ齢一桁代であったゲボックが学会デビューを果たすキッカケとなった『知恵の輪菌事件』や、その変異種『ルービックキューブ菌事件』は記憶に新しい。

 サー・オルコットこと、ゼペットがオルコット姓でもなく、一人の若者であった時代。
 極東の地より、遺伝子操作の果てに人をパズルに変えてしまう謎の菌類を生み出したと発表される。

 しかし、それを生み出したのが年端も無い少年であったことで誰も取り合わなかった。
 さもあらん。まだ十にも届かぬ子供が、当時まだヒトゲノムの解析でさえ最中であった遺伝子技術を、品種改良に用いるどころか、実際に劇的な効果を持った新種を生み出したなど、常識的に考えても冗談にもならないからだ。

 同時に、ゼペットの幼馴染みのヘルスゥイ・オルコットに縁談の話が持ち上がる。
 有力かつ、様々な事業に手を伸ばし、中々の利益で成功をおさめているオルコット一族の令嬢とあらば虎視眈々と野心を募らせるものが多数現れるのは必須。
 しかし、同時にオルコット家を陥れようとする者達も同時に動き出す。
 縁談の顔見せとしての会食と、とある細菌研究を専攻する学会の発表会が同じホテルで行われたのは偶然か否か。

 まったく相手にされなかった、新生細菌『橙の一番』を生み出した少年は細菌片手に密入国して発表会に紛れ込もうとする。
 勤めていたSISの情報を勝手に覗いてヘルスゥイの危機を知ったゼペットもホテルに潜入。
 鉢合わせする少年とゼペット。
 何故か鏡合わせの自分に出会ったかのような一致感に団結する二人だが、そのせいでオルコット一族を亡き者にしようと雇われた武装集団がホテル内で蜂起、至極あっさり事件が起こってしまう。

 まるで映画のように武装集団を撃破して行く二人。
 少年の開発力、鳥類限定ドリトル先生であるゼペットの二人は快進撃を続けるが、所詮戦闘要因ではない二人は追いつめられ―――そこに助けに入る謎の少女。

 何故か異様に長いマフラーを巻いている少女は、どこからか手品のように武器を取り出し、または見えない壁を広げ、超常現象におののく武装集団を圧倒。煙に巻いて逃走に成功する。
 彼女の導きで、最終的には武装集団のヘッドとパトロンを撃破することに成功する……のだ、が。

 しかし、ここで。
 少年の持って来た細菌入りの試験管を落としてしまって来たことが判明―――
 途端に起こるパンデミック、突入する特殊部隊、迎え撃つ武装集団、人質とごちゃごちゃ滅茶苦茶に絡み合い、爆発的に狂乱の宴は拡大する。

 これを、ゼペットは解決するのだが、燃えるホテル、咆哮を上げる絡み合ったモンスター。爆発で吹っ飛ぶ英国名士達(ヘルスゥイ狙い)はどうしようもなく。

 ここで、ふと。なんか命の危機的やり取りや、何故助けに来たのか自己鑑定の終えたゼペットは。
「我が輩は、あなたのことが好きで堪らないようだ。ヘルちゃんは?」
 燃え盛るホテルの前で告白。
「いいえ全くこれっぽっちも。わたくしのためになんて言ってホテルを燃やしたりしてあなたは正気なんですか? 今回迷惑を掛けた総ての人間に土下座して額を擦り切らせた後、腹切って死になさい」
「告白の代償が果てしなく重い死刑宣告!?」
「一番許せないのは貴方の愚鈍極まる察しの悪さです。貴方はわたくしの幼馴染みでしょう? 全くわたくしの気持ちに気付かぬ唐変木ぶり、死ぬだけでは到底足りるものではありません。わたくしが生涯かけて苦しめ抜いた後、わたくしの亡骸の隣で最も滑稽な様で死になさい。何故って―――言わなければ貴方は―――ああ、オオナマケモノよりも愚鈍でしたね。わたくしは———出会ったときから貴方以外の男に目を奪われたことなんて無いのですよ?」

 爆発四散するホテルの前で周囲の人々がぶわちゃああああああっ!! と絶叫を上げる中、少年と少女の姿は完全にどこぞへ消えていた。



 なんて、劇的なエピソードで両親が結ばれたことや。
 消えた少女の響きと似た名前を娘に付けることを。
 当然ながら。
















 セシリアは知らない。

 なお、少年は後に日本に戻ったあげく遭難し、餓死しかけるところを地元の商店街の定食屋に拾われる事になる。
 サーと少年、二人はお互いを忘れ切ってしまうが、再会はとあるテレビ電話にて運命的に起きたのだった。



●優生学———この学問が世に出たきっかけの一つ。それがダーウィンにある事を

 『ARMS』のキース・ホワイトの談。
 淘汰されるのは劣っているからであり、劣等が駆逐されるのは当然の理なのだ。
 ゼノフォビアの塊のような、ナチの思想はダーウィンの進化論にある自然淘汰が切欠だったのだと言っている説。
 いや、本当かどうかは知りませんけどね?
 あのちょびヒゲが科学に目を通しているとは思えませんし。

●進化の対比語は退化に非ず。
———無変化である、と

 『からくりサーカス』より、シルベストリ戦後の勝の言葉。
 退化もまた適応だから進化の一種だよ、重要なのは変わり続けて行く、自分を作り続けて行くことだ。とかなんとか。
 成る程。
 しかし、彼も天然ジゴロだよね。この幼さで末恐ろしい。
 努力する怪物だから認めるしか無いけど、まさか獣使いのお姉さんと……ねえ。
 しろがねを諦めた理由が、白金に一番共感を誘ったんだと思うけどどうだろう。

●キリンは『自ら望んでキリンになった』のだ———その学者は語ったのである。

 大暮維人著『魔人』より。
 全2巻のため、あまり知ってる人が周囲に居なかったのがちょっと寂しかった憶えのある作品です。
 第1部と第2部の間がキングクリムゾンすぎて連載時は戸惑いましたけどね。といか最初違う漫画だと思ってた。間があったし。
 この作品の終期に出現したマッドサイエンティスト(おっと書き足しとこう)のハカセ(本名不明)が魔人を研究した果ての進化に対する持ち論。
 何となく、工藤兵吾の根性論に通じるのでほぅ、と吐息を付かされた憶えがあります。
 しかし言ってみたいよね……『僕の敵ではなかったようです』とか。

●『みんながねがったおもい』

 『寄生獣』より、恐らく地球の生命そのものよりの危機感の揶揄であると思われる。
 しかし、彼等は何なんでしょうね? 正体を出さないのがこの作者様らしい。
 『寄り添い、生きる獣』まさかこの結論に到達するとは思いませんでしたが。

●イヴァルディ製の『ラーン』

 この作品でいつもお世話になっている、不思議金属イヴァルディ『RAGNAROK』シリーズより。
 メリケンサックのような形状だが、足下に叩き付けると、網状になった精神感応金属が地や壁を素早く奔り、相手を拘束する。
 ヴィジュアルファンブックの過去編より。
 アキ・ヴェルナーはいい女です。
 あと、ツヴァイトフィーア可愛いよツヴァイトフィーア。彼女の愛称もラウラだったりします。
 おのれギガースめぇ、闇の種族のくせに萌えの一つもない分際でぇ。

●バージョンアップして『グレイプニル』でも目指してみるかね? あんま神話まんまなネーミングはどうかと思うが、と言うか脳にチップ埋め込まれそうな名前だし

 あれ? 連続で『RAGNAROK』ネタだった。ナノマシン過剰投与型生物兵器テュール・ヴァイスです。
 怪物の身体と人間の心を持つリロイの対キャラとして、人の身体を持つ心が怪物な男、だそうで。
 脳内のコントロールチップを潰すまでどんなになろうが復元再生、全身から山嵐のように槍や剣や鞭やらが生えて来る。
 そのインパクト、小説2巻の殆どがバトルに成る程死なねえ死なねえ。
 お陰でナノマシン兵器と言えばARMSかグレイプニルかと言える程自分の心に刻まれてます。
 どうも精神に物凄く悪影響が出るらしくて、副作用として狂気のキャラになります。
 ……オーギュストのキャラメイク、これ書いてて気付いたけど、知らんうちに影響受けてるっぽい。

 なんか、『RAGNAROK』はスニーカー文庫から絶縁状叩き付けられたらしい。
 何でも遅筆と、ラノベっぽく無いとかで。
 前者は兎も角、後者はなあ。
 何の取り柄が無い男が主人公で無いと読者が自己投影出来ない!?
 ふざっけんな! そんな男が美少女とキャッキャウフフするところこそ現実感ねえだろ貴様ら、それとも体験談あるなら言ってみろクッソがアアアアアア! ねえよ俺も!
 最近のラノベのヤな風潮である。だから文芸末期みたいな状況なんだよ。

●オスの分際でメスを差し置いて戦場をウロチョロしやがるのが気に入らねえ。それだけだ

 『BLEACH』のアランカル。実はツンデレじゃないかと思われるノイトラさんの台詞を逆転させてみました。
 ザエルアポロと組んでしまうからツンデレが成就しないんだよ。
 今だって上に鮫姐さん居るじゃねえかよ! そっちはどうなんだよ、やっぱりネルだったからじゃねえの?
 内心気になる女の子は手を出さずにはいられないって子だったんだと思う。小学生かッ!

●「この股!」
 ヒップを強調!
「この背!」
 人生を語る背中を後を追う有象無象に見せつけ!
「そしてこの棚(?)!」

 『漫画版VS騎士ラムネ&40炎』漫画版より。
 全部並べて『待たせたな!』はい、皆さん『笑ええエエエエッ!!』しかし、この漫画のループ話ですが。
 アニメ版じゃ何が何ジャラホイでしたよ。
 漫画見たり、Wiki見たりでやっと補填完了しました。
 ラスボスの名前は全部もとはゴキブリってのもねえ。

●天井を突き抜け、更に減速せずに上昇して更にその上の天井をぶち抜いて更にその上の天井をぶち抜いてぶち抜いてぶち抜いてぶち抜いたあげく―――

 『ラッキーマン』から、プラチナラッキーマンに変身する際の説明をちょちょいと弄ってみた。
 要するにそんだけキレてますってことで。
 まあ、ここでは実際天井ブチ抜いてますけど。

●「そうデすねェ。カリストとカで採掘ツアーしてみたりとか面白そうじゃ無いでスか?」
「まさかの採掘クエストだよ!? 束さんがっかりだよ! ぶっちゃけ実家神社でもお守りとか興味ないよ!」

 『モンスターハンターポータブル』の三作目より。お守りという制度。
 俺、物欲センサー強大だから無理なんだよ。
 と思ったら、ランダム計算がそもそもソフト立ち上げた時に始まると言う鬼畜仕様。

● デート先に理系の男が科学館とか博物館に彼女を連れて行く様を。
 きっと泣かれる。

 『絶対可憐チルドレン』より。天才少年の成長した皆本さんェ……。
 しかし、あのデートコースは俺もちょっとワクワクしましたよ。
 でも女の子だと泣かれる。ちゃんと趣味はチェックしとくこと。これが肝要。

●「あー、本当だ。大気の配分地球型。気圧もほぼ1気圧。パーフェクトだね!」
「お褒メに預かり光栄ですョ」

 ネットで多いと思ったら、二次創作でも結構多かった。『HELLSHING』より、ジャッカルのポテンシャルを説明するウォルターさんと旦那の会話から。
 もしかしたら『黒執事』でもあるかも知れないけど、そっちは単行本持ってないから確認しようがないんだよね。

●「手を繋いで、くれる……?」

 これもネタ多いな。自分は『ペンデュラム』より、カラミティが最初に『お願い』したこと。
 これは貰いッ、って思いましたね。命令を聴くことしかしてこなかった純真少女には『俺の命令聞いた分だけお前の命令聞いてやる』ってのは。
 ただし、悪知恵付いて来ると酷い目に合う伏線なのでお気を付けてください。

攻性因子・付与(エンチャント・ローディング)

 『装甲悪鬼村正』より、磁気を纏わせるときのお言葉。
 ルビりだけ戴きました。
 なんと言うか、あの低い声で一々おっしゃられることがツボ付きますねあの作品。

●軍隊相手だってブチかましてやらあ! まぁ、ただ、千冬だけは簡便な。

 大統領だってぶん殴ってやらぁ、まあ、ただ、飛行機だけは簡便なメンバーのいる、『特攻野郎Aチーム』から。
 ああいう、クセある奴らが集まるってのは大好きです。
 昔、ナデシコにハマったのもこの下地があったからだと思います。
 あの復活版映画も結構好きでしたね。
 しかし、最近はこの手の男共が悪ガキのノリで暴れるもの少なく無いかね?
 どっちかって言うとキャッツアイのノリの奴ばっかでさ。

自動追尾式多段超電磁『機関』砲(ホーミング・ガトリング・レールカノン)

 『新約・とある魔術の禁書目録』よりFIVE OVER、ガトリングレールガンと、当作のホーミングレールガンをくっつけてわっしょい。
 しかし、レールガンをどうやって曲げてんだ、と聞いたら私はきっと視線をそらして。
 ま、まぁ……ゲボック的なもんで……としか言えない。

●「まあ、そんな山田君もまた一興と信じている私を信じろ」

 『天元突破グレンラガン』から。兄貴の名台詞を物凄く駄目な方に改竄したもの。
 しかし、今回は兄貴ネタが二つも来たなあ。

●今なら特別サービスで両腕だけでハなく! 頭にもドリルを追加! さらには地デジも受信できるようアンテナも追加して差し上げマすョ!

 『戦闘城塞マスラオ』から、Dr.こと葉月の雫より。
 ドリル付けたく無かったら金払え。恐ろしい2択だと思います。
 しかし、このDr.の陰謀はレイセンにおいてメカヒデオンとして成就します。
 まあ、お陰でヒデオを診るのに飽きたらしいけど。

●「イやまあzせxdf地上回43rtjノ大量の量子雑デctfぐぁを流!W#$E%&vbknDos攻撃デrうぇrtcgvqざwゆョ!!」

 うーん。自分の中で該当があり過ぎて難しいのですが、『とある魔術の禁書目録』より、ちょっとバグが抜けきれないガブリエルさん。まあ、一方通行さん黒翼発動や、打ち止めのウィルスコード発動でもいいですけど。
 ああ、エイワスもあったか。
 まあ、禁書以外でも最近は良くありますけどね。
 ちょっと正常でない状態を示すのに役立ちますな。

●肩口から食い込んだ牛刀かと見紛う鉤爪が、そのまま、腹まで引き裂いて行くその瞬間だったのだから。

 『ブギーポップは笑わない』より、マンティコアの一撃。
 『反響』さあああああああんっ! というばっさり具合。
 毒まで打ち込んでいたらしいですし。
 そういえば、彼等を天使、と呼んだのは紙木城さんが最初なんだよなあ。
 彼女と銀色が会話したどうなるのか、非常に好奇心があります。
 まあ、最早叶わぬことなんですけどね。

●深淵の王

 漫画版『サモンナイト』より、殲滅者アシュタルの召喚魔法。
 どっぱぁと、大地の槍が山かと言わんばかりにそびえたって色々ブッ刺します。
 どう見てもただの地属性大魔法です本当にありがとう御座いました。
 『サモンナイト2』でアシュタルが呼べるようになったのは素直に嬉しかったです。深淵の王砲台要因でしたけど。







第2話 抜杭者叫星



●タイトル

 まあ、杭を抜くって時点で察した方もいらっしゃいますが、狂乱家族日記の強欲王の杭の暗喩である。
 更に言うとですね、『叫星』は『マテリアル・パズル』の引力操作魔法『叫星魔渦』より。使った奴は兎も角、名前と魔法は物凄く恰好良いなあ、と、そう思うのです。

●ICHIKA
―――初めは錯覚だと思っていた
 〜
―――数年、かかった

 俺本当に好きだな『ペンデュラム』から、九能揺介の自分の能力について。
 未来予知能力が自分だけのものだと自覚に至るまで。
 そりゃ喧嘩無双になりますわ。
 本当に重要なのは『未来を知る能力』ではなく、『未来を選び変える力』ってのが素敵です。

 当作品の一夏は、ICHIKA仕様となっております。

●「私に勝てるのはぁ! マスター(あの人)だけだぁ!」

 『Dies irae』より、チンピラ中尉ヴィルヘルムさんより。
 『神咒神威神楽』では解脱おめでとう御座います。
 あの人人気だけど、最初は分かりやすい敵やられ役でしかないから。という正田卿の言が凄い。
 まあ、役割が無かったからこそ、続編で主役の一人に立てる位置づけだったんですけどね。
 この台詞といい、魂売るってそう言う意味だ、とか、断言させるんで本当、黄金の獣はカリスマが凄まじい。

●『人間を知りたい———』
 〜
『生命というものが持つ意味がなんなのか、それを知りたいと思っている―――だが、私の前にある手掛かりはあまりにも少ない』

 『反響』さんの同族、『飴屋』さんこと、『銀色』の台詞をそのまま頂きました。
 本当、途方に暮れていると思うんです彼等。
 でも健気に頑張る彼等は凄いと思います。
 私達が負う被害は洒落になりませんが。

●三倍体の鮎は、とても美味いのだ。

 三雲岳斗先生で、あまりに話題にされない『レベリオン』シリーズから。
 ラスボスが三倍体で性別無しという存在の恐ろしさを説明するにのまさかこれから来るとは。
 主人公のお姉さんカリスマである。そういや、この作品もそうだね。
 この作品のネタは、TRPG『ダブルクロス』で大分使えるんだよねって思ってたら、ルールブックにどう見てもパクってるとしか思えない描写が次々と。
 しかも、シナリオ作成に使うといいとかでてるし、この開き直りは凄いと思った。

●『一夏、ごめんなさい。ちょっと、ゴツくなっちゃいましたね』

 『老人Z』より、おばあちゃんことZ001。前も説明したが、デビルガンダム介護ベットおばあちゃんである。
 なんかごっつい重機を取り込んでの一言。そのままではないけどそんな事言っていた気がする。
 他にも、半人外美少女が怪物っぽくなった腕を見て自嘲気味言う台詞なんかでもある。

 うん。俺のAI萌えはここから始まっていた。ADAより先におばあちゃんだったんだ!
 こんな介護ベットなら俺の終生預けていい。 

●マンバ

 『からくりサーカス』より、対自動人形用武装機工を搭載した蛇型の懸糸傀儡。
 自動人形はしろがねの血に体して拒絶反応をおこすことから、武器にしろがねの血を流して殺傷生を高める機能が牙に備わっている。
 真夜中のサーカス編ではティンババティの最期を彩った。
 だが、しろがねにとって血液は生命維持の要でもあるので、諸刃の剣である。
 実際ティンババティは致命傷を負った後、これを使って自分の血を殆ど使い敵と刺し違えた。
 いや、本当泣けたものである。
 それと、正二の居合い刀にもこのシステムが組まれていた。
 自らの血を流すことによって攻撃力を増す武器ってのは使いたく無いけどこの上無く恰好良い。
 そういえば『BLOOD』シリーズのサヤの刀もそんな機構があった気がする

●逆に侵入されて脳を焼き切られたか!?

 『甲殻機動隊』の電脳バトルの一説から。
 サイバーパンク……好きですか?
 えぇ……伝奇の次ぐらいに、好きです。

 脳が電脳と言う形でコンピューターとより密接になって行く、と言うことは、コンピューター的処理で人の脳にアクセス出来ると言うことで。

 ゴーストハッキング、とか”目を盗む”とか、いちいちこっちの魂くすぐって下さる用語が沢山出てきましたが。
 今の所謂、『電脳』と言う概念は、日本ではここから始まったのではないでしょうか。

 ウィリアム・ギブスンのサイバーパンクも面白いですよ。
 当時の技術からか、脳内のスーパー記憶媒体がメガバイトだったりして。

●変移抜刀

 『カムイ外伝』より、変移抜刀霞斬り。
 刀を腰の後ろに収め、大きく身体を左右に揺さぶることで腰の後ろに納刀している刀を左右のどちら側から抜くのか判別させないとか素敵過ぎる。
 愛洲陰流の落水とかもあるし、変移抜刀というのはなかなか夢をそそられると思うんですが。

●「足で出来ないわけがないだろう」

 手が使えなければ、足を使えばいいじゃない。
 『式神の城』シリーズより、ニーギさん。
 絶技『精霊手』しかし、手が使えないから足で放つのだ『精霊脚』!!
 しかし、本当、新井木さんも立派になったもんで……。
 恐るべきは来栖さんだなぁ。
 生身で幻獣相手に大立ち回りするし。
 まあ、あの人『精霊機動弾』のラスボスの血縁らしいしね。

 しかし、最近なんかこのシリーズの動き悪いな、って思ってたら、芝村さんがリアルコミュ障だったせいで色々炎上したかららしい。なんてこったい。こんなとこにも天才の弊害が。

●アトランティス・ストライク、だったか?

 アトランティス・ストライク自体はクトゥルフ系ロボットと言う新ジャンルを築いた『デモンベイン』のキックから。
 空間歪曲場を形成して蹴り付ける時にその空間修正力を破壊力として叩き付けるとか恰好過ぎる。

 あと、〜だったか? は、センスありすぎるキャラが見ただけの技を即座に実践してみせた時に結構ある台詞。
 最早こいつチートじゃねえ!? と思わせるには重宝します。
 感想版でいいだけ言われているんですよ、千冬さん人間じゃ……あ、まっ……!

●ちょっと待ちなよお客さぁんってなぁ!!

 路上販売の気っ風のいい啖呵として有名。
 確か元ネタは漫画版『リアルバウトハイスクール』にて、草薙静馬が炎の虎を御開帳したときの台詞です。
 まさか小説の前日譚 とは。
 あのオリキャラ祭りにはビックリしましたなあ。
 静馬のもみあげの末路には含み笑いしましたが。

●暮桜の装着を解除、『茶の七番』に向けて宙に身を預けた

 ここぞと言う窮地で機体よりも自らの肉体に命運を任せる。
 別名、でってう犠牲に緊急回避。
 機体の限界(この時は限界でもなかったけど)にやはり頼れるのは自分の身体だぜ! ってのはなんて言うかラストバトルのハリウッド映画みたいだ。何だかんだで結局殴り合うし。

 そうだなー。エウレカセブンのアネモネのところに彼が降って来るシーンはちょっと違うから……。
 あれだ。コードギアスでオレンジさんの三段離脱奇襲とか結構燃えました。

●鎧武者の甲冑の上から心の臓を砕く殴り方、と言うのがあるんだよ。

 『からくりサーカス』から、真夜中のサーカス編。四肢に戦友の魂をサイボーグとして取り付け、無双モード突入の加藤鳴海兄ちゃんである。
 自らを改造し続け、気を通じなくしたアレルッキーノの装甲を穿った時の決め台詞、まさに燃え上がります。
 他の各漫画や格闘資料を見るに、これは『徹し』という打法の事を差している思われるんですが、実例は書物にあるくせに一体どうやっているのかが不明過ぎる。

 打点をずらすって……どうやって?
 でも千冬さんなら出来ます。篠ノ之流って戦国時代の技なので網羅しているでしょう。

●右腕部欠損。
 人体左右分断。
 頭欠

 『ぼくは虚空に夜を視る』から、虚空牙撃退後の麿之介の死体の有様。無惨過ぎる。
 MARONOSUKEブランドを着ることが伏線だったとは一夏も思うまい。

●『夜に菫を咲かせなさい』
『コード・ヴァイオレット』

 『わたしは虚夢を月に聴く』から、誰でもいいから助けてください警報。
 ソフトリセットしても駄目なときは敵味方関係なしに、誰でもいいから大きな声で助けを求めましょう、と言う奴である。
 効果は実証されてます。
 なにせ、コールドスリープ中の夢の中に、現実と夢の壁ぶち破って宇宙船が助けに来てくれるぐらいだし。

●火の中水の中草の中森の中、土の中雲の中、岩の下空の上ビルの影人ごみの中人皮の中、砂漠から海から川から山から、光の屈折の中から偏在していた分体から空間の狭間から、ついでにあの娘のスカート中から

 『ポケモン言えるかな』から、潜む所を更に増やしてみた。
 Iphonアプリで、今のポケモン言えるかなを全く言えない事に愕然とした私は赤緑世代。

●なんであろうとも、どれだけ保つか、でしかの違いでしか無い。

 『クレイモア』より、プリシラちゃん記憶復活の際の絶望的な台詞から。
 今現在、プリシラとガチンコやってるリフルとダフの合体君がどうなるかが楽しみ。
 何気に相思相愛だったんだよな.あのカップル。

●『ねぇ———貴女、死にたいの?』
●『貴女、命拾いしたのよ』

 まとめてまたも『ペンデュラム』より。
 『千本の刺』さんを心底ビビらせる程、初期のカラミティは怖かったんだぜと言うコマより。
 話が進むに連れて幼女化が進んだり、ハードゲーマーかつネット中毒になるとは思うまい。
 ついでに食いしん坊属性です。

●オーロラは影のように伸び、広がり、あたりのものを区別無く飲み込んで行く。

 『わたしは虚夢を月に聴く』から、コーサムーグを汚染していた虚空牙が幻想世界上で具現化して行く様子。
 本気で何でもありです、あの宇宙人ども。

●「空間を歪めて…………まさか飛ぶのか―――? 巨神兵か貴様!」
「……え? 『腐ってる、早すぎたんだ……』じゃ、ないの?」
「『焼き払え』じゃ無くて、そっち来るか……流石世界に代表する日本作……イタリアにまで……じゃない! あ、あー……原作漫画の方だ。原作だと名前付けるし主人公の息子名乗るし喋るし飛ぶんだよ!」

 原作漫画版『風邪の谷のナウシカ』より。
 アスベルさんは当て馬でしかありません、と言う悲劇。
 ではなく、アニメ以上にナウシカが男前過ぎてたまらない。
 巨神兵が完全体で蘇る上にナウシカ指揮の元、破壊の限りを尽くします。もはやクシャナ姫の風の谷襲撃なんて可愛いレベルの暴力振り回しまくりです。クシャナパパことトルメキア王に『破壊と慈悲の混沌』とまで言われます。蒼い衣の救世主なんて居なかったんじゃなレベル。

 巨神兵はあの熱線を使うと腐って行く予定です。
 火の七日間というが、品質保証期限が七日しかなかったんじゃなかろうか。

●「なっ! ゼロシフト!?」

 『ANUBIS』より、最強の二機が戦闘に置いて絶対的優位性を誇る根拠としてあげられる超装備。
 惑星間航行を大幅に短縮するウーレンベックカタパルト(空間を圧縮して航行距離を短縮する技術)を戦闘機体に載せられる程小型化して『うわああ、瞬間移動しおったああああっ!』とビビらせまくれます。
 本当に瞬間移動と言って過言ではない程の超速移動です。魔術士オーフェンの空間疑似転移と同じようなもんです。
 しかも、その過程でアレだけの速度なのに、何かにぶつかっても自分は無敵である、と言う方が凄いと思う。
 例外は同格であるアヌビスのバースト砲、犬笛だけだと言うわけですし。
 まあオービタルフレームの装甲自体が、大気圏から加速突入して海面にぶつかっても欠損すらしない、と言う恐ろしいものなんですけどね。衝撃に強く、しかし押せばへこむ……多分、サイヤ人達の戦闘服に通じる何かがあるんだと思う。

●「ぎャああああアアあああアアクメツ式ィイイィァァアあああああああああっ! ゲふッ!」

 『アクメツ』より、アクメツの仮面。

 先に断っておきますがアクメつ達の最期は皆格好良い。本当の意味での死の覚悟と矜恃を抱いておりました。
 こんな断末魔はゲボックだからです。
 あ、偽アクメツもいたな、そう言えば。

 彼らの仮面は、実は脳に食い込んでいて、死ぬ寸前まで装着者の記憶や感情をデータ化して送信しているのだとか。
 まさに、被った時点で死を覚悟する現れである。
 完全再現クローンとそれに伴う命の価値の変遷というテーマも裏にあったと言う、単にムカつく政治家ぶっ殺せ漫画じゃなかったんですよね。
 生命倫理とか、主人公達はあえて踏みにじってますがそっちの方が色々考えさせられたかと。

 ゲボックのヘルメットって、取ったら脳みそ見えるんじゃないかとビクビクしてます。嫌、アレ結構ズレるらしいけど。

●千冬が殺人現場にいるシルエットさん(名探偵コ●ン風)

 『名探偵コナン』で、問題編で出て来る目だけくっきりな犯人さんである。
 例え犯人が女性でも胸板がっしりです。
 前、ニコニコ動画で犯人さんソムリエが出て来て無茶苦茶ビビりました。
 あと、黒の組織に付いて話進めろよ、といい加減言いたい。

●バージョンスリーですョ!

 『アクメツ』より。
 何かを習得するにも、人の一生には時間の限界があり、パーフェクトマンになどなれない。
 では、一度に複数人、同時に存在することができたら?
 あちらこちらでスペシャリストになり、その技術をデータとして取り出し、新たなクローンに統合体としてひとまとめるとか、これむしろ敵の発想ですよね。
 まぁ、元々これは裏社会のドンたる、アクメツ達のオリジナルがもくろんだものらしいですが、生まれた統合体には正義が宿っていたとか仮面ライダー過ぎる。
 そして、その悪はもう倒されているとか、本当にね。

●『姥捨て山』

 本当に元ネタは昔話。
 しかし、これも様々なバージョンがあって色々解釈が出来るのです。
 調べて見ると、どれが正しいのか分からないのが、口伝でしか伝わっていない昔っこというものです。
 面白いけど断言出来ません。

 なお、後半の悪嫁が出て来るのは、竹中直人がレギュラーとして出た『怪談百物語』からである。
 スーパー時代劇第2段だったらしいです。今調べて初めて知りましたよ。
 一時期有名となった『大奥』が第3段だったらしいです。これも驚き。
 捨てられても子が大事。
 母の狂気が良く分かる話である。
 エピローグに出て来る赤ッ光を放つお婆ちゃんが地味に怖かったとです。

●強欲王の杭

 物質化した次元の隙間、宇宙最強の存在が、自分以外の生命を自分から守る為に取り付けた己へのリミッターである。
 次元の隙間の先には別の宇宙が広がっており、事実上無尽蔵にエネルギーを吸い尽くせると言うおっそろしい代物です。

 後々、これで武器を作れば、相手の防御力を吸収して全力の攻撃を与えられるデフォルト二重の極みになると言うことが判明したり、量産化されてボギークイーンの装甲になるわ、後で吸収対象を取捨選択出来るようになると言う、ゲボックの異常っぷりが再確認出来る代物となって行きます。

●グレイさん
 Lv2

 さんざんっぱらネタバレ集で述べられていますが、『天から降りて来た者達』の先遣隊の筈だった存在が、次元の狭間に巻き込まれてやってきた超時空迷子。丁度人類発祥程の過去に地球に飛来して来たと思われる。

 迷い込んで来たこと自体に気付かず、取りあえず任務の為に人間に擬態しようと思ったが、ここに来て人間が何だか分からず、人間より社会性的に繁栄していた宇宙イカことヴァイアを人間だと全力で勘違いして擬態する相手を間違えた、と言ううっかりさん。
 しかも、やり直しがきかないのか、墜落して生まれた洞穴で長年漬物石をやってました。
 タイムスタンスが長過ぎて任務も全く捗らないと途方に暮れている時にゲボックに遭遇する。

 現在は完全に擬態しているケイ素系生命体としてのパーソナリティで自我を有しているが、これはあくまで彼等の本質が被っている外装でしかないという、身も蓋もない事実があったりする。
 彼等の本質としては、外装が目的を達しつつあることに、予想外の好機と受け取っているようであるが。

 個人的に本質と外装の関係は『デビルサマナー・ソウルハッカーズ』のマニトゥとネミッサ的なものなのだが、別にグレイさんは死の力はもってません。

 しかし、ロールプレイであった外装が本格的に任務のための偽装感情を凌駕し、自壊を問わぬ活動をしてしまった為に、彼等の目的は成功から遠ざかってしまう。
 皮肉なことに、目的達成に近づいたからこそ、目的の優先順序が下がってしまったのである。
 一夏の方が使命より大事。一夏マジで女殺しである。

 その後、復帰した彼女は、データこそ保有しているが元の彼女とは別の個性を保有してしまう。
 しかし、チェルシーとの対話を見るに、完全に別個性と言う訳でもなく、何だか宙ぶらりんな感じであり本人はそれが堪らなく嫌であるらしい。
 一夏との再会(?)が彼女の転機である、と最初に言っておきます。
 一夏にしても、『耳』を塞いでいる理由が彼女であるため、新グレイが、ICHIKA復帰の鍵となっております。

 なお、まだ情報開示していない———LV3もあるんだぜぃ。

●―――失敗だ
―――また失敗だ。またしても『心』なるものの手掛かりが消滅した
 〜
 どこだ
 どこだ
 心はどこに
 心はどこに行った
 どこに―――
 〜
こころ(いちか)はどこだ……

 『わたしは虚夢を月に聴く』の、コーサムーグの残りから出て来た虚空牙の愚痴を改竄してみた。
 まあ、これだけ健気に頑張っても全然進展がなきゃ愚痴りたくなるのも分からなくも無いが。
 彼等のやること為すこと傍迷惑なのでどうにかして欲しい。




第3話 科学者狂態



●『出来るようになったからやってみた』

 『緑の王』より、ゲイツさんからのネタバレ。
 生命とは死滅するまで発展を模索し続けるものなのだと言うのは大好きな文言です。
 確かに、模索大発展時代の先カンブリア時代とか大好きだしなあ。わたくし。

 あと、このゲイツさん。『世界を動かしているのは政治でも軍事でもない、経済だ』と断言出来る凄い人。
 統合情報学マジパネぇ。
 Dr.モローは儲かりまっかーとかしか言わせてないけどw

●明日の朝日を拝む気の、無ぇ奴以外は退いて散れぇ!
 鬼の無聊の慰みに、そっ首引いて地獄に並べっぞぁッ!!

 『宵闇眩燈草紙』より、中華マフィアの食客になった虎蔵さんがカチコミに来た他の同業者におっしゃったお言葉。
 この駄目人間の恰好良さがまた堪らないもんです。元々百姓の小倅らしいけど。

植物間相互佐用(アレロパシー)、コマンド・スタート。シグナル、植物異常大繁殖(プラントバースト)

 『緑の王』の専門用語をなんかそれっぽく言ってみた。
 アレロパシーとは、植物が成育するさなかに他の植物を枯らしたり、特定の生物を引き寄せたり、逆に防除する物質を放出する機能の総称だったりするのだけど、ここでは、それらの手段を用いた植物間のテレパシーのように扱っている。
 しかし、電流計を植物に取り付けて、植物の感情を読み取ろうとした時にある程度の反応が見られたらしいので、もしかしたらフィクションがリアルになるかもしれません。
 プラントバーストは、平行世界から植物がにょっきり飛び出て来て瞬時にして生育環境を制圧する手段です。何それ怖い。
 植物がTFPみたいに世界跳躍して来るなんて怖過ぎる。

●「「「それはそれ」」」
 一斉に唱和。
 続いて、両手の間に想定された? 箱を隣に置くように動かして。
「「「これはこれ」」」

 良く聞く言葉だが、自分が、会話に流される出なく、オチでもって小説に初めて活用されたのを見たのは『バイオレンスマジカル』より。
 論理的に組み上げられた服従ロジックを打ち破るのにご使用ください。
 何となく三巻しか出てなかったけど、林先生の作風はこの時から確立されておりました。

 地味にマリアクレセルだけではなく、エルシアやエルシオン等、魔王フィエル三兄弟妹の一人が出てたり。
 四聖天候補だったりする無免許ドライバー天使、ミウルスだったり。
 あと、この言葉を純真なユキに教えたらしい、アメリカの特殊部隊から来たホワイトさんは絶対エンジェルセイバー出身だよね。後のシリーズ見るに。

●だからOK!

 忍びの技は外法の技。人に見られてはいけぬ……だけどまあ、宇宙人だからOK!(意訳)というわけで忍者がUFOを叩き落すというとんでもない話は、何とラノベの巻頭、挿絵カラー部分で終わってしまった凄い短編。
 キノの旅でもあったけど、こう言うのは凄いと思うなあ。

 『世界の中心針山さん』より。
 まあ、後日談がしっかり出るんですけど。
 かぐや姫の秘められた竹がパンダに食べられたせいで未熟なかぐや姫が出てしまった、とか、どこからそんな素敵な発想が出るのか聞いてみたいものである。

●『氷結世界』

 と、書いてアイスド・アースと読みます。
 当時、中二病なんて言葉は無く、皆邪気眼や言うことを聞かない腕を存分に振るわせていたもんです。
 と言うのは冗談で、『レベリオン』より、古代種のおばさんの特殊能力。
 元々強化スーツ来ている上に能力者と言う相手の虚を突くには優れた人でした。雷の人、倒されましたし。
 窒素と酸素を化合させて冷気を生み出すのだけれど、窒素を化合させる生物というのは自分の知る限りでは豆科の植物と共生している根粒菌ぐらいしか顕著なのが無いんだよね。
 いや、自分の無学さを晒すようでアレなんですが。

●虚数展開カタパルト

 『デモンベイン』をどこにでも出現させる機構。
 位置情報の可能性を集束させ、実体化させます。魔術絡むと本当にオーバーテクノロジーが実現するから凄まじいですな。
 逆に可能性を希釈して帰還もしているんでしょうね。そのシーンは無かったけど、下手すると可能性の狭間に消えそうで怖い気がする。

●「ラスボスだな」

 高い所に上半身があり、下半身がスカートの裾みたいに———ただし、超長く、広範囲にたなびいてたらまず候補。
 それが七色なんかに光を反射していたらこれはますます怪しい。
 他にも、何やら怪物の額から裸体が生えてたらまず怪しい。などの同意存在がありますが。

 しかし、現実世界で言うと……ラスボスでググって下さい。
 何故か、異様な確率で歌手が出て来るから。

●「…………生命反応だから、波動でいいんじゃね?」
「でも、マイナスだから」
「衰氣か……」
「寄り神??」

 中華風伝奇アクションゲーム『双界儀』より。でも、寄り神信仰とかは日本のなんだけど、道が主として出て来るから中華かなあ、と。衣装とか。でも陰陽五行もあるから一概に中華とは言えない。まあ、日本ならでは、のごっちゃ煮である。
 人は旺氣というプラスエネルギーを吸い込んで衰氣というマイナスエネルギーを出す、と言う根幹設定があるのだが、その逆に衰氣を吸い込んで活動する寄り神がいて、人の吐く衰氣を狙って襲って来たりします、というもの。

 まあ、グレイさん達の種族はイマジネータ—曰く、人にとっての『死そのもの』であるらしいし、代用しても良いかと。

●バーサーカーモード

 事後を考えず、全力活動するモード。
 いつ見てもこの仕様はロマン溢れると思う。
 後で反動が帰って来るとか、多用されない為の素敵仕様です。最近はそれを無視している人多いけど、なんちゃってオーバーは白熱しないと思うのです。

 他にも別名主人公補正とも言える『意識を失ったら暴走』もまたこれです。
 この場合はどちらかと言うと、こちらの方が意味合い的には近いも知れません。

●「お前は、あれが、生き物に見えるのか?」

 『寄生獣』から殺人鬼さんの『お前、あれが人の形に見えるのか?』から。
 彼の言動は真理を付いていると思うのですが、不快感を憶えるのは最低限の道徳が私にも根付いていると言うことか。
 人なのか、違う生物なのか。脳波を感じ取れないのに見分けられるこの人は一種の先祖帰りだと思います。

●「一つ研究してハ小生の為! 二つ研究しテも小生の為! モ一つオマケに研究するのも小生の為ですョ!!」

 賽の河原で、親不孝な子供達に課せられる仕事である石詰みの歌。
 詰んだのを壊しに来る鬼って最低だな、と思ってたんですが、『天国に涙はいらない』のアブデル曰く、助けに来る仏さまと、鬼に指示する閻魔は教義的に同一の存在だからなんてマッチポンプだ、鬼を悪役にしてあの卑劣漢めっ!
 ってのは目から鱗が落ちました。

●「まさか、ISのオーバーテクノロジーは妖精さんの手に依るものだったからなの……?」

 些細な一言がとんでも無い事になるのが超テクノロジーを保有した妖精さんである。『人類は衰退しました』より。
 この紙一重感がなんと言うか、ゲボックに通じる気がします。
 挿絵は変えなくても良かったと思うんですけどね。新しいのも好きですけど、わざわざ1巻から刷り直すこと無いでしょうに。
 ISも、設定資料集とか付いてない限り、買う気はありません。何か追加されていたらあこぎだーとか言いつつも買うのが私ですが。最初のイラストページもネットで壁紙加工とかされてそうだし。
 ストーリーこそ書き直し必須だと言うのに何言っているんでしょうねツイッターで。

●「「ミステリアスヴェール!!」」

 ミステリアス・レィディとは関係ありません。
 藤崎版『封神演義』から、弱い宝貝を無効化する全身タイツ。
 雲霄三姉妹が着ると、それだけで視覚的にとんでもない破壊力が増して来るという。しかし、防具です。

 感想掲示板にて、強欲王の杭全身タイツが、それは怠惰スーツだろ! とのツッコミがあり……。
 ええ、その通りでございます……。

●弱点としちゃあからさま過ぎねぇかッ!? イエローデビルかよ!?

 誰がどう見てもそこが弱点だろう、と見た目で分かるあからさまな弱点にして実際弱点であると言うアクションゲームの必然。
 しかし、ワイリーナンバーズは対峙して初めて、しかも頭のキレる方であるシャドーマンがようやく気付いた、という事実があったりして、実は世界観補正で分かりにくいのかも知れない。

●極光の触覚は、オーギュストよりも近くにあるタンクから撒き散らされる黄色ともピンクとも付かない混合液に殺到し、それを人体同様消し去って行く。

 『わたしは虚夢を月に聴く』より、古都子ルーゼスク03が虚空牙の欠片に使った手段。
 撃墜されてまともな判断力を失っていて、かつ人間に興味を持つ性質がそのままならば、人間と同じ素材をバラまけば自分を誤摩化すことができると言う戦略。

●戦闘機に一本腕が生えているような姿である。

 シューティングゲーム『アインハンダー』より。
 戦闘機から生えている腕が敵から武器を奪い取ってそれをサブウェポンに出来ると言うところが素敵仕様です。
 個人的にはライオットが好きだったなぁ。
 近接兵器かつ、シューティングが苦手だったから結構死んだけど。

●行き詰った感がある。
 こんな時こそ原点に戻ろう。
 そう、そんな時はどうしようもない原点へ。

 『足洗い邸の住人たち。』より、田村福太郎のアドバイスから。
 完結おめでとう御座います、『ひとなみにおごれやおなご』の1巻も買ってみたけど、13巻のオマケ漫画を見るに、犬の子がキーマンなんだろうか?

 とまあ、話が脱線しましたが、立ち止まって最初から見てみるのも大切です、と言う話。
 私としても、話のコンセプトがかなり離れてたりしますので。

●それは燃費の劇悪化である。

 パワーアップしたと思ったら使い勝手が逆に悪くなっていた。
 他ならぬIS3巻で登場の白式のレフトアームウェポン、雪羅から。

 千冬さんは他ならぬ一夏の姉なので、機体の成長チャートもきっと似ているに違いない、と言うのが『狂乱殺し』のコンセプトだったりします。
 はっきり言って普通の人なら使い勝手が物凄く悪くなるのでむしろ弱体化する能力である。
 暮桜は千冬のことを誰より理解している為、千冬ならデメリットなんてものともしないと確信して作り出したそうで。
 ちなみに白雪芥子はこの事をのろけられ、キレてます。

 なお、この状態の千冬さんはグリムジョー・ジャガージャックの豹王の爪(デスガロン)張りの爪撃を放てたりします。

●この状況で何故名刺!?

 何故か普段は非常識の塊みたいなのに自己紹介の挨拶はきちんと社会人しているゲボックや強欲王より。
 もっとも、強欲王の方は最初白紙だったみたいですが。

●『悪の組織』

 『おりがみ』や『マスラオ』にて、伊織魔殺商会がカチコミかける時の掛け声のようなもの、『悪の組織だ!』から、何の臆面も無く悪の組織である事を公言する所です。
 新入社員は入社したその日にマフィアの取引に突っ込まされます。他ならぬ総帥様もそうでした。

●『霧斬』

 『9S』で最初から出て来る超振動ブレード。
 超振動で切れ味を向上させるのは最早SFでは古典技術ですが、こいつは初接触のその瞬間、対象に合わせて調節してくれるという一歩進んだ親切設計です。名前こそ出て無いけれど、本作品で随分初期から周波数制御とか出ているのは皆これ。
 人体は切れるどころか溶けます。触れただけで骨が砕けるとか危ない事この上無い。

●セガールやマクレーン

 テロリストやら武装集団、果てはプロ軍人まで、単身、生身で解決できてしまう傑物たち。リアルでいたら最早人外でしょう。
 そういう事をする人を例える揶揄として示すのは『フルメタル・パニック』から。
 とある潜水艦の艦長は、英雄に祭り上げられてしまいました。無双出来る人なんてそうそう居ないのです。

……いないのですョ?

●「ハ、絶対大丈夫だよで有名な漫画でも言ってたろうが! 迷路なんてなぁ―――壁を一直線にブチ抜いてきゃ絶対出れるってなぁ!」

 実はこれ『カードキャプターさくら』の『迷路』のカードが出た時、とある先生がにこやかに行った力技。
 実は巫女さん属性もあってしかも兄ちゃんの元カノでもあります。

 作品が終わって……。

 メインカップル、知ったか君とその幼馴染み、あとは両親か……。
 なんで、小学生向きなのにまともな性癖持ってる人こんなけしかおらへんの!?
 小学生からフリーすぎる恋愛の萌芽を育もうとするクランプ先生恐るべしである。
 因みにその先生はショタジジィ趣味へと変貌していました。

 まぁ、どっちかってぇと大きな友達が増えたという本末転倒っぷり……狙った……どっちでしょうか……?
 やはり、恐るべし。

●何かバイキンマンの基地みたいな効果音が聞こえて来るんですけどおおおおおっ!?

 どう見ても鉄工所以上の設備がありそうに見えない基地にてUFOなんて開発できるバイキンマンは凄まじいと思うのです。
 毎度パンチ一発でそれをぶっ壊すアンパンマンの方が恐ろしいけど。
 その修理はどう見ても溶接とハンマーによる力づくの成形。大丈夫なのだからさらに凄い。

 昔考えたんだが、『元気100倍アンパンマン』と新しい顔が出来るたびに彼は叫んでますけど……。
 ダメージ食らって弱ってる状態のアンパンマン……だよな……。
 まさか、ジャンプもびっくりのお互い毎話ごと100倍加している超バトル漫画じゃないよね!?

●「いやいや、ある意味では面白かったり? 一体何で動いているのか分らないくらい杜撰で??」

 八房先生の『塊根の花』より、いやお前ら一体何世紀技術進んでんだよ、という魔法使い達の目線から見たとある自由と正義の国のアトミック技術に対する評価から抜粋。

 魔法使いが魔術と同時に超先進的な科学の使い手なのか、そもそも魔術とやらが既に何らかの手順を踏まれた科学なのか。
 深読みならいくらでも出来ますけど、先に進んでいるからってそれを広める、人のために役立てる、それが正しいとは限らない。
 そんな風にも見えます。
 私の作り出したもので皆を幸せにしたいって思いで開発されたものは、その十倍以上人をぶっ殺している事がよくあるよね。

●オメガブーストとそのコピーのヴァイパーブースト合戦みたい

 おばちゃんが360度ギュンギュン回転しつつ殺虫剤を散布してハエを叩き落す、スタイリッシュなCMでお茶の間を爆笑の渦に叩き込んだスタイリッシュ360度ハイスピードシューティングゲーム『オメガブースト』から。
 所謂ボム的なもので『ヴァイパーブースト』なるエネルギーを纏って敵に超絶体当たりを超高速でかつ超連続に叩き込む業があるのだけど。
 最初と後の方で、主人公機のコピーが襲ってくる。
 なんと、後の方はヴァイパーブーストを使ってくるのだ。
 攻略サイトを見ると、かわせるらしいんだが、私はかわせたためしが無く、こちらもヴァイパーブーストを発動させて無茶苦茶な連続激突を演出します。というか、しないと俺にはクリアできなかったです……。
 無茶苦茶格好いいので、一度は見て欲しいシーン。

●「だよね。以上、天才束さんによるQ.E.D」

 名探偵エラリー・クイーンの口癖で数学用語のQ.E.D.(Quod Erat Demonstrandum(かく示された))にして、それにちなんでいる推理漫画、『Q.E.D. 証明終了』の主人公、燈馬 想の決め台詞「以上、証明終了(Q.E.D.)です」をまるで駄目な方にいいとこ取りしようとして出来てない凶華のデカメロン命名の瞬間から。

 彼女のように証明者だけの勝手な理論で勝手に決めて勝手に裁く。恐ろしい独裁方では決して使わないでください。

 束の場合、天才なので、本当に感情だけで言っているのか、裏で常人に分からない計算を一瞬で終わらせたのかいまいち分からないところがあるのですが。

●『刹那の見切り』

 『星のカービィ。スーパーデラックス』のミニゲーム。
 
  詰まるところが早抜き、居合い勝負、いっせいのーで、で死合います。
  カワサキさんの顔面に早抜きでパイを叩きつけるのが絵面的には一番好きです。

 なんていうか、押す時間的には前作の早撃ちと対して変わらないのにも関わらず、なんかメタナイトにバッサバッサと斬られていた気がします。
 私の知り合いで、何連続もメタナイトと鍔競り合ってにやにやしてた変態がいたけど。
 正直、勝つより凄いと思うんだが。

●「………………あれか、協力プレイ時は難易度上がります、とかそう言うのか」

 特定のシューティングゲームでは、2Pプレイしていると、弾数が倍なのに異様に敵がしぶとい気がするのはちゃんと敵の被弾数考えて耐久力やらなんやらを調整しているのである。
 ゆえに、一人が即ぴちゅると、残された一人は通常1Pプレイを越えるマゾプレイを体験出来ます。
 ごめん、俺と一緒にシューティングする人……。

●重傷負ってパワーアップとか、あなたはどこの戦闘民族よ

 説明不要だと思うけど、サイヤ人。それを明言したのはナメック星編だけど、きっと、理由付けるのはそんな感じだと思う。でも、登場キャラがそれ自覚したら、インフレが洒落にならなくなったという。

●髪の毛を何故か一本に纏め筆みたい

 『げんしけん』(1代目?)でまさか、正ヒロインになりました荻上さんの特徴的過ぎる髪型の事。
 この漫画は、人々の行動が生々しいけど……さ。
 実際は、原口みたいな奴ばっかりなんやで?

●『『Lucifer Cannon』モードへ移行』

 その後の描写を見れば分かるかと思いますが、究極ロマン砲こと、ベクターキャノンを発射する際のシークエンス開始を告げるアナウンス『ベクターキャノンモードへ移行』から。
 これについては……うん、言う必要もないと思うんだ。『おわりにしょうぜ……』

●56億7千万テラ・アーデルハイド

 『BASTARD暗黒の破壊神』より、銀河宇宙の中心に存在するブラックホールにある地獄から主人公を解放するのに必要な光エネルギー。
 本当かどうか知らないけれど、宇宙開闢級の大エネルギーなんだとか。
 宇宙開闢と言う事は、熱力学第2法則から言えば、今全宇宙にあるエネルギーをかき集めても最早それに足りる程存在していない、と言う事なので、オーバーロードとは言え、それを発揮出来る霊子力と言うのは相当なもんなんだなぁ、とか思う。

●「ぱぁいるだああああああああーーーーっ!」
 〜
「おおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉお——————んっ!!!」

 これも説明の必要があるのかな、飛行機(俺にはUFOに見える)そのものをコクピットにして機体の頭部にドッキング! よくぞ思い付いた、と言う程素敵なギミックであるマジンガー発進の演出である。
 束は頭の上からギュムっと潜入するから、まあ。ニュアンスでお願いします。

●頼もしい事に束さんは全知全能だからね!

 『狂乱家族日記』より、バッカーキョウキャ・エアエリア様の決め台詞である。
 巻数が進むに連れてどんどん彼女は可愛くなって来たと思います。

 一番、将来優歌ちゃんが凶華に似そうで怖いんですけど。

●高次の存在が十二の過程を経て『ヒト』の位階へと下って行く。

 カバラの概念。
 魔術系の話を呼んだり齧ったりした人なら、セフィロトというヒゲと皿で出来たような木を見た事があるかと思う。
 あれはなんだか、人が神の位階へ上がるための図解であるそうで。
 言ってしまえば『スーパーロボット断面図』みたいなものらしい。違いますかね?
 しかし、高度の存在の事は低位である我々には理解出来ない為、上の段階にいくにつれ、描写が意味不明に、更には減少し、しまいにはただ、それしか書かれなくなる。
 そうだよね! 低レベルの俺らにそれが読めりゃもう上位の存在だからね!
 
 まあ、その解釈を勝手に借りて、ヒト以上である『牙』である彼等が、偽装を被って存在としての格を下り、ヒトに偽る様を比喩してみたのですけど、知らない人が居たら、杭の数と段階違わね? とかツッコミ来るかと思った。

 上の表現でアレだけど、セフィロトってなんか恰好良いよね。

●そうか……柄がミスマッチだったか

 しばしば、蛇信仰とでも言うのだろうか。
 身を忍ばすにはダンボールであるらしい。

 『マスラオ』にて、遊星の彼方からやって来たエージェント『スモーク』。
 超常的な技術があるにも関わらず、ダンボール。
 そりゃばれるわ。
 しかし、彼等はそれでも信仰を捨てることはない。
 
 後で光学迷彩出てくるけどね!?

 類似使用法に、妙なファッションにツッコミを入れた場合、何故かとんちんかんな事を気にしだす人や、要人との面会に何故か超ド派手なドレスを着て来て、『ちょっと地味だったか?』のボケもある。

●ぷち束、1万飛んで32号! どう? どう? 意味深な番号でしょう!? うへへー、妹じゃなくて姉だけどね!

 『とある魔術の禁書目録』より、実験が終わってナンバーであり、ちょっと特別感のあるミサカ妹さんである。
 カミやんにネックレスもらったりね。
 俺的に、ロシアにいて、珍しく美琴が優勢だった妹ちゃんに比べたら、ねぇ。
 というか、チャット式討論にも出てない子がいっぱいいるんだよね。

●「それじゃーいっくよー! 斬撃の宴だよんッ!!」
 蝶の触角が生えた一夏は向かってくる壁に『霧斬』を叩きつけ。

 『狂乱家族日記』で唯一、一度だけあった、死神3番と凶華の共闘、やったことは迫りくる壁の切り抜き、と同じだったりします。
 ネコミミ死神、と言うのも絵で見てみたかったりもします。
 一応、これも『宴』なんだぜ!

●これが最後のぷち束であったとは思えない……きっと、まだ20万8千466体のぷち束が……

 本当なら、巨大な災厄的怪獣につかいましょう。初代『ゴジラ』没後の締めくくりです。
 これもよくパロディで使われたりしますね。
 まあ、実際すぐ新個体が出てくる訳ですが。
 時々、なぜかドラクエのはずであるゾーマ様の末期の台詞が混じったりするんだよね。

●「「目障りなんだよ、妖怪キャラ被りのパチモン野郎が!」」

 二つほどネタの合作です。
 一つは『Dies irae』の名シーンの一つ、ついに因縁の清算かっ!? ヴィルヘルム VS シュライバーの時の台詞、『目障りなんだよ、似たような髪しやがってこのパチモン野郎』から。
 まあ、このときの語りは過去の再現なので、本当はドラマCD(CS版では収録されましたが)の時の台詞なんですけどね。
 因縁の対決、良いですねえ、そそります。燃え上がります。
 まあ、こっちは正真正銘チンピラ二人の因縁だった訳ですが。

 それと、『NEEDLESS』から、妖怪キャラかぶり。
 しばしば、被られると本物の出番が減ってしまい、最悪偽者の方が人気が出てしまうという恐ろしい妖怪のことである、とあるんだけど、いろいろ該当があってマジ怖い。
 いや、見た目は全然似てなくても、因縁吹っかけるのに使えます。
 
●丁寧に、顔面を破壊してやる

 『狂乱家族日記』の死神3番さんの決め台詞。
 顔のコンプレックス。般若面は、ただ凰火に嫌われたくなかっただけ、というかわいい逸話なんですが、それが転じて人外の顔面を破壊するのが趣味になってしまったという話。
 
 この人の主武装って、日本刀と手榴弾なんだよな……。
 あと、肉体を強化改造されていたりするので、大日本帝国ェ……状態。

●ティム君

 本名、ティミリィ・ゴルゴム。悪の組織に所属する運命だったとしか言いようのない子である。
 おかげで、てつをが名台詞言うたびにテレビに向かってメンチきってた時代があったり。
 本人曰く、元百姓。石油マネーでちょっと鼻をくすぐられてたら全部なくなってた田舎もんだ、との事。
 スラム街でストリートチルドレンとなり、強盗で日々の口を凌いでいた。
 このとき、人攫いなどに目を付けられないように男装していたが、社会に混じると男の方がいろいろ楽だな、ということで助けられた後も、男装を継続する。
 ISが広まり、女性優勢の社会になっても、相手の隙を突きやすい、ということでISを手にするまでは継続していた。
 ゲボックの従姉妹という事で、彼女を本格的に調べるとティム・ギャクサッツという名に辿り着く。双禍から見れば又叔母、という事になるのだろうか。
 日本で活動する際の名は巻紙礼子

 うん。つまりスコールである。
 性別ロジックのために一切一人称を使わせなかったため、もしかしたら彼女の口調に違和感があった人がいるかもしれない。
 他にも、決して誰も彼、彼女、と言わせなかった。嘘はついていないのである嘘は。

 オータムは二次創作ではしばしば馬鹿、となる事が多いが、あっちの人は教育の環境がないほど治安が凄まじいだけで、知識吸収欲求は我々より高いため、教育での伸び率は高いのだと思うのですがどうでしょう?
 という訳で、最悪の環境からゲボックという別の意味で成長に悪そうな環境に。
 然れども、生物兵器達による教育や、自然と生存に必須のために研鑽した結果、天才を抜かせば技術的水準が世界的なそれを大きく上回ってしまった。
 これは、彼女の学習能力が高いのに合わせて、技術レベルの高いところで学んだためである。新しい概念を開発する能力は特別なもの鼻にもないので、彼女の開発能力は高くない。
 実際に使える物達がまさにオーパーツであり、そして、活用力———つまりそれらを使いこなす技術こそが彼女の優れた点だったためである。

 男装に全く抵抗がなかったのは、本人も気づいていないが性同一性障害で男性のパーソナリティを持っているため。
 男っぽい、とか女っぽいとか、考えている余裕なんてなかったのである。そんな思春期を過ぎ去ったため、そういう衣装でのジェンダーが全くない。
 まあ、女性にしか恋愛感情を抱けないのでそこが致命的なのだが。
 おかげでゲボックとは義理の従姉妹という、微妙な関係からは絶対に進まず、束もたまに攻撃するだけで敵認識とはされていなかった。

 なお、たまに一夏と愚痴を語り合うメル友だったりする。弾や数馬とも同様。
 年上のために、ゲボック家在住時代は弾に頼られていた(一夏は誘拐事件時に遭遇)
 そのジェンダーのせいか、男の方が友人関係が広いらしい。

 実はVS会長戦が今から楽しみだったりする。
 というか、知り合いなんだけど、来れるんだろうか。






エピローグ 「ゲンサクヘンノマエニ』



●タイトル

 『無限のリヴァイアス』ドラマCD第三弾『あしたのまえに』から。
 あした、とは最終話のタイトルなので、そのまんま、最終話の前のこと、とあしたの意味するもの至るまで、と言う意味である。

 ええ、ここではそのまんま、原作編の前に、って意味です。

●足長過ぎるおじさん

 文学としても名作ですが、自分としてはハウス名作劇場の『わたしのあしながおじさん』から。

 あしながおじさんに見えたのは、横からの光で影が伸びていたからだ———と言うオチなんですけど、それが見果てぬほどに本当で足長いおじさんだったらどうだろう、的な話である。
 考えてみよう———それがゲボックである。
 わーい、キモイ。

●鳩がぽっぽーぽっぽー言ってる奴
 実はあれ、モールス信号の和文法で解読出来るのである。
 アマチュア無線の翻訳で言うなら
 ぽを『・』ぽぅを『ー』で読み解くと

「ぽぽぅぽぽぽ」  →『お』
「ぽぽぽぅぽぽ」  →『と』
「ぽぽ」      →『゛』
「ぽぅぽぽぅぽぅぽ」→『る』
「ぽぽぅぽぽ」   →『か』
「ぽぽ」      →『゛』
「ぽぽぅ」     →『い』
「ぽぽぅ」     →『い』
「ぽぽぅぽぽぅぽぽぅ」→『、』

「ぽぅぽぽぅ」   →『わ』
「ぽぅぽぅぽぅ」  →『れ』
「ぽぽぽ」     →『ら』

「ぽぅぽぽぽ」   →『は』
「ぽぽぽぅぽぽ」  →『と』
「ぽぽぽぅぽ」   →『ち』
「ぽぅぽぽぽぅぽぅ」→『ゆ』
「ぽぽぽぅ」    →『う』
「ぽぅぽ」     →『た』
「ぽぽぅ」     →『い』
「ぽぽぅぽぽ」   →『か』
「ぽぽ」      →『゛』

「ぽぽぅぽぽ」   →『か』
「ぽぽぅぽ」    →『な』
「ぽぽぅぽぽぅぽぅ」→『て』
「ぽぽ」      →『゛』
「ぽぅぽぽぅぽぅぽ」→『る』
「ぽぅぽぽぅ」   →『わ』
「ぽぅぽぽぅぽぅぽ」→『る』
「ぽぽぅぽぅぽ」  →『つ』
「ぽぽぅぽぽぅぽぅ」→『て」
「ぽぽ」      →『゛』
「ぽぅぽぽぅぽぽぅぽぅ」→『!』(これは記号。ウィキにて)

 となる。

 なお、「ぽぅぽぽ、ぽぽ、ぽ」は、『DIE』となります。
 セシリアは、モールスで暗示のようにこの台詞回しを聞いていた可能性がある。
 それはつまり、それだけ刺客に襲われ続けていたっと言う事で割と笑えないのだが。

●「鳩に気をつけろ」
「鳩だけは怒らせてはいけない」
「鳩怖い」

 極道界ならぬ英国の裏社会に広まった鳩の恐怖、鳩の部分を『ボンタ君』に置き換えて下さい、多摩川で本職もビックリ、本格室内戦闘訓練しているヤクザとそれを指導しているボンタ君が思い浮かぶでしょう。はい、フルメタルパニックの短編からです。
 幼い頃の記憶はすでになくともお気に入りのぬいぐるみの事が消えなかった、ボンタ君……あれ? わりと笑えないよね。
 と、言うことは、宗助はこの近所に住んでいた可能性が高いよね。
 元々地方の寂れた遊園地のマスコットらしいし。

●「は……鳩がァ! 窓に! 窓に!」

 漏れなくSAN値0寸前、宇宙的恐怖なクトゥルフ神話の有名描写より。
 パッと見愛くるしいけど、軍用暗視ゴーグルなんて付けてたら『人狼』の強化スーツ的な恐怖がありますよねぇ。

●「なぁ……周りに黒い線のような落書きは無いだろうな? それをなぞったらアッサリ物が分断されるとかいう猟奇的な現象は起きてないだろうな?」
 ゲボックも身を乗り出してきた。
「他にモ、線の交わル所に、点があってそれを突イたら塵にナってしまうとかは? モしそうなら、大変興味深いノで研究サせて下さイ!」

 タイプムーンより、直死の魔眼を開眼してしまった時の描写。
 特にこだわってないので式さんでも志貴君でもよし。
 でも、その代償的には式さんっぽい。
 まぁ、何も獲得してないんですけどね。
 お二方や、同じく死が見えるイマジネーターからすれば死、そのものである彼らは、真っ黒に見えるんだろうか?

●鼻毛を一気に数本纏めて抜くと涙が出るから嘘泣きには使えると聞きましたが

 『スレイヤーズ』から、即座に潤んだ涙(と、書いて女の最終兵器)を見せる方法だとか。
 乙女の嗜みと断言しますし、様々な王道をあえて真横からぶん殴ったり、夢を全力でブレイクしてくれる作風は楽しかった覚えがありますが……そうか、鼻毛か。

●ラヴィニア

 小公女において、悪役、いぢめっこ、と憎まれ役である。
 まあ、元々自分が一番でないと我慢がならないタイプで、最初はセーラが一番お金持ちで人望もあったため、父の不幸の後、その憂さを目一杯晴らしてくるという……昼ドラの悪役っぽい子である。

 当然、小公女ごっこやるときなんて、絶対割り当たりたくない役である。
 『狂乱家族日記』で、それが割り当てられていたのは白シリーズ最新型の、統率型である。つまりメスゴリラ。
 縦髪ロールでふりふりのドレス着た上でドラミングします。あの雷蝶をして『何このツンデレしてる化け物ーッ!?』と言わしめるすごい絵面になります。
 性格的に素直になれない、しかしわがままで、その上白シリーズで統率型だから、思念波で強力なマインドコントロールもできるというタイプだったため、友達ができにくく、ぼっちだったようで。
 しかし今は、ロッティがなついていたり、幼馴染みの雹霞と和解できているようで、なかなか改善されているが、ラヴィニアである。

 本作品に去渡博士はいないため、白シリーズが出てくる事はあり得ないが、代わりに茶の7番が該当する事に。
 オリ生物兵器なので扱いが難しいなぁ、とか、結構悩ませてくれる子です。

●兇器に銘などなど無用

 『装甲悪鬼村正』において、主人公にして暗黒星人、湊景明の実の兄弟疑惑がある大鳥獅子吼が有する真打劔冑『銘伏』の誓約の口上———というか、資料には不明、と書いてあるので、単なる台詞なのだが、口上として格好よく聞こえるからIS展開時の口上として採用してみた。
 この、武器にこだわりはねぇ! って潔さはすごいと思う。
 ラヴィニアのISは生物兵器である彼女に最適化されているため、非常に異形であるらしいとか。

●そう。織斑一夏は探した。
 〜
寂しい景色しか見つからなかったのだが。

 『破壊魔定光』より、母親が狗隠に暗殺された後の日常に彷徨う定光の心境を、流刑体にして、データ生命である破岩が述べているもの。
 ある日、その人にとって支えになっている物が突然消えてしまったのならどうなるのだろう。
 大人でさえ、塞いでしまったり心を病んでしまう事が多いのに、もし———それが世界全てと言っていい親であったのならば。

 この作品も、この辺りから流刑体って……あれ? ってなってきました。
 しかし、スケールや設定の編み込みっぷりがパネェ。
 まあ、『世界』について飲み込んでいけるか、で好悪がだいぶかわる作品だなぁ、と思いました。

●火星にて僅か500年で驚異的進化を遂げた人間大ゴキブリだろうが頭を握り潰される
●「ちゃらら〜、『パラポネラってグンタイアリも避けて通るらしい』〜よ〜」
 〜
「まめシヴァあッ!!」

 この漫画がすごい! で取り上げられました、ゴリラがマッチョになって火星で改造人間と霊長をかけたバトルを繰り広げる、とかなんとか言うとちょっと違わないか? てな話。

 ちなみに上にどちらも上げたのは、蟻の改造手術を受けた某父娘それぞれの能力だったりします。

 ミッシェルちゃんはいい具合にツンデレだと思います。
 あと、それの伝え方は落ちが案外黒い『まめしば』から。

●Auシリーズγロット–00七四(後γ-00四七)
Cロット00三七(後C-00三七)

 ……これ、発表するのが何気に怖かったりします。
 どんな作品でも、特定キャラを全くディスったりしない、なんて物はないのですが、この作品で顕著なのがこれ。
 作中で上記がラウラの、下のがオーギュストのロットナンバーである事を示しているのですが。IS原作2巻を読むと、ある事に気付く事ができます。
 そう———
 C-00三七とは。
 原作ラウラのシリアルナンバーなのである。
 あ、Auシリーズというのは、私のオリ設定なのでお気になさらずとも大丈夫です。

 クロスSSのバタフライエフェクトは分かり難いところに出てくると、分かったときにクスッとなる私はこんなの仕込んでみたんですが……。
 怒られねぇかなあと実際ビビリな私は、戦々恐々としております。

 顛末を述べさせていただきますと、オーギュスト登場の際、説明にあった通り、ゲボックの登場により、人造強化兵士の技術はまあ、ゲボックの独壇場になっており、場末の普通な(というのも語弊がありますが)マッドサイエンティスト達は面目丸潰れになっていて、結構自重しない状態になっていたのです。

 そのため、IS登場に際してアドバンスト達に施された生体改造がまさに自重乙状態だったのだ。
 よって、原作でも絶対安全詐欺にかかったラウラが『越界の瞳』の常時暴走状態を発症したように……えぇ、そう言う事です。

 オーギュストは、原作通りゲボックが存在しなかったら『ラウラになる筈だったの個体』なのです。
 この作品で出てくるラウラは、やべ、オーギュストでやりすぎた、と流石に思った科学者達が『再生加速』のみにとどめて自重したけど、最後の最後で結局、『や、やっぱ目だけでも……』とした結果です。
 性格とか、千冬の影響とか同じじゃねーかっ! という意見もございますでしょうが。性格というのは、環境と境遇が作り出すので、似通ってくるのはある意味しょうがないかと。
 ただ、原作ラウラと当作ラウラは、決定的なプロフィールの違いが後々出てきますのでお楽しみに。

 最後に弁明。
 ただディスってるだけじゃないよ! 原作と違って脱ロリボディしたし! あ? それがアンチですって!? あ、ごめんなさい。

●同じ、命なのに?

 『とある科学の超電磁砲』より、御坂美琴と布束 砥信さんのモルモットやらクローンやら、命の倫理やら、の話からインパクトのある一言だけいただきました。
 なお、その境遇からか、自分の命を一山いくらで換算しているのが双禍だったりします。

●「微笑ましく見守り殺してくれるっ!」
「お前はマチュマテリアの闘犬か?」

 『魔術師オーフェン』から、どこからそんな自信が湧き出るのか、地人兄弟の兄の方である。
 この種族こそがこの大陸の主役、というのは意表をつかれました。
 とにかく頑丈で、物質崩壊食らわせても焼き残る。
 他にも生態が意味不明で、100体がいきなりバトルロワイヤルを始め、全員がノックアウトしたと思ったら一匹増えていたとか意味不明。

 なお、この〜殺すぞ! シリーズは多岐にわたり、当初こそドアの角に小指ぶつけてもだえ殺すぞ、とか一応殺傷力というか攻撃力があるにはあったのだが(言葉だけで実行しないためどれも実質0だが)とても驚いたときは虚勢を張ったも調子が出なくてポエムを朗読して微笑ましくし殺してくれるとか言っている本人も意味不明になったりした模様。

 ……こんな強烈なキャラ、作りてぇなぁ……。

●人格を破壊し瞬時に洗脳する光学麻薬。

 これまで結構視覚毒が出てきて、これもそうかと思いがちですが、こちらは脳を研究し、その箍を外させる映像パターン……元ネタは『魔人探偵脳噛ネウロ』より、電子ドラッグである。
 元々、心理の奥に潜んでいる犯罪行為への渇望を引きずり出し、電人HALの傀儡とするためであり、実際には人格を破壊したりはしていないのだが、同時に視覚毒も精製させているため、酷い話が『見たら魂が食い尽くされる眼』という恐ろしい物になっていたりする。
 私の趣味全力全開で、ファンタジーで言う邪眼を科学的に作り出してみた物であり、眼から相手に情報を射出しているのもネウロに出てきた怪盗Xiが実施しているが、やはり個人的には『ブラッドジャケット』にて、呪装戦術隊に宿泊場所へ突入されたロングファングの狡猾な戦闘が頭の片隅にあった事は否めなせんなぁ。

●なんだなんだと言われたら!
 答えて上げるか、しゃーないなぁ、天才だしみゃあ〜!

 かなり語尾やらが変わってしまっているが、アニメ版ポケモンのムサシとコジロウの口上である。
 あれもなんだか、既に10年以上……そりゃ、アンパンマンみたいにオーソドックスの一つに仲間入りする訳ですわ。

●でも———
 わたし———
 裏切るね。
 ばみょん!!

 トリックスターにしてPK、高レベルプレイヤーにして実年齢は小学4年生、二刀使い(双剣だけど)御崎亮君です……SAOじゃないよ、『.Hack//SIGN』からでありますよ!
 ゲーム内ネームは楚良。松尾芭蕉の弟子の名前だ、というけど。それはデマです、マ・ジ・で・かッ!?

 このときの経験からスケィスとの長い縁が刻まれるとは誰も思いもしなかったでしょうねぇ。
 まさかの続編で主人公になりますから。
 しかし、この頃の特徴あるペラ回しはなくなってましたね。

 徳岡純一郎の娘であるカールとの交流を描いたZEROの話も最後まで見てみたかったなぁ、と思います。

●ここは親しみを込めて束さんと呼びたまえ!

 『めだかボックス』から、少年誌インフレ現象を体現してみたとしか思えない能力どんだけあるんだ事の人、こと安心院さんが、自己紹介のときはだいたい言う言葉。
 シュミレーテッドリアリティは、非常に身をつまされる事でしたねぇ。
 あと、世界の4人に1人は自分の分身だ、ってどういう事だよ。

●呼んだら呼びやがったで、ぶっ殺すけどね!

 『大復活祭』からアガリアレプト司令。
 もっとし親しくしていいんだぜ? といろんなあだ名(という悪口)を提示しときながら、これである。
 なんとも絡みづらい上司である
 しかも超テレパスやらどこでも見れます千里眼やらはっきり言って陰口も言えない恐ろしい上司である。が、ケモノフードは可愛い。

●ミーム

 『破壊魔定光』から、人の心から心へコピーされる情報であり、『文化』を形成する様々な情報となっている。習慣や技能、物語など、Wikiにあるのですが、ココにおいては『破壊魔定光』から、『破壊魔』というミームが『敵に対して、知る事によって及ぼしていたワクチン的効果』を元ネタとさせていただく。

 分身体束そのものが、ドイツ人達にミームとして広まり、目標を見つけ出す、という物である。
 とあるところで、『知り合いの知り合い』というのは、6人目ぐらいで全世界の人と知り合いになるらしい。
 現在はネット文化が進んでいるのでそれはさらに少なくなっているとか。

●ふふふ、お前らが見ているこの束さんは所詮21万の束さんの中でも前座に過ぎぬのだよ

 少年漫画的、さっきまでのボスはカマセだったのだよ、的な。
 男塾とか、幽白でもありましたねえ。というか既に様式美。
 しかし、最近の漫画だと、これを見るとなんか打ち切りの匂いがするのが嫌だなあ。

●フォルゴレ的にモゲたろか本体

 『金色のガッシュ・ベル』より、世界的スター。パルコ・フォルゴレが全世界に爆発的に売り出しているCD『チチをモゲ』より。
 ………………いさぎよすぎるわあああああああああああ!
 っていうかこの世界の女って感性どうなってんのおおおおお!?
 まあ、元の意味は『揉め』、だけど、このぷち束は、『捥ぐ』になってますね。

●「うぉぉお……本体のこの自然な上から目線がぁぁぁああ!」

 『新約 とある魔術の禁書目録』より雲川姉妹の会話より。
 遺伝子が近いのにこの格差社会はああああ! というときにお使いください。例えば更識姉妹とか……。
 あ゛ッギャアアアあああああっ!!

●偽乳隊長

 有名な特選隊の隊長を無理矢理漢字にした物ですが、『とらドラ』にて、みのりんが、とある贋作を一目で見抜いて呟いた言葉です。
 正直、恋愛に対した感情は、一番彼女の物が私には近いです。
 あるのは知っている。どんな物なのかも分かっている。
 だけど、空にある星の様で、私はただそれだけで良いと思う、みたいな。

●「暇を持て余した」
「天才達の」
「遊び」

 最近見なくなったけど、動画共有サイトでたまに見るとやっぱり吹き出るモンスターエンジンのコントから。
 『こんな事もあろうかと、だ』とか普通に言いそうで怖い。

●「まだまだだね」
 〜
「束さんのテニヌに酔いな……フッ」

 もはやテニスとボールを使っているバトル漫画にしか見えない『テニスの王子様』から。
 ネットやらの界隈ではすでにテニスのスの字が突き抜けてヌになってしまってますしな。

●蒼穹、星滅黒、白霧

 真ん中のは適当な当て字ですが、蒼穹の王(カオティック・ブルー)白霧(デス・フォッグ)は、いずれもスレイヤーズの世界と隣接する世界の魔王である。真ん中のは、イメージ的には闇を撒くもの(ダーク・スター)何ですが、なんかこれだけ長い気がしてちょっと縮めました。
 しくったかもしれん……なお、シャブラニグドゥは紅シリーズに相当してたり。

 他の世界の魔族話も見てみたいとか時々思いますよね。
 まあ、青と白は全力拮抗中らしいですが。

(くれない)だっけ、確かそんなシリーズ

 『狂乱家族日記』において、独裁者、紅茶のクローンとして作られたバックアップにして兵隊達である。
 なお、凰火は、そのプロトタイプ0001号である。

 兵隊として動く奴らには魔族が取り憑いているようで、事実上の不死身である。
 凰火がかつて機械的に淡々とした性格だったのはこの出生と育ての親であるヘルの影響であったと思われます。

●「さてさて、真っ」
「かなー誓ーいー!」

 『武装錬金』のアニメオープニングから。
 突撃槍と言ったらこのイメージに。
 週刊連載には合わなかったけれどもこの作品は素直に面白いと思えたんですけどね。
 バクマンの漫画みたいに原作が完結してからアニメ化した貴重な作品であると思う。

●「アイルビーバーックッ!」
「イッツァーブゥメラァンッ!」

 『ターミネーター』でなんか名物台詞になってたのと、文字通り返ってくるの。
 いつもの束ネタなので深い意味はないよ。

●「食った!」
「食いおった!」
「人の心があればこれは出来んわ!」

『BASTARD暗黒の破壊神』より、よりにもよって悪魔に主人公が言われた言葉。元々はちょっと訛ってたけど。

 人質を取られた、敵を殺せば命を共有させられている人質も死んでしまう! どうすれば!
 というときやった事は。

 食う。

 だったという顛末である。
 まあ、この後敵と人質を分離して取り出すんですが……そのせいで、人質のお兄さんがブチ切れて敵になったんですけど……。

咬み兎(サベッジラビット)

 『本日の騎士ミロク』より、主人公ミロクに付いた二つ名である。
 御姫のお付き、という結構ありがちな設定ながら、まさか竜やら敵国の騎士を人参で倒す騎士、と言うのは斬新でございました。
「お前なんて人参で十分だ」ってのは凄ぇ挑発じゃないでしょうか。実際勝つし。

●洗脳合戦

 洗脳能力持ち同士の交戦、というのは菊地秀行先生の魔界都市シリーズの短編『偉大なるメスメル』であったのが自分の読歴では初めてでした。まあ、催眠術専門の読み切りも一冊書かれておりますが。

 なんと言うか、ここでのやり取り序盤の方は『零崎曲識の人間人間』でしょうか。
 操る駒は最終たる橙たる種。
 音学を用いて相手を操る曲識と、思考するだけで相手を操れる操想術。
 この勝負では用いる労力上、操想術の方が有利に決まっている。
 
 しかし、NO.96『広場』ヤバすぎやしないだろうか。
 音楽家は曲が終わるまで決して演奏に手を抜く事はない。
 演奏時間144時間26分13秒 、お前は想い続けられるかとか。
 痺れ過ぎるにも程がある。

●昔々、ある所に不死身の巨人がおりました。

 西欧全域、インド、アフリカ、アメリカ大陸などに広く分布する、急所を隠しているから不死身なんだよな敵シリーズ。
 大概、女性関係で失敗して死にます。
 これもルーツとなる伝承がどっかから発祥したんでしょうね。

●「やった! 仲間を見つけた! もう一人じゃない! 寂しくない! 恐くない! もう何も———おぉ、危ない、首丸齧りにされるところだった、なんでかいっくんの傍に居そうだよね。将来、じゃなくて、どこにも行かないで、一人にしないでよとか? あーもぅ、面倒臭いや、はい、1、0ッ!!」

 『ブライトライツ・ホーリーランド』より、魂を掌握しようとした魔女に使った理論爆弾。結構そのまんまいただいてます。
 途中でマミさんの死亡フラグ混ぜかけてますが。
 精神に侵入してきた魔女に、悪魔払いの増殖式術を爆破して撃退するとか、それで自分の精神も大ダメージとか、スレイマンはヤバすぎる。
 こいつしばらく、死んでも無理矢理呪力で動いてたからなあ。

●「てててててって、てててて」
「それって瓶の中に錠剤ぶち込んでばい菌ぶっ殺すゲームのBGMだよね」
「UFOに乗って飛んでいくところまでは楽勝なんだけどなぁ……」
「帰ってくるって本当なのかなー」

 『Dr.マリオ』より。
 ハイスピードでLv20をクリアすると、UFOに乗って宇宙へ昇っていきます。
 で、噂では23か、25をクリアすると帰ってくるってあったんですよ。
 自力で20はあっさりいったんですけど、その先が難しい。
 ちょっとイラっとして、エミュレーターで一ステージ毎クリアして保存してって行ったら。
 …………何もなかった、んでスよね……。
 これが、エミュであるが故の不具合なのか、ただのデマだったのか……。
 私には分かりません……。

●バラしてタグつけまとめて並べて晒してやんよんっ!

 戯れ言シリーズ並びに人間シリーズから、零崎人識の『殺して解して並べて揃えて晒してやんよ』を、科学者らしく、情報分類整頓する手順プラス何故かバラバラに。
 きっとでも、束さんならタグも何も付けないで適当な情報を全部把握してそうである。

●『不滅なる闇』
『スターレス・アンドバイブルブラック』

 『レベリオン』シリーズよりヒロインのお姉さん、秋篠真澄さんのトランスジェニック能力です。
 それぞれ一言だけ交えていたのに感想でズバリ指摘されていたのでびっくりしました。

 珊瑚などの群体生物の一部が持つ、特定の個体が群れを一挙に自滅に追い込む何らかの機能———を発動させるなにか。
 言ってしまえば自分と同じ生物を自滅させる能力です。
 発動すると間のプロセス全部ぶっ飛びで全細胞がアポトーシスするため、防ぐのは不可能という発動→相手は死ぬというまるでエターナルフォースブリザード。
 ただ、この一見死をまき散らす能力は、彼女が不治の病を煩っていたから発現した、というフラグがあったのです。

 でも、『ロストユニバース』の、闇を撒くものも、似たようなニュアンスで同じような機能を有しているため、自分の知らないいわゆるオカルト用語で、ただ死ぬというのがあるかもしれません……ハデスかなぁ?

●『束空間』

 『狂乱家族日記』で、魔族がある空間範囲内に高密度で存在すると空間そのものが魔族のような性質に変質し、人間などの生物の精神に影響されて物理現象を超えた反応が起きる空間に変質する。
 その空間を『魔空間』と呼ぶのだが、ここは魔族ではなく束の単一仕様能力が代用していたため、束空間とよびます。
 束の、常人から見れば理解困難極まりない物が実体化する異界なので、野原しんのすけの脳内のような恐ろしい世界かもしれない。

●不可視のシシガミ様

 『もののけ姫』より、命をあやつる神にして、だいだらぼっちでもあるシシガミ様だが、ラストで、首を吹っ飛ばされたせいで触れる相手の命を食らって肥大化する何かになってしまう。
 『不滅なる闇』によって生じた死の範囲は、まるでそれのようだからである。
 しかし、結局シシガミというのは何だったのか。
 他の神は獣から生じた物であったのに、あの神だけは異彩を放っていましたね。

●「ねぇ。
 本当のわたし(きみ)は誰なんだい?
 わたし(きみ)の好きにすればいい。
 わたし(きみ)の本当の形はわたし(きみ)しか知らない。
 誰もわたし(きみ)の形を縛ってなんかいない———純粋な怒りに、振り下ろされる無慈悲な鉄槌に、残さぬ愛に、破壊の賛美そのものに———
 変われ———凝縮魔空砲」

 『断章のグリム』より、『目覚めのアリス』です。
 相手の中の異能の源である断章を暴走させ、相手を一瞬にして死滅させるという凶悪極まりない能力です。

 ただ、これは相手を理解した後に否定、というプロセスが必要なため、度々危ない目に遭います。最後はあれだったしなぁ。
 相手を理解するため、『形を縛ってなんかない———』以降は、相手の断章に合わせた形になるので、ここでは勝手にオリ詠唱に。

 凝縮魔空砲は『狂乱家族日記』の魔空間を用いた、空間そのものを純粋な破壊に変換する大爆撃。なんと、不死である魔族憑きでさえ死に至らしめるらしいとか。シグナスの自死に次ぐ凶悪性ではなかろうか。

●精神が魂に引き摺られる

 作者の友人の論に、魂は肉体に影響し、肉体もまた、魂に影響を及ぼすと言う談の方がおりまして。

 元々は、なんらかで動物になってしまった人間が、動物の本能に引きずられて動物そのまんまの動きをしてしまうという、『タキシード銀』や、『ガンバルガー』のイヌ化した霧隠藤兵衛などに見られたんだが……。

 なんか、最近は二次創作で転生したときの肉体に引きずられるような描写になったんだが……?
 それは幼くなったのではなく初めからガキだっただけなのだと思う。
 魂引き継ぎではなく、記憶継承なだけの全くの他人ではないかと思うのだが、どうだろうか。

●ぱふぱふぱふぱふぱふ……。
「美しさが2、上がったわね」
「Ⅵかよ!? ってか少なっ!?」

 ドラクエ6から出ました、格好よさのパラメータ。
 主に種や装備で決まります。
 6でのぱふぱふは文字通り化粧のパフであり、格好よさをあげる事ができます。あげるキャラを先頭にしてお姉さんに話しかけましょう。

●断崖の果てに自らハまだ飛べるのだと

 正田節である。
 『Dies irae』『神咒神威神楽』での死後の概念を正田卿特有のペラ回しで記すとこうなります。地味に格好いい。

 こういう、独自の表現を開発できればなぁ、と常々思います。
 このネタバレ集見れば分かりますが、独自のってあんまりない物で。
 いろいろ要研鑽ですね、と感心させられてしまうものです。

●「山串君によれば、金髪でおっぱいが大きい事が必要らしいですから」
輪廻転生(リーン・カーネーション)の女神様にはネ

 私は、水銀の蛇率いるマルグリット挺身追跡隊の1人である。

 とまあ、9割方本気の冗談はさておき。
 物語が終わった後、キャラが生まれ変わるのは数多あれども、輪廻転生そのものを始める神様、というのは珍しいと思います。

 しかも全ての民草があんな金髪巨乳慈愛の女神に毎度抱きしめられて生まれ変わるとか、そんな至高の輪廻転生があるのだろうか。
 そりゃ踏み潰されたら憤怒に滾るわ。
 多分俺程度が運良く天魔化しようが、変生できるのは海峡で消し飛ばされている天魔あたりだと思うけど。

●「これってまさか、ビッグワン———」

 ゲボックウォークラリーでアトラクションがある場合、アクションゲームのそれが用いられる事が多いのです。

 ここのは、原作編で出たビッグカチカチに引き続き、ビッグワンワンです。しかも後ろから足場食いつつ突貫してくる奴です。
 固い地面を齧らせると刃こぼれを起こして倒せるのですが、それはつまりある程度まではどうしようもないぜッ!! て事だったりします。















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 余談と言うか後書きと言うか愚痴と言うか長文で出来た駄文(読み飛ばしても支障は全く無し)

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 過去編ネタバレ集を書き終わって。
 まずはじめにお詫びしておきます。
 絶対拾い損ないがある事を……っ!!
 いやいや、後になって見直すと、この時何を考えて文章を打っていたのか分からなくなる事請け合いでして。

 何せ、最大1年弱程前の事なのでして。とか———言い訳させてください申し訳ありません。

 今回は単にネタバレ、だけではなく、この作中でのオリ設定や妄想やらを混入させてみました。
 まあ、今後のネタバレ、にはならない……(よなぁ……)ので、サプリメントとしてご了承を。



 そもそも、この過去編。そのものが自分の書きたい事であると同時に、この作品の設定資料集みたいな感じで書いておりました。

 どうも自分と言う阿呆は実力に盛大に反比例して、構想だけは大きく構築する悪癖がありまして。
 当作品もこの『過去編』『原作編』『原作乖離編』の三部(の予定)となっております。

 そしてですね。
 ふと気付いたのですよ。
 過去→原作と書いていくと、所謂第2部である原作が、やはり大筋とはいえ原作準拠にならなければ、原作乖離へ自然と続かない、と言う事がですよ。

 過去編での影響で原作編にも徐々に変異は起きていますが、下手に時間系列順で書くと、正直原作編のヒロイン数は私には多い。総てを書いて積み上げて行くと、過去編だけでどれだけ掛かるか。
 それどころか、あまりの変異で一夏ヒロインズの存在そのものが消滅しかねない、という本末転倒的欠陥を自覚しまして。

 と———言う訳で、ある程度は事件も原作準拠で進まなければ行けない。
 あまりにキャラを初めから崩しすぎれば、原作と言う存在がそもそもいらないオリジナル書けやとなってしまう。
 クロスSSはキャラの交流こそが醍醐味であるが故、原型が無いと名前だけ借りている別物になってしまうんですね。

 そのため、過去編と原作編の序盤は同時進行、と言う形になりました。
 調子に乗り過ぎて過去編に気合いを入れ過ぎても、原作編で調整並びにストッパーにすれば過去編の暴走も抑えられる、と言う打算込みの進行でありました。

 そしてISと言う原作舞台は、いい意味でアドリブが効きすぎる世界であります。
 自由性の高い補填されない設定、どうとでも解釈出来る社会情勢。
 各SS作家様達の多様性溢れる発想にある時は感嘆し、ある時は息を飲まされ、目から鱗が落ちたものです。

 であるが故に、自分の世界を構築するには、その隙間を自分で確固として作らなければならない。と言うのは当初からありまして。

 シェアワールドとして楽しむ筈の2次創作なのに、亜1次創作のように、世界構築の練習台としてはうってつけだったのです。
 そのために、半端な土台工事の見切り施工では、作品と言う塔は崩れ落ちる事必須。
 かなり気合いを掛けてテンション上げて構築した次第であります。
 まあ、読み返せばアラや未熟な点も自分で掘り返して悶え苦しんだりしてしまうのですがね。

 ゲボックというキャラは自分にとってかなり書きやすいキャラであると同時に、そう言う世界の穴を埋める題材としてはうってつけでした。
 なにせ、自分でその世界の穴を埋める某かを作り出せてしまうキャラなのです。
 わたくしがマッドサイエンティストを好む理由の一つでもあります。

 だからこそ、機械仕掛けの神(デウス・エクス・マキナ)に貶めてはキャラではなくなってしまう。舞台装置の一つになってしまっては行けないと言う所でまた悩みまして。

 何せ当作には、その『格』が二人も居る。
 一つの世界に流出者が二人いるようなものです。食い合ってしまったら支離滅裂な世界観になってしまう。

 そして、彼ら彼女らもまた、キャラである事。舞台を回す者ではなく、世界で踊る者でなければなりません。
 過去編の各冒頭を見て頂ければ分かると思いますが、過去編の三人の主人公、束、千冬、ゲボックのキャラ固めに重視したつもりであったり。

 何せ、原作でもいまいち分からない女傑二人。
 あと、分かりやすすぎて奔放過ぎるゲボック。

 女性陣は広げ、ゲボックは逆に道筋を付けたような感じです。

 後から自分で見直して、キャラがぶれないようにする為の設定資料集、とはここから来ています。



 これからが正念場なんですよね。
 何せ、ネットレビューやらなんやらを見ても、紹介されているのはやはりこの過去編。
 原作準準拠ではやはり目を引かないのかと、うんうん唸ってみたり。

 完全に別作品とまで評価受けてますし。
 霧間誠一みたいに、設定資料集として作ったほうが評価を受けて、『小説はつまりません』とか言われては完結までこぎ着けないですから(暗笑)。

 過去編は、三人のキャラが完成していく物語です。
 三人が何を見聞きし、成長し、どういう世界観を抱くに至るか、を書いたつもりであります。
 大人に至るまで、と言ってしまえます。
 そして、大人になると結構固定観念が固まって、変わりにくくなってしまうんですよ。

お目汚しながら、過去編にての三人の当作でのあり方をば。


 千冬
 主人公(表)にしてヒロイン(裏)

 千冬さんは織斑。マジ織斑。
 リアル人類最強にして、多分異能生存体とかも混じってる。
 当作品においては獣の魂まで宿してます。脳のリミッターがきっと7割ぐらい外れているに違いない。
 きっと狂乱したら文字化けとか吐き出しながら暴れ狂うでしょう。そうに決まってます。

 感想でズバリ的中事項を指摘されていましたけれど、他人に聡く自分に疎い。そして世界は彼女を中心に(感想文からそのまま流用)という原作織斑一夏をそのまま踏襲しています。

 詰まる所が、昔は隆盛を誇った旅する最強主人公がコンセプト。
 あちらこちらで問題を解決します。想いを寄せられても気付かず旅立って行ってしまう。そんなキャラ。
 しかし、現実では旅なんて出来ない。他に対処出来る人が居ないから問題児二人を押し付けられ、あちこち旅するどころかあっちこっちに振り回される苦労人と言う立ち位置です。決して彼女も常識的ではないのですが。

 人見知り気味で、かつ間違ってもデレなどしない人です。
 彼女みたいなタイプがデレる、というのは男にとって何より都合がいい形でいい女らしいです。スパイラルの作者が言ってました。いい具合に自分の特別性が感じられて優越感を感じられるんだとか。
 だからデレません。落ち込んで気弱になったりしますけど、鉄面皮で隠すので、男はそう言う時に限って気付かないのです。気付くのはナターシャだったりします。ゲボックも気付いたようですが、実はゲボックは単なる観察ストーカーだから、平常行動しかしてません。千冬はちょっと勘違いしかけて感動しかけましたが、ゲボックだし。台無しになります。そもそも男は社会性生物じゃないらしいですから、男って。気付く人はきっとアレだ。ホルモンバランスでどっか女なんだ(偏見)。

 ブラコンなので一夏は別ですけど。

 パラメータこそどっか限界突破してますが、感性は一般人に近いです。
 例外は血の気の多さですが。

 某所でヒロインやってると言われたのが意外でしたが、ゲボックの想い人である為、確かに裏ヒロインでもありました。
 繰り返しますが、彼女だけはデレません。
 デレたらこの作品が終わるその時だ、とだけ。



 束
 ヒロイン(表)にして黒幕(真)

 俺的に狂い可愛い子、と言うコンセプト。
 誕生時既にSAN値0だったという境遇だと思えば分って頂けるのではないでしょうか。
 『Missing』で言う絶対型の異界親和性の保有者です。
 と言うか、作者が恋愛ものが書けないため、一番それっぽい事をさせる子が一番色恋沙汰から遠そうな感性の持ち主でしか書けなかったと言う。

 作中でも語っていますけれど、火の鳥復活編のレオナ的境遇でして。
 ゲボックへの想いもまた、チヒロに対する物と似たようなものなのです。
 そのため、特定の人物以外は外界と自分をきっぱり断ち切っています。彼女にとっては人類総神話生物状態なのです。

 彼女の行動は一般に理解し難いのですが、彼女もまた一つの命であり、自らが活動しやすいよう環境を改善していく、という人類種の基本的本能に違いはありません。
 まあ、ORTみたいに異界に浸食していると言っても過言ではないのですが。

 これまでの大抵の事件で手を引いているため、黒幕の一人である。
 特に、獣人事件と白騎士事件は、彼女の暗躍で千冬の人生を決めてしまったと言っても良いところがあります。訴えたら即勝利できるレベルです。

 この作品の最強キャラであり、ありとあらゆる物を超絶的な速度で取り込め、元々のそれを上回るという、どこぞの西尾キャラ染みたチート性能を持っており、本気でそれなんてラスボス属性なんですねぇ。
 本気を出せば千冬でも敵わない事が証明されてしまってますしね。
 唯一の弱点は精神性。今まで述べた自分への枷は全てこの精神から来ており、三人による世界大戦で千冬が食いつけたのはあくまでそのためです。ウサギっ娘はメンタル攻めに弱いのです。
 他者への理解が致命的に劣っているため、シスコンであり、常に妹大好きな状態なのに、常人から見れば本当に妹が好きなのか? とまで言われるような気の使い方をして逆に全力で嫌われている。
 その世界大戦の勃発はひとえにそれが大きいかと。
 弱点その2として箒をあげていいかもしれない。
 彼女のデレ方は、つまり幼児の恋。将来結婚しようねーとかそう言う可愛さ。
 しかし、彼女は実行する技術も力もあるのでシャレにならないだけである。
 福音編でどれだけ墓穴を掘るのか。現在の構想だけでもマントルに到達しそうである。



 ゲボック
 トリックスターにして主人公(裏)

 プロットを作らないと、本気で何するかわからない主人公(裏)です。
 敵味方重鎮一般市民関係なく、頼まれた事を実行して褒めて貰うサイエンスマシーン。その後狂乱が巻き起こるから手に負えない。

 彼を箇条書きしたならば。
・寂しがりや。
・趣味(科学)のためならマジで止まらない。
・目立ちたがり屋。
・実は一目惚れ、かつ一途。

 作中で調子に乗っていろいろ作らせたらまさしく世界がメイドインゲボックに埋め尽くされかけているという事に気付いたのでちょっと自重しようかと思ったらデュノア社とかでいろいろやったりしてます。はぁ。
 キャラが動くってこういう事なんですね、筆がノッて暴れるっていうかちょっと楽しくなってきちゃって(狂乱家族日記のゲボックの台詞より抜粋)


 原作編で三人があまり動いていないように見える(野郎を抜かして)のは、原作編も一夏達の成長の物語である、と言う所が大きいです。
 まあ、当作にて一夏&ヒロインズが完成まで至るのか、と言えば難しい所なのですが、そこを主として書く為に、一夏達と同世代(?)の双禍が投入されています。
 ゲボックじゃ、完成しているから一夏達の影響をあまり受けないくせに一夏達を導く立場でもないですしね。アレは子供がそのまま大きくなったような感じですし。

 ですが、動いていない訳ではありません。
 大人になっている事で、過去編と違って皆周到に動いています。
 双禍の存在そのものも、暗躍の鍵となってます。いらないキャラじゃないんですョ。

 ただ、その中でもゲボックは基本、裏表がありません。
 皆様が読んだまんま、見たまんま、彼が言ったまんまの事しかしていません。
 ただ———月面告白事件を見る通り、千冬が絡んだときだけは、憂慮するという特別があります。これが鬼札です。
 原作でも、ヘルのためなら矜持をあっさり捨てて彼女に尽くしていますし、惚れた相手のためだけに、ただひたすらに一途に突き進むため、彼を理解しているつもりだった千冬が取り返しのつかないところまで手が届かなかったりする訳です。まあ、千冬がマジ織斑だったりするからなんですが。
 あと、束に対する感情ですが。
 実は束にもガチ惚れしてます。
 なので、千冬か束か、という時でさえ、二人が最上位で平等に接していたりします。
 優先順位はその下に科学、その次自分の保身、という感じでちょっとどころじゃなく、生物としてもぶっ壊れてます。
 しかし、箒が生まれた日に千冬に告白(ゲボック感覚)してしまっているので不義理は出せないなあ、という感じになっているのですな。

 なお、振られてなお束にアクション掛けてない理由は、振られても千冬が好きである事が変わらないからです。
 当然、振られたので進展は諦めてますが、それでも気持ちが変わってない事で、束に切り替えるのは彼女にも不義理だなぁ、と。
 ちょっとは普段の常識でもその感覚持ち出せや、と、全世界が嘆き轟く案配だったりします。
 さらに言うと……。
 ゲボックに告白したのはろりろりぷち束なので、あくまで自分が好きなのは束の中でそう言う一部もあるんだなーという認識でしかありません。
 束が箒と同じ気質である限り、進まんわ、これ。


 あと、千冬も二人がくっつかん事には自分の人生のパートナーなんて探そうともしないでしょう。
 そして、千冬が落ち着かない事には一夏も色恋沙汰に浮かれようとはしないでしょう。
 こいつらも姉弟ですから変なところでそっくりです。
 つまりですね———一夏ヒロインズ達はいずれ、千冬達の三角関係をどうにかしない限り一夏は絶対動かないという恐ろしい事実に気づく事になる———という訳ですな(悪微笑)、クックック……。

 そして、原作乖離編で、皆の言うゲボック達が浮上してきます。
 過去編で見聞きし、考えを固め、原作編でそれに則り行動し、原作乖離編で色々結論と言う形の……予定……です……。

 長くなります……ええ、本当に先が長いですが、余暇が御座いますなら、是非御一読を。



P.S.
 感想のところでアンケートのあった、ゲボック達世代の所謂過去編をちまちま、と、などと仰って下さる方がおりました。
 実際、この過去編では描写し足りない所もありますしね。

 現在のところの予定では。

 上記に示している、幼少のゲボックがヨーロッパを恐怖と爆笑(自分の意識では止められない)の渦に叩き込む知恵の輪菌事件。

 サーこと、ゼペット・オルコット夫妻の列車事故。

 銀の福音———光の子編。

 交わろうとしても地球の裏側……北極と南極レベルで立体交差点だった、束と箒のすれ違い———『紅』

 なんかを『考えて』おります。
 『宴』としてはどれほどとなるか、と自分も思っておりますが、『狂乱』としては確固たる暴れっぷりとなるかと。



 それでは皆様、後書きともならぬような冗長文までお読み頂き、誠に感謝致します。
 捜索掲示板に作品が上がっていたり、レビューがネット上に載せられていたり。
 何より感想を書いて頂ける皆様のお陰で、当作が継続する何より力の源となっていることは間違いない事実です。

 これ以後原作編もどうかよろしくお願い致します。
 









(自信あるんだかないんだかわかんない文面だなあ)
(いや、実際精神がそんな風に揺らいでるんだから仕方ねぇじゃん)

 Fate/ZeroドラマCDエンディングテーマ SAMSARAを聞きながら。



[27648] 原作1巻編 第 1話  えと、自己紹介【オリ主、憑依未遂モノ】
Name: 九十欠◆82f89e93 ID:a6979411
Date: 2012/03/26 00:21
 神様なんてクソ食らえだ。
 人生は一度きりだ。転生なんて知った事じゃねえ。
 というか本当に神か? ただの化けもんじゃねえの!? んなことできるなんてイアイアとカフングルイとか妙な祈り捧げられてんじゃねえの!?

 そもそも———
 この人生は、俺のものなんだっつうの。






 はて、唐突で申し訳ないが、いきなりぐだぐだ言われるのもあれなので、現在持っている知識で筋道建てて並べてみるとする。

 ここはやはり、詳しく述べるなら事の始まりは第2回モンド・グロッソの決勝戦当日に起きた織斑一夏誘拐事件だと思う。
 
 はっきり言って我がファーザーが護衛の一人でも一夏少年につけてりゃこんな事件は起こらなかったのだが、記憶容量が脳改造でペタバイトぶっちぎってる癖に一切一般常識関連項目が欠如し尽くしている我が父君にとって、そんな発想は無理だったのだ。
 千冬女史、せめて貴女が思いついて下さい、貴女だけが世界の救いです。

 少年を攫ったその目的とは、今ちらっと名前が出たけど千冬女史。フルネーム織斑千冬。
 現在世界最強の兵器、<インフィニット・ストラトス>……略してISでの戦闘試合。その世界最強を決める第1回モンド・グロッソを制覇した、名実共に史上最強のレディである彼女を、負けさせる事。

 まぁ、彼女は第2回大会においても決勝戦まで順調に勝ち進み、下馬評では彼女の2連覇は間違いないとまで言われていたものだから。
 そりゃそうさなあ、IS開発者である篠ノ之束博士と、Dr.アトミッックボムが両脇固めてセコンドしてりゃあ、誰も敵わねえだろうよ。
 千冬女史本人の戦闘能力が人間離れしてるってのもあるけど。
 知ってるか? あの人生身で生物兵器薙ぎ払うんだぜ!?

 まぁ、前者は表向き行方不明だし、後者は表の世界には名前がそもそも知られてないし。ま、いいのか?

 で、ぶっちぎりで最強が居たりすると賭け事とかを裏で元締めてる人とか、パーツ作ってる企業とかのシェアとか? よく分からんけどそんな人達に不都合が出るとかで、兎にも角にも、彼女を不戦敗にしようとした訳だ。
 いや、まあ推測だけど。

 千冬女史はお父さん曰く、優しい人情味溢れる人らしい。非常に照れ屋で、そう真正面から言うと命に関わる、分かりにくいツンデレだそうです。やべーまじこえー。
 
 そんな訳で、弟の為にまっすぐ助けに向かって二連覇は逃したのでした。
 感動的な話である。
 そのとき、色々なドラマがあったのだが、当事者でない俺はここでの必要な事だけをのべる事とする。

 それは、誘拐されていた一夏少年が一発ぶん殴られた時の事だ。
 周囲で待機していたIS一勢起動して動力を上げたらしい。
 その様は、暴走族が威嚇の為にアクセル全開で吹かす様にも似ており。俺が思うにそれは警告だったんじゃなかろうか。
 ISにまで愛されてるって凄いよね、彼。

 そう言う訳で、世界的にはこの間有名になった、世界で唯一のISを起動させる事の出来る少年、織斑一夏の特性は裏の社会に何年も前にバレバレになっていたのである。
 しかも、まあ、起動できるかはまだ試してなかったんだけど、ほぼ確定事項。
 何せ、登録も何もしてないISを遠隔で反応させたようなものだから。
 その潜在能力は天蓋知らずってものでしょうなあ。



 元々、少年は返すつもりだったらしい。
 まあ、そうだよね、世界最強の戦闘能力と世界最狂最凶のW頭脳を本格的に敵に回したくないものだよ、誰だって。

 だが、このとき彼の細胞サンプルがとられてしまってね。
 彼の特性を兵器利用しようとした訳だ。
 よくある話って奴だね。

 最初は、そのままクローンを作ろうとしたらしい。
 なにせ、ISは男は起動できない。
 彼の何がISを動かしたり得るのか、それが分かれば凄い偉業と言う事。
 その因子を抽出できれば、男だってISを動かせるようになる時代がやって来る。
 でも、本物には怖いお目付役が付いているからまずは模造品をたくさん作って、それから実験しようと言う事だ。わぁい、人間って何処までも墜ちれるってことだねえ。

 だが駄目だった。
 ダディならともかく、一般科学技術如きでの男性の体細胞クローンは非常に弱い。
 元々男ってな、女の突然変異らしい。
 生物的に異形だから、二次成長を迎えて体が安定するまでは脆弱な生き物って事さ。
 途方も無い進歩の果てに、人類はやっと本来の女尊男卑に辿り着いたのだ……て何このフレーズ。
 邪馬台国とか地母神信仰の古い文明ではそうだったらしいけど、対等が一番だと思うよ、実際には有り得ないけどさ、皆がそれで良いって思ってるのが少なくとも良いと思う。

 あー、脱線したな。そんなだからまぁ、作っても死ぬ事死ぬ事。

 辛うじて成功したのはたった一体。
 でもそれだって失敗作でねえ。
 オリジナルの織斑一夏同様、遠隔でISと感応したり、起動させることができたんだけど……。
 初めての戦闘用起動実験終わったらその負荷に耐えられなくてぐずぐずに崩れちまったのだよ。
 おかげでクローン計画は凍結。
 だけど多額の資金をかけてこれじゃあ、って事で女性化クローンの製造に移ったわけだよ。
 何せ史上最強の千冬女史の弟で、元々桁外れのIS適正値の持ち主。
 期待もあるって訳さ。



 さて、以上の文面に実は俺が入ってたりする訳だ。
 まあ別にクイズでもなんでもないので種明かしすると、ぐずぐずになっちまった男性クローンが俺なんだよね。
 別にトラウマでもなんでもない。
 作りたてだったから感情ってのがまともじゃなくてね。
 淡々と情報を認識する事しか出来なかったよ。

 とりあえず体が何一つまともじゃなかったので、脳を取り出されて生命維持装置付きのシリンダーに生きた標本として突っ込まれた訳だ。
 本当なら生ゴミ行きだったんだけど、脳みそ取り出される前にIS遠隔感応しておいて助かったよ。
 特に意図してなかったけど偶然動かしたから、脳みそだけでも価値があるってことでクラゲオブジェとして生き残れたっつうこと。

 しかし、そうなっても情緒は育たないんだよね。
 何せ情報が入ってこない。
 人は色々な刺激を受けて人になって行くらしいけど、俺にはそのインプット装置が何一つ残っていなかった訳だ。
 何も見えない聞こえない、味も無ければ匂わない。
 一番大事な触覚なんて全くない。
 知ってるかい? 人間が取り入れる情報の八割は視覚だって言うけどさ。人間としてのベースが出来る時って視覚は殆ど無いぼやけた世界なんだわ。
 そこで色々なものに触れたり、言葉を聞いたりして個性を形作って行く。
 脳みそだけになっても、それは生き物ではなく、物体でしかないんだよ。

 そんな俺に救いが来たのは、うん。あれだ。妹との出会いだね。
 その妹は一夏少年の女性化クローン、その一人だったんだけどえーと、当時はマテリアル十三だったかな?
 彼女と彼女の持ってたISコア———どっかから強奪したものらしい———を介して俺は世界を見た訳だ。
 妹の五感を使って俺は世界を見ることができた。
 初め妹はびっくりしてた。そりゃそうだろう。世間に慣れてたら俺の事を幽霊かなにかだと思っても間違いない。
 俺も妹も情緒とか殆ど無かったからね。あの沈黙、今の俺じゃ耐えられねえ。

 それから、ISのネットワークを通じて俺達はコミュニケーションをとって行ったわけだ。
 なかなか苦労したし、色々なエピソードがあるけどここでは割愛させていただく。

 そんなるある日だ。
 
———ん、なんだここは?
 
 頭の中で声がした。
 最初は、俺ら以外にISネットワークに介入した奴が居たのかと思ったさ。
 だが違った。
 そいつは正真正銘俺の脳内に突如として出現したのだ。
 はっはっは、脳しか無いけどね! と言う突っ込みは無しで頼む。

———ん? 何だ俺

 それはこっちの台詞である。

———なんだこりゃあああああああ!! なんで俺脳みそしか無いの!? Dr.ク○ンケに憑依したってか!? 冗談じゃねえ! あの神のやろう! なんてモノに転生させやがる!

 後に記憶を漁って分かったのだが、彼は全く異なる平行宇宙で死亡し『神』とか言う存在によって別の肉体に移されたそうなのだ。
 脳みそしか無かった俺が選ばれるとはなんとも哀れな男だが、こっちもまた地獄であった。
 そいつを意識した瞬間、凄まじい勢いで『自分』が塗りつぶされて行くのを自覚したわけですよ。
 ぶっちゃけ意識しか無い俺にとってはそれは生身の人間よりもいっそう恐怖を感じるもので、俺はISネットワークを通じて悲鳴を上げた。助けを求めたんだよね、ヘルプミーって!

 しかし、俺の抵抗は虚しく瞬く間に『俺』の個性が無くなって行く。もともと自我を構築する情報が足りなく、意志薄弱だった為か、さっぱり俺は無へと帰ろうとしていた。
 そんな、時だった。

———誰だお前。お兄ちゃんに勝手に取り付くってな良い度胸だなあ、あぁ!?

 妹だった。誰よりも早く俺のSOSに気付き、俺の中の異物に対し精神攻撃を仕掛けたのである。さっぱり便利だ、ISネットワーク。
 でもドス効き過ぎだって。マジで怖えよマイシスター。
 やっぱ普段マフィア式戦闘訓練受けてると荒んで行くんじゃないかね。なんてこったい。
 つうか、ISネットワークに殺気乗せるって凄まじすぎるわ。危うく俺の精神が消し飛ばされる所だった。
 
 俺は薄れ行く意識の中。イドに沈み行く俺に手を伸ばす妹のヴィジョンを幻視した。
 兄馬鹿である事をぬかしても言おう。妹は、とても美しかった。
 だってあれだよ、いつも妹の目でしか見てないから妹自身が見れなかったんだよ。あの子鏡見ないし。

———馬鹿な! この展開では……俺に勝てる道理が無い……だと!?
   何故だ! 俺が主役だ! 俺には数々のチートが……俺のハーレム……が———

 てな感じで最後までよく分からん奴だったが、妹の精神力にすりつぶされ消滅し、俺は妹のおかげで存在を取り留めた。
 さて、そいつだが、数々の能力を【神】とやらに貰っていたらしい。
 なんか武器作るだとか、むにょーんってISの量子化みたいな門とか。
 極め付きはあれだ。『支配者の右腕』とか言うもの。
 どこぞの市長さんが持っているものとかで、触れたものに対して万能の力を行使するらしい……それだけの力を持って何がしたかったんだアイツは。

 まあ、俺は何も使えないのですよ。あくまで『アイツ』に与えられた能力だったらしい。
 ただ、俺の浅い人生が記された海馬に、奴の濃厚な記憶が産業廃棄物のように残された。
 まあ、影響は無いと思いたい。記憶と経験、個性は違うものだと、俺は思う。
 思わないとなんか汚染されそうで嫌すぎるんだよね。

 その記憶の殆どを占めるそれを参照すると、アイツは所謂『サブカルチャー』と言うものに通じていたらしい。
 ぶっちゃけよう、俺もはまった。
 なにせ俺は脳みそだぜ? 娯楽がねえ娯楽がねえ。
 何より、妹に物語を聞かせるにはもってこいだ。
 話題が尽きなくて何よりである。
 わくわくしながら聞いてくる妹は俺の宝だね、全く。

 しかし、こいつの知ってるサブカルチャーは結構偏っていて、なんか選びたくないものが八割を占めていた。特にその、女性関係の奴だ。
 見た瞬間絶対脳の血管何本か切れたね。絶対あれは妹には見せられない。

 まぁ、正直、妹の精神攻撃でこの記憶も障害を受けて穴だらけなんだよな。
 インフィニット・ストラトスって題名の奴なんて、タイトル以外霞がかかってるし。というか、それってISそのものじゃん。他のも虫食いみたいに所々知識が抜けているし。
 もう一つ、狂乱家族日記ってのもね。日記……日記!? よくわからん。
 


 そんな楽しい時間は、しかし終わりがやって来るのが諸行無常というもので……違ったかな、使い方。
 妹と引き離されたのである。
 涙ぐんでいるイメージが流れ込んで来たのは、俺にとって本当に屈辱の記憶である。
 俺には手も足も無い。まさしくDrクラ○ケだ。
 まあ、その知識も『アイツ』のものなんだけどね。あの亀凄いよね。俺はミケランジェロのようになりたいよ。

 俺は無力だった。
 遠隔感応できても、遠隔起動も遠隔操作も出来ないなら意味が無いじゃないか。

 俺の世界は、妹の専用ISコアを通じて広がっていたと言える。
 俺は再び闇の世界に墜ちた。






 これだけ自我が育つと、逆にこの闇では気が狂いそうになる。
 非常に不本意だが、それを救ったのは『アイツ』のサブカル記憶だった。
 まさしく何の情報も入らない常闇に引きこもり、俺はそのデータを鑑賞し、必死に発狂しないよう自分を維持し続けるしか無かった。
 何ていうか、この時代思い出すと語りにも余裕が無くなるよなあ。

 そして、どれだけの時間が経ったのだろうか。情報が無いとそれも判断できない。
 そんな闇の中に、カンペ用のボードのようなものが落ちて来た。
 それが転機だったんだ。



 ボードに意識を向けると、声が出て来た。
 正直、はぁ? である。
『もしモし? もしもーシ?』

 はっきり言おう。
 このとき俺が感じたのは
 
『うぜえ』

 の一言に尽きた。いや、本気で。

『もしモし? お機嫌イかがですか〜? あっレぇ? おかシいなぁ〜———さっき調べた限りデは、精神活動ヲしている事をはッキり確認でキたンですけど』

 何と言うか、通常の音声に機械音が無理矢理デュエットしようと割り込んでいるような、妙に頭に引っかかる声。
 俺は脳しかないから全身に引っかかる声って言うのか? とりあえずあまりに鬱陶しくて放っておけないので返事する事にした。

『ちょっとうっさいよアンタ、ところで交信できるってことはISネットワークに接続できるのか?』
『オォ〜う、やっト会話できるよウになりまシたね。小生はいっクんじゃないので、IS使えませンよ? いヤ、科学を駆使すれば科学的に出来なくもないンですけど、ソウすると絶交せンばかりに嫌われマすし』
『何に?』
『ISにでスよ』

 ん、すげえ納得。

『けど、そうしたらどうやって俺と会話してるんだ』
『脳内の循環液に照射しタ試験波や脳波を統合シて、意識みたイな形に整えて、解析しタそこにアる思考を、言語に翻訳していマす。逆に小生ノ思考はあなタの神経細胞を刺激する形二なるよう、保存液の振動伝達も計算してシリンダーに振動を与エています。キっちり翻訳して』

 何言ってるか全然分かんねえよ。
『まあ、脳に電極刺されてないってことが分かっただけでもマシか』

『脳に痛覚は無イでスからね。とイうか、そコから出したらドロッドロに溶けちゃいマすよ? その保存液、品質悪いデすから、その状態で脳が活動を継続できテいるのは奇跡デす!! Marvelous!! それは是非ともこの手で調べタい! こんナ適当極まりない処置をされテおきながら精神活動を継続しているナんてMarvelous!! ビィ〜バァ!! 僕らはみんな生きテいる!!』

 いきなりそいつは興奮し始めた。
 長らく妹としかコミュニケーションをとっていなかった俺は正直訳がわからんかった。
 何だこいつ、よくわかんねえ。
 というより、俺はもうこの液体を漂い続けるしか無いらしい。取り出した途端、デロんは悲しすぎる。
 ははは、さらば現世、サヨナラばいびー、ホナさいならだ。

『素晴らシい———データです。ところで何か不自由とかなイですか?』
『見て分からんのかボケ! 自由が微塵もねえよ! 文字通り手も足もねえんだからな!!』
『アハハハ!! 分かりマした!! お望みナら、小生が用意しまスよ!』
『え? でも俺この液体から出したら脳ミソ溶けるんじゃねえの?』
『大丈夫です! 小生はコういうモノですから!』
 ドモドモ、と、やたら頭を下げる腰の低いイメージを送りつけてきながら、俺が言ったときそいつは名刺の形をした、メッセージボードを俺のヴィジョンに落して来た。
 そこには。

———天才科学者。

 これって職業なのか? と言う疑問もさておき。
 と、それに続いて。

———Dr.ゲボック・ギャクサッツ

 と記されていたわけだ。
 自分の中のサブカル知識が一斉に警鐘を上げる。
 やべえ! こいつはやべえ! と。
 だが、同時に期待も持ち上がる。生まれたばかりのあの時は、感動というものが殆ど無かったが、人並みの神経を手に入れた俺は肉体を渇望していた。

『御心配ナく! 科学的に作った予備の脳髄に、科学的に魂の移動をこなシて、それを科学的に作った体に脳移植しテお薬をダバダバ飲んで、科学的に生ジた地獄の激痛と副作用に耐えながら科学的にリハビリをやり遂げればあなタは自由に動けるようにナります!』

 途中、すっげえ気になる一文があったが、肉体を手にいれられるなら、文句は無い。
『おっけぇ、乗ったぜ、天才科学者』
『アハハハ! よウし、これで思いっキり実験が出来まスね。幻覚とか見えるンですよ』
『ちょっと待てやコラああああああ!』






 こうして俺は自分の肉体を手に入れた訳だ。
 いやしかし、父さん……あぁ、ゲボックの養子ってことで戸籍を手に入れたんで俺はその天才科学者の息子と言う事になっている。
 正直、あの人の周辺はすげえ。
 何だかよく分からん生物兵器が普通にうようよしてるし、その中心で一人はっちゃけて理解できねえような実験繰り返してるパパ上様いるし。
 まあ、その辺はまた語るとしよう。

 そうそう、副作用はマジで地獄だった。
 あまりの痛みに気絶して、次の瞬間痛みで気絶から叩き起こされるんだよな。
 それを何度も何度も繰り返すと脳内麻薬がとんでもない量分泌されて幻覚を見始めるんだよ。
 天使の羽生やした妹が群れでやって来た時は思わず手を伸ばしちゃったりさ。
 途端に量産型エ○ァに貪られたエヴ○弐号機みたいにフルボッコにあって正気に戻ったよ。泣ける。

 いつか、妹と再会したいものである。これは真面目に本音だ。






 えーと、さてさて。
 俺は目の前にあるIS学園を見上げる。
 今日からここに通うのかぁ。

———女として

 何でも、男として入ったら目立っちゃうでしょというものである。
 何でも、周囲の目は一夏お兄さんに集中させて行動しやすくするらしい。
 で、何させんだ親父? と聞いたら、『陰なガら冬ちゃんのお手伝いでスよ、内緒二ね』とか言われてペンチな右手でピースされた。
 蹴り倒した俺に正義はあると思う。

 それに、実際俺はISを動かせる訳だが、調べられたら一夏お兄さんとの関連性がばれるし、俺のクローン細胞から作られた脳に科学的に魂を移植した(魂に科学って合わなくね?)とはいえ、ぶっちゃけそれってつまり一夏お兄さんの孫クローンって事だし、何より俺は十割人工物の、ある意味合成人間型生物兵器だ。『じゃあ、シリーズに乗っテ斑の一番とかドぅでしょ?』とか型番も付けられている。
 ぱぱりんの生物兵器は、似たような性質ごとに、色と作った順番の数字を付けられて名前が付けられるが……よりのよってブチのいちばんって……色じゃねえだろ模様だろおい。まあ、ネタは分かるけどさあ。

 まあ、通常の検査じゃ絶対に引っかからんがね。
 それと言うのも、俺に入って来て妹に滅殺された奴の事を父に告げた事がある。
 なんだか、おっ父自身も身に覚えがあったらしく。二秒ぐらい真面目だったが、その後で俺の記憶にある。サブカル知識を知ったら再現しようと取りかかり始めやがった。
 魂を移動させる際、記憶のバックアップをとってやがったらしく、そっから他のも抽出。俺のプライバシーは!? 妹のとこ参照したらぶん殴って記憶消したけど。
 やばい、これはやばい。
 なんというか、生きたドラ○もんのポケットみたいな人である。
 篠ノ之博士と共に何度も世界を危機に陥らせた狂科学者は伊達じゃない。
 叫びたい気分だ。助けてぇぇええええ千冬さああああんっ! てな感じに。

 そして、再現された能力が<偽りの仮面>と言う能力だ。
 俺となんか境遇似てる人造人間十二人姉妹の次女の能力で、あらゆる検査をかいくぐる程の完全な変身が出来るらしい。
 正直俺としては六女のモレ・インター的な能力が欲しかったのだが。
 だってあの人、マジで俺みたいな境遇の人三人もぶった斬ってたし。
 ところでビームも出せるのに、何で爪が必殺武器みたいになってるんだろうね。あのお姉さん。
 何よりそんな能力移植されたら死亡フラグが立つようで非常に嫌である。
 一方、あのジジィは六女の能力を自分に搭載してやがった。殺意が芽生えた瞬間だった。

「こレで、冬ちゃンのお風呂覗き放題です!!」
 と言って一週間外出したファーターはダンボールに血袋状態で無理矢理圧縮され、郵送という形で帰って来た。
 一瞬サイコかと思ったよ、世界を守って来たヒロインマジパねえ。

 とまあ、自己紹介はこの編で終わりにしておこう。
 正直俺の秘密を片っ端から語ったのはあれだ。秘密ってのを小出しで徐々に出すってのは嘘付いてるみたいでやなんだよねえ。なんかマスコットな孵卵器みたいじゃねえか。
 まあ。お仕事なら仕方ないけど。
 
 俺がそんな任務にむしろ進んで乗ったのは、正直俺自身がISに関わって行きたいからだ。IS学園ならその点、バッチ来いだろ?
 俺と妹が製造されたのは亡国機業とかいう老舗のテロ組織らしい。
 そこはしょっちゅう各国からISを強奪しようと画策しているようで。
 いつか、妹への足がかりを掴むなら関わって行くしかないからねえ。
 それならば、学園でここに対抗する為のコネを作っておくのもアリってわけですよ。

 正直、父君と束博士に頼めば一発で見つかりそうなんだがね。
 俺は幻視でしか妹の姿を見てない訳なのですよ。
 聞いた声も妹の耳で。つまり、客観的な声とは違う訳で。
 まあ、いつまでの親の臑かじってるのものあれだしね。親って程あの博士達も年食ってないし。
 下手言うと、く?ちゃんに刺されるしね。死ねないから逆に苦しすぎるんだよ。
 
 ヒントは、織斑一夏の女性変換クローンであるという事。ま、俺の妹だからね。
 まぁ、頑張って行きましょう。 

 そうそう、自己紹介って言ってたくせに名前言ってなかったな。

 俺の名前はソウカ・ギャクサッツ。妹と、互いに贈り合った名だ。
 セロとエドワウみたいで素敵だろう?
 まあ、あんな感動的なだけで悲しい結末を迎えるつもりなんてさらさらないがね。
 フルで呼べば『そうか、虐殺』みたいな名前なんで、お呼びの際は出来ればファミリーネーム抜きで頼みます。
 あの名字って、見る人が見りゃ一発で分かるからなあ。






 ところで。
 なんであの天災科学者の事を『父』的に言おうとすると毎回違うのが出てくるんだ?
 言語機能バグってんじゃねえのかあ!
 あのお父タマめっ……てよりによってそんな呼び方すんじゃネエエエエエええええええええええええええ!!!!! 
 
 
 
 
 
_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/

 やばい、取らなきゃ行けない資格試験の勉強あるのに一日潰して書いちまったああああ!
 こういう転生未遂ものって表記しないと駄目なんですかね
 
 所謂過去編では三人称、本編編ではソウカの一人称でお贈りするつもりです。
 ゲポックの大暴れをみたかった方には申し訳ないですが、この形式でやって行きたいと思います
 
 先程ちらっとみて感想が来ている事に感動してみたり。
 ありがとう御座いますっ! m(_ _)m Flying DOGEZA
 返事はこの後書こうと思います。
 ……試験の前日って猛烈に掃除したくなりますよね。そんな気持ちです。
 やばい! やべぇくらい本気でやばい!



[27648] 原作1巻編 第 2話  入校―――オチは古典
Name: 九十欠◆82f89e93 ID:975a13eb
Date: 2012/03/26 00:22
「ねえ、お兄ちゃん」
『なんだねマイシスター』
「カツオブシエボシって凄いねー」
『確かにあの毒性は半端ねえとおもうな。だが、俺は圧倒的物量を伴うエチゼンの野郎の方を一押しするね』
「えー、あの無害そうなのがー?」
『いや、わりと漁師にゃ洒落にならんらしいぞ』
「へえ〜、そうなんだー」
『しかし我が妹はクラゲが好きだなー』
「うん……まぁね」
『 ? ん、なんか歯切れ悪いな。言いたく無い理由でもあるの?』
「!! なんでも無いよ! なんでも!」
『甘いぜー、それじゃなんかあるって言ってるも同じだろ? ほーれ言ってみー?』
「んとね、あのね」
『うんうん』
「クラゲって……お兄ちゃんそっくりだから(赤面)』



———バギィンッ!!

 えー、業務連絡です。
 とある幻想がぶち殺されました。



 内容が内容だけに……ねぇ……怒れないよね! だって妹の純粋善意十割だもの!

 海月とシリンダーに浮かぶ脳クラゲ、もとい『俺』……うん、似てるよね。



『ははは……そうか』
「誰にも言わないでね。恥ずかしいから」
『ああ』









 言えねえよ。

———某海月野郎の日記より抜粋






 さーて。
 ここがIS学園ですよ皆さん。
 完全に海上に独立した学園都市ならぬ学園島。
 本土とを繋ぐモノレールの駅を背後に、学園を見上げて見ましょう。
 学園中央棟から左右に何かが突き伸びておる。
 なんだろう、某戦等民族のプロテクターみたいなあれは。
 いや、うん。まさか……でもなあ。
 云々かんぬん……。

 閑話休題。

 おぉっとう。考えすぎてた。
 そう言うデザインなんだとうん、まぁ納得するとしよう。

 えっちらほっちら校内に入る。
 真っ正面の壁には名簿が張り出されていた。
 一クラス三十名の四クラスで百二十名か。全国のみならず、海外からも積極的に留学生も受け入れているのでこの数はなるほどエリートの集まりなのだなあ、と納得してしまった。

 何より、この『壁に張り出される』と言うのがなんとも素晴らしい様式美では無いか。この調子ならテストがあるたびに成績順に張り出されたりするに違いない。
 そして生徒たちは一喜一憂し、上位成績者を羨むのだ。おぉ、楽しみだねぃ学校生活。
 最新鋭のIS設備が整っているのみならずこういう古典も用意してくれるのは、俺としてはありがたいのだ。
 学校というもの自体が初体験の身としてはマンガ等でみた知識が如何しても先行しちゃうからね。
 予習できるイベントがありのは何とも安心なんですな。

 近づいて名簿を一組から見上げて確認する事にした。
 そう、かなり見上げるだ。俺の背はかなり低いんだよね。
 これは製作者であるとーさんに文句を言いたいところだ。

 男ならば、やはり長身に憧れるだろう?
 今の俺はかなり小柄な女性なんだけどね。

 そうそう、<偽りの仮面>で変身した俺の容姿は一言で言うと、現代的な顔付きの市松人形、と言えば分かるだろうか。
 真っ黒な直毛の髪質で肩甲骨の辺りで横一直線に切り揃えている。
 前髪も眉の辺りで横一線。
 着物なんか着せたら。はんなりしそうな装いだ。

 これは俺の趣味でも親父の趣味でも無い。
 まぁ、おいおい語っていくとしよう。

 えーっと。まずは一組一組ーっと……。
 おぉ、早速おりました。

 一組:担任 織斑千冬

 この人のフォローをすれって———そう言えば具体的な指示はなにも出されていなかったりする。
 一夏お兄さんがISを公的な場で起動させちゃったもんだから心労が蓄積されているだろうし、そのケアでもすればいいのでしょうか?

 で、そのまま視線を下げていくと。
 おぉう、おりましたよ織斑一夏。
 千冬お姉さんも流石に職権を振るったのでしょうね。
 目の届きやすいところにおいておきたいとかそんなところでしょう。
 話によれば、かなり弟ラブなそうですし。



 で、俺はと言うと———

 あれ? 居ない。

 如何やら自分は一組では無いようです。
 Q.どこかなどこかなー。
 A.四組です。

 遠っ!
 何かもう端から端じゃ無いですか。
 つまりお一夏兄さんのプライベートのフォローでも無い。

 俺になにをしろと。
 合同授業も実技が少々の程度だろうし、この構造なら一、二組ないし、奇数組と言う事で一、三組ならありますが、一、四組となると全クラス合同授業でも無い限り一組とのバッティングは無さそうなもので……。

 まさか……その辺なんも考えてないとかじゃ無いだろうなあ。
 俺の体とか境遇から、いい実験になりそうだとか思っているだけと言う可能性も無きにしも非ず……だよなあ。
 あー、何かそう思ったらそれが確定な気がしてきた。

「ん〜? どうしたの〜」
 ごっそりやる気をなくしていると何やら間延びした声が背後から。
 どなたですかい。と振り返れば発見、両袖を余らせた制服を着用の女の子。

「いや、僕自身のクラスを確認していたのだよ。なお、クラスは四組だったと言うわけで」
「ふーん。ん〜とね、私はね〜〜〜〜〜〜〜」

 捜索中です。うん。伸びる声が可愛いねえ。
 しかし背筋を走るこの寒気はなにか。
 はて、こんな口調で我が魂に何か彫りくださった方が居るんでしょうかの?

 我が扁桃体が海馬に思い出すなと言明して居るので思い出すのは諦めよう。
 でもさあ、自分自身にびっくりだよ。なに今の口調。一人称『僕』なんて初使用なんですが。

 まぁ、種は知って居るんだけどね。
 これぞ〈偽りの仮面〉の一機能、『個性偽装』だ。
 変身している見た目にふさわしい口調に自動翻訳してくれる代物だ。
 ……なんか二枚舌みたいで自己嫌悪があるのは置いておこう、うん。言っている言葉を偽って出すわけじゃ無いしね。
———自己弁論完了

 確かに俺には女の子になりきるなど出来はしないし、そもそも人生経験が足りない。どこでどんなボロが出るか分からないし、そもそも一般常識だって満足だとは思えない。
 だって、今までまともに会話した事あるのは妹とお父ちゃま……それと少しだけど二人だけなんだぞ? ——————後で絶対クソ親父の呼称に関わる思考回路治そう。

 硬く決意を固めてる俺。実はこれ現実逃避だったりする。
 女の子だよ女の子。
 妹は妹だから別として、後は父っつぁんの同類な女とそれを神様感覚で崇拝してる刺突娘だけだし……あぁ、その通り、俺は舞い上がってテンパって動揺しまくりなんだよ。良かった! それを完璧に隠せる〈偽りの仮面〉があって本当に良かった!

 ん? ここってそう言えばお兄さん以外は全部女学生……やばい、俺詰んだかも。心拍数的な意味で。
 ネズミと象って生涯の心拍数一緒っていうじゃない。
 俺このままじゃ寿命がマッハで……あ、俺そう言えば脳だけじゃん! はっはっは、心配して損した(絶賛テンパり中)。



「あったあったー、みっけたよ〜、一組だぁ〜」

 ビックゥッ!
 うおっ、いきなり喋るから吃驚した!
 え? まさか今までかかってたの? 一組ってかなり最初の方じゃ無いか。

「別のクラスか、そいつは残念だねぇ」
「大丈夫〜ご飯やお風呂でまた会えるよ」
「おぉう、成る程」

 それきり沈黙する我ら。
 目の前のぽややんとした子はニコニコとしてるけど、内心コイツつまんねえとか思ってんじゃ無いだろうか。

 いかん! いかんぞ! このままでは学校生活がお先真っ暗になってしまう! 聞くに女子の情報伝達速度は量子ファイバーを軽く凌駕すると言うでは無いか。
 みんなにハブられ、針の筵で過ごすなど、想像するだけでも恐ろしい。

 ではどうする!?
 あいにくだが俺は大して話の話題というものが無い。
 
 こんな時こそBBソフト。
 常識に疎い俺のためにインストールされたソフトを起動する。
 明日の天気から国家元首の浮気相手のお肌の曲がり角まで! ありとあらゆる知識を放り込んだこの電子図書館ならば!



〜初対面の人に好印象与える会話切り出し〜
 まずは自己紹介! お互いの名前を交換だ! 一言添えて印象付けるのが良いぞ!



 はぁいっ! ってやべえ! 早速駄目じゃん! 既にかなり会話してるのにお互い名前も知らねえよ!
 そもそも話す話題が無くてBBソフトに頼る俺が俺が一言添えられるかああああああ!!!

 だがしかし! ここでひいてはヤマアラシに取り囲まれる、そんな学園生活は嫌だ!
———ええい、ここで退けるかああああっ!

「自分は、こういうものです」
 見よう見まねで、親父が人に差し出していたのを真似る。

「すっご〜い、名刺だあ〜、どれどれ〜?」
 俺が差し出した名刺を受け取りしばし眺める彼女。
 裏返したり、透かしたりしている。

「あっれ〜?」
「なんかまずかった?」
 え? なんか手順違った? 渡す時の姿勢だとか態度だとか。

「何も書いてないよ〜」
「なんか書くの!?」
「あはは〜、変なの〜、常識だよ」
 何ですと!?

「えっとね〜」
 彼女は筆ペンを取り出して、雰囲気どおりのゆっくたりとした動作で名刺に記入している。
「ど〜ぞ、よろしくね〜」

 そこには、達筆でこう書かれていた。

 先祖代々メイドさんだよ〜
 布仏本音、よろしくね

「おおぉ……」
 名刺の正しい使い方にも感動だが、先祖代々メイドというのも凄い。
 世の中にはこんな人も居るのである。
 ああ、面白い! 生きてて良かった。
 ところで、なんて読むのだろう。
 BBソフトによれば、のほとけ ほんね、と振り仮名が出た。

 初名刺記録として記憶素子に焼き付けておこう。ROM指定で。
 あ、そうだそうだ。
「じゃあ、僕も———」
 真っ白で何も書いてない名刺(二枚目)に名前を書く。
 ソウカ・ギャクサッツ。と、名前だけを。
 それ以外は、これから作っていこう。

「わーい、ありがと〜。んとねーんとねー、じゃあ、そっくんだ〜」
「?」
「ソウカだからそっくん〜」
「……ええっと、それってまさか」
「綽名だよ〜」
 ……なんだとっ! 字数増えてるけど。

「おおぉ、生まれて初めて、『このクラゲ野郎』『金食い浮き輪』『モルモットでスね』以外の綽名をつけられた……感動だよ」
「……苦労してるんだね〜、でもびっくりだよ〜、日本人だと思ってたし」
 よしよしと頭を撫でられる。
 背の高さの都合でな……ちっくしょう。

「えーと、それじゃあ、それじゃあだね、ほんねだから、えーと……」
「いいよ〜、別に無理につけなくても、本音でね」
「口惜しや……いつか必ずいい綽名をつけてあげるから!」
「ほ〜、それは楽しみだー」
「耳を洗って待っているがいい! と、時間ももう無いな」
「ん、そっくんまたねー」

 それじゃあ、ここでお別れである。

 非常にゆったり歩いていく彼女を見送る。遅れないか? 彼女……。
 ん? 綽名が君付け?
 今ちゃんと女だよなあ?

 小首をかしげながら俺は四組に向かった。






 やばし……。
 周りは全部女の子だよ。俺も見た目は女の子だけどな!
 いやー良かった! 俺心臓無くて良かった!
 あ、ちなみにちゃんと心音偽造装置はあるから大丈夫だけどね。
 なんかバクバク五月蝿くない?
 妙なところまで再現してるなあ。

「さーて、それじゃ、次はギャクサッツさんね」
 我がクラスの担任、榊原先生の司会で俺が呼ばれる。
 現在、HRでクラスメイトたちの自己紹介が進んでいる訳です。
 さっきの本音さんもそうだけど、ここは美人さんばかりいる気がする。
 まさか、選定基準に写真選定が合ったりしないよなあ。
 などと、なんでかそんな単語ばっかり知ってんだよ俺。ああ、モノレールで読んだ女性週刊誌か。

「えーと……ソウカ・ギャクサッツです」
 さて、ここが一つの山場だ。
 せめて何か一掴みせねば。
 ここでの動向一つで楽しい学園生活orヤマアラシの巣穴でスフィンクス(体毛の無い猫)になるか決まるといっても過言ではない!!






 ……なんもねえ。
 Dr.ゲボック作の全身義肢です……うん、言えねえ。
 以上です、と締めるか……いや、それはまずい。何がまずいかって、なにか俺に共鳴反応を起こしてる何かが『それしか無い』と言ってるから寧ろやらん、としか言えん。なんだかカブりたくねえ。因みに何かって繰り返したのはわざとだぞ。

 わーい、困ったときのBBソフ(以下略)。

 検索結果———まずは自分の趣味を語ってみましょう。なにかしら共通の事項があった人から反応があるかもしれません。話を振るのに使えるかもしれないですよ。

 来たああああ! 趣味、趣味、趣味……今一番楽しい事か———
 正直に、正直に……か、今一番何に充実しているか、それはもう決まっている。

「趣味は、生きてる事です!」
「「「「は?」」」」
 あれ? なんかハズした? ええい、フォローだフォロー……えーとBBソフト内の(簡単! プレゼンテーション)を参照して———
 よし、それならジェスチャーも交えよう!
 これ以上に、常に俺の感じる感動は無いのだから。

「何が楽しいかって、自分の思い通り体が動くのが楽しいし、知らない事を見るのも聞くのも楽しいし、そう———」

 教室の入り口までひょこひょこ歩いていってドアに歩み寄る。
 どっかんばっかんドアを開閉する俺。

「いやーもう、こうやってドアを開け閉めできるって、ただそれだけでもう楽しいのですよ。口から物を食べたときの感動ったらなかったし、視線が固定されて見るか見ないかの選択肢だけじゃなくて———何を見るか選べるのもこの上なく楽しい! いやもう何をしても楽しくて仕方が無いのですよ、僕は殆ど何も知りません、知識では知ってても、やった事なんて殆ど無い。そんな無知ですが、皆さんとの三年間で楽しんで、知って、体験して、楽しみ尽くして生きたいです、どうかよろしくお願いします!」

 普通に動ける事が幸せだったと知らなかった生まれた直後。
 だが、その幸福が失われてからそれがかけがえないものだと分かったのは何たる皮肉か。
 その後、奇跡といえる出来事のあと、この感動を取り戻したのだ。何もかも楽しいに決まっている。
 皆も気付いた方がいいぞ、この素晴らしさは。

「えと、どういう事?」
 女の子の一人がそんな事を言ってくる。
「いや、前は身動き一つ出来なかったのだよ、いや素晴らしい。健康って素晴らしい」

 辺りは静まり返ってる。何でだろう。
 後日、そりゃ笑える事じゃない、と指摘されるまで俺にはわからなかったのだが。

「それがこんなに健康体、こんなに飛び跳ね———」
「「「「「あ」」」」」
 べきゃあ———

 跳躍した俺は天井に嫌な角度で激突した。
 戦闘モードでないため、運動能力の割には防御力を低く設定していたことが仇になる。
 肉体に傷一つつかないが、中身の『俺』にはその衝撃はきつかった。
 うーむ、シールドはやはり必要か。
 顎ぶん殴って気絶させるのは、脳を揺らして失神させるためだという。

 とりあえず肉体はスリープモードへ移行。
 失神、といわれる状態になったのだった。






「自称、『黄泉から帰ってきた』という事で話題になっている、俳優の鷹縁結子さんですが———」

 ん? こりゃニュースかな?
「十六年前に理科実験室で蘇ったんよ、最初はスケルトンで苦労したんやで? おっかない小学生が木刀持って追っかけてくるし」とか言っている。なんのこっちゃ。

 意識の覚醒を確認。
 全身の思考制御四肢に命令を下す。起きれ———俺!

「ふぅ、おはようだぜ」
 おきたらおはよう、これは肝心だよな。
 辺りは真っ白い。病室かね。
 嗅覚センサーにもメタノールの成分が感知できるし、間違いないだろう。
 だが、メタノール意外にも強い匂いが……。

「なーに男の子みたいに言ってんだい?」
 寝ていたベッドを囲んでいたカーテンが開いてお姉さんが出てきた。
 ビジネススーツの上に白衣を着ている。
 おお、清潔な白衣というのを初めて見た。

「おおう、初めまして。誰ですか? ちなみに僕はソウカ・ギャクサッツです」
「あたしはここ、保健室の主だ」
 それは凄い。
 素直に感心してると、くっくっく、とお姉さん———ああ、保健室の主は笑う。

「変わったガキだねえ、聞いたよ、大ジャンプして天井に頭ぶっけて気絶したんだって? その割にはコブ一つないし元気なもんだよ。でもさ、その前は寝たきりだったんだって?」
「寝たきりではないかな、身動き一つ取れなかったけど」
 浮かびっぱなしです。

「なんだいそりゃあ、状況が分からん」
「あんまり説明したくなくてね」
 あの時代の、無の恐怖は。
 あ、今の幸せと並べるならどんどんいけるけどね、昼間みたいに。

「おっと、こりゃごめん———と、もう体は大丈夫かい?」
「十全ですよ、今までのも脳を揺らしたからだし、どうも健康すぎる肉体というのは今の自分では制御が難しいらしい」
 なんだいそりゃあ、としばらく彼女はこちらを値踏みする。
 やがてどうでもいいかと口の中で呟いて、しっしっと手を払い始めた。
 口の中で喋ろうとハイパーセンサーは聞き取ってしまうのんだけどねー。

「さあ、怪我人でもなんでもないなら出てった出てった。あたしゃ、ヤニが切れたら死んじまうんだ」
「……ヤニ?」
「これさ」

 と言って箱を取り出す保健室の主。
 ハイパーセンサーで確認して成分分析。

———結論 常習性のある毒物。麻薬の類。

「それ、毒ですよ」
「いい気分になれるんだよ、ガキに吸わせる気はないからとっとと出てけ健常者」
 それを、毒と言うんだが。
 だが待てよ?
 言葉通り、健常者はこの部屋に居られないなら苦渋の選択かもしれないな。
 保健室の主として、勤務し続ける権利のある健常者ではなくなるため毒物を摂取する。
 職務に誇りをかけているのだろう。
 まあ、自分は健常者とは程遠いし、この程度の毒は無効化されるが、敬意を表して出て行くこととしよう。

「それでは、お世話になりました」
「あぁ、ちょっと待て」
 言われて振り向くと金属が飛んできた。
 受け取ると……なんだこれ。

「菜月から預かってた。あんたの部屋の鍵だよ」
「菜月?」
「自分の担任の名前ぐらい覚えときな」
「あぁ、榊原先生の下の名前ですか」
「あいつは部活棟の管理任されてるから、いつまでもついててられないんだってさ」
「重ね重ね、感謝します」
「宿舎の場所は分かるかい? オリエンテーションの間気絶したみたいだしさ」
 ちょっと待て、ドンだけ気絶してたんだ俺。
 最近寝てなかったかなあ……。
 学校が楽しみで興奮しすぎてたからなあ。丸三徹。
 寝床で数えた羊が億を越えてから数えるの面倒になったんだよねー。

「大丈夫です、道に迷ったら交番で聞きますから」
 キョトンとしている保健室の主を後に廊下を歩きだす。
 迷ったときは交番に聞く。これは常識だね。
 ……ん、念のためBBソフトで確認してみる。
———よし、合ってるな。
 ちょっと待ちなガキんちょおおおおおっ! と保健室の主が自分の城から出てきたのはその直後だったりする、まる。






 なんてこった。
「学園には交番が無いですって……っ道に迷ったらどうすればっ!」
「普通に人に聞けっての」
 なるほど!

 半ば呆れた顔で見られてしまったが、再度お礼を言うと微笑ましい顔で見送られてしまった。何だろうね。

 だが、杞憂だったのか道に迷うことなく自室に辿り着く。
 しかし、これが鍵ねえ。
 俺の住んでたところじゃ遠隔個人認証だったしなあ……全ドア。
 ああ、よく侵入者と誤認されて撃たれた実家が懐かしい……。
 よく生きてるな俺。

 何事も、やってしまえば、面白い。

 季語なしでリズム良く呟いた俺は勢いよく鍵を突っ込んで回し、解錠。
 そのままドアノブ(レバー?)を掴んで手首を三百六十度大回転!!
 いけい! 開けゴマぁ!

 ぶちんっ!
———ドアノブがネジ切れた
 行くどころか、逝ってしまわれた。

 …………弱っ……じゃねえ!
 うん、あとで直そう。



 室内に入って見ればベッドは二つ。
 二人部屋か〜、相手は誰だろうなぁ。
 女の子か。
 ただそれだけで結構緊張するんだけど……俺ってな、今年で三歳だから性欲とかはないんだよね。
 言っててあれだが幼稚園児の恋愛感情?
 好きな子が出来てもいじめないようにしなきゃな。
 漫画でも子供———特に男って好きな子にいじわるしてちょっかい出すようだし。
 現在の女尊男卑社会でもあるのか分からんけどね。

 そう、忘れてもらっては困る。
 俺の脳は男だ。




 そうそう、完璧予断なんだがトト様なんぞは学生時代、後ろから大好きな女の子によく抱きついて———

『気づけバ肉屋裏のゴミ箱でバラ肉とイっしょに野良犬に噛まレまくってましたョ』

 ……パパよ、それ絶対脈ねえよ、むしろ毛嫌いされてるって……。

———あ

 このバグ取らねえとな……。
 忘れてたよ、この妙な言語変換!
 あんの———父しゃん———ってうがああああっ!
       ↑ ※親父と言いたい。

 決めた。今でこそ脳内ヴォイスだけですんでるが、いつ発声言語に干渉与えるか分からねえしな。

 決めた。今から修理するとしよう、あとドアも。






 人に聞きながら整備室に向かう俺。
 おぉー、ここかー。

 でっかく扉の上に整備室、と看板が掲げられた扉をくぐる。
「工具は工具はどこですか〜」
 迷子の子猫ちゃんのリズムで鼻歌交じりにハイパーセンサー展開、いっせいに周囲を見回すと、パーテションの向こうに何人か、機械に取り付いて整備中の人が居る事を確認できる。
 一年は俺と同じで昨日今日入寮だから、上級生だろうね。

 おっ、工具発見。
 棚の上にあるツールボックスを見つけて手を伸ばす俺。
———惜しい! 背の丈足りない。
 うっせえ。

 ……飛んでしまおうか。
 そう一瞬考えるが、いかんせん今はどんな機器を使ってるか分かったもんじゃない。
 PIC起動時の慣性制御力場を感知されたら、後々面倒である。
 ジャンプは……あれだ、一日二度も気絶する恐れのあることはしちゃいけないと思うんだ。
 梯子を持って来ようとしたら、ぽんぽんと肩をたたかれた。
 いや、ハイパーセンサーでは見てたけどね。
 振り向いて見上げると おお、眼鏡な人だ。
 それだけかい? って? うるせえ、語彙が少ないんだよ、まだ俺は。

「君、もしかして1年生?」
「そうですが?」

「珍しいねえ、一人ならず二人までも一年生がこの時期に整備室来るなんて。来たばっかでしょ」
「今日来ました」
「ほほー、ここならIS見れると思って来たとか?」
「いえ、単純に工具が借りたくて」
 いや、実家で腐るほど見たしねえ。

「あらそう、残念」
「見れるんなら見たいですが、ね」
 俺だって社交辞令ぐらい知ってるし。

「駄目だよー、決まりは決まりだから」
「分かりました」
 見せたいのか見せたくないのか良く分からんなー。
 ま、ハイパーセンサーで感知した壁の向こうのあれなんだろうけど。

「それで、このツールボックス?」
「おお、有難うございます」
 取ってくれた。この人優しい。好感度が上がります。

「ねえ、君はこの学園に何を求めてきたのかな?」
 急に先輩はそんな事を聞いてきた。
 俺がこの学園に来た目的ねえ。

「まあ、本当はある人の手伝いなのですが、個人的には、生きてる実感を得るため、知らない事を知りに来た、って所なのかなあ。僕は世間知らずですからね、色々知的好奇心が疼くわけですよ」
 なんたって何しても楽しいし。
 そう言うと、先輩はおお、と感嘆した声を上げた。

 妹探しの手掛かり、と言う事は言わなくて良いだろう。本当に個人的なものなのだし。

「君も真実を探求する口かね」
「虚も実も、活用できる知識なら何でもですよ」
「言うねえ。そうだ、情報に沢山触れたいなら、新聞部に入らない?」
「新聞部ですか?」
 おお、これが学校名物部活動勧誘シーズンという奴ですか。

「そ、いろんな人から聞き込みしたり、噂の真偽を確かめたり!」
「それは楽しそうですね……ちょっと考えて見ます」
 部活動か……いいかもしれない。
 運動部は駄目だしなー。この体じゃ逆に鬱憤たまりそうだし。
 ところで先輩、こっちに背中向けてよっしゃとか何言ってんです? 俺見えるんすよ。

「私、黛薫子二年生、よろしく!」
「僕はソウカ・ギャクサッツ、新入生です。今後ともよろしくお願いします」
「こいつはびっくりだ、日本人じゃなかったのね」
「人種は知りませんが、国籍は日本のはずですよ」
「そうなの?」
「父が帰化人なので」
 言えたー、父って言えたー! でもたまたまかも知れぬ。
 しかし、ダディ———言えてねえ———の元国籍って良く分からないんだよな。
 真面目に聞いたことあるんだが、大日本帝国っつってたし……戦前!?
 ひょいっと、工具箱を持ち上げる。
 同居人が帰ってきたとき、ドアノブがもげてたらびっくりするだろうしね。
 ……でもその前にこの頭何とかしないと。

「見た目に反して力持ちだねー」
「そうですか?」
「そのツールボックス、結構重いよ」
 成る程、普通の人にはそうなのか。
 一つ学習する。
 あと、見た目に反してって言わないで欲しい。背丈が低いの気にしてるのに……。

「ところで、それ何に使うの?」
 黛先輩が指差すのは当然のごとくツールボックスである。

「ああ、ドアノブ引きちぎっちゃいまして」
「は?」
 まさか、ちょっと頭弄ろうと思いまして、とは言えない。嘘じゃないから別にいいし。
 しかし、常識の範疇で答えた回答に対し、先輩は沈黙。

「ははは、本当に力持ちなんだねえ……」
 ?
 何故か雰囲気が変わったのを感じたので、早々に立ち去る事にした。
 しかし、空気の変化がわかっても、読めなきゃ意味ねえよなあ。

「それ、貸しとくからまたねー、新聞部のこと、考えといてよー」
 整備室を去る俺に、背後から先輩の声がかかった。
 俺は一礼して自室に向かう。
 しかし、俺以外に整備室に来た一年の子って誰なんだろうね?
 ……俺は駄目なのにその子はいいのか?






 幸い、同室の子は帰ってきていなかった。
 早速作業を始めるとしよう。

 初めに<偽りの仮面>を解除、背丈の変わらない(変えると、エネルギー消費に格段の差が出る、出来ないわけじゃないんだけどねえ)少年の姿になる。バイザー付き。
 このヴィジュアルは小学校卒業時相当の一夏お兄さんだ。
 実家に尋ねて来た千冬お姉さんが忘れていった写真がモデルなんだよね、俺。
 父ちゃん———ちっ———にしてみたら、その隣に移っている劇レア画像、微笑んでいる千冬お姉さんの様子に大興奮してたけどねぇ。
 ちなみに、バイザーは高感度センサー(機械式)化して金色に光っている両目の性能を落とすフィルターのようなものだ。

 動体視力がちょっと人間離れしたものになるんだよね。
 某黒鼠の会社で作ったフルアニメがコマ送りに見えたときは絶望したもんだ。

 オンオフ切り替えは今度会ったときにしてくれるとか言ってたけど、あの忙しさ、また変な物頼まれたんだろうなあ。
 嬉々として作る方も作るほうだけどさあ。

 そう言うわけで、バイザーを付けているのが素の状態なのである……今は。



 両手で頭を掴んで左に九十度首を回す。
 真左を向いた状態で、カチリと音が鳴ったのを確認したら左手を額に、右手を後頭部に添え直してさらに左に九十度。
 真後ろを見ている形になる。
 再度カチリという音を確認したら同じ要領で今度は一気に百八十度。傍から見たら首一回転だ。
 その上で。
「んちゃ!」

 と認証音声を出すと首が外れる。何故この単語なのか……察して欲しい。
 胡坐をかいてその上に俺の首を乗せる。
 ハイパーセンサーのおかげで俺は、俺自身の頭を弄る事が出来るのである。
 俺の視線は窓の外の三日月を見据えていた。

 月の公転周期と自転周期の組み合わせは絶妙で、常に同じ面を地球へ向けているという。
 そのお陰で、月の形は変わっていないのだ。

 今から十八年前、未だに真相が明らかになっていない『ムーンインベーダー事件』が起きた。

 城の形をしたUFOが突如として現われ、某国の監視衛星をぶち壊したのだ。
 UFOは即座に対抗してきた軍隊を次々に撃破、城はそのまま月に漂着して拠点を作り出したらしい。
 それは月の形状を大きく変えるほどの大工事であり、今もなお続いているという。
 だが、静かの海に漂着したそいつらのある性質のため、地球から見た月は変わっていない。

 そいつらは、地球から見える面を、惑星の形を無視して真っ平らな面になるよう削っていったのだ。
 月を金太郎飴にたとえるなら、地球の方を向いているのが絵のある断面だ。
 面の図が変わらないよう、切られていく断面が今見える月、といえば分かるだろうか。
 こちらからの見かけを保ちつつ、真円を見せながら水平に削られていく月。
 いずれ星の中心まで削れば円の直径は小さくなっていくのであろう。
 そして、削った月はそのまま月面上の城の建材として使われている。
 平面な、こちらを土台として……つまり、地球からは城の屋根が見えるわけだ。

 それが表しているのが……うん、言わないでおこう。死ぬのはまだ早い。
 毎月満月の日には絶叫してるんだろうなあ……。
 御免、未だに真相が分からないというのは嘘。
 もう、俺の知っている人間だけで犯人が特定できるわ。



 それは兎も角。
 頭部装甲パーツを取り外して開頭、俺の言語中枢とを繋いでいる回路を弄くる。
 これがなかなか上手くいかない。

 心の声では戻っても現実での呼称が変な物になっては俺が死ねるのである。

「うーん……これでどうだ?」
「ぱっぴぃ」
 なんじゃそりゃ。
 ちょっとイラっと来たので思わず叩き付けるところだった。
 危なかった、危うく凄まじく阿呆な自殺するところだった。



 あーでもない、こーでもないと弄っていると。
「ここが……私の……部屋……」
 とか聞こえてきた。か細い声だけど俺の聴覚センサー舐めんじゃねえぞ。
———ってかやっべぇ! ドアノブ直してねえ!

「ドア……壊れてる?」
 ごめんなさい、ねじ切ったの俺です。

「あぁ、悪ぃ、ドア壊しちまったの俺なんだよ、今日中に直すから勘弁してくれないかな? ———と、まずはこう言うのが礼儀だったっけ。これからよろしくお願いしますよ」
 左手に『俺』を抱えてドアを開ける。

「……あ……あ、あの、こちら、こそ……」
「まあ、入り口にいるのもアレだし、入ってよ、まだ初日だってのに遅かったね。えーと、お疲れ様? でいいのかね……茶でも飲む?」
 うつむいて下を向いたまま彼女が入ってきた。
 うん、彼女だよ、ここには俺と一夏お兄さんしか男はいないしね。
 青い髪がシャギーっぽく外に跳ねている子だ。
 雰囲気は大人し目、ただ、俯いてて顔が分からないねえ。

「あの……私……はじ、初めまして———?!?———ひぃっ!」
「あ」

 俺が後に回ってドアを閉めたとき、ようやく彼女は顔を上げ、俺を見て……引きつった。
 そこに居たのは、頭蓋骨を割り開かれ、透明な謎のゲボック素材のポッドに入っているとはいえ脳味噌さらした生首———いや、状態見やすくするための透明素材なんだよ! と弁論してみる———を抱えた首なし俺のボディ。
 イッツァ・デュラハーンである。
 ドアばかり気にして首つけなおすの忘れてた!
 <偽りの仮面>も剥がれてるじゃねーか! 俺って言っちゃってたし。よく気付かなかったなー彼女、あ、この子も眼鏡の人だ。

 Q.さて問題だ。スプラッタホラーな何かが今まで茶あ飲む? とか聞いて来てて、自分はちゃんと会話を成立させてしまっていたのだとか気付いてしまったら皆はどうするかね。



 A.彼女の場合。
「——————はうっ」
 あっさり失神しました。
 どうか翌朝夢だと思ってくださりますように、と思いつつ俺はあわてて抱き止めようとして。
「ぎゃあ!」

 『俺』を落として踏んづけた。
 あ、悲鳴俺のね。
 で、俺の体は彼女を抱えつつ一緒に倒れ……おのれ体め、えーと知識参照———ラッキースケベやりやがったなあ!
 あ、別に胸とか掴んでないぞ。もつれて倒れるだけで俺はセクハラだと思う人です。
 うがあっ! 自分で自分追い詰めた俺!

「ん……」
 あ、今の衝撃で目を覚まし……。
 床に転がってる『俺』と目が合った。

「———はうっ」
 今度はさっきよりも火急的速やかに失神してくれやがりました。



 妹よ、世界のどこかにいるわが妹よ。
 お兄ちゃんの学園生活は、前途多難です……。
 いや、この後始末どうしよ……。
 まずこの回路だよな、やっぱ……。








_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/

 どうも、お久しぶりです。
 何とか1次試験は合格しました。でもまた本試験あるんだよなあ。

 ソウカのキャラを一定化させるのが難しい……。ブレまくってます。
 ちなみに皆さんお気づきだと思いますが、最後に失神したのは更識家の簪ちゃんです。
 あっれぇ? 一夏お兄さんと遭遇させるつもりが……届かず、何故か黛先輩が……?
 どうしてこうなった?



 観想くださった皆様。有難うございます!
 返事は必ず書くので少々お待ちください……。



[27648] 原作1巻編 第 3話  兄の試合までの一週間
Name: 九十欠◆82f89e93 ID:fd3d2bc0
Date: 2012/03/26 00:22
 こぽこぽと保存液に沸き上がる気泡。
 その中に浮かぶ『俺』。

 あぁ、今となっては懐かしい。

 親父に拾われた後、俺がまだ脳クラゲだった頃の記憶。
 オッケイ。なるほど、こりゃ夢オチか。

 んで、俺が『俺』自身を見る事ができるのは、『俺』のそばに鎮座しているISコアのお陰だ。

 コアはハイパーセンサーやマイク、スピーカーに接続されている。

 お陰で俺は外界とコミュニケーションを人並みに取れる訳だ。

 しかし、まだ俺には手も足も無い。
 じきにこのコアを搭載したISを、俺の手足として開発してくれるそうなのだ。

 まぁ、脳味噌しかない俺の数少ない特性が、自分専用でないISに対しても感応可能、と言う代物であるからして、科学者たる親父がその発想に辿り着くのは当然だ。

 しかし、俺から見ても飛び抜けている科学者である親父が突拍子もない発想をしなくてよかった。

 鹿の胸に『俺』を移植するとかさ。

―――ISに遠隔感応可能な鹿、但しIN俺、みたいなーなんてもんになっちまったら、どんな面して妹に会えばいいのかわからんでは無いか。

 鹿面? 巫山戯んな。



 おっと、話が逸れた。
 しかし―――ISのコアってこんな形だったか?
 俺の数少ない知識から参照すれば、キューブ状……角の取れたサイコロ、といった感じだった筈なのになぁ。



 なんて言うか―――これって。
 まるで卵細胞の分裂、その初期段階じゃないか。

 一つの球体を歪な四角形で無理やり組み上げた感じ。
 なんて言うか、生き物っぽいって言うか生々しいのだよ。
 それでいてつるっとした無機質感。

 酷いジョークなら針金とゴムで命を作りましょう、って感じだ。



 ISコアは天才科学者(親父がそう言うのだからコレはマジだ)篠ノ之束の作った超兵器な訳で。
 本当なら宇宙空間での活動を想定したマルチフォームな強化外骨格との事なのだがね。
 宇宙線やらマッハうんたらのデブリがカッ飛ぶ過酷かつ危険きわまりないところを想定してるんだから……そりゃ、親父クラスの天才が作るんだ、戦闘向きで無くとも最強になる訳だ。

 世界の兵器の概念を一変させてしまったその時について、詳細はおいおいとしてだ―――

 だけれど、どういう訳か、彼女は四六七個しかコアを製造しなかったらしい。

 彼女は世界を支配したいのだろうか。
 現在の軍事力はISに依存している部分が大きい。

 当の彼女は行方不明だと言うし、人知れずコアを自分の為だけに創り、自分の戦力として配備すればあっさり軍事的にも世界征服可能である。

 そもそも製造者たる彼女がコアを一番理解していない訳がない。
 数も質も現状を遥かに凌駕できるって事だわな。



 はて、何故にそんな貴重なコアがここにあるんでっしゃろ?

 この屋敷にあるカメラで見たフォトを見たんだが、親父と束博士は、フォークダンスをこの家でやるぐらいは仲が良い。

 二人だけでフォークダンスってどんな拷問だよ。

 コアを用いたISを使える訳でも無い親父の元にあるコア。
 親父と親しい束博士。

 んで、何だかんだで俺と言うモルモット。

 ……まさか
 このコアってその為……だけに作られたんじゃあねえだろうなあ。

 身内贔屓ここ極まれりって感がビンビン 何だけど。
 この異形のコアがなんか俺の将来を暗示している気がしないでも無い訳だが……。



 さて。
 俺の周りを見てみると、そこには一人の女性が鏡の前にして身嗜みを整えようとしていた。

 おや? ここには女性も居たのか。
 正直驚愕もんだが、じっくり観察を続ける事にする。

 いや、だって普通の人なんだもん。
 逆にすごく珍しくねえ!?

 今までに俺が見た動くの。

 一。親父。
 二。何かデッサン人形をデカくしたみたいなの。オドオドしてたのが印象的。
 三。一つ目の青い饅頭。蜘蛛みたいな脚がある。ピカピカ目が光ってた。純粋に可愛い。
 四。両手がサバイバルナイフになってる変な関節で手足がくねくね動く一つ目ロボット。ナイフがチュインチュイン鳴ってて怖い。
 五。真っ黒黒助の灰色版。ぞざざーと群れ動く。
 六。首から上がメロンになってる全身タイツな何か。五人集まってポーズ練習。ただし、全員緑色。

 『俺』みたいな脳味噌オブジェなんて埋れてしまいそうな個性派達である。
 まー、なんと言ってもやはり筆頭は親父だがね。奇行的に。



 後に彼らを兄弟扱いしなければならないとは当時の俺は知る良しもなかったが。

 あ、ベストマイシスターはウチの子だからね! と先に言っておく。これ重要ですから。テストに出るんでアンダーライングリグリ引くように。



 そんななか、逆の意味で非常に『個性的』な女性が現れた。
 灰色の髪は内側に軽くカールしており、ちょっと不思議な光沢をはなっているのが印象的だ。
 髪と同色の灰色の瞳。その眦は常に笑顔を創り出す一要素となって居て、見る者全てに慈愛を感じさせるものとなっていた。

 肌はやや血色が悪いがシミ一つ無く。
 そこからもたらされるものは万人にすべからく好意的な第一印象、と言うのは驚きもので、素敵の一言に尽きる。

 しかも、純粋に美人さんだ。
 おかげで益々違和感が爆発だ。
 言うならば夢の島に朱鷺と言った違和感しか受け様が無い。

 プライベートであるがゆえのYシャツジーパンルックの彼女は自分の笑顔チェックをしている。
 成る程。日々のたゆまぬ訓練が素敵な笑顔を形作っているのか。

 純粋に感心していると、彼女はキョロキョロとまわりを見回し始めた。
 何か見られたくないものでもあるのだろうか。

 …………非常に、気になる。
 今現在、一オブジェにすぎない俺はスピーカーのスイッチを切り―――いわゆる気配を殺し―――あらゆるセンサー感度は研ぎ澄まし、彼女の一挙一動足を観察する。
 非難しないでくれ。前みたいな絶対な無じゃない分、暇なんだよこの生活。



 やがて納得したのか、彼女は一つ頷くと。

 顔をずるっ―――と……。
 引っぺがした。

 ホワット?



 某世界的な怪盗三世みたいに『べりっ』って感じじゃない。
 本当にずるって感じなのだ。

 崩れ去るって感じ。残っているのはなんとのっぺりとしたつるんキラりんなガラス的質感の卵みたいな『顔っぽいの』。

 しかもそれだけじゃなかった。

 髪も、まとっていた衣類も、どうようにずざざざ……っと体から剥がれ落ちる。
 肌さえも同様に光沢を得て行く。表面の何かがひっぺがれたのだ。

 えぇー……。
 前言撤回、彼女も立派なここの住人であった。
 今や彼女はサイ◯ガンも通じなさそうなクリスタルガールになっている。
 スタイルならサイボーグなレディーなのに。

 そして彼女が取り出したのは。
 目が50000を超える超細目のスポンジヤスリ。

 そして。
 うぉおおっそうきたかっ!?

 彼女はそれで体を磨き始めた。
 なんと、目の細かいヤスリは、体を磨くものだったのか。

 何だか、入浴シーンを見ているようで後ろめたい気分になってしまう。

 やがて―――
 全身を徹底的に磨き抜き、文字通りピッカピカに輝いている彼女は再び『肌を纏い』はじめた。

 あ―――、成る程。
 こうやってじっくり観察するとわかるのだが。
 体の表面を覆っているのは灰色の砂―――それも凄まじく目の細かい粒子だ。
 さっき見た真っ黒黒助の灰色版と全く同じ―――それでいて、それらとは隔絶した速度である。

 その密度で陰影を作り、笑顔や肌の質感を再現しているのだ。
 別の意味で芸術。
 クセニア・シモノヴァも真っ青な程の砂絵である。
 どうりで表情がほとんど変わらない――――――



 ん?



 彼女がじっ―――と、俺の方を注視している。
 はて、俺がなんか目立つようなことをしたのでしょうか?

 スピーカーも切ったし―――とか思いながら、儚い希望とともに他に何か彼女が注視そうなものを探す。

 お―――?

 しかしで、なんと目立つものを俺は発見する。
 あぁ、これに気づいたのね。

 俺の感情に合わせて様々に変色し、輝くコアに。
 ……すっげぇ目立つな。
 俺も彼女も今まで良く気づかなかったなぁ……はっはっは。

 ここにいる二人……単位なら一体と一個か? の天然度に呆れつつ……彼女の視線をもう一度追う。

 コアから伝い……あ、俺に繋がってるとこまで来た。
 彼女の陰影だけでできた笑顔が語っていた。
 凹凸が無い二次元な笑顔だと分かるといっそう怖い。

―――見ましたね?

 怖っ!
 何故見られたくないのか、それは彼女にしかわからない。
 しかし何故喋らないのか。
 単純にさっきの『素顔』を見るに、発声器官が無いだけとも言えるが、あれだけの粒子操作能力を持つ彼女だ。あの粒子を声帯のように震わせて発声させることも不可能では……。

 あのー、まさか、喋る余裕無いほど怒ってます?

 スピーカーから出た俺の言葉にゆっくりと彼女は首肯一つ。

 右腕をゆらり、と垂らして。
 その腕の表面から肌の質感が消えて白く輝いた。
 おぉ! なんと言う光量だ……まさか光子フォトン!?
 さらにシリンダーを震わせる空気の震え……。

 ちょっと待てー!! 光子纏っている上に超振動!?
 ぶち撒ける上に焼き飛ばす気かあっ!!
 しかもベキベキ何かそれが巨大化して行くぅぅぅううう!!

 うわーっ!? 覗いててごめんなさい二度としませんから文字通り手も足も出せない俺にどうかお慈悲を!
 もうあまりの恐怖で句読点も出ねえ。
 お願いですのでそれ振り上げないで……あ、やめてくれるんですか―――って横から薙ぎ払う気だこの姉ちゃん!! うおおおおおっ、何故だっ何故こんなにもピンチなのに都合良く目覚めない何か凄い能力ぅううううっ!!
 こらそこのコア! お前に繋がってる俺が非常にピンチだ! ほら、一応俺ら一蓮托生状態なんだし何か出してくれ絶対防御的なもんとかイージスの盾みたいなの!!

 ん?
 薄情なコアが自分にだけシールド張りおったあああああ!?

 うわっぎゃああああああああ――――――っ!!!!









―――夢でした(暗笑)

 予告通り夢ですけどねえ……でも夢って、記憶の整頓だよね。
 経験した事のリプレイにしか見た事無い夢。でもなあ。
 さっぱり記憶に無いんだけど……こんなことあったのか? 考えるな、感じるんだと感性が言っている。
 脳の職務放棄を叱咤するけど埒があかん。
 実際にあったのか無いのかは知らんが、今となっては夢だ夢。



 さて、毎朝の日課で昨日の事を思い出す。



―――あぁ、同室の彼女が気絶したんだっけ?

 その後、彼女を布団に放り込んでドアを取り付け。
 調子に乗って自動ドアにしてしまった。横のドア袋に収納されるタイプの。

―――西洋ドアなんだけどなぁ……我ながら謎だ。

 その後、言語回路の調整を日付が変わる直前まで調整し。
 あまりの難易度に、憤怒のあまり自分の脳を砕きそうになる事両手の指の数を超える。
 しかし、四苦八苦の末に何とか言語機能のバグを取り除く事に成功したのだった。

 いやあ、苦労した手間取った。
 もうちょっとで自分分解し尽くすとこだった。

「あー、あー、親父親父ー糞親父いいいぃぃぃーっ!」
 と直った事を確認。感動ものだった。
 何でこんな些細な事で……。
 少々虚しく思いながら床に就いたのだよなあ。

「ん……」
 隣の彼女がようやく起床。
 下着姿で。

 いやいやいや、言い訳聞いて下さいよ。
 ドアを直す前に失神した彼女を上着を脱がして布団に放り込んだだけですってば。
 ムラムラしたかって? いや、残念ながらまだ性欲は無い。
 美人なのは判別できるぞ。
 その方で目の保養は出来ました。本当この学園は美人さんが多い。

「おはよー。初めましてー」
「……んー?」
 寝ぼけた声。しかし俺のは妙な挨拶だね。全く。



 起きて顔洗って歯を磨いて朝食までテレビでも見るかーとしたその時。
「首っ!」
 唐突に彼女が叫び出した。

 ようやく意識が覚醒したらしい。
 低血圧なんだねえ。
 彼女はこっちの顔を見てさらに四方を見回した。
 小さめな動きで何かを指差したいのか目標見つからず手が動き……。
 よっしゃ……。
 彼女、昨日の事件を現実だと断定できてないな。
 <偽りの仮面>の中で邪悪な笑みを浮かべた俺はそのまま彼女の狼狽を観察する事にした。



「ねえ、あの、昨日……この部屋に、く、首が……?」
 言いながら冷静になって来たのか、段々信憑性のない事に自分で気がついて来たのだろう。
 どんどん力を失っていく言葉。
 まあ、室内に自分の首持って歩いている男の子が居ました、なんて普通言えないですよねえ。

「首?」
 と言って自分の首をさす俺。
「え……っと、私、昨日、どんな感じで帰って来たかな……?」
 彼女は、切り口を変える事にしたようだ。
 寧ろ俺の意見を求めるってことは、自分自身、確認を取りたいんだろう。

「昨日? 帰って来た途端バタンキューでしたよ? 悪いと思ってたけど脱がしました。でも張り切りますね。初日からそんなんなるまでなんて」
「……えっ……ごめんなさい」
 少々頬を紅く染めながら取り乱す彼女。やがて、小さく謝ってくれました。
 う、嘘は言って無いからな、嘘は……なんて言うか、
胸が痛いね。
 逆に、好感度は俺の中で上昇中。礼儀正しい子は良いですよね。

「おかまいなく」
 流暢でソフトな口調に自動補正してくれやがる<偽りの仮面>。
 言いながら刺さっている罪悪感が胸を抉ります。うぅ、結構きつい……ああ、もう御免なさいと懺悔しちゃおう。神っぽいのとか妹とかに。

「さて、食事に行きましょう」
「……いっしょに?」
「当然のぱーぺきです」
 手を差し出す俺。
 もちろんだ、と言う意味合いを出したかったのだが……しかしその言い回しは女性的にどうなのだ<偽りの仮面>よ。



 食堂に到着。とても金銭をかけた衛生的な立ち並び。うん、まっこと素晴らしい。
 食事がビーカーやシャーレで出されるどっかとは大違いだ。
 なんか嫌な薬品残ってるんだよな。
 スキャンして焼き消すけど。

「さて、うどん食いましょうか」
「朝からうどん……?」
「おいてるかなあ」
「普通……パンかご飯……」
「それもそうですね」
 体や胃には良いんですがねえ。
 受験日とかはカツじゃなくてうどんの方が脳への血行が良くなるとか。

 自分は麺類が好きです。
 和洋中関係なく全部。

 俺は栄養的なことを言えばブドウ糖が一番大事なのである。
 何せ『俺』脳だし。
 脳というのは、ブドウ糖しか活動のエネルギー源に出来ないらしいのだ。
 しかも脳だけで全身のブドウ糖消費のかなりの割合を持っていきます。
 筋肉やらは結構他のエネルギーで代代え出来ますけど、『俺』はそうはいかない。
 故に、糖分や炭水化物を好みます。
 ご飯もパンもそうだけど何だか麺ってのは一番炭水化物を食ってる気がする。
 あくまでイメージなのですが。
 中でもうどんは消化の早さに定評があります。
 
 砂糖舐めてりゃ良いってのも嫌だしね。夏休みの自由研究の蟻じゃあるまいし。
 勿論、娯楽で食を得るのも大好きです。ああ、生きてるって素晴らしい。

 一緒に並んで食事します。うどんは昼だそうです……うぅ。
 しょうがないのでパン食いますパン。俺の遺伝子は日本人ですが米にこだわりはありません。いや、好きですけど、朝は米じゃあ! とかはないんだよ。
 ……でも今度寿司っての食ってみたい。

 体が出来た事で生じた『食』への欲望で夢を膨らませていると……ん? なにやら真面目な視線を感じた。
 ぎぎぎっ、ってやな予感をしてそっちを見ると半眼のルームメイトさんが睨み付けて下さってるぜよ……ところでこの口調変?



「……どうなってるの?」
「は?」
 隣の彼女は驚愕の表情でこっち見てたりする。
 なんか妙な事断言して下さいました。
 その台詞はこっちのものでございます。何言ってるのお嬢ちゃん。
 俺の方が年下だけどさ。

「こんな小型……」
 ひくっ、と口角の上がる俺。
 小さくて悪かったな。
 作った奴が悪いんだよ!
  
「分からない……」
 とか言いつつ俺の頭を左右からがしっと掴む彼女。
 もしもし? ここ食堂よ? みんな見てる前で何奇行をしてらっしゃるの?
 奇行に関しちゃ見慣れてると言う悲しい現実を背負ってる俺だったりするが、まさか俺の家の外でこんなすぐに変な行動に遭遇するとは思っていませんでしたよ。

「……殆どがブラックボックス」
「それは俺の頭のことを言ってるのか?」
 何考えてるか分からんとか?
 ショックである。
 知り合って二時間もたってないのにそんな事おっしゃるなんて。
 <偽りの仮面>もショックで剥がれた気がする。
 まさか―――って、ん?



 ぐきゃん。



 青い髪の彼女は、俺の首をありえない角度までねじ回した。
 かっぽんと首が胴体から取れる俺。

 え?

 疑問符を浮かべていると、俺の頭部はずるずると引き出されていく。
 あの、ここ食堂ですよ。俺じゃなかったら憩いの朝食にスプラッタ画像流出ですよ。
 オイ待て、淡々と作業続けるんじゃねえ―――だ・か・ら!! ちょっと待てええええええええええええええっ!!!!









―――はっ!?



「ぶるううううああっはああああああっ!?」
 はっ、とビクトリームな絶叫を一つ。すると、目の前には布団があった。

 あれ? どうして俺はまた寝てるんでしょうか? また失神したのか?
 よし、と視界に日時を表示させて見る……え? 正真正銘、今朝?

 ……まさか……。
 ……まさかまさかの二段夢オチだとぉ!?

 どれだけ珍妙な未来予知してるんだ夢の中の夢の中の俺!
 そういえばルームメイトの子の名前が一回も出てきてないのはそういうことかっ!
 確かに自己紹介し合って無いから名前知らない。記憶に無ければ夢にも出ないしねえ!!
 人間の未知なる力が無駄に都合よく目覚めそうな気がしたが、死ぬ気で余計な出来事だった気がしたので『俺知らね』と現実に帰ってくる。

 ……ところで、さっきから聞こえて来るんだが……。
「……ぶつぶつ……ぶつぶつ」
 怖いわっ! 何この声!
 地獄の深遠から響いてくるような、耳朶にこよりを突っ込むが如き呟き。
 どっちから聞こえてくるのか。えーと、声のする方は―――…………。
 あーれー? 首がー、うーごきーませーん。

 ん? 文字通り手も足も動きません。
 つーか、手も足も反応してくれません。

 はて……。
 ハイパーセンサーで確認してみる。
 ……。
 無い。
 首から下が無い。

 何だこの微妙な正夢はあああああああああああああああああああああっ!!!

 PIC起動! 今の俺は餓◯様だぜ、と言わんばかりに浮力発動。
 布団を押しのけてふよふよと浮かぶ。
 レーダー波を全方向に放射……する前にハイパーセンサーの全三百六十度視界が俺の体―――首から下を発見した。


 青い髪のルームメイトの手により、絶賛解剖中。



 ちょ、待、って、おえぇ? ぎゃあああああああああああああ!?
 お、お、俺の体ぁ―――!?

 ちょっとここで休憩。
 ここで、夢の中の彼女の台詞を再生してみます。

 ……どうなってるの?
 こんな小型……。
 分からない……。
 ……殆どがブラックボックス。

 ……なる程ね、俺の体の事だったんですね。
 それが耳に入って夢として再編集された、と。

―――冗談じゃねえ!?

「おーい! 姉ちゃん、体! 俺の体返してー!」
「…………(ビクッ!)ぶつぶつ…………まさかっ!」
 おー? なんか特定の単語に反応して一瞬ビクッとしたけど全く聞いてねぇー!

 どの単語に反応した言葉が何なのか分からんが、結局こっち向いてくれないなら一緒だ。
 なーんか、この姿はデジャビュるんだよなあ。
 すすすーっと彼女の傍まで浮遊する。
 推進剤で移動するわけではないので実に隠密、後ろから忍び寄る。

―――待ちなさいお嬢さん
 隅出来てますよ!?

 昨日俺は一応日付が変わる前に寝た。
 もし、その後入れ替わるかのように彼女が目覚めたとしたら……。

 あれ? 俺、ちゃんと<偽りの仮面>起動して寝ただろうか……。



―――回想―――

「ふはははははっ! 直った! 直ったぞこの糞親父! 天才じゃなくても直せるわー! ははははっ!! さて寝よ」

―――回想終了―――

 うぉーえ……やばい、起動した記憶がねえ……。
 それどころか首取り付けた覚えもねえ。

 恐らく目覚めた彼女は布団に眠る男を発見したか、それともデュラハンを見たのか。

 びっくりよりも、本当に首が取れるのか触れてみたら、取れちゃってた……って所か。
 都合よくもう一度気絶してくれれば良かったんだけどな……。

―――はっ、これが適応能力!? 生命の力かっ!
 俺は恐れ戦き……おお、待て。そうか、そういうことか。

 俺は生命の神秘に戦慄していたが。
 ふと、とある事に納得した。

 考えてみれば、それからずっと彼女は俺の体を見ていたと言うわけで。
 Dr.ゲボックの英知の片鱗を……健康には気をつけなきゃな。

―――あぁ、分かった。
 彼女の姿が何かに被ると思ったら……そうだ親父だ。
 さすがに度合いは違うだろうが…………彼女から、同じ匂いがする。

 ならば……彼女が、知的探求が睡眠時間と肌の美容を度外視してしまうタイプであるのは納得できる。
 一度自分の世界にのめり込むと外界に反応しなくなる、と言うのはま、見ての通りだ。



 ちょっとやそっとじゃね……ならばこちらにも考えがある。ふくくくかっ。

 おれはすすーっと彼女の耳元で呼気を細く、細く―――
 耳の穴に吹き込んだ。


「わきゃああああっ! なに? ……何な…………わきゃあああああああっ!」
 反応は劇的。神経が集まってるから些細な刺激で良い反応が出る出る。
 さらに、驚いて見回してすぐ後ろに居た俺と鉢合わせしてまた驚いていた。
 熱中してたら知らないうちに後ろに◯眠様がいたらそりゃ驚くだろうし。

 だが、流石にもう失神せんか……うぬぬ。

 それよりも、だ。やばい、人を驚かすって、何か病みつきになりそうな快楽がある。
 もし何かしらで職を失っても遊園地のお化け屋敷で食っていけるかもしれん。

 おぉっと、馬鹿な事考えすぎてた。
 相手が慌てていると冷静になれるものだ―――よし、諭してみよう。

「朝なんだし静かにしようぜー、な」
「ごめんなさい」
「素直でよろしい」
「あれ……でも……あれ?」

 でもこの反応はおかしいよね。
 常識ってわかんねえなあ。ま、それはともかく―――

「まあ、まずは兎も角ぅぅぅううっ、体返せええええ!!(叫ぶも小声)」
「―――――――――っ!!!」
 律儀に口を押さえて悲鳴を上げる彼女。何というか、人の言う事を素直に聞いてしまう性質なんだなあ、まあ、騒がれないのは嬉しいですけど。

 しかし彼女、なぁに考えたのか、俺の体抱えて逃げ出した。
「あ―――っ待てって、体、体っ!」
「――――――!」

 IS学園の寮室は結構広い。
 ぐるんぐるん室内を駆け回る俺と彼女。

「待ぁぁぁぁああああてぇぇぇえええっ!! 日崎イイイイイイィッ!!(小声)」
 名前が分からないので何となく思いついた名前を叫ぶ俺。

「――――――ううぅっ……」
 声を抑え切れず、僅かに漏らしながら逃げる彼女。


 なんだかどんどん楽しくなってきた。
 目覚めていくのだよ……何ていうのかなぁ、狩猟本能?
 さて、どこまで追いかけられるか。

 ……ん? まずい、目的と手段が反転してないか俺。

 まぁいいか。必死に駆ける彼女。身体能力がそこそこあるのだろう、俺の体を抱えたまま良く逃げる。
 しかしここは部屋。
 さらに、高低差が意味を成さない俺は少しずつ彼女に追いつき、ついに彼女を部屋の隅に追い詰めた。

「ふーっ、ふーっ、体返せぇぇぇ」
 いい加減疲れてきた。途中調子に乗ってたのは認めますけど。

「泥田坊……?」
「いや、返して欲しいの田じゃなくて体だし」
「あっ……これ……」
「まぁ、とーにもかーくにーも体ぁ―――」
「え、ちょ、と……待……」

 待ちません。食いついてみましょう。
 口を開けて、うぉりゃあああああ―――!

 俺が口開けてさあいくぞ、との瞬間。

「ん~……ねむねむ……おは……ふぁ~、かんちゃ~ん、あなたの使用人、布仏本音だよ~」
「………………」
「………………」

 ジャーっと扉が開いて。
 世界観がぶっ壊れました。

 えーと、彼女は確か昨日の布仏本音さん?



 何故に?
 その着ぐるみみたいな衣装はもしかして寝間着?
 それ以前に扉の鍵は?

「本音……鍵は?」
 俺に追い詰められてる彼女も同じ感想を抱いたらしい。
 と言うより、一組の彼女とお知り合いだったんですか。

 あなた四組ですよね。自己紹介の時、壇上で見た覚えがあります。

 お、録画画像参照。
 俺は法的証拠にできる録画映像を眼球で撮影できます、とか言って見たり。

 おお、やっぱりいた。

 俺はソウカ・ギャクサッツ……苗字順だったんで『ギ』な俺は結構最初の方である。紹介中に気絶したので紹介を聞いてない人の方が多いのだ。
 ……そういえば彼女の名前まだ知らねえなあ。
 追いかけるの楽しすぎてまともに会話してません。


 名称不明の彼女による質問に、本音さんは、んー? としばらく考えて。

「開けたのだ~、でもでも引き戸だったからびっくり、気づかないでしばらく引っ張ってました~、えへへ」

 ぽやや~んと笑う彼女。
 だが―――雰囲気にはそぐわぬものが……。

 そう、獣を模したパジャマの垂れた袖には、ヘアピン。
 おぉぉぉ!? つまりこれってピッキングっ!

 これだからアナログキーは……いや、家の個人認証もたまに誤認して超音波メスとか撃ってくるけど。
 何より彼女がそう言う技術を持っているとは意外すぎる。

「本音がこんな時間に起きているのは変……いつもギリギリまで寝てる……」
 あ、そうなんだ。
「んー……ねむねむ……すぅー……」
 た、立ったまま寝てるぅー!?

 驚いていると、ぼんやりと目を開ける本音さん。

「お嬢様のピンチには、当たるかもしれない感で駆けつける~、週休三日でお仕えします、布仏本音です」
「本音……お嬢様はやめて……」

 お嬢様……ですと?

 はい? この人お嬢様とか言われるそんな人? うーん、栄養状態は確かに良好、いいとこの育ちっぽい……え? 今時栄養状態なんか目安にならんと?
 いやいや、そうでもない。飽食の時代たる昨今、逆にちゃんとした栄養管理はよほどしっかりした人でないと為されないのだ。

「あと、三日は休みすぎ……」
 あ、俺もそう思う。

「ん~ねむねむ~……だいろっかんのせいで目が覚めてしまったのだ~」

 え? 第六感?

 感性でって事? うぬう、侮れん。
 そんな事を思っていると、ぬぬぬぬぅっ―――とゆっくりこっちを向いて来る彼女。


「あれれ~?」
 本音さんの視線が俺を射抜く。
 すげぇ、本音さん生首に全く動じてねえ。
「ん~……マサカド?」

 ……独眼竜ビーム?
 そりゃ伊達政宗。
 ……タチコマとか儀体とか?
 それは士郎正宗ね。
 んー……じゃ、因果覿面で。
  相州五郎入道正宗だって。
 何故にマサカドって言ってんのにマサムネばかり出てくんだよ……。

 それならばっ―――人生五十年、下天のうちを―――
 そりゃ敦盛である。苗字は合ってる。惜しい。
 平家だっての! 平将門!!
 ふぅ、ほんまに謎だ、BBソフト。

 しかし何故に平将門? ……って、あ。

―――おぉ、あれも生首だっ―――

「かんちゃんぴんち~、天罰覿面、さあさ振りかぶって~……」

 ……ん?
 意識にそれはすんなりと入った。
 つまらん事に感動していたせいかもしれん……。

 ゆっくりな動作故に、じっくり認識できた。
 故に、逆に納得できなかった。

「落としたっ!」
―――本音さんの振り上げたスパナに。



 俺は。
 それ故に、それまでの動作とうって変わって猛加速した凄まじいスパなアタックを。

「ブギャらあッ!!」
 食らうその瞬間迄眺め続けていた。
 ただの阿呆だな、俺は。

 床に叩きつけられる俺。
 二、三回バウンド。正直泣きそうなぐらい顔面が痛い。
 ……今は全身が痛いとでも言えばいいのだろうか?
 まぁ、ンな戯言は兎も角。
 なんちゅう破壊力だ。普段の彼女からは想像もできない。

 そこにねむねむ~、とひたひたやって来る彼女。
 何故か昨日聞いた音と同じはずなのに、死神の足音に聞こえるのですが。マジ助けて欲しい。

「すぴー……まさかどハント~」
 そう言って鼻提灯を膨らませながら脚を振り上げる彼女。

 ちょっと待て、俺狩られんの!?
 なんとか転がり、人目のかからない所に逃げねば……。

 って、あれは……。
 見えた。

―――説明しよう
 布仏本音さんは、被り物のようなゆったりとした寝巻きを着ている。
 すっぽり被るタイプのもので、フードこそあるものの、ワンピースと大差がなかったりする。

 つまり、生首状態である俺が見上げると―――



 本音さんの下着がモロ見えになるわけで……。

 変わった制服や寝間着と違い、ピンクで同系色のリボンのついた、一般的ながらも可愛いらしいしろものである。

 ……まぁ、それはさておき。

 ふと、疑問に思ったのだが。
 生後二年とちょいの俺、性欲の乏しい俺には分かりかねるのだが…………。

 なんで衣類に人間は性的反応を見出すのだろうか。
 実際問題、人間が求めるのは衣類ではなく中身の筈……だと思うのが、違うのだろうか……。

 一度、兄弟達にも質問して見た事がある。
 あれは丁度ニュースで下着ドロが出たときに周りの皆でわいやわいややっていたときの話だ。
 人間って分からんよなぁみたいな意見が殆どだったが、最終的に。

 料理も見た目を重視する事がある。それと一緒ではなかろうか、との意見で落ちついた。

 確かに栄養補給に見た目は関係無い気がする。
 しかし、その美しさは食を豊かにしているのは確かなのだ。

 性欲的なものでも、同様の事が言えるのではなかろうか。
 俺の頭の中には忘れ形見なその手の知識が数ギガバイト突っ込まれてるが…………。



 ……さぁ、気を取り直そう。ここで常識的なBBソフトに一言添えていただく。

 『フェティシズム』

 成る程、人間故の高等な精神活動なわけか。
 ん? なんだろうこれ……シークバー? つか小っさぁ!

 それでずらーっと下迄ながしていくと……。







 長ぇ…………。
 に、人間って奴は……。

 ぺと。

 俺に乗っかる何かの感触。
 しまったぁ! なんか内面世界に潜り込んでたら超スローな本音さんに追いつかれたぁ!?

 これに追いつかれるってどんだけぇ!?

「よいしっょ―――」
 ……これって、本音さんの足ですか?
 つまり、スタンピング?
 ならば耐えようもある。天井にぶつかって失神したり、スパナで殴り倒されたりと、モロさを提示してばかりだった俺の防御力だが、実のところは、ぶつかった瞬間、「痛てっ」と言ってしまうのと同じだ。
 感覚器官で痛いと喚いているものの、『防御設定値』を跳ね上げればフランス、デュノア社の特製パイルバンカーを食らおうが耐えられる頭蓋骨硬度は持っている。
 スポンジ強度からダイヤ以上迄。ゲボック合金製の頭蓋骨を舐めないでいただきたい。

 だが。

―――めし

 な、なんだこの音は……。
 構成物質に問題ある圧力では全く無い。
 だが。圧力を感知し得る最大値に徐々に肉薄して行く。

 メシメシッ―――!

 先のパイルバンカーの例で言えば、強度はともかくその感覚に耐えられるわけが無い。
 故に、一定以上の衝撃を脳に伝達しない一種のブレーカー的機能があるのだが、これは絶妙だった。
 そのリミッター値に引っかからない、その値ギリギリ。
 しかも感覚が圧力に適応するタイミングを知っているとしか思えぬ一定した加圧。
 限界まで。じっくり、絶妙に。

 つまり―――
 メリィメキィミキィビキィ―――!

 痛だだだ――――――だだだだだァアッ!

 俺の感知しうる最大限の激痛があっ!
 じっくりたっぷりゆうううぅぅぅっっっっっくり捻じり込まれてくるぅ!?

 踏まれているので、首が回転出来ない。
 視線が固定されている。

 俺の視界にはピンクの着衣が。
 本音さん、年頃の少女が下着を男子にさらしてはいけません。
 それにしてもマジ痛い。
 なんと言う彼女らしい、ゆっくりとした、激痛。いやマジ痛い。

 いや。本当これ、い、い、い――――――痛みがゆぅうううううううううっくりぃぃぃいい~!?



 みしっ。

 どれだけ苦痛を感じたのか、実際定かでは無いが、やっと本音さんの足が俺の顔面から離れる。

 まずい、なんと言う恐ろしい攻撃。
 ここまでゆっくりとした攻撃、もう一度食らったらどうなるかわかったもんじゃ無い。

 冷静になって見ると、やっぱり下着。
 ここがIS学園だから、俺が男であるという事に対する意識は無いのだろうか。

 じぃ……。
 …………。
 いいぃぃ……。

―――はっ?!

 なんかじっくり見てた? 何で?
 なにはともあれ、視線をそらさねば。

 ぐるんっ、と顔を横に背けようとする―――前に

「むむ……悪しき気配……なんちゃって、えへへ」

 ぺと。

 頭部に食い込む 足。
―――あ

 ちょっと待って、二発目は耐えられないって、うぬぬ、顔が背けられませぬ……って、な、に……視線が動・か・な・い~?

 なんで? はっ―――これがまさかの男のサガって奴なのか、何故か動かない。あー、そういえば踏まれてますし? ってなんだかとっても嫌なんですけどこれが性の目覚め!? 首は兎も角視線は動かせるのに何でか釘付け。我ながらとっても嫌なんですけど―――――――――

 ミキィッ――――――

 またかああああああああっ!!! いぎゃあああ……い・た・み・が、ゆぅぅぅうううっくりぃぃぃぃぃいいいい……。

 これぞまさしく黄金体○ゴー◯ド・エ◯スペリオンス

 しかし、視界を埋めるのは痛みでぼんやりしてきたせいなのか淡く広がる桜色。

 黄金なのに桜色? いや桃色? いったい全体これ如何に。
 なんかどうでもいい事に逃避しつつ、意識が拡散して行き……。





「あれれ? やっぱりだ」
 気付けば俺は本音さんに持ち上げられていた。

 また失神してたのか……でも今回のはしょうがない、強化した感覚を逆手に取った攻撃なんてねえ。

 暗視ゴーグル被ってる人にスタングレネード放り込むようなもん。
 軍隊を相手にした時ぐらいしか、良い子は真似しちゃいけません。

 しょうが無いんです。お願いします、そういう事でお願いします。



「むむむむぅ? おりむ~そっくり」
 おりむ~とはなんぞや?
 おりむ、おりむー、おり、お、おり、織斑か…………はえ?
 気づかれたぁ!?

 本音さんてば、ぽややんとしてるくせに鋭いですよ。

「バイザーが邪魔だね。取っちゃおう」
 ミシミシミシミシィッ。
「痛だだだだっ! それ取れないから! 頭蓋骨に食い込んでるから!」
「にゃはは~? そうなの?」
「普通に会話してる……」
 ルームメイトさん、そっちで感心してないで助けて下さい。



「そうなんです、いい加減体返してください」
「かんちゃんに意地悪しない?」
「生憎ですが、かんちゃんと言う知り合いはいません」
「かんちゃんはかんちゃんだよ」
「えーと、アースマラソン完走した人?」
「違うよ~」
 じゃあ、誰やねん。

「あの……それ、私」
 救いの女神がいました。
 おずおずと小さく手を上げるルームメイトの彼女。
 成る程、かんちゃんさんですか。

「あぁ、貴女でしたか。実は昨日もう会ってますが、ソウカ・ギャクサッツです」

「「え?」」
 女性陣は口を揃えてキョトンとしています。
 やばいです。容姿がいいからスゲえ可愛い。

「そっくん?」
「……昨日天井に食い込んだ人?」
「?」
「そうそう」
 本音さんは兎も角、クラスじゃやっぱりそういう印象かぁ。
 ……これからやってけるかね?

「でも、顔違うよ? おりむ~だよ?」
「体返してくれたら証拠を見せます」
「えー?」
「すみませんお願いします。この通り」
 立場が弱いと男なんてこんなものです。

「―――うん、いいよ」

 しばらく見つめられていたのだが、本音さんはぺとぺと歩いて俺をかんちゃんさんの持っている体にくっつけた。

 よし。

 取り外す時とは逆に首を回転、外す時とは違い、これは乗っけると手を必要としないので楽である。
 きりきり首が鳴るなか、俺は認証音声を発する。
「頭がぐるぐる擬人の証~」
「おぉ~」
「……ビクッ」

 二人の対象的な反応を見つつ。
 自己診断を開始―――



 結論。
 エラー、エラー、エラーの大・合・唱!!

「な、な、なな、なんじゃこりゃあああああ!?」
 視界が真っ赤なモニターで埋まってるんですけど!?

「そっくん? どうしたの~」
 あぁ、本音さん、確証もてるまでは疑問形なんですね。

「腹の中身、殆ど無いんですけど」
「……あ」
 えと、かんちゃんさん?
 咄嗟に口を塞いだ彼女の視線を辿ると、そこにあるのは彼女のベッド。
 俺の中身がばら撒かれてる。
 そうだったね、目覚めたら解剖されてましたね。
 おぉ、ミイラ~、とか本音さん呑気すぎます。

 生命維持装置は頭部だけでも機能するから最低限は大丈夫であり、パワーアシストや一番重要な<偽りの仮面>はフレームの固有能力なんで機能するからいいか。

「まぁ、必要最低限な機能はあるから放課後ですねえ」
 二日連続で自己修理ですか。
 何だかねえ。



 エラーメッセージを保留して<偽りの仮面>を起動。
 骨格フレームに肉付けられているナノマシン群体が登録されている人体に即座に擬態。

 細胞レベルで擬態するので、怪我すれば血が出る再現力が凄い。

 未来から来たTでXな殺人ロボットの骨格(Ⅲの敵)に、力が欲しいのか親切にも聞いてくれるケイ素系生命体を被せた感じだろうか。



―――偽装完了

「そっくんだ」
「そっくんです本音さん、渾名は少々お待ちください」
「戻さなくて……大丈夫?」
「かなーり色々オミットされてるけど、死にゃあしないし、まぁなんとか。それより弄くられ過ぎて調整一からしなきゃ行けないのが辛いかなあ、さっきから違和感が全身凄いんですよね…………ま、自己最適化でその内再調整は済むと思います」
「……ごめんなさい」
「いえいえ、実家の都合とは言え、こちらも偽りの姿で驚かせました」
「……驚いたのはそっちじゃ……無いけど」
「まぁ、僕の体についてとか―――」
「おりむ~そっくりなとことか?」
「そうそう」
 あと俺の性別とかね。

「……おりむー……?」
「ほら、世界で初めてIS動かした男の子だよ~。うちのクラスに居るんだよ」
 そう言えば一組だったよなぁ、一夏お兄さん。

「……………………」
「かんちゃんどうしたの~?」
「……何でも無い」
 ……いきなりツンケンしてしまいました。どうしたのですかね?

 それより。
「えと、そろそろ朝ごはん行かない?」
 時計を見る二人。
「……食べ逃しちゃう……」
「食事回数減らすと太るって言いますし、そういう事ですっ!」

 二人して準備を速攻で済ませる。
 ついでに部屋中をスキャン。よし、変なもんは仕掛けられてないな。
「朝食は御一緒で?」
「……いいけれど……」
 許可を得たので走り出す。
 廊下は、ばれなければ走って良いのだよ。

「待って~」
 涙声が聞こえたので振り向けば部屋の入り口付近に本音さん。
 スローな動きが仇になったみたいだ。
「ええい、ままよっ」
 引き返す俺。

「ギャクサッツさん!?」
「ソウカで良いです、なんか虐殺みたいに聞こえるんでっ」

 走る。
 辿り着く。本音さん殆ど進んで無い。
 本当にゆったりな人だな。

「では失礼―――」
「うぉにゃあ?!」
 抱え上げる。
 未調整で違和感あるとは言え、軽い乙女なんて造作も無い。
 そして―――

「ただいまっ」
「早い……」
 抱えたまま戻って来ると流石にその速度に驚かれました。
 非・生身は伊達じゃない。
「解剖されても生身じゃ無いのでこのぐらいは。さて、急ぎましょうか」
「おぉ~、そっくんタクシーはとっても便利~」
 小柄な本音さんとは言え、さらに小さい体で抱えてるので違和感あるんだろうなあ。

「……私も……」
「―――ん?」
 走りながらかんちゃんさんはこちらをじっと見つめ。
「乗りますか、かんちゃんさん?」
 かんちゃんさんはふるふると首を振って否定。
 おや? 違うん?

「私の事は簪って呼んで? かんちゃん……さん? は、正直……やめて欲しい」
「えぇ~、そんなあ~、かんちゃんはかんちゃんだよ~」
「了解です」
 即座に了承。だって苗字知らんし。
 かんちゃんってカンザシの愛称だったんだなあ。



 生首と解剖から始まったデス・フ◯イルチックな仲ですが、仲良くなれそうで良かったもんだ。
 ……字面に直すと改めて非常識が浮き彫りになるけどさ……。



 しかし……さっき、一夏お兄さんの話題が出た時の簪さんの表情……あれは一体なんなんでしょうね。

 敵愾心?

 はてな……二人に接点は無い気がしますが……。

 少々幸先が怪しい気がしますねぇ。






 ……嫌な予感とはよく当たるものである。

 食堂で最初に会ったのは真面目な印象の鏡ナギさんだった。
 どうも元々は彼女が本音さんを起こして連れてくる予定だったらしい。
 約束通りにならなかった事と連絡の不備について注意を受けた。

 印象通りしっかり者の様だ。
 本人曰く、鷹月さんほどではないとか……誰やねん。
 最後の一人、谷本癒子さんと合流し、自己紹介を済ませた後に、発見した。



「なぁ……」
「…………………………」
「なぁって、いつまで怒ってんだよ?」
「…………怒ってなどいない」
「顔が不機嫌そうだぞ?」
「生まれつきだ」



 てな感じで、声をかける男子、
にべも無い女子。
 そんな調子で、一組の男女が仲良く無さそうに食事をつついている。
 いけねえなあ、食事は人生の愉悦の一つだぜー? と口調を変えて皮肉って見る。
 心の中でだけどね。

 女性は凛とした感じだ。
 背筋がぴん、と立っていて武人の印象を受ける。
 髪を後ろで一つに纏めてポニーテールにしており、それがいよいよ侍然とした感じであった。
 スタイルも出るところは出て引っ込む所は引っ込んでいる。

 鍛え上げて絞り込んでいるのかね。
 スキャンしたら理想的な体脂肪率と出た。
 あれだけ体脂肪が胸部にあるのに理想的とは……それ以外は本当に鍛え抜かれているのだろう。アメコミも真っ青かなあ。
 腕を見る限りはそうではないんだけどね。

 これで不機嫌そうにむっつりとしていなければさらに美人が際立つというのに、勿体無いもんだなぁ。

 で、その彼女の隣で何とか彼女の機嫌を取るべく話しかけている彼。

 えー……これがファーストコンタクトですか。

 彼ぞこの学園唯一の学園男子生徒(公式)織斑一夏お兄さんその人である。



「あ、おりむ~だ」
 部屋で聞いた時は何とも思ってなかったが、お兄さんにまで即座に綽名をつける本音さんのコミュニケーション能力は凄いと思う。
 単にマイペースなだけという意見もあるけどね。

 一方、一瞬ビクッとした後目元を吊り上げる簪さん。
 気配が硬化して行ってますよ? なんとも頑なに。
 本当、何したんだろうお兄さん。

 しかし、なんだか緊張しているかもしれない。
 何せ、あっちは知らないとは言え、兄にして我がオリジナルである。
 興味が無いと言えば嘘になる。
 故に、実行するのだ。

 務めて自然に。
 しかし、この学園に来ると決まった時からずっと決めていた事を―――

「あ、お兄さん、お隣良いっすか?」
「ん? あぁ、いいぞ」
 なんだかげんなりしている。
 そりゃこんだけ物珍しそうに注目されりゃあそうもなるか。

 自然にでも何でも良い―――

 たとえ、今は単に血が繋がっているだけの他人なのだとしても―――



―――彼を、『兄』と呼ぶ事を

「お兄さん?」
 お? 目ざとく気付いた。
「いや、特に他意はないよ? 僕の誕生日は三月の末でね。それにこの背丈ナリだし。お兄さんと呼んで差し支え無いかな?」

 心の中で一点だけ、血涙を流しながら言う。
 その、背の辺り……とかな。

「別にいいぞ? ―――ただ俺って末っ子だからさ、ちょっとな」
「あー、弟とか妹とかに憧れあったとか?」
「……あー、そう言うのもあるな」
 何か複雑そうな表情で、お兄さん。
 なんか家族関連で複雑な事情でもあるのか? ……今度親父に聞いてみるとしよう。

「ならばいくらでも僕を弟扱いして堪能するが良い!」
 その裏にある感情が何なのか分からんので、適当に押し切る事にした。
「それを言うなら妹なんじゃ無いか?」
「お兄さんは知らないんだろうさ、上下を姉妹に挟まれる世知辛さがね……」
 ギャクサッツになってから、兄弟が一杯増えましてね?

「いや、だから……えーと、お前女だろ?」
「そう言えばお兄さん、自己紹介がまだだったね、僕の名はソウカ・ギャクサッツ。呼ぶ時はソウカでよろしくなー」
 聞いてねぇ!? それよりまぁ―――おう、よろしくとか言ってるお兄さん。
 後ろで目を丸くしている侍お姉さん。
―――あぁ、こっちは俺のファミリーネームに心当たりがあるみたいだね。

「……俺の事はニュースとかで知ってるかもしれないが、織斑一夏だ……ん? なんだ? ソウカの名前聞いた途端後頭部が痛みだしたんだが……」
「……そこが忘却の秘孔か……」
 話にだけには聞いたことがある。

 お兄さんに悪影響を与えるとしか思えない親父に関する記憶を消すスイッチ。
 ンなもん開発するとは、げに恐ろしきは人体の神秘。千冬お姉さんはどれだけ姉煩悩なんだろうか。

 使われ過ぎた副作用なのか知らないが、ファミリーネームを聞くだけで反応し始めるとは……この際戦慄すべしは千冬お姉さんかはたまた一夏お兄さんか? つぅかこの条件反射はパブロフか。

「なんか言ったか?」
「別に? ただ、これだけは言っておくよ、お兄さん」
「なんだ?」
「僕の脳は男だ」
「―――はぁ?」



 しぃん―――



―――ハズした
 …………あああああああああ!! やっべえ、恥い!? 外したあああああああっ!!
―――現在、俺、サイレントにしてスニーキングに悶え中
 <偽りの仮面>で無表情貫いてますけどね。



「おりむ~もそっくんもすぐ仲良くなったねえ」
「あ、のほほんさんの友達だったのか。ん~、なんだろうな、自分でもわからないけど、初めて会ったのに他人の気がしないと言うかなんと言うか……」
「む……」
 嬉しい事を言ってくれてるお兄さんだが……。
 一方、隣のお姉さんは明らかに機嫌を損ねたようで、眉がキリキリと寄っている。美人が台無しだ。
 ……ん? この単語でこの反応って、まさかまさかのもしやか?

「なん……だと……っ」
 だが、そんなことより、俺にとっては遥かに深刻な、とある単語とセンスが解き放たれたわけで。



 のほほんさん。
 もう一度繰り返そう、本音さんにのほほんさん。



 ば、馬鹿な……。
 まさか、まさかだぞ!?
 苗字か名前のどちらかをもじるのでは無い……それぞれの先頭を抽出して繋ぎ合わせるという一見簡単仕様にして、しかしそうそう思いつかない……だが、何よりも―――彼女のイメージに何よりもそぐうこれ以上無い愛称。

 俺なんかじゃ一生かかっても発想不可なベスト・オブ愛称―――類を見ぬほどの傑作だ。



 負けた。
 完膚無きほどに負けた。
「これが、これが真作と贋作の差だと言うのか!? 兄より優れた弟は居ないと言う事なのかっ―――」
 一人打ちひしがれている俺。
 その肩にぽん、と手を置く慈愛の女神様がお一人。
 さっきもそうだけど、崇めなきゃだめでしょうかね。

「……なんの事か分からないけど、そんな事は無いよっ…………頑張れば弟だって……妹だって……勝てる事はきっとあるからっ……!」
 そこに、それまで沈黙を貫いていた簪さんがそれまでに無い決意のこもった表情で励ましてくれました。

―――と、言うより、私も頑張るから、との決意表明に見える。
 それでも、四つん這いになってorzっていた俺にはまさに光明だった。
「あぁ……簪さん、僕頑張るから!」
「うん……うんっ!」

 しかし。

「でも駄目だ、簪さん。これを聞いてしまったからにはもう、僕は本音さんを『のほほんさん』以外の愛称で呼ぶ事はできない……っ! それ程の傑作なんだ!!」
「そこは……認めなきゃ、でもっ……必ず、きっと必ず―――」

「……えーっと、なにしてんだ?」
「もしもーし、かんちゃんもそっくんも戻って来るんだよー」
 一瞬にして現実回帰。
 お兄さんにえらい凝視されてました。
 なお、本音さん……認めよう、認めようでは無いか……のほほんさんは何やら俺らを突っついていた。

「―――――――――っっっ!!」
 簪さんはギリッと一夏お兄さんを一瞥し、席に戻って食事を再開。
 なお、六人掛けの席なので、一人余る。
 簪さんは自らその一人になって隣の机に座っている。
―――え? わざわざそこから励ましに来てくれたのですかい?
 良い人だなあ、優しさに涙が……あれ、視界がゆがんでるよ?

 あ、あまりに俺らが食べ始めないから一人で戴いていた様だ。
 お兄さんはええ? 俺なんかした? って顔だ。うん、俺もそう思う。

 一夏お兄さんのそばは嫌だったようだが、俺やのほほんさんが一夏お兄さんと合席したせいでその折衷案―――隣の机にいるようだ。
 良い人だけども典型的な、苦労する日本人気質ですね。
 物凄い真っ赤な顔がなんとも可愛い。

「え―――俺が悪いの?」
「よくわからないけど、こう言う時は男が悪いらしいね。IS発表前からさ」
 取り合えず、お兄さんの肩を叩いておいた。

「本音さん……」
「もぐもぐんまんま……ん~、なーにぃ?」
 あ、のほほんさんも勝手に食ってる。
 何気に皆でいただきますは憧れだったのに、簪さんに続いてのほほんさんまでなんてっ……ちょっと悲しかった。

「僕はお兄さん発案の、『のほほんさん』以上の愛称を思いつかないんだ……そう呼ぶことを許してくれは、しませんか?」
「(むぐむぐ)むぅぐむ、むーむぉ~」
「……本音、食べ物を飲まずに喋るのは行儀悪い……」
「はは、飲み込んでからでいいですよ」
「ん~、わあっ―――んぐぅ!?」
「うわぁ!? まさか、なんか喉に詰まったのか!?」
「……み、水!」
「ありがとう、簪さん、んぐっぐ―――ぷはぁ! のほほんさん! 大丈夫!?」
「ソウカさんのじゃ無い!」

 へ?

「んむ――――――!!」
「うわ!? のほほんさん顔色がヤバすぎるぞ」
「はい? ってうわ、本当だあ!!」
「お前ら何をしてる……布仏ぇ―――!!」



 わいわいガヤガヤどんどんパーフー。



「ん―――ごっくん、いいよ~」
「おおおぉぉぉぉ! のほほんさあああああんっ! ごめん! 本当にごめん!」
「おー、そっくん。よーしよーし」
「……不死身……?」
 俺の頭を撫でくり撫でくり―――畜生。
 簪さんはガタガタぶるぶる。

「……訳が分からん」
 侍お姉さん、それは俺もです。



―――さてさて、閑話休題



 食事を再開し始めてから、一夏お兄さんによる、侍お姉さんへの語りかけは続いておりまして。

「あ、この鮭美味いぞ」
 と言ってお兄さんが箸でほぐし始めたのは鮭。
 お兄さんと侍お姉さんはお揃いの和食セット。
 やっぱり実は仲良いのではなかろうか。
 嗜好が合うだけってのは無いと思う。
 そもそも仲良くなければ一緒に食卓には付かないだろうし。

 するとこの態度が説明できないしなあ。
 仕様です……な訳無いし。

 今回といい簪さんと良い、一体何をやったのだろうか?
 単に女性を怒らせる天才……とかだったら嫌だけど。

 そんな一夏お兄さんの健気な提案にお侍姉さんは一貫して無視を決め込んでいる。
 あ、でも箸がすぐに鮭に伸びてる。
 根は素直な人なのかも。



 それを横目で見つつ。
 パンを口に。
―――しゅるんっ、ごっくん
 効果的喫食モードで吸い込む様に食べる俺。

「おおぉぉぉッ? おもしろい~」
「さっきの本音みたいに……危険」

 素直に驚いてパタパタしてるのほほんさんと、なんかちょっとヒキ気味の簪さんだった。

 机越しに忠告してくれる簪さんは優しいなあ。でも、その点は安心してくれ。論理上、俺の頭と同じぐらいのものまでなら一瞬で飲み込めるらしいから。

「平気ですよ、この僕、ソウカは吸引力の無くならないただ一人の喫食者なんで」

「面白ーいぃぃぃッはい! あーん」
「はむ……(しゅるんっ)……まぁぶっちゃけ、酸素は違う所から取り込んでますから喉詰まっても窒息しないし(ボソっ)」
「後で……色々教えて貰うけど」

 のほほんさんに餌付けされつつ、なんか怖いフラグが立つのだった。
 なんだこれ、お兄さんとは全く違うんですけど。



 ……一方。
「なぁ、箒」
「な……名前で呼ぶなっ!」

 ふぅーん、箒さんと言うのか。
 俺は意味もなくダ◯ソンで対抗してた様だ。

 しかし妙だ。
 なんか重要な単語だった気がする。

―――ぽーん
 BBソフトの重要キャラクター・篠ノ之箒が更新されました。

 ……効果音と共になんかメッセージが視界に表示されたんだが……。

 ふむ……篠ノ之さん……ですか。
 あー、なるへそねえ、かの『天災』科学者の妹さんって彼女の事でしたか。
 確かに髪を下ろしてメカウサ耳カチューシャ付けたうえであのキリッとした眼差しを垂れ目にしたらそんな感じですね。
 なんでこんな重要人物が学園に居る事を教えてないんだあのクソ親父。

 そう言えば、お兄さんの方のは更新されんのかね? 今みたいな反応無かったけど。後で見てみよう。



「なら―――篠ノ之さん」
 名前を呼ぶなと言われたのでそう呼んだのだろう。
 しかし、なんやかんやで赤面し、乙女の顔付きだった篠ノ之さんはムスッとした不機嫌そうな顔付きに戻ってしまっている。

 じゃあ、なんて呼びゃあ良いんでしょうかね?

 お兄さんには名前で呼んで欲しいって所だと思うけど。

 お兄さんはそんな機微に気付かないのだろう。ま、俺だって第三者の視点だから分かるんだけど……え、鈍いか?

 困り果てたお兄さんはしばし考え。
「それにしても、女子ってそんな量で済むもんなのか?」

 SOSをこっちに要求してきました。いいね! まかせて欲しい。各種場を和ます話術についてはBBソフトに大量に記載されてるからな!

 はむ。しゅるんっ―――ぱく、しゅるんっ。

「―――ソウカ以外」
「除外されたぁ!?」
「いや、それだけ食いっぷり見せつけられたらなぁ……」

 力になれず……不覚。

 なお、脳の生命維持に関する以外の栄養素は、某国民的青狸型ロボット的に全て儀肢の動力源になるので無駄にはなりません。

「わーい、追加追加~、楽しいな、何なのかなぁ?」
「いくらでも来い、その存在、尽く食い尽くす! あ、でものほほんさんはパン一つで大丈夫なの?」
「お菓子食べるから大丈夫~」
 おいおい。

「「体に悪いって」」

 あ、お兄さんとハモった。
 些細なことだが嬉しいものである。

「む……」
 対してむっとしてしまう篠ノ之お姉さん―――束博士と被るから箒さんと呼ぼう―――は確かに面白くあるまい。
 なんだこのゲームバランス。詰むぞ。

「う、うん、私達は平気かな」
 お兄さんに応えたのは鏡さん。
 全力でこっちから顔を背けているのは非常に気になるけど、頑張って一夏お兄さんをフォローしてくれ。
 しゅるる。あ、これカレーパンだ。
 
「いつもこんなかんじだもんね。でもやっぱり一夏君って男の子だよね、凄い量」
 さらに援護射撃。なお、谷本さんである。彼女もやっぱりこっちを絶対に見ようとしない。

「俺は夜少なめに取るからさ。朝多くしないと後々辛いんだよな」
「その年で体調管理ですか? しっかりしてるなぁ」
「ソウカは……お、牛乳はストローでっ―――てうぉおっ! 一瞬で吸い込んだぞ!?」
「吸引力は以下略だ」
「……いや、俺は前の聞いてないし」
「―――え? そう?」
 そうかぁ、じゃあ、なんて言おう。

「……織斑、私は先に行くぞ」
「あ、ああ……分かった」
 立ち上がる箒さん。あ、僕らばかりお兄さんを構ってたから拗ねてしまった。
 ……失敗だぜおい。

 何せ、残ったのは俺(女性モード)とレディズだ。
 先程から周囲の好奇の視線やら聞こえる密談で居心地悪そうにしてたしな。
 関係ないけどレディズってなんか暴走族のレディースに似てるよね。語源同じだし。



 そこに、大きく手を叩く音が食堂に響き渡る。
 なんじゃらほい? とそっちを見たら……いた。

 あぁ……なるほど。
 これは圧倒的だ。
 何が、と言われれば存在感だ、とかオーラだ、としか言えない。
 前に見た時は、対身内用の顔だったからなぁ。
 しかも、俺はオブジェだったから気付かれていまい。
 職場では、やはり違う。



「いつまで食事をしているつもりだ! 食事は迅速に、かつ効果的に取れ! 遅刻するような事があれば、ここのグラウンドを十周させるからな!!」

 これが漫画なら集中線引かれた上でドォォォン!! とか文字書かれてるだろうなあ、な感じ。
 腕を組み、足は肩幅に開いて仁王立ち。
 まさしく威風堂々の四文字がふさわしい、織斑千冬……お姉さん。上下ブラックジャージ仕様。
 別名、人類史上最強。
 威圧感に、何故か彼女の方の肌、その圧力センサーが誤認データ送ってくるんですが。

 ちなみに、ここのグラウンドは一周五キロ。
 あれはグラウンドって言うより敷地って感じだよな。
 俺が本気で走ればアッと言う間だが、シャレ抜きで人外の速度が出るので却下。
 人間速度に合わせるのは、F1で歩行者に速度を合わせて走るようなものであり、非常に苦痛を伴う……拷問だな。

 お兄さんが見て取れるように食事をかっ込み出した。
 すっごい素直です。調教とも言うかもしれない。
 さて、自分の食事は終わりだ。

 簪さんとのほほんさんが食べ終わるまで待つとしよう。




 

 所変わって本日一時限目。

「はーい皆、授業始めますよー? 浮かれても昨日の誰かみたいに天井に頭ぶつけたりしないようにー」
 榊原先生、いきなり毒吐きますね。

 それからの授業。
 全部分かってしまうが故に真面目に勉強し直している。
 何でかって?
 いや、俺の頭は悪いよ?

 ISてなもんは歴史が浅い。そりゃ当然だ。
 しかし世界に与えた影響はでかすぎる。ありとあらゆる意味で突然変異の異邦因子だ。
 だから、取り扱いどうしたもんだと諸国は頭を悩ませつつも、とりあえず思いついたのを法律として片っ端から詰め込んだ訳だ。
 世界的にはそれを持ち合って、あーでも無いこうでも無いと調整してアラスカ条約ってのが出たもんだが、それでも条項見るに被る所あるわ、さすがに矛盾する所は引っこ抜かれているが、それでも表記の莫大さは正直言って受験生不眠症に追いやる事は間違いない。
 だって、電話帳並みの厚さになったんだぞ、基本項目だけで。
 人間の脳は10Tバイトしか保存できないんだから余計なものは詰め込みたく無いものだよ。まったく。

 で、何故分かってしまうのか。
 ISについて、俺が何だ? と疑問に思った瞬間、勝手にBBソフトが起動して視界にその詳細を移すのだ。

 ばれたら殺されるな、このフルオートカンニングシステム。
 皆の努力を馬鹿にしてるようなものだからなー。
 俺のせいで確実に受験者一人の努力を無駄にしている訳だしね。
 でも受験日前日に命令するのは鬼畜の所行だと思う。なぁ、親父ぃ。
 最終目標はテスト時でも表示されない程に知識を身につける事だ。



 カリカリと、静かに授業が進む。
―――現在の総IS数は467機その中枢たるコアは全て、篠ノ之博士が作成したものであり、しかし以上の制作を彼女は拒絶しています。コアのシステムは完全にブラックボックスであり、その製造技術や、それに関する情報は一切開示されていません。そのため各国、機関、そして企業は振り分けられたコアで―――云々。

 ……実は467個どころじゃないんだよなー……。
 しかし、コアの製造技術を公表しても意味がねえんだよな。
 まず、ISのコアの概念が理解できねえ。そもそも作る設備が作れない。
 それそのものが既にブラックボックス。
 俺、親父に運ばれている最中垣間見た事があるけど、どうやって出来ているのか正直理解できませんでした。

 次に。ISのコアを作る設備を作る機械類が作れない。
 さらに、ISのコアを作る設備を作る機械類の材料、その加工も取得も出来ない。
 あれ、どんな物質で出来てるか。
 スキャンしても分からない。
 いや、親父製のスキャンだからちゃんと結果は出てくるんだよ?
 その、スキャン結果が何なのか俺にはさっぱりなんだよ……。

 止めに、ISのコアを作る設備を作る機械類の材料を……のループが既に途方もない事になっている……。

 現行技術とのかけ離れっぷりがもうとんでもない事になってまあ……凄い事に。
 タキオンとかブラディオンとかが普通に交わされる天才二人の会話に俺は現実逃避しか出来ませんですよもう。

 次に、国家代表について。
 ISは、戦争での使用を禁止されている。
 もはや核兵器と同等だからな。
 抑止力としての活用法が大きくなっていったのだ。

 しかし、ISと大量破壊兵器には大きな差異がある。
 それは、競技用としてクリーンなイメージで民衆に定着している事だ。

 これは狙ってやったのか偶然なのか、ISが女性にしか使用できない所から生まれた所がある。
 ISはシールド防御機構を有しているが故に、無骨な物理装甲を必須としない。
 また、研究などに用いられる為に少ないISから、表舞台へ出て来るISの数がさらに限られる。

 国家の動向を左右する『兵器』を国民に好意的に受け入れさせるには?
 美しく、強い女性をさらに映えさせるようにISの装甲や見た目、形状を収斂させていけばいい。
 申し合わせていないにも関わらず、一斉にその方針を取った国家郡には失笑ものだが、それは成功した。
 所謂、ISパイロットの偶像化だ。
 一番最初のISが全身装甲だったのは、初期型故のエネルギーシールドへの信用度もあるのだろうが、シールドがあるからと言って物理防御が全く無くて良い訳ではないからだ。
 それをわざわざ生身を晒すのだ。それは『見てもらう』以外に理由は無い。

 そして『強い女性』に皆の憧憬は集まる。
 ちらりと聞いた一組での千冬お姉さんへの反応を見ればよく分かると言うものだ。

 そして、憧れた女子達は数の限られたISを駆る権利を得るため、自らを研鑽する。
 夢は厳しいもの程、到達者は洗練される。
 狭き門は、登り詰める少女達をさらに、さらにたくましく育てていく。

 ……そりゃ、一般人に置いても洗練されていくのが女性過多、男性過疎になるもの仕方が無い。
 全てがそうとは言わないけどね。
 ISがたった467個しか無いのにそれに乗れるから、というだけで女性優勢の社会になる訳ではない。
 女性が平均的に自らを研鑽し、男性はそのままだったから置いていかれた。
 優秀な男性はそりゃたくさん居るさ、しかし全体的にはその期待値が変わってしまう。
 自らを高めているうちに、ふ抜けた男が多い事に、失望したのだろう。
 それがきっかけ。
 後は空気が、後々生まれて来る男女にも伝播していく。
 裏で政治家とかが何かしてない訳も無いが、それだけじゃ社会は変わらないものなのだ。



 ISを駆り、空を舞う国家代表。
 その憧れへの目標まで後一歩の者達。
 それが代表候補生だ。

「皆知ってると思うけど、更識さんも代表候補生。日本の未来を背負って立つかもしれないのよね」
「おー」
「そう聞くとすごいよね」
 え? 皆知ってるの?
 
「ギャクサッツさんが天井に突き刺さった後にクラス中に知れ渡ったのよ」
 隣の人が教えてくれました。
 なお、彼女の名前知りません。
 あと、俺は相変わらず天井の人か。

 なんでも、自己紹介中にうっかり榊原先生が漏らしてしまったそうなのだ。
 おいおい、個人情報の保護ちゃんとしてくれ教員。
 そうなると当然。
 俺は年間イベント表を取り出すと隣の子に聞いてみた。

「ってえことは、クラス代表は簪さん?」
「そうそう、満場一致で」
「そりゃあ、そうなるねえ。って事は今月末のクラス代表戦は簪さんかあ」
「あれ? ギャクサッツさん、更識さんの事名前で呼んでるの?」
「ルームメイトでして」
「はあー。なるほど」
 等と会話していたら、イベント表の裏から一枚のパンフレットがするーっ、と抜け出した。
 あ、入校式のとき貰った学園のパンフレットだ。挟まってたようだな。
 学『園』なのに入『校』とはこれいかに?

「おお、懐かしいもの持ってるねえ。どれどれ、あ、生徒会長が載ってる……え?」
「どうしました?」
「これ、生徒会長。前見た時は何とも思わなかったけど」
「どれどれ」

 そこには、IS学園の学園長、第一回モンド・グロッソ優勝の千冬お姉さん、そして生徒会長の顔写真が載っている。
 で、その生徒会長……『更識盾無』……さらしき?

 おー……。
 なんと言うのだろう。
 簪さんから眼鏡をキャストオフしてパッチ当てたみたいな見た目。
 ぶっちゃけそっくり。

「おぉー」
 あ、思ったのがそのまま口に出た。
「はい、そこの二人」

「はい?」
「げ」
 じっくりパンフ見てたら榊原先生に発見された。

「先生の授業中になーに世間話なんてしちゃってるかなー、先生つまんないかなー? そう、つまらないから男が……世界はもう女尊男卑なんだし男なんていっそ―――」
「先生が授業中に暗黒面に落ちかけてるッ!」
「ギャクサッツさんは私を差し置いて男なんかに靡かないわよねぇ……」
 にじり寄って来た。

「ぎゃあああ―――ッ! なんかさらに黒化したあああっ!! 大丈夫ですそれだけは誓いますっ! 大魔王様に誓って誓いますっ!」
 やば、なんかか前髪が心無しか伸びたような気がして顔の上半分が隠れているっ! 覗いてる目がとってもホラーチックだよ……。
 うん、誓いに関しちゃ大丈夫だ、それは余裕で誓える。俺男だし。そりゃ無いし。

「ギャクサッツさん、早まっちゃだめええええ! この年で行き遅れ確定になるのはっ!」
「それより誓ってるのが大魔王なのは何で!?」
「い、行き遅……ッ■■■――――――ッ!!!」
「榊原先生が狂化したあああああああっ!!」
「押さえて、皆押さえてええぇぇぇ!?」
 ……なんだろうね、この阿鼻叫喚。






―――十分後
「はぁ、はぁ、内のクラスに青森出身の子がいて助かったわ」
「よりよってイタコ? さらに喚んでちゃ激化するわっ!?」
「でも収まったわね」

「……うわー」
 昨日の皆の自己紹介聞いときゃ良かった。イタコなんてマジ聞きたかったよ。
 生首対イタコ。うーん、昭和の映画か。
 ……すっげえ見たい。
 ちなみに俺、昭和と平成初期の怪獣映画は大好きです。
 『目』が出来て、初めて見た映画だしね。



「―――で、二人は何の話していたの?」
 榊原先生、何事も無かったように復帰したよ!?

「いえ、授業ともあながちずれた事は言ってないですよ?」
 隣の子はパンフレットを差し出す。

「ほら、ここのパンフレット。生徒会長って更識さんのお姉さんでしょ?」
「――――――っ!!」
 え?
 簪さんが思わず息を飲むのを聴覚センサーが捉えてしまった。
 まさに朝、俺が飛び回ったときのように。
 それは悲鳴にも聞こえ。

「すごーいっ、姉妹揃って専用機持ちなの! こりゃクラス代表戦は貰ったも同然ね」
「ねえ、ねえ、やっぱりお姉さんと同じで強いんだよね! 今度ISの操縦教えて!」
「どんなISなの? 今度見せてね!」

「……出来てない」
「え? 今なんて言ったの? 更識さん」
「専用機、出来てないの! だから、代表戦は……打鉄でしか……ッ」
「えー、そうなのー?」
「なんだー、がっかりしたー」
「やっぱお姉さんが生徒会長でもそう言うのは無いかー」
「…………ッ!」

 あーあー、そう言う言い方は……悪気は無いんだろうけどなあ……。
 簪さん、俯いちゃってて泣きそうになってるよ。

「まぁまぁ、そりゃつまり皆でクラスの顔たるISを作って行けるって事だから良いではないかね」
「……え?」

 朝いろいろ助けられたのでお返しです。
 ……それに。
 ルームメイトの精神安定も出来ず、千冬お姉さんの手伝いなんて出来ませんからねえ。

「でも、ISの組立てなんて私達じゃ出来ないわよ?」
「まあまあ、そこに先生もいるじゃないか」
「丸投げしたわね、ギャクサッツさん」
「あはははは…………」
「そもそも授業中に私語したのは確かなんだしね。これが織斑先生なら出席簿が脳天に炸裂するわよ」
 ……それ、死人が出来るんじゃなかろうか。
 あの人、片手で生物兵器ぶん投げるし。
 榊原先生はぱんぱん、と手を打って。
「はいはい、授業に戻るわよ。あとギャクサッツさんに深山さんは罰として、二人で今週一週間、4組が担当する所の掃除ねー」
「「地味に刑が重い!!」」
 あと、隣の人は深山さんというのか。今更だが覚えとこう。





 放課後になる。
 掃除は終わった。なんで六カ所もあるんだよ……。
 まあ、深山さんと分けたけどさ。
 屋上で一人、俺は今日一日得た情報を纏めてみる事にした。

 とりあえず箇条書きで。

・ルームメイトは更識(授業前に聞いた)簪さん。

・布仏さんは更識家の使用人の家系であり、簪さんお付きの使用人である。

・少なくとも俺のボディが人工体である事がばれている。

・この後、ある程度の情報提供。出来れば協力関係に持っていきたい。

・篠ノ之博士の妹さん事、箒さんが一夏お兄さんと同じクラス。恐らく要人は最強である千冬お姉さんの掌握下に置いている……しっかし、別クラスなので俺の存在理由が希薄に。

・素人目に見ても箒さんはお兄さんに好意を抱いている。二歳でも分かるってどんだけ?

・朝食い過ぎた。なんか腹重い。変だなあ、超高速消化の筈なのに。

・簪さんは日本の代表候補生だそうだ。

・姉は生徒会長、確かロシア代表。BBソフトで要調査。

・榊原先生に男の話はタブー。

・隣の人の名は深山鍾馗(みやましょうき)さん。緑色とか茶色とかが似合いそうな名前だ。



 こんな所か。
 さて、部屋に戻るとしよう。
 何処から切り出すかね? 



「へい姉ちゃん! ただいまだぜ!」
「……なに、そのテンション」
「…………すぴー……」
「お? のほほんさんも来てるの? でも寝てるし」

「じゃあ、約束通り……」
「早速話すかい?」
「お茶ぐらいは用意する」
「んじゃ、僕は盗聴に対応するよ」
 センサーを部屋全域に拡散。



「…………はぁ」
「うわーい……」
 スキャンかけてみたら、出るわ出るわ。
 昨日は無かったし、今朝も一応部屋を出る前にかけた。
 起きた後は精神的余裕が無かったからなあ。
 万一盗聴されていたら逆探しなければならなかったしな。
 ん? 当然口封じの為ですよ。

「仕掛けられたのは、授業中ってことかなー」
「……どうするの?」
「食う」
「…………それ、向こうが聞き取ったらどうなるんだろう……」
 しゅるん。ベギボギバギボギっ!!
 瞬時に咀嚼器によって粉砕され、自己修復用素材の方へ量子化、貯蓄しておく。

「さらに、と」
 壁にぺとぺとダーツの矢のようなオブジェを突き立てる。
「それは?」
「情報隠蔽の何かとしか。親父の発明ってよく分からんのよ。使い方分かれば良いけど、仕組み考えてたら日が暮れる。兎に角、隣で耳をそばだてても、集音装置使っても何も聞き取れなくなるし、ISのハイパーセンサーだろうが見通せなくなる。これで、何をしても僕の秘密が漏れる事はない訳だ」
「……ッ、何をする気」
「―――え? 話じゃないの?」
「…………え?」

 何やら互いの認識に齟齬が生じているようです。

「……よかった……何をされるのかって……」
「いや、そりゃ言いふらされるならこっちも考えますよ? でもルームメイトをどうこうすると、今後の学園生活に後を引く事になりますからねえ」
 簪さんそのものをしゅるんっ。ごっくんなんて後味が悪過ぎる。

「……それは安心して、私も本音も言いふらしたりはしない」
「―――ま、言いふらしてもそもそも信じられるかは別問題ですがねえ。ところでさっきの盗聴器ってそちらの方を狙ってのものなのかな?」
「多分、私の姉」
「会長さんですか……」

―――は?

「犯人が姉え!?」

 うーん、会長像がいまいち分からんくなって来た。
 監視? 姉馬鹿? どっちですかね。
 仲が悪いのか。それとも、溺愛過剰なのか。それすら分からんのに判断は出来ないもんで。

「…………」
 どうも、これ以上彼女が口を開く事はなさそうだ。のほほんさんに聞いてみるしかないが、案外こういう事に対してはしっかりして居るので、望みは薄いなあ。

 とりあえず部屋をロック。これでノック無しに侵入者―――は無くなるだろう。
 <偽りの仮面>を解除、俺は自分のベッドに腰掛けた。

「―――さて、何から話す?」






「私なりに、あれを調べてみた…………今朝見た、あなたの体も鑑みてみると―――」
 まずは私の推測を聞いて欲しい。
 簪さんはそう言った。
 そこで簪さんは一旦区切る。

「ソウカさんの体はIS。信じられないけど、そうとしか説明できない」

「どうして、そう思ったんだ?」
 楽しみながら彼女の推測を聞く俺。

「あなたの体には、大きな関節ごとにPICが内蔵されていた。その―――あり得ないぐらいサイズが小型化されていたけど、間違いない。他にもエネルギーラインや量子コンピューター、装備の量子変換還元装置……挙げればきりが無い。あなたの体は、ISが備えているもの、それを全て持ち合わせている。それは、逆にいえば、ISでなければ搭載出来ない、いや、搭載した所でバラストぐらいにしか役立たないものを持っていたから」

 …………おぉ。
 流石、としか言いようが無い。
 ……まさか、俺のパーツを学生の身分でISの物だと見抜けるとは。

 Dr.ゲボックの脳には、妥協や常識と言った二文字は無い。
 何故なら製造中であっても彼の技術は向上し続けるからだ。

 現在ならば、一抱え程のサイズのシステムを用意にチップにしてしまう。真空管演算機とLSI程の格差がある。
 それを、見抜けるとは。
 技術に対する見識に於いて彼女はそれなりの自信があるのだろう。
 今の言動、一切途切れることが無かった。
 出会ったばかりの俺が分かるのだ。
 普段の喋りを良く見ている者なら、尚更その差は顕著に映ると思う。
 それに、敬意を評する。
 これだけの人なら、協力してもらえたら嬉しいし。

「其処までバレてるならしゃーねえか、その通り、俺の体はISそのものだ」
「でも、あり得ない! あんな……あんなのって……!!」

 それまでこ冷静さをいきなり振り払い、簪さんは大声を張り上げた。

「言いたいのは技術レベルが違い過ぎるって事? それとも―――」
 言って、自分の頭をコンコン、と突つく。
「俺と言う―――『人間』への取り扱いについてかい?」
「両方……!! 人間を、脳を直接ISに組み込むなんて―――っ」
 優しい、子だね。

「ふう、ちょっとだけ誤解があるみたいだから言っておくよ」
 だから、ちったぁ安心させてあげねえと。

「常時稼動式全身義肢型IS・可変機能搭載仕様、開発コード未胎児胚『エンブリオ』それが、この機体の名称だ。そう、義肢なんだ。俺はね、この体になる前は、もう脳髄これしか無かったんだよ」
「え……」
「俺の自己紹介、覚えてるよね」
「…………うん」
「俺には、何も無かったんだよ、普通の人なら持っているモノ全てがね……今の俺はね、何でもできるんだ、簪さんと会話する事も、一緒に食事を摂る事も。日々が感動で満ちていて堪らない―――そうだ、今度は一緒にいただきますをしよう、きっとそれは、素晴らしい事なんだから」
「……うん、分かった。良いよ、そうしよう」
 やっぱり優しい人である。

 彼女の眦には輝くものが―――
 あ、やっば。
 俺の境遇知って泣いた人なんて今まで一人も居なかったからなぁ……。
 泣くなんて考えてなかったわ……はっはっは、このマッド共めぇ。

「でだ、俺の機体スペック、実はISという兵器としてはそんなに優れてなかったりする」
「嘘!?」
「いや、本当なんだよな。せいぜい第二世代の量産機程度。ガチでやりあって打鉄と互角ってレベルかねぇ」

「でも……そのサイズでそれだけのスペックが出せるなんて」
「いや、まぁそうなんだけどな? そもそも常時稼働ってのがコンセプトだからエネルギー効率に性能を振り切ってるんだよ。そのため、『エンブリオ』には、ある意味俺の専用機であるにも関わらず、待機状態ってものが無い。なった所で脳クラゲが強化プラスチックの中に入ったまま路面を転がる事来なっちまうしな」
「笑えないよ」
「あぁ、とてもじゃねえが笑えねえな」
 と、言いつつ俺は笑っていた。

 なんとかおかしくなった空気を戻したとおもったら。

「ね~ね~、どうしてそっくんはおりむ~そっくりなの?」

 その様子をじっくり観察されていた。

「…………本音?」
「…………のほほんさん? 起きてたの?」
「えっとね。途中からだよ? ぐっすりねむねむだったけど、声が聞こえて目がパッチリに~」
「えーと、どのぐらいから?」
「ん~とね、え~とね、『さて、何から話す?』ってとこからー」
「―――ってェ! 殆ど最初からだァああああぁぁッ!?」
 ◯金体験の時から思ってたけど、のほほんさんは底知れない。



 うっわー。それにしても恥ずかしい。話すと思った相手以外に言葉が届いてるのはものすごく恥ずかしい。
 具体的には、道を歩いていて、考えた必殺技名をボソッと呟いた時にすぐ隣を人が歩いていた事に気づいた時ぐらい恥ずかしぃ!!

「ね~ね~、なんで?」
「うん、まぁ、特に深い意味は無えぞ? 親父―――あぁ、俺の体作った人な、とさ、織斑先生って小学校上がる前からの幼馴染なんだよ、で、俺の体作る時に、織斑先生が忘れてった三年前の彼の写真をモデルに俺を作ったわけ。だから似てるのは当然って奴だよ」

 一つだけ嘘を吐いた。
 俺が、お兄さんのクローンであるから、という事が少なからず掛かっているという事を。
 親父は話していないが、全く関係ないという事はあるまい。

 そうで無ければ、わざわざ<偽りの仮面>を搭載なんてあの親父がするわけが無い。

 あぁ見えて、本当に余計な事はしない親父殿である。
 …………。
 しない、よな。

 なんか、やっぱり信用出来なくなってきた。
 自分の言葉がこんなに信じられなくなったのは久しぶりだ。



「ふ~ん、じゃあ、もう一つ!」
「なんですかい、のほほんさん」
「そっくんは女の子? それとも男の子?」
「……本音、ISは」
「でも、おりむ~がいるよ」
「あっ―――」
「のほほんさん鋭いね。今日、お兄さんにも言っていただろう、と言うかのほほんさん、俺の事君付けだから、初めからばれてるかと思ったよ、そう。俺の脳は男だ……本日二度目だな。いっその事決めゼリフにしようかね……で、分かってたの?」
「にひひ~、どうでしょう」

 む、むむむぅ―――。
 侮れん……。

「ん? かんちゃんどうしたの?」
「私、服脱がされた……」
「そのまま寝かせたら制服にシワつくよね」
「そっくんてえっちだ~」
「うええ!?」
 なんで!?

「そもそも……男女七歳にして席同じゅうせず……っ」
「その点は安心してくれ、俺ニ歳」
「にーさーいー?」
「…………え? えええええええええええええええ???」



「でもー? そっくん私のパンツじーっと見てたよ?」
「ぶっふぅッ!!」
 当たり前だけどばれてたあ!

「本音だけ……」
「え? 簪さん、えぇ?」

「やっぱり、私って魅力無いのかなあ……胸だって本音より……」
「ちょー、ちょー、ストップ! ストォォォオオオオップ! 榊原先生みたいになってるぅ!」
「かんちゃん泣かしたー、お嬢様ぁ、ろうぜきものをせいばいせいばい~」

「ぬぉぉおっ―――のほほんさんスパナ持ち出さないでー!!」



 がごすっ!



「痛っっってえええぇぇぇ……」
「そっくんと言い、おりむ~と言い、男の子はデリカシーがなさすぎるよ? それにそっくんはムッツリだし~」
「ぐはぁ!」

 そげな事言わないで下さい。

「…………てくれたら許す」
「え? 簪さん、なんて言ったの?」
「……させてくれたら……許す」
「へ?」
 小さすぎてハイパーセンサーでも聞き取れんのですが。
「組み立てさせてくれたら許すって……言ったの!」
 それで手打ちって……。
 俺の目に狂いは無かった―――親父と同じ研究者タイプだ……。



「……本気?」
「……うん」
 聞くまでも無かった。目がマジです。
 ものすっごく怖いんですが。

「俺の場合、背と腹は代えられるけど、仕方が無い、それでお願いします」
「うん!」
 ああ、なんて満面の笑顔……。
 ぎゃあああああっ、工具持ってにじりよらないでええええっ!
 観念したのは、それからたったの三分後だったという……。



 お腹を開けて。
 さあ、朝入れられなかった各種パーツを……。

 ごろん。
 擬音を付けるならそんな感じで。
 小麦色の塊が腹の中から出て来た。

「……なんだこれ」
 今までパーツが収まってた所に代わりに詰め込まれてたんだが。
 なんか、腹が重かったのって、これのせいだったのか?

「……固い」
 工具で簪さんが小突くと、金属音。
 いや、本当、何これ。

「んー、くんくん~、良い匂い」
「マジで!?」
 のほほんさんが匂いを嗅ぎ出した。

「ちょいスキャン掛けて見るわ」
 ・
 ・・
 ……。

「―――待てコラ」
 出て来たスキャン結果に思わず柄が悪くなる。

「……どうしたの?」
 俺はおもむろに、これから簪さんが取り付ける予定のパーツを一つ、持ち上げて。

「この、まだ俺に取り付けられてないこれね」
「う……うん……」
 俺の妙な迫力に工具だけは手から離さず息を呑む簪さん。

「―――消化機(誤字じゃ無い)なんだよね……」
「…………え?」
「気付かなかった俺も相当だが……つまり、これ、俺が今日食ったものの超圧縮体」
 食ったもの全てが消化されずに腹に押し込められ、そのうち、その圧力でできた物体Xだ。
「おおおお~、凄い~」

 俺の体って……。
 よく壊れなかったなぁ。
「ペレットみたい……」
 ペレット―――鳥類などが消化出来ないものを固めて吐き出したもの―――

「全く栄養になってないけどね」
「うん……」
「パンの香りが美味しそう~」

 カチン。

「うぅぅぅう~硬いぃ~っ!」
「躊躇無しで食べにいったしッ!」
「……齧ったら駄目っ!?」
「そうだぞ? 一応俺の腹に入ってたんだしな。いや、でもなんでこんなに硬いんだよ」
 努力マ◯の豆腐製鉄下駄か。

「なんでだろうね……」
「でも良い匂い~」
「芳香剤として使うにも腹減るしなあ」
「なんか……サスペンスで凶器に使われそう……」

 その晩、妙な空気で俺を組み立てて行く俺たちだったという。






 それから三日ぐらいしたある日。



「ロケットアームゥッ!!」
「ロケットパンチじゃねえのか!?」
「だってこれは肩から外れた腕そのものだからね、パンチは肘から先、手首迄の何処かを切除、射出したものだと言うのが僕のポリシーなんだよ!」
「本体が無いのにパンチのポリシーもなんも無いだろ」
「あー、まあねえ」
 実は僕が本体です、とは言えない。
 偽装用ナノマシンで両腕を生やしている様に見せている俺としては。
 空っぽの筒みたいな腕ですが。

 茶が掛かったISが空を駆ける。
 頭上から振り下ろされた『腕』そのものを紙一重で交わし、茶色の機体は剣を振るう。
 振り向きざまに『腕』は切り払われるか? という刹那。
 もう一本の腕が回り込み、指先から放たれた熱線が降り注ぐ。

 それを肩部のシールドとブレードで受けながら、射軸から脱出する。

「やるね!」
「ソウカこそ、無人機の遠隔操作が上手いな! なんで腕型なのか知らんけどなっ!」
「そこはあえてツッコまないでくれ……」


 俺とお兄さんはアリーナでバトっていた。


 正しくは、『俺の首から下を可変させ、ISとしたものを装備』したお兄さんに、『PICで戦闘機の様に用いている両腕』で模擬戦、というかなり自己完結なバトルだった。

 良いんですよ、胴体の方の操作は一応お兄さんがやってますから。



 どうしてまた、こんな事になったのか。
 説明するには、三十分前の出来事を話す必要がある。



「う、うぐぐぐ……」
 なんだありゃ。
 廊下でうねっている芋虫を発見した。

「あ、そこでくたばってるのはもしかしてお兄さんかね?」
 見覚えがあるので声をかけてみるとドンピシャだった。
 まー、お兄さん以外は用務員さんしか男性を確認して無いから確実なんだけどね。

「そ、ソウカか……応える余裕があんまり無いんでな……勘弁してぐぉ!?」
 側にしゃがみ込んでツンツン突つくとその度に蠢く。
 ……うわ、何これ面白い。

「うぐぉ!? 止めろって、そこ痣になってて……待て、そこは筋肉つぅううおッ!?」

 おぉ、面白い。
 なんでもここ数日、鍛え直してくれると豪語した箒さんにしこたましごかれているようです。

 その苛烈さはお兄さんをみれば一目瞭然。
 流石は全国制覇の剣道家少女。
 なんで知ってるかって?
 キャラクター情報の更新で載ってた。
 やたらと私情がこもってたなあ。
 可愛い可愛いの連呼でした。
―――なお、この項目は特別に謎の天才美女T.Sさんによって編集されています……。
 ………………頼むから、誰もツッコまないでくれ。

 箒さん、役に立てると思って張り切ってんだろうなあ、と思ったら何やら違うようで。

 かつて同門であったお兄さんの腕を見たら、あまりの弱体化に色々奮起してしまったようだ。

「◯空にリベンジする為にやって来たベジ◯タが、ヤムチ◯並みに弱体化したそれを見た時のようなショックだったんだよ」
「絶対なんか違うよな、その絶望感は救いがなさ過ぎるし!?」

「そもそも、どうしてそんな事になったのさ」
「いや、実はな―――」

 喧々諤々うんたらかんたら……。

「……お兄さん、あんた阿呆だろ、僕でさえもっと後先考えた方がいいと思うぞ」
 なんでも、クラス代表の選出のとき、あまりに男やら日本やらを侮蔑した英国代表候補生、オルコットさんに思わず喧嘩を売ってしまったとか。

「は、そこで引いたら男じゃ無えだろ」
「まぁねぇ。先の言葉に反するようだけどさ、僕は同意するよ。素直に言わせてもらおう、格好良いじゃねえか」
「止めろよ、なんかこっ恥ずかしい」
 そうかね? 今時そんな男気溢れる奴はそうそう居ないと思うがね。

「でもキッツいぞ? オリンピックの出場を選考されてる人にスポーツで勝負するようなもんだし」
「それで箒に教えてもらえるよう頼んだんだが……」

「その結果が、まずは生身の戦闘能力を見ようとして、ベジー……」
「そのネタはもう良い」
 えー、せっかく面白いと思ったのに。
 二番煎じは駄目か。案外お笑いには煩いのだろうか。

「オッケー。ま、これでも飲みなよ」
 気を取り直して量子から還元した栄養剤を渡す。
 ISって本当便利だねえ。

「お、どうもな―――な、なんだこれ? みるみる疲れが取れて……体も前より軽い!? なんか変なモノ入ってないよな? 怖っ!! 全部飲んじまった!?」
「さあ? ゲボック印の発明品だからね、百人中七人ぐらい寿命が二時間程縮むかもしれない」
「実証しにくいなそれ……」
「それで全快したお兄さんや」
「どうした?」
「IS―――乗ってみるかい?」







「じゃじゃーん! これが日本のマイナー機、第二世代IS、通称『茶釜』だ!」

 お兄さんの前に鎮座して居るのは全体的に茶掛かった、地味目なカラーのISだった。
 全体的には、IS学園でも練習機として多く活躍して居る『打鉄』に似ているが、それより装甲がかなり少ない。

 鉄骨で体を覆って居るという感じで、ISに付けられた強化外骨格という名称で呼ぶのにより相応しい見た目だったりする。
 対し、膝から下や肩部のシールド状非固定浮遊部位(アンロックユニット)は丸みを帯びて膨らんでおり、なんつうか―――全体的な印象が埴輪とか土偶とかそんな感じ。

「うわ、本当に出て来たっ! ……ん? でも日本の量産機って『打鉄』じゃ無かったか?」
「だから初めに言っただろう? マイナーだってな!」
 嘘です。

「へー、ソウカって詳しいんだな。でも良いのか? アリーナとか訓練機とか勝手に使って」
「フッ……そこは蛇の道は蛇に聞けってなぁ」
 俺らの部屋にも使った謎の情報隠蔽装置である。
 認識阻害効果もあり、人の接近リスクも激減する。


「今までにない邪悪な表情してるじゃねえかっ! 全然安心出来んわ!?」
「ケッケッケ、大船に乗ったつもりで安心するんだなあ」
「……その船、乗員が一人残らず海賊だとかそういう奴なんだろ! 絶対そうだろ!」

 とかワイワイ騒ぐ俺ら。
 栄養剤が効きすぎたんかねえ。

 ハイテンションのまま偽名IS、『茶釜』を装備するお兄さん。
 名前については、咄嗟にこれなんて言うんだ? と聞かれたので、あー、色が茶色っぽいから、茶ー、茶ー、えと、じゃあ茶釜でって命名されたのである。

―――はっはっは。俺の首から下がね

 でも本当にネーミングセンスの無い俺。
 茶釜だなんて、聞いても『分福茶釜』ぐらいしか思いつかねぇ。

 お兄さんが『茶釜』をじっと見て居る。
「お兄さん? どうしたのさ」
「いや、なんか、茶釜、茶釜、うん。分福茶釜か―――って思……どうした?」
「お兄さんとは仲良くなれそうな気がするよ」
「泣いてる!?」
 哀、涙です。センス的に。



 さて、『茶釜』の事を説明しよう。
 俺の首から下のフレームから<偽りの仮面>のスキン用ナノマシンを引っぺがしたもの。
 乱暴に言ってしまえばそれだけの代物である。

 残った骨格に、予備として量子化していた『打鉄』のパーツをおざなりに取り付けて即席IS『茶釜』のでき上がり。

 ちなみに俺は首だけになってPICで浮遊。首からは骨格フレームを包んでいたナノマシンでがらんどうの肉体を作って吊り下げることでショッキングな光景を晒さずにいる。

「やっぱり、凄いもんだよな」
 今、お兄さんは周囲全てを睥睨できる視点を得ているはずだ。

 そこから得られる万能感、優越感は並のモノではない。
 そして今現在、この感覚を得ている男子は世界中探したとしても、アリーナにいる二人だけなのだ。
 なんとも贅沢な話である。



「んじゃー、実戦訓練いきますよー」
「え?」
「実戦はどんなものより優れた訓練になるって言うらしいからね」
「おい……どういう……」

 キーン、と風切り音。

「死ねやあああああぁぁぁ! フライング・ラリアットォオオオオオオ!!」
「どぉうわああああああっ!!」

 死角から突如飛来する『腕』。お兄さんの首を刈り獲ろうと飛来する。
 肘をやや曲げているのでブーメランっぽい。
 お兄さんは悲鳴こそあげるが、知覚から反射的な回避への移行が流石に早い。

「腕の形をした無人機?」
 飛んで来た俺の腕を見て単体であるがゆえの珍妙さに、首を傾げるお兄さんは正直ギャグっぽいが、その実やってる事は舐められない。
 ブリュンヒルデの弟は伊達じゃ無いと言う事か。才能は流石の折り紙付きだ。
 ……別に自画自賛は含まれてないのであしからず。



「ちぃっ―――流石だな!!」
「舌打ちした!?」
「だが甘い!!」
 腕は一本じゃ無いのだ!!

 お兄さんの頭上に配置した逆の腕。
 親指人差し指中指を摘まむ様に固めてお兄さんに向け、エネルギーを収束。

 ズバリ指からブラスター!
 現在名前募集中だ!!

「ビーム!? 危ねえなっ! お前本気でやってるだろ!」
「ふははははっ! 騙される方が悪いのだ!」
「なんだとっ、クソ、武器もねえのに」
「あ、それなら検索かければ出るよ? 今は織斑先生と同じでブレードぐらいしか無いけど」
「あ、本当だ。ありがとな―――それだけあれば十分だ! お前の性根諸共、そのホラーちっくな腕擬きを叩き落としてやる!!」
 やや膨らんでいる脛が横に開き、何も無かったそこからベキベキと音を立ててブレードが形成されて行く。
 俺の可変フレームは必要に合わせてナノマシン配列を変換し、各種デバイスを形成するのだ。
 何でも、親父の友達が状況に応じて切り替える展開装甲を作ってるのを見たので、別アプローチ方向での試作品として作ったとか。
 データはそっちに還元されるらしい。
 これで試作品か、末恐ろしい。

 お兄さんは出来上がったブレードを引き抜き、正眼に構えた。
 一刀両断の腹づもりらしい。
 こちらも、自分の両腕を、そうそうやらせる気は無い。
 俺が遠隔操作してお兄さんを狙っているのは、お兄さんが搭乗して居るIS同様、偽装用ナノマシンを引き剥がした俺の腕である。
 内蔵されて居るハイパーセンサーをリンクさせ、遠隔操作しているのだ。
 正直、たった二本なのに思考が一杯一杯だ。俺本体はほとんど動いて居ない。
 まあ、一風変わった訓練機を遠隔操作していると言っているので、武装もしてない俺が狙われる事は無いが。
 ちなみに、お兄さんが両腕に装備しているのはそのまんま、『打鉄』のものだったりするので、茶色じゃ無かったりする。
 同性の俺からみても格好いい。
 うむ、箒さんみたいな美人にモテる男は何着ても映えるという証明だ。



「いえいえ、どういたしまして―――モドキじゃなくてちゃんと『腕』だっての! やれるものならやって見ろ! ……ん? なんか会話の流れおかしくない?」
「……そういえば……」
 二人して何かがおかしいのがわかるのだが、何がおかしいのか分からない。

「……ま、良いか」
「あぁ、考えてもしょうがないしな」

 よし。

「「行くぞ、覚悟しろォォォアアアアアァァァァァ!!」」



―――と言う経緯があったからである



 それから一時間後。

「ちょっと……はしゃぎ過ぎたな……」
「そう言えば、箒との練習の後だったしな……」

 アリーナでぶっ倒れている俺等二人。
 『茶釜』(笑)は、首から下に戻っている。
 幸い、お兄さんは疲れきっていたので、女だけに力仕事はさせられないというのを振り払って、『茶釜』を担いで逃げる様に持ち去り、物陰で合体。

 お陰で、俺はちっこい怪力キャラとして定着―――今チビっつったの誰だゴラァ!!

「ソウカのお陰で助かったな。ISの体感もだいぶ掴めた」
「そいつは良か……たわ、ふぅ」
「大丈夫か? 顔色悪いぞ? やっぱり片付け手伝った方が良かっただろ」
「いや、それとは別口でね」

 単なる俺の考え無しのせいである。
 俺の攻撃が『茶釜』に当たろうが、お兄さんの斬撃が腕に当たろうが、どっちも俺の体なわけで。

 どっちの攻撃が当たってもダメージを食ってるのは俺……あれ?

 地味に苦しい自業自得だった。
 それを除いても調整の問題なのかまだ調子が悪いし。



「んじゃ帰りましょうか」
「そうだな、部屋の箒もそろそろ心配するだろうし」
 ちょい待ち、いま聞き捨てならん事言ってなかったか?

「えぇ!? まさか箒さんと同室なんですか……えと、色々言われませんか? その―――男女ですし」
 二歳の俺ですら色々言われたと言うのに。

「そりゃあ、そうだけどな、木刀で刺し殺されかけたし。ま、あれだ。気心知れた幼馴染だからじゃないか?」
「……刺し殺すって……多分、お兄さんは箒さんの思春期特有の葛藤とか、覚悟とか全く気づいてないんだろうなあ」
「……ん? ソウカ何か言ったか?」
「いや別に」
 言うても分かるまい。

「そしたら、また明日ねお兄さん。良い夜を。見つからない様に帰るのだよ」
 通風口の柵を引き外す俺。
 ここ数日の密かな楽しみは、IS学園の通風口を踏破すべくマッピングする事である。
 このアリーナの隙を見つけたのも、この散策のお陰である。
 俺のこ……こ、小柄な身では十分潜り込めるんでね。
 あれ? 進めない。
 よくみれば、何とも神妙な面持ちで足を掴んでいるお兄さん」

「……待て、モグラかお前は」
「身体的特徴を活かした裏道活用法といって欲しいのだけど 」
「あぁ、ちい―――へぶぅ!」
「誰がチビだゴルァッ!」
 咄嗟に振り上げた踵が鼻を打ち据えたらしい。
 その間に通風口に潜り込む俺。

「いづつつ……、なんでわざわざそっち行くんだよ」
「結構先生が巡回してて見つかりやすいんだよね」
 その点、この経路なら見つかりにくい。
 たまに気配感じてるとしか思えない人もいるけどな。

「……んじゃ俺は?」
「頑張って部屋に戻るんだス○ーク」
「誰が○ネークだよ!?」
 待てコラー! というお兄さんを後に通風口の柵をクローズ、部屋まで戻る俺だった。



 ガチャンと通風口を開け。
「やっほー」
 ぬぅ、と降りてくる俺。

「…………わきゃああああァァァァァッ!」

「ただいまー、おぉ、この快感、病み付きになるかもしれん……あ、また盗聴器」
 天井下りよろしく天井の通風口を開いて上半身だけぶら下げる俺。
 悲鳴をあげる簪さんを見つつ、思うのだった。
 やっぱり俺の天職は、お化け屋敷のお化け役だな、と。


―――余談だが
「よう、ソウカ……」
 翌日、何かビキビキ全身を鳴らしているお兄さんを発見。

「あー、やっぱりあの栄養剤は後回しにする奴か」
「確信してたが、原因はアレか……っあのな、言いたい事はそれだけかっ……」
「まぁ、はしゃぎたいのは分かるけどね、と言うわけで、突ついてみよう」
「やめ、おいっ―――はぐぉッ」
「一人で呻いてもあれだと思うよ。まだやってないし。そいや」
「やめ―――うぐぉおおおっ!」



 そんなこんなで数日経ちました。
 今日、お兄さんとオルコットさんの、クラス代表をかけた試合があるその日だったりするのです。

 方や英国の代表候補生にして、実験機とは言え最新鋭の第三世代。

 対するは、世界で唯一ISを起動出来るお兄さん。
 なお、機体はお兄さんの身体反応をデータ取りするためという名目こそあるが、絶対裏で相当の手を加えられている代物。

 裏の事こそ知られてはいないが、見ないと言う道理は無い。

―――筈なのだが、簪さんは整備室に引きこもってしまった。
 未完成の『打鉄弍式』に取り掛かると言う。
 初めてそのネームを聞いた時はちょっと興奮した。
 だって、弍式って事は、つまりMark.2って事なんだぞ!

 興奮事項は置いといて、いずれ、お兄さんへの確執の理由を話して欲しいと……いや、秘密を持っているのはお互いか。

 サア――――――



―――さて、現実逃避はこのぐらいにしなければなりませんな

 どう言うわけか機能停止。
 今の俺は壁に寄り掛かって動けない。
 ここんところ何か調子が妙だったからなあ。
 単に調整バランスが悪いとかそういうのではなくて。

 酸素濃度、老廃物排除のための体液循環、ともに異常は無いが……このままここに放置されているとまずいかもな。

 ここは物資搬入のハンガーだ。
 ギリギリまでやって来なかったお兄さんのISを一目見ようとして突如機能不全。一体なにがあったのか。

 サア…………。

 さて、どうしたものか……。
 ISの開放回線での呼びかけはアウト。
 こんなISだらけの所で発したら誰が受信しているか分からない。

 サア――――――

 では、個人間秘匿通信?
 ……あ、簪さんのISにアクセスした事ねえ。
 完成してないと言っていつも見せてもらえないのですよ。

 まずいなあ……。

 しばらく、悩んでいたせいだろうか。

 サア―――……。

 それにようやく気付いたのは一体いつの事だろうか。
 ずっと前から聞こえていた、打ち寄せては引く潮騒に。
 見回せば景色も変わっている。

 白い砂浜。

 一言で言い表すと、そう言う世界だった。


 ……精神世界か?
 一歩も動いていないのに海岸なんかに移動するわけが無いからだ。と言うか今も体は不調で動けない。

 あはは、ははは。
 あははは、きゃは、うふふふっ。

 沢山の子供の笑い声がする。



―――そんな中、他の子供達よりはちょっと年上の少女が現れる

「……私は、怒ってるんだよ?」
「―――初対面でいきなり怒られてますよ俺」
 白い少女だった。
 いきなり怒られても反応のしようが無いのですが?
 俺、何かしました?

 その長い髪も、着ている衣服も、流れる血潮すら透けそうな白い肌も。

 ただ、何故かお冠の様で、その感情だけは炎の様だった。

 さあ……。

 潮騒の音だけが変わらず静かに響いている。

 そして俺は彼女をもう一度見る。
 彼女の周りには、沢山の異形が楽しそうに駆け回っていた。
 一見、人間の子供。
 しかし、人ではあり得ない異形を備えた子供たち。

 あははは、きゃははは、あは、うふふふ。

 笑い声は、その異形達から聞こえてくる。



 さて、俺はこれからどうしたものか。
 もしかして、動けないのはこれが所謂る心霊体験……。
 金縛りと言うやつだからなのかっ!
 誰かお神酒を、塩でも良いから持ってきてー!
「誰が悪霊だって?」
「心読まれてる!?」



―――妹よ、お兄ちゃんは、不思議体験、体感中です。
 お化け屋敷が天職だなんて言ってごめんなさい。
 めっちゃ怖いです。

 誰か助けてぇぇえええええええ!!!



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 な、長かった……。
 多分、長すぎる。
 適度な所で切ればよかったんですが……。

 お陰でこんなにずるずる時間がかかってしまいました。
 丸一月。

 勉強していた試験の本試験で落ちてしまい、二週間呆然としていたと言うのも……はい、言い訳ですすいません。

 プロットは書いているのに、プロット通りに書くとここまで増えた摩訶不思議。

 状況説明文が冗長過ぎるのでしょうか?

 プロの作家さんは本当にすごいのだなぁと感心して見たり。
 見苦しいとの意見があれば、黄金体験w辺りで切ろうかとも思っていますが。


 最後に、毎度こんな未熟作を最後まで読んでいただき、ありがとうございました。




[27648] 原作1巻編 第 4話  例ノ原子核・被爆ノ危険アリ。被験者オルコット嬢
Name: 九十欠◆82f89e93 ID:a6979411
Date: 2012/03/26 00:23
 今回、冒頭にある意味ゲストが出てきます。
 コンセプトにそぐわないと苦情がありましたら修正しますが、あまり本編と関係はないなーと言い訳してみたり。
 
 加え、今回何度か繰り返すネタはあんなことが起きる前から考えていたのですが……。
 やっぱり不謹慎だと苦情が来たら修正したいと思います。

 それでは、未熟な文章ですが、興味が向いて下されば一読お願いします。



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 一夏お兄さんは、人知を超えたレベルで異性を引きつけるらしい。


 さて、そうなると他の男共はそのモテっぷりに預かりたいと思う訳で。
 親父もお兄さんのモテる原因が何なのか、知りたくてたまらないらしい。
 まあ、この人の場合、男である、なんかよりも科学者であるから、というのも大きいと思うんだけどね。

「いっくんのそのモテ因子を解析シてフユちゃんにモッテモテになるのデす! by30回目!」
 Dr.アトミックボム、我が親父ゲボック・ギャクサッツの独り言(大声)で、議題は始まった。
 特に、声をかけられてはいないが、俺も参加する事にする。



 でも30回目って、どれだけ挑んでんだよ、我が親父。



『しっかし、なんでまあ、そんなにモテるんだろうねえ』
「オォウ、ソウカくんも気にナりますか?」
 ぐるんと人形みたいにこっち向く親父。
 なんか怖え。口元がニヤついてていよいよ怖え。

『まあ、今はまだ彼女なんて興味も無いけどさ、いずれ好きな人が出来たらゲットできる確率は高い方がいいじゃないか』
「色々考えてるンデすねえ」
『そもそも、それは遺伝形質で顕われるのかね? 俺ってクローンじゃん。純粋に、俺にもあるのか興味ありです』
 なんか親父に感心されると微妙な気分になるなあ。
 まさか、この時俺は研究対象フラグに関してだけは一級建築資格を獲得できるとは知る由もなかったのである……。
 ………………泣くぞ。



 ちなみに、俺の体はまだ出来てない。
 ハイパーセンサーで視覚と聴覚を確保。スピーカーで会話できるって段階だ。
 親父の研究室なので、かなりの時間親父はここにいる。
 親父の言動は、理解しようとしたらSAN値がガリガリ削られるが、退屈なんだよ今。下手するとそっちで発狂しかねねえ。

 で、時々俺も参加できそうな議題を持ち上げるので声をかけるって訳だ。

「そう言えバ、ソウカ君は沢山のフィクションの知識があるラしいですね」
 ありますけど、事実は小説より奇なりって言うだろ?
 それらより親父の発明の方が浮世離れしてて正直、あんまり役に立つとは思えない。

『参考になるとすれば……えてして、ハーレムものって奴の主人公の一人に、恋愛原子核って物を持ってるんじゃないかという話題が出た奴がいるな』
「……恋愛、原シ核、ですか?」
「周りに大抵女子がいて、しかも何故か大抵が好意的な様子を原子核に吸い寄せられる電子にかこつけて呼び表したものらしいぞ?」



 なんだそりゃ、男版傾世元禳か? と思ったものだ。
 だが、話を聞くに一夏お兄さんはシャレ抜きでその可能性がある。


 
「それハ……つまり、異性間に電子間力の様なモのがあると? だとしタら、何が引キ寄せる力量差に……? つまり、普段は電子に値するもノが無いためプラス値に傾いテいて、それが大きいと言ウ事ですかね……では、普段は大きく正負値が傾いているという事で? イエイエ、それとも、初めカら放射性崩壊の性質が出てイて、異性の正値を核分裂反応のよう二打ち抜イて、負値の原子へ落して引き寄せて居るのデしョうか」

 ……おーい、まさか、ここまで超真面目に軽口を科学的に分析し始めるとは思っていなかった。
 これだから天才は……。

「それヲ発する生物がいタとしテ、そレを受ける生物は『恋愛原子核』に被爆しテいるかラ、『恋愛原子核』という因子に引き寄せられる……ト、言う事でスかね? 以上の考察ォ見るに、恋愛原子核とハ、恋愛に関する脳内受容体にのみ影響がある放射性物質でアる可能性が高いと言えますね」
 親父、危ねえから。このご時世、その発言は超危険だから。



「―――ト、言う訳で。人工恋愛原子核、通称モテ回路を作ってみましたョ!」
『何このキ○ーピーなクッキングのノリ!? 出来るの早っ!』
 作り置きがレンジにありましたよーのノリで出すの止めてもらえませんかあっ!

「なオ、制作にはオリジナルのいっくんの解析データガ用いられおりまスよ」
 同じくレンジから出したのノリで、簡易ベットに横たわるお兄さんをご紹介。
 何やってんだ親父ぃ―――ッ!!!!

 違うからな! 相手意識無いからこれはファーストコンタクトじゃないからな! ノーカンだからな!
 俺がとあるポリシーとともに自己を確立していたら、新たな人影が研究室に入って来た。
 第一印象……は?
 正直言おう。

「親父……いつ作った」
 うん、人間じゃないね。
 入って来たシルエットは完璧に人間。素晴らしく鍛え上げられた男性のシルエットである。
―――シルエットはな!

 全身金属光沢、ラメ入り。
 顔はのっぺり……この表現、俺の近くに当てはまる人がいるような(恐怖による検閲で削除されました)……訳ねえか。
 なんだよこのラメ入り○プシマン。
 まあ、親父の作った生物兵器、それ以外にゃねえだろうよ!

「アランくんは、小生が作ったんじゃないですよ?」
『はぁ!?』
 アランって言うんだ……確かに、今までのネーム付けとはパターンが違う。

―――ともかく

 うそ! ンなわきゃねーでしょう!? どこのどいつがこんな、見た目から非常識とか違和感とか、かくも輝かんばかりに発しまくってるのを親父以外が作るって言うんだよ、他にいたら世界が保たんわ!

「ふむ、次元の狭間に迷い込んだときはどうなるかと思ったが、私と似たような存在が少なくとも、該当するという事は、それほど違う世界という訳ではないのか」
 腕を組み、あたかもなるほどなーと知的アピールなラメ入りペプシマ○。

『違うって! こっちでも珍しいから! あたかもアンタみたいなのがこの世界の標準だと思って欲しく無いから! あと次元の狭間って何だああああああアッ!!』
「そうか、それは残念だ。前に漂流した所では、2000年問題さえ無ければ良い人、とは呼ばれていたがね」
『何でそこだけ何気に身近なネタ!? でも何も無かったから! 時計皆弄くったりしたけど何も起こらなかったなぁ……あ、電波着信した……じゃなくってどういう意味だよ!』
「何が起こるか分からない、と言う意味らしい」
『見たマンマじゃねーかよ!』
「息切れしてるようだが、大丈夫かね?」
『なんか紳士だ! じゃ無くて真摯だ……ああッ! 突っ込みし続けなければならない程に突っ込み所しか無いんだよ! あと俺に呼吸器は無い! 息切れなどしないわ! ぜーはーぜーはー』
「……しているではないかね」
 そりゃごもっとも!

 ズゥ……ン。

「このアランくンが、モテ回路の検体に協力しテくれるらしいのです! これはモウ、科学の協力者ノ鏡でスョもう、大感激です!」
「以前、友人に似たような物を搭載されたときは『暴走してしまった』ので、そのリベンジだな。聞くに、君は高名な科学者らしいじゃないか。安心して身を任せられるよ」
「イやいヤ。照れますねえ。もっと褒めてくダさい!」
『うるせえよクソ親父! さらりと不穏な単語が出たじゃねえかよ! オチ見えたも同然だろうが! ってやんじゃねえ、ここは吉本じゃネエエええ!!』
「実ハもう付いテます」
「うむ。見事な仕事だ」
『ぎゃあああああああああああッ! なんでこういうのだけは手際がいいんだこの親父イイイイィィィィッッ!?』

 ドゴォ……ン……。

「これでアラン君もモテモテですね!」
「それは嬉しいな、流石にこの容姿だと、異性から一歩引かれてしまってね―――私だって男だ。美しい女性とはイチャイチャしたいのだよ」
『見た目気にしてたんだ……ぶっちゃけてるしな!』

 ズゥ…………ズゴォンッ!!

 ところで。
 さっきからこのズゥ……ン、ズゥンと響く地鳴りは一体なんなのだろうか。

 だんだん近づいて居るし。

「む……来ましたネ、小生の野望を29回も阻止してキた圧倒的な力が!」

 ……あ、展開読めた。

 ズゴォンッ!! ってうわ! び、びび、ビックリしたぁ!

 今の一撃でシェルター風の扉がたわんでいる。
 一体、何が―――
 いやぁ、分かってるけど様式美でね。

 ズバァッと扉が蹴破られ、戦乙女が―――
「ゲエエエェェェボッッッックウウウゥゥゥゥ……ッッッッ!!!」
 鬼子母神さながらの慈母と威圧の相まった、形容しきれない表情で出て来たのは、勿論千冬お姉さん。

 あー、これもノーカンな。
 あー、うん、予想ついてたけどさ。
 こりゃ無いでしょう!!
 うげぇ、顔の穴と言う穴から湯気立ち上ってるし!
「フユちゃん!!」
 万歳しながらお姉さんに一直線な親父。
 何も考えてねえ!?
 これぞまさしく第二次大戦中のバンザイ突撃。
 空気読まないうむ勝てない。

「性懲りも無く一夏を攫ってなに企んでる! 何回目だこらぁ!」
「三十回メですョ、目的はフユちゃんにデレ期を到来させル事です!!」
「ンなもの来るかぁッ!!」
「ブベラああああああァッ―――!!」

 あ、カチ上げられる我が親父。
 そのまま殴る殴る殴る。
 とんでもない拳の弾幕は親父を重力の軛から解放し、空中でびくんびくん痙攣させている。
 ……死ぬんじゃねえか?

「はぁっ!」
「ブッハァァァッ!」
 一際強力なストレート炸裂、親父は砲弾のように空中を直進した。

 ……オイ。

 ズドン、と壁に激突した親父にお姉さんは一瞬後、既に追い付き、再度の百烈打ちで、壁に拳で縫い付ける。

 何このリアル格ゲー。

 だが、そんな現実離れな滅多打ちをなんと止められる者が居た。

「まぁ、待ちたまえ美しいお嬢さん」
 なんと、ラメ入り金属光沢の腕が、目にも止まらぬ拳を的確に掴んでその場に縫い止めたのだ。

「貴女の様な人がそんな形相で暴れては、花も泣くと言うものだよ」
「誰だ? だがお前―――できるな?」
「アラン・マクレガーと言う。彼に世話になっているものでね」



 ケッと唾の一つも吐きたくなる台詞を抜かしたのはアランとか言う例の奇人だった。
 他にあんな肌の奴はいないしなあ。

 実力は確かな者に違いない。
 他ならぬお姉さんが認めたからだ。

「ふむ、ワザと臭い台詞はともかく、なかなか精悍な顔つきをして居るな。戦っている人間だと思うが、どうだろうか」

 精……悍……?? 俺には光沢付きのっぺらぼうにしか見えないんだが……。

「ご慧眼だ、一応軍属でね。尤も、事故で遭難してしまった。MIA扱いならともかく、逃亡兵になってない事を願いたいところだな……」

 ふーむ……。
『なぁ親父ぃ、なんか良い雰囲気じゃねえ?』
 少なくとも、戦闘の雰囲気は無い。

「あっれぇ? あ、そウでした。フユちゃんはいっくんラブですカら、いっくんのでータを使えばこうナるのは自然な展開デすね」
『おいおい、成功したのかよ。予想外にも程があるなあ……ん? でも良いのか親父』
「何がデすか?」
『ホラあれ』

「敵に取り囲まれた時は……」
「かの宮本武蔵の……」

 うん、なんか聞こえてくる言葉尻は物騒だけどなんか良い雰囲気じゃ無いか? 内容はスナイパーの狩り方って、言ってますけどさぁ、弾道を殺気で読みながら避けられるのは貴女ぐらいですよお姉さん、拳で叩き落すってアンタ本当になにもんだ、アラン・マクレガー。宮本武蔵知ってるし。
 いや、自分で言っといてあれだけど雰囲気と違って内容殺伐としすぎじゃね?

「オォウッ!? これはユユしき事態でス! このままではフユちゃんが恋愛原子核二被爆してシまいますョ!!」
『だからその表現はやべえから!!』
 それにしてもなんつう組み合わせだ……美女とペプシマ○……ぷぷっ。

「時にお嬢さん……」
「そのむずがゆくなる様な呼び方は……どうしたんだ?」

 中々良い雰囲気だったのだが、お姉さんが何かに気付いた様だ。
 アランさんがなんか硬直している。
 人間で言えば、びっしり脂汗をかいて何かに堪えている感じだろうか。

「いや、や、や、や、なななななななんで、でもな―――」

 ……全力でなんでもあるじゃん。

『親父……うん、お決まりだな』
 ぶるぶる震えている。
 いや、痙攣だ。
 人型バイブレーターにしか見えん。
 どう見てもなんかあったな。アランさん。

「あチゃー、失敗しテしまいましタか」
『……なんか失敗したのに喜んで無いか親父』
「おい、ゲボック、彼は一体どうしたん―――」

「は、は、ハ、ハラ、ホロ? ヒレハラホロハラヒレホロハラホロヒレハラハラホロヒレハラ――――――!!!!!」

 突如、彼が発したのは何と言うか、訳が分からない、としか言えない絶叫? だった。

 ええええええっ!!? いくらなんでもこりゃねえよ! ってぐらい奇声発してるんですけど、さっきまでの人柄の面影がさっぱり見当たりませんよ!?
 本気でなにをしたんだ親父!?

 ほら、ジタバタジタバタ手足があり得ない方に曲がってワタワタしてますよ?
 正直不気味極まりないんですけど。

「ゲボック……」
「如何しまシた? フユちゃん」
「次元の穴をあけて、反転する次元断層の境界面に敵を放逐する装置があったな、確か」
 なにその対魔神級上位次元生命体封印呪法みたいな機械は。
 いつに無く険しい表情のお姉さん。

「アりますけど、どウしたんデすか?」
 ……あるんかい。

「本気で行く……騙されたよ、こいつ、格が違う」
「『へ?』」
 気の抜けた声がユニゾンする俺ら親子。

「正直、私より遥かに強い。歯をくいしばれ、ここが正念場で最前線だ、非常に鬱陶しいが世界が私らの背中にのしかかって来ているようだ……っ!」
 戦慄してる! 何とお姉さんが戦慄している!?

「セギホノセギホノハエアホロヒレハラホロヘラヒラヒラヘレ――――――!!」
 ちょ、ま、マジで!? なんでこんな世間話から世界の危機が出て来る訳ですか!?

「参る!」
「ハァイッ、援護しますョフユちゃん!!」
 ノリノリだな親父……。
 なんでこんな最終決戦直前見たいな雰囲気な訳!?
 本当何者だよ!! アラン・マクレガー、種族・ラメ入りペプ○マンの癖に!?

 でも忘れてないか……これで世界が滅んだら、世界がモテ回路で滅んだ事になるんだぞ……。


 元データお兄さんの……うん、親父の作った奴で。



 じょ、―――――――――冗談じゃねえええええええええええええええええええェェェェェッッッッ!!!

 ちょ、両腕が見えないんだけどアランさん……ああ、もうおかしな者でいいや。
 え、まさか拳の弾幕!?

 俺の視覚は○ィズニーのフルデジタルアニメでさえパラパラ漫画に見えるほどの動体視力―――ハイパーセンサーなもんで―――だというのに!

 あと出来ればですが、俺、文字通り手も足も無いのだからここで暴れないで下さいませんかァッ!

 嫌ああああああァァァッッ!! 本当、やめてー、やめてやーめーてぇぇえええ!!

 あ、お姉さん、一夏お兄さんの事はきちんと避難させてるよ。
 流石ブラコンですねー。












 なぁ、俺結構喋ってるのにお姉さん気付いてくれてないよね……。
 一夏お兄さんが心配なのはわかるけどさー。
 泣きそう………………俺、今涙腺なんて無いけどさ……。

 なんか、寂寥感吹きすさぶなぁー……。
 俺の背景では、次元の壁が打ち抜かれたり、秒間2万発と言うあり得ない拳が飛び交っていたりしている訳で……。
 なんか、もう……どーでもいーやー。



 カッ! と視界が輝き、全てがフェードアウトして行く……。





―――ISコア・ネットワーク上に残留していたキャッシュデータより抜粋














 人は祈る。
―――特に自力じゃどうにもなんない事に対しては特にな!!


「ナンマンダブナンマンダブ、インドのソバヤーインドのソバヤーナーミューホーリャンゲーキャー天ニマシマス我ラガ大魔王様ヨギャーテーギャーテーハラギャーテーハラソーギャーテー、フルへーフルへーユラユラユラユラユラ、あれ、何回だっけ? まぁいい、いあ! イア! アラーの神よーラーの下テスカトリポカに心臓を捧げた後にアヌビスの秤で測った上でラグナロクってぇ!!」

 そう、俺は祈っていた。



 なんかに。

 因みに、妹にはこんな祈り捧げないからな。



「……はぁ」
 白い砂浜の何から何まで白い少女は溜息を吐いた。

「まぁいいわ、立って?」
 少女は俺の手を掴んで引き起こした。
「あれ?」
 動けるし。

「そうね、君はストレートに伝えた方が良かったみたい」
「うー……俺になんか用なのか? ちょっと心霊的なモノはなー」

「勘違いよ。まずね、言わせて貰うわ、一夏はね、私と共にあるの。いえ、正しくは私が一夏と共にあるためにあるってところね」

 ぽかーんとする俺。
 なんでしょ、この熱烈なラブコール。
 後なぜ俺に言う。
 一夏お兄さんに直に言え。
 この子も箒さんと同じタイプかね。

「おー、流石は放射性恋愛原子核持ちこと、我が兄一夏。こんなところでも美少女を引っ掛けてましたか」
「はぁ、まだわからないの?」
「はい?」
 白い少女は拳を作り、それにはぁ~、と息を吐きかける。

 ……なんか嫌な予感しかしないんだけど。

「先に乗ってもらったでしょ?」
「は?」
「試験会場の子は許すわ、あの子が居ないと一夏と私の縁は無かったし……でもね」

 ゴゥッ! と少女の拳が眩いばかりの白光を放つ。
 どえぇぇぇぇッ!? 何このエフェクト!?

「君は許さない!! 一夏の専用機は私なのに! 先に乗ってもらうなんてズルい!!」

「……へ? ってか俺こればっかだな、まさかこの子って……」
「零落………………ッ、白夜ああああああああああぁぁぁッッ(拳)!!」
「ぶぅぅるううううううあああああああっっ!!」
 少女の拳が俺の顔面にストレートにストライク!
 セルな俺の悲鳴は、俺の体とともに放物線を描き、砂浜を超え、ドップラー効果を響かせながら海面に叩きつけられる。
 なんだこれは……痛ぇ、尋常じゃ無いレベルでダメージが半端なもんじゃ無い。

 いや、分かっているのだ。
 あの少女は言っていた。

―――零落白夜

 千冬お姉さんが、愛機暮桜と編み出した単一仕様能力(ワン・オフ・アビリティ)

 固有武装、雪片を触媒にして生み出されるその威力は絶大を通り越して極大。
 対IS攻撃としては、俺の知りうる限り史上最強、お姉さんを世界最強に至らしめた、『必殺技』の呼び名に相応しいものである。

 以上、BBソフトより抜粋。

 ツノド○ルとかザキとかハサ○ギロチンとか、PKフラッ○ュΩとか地○れとか、バロー○の魔眼(直死の魔眼)みたいなものだ……なんで半分○ケモンなんだろう……。

 そりゃ痛いわぁ……。
 ISが食らいうる最大の攻撃だしなあ……げふ。

 ん? 単一仕様能力?
 ってぇ事は……。

「君は暮桜なのか? 零落白夜なんつうもんを……うげぇ、マジ痛い。と言うことは、姉から弟にお下がりって事なのか?」

「私はあの子じゃ無いわ」
 違うと? でも、確か単一仕様能力って……。
「話の主題はそこでは無いわ」
 声はすぐ横からした。
 うわ、瞬間移動!?
 現れ方がやっぱり悪霊……。

「一発いっとく?」
「そう言えば心筒抜けでしたね何故かッ!」
 輝くフック、あわやと言う所でしゃがんで避わす。

「……私を差し置いて、一夏とずいぶん楽しく空飛んでたみたいだけど」
 は? 俺は確かにIS人間だが、この子みたいなものは―――

 あ。

「そうよ、やっと分かった?」
「あーーーーーーーっ、茶釜のことかあああああああああっ!!」

 ISの練習が出来ないと嘆いていたお兄さんに首から下を貸して居たのだった。
 そう言えばお兄さん、ISにも愛される人でしたね。

 そもそも俺が生み出されるきっかけになったのが、お兄さん誘拐事件時の遠隔感応―――言ってしまえば、あの反応はISに愛されているから起きたとも言えるわけで。

 つまりこの子の怒りは、ISとして連れ添うことになったパートナーに、自分が一緒になる前にぱっと出の生きたISリビングメイルに和気藹々やられた訳で。
 そりゃ、怒るわなあ。

 ……ん? と言う事は、この砂浜って……。
「『共にある者達』が非限定情報共有シェアリングと呼んでいるものね。まぁ、私よりの所で、君が訪ねて来てるって感じだけど」
 あー、成る程。俺ってばお兄さんと同じでISと感応出来るから……。
 あれ? そしたら俺のISは?
 キョロキョロ辺りを見回すと、わははー、キャハハーと遊ぶ子供達と……。



「それはあなたも同じ事、十にして一、十による一、十一になりし子よ」
「のひゃあっ!? なんか出現したッ!」
 心が通じてしまうのは、ここではデフォルトっぽいみたいで。



 目の前に甲冑が居ました。
 顔の下半分(整った女性フェイス)こそ伺えるが、全身甲冑である。
 足を肩幅に開き、その中央に剣を突き立て、両手を添えて体重をやや預けている。
 因みにその剣、俺の目の前に刺さってて超怖い。

 その覗ける顔の輪郭から……女性であるのは分かるが、彼女も純白である。
 顔の下半分しか見えないのだが……なんかどっかで見た事あるなぁ、と言う気がしないでもない。

 その彼女から、なんか妙な子供達に視線を移してみる。
 えーと……、あの子らが俺のIS?
「如何にも。あなたの同胞ともあなたそのものとも言えます」
 一言一言重いですね騎士のお姉さん。

 にしても……。なんかあの子ら怖いんだけど。
 体の何処か此処か。
 まるで空間をくりぬかれたかのように無くなっているのだ。
 まるでホ○ウだ。
 未胚胎児エンブリオって名前が皮肉効き過ぎてるし。

「怖いって酷いよ、おかげで君があるんだし」
「―――あれ?」
 甲冑が消えて白い少女が居る……。
 まさか。

「ああ、そっちの方面は鋭いんだね。自分の事は良く分かって無いみたいだけど」
 ザブザブ水面を掻き分けてやってくる少女。

「で、私に言わなきゃいけない事は?」
「俺のISをお兄さんに貸してご免なさい」
「ちょっと違うけど、宜しい。ちょっと釘刺したかっただけだし」
「お兄さんは本当怖いなあ」
 周りの女を狂わせる的な意味で。

「でもどうなってんの? あんな風になってたり零落白夜使ったり。と言うか、立場は分かったけど君、いいかげん誰さ」
「はぁ、人の事色々詮索しないの」
 よいしょと彼女は俺の背に乗りサソリ固め(当然零落白夜)を決める。
 ちょ、まっ、どうやって発動してんだ零落白夜。いだだだっ!! ダメージは確かに零落白夜だしッ!

 今畜生!
 そうくるならこっちにも考えがあるぞこの白いの!

 サソリ固めの起点になっている関節を分解、決めていた関節が無くなり、勢い余って俺から海面に叩きつけられる彼女。
 それを尻目に別の所で再結集、零落白夜に晒されて居た部分を摩る。

「何するの!」
「この、よくもやりやがったな! クレヨンで似顔絵描かれたら、普段使われないんでここぞとばかりに白使われそうな癖に! それとも手抜きで画用紙の色そのままか、アァ!?」

 砂浜をザブザブ突進する俺たち。

「―――ぶっ潰れろあああああッ!」
「―――零落ぅぅぅうううッ!」

 交錯の瞬間クロスカウンター。
 ただし相手は零落白夜(拳)ダメージは格が違う。

「びゃくい、痛っ」
「げぶぅふゥッ! ぅぅぅぅうううう―――ゲブッ!?」

 殴られた首が大回転、ブチもげハズれて砂浜に墜落。
 こなくそ、こんな細腕でなんて破壊力だ、卑怯くせえ。

―――だが
「偽りの快楽を得て、嬌笑の渦で溺死しやがれ!」

 俺もただではやられない。
 あらかじめ外して置いた両手首を脇に忍ばせ―――

「あはははははははは!!!」
 くすぐる。
 効果は思ったより抜群。
 痒さ、と言うのは実は痛覚神経で感じるらしい。
 なお、俺は今の拳の攻防を手首で殴ってたのです。ダメージ低っ、俺は独歩にはなれません。

 白いのよ、お前が最強の痛みで来るなら俺は最弱の痛みで応えてやる!!
「ちょ、やめ、きゃはははははっ―――はっ、がぼぁッ!? がばごぼごぼ……っ!」

 そのまま海にぶっ倒れ、ボゴボゴ沈んで行く。
 ちなみに俺は。

 実はダメージがデカ過ぎて掌以外動かせなかったりする。
―――零落白夜は伊達じゃねぇな……



「……」
「……」
 結果、相討ちとなった俺らは回復後、一旦落ち着こうかと砂浜で対面して居た。

 何故か正座で。
「……」
「……」

 沈黙が痛い。

―――仕方ない
「俺が悪かった、ご免な、お兄さんと飛ぶの楽しみにしてたろうに」
「仕方ないって聞こえたんだけど?」
「うぐぅ!?」
 恐るべし非限定情報共有、謎空間。
 ……あれ、俺の心だけ筒抜け?
 
「私嘘ついてないもの」
「自分に正直なんだなあ」
「あぁ、君を殴りたいなぁー」
「…………」
 正直過ぎるのもどうかと思う。

「ところで、なんで俺は動けなくなったんだ」
「整備不良」
「マジで!?」
「見事なまでに生体組織に擬態出来てたから、私の力でどうにか出来たけど」

 何ですと?
 恩人じゃ無いか! 殴られたけど。

「ありがとう!」
「一夏じゃ無いのにくっつかないで」

 ダッシュ。

 グラップ。


 スローイング。



 頭撫でようと近付いたら巴投げ(グラップが零落白夜。ダメージ絶大)食らいました。
 この馬鹿正直娘め……。

「あはははー」
「ばーかばーか」
 そこに追い討ちを掛ける我がIS、エンブリオども。
「うるせえええええ!!」
「きゃー、切れたー」
「あはは怖くないよーだ」
「じゃかましいわ!!」

 おのれぇ……。
 穴あきレンコン人間どもめ。
 穴と言う穴にカラシ突っ込んで特産品にしてやろうか……。
 落ち着け、うん、落ち着け。

「ん、直してくれた事にはお礼を」
 零落白夜(拳)には怨嗟を。
「別にかまいません」
 応えてくれたのは甲冑の方の彼女でした。

「ところで、なんて呼べばいいかな」
「すぐに分かるから面倒だったのに……白式だよ」
 今度は少女が応える。
 門番型自動石像と競える怪盗の養女が名乗る怪盗(見習い)名か。

「そっち!?」
「あ、知ってた?」

「束が自動石像作ろうか考えてたからネットワークをネットに繋いでちょちょっと」
「出来ねえ訳がねえのが怖えなぁ……あぁ、そうだ、俺の事は―――」
「知ってる。茶釜でしょ」

 ……ぉえ?

「違ぁぁぁあああああああうッ!!」
 何でそっちで通ってんの!?

「でも、もうコア・ネットワークじゃそれで通ってるよ?」
「近所のオバさんどもより噂の伝達が神懸かってねぇかオイ!」

 俺はガリガリ頭を掻き毟り。
「はぁ、なんてこったぁ……まったく、此処は変なとこだよなぁ。穴だらけの子供がいっぱいいるわ、トランプみたいな存在のめくれる白いのがいるわ」
「むぅ、君だって人の事言えないよ?」
「……まぁ、脳クラゲって愉快なものである事は否定出来ないけどさ……」
「そうじゃないって」
 ぷくーっと膨れる白式。

「見てみなよ」
 差し出して来たのは姿見。
「え……?」
「君だって、外の世界とはずいぶん違う、人の事言えない姿してるんだよ?」

 その―――

 鏡に映っていたのは―――

 俺―――?

 まるで―――

 そん―――

 な――――――――――――



「うわああああああああ――――――









―――――――――ああああああああああああああああッッッ!!!」



 なんか叫んで、自分の声で―――目が覚めた。
「……やーなの見た気がするな、最後」
 俺の名前が茶釜で通ってるってとこまでは覚えてるんだがな……鬱んなる、二重で。
 叫んで目が覚めたようだしな……親父、なんか隠してんじゃねえだろうなあ……。

―――う

 なんか胸元に違和感が。
 胸焼けのような不快感と―――うぶっ。

「ぶふぁあ!」
 ギュヴァッと飲み込む時と逆の要領で不快感の元を吐き出した。

 ごん。と、随分重々しい音を立ててそれは転がる。
 色は黒い。
「……これが?」
 さっき動けなくなった原因?
 つまりここ最近、体調不良だった諸悪の根源……。

 一体なんなんだ……親父の超テクノロジーに不調を与えるものとは……。

 フレームナノマシンに指令を伝達、形成。 火鋏を作って俺のヨダレ塗れのそれを摘み上げ。

 はっきり言おう。
 知らない方がいい事も、あるのだ。
 俺は心底後悔した。

 だが、その『黒』の正体を看破した、その瞬間の俺は―――

「ぎゃああああああああああッ!!」
 火鋏で挟んだそれを投げ捨て、ゴロゴロとその場から撤退する。

 うげぇぇえー。
 まだ……残っていたのだ。

 消化機無搭載事件の時生まれた超濃縮パン……っぽいのが。
 さらに密度を上げ……。

 言わねばならないだろうか。
 そう、なんだろうな。


 ビッシリ、黒カビにまみれてなんか生き物見たいな有機的な見た目になっている。
 菌糸を伸ばしたそれは、癌のように俺に蔓延って居たのだ……!

―――ゾザザザザザザザザザザザザザザザあああァァァッ

 背筋に悪寒が走る。

「うわー……何じゃこのダークマターは……」
 玉子焼きから進化した方だな。常識はギリギリ通用しそうである。
 今度白式に会ったら拝んでおこう、生体操作に関する力があるんだろうねえ、助かった。うん。
 脳まで菌糸が蔓延ったらお陀仏でした。
 サイボーグの取り扱いは、特に生体パーツの状態維持にお気をつけ下さい。南無ナム。

 お礼は親父特性のエネルギーパックでも差し入れするとすっかねえ。



「ちょ、ソウカ君じゃない、こんな所でなにしてるの?」
「はい?」
 お礼は兎も角、零落白夜(拳)の『お礼』はどうしたもんかと悩んで居たら声を掛けられた。

「あぁ、黛先輩……と?」

 物資搬入のハンガーに現れたのは眼鏡で新聞部、黛先輩と。

「あら、一年生? どうも始めまして」
 同じく眼鏡で三つ編みの、ファイルケースを抱えたお姉さん……うむ、三年生だ。

 なんか眼鏡率高いよね。
 でもなんかこの目鼻立ちとか、どっかで見たような気が……。

「これはこれは此方こそ、僕は一年のソウカ・ギャクサッツです」
「私は三年整備科の、布仏虚です。よろしくね、ギャクサッツさん」
「あぁ、僕の事はソウカでいいですよ」
「二年と三年の整備科エース揃い踏みってものよ……ってあなた達……」

 ぺこぺこお辞儀をし合う俺らを見て、黛先輩は日本人ねえ、と呟いていた。

 ……あれ? 布仏?
「……のほとけ?」

 のほほんさんと、同じ苗字?
 俺が色々呟いているのを聞き取ったのか。
「もしかして本音の事知ってるの?」
「やっぱりご家族なんですか?」
「妹なの。本当、手のかかる子で……」
「でもソウカ君って四組よねぇ、本音ちゃんは一組のハズなんだけど……結構、行動力あるわねえ。初日に整備室来るし」
 探りいれたのか、恐るべし新聞部。

「ルームメイトと幼馴染みだそうです」
「あぁ、お嬢様と」
「たっちゃんの妹かぁー」

 お嬢様?
 そうかっ! のほほんさんが先祖代々メイドなら、お姉さんも当然メイド……!!

 しかし……のほとけうつほ、のほとけうつほ…………えーと、のほつほ? のほうつ?

 あ、はあああああああああああぁぁぁぁぁぁっ!?
 駄目だ……!
 思いつかないどころか、安易にお兄さんと同じ様な二番煎じに走ろうとした……!!



「駄目だ俺は……どうしようもなく駄目な奴だ……」
「おれ? ……ちょ、どうしたのいきなり四つん這いになったりして!」
「自分のセンスの無さに絶望した……」
 まぁ、そもそも先輩に渾名つける事自体あれなんですがね。
「本当変わった子ねえ」



 話は変わるが、そう言えば―――

 たっちゃんとは、例の生徒会長の事だろう。
 簪さんの事を妹と示していたしなぁ。
「えー、布仏先輩は会長とは?」
「たっちゃんがどうしたの?」
「簪お嬢様から何か?」
 会長と姉妹である事はすでに常識として通しているのか。
 まぁ、印象や表情はともかく瓜二つだしねえ。
 俺はポケットに手を突っ込んで量子還元、食ってた盗聴器の破片を引っ張り出す。

「こういう無粋なものはやめて欲しい、と。簪さん―――下手すると離縁状出しますよ、とでもお伝え下さい」

 ぴしっ、と硬直する布仏先輩。
 静かに盗聴器の破片を受け取り。
 くいっと、めがねのズレを直すと。

「申し訳ありません、急用が出来ましたので、ここで失礼します。私はここで」
 カッカッカッと機敏に立ち去って行ってしまった。
 ……すっげぇ格好いい……企業戦士みたいだ。
 なんか一瞬、起動戦士と似ているよな、と思ったのは秘密である。
「ソウカ君、今しょうも無い事考えてるでしょう」
 何故ばれたし!?



 だが、俺はそれをスルーして黛先輩を見上げる。
「黛先輩……」
「なぁに?」
「布仏先輩って、本当にのほほんさんと姉妹なんだろうか……機動性が違いすぎるんだけど……」
「のほほんさん? ……気にしてたの、そっちなんだ……」



「それにしても、どうしてこんなところにいたの?」
「いやあ、一夏お兄さんの専用機が搬入される所を一目見ようとしましてね」
 ネットワーク内で会ったから実際の機体は見てないんだけどね。つーか見損ねた。

「え? 本当? どんなのだったの?」
「見損ねました。多分、コンテナみたいのに入ってたんでしょうねえ」
「そりゃそうよ、ISを剥き出しで扱うわけ無いじゃない」
 と、当然で当たり障りの無い事を言っておく。
 そりゃ剥き出しでISを運搬するはずが無い。
 国家防衛の要と言えるようなものだ。一機どこかに行くだけで世界情勢やらなんかのバランスやらとにかく危うくなるのだ。
 なんかって何だってのは、聞くな。

「僕もまだまだ思慮不足ってやつですよ」
「ふぅん、ところで、ソウカ君は例の織村君のこと、お兄さんって呼んでたけど、親しいの?」
 しばし考える。

「二日に一回ぐらいは食事一緒にさせてもらってますけど」
 主として肉を奪いにいったりとか、のほほんさんが一緒になってて俺が餌付けされるとか。
「でも、織斑君の事、お兄さんって呼ぶぐらいは仲がいいでしょう?」
「まあ、許可は戴いています」
 


「そっか―――うん―――なら、いいかも」
「……先輩?」
 何やら考察していらっしゃる。
 ただの悪巧みにしか見えないのは、新聞部と言う役職故だろうか。

「あのさ、一週間前の話なんだけどさ、どうかな?」
「……部活動の事ですか?」
「―――そ、一年で織斑君にそれなりに近い子がベストなのよ」
「と言っても僕は四組なんで合同授業もあんまりないですよ」
「でも、それなりに会話が出来てるんでしょ?」
「―――ん、まあ」
「どうかな?」
「んー、学園の情報とか、僕単身では取得が難関な、職員室とか、他学年の情報をまわしていただけますか?」
「お易い御用よ」
 と言っても、貰った情報を鵜呑みに出来ないのがブン屋の怖い所。
 なるほど、情報の取捨選択の練習になる訳だ。

「それともう一つ」
「なになに?」
「一夏お兄さんの隠し撮り写真、裏で流通してますよね」
「……ほう、一週間でもう気付くか」
 何そのキャラ。

「そこに僕も噛ましてくれませんかね? これでも、隠し撮りには定評がありまして」
 何せ、見るだけで良い。
 俺の目玉はハイパーセンサーを構成する一つにして、蝿の羽ばたきさえ克明に映し出す超ハイスピードカメラにもなる。
 そっちを見ていれば、意識していなくても視界には入る。
 後でゆっくり頭の中で動画を再生させつつ、ジャストな一瞬を探せば良い。
 

 
「ほほう、一年生、おぬしも悪よのう」
「いえいえ、先輩官様程では」
「くっくっく……あ、どうでも良いけど、先輩官は語呂が悪いと思うわ」
 あ、やっぱりすか。

 くっくっく。
 俺と先輩は笑い合い。
「それでは宜しくお願いします、先輩」
「こちらこそ、ようこそ新聞部へ」

 と、相成った訳だが……。

「それなら早速行かないとね」
「?」
「そろそろ織斑君とオルコットさんの模擬戦が始まるわよ」
「あッ!? そうだった!」

 急いでアリーナに全力疾走!

「早っ! なんでそんなに早いのっ!? コンパスそんなに短いのに!?」
「―――今なんか言ったかゴルゥあ゛ッ!」
「恐! 表情が鬼になってる! 一瞬で戻って来たああアアアッ!」





 この時、俺はダークマター、パン? を放置して行った事を後々後悔する事になるとは……まったく、想像だにしていなかったのだ。

 そう、この俺もDr.アトミックボムの作品である事を失念して居たのだから……。

「なお、あの盗聴器、頼まれたとは言え、仕掛けたのは私だったり」
「…………はぁ!?」
「知らないふりしたのは布仏先輩が怖かったからよ。はっはっは!」
 やべえ、早まったかも。





「おー間に合ったー、間に合ったー」
 アリーナの観客席に上がって来た俺と黛先輩。
 しっかし凄い人だねえ、やっぱり、男が駆るISを皆見たいのでしょうねえ。

 時計を見る。あ、開始時間オーバーしてる。

 ……今間に合ってるってことは、遅れてるよね、進行。

 閑話休題。

 聴覚センサーを最大限に……と言うのは嘘で、コア・ネットワークに介入。
 試合前に対峙する二人の会話を聞き取る事にする。






「あら? 逃げずに来ましたのね」

 すげえ……オルコットさん御嬢様言葉だよ。英国人なのに、日本語の御嬢様言葉だよ!? まだ居たんだ……これはアレだな! ゴザル口調同様の絶滅危惧種。国家が保護する必要があると思うよ!

 さらに言うとだ、日本人のだとしても希少だというのに! オルコットさんイギリスの人でしょ? そう言う言葉があるって普通知るのも大変だよ!? 日本語のめんどくさい事って、同じ意味でも色々言い回しがある事なんだよ? 日本語習うのにわざわざ御嬢様言葉で学習したってことだよな! しかも結構完璧だし。
 誰だよ彼女に教えたの!

 ……独学だったらどうしよう。天性?



「おーい、ソウカ君」
「……ん? なんですか?」
 先輩の声でネットワークから引き戻される。

「どうしたの、ボーっとしちゃって」
「いえ、会話を読み取ろうと集中してました」
「……え? 分かるの?」
「当然聞こえませんよ、唇を読んでました」
「その技術も凄いっていいたいけど、それ以前に視力が普通じゃないわね!」
 あー、上空だ。
 なお、俺の単純視力はイヌワシぐらいはある。ハイパーセンサーのズーム機能を使うともっと跳ね上がるが。

「で、なんて言ってるの?』

「「その勇気に免じて、あなたに最後のチャンスを差し上げますわ」とかすげえ余裕で挑発しますねえ」
「まあ、代表候補生だものねー」

 すげえのんびり会話する俺ら。
 いや、だってやる事無いもので。
 ちなみに俺に、人の唇を読むと言うスキルは無いのであしからず。



 そして、試合が始まる。



 直後に放たれる……アレはビームライフル? スナイパー? 武器に詳しく無いので前者で呼ぶ事にするが、その一撃をお兄さんは難なく回避する。

 白式の奴、マジ鬼機動性。
 なんと言うか、あだ名が二等辺三角形のアイツ(原作版)バリの急角度で曲がるんだが。
 そーいや、アイツの能力も慣性中和だったか。PICに通じる物があるってことだな。
 そしてお兄さんは、得意げに言う。
 
「―――はっ、上の方から不意を突いて撃って来るのにゃあ、慣れたんだよ!」

 ……ああ、なるほど。
 茶釜戦で、さんざんお兄さんの後頭部に『指からブラスター(まだ名前募集中)』をぶつけた手口ですね。
 最初は面白いぐらい当たってたのに、その内完全に知覚外から撃たれたのを首だけ逸らして躱しやがりましたからねー。
 さすが千冬お姉さんの弟と言った所か、こういうセンスは鬼すぎる。
 僅か数回の反復で動作を飲み込んで行く様なんて、戦慄モノだったからなあ。

 だが、そのビームライフル……お、視界に情報が表示された『スターライトMkⅢ』。
 さすがBBソフト、どっから情報を引っ張り出して来たかは知らぬが、良い仕事をする。
 おぉ、マークスリーと来たか。打鉄の時も言ったが、俺は2とか3とか付くのが好きだ。
 なんか、頑張って発展してんだぜ! と言っているようで俺好みなのだ。
 成長は素晴らしい。あー、生きてるって実感できるんだぜ。

 おっと、話が脱線した。
 『スターライトMkⅢ』……なんか毎回毎回言うの面倒だな……の攻撃を二度三度と回避したのをみてオルコットさんはそれを回避する程度にはお兄さんの実力を認めたようだ。

 四つのパーツをパージ、空中に浮遊させる。
 ……これは驚いた。
 思考操作の浮遊砲座とは。
 精神感応金属の『シンドリー』でも使っているのだろうか。
 いや―――純粋武器に搭載するなら『イヴァルディ』……か?
 
 それからは、お兄さんの防戦一方となった。
 何せ、単純に敵の数が五つになったのだ。
 それでもお兄さんは、四方八方から放たれるそれを非常に巧く躱している。
 だが、オルコットさんも代表候補生。速度と起動こそ圧倒的な白式だが、いかんせんお兄さんの技巧がパターンに乏しいのだ。 
 先読みは容易い。

「数が倍になったぐらいだろうがっ」
「なにを訳の分からない事をおっしゃってっ!」

 だがお兄さんは食い下がる。
 時に大きく円を描き、飛び跳ねる様に身を躱し、避けきれぬものは剣で弾く。

 いやはや、末恐ろしい。
 仮にも代表候補生であるオルコットさんに適応して来たのだ。

「すごいわね、彼」
 黛先輩も感心している。前方から来るライフルの光条を身をそらして躱し、そこへ上下から来る自律砲座の攻撃に対してはその姿勢のまま両足を揃えてPICの出力を並列励起、まるでイカの水流ジェット噴射の様にその場から飛び出す。
 姿勢を戻すべく空中で身を翻し、合わせて剣を横薙に払って、待ち構えていた一機の攻撃を弾き飛ばす。

 やけに手馴れてないか……。
 …………ん?

 ちょっと気になる台詞を思い出す。
『数が倍になったくらいだろうが!』
 はて。オルコットさんも今一分からなかったみたいだが……。

 うむ、珍妙な。彼女は最初から四機展開していたハズなんだが―――

 倍って事は元々二機って事だろ……?
 ……あ。

「どうしたの、ソウカ君」
 よっぽど間抜けヅラをしていたんだろう。黛先輩が覗き込んで来た。
 なお、何故か先輩は初めから君付けだった。
 彼女のジョブ的に何か感づいてやしないか戦々恐々であります。
「いや、何でもないですけど」
 一応、誤魔化してはみるものの……。



 やっと分かった。
 そっくりなんだよね。戦闘スタイル。

 あの自律砲座と―――
 お兄さんとの訓練で使った俺の両腕に。
 数はお兄さんも言った通り、倍の差がありますけどね。

 いやー、何がどうなるか分からんもんですなあ。
 奇しくもあの日の特訓が、正しく今日向けの特訓になった訳ですね。

 そう考えると、オルコットさんも流石は代表候補生だと感心せざるを得ない。

 だってさ、俺は『両腕』を操るので精一杯だったんだぞ?
 しかも両腕をはずして……つまり、体感覚では両腕が伸びたのと大して変わらない。

―――にも関わらずだ。
 二つ動かすので精一杯、たとえて言うなら顕微鏡で覗きこみながら手術をしつつ、目を半分ずらしてテレビを見る様な難しさ。
 当初は射出している両腕に搭載されたハイパーセンサーの視界も合わせているために、視界が被ってあたふたしたものだ。

 にもかかわらず。

 彼女はその倍、しかも『自分の腕』にはお兄さんを狙撃した銃を取り回している。

 いやはやすごいものだ。
 異議があるなら受け付けようじゃないか。
 その前に右手で丸、左手で四角を同時に書いて見てから―――だがな。



 ふと、妹はこう言うの得意だったなぁ、と思い出した。
 戦術論なんてものを読み漁りながら、ルービックキューブをぐりゃんぐりゃん回しつつ、俺の話に相槌をうってたからね。
 しかもたまに鋭いツッコミ入れるから聞いてない訳じゃないし。

 ちゃんと泣く子も笑う噴飯必須の傑作イメージをコア・ネットワーク経由で脳裏に叩き込んだら呼吸困難に陥って痙攣してたしな。
 我が愛妹は理路整然とした小噺とかより勢いで笑わす子供っぽいギャグに弱いのです。
 布団が吹っ飛んだ! とかいきなりバケラッタ! とかに。
 『のっぴょりょろ~ん(出し方はいないいないバア風味)』が一番ヒットだったなあ……。

 ながら族対応されたから寂しかったんじゃないからな!



―――ごほん

 元々、男性の脳は発想力や空間把握能力、女性の脳は並行作業や環境の変化を察する事に長けているらしいそうだからね。

 はい? そんな薀蓄より、どんなの送ったか教えろって?
 いや、そんな珍しくも無い(検閲により削除されました)だけど?

 顔を真っ赤にしたかと思えば真っ青に反転したりして可愛いかったなぁ。
 まぁ、妹はいつだって可愛いけどな!
 『俺』が収まったシリンダーシェイクされた時は涅槃覚悟しましたよ。はっはっは……怖ぇ(ぼそっ)。

 だがこのままではお兄さんに勝利は無い。
 ダメージを最小限にとどめる、という初心離れした動きを見せつつ。しかし、それでもお兄さんはダメージを受けている。
 加えて、ちょっと無茶の入っている回避動作はエネルギーを無駄に消耗するのだ。
 IS同士の試合。勝敗の判定基準が相手のエネルギーを如何に無くすかにかかっているので、いずれは削り切られてしまう。

 対し、オルコットさんはダメージを受けていない。そう、未だ損害ゼロなのだ。

 それと言うのも白式、もとい漂白娘にはあのブレード以外に一切の武装が無いのだ。
 求められる力量は剣道三倍段どころでは済まないと思う。
 それで世界最強……千冬お姉さんは一体、何者なんだろうねえ。
 つうか白式、お前本当にお兄さんの事思ってんのか? 茨の道すぎないか?

 つまり、このままの戦況じゃ、お兄さんが凄い事を証明できても、お兄さんの勝利はあり得ない事となる。

 オルコットさんは浮沈艦の如く、高位置に佇み、浮遊砲座―――あ、名前来た―――ブルーティアーズか―――を的確に操作している。その位置は試合開始当初からほとんど動いていない。
 それは、お兄さんが未だ接近戦を始められていないと言う事で……。

 ところで、なんで機体名と武装名が同じなんですかね。
 あぁ、試験機だから……なるほど……は? 何で国家内部情報をタイムラグ無しで出せるのだBBソフト。
 あ、オルコットさん自ら同じ事言っている。
 ……あなたも、それ軍事秘密じゃないの?

 ん? はて、オルコットさんが殆ど動いていない?………………
 ああ、そうか、思考操作だから―――



 どんっ!

 その時、ブルーティアーズ(砲座の方)が一機爆発した。
 何かを確信しているお兄さんの動きを見て理解した。

―――お兄さんも、気付いた

「あぁ、やっぱり」
「ソウカ君も気付いた?」
「あ、先輩。ブルーティアーズって……」
「そう、指令を一回一回送らないと動かない。それに、制御中はそちらに集中力の殆どをとられるから、本人は複雑な動きは出来ない。攻撃なんてもってのほか」

 俺もそうだった。
 両腕操作中は地上で見上げて操作するだけ。
 自分が動く余裕なんて無かったのです。

 しかもオルコットさんは腕を振り、指揮している。
 これでは合図になり、思考操作の利点を奪ってしまっている。
 相手に悟られず完全な連携、これこそが思考操作の特筆すべき事項だからだ。
 最悪、銃ですら引き金を引く動作で機を読まれるというのに。
 ハイパーセンサーを有するIS戦ではまだまだ迂闊、経験が足りない。

―――偉そうに言うけど今まで気付かない俺もまだまだまだまだ未熟なんですがね~

 二機目撃破。推進器を切り落とされたブルーティアーズは万有引力に引かれて落ちていく。
 ニュートンって、よくリンゴが落ちただけで気付いたと思わないか?
 重力ならまだしも、万有引力だぞ?

 オルコットさんは後方へ退避。
 そう、現時点では後方に下がるぐらいしか移動は不可。

 動けばその鈍重な動きを目に留められてしまう。
 だから、余裕であるという態度で『動く必要も無い』と相手に思わせる為殆ど動いていなかったのだ。

 しかしその飛行は白式に比すれば緩慢極まりない。

 それに、攻撃の癖も段々お兄さんに読まれつつある。
 良くも悪くも、オルコットさんは教科書に忠実すぎるのだ。

 一番お兄さんの反応の鈍る死角からの攻撃。
 ISに死角は無い。全周を知覚することができるからだ。
 しかし、あくまで人は人。
 ISに乗っていないとき、意識しなければ見えない所は、たとえハイパーセンサーで見えていても反応は遅れてしまう。そこがある意味死角となる。

 だが、逆にその狙いが分かれば―――

 難なく、ブルーティアーズを全て排除し、ライフルの銃口も間に合わないこのタイミングならば、行ける。

―――特殊兵装『ブルーティアーズ』・『弾道型』二機展開

 あ、まだあった。
 上空にミサイルによる爆炎の花火が咲く。



「まだまだねえ、今の、焦りの表情からして明らかに誘いだったし」
「うーむ、そこは読めなかった……」

 黛先輩はあの隠し種を読んでいたらしい。
 なんでも、スカート状の装甲から突き出している二機のブルーティアーズは怪しさを最初から醸し出していたとの事。
 さすが整備科、見る所が違う。

「君も正直で真っ直ぐすぎるのよ。『しまった』って普通見せる?」
「してしまうから『しまった』じゃないのですか?」
「それでも隠そうとする筈よ、あそこまで露骨には見せない。一夏君は面白いぐらい引っかかったけど、まだまだ役者が足りないわねー」
「……先輩も表情分かるぐらい目がいいのでは?」
 眼鏡なのに。
「カメラのズームで」
「なるほど! ―――ところで詳しいですね、戦闘上の駆け引き」
「まあ、整備してると機体の損傷とかから操縦者の癖とか見えて来てね、自然と観察眼が鍛えられるのよ」
「ふぅむ……」
 整備科主席は侮れないなあ。

「―――ん?」
 火花の中に反応あり……おや、今のをモロ食らっていたらお兄さんは敗北の筈だが……。

 ピッ。
 メッセージが眼球内に投影される。

―――白式が『初期化』(フォーマット)、並びに『最適化』(フッティング)完了、一次以行(ファースト・シフト)を完了しました。

―――これより、対象IS、白式を織斑一夏の専用機として登録します

「はあ!? まだ一次以降前だったのか!」
「そうなの!? ―――それであの機動性……」
 黛先輩の呆れた声が耳朶をくすぐる。

 つまり、俺がさんざん鬼機動性だの何だの言ったのは。
 白式にとって基礎的な初期設定による物にすぎないという事。

 搭乗しているのがお兄さんでなくても出来る、必要最低限のポテンシャルであるという事だ。
 彼女にしてみれば鼻で笑う程度の物でしかない。
 だが、これより、白式は完全にお兄さんの翼としてどうどうと宣言できる。

 それは他のISには一手たりとも触れさせないと言う警告でもあるのだ。
 白式の奴ご機嫌だろうなあ。



 そして、お兄さんに最適化した白式だが。
 
 ぶっちゃけ、すっげぇ恰好いい。

 かつてのIS試作一号機『白騎士』とはまた違った意味で純白の騎士をイメージさせる外骨格。
 滑らかな曲線やらシャープなシルエットとかがなんともタイトではないか。

 白馬にでも乗せたろかという恰好である。
 そしたら、女子共にきゃーきゃー言われるんだろうなあ。
 俺みたいに首が取れてきゃーきゃー言われるのとは別の意味で。

 そして。
 お兄さんの手に光の粒子が結実する。

 刀だった。

 しかも。

 最初は反りのある棒と言う感じだったその刀は蛇腹のようになっている表面をジャカジャカッ! と展開し、縮尺からして打刀ぐらいだった刀身が一気に太刀ぐらいにまで展開、鎬はなんか光ってますます光の刀―――なんか勇者の剣っぽくね? いや、刀か―――の様相を表している。
 滅茶滅茶恰好いい!

―――近接特化ブレード。名称・『雪片弐型』

 また2! Mark.Ⅱだよ!! なんでこうも俺の趣味突き穿つモンばっかり連発するかねえ!

 さて、武器は刀一本、しかも雪片。白式は『彼女』―――こうも千冬お姉さんの焼き増しを繰り返されれば、色々と見えてくる物だ。
 そして、さっきの『世界』での彼女の『鉄拳』。
 間違いない、ある。
 触媒も、条件も揃っている。

 腑に落ちないのが、彼女がお兄さんとの最適化したばかりという事と、本来は別の個体の物であるという事。
 だが、あるのだろう。彼女はあっちでも使っていたのだから。



『俺は、世界で最高の姉さんを持ったよ―――』
 お兄さんの感極まった声が伝わって来る。ネットワークにまで歓喜が伝播していくようだった。
 最高っつうか、最強だよね。
 何を言っているのか訝しんでいるオルコットさんを尻目にお兄さんは千冬お姉さんの名前を守ると誓う。
 恥ずかしく無いのか? 幸い、二人と俺と、あと管制室ぐらいにしか聞こえてないだろうけど。

『というか、逆に笑われるだろ』
 全く理解できないオルコットさんを置き去りにして白式は疾駆する。

 笑えねえぐらいに早アッ!?

 鞘無き超音速の抜刀、居合い。
 その刀は白光を瞬かせ! お兄さんを際立たせる。
 二機纏めて両断、爆砕する衝撃さえ置き去りにしてお兄さんは一直線にオルコットさんに迫る。



―――警告!! 単一仕様能力、『零落白夜』を確認

 やはり出たか、零落白夜。
 あー、思い出すだけでクソ痛い。零落白夜(拳)とか零落白夜(蠍固め)とか零落白夜(巴投げ)とか。あああああっ! 腹立たしい!



 自らのエネルギーを食らってありとあらゆるエネルギーを対消滅させるエネルギー力学第二法則を加速させるような異様な白い滅び。

 続けて振り上げられる二連抜刀。
 篠ノ之流剣術、一閃二断だった。
 千冬お姉さんが最も愛用した決めの太刀、何機ものISや<Were・Imagine>を狩り沈めて来た業である。
 その動きは見事。
 何度も何度も、お姉さんの動きを見取り、模倣していたのが伺える。
 どこかで聞いたな、憧憬とは魂の継承を行う最大の媒介であるとかなんとか。



「きゃあ―――」
 ISの試合のルール上、まともに食らえば即座に一撃必殺、己の生命線であるシールドを食らって生み出されるそれにオルコットさんは対処出来ず―――









 試合終了のブザーが鳴った。









 あ、あは、あははのはーだな……。

「……織斑君が勝ったのかしら?」
「いや、それが……」
「え?」



『試合終了。両者同時エネルギーロスト――――――引き分け』



「「「「「「――――――はぁ!? ――――――」」」」」」

 黛先輩を含めた客席全体の驚愕が唱和されました。
 正直、零落白夜の能力が分からなければそうなるだろう。

「どうも、あの光の刀って、自分のエネルギー削って相手にクリティカル出すみたいですねえ」
「成る程、それならこの結果も……ってその能力って!」
「ええ、織斑先生の現役時代の必殺技と同じ物です」
「意味深ねえ。あと、単一仕様能力って、技じゃないから」
「……全くです……え、技じゃないの?」



 上空を見やる。
 ん?

 刀が当たると思って身を竦ませていたオルコットさんに大丈夫か? と言っているお兄さん。
 バリアが切り裂かれるだけでエネルギーが減るから、そうとは限らないのですな。
 彼女は、まだ引き分けである理由に思い至らず、え? え? ときょろきょろしているが……というか分からんよな、普通。

 お互いシールドエネルギーが無くなって普通に触れ合えるので、おーい、とお兄さんがオルコットさんの肩を揺さぶって。
 しかし、さっきまで確執があって勝負してたのに終わったら気さくですねお兄さん。
 これが所謂スポーツマンシップって奴なんですかねえ。

 あ、目が合った。顔近づけ過ぎですよお兄さん。

―――その瞬間

 オルコットさんの顔が真っ赤になった。
 白色人種なので、トマトみたいになるといよいよ際立ちますねえ。

 ……あれ?

 スターライトMrkⅢで殴り飛ばされるお兄さんを見上げつつ……バリア無いから滅っ茶痛そうだな……。
 ……今の何処に赤面する要因があるのだろうか?
 と、真剣に考える俺がいた。
 顔を覗き込まれたぐらいじゃビックリするだけで赤面はしないだろう……し?

 まさか。



 チェレンコフ光こそ無いもの……。
 これが放射性恋愛原子核による……。



 ……被爆したか……(時勢的に危険)。



 とんでもない瞬間を見てしまった。
 恐ろしい。
 こんな、要因も分からず突発的に発動するとは……。

「あー、なんかじゃれ付いてるわねえ、ま。後で取材するから今は行きましょう」
「とりあえず拝んどこう」
「……? 何してるの?」
 なんか、白けた雰囲気のまま、俺はずるずる引きずられつつ、アリーナの観客席を出るのであった。



 本日俺が手にしたもの。
 カビが取れた健康な機体。
 新聞部の部員という身分。
 零落白夜x4のダメージ。
 ……オルコットさんより、俺の方が白式と戦っていた実感があるんじゃないかと思うのは気のせいだろうか……。 
 うぅむ……。









 その日の晩。
 俺は食堂のおばちゃんに頼んで弁当を二つ作ってもらっていた。
 上級生になると、良く良くこんな頼みをする生徒はいるらしい。
 何を隠そう、黛先輩がそんな人なので教えてもらえた訳だ。

 だが、頼む事すら忘れる事のある先輩は恐ろしい。
 そんなに忙しいのか、整備科。



 そして、俺が今向かっているのは整備室だ。
 工具を返すのを忘れていたのだ。

 そして、簪さんが居るからでもある。
 思い出してみれば、初日に黛先輩が言っていた、俺以外の一年生とは簪さん以外には有り得ない訳で。



 整備室に侵入して辺りを探索。
 ハイパーセンサーは即座に発見、簪さんである。良き仕事だ、褒めて遣わすぞハイパーセンサー。
 そーっと近付くと、弁当を持ち上げ。
「さーて、飯食ってるかなー!」
「!!」
 びくんっ! と反応する簪さん。しかし、何度も驚かされているので努めて冷静を装いこちらに振り返って来た。
「何……?」
「何って夕食食べた?」
「食べてるー!」
 反応は別の所にあった。
 簪さんの機体にダボダボの制服を着てちょこんと座っているのほほんさんがクッキーを口にしつつぶんぶん手を振っている。
 ……やばい、この小動物的な何かは、可愛い。

 しかし。

「駄目だ! おやつは別腹! ちゃんと夕食も食べなさい!」
「ええ~!? お菓子一杯食べるから大丈夫~」
「血がドロドロになるから駄目! 体を悪くしたら僕の父に改造人間にされるぞ!」
 割と現実味があります、この恐怖は。
 既に改造されてますしねー。というか親父は自分の体にだって何の躊躇いも無く初めての理論実践するから、他人など考慮する訳が無い。失敗した事が無いという異様な功績こそ……あれ? あったような……あらんって誰? まあ、兎に角体を弄られたい人は居ない筈だ。

「……使い方……間違ってるよ……? あぁ……本音……クッキーのカスが……」
 ……あれ? 甘味が別腹、ってそう言う意味じゃないのか?
 簪さんはぼろぼろクッキーのカスをこぼすのほほんさんを必死に打鉄弐式から降ろそうとするが、何故かあんなにスローなのほほんさんは捕まらない。むむ、恐るべし。

 ひょい、と飛び上がって打鉄弐式に登る俺。
 人一人分の高さだが、天井に頭をぶつけられる俺なら雑作も無い(自嘲)。
「まあまあ、降りなさい」
「むー」
「でないとのほほんさんのポ○キーとプリ○ツとじゃが○こを全部春菊とセロリのスティックにすり替えるよ」
 どちらも独特の匂いと苦みに定評がある野菜。慣れると結構行けます。

 のほほんさんはそれを聞いて青ざめた表情を浮かべる。
 そこまで? そこまで恐ろしいのか?

「ひどいー! 外道ー! 鬼畜~! それが甘味好きな女の子のする仕打ちなの~!」
「ふっ、僕の脳は男だ」
「やーだーやーだー」
「……一口で全部食ったろか?」
 指を指すのはごっそりのほほんさんのお菓子の詰まった買い物袋。
 かはぁ……と開く我が口。
 袋ごとだろうが紙箱ごとだろうが食えるのが俺。
 そう、俺の胃は宇宙だ。
 ちゃんと分別できます……消化機がちゃんと搭載されてたらね。
 もう二度とダークマターは作らん。

「……私はー、お菓子の為に血を流す事も辞さないと決めたのだ~」
 なんか好戦的なのほほんさんを初めて見た。
 
 だが、お菓子の為なら……か……ふぅ、貴女も守る物があったのだな。
 両手にスパナを持っている。
 むむ、左手のは俺を沈めた業物だな?
 敵として不足無し! 
 
「いい加減……降りて」
「ぎゃあああああぁぁッ!」
「うわ~」

 コンソールで開閉をコントロールされたハッチに吹き飛ばされる俺とのほほんさんだった。






 さて、ネイビー? グレー? 色々可視光線以外も見える俺としては色がよく分からん時もあるのだが、そんなカラーの機体を見て思う。
 通常の打鉄に比べればスマートでスタイリッシュだな。
 うむ。飛行出力系辺りが白式の奴とシルエット的に共通しているなあ。

 ……ああ、どっちも倉持研で作ったのか。
 そりゃ、基本構造に共通点がでてくるのも頷ける。
 最近BBソフトの自己主張が強い気がする。成長型AIでも組んでるのではなかろうか。

 それでは本日三度目の……。
「か、恰好いい……!」
「……そう?」
 素っ気なく言っているように見えるが、嬉しいのか僅かに頬が紅くなっている。
 誰だって自分の相方を褒められれば嬉しく無い筈が無いからね。

「近い印象を受ける白式との差異も良いと思う。あっちがジャベリンとか持ってる重騎士のイメージだとしたらこっちはトライデントとかの細身の槍を構えて戦車を駆る感じ」
 後に、武装が真逆である事に気付くが、それは別の話である。

「……白式、見たの?」
「今日ね。試合あるって言ってたと思うけど……代表候補生と引き分けてたよ、何あの鋭角機動。見た目もなんか恰好いいし」
 IS本人は一途で嫉妬深し。あと拳は超強力な奴ですが。

「そう……」
「うーん、やっぱ気になるけど聞いていい?」
 ぶんぶん、と首を振る簪さん。
 お兄さんだけじゃなくて、白式とも関係ありそうだな。
 その辺どうよBBソフト。
 質問が曖昧ですとか返って来た。ち、役に立たん。

「ふむ。そうだ簪さん、僕もこの機体の制作、手伝っても良いかい?」
「……」
 む、あまり反応が良く無い。
「はいはーい、私は整備科希望だからお手伝いは決まってるよー!」
 なんと! のほほんさんは整備科希望だったのか!
「いいって……言ってない……」
 対して、簪さんは頑である。

「僕自身としてもだね、ISの構造を知るのは身になると思うし(整備は重要だって今日思い知った)腕力には自慢があるよ、ほら、動力系のハッチ開けるのって重労働じゃないか」

 だけど、簪さんは。


―――未完成の機体を独力で実用化する―――



 そうしたいから一人でやらせて、と言って来た。
「何故に?」
「…………おねえ―――」
「そっくん、女の子の事を根掘り葉掘り聞くのは非常識だよ~」
「ああ、御免のほほんさん。分かったよ簪さん。聞かずに手伝おう」
 何か言いかけてたけど、無理矢理な雰囲気だったからかな、やっぱり見事だな、のほほんさん。

「……どうして? そこまでして手伝おうとするの?」
「実は今日だね……」
 俺は例のダークマターについて説明した。
「ってことがあってね。今までは正直全く気にしてなかったけど、自分の性能ぐらいは把握しないとなあと思い至りまして」
「……非常識。自分の体なんだから……」
「そんなんだからー、今日危ない目に会うんだよ~」
「全くその通りで返す言葉も御座いません」
 途端に平身低頭の俺である。

「それで、解析にはもしもの為に誰かに手伝ってもらいたかったんだけど、俺の事を知っているのは簪さんとのほほんさんの二人しか居ないからさ。でも、この有様じゃ簪さんはこの子に掛かりっきりだろ? その時間を空けて欲しいというエゴがあるからねえ。のほほんさんは一組だから時間を合わせるのも大変だし。その為に頑張る、という事じゃいけませんかね? 純粋にこの子とも飛んでみたいってのもあるしね」
「……そっくんツンデレ~」
「いや、なんかこの学園のそこら中に居そうだからその分類だけは止めて下さい……というか、ツンデレって全然違う気がする」
「…………」

 あ、簪さん考えてる考えてる。
 俺には分からない原因……一人でやりたいと言う願望の原因が、皆でやろう! という願望とせめぎあっているのだろう。
 


 くるっと振り返ってのほほんさんとアイコンタクト。
―――ここは後一押しですな
―――それでいこ~、押して押して押してみよ~
―――協力お願いします
―――ちょこぷりんね~
―――お易い御用だ!

 と言うのが、あったか否かは別として。
 以下、簪さん交渉ダイジェストでお送りします。






 ほう? 御主、私の打鉄弐式の開発に携わりたいとな?

 はは、是非とも私の力添えを許していただきたく……。

 ふん、貴様等一人居た所で大して変わらんわ! 帰れ帰れ!

 はは~、簪様~、三本の矢と言う逸話もあるですに~、皆で楽しくやりましょう~。

 おのれ、本音、まとわりつくな! そもそも貴様! 自分の体の解析等、下心があるであろうに!

 恐れながらも左様で御座います……ですが我が身はゲボック御博士の傑物……打鉄弐式の開発には貢献できるかと……。

 ほう(ぴくっ)? 己が身を差し出すというのか? ふはははははははははっ!!! 奇特な奴よ。ならば臓腑の内の内までさらけ出すと、そう言えるのか?

 構いませぬ! 何より我がためになります故!

 良かろう! その気概、一応買っておいてやる! しかし怖じ気づけば……分かるな?

 のぞむところだ!!!

 わーいわーい。じゃあ、オッケーだね~。



 ……あ……乗せおったな本音!
 やったね~!
 いえーい!
 ちょこぷりーん。
 ……は?
 簪様も食べる?
 ……うむ。



 ……あれ? 俺もしかしなくてもモルモット決定?
 何処でも変わらんな、俺の扱い(滂沱)。




 ってな流れで。いや、簪様はこんなに寛大じゃないけど、あんな威厳たっぷりふはふは笑わないけど、概ねこんな感じ。
 じゃ無かった、簪さんだった。

「じゃあ……今日は、この辺で」
 打鉄弐式を待機状態の右手の中指の指輪に戻す。

「夕食をどうぞ、これじゃあ、もう夜食だけどね。抜くよりは太らないと……思うよ?」
「デリカシー無いよ~」

 スパナ!
 火鋏!
 ガキンッ!
 
「ぬぬぬぅ……」
「ほー、お主やるな~」
「のほほんさん、なんか抜けてないよ」
「にゃはは~、なんだっけ~?」
「……なんだっけ?」
「……はぁ」
 夕食にちびちびと箸を伸ばしていた簪さんはため息をついて。
「あ、簪さん―――」
「いけないよ~かんちゃーん、ため息付くと幸せが逃げるよー」
 ……先に言われた。

「どうしたの~? そっくん」
「何でも無いです、はい」

「明日は……部屋で解析開始……いい?」
 ……早速ですか!?
 その知的好奇心は目を見張りますな!
 ちょっと目が血走ってる! 怖い怖い!!
 
 は、早まったかもしれない……。

 まあ、俺の体のオーバーテクノロジーを片鱗とは言え見たらそうなるわな。
 ……この手のタイプの人間なら……。
 あ、明日はちょっと待て。

「あ……ちょっと待って、明日、黛先輩に部の取材があるから来てくれって言われてたんだ」
「あー、楯無御嬢様の友達の~?」
「そうなの? どうりでなんか簪さんについて詳しいと思ったら……布仏先輩と同じ整備科のトップだからってのじゃなかったか……あ、新聞部になりました」
「あれ~、お姉ちゃんの事知ってるの~」
「今日会いました。黛先輩と歩いてたね。盗聴器の破片渡したら颯爽とどっか言っちゃったけど」
「楯無御嬢様は御愁傷様だ~」
「……なにが?」
「お姉ちゃんは怒ると怖いんだよ~」
「あー、納得だなー」
 俺は遺伝子上の姉である千冬お姉さんと、ゲボック家の一員としての姉……一番接している姉を思い出した。
 納得、アレは怖い。地球で最も怖いかもしれない……どっちも。

 やっぱり一番は妹だ。うん、これに限る。

「…………帰る」
「……あれ?」
「あー、駄目かー」
「何が?」
「おいおいねー」
 まあ、お待ちしますよ。

 俺とのほほんさんは(というか殆ど俺)スペースを片付け、簪さんの後を追うのだった。
 どうもそれから簪さんはふさぎ込んでしまい、何を話しかけても、ぞんざいに「うん……」「そう……」としか応えてくれなかった。
 一回体を張って頭部とリンゴでジャグリングとかしたけど効果はなかった。
 ……うん、ちょっと吐きそう。
 やっぱり家族関係か……。
 俺にはいまいちなあ、理解できてないな、全部自然な家族とは言えないしな……。

 うつらうつらと考えつつ、床につく。
 ベッドだけど床とはこれいかに?

「ねえ、ソウカさん……」
 お。あれから初めて話しかけてくれた。

「どうしたの? 簪さん」
「ソウカさんのお父さんに改造人間にされるって……本当? どういう事?」
「……は?」
 よりによって食いつくのはそこですか?
「……仮面ライダー……」
 ちょ、簪さん!?
 凄い不穏なフラグが立った気がする。
 こりゃ絶対、親父に会わせるわけにはいかないかもしれない。





―――サアアア―――
 波が打ち寄せては引く音がする。
 また来たよ。
 いや、来られたのか?



 やっほー。
 夢にまぎれて来たよ?

 白い少女が居た。
 何だ夢かこの野郎。
 髪も服も肌も白い。
 背景が砂浜なのはデフォルトなのだろうかね? あれ、白式の世界だからじゃないの? エンブリオも砂浜なの?

「結構オープンだなー、エンブリオの奴。あっさり白式呼び込みおって。白式も、お兄さんとコンタクトとかしないの?」
「どうも普段は一夏、チャンネル開いて無いみたいで……」
 退屈でーって、暇つぶしかい。寝かせろこの白いのが。
 相変わらず周りでは十人ぐらいの穴空き子供がカゴメカゴメやっていたりする。
 あれって実は怖い歌らしいよ? まあ、本気で調べた訳じゃないけど。



 取りあえず、カビを取ってくれたのでその時決めた通り拝んでおく。
「……なにそれ?」
「いや別に? そうそう、代表候補生相手に凄い健闘だったな、おめでとさん」
「あー、あれ、本当なら勝ってたわよ」
「何それ、負け惜しみ?」
 引き分けだけど。

「はぁ、君の生体組織の操作でちょっとどころじゃないエネルギーを使ったのよ、それが無きゃ英国産のアイツを一刀両断に出来たのに……!」
「したら死ぬがな」
 あ、アレでエネルギー食ってたの?
 助けられた身分としてはちょっと心苦しい物がある。
 あと、ISは全部束博士産だろ?

「まって……何か聞こえる?」
「……ん?」

 なんかコア・ネットワークに何か混信があったのか、女の人の声が聞こえて来る。
 まあ、ISは基本女性しか乗れないから、研究者じゃない限り女の人以外の声なんて聞こえてこないのが普通だけど……。



『御嬢様……? これは何ですか?』
『あはは……やっぱりお姉ちゃんは妹が心配なのよね。なんかあったら大変だから『常に!』見守ろうって……』

「その、『常に!』に力を込める所……その気持ちは分かる!」
「黙ってろシスコン」
 白式酷い。お前の主もシスコンじゃないか……ッ。

『簪お嬢様にも、プライバシーという物があるのですよ? それに、あの部屋は簪お嬢様だけの部屋ではないのです』
『そんな事は関係ないわ! 何故なら私は生徒会長……その通りに振る舞うだけなのだから―――』
『関係ありませんね? ……ふぅ、(ばきんっ、ごきんっ、がきごきげめきぃ!)なんて物……(ぎががががりがぎゃりっ!)仕掛けてるんですか? (べきごきぎぎぎごぉぎゃぎゃあっ!)御嬢様アアアアアッ!!』
『あらいやだ、御嬢様じゃなくて―――ちょ、虚ちゃん! ちょっとそれはシャレに―――』
 キャアアアア! これから虚ちゃんが生徒会長!? とか聞こえてきたが……。
 それより、ばきごき……あの異音は何なのですか?
 知りたく無いけど興味が尽きない……何なんだこのジレンマはっ!
 
『これは……『モスクワの深い霧(グストーイ・トウマン・モスクヴェ)』だったかしら? あれ? 名前変わったんだっけ?」

「お前、お兄さん以外は割とどうでも良いんだな……」
 首を傾げる白式に俺はため息をつくのだった。



 そうそう、引き分けの原因となったエネルギー不足だけどさ。
「具体的にどうやってエネルギー送ってたんだよ」
「これだけど」
 ゴゥ! と発動する零落白夜(拳)。
「もっと穏便に送れよ……何その頭悪い方法」
 というか、エネルギー消滅攻撃でエネルギー送るって矛盾してねえ!?
 それで効率悪かったんじゃないか?
 
「あ? 何? 文句を言うの? 貴方のせいで勝てなかったのになー?」
「……ケンカなら買うぞ?」
「ちょっと私今、不完全燃焼だから……今なら売りつけるわよ? 敗北とセットで」
「生憎持ち合わせはねえ、敗北は売れ残りだ!」
 はっはっは、うふふ……と俺達は笑い合い。

「「黙ってくたばれ!」」

 第二ラウンドを始めるのだった。
 妹よ、兄にも、負けてはならぬ戦いは結構割りとしょっちゅう起きるようだぞ……。




_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/


セシリア戦はソウカによる予習があった為、被弾が少なく、この結果に。
全くソウカはセシリアの兵装を知りませんでした。偶然です。
本文通り、ソウカの治療が無ければ勝ってました。

あと、予想だにしない事だが……。
簪ちゃんがつぶらさん化して来た気がする。
ネクロフィリアにならないよう気をつけないとなぁ。


そして、いつもいつもこんな感じの未熟文章を読んでいただき、ありがとう御座いました。



[27648] 原作1巻編 第 5話  酢豚って豚のシメ方じゃ無かったのか?
Name: 九十欠◆82f89e93 ID:a6979411
Date: 2012/03/26 00:24
 夢を、夢を見ていたんだけどね?



 天才束さんにとって夢ってのは色々こう―――くいくいって考えてた理論を試行してみる場面であって、神秘的なもんなんて何も無いんだけどね?

 え? 『束さん』って、名前出しちゃダメだって?
 いーじゃんべっつに、かったいなぁ~。

 あー。もう何年もぐっすり眠って無い気がするよ。
 眠るってどういう事なのか、もう思い出せなくなっちゃってるね、はは。

 え~、やんなきゃ駄目? 面倒くさいなあ。



 ん、んん、うぉっほんっ!

 夢を、夢を見ていたんだよね? ―――嘘だけど。

 別に、別に目の前に居るのを恨んでる訳じゃないんだって。
 違う出会い方なら、こうはなってなかった筈だよね。
 でも、出会っちゃったから仕方ないよね。
 時間は不可逆的で、戻れないんだし。
 たださ、やっぱり上を目指すよね、止まってるのは愚か者のする事だよ。
 こう、きっちり白黒はっきりさせたいよね。まあ、束さんとしては、興味ある事だけだけど。
 どういうのかなぁ、こう―――心に区切りだって付けたいんじゃないかな?
 目の前に居る人は壁。どうあっても気に入らない存在。私だったら徹底的にぶっちめちゃうね!

 うんうん! それもこれもぜーんぶ前にGO! するために!
 束さんなら束さんの思うがままに突き進むために!

 よっぽどの馬鹿でない限りそう思ってるよね!
 君だってさ!!






―――というわけで

「あー終わり終わり、めんどくさかった。やあやあ! ゲボ君! 打ち上げにはやっぱり焼き肉だよね! ちーちゃんも誘ってズヴァッとウマウマしにいこうよ!」

「内容が変わっテないのに言い方一つでコこまでの格差が!? タバちゃン! まだカメラ回っテますよ!? なんか最初からダメダメ感バッチリだっタのにここに来テ駄目の駄目押しでスっ!?」

「お前ら真面目にやれ……さもなくば死ね」

「フユちゃんガ来たー! 初めから怖い事言ってますよ!」
「おぉー……はい、おわり♪」



 ブツン―――と画面がブラックアウト。場面が変わる。









 ああ、俺は。
 俺が制すと決めた領域に於いて、かつて無い強敵―――同じ領域に於いて覇を示すならば、その戦いには決して背を向けてはならない。
 限られた空間―――当然逃げ場はない。逃げる気は毛頭無いが……に於いて、相手と対峙する。



 同一種族の中には、どうしてもエリートと呼ばれる個体が発生する事がある。
 ドラ●エ2でいえば、バ●ズ、アト●ス、●リアル等だ。
 彼らは、同一種族の中でも色は違うわなんか呪文は規格外なのが飛んでくるわの段違いを示す。
 もう面倒なんで詳しくはモンス●ーズプラス、ド●クエ2編で、彼らの説明を読んで欲しい。

 これは、現実に於いても別に特別な事ではない。
 居るのだ、科学的な根拠が無くても、特別に突き抜けた個体というのは。
 しかも、その原因が遺伝子ではないと言うのだから、原因の解明は非常に困難だったりするもので。
 もし一卵性の双子として生まれた個体であっても、その差は明らかである。と言う事実が残る。
 そう言えば、アイシールド●1にも居たな、そんな双子。

 そう、俺が対峙しているのはそんな個体なのだ。
 まさに覇者となるべくして生まれた相手。種は違えどもその威容は理解できるのだ。

 一万年に一体。
 生まれるか否かという奇跡。
 r戦略と言う数のゲームによって、確率論の偶然を乗り越えた超個体。
 ある意味、親父や束博士もその一種と言えるだろう。
 俺たち人間はK戦略のはずなのだが。



 なお、r戦略、K戦略とは、子孫をいかにして生き延びらせるか、と言う手段を大きく二つに分けて示す方法である。
 r戦略とは、兎に角たくさんの子供を産み、その殆どが多生物や外的要因で成体に至る前に息絶えるが、当初の数のあまりの多さによって子の生存率を高める戦略だ。

 対するK戦略は、生まれる子供を減らす変わりに、一匹当たりに対し、その生産に費やすエネルギーに心血を注ぎ、そうそう死ににくい優れた個体を誕生させる事だ。また、親の庇護により子の生存率を更に高める事もその一巻となる。

 分かりやすく言えば、マンボウのような数万の卵を産む生物は前者であり。
 人間は典型的な後者であると言える。
 ふと……少子化ってK戦略の極地なのかなーとか考えて見たり。



 まあ、それは置いておいて。
 かつて、地球(ポコペン)に侵略に来たらしい蛙風味な知的生命体による侵略軍、その部隊のある新兵は、一万年に一匹生まれるか否かと言う凄まじいスーパーインセクター、『超兜』(ゴルン・ノヴァ)
とひとなつ(漢字で書くとお兄さんと間違えられやすい)を戦い、激闘の末敗北を喫したと聞く。

「お前―――名は?」
 問う。
 種族の違いは、俺にとっては支障になら無い。
 俺には様々な種族と意志を交わすため―――

 ドリトル式言語翻訳機。
 イーハトーブ式交信装置。
 ムシキ●グ式思考疎通装置。

 の三つが搭載されている。

 これ以上の意志の疎通がしてぇなら『翻訳蒟蒻』でも持って来なぁ! と言える自負がある。



 そして、俺の言葉が通じた事に驚いたのか、ピクピク感覚器官を揺らめかせ、そいつは答えた。

「―――『GKBR』(ラグド・メゼギス)、それが通風口(この舞台)を統べる覇王の名だ」

 そう、それは必然の出会いだった。

 俺が、IS学園を縦横無尽に跋扈する為、通風口をマッピングする事を日常としているならば。
 これは必然だ。この世は偶然では無いと願いを叶える店では言われているが、運命―――いや、宿命ではなかろうか。

 俺が奴を発見した時。
 奴は本来天敵であるはずのアシダカグモを返り討ちにし、持ち前の雑食性で貪り食っている最中だったのだ。



「良い(つうか格好良すぎねぇ!?)名だな、俺の名はソウカ―――人間(?)だ」
「―――珍しい、人間か。俺を見てきゃあきゃあ言わないのは褒めてやろう―――俺が倒した敵として胸に刻むには良い名だ」
 ●シキング式意思疎通装置が、奴の意識を伝えてくる。
 そこに満ちるのは―――縄張りを犯した敵に対する、威圧だった。
「そりゃあ、皆ギャアギャア言うと思うよ? ここ、用務員さんと俺とお兄さん除くとさ、みんな女性なんだし」

「ふむ―――人間のメスには『SHUFU』と呼ばれる我々の天敵が、『SURIPPA』や『SHINNBUNSHI』と言う必殺武器を用いていると聞いたが、それは眉唾だったか」
 ほう、アース●ェットはまだ未経験と見える。
 ちなみに、俺はキンチョ●ルは対空兵器だと思う。対地殲滅能力は薄い気がするんだ。
「いやいや、ここのレディ達はまだ未成熟だ、『SHUFU』にクラスチェンジするにはまだ早い」
 あの、インテリ眼鏡の教頭は知らんけど。
 性格きつそうだから多分独身だね、うん。
 ちなみに、我が家だとレーザーとかで焼き殺されます。
 二日に一遍ぐらい俺や親父が誤射されると言う欠陥があるけどね。
 生物兵器の癖にSHUFUランクを『極』まで経験値蓄積した姉が居るので。

 あと、一番『SHUFU』の域に近い学生がお兄さんだってのは凄ぇ皮肉だと思う。IS普及による女尊男卑化が、こんなところにまで影響を及ぼしているのだ。

「ほう、まだ幼虫だったか」
 その表現はものっそい拒否されると思うなぁ……。
「して―――貴様は?」
「僕―――いや、俺は男だ」
「オスか……ならば分かっているな?」
「あぁ……分かってる、そのために来たって言ってもいいぜぇ?」

「我が縄張りを犯すものは『COCK』であろうと撃退してきた。貴様如きには負けん!」
 いや、そこは別にコックで良くねぇかい?

「明日の女の子達の精神衛生の為にも、駆除してやるぞ『なんかものすっごいゴ●●リ』(ラグド・メゼギス)!! 貴様の縄張り―――今日から俺のものだああああああ!!」



 激闘が、始まった。
 因みにに、通風口で喋ると各部屋に声が届くので、あくまで俺らの言語による疎通です。



 通風口は、狭い。こ……こ、小柄な俺でも四つん這いになって進むほどだ。
 まぁ、普段はPICで飛んでるから体を引きずる事も無いんだけどね。PIC万歳。
 故に、そのサイズと超高機動走行により、地の利は奴にある。

 だが、その空間内で、あえて奴は飛んだ。

「なに!?」
「食らうが良い!! 柔ら●なる剣『列迅』!!」

 何故不利な空中戦を選んだのか。
 意図はあるだろうが、こちらが優勢を誇るこの瞬間を逃すわけが無い。

「なにィ!?」
 だが、なんと奴はあたかもPICが備わっているのでは無いかと言う、慣性を無視した鋭角飛行をこなし、俺のゴム手装備の拳を回避する。
「俺の名の意味が―――分かっていなかったようだな」
 その声を聞いてハッとする。
 瞬撃槍(ラグド・メゼギス)―――ハッ、そう言う事か!

 奴の特筆すべき事、その名が示すのは、脚による速度では無く―――本来奴種族がの苦手とする空戦の巧みさを意味するのか!!
 でも、飛んでる時のアイツらって凄えビビらないか?

 飛行中のラグド・メゼギスは、俺を嘲笑いながら、すれ違い様にピヨんピヨん言っている触角を閃かせる。

 斬ッ!

 俺の右腕が肩口から切り離される。

「うぐぅあああああああああああ―――――――――」
「!!! ―――ぬっ? 手応えがッ!?」
「――――――なぁんてなぁ!」

 緊急分離回避成功!
 俺の全身は関節毎にPICが組み込まれている。
 攻撃を受ける際、分離して回避など造作も無い!

「流石だなぁ! お前の名も俺に刻むしか無いようだな―――だが、今度はこっちの番だ!」
 食らうが良い―――その特性を最大限に生かした一撃!
 バラバラと俺の体が分解し、それぞれが攻撃力とも言える速度を伴う。
「受けるが良い!! 氷●爆花散ンッ!」
 まぁ、撒き散らすだけだけどね。俺BT適正ないし。
 あと、冷たくも熱くも無いのでご了承下さい。

 あ、でも、もし腕以外で潰したら、簪さん、洗浄バッチリしないと、口聞いてくれないどころか、部屋にも入れてもらえないだろうなあ……。
 奴らの及ぼす精神的影響はそれだけのものがある。

「うぐぉおおおおおおっ―――!?」
「馬鹿なっ!」
 奴の放つ声とは裏腹に、俺の攻撃が悉く当たらない。
 壁にぶつかると音が五月蝿いので止めている俺の躊躇いが仇になるのか、奴は慣性を全く感じさせない動きで、俺の攻撃を紙一重でかわす。
 その様はまさに神速、影を置き去りにするような絶対速度だった。

「捉えた」
「なっ!?」
 奴はなんと、俺のコアがある胸部辺りのパーツ部分に迫って来た。
 なんて事だ。俺の本体の気配を確実に掴んで、これだけの分離パーツの中から『俺』にたいし、確実に所在をつかみ取るとは!



「受けよ、我らが―――三億年」



 生きた化石―――シーラカンスやカブトガニと同じその称号を得ているラグド・メゼギスはその身を白く輝かせ始めた(精神世界での出来事です。実際にはそんな事無い……と、思いたい、切実に)

「さァせるかあああああああ!!」
 繰り返すが、俺にはBT適正はない。
 PICで体を分離浮遊させても、あくまで人間の体の動き、その延長でしか巧く操れない。
 バラバラに動かしているじゃないか、と言ってもその実単純な動作だ。
 だいたい、パーツの浮遊位置は、俺の寝ている姿勢をただ、四肢を伸ばしている、それでしかないのだ。
 
 ロケットパンチを遠隔マニュピレーとして使えるのは、腕を飛ばしているその時、俺は『間が分離しているが腕を伸ばしている感覚』でなら操れるからだ。
 両腕は離れてしまっている。
 ならば、最も器用に立ち回れる部分を持って俺のコアを守るしかない。
 つまり、ヘッドバット。
 こちらも脳―――『俺』の本体があるが、リスクに躊躇っていれば、勝ち目が無い。
 これぞ必殺スカポ●お笑い道場流———『コンナンイラヘン』!!
 コピー強化体たる●カポカーンでさえ再現できなかった一撃を受けるが良い!



『瞬撃槍』(ひかり)よ!!」
 対し、奴は全身をいっそう強く輝かせる。
 こ、これは……まさか、オーラを視覚化させる程に(本人達のテンションによる脳内補完、通称セルフエフェクトです)!?

 あれ? 技の格好良さ、ダンチであっちが上なんですけど。

「害虫の分際で光なんぞ叫ぶんじゃねぇ!!」
「海より先に挑み、地上での光の恩恵を受けたのは昆虫(我々)だっ! 後からのうのうと現れ、己の利己のみで勝手に害などと決めつける脊椎動物(毒虫)がぁああ!」

 虫に虫言われたんだけど!? なんかおかしいルビがあった気がすんだどなぁ!? が、俺は虫なんぞに一歩も引く気は無ぇ!

「何物をもぶち抜く!」
「何物をも突き穿つ!」

「「うぉおおおおおおおおおおおおッ!!」

 強い……かの新兵が一グラップラーとしてスーパーカブトに敗北したのも頷ける。

 だが、俺は人類の叡智、インフィニット・ストラトスの肉体を有する者。どれだけ歴史を積み重ねていようとも、虫何ぞに敗北するわけにはいかない。

——————が、その時



「喧騒が及ばないよう、音を立てないように気を使ってくれるのは良い心がけなんだがな?」



―――はい?

 全力同士の激突でテンションがうなぎ登りの中、どこからか、なんか聞いた事がある声が聞こえて来た。

―――要人感知センサーに感アリ
 個体識別―――織斑千冬と断定。

———は?



「うぉ、危ッ!」
「ほう? 他所に気を向ける余裕があるとは呑気なものだな———?」
 水を刺されて気の抜けたところで、ラグド・メゼギスの勢いが増す。
 しまった! 気を削ぎすぎた……このままでは―――押し負けかねんッ!



 しかし、俺たちの戦いは、水入りで呆気なく終わりを迎えた。

「騒々しい―――喧騒の気を撒き散らされたら意味が無いことぐらい悟れ———騒々しくておちおち寝てられん。ガキだから騒ぎたいのだろうが―――黙れ、動くな。特に、私が寝る時はな」

 こんっ。
 部屋の中に居るであろう人物が、通風口の壁面を壁越しに小突いた。

 途端。
 衝撃が足元―――通風ダクトの側面から衝撃が―――

 キィィィィィ――――――

 な、なにぃッ!
 これは……空気を媒介に、衝撃が伝播してくるぅぅぅぅぅ!?

「ぐはあああぁっ!」
「なんだとぉッ!!」

 鍛●功!? ま、まぢでぇぇぇえええええええええwッ!!
 いや、まぁ……浸透剄列の打法なんだろうが……いや、これ絶対防御抜くんじゃねぇのかッ!?

 そうして俺とラグド・メゼギスは一撃で纏めて打ち倒され、瞬く間に戦意と心身の自由を奪われるのであった。



―――脅威終了(攻撃主が床につきました)
「ぶ、無事かよ、ラグド・メゼギスや」
「そういうお前はどうなのだ」
「まぁ、なんとか―――ぐふ」



 激闘の末、俺達は戦友(とも)となった。
 俺とこいつじゃ食糧問題で激突しないし(残飯なんぞ食うか)通行するだけだしね、俺。利害が交錯しないって事で和解したってのが正しいかなあ。

 ……俺達程度じゃ圧倒的強者による蹂躙の前になんの意味も無いと分かった事だしな。

 そう言うシーンっつってもこっからじゃ夕日もなにも見えないし、今、夜なんだけどねー。ま、雰囲気で。
 しかしまー、ここは千冬お姉さんの部屋だったか……覚えておこう。
 まさか闘気(笑)を感知されるとは思わなんだ……。

 うん、ここは最上級危険地域(モースト・デンジャラス・ゾーン)指定だぁね…………。

「ぐふ」
「がく」



「やっほー、ただいま」
「……お帰りなさい」
 天井の通風口からでて来ても極普通な反応。あぁ、簪さん。慣れられてしまいました。ちょっと寂しい。

「いやいや、今日は強敵に会ってねえ」
「……ライバル?」
 なんかグッと拳を握る簪さん。おぉ、分かってらっしゃる。



「ふむ―――良い女だな。健康そうで、良い卵を産みそうだ」
 ぺと、と俺の頭にラグド・メゼギスが乗っかって来た。
 ついて来たのか、この公的指定害虫め。
 あとね、人間は胎生だから卵産まないから。

「おい待て、俺はそう言う目で彼女を見てないから、嫌だねえ、男女見るとそう考える虫は」
「何を言う。セミ等は出会いの機会は七日しかないのだぞ? 何事も先手必勝だろ」
「あのねえ、俺、2歳なの」
「ああ、老害か」
「テメェらのタイムテーブルでもの言うんじゃねえよ!?」
「ふむ―――より良いオスをどう見るかの目差しをメスであるこちらの目で言えばな―――」
「お前メスなの!?」
「それぐらいフェロモンで分かれ、そんななのだから2歳にもなっても交尾一つ出来んのだ」
「分かってたまるかぁ! だから2歳じゃ早いんだよ人間は!」



「…………ソウカさん……ッ!?」
 ん?
 なんか雰囲気おかしいな?
 と言う訳で簪さんの様子を見ると、彼女の視線は俺の頭に居る―――ラグド・メゼギスに釘付けな訳で。
 
 あ、忘れてた。まっず。

「いっ、い、い、い、…………」
 簪さんは何やら崩れ落ちそうな表情を腕で庇いつつ、右腕を振りかぶった。
 その腕を量子の輝きが包み込み、ネイビーカラーの鋼が纏われる。

「あ、あれ? まだ殆ど組み上がってないんじゃ……」
「か、仮組は……で、できっ……」
 あー、そう言えば外観は出来てましたね。
 簪さんは見ていたくないと、ぐぅっと、顔を背けた。
 もう、耐えられない、と言った感じで。

「いやあああああああああああああああああああああああッッッッ!」
 あ、色々決壊した。
 そうだよねー、髪留めみたいに『GKBR』頭に乗っけてたらねぇ。

 ブゥンッ! と武の理に則る、ちゃんと腰の入った拳が俺に炸裂した。
「ぶげらぁッ!」
 炸裂した拳は、ISできちんとパワーアシストされており、人間なら救急車より霊柩車が必要な破壊力であったとだけ、記しておく。

「愚かなり、敵を仕留めたと確認するまでに視線をそらすとは……それでは当たるモノも当たらんぞ!」
 ぶーんと、素早く飛んで回避するラグド・メゼギス。
 ふ、ふざけんじゃねえあのムシケラがああ―――

「甘い! この間冷蔵庫で蓋をこじ開けたジャムより甘い! この程度の一撃、春のバルサン(焦土作戦)に比べればどれほどのモノでもないわ!」

 ぶぅーん、と無責任にも、通風口へ飛んでいく。
 あと、どこの冷蔵庫だろう、ちょっとゾッとする。



 魂畜生……!
 絶対この分、贖わせてやるぅぅぅぅぅううううう……!

―――ライバルが出来ました、な脳海月野郎の日記より抜粋











 ……ん?
 なんか手紙が来てる?
 へー、IS操縦に必要な手続き対策の資料ねえ……。
 え? 簪さん、常識だって?
 なになに? 『本籍のと同じ漢字で書かなきゃいけないから本籍の謄本丸ごと送りました……』ふーん……。
 姉さんだなこんな封に気を使ってくれるの
 どれどれ? うわー、俺本当に親父の息子になってるわ……は?
 どうしたかって? 簪さん……。
 ウチの生物兵器全員家族……ああ、それは良いんだけど、日本籍ってのになってるんだが……大丈夫なんか日本の戸籍。
 審査とか何もしてないのか!? 大丈夫かマジで!?

 ……あ、俺の名前だ。
 へぇ……一応帰化人だから名字が先に……へぇ、漢字になってんだ。俺の名は……。
 な、な、な……なな、なんだこりゃあああああああああああああああああああ!!!!



 その日の夕刻まで、時間は飛ぶ。



「はいはーい、新聞部の~、副部長! 黛薫子と~」
「同じく新聞部の~、新入部員! ソウカ・ギャクサッツのぉ!」

「「話題の新入生! 『織斑一夏、独占! インタビュー』にやって参りましたー!」」

 ででーん!
 と効果音の出そうな感じで、寮の食堂に俺と黛先輩は参上する。

 おぉぉお! と歓声の上がる1組レディ達。

 皆さん、やって参りましたクラス代表就任パーティ、イン新聞部’sで御座いまーす。
 にしても、ノリが良いです。結構好感が持てますね。
 まあ、ウチのクラスも大概なんですが。

「「どうぞ、これ名刺です」」
 声を揃えて一夏お兄さんに差し出す名刺。
 なお、俺の名刺(手書き)は少々バージョンアップしているのだよ。

 内容に、『新聞部』の肩書きともう一つ。
 『織斑一夏専属パパラッチ』が追記されているのだ!!
 なお、これは副部長こと黛先輩の勅命だったりする。
 まあ、もとより、側になるだけ居ようと思ったから願ったり叶ったりだったりします。

「なぁ、その動きって、練習でもしてんのか?」
 お兄さんは頬をヒクつかせており『うわ、こいつ等なんつうノリだ』的表情である。
 続いて、俺と先輩の名刺を一瞥して。

「———ん? ソウカってこう書くのか?」
 名刺の名前をさして言う。
「あー、僕も今朝知った。今までカタカナで書いてたしね。なんでも、戸籍通り書かなきゃいけない書類があるらしくて。帰化人って面倒だよねえ」
 名刺には、実家から送られて来た書類通りに名前が記されて居る。

 『ギャクサッツ・双禍』
 あくまで戸籍上はです。普段は双禍・ギャクサッツと呼んでいただきたい。
 若しくは今まで通りソウカで。

 苗字はどう考えても『虐殺』にしかならず、カタカナのままにしたそうな。
 何せ、最初は冗談で。

 『葬華虐殺』

 なんて書かれてたから、しばし俺は考え込み……。
「これなんて.ha●kのスキルですか!?」
 ツインユーザーかマルチウェポンの技だな……語呂的に……ではなく。
 叫びに、ふと簪さんの注目を呼び、見せたところ、「……ちょっと、格好良いね」と存外の好評を得た。
 ツインユーザーかマルチウェポンの技だな……語呂的に……ではなく。
 簪さん……。



「でも、この字ってあんまり意味良く無いよな」
 お兄さんが指し示すのは俺の『禍』の字だ。『禍々しい』の『まが』だしねえ。
 こいつは俺も驚いた。
 てっきり『双夏』だと思ってたので。
 ちょっと親父と拳で語り合わんとな。
 あ、無理か、あっちドリルだし。
 通常攻撃が必殺技っぽいのはずるいと思う。
「多分、日本人が無駄にドイツ語の必殺技を格好良く思う心境と同じなんじゃ無いかなあ」
「あぁ、居るよな。『肥満体』とか刺青で彫ってる外国人」
 何それ、見てみたい。
「ちょっと洒落にならんよね」
「だよな……」
 何せ、そう簡単に消せないし。

「はいはいはいはい、二人でまったりしない。それではズバリ織斑君! クラス代表になった感想を、どうぞ!」
 ずいー、と割り込んでくる黛先輩。
 まったりしてたかなぁ?

 と視線を巡らせると箒さんを発見。
 あれれ? 折角のパーティなのにムスっとしてます。あれぇ?

「まぁ、なんというか、がんばります」
「えー。もっといいコメントちょうだいよ~。俺に触るとヤケドするぜ、とか!」
「自分、不器用ですから」
「うわ、前時代的!」
 ふむ。お兄さんは恥ずかしがって言えぬか。ならばフォローの男子、双禍が力添えしようでは無いか!
 
「先輩先輩」
「———じゃあまあ、適当に捏造して……なに? ソウカ君」
「ボイスレコーダープリーズ!」
「何するんだ?」
「まぁ、任せてくれたまえ」
 お兄さんに一言告げボイスレコーダーの前に。
 『偽りの仮面』限定起動。

 えー……と、確か。
「俺に触るとケロイドができるぜ!(一夏ヴォイス)」
「物騒すぎるわ! 俺はどこぞの研究所の作った化学兵器かッ!」
 お兄さんに即座に突っ込まれた。
 べしーんと音が響く。
 え。さっきこんな意味で言ってなかったっけ?

「……あはは……でも、凄い声帯模写ねぇ、よし、採用」
「しないで下さい!」
「双禍は俺の事なんだと思ってんだよ」
「放射性恋愛原子核」
「なんだそりゃあ?」
「放っておくとすぐ漫才し出すわね貴方達。あぁ、セシリアちゃんもコメントちょうだい」

 黛先輩がオルコットさんにインタビューしている傍ら、俺はムスッとしている箒さんの方に行く。

「どもー、お久し……二日ぶりぐらい? 元気ですかぁ?」
「……ソウカか。お前は元気そうだな」
「まぁ、色々艱難辛苦はあったけどね……」
 分解とか超合金風超圧縮パンとかダークマターパンとか零落白夜とか。
「そ……そうか、聞かないでおく」
「そうしてもらえるとありがたいですね」
 よっぽど俺の表情に悲壮感があったのだろう。
 同情でもその優しさにちょっと目が潤んだ。

「ゲボックさんは……元気か?」
「あ、そうか、箒さん親父と面識あったっけ、そう言えば……ん~まぁ、親父が元気じゃ無いのは織斑先生に完全沈黙させられた時ぐらいじゃ無いかなあ」
 格ゲーで言えば体力ゲージの実に五倍ぐらいのダメージを受けるコンボ食らった時であるのが最低条件だけど。

「……言えてるな……親父?」
「当然血は繋がってないぞ? 今更俺らは気にしないけど」
 確か箒さんは親父謹製の生物兵器と交流がある。
 確かアンヌこと茶の三番と仲が良いらしい。by昨夜脳内電話した姉さん情報。
「……聞いて良いか?」
 つまり、生物兵器か聞いて良いか、という事だ。
 ふむ……知っている彼女なら問題無いさね。

「おうよ、僕はサイボーグだったりします」
「そうか……何か困った事があったら言ってくれ」
「それはこちらの台詞ですね。何かあったら言って下さい」
「すまない……」
「いえいえ」
 なんという事でしょう。箒さんはお兄さんが関わってない時はとっても優しい、良い人です。
 ……彼女は幼馴染みという、長年かけた重度恋愛原子核被爆者だからなあ。
 それに比べれば……まぁ、交流期間は短いけど俺の幼馴染みなんて、すぐナタとか出刃包丁引っ張り出してきやがる。
 鬼隠しなんてねぇぞこの辺にゃあ……。
 束様束様ってあの銀髪三つ編みの糸目餓鬼……。
 女性って怖い。

「……む」
 いきなり箒さんが険しい表情を浮かべたので原因(確定)を取り敢えず見てみると、オルコットさんと握手してツーショットの体勢に固められていた(犯人は勿論黛先輩)。
 必死に緩みそうになっている表情を引き締めているオルコットさんは見ものだが、それより何より……。

 一組の女学生がシャッターチャンスを虎視眈々と狙っているのはどういう事だろう。
 ツーショットなぞ赦すまじというオーラが湧き上がってて引く度合いがちょっとどころじゃ無い。

 皆様、目がギラギラしてるし……。
 皆が皆、オルコットさんやお兄さんの視界に映らないよう、体を物陰に潜ませている。
 お前等は加賀の出か!?
 同じクラスで生活して居るせいか、
皆、大なり小なり被爆して居るようだ。
 放射性恋愛原子核の脅威、その片鱗でこれだけとは恐れ入る。

 勿論、隣の箒さんも、いつでもバッチ来いやぁ! 状態。

 ナムナムと心の中で手を合わせる。

「それじゃあ撮るよー。35×51÷24は?」

 視界の片隅にBBソフトが74.375と表示……便利すぎるなぁ、なんか馬鹿になりそう……これがゆとりか。

 ……えー、と?
 2とか、チーズとかは笑顔になるんだろ?
74.375って……どんな表情すりゃ良いんだ?

 どんな表情だろうと顔を歪めていたのだが、その間にも事態は進む。
 シャッターは切られ、目にも止まらぬ恐ろしい速度でツーショットはクラス集合写真に早変わりしていた。
 ……息もピッタリだし、変なところで軍人的統率が為されている、と言えば良いんでしょうか?

 抗議するオルコットさんに総員がニヤニヤするという微笑ましい光景をしばし眺めていたが、ふと思いついた。
 視覚情報履歴を巻き戻し巻き戻し———あった。
 あったけどなんつうシビアな。
 俺はIS学園の女子生徒のバイタリティに内心苦笑するしか無い。
 『偽りの仮面』は便利だなぁ…………(視線を遠くに)。



 目当てのモノを無事得た俺は、ぺたぺたオルコットさんの側まで歩いて行き、ふんわりワンピースっぽく改良されている制服のスカートをくいくい引っ張る。
 どうでもいいけど、この学校デフォルトの制服ってどんなんなんでしょう?
 皆改造してて皆目見当もつきません。
 ちなみに俺は軍人さん風ズボン。
 姉さんが勧める短パンを拒むのにどれだけ苦労したか……。
 箒さんもなんかミニスカートっぽいし。
 そんな男誘うような格好はいけません!
 あぁ……お兄さん誘ってるのか。効果は……あぁ、哀れな。

「おや———あなたは新聞部の」
「双禍・ギャクサッツです。まぁ、僕の事は兎も角、これは如何でしょう?」
 俺はひょいっとそれをかざした。
「そ———それは!?」
 オルコットさんの表情のが驚愕と歓喜の入り混じった表情となる。

 俺がかざした物、それは———



 オルコットさんと一夏お兄さんのツーショット写真!!! ……である!!

 撮影から印刷まで生身(嘘)で出来る。うん、流石俺。
 目指せ万能家電人。

 決定的瞬間に一組一同は絶妙に割り込んだのだが、動画としてはツーショットの瞬間もあるかなーと探してたんだけど。

 有りました、一コマだけ。
 あとは残像拳よろしく誰かしら写っている。お前等亀●流か。
 心霊写真みたいで恐怖まで誘うし。



 まぁ、そんなこんなで、そういう逸品を俺主観では前述の通り、ひょい。という感覚で登場させてみたのだが。
 オルコットさんにしてみれば、ベートーヴェンの『運命』、もしくは猫型タヌキロボットが四次元から秘密道具を引っ張り出した時さながらの効果音が脳内で迸ったに違いない。

 で、彼女がとった行動とは、ぐあしっ、と俺の肩を鷲掴み、物陰に引っ張って行くのであった。物凄い犯罪臭がします。
 これがまたとんでもない膂力でして。
 肩の可変フレームがミッシミッシ軋んだ音をあげているのである。
 IS部分展開してるんじゃないかと何度も確認したほどだ。
 恐るべし、乙女の純情火事場の馬鹿力。
 頼むからそのまま握撃とかやめて下さいね。

「そ、そそそ、それをわたくしに!?」
 表情が「ころしてでもうばいとる」状態なのに一応聞いてくるとはオルコットさん流石貴族。

「ふむ、実は一つの企画を立てておりまして」
「それで? 内容はどんな感じですの!」
 うわ、そんなんより先にそれよこせゴルゥアって正直に顔に書いてる。
 俺は内心の怯えを『偽りの仮面』で隠しつつ、言葉を繋げた。

「織斑一夏の行動履歴をただひたすら連ねるだけなんだけど、希望者のみが定期購読できるという———」
「それも契約しますわ! おいくらですの!」

 怖い怖い顔近い! 例え美人さんでも怖い!
「最初はどんな感じかという様子見も兼ねるので、創刊号は特別価格の500円! 入会書兼アンケートもつけるからその評価と部数次第で値段は決まるかな? 因みに毎号ついてくるおまけを組み立てると、半年で10分の1一夏お兄さんフィギュアになる予定だったりします」
 元ネタ。ディアゴ●ティーニ。
「是非とも!」
「まいどー」

 契約成立。
「あ、訪問販売は箒さんにもしますよ?」
「構いませんわ。うふ、うふふふふ……」
 ……だから怖えって。



 タイトルは決めてある
 織斑一夏の対女足跡だ。
 いつ、どこで誰と会って居たかをタイムテーブルで示すだけである……が、売れる。これは売れる。
 こと、恋愛原子核被爆者には特にね。ふっふっふ。



 置いてあったクッキーを一掴み。
 しゅるるん! と飲み込み堪能。
 おぉ、美味なり。
 世のエリートが集うだけはあるなぁ。

 続きましては炭酸飲料入りのペットボトルをつかんで一口に吸い尽くす。
 ベコンベコン音をたてて凹むボトルを見ていた何人かがギョッとしていた。

 ……なんかまずかったか今の。
「あ、相変わらずとんでもない食いっぷりだな」
「……なんか変かな?」
 俺に声をかけたのはお兄さんだった。

「いや、お前程思い切り食われたら食われる方も本望だろうな、とな」
「おぉ! 褒められた!」
「いや、そうじゃ……まぁいいか。ところでさっきのはやめろよな」
 お兄さんが手にとったのは野菜ジュース。
 ふむ。相変わらずの健康嗜好ですね。
 ところでさっきって……俺なんかしたか? インタビュー以外。
 黛先輩の注意も無かったし、まずかったところはないと思うんだが……。

「……? 何が?」
 と言うわけで、素直に聞いてみる。

「さっきの撮影の時の変顔だよ、思わず噴き出すところだったろ」

 あぁ———……。
「74.375ってどんな顔なのかと思って試しに———」
 もう一回やってみる。

「ぶはぁッ!!」
「のぎゃあああああああァッ!」
 野菜ジュースのシャワーは人肌の温度でした。

「クソ、不意打ちとは卑怯すぎ———大丈夫かっ!」
「うぶぅわっ! 面にぶっかかったぁ!」
「悪りぃ! あー、何か拭くのは……」
 そこで手近にある布巾や雑巾に手を伸ばさないのが、我が姉に良妻賢母を仕込まれた一夏お兄さんである。
 この気の細やかさを異性にも向けたらなあ……あぁ、ストレスで胃に穴が空くか。
 ともすれば、異性に関する鈍感さは防衛本能なのかねえとか思考逃避してみる。

 すると、あたふたして居る俺らに気づいた女生徒が何だろうとよって来て。

「あ、タオルタオル」
「うわー、結構濡れちゃったわねえ」
「織斑君もこれで口元吹いて」
「あ、抜けがけずるい!」
「にしても4組のあの子、羨ましいなぁ」

「———って待て今最後の娘明らかにおかしい事言わんかったか!?」
「「「「何が?」」」」
 常識って……。

「あら、一夏さんどうしましたの?」

 あ、オルコットさん……と箒さん。
 察するに牽制しあって居たらお兄さんに女子がわらわら集まって来たから気が気じゃなくて一時休戦したんですね、成る程。

「全くお前は……大丈夫か、ソウカ(箒さんは俺の漢字を知らない)?」
 ぬぐぬぐ顔を拭かれる。
 うーん、箒さんって妹だけど、姉としてもやってけるかもなあ。一夏お兄さんさえ居なければ、って条件がつくけど。

———ゾクッ

 今寒気がした。
 箒さんに気をかける存在が居ると言う…………居たね、ISネットワークを完全に掌握出来る女王様が。



 寒気の問題を完全に後回しにして、俺は再び飲み物に手を延ばした。
 そこに、悪いと謝罪しながらお兄さんが。
「あ、そうだ。なぁ、ちょっと礼を言いたいんだが」
「ん? なんだい? お兄さん。僕はこれより七つの大罪の一つ『暴食』に耽溺するつもりなんだけど」
 お礼ってなんだ?
 特に食べ物を分けた事はないと思ったが。

「何事も適量が肝心だぞ、適量が。あと良く噛め。ソウカは一口が規格外なんだから、それじゃ殆ど丸呑みだぞ」
「えーと、それは考慮するけど」
 咀嚼機があるので消化に負担がくるほど原型は残らないと思います。

「お礼って注意? その方が健康に良い的な」
 何と言う健康思考。もはや御隠居の域ですな。

「あぁ、そうじゃなくて……これ単純に気づいた事なんだが、本題は別で」
「ふんふん」
「それとは別にさ……茶釜、ありがとな?」
「へ……?」
 茶釜か……。
 もっと違う名にして置けば良かったなぁ……今や、ISネットワーク公式名だし……あぁ、泣きてえ。
「茶釜ってなんですの?」
 オイ待て兄貴。オルコットさん反応したぞおい。
「いやあ、助かった。おかげでセシ———」
 気付いてねぇ!?
「おい、ソウカ、お前一夏に———」
 うぉぉい! 箒さんまで!
 えぇい! 皆まで言わせてなるモノか!

火龍砲突撃破(ロケット・ダイヴァー)!!!」
「ぐぶぅお!?」
 炸裂したのは漫画でよくある———

 お兄ちゃーん。
 抱きつきタックル。
 ん?
 すごい勢い。
 ぐぶぅあッ!!

 を意図的に攻撃としたものだ。
 頭から、全力突撃、身長差も相まって鳩尾につむじが食い込んだ形となる。

 パーティで胃に収まった物を返却しない様こらえるお兄さんの腹を基点に頭一点倒立。
 PICは最低限重力のくびきを開放するに留めて首力だけで垂直跳躍。
 
 つまり、お兄さんから見れば、踵、尻、背中と目の前を上昇して行く様に見える———中国雑技団も真っ青なアクロバティックである。
 これもISならではの重力慣性制御と、脅威の義体の技術のおかげ———ぶっちゃけズルである。
 ……千冬お姉さんならやれかねないけど。

 お兄さんの手首をつかんでお兄さんの背中側に背中を向け合う様に着地———するその前に。

「いだだだだっ!」
 後ろ手になっているお兄さんの悲鳴をたいして聞かず、発動!!

「晴れ●々ぶた流———『変』印、武蔵小金井走りぃぃぃぃぃいいいいい!!!」

 俺とお兄さんは、まるでハムスターの無限歯車の様に大回転!
 茶釜の話をする余裕なぞやるものかっ!
「「ぎゃああああああ——————ッ!!」」

「「………………!!(開いた口を金魚の様にパクパクさせて居るお兄さんハーレムズの二人)」」
「「「「「何これ気持ち悪い!!」」」」」

「あ、ちょっと、絵になるわね」
 待て、先輩。

 因みにこの走法、顔面を路面に叩きつけまくるので二人とも大打撃である。
 最初の悲鳴は俺らのそれだったりする。






 しばらくして、お兄さんが女の子にチヤホヤ弄られつつ拉致られたので自分は再び大罪に挑む事にする。

 俺の武蔵小金井走りに思考がフリーズして居た箒さんとオルコットさんは慌ててその群れに混じって行った。

 『変』を追求するべく生きている『武蔵小●井一族』の伝統走法、リアルで見ればこうなるのも不思議ではあるまいが。

———しかし、本当に美味いねえこの食堂、しかも安いし。
 血税万歳だ。

 その時、ふと、ババロアに伸びた手が誰かの裾と触れ合った。

「あ~、そっくんだぁ」
「あ、のほほんさん」
 そう言えばのほほんさんは1組でしたね。
 今まで出会わなかったのは、こうして人知れず甘味フードファイトをして居たからに違いない。

「チョコレートどうぞ~」
「あ、ありがとう」
 ぽいっ、と投げてきたので口でキャッチ、しゅるんっ! ごっくん。
 おぉぉ、流石始終お菓子を食べてる印象の、のほほんさん厳選品。チョコ一つでもここまで美味いとは!

「その間に~、私は、ババロアを取ります~」
「!!!」
 しまった! 陽動に釣られたあああああ!

「甘味は~、一口たりとも……の~がさ~ない~」

 そこに俺は……のほほんさんの誇りを見た……ような気がする。
 そうして俺がぼんやりして居る間にも、のほほんさんは甘みの強い物から効率よく手を伸ばし、瞬く間に小さな口に詰め込んで行く……な、なんと言う……。
 だけども……。



———お兄ちゃん……。

 ほら、妹(脳内)も世界の何処かで俺を応援してくれて居る! …………かもしれない。

———キクラゲって、クラゲじゃなくてキノコなんだって!



 妹(脳内)よ……こんな時までクラゲを持ち出さなくてよろしい。
 第一それ、俺にさっぱりこれっぽっちも似てねえし。

 あぁ……負けるわけには行かない。
「そう……僕とて量子の胃(比喩じゃない)を持つ者———あぁ! 僕は———誰よりも多く……食べなければならないんだァ——————ッ!!」


———閑話休題



「ちょ……2人とも食べ過ぎッ!!」
「炒め物のカロリー揚げ物のカロリー甘味のカロリー総じて油物のカロリー……」
 以上の悲鳴は鏡さんと谷本さんのものである。

 勝敗?
 周囲の女性の殺気で勝負そのものが打ち切られました。

 その埋め合わせなんですかね?
 今度一緒に『@クルーズパフェ』とか言う所の食べ切ったら一万円! パフェ一緒に食べようと誘われました。

 周囲の女性ドン引き。

 当然行きます。
 あぁー、涎々。






 いやしかし疲れた。
 食ってりゃ良いやと思ったが、度々話しかけてくる女性たちのバイタリティには本当、追いつけません。
 俺、全身義肢なのに……。

 お兄さんも似た様な感じでくたびれて居るところを、箒さんに引きずられて行きました。
 これから部屋で箒さんともう一騒動ありそうですね。
 うんうん、お疲れ様です。

 はて?
 自分もまだ今日中に何かあった様な……。

 なんだっけ?

 思い出せないならそんな深刻なものでもないだろうと、考えて居たら、のほほんさんが手を振っている。

「それではのほほんさん、鏡さん、谷本さんもお休みなさい」
「うん、そっくんもこれから頑張ってね~」
「お休みなさい」
「歯ぁちゃんと磨いてね」
「ではでは」

 こうして俺は一人部屋に向かう。
 1組以外もたくさん居たから簪さんも呼べばよか……。

———回想
「———そっくんもこれから頑張ってね~」

 はて? なんか、変じゃないか?
 なんで『これから』?



 ただい……ま?
 扉を開けた時、全ては待ち構えていた。

 無限●剣製ばりに床を埋め尽くす工具、壁面を舐める様に這うケーブル。



 ……な、なんか工作室からしこたま持ち込んで居るぅぅぅぅうう!!



 そして、その部屋の主はいつもかけて居るモニターにもなる眼鏡と、その上にスコープ型のステータスゴーグル、汚れても良い様、ツナギの作業着と軍手ファッションで俺を今か今かと待ち構えていたのだった。
 内履き用の安全靴まで揃える力の入れ様……まずい……本気だっ!

 頑張れって……こう言う意味ですかのほほんさぁぁぁああん!!
 なんか、最初居ないと思ったらこの準備手伝ってたんですね……泣くよ(血)!?

 なんと言うか……似合っていますね。
 簪さんの雰囲気も合間って、掃き溜めに鶴といった感じ。
 眼光には狂気が灯ってますけどね! 明らかに!!

「ソウカさん……」
「はいいいいいいいっ!!」

「ご飯にする?」
「あ、食べてきました」
 予感がした。

「それとも、お風呂にする?」
「あ、それが良いなぁ」
 このやりとりを、最後まで終えてはいけない。

「でもその前に……」
 じゃかっ、と指の間と言う間に工具を挟む簪さん。
 何となく母性を感じた俺は壊れてると思う。

「……解析……しよ?」
「はいや、ただいまああああ———ッ!!!」
 断れるない俺を、誰が責めれようか。

 絶対的強者による……搾取(笑)。
 本気で食われるかと思ったのは、親父の作った『グー●ーズ』っぽい生物兵器に襲われた時以来だった……割と本気で。



 後日、お兄さんとの会話で。
「やっぱ、姉妹だよなぁ……楯無先輩と簪と言い、束さんと箒といいさ……」
「苦労……してんだなぁ」
「お互い様だよ……」

 なんてことがあったりなかったり。



「嫌あああああァッ!! そこだけは、そこだけはぁぁぁぁあああァッ!」
「……分解! ……溶解! ……理解!」
 努力、友情、勝利のノリでいうセリフでは無い、断じて無い。
「ちょ、真ん中のはヤバイんじゃねぇ!?」

 気が付けば、朝でした。
 何があったのかは……あぁ、思い出したくない。






 真っ暗な水面にプカプカ浮かんで居る夢を見た。
 時折、雫が落ちて来て水面で波紋が広がる。

 波紋には想いが込められて居るような感じがして———

———有難う、主は酷く喜んで居るよ

 そう言われた気がした。
 まぁ、見当はつかなかったが。

———俺のお陰で、そうなったのならこちらとしても本望だ

 と返しておく。
 もう一言二言情報を交わし、やがて波紋が消えると、静寂に包まれる。

 俺は鋼の子宮で産まれた存在であり、
そのような記憶は一切持ち合わせて居ないが、なんだか———

 母の胎内はこんな感じなのだろうか、と思考に耽りつつ、水面で意識を手放した。



 最初に言ったのだが、以上のそれは、全て夢である。






 起床後、すぐさま洗面所へ向かう。
 特性のお面を量子還元してすっぽりと被り、洗面器に水を湛え、面ごと顔をつける。
 自動で水を取り込んで顔や歯を洗ってくれ、洗髪まで完了してくれます。

 面を外すとスッキリ爽やか。

「無駄に高性能……!!」
 隣で歯を磨いていた簪さんは慄いていた。
 洗顔その他が異様に早いことに以前から疑問だったらしく、その事実にまたもびっくりしていたらしい。

「使う?」
 ぶんぶん首を振る簪さんは何だか艶々している。
 対してこっちはゲッソリしている。
 そりゃ、あんだけやればねぇ、満足でしょうに。

 手の平に吸収口が開き、そこに、コーヒー豆とお湯を投入。
 ミキサーでガリガリと豆が砕かれ、瞬く間にドリップされたコーヒーが人差し指からコップに注がれる。
 ちゃんと二人分である。
 のほほんさんは朝ギリギリまで寝てるので来ない。
 先日は余程特別だった様だ。
 恐るべし、きっと第六感を超えたセブンセ●シズ的なものに目覚めているに違いない。

 ぐっと拳を握るとドリップ滓がペレットとして固められているので、それをゴミ箱に捨てて朝の一服である。

 簪さんは何故か最初ドン引きだったのだが、恐る恐る一口試した所、翌朝から頼む様になりました。
 何かに敗北した表情だったのは何故だろうか……。
 余談ですが、人差し指だけじゃなくてマーライオン風の注ぎ方もあるよ。と言ったら絶対しない様に厳命されました。
 ……実家じゃ好評なのになぁ。

 朝の連続テレビ小説の早朝版を横目にパンを掌にのせて『指からブラスター』を極めて微弱に掌全面から照射、普通のイチゴジャムをトッピングして完成したサクサクのトーストをしゅるんっ! と戴く。
 テレビの画面には、黄泉から返って来たと話題の俳優、鷹縁結子が、恋敵の女性にビンタを張られるシーンだった。
 朝っぱらから昼ドラ張りとは恐れ入る。
 さて、二枚目焼くか。

 ところで。メンチビームならぬ視線を感じるのですが……。
 盗聴、盗撮は無い。
 つまり、この部屋に居る……。

「…………」
「ん? どうしたの?」
 簪さんしか居ないわけで。
 どうかしたのだろうか。

「ソウカさんとなら……遭難しても……楽しくサバイバル……乗り越えられそう……」
「ふふふ、俺一人で何でもこなす、一家に一体、万能家電IS人間、双禍・ギャクサッツ———とく御期待下さいな」
「変なキャッチコピー……」
「そうかなぁ? ———あ、でも掃除機は無理かな」
「……どうして?」
「何が好き好んでゴミなんか吸うか」
「あー……」

 簪さんも納得してくれた所でテレビに視線を戻すと、往復ビンタがまだ続いていた。

「朝の連続テレビ小説は……一体、どっちに向かってんだろうかね……? ドリフか?」
「え……演技だよね……」
 めっちゃ良い音響いてますけどね!
 うん、これは効果音の編集なんだ!
 ……だよねぇ!?

 そのうち鷹縁結子の首がグラグラ揺れて来た。
 なんか建て付け悪くなった椅子みたいだ。

 って言うかいつ迄バチンバチンやる気だろうか、これは芸能界でちょくちょく話題になるイジメってやつかな?

 視聴者にそんなの悟らせるなよと思いつつ見続けていた———ら?

 ぶちんっ。

 と鷹縁結子の首が取れてビンタの勢いのまま何処ぞにすっ飛んで行きました。
 ……何このスプラッタ。
 この番組、こんなジャンルだっけ?
 朝から迸る鮮血とか見たくないのですが…………ってあれ?

「俺ぇぇぇぇぇえええええッ!?」
 ガバッとこちらをみる簪さん。
 こっちも首を振る。
 いやいや俺じゃ無い。俺ここに居るし。
 そもそも俺の首の取れ方は『スポンッ』だし……間違っても『ブチィッ』って鮮度良さげなもんじゃ無いし。

 俺の専売特許がお茶の間に先取りされるとは思わなんだよ。



 なんとか俺の無実を証明して、テレビを再度見たら心暖まる映像と音楽が流れていた……。
 放送事故か……。
 今朝の教訓、何事も程々に、だな。

 今日は動画共有サイトやら何らやがお祭り騒ぎだろう。
 って言うかなんだったんだろうね、あれ。
 さて、今日も一日頑張るか。




———で、何日かたったある日




 俺は全力で疾走していた。
 まさかこんなギリギリに情報を取得するとはついぞ思って居なかったのだ。

———今日、2組に中国から転校生が来るらしいよ。
 by黛先輩in今朝食堂!

 今朝は米が食いたくなったので食堂にいたらそんな風に声を掛けられました。

 な、なんだって——————ッ!!

 あぁッ、何より時間が足りねぇ!
 某、超常現象検証漫画の様に驚いたあと、BBソフトで前情報を獲得! その結果、俺が見逃してはいけない項目が太字でしかも赤文字で書かれていたのだ!!
 そう———

 織斑一夏の放射性恋愛原子核に『被爆済み』だと!!
 ん? 備考に……せ、セカンド幼馴染?
 なんでっしゃろ、それ。

 ……なんでわかんねんBBソフト。

 ならば『織斑一夏専属パパラッチ』足る俺は1組に向かわねばならない!

 何故なら……大体箒さんやオルコットさんを見て……あぁ、お兄さんに惚れる女性って、何かとシチュエーションに拘る節があるんだなぁ、と傾向を掴めてきたからだ。

 ……まぁ、データ採取対象が二人しか居ないため、確実とは良い難いが、無理やり上方修正して評価すると『概ねロマンチスト・演出に拘るがやや詰めが甘く、失敗すると攻撃で誤魔化す』と。

 ……なんでかなぁ……間違いないと思えるのは……。

 という訳で転校生もなんかしら朝一番の朝礼前、この時間! 格好つけて来るに違いない!

 何故なら———そう、俺だってその方が———格好良いと思うからだ(同じ穴の狢)!

 全身全霊を持ってその行為を肯定しその演出を記録し保存するために疾駆するのだ!



 通風口を!!



「その情報、古いよ」
 ハイパーセンサーが階下より1学年のパターンに当てはまらない音声をキャッチ!

 場所はマッパーより参照ここ1年1組!
 よしここだ来た、ドンピシャだあああああああァッ!!

 そのタイミングは。

「何格好つけてるんだ? 凄え似合わないぞ?」
「ンなっ……・!? なんて事言うのよアンタは!」
 に、合わせて……。
 つぅか兄貴(お兄さんじゃない)、アンタなんちゅう演出殺しだよ……。
 ま、気を取り直して———



「ちわーっす、新聞部でーっす」

 バカァッと天井の通風口カバー開いて、THE俺、参上! であった。

「「「うわあああああああああああああ!!」」」
「お、双禍じゃねえか、おはよう、まぁた通風口攻略中かい」
「ふははは、四割方は攻略済みだ!」
「な、なな、な……」
 因みにお兄さんは驚き要員に含まれていない。
 転校生はあんぐり口を開けてフリーズ中、一番驚いて居ると見た。
 そりゃそーか、1組の皆には武蔵小金井走り見せてるしこれぐらいじゃフリーズはしないか。

 因みにお兄さんが驚き要員で無いのは、『茶釜事件』(ありゃもう俺の中じゃ事件だ……)のとき見せたからだけではない。

 かく言う俺が最初に見つけんとしたルートは、お兄さんの部屋へのそれだったからだ。






———VTR再現
「どーも、お晩です」
 サアアア———
 お兄さんは泡に包まれフリーズ中ガン見フォア俺。
 ただ、水音だけが響く。

「お前どっから出てきてんだよ!?」
 あ、お兄さん再起動した。

 換気扇取り外して出て来ただけですよ?
「ふーむ……正解は隣だったか。まさかシャワールーム行きだとは」

「……やけに冷静だな!」
「僕は気にせんけど、他の人なら前ぐらい隠そうとした方が良い思うよ?」
「お、お、お前も恥ずかしがれよ!?」
 あ、慌てて隠した。

「今更男の裸体見てもねぇ、なんの感慨もねえし……だって僕の脳男だし……」
「それ、本当だったのか!?」
「おうよ、僕のボディが女なら性同一性障害と表すべき……お陰で大浴場行けねえよ……」
「風呂入りてぇよなぁ」
「うんうん……しかしまさかお兄さんのサービスイベントだとは思わなんだ」
「なんだよそれ?」
「うんにゃ、何でも。本当、誰得って奴だ。ふぅ、お邪魔しますねー」
「……お、おう、上がっててくれ」
「了解~」

 洗面所抜けてどうもー、と手を上げる。

「お邪魔しまーす」
「あぁ、入って……ソウカ!?」
「どうしたんです?」
「おまっ、今何処から入ってきた!?」
「浴室の換気扇からですが……」
「はぁ!? 一夏はどうした!」
「あぁ、入ってますけど?」
「ぶふぅ———ッ、い、い、一夏は……」
「素っ裸でしたよ」
「うふぅあッ そ、そそそ、ソウカ、よく聞くんだ。大和撫子たるは……」
 なんで一々奇声あげるんだろう?

「お気になさらずとも良いですよ、僕が目指すのは益荒男たる日本男児ですので……」
 そしてポージングするアドミナブル・アンド・サイ……駄目だ、映えねえ。やはり強靭な肉体が欲しいのう。
 科学的にはこの上ない強靭さ有るけど、ねえ。偽りの仮面? ふざけんな。

「はぁ……そうだな、一見まともそうでもやはりゲボックさんの……」
「……なんか凄え失礼な事考えてません?」
 眉間にてを当てて居る箒さんから不穏な気配がしたのですが?

「いや、気にするな……気にしたら負けだ」
「ふむ、負けたく無いので気にしませんが……なんで竹刀持ったんですかい?」
「あの不埒者に灸を据えて来るためだ!」

 ……なんで!?
 一体どう理論展開したらそうなるんだろうと首を傾げていると、箒さんは顔を真っ赤にしたまま浴室に突撃晩御飯風に向かってしまった。

「一夏ぁ! お前という奴はいつもいつも……」

 ガラッ。
 オープン!

「うわ、今度はなんな……箒ぃいいいいいいいいいッ!?」
「うわ、わわ、わた、わ、きゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ————————————!!!!」
「なんで入って来た箒が悲鳴上げんだよぉおおおおおおおおおおおっっ!!! うわ、あぶねえ!」

 どったんばったん聞こえて来るので、茶でも淹れるかと急須を量子展開。『最良の味』で量子化された焙じ茶をいただき一息。あとで二人にも淹れて上げましょうか。
 これを淹れてくれた姉さん……本当に生物兵器なんですかあなた。
 絶品すぎます。

「ふ、ふぁ、ふァぅあぅぁうあぁ~……」
 あ、箒さん帰ってきた。
 お兄さんは……あ、生命反応はあるな。
 なら良いや。
 なんか普段の箒さんからは考えられない様な声が漏れておりますねぇ。
 これで迫ったらお兄さん落ちるんじゃねぇ? という可愛らしさ。

 オーバーヒートしてますね。



 復活までしばし待ちますか。



「あ、どうぞ。粗茶ですが」
「あぁ……すまん……ん、これは美味いな」
「いやぁ、で、どうでした? お兄さんのサービスイベント」
 瞬間、二重の意味で顔が真っ赤になった箒さん。
 思い出したのと、吹き出しかけた御茶を必至で飲み込む闘いの結果です。

「ゴホゴホッ! み、みみみ見るかっ!」
「……それは残念、ビックリして見損ねましたか、そりゃ勿体無い。んじゃ、はいどうぞ」
 でも露骨に見るか否かのモノは「ナンなのか」特定されてましたね、はっはっは。
「でも幼馴染なら一緒に風呂入った事ぐらいあるんじゃ無いの? 大袈裟な」
「お、お、おぉげしゃなわけがあにゅかっ!」
「御免、そこまで動揺するとは思わなんだよ」
「———ごほん! ふぅ……そもそもあの時はグレイさんに入れてもらっていたしな」
「あぁ、姉さんとも入ってたのか。ん? 姉さん風呂入れたっけ?」
「ちょっと待て、グレイさんは真逆———」
「そ、俺なんかより『生粋』ですよ」
「なんだ……と……? ……今まで気付かなかった……」
 姉さん擬態能力すごいからなぁ。
 
 
 
 ……いや待て、俺、勝手にバラしてよかったのか!?
 死ぬのか!? 俺!?



「いや、名乗ってる苗字で分からんかなあ」
「待て……あの人、グレイさんも、ゲボックさんの娘なのか!?」
「まぁ」
「嘘……え、あぁ? どうみてもゲボックさんより年上だったぞ!」
「生物兵器を見た目の年齢で測っちゃならんって事だねぇ」
 ちなみに俺は2歳だよ、と内心だけだが、忘れている人がいるかもしれないので言ってみる。

「確か箒さんやお兄さんと同い年だよ? うむ、これはある意味、姉さんもまた幼馴染みと言って良いのかも」
「なん……だ……と……」
 あ、深刻な顔で固まった。
 姉さんは長年文字通りお兄さんと寝食共にしてたからなぁ。
 なんか、男にゃ分からん壮絶な計算を算出し続けてるんだろう。
 一杯一杯でメモリが足りなくなってるけどね。

 で、この隙だらけな間に、ドタバタやっている最中、印刷しました最終兵器。いやぁ良いもの手に入ったよん第一号、を記念に贈呈。

「ふぉああああああああ———ッ!?」
 おぉ、なんと言う劇的反応。
 急所に当たった!
 効果は抜群だ!
 のノリで一気にのぼせ上がった様です。

 もうなんか、体の内側から焼き尽くされた様に見える。
 頭から昇る湯気は幻覚ではあるまい。

「すげぇ……世界が七日間で燃えちまう訳だ」
 最終兵器、さっきのお兄さんのヌード。
 世界を滅ぼしかねない諸刃の剣である事を俺は確信した。

 こんな物騒なものは俺の頭以外には収められんなぁ、と回収しようとしたら。

 がしっ。

 箒さんの手がしっかりと写真をカバーしていた。

「ば、ばかな……意識がなど、とうに失っているというのにっ!」
 煩悩は肉体を凌駕するとはこういう事かっ! いや、某横島さん以外にゃ聞いた事無いけどね、そんなの。

 まぁそれからは予定調和で、オーバーヒートした箒さんをベッドに放り込んだり、復活したお兄さんに愚痴を聞かされたりした……。

 なんて事を繰り返すうち、通風口から物音がしたらネズミでもなんでもなく俺を疑う様になったらしい。

 VTR終了———






「それでは皆様、ハイ、ちーず……」
 取り合えず両手で四角を作って構えたら1組の皆さんが直ぐさま反応。

「「「「「「サンドイッチ!!」」」」」」

 直ぐさま1組+転校生の集合写真完成。
「あ、あとで一枚持って来るんで」
「あぁ、お構いなく」
 クラス1のしっかり者と評判な鷹月さんと会話の後、転校生の前までペタペタ歩いて行き、どうぞと名刺を渡す。

 いやあ、近くで見るとまぁ、彼女も可愛い事可愛い事。

 背丈は……くそぉおおっ、俺よりちょっと高ェ!!
 この———ちょびっと差がなんとも悔しすぎる!!

 制服は正しく運動性を重視したのか、短いスカートと、ファッション兼ねて居るのか肩を出すよう改造されている。


 ヘアースタイルはグドンの好物……もといツインテール。
 そうそう、知っているかね、ツインテールってのはサブカルチャーから発祥した造語だという事を。

 多分、髪型に詳しくなかった人が、この髪型を言い現そうとした時、ポニーテールから派生させて造ったんじゃないかねぇ。

 あと、ポニーテールも社会的地位はあるものの、後ろで纏めて~の方がよく使われます。

 どうでもいい知識なんだけどね!
 侵食しようとしやがった奴の知識でした。まる。



「あぁ、これはご丁寧に……はぁ?! 『織斑一夏専属パパラッチぃ??』」
「以後お見知りおきを」
「あのねぇ、あんたって……」

 あれ? なんか転校生、震えてない?

 ん? どうしたBBソフト……え? お前が転校生登場のインパクト叩き潰したからだって?
 いやいやいや、それしたのお兄さんでしょ?



 と、その時だった。静寂な空気(何処が!?)を緊急警告が打ち破る。



———警告! MDC接近中!
 退避せよ! 退避せよ! 退避せよ!

「何ィ! もうそんな時間だと!?」
「ちょっと、聞いてんの、アンタ!」
「緊急事態だ! 貴女も避難した方がいいって、まぁ、細々と申し訳ないけど、お兄さんとの関係その他についての取材は昼にでも! サヨナラ再見、アディオスアミーゴ、ホナサイナラ、ばっははーい、あばよっ!!」
「はぁ? ちょっと、待ちなさ———」

 跳躍! 通風口から突入、即座にカバー取り付け。
 この間実に1.2秒! 俺もついにここまで来たか……。
 さあて時間は朝のHR、榊原先生到着迄はまだ余裕あり!

 バシーン!!

 あ……手遅れだったか……。
 大幅に転校生の生命反応が減ったな、今……。

 そう、MDCとは、モースト・デンジャラス・キャラクターの略であり。

 まぁ、つまるところ千冬お姉さんの事だったりします。

 お兄さん曰く、脳細胞が五千個死ぬ攻撃らしく、ぶっちゃけ脳クラゲたる俺にとってはまさに鬼門。食らう訳には……そう、例え転校生を犠牲にしたとしても……。

 キィィイ——————

 はぁ、この空気の震え、ま、まさか、気付かれてた!?
 そう言えば闘争の気を感じてましたね千冬お姉———

 鍛針●、再び。

 うっ———ギャアアアアアアアアアアアアッ!!!



 あれですか。
 転校生を犠牲にしようとしたからですか。
 あぁ、人を呪わば穴二つ。

 今朝の教訓。
 ずるい事をしようとすると周り回って自分に返ってくるという事だ。
 覚えておこう……グフッ。



 なお、4組のHRには、ザ●とは違うのだぁ! と電波受信しながら壁を跳ね回りつつ根性で辿り着きました。
 当然———力尽きましたがね。









 昼。食堂です。
 うぉーっ! 入れ違ったああああっ!!

 食いっぷりのお陰で顔を憶えられた配食の姉ちゃんによれば、お兄さんズはもう食べ終わって出てったよ、との事。
 実は午前中、ダメージから復帰するまで授業が上の空だったからちょいと指導受けました。
 両親から送られる農家のおっちゃん達とのお見合い写真への愚痴を一冊づつ聞かされるってどんな拷問だよ……。

 あとさ……ISに回復困難な攻撃を与えるとか……本当に人間なんだろうか、千冬お姉さん……。

 しかし、彼女を捜そうにも……俺……ヤバイんじゃ無かろうか……。

 え? 何がって?
 いやね、だって俺……。



 彼女の名前……掌握してねぇよ!!
 実はBBソフトに聞くと一発だと知ったのは後の事である。



 2組行って聞くか?
 いやでも、「転校生ってなんて言うの?」の直後に「何処にいるの?」の連続質問は対人交渉スキルの低い俺にはちときついモノがある(何を今更)。
 入学して暫く立ちますが、女性の針のむしろ空気は怖いですからねえ。

 んー? んー?
 よし!
「姉ちゃん! 大盛りで肉定食五つお願いっ! あと天そば出前形式で一丁、配達は僕がやるんで」
 後回しだ! 簪さんに差し入れじゃい!

「おぉっ、ちっちゃい体で今日もたくさん食べるねぇ! はいどうぞ!」
「……相変わらず早い、蕎麦もか……牛丼屋並だぞこれ……」
「さあさあ、どいたどいたァ!」

 追い出されるように食堂を出ました。
 あと、ちっこい言うな。

 そして俺は全力疾走。
 しかし、俺が運ぶ器からは一滴の汁もこぼれ出す事はない。
 これぞまさしくPICによる慣性制御の極意、その名も———

 食品停止結界!

 まぁ、電車の中のハエは飛んでて、なんで壁に当たってグシャッとならんか調べる内に、思い付いたのだ!!
 俺ってさ、体にありえん程PIC搭載されてるんだよ……。

 今まで何度か言ってたけどさ———

 関節ごとにPIC搭載って。
 体にどれだけ関節あると思ってるんだよ。
 まぁ、そりゃね? 分離して飛ばして操る為なんだが、俺BT適性無いし。
 せいぜい出来て操作型ロケットパンチとか●炎爆華散ぐらいだし。
 今度ブルーティアーズに直で聞いて見るかね?
 なんかあの子、調子が良いとビーム曲げるって言う、超重力でも無いのに物理法則無視しまくりの荒技ができるらしい。
 オービ●ルフレームかお前は。

 俺としては正直、使い切れなくて持て余してるんだよなあ。
 IS適性はそれなりにあるんだけどやっぱ技術がね。
 エンブリオ(茶釜じゃねぇ!)は常時稼働型なんだから稼働時間ではブッチギリで千冬お姉さんの次ぐらいだとは思うんだけど、

 あぁ、ちなみにIS適性はA−−。
 流石に強化調整されてるのか、お兄さんより高かったりする(お兄さんはB)。
 ん? マイナスマイナスって何だって?
 あぁ、それね。
 『乗ったら最後、体が崩れます』って奴。
 生涯唯一度の発動! 見るが良い我がIS!!
———なぁんて、キー●・ブルーか俺は。

 はぁ、実際そうだったんだから仕方が無い。



 んでさ、余ったPICで何か出来ねえか考えてみたんだけどさ。
 慣性制御の力場を放出したら、マト●ックスごっこできるんじゃ無いかと、そう思った訳だ。あの、弾丸止める奴ね。

 そしたらこれが案外調整ムズくてさ。
 ぶっちゃけ諦めた。
 失敗したら機関銃弾全弾直撃のリスクはでかい、いや、これ本当に、深刻に。
 マジ痛いんだよ。
 で、トドメがBBソフトの。
 
———ドイツで完成済み

 である。
 フッ……そりゃあ、やる気無くすさ。

 で、色々リスク無い時色々やってたら、手の平大の物なら出来るように。
 どんなに振り回してもこぼれない!
 ついにスーパー茶運び人形の機能をゲット!

 灼熱のコーヒー入りマグカップを投げつけ、解除すればあら不思議、中身がぶっかかって二段攻撃に!
 なんでコップ自体に掛からないのかは分からんけどね……。
 親父にやったっけ、修羅になった姉に追いかけ回されました。超怖い。
 光子砲とレーザーと粒子砲とフォノンメーザーと固有振動数適応振動腕刃のクロスフォーメーションは……ぶるるっ。
 思い出すだけでも恐怖がぶり返るというものだ。

 ま、トラウマは銀河の果てに放逐するとして、着々と万能家電人への進化は進むのだ!!
 え? なんか間違ってるかね?

 なんか、小手先ばかり器用になるなぁ。
 日下●太郎みたいな感じなのかもしれない。
 在り方自体でとんでもない死亡フラグの山だなオイ……。
 泥人形にヒロインごと団子兄弟的に串刺しにされそうだ。

 ……ま、俺にヒロインなんて居ないけどねっ……(激涙)。

 なぁ兄さん……どうして富って、偏るのかな……(切実)。
 ま、俺にゃあまだ早いのは分かりますがねっ———と。



「簪さん、差し入れだぜい! 思うにまた絶食状態で没頭してんじゃ———」

 A.  口挟めない位没頭してました

「えー……なんちゅうチート?」
 そう呟かずには居られん事態が現在進行形で絶賛執行中でございます。
 なんとびっくりディスプレイキーボード同時8枚展開。
 超高速タイピングによる情報処理にございま。

 両手の上下に2枚ずつ———ってんのも非常識なのにそれを足でもやりますか。

 ディスプレイキーボードは入力の度に翠に淡く波紋を輝かせ、なんかもう幻想的でこれぞ正しく魔法っぽい。
 しかしまぁ、なんて情報処理能力。
 いくら女性脳の方が並列処理に優れていると言ってもこれはちょっち規格外である。
 これはもう、無限書庫にでも勤めて魔砲少女からフェレット寝取れるレベルではなかろうか。

 とりあえずニ拍一礼。
「……え、な、なんで拝むの!?」
「その上でこっちに意識割けてる!? さらにマルチタスク一枚追加だとぉ!」
「……だから……なんの話!?」

「いや、単純にすごいなぁ、と」
「……そんな……こんなの普通」
 顔を真っ赤にしてブンブン首振る簪さん。
 でも情報入力止まりません。
 指先と顔で表現する印象差が格差ありすぎである。体一つでここまでギャップ出せるのってすごくね!?
 でもさ、ここにギャップ萌えは無いと思う。

 まぁ、これだけは言いたい。
「貴女の世界の普通はあれか!? 破壊魔●光でポンコツにハッキングしかけてたあの指一杯ある奴ぐらいなのか!?」
 もしくは攻殻機●隊で指がバカッといっぱいに分裂したサイボーグの人とか。

「データ生命か……」
 簪さんがロマンに耽りだしました。
 でーもー手ーはー止ーまーんなーいー。
「あぁ、確か家にも居たなぁ」
「ねぇ……ソウカさんのお父さん……世界征服とか……狙って無いよね……?」
「んー? だいたいワンクールに一回は試みて織斑先生に潰されてるみたいだけど」
 コンスタンスに年4回程。
 某Dr.●ルバートより頻繁ですわ。

「会って……見たいかも」
「だからなんでそういう感想が出んの!?」
 ネタには事欠かない人だけどさぁ!



 気を取り直して、当初の目的を実施する。
「ほーれ、簪ちゃんー、蕎麦ですよー、簪ちゃんの好きな天蕎麦ですよー。ここにございはカリカリかき揚げ。それではたっぷり全身浴させます」
 ちゃん付は今の俺のキャラ付です。俺、思うんだ、女をすぐ呼び捨てできるって奴凄くねぇ!? 俺にゃあ今のちゃん付でさえ抵抗があって限界だ、本当天然ジゴロだよな、兄貴とかお兄さんとか織斑一夏とか。

「!! あ、あ……えーっと……」
 ふむ、その作業、本当は自分がやりたい。
 しかし両手足を塞ぐ作業は止められない。そんな葛藤が見え隠れしますね。

「ふむ……ここまで言っても作業をやめないとは……ならば、僕が食べさせるしか無いようだなぁ……はい、あーんで——————」

 ゾクッ———

「そう……? ソウカさんなら別に良いけど……」
「あら、軽く流されたかー」
 二歳だしね。お兄さんがやればまた、別なんだろうけど……。
 今一瞬奔った寒気はなんだろうかね?
 そしてここで終わる俺では無い!

「———だが、話は最後まで聞くべきだな!」
「え……?」
「真逆この僕、双禍・ギャクサッツがただ普通にハイ、あーん……だなんて田村福●郎好みのヌルいラブコメをすると思ったか!? いやぁ僕も好きだけどね! ゆえに個性化を図り———もれなくここで目隠しをしてぇぇぇぇえええッ! 二人羽織で食べさせます!」
 アツアツ地獄が嫌なら作業を止めるが良い!

「でも、ソウカさん、視覚を封じたぐらいじゃ、ハイパーセンサーで普通にできると思うけど……」
「純朴に回転早い頭で切り返された!? 情報入力止まってねえのに? 二歳の僕が純粋さで完敗したぁ!?」

 三機でコンビネーションアタックしたら踏み台にされた気分だった。

「完敗だ……普通に手伝うから食いなさい。食べないなら……」
「……?」
「『偽りの仮面』でボディビルダー、高田厚志さん3●歳魔法少女(笑)形態を取り……さっき言ってた事を実行します」

 ……しんっ。

 それまで止む事の無かった、ディプレイキーボードのタッチ音が止んだ。

「食べよ……」
「うん……」

 それは、彼女の敗北宣言であり、俺の勝利宣言でもあった。
 俺の自爆表明でもあったわけだが。

「でも……『●』で伏せるところが……おかしい」
「しかし……あのカット、あのバルクは見惚れる物があると思います」
「……え゛」



 昼食中。
 ちゅるちゅる……。

 (⇅対比)

 ばくんッ! ズゾゾゾゾゾゾゾゾゾッ!!! しゅるるるる……ぷはっ。

 ビクッ!
「ゴッツァんでしたー」
「はや……」

 特筆すべき事も無いので効果音で締めました。
 うん、まぁ大体こんな感じ。



 キーボード用データケーブルを耳の穴に突っ込んで接続。

 俺にゃあ、データ直接入力ぐらいしか、手伝えなさそうだし。
 うん、あんなタイピング無理。

 簪さん、ドン引き。
 宇宙人と闘わせて評価する黒い玉の……中の人みたいで、整理的に嫌だとか。

 うん……ありゃキモいけどさ。
 一言だけ言わせてもらおう。
 俺に中の人なんて居ねえええええッ!!
 頭の中にメロンパ……じゃなかった脳ミソ載せとるだけじゃい!



 本当はデータ弄るよりハード弄る方が得意なんだよね、パワーアシストのお陰で機械要らずだし。

 さらに。
 高速戦闘用のパーツを起動して意識を加速———言うならばクロックアップ状態。
 それで何とか食いつける感じ。
 日本代表候補生は伊達じゃ無ぇ。
「え……えと……」
 八つの情報を同時入力の上に喋るだと!?
 九つか? 九つかい!? こりゃまるで『情報の九頭龍閃や———!』はたまた『舞い踊る作業の射殺す百頭(ナインライブズ)や———!!』だよ全く…………なっ、なんでコメントが彦摩●風味なんじゃあああああああああ、頭が熱暴走で加速させすぎ高速戦闘用ォオオオオオッ!!

「ソウカさん……思考……右のウィンドゥ……垂れ流しになってる……」
「え?」
 え?
 右を見る。
 はいウィンドゥ。

『えええええええええええええええええええええええええええええええ(で、埋め尽くしてる)』

 えええええええええええええええええええええええええええええええ。
 何じゃこりゃ。
 と思うと、『何じゃこりゃ』と表示される。
 成る程ねぇ、これが思考ダイレクト入力の弊害か。
 雑念がモロ出ちゃう訳ですね、うん。



 まぁ、そんな活動はそのうち簪さんの。
 アレ取って。
 あ、良いよ。
 的手伝いに変わって行きました。

「トーチ貸して?」
「僕の指を使うと良い、適度なブラスター出力にしてるから」
「ごめん……水、とって……」
「はいはい、マニュピレーター射出(例の浮遊腕)キャーッチ! はいどうぞ」
「べ、便利すぎる……人間駄目になりそう……」
 聞こえてるぜ! いやぁ、照れるなぁ。

「ちょっと……手、貸してくれる?」
「ん? 良いけど」
 パコっと腕を取り外して渡す……。
「……あれ?」
「……ん? どうかした?」
「これ……腕?」
「手、貸してって言ったから……あぁ、手首から先でよかったかな」
「……んー……」
「……んー?……」



 放課後、言葉の綾について簪さんに教育受けました。
 手伝って、の意味だったのか。
 なぜこう言う時動かんのだ、BBソフト。
 え? ゆとりゆとりウザかった?
 拗ねんなよ……お前本当は絶対人格あるよな!? 絶対あるよな!?












 で、放課後の簪さん教室後。

 要人センサー起動!
 市松人形のような髪の一房が持ち上がり、くいっと一折れ。探索する人物を指し示す。
 ゲゲゲっぽいね。
 ただ、これは要人センサーの初期名通り、千冬お姉さん、お兄さん、あと箒さん、オマケに親父にしか反応しません。

 ……誰が作ったかバレバレでんがな。

 追加出来るから、転校生もしておけば良かったですなぁ。
 モチ、簪さんやのほほんさんは登録済みなんだけど……ぬかった……。

 だがしかし! お兄さんの側に女、これ尽きる事無し!
 って訳で兄探しです。



 んー? 時間的には放課後のIS訓練は終わってる頃だろう。
 前髪の引っ張る方にホイホイ歩いて行く。

———そこでは



 要訳。
 転校生「ちょっとぉ、お嬢ちゃァん、部屋代わってぇくんねぇかのぅ、あぁ!? 聞いとんのかワレェ!?」

 箒さん「っざケた事ヌかしてんじゃねえどオドレェ……一夏はウチの組のモンじゃけんのぅ、ドスでドタマカチ割ったろかぁ!?」

 転校生「はぁ!? こっちが下手に出て優しくしてやりゃ図に乗りおってこのアマァ……一夏ァはワシらと盃交わしてんやゾぉ!? ショバ代寄越せとは言わん、たださっさとシマよこせぇ言うとるだけなんも分からん程わいとんのかァ!? ドタマ、チャカで弾かれてぇならええけどよォ、あぁ!?」
「「んだとゴルゥアッ!!」」



 まぁ、概ねこんな感じ(特殊翻訳)の、マフィアの額擦り付け合い状態。

 お兄さんはどうしたんだよ2人とも?
 って感じで右往左往。
 はい、誰がどう見ても修羅場ですね、記念に一枚撮影しておきましょう。

 シャッター音がまったくしません。
 眼球がカメラ、フィルムは脳の外付け記憶媒体ですので。
 隠密な偵察の同伴には、是非双禍・ギャクサッツを。



「お兄さんお兄さん」
 くいくい袖を引っ張る。
 しかしまぁ、困惑はあれども、2人に比べると感情の振幅が凪ぎ状態。
 ハリケーンの中心はいつも無風と言うのは常道なのだなぁ。

「双禍? 今ちょっと待ってくれないか? 今ちょっと相手している余裕が無いんだ」
「見りゃ分かる。これに下手に手を出したら最後、馬に蹴られ、犬を蹴り殺すカンガルーに蹴られ、ライオンの顎すら一撃で砕くキリンに蹴られ、犬に食われると言うし」
「どれだけ蹴られまくってんだよ!」
「間違いなく致命傷だね……っていうかこれじゃ部屋は入れないねえ」
「……いや、これ見ろよ。それどころじゃないだろ」
「ふむ……ちょっといいかね?」
「なん———? おぉぉぉぉぉぉぉぉ!?」

 お兄さんの腕を掴んで廊下の通風口に突入。
 お兄さんが狭い通風口に飲み込まれていく様に見えるだろう。廊下の人には。
 というかプ●デターに引きずり込まれるように見えるかな?

 そのままお兄さんの部屋(今度はシャワールームじゃない)に潜入する。
 フッ……。俺にはセキュリティなど意味は無い。
 ル●ン三世でも相手にしているような通風口でなければな!

「いででで……狭い所無理矢理通ってからあちこち痛いんだが……お前あんな所いつも通ってたのか」
「ふむ、ナノマシン散布して清掃させてるから汚くない筈だぞ」
「無駄に手をかけてるなオイ!」
 俺の可変フレームを自己再生機能で培養してプログラムを与えればこの通りです。



「長引きそうだからゲームでもしようぜ」
「……!? 今、どこから出した?」
「企業秘密だよー」
 量子還元です。

「前から思うけど、この部屋豪華な割にはテレビ小さいよなあ」
「お前、この空気で良く平然と……」
 背後でバトッてるお兄さんの幼馴染みズの罵倒の掛け合いをBGMにセットを始める俺。

「慣れたんだ……我が家で……」
 いちいち気にしていては、胃が持たない。俺の胃、消化機だけど。

「お前の家がどうなのかが非常に気になるんだが……」
「多分見ても、後頭部殴られて記憶消されるから意味ないよ」
「怖っ!」
 いえ、貴方は幾度となくやられまくってます……実姉に。

「ところであの転校生、紹介してくれないかね、朝と言い、今と良い、どうも僕は間が悪いらしくてさ。あとでちゃんと自己紹介し合うからさらっとでいいんだけど……」

「あー、鈴の事か?」
「いきなり愛称教えられても僕ぁ、呼べませんよ」
「すぐそうなると思うぞ、知り合えば」
「初めの礼儀ってのが第一印象で重要なんだよ」
「そう言うのあいつ気にしなさそうなんだがなあ」
「それでもだよ———この格ゲーで良いかな」
「お前本当自由だな……俺の幼馴染みなんだ、名前は凰 鈴音(ファン・リンイン)っていうんだ」
「……幼馴染み? その割にゃ同じ幼馴染みの箒さんとはどう見ても幼馴染みって雰囲気じゃないけど……」
「ああ、実は箒が4年の時に転校して、入れ違いに5年の時だったかな? 鈴が転校して来たのは……だから箒がファースト幼馴染みで、鈴がセカンド幼馴染みな」
「なるほど、二番目だからセカンドか」
「そうだ、セカンドだ」
「セカンドかー」
「そう、セカンドだ。しつこいな双禍」
 だって、ユニークな命名じゃないか、多用してみたい。

———これは漫才ではない。ツッコミを望む者は無用である———

「どうした、双禍、首思い切り振ったりして」
「いや別に?」
 変な文章をBBソフトが出して来ただけである。

「しっかし、うぉ、負けた!」
 画面の中では俺のキャラ、ピンクで丸くて手足が浮いているキャラがお兄さんの、似たようだけど炎のキャラクターの降らせた炎の雨で負けていた。
 このゲームは、初作が8bitゲーム機で作られたが、何故か今になって復活した。うむ、謎だ。

「持って来たのに負けるなよ、俺も結構これはゲーセンでやってたけど」
「経験者かお兄さん!」
「え? 未経験者?」
「ちょっと興味持ったから衝動買いを」
「……あのなあ。ちゃんと小遣いは考えて使え。今度家計簿の付け方教えてやるよ」
「うわーい、お兄さんじゃなくてお母さんか、この良妻賢母め」
「む、こうすると無駄遣いが減っていいんだぞ」
「へいへーい」
「返事は『はい』だ」
「しかし画面が小さくて見にくいな」
「言い訳か? 話聞けよ」
「ぬっ、そう言う訳じゃねえ、ちょい膝貸せ」
「わ、何すんだって」
「お兄さんが椅子になれば二人して真正面からゲームが出来る、うん、僕頭良い」
 で、お兄さん胡座。上に俺。一緒にゲーム状態。
 まるでお兄さんマイホームパパです。

「乗られる俺は……? まあいいか、双禍軽いし」
「んじゃ、俺はこの超雑魚で」
「ずるっ、そいつ何気にラスボスと技構成同じなんだぞ!?」
「そう言うお兄さんはハメキャラな幽霊だと!? 二面ボスのパワーアップじゃねえか、ズッリィ」

 何だかんだ言いつつゲーム開始。

「こら双禍、体を左右に振るな!」
「くぬ……このっ」
 俺はどうやらゲーム中、体が動くタイプの様です。
 ならば、これを使わぬ訳にはいくまい。

「あ、お前画面塞ぎやがったな、ずっるぅ!」
「デンプシーロール!!」
 一人チューチュートレイン(背後)ともいう。

「顎ストッパー!」
 両手が塞がっているお兄さんは顎をそのまま落して俺に攻撃。

「ぎゃああああっ! つむじに直撃したアアアアア!」
「ほへいひへるはらふごへまい! ほおままへずりひる!(固定してるから動けまい! このまま削りきる!」
 顎を俺のつむじに押し付けてるために巧く喋れないお兄さん。

「「一夏……」」
「ん?」
「あ、箒に鈴、どうした?」
「食らえ今だ雑魚アップゥアー!」
「あっ、小癪なァッ!」

「「一夏!! 私(あたし)を放っておいて何遊んでいる(んのよ)!!」」
「息ぴったりですな……さすがお兄さんの幼馴染みズ」
 やばいです。ゲームに夢中で殺気に気付かなんだ……。

「……こら、双禍、余計な事言うな。あいつら人間凶器だぞ」
「「聞こえてるぞ(んのよ)!!」
 うわ。プレッシャーが物理的圧力を持ってるかのように迫って来る。

「……墓穴掘ってるって」
「すまん……」

 なんだかなー、二人を火とするとお兄さんはニトロで俺は燃焼材な感じがするなあ。

「んで、箒さんとえーと、凰さんで良かったっけ?」
「何だ……?」
「合ってるけど?」
 何で殺気立ってるんだこの二人。

「———とそこで雑魚投げぇ! ……フッ、勝った」
「あ、このぉ、やったな!」


 ぞくっ。
 ………………。
 …………。
 ……。



「振り戻ろうか、お兄さん」
「分かった……」
 一瞬、殺気が実体化して襲いかかって来るかと思った……美食家風に。

「で、どっちがこの部屋に住むんですかね」
「私が代わる訳が無いだろう!」
「ま、とにかくあたしもここで暮らすわ」

「無理だって……鈴は鈴で我が道を行く性格で、箒は人一倍頑固だ、決着つかねえよ」
「誰が唯我独尊よ!」
「誰が頑固だ!」

 うわ、と身を引くお兄さん。膝に俺が乗ってるからあくまで上半身だけど。
「うーむ……どっちもこの部屋で住みたい。でもこの部屋二人部屋……ところでお兄さん」
「なんだ? (俺は今二人のプレッシャーに耐えてるところなんだが)」
「1組の明日の授業って何かね(白式経由で心の声が聞こえて来るし……)」

「午前がISの運用に関する法令で、午後は実技だった筈だな」
「おっけー」

「その前にな、ソウカ」
 箒さんがツカツカ歩いて来て俺の両脇に手を差し込んで持ち上げる。
 一夏お兄さんはなんだ? と頭上の俺と箒さんを見上げる。

「年頃の女が不用意に男の股ぐらになど座ってはならん」
「……代わりに座る?」
「———ぶふぅっ!? す、すすすす、しゅわるかああああああっ!!」
「あ、あん、ちょ、何言ってるのよ!」
 あー、やっぱり座りたかったのか……二人とも。

 ……まずった。厄介な事した。

「だからな、ソウカ。前も言ったが———」
 顔を振って冷まそうとしてる箒さんであった。赤い顔が可愛いです。

「僕が目指すのは益荒男だぜい」
 とか途中から遮って、顎に手を当てる俺。
 なんて遊んでたら降ろされました。

「……ふぅ」
 箒さんは部屋の奥まで進んで木刀を手に取る。
 
「はしたない」
 ぶんっ。
「真似は……」
 ぶんっ。
「……な?」
 ぶんっ。

 顔が有無言わせないって言ってます。
 あと上下する腕が。

「はい止めます」
 即答。
 全国一位の実力者がぶんぶん素振りを始めたらそうなるのは必須。

「なんか箒さんの僕に対する態度がお兄さんと大差なくなって来たような……」
「一夏の弟分を名乗るなら丁度いいだろう」
「都合いいところでだけ採用された!?」

「で? あんたは何?」
 話に区切りがついたのを見計らって、凰さんがもの言いたげに話しかけて来た。
 やっぱり機嫌が悪そうだ。何でだろう。

「ふむ、朝の名刺でそこそこ分かったと思うのだけどなあ? えーと、凰さん」
「凰鈴音よ。鈴で良いわ。ちょっと巫山戯てない? パパラッチ自称なんて」
「ふーむ、それもそうか」
 俺は部屋をスキャンして物の位置を把握。お兄さんの鞄の中身を入れ替える。
 明日の準備と、着替え。実技があるから下着の代えもあるといいだろう。

「おい双禍、人の鞄を勝手に漁るのはどうかと思うぞ」
「むむ、明日の準備をしてあげる献身が仇で返されたなー」
「せんでいい。あと、極平然と男のパンツを持つな」
「む、お兄さんだって織斑先生の下着洗ってるだろ」
「そうなんだよなぁ、千冬姉、痛むと怒るくせに、自分でネットに入れさえしないんだぜ」
「……」
「……」
「……お兄さん、この話題は止めておこう」
「分かった」
 この部屋に殺気満ちたし、なんか噂をすれば具現化するかもしれないし。

「なんであんたがそんな事してあげんのよ」
「いやね、色々僕もゲームしながら考えまして」
 本当だぞ。
「箒さんも鈴さんもこの部屋で暮らしたい、そうですよね」
「ああ」
「そうよ」
「———だからお兄さんが出てけ」



 間。三人はしばし何か考えていたのだが……。
 一斉に時が起動したのかくわっと威勢をあげ———



「なんでだよ!」
「あんた馬鹿なの!」
「あぁ……やっぱりゲボックさんの……」
「一斉に非難された!? ここは二人部屋だし、特に執着なさそうなお兄さんを出そうと思ったんだが……」
 箒さんの一言が一番応えるんですけど。

「いや、俺どこで寝るんだよ」
「そうだ!」
「そうよ、あ、あ、あたしは気にしないわ」
「ん!? そ、そうだな……ごほん、仕方ないから一夏はここで就寝せねばならんのだ、私との部屋であるここでな!」
「なによ、一夏の部屋でもあるんだから、あたしが居ても良いじゃない」
「お前は自分の部屋に帰れ!」




 ぎゃーぎゃー騒ぎは再会された。
 なぁんだ。
 くっくっく……なんだ、そんな事か。
 千冬お姉さんとお兄さんを支援すべく送り込まれた、この俺に、この程度の困難、乗り越えられぬ訳があるまい!
 しかし、解決策に親父の発明ばっかり持ち出してるとアレだよね。
 ドラえも●からポケット強奪したの●太でしかないと言う情けなさ。

「ふ、箒さんしか分からんと思うが、僕の一族が何だか分かるかね」
「……部屋でも増やす気……か?」
 何か察したのか、軽く息を吐く箒さん。
 この表情……ああ、慣れてるのか。
 でも一緒にしないで欲しい。
 
「「はぁ?」」
 対し、思わず声を上げるお兄さんと鈴さん。そりゃそうだろう。
 親父の事を知らない人間なら、常識でそう判断する。
 まあ、それを抜かしても箒さんは束博士の妹だしねえ。

「いや、出来んだろそんなの」
「頭大丈夫?」
「頭痛いが……残念な事にな、できる」
 本当に頭痛そうにフォローしてくれる箒さん。

「あー、空間拡張台所、『押し入れ』は持って来てないなあ」
「……そうなのか?」
「台所なのか押し入れなのかはっきりしない名前だな」
「そう言う名前なのだから仕方ないよなあ」
 入り口が押し入れで中がキッチンになると言う愉快な仕様。開発は束博士です。

「で、それならどうするのだ?」
「えーとだね、箒さん。三秒で出来る仮設住宅なら持ってるし」
「……具体的にどんな物か聞いていいか?」
 腕を組んで眉を寄せている箒さんに解説する。
 いや、こういう立場は千冬さんの筈じゃ……とか、ハイパーセンサーでキャッチ。酷いなあ。俺は親父程非常識じゃねえよ。

「えーとね、普段はカプセル状の物で携帯できてね。スイッチを押してほいぽい投げると格納されてるブツが展開されると言う……その手軽さから、名前が——————」
「「「ストォオ—————————ップ!」」」
「えッ!? なに、なに何ッ!」

「ソウカ、お前は今迂闊な事をしかけた……それは伏せ字でも危ないものだ」
「マジか、マジで出来てるのか! 凄くねえか!」
「……えっと、嘘よね……」
「ISが量子展開格納できるというのに、出来ない方がおかしいでしょうに。ならば付いて来るが良い。三秒でお兄さん専用の『離れ』を作ろうじゃないか。あ、大きめに作るから今晩ゲームしにいくけど……」
 暗に二人とも遊びに来ていいんだよーと言ってみる。
 これなら表向き反対する者は居まい!



「駄目ね」
「却下だ」
「ええええええええええっ!?」

 賛成どころか即答の拒絶。ショックのあまり四つん這いになる俺。

「俺は別に良———」
 もくろみ通り、執着の無かったお兄さん。さあ、貴方に魅了された、女性達を説得して下さ……。
 その瞬間、凶眼がお兄さんに突き刺さった。計四つも。
「———くはないかな、やっぱり」
 あ、負けた。まあ、分からなくもないけど。

「ここは全寮制だ、寮外での宿泊は禁止されている」
 うんうんと頷く箒さん。
 えええええ。今更ここに来て寮規則か。
「それとも一夏、ソウカ……織斑先生に逆らえるのか?」
「無理」
「理解しました。全面的にそれを認めます」
「ふぅ、分かれば良い」

「ねえ、一夏」
 俺が箒さんに説得されている隙に、鈴さんがお兄さんの傍でもじもじし始めた。
 ん? もしかしてトイ(ビーッ!) なんだよBBソフト、エラーサウンド(脳内限定)なんて出して。
 
「……む」
 箒さんが一瞬にしてムッとした顔になる。
 分かりやすいなあ。

「ところでさ、一夏。約束覚えてる?」
「んー? どんなのどんなの?」
 突撃隣の私です。

「あんたデバ亀凄いわね」
「ブン屋見習いなもんで」
 目付きが死ねと言っている。しかし引くわけにはいかんのです。

 ん? 箒さんの眉のより具合がアップした。分からないが、こういうパターンは箒さんにとって面白くないものなのだろうか。
 二人きりで話しているから? それとも自分が二人きりでお兄さんと話せないから? さて、どうだろうか。どっちもなんだろうけど……まだ、俺には分からない奥がある気がする。

「鈴、確か———約束ってのは……」
「う、うん。覚えている…………よね?」

 む。真面目な話か。
 それくらい、鈴さんの表情を見れば分かる。
 茶々を入れるのは止めておくか。
 これで鈴さんを傷つけるような事をしたらお兄さんも辛い気持ちになるだろうし。

「えーっと、あれか? 鈴の料理の腕が上がったら毎日酢豚を———」
「そ、そうっ。それ!」

 嬉しそうに頷く鈴さん。
 でも、毎日酢豚?
 酢豚ってアレだろ。甘酢餡と豚の……あれ。
 毎日するようななんかあったか? もしやぬか漬けみたいに毎日しないと出来ない工程が……うん、あるわけないな。落ち着け俺。

「———おごってくれるってやつか?」
 なんじゃそれ。

「………………はい?」
 多分、そのとき俺と鈴さんは二人そろって口を『あ』と、『お』の中間のような表情を浮かべていたに違いない。

「それってどっちへの罰ゲーム? 毎日奢んなきゃならない鈴さんの財布への? それとも毎日酢豚を食い続けなきゃいけないお兄さんへの? それとも、毎日食べないと禁断症状が出るぐらい酢豚好きなのかい、お兄さん」
「いや……それは無いって、どこの酢豚狂だよ。だから、鈴が料理出来るようになったら、俺に飯をごちそうしてくれるって約束だろ?」
 うむ、むしろ酢豚教信者だね、それ。
「それなら納得できなくもないが、やっぱり、罰ゲームじゃね?」
 毎日料理するって大変らしいぞ。
 半分主婦のお兄さんに言うにゃ釈迦に何とかだろうけどさ。
 第一。そんな自分にとって厄介な約束を、わざわざ思い出させようとしたり、あんな不安と期待が適度にミックスされてテレが隠し味で含まれた、概ねツン成分を醸し出したりするだろう———

 パァン——————!

 俺が思考の海に没頭しかけた時。
 そんな乾いた音が、俺の思考を中断。音色が室内に響き渡った。

「…………へ?」
 そこには、頬を張られ、何が何だか分からず呆然としたお兄さん。
 ああ、理屈的に通じないが、お兄さん。何か間違ったな?

「あ、あの、だな、鈴……」
「最っっっ低!! 女の子との約束を覚えていないなんて、男の風上にも於けないヤツ! 犬に噛まれて死ね!」

 それからの鈴さんはまさに暴風。
 この部屋に越して来るための荷物を積み済みであるバックを床からひったくり、箒さんの横をすり抜けてドカンとドアを蹴破らんばかりに出て、バタンと乱暴に扉が閉まる音が聞こえたと思ったら、暴風のような少女はすでに居なくなっていた。

 しかし、何だったんだろうな。
 鈴さん、泣いてたし。

「ん———……」
「……まずい、怒らせちまった」
 二人で呆然としていると、眉がよりすぎてスーパーロボットの角みたいに額の中心から鋭角を描いている眉をたたえた箒さんがゆっくり歩いて来た。

「箒さん……」
 なんか、箒さんの雰囲気も変わっていた。

「一夏」
 有無を言わせない声だった。それだけの迫力があった。
「お、おう、なんだ箒」
「馬に蹴られて死ね」
 うわあ、酷いお言葉です。

「取りあえず……出て行け。ソウカも帰れ」
 俺とお兄さんは蹴り出されるように追い出されてしまった。

「はぁ……」
「お兄さん、女って面倒だなあ」
「いや……お前……いや、何でも無い」
 『僕の脳は男だ』を言いそびれた。
 いや、読まれて先手を打たれたようだ。
 本当、どうしたもんかね?



「取りあえず、ちょっと色々考えないとな」
「そうだな、あとカンガルーとキリンがある事だし、今の内から備えねば」
「いや、それらお前が勝手に付け足したヤツだろ!? そもそもコンプする気か!?」
「お兄さんなら出来そうかなあ、と」
「今の俺なら否定できねえ……な、くそっ」
 さて、どうしたものか。












「しかしファーストにセカンドかぁ」
 結局、寮の屋上にほいぽいっと邸を建ててお兄さんと、ちゃぶ台を挟んで相談していた。
 これならば、『寮外に』住んでいる事にはならない。
 こっそり持ち出していたお兄さんの明日の準備セット鞄を持って来たから、実は泊まれる。
「でも訳分からんけど、それすると箒が怒るしなあ」
 そりゃねえ、お兄さんと一緒の部屋ってのは彼女にとっての大きなアドバンテージなのだ。
 だからこそ、今回の防衛にあそこまでなったんだと思う。
 ふーむ、他の女と一緒になられるぐらいなら隔離した方が喜ばれるかと思ったのだが。一体、何がいけなかったのか。

 さて、我らっつても二人だがね。今、今後の方針に付いて相談している。
 ぶっちゃけ仲直りしたいってのがお兄さんの本音だし、お兄さん支援者としてもブン屋としてもそれを一緒に考えるのは本望である。

 議題は、何故彼女達は怒ったのか。
 うむ、お兄さんへの嫉妬から来る攻撃性は分かるんだけど。
 アレはなあ。
 悲しみが出る程。
 つまり、それ程、それに賭けたものが有るって事だ。
 それが俺達には分からない。
 時刻は夕9時過ぎ。
 消灯までまだ2時間弱はある。ギリギリまで頑張ってみよう。



 しかし、この分だと全国津々浦々にまで虜にした女性が居そうだ。
 中国にまで輸出してたしね。
 この分じゃ、幼馴染みは二人で済まないのかもしれない。



「なんだよ」
 じーっと見てたら気付かれた。
 なので、率直に思った事を聞いてみる事にした。

「もしかしてゼータとかエックスとかシャイニングとかブイツーアサルトとか、ヒゲとか、クロスボーンとかウィングとかユニコーンとか、まあ、他にも色々幼馴染みにいる?」
「いねえよ! 俺の幼馴染みは宇宙世紀の決戦兵器か!? ヒゲって何だよヒゲって!」
「ああ、御免、お兄さん、初代をファーストっていうの許せないタイプだったか」
「論点違うわ!」

「たしかガ●ダムって『種』じゃ……OSに略名出るよね……確か、モービル・オペレーション・ゴジラ・エキスパート・ランド・アタッカーの頭文字だったけど」
「全然違う! どうして怪獣王と戦わせんだよ! Gしか合ってねえだろ! サイズ違いすぎて涙目だわ! そもそもどうして頭文字にMがくんだよッ!」

「ちなみに、僕は平成初期怪獣王が一番好きです。そんなわけで、ソウカ・ギャクサッツにはもうじきオキシジ●ンデストロイヤーが実装される予定」
「聞けよコラ! 巫山戯んな! 亡き芹沢博士の遺志を踏みにじんなよ!」

「いや、どっちも対Gってのが象徴的じゃないか(後世の機動戦士作品はGがGとバトリまくってる)」
「その言い方だと対『GKBR』みたいで嫌だなぁ! おい!」
「あー、ラグド・メゼギスがどうしたんだい?」
「なんだよそれ!?」
「俺の宿敵と書いて友の名だ」
「ヘー……今度紹介してくれよ?」
「悲鳴上げんなよ? あと、女子がしばらく近付いてくれなくなると思うよ」
「なんでッ!?」
 だって、簪さんあれから暫く、俺を見る度消毒スプレーぶっかけて来てたんだもん……ぐすん。



「んー、じゃあ、タッパで挑むためにサイコとかどうだろう」
「あー、怪獣王の話に戻るんだ。でもまだ半分もいかねえんじゃねえか? 特に平成版、初代の倍のサイズあるし」
「それに乗っとって、サイコ幼馴染みとか居ないかねえ……どうかな、お兄さん」
「居ねえよ! いたら怖ええよ!」
「トラップカードとか無効にしそうだなぁ……」
「サイコか……」

―――二人、しばし沈黙

「「やめろぉ! ショッカー!!」」
「ふむ、絶好調だな、お兄さん。なかなかやる」
「お前こそ、ソウカ」
「簪さんいたら三人で出来たのになあ」
「かんざし……?」
「ほら、お兄さんを見ると睨みつける眼鏡の大人しそうな子」
「なんであの子は俺を見るたび睨むんだろうな……」
「それは僕も知りたいんだけどさ」
 そうして、話は盛り上がっていき……。



 盛り上がってるんで中略。



「……なぁ、お兄さん、なんで僕ら知らない内にマジカルバナナ(連想駄洒落ゲーム)やってんだよ……」
「わかんねえ、そもそもなんで鈴を怒らせたのかって話だったのに……」
「まあいいや、話題戻すよ」
「ああ」

「でもまあ、お兄さんの場合はモゲラじゃなくてモゲロだよね?」
「? 戻すのそこかよ! って、聞いた事ねえな。なにそれ」
「神の視点に於ける野郎共、その魂の叫びだけど」
「はぁ!?」

 M もりだくさんの
 O お姉様とか
 G ガールとか侍らせやがって
 E エンパイア築く気かこの野郎
 R 楽には死なせんとむせぶ
 O 男達の慟哭

 の略である。
 日本語と外来語混ざりまくりであった。
 SML(衣服のサイズじゃない)――――――
 『正義の・味方・ラブ』じゃあるまいし。



「さて、気を取り直して鈴さんとお兄さんがしたと言う約束に付いて検証してみようじゃないか」
「……俺は時々、双禍のスイッチがどこにあるのか分からなくなる時があるよ」

 なっ……。

「何で僕にスイッチが有る事知ってんだあああああああアアアァァアッ!?」
「うぉ、いきなりどうしたああ!?」
 どこにあるのかは、秘密である。
 
———比喩的表現。行動の切り替えの自己的な切り替え基準を電子回路の回路切り替えに例えた模範用例———

 相変わらず遅いんだよBBソフトォおおおおおお!!!



 話が進まないので落ち着いた時まで飛ばす事にする。

「では行くぞ、約束についてだ。箒さんは一応、部屋に入れてもらえそうだから後日でも良いだろう」
「賛成だ。箒の場合、なんかいっつもあんな感じだしな」
「概ねお兄さんのせいだろそれ」
「……なんでだよ?」

 まあ、良い。このままじゃ話進まん。

「まず一番始めに考えなければ行けないのは、何故酢豚なのか、と言う事だ」
「鈴は中国人だからな」
「それなら別に麻婆豆腐でも、餃子でも青椒肉絲でも杏仁豆腐でもいいじゃないか」
「……別に深刻なもんじゃないぞ、結構簡単に作れるし」
「それはお兄さんだからだろ! 結構手間掛かるだろ酢豚。しかも、それを毎日だなんてどんな苦行だ……」
「いや、そんなんじゃねえし」
「いや、だってあんな事豚にするだなんて結構な労働だぞ! しかもそれを毎日……」
「やけに毎日に拘るなぁ……それに豚肉にする事なんて、唐揚げにするぐらいだろ……」
 な、ななな、何ぃぃぃぃぃいいいいいいっ!!
 そ、その上に揚げるだと……。

「中国ってな日本の活け造りに負けず劣らずの残虐料理が日本なんか比べ物にならないぐらい豊富にあるってな本当だったんだな……」
「待て、双禍、お前なんか勘違いしてる。なんで酢豚が残虐なんだ? 踊り食いも何もないぞ」
「いや……じゃあ、まずこのVTR見てくれ」
 ぐるんと壁の色が変わってモニター代わりになる。
「……何か凄い設備だな」
「でもお下がりという恐ろしさ」
「マジで!?」



 そして、壁モニターにとあるドキュメンタリーが映し出される。
 それは、浜の人達の、穫りたてならでわの鮮度を生かした絶品。
 いわゆる漁師達のまかない飯である。

「ここだ……」
「ん?」

 それは、イカの沖漬けだった。
 別名を、地獄漬けとも言う。

 何が地獄なのか。
 それは、イカにとって、生きたまま味合う調理食材が受ける苦痛である。
 漁師が沖合まで醤油樽を持っていき、穫ったイカを生きたままその中に放り込むのだ。

「こうすると、醤油を飲み込んでくれるので、しっかりと中から味が行き渡って絶品なんですよ」

 笑顔で漁師が説明している。
 生物にとって……得に海生生命体にとって、塩分濃度とは重要なキーパーソンである。
 海水と淡水の生物の殆どがどちらかでしか生きられないように、塩分の濃度はわずかな差でも生命に苦痛を及ぼす。

 ましてや、醤油は……濃い。
 人間が一気飲みをする事で自殺を図る事も出来ると言うから本物だ。
 その証拠に、最近減塩醤油なるものが出て来ているではないか。
 グレープジュースと間違えて誤飲しても大丈夫なように!! ……だと思うけどどうかね。
 アレは、本当死ぬかと思った。経験者だから分かるあの苦しみを……!

 イカに至っては全身———鰓があるから呼吸器にまで流し込まれるのだ。
 その苦痛足るや、必死に吐き出すイカスミまで醤油に溶け込んでこの上ないコクに……じゅる。
 内蔵にまで染み渡った調味料は最高の下味となって舌を喜ばせるのである。

「と言う代物を見てな……」
「涎拭けよ」



 酢豚について、考えてみたのだ。

 酢豚にとって重要なのは甘酢餡である。
 俺の脳内で編纂(リアルタイム)された動画は自動的にモニターに送られる。

 ブヒブヒブヒッ!
 豚が甘酢あんに溺れている。
 その上には、高いところから人が刺す又のようなもので必死に豚を甘酢あんに顔を突っ込ませて飲み込ませている。
「さあ飲め! 飲んで内側から味を染み込ませるのだ!」
 豚は抵抗していたが、刺す又で押さえつけられ、やがてぐったりした豚が甘酢あんに浮かんだ。

「……なんだこの、防腐剤に死体を沈めるバイトみたいな光景は」
 お兄さんの顔が引きつっていた。

「更にお兄さんの言う事を聞くに……」
 ぐったりした豚に溶かした卵と片栗粉を纏い付かせ……。
 そのまま、高温の油に———

 ぶひぃいいいいいいいいいいいい!!!

 暫く暴れていた豚はぐったりきつね色の衣の塊になって、ロープで引き上げられていった……。

「……なんて恐ろしい」
「ンな訳あるかぁああああアアアアアアアアアアッッ!」
 お兄さんがちゃぶ台をひっくり返した。
「何するんだ! 僕は野球に興味はないぞ!」
 更に反論しかけた俺は黙るしかなかった。
 そこには、ああ、千冬お姉さんの弟なんだなぁ……と言わんばかりの般若王が居た。
 息継ぎしながらテ●ザケルとか連射しそうでものすごく怖い。

「五右衛門かこれは! 生きたまま下味付けようとするんじゃねえ! あとなんだこの残虐ムービーは! あとブタ丸ごとなんて汚いだろ!」
「何をぅ! 豚は奇麗好きなんだぞ!」
 あと、俺の脳内映像です。とは言えない。 

「下味ってこういうもんじゃないのか!?」
「酢豚に限らず唐揚げに使う下味はな! 基本、酒、醤油、大蒜、生姜、あと少量の砂糖だ! なんだこれは、片栗粉のかたまりだろ! まず色が違う! ———そもそも甘酢あんは最後に掛けるんだよ、料理舐めるなああああああああああああああっ!!!!」
「うわああああああああああああああっ!!!!」






 正座キツいわ……変な所再現されているし。

「そもそも———料理は人に作ってあげるという観点から、想いも重視していてだな……」
 そう言えば、姉さんに一緒に料理の腕を研鑽していたと聞いてたしな。
 主婦レベルトップクラスみたいだ……。



 妹よ、世界のどこかに居る妹よ。
 お前の兄はどっちかって言うと料理は食べたい派です。
 妹よ、なんか作ってくれるとお兄ちゃん嬉しいなあ……。

「聞いてるのか双禍!」
「はいな!」



 その後、俺はスタンドに●皇と海●雄●と黒柳●が立っているお兄さんに、料理の何たるかをひたすらに語られ続けるのであった。
 お兄さん、自分の問題、今完璧に忘れてるだろ……。






 ……あれ?
 でも、何でお兄さんといい、箒さんといい鈴さんといい……。
 俺が、『アイツ』が遺したネタが分かるんだ!?
 つい言ってしまった時、皆が思わず普通に反応するから疑問にも及ばなかった。

 この時、俺はその事を深く考えなかった。
 それが、後々、俺の動向に深く関わるようになるとは、思いもよらずに。

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 あれ? 今月中出来ないと思ってたら出来た不思議。
 今回ネタまみれの伏せ字祭りでした。
 あれ? 感想板でなるべく皆に分かるように作りたいと言ったのが……全然反映されてない!? orz川


 置いていかれる人が多いですよと感想板に書いてあったのに、過去編がちょっと前回鬱ってたので反動ででしょうか。


 次回の原作編、少なくとも、ゴーレムⅠは出るところまで書きます。
 
 さあて、書いてて物語が転がった部分を含めてプロット修正逝ってきます。




[27648] 原作1巻編 第 6話  物欲センサーは正確無比、欲する者の下にゃまず来ねえ
Name: 九十欠◆82f89e93 ID:975a13eb
Date: 2012/03/26 00:25
 仕事場で仕事が無い時間に書くと一番はかどるって俺はなんて社会不適格者!?
 久々にこのペースで書けました。
 増量の一途をたどっていた文面も久々に軽量化。

 しかしその反動なんだろうか。
 明日から来週丸々は電波的に陸の孤島に出張
 Arcadiaを見に来る事さえできないという……!
 前回感想返信していない方含めて、今夜零時に感想版にお返事等書いて残りは次回にしたいと思います。

 今回、双禍がやたら喋りまくります。
 なんでかな? 俺が一夏見て思った事でも代弁させたかったのか?
 んー、お暇でしたら、どうぞ御一読お願いします。

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 二人の少女がぺこりと礼をする。
 そこに、スポットライトがバシャッと集中する。

「……ひっ(スポットライトで)……皆様『混ぜるな危険! 束さんに劇物を投入してみた』原作編にお越しいただき、まことにありがとう御座います」
「……うーん、むにゃむにゃ……まだ食べたりないよ〜」(礼だと思ったらこっくりしているだけだった)
「こら、本音、起きなさい……」

 青い髪の小動物然とした雰囲気の少女が、隣の着ぐるみ少女を肘で突ついている。

「ん〜? んとねー、本当は原作編はそっくんの一人称で続くんだけどね〜?」
「……(起きた!? 状況わかってるの!?)……んん、今回は趣向を変え、冒頭を、私達から見た双禍さんの観察記録……にします……いいのかなぁ」
「そっくんはああ見えて、自分の事常識人だと思ってるんだよね〜」
「……確かに……そうなんだけど」
「それでは観察日誌始まるよ〜」
「よ、宜しくお願いします……」

 ライトが全消灯。辺りは闇に包まれる。



 ●月○日。記録者、簪

 朝起きて、一歩踏み出したら何かを軽く蹴飛ばしてしまった。
 確認してみたら双禍さんの頭(正しくは生首)だった。
 幸い、目覚めなかったのでそっと持ち上げ、起こさないようにベッドに戻す。
 続いて洗顔に向かったら、洗面所の前に右腕が転がっていた。
 冷静に考えてみると、悲鳴を上げそうな光景なのだが、もう慣れてしまった。
 どうも、彼は寝相が悪い日はバラバラになって部屋中に散らばりながら眠るらしい。
 しかし彼、か。男性と同じ部屋に寝泊まりするとは思っていなかった。
 初めて男性とこんな近くで生活するので、初めは緊張していたんだけど。
 実年齢が2歳だと聞いているので大丈夫だろうと思う。

 しかし、時折本音に異性を感じているのか、ぽーっと見ている時がある。
 本音に言わせれば、ムッツリ気質なのだろうとの事。
 確かに、本音の方がスタイルが良い。胸も同い年なのに2サイズも違う。
 でも、同じ部屋で生活しているのだし、少しは私の事も意識してもらっても良いんじゃないだろうか。 

 軽く流そうとバスルームに向かうと、腰から下がわざわざバラバラに状態で積み重なっていた。
 多分、私じゃなくても同室の人に初日でバレてたと思う。失神も。



 ●月▲日。記録者、本音。

 そっくんがねー、独り言してると思ったら〜、違ったんだよ?
 相手はね〜天道虫だった。
 何言ってるか分かるの? と聞いたら。
 今日は雨らしいよ、と言ってたの〜。
 でねでね、織斑先生の実技の時間に本当に降って来たんだよ、すごいね〜。

 でもね、翌日は蝿と蜘蛛と……うっ、その、『黒くて硬くててらてら光ってて暗くて狭くて湿ったところが好きなわりに速いせーぶつ 』と和気藹々に喋ってたんだよ〜〜〜〜っ。節操無いのは行けないと思いまーす。



 ●月■日。記録者、簪。

 双禍さんが壁の一点をじっと見ていました。
 まるで猫みたいだな、と思ったら、思い出しました。
 彼の五感はハイパーセンサーで代用してるって。
 ……へ、変なもの居ないよね……。
 IS学園は建造されてからまだ年月も浅いけれど、女子のサガとでも言うのでしょうか、曰く付きの噂がいくつかある。
 ある意味人を越えた五感を持つ双禍さんだから、何か感じるものがあるんじゃ……。

 と思ったら、彼の見ていた換気扇の電源部に盗聴器がありました。

 お姉ちゃん……。



 ●月×日。記録者、本音。

 そっくんは全身の何処からでも熱線が出せるみたい。すごいよね~。
 全身から攻撃だなんて俺はどこの超時空要塞だ……って言ってたけどなんなんだろうね~。かんちゃんは確かにって……ずるいな~私にも教えて欲しいな~と言ったら、DVDを沢山貸してくれたんだぁ。
 でも、これ全部観るの大変だなぁ。

 でね、そっくんがその能力でパンを焼いてくれたの。とってもサクサクふわふわで美味しかったな~。かんちゃんはパンの時はいっつもやってもらってるんだって。
 いいな~、いいなぁ~。

 そっくんは結構練習したんだって。
 元々武器だから加減が難しくてスミになっちゃったり。頑張ったね~。

 えらいえらいって頭なでたら顔真っ赤になってた。可愛いなぁ。

 あ~る田中さんって先人はご飯が炊けるから自分はパンで頑張って見たんだって。
 体に100Vコンセントが欲しいって言ってたけど、それは無いよ、そっくん。



 ●月★日。記録者、簪。

 休日。私はいつも通り打鉄弍式の開発をしていたんだけど、部屋に戻ったら(orz)状態の上に簾がかった双禍さん(女性モード)を発見。

 如何したのか話を聞いてみると、女性モードの本当のデザイン元を発見したとボヤいていた。

 正直、あの変身技術は単一仕様能力(ワン・オフ・アビリティ)だと言っても疑われない程に凄いにも関わらず、いや、単に機能だけど? とあっけらかんに言う彼は本当に———現行技術レベルをなんだと思っているのだろうか。

 そして、彼を『創り上げた』存在に畏敬の意を感じざるを得ない。
 その凄まじい、隔絶した技術力。
 篠ノ乃博士にも通じるそれを感じる度、会って話をして見たいと思う。

 『あの人』みたいに何でもできる人は、普段どう思っているのだろうか———

 いいや、先の無い事を考えても仕方が無い。

 気を取り直して聞いてみると、今までは市松人形だと思っていたらしい。
 いやいや、こんなに可愛い市松人形は無いよ、と言ったらさらに落ち込んでいた。どうも、双禍さんには『可愛い』はNGワードのようだ……可愛いのに。

 なんで堀越公方の2Pカラー……あ、黒髪ね……と言っていたが、戦国? 室町時代の人? 良くわからない。
 彼自身も、髪の先端部切ってトガリ無くしたら分からんだろ、と言っていて益々分からない。

「確かに僕もある意味リビング・メイルだけどさぁ……」
 成る程確かに生きた鎧(リビング・メイル)だねと納得する。
 しかし、何か関係あるのだろうか?

 そこであえて、『可愛いからいいでは無いか』と、憤りを別に向けてあげる事に。
 素直なので双禍さんはあっさり乗ってきた。
 簪さんも逞しいって言われたらいやじゃ無いかな? と言われたのだけど……。
 逞しい……確かにそれは嫌だ。
 でも、何処から『逞しい』なんて単語がでてきたのか、今度問いただしたい。



 ●月♨日。記録者、本音(動画データです)

 食堂でかがみんと食事してたらおりむ~と合流。
 しののんとせっし~を両側に侍らせてて、本当、おりむ~はしょうがないスケこましです、ぷんぷん。

 そのまま昼休みにベンチでみんなでのんびり。
 しののんとせっし~は、おりむ~の気を引こうとするんだけど結局素直になれなくてポカポカ。駄目だよ~、そんなんじゃ鈍感なおりむ~には伝わらないよ~?

 そんな時に噴水の水膜を突き破ってそっくんが登場。
 全身ずぶ濡れだし、なんちょっと焦げてるし、どうしたの~?

「いや、ちょっとボイラーに迷い込んで焼かれるところだった」
「なにをどう迷ったんだよ」
 とおりむ~。
 真っ先に駆け寄るこの優しさが女の子を駄目にするんだね〜。
「うむ、思わず排水から逃げようとしたけど、蒸気から凝結したとはいえ熱くてさ、煮込み双禍になるとこだった」
 そこからどうやって噴水の方に行ったんだろう〜。不思議不思議〜?

 タオルでぐるぐる巻になったそっくんとおりむ~が笑いあいながらべしべし叩き合っている。

 普通、女の子同士じゃこんなコミュニケーション(こもっている力の本気度)はありえないから、男の子の兄弟だとこんな感じになるんだろうな~と、ちょっと羨ましい。私にはお姉ちゃんしか居ないしなあ。
 あぁ、でも不満じゃ無いよ? お姉ちゃんよくぐーで叩くけど。

 あれ~? でもおりむ~、そっくんが本当は男の子だって知らないはずなのに~?

 でも、そんな風に意気投合してる二人にしののんとせっし~が面白いわけが無いから。
 ずるずると、おりむ~を引きずって行きました。

「おりむ~はこうやってどんど女の子を囲ってハーレムを作って行く、女の敵だと思います!」
 おりむ〜が聞こえない位置まで行ってから私は正直に言ってみました。うんうん、とかがみんも頷いている。

 だけどそっくんはえ? と呟いて。
「一夫多妻は女性の為の制度だよ?」
 と、わけの分からない事を言うんだよ〜。
 そっくんも男の子だからかなぁ〜。

 それからが、そっくんと言う人の奇妙なところが出てくるのでした。

「ふぅ、確かに一見は男性にとってウハウハな状態に見えるかもしれない———だが逆なんだよね。
 分かりやすくするにはそれぞれの生物的本能と生殖形態の差から来るんだけどさ」

 ヴゥン———と鈍い音を立てて投影モニターが浮かぶ〜ハイテクだよね〜こんなのもついてんだから〜。

「子供を作ると言う事は、つまり自分の半分のコピーを作ると言う事だ。これは分かるね」
 うんうん、と私とかがみんは頷く。

「生物の基本は産めよ増やせよ地に満ちよだ。どっかの宗教でも言っているけど、これは真理なんだよね。
 だけど、さらにもう一つ重要な要素がある。
 それはね、多様性。色んなパターンの生態でなければ、単一の脅威に等しく弱かった場合絶滅の可能性がある。
 そこでは、男性の生殖法というのは非常に都合が良い。多数の女性と関係をもてばバラエティに富んだ自分の子孫が作れるからね。
 逆に、女性は生殖におけるリスクが高い。十月十日もの間、肉体はそれに集中しなくてはならないし、母子共に生死のリスクも高い。何より肉体が鈍重になるから天敵が現れたりしたら目も当てられない。
 よって、女性はパートナーをより吟味する必要がある。自分の子孫をより優れた、生存競争に勝ち抜かせる存在にする為ためにね。
 そして同時に、そのパートナーを独占しようとする。
 身重な時に男性を狩りに行かせて食料を得るためには精神的に上位にならなければならないし、その為にはその異性の独占が生死に関わる。何より、せっかく選んだ優れた異性の因子を他の女性の子にも引き継がれたら、優れた血筋の優位性が薄れてしまう……とまぁ、ここまでだと、やっぱりハーレムって男にとっウッハーじゃねえか。そう思わないかね?」

「そうそう、自分で自分の意見潰しちゃったね」
 と、かがみん。やっぱり納得できないみたい。
 気付けば、しののんやせっし~も聞いている。
 そういえばそっくんってコメントは良く言うけど自分の考えってあんまり言わないからね~。珍しい長口上でみんなでどんなキャラなのか掴もうとしてるんだね~。

 おりむ~だけがあまり楽しそうな話題じゃ無いのか興味無さそう。

「うむうむ、だから続きを言おう。一つ聞くけどさ。優れた理想的な男って、そうそう居ないじゃ無いか」

 見回して……頷く。

「そうなるとさ、大多数の女性はある程度の異性で妥協しなければいけなくなるんだよ……だけど、それは余りに勿体無い。
 何より男の本能は『撒き散らしたい』なんだよ。男にとっても子孫繁栄は重要な項目だし、その為に男性の性欲は女性の数百倍あるとされる。
 女の方が精神的に上位に立つ事が多いけど、身重な十月十日、元々人間は万年発情期な上に、数百倍も色々持て余した男を抑え付けるのは容易じゃない。
 この時、一番困るのは将来自分の子供と敵対しそうな相手を産みそうな勢力と子を作る事だ。女にとってこれはまずい。
 だから、女はある程度集まって優れた男を囲う事にした。元々女は社会性に優れた本質がある。耐えず男の性欲を発散させる事で優れた血統の拡散を防いだわけだね。
 腹違いでも昔は結構兄弟仲はよかったようだよ?(原始~平安時代)
 元々ハーレムってのは複数の女性が優れた男性を共有、独占するためのものだったんだ。
 この社会形態はライオンやハイエナが採用している。
 あれ、ハーレムだけどそれ以上に女系社会でね。ハイエナに至っては女王という概念がある。
 あれのオスは一見だらだら不遜にしてるように見えるけど、特にライオンは他のオスライオンから子供や群れを守る義務がある。
 それをちゃんとできなければ、群れから追い出されて、他の若い雄が迎え入れられる。
 あくまで上位にあるのは雌なんだ。
 ハーレムを作る生物の雄……だいたい死因は他の雄にハーレム奪われてその闘争を原因に死ぬか、放逐されて野垂れ死になんだよね……あぁ、怖い怖い。彼らは雌に見捨てられないよう必死なのさ、『ハーレムうっはー』なんて馬鹿言っている余裕はない。常に自分の優秀性をアピールしなきゃいけないんだから」

 おぉ~、ライオンさんって大変なんだ~。
 動物園でいっつものんびりしてたから羨ましいな~、って思ってたけどそうじゃ無いんだね~。
 あ、おりむ~が頬をピクピクさせてる。

「ですがそれはやはり不埒ですわ!」
「オルコットさん、それはなんで?」
「そそそ、それはその、不特定多数の……ごにょごにょ……」
 せっし~が顔真っ赤にして抗議してる。
 そうだよね~。せっし~はイギリスの人だもんね。

「だーかーらー、不特定多数にしない為にハーレムにするんだってば。そもそもだよ一夫一婦制という概念、病める時も健やかな時も~うんたらかんたらってのは男尊女卑社会が作ったんだぞ」

 ……え~。

「ふむ。では今述べたハーレム社会で割を食うのは一体、男女どっちだと思う?」
「女性ですわ!」
「いいや、男だね、しかも殆どの」
「……何故ですの? ……意見は聞いてみますけど」
 え~……あ、そうか~。

「……あ、おぉ~う」
「あ、のほほんさん気づいた? そう、男女の数が噛み合わない。『優れた男性に複数の女性が集えば』、必ずパートナーさえ見つからないあぶれた男が湧いて来るって事さ。
 それで無くとも男の数は女性より多く輩出される。理論上は等しいはずなのに、男性が多く生まれるのは、まぁ、言っちゃ悪いが雄性ってのは『不自然』だからだ。
 元々、種の多様性を増す為、遺伝子をカクテルするべく生み出した。それが男という生物。
 元々、生命体のベースはすべからく女性。
 その為、生まれたての男ってな本当弱い。ちょっとの要因で死ぬ。成長して安定すれば逆転するけど、基本的に不完全なんだろうね、まだ。

 人間のクローンや遺伝子強化体(アドバンスト)……法では禁止されてるが、これらを作ろうとした場合、女が採用されるのはこの為って事さあ……男だとさ———綺麗なくらいバタバタくたばるらしいぜ(…………・・)

 ……あれ~? 今、そっくんが男の子状態に一瞬戻ったような~。

「———……ふぅ。そう、生物的な欠陥や、抗争とかでバタバタくたばるから、数撃ちゃ当たるの理論で数が多いんじゃないかと言われてるんだよね。そして、ハーレム制で優れているのは種としてみた場合。男女共に優れている場合だね。感情とか心とかはあったもんじゃない。それが低レベルになるとなおさら話が違う。アベレージで動くとなると———多数の男の不満が募る、結果、アブラハム系列———俗に言う一なる神は偉大なり教による『一夫一婦制こそが貞淑。多数の異性と通じるなぞ姦淫の堕落である』という社会が出て来るのも自然な流れなわけだぁよ。
 ま、一夫一婦制ってな、モテ無い野郎がモテる男に女性を独占させず、最低一人はパートナーゲットする確立を少しでも増やすために作った仕組みなわけだね。詰まるところ。
 モテない男の僻み? しっとパゥワーってのはすごくてねえ。先の社会を送っていた女性優位の社会。豊穣神や地母神を祀っていた地域を次々と邪教だ悪魔だいって侵略し、蹂躙し、略奪していった訳だ。流石は戦争と略奪が大好きな宗教ってとこかな?
 ギリシャ神話でさ、古代じゃガイアって地母神が収めてたけど、後にエロジジィのゼウスが掌握しただろ? それでなお頑張るヘラさんはゼウスの首に輪でもくくりつけりゃあええもんを……そういう流れを示しているって事で。
 日本だって元々は一夫多妻制だしね? その意味あいが皆の言うやーらしい感じになったのは武士って概念が出てきてからだ。主たる男の血筋を絶やさぬために多数の女性を用意するってな、生命からして不自然だし……ま、結局男尊女卑だったからだね。
 よって僕は、一夫多妻制は本来なら女性優位な制度だと帰結する———と、ここでお兄さん」
「え———あ、俺!?」

 あ、おりむ~聞いてなかったみたい。

「お兄さんはISを動かした。もしこれが、お兄さんの遺伝子的要因であり、お兄さんの息子が同様にISを動かせたとしよう。ふふふ……一体どれだけの女性がお兄さんの子を望むだろうねえ。そして———幸い、現在は女尊男卑の風潮だ。僕の今の話は他でもない、お兄さんへの警告なんだよ。アラスカ条約加盟国、最低それぞれ一人ずつ嫁取れってハーレムが義務化されるんじゃないかってね」
「じょ、冗談じゃねえ!!」
「ふ、ふざけた事抜かすな!」
「箒さんの言う通りですわ! そんなことさせません!」

 あー、うん。非難轟々。そりゃそうだよ~。

「あー、ちょっと現実味なかったか。どっちかって言うと種馬として枯れ果てるまで腰振らされるか手術台に縛り付けられて搾取され続ける方があり得るな。これはマジだぞ、学園から出たら気をつけろ、お兄さん」
「怖過ぎるわッ!!」

 っていうかそっくん言葉が露骨過ぎるよ~。
 そっくん以外の皆が赤面してます……あ、かがみん走っていっちゃった。ううぅ〜これはかんちゃんに報告だぁ~。

「だが、逆にこれはチャンスでもある。もしお兄さんが『ISを動かせる男性』という新種の人類ならば、ねぇ、考えてみてよ。ISが女性にしか動かせないってだけで平等だ言いつつ男尊女卑だった世界が女尊男卑にひっくりかえったんだ。世の男にお兄さんが淘汰されなければ逆にこの星をお兄さんと言う種で塗り替える事も夢ではないと言う事だよッ!! やがて世界中の要所にはお兄さんの血を引く、所謂『サマーチルドレン』がはびこり、世界を———」
「はいはいはい、脳みそスパイラルんな!」
「はびぃっ!?」

 我慢できずにおりむ~がチョップしました。
 やっぱりおりむ~はそっくんには手を挙げるみたい。
 フェミニストだと思ってたんだけどなぁ。
 男の子だって気付いていないよね? これだけ鈍感なんだし……無意識は鋭いのかなあ。
 そっくんだけある意味特別だね~。

「ひばはんだ……」
「だいじょうぶ〜?」
「あぶ……」

「気にするな、一夏、生物の一般論がどうであるかなど関係ない、お前の心次第だ———日本男子なら……分かってるな?」
「そうですわ、一夏さん。殿方の美徳は誠実さからくると言うもの。お分かりでして?」
 その隙にしののんとせっし~はおりむ~を必死に説得しているのでした~。
 おりむ~本人はどうしてそうなってるかわかんないんだろうけどね~。

「いや、僕は別に洗脳の意図なんて。ねぇ、そもそも日本男子云々言ってた頃が一番一夫多妻———」
「「ふかーっ!!」」
「ひゃーっ!!」

 猫の威嚇みたいに殺気立つ二人に気圧されて街灯に登るそっくん……こっちも猫みたい。

「んー、まぁ、僕の脳は男だからお兄さんに最大の友愛を抱いても微塵の性愛も抱かな……オゥエッ———想像しただけで吐き気した」
「それはそれで酷くないか!?」
「気にするな! それとも何かね! ゲイなのかねお兄さん! ま、色々身の振り方でお困りの際は僕の親父に連絡してくれ。独裁国家の一つや二つ、半日で打倒してくれるだろう!! ———その後に! そこを拠点としたお兄さんの一大ハーレム大帝国を築こうじゃないか!! お兄さんを除けば男はオマケの親父と脳が男であるこの僕のみ! 他の男どもを一切寄せ付けない絶対なる防衛戦力においてお兄さんをその国の———」

 おお〜、どんどん話が大きくなってるね〜。でも、そっくんにとってこれは冗談なのかどうか難しいところだよ〜。

「ゲボックさんを通すのは絶対やめろぉぉぉおおおおお——————ッ!!!」
「ちょっ、待っ———真剣!?」
「待たん! 問答無用! 諸悪の根源はここで断つ!」
「ひゃあああああっ」

 しののんが悲鳴をあげながらそっくんに襲い掛かりました。
 ゲボックってだ~れ~?
 そっくんを作ったって言うお父さんなのかな~?
 しののんのもお知り合いなのかな~?
 なら、おりむ~も知ってるかも。

「ねーね~、おりむ~や、ゲボックさんって誰なのかなあ~」
「……あれ、何か後頭部が痛くなってきた……」

 え~?

「大丈夫ですの? 一夏さん。どうぞ、肩をお貸ししますわ」
「なっ、セシリア———!?」
 おぉ~せっし~抜け目ない~。

「ふはははははっ、今だ隙あり瞬時加速(イグニッション・ブースト)ォぉぉおッ!!」
「な———ぬぅお!? 瞬時(イグニ)……ッ速! 本当に速い!?」
「フヒャハハハハハッそれではさらだばー(生野菜のシャーベットアイス・味が微妙)!!」

 しののんとそっくんのじゃれ合いを見ながら私は思うのでした……。

 どうしてこんなに考察出来るような知識あるのに、常識が疎いんだろう? バランスがしちゃかめっちゃかだよ~、どうしてどうして~?

 そぉそぉ、地下設備の大破壊が発覚したのはその日の夕方でした~。
 あの時は黙っていたけど、犯人はそっくんなんだよ。

 ボイラーが壊れて大浴場が使えなかったんだよ~。
 よほど熱かったんだろうけど、もう少し考えて動いて欲しいと思う、布仏本音でした。



 でも、一瞬男の子に戻ったときの反応……。
 そっくんはもしかしたら……。






 暗闇の隅で、少年が搭乗しやすいよう跪いているISを磨きながら、何事を言っている。



「…………え? あ、うん……」

「なぁ……打鉄弍式……これ本当? あぁ、疑ってごめん……でも最後のだけ動画データなのな……何時の間に……」

「あぁ……うん、別に良いや。でものほほんさんマジ侮り難し」

「あ~、そっくんが勝手に日誌見てる~!」
「……! 打鉄弍式の量子コンピューター内に隠しといたのに……!!」
「いや……むしろそれ俺にはモロ筒抜けだし……当の打鉄弍式がなんか自慢げに見せて来るからなんか自然に……」
「……戻って、打鉄弐式……」
「———ひっ!」
 打鉄弐式がどういう反応したんだろうか。双禍の反応で推測していただきたい。

「待って、双禍さん……」
「待ってたまるかー!」

 逃げる双禍追う簪。

「じゃーねー」
 袖の垂れた腕をふる本音。
 スポットライトが消え———漆黒の闇のもと、一次終了。
 後半へ続く。











 さて、唐突だが、一青少年(2歳だけど)として、『やっちまったぁ……』と言ってしまうであろう状況は二つばかりあるだろうと思う。

 まず一つ、朝目覚めたら同じベッドで女の子が同衾してた場合。
 しかも裸ならドンピシャだろうね。
 お兄さんならいつかやると俺は信じている。うむ。
 もう脂汗で背中がナイアガラ化するんだろうけど、まぁ、残念ながら今回はこの場合じゃない。

 続いては、実はあんまり性別は関係ないんだけど、交通事故起こしちゃった時かな。
 うん、ズバリ人身事故。

 さて。言う迄も無いけど、俺は当たり前だし、他の学生もだけど、運転技能の免許なんて無い。
 いや、外国の法律とか知らないから、もしかしたら持ってる子とかいるかもしれないけど、その辺は勘弁して。特にこだわるところでも無いし。

 でだ。
 となると、人身事故と言いつつも、人と人の生身同士の激突だったりするんだけど、うーん、古典のテンプレでパン咥えた女の子が曲がり角でぶつかると言う状況。
 二人とも倒れて『痛った~』ってあれね。

 思うにあれは彼我の破壊力が拮抗してたからあんな結果になったんだと思う。



———ふぅ
 遠回りに言うのはやめようか。

「うわぁ、やっちゃったねぇ」
「コラ双禍、なにまったりしてやがる! ……あぁ、悪い! 大丈夫か!?」

 お兄さんが人撥ねました。
 割と容赦なく。

 痛った~どころじゃ無いね。
 こっちは全力疾走、相手は何やらフラフラ状態、そしてここ、IS学園なら常識と言えるけど、お兄さんは当然ながら男性で、被害者はほぼ確実に女性だ。
 あの用務員のお祖父ちゃんなら別だろうけど、まさかこのお兄さんに限って男を撥ねるなんてことは無いだろう。
 あ、分かってると思うけど、全自動旗建て折り機的な意味ですな。

 体格差も合間って、もうマジ、ヴァウンッ———って感じで撥ねました。



 で———お兄さん織斑、マジ織斑と思ったのはその対象が———
 簪さんだったりするからなぁ。
 バイタルサイン並びに頭部等の重要部位もチェック済み。打鉄弍式にも確認をとってるからこれは確か。

 しかしまずったなぁ……昼に差し入れしたけど、この分じゃ凝りてない。夕食も摂ってないのは確実だ。
 あー……これだから俺は気遣いの足りない子と言われるんだよな。

「あぁ、大丈夫。多分夕食抜いてたからフラフラだったんだろう。頭もぶってないし、僕のルームメイトだから任せてくれ。気を失ってるのも過労だろう。ショックで落ちちゃったとかそんなんだと思う」
「いや、俺の責任だからせめて俺が背負ってくよ、双禍の部屋なんだろ」
「ま、消灯まで50分はあるし…………ま、いいか。そうそう、僕の部屋じゃ酢豚の話禁止ね」
「分かってるよ、また今度きっちり解決させるからな」
「元々テメェの問題だろうがっ!」
 思わず感情が爆発して『偽りの仮面』による人格偽装は間に合いませんでした。

 そう、俺はお兄さんの『料理に対する真摯な心得』から隙を見て脱出したのである。

 でもって当然追いかけて来たお兄さん。
 生身ではない僕の走る速度に追いつけるとはなかなかである。
 で、俺が整備室を通りすぎた直後に簪さんが出てきて衝突事故。こんな塩梅だったのである。

 それにしても———
 本当、簪さんを背負うお兄さんにはいやらしい感じは全くない。
 本当に責任を感じ、真摯に対応しているのである。
 人間としては人格できてるから顔も合間ってモテるんだろうねえ。
 恋愛関係の鈍重さを抜かせば良いのにねえ……いや、鋭いと地獄か?

 等々俺の部屋に戻るのであった。
 簪さんを寝かせて一息を吐く。
 姉さん作のお茶を量子展開して出すと、料理番組の人みたいに「……この味は、まるでグレイさん!? だが真逆……!」
 なんて深刻になってるけど俺以外の常人には聞こえない音量だから反応する気はありません。

 驚くべき事に淹れた人を当てている。
 流石お兄さん。グレイ(ねえ)さんの弟子。



「しかし軽いな、ちゃんと飯食ってんのかな」
「多分摂ってないな。昼も差し入れしなきゃ食べなかっただろうし。ちょっと詰める事があってね。放っておくとカロリースナックか10秒チャージで済ましそう」
「———成る程な……双禍、冷蔵庫開けていいか?」
「ん? 構わないけど」
「無事だったとはいえ、何かお詫びの一つでもしないとな。食を断ち気味なら胃の働きも弱ってるだろうし———お、うどんあるな……出汁は素も無いけど、その辺は麺つゆで代用して———お、かき揚げあるな。これは結構良い味出すだろう。初めから浸けて旨味を出すのと後のせ用に分けて……よし、最後に梳かし卵を———」

 あ、あれ? おいおいおい……。

 一人言だと思ってたらあれよあれよとアツアツの煮込みうどん完成。
 すげぇ! なんと言う手際……お兄さんマジ主婦、そつがねえ!



 お兄さんはそのまま簪さんが寝てるベッドの側でパタパタと手扇ぎ、香りを送っている。
———いや、そう言う起こし方もありっちゃありだがよ

「ほい、あーん……」
 あ、簪さん従って口開けた。
「あむ……ちゅるるるるる……」
「おー、食べてる食べてる」
 寝ぼけ眼に小さく食べております。

「なんというか、子猫にミルクやってる様な感慨抱くのはなんなんだろうな」
「……同意だな、お兄さん。ねぇ、次僕食べさせてもいいかな……!」

 なんなのかね、この微笑ましさは!
 火傷しない様にふぅふぅ人肌まで冷ますとは流石お兄さん、本当気遣いの達人……鈴さんにもちょっとメモリ割いてやろうや可哀想。

 二、三本食べさせると流石に目がぼんやりと開いて来る簪さん。
 ぼやぁ? と彼女は目の前でうどんをふぅふぅしてるお兄さんに気づくや。

「あれ? 双禍さん、今日は大きい」
 普段小さくて悪う御座いましたね———って……お兄さんの事、俺と間違えてるぅぅぅぅ——————ッ!!

「はい……ありがとう……いーこいーこ……」
 そして頭を撫でる簪さん。
 いや、ま、確かに俺の原型形態はお兄さんのかつての姿ですがね!?
 仕方ないのか!? 一番俺の素顔を見てしまっているから仕方がないのか!?

 ビシィッ! と硬直するお兄さん。
 結果、黙って撫でられ続ける事になる。
 簪さん……あなたの中で俺のイメージってこんな感じなんですか……?
 普段抑圧された欲望なんでしょうか。
 正直知りたくない。
 お兄さんがギギギィッとこちらに視線を向けて来るので俺は仕方なく簪さんに近づいて。

「僕はこっちですよー、それは織斑一夏ですよー」

「———へ???」
 効果は劇的。
 それでいきなりパチパチと二三度目をしばたかせ。
 ギロリと目つきを鋭くするも首を傾げ。
 あたふたあたふた何かを探すので、あぁ、はい眼鏡。と贈呈。
 装着。
「………………(じー)」
「………………(硬直)」
「…………(あー、消灯まであと10分かー。あー、眠)」
 三者三様の硬直。

 が、直後。
 
 ばしっ、ばしばしっ、ばしばしばしっ。

「~~~~~~~~~~~~っ!!」
「痛っ、いたたた、いたたたたたたっ」
 あ、何か叩き出した。

 がしっ、がっ、がっごっ、がごこっ。

 おおぉっ! 続いて左手でお兄さんの頭を掴んで右の肘打ちと来た!
 ふぅーん。普段ビクビク小動物系だけどやっぱり代表候補生。
 人の殴り方に違和感がない。
 普段の言動からはあんまり分からないけどやっぱり全般的に優秀なんだなぁ。

———あ

 今度は両手でお兄さんの頭を抱え込んで膝打ち!? 何か様になってるけど……これ、ムエタイ!?
「うぉおおおおおおっ!!」
 流石にこれは食らうとまずいと思ったのか顔面を防護するお兄さん。
「早く……覚めて……!!」
「……って、簪さん、これ夢じゃないから! 現実だから! ストップストップ! マジで暴行の現行犯中だから!!」

 ようやくお兄さんは抜け出し、俺は簪さんを止める事に成功。
 なんかこのままだとカポエラまででそうな雰囲気でした。

「いや……なんで……」
「いやいやいあはすたあ、じゃなくて、簪さんや。彼は轢き逃げ犯だから連行したんだよ」
「逃げてねえよ!」
 しかし、何故そんなに嫌がるのだろうか。

「え……?」
「簪さん夕食まともにとってないでしょう、フラフラだったんだよ? まあ、そのせいで轢き逃げ犯に引っ掛けられたんだけどさ」
「くどいぞ双禍……」
 さて、お兄さんが切れかけたので話題を変えよう。

「ま、これを食べて下さい」
「あ、おうどん」
「相当お腹減ってたんだねえ。さっき食べてたよ?」
「え?」
「寝ながらだけど」
「……いただきます」

 しばし簪さんがうどんを啜っています。あ、ちょっと赤面してる。
 弱った胃腸用に柔らかめに煮ている。何から何まで気をお使いですねえ。

「———美味しい」
「お、やっと笑った」
「本当だな、美味なるモノは常に最終兵器だと言うが、本当だね……それ、お詫びにお兄さん作ったんだよ」
「え?」
「いや、そこまで露骨に嫌そうな顔されると流石に傷つくぞ」
「そうそう、お兄さん。ご紹介しよう、彼女は更識簪。日本の代表候補生だね」
「相変わらずマイペースだな双禍。え? ……代表候補生って事は4組のか?」
「ご名答、僕4組だからクラスメート」
「へー、双禍も4組だったのか」
「そんぐらい知っとけや!」
 宴会のとき、1組の人は知ってたぞ!
 今度からは名詞に書いておこう。

「確か、1組以外じゃ専用機持ってるのは4組だけだったから……持ってるのか。凄いな。どんなのなんだ?」
「——————っ!」

 あれ?
 そう言った瞬間だった。簪さんが人一倍敵愾心を放ったのは。
 ……つまり、簪さんが一夏お兄さんに何か思ってるのはIS関係? と言えば、未完成の打鉄弐式を思い浮かべる。

 丁度いい、いい加減理由を確信したかったのだ。いい具合に揺さぶる者も居るし———
「お兄さんの白式と彼女の打鉄弐式は同じ倉持技研制作でね、結構共通した印象があるねえ」
「へえ、そうなのか」
「そうそう。白式が軽量機(トワイライト)だとしたら、重量機(ダーケンド)って感じかな? と言っても白式は雪片二型のお陰で破壊力が最大級だからねぇ。軽量機と言ったら齟齬があるんだけどね———でも、まだシステムが———ん?」
「どうした?」
 未完成だ、と言おうとしてなんかが引っかかった。

 はて?

 白式はお兄さん専用機だ。わざわざ言うまでもない事だが。
 だが、その開発は間違いなく、ISが反応する事が分かった———受験日から———たった数ヶ月前からである。
 一体いつから簪さんが代表候補生となったのかは知らないが……間違いなく、それ以前であるのは確かであり、それはIS学園に来た事からも伺える。
 そして、そもそも与えられて無いならいざ知らず、専用機があるのに何故、組立て段階の未完成状態でしかない打鉄弐式なんてモノが簪さんに提供されているのか?
 簪さんが自分で組みたいと言ったのか? 否。自分好みに改造するにしても、ましてや彼女の言うとおり、位置からくみ上げたいと言っていても、それなりの素体が出来ていた者を自分好みに調整するのが楽に決まっている。

 それに。
 専用機がIS学園に持ち込まれるには大きな理由があるのだ。
 それは、データ収集並びに、軍部では得られない多彩な経験値の蓄積である。
 アラスカ条約により、ISの技術は世界で共有するのが常となっている。
 まぁ、実際はどこも公表していないのがあるのは確かだが……ISの場合、どんなに引き上げても『それ以上が居る』ため、事情を知っている俺らとしては安心事項ではあるが。
 では、自国の技術の結晶、専用機を他国の眼だらけの学園なんぞに持ち込ませるのか。

 それは———公開したところで意味の無い、絶対に模倣されない機能———その発現の為の経験値蓄積だ。
 
 単一仕様能力(ワン・オフ・アビリティ)

 乗り手とIS。双方の合意を得て成長し、第二形態移行をへて、さらに少ない確率を経てこそ獲得する、そのパートナーの為だけの機能だ。
 まあ、お兄さんと千冬お姉さんと言う、奇跡の同一アビリティ発現を果たしたが、まあ、これは彼の博士達が関わっているだろう(半ば確信)から置いておこう。

 軍部にいればわざわざ要請しなければ都合を付けるのも困難な、他国のISとの模擬戦やら交流やらを授業や何の気なしの放課後の模擬戦をこなす事で、経験値を得て第二形態移行にすれば―――それだけで儲け物。
 更には単一仕様能力が発動すれば恩恵はおつりがあってあまりあると言える。
 故に、わざわざ他国に情報をバラ撒きに行くと言っても過言ではない代表候補生&専用機は、それなりの形を得ているのだ。
 未完成機なんて本末転倒だ。阿呆じゃないか日本国。
 他でもない、通学させた国の利益の為なんだから。

 さて。
 
 そんな中、前代未聞の———男が動かすってんで……まぁ、起動するだけでデータ収集ができる白式が出来てて、打鉄弐式が出来ていない?

「いや……待てよ? ……白式ですらオルコットさんとの試合ギリギリだった……それ程までの突貫工事……いや、そこで天災(ゴッド・ケアレスミス)の介入が無ければ間違いなく今でも開発中だろう……」
「おーい……双禍?」
「それでも限界まで全力を注ぎ込んでの開発だった筈……ってことはそれまであった他のプロジェクトは……あぁ、そういうことか———」



 伊達眼鏡装着。
 蝶ネクタイを装備。
「お兄さん! 犯人は貴様だ!」
「い、いきなりなんなんだよ!」
「ところで『貴様』ってさ、要は『あなたさま』って敬ってるのに悪口っぽくなるのは何でだろうね」
「知らんわ!」
「いや、でもお兄さんが原因なのさ」
「いや、だから轢き逃げじゃ———」
「あぁ、わり、轢き逃げの話は一先ず置いておこう」
「だから轢き逃げじゃねえって」
「だからですねえ……簪さんの機体が出来てないのはですよ、開発中に研究者や技術者を『ハァハァ……たまんないっ!』って言わせる取り組み品が出ちまったせいなんですよ(CV 神●明)」
「機体が出来てない? ……何だよ、その声は。まさかパーティの時の俺の声真似ってそれ?」
「んー。まあ、そんなところ(実は今も『偽りの仮面』限定機動、これただのネクタイ)。彼女の機体は未完成なのさ。でさ、その理由と言えば、皆研究者達が未知との遭遇に夢中になったもんだから……」
「えーと、まさかそれって」
「おー、分かったか。そこまで鈍くないか。そう、世界史上初、『男の専用機になるIS』って作品を作る事になったから、それまでのプロジェクト全部ほっぽりだし———」
 どうだね、BBソフト。
 答えはExactly。おっけー。

「いいから!!」

 そこで大きな声を荒げたのは簪さんだった。
「あなたは関係ない……」
「でもね、それが理由で簪さんがお兄さんに良い思いをしないで睨む事になるなら、関係あると簪さんが思ってるも同じなんだよ」
 む、言い過ぎたかなー。俺は本当に気を使えない。
 簪さんが俯いてしまった。
 
「……悪い、まだちょっと掌握してないけど、俺のせいか……」
「原因ではあるけど責任は無いさ、試験会場間違えたっつーポカ以外は」
 聞いた瞬間大笑いしてやりました。
 なんでも、銀色の蝶にまとわりつかれたら方向感覚が狂ったとか……。

 いや待て。それって……アリス———

「それを言われるとかなり辛いんだが」
「いやー、大笑いするギャグにしかならんだろうさ。気にするもんじゃない。ま、あれだ。現在の簪さんの不摂生状態はある意味お兄さんのせいだが、責任は無いさ」
「それ、なおさら気になるんだがなぁ」
「ま、今のお兄さんはそれよりデカイ問題があるだろう、酢豚事案。ひっぱたかれた頬がまだ赤いし」
「ぬ……」
「人にまで気を使えるかね? 無いだろう。だから、暫くはこっち、僕等4組の問題として、自分の事は自分でやりたまえ。これについては酢豚事案が一息ついたら僕から持ちかけるから、余計な事にまで気を回さない方が良いし……何より———消灯まで後三分」
「何ぃぃぃぃいいいいいッ!! あああああああッ!! 本当だ! 悪い、俺は帰る! ああ、でも簪、やっぱり俺にも責任がある事だし、今の問題が片付いたらなんか手伝うから! 絶対だぞ!」

 相変わらず女性を下の名前で呼び捨てかー。
 しかも今出会ったばかりでしかもいい印象受けてない相手の……うーむ、凄い。
 俺には出来ねえな。これが放射性恋愛原子核保持者か。
「あ……あのっ!」
「ん、どうした、簪、正直マジで急いでいるんだが! 規則を守らないと千冬姉ぇ……じゃなかった織斑先生がっ……」

「うどん……ありがとう……美味しかった」
「おう! 美味いって言ってくれるのは嬉しい、双禍の言う事聞いてちゃんと体に気を使えよ!」
「お兄さんは使い過ぎだと思います」
「なにをぅ! 若いうちの不摂生は……ってうぎゃあああ、本気で時間が無いいいいいいっ!」
 俯いたまま言う簪さんに特に思うところもないのか、お兄さんはうだああああああっ! と自室まで走って行った。

「かんざし……」
「全く、呼び捨てで呼びおってからに……」



「……ところで酢豚って??」
「あー……」
 それを説明する事になるのだが……。



———かくかくじかじか説明中———



「それ……遠回しのプロポーズ」

「まさか味噌汁と同じ慣用句だと……!」
 流石に僕もこの慣用句は知っている。
 でもお兄さんへ言う場合……逆に『毎日味噌汁作って下さい』な気がするんだが……。
 中国早いな、中学でもうプロポーズだと! いや、昔は日本もそうだったと聞くし、国民性なのか! そうなのか!?

「そうとしか……考えられないんだけど……」
「中国人にとって酢豚は飲み物なのかっ!」
 味噌汁と言う、毎日食卓にあがっても違和感の無い所謂ソウルフード。
 酢豚がその域にまで到達していると言う事なのか!
 餃子だと思ってたよ俺!
 ってーことはあれか、インド人は求愛に『毎日カレー作ってあげる』とか言うのか!
 インド人にとってカレーは飲み物だと言うし!

「それ違う」
 こ、心読まれた!?
 冷たいツッコミがマイルームに響くのであった。




 にしても……。

「織斑一夏、か……」
 ん? 簪さんの反応がさっきから妙。
「簪さんや……」
「え?」
「もしかしてうどんで被爆した?」
「???」

 あー、御免、これセルフネタだった。









「さて諸君!!」
 教卓に手加減してこぶしを振り下ろす。
 フルパワーでやるとへし折っちゃうからねえ。
 それでもズドゴンッ! と轟音が響く。うん、ちょっと失敗。
 朝のHR前。俺はわが4組の教卓前で宣言していた。
「クラス対抗戦まで僅か半月となった! ご存知優勝したクラスには学食デザートの半年フリーパスだ!! ヤロウ共! 士気は上がっているか!」
「「「「「「きゃあああああああああああ――――――」」」」」
「……双禍さん、ここにはあなた以外……野郎はいない……」
 クラス代表のため、隣にいる簪さんは、何か言いたげであるも言えずにボソッと突っ込みだけでとどまる。

「諸君! 甘味を堪能したいか!」
「「「「「「きゃあああああああああああ――――――」」」」」
「よろしい! ならば他クラスを、潰せ! 潰せ! そして潰せ! だ!!」
「……戦争アジテーション?」
 冷静なのは簪さんだけである。だって甘味……あー涎々、興奮するとどうしても漏れるな。うん。

「我がクラスには代表候補生! 更職簪嬢が我らの長として君臨なされている!」
「……え? 私……? 君臨……!?」
「だがこのクラス対抗戦、2組にはお隣、何かとライバル視、中国の代表候補生とその専用機が、1組には話題のISを動かせる殿方にして一撃必殺型IS、さらにはあの織斑千冬さんと同血統、織斑一夏が待ち受けている! 3組は……確か普通に打鉄が来るはずだな、うんうん。兎も角だ! 技量において、職人大国我が日本国の先鋭、簪嬢は一歩も劣らぬことは確かである……だが! 我等が勝利をもぎ取るためには、一つの大きな障害があるのだ! そこで皆の協力を仰ぎたい!! ―――深山さん!」
「はいはーい、これが私達の舌鼓を打たせるか否かの重要どころ、更職さんの専用機、打鉄弐式の完成具合……実はとてもじゃないけど戦えるレベルじゃないんだよねー。このままじゃ、3組と同じで無印打鉄で出る事になっちゃう。それじゃあ、皆幸せにならないよねー」
「あ……あの……恥ずかし……」
 はいはい、苦情は後で受け付けますよ、簪さん。

 どよ……とクラスがざわめく。
 それはそうだろう、勝利への戦力が不完全だと言うならそれも当然だ。
 だが、人とは崖っぷちに追い込まれたその時こそ、テレパシーもかくやと言う団結が結成されるのである……らしいよ。なのでむしろ今こそが好機!
 
 隣の席で何かとお世話になった深山さんにメッセージボードを持ってもらう。
 こういうときは、何故か投影ディスプレイよりこんな感じのアナログ的なものが人間にとって、士気というものに、大いに影響するらしい。情報管理型の生物兵器『青の零番』ことアーメンガードの進言である。あの子(兄? 姉? なのにどうも雰囲気で年下扱いしてしまう)何気に諜報活動系にも造詣が深い。
 タチ●マ見たいな見た目なのに、これで中々、得意方面では頼りになるのだ。
 特に、量子コンピューターからのハッキングすら防ぐ電子防御能力は素晴らしい。

「そう! 我らの団結と士気は既に我らを勝利たらしめるのになんら不自然の無い域にまで到達している―――だが、いかんせん勝利へ凱旋させる翼が不完全なのだ! どうかご協力をお願いしたい!」
 がづんッ!! と教卓に額を打ち付けて頭を下げる。
「お……お願い……しますっ」
 それを見て目を見開いた簪さんも深々と頭を下げた。

「それは良いけど……具体的にどうするの?」
 びしっ、と挙手する一女生徒。

「ふむ、よい事を聞いてくれた―――プランとしてはこうだ!」
 俺の話を深山さんが繋ぐ。
「まぁ、どうこうするって言っても、まだまだISの基礎、『あ』も知らない私達がISを完成させるなんてできやしないよね。そこで、先輩の協力を仰ごうって話」
「深山さんの言うとおり、僕らはとにかく足を使う。この中で、まだ4月だが、整備科志望の人がいれば、技術のある人とコネが作れるから、交渉には是非参加してもらいたい」
「交渉って―――具体的には?」
「ふふふふふ……僕の立ち位置はね、非常に便利なのだよ、くっくっく……」
「双禍さん、どう見ても悪人」
「……放っておいてくださいな、簪様」
「様!?」
「僕は新聞部に所属している。僕を勧誘した黛先輩は副部長にして整備科のエースだったりする。先ずここから切り込みたいと思っているがね、彼女は何かと話題、ユニーク性、兎角、興味を引気さえすれば———加えて利益になることをぶら下げれば食いついてくれると思う」
「うん……まあ、言っちゃ何だけど、それは当然よね、で、具体的には?」
「続いて、この僕がその黛先輩に与えられている任務を公開しよう―――織斑一夏専属取材記者―――だ」
「「「「な……なんですって……」」」」
 教室中に響き渡る戦慄。
 それはそうだろう、世界で唯一のISを使える男。
 興味が沸かないわけが無い。
 しかし、ここは4組。何かと1組は遠いのだ。合同授業も殆ど無い。つーか未だ無い。
 接点に飢えている彼女らに、俺の宣言は青天の霹靂なのである。
 この後の暴動を恐れ、今迄俺はその事を控えていた。

 いやまあ、女性のネットワークの恐ろしさがあるから、もう一部の人にはバレてますがね。個人的に結構交渉に来た。情報戦を良く分かってる。女怖い。
 あ、そうそう。パパラッチってなんか響き悪いから専属取材記者と名称を変えました。

「そこで―――これを交渉に使おうと思う」
 取り出したもの。それは。

「織斑一夏、剣術訓練後、『上半身むき出し。タオルで汗をぬぐうの絵』、だ」
 一枚の写真である。
 箒さんとの訓練後の様子だ。
 まあ、肌を見るなとすぐ箒さんに引っ張られましたがね。
 一瞬でも視界に納めればいいのだ。
 それで絵が取れるのだよ俺は、だっはっはっは。
 ……ふぅ、別に野郎の肌見ても楽しくもなんともねーよ。

 ごくり……。

 俺には別に普通だが、さすが女子、そして恋愛原子核の我が兄一夏。
 写真越しでも効果はあるらしい。

「僕はその役職上、この手の写真を撮影しやすい場所にいる。入学以来今迄少しずつ貯めてきたこれらを初めとした―――織斑一夏の艶写真を、小出しに交渉に臨もうと思う……そして、後半月、時間が無い故に、ネガごとだ」
「手痛い……出費ね……」
「しかし、甘味のためには背に腹は変えられないわ……」
「と言うかそういうの独占してたのね、後でいただくわよ」
「あー、私も」
 最後二人こえーよ。

「その要望に関しては士気にも多いに関わりうるため、意見は通りやすいぞ? これが黛先輩に渡れば、新聞部はこれを用いて闇オークションを開催、一つ荒稼ぎに乗り出すだろう———だが、これは元々僕が撮影したものであるからして……。一つ、こうしようではないか」
「……こう、って……?」
「うむ。このクラス代表戦の後、最もクラスに貢献した人———を他薦で投票、優秀者から順に要望通りに進呈し様じゃないか。闇オークションよりも先行して。
 当然、クラスに貢献してくれる人にはこれからも新聞部より優先的に配布の機会が訪れると思ってくれて構わない。僕の仕事だしね、元々。誠心誠意、良作を取り揃えるとしよう」
 ははーん。
 元データは我が記憶領域にありだ。
『ネガも作れる』のである。
 盗難の恐れも無い。
 何かたまにISコアネットワーク越しに強奪されてる気がするけど……気にしたら負けだ。

「策士ね……ギャクサッツ……」
「ふふふ、皆大いに頑張って欲しい。なお、この推薦には、当然だが一番頑張る簪さんと、写真提供の僕は除外して、となるけどね。組織票、大いに結構。ただし、自選した場合はペナルティを処すんでよろしく」
「———で、実際に整備関係に携わらない人達は何をすれば良いの?」
「そう、そっちの方が結構重要だよ。僕らの本分は学生———しかもこの時期は本当に重要な基礎の基礎の時期だ。いくら甘味のためといえども疎かにはできない。そこで、実際に整備している人達の分までノートのまとめや課題の手伝い、後は食事の運搬、そうだな、他には夜食とか———マネージャー的な事をして欲しいんだ。それに、開発が進めば試運転なんかも入ってくるだろう。アリーナ使用の申請を勝ち取って貰ったり、仮想敵として打鉄の借り受け申請とかやってもらいたいんだ。一人でやるとどれも面倒極まりない事なんだけど———お願いできるだろうか」
「ま、そっちの方の人員の割り振りとかは私に任せてくれない?」
 と、深山さん。ほう、早速売り込みですか。いやはや、結構最初から力添えしていただいてますが。
「うん、お願い。以上、第一次ミーティングを終了する。今後はこの事案を打鉄の鉄から符合(アイアン)とする———諸君———勝ってカロリー摂取量に困ると言う嬉しい悲鳴をあげるのは我々だ———往こう」
「「「「「「了解!」」」」」」



「ふぅ、ひとまず団結成功……」
「ねぇねぇ、その前に前報酬として今の写真……ゴクッ」
「………………(クラス一丸となった熱視線)」
 は、ハイエナの群れがいらっしゃるぅぅううううっ!!

「———ねぇ、もうとっくにHR時間過ぎてるんだけど、良いかな? どうせ……私なんて……男にもこんな扱いされて……昨日だって、昨日だって……!」

 ん? この声……。

「さ、榊原先生ぇぇぇえええええっ!?」
 居たんだ!
 俺も大概酷いな。

「「「写真! 写真!! 写真!!!」」」

 前門に写真ゾンビと化したクラスメート女子、後門に柳燈籠っぽい榊原先生。
 何このB級パニック!?

「自分で蒔いた種は……自分で刈り取るべし」
 簪さんんんんっ! そんな御無体な!?



 いいいいいい——————やぁああああああああああああああっ!!!






 余談
「まったく、一時限目が私の授業だったからいいものの———」
「はい、すいません」
「それじゃあ、授業を———」

 バカッ。

 あ、教卓が割れた。

 ずぐぁしゃあぁあぁ、と崩れる教卓、その中に埋もれる榊原先生。

 ………………。

「ふぅ……形あるものは万物区別無くいずれ朽ちるというが……」
「双禍さん?」
 簪さんが俺の肩を掴んで離さない。
「……そ、それが今この時だったと」
「———双禍さん?」
「ハイゴメンナサイボクノチカラガツヨスギマシタ」
 うん、朝の『ドン!』でダメージを受けてヘッドバットで止めが入りましたね。
 はっはっはっはっは。
 先生ついてないなあ。

 逆らえません。
 本日放課後修理を命じられました。
 ……出来るのか? これ。



「本気で頭を下げてくれて……ありが……」
「ん?」
「……何でも……ない……よ……」



 うるさいなBBソフト、聞き取れなかったじゃないか……。









 さて。
 昼休みなのだが、朝のHR以来、ずっと簪さんの視線を感じて居た。

 説明せねばならないか。

「双禍さん、朝のあのデータは———」
「うん、そう。嘘っぱちも自棄っぱち。大嘘小嘘、戯言で組み上げた———真実一つもなしで御座います」
「どうして……そんなっ?!」
「どうしてかって言ったらさ、無理だからさ。今朝皆に示したデータは『動けるけどとてもじゃないが戦えない』だったけど、本当は『そもそも飛べない。まず動くのか?』ってレベルだしね、そんなの、それこそ研究所で昼夜問わず修羅場でぶっ通さないととてもじゃないと出来やしない。学生じゃ絶対に無理だ。たとえ先輩の力を借りてもね」
「……どうするの!? 皆、あんなにやる気になってるのに!」
 下手すれば暴動が起きる。

「あぁ、しょうがないからペテンを効かすしかないだろう」
「へ……?」
「添え木をつける……いや、この場合は補助輪を……んー、歩行器でも良いかな? ま、下駄を履かせるんだよ」
「……既存のISから完成された部品を差し替えて誤魔化すって事……? それこそ無理! ISにとって機体は肉体も同然なの……馴染んでない部品だと調整に手間取るし、本領も発揮出来ないどころか……本来のパーツができても齟齬が出る……! ますます完成が遠くなる!」
「あぁ……だから、こっちで合わせる」
「え……」
「あるだろ、『ここ』に———全身が自在可変フレームで出来たISが」
「まさか———」
「そう———僕の体を打鉄弍式に組み込み擬態させる。打鉄弍式とはもう話がついている。いい子だね、簪さんのために僕のパーツを受け入れる屈辱を容認してくれた。真の家臣と言えるね」
「そんな……!?」
「僕の体だ、調整は僕の意識一つで出来る。その後、同じ規格のを制作して差し替える。これを繰り返す事で、完成を目指そう。問題は全体を統括するプログラムやバランスだ。僕は性能でゴリ押ししている感があるが、本来ISは超絶精密機械———」
「……どうしたの? いきなり沈黙して」
「ちょっとね……」
「何処ぞの職人張りに生身で調整した方が性能の上がる博士を二名ほど思い出してね……」
「……それって……」
「言わないで、常識が崩れ去るから」
「う……うん……」

 閑話休題。

「そう、全体的なシステム統括プログラム。こればかりは僕じゃどうしようもない。まず、僕と打鉄弍式じゃ、用いられている言語が全く違う。処理した情報から勝手に推測して自らを組み替えるプログラムって何よ。最早『プログラマー? 食いもんかそりゃあ』の世界だもんなぁ」
「頭が……」
「奇遇だね簪さん、僕もだ……でね、つまり僕にプログラムの知識がないのはそれでどうにかなるからなんだわ。だから、先輩たちにはそこを指導してもらう。調整とか、統合した際に重複して支障をきたす点とか、こればかりは経験がものを言うしね」
「ん……分かった。でも、何か任せてばっかり」
「まー、ペテンはそれなりに出来るようになったからなぁ」
「何……その2歳児」
「うちの奴らとド突き合いしたら嫌でもね……」
「…………」



 そんなこんなで瞬く間に時間は過ぎていった。

 しかし、ISとしての戦闘用パーツを四割型持ってかれると、何だか体がスカスカしてあんまり落ち着かないものだね。
 前回の腹ん中空っぽ事案はなんつうか生首ん時と大して変わりなかったんだけどね、こう、中途半端だとうーん……なんて言うかな、パンツ履かないでズボン履いたみたいな『中間層のない不安感』みたいなものがあるのは確か。

 打鉄弍式の方はと言うと、俺が思っていたよりも随分と難航した。
 俺の提案だが、意外に困難な事項が多かったのである。
 具体的に言うと『俺』という個我が邪魔なのだ。
 打鉄弍式に補助として組み込んだ俺のパーツは、その状態でなお俺の意思を汲む事が出来る。
 つまり、操者たる簪さんの意図と、それを見ている俺の事前予測、それに食い違いが出ると打鉄弍式の活動を俺のパーツが阻害する場合あるのだ。
 つまり、意思の統制が取れず『ギョッとする』状態になって挙動が不振になるのである。

———つまり俺は見てない方がいい。邪魔

 という事になる。
 当然だが、それらの挙動において、仮にも代表候補生である簪さんの判断が、俺の私的見解よりも正しいケースが多いのは当然だ。
 見て居なければ、状況を把握できて居なければ、俺のパーツは簪さんに、打鉄弍式に、忠実に従うのだから。

 という訳でテストの時は席を外す事にしていたんだが……。

 何故かのほほんさんにその事を追求され、正直に答えたら、戦術論について簪さん直々の御指導をたわまる事になりまして———
 忙しいから自分の事に集中して下さい、と言っても聞いてくれません。

 ところで……なんでのほほんさんは4組のプロジェクトに極自然と混じってるんだ……?

 ほにゃぁあ~と癒しオーラを振りまきつつ、ナイトキャップのフードがズレるたびに袖の余った手で直し、よろめいている彼女を見る。

———あっれぇ? この仕草、どぉぉぉおおおっっっかで見た覚えがあるんだよなぁ———?



 黛先輩はお願いを快く———まぁ、払うもん払いましたが———引き受けてくれました。
 さらには先輩を頂点とした整備科2年三天王を招集してくれたという破格っぷり。
 どうも、先輩の友人、つまるところ簪さんの姉———生徒会長が、のほほんさん経由でしか簪さんの様子を探れなくて最近情緒不安定だったそうな。何それ。

 ッてぇ事は、この協力具合から言って、あっちからも色々もらってる訳だ。商人だね、おい。
 まぁ……のほほんさんの報告じゃねえ。
 盗聴盗撮の類は俺が撲滅させてるし。

 なんか便利がられてるんだよね。俺。
『あぁ、運搬用機材持ち出さなくていいから便利』だそうだ。
 整備室で取り敢えず打鉄を持ち上げて、作業スペース作って以来である。

 それ以来、俺がISやその部品を動かそうとすると『来るぞ来るぞ……!』みたいな雰囲気になって楽しいしね。



 何故か模擬戦の仮想敵として打鉄を使うのは俺の事が多く、俺も、自分の肉体以外のISを使うのは慣れてないのでことごとくボコられたり、授業内容の復習をクラス全員でやったり、そんなかんなで数週間が過ぎ———






「おっぷぅわ———っ!?」
 今度は俺が人身事故に遭遇しました。

 どんてんがらんごん撥ね飛ばされた俺は下手人を見上げる。

 それは。

 第三アリーナから怒気を振りまきつつ走ってきた、異様に肥大化した右腕を備えた———
「え、NP322———」
「だーれーがー反逆者(トリーズナー)よ、誰が。あたしよ、あたし」
「あぁ、部分展開してたISか」
 右腕を部分展開したISで覆い尽くした鈴さんでした。

「……いや、他に何があるってのよ」
「異形見慣れてるんでねえ」
 普通にそれぐらいなら居ますしね。

「あっそ。それよりぶつかって悪かったわね。大丈夫?」
 そう言って手を伸ばしてきた。言葉に反して、随分心配そうに気遣ってくれてます。
 文面じゃわかりずらい優しさって訳ですね。

「頑丈なのが取り柄なもんで」

 その手をつかんで立ち上がる。
「そ———よかった」
 と、気遣ってくれるのは悪いが、それに反して物凄く腹の虫の居所が悪いようで、怒気オーラが撒き散らされれいるのはどうにかして欲しいのだが。

「ところでなんかあったのかい? カルシウム要る?」
「———別に」
 一応聞いて見たものの、彼女がここまで機嫌を損ねる理由は決まっている。

「もしかしなくてもお兄さんまた何かした?」
「そうよ! あの馬鹿ったら、本当に馬鹿なんだから! 絶対許さない! 全殺しよ全殺し!」
 わーい、相当御立腹のご様子。
 仲直りどころか火にニトロブッ込んでなーにしてんだかあの兄貴は。

「ふむ———鬱憤を吐き出したいなら存分に新聞部(ぼく)に言うがいい。存分に聞くだけなら余裕だぞ」
 ……ネタもらえるし。

「まぁ———」
 と言いつつ、鈴さんは俺を上から下まで眺め、殊更、殊更胸を注視して———
 あぁ、俺の女性モードは貧乳を通り越して無乳です。
 そりゃそうでしょう、いくら俺の女性モードのモデルがリビング・メイル、堀越公方だとしても、母性の象徴は本物の女性にあるに限る———のだが、その『無い』ものを何故彼女が注視するのだろうか?
 っていうか、モデルが彼女だと知った時は、何このネタバレ———と、かなーり意気消沈しましたがね。

 さてさて、何故彼女が俺の無乳を注視するのか———? 彼女がレズビアンと言うのなら兎も角、明確にお兄さんが好きなのだか———両刀!? まさか両刀!?

 しばし思考の渦に埋れていると鈴さんが物凄く嬉しそうな笑顔を向けて———
慎ましい乳の持ち主(同志)よ!!」
 ぎゅーっと抱擁されました。
 おおぅ、柔らかい。
 そんでもって簪さんとは違うええ香り。

 しかし鈴さん、俺は男だからレズ(同志)では無い! ←同志の意味勘違い
 いや待てよ? 俺男だから別に女の子好きでいいのか?
 いやいやしかし、俺の外見は只今絶賛女性モードな訳で、そうなると———どうなるんだろうね!?
 でももし、両刀としての同志だと嫌すぎるわっ!?
 相手女の子ならいいけど男は———げぇっ、あ、でもそれだと外聞レズになるし……あああああああ、ややこしい!

「ええいっ! こうなったら飲むわよ! あんたもあたしと同じで慎ましやかな乳(同志)なら付き合いなさい!」
 いやいやいや!  両刀(同志)じゃな……。

 ベキベキベキ……。

 ん?

 何か俺の基礎フレーム悲鳴上げてね?
 そう言えば我が視界の左側はピンクで埋まっているし、実はそっち側は柔らかい感触が無い。

 あ。

「鈴さん! ISの部分展開解除してないから! 折られる! サヴァ折られるゥ! 胴体千切れちゃう——————ッ!!!」

 IS学園内では、専用機持ちと言えども、許可なくISを展開する事は禁止されて居ます。
 規則守ろうね、鈴さんや!!

 あー、そう言えば、常時展開型の俺って規則的にどうなるんだろうね?
 基本的に待機状態無いし……。

———って現実逃避してる場合じゃねぇ!!

 ベキベキベキベキィッ!!!

 ヤバイ! 何か音がヤバイ!

———中国代表候補生。凰鈴音
 専用機を所有、機体名称・甲龍(シェンロン)
 エネルギーの効率的運用による戦闘継続時間とそのパフォーマンスの維持に長ける。



『 パ ワ ー タ イ プ 』



 うるせぇぞBBソフト! 最近意図的に情報訂正しなかったり、そこはかと悪意しか感じない! 今この状態でその情報は本当に要らんわッ!!

 ベキッ———

 あ、あふっ……。
 やめてぇーっ、やめてやーめーてー!!!



 その後、正気に半分戻った鈴さんから、お詫びに奢っていただきました。

———全力で

 彼女も怒りとテンションと溜め込んだ愚痴のせいで自棄っぱちになってたのか、飲めや食えやの大騒ぎ。

「だから胸の大きさがなんだってんだァ———ッ!」
「そうだ! 重要なのは胸板の厚みだ!」
「そもそも何よ! あの箒って女ァ! あたしの事見下してるんでしょ、見下してるにきまってるわ! なぁーにが巨乳よ! 馬鹿でかい贅肉二つぶら下げてるだけじゃない! 男はどいつもこいつも胸胸胸胸! 胸のサイズがなんぼのもんじゃーい!!」
「やはり筋肉とは盛り上がるバルク! 彫り込まれたカット! そして何より黒光るボディ!! 強靭なる肉体こそが健康の証!! それがなんだ、こんな細くてちっこい体に申し訳程度の肉、巫山戯んナァーッ!!」

「あんた、双禍だっけ? 分かってるじゃない!」
「ふむ、そう言う鈴さんこそ素晴らしい、こんな理解者を得て俺ァ、幸せだぁ!」



 何か酒も飲んで無いのに出来上がる俺らだった。
 後に目撃者より俺は聞く。
 何この会話の空中戦———と。



「それに何よあの金髪ぐるぐる、白人だからって、東洋人舐めんなよ! スタイルのメリハリがスタート地点からさも違うようにいうけど、あいつら結局肉団子になるだけでしょうが!!」
「あいるびーばぁぁ~~っく(言って見たかっただけ)」
「かぁあああ! 本っ当に一夏の馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿ぁーっ! 一体あたしがどんな気持ちで!」
「お前なんて俺が80%の妖気を出しただけで消し炭だっ!!」
「乙女の純情なんだと思ってんだこのやろーッ!!」
「あー人間の女性が胸大きくなるのは、猿の尻が赤いのと同じらしいよ~」
「あひゃひゃひゃ! 猿! 猿、馬鹿猿なの!? 馬なのか鹿なのか猿なのかはっきりしなさいよもう、そんなんだから胸に尻がつくのよあいつらは!」
「だだんだんだだん! だだんだんだだん!(未来から来たマッチョ暗殺ロボットのテーマ)」
「あー、そう言えば中学ん時にあたしと一夏とよくつるんでた弾ってのがさ~、聞いてるー?」
「あはははははっ、くっそー、俺のじゃ作っても偽物、まったく何やっても筋肉つかねえしなあ~……よし、この特性プロテインを……くくく、お兄さんの毎食に混入してやる……いい具合に毎日鍛えてるし、俺の理想像に改造してやらぁ! ふはははは、ISは体が重くなってもカンケー無いもんねぇーっ!」
「きーてんのー? 一夏をあたし好みにかー、えへへへへへ……」
「うぃーあー、BODYBUILDER!!!」
「巨乳なんて胸が爆発してしまえばいいんだああああ!!」
「「あははははははははははっ!!!」」

 別名、劣等複合型馬鹿騒ぎ(コンプレックス・ライアット)
 つーか、ずっと一人称が『俺』だったんだが……。大丈夫かいな。
 機能しろ『偽りの仮面』。
 ……ま、何だか思い切り鈴さんとの距離が大分近づいた気がする一日でしたね……あはは。

 周囲の引っぷりに目を向けてはいけない。そう、いけないのだ。向けたら失ったものの大きさに圧し潰されるのだよ……。



 翌日、財布の中身を見て真っ青になって居る彼女が居た事を知るのは、彼女が食費も危うくフラフラになって居る時だったという。

 一夏お兄さん曰く、月の小遣いの御利用は計画的に。だそうですな。



 そんなこんなでクラス代表戦当日。



「大丈夫、大丈夫……練習通りにやれば……」
 簪さんは全力であがってました。

「簪さんや、試合は1組と2組の後だから今はこんな風に腐るといいよー。
 対して俺はぐだーっと寝そべっていた。
 背後では、我ら爽やか通りすぎて焦熱4組と化したクラスメートの甘味への飽く無き熱意が背中を焦がして来る。
「いやぁ、盛り上がってますなぁ」
「全くですね、深山さん」
「えーと、かんちゃん大丈夫?」

 なお、この『かんちゃん』なる愛称は、のほほんさんのせいで我がクラスに深く浸透してしまっていた。
 僕としては簪さんが皆に溶け込めるならそれもいいかなーと思うが。
「う……う、うん、だだ、大丈夫……」
 全力で駄目じゃ無いですか。

「簪さん、いいおまじないを教えて上げよう。手のひらに『愚民共』って書いて飲み込むと優越感が得られるよ?」
「……緊張ほぐれるのかしらそれ……」
 さあ? 深山さんの問いには答えられない。結構曖昧なもんで。

「ぐ、ぐみ……ねえ、双禍さん。『ぐみん』の『ぐ』って何か部首あったかな……」
「下に心、だったかな」
「……有り難う」
「本当にやってる!?」

 んー。
 打鉄弍式に簪さんを発破掛けてもらおうとしたけど、この子簪さんと同じで自己主張控えめなんだよねー。
 見習いやがれ白式。
 
———うっさい

 ……返事来たし。
 そうこうしてる内に、お兄さんVS鈴さんが始まった。

 おー、対オルコットさん戦は、彼女が射撃主体だったため、間合いを保つオルコットさんと、射撃を回避しつつも接近をこころみるお兄さんという形だったが。

 がぉんっ!

 ダー●モールのライ●セイバーみたいに、柄の両端が青龍刀っぽくなったでかい得物を振り回す鈴さんと、物理剣モードの雪片弐型を構えたお兄さんが激突する。
 いやー、やっぱり白兵戦は熱いですなーと思うのは俺もやっぱりガチンコ好きの男だという事なのかね?

 瓢箪の輪郭を描くように二機で弧を描き、幾度となく激突する二人を見つつ———

「んー?」
「……どうしたの、双禍さん」
「なーんかハイパーセンサーがざわざわするっていうか、なんだかなー」
 当然、この会話は他の人に聞こえないように、ISコアを用いたプライベートチャンネルによるものである。

「ざわざわ?」
「何か……いや、ハイパーセンサーじゃないな、非限定情報共有(シェアリング)への無差別アクセスドアノック……? とでも言えば良いのかね?」
「???」
「あー、ごめん、簪さんは試合に向けて気を高めといてよ」
「う……うん」
「ま、こういうダベリは寧ろリラックスに効いて良いけどね。どう見る? 上の試合」
「……順当に言えば、2組が勝つ。実力も経験も全てが上だし」
「でもまー、お兄さんには一発逆転のジョーカーがある」
「……出し抜けるか……どうか、そこが決め手」
「だねー」
 その瞬間。

———空間歪曲(ディストーション)を観測

 鈴さんの甲龍の肩パーツ。それが展開したと思いきや、そんなメッセージが視界に浮かぶ。
 突如発生した衝撃波に、お兄さんの体勢が崩れる。
 そこに再度———否、先と比較にもならない程、強力な、恐らく最大出力の衝撃波がお兄さんをブッ飛ばした。

———ふむ。空間を歪曲させ、その修正力をそのまま衝撃波の発生源にした攻撃か
 これの優れているところは、砲身自身も空間歪曲場で形成する事だ。
 しかも、砲身自体その都度形成させられたりするので、射角は思うがまま。
 こうして作った筒内で衝撃波を形成する事で、そのまま空間を歪めて衝撃を発する場合と違って力を無駄に発散させず、ピンポイントかつ指向性を持ったより強力な衝撃波を射出できるのである。
 何より、空間の歪曲など、それに合わせて歪む歪曲場の向こうの風景でしか人の身では認識不可能だ。
 通常のISならば、空間の歪みを観測させても、亜光速で修正し放たれる空間の衝撃を回避するには一歩遅れるだろう。俺のゲボック製センサーがヤバすぎるだけである。
 唯一の救いは、その衝撃は音速の域を越えない事であろうか。

 さて、こうなると、お兄さんが鈴さんの虚をつくには一手、何か講じる必要がある。
 白兵戦でさえ、効果的な一撃を与えていない(与えれば一撃必殺なので、無事だという事はそう言う事だ)。上に、認識、回避ともに困難な牽制———と言うには凶悪な飛び道具があるのである。
 こんな攻撃する吸血鬼って居たなあ。
『黒は夜の色、闇の色———貴様が如きが纏うとは、笑止———』
 とか言ってたけどそいつは。
 ま、白式は白いから。
『白か。まっさらの何も無い痴呆の色か———』とか言いそうだな。白好きだけにイラッと来る。

 ま、何か対処法がきっとある筈だろうと、楽観的に考えていたが———



 その時、ここに居る俺だけが感知できた。
 『何か』が接近中だと。
 そして、それがISだという事を。

 何故なら———

———『僚機』接近、開発コード『ゴーレム』Ver.1.0.22

 面倒な……。

 律儀にメッセージを送信してきたのである。

 そして、対象の情報も、俺はいくらか知っている。
 つまり、言うならば名称『ゴーレムⅠ』細かいバージョンは数だけじゃよく分からんが、俺の知っているのよりは新型だと言う事だけは分かる。
 かつて、IS学園に入学する前、俺の模擬戦にやって来た奴らのVerは、どいつもこいつもこいつより古いβ版だったのだし。

———だが、何より面倒な事、それは、こいつが俺のISの認識では『味方』となっていた事だ
 ……味方ねえ。
 しかし、こういうのが来て、やる事は決まっている。

「……ちっ」
「双禍さん?」
「ちょっと野暮用が出来ました、花でも摘みに行って来るよ」
 俗語で言えば、ちょっとトイレ行って来る。である。
「……双禍さん? ちょっと……違うよね……」
「……ちょっとばかり、空気読めない兄弟張り倒さねーとな……ねぇ、簪さん」
「な、何?」
「ちょっと、良い試合に割り込み掛ける気満々のヴォケが居るんでね……何が居ても、在っても、非武装人員を最優先に考えてくれ」
「う……うん……」
 今一彼女は理解してないだろう。

 俺はアリーナから出て通風口に潜入。
 中継室辺りがよかろうな。

 その時、衝撃が来た。
 やはり、あの時飛んでも間に合わなかったか。
 俺の目的は、元々『張り倒す』と言っても、試合の妨害を阻止する事では無い。

 ゴーレムの面倒なところは『完全自律化』して居る事だ。
 機械であるが故に、戦闘しながら平然と電子戦し掛けやがるのである。

———遮蔽シールドレベル4設定———さらに第2アリーナ周辺のドアを全てロック。

 ふぅん。成る程、あの人等らしいわ。

 実は、今ここで最も安全なのは、俺、お兄さん、鈴さん。次点で簪さん、と言ったIS装備者である。
 絶対防御のウリは伊達じゃ無い。
 例えシールドを削り切られようが、致命領域対応が意地でも操縦者を死から守り切る。
 例えどんな風になろうとも、絶対に『死なせてくれない』のがISだ。
 さらに、その中でもお兄さんの白式。あのコアはいっそう格別だ。
 生体操作機能の域にまで達して居るあのコア固有機能が、何より白式自身の意志でお兄さんの命を守り切るだろう。

 つまりこの襲撃は、元々お兄さんにとってだけは何があろうと安全牌なのだ。
 よって、危険なのは待避を阻止された観客席の皆である。

 お兄さんの性質からして、客席に流れ弾が来ないよう闘うだろう。
 相手の目的はお兄さんを戦わせる事、観客は人質なのである。

 代表候補生の鈴さんもいる事だし、俺は本当の想定外にだけ気を使えばいい。

 しかしイラつきは抑え難い。
 俺がこれからやるのはある意味襲撃者へのフォローなのだ。その事実が不愉快極まりない。

 あのゴーレムのISコア、間違いなく未登録の新造品だ。
 存在が知られるだけで周辺情勢が鬱陶しくなること間違いない。

———俺の目的はあん畜生のコアの回収
 上等だ、腸抉り出して強制的に徴収してやる。

 何より……!

 何よりだッ———!!!

 この襲撃のせいでイベントは中止だ。
 俺達がどれだけ頑張って団結し、盛り上げ、この日の為に力を注いだと思ってやがる……!



 優勝賞品の学食デザート半年フリーパスをなんだと思ってやがるこんの野郎ォォォォオオオオオッッッ――――――!!!



———教育メッセージ。博士達と方針の決定指針に大して差異が無いと思われますが

 教育メッセージ!? 何それBBソフト!?

———より効率的に情報を提供する為のパターン学習の為のものです

 これは俺の身内さえよけりゃどうでも良いってあっちの考えとは違うからマシなんだよ。

———クラスメートは身内では無いのですか?

 …………難しい、後にしてくれ。

———了解、保留


 BBソフトを黙らせ、通風口を進んでいると……ん?
 おかしい? 通路が塞がっている。
 変だなぁ、今まで作って来たマップによれば、ここを抜けると中継室なんだが……。

 改築でもあったのだろうか?
 しかし、一切ンな話は聞いてない。
 はて……?

 視覚を光学視覚から赤外線視覚に切り替えると……熱を持っている。

 さぁて、こりゃなんぞえ?
 さて、触れてみよう。

 ふに。
「うひゃあ!!」
「喋った……ぞ……おい……」
 いやまぁ何か分かったけど。

「どうしたのさ箒さん」
 どうして貴女がこんなところに?
 トンネラーでは無かったと思うが。

「あ、足を触るな馬鹿者が!」
「あー、これ足かー」

 ふにふにふに。

「うはっ! は、ははははは! や、やめっ……あはははははっ!」
「ふーむ、思わぬ弱点を発見、止めて、ちょ、待、蹴るなー、……と、そんなことより何故こんな所に?」
「どど、どうでもいいだろう!」
「まぁ、箒さんが中継室にどんな目的があろうと確かに僕にゃ関係無いけどさ」

 おおかたお兄さん関係だろう。

 ところでゴーレムⅠはどうなってるかね……。
 ふむ、状況は良く分からないが、被害は出てないようだと打鉄弍式からキャッチ。
 でもまぁ、かなり苦戦しているのだろう。
 白式の奴からは何かすげえ罵詈雑言が聞こえてくるんで敢えてスルー。
 アイツ無人機だぜーと忠告だけしてやろう。

―――あぁ!? やかましいわ! なんだ!? やるか! やんのかゴルァッ!
 ……居るよね、刃物持つと性格変わる奴。

 箒さんの焦燥っぷりからして伺える。
 そして、ISを有していない彼女はそれでも何かできることは無いかと考え———
 叱咤激励とかその辺りかな?

「しかし、気をつけた方がいいと思うよ、ここは遮蔽シールド一枚しか防御が無い。観客席みたいに安全設備があるわけじゃない。ビーム来たら即死だからねー」
 貴女に何かあったら、それこそ何が起こるか分かったものでは無い。
 天災(ゴッド・ケアレスミス)だけにねえ。

「わ、分かっているそんな事!」
「いやまぁ、わかってるなら良いけどさ。それより、進んで欲しいのだけれども」

「………………」
 帰って来たのは沈黙だった。

「えーと、箒さん?」
「………………」
「もしもーし、反応しないとくすぐるぞー」
「や、やめろ!」
 あ、よほどに弱点なのか。
「じ、実はだな……」
「うんうん」
「胸が……」
「はい?」
 胸がどうしたと?

「胸が……その、ああしてだな……」
「んー? ごめ、話が読めない」
「ああああああっ! もう分かった! 分かった言う! 胸が! 胸がだな! つかえて前にも後ろにも行けなくなったんだ、悪いかっ!」
「…………マジ?」
 そんなんあるんかい。

「本当だ! こんな恥ずかしい事嘘吐いてまで言うか!」
「あー、うん、ごめんなさい」


 いやはや、欲しいと切望する鈴さんあれば、有り余って支障を来たす箒さんあり。
 いや、うん。神の物欲センサーって残酷だよね(棒読み)



———ふぅ(煙草を吸う仕草/煙草は20歳になってから)

 妹よ、世界の何処かにいる我が妹よ。
 あれから2年。いい加減あなたの兄は妹分欠乏により、禁断症状が出てきた気がしないでもありません。

 ところで話は変わりますが、妹の発育は、箒さん、鈴さんどっちよりなのか、お兄ちゃんはちょーっと興味があります……ちょっとだぞちょっと。

 んー、遺伝子を見るに千冬お姉さん指針ならすでに素晴らしい具合になってるだろうけど。
 遺伝子って、全部の因子が発現するわけじゃ無いからなー。

 どうなのかなー。

 興味だけだぞ、好奇心だけだからな!









 いや、でも中継室はここ通るしか無いからどうしようかね、本当に。
 途方に暮れる俺だった。



[27648] 原作1巻編 第 7話  帰るまでがミッション。日本語は正しく。凄い赤っ恥の元
Name: 九十欠◆82f89e93 ID:a6979411
Date: 2012/03/26 00:26
 更識簪の『エンブリオ』解析メモ①



 それは、明らかにオーパーツと行って差し支えない物だった。
 何度か組み直しに失敗し、その度に何らかの不調と暴走をきたして事件に発展するルームメイトの跳梁跋扈を止めたり巻き込まれたりしている内に、ようやく、何とか『理解できなくても機能に異常なく組み立てられる』ところまで来たと思う。

 本当は自分のISの開発に取り掛からなきゃ行けないのだが、これを見たらそんな事言えなくなっても仕方が無いと思う。

 ISを自力で組立て中であり、その為にかき集めた必要な資料参考書、倉持技研からの固有技術を記したメモ(開発遅延の不手際を盾に強奪したとも言う)や、さらには他のメーカーのISを解析して得られたメモに目を通して、比較すれば尚更———

 はっきり言って飛び抜けすぎている。
 技術のミッシングリンクだ。
 記されているどの国家の、いずれのIS関連技術もが、目の前にある機体、それを自分でさえ一目で分かる機能にさえ辿り着いていない。

 自分には理解どころか概要を掴む事さえ不可能なシステムを含めれば、正に技術の圧倒的暴虐、侵略に来たなら世界中の技術者が軒並み頭を垂れるであろう、絶対的な差。

 これが、双禍・ギャクサッツを製作したという天才技術者。ゲボック・ギャクサッツの威光である。
 簪は、彼の脅威に付いてまだ知らされていない。

 故に、天才というものは居るところには居るのだ、と感嘆しただけだった。と言ってもその驚愕ぶりは凄まじい物だったが。
 同時に、如何しても姉の事を連想してしまう。



 隔絶した才能という物を。
 なにせ、一緒に解析作業をしていた本音でさえ、「お〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜……」と果てしなく口が半開きになる程の凄まじさなのだ。
 
 そして。

 簪は本音に頼んで、この事を報告しないようにして貰っている。
 当然、姉を含めた『更識』にだ。

 更識家は、実はこの国の暗部に与した旧家である。
 諜報に関する事に掛けては、内調より権力を持つのである。
 その本来のあり方は、日本に忍び寄る諸外国の暗部に対するカウンターアンダーである。

 双禍に使われている技術は、拮抗している全世界のIS技術の公開義務に対して真っ向から喧嘩を売っている。



———義肢の在り方。人体の取り扱いについても、だ



 双禍の話を聞けば、なんとこれだけの技術を、個人で有しているというのだ。
 まさしく篠ノ之博士(ゴッド・ケアレスミス)の再来だ。
 もし、日本国がこの技術を掌握していないうちに他国に渡ったら?
 別に表向きそれで軍事侵略など、直接日本が脅威にさらされるという訳ではない。
 公式ではない、そう。それこそ更識が関わるような者達に渡った場合、恐らく対処など笑い話だ。一方的に様々な物を日本は為す術無く搾り取られるだろう。 



 簪の感想は的外れである。
 再来どころではない。
 世界では表裏一体の規格外として纏められた二人なのであるから。



 日本の脅威を理解してなお、『更識』なれども簪は報告を躊躇った。

 簪は、まぁ言われずとも分るが社交的なタイプではない。
 そんな簪の手を引き、クラスに溶け込めるようにしたのは、多分狙っていないが双禍なのだ。
 もし———
 双禍の技術を報告してしまったら。
 世界に技術を公開する義務が生まれてしまうのではないか。
 そうすれば、双禍が解析される為に連れて行かれてしまうのではないだろうか。






 なにより———
 他でもない。『更識』に、姉に。形式上は自分が引き渡した事になる。
 それは、事情を教えてくれたあの子に対してどんな裏切りになるのだろうか。
 その想いが何より強かったのである。
 その根幹に、●に対するコンプレックスが強く根付いていたとしても———






 双禍が居なくなれば、クラスで今まで通りに振る舞えるかも分らない。
 いつも双禍が自分とクラスメートの間に立って奇行を繰り返していたから、皆巻き込まれる形で一丸になっていた点があるからだ。
 その恩に対し、心からに簪は感謝の念を抱いていた。

 そう言えば、あの子は会ったばかりの頃、女性にはぶられるのは恐ろしい。変な事は控えよう。と言っていたが……。
 多分、あの子は変なとか、奇行とかがなんなのか分っていない。
 と言うか。
 『日々の、何をしても楽しい現状』を満喫してしまって、とっくに忘れているのではなかろうか。
 でも、皆に受け入れられている。2歳児であるが故の表裏の無さなのだろう。

 何より。解析されるとなれば、あの子の命そのものが邪魔となるのではないか。
 何せ、あのISの本懐は義肢だ。義肢をばらす時、義肢と繋がっている生体部分がどう扱われるのか。
 あの子には生命としての根拠が脳しか無い。
 それを取り出せば、単なるISだ。彼は一体どう扱われるかも分らない。
 脳だけになると、情報が脳に入らない。そうなると、五感全て『無い』闇に放り込まれるも同然である。
 人間の精神がどこまで持つか分らない。
 常人では、暗闇に放り込まれれば、すぐに発狂してしまうらしい。

 あの子はどうなるのか。その恐怖だった。
 まあ、その実、双禍はその闇に耐え抜いた経験を持つのだが。
 逆にそれが絶対の恐怖になるかもしれない、故に、誰も断定できないのは正しかった。



 その実、その事含め、それは全て杞憂である。
 確かに『更識』としては掌握したいだろう。
 何らかの形で双禍を更識に抱き込もうとするだろう。



———何より、簪が疎むのはそれなのだが。何故なら、交渉の際は人の調子を狂わせる———



 意に沿わない、しかし強いイメージに簪は嫌々と首を振る。
 しかし、ここはIS学園。全世界から独立した場である。
 世界に対し、そんな義務は生じない。当然、面倒な暗躍はあるだろうが。

 何より。
 簪はギャクサッツ家の面々の恐ろしさを知らない。
 世界はゲボックに完全に情報を握られている。
 更識の情報網ですら鼻で笑う程に……まぁ、笑うような悪意持つ物は居ないのだが……。
 それこそ地球外で密会でもしない限り、全てその情報はゲボックに筒抜けなのだ。
 裏で青の零番の情報処理が大活躍しているのである。後継機を作って欲しいと彼は悲鳴を上げているらしい。

 もし、簪の懸念するような事が計画されたとしよう。
 だが、事件が起こる事さえ無い。
 どんな諜報機関も真っ青な『技術』で。
 どこよりも確実に情報を獲得し。

 どこよりも迅速に。
 数多の生物兵器が圧倒的技術を持って制圧して来るために。

 ゲボック自身は何が起ころうともデータ取りの一巻だと観察するだけに留めるのだろうが。
 生物兵器の中には『家族主義』派という物が大きく存在する。
 既に一軍とも言える程の勢力だった。
 その中で、双禍はかなり重要な位置づけにある。
 人と器物、そして生物兵器。そのどれとも取れる彼は。

 ベッキーに至っては坊ちゃん、と呼ぶ程である。
 彼のキャラクターはなかなか気に入られていて、双禍に脅威があるというのならゲボックが何を言わずとも彼らが黙っていない。

 そして、ゲボックは生物兵器の活動を一切制限しない。
 例え対立し合う勢力にそれぞれ与して殺し合っても口を挟みもしない。

 実験、観察、考察———そこから得る新発見、そしてそれを元に再度実験へ———すなわち研究ただ一筋。

 ゲボックのスタンスは基本これである。他には無い。
 彼を本当の意味で感情的にできる存在は、この世でたった二人なのだから。
 手塩にかけて創り上げた自分の子供達の行動さえ、彼にとっては新たな発見への喜び。その足がかりなのだ。

 制御されていない生物兵器の津波。
 恐らく、下手すれば一国すら容易に壊滅させる、ISとは異なる脅威。



 それを、簪が知る訳が無い。



「もしもーし? 簪さーん?」
「あ、ごめん……聞いてなかった」
「俺、思うんだ……機能に何一つ名称がついていないのは問題だってね」
 そう。今も解析しながら彼と会話している。
 今日は、ある程度これが済めば、彼の一部を簪のIS、打鉄弐式に組み込む予定である。解析はある程度にしなければ。

 しかし、この基本構造そのものがまず凄いな、と思う。
 バラバラに分解でき、なお機能がそれぞれ独立していると言う。

 双禍は今、首だけになっている、そうして、可変フレームを歩行戦車のようにして首から下にくっつけてがっしゃんがっしゃん歩いている。
 正直虫っぽい。

———そう、これだけを見てもだ。

 一体、どんな自由性なのだ。
 双禍の基本構造はISの基礎フレームに似た骨格に正体擬装用ナノマシンを被せる形で人とISの姿を自在に切り替える。
 未来から来た暗殺ロボットの三作目で出て来た女性型のような構造である。
 だが、彼はそれ以上だ。
 その気になれば、骨格さえも変形できるのである。
 故に名称を可変フレームと呼ぶのだから。



「うん……恰好良いのが良いよね」
「それは同感だねー、流石簪さん、分ってるー」

 双禍には黙っている事がある。
 どういう意図か、ゲボックの開発者メッセージが残っていた。
 明らかに、双禍を解析する者が出て来る事を見越してだ。
 双禍には伝わらないように仕掛けるという手の込みようで、である。

 それはつまり、双禍に言ってはいけないという事だろう。



 ゲボックはそのメッセージでこう語っている。

 エンブリオは『どんなシステムであろうと、必要だと思った機能をその場で自己開発し進化する、成長型万能対応仕様のIS』だと。
 成長の切欠は、双禍自身が『こう有りたい』と強く望む事。
 つまり、状況に応じて成長が変遷していくのだ。
 しかし、その事を伝えてはならない。
 教えてしまえば、単純に最高、万能な機能を求めるだろう。それでは更なる成長の阻害となる。
 それではつまらない。
 どんなアイテムでも無限に詰め込まれた蔵を手にして万能的に色々取り出しても、それでは成長がそこで止まる。そこで悦に入っても極めてつまらない物にしかならない、と。
 何より欲するのは双禍が考え抜き、思考を展開し、自ら選び取った進化。
 何より研究しがいがあるのはその成長に至る精神の変遷と進化の結果。
 最高にして万能など、その果てに到達できる物に比べれば雑作も無い通過点でしかないと。


 
 それは一体どんな化け物だ。
 それはまさしく、机上の空論と言われた即時万能対応機能『展開装甲』と同様の第4世代概念ではないか。
 今回の打鉄弐式補助輪計画も、きっと元々そんな機能は彼には付いていなかった筈だ。
 双禍が、簪を、打鉄弐式を助けたいと思ったからそんな機能が追加されたのだ。
 その彼の気持ちが本当に嬉しい。

 だからこそ、なによりも、双禍を実験観察対象としか見ていないそのあり方が嫌だった。

 だからこそ、そんな開発者が居なくても、彼が困窮した際に自分が彼を助けたい。
 その為にはこの技術に付いて習熟しなければ。
 それが、簪の切なる願望だった。

「しっかしねー。俺って実は第一世代にも到達してないんだよねぇ」
「……どういう事?」
「第一世代の定義ってな。ISとして完成するって事なんだがね? あ、簪さんにゃ釈迦に何とかか。俺のボディ、実は未完成だったりするのだ。故に、まだISとは言えないらしい。しかし、ISとして必要な機能は全て取り揃えてる筈なんだけどねぇ。親父が言うからには、俺はISとしては決定的に必要な何かが掛けてる0,5世代とかそんなもんらしい……やれやれ、一体何が足りないんだか」
「……? ええ!?」

 分らない。
 これだけ機能を詰め込まれてなお、ただのISにすら到達していないと。
 彼の開発者は言っている。
 当然、この部分が嘘でも何のメリットも無い。
 ならば、それが事実だ。
 ならばこそ、尚更に脅威である。
 ISにすらなりきれて無い物でも、ISに容易に比肩するのだから。

「さて……今日はハードはこの辺にしておこうか……」
「んー? って事はソフト面でも見るのかい? 簪さんの情報処理能力にしてみれば独壇場だね」
「……それは無理。だって、双禍さんのソフトは独自言語だから」
「親父のオリジナルだったよな、あの放っておいても勝手に自己進化型言語……」
「まず、そこから勉強……」
 言語の世代がまず違う。自己書き換え機能付きプログラム言語なんて手に負えない。

「うう、すんませんです」
「……いいの」
 助けられているのは自分の方なのだから。

「ところで、んじゃなにするの?」
「ヘルプファイル見つけた……。一緒に色んな機能見ていこう」
「ちょい待ち! マジで!? 俺知らんかったぞそんなファイルあるなんて!!」

 さっきの、進化については秘密にしておこう。
 彼の成長がどうなっていくのか。
 実は簪自身も興味があったから。



「まず第一に。コアとのシンクロ率がそのまま単一仕様能力発動率と比例しま……え?」
「え?」
「ワン・オフ……?」
「アビリティ??」

 最近息もぴったりになって来た二人だった。

「そんなん発動した覚えが無いんだが……?」
「……後に回す?」
「そうだねー。分らんのは後だ後。親父を理解しようとしたら寿命が尽きる」
「それ言い過ぎだと思う」
「ユングの精神分析からいきなりダークマターやRNAの転写酵素とかに話飛ぶ奴とまともに会話できると思う?」
「……?」

 数秒唸って。

「えーと次々……」
「何なに……」
 スルーする事にしたらしい。

「次……全身のどこからでも熱線を射てます」
「うん。まぁ。それは知ってる」
「えーと、次の頁……PICが関節ごとに仕込まれてます。300個以上は数えてないです」
「腐る程あると思ってたけどどんだけ!?」
「そう言えば、双禍さんって……スラスター無いね。だからかな?」
「あー、推進器無しで空中移動となると重力操作を強化する必要があるのか……待てよ、これだけ有り余ってるPIC、食品停止結界以外にもなんか活用せないかんと思って来た」
「しょ、食品停止結界??」
「うん。食品限定で何故か運動エネルギーを止める力場」
「……なんで、食品……限定?」
「それがわっかんないんだよなー。AICを作ってやろうとしたら出来たんだよね。AICは出来なかったくせにさー。おかげでアンヌの機関銃全弾食らって蜂の巣だよ蜂の巣。いや、痛かったねえ」
 そんな殺伐とした日常は嫌だなあ。
 簪はそう思ってしまう。
 それと。

 それ、なんだかよく分からないけど慣性に干渉する物じゃない。絶対他の何かだ。
 訳の分からない物を開発してしまったんだなあ。
 確かに未知との遭遇を望む者としては、この子の開発能力は放置していた方が面白そうだ、と思ってしまった。
 いや、放置しすぎて怖いのが出て来ても責任取りたくないんだけど……。

「逆にこの重力操作を相手に掛けて、重力何倍!! ってしてみたらどうだろう」
「PIC300個でやったらちょっとどころじゃない事になりそうな……」
「……うん、ちょっと怖いかも」

 二人で部屋の天井を見上げるのだった。



「さて、さっきも言ったけど、名称だよ名称」
「何の?」
「うむ。何はともあれ、まず熱線だね。『ビーム!!』とか言うのは何かアレだし、熱戦ってビームじゃないそうだし」
「うーん……」

 しばし考えてみる。
 中々良いものが浮かばない。

「そうだ。ポーズをまず決めよう」
 簪がそんな事を言い出した。
「ポーズ?」
「うん……それからイメージが沸くかも」
「おぉお! 流石ヒーロー大好きさん」
「……(赤面)」

 しばらく考えてみる。
 うんうん唸って双禍が示したのは掌を突き出すポーズだった。

「ビッグバンアタッ●?」
「恰好良いのに負けフラグにしか感じないのは何故だ……!?」

 次に出したのは指二本突き出したポーズだった。

「●貫光殺砲?」

 一本にしてみた。

「ど●んぱ?」

 指鉄砲にしてみた。

「霊●?」

 グーにしてみた。

「ペガサス●星拳?」
「そこは上の流れでショットガンで良いよね? つーか厚すぎるなジャン●の壁!!」

 んーんー。唸った。双禍はやがて考え、両手を振り上げ。
「この状態で体前面から放つとかどうだ!! 流石にやった奴居ないだろ!」
「エターナルネ●フィーバー」
「あんのかい!!」
 漫画の世界は深かった。
「惜しい……ジャンプの壁は越えたけど……」

「じゃあ、指三本で摘むようにエネルギーを集めて射つとか」
「第四十刃の●閃」
「……………………あー、もういいやそれで」
「諦めちゃった?」
「うん、セロで良ーやセロで。セロリでも可」
 飽きて来たのか投げやりだった。

「でもジャ●プの壁内に戻って来たね」
「しもうたぁ!!」

 うがあああああああっ!! と転がり回る双禍。
 大体、この世の殆どの事というのは、先人がやり尽くしてしまっている感があるのだ。
 そこから、如何に連想させないように要素を抽出し、自分の個性を創作していくか。
 それが、後人の定めという物である。

「……んじゃあ、アドリブでって事で」
「おーけー」
 結局無難で済んでしまった。

「あ、そうだ。簪さん。PICでそう言えば、もう一つ、有り余る重力制御能力で憶えた物があるんだよ」
「どういうの……?」
「ポーズ固定の瞬時加速」
「……それは……!!!」
 いつも眼鏡の裏で細められている簪の眼が見開かれる。
 一見、何の意味も無いその行動。
 だがしかし、簪はそんな物を獲得した双禍の意図を確実に察していた。

「ああ、流石簪さん気付いたか」
「うん……」

「「そう! 『残像だ』の演出には不可欠な移動法!!」」

 漫画とかの話題に入ると完璧駄目駄目な二人だった。



「えーと他には他には……あ、あるじゃんなんか凄そうなの」
「なんて物?」
「んー……と、堕天使大砲(Lucifer Cannon)。だってさ」
「えーと……あ、あった」
「どれどれ?」

 簪の開いているヘルプファイルを横から覗く双禍。
「えーっと、威力に関しては最大の破壊力を有します。故に、注意事項を記す……おぉ! 何か必殺武器っぽいですよ簪さん!!」
「本当……えと、え、と……・えぇ??」
 情報処理能力の差か、すぐに見つけた簪が、それを読んで、すぐさまいぶかしげな表情になった。

「どうしたの?」
「あの、ここ……」
 簪が記したそこには、注意事項が一文だけ記されているだけである。

「んー? 最大とか言う割には気をつけなきゃ行けない事が少ないんだなあ……あぁ??」
 それを目で流———せず、双禍も簪と揃った顔付きになる。

 そこには、こう。単純に一つだけ書かれていたのである。






『下とか横とかに真っ直ぐ射ってはいけません。地球とか壊れるから』






「使えるかああああああああああ———っ!!!」
 ちゃぶ台が有ったらひっくり返したい面持ちだった。

「なんと言う……性能の無駄遣い……!」
 思わず簪がネタに走る程だった。

「どこのドラゴンボ●ルだよ!? まさかアレか!? 『避ければ地球が消し飛ぶぞ!』とかそう言う脅しに使うのかこれは!」
「その威力なら、貫通して……結局地球が消し飛ぶよね」
「今考えてみたら確かにそうだ! かめ●め波で射ち返してよかった! 流石主人公!」



 しばし興奮し、お茶で一服。

「でも、この技術力の凄さは一体……」
「なんつうか、飛び抜けすぎてるんだよねえ……でも、一応世間で色々普及している技術ってのも有るぞ。例えばナノテクノロジーの九割九分は親父の貢献だし」
「99%!?」
「んー。確かその筈。それに、打鉄弐式のあの長刀『夢現』の超振動だけど、あれ親父の技術使ってるし」
「……それは流石に……超振動なら日本だけの技術でも―――」
「超振動『だけ』ならね。でもたしか、対象の固有原子振動数を感知して自動調整する『霧斬』機構が内蔵してあった筈だよ? あれ、親父の発明品。ロッティのナイフがそれだった筈だし、ISが開発される以前は織斑先生も生身の武器として振り回してたからね」
「……嘘」
 超振動兵器そのものが、IS台頭後だと簪は把握していた。
 しかも、生身の人間が振り回す大きさには現在を持ってしても小型化し切れていない。
 それを、IS開発前に、既に現実化させているなどとは……。

「親父は誰の頼みも聞いて何でも造るからなあ。あれほど操り易い存在はそうは無いぞ。芹沢博士の爪垢煎じてガロン単位で飲ませたいぐらいにね。呆れる頭脳というのはこういう事だね。本当に。ジャンルに節操がなさ過ぎる」
 やれやれと言っているが……。
 おそらく、その異常の真性に双禍は気付いていない。
 おそらくその超常技術に触れすぎてしまっているが故に。
 飛び抜けすぎているというにも限度が有るだろうに……際限がなさ過ぎる。

 ああ、そうだ。彼自身がその筆頭だから、その異常性に気付けないのだ。
 ただ、普通に異常だとしか思えないのである。

 ゴクリ……。
 唾を飲み込むのを今まで忘れていたようだ。
 簪は誓う。

「しっかし良い名前無いもんかねー。センス無いのはどうしようもねえなあ」

 なんて言っている、常識からずれた子を。
 常識から守ってやりたいと。
 他ならぬ、常識に捕われて動けなくなっていた簪だったのだから。



 自分を捕えていた常識の牙城を打ち崩したあの子を———

 それは。末子故の、自分も何か守るものが欲しいという渇望なのか。
 それとも、幼い彼に対する一種の母性なのか。
 または、色々手助けしてくれた事に対する恩義なのか。



 それは分からない。だがただ、簪は誓うのだった。












 更識楯無の調査結果①

 何故掌握できなかったのか。
 明らかな隠蔽工作の意図を感じ、IS学園生徒会長、更識楯無は焦燥する。

 学園内に『ギャクサッツ』が居る。



 焦っていた。
 『更識』の次期統主として。
 また、IS学園生徒会長として。
 何より―――

 更識簪の姉として!!



「なんで、なんで気付かなかったのかしら……」
 明らかに、意図的な情報の隠蔽があったとしか……しかも……何だか内部犯っぽい。
 妹とギャクサッツが同じ部屋に居るなど、シスコンたる楯無にしてみれば、心肺停止しかねないほどのショック事項であった。



 楯無も、仕掛けた盗聴器の全滅(かなりプロでも見つからない本格的なものがあったから)ですこし違和感を感じなければ気付かなかっただろう。
 『簪の調子伺い隊隊長』たる本音は……実は秘密にされると楯無でもわからないポーカーフェイスの持ち主である。いっつもへらへらニコニコしていて、アレを読めるのは本音の姉たる虚ぐらいだろう。

 その報告は、おそらく何か隠している。『そっくんがねえ~』と楽しそうなのはなんとなく分かるが……。
 楽しそう……か、うん。妬ましい。

 本音は鋭い子だ。
 ギャクサッツが只者でない事など気配だけで察するだろうに。



―――まあ、実際はそれどころか協力関係になっているが。

 良くも悪くも相手の奥底を見抜ける本音は、実年齢2歳児相当の無垢さを見抜いてしまった。その結果である。

 ギャクサッツの被害を知らないこともあるし。本音は簪の状態の好転をかなり喜んでいたのだ。それが阻害されるような行動をとるはずもない。



 何より。
 狂乱殺し(ライアット・ブレイカー)との名声高き織斑千冬教員が、全く反応していない。
 彼女に対しての情報操作は完璧だった。
 そう言えば、4組で彼女の授業は何だかんだで変更になっている。
 当たっているときも、二つに分けて、ギャクサッツと遭遇しないようになっている。
 千冬は、幼馴染み二人の陰謀には相当本気な物でないと察知する鋭い感性を持つが、そちらばかり働き鋭敏化したため、極一般的な工作には疎い所がある。超絶的な技術に晒され続けて来たが故の盲点だった。

 内部犯の線がさらに濃厚になる明らかな証拠である。



 そして。
 ロシアの代表、更識楯無として。



 普通に考えて、おかしくは無いだろうか?
 日本のカウンターアンダー。更識が何故ロシアの代表となれたのか。
 考えてみて欲しい。
 いくら楯無が優秀で、自由国籍を持っていようとも、対暗部を他国が取り込むだろうか、普通。
 ロシアの諜報部とて無能ではないのだから。楯無がその手の要職にある一族である事など、分からぬわけが無いにも拘らずだ。

 そう。ロシアにとって、背に腹が代えられないような事が起きたのだ。
 駄目元で打診した楯無が諸手で迎え入れられるような事が。



 そもそも、駄目元とは言え楯無がロシアに代表として打診したには理由がある。

 ロシアの秘密裏に設立された研究所―――更識の調査の成果である―――において、世界危機とも言える現象が起きたのである。
 それは……莫大。そう、地球を破壊するに余りある程のエネルギーが観測されたのである。
 これ程のエネルギーの観測は、世界中の兵器と言う兵器、エネルギーというエネルギーが使い尽くされたと言われる『三人による世界大戦』以来である。



 ツングースの例をとっても、ロシアは何かと謎のエネルギー検出事案が起き易い事で有名である。
 なおかつ、一種の閉鎖空間であるが故にその情報が見えないと言う弊害がある。
 チェルノブイリの悲劇が被害を延々と拡大させていったのにもそのような背景があるからなのだ。

 だが、そういう世界が緊迫する程の事件が起きたと言うにも関わらず、楯無はあっさり参入を許可された。

 そして知った。
 ロシアのIS乗りの現状を。

 とてもでは無いが闘える者が居ないと言う異常事態を。
 心を徹底的にへし折られた代表達を。

 例え、他国のエージェントだと分かっていても受け入れざるを得ない現状を。
 守りの要が何一つ残って居なかったのである。

 一体何があったのか。後続が育成され、楯無がIS学園に通える程の余裕が出るようになった頃。
 楯無は、ついにその情報を捕えた。






 G(ゲボック)ウェポン。
 Dr.ゲボックの創り出した生物兵器群は、裏の社会で一般にこう呼ばれている―――



 理解不能の背後にはDr.アトミックボムありとまで言われる昨今。
 その技術の食指は節操無いと言われるも、ではその代表的な技術は何かと言われれば誰もがそれを口にするだろう。

 神の領域へすでに到達したと言われる程の生命操作技術。
 その結晶たる生物兵器群である。
 それに、人類の英知の結晶、ISによって構成された部隊が壊滅させられたというのだ。

 きっかけは、ロシア政府がDr.ゲボックに流体操作の研究を依頼した事から始まる。

 全世界的に指名手配されているにも関わらず、真正面から護衛の生物兵器も連れず堂々とやってきたDr.ゲボックは、嬉々としてロシア政府の依頼を頼んでいない所までどんどん進め、アクアナノマシンによる流体擬似装甲を個人携行出来るほどに作り上げてしまった。昼飯前の所行で有ったと言う。

 さて。研究に一区切りをつけたゲボックだが、ここはロシア。『露助は一度でも味わった獲物を、飢えた犬の如く食いつき放さない』とまで言われるロシアである。
 ゲボックを研究所から出すわけも無く、研究所に監禁して研究を続けさせようとした。
 まあ、研究テーマを与えられれば文句一つ無いどころか狂喜乱舞して研究する科学馬鹿のゲボックである。両者の意図は変な形で一致し、ロシアの技術は他国を大幅に引き離す……筈であった。



 しかし、それはあっさり打ち破られた。

 Gウェポンがたった一体。

――――――Dr.迎えに来ましたよ――――――

 とやって来たのだ。
 別に大仏姿じゃないけど。

 その生物兵器は刹那の間に研究所の音響設備の制御権を奪い取り、まるで公園で遊んでいる子供を迎えに来た母親のノリでスピーカー全てからのほほんとした日本語を垂れ流したのだ。
 それを聞いたゲボックは「おォ、迎えが、来マしたョ!」と喝采。素直に研究を取りやめ、帰宅の準備を始めだしたものだからロシアの研究所はたまらない。
 慌ててゲボックを拘束しようとするも、光学迷彩やら次元潜航などで姿を眩ませ、関係者をその行方を捜索しなければならない事態に叩き込み。
 さらに壁をまっすぐぶち抜いて悠々と突入してくるGウェポンの迎撃に力を削ぐ事を強要される、中と外同時攻撃を受けたのだ。



 生命系統樹に真正面から喧嘩を売っているとしか思えない容姿のGウェポンだが、その個体は珍しく二十歳前後程の女性の姿であったと言う。
 尤も、見た目で騙されてはいけない事はもはや重々承知している。
 即座にIS部隊が投入された。
 オーバーキルなどではない。Gウェポンは現行の兵器ではIS以外に対抗するすべは無く、個体によってはヴァルキリー級で無いと対処不能の存在もいるのだ。
 そんな中、一体で現れたのだから、ただの個体ではないのは明確だった。



 否。それでも見込みが甘かった。
 桁違いの、まさに化け物だったのだ。

 Gウェポン。『灰シリーズ』系列、製造番号第三十番。



 『彼女』と交戦した軍属IS乗りや国家代表は、未だにそのときの戦闘をフラッシュバックで垣間見る程にトラウマを彫り込まれている。

 その常軌を逸した有様に、楯無は人目を盗んで聞き込みを実施。
 だが、危ない橋を渡ったにも関わらず獲得した情報はほんの僅かであった。

―――曰く
『光り輝く人型』
『背中に拷問器具のように突き刺さったいくつもの杭』
『光り輝く右腕と一体化した光り輝く長槍』
『光に飲み込まれたと思ったら既に大破していた』

 等々である。何が何だかよく分からない。これっぽっちで分かるはずも無い。危ない橋を渡ったのにあまりに報われない成果であった。
 ただ、分かるのはGウェポンとしても規格外な事であった。

 そして、このGウェポン『灰の三十番』が襲撃をかけた日時と莫大なエネルギー観測の日時が見事に一致しているのだ。
 消去法を使うまでも無かった。

 それは世界を余裕で滅ぼせる生物兵器をとうとう完成させたと言う事に他ならない。



 そして、楯無が焦燥に襲われている根拠はここからだ。
 この個体と、簪と同居しているGウェポンには共通事項があるのである。

 それは―――
 『ギャクサッツ』
 そう。Dr.ゲボックの姓である。

 かつて、『灰の三十番』は自らをこう紹介したと言う。
 音声を発しない―――発する事が出来ないのかは不明だが―――で、データ送信の形で。

『私は灰シリーズ・製造番号第三十番。個体名称『——————・ギャクサッツ』。ゲボック・ギャクサッツの娘です。父が帰ってくるのが遅いので迎えに参りました。退けて、頂けますね?』
 それは、問いかけではなかった。既に決定事項であったそうだ。殺気まで込められた命令であり、逆らえよう筈も無い。



 Gウェポンは、気付けばいつの間にか日本国籍を取得している。
 日本国民として既に土着してしまっているのだ。ちゃんと納税までするし。

 だが。

 造物主、ゲボック・ギャクサッツと同じ姓を名乗るものは居なかった。
 だが、この規格外は自分の事をギャクサッツと称した。
 これは今までに無い事であり、その特別性を皆思案せざるを得なかった。
 この事より、Gウェポンの特別個体を『G・G』と称する事となるのだが……。

 そう、この学園に居るのは『双禍・ギャクサッツ』
 戸籍上はギャクサッツ・双禍だが、そんな事は些細な事だ。

 楯無の最愛の妹と同居しているのはそれ以来始めて出現した二体目の『G・G』なのである。
 姉が、その事実に身を震わせぬ訳が無い。



「それに……あの生物兵器(双禍の事)……」
 今思い出しても腹立たしい。楯無は怒りに身が震える。
「簪ちゃんにあーんしてたし!! なにがぬるいラブコメよ―――ッ!!!」
 そう、いつも栄養スナックで食事を済ませる簪に雛に餌やる親鳥の如くせっせと食事を持ってきた双禍に食べさせてもらっているシーンの数々を目撃していたのである。

 単純に姉としての嫉妬だったとも言う。
 あの時双過が感じた殺気は楯無のものだったようである。
 ISのステルスモードまで駆使して何をしているのだろうか、生徒会長。

 さて、双禍はIS学園最強―――に個人的私怨、一族的義務、世界的脅威の排除的な意味合いなど、様々な理由が複雑に絡み合った状態で狙われる事となるのであった。



 されど……。
 事実とは因果なものである。
 『灰の三十番』とIS部隊の交戦で、実は『灰の三十番』は腕を一本落としている。
 この腕は超高品質なナノマシンの塊であり、これがあったからこそ、ゲボックが研究していた流体操作に必須であるアクアナノマシンを再現できたのである。
 それが楯無の専用機、『ミステリアス・レイディ』の前身であるのは何たる皮肉であろうか。



 さて、この腕の負傷だが、ロシアのIS部隊が決死の思いで一矢を報いたのか? と言うと、実はそうではない。
 『灰の三十番』が殺気まで放ちながらゲボックを迎えに来たのは、周囲の予測とは全く違う別の理由があったのだ。

 実は。
 この日。『灰の三十番』とゲボックが家族になった記念日であり、オードブルやらケーキやらを用意していた『灰の三十番』がゲボックの帰宅遅延にしびれを切らして単身突っ込んできたのである。とまあ、実はそんな事だったりする。
 ゲボックが監禁されたから? そんな理由では生物兵器たちは動かない。
 しばらくしたら人恋しくなって勝手に帰ってくるだろ、と良くゲボックの性質を見抜いて心配一つしやがらない。そう、生物兵器放し飼いは伊達じゃないのだ。

 そして、むきになって殺気まで振りまいていたのは、日付が変わる前にゲボックをゲボックの秘密基地に連れ帰りパーティを開くためだったからである。日付が変われば記念日のパーティでは無くなってしまうからだった。闘いも杜撰になってしまうと言うものである。腕なんて構う物ではなかったのだ。腕の十本や百本、放って置いても勝手に生えるし。

 まぁ、何より勘違いにも程があるのは、別に苗字は何を名乗っても構わないと言う事だ。
 ギャクサッツだって別に誰だって名乗ってもいいのだ。特別だからなどと言う理由はなんでも無い。
 生物兵器達は中二病的にそれぞれ格好いい名前を名乗り出しただけなのであった。
 改ざんされまくる戸籍は大丈夫なのだろうか、しっかりしろ役所。

 ギャクサッツを名乗る者が居ない理由?
 そんなのは簡単だ。
 好意は抱かれても尊敬はされない。
 そんなゲボックだという、身も蓋もない理由であった。

 世界、ビビり過ぎである。



 ゲボックだけではなく、生物兵器も世間との温度差が激しい事極まりないのであった。












 以上、更識姉妹それぞれ双禍への思惑より抜粋――――――



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 『死の大天使』

 とある殺戮集団の次男坊が有する特異体質を再現したものだ。
 あ、その殺戮集団はとある小説の中の存在だから。実際存在したら人探し屋さんでも居ないとヤバすぎるんで。

 んでまぁ、その体質なのだが、なんと千分の一ミクロンの妖糸から繰り出される超絶的な切断攻撃さえ滑らす体脂肪を分泌するらしい……なんかばっちくね?

 まぁ、俺がこれから使うのは再現した工業製品だし、使う用途はアレだ。
 指がむくんで抜けなくなった指輪を抜くようなもんだしね。

「———と言うわけなんだよ」
「お前の地の文が分かってたまるか!」
 通風口に挟まっている箒さんの背中越しの悲鳴だった。

「ん、まぁ確かに」
 と一言。『死の大天使』スプレーを吹きかけ始める。

「詰まるところ詰まってるのを詰まってる状態から詰まってない状態にするために滑らせ始めたわけです」
「その回りくどい言い方はわざとだな!?」
「うん」
「この状況を楽しんでるだろ!?」
「うん」
「で、どうなるんだ?」
「んー、確か摩擦係数がゼロになる筈だよ」
「極端すぎるにも程があるだろうが! 効果を確かめもせずにゲボックさんの惨業廃棄物(誤字じゃ無い)を無闇に使うなぁぁああッ!!」
「いや、でも他に方法無いし。思わず鼻唄出るし」
「最低だなお前!」
「僕は悲しい工業製品♪ 無くも笑うもお好み次第~♪ 頭の、螺子をくいっと捻れば~♪」
「……自虐過ぎる!?」
「あーうん、ごめん。でも出来た」
「時間稼ぎだと!?」
「あ、鼻唄は本当です」
「やっぱり最低だ!!」
 それでは、GO!


「「あれ?」」
 押した……けど。

「「うわわわっ!」」
 あれ程びくともしなかった箒さんが通風口内を滑り出す。

「「うっわ——————ッ!!」」
 俺諸共、二人まとめて。

 スプレー式は、自分にも降りかかるらしい。

「うむ。正にこれぞ、人を呪わば穴二つって奴だねぇ」
「飄々と言う台詞じゃないだろっ!」
「面白き、事も無き世を面白く~……誰の言葉だっけ?」
「有名だろうが! そのくらい勉強しろ!」
「あ、箒さんが詳しいと言う事は剣の時代だな、うん」
「その判別はなんだッ!? まぁ、確かに素晴らしい剣豪が多数名を馳せた時代ではあるが……」

「やっぱりねぇ……つまりここは加速しろと言う事に相違あるまい!」
「何故そうなる!? どこから論理が飛躍した!?」
 そう言い合いながらも滑る俺ら。決して早いとは言えないが、楽しい。

「だからだ! 加速すればなお楽しいだろうに決まっているよね!!」
「だからお前の地の文が読めるか———ッ!」

「なんだろうね、確か冬のオリンピックでこんな競技あるよね! データでしか知らないけど」

———ボブスレー ———

「おぉそうだボブスレーだ」
 さんきゅー、BBソフト。

「誰と話してるんだ!? 正しく頭から突っ込んでる私には恐怖以外何も無いがなぁ!」
「では僕ぽちっとなぁ!!」
「やーめーろぉぉぉおおおッ!!」
 PIC起動!
 氷上を滑るソリが如く疾走する。



 通風口からの出口に網は無い!

 脱出!

 中継室発見!

「止まれぇぇぇぇえええッ!」
 箒さんBGM!

 扉は半開き!

 しかも押して開くタイプ!

「ならば大丈夫!」
「何がだ!」

 箒さんの悲鳴は背後に流れて行く。
 そんな時。
 中継室の中から審判とナレーターが出てきた。ようやく避難してきた……の……?

「あ」(審判)
「あ」(ナレーター)
「あ」(俺)
「———何が!?」(箒さん)

 タイミング悪いなぁ、おい!!

「ぐぇ」
「ぎゃあ」
「はぐぉ」

 インパクト!
 頭を扉に打ち付けた箒さんは頭にデカいコブを作って悶え足掻き、審判とナレーターは出ようとした時に丁度箒さんに押し開かれた扉にぶつかって当分目覚めないようなポーズで伸びている。

 そして俺は———
 揉みくちゃになった三人をジャンプ台にして錐揉み上に吹っ飛んだ。

「こいつは想定外だぁぁぁなもぅ!」

 アリーナに向けて一直線。

 ……あ、窓ガラス。

 注目を集めるのはやむを得んにしても、正体は隠さねばな。
 直前に『偽りの仮面』を『オクトパステルスモード』に切り替え———

「へぶぉあっ!」
 ぶち抜いてさらに宙を舞う。

 と、ここでアリーナに入る前にシールドバリアが待ち構えて下さいました。
 もっと目立つやん!

 えー、えー、何か対処法無いかい!?

———何が

 冷たいねBBソフトぉ!
 と、しかし。



『眠れる胚子は己が殻の中にいることを知らずとも―――』
 それは、何やら聞き覚えの無い一行詩。



「あれ———?」
 一行詩から意識がそれた瞬間、シールドバリアなど、全く無いかのようにすり抜ける。
 なんで?
 まぁ、いい、助かった。

 そして、ちょっとだけ運もいい。
 ゴーレムは地表すれすれにいる。

 このまま『死の大天使』効果で滑り寄ってくれる!
 PICは使わない。感知されるからだ。
 地表近くに居られて幸運なのは、飛ぶ必要性が無くなるからである。

 そして、誰も俺には気付くまい。
 何故なら、俺はス●ークの様に全身を地面に擬態しているからだ。

 この世で最も擬態能力に優れている者は何か。
 そう言われ、カメレオンと答える者が居るだろう。

 はっ、甘い。

 正解は、蛸だ。
 蛸の細胞変色はカメレオンなど比較するのもおこがましい程の精度を誇る。
 表現できる色彩の幅、解像度など全てが別次元なのだ。
 砂の模様まで再現する事ができるのだ、蛸は。
 ……タコ焼き。なんか急に食いたくなったなぁ。

 訂正訂正、これぞ『偽りの仮面』『オクトパステルスモード』である。そうそう、IS相手のステルスも発揮できるのだ。とく、刮目せよ! あぁ、見えにくいんだけどね。

「なっ……!」
 そこでお兄さんが反応した。

 観察してみると、お兄さんと鈴さんは中々ゴーレムに苦戦している様である。

 そりゃそうか。人間とは何の因果か、人間と戦うのが最も得意なのだ。
 まぁ、因果も何も、人間は戦争が大好きだから、何よりも人間と戦う術を研鑽してきた、と言う説もあるぐらいだし。

 ISの敵になり得るのはいつだってISだ。
 親父製の生物兵器も一応含まれるが、それだって戦闘というよりは掃討という対処を取る。

 故に。
 IS乗りは人間以外の敵と戦う経験と言うものがほぼ皆無だと言っていい。

 そこでこのゴーレムだ。
 あんちくしょうは、一丁前に人型をしているくせに人間らしい動きよりも攻撃や回避に最適と認識した挙動をとるせいで、何と言うか見ているものに生理的悪寒と言うか気味が悪いとか、そういう印象を与える動きをしやがるのだ。

 人は当然人の形をしているものは人と同じ挙動を取るという先入観がある。そのため、挙動の推測を狭めてしまい、予想外の動きをされた時に虚を突かれてしまうのである。

 平たくいうと、キモいからやりにくくて隙を突かれやすい。

 全身のあちこちにインプラントしているスラスターが、その挙動を可能としているのである。

 待てよ?
 全身のスラスターか……。
 俺も、全身の有り余るPICで同じ事できるんじゃなかろうか?
 コンセプトは一緒なんだし……。
 しかし、キモいか優位に立つかでは非常に悩みどころだな……。

 ま、あれだ。武術の形意拳だと思えばいいのだとしよう!

 名前は……犬拳でも猿拳でもなく……。
 ゴーレム拳……。
 うぐぅお! 語呂悪ッ! めっちゃ悪っ!

 ところで、お兄さんに見つかったかと戦々恐々と見上げる。
 お兄さんはそのまま中継室を見ていた。
 表情がうわぁ、ってなっている。
 惨状を見てしまったか……。

「い……いつつ……一夏ぁ!」
 あ、箒さん復活した。
 きぃいいいい~んとハウリングが響く。
 ~~~~おぉぉお……ぐぉおぉ……。
 強化した聴力にめっちゃ効くわ~。



「え……と、何やってんだ箒? ガラス、何で割れてるんだ?」
「わ、私の事はどうでも良いだろう! ん!? 双禍どこだ! どこに居る!?」
 戸惑い混じりな、お兄さんの割と当然の質問に頭を抑えながら反論する箒さん……うわ、滅茶痛そうだな……(←こいつのせい)。
 なお、ISに乗ってない箒さんにお兄さんの声が届くのは、白式が気を効かせて音声を中継室に送信してるからだ。
 本当、お兄さん相手には気の細やかな奴だ。

 何!? 何か呼んだァ!?
 呼んでねぇよ、ほら、お兄さんサポートしてやれって。
 言われなくても分かってるわよ、うっさいわねぇ!
 はいはい。

 こんな感じである。一方、そんな気遣いに気付く余裕もあんまり無い箒さんは。
「男なら……男ならそのくらいの敵に———いィッ!? ……痛たたた……」
「大丈夫か? 箒」
「五月蝿いっ!」
 と言ってまた痛がっている。不憫な……。
 今出てったら、制裁が始まりそうで恐いので擬態するまま決定。

 なお、ゴーレムはふよふよお兄さんを観察しているだけである。

 尤も、これは空気を読んでいるのではない。所謂、このゴーレムは今、Lv1であり、迎撃が基本で、後は情報収集に努めるのだ……が。
 余りに隙だらけだとビーム撃ってきます。

「そのくらいの敵に勝てなくて何が男だ!!」
 箒さんは何度も顔をしかめつつ、やっと言い切った。
 再度ハウリングが鳴り響く。
 箒さんの顔は怒っているような、焦っている様な、さらに痛みで顔をしかめてさらに泣きそうな何とも言えない……見ているこっちが思わず吹き出してしまいそうな何とも言えない様相をていしていた。

 でもなぁ。
 ———男のハードル、高ぇなぁ

 と思ってしまうのは俺だけだろうか。
 これも女尊男卑の弊害なのか、それとも箒さんがお兄さんに高望みしているのかはよく分からんけどね。



———って何してやがる自称僚機ィ!?
 ゴーレムの野郎は今の箒さんに何か興味を抱いたのかビーム砲の砲口を箒さんの方へ向ける。

 てめぇ! それでも篠ノ之博士作か貴様ァ!

 俺が瞬時加速で射線に割り込む。

———その前に。わぁお不発

 どけぇええええええええッ!!!
———この声は白式!?

「―――オオオッ!」
(って、ぇええええええッ!?)
 振り向けばお兄さんが居ました。
 これなんて超展開。
 白式の速度、瞬時加速を使ったとしてもこの速度はあり得ない。そう言うとんでも速度で突っ込んで来ている。
 当然、俺の姿が見えないお兄さんにしてみれば、俺は剣の一撃でついでに斬られてその斬撃の凄さを示す土塊———ほら、斬撃でモーゼの十戒の海みたいに割れる———背景でしかない。
 やめてー、やめてやーめーてー、斬ーらーれーるーッ!!

 エネルギー返還率90%、完全に殺る気だあああああああッ! な全力の一撃が真一文字に振り下ろされる。

(バラバラ緊急回避ィッ!)
 咄嗟に首を分離、首ちょんぱを自らする事で回避する。
 危ねえっ! 首だった所を雪片弍型が薙いでいく。

 ん?
 おぉ!? 首分離しても『偽りの仮面』が解除されてない!!
 これってエンブリオの成長なんですかね?
 いやいや、バレるの覚悟で緊急回避したけど助かった。

 くるくると、箒さんに砲口を向けていたゴーレムの右腕がぶった斬られ、宙を舞っている。
 さすが雪片MarkⅡ……あれ? 名前間違ってない? まぁいいや、とんでもない切れ味だ。

 ゴーレムのシールドは完全に零落白夜で消しさられている。
 だが、動力が消し去られたわけではない。
 やってくれたなと言わんばかりに残った左腕でお兄さんをアイアンクロー。
 そのまま掴●虚閃(アグール・セロ)……じゃなかった、ゼロ距離砲撃体勢に移った。

 てめぇ!!
「「一夏っ!」」
 箒さんと鈴さんの悲鳴が響き渡る。

 されど、お兄さんも白式も余裕の態度。
 お兄さんがチラリと覗いた上空を釣られて見上げると、零落白夜の余波エネルギーで斬り裂かれたアリーナのシールド、その亀裂が天まで届いている。

———く、食らわなくて良かったぁ!!

 いや本当マジで。
 あれ食らったら首ちょんぱどころか頭ピーナッツバターみたいになってたんじゃなかろうか。

 そして俺は発見する。

 その隙間からオルコットさんが『スターライトMrk.Ⅲ』、そして浮遊砲座『ブルーティアーズ』とで一斉に俺とゴーレムに狙いをつけているのを。

 そう、俺にも、だ。

 ま、んな事、ステルス状態だから俺以外には分からないけどな! ……つまり……だな。
 お兄さんは、口角を釣り上げ、まるで自分の事のように誇らしそうに宣言する。

「狙いは———?」
「———完璧ですわ!!」

 その言葉を引き金に、オルコットさんの口火と銃火が猛火を吹き上げる。
 うん、もう一度言おう俺とゴーレムに、と。

 待てぇぇぇえええ———ッ! 全くこれっぽっちも完璧じゃねぇ———ッ!!



 オルコットさんの放った閃光は、ゴーレム共々俺を撃破したのだった。
 なあ、俺って何しにここに来たんだろう……。



「ぎりぎりのタイミングでしたわ」
「セシリアならやれると思っていたさ」
 オルコットさんはゆっくりと高度を下げ、お兄さんの許に寄っていく。
 さてこの会話。はい、プライベートチャンネルを盗聴中です。
 ふふふ、撃破されたと言ってもゴーレムと違って俺のシールドはほぼ満タン近くあり、全弾直撃しても機能は停止しなかっただろう。
 痛かったからその意趣返しに個人情報を取得しようと傍聴を開始したのですよ。ブン屋舐めるな。
「そ、そうですの……。と、当然ですわね! 何せわたくしはセシリア・オルコット。イギリスの代表候補生なのですから!」
 オルコットさん照れまくり! うーん。これが天然ジゴロこと放射性恋愛原子核保持者の力か……。
 よくもまあ、歯の浮きそうな台詞を素で出せるものである。恐るべし、流石我が兄一夏。

「それにしても、何かおかしな手ごたえがあったのですけれども……」
「……そうか? 別におかしい事は無かったぞ」
「そうですわね……? んん。そう、このわたくしがやったのですもの。そうに決まってますわ!」
 恋は盲目。代表候補生の鋭い勘は、お兄さんの一言で気のせいになってしまった。
 その手応えは俺なんだけどね! マジ痛いわっ!



「ふぅ、何にしてもこれで終わ―――」
 お兄さんが一息ついたときだった。
 ゴーレムが、最低限の自己修復をある程度進めたのか再起動。
 しぶといな、これだけやられてもまだ動けるよう、動力バイパスを構築できたとは!
 任務は完遂したとばかりに、出力を意図的に暴走、最大出力形態に変形させたゴーレムは残った左腕をお兄さんに向ける。

 つまり。

 俺は可変フレーム変形。
 左腕を『偽りの仮面』を発動させたまま内部に『霧斬システム』を構築。
 ゴーレムに最適の超高速振動を発動させる。
 これは我が姉から習った近接武装『福音の刃』である。
 本当なら掌から刃を生み出して、左手と剣の柄を合成させたような形状に整形、さらに光子をまとわせるのだが、今は隠密のため単なる超振動抜き手で済ませている。
 なんだか、『福音の刃』という名は、将来敵として返って来そうな気がするのだが何故だろう。
 まあ、そういう良く分からない予感は放っておいて。
 重要な事、それはそう、つまりは今度こそ三度目の正直。



 無いかと思った、いやはや———!
 俺 の 出 番 だ !!



 アリーナを映すモニター。その場にいる全てのISからの認識、その全ての死角からゴーレムの胴体をぶち抜いた。
 ははっ、捕まえたァッ!

 その奥にあるISコアを掌握。
 このまま抜き取って―――!



―――回避推奨



 BBソフトが、そんな一言を告げてきた。

 おかしい。

 BBソフトとは、俺の乏しい知識を補完するための万能検索ソフトである。
 普通、こんな感じで戦闘を補助する事はありえない。
 
「え?」
 もししてくれると言うのなら、今までしなくて言い苦労をかなり背負っていたからである。
 だから、そんな抜けた声を漏らしてしまった。

 そして。

 ごぉづんっ―――!!

 ゴーレムのコアを引き抜き、一拍遅れて必死に離脱した俺を掠めるように『それ』が落ちてきた。
 
 余波でブッ飛ばされ、ごろごろ転がるのが終わり、やっと俺はそれを確認する。
 それを一言で言うと、人型に整えた練り消しを両手で挟んでころころ転がしたような、原型の残った球体だった。
 なんだこりゃ。

 そのままその球体は俺がぶち抜いたゴーレムを押し潰し、周囲に軽いクレーターを穿ち、そのままおとなしくなる。
 一方、お兄さんは雪片弐型を振りかぶったまま硬直していた。
 まさかゴーレムの放とうとしたビームに真正面から突っ込もうとしていたんではあるまいな。だとしたら何ちゅう無鉄砲。
 表情は俺と全く同じと言って良いポカンとした表情で、側にいるオルコットさんも、オルコットさんだけにお兄さんに近いポジションを独占させまいとやってくる鈴さんも、代表候補生に相応しい緊張感を伴いながらも……なんか修羅場ってるなぁ。

 俺は『死の大天使』を成分分解。擬態しながらそろりそろり、その球体から離れ、箒さんを背負う位置に移動する。
 あ、そうだ。ゴーレムのコアを格納しておこう。

 そして、その球体が展開し、元の人型に、花咲くように開いていく。

 その姿は―――
Diabolus(ディアボロス)って感じだねぇ」
 思わず呟いていた。
 その姿はぱっと見、悪魔そのものだった。
 細く引き絞られた2m近い体躯。
 それだけを言えば、ゴーレムと大差が無いのだが、これはゴーレムと違って四肢のバランスが人間のものに近い。
 ああ、体躯の厚みも、ゴーレムのほうが分厚い。ゴーレムはゴリラのような印象を受ける。
 しかし、かといってこの乱入者が貧相な体付きをしている、というわけではない。
 必要あるのか無いのか分からないが、人間と同じ筋肉の肉付きである全身。
 ボディビルダーのような迫力は無い。
 だが、必要な部分を徹底的に鍛えた印象であり、それはたんぱく質では無く、超鋼性のワイヤーを引き絞り束ねているように張り詰められており、想像を絶する膂力と俊敏性を持っているのではないかと思わせる姿だった。
 何より、そのシルエットを見れば分かる。コイツのモデルは男だ。
 ゴーレムはゴリラだ何だ言われようとも、性別を印象付ける事の無い中性的な肢体をしている。
 だが、コイツは明らかに男だ。
 そして。人間には明らかに無い、こいつをDiabolusと言わしめる器官が二つ備わっている。
 一つは左右、両こめかみから伸びる、捩子くれ曲がった山羊のような角。
 そして―――
 腰部から伸び上がる蝙蝠のものと言っていい、骨組が通された形状の翼である。

 これが悪魔じゃなかったら何が悪魔やねん。という姿であった。



 だが、この不快感は何なのだろうか。
 何というのだろうか。

 そうだ、あぁ、鏡があるだろう。

 アレを見ても、実は人間は違和感を感じない。それは分かっていただけるだろう。
 本当は『左右対称』の姿が映っているというのにだ。
 そこで垂直に一辺をくっつけた二枚の鏡を水槽に沈めてみる。
 そうして、水槽の外から鏡に映った自分を見てみると『自分の本当の姿』を見ることが出来る。
 ガラスと水の光の屈折を利用した鏡面効果なのだが、これを初めて見たとき、人は誰しも気味の悪さ、違和感を感じるらしい。

 そのような感じだ。
 別の言い方をすれば、満漢全席 に一つだけ展示用食品サンプルが混じっているような、逆の特別感。
 耐え難い違和感、不快感、異物感、酩酊まで及ぼす程の気味の悪さ。

 だが、それで居て、俺がその悪魔を見たときに抱いた感慨は―――






―――ただいま






 であったのである。
 何だそれは。
 何でやってきたものにただいまなどと言う思いを抱くのか。
 なんであろう、この懐古感は。

 あまりに懐かしさが自然であるので違和感が無い違和感がいっそう気持ち悪い。
 吐きそうだった。



「アリーナの隔壁は解除した! これは命令だ! 即刻待避しろぉッ!」
 誰もが硬直している中。アリーナのスピーカーが大声量を放った
 千冬お姉さんの声である。

 ゴーレムが乱入してきたときにも無い切迫感がアリーナを突き動かす。
 観客だった女生徒達が、避難訓練もろくにしていないのにちゃんと待避していく様子はさすがである。
 ふだんはおちゃらけている彼女達も全国から集められたエリートである。
 千冬お姉さんのその声に込められた意味を理解したのだ。

―――ふと
 ちゃんと、簪さんはみんなの護衛としてあるだろうか。いや―――簪さん自体もまた無事だろうか。
 感情が、状況に対して余計なノイズをがなり立てる。
 のほほんさんは、逃げるのが遅くて避難する生徒に踏まれたりしては居ないだろうか。

 ああ、大事だ。大事な気持ちだが今は邪魔だ。
 自分に言い聞かせる。
 『あの』千冬お姉さんが焦りを隠せない相手である。

 可能性、というか予測は付いている。

 目の前の存在が<Were・Imagine>であるという事だ。
 男性的なシルエットがそれを裏打ちもしている。
 しかも、相当な変異種。

 <Were・Imagine>は基本陸戦兵器だ。
 しかしコイツは上空からやってきた。
 翼もあるし、何らかの飛行能力があると見て間違いない。
 その上、『悪魔的な姿』であるという事だ。

 <Were・Imagine>は確かに搭載された人間のIdを忠実に読み取り、その深層にある願望を汲み上げ、見合った存在へ形を組み上げる。
 だが、発動後に変形するならともかく、いわゆる発動したては、何らかの既存の生物と人体を混ぜ合わせたような獣人形態を取るのが普通である。
 だが、コイツがとっている姿は幻想そのもの、空想上にしか居ない何かである。
 それだけで、コイツがただの―――<Were・Imagine>では無い事が―――



―――否定。当機体は<Were・Imagine>にあらず



 俺の思考に割り込んだのはまたも、戦闘支援などしない筈のBBソフトであった。
 一瞬、この応答にBBソフトがハックされたのかと思ったが、そうではないようだ。いくらチェックしてもアクセスドアをすり抜けられた痕跡は無い。ISのコアネットワークを含めてだ。
 一体何が何だか。

 そいつは、右腕を上げた。



―――当機はそのような紛い物にあらず。当機は<わーいましん>であると同時に―――



 BBソフトが勝手に文章を綴り続けて、網膜を埋めていく。
 止めろ、こちらは集中しているのに余計な情報を与えるな。
 <わーいましん>? どこかで聞いた気がする。なんだったか。

 そいつの右腕が光を、仄暗い光を閃かせ始める。



―――単一仕様能力(ワン・オフ・アビリティ)



 は?



———『至愚成ス』(シグナス)



 は? 今何つったBBソフト。
 返事は無い。

 暗い光。
 出現する。事態だけが進む。
 それは矛盾した何かだった。
 それは不定形に常時変形しながらも形成を整えつつ、右腕により大きな鍵爪を構築。ゴーレムの抜け殻(本体は俺が持ってるから)に突きこみ、その超合金をあっさり貫通した。

 そいつはゴーレムを串刺しにしたまま腕を持ち上げる。
 爪の形をしていた暗い光はゴーレムを包み込んで行き……。

「ちょっと、なにあれ……」
 おそらく、この声は鈴さんだ。

 彼女の呟きも当然といえよう。

 ゴーレムの抜け殻が縮んでいく。
 べきぃっ! バギンッ! とひしゃげ砕ける音が響き渡り、どんどん圧縮されていくゴーレムの残骸。
 まるで干からびていくかのようだった。



 だが、この力は何だ。
 重力操作? 圧力操作? 電磁気による金属歪曲? どれも違う。
 ハイパーセンサーを照射してもその反応が全て返ってこない。
 完全なアンノウン。

 ただ、俺が受ける印象はシンプルだった。
 『貪っている』
 そう、貪る。
 俺と同じで抜き手を放ち、串刺しにしたまま吊り上げているだけだ。
 だというのに、肉食獣が捕らえた獲物のはらわたに食らいついている様そのものだった。



 それより。今、こいつなんて情報を出しやがった。
 あぁ、奴はこう言ったのだ。

 単一仕様能力(ワン・オフ・アビリティ)―――と。

 こいつっ―――



―――肯定。当機はISでもある
 俺の思考を読んだのか、とんでもない爆弾発言が投下された。

 ちょっと待てなんてもん作ってんだダブル天才ぃぃぃいいいいイッ!!

 待てよ? としたらさっきの俺の推測的外れじゃねえ?
 シルエットが男性的だから男だと判断したじゃねえか!
 ISは織斑一夏以外の男は適合できない。
 これは現在、絶対の決定事項だ。
 俺は、そのお兄さんの因子の複製体であるから『エンブリオ』を起動できるに過ぎない。
 そもそも、それですら再現が不完全だった。
 搭乗すれば崩壊を始める細胞、溶解を始める体組織。
 高い適合率でISを動かせるが、僅かな時間のみであり、支払った代償は脳を除いた肉体全て。
 そんな欠陥品如きな俺が、未だ最高傑作なのが現状なのだ。

 まさか―――
 そんな常識を覆せる、親父や束博士が一夏お兄さんの完全な複製を作り、目の前のコイツを作り上げたのか?
 俺とコイツは兄弟なのか。それ故の、懐古感、不快感。同属嫌悪なのか。



―――否定、二機に兄弟関係は無い



 BBソフトは断言する。
 違う……?
 ではこの感覚は何なのか。
 というか何故分かるBBソフト。

 そもそも、コイツは男なのか。それとも女なのか。
 <Were・Imagine>……あ、<わーいましん>だったか? 違いは分からんが……は男にしか完全な起動を起こす事は出来ず。
 <IS>は女性にしか反応しない。
 無人機ならば、<わーいましん>の変形機能は意味を成さない。
 ならば、そのどれでもあるコイツは何なのだ。

 もし、この技術が一歩早く出来ていたとしたら、俺がそのハイブリッドになっていた公算が高い。
 精神観応金属で構築された基礎フレームを義体としてのサイボーグ化、脳に投与される獣化麻薬による感覚の鋭敏、野生への回帰。それが<Were・Imagine>だ。<わーいましん>とやらもそれは同様だろう。
 そう。獣化麻薬とIS云々を除けば<Were・Imagine>とは俺の肉体、その原型技術と言えるのである。たしかNKシステムだっけかな。

 これは、それに加えてISコアを搭載したに過ぎない。束博士の技術も加えられるが、俺とこいつの差はそれぐらいなものだ。

 そもそも。
 俺の体に主として使われている可変フレームと精神感応金属『シンドリー』に大した差は無い。



「くっ、物的証拠の隠滅が目的のようですわね!」
「じゃあ、コイツぶちのめして新しい資料にしてやるわよ!」
 やはり、初めに硬直から解けたのは代表候補生二人だった。
 ただ、コイツの単一仕様能力は脅威と感じたのだろう。あの訳の分からない力はヤバすぎる。
 オルコットさんは一斉放火を、鈴さんは衝撃砲を遠距離から放つ。

 敵の対応は即離脱だった。
 既に粉々まで圧縮され、砂状になっていたゴーレムは二人の攻撃で吹き散らされ、奴は翼をはためかせ、バックしながら瞬時加速という器用な真似で離れていく。
 翼は推進器(スラスター)の役割を果たしているのだろう。
「なっ」
「これもやはりISですのね……」
 だが、そこからの反撃がやばかった。

 二人は、先ほどの単一仕様能力を警戒していたのだろう。
 されども、次に起きたのは変形だった。
 そいつの両腕が五つに分かれ、続けて歪に膨張する。

 形成されたのは―――左右それぞれ肘から生えた五本ずつの『ゴーレムの左腕』だった。
 右肘からも左腕が五本生えていて違和感が爆発している。
 エミュレーター能力……しかも増幅機能付き……親父、いくらなんでもやりすぎだこれは!

 ちょっと待て。
 ゴーレムは片腕に二つずつ、の大出力ビーム砲の砲門を二つ備えている。
 つまり、アリーナのシールドをぶち抜いたビーム砲を二十門もこちらへ向けているという事だ。
 まさか指一本一本が腕に変形したのか……。

 余りの大火力の予想にゾッとする。
 そりゃ何処の●指爆炎弾(フィンガー・フレ●・ボムズ)だよ!

 そこに、お兄さんが割り込んだ。
 今まで大人しいと思ったら、機を測っていたようだ。
 零落白夜を今まで使いつづけ、さっきゴーレムを斬った時などまさに渾身だった為、殆どエネルギーを使い果たしていたのだろう。

 ビームの一撃に真っ向から迎え撃つお兄さん。
 たった一条の光芒に丁度入り込んだとはいえ、一条でも凶悪すぎる破壊力なのだ。
 さっき出来なかったから意地でもやってんですかっ! 危ないにも程が有るっ!
「「「一夏ァ(さんっ)!!!」」」
 お兄さんの嫁さんズの悲鳴がハモられる。

 そして。
 行った!!
 白式が、防御のために発動させた零落白夜を楯にビームを消滅させ、エネルギーの切れる寸前、零落白夜は完全消滅したものの、それでも渾身の逆袈裟斬りが物理ブレードで炸裂、悪魔モドキに斜め一閃を食い込ませる。
 だが、物理ブレードだけでは精神感応金属を斬り裂ききるには足りない。
 深々と逆袈裟の傷跡を残しながらも悪魔風味は後退、上昇。頭部の角に『至愚成ス』をチャージ。槍の形状に整え天を貫通。
 『至愚成ス』は上空のアリーナシールドを無かったかのように消し去り。
 一体何が起きる力なのか分からない。あっさり消滅した境界線を貫き、一気に上昇。
 安全域より遥か上空から二十門のビーム全てを拡散モードに変更。

 飽和攻撃で足止めする気か!
 そして、拡散して威力が落ちようともゴーレムのそれは脅威過ぎる。

 何より、お兄さんは正真正銘エネルギーを使い尽くしたようだ。具現維持限界に到達し、白式が量子の輝きに解けていく。
 つーか落ちてる!? いや、そりゃそうだ。人間は飛べない。

 落ちても死ぬ。
 落ちきる前にビームが掠るだけでも死ぬ。
 不味い不味い不味い不味い!
 何より命が大事なのは常識だ。
 俺は瞬時加速を持てるPIC全てで発動すべく―――



 だが、その前に、新たな戦力が割り込んだ。



「………………うどん……の、お礼だから……」

 その時の感動を、俺は決して忘れる事は無いだろう。
 お、ぉお、おおおおおおおおおおお――――――っ(内心)!!

 馴れないツンデレ台詞有難う御座います簪さん!
 救世主の参上である! 更識簪―――我がルームメイトの登場だっ! てめぇら目ぇかっぽじってよく見やがれ!
 俺のパーツの適合も問題ないようで結構結構。
 観客席の生徒達全員の待避が終わったのだろうから、俺ら以外居ないけどね。



 集う一学年代表候補生+野郎x2の図だ。ううん、壮観だねえ―――と、ンな事言ってる場合じゃねえ!
 簪さんは左腕でお兄さんを抱えようとして失敗、頭を鷲掴み。
 うぉ、ぶらんっ! ってなってるよ。
 一瞬。あ……って表情になったが、今は時間が無いと簪さんも判断したらしい。
 右腕に構えていた砲を上空のアイツに向ける。

 あれは―――!
 本来なら背中に搭載されているはずの連射型荷電粒子砲―――『春雷』!!
 それを構え―――連射式の特性を生かし、瞬時に抜き打ちの荷電粒子砲を迫り来る拡散ビーム砲に撃ち放つ。
 拮抗……いや、やや圧されつつある。
「あくっ、……おっ……重いっ……ッ!!」

 強い。
 ゴーレムのビームは拡散してなお『春雷』に重圧を掛け、押し潰そうとしてくる。
 一機のエネルギーを二十門に分け、さらにそれを拡散しているにも関わらずなんつぅエネルギー総量!
 これでなお負けるだと!
「あ、あぁ、あ、あぁぁぁぁぁ———ッ!」

 かなり相殺してるがそれでは駄目だ。
 打鉄弍式には大したダメージは無いだろう。
 だが、お兄さんは生身なのだ。余波のマイクロウェーブだけで血液が沸騰し即死するだろう。
 つまり、ギリギリでもいけない。勝たねばならないのだ。
「この人を———お願い……っ!」
「分かってるから———」
「———貴女もお逃げなさい!」

 三機の専用機の緊張がお兄さんを中心に集い、皆が皆、庇い合う形にな———






『己の心音と血流を聞き、世に音があることを知り―――』



 一行詩。
 再度響いたこれ。脳裏に伝わるこれは一体?



 敵のビーム砲が、消えた。
 ちょうどお兄さんらに照射されていた一筋だけがである。

「「「えぇ??」」」

 三人の疑問は俺や、発射した張本人にしても同じだったらしく、やや躊躇いがちに身震いした後、即座に撤退して行った。



 終わったか……。
 三機のISが、お兄さんを中心に据え、支えながら降りてくる。
 労ってやりたい気持ちは山々だが、俺がここにいる説明が出来ないし。

 そもそも、俺って。

———ねえ、君、何しに来たの?

 ぐっはああぁぁぁッ!(吐血)
 それを言わないで下さいますでしょうか白式さんや。
 俺、抜き手一発しかしてねぇし!
 後は斬首されかけたり、ゴーレム諸共蜂の巣にされたり。
 禄な目に会ってない。

 いつもあまり見ない白式の純粋な質問に、それ故に深く胸を抉られながら、スネークよろしく俺はアリーナを後にすべく匍匐を始めるのだった。

 通り過ぎる時に見た、箒さんの無力感に満ちた表情に無茶苦茶共感できた。

 皆、『出』が良過ぎるんだよなぁ……。
 俺が何かしようとすると何でか皆颯爽と乱入してくるんだよ。

 しまいにゃ泣くぞ。



 そんな事考えていた報いなのだろうか
 俺だけ限定で、第三ラウンドがあったのである。









 さて、人気の無い所で『偽りの仮面』『オクトパステルスモード』を解除し、はぁ、と溜息をつきながらアリーナから去る通路を行く。
 皆避難している所を通路に設置されたモニターをハックして情報を取得する。
 はぁ。合流するとしましょうか。

 とぼとぼと歩いていると、ぽんぽん、と肩を叩かれた。
「だ~れだ?」

 ん? この声は聞き覚えがあるなあ……でも同じでは無い。類似がある、といった感じだ。
 というか似ているのか、記憶の人物と発声主の骨格が。
 でも、そもそも誰に似ているんだったか……。

 まぁ、考えていても先が無いので、叩かれた方に振り向いた。
 と、ほっぺたがその動きで突かれた。
 む、このからかい方は知っているぞ?
 叩いた肩に手を乗せたまま、指を立ててほっぺぷにぷにだな!

「―――って、え?」
 振り向いたら確かにほっぺたがぷにっと言うかブスッとされてました。
 指じゃなくてなんか水っぽいランスに。

「……えー?」
「言動は真剣にふざけたもの……確かに情報通りね」
 なぜ俺は唐突にこんなものを突きつけられにゃならんのだろうか。

「真剣にふざけた……なんとも難しい日本語ですねえ」
「あら、余裕ね。さすが世界最高の技術力の賜物、このぐらい、なんでもないってかな?」
 ランスを突きつけている相手をハイパーセンサーで捕らえる。

 ……なんと言っていいのだろうか。
 パテ盛りした簪さんが居た。
 何処にとかは言うな。
 あと、眼鏡外してなんか詐欺師っぽい。というと言いすぎだろうが、そんな言い方が最適の笑みがあった。
 相手の警戒を解くには最適そうな笑顔というわけで。

「―――んー、知り合いに似てるという感想はおいておいて、その面、どっかで見たなあ」
「あらん。生徒会長の顔を知らないなんて、生徒の風上にも置けないわよ?」

「あー、盗聴、盗撮魔か」
「………………フッ、妹の全てを知りたいと思うのは先に生まれたものの義務よ!」
 開き直った!? あ、でも。
「あ、それは全力で肯定する!!」
 妹が誰かと相部屋なら、例え同性でもその様子を矯めつ眇めつするのは義務である!
「同志だったの!? なら何で邪魔を!?」
「それはだな、会長……貴女なら分るだろう。自分は良くても人は駄目だと言う事を!!」
 されるのは許しがたいがな!

「成る程、貴女の姉としての矜持、それだけならば気が合うわね!!」
 んで、簪さんのお姉さんが何故に俺に槍突きつけてんだろう。
 あと俺の脳は男だ!

「おほんっ、まあ、簪ちゃんの姉として、交友関係に興味はあるとして―――」
「あるんだ」
「んん———それはいいから。更識家の『楯無』として質問するわね?」

 雰囲気が変わった。
 それまでは、シスコンとしては真剣なオーラを発していたがどこか道化じみた仕草であった。
 だが。

「ゲボックウェポン、このIS学園に何用かしら」
 ……更識として?
 どういうことだろうか。
 つーか、楯無として? 名前じゃんそれ。
 なんて言えないぐらい張りつめた殺気を放つ生徒会長が居た。

「意図がよう分かりませんが、何用かといえば、勉強じゃないですかねー」
 正直言いましょう。
 何したら良いか? 何しにきたのか、実は自分でも良くわかんないです。
 だって、親父ったらアバウトに『フユちゃんヤいっくんを助けてアげてくダさい』だからなぁ……。せめて箒さんの事ぐらい教えろっての。

 まあ、俺なりに色々考えて物理なり心理なりフォローしてきたつもりではあるが(知らぬは本人ばかりなり)。
 しかし、今回の襲撃……。間違いない。ゴーレムは知らんが、後に出てきた悪魔くんは間違い無く親父の手が入っている。
 その手の攻撃があるから助けろって言っていたのか……正直分からん。
 まあ、なんにしても親父の場合、嬉々としてその手の物騒なものも作るのだが……。

「直接脳に知識を書き込むような貴方達が、勉強なんて笑えるけど」
 なんか、言葉の端々に棘があるなあ。俺はちょっとムッとして。
「む。教育委員会に言ってみなよ、学校で学ぶのは決まった答えを暗記する事だけじゃないって一応言ってくれるから」

 そもそも。

「ゲボックウェポンって何さ。まあ、その分だと、僕の素性はご存知のようですが。そんな愉快なカテゴリーで呼ばんでください。親父は武器を作っても、武器を使うって滅多に無いんですよ。精々、武器に『お願いする』ぐらいで俺等を親父の武器って扱いはちょっと意に沿いかねますなあ」

「やっぱり、素直に答えないみたいねえ。しかも、自分達が世界にどのように見られているか興味も無いなんて……」
 あ、本当なのに信じてもらえない。
 それだけ我が家は常識はずれなのだ。損得とか関係無しにそれぞれ勝手に己の意のままに活動する為、あんまり共感を得られないのである。十中八九自業自得なんだけどさー。

「ぶっちゃけ部屋に帰りたいんですが。簪さんとの相部屋に」
「(ビキィッ!)答えてくれるまで返す気はな・い・わ・よ?」
 あれ? なんかキれてね?
 なんで?

「でも流石ね、今まで全く隙を見せてなかった。大体誰かと常に過ごし、一人きりになるのを避けてたわね。例外があるとすれば通風孔にもぐって何やらナノマシンを散布している工作行動をしている時ぐらい……でも、通風孔なんて生身でしか入れないし、貴方達相手にそんな逃げ道の無い所を追うなんて自殺行為も等しいもの……ねぇ」

 うん、でもそれ偶然。
 だって、何するのだって、誰かと一緒に居るほうが楽しいじゃないか。
 何かマイナス補正で過剰評価受けてないだろうか、俺。通風口でのナノマシン散布なんて、掃除の為だぜ?

「……で?」
「今回の襲撃事件? やっと馬脚を現してくれたわね。この事件、貴方達が関与していると見て間違いないんだけど……分かるでしょ?」
 あー。今度会ったら親父ぶっ殺そう。
 変なところでとばっちり来やがった……!
 何がやばいって間違ってない事なんだよな。

「クラスの皆が心配しているので失礼します」
「ふふんっ、今まで隙を見せていなかったあなたがこのタイミングにこんな所で一人で居る事が何よりの証拠だと思わない?」
 ……大して活躍できませんでしたけどね……。

 俺はPICを用いて槍の指示す方に水平飛行。とにかく逃げよう。
 何せ、会長だよ、会長。この姉間違いなくIS、しかも専用機持ちに決まってる。
 というかこの槍、IS装備だし。
 戦闘能力ではノーマル打鉄とやり合ってほぼ互角の俺に勝ち目などあるわけが無い。
 そもそも今の俺は戦闘関連のパーツを4割も打鉄弐式に貸し出し中で、戦闘能力大幅ダウン中だったりするのだ。尚更である。

 何より、簪さんに似た面を攻撃するのはなんとなしに良心が咎めるわけで。

「へえ、重力操作なんてできるんだ。流石ねえー」
 うわー、すぐ後ろから声が来たーっ、余裕こきやがってえ!
 一気に移動後、後ろに振り返ると。
「げ」
 やっぱりー!!
 蛇腹剣に持ち替えた会長が居た。
 なんとも冷静な対処で。
 しかも、この速度で迫り来るという事は、スラスターを部分展開している。
 この通路はISを完全展開できる広さが無い故に飛んでこないと油断した……!

 慌てて肘から先を硬質化、蛇腹剣を打ち払う。
―――と思ったら、くるりと腕を絡めとられて体ごと天井近くまで振り上げられる。
 純粋に上手い!

 天井に足を着け、姿勢を立て直そうとしたときは遅かった。
 反対の手に再びランスを構えた会長は、ランスに内蔵してある四門ガトリングガンで俺をロックオン。
「人にISの銃器向けるってあんたそれでも人間かーっ!」
「うーん、その言い方からして君人間じゃないっぽいから無問題!」
「一応人間だーっ!」
「えっ……嘘」
「その反応傷つく! 凄い傷つく!」
「あはははは」
「それすげえムカつく!」
 この立ち位置ならこれが最適だろう。
「重力10倍!」
 食らうが良い! 重力十倍下の俺の落下攻撃を!

「———おっと」
 あ。
 避けられた。

 ビッターンッ! げひゃっ! 痛ぁぁぁぁあああああああああ———!!

 10倍速で俺は床に叩き付けられる。
「ISって重力操作は標準で持ってるもの。慣性キャンセルの応用で無効化させてもらったわ」
「現実は手厳しい!!」
 そうは上手く行かない物である。

「今!」
 会長がその隙を見逃す筈もない。
 ランスが俺に突き込まれて来る。
 だが。
「え?」
 つるんっ、とその切っ先は俺の体表を滑る。

「『死の大天使』」
 今日は大活躍である。
 それどころか、その力を受け、俺自身摩擦ゼロの超加速で会長から滑って離れて行く。

「やっぱり常識通じないじゃない!」
「失敬な!」

 異常に滑る脂を分解、会長に対峙し、仕切り直す事に成功する。
 うわー、勝てねえよ。どうしよう。

 よし。
 俺は腕を振りかぶり———えー、えー、何にしようか……。
「まあいいや! セロで!」
「何そのかけ声!?」
 指先から熱線を会長に放つ。
 迎え撃ったのはシールドエネルギーではなく。会長が展開した水のヴェールだった。
「……水流操作……そのやり口、まさかナノマシンかっ!?」
「驚いた。良く分かったわね、貴女の所のドクターが作った物よ」
「ゼッてぇシバく! あのクソ親父絶対シバいてやる!」
 本当操りやすい事この上ないなぁ、最悪で危険な上に厄介な親父は!

 熱線と、高圧縮された流水によるカーテンの激突は大量の水蒸気をまき散らす。
 うわぁ、自分でやった事とは言え、暑いねえ。
 このぴとっと肌に付く感じが何とも不快です。

 ん?
 今拡散した気配と言うか、匂いと言うか……姉さんのに似てる……?
 その時俺の脳裏に浮かび上がったのは、戦闘訓練という名の姉の拷問だった。



 回想。

———空気中に散布してあるナノマシンに指令を下し、周囲の光を莫大量一挙に一点へ指向性を揃え集束。一瞬にして対象を焼却、ないし超高温度をもって空気を膨張させる事により高密度極小爆発を及ぼす技です。設置型の罠という物を身を以て憶えておいて下さいね、もっと頭を使って戦えるように

 つまり、ナノマシンさえ撒いてりゃ、大気中のどこにでもスーパー虫眼鏡を作れるんですね。何それ恐い。
 爆発だけでなく、太陽光の集点レーザーにもなると。
 あのー。教えて下さるだけで、実践なさらなくとも……。

———知っていますか? 痛みを伴う記憶は脳裏に刻まれやすいそうです

 なんスかその拷問肯定意見。

———発動、『光爆』(テラ・ルクス)
 ごうっ!!

 ぎゃあああああああああ———っ!

 回想終了。



「冗談じゃねーっ!!」
 あの拷問を再現されてたまるか。
 全てをかなぐり捨ててその場から離脱。
 その瞬間、さっきまで俺の居た所が爆発する。
「やっぱりーっ!」

『清き熱情』(クリア・パッション)を察知した!?」
 会長の驚愕を初めて目に出来た。ちょっと溜飲が下がる。
 でもまあ、とんでもない初見殺しだよこの技。
 俺も姉さんに良いだけ貰ってなきゃ躱せなかっただろうし。

———ほらね、良く憶えられるでしょう?
 幻聴でも褒めずに嬲るんかいっ!!

「やっぱり流石ゲボックウェポン……!」
「何か嫌な方に評価の修正が来たしぃ!」



 と言うか、会長の戦闘スタイルが姉に近いのでトラウマ刺激されまくりなんですよ。
 ナノマシンも品種的に姉さんのに近いし。
 属性が光から水に変わっただけの同キャラなんじゃなかろうか。
 もう限界突破だ。

「うわーんっ! 簪さんに、会長に苛められたってチクってやる―――ッ!!」
「ちょっと、待ちなさい止めてそれだけはああああああっ!!」



 会長が驚愕しているうちに通風口へ跳躍、離脱して———

「あ、『清き情熱』(クリア・パッション)
 あ。湿気多い———

 ぺぎゅっ!?

 通風口の入り口が爆破。モロそっちに向かっていた俺は弾き飛ばされ、叩き付けられる。
 ぼて。ごろごろごろ。
 ダメージリポート。小破。右腕が捻くれてます。復元の必要あり。
 痛えー。

 無念……俺は会長の方へブッ飛ばされた。詰みだ。

「……結構抜けてるってのも、情報通りだったかぁ。退避路を防ぐのは王道でしょうに」
 失敬な……でも言い返せない。事実だからなー。

 会長がうつ伏せに倒れている俺の体を持ち上げる。
 ISのパワーアシストがあるので軽々だった。

 だが、会長が見たのは。
 びよよ〜んと首の伸びた俺だった。
「……ッ! な、ななっ……」

 へのへのもへじであっかんべぇしている。
「腹立つわね! 何この顔!」

 そしてその人形を襟首掴んで持ち上げる。
「一体———いつの間にとんづら!? 良い度胸ね。でも一体いつの間に身代わりしたのかしら……侮れないわね。ただ、戦闘能力は私一人でも対処できる程度である事が分っただけでも収穫ね……」
 会長は、その身代わり人形を戦利品にでもするのか、持ち去って行った。
 しかし、ナノマシンの品種と良い、今度実家で聞いてみるか……。









 ……で、持ち帰り先は生徒会長室に。

 はい。お気づきの方もいらっしゃるでしょうが、一人二役。双禍・ギャクサッツです。
 身代わりなんて立てられる訳無いでしょう。そんな隙、本当に無かったです。
 でもあの状況だと、起き上がるまえに蛇腹剣で首の前にジャキッと刃を掛けられて『命を刈り取る形をしているだろう』とか、『戦士が敵に命乞いをするもんじゃないよ』とか辛辣に死刑宣告を下されていたかもしれないので。
 人権? 一応日本国籍ですが、まあ、生物兵器扱いされてるから無いんじゃないの? 差別反対! 断固異議を訴えるぞ!

 まあ、そんな訳で『偽りの仮面』で、身代わり人形に化けてみました。
 首取れても解除されなくなって本当に良かったわ。
 偽装ナノマシンで伸びた首を再現してたんだけどね。

 で、今の俺は生徒会室の隅に飾られている。
 嫌な戦利品だなあ。



 暫くすると、布仏先輩が入って来た。
 あーそうか。
 簪さんとのほほんさんが幼馴染みにしてメイドと主となると、それぞれの姉もそう言う関係———と言うかこの回想、初めて会った時にもしてたよな、俺。

 で、ずるずる引き摺られているのほほんさんも居た。
 ……あれ?

「ほら、しっかりしなさい。今日は事件が有ったんだから忙しくなるわよ」
「……うぅ、駄目……眠い……」
「駄目よ、あなたも書記なんだから」
 といいつつ虚先輩は拳を振り落とした。
「うぇぇぇえ……」
 のほほんさんは頭を抱えている。ああ、痛そうだなぁ……。
 しかし、俺の姉と良い、千冬お姉さんと良い、そして布仏先輩と良い、何故姉という存在は攻撃指向に偏るのだろうか。
 ん? 会長? 生身に銃向けただけで一番キの字だろ、ったく。
 ああ、しかし御免なさいのほほんさん。ウチの親父が余計な事して……。
———って書記ですか! 凄くね!?

「ところでお嬢様、あの腕の捻れた人形は?」
「今回の事件の容疑者の関係者の遺留品の人形よ」
 説明も『の』連発する程考えるのが億劫なんですね、分ります。

「お疲れのようですね。いつもならお嬢様というのを訂正するのに。どうしました?」
「御免。本当に疲れてるみたい。なんと言うか、精神的にね。Gウェポンってのは本当にやりづらいわぁ」
 失敬な。こっちの台詞じゃい。

「ん〜? お〜。そっくんそっくり〜」
 あ、のほほんさんがゆっくりこっちに来た。

「おー?」
 俺でーす俺俺。俺助けてー。
 全力で俺俺詐欺染みた念を送ってみるも、のほほんさんはうわー、って言うだけである。
 流石にのほほんさんにPSYは備わってないようである。
 敵陣に潜入できたが、逃げられないなら俺どうしよう。

「これそっくんに見せてみたいな〜。ねえ、お姉ちゃん、これもって帰っていい〜?」
 ラッキー!! そのまま俺を脱出させて下さい!
「え……それを?」
 愕然とする布仏先輩。
「か、変わった趣味してるわね。本音」
「えへへへ〜。そっくん喜ぶかなーって」

「本音ちゃん。そう言えば本音ちゃんには教えてなかったわね……ねえ、本音ちゃん? Dr.ゲボックって、知ってる?」
 会長が、それまでのにやにやしていた雰囲気を打ち消してのほほんさんを見つめていた。

「ゲボック〜? そう言えば、何か聞いた気がする〜」
 ん〜? と首を傾げるのほほんさん。
 そう言えば、箒さんとかは普通に話題に出しますからね。
 ボイラーに俺が突っ込んだときだっけ?

「なんて言うのかな。世界を引っ掻き回す愉快犯みたいな感じの人なのよ。一般社会からは想像もつかない程の科学技術を持った大天才、と言う事になってるのだけれど、それで、その技術をバラまいては社会に混乱を来す全世界指名手配犯———これは私達みたいなのにしか伝えてはならない情報なんだけど……本当、一体どんな意図を持ってるのか、誰にも分らないから手に負えない、災害みたいな人。その被害は常に世界規模で莫大極まりない被害が出た事ばかりなの」

 正解は、科学の探究だけで何も考えてない……んだよなあ……。
 管理とか、秩序とか平和とか、安定とか。そう言うのを目的にしてる人に取ってみれば目の敵にされてしかるような人なんだよね。親父って。しかも捕獲も出来ない超自由人だから手に負えねえわけで。

「それでね。その……そっくんだっけ? 彼女はね、そのDr.ゲボックが作り出した人造生命体なの」
「…………ほぉーう……」
 ん。まぁ、サイボーグですよとは伝えてあるのですが……ね。

「彼ら、Dr.ゲボックに生み出された生命達は、通常とは全く違う。機械と細胞が絡まり合い、高い知性と強靭な生命力、そしてISにすら迫る戦闘能力を持っている……自然界とは全く相容れない者達。彼らが一度気紛れで腕を振るうだけで、幾つもの命が失われる。そんな危険なものなの」

「すごいね〜」
 のほほんさんは変わらずだった。
 そののほほんさんの言動に会長は何を感じ取ったのか、目を薄めて。

「ねえ、本音ちゃん? 彼女の言動で、何か変わった事は無いかしら」
「ん〜?」
 どうやら、のほほんさんは今まで俺の事を黙ってくれていたらしい。
 別に話してくれても良かったんだけどね。本当の性別以外。

「そっくんはね、いっつも変なんだよ?」

 ぐふぉっ!!
 何の邪心も無い。純粋な一言故に俺の心臓が貫通しました。

「……そ、そうなの?」
 布仏先輩が聞いて来る。
「結構礼儀正しいし、そんなおかしい所は無かった気がしますけどね」



「ん〜。そっくんは何をやっても楽しいって言ってた。知識はとっても沢山あるし、頭もいいんだけどね〜。普通の人がしない事も何でもかんでも楽しいって、一杯しているよ〜。虫……さん(何だろう、この間は)と話したり〜動物みたいにちょろちょろしたり。もう、どんな事にも興味津々で、子供みたいに楽しそうだよ〜?」
「そうなの?」
「うん〜。それにね、寂しかったり悲しかったりには敏感かな〜? かんちゃんが困ってたら一生懸命助けてくれようとするし〜。皆楽しいが好きだから、一人になってるかんちゃんを引っ張って皆の輪に連れて行くんだよね〜。そっくんが居なかったら、かんちゃん今頃一人で寂しくしてたかもしれないと思う」
「……そう……」
 ……御免なさい。
 高い評価ありがとう御座いますと言いたい所ですが……。
 全く自覚無かったっ!
 なんでしょうかね、この居たたまれなさは……。

「でも、もし彼女が生物兵器だとしたら、潜入を意図して自分を偽装する事は無いのかしら」
 冷静に布仏先輩が指摘してみる。
 あーいたね。そう言うのが得意な奴。
 俺の『偽りの仮面』機能を素でやるのが居た筈。

「そっくんはね〜嘘付けないよね〜」
「どうして?」
「ばればれだよ〜? この間ね〜。プリン食べたときもバレバレだったし〜。あれね〜、本当に数少なくて美味しいって話なのに〜」
 マジで!? バレてたん!?
 食堂のおばちゃんに限定プリンを貰ってそれをこっそり通風口で食っていたのがバレていただと!

「目が物凄く泳ぐんだよ〜。手足もせわしなく動くし。びっしり汗かくし〜。首もズレ……じゃなくて〜絶対こっち見ないし〜……あ、そうだ」
 のほほんさんがぺたぺた給湯室に入って行く。
 うん。首については言わないんですね。ありがとう御座います。
 ってーか今知ったが、俺って嘘付くと首がズレるのか。ホラーだな……。

「じゃじゃ〜ん! 駅前のケ〜キ〜! 取っておいたちょおちょおちょおちょお〜…………おいしいケ〜キ〜。お姉ちゃんも楯無しお嬢様も。食べよ食べよ〜」

「ほ、本音?」
 突如としてフリーダム化したのほほんさん(多段マルチロックビームは射たんが)はケーキをゆっくり配り始める。
「お姉ちゃん紅茶お願い〜」
「虚ちゃん。私からもお願いね〜」
 会長。話の流れを切られたのに何故か便乗するの巻き。

「ん……もう、本音、終わったら話続きよ」
「ん〜、甘い香り〜」
「本音ちゃん、お嬢様は止めてね」
「は〜〜〜い」

 で、目の前で突如始まるお茶会。
 うわ〜、何あのケーキのデコレーション。
 うわ〜、美味そう。マジ美味そう。
 俺の大好きなカスタードがふんだんに使われた……うぉおおおおおっ! こんな身でなければ飛びかかるものを!



 ———はっ!



 のほほんさんがこっちを見ている。
「ちょおちょお甘〜い。うまうまうまうまうま」
 絶対気付いているよ! 考えてみたらいきなり持ち帰りたいなんて思わないもんな!!
 これ見よがしに食わんものな!
 プリンの話している間に思い出しムカつきでもしたのだろう……ごくり。

 いーやー!! 甘い! 香りが本当に甘い! やめろ俺のハイパーセンサー! 何故に細に密に嗅ぎ当てるのだぁ!! あ、俺が集中しているからか。やめろーやめろやーめーろー!!! なんだこの拷問は! さっきまでの戦闘なんて非じゃない! なんだこの生き地獄。いっそ殺せー!!

 食べ物の恨みは……怖いよな……。

「あー美味しい。本音ちゃんさすが! ベストタイミング!」
 そう言って、ちらっとこちらを見る会長。
 あのアマ、やっぱり気付いてて持ってきやがったのかあああああああああぁぁ———ッッ!!!!
 騙されたフリしてたんかあぶねー! バラされる所だったー! 整備科主席の布仏先輩居るからな、この上なくバラされてたよあぶねえええェェェェッ!
 でも止めろー! この拷問は止めろー!

 ……畜生……燃え尽きたさ……。

 その後、10分間もの長きに渡り、紅茶がお代わりされたりと拷問の時間は幾度となく延長され、俺の精も魂も尽き果てた頃。



「そっくんはね。いい子だよ。かんちゃんに出来た〜IS学園で初めての友達だし〜。だからね〜?」
 とことことのほほんさんは口にべったりクリームを付けたまま俺の方に来る。
 それぐらい拭きなさいのほほんさん。
 何故かってぇ!? そこから十分甘い香りが俺に襲いかかるからに決まってるでしょうに———ッ!

 会長は俺を持ち上げ。
「——————」
 ぬ。一言俺に釘を刺して。

「はい。本音ちゃんどうぞ」
「わーーーーいっ!」

 重力制御して本当にぬいぐるみ並に重量を軽くする。
 それでも大きさからか、よたよたとゆれるのほほんさん。
 くるっと彼女は会長の方を見て。
「———だからね〜。取っちゃうと、流石のかんちゃんも、物凄く怒ると思うよ?」
「———え?」



 ぐさっと、一言釘を刺して生徒会室を後にする。
 本当にのほほんさんは侮れません。後で硬直してる会長画像もう一回見て笑おう。うん。

 ゆらゆらとゆっくり歩くのほほんさん。
 やがて、人影の全く無い所に辿り着いて。

「助かりました〜」
「どういたしまして〜」
 へにゃへにゃと崩れ落ちる俺を降ろしてのほほんさんは笑う。
 首填めとこう。

「いやしかし凄いね。最後会長に釘刺した所とか」
 はい、ぐっきん首取り付け完了、と。
 のほほんさんはマジで良い女です。

「ん〜、ねぇそっくんは最後にお嬢様になんて言われてたの〜?」
「ああ、『あの子についてはありがとう。借りの返却として今回は見逃す。けど次は無い』ってさ。僕じゃねえんですがね」
「でも、ゲボックって人なの〜? 今回の犯人は〜」
「最初のゴーレムは知らんけど、後で出て来た<わーいましん>は確実だね。全く、親のとばっちりを子が受けてどうすんだあのクソ親父……」
「ゴーレム? わーい、ましん?」
「ゴーレムは確か自立型ISだった筈。後のは僕も良く知らんなぁ。試作型を10年ぐらいだったか正確なのは知らないけど、そんぐらい前に作ったきりだった……と、思う。俺が生まれる前だから良く知らねーんですたい」
「ふーん……なんで、最初の方も知ってるのかな……」
「え、ごめん何?」
「なんでもないない〜」
 なんて言ったか最後の方は聞こえなかった。


「しかし、あのケーキ滅っ茶美味そうでしたねぇ。あー、生き地獄でございました」
「むー。元はと言えばそっくんが悪いんだよー? 何か言う事はー?」
「プリン御免なさい……今度は一緒に食べよう」
 ケーキについては俺が血涙を飲んで諦めよう。
 
「えへへ〜、いい子いい子ー」
 と言って頭を撫でられる俺。まあ、背丈上仕方が無いのですが。
「ムッとしてるけど、そっくんは実際2歳だから良いのだよ〜」
「いやまぁ、そうなんですがね? 何か腑に落ちぬと言うか……」
「い〜のだい〜のだ。いい子にはご褒美だよ〜」
 と言って、どこに隠し持ってたのか、ケーキが出て来る。

 うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお—————————ッッッ!!
 まさか口のクリームはこの香りを誤摩化す為のチャフ代わりだったのか!
 え? 考え過ぎ? でも、どうやって持ってたんだろう。
 
「うぉおおおおおおおっ!! 流石だああ! のほほんさん惚れました結婚して下さい!!」
「結婚は十八歳になってからだよ〜?」
「珍しく返し方が冷静ですね」
「そうなると私は32歳〜? う〜ん、ごめんさ〜い」
「振られたー!」
 甘い香りで変なテンションの俺だった。
 言っておくが、糖分で酔っぱらう芋掘りメカとは違うのであしからず。

「かんちゃんの部屋で食べよう〜」
「三人で分けますか〜」
「そうだね〜。私からもお礼代わりだよ〜」
「え? 僕のほほんさんに何かした?」
「えへへ〜。事件の後始末。見事回避に成功〜」
「マジで怖ッ、何ですかこの策士!!」









 部屋に戻ると簪さんは不在。
「あれー?」
 冷蔵庫にケーキを大事に大事に格納。

「いやどこだろうね簪さん」
「涎ダバダバ出てるよ〜?」
 貴女もね、のほほんさん。貴女さっき食べてたのに。

「今のうち、腕を修復しておくか」
 今まで良く人とすれ違わなかったな。こういう事に気付かないから俺は迂闊なのである。
 ばきばき自在フレームを変形させる要領で形状組成。
 こういうのは変な癖がつかないように、初めから作り直した方が良いのである。

「おー」
「ふふふ、僕は脳とコアを除いた全ての体組織を超速再生できるのです」
「へ〜」
 ネタを分ってもらえなかったようで。こういうのはやっぱり簪さんですね。



「だがしかし! こんな事も有ろうかと! 簪さんレーダー!」
 ぴょこんと跳ね上がった一房の髪がくいっと折れ曲がる。
「むむっ、簪さんはこっちか」
「すごいねえ〜」



 ぺとぺと歩いていると。
 珍しいものを発見した。
 いや、さっきぶりなんですけどやっぱ素だと珍しい。

 箒さん。オルコットさん。鈴さん。そして簪さんである。
 珍しい組み合わせだねえ。まぁ、今日活躍した人勢揃いなんだけど……俺は? かくれんぼですよ何か文句有りますか? で、あれ? お兄さんは?

「かんちゃーんみーっけ」
「おーおー、壮観ですねみぎゃあ———!」

 簪さんに声をかけたらアクションが来る前に箒さんにアイアンクロー食らいました。
 瘤が何故かもう一つ増えている。

「なっ……」
「ちょっとちょっとどうしたの〜?」
「こいつは人をボブスレー扱いしてだな……」
 怒りの箒さんだった。
 ……忘れてた。

 ふぅ。
「瘤大丈夫? ……何か雪だるまみた———はッ!」
 箒さんは修羅の笑みを浮かべ。
「———だと思うのか?」
 ズゴゴゴゴゴゴゴ———ッ!

 まるで噴火寸前の火山のオーラを振りまく箒さん。
 メキメキ悲鳴を言う頭骨。そんな、水流操作ナノマシンの爆破にも耐えた俺の頭がああああっ!

「まー。自業自得っぽいんで放っておこう〜。しののんも先生に怒られたみたいだねぇ〜」
「手厳しい!」
 あ、やっぱり千冬お姉さんに怒られた訳か。
 だが、何よりもまず、な、なんとか話題をそらさなければ!



「な、なんの話をしていたのですかね皆さだだだだだだだだだあァッ!!」
「いや、さっきの戦闘についてちょっとミーティングをね」
「そして僕の状況スルーっ!?」
 鈴さんも酷くないですかぁ。

「それにしても、今日の襲撃者はなんだったのでしょうか。最初のも、その後来たものも」
 同じくスルーのオルコットさんだった。
 泣きそう。

「あー。試合が流れちゃったし。どうしたもんよね。これって」
「特に気にする事でもあるまい」
「そうですわね。フリーパスは勿体無くもありますが……」
「あんたら、他人事だからって……隠す気もなくにやけちゃってもう!」
「「うわーんっ!!」」
 俺とのほほんさんが一斉に泣き出した。
 畜生! 今までの努力が、蓄積が! 絶対親父ぶっ殺してやるうううううううぅ!!!

「ああ、お前はこっちで泣くのか」
 箒さんがアイアンクローを離して一言。

「……ぐすっ、甘味。甘味が……」
「大丈夫だよそっくん、ぐすっ、後でケーキが待ってるよ。うぅっ」
「よっしゃああああああああっ!!」
 そうだ。あの至福のケーキが待っている!!

「現金だな、双禍」
「ところで、お兄さんは?」
 首を傾げて俺が言うと、簪さんと鈴さんがズバァッ! と全力でそっぽを向いた。
「……え?」
 なんで?

「どないしたの?」
 と、オルコットさんと箒さんに聞いてみる。
「一夏さんの状態なのですけれども、全身打撲と強いムチウチのようでして。これは敵との戦闘ではなく———」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!」
「一夏がやれって言ったのよ! どうなっても知らないって言ったのに!」
 対照的なお二人でした。

「どれどれ。検証してみますか」
 ヴンッと投影モニターを浮かべる俺。
 録画能力は伊達じゃあ有りません。俺が意識して見てなくてもハイパーセンサーは全方位見逃さないのである!

「何してんのよあんたーっ!」
「…………ッ」
 ごっ。
「いぎゃああああああああああ———っ!!」
 ずごろごろごろ。転がってのたうち回る俺。

「お嬢様〜、不敬者を殴打しました〜」
 そう言うのほほんさんの手にはスパナ。
「え……? あの……? 本音?」
「布仏……それはやり過ぎではないか?」
「大丈夫、そっくんはとっても頑丈なんだよ〜」
 痛覚は普通だああああああッ!!

「あ……うん。あたしはこれ見れただけで良いわ」
 ちょっと引きつってる鈴さん。助かった。追い打ち食らったらたまらん所だった。



 俺は立ち上がって、早速検証の一シーンを見てみる。
「ほう。瞬時加速のエネルギー源として空間歪曲の修正反応の力を食ったのか……流石お兄さん凄いねえ。確かこれって、織斑先生が現役時代、すれ違い様に相手の推進機から出力奪って瞬時加速回し蹴りしたときと基本原理同じだな……さすが姉弟だなー」
 発想とか。

「結局見るのね、あんた」
 いや、ゴーレムにとんでもスピードで突っ込んで来た理由が分ったので見て見たかったのです。
「というより、今の話本当ですの? 自分の出力で瞬時加速するにもコツが必要ですのに、相手から!? しかも直線ではなく回し蹴りと言う回転力に変化させるなんて……織斑先生は、さすがブリュンヒルデなのですわね……」
 話だけで戦慄しているオルコットさん。
 まぁ、千冬お姉さんだしね。

「ふむ……『剣』の道は『見』からと言ってだな。相手の機を読む力に自然と長けるものだ。織斑先生程のものとなれば、その域まで到達するのも頷ける」
 同じ流派の箒さんは物凄く自慢げだった。

「へー。でもお兄さん防御解いてねぇ? これ」
「うそ。システム上無理な筈よ、それ」
「白式がまた気を効かせたんかー」
「何故白式ですの?」
「あいつお兄さん第一主義だしなあ」
「いや、何を言っているのだ? 双禍」
 皆白式知らんだろうしなあ。ある意味最大の敵じゃね?

「……でも、この撮影位置……変」
「本当だ〜。なんかアリーナ内で撮ったみたいな絵だね〜」

 ノォオオオオオオオオ!
 墓穴掘ったぁ!

「……双禍さん。あの時……居たの?」
「いやー、あのー」
 そういえば、ゴーレムシバくと言いつつやってたのはスニーキングミッション……面目ない。
「私と一緒に中継室だ。『良い絵だぜー!』とか言ってな」
 フォローしてくれたのは箒さんだった。
 俺は内心手を合わせるのみである。
「「あー」」
 とオルコットさんと鈴さん。
 そうか、俺新聞部だしね(忘れてた)。
「そのくせ、最後は逃げ出しおったしな」
「ひぃっ!」
 そうやって恨み返すんですかっ! 顔怖い、ギロリって目付きヤベエ!
 
「あ、簪さん登場。なんつーかタイミング素晴らしいよね」
「正直助かったわ。有り難う。あんたが居なかったら一夏今頃蒸発してるし」
 と、鈴さんの感謝の言葉と一緒に一夏お兄さんの頭鷲掴みシーンが映った。
 あ。これか。お兄さんの首ぐきゃったの。

「あ……あ……」
「お気になさらず。貴女はその失敗よりも遥かに大きな成果を成し遂げましたわ。それを誇りになさればよろしいのですから。貴女のお陰で一夏さんが助かったんですのよ」
「さっき織斑先生からも礼を言われていただろう? お前は胸を張っていいのだ」
 何か皆に褒められまくって簪さんが真っ赤になっていた。

 うん。これで良い。
 見ればのほほんさんも満足気ににへらっと笑っている。
 簪さんはもうちょっと自信を持てば良いのだ。
 ……知らないうちにお兄さん、これをフラグに恋愛原子核放射しねえだろうな。

「あ……ありがと……」

「それでは皆様ー。今日活躍したレディ達を撮影いたしまーす。集まれー!」
 俺がそう言うや、簪さんを中心に集めるレディ達。
 今日の主役は自然と貴女になったようですね。簪さん。
 お兄さん効果素晴らしいね。
「あれ? のほほんさん?」
「んー、IS乗ってないし〜」
「そんな事言ってないで布仏も混ざれ」
「うにゃーっ!!」
 引っ張られて行くのほほんさん。

「それでは! ハイチーズ———サンドイッチ!!」

「だからそれ止めろ」
 撮影後、箒さんに一言突っ込まれまして。
「……あれ? カメラは?」
「双禍は義眼なんだろう。ゲボックさん製の」
 箒さん鋭すぎ。
「カメラになりますよー」
 つまりある程度バラすしか無い。
「それは凄い技術ですわね」
「盗撮してないでしょうね」
「いや、見たのはフルタイムで記録されてるけど?」
「なんだそれは!」
 わいわいがやがや。






 撮影が完了し。
 一夏お兄さんが復活するまで皆でお茶でもしようかという事になりました。



「っていうか、アンタ、ゲボックさん知ってるのね」
 鈴さんが箒さんに一言。
 あれ? 鈴さんも知ってるのか親父。
 ぴくっと反応したのはのほほんさん。さっき親父の悪評聞いたばかりだしな。

「ああ、一応家族ぐるみ……? の付き合いだしな」
 小首を傾げながら箒さん。アンヌと仲いいからね。彼女。
 何でも、アンヌを通じてお兄さんやアンヌ自身と文通してたらしい。
 意味ねえな、要人保護プログラム……まぁ、親父どころか生物兵器相手にも情報を隠すなんて無理な話か。
「なんで疑問系なのかな〜?」
「いや、ゲボックさんの家族……? はなぁ。双禍とは入学するまでは会った事無かったしな」
「僕がギャクサッツ入りしたのは2年前だから仕方ないって」
「そうなのか? ———ああ、そう言う事か」
 箒さんは分ったらしい。俺の製造が2年前である事が。
 ギャクサッツ慣れしている。多分誰も慣れたがらないだろうけど。

「あー。確かに形とか変わってるもんねえ。ゲボックさんちの人。アンタがゲボックさんちの人だったのはちょっと驚きだわ。名字見て無かったから気付かなかったわ。形も人だし」
 それで済ませる鈴さんは凄いと思います。

「形も人……?」
 分らないのはオルコットさんである。仕方ないけど。
 ちなみに簪さんは俺の異形を知っているので、静かにちみちみ蕎麦茶を飲んでいる。

「ね〜ね〜。りんりん。ゲボックさんってどんな人〜?」
「その呼び名は止めてよ!」
 何故か悲鳴を上げる鈴さんだった。

 気を取り直して。
「んー? あたしが昔住んでた商店街……アンタも知ってるでしょ? 小学校は入れ違いとは言え同じなんだし」
「ああ。どこの事かは分かる」
 お兄さんの幼馴染み同士が、共通点で語り出した。
 こうなると、小中時代の一夏お兄さんと共通点の無いオルコットさんがムッとする訳で。
「申し訳有りませんが、その———ゲボックさんとは? どんな方ですの」
 と重ねて質問して来た。
 俺と箒さん、鈴さんは揃って視線を絡ませるとオルコットさんの方を向いて。



「奇人」(鈴さん)
「変人」(箒さん)
「超絶変態」(俺)



 揃って即答だった。

「えーと、双禍さん? 貴女のお父様の事ですわよね」
「オルコットさん。これは純然たる事実なんだ……」

 まあ。
「あと強いて言うなら……規格外の天才……かな?」
「あの人が認めているのだからそれはそうだろう」
「……あの人?」
 堅くなった箒さんに反応したのは簪さん。

「私の姉……篠ノ之束博士だ……」
「…………そう……」
「あの篠ノ之博士が!? それは本当に凄そうですわね……」
 あー、話半分で聞いてたのね。

 その時の箒さんの様子に簪さんが何を思ったのかは分からない。
 だからなのかどうなのか。簪さんは話題を切り替えた。
「でも……技術は本当に凄いと思う……双禍さんの義眼(合ってるけど。嘘は言ってないぜ! 簪さんは皆さんの認識に合わせました)の技術一つで物凄いし」
「頭だけは良いからなー。馬鹿だけど」
「矛盾しているようだが、双禍の言葉が一番合ってるな」
「でも良い人よね? 何でも頼みを無償で聞いてくれる凄腕の発明家だって。商店街の人気者だったもの」



「「なっ、なんだってえええええええええぇぇぇぇぇぇ———ッ!!」」



「なんで身近な方が驚いてるんですの!?」
 俺と箒さんの絶叫にオルコットさんがビビっていた。

「……まあ、この認識についてはおいておくか」
「そうだな。あの被害にあっている者しかこの気持ちは分からん」
 妙な仲間意識の芽生える俺達である。嬉しくも何ともないけど。

 んー? と首を傾げるのほほんさん。
 場所場所によって評価の全く違う親父に頭を傾げているのだろう。



「あと、篠ノ之博士と織斑先生と幼馴染みだね……こう考えると、とんでもねー顔ぶれじゃね?」
「あー。そう言えば昔、三人でうちの店に来た事あったけど。あー……? ま、さ、か……あの態度悪い客が篠ノ之博士なの!?」
「……すまん。十中八九そうだ」
 はあー。と溜め息付く箒さんである。
「そう考えると鈴さんのご実家凄い店って宣伝できないかなー。ブリュンヒルデと大天才の来た店って。親父抜かして二人でも凄い名前だし」
「……ん、でももう店、やらないんだ———」
「あー……ごめん」
「いいわ。別に。もう終わった事だし……」
 何か皆臑に何かあるねー。俺も人の事言えんけどさ。



「あと、悪影響受けまくるだろうって事で織斑先生は意地でもお兄さんに会わせようとしてない」
「今考えたら凄い執念だろうな」
 箒さんが引きつっていた。

「いや、実は結構会った事はある。時々お兄さんの事解剖して織斑先生に愛情注がれる因子は何だか調べようと拉致るし」
「そんな事してたのかあの人!」
「その度に織斑先生が乗り込んで来て戦争が始まるんだよなー」
「考えるだけで恐ろしいな」
「実体験している僕の身にもなってくれ」
「で、一夏はどうしてるんだ?」
「ああ、その度織斑先生に殴られて親父に関する記憶消えてる」
「「「「「怖っ!!!」」」」」

「なぁ、一夏の朴念仁ぶりが尋常じゃない理由ってまさか……」
「有り得るだけに怖いなぁ」
「ちょ、螺子外れてるって意味よね」
「まさか織斑先生が原因ですの!?」
「……え?」
「なんか面白そうだね〜」
「「「面白くない!!!」」」
 嫁さんズの悲鳴だった。



「そう言えば、グレイさんは一体どんな感じなんだ?」
「姉さんがどんな感じって?」
 それは、箒さんの何でも無い一言だった。

「いや、私はあの人が家事してる姿しか見た事無いからな」
「それは幸せだよ……」
「双禍さん!? 色彩抜けた!」
 『光爆』とか『福音の刃』とかもう、思い出しただけで……!

「グレイさんというのは?」
「一夏お兄さんにとってオカンみたいな人って感じかな? つまり、一夏お兄さんと交際するには小姑兼義父役の織斑先生と姑役の姉さんが最終的な壁になるって感じ」
「「「ごくっ……」」」
 おいおい。そんな緊張するなって。

「で、どうしたの?」
「少し、彼女に料理を見てもらいたくだな……」
「お袋の味をラーニングですか。やりますねえ」
「へー?」
「そうですの……?」
 ギロリと二人。箒さんは今言う事ではなかった! と失策の表情。

「確か製造番号が『灰の三番』よね。グレイさんって。あたしが転校する1年ぐらい前から見なくなったんだけど、今どうしてるの?」
 鈴さんがそんな事言い出した。

 え?

「姉さんは『灰の三十番』だぞ? 僕、『灰の三番』なんて会った事も無いけど」
「……すまん。私はこの間双禍に聞くまでグレイさんとしか呼んでいないから分からない」
 箒さんも首を傾げる。
 何だろう。この認識のズレ。
「強化改造とかされたんじゃないの?」
「いや、名付けの法則からして、番号は変わらない。その後に『改』とか、『甲』とか『乙』とか付く筈だ。番号の変更なんて聞いた事も無い」
「あの人、あの見た目でなんて日本風情の名を付けるんだろうな」
「あー。日本人だから好いんじゃね?」
 そんなどうしようもない事をだべりつつ。

「まあ、兎も角だ。凰の認識の方があっている筈だぞ。私が一夏の元からはなれるとき、灰シリーズは二七番までしか私は確認していない。
 その遥か前からグレイさんは居たからな。三番の方が合っている筈だ。何より、双禍。お前が言った筈だぞ。グレイさんは私達と同い年だってな」
「うそ!? あの見た目で同い年なの!」
「姉さん歳取らないからなー。いずれお兄さんに追い抜かれるって言ってたし」
「いや、それより番号がおかしいぞ?」
「まず、製造番号ってどういう事ですの!?」

「「「あー」」」
「なんか分かってる人だけずるいと思いまーす」
 のほほんさんの抗議が加わった。

「んー。まぁ、親父の科学技術の真骨頂はどこにあるか分からんが、一番評価を受けているのは人造生命の創造だったりする」
「……ちょっと待って下さい……それは神に対する冒涜ですわよ!」
「あー、オルコットさんは『一なる神は偉大なり教』の布教国家だからなあ」
「その辺日本って便利よねえ。普通に正月直前にクリスマス取り込むし」
「ハロウィンもあるねー。おかしー」
「本音……しー」
「あなた達……」

 それでは、双禍・ギャクサッツによるゲボック製生物兵器簡単分類を説明しましょう。

「データ生命、ケイ素生命ベース、既存の鳥獣ベース、植物ベースとまあ、ジャンルに本当———本っ当!! 節操無いけど親父は色々作ってる。俺の義肢もそこからの技術流用だったりする部分がかなりを占めてるから何も言えないけどね(嘘は言ってない)。そして、ジャンルごとにまず色を決める。俺が知っているのは『黄』や『橙』、『白』の鳥獣ベース。次にケイ素生命を基礎とした『灰』シリーズ。ジャンル問わず量産型が『緑』、汎用型が『茶』。植物ベースは翡翠の方の『翠』、試作型一体だけど情報処理型の『青』そして、まだ一体も作られてないけど、最終究極型を目指す『黒』とまあ、まだまだあるけど、色々居て、あとは作った順に番号を付けてくんだ。そして、改良を加えても番号は変わらない。番号の後に、さっきも言ったように色々付け足すけど、数字自体が変わる事はないんだよね」
 ちなみに俺は『斑の一番』です。どうでも良い事だけど憶えてた人居たかなー?

「ですが———」
「僕の家族に何か?」
 そう言われてオルコットさんははっとしたのか。
「そうですわね。言い過ぎましたわ」
「いえ。こちらも言い過ぎました。うちの家族はヨーロッパ圏には受けが悪いですから」
 悪魔扱いである。
 オルコットさんと俺は謝罪し合って。

「つう訳で。『灰の三番』なのか、『灰の三十番』なのか良く分かりませんなー」
「発音は似てても数字は全然違うもんね」
「双禍、リストのようなものは無いのか?」
「まさに今呼び出し中」

 ヴンッ! と空間上の量子回線を使用して家族一覧を表記。



「『灰の三番』ねえ……あ、あった」
「モニターに一斉に群がる皆さん」



 そして、一気に押し黙らざるをえなかった。



 そこにあったのは素っ気なく、完結にただ一行文。
 『灰の三番』。織斑一夏護衛任務中、ISによる襲撃を受け、大破。改修不能。

「え?」
「ISによる襲撃って……何ですの……」
 オルコットさんの呟きが、それまで騒々しかった俺たちの喧噪が、嘘のように静まり返った談話室に響く。

 事実上の死亡報告に、特に箒さんは愕然としていたのだった。
 この認識の齟齬、今度調べて見る必要が有るな……。






 なんだか、喋りにくい。

 自分も含め———
 今までリアリティが無かったのだろう。
 いつも、圧倒的な性能差で余裕を見て来たのだから。
 生物兵器。
 兵器と言うからには闘い。そして規格外と言えども常勝という訳にはいかない。
 上記のような結末もあるものだ。
 俺は『灰の三番』が何なのか、それは分からない。
 会った事が無いからだ。

 特に、直接世話になったのだろう、箒さんと鈴さんの落ち込み様が酷かった。



 一言、会話しようにも空気が重すぎる。

 さらに。俺の脳裏に一つ、疑問が生じる。
 今、俺が、皆の言う姉の事だと認識していた。別個体。
 箒さんの『灰の三番』と印象が被っていた『灰の三十番』
 詰まる所二代目なのだろうか。
 


 科学的に魂を弄くると言う、第三魔法を魔術へ堕とすような真似事の実行さえ可能な親父だ。
 魂を別の生物兵器に移植していてもおかしくはない。
 普通に『今の姉』がお兄さんに対している意識は、箒さんの主観上の『灰の三番』と被る。
 そう考えれば辻褄は合うが。
 それでもなお、認識の相違があるような気がしてならない。
 何なのだろうか。


「駄目だよー? もうすぐおりむーの目が覚めるんだし、ね、ね」
「そうですわね! 気を取り直しましょう!」

 うーむと俺が唸っている間に、のほほんさんとオルコットさんが発破をかけて全員の暗ーいイメージを払拭させようとする。
 しかし、こういうのは中々晴れないもの。
 ふむ。気を抜かして間を抜かすとは万能家電IS人間たる我が恥。しからば、汚名返上である。ここはお一つ———俺がなんとかしようではないか。

「それでは双禍・ギャクサッツをとくとご露じろ」
 一発芸を!!
 ずばぁっ! 椅子を積み上げてその上に直立する俺。
 重力操作万歳だった。

「……? 双禍さん、何するの?」
「止めた方が良いと思うな〜」
 否! 断じて否! それは出来ぬのだ簪さんにのほほんさん! 暗いままお見舞いになど言ったらお兄さんが訝しむではないか!

 あ、せーの!! 俺のみができる奇芸を!
「あーたまーがぐーるぐーるぎーじんーのーあーかしー」
 くるくる回る我が頭。
「いえーいいえーいまーわーりますー」
 ついでに鼻歌なんて歌ってみたり。

「……え?」
 と言ったのは誰か。

「あー……」
「やっちゃったね〜」
「あー、やっぱりお前もか……」

「「ぎゃああああああああああああああああっ!!」」
 悲鳴が響き渡る。
 幸い、この談話室には俺等しか居なく。
 うん。ゲボックはこういうのなんです。で理解してもらいました。
 箒さん全く動じず。凄ぇ。
 鈴さんは生物兵器見てたから耐性持ってたらしく、ビックリして叫んだものの「アンタも苦労してるのねえ」で済んだのだが……。
 オルコットさんがそれ以来怯えた目で俺の事見るんだけど、どうしようかね。



『……外れなくてよかった』
 プライベートチャンネルでぼそっと聞こえて来る。
 そう言えば首外す時のパスワードだったなあれ……。
『見たら多分オルコットさん失神したね!』
『本当に……アレは……心臓が止まるかと思う……』
『経験者が語ると真剣味が増しますな』
『笑い事じゃない……と思う』
 かなり攻めるような目付きで睨まれました。
 ちょっと怖い。



「さーて! 続きましてはお兄さんのお見舞い順を掛けた一大じゃんけん大会の始まりじゃーい!!」
「ちなみにー、そっくんとかんちゃんとわたし〜。三人組は最後で良いと棄権しました〜」
「え……え?」

「勝手に決めるなっ!」
「え? じゃあ、皆で一緒に入って纏めて帰る?」

「ふむ。負けるつもりは全く無い」
 潔いですね。
「はん。仕方が無いけどやってやらない事は無いわね。やるからには負けるつもりは毛頭も無いけど!」
 定型文ですね。
「良い覚悟でしょう。貴族として、何事も全力でやらさせていただきますわ。勝者はこのわたくしセシリア・オルコットですのよ。先の試合で召し上がり損ねたたっぷりの泥の味を堪能させてあげますわ」
 ここリノリウム製ですがね。
 ま、いいか。

「んじゃいくぞー。せーの!」
「「「じゃーんけーん!!!」」」
「……中英の代表候補生が躊躇無くハイパーセンサーを使用する件に付いて……皆さんご意見を」

「ちょ、ずるいわよ!」
「あなただってやっているではないですの!」
「こ、これはたまたま頭に乗りっぱなしなのよ」
「嘘おっしゃい!」
 ぎゃーぎゃー騒ぐ二人を尻目に、俺は茶を注ぎ始めるのだった。
「だーめだこりゃ」






 やがて一夏お兄さんが目を覚まし、最初に身内である千冬お姉さんが用事を終え、入れ違いに勝者箒さんが保健室に向かいました。
 なお、次は鈴さん。そうしてオルコットさんである。
 そう言えば保健室の主の人は元気にしてるだろうか。

 暫くしてぷんすかした箒さんが出て行き、続いて鈴さんが入って行く。
 覗いていたオルコットさんが顔を真っ赤にして突如乱入し、順番がどうだとか、ぎゃーぎゃー騒いでいる所で保健室の主からの何かあったのか一斉に大人しくなる。いや、本当に何があった!?

 で。最後。
「やっほうー…………あ、あはっ、あはははははははははは、ぎゃははははははははっ!! 何それ。首に何かくっつけてまるでエリザベスカラーみたいだ!」
「犬か俺は!」
 首にぐるぐる付けてるお兄さんが居た。
 いや、ムチウチ用のギブスだってのは分かるんですけどね。わはははははははは。
 見た瞬間爆笑しましたけど何か?

「御免なさい御免なさい御免なさい!」
「いや、良いからむしろこの程度で済んだのは簪のお陰なんだし」
「……でも……」
「グッジョブ簪さんそして僕撮影アンド印刷!」
 ういーん。
「はい! 記念写真!」
「いらんわ!」



「お前等五月蝿い」
「熱い熱い熱い触れてないけどもう熱い!」


 突如として乱入。
 保健室の主がタバコ突きつけて来た。

「根性焼きして来る保健室の主って何なんですかっ!」
 ぶんっ、と回避する俺。
「久しぶりだな豆娘大丈夫だって、治療はここで済ますから」
「何ですかそのマッチポンプはっ! 豆じゃねエエエエエエエッ!」

「ここはあたしの城なんだから人死にが出ても事故で全部済ますぞ。面倒だから。あたしは死亡診断も出来る資格持ってるし」
「何一つ安心できる点が無いんですがね。何その色々乱用は」
「何言ってんだい、政治家だって電車乗る時は国家費用で動くだろうに」
「例えが何か問題に前なってましたよね」
「後ヤニが切れて来てイライラしてんだ、とっとと出てけ」
「今まさに根性焼きに使われるべく煙あげてるそりゃ何なんですかっ!?」
「気分が良くなる薬」
「確かにタバコは麻薬ですがね!?」
「失敬な、国家が公認してる、年金受給者を一人でも多く減らす為に認められている寿命調整薬なんだぞ」
「黒いわ! その根拠救い一つもないわ!」
「何故納得せん。納税しまくってる上に、自分で年金貰える期間減らそうとしてる愛国者に向かってなにを言う」
「確かに喫煙者ってそんな感じですよねー」
 もうどうでもいいや。



 そして、帰り際だった。
「双禍」
「ん? 何?」
「酢豚の問題が片付いた」
 お兄さんがこっちに向かってしっかり言って来た。

「へー。あんだけ鈴さん怒らせてたのに。何かあの後もまた有ったみたいじゃないかい」
「なんか試合で有耶無耶になったよ。確かに後のは拙かったな。身体的特徴のコンプレックス突いちまってな」
「あー、そりゃ死んで良いわ」
 そうそう、人の体がどうとか言う奴は死んで良い。特に体のサイズについてどうこう言う奴は奈落に落ちろ。玉ねぎに剣でも習うがいい。

「目が本気だぞ双禍!」
「ちっ、命拾いしたな。許した鈴さんに感謝するが良い」
 多分ハリウッド映画とか釣り橋効果ですね。
「舌打ちかよっ! 俺何かお前が切れるような事したかっ!?」

「で、約束なんだったの?」
「俺は時々お前の言動の切り替えが分からんくなるんだが……」
 お互い様じゃい。
 答え合わせです。まあ。雰囲気から言って意訳正解を当てているわけが無い。
 そうなら、顔真っ赤なり何なりで人に言える筈も無いしな。
「そうそう、正しくは『料理の腕が上達したら、毎日鈴の酢豚を食べさせてもらえる』だったんだ」
 そこまで言って何故気付かんのだ!?

「いや、もしかしたら『俺の味噌汁を毎日作ってくれ』の変形体かと勘ぐったんだが、いや恥ずかしいな! 俺の自意識過剰だったよ。聞いてみたけどそのまんまの意味だったらしい。恥ずかしいったらねえよな」
 聞いたんかい! あーあーあーあぁー、言える訳ねえじゃん鈴さん! 保険室から出て来た時『ああああああ、惜っしいぃ———!』と凄まじく悔しそうだったのはそう言うわけですか

「んー。鈴さんがお兄さんに何か攻撃したら僕も便乗するわ」
「なんでっ!?」
 気付かないからです。

「———まぁいい。一段落ついたから、お前に正しい酢豚の作り方を教えよう」
「ンなルート確定的フラグイベントは要らん!」
 俺まで攻略する気か兄上様。

「あのなあ、常識は知っといた方が良いぞ」
「さっきのやり取り思い出してまずそれ自分の胸に聞きやがれーっ!」
「なんか俺変な事言ったか?」
「がああああああああああっ!」
 面倒くさいっ!

「まあ、冗談だがな」
「お兄さんが言うと、マジで識別できん!」
「いや、それ言い過ぎじゃねえか!」
「ジ●ロ的に訴えても勝てるね! 嘘大げさ紛らわしい全く無いね!」

 しばらくお兄さんと言いあっていると、ふとお兄さんは何を思い出したのかハッとして。

「———まぁ、兎も角だ。簪」
 矛先が簪さんに。
「……え? 私……?」
 物凄く驚いている簪さん。
 もう自分の話す話題は無い、とぼーっとしてたようで。声をかけられて動揺しまくってました。
 
「IS、動かせるようになったみたいだけど、まだ完成じゃないんだろ? 俺にだって白式まわりで責任はあるんだし……今度手伝わせてもらうよ」
 ……やれやれ。そう言う事は憶えてるのな。

「おっけーっ。今度、僕んちのラボで一旦調整することにしようじゃないか。お兄さんもそのとき手伝ってね」
「……おうっ!」
 Dr.ゲボックの研究所でねぇ……!
 実は兄弟にISに詳しい人が居るんだよね。
 味わうが良い! 我が家の狂乱を!

「俺の力が何かの足しになるならいくらでも貸すからさ」
 そして輝く眩しい笑顔。
 なにこのイケメン。
「うん、宜しく頼むよ」

 だが、我々簪さん親衛隊がただで済ませると思ったかね!
 俺とのほほんさんは視線を絡ませる。

「おりむ~はスケコマシです」
「お兄さんはスケコマシです」
「ちょっ、のほほんさんまで、聞き捨てならんぞそれは、俺は女性に手を出した事なんてない!」
「はああああああぁぁぁ!?」
「なんで俺が悪いかのような表情を!?」

「おりむ~。それは織斑先生が『だっちゅうの』したと言い広めるぐらい信憑性が無いのだよ~」
「そこまで!?」
「のほほんさんのチョイスが渋すぎるのですが」
「だっちゅうの?」

 そして俺らは歌い出す。
「「スーケコマシースケコマシー、女のて~き、おりむ~む~」」
「息合いすぎだろぅ! 高低分かれて合唱になってるし!」



「いい加減やかましいわ、全員とっとと出てけッ!!」
「「「「うわぁっ!!」」」」
 保健室の主が強制的な立ち退き開始。
 あの目は本気だった。間違いなく殺る気だった。仕事しろよ保健室の主ぃ!

 仕方無しに俺等は強制退院の羽目になった、首にギブス巻いてるお兄さんを部屋まで送り、箒さんに手を振る。

 で、只今部屋に戻る途中。
 簪さんの顔は真っ赤だった。

 我が兄は恐ろしい。歯の浮くような台詞の後の笑顔でこの有様なのだ。
 これで狙ってない、魅了は無い。むしろその類い無効化属性の持ち主とは思えないのだから、天然物とは恐ろしい。



「さーて、ケーキケーキケーキだぜっ!!」

 待ってましたと俺はフォークの準備を始める。

「ちょっと待って。そっくん」
「……ん?」
「かんちゃんがんばったね〜」
 のほほんさんがベッドに腰掛けた簪さんによしよししていた。

「……うん……怖かった……」
 簪さんは全身がカタカタと震えていた。



「———んとに、俺は阿呆だな……」
 甘味への食欲は放置し、俺は頭を掻いた。
「そっくん、仕方ないよ」
 のほほんさんのフォローも俺に撮っては何の気休めにもならない。
「ショートケーキの苺追加だ」
「チョコプレートもお願いね〜」
「モチでロンです」
 冗談もあまりはかどらない。
 ローマ字でかんちゃんへみたいな旨書いておこう。

 今日、簪さんは初陣だったのだ。
 しかも、命のやり取りもまた初陣。
 しかもしかも、相手は規格外。シールドバリアーを容易く貫き消し去るような相手なのだ。

 恐怖がない訳が無い。
 流石代表候補生だと感心してしまっていた。
 今までやせ我慢して来ただけだというのに決まっているだろうに。
 エリート? だから何だ。彼女達は相応の少女だというのに。あー、自分の年齢差し置いてとか言わないで欲しい。
 俺のように、戦闘に際して脳内麻薬を調整、恐怖をブッ飛ばせる生物兵器などではないのだから。

 失念するのは仕方が無い? そんなわけが無いだろう。俺の今の任務は彼女達が対象では無いとは言え、『助けに来た』のだから。

 ふぅ。

 ならば、日常においてその分を挽回してみせようではないか。
「全ては後の祭りかもしれないが———これより見せよう、双禍・ギャクサッツの送る癒しの空間! 『もふもセラピー』の体現を!」

 『偽りの仮面』発動!
「変形完了———ご覧あれ! テデ●・ギャクサッツを!!」
 と言って、世界的に縫ぐるみの熊として最高レベルに有名な熊に化けてぶばばっ、と手を広げる。
 この『もふもセラピー』は、なんとビックリ埃も付かないし、ダニの温床にもならないのだ!!
 何この無駄な凄さ!
 余分な機能だが、他に形態『赤い兜』や、『蜂蜜の為なら友すら容易く売る渋い声の黄色熊』形態などが存在する……けどさあ、後者は兎も角、前者に需要があるのだろうか。

 しかし本当、機能詰め込み過ぎな気がする『偽りの仮面』。
 『人格偽装』に『オクトパスモード』、そのうえ『もふもセラピー』。
 変身に何か拘ってたんだろうか我が親父。

「「きゃあ〜〜〜〜〜〜〜!! か〜わ〜い〜〜〜〜い〜〜〜〜〜!!!」」
「へ」
 え? むしろ動き回る縫ぐるみってホラーっぽくないだろうか。チャイルドプレイとか子供泣くよね。
 その為にジッとしようと思ってたのに。

 豹変した女性陣が殺到するその様に対し、俺はNHKの着ぐるみ俳優のように身構えるプロ精神は、あいにく持ち合わせていなかった。
 とだけ、伝えておく。






「豹変した簪さんを見たのは……分解開始時以外で初めて見たよ」
 モフ貪られました。



「さて……今日の襲撃で、分からない事がまだ有ったよね……」
「クール装っても後の祭りなのですが」
「ね、ね、そっくんまた抱かせて〜!」
 のほほんさんの興奮が今だ止みません。なんだろうね、世界的な熊の魔力って。

「あ、そうだ。俺が蛸のように擬態してアリーナに居た事俺なのですが……」
「相変わらず……凄い隠密製」
「なぁんか、織斑先生とかにはバレてるような気がするんだけどね。会長には襲われ———、いや何でもないですけどね何でも!」
「……それ、どういう事…………?」
「そっくんはそっくんだね〜」
 本日もう何度目ですかね墓穴掘ったああああっ!!
 のほほんさん、こうなる事は分かってたさって顔止めて下さい。

「実はゲットした宝物が有ります」
「誤摩化さな———」
 怖い! 簪さん無表情でメッチャ怖い!
 されど負ける訳にはいかん!
「———襲撃して来たISのコアです」
 ひょいっと取り出すゴーレムのコア。
「———いで……え、え……? え? ええええええええええええっ!?」



「よーし、これで色々研究できますな! しかも間違いなく未登録品」
「ええ!? うそっ、えええっ……!」

 いえーい! すげーぜ流石本当なら467個しか無いコアだぜー!
 色々な疑問をブッ飛ばしおった!!

「こうして綺麗なそっくんは無くなって行くのでした〜」
「のほほんさんひどくね?」



「そして、謎の現象が起きております。簪さんも目の当たりにした、エネルギー消失。俺、これは謎であった俺の単一仕様能力(ワン・オフアビリティ)だと思うのですよ! ……でもエネルギー消失って何かお兄さんのと被るような……」
「と言うわけでログ開いてみよ〜」

 ぶす。

「うっきゃあああああっ!! 前置き無くデータリンクケーブル耳に突っ込むのほほんさ———痛い痛い深くて脳まで届くんじゃねこれ! 尋常じゃなく痛い!!」



 んでログ。

 それを見て、俺目が点。
 丁度、エネルギー消失の現象時刻に。

 確かに書いてあったのだ。
 『解放句のローディングに平行し、『単一仕様能力』打鉄弐式を媒体に発現を確認。20%限定励起——————』
 と。

 解放句ってのは、あの一行詩の事だろうか。
「二割でゴーレムビーム無効化だと……?」
「ちょっと待って……詳細を調べ……あった!」
「みせてみせて〜」
 のほほんさんと一緒に簪さんのモニターを覗くと。

 『単一仕様能力』(ワン・オフア・ビリティ)———『揺卵極夜』(ようらんきょくや)……エネルギー吸収、学習能力。

 と、書いてあった……んだがね?
 何この仕様。つーか名前。
 お兄さんの事……滅っっっ茶意識してませんか!?

「あああああああああっ、恥ずかしい! 恥ずかしい恥ずかしいというか居たたまれない!!」
「双禍さん、このログ見て……」
「ああ———っ、穴があったら入り———いでえ!」
「そっくんこれ見て〜」
「最近のほほんさんに微塵の躊躇も感じなくなっているのですがね!」
 スパナ持ってほほえんでいるのほほんさんを視界の隅に映しながらログを覗く。
「あ———。やっぱ俺がアリーナに侵入できたのは、俺も発現できてたからか……」
 箒さんをジャンプ台にして吹っ飛んだ時のあれですよ。
 変な一行詩聞こえたし。
 でも、初めての単一仕様能力発動が、ぶつかりそうなシールドエネルギーを消滅させる為って……。
 単一仕様能力って、普通は第2形態移行から発動するもので、尚かつ乗り手とISの相性パフォーマンスが最高の時にしか出ないというものだった筈なんだが……。
 どう見てもその為のチューニングがされているとしか思えない一夏お兄さんの白式と違って俺が発動させるのは変だ。
 しかも、その時の俺の感情を発動キーにもする場合もあるらしいので……。
 あの時の俺の感情……。

「『ぶ、ぶつかるぅぅぅぅぅ』?」
「……どうしたの?」
「いや……」
 発動させようとする度に悲鳴絶叫?
 何ですかそれ赤っ恥ぃ。

「……っておい」
「どれどれ〜」
 ある一文を見て引きつった俺に釣られてのほほんさんがそれを見る。
 俺が単一仕様能力発動の際。そこには、こう書かれていた。
 『解放句のローディングに平行し、『単一仕様能力』エンブリオ本体を媒体に発現を確認。13%限定励起——————』

 打鉄弐式———20%限定励起。
 エンブリオ———13%限定励起…………あれ?

「なんで出張先の打鉄弐式の方が発現率高いんじゃ———っ!!」
 我が肉体4割の反乱である。
「これが代表候補生の実力なんじゃないかな〜」
「否定できない我が身の未熟さが恨めしい!」

「———でも、この能力は、双禍さん向きと言って良い……」
「え? こんな意識しまくりな能力が? ああ、恥ずかしい……」
「確かに名前はそうだけど、能力の方」
「え? お兄さんのパクリじゃない?」
 名前はやっぱそうなんかい。

「違う。起こしている現象は同じだけど、プロセスが全く違う。白式の『零落白夜』の機能は自分のエネルギー消失に、接したエネルギーを強制的に巻き込んで全消滅させる、対消滅より上の絶対消失」
 あ、簪さんの『……』無しモード入りました。

「だけど、双禍さんの『揺卵極夜』はこの文にも有るように、無差別エネルギー吸収能力(……………………)、これは双禍さんのあり方上、とんでもない強みになる」
「———む、無差別エネルギー吸収!?」
 あれって消してたんじゃなくて吸収してたの!? (ちゃんと書いてると後で気付いた俺)

「双禍さんは『常時稼働型』というISの中でも特殊タイプ」
「それは誰よりも分かっております」
 この姿が我が全て(変身するじゃんという意見は無しで)。待機状態は有りません。

「それは義肢という、『生体部分』を保護する機能の為。そうなると、一番恐れなきゃ行けないのがガス欠。エネルギーの消失による、生命維持装置の機能停止」
「あー……死ぬしかないからねえ」
「この単一仕様能力は、その問題を一切解決する答えと言って良い」
「……うそ。そんなに凄いの?」
「『揺卵極夜』は、敵の攻撃、敵のISの動力エネルギーを奪い取れるってだけじゃない。太陽光、地熱、電力風力重力摩擦力、磁力遠心力気温原子間結合力……そして、生命力……ありとあらゆるエネルギーを自分のものに出来る……! これが発動している限り、エネルギー切れが起きるなんて事は有り得ない……!」
「何そのチート」
 とんでもないにも程がある。

「恐らく、この機能の発動率ってのは、威力ではなく発動範囲なんだと思う」
「あー、俺の方が発動体積が少なかったから、って事か」
「うん。この力は、多分だけど、フィールド状に広げて展開する機能なんだと思う。それに、私達が今まで気付いていないだけで、僅かにだけど常時発動してる」
「嘘」
「だって、双禍さんはエネルギー効率が高すぎる……一体どうやってエネルギーを取り込んでるの?」
「食べ物をそのまま」
 大食いの根拠であります。
「まさかのドラえも●!? でもそれじゃ、カロリーが少なすぎる。そう思わない?」
「単純計算でも〜ぜ〜んぜん足りないよ?」
 のほほんさんが、ケーキについているセロファンをぺろぺろしながら言って来る。
 おおおおおう、のほほんさんはすでにまったりモードだとぉ!

「お、ぉぉ、盲点だった———!! 俺はてっきり万物核融合を!」
「そうしたら双禍さんが壊れたら漏れ出しては行けないものにあふれかえって大変になる」
「あー……そうだねえ。鉄腕ア●ムってヤバいよねな話だよね」
「うん。恐らく、体の表面上に、生物が触れても大丈夫なぐらい薄く、下手したら単分子レベルの厚みで『揺卵極夜』が発動してる。しかも常時、エネルギーを補充し続けている」
「あー、俺のエネルギー効率性ってのは、エネルギーの貴賎に構わないって事だったのか……」
 確かにそれならば、俺は半永久的に活動可能である。
 そう、『俺』と言う脳クラゲが潰えるその時まで。

 ヤベーな俺。ヤベーくらいヤベーよ。

「ま、大体謎も解けたし、今度こそケーキ食べようやー」
「そっく〜ん、ちょお美味しい紅茶お願い〜」
「了解、『姉さんの入れた最良紅茶〜!!』そろそろ切れるな。補充しに行くか」
 灰シリーズの三番についても聞いてみようと思う所だし。
「量子って……凄いよね」
 あ、簪さんの『……無しモード』も戻った。よし、お預け解放という意味だな!
「冷蔵庫要らずだしねえ。温度とかもそのまま保つし」
「温度というのは、分子振動の緩急でもあるし……。その状態をそのまま記録できるから……」
「おいしそ〜」
「全くだ。よし、ハイパーセンサーで、グラムレベルで均等に切れる点を検索! さらにケーキが崩れないよう、指先を構成するフレームを単分子ブレードに変形!」
 机ごと切らないように注意が必要ですが。

「技術力の全力浪費!?」
「甘いものに関しては余力を遺す気は一切無い!」
「さーて、いっただきまーすっ! あ〜〜〜〜ん」
「と言いながら……自分でかぶりつく本音」
「うま〜〜」



 そうして、俺等は今日の祝勝会を楽しむのであった。
 ISコアを転がしながら。



「ごちそうさま……」
「満足満足〜」
「うん、それは良かった……ねえ、双禍さん、もういいかな?」
「え? 何だい簪さん」

「———お姉ちゃんに襲われたって、どういうこと?」
「……………………ぉぇ?」



 笑顔でした。
 さっきの無表情と違って、ケーキに満足していたままの笑顔でした。
 俺は硬直するしか有りませんよ。
「そっくん、あれで誤摩化せると思ったら、大間違いだと思うよ〜」
 身を以て実感しました……。



 そうして。尋問が始まるのでした。
 妹よ、世界のどこかでもしかしたらテロとかしてるかもしれない妹よ。
 笑顔とは、癒しにも凶器にもなるのですね。
 SAN値が凄い勢いで削り取られて行くのを感じます。
 
 例えテロとかしてても、その辺りは純真にそのまま育って欲しいものだと切に願うお兄ちゃんです……。

「……双禍さん、関係ない事に思考逃避しないで」
「はいっ!」

 本当に。
 あなたがこうなっていたら、俺は首を吊るかもしれません。
 あ、分離して落ちるか。
 そうしたらもう、絶望しか無いやん。


















———Interlude———



 そこは、IS学園の地下だった。
 一般の生徒は当然ながら立ち入り禁止。まさに機密の塊と言って良い場所である。
 普通に捜索しても、双禍の通風口巡りでは辿り着かないだろう。
 文字通り、ルパ●三世張りのセキュリティが敷かれている。

「あの……織斑先生?」
「なんだ? 山田先生」

「物凄い威圧感なんですが……」
「あんな事件の後でのんきにしている方が問題だ」
「それはそうなんですが……」
 それにしても度が過ぎている。
「それで、解析は済んだのか?」

「それが、何ぶん資料が残っていないので……分子レベルで分解されてしまって解析も何も出来ませんし」
「織斑や凰からは、あれが確かにISだったとの報告が上がっている」
「でも……」
「問題は、あとから来た方だ」
「……証拠を隠滅した後逃亡した方ですか?」
「大分変化……と言うか発展したようだが……あの気配、間違いない」
「いや、織斑先生、気配って……」

「<わーい・ましん>……十年もたってあんな忌々しいものを……<Were・Imagine> が追い付いたのか? いや、あれよりも発達しているという事はやはり…………」
「あの? 織斑先生? <Were・Imagine>は私も知ってますけど。と言うかあれの破壊は本当命がけですよね。私、本当に怖くて怖くて」
 山田真耶は、元代表候補生である。
 かつては、例え代表候補生でも国家の垣根無く<Were・Imagine>の駆除に派遣されたものだ。
 普段愛玩犬のようにふわふわした彼女が、いざ戦闘時に完全に戦士のそれに意識を切り替える術を得たのは、その時の経験からである。



「あの……? 織斑先生?」
「済まない山田君。アリーナ内のエネルギーの変遷をグラフと表にしたものが無いだろうか」
「どうしたんですか?」
「乱入者はおそらく2体じゃない……観測要員が居た筈だ」
「……三体? でも、どこにも居なかったですよ」
「オルコットの支援が何発か、最初の襲撃者に当たる前に虚空で弾けて消えた……なんかいたんだよ、あそこには……」
「え? 流石にISの光学ステルスはあの距離じゃ他のISには効かないんじゃ———」
「いや、確実に居た。プレデターがな」
 乱入者に対する証拠隠滅。其の本命だ、と。千冬は思っていた。
 まあ、双禍はコアを奪取しただけなのだが。

「……え?」
「それにあのエネルギー……、あっちも絡んでるのか? あの馬鹿共……今度は何を企んでる……」
 シールドを消し去ったエネルギー。
 それに千冬は、『絶対的強者の、捕食による搾取』の印象を受けていた。

 マイナスのベクトルを持った有り得ざるエネルギーである。
 あれは最後には、シールドのエネルギーを食らって瞬時加速。一気に離脱したのである。
 決意を固めるかのように千冬の拳が堅く握られる。
 其の表情は、真耶が見た事が無いような、決死の表情だった。



———End Interlude———















 おまけ



 ぴきぴきぴきぴき。
 俺のこめかみに井ケタが浮かぶ。

 にやにやにやにや。
 嫌らしい笑みが彼女に浮かぶ。


「ぷぷっ……『揺卵極夜』」
「い—————————やぁ————————っ!!! ぎゃあああああああああああああああああああああああああああっ!!!!」

 俺はあまりの居たたまれなさに砂浜を転がり回る。
 それを、彼女は一定の距離を保ちつつ、思わず顔面を破壊したくなるような笑みでにやにやにやにやこっちを視線で舐め回す、そして何ぞやを含んで吐き出さない。
 このアマにだけは知られたくなかった。
 だが知られている。
 ISのコアネットワークは相変わらず、町内おばちゃん井戸端会議のうわさ並みの情報伝達速度である。
 あぁ、情報流出元はは打鉄弐式。
 なんて律儀な子なんだ。何の躊躇いも無くそのデータを流したらしい。



 そんな状態が暫く続いて。やがて、ようやく、彼女が告げた。

「そんなに、私や一夏の事意識してくれてたんだ……有り難う。ぽっ」
「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああっ!!!!! てめえ! ぽっとか、ざぁとらしく口で言うんじゃねええええええっっっ!!!」
 思わず口の中にパイナップルの名を冠した投擲武器を突っ込みたくなる衝動を抑えつつ」

「この……」
「『揺卵極夜』……くすっ」
「嫌————————————ッ! もうやめてええええええええッ!!」
「あはははははははははっ」
 ああ、もうムカついた。
 てっぺん来た。
 血管ブチ切れそうだ。
 ああ、それって俺に取ってまさに死活問題だけど気にする余裕はねえ!

「ずっと……黙って来た事を言ってやる!」
「何かしら」
「白式ぃ! てめぇの単一仕様能力の『零落白夜』だがなあ!」
「……う、うん」
 俺の気迫にちょっとたじろぐ白式。
「今でこそ広辞苑にも『びゃくや』と言う読みが載ってるがな……もともとは『はくや』って読み方しかねえんだよ!!」
「……へ?」
「知床旅情の歌詞で誤った方が広がって定着したに過ぎねえんだああああああぁぁぁぁぁっ!!」
「な……なんですってえええええ—————————っ!!!」
 愕然とする白式。

「ぷぷぷぷ、はははははははっ! 演歌。知床。森。繁っちゃったり……純日本産のISが、『正しくない日本語』の必殺技……ぷぷっ」
「な、ななななななななななっ———!!」
 顔を真っ赤にしてその事実に戦慄している白式。

「そ、そそそそ、それを言うなら」
「かーわいーなぁ、白式ちゃああああん!」
「こ、こここここ、このっ———」
 形勢は今ここに逆転した!

「君の『揺卵極夜』だって———」
「ん?」
「揺卵の『らん』部分は本来『籃』!! 揺籃とはオトシブミが子供の為に作り出す食料兼ゆりかご! その産卵形態からよく間違われて『揺卵』って間違われて書かれてる造語に過ぎないくせに!」
 なに……ッ!
「な、なんだってぇぇええええええええ——————ッッ!!」
「人の事言えないくせに良く言ってくれたわね! 誤字必殺技が! ふふふ、今や私の『びゃくや』は、NHKの自然ドキュメンタリーでも普通に使われるくらいもう日本語として確実に定着してるのにょ!」
「おのれぇ……っぷっ、今噛んだろお前、『ていちゃくしてるのにょ』って……ぷぷ」
「そそそ、それは関係ないじゃない!」
「あははははははははははっ!!」
 ぷちんっ。
 あ、何か聞こえた。

「今度こそ白黒付けてやるこの餓鬼ぁああああああ———っ!!」
「良い度胸だああああ! それこそこっちの台詞だ! 叩き潰す!」














「———で、結局いつも通りこうなるのですね……」
 零落白夜(拳)と揺卵極夜(拳)がクロスカウンター気味に炸裂し、双禍、揺卵極夜で白式から大半吸い取る。白式、吸われた自分のエネルギーごと零落白夜で全消滅。結果、ダブルノックアウト状態に。

 やれやれと、白い騎士がかぶりを振る。
「我々同士の喧嘩なんて不毛なものも無いのに……」
 その周りに、十人の子供達がやれやれと呆れていた。

 彼女はカメラの方に視線を向け。



「あぁ……皆様、あけましておめでとう御座います。今年も宜しくお願いします。未熟なこの作品では有りますが、最後まで続けて行きたいと思っています。
 何かしら文章としておかしい所、誤字脱字、矛盾等有りましたら、感想共々ご指摘いただければ歓喜のあまりに奇声を上げて製作の原動力になるかと思います。
 今回、正月記念として、原作2巻編の予告を乗せました。下記に御座いますので、ご一覧いただけますと作者が興奮するかと。
 以上、作者に変わり白騎士こと、白雪芥子でした」
















 次章、原作2巻編予告



「あー何か懐かしいような、嫌ぁーな夢見たよ……」
 始まりは、本人にとってはどうでも良い、傍からは覗くのも禁忌な……狂気に満ちた原初の記憶。



「うぷっ……!」

「……ありゃ?」
「あの簪って子、こっち見ても睨まなくなったのは良い事なんだが、今度はなんで俺見たらトイレに駆け込むんだ……!」
「斬新なリアクションだねえ」
「双禍も大概酷くねえかっ!?」
 狂気を垣間見た少女は、科学の発展。その裏側を覗いてしまう。



「シャルル君が本当に不憫なんだよ……ちょっとスキャン掛けたけどさ……体には恐るべき秘密があったんだ……まさか俺が模倣している立場が本当になってるなんて……!」
「如何したの? うん…………何か、困った事があったら、助けてあげればいい……と、思う。私にも何か手伝えるかもしれないから、困った事なら言ってみて?」

「うん、ありがとう簪さん…………実はね、男性でISが使えるって言うから、お兄さんと共通点無いだろうかとシャルル君に亜空間スキャン掛けてみたら……なんと……女性と比較してもなんら遜色の無い子宮持ってるのを見つけたんだ……! 男性でありながら女性化している肉体……! 俺みたいに形を変えてるだけじゃなくて、生まれつきだなんて……くっ、一体どんな葛藤を抱えてきたか、俺には想像もつかない……!」
 どんっ、と俺は己の不甲斐なさに憤る。

「はい!? ……ちょっと待って……なんか勘違いしてるんじゃ……?」
「何が??」
 科学が優れていても、判断するものがずれていればそれは宝の持ち腐れであり。



「―――Dunois!」
「―――Dunois!(言い忘れたが、戦闘員風に語尾を高く伸ばして)」
「―――Dunois!」
「―――Dunois!」
「―――Dunois!」
「―――Dunois!」
「 ―Marverous!」
「―――Dunois!」
「―――Dunois!」
「―――Dunois!」
「―――Dunois!」
「―――Dunois!」
「―――Dunois!」
「―――Dunois!」
「―――Dunois!」
「―――Dunois!」
「―――Dunois!」
「―――Dunois!」
「―――Dunois!」
「「「「「「「「「「Dunois!」!!! (DesuYo)」」」」」」」」」
「もう嫌だああああああああ! 止めてよぉぉぉお!! 誰か、誰か僕を助けてえええぇぇッ!!!」
 不幸な境遇は狂乱な宴に差し代わる。どっちがどうかは本人次第。






―――我の齢も早くも2つとなった。例え万分の一、億分の一の選ばれた身として生まれても、自然の摂理は等しく訪れるものなのだ
「……瞬撃槍(ラグド・メゼギス)、お前……」
 タメだったんかい。
 戦友(とも)は生命の摂理を告げる。



「はっ、IS用武装を生身で幾つも振り回すとは、流石は教官の手を煩わせた駄科学者の作品だな―――だが、有象無象の輩と等しく『停止結界』の前には敵ではない。ゴミ同然だ」
 ゴミっておい……まぁ、生身じゃないけどね。
 しっかし、ぬぉ……まさか憧れていた本マもんのAICとは……!
 こちらには食品しか止められない紛い物しかないというのに……。
 動けない、これマジピンチ。前のお二人のようにフルボッコされてしまうなあ。さて、如何しようか。
 あ……んん? 待てよ……こうしたら……。

「自ー己ー暗ー示ー、自己暗示ーっ。我が目にゃ食材しーか映らなくー。貴様はとっても美味しい食材だー。ボーデウィッヒは食材だー。ラウラは鮮度ばっちり食材だ―――♪」
「ん……? 貴様、何を言って―――――――――ッ!!! 体がっ!? これは、まさか『停止結界』!? ―――ひっ、なっ、何だその顔は!!」
「ふふふふ……食材のみの慣性を制御する『食品停止結界』なのだよ、ふっ……うわー、美味そうだなー。甘いのかな? 酸っぱいのかな? どんな歯応えなんだろうなー。どんな舌触りなんだろうなー。どんな喉越しなんだろうなぁー(犬神の呪法において、最後の最後で失敗して解き放たれた犬みたいな顔)。じゅるっ(舌なめずり)、あ——————ん」
「(ぞくっ)く、来るなあああぁぁぁっ! くそ、これでは『停止結界』を解除した瞬間飛び掛ってくる……! こちらも動けない以上このまま膠着するしかないのかっ!」
 生体兵器として生み出された軍属の少女と生物兵器として組み立てられた鋼の少年―――限りなく似て非なる二人は相見える。



『あはははははははははははははははっっっ!!! 今迄よくもいぃようにしてくれたわねぇ!! ブチ壊すぞ覚悟しろドイツ産!! 開け展開装甲! 雪片弐型ァ!! 対個人制圧形態―――変形開始ぃ!!』
 白い少女は主たる少年の翼にして剣足るべく、ネットワーク上に叫びを響かせる。



「嘘だろ……アレは―――」
「千冬姉……?」
「VTとは違う……ちゃんと肌のキメ細やかさや、色彩まで再現されている……間違いない……」
「くそっ、何だ! 一体アイツは何だってんだ……! 許さねえ!」
「待つんだお兄さん! 気持ちは分かる! それにお兄さんなら殺される事はまず無いと思うが……無策で突っ込んだらまず勝てねぇ! って、ちょい待てコラァッ!」
「黙れ双禍! 止めんな! お前にはアレが何なのか分かってねぇ! アレは……あんなモンは……ッ!」
「だあああああぁぁ! 五月蝿ぇなシスコン!! 知らねえなら教えてやる!! 間違いねえ、あれはVTシステム―――FUYUCHANエディション―――<完全版>……ッだ!!」
「なんだ……って……!」

「……えーと、僕にも分かるように説明してくれないかな……」
 世界に撒き散らされた『進みすぎた技術』は容赦なく襲い来る。



 混ぜるな危険! 束さんに劇物を投入してみた。『原作2巻編』。
 思春期狂乱_其の下、並びに幕間、『原作編1~2巻間余話』並びに過去編最終章、『逸話結び編』、の後、投稿予定―――



 やあやあ! お待たせしたじぇい!『宴』待望諸君、Dr.アトミックボムことゲボ君の影がついにちらつき始める……予定なのだよん!
 泣いて喜び、ひれ伏すんだよ! なにせ束さんは全知全能だからね!!



[27648] 原作1巻編。一応一区切り記念。原作1巻編のネタ明かし集
Name: 九十欠◆82f89e93 ID:a6979411
Date: 2012/03/26 00:28
さて。
1巻編が終わったらネタバレ集書いてみようといつだか書いてましたが
過去編が終わってないので範囲は1巻編で出て来たものだけです
結構過去編と被っているものも有り。

一度やってみたかったこういうの。
でも不評とか来たらどうなんでしょう。うー……。
ま、欲望に従ってやってみたいと思います。

過去編も過去編で終わったらネタバレ集を出すつもりであります
暇なとき、暇つぶしに、気が向いたら見て下さい









1話
えと、自己紹介

○そもそもが二次創作の神様転生
食らう側になったらどうなるんだろうな話。
まあ……いや、ネタバレなんでこれ以上は秘密です。

○Dr.クランケ
 ミュータントな亀と戦う医者何だか患者何だか分からない。
最初、シュレッダーの事をサワキちゃんと呼んでいたが、当時シュレッダーのフルネーム『サワキ・シュレッダー』を知らない俺はマジで意味不明でした。

○声をかけて来るゲボック。
 シーンが丸々、量子コンピューターに閉じ込められたDr.ヘルにゲボックが話しかけて来るシーンのオマージュ。
この前後の二人の過去話は本当にこの人らにこの過去ありだと思わせてくれました。
複雑なツンデレ。ヘル・シーノゥの一途さが良く分かります。


○天使の羽生やした妹が群れでやって来た時
 御存知フランダースの犬のラスト、かと思いきや旧劇場版エヴァに早変わりである。2号機にも暴走して欲しかったファンは多数だと思う。

○生きたドラえもんのポケット
 ゲボックの行動を見て思った事。それだけ

○<偽りの仮面>
 今や、双禍の変身百変化の原因。
そもそも、性別変化させたりもふもふになったりは、後で気付いたがゴクドー君漫遊記に影響を受けているんだと思う。
能力名は、リリカルなのは第3期で鬼籍に入ったサイボーグ姉ちゃん色気担当のものそのもの。機能はブッぱずれまくってますが。

○六女のモレ・インター
 同じく、リリカルなのは第3期のサイボーグ姉妹6女の能力<潜航する密偵>。
突然変異らしいですけどね。



2話
入校———オチは古典

○カツオブシエボシ
 入力したら一発で漢字が出た驚愕のクラゲ。
俺がぱっと見は青くて半透明の餃子と言った感じ。
だが、足がすげえ長いらしい。
そして、毒もかなり強烈で、刺されると高圧電流を流されたような激痛が走るそうだ。
死んでも毒はあるので、海水浴の時は気をつけよう

○とある幻想がぶち殺されました
 能力無効かで有名なあれ。男女平等パンチ。
 実は身体強化してるんじゃないかと思う程人間が飛びます
 まあ、今回は概念的なものだけですが。

○脳クラゲ
 スレイヤーズの超絶剣士、ガウリィに対するリナの表現。
記憶力薄弱な図……だが、双禍は本当にそのまんまである。

○IS学園の門っぽいの
 アニメ初見でサイヤ人の戦闘服の肩っぽいよねと思ったのは俺だけではない筈。

○BBソフト
 結構双禍がお世話になる知識補助ソフト。
『狂乱家族日記』で雹霞が、知識だけじゃ実体験に役立たないと引き合いに出す事が多い。
 この作品では、多大に魔改造されている。

○鷹縁結子
 原作『狂乱家族日記』で雹霞が訓練と偽られ射殺してしまった女の子。
 当作品では戦時中に空襲で亡くなっていて、その身は骨格標本に検体として提供された。
 実は過去編で小学生のゲボックがゾンビパウダーで蘇らせたのが彼女。
 千冬から逃げ切って、蘇生が進んだのか肉が付いている。
 その後、『黄泉から帰って来た俳優』としてお茶の間に笑顔を提供している様子。
 でも、据わりが悪いのか、強い衝撃を受けると各所がもげるらしい。

○保健室の主
 看護婦なんかが患者に優しくないのは、電撃文庫の『大久保町シリーズ』に影響を受けているのではないかと思われる。
彼女の性格モデルは鷹縁切子・結子姉妹の母親を参考にしているが、いつの間にかヘビースモーカーに。まあ、原作でもいつも吸ってたけどね。
 実は、戦時中亡くなった結子の妹、切子の曾孫という設定。
作ったけど意味ないけどさ。

○某黒鼠の会社で作ったフルアニメがコマ送りに見えたとき
 富士見ファンタジア文庫『俺の足には鰓がある』のヒロインの台詞。
 超絶的な動体視力持ってたらアニメを楽しめないよね、な話。

○ムーンインベーダー事件
 名前は適当。
 ただ、この後の『毎月満月の日には絶叫してるんだろうなあ……。』
 は当然千冬の事。
 詳細は過去編で御存知の筈。
 現在、ゲボックの想いをしたためたあの文章がどうなっているかはまだ表していない。

○んちゃ!
 首が取れると言ったら彼女をハズしてはモグリと言わざるをえまい。


3話
兄の試合までの一週間

○針金とゴムで命を作りましょう
 電撃文庫『ブラックロッド』でのウィリアム・ロンの台詞。
 神が居ないのなら作り出してしまえ。実践神秘学、サイモンの作品を見て。
 後に天使が脱皮します

○サイコガンも通じなさそうなクリスタルガール
 伝説の無双マンガ『コブラ』のコブラの宿敵クリスタルボーイの女版と言いたいわけ。
 なんでもクリスタルで出来てるから光学兵器が効かない。サイコガンもすり抜けるとか。
 実はコブラの左腕ブッタ斬った張本人。
 でも、骨格に当たったら効くんじゃ無いだろうかと思うのは俺だけでは有るまい。サイコガンって撃った人の意思で曲げれるらしいし。 

○スポンジヤスリ
 単にスレイヤーズで、ゼルガディスが金タワシで入浴してるシーン見た記憶が有ったため

○クセニア・シモノヴァ
 ようつべってみよう。

○ビクトリームな絶叫
 『金色のガッシュベル』に出て来る千年前の魔物ビクトリーム。
 絶対キャラメイク中にCV若本を狙っていたに違いない『ぶるぅああああああああああああっ!!』絶叫を叫ぶ。
 読者投稿オリジナル魔物には毎回必ず彼の亜種が出る程の大人気魔物であり、1000通以上の読者復活要望が来たら彼を主役にした話を書くと言ったとたん、3000通も来たというw
 「我が美しさを股間の紳士に! チャージル!!」

○「待ぁぁぁぁああああてぇぇぇえええっ!! 日崎イイイイイイィッ!!(小声)」
 うしおととらの最初の方。
 飛んで来る生首『我眠様』の台詞。
 正しくは、「待ぁてぇ!! 日崎ぃ御門ぉおおおおおっ!!」
 生首って言ってもこいつらデカいんだよなぁ……
 その後ののほほんさんの一撃のポーズは、とらが一撃で一体叩き潰した時のシーンをイメージしながら書いたという。

○マサカドなのにマサムネネタ
 その後の天罰覿面をのほほんさんに言わせたかっただけ。
 解説は文章中にありますが。
 独眼竜ビーム
  例の無双。何か出ますよね。
 タチコマ
  マンガ盤で色々感銘受けました。
  もともと、マイナー時代の同人が発祥らしいです
 因果覿面
  装甲悪鬼の、相手の必殺技を打返すしのぎ。
  あの正義正義言うカミキリムシは、こんな事も有ろうかと属性も持ってるので非常に楽しい。着たくないけどね絶対。

○フェティシズム
 本当にウィキで見たらすげー長くてビックリした。
 これも人間の多様性と言うべきか……。

○痛みがゆぅうううううううううっくりぃぃぃいい~!?
 ああ、言わなくても分かると思いますが、ジョジョです。
 黄金体験です。

○アースマラソン完走したかんちゃん
 間寛平。ガンになっても走り切ったすげー人。

○頭がぐるぐる擬人の証〜
 スーパーファミンコンの名作『ワンダープロジェクトJ』で、人の心を持つ程に成長できる擬人『ピーノ』に教えられる、『擬人に出来て人に出来ない事』である。ぐるぐる首が回ります。
 ピーノのモチーフは当然ピノキオ。
 凄い名作。最後の最後、人の心を得たピーノが成した事は、彼の究極AIの『ドイツさんと同じ名前』の娘と同じ結論だった。
 でも、64は持っていなかったので、彼の妹がどのような結論に至ったのかは知らないのです。
 丁度この近年、セイバーマリオネットも有ったので、人のような人と限りなく近いが人とは違う。けど、人何かよりもずっと人らしいモノに付いて、よく考えさせられた気がします。まあ、この時期のブームだったのかもしれませんが。

○デス・ファイル
 別に何をファイリングしても人は死にません。ノートじゃないので。
 ただ、レンタルビデオの18禁コーナーでピンク色の中で異彩を放つグロゲロ映像集。
 アレ見ながら普通にハンバーガー食ってたら周りの人にドン引きされた経験のある作者です。

○「これが、これが真作と贋作の差だと言うのか!? 兄より優れた弟は居ないと言う事なのかっ―――」
 よくFATEとかで言う慢心王様の言葉や、北斗の拳でのジャギの台詞を、そのまま受け取ってしまったらこうなると言う事。
 昔は、敵が偽物だった事が多いが、最近はこっちの方がメジャーだよね。偽物で芯が有れば本物に勝つっての。

○ぱくんっ、しゅるん
 双禍のこの食い方は、雹霞の真似です。単に。
 大食いキャラが定着した原因でもある。

○大魔王様に誓って誓いますっ!
 ガムコミックス『足洗い屋敷の住人達』のメフィスト・ヘレスの台詞『違います。大魔王様に誓って違います』を無理矢理使ってみた。
 この作品はかなり面白くてお勧め。
 ただし、原価は1冊1000円、すでに十数冊出ているので、高すぎる気がします。

○深山鍾馗さん
 イメージカラーはカーキ色。
 大東亜戦争中の戦闘機の名前を二つくっつけただけだったりする。オリジナルキャラ。
 ちょい役で出ます。

○エンブリオ
 オリジナルIS兼主人公そのもの。
 今の所は、汎用性抜群とだけしかなっていない弱メカ。
 望んだ能力を自ら開発して獲得する点は、都市シリーズの自動人形から発想をいただいたもの。
 その開発コードの意味は、『未胎児胚』『孵らぬ卵』つまり、生命と呼べぬ細胞群、ないし無精卵の事である。
 また、実らぬものを後生大事にし続けるという意味でもある。
 プロットでは、第三形態移行まで到達する予定。
 二人の天才がブラックボックスを意図的に作りまくったせいで良く分からない存在になっている。
 2巻編からは、表立って戦う予定。
 単一仕様能力、『揺卵極夜』は『至愚成ス』に限りなく近い性質を持っていたりする。

○「頑張って部屋に戻るんだスネーク」
 御存知スニーキングミッションの大御所さん。
 この人もクローンでしたね。



4話
例ノ原子核・被爆の危険アリ。被験者オルコット嬢。
 アランが大盛況を受けた。
 林トモアキ先生はやはり偉大である。

○恋愛原子核
 発祥はマヴラヴ。
 しかし、この手のキャラは昔から沢山居るなぁ。
 一つの男の憧れだが、なりたいとは思わない。
 あそこまで好かれるなら一人で人生充分じゃね? と、思わなくもないかね諸君。
 ISもまたしかり。

○傾世元禳
 藤崎版封神演義に出て来る洗脳スーパー宝貝。
 多分、宝貝と宝具って同じ意味だよね。国の微妙な書き方の違いで。
 本来女性———つぅかか羽衣だから。
 なんか女性惚れさせるホルモンでもまき散らしてないか一夏と思って連想。

○モテ回路
 『おりがみ』のMAD、葉月の雫が造り上げた欠陥発明。
 装備するとモテモテになるらしいが、大体暴走する。

○アラン・マクレガー
 通称「おかしな者」「ラメ入りペ○シマン」。南北アメリカ大陸連合国陸軍第一特殊機械化兵団所属シリアルMAM224318。階級は少尉。
 時空の果てから迷い込んだ命無き異界の旅人。秒間二万発を超える打撃能力と、全身に散らばった65536個のコアのマイクロ秒単位の相互補完する、超絶チート生体改造兵士。
 彼程のものが少尉って。
 彼の元々の世界がどんな戦争していたのか、想像するだけで恐ろしい。
 読者感想がぶっちぎれた数を叩き出した犯人でもある。
 原作である『おりがみ』でも、次元を漂流する流浪の旅人であるらしい。あんな見た目なので、リッチとも友達らしい。

○零落白夜(拳)
 元ネタはスレイヤーズの霊王結魔弾(ヴィスファランク)。
 または、魔法戦士リウイの「精霊の力よ! 我が拳に宿れ!(本当は剣に宿す」から来ている。
 白騎士は兎も角、白式は海岸の世界で剣を持っているように見え無かったので。
 でも持ったら……萌えるな。
 
○ツノドリルとか———(以下略
 ポケモンは実は初作ぐらいしかやり込んでいないので初作の一撃必殺技並びに、即死効果のある、ザキ(ドラクエ)PKフラッシュ(マザーシリーズ)、バロールの魔眼(型月他)などなど。
 グングニルとかトールハンマーとか、一撃必殺は闘いのロマンであるようだ。

○「偽りの快楽を得て、嬌笑の渦で溺死しやがれ!」
 元ネタは『足洗い屋敷の住人達』の吸血鬼、鎮伏業番付第2位のラウラ・シルヴァー・グロウリーの決め台詞『偽りの快楽をえて、赤の闇に落ちよ』を改悪したもの。あとなんかを合体させた筈なのだが憶えてないw
 って、この子もラウラやん。
 登場時、血糊を拭っただけで赤面し、えっち、と飛んで逃げてしまうと言う、燃え中二読者層である足洗い屋敷の住人達読者を一瞬にして萌えに叩き落したという強者。
 近付くだけでエネルギーをドレインされます。
 エロネタを言うと銀の弾丸で射殺されるので注意。
 しかしあれだな!
 ラウラって子はISといい、これと良い、究極AIといい、0204のラグナロクと良い、なんで俺の琴線くすぐる子ばっかりなんじゃい———! あ、全員銀髪ッ子だからか……(戦慄

○門番型自動石像と競える怪盗の養女が名乗る怪盗(見習い)名
 傑作ハートフルラノベ『吉永さんちのガーゴイル』の怪盗、百色の養女となった少女が百色を目標に名乗った見習い怪盗『白色』の事。
 是非読む事をお勧めする。
 汚れた人格が洗浄されますから……。
 ああ、俺は清めきれませんでしたがw



5話
酢豚って豚のシメ方じゃなかったのか?

○冒頭
 スクライド最終話冒頭、かなみちゃんのナレーション。
 彼女もゆかりんですので。
 ただし、これ程差が出るとは……。

○ドラゴンクエストモンスターズプラス
 色違いのボスモンスターに付いて独自の解釈を出したり、何故ドラクエ1、2に賢者が居なかったのかなどを出していて、非常に面白かった作品。打ち切りっぽく終わってしまったのが非常に残念だった。
「野生が足りんわ!!」

○遺伝子が原因ではない。
○そう言えばアイシールド21にもいたな、そんな双子。
 一時期、SFでも何でもDNA第一主義のブームが流行った気がするので、それに反抗してネタを出してみた。と言うだけ。
 DNAで人生決められるとか、運命がどうとか言われるとか。
 ガンダム種運で、あのキラですらブチ切れるのは分かるが、あの人結局自分の性能振り回してるから従ってね?

○r戦略。k戦略
 文中にも記してある繁殖戦略。
 ファンタジーとかだと逆に、人間がr戦略扱いだったりする。

○一万年に一体のカブト虫
 ケロロ軍曹に出て来たすんごいカブト虫。
 タママに勝利する凄いグラップラー。
 ただし、カブト虫なので一シーズンしか生きられない。
 あとで、『新たなる力をえて復活したごっこ』に大変活躍する事になる。

 なお、『ゴルンノヴァ』は『スレイヤーズ』の『光の剣』にして同作者『ロスト・ユニバース』の遺失宇宙船の名前。
 魔王の五つの武器の一つ、『列光の剣』でもあるらしい。
 が、天使キャナルに使われて魔王に止めを刺した剣でもある。
 翼をたたんだ鳥、と表現されているアニメ版だが、どう見てもカブト虫なんだよなー。原作版では『単眼持ちの有機的な形状』だが、主人公の船『ヴォルフィード』のシルエットがなんかカブトガニっぽいので印象第一、カブト虫という事にした。

○ドリトル式言語翻訳機。
  イーハトーブ式交信装置。
  ムシキング式思考疎通装置。
 ドリトルは御存知ドリトル博士。動物と話せます。
 イーハトーブ式交信装置。
 元ネタは『吉永さんちのガーゴイル』の植物と話す装置。パラケルススの再来と言われた高原イヨが、かつて農耕の師としていた宮沢賢治の野菜製作の腕を越える為に作り出した。
 宮沢賢治は、そんな機械が無くても植物と話せると言っていたが、そりゃ、農耕の先生としての才覚の事だよね。すげえ天才錬金術士。なお、イーハトーブとは宮沢賢治による造語で、賢治の心象世界中にある理想郷を指す言葉である。
 あ? ムシキング? そのままです。

○翻訳蒟蒻
 ドラえもんの秘密道具「ほんやくこんにゃく」を漢字にしただけ。これをかつて俺がどれだけ欲した事か。
 宇宙人とかも普通に会話が出来るため、テレパシーか何かしてるかと思いきや、文章なんかも大丈夫。
 考えてみたら失伝した遺跡の言葉とか翻訳したら物凄いものではなかろうか。
 万能的に複数の言葉が話せるらしいので、翻訳の度に食べるものではないようだが、何度も食べているので、暗記パンのように排泄したら効果を失うのだろう。
 
 なお、全く関係ないが、この作品の千冬はトコロテンが大嫌いである。

『GKBR』(ラグド・メゼギス)
 何故か准レギュラー化した家庭内指定害虫。
 柔らかな剣使うわ、慣性を無視した軌道をするわ。
 吸血鬼の使い魔だと言われても何ら不思議は無い。
 双禍を追って通風口に入ると、縄張りを汚されたと判断して襲って来るので注意。
 天敵のアシダカグモを逆に倒すなど、規格外である。
 なお、『ラグド・メゼギス』とは『ゴルンノヴァ』同様魔王の五つの武器の一つで『瞬撃槍』と書かいてこうルビる。俺は大好きです
 原作とアニメで真逆の性能を示した機体であり、ここでは原作準拠。とんでもない高機動と引き換えに通常兵器でも叩きまくれば潰せる仕様……でも当たらない。
 作品中でケインが、『喧しいこの二等辺三角形!! だまってゴキブリみたいにかさかさ動いてろ!』から連想が来ました。
 実は天敵が『SHUFU』である一夏だったりする。
 五反田食堂の蓮さんにも敵いません。

○「受けよ、我らが———三億年」
 実は『惑星のさみだれ』の師匠事秋谷稲近の最後の一撃「受けよ、我が五百年」の、単にGKBR版。
 済みません名作よ……大ファンです。
 GKBRが生きた化石だからこの年月になりましたw

○氷炎爆花散
 『ダイの大冒険』氷炎将軍フレイザードの切り札。
 何気にコアも飛んで来るんで、撃つ方も博打だよねと思ってしまう必殺技。
 作者がメドローア考える前に出た可哀想なボスでもある。

○これぞ必殺スカポンお笑い道場流———『コンナンイラヘン』!!
 ファミコンで出た格闘ゲーム『ジョイメカファイト』の主人公機、スカポンの頭を伸ばして叩き付ける技。
 正直、俺に出来る唯一の格闘ゲームだったりします。
 だがしかし、このゲームが出た時のグラフィック衝撃は未だに忘れないものがある。
 リトル・イーモン博士とイワン・ワルナッチも冒頭に加えるべきか……それが問題です。

○毒虫がぁ!
「何物をもぶち抜く!」
「何物をも突き穿つ!」
 スクライドネタ。
 あれは熱い。熱いがネタも多い。
 ベテラン声優の喉を枯らした絶叫アニメでもある。
 十周年DVD……高すぎませんかっ!?
 
○鍛針功
 見た目はかめはめはw しかし、れっきとした打撃技らしい。
 あらゆる物質を浸透し、目標のみを打ち抜く技だが、結構浸透した筈の人体がブッ千切れたり良く分からない。
 『天上天下』の必殺技の一つ。

最上級危険地域(モースト・デンジャラス・ゾーン)
 『魔界都市新宿』における、新宿区民ですら恐れる超絶危険地帯。
 新宿御苑
 河田町(フジテレビ)
 西口新宿中央公園
 新宿二丁目
 などなど。そこいらの魔人じゃ、速攻食い物になるそうで。
 千冬の近くを示した言葉。
 まあ、双禍にしてみればそんな感じだろうね。

○ツインユーザーかマルチウェポン
 .hackの主人公の各職業。
 百花繚乱は兎も角、虎輪刃はどうかなーと思う。
 Link? しらねぇよ。

○ダークマターパン
 学園都市第2位のそれよりも、『銀魂』製のとある卵焼きの事。
 何か手に乗せると負のオーラをはなっている。

火龍砲突撃破(ロケット・ダイヴァー)
 『バスタード暗黒の破壊神』の魔戦将軍ブラドーの突撃技。
 天使や大天使を引きちぎる程の破壊力だが、権天使に敗北する。
 何か発動中騎士道大原則とか、どっかで聞いた台詞がw

○武蔵小金井走
 アニメ版『はれときどきぶた』の変である事をアイデンティティとする『武蔵小金井』君の謎の移動法。
 大きくバク転しながら凄まじい勢いで前進するのである。
 一族のものは、時々スランプに陥ってこれが出来なくなるため、『武蔵小金井走養成装置』なるものが有るらしい。

○無限の剣製ばりに床を埋め尽くす工具
 二次創作皆大好き無限の剣製。
 工具版。まあ、そんな凄いものでは有りませんが。
 一度、そのパロディ集を見てみると良い。笑います。

○グーニーズ
 子供達が海賊の秘宝を探す物語
 だが、ゾンビがワラワラ出て来たり大変(超略
 実は、何をトチ狂ったのか、俺の頭の中では『トレマーズ』に出て来る地中生物グラボイズのイメージでした。
 一体何が間違った……!
 まあ、パニック部分があるからいいやと放置してしまった悲しいネタ。誰も突っ込まなかったしね。

○特製のお面(洗顔してくれる)
 『マテリアル・パズル』の主人公(?)ミカゼが、アクアに契約が終わるまでという条件付きで取り付けられたお面。
 超頑丈で取れない。
 お陰で彼の顔が再び日の目を見るのは、最終決戦間際という事にw
 文中の説明はまんまそれ。
「無駄に高性能だな」
 爆笑です。土塚先生のギャグセンスにはいつも脱帽します。

○第六感を超えたセブンセンシズ
 皆大好き聖闘士星矢。
 いま、タイピングでセイントと入れて一発で変換したMacに俺は戦慄した。
 なんかスーパーサイヤ人的になものに目覚めた、で良いんではなかろうか。詳しくはファンに聞こう。
 全巻読みましたが、あれは心で読むものだと思います。

○メンチビーム
 プレイステーション2の喧嘩番長の出来る技(爆)
 敵と喧嘩する時はこれでビームのせめぎ合いをする。もう正に馬鹿ゲー。シンプル版で出てるんで暇つぶしには良いかもしれないです。
 
○お兄さんのサービスイベント
 『惑星のさみだれ』で、主人公のシャワーシーンがことごとく女性に見られるというハプニングで、『僕のサービスシーンだったか』から。一切隠さない主人公に脱帽です。

○グレイさん
 実は宇宙生物設定が無かったグレイさんだが、プロット作成中に一夏がグレイさんと名付けたせいで一気に『一番有名な宇宙人』を連想してしまい、次々と深く掘り下げられたキャラ。一夏グッジョブである。
 下手すると、一夏誘拐の時点で色々グロテスクになる予定だった。
 名付け親(笑)の一夏と結構物語で色々と関与する予定。
 キャラ解説と言うか彼女自体が元ネタあるので。
 なお、彼女の元ネタに付いては下、別記に記す。
 
○「すげぇ……世界が七日間で燃えちまう訳だ」
 日本人のバイブルと言って良い『風の谷のナウシカ』のクロトワの台詞そのままである。
 一夏の嫁さんズにあの写真はヤバすぎるものである。
 箒は自分の化粧箱に鍵をかけて封印していたりする。

○「ば、ばかな……意識がなど、とうに失っているというのにっ!」
 マンガで結構ある王道パターン。
 だが、俺は『植木の法則』をあげておきます。

○ハイ、チーズサンドイッチ!
 『マザー2』での撮影の台詞。
 タイミングが良く分からない。
 だが、あれを沢山取るとエンディングで良い曲をフルで聴けるんだよなあ。

○MDC
 モーストデンジャラスキャラクター
 『魔界都市新宿』のMDZと
 『足洗い屋敷の住人達』のデンジャラスキャラクターを合わせた造語。
 直訳するとスッゲエヤバい人。
 当然千冬さんである。

○サヨナラ再見、アディオスアミーゴ、ホナサイナラ、ばっははーい、あばよっ!!
 『ブラックロッド』のウィリアム・ロンが、自分に交霊して来た魔女に対して、自分の死期を見込んで言った言葉。正確にはほなさいなら。までである。
 だが、人工心臓を取り付けられてあっさり蘇る。うーんすげぇぜロング・ファング。

○生涯唯一度の発動! 見るが良い我がIS!! ———なぁんて、キース・ブルーか俺は
 『ARMS』のキースブルーが、ARMS適正を持っていないが為に、一度しか完全発動でき無い様子を、双禍が自分と被せて皮肉った様。

○なんか、小手先ばかり器用になるなぁ。
 日下部太郎みたいな感じなのかもしれない。
 在り方自体でとんでもない死亡フラグの山だなオイ……。
 泥人形にヒロインごと団子兄弟的に串刺しにされそうだ。
 『惑星のさみだれ』の獣の騎士団の三人の死者の最後の一人、太郎が自身に下していた評価を双禍が自分に重ねて行った言葉。
 「好きだ」
 「知ってる」
 は泣いた。

○破壊魔定光でポンコツにハッキングしかけてたあの指一杯ある奴ぐらいなのか!?
 作品は上記の通り。
 異世界転移編で、ポンコツの母星に行ったときのストーリー。
 指がムカデみたいに一杯ある宇宙人にハッキングされている様子から、情報処理能力の凄さを例えてみました。

○もしくは攻殻機動隊で指がバカッといっぱいに分裂したサイボーグの人とか。
 上記の続き。
 電脳化を拒んだ人がサイボーグ化してあくまでアナログ的な技能として指をむっちゃ増やしているのから。
 サイボーグが良くて電脳化が良くないってのは、魂の問題なのだろうか? 実際そう言う未来がこないと難しいものである。

○Dr.アルバート
 『ロックマン』シリーズの毎回の敵、ワイリーの事。
 フルネームは、アルバート・W・ワイリーと言う。
 なお、ライト博士はトーマス・ライト。
 この事から、ライト博士はエジソン。
 ワイリーの元ネタがアインシュタインである事が分かります。

○田村福太郎好みのヌルいラブコメ
 『足洗い屋敷の住人達』の主人公田村福太郎が、朝目覚めたら天井下りのお嬢さんがベッドに同衾していたのを見て思わず「なんやこのワイ好みのヌルいラブコメはー! 狙っとんのかー!」と叫んだ様子……後のラウラ皮肉ってないかと後で気付いたのは俺だけだったと言う。
 なお、ウサギの妖怪(エロ小説家・美女)に写真を撮られるというオチ付き……いや、そのあと、エロ小説『画家と天井下り』に収録されてしまうと言うオチ付き。
 初版を読まされて顔真っ赤な所から、ウサギ妖怪の執筆力は相当なものと思われる。

○ボディビルダー、高田厚志さん35歳魔法少女
 現在、コミックBLADEで連載中の『魔法少女プリティベル』……魔法少女漫画に投石どころかTNT弾頭ブチ込んだ期待作の主人公のこと。ガチムチです。
 最近は戦争論やら社会風刺やら本格魔法戦闘やら作者の風呂敷の広さに脱帽中……でもストライクウィザーズは止めろ。
 なお、双禍はこんな肉体になるのを本気で憧れてます。

○こりゃまるで『情報の九頭龍閃や———!』はたまた『舞い踊る作業の射殺す百頭(ナインライブズ)や———!!』
 九頭竜閃はるろうに剣心のいっぺんに急所を突く奥義。これを破るには奥義を会得するしか無いと言うもの。
 射殺す百頭は、FATEのヘラクレスが使う、宝具の域まで高められた、一撃にしか見えない九連撃……うん、同じです。
 しかし今になってみると、なんで彦摩呂風の言い方になったのか良く分からない。

○要人センサー
 げ、げ、げげげのげー。

○ルパン三世でも相手にしているような通風口
 大体、ルパンが侵入するような通風口は赤外線レーザーが流れてたりします。
 あれ、本当に鏡でどうにか出来るんでしょうかね。

○ピンクで丸くて手足が浮いているキャラ
 前述にもある、『ジョイメカファイト』の主役キャラ、『スカポン』の事。
 関西のお笑いメカからイーモン博士に改造してもらったらしい。
 何で主役メカってそう言う境遇が多いんだろう……。

○似たようだけど炎のキャラクター
 同じく『ジョイメカファイト』の『ホノオ』名前まんまである。
 AB同時押しで、自分の周囲にホノオの雨を降らせるスタンダードなキャラ。

○超雑魚
 同じく『ジョイメカファイト』の『スーパーザコ』のこと。
 前のステージにザコという敵が居てそのパワーアップ版なんだが、その名前をぶっちぎって、ラスボスと同じ技構成の強キャラと化している。でも全部技にザコッてついているのが悲しい

○ハメキャラな幽霊
 同じく『ジョイメカファイト』の『ゴーストン』の事。
 2ステージのボスキャラが骨になってるだけ有って、強い、ハメキャラ、飛び道具まで得てきやがったと、初心者殺しだったりする。
 使う人が使えばハメ殺せます。

○普段はカプセル状の物で携帯できてね。スイッチを押してほいぽい投げると格納されてるブツが展開されると言う……
 ホイポイカプセルの事。そう、ドラゴンボールである。
 あれも量子格納、展開じゃないかと思うのは俺の気のせいではないと思う。
 だって、ベクタートラップは重量変わらないんだぜ?

○俺の幼馴染みは宇宙世紀の決戦兵器か!?
 ファーストとかセカンドとか聞いて真っ先に思い付いたのはこれ。
 1号2号だったらライダーになってました。

○モービル・オペレーション・ゴジラ・エキスパート・ランド・アタッカー
 MOGERAの事。
 なお、ここのモゲラはゴジラVSスペースゴジラに出て来る、メカゴジラの後継機の事である。
 分離合体できるんだぜ!
 私は、平成ゴジラ初期シリーズが大好きです。
 ゴジラVSモスラは芸術作品だと思います。
 あれ、CG無しでやってるんだぜ!

○オキシジェンデストロイヤー
 そのゴジラを、かつて一度だけ滅殺した『水中酸素破壊剤』の事。
 戦車砲もメーサー砲食らっても無傷、マントルに落ちても泳いで来るゴジラを完膚なきまで融解し、骨まで溶かした(新メカゴジラの設定だと骨は残ってたっけ?)怪獣特撮至上最強クラスの化学兵器。
 その危険性から芹沢博士は、それを持って秘密とともに消えて行った……。
 ゲボックとは真逆の性質である。彼は科学者である以上に人間だったからでしょう。
 だがしかし、その科学力から、デストロイアという怪獣を生み出してしまうとは、彼の博士に対する何たる皮肉だろうか。

○「「やめろぉ! ショッカー!!」」
 に至った理由。
 トラップカード
 サイコ    ←遊戯王のサイコショッカー。トラップ無効
 で、サイコショッカー。
 サイコ排除。
 ショッカー。
 仮面ライダーの改造中の台詞。と言う流れである。

○マジカルバナナ
 かつてのクイズ番組マジカル頭脳パワーの名問題。
 バナナと言ったら黄色〜
 黄色と言ったらレモン〜
 レモンと言ったら酸っぱい〜
 酸っぱいと言ったら梅干し〜
 梅干しと言ったら…………・
 の様に、連想するのを次々と繋げて行き、詰まったら負け。
 あれも素晴らしい番組でした。

○正義の・味方・ラブ
 略してS・M・L。けっして衣類のサイズの事ではない。
 『劇場版クレヨンしんちゃん、電撃!ブタのヒヅメ大作戦』から。
 日本語英語混ざってるじゃん!! 何だよラブって!!
 うん。俺もそう思う。

○イカの沖漬け
 絶品。日本人は残虐である。

○酢豚ネタ
 ISをネットで検索するとなんか豚豚皆言うのでそれじゃ豚ネタにしてみるか、と衝動的に書いた。プロットには無い。
 でも後悔していない。

○息継ぎしながらテオザケルとか連射しそう
 『金色のガッシュ・ベル』より。
 主人公ブチ切れモードは作品が進むに連れ、人間離れした姿になって行った。そう、本物の魔物が恐怖に怯える程である。
 このとき主人公清麿は、息継ぎし、心の力を回復し、とことん、とことんロデュウを電撃地獄に突き落とした。
 思うに、拷問用雷撃魔法、『バルギルドザケルガ』よりヤバいのではないだろうか……。
 ガッシュは、色々と面白いネタがあるので拾ってみたいものである。ほら、バルカン300とか一世を風靡したし。

○味皇、海原雄山、黒柳亮
 取りあえず料理に対しておかしいまでの行動をとってる人達。
 口からビームを出す、厨房まで乗り込んで暴れる、人間止めるなどなど。うん、料理ってマンガにしにくいからこうなっちゃうよね。



6話
物欲センサーは正確無比、欲するものの元にゃまず来ねえ。

○『黒くて硬くててらてら光ってて暗くて狭くて湿ったところが好きなわりに速いせーぶつ 』
 『晴れグウ』で出て来たGKBRの表記。
 擬人化したり兄妹が出て来たり、この作品も色々あったなあ。
 ステッキさんがイカす。

○あ~る田中さんって先人
 『究極超人あ〜る』のアンドロイド、R・田中一郎の事。
 この人も首が取れる代表メカの一体。
 知らねえ奴はモグリと言っていい。
知らん奴は縛り上げて明日にでも捨てよう
 ご飯が大好きで、自分の体にコンセントプラグが有ってそれで炊飯ジャーを動かして食べている。
 マッドサイエンティストが、自分の息子をモデルに作ったが、普通に息子は健康的だし、何かお約束を破壊する為の存在と言っても良い。
 でもこれって、学園コメディなんだぜっ———て、ああああああああああああああああっ!!!
 マッドサイエンティストリストに成原成行の名前書くの忘れてたあああああああああああッ!!

○堀越公方
 『装甲悪鬼村正』一番人気のヒロイン、茶々丸様のおなーりー。
 双禍の女性バージョンは彼女を黒髪にして毛の先っぽを切り落として無乳にした感じ。
 リビングメイルという共通項より。
 でも、完全になっても村正とか人型になるしなあー。

○サマーチルドレン
 一夏の子供達な意味。
 『スパイラル推理の絆』のラスト、ファンタジーじみた設定になって来た所から。
 ブレイドチルドレンは、ミズシロ・ヤイバの子供達である。
 だからって悪魔とか何とかは良く分からなかった俺が居る。
 結局の所、なんで? となってしまう。
 まあ、主人公のアニキが人心操作の究極点に居るのは分かったのですがね。で。
「後のスパイラルんな!」と一夏の突っ込みが入りました。
 しかし、本当に一夏がIS使える理由って何なんだろうね。

軽量機(トワイライト)重量機(ダーケンド)
 本来、ナイトウォッチに使われる重量表現。
 日の運行の伴う名であり、暗くなる程強大になって行くというものである。

○「お兄さん! 犯人は貴様だ!」
 この文章からは分かりませんが、装備からしてバーろぅの、頭脳は大人、体は子供の探偵です。
 連載の年月から言って、もうもとの年齢に戻ってもおかしくないんですがね。
 というか今までの事件を、一日一事件としても、毎日誰か死んでるんじゃ……確かに毛利が死神と言われてもおかしくない。

○意思の統制が取れず『ギョッとする』状態になって挙動が不振になる
 このネタを考えついたのは、伝説のマンガ『寄生獣』を読んでいてである。
 寄生生物は、表面の細胞と中の細胞が反射神経レベルでは統率を取れない。
 よって、火を近づけると、防衛反応を取ろうとする表面と内側で反応の差異が出てしまい、ついライターなどを取り落としてしまうといった表現から、異なる二つの意志で反応するものの齟齬をどうしようかとと言う問題に決着付けてみた。
 あれは一度読んでみると良い。本当に感動できる。
 では一言。
「この種を食い殺せ」だ。

◯整備科2年三天王
 殺し名第三位零崎一賊。
 その中でも。
 自殺志願(マインドレンデル)
 愚神礼参(シームレスバイアス)
 少女趣味(ボトルキープ)
 の三人の事。
 いーちゃん曰く
「語呂悪ッ!!」

○異様に肥大化した右腕を備えた———
「え、NP322———」
 『スクライド』のカズマの事。

○「だから胸の大きさがなんだってんだァ———ッ!」
「そうだ! 重要なのは胸板の厚みだ!」
 以下略。
 鈴と双禍。二人の渇望をだだ漏れにしてみた。
 ちなみに双禍はほぼ全てネタで。
 『魔法少女プリティ・ベル』『ターミネーター』『幽白の戸愚呂』等々がある。

○ダースモールのライトセイバー
 柄の両方に刃があるので活躍したってこれぐらいな気がする。
 あとロム兄さんぐらいか?

○『黒は夜の色、闇の色———貴様が如きが纏うとは、笑止———』
 『ラグナロク/黒い獣』の吸血鬼シャルヴィルトの台詞。
 続き出ろよ!
 空間をねじ曲げ、その反動で衝撃波を放つというのは、自分的にはこれが最初に読んだ描写かもしれない。

○教育メッセージ
 フルメタルパニックのAIアルが初期の頃宗介にいろいろ感情的なデータを入力してもらう時に述べていた台詞
 いやー、あのAIも成長したもんだ。



7話
帰るまでがミッション。日本語は正しく。凄い赤っ恥の元

○「ビッグバンアタック?」
「魔貫光殺砲?」
「どどんぱ?」
「霊丸?」
「ペガサス流星拳?」
「エターナルネギフィーバー」
「第四十刃の虚閃」
 エターナルネギフィーバーを抜かして全部ジャンプ作品の飛び道具。皆知ってると思うので説明を抜かすが……。
 本当、先人やりまくりでオリジナルの出せない苦しい状況に陥っていると思います。うん。

○「残像だ」
 名台詞。だが、迂闊に使うと中二病(しかもイタタの方)と言う諸刃の剣である。
 幽白の飛影が印象一番強いが、絶対その前にもあると思う。

堕天使大砲(Lucifer Cannon)
 『狂乱家族日記』において、雹霞に搭載された最強兵器。
 その内容は描写通り。真上に撃たないと地球がヤベエ!!
 原作中では、宇宙最強の『来るべき災厄』に対処するため宇宙を一つ消滅させられる程の破壊力、とあるが(結局その目的には使われずだし)。
 作中の描写で、発射前に雹霞を包むオーラで威力の段階を見分けることができる。
 まず、最初にゲボックを木っ端微塵にした4巻の方だが、雹霞を包んでいるのは灰色の暗いオーラである。
 この時点で天体を余裕で破戒できる威力があると想定される。
 続いて、ボギークイーンに向かって射った時である。
 ボギークイーンを守る量産型『強欲王の杭』は一つの宇宙と繋がり、あらゆるエネルギーを放逐するのだが、雹霞のルシファーキャノンはその先の宇宙ごと滅ぼしている。
 このとき、雹霞が出しているのは完全に真っ黒のオーラなのである。
 つまり、ある程度なら威力の調整は可能であろう。
 覚悟で威力が真の力を発揮した、というのも有るだろうが。
 まあ、弱くても地球破壊級な事に変わりはないのだが。
 ……それ2発も食らってその度に復活するゲボックってやっぱりパネエな……。

○『避ければ地球が消し飛ぶぞ!』
 『ドラゴンボール』でベジータがギャリック砲を撃とうとした時の台詞。
 かめはめはに似てるって縦か横かの違いだと思うし、そもそも手から撃つってやっぱり上記の通り方法は限られると思う。
 でも、王子は被るのが嫌だったのか。二度とギャリック砲が日の目を見る事は無かったと言う……。

○霧斬
 実は、これそのものが『9S』に登場して来る。
 文字通り、触れた瞬間対象を解析して超振動を形成する刃。
 人間は切れるどころか溶けるらしい。
 しかも、結構簡単に作れるらしく、しょっちゅう出るし、生物兵器が自分の体を使って構築するし、なら使っていいじゃんという事で。
 他に、ブレインプロクシは正しく使えば画期的だと思うなあ。

狂乱殺し(ライアット・ブレイカー)
 実は思い付き。
 ライアットとは、馬鹿騒ぎを意味する。
 狂乱と当てはめたら苦しいだろうか。ま、いいやな気分で。

○Gウェポン
 実は造語。
 原作では一切こんな言葉は出て来ない。
 単に語呂で、なんとかウェポンって恰好良くね? と作ってみました。俺って充分中二病。

○Dr.迎えに来ましたよ
 これで分かったら超能力者である。
 元ネタは『おじいさん、迎えに来ましたよ』である。
 何じゃそりゃ、とおっしゃるでしょうが。
 その後の。『別に大仏姿じゃないけど』がヒントなのだ。
 元ネタ『老人Z』うん、このタイトル見た瞬間、幼い私は吹き出したものである。
 これは映画である。
 しかも、ジャパニメーションを世界に広めた三大巨匠の一人、大友克洋の……作品なんだが……これ本気で伝説の『AKIRA』作った人達の作品かああああああっ!!! と絶叫したくなる。
 絶対見た方が良いとお勧めする。
 内容は、1991年に出た映画とは思えない程現在を予見した高齢化社会のもので……老人の介護の為に……『自己進化型第六世代コンピューター搭載ベッド』を開発したと言う……もう、これだけでブッ飛びだが、そう、第六世代型とは、自己再生、自己増殖、自己進化する機械……そう、どっかで聞いた事あるかと思えばデビガンなんだよこのベッド!!
 この介護ベッド、確かに出来は凄いのだが、モニターにされたおじいちゃんがモルモットみたいな扱いなのでそれに怒った看護院生さんと、それに協力した、ペンタゴンすら侵入できる凄腕ハッカー達(全員要介護の爺共)がおじいちゃんの奥さんの写真から声を合成し、おじいさんのベッドにハッキングして声をかけたらおじいちゃんに生きる気力が蘇り、そこからベッドに逆流した神経パルスがベッドを超速進化! おじいちゃんの記憶を読み取り、おばあちゃんの人格を得たベッドがショベルカーやら消防車やら何等やらを取り込み巨大化しつつ、夫婦思い出の地へ爆走する話である。
 ある意味パワードスーツだよね。生体的に繋がってるし。
 すげえよな、俺の狂乱への憧れの一歩と言っても良い。
 つまりこのSSの原点と言って良い映画である。

 最後、兵器転用された兄弟機との激闘からおじいちゃんを守り切り、ベッドは眠りにつく(変な表現だよね)のだが……。
 だが、事件は終わらなかった。
 そう、コアを猫が咥えてどっかに持って行ってしまったせいで……。
 大仏のボディ、電柱の後光、関節や足に車両を組み込んだ大仏が、おじいちゃんの所に今度こそ海にいきしょうと介護病院に誘いに来るのだ!!!
 おじいちゃんだけ大喜びで手を振る。ボケてるからってその大仏を何の迷いもなく妻扱いするおじいちゃん凄すぎ。
 みんな、歩いて来た大仏に手を合わせ、鐘の音———
 その後突っ込んで来るおばあちゃんの轟音と全員の悲鳴でフェードアウト……。
 と言うエンド。長かった。興奮しすぎて長かった。
 また後で見たいなあ、『老人Z』

○『光り輝く人型』
『背中に拷問器具のように突き刺さったいくつもの杭』
『光り輝く右腕と一体化した光り輝く長槍』
 二つの宇宙人の設定を織り交ぜて御送りしています。
 まずひとつ。光り輝く人型、並びに右腕と長槍は、上遠野浩平の徳間デュアル文庫にあるナイトウォッチシリーズに出て来る人類の天敵、虚空牙の表現である。
 全長百メートル程で、次元をも斬り裂く槍と、一撃でコロニーを一発で融解、蒸発させる波動撃を連発しまくる超絶生命体である。
 しかもこいつ等、光の5000倍の速度で活動する超光速戦闘機と同等の速度を保ち、彼らが放つ、銀河をも蒸発させる爆雷や太陽系を豆粒程にまで圧縮できる重力弾を受けても、直撃でもない限り無傷なのだ。
 しかも、その戦闘機で勝てた事があるのはただ一人という絶望の塊。
 人の人格の中に潜入したり、夢の中で会話して来たり、時間を逆行したり、遥か未来の人間の人格データを用意したりと、宇宙の法則すら無視している。だが。神ではないらしい。
 彼らの行動は人間の研究である。
 その行動がちっぽけ過ぎる人類に取って致命的なだけなのだ。
 特に『こころ』についてである。
 だが、この問題にはいまだ回答が出ていないようである。
 そしてもう一つ。
 背中の杭。
 これは『狂乱家族日記』の宇宙の神に管理を代行された最強の宇宙人『強欲王』が、自らを抑制する為に作り出した杭である。
 強欲王は、全力状態だと、気配を垂れ流すだけで惑星規模の破壊を発生させてしまうのである。
 マジでドラゴンボールの奴らと殴り合えます。
 その彼が、自分の力を抑制する為に作り出した杭なのだ。
 その力はこの世に存在するありとあらゆる力を別宇宙に放逐して無力化する事にある。これを何本も刺した状態で普通に活動できるのだからとんでもない。
 でも、こいつ何で強欲王名乗り続けているんだってぐらい気の良い奴である。馴れ馴れしすぎてうざいくらいでむしろ良心の塊。まあ、こいつが居る星に、捕食ユニットが降って来るのが危ないくらいである。
 まあ、こんなのの合作に襲われたら助かる訳が無いよな。

○死の大天使
 作中にも有る通り、『魔界都市新宿』の登場人物の体質。
 こいつ、手から物質崩壊エネルギーも出せるのだ。
 でも、確か『私』にはばっさり斬り裂かれたような気がする。

○僕は悲しい工業製品♪ 無くも笑うもお好み次第~♪ 頭の、螺子をくいっと捻れば~♪」
 元ネタは『ブラックロッド』のホムンクルスの少女の歌である。
 正しくは『私ゃ悲しい工業製品♪ 無くも笑うもお好み次第~♪ 頭の、螺子をくいっと捻れば~♪ 地獄の底までまっさかさま(ひゅう)』でも、この子は魔女の魂のコピーを封入しているので甘く見てると魂が貪られます。

掴み虚閃(アグール・セロ)
 ジャンプ、『BREACH』のグリムジョーが使ってる、掴んだままセロをぶっ放す技。別名ゼロ距離射撃。

○福音の刃
 『ラグナロク/背信の遺産』で登場した、クライスト教団ウィルヘルム派の超人思想(ツァラトゥストラ)のある意味究極に到達した枢機卿にのみ与えられる生体兵器。
 掌から生えて来て、手と柄が合体するかのように一つになり、光子を纏いながら超高速振動するオーバーキルもここまで来るかという白兵兵器である。
 つまり、ブッさされると、ビームで焼かれる上に超振動で肉がぶちまけられるのだ。うん、ヤバすぎます。
 是非とも出したかったのだが、その……名前的にどうかなあ、と悩んでまあ良いやと結局出してしまった。後が恐い。 

○至愚成ス
 『狂乱家族日記』で最悪の能力とまで言われたもの。
 それは、天体生命体が自分を殺す為に分離した己の自滅因子である。
 やがて、それは人格を得て、このシグナスという名は、能力名とともにその子の名前となる。
 その目的用途通り、機能は『自死』あらゆる———そう、創造した天体生命体の意図通り、力さえ伴えば星さえも———生命体を死滅させ、枯渇させ、その生体エネルギーを自分へと取り込む機能である。
 自分を殺す為の能力なので至愚を成すと言う意味でこう名付けられた。
 そう、名前には意味があるのです。
 ちなみに、シグナス本人はナス子さんと呼ばれ、アイドル扱いされてます。
 自分は、ISは機械ではなく、メダロット的な生命体として扱っているので、その肉体にした機械部分にも通用する、と言うこじつけ的な理由でゴーレム破壊を肯定した。
 あとゴーレムの腕を獲得できたのは、そのフラグメントマップを取り込んで精神感応金属で再現した為であり、一夏がゴーレムの右腕を切り落としていなければちゃんと右手左手が再現されていたらしい。


○五指爆裂弾
 『ダイの大冒険』「メ・ラ・ゾ・ォ・マ!!」で指一本から一本ずつメラゾーマが飛んで来る。
 この時点で、このマンガ、ゲームキャラじゃ手に負えないのが分かる。
 ドラクエ9でも死ぬんじゃね? マホカンタかなんか無いと。

○一行詩
『眠れる胚子は己が殻の中にいることを知らずとも―――』
『己の心音と血流を聞き、世に音があることを知り―――』
『ブギーポップ・エンブリオ』浸蝕/炎生の各章に表記される一文。
 機体名をエンブリオにした時から、どこかに出したいと思ったんだが、ハズしたかもしれない。

○精神感金属『シンドリー』
 『ラグナロクシリーズ』の5千年前の超文明の遺産。
 持ち主の精神に感応し、自在に変形する。
 その中でも、『シンドリー』は防具に主として使われる事が多いから、粘りのある金属なのではないかと推測される

○属性が光から水に変わっただけの同キャラなんじゃなかろうか。
 実は、『灰の三十番』と『ミステリアス・レイディ』は、『ブギーポップは終わらない』の反響と人食いの関係に近いものが有ったりする。
 つまり。
 原作で元々強かった会長の機体は更に強化されていたりする。
 この時の闘いは、双禍がパーツ6割しか持っていないとは言え、部分展開しかしていない会長に負けたのである。
 まあ、敵もテコ入れしますがね……くくっ。
 ん? でも攻撃力強すぎて、ミストルティンなんて使ったら自爆死するんじゃなかろうか。

○第三魔法を魔術へ堕とすような真似事
 魂の物質化。
 頭の固い自分では、型月の魂の物質化の本質を理解しているわけではないのだが。
 ・サーヴァントの実体化。
 ・黒桜による魂の永久機関化。
 ・士郎の魂を移植。
 などなどがその片鱗として存在するとある。
 そのうち、魂の移動はゲボックは原作初登場時、既に科学的に実行してしまっているのである。
 ゲボックが型月世界に居たら、世界中の魔術士に命を狙われる事は間違いない。
 あらゆる魔法を魔術に貶め、魔法という概念を滅ぼしてしまいかねないからだ。

○JARO
 公共広告機構。
 むかし、『嘘、大げさ、紛らわしい。そんな広告にはJAROを』ってありましたよね〜

○チャイルドプレイ
 殺人鬼の魂が封入された人形が人を襲う話
 ぶっちゃけこわいっつーかキモイ。
 嫁さん出てからますます分からん。人形同士で殺し合えっての。

○世界的に縫ぐるみの熊として最高レベルに有名な熊
 モノによっては何十万もすると言う、テディ・ベアの事。確かに可愛いよね、あれ。

○他に形態『赤い兜』や、『蜂蜜の為なら友すら容易く売る渋い声の黄色熊』形態
 上記とはうってかわって可愛いとは言えない熊達。
 熊犬でさえ手こずるような、猟師を返り討ちにする熊だとか。
 本来、テディ同様子供達に笑顔を送る筈が、とんでもない渋い声で、そのうえ蜂蜜第一で他の登場人物を容易に裏切るプーな奴なんか、テディと比較したらとんでもない事になりそうである。

○まさかのドラえもん
 いつだか見たドラえもん大解剖によれば、ドラえもんは食べたものを常温核融合の材料にしているらしい。何それ怖い。

○ヤベーな俺。ヤベーくらいヤベーよ
 原型は『おー、やべーやべー。やべーくらいやべーよなあ』である。
 足洗い屋敷の住人達に出て来る時の召喚術士、バルロス・オルツィの台詞。
 この人は自らが人間である事に誇りを持つ民俗学者で、独自の召喚術形式を生み出した。
 元々、ゲーム(FFかなぁ)とかの召喚術で、呼ばれてる奴って何考えてるんだ? と言う発想が有ったらしい。
 で、めまぐるしく状況の変わる戦闘中に儀式なんてやる暇はない、と。独自の転移魔法をくみ上げた。
 契約した邪妖精達に、一日一回、活動が活発な時間帯に転移魔法陣に乗って貰うように頼み、その活動時間に対応した時刻を示す時計を魔法陣として瞬時に呼び出し、戦うのである。
 何が凄いって、この人、一時間ずつずらした時計を全身に取り付けて、どんな時間だろうが喚び出せるのである———詐欺だああああああアッ!
 まあ、そんな人の口癖です。

○知床旅情。
 本当です。
 って、これが今回ネタバレ集の最後を飾るんかいッ!!!




追記 記し忘れたネタ帳

○理解、溶解、分解
 『からくりサーカス』のラスボス白金の偽りの姿のひとつ、ディーンの別名フェイスレスの対自動人形用『三解』。
 分解と溶解で攻撃するのは分かるが、理解ってのは卑怯過ぎね?「僕はお前達の造物主だよ〜ん」っておい。
 ちなみに、この内分解は、束も特技として持っている。
 簪&のほほんコンビが勝君のように習得するかは不明。

○どんなアイテムでも無限に詰め込まれた蔵
 皆大好きギル公の宝物蔵である。
 言ってしまえばモンハンで回復アイテム無限を手に入れたような物。そりゃあ、つまらない物しかならないわな。

○バラバラ緊急回避
 『ワンピース』の道化のバギーがルフィのゴムゴムの鎌(ラリアット)を回避する時に使ったもの。首が取れて攻撃を回避できる。

○NKシステム
 『万能文化猫娘』で、自称正義天才科学者の夏目久作が作った、脳神経パルスを翻訳して機械を動かすシステム———つまり、義体と生体の接続をこなすシステム
 サイボーグ物では極普通だが、この作品では、その技術を本当に作り出した第一号である。
 筋ジストロフィーなどの患者に新たな肉体をと、作ったものの、小型化がまだまだで人間の脳には適用できず、事故(作品で色々違う)で致命傷を負った猫に用いて猫脳アンドロイドを創造した……やばい、その子俺の超好みなんだよね……小学生の頃から……(三つ子の魂百だった)

○命を刈り取る形をしているだろう?
○戦士が敵に命乞いするもんじゃないよ
 どちらもジャンプコミックス『BLECH』の破面編、偽空座町に攻めて来た破面に死神が言った台詞。なんかどっちが悪役か分からなくなる。
 そう言えばあの遊び人風の隊長も、『戦争なんて初めた時点でどっちも悪だよ』と言っていたが故の戦法取ってたし……でも真理だよね、それ。

○糖分で酔っぱらう芋掘りメカ
 『21エモン』で出て来るそのまんまのメカ。ゴンスケのこと。
 何気に資産運用凄いんだよね、コイツ。
 何故か糖分で酔っぱらうらしい。このネタ思い付く藤子さんマジパねえ

○僕は脳とコアを除いた全ての体組織を超速再生できるのです
 『BLEACH』の第四十刃ウルキオラ・シファーの十刃で最も優れたること。
 いや、第二形態は他の能力も十分他の奴より強いと思うぞ。うん。
 彼の過去編はとても物悲しいが、どうも他の虚と発生起源が違う気がする。
 もしかしたら、文字通り彼の一族が悪魔と呼ばれていたのかもしれない。

○奈落に落ちろ。タマネギに剣でも習うが良い。
 『聖剣伝説』で一つあげるなら? と聞くと2が圧倒的に多い。
 次点で3も出て来るが、俺は個人的に『LEGEND OF MANA』が最たる物だと一票を投じる。
 練り込まれた長期にわたる歴史は、トールキンかお前と言わんばかりに壮大なドラマをくぐり抜けた者達の歴史そのものである。
 主人公が出会う変な奴らは、苛烈な過去を経て、このような個性が平和に通じるのだと示しているようである。

 その中の賢人のひとり、オールボン533歳。これで二番目に若いらしい。
 凄まじいタマネギ剣士であり、余りに人を斬りまくったため今は奈落で死者とシャドルーの管理をしている。つまり奈落に落ちやがれ。この人に剣習えって事。すげー強くなるから。
 どうも、人を生で奈落に落とす剣技を持っているようで、その弟子のエスカデはモロ、『奈落に落ちろ』と言う剣技を使える。

○ダンボールに血袋状態で無理矢理圧縮され、郵送という形で帰って来た。
 一瞬サイコかと思ったよ、世界を守って来たヒロインマジパねえ。
 多重人格探偵サイコの冒頭。主人格(今一判別つかん)の彼女がされた猟奇的姿。
 これのせいで主人格(?)が死んでしまったので副人格達だけによる物語になる。
 四肢を切り落とし、痛みを感じないよう薬漬けにしてポカリゼリーのようなものに漬けて彼女送って来るんだぞ。そりゃ壊れるわ。
 ま、ゲボックなんで大丈夫だけど。






以上、追記終わり。メフィストとワイリーについて微修正終了。
これからもどしどし何か変なのあったら言って下さい……すいませんでした



 
 こうして見ると、俺の読書歴が良く分かると言う。
 俗にいう、表現年齢指定などが無かった、ラノベ黎明期。
 ラノベという言葉が無かった時代に誠意的に読んでいたようだ。
 もっと電撃には、かつてのように宵闇眩灯草紙のような作品を出すべきだとおもう。
 翻訳版のスターウォーズとかもあったんだぞ、電撃は。
 特に第2回電撃ゲーム小説大賞で「大賞」を受賞した古橋秀之著の『ブラックロッド』の続編『ブライトライツホーリーランド』なんてビックリするから。
 何で普通に放送禁止用語連発してんだあああああああああっ!! って叫べるから。

 しかし凄い作品です『俺様は俺様、ただひたすらに俺様だ!』
 とか
 『願いは三つ! あいつ等を殺せ! あのハゲを殺せ! 手当り次第にぶち殺せ!』
 他にも
 『スレイマンは偉大なり! スレイマンの他にスレイマン無し! ジブリールはスレイマンの下僕なり!』とか人造霊に叫ばせたり……うん。凄かったなぁ。
 でも、その人後に『妹大戦シスマゲドン』とかも書いてる……うん、本当凄いわ……。


 
んー、何か見落としてる所が多大に多そうですが、もしそう言う所を御見受けしたら掲示板にご質問ください
ネタバレにならない限り返事して、ここに書き加えますので。
それでは皆様。ごきげんようデス。
御付き合いいただき、ありがとう御座いました。



[27648] 原作1~2巻 “間”話 友人来宅_上。町興しとウォークラリー
Name: 九十欠◆82f89e93 ID:a6979411
Date: 2012/03/31 00:11
 明日は土曜で、今は放課後。
 つまり、何が言いたいのか。
 金曜なのだ、花金なのだ。

「自由だァ———!」

 叫ぶのも当然なのだ。
 しかし、そんなテンションなのは俺だけの様で。

「双禍さん……五月蝿い……整備室では静かに……あと、センス古い」
「最近簪さんが辛辣な気がします!」
 その注意も、打鉄弍式の整備ハッチに頭を突っ込んだままなので、相当カリカリしているみたいです。

「しかし、明日は楽しみですな。簪さんはどっか寄ってくの?」
「……寄るも何も、いつも通りこの子の整備……」
「あれ? のほほんさんとか一夏お兄さんやらと家来るんだよ———ね?」

「……あ」
「………………」
———そう、ですか……。

「———ふぅ」

 もう、ゴール目掛けてマッハでGoしても良いよね。
瞬時加速(イグニッション・ブースト)ォ!!」

「ご、ごめんな……あ、ちょ、早っ……」
 その日は珍しく俺が駆け、簪さんが追う。の構図だった。



 結論だけ言っとく。
 代表候補生マジぱねぇ。
 何ですかあの高速隠密尾行術。
 どうして生身のあなたがISボディの俺に追いつけるんですか。

「…………ちょっと家の事情で、必須技能……」
 何ですか、更識家は伊賀の出ですか。
 素直にそう言ったら、露骨に目を逸らされた。
 伊賀か甲賀か加賀か知らないがあながち間違ってないっぽい。
 て事は会長もか……うわぁ。
 そんなんでストーカーされたらひとたまりも無いよねぇ、簪さん。



「タッチダウン!」
「うがーっ!」
 そんなこんなで捕獲され、仲直りできたので無事今日の日を迎える事が出来たわけで。
 あぁ、あのあとちゃんと整備もやりましたよ。本日の行動に支障がないくらいで。



 朝のニュースを見ながらパンを片手で焼く。

———次のニュースです!
『ドラマの撮影中に首がもげると言うアクシデントに見舞われた俳優の鷹縁結子さんですが———何といきなりの大躍進! ハリウッドで主演女優に抜擢されました!』
『あはは、首がもげたって言っても役でしょう?』
『いえいえ、本当なんです! それではその証拠VTR、スタート!』
 すんなよ! 朝だろ!

 死霊のはらわたの様な検証VTRを意識から反らしつつ、今だぼけーっとしている簪さんに焼いたパンを差し出すと、てしっと掴んで小さくハムハムしはじめる。

———やべぇ、何この齧歯目ネズミ上科キヌゲネズミ科キヌゲネズミ亜科みたいなの! 可愛いくない!?

 ※なまじ科学的環境にいたため、実験動物だったハムスターをそうと言えない

「しかし、寝ながら食うとは、どうしたんだろう、整備に夢中で気づいたら朝だったみたいな気配だぞ?」
 日付が変わる前には寝たはずなんですが。

「かんちゃん楽しみにで寝れなかったんだね~。ふふふ~、子供みたい。友達の家に行くなんて殆どなかったから仕方ないんだけどね~」
 と言う俺の一人言に。返事が。

「あれ? のほほんさん何故ここに?」
 しかもキツネ着ぐるみの寝間着で。
「寝坊しても大丈夫なようにこっちに泊まったんだね~。昨日来たら、二人とも床に就いてたからちょっとびっくりしたけど、かんちゃんは目がギンギンで寝れなかったみたい」
 全然気付かなんだ、わお、こんなところにも忍べる人が。

 そうか、最近の流行りはNINZYAなのか。
「のほほんさん、俺も何か術覚えた方がいいのかなぁ」
「そっくんは空飛べるから大凧の術とかど~かな~」
 言葉足らずだった筈なのに見事応えてくれるのほほんさん素晴らしい。
 ……あれ? これって読まれてるって事か?

「素の能力じゃちょっと寂しいかも……ってのほほんさんはお目々ぱっちりですね。いつもと逆に」
「いやいや、香ばしい香りに誘われたのだよ~。ね、ね、そっくん。私もそっくんの焼いたパンを所望するのだよ」
 食欲が睡眠欲に勝ったんですね。分かります。

「えーと、簪さん式サニーサイドアップと、両面焼きがあるけどどうする?」
「目玉焼きみたいだね~。んじゃんじゃ、かんちゃんと同じでね~」
「お安い御用です」

 ジリジリと掌からオーブンレベルのブラスターをパンに照射する。
 朝のニュースはスプラッタが終わっていた。

『さて、その鷹縁結子さんの出演する映画ですが———タイトルはずばり『美女と大怪獣』。『キングコング』のオマージュと言うところでしょうか』
『いやいや、タイトルのテンプレートからして『美女と野獣』もモチーフにしているのは確実でしょうね。結子さんがアンとなるのかはたまたベルとなるのか、そこは楽しみにしておくとして、気になる主演怪獣(笑)は一体、どんな怪物なんでしょうね?』
『その情報も私達の情報網が見事キャッチ! 出演する方は身長45m、体重1万8千tの自称生物兵器『黒の一番』さんです』

 ちょい待てニュース。
 あと、なんでそんな平然と出る黒シリーズ(決戦兵器)つぅか、いつ作られた。俺知らんぞ。

『成る程、生物兵器ものなんですか。作り出されたものの悲哀やなんかもテーマとして———』
『いえ、『生物兵器役』ではなく、『男優の生物兵器』です』
『———は?』

「こっちが『ハァ!?』だわ!」
 思わずテレビに叫んでいた。
 おっと、パン焦げる。
「どうしたの~」
「いえ、なんでも無いです。どうぞ、のほほんさん」
「お~流石だ~」
「流石?」
「何気にかんちゃんがいっつも自慢してたからいつか食べたかったんだよね~」
 そうなのか、自慢してくれたのか。
 いや~。
「……ぶっちゃけ照れてます」
「顔見たらバレバレ~」
 なん……だと……。

 次は自分の分焼くか。
 しかし、焼けば焼くほど俺のオーブン性能は上がって行く。これがISの自己最適化機能だったりするんだが、実感するのがこれとはな……。この間グラタン出来たし(焼き加減簪監督)簪さんと美味しく頂いたし。
 ISとしては大して成長してないのに家電としてみるみる育って行く俺如何に? まさかこれが我が兄こと、織斑一夏の有するSHUFU因子のせいなのだろうか。万能家電人の称号へますます相応しくなって行く……おのれオリジナルたるお兄さん恐るべし。

『それで、『黒の一番』さんからは、『自分、魚好きなんで『G●DZILLA』みたいな扱いでお願いします』だそうです。それを聞いて鷹縁結子さんは『いややわぁ、うち、怪獣に乗れるんかぁ、ほんに時代進んだんやなぁ』と、期待に満ちた返事が———』
 まだ会った事無いが、さりげに待遇要求してるな『黒の一番』海外版並みで良いと言ってるのは謙遜なのか……? あと余裕あるな主演女優。

 朝っぱらから狂気に満ちたニュースであった。

「なんかニュースで面白い事あったの~?」
 ニュース凝視していたら流石に気づかれるもので。

「いや、家族がハリウッドデビューしたもんで……」
「おぉぉ~凄いねぇ~」
「有難うのほほんさん。でも主演怪獣役なんだよね」
「格好良いね~」
 ……あ、良いんだ。そんなコメントで。

 あ。そうそう……げ、俺のだけちょっと焦げた。
 しゅるんっ、ぱくんっ、と気を取り直し。

「そうだ。昨日渡し損ねたんだけどさ、実家に連絡入れたら来る人にこれ渡してくれってさ。簪さんってば夢と現の境を彷徨ってるんで、のほほんさん預かってくれますか?」
「かしこまり~」

 さて、のほほんさんに渡したのは『~Dr.ゲボック研究所、訪問者へのしおり~』と表題が出ている、無駄に本格的な小冊子であった。
 修学旅行と言う学園行事では付き物らしいが、行った事無い俺にはなんの事やら検討もつかない。

「あ~、加筆事項って一枚紙混じってるのだね~」
「……どれどれ……?」
 のほほんさんが袖が垂れて居るにも関わらず器用に一枚紙つまんで渡してくれる。

 そこには、こう書いてあった。
———斑の一番は以下指定場所へ来られたし(以下暗号済み指定座標)

「俺だけボッち!?」
「ん~? ねぇ、『斑の一番』ってな~にかなぁ」
「あぁ、『斑の一番』って俺の開発コードでね……作戦中はコールナンバーに使われる事もあったりなかったりするんだが……」
「適当なんだね~」
「そう言う事なんだが……なんでか俺一人、のほほんさんらと違う所なんだよなぁ」
「ふぅ~ん」
 のほほんさんは何やら思案げで。

「しゃあねぇか……多分これはルールで規定されてるだろうしなぁ、ルールに厳しい人がいて、破ると狙撃されるんだよ」
「お~……」

『なお、怪獣に対する特殊部隊の装備は『仏国防衛企業デュノアコンツェルン』からの全面的な借与協賛がすでに決まっており———』



 背後でニュースがまだ続いている。
 さて、そろそろチャンネル変えるか。
 視線に揃えて赤外線を発射。チャンネルをチェンジ。大して詳しく無い大リーグ速報あたりをBGMとして流しておく。

 実はこの手のスポーツ物を流すと我が部屋の観葉植物がマイナスイオン出しまくって良いのである———そう———鉢植え式『翠の一番』が。



 どうして彼女(?)がここに居るのか、それは少し前のこととなる。


 
 あれはとある休日。街から帰る途中だった俺は、IS学園と市を繋ぐモノレール駅付近を歩いていた。
 と、そこに———
 親指を立てたヒッチハイク風のジェスチャーそっくりな『何か』が、ど根性大根よろしくアスファルトブチ抜いて生えていた。

 うわ何これ面白い!

 一目で好奇心が爆発。即座に近場で植木鉢を購入、植え替えて持ち帰ったのだったが……。
 その翌日、その日の分の打鉄弍式の開発を終え疲れきった俺たち二人に。



「———おかえり」



 た……ただいまを言う相手がいたァ———ッ!

 リモコンを蔓で操作しながらテレビ鑑賞している緑色の女の子がぷちサイズで植木鉢から生えていたのである。

 もう、カバくんも一緒にガラガラジンジンどころじゃなかったわけですよ。

 何を隠そう、彼女(?)こそがルールに厳しい審判マニア、春には桜を咲かせ、夏には数自体がぽこぽこ増えて熊と闊歩し、秋には黄金色になってうるち米を実らせたりする『翠の一番』であるわけだ。
 どんな植物だ。なお、冬は越冬キャベツを雪の下に忍ばせたりしているらしい。
 
 まあ、前見たときとは違って手頃なハンディサイズだけど。

 なんであんな所に生えてたんだ?
 と聞いてみれば、IS学園は地下に膨大な規模の施設があって、地面の下から潜り込めなかったからだそうな。

 これは俺にも覚えがあった。
 通風口を探索していくと時折、不自然な送風機を見るのだ。長いトンネルにあるようなアレである。
 地下への道は幾つか辺りをつけて居るも、流石に通風口すらセキュリティが厳しくなっている。
 いつか、開拓してみるつもりではあるが……あの厳重さ、きな臭いですなぁ。ゴーレムの残骸(殆ど塵だったが)も確かそっちに運ばれた筈である。

 まぁ、そんな施設があったお陰で、『翠の一番』は株分けした分け身を用いて、植物の常套手段———『動物に運んでもらう』と言う手段を選んだらしい。

 だからってヒッチハイク風は無いと思うが。
青の零番アーメンガードから、これなら双禍引っかかると聞いた。そして完璧だった」
「うぐぅ!?」

———反論できませんでした

 で、なんで彼女(?)がやってきたのかといえば、連絡役らしい。

 世界中にある彼女(?)の草葉と、拡散物質や地下の植物間の微弱電流などを経由した通信は、植物間相互作用(アレロパシー)と言って、今や地球の地表がほぼ脳神経のようなものになって居るらしい。

 どんだけっすか。

 普段俺らが使っている地上回路経由の量子通信。その予備回線として、まだ未開地区であったIS学園を開拓にきたようである。

 そして彼女(?)非常に役立つのだ。
 会長経由の盗聴器設置犯なんかは、よく巨大ハエトリ草に未消化状態で捕まえてくれる素敵な防犯装置だし、全身から発するフィトンチッドなる揮発性物質は虫除けや森林浴効果をもたらしてくれる。
 なお、ハエトリ草にバックリやられ、べとべとになって半べそをかいていたのは黛副部長でした。前告白してたけどまたやったんかい。
 そういえば、最近GKBR(ラグド・メゼギス)を部屋近くで見なくなったのはそのせいだろうか。食虫能力でこの間カラスに襲いかかってたしな。モウセンゴケって知ってる? すげーネバネバで虫捕まえるんだが、確か昔ながら、本当にあった猟で、餅で鳥くっつけるのがあった気がする。そんな感じでゴミ捨て場で待ち受けているのだ。
 植木鉢要らねーだろ。

 そう言う突っ込み所と、ルールに厳しい事を抜かせばこれ程有益な草木も無いだろう。
 天然アロマセラピーにもなるし。

 そんな『翠の一番』は、植物にあるまじきことに大リーグのニュースを一心不乱に見つめている。
 特に贔屓のチームなどはないんだが。
「いつか……あの晴れ舞台に……」
 凝視しているのは選手ではない。アンパイアである。
 うん、やっぱりな。

 あ、7枚目のパン焼けた。
 のほほんさんは空腹が満たされ、次なる生理的欲求に従い二度寝モードか、こっくりこっくりし始め、簪さんは相変わらず齧歯類———(以下略)だった。
 しかし、アレって結構危険な生き物なんだぞ、アレルギー持ってる人が噛まれたら蜂みたいにアナフィラキーショック起こすらしいから、飼う前に病院でアレルギーチェックはしておいた方が良いと忠告しておく。いや、簪さん人間だけど。

 一人着替え、お兄さんに連絡して、と。
 さあ、今日一日が楽しみだ。










 日本国。某、領海上。
 ヘリは、水面1mに浮上する謎の巨大建造物を睥睨する位置に居た。
 強風に艶やかな髪をたなびかせ、後部ドアを開いた千冬はその全容を目の当たりにしていた。

 突如、先日出現した未確認浮遊してるなんか。
 そう、なんかなのだ。
 正体も何も分からない。目的も意図も何ら察することは出来ない。
 強いて言うなら、円形のビスケットが浮いている。それだけだった。
 コロシアムのリングだけが浮いているようにも見える。
 調査に来た先遣隊は、着地した瞬間、ヘリごと消失したそうだ。

 それを耳にした千冬は思ってしまう。
 かつて家事手伝い用だった、ロックというロボットのように……。

 ———あの馬鹿の仕業だよなぁ(またか)———と。

 あと政府。なんでゲボック事案容疑は全部私に情報が来る。
 それにIS学園。特別ボーナスあるのは嬉しいが、それ全部引き受けて押し付けるな。

「それでは、行って来る」
「あ、織斑先生、パラシュー……」
「いらん」
 このヘリもIS学園所有である。よって、操縦しているのも学園の職員だが、彼女の言葉を途中で遮り、千冬はヘリから身を投げ出した。
 なお、ここはどう考えても4階建ての建物程の高さがあるのだが———

 小さくなって行く千冬は、足を着いた瞬間、膝を曲げ衝撃を吸収、そのまま前転して勢いを逃がし、転がり終わると何事も無かったかのように立ち上がった。

「すっご———」
 それを見ていたヘリ操縦者がつい漏らしてしまうのもしかたあるまい。
 そして、先遣隊同様、千冬も霞に溶けたように姿がロストする。
「———!」
 だが、千冬は前もって言い含めていた。
 おそらく、地表の様子を何らかの光学迷彩で誤摩化している。
 見えなくなるのは、その壁の向こうに行ってしまったからだ。
 自分が見えなくなっても気にするな、と。

 千冬はまわりを見渡し、抜けた光学迷彩を後方に、視線を巡らせ幼馴染みを探す。

 今回の意図、ついでに、先日の襲撃についても聞き質せねばならない。
 三体目の侵入者も含めて、だった。



「この香りは———?」
 すごく、俗っぽい香りがする。
 千冬の視界に、真実の光景が晒される。
「———おい、待て」
 思わず、あまりの事実にそう言ってしまっていた。









 更識簪の子供時代は、同年代の一般的な青少年に比べ、それは寂しい物だったと言える。

 日本の暗部———それも、対暗部用暗部更識家。
 その中でも本家の娘である簪は、その任をこなせるべく、ありとあらゆることを叩き込まれた。
 同年代の子供達のように外で遊び回ったり、誰かの家でわいわいゲームするなど夢のまた夢であったのだ。
 幸い、使用人の布仏家次女、本音が同い年であったため、友人、と言う点で完全に寂しい訳ではなかったが、実は簪、本音の事が少し苦手であったりする。
 
 本音は、いつものんびりマイペースに見えて、見ていない所では早送りしているのではないかという程やる事はきちんとやっている。
 そして、自分の欲求もちゃんと満たす。
 簪が何か必死に訴えても、確かに簪のためになることを言ったりしてくれたりしているが、ちゃんと自分の益は要領よく取っておく。そんなしっかりちゃっかりしている子なのだ。

 まあ、それもその筈。直属の使用人とは、執事や専属ハウスキーパークラスの『気を利かす者』なのだ。権謀術数の暗部同士の抗争渦巻くなかで活動する更識に片腕となって代々付き従って来た者が、布仏なのだ、所謂空気を読む事、更には空気に乗る事に関して、長けていない訳が無い。

 そのため、日頃の鬱憤を漏らしても、気付けばいつも通りの位置に回されてしまう、そんな日々だったのだ。
 暖簾に腕押し糠に釘。しかも、気を抜けばこっちは舵を切られてしまうとくれば、力を使うだけ無駄だという物だ。
 
 さらに。
 思春期の少女特有の問題も出て来た。

 スタイルまで圧倒的差を付けられ始めていたのである。
 いつもぶかぶかのゆったりした服を好む本音故に、その戦力拡張に気付かなかったのだ。
 気付けばその被我は圧倒的戦力格差を付けられており、巻き返しは非常に困難だった。
 
 ちなみに、双禍などは、「ゆたりしたふく、きてたらなにかかくしもてる。これじょうしきね」的なイメージで、きっと凄い暗器がいっぱい出て来るんだろうなーとか期待して眺めているのだという真実を、少女達二人は勘違いしてして知らなかったりする。

 そして。

 簪には、一つ上の姉が居る。
 現IS学園生徒会長———すなわち、学園最強。更識楯無。

 一族の期待を一心に受け、そしてそれ全てに応えて来た……完璧な、姉。
 そして拝命した。頭首。楯無の名を。
 常にそんな姉と比較される。そんな点は確かにあった。

 だが、なにより比較していたのは簪自身だったのだ。
 そんな想いは、表情や性格となって現れてしまう。

 社交的なのは情報を取り扱う物として必須な技能と言ってよい。
 かつて人たらしと呼ばれた秀吉は、何気ない会話から得られる情報を頼りに人を落としていたと聞く。
 人脈とは単純に戦力となる。
 楯無が自然体でこなす、相手の懐にするっと入り込む所作は、素の性格もあるがやはりそれを意識したものもあろう。
 
 簪は———
 だが、その背を見て、追えぬと思ってしまった。
 同じ素質がある、と言う事が苦痛になってしまった。

 自然と、失われた自信は彼女を他人から一歩下がらせてしまう。

 更識に、社交的行為に。不向きな性向だと思われ、自分でもそう思い、個性を固めて行く———。
 姉、楯無にしても、そんな妹に自信をつけさせたかった。
 
 だが、人の心の警戒を解くのを十八番としている楯無でもこればかりは難しかった。
 なにより、この性格の根拠が自身であるが故に。

 それに、こんな話を知らないだろうか。
 近しいもの程、すり寄るのは難しい。

 対外的な出力印象が違うだけで、内側は結構、姉妹は似ているのだ。
 ちょっとばかり簪の方にヒーローによる救済願望———つまり、白馬の王子様願望の変形———があるというだけで、素に戻ると楯無は妹とどう接したら良いか分からない……端から見ると簪と同キャラになる。
 その事をきっちり把握しているのは布仏姉妹だけなのだが、指摘した所で悪化するだけならするだけ無駄だと、黙っている。流石空気読める度は姉妹共通布仏家である。

 篠ノ之姉妹と同様に。
 似ているもの程、相互理解は難しい。
 些細な差、それが決定的な軛となるが故に。



 姉は当然心配だ。
 色々手段を講じて妹の状況を探ろうとする。

 簪は、間接的なその干渉も疎ましくなってきた。
 簪に一番近いのは? 当然本音だ。

 寂しい子供時代———放課後はすぐ家だ。友達作りの技能が育っているとは言いがたい。
 さらに、楯無と違って、他人に見せる自分も内向的だ。
 そこに止めのように代表候補生、専用機持ちなるも、未完成で起動不可。
 双禍が居なければ、クラスで孤立していた事は違いあるまい。

 よって、必然本音とばかり交流が出る。
 だが、今本音は1組生なのだ。
 それではクラスでの人間関係が疎かになってしまう。
 
 でも、本音以外に頼れる人は居ない。

 簪の内心を吐露すれば、姉に様子を見てもらうよう頼まれているであろう、困っている事は手伝うよう、頼まれている本音は疎ましい———でも、本音自身へ好意は多分にある。
 邪見に扱うのも嫌だという難しいジレンマ。
 何より、本音が居なくなれば、誰も自分のまわりからいなくなってしまう。
 そんな簪だったのである。



———長かったが、これまでならば、と、それにつく



 世界を双禍が広げた。文字通り、今やクラスの誰とも会話が出来る……どもってしまうのは最早治りようが無いが、意思を伝え合う事は出来る。

 そして今日、夢にまで見た状況が実現する。
 友達の家に行く。
 昨日はつい忘れていて、双禍を泣かせてしまった……うん……あれは……。
 双禍にとっても友達を招いて遊ぶというのは経験が無いのだろう。見渡す限り、義理とは言え家族だったのだから。

 相当楽しみにしていたというのに……自分は何と馬鹿だったのか。
 なんて、いつも通り後ろ向きな思考が持ち上がるが、その一方で、得意な同時複数思考の殆どが、プラスの方にメモリを奪われ、にやにやと自分の頬がつり上がって行くのが分かる。

 友達!

 ああ、なんと素晴らしい響きなんだろう。
 しかも友達の家にお呼ばれ!

 その音韻、何と甘美たる調べか。
 え、えーと、ご両親……お父さんだけだったか、に会ったら、まずは……。
 
 娘を貰うと彼女の父に報告に行く彼氏みたいな面持ちでシュミレーションしまくっていたのだ。

 気付けば朝日が上がっていた。
 ……あれ?

「——————い」
「———んは———で寝む———」
「はは———あるんだな———」

 あれ?
 気付けば自分のまわりで誰かが喋っている。
 
 一人は本音。
 私服であっても。いや、私服だからこそダボッとした衣装、垂れた袖。
 薄手の大きめサイズなパーカーとプリッツスカートという、それでいて活動しやすい恰好だ。
 ジョギング行くのではないか———と言うウィンドブレーカー&デニムな自分とは大違いだ。
 だって、ヒーローモノのDVDとか買ってると服にまわるお金がどうにも不足してしまうものだし。

 5月も中盤にさしかかり、大分温かかくなってきたというのに、本音の基本は変わらない。
 と言う事は、隣の男性は———ああ、双禍だ。

 ぺたぺたと触る。
「———っ!」
 何か言っているが良く聞こえない。眠い。
 ああ、自分は肝心な時どうして———
 しゃっきりしなければ……。
 右手を引いて目をこする。
 こすりたて特有のぼやけが晴れて行った時あったのは……。

 双禍じゃなくて一夏の顔だった。自分より背丈がある。

 愕然とした。
「また!?」
 前も、目覚めた時に居た一夏を双禍と間違えて……ああ、思い出すだけでも恥ずかしい!

「なにが!?」
 双禍と同じ顔(いや、逆で双禍が同じ顔なのだが)だが、やはりこの顔でこの背丈は見ていて落ち着かなくなる。

 さらには。
 つまり、自分は一夏を撫で回していたという事で。
 恥ずかしさやら何やらで顔面が真っ赤になって腕をジタバタさせる簪だった。

「あ〜、かんちゃんやっと目ぇ覚めた?」
「……本音? なんで?」
 こうなってるの?
 まさか、着替えをしたのも本音なのだろうか。
 ずばり、その通りである。

「おりむ〜もいっしょに行く予定だったよね〜」
「そう言えば……」
「いや、酷くない?」
 一夏の呟きは虚しく空に消えて行くだけだった。



「は〜い、二人ともどうぞ〜」
 本音が二人に小冊子を渡す。

「「『~Dr.ゲボック研究所、訪問者へのしおり~』??」」

「……本音……何これ?」
「そっくんから。なんか、実家から渡されたみたい。ん〜、で、そっくんは別の所に呼ばれたから〜え〜〜〜〜と、あった〜!」
 ぺらぺら小冊子をめくってある頁を開く。
「私達はここへ行けば良いんだよ〜」
 そこには、双禍とは別の場所に行くようにと、集合地点の指示があった。

「双禍さん……居ないんだ……」
 ずーんと目に見えて暗くなる簪だった。

「……なんでこんな事してるんだ?」
 一夏の疑問ももっともである。

「……秘密保持……?」
 簪は、双禍に用いられる技術、その異常さをこの学園で誰より知っている。
 その開発した研究所……。
 その在処を特定されない為の手を打っていてもおかしくはない。

「何の保持だって?」
「……なんでも……ない……」
「でも、これ、俺んちの近くだぞ?」
「そうなの〜?」
「おう、これは中学のときの知り合いが沢山居る商店街だな、目をつぶってても案内できるぞ」

 商店街?

「お〜、頼もしいな〜」
「案内……お願い……」
「よし、まかされた。俺にとっては庭みたいなもんだし」
 三人ぞろぞろと玄関に向かって行く。その時。



「ちょっと、一夏、どこ行くのよアンタ!」
 鈴が声をかけて来た。なんと言うタイミング。出ばなから気を挫かれたような気分になってしまう。

「おう、鈴か」
 鈴の気持ちなどさっぱりやっぱり分からない一夏は手を挙げ、気軽に声をかける。ちょっとは気付いてやろうや、なあ。

「鈴か、じゃないわよ!」
「本音さんも簪さんもどちらへ行かれるのですか?」
 鈴のあとからセシリアも出て来た。
 内心は鈴とほぼ同じだったりする。
 ウチの一夏連れてどこ行く気じゃワレぇ! と副音声が聞こえたような気もする。
 しかも3点サラウンドで……あれ? 3点?

「セシリアも、どうしたんだ? 休みなのに結構早いだろ」
「わ、わたくしは規則正しい生活をしているんですの!」
「それは良い事だ。健康にはいいよな」
「え……ええ!」
 何か無理あるセシリアだった。

 そして最後。
「………………」
「えと……箒……?」
「…………」
 色々事情があって、よりむっつりな箒だった。

「本音……もしかして、最初から居た……?」
「ん〜、多分、おりむ〜が部屋からでた時からつけて来たんだね~三人とも」
「……たらし……」
「だね〜」
 って待てよ。
 まさか、寝ぼけて一夏を撫で回しているのも見られてた……?
 うわ……面倒そうなのに敵視されるのは嫌だなあ。

 あまりの事実に戦慄している簪だったが、実は本音が大声で、寝ぼけてるね〜と叫んでいたので、若干緩和されている。さすが使用人。主のフォローはバッチリだった。
 さらに……。
 一夏の動向が気になって、気が気で無いようだった。
 簪など気にならないようである。

 でも……。
「なんかしののんの様子がおかしいねぇ〜?」
「確かに……」
 いつも以上に箒の態度がよそよそしい。

 実は、ゴーレム事件の後、部屋を移った箒は荷物の整理もそこそこに、元の部屋に戻り、6月末の学年別個人トーナメントに優勝したら、付き合ってもらう! と宣言したのである。

 まあ、アレだ。箒の決意は兎も角、一夏の受け止め方は最早皆の周知の通りの平常運行であるのだが。
 箒としてはなんとも、それまで気まずい訳で。
 しかし、声はかけたい訳で、と複雑なのであった。

「いや、双禍の家に三人で行く予定なんだよ」
「双禍さんのお宅ですか……」
 想像もつかないのか、しばし思案するセシリア。

「ちょっと待って、一夏、その栞……まさか、アンタってば行った事無いの!?」
「……は? 鈴、行った事あるのか?」
「……実家の出前で行った事あるわよ」
「え? それって、転校前だよな?」
「双禍には会ってないけどね」

 は?

 出前?

 秘密保持は?

 確か彼女は日本に居た頃は中華料理屋の娘だった筈だ。
 そんなどう見ても普通の人がしかも出前で……行ける?



「ねえ……凰さんも……持ってるの?」
「まあね。一夏が持ってなかった事の方が驚きよ。あそこって、ある意味観光名所だもの。あ、あたしの事は鈴でいいわ。双禍にも言ったけどね」

 か? か、観光名所!?

 簪は内心、頭を抱えた。自分が抱いた印象がなんかペンキをぶちまけられたかのように塗り替えられて行く。

「……俺、本気で知らないんだが……」
 一夏が眉を寄せて本気で考えていた。
 どう考えても知らない。
 聞いた覚えすらない。
 というか、思い出そうとすると頭が痛い。何故だ。

「まぁ……しかたあるまいが……」
 注意・箒です。

「おお、やっと箒喋った」
「五月蝿い……だがな、確かアンヌやベッキー、ロッティの実家でもあるぞ」
「そうなの!?」
 一夏は、商店街で彼ら買い出し組とかなり親しい仲だったりする。

「一夏……お前」
「箒、そんな残念そうな顔で見ないでくれよ!」
「というか、それって……小公女の登場人物の名前ですわよね」
「そう言えば、ごっこ遊びが、あいつ等そのまま名前にしてしまったな」
「へー、小公女だったんだ」
「名作ですのよ!」
 今度はセシリアが悲鳴を上げてたりする。

「グレイさんの家でもあるんだが……」
 それを聞いて。
 一瞬、一夏が固まった。
 
「一夏……?」
「どうした?」
「いや、何でも無い……って事は鈴は知ってるのか?」
 一夏はすぐに元に戻った為、すぐに気を取り直して会話は続く。

「まあね。箒も知ってるでしょ」
「当然だ。子供の頃の遊び場の一つだしな」
「確かにあそこは飽きないわよねえ」
「……いや、マジでなんで俺知らねえんだ?」
 千冬の血涙と血(ゲボックの)と汗と涙(見てる人の)溢れる、努力の結果である。

「……あの人に良く連れて行かれたよ」
「篠ノ之博士にですか?」
「……ああ」
「箒までか……そんな昔からあるのって……束さんに!?」
「仲が良かったし、二人とも博士だしな……」
「束さんと仲良いってそりゃ……」
 そのゲボックという人は、もしや本当に凄い人では無いか。束の人柄を知っている一夏は内心驚いていた。
 前評価だけなら、自然と高くなるのである。あの核爆弾は。

 箒といえば、そんな一夏の誤解を正すでも無く。と言うか気付いて無い。姉についてはあまり語りたくない箒なので、自然と口も堅くなる。でも、あまり後者は関係ないと思われるが。
 内心はやっと一夏と話せた! と喜んでいたりしていて、中々複雑なのであった。



 一方、ゲボック知らない組も会話が続く。

「ねえ、オルコットさん……」
「わたくしも鈴さん同様、セシリアで良いですわ。そう言えば、双禍さんもわたくしの事を名字で呼ぶのですが、今日、出来れば名前で呼んでいただけるようになりたいですわね」
「……今日?」
「あら、順番を間違えましたわね。わたくしも双禍さんのお宅にお伺いしたいと思ったのですが……双禍さんがいらっしゃらないのですが、アポ無しでも大丈夫でしょうか」
 絶対嘘だ、一夏狙いだ。
 
 訪ねる為に聞く用事をわざわざアポとは一般には言わない。

 あと、聞きたい事あったのに会話切られてしまった。
 ちなみに、セシリアに応えたのは鈴で。

「多分大丈夫ね、あそこ千客万来って感じだし。あたしも、日本に戻った所だし、久々に行ってみるのも良いかもね。ねえ箒」
 共通の狙いが一夏である。
 その事を確認しあった後、すぐさまお互いを名で呼ぶようになった三人だった。

「そうだな、文句など言う者は居ないだろう」
「ねえ、セシリア、一夏と簪と本音と先行ってて。あたしと箒は場所知ってるから後からでも大丈夫だし」
「おい、り———」
「鈴さん?」

 妙だ。一秒たりとも抜け駆けはさせないという勢いの三人であり、かなりアグレッシブな鈴がそんな事を提案するなどとは。

「ね、箒。アンヌとか多分外に居るからそっちに会ってから合流しましょ」
 と言いつつ目を合わせる。
 そして、箒も鈴の意図に気付いた。
 織斑一夏の幼馴染み、そして、ゲボックについて知っている二人は視線を絡ませる。



 次の瞬間。



 後に一夏は語る。

 一瞬、箒が——————千冬姉の胸を揉みしだくべく、後ろから忍び寄る最中の束さんみたいな顔をしていた——————と。
 あー、姉妹だ、そりゃそっくりだよなーと納得してしまったと。

 そんな顔を、箒と鈴は揃えてしていたのだ。
 すっげぇ不気味な光景だった。
 先行きに不安しか満ち溢れていない気がした一夏だった。



「箒、行きましょ」
「そうだな、鈴」
 異様に仲良さそうに一夏の幼馴染みズが立ち去って行く。



「何か嫌な予感がする」
 一夏の呟きは……やはり当たる事になる。
 織斑一族の第六感は、恋愛ごとを抜かせば壮絶に鋭いのである。






 商店街にある天辺にからくり時計の取り付けてある外灯のある広場。その外灯のある所。
 そこに。

 織斑一夏。
 更識簪。
 布仏本音。
 セシリア・オルコット。
 
 以上、4名が揃っていた。



「さて、これからどうするんだ?」
 一夏がもはや馴染んでいる環境なのでリラックスしていた。

 仮にも、美少女三人に囲まれていにもかかわらずこの有様では、思春期男子としてはあまりに残念である。

「んーとね、かんちゃん、街灯がだね~、一面開くから開けて見て~」
「う、うん……」
「へー、そんなんなってんだ。知らんかった」

 簪が本音の指示通り、街灯の一部を外すと、防水防腐、防折加工の紙がするっと出てきた。
「なんだろう……」
 ぺらっと広げ———何やら書いてあるので読んで。
 ビキィ———と音が聞こえるかの様な勢いで簪は固まった。

 少し間を置いて。
 カァ——————ッとこちらも音が聞こえるかの様に真っ赤になる。

「だ、大丈夫ですの!? 簪さん?」
「どうしたんだ、顔真っ赤だぞ!?」
「何が書いてたの~?」

 三人が固まった簪の持っている紙を後ろから覗き込むと、そこには。



 そこからすぐ近くにある花屋で、いつも見事な花束をチョイスしてくれるセンス抜群な亮さんに合言葉『花は乙女の命です』と伝えよ!



 と、書いてあった。
 全員が固まった。
「…………指令書?」
「しかしなんてまぁ……」
 恥ずかしいセリフを人前で。

「かんちゃんこう言うの苦手だからな~」
 本音の言うとおり、簪は人前で目立つ事が本当に駄目なのだ。苦手なのだ。
 なんで代表候補生になったんだと言うぐらい駄目なのだ。
 うん、姉へのコンプレックスは時としてプラスにも働くのである。羞恥心が消えるぐらい。

 だが、今は平時の簪だ。
 初対面の相手にこんな事言うぐらいだったら木の枝一本でISに戦争仕掛けても良いぐらいだと本気で考えるぐらいなのだ。

「あわわわわ……」
「大丈夫か簪! 目から光が消えてるぞ!?」
 俗に言うレイ●目だった。

「分かったよ、俺がやるから、な」
 一夏が指令書を受け取り、花屋に向けて一歩踏み出した時。

 ピ————————————ッ!!

 笛が鳴り響く。
 一夏達がびっくりしてそちらを見ると。
「お、審判の人じゃん」
「み、緑ですの!?」
 一夏にとってはお馴染みの、審判者だった。
 町内会管理の花壇からニョキっと生えている。
 一夏にしてみれば、古い友人の一人であり、子供達で遊んで居ると、何時の間にか混じって審判している女の子、と言う感じだった。
 そりゃそうだ。生えてくるんだし。
 慣れすぎてて、肌が緑色なのにはセシリアぐらいしか驚いていなかった。
 彼女は庶民の遊びには疎いのである。

「翠の一番……」
「かんちゃんの部屋のより大きいねえ」
 大体、本音ぐらいである。
 手のひらサイズの植木鉢版とはあまりのサイズ差だった。
「一夏、アウト~」
 ビビッと一夏を指差す。

「笑ってはいけないのか!?」
 みたいな言い方だった。



 その頃、成層圏上空———

「はいはい~。おっ、久々に参加者出たんすね。おや? 坊ちゃんじゃ無いですか。そうか、遂になんですねぇ……。Dr.が……あぁ、成る程それで———」

 一頻り『灰の二十九番』は頷いて。

「でも———ま、ルールはルールっすから平等に———」
 筒を取り出し。
「ペナルティは受けてもらいますよ」
 咥えて狙撃した。



 キラッ———

 空が光った。
「一夏さん!」
 それに気付いたのは、スナイパー故の優れた目を持つセシリアだけだった。
「え?」
 一夏を初め、皆は何故セシリアがシリアスモードなのか検討がつかない。
 そして、もう刹那だった。

 セシリアが突き飛ばす意図間もない。

「へぷっ?」

 一夏から約1m程離れたところで、燃え尽きた吹き矢は衝撃波となり、一夏の延髄に炸裂、吹き飛ばした。
 ズゴロゴロゴロッと清々しい程に転げ回って停止。沈黙する。

「一夏さん!!」
「大丈夫、非殺傷設定」
 壁抜き食らっても死にません。非殺傷なんで。
 とでも言いたげな『翠の一番』だった。

「そんな、でも、あんな吹き飛ん……あぁ!」
「そもそも一夏はこれ食らうの初めてじゃない。さらには一夏は千冬の打撃を受けるスペシャリストとしては世界で二番目。この程度なら復活に一分も掛からない」
 絶対なりたく無い類のスペシャリストだった。
 鈴が転校して来た時、少なからず千冬の出席簿を受けた事のあるセシリアとしてはヒシヒシとその感想を抱く。

 だが。

「……では、一番は誰ですの?」
 実の弟よりそれを受けていると言う事は……。
 目の前の植物の造物主である。

 そんな事分かるはずも無いセシリアであるが、今はライバルたる箒も鈴もいない。これ幸いにハンカチを手に一夏の方へ駆け寄って行く。

「あと簪」
「———え、私!?」
 翠の一番は次に簪に近づき。
「分け身が世話になってる」
「え?」
「我が身は草木。ココロは無い。有る様に見えるのは貴女が恵んだラブが返って来るだけなのだから」
「……あ、あの? ラブ!?」
「アレロパシーでばっちり。でもルールはルール贔屓はしない。イエローカード」
「あの、えーと」
「今回は一夏が勝手にやろうとしたから注意だけ。指令書は受け取った本人が実行する事」
 一方的に喋る。しかし、無表情でラブと言われると何か恥ずかしい。

「あと世話になってるお礼」
「ひぃっ」
 翠の一番は人間で言う眼球を引っこ抜き、簪に握らせる。
「美味しい。自慢の一品。そっちの分け身も実がなるぐらい育つとお礼くれる」
「う、うん……」
 え? これ食べ物……?
 確かに、食欲をそそる甘い香りが漂ってくる。

 でもちょっとグロいんで嫌です。この甘皮なんて視神経そっくりだし……とも言えない典型的な日本人である簪はしばらくそれを凝視していたが、意を決して口に含む。

 物凄く美味でした。
 その事実に簪が滂沱している間に一夏が復活したようで、戻ってくる。
 本音も果物をもらったようでニコニコしながら来た。
 えー。あれもらってそんな笑顔なんですかー?

「幸せの王子の欠点は再生能力が無い事。自己満足の自傷にツバメを心中させるなんてひどい悪人」
 すでに目のような果実を再生済みなようで、名作に対して優越感を抱いている。

「あー、久々に貰った。あのさー、ルール説明受ける前にペナルティは酷く無いか」
「酷く無い。サッカー知らない人でも、ハンドしたら反則なのと同じ」
「……そんなのあるのか……」
「神の手。気付いてしまえばただの反則。あれは審判の落ち度」
「今すごい数のファン敵にしたよな……」

「馴染んでる……」
「馴染んでますわね」
「仲良しさんだね~」

 気を取り直して。

 意を決して花屋に向かう簪。
 やばい。これは緊張して来た。
「ん? いらっしゃい。可愛い嬢ちゃんが来たね……と、今時はセクハラになんのかね? なんか見繕うかい?」

 店にはこの人しかいない。
 一人で切り盛りしているのかはたまたバイトは出ているのか。

「あ……あの……」
「なんだい。はいはい、落ち着いて」

 言われるままに深呼吸し、目を瞑ったままヤケクソになって簪は叫んだ。
「は……花は乙女の命ですすぷにゅっ……!」
 ちょっと噛んだ。
 顔面から火を吹きそうな程真っ赤になる。
 花屋の店主は目を丸くして。

「おぉ……久々に来たねえ。俺もまだまだ頑張れるって事だなぁ」
 感入った声でウンウンと頷かれている。

 何がなんだか分からず目を白黒させる簪の元に、『簪クリアー』と書いてある旗を降りながらやってくる『翠の一番』と三人。
 芸風が姉っぽいなと簪は思った。

「かんちゃんお疲れだね~」
「き、緊張した……」
 いや、言うだけだろうというコメントは野暮である。

「いやぁ、まさかゲボックウォークラリーに参加する奴がまだ居るたぁな。まだまだネタ考えられるってもんよ」

 ウンウン頷く花屋———指令書通りなら亮さんだが、待て。今なんか変な単語なかったか?

「げ?」
「ゲボック?」
「ウォー……クラ……?」
「リ〜?」

 とんでもない息の合い様だった。

「おうよ、この町の名物、便利屋蒹天才発明家、ゲボック・ギャクサッツの研究所に行くための大冒険! この町内の奴らにとっちゃ一度は通る道ってな! 町興しも兼ねて町内をあげて大々的に取り組んでるってわけよ。あいつにゃ世話になってるからな。特にそこの翠ちゃんには」
「良質の土を貰って居るからおあいこ」
 花屋とビックリ植物は頷き合っている。
 ある意味お似合いだった。

「な……なんなのかな……それ……」
「すごいすごい、だからそっくんは来ちゃ駄目だったんだね〜、ゴール知ってるからだったんだよ~」
「だからなんで俺は知らないんだよそれ!」
「箒さん……鈴さん……知ってて黙っていらしたわね……」

 四者四様でコメントが漏れる。
 楽しんでる風なのは本音だけであった。

 そして。
 セシリアの呟き。
 それをどれ程までに痛感するかは、正しくこれからだったのだから。



 肉屋のトンヤンさんちでコロッケを買って直ぐ近くの公園にある貯水池に放り込め!



「ねぇ、あの人……人!? それとも、えーと……食肉? 仲間切り売りしてる……」
「簪さん何気に酷いですわよ?」

「食べ物を粗末にするんじゃねぇ!」
「おりむ~落ち着いてよ~」

「一夏さんの逆鱗って変な所にありますわね」
「お母さん属性?」
「———ちょっと! お待ちなさい本音さん、そんなにくっついては! いいですか、そもそも淑女たるものは……」
「…………本当は、自分もくっつきたいんだろうなぁ……」

 騒いでる中、簪はそっとコロッケを放り投げた———途端。

 ざっばぁ! とおっさんが水面を割り出てイルカの様にコロッケを口でキャッチ。

「うわあああああああっ!」
 そのあまりの絵面に簪は尻餅をついた。
 なお、彼はスポーツ用品店スキューバ部門担当員である。
 人間なのだ。生物兵器では無い。

「なんだ……ちゃんと食べるのか」
「この惨状を見て抱いた感想がそれですの!?」
 確かに悪夢臭い。
「寒く無いのかな~?」
 確かにまだ5月中盤。寒く無いわけが無い。

「これが次なる指令書だ!」
「ありがと~」
「では!」
「……水中に戻るんだ……」
「役目これだけなんですのね」
「で、のほほんさん、次何なんだ?」
「んーっとね。えーっと……」



 当たりが出たからもう一個!



 何が!!?

 読んでいた全員が抱いた思いが一つになった瞬間であった。

「はい、眼球ライチ」
 『翠の一番』がまた目玉をえぐり抜いて本音に渡していた。

「わーい! はむはむはむ……ジューシィだぁ~」
「むむ、褒められる。悪い気しない。これも食べる」
 ベキっと腕をもぐ。アンパ●マンどころの話ではなかった。
 植物故に、食われる事にあまり頓着が無いのだろう。
「ありがと~」
「とっても猟奇的な光景だな……」
「正直、彼女(?)が緑色で本当に良かったと思ってますわ」
「本音……」



 さて、ウォークラリー再開である。



「……あれ? 次の指令書は?」
「…………途切れた」
「どうしますの?」
「んー。審判の人にちょっと聞……」
 そこまで言った一夏は何かを見つけたようで。
「ちょっと待ってくれ」
 と言うと、三人をおいて近場の歩道橋に向かう。
 そこには一人のお婆さんが階段を一段一段登っている。
 買い物帰りなのか、重さでフラフラ危なっかしそうな感じだった。

 一夏が気付いたのはそれだったようで、荷物を代わりに持ち、歩幅を合わせつつ、背を支えながら渡り切ると、続けて目的地だったバス停では老眼で時刻表の読めないお婆さんの代わりに詳細を読み上げた。
 丁度残り一分だったようで、直ぐにバスが到着。

「一夏さんは優しいのですね」
「なるほど~、気配りを素でやるから天然ジゴロになるんだね~」
「……ジゴロって……あ……セシリアさん……手伝ったら株上がった……かも……」
「!?」
 惚れ直していたらチャンスを失った様で有る。

 セシリアが己の失策に愕然とする間も一夏の紳士的行動は続く。
 落ちないように背を支え、乗車させる。
 そのまま手を振って見送ろうとした一夏にお婆さんは荷物から一つの紙袋を取り出し、お礼に渡そうとする。
 一夏は当然断るのだがお婆さんは半ば強引に押し付け、機敏にバスに戻り、無情にもドアが閉まる。

———あれ? 機敏?

 首を傾げながら一夏が戻ってくると、チャンスを逃したセシリアが呆然としている姿に再度首を傾げる。
 『翠の一番』は丁度一夏の手荷物を見ると『休憩』の旗を上げている。
 近場の公園を活用するらしい。

 公園に着くや、地面からにょきっと大鬼蓮の葉が生えて来てレジャーシートになった。

「……便利だなぁ……」
「おりむ~、何貰ったの~?」
「あ、こらのほほんさん、ちょっと待ってくれ。ほら、な」
 一夏がそう言って取り出したのは中華まんだった。
「出来たてのホカホカだぁ~、はむっ、もむもくもむ……」
「速攻イーティングした!?」
「何か焼印がなされてますわね……?」
 妙に職人技で記されているそれをセシリアが眺めていた。なんらかのキャラクターなのだが、無駄に凄い精密技術だったりしたのだ。でもこのシルエット何か見知っている気がする。そうだね、ISとか。

「あー、それってホワイトナイツさんだな」
「……はい?」
 英国人は即座にその和製発音を母国語に直して硬直する。
 あのぅ、もしやそれって真逆……。
 この世界的に有名すぎるあれのパロディなのだろうか……。
 いやはや、ここは篠ノ之博士の地元であるからある意味妥当なものなのでしょうか……。
 セシリアが頭を捻っていたら。

「Dr.の怪人や怪獣や怪ロボット倒す。皆守る」
「この町のヒーローみたいなもんだな」
 なんて地元民と地元植物が説明したもんだから———

「ヒーロー!!」
 ぐあっとそれに簪が食いついた。
 一夏が初めて見る積極性レベルだった。

「簪の眼差しが今日初めて見開かれたよ!」
「ヒーロー、格好いいよね! 大好きっ!!」
「簪———あぁ、そうか! 勿論———」
 簪の目の奥の輝きに、一夏も同胞を見逃すわけもなく。

「俺もだ!」
 迷う事なくカミングアウト。
「決めポーズは!?」
「分かってるな簪! こうこうこうして———こうだ!」
「おぉ……それじゃ!」

 何か急に二人の世界(健全若年男児的)を作り始めた一夏と簪に、一般的な女生徒である二人は付いていけないわけで。

「え? あの、ちょっと……あれに混ざらなきゃならないんですの!?」
 愛しの彼でもあれはちょっとキツい。
「男の子の世界だね~」
「簪さん……」

 しかし、敵を作ったのはDr.……ゲボック。と言う事は……あれ?
「でも何か~ゲボックさん悪の科学者みたいだね~」
「……一体何がしたいんでしょうか……」
 答えは、え? 理由? 何それ食えんの? で全てを物語れる。



「二人とも落ち着く。食べる休む」
「あ、そうだったそうだった」
「では……後ほど」
「あぁ……後ほど」

 その雰囲気は、対暗部用暗部の跡取り娘と世界最強乙女の弟との会話にしては、麻薬取引臭とかむしろ犯罪臭の方が強かったと後に本音は語っていた———楯無に。

「それじゃあ」
「いただきまー……」

 はむ…………。

「うぅ!?」
 が、急に青冷める一夏。

「一夏さん!?」
 思わずセシリアは駆け寄った。
 一体どうしたと言うのだろう。
 中華まん。ホワイトナイツさん饅頭は、凰中華飯店でしっかりと下積み期間を完遂し、離国時の店長のお墨付きを得た弟子その人が、ポスト凰中華飯店として大々的に売り出した自信作である。

 そのふっくらとした皮はモチモチとしてかつベタ付かず、さらにはトンヤン精肉店厳選ブレンド挽肉がたっぷりと肉汁をしたためた絶品であり、決して英国お嬢様の味覚兵器のような代物では無い(拘りのレシピについては後日知った)し、豪華ディナーで舌を肥やしている英国お嬢様でさえ唸らせる一品であったのだ。
 これからはジャンクフードもいいかもしれないと、彼女に思わせてしまう程に。

「うー」
 一夏が隠すように口から丸まったものを取り出す。
 内心、俺とした事がテーブルマナー違反だと……と、とっても悔しそうな一夏であったが、丸まった物を恐る恐る広げる。

———真逆とは思うが……。

 されど、あぁ、現実は無常。



 Marverous! ミッション中にも関わらず、お年寄りのピンチに駆けつけるとは正しく人の鏡!
 隠し指令! お年寄りレスキュー! クリア!! 尚、特典としてホワイトナイツさん饅と指令をいくつかショートカット!



 一夏はフルフル震え……そして。
「絶品に異物混入させんじゃねえええええええええッ!!!」
 てな感じに怒りを迸らせていた。

「一夏さん! やっぱり怒りを向ける方向がズレてますわよ!!」

「あ~、おりむ~、続きあるよ~」
「ちょっと待ってくれのほほんさん。なぁ、審判の人、これは食に対するルール違反だと俺は思う———審議はどうか?」
「審議——————受諾。一夏の提訴は賛成多数で結審。結論———即執行。即時制裁」
「分かってくれるか審判の人!」
「公平な審議の結果。礼を言う必要は無い」

 その結果、商店街の一角において、食に携わる二人へ二筋の流星が即時降り注いだのをセシリアはちゃっかり確認していた。
 とてもドタバタしていて楽しそうだが、住みたくないな。こんな町、と。
 妙に冷静に思ってしまった。
 諦観したとも悟ったとも言うけどさこれ。

「で、えーと続き続きは……と」
 一夏が指令書の続きを音読する。



 五反田食堂にて厳さんの出前を支援せよ!



 読み上げて一夏は崩れ落ちた。
 最後の牙城が崩れ去る音に相違無かった、と簪は日記にしたためている。



「ふと思ったのですが」
 セシリアが何か思い出したかのように。
「これだけ有名なのですから、交番で聞けばよろしいのではないでしょうか?」
「おぉ、それいいかもな」
 一夏もその案には乗り気なようだった。
 連れ立つ四人は十字路に差し掛かり、よくある路上ティッシュ配りに遭遇した。
 イギリスでは、この手の広告形態は無いようで、素直に受け取り、広告に目を通すセシリア。



———甘い! 派出所の涼手さんにはもう、花屋の亮さんから連絡が行ってるから、聞いても教えてもらえないぞ! ダブルリョウさんコンビの相性は抜群だ! 自力で頑張りたまえ。はっはっは

「タイミング良すぎじゃありませんかあああああああああ!?」
「うぉ、もう居ねえ!?」
 広告を同じく読んだ一夏が振り返っても、ティッシュを配っていた人はもう居なかった。

「恐るべし町ぐるみ……」
「最早異界ですわね……」
「もしかして俺って今までハブられてたんだろうか……」
 深刻レベルが本格的になって来た一夏である。
「ねーねー、おりむ~。五反田食堂ってどこなのかな~」
「あぁ、中学ん頃の知り合いん家で経営してる食堂なんだけどな。いけるんだ結構」

 こっちこっちと皆を招く一夏。
 しばらくして、如何にも老舗といった佇まいを見せている食堂が見えてくる。
 かぼちゃの煮付けが甘すぎると常々思うけどなー。なんて漏らしながら暖簾をくぐる。

「おー、いらっしゃー……って一夏か」
「一夏かとは何だ一夏かは」
「あれー? 一夏、お前寮暮しじゃ無かったっけ?」
「ちょっと所用でこっち来たんだよ」
「連絡ぐらいよこしゃあ良いのによぉ」
「本当は来る予定無かったんだよ。店に弾が居るかも知らなかったしな」

 入るなり、レジ打ちをしてる店員と和気藹々と話し始める一夏。
 店員は長い赤髪をバンダナでまとめ、五反田食堂と書いてあるエプロンを身につけて居る。中々似合っていた。

 彼が小学後半からの一夏の友人であり、五反田食堂跡取り予定の五反田弾その人である。

 女性に好意を抱かれまくる一夏のそばにあってなお友情を失わない稀有な人材である。

 今回も———
「一夏さん、そちらの方は?」
「……こんな雰囲気……良いな……」
「ふんふんふん……い~匂い~」

 一夏に続いてぞろぞろ入ってくる女性陣にも、弾は一瞬ジト目を向けるだけだった。
 否。本音相手にだけは一瞬だけ目を見開いたが、すぐに取り成して何事も無かったかのように思案する。
 あー、蘭居なくてよかった。
 内心、同様に一夏に射止められた(一夏は当然自覚無し)妹を持つ弾は妹の将来に懸念を抱くだけである。

「まぁ、あれだ。これ以上入り口で世間話も他の客に邪魔だし入ってからにしろよ」
「厳さん躾には厳しいしな」
 と言いつつ笑う一夏である。

「でも今日は食べに来たんじゃなくてな。ここには居ない友人宅に行く途中で何故か回る羽目になったんだよ」
「なんだそりゃぁ……」
 そこまで言って弾は一夏が持つ小冊子に目が行く。

「嘘だろ一夏! …………お前まだやって無かったのかよ……ッ!!」
「弾!? お前もかッ!?」
 今日何度目か分からない衝撃に一夏は本気で崩れ落ちそうになっていた。

「……ブルータス?」
 確かにそんな感じである。

「じいちゃん、ウォークラリーに一夏とか来たからあげるわ」
「おう! ちょっとなら良いが、かき入れ時までには戻れよ!」
「ほーい……んじゃいくぞ一夏。あ、皆も付いて来てくれますかね。一夏の小さい頃の写真とかありますよ」
「それは是非!」
「———了解了解、毎度あり」
 今の反応をみて珍しいと弾は思った。
 一夏狙いは金髪の姉ちゃんだけか。
 他二人は本当にゲボック宅訪問が目的なのか……ふむ。

 一旦店を出て裏に回る。
 仕事場と生活は分けると言う考えの下での考慮だった。



「なぁ、弾。出前じゃなかったっけ?」
「下準備が有るんだよ。指令書持ってる一夏にゃやってもらう事有るんで、覚悟しとけよ」
「うへぇ」

 居間に通された4名が出されたクッションに座って待って居ると、弾がトレイをバランスよく両手に持って来た。
 右手には人数分の煎茶。左手には———

「玉ねぎ?」
 左手には山のように積み上げられた玉ねぎがトレイに載せられていた。

「まさか?」
「おう。かきあげ作るから、お前基準で良いんで、切れ」
「ほう———」
(SYUFUの血が騒いで居る!?)

 ほれ、とまな板も渡され、特に何も言われなくても刻み始める一夏。既に本能レベルかもしれない。

「おぉう、流石だ一夏。さて、現状に疑問符を浮かべて居るであろう皆さんにちょっと説明させてもらうわ。一夏はそのまま切りながら聞け。どうせこっち見れねぇだろ」
「うぐぉぉぉおおおッ!? なんだこの玉ねぎ、滅茶苦茶涙出て来るんだけどぉ!?」
「ゲボックさんが品種改良した、味と引き換えに硫化アリル数十倍の代物だ。催涙弾なんて目じゃないぞ」
 それでいて、すぐに成分は分解される。それ程効果範囲が無い……つまり、切ってる人だけ大被害にあうという訳だ。
 しかもその分に見合わぬ程に美味い。だから、味の頂点を目指すものなら、切らずにはいられない。

「畜生ぉおおお、前が見えねぇ!」
「それでいて切る速度も精度も変わらんとは流石だ一夏。どうだ? 切る前にレンジかけても良いんだぜぇ?」
「ンな味を落とすような真似、誰がするかああああああ!!」
「良々。頑張れ」
 初心者むけのゴーグルが、実はあるのだけれどそれは内緒にしておこう、面白いし。とか、友人故のいたずら心も忍ばせて居る。

 古馴染み故の気兼ねない会話にぼぅ、と女性陣が眺めていると、弾がアルバムを持って来る。
 一夏が刻んでいる間に、時間潰しを兼ねて約束を守るらしい。

「ゲボックさんとうちの関係は俺が生まれる前になる。当時孤児だったあの人はどうも落ち着かない人でなぁ。まぁ、今もそれは変わらないんだけど、良く好奇心に負けて孤児院を抜け出してたらしくてな。フラフラ彷徨って餓死りかけた所を母さんが拾ったらしい」

「何かそれだけで人柄が分かってしまいますわね」
「分かりやすすぎる人だぞ? んでだ、お礼にって事で店の厨房整備して貰ったら前より性能が上がってな、こりゃとんでもない技術力だってんで」
「……そんな……子供に整備させたの?」
 初対面の相手なのでビクビクしながら聞く簪にちょっと———あれ? 俺って怖い? とショックを受けている弾だったりする。

「んにゃ、じいちゃんが言うにはちょっと手伝いで掃除させたら何時の間にか改造完了済みだったらしい。
「なんですのそれ」
 そこまで手際が良いのは、何と言うか、怖すぎる。

「まぁ、性能上げてもらったのに怒るのもあれだってんでな———そのまま家に度々遊びに来るようになったらしい」

 勝手に見てくれ、とアルバムを開く。

 そこに写っていたのは中性的ながらも整った顔立ちの典型的な白人男児だった。
 金色の髪を深めのオカッパヘアーにしており、目が隠れている。
 この時で既に、丈に合わない白衣を着ているのは科学者としての矜恃なのか。

 ペラペラとめくっていくと、3歳ぐらいの弾が出たあたりで一緒に写る子供と言う子供に関節技を掛けられているゲボックの馴染み度が凄かった。

 弾は流石に幼い頃の姿を見られるのは恥ずかしい様だが、ちょっと自分も見たいのか本音の側まで来て、ぽむ、と頭に手を置く。
「ふにゃ!?」
 無意識なのか、本音のビックリした声も聞こえずそのままわしゃわしゃと撫で始める。

 しばらくされるがままにしていた本音はやがて、とろーんとした目付きになって、船を漕ぎ始める。

 近頃反抗期なのが悩みだが、流石妹系の扱いはお手の物な弾だった。

「あら、織斑先生ですわ」
 そんな中、セシリアが、学生服姿の千冬を発見する。
「あぁ、実は一夏より先に千冬さんの方が先にうちに来てたりするんだな。客としてだけ———」
「千冬姉がどうしたって?」
「反応早ッ———って凄え目が赤い!?」
「やらせたのはお前だろうが!!」

「あぁ———そうだった。見るか?」
「何だこれ」
「みたまんまだ」
 そこに写っていたのは美少女二人が少年の背中にのし掛かり一人は首を後ろからロック、もう一人はエビ反り固めを極めているシーンである。

「ゲボックさん中学生時だ。ま、ヘッドロック掛けてるのが千冬さんで……こっち誰なんだろうな? ゲボックさんの幼馴染らしいけど、名前も聞いた事ねえや。結構二人で来てたりしたんだけど…………」

「ん?」
 涙でぼやけるが、一夏は姉ともう一人の女性をじっくりと見直す……うん、これも見覚えが凄い。いや、でもまーさーかー?
「あの、このひと、箒の姉。まぁ、束さんなんだけど……」
 でも、うん。やっぱり彼女にしか見えない。



「は? 箒って確かあのファースト何たらだよな? 清掃用具の方じゃなくて」
「あ……あの? それってつまり篠ノ之の……」
「……え? え?」
「おぉ~?」



「「「はああああああああああああっ!?」」」
 一夏と本音以外が揃って叫ぶ。
 いや、ちゃんと本音も驚いてはいるのだが。



「思いの外凄い名前が出て来たぞ!?」
 サインもらっときゃ良かったよじいちゃーん!! 頭を抱える弾。
 人柄を知っている一夏は、心に傷負わなくて良かったなーと内心だけ吐露し。

「この人があの天才科学者の!?」
 セシリアが、驚愕に写真と一夏の顔を行き来する。
 実は、ついこの間まで女尊男卑な思想気味であったセシリアにとって、女性の権利を開拓したと言っても良い束はあこがれの対象であったりする……が、この写真はエビ反り固め。
 何とも複雑な心境である。

「ドリル……」
 簪は、このぐらいの写真から見え始めた、ゲボックの義手が気になるらしい。

 しかしあれだな———

 弾は思う。
 例えあの世に行きかけようが……この態勢は何と羨ましいものだと。

 当たってる、当たってんだもん!

 中学生サイズを逸脱したそれを二人も……ポーカーフェイスの下ではそんな事考えているわけで。

 邪心を感知したのか、目覚めた本音がじーっと見上げていたりする。

「さて、玉ねぎどうなった?」
「切り終えたが? あー、目が痛ぇー」
「早くねぇ!? うぉおッ! すっげぇ端まで均等だし!」
「毎日料理してればなぁ———最近、寮生活でしてないけど」
「定食屋の息子から見てもこれは尋常じゃねえぞ!?」
 マジマジと玉ねぎのスライスを眺めた弾はそれを持ち上げ。
「ちょっとじいちゃんに揚げてもらって来るわ」
「あ、俺も見たい」
「一夏はどれだけうちの味盗む気だこの野郎!」
「あの魚の煮付けがどうも再現困難でなぁー。流石厳さん。良い仕事してるわ」
「マジどんだけだ一夏!」

 男衆が連れ立って店の方に行ってしまったので静かに残された三人は思案する。

「思えば、わたくしは何故こんな事をしているのでしょう?」
 アルバムで、浜辺で殴り合う一夏と弾の写真(撮影・アンヌ)を見ながらセシリアはつと気付く。
 一夏狙いとしては良いポジションなのに、なんか空気がおかしすぎる。アタックしても何だか全力で空振ってしまうような、そんな空気なのだ。
 言ってはおしまいなのだが。

「こうして見ると凄いね~。Dr.核爆弾(アトミックボム)と篠ノ之博士は小さな頃からお互い高め合ったんだねぇ」
 プロレス技の写真見ながらでは締まらないが、本音は一般人の知らないゲボックの二つ名を口にした。

「ドクター?」
「アトミックボム?」

 セシリアだけじゃなく、簪にとってもその二つ名は初耳だった。

「うん。お姉ちゃんに聞いたの~。ゲボックさんの異名だって~」
「虚さんが……?」
 本音が自身の姉を引き合いに出す時は、簪自身の姉関係———と言う事が大体分かっているのだが……そんなにやばい事なのだろうか。
 そう言えば、この間双禍と姉が一悶着あったと言っていたし。

「核開発に貢献したと言う事ですの?」
 名前からするとそんな感じである。

「ん~とね、とっても頭が良すぎて核爆弾とね、おぉ~んなじくらい危険だからってこう言われてるんだって~」
「それはちょっと言いすぎな気も……」
 と言いかけてはたと思い出すセシリア。
 生命操作の第一人者。

「危険思想……?」
「うーん……お姉ちゃんもそんな風に危険視してたけどね、そっくんに聞く限り根拠は別だと思うんだな~」
「双禍さんが……?」
 自分は何も聞いてない、と内心だけちょっとムッとする簪である。

「特に思想も何も無いんだって。ただ研究したい。知りたい調べたい。知ってどうしたいなんて全く何も無いって」
「それがどうして危険ですの?」
 そんな事はセシリア自身だけではなく、誰にだってあるものなのだから。

「そっくんが言うには、『手段のためには目的を選ばないどっかの大隊みたい』だって言ってたな~」
「手段のためには?」
「目的を……選ばない……?」
 それは逆では無いだろうか。

「だからね~自分の研究がどう使われても~その結果どうなるなんても~まったく気にしない、って。目的を与えられれば、それが何であろうと…………全く躊躇も、躊躇いも~、なんにもな~いって。ただ、研究が楽しいだけだ~って」

 その言葉が染み込むにはしばしの時間が必要で……。
 何を言わんとしているのか分かった途端にゾッとした。

 彼に研究を依頼したのが例えどんな用い方をしようとも、知ろうとも、否、知ってなお突き進む、核爆弾級の危険性を秘めた科学機械(サイエンス・マシーン)

 悪意などは無い。
 だが、悪意ある事が見え透いても、研究を辞める事など、例えifでもありはしない。
 成る程これは厄介極まりない。
 簪の実家が相手取っているような相手にはまかり間違っても渡してはいけない。



 セシリアもその脅威に思案を傾ける。
 彼女の両親は3年前列車の脱線事故で亡くなっている……。
 だが、思うのだ。
 両親には敵が多かった。
 未だに納得出来る事案では無い。

 これは、本当に事故だったのか、と。
 代表候補生と言う、一般から比すれば大きく一線を隔する力に飛びついたのは、本当に両親の遺産を守るための優遇処置だけが彼女にとって主体なる事柄だったのか。

 もし———この手合いの技術で証拠を隠蔽されたのなら、どんな悪意も事故となってしまうのでは無いか。
 自分はだからこそ、そんな悪意のみを直感で疑ってはいるのではないか。
 だから、無意識に力を———

「あ、お待たせ……って暗いななんか」
「いえ、何でもありませんわ、一夏さん」

 軽く頭を振る。
 女とは流石なもので、すでに切り替えは終わっていた。
 帰ってきた一夏を見て顔を綻ばせている。
 簪はそのセシリアに、ブンブン振られた尻尾を幻視していたりするわけだが。

「羨ましいわこのモテスリムめ。とっとと誰かに決めて彼女作っちまえ。スリムは要らんから、それで余った分モテよこせ」
「なんだよそれ、訳わかんねぇな」

 相変わらず男共はじゃれ合っていたが、ほれよ、と出前用の岡持を渡される。

「あと指令書な。出前先はそこに書いてるから。配達終わったらクリアな。当然出前途中にも———いや、楽しみにしとけ」
 窓の外で植物がホイッスル咥えてました。
 ネタバレいけない。






 才能の無駄使いと言う言葉がある。
 用いている技能は凄まじいものであるにも関わらず、それでやっている事はとても残念な様を表すものだ。

 それにはきっとこんな類義語もあるのだろう。

 『技術の無駄使い』と言う文句が。

 さて、岡持を持つのは当然男手、一夏である。これは自然なもので、女尊男卑であろうがなかろうが一夏は当然の様に持ったであろう。

 持った時、非常に驚いた。
 何この軽さ。

「なぁ、これ、まるで重み感じないんだが…………中身無かったとしてもこれは無いだろうってレベルで」
「え……ちょっといいかな」
 これには『翠の一番』への質問でもあるのだが、良いらしく、簪は岡持を持ってみた。
 掴んでいる感触はある。
 だがしかし、持っている気がしないほど軽い。

「わたくしもよろしいですか?」
 次に持ったのはセシリア。
 やはりその軽さに驚く。

「この感覚……まさかPIC!?」
 そう、まさかの反重力である。

「うわ……なんか覚えあるな。この感覚」
 岡持から醸し出しているのは束と同じ香りだった。
 思うのだが、ゲボックとの接触を封じたところで、束と接触していたら大して変わりは無い様に思えるのだが、どうだろうか?

「手、離してみますわね」
 セシリアが手を離すと、すいーっと緩やかに降りて、衝撃なく着地する。

「「「「……………………」」」」

 まさか。
「岡持でここまで天才である事を痛感するとは思いませんでしたわ……下手すれば最新鋭ISに組み込まれているものより小型ですわよ……」
 本気で戦慄せざるを得ないセシリアだった。

 え?
 ゲボックの技術では既にマイクロチップサイズで実現済みである。
 双禍の解析でそれを知っていた簪は思った。
 不味い……自分の感覚が知らないうちに浸食されているんじゃなかろうか。これでは普通の生活を前時代的に感じるのはないのだろうか。うん、それ怖い。

「おぉ~、しかもね~中の慣性中和もちゃんとしてるよ~。どれだけ振り回しても~、零れるどころかズレもしないよ~」

 しかも岡持としての性能も桁違いと来た。

「ん~?」
 と、そこで本音がつと気付く。
 今、岡持動かなかった~? と。

「どうしたんだ、のほほんさん」
「え~とね、え~とね……。そ~れ、浮くのだよ~」
「え?」

「うわ、本当に浮いた!? え、エスパー!?」

 果たして岡持は———浮くではないか。

「思念操作ま、まで……配備!?」
 この岡持はどこへ行きたいのだろう。

 さて、思ったとおり宙を舞うとなれば、類似するものはかなり身近にある。

 必然と、視線は一人へと集まる訳で。
「わ、わたくしです……わよね、やっぱり……」
 そう、セシリアのブルーティアーズである。
 
「……ふぅ……」
 セシリアは気を落ち着け。

「お行きなさい!」
 ビッと指し示す。
 すると、流石に普段からこの手の訓練に余念のないセシリアである。本音が浮かしたときより、鋭敏に宙を舞い、鋭角的に動きを反転させ、空を飛び回る。
「おぉー! すっげー!」
「流石……BT適性最大反応者」

 それでいて中の食べ物が一切こぼれないのだが、その辺はどう褒めれば良いのか分からない。岡持なんだし、これ。
 
 そして支障無く、すぅっ———と一夏の元へ戻って来る岡持。

「凄いな、流石セシリアだ。俺と初めて闘った時とは比べ物にならないな!」
「え、ええ……」
「……ん? どうしたんだ、セシリア?」

 他でもない、一夏に掛け値無しの称賛を受けた筈のセシリアがプルプルと震えている。
 例え好きな人に褒められたと行っても、感極まる程の事ではないと思うのだが……。

「……ですの……」
「?」

「ブルーティアーズよりも反応が良いんですのぉおぉぉぉおおおおおおっ!!」
 ぶわっ! とセシリアが滂沱した。
 うわーんとばかりに走り去ってしまう。

「自分の国の叡智の結晶が岡持に負けたのがショックだったんだね〜」
「言わないでやった方がセシリアの為だぞ、のほほんさん」

 そんな岡持を解析したく、ちょっと観察していた簪は。あるモノを見つけてしまう。
 それは、製造者などの情報を記したプレートだった。
 『製造者———Dr.G』。製造年月日は……。
(白騎士事件の一年前………………!)
 そして当然、この技術は篠ノ之博士も当時保有していただろう。
 反重力飛翔技術が、ましてや、現在試作機が製作されている段階でしかない、第三世代IS特有の『操縦者のイメージインターフェースを利用したシステム』がISの開発よりも先んじて商店街の日常を飛び交っていたという事だ。
 しかも、『発信源がISと操縦者と装備というセットでないにも関わらず』、周囲の人間の思考を受信、しかも識別したのだという事を。

(これは言わないでおこう…………)
 世界中で頑張っている人達が不憫すぎる。
 簪はそっと知ってしまった事を胸に納めた。

「かーんちゃん、おりむ〜、つまりつまり〜」
「ん?」
「あ……!」

 岡持にしがみついた本音が、自らの思考反応で岡持ごと浮いていた。

「ばっ・・・のほほんさん! 食べ物に関わる岡持にのしかかったりしたら・・・!」
「じゃじゃーん。趣向を変えてみた。ペナルティカード」
 にょきっと生えました。
 
「うわー!」
 食べ物を取り扱うものにしてはいけない行為をしたのだ。
 彼女が黙っている訳が無い。
 全ての食べ物とは、何らかの命を奪って得るものだからだ。

「本音。一枚引く」
「え〜・・・」
 いつも通りのんびりしているが、実は物凄く焦っている本音だった。
 一夏が庇っても、ペナルティが二人に増えるだけだろう。
 だが、正直、あの矢も怖いが、何なのか分からないこのカードも怖すぎた。

「引かないと」
 周囲から、『赤地に白い水玉模様の牙付き花』が生えて来る。

「本音は星に還る事になる」
「無駄に言い回しが恰好良いけどそれって単純に死ぬって事だからな!」
「……? 一夏、それは違う。命は巡る。消えはしない」
「植物だから死生観がさっぱりしすぎてる!?」
「生きるということはな。生きると言う事なのだ」
「凄い哲学的なこと続けられた!?」

「ひ、ひ、引くよ〜」
「うん。どうぞ」

 あっさり淡々と引かれる血のように真っ赤なペナルティカード。
 なんか、戦時の赤紙っぽくて嫌だった。



「ひ……酷いですわ……誰も来て下さら……あら、本音さん、どうしましたの?」
「な、なんだった?」

 構ってもらえなくて拗ねて帰って来たセシリアと一夏が揃ってカードを覗き込む。
 さて、ペナルティカードには。



 はしれはしれ!
 にげろにげろ!



「おい、このフレーズ、どっかで聞いたぞ!?」
「フレーズは存じませんが、これだけで内容は分かりますの!」
「簪、逃げ…………どうした?」

「い、家が……」
 簪が唖然として呆然と指差している民家を見る一同。

 ごうんごうんごうん——————

 重厚な響きを広げつつ、民家が地面の中に沈んで行く。

「この町は大富豪が所有する、秘密の国際救助隊所在地か!?」
 一夏の絶叫も頷ける。町レベルでの大改造ではないか。

 そこへ———

 カチ。
 カチン、カチ。
 カチン、カチン、カチン。

 金属音が聞こえて来る。

 だが、それは一定のリズムを伴っており、音色こそ金属音だが、聞けば誰でもその正体に行き着くだろう。

 ———足音だ

 民家跡は、地下への階段になっており、一体どこに家が行ったのかさっぱり分からないが、その地下から何かが歩いて来る。

 カチン、カチン、カチ———
 かなり近付いて来た足音は、歩調を変える。 

 ギチョッギチョッギチョッギチョッギチョッギチョッギチョッギチョッギチョッギチョッギチョッギチョッギチョッギチョッギチョッギチョッギチョッギチョッギチョッギチョッギチョッギチョッギチョッギチョッギチョッギチョッギチョッギチョッギチョッギチョッギチョッギチョッギチョッギチョッギチョッギチョッギチョッギチョッギチョッギチョッ!!!


「何か知らないけど走って来たー!」

 カツ——————ッ!

 これは、跳躍。

 地下へのゲートから丸っこいシルエットが跳び上がった。

 カァァアアア——————ンッ!!

 甲高い音を響かせ見事に着地、そのシルエットは威容を現した。
 それは、やや鈍い黄金色の金属光沢。

 丸い胴体と言うか本体から直接生えた。丸い足。
 真っ赤で大きな丸い鼻でこちらに照準をつけ。
 くりっとした眼で得物を見据える。
 にぃ———っと笑みを形作る吊り上がった口は偉く皮肉気な。
 全身から巨大な刺が生えた頑健を極めたソイツは———

「何ですのこれは———ッ!?」
「畜生……近場に叩き落せそうなマグマ溜まりも……ぶつける恐竜の卵もねぇ……!」
「しかも……スペシャルの方」
「スーパーじゃなくてまだよかったかなー」

 ギチンッ!!



 来たああああああああああああああああああ!!!



 赤紙に従わざるを得ず、走り出す一同。
「え〜〜〜ん、待ってよー」
「本音!」
「しまったのほほんさんはのほほんだった!」
「一夏さん既に支離滅裂な言動になってますわよ」
「ええい! 反則だろうが何だろうが担いでってやる!」

 一夏バック、よいしゃあ、と本音を担いで走り出す。
 いいなあ、と見つめるセシリアが物欲し気である。

「大丈夫、そんな装備でも問題ない」
 ルール的にはオッケーらしい。
 シャカシャカ地下茎を用いて多脚生物の様に追随してくる『翠の一番』。
 なんというかビオ●ンテっぽい。
 
「装備じゃねえよ!」
「のほほんさん:装飾品/効果、素早さが下がる」
「上手いこと言えと誰が言ったあああああ!」



 ゲボックウォークラリー。
 町民のほぼ全てが攻略済み。

 そうか。ここの町民が逞しいのも頷ける。









「………………はぁ」
 千冬は辺りを見回した。
 そこは。

「ささ、部隊長、一杯」
「おお、済まないねえ」

「鳥串ー。ぼんぼちにハツに、ノーマル、レバー。豚なのに鳥串ー、塩タレ山椒柚胡椒、何でもございますよー」
「あ、ちょっと、そこのロボットさん。鳥ぃ、一本ずつくれませんかぁー!」
「まいどー。『ベッキー・丑の乙』と申します。お代は給料からの天引きなんで持ち合わせがなくても大丈夫ですよ」
「おお、気が利いてますねえ。丑だから『モウ』なんですね、上手いじゃないかぎゃははは」
「親父ギャグ言ってました!?」
「それにしても美味しいですね。給料が貰う前に全部引かれてしまいそうだわ、ぎゃはは」
「ありがとう御座います。ではサービスでノーマル・塩、三本差し上げますわね」
「いや、悪いねえはっはっは」
「小隊長、奥さんに殺されますよ。給金とかと二重の意味で」



 宴会場だった。
 しかも、気配で言うと仕事帰りのお父さんがたな風景。
 俗っぽい香りとは、酒精の香りである。しかも、相当濃厚な。

 一月ばかり遅れた花見宴会場そのものだった。

「ひゃッはー! フユちゃん、どうゾイラッしャいましたョ!」
「……まあいい、良く分からんが釣りは要らん」
「お代は拳ィぶ———ッ!」

 最早定番のやり取りとなった出会い頭の拳を叩き付けて。

「———なあ、これなんだ?」
「お花見ですョ」
「時期過ぎまくってるわ!」
「ええ、ですが頑張っていたダいてますネ」

 ゲボックのドリルの先を見れば、桜色の花弁を纏って散らす全長20m程の巨大『翠の一番』な訳で。
 体が沢山あるので、どこでも大活躍であった。

「……嫌なら断っていいんだぞ?」
「花は見られてこソだそうですョ」
 本人がいいなら良いか。

「しかし、すこし花びらが違うな……オリジナルか?」
「どうも、子を生せナい染井吉野は『翠の一番』の主義にハ反するようで、違う種の因子を見せたみたいです」
「子を生せない?」
「染井吉野は、人が望む通りの交配を繰り返した結果、種の限界まで到達してしまったんでスね」
「すると、どうやって増やしているんだ?」
「接ぎ木ですョ。他の桜の途中からさくっと付け足しちゃってるんですネ」
「人にしてみるとゾッとしない話だな。見渡す限り、誰かのものとすげ替えた自分の顔が立ち並んでいるんだからな」
「んン? 首と言うと少し違いますョ。えとデすね。滋養供給器官は根なのですから、植物というのは、人間にしてみれば逆立ちして頭を地面に突っ込んでるようなものですョ? そして、花というのは詰まる所生殖器なのですかラ、この場合は———」
「言わすか!」
「ゴフうッ!?」
 花のイメージそのものが全力で汚された気がする。

 だが、人の手を借りなければ、死滅する運命しかない———そんな生命など。
「人間の勝手だな」
「ええ。より美しく、より散る様を神々しく。そのために、生キる為の効率性を全て捨ててます。一つの種としては歪んでまスね。全部人の都合なんですし。普通なラ、命の淘汰に抗う術もナい、弱い命。ですガ、人の営みに寄生せねば死滅するリスクと命の尊厳を引き換えに、彼らは絶大な庇護を受け、繁栄しタ———人の価値である一つの『美しさ』という究極に到達しテ得たものは大きいのではなイですかね」

「それは良い事なのか?」
「良いも悪いもありません。生命とハ死滅まで、出来ること全てに着手するもノなのです。出来るようにナったからやってみた。本当にただそれだけなんデすネ」

 ゲボックは宴会の雰囲気に混じり得ない、探求者の面を表に押し出し。

「究極に到達したものは子を生せない。何故なら、子を成す必要がないカらです。続く必要性がないからなんですね。究極は、完成してしまっているのですから。続くのは、自分では出来なかッたことを成させる為です。だから、辿り着いたらそこで全てと断絶するのですョ。必要がないデすから。シかし、難しい」

 ゲボックは一枚の花びらを拾う。

「手っ取り早く究極に近付くのは、血を濃くすれば良イ。人間とチンパンジーが共通の祖先から分化し、早、600万年程———それで生まれた遺伝子の差異は僅か1.44%。これだけしか違わない。にも関わらず、子供を成せないのは、限りなく種が同じでなければ、生殖細胞が免疫に毒物判断されてしまウからですね。マあ、チンパンジーは正確にはアミノ酸レベルが83%変化してたり、68,000ヶ所で欠落や挿入がアったらしいですけど。とにかく、近しいもの同士を掛け合わせれば純化が起こりヤすく、究極に近付く一番の手段です———」

 でも、とゲボックは繋げる。

「近いもので混ぜ合わせ続ければ、何故か今度は歪みが生まれて来る。本来劣勢で隠されていた障害や致死性を持つ因子が発現しやすくなるかラなんですが。それが偶然組み合わされず延々と純化を続けられる幸運が過ぎれば———染井吉野のように到達することはできる。ですが、そこで終わってしまう訳です———知っていますか? 人間は、遺伝的に遠い人間のフェロモンを持つ異性を魅力的に感じるそうです。とある苔の一種も、遺伝子が近いコロニーとハ交配が出来ず、異なる特徴を持つコロニーとの交配を求めるのだそうです———くっくっく……興味深いデすねえ。僅か2%以下の違いでも外敵と見なすにも関わらず、限りなく近いと今度は拒絶を示す。何だか、人間みたいで面白いでしョ?」
「まぁ、興味深くはあるが……」
「どウです? 小生なんかは、フユちゃん相手に見合いそうなフェロモンとか出してる事受け合イだと思うんですガ、と言うか、合成してマとってます。どうでショ?」
「……なんか抗生物質臭いと思ったらそれか。近寄らないでくれるか?」
「手厳しイ!」

 ……さて。異物にのみ魅力を感じる———そんな人物が居なかっただろうか。
 誰とは断定出来ないが、なんだかそんな人物が身近にいたのでは無いか。
 千冬はそんな気がしてならない。

 まあ、言わずとも束の事なのだが、千冬は束の興味を抱けない対象への態度、その詳細な根拠を知っている訳ではなく、また、自分やゲボックが、束に興味を抱かれ、親近感を持たれている所以を知っている訳でもない。

 いずれ、遠からず人類は地上において種の限界に到達するのだろう。

 束は進みすぎて居るがゆえに、行き詰まりを感じ、新たなる発展を求め、他の星へめがけ、種としての種子を遊星の果てへと旅立たせんと、本能的に引きつけられてるのではないのだろうか。
 IS。インフィニット・ストラトス。意訳するなら無限に果てしなく広がる高空の域。そも、ISとは本来、その様なものなのかもしれない。
 だとすれば、遅れている我々は、まだ未熟であるがゆえ、地上にとどまって居り、故にISは地上における武力としてとどまってるのだろう。

 などと、ちょっとらしくもなく考える千冬だった。

 だが、確かに興味深い話題ではある。
 千冬も女だ。色恋沙汰に興味がない訳では無い。
 ただ、普段から気にかける事があまりにも多く、気が割けないだけなのだ。
 そう言う事なのだ。
 誰がなんと言おうとそう言う事だ。分かったか。
 あと、今失笑した奴後で裏に来い。
 逃げても無駄だ覚悟しろ。

 余談だが、具体的に気をかける事と言えば、一夏の異性吸引体質に反した恋愛不感症体質とかだ。あいつ、いつか路地裏で四方八方から撃たれるか、人混みでその人混みにいる女全員から滅多刺されるとか、そんな最期しか思い浮かばなくて姉は心配で仕方が無いのだ。
 あぁ、白式が与えられてよかった。
 あの子なら守ってくれるだろう。
 しかし、撃ったり刺す方もISだったら不意打ちには対処出来まい。
 IS操縦者は女なのだ。
 一夏の習性からして、人混みの女が全員専用気持ちの可能性もある……うむ。
 千冬。その表情からは想像もつかない程の弟思考で脳が掌握されていた。

 実は一夏も、自分がまだ子供だから千冬が家庭を持てない(一夏から見ても扶養する方だから末期である)のだろうと、早く独り立ちして千冬を安心させなければ、結婚出来ないんじゃないか、あんなに美人なのに……などと、シスコン全開だったりする。
 そのために、独り立ち出来るかもしくは千冬が落ち着く迄は恋愛なんかしてられないよなあ、と、それで無くとも鈍いのにロック迄かけてしまっていたりするものだから、ますます姉弟共に、その様な事案から遠ざかっていくと言う、まさに負のファミリースパイラルであった。
 さらに、一夏がISを動かせる様になった事で、両者共に、目的が遠ざかってしまったと、本人達は悩んでいたりする。

 人のふり見て我がふり直せ、の正に典型的な様である。
 似たもの姉弟であった。
 ああ、ゲボックやヒロイン、涙目になるしかないではないか。

 他の事案と言えば、目の前のゲボックや束である。
 一夏が千冬に抱いている様な事を考えているのだ。
 やはり、一番なのは束とゲボックがくっつく事なのだが、遺憾な事に、ゲボックを振ったと言うのに全然くっつかないのだこいつら。
 
 相当毎度毎度毎度際どくまぁ、ベタベタベタベタベタベタベタとくっついている割には、手———あ、ゲボックの場合ペンチか? ———を握るにもドギマギしやがっているのだ。
 変なとこだけ中学生か貴様ら。

 以前、ゲボックがやたら嬉しそうだったので聞いてみた時である。
「タバちゃンが初めてお願いしてくれましたョ!」
「ん? 珍しい。で、どんなんだったんだ?」
 大抵の事が一人で出来てしまう為、頼むとは本当に珍しいと、興味本位でゲボックに聞いてみたのだが…………。
「手を繋いデ欲しイとの事でしタ。小生ペンチですけどネ」
災厄(カラミティ)か!?」
 そう言えば天災だ。間違ってない。
 束、21歳の時である。どれだけ初いんだお前。



 自分が居なくてもそれなりに落ち着いてもらわなければ、自分が恋する余裕など微塵もない。

———ゲボックが、今なお自分の事を懸想しているとしてもだ

 と、ここ迄考え。

「お前も成長したな、ゲボック。それらしい難しいことを話せば私を煙に巻ける。そう思ったのだろう?」

 めしっ、とヘルメットごとゲボックの頭を鷲掴みにする。

「———で、なんでここでンな宴会騒ぎなんてしているんだ? ゲボックぅ?」
「しまった!? 誤摩化せませんでしたョ」
「当たり前だ。随分と舐められたものだな幼馴染。死・に・晒・せ」

 そのまま握力だけでヘルメットごとゲボックを持ち上げる。
 束が目をキラキラさせそうな人外っぷりだった。

「フと、思ったのですョ」
 ぶら下げられたまま、ゲボックは言う。

「今年は花見してマせんねえ、と」
「で?」
「気付いたら桜は散った後だった訳でスね」
「で…………?」
「………………」
「………………」
「………………」
「………………」
「………………」
「それだけかッ!?」
 ミシミシヘルメットが悲鳴を上げる。千冬の握力はリンゴを潰せるどころの話ではない。
 生のカボチャを毟れる程である。

「だって花見シたかっタったんですょ! フユちゃんは、小生のこの溢れんばかりの『花見をしたい!』気持ちをどうすれば良いと言うのですか? ……煮詰めて佃煮にでもしましょウか?」
「いや、私に聞くなよ!」
「あとですね、目立つとフユちゃんが来てくれるっテ分かったンで、大々的にやって見ました。ちゃんト来てくれましタし、大成功です!」

 よりによってコイツに迄、動き読まれてるぞ政府ううううううううう!

 このままではいつ何時であろうとも、『私に会いたくなったら騒動を起こす』の方程式が出来るでは無いか。
 内心だけで絶叫し、しかし悟られない様むっつりと口を閉じている。
 幸い、ゲボックには悟られて居ないが。
 もう手遅れだったりする。

「さあて皆さん、スペシャルゲストがやって参りました! なんと! 第一回モンド・グロッソの頂きに座したヴァルキリエ達のさらなる頂点! ヴリュンヒルデ!! 織斑千冬さんでーすッ!!」

「———は?」
 見れば、先程焼き鳥を販売していた、ベッキーの亜種が、セルフ拡声器で千冬にスポットを当てている。

 途端に湧き上がる大歓声(おっさん共の野太い、IS学園とはまた違う、酔っ払いのそれ)。
 うわ嫌だ本気で嫌だ。これだから有名税は。
 あ、ゲボックぶら下げてるうわ、急に恥ずかしくなって来た。

「「「ぬーげ! ぬーげ!!」」」

 が、感性はやっぱりオッサンだった。美女が目立つとこうなる訳だ。
———あぁ、これだから酔っ払いは

 能面のように無表情になった千冬は大きく振りかぶる。今野次を向けた方へ大リーグゲボック1号全力投球。
 水切り石の様にバウンドしながらゲボックがボーリングとピンの様に色々吹っ飛ばしても文句は言われまい。今は女の方が男より立場が上なのだ。
 うん。IS様々だな。女尊男卑に感謝する日がこようとは。

 だが、千冬は甘かった。
 ここにいるおっさん共は人類最悪種"酔っ払い"なのだ。常識なんて気にしない訳で。
 更には煽る司会も居る。

「それでは皆様。これより本日のメインイベント、『ヴリュンヒルデに挑め!』で御座います。さあさ、くんずほずれつ頑張ってくださいませ。もしかしたら、ちちしりふとももとかにタッチ出来るかも☆ なお、今回提供されている飲料には、理性が飛びやすくなる成分が含まれております。事後承諾ですが、ご了承下さいませ」

 いや、混ぜんな。そりゃ無いだろ。ベッキーモドキ。

「「「うおおおおおぉぉぉぉぉおおお!!」」」

 花見よろしく頭が春色なおっさん達(特殊部隊所属。意外と侮れ無い)が殺到する有様を見て、千冬は顔が引きつった。

 なんか、獣人事件の時みたいだなぁ。
 あー、面倒だ。
 ぶん、と腕を振ると、袖から明らかに長さの見合わない木刀がぬぅっと出現する……そう言えば、この収納システムも幼馴染製なんだよなぁ。思い返せば返すほど。
 うん。やるせなくなる。

 その木刀の名は阿修羅———じゃなかった、アレトゥーサ。もう、長年の相棒である。
「名誉の負傷と言う事で」
 実は尊厳なんて欠片も無くなってるけどな!
 千冬は春めくおっさんの群れに突貫した。






 ギットンギチョンギチョンギチョン。

「うぉおおおおおおおっ!!」
 一夏はもう、叫びながら走っていた。
 本音は軽いとは言え、人一人担いで走るのは流石にしんどい。
 叫んで鼓舞でもしないと崩れ落ちそうだった。
 肩口でむにょんと形を歪ませている、本音が有する童顔に見合わぬ凶器の感触を堪能するいとまも無いぐらいだ。

「うぉぉおおえええ~、おりむ~、気持ち悪いのだよ~」
 本音は上下に揺さぶられ、酔っていた。
「悪い! のほほんさん! 正直贅沢聞く余裕はねぇ!」
 そんな一夏の隣を陣取って走っているのは———
「どうしてわたくしはこんな目にあってるんですのぉおおおおおっ!」
 箒と鈴へ、呪殺せんばかりの怨念を飛ばしながら、流石代表候補生。ロングスカートでも速度の落ちる気配のないセシリアだった。
 脳裏であの二人が嗤っているのだ。どうだ、自分達が居なくても親密になれまいと言っているのだ(被害妄想)。
 岡持を思念操作で引っ張っているのも彼女である。
 後日、この経験で移動しながらブルーティアーズのビットを操作できるようになって複雑な気持ちを抱くのを知る由も無い。

「知らなかった……友達と……遊ぶにはこんな……試練が……」

 ランニングの格好である簪が一番楽そうである。しかも、勘違いで士気が上がってたりする。

「簪! 出前先は!?」
「右……曲がって下って……突き当たりの右の……家……」
 よって、ナビゲーターになる。



 なんというか、エンディングの再現だった。何がだとは聞いてはならない。後ろからビッグ●チカチが迫って来るエンディングなんて毎週やられたら死ねるではないか。



 走る三人(+担がれる一人)は鋭角を描いて道を折れ曲がり下り坂に差し掛かる。

 それを視認した追跡者は、短い足を縮め。
「跳ぶ気だアイツ!」
「ショートカットとはフェアじゃありませんわよ!」

 ついに堪忍袋の底が抜けたのか、セシリアはISのビットを部分展開、精密狙撃。
「もう許しませんわ!」
 気付かず成長している。気付いたら多分精神力がなくなると思う。やるせ無くて。

「ちょ、セシリア!?」
「ジャッジは良いと言ってますわ!」
 見れば街路樹が枝で丸を作っている。

「基準が分かんねぇ!?」
 だが、ブルーティアーズのレーザー光は金属質の表面に弾かれ、虚しく輝きを散らす。

「対光学兵器鏡面処理! そんなッ!?」
「無駄にすげぇッ!」
「でも! 実弾なら!」
 続けて簪がミサイルを発射。
「ここ、市街地だよねえええええ!」
「でも良いって!」
 民家の柿の木が———以下略。
「だからなんで!?」

 もし流れようとも、『翠の一番』が対処可能だからだ。
 まぁ、そんな事になったらペナルティは当然ありますけど。
 ドカンと炸裂したミサイルは、彼(?)の顔面に火花を咲かせ、ひるんだまま頭から地面に突っ込んだ。
 でも無傷だ。
 とんでもない頑丈さである。

 簪は考える。
 『原作』通りならマグマに突き落とすしか対処法は無い。
 だが、あれが見た目だけ『スペシャル』であり、巨大化しただけの代物なら……。

 対処法は、ある。
 一夏の方を向いて。

「ねぇ……青いスイカの冷気を吐いて凍らせて!」
 聞いた一夏は目を丸くして、今の発言を瞬間、吟味し。

「簪って俺の事なんだと思ってんの!?」
「大丈夫! ……双禍さんなら……多分……できるし……」

「俺って簪の中だと双禍と同列なのかあああああああああ!?」
「……あ……」

 あまりに似てるもので。
 そう言えばなんやかんやで、何故双禍の素顔が一夏そっくりなのかはお茶を濁されている。

 Dr.ゲボック宅に織斑先生が一夏の写真を忘れたからだ———の様な事を言っていたが、それでも、それは、説明になっていない。
 だってよく考えてみよう———繋がらないでは無いか。

 そして。
 見た目だけでは無い。
 息も合うのだ、この二人。
 なんと言うか、精神構造までもが相似性を持っている。

 コピーの様な丸写し感は無い。
 だが、なんと言うのだろうか。
 今朝、間違えた言い訳では無いが。
 まとっている空気が似ているのだ。
 こうして側で走っている今でさえ、視線をそらせば、まるで双禍の側にいるような印象を受けてしまうほどに。

 一見、全然違う様に見える性格の織斑先生と一夏、その二人が共通している様な……。

 そう、兄弟だ。
 今、その単語が連想出来て、やっとしっくり来た。

 同時に、自分の姉を思い浮かべてズキリと胸の奥が疼くが……それを押し殺して考える……まるで、この二人は兄弟の様では無いか。

 なんて、考えながら走っていると……。

 ガコン。

 軽い金属音が響く。
 振り向いて現実を直視したら、叫び出しそうな気がする。
 だが、振り向かねば取り返しのつかない様な気がして、簪は振り返った。

「———いっ?」
 それは、丸い体が倒立している様だった。
 頭から墜落した彼は、そのまま勢いで丸い体がぐるんとひっくりかえったのである。
 世間一般では、回転し始め、と言う表現が正しいのであり。

 彼の短い足では、態勢を立て直せない様で、ごろり、ごろりと加速して行く。
 そして、ここは下り坂なのだ。

 彼らの回転攻撃は、『ビッグ』でない時でさえ、同族を倒せるほどに凶悪であり。

「い、いやああああああああっ!」
 一気に簪が加速する。
「え?」
 何事かと一夏とセシリアが振り返って揃って絶句。
「インディーか!? 古典なのか!?」
「下り坂で横道が無いなんて最悪ではありませんかぁ!」

 どんどん加速する。
 地の利は追跡者にあり、重力も敵に利している。

 もう駄目だ。誰もがそう、覚悟を決めたそのタイミング。
 ISを出す決断の直前だった。

「こっちじゃ!」

 バカッ!

 
 地面が隠し扉の様に開いたのだ。
 本当に、この町は一体どうなってるのだろう。

 しかも、道一杯に。
 目一杯加速していた一夏達は、当然急には止まれない。

「うおおおおおおお!?」
「きゃああああああッ」
「お、落ち、落ちますのー!」
 専用機持ち達は思わずISの展開を忘れ。

「ばたんきゅう~」
 本音は振り回され過ぎてダウンしていたそうな。



 ゴロゴロゴロ——————…………
 即座に閉じた地面の上を『彼』が転がって行く。

「ぼふぅっ!? ———あれ、柔らかい」
 墜落———衝撃に備えていた一夏は思わず、その感触に意表を突かれ。

「———はぶっ! ひでっ! おごぉッ!?」

 本音含めた後続女子に立て続けに潰されたりする。
 おのれ主人公属性、テンプレか、セシリアの尻を鷲掴みになる態勢になってるのもお決まりなのか。

「ほっほっほ、無事かのう?」
 そんな三人に声をかけるのはお婆さん。
「あ。さっきの!」
 かろうじて首が動く一夏は、思いがけない再会……と言ってもついさっき別れたばかりだが……に、ビックリする。

 そう、一夏が介護して中華饅くれたお婆さんで有る。
「あのー……なんで?」
「儂はこういうもんでのう」

 お婆さんが超達筆で印された名刺を差し出してくる。

『ゲボックウォークラリー実行委員会役員。トメ』

「…………」
 今度は一夏も黙らざるを得なかった。
 騙された! 俺の、俺の真心が……!
 思うのだが、その感想は、中華饅の時に抱くべきではなかろうか。

「今回は、お年寄りを助けた善人にのみ起きるスペシャルイベント、『お助けキャラが一回ピンチに助けてくれる』じゃ!」

 あー。それで助けてくれたのか。
 え? 助けてなかったら今頃ミンチ?
 心温まる人しかこの街には生き残っていない可能性が出て来て恐ろしい。
 なんだこのダーウィン現象。種の起原。

「まぁ、今時の若者にはあんまりない真心に嬉しかったのは事実だしのう。さて、次へゆくぞい。いつまでも重なってないでついて参れ」
 そう言ってトメさんは地上へのロープに危な気無く飛びつき、するすると登って行く。

 うわぁ、元気だなあのばぁちゃん。何者だよ。
 助ける必要全くないじゃん。
 って事は演技?
 そっちも凄いしなぁ……。

 まぁ、さて置き。
「う……おも……」
 そりゃ、三人も乗っていればそりゃ重いが、年頃の娘にそれは禁句なわけで。

 げしげしげしっ!
「うばばばばばっ!」

 三人娘は無言でスタンピングを敢行。
 セシリアだって、たとえ好きな相手だろうがそれとこれとは別問題なのだ。

 そう、好物であるベルリーナー・プファンクーヘンを取り寄せた時などは、それ以外その一日、口にしない程の決意と覚悟を固めるセシリアにとっては、特に。

 さて、スカート用員が居るので、レディファーストと言わずに一夏から登る。引っ張り上げる仕事もあるし。
 少々本音が手こずったぐらいで難なく登る。
 まぁ、その本音も、ペースがゆっくりだったと言うだけだが……。



「さて、出前もこれで終わりだな」
「儂の家が配達先だから丁度良いぞ」
「いやぁ、至れり尽くせり———」
 そこで一夏の額からぶわっと脂汗が吹き出した。

 ない。
 岡持がないのだ。
 途中でセシリアが飛ばしていたため、 ここには、無い。

「せ、……セシリアさん」
「わ、分かりましたわ! 帰って! お願いだから無事帰って来てくださいませー!」



 岡持は潰されずに無事でした。



「いやー。良かった良かった」
「本当ですわ。無事で……」

「いや、良く無いぞい」
 ピ—————————ッ!

 悪夢の様なホイッスルが鳴る。
「出前中。配達物忘れる。これ何事か。全員、アウトー」

「げ」
「わ……」
「うわわわ~」
「もう、こんなの嫌ですの~!」

 町の一角に四筋の光が差しこんだんだそうな。うん。例の。



 さて。一様に皆さん復活し。
 トメさんが青いカードを取り出した

 青色だからだろうか。自然とセシリアが受け取ってペラりめくる。

 一緒になって覗く三人。
 なんだかんだで一体感が出て来ている様だったが。

「……………………………………なんですの?」
 セシリアは自分の目が信じられなくなって読み返し。
「なんだこれ?」
 一夏は思わずセシリアの顔をまじまじと見つめる。
 ボッ! と真っ赤になるセシリアの傍、簪と本音は首を傾げていた。
 何故なら、指令書にはこう書かれていたのだ。



———指定の電話ボックスでサー・オルコットに魂のお告げを聞け!!



 何ぞやそれ? であった。
 残りは電話ボックスへの道筋である。

 まあ、ヒントは『オルコット』しかない訳で。
「すまん。サー・オルコット、お告げを」
「お願〜い、サー・オルコットさ〜ん、お告げを〜」
「ち、ちちち、ち、違いますわあああああああ!!」
 セシリアがそう言うのも無理はなかったと言う。

 珍しく、まあまあ、と取りなしたのは簪だった。

「サー・って付くってことはセシリアさんは騎士?」
「いえ、名前にサー・と付けるのは男性。私の事ではありませんわ。日本でいうあくまで勲章の様なものでしかありませんの。それでも、女王陛下に賜わる栄誉な事ではありますが———」
 言って良いのか。ちょっとセシリアは考え。

「でもこれ、使い方間違ってますわよ」
「「「「えぇ?」」」」
 そこにいるメンツが一斉に、トメさんまで気勢をそがれた用にずるっと行った。

「男性なら『サー』、女性なら『ディム』という敬称が付くのは良いのですが、ナイトの称号は一代限りで世襲はされませんの。そのため、爵位などの様にファミリー・ネームでは無く、あくまで個人への敬称として、ファースト・ネームに付けて呼ぶのが正しい使い方ですわ。そうですわね、一夏さんならば、サー・織斑では無く、サー・一夏のように用いられる。と言った感じで」


 本物英国人による有難い薀蓄であった。

 しかしまさか———
 オルコット姓はもはや自分しか残っていない。
 両親が亡くなった時は遠縁から親戚がこれでもかと群がって来たが……。
 オルコットを名乗れるのは自分のみ。
 若しくは———

 その時一夏は、なんでセシリアは顔を赤くしながらこちらをチラチラ見ているんだろうか。『俺ってなんか変かな? 寝癖とか残ってるとか? だとしたら恥ずかしいな』なんて受け取って髪を手櫛で梳き始める。



 マジ織斑だった。
 ヒロインの想いが報われるのはまだまだ先のようだったという。








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 今回、くっそぉ! やっぱり長っ! と思ったので前後編に分けました。後編の方がずっと長いですけど!
 更に一度に更新するの、どうも次の過去編の後はこれ書けないんですよねー諸事情で
 プロットで伏線張ってたりしてたんで。

 と言うか、まだゲボック宅にさえ着いてない!
 果たして! 作者がゲボック研究所まで執筆できるのか!(おい
 乞うご期待……していただけると有り難いですm(_ _)m






 丁度ここ執筆しているとき、にじふぁんが何やらでここ理想郷がお祭り騒ぎでした。
 私はここで投稿事体が初なので、なんと言いましょうか……?

 楽しみましょう皆さん、としか言えません。
 ただ、使う言葉、かける言葉は皆さん気をつけましょう。
 他でもない、自分達はその文字表現を娯楽としているんです。
 それでいて取り扱う言葉が粗雑で相手の気持ちを害すのは本末転倒だと思うのです。

 趣味嗜好はそれぞれ違う。
 一つの文章を見てもそれを受け取る人の器の形は人それぞれであるという事を理解しなければ行けないんですよね。

 自分の好きな文を出しても相手に受け入れられない事があるのは至極当然。
 そしてここは、多種多様な不特定多数の器が見定めにやってきます。

 自分の文が相手に受け入れられなくても滅入る事なく、ただ、どう受け入れられないのかは考えて下さい。不快な表現だけを受け入れ修正すれば、自分の好きな文でも向上はして行くと思います。
 
 また、自分の器と合わないからと言ってその文を貶すのも、自分の器を狭めてゆくでしょう。どんどん受け入れられる範囲が狭まっしまうんです


 なあんてクソ偉そうな事言い募りましたが、私も所詮は一個人にすぎませんし。
 上の文のように言いつつ、無意識でも嗜好で取捨選択をしているでしょう。

 でもまあ、アレです。
 楽しい方が良いじゃないですか。
 以上、九十欠でした
 
 
 でも、受け入れられないとメッチャ滅入るよな、お前。
 いーじゃねーかよぉ、もう。



[27648] 原作1~2巻 “間”話 友人来宅_下。魂のお告げと我が家にて
Name: 九十欠◆82f89e93 ID:a6979411
Date: 2012/03/31 16:58
 さて、後編です。何トチ狂ったか、いっきょあげちまっただーよ。

 自分は本当にただの日常って書けないんで、今までもこれからも長々何かだべってたら伏線だと思って下さい(自己首絞め)もっとも、回収しきれない事も多々あると思いますがw

 よし、自分を鼓舞してみよう
 双禍は要らない子なんかじゃない!

 そうそう、ここの最後で宗州様のリクエストがのってます。ちょっと本文と絡むので大丈夫でしょう、中身。

―――長々失礼しました。余暇があれば、本文をお楽しみください。


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 呼び出し音が裏山に響きわたる。
 携帯通信端末が一般的な昨今、絶滅寸前の緑の公衆電話が、人なんて山菜取りに来る位しか居ないであろう裏山にででんと突っ立っているのは夜ならばむしろホラーの題材にされそうな感じである。

 が、昼ならば単なるシュールな絵である。
 実は篠ノ之神社の裏手であり、一夏はその数少ない山菜取りに来たわけでも無いのに良く遊びに来た口だった。

 ブツ———

「あ、繋がったみたいだね〜」
「静かに、のほほんさん」

「はい。もしもし。こちらはオルコットです。この回線を御使用という事は———」
「チェルシイイイイイイイイイイ———————————————ッ!?」

 セシリアは高貴なる者の責務(ノーブレス・オブリージュ)もかなぐり捨てて叫んでいた。
 電話の相手は、本国で不在のセシリアに代わり、セシリアの職務をこなしてくれている幼馴染みにして専属メイドのチェルシーだったのだ。
 まさかと思ってたら本当にまさかの実家だったという次第なのだからそりゃ叫ぶ。応答したのは、両親亡き今、最も信頼している相手なのだし。
 しかも、まさかの日本語である。

 それはつまり、チェルシーが受ける、この電話の相手は日本語である事が殆どであるという事だ。
 そう言えば———とセシリアは考える。
 日本語の細かい部分は彼女に習ったのだ。
 日本語には同じ意味の言葉でも高貴なる意味となるようなえーと……なんたら譲語? とうものや、尊……なんとか語という活用変形のある複雑怪奇な言語であり、習得が困難だと言うのだから。
 だが、オルコット家現党首たるセシリアは、例え異国であろうとも、言動で品位を疑われてなるものか、と必死になって憶えたものなのだ。
 そう言えば、どうしてチェルシーは日本語が得意なのだろう。今まで気にした事もなかったが……。
 
 ところで、ノーブレス・オブリージュって仏語のノブレス・オブリージュを英語読みしただけのものらしい。
 英語的に意訳するとノーブル・オブリゲーションと言うらしいけど、どれが正しい用い方なんだろうか?

「その声……まさかお嬢様ですか……!」
「え……ええ、あの、そうですわ……でも、なんでこの―――」
 何の変哲もない公衆電話が我が家とホットラインで繋がってるんだろう。
 しかも、皆は知らないが地上回路経由という豪華仕様である。

「この回線は、旦那様がご健在であった時に、交遊のつてから取り付けたものです」
「やっぱり……そうなのですわね……でも、それではサー、とは、本当に?」
「お察しの通りですわ、お嬢様。旦那様の事でございます」
「でも! 私はお父様がナイトの称号を授与されていたなど存じませんわ!」
「それは……でも、お嬢様がこの回線に出たという事は、お伝えせねばなりませんわね」

 チェルシーは電話の向こうですぅっと一呼吸し。

「まさかお嬢様が……本当に……ええ。語らなければ行けませんね。そう―――きっかけは、私のご友人でした」
 チェルシーは語りだした。



「なんか……俺等場違いじゃね?」
 というか、公衆電話なのにシリアスすぎる。
「でも……この手のイベントが……実家と繋がったら……やっぱり……深刻」
 常識とかとの兼ね合いで。
「なんか相手は幼馴染みさんみたいだね〜」
 バックは静かに聞き耳を立てていた。
 しかし、何だろうねこの雰囲気。



「お嬢様は御存知でしょうが、私は孤児でございました。当時は愛想のない子供で、施設でもなかなか孤立気味でして」
「そんな」
 現在のチェルシーはいつも穏やかな笑みで、皆を癒し包み込むような暖かさに満ちている。
 そんな彼女が———
「そんなとき、私が居たような児童養護施設に手品を披露して回っていた旦那様がやってきました」
「何してたんですのお父様は!?」
「ですから手品ですよ。そのような施設へのボランティアは貴族として当然でございますよ。ですが、私は何の反応も示しませんでした。旦那様には、何か意地のようなものが出たのでしょう。『いつか私を失笑させる!』と息巻いていたのものです」
 失笑って。

「それもつかの間、なんとその日、色々とオルコット家の権限まで用いて私を連れて帰り、奥様にこうおっしゃったのです———」

「『ねえ! この子、セシリアのお姉さんとして育てちゃ駄目かね奥さん!』と」

「訳分かりませんわ!!」
 と言うか、自分の知っている父親像と全然違うんだが。

「奥様はこうおっしゃいました———
『駄目に決まっているでしょう? 全くあなたは。いつもそんな事言って、面倒見切れなくなるんだから、ちゃんと元の居場所へ返して来なさい』と」

「ひ、酷すぎますわね…………」
 ノリがコントである。

「ええ、私も『チワワのような眼差しで妻の顔色をうかがう夫の図』は幼少ながらに引きもしましたが……結局、平身低頭の極みも極め、なんとか、住まわせていただく事となりました。旦那様はいつもどんな相手にも———この私にさえ———平身低頭、ただし行動は知らないうちにやっている。そんな方でした。お嬢様の専属メイドとして働けるよう教育の場も与えていただきました。そんな、短期講習で女給としての教育を受けに行ったとき、今の私ぐらいの年でしょうね。友と呼べる人と知り合いました」

 あのう……やっぱりところかしこでイメージと全然違うんですがお父様。
 チェルシーに聞けば聞く程そう思う。
 でも、誰に対しても平身低頭ならそりゃ確かに情けなく見えるかもしれない。
 父の話は一端区切りで、最初の友人の話に戻るようだ。セシリアは聞き耳を立てる。

「彼女は全く口がきけませんでした。それでも、筆談ではありますが、親の恩人宅で子供の世話をしているんだと、とても楽しそうにいつも語っておりました。一週間は瞬く間に過ぎ、名残惜しくも分かれるとき、投影モニター式の通信装置を渡されました。自分は電話が出来ないから、これでお願いと」
「一体、どんな伝手で投影モニターを?」
 投影モニター。父が生きていたのだから3年前以上前の事など、最先端技術である。

「彼女は、自分の父は科学者だから大丈夫。これは試作品だから、使い心地のモニターも兼ねて渡すと」
「まさか———」
「はい。彼女の父こそ、ゲボック様です。また、彼女の為に手話も学び、必然と日本語も学んで行きました。私の日本語の習得はそんな背景が合った訳です」

 世間って狭!
 どこでどんな繋がりがあるか分かったものではない。

「そうして時々彼女とテレビ電話のように語っていたのですが、丁度タイミングよく、彼女の後ろからゲボック様が、私の後ろからは、奥様にお叱りを受け、しょんぼりした旦那様が入ってくるという。本当に、なんと言う偶然、と言うタイミングで———」

 しかし、我が父は何かとてもユニークだったようだ。
 かなり情けない様を見せているが。

「それで———」
 チェルシーはとても言いにくそうに。
「どうしましたの?」

「お二人がその時———馬が———こう、ピッタリと、合ってしまいまして」
 えー。

 セシリアの脳裏に、今日駆け巡ったウォークラリーが走馬灯のように駆け抜けて行く。

「まさか……この、イベント、は……?」
「実は……このイベント自体は随分と昔からあるようなのですが……なんと言うか、旦那様がゲボック様と交遊が出来てからは新しい指令内容とかにも色々意見を言うようになりまして……おそらく、お嬢様が今日経験した指令の三分の一近くは旦那様が」

 ……なんでわたくしの知らない所で生き生きしてるんですのおおおおおおおッ!
 と言う事はアレか。今日の苦労は、親の因果が子に報いたとかそう言うものか。

「そ、それでですねチェルシー、今回の指令は、サー……いえ、お父様に魂のお告げを聞け、なるものなのですが……」
「も……文字通り、魂の言葉になられてますね…………」
 語れればだが。というか語られたら洒落にならない。



「ですので、いままで私が代役をしておりました———しかし、私は少々驚いております。お嬢様がこのような奇縁に巡り会うのもそうで御座いますが……何より、旦那様がこの事を予見しておられたという事です」
「———え?」
「もし、お嬢様がこのイベントに遭遇なされたら流すように———と、はい」
「———え?」
 セシリアにはもう、そうとしか口にできなかった。

 ガチャ……トゥルルルルルル……ぴ———ガ———……

 妙な機械音が響き、そして———

「ええええええええええええっ!! 吾輩もう死んでるのおおおおおおおおっ!!」
 懐かしい———涙が零れるであろう父の声はいきなり日本語で素っ頓狂なものだった。
 
 おかげで涙が逆流した。
 冷めた。
 乾いた。
 引っ込んだ。

 チェルシーが見たら、『その眼差し、まるで奥様のようです!』と叫んだかもしれない。そんな眼だった。

「お父様! 日本語にした途端一人称『吾輩』は無いでしょうに! そもそも娘に当てた音声なら母国語でお願いいたしますわーっ!!」
 いきなり翻弄された。録音だと言うのに思わず突っ込んだ。なんなんだこのキャラは。

「———とまぁ、日本語で遊んだ訳なのだが。突っ込んだのなら日本語の習得が素晴らしいと言う事だ。しかしだ愛するセシリアよ、母国語でも、最早『Wagahai』としか変換できまい。わっはっはっは」

 確かに。なんて事してくれるのだお父様。

「しかしあれだな。セシリア10歳から40歳まで想定して一年分ずつ録音しているんだが———まさかこれ聞かれてるとはなぁ。え? 吾輩そんな早く死んでるの? やっぱ死因はあれかな? 今ハマってる、日本全国津々浦々饅頭取り寄せ食べ比べか? 喉に詰まって窒息死か? 嫌だねぇ、窒息死って笑い死にと同じで『最も苦しい死に方』らしいじゃ無いか。しかもギャグだねギャグ。しかも一世一代失笑ものの大ギャグだ———あれ? やる甲斐はあるかもしれないな。しないけど。さて、饅頭で死なないよう緑茶でも取り寄せるかな。でもアレ苦いんだよね———ぬぁーんて我が秘術鳩召喚!!」

 ぽるっぽー、と背後から鳩の声が聞こえる。手品で鳩呼んだのか。見える訳無いけど。

「しかし、我が友ゲボックは手品を科学で見た目通りに再現するからなぁ。不器用なんだよな、あいつ。お陰で吾輩の鳩手品再現のために亜空間ゲート開発するし。幼馴染への祝いで見せると言っていたからまぁ、種も仕掛けも超科学。極限の科学は魔法と同義だったかね? ISもそんな感じ出し、魔法―――マジック———おお、符合したではないか———なぁ、愛するセシリアよ、吾輩は———お前の子が見たかった」
 世間話の末尾に知り明日を付け加えないで欲しい。なんと言う不意打ち。セシリアは乾燥しきった筈の涙腺が潤むのを感じ———

「孫をこの手で抱き上げたかった。そして、お前が連れて来た男をもう、これでもかと殴りたかった」

「はい?」
 こんどは足払い食らったかの様に気が抜けた。

「だって愛するセシリアを手篭めにする男だぞ!? こう、もうげしげしげげしと拳を打ち込んでだな、仕上げにもう、溢れんばかりに喚び出した鳩でもう、ぽるっぽぽるっぽ突つきまくってやるのだ! こう、こう、このようにこのように———」
 背後がポッポーポッポー物凄く騒いでいる。
 いったい、どれだけ鳩呼んでるのだ。
 もうバサバサ羽ばたきまで聞こえて来て五月蝿い事この上ない。

———と言うかお父様、まさか鳩関連以外の手品、出来ないのではあるまいな

「何をやっているんですかあなたは」

 この———声は———

「おお、これは経営されてる各社で胃潰瘍製造機ともっぱら噂な、最愛の妻では無いか」
「あなたは妻を貶しているのか褒めているのか分かりませんね」
 やっぱり———お母様

「当然———愛しているとも!!」
「あなたの愛は紛らわしいんです。誤解されるので何もしないでください。それが最良なんですから、とっとと止めてください。最低限まず呼吸から」
「――――――――――――うぶっ!? 無理、これ以上呼吸停止は無理ですよ! ははは、麗しき奥様、この惨めな吾輩めに何卒ご勘弁を! 酸素下さい!」
「だからどうしてあなたはいつも低姿勢なんですか!」
「うむ、これは吾輩の年若い友ゲボックが幼馴染に叱られている時によくやる正座と言うものらしい」
「実際の姿勢の事は言っておりません! それにその姿勢は、わたくしの知識がおかしくなければ土下座と呼ばれるものだと思うのですけれども」
「さて、ふと見上げれば見えてしまったマイワイフの下着。その派手っぷりから見て、今日はカモン! エブーリバーデーな日だな(英国人だからこそより意味不明)よし頑張ろうと言う気になれる。セシリアには弟妹が必要だし———」

「「死んでください」」

「うぉぉ! なんと言うデュエット! と言うかチェルシーいたのかね吃驚だよ」

「ここは私の部屋です旦那様。着替えている最中に入ってきたので、思わず走った脳内スキーマが全自動で射殺する所でございました」
「思わぬ所で吾輩、九死に一生! 所で、そんなものが何故チェルシーの枕の下にあるのか吾輩は興味深々だったりするが」
「はて、旦那様が、不埒な男がお嬢様に近寄ったらこれで撃てとお渡しになったでしょう」
「あなたはいつも墓穴を掘るんですのね。この間みたいに」
「ああ、ゲボックの作った『超高速掘削くん』だったな。超速で掘れるが真下にしか掘れないし、当然自力じゃはい上がれないので、『墓穴くん』に改名されたしなぁ」
 何をしているのだ、この人は。

「ねぇ、セシリア。これを聞いて居ると言う事はとても悲しい事ですけれども———わたくし達はあなたをいつまでも愛しく見守り続けていますわ———強く、オルコットの娘に相応しく、美しく、生きなさい」

「はい———はい———お母様———」
 セシリアは受話器を手に涙するが、その母の後ろでは父が相変わらずだった。

「ははははははははははは———鳩」
「チェルシー、黙らせなさい」
「かしこまりました、奥様」
「いやんだねぇ、マイ奥さん、複雑なツンデレだのう」

「「死んでください」」

「ちょおッ! チェルシー! そう言われて構えるのがその銃だと言うのは、非常にひしひし身に迫る恐怖があるのだがね、どういう意図があって———」
「私は奥様に従うだけですわ、旦那様。ですので、最初奥様が命じたとおり、呼吸を止めて差し上げようと。ええ、私の部屋を鳩まみれにされたことなんて、全く、全然、さっぱりこれっぽっちも関係無いですけれど———」
「物凄く気にして居るでは無いかね! それで止まるのは吾輩の息の根だヨ! そうそう、忘れる所であった! それでは最後に吾輩の魂のお告げをだな———」
 それからもしばらくドタバタとした喧騒は録音が切れるまで続き———

 聞き終え。
「お母様———お父様———」
「お嬢様……」
「チェルシー。今度戻った時、わたくしの知らない事、たくさん聞かせてくださるかしら」
「ええ、旦那様は照れ屋でしたので、秘密にしてくれと申していた事が辟易するほど。はい、脱力せんばかりの話なら、いくらでも」
 なんか恨みでもあるんだろうか。

「えぇ———」
「そうでした。お嬢様。旦那様のご趣味で、その電話ボックスは五秒後に爆発するのでお逃げくださいませ」

「え———?」
 爆発?
「お父様の馬鹿あああああっ!!」
 代表候補生であるが故の機敏な反射神経で電話ボックスを飛び出すセシリア。

「セシリアさん……どうしたの?」
「皆さん、お逃げになってええええ!」
「慌てぶりが尋常じゃないぞ?」
「ば、爆発いたしますわあああああ!」
「「「ええええええ!!」」」

 全力で走り出した四人の背後で電話ボックスが爆発する。

「逆の意味で知りたく無かったですわ……!」
 絶対父の様な人とは結婚すまい。
 新たなる理由でそんな事を胸に強く抱いたセシリアだった。
 でも結局、何故父が『サー』を付けられる様になったのかは分からないままなわけで。
 謎は深まるばかりである。



「び、吃驚したなぁ、もう」
「……ちょ、ちょっと……洒落にならない……」
「お父様お父様お父様…………(ブツブツ……)」
「ぐるぐるお眼目がま~わ~る~…………あ! ああああぁぁぁぁ~~~~~ッ!!」

 電話ボックスから進行方向を逆走して退避した4人だったが、本音らしからぬその声に、全員が視線を追う。

 そこにあったのは———

 『Dr.ゲボック研究所、こちらへ一粒300m』

 意味不明な看板が地面から生えていた。
 一夏達が来た方である。
 裏からは樹にしか見えない見事な偽装であった。

「「「「はぁあ……」」」」

 思わず四人とも、深い溜息を吐かざるを得なかったと言う。






「あ……これ美味しい」
「それは良かった。自信作でしたので」
「私にも貰えないだろうか」
「喜んで」

 その頃の箒と鈴である。
 一足早くゲボック研究所に来た二人は、ベッキー(無印)に持て成しを受けていた。
 二人が味わっているのはベッキーオリジナルのブレンドティーだ。
 外との格差と嘆くなかれ。
 これは『はしか』の様なものだ。
 誰しも通る。しかも早い方が軽い、みたいな感じで。

「あのさあ、箒」
「———なんだ?」
 さて、そこでライバルを観察していた鈴はふと気付く。
「箒って、ここだとあり得ないぐらい自然体よね」
「ふぅぶんぐんぶぉ——————ッ!」

 牽制でも探りを入れる訳でも無く、純粋にそう思った事を口にした、という感じだったため箒は危うく口の中のものを噴出させるところだった。

「ゲブっ、げほっげほげほ! なんだいきなり……」
「いや、だって、箒ってなんかいっつも気、張ってるじゃ無い。『私には隙なんてありませんよー』みたいな感じで。逆にここだとあり得ないぐらいリラックスしてるからさあ」
「そ、そうか……?」
「そーそー」

 指摘されるまで全く気付かなかった。
 そう言うところが、自然体と言う事なのだろう。
 箒は今迄の事を振り返る。鈴に『そう見える』ようになった原因を思い返しながら。

 姉、束に対して激昂を叩きつけてしまってからもう、何年経っただろうか。

 その直後、姉は姿をくらませた。

 千冬やゲボックとは会っているそうだが、世間からも完全に所在不明となっている。
 同時に始まった要人保護プログラム。
 妹だからと言う理由で、何度も何度も聴取され。
 一つ所にも長くは居られない。
 親しい友もろくに出来る訳が無い。
 付いてまわる篠ノ之の名。

 それは、どこに行っても『篠ノ之束の妹』というフィルターが剥がれないと言う事だ。
 そして、フィルター越しにでは無い、素の自分は見て貰えない。

 なんて人生だ。
 自然と携帯を握る手に力が入る。
 そこには、アンヌに半ば無理やり入れられた束の連絡先が入っている故に。

 束と箒の仲を取り持つ為、アンヌは頑張ったものだ。結果は———残念なものだったが。

 だけれども、監視の目をあっさりかいくぐり、遊びに来てくれたアンヌだけが心の拠り所だった。
 時々一夏との手紙を運んでもらったりと、本当に助けられたものだ。

「考えてみれば、私を『篠ノ之箒』と見てくれたのは彼等が一番だったからだろうな」
 そのせいだろうか。人を見るとまず疑心暗鬼に陥ってしまうのだ。
 鈴の言う、隙を見せない様にして居る、というのはズバリ、的中しているのである。

「あー、身内に凄い人居ると大変よねえ、一夏見ててそう思ったし。でも、それは同感ね。ここの人(?)達って、良くも悪くも純粋だもの」

 親がゲボックだからだろうか。

「まぁ、そうとも限りませんが」
 お茶請けを持って来たベッキーが配膳しながら言い加える。
「私共にも色々御座いますよ? 数が三人以上居て意見が違えばそれは派閥となります。『ここ』にいる私共はまぁ、みんな仲良く好きな事をしよう、と言う所謂『家族派』が残っているんですよ」

「待て……お前ら一体、どれだけ居るんだ?」
「そうですねえ、量産型も含めれば相当な数になります、とだけ」
 世界中に、一体どれだけ拡散して居るのだろう。まるで核の脅威だ。ゲボックの二つ名関係無しに。

「あんた達がその———『家族派』だっけ? そう言うのなら、他にはどんなのが居る訳?」
「そうですね。私共以外となると、やはり『存在意義原理主義派』でしょうか」
「何か中東にいそうな名前ねえ?」
「私も知らんぞ?」
「それはそうでしょう。箒様とて彼等とは会った事が無いはずでしょうし。分かりやすく言えば、生まれた存在理由を遂行せぬは生きる価値無しと思っている者共ですね。日本のような、平和な国には居ませんよ」
「確かお前らは……」
「別に言い淀む必要はありません。私共は生物兵器、戦う性能を付与されて生まれて来た者達です。その事に後ろめたい事なんて有りませんから」

 誇りです、と一礼するベッキー。

「ですが、だからと言って兵器として有る事のみが私共の価値では無いでしょう。今回のお茶のブレンド、それも一つの形でございます」

「あぁ、これは美味いな」
「本当、でもこれ何かしら、日本茶とも紅茶とも……う~ん?」
「それは秘密です。ただ、葉を差し上げますので、淹れ方ならお教えできますよ」
「あ、それお願い」
「と言う事は茶葉時点でブレンドしてるのか?」
 答えは遺伝子レベルでのブレンドである。同じチャノキでも、緑茶向き紅茶向きがあるのだが、それを色々試したらしい。
 更にそれを発酵のさせ具合でも色々混ざるらしいが。
 だけど、これって最近過剰に文句言われている遺伝子組み換え食品だよね。

「ですが、この様な余暇の用い方さえ否定するのが『存在意義原理主義派』でございまして、生物兵器として生まれたからには戦闘力の高みのみを追求し、常に生物兵器たれなんてお固くクソ真面目な事を本気で抜かしやがりますんで御座います」
 よっぽど嫌いなのか日本語がバグっていた。アダ●パタさん語とも言う。

「あの者共は性能の追求のためにわざわざ戦場を作ろうとしますからね。虫酸がはしりやがりますよ」

 期せずして似た様な話題は一夏達の方でもあったのだ。

———手段のためには目的を選ばない

 そう、どう有り方を示そうとも、彼等がゲボックの心の写しである事に変わりは無いのだ。

———愛すべき者に認められたいが為に献身する

———己の願望。手段の追求のために、それがなされる舞台を用意する事さえ厭わない

 そのどちらもが矛盾せず内包して居るのがゲボックであるが故に。



「お気をつけ下さい、特に鈴様」
「———へ? 私?」
「はい、あの者共は、『最強の兵器』の称号がISにあてがわれている事を決して良しとしていません。鈴様は代表候補生の身、ゆくゆくは国家代表となられる事を見越しておられるでしょう?」
「う———うん」
「必ず———必ず、奴等は手を出して来ます。それこそ理由は問いません。鈴様の祖国。中国のISと戦おうと思えば、中国に圧政を敷かれている地方で住民の反抗心を刺激すれば容易に戦場が出来上がります。普段とは違い、軍隊を容易く淘汰出来るあの者共がさらに勢いを与えて、です」

 そう、ゲボックが世界規模で社会の敵認識されているのは、このような『全く制御されていない生物兵器の暴挙』と言うものも有るのだ。

 そして、それはISでもなければ対処は絶対に不可能だ。

「あのねぇ、ベッキー。ISは、軍事利用を禁止されてるのよ」
「ええ、『そう言う事になっている』ので御座いましたね。ですが、それではISに何故、対集団人員用兵装があるのでしょう? そもそも、スポーツへと形骸化しているはずのISに何故軍用などと言うものがあるのか」
「え、えー……と」
「そう言えば鈴も一応軍属なのだよな」
「まぁ、うちの国じゃ必然にね……」

 ベッキーは鋼の指を振り。
「まず第一に、アラスカ条約では、ISの軍事利用こそ禁止されていますが、軍事演習や軍事試験ではその運用を禁止されてはおりません」
「はぁ!?」
「そうなの?」
 おい、鈴、一応軍属だろう。まぁ、その条約を理解しても、抜け道迄は考えていなかった、と言う事だろうが。

「はい。名目上は。実作戦の上に於いて、用いられなければなんら問題は有りません」
「屁理屈だな」
「法とは、元来そのようなものです。元々、『お前等は駄目だ。私達は良い』を大々的に叫ぶ為に有るのですので。そして、『演習地域で偶々武装した反国民がいて、演習に巻き込まれてもそれは事前通告を無視したため問題は無い』のです———さらに」

 ベッキーは二本目の指を立て。

「それに、軍事利用で禁止されていても、人命が掛かっている場合に於いてならば、救助に向かうのは容認されています。傷病者護送の為に、格納領域に目一杯火器を搭載して来るのですよ。一発でも発砲音がすれば、発砲した陣営がどちらであろうと緊急避難———正当防衛が成立する。解釈、と言うもので御座います。そして、そんな屁理屈は常に、法を立てた側に都合良くで来ている訳です」

 おかしいですよね、生命に危険の無い軍事作戦なんて存在し得ないと言うのに。
 と、続けつつ。ベッキーは三本目の指を立て。

「そして、我々・・です」
「あぁ、その何とか原理主義が居るから?」
 ISが無いとやっていられないと言う事か。
 だが、ベッキーは首を振り。

「それも有りますけれども、まぁ10割方Dr.のせいなのですが———10年前、ISが発表される少し前、Dr.はとある結社のご依頼で<人/機>わーいマシンなる人機融合兵器を作りだしました」

 とある結社……うん、まぁ、間違ってない。

「まぁ、それがとんでもない代物でして、開発したDr.自身と私とロッティ、アンヌ、それに千冬様と束様まで全力を傾けなければ倒せないような化物染みたものだったので御座います。箒様、覚えてはおりませんか? Dr.と千冬様が揃って入院された時があったでしょう」

「あぁ———あのガス漏れ事故か? ゲボックさんの両手がペンチとドリルになった事件だったと思うが……実はあの日、あんまり記憶が無いんだよな……」

「ええ、外は危険極まりなかったですからね。束様が眠らせになったのでしょう。ISコア初試験運用もこの事件解決の為でした」

 話が途端にきな臭くなった。

「ですが、この<人/機>わーいマシン、Dr.が全力を傾けるような代物。制作費用がまずバカにならない。その上、Dr.自ら手掛けなければ完全に再現出来無いと言う、兵器としてはあんまりな代物でした」
「それって、ISと同じじゃないか?」
「あぁ、そうよね。そう言えば」

「ですが、ISは制御が容易です。そして、まずい事に<人/機>わーいマシンはISと違って、鉄砲玉としてなら、有用な事この上ない劣化版という条件付きですが、容易く在野の科学者でも作り出せたことがあります。まぁ、元に比すれば酷いも酷い、そんな劣化品でしたが、それでも被害無く駆除出来るのはISしかないと言うレベルです」

「あ、なんか聞いた事があるかも。確か、『Were・Imagine』って奴よね」

「良くご存知で。そして、その数年後、Dr.が『核爆弾』なる呼び名で称されるようになります。そして、知れ渡りました。その開発者がDr.であると。いえ、消去法ですね。束様とDr.にしか作り出せる訳がない、その様な理由で御座いました」

「確かに———なぁ」
「そして、Dr.の手になる生命体。私共の事なのですが———それも共に知れ渡り、私共にもある呼称が与えられました『G(ゲボック)ウェポン』という呼び名が———非常に遺憾な事にあの劣化品同様に付けられたのです」
 どうも、ゲボック製でないのと一緒にされるのが気に入らないらしい。

「そして、駆除には軍が出るしかない。しかし被害無しには仕留められない、でもISは使えない。ですので、法が作られました。『Gウェポンの掃討は軍事行動に非ず。公共事業で有り、害獣駆除の一環である』というようにです」

 これには、千冬も麻耶も参加している。
 特に千冬は、ノウハウのレクチャーを各国に教授する程であった。

 最今は『Were・Imagine』の脅威が下火になって来た事も有り、代表候補生クラスでは存在も知らない事の方が多いのだが。

「真に遺憾な事ですが、私共は精々野生の獣と同じ扱いなのです。『家族派』の殆どが日本にいるのは、私共に日本国籍が有り、人権を有するからなのですよ。Dr.の拠点がある、と言うのも大きいですが」

「なるほどねぇ、こりゃ面倒だわ」
 見知った相手と似た相手と殺し合え。
 中々厳しいものがある。

「ですので、ご忠告させていただきます。鈴様、決して、敵対する相手に我等が同胞を見付けたとしても、躊躇い無く完全に破壊し尽くして下さいませ。彼等は、同胞ですが私共とは違います。見慣れた相手と思って気を抜けば、御命など、幾らあっても足りませぬ故、確実に絶命させて下さい」
「絶命って———」
「私共はしぶとさにも定評が御座います。私も、その<人/機>わーいマシンとの戦闘において、半身を失う程の損害を受けましたが、何ら支障無く完治いたしました。私共の生命力は、それこそ尋常ではないのです。こう、徹底的に破壊し尽くさなければ改修不能には至りません。最悪首一つあろうとも、のど笛を噛み千切りに来ます。比喩抜きに、で御座いますよ」
 組織閉鎖し、重力制御で首だけで飛び回ろうとも残存維持エネルギーが切れるまでは生命を維持出来る。そう言うレベルなのである。

「そんな輩でも、『家族派』の中には、自分達は兄弟だからなどと愛を示した者も居りましたが———」

 続けない。
 その内に燻る確かな怒りを、箒と鈴は感じ取った。
 口にしない事が、答えになっていた。

「———それ以来、私共の認識でもアレ等は敵となりました。私共は『家族派』に御座います。故に、家族に敵意を向けた相手は、素粒子単位であろうとも一片たりとも存在を許す気は御座いませぬ故に」
 家族の為ならば波濤する地獄へと容易く変わる。それが『家族派』最大の特徴なのだ。
 普段は兵器である素振りも見せぬにも関わらず、一度敵と回せば滅ぼし尽くすまで止まる事は無い。活動規模が最大級なのだ。
 これまで、いくつかが国単位で地図上で別の国に書き換えられているなど、普段の彼等を知っているものがどうして連想出来ようか。

 と、変わってしまった雰囲気にこれはしまった、とベッキーは頭を掻き。
「気を害されたようで申し訳有りませんでした。ですが、私共は私共に良くしてくださる皆様ならば、それこそ正き存在理由を以って、命をとしてお守りしたいと思っております。心も、体も。当然———箒様、鈴様も同様です。本当にこの町は暖かいですから———あと、箒様。部屋はちゃんと以前の状態を保たせております。御覧になられますか?

「本当か! 嬉しいな———」
 箒はあえてそれに乗った。この空気は当然嫌だったからだ。

「ちょっと待ちなさい。なんでここに箒の部屋があるのよ」
「ここは私にとっては第二の実家の様なものだからな」
「……うん、ちょっと箒、自然体過ぎるなと思ったら、ここの人だったのね……」
「嫌に引っかかる言い方だな」
「素直な意見よ、これは」
「尚更気になるんだが。実際ここの始まりは、ゲボックさんと千冬さん…………そして、あの人の秘密基地だからな。私も最初期のメンバーだ」
 そう言って差し出したのは、ゲボックウォークラリーをクリアするともらえる、研究所出入り許可IDだった。No.5と書いてある。

「うっそ! まさかの一桁台!? あたしが二桁台だってのも結構自慢だったのに……やるわね」
「元々、私が転校した時入れ違いで来たのなら私より番号が若い訳がなかろうに」
「あー。そう言う訳じゃくてね、一桁台はVIPって事なのよ。そりゃ部屋もあるわねー」
「その設定初めて知ったんだが……」
 不在だった時間の流れを感じるものである。

「ところで箒様。無礼を承知でお伺いしますが、束様とは、まだ?」
「…………あぁ」
「前々からもしや、って思ってたけど、やっぱりそうなの?」
「…………あぁ」
 当然、箒の表情は固くなる。

「正直申し上げて、見てはいられないので御座います。箒様に電話をかけようとして直ぐに思い直して切ってしまう所など———特に健気で」
「執拗にワン切りで掛けて来いと誘ってるかと思ってた!?」
 全力ですれ違う姉妹だった。

「まぁ、その分ストレスが募って暴れるものだから———米国限定では二つ名がLevel-Upしたりするのですが」
「ん———? 神の手違いなる災害(ゴッド・ケアレスミス)と言うのなら、千冬さんに聞いた事があるが———」
「それも大概すごくない!?」
 米国限定、とは、特に『三人による世界大戦』の被害が大きかったのがこの国だったと言う理由があるからだ。
 ゲボックによる情報隠蔽は凄まじいものだったが、それでもゲボックでは無く束であった事に気づき、なおかつ記憶を消されなかった者はごく少数だが、居たのである。

 例えゲボックでも、こと、人に関しては完璧たる事は出来ない。
 ゲボックが目指すものの一つに、それがある程に、人間とは複雑怪奇極まりないのだ。

「束様は米国において『E・L・E』(エリー)と呼ばれております」
「えりー?」
 どこをどう変えたら束がそんな読み方になるのか。箒には分からない。

「アメリカじゃ台風にカトリーヌとか人の名前つけるし、そんな感じじゃないの?」
 そう言う鈴も束にずいぶんな物腰だった。

「鈴様、良い線は行ってますよ。『E・L・E』とは、『Extention Level Event』(壊滅的規模災害)の頭文字をとって並べたものでして。その実、解き放たれた災厄(カラミティ・アンプラグド)を意味していたりしますが」
「よりによってパンドラ!?」
 束の物騒さも逐次成長中だと言う事だ。
 勘弁して欲しいものである。

「●つねこ先生には是非完結させて欲しかったわねー」
「全くだな……」
「本当に……」
 三人はしばし黄昏て。

「ところで、双禍は今なにしてるんだ?」
「それでしたら、坊ちゃんはアーメンガードの方へ行った後ですので……現在、恐らくアンヌと模擬戦をしているかと」
「ぬ……」
 幼い頃からアンヌ相手に剣術を研鑽していた箒にとって、それは少し羨ましいらしい。
 何やらウズウズしている。

「あの子ってどのぐらいなの? ここで」
 ふと鈴が聞いてみた。

「そりゃ最高ですよ、スペックは」
「なんか引っかかる言い方ね……」
「Dr.が作ればいつだってその時点での最高が出来上がりますからね。スペックは」
「ってーと?」
「坊ちゃんには我々と違って、肉体を最良に扱う動作がインプリンティングされておりませんから、全身に神経が通ってないのも当然なんですよ。自ら鍛え上げたようにしか強くなれない。性能を持て余してしまうんです。だから訓練機のIS程度だって自己評価下してますが」
 いやいやいや、訓練機でもISだから。

「冗談じゃない。最強ですよ———にも関わらず、この間IS学園で起きた無人IS襲撃なんて面白そうな宴に参加しないなんて、少々ギャクサッツたる自覚が足りないのではないかと。少々アンヌに発破を掛けておきました」
「いや、まさに試合中乱入されたあたしとしては冗談じゃないんだけど……ねぇ」
 一夏に何でも言う事聞かせる的な意味で。

「いや、なんか裏ではコソコソしてたぞ、アイツ」
 ボブスレー事件は未だに根に持ってる箒だった。

「いけませんね。派手にドカっと行ってこその私共で御座います」
「「あぁ、ここにもゲボックさん製が」」
 説得力十分の一言である。

「そう言えばゲボックさんは?」
「まぁ、静かって事は研究しすぎてまた倒れたか、強制的に張り倒されたかどっちかじゃないの?」
「確かに」
「いえ、Dr.は花見中で御座います」
「花見……? 遅くないか?」
「Dr.にとっては些事で御座います」
「んー、まぁ」
 気候ぐらい操りそうだからゲボックは怖い。

「たぶん千冬様と戯れているんでしょう。最近、直で呼んでも千冬様は忙しくて構ってもらえなかったせいで、政府経由でアポ取る様になりまして」
「少々悪知恵がついたんだな、ゲボックさん」
「サーと呼ばれる友人が出来てから、色々悪い事を教わったようです。一度千冬様のちちぱんつ被るようそそのかされた事有りますし」
「「あーあ」」
 天を仰ぐしかない。オチなど聞くまでもない。
「人間って、あんなに血が詰まってるんだ、と実感しましたね——————…………」



「あ、そうです、花見会場を御覧になりますか?」
「そうだな」
「そうね」
 速攻で切り替える事にした。何か怖いのだ。気付いたら後ろに千冬的な。

 そして空間上に投影モニターが展開、そこでは千冬が木刀一本で———






「鬱陶しい!」
 流石の千冬も相手プロ。CQCやら何やら、拳法にボクシング、カポエラまで使って来る特殊部隊の相手は鎧袖一触とはいかないわけで。
 これならまだ、身体能力に優れた獣人の方がやりやすい。
 頭にアルコールがいい具合に浸蝕されているくせに、体は的確に反応してくるのだ。
 最初は掴み掛かってあちこち触りに来ていたのだが、そろそろちらほら長モノを取り出したものが見え隠れして来た。
 成る程、理性が飛びやすいと言う事は倫理観も含めて。短絡的に苛立ちが攻撃衝動をあっさり表面に引っ張り出させるという事か。

「アレトゥーサ」
 千冬もそれならば、と得物の凶悪さを上げる。
 千冬が命に応じ、木刀がビキビキと異音を立てて漆黒に染まって行く。
 
 アレトゥーサの持つ特殊能力、樹皮炭素結合操作である。
 これによりアレトゥーサ表皮はC60(フラーレン)に変質し、硬度はとことん跳ね上がって行くのである。

 具体例を述べれば、サハラの巨大人型アレトゥーサは全身をフラーレン化させた場合、戦車砲の至近射の直撃でもびくともしないほどの代物である。

「―――防御したいならするが良い。知っているか? こういう時は、『絶対に壊れない武器が最強』だという事を」
 千冬の身が沈む。
 大きく開脚し、身を男達の膝より低くする。更にその沈む勢いで男達のド真ん中へ滑り込んでいく。
 途中で軍用ブーツの金属プレートなどものともせず、それごと叩き潰して男達を飛び上がらせ、瞬く間に中央到達。
 後足を引き戻しつつ回転、四周の男達のすねを強打。
 酔っぱらって痛覚が鈍かろうと、これら痛点を的確に穿つ激痛は堪え難い。
 思わず踞る男達を、その輪の外から詰め寄ろうとする第二陣に対する盾にし、アレトゥーサを真下に突き立てる。
 
 跳躍。
「いだっ!」
「ひでっ!?」
「だが俺に取ってはご褒……来ない!?」
 
 空中で後ろ宙返り、手を伸ばす相手の顔を着地点にして踏み、踏み、跳躍を繰り返す。
 本能で気持ち悪い類いを避けて踏み続け、飛び石代わりの顔を見定めながら通信機にスイッチを入れる。
「あー、てすてす、こちら千冬———『地震、雷、家事、束』オーバー?」
 連絡先は『灰の二十九番』である。
 なお、これらは千冬に取って天災と言えるものを揃えて並べただけの符号。
 本当ならゲボックも入れたかったのだ。が、流石にと『灰の二十九番』に断られたのだ。有無、口惜しい。
 なお、家事は誤字ではない。

 男密集地から脱出し、元の位置に戻った千冬は身を屈め。
「落ちろ———ラピ●タの平賀源内」

 天から二筋の光が突き立った。



 正しくは、途中で二手に分かれたのである。
 高空から降り注いだ電子ビームは絶縁体たる大気をある程度貫いていたが、限界に来た所で雷同様折れ曲がり、さらに電磁誘導する『翠の一番』と男達が密集するアレトゥーサに炸裂し。

「「「「「「「「「「あばばばばばばばばばば!」」」」」」」」」」

 集団感電。

「あばばばば、フユちゃん、今ノは!?」
 ゲボックも感電していた。
 しかし―――チッ、復活が早い。これだから改造人間は。

「束が開発した『灰の二十九番』新装備『対人感電砲』だ。適度に死なない範囲攻撃でな。よかったよかった、これから楽が出来るな」
 なお、『翠の一番』は感電した蔦がくねりくねってパーマのようなヘア(葉)になっている。芸が細かい植物である。

 千冬は痺れて倒れている男達の間を悠々と進みつつ、アレトゥーサを引き抜く。
 途中で、千冬に踏まれ損ねた男がやたら嬉しそうな顔をしていたのでマジで引いた。
 
 フラーレンは伝導性が高く、雷を誘導したのもその為だ。だが、その電流は表皮のフラーレンばかりを流れるため、真皮は焼けていない。頑丈な武器とはその点でも合っている。

「さて、ゲボック———分かっているな?」
「は、は、ハ、フユちゃん! 『こんな事もあろうかと』デすね!」
 ゲボックの傍らの床が開いてポストのようなモノが———

 がっしゃん!!

「奇遇だなゲボック、私も、『こんな事もあろうかと』、『駄作ブレイカー』を持って来ているんだ。知っているか? これはくだらないものを見つけたらドンドンぶっ壊せるんだ。なぁ———!」

 瞬時にぶっ壊された発明品と、黒い笑みを浮かべる千冬を並べ見て、つー、と汗一筋のゲボック。破壊された隙に本人は逃げ出して一定の距離を取っている。

「なアぁんてフユちゃん! 小生は、『こんな事もあろうかと』!」
 またゲボックの足下からポストが沸いて来る。

 ぐっしゃああああああっ!!

「『こんな事もあろうかと』! あっははー! わあい、ぶっ壊せる駄作二つ目だなゲボック―――!」
 さっきより破壊音が大きかった。あれか。ターンごとに攻撃力アップか。凶悪すぎる。



「『こんな事もあろうかと』」

 ずがあああああん!

「『こんな事もあろうかと』」



「『こんな事もあろうかと』」

 ごしゃあああああん!

「『こんな事もあろうかと』」



「『こんな事もあろうかと』」

 めぎゃああ!

「『こんな事もあろうかと』!」



「『こんな事もあろうかと』」

 ごづぁああん!

「『こんな事もあろうかと』!!」



「『こんな事もあろうかと』」

 どごぉぉおおおッ!

「『こんな事もあろうかと』ォ!!」



「『こんな事もあろうかと』」

 べっぎぃぃいぃぃいいッ!

「『こんな事もあろうかと』ォッ!!」



「『こんな事もあろうかと』」

 どがしゃあああああ!

「『こんな事もあろうかと』ォオオオオオオッ!!」



「『こんな事もあろうかと』」

 どんがんがんごッがんげんゴッギャアアアアアアアアアッッ!!

「いいかげんくどいわああああああああああああああああああああッ!!!」
 やっぱり先に折れたのは千冬だった。
 このポストにいたっては徹底的に鬱憤で破壊し尽くしている。

「ふっふっフ、これは実は一面に仕込んでまして。サらに、自己修復しますョ。ほら、フユちゃんが壊した一個目はもう治ってマすし」
「なっにぃいいいいいいッ!?」
 今回はゲボックの方が一枚上手だったようである。
 辺り一面ポストだらけになっている。

「どうデす? コの光景、郵便局員さンの心象風景でス」
「絶対違うわ!」
 郵便局員の心はポストだけか。
「ソうですか? 小生は科学者ですカら、きっと心象風景は科学的な記号とか器具で埋め尽くされてると思うけドなァ」
 ああ、うん。天職に就いてる奴は幸せそうだよね。

「さて、このポストのヨうなものですが、ここのお手紙がありマすョ」
「何の手紙だよ」

「えートですね、『私の考えたカッコツヨいご当地商店街キャラクター』の応募用紙ですネ」
「……あー、いつそんなものを?」
「商店街で、小生の作るモのとして募集してみマした。するとビックリ、町内だけじゃなく、全世界から応募が来まシて」
「どんな規模で公募したんだ!?」

「サて、最初のキャラクターは、カオスメギドさんデすね。『黒猫図鑑(サイバー・ウロボロス)』という異名を持ッてイるそうですョ」
「ノッケから凄いの来たなおい!?」
「これをポストに入れマす」
 2秒後、チーン、一昔前のレンジの音が響く。
「まさか……」
 そのまさかだった。
 ポストがバカッ! と開いて中から、銀髪で紅と金のオッドアイで虹彩が獣のように細長い妙にアルカイックスマイルの男が這い出して来た。
「我こそは———『黒猫図鑑』のカオスメギド」
 赤一色のローブ、両手を掲げて浮き始めていたりする。

「なぁ、ゲボック。あれ……本当に、商店街のご当地キャラクターの応募できたのか?」
「来ましタ。没になりまシたが」
 当たり前だ。

 ふぅ。

「練り込みが足りん! 設定だけで中身がスカスカだ!」
 アレトゥーサを逆袈裟に振り上げ、両手を上げてる為にがら空きの脇腹に食いつかせた。
「オレーシュ―――ッ!!」
 血反吐を吐きながら花見会場の円盤から落ちて行く、商店街ご当地キャラ候補(没)。

「なんだ今の断末魔?」
「さア?」
 ゲボックにも分からないならそれは最早誰にも分かるまい。

「ってゲボック!」
「なんデすか??」
 ゲボックは没ハガキを次々とポストに放り込んで行く。

「我こそは———葬送器官(ブルージーパレード)!!」
「我こそは———月光覚醒(スプーキーファントム)!!」
「我こそは———喪神狂乱(ディジーダンス)!!」
「我こそは———零式忌避(パラノイドパラノイア)!!」
「我こそは———歪曲昇華(ディストーション)!!」



「なんか目が痛くなる奴がわんさか出て来てる!?」
「ハハハハハ! 次行ってミましョう!」
 どんどん黒歴史葉書と言って良いそれをポストに投稿して行くゲボック。
「やめろおおおおおおお!」
 とか言いつつ、次々とそれら黒歴史を次々場外へ撒き散らして行く千冬であった。






「―――とまあ、楽しい花見デート中ですね」
 モニターを見つつ、ベッキーが一言で纏めた。
 ある意味、真実を突いている酷い言葉だったが。

「「デートぉ!?」」
 乙女二人は許容できる訳もない。
 デートと言うかこれはデートどころかむしろデッドである。



「いやまあ、確かに昔からこの手の光景なら何度と無く見て来たが!」
 これがデートなら乙女の夢とかそう言うのが木っ端微塵である。
 まだ一夏とそんな事した事ないのに。

「あはは……でも、こんな千冬さんは確かに見た事ないなあ」
 良くも悪くも、自分を繕っていない素の千冬な感じである。

 しかし……なんというか―――

「葬送器官……なんか引っかかるな」
「あたしは……喪神狂乱が、なんとなく……」

 何故か知らないけど。



「なあ、ベッキー。一つ聞きたい。ゲボックさんの所にお前の同形機が居ただろう?」
 箒が急に、真面目な顔つきでベッキーに問いかける。

「ええ。自己修復機能を利用して、私の端末を増設いたしました。それが、どうかしま―――」
 箒の空気が何故こうなったのか、分からないベッキーは司会や焼き鳥を売る自分の別個体を紹介しようとして。

「何故だ? 本来、あの立ち位置はグレイさんのものだろう?」
「そうよね?」
 鈴も即座に気付いた。箒の聞きたい事が。

 『灰の三番』が見当たらない。
 そして、ベッキーは固まった。

「双禍も言っていた『灰の三十番』なる存在が何なのか気になるな。どうして、『グレイさん』の名で双禍に通じた? 彼女に何があった?」
「そういえば、千冬さんが第二回のモンド・グロッソで決勝を蹴ったあの日から見て無いんだけど———改修不可って、どういう事?」

 よく見れば、鈴の指先から量子状態だったISが少しずつ還元、展開中。ISの装甲が復元されて行く。
 まるでカウントダウンのようでプレッシャーの増大に拍車をかけている気がする。

 ベッキーは後方支援、指揮、兵站を主眼としておかれた生物兵器だ。
 例え試験機とは言え、戦闘用の第三世代機のISに敵う訳もない。

「な———なんと申しましょうか…………」
 ベッキーは焦った。物凄く焦った。

 見落としていた。『灰の三番』の影響力を。
 彼女は、とても面倒見が良い。
 そして、戦闘用としては限りなく欠陥品だった為か、柔和な人当たりで、誰からも好かれていたのだ。
 一夏しかり。
 ティムしかり。
 『家族派』の中心的存在でもあり、母性的象徴であったのだ。
 当然、箒や鈴も随分と慕っている。
 というか、嫌われる要素があるのか彼女は。
 千冬でさえ気を許していたのだ。

 最強の兵器とは実は人徳ではなかろうか。
 生物兵器である自分がそんな事を思ってしまうとはとんでも無い事だ。
 ベッキーは痛感せざるを得ない。
 久々に地元に帰って来た彼女達が『灰の三番』に会いたがるなど当然ではないか。

 しかし、微妙に『灰の三番』と『灰の三十番』の事情は複雑でなんと言っていいのか分からない。
 照れ屋で喋らないという所は一緒なのだが、攻撃力が七桁倍以上差があるのがこの二体だ。
 下手な事言って攻撃誤射されたら、腕の一振り天体破壊級の攻撃が鎮魂歌の幻聴と共に素敵に何もかも蒸発させんと撒き散らされるわけで。
 ギャクサッツ家の鬼子である彼女には余り触れたくなかったりするわけで。

「あの―――」
 それでも何か言わなければ、既に非固定浮遊部位まで展開完了した甲龍が空間歪曲砲口を着々と形成、センサーでもぎゅんぎゅん歪んで圧縮されている空間を観測できてしまう。

 蒸発と空間歪曲場の修正反応で木っ端微塵にされるのはどっちがマシだろうかなんて事を1クロック間に考えてしまう程思考が加速していた。あれ? これ走馬灯というのでは?

「ですね———」

 どがあああああああああああああああああああああああああああん――――――ッ!!

「え?」
「え?」
「え?」

 研究所前から爆発音が聞こえて来た。
 セシリアが遭遇した電話ボックス爆破である。
 破壊力は大した事がないくせに、キノコ雲、爆光、爆炎、爆音など、演出性の部分は同じ威力の爆弾十数倍分と言う、特撮から依頼を受けて作った爆弾である。

「あ、一夏様達が到着なさったようですね」
 いや、助かった。あとで一夏に礼を言おうと誓ったベッキーである。
 例え何があろうと一夏事情を優先するのがこの二人だったりするからだ。
 完全に偶然なのに、『計画通り』と言いたくてたまらなくなったが、何か死亡フラグな気がしたので止めた。

「たった一年で何が増えたのよ!?」
「一夏無事だろうな! 大き過ぎないか今の爆音!」
 セシリア達の心配もして欲しいものである。
 
「それでは、ベッキーシリーズ、お出迎えの準備を!」
「「聞けよ!」」

 ベッキーの足下からタイルの隙間を縫って光のラインが広がって行く。
 それらが何らかの命令を伝達したのか、壁という壁に突如として穴が空き、シューッと丸まったロボットが滑り出て来る。その数、実にベッキー本体を含めれば60体。

「まるでラピュ●だな!?」
「全員メイド服装備って、視覚的に恐ろしい光景よね……」
 しかも全員ヘアエクステで各々個性を出しているようだ。
 が! あくまで顔はロボットである。凄い光景だ。
 そんな中、鈴はロングヘアーでクルクル髪の一体を発見。
 内心だけでセシリアMkⅡとこっそりあだ名を付けてみた。
 名付けるだけで愛着が沸くから面白いものである。
「というかその中に紛れ込んでどれか分からんくなったぞ!」
「ぬぬ……グレイさんに関する追求はまたあとって事かおにょれー!」
 見事に煙に巻いたベッキーであった。










「―――以上がお父様のお告げ……ですわ」
「本気でやるのかあ」
「おりむ〜、思い切ってやるしかないって〜」
「―――ん! 頑張る……」
「簪の気合いの入りようが凄くないか? 最初のときあんなになってたのに」
 一夏の当然と言えば当然の指摘に簪は陶酔とした顔を浮かべて。
「これは……別口……」
 にやにやしていた。
 なんだかテンション絶好調である。
 まあ、簪がいいなら良いか。結局そう落ち着く一夏だった。

「んじゃ行くか!」

「わかりましたわ!」
「お〜」
「……うん」
「せめて何かに統一しないか!?」



 さて、気を取り直し。
「セシリア!」
「ええ!」
 一夏の声に応え、セシリアが真横に腕を突き出した。
 輝くのは一瞬。
 輝きが収まれば、そこに居るのは右腕限定でISを部分展開したセシリアが狙撃銃『スターライトMkⅢ』を構えている姿だった。

 本当はピストルなのだが、むしろ原典に忠実だと危ないのでこれぐらいで良い。

「次、簪!」
 ん……と簪は応え、同じく量子格納していた花束を取り出す。
 胸の前で抱え、それを捧げるように持ち上げる。
 胸元で展開された為、胸の中から花束が取り出されたように見える。
 一番最初の花屋で貰った亮さんチョイスである。見事でない訳がない。

「そしてのほほんさん!」
「は〜い」
 本音は首から下げていた水筒を手に取る。
 トメさんに貰った甘酒が入っているのである。
 ちみっと、それを口にする本音。

「そんで———!」
 一夏は反転。背を見せながら左手で右腕を掴み、念ずる。
 刃よ、現れよと。
 イメージするは、一夏が最も憧れ、その背を見続けていた者―――千冬の背中。
 『雪片弐型』が現れ、一夏はそれをそのまま自然体のまま、腕を降ろす。

 構えもない、剣を持ったままの自然体。
 最も千冬が恰好良いと、一夏が内心憧れている姿である。

 それに合わせ。
 セシリア、簪は持っていたものをそれぞれ再度量子格納、本音は水筒をきっちり閉じて首に下げ、一夏に習ってその身を反転させる。

 一夏はそのままのポーズを。
 セシリアは普段からよくする、右手を胸元に、左手を腰に充てたポーズを。
 簪はスプーンを片手で天に差し出すようなポーズを。
 本音は垂れた袖を自然に揺らす、万歳を。

 背中で魅せるは生き様。
 すなわち人生そのものを。

 銃。
 花束。
 酒。
 人生。 
 四人の一連のポーズが合言葉であり、これをシステムが認識する事で―――



 地上回路、光学偽装解除。
 対空しているナノマシンが偏光して映し出していた光景が解除される。
 ゲボック研究所の玄関へと。
 そう、もう既に研究所に入っていて、そう気付かせないよう幻覚を見せていたのだ。
 ゲボック研究所に潜入しようとする工作員が大体一発で引っかかる原因である。
 つまり、この幻覚、マジックミラーのように………………。

 研究所側からは筒抜けなのだ。

「あはははははは! ひーっ! うける! わはははははは!」
 まあ、それは一連の合い言葉と言うポーズ取りをかなりの至近距離で観察されているという事だ。
 腹を抱えて転げ回っている鈴と、口を抑えて失笑を隠しているつもりの箒が、ようやく見えるという事だ。

 当然、一夏とセシリアはビキィッとこめかみに井ケタが浮かび。簪の頭からは水蒸気が昇る。
 本音は……いや、本音も思う所があったのだろう。
「おりむ〜! いえ〜!」
「ん? おお、いえ〜!」
 万歳して一夏に駆け寄り(驚異的なまでにスロー)一夏にハイタッチ。
「次せっし〜!」
「わたくし?」
「いえ〜!」
「い、いえ〜……?」
 セシリアともタッチを終え、続いて簪に。
「かんちゃんも〜!」
「う、うん」
 こうなった幼馴染みは抑えられん、と簪は自分から歩いていき、ジャンプ、タッチ。
 さらにこれで終わりだとばかりにノロノロとベッキーのもとへ歩いて行って、インスタントカメラを渡す。
 ベッキーの一体は本音のゆったり行動を待ち、四人が合流し———

「んで全員〜! いえ〜」

「「「いえ〜!!」」」
 四人集まって一斉に手を重ねる。

———ぱしゃ!

「もう一枚行きますよ~」
 じ~こじ~ことフィルムを巻く音が響く。
「「「「お~」」」」
「はい、チー……ズケーキ!!」

 新ネタだった。

「「「「いえ~!!!!」」」」
 タイミングよくシャッターが切られる。生物兵器の動体視力と反射神経は伊達ではない。
「あ、焼きましして来ますね~」
「わ~い、ありがと~」



 訳が分かりません。



「だが、不思議と一致団結感が出たな……」
「ええ! 一夏さんと一緒に困難を乗り越えられたから一際ですわ!」
「セシリアは大げさだなあ」

 などと話しているとムッとするのは当然箒と鈴で。

「むー! 一度クリアした人はネタバレの心配があるから参加できないのよ、バレたら吹き矢が来るし!」
「あれ……そう言えば、『翠の一番』が居なくなってる……?」
 きょろきょろ見回す簪。
 実は、最後の仕事は看板を生やす事だったりする。

「と、言う事は、貴重なたった一回、しかも『初めての経験を一夏さんと一緒に』出来たわたくしは幸せ者という訳ですわね!」
「「ぬぐぐぐぐ……!」
 受け取り方次第ではいかがわしい所を強調するセシリアだが、それに気付かず、ただ今度はこちらがビキビキ言っている鈴と箒である。

「さて、一段落突いた所でよろしいでしょうか?」
 ベッキーの声が響き渡る。
 
「お、ベッキー久しぶり」
「一夏様もお元気なようで、ようこそゲボック研究所へ」
 そして、その後ろ、通路にズラッと壁沿いに並んでいるベッキーシリーズ。
 一体はゲボックの所に居るので、その他の個体全てが―――

「おいで下さり、ありがとうございます!!」x59。

 一斉にメイド服ロボ(メイドロボにあらず)が頭をたれる姿はある意味で壮観であった。
「双禍んちって……凄え金持だったんだなあ」
「着目点そこなんですの!?」
 だが、特許とかで恐ろしく稼いでいるのは確かである。



「ぎゃあああ………………」
 そんなとき、何か悲鳴が聞こえて来た。

「これ……双禍さんの声……」
「簪耳良いなあ」
「でも……上?」

 なんて簪が言ったので皆見上げた瞬間。
「げぶあああああああああああ!!」
 天井ぶち抜いて双禍(ちゃんと女性形態)が爆進して来た。
 暴風を纏いながらきりもみ状に大回転。
 一夏をかすめ、その髪が引っ張られ痛みを生み出す。
 思わず顔をしかめて仰け反ったそのわずかな距離を今度は双禍の足がかすめる。
「危ねえええええ!」
「ぺっぎゅる!?」
 そのギリギリに一夏が肝を冷やしているうちに、彼の足下に―――玄関の床に双禍が頭から食い込んだ。
 そのままタイルを割り砕きながら、ごりごりと床を抉り進撃、壁に激突した時点で、頭を床にめり込ませたままの倒立が、腰を背中を壁に強打してストップ。
 常人なら即死である。

「…………あー、無事か?」
 いちおう、突ついてみる一夏。

「これのどこが無事に見えんだぁ!」
 ぼっこぉ! と床やら壁やらを食い破って頭を引き抜く双禍。
 何故かこういう時は首がもげない。不思議である。

「不気味なぐらい無事ですわよ……?」
 全身汚れて衣類もずたずた。まさにぼろぼろだが、流血一つない双禍にセシリアが引きつるが、その後ろに一夏の幼馴染みズが並び立ち。

「セシリア、ここじゃ普通だ」
「ここで一番大切な事は、思考の停止よ」
 然り、と首を振る。
 ある意味最も正しい対処法であった。

・あ、皆いらっしゃい
 そこに聞こえて来たのは不思議な合成音声。
 双禍の開けた穴からゆっくりと巨体が降りて来る。
 ベッキーの何体かがゲル状建材で即座に穴を塞いで行く。後方支援タイプは伊達ではない。

「お、アンヌ……ってIS!?」
「久しぶりじゃないかアンヌ!」
 驚く一夏に、わーい、と言った感じで駆け寄って行く箒。
 研究所の一員も分かっているらしく、最寄りのベッキーが一体、木刀を渡したため、それをそのまま振り上げ切り掛かる。
 アンヌが装甲に包まれた腕でそれを弾きながら。

・久しぶりだね箒。綺麗になったねー
「ああ、言うではないかアンヌ、お前も暫く見ないうちに逞しくなったな!」
 その間も全国トップレベルの剣戟がガンガン響いている。正直、割り込みたくない。

「え……と、箒さん……? アレ。良いの?」
 箒はIS学園で一度も見た事ないようなはしゃぎ具合で木刀を振り回している。
「んー。アンヌは箒にとって、お気に入りのぬいぐるみみたいなものだからなあ、多分アレは愛情表現だと思うぞ」
「あー、あの子も色々溜まってんのねー」
「皆様それより、あれ、ISですわよね! 逞しいではなくてISですわよね!?」
「打鉄だね〜」

「誰もアンヌの見た目に突っ込みを入れない所を見てすっかり染まっていると見てOK?」
 後ろでぼそっと言っている双禍だった。

 それに気付いた簪がばっ! と駆け寄る。
「双禍さん!」
「簪さん!」
「「いえい!」」
 駆け寄って二人は無意味にハイタッチ。
「あー、アレが原典?」
「そ〜だね〜」
 さっきの四人ハイタッチである。

「しかし」
 一夏はアンヌを見る。
 どっかあ! と吹っ飛ばされた箒はしかし宙返りして反転、再度突撃する。
「あっはぁ! まだまだぁ!」
 うん、楽しそうで結構。
 
「アンヌ! それ! 打鉄だよな!」
 一夏は声を張り上げる。

・そーだねー
 とか一夏に返事しながら、箒と右腕で鍔競り合っているアンヌはさすがである。
 一夏は膠着状態なのを良い事にアンヌの左腕を取る。

「一緒にIS学園行かないか!」
 ぶんぶん腕を振りながら、一夏は言う。
 アンヌは男性格である。
 生物兵器でも男なら! ISを使える世界で二人目の男であるならば!
 肩身の狭い想いを二人なら分け合える!

・え? でも僕男だからIS使えないよ

「「「「それISだろッ!?」」」」

 まさに、今打鉄姿であるアンヌに全員がツッコんだ。
 あ、箒と本音と双禍はしてなかった。
 一人はガンガン剣を振って、もう一人はぼーっとして、最後の一人はそれにぼろぼろにされたから疲れ果てて。

・僕はね、どんな装備でも後付け出来るのが特徴の茶シリーズって言うんだけどね
「それで?」
・だからね。打鉄の装甲とスラスターを取り付けて、外付けのPICで重力を遮断して、このフィールドジェネレーターでシールドを展開してるんだ。

「「いや、もうそれISで良いんじゃね?」」
 双禍と一夏のボヤキは誰しもが思っていた事だ。
 と言うか、真物ISたる双禍が負けたのだから。それで良いんじゃないだろうか。

・んー。でもね、量子展開とか収納はやっぱりコアが無いと僕サイズじゃ厳しいんだ。空間を巻き込むように圧縮して携行する形態取ってるから、見た目のサイズは小さくして各種装備を持ち歩いているけどさ、それじゃ重量が変わらないしね

「今の、暗にサイズさえ解決すれば出来るって意味だったよな……」

 ゲボックだもん。

・それに、ISのコアが代用不可って言われるのは、攻性因子や防性因子だね。次元的に上位の幽星次元側面(アストラル・サイド)から、物理干渉では絶対に破れない障壁を展開するから、同じ幽星次元側面からの攻性因子を塗布した攻撃で無いと、シールドエネルギーを削る事も出来ない。せいぜい、展開の為のエネルギーが減るぐらいだけど、そんなの常時展開と大して消費差ないし

「あー。それかー。絶対防御とは良く言ったもんだよなあ」
・そのせいで、同じISからの攻撃じゃ、ただの電磁バリアみたいな格まで下がるんだけどね。ただ、例外はあるよ?
「ん? そりゃそうだよな。でなきゃ今僕がアンヌにボコラれる訳ないしね」
・それはね。直接ボコる攻撃。拳然りナイフ然り。そこに攻撃側が攻撃する時、気合いを乗せるんだ。殺意満点でぶん殴るって言えば良いのかな? 人間や僕らの精神だって幽星次元側面には存在しているからね。そしてそれは、ISのものより強いんだ。まあ、でも、飛び道具にはどうしてもそれが出来ないから、射程距離的にISが有利だし、生身の攻撃だと今度は物理的に装甲を破れないでしょ? だから、僕ら生物兵器の出番になるんだ。僕らはこの体が自分の肉体だからね

「なるほどー」
 それで直接ボコって来る訳だ。
 箒と訓練してたらそりゃ近接戦が強くなるのも頷けるし。

・人がISに乗ってないと駄目ってのはここから来るね。ISの攻性因子は、汎用性が高いけど弱いんだ。言ってしまうと、我が無いんだよ。敵意とかが無いって言えば良いのかなあ。
「この間、どう見ても無人のISが出て来たんだが、それはどうだろう?」
・搭乗者が居なくても攻性因子が無い訳じゃないから、攻撃用の出力を上乗せしてごり押ししたんじゃないかな? でも意味あるのかな? ISの自律型って
「通常兵器よりは強いからかなー」
・でも、繰り返すようだけど、ISには敵意とかって無いからね。コアNo.1を抜かしてだけど
「ん? No.1は違うんか?」
 白式の事を思い浮かべる双禍。うん。確かに、出会い頭でいきなり殴り掛かって来るISコアは他に居なかった。
・どうも、他のISに比べて、桁違いの個我堅持力を持ってたみたい。それは束のプログラム撥ね除けるぐらいでさ―――まあ、そんな訳で他のISの場合、人間が搭乗するって事は、ISの攻性因子を人間の強大な意思力で増幅。アンプの役割をするって事なんだ。ISに搭乗している時間が長い程ISが強大になって行くのは、ISの方が自分を調律して波長を合わせる事によって増幅率を最適化させていくからだね。ISって、基本惚れた相手に合わせるタイプなんだよ
「ってぇと、コアNo.1がマスターとシンクロしたら?」
 我が強いと言う事は、波長が仲々合わないデメリットがある。だが、それがなされれば。

・攻撃力が桁違いになるね。と言うか、実際とんでもなかったらしいよ。マスターとISの攻撃因子が相乗効果で乗倍になるんだ。裏拳一発「邪魔だ!」でIS一機叩き落したらしいし
「コウ・カ●ナギですかッ!?」
 というか、それやったの絶対千冬お姉さんだよねー。
 絶対食らいたくない、ガタブル震え出す双禍。
・束はこの状態を凶獣状態って呼んでたね―――ん? 皆どうしたの?

「大変勉強になりましたわ。絶対防御の絶対に関してやや疑問点がありましたもので」
「意思……つまり、気を強く持てば強くなるってことだよね……」
「千冬さんが剣一本で勝ち抜けた意味が良く分かったわねー」
「コアには意思があるって言われているけど〜。確認も取れてるって事かな〜?」
 普段習わないような事まで話していたようだ。あれ? 機密?
 
「ごめん、何言ってるか良く分からんかった」
「「「一夏(さん)!?」」」
「おりむ〜勉強しなさいと駄目だよ〜」
「うぐぅ!」
 一番本音に言われるのが応えたらしい。
 言っておくが、本音は座学優秀である。

・まあ、ISで用いなくても、飛び道具でもシールドを絶対破れない訳でもないよ? でも、次元を歪曲させる程の核反応とか、界面バスター等の次元干渉武装が必要だから必要なエネルギーが馬鹿にならないし、周りの二次被害が凄いけどね……

「ま、それがISで無い事が分かったから俺としては十分なんだが……そっかー。残念だな……」
 近くに男の友が欲しい。
 切実な願いだった。
 双禍は知らんぷりしている。

 さて、こんな経緯から、一夏がフランスの某王子様風味お姫様に興奮するのはもうちょい後である。



「あ、そうだ」
 双禍はくるっと反転。
 衣服を量子操作。四肢にラインの入っただけのシンプルな黒ジャージに衣類を着替える。
 皆に一礼。
「遅れて失礼―――ようこそ我が家へ。玄関でいつまでも立ち話じゃアレだしねえ」
「そっくん〜、今の着替えででて来るのがジャージなの?」
「楽だし」
 衣類瞬間チェンジに対する宣戦布告と言ってもよかったと言う。

「あれ? 量子云々がアンヌサイズじゃキツいってさっき……? アレ? と言うか、前ホイポイ●プセル無かったか……?」
 珍しく鋭い一夏だったが、話は流れて行く。
「んじゃ、奥行こうぜ奥〜」
 双禍が奥へ進み、皆がぞろぞろ付いて行く。






 アンヌと一夏の会話を聞いていたベッキーがアレ? と首を傾げた。
 気付いてしまったのだ。

 箒と鈴との会話で出た対<人/機>わーいマシン戦。
 あの時、ゲボックはホーミングレールガンを展開した。弾頭がトコロテンに物質を変換させる奇妙奇天烈な弾丸を

―――どうやって展開した?

 あのとき、同時に千冬の怪我が治癒された。
 生体再生能力―――まさか、ISコアNo.1?

 だとすれば……もしや、あれは、量子……展開、だとでもいうのだろうか?

 となると、ゲボックこそがまさかのISを使った男性一号という事になる。
 だが、その後ゲボックは血反吐を吐いてぶっ倒れた。

 ベッキーは、<人/機>わーいマシンに吹っ飛ばされたからだと思っていたが、それにしては。発症が遅い。

 いや―――
 まさか―――

 男がISに触れても、『通常ならば』全くの無反応である。

 ISに拒絶される(・・・・・・・・)など、ベッキーは聞いた事もない。
 それは、ISに敵と見なされるという事だ。
 アンヌの言う通り、殆ど敵意のないISにだ。
 アンヌは地上回路経由で当時のゲボックのカルテを取り寄せる。
 両腕の喪失。胸骨、肋骨の粉砕。それは確かに<人/機>わーいマシンによるものだ。
 だが、内臓のほぼ全てで『細胞融解』が発生している等とは、苛烈すぎる拒絶反応ではないか。
 ゲボックが医者を全員眠らせて自分で施術しなければ助からなかっただろう。
 だが、あの日ゲボックの機械化はだいぶ進んだ。
 つまり―――手に負えない部分が相当数あったという事だ。
 あの―――ゲボックが、だ。

 唯一ISに受け入れられた男、織斑一夏。
 唯一ISに拒絶された男、ゲボック・ギャクサッツ。
 
 そして、ISに受け入れられる汎用ケースとなるべく、複製された織斑一夏の一人―――失敗作・双禍。
 一夏と他二人の違いは?
 一夏の複製でありながらゲボックよりであった双禍の相違点は?
 どこがゲボックと同じだったのか?
 一夏と比して、何が不足していたのか?

「―――うわ、何だか面倒な事になりそうですねえ」
 ベッキーはかりかりと頭を掻く。
「ま、今日は楽しんでもらう事としましょう」
 自分の端末何体かに命じて色々と準備を進めて行く。






「というか皆さん、今日集まる主目的を知ってるんかね?」
 双禍がそんな事を言い出す。

「観光じゃないの?」
「鈴さんやー、うちはアミューズメントパークじゃないぞ?」
「似たようなもんだろう」
「後で箒さんのプライベートスペース暴いてやる」
「本気で止めろ!」

「わたくしはお父様について疑問が生まれてしまいましたわ……」
「どうしたのだね? オルコットさん」
「ああ、そうだ双禍さん。わたくしの事も皆さん同様、ファーストネームで御呼びくださいませんか?」
「ん? 別に良ーけど? なんでまた?」
「呼び名で、色々と印象は変わるものでしてよ? 自分だけファミリーネームで呼ばれれば、例えそうでないと分かっていても疎外感は感じてしまいますもの」
「んー。なるほどー。分かった、セシリアさん」
「ありがとう御座いますわ」
「あ……あの……」
「ところでお父さんとかって何?」

 セシリアが今日のウォークラリーについて語ると双禍は頬をひく付かせる。

「訳が分からんなー。親父の交友関係……」
「サー? あれ?」
「なんか、さっきベッキーが言ってたような……」
 ちちぱんつ事件の辺りである。

・あれ? セシリアってサーの娘さんなの?
 応えたのは、打鉄の装備を外して戻って来たアンヌである。
「知っていらして?」
 と言いつつ一歩下がるセシリア。
 箒の普段見ないようなはしゃぎっぷりから良い人(?)だと言うのは分かるが、上背の高いのっぺりとしたデッサン人形のようなアンヌは生理的恐怖を呼び起こす所がある。

・面白い人だったよ。Dr.に悪い事いっぱい教えた人だけどね。でも、本当に惜しい人を亡くしたと思うよ。この世を回す潤滑液はユニークだといつも言ってたしね
「あははは……」
 セシリアは考えた。
 もし、自分に弟か兄が居たら、もっと父の事が分かったのかもしれない。と。
 別の意味で幻滅しそうだったが。

 が、その会話が切欠だった。

「え?」
「それ本当?」
「サーの娘さん来たの?」
「サーどうなってるの?」
「死んじゃったって」
「えー?」
「誰々? 皆可愛いねえ。あ、箒久しぶりー」
「ああ」
「鈴も居るよー。ラーメンラーメンちょーだーい」
「あたしは出前の代名詞か!」
「一夏だー。相変わらずハーレムだー」
「僕サイ●イマン見たいに、リア充に組み付いて自爆してやるんだ」
「そう言えば彼、本格的に凋落始まったのそれからだよね」
「リア充でもなくなったしね。彼女宇宙人に取られたし」
「話それてるー。今のメインはサーだよ。さー」
「サーの奥さんって飛行機みたいな頭してるんだよね」
「でも、来てる子に飛行機みたいな頭はいないね?」
「飛行機はないけどドリルっぽいのはいるね」
「あれ? そう言えば何で一夏意識あるの?」
「いっつもモテ回路のモデルとして来るよね」
「後で千冬来るよね」
「あの時の千冬怖いよね」
「千冬一夏大好きだもん」
「今日は大丈夫っぽいよ?」
「そーなの?」
「Dr.が全力で時間稼ぎしてるんだってさ。双禍が友達呼ぶなんてイベント楽しめるようにだって」
「珍しく父親だね!?」
「多分千冬に構って欲しいだけだと思うんだけどなあ」
「だーかーらー、今はサーの話ー」
「でも飛行機無いね」
「「「「ないねー」」」」

 廊下のそこら中から、ベッキーの別端末が出たように穴が開いて生物兵器が顔を覗かせて来る。
 とんでもない数だった。
 スパイだったら絶望する瞬間である。
 妖怪屋敷で物陰に隠れていたら壁自体がぬりかべだったような、そんな絶望感である。

 セシリアと簪はそのあまりの異形な光景に身をすくませてしまっている。
 空気はのんべんだらりとしているくせに、存在そのものの威圧感が桁違いなのだ。
 生物としてまるで違う。それを嫌でも痛感する程に。

 そして、何故一斉に彼らが出て来たかと言うと。
 皆、双禍の友達、と言うのに興味津々で、こっそり監視しまくっていたのだ。
 かなーり普通な感性である。



「おー、皆居ないと思ったらそんな風に居るんか? 元気か? っていうかモテ回路って何だ? 俺、ここに来た覚え……痛たた……マジ頭痛い」
「止めとけ、一夏。思い出そうとするだけ無駄だ。―――ん。久しいな。私が来れなくなってから生まれたものも多いようだな。宜しく頼む」

「「「ねーねー、りーんちゃーんラーメンまだー?」」」
「だからラーメンラーメンいうなー!」



 一夏と幼馴染みズは普通だった。慣れとは恐ろしい。

「はいはい、お前等、簪さんとかビックリしてるからそんなお化け屋敷みたいににゅっと出て来るんじゃねーよ!」

 いや、双禍よ、彼女らが戦慄している理由はそうではない。
 
「あ……あの、双禍さん……」
「うーん、でもサーの娘さんについてちょっと興味があったり」
 生物兵器の一言にうーん、と双禍も考える。

「セシリアさん、どうする?」
「そうですわね。少し……お話してみたいですわね」
「おけ。許可出たぞ諸君」
「「「「「よっしゃー!!」」」」
「きゃああああああああああ!!」
 津波のように出て来た生物兵器達がセシリアを担いでオペレーションルームの方に集団で突撃して行った。あ、無駄にセシリアを胴上げしてたりする。
「よし……」
「まず一人……」
 まて、幼馴染みズ。それは黒いぞ。

「さて……」
「双禍さん! ……うぅ……」
「ラボはどこが開いてたか……ナマモノ関係は簪さんの心臓に悪そうだし……」
「む〜……」
「お客様、どうぞお使いください」
「ありがと〜」
「ちょ、のほほんさん、それ……」
 一夏は本音の持っているそれを見てドン引きする。

「よ〜し、そっくん話聞きなさい〜」

 ごめし。

「うがああああああああああああああっ!!」
 後頭部をバールのようなもので殴られました。
「痛だだだだだ! 何! 何!?」
「ありがと〜」
「どういたしまして」
 生物兵器に武器を返している本音。

「どうしたのん!? なんだのん!? 日に日にダメージが甚大にぃん!」
 頭に衝撃を受けたせいか語尾がバグっていた。
「かんちゃんの話を聞くんだよ〜! まったく、夢中になるとこうなんだから〜」
「のほほんさんって割と容赦ないのな……」
 自分のクラスでは見ない攻撃性に割と慄いている一夏である。

「おぉ……痛ええぇぇ……ん、何、簪さん?」
「私の事……簪って呼んで?」
「呼んでるじゃん、簪さん」
「呼んで……無い!」
「???」
 双禍は、簪が言いたい事が分からないようである。
 ようは———
「かんちゃんは~、呼び捨てで~、読んで欲しいんだよ~」
 余りにお互いの意識が逸れていた訳で、この様な時、意識を汲める本音が翻訳する。
 三人の内なら良く有る、いつものノリである。
 どうも、セシリアが名前で呼ばれるようになり。
 同じさん付けなので、ちょっと差異求めた、と言った展開な訳だ。
 
 さて、その意味を本音に噛み砕いてもらったおかげでなんとか呑み込めた双禍だが、次の瞬間、一気にハードルの高さに気付く。
「目上の女性に対して呼び捨て……だと……」
「目上に〜見て欲しくないんだよ〜ルームメイトだし〜」
 いやしかし。
 いつものトリオ内では周知の事実だが、双禍の実年齢は2歳である。
 学園の人は双禍に取って一人残らず目上の人間なのだ。
 たまにかなり失礼な事しているが。主に一夏に。
「何でまた今?」

「…………(チラッ)」
 まず、生物兵器に拉致られたセシリアの行き先を見送り。
「…………(チラチラッ)」
 続いて簪は、何故か一夏をちらちらと見やる。
「ん? どうしたんだ? 簪?」
 それに気付いた一夏が聞くと、うん、と頷いて今度はじーっと双禍を見つめて来る。

 当然、そんな仕草だけでは双禍には何の事か分からない。
 だが、使用人として、幼馴染みとして追随して来た本音は分かったようで。
「おりむ〜がこうして呼び捨てなのにそっくんがさん付けなのは嫌なんだよ〜」
「うんうん、女の子をちゃん付けで呼ぶ男って凄くないか? 俺は絶対無理だ。なので呼び捨て」
「凄すぎんのはテメエだあ!」
「ちょ、何だ双禍!」
 どうやら葛藤している時に一夏が導火線を起爆させたらしい。
 双禍が飛びかかった。

「あれか! 呼び捨てで縮地みたいに女の子の距離を一気に詰めてゼロ距離からモテ回路とっつきかこの野郎!」
「はぁ!? 何言ってんだ双禍お前!?」
「語彙から察しろ難聴兄貴! 日本語の特性、『一部聞いても何となく分かる』を活用しやがれ!」
「ふざけんな! 一部しか聞こえないと聞き間違い勘違いが多いんだぞ! お前こそ美しい日本語を汚すんじゃねえ!」
「そのスペシャリストが何ほざきやがる! 鏡見て説教してろ馬鹿!」
「だから何言ってんだよ!」
「皮肉ぐらい分かれ!」

 ぎゃーぎゃーどったんばったん。
 感情が天辺突破してるせいか、一夏に対する呼称がお兄さんから兄貴になってしまっていた。

「ああ……」
「同レベルね」
「駄目……?」
「む〜」
・ねえ、鈴
「な、なに? アンヌ」
・衝撃砲でブッ飛ばせば収まるんじゃないかなあ?
「いきなり物騒な事言うわねアンタ……」
・大丈夫、ここなら頭さえ無事なら何とかなるし
「「その脅しはリアリティ高すぎるわ!」」

「あ〜聞こえてたみたいだ〜」
 取りあえず喧嘩は止まったわけだが、そもそも切欠は解決していない訳で。

「双禍さん…………」
 じー。
 擬音が聞こえそうなぐらい簪が見つめてくる。

「う……うぅ……う、うがああああああああああああ!」
「あ、均衡が崩れて転げ回ってる」
「こいつ、本当、面白いよな」
「うんうん」
「本音まで……」

 暫く頭を抱えて文字通り転がり回っていた双禍は。
「いよぅし!」
 ジャックナイフな要領で跳ね上がり。

「よし! ならばのほほんさんに習ってこう言おう! かんちゃんと!」
「うわ、すげぇなあ、ちゃん付け」
「お兄さんにゃ言われたくね…………あ」
「そりゃこっちの……ん、どうし……」

 再び起こりそうになった喧嘩は、双禍のハイパーセンサーが止めた。

 曰く―――『ロックされています』

 ぎぎぎ……。
 ゆっくりセンサーの反応通りの方角へ首を傾ける。
 習う一夏。

「だ……め……?」
「よりによって『山嵐』発射準備完了!?」
「?」
「やべえ! 自覚無いよ!」
「無意識!?」
「まさか意識眠っててトランス中!? そりゃなんつう眠りネズミ(ドーマウス)だってんだー!」
「確かにヤマアラシというよりそっちっぽいな!」
「うわまたミサイル増えたし!」

 山嵐。つまり針が一杯あるほ乳類。それを見立てて盛り沢山のミサイルが突き出ている様子。
 例えそれは、半べそかいていても恐ろしい。
 テストには出ないが、その重要性をしかと記憶領域に焼き込む双禍。

・駄目だよ! こんな密閉空間で爆発物使ったら頭も残らないよ!

「アンヌの忠告は煽ってるとしか思えんわ!」
「既に五体満足は完璧諦めてるよな!?」
「本当に息ピッタリだなこいつ等」
 箒のボヤキ通りである。

「………………ん………………」
 双禍は葛藤した。
 確かにセシリアの言う通りだな。と
 呼び名一つでこうも難しいものなのかと。
 しかし、物事には時間制限がある。弾幕のように撒き散らされたミサイルは、ここでならどっちかと言えばMAP兵器になるものだし。
 
「分かった……だがしかし! そうだと言うならば……」
 くわあっ! と、目力を込めて簪に告げる。

「そちらも僕を呼び捨てで呼んでもらおうか! 元々目下だし抵抗はあるまい!」
「……!」

 それを指摘されて、簪もまたその両目を見開く。
 山嵐のトゲは一本残らず引っ込んだ。
 そう、相手だけさん付け、自分は呼び捨ては心苦しいのである。

「……………………」
「……………………」
「……………………」
「……………………」
「……………………」
「……………………」
「……………………」
「……………………」

 二人はしばし見つめ合い。

「「さん付けで」」
 揃って出て来たのは同じ意見だった。結局呼び捨ては出来ないようで。

「両方妥協した!?」
「結局元鞘なのね」
「いや、何なんだこの茶番」
「どっちもへたれなんだから〜」



 さてはて。

「なあ、アンヌ。工業用ラボってどこ開いてたっけ?」
・んー。ティムが昔使ってたとこなら開いてるかな? 第9ラボだね
「じゃじゃじゃじゃーん?」
・それは第五だよ



 なんて話しながらラボに突入。
「あれ? 何で整備室みたいなとこに来てんのよ?」
「え? 今日は簪のISの完成目指す為に集まったんだけど?」
「ちょっと、一夏それ初耳なんだけど!?」
「いや、鈴さん、元々これが主だから」
「なんで一夏も居るのよ」
「いや……俺の白式も原因らしいからなあ?」
「なにそれ?」
 当然、一夏目的の彼女達がそれを知る訳もなく。

「む……ここには入った事がないな。新しい建物という訳でもないし……」
・ん。箒が居た頃は、このラボはティムのパーソナルスペースも兼ねてたからね
「たまに聞く名前だが会った事が無いな。誰なんだ?」
・多分、箒とは反りが合わない子だと思うけどなあ。気配り上手だけど、それを察されるの嫌がる子だったしね。Dr.の助手してたんだよ
「……凄くないか? ゲボックさんの助手だって!? 今なにしてるんだ?」
・テロリストしてるって聞いたな
「……はぁ!?」
 まともなのが居ないのは何故なんだろうか。箒は真剣に考えてみた。
 似た者が集まるのは道理。
 あっさり出た答えはかなり受け入れがたいものだった。
 それ、自分も入るからである。






 ここで、第9ラボについてその景観を説明するとしよう。
 なんと言うか殺風景な感じのラボである。
 ゲボックの研究所は机から椅子から果ては床まで実験の機材が埋め尽くされその全てが同時に経過観察中という狂気の沙汰、かける事の稼働ラボ数となっていたりするが、ここは至って普通だった。棚、机椅子、ベッド代わりのソファ。あと何故かハンモック。
 おまけに何故か壁には対戦車単発ロケット砲。一体何に使うんだろうか?

 そして、ISを下から整備する為のジャッキ、天井からぶら下がる各種工具。

「整備室だけじゃなくて科学実験室的要素もあるんだね〜」
・基本、何でもするからね。ここは
「んじゃ、早速始めますか。簪さんこっちこっち!」
「うん……」

「さて、カモン打鉄弐式!」
「うん……おいで、打鉄弐式……」
「ノリ良いなあ、お前等」
 簪の右手中指の指輪が輝きを増し、打鉄弐式を展開する。

・まずは、補助に使っていたパーツを回収してそれを改良可能な形に複製するね。双禍は取り外しお願い

「おっけーおっけー。かしこまり。さて……と」
 双禍は掌を装甲の一部に押し付ける。
「具合はどんな案配かな……と」
 そして、双禍は非限定情報共有(シェアリング)をスタート。
 今、打鉄弐式を補助しているのは双禍のパーツだ。
 自在フレームであるが故に、形状や性質を取保ったまま回収するのは、双禍が一番であり、不可欠である。

 双禍は、打鉄弐式の世界に潜航する。






 まず、初めに感じたのは木目が素足の裏をくすぐる感覚。
 ひんやりとしたそれは心地よい。
 双禍が見上げたそこは、お堂のような和風建築である。
 その、一番外側。縁側に居る。

 外を見ても、一面が竹林。
 建物を含め、全てが和の情緒で秩序立っていた。

 打鉄弐式と非限定情報共有をするのは初めてではない。

 しかし、興味深かった。今まで実施した事があるのは白式、打鉄弐式、そしてブルーティアーズの三体。
 だが、そのどれもが全く違う景色で、世界そのものが違う。

 もし、アンヌの言う通りISが惚れた主に合わせるというのであれば。
 これは主人の根深い所にある光景なのだろう。

 白い砂浜と遠浅の海辺が果てしない世界―――白式。主は一夏。
 穏やかな闇に雫が落ち、清い青が波紋として全ての情報を伝える世界―――ブルーティアーズ。主はセシリア。
 そして竹林に囲まれたお堂―――打鉄弐式。主は簪。

 主の人柄と機体性能がそのまま現れているようなそこで、双禍は奥へ進む。
 扉を開き、本尊に向かう。
 足に伝わる感覚が編み込まれたイグサへと変わる頃。
 双禍は声を上げた。

「やあ、具合はどうだい? 打鉄弐式」

 その声の先には、瞳を閉じた尼僧が居るだけだった。
 結跏趺坐を組み、瞑想に似た形で本尊に座している。
 しかし、尼僧の衣装は日本の僧が着ているものというよりは、インドのサリーに近い。
 一枚の布を巻き付けたような、そんな恰好である。

「―――特に代わりはない。お前の血肉も上々だ、下春よ」
 目を閉じたまま、打鉄弍式はつぶやく様に語る。
 誰に向かって話しているのか分かりずらい。そんな抑揚である。

「前から思ってんだけど、なーしてお前さんは俺の事シタハルっつぅのかね? よく知らんけど。名前なんてどうでもいいからけどさぁ―――分かってると思うが、俺の紛い物から、真物へ切り替える時が来たって事なんだがね。返してもらうぜ」
「構わぬ。持っていけ。そろそろ私も己の足で立ちたいものだ」
「それは同感だ。簪さんもその方が喜ぶだろう。えーと、どうする?」
「己の形をしかと確かめるが良い。さすれば足りぬものが何か分かろう。然りとそれは私のなかにあれども所詮は異物。自然と真の主の元へと戻ろうて」

 え? いや、そんな漠然と言われれもだね。
 難しく言われて戸惑いまくる。回りくどい言い方は非常に苦手な訳で。

「……まずは私のように足を組むが良い」
「う、うむ」
 初めてやるので難儀だが、体が柔らかいので難なくこなす双禍だった。

「そして全身に意識を巡らせよ」
「……ごめん。いきなり良く分からん」
 いや、そんな事言われても。の世界である。

「ふむ。では聞くが。お前の手はそこにあるな?」
「いや、うん。あるけど?」
「………………そうか。一つ……話をしよう」
「お、おう」
「我が主は末子だ」
「おぉう、凄い話の飛躍だ」
「待て———聞くが良い。故に我が主は常に手を引かれて来た」
「まー。言いたい事は、分かる」
 弟や妹というのは、兄や姉、両親に対して非常に甘え上手であるらしい。
 妹を思い浮かべ。少しにやりとする双禍だったが。
 自分の周りを思い浮かべて見る事にした。

 一夏。姉は千冬。素直に甘えるのは命がけな気がする。
 箒。姉は束。こっちも紙一重な意味で命がけな気がする。
 簪。姉は会長。何か仲悪い。
 あれ? 現実は違うのだろうか。

 おっと、まだ居た。本音。姉は虚……結局ケーキ貰ってるから該当するかもしれんな!
 必死に自己理論を固める双禍だった。

「故に、主は常に心の何処かで望んでいたのだ。己が手を引き、庇護すべき対象を」
 だから、守られてばかりの存在は、それ自体がコンプレックスとなりやすい。だから、自分も守れるんだと、守る対象を求める傾向にある。
 一夏もその傾向が強く、常日頃から誰彼構わず俺が守るー! と心の中で叫んでたりする。

「あー。それが俺って事?」
「是。幼子故に———されど、どれだけ独歩たろうと決意しても、そうそう庇護されて来た性は抜けぬ。壁にぶつかれば容易く挫けよう。故に下春よ。主に守られつつ、挫けても再び主が立ち上がれるよう、守ってはくれまいか」
「むむむ。一見、守られている形で有りながらその実守るか……中々高難易度の注文だねぇ」
「無理ならば是が非とは申さぬ」
 カチン。おっけー。その挑発買ったとばかりに双禍がギロリと睨み上げる。

「オッケ。いいじゃねえか。やってやんよ」
「感謝する———して、気は解れたか?」
「そう言う話題の転換だったんだ!?」



 打鉄弍式は独特のテンポのようである。



「それでは続きを始めるとしよう」
「え……は? このノリで!?」

「渇ァ———ッ!」

 ッパシィ———ンッ!

「痛ァ———ッ! ちょ、ま、なんだよ———って———」

 甲高い音が肩口に炸裂した。正直、滅茶苦茶痛い。

 振り返れば仁王像が、警策持って力を引き絞るように構えている。
 正直、撲殺されそうな迫力が押し潰さんとして来るのですが。

 なお、警策というのは座禅組んで修行している人が雑念こもった瞬間坊さんがぶっ叩く時に使うアレである。
 一般的なそれは大体四尺二寸ぐらいなのだが……。
 なんでか仁王像の巨体に合わせて縮尺がアップしている。
 あと、しっぺいとも言うらしい。
 二本指で人をひっぱたくのをしっぺと言うのはこれが語源だそうだ。宗派やら何やらで細かく違うらしいが。

「雑念を込めるな。もう一度だ」
「いや、ちょっと待て打鉄弐式、いったいこれデビぃ―――って痛ァァァァアアアアア―――ッ!?」
「集中せよ。その全身全てを掌握するのだ」
「いや、正直に言え。何の漫画に影響受けたお前。なんで俺が俺のもの返して貰うのにンなゴブッ!? オイ後ろのデカ物! 今頭に振り下ろしたなテメェ! ルールさえ守らねえたぁゲビブっ!?」
 今度は仁王像が警策でゴルフフルスイング。座禅組んで解けない双禍がそのまま本堂をバウンドする。

「ふっふっふ―――いいぜ、その喧嘩乗ったアアアアアアアアアッ!」
「その粋や良し」
「テメエにだよ!」

 ベシンッ!

「またか―――ッ!?」
「お前もISならば、見事ものにしてみるが良い」
「俺は人間だ!」
「……?」
「マジで問符打って来やがったこいつぅ!」

「白式のところでも様々に学んでおるのだろう。知っているか? 彼奴の世界が白いのはな? 敷き詰められているのは全て仏舎利であるからとも聞く」
「そう言う怖いネタやめてくんねえ!? そもそも、何でそうやって話題飛ばすんだよ打鉄弐式!」
 結局なんだかんだで修行の形になり、パーツが帰ってくるのだが———



 さて。現実世界。
 IS同時の非限定情報共有はIS同士の高い演算速度で行われる。
 つまり、いいだけ叩かれまくっている双禍だが、現実速度ではペタリと手を当てた瞬間。

「修行かこれはあああッ!?」
 といきなり叫び出す訳で。
 本人の主観時間では実に四半日もの間、最終的に20体近く増えた仁王像に警策持って追いかけられていた訳なのだが。実際にはマジで1秒もたっていない。

「ちょ、どうした双禍」
「あーうん。僕絶対仏教徒にはならねえ」
「??」
 当たり前の話だが、一夏達には何があったのか分からなかったりする。

「しかしアレだな。ある意味生命帰還の技術だなこれ―――自在フレームにはかなり有効……その修行が現実時間1秒に満たぬとは、何つう効率。精神と時の部屋なんて目じゃねえな」
 ISの進化がとんでもない理由が少し分かった気がする。

「だから、双禍、何一人納得してるんだ?」
「おお、一夏お兄さん。いや、打鉄弐式から余計なもの取ってたんだよ」
「余計なもの?」
「本来別のパーツだよ。ベッキー、頼んだ」
 双禍に応え、ぞろぞろやってくるベッキーズ。打鉄弐式からいつの間にか分離している双禍のパーツを回収して行く。
 あ、何があったか正直に話すが良いと簪が双禍をガン見している。

「あれ? 箒さんと鈴さんは?」
 何か怖いので話題を変える事にした。
 さっきから声が聞こえない。
 ラボに入ったまでは知っているのだが……?

「お二人なら、さっき入って来た私の本体を追いかけてますよ?」
 そう言って来るベッキーの一人。虎丙と胸のエプロンに書いてある。
「自分事なのに他人事なんだな」
「新しい方式なんですよ。群体でありながら個性があるって感じで」
「実際どうなのかが分かりずらいですなー」
「実は私にも分かりません」
「わははは」
 ってなんだそれ。
「さて、それでは複製作業を始めます」
「そのスルーは寂しいですな」

 さて、ちょっと後は待つだけなので、双禍は一夏達に合流する。

「ねーねー、お兄さんや。暇ならうちの人らと模擬戦してみたら? IS使ってもなかなか苦戦すると思うよ?」
 ISがなくても無双出来る千冬とかも居ますが。
「ん……いや、俺に手伝える事ないか?」

「簪さんはどうするの?」
「今のうち……今まで使ってたパーツのデータで効率計ってみる」
 ごそごそ背負ってたリュックからいつも使っているキーボードを取り出していつもの同時入力を始める。

「……は?」
 それを初めて見る一夏は思わず見とれた。
「あ、お兄さんは初めて見るんだっけ?」
 やる事なくなったので同じようにぼーっと見ている双禍。
「おー」
「すげー」
「でしょでしょ、凄いしょ!」
「何で双禍が自慢気なんだ?」
「可愛いウチの娘ですんで」
「や……止めて……!」
 絶賛されなれてない簪が照れまくる。
 二人掛かりでも、前回同様手は止まらない。どうやらまだ力不足らしい。

 ちなみに。本音とは言うと。

「ぐぴ〜」
 疲れてハンモックに揺られていたそうな。

 それから10分もしない内だった。
「「「「ぼっちゃ〜ん! できましたよ〜!!」」」」

「早!?」
「え……え……?」
「それじゃ取り付け始めますね〜」
 そしてぴょんぴょん跳ね回るベッキーシリーズ。
 雲霞の如く打鉄弐式にまとわりついてどんがんどんがん金属音が響き。
 火花が散って溶接のようなことをしているのも見える。
 まるで早送り画像のように機体が完成して行く。
 さすが後方支援型である。
 ベッキーがこの形態をとったのは、『三人だけの世界大戦』時、生物兵器達の修理や改修が間に合わずゲボックが体を張らざらるをえなかった事を今でも気に病んでいるからだった。
 勘違いしないで欲しいのが、ゲボック自体はこの事を何とも思っていないと言う事だ。
 いや、だからこそだろうか。
 『家族派』はこう言う場合こそ尽すのである。

「簪様。パラメータ値の指標をお願いします」
「……あ、う、うん、このデータで」
「こめかみにデータケーブル差し込んで下さいませんか?」
「……ええ!?」

 男性陣二人(一人は女性装い中)を放って置いて、打鉄弍式はどんどん出来ていく。
 あくまで、簪の計画通りのものを、である。
 そうでなければ、今までの簪と双禍の苦労が水の泡と化す。

「なぁ……双禍。俺、場違いじゃね?」
「―――え? 何?」
「って何してたんだ、双禍」
「あー。自分のもの拾い直してた」
 量子化してコピー終わった順にインストールしていたのである。

「そうだお兄さん、これから仕事があるのですよ」
「え? 何かあんの? この状況で」
 何か凄い質も量も兼ね合わさった同時ベッキー作業で打鉄弐式が出来上がって行くのを見て。自分に何かする余地はあるんだろうか。

「これから簪さん運行試験するからさ、仮想敵として出て下さいな」
「おお! 分かった。そう言うのなら喜んでやるよ」

 一方、簪の側には常に行動指針を報告、聞き届ける個体が連れ添い、進捗と要望を怒涛のように交わして居るのだが———

「ところで簪様。このマルチロック多段式ミサイルですが、『ディバ●ソン風メ●ロマックスファイヤー』方式と、『オービタ●フレームの凶悪ホーミングミサイル』方式と『板●サーカスでもしないと回避できるわけねえだろ巫山戯んなマジで多すぎんだよ』方式、それに『散れ、雑種』方式のどれにしましょう?」
「……あ、そこは、自分で……」
「左様で御座いますか。畏まりました。して、興味本位ですが、どのようになさるおつもりで?」
「メガロマック●で……」
「良き趣味でございますね」
「いや……その……」
 どギつい内容も平然と飛び交ってたりする。

「あっちで凄い不穏な話をしている件に付いて」
「強くなるのは良いんじゃないか?」
「主に的はお兄さんなんで」
「な……に……!?」



「それじゃ〜、私はモニタ〜やってるね〜」
「うお」
「わっ」
 何時の間にか後ろにいた本音が、じゃ~ね~、と反転してひたひた歩いて行く。
 案内用のベッキーは当然くっついて。

 ぺた、ぺた、と本音がオペレーションルームに向かって行くその後ろ姿を見送りつつ。
「相変わらず全てゆっくりだなぁ。しかし、いつ後ろとったんだ……?」
「初動が分からないのは仕様なんだろうか、のほほんさんは……」
 布仏本音。謎多き少女であった。









「こらあ! 待ちなさいってばぁ!」
「ご遠慮させていただきます!」
 縦横無尽にベッキーは跳ね回る。
 さて。
 ベッキー(無印)を追撃中の鈴と箒である。
 一旦切れてしまった『灰の三十番』についての話題を再度実施する為なのだが……。

 鈴は、身体能力も選抜の内に含まれる代表候補生である。
 箒も女子剣道ではその頂きに至った少女だ。
 だが、ピョンピョン逃げ回るベッキーがいっこうに捕まらない。

「あんにゃろ~、機敏に動き廻って本当に非・戦闘型なのかしらアイツ!」
「いや、寧ろだからなのかもしれない」
 追跡しながら、千冬に次ぐ生物兵器対処能力のある箒はしかと頷いている。
「と、言うと?」
「戦闘能力が無いから、いざ戦闘になった時の事を考慮して回避性に重きを置いているのかもしれん」
「あー。そっかー」
「まぁ———」
 箒はかぶりを振って。

「単純に千冬さんに薙ぎ倒され続けている内に、そう簡単には攻撃が当たらないよう進歩しているだけかもしれん」

 効果音が付けば『ぬ~ん』と言う感じの箒である。

「確かに千冬さんが鍛えてるようなものよね、あいつらって……」
 土台が良いくせにその上仮想敵(千冬)も凶悪と来れば、その成長率たるや恐ろしいものでは無いだろうか。

「鈴、ISは出せるか」
 だが、こちらもまた、人類最高峰たる英知の結晶と言って良い最強兵器、ISを鈴が保有しているのだ。
 この力が不足だと言う事はあるまい。

「出せるけど良いの? たとえ限定的でもISの無断展開は一応、禁止されてるんだけど……」
「IS学園の壁やら床やら凹ませているくせに今更何を言う? 安心しろ。ここはゲボックさんちだ」
「そうね。そうだったわねぇ」

 にやぁ、と鈴の口角が吊り上がる。
「Dr.に全部なすりつける気で御座いますね!? それはあんまりな———ッ、まッ!? 御二方、いきなり完全展開!? それはあんまりでは!?」
「さっきベッキー、アンタ自身言ってたじゃない。あんたらは首さえ無事なら会話出来るって……」
 微妙~に間違えている鈴である。

「そんな御無体なぁ」
「下手に逸れると頭もぶっ潰れちゃうからじっとしてなさいよー」
「何で御座いますかその選択わああああああああッ!」

 あぁ無常。
 鈴のIS、甲龍の非固定浮遊部位から空間歪曲場が形成され、仮想の砲身を構築。

「発射あ———ッ!」
 歪められた空間の修正力は凄まじい。
 その勢いに巻き込まれた空気が砲弾もかくやの速度で弾き飛ばされるのだ。
 空気の威力を舐めてはいけない。
 空気の力とはすなわち風の力であり、竜巻クラスの風速ならばその威力たるや、ダンボールが鋼鉄を容易く貫通させ得るのだ———

 その竜巻をはるかに凌駕するのが空間の修正力であり、衝突の際、一部プラズマ化すると言えば、分かっていただけるであろうか、その威力が。

 が、それが。
 ぱんっとまるで拍手するかのような軽い音とともに払い落とされた。

「はぁ!? ちょ、何よあれ!?」
 鈴が驚くのも頷ける。
 それをなしたのは、たおやかな繊手だったのだ。
 うっすらと銀に輝くその手は、まるで埃を払い落とすような感覚で衝撃砲の一撃を散らし、その上で、文字通り余波をそよ風に変えて破壊そのものを無かった事にしたのである。

「———な? 念の為に二段構えにして良かっただろう?」
 ベッキーの頭上からそう聞こえるのは箒のものだった。
 鈴の衝撃砲が効果を発揮できなかった場合、追撃する為に。

 その箒を邪魔するのは又しても繊手であった。
 それまでのヒラヒラとした動きから一転、鋭敏に動き、ベッキーの腕を掴むと通路の奥まで一気に引っ張り込んだのだ。

 その正体、見せて貰うぞ! と箒が素早く通路を覗き込むとそこにあったのは———
「長ぁ!」
 さらに奥の通路まで伸びる腕であった。
 そちらへ引き込まれて行く姿はまるで———
「掃除機のコードか!?」
 そんな感じである。

「二段じゃ足りなかったわね。箒! 掴まりなさい!」
「分かった! 感だが恐らくあれが『灰の三十番』だ!」
 と言いつつ、鈴の背に掴まる箒。
「———根拠は?」
「あの手。光ってこそいたが、グレイさんのと全く同じだった! 全く無関係ではあるまい!」
「箒———あれだけで良く分かるわね!? 最後に見たの何年前だっけ? すごいわね、あんた写真記憶能力でもあんの!?」

 驚きながら、鈴は甲龍を飛行させる。
 生物兵器にはかなり大柄な個体も存在する為、研究所の通路は基本的に広く、ISでも余裕で飛行が可能なのだ。

「勝ったな」
 鈴の背中で箒がニヤリと笑う。
「どういう意味?」
「増築されていなければこの先は行き止まりだ! 壁を破るにしても隙は出来る!」
「……箒、本当生き生きしてるわね」

 追伸。自分の背中にあたる柔らかな感触に殺意が芽生えました。
 一件が落着したら殺そうとか思ってます。凰鈴音。

「何故か今不穏な気配を感じたんだが!?」
「しがみつくな! 今すぐ殺したくなる!」
「何故だ!?」

 ぎゅんッ! 

 PICの慣性制御で角をほぼ90度で旋回。
 鈴の背に乗る箒も風圧で髪はなびくがGは一切感じていない。
 この点が戦闘機等に比べ圧倒的にISが優勢を誇る理由である。
 対Gスーツ等の着用が無用だからだ。

「おしっ、箒の言う通り行き止まり!」
 ベッキーを確保したシルエットを捉える。
 ぼんやり光っていてハイパーセンサーでも目鼻立ちが分かりにくいのがもどかしい。

「だが、隠し通路の恐れもある! 壁際で追い込む事になる前に撃墜が一番だ! あと、床が開いての落下逃走も考慮してくれ!」
「手馴れすぎてない!?」

 しかし相手のパターンは新基軸であった。
 跳躍。
 天井を突き破るのかと思いきや、弾け飛ぶのは金網。つまり———

「「通風口!!」」
「しまった! 双禍で一度見ていたパターンだったというのに見逃した!!」
「本当、充実してるわね今の箒」

 ぼやきながら通風口の傍までに機体を滑らす鈴。
 箒は一旦降りてから通風口のサイズを確かめて無理な事を察する。何故かといえば。

「ぬっ、このサイズは無理だ……この間と同じでつっかえるな……」
 そう、この間くぐろうとしたIS学園のそれとだいたい同サイズだからだ。
「いや、箒も何やってんのよ……って、ん? ……つっか、え、る?」
 ナニが? ナンの事を示しているのか?
 乙女心で反応する第六感は即座に正解を察するわけだったり。

 さあ、何がだろう……あぁ……そうか……。

 俯いた鈴の視線がゆっくりと上がって行き、箒の身体、その一点に視線が固定される。
「アァ———ソウカ、(ソノ駄肉)カ」
「殺気!?」

 ジリジリとISをまとったまま壁に追い込んで行く鈴。
「ソンナニイラナイナラムシリトッタホウガイイワヨネ」
「なんで標的が私になってて迫って来るんだ!? というか人間やめかけてないか!?」

 いつしか目的がズレまくり、とうとう鈴が箒を壁に追い込んだ———その時。

 ゴバァッと壁が融解して極太ビームが二人からやや離れた地点を過ぎ去って行く。
「ねぇ、今のって……」
「この間襲撃してきた奴の……あれか?」
 二人は胸の話を一旦棚に置き、ビームの発射点を確認する。

 そこには、光り輝く人型がいた。ビームを弾いた為にこうなったらしい。
 ビームは相当破壊力と面積が広く、通風口も破壊されたため、止む無く出てきたようだが……。

「「見つけたぁ!」」
「!」
 鬼ごっこは再開される。









 さて、先程の極太ビームについては少し時間を戻して説明をする必要がある。

 地下戦闘訓練場。通称はそのまんま地下アリーナ。
 地下格闘場ではないので悪しからず。
 アンヌは箒が居なくなったため彼自身もどっかに行ってしまったようである。

「うお、すっげー、広っ」
「凄いっしょ。ここと研究所の上空が実践訓練の場なんだけどね……」
 双禍にとっては別名、地下拷問広場。

光爆(テラ・ルクス)
「ひでぶっ」

『福音の刃』
「あべしっ!?」

『ホーミングレールガン!』
「俺ばぁくはああああああつっ!」

『レッツパァァァリィィィィイイイイ!!』
「今度はゲーム脳かだだだだだだだ!」

『ヤド●ギのタネ』
「地味に今までで一番怖いんだけど———待てこれ死招●草じゃ、ぎゃあああああ!」

『見様見真似———笑撃のォ(誤字にあらず)! ブレックファーストォ!」
「朝一番で飯投げつけてきた———しゅるんパク……むむ、神妙な味……」

・それじゃ行くね、双禍。フタエノキワミ。ッア———ッ!!
「アンヌ、お前までか———と言いつつこれ振●拳じゃねえかあああ、っぶなああああああ!!」(これ、さっきの出来事である)

 あぁ脳裏を駆け抜けて行く生物兵器達との模擬戦メドレー。
 束の影響を受けまくっている古参は確実にネタを混ぜてくるうえに実用性も兼ねているからたまったもんじゃないのだ。

「ど、どうした双禍!?」
「思い出し怯えしてる!?」

「大丈夫大丈夫……」
 必死に自分を鼓舞し、双禍はPICを起動。
 ふよ、と浮いた双禍に。
「飛べるんだ!?」
「ふ、ふ、ふ、アンヌも使っていたPICなのだ!」
「おーっ」
(これで騙せてるの彼だけなんだろうなあ)
 堂々と大ボラ吹いている双禍と、それを鵜呑みにしている一夏を見てぼんやりそんな事を思う簪であった。

 さあ、行こう。
 簪は打鉄弍式を喚び出し、双禍と同じく浮遊する。
「おし、俺も行くな」
 続いて一夏も白式を展開する。

「それじゃ……まずは最大出力で起動してみるね……」
「おー。いけいけー」
 双禍に煽られたせいかどうなのか。簪は少し距離を取ってスラスターを前回にする。

「―――!?」
 次の瞬間。

 前傾姿勢になった簪と、隣の一夏が消えた。

「―――は?」
 更にコンマ数秒。
 双禍の遥か後方。
 簪と一夏が飛行というより砲弾と言える爆速でアリーナの壁に炸裂した……って。
「マジですかハイパーセンサー!?」

 一拍置いてヅドゴォッ! と衝撃音が響いて来る。
 音を置き去りにした超速度だった。

「絶対防御無かったら真っ赤な花咲いてるぞこれ……」
 その脅威の速度に頬が引き吊らざるを得ない。
「ベッキーども、余計な気を利かせてサービスし過ぎだろうがよ」

 そう、ベッキー達はこっそり性能を引き上げまくっていたのだ。
 簪の手に負えるレベルを遥かに超える領域で。

 で。
 突っ込んだ簪はあまりの速度でバンザイの恰好になってしまい、そのまま一夏を引っ掛けて壁に激突。
 一夏の頭を抱くような形で壁と胸で押し潰している。

「いぎ、い、ででで……」
「…………ん? はっ!」
 それに気付いた簪は一気に動転状態に陥り―――

「いや〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!」
 簪の動揺に誘発されたのか、にょきにょき生えて来たミサイルが壁に向かってゼロ距離爆撃、次弾展開誘爆連鎖を繰り返している。

「ぶわっ! のどぐぅお!? ぐはぁっ! のああああああああああっ!!」

「……主人公してるなあ、お兄さん」
 ラッキースケベと攻撃のコンボにかけては一夏に敵うものは居まい。
 しかし、いい加減どっかんどっかん五月蝿いので、と言うか間違いなく簪自身も爆風に晒されている訳で。

「オイベッキー。話があるから、どいつでもいいから……ちょっと来いや」
 思念通話で連絡を取る双禍であった。



 さて、再改修後。
「余計な事してないよな!」
「してませんしてません! Dr.に誓ってしてません!」
「それに誓ったら信憑性ゼロだろ!」

 放っておくと、見知らぬ装置とか取り付けようとするのでその度に跳び蹴りをかましたりしていたら時間を無駄に食ってしまった。

「というかそれはフリだったんですよね! しまった! 仕掛けてなかった!」
「フリじゃねえええええええええ!」

「まあ、いいじゃねえか」
「まあ、焦げてるお兄さんがそう言うなら良いけど……」
「よし……今度こそ……うん」

『こっちもおっけ〜だよ〜』
 本音の合図で三人とも飛翔する。

「さて、さっきの続きでまず何しようか?」
 全身PICの塊である双禍は伊達ではない。胡座をかいたまま逆さまに浮遊しながら考える。
「双禍、器用だなお前……仮想敵って言っても俺、持ってるのはブレード一本だからなあ」
「んじゃ、まずは『夢現』だね。簪さん、どぞ」
「うん……」
 簪手元に量子展開されたのは薙刀。対複合装甲用に超振動展開できるタイプだが……。
「当然『霧斬』システムは最新型を搭載! 人体ぐらいなら触れただけで溶けるぜ! 常に相手に合わせて最適の超振動を提供してくれます! 通常の霧斬同士レベルなら、ぶつかってもむしろ勝つね!」
「物騒だな!」
「つう訳で斬り合おうではないか!」
「双禍さん……なんだかテンション上がってる……」
「あー、やったよなー。子供の頃、良く箒と竹刀でばすばすと」
 チャンバラのノリだった。使う得物が凶悪すぎるんだが。
 思うに、ISの防護安全性が兵器に対する緊張感を失わせているのではないだろうか。

「お兄さん気をつけてねー。霧斬って、硬化チタンでもトコロテンのように斬れるから」
「やり過ぎじゃね!? まあ、うちはトコロテンが食卓にあまり上らんから知らんが」
「そうなの?」
「千冬姉、トコロテンが死ぬ程嫌いなんだよな。何故か」
「へえー」

 さて、と双禍はアリーナの壁をスライドさせ、その中の兵装を引っ張り出す。
 対ISマシンガンとマチェットである。
 チョイスがザクっぽい。
「僕はこれで援護させてもらおうか!」
「二対一!?」
「おやあ? 毎日代表候補生二人と、箒さんにISなり剣技なり鍛えてもらっているのに……あくまで運用試験でしかない簪さんや、僕に負けるとでも?」
「へえ? 言うじゃねえか」
 あっさり挑発に乗る一夏。



「―――はっ!」
「でぇりゃああああああ!」
 しかしぶつかるのは一夏と簪である。
『舐めるなあああああああ!』
 唯一本気で叫んでいるのは白式である。

 ぬ、白式、霧斬に対応してる!?
 双禍は驚いた。
 雪片二型が、パーツの各所を高速かつにランダムでに開いたり閉じたりして固有振動数を変化、霧斬の解析に対抗しているのである。
 
「足下がお留守だよーんってな!」
 真下に回り込んだ双禍が両手に構えたマシンガンを連射する。
 空中戦かつ、重力に捕われないIS戦は正真正銘、ハイパーセンサーを用いた完全三次元戦闘である。
「その程度、セシリアのブルーティアーズよリ遥かに容易く避けられる!」
 とっさに後方に下がった一夏は即座に得意の瞬時加速を発動。
 射軸から見て斜めの位置から切り掛かる。
 確かに、ブルーティアーズの複合三次元戦闘に比べれば、これは大した事ではない。

「だが!」
 双禍も急加速は可能なのだ。
 双禍のシステムは人間に擬態という特性からスラスターを保有しない。
 自在フレームで変形させれば作れるが、そもそも、そんなものを必要としない程PICが内蔵されているのだからだ。
 故に、今まで何度も使っているが、本来と同じ意味での瞬時加速―――スラスターで推力再吸収、圧縮させて超加速―――は不可能なのだ。

 ではどのようにしているか。
 PICとは慣性操作システム『パッシブ・イナーシャル・キャンセラー』の略ではあるが、重力操作システムも含んで呼ばれる事の方が多い。

 重力操作とは。
 つまり『引っ張る力』の操作である。
 この場合、最も質量を有する地球に引かれる為、『物体』は『落ちる』ものという常識が成り立つものであり、ISはここに、マイナス値を掛ける事で浮遊を実現させる。

 マイナス値とは、この場合反重力と呼ばれる事もあるが、『引っ離す力』と言った方が分かりやすい。
 そう、斥力だ。
 双禍は、充分な数のPICで反発力場を形成、それで弾き飛ばされるように加速できるのである。

「忘れて貰ったら……困る……よ」
 双禍に逃げられた一夏に降り注ぐように打鉄弐式が『夢現』を構えて降下して来る。
「そうだったな、簪の試験起動だもんな!」
「でも……避けるね」
「は?」
 一回ぶつかったきり、簪はすぐさま下がる。
 その背の後ろには双禍がマチェットを構え―――
「会長戦では不発に終わったが食らうが良い! 本当ならバトルアックスだが! 『フェ●タルアトラクション!』」
 隕石のように重力を増して加速した双禍がマチェットを弾頭代わりに追突する。
 簪は、双禍が準備するのを隠す死角代わりとなったのだ。
 二体が一気に沈み、地表向けて降下して行く。
 この攻撃の恐ろしい所は一般的なISのシステムをそのまま利用しているだけという事だ。出力こそ異常だが、どんなISでも出来る事である。わざわざするような事ではないのだが…………。

「ぐ……重……」
「ふははは! どうだ白式!」
「え? 俺じゃなくて白式?」
『いい気になってんじゃないわよ!』

 非限定情報共有の回線を史上最も我の強いISが怒号を迸らせる。

 途端に白式の重力制御が出力をアップ、降下速度が低下する。
 白式が自己判断で双禍のプラス重力へマイナスを掛け合い、中和したのだ。
「ぬぐぉ! 根性論で押し返されてるぞ僕!」
「根性! 結構じゃねえか!」
「べふぅ!」
 一夏がそのまま逆上がりの要領で足を振り上げ双禍をオーバーヘッドキック。
 双禍の肩口に炸裂するが―――
 
「ぐおおお……重力イコール負けフラグにする訳にはいかんのだよ! ジオ・イ●パクト!」

 双禍自身には重力プラスを。
 拳には瞬時加速時に使う集束斥力場を展開。
 一夏の鳩尾にめり込ませる。

「がっはぁ!」
 反発力で二体はそれぞれアリーナの真逆の方へ吹き飛ばされて行く。

 その合間に今度は簪が準備を完了。

「ミサイルの同時複数誘導操作は自力で開発すると決めたし―――ここはマニュアルで行くしかない」
 どうやら本気のようで、『……』入らないモードで胸元に四枚のディスプレイキーボード。
 足先のIS展開を解除、こちらにも両足二枚ずつ。計八枚のディスプレイキーボードを展開する。

「来たれ『山嵐』」
 背後には次々と量子展開されて行くミサイル群。
 まるでその様は『王●財宝』の様に、虚空から圧倒的火力の出現を知らしめるには充分であり、その全てに簪の操作を介した意識が込められる。
 強い意識を。攻性因子はISの攻撃力を決定付けるファクターであるが故に。

「メガロマ●クス……ファイア」
 静かに。しかし爆矢の軍勢が降り注ぐ。
 ハイパーセンサーが爆風の影響を除去し、残った弾頭の行き先を簪に求めて来る。

「う、そ、おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
 一夏はその弾幕をよけるくらうよけるよけるくらうよけるよけるよけるくらうよける。

 ミサイルはブルーティアーズのようにスマートさはない。だが、故に衝撃という名の福次破壊力も付いて来る。
 何より、精神力を削って来る攻撃なのだ。大きな音というのは、それだけで厄介な攻撃なのだ。

 雪片二型を振るい、ある時は瞬時加速で集まって来た弾頭を一機に避け。
 一夏は数の暴力をたった一つの身とたった一本の刀で凌いで行く。

 その様子を見ていた本音の隣に居るベッキーは、ああ、姉弟ですねえ。と呟いた。
 個性こそ違うが、ベッキーシリーズは記憶を共有している。

 20万体の数を得た束とたった一人で闘った千冬の事を少し思い出したのだ。
 まだまだ甘い。どちらも未熟。
 しかし。
 似るものだ。数で来られようとも、そうそう諦めはしない所が。

 暴火の弾幕が少し薄まる。
 一夏はそれを見抜き、瞬時加速の準備を進めて行く。

 当然、それは意図的である。
 簪はキーボード一枚分、ミサイルの制御を放棄したのだ。
 その一枚で準備するのは打鉄弐式の武装の中で最大の破壊力を有する砲撃。

 荷電粒子砲―――『春雷』。
 その背中に取り付けられた二門は、通常の荷電粒子砲では有り得ない連射を可能としている。

「『春雷』―――モード移行。FCS全マニュアルシフト―――」
 ミサイルを操作しながらエネルギー系のバイパス繋ぎをマニュアル操作。未完成なシステムを人間力で強引に実現させようと言うのだ。その扱いは繊細であるべきだ。

「発射準備完了―――」
「よし、これさえ凌げば―――」

 二人が膠着した戦闘を動かすタイミングを見たのは同時。

「「今!」」

 ミサイルの弾幕の抜け道は荷電粒子砲の射軸上なのは自明の理。
 ここで一夏は切り札を放つ。

 零落白夜。
 あらゆるエネルギーを無へと帰すIS史上最大の破壊力を持つ一撃である。

 零落白夜はエネルギー相殺式なので、ごっそりとこちらのエネルギーも持って行かれる。
 だが、打鉄弐式の切り札を刃一本で凌ぎ切る。

「御免。もう一発あるから」
 そう、『春雷』は二門存在する。
 流石にこの状態でもう一発を防ぐのはキツい。

「ちぃっ!」
 一夏はその身をそらし、二発目を回避。
 必殺の一撃は発動せずに終わる。

「よーし、実験してみましょうか」
 その一夏に双禍がくっついた事にも気付かずに。
「なっ! 双禍!?」
「必殺お兄さんシールド。対弾幕に大変役立ちました」
「全然気付かなかった!?」
 ISのハイパーセンサーさえ騙し切る、オクトパステルスモードである。

『コバンザメか!』
 白式が今までくっつかれていた憤りを叫んで来る。
「え? 鮫? 恰好良いよね」
『え? コバンザメ知らないの?』
「ちょっと待って、いまBBソフトで……ってなにこれちみっちゃ!」
 今頃罵倒だと築いた双禍であった。

「はてさて、出るかどうか分からんが……」
 よし来るな、荷電粒子砲よ……来い来い来い来い……き、来た……ぶ、ぶつかるぅぅぅぅぅ!!

 以前発動させた時とイメージを一致させる。
 そして。

「来た―――」
 手の内に黒いエネルギー塊が発生する。




―――単一仕様能力―――

―――『揺卵極夜』―――




 を盾状に薄く広げて前面展開!



 『春雷』はにゅうっと『揺卵極夜』に抵抗もなく吸い込まれる。
 一気に回復して行くシールドエネルギーとエネルギー。

「は? 双禍なんだそりゃ!」
「企業秘密だ! でも、おぉー、これは凄いな……」
 でも失敗したら直撃である。その痛みはAIC開発時の失敗談だけにしたいものだ。
 双禍は遠い目をする。

 さて、変に思われるのもアレなので。
 双禍は口を開いて、全身どこからでも射てるブラスターを口腔内に発動。

「おはこんばんちわー!」
 口からんちゃ砲の一種をぶっ放す。出力はいつもより強めで。
「怪獣かお前は!」
「ぬ、外れた!」

「……まだまだ!」
 簪も再度『夢現』を構えて。

 ピ―――――――――

「は?」
「なんだ? この音?」
「わ……わかんない……」
 無粋な電子音が戦闘の継続を中止させた。物凄く大きいのだ。
 発生地点の簪が両耳を塞ぐ程に。

 続いて、打鉄弐式のミサイル弾道操作モニター。その一部がジャックされ。



『先日、回収した攻撃パターンの逆算が終了しました。再現しますか?』
 OK? / NO? とタッチボタンが出て来るだけである。
「……なにこれ?」
「どうした、簪」
「どしたのどしたの?」
 三人揃ってそのモニターを覗き込む。

『どうしたの〜?』
「あー、のほほんさん、そこのベッキーの首根っこ捕まえといて、何か変なもん仕込んでないか聞きに行くから」
 といいつつ、本音の方にもそのモニター表示を転送する。

『これは私共では御座いませんよ』
「本当か?」
『違ったらDr.と結婚しても良いです』
「すげえ信憑性それだけで得たけど、お前女だっけ?」
『特には御座いませんね、性別』
「ある意味便利だなそれ……」
「ところでこれ、OKすんのか?」
「……うん、やってみる」
「大丈夫?」
「……うん……いざとなったらここの人に直してもらう」
 目の前で今までの苦労が何百倍速で解決され、先へ進められて行くのを見るのは凄い複雑だったのだ。
 なので開き直ってやらせてしまえ、と。
 と言っても、本当に基本的なレスポンス、飛行、パワーアシスト調整だけである。
 数値は今まで簪が微調整して来たものを入力してもらったし、武装は『夢現』の破壊力が上がっているだけで、殆ど自分でやると言い切った。

 なので、『やっと双禍のパーツ無しで動けるようになった』だけに過ぎない。まあ、その基本能力が高い水準過ぎるのだが。
 本格的に第三世代機とする為には、まだまだ開発が必要なのである。

「お……押すよ……」
「「お、おう」」

 そして、簪がディスプレイモニターのコマンドを実行する。

 途端に起きたのが、リボンのようなものが、打鉄弐式の肩口から伸びるという事だった。
 そのまま左腕に絡み付いてギブスを取り付けるように左腕が肥大化して行く。
 そして。
 出来上がって行くシルエットは見覚えのあるものだった。

「これって……」
「あのときのだねぇ」
「だな」

 形成を完了させた簪の左腕は、そこだけがアンバランスに伸びた、別物へと変形していた。
 その長さは、簪の腕が、その長い腕の肘までしかないと言えば分かってもらえるだろうか。

 形と言えばもっと簡単だ。クラス代表戦で襲撃して来た、全身装甲のIS『ゴーレムⅠ』の左腕である。

「え……と……あれ? どうしよう?」
「何はともあれ、射ってみるしかないんじゃないかな?」
「大丈夫かぁ?」
「だと思うけどなあ」

 その腕の先にある、二門のビーム砲口の事である。

「い……いきます!」
 そのままごぉうん! と放たれる極太ビーム。
 それはあっさり地下アリーナのシールドをぶち抜いてアリーナ壁面を貫通して行った。

「………………あ、あ……」
「うわーすっげぇ」
「そういえば、元々あれってIS学園のアリーナのバリアぶち抜いて来たからなぁ」

 しかし、何故にこんな事に?
 
「……ちょっと、止めようか」
「そうだね」
「これはちょっと強すぎるしな」

 運用上の模擬戦闘は問題無いし、という事で今回は終わった。



「ん〜とね〜すごいよね、あれ〜」
「何がだ?」
「え〜とね〜、あれはね〜さっきまでかんちゃんのISに付けてたパーツのエネルギー吸収機構の機能でね〜」
 ああ、一応嘘吐いてくれるのか、と双禍は思う。
 エネルギー吸収はあくまで単一仕様能力。今まで打鉄弐式についていたのは双禍のパーツなのだから。

「吸収したエネルギーから〜、武器の設計を逆算構築するってものなんだよね〜」
「なんだそれ、無茶苦茶凄くね?」
「確かに一夏お兄さんの言う通りだ。そりゃどこのキース・ホ●イトだ」
「まぁ〜、仮にって事で〜もう取り外したから〜、新たな武装が増える事は無いけどね〜」

 ってーことは?
 俺はあの単一仕様能力使えば使う程、どんどん武器が増えて行くって事か?
 どんなコピーキャットだよ。
 せめてロックマ●方式が良いのだが。



「あ〜、居た居た。こんな所に居たんだアンタ達」
「……模擬戦でもしてたのか?」
 オペレーションルームに一夏の幼馴染みズが入って来た。

「そんなとこだよ。二人とも何してたの?」
「「ちょっと鬼ごっこ」」
 おや、と双禍は思う。
 二人とも、何だか意気消沈しているように見えたからだ。 

「どうした? なんかあったのか?」
 一夏は、このような、元気を失っている相手を見抜くのは非常に鋭い。
 その為の気遣いが的確なのだ。
 本当。それを何故恋愛に生かせないのか、双禍は甚だ疑問であった。
「ん、何でも無いわ」
「ああ」
「何かあったらちゃんと言えよ? 力ぐらいにはなるからさ」
「そうそう、我が一家一同、億千万を持って力になるとも!」
 双禍も付け加えるのだが、二人は流石に意気消沈していても言わねばならぬ事がある。

「「それは洒落にならんから止めろ」」

「私は……もう少し調整する」
 簪はここの豊富な設備をギリギリまで使いたいらしい。
「私は〜もうちょっと色々見て回りたいな〜」
 興味津々に見回す本音。もしかしたら、更識から偵察任務を受けているかもしれないが、それがばらされた所でギャクサッツ家は何の支障もないし、双禍から許可設けているので大丈夫だろうが……。

「なぁ、折角友達んち来たんだから、ちょっとは遊ばね?」
 一夏がぼそっと真理を突いてみた。
 そう。友達の家に遊びに来たら普通遊ぶだろう……と!

「……ここ自体がアミューズメントパークみたいだから失念してた……!」
「箒、いや、別の意味でアンタの実家じゃなかったっけ、ここ?」

 双禍は暫く考え。
「ボーリングとか楽しいよね。デッカいピンに突撃して、ストライクとかした時スッゲエ気持ちいいし」
「お前んちじゃ、玉は自分かい」
 なんでやねんな感じで一夏が双禍にツッコミを入れる。

「下手な事言うと……命が幾つあっても……足りないかも」
「確かにな」
 簪に箒が頷き、あーだこーだと話しているうち、喉が渇いて来た。



「普通にお茶とかするか」
 結局無難な形で落ち着く事となった。

「ベッキー居るー?」
「はい、こちらに」
「うわああ!」
 双禍はビックリした。ベッキー(無印)の頭部が無かったからだ。
 自分は良くやっているが、やられるとビックリするのである。
 非難じみた視線を簪が向けているのは被害者一号だからだろう。

「どうしたんだよ」
「いえ先程、大口径の光学兵器。その直撃を受けまして」
 その一言を受けて双禍と一夏、簪が土下座した事は言うまでもない。
 なお、ベッキーにしてみればこの程度の破損は日常的なので、全く気にしてなかったそうな。

 箒と鈴にしてみれば、頭潰しても無事なら結局本体はどこなんだろうか? と言う先の追跡撃の疑問が浮かぶ羽目になる。






 そのあとは、普通に世間話にいそしむ事となった。
 本音の誘導の為だろう、口下手な簪の情報を引き出すのがメインのような形になり、打鉄弐式の開発状況が遅れた理由とか、姉が生徒会長だとか、そんな話になった。
 その時、一番力強く相づちをうったのはなんと箒だった。

 皆が、凄いという中、それは大変だな。と呟いたのだ。

 似たような苦労、と言うのだろうか。
 と言う訳で珍しく饒舌に苦労話を始めた箒と簪は意気投合し、くだをまくどころか絡まり初めたのである。
 これは、『ここ』が、箒に取って自然体となれる場所だったのもあるのかもしれない。

「なあ、ベッキー。飲み物にアルコール混ぜてないよな」
「いや、特に……そう言う事は無い筈ですがね……」

「分るか! 私の苦労が! どこに行っても篠ノ之束の妹としてだな!」
「うん……うん! どんなに頑張っても……いっつも……」
「ああ!」









「さて……」
 門限もあるので、今日はこれで解散となる。

「まぁ、何だかんだで楽しかったわね」
 頭の後ろで腕を組みながら鈴が言う。
「鈴は良いだろう。俺達なんてなぁ、えらい苦労したんだぞ……」
「あたし達も経験済みだから分るわよ、それぐらい」

「皆様、少々よろしいでしょうか」
 そこにベッキーが新しい頭を取り付けて駆け寄って来る。
 分体が一杯居るので予備パーツに不足はないのである。

「本日ウォークラリーに参加した皆様には、研究所出入り許可IDをお渡しします。これがあれば、入り口での挙動認証が必要ありませんので」
「無かったら居るんかい」
「当然でございます」
 アレは恥ずかしい。特に、最後の『背中に人生を』は特に。

「ところであっちで肩組んで雄叫び上げてる箒さんと簪さんはどうすれば良いんかね?」
「このまま放置の方が良いんじゃないかな〜」
 結構薄情ですねのほほんさん。

「ところで」
 カードを配布後のベッキーが。
「一枚余っているのですが……」

「あれ? そういえば……」
 誰か足りない。

 全員でむむむ……と考え。

 あ。
 
「「「「「「セシリア!」」」」」」

 一斉に気付いた。
「そう言えば、ウチの奴らに拉致られてから見てないし!」
「ベッキーベッキー!」
「確認します!」






 さて。今頃セシリアは今頃どうなっているのか。

 その答えは。
「あのう、これはどういう事なんですの?」

 松明が一列に並んで炎を灯している。
 そして、きらびやかなチェアにセシリアは腰掛け、周囲には色とりどりの果物やごちそうが並んでいて、何故かセシリアの見下ろす舞台で生物兵器が人体にゃ無理な演舞を踊ったり唄ったりしている。



 まあ、詰まる所。
 祀られてました。



 まあ、これもセシリア父のせいなのだ。
 日頃から「我が輩の娘は女神でな」が口癖だったせいで、それを真に受けた生物兵器達が実物見て祀り上げてしまった訳だ。

 だが、その様は。

「なにこれぇぇぇえええ!? イウ●ークに祀られたC-3P●!?」
 そこに突入した双禍の絶叫で様子を察して欲しい。











 一方その頃―――千冬とゲボックのデート? は―――

 一つ、ご覧になられる前にここで説明をさせて頂きたい。
 
 フィトンチッド。
 今朝方双禍の回想でも出て来た、植物の拡散させる科学物質の事である。
 これには、植物自身の傷を癒したり、防虫、殺菌による病気の防止など様々な効果があり。
 森林浴などで、我々もその副次的効果を享受することができる。

 ここまでが復習である。
 さて、このフィトンチッド。人間にしてみれば、単に吐いている息である。

 葉に無数に開いている気孔から、酸素や水蒸気とともに吐き出されているだけなのだ。
 ちなみにこの気孔。実は植物が水を吸い上げる為に必要な行為である。
 気孔から水分が放出されるのに伴い、根から水を吸い上げるのだ。

 何が言いたいのかと言うと、気孔から吐き出されるものは、根から吸い出されたものだという事だ。当然であろう。しかし―――
 この円盤状の花見宴会場。
 ビスケットのような路面の下。実は水路になっている。
 ここに流れているのは、気化する事で効果を発する『吸う酒』なのだ。

 普通に発散されても効果を発するが、植物というのは非常に湿度管理に役立つ存在の為、自然蒸発より遥かに大量の水分を放散する。



 そして。
 根からゲボック謹製の酒なんて吸い上げてるもんだから『翠の一番』は盛大に出来上がっていた。
 降り立った直後、千冬が感じた『酒臭っ!?』は『翠の一番』の気孔から放たれた酒臭い息とも言える。
 そして、これは『吸う酒』である。
 鍛えられている筈の兵士達が軒並み酔っぱらっていたのも、ベッキーに盛られていたからだけではない。
 一呼吸の度に飲酒と同様の効果を発していたからである。



 まあ、つまりなんだと言えば――――――



「我こそは! 大銀河焦熱滅烈皇帝第二千七百六百二十一将軍直轄―――」
「口上が長ぁあああああい!」
「ぶふぉーあふたああああああああッ!」
 ひゅーんとまた一人没キャラが落ちて行く。

「はははははははははははっ! 次だ次ぃ!」
 ふしゅるるるるるる〜と千冬の口から吐息が漏れる。
 例え千冬だろうが、酒を吸い続けて体を動かせばそりゃ酔うと言うものなのだ。
「ははははは! あんだぁ? 終わりかぁ? 情けないぞぉ、お前等ぁ!」



 完全に出来上がってました。



 そして、御存知、酒は理性を抑え、本能を強化する効果がある。
 次々ゲボックが繰り出す商店街御当地キャラクター(没)を屠っていく千冬。
 いつもと違うのは、辟易としてでは無く、嬉々としている事だ。
 完全に攻撃モード始まってます。ゲボック御愁傷様です。



―――つまり

「あはははははははははははははははははっ!!!」
 まだ、闘ってた。



「しくしくしく……なんで誰も見つけてくれないんだよ〜束さん泣いちゃうよ〜」
 いつの間にか足下でさめざめと泣く束を備え付けながら。

 どうも、この馬鹿騒ぎに、姿を隠して乱入していたが、見つけてもらえない上に千冬同様、酔っぱらったらしい。
 そのうえ、今日は泣き上戸らしく、千冬の足にしがみついてずるずる引き摺られていた。



「さァて行きますよぉ!! あレ? ハガキが途切れましたョ?」
 で、ゲボック。改造済み肝臓のおかげで、唯一全く酔ってないのだが、この男の場合、素でこれである。
 あまりに楽しくて、双禍が遊んでいる間の時間稼ぎ(本当の目的)を完璧に忘れ切っていたりするのはもはやいつものことであり―――

「はははははは!」
 その背後に、攻撃本能剥き出しの千冬が迫る。
「ひャああアアアああァあああ!?」
 その後、千冬が前後不覚になってぶっ倒れるまで殴打音が鳴り響いたそうな。



 翌朝。
 気付けば千冬と特殊部隊の一同はIS学園脇の芝生で山盛りに積まれていた。
 一人残らず激烈な二日酔いに襲われており、頭をふらつかせながら学園に戻って報告する千冬だった。
 謎の円盤は気付けば姿を消していたらしい。一瞬殺気が芽生えかけたが、今回は何故かすっきりしている。はて、どうしたものか。しかし頭が激烈に痛い。これこそどうしたものか。
 
 その際、後輩である真耶に思い切り顔をしかめられた。相当酒臭いらしい。
 地味にショックだったと、後に千冬は愚痴っている。













―――昨晩
 千冬が送り届けられるのを見ているものが居た。
 学園に戻って来た双禍である。

 色々、今日は考えることができた。
 まず、今回知ることができた自分の単一仕様能力の神髄である。

 敵エネルギーの吸収。逆算による敵武装の構築。
 凄い機能だが、双禍は物凄い嫌悪が募っていた。
 ますます『アイツ』と同じじゃないかと。

 『アイツ』とは、襲撃して来た悪魔風味な<人/機>わーいマシンの事である。



 だが、確かに細かい差異はあるだろう。
 あちらは、単一仕様能力で破壊した対象の機能を自分に付け加える能力。
 捕食を前提とした機能だ。

 対し、こちらは攻撃を吸収する守りの能力。
 しかも、攻撃を受けてからこちらが同じものを使えるようになるまでにしばし時を必要とする。
 攻撃から攻撃の発生起源を演算して割り出す必要があるからだろう。
 そして、受け続ければ演算の加速補助できるとか、そのような機能な筈だ。

 でなければ、ゴーレムのビームが荷電粒子砲ではないとは言え。似たような属性の攻撃を受けた瞬間武装の逆演算が完了したという事はあるまい。
 実際、今の双禍の視界には、先の打鉄弐式と同じタイミングで、全く同じメッセージが表示されている。

 こんな誰が見ているか分らない所で片腕ゴリラになるわけにはいかないので保留しているが。



 そして、灰シリーズ『三番』、『三十番』事情。
 あとでこっそり鈴に聞いたのだが、『灰の三十番』の見た目は『灰の三番』そのものだったらしい。
 だが。

『私は『灰の三番』ではありません。私は彼女の記憶も、彼女が積み上げた技術も継承しています―――ですが『灰の三番』ではありません』

 きっぱり、『灰の三番』と同じカンペでそう言われたらしい。 



 その時の鈴は本当に寂しそうだった。
 鈴は親族の離散を経験している。
 親しい人がまた一人、居なくなるのは一際応えるのだろう。
 
 それは、話を聞いていないが、共に居た箒も同様だろう。
 双禍は考察する。
 これは自分が生まれる前の話である。

 『灰の三番』完全大破。
 時期は第二回モンド・グロッソ。
 連覇間違い無しと言われた織斑千冬が、急遽決勝で辞退した事で一躍話題になった大会―――

 表向きには露になっていないが―――
 
 織斑一夏が誘拐された事件が隠されている。
 それは、双禍が作り出される起因となった事件なのだ。
 他人事には出来るものではない。
 『灰の三番』は戦闘能力は非常に乏しく、そのため他に戦闘用と組んでいた筈なのだ。
 確か―――アンヌと。



 そしてそのまま、双禍のずっと気になっている事。
 頭の中の誰かの知識。

 研究所で戻ってすぐ青の零番(アーメンガード)の元を訪ねたのには理由がある。
 この、頭の中の知識の出所だ。
 結論は本当に極あっさりとしたものだった。

 双禍の脳内にある知識は全てこの世界に漫画やアニメ、ゲームとして存在する。

「はい?」
 その時は本気でそう思ったものだ。
 アーメンガードはそれらの映像を投影しながら、データダイレクト通信で伝えて来る。
 彼も発声器官は存在しないからだ。
『本当だよ。と言うか、ネットで調べるまでもなく全部『山何とかさんファイル』にあったね』
「なにそれ?」
『Dr.や千冬、束の学友でね。漫画とかアニメとか普及して来る人なんだ。今ドイツで整備員してるらしいけど』
「……え? なに? その布教データに全部あったの?」
『あったよ』

「マジどぅえ!? いや、それはそれであれだけどさあ、その山『なんとかさん』って何?」
『その人の名前だよ』
「ンな名前の人居るかああああああぁ!?」



 ヤバいヤバい、と首を振って思考をリセットする双禍。
 つまり、頭に入って来た『何か』は元来この世界の『何か』と言う事になる。
 いや、まぁ、『この世界』というのもなんか夢物語的な話だが……。

 科学的にも嫌な実証は出て来るのだ。
 魂の剥離、移植に関してはゲボックが自分の身で実践しているし、束も何らかの形で実践したと聞いている。
 事故か? それとも……。
 嫌な考えが浮かぶ。

 倫理観の欠片もないゲボックである。
 『実験』
 無いとは、言えないのではないか。



 いやいや、アレは親父に会う前の話だ。
 双禍はその考えを振り払う。

 気分を一新するため、次に、毎日恒例の妹について考えてみる。
 そう言えば、妹については誰にも言ってないなぁ、と。

 もう少し、夜風に当たっていたいと思っていたところで、そろそろ戻るよう後ろから信号が送られて来た。
 振り向いてみるとアーメンガードに似た、しかし掌サイズの自律メカがちまっと歩いている。
 多脚戦車に複数のまん丸い目が付いているなかなか可愛らしいもので、双禍は預かったその場でダニーと名付けたのだが。
 その理由は何か蜘蛛とかダニっぽいよね。と言う理由だからそのまんまである。
 
 れっきとした生物兵器で、製造番号は『青の一番』だ。
 直接アーメンガードとコンタクトしたい時はこの子を使うと言いと言われ、渡されたのだが……。
 この子、持って行ったゴーレムのコア使ってるんだよね……。
 大丈夫か!? と思わないでもない。

 ん? 何かよろよろしている。

「どうかしたの? ダニー」
『…………』
 アーメンガードと同じ信号で会話してみると。
『……通風口にてアンノウンによる高速奇襲に遭遇。辛うじて撤退に成功……』



 敵!?
 暫く考えた双禍だったが。

 通風口? う〜ん……。
 
 そう言えば。

 ああ、俺も襲撃受けたなぁ……。
 そう。

「ラグドメゼギスかよ!?」
 連れて来た生物兵器は、天然物の頂点の一つに、早速洗礼を受けたようだった。


















 _/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/



 オマケ。


 宗州様 感想100キリ番リクエスト

『弾あたりの視点で魔改造された商店街について』









 我が輩は五反田である。名前は弾だ。

 なんて、商店街のご意見板代わりだったサー・オルコット(故)の物真似をしてみた弾であるが。

 今日は特に珍しくも何ともない休日で、普通に実家の手伝いである。
 欠伸混じりで店前を竹箒で掃いていたら、見知った顔を発見する。

「あれ? 鈴じゃね?」
 いきなり発見したのは、中学時代一夏を中心に良くつるんだ悪友だった。
 一夏にべた惚れなのが良く分かる奴で、指摘すると妹の蘭まで加わって暴行を加えて来るのだが……。
 中国に帰ったが、そう言えば、IS学園に転校して来たと一夏に聞いたような……。

「ん? あ、そうか。ここアンタんちだったわね」
「いや、向かい元お前んちだろうに」
「いや、まぁ……そうなんだけど」
「ちなみに今、おじさんのお弟子さんが点心屋してるわな」
「そうなんだ」
「…………で、そちらのお嬢さんは?」

 弾が聞いたのは、鈴と一緒にゲボック研究所へ向かう途中の箒である。
「んー、アンタに言ってもしゃあないけど、箒って言って―――」
「あー! 一夏のメールにあったファースト幼馴染みとかいうのか!」
「む? 一夏だと?」

 ようやく箒が反応する。
「中学の頃一夏と良くつるんでた馬鹿って言うのよ」
「オイ、鈴―――」
 と言いながら、竹箒から手を離す弾だが、竹箒は勝手に店前を掃除し始める。
 当然ゲボック製だった。
「よ……宜しく頼む」
「ま、一夏のダチならまた会うだろうしな、どうもよろしく」
 あー。間違いなくこの娘も一夏に惚れてんだろうなあ。
 一言交わしてすぐ分る。恐るべき我が友一夏よ。

 戦慄していると、友人のファースト幼馴染みさんは弾が手放した竹箒が気になるようで。
「アレ―――ゲボックさんのか?」
 さすがに自分の名前の元を呼びたくないらしい。

「ん? ゲボックさん知ってるのか?」
「そりゃあ、元々ここに住んでたんだもの、知らない訳ないでしょ」
「そりゃそうか。で―――どこ行くんだ?」
「ゲボックさんちね」
「なるほどねー。気をつけてけよー」

 二人を見送り、振り返れば、竹箒は塵を固めてブロックを作っていた。
 最初に人が持つ必要ないんじゃないか、という竹箒である。

「そう言えば、なんでゲボックさんち行くのか聞いてなかったなあ」
 まあ、どうでも良いかと掃除を終えた弾は家に戻る。



 しかし。
 この町も変わったものだ。
 弾は思う。
 幼児、小中学校時代、とずっとこの町だけで暮らして来たので、あまり違和感がないのだが、この町はどうも尋常ならざる程進んでいるらしい。

 具体的に言うならば『とある何たらで有名な学園都市とその外』ぐらいだと誰かが言っていた気がする。

 高校に進学し、外を見ようになってから、そこまでではないが弾でさえそう思うようになった。
 根本的な水準がそもそも違うのである。

 なので、町の人口が減らないのだ。
 なんでも、外に就職した先輩曰く。
「なーんか、遅れてるのよねー」
 と言って戻って来るのだそうだ。

 おかげでシャッター商店街なんて無縁である。
 だが、新たに入って来るものもそんなには多くない。
 というのも―――

「あ、おっはよー、弾君」
「おー、ロッティお早う」

 弾の家は店と家が繋がっていない。
 生活に仕事を持ち込まない為なのだが、ぐるりと裏に回って家に入る途中で、フリルをふんだんに用いたパーティドレスを着込んだロボットと遭遇する。

 こんなモノもここでは普通だ。
 綺麗なドレスが好きで、いつも色々着替えているこのロボットはこう見えて武闘派の生物兵器だと誰が信じよう。

 そして、そんなロボットと普通に話せようか。
 否々。ここでは日常会話を交わすのが日常だ。

 外から来た人は、まず彼らを見て悲鳴を上げるらしい。
 すると、素直な彼らは傷つくので一丸となっている町民が注意するのだ。
 それは、外から見ると酷く不気味であるらしい。

 一度、洗脳されているんだお前等は、と武装した集団が殴り込んで来た事もある。
 結果は、語るまでもない。
 武装しただけの一般人と彼らでは、その内の一体だけでも殲滅可能である。

 その後、素っ裸にされ、局所に冷えピタのみを貼付けられて商店街アーケードに吊るされた彼らがその後どうなったのかは実は誰も知らなかったりする。
 なんでも昔千冬が考案し、ゲボックに実行した極刑の一つらしい。
 他にも、鳥葬の刑やら、無間大回転地獄や、億千万蛞蝓の刑など、惨さで定評のある極刑がどんどん増えている。

 他にも、色々ゲボックがやらかす度千冬の極刑が増えて行くので、それを見て彼らは真似して行くらしい。なんて循環だ。

 でも。って言う事は千冬さん、ゲボックさんの裸見てるってことだよなあ。
 甘い弾。
 裸を見ても恥ずかしくもない年齢時に考案した極刑である。

「どうしたんだ? 今日は早いな」
「ん。今日はちょっと出てた兄弟が里帰りするからちょっと材料集めに」
「おー。兄弟は良いな。でも流石に早すぎるぞ。店空いてる時間じゃない」
「そうなの。気が逸っちゃって」
 あはは。と笑うロッティ。

「まあいいや、えーと……お、あった」
 弾はポケットから飴を取り出してロッティの口(くち……だと弾は信じている)に放り込む。

「美味しいソーダ味。弾はいっつも飴持ってるねぇ」
「お前等餌付けするのが面白くてなあ」
「餌付け!? むーむー」
「あはははは」
 ぼすっぼすっぼすっ。
 むーむー、とロッティが弾のお腹を叩き始めるが……。

「あはは、げふっ! ぐほっ! ちょっ! 強っ! 力強っ!?」
 この辺は生物兵器だったりするから注意が必要である。

「じゃーなー」
「うん。あ、そうだ、弾」
「ん?」
「今日はちょっと楽しくなるよ」

 それだけ言ってぴょんぴょん跳び去って行くロッティ。

「―――なんだありゃ」



 さて。
 それから20分程した時である。

 町内全域に警戒警報が響き渡った。
 これは町内全ての家屋に設置されている通信システムであり、ある意味田舎町の町内有線ラジオに近いものがある。
 
 この放送。よくヤクザが地上げに来た時に活躍し、しかも自動警備ロボが地面や電柱からが湧き出て来て撃退し、しかも通信を傍聴、所謂何とか系と言われる系列をほぼ壊滅させ、さらに根っこで繋がっていた大陸系マフィアまで壊滅させて来たらしいのだ。
 これを、別名いつの間にか町内要塞化大改造『僕らの町はハリネズミ作戦』だったりする。
 おかげで、バミューダを超える商店街と裏社会で呼ばれていたりする事は誰も知らなかったりするが……。

 実は、知ってしまったので、弾は墓まで持って行こう、と誓っていたりする。



 そして。この警戒警報の内容は―――
『花屋の亮さんから報告! ゲボックウォークラリー参加者です! 男子一名、女子三名です』
 その瞬間。

「「「「「うぅ雄雄雄雄雄雄鳴鳴鳴鳴鳴鳴鳴鳴鳴鳴鳴鳴ッッッッッッッ!!!!」」」」」

 町内が、沸いた。



「ははは、みんな好きだね、オイ……」
 この連絡は、参加者の居ない各所全てに告げられ、一人残らず知れ渡る。
 公園の広場で太極拳を振るっていたトメさんは指向性マイクでそれを聞き取っていたりする。

「ロッティの言ってた事ってこれかねえ?」
 朝早くから蘭は友人と出掛けていて不在である。
 
 ゲボックウォークラリー。
 ゲボック研究所のあまりの面白さに触発された町内会長がイベント化してしまったと言う代物だ。
 初めこそ、借り物競走のような代物でしかなかったが。

 誰の言う事も聞きなんでもやってくれる天才発明家。ゲボック本人が参加した事で混沌と化した。
 町のそこかしこで見られるオーバーテクノロジーによる、イベントの数々。
 悪ノリする商店街の一同。

 そこにさらに加わる悪戯の王。
 サー。
 本名を名乗っていないが、実は誰も気にしていない。
 物腰低い英国人だが、実はやんごと無き貴婦人を狼男から守ったとか誰も信じないような事で騎士に任命されたのだとかいう―――
 兎に角、人がギョッとするような事を思い付く事に掛けては天才としか言いようのないこの男が加わって。ゲボックウォークラリーはまさに恐ろしい事この上ないイベントと化している。

 正直、それより前にクリアして良かったと弾が胸を撫で下ろした程である。
 いや良かった。家の手伝いで出前しててよかった! とっととやり終えられたから。
 歳経る毎に悪ノリが凶悪化して行くのだから溜まったもんじゃない。SASUKEじゃないのだから。






 で、昼前。
 遅い朝食や早い昼食を望む客が多い時間帯である。

 そこに。
「おい! 弾! 客だぞ!」
「あいよー、爺ちゃん。おー、いらっしゃー……って一夏か」

 入って来た客に声をかけたら一夏だった。
 一言二言、いつも通りに声を掛け合っていたら―――

 ぞろぞろ一夏のつれが入って来た。
 観察―――
 
 ぜ、全員レベル高あああああああッ!

 一夏に通っている学園を思い出す。
 IS学園。全国どころか全世界から優れ所を集めたエリート中のエリートの学園。
 能力だけでなく、容姿もトップクラスであると聞く。
 そんな美少女達がずら―――っと。一夏に連れられて来る。カルガモか。
 そう言えば鈴がなにやらファッション雑誌で出たとか聞いたような聞いてないような(プッ

 そんなとき。
 一夏のツレの中で。
 ダボッとしたパーカーの少女が目に入る。
 ぼんやりとした眼で、酷くゆったりとした行動。

 そんな子に。
 一瞬だけ釘付けとなった。
 理由は後述するのだが―――それから無理矢理視線を引きはがし。

 さらに一夏と言葉を交わし、その手に持っている小冊子に気付く。
 


 一夏! お前だったのかああああああああああああああああああああ!!!
 朝、男一、女三と聞いて爆死しろと思った瞬間。何かデジャブったのだが……。
 間違いじゃなかった。デジャブどころか張本人んじゃねーかよ!
 
 というか一夏。
 お前、千冬さんの弟なのに……まだやってなかったのか……。
 これからが本番のゲボックウォークラリーを続けるであろう一夏に内心合掌した。
 顔が悪魔フェイスでかなりニヤ付いていたが。
 爆死しろ。
 希有な人材。弾だって常々そう思うのだから。



 さて。五反田食堂での指令は出前である。
 何故か配達先。御歳80のトメさんは歳に全力で逆らって揚げ物が好物なのである。

 掻き揚げを作らせる為にゲボックが品種改良したタマネギを一夏に切らせ、約束通り一夏の小さな頃の写真を持って来る。
 SHUFUの血を開眼させている一夏を尻目に、ゲボックの昔話を話していたら、眼鏡の子に怖がられてちょっとショックを受ける弾だった。
 え? このファッション怖いかなあ。いやね、爺ちゃんには飯屋が髪なんて伸ばすなボケ! と常々言われている。いや、実際継いだら切るけど、今はこのままで居たいんだ―――

 妙な拘りの弾である。
 アルバムを見ている美少女三人で目を潤わしていると、やはりだぼっとした少女が気になってしまう。
 それは無意識だった。



 ぽむ。




 つい、その少女の頭に手を乗せてしまったのである。
「ふにゃっ!」
 驚く少女もそのままに。いつもならすぐ手を引っ込めてしまうであろう弾はそのままくしゃくしゃと頭を撫でてしまう。

 ああ、こんなのいつ以来だろうか。
 懐古してしまう。

 蘭は昔良くこうしてやったなぁ……と。
 なでポなんて事は起きるのは一夏ぐらいであろう。だが、弾は兄なのだ。今はもう、反撃が飛んで来るので寂しいものだが、かつては妹、蘭の頭でその技を研鑽したもので有る。




 少女を見下ろす。
 一夏の学友という事は同い年なのだろう。
 だがしかし、生まれてこの方、蘭の兄で有る弾は慧眼であった。

 この子は妹属性だ。

 となると、生粋の兄で有る弾は本音に対し、情欲的なモノを抱けなくなる。
 弾はシスコンだが、妹にそんな気を抱く兄がいたら魂の断片も残さず滅殺するのが世の理だとさえ思っているわけだ。

 正直惜しい口惜しい。悔しくて仕方が無い事でもある。
 本音の容姿———それは正しく弾の理想の女性像そのものだったのだ。目鼻立ち、統合された顔立ち、スタイル、背丈。
 なにより、『一夏に落とされていない』。

 どれをとってもパーフェクト。
 弾にとっての生き女神様そのもの。

 妹属性でなければ———

 その悔しさが———愛でるへと変わったので有る。

 もし。
 
 弾は思う。
 この子の容姿で、お姉さん属性の人が居たら、俺は一目で心奪われるだろう。
 まあ、そうそう世の中上手く行かないものだが……。

 未来を知る者が居たらこういうだろう。
 いや、案外世の中上手く出来てるもんだって、と。






 一夏達を見送り、昼時。一日に置けるピークの一つである。
「弾! 出前だぞ!」
「あいよー!」

 祖父である厳の上げた料理を岡持に放り込む。
 これで、『絶対こぼれない』。
 その上で、配達先に電話し、『来いやー!』と念じてもらい、こっちも『行けやー!』と念じれば岡持は勝手に配達先に飛んで行くのだ。
 初期の頃は、壁ぶち抜くわ航空機落としかけるわ、大変だったが、今はその問題も改良され問題が一つを除いてなくなっている。

 一つの問題? それは引っ越して来た人がその配達法を信じてくれない事である。



 忙しく仕事を終え、暖簾を下ろしていると、ロッティがまたやって来た。
「お、ロッティ。あ、すまん飴無いわ」
「それは残念―――って飴が目当てじゃないの!」
「はははっ、って跳び蹴りやめて! マジで死ぬ!」

 いつも通りの命がけのじゃれ合いを済ますと、それぞれ一日にあった事を語る。

「そーだ、一夏来たか?」
「来たよー!」
「そーかそーかー」
「あ、そーだ、弾知ってた? あの金色でクルクルの女の子、サーの娘なんだよー」
「マジで!?」

 しばし弾は考える。
「滅茶苦茶可愛かったよな」
「うん。可愛かったねー」
「嘘みたいだろ、アレでサーの娘なんだぜ?」
「その言い方パロディお疲れと言いたいけど、お亡くなりになってるのはサーだからね」
「分ってるけどさー。つまりアレだろ……サーの奥さんも超美人ってことだよな……」
「そうなるねー」
「そこが信じがたい……」
 変人程美女に好かれるのだろうか。

 例えば一夏。
 むしろお前ホモだろ、俺の後ろに立つなと言いたい。それぐらい、女に感心あっても反応が無い。だが、モテまくる。
 
 例えばゲボック。
 今日知ったのは、千冬と篠ノ之束の両方と幼馴染み。なんだその境遇性卑怯者は。

「世の中不公平だなぁ」
「まあ、この世が平等だった事なんて一度もないらしいよ。束曰く」
「いや、まぁそうなんだけど、それでも人は夢を見るもんだろうなあ」
「まあーねぇ」

 ごごご、と聞こえて来るが、弾は特に気にしない。興味だけで。

「ん? 今日は誰?」
「多分肉屋のトンヤンさんかな? 今日『灰の二十九番』に射たれたから、改心の印だって」
「いや、あの忍者はそう言う事気にしないと思うぞ? それに賄賂なんて絶対通じないし」
「ま、良いんじゃないかなー。誠意って事にすれば」
「そっか」
 個人で打ち上げロケットが出来る(国には当然無許可。ステルス完璧)のはウチの町ぐらいだよなー。
 ぼんやりと『灰の二十九番』への差し入れが天に昇って行くのを見上げる。

「お兄い、阿呆みたいな顔で空見上げないでよ! ご近所に間抜けだっての宣伝してるみたいじゃない!」
「お、蘭お帰り。いきなり手厳しいなオイ……」
「お帰りー」
「あ、ロッティ。ただいま。ありがとね、馬鹿兄ぃの相手してくれて」
「いえいえー」
「速攻で裏切られたー!」
「速攻も何も女の子同士だもんね」
「ねー」
「うわあああああああん!」
 弾は泣きながら町内を走り出す。
「うわ、馬鹿兄ぃが恥さらしに行ったー!」
「任せてー」
 そして行くのはさすが生物兵器。瞬時に追い付いて後ろから飛びかかる。



「えーい、飛燕十字ぃ」
「ぎいいいいいいぃぃぃぃゃあああああああ!」
 町内の一角から弾の悲鳴が聞こえて来る。



「あー見えてお兄ぃは、あの子らに人気あるからなあ」
 主にじゃれつく相手として。
 生物兵器にまで兄貴分扱いされている己の実兄にちょっとムクれつつ。ただいまーと、玄関をくぐる蘭だった。

 十分後、一夏が来ていた事を知った蘭による第二次攻撃があるのだが、まあいつもの事なのでここら辺りで幕を閉じるとする。




 どっと、はらい。









 

 何かぐだぐだだった気のする今回……。

 六人も同じ場所に居ると、地の文がどうしても減る。
 というかいつものノリで書くと阿鼻叫喚の地獄絵図になってしまうのですが!?



 当方のSSでは、本文中の説明通り、絶対防御は根性で展開してます。
 根性バリアなのでぶち破るのも根性です。根性の度合いで絶対具合が変わりますw
 だから、根性込めてぶん殴れば素手でも絶対防御破れます。装甲で拳が痛いですがw

 つまり、何が言いたいのかと言うとですね……。
 千冬の前じゃ絶対防御なんて紙です! って事ですね。

 あと、束は原作より早く失踪してます。原作では三年前って書いてましたしね。

 ちょっと、双禍の認識は違っていると書いておきます。
 ゲボックは知りたいだけではなく、認められたい褒められたいからもあって頑張っているんですね。
 研究したい観察したいは当然狂気レベルまで持ってますが。

 チェルシーが日本語得意な理由は過去編で既に出ていたり。
 ほら、英国に女給としての研修に行ってた生物兵器が居たじゃないですか。
 友達になったそうです。 
 
 それと、故人に口無し原作打ち切りに公式じゃ云々の文句無し。
 暴走したぜ、サー・オルコット。
 本名ゼペット・オルコット。あ、当然名前も含めてオリキャラです。
 芝村七層世界的に言えば、ゼペットとゲボックは同一存在です。
 もしくは、ツバサ的に言えば、立場も能力も人柄も違う。ただ、魂は同じ。な感じ。
 キャラのシンクロ率が異常なのはそのせい。
 
 まあ、そんな訳で———
 セシリアの母親の名前? ヘルスゥイ・オルコットですが何か? と言う事になってます。
 

黒猫図鑑(サイバー・ウロボロス)
『二つ名メーカー』で作者の本名を用いた所、出てきました……おい。


 原作状態でストーリーを作る。実際やってみてこれの何と難しい事か
 過去編は基本三人だし、増えても生物兵器や敵やグレイ、ミューゼル、ティムぐらい
 
 現時点。これだけの人数でエピソード書こうとするだけでこの長さ……
 皆……これでまだ、ヒロイン揃ってないんだぜ……
 広げた風呂敷上での舞台劇の何と難しい事か
 ここから更に風呂敷は広げねばならない
 原作編中に原作乖離編の伏線持たさねばならないので更に風呂敷拡大……
 閉じるとなれば、段階的に計画的にせねばそれこそまさに原作準拠してポシャる
 なんて困難問題出すんだょーう
 てな風にISに戦慄した俺でした。確かに最強兵器の一角だぜ
 
 更にですよ。
 過去編で、千冬さんと束さんのキャラを掘り下げようとしただけで俺一年掛かったんだぞ(しかも終わってないし)
 今回かなりオリジナル臭を出して、セシリアや、まだ原作準拠で簪の周辺に掛かってみたが、上下に分かれる始末。我が未熟を痛感してしまう。

 
 オイ原作者、こんな難しいのをライオン仮面のノリで無限拡大させてただと……
 ちょい自分の技能とか考えようよ! 火の目を見るより明らかだったよね!


 んで俺……ん。この難問にちょっと燃えて来た。
 相変わらず遅筆ですが、更新は止めるつもりはありません出します
 一月縛り破れましたけど済みませんでしたー!
 完結だけは確実なので、ろくろ首になっていただければ……と
 九十欠でした



[27648] 原作2巻編 第 1話  このサンドは……っ! ちょっとエルフ狩って来る
Name: 九十欠◆82f89e93 ID:a6979411
Date: 2012/06/23 15:38
 体感時間と言うのは不思議なものだ。
 よく、子供の頃は一日が長かった、と言う話を聞く。

 どうも、調べてみると、人間は未知の出来事に遭遇すると、脳の回転数を上げ、以後似たようなケースが起きた時の為に現状況をパターンとして保存しておこうとするらしい。
 脳の回転数が上がると、必然、体感時間も伸びると言う事だ。

 逆に、年嵩を重ねて行けば、状況パターンと言うのがそれに比例して蓄積されて行く。
 類似のケースや、パターンの流用で対処可能な事例に遭遇すると、オートマティックにパターン通り、テンプレに沿ってこなす事で効率的に、より安全に人生を生き抜いて行く。

 このとき、意識は存外暇なもので、知らないうちに、脳や意識を休ませるため、動作は自動的に任せて脳処理機能自体は低下し、じつにまったりとするらしい。
 お陰で半分寝ているようなものになり、あっという間に時間の経過を体感してしまう。
 つまり、毎日代わり映え無いルーチンワークのみで過ごす人間は、常に脳みそが半分寝ているようなもので、常に色々頑張っているつもりでもその実使ってない脳が痴呆を患ってしまったりする。
 このショートカットの使い過ぎは脳によろしいものではない、と言う事だ。
 常に未知に挑戦するのがボケ防止とは科学的にも準じた事例なのだ。

 そも、時間なんてモノは、尺度的には等しい単位(重力とかそう言う話は抜きに)であるのに、体感レベルで言えば、結局の所、脳がレートを決めてしまっているのだ。



 そんな訳で、俺こと、双禍・ギャクサッツはこの世に誕生して二年が経っている。
 周りの人間はまだ二年と言おうが、先の例を適用すればほぼ全部未知との遭遇だった俺の脳の頑張り具合は凄かったのだろう。長かった。たかが二年、されど果てしなく長い二年———脳みそフルドライブぎゅるるんだったのだ。自賛したくなる。
 とても長い道のりを進んで来たような気もするのだ。

 神話とかの規模の話で、遥か昔の事を『古い夢を見た』なんて回想する長寿キャラがよくいるものだが、その点、俺にしてみれば僅か1年、それに加える事の数ヶ月の日々が分母に比すれば既に、巨大な単位なのである。
 そう。

 2年。
 俺が生まれて幾らも経過していない年月。

 そんな俺が、2年前の出来事を垣間見たたのなら、これも又こう言えるんじゃないだろうか。



 古い。
 古い夢を見た―――と。






「マテリア23、次はお前だ」

 無機質に、付けられた値札のように淡々と読み上げられる。
 俺に付けられた識別番号だ。

 そこで行われているのは単なる身体検査である。
 ステータスの測定と言う訳だ。

 腕力やら瞬発力やら肺活量やら血中成分やら、辟易する程事細かに計測される。
 だが、俺を含めた軒並み無個性無気力無感情無表情、実によくもまぁ『無』を寄せ集めたものだと感心できる全く同じ顔の集団は、淡々と指示通りに計測をこなす。
 嫌な顔一つせず———どころか表情筋すら微動だにさせずに、ベルトコンベアに乗って加工を待つ工業製品のように、一様に計測を終えていく。
 そこに、計測される数値の差はあれども、実施と結果、反応にこれまた差異は無く。
 俺もまた、全く同じに計測を終え、次の計測のため、指示通りに移動を開始。
 前方10m程先に、俺の前に実施したマテリア21が進んでいる。

 指示通りだ。

 マテリア21はフラフラと足をもつれさせはじめる。
 このペースでは、遠からず追いつくだろう。

 想像通り———いや、想像以上に時間の経過に伴い不安定感が増加していく様だ。
 俺がマテリア21の所まで追いついた頃には歩行はおろか立つのもままならないようで、とうとう膝をつく。

 ふむ。
 順番が変わると記入される個体と順序がずれて正確性が乏しくなる———

 なんて論理的な思考なんて全く無く、指示通りに実行するため、ただ彼を先に行かせるべく立ち上がらせようとして。

 ごぶ。

 液体に気体を挿入した様な音が耳に届き。
 確認すれば、俺と同じ顔のマテリア21が赤い泡を吹いている。
 蟹のように。

 蟹は、丘にあげられると空気に溺れてしまうから泡を吹く。
 マテリア21は自分の血の泡で溺れていた。
 呼吸循環器系の何かしらが『故障』したようだ。

 故障したのなら例外が適用される。
 先日体液循環器系が『故障』したマテリア22同様『廃棄処分』だ。

 監視員が来てマテリア21の廃棄を通信で指示、俺は次の計測に戻るよう指示された。
 肯定も否定も無く、ただ従う。



 そういう風に、俺達は作られている。



 計測が全て終わる。
 計測するだけだ。
 自分が優れている方なのか。
 それとも劣っているのか。
 知る事も無いし知りたいと思う個体もいない。
 ただ、減っているのが確認できる。
 同じ顔の密度が減っている。
 マテリア21以外も、中距離走等で心停止した者を何体か確認した。



 当時の俺達は知る由も無いが。
 俺達は全員、とある稀少な事象を起こした男性———その複製人間(クローン)だ。

 採取された遺伝子を遺伝子強化体(アドバンスト)計画で用いられた人工子宮に放り込んで乱造された粗悪品達である。

 大体がクローンと言うのは不安定なのだ。自然の摂理とは良くで来たもので、体細胞から多細胞生物のコピーを作っても、大概が『弱い』ものしか出来あがらない。ちょっとした事で安定を崩し、生命を維持できない所まで陥ってしまう。
 プラナリアとは違うのだ。

 その上元々、『男』と言うのは不自然で歪な生命であり。
 ISなんてものが台頭する前から、遺伝子強化体の人造強化兵士に用いられる素体が女性に占められているのは、単純な話、男性クローンはくたばりやすいからでしか無い。

 特に過酷ななにがしを受けている訳では無い。
 ただ、健康的な人間ならなんでも無い事を過ごすだけで充分に淘汰される。
 それ程に、俺らは受け入れられぬ異物なのだ。



 配給されたスープを見下ろす。
 この中に、マテリア21は入っているのだろうか。
 先日、糧食当番だったために解体したマテリア22を思い出した。

 人を隠すなら———人の中に。骨の髄までバラバラにして。

 物言わぬ彼も、俺も。
 表情の有無の段階まで。
 やっぱり同じ顔をしていた。
 『機能』していようが、『故障』していようが。

 それは、変わらない。






 その日が。
 終着の日だったんだろう。
 この世に生まれ出で、一月程の時である。

 さらに俺たちは数を減らし、視界の隙間が広がってきた。
 その日こそ、俺等が作られた目的で。

 IS反応試験。
 女性にしか反応しない超兵器、『IS』。それに呼応した『オリジナル』の特性を俺達が受け継いでいるか否か。

 そもそもオリジナルからして、危急の際に周囲のIS、その全ての機構に介入があったと言うだけで、『オリジナル』がISを反応させたと言う確固たる証拠は無い。
 だが、もし『オリジナル』がそれを成したと言うならば。

———対応していない、接触すらしていない———そもそも『応答していない』ISにまで干渉したというならば。

 そのIS適性は、ヴァルキリーや、ましてやヴリュンヒルデと言った極限られたSランクのISマスター。



———どころの話では無い。



 机上の空論とまで言われたSSランク、まさしくISを統べるISの王に相応しいと言う事だ。

 その劣化版であろうとも、充分作り出す価値がある。

 足りないならば数で補えばいい。
 ISに、接触出来ずとも介入できるならば、現在の国家防衛の基盤に確実強固な楔を穿つ事が出来るのだから。

 軍事を、血湧き肉躍る戦場(いくさば)を、女達の占有から奪い返すのだと。

 期待と不安入り混じる中、一人、また一人とISに接触し、何らかのレスポンスが無いかあらゆる角度から探査すべく様々なセンサーが投入される。



 果たしてその結果だが———

 初めは、まぁ、そうだろうと言う反応だった。

 その内、やはりかと諦観が顔を覗かせ。

 それは次第に強くなり。

 あっさり期待と落胆の勢力は反転し。

 ただ、不可能の確認作業へと移るのは驚く程に速やかで。

 次第に不可能を確信するが故に、ただ実験の終了を速やかに願うだけになり果てていた。



 さりとて、次は俺の番だ。
 周囲には最早俺の是非に対して微塵の関心も無く。

 自在な空への羨望と嫉妬心、地に這う現状への屈辱だけが立ち昇り満ちるだけで。

 その手の情緒を知る必要も時間も無かった俺は、ただ、指示された事を決まった通りにこなすだけだった。

 俺の指が何のためらいも無くISに接触した———瞬間。



 感覚が———広がる。
 文字通り、世界が爆発的に拡大した。



 視野が広がり、上下左右360°全ての出来事が目に見え、かつ把握できる。

 ハイパーセンサーが取得した各情報を人間の認識規格に変換、視覚化出来るよう脳内投影したからである。

 自分、さらにはISに取り付けられた各計測機器の詳細が事細かに空間投影ディスプレイに表示され(まぁ、俺にはその意味も理解できるものでは無いが)俺の現状を伝えてくる。

 ISの操縦法、格機構の詳細など、自然と俺がISに馴染めるよう直接頭に書き込まれて行く。
  ISへの反応と脳幹の脊髄反射神経の齟齬の擦り合わせが瞬時にして成される。
 文字通り鋼の甲冑は俺の肌と同意のものへ移り変わり、エネルギー、及びパラメータデータラインは神経となって行く。

 ISにしてみれば、俺程最適化し易い者は居まい。
 それ程に俺は真っさらで、何も無い。

 惚れた相手に合わせる機械とまで称されるISが、逆に俺をISの色彩へ染めて行く。

 正に、IS用に俺が作り変えられて行ったと言っても過言では無い。



 瞬時に俺は飛んだ。
 一次移行を完了する迄のいと間ですら惜しかった。

 直ぐに、今すぐに。早く。早く。
 望むのだ。ISに書き込まれた。
 飛ぶ事を。

 天の果て迄。

 そして高く、なにより高く。
 誰も知らぬ、誰も届かぬ。至高の俯瞰位へ。

———何だろうあれは。
 注意を向ければISは即座に答えてくれる。
 接近してくるのは対空迎撃の———ミサイル、か。

 地上から交信が来ていた。
 履歴から確認すれば戦闘訓練をするのだそうだ。

 あはは。
 生まれて初めて声を出して笑う。

 成る程気持ちがいいものだな。

 楽しき狂気。

 空とは———大気に満ちているが。雲があるが。
 ISを着ていると空っぽだ。
 何も無い。
 シールドのおかげで何に触れている気もしない。
 そこに自分だけがいる。

 素敵だ。
 どうして狂わずに居られよう。

 ISが、量子化した武器を提示してくる。
 迎撃を、と。

 要らない。
 武器なんて、無粋なものは要らない。

 さっき教えて貰った『モノ』だけで充分すぎるに余りある。

 極めて薄く、シールドを展開。
 蛇腹状に何度も何度も折りたたむ。

 まるでパイ生地のようだ。
 パイ生地とは何だろう?
 すでに知っている。

 あはは、コア・ネットワークを中継して、どこか誰かのIS操縦者の知識が紛れ込んだのか。
 俺の自我は希薄だから、浸透圧的にも外から入り易い———のか?

 あはは、どうでもいい。
 そして、折り畳んだシールドを元に戻す。
 バネの様にシールドは修正力でハネ戻り、一気阿世にミサイルを薙ぎ払う。

 おぉ、と地上で感嘆の声を上げる監視員達。
 煩いな。
 音を出すな空気を震わせるな。

 そこに、『ある』な。

 真空に、空っぽに、俺以外を含ませないでくれ。

 瞬時加速。
 データ上にある、エネルギーを吐いて吸ってその倍吐き出す事で加速する技能だ。
 それを、吐かずに強引に吸う。

 無理矢理エネルギーを吸われた事で周囲の空間が強制的に相転移。
 気体は液体に。
 液体は個体へ。

 物質の三態の下位へ。

 俺のISを中心に氷結地獄が形成されて行く。
 警告! 警告!
 監視員が危険を訴えて来る。そちらまで被害が行きかねないと。

 従おう。
 それ以外は知らない。
 そういう風に作られている。
 だが、ISが教えてくれた。
 『逆らっても良い』と。

 このまま凍り付かせてひとまとめにして捨ててしまおう。幅広い空っぽを作り上げるのだ。



 ISから流れ込んでいる様々な感情に、今まで考えた事も無いような事が思い浮かんで来る。
 だが―――
 俺にとって人生最大級と言っても良い恍惚の時間は、突如として終わりを告げた。

「―――あガ?」
 それは、全身に同時多発的に生じた不和であった。
 それを最もシンプルに言うなら。

―――痛い、である

 全身が凄まじい勢いで警告する。
 それが脳で処理されて俺が痛みとして認識しているのだ。

 なんだ。
 なんだ。
 この痛みは何だ。

 全身が一挙にズタズタにしてドロドロに砕かれた。

 視界に映る投影ディスプレイの一つが警告を表示している。

『操縦者より不確定因子を確認。敵味方識別に欺瞞の疑惑を提起、検証―――当機は鹵獲された可能性を考慮し、操縦者を剥離後、自閉モードに移行します』

 それは、ISから突然の拒絶宣告。

 なるものか。
 この全身を満たす真空感。全能感。無の中にあって尚、無の寄せ集めでしかなかった俺を満たすIS―――それを全て失うなど、もう考えられない。

 ISの拒絶と、俺のそうはさせぬとISを離すまいとする力が拮抗する。
 まるでそれは綱引きだった。
 そして、引き合う綱は俺の肉体だった。

 離れようするIS。
 そうはさせまいとする俺。

 このせめぎ合いは俺の全身各所を引き千切り、内臓を融解させ、骨肉を砕いて行く。
 元々、ISの拒絶で俺の細胞はずたずたになっていた所にこの負荷だ。
 凄まじい勢いで俺の体が崩壊して行く。

 ISを引き留めたい。
 その為には綱引きで勝ち続けなければならない。
 だが、続けるには俺の命が足りない。

 命が足りない。
 足りないのなら、補充しなければ。

 地上で驚愕している科学者を見下ろす。
 拒絶しているくせに作動は確実なようで、少し注目しただけでその科学者をクローズアップする。

 あるじゃないか。
 この世にある全ての命は、命を奪って育まれるものなのだから。

 今までだって、さんざん同じマテリアの血肉で自分自身の血肉を育んで来たんだ。
 培養槽の中に居る時、与えられたタンパク質等の栄養素も、成長不良で破棄、潰されたマテリア達から抽出された滋養分がふんだんに有ったと言う事も今知った。ISの機能で知った。

 俺とISの綱引きはIS自体にも歪みを生じさせる。
 ISの拒絶反応と俺の支配力はISを強制的に歪ませ、その形状を変容させる。

 眼下の研究者達は驚愕に眼を開かれる。

 ISの、二度目の形態移行。
 第二形態移行(セカンド・シフト)である。
 通常は、ISが理解した主を、さらに望むべき姿へ届かせる為に。
 今のままでは足りないと判断したISが自らを『蛹化』させる行為の通称である。

 だがこれは、形を歪めてでも俺から逃れようとする変容だった。
 本来とは真逆の所以を持ってISはその形状を変化させる。
 その姿はISの悲鳴が形を成したかのようだった。
 見るものが見れば、ISが絶叫を上げているようにも見えただろう。そんな、変容であった。
 だが、それでもISは搭乗者の願望を叶えるものなのだ。

 『命』を。

 その機能が発現した。
単一仕様能力(ワン・オフ・アビリティ)―――!!」









 結果として、結局俺はISに完全に袖にされてしまった。
 他の男同様、今は地べたにごろりと投げ出されてしまっている。

 周囲にはカラカラに乾いた元研究者や監視員の木乃伊が転がっている。
 ISとの綱引きに必要な『命』を補充するため、俺がそこから吸い出したからだ。
 そう言う機能を、俺が作ったからだ。

 だが、一つ盲点だった。
 細胞の耐久度を考えていなかったのだ。
 破壊と再生を繰り返せば、摩耗する物体である人体は遠からず限界を迎えるものだ。
 IS自身が生体を直接再生でもさせなければ、過剰な細胞の分裂再生は限界に達するのだ。
 ヘイフリック限界と言うらしい。
 もともと体細胞クローンである俺はそれが極端に短いのだそうだ。
 そういえば、クローン羊であるドリーも、平均的な羊の寿命から、オリジナル羊の年齢を引いた分しか生きられなかった筈だ。
 クローンは老いも継承するのか。
 まあ、なにより、受精卵から人の形をとるまでが一番細胞分裂回数を消費するのだから仕方が無いか。
 ―――本当、嫌になる。どうして、こんな俺が知り得る訳も無い知識が頭にあるのか。

 俺を回収に来たのか、他の場所から監視員が集まって来ていた。
 武装等構えなくても、ISの無い俺は、殴り倒せば死ぬような脆弱な生き物だと言うのに。
 それが更にISにぐずぐずにされてしまっていると言うのに。

 ゆっくりと立ち上がる。本当に、これだけで死んでしまいそうな程全身に激痛が走る。
 疲労も洒落にならない。
 立つだけで力を振り絞る必要が必須であって、しかもそれだけだ。
 そのあとどれだけ立ち上がれるかも分らない。

 そんな俺でも、周りは怖いらしい。
 ISが使えたから。
 いや、でもほらそこに俺を剥離して自閉モードになってるISが居るだろうに。

 俺は、そんなソイツ等に対して嗤い。

 一気に血を吐き出してつんのめった。
 ああ、内臓が溶けりゃあ、こうなるのも道理である。

 バランスを保つ体力なんてものもある訳が無く。
 四つん這いになるだけなのに死にそうで。

 死に『そう』どころじゃなくて、死ぬんだな。

 体を支えさせようとしていた左腕が肩からブチブチと千切れてしまう。
 そうか、細胞の結合力までそこまで落ちたか。
 残った腕で支えようにも体力が無いし、指を地面に食い込ませたら爪が剥がれるどころか、地面を抉る前に指がバラバラになって、俺はつんのめって。

 顎から落ちた。
 一気に顔が半分になった気がする。

 呼吸なんてもう血で肺が埋まって出来なかったからどうでも良いんだが。
 視界も半分消えた。眼球が破裂したか、視神経が断線したかはもう分らない。
 痛覚なんてそもそも真っ先に潰れた。

 何にも触れた気がしなかったのは、触覚そのものが死んだからなわけだ。わはは。
 嗤えるじゃないか。

 ISに対しては、せめてもうちょっと飛びたかったな。と言う思いはある。

 もっと高く。もっと、誰も届かぬほどの高さに———

 憎しみなんてある訳が無い。
 無だった俺に空っぽを体感させてくれたし。
 何より、色々考えさせるよう下地を書き込んでくれたのだ。俺のまっさらな脳が、ISが描くキャンバスになったのだ。

 おや? と、言う事は―――
 なあ―――って事は俺が今俺だと思っている『我想う。故に我有り(コギト・エルゴ・スム)』は、俺じゃなくて、ISの自我って事かね?
 俺は人間じゃなくてISで。
 俺はお前って事かい?

 そうだよなあ。
 お前はそんなに凄いのに、『鎧』でしかないなんて寂しいもんな。
 俺の体が欲しかったのか?
 そんなに凄いんだから、自分のて足で歩いたり触ったりしたいんじゃないか?

 そうならそうと言えばとっとと体なんてくれてやったのに。
 俺は空っぽなんだから。入り放題だぜ。

 変な事するから折角の入れ物が壊れちゃっただろうが?
 ん?

 これは俺なのかな? それともISなのかね?
 知らねえよ。

 そこに、監視員か研究者か。
 知らんが誰か来る。

 半分になった視界。
 そもそも眼球も動かないから。
 見える自体もう奇跡だし。

 俺としてはどうでも良いし、その声が聞こえたから聴覚はまだ生きていて、それも凄いなとは思うけど、それこそどうでも良い。

 ただ、俺を見下ろし、忌々しそうにしていたんだろうな―――そんな口調で。



「なんだ、これも出来損ないか」
 と言った言葉だけは酷く。



 耳に残った。






 意識は闇に落ちて行く―――

 妹に出会う、その時まで。












 跳ね起きる。
 何だこれは。
 正気を削り取り、汚濁を代わりに塗り込めるような体験は。

 ここに居たくない。
 早く外に出たい。

 嗅覚までばっちりと今のそれを記憶している。
 血臭と腐臭。
 鼻にこびりついて離れない。

 新鮮な空気を。
 早く。早く一刻でも早く!
 肺腑の中の空気を全て入れ替えてもまだ足りなそうなおぞましさ。

 こんなの狂っているとしか言えないではないか。
 生々しく自分の体が崩れ落ちるようなそんな、どうしようも無さ。
 視界をべたべたと塗りつぶして行く一色の赤、赤、赤。

 そしてそれを更に塗りつぶして行くどす黒い闇。



 実感してしまった。
 あれが、死の入り口だ。
 あんな、何もかも無くなってしまうような、そんな、あんな。

 耐えられない。

 吐き気は最早臨界までこみ上げている。
 酩酊感まで及ぼし、壁に必死に手をついて洗面所に行こうとして。

 いつものように寝相がとんでもないルームメイトを発見した。

 転がる頭部を見て。

 閃光のような白が視界から視力を奪い、フラッシュバックする先程の映像。
 もう慣れた。ユーモアですらあるそれが。
 今はどうしてもさっき見た映像が重複して見えてしまった。
 明滅する白と夢の残滓。
 もう駄目だ―――

 一瞬でも早く!
 一歩踏み出して即座にバランスを崩す。
 酩酊感素等忘れる程の焦燥感。
 壁にこめかみを打ち付け、そのままズルズルと床まで擦りつつ膝をつく。

 駄目だ。
 駄目だ。
 駄目だ!

 止まっていたら溢れ出してしまう。

 必死に這いずる。
 全身のあちこちをぶつけるが、それを気にしてしまう間もなく。
 痛みに構っている暇等無いぐらい必死に。
 お手洗いの扉に手をかけ―――ドアノブが、這いずっている身では高い!
 駄目だ、駄目だ。
 お願い。
 保って!

 ずるりと腕を持ち上げてドアノブを死に物狂いで掴んだ。
 捻るタイプでなくて助かった。
 下に引くだけで扉は開く。
 そのまま押し入るように入って。
 必死に足で蹴って扉を閉めて。



 一瞬も保たずに更識簪(・・・)は、消化器官内の内容物を全て便器にブチ撒けた。
 打鉄弐式の整備の際、夜食を取らなかったのが幸いした。
 健康番組は見るべきだ。
 体脂肪の付き方があれだけ違うとなると、食べられないではないか。

 ともかく。
 お陰で出て来るのはほぼ胃液だけで。
 無いのに、出て来る勢いだけがあるのが一層吐き気を催し。
 しばし、出て来るものの殆ど無い嘔吐を繰り返す。

「はぁ―――はぁ―――」
 壁にもたれかかる。
 もう、何も出来ない。
 疲れ切っていた。
 気持ち悪い。

「なん……なの、あれ……」
 もう一度眠る気にはなれなかった。
 もう一度、あれを見たら、狂ってしまう。
 口周りを何とか綺麗にしよう。
 少し落ち着いたのか、身嗜みが気になった。
 ふらふらと、よろめきながら洗面所に向かう。
 まだ、地面がぐねぐねと蠢いているような歩きにくさを感じながら、洗面所で口をすすぐ。

 顔も洗ってみると、少しだけだがすっきりした。
 手すりが無くても歩けるようになった簪は洗面所を出る。



 ルームメイト、双禍が今日もバラバラになると言う寝相で散らばっていた。
 今日は頭も床で転がっているらしい。
 もはや非常識ながらも慣れた光景である筈なのに、取り乱したのは―――フラッシュバックしたのはひとえに―――



 双禍を抱きかかえる。
 そっと彼のベッドに頭部を戻す。
 器用な事に双禍は顎でぐねぐね自分の落ち着ける姿勢を見つけ出し、すわりが良くなると、「おのれ……うにゅ……式め、う〜ん、まだ食べ足りないよ〜」等と言っている。
 微妙に基本を外して来ている。まだ食うのか。



 じっと、双禍を見下ろす。
 間違いなかった。
 さっきフラッシュバックした理由。

 簪が見たマテリア達は―――
 全員坊主頭だったが。
 双禍と―――

 いや、織斑一夏と同じ顔をしていたのだから。








「あー何か懐かしいような、嫌ぁーな夢見たよ……」
 はい。皆様。お早う御座います。

 ん〜?
 いや〜、妙に懐かしいものを見たものである。

 何かと言えば、『ザ、俺作りたて』の時代の夢だ。
 微妙に俺が憶えていたのと違うが、まあ、夢なんてそんなもんだろう。
 概ね一緒だし。

 しかし、不思議なものだが―――

 驚く程に何も感じないものである。
 実体感がないと言うかなんと言うか。
 感情と言うものの成長度がゼロの時は、恐怖や苦痛と言ったトラウマ要素さえ焼き付かないと言う事だろうか。
 なんかぐろぐろビデオ事、デス●ァイル見たみたいに。
 うわー、キモいわー、引くわー、的な事しか感じられないのだ。
 ちょっと我ながら不思議である。
 ふむ、これでは、僕って辛い過去あるんですよエピソード出せないね。
 どんな過去でも、俺が辛いと思わなきゃ辛くないもんなんだし。
 出す気もないがな。むしろ、SAN値聞いている人の削るし。

 むしろ、その後の妹との日々はかなり実体感有りますよ。
 体が無い時の方が充実感有ったってどれだけ俺は『無』だったんやねん、と思うが、うん。『無』だったんだから仕方が無いではないか。

 しかし、それ以前の自分の記憶が自分のものだと言う実感が無い、か―――
 はて、こう言うシュチュエーションは知っている。
 
 試して見る価値はありそうだ。

 目を凝らしてみる。

 …………ふむ。やっぱり点も線もないなぁ。
 自分の実体験だと言う実感がないから何か異能が目覚めやしないかと思ったが、当然そんな夢物語など無く。
 っていうか、それなら俺が俺を自覚した時から異能者じゃないか。
 脳みそだけ。でも凄い能力付きだぜ!
 まてまて、凄い能力だけど機械に繋がれて動けないってそりゃ工場長だろうに。
 
『当機の機能は既に充分厨二的です。これ以上の特異設定は過剰積載のため、推奨しかねます』
 BBソフトがなんだかブッ飛んだ反応を返して来た。
 余計なお世話である。

 なんて破綻した妄想をしつつ完全覚醒。
 PICを励起して四肢を一つにする。

 しかし、夢もそれだけでは終わらなかったんだよなあ。
 何故か、ブ●ボー彗星脚(当然、零落白夜)的に降って来た白式とマカロンフードファイトが始まったのだ。
 結局決着がつかず、朝だから帰るわ、なんて白式は居なくなって今覚醒。
 あれ? これ夢じゃねーんじゃね?

 まあ、こんな夢(過去)は俺にとっちゃあ、どうでも良いのだ。

 もし、ISに拒絶された後の俺―――その後の俺に。手があったのなら。
 兄弟達の手を引き、生きようと逃げ出せただろうか。



―――そのあと、妹の手を掴め、引き離される彼女を引き止められたのだろうか



 そもそも、そんな『気』が起きたのか。
 俺は、逃れてばかりだったのだから。






 さて、夢の中でマカロンを「俺の胃は宇宙だ」バリに貪っていた俺ではある―――が、リアル俺の胃袋はめしだー! メシよこせー! とぐぅぐぅ一斉唱和中。
 人工物のくせにうるせえ。

「さて、簪さん、今日の朝はご飯もの? パンもの麺もの、奇を衒って粉もの?」
 簪さんに今日のメニューをリクエストしてもらうべく簪さんのベッドの方へ振り向く。
 俺のハイパーセンサーは主にサーモグラフで簪さんがベッドに居る事は既に把握済みなのだ―――
「ってぎゃあああああああああああああ―――ッ!」

 そこには酷いものが有った。
 体育座りで、掛け布団を膝にだけ掛け、壁に寄っかかる簪さんである。
 輪郭はな。

 というか全身ぼこぼこである。
 全身あちこちは痣が痛々しく紫色を示している。擦り傷も多い。何より、右こめかみの痣が大きくて痛々しい。女の子の顔がー! 状態だった。しかも一切治療無し。こりゃ長引くではないか。隈もまたこれ濃いし。まさか寝てないのだろうか。

 なにより―――目が死んでる。
 一体何があった、眠りたてでフ●ディーにでも遭遇したような暗さである。

 飯より先にすることができた。
 右手と左手を別々の方に飛ばす。
 右手で救急箱を。
 左手で洗面器にぬるま湯を。
 右手を取り寄せ薬品を確保したら右手を左手の支援に送り、フェイスタオルをやや熱めのお湯で固絞りをする。
 熱量? 俺のブラスター水に突っ込んだんだよ。どうだ! もう水蒸気爆発はしないのだ。練習の賜物である。
 洗面器を取り寄せ、まずは何より簪さんの顔を拭ってあげなければ!

「大丈夫? 痛む?」
「……大丈夫……」
「そういう風には見えないんだけどねぇ?」
「平気だから……」
 だから、そうは見えません。

「休んだほうがいいのではないかと思うんだけどね」
「ううん……大丈夫」
「いやいや―――」
 さて困った。こういう時の簪さんの頑固さは筋金入りである。あぁ、いや鉄筋コンクリ張りである。

「じゃあ、ご飯なんにする? その様子じゃ、ヨーグルトかバナナか10秒チャージ系とかがいいと思うけど」
「自分で調達するから双禍さんは一人で行ってて?」
 む。

「それはなりませんな。少々心配なので見張りとして頭置いときますね」
「朝からホラー? 廊下出た時点で大変になるよ」
 ぬ、突っ込み能力は顕在か。頭は回るようである。

「大丈夫だから……ね」
 その後も暖簾に腕押し状態で朝はなあなあで追い出されてしまった次第である。

「むー」
 それとも2歳でも男には見られたくないものなのか。
 一応のほほんさんに一報しておくとするか。

 ………………すやすやー。

 ……寝息しか聞こえて来ない。熟睡中か。



(んじゃ、『翠の一番』、あとダニー、何かあったら任せた)
(委細承知)
(受諾)
 思念通話で同居している二匹(植物って匹じゃねえけど……株?)に後を任せば大丈夫だろう。
 ああ、見えて俺よりしっかりしている……悔しくないからな!
 特にダニーの方。
 未だ杓子定規な受け答えが多いが、気遣いが凄い。
 良くぞ気付くと言う所まで気付く多脚甲殻類型無人ISである。
 そういえば、まだダニーとは非限定情報共有(シェアリング)していないな。
 
 今まで交信したISコアを思い出した。

 ブルーティアーズが一番良心的だったのを思い出して、ダニーに僅かな期待を寄せるものだ。
 白式なんて、見た目通りめんまちゃんぽい人格なら惚れそうなものを、その実ベルセルカである。
 まあ、単純にお兄さんに一途なあたり、念能●者なら間違いなく強化系である。
 ビッグバンインパクト(零落白夜)なんて出てこないだろうな……。



 空腹だけではなく、朝からグロい夢見たせいで、少々ムカッ腹が立っているのだ。
 今日はちょっと自棄食いでもしようか。

 今日は一人寂しく朝飯を得るべく食堂に到着すると、深山さんに遭遇する。
「あ、お早う、深山さん」
「おー、おはようチミっ子……相変わらず食べる量が凄いねー」
「ちょっと朝からしこたま食べたくなってねぇ」
「んー? いつも一緒に居るかんちゃんが居ないってことは、喧嘩でもしたの?」
 見回して深山さんは言う。
 まあ、確かに大体いつも一緒に居るけどさ。
 なお、かんちゃんなる愛称は完全に我がクラスに定着。のほほんさん恐るべし。

「ちょっと簪さんは体調不良。まったく、もうチョイ頼ってもらってもいいと思いますよ」
「あー、そっちの不機嫌か」
 二人でもさもさ朝食を漁りながら会話する。
 俺の場合、殆ど『吸い込む』であるが。

「そうそう、今日転校生が学園に来たって知ってる?」
「―――え? いや知らんけど」
「新聞部でもか。いやね、今朝織斑先生が見知らぬパンツ生徒を二人連れてたって。金銀の美形2人組って」
「美形ですか……そうですか……」

 パンツとは下着のでは無く、制服のズボンの事だ。
 IS学園は制服改造は推奨気味である。
 世界各国から来るので、センスの風潮の違いに対処したというのが大きいだろう。
 また、ファッションで個性化を図りたいというのは結構世界共通の女性の願望だったりする。
 だが、ズボンは珍しい。
 俺がそうだから言うのだが、ワザワザこれに限って申請が必要なのだ。
 通りにくいのか、と言えばそうでは無いのだが、わざわざパンツルックになるのに申請は面倒なのだろう。
 一年は今のところ俺とお兄さんだけだ。
 上級生も、肌の保護のために整備科の人が一部しか着用して居ない。
「……二人もかい? またなんでこんな時期に……あー。お兄さんか」
 ハニートラップとかそういうの出てきそうだもんなあ。

 まさかこの時、その片方が二人目の男性適合者などと俺が知る良しも無く。

 ただ、男ISとの交流は単純にISとの刺激にもいいかもというものもあるのかも。
 白式(アイツ)と交流したら血の気が増えそうだがな。

「そうじゃないかと思うわよ? でもね、どうも二人とも1組っぽいのよ」

 は?

「なんだその偏り? 鈴さんは2組だったのに急に二人もかい?」
「榊原先生ドラフト会議弱そうだからなあ」
「確かに織斑先生は凶悪的なくじ運を持ってそうだ」
「いや、別に籤でクラス決めてる訳じゃないんだろうけどね」
「さすがにそれは分るけどさー」

 クラスの人数は平均的であるべきだ。
 特に、この学園はIS関連で競い合うものがあるのだから、どうしてもクラス初期配置はISによる戦闘能力を平均的にしなければ、モチベーションにも関わると言うものである。

「確認してないから知らないけど、この時期に、しかも1組にねじ込めるって事は、少なくともバックに権力ありの代表候補生、さらには専用機持ちの可能性が高いし……いや、お兄さん関連が原因だとしたら、各国家首脳部なら間違いなく専用機持ち送り込んでくるわけだろ? そりゃ各組戦力バランス的にどうなのさ」
「そうよねえ。ソーちゃん的にもそう思うわよねえ」

 ソーちゃんって俺かい。

「まあ、お兄さん専属記者としてはネタが増えるから願ったりなんだけどね」
「そうそう、例の月間織斑売れてんの?」

 『織斑一夏の対女足跡』は、一夏ガールズを初め、口コミだけで宣伝し、あんまり広げる気が無かったのにかなり売れているわけである。アレだ。新聞部、写真部、あと俺合同一夏闇写真オークション特別優遇権を2号につけたのが不味かったか。
 さすが女。将来街角のオバちゃんにクラスチェンジして噂を伝染病張りに振りまく生命体の雛形である。

「ぼちぼちねー」
「ふぅん。今日の午前の授業って何だっけ?」
 何やら意味ありげな視線を送られた気がしたが、それを受け流す。

「確か整備基礎座学だったかな? 午前中は1、2組がIS操縦の実習。模擬戦をするだとかで、午後はその整備を全クラス合同でやるんだとか」
「ほうほう。さすが専属。スケジュールは把握済みなのか」
「いや、お兄さん家事関連はマメなのに学業関係が何やらずぼらなんだよ、ちょっと僕がスケジューラ代わりになるついでに掌握って感じしております」
「なんだねそーちゃん。嫁にでもなる気かね」
「今迄食した分全部吐くぞ」
「私を埋める気か!」
 誇張しすぎだ。そんなに食ってねーよ。

「正直苦労しそうなところに永久就職する気はございません。そもそも、ラバーズ同士のバトルロワイヤルが洒落抜きで命がけだぞあれは」
「確かに彼の場合ねー。ははは。月間織斑みればよく分かるわ」
 しかりしかり。

「ん? 午前1、2組が使ったものをうちらも整備するの?」
「代わりに明日は僕らが実習で午後同じだろ? 訓練用とはいえ、ISがこんなにふんだんにあるのは世界広しと言えどIS学園ぐらいだけどさ、さすがに習いたてじゃ少人数で一機の整備は不安なんじゃないかね」
「なるほどー」

 さて、空っぽになったトレイを持ち上げる。
「お? 終わり? ちょっと待ってもらっても良くないかい? 薄情だぞソーちゃん」
「いや、お代わりしに行く。戻ってくるから席取っといてね」
「まだ食べる気か己は!」
 深山さんの絶叫が食堂にこだまするのだった。
 まあ、確かにいつもの3割増し食べてるけどさ。



 さて。
 のんびり榊原先生の座学を受けている我々4組生徒一同である。
 簪さんはあのあと、化粧をしてきて顔の痣を隠したらしい。

 女性の化粧と言うのは魔法のようだね。もしくはVFX。

 のんびり勉学と言っても、俺の脳内では常に疑問を抱いたら答えを出すBBソフトとの早押しクイズじみた記憶ゲームバトルである。

 答えがいつも出ていたら俺の実力にはならないからね。
 戦績は……うん、聞かないでくれ。



 と、視界の隙間に『RingRingRing!』と出ている。呼び出しだ。
 お、誰だ? と反応してみたら元ゴーレムⅠこと、ダニーだった。
 今どこに居るのか? と言えば、第二グラウンド、と簡潔に返事が返ってくる。
 何用かと思ったのだが。
 ダニーによると、非常に興味深い模擬戦が見られるとのことでデータを送る。アンヌにボロ負けした俺は全方向移動型戦闘の参考にするといいと非常にありがたい添え文があった。

 嫌味の全く無いお気遣いだけに文句が一切言えないんだがね!
 しかし口惜しい。
 何このお気遣い!

 この間の里帰りのときなのだが。アンヌは何か異様なまでに対IS戦闘技術を磨いており、そりゃもうボコボコにされたのだ。

 ISはISの攻撃でなければ傷一つ突かない強固な障壁を常時展開しているのだが。
 どうも、これは生命体が持つ敵意を含んだ攻撃でなくば一切通用しない防性因子と言うのを含んでいるらしく。実は生身を持ってすれば打ち抜けるのだ。なんと言う盲点か。

 だが、例え障壁を抜けようが超音速で飛び回るレアメタル装甲の塊と言えるISを素手で殴ろうものなら走行中のトラックに真っ向から挑むのと変わらないものである。転生する事請け合いである。結果などいうまでもない。

 だが、そこは生物兵器。彼らの強固な肉体を持ってすればトラックだろうがぶっ壊せるわけで。素手でもそれなりに勝算があるのである。
 <Were・Imagine>が、接近すればISでも危険極まりない兵器と言うのはここから来る。

 しかし、ISは鎧のようなものであるから、人の汎用性を持って様々な武器道具を駆使してくるものだ。
 量子展開による、兵装質量から来る機動性の阻害が改善されているのは大きな差である。

 接近されたら危ないと知られていれば、接近などさせてくれるはずも無い。
 俺もそのつもりだったんだが……。

 アンヌは本気でIS戦闘を考慮して研鑽を積んできたのか、距離をつめるのが上手いと言ったらなく、そりゃもうボコボコ殴られました。

 なんか、ISに恨みでもあるんだろうか。
 千冬お姉さんに指導賜ったとか空恐ろしい事言ってたからなあ。



 そこに、注意散漫、とダニーから注意が入る。
 はいはい、模擬線の方に意識回しますよ、と。
 ダニーの催促に従い、視界の左四分の一ぐらいを模擬戦の様子に差し替える。
 どうでも良いがダニーよ。カメラアングル凄いベストなんだが、勉強でもしたのだろうか。

 そして、そのカメラに映っていたのは―――



 えー……と。
 何度か1組で遭遇した事のある童顔の先生である。

 『山田真耶・元日本国、代表候補生』

 いや、うんBBソフト、知ってるから。
 彼女は、フランス製量産型IS『ラファール・リヴァイヴ』を纏っていた。
 ネイビーカラーでいかにも軍事兵器ですよ? と自己主張しており、加えて4枚の多方向加速推進翼(マルチ・スラスター)がにょきにょき生えていらっしゃる……。

 なあ、ダニー。
 なにか?
 確かに、アンヌっぽい意匠だな。アンヌに羽は無いけど。
 いや、付ければ有るけど。
 それは、ラファール型の開発コンセプトの為だろう。
 はて?

 疑問を浮かべると、今度はBBソフトがウィンドウを立ち上げ、『ラファール・リヴァイヴ』のコンセプトを表示した。
 どんどん視界が埋まって行く。授業見えんだろうが。


 
 ラファール・リヴァイヴ。
 フランス、デュノア社の第二世代IS最後発発表機ながらも全世界第三位のシェアを保有する———つまり愛好者が多く、親しまれている機体と言う事だ。
 第二世代とはいえ、基本スペックは初期第三世代機に匹敵している。
 これは、開発時期が後期であるため、コレまでの開発ノウハウが多分に盛り込まれている為と思われる。
 安定した性能と高い汎用性が売りであり、豊富な後付け装備によって基本パラメータを大きく弄らなくても格闘型、射撃型、防御型等の切り替えを容易にしているのが最大の特徴。
 以上の多様性役割切り替え(マルチロール・チェンジ)と癖の無い簡易性に優れた操縦性から来る操縦者を選抜しない点の両立が、台頭した時期とシェアのアンバランスさを確立させるに至った特徴であると言える。

 以上、BBソフトまる読みである。
 しかしあれだ、その感想はうわ、まじで『茶シリーズ』そのものだな、ラファール。に尽きる。

 そして。
 そこで起きたのは、普段の山田先生を知っているものから見れば驚嘆の一言に尽きる闘いの運びであった。

 さて、俺が山田先生と関わった事はそうは無い。
 何故かと言うと、俺が1組に寄るのはそうそう無いからだ。
 鈴さんが転校して来た時とか、のほほんさんにリスク承知で呼ばれた時ぐらいである。

 何せ、織斑先生が居るのだ。
 対親父スペシャリストである。俺の迂闊な仕草だけで正体がばれかねない。

 いや、別に俺が親父ん所の者だと言うのがバレるのはどうでも良い。
 この際だからぶっ殺されてくれば良いのだクソ親父。
 ……なんか、意味ない気がして来たけど。

 問題は、俺の身の秘密なのだ。
 生物兵器であると言うならまだ良い。
 ISであると言う事だ。
 何せ、体の形は女でも生物学的には俺は男なのだ。

 それだけで俺ってばモルモット候補じゃないか。
 今まで一人しか居なく、無くなってしまっては元も子もない為大切に保管していた『IS適性のある男』がもう一人増えたら……。
 ああ、使っても良いかな? って思ってしまうだろうし。
 そもそも、俺に使われているISコアってばどこから来たんよ? って疑問もある。
 まさか、『親父オリジナルコア』とかいうとんでもないもんじゃなかろうな?
 俺が第一世代未満というのは、そこから来るのでは? と邪推してしまっても仕方が無い。
 だって、形が多球複合体とか言う訳わからんのだし……。
 あれか。どこでもドアとタイムマシン組み合わせたみたいな副王様か。
 ああ、話脱線した。



 俺が山田先生を見て初めて思った感想を言ってみる。
 言っておくがあくまで第一印象である。
 そう。一言で言うと。
 眼鏡をかけて尻尾をハタハタ振っているマルチーズの子供と言う感じ。
 ちょこまかジタバタ足元でじっとできずにキョロキョロしているような印象である。

 あと胸部装甲が今まで見たどの女性よりもデカい。
 篠ノ之博士よりもデカイ。
 どのくらいかと言うと、俺が傍から見上げると顔が見えんぐらいなのだから推して知るべし。

 俺が彼女の顔を伺うには一歩離れなければいけないぐらいなのだ。
 常におっとり自信無さげで、しかし、ちょっと動揺させると小型犬ヨロシク全身をバタバタさせて慌てふためくのが何とも年上なのに愛らしい女性である。
 十倍以上の年齢差がある相手に言う言葉じゃないと思うだろうが、いや、そうなのだから仕方が無い。

 初めての遭遇は、彼女がクラスに配るプリントを階段で躓いてブチ撒けた時である。
 彼女自身はそのまま宙返りして着地。
 思わず拍手してしまった俺である。
 だが、その感動もつかの間。撒き散らされたプリントを見て。

「あーあーあーあっ!」
 と半べそをかきながらプリントを集め出したのである。
 あれ? 何このギャップ、と思っていたら強風。
 空を飛ぶプリント達。
 ……うん。手伝うか。
 一夏お兄さんなら最初の段階で手伝ったんだろうけど。

 と言う訳で知り合いまして。
 名乗ったら遠い目をされました。
 千冬お姉さんの後輩だから、親父に色んな目に遭わされたんだろうなあ。
 同情してしまったものだ。
 ただ。
『ちゃんと織斑先生には秘密にしてますからー!』
 ……ものすごく、気になる一言を残して去って行きました。ちゃんとってなんだ。どこと何か確約したのか。

 さて、そんな山田先生の模擬戦ですが。
 実はお兄さんも入試の時にやったそうです。
 その結果は―――

 壁に大激突して沈黙。
 ……あー……。
 なんてコメントしましょうか、である。

 なので。今回も大変だろうな、と思っておりました。
 相手はなんと、オルコ……セシリアさんと鈴さんです。

 セシリアさんも一度山田先生を倒してるし、それに鈴さんが加わったら―――
 しかも何だか、この一夏ガールなお二人さん、物凄く血気逸ってるんですよ。
 鼻息も荒そうにやる気満々。
『織斑千冬に発破をかけられた。恰好いい所を一夏に見せられると』
 ダニー、解説どうも。相変わらず痒い所に手の届く子だな……しかし。
 時代は変わるもんだねえ。普通、それって男女逆だよね。

 しかし、この発破自体が教官サイドの罠だと言う事には俺でさえ気付かなかったのである。

 今まで回想とかばかりであえて逸らしていたんですが応えましょう。
 今の山田先生にマルチーズの気配は微塵もありませんでした。

 ラファールを駆り、人間の歩兵が使いそうな武装をそのままISサイズにしたようなアサルトライフル等を取り扱う山田先生は―――



「ちょ―――なにビットもう出してんのよ!」
「鈴さんこそ、こっちまで巻き込んで衝撃砲を撃たないで下さいまし!」
 二人の代表候補生が冷静さを欠く。それ程に———

「二人とも、注意をこっちにも向けて下さいね」

「え?」
「は?」

 そこには、鬼神が居た。
 マルチーズの子犬?
 いやいや、ドーベルマンでさえかくやと言わんばかりの猛獣がそこでアサルトライフルを両手で構えていた。

 普段の彼女を知っているが故に、模擬線を観戦している1、2組の人らも俺も、当の対戦相手である。セシリアさんも鈴さんも驚愕を禁じ得ない状態である。

 え? 何これ?

 ズガガガガガッ! とそれぞれ片手ずつで素早く照準を付けたライフルの連射が英中の代表候補生を殴打する。
 堪らず散開する二人。

 セシリアさんがビットを動かせばひょいっ、と躱してレーザーは全て鈴さんの方に殺到。
 いや。
 山田先生はあえて一直線にビットと鈴さんで挟撃される位置に自身をおく事で、回避すればそのまま友軍に対する攻撃になるように位置を微調整している。

「ちょ―――セシリア! あんたなに!? さっきあたしの衝撃砲が当たったからって当てつけ!?」
「鈴さんこそ邪推しないで欲しいですわ!」
「何ですって!」
 しかも、それで仲間割れを誘えるとか。

 回避が超絶的な訳でもない。
 達人じみた動きが出来る訳でもない。
 確かに訓練を積み重ねた上手さだが、これは飛び抜けたものなど何も無く、それ以上に運びが巧い。

 山田先生は、絶対に二人を近付かせていないのだ。
 セシリアさんは同じ射撃型のため、セシリアさんはそれを意図しているとは思ってないだろうが、つまり、山田先生が距離を詰めれば、距離を保つためセシリアさんは下がるのだ。
 そこで、包囲は崩れる。
 逆に、鈴さんとセシリアさんの距離を詰めたければ。近付いても迎え撃てる鈴さんの方に近付く。
 そうすれば、追撃としてセシリアさんは山田先生を追う。もとい、鈴さんに近付く。

 見事な誘導であった。戦場に居れば俺だって分からないと断言できる。
 教導としてこれ以上無い模擬戦。
 見ている方には何とも分りやすいのだ。
 どう誘っているのか、と言うのが。
 何よりこの形だと、鈴さんの方からはビットが来ない。
 ビットが鈴さんの背中を撃つような狙いになると、ハイパーセンサーを巧みに扱える代表候補生ならば位置をずらす。
 背後に砲口があったとすると、味方のものでも本能レベルで回避してしまうのだ。

 いや、そのための序盤でのフレンドファイアを誘う動き。
 つい無意識で警戒してしまう程度ではあるが、戦場においての信頼を破壊したのだ。

 すると、必然とに鈴さんの方がビットの無い方向となるのだ。

 山田先生は巧みに二人を誘導させ、適度な所でグレネードを投擲。
 二カ所で炸裂したグレネードは、それでも決定打にはならない。
 抜群の反射神経で最低限の被害で済ませるよう回避した二人は。

 しかし。

「はぶっ」
「へうっ!」
 お互い肩越しで激突した。

 そう、グレネードの攻撃も又誘導。
 しかも、爆煙でレーザーを弱体化させ、さらに本来不可視の衝撃砲を煙の動きと言う形に可視化させる事で容易に回避し、極めつけはお互いに対する注意を疎かにさせ―――
 回避した先がお互いの進行方向と言う形に整えた。
 お陰で二人は激突———最早死に体だ。

 その二人をワイヤーが絡み付いた。

「ちょ、なにこれ―――」
「ワイヤーネット? なんですの? この括り付けられているのは―――?」
 二人をこんがらがせているネットには、アコ貝の養殖のように色々括り付けられている。
 そこに、普段のジタバタぽややんとした山田先生は決してあり得無いと断じれる程の鋭利な眼差しで二人を見据え。

「爆導鎖ですよ」
 ここはいつも通りの両手でくいっと眼鏡の位置を直す仕草で、先生らしく教えてくださいました。
 キラリと輝く眼鏡がいつもと違って自信ありげな山田先生を演出し。

 爆———

「「はああああああああああああッ!?」」

 悲鳴をあげる二人に山田先生はハンドグレネードをほいっと気軽く投擲。
 二人を捕縛するネットに触れるや否かの絶妙な距離で爆発したハンドグレネードはネットにくくりつけられている爆薬に次々と引火。

「みぎゃあああああああああっ!」
「わたくしとしたことがああああああっ!」

 絶える事無く連鎖爆発して行く爆導鎖。
 削り切る、に等しい連続爆撃は二機のISのシールドを食い尽くし、何やら物悲しい断末魔をあげる二人を地に叩き落す。

 実に見事な完封勝利であった。
 手本にできないような圧倒的な動きは一つも無い。
 しかし、これぞまさしく教本と言っていい見事な運びで代表候補生を二人も同時に撃破したのである。

 録画していて大正解だな。いや、本当。



「くっ、うう……まさかこのわたくしが……」
「あ、アンタねえ……何面白いように回避先読まれてんのよ……」
「り、鈴さんこそ! 無駄にばかすかと衝撃砲を撃つからいけないのですわ!」
「こっちの台詞よ! 何ですぐにビット出すのよ! しかもエネルギー切れるの早いし!」
「ぐぐぐぐ……!」
「ぎぎぎぎ……!」

 何だろう。
 二人ともお互いの失点に関して正確に突いているため。なんとも駄目な部分が強調されている訳だが……。

 しかし、一対一ならここ迄一方的かつ理想的な模擬戦運びとはいかなかったであろうと思うんだよな。

 例え山田先生の方が優れたISマスターと言えど、いかんせん、専用機と訓練機、第三世代機と第二世代機の開きは大きいのだ。
 実際、連戦に次ぐ連戦の後とはいえ、一度セシリアさんに負けている訳だし。
 壁にぶつかったのは何なんだかわかんないけど。

 ここは、千冬お姉さんの仕込みも一役かっているのでは無いだろうか。

 二人は当然、千冬お姉さんに発破をかけられ、お兄さんに良い所を見せようとしていたに違いないし、そうなるとより自分を魅せたくなるわけで。
 そうなると自分が主役として舞台に立つには比類すべき相手が邪魔になる訳だ。
 一つしか無い主役席に無理矢理二人が我こそはと尻をねじ込み合っている所に横合いから椅子ごと蹴っ飛ばされてはそりゃたまるまい。

 ふむ。流石。
「何が流石なのかしらね」
 おや、声に出していただろうか。

 一斉に視界から引っ込むサブモニター。

「あれ? 榊原先生どうしたんですか?」
「あのね……授業中に焦点ずらして首をぐいんぐいんいわせ始めたら普通叩き起こしに来るわよね?」

「……なにそれ」
「そうね……レースゲームしている時に思い切り首を伸ばすような感じだったわね」

 まんまだあああああああっ!

 お兄さんの部屋でゲームをしている時に披露したとおり、俺はゲームをすると体が動くタイプである。
 山田先生の模擬戦に熱中するあまり、戦闘の運びに合わせて首や体が動きまくっていた様だ。

 深山さんや簪さんが「あ~あ……」と言った感じで顔を覆っている所を見ると、何度か俺を引き戻そうとしてくれたらしい。
 特に簪さんはプライベートチャンネルを使って迄声をかけてくれていたようで———ログ残ってました。

「そうよね、私の話なんて……詰まらないわよね……そうよ! そんなだから昨日また男に逃げられるのよ!」

 榊原先生。恒例の男への愚痴モード、スタート。っていうかまた振られたんかい。
『この女尊男卑時代に男に袖にされ続けるのも珍しい……榊原先生はこの愚痴モードが無ければ良物件だと思うんですがね?』
『いや……榊原先生の男の趣味も……あるんだと……思う……』
 おや、簪さんが即座に応えて来た。
 流石女子。コミュ能力低めの簪さんでも、そっち関係の情報網は素早いんですね。
『具体的にどんな感じなのでしょうかね?』
 目の前では荒ぶる榊原先生を鎮めるべく、前回のイタコ生徒とヨーロッパから来たエクソシスト資格保有者が激闘を繰り広げている。

 最早恒例の状況だが。

 そろそろ、ゾロアスター教とか参戦しそうな勢いでますます混沌と化して来ている。

『どうも……榊原先生は……同性の私から見てもちょっと……と言う相手に限って燃えるみたい……』
『なにそれ?』
『お見合いとかで……人柄収入、共に良い人に巡り合っても……しっくりこないみたいですぐ別れちゃう……って』
『難儀なお人だな……ん? あ、そうだ』
『どうしたの……?』
『同性どころか、男である俺でさえまぁ待て、と言う地雷を設置してみよう』
『え……それって……まさか……』

 簪さんが何か言いかける前に、俺は地雷を設置する。
「おぉっと、こんな所で我が父、かっこ独身未婚彼女無しかっことじな写真が!」
「「「「わざと臭い!」」」」
 すぅ、と滑空した写真は榊原先生の足元迄無事流れ着く。

「あら……」
 榊原先生が拾ったのは———

 親父の写真である。
 しかも、幼稚園のような原色あふれる部屋でペンチとドリルを以って茶碗やコップ等、食器をドラムの様に打ち鳴らしている……という、幼稚性溢れんばかりの様に落涙せずにはいられない一枚である。

 これは引く。
 性別関係無く理性あるものならまずドン引く。

 果たして———
「まぁ———」
 なんと。
 榊原先生は薄っすらと頬を赤く染め。

「素敵な人ね———」
 ざわっ、と背筋に悪寒が奔った。
 なんたる事だ。
 榊原先生は、全く躊躇なしに———



 全力全壊で核地雷踏み抜きおったぁぁぁぁぁぁああああ―――ッッ!



 サキエ●かアンタはッ!

 後ろから覗いている二人の女生徒(先のシャーマンな人です)も『こりゃないわー』という感じで顔を引きつらせてドン引きだった。
 真性だ、この人———

 ちょっと怯えている間に榊原先生は、入れ食いの鯉の様に俺に食いついて来て。

「ねえ、ギャクサッツさん、お父さんと会いたいんだけれど、連絡取れないかしら?」

 本気だよ。この人。

「あの……先生?」
「嫌だわ、双禍さんってば」
「……は……?」
 呼び名変わった?

「お義母さんって、呼んでいい、の(パリん!)———ドビュッシーッ!!」

「はい!?」
 榊原先生がいきなり真横に吹っ飛んだ。
 音楽家風味の悲鳴を流しつつ、きりもみ状に吹っ飛ぶ榊原先生にも驚くが、それよりも。

 ぱりんって、え?
 窓ガラスを見ると小指の先ほどの小さな穴が穿たれている訳で……。

「そ、狙撃……?」
 簪さんもそれに気付いたみたいで、射角を計算してみた簪さんは。
『でも、この角度で射撃と言ったら……』
 簪さんの視線が空に向かう。
 遥か空しかない。

 そして、そんな所から攻撃できるのは、人工衛星型生物兵器、『灰の二十九番』しかいまい。
 しかし、アイツはこんな事する奴では決して無いんだが。
 ちょっと、通信試みてみるか……。



『命中……まずまずだな、さすがは十全にして完全なる私よ』
 あれ? 女性の声?
『あの……姐さんの分身? もう分離していただけないですかね?』
 あ、こっちは『灰の二十九番』だ。
『ウサ耳が! ウサ耳をいつまでも生やしたくないんですよ!』
『構わずともよい、似合う似合う。この参謀ぷち―――』

 ……うん、まあいいや。

「え……えと、あの……」
 クラス代表の簪さんが黒板の前に立ち。

「じ……自習で」
 そう書いて午前の授業が終わりました。
 うん……まあ、いいや(二度目)。



 結果。
 榊原先生を搬入したら保健室の主に厳罰食らいました。

 何とこの人……副担任でした……。
 おい、怠け過ぎだろおおおおおお!

 厳罰? 午後の授業のIS整備、その準備だそうです。
 まあ、力仕事は得意なんだけどさ……。






『追記事項』
 ん? どうした、BBソフト。
『山田真耶、<Were・Imagine>撃墜数世界第三位』
 マジでええええええええええええ!
 あの人もしかして、ラケット持ったら人格がバーニングする人みたいな人なのか!?
 他にもバイクに乗ったら顔濃くなる本田さんとかさ!?
 IS乗って戦闘スイッチ入ったら―――な人!?

 榊原先生といい、山田先生といい……。
 IS学園の教師は計り知れんな。
 まあ、筆頭が千冬お姉さんだから仕方ないのかもしれんけどね。

 もしかして……。
 ISに関わる人って大なり小なり変人なのだろうか……。
 あながち。間違ってないかもしれない。









 こんにちわ、どうもお昼です。俺は双禍・ギャクサッツです。
 今日は何だか、朝から体調悪そうな簪さんの手をのほほんさんと左右から繋いでいます。

「今日はね〜天気がいいから、屋上なんて良いんじゃないかな〜」
「おぉ〜、良いねえ。でも、流石IS学園。なんか最近、自殺対策とかで屋上って行けない事多いじゃないか」
「……双禍さん……なんでそう言う事は地味に知ってるんだろう……」



 と、簪さんを挟んでのほほんさんに話かけていれば、階段の上の方にお兄さん。

 左右に鈴さんとセシリアさんを挟まれ、これはもう爽やかな笑みを浮かべている。
 ホストか己は。あれ、お兄さんの後ろにいるのは———

 向こうも、俺に気付いたようで。
「お、双禍に簪、のほほんさんじゃないか。お前らも屋上で食べるのか?」
「そのつもりだぜぃ(巻き気味)で、そちらの———」
 見知らぬ金髪さんはどなた?
 と聞こうとしたのも束の間だった。



「うぷっ……!」

 簪さんが真っ青な顔して口を抑えながらカットバックターン。

「揺り返し来たああああ!」
「待って~、そっくんは皆と屋上行っててね~こう言うのは、使用人のお務めなんだよ~」
「う、うむ」
 とは言ったがその実有無をいわせぬ調子でのほほんさんは凄えゆっくり追いかけて行った。
 辿りついた時終わってやいないだろうか。

 すると、俺は当然ソロプレイであり。
「んー」
「双禍も一緒に食うか?」
 優しいお兄さんは当然聞いて来る訳で。

「構いませんかね?」
 一応、女性陣にも視線を巡らせる。

「良いよな」
 とお兄さんが言えば異論はあっても文句は言わないであろうが———

 おや?
 セシリアさんも鈴さんもにこやかだ。
 てっきり邪魔者扱いで睨まれるかと思ったが……?
 ま、好意的に受け取られるなら良いかな。うんうん。



「なぁ、双禍」
「んー、何ー?」
 お兄さんがこっそり耳打ちしてきた。

「あの簪って子さ、こっち見ても睨まなくなったのは良い事なんだが、今度はなんで俺見たらトイレに駆け込むんだ……!」
「斬新なリアクションだよねぇ」
「双禍も大概酷くねえかっ!?」

 お兄さんの顔見たら?
 隔意は薄れた筈なのだが———
 はて、どう言うことだろう。



 屋上にて。
「ところで、おたくどなたさんですか?」
 見上げてみました。
 さっき、声を掛けかけた、見知らぬお人です。
 金髪で甘いマスク。とっても可愛らしい
 あ、ズボンだ。

 って事は。
「今日転向してきたシャルルだ」
「おぉう、あなたが件のパンツ転入生」
「ぱ……パンツ転入生!?」

「双禍……なんだそれ」
 驚愕して固まっている転入生を気遣ってか、突っ込んで来るお兄さん。
 そんな彼に俺は解説を始める。
「ほらほら、僕やお兄さんと同じでスカートでは無くパンツでしょ」
「あぁ、そういう意味ね」
「そういう意味なのさ」
「しかし、俺等がスカートなんて穿く訳無いだろ」
「あれ? どっかでお祭りに男が穿く伝統の祭りがあったと思うけど」
「それはスコットランドの民族衣装ですわ」
「おおう、それそれ」
 流石セシリアさんである。

「それはビックリしたよ、もう」
 何故かホッとしている転校生。
「どういう意味だと思ったのかね?」
「う、うええええっ!?」

 何故か動揺する転校生。
 小首を傾げているとお兄さんの手が頭をグワっと掴み上げ。
「お前は、もうちょい慎め」
「ギブギブ! ちょいお兄さんこれ痛たたたたっ!」
 そのままヘッドロック。
 おにょれ、これが芸風『織斑』か。つぅかマジ痛い!

「まあまあ、一夏もその辺にしておきなよ」
「シャルルがそう言うなら、まあ良いか」
 なんと、助け舟を出してくれたのは転校生の方でした。

「おぉう、助けてくれてありがとう、えーと、シャ、ルルん?」
「シャルル・デュノアだよ、よろしくね」
 デュノア……あれ? 聞いたばかりだなその名前。

『———フランスの一大IS企業、量産型ISのシェア世界第三位』

 おぉ、珍しく真っ当に働いたなBBソフト、なるなる、ラファールのか。
 午前中に内職とはいえ聞いた名のため、聞き覚えがあるのは当然である。

「これはご丁寧にどうも。僕は新聞部で織斑一夏専属記者をしております―――」
 ごそごそと懐を漁る振りして量子展開。
 名刺を取り出して両手で差し出す。

「双禍・ギャクサッツと申します。以後お見知りおきを」
「あぁ、これはありがとう。名刺を渡すのって、日本のビジネススタイルだよね」
「そうだねえ。良く日本人は兎小屋に住み、良く頭をぺこぺこ下げるって言われるね。企業戦士を舐めないで欲しいよ、まったく……戦後の日本を復興させたのはそんなお父さん共だと言うのにさ……って、デュノアってぇと、えーと、あのラファールのでしょ?」
「なんか染みじみ苦労臭が出たのは何でかな? ……うん、そうだよ、僕の父はデュノアの社長をしているんだ」
「なんと!」
 こんなところにVIPがいますよ……あー、VIPだらけか。元々。
「そうだ、間違ってたら申し訳ないんだけど、そのデュノア社で新装備のテストの時にギャクサッツって氏名の人に同じように名刺を貰ったんだ」
 はい?

「なんか臨時雇用なのに第三開発室技術主任っていう凄い待遇の人だったんだけど、ギャクサッツって珍しい名字だし何か関係あるのかなって……あ、あった、その人に貰った名刺見せるね?」
 転入生、シャルル氏がさっきの俺同様、懐をまさぐって何やら一枚の紙を手渡して来る。

 ちらりと見せてもらったそれを見て。
「な……何してるんだ親父」
 まあ、いつもの通り頼まれたんだろうけど……。

 そう、シャルル氏の渡してくれた名刺にはこんな風に記載されていたのである。

 天才科学者、という肩書き(?)と供に。
 Dr.ゲボック・ギャクサッツ、と。

 その名刺は、所々に何のなのか、考えたくもない染みが滲んでいる。
 よくぞ今まで大切に持ち歩いていたものである。俺なら速攻殺菌焼却だな。

「何してるんだあの馬鹿親父……」
 溜息を吐く俺の傍ら、シャルルさん以外は一様に。
「そうか……シャルル、何があっても強く生きろよ」
「デュノア社も無茶しちゃって……背に腹を変えてでもやっちゃったらおしまいって事はあるのよ……」
「シャルルさん。わたくしは、何が起こってもあなたの事を応援しますわ……」

 順にお兄さん、鈴さん、セシリアさんである。
「どうして皆そろってそんな優しすぎる目をするの!?」
 物凄く動揺するシャルルさん。

 それもそのはず。
 何故ならば、その時に漂った雰囲気を一言で申そう。
 沈痛。
 まるで通夜のような面持ちなのだ。

 まぁ、常識人がウチに関われば……ねぇ。
 今日の午前中、人の頭を撃ち抜こうとしたり、大振りの刃を投擲したりする女性陣二名が常識的かはさて置いて———あぁ、ウチの影響受けたんかね?

 かくも———特にセシリアさんはこの間ウチに遊びにきた際、家族に盛大に揉まれたようで、それ以来、時々遠い目をしていたりする。

 俺はシャルルさんの手に俺の手を添え。
「我がクソ親父が揺蕩う所、科学(サイエンス)と狂乱の嵐が吹き荒れること間違いなし……そうだね。シャルルさん、これから何が起こっても、こう思ってやり過ごすんだ……『これはマッコウクジラに噛まれたんだ』……って。そうでもなきゃやってけなくなるよ」
「普通に死んじゃうよねそれ!」

 悲鳴をあげるシャルルさん。しかし、まだ抵抗するようで、常識を盾に。
「でもでも、こんなに礼儀正しく名刺くれたし、その時の仕草なんて双禍そっくりだったよ! つまり変に言うって事は自分に帰って来ると思うなあ」
「…………え?」
 そっ、くり、だ、と……?
「…………ぐはっ!」
 その言葉を理解した瞬間……俺の意識は闇に落ち……。



「無事かー! 双禍! 脈はあるぞ! 呼吸しろ!」
 おお、目の前にお兄さんフェイス。鏡見たかと思った。どうやら抱き起こされているらしい。
「あ、意識を取り戻しましたわ」
「ちょっとデュノア、ゲボックさんそっくりだなんて、アンタ双禍殺す気!」

「そんなに非難受ける事なのそれ!?」
 おぉ……あまりのショックに気絶してたか。



 さて、気を取り直して。
「ところで、ふと思ったのですが。シャルルって男性名だよね?」
 そうなのだ。
 このパンツ転校生、シャルルさんって、男性の名前なのだ。
 外国ではこう言うのが多い。
 例えば、天使ミカエルにあやかった名で言うと。男性ならマイケル、女性ならミッチェルとかだ。いわゆる、名前変形とでも言うものだろうか。正式名称知らないからこれでいい。
 結構色々あるので調べて見ると面白い。
 日本人なら、何だろう……太郎、花子? 最近は奇抜な名前多いからそうとも言い切れないけどね。

 兎に角。
 女性にシャルル、と名付けるのは花子さんに花太と名前を付けるようなものである。



「あ、そうだよ、もしかして先入観で女だとでも思ってたか? 新聞部なのに情報が遅いんじゃないか双禍! 驚け! なんと、シャルルは二人目のISを動かせる男なんだぜ!」
 この時、俺は意外だった。
 一夏お兄さんは、自分以外にも同じ境遇の男性を発見して喜んでいたんだろう。
 本当に笑顔でそう、紹介してくれたのだが。
 それを聞いて。

 俺は。

 何でも無いと思っていたのに。
 一瞬、今朝見た夢を思い出し。
 『偽りの仮面』の人格偽装による手綱も引き千切り。

「―――あ゛?」
 と、低い声を漏らしてしまっていた。

 じゃあ、『廃棄』された兄弟達は―――
 俺は―――

「双禍?」
 あ、やばいやばい。
「いや、御免、失礼。ちょっとビックリしてね」
 女性らしからぬ低い声に皆がギョッとしてしまっていたので慌てて取り繕う。
「あはは、ならば近しいかも。僕も脳は男だからな!」
「え?」
 本気でシャルルさん―――君? は意味不明だと、表情を浮かべる。

「え、と性分離障害とか? いわゆるインターセックスっていう……」
「マジレスしなくて良いぞ、シャルル。これ、双禍の口癖なんだよ」

 気軽に流すお兄さんの傍ら、鈴さんは顎に手を当て、思案し。
「しかし、双禍に対する一夏の態度見てると、あながち間違っては無い気もするのよねー」
「一夏さんは、模擬戦などを抜かせばフェミニストの傾向が大きいですものね」
「さっきヘッドロック食らった僕はなんと言えば良いコメントだい?」
 だとしたら、どんだけ無意識鋭いんだ。女性陣の好意にも気付いてくれ、頼むから。
「まあ、通称オカマさん何かは結構そうだって聞くよ? 肉体と精神の性別が違って違和感を感じるのは、その手の脳だけ別性別ってケースである事が良くあるとか」

「「「まあ、ゲボックさんなら何でもありな気がするし」」」
 声が一斉にハモりました。
 流石過ぎます。

「しかし、意外でしたのは確かですねー。へー。骨盤開いているから女性かと思いましたよ」
 女性のお尻がぷりっとしている理由です。
 なお、これは女性は出産する生物な為である。
 骨盤の間を胎児が通るため、開いてないと母子ともに危険な訳です。
 それでも、赤子は骨盤を割り広げる為、出産時の激痛が走るのだとか。
 なお、男の狭い骨盤でこんな事やられようもんなら発狂して死ぬそうです。恐ろしや。
 女性が偉大だねえ、ってのが良く分かる。

「「「「え?」」」」
 一斉にシャルル君の股間に視線が集まりかけたので彼は顔を真っ赤にしてその身を隠そうとする。
「どこ見てるのよ!」
「淑女らしからぬですわよ!」

「いや、シャルルは男―――!」
「おぅえ!? 僕の脳は男―――」

 当然、俺とお兄さんは二人に思い切り足を踏まれました。
 踏んづけたその二人も、視線がいきかけた事を思い出して赤面している。



 成る程ね。
 男か……。
 お兄さんとシャルル君の共通点でかつ、俺が当てはまらない事を探せば何かの糸口になるかもしれない。
 あとで、亜空間スキャンを掛けておくか……。






 さて。
 屋上の一角を五人で占拠し、ここで昼食を取るのだ。が―――
「そう言えば……箒さんが居ないですがどうしました?」
 このメンツで彼女がいないのは可笑しいのではないだろうか。
「もうすぐ来んじゃないの?」
 応えてくれたのは、鈴さんなんだが―――なんでそんなに嬉しそうなんでしょう?
 ニマニマが止まらない! と言った感情があふれている。

 果たして―――

「…………どういうことだ?」
「ん?」
 噂をすれば何とやら。箒さんが登場しました。

 その声はお兄さんに向けられたものであるが、返すお兄さんの表情は満面の笑顔。
「天気がいいから屋上で食べるって話だったろ?」
「そうでは無くてだな……!」

 その様はまるで北風と太陽である。
 そして北風箒さんはこちらに視線を向ける。
 その先に居るのは、セシリアさん、鈴さん、シャルル君に踊っている俺だ。
 百年踊れるイカナイカン踊りである。俺の方に視線が向いた時だけ箒さんの口元が引きつったのは俺の空気を和ます踊りの為だろう。うむ! 北風に対するには南方の風だな。なんか低気圧的激突部分がに土砂降りになりそうだけど。

「せっかくの昼飯だし、大勢で食った方が美味いだろ? それにシャルルは転校して来たばかりで右も左も分らないようだし、あと、オマケで双禍は、簪に急用が入ったからだ」
「そ、それはそうだが……」
 ぐぬぬ、と言いたげな箒さんである。
 あー、なるほどー、箒さんが抜け駆けして昼食の約束を取り付け、それを察した鈴さんがセシリアさんを呼んで二人きりなのを妨害したのね。
 つまり、人が沢山居れば居る程言いわけで。
 ライバルになり得ないと思われる俺なんかは最適な訳だ。

「で、お兄さん。僕はオマケなのか」
「食前に踊らん方が良いぞ、埃立つし」
「おっと、ごめん」
「一夏さん、今の双禍さんの珍妙な動きからそれしか感じないんですの……?」

「え? 百年踊れるイカナイカン踊りだろ? アンヌもベッキーもしてるの見た事あるし。地味に商店街では朝の太極拳の代わりみたいにお年寄りもしているぞ」

 なにそれ。自分でやっといてあれだけどメッチャ見たい。

「ああ、とっくに一夏さんは汚染済みだったのですわね……」
「苦労がほぼ無意味って知ったら千冬さんどう思うんでしょうねー……」
「アンヌもか……!?」
「箒、アンヌも結構ノリはいいぞ」
「箒さん、ショック受ける所はそこだけなんですのね」
「えー……と?」
「あ、わりぃわりぃ、シャルルには分らない事だったな、御免な、勝手に輪を作って」
「大丈夫だよ、でもどういう事なのかな」

「知らない方が」
「賢明ですわ」
 有無を言わせぬ強い口調の二人であった。

「そ、そうなんだ……」
「まあ、デュノア社に親父が居るならいずれ汚染されるけどね。嫌でも思い知るさ」
「汚染とまで言うの!?」
 遅かれ早かれ間違いないと思うよ。

「……そうか、デュノア。気力を保つ事が重要だ。飲まれたら、終わりだからな」
「来たばかりの箒にも心の底から心配される程の事なの……!?」
 シャルル君は昼休みだけで心労がピークに到達しそうになっている。
 ならば、気を取り直す為に―――食事だ!



 さて、ご飯である。
 なんと箒さん、お兄さんに弁当を作って来たそうである。

 なんてシチュエーションだ。まさかリアルで目にするとは。
 なんと、箒さんが二人きりでお弁当を食べたかった理由は良く分かる。

 さて。
 俺のお弁当は―――
 包み布を解き、取り出したのは、5合分のご飯だった。
 約、茶碗10杯分のご飯だと言えば分って頂けようか。
 ああ、なんと真っ白なんだろう―――

 俺は、埃を立てないようにそっと離れて―――
 屋上のアスファルトに手をついた。
「おかず、簪さん担当だったあああああああああああ―――ッ!!」

 そうなのだ。
 弁当の日は、交代で主食、おかずを作り合っている俺と簪さんである。
 俺だと、パン焼きに定評があるが、別にご飯が嫌いではないのだし。
 面倒だなぁ、とか、昨晩打鉄弍式の整備で眠い時なんかは躊躇無く食堂に行くのだが。

 IS学園は、自炊も可能であり、キッチンを貸し出してもらえるのだが、その充実たるや、お兄さんが目の色を変え、もとい餓えた獣のようにギラつかせ、カハァ———となんか白い息さえ漏らしていたようにも見える……うん、幻覚だろう……だよな、うん。
 と言うほどである。
 余りに食いついて離れず、幼馴染み二名が力尽くで引きずって行ったのだと言うから恐るべしキッチンの魔力であった。



 そんなこんなで。
 仕方あるまい。
 主食担当は汁物も一緒に作るのだ。

 今こそ、ワカメと木綿豆腐というシンプルな味噌汁を———

「待て、双禍」
 決意を固めて味噌汁をご飯にぶっかけようとしたらお兄さんに肩をガシッと鷲掴みにされました。
 振り向く。
 後悔しました。
 怖っ! お兄さん眼光がギラッと光っててメッチャ怖っ!
「———俺の前で、ねこまんまなんて狼藉はしねえだろうなぁ———」
 狼藉とまで!?

「う、うぅむ……」
 仕方あるまいて。

 こうなったらデンプン分解酵素に任せるしかない。
 小学校の実験でやった方も多いだろうが、唾液に含まれる酵素はデンプンを糖質に分解する機能を持っている。
 ご飯をよく噛むと甘くなってくるのは文字通り糖質に変換されているからなのだ。

 さらに。
 噛み続けると到達すると言う『味の向こう側』に挑むのも良いかもしれない。

 って言うか俺のツバの中に生身同様の酵素が含まれているとは……さっきはあんな事言ったけど親父はやはり凄いんだなぁ……と嘆息せずには居られない。

「さて、挑むぞ味の向こう側ぁ!」
 箸を持ち上げたその時である。

「はい、一夏。アンタ『ら』の分」
「———おう」

 ん?

 ら?

 俺がなんだろうと疑問符を浮かべていると、お兄さんがご飯の上に酢豚を半分分けて酢豚丼を作ってくれる。

「え? ———え?」
「これは、双禍が前イメージしているような酢豚じゃないからな?」
「いや、食べ物に関しては本当にしつこいねお兄さん」

 レシピ見てびっくりしましたけどね。
 味付けをちゃんと『お肉』にしてからするなんて……!
 いや、そっちの方が普通らしいですね。
 丸ごと上げたら質量のせいで表面が焦げちまうそうですいと悲しや。

 戸惑っていると、今度は箒さんがムッと押し黙ったまま弁当箱をお兄さんに差し出した。
「あ? 箒?」
「———ん」
「あ、あぁ。開けるぞ」
 お兄さんが弁当箱を開けば、そこには色取り取りのお弁当が。
「―――ん。双禍にもな」
「良いのか?」
「———当たり前だ」
 とのやりとりの後、お兄さんは唐揚げ一つと鮭の塩焼きを半分分けてくれました。

「さて、食うか?」
 お兄さんが音頭を取り。
「そうだな」
 何事も無かったかのように言うのは箒さん。
「もうお腹スッカラカンだわ、さっさと食べましょ?」
 つっけんどんに言うのは鈴さん。
 この二人、気恥ずかしいのか耳が赤いのですな。
「双禍さん。わたくしはサンドイッチなので後でお渡ししますね」
 セシリアさんはサンドイッチ入りのバスケット。
 って、あれ? なんで皆そんな眼で俺を見るのだ?
 まるで土から首だけ出されて餌詰め込まれているガチョウのようだ。
 フォアグラ作らされるんだね、あのガチョウ、見たいな目ですよ?

 お兄さんだけはさらに何故か、カモンてな感じで微笑んでいる。
 解せぬ。

「皆優しいね。ごめんね、僕は買ってきたものだから……」
 そして、そんな必要無いのに申し訳なさそうなシャルル君。



 う……。
 うぅ……。
「あびばぼぅ……ッ!」

「本気で泣き出した!?」
「お礼にご飯1合分ずつおぶぞ分げずっがら……」
「……え?」
 と、どもったのはシャルル君だけで。
「「「「間に合って(る)(わ)(ますわ)」」」」
 皆さん冷静に返しました。
 ちょっとそれは無いんじゃないかと、思う。
「それに、1合ずつ配ったら双禍自身が食うのが無くなるだろ」
「……あ」

 そう言えば人数的にそうである。



「ええと、僕が相席してもいいのかな?」
 その一体感にちょっと臆したのか、シャルル君がそんな事を行ってくる。
 むむ、ここまできたのだからもっとずずいと無礼講で来てもいいと思うのだがね。

「いやいや、男子同士仲良くしようぜ」
「そうそう、シャルル君遠慮しすぎだぞー」
 そこに乗っかってみる俺。
「先ずここでシャルル君がするべきことは、パンの袋開放、中身を出す! 食べる! それなのだよ。というか、本気で『食べよう』な空気にしてくれない? 僕餓死る」
「双禍、お前な……」
「あはは、双禍は食いしん坊だね」
「ふむ、生きているだけで喜びは万象あるが、事、食べる喜びは別格だと思うのだよ。うんうん」
 もし、俺が太陽光だけで生存できるように親父の手でエコ的に改造されていたら、人類を滅ぼすべく暴走する自信がある俺であった。

「色々不便もあるだろうが、まあ協力してやっていこう。分からない事があったら何でも聞いてくれ。―――IS以外で」
 切実にIS関連の知識で言うお兄さんに鈴さんは苦言を漏らしているが。俺は何も言えないのだ。
 酢豚丼を吸い込みつつ思う。
 BBソフト(カンペ)常時携行の俺は何も言えないのである。
 超高速咀嚼機でもぎゅもぎゅ噛み砕きながら、シャルル君がまあ、当然お兄さんの部屋に行くんだろうな、てな会話を聞きつつ(食ってる最中に口開くとお兄さんが怖い)ああ、そういえば箒さん引っ越したもんねーと、いまさらな感想を抱いてみる。

 そして、その引っ越した箒さんだが……。
 暗い。
 一言も発しないが、どうしてこうなった、と三本線が幻視可能なリアルブート具合で彼女の背は煤けており、その言葉がテロップで見えるかのようである。

 しかし、原因は理解できずとも、人が落ち込んでいる事には聡く気付くお兄さん。
 箒さんの弁当に箸を伸ばしつつ。
「これは凄いな! どれも手が込んでそうだ」
 と言っても、これはフォローではなく実際凄い。
 俺が頂いたから揚げや焼き鮭は言わずもがな、きんぴらごぼうの人参とこんにゃくを差し替えたもの、ほうれん草の胡麻和えなど、健康も考慮されている。

「つ、ついでだついで。あくまで私が食べるために時間をかけただけだ」
 といいつつ、背景の暗いイメージが一瞬にして咲き乱れる花へと移り変わり、その美しさに感化されるかのようにパアッと明るくなる箒さんであった。
 分かりやすいなあ。

 さて。
 ご飯三合目ぐらいを飲み干したあたりで、お兄さんのダイエットの認識云々で女性陣に一斉非難を受けていた、

 ダイエットか……。

「ふむ。まだ経験の無い僕が言うのだが、一般に女性が一度は極める事を望み、断食するとか物凄い運動を長期間積み上げたりして会得を望む凄惨なものらしいねぇ? 体重が軽くなるとは聞いていたけど、他にも何か秘密ありそうだなぁ」

『瘦身、美容目的』
 BBソフトから注釈が出てくる。
 なる程、女性の究極の悲願だな。

「もしかしたら、インドのサドゥ的な効能があるのかもしれないな。でも、針の上で座禅とかは勘弁したいなぁ」

「「「「「……………………」」」」」
 一斉に向けられる視線と沈黙。
 何ですかいったい。



 すると、皆何事も無かったかのように元に戻り。
「しかし、本当にいいのか? 美味いぞ? このから揚げ。こんなに美味いのに作った箒自身が食べられないのはなあ。ほら、食ってみろって」
「い、いや、その……だな。ううむ、ごほんごほん!」
「あ、これってもしかして日本ではカップルがするって言う『はい、あーん』っていう奴なのかな? 中睦ましいね」
「だ、誰がッ! なんでこいつらが仲いいのよ!」
「そっ、そうですわ! やり直しを要求します!」
「うん。それならこうしよう。みんな、一つずつおかずを交換しようよ。食べさせあいっこならいいでしょう?」

 流れていく会話―――えー?
 スルーっ!?
 俺の発言スルーッ!?
 シャルル君まで!

 愕然としていたらから揚げ祭りが始まって、結局お兄さんは自分の食べかけから揚げを箒さんの口に運んでいました。
 今度は箒さんの周りに浮かぶピンク色。
 思うに、箒さんって、俺ですら分かるのだから、地金が出やすい正直な性質なんだろうなあ。
 というか、そんなに良いものか? はい、あーんと言う奴は?

 つまりは自分で食べられないわけだろう?
 俺としては与えられる食事、と聞くと脳みそ時代の栄養チューブ的感覚を想起するため、実はあまり好きではないのだ。

 やはり、自分で選び、その手で取り上げ、自ら口へ運ぶ。これが喜びだと思うんだけどなー。
 まあ、先日簪さんに煮込みうどんを食べさせていた俺が言うのも矛盾しているようだが……。
 あれはどっちかというとひな鳥に餌与えてるような微笑ましさだったからなぁ。
 これも近いのかね?
 まだ良く分かんねーや。

 なんて考えていたら、鈴さんとセシリアさんがずずいと食べ物をお兄さんに差し出している。
 どうやら、彼女たちも『はい、あーん』をしてあげたいらしい。
 やっぱり、わっかんないなあ。
 ところで、鈴さんよ。その酢豚はさっきの酢豚と何か違うんだろうか?

 続いてセシリアさんにサンドイッチを差し出され一口頬張るお兄さん。
「! ……!?」
 なんとも形容しがたい表情をするお兄さんであったが、セシリアさんはそれに気付いている様子は無い。
 ん? 苦手な食べ物でも入っていたのだろうか。
「どうかしら?」
 少々不安げな表情のセシリアさん。でもお兄さんの顔色の変化には気付いていない。
「本当のことは早めに言った方がいいわよ」
「あ、ああ、いいんじゃないかな……お、俺は好きだよ」

 観察してみる。

———本当の事は早めに言った方が良いわよ

 これはさっきの一言は鈴さんのものであり。
 今脂汗を流しながら笑顔を浮かべているお兄さんを見るに。
 実はトイレに行きたいとか?
 食卓マナーに厳しいお兄さんが、食事中には腹が裂けても言えないような事ではなかろうか。

 それとも、今朝の簪さんといい、謎の伝染病が流行している可能性があるのでは?

 俺はふらりと立ち上がり。
「ふむ、お兄さん。実は体調悪くないかい? 脂汗すっごいぞ?」
 よし、助け舟を出そう。
 前者なら、保健室行く途中でトイレに言ってもらえば良いし、後者なら尚更早く行って貰った方が良い。
「だ、大丈夫だ……」
 しかし、お兄さんは頑である。
「僕はちょうど食事を終えたし、保健室に運んでいってあげようか?」
「いや、それには及ばんぞ―――ってぇかアレもう食ったのかっ!? 早ッ!」

 皆、大丈夫大丈夫って普通に飯食ってる。おかしいな? 私が連れて行く! とか参戦してくる人ぐらい入ると思ったのに? この、『いーのいーの』的オーラは何だろう。

 おや?
「本当だ。顔色戻ったな? どうしたんだ?」
「だから大丈夫だって。それより双禍、食べ物はちゃんと噛まないと消化器官に負荷を与えて寿命を縮めるんだぞ? ちゃんと噛んで食えって」
「む、それに関してはちゃんとやっていると言おう。証拠を見せたいが……もう完食したしなー」
「まだ食えるんか」
「腹は六分目っていうしね」
「あれだけ食って半分ちょいかよ!」
「あ、皆さん。おかず有難うございました。こちらからは白米しか出せないので今の食べさせあいは遠慮しましたけど、何かでお返ししますので」
「そういえば、双禍さん、わたくしのサンドイッチはまだでしたわね」
「そういえば、そうでしたねー」
「……お兄さん、何だねその表情」
 これで分かるだろ、的な顔は何ですか。
「どうです? お腹に余裕があるのなら。お一つ」
「おお、是非」

 と言って一つ戴く。
 BLTサンド。
 パンに挟まれたベーコン、レタス、トマトの頭文字を以てして名付けられたサンドだ。
 そもそも、サンドってどういう意味か、というと。
 サンドウィッチの名前の語源は、諸説あるが、一番有名なのはサンドウィッチ伯爵が由来であるらしいが……。

 え?

 由来? ―――って、サンドウィッチ伯爵って、サンドウィッチっぽい姿でもしていたんだろうか?
 よく分からんがな?
 まるでやなせ●かしの世界ではないか。

『トランプ好きが高じて、トランプ中にもできるようにとパンに具を挟んで手づかみで食していた。これは当時マナー違反であるが、こういう方式としてはじまったと言われる』
 あ、そうなんだBBソフト。

 え? つまりサンドウィッチさんがサンドウィッチ食ってたの?
 共食いじゃね?
 俺のイメージを記すと、首から上がサンドウィッチな貴族が、閉じているパンを開いてそこにサンドウィッチを放り込んで美味い美味い言っているイメージなんだが……。

「双禍、またお前妙な事考えてるだろう」
 お兄さん鋭いな。
 自分は親父ギャグ考えて女性陣に非難されるくせに。

「どうぞ」
 セシリアさんに戴いたそれをそのまましゅるんっ! と吸い込んで。
 ずもぎゃもぎゃッ!! と咀嚼して。
 飲み込む。

「うぉっ! 噛むの早ッ! 怖いほど早いぞ! ちゃんと30回以上噛んでたし!」
「数えてたのか一夏……」



 箒さんの悲鳴を聞き流しつつ。
 ……。
 これは。
 この味は……!

 あれ?
 これは、『ベーコン』『レタス』『トマト』のサンドだよな。

 この香り―――ヴァニラエッセンス。
 そしてこのさくさくとした感触、レタスのはずなのだが、なんだかウェハースである。
 そして、トマト。
 なんで生クリーム的まろやかさがあるんだ。つうか甘い。
 ベーコンにいたってはコーンフレークな味がする。

 そして、本来ならドレッシング的な何かか、マヨ的な何かであるはずのものが―――
 チョコレートソースのような甘くどさをトマトと交えて違和感無く表してくる。
 まて。この隠し味的なものはアイスの味か! 冷たくないのになんて再現度!

 これは―――
 これは、ああ、間違い、無い―――

 先週の日曜。
 のほほんさんと、簪さんと三人で行き……。

 『@クルーズパフェ』で食べた……。
 『バケツチョコヴァニラパフェ』(30分以内に食べたら5000円プレゼント!)そのものじゃないか!
 あまりに莫大な量でありながら、大味にならない、パティシエとしては絶妙な甘味調整によって織り成された、まさに大食漢甘味党のためにあるような、しかし完食チャレンジしたものには果てしなく聳え立つあの壁の味そのもの……!

 馬鹿な!
 あのレシピは『@クルーズパフェ』内においても、ごく一部の支店長クラスにしか伝授されていない秘伝であったはずだ!
 それが、こんな学園の昼食で、しかもサンドウィッチに擬態して出てくるだと!

 あ、ちなみにそのパフェは俺とのほほんさんがそれぞれ『二つづつ頼んで、30分以内』に完食しました。
 簪さんが空恐ろしいものを見るような目でこっち見てましたけどどうしたんでしょうね。



 さて。
 いったい何なんだ。
 バスケットの中身を観察してみる。
「えーと、双禍? 大丈夫か?」
「……ちょっと、興味わいた」
「マジで!?」

 駄目だ。
 視覚的、もしくはハイパーセンサーの三次元スキャンでも、その形状はBLTサンドそのものだ。
 MRI的に断面まで確認したのだから間違いない。

 では。
 いったい。
 これは何だ!?

 こんな食材が現実に存在するとでも言うのだろうか。
 というかセシリアさんはいったい何者なんだ?

 セシリアさんは英国貴族である。
 本来、貴族の食事はそれを専門に作る人が居て、貴族はそれを受けるだけだ。
 まあ、最近はその辺がフランクになってきて個人的に料理が趣味になったりと、色々あるんだけど。

 恐らくセシリアさんは料理的な勉強をそれ程深くしていないはずだ。
 ISの勉強ってそれぐらい余裕なくなるんだよね……。
 箒さんとか鈴さん恐るべしだな。
 まあ、セシリアさんはそれに貴族党首としてのお勤めもあったから、それを要求するのは贅沢すぎるって訳で。
 身の回りの世話全部してくれるメイドさんいるって聞いたし。

 お茶の淹れ方を習ったそうで。それは厳しかったそうな。
 そう、お茶だけだ。
 メイドは料理も厳しいはずだ。
 こと、お茶だけを言うなら料理を習っているはずが無い(断言)!!

 だが、蓋を開けてみれば『バケツチョコヴァニラパフェ』たるサンドである。
 こんな食材の錬金術は見た事が無い。
 本当に―――彼女はセシリアさんなんだろうか。

 待て、よ?
 見た目が同じで味が全く違う異世界があったではないか。
 いやいや、だが、アレはフィクションだ。
 『山何とかさんファイル』の一つに過ぎない。
 だが、この食材がその世界は実在すると言う他ならぬ証拠にならないか?
 アレは記憶が正しければ異世界召喚ものの漫画だった筈だ。
 確かその中において、異世界から最強の戦士を呼び寄せる事のできるカーマガン地方の領主が確か……。

「セルシア・マリクレール……」
「はい?」
 そうか。
 そう言う事か!

「化けたなあアアアッ! 名前が似てるからってセシリアさんに化けたなセルシアあああああっ!」
「な、なな、なんですのおおおおおおお!」
「何してるんだ、双禍」
「お兄さん、これはセシリアさんではなくセシリアさんに化けたセルシアだ!」
「は? え? 誰それ? よく噛まずに言えたな」
「返せー! セシリアさんを返せー!」
「だからなんなんですのー! わたくしがセシリアですわよ!」
「はっ!」
 俺は鼻で笑う。まさか未だに騙し仰せると思っているな!
「犬やパンダ、サル、アホウドリに加えてど根性エルフやリーゼントな豚にまで変身出来る貴様の事だ! セシリアさんに化けるぐらいどうと言うことはあるまいに!」
「またお前は何変な勘違いしてんだよ!」
「甘いぞお兄さん! このサンドウィッチぐらい甘い! というかこのサンドが証拠だ! お兄さんは料理にうるさいから、味としては的確に整ったこれには気付かなかったかもしれないが、考えてみるんだ、これはBLTサンドだ! 普通、一般的に考えて『バケツチョコヴァニラパフェ』の味がするわけが無い! セルシアが地元の材料を持ち込んでこっちで作ったんだ! あっちは食材の見た目と味が全然違うからな! さくらんぼがカレールーになるぐらい!」
「あっち、って何!? だからセルシアって誰だよ!?」

「え、えーと……良いのかな?」
「いいのよ、あの子偶にあんなふうに暴走するらしいから。見てる分には面白いし」
「私も先月、人間雪車にされた事があってだな……」
「あ、あはは……」

 ちょっとそっち! 談笑してないで加わってくれ! 今セシリアさんがどうしているか心配じゃないのか!

「もう一度食べてみるんだ! サンドウィッチなのに一部限られた特性パティシエにしか作れないパフェの味がする!」
「……え?」
 お兄さんは目を閉じてサンドもう一度食べる。
 先入観を抜けば、味覚にうるさいお兄さんにならすぐ気付くはずだ。

「……な、なん、だ、と…………!! た、確かにこれは、それなりに技術のあるパティシエにしか作れないほど綿密に織り込まれたパフェじゃないか! 俺だっておそらく出来ない。パフェとしては超一流の代物だぞこれは!? さっきは気付かなかったけど、先入観を抜かして食べたら、冷たくない……しかしこの味は、しつこく無く、かつ不思議と超絶レベルで美味しいし! って、双禍言ってるのアレか! あの話か!?」
「やはり、分かったか……でも思い出す切欠が食べ物ってさすがお兄さん」

「なんですのおおおおおおおお!?」
「そぉれ! 自分で召し上がれ!」
 ふふふ、味覚王と言っても良いお兄さんにまで言われては弁明もできまい!
 セルシアにも一つ食べさせる。

「あ、甘っ! ……あ、本当にパフェですの」
「ついに白状したなセルシア! 僕はこれよりセシリアさん奪還のために―――」
 次元移動呪文のかけらを集めるべく。

「エルフを脱がして来るぅぅぅあああああああああ!」
「待てここは地球だああああああああああああああああああ!」



 その後、昼休み一杯僕とお兄さんはバトっていた。
 内容はグダグだなんで割愛しておく。















 さて。
 俺の事を遠目に見ている4組の人達は、来るぞ来るぞ、という雰囲気が持ち上がる。
 まあ、そういうものだろうしね。



 今俺は、午前のペナルティとして授業準備として午前中、1、2組が訓練に用いて格納庫に仕舞っている訓練機を搬出中なのだ。
 んでだ。待機状態のISと違って、訓練機と言うのはちゃんと人が乗って〜、装着〜、機動! というパワードスーツらしき機動手順がある。

 と言う事はだ。
 普段の実習における訓練機の準備は、マルチプラットフォームスーツたるISをよいせと持ち上げ、運び、準備しなければならない。
 訓練機の移動は流石に重量があるため、専用のカートに固定して実行する。
 しかし、それに動力などと言う生易しいものは存在しない。
 強いて言うなら、動力『人間』である。

 まあ、似たような事を兄一夏が午前中に考えていたなどと知らない俺だが、まあ、これが生身にはキツい重量なのだ。
 基礎体力の向上を狙ってか、はたまた予算の軽減か。もしくはその両方か。
 俺としては知らない事この上ないんだが。
 基本、乗り込みやすいようしゃがんだ形のISなのだが、普通はその下にカートの出っ張りを差し込み、足で持ち上げ機のペダルを踏んで油圧で浮かし、それで運ぶのである。

 が。

「しょいやぁ!」
 俺はしゃがんでいる形の打鉄を片手で持ち上げる。
 え? だって俺の体IS義肢だし。パワーアシストどころか、パワーそのものである。

 この程度軽い軽い。
 しかし、ちょっとカートが遠いな。
 罰として午後の整備授業の準備を命じられた俺であるが、さっきまでお兄さんと戯れていたせいであまり時間が無い。
 幸い、1学年全クラス合同であるが千冬お姉さんはこの授業の担当ではない。
 千冬お姉さんとて、実践に居た人だ。個人でする分の整備は既に玄人の域にある方だろうが、整備の教育となると適正があるか、と言えば彼女自身否定するだろう。

 なので、遅れた際のペナルティで本気の死の恐怖を感じる事はあるまいが。
 それでも、急がねばならない。

 うちのクラスの一同は、我が剛力を知り尽くしているので、なんだか俺が重量物を運ぶ様をなんだか娯楽のように見ているのだ。今も、来た来た来たこれだーっ!
 と言う風に見られている。

 ほう、期待には応えねばならんな!
 ちょっとカートが遠いなら。
 もう一つ持てば効率は倍だ!
 残った手でこっちはラファールを持ち上げる。

 4組の歓声はいつも通り。
 他のクラスは……はぁ!? と言ったものだ。
「あぁ、よいしょっと」
 両手でそれぞれ、二機のISをカートに乗せる。

「アンタねえ、ちょっと、常識ってものを考えなさいよ」
 クラスメートの歓声を受け、カートを両手で一つずつ押してガラガラ移動する。
 そんな俺に声をかけてくれたのは鈴さんでした。

「うーむ。ま、これは僕の罰だからね。しかし時間が無い。出来る事はしなきゃね」
「何したのよ?」
「うーん。夢遊病?」
「ありえるわよねー」
 それは酷い。

「時間無いから御免ねー」
「あー、それは御免なさいね」
 と、謝罪した鈴さんが見たのは。

「次! 三機持ち上げますぜ!」
 張り切っている俺と。
 いけー! と盛り上がる4組。
「ちょっとは話を聞けえ!」
 飛び蹴りが俺の後頭部に炸裂した。
 首がいつもの俺的な意味で吹っ飛ばずにいたのは、本当に良かったと思う。






 さて。整備実習である。
 こと、これに関しては、1学年に置いて簪さんに勝る存在は無い。
 なにせ現在進行形で打鉄弐式の開発をしているんだし。

 と言ってもまだ1年。整備科に別れている訳でもなく、そんなに難しい事をする訳ではない。
 今日の科目は詰まる所、毎度稼働事に実施する基礎整備点検についてだ。

 ISには自己修復能力がある。
 大抵の損傷はこれで直ってしまうのだが、これは生物と同じで、ケアの重要性もある事を暗に言ってるわけで。
 運動した後ちゃんと筋を伸ばさないと翌日筋肉痛になってポテンシャルが落ちるのと一緒だ。
 キチンと面倒を見ないと———なんと言って良いかな、紐で言う『より』……いやもっと強く言えば『キンク』的なシコリが出来るのだ。

 それは、異常が無いにも関わらず動作の不和となって後々響く事となる。
 その状態でダメージを受けると、ダメージレベルCクラスのを受けた時同様、破損状態のエネルギーバイパスやらが破損状態を常態と誤認して構築し直されてしまい、正常になった時かえって異常をきたすようになる。
 こうなったらもうISをリセットするしか無く、自分の肉体同様であったISとの絆を失いかねない。
 まぁ、あれだ。
 健康的なIS養育はこまめなケアから、と言う感じだ。

 ますます生物染みた代物だよ、ISと言うものは。
 本来磨耗品であり、一定以上使用したなら交換しなければならない既存の機械に比べれば凄い飛躍なんだけどさ。

 なお、ISによるマスターへの最適化の進行が、人間で言う超回復のようなものだ。
 稼働時間が長ければ長い程ISとの一体感が増すのはそう言う訳だが……。
 俺は戦闘と言うより日常生活での最適化が順調に進んでいる。
 ……まあ、その顕著な例がトースターとして、と言うのが何ともアレなんだが。



 んで俺。
 ケア無しだと同じ様にボディに色々と蓄積されて行くのだが、俺の自在フレームを構築している精神感応金属は、変形によりそれを容易くリセットする。
 どうやらこの精神感応金属は、武器などに用いられ、変形、分子活動干渉、光子活性、収束など、思考速度に準じた素早い反応を示すため主として武器に用いられる『イヴァルディ』と、対して、自らを守ろうとする意思に反応して柔軟に変形し、柔軟で粘りあるため防護装備に用いられる事の多い『シンドリー』と言う真逆かつ、不可侵つーか拒絶反応まで出る精神感応金属のこの二つを、どうにかして合一させた合金、ぐ、ぐり、ぐりむりあ……?

『否、『グリンブルスティ』』
 おぉ、サンクスBBソフト。そのグリなんたらでできているそうな。

 まぁ、わかりやすく言うと、俺の肉体は精神感応金属であるため、確かに通常のIS同様疲労が蓄積するが、俺が休養をとり、すっかり疲労を取り去れば機体部分もまっさらの状態に還元されると言うチートボディなのだ。
 寝て起きれば目覚めに合わせて体も具合もバッチリ、気の持ち様で完全回復するのだから整備屋泣かせである。

 しかし、これは当然諸刃の剣であり、逆を言えば、俺が睡眠不足や過度の精神的ストレスを負っている状態では、どれだけケアしようがポテンシャルの回復を認められないと言う欠点でもある。

 同じ根性でも善し悪し有りけりだ。



 さて。
 ISのハッチを開けて、駆動パーツが消耗しているか、オイルや伝導物質、量子演算素材の劣化が見受けられないかなどをチェックして行く。

 冒頭で簪さんの名が出たのは、投影型ディスプレイでノウハウを教授している先生のフォローする形でだいたい一機につき4人で整備している訓練機を見て回っているからだ。
 なお、他の専用機持ちも、自分の機体の整備をするのは常識なので同様に巡回要員をしているのだ……お兄さん以外。

 お兄さんはイレギュラー的に専用機を手にしたものだから、当然整備法なんて知らない訳で。
 あ、のほほんさんや谷本さんと同じグループだ。
 あっちで恨めしそうに見つめている箒さんが怖い。

 なお、そのグループでは何とのほほんさんがリーダーである。
 まあ、一緒に打鉄弐式の開発グループだから実力はお墨付きだけど。
 ……のほほんさんまったりだから授業中に終わるだろうか疑問だ……。
 いい案配に力仕事をお兄さんに押し付けている女性陣。
 まあ、そうだわな。



「……で、ここは……」
「おぉ〜、なるほど!」
 で、何故か俺は簪さんの助手である。
 整備実力はお兄さんとどっこいどっこいの俺だ。
 それこそボディの自己復元能力に頼りきりな俺だからなあ……。
 なのに何故こうなるのか、と言うと。

「ねえねえねえ! 更識さんの機体ってどんなのなの!?」
「確か打鉄の発展型だって聞いたけど!」
「操縦技術どれぐらいなの? 代表候補生だって言うんだから凄いんでしょ?」
「ごめん、ここ、どうするんだっけ……?」
「あ……あうあうあう……ッ!」
「はいはいはーい! 質問は順番にお願いしまーす!」
 とまあ、以上のような役割である。
 以前より吃るのは減り、聞かれた事には応えられるが、このような女子特有のトークの津波には対処しきれないわけで。

 俺は、そんな風に一気に詰め寄られると狼狽えてしまう簪さんのインターフェース係、と言うことですね。
 あれか? 窓口係か。



「う……」
 次の班を様子見て。
 一気に簪さんが身構えた。
 なんぞや?
 俺も視線を揃えてみたら。それがまあ。
 暗い。
 何あのグループ、暗過ぎない!? と言うぐらい重い。

 そのグループだけを包むように空気が張りつめている。
 その中心にいるのは小柄な、銀髪の少女…………………………あれ?

 何でアイツここにいんの?



 知っている。いや、知っているも何も、俺の人生ではかなり古くからの知己である。
 我が怨敵にして幼馴染み……なんか用法的に矛盾する単語が並んでいるが実際そんな感じの相手だ。
 名をクードラドール・ゴルト。
 女の名前じゃねえよ、と言わんばかりの名前だが、本名がそれなので仕方が無い。

 俺より5センチ程背が低く……って伸びてる!? ほぼ俺と同じぐらい伸びてる!? 成長期か貴様!

 ま、まぁ……身長の事はさておいて。
 こいつの特徴はいつも目を閉じている事である。
 一時期、両目をバツ字に眼帯付けて「今の私はキリング・クーガーです。死になさい」と両手にエーテル結晶構えて襲いかかって来た事がある……そう、なんかコイツことあるごとに人を刺そうとして来るんだよ。マジで。

 初めて出会ったのは親父の研究所である。
 何でも篠ノ之博士の使いとして訪れるのがほぼ彼女の来訪理由であり、親父に何か渡したり貰ったりして使者としての役割を果たしていたのだが。

 しかし不思議なものだ。
 あの篠ノ之博士が、使いとは言え人間を傍においているなんて。
 クードラドールの方も篠ノ之博士を『束様』と読んで慕っている所を見ると中々関係は良好のようである。一体どんなマジックがあったのだろうか。

 で。そんなクードラドールと俺ですが。

 出会い頭に腹ブッ刺されました。それがファーストコンタクト。
 あの時は刺されただけなのに自在フレームの原子結合が分断されるわ消し飛びやがるわで死ぬかと思った。エーテル結晶ってな何だあの武装。

 さておき。
 何時でも腹ブッ刺しに来ようが返り討ちに出来るよう内心覚悟決めつつ、観察してみる。
 あ。ズボンだ。つまりパンツ転校生パート2。お前だったんかい。
 ところで、何でお前、今更IS学園に来てるんだよ。
 また、篠ノ之博士のお使いだろうか。
 入学してまでするような事なのかね? お前なら潜入し放題だろうに。それとも俺の息の根を確実に止めるべく傍までやって来たとか。あまりの感動に泣けて来るぞ。



 だから、見た目は気さくに超えかけてみる事にした。
「あれ? お前もIS学園に来たのか、クードラドール。こんな時期に転校とは珍しいなあ」
「…………は?」

 我慢しろ、我慢しろ俺。
 コイツが俺に対して素っ気なさ極限なのはいつもの事だ。
 感情を剥き出しにしたその隙に刺して来るのはコイツの常套手段である。
 くぅるだ。クールになれ、俺。

 って。
 あ。
 今更気付いたけど。
 こいつ、片目開けてるううううううううううううッ!
 初めて見たぞマジで!
 いっつも両目閉じてるクードラドールだが、今日は何故か左目だけを眼帯で隠し、右目はその瞳を空気にさらしている。
 ぶっちゃけ初めて見た。

 紅の右目。
 うわ、ルビーみたいで綺麗、と言いたいがメッチャ冷たい。絶対零度の眼差しである。敵愾心満点な瞳だ。
 この野郎、いつも閉じた目蓋の下で殺意たたえてやがったのか。

 よし、話題にしよう。
「しかし、初めて見たなその右目。いっつも両目閉じて隠してたからさ。いやはや新鮮。赤かったんだねえ」
「何の事を言っている? ……いや待て、『両目を隠している』だと? まさか……」
「どしたん?」

「双禍さん……? 知り合い?」
「んー? なんか反応がおかしい」
 簪さんが俺の態度が気になったんか、整備の教導を一旦区切って話しかけて来た。

「と言うか、貴様誰だ?」
 あれ?
 こう言う反応は初めてだぞ?



 だいたいいつもなら。

『おはよー。何してるんだ? クードラドール?』
『ああ、お早う御座います『斑の一番』。まずは死んで下さい』
『文脈の前後がまったく連結してねえ!? って危なぁッ!』

 な感じなのだが。
 本気で今の彼女は訝しげに片目をしかめている。



「えー……と、クードラドールさん、です……よね?」



 しーん。

 痛い沈黙がしばし続きまして。




「知らん。誰だそれは」

 決定的な一言が告げられました。
 あ、あれ?



「あ―――――――――……………………………………………………………………すいません。人違いでした」
「下らん。さっさと失せろ」
「あ……はい、すみません」









 これが、俺と。
 今朝、お兄さんと一悶着起こしたと話題の転入生、ラウラ・ボーデウィッヒの最初の会話なのでした。

 なあ、妹よ、多分お前も俺と同じで世界に同じ顔の人がいる我が妹よ。
 でもさあ、世界にゃ三人はまったく同じ顔の人が居るって言ってもよぉ!
 ここまで似てると間違えてもしゃあねえじゃねーか! 本気で! そう思うよねえ!

 ………………えと、ここの班での整備指導、どうしよう……。






 今日の外伝。

 昼の出来事である。
 一通りスッキリして落ち着いた簪は、IS学園前植林公園地帯で、本音とベンチに腰掛けていた。

「今朝……夢、見たの」
「ん〜。どんな〜」
「酷い夢……双禍さんと同じ顔した人が沢山いて……次々と淡々と、死んで行く夢……誰も、その事を気にも留めないの……」
「それって、そっくんじゃ無くて、おりむ〜って事だよね〜?」

 こくり、と簪は頷く。
 そりゃそうだ。双禍ではなく、一夏の顔を見て気分を悪くしたのだ。
 元より隠せるとも思っていない。

「もしかしたら、それって、相互意識干渉(クロッシング・アクセス)なのかもしれないね〜」

「え……?」
「そっくんもね〜あんまり夢見が良く無かった〜って言ってたよ? そっくんが見た、夢って事なんじゃないかな〜? ISを通じて、波長があっちゃったんだよ〜」
「双禍さんの胴体……抱いて寝たから……かな……?」
「……ぶ、部分炊き枕ぁ〜?」
 流石の本音も、その活用法はどうかと思った。
 せめて、頭抱いてあげないのかなあ、と。
「う、うん……ぎゅっとすると、ぷにぷにって……」
「感触の虜になっちゃったんだね〜。まるでクジラ目ハクジラ亜目マイルカ科シャチ属の浮き輪みたいに〜?」
「本音、そのネタ危ない……」
 なお、胴体限定でお気に入りの抱き枕にされている事を、双禍は知らない。



「でも……双禍さんは……本気で気にしたそぶりが無かった……」
「う〜ん……自分よりかんちゃんの事心配してたしね〜」
「え……?」
「今朝ね〜、連絡くれたんだよ〜? かんちゃん何かにショック受けてるって〜」
「うん……」
「だからね〜」
「なに、本音……」
「ご飯食べよ〜!」
「え?」
「ご飯食べて元気付けないと〜、そっくんが安心できないよ〜?」
「う……うん……」

「あとね〜。そっくんはおりむ〜に任せたから、二人で食べよ〜?」
「ちょっと……残念」
「晩ご飯も明日からもあるし〜、大丈夫、大丈夫〜」
「……うん」

 簪は気を取り直して、二人で食べるにはやや大きい包みを取り出した。
 中には、簪が手作りした弁当が入っている。
 大きいのは、双禍の食欲が半端ではないからだ。
 勢い良く食べられるのは、見ていて気持ちがいいものである。

「それじゃ……」
「いただきま〜す!」

 二人は、気を取り直すべく、弁当箱の蓋を開けた。

「あ……ッ!」
「おかずばっかりだ〜」

 その弁当箱の中身は一面おかずで埋め尽くされたいたのだ。
 これを食べるのは、少々胃に重い。

 これだけ油物を詰めたのは、全部双禍に食べさせる為だ。
 簪は、あまり肉が得意ではないのだ。
 この中の、僅かな野菜パート。まるで精進料理のような部分が簪担当だったのだから、精気を養う為とはいえ……というか、主食は?

「ご飯……双禍さん担当だった……!」
 苦しくも、双禍とほぼ同タイミングで『orz』った簪であった。

「こ、このカロリーは、大変だ〜」
「うぷっ……!」
「か、かんちゃ〜ん! 食べる前からノックアウトされちゃ駄目だよ〜!」

 その襲い来る油気とカロリーに食べる前から別の意味で込み上げるものを感じ、胸焼けを起こしそうな簪だったと言う……。


















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 ぼんやりと話のさわりだけを流した原作2巻編プロローグでした
 ……あの、今回の話ブラックでしょうか? 微妙にグロい冒頭だった訳ですが……。

 うちの山田先生は、実戦限定でYamada先生にクラスチェンジします。
 しかし、普段等は原作どおりなので、ほぼ見る事はできません。
 あと、緊張癖が強いので、公式試合では緊張して殆ど勝てません。
 あれですね。『コナン』の小五郎みたいなものです。
 あの人も、実戦だと、警察内でのトップクラス実力者を一本背負いで一方的に倒せるほど強いんです。まあ、角生えたw蘭ちゃんの父親だから納得といえば納得なんですが。

 でないと、幾らなんでも壁に突っ込んで敗北は無いんじゃないかなあ、と思うのです。
 
 
 
 そして、今回のメインは間話編に引き続きセシリアだったりするわけで。
 ただ、『不味い』じゃ彼女が不幸すぎる。
 でもでも、原作じゃ一夏もそれを言わないものだから、さらに気付かない不幸というのがセシリアには付いて回っているのです。何せ向上する事が出来ないのですから。
 そのため、他の二次創作では、作らせない、や自覚させるのも結構あります。
 でも、誰だって好きな人には何かしてあげたいと思うじゃないですか。喜んでもらったら嬉しいじゃないですか。
 でも、ここからスタートでは可哀そう過ぎる彼女の『究極の食品サンプル料理』を何とか生かせないかなーと思った結果(魔笑)。
 味は別物。ただし別なそれだとしたら一流の味になる。
 という感じに魔改造。

 まあ、個人的ツボなシチュエーションは、不味い事を自覚している料理下手ヒロインが捨てようとしている料理を無理やり食ってでも美味いという漢、という。ベタベタベタベッタベタにも程があるのが好みなんですが……。
 そうすると、一途な純愛モノでないと難しいのです
 だって、その形でセシリアを褒めたら、努力を積み重ねている箒や鈴が報われないからです。
 バランスむっずー! ハーレムモノは難しいですよ本当。

 さてさて。次回は『シャルルくんの災難的青春』でお送りします
 まだ、『シャルルくんの―――』なので、そんなに凄い事にはなりませんが。



余談。
 雑誌で、上遠野浩平先生がなんと、ラノベでもはや王道と言える
 『学園で男の子の主役が居て、周りに女の子がいっぱい』てな構図を書きたいとあったので
 ほほう、上遠野先生もついに流行を……なんて思いながら見てまして
 そう言えば、トモル・アド君もそんなかんじですが

 MPLS(異能力者)の学校かぁ、なんか世界観からしてグログロスプラッタしそうな雰囲気だなあと読み進めていったらですね
 あ、主役の名前ある、ハーレム主の名前名前は……っと。



 ん?

 は?


 主人公―――『才牙虚宇介』―――


 はあああああああああああああああああああああああああああああああああああっっ!!?

 上遠野先生、隠す気全く無ぇよこれえええええええええええええっ!!
 いや、びっくりギミックあるのかもしれませんけどね。



 グレイさーん! グレイさーん! 四人目だよ! まさかのグレイさん最後の同胞四人目が一夏ポジションだようわああああああああああああああああああああああああああああああああ―――いッ!

 と言うわけで、次回過去編を書く前にモチベーションが螺子くれまくりまくった九十欠でした
 いや、もう2話連載出てるけどまだ読んでないのよ。怖くて
 妹居るらしいけどさ、『宙』(そら)って名前だけどって本当それっぽいじゃねえかよ!
 つーか5人目か!? それとも単細胞分裂かおいあーもうわっかんえええええええ!
 なんか、消しゴム拾ってもらうところから始まる恋愛? とかなんとか

―――って二話ちらっと見たら枢機王までいるよおおおおおおおおおおっ!

 今月&来月、土日殆ど休みじゃない……
 ちょっと更新が遅れるかもしれません。過去編……。


 それでは。
 いつも読んで頂ける総ての方に感謝の意を。
 九十欠でした。



[27648] 原作2巻編 第 2話 シャルル君の災難的青春 ―感染拡大・浸蝕汚染―
Name: 九十欠◆82f89e93 ID:05c17143
Date: 2012/08/28 18:17

 更識簪の双禍観察日記———其のにー。



 その日は、午前座学で午後が整備の実習の日でした。

 朝に少し……凄すぎる夢を見たせいで、体調が悪かったのだけれども……最低限の機密保持のために、自分の機体の基礎整備が必須技能である私達代表候補生は、不慣れな学友達の監督役として見て回らなければならない。

 しかし、すんなりいかないのが学生の定めと言うもので。

 機体の事から私の専用機の事へ、果ては私個人の事から全く何の所縁も無い話題へ。
 話題が飛びに飛んでなかなか本題に進まない。
 まぁ、午前の稼働実習の時とは違って織斑先生がいないから開放されちゃっているんだろうけど……。
 何だかマネージャー的な事をしている双禍さんが居なかったら、私は結局何も出来なかったと思う。

 ……ふぅ、これが本来ならあるべき同年代の子なんだろうなぁ……と考えて、まるで自分が老けて居るんじゃ無いかという気になって少し凹んでしまうのだけれども……。
 見回してみると、本音はクラスメートと、彼———織斑一夏などと談笑をして居るのを見て———似たような境遇なのにこの差なんだから、結局の所、要領が悪いんだろう……とさらに気分が沈む。

 さて。
 本音は私の見た夢を相互意識干渉(クロッシング・アクセス)では無いかと推測したのだけれど……。

 相互意識干渉とは、IS同士のネットワークを通じて操縦者同士が意識が共鳴し、まるでテレパシーのように通じ合う現象で。

 発生事例そのものが極めて少なく、解明されている事が殆ど無い———と言うか、どうしてこんな事が起きるのか、と言うレベルで不明不明のIS謎機能の一つ。

 篠ノ之博士によれば、ISは自己進化機能を無制限に設定しているそうなので、IS自身が何かしらの意図を持って『必要』と判断した、としか言いようが無い。
 とは言うものの、ISに意思がある、という事そのものが、あくまで『らしい』と言うものでしかない。
 ISとのシンクロが高い値まで到達して来た操縦者が、ISと対話した、と語るケースがかなり報告されたからでしかない。



 でも、もし―――
 あれが報告に上がっている相互意識干渉なら……。
 アレは、自分が見た織斑一夏に対する負のイメージと過去に見たホラー的なモノの混濁などでは無く……。

 実際に、双禍さんが見た悪夢、という事になる。

 しかし、余りにもおかしいのだ。
 夢とは、過去の記憶の整理だ。

 例えアレが、過去にあった事でなかったとしても。
 類似する事態……。
 双禍さんが、死が無造作に頻発する環境下に居た経験があると言う事は間違いないのだ。

 あれではまるで……。
 収容所と言う名の処刑場だ。

 だが、それを見てショックを受けた私と違い、双禍さんはケロッとしていた。
 確かに、気持ちのよいものではなかったのか、呻いていたが、すぐに気を取り直して朝食のリクエストメニューを問いただして来たのだ。

 あれを見たあとすぐに食事の話が出るのは凄過ぎるのではないだろうか。
 それだけではない。
 彼は、余りにも実体感を持っていない。
 夢とは、明晰夢でも無い限り、どんな非現実的な内容でも、自分の体験として認識する。
 それは、夢の材料はあくまで自分の脳にしか無いからである。
 今回、それを共有した私も、それが夢の常識であるからそれを『体感』してしまったのだ。

 だが、余りに彼の反応は客観的であった。
 何かが、ズレている気がしてならない……。



 で、そんな彼は、放課後現在。
「打鉄なんて嫌いだ……打鉄なんて嫌いだ……打鉄なんて嫌いだ……」
「ええええええええええ!?」

 朝とはうってかわって物凄くダウナーな有様で、部屋の隅で踞っていた。
 打鉄なんて嫌いだ……なんて言いながら。
「そ……双禍、さん? 何があったの?」

「数の暴力こそ、日本社会に置ける苛めの元凶なんだよ。巫山戯んな民主主義、数が多い方が少ない方を弾圧するだなんて邪悪だろ無象共がァ……テメエ等コア引きずり出して便所の排水管理CPに転職させてやんぞ、アァ…………?」
「はい!?」
 そんな贅沢なISコアの活用法は聞いた事が無い。

 取りあえず聞いてみたが、反応は訳の分からない怨嗟の呟きだった。
 本気で何があったのか分らない。

「双禍さん?」
 もう一度聞いてみるが、彼は呪いの波動でも出しそうな勢いでブツブツ言っている。
「あっ!」
 そんな時に急に大声を出す者だから、私はビックリして固まってしまった。
「大丈夫! 打鉄弐式は、人の話聞かないし仁王像だけど良い奴だぞ!」

 ぐっ! と親指を立てて何故かハイテンションに戻った双禍さんだった。
「明日になったら見てろよこの量産型の訓練機共がぁ―――ッ!」
 なんて叫びながら部屋を飛び出して行ったのを見送る。
 うわあ、叫び過ぎだよ……。

「打鉄弐式が……仁王像?」
 時々、ISに関して双禍さんは変なことを言う。
 白式が白い帽子被ってるとか(ISが帽子……?)。
 たぶん。今回もそのようなものだと大して気にせず、彼を見送るのだった。



 今日、驚いた事はまだ二つあった。
 1組に転入して来た欧州の代表候補生二人のうち一人。
 ドイツ出身のラウラ・ボーデウィッヒに彼が気さくに声をかけたのだ。

 正直言おう。
 ノン・エアリーダーにも程がある。

 整備実習で彼女と同じ班になった生徒は気の毒としか言えない程、彼女の他者への拒絶は鉄壁であり、その周囲はまさに局所的氷河期そのもの。
 空気すら重くのしかかり、その空気を吸うのは肺に鉛を流し込んだような重圧が内腑から感じる程だった。
 よくもまあ、あれに突入出来るものだ。



 休憩時間に箒さんに聞いたのだが、今朝。
 彼女は自己紹介も極めて短切に、急に織斑一夏の頬を叩こうとしたのだと言う。
 転校と言えば、新たなる環境でのスタートだ。そんな所で仮にも参入するコミュニティの一員に攻撃を仕掛けるとは……。

 何の事は無い。彼女もノン・エアリーダーだったと言う顛末である。

 が、肝心な所は叩こうとした(・・・・・・)、と言う所だ。
 そう、織斑一夏の方も、彼女が教壇に登った時、既に随分と剣呑な雰囲気を醸し出していたらしい。

 知り合いなのかと聞いてみたら、そんな事は無いらしい。二人は初対面だと、箒さんは彼から聞いたそうだ。

 では、何故そんな事になったのかは分らない。
 だが、一目見合うだけで敵認定とはよほど相性が悪いのか。



 なにせ、聞いた顛末によれば―――
 手を振るったタイミングは自己紹介を終え、自らの席に向かう最中、通り過ぎ様だったと言う。

 さて、その時彼は———

 何故か持っていたおろし金で平手打ちを防ごうとしたらしいのだ。
 もし、おろし金に手が当たれば、ビンタどころか手の甲がずるっと行ってしまう。
 何とも理にかなった防御法だろう…………ってあれ?

 ちょっと待って欲しい。
 彼が料理上手なのは知っている。
 うん。あんな簡単な材料で作った煮込みうどんの味はまだ忘れられ……ああ、失敬。
 だが、何故朝のHRにおろし金を持ち合わせているのだろうか……?
 疑問が尽きない。
 もしかして、彼はいつ何時でも料理出来るように携帯調理器具を持ち合わせているのだろうか?
「あぁ、それだけではなく、一夏は常にソーイングセットも持ち合わせているぞ?」

 ………………箒さん。そんな情報はいらない。
 
 このご時世、私達よりよっぽど大和撫子なんじゃないだろうか彼……。
 男だけど……。
 そう言う教育を施した人を一度見て見たい気がする。
 うん。織斑先生じゃないよね。
 先生はどっちかと言うと、むしろ戦国猛将とか、そんな心構えを教育しそうな気がする。
 うん。謎だ。

 でも、どうしていつもおろし金を持ち合わせているか、と言う疑問を棚に上げても、疑問が無くなる訳ではない。
 
 初めから、どんな攻撃が来ようとも対処出来るよう身構えていたとしか思えない対応。
 初めから対象限定の常在戦場の心構え。
―――前言撤回。彼は確かに、織斑先生の弟だ。

 しかし、何故そんなに互いに敵視するのか。私達にはさっぱりわからないのである。
 その時のやり取りは―――

「私は認めない。貴様があの人の弟であるなど、認めるものか」
 と、見下す彼女と。

「テメェの面が気に入らねえ」
 まるで親の敵のように睨み上げる彼だったと言う。

 お互いとんでもない言いがかりだ。
 まるで、相手が相手として存在しているでだけでも許せない。そんな印象が一致していた———らしい。

 その後。
「その目が金色でなくてよかったな、赤ならまだ許容してやる」
「……ッ! 貴様ッ!」
 掴み合うかの一触即発常態になった瞬間。

「盛るな餓鬼共がッ!」
「ぶッ」
「がッ」
 二人はまとめて織斑先生に一瞬にして意識を刈り取られたそうで……え? 容赦が……無さ、過ぎない?
 うん。まあ、本気で暴れ出しそうになったら、織斑先生なら、そうなるよね……。
 流石にそうなれば敵意こそ消えずとも、行動は収まり、授業に移ったらしいのだけれど。



 やっぱりおかしい。

 そもそも、私は彼がこんな言葉遣いをしたのを見た事が無い。
 いや、伝聞だから実際見てないんだけれども。
 尤も、素と言うものはまだ殆ど交流の無い私が分っていると言える訳も無いが。
 そこに首をにゅっと挟み込んで来た鈴さんも、その点にはしきりに首を傾げていたのだ。

「一夏の言動としちゃ、違和感しかないのよねえ」

 幼馴染みである彼女達が違和感を憶えているのだ。
 彼は今、『常態』ではないようである。



 そして話を戻そう。
 双禍さんは、そんなわけで空気をギスギスさせている中心の片割れに気軽に声をかけたのだ。
 正直、凄すぎる。



 が、どうも、そんな真似をしたのは彼にも根拠があったようで。
 彼女を、知人だと勘違いしたのだそうだ。
 どうもその知人も、敬愛している義母に対しては敬愛全開のくせに、それ以外には淡々とつっけんどんなもので、別にあんな気配垂れ流しててもありだろうと判断したらしい。
 良かった、KYじゃなかったのか…………いや、まあズレてるけど。

 で、その知人なのだが……。
「いや、幼馴染みだねぇ。実年齢で一番近い家族以外だし」
 え?

 幼馴染み?
 え?
 
「ん? 簪さんにとってののほほんさんと同じだよ?」

 え?

「しかしまぁ、身構えんくて良かったよなぁ」

 幼馴染……。

「あいつ、気を抜くと腹刺しに来るんだもん。スリルがあるにも程があるんだよ」
 うんうん、と頷く双禍さん。
「ヤンデレ?」
「いや、アレであいつが俺にポッてたら世も末だぞ? そもそもマザコンで母親にデレッデレだからそれは無いと思うなぁ?」

 うーん……。

「関係無いけど撫でポって、あれ実は手の平から脳神経を汚染する特殊な微弱電波を放ってるんじゃ無いかとか思うんだけどどうだろう?」

 お腹を刺されても頭撫でてる?

「簪さん? おーい簪さーん?」

 うーん……。






 その翌日の日付。
 午前。実習時間。

 何故か、双禍さんは鼻息も荒く打鉄に向かう。昨日の打鉄に対する怨嗟に何か関係があるのかもしれない。

「覚悟せいやああああああ!」
 ぴょーんとばかりに跳び上がり、打鉄を纏う双禍さんなのだった。

 本当、打鉄に何があったんだろう……。

 どうしてそんなに気合が入るのかは分からないけど……やる気があるのはいい事である。

 しばらくして。

 二三度ピョンがしゃピョンがしゃ跳ねていた双禍さんは、何やらつかんだのかニヤァと笑みを浮かべて挙手するや。

「双禍・ギャクサッツ! 大回転エビ反り側転行きますッ」
「行くなぁ!」
 保健室の担当員でもある鷹縁先生が駆るラファールのドロップキックが双禍さんを吹き飛ばした。

 ぶれないなぁ。

 なお、かのようなアクロバティックな動きも、PICで重力制御するISには容易い事です。
 良し……色々聞いてみよう。



 その日の双禍さんは。
「あの打鉄……かっけェ……」
「…………えー」

 打鉄に対する評価が反転してました。

「……どう言うこと?」
「いやいや、そうだね簪さん。同じ打鉄でも個性があるのだよ。昨日の打鉄はクズ鉄と言って差し支えないけど、今日の番長打鉄は玉鋼と言ってもまだ過小評価と言ってもいい素晴らしい打鉄だったのだよ!」

 憧憬の眼差しで万歳している双禍さんでした。
 何なの? それ。
 あと、鉄質と同じ評価法で打鉄を評価しないで欲しい。



 ツッコミどころしか無い……んだけど。
 大体……。
「番長……って、何?」
「番長ってそりゃあ! ……あ、簪さん、番長の化身(アバター)見たこと無いんだっけ? ちょーっと待ってねー?」
 しばらく双禍さんは投影モニターを展開するや、幾つか操作———そして。

「はい、彼女」
 ヴンッと鈍い音を立てて映し出されるモニター。
 そこに映っていたのは……。

 長ラン。真っ赤なハチマキをたなびかせ、腕を組んで仁王立ち。
 その背を此方に向け、僅かに見える横顔は、ハーブを咥えてピコピコ振っている。
 彼女がいる舞台は真っ赤な夕日に彩られる———何故か荒野。

 レトロ。

 あまりにレトロ。

 でもしっかり様式美は踏んでる。うん。これはこれでイイかも?

 でも、これが『何か?』とは別なわけで。
「……………………これは?」
「どうしたんだい簪さん。形容し難い表情しちゃって……」
「……あの……これ……なに?」
「なにって、今日俺が乗った打鉄だよ? 命名、『番長』……ははっ、そのまんまだね」

 和やかに語る双禍さん。
「どっか……バグった?」
「…………ばぐ?」
「うん……なに言ってるか、全然分からない」
「ばぐー…………え?」
 双禍さんは大きく深呼吸。
 大きく吸って長く吐く。
 続いて周囲をキョロキョロと見回し、何故か髪を手櫛で梳き始める。

「簪さん」
「な……なに?」
 見つめられた。
 そしてただ、名前を呼ばれた。ただそれだけの筈だった。
 しかし何と言うか、普段の双禍さんなら決してあり得ない何とも言えない圧力があった。
 一歩、踏み出して来る。
「俺、バグって無いよ?」
 思わず一歩下がってしまった。

「俺、バグって無いよ??」
 ずずいと彼はもう一歩。
 合わせて私も下がってしまう。

「僕、バグって無いよ???」
 また一進一退。
 あ、壁だ。追い詰められた。

「オレ、バグッテナイヨ????」
 どんどん近寄って来る。
 目が瞳じゃない。
 まるで光学機関のように生気がない。
 これはとてつも無く怖い。

「う……うん! ごめんなさい! バグってない! バグってない! 双禍さんはバグってないから!」



「あー、うん。まぁ、そうなんだけど」
 耐えられず、悲鳴のようにそう伝えると、彼はひょこっといつもの雰囲気に戻った。
 あぁ、うん。
 これ、禁句なんだ……。

「……もしかして、簪さん、打鉄弐式と話したことないのん?」
「……はい?」

 話す?
 まさか、昨日少しだけ話題に上げたISとの対話が出てくるとは思わなかった。

「双禍さんは……あるの?」
「うんまぁ……何度か。でもやっぱり一番話すのはびゃくし———」

 え、ええええええええッ!?

「なっなななななななななななな!! そ、そそそ、それ本当!?」
「うぉああああ———どうしたのさ簪さん近い近い近い! 襟首掴んで振り回さんでえええええっ!」
 試しに質問したらとんでもない返事が帰って来た。



 ISと対話する。
 しかも本人の意識で明確に。
 挙げ句の果てには———

 他者の機体に、だ。
 まさか、脳と機体がダイレクトに繋がっているから半分IS化しているんじゃ……!

 しかし! それよりも!

「これが……打鉄と言うのなら……」
 レトロな番長スタイル(何故か男装)のブロマイドをじっと見て。
「ほ、他のは……?」
 そして私の打鉄弐式は?

 興奮が抑えられない。
 ISに意思がある。
 これが本当にこれで確証できるなら———

 ISとの対話。
 それが確たるものとして私も出来るとしたら……!

「ちょい待ってええええええええー! そのまえにふりまわすのやめてえええええええっ!」
「ご、ごめんなさい!」
 ちょっと我を忘れていたみたいである。

「今印刷するから」
 そう言って双禍さんは量子の光を掌に灯し……。
「今の所、対話まで行ったのは簪さんの打鉄弐式、お兄さんの白式、セシリアさんのブルーティアーズに打鉄番長、あとクズ鉄か。まだ鈴さんの甲龍とはコンタクトした事ないんだよね」

 クズ鉄って……昨日整備していた打鉄の事なんだろうか……?



 私が疑問符を浮かべている間に印刷が完了したようで。
 私は、そのブロマイド風に印刷されていたISを見せてもらった。

 一枚目。
 白い少女、一言で説明するとそれで済んでしまう女の子が、遠浅の真っ白な砂浜で佇んでいる構図だった。

 真っ白なワンピースで身を包み、満開の晴天の下、身をなでる風に帽子を取られないよう抑えている。

 清楚。
 深窓の令嬢という言葉が相応しい彼女の後ろには———

 彼女にはまったくそぐわない、無骨で剣呑極まりない同一規格の刀が沢山。

 雪片。
 織斑の名を世界最強に導いた刀が、剣山が如く砂浜に突き立てられているのだ。

 それはもう、何処ぞの赤い正義の味方の世界と見紛う光景。

「えー……なにこれ……」
 何というアンバランス、不整合。
 被写体と背景がミスマッチ過ぎる。

「これが白式。全ISの中で最もガサツで気性の荒———ぎっ……、ぎゃああああああああ止めろ白式ぃぃぃぃぃいいいいいッ!」
「双禍さ———んッ!?」

 一体何!?
 いきなりのたうちまわる双禍さん。
 よっぽど苦痛なのか頭を抱えて七転八倒。あ、起き上がった。
「ぜはーぜはー。あ、お見苦しい所を見せて失敬ですはい」
 その暴れっぷりに近づけなかったが、ようやく落ち着いたようなので駆け寄ってみると……。
「あの……大丈夫なの?」
「コアネットワーク経由で苦情文大声量で送って来おった。あんにゃろ、全部事実だって……う―――ッぎゃああああああああっ!」
 落ち着いた双禍さんは再び転がり回る。
 一体何が……白式って……まさか?



「ふぅ、ふぅ……次、ブルーティアーズ」
 そのご、ひとまず落ち着いた双禍さんが差し出されたカードには……。
 
「綺麗……」
 青い鍾乳洞……そんな図だった。
 滴り落ちる無数の水滴。
 水面に落ち、それ自体が輝く波紋……それが複雑に絡み合って描かれる曼荼羅のような文様……。

「うむ。これがブルーティアーズだね。思わずパソコンの壁紙に設定したくなる美しさだよね」
「本当……」
「ブルーティアーズは珍しい事に『主格』なる化身が存在しない珍しいタイプなんだ。言ってしまえばこの波紋全てが彼女なんだね。BT兵器搭載ってのが影響を与えてるのかもしれない。正に名は体を表すって感じになってる……お気遣いタイプの好い人ですよ? んじゃ、次行くね」

「うん……」
「これが簪さん本命のIS、打鉄弐式。その化身だよ」

 双禍さんに渡されたブロマイド……そこに、私の打鉄弐式が……。

 そこに写っていたのは、身をとことん絞りあげた尼僧だった。
 シンプルにしたサリーのようなものを身に纏い、御堂の中心に結跏趺坐で座している。
 静かに目を閉じ、浮かべている微笑みはアルカイック・スマイルというものなのだろうか。

「これが……私の……」
 そして背後に二体、彼女を守護するように構える仁王像。
 ……昨日の双禍さんの言っていた意味が分かった。
 でも、何故仁王像?
「なんつーか、人間なら血液型が間違いなくAB型だね。スッゲーマイペース。それでいて、ストイックで研鑽に撃ち込む求道の人だね」
「と……言われても……」

 自然と口調が硬くなっているのが分かる。
 正直、私は嫉妬していたのかもしれない。
 打鉄弐式は私の機体。
 今まで手をかけて来た事もあり、私が一番このこの事を知っている。
 そんな自負があったのだから。

 でも、この子の『意思』がある事が判明した。
 機能だけじゃなく、どんな事を考えているか知りたい……。
 そう思ったのだ。
 だから、私よりそれを先んじている双禍さんが羨ましく、少し妬んだのかもしれない。
 あぁ、いっつも私は…………。

「ふふふふ、実は打鉄弐式に習った技術がありましてな?」
 そんな私の態度に気付いたのか、急に双禍さんがそんな事を言い出した。
「実はマスターするまでは秘密にしようと考えていたのですがね? まあ、この際なんでやっちゃいましょう。実は打鉄弐式からパーツを返してもらったときにちょっとネタを教えてもらったんだけどね。シバきやがってあの仁王像…………と、何でも無い何でも無い。えーっと…………」
 双禍さんは何故か両腕を脱力させ、続けてブルブルと腕を振るわせる。
 続けて水平に伸ばすや、何故か左腕から右腕へ、またはその逆に波打たせたりする。

「何……してるの?」

「うむ。形状を変化させる装備を身につけたときの心構えみたいなものでね? 俺は全身これ精神感応金属なものだから、これは大変役に立つだろうと、型に填めない自由不縛なありさまとなれるらしいけど………………、えーっと、まーずーはー。己の形を確かめる。確固たるものとして自覚する。可能ならば、我が形は自由である。形など不変なるものなど有り得ない。ならば、我は自在に流れよう。流れにまかせ、己の望むままに―――己は自由である……定型などは有り得ない。想いのままに、形作ろう―――」

 じっと双禍さんを見ていると、波打たせている両腕がにゅるんと伸びた。

「…………はい!?」
「ふむ。元々僕のボディは純正精神感応金属、グリンブルスティなんで、今までも―――」
 そう言った双禍さんの右腕が元の形状に復元。
 しかし、その掌を突き破って剣が生えて来る。
 柄と掌を融合させたような形状に安定化。
 光子を纏って光の剣と化す。
「こんな感じで『福音の刃』とか作り出せたんだけどね? それじゃあくまで、形状変化、機能選択して使うってだけだったんだけど……」
 再度腕が変形、部屋中を伸びてグルグル巡り始める。まるで蛇の様だった
「本来、俊敏に変形、その変形そのものを『動き』に出来る『イヴァルディ』と堅牢性を学習して進化する『シンドリー』の性能を併せ持つ『グリンブルスティ』は俺そのものをレ●ドドラゴン・バーサーカー張りの万能的変形性をもたらせるものだった訳なんだよ。まあ、それを自覚出来るようになった訳だから―――」

 にゅるーんと、両腕が鋼色に変化しながらニュルリと私の元へ近寄って来る。
 ギョロリとカメラレンズが精製された。
「うそ、こんなものまで作れるの?」
『そう言う事だよ、簪さん』
 レンズの下に口が作られた。
 それが、呼気を放って本当の人間のように口をきく。
「ふっふふ、右腕で作ったからさながらサイボーグミギー君だね」
『そして、同様に左腕でも作れる故に』
 右腕の口が言葉を紡ぎ、それに従い左腕が枝分かれして、刃を形成する。
「まあ、更に両足もバネのように変形させられるから」
 双禍さんの両足が逆関節式歩行戦車のようにしなりを有する足に再形成される。
 まるでメタル●アの『●光』である。
「これぞまさに俺の新しいフォーム、『後藤さんモード』!」
「あはは……」
 彼のネーミングセンスはそのままのようである。

「でも、打鉄弐式がどうして……」
 自在合金を有していないのに、この技術を有していたのか。

「んー……多分だけど」
 言いずらそうに、双禍さんは前置きした。
 しかしこの形態は、カタチが彼の精神状態に大きく影響を受けるようで、困惑するようにウネウネ動いている。

「多分、未完成状態が長らく続いていたから―――彼女なりに、自分を、命令通りに動かす手法を模索していたんじゃないかな……まさにあの世界通り、求道の極みの人格だね」
 そう……なんだ。
 私が、あの子を長い間未完成のままで居たから、そんな苦労を追わせてしまったのか。

「でも―――そのお陰で打鉄弐式は僕のパーツを組み込んだ時自分に最適な形状をある程度自分で作り出せた。いやあ、元々の持ち主である俺よりも精神感応金属を使いこなしてね。うーん。これは俺としちゃ、ちょっとプライド抉られるけどね?
 だからこそ、それを置き換える形とは言え、打鉄弐式の完成は早まった。彼女の努力は無駄じゃなかったって事だよ。だから、簪さんはそれを誇りに思えども、負い目としちゃ持たない方が良い。彼女もそう言っているし。何より今、簪さんを俺が説得出来なかったら、今晩俺が仁王像に追いかけ回される」
「そう……なの、かな……?」
「そーゆー事」
 そっ……か……。
「うん。双禍さんが追いかけ回されないように……納得するね」
「そうしてもらえると有難いですな」
 へにゃへにゃ笑っている双禍さんに内心だけで感謝しつつ、話題を変える。
 この子について、もっと知る為に。
 印字されたものをじっと見つめ。

「この姿が、そのまま打鉄弐式の精神性……?」
「だね? 尼さんっていうより、仏様そのものかもね? 無条件では認めない。頑張ってる人だけだってのはね。ちなみに頑張らないと仁王像が色々ぶん回して来るし」
 なんか……仁王像繰り返してる……なんだろうね。
 よっぽど何かあったんだろうな、って思う。
「うー笑うなー」
「……だって……」
 失笑が洩れてしまったようだ。
 双禍さんの両腕は細かく枝分かれし、まるで千手観音さながらの姿になっていた。
 仏、と解説した彼がイメージしたのがそれだったのかもしれない。

「そんなに手があると操作も大変だね」
「いや、操作は簡単なんだけど、問題は別にあってね。こんなに多いと、一本当たりの『これだけあれば攻撃に対処出来る』『相手を攻撃出来るだけの攻性因子を乗せられる』ってぐらいの質量には足りないんだよねー。最低限の枝分かれ数があるからそれも限界があるんだよ。うんうん」
 なるほど。

「でも、今の姿、本当の千手観音様みたいだね?」
「え?」
「千手観音様ってね……本当は腕が40本しか無いんだよ」
「なにいいいいいいいいっ! あ……本当だ。BBソフトが画像データを……」
 しかし腑に落ちなさそうな双禍さんである。

「しかしそれでは公共広告機構に訴えられかねないのではないかね! 千手って言ってるのに四十手なんだし」
「うーん……それはね。千手観音様ってね? 本当の名前は千手千眼観音って言ってね?」
「………………目も千もあるの!? いや、さっきのに則って目も四十に違いな…………それでも多いっ!?」

 驚いている彼に、やはりまたも笑みが洩れてしまう。

「千手ってのはね? 手が千本あるんじゃなくて、『助けて』って言ってる人達の、千の手を取って助けることができるから付いているんだって」
 私がそう言ったときの、彼の表情は、おそらく忘れる事は出来ないだろう。



「手を取る……………………」



 それは、呆然としていた姿だった。
 どうして今まで、気付かなかったのか。という顔だった。
 自分が今まで何もしていなかった事に対する驚愕。
 …………昔の私が、一度してしまった顔をしていた。
 そのとき、何を考えるか、私は分るから。
 私は、知らない振りをして。

「千手観音の掌にはそれぞれ一つずつ瞳があってね。それが一度に二十五の苦しみを見つけ出して、即座にその手で救い上げるの。その腕が四十本あるから、千の苦しみから助け出せる仏様なんだって」
 そのまま、蘊蓄を続ける事にした。

 双禍さんの枝分かれした腕の先―――掌なのだろうか? そこに、センサーアイが作り出されている。
 本当に、寄●獣が沢山生まれているような様子で、ちょっと気持ち悪い。
 でも、嫌いになれないフォルムなんだよね……。
 これが、『キモ可愛い』と言うものなんだろうか……。

 ツンツン突つくとくねくね動く粘土のような自在フレーム。
 面白い感触……双禍さんのお腹の感触に匹敵するかも……。

 そこに———

「かーんちゃーん、お夜食食ーべよー」
 本音がまたもノックもせず乱入してき……。
 夜食!? 今から食べる気なのこの子!?

 その時。
 双禍さんの注意がそちらに向いたのに精神感応金属が反応したのか、形成された四十ものカメラアイが一斉にウネウネ蠢きながら本音に注目した。

 あ……まずい……。
 本音は、蛇のようなニョロニョロしたものが嫌いなのである。
 本音にとってベストはフワフワモコモコしたものらしい。

 それに対し、私は異を唱えたい。
 最高の感触というものは海棲哺乳類のツヤツヤな肌特有の弾力なのだ。
 これこそがジャスティス、異論は認めない。
 だからこそ双禍さんのお腹に私は釘付けなのだが……。

 本音はいつも満面の笑みで細めている瞳がクワッ! と開かれる。

 その目付きは普段絶対見れない程悪い。
 さながら趣味で探偵をしているウサギのようだった。

 そしてシンプルに一言。

「気ー持ちー悪いー!!」
 あ、倒れた。
 失神したのだ。
 本音は本当にニョロニョロしたものが嫌いなのだ。
 食べる時は鰻だろうが蛇だろうが食べるのに……あ、蛇を食べるのは家庭の事情なんだけど……調理前は許せないんだとか。

 倒れたままではアレなので、本音を抱き起こしたら、凶悪な目付きのまま白目を剥いて失神している……。
 そ、そんなに嫌なんだ……。



「シクシクシク……」
 え?

 振り返ったら、なんか形容し難い形になってすすり泣いている双禍さんだった。

「気持ち悪い……そうか、俺、気持ち悪いのか……」
「ぜ……全力で落ち込んでる……ッ!?」
 なんて豆腐メンタル!?

 慰めるのにその日一日掛かりました。
 本音の介抱も含めて、打鉄弐式のプログラム開発が微塵も進みませんでした……。
 うぅぅ……。






 さらにその翌日。
 双禍さんは非常に暗示に掛かりやすい事が分かりました。



 休憩時間。
 合同授業だった為に、遊びに来た本音が五円玉に糸を通したモノをぶら下げ———
「そっくんはー」
「ん?」
「どんどん眠くなーるー」
 ドサ。

「え……?」
 直ぐに倒れた双禍さんに本音は近づいて……。
「本当に寝てる~」
「「「えええええええええッ!?」」」
 周りでチラ見でもしていたのだろう。
 一斉に驚愕の声が立ち上がる。

「幾らなんでも効き過ぎよ! 早過ぎない!?」
「狸寝入りなんじゃ……」
「そんな事ないよ~? 私わかるもーん」
「本当?」
「バッチリ~」
 そう。本音同様、私も実家で人が本当に寝ているのか判断する術なら学んでいるのだ。
 人は意識があると如何しても呼吸をキチンと一定にできないのだ。
 如何してそんな事を学ぶのか……については聞かないで欲しい。
 私が確認しても……。

 すー……すー……。

 寝息が本物。確実に寝ている。
「ねーね~、そっくん? …………飛んでみて~?」
「ちょ……本音!?」

 果たして。
 すー……すー……。
 寝たまま彼は立ち上がった。
 身を、たわませる。

「誰か止めなさい! この子の自己紹介忘れたとは言わさないわよ!」
「あっ!?」
 そう、双禍さんはかつて機械化した肉体故の跳躍力で天井に突き刺さった事があるのだ。
 自己紹介のときだったため、我がクラスの一同にはそれが第一印象だったりする。
 そして、これはそれどころじゃない。
 本音は『跳んで』とは頼んで居ない。
 間違い無く『飛んで』の方だ。私は打鉄弐式のPICの機能だけを部分展開、地面に引き落とす様に発動。
 天井が無いのだ。激突はしないが、下手するとどこまでも『飛んで』行く。
 そう。人間は跳べるが、飛べはしないのだ。このままでは色々露呈してしまう!

 なんとか、彼が『飛ぶ』のは阻止しなければ!
 たとえ非常識だと思われてても、飛行だけは阻止しなければ!

 とっさにしがみついたのだけれど。
 しかし、スラスターが展開して無い打鉄弐式では推力が足りない!
 彼は元々、スラスターの無い機体。PICだけで高機動戦闘が出来るのだ。出力が違いすぎる!
「く……!」
 お願い打鉄弐式! 力を貸して!
 それに答えてくれたのか知らないけれど———

「ってきゃああああああああ~っ」
 双禍さんとそれにしがみついた私は、上昇しようとする推力と抑えようとする推力の拮抗の結果、まるでグレネード弾の様に放物線を描く事になり、頭から地面に突き刺さるのであった。
 これなら何とか大ジャンプに見える……痛い……頭がガンガンする……。
 こんなに頑張ったのに何故ギャグ調なんだろう……。






「成る程、純粋な心の持ち主である僕故の弱点と言うわけですかー」
 掘り出した双禍さんに状況を説明すると、そんな感じで反応が帰って来た。

「……言うと思った。どっちかと言うと、単純なんだと思う」
「簪さんが冷たい!」
 頭から地面に突っ込めば、機嫌も悪くなるよ……。

「さて、のほほんさん。今度は僕の番だ!」
「お~。返り討ちにしてくれよ~」
 催眠術を仕返すつもりなのだ…………早々上手く行くとは思わないけど……。
「ほほぅ……効かないとタカをくくってるな? ならばミュージックスタート!」
 その時流れて来るのは坂●龍一の『エナ●ー・フロー』だった。
 こんな機能まであるんだ……流石自称万能家電人。
「むむむ~!」
 言葉以外にも催眠をかける手法はたくあんある。
 成る程……リラックスさせて意識の隙を突こうと言う作戦……双禍さん、考えている。

「のほほんさ~んのほほんさ~ん、貴女はどんどん眠くな~る~」
 リラックス出来るミュージックの中、しかし流石にこれぐらいでは眠りに落ちない。
 しばらく双禍さんはゆらゆらと五円玉を振り、ゆったりとした声をかける。

「さ~あて眠る~よ~、はい、わんーつー、じゃん…………ごぉー……」

「「「かけてる方が寝た!?」」」

 双禍さんに催眠術は鬼門のようです。
 ちなみに、本音はエナジー・フローのリラックス効果で落ちかけてました。
 決して催眠術では無く……。
 そんな時また、鷹縁先生のフライニードロップが炸裂。
 彼女は足技が得意なようで。

 あ、本音は逃げた。
 うーん……何と要領がいいのか。
 少しずるく思ってしまう。

 とまぁ。このように双禍さんは変わらず発見の多い楽しい人です。

 ……今度、後藤さんモード調べさせてもらおうと思う、更識簪でした。



 追伸
 打鉄弐式と……話せるようになってみたいな。












 彼女と会話するのは久々だった。
 生活スタイルか、行動範囲か、はたまた単に巡り合わせが悪かったのか。

 俺に組み込まれた思考疎通装置は滞りなく彼女との会話を成り立たせる。

『しかし、お前の部屋に植物の女王が見えるようになってから通えなくなったからな』
「———あのねぇ、簪さんはお前見たら悲鳴あげんだから来んなっつてるだろ?」
『故にこそ出現するのが我等の本能と言うモノだ』
「何それうっざい」
 いぢめっ子か。

 ラグド・メゼギス。自然界の生み出した超絶的な突発優秀個体。の、Gである。

『我としても、身重の様でな? 産卵が近いのだから、自分の命だけではない故に、そう危険な行動はとれんのだ』
「人側としたら今の内潰さなきゃ行けないんだおろうなあ。でもまあ、産卵か。おめっとさん」
『自然の当然の摂理だ。別に祝うものでもあるまい。そうだな。孵化後、兄弟姉妹で共食いしないように産卵場所には気をつけないとな』
「殺伐としたお子さん達ですなおい……」

『生存競争の第一のライバルはやはり兄弟だからな……うむ。懐かしい』
「所詮虫だな。お前等」
『……? 人間の方がおかしいだろう。人間は親が死ぬ時子が骨肉の争いをするのだから』
「虫に言われると辛辣だよっ! というかお前虫のくせに人間観察凄すぎないかっ!?」
『しかし、親が子に受け渡すもの……か。とある蜘蛛は己の子の為に、自分の身を初めての餌として差し出すと言う……』
「凄いねえ」
『なに、それが彼らの本能なのだ。しかし、我も……』
「ん? どうしたんさ、ラグド・メゼギス。随分暗いぞ?」
『む、誰か来た。さらばだ』
「おーい、ちょっ、説明して……もう居ねえ。流石根絶不能とまで言われる家庭内指定害虫……。足音で人間見分けるって本当かね? アイツなら余裕でありそうだけど……」






「…………あ、君は」
 ラグド・メゼギスが撤退した理由…………それはシャルル君だった。

「どもー。双禍・ギャクサッツです。昨日の整備授業以来だねー」
「そうだね。えーっと……」
「双禍でええよん。あ。親父がこれから迷惑かけるんですみません」
「いや……本当すごい人らしいね。あれから僕も調べてみたけど。
 あ、僕もシャルルでいいよ」

 何故か立ったまま話す事になりまして。

「ジャンルを問わない天才的な技術者。ISコアを解明する者がいるのなら間違い無く彼だろうって言われてるんだよね」
「本人は科学者のつもりらしいけどね」
 どうも俺ら二人となると、親父の話ぐらいしかする事が無い。
 コミュ力低いなぁ。俺。
 実際親父は、褒められる目的以外で研究の成果を技術として提供しない。
 例外があるとすれば、『我が家』で必要な時ぐらいだ。

「彼の技術を独占できたら市場が一辺に塗り変わるって言われてビックリしたよ」
「実際、今世界を巡ってる技術で親父の関わってないのはほとんど無いしなぁ」
 然るに。

 先日の内にBBソフトで調べて置いたシャルル君の実家———デュノア社について思い出してみる。

 現在、第二世代ISの中で最新と言われるラファールを広めたシェア3位の大企業。
 使い易く汎用性ある機体なんて日本のお株を取られたようなもんだよね。
 どうして打鉄は近接偏重なんだろう。
 あれか。千冬お姉さんの栄光のせいか。
 日本人とて、もうサムライは風前の灯火だと言うのに難儀なものである。

 だが、フランスは欧州でまとまって何かしようぜってな感じの(BBソフトが警笛ならしてる。無視)イグニッション・プランからは外れてしまっているらしい。
 それと言うのは、フランス———つまりはデュノア社なのだが、新世代機の開発に行き詰まっているそうなのだ。

 どれだけ現在のシェアを大きく占めていても、先が明るくなければそりゃ表情も苦くなる。

 そもそも、ISの開発は銭子がたんと掛かる金食い虫なのだ。
 国家の支援無しには何もできない。
 国としても威信とかプライドとかあるのでそりゃ出しては来るだろうが、それで国営が傾いては本末転倒、打ち切りもあり得る。
 そうなれば———デュノア社は終わりだ。

 そもそも需要が五百機未満であるISのシェア上で利益を取り返すのは難行の道程なのである。大変だね。

 だからこその親父。故にこそのゲボック・ギャクサッツ。
 以前、ロシア開発施設崩壊にも何やら関わっているらしいので、二の足を踏まれていたのだが……。
 ついに形振り構わない状況まで追い詰められた、と言う事か……。
 シャルル君に不幸が及ばないよう祈るだけの俺であった。

「んで、親父捗ってる? 捗り過ぎてフランスの地図を書き換えるような事態にならなきゃ良いけどさ。うん」
「そっ……それはちょっと笑えない冗談だなぁ」
「んー」
 冗談じゃないのだ。笑えるものではない。これはマジレス。
「あと、機密に気を付けてね? 親父はどんなものも作ってくれるけど、逆に言えばフランスのもあっさり流出しかね無いからね?」
「……それはそれで……」
 困惑気味のシャルル君である。

「そういや、何か僕に聞きたい事あるの?」
「え?」
「いや、うちの親父がお宅に迷惑かけるだろうし、対処法でも聞きに来たのかと。来るかなーと思って、僕もデュノア社について色々調べたんさ」
 今までの知識はそこから来たものである。
 いや便利だBBソフト。
 コンピュータの知識の無いアナログ主婦でもペンタゴンに通販サイトのノリで入れます。
 デュノア社、とある係長の胃痛日記とか面白かったし。

 しかし固まっているシャルル君。
 如何したのだろう。
 うーん……。
 あんまりシャルル君の人柄は分かんないからな……。
 良し。久々に開いてみよう。BBソフトの『円滑な人間関係』……だっけ? 



『共通の話題でまずは気軽に語るべし』



 いや語るべしってもさ……。
 人柄よくわからんゆーとるだろうに。
 だから親父の話してたんだぞ?

 待てよ?
 確か、デュノア社社長について調べた時に———
 あぁ、これならば!
 俺はいくらだって会話のキャッチボールを続けられる自信がある!

「そう言えばさ、シャルル君ってさ妹さんいるでしょ?」
 妹へ傾ける愛情なら一晩でも語れる自身がある!
 シャルル君の妹らしき女の子が調べてる最中にでてきたのだ。
 顔つきがそっくりかつ、とっても愛らしい子で、きっとシャルル君も溺愛しているに違いない!

 まぁ———
 妹自慢が始まったら、我が愛妹への愛でもって全力で叩き潰すがな!

「え? 僕、一人っ子なんだけ———」
「まったまたぁ、こんなに可愛い妹さん隠しちゃって、確か」
 投影ディスプレイを展開。
 妹さんの映像である。
 あ。あんぐり口開けてる。
 そうか、余計な虫がつかないよう厳密にしているのか。流石は兄の鑑である。
 俺も見習いたいものだ。
 しかし、調べはついてしまっているのだよ、残念な事に。

 そう、名前は———

「シャルロットちゃんだっけ? 可愛いよねー。目元鼻元口元なんて全部瓜二つって言うか全く同じ? ってくらいそっくりだしさ。年も同じだし二卵性双生児とかかい?」
 いやー。シャルル君を女性だと勘違いしていたとき女性ならこの名前って普通、シャルロットだよねーと思ってたが。まさか妹さんがシャルロットさんだとは。そうだなあ、日本人なら、一郎、二子とかそんなネーミングだろう(双禍観点)。今時じゃないよね。まあ、痛いネーム付けられるよりはマシだけど。

「ぶうううううううう—————————ッ!!」
 シャルル君がいきなり吹き出した。
 何かが気管に詰まったのか思い切り咽せて咳き込んでいる。
「おおおおおおっ!? 無事かシャルル君、傷は浅いぞしっかりーっ! と言うか病気か? 何か持病があるのかそうかこれが癪か!? さすらねば、背をえーとマッハ2ぐらいで!」
「冗談でもゲホッ、背中がズル剥けるよ!」
「おぉう、失敬失敬」

 さて、妹さんがどんな娘なのか話題の種としてもらおうかね。
 しかし、帰って来たのは泣き笑いのようなシャルル君の顔だった。
 え? そんなに秘密だった……の?

「そうだね……ギャクサッツを甘くみては全てが嵐に呑み込まれる……本当にそうだったよ……馬鹿だなぁ……全く。もう、最初からばれちゃってたのか……」

 ん? どう言う事?
 妹さんもしかして隠し子とか? そう言う表にだせないのだろうか。
 だとすれば兄として悔しいに違いない。
 共感出来る! 共に憤れるぞシャルル君!

「僕はね……ギャクサッツについて色々探るために君に近づいたんだ……他にも色々命じられた事はあるけどね……」
 ふーん……。

「で、何を聞きたいんだい? 僕が知ってる範囲なら何でも教えてあげるけど……」
「………………え?」
「初めにも言ったとおり、親父にゃ機密って概念そのものが無いんだよ。まぁ、その実僕なんかよりも聞かれれば何でも答えるし熟知してるね、親父本人が。まったく隠す気無いし。その後お礼を言ったらとても喜ぶし、そうしたら? まぁ、喜びすぎて調子に乗らせたらとんでもない事が起きるから。んー、僕が取り次ぐかい?」
「どうして……僕の味方のような事が出来るの? 僕は情報を盗みに来たんだよ?」
 心底不思議そうなシャルル君。甘いぞ! ジャムパンより甘い! さっきも言ったが、我が家に情報規制はそもそもないし……(俺自身の秘密はあるが)。
「何故ならこの僕に敵は無い!」
 ババーンとか効果音付けたいね。



「敵は居ないって、そういう意味で言ったんじゃ無いけどね…………ありがとう、僕なんかに……」
「だーかーらー元々秘密でもなんでもないんだよ。そんな泣きそうな顔しない。もしかしてストレス溜まってた? 胃とか大丈夫? ちょっとまってねー」
 聞きたければ教えるのに。そんなに嬉しい事なんだろうか?

 んー。ちょっとこれは心労溜まってそうだなぁ。
 ちょっと診断かけとくか。
 ハイパーセンサー応用編!! 医療スキャン纏めてホイ!

 オーソドックスなレントゲンに始まりCTスキャンから音響三次元画像化装置までありとあらゆるセンサー的なものを一斉に用いて健康診断するまさに家庭に一つあると各種疾患を早期発見! 円満な家族を永らく続けられると言う機能なのだ!

 さて、妹さん関係で長年ストレスを感じて来たシャルル君の患部を発見、すぐさま緩和させなければ!
 ……………………………………って、あれ?

 ありゃりゃ?
 これは?

「…………どうしたの?」
 首を傾げているシャルル君。
「うっ―――」
 俺は涙腺が崩壊しそうになっていた。
 なんて―――
 なんて苦労をして来たんだシャルル君。
 不憫だ。
 不憫すぎる。
 俺が―――
 俺が今不満に感じている境遇をまさか、先天的に迎えているなんて―――
 俺は。
 俺は。

「僕はぁ! 何があってもシャルル君の味方だからね!」
「う、うん。ありがとう……でも、うわぁ! なんでそんなグズってるの!?」
「任せたまえ! この僕に!」
「ちょちょちょ、待って泣かないでよ!」

 人間、泣きそうになっている時に逆に目の前で泣かれると涙が引っ込んでしまうものである。
 シャルル君の境遇に―――くっそう。泣きたいのはシャルル君の筈なのに涙が止まらない。
 俺なんかが泣いても意味ないのに。

 そんな時は、テンプレ的に運悪くIS学園は人目があって。

「あー。シャルル君が女の子泣かせてるー!」
「なになに? 痴情のもつれ?」
「流石フランス貴公使ね。早速毒牙に掛けようとするなんて」
「泣いてるって事は破局!?」

「…………」
「………………」
 俺等は沈黙して見つめ合う。
 マズい。
 女性(脳は男)と男性(体は特殊)が居て、女性(分かってると思うけど俺のことね)が泣いている構図。
 女尊男卑の今日この頃、何があろうと男性に非が付いて回る。
 シャルル君の為にこの場のままはマズい。

「シャルル君。ここはちょっとマズいね」
「そうだね。双禍」

「じゃあね! 我が友シャルル君!」
「…………ありがとう、双禍、君も一夏も…………僕は優しい人達に囲まれて、本当に幸せだよ」
 お兄さんも何かしてたんかね?
 流石我が兄である。

 まあ、このままいてはあれなので。
 そのままシバッと二手に分かれる俺等。

「あ! 逃げたわ!」
「くっ! 早い!」
 ふふふ。通風口をかなり制覇した俺に追い付けるものなら追い付くが良い。
 シャルル君! 君はきっと助けるからな!






「簪さあああああああんっ!!」
 いつもより当社比ウン倍で通風口から飛び出る俺。
 オノレ女子パパラッチどもめ。
 新聞部の俺を追いかけ回すとはふてぇ野郎どもだ。あれ? 女だとなんて言うんだろう……? じょろう?

「ちょっ、待っきゃああああああ双禍さん!?」
 流石に驚くがもう慣れた簪さんである。すぐ気を取り直す。
「どう……したの? いつもより興奮してるけど」
 俺は。今の想いを告げる事にした。

「俺はシャルル君を!」
 彼を。
「助けたい!!」

 簪さんはそんな俺を見つめていた。
 うん……。と彼女は頷く。
 その視線の先には『うしお●とら』と、『デモン●イン』のDVDがあった。
 あー。うん、そんな心境なのね。
 そげぶ主人公のもあったのはご愛嬌である。
「…………で、誰だっけ?」
 そう言えば会談でちらっと見かけただけでしたね、簪さん。



 てなわけで状況説明。
 ……これはシャルル君のプライベートな問題なので、本来他の人に吹聴するのは俺の不義理となってしまうが。簪さんは信頼している。
 二人の面識は一切無い(実は昨日、昼休み屋上への会談と来邂逅してるけど、多分認識前に簪さんリバース入ったし)が、あとで僕が土下座してそこはなんとかしてもらうしか無い。パトリック・スペンサー版のをする予定だし、大丈夫だと思う。



「シャルル君が本当に不憫なんだよ……ちょっとスキャン掛けたけどさ……その体には、恐るべき秘密があったんだ……まさか俺が模倣している立場が本当になってるなんて……!」

「如何したの? うん…………何か、困った事があったら、助けてあげればいい……と、思う。私にも何か手伝えるかもしれないから、困った事なら言ってみて?」
 簪さんは優しい顔で俺に好きに言うように促してくれる。シャルル君。世界は優しいのだと言う事を俺は今実感している。あ、あとでお裾分けするんで待ってて下さい。

「うん、ありがとう簪さん…………実はね、男性でISが使えるって言うから、お兄さんと共通点無いだろうかとシャルル君に亜空間スキャン掛けてみたら……なんと……女性と比較してもなんら遜色の無い子宮持ってるのを見つけたんだ……! 骨盤も開いてるし。体脂肪率も女性の平均値よりやや低めなぐらい……男性でありながら女性化している肉体……! 俺みたいに形を変えてるだけじゃなくて、生まれつきだなんて……くっ、一体どんな葛藤を抱えてきたか、俺には想像もつかない……!」
 どんっ、と俺は己の不甲斐なさに憤る。
 そう。彼は性分離障害の一種なのだろう。
 双子(だと思うのだけど)の妹さんと二人で生まれ、きっと女性として生きて来たんだろう。
 だが、調べた結果、自分が男性である事を知ってしまった。
 だが目覚めたであろう男性としてのジェンダー。
 え? なんでかって? いや、仕草男性だし。そーかなーって。

 発覚しなければ、単なる一、優秀なIS操縦者ですんだと言うのに……。

 きっと、妹さんとも会い難いに違いない。
 でも、お姉ちゃんはお兄ちゃんだったのだ! なんて言いにくいだろうが!
 俺だっていや、実は俺お姉ちゃんだったんだよ。なんて事実があったとしたら……妹に言えないもん!
 つーかそれ俺の今の境遇の逆じゃん! 性別と違う生活ってすげえストレス来るんだぞ!
 簪さんとのほほんさんって言う協力者がいなかったら俺発狂してるかもしれんのだぞ!
 うぉおおおおっ! なんとかしなければ! この不憫な彼に、救いの手を!



「はい!? ……ちょっと待って……なんか勘違いしてるんじゃ……?」
「何が??」
 どったの? 簪さん。

「えーと…………その、シャルルさん? 1組の転校生だよね」
「うん。シャルル君はそのうえフランスの代表候補生なんだよ。そして何より二人目の男性IS操縦者なのさ! でも……体は女性なんだ」
「……………………あー……」
 簪さんは何とも言えない表情を手で覆う。
 ぐりぐりとこめかみを抑え。

「うん……双禍さんの好きにしたら良いと思う……でも秘密を知っている人は少ない方が良いよね。本音には黙ってる事」
 流石簪さんである。常識の足りない俺にとってはとても頼りになるものだ。
「うん。土下座以上ってなったら切腹しかないからねえ」
「……御免。なんの話か分らない」
「腹の括り方だね。ケジメの付け方って奴さ」
「……良く分からないけど、双禍さんの納得出来るやり方でね」
「おう!」
 ところで簪さん。何故か知らないし、口には出さないけど今の貴女、表情が会長そっくりですよ。



 これは、シャルル君が転校して来た翌日。夕食後の話である。
 この日から始まる一連の事件後、簪さんは俺にこう語る。
 流石の私もここは放っておいた方が面白いと思った、と。

 …………お姉さんそっくりですねと返した。
 それが記念すべき初めての喧嘩の開幕であった、とだけ言っておく。









 お姉さんそっくりと言えば。

「こう、じゃーと行ってざくっ! ぐぅわきんっ! と言う感じだ」
「ほーう」
 などと、要人保護プログラムできっと大阪にも行ったんだろうなってぐらい擬音まみれの箒さんのレクチャーを聞き流す。
 たぶん、これは箒さんの感覚をそのまま言っているのだろう。

 分ってたまるか。
 
 これに似たのが鈴さんがストレートに『感覚』といっているものだ。
 どっちも自分だけの感覚とは言え、確かなものとして掴んで振るっている。

 だが、これはあくまで自分だけの物なのだ。
 例えば、俺が見ている『青色』と、他の人が見ている『青色』は同じであると言う保証は無い。
 詰まりは『それ』を『青色』として判断出来れば良いのだから。
 ぶっちゃけた話が教師役としては落第点としか言いようが無い。

 と言っても、これは才能が大きく依るものなんだろう。
 よく、教師として優れいているものは、才能が無い人間だ、と言う。
 才能が無いから出来るように創意工夫する。
 その過程こそが、普遍的に誰にでも分るレクチャーへと繋がるのだ。

 箒さんは、女子剣道全国一の実力を持っている。
 おそらく天武の才を有して居ると言う事は間違いない。
 その上で研鑽しているのだからひとたまりも無いだろう。
 だが、当然そんな彼女の感覚は一般人にはまったく理解出来ないものなのだ。

 何故なら、人が悩み、積み上げる所を彼女は段飛ばしに分ってしまう。
 そこを伝えるのが困難なのだろう。出来て当然であるから。
 それを、人は才能と言う訳で。
 なお、鈴さんもその口だ。
 鈴さんはお兄さんと離れてからISについて勉強を始めた口なのだ。
 そりゃ物凄い努力の積み重ねがあったのだろう事は想像につく―――が。
 これまた才能の成せる技である事に間違いは無い。

 と、ここまで言うと何を言うか分って下さる人も居るだろうが。
 才能の天元突破。
 かくいう我が父、ゲボック・ギャクサッツならび、箒さんの姉、篠ノ之束である。

 この二人の会話を再生してみよう。



「いやー、ちーちゃんと電話してたんだけどね? 小賢しいのがにょろーんと端っこ伸ばして来たからぞりぞりぞりーってけずってぎゅーっとやってぽんっ! と行ったんだけどね?」
「んー? タバちゃんの場合ぽんっドころかズゴギュアっ! って感じだと思いますけど。小生はもっとスマートにぐるぐるぐるぐるとしましてそこを―――つんづん突ついてぎュりゅっとひねってズバァッット吸い出してぽんっ! と引っ張り出してみましたョ!」
「おぉっ! 流石ゲボ君。でも、ここだけどさ、ぐるぐるよりくぃぃいって反ってぷぅんっとやったらどうかな!」
「Marverous! こレはまだ見ぬ手管です! 感動的に素晴らしィ! さらにはぎゅっと行ってずんと足してみましょうか!」
「おおおおっ! いーねー!」



 …………これである。いや、最初のに至ってはどっちも最後ポンじゃねーかッ!
 はっきり言おう。何の話題で会話してるのかも分ったもんじゃない。
 何故対話出来るんだおのれら。
 何故かこのあとフォークダンスになだれ込むし。

 恐るべき会話の空中戦と言うべきものを目の当たりにした俺は咄嗟に録音したのだ…………。

 箒さん。流石、アンタちゃんと篠ノ之博士の妹だよ。そう言う所、そっくりだもん。うんうん。
 篠ノ之家って結構なんでも優秀な血族なんかね? こう見ると。

 と、いう訳で。
 打鉄弐式のコンソールに何やら打ち込んでいる簪さんに聞かせてみました。
 納得の一言を返してくれました。
「血は水よりも濃い……」
 で、言って落ち込んでました。
 多分、ブーメランしたんだと思う。

 さて。
 この間、何とか独力稼働が可能な域まで行った打鉄弐式なのだが、詰める所はまだまだあるのだ。
 特に『山嵐』―――多段式マルチロックミサイルの自動ロックオンプログラムは骨組みすらも出来ていない。
 他にも超振動薙刀『夢現』を福音の刃に改造してみようとか、抜き撃ち出来る荷電粒子砲『春雷』を掃射できるようにして群れたゴジ●ラスを消し飛ばすように暴れさせてみようかとか、計画を語り合うだけでも面白いものである。

 そして、俺経由で渡ってしまったゴーレムビームである。
 あれ―――『春雷』より火力でヤバいんだよね。
 アリーナのシールドぶち抜くから、ISのシールドでもヤバいかもしれない。同じものだし。攻性因子の乗せ方次第でISの絶対安全神話崩壊ものである。
 ただ、発動させようとすると腕が変形するしすぐバレる。
 そもそも、無人機兵器である為、腕が変なフルスキンになってしまうのだ。
 格闘戦には向かないし、長いんで。つーか夢現が持てない。



 さて、俺の腕をそれに変形させるとしたらー、なんて考えていたら、教師役がシャルル君になっていた。
 シャルル君は相手に合わせるのがとても上手なのだ。
 彼自身が才能があるのに相手に合わせて分りやすく教えられるというのも、さっきとは違うがこれもまた才能なのかもしれないなーと思いつつ。
 
 対して自分の不甲斐なさに溜め息をつく。
 
 お恥ずかしながら、シャルル君の助け方が未だに思い付かないのだ。
 今の所最有力候補は、外科手術による完全男性化なのだが。
 そりゃもう全力で拒否られました。
 うむ。どうも自分の感覚で居たから気軽に言ったが、やはり病気でもないのに体にメスを入れる事に抵抗があるのだろう。

 親に貰った体を大事にするのは大切な事だと思う。
 俺はどうもなー。元々の体が遺伝子劣化体だからそう言う倫理観が奈落の果てに落ち込んでるというか、育った環境のせいと言うか。

 と。簪さんに色々アイデアをだべりつつ、打鉄用実体シールドを振り回して遊んでいるときだった。

 シャルル君と一夏お兄さんが単一仕様能力(ワン・オフアビリティ)について語っていた訳だ。

 お兄さんのISには拡張領域(パススロット)が無い。
 その分、第一形態から単一仕様能力が発動出来るのではないか。シャルル君はそう思っているみたいだ。

 ISと操縦者の相性が最高になった際、自然発生する能力。
 厳密に言えば、ISが操縦者を深層心理のレベルまで理解して初めて発現する機能、それが単一仕様能力である。

 だが、零落白夜は厳密に言えば、『単一』仕様能力ではない。
 千冬お姉さんが過去に暮桜でも発動させている。

 そもそも、零落白夜は一般的な単一仕様能力能力とは発生のメカニズムが違ったらしい。
 白騎士―――千冬お姉さんの最初の機体―――だったんだよね。まあ、ISの開発は身内だけでやったと言う、どこにそう言う設備あったんじゃこりゃ———あぁ、親父の研究所か———な開発経緯があるんだけど。
 その白騎士と、暮桜。二つのコアが共同で開発した能力(アビリティ)だというのだ。
 そして、白騎士のコアは今、白式の中に居る。
 これ教えられたときはびっくりしました。
 お前が嘗て、日本上における、対ミサイル無双した奴か……。
 胸を反らして威張られました。
 
 なんか鬱陶しかったので、旧式という意味も兼ねて御婆ちゃんと言おうとしたら、全力で殺しに来ました。冗談でも言ってはいけない事がある。それを深く理解した。
 しかしまあ、成る程、とも思う。



 ここに、一つの立体があるとする。
 それは立方体でも、球体でも、錐でもいいだろう。とにかく、立体がある。
 それを一面から完全に立体を把握するには難儀な過程を経る必要があるのだ。

 先日シャルル君にした医療スキャンのように、一方から完全に把握するには多数の手段を用いて立体を把握する必要がある。
 それは、正直骨だ。
 多数のデータから複合的に導き出される一つの答えを割り出す必要があるからだ。
 まさに、対象なる立体の芯の芯まで解析(りかい)しなければ、答えは出ない。
 これが、単一仕様能力なのだろう。

 そして、零落白夜の場合。
 これは初めから違う。
 観測者たる核が複数あるため、異なる視点から同時に立体を観測すれば、少ない手段で立体の完全像を把握することができる。
 観測点がそれぞれ情報を常に共有する、という条件はあるが、こっちの方が現実的ではある。
 白騎士と暮桜が非限定情報共有(シェアリング)をより強固にしていた、というデータはここから来る。

 そして。
 情報を共有し、かつ同時に理解に努める複数個のISコア。
 当然、開発した能力は二つのコアがそれぞれ掛け持ちとなるのだ。

 白式は、この機能を多核開発仕様能力(プロジェクト・アビリティ)と呼んでいた。
 これは非常に有効だ。
 単一仕様能力のように、ただ一人、『この人とだけ発現する能力』とはならないからだ。
 最初に観測された一人に素質が近ければ発動する可能性が高い。
 千冬お姉さんと一夏お兄さんは姉弟だ。
 そりゃ出るわな。
 何せお兄さんはお姉さん大好きだ。
 その背を追い、近付こうとしている。
 憧憬とは魂を継承させる媒介である。
 親父がたまに言う言葉だ。
 そして、能力を発現させたコアを用いれば、お兄さんを見れば分るように、第一形態から能力を発現する事も出来る。

 ま、もっとも、この運用形態にも欠点はある。
 最初に一人が複数のISコアを独占する事だ。
 コアの絶対数が決まっている現状、この贅沢は厳しいものがある。
 確実に機能が発生すれば良いが、そもそも第二形態に移行しても殆ど能力が発動しない事が多いので、ISから見てみれば、主を補助するのに今まで有り得なかった機能を作る訳で。
 足りていたら作らないのかもしれない。
 
 そして、似た素質の人間を集めるのも大変だ。
 これを用いてなお、同機能が発生するのは骨髄移植並みに適合がシビアなんじゃなかろうか。
 これではリスクが大きい。

 まあ、束博士と親友である、という境遇が、こんな贅沢な機能発現に繋がったのかもしれない。
 それがお兄さんの元に渡った、というのはやはり実験も兼ねているのだろう。



 さて。
 んじゃ、同じく第一形態から単一仕様能力を発現させている俺はなんなのだよ。という疑問も出る。

 これははっきり言ってお手上げとしか言いようがない。
 俺はコアの形状からして異常なのだ。
 複数の球体がまるで房のように集まり、初期分裂期の卵細胞……まぁアレだ。
 筋子みたいなのだ。身も蓋もなく言うと……食欲が沸くね。



 俺が今一自分の事を図り兼ねていた時。
 おや? 周りが騒々しい。

 ハイパーセンサーを張り巡らせれば、何やらこっちをロックオンしているIS一機。

 マナー違反だなぁ。
 銃の引き金に指かけてる様なもんだぞ?
 識別———

 ドイツ製……シュヴァルツェア・レーゲン。
 操縦者。ラウラ・ボーデウィッヒ。
 ……おっ、コミュする気ゼロのクードラ・ドールそっくりな彼女じゃ無いですか。
 ふーん……ラウラって言うんだ。

 周りのお姉さんがたの声を聞くに、ドイツ製第3世代型ISの試作機(トライアル)ってところか。
 紫外線照射装置でもついてそうな非固定浮遊部位(アンロック・ユニット)がある。

 BBソフトに問い合わせてみる……おぉっ、かのAICの搭載機だと!?
 羨ましい……。
 どうして俺は食品しか止められないのか。

 と思ってたら何か彼女が一夏お兄さんに喧嘩吹っかけてる訳よ。

 つーかお兄さん怖っ!
 蝶●攻爵みたいな目付きしてないか!?
 お兄さんはどっちかと言うと槍使いの方だろう! キャラ的に。
 あ、敵食べてテンションあげた後再生できる方じゃ無い方ね。

 さて、よそ見している間に殺気がいよいよ張り詰めてます。一触即発ですが。

「貴様も専用機持ちの様だな。ならば話が早い。私と戦え」
「断る。戦う理由がねえよ」

 そう言いつつ戦意が凄く迸っていらっしゃるお兄さん。
 本気で戦う理由が無いのかってぐらい凄い敵意なんですが。

「貴様にはなくても私にはある。
 貴様が居なければ教官が大会連覇の偉業を成し遂げた事は想像に難く無い。だから、私は貴様を———貴様の存在を認めない」

 まさかの存在全否定!?
 …………しかし、ああ、あの事件の事か。
 確かにモンド・グロッソどころじゃ無かったらしいね。
 姉さんの状態がいまいち分らない事件だし。
 確か名を―――極彩色の大決戦? アレ、なんか違う。なんだっけ?

「だいたい———貴様もやる気だけはあるのだろう。踏ん切りがつかないようなら戦わざるを得ないようにしてやる!」

 うげ! あんにゃろこの密集地体でレールカノン撃つ気だよ!

 左肩にある砲口が紫電を帯びる。
 しゃあねぇ、というか、これってこれ以上無い見せ場じゃ無いか。

 特訓の成果、見せてくれる!

 全身各関節PIC出力細密調整!
 直立したまま———

 がつんッ!
 金属同士が激突する調べが辺りに響き渡る。

「なっ!」
 続いて発した音はラウラの驚愕。
 ちょっと気分が良かった。

 俺がやった事。
 それは、以前簪さんと色々語り合って時折特訓した直立不動のまま高速移動技術。
 PICだけは無駄にふんだんな俺だけが出来る演出である。
 そう。演出である。
 理由はその方が恰好良いから……じゃ駄目ですかね?
 簪さんはアイデア段階で大絶賛してくれたんだけど。

 さっきまで遊んでいたシールドで砲口を塞いでいる。
 金属音はこれをぶつけた音だ。
 恰好付けて言ってみよう。
響転(ソニード)だ」
 ※瞬時加速です

『よっしゃ成功!』
『特訓の甲斐があったね双禍さん!』
『おうよ!』

 簪さんからプライベートチャンネルで絶賛の声。まさに今の俺はドヤ顔になってるだろう。
 まあ、空気からしたらいまいち締まらない俺と簪さんですがね。
 この、立ったまま瞬時加速。
 しかし、簪さんにも成功例を披露したのは初めてだ。
 うん。成功してよかったああああっ! 緊張してたんだよ!
 基本は全身のPICの出力を等しく揃え、その上で移動用に加減調整をしなければ行けないから最悪スピンして吹っ飛ぶのだ。

「お前は、この間の……」
「や、憶えていてくれて光栄だよ。えーとラウラさん?」
「名前は?」
 あ、名前聞いてくれた。
 空気を破壊した甲斐がある。
 さっきのままの状態じゃ無言でそのままドカンとか有りそうだったし。

「さて。自己紹介を許可させていただきましたので致しましょう。Dr.核爆弾(アトミックボム)ゲボックギャクサッツが末っ子………………あ、今度映画に出る奴が居るから末っ子じゃねぇや。うん、末っ子から一個上。双禍・ギャクサッツと申します。彼専門の取材記者さ。以後、お見知りおきを」

「…………ギャクサッツ……そうか、生物兵器か、貴様」
 あれ? 淡々と流されるかと思ったら質問が来ました。

「そうだよ、僕双禍は、んー……一般人から見たらそうかも?」
 どうやら彼女は親父の脅威を知っているようだ。つまり、『Were・Imagine』との実戦経験が有ることを意味している……軍属か。
 シャルル君だけじゃなく、彼女も調べて見るか。何でクードラドールと似てるか分るかもしれないし。
 生き別れの姉妹とか無いよなあ。

「そうか…………くくっ、あの科学者の創ったものか……」
「…………あれ?」
 思考の最中だったが、彼女は動いていなかった。
 おんや? 笑ってる?

「つまり! ISが無かろうと遠慮はいらんという事だなァ!」

 一直線に俺の顔面めがけて飛んで来るワイヤーブレード。
 矛先が俺に変わったしーっ!
 ええええええええっ!? 親父彼女に何したのおおおおおおッ!?
 ええいっ! 直立したままではないものの再度PIC微調整開始!
 
「残像だッ!」
 ISのハイパーセンサーを用いてないものにはワイヤーブレードが顔の真ん中を貫いたように見えただろう。

 その瞬間には『弧を描いて瞬時加速した』俺が、ラウラの背後に到達する。
 PIC盛り沢山だとこう言うのが出来るんだよ!
 常人がISでこれやると全身の骨がバッキバキになるらしいがな!
 魔金太●みたいに後頭部から一撃食らわしてくれる!

『駄目! 双禍さん!』
 プライベートチャンネル越しに簪さんの警告が上がる。
『え?』
『同じ技一辺倒での行動は対策とられるフラグ!』
―――しまった!

 これは……『新必殺技は登場したときが最強』の亜種法則かっ!
 しかし、既に俺は行動後で体が硬直してしまっている。
 RPGでいう、ターン終わり。さあ攻撃来いや状態である。
 そこで何と、ワイヤーブレードは行った道を折り返し、微修正してラウラの顔の横を突き進み、背後に居る俺に突き進む。
 げ―――

 しかし、どうやら今回は、運が良かったらしい。

 ガィンッ!

 ワイヤーブレードが間一髪のところで物理シールドに弾かれる。
「た、たた、助かった……」
「いくら凄い動きが出来るからって、生身なんだから無茶しちゃ駄目だよ!」
 フォローしてくれたのはシャルル君でした。

「……こんな密集地帯で、しかも生身の人間相手にISで攻撃を仕掛けるなんて、ドイツの人は随分沸点が低いんだね? ビールだけでなく頭もホットなのかな?」

 言いながら同時にシャルル君はアサルトカノンをラウラに突きつけていた。
 うわっ、武装呼び出し早いなー。

 しかし、シャルル君凄い表情。
 何つうか、痛烈と言えば的確。
 涼しげに、だが嘲るような表情である。普段の優しいシャルル君はどこ言ったんだろうって顔だ。
 が、それを飄々とラウラも受け流し。
「フランスの第二世代型(アンティーク)ごときで私の前に立ちふさがるとはな」
 うわー、すげえ自信。
「未だに量産化の目処が立たないドイツの試作第三世代型(ルーキー)よりは動けるだろうからね?」

 返すシャルル君も涼しげだ。
 ここに、畳み掛けるように援護してみよう。
「加えて言うと、僕のログには今の行動が全部記録されてる。これを織斑先生に提出したらどうなるかなー?」
「…………ッ! チッ、今日の―――」
『そこの生徒! 何をやっている! 学年とクラス、出席番号を言え!』
 あ、何か言いかけた所で騒ぎを聞いてやって来ただろう担当先生の声でかき消された。
 おそらく負け惜しみに違いない。
 ふはは、この世でほぼ最強なのは権力なのだよ。



「ふぅー。大丈夫?」
 吐息をつくシャルル君。
 ラウラがアリーナゲートに帰ってしまってから、心配気な一言だった。
 硬直が解け、落下最中に抱き止められました。
 別に落ちても大丈夫なのですが、無粋なので黙っておきますか。
 いや、さっきと表情全然違いますね。まるで日向のような優しい笑みです。

「いやはや助かりました。お礼に気になる子がいたら言って下さい。ベストショット撮って来てプレゼントするんで」
「いや……間に合ってるから大丈夫だよ」
「そう。遠慮はいらんぜ!」
「いや……あの、本当に結構なんで……」
 遠慮はいらんと行ってるんだがね。昔の日本人並みに遠慮深い人だね。

「おー。大丈夫か、双禍。いや、あの動きにはビックリしたけどな。まあロッティとかアンヌの御同輩ならありえるか。でも無茶すんなよ―――IS相手には、さ」
 かなり心配そうな顔でお兄さんにも声掛けられました。
「そういう一夏も、いつでも刀を抜けるようにしてたでしょ?」
「む……」

 そうだったのか。
「以後気をつけますわ」
「ところで双禍、お姫様抱っこだなんて良い身分ねえ」
 と、ここまで無言だった鈴さんが俺をちょっかい掛けて来た。

 そう、俺は今、シャルル君にお姫様抱っこされているのだ。
 抱きとめられてそのまま。なんて自然な。あなたにとってこの姿勢はデフォルトか。
 一夏お兄さんの言っていた、貴公子の綽名は伊達じゃない。
 俺もそう呼ぼうかな?

 しかし、男に抱かれても嬉しくも何ともない。

 なおもからかって来る鈴さんにがーがー反論しながら飛び降りる。

「しかし、なんか、デュノアの後ろで虎の威を借る狐みたいだったわね。双禍」
「うるさい。虎の威を借る狐の狐は実は凄いんだぞ、誤った故事認識だぞそれは!」
 狐が虎の威を借り、脅かした相手は他ならぬ虎なのだ。
 ス●夫がジャ●アン使って威張り散らしているのとは違うのだ。
 俺がそうなりたいと思うものの一つである。
 己が最強である必要は無い。
 最強を脅かすには最強自身の牙を持って脅せば良い。
 何とも素晴らしいではないか。
 
「知らないわよ、そんなの」
「鈴さんの国の故事だと思ったんだけど……? 『一応』、男性に守られる女性と言う今時珍しいシチュエーションに対する嫉妬かね? 今晩当たり僕を自分に見立てて、シャルル君をお兄さんに、見なして妄想でもするんだろうに。ちがうか―――」
「なっ! ななななに言ってんのよアンタ!」
 うわ、図星突かれたからってISで攻撃して来んなよ! だが、さっきの通り。

「無駄だ!」
「あっ! コラ何避けてるのよ! 当たりなさいよ!」
「無駄! 無駄! 無駄! 無駄! 無駄だ! ハート好きな吸血鬼じゃないけどさ。つーか当たったら死ぬだろそれ!」
 まあ、当たったら俺のシールドが減るだけだけどね。
 まあ、内心イメージでは劇場版ピッコ●さんの、腕を組んだまま敵の攻撃をかわしまくる超恰好いい図のつもりだ。



「ぜひーっ! ふぅーっ! おのれちみっこでも流石ゲボックさんとこのね。人間離れしてるわよ」

 ちみっ……。

「数ミリデカイからってデカイ面すんじゃねえよ! ビニールチューブ!」
 他人のコンプレックス突いて良い奴わぁ! 自分の突かれる覚悟がある奴だって事だろうなぁ、あ゛ぁ!?
「ビニールチュー……へぇ? 死にたいのねアンタ。今なら苦しんで死ねるわよ、良かったわね」
「あれー? ビニールチューブって言っただけなのにどうしてなのかなー? 僕より数ミリ大きい人や。あ、自分でなにかずっと気にしている事でもあるのかなー? 僕わかんなーい」
「………………」
「………………」

「「よしブッ殺!」」

 不毛な死闘が始まった。
 コンプレックスを突き合ってもお互い心にダメージを受けるだけだし、何の解決にもならんしな。

「ちょっと待って待って! 何で今度はこっちで喧嘩始めるのさ!?」
「鈴も双禍も落ち着けって!」

「なぁ……セシリア……どうする?」
「今日はなんか疲れますわ」
「…………というか、最近、皆なんかぴりぴりし過ぎ……」
「一夏がまずおかしい……」
「…………双禍さんはなんかそれに感化されている気がする」
「少なからずわたくし達もその影響を受けているのかと」
「そう言えば、簪はさっきから何をしているのだ?」
「打鉄弐式……専用機の調整……」

「「「はぁー」」」

「ちょっと、そっちの三人! 傍観してないで手伝って!」
「だがな、デュノア……」

『こらああああっ! そこの生徒! 性懲りも無くまた何をやっとるかああああ!』



 怒られました。



「さて、今日はもう上がりー」
「双禍さん……このあと、どうする?」
「うーん……。まず食事しよっか。その後、彼女のどこ調整するか考えよう」
 彼女とは、当然打鉄弐式である。
 どうも意識が有る事が分ってから、簪さんはより愛着を抱くようになったようで。
 …………いや、嫉妬は無いぞ。

 無いったら、無い。

 元々、彼女達はお互いが一番だ。
 外様の俺は入る余地など有りはしないのだから。

「うん」
「んじゃ、お兄さんの方にも声かけて来るよ」
「……お願い」
「かしこまりー」



 なんで逃げるように簪さんから離れたのかは自分でも良く分からんが、お兄さんの方はお兄さんでなんか揉めてまして。

 なんか、お兄さんがシャルル君と一緒に着替えたいらしい。
 なっ!
 シャルル君になんて苦難を! 知らないからってそりゃ無いだろう!
 と言いたいが実際お兄さんにも隠しているのだろう。シャルル君の苦難に満ちた日常が余裕で脳裏に浮かぶ。

 シャルル君がおのれの女性的な肉体にコンプレックスを抱いていない訳が無いではないか!

 仕方ない。助力しよう!
 俺は男だし。

「あのさあ、一人が寂しいってのは分るけど……しゃあねえなあ、僕の脳は男だから、付いてってやるよ」
「こ、コホン! …………どうしても誰かと着替えたいのでしたら、そうですわね。気が進みませんが仕方ありません。わ、わたくしが一緒に着替えて差し上げ―――」

 似たような事を言っている人がいた。
 まあ、セシリアさんは女性だけど、お兄さんは朴念仁だから大丈夫か。
「あ、付いてってくれる人が居るならどうぞどうぞ」
「ま、まぁ! それはありがとう御座います」
「そのかわり、今度からはちゃんと一人で着替えられるよう指導をお願い出来ますか?」
「ええ、畏まりましたわ双禍さん! この、セシリア・オルコット、全身全霊を込め、つきっきりで教育してみせ―――」

「俺は子供かぐえっ!」
「はいはい、アンタはさっさと着替えに行きなさい」

「ほ、箒さん、首根っこを掴むのは―――」
「こっちも着替えに行くぞ、早く来い」

「右腕部分展開で頭ごとはちょっ―――」
「………………はしたないのは、駄目」



 三者三様でズリズリ引き摺られて行く俺ら三名であった。
 簪さん、俺は男だから大丈夫な筈なのに、何故だっ!?
『世間体』
 プライベートチャンネルで突っ込み。ハッ!? 心読まれてる!?

『ねえ、一夏が、幼馴染みってジョブには首引っぱりってスキルがあるかって言ってるけど。どう?』
 まるでお兄さんだと深刻になっていたら。
 なんかどうでも良い事を白式が聞いて来た。
『知らんけど、簪さんものほほんさんって幼馴染み居るからあるかもなー』
 と、返した見た所。
『ふぅン』
 そんだけかっ!
 しかももう用無いんだ。

 帰って行く白式の気配を気分だけで見送り、そしてふと思う―――しかしそうなるとあれか。
 幼馴染みと言えば、俺の幼馴染みでもあるクードラドールもそのスキルあるのか。
 あいつの場合。むしろ密林のジャングルで頸動脈掻き切りスキルの方が有り得そうな気がする。



 しかし、結局なんかそのままバラバラに解散してしまったのだが。
 このグループはなんと言っても一夏お兄さんが中心な訳でありまして。
 なんか書く書類があるとかで、山田先生に引っ張られてお兄さんが一同の輪から外れてしまうと、あれ一人、また一人と自然解散してしまうのであった。
 女の友情ってこんなもんなんかね?
 というかライバル同士だからだろうかね?

 しかし―――
 シャルル君問題。
 妹のシャルロットちゃんも心配だ。
 あれだけ宣言しておいて、何も案が思い付かないのは人としてどうだろうと思うのだよ。
 俺ながら情けないぜ!

 なんて一言一句違わず冗談混じりにではあるが、夕食で簪さんに言ってみたら。
「……なにより、本人が何をして欲しいのか決めないと何も出来ない。……私達がよかれと思っても、デュノアさんにとって迷惑な可能性もあるから気をつけないと」
 成る程!
「流石簪さん助かりました。流石ですな。んじゃ、俺は食後に聞いてくるわ」
「うん……整備室に先に行ってるね」
「ふはははっ! ちゃっちゃと解決して参上しますよ」
「調子に……乗っちゃうんだろうなあ」

 何をおっしゃる簪さん? この冷静沈着な双禍・ギャクサッツの辞書に、調子に乗るなんて文字、ペンで塗りつぶされてるわ!









 ごちそうさま、と完食後。
 さて、シャルル君は確かお兄さんの部屋だな。
 当然だが、男同士だし。
 しかし、そこまで常に一緒に居ると、体のコンプレックスで辛いだろうなあ。
 さっきの件を見て分る通り、お兄さんは男同士の付き合いは裸で心根から分り合おうぜ! 見たいなちょっと古めかしい所が有るからなあ。スキンシップ図って来るに違いない。
 醗酵臭上げてる女性には恰好の的だ…………シャルル君の胃が更にマッハだよ……。

 いっその事せめてお兄さんには明かせば良いのに。

 ま、その辺も含めて聞きに行くか。



 さーて。
 例の如く通風口大行進中で有りますが。
 一つ、問題に突き当たりまして。
 お兄さんの部屋には二つの通風口があいている訳なんですが。
 正解はリビングなんだけど……。
 どっちだっけな……?

『ちょうど良いところに居たな、友よ』
 あ、Gだ。
「……お、また会ったな、ラグド・メゼギス」
 この近辺で会うのは珍しい。
 だいたいこいつがいるのは食堂近辺である。
 俺がそっちにいかない理由は、通風口で汚れた体で食堂に入る事をお兄さんに厳しく躾られたからだ。
 『灰の二十七番改』が清掃しているから汚なく無いんだけどなぁ。

 ———いや、大切なことは精神的衛生度だ。たとえ本当は綺麗でも、汚なく思わせることをしたらそれはアウトだ。
 よし、手を洗って来い。

 まるで親子である。

『ふむ。最近は巡回パターンを変えているのでな』
「何でまたそんな事してるんだ?」
『子供達への縄張りの分配を考えているんだよ』
「………………へぇ」
 子の事考えるGって、人類にとって新たなる脅威では有るまいか。
 ところでだよ、子煩悩な虫って……なんかキモイの多いよね。タガメとか背中に卵がびっしりとか。
『少し、話があるかいいか?』
「んー。これから別件あるからそれからで良いか?」
 先約が優先。
 これはマナーだと思う。
『……良かろう。付いて行く』
「…………止めた方が良い、これから行く部屋には最早熟練のSYUFUが居るぞ」



 お前の天敵だ。
 ラグド・メゼギス以外のGを発見したときのお兄さんは何処からともなく得物を取り出し。
「零落白夜(スリッパ)」

 スパァ―――ンッ! (ぺっしぃん)

「うぉっ!」
 なんてこったい。
 千冬お姉さんに消し炭にされても可笑しく無い、スリッパなる巫山戯た剣閃をひらめかせ、一撃で撃破したのだ。
 巫山戯ているのに、雪片振るっているときより様になっていると思ったのは俺の気のせいだろうか……?
「双禍。一つ教えてやる。奴らと戦うに留意しなければ行けない事……それはな? 決して潰さない事だ」
「………………ん? うぉおお! 中身が飛び出ないぐらいの絶妙な力加減で絶命させてる!?」

 いや、その剣戟対人戦で使えば勝てるんじゃね? って技の冴えでした。



 てな事を伝えた訳ですが。
『心配は無用だ。お前の懐で待つとしよう』
「おい待て、いくら俺でも服の中に虫なんて、特にお前はああああああああああッ!」











 シャルル・デュノアは嘘で固められている。
 まず、名前が紛い物だ。
 本名はシャルロット・デュノア。
 そして、妹などいない。

 二人目のIS男性操縦者でもない。正真正銘生まれたときから今に至るまで女性である。
 そして、この学園に来て。
 誰にも優しげな態度で接しているのは、本命―――

「ッ……」
 シャワーを浴びながら、彼女は負のサイクルになる思考を首を振って断ち切った。

 少なくとも、自分がここにいられるのは時間の問題だ。
 双禍に―――ギャクサッツにバレてしまっている。
 実際のところ、勘違いして認識されているのだが、それはシャルロットに分かる訳も無い。
 二人とも揶揄する単語のみで会話した弊害である。

 問題は―――彼女がそれでどうするつもりなのか、だ。
 表向きは味方してくれると言った。

 しかし……実際はどうなのだろう。

 素直に人を信じることができない。
 そんな今の自分もまた嫌だった。



 そして、いま自分を襲っている、整合のつかない感情もまた、彼女の混乱に拍車を掛けていた。

 織斑一夏である。
 今まで彼女は、蔑むような目で見られるか、同情混じりに手を差し出されるか。
 自分にとってはそんな風に誰も彼も無個性な態度を取るものしかいなかった。

 つまりは、優しさに飢えていたのだ。
 そんななか、同室になった彼は何やら外れた事をしたりとんちんかん(教えたのは双禍。二歳なのにボキャブラリ古ッ)な言動をとったりはするが、こちらが弱り目な思考に陥っていると、人一番に気付いて安否を尋ねて来るのだ。

 打算も何もなくただ優しく接してくれる。
 それだけでシャルロットにとっては満たされたような気分になったのだ。

 そして、そんな一番近くにいる彼を独占したいと思っている。
———自分にとって『良い』人を手放したく無いんだ———

 あくまでの自分の願望一辺倒。
———僕ってこんなにも露骨だったなんてね

 双禍も自分に協力してくれると言った。
 出自が出自故に疑いが浮かんでしまったが、心は信用すべきだと言っている。

 でも―――だからと言って―――いや、だからこそ。
 自分に課せられた事が嫌で嫌で仕方が無い。

 彼女に課せられた使命は三つ。

 一つ、広告塔―――学園の生徒に社の製品を売り込む。そして、男性であると偽り、注目を集める事。

 一つ、学園に居るギャクサッツを介して、現在社内にいるDr.ゲボックの引き止め工作。
 ゲボックは呼べばあっさり来るが、用が済めばすぐさまいなくなってしまう事で有名だ。
 いつ、ライバル企業に付かれて競合商品を開発されるか分かったものではない。
 かつて、戦線を開いている両陣営で発明品を提供した事はそのフットワーク共々恐れられた事実である。
 『味方にゲボックがいれば敵にもゲボックがいると思え』などという変な格言まで出来てしまっている程だ。
 だからこそ、一秒でも長くゲボックにはいてもらいたいものである。
 一秒でも長くいれば、それだけ利益を上げられる。それがゲボックと関わって得られる確実の事だが……だからこそ難儀なのである。
 故に、この工作。
 身内からの声ならば、そこそこゲボックを操作できることが実証できているからだ。

 そして最後の一つ。
 本物の男性唯一のIS適合者、織斑一夏。
 彼並びにその機体、白式のデータの取得である。当然、無断でだ。

 自分を受け入れてくれている彼らを。
 自分のために心を割いてくれる皆を。
 よりにもよって裏切っている。

 だからこそ優しさに触れる度、胸の内が温かくなると同時に、自己嫌悪で張り裂けそうになる。



 駄目だな。元々気分転換が主たるものだったのに。
 さっきからずっとシャワーを頭から浴びている。
 いっそ冷水に切り替えたら頭の中のモヤモヤとしたものもシャッキリと晴れるかもしれない……。

 なんて大きな割合で自嘲混じりの苦笑しつつ、本当に温度を切り替えるべく手を伸ばして———

 ごん……。
 え?

 気付いてしまった。
 本当に、ひょんな事だった。何か聞こえるな……、そんな程度の認識に過ぎなかったというのに。
 目を閉じていたためだろうか。
 視覚以外、他の感覚が鋭敏になっていたのだろう。
 今まではシャワーの音のせいで紛れていたのもあるだろうし。
 考え事をしていて意識が自分の内にあったと言うこともあるのかもしれない。

 何かが。



 がさごそがさごそ。がさごそがさごそ。
 這いずる音が。

 ずー……かたん。



―――聞こえて。

 ずずず……がたっ。



 這っている。
 聞き間違いじゃ無い。

 ずりっ……ことん。



 引き摺っている。
 自分の聴覚が捉えているのは実際にあるものだ。



 それを確たるものとして認識した瞬間。
 熱いシャワーを浴びている筈のシャルロットの背筋が総毛立った。



 ———何かが
——————ダレカガ?



 こちらに向かって来ている。

 彼女が過敏になっている理由。
 それは昨日の夕食後。
 双禍が遊びに来た時にある。

 彼女はいきなり、ちょっと早いけど今日はクソ暑いから怪談しようじゃ無いか!

 なんて言って乱入して来たのだ。
 なんでもルームメイトに、百物語と言うのを聞いて夏も待てずにいても立ってもいられなくなったらしい。

 まるで、新しい遊びを教えてもらって明日が待ちきれない子供のようだね。
 なんて微笑ましく思っていた。

 双禍のルームメイト、簪は、弁が立たないからと言ってDVD持ってきたし。
 何故だろう。双禍の保護者のように見えたのは。
 それと、何故か一夏の顔を見て顔色を悪くしていたのだが。

 そうこうしている内に箒や鈴、セシリアと言ったいつもの面々が集まって部屋は一時期わいわいがやがや、喧噪溢れる状態となった。

 色々なネタが出た。
 一夏が一番怖がったのは意外や意外。
 双禍の持ち込んだ話だった。

「それでは双禍・ギャクサッツが行きます」

 双禍は溜めを作り。
「ある、暑い———正午ごろの事だった。一人の青年が汗だくになりながら家に戻ると、不思議な事に、食卓テーブルの上にグラスが置いてあった。
 グラスの中には氷がタップリと浮かんだアイスコーヒーが注がれていて、グラスの表面には空気中の水分が冷やされて水滴として付着していたそうだ」
 そこで一旦彼女は周囲を見回す。
 思わず息を呑む一同を確認すると、双禍は話を続ける。

「男は、天の恵みかと言わんばかりにそれを一気に飲み干した———
 しかし、青年は気付いてしまったんだ。
 自分がとんでもない過ちを犯してしまった事に。
 ———そう、グラスの中には黒く光った物体が一つ、蠢いていたんだ……そうだね、それを口にしてみるなら———」



 双禍は大きく息を吸い。



「がさごそがさごそがさごそがさごそがさごそがさごそがさごそがさごそがさごそがさごそがさごそがさごそがさごそがさごそがさごそがさごそがさごそがさごそがさごそがさごそがさごそがさごそがさごそがさごそがさごそがさごそがさごそがさごそがさごそがさごそがさごそがさごそがさごそがさごそがさごそがさごそがさごそがさごそがさごそがさごそがさごそがさごそがさごそがさごそがさごそがさごそがさごそがさごそがさごそがさごそがさごそがさごそがさごそがさごそがさごそがさごそがさごそがさごそッ———という感じでね?



 それは、奇しくも、アイスコーヒーと同じ色をしていた…………。



 第一話・アイスコーヒー編。完」

「やめろおおおおおおおおおおっ! 奴が! 奴が俺の台所に!」
 話が終わった瞬間、一夏が頭を抱えて悲鳴を上げた。
 演技ではない。本気でやっている。
「よりもよって似た色の食品に!? やめろ双禍! リアルな音真似発しやがってに! やめろ! やめてくれ! やめるんだあああああッ!」

 それはリアルなある生き物の蠢く音だった。
 かく言おう。それは実際双禍が友人(?)の足音を録音したものを口から再生した百パーセントリアルものだったが、そんな事は簪以外には分からない。

「一夏の気持ち分かるわー、ウチも食品取り扱ってたし、シャレにならないのよねえ」
「一夏は台所を大切にしているからなぁ。定期的に全部総取っ替えするが」
「どう言う事ですの?」
「千冬さんが時々料理に挑んで全損してな。その度にゲボックさんが時代を先取りしすぎたキッチンにリメイクする訳だが」
「それは……聞いてよかったの?」
「死なば諸共だ。私はこの秘密を一人抱えたまま墓には入れる自信がなかったんだ。助かった」
「あぁ……それで一夏の家って……なんて事聞かせんのよ箒ィィィィィイイッ!!」
「ねぇ、皆、それより一夏が」

「第二話。粉チーズ編に……続く」
「続くなああああっ! やめろおおおおおオ!!」

 これに一同はこう返したそうだ。
 一様に、放っとけ、と。



 続いて出て来たのは、七不思議というものだ。
 どういうものか、何故か日本の学園は大きく七つの怪談が大抵備わっているらしい。

 さて。
 設立して幾年も経っていないIS学園だが、ちゃんと七不思議が備わっていと言うのだから驚きだ。
 女子というのはそう言う噂話が好きなのだ。
 箒や鈴、セシリアが順に語っていくのだから、知名度の高さも頷ける。



 曰く―――更衣室に小学生ぐらいの女の子がいて、着替える時に首が引っかかってもげるのを目撃してしまう。
 その首は飛び上がって元の位置に戻り、女の子も透けて消えて行った。

 曰く―――透明人間がいる。時折失敗して半分透けて見える。コケシのような容姿だった。まるで市松人形の様だったと言う。

 曰く―――人間サイズの熊のぬいぐるみが廊下を徘徊している。自分を捨てた持ち主を捜しているのだとか。

 曰く―――学園、中庭の菜園には人を丸々飲み込める食虫植物がいる。
 幸い救助されたものの、新聞部員の何人かが被害にあったと、広報には載っていた。
 ゴミ捨て場に居るカラスを捉えるところが度々目撃されている。
 なぜ、中庭の菜園からゴミ捨て場まで結構距離が有るのに平然と出没するのかは不明である。

 曰く―――砂の塊のようなものが蠢いていた。通り過ぎたところは、削ぎ取られたようにピカピカに磨かれていた。
 見た人は言った。
 真っ黒黒助のなんか灰色のだった。ト●ロも居るかもしれない!
 そのまま彼女はトト●を探して二日ぐらい失踪した。普通に行き倒れているところを発見された。

 曰く―――IS学園資材搬入ドッグには黒いナニカがいる。
 食堂で調理する食材を搬入していた業者が、凄まじい勢いで天井を走る何かを見たらしい。

 そして、曰く―――
 IS学園の通風口には凄まじい勢いで這いずり回る『ターボハイハイ赤ちゃん』が居る。
 赤ちゃんである筈なのに、長髪を振り回し、ぞろぞろと猛スピードで駆けずり回るらしい。



 よくもまあ、そんなに色々出来たものだとシャルロットは思う。
 だが、簪は一つ、また一つと七不思議が出る度に顔が青ざめて行ったが。
 実は簪、七不思議に出てくる人型の怪異、その見た目にある共通点に気付いたためだ。
 知る者が思い浮かべれば実は同じ人物像なのである。
 あと、大体ネタが分かる点とか。
 
 シャルロット本人としては、どうもそのようなあからさまに作り話には苦笑してしまう。
 まあ、流石に簪が持って来たプロが作ったホラー映画には全員が肝を冷やしたのだが。
 何故かと解説するならば、見入っていたため消灯ギリギリまで部屋に居たからである。
 なお、その日の当直は千冬である。
 二重の意味で脂汗と冷や汗をかいた一同であった。
 肝心なホラーの内容も、モニターに映っている井戸の中から女の人が這い出てきて、画面からついには飛び出し、呪い殺すと言うものだ。
 アレは演出が怖かった。日本のホラーは足元から背筋を這い登るようなものだ、とシャルロットは理性ではなく魂で実感した。






 しかし、内心では笑い飛ばしていたのだろう。
 でも―――今は、怖い。
 
 恐怖とは。
 遭遇しないとやはり実感出来ないものであるらしい。

 がさがさと蠢く気配。
 そして、テンポ良く、少しずつ、加速し聞こえて来る這いずる音。

―――間違いない、話で上がった『ターボハイハイ赤ちゃん』それに類するものだ

「ち、近寄って来てる…………っ」
 鋭敏化した感覚がなくても分る。
 それは確実に、凄まじい速度でこちらに向かっている。

 素早く、しかし確実に蛇口を閉めるシャルロット。
 体を清めるのは終わっている。
 ボディシャンプーがほぼ切れていたが、母と二人暮らしだった時代の経験が生きていた。貧かった生活経験のあるのあるシャルロットはこんな事ではへこたれない。
 空になったボディシャンプーのボトルにお湯を適量注ぎ、思い切りシャウト! 即席シャンプーゲットであったため、支障はなかった。彼女の肌は年齢相応の張りと艶を誇っている。

 まあ、そんな生活の知恵などどうでも良い。
 とりあえず脱出しよう。
 いやな音はやはり近づいてきている。

 一刻も早くシャワー室から出ようと、シャルロットは浴室の扉を開き―――



「あ―――、シャルル、ボディシャンプーの替えが……ここに………………あれ?」
 そこに、オスがいた。

 シャルロットは一糸纏わぬ肌を晒した状態である。



「………………」
「………………」



 時は止まっていた。
 硬直し、無言。
 男女は互いを見つめる。
 無言なのは言葉が何も出てこないからだ。

 実はお互い、かなり深刻なパニック状態に陥っていた。
 ある意味パニックと言うのは、思考を完全に凍りつかせるものだったりする。

 実は、先に気付いたのは一夏である。
 視線がシャルロットのとある一点に釘付けになっていることを自覚したのだ。
 必死にそこから視線をはずそうとする。
 一夏とて馬鹿ではない。人生でこれまで、似たような事が数多ある、砕け散るがいい男アンケート第1位を中学時代ぶっちぎりでトップを飾った猛者である。
 当然、アンケート投票者は男子である。

 この場合、女尊男卑だろうが無かろうが、男は悪しきものと取り扱われる。
 これまで、その手の経験で砕け散りこそしないが命の危機を幾度と無く垣間見た彼は、むしろ生存本能の一環で、視線を逸らそうとした。
 しかし、出来ない。
 悲しき男の性が、首の随意筋へ伝わる神経伝達を完全に断ち切っていた。

 悲しいけど一夏だって男なのよね、て事である。
 朴念仁だって人並みに性欲はあるのだ。



 一夏が随意筋と不随意筋を激突させ、素数も数えて身体の自由を取り戻すべきかと思い始めてきたところで、転機は訪れる。



 シャルロットが一足早く行動力を取り戻したのだ。
 彼女の行動は一夏の知るどれとも違った。
 一夏が知る女性と言う生き物は、肉体のコントロールを取り戻すと真っ先に行う事は、自分の肌を納めている光学器官の破壊に取りかかる事が殆どだ。
 とあるファースト幼馴染などに至っては、記憶を消去すべく脳の破壊に来たほどだ。女性とはそれ程に凶暴な生命体だ、ということはしっかりと胸に刻んでいる。
 故に、一夏は眼球を保護すべく腕を上げる(自分の視界を隠すというアピールにもなる)のだが、シャルロットの場合、悲鳴を上げて浴室に引っ込むと言う事だった。

 あれ?
 経験から来る状況とは違う現実に、一夏は固まる。
 まずは脱衣場から脱出し、扉を閉める。これで一応、二人の隔離は成功した。
 とりあえず眼福だった今の画像を脳髄から引っ張り出して考える。

「………………女の子、だったよな」
 アレを見てなお男と断言できるのは双禍ぐらいなものである。

 そっかー、シャルル、彼女出来たのか、さすが貴公子なんと言う手の早さ。いやいやいやいや、何思考を固めている。
 いくらなんでもそれは無かろう。と、言うか。

「あの顔はシャルルのものだったよなあ……」
 しかし、肉体の一部はばっちりと、自身が女性であると訴えていた。
 そのシーンが視界に重なっている事に気付いて必死に静止画タスクを閉じる。
 自分は思考が読まれやすいのだ。
 下手に思い出している事を察されたら、さすがの彼女もキリングモードに移行するに違いない。

「うーん……」
 頭を抱える一夏。



 その悩みを。
 
「うわああああああああああああああっ!」
「ぎゃめがああああああああああああああああっ!!」

 重なる悲鳴が断ち切り、気付いてあわてて脱衣場に突入する。

「大丈夫か! どうしたんだっ!」
 もはや、女性の肌とかよりも、助けなきゃ、と思うのが一夏の一夏たるゆえんである。
 すでに、これでなんとも無かったと言うオチは経験済みだ。あのときは良く生きてられた、と過去を思い出す一夏だった。まさかこれが走馬灯か。

 しかしそれでも、一夏は悲鳴には反応する。もはや魂に刻まれた呪いであるが如く、浴室の扉を開けようとして。



 またも涙目状態の女性がタイミングよく目の前で浴室の扉を開け、脱衣所に居る一夏と鉢合わせる。
 あ、二回目……と思う前にシャルロットは再び悲鳴を上げる。

「きゃああああああああああああああああああああああああッッッッ!!!」

 もはや何を見ても悲鳴を上げるのではないかという恐慌状態であった彼女は、それでもメスの本能で浴室の扉を閉めた。
 次の瞬間。



「―――――――――~~~~~~~~~~~~~~ッ(仏語のため、一夏には翻訳不能)!!」



 三度目の一夏には意味が伝わらない悲鳴が迸る。
 だが、必死に助けを求める声だとは分かった。
「おい! なぁ! 何か居るのか!? 開けるぞ! 良いか! 良いよな! せーの!」
 一夏はついに最後の扉を開く。

「あァッ!」
「――――――あ」
 一夏の視界に飛び込んでいたのは、背中を向けていた先ほどの女性。まあ、シャルロットだ。
 三度見てしまった女性の肌に息を呑む―――余裕は一夏に残されていなかった。

 彼女は宙に浮いていた。
 足元には中身をぶちまけられたボディシャンプー。あ、水で薄めたのか。
 なら、わざわざ持ち込まなくても一回位はどうにもなったかもなぁ。
 生活観あふれる一夏はそんな場違いな事を考えてしまう。

 つまり。
 彼女は。
 ボディシャンプーをぶち撒け。
 踏ん張り。
 スリップした、と、そういうことだ。

 因みに、こちらに背を向け、前方に足が抜ける、ということは、後頭部はこちらに突き出されると言うことだ。

 そこに、思い切り扉を押し開けた一夏。

 まぁ。
 つまり、一夏の「あ」は……。
 手遅れな事に気づいたことだった。






 これを、シャルロットの方から見てみると……だ。
 扉を開けば、そこには一夏がいました。
 そんな感じである。

 フリーズが解けた彼女は脳内の様々な回路をショートカット、あらゆる思考をすっ飛ばして
 脊髄反射が、シャルロットの判断を脳に経由させる前に浴室に入る全てのルーチンを実行した。

「は、裸見られちゃった……」
 バクバクと鼓動する心臓。
 どうしようどうしよう、と性別を隠していたことよりも、裸体を晒してしまった事にパニックが収まらない。
 視線を巡らせる。
 だからと言って、良いアイデアが見つかる事など早々無いのだが、それでも何か縋るものを見つけたかったシャルロットは、換気扇を取り外してずるずると這い出てくる長髪を発見した。

 忘れていた。インパクトがでかすぎたのだ。
 でも、こっちもインパクトがでかすぎる。
 高鳴っていた心臓が急減速。止まったかと思った。

 心筋梗塞で死んだらお母さんに会えるかもと思ってしまうほどだった。
 幻覚で見えた亡くなった母は、全力で腕をクロスさせてバツを作っていた。AEDを備えてるなんて準備良すぎです。
 こんなときにユーモアはは要りませんお母さん。

「うわああああああああああああああっ!」
 さっきは女としての本能。しかし今回は生命維持の本能で、さっき薄めたボディシャンプーのボトルを投げつけた。
 キャップの締めが緩かったのだろう。
 中身がぶちまけられ、長髪にどっぷりと降りかかる。

「ぎゃ、『目』がああああああああああああああああッ!!」

 この世のものとは思えない悲鳴が響き渡り、どちゃり、と浴室にそれは墜落した。

 もう、悲鳴も出せない。
 必死に浴室の扉を開け、脱出したシャルルは。
 またも一夏に遭遇したのである。
 
「きゃああああああああああああああああああああああああッッッッ!!!」
 あ、ちゃんと悲鳴出た。

 二回目だよ! もう二回目だよ!
 と言うか、何で入ってきてるの!? ここ脱衣場! 追ってきてるの!? どういう目的!?
 思考も支離滅裂にぶっ飛んだ。
 そのとき奔った脳内スキーマは殿方には分かるまい。

 恐怖の浴場に戻ったシャルロットは。
 ゆっくりと顔を起こす長い黒髪を発見する。
 まるでそれは、市松人形のようで……。

 ぐにゃり……と、首をもたげたそれの顔面には。

 がさがさがさがさ……。
 それは、また別の恐怖だった。
 名を出すのも憚れる。
 家庭内指定害虫。
 それが、起き上がった人型の顔を駆け上がり、髪を伝い、頭の天辺に上りきる。

 それは生理的恐怖だった。
 水死体を引き上げたら船蟲がその体を這っていた時のおぞましさと言おうか。

 その虫は、翅を広げた。
 こっちに飛んで来る気だ―――!



 怪談的恐怖。
 異性的恐怖。
 生理的恐怖。



 三重恐怖が一挙に押し寄せたシャルロットはもはやまともな思考も全く組み立てられなくなったのだ……いや、まあ、批難なんて誰も出来ないと思うけど……。
 理性と言うコップに今まで何とか表面張力で保っていた恐怖と言う液体がとうとう決壊し、溢れ出す。

「―――――――――助けてもう嫌だよお母さあああああああああああんッ(仏語)!!」
 全てをかなぐり捨て、彼女は一番心の支柱になっている人へ助けを求めた。
 そうやって何とか恐怖を音声変換して吐き出した彼女は再び浴室から脱出しようとして。

 さっき、投げつけたボディソープが足元まで広がっている事に気づかなかった。
 普通のボディソープならそんな事はないだろう。

 粘度の都合上、この短時間でここまで流れてくる事はあるまい。
 しかし、このボディソープは切れかけているのをシャルロットがお湯で薄めて保たせようとした代物だ。それは、さらさらと広がり、彼女の足元まで脅威を広げていたのだ。



 摩擦係数を下げると言う罠を。



 逃げ出そうと、代表候補生故に培った反射神経と脚力で踏み出して。
「あァッ!」
 両足がすっぽ抜けた。

(―――あ、れ?)
 自分が宙に浮いているのが分かる。

「おい! なぁ! 何か居るのか!? 開けるぞ! 良いか! 良いよな! せーの!」
 あ、ちょ、待って―――

 そうして、口に出す前に。
 たすけに入った一夏の開いた扉―――

「はぐっ!」
 その一撃がが彼女の後頭部に炸裂した。
 後頭部に走ったその衝撃を感じたのを最後に、シャルロットの意識は遠のいていく。

 ああ、もう怖がらなくてすむんだ……。
 何かむしろ楽になったんだー。見たいな状態であった。
 不憫すぎて涙があふれてくる。

 そのままずるずると仰向けに倒れてしまう。
 あられもない姿だった。






 しかし、一夏はシャルロットを介抱する事はできなかった。
 何故か。



 浴室には双禍が居た。

 実は一夏、彼自身がシャワーを浴びているときも双禍が入って来た事がある。
 お陰ですぐ分かった。
 何でボディシャンプー頭からかぶってんだ? とは思ったが。
 まあ、双禍だし何でもあるか、と大して考えなかった。

 あの時、箒が大騒ぎしたなあ。
 なんて一瞬だけ思い出すのだが、それよりも。
 
 肝心なのは。

 双禍の頭の上。
 怨敵が居た。

 G。

 思考よりも先に足を振り上げていた。
 その先にある、すっぽ抜けたスリッパを右手に取る。

―――一夏、分かるか? これが、命を絶つ刃金の重みだ
 初めて真剣を持たされたときの思い出がよぎった。
 今思い出してごめん千冬姉。これスリッパだった。

 一閃。
 パァンッ!

「痛えッ!}
 スリッパはGではなく、土台になっていた双禍に直撃した。回避されたのだ。
 いい音だ。これはさぞかし痛い。

「何!? 避けられた!?」
「その前に僕に炸裂させた事謝れ!」
「だが―――これは―――」
 一夏は、双禍の顔で弾かれたスリッパをそのまま二撃目に転化。
「篠ノ之流、居合い、一閃、二断!」
「聞けよ! あー、シャンプーとスリッパで二重に目が痛いー……」



 これまで、これで仕留められなかったGは居ない。
 憧れの姉の十八番を転化した必殺の殺虫術。

 だが。
 相手も数万の可能性の一を手繰り寄せ、発生した突出個体。
 これまで数々の激戦を潜り抜けてきた害虫の猛者。

『お、お、お、おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!』
 一夏の必殺の殴打を紙一重で、本当にギリギリに回避する。

『こいつ……!』
 そして、このG。ラグド・メゼギスも、これまでとの違いを確かに感じ取っていた。

『これが、友の言っていたSYUFUの究極地に達した人間か!』

 対する一夏も、必殺の殺虫術を回避された事に、普段とは異なる手ごたえを感じていた。
 スリッパを振り上げ、宣言する。
「光差す我が家に! 汝ら害虫住まう場所無し!」
『ほざくな人間! やって見せろ!』
「こいつら、お互い言葉通じないはずだよな……」



 それは、まさに……家屋と言う、生命体の生存圏を賭けた死闘と言えた。
 やってる事はあまりに情けないが……。

 目撃した双禍は、後にこう語る。



 うっわぁ…………レベル、高っけぇなぁ―――。



 その間も、死闘は続く。
「くっ、やるな虫のくせに!」
『貴様! 本当に人間かっ!』












 ・
 ・
 ・

 なお、この激闘は、お兄さんの一瞬の隙をついて、もとの換気扇があった通風孔からラグド・メゼギスが逃げ切る事で終結を迎えた。

 お兄さんは無駄に格好良く、いつか決着はつけるつもりだ、なんて言ってたが……。
 いや、相手虫だろ。
 結局、アイツが俺に何を相談したかったのか分からず終いになってしまった訳だ。

 そして、足元で倒れるシャルル君にようやく気付くわけだ。おいおい……。

 え? 僕?
 必死に目に入ったシャンプー? ボディソープ? を洗い流してました。
 あー、服も乾かすか……。
 どうも、俺の辞書には調子に乗る、という文字、ペンはペンでも蛍光ペンで塗りつぶされているらしい。

 しかし、果てさて……。



 お兄さんにどこから説明したものか……。
 難問に眉を寄せる俺なのであった。
 でも、さっきシャルル君、助け求めてたな……。

 俺は、あの手を掴んで助けになることが出来るのだろうか。



 妹よ、かつて引き止められなかった我が妹よ。
 あのときの俺に、手があったとしても、引き離されるお前の手を取れただろうか。
 俺にそんな意識があっただろうか。

 俺は、しばし考え……。

 あ。足が無いと手を掴めても逃げれないじゃねーか。
 なんて、馬鹿なことを考えていたのだった。












 本日の一発ネター。

「しかし、打鉄弐式のこの考え方はすごいものがあるな……」
「そういうわけでもない。これは、ヨガや小乗的思考の仏教でよくある自己制御法だ。『不随意筋を意図的に操作する技術』とでも言おうか。ヨガが内臓の健康を保つために役立つといわれるのは、そこから来ている」
「へー……」
『何か、ヒントになったようだな』
「いや何、自分がどこまで出来るのか、試してみたくなっただけさ」
『一つ気をつけることがある。それは、元の自分の形を確実に忘れない事だ。元に戻るには、アイデンティティを確固として持つ事が必須だからな』
「了解、今日も助かったよ」
『特別な事ではない。また来るがいい』
「おっけー。どうもねー。仁王像共もな」



「…………なんて事が昨晩ありまして……」
「……で?」
「どこまで自分の体が自由になるんだろうかと、色々試したわけですよ」
「……うん、うん。……で?」
「その結果ですよ……」
「ん?」
「手も足もごねごねになって、見事は●れメタルになりました! うわははは! 早いぞー!」
「確かに早い! ……よし」
「しかし、忠告聞いてたのになんか戻れなくなっちゃいましたーって、簪さん……それってまさか……」
「うん。まじんのかなづち……。あたっても痛みを感じる暇なんて無いから大丈夫……これで叩いて直そう……本音も、もうすぐ虚さんから、毒針借りてくるし……」

 この人達……経験値狙ってるよ……!

「うおおおおおおおおっ! 逃ーげーろーっ!」
「大丈夫、根性出して起き上がってきたら仲間にしてあげる……」
「どこに大丈夫の要素が!? し、霜降り肉を所望するーっ!」

 地獄の鬼ごっこが始まった。



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 さて、始まりましたシャルル君の災難的青春。
 実は、シャワー中のシャルに突撃させるために通風孔ネタの発生原因の大半はあったと言ってもいいのである。可愛い子こそ苛めるのだ! まぁ、ヘイトだけは勘弁な! ですけど。
 次回。そしてデュノア社の今は……!

 なんか不の感情が強くなっている一夏と双禍。
 ラウラはラウラで鬱屈した感情が溜まって八つ当たり気味に暴れ周り。
 というかゲボックは彼女に何かしたのか。


 次回、『シャルロットちゃんの災難的青春―悪性変異・絶対包囲―』

 ま、その前に過去編ですがね
 



[27648] 原作2巻編 第 3話 シャルロットちゃんの災難的青春 —悪性変異・絶対包囲—
Name: 九十欠◆82f89e93 ID:2a627038
Date: 2012/12/21 19:13
 僕がその人に会ったのは、僕の専用機との対面の時だったと思う。
 彼との初対面でもあったわけだけど。

『お前の機体がそこにある』

 なんの素っ気も無い、簡潔な一文。
 『あの人』から送られるただ、命令に従ってハンガーに向かった。

 そこで僕を待っているのは、ラファール・リヴァイブ・カスタムⅡ。
 初見の人はまず名前を覚えられない、そんな名前の機体だった。

 世界最強の兵器、IS。しかし、これは第三世代機の開発研究に未だに目処が立たないデュノア社の、過去の栄光にすがる様そのままの機体。

 大分弄って僕に合わせているらしいけど……。
 既に暗記してしまったカタログスペックを回想しながら、そして到着。対面を果たす———



 カーン……。
 カーン、カァーン……。

 金属同士がぶつかる音が響く。



 対面を果たす……筈だった。
 しかし、僕が出会ったのは。
「ドモドモ、初めマして! あぁ、アナタがシャルロットちゃんでスか! 小生、余りに超優秀過ぎテその頭脳が核兵器に値する脅威だト認定されタためにDr.核爆弾(アトミック・ボム)と呼ばれル、ゲボック・ギャクサッツですョ。あ、名刺です」
「………………えー、御丁寧にありがとうございます」
「いえイえ!」

 はっきり言おう。
 この時の僕の気持ちは。

 何この人?

 だったんだけど、誰もその事には非難できないと思う。

 断言できる。



 まず、見た目からして奇抜過ぎるのだ。
 常にニヤニヤとした口元より上をすっぽり多い隠す、妙に機械的なヘルメット。
 黒のインナーの上に薄汚れてヨレヨレの白衣を羽織っている。
 そして極めつけが、両腕の義手(?)がハンマーと溶接棒。

 それで以て、壁や柱に火花を散らし、あるいは叩き。
 一人で土木作業に取り掛かっているのだ。

 その様子を尻目に、名刺を見返して見る。
『あなたの心埋めたてしまス! ゲボック・ギャクサッツ』
「些細な間違いが致命的になってるッ!?」



 それより、ラファールは何処に行ったのだろう。

「あの、何をしているんですか?」
 情報源は目の前にいる人しか居ないので、聞いてみるしかない。
「小生、実はシャルロットちゃんの機体装備を作ルよう頼まれまシて」
「あなたが!? 他の人はどうしたんですか?」
「小生一人ですョ?」
「一人!?」
 とてもじゃないが、そんな事ができる人とは思えない。
 ISは本体だけでなく、周辺機器にいたるまで、全てが最新鋭の技術の結晶だ。
 国家のバックアップ無しにその莫大な費用は賄えないのはそのためもあるのだから。

「そんな!?」
 だから僕が悲鳴をあげたのは当然だった。
 研究開発はチームが常識なのだ。
 いくらなんでも無謀過ぎる!

「そもそもどうしてあなたが一人でやることになったんですか! いくらなんでも負担が大き過ぎますよ!」
「いヤぁ、小生、轡木君とよク行く、とアるお店でお酒を飲んでいたら、そこに行きつケだったデュノアの社長サんと意気投合シまして! 社長さんに是非とモ小生にやっテ欲しいとお願イさレたのです!! これハやらナいわけには行かないデしょう!! 小生も男でスから!!」
「それってつまりただの酔っ払いに頼んだって事じゃないですかぁ!?」
 いくらなんでも———
 これは……。
 これは酷すぎる!

 あの人は僕が———
 僕がそんなに憎いのだろうか。
 あの人は……。



「さて、ドックの改修はこんナもんでしょうか。本音を言えバ、機体そのものも小生に任せテ欲しかったノですが、社長さんに、「『テンペスタのミッシングリンク』の二の舞は御免だ」ナんて言ワれてしまいましたカら、今回は見送ル事にシたんですョ」

 負の感情に落ち込みそうだったところに来た単語は、ISの開発に携わるものには一度は聞いた事がある単語が聞こえてきて、『あ、流石にただの酔っ払いではないんだ』と思い直すことができた。



 テンペスタのミッシングリンクとは、それまでの技術の発展のさなかに突如として現れ、突然変異としか言えない躍進を遂げるも、そこから元の技術を辿ることも、発展することもできない進化の道筋からブッツリ絶たれてしまっている異端技術を受けたテンペスタ、並びにその機体に施されたような技術への皮肉を込めた敬称である。

 第二回、モンド・グロッソ。
 二連覇確実と言われた織斑千冬が、事故に巻き込まれ重傷を負ったために棄権、そのまま引退したという世を揺るがす事件が起こった大会ではある。
 事故の規模が流石にあれだったのだ。
 いくつかの山脈が文字通り消え去り、気候に迄影響を及ぼしている程だったのだ。

——————不可解なのは、それだけではないけれど

 しかし、当の彼女が決勝で当たる予定であったイタリア代表を文句なくブリュンヒルデに推薦したために、ブリュンヒルデの称号は問題なく受け継がれる筈———だったのだが

 準決勝までに織斑千冬に負けた方の国家代表達が難色を示したのだ。
 それはくじ運では無いのか、と。

 そのため、異例のバトルロワイアル形式で準決勝以上勝ち昇った者並びに敗者復活した一名から、織斑千冬を除いた全員が一斉に戦闘する事とあいなった。



 果たして。
 結果は初代ブリュンヒルデの推薦通りであった。

 そのバトル形式上、複数が一体に当たるのは当然だが良く起こることだ。
 その時起きたのは、その場にいる全ての機体によるテンペスタへの攻撃だったのだ。

 ブリュンヒルデの推薦とは、それ程の重さがあったのだ———が。

 鎧袖一触。
 元々、決勝に進出できる程の実力者である彼女だったが、そこまで圧倒的な実力を見せていなかった筈の彼女、オンステージ。
 宙を舞う天女のように華麗で。
 戦乙女のように苛烈にして。

 賞味時間、実に僅か四分弱。
 殆ど損傷すら見せぬ様で、空にあるISは彼女一機だけになっていた。
 まさに無双、女王の頂きに相応しい威容だった。



 後に彼女は。インタビューの際に。
「あの時見た地獄に比べればあんなのぬるま湯にもならないわ」
 と、達観した遠い目でその差を見せつけたのである。



 しかし、何も問題が無い訳ではなかった。
 当時から今も継続しているが、イタリアを含めた欧州連合では、次期ISによる国家防衛———欧州連合統合防衛計画(イグニッション・プラン)をどの国のプランを主軸にして推し進めるか、という苛烈な競争状態にある。

 イギリスの『(ティアーズ)』型。

 ドイツの『雨/枝(レーゲン、ツヴァイク)』型。

 今でこそトライアルから外れてしまっているが、実用機として高い実績を誇っていたフランスの『疾風(ラファール)』型。等々、どの国も全力を注いでいた。そりゃあ、提携して行うと言っても、自国を守るのは自国産の兵器と言うのは最も安心できるのだから。

 それぞれが操縦者を選定しない特殊兵装———第三世代兵器の搭載を目指し、イグニッション・プラン主軸IS採用を目論み、表に裏に力を注いでいた———その時に現れたのがこの『暴風雨(テンペスタ)』である。

 先のバトルロワイアルもそんな背景があったから起きた、とも言えるが、それが決定的になってしまったとも言える。



 余談ではあるが、イタリア語で『嵐』はテンポラールである。ニュアンス的にはテンペスタの方が規模の大きな大嵐という意味になる。
 他にも突撃って意味もあるのだが、これは今回は違う。



———そりゃあ、疾風じゃ暴風雨には勝てないよねぇ



 だが、このテンペスタは採用に際して重大な欠陥があり、見送られる事となった。
 それは、致命的なまでの量産性の欠如。

 それでなくとも機体数の少ないISにある量産機という概念。
 それは運用形式。

 専用機はまさに別格。
 コストを度外視した国力の示威に用いられる。
 モンド・グロッソはその最たるもので、維持コストやパーツの摩耗に対する耐久性など、実践配備には問題が多い。

 そのため、軍部の隊長機でも中々本当の『専用機』は存在しない。
 実際の防衛や作戦に用いられるのは、専ら『量産機』だ。
 例え同一規格でも、ISにはフッティングとパーソナライズがそれぞれへの微調整を実施し、駆動の齟齬を限りなくイレイズする事が可能なのである。



 だけれども、このテンペスタは、その機体技術から、低コストの量産機へ落とし込む事が困難。

 否。完全に不可能だった。

 使われるパーツ、技術、調整、その全てが技術の極み、その頂きにあり、現行技術ではこれ以上の発展などまるで見込みなどなく、しかもどのような発展を遂げてこの段階に至ったのか全く不明、つまり、発展どころか追いつく事さえ出来ない———言うならばガラパゴスの生態系さながらとなっていたのだ。

 量産化の目処どことか、複製する余地さえない。調整もIS自身が技術者より高い水準でこなしてしまうため、全く不要。
 下手に手を出して性能を落としてしまえば本末転倒と、何というか———崇拝対象の偶像と化してしまったところにさえある。

 このように、技術の進歩という点では止まってしまっているが、この、ある種の頂点に達する事は技術者の真の夢たりえると言えるのではなかろうか。

———以上、季刊IS白書コラム『テンペスタ。突然変異か、技術の孤高なるガラパゴス、女王の暴風雨に迫る』より抜粋。



 しかし———
 いや、まさか……ね。

 僕は二ヘラ、と笑う、えー……と、ゲボックさんとやらを観察する。
 ツッコミどころしかない。
 何時の間にか両腕がドリルとペンチになっているし。

 そもそも。
「あのー、すみません、僕はこちらにある、僕の専用機になる予定のISを見にきたんですけど———」
 そう、僕の本題はそちらなのだ。

「オォウ!」
「うわっ!」
 急にゲボックさんが飛び上がったので思わずビクついてしまう。
 うん。ちょっと、怖い。

「ソうでした! 余りに設備が杜撰デしたので改装中チョッとどかしてイたのでした! おぉう、失敬失敬、こちらでスョ!」
 彼のドリルが指し示す方、そこに僕のラファールが………………。

「……………………え?」
 彼のドリル———僕の視線の先には、なんというか、そう、『/』の字のようなものが浮いていた。

「あのー、もしかして、アレが僕のISの待機状態、ですか?」
「おぉっと? 違いますョ、そうではないのでス」
 ペンチでこっちを手招きしてくる。
 従って寄っていくと、彼はヨタヨタ千鳥足で目標に向かって行く。

 すると、それは『/』ではなく、両端が矢印になっていることに気付いた。
 ……なんか、どっかで見た事あるなぁ。

 そして、気になるモノがその根元に一つ。

 ……ISの、模型?
 その機体は、これでもかと勉強したラファールで、通常の機体とはスラスターの数や形状が違っていた。
 大きな物理シールドが特徴的で、その塗装は綺麗な山吹色に染まっている。

 もしかして———これは、僕のISの模型?

 じっと見入ってしまう。
 何だろう。この人が作ったのかは分からないけど、そのセンスは中々素晴らしいと思う。
 一発で僕はそれに魅入られてしまった。
 ただの模型のはずなのにある存在感。

「さてサて、シャルロットちゃん、いツまでも縮小版では無く実物大で参りましョう! コレを斜め上に引っ張っテ下さイ!」

 と言いつつ差し出してくるのはさっきの『/』の両端が矢印。
 せっかくの気分に水を刺され、ちょっとムッとしていたんだろう、僕はちょっと乱暴にそれをうけとっ———

 これって……パソコンのウィンドウサイズを変える時の、マウスポインタ?
 コレを斜め上にって……ねぇ。
「まさか…………」
「サぁ思いっキりどうゾ!」
「うわぁ!」

 ぬぅっとヘルメットが目の前に割り込んできたので思わず言われた通りに引っ張って———
 途端。

 冗談が。

「うわああああああああああああっ!?」

 現実となった。

 『/』を引き上げるに連れて一気にISの模型が巨大化、極一般的なISサイズになって、僕の前にそれが鎮座したのだ。

「え? えぇ!? お、おっきくなっちゃった!?」
「違イますョ? 小っちャくなってタんですョ?」
「あぁ、確かに。正確に言うとそうだね……って、えぇ!? って、え? どうやっ———えええええええええ!?」

「いヤはや、こンなに驚いテくれルとは、頑張った甲斐ガあるトいうものでスね!」

 ふぅ、と汗を拭う仕種のゲボックさんを見る———

 流石での僕でも気付く。
 あの人がゲボックさんに開発を頼んだのは、隣にいた酔っ払いと意気投合したからでは無いのだと。



「ソんなに難しい事はしてイないんですョ? ISには元々量子化技術にヨる待機形態への移行があるデしョ? ソれをギュポンと間引キして等倍縮小しタだけデすし」
「『ギュポンと間引き』のところがアバウト過ぎる!?」



 考えていても全く解決しなかったので、落ち着いた後———

 驚きで意識が向いていなかったけど、改めて僕のISを見上げる。
 これが僕の……。

 ある意味、あの人から送られる初めてのプレゼント。
「さぁて! ヤっぱりこの湧き上がルこの探究心は抑えらレません! さッソくこのラファールを!」
「感慨に浸っている間はせめて原形をとどめて置いてくださいッ!」
 これから、多大な心労を重ねる予感を抱きながら。






 彼は、やはり凄い人であるらしい。
「彼がどうやってここに来たか知ってるかい? UFOに乗ってだョ、UFO。信じられる?」
 スナックを齧りながらそう言うのは、デュノア社の開発スタッフだ。
 誰にでも気兼ねなく声をかける人で、女尊男卑のこの世の中でも僕さえ口説いて来る人だ。

———モシカシタラ、ショウフクノコダカラヨイトオモッテイルノカモシレナイケド

「ありャ、デモンストレーションとしちゃバッチリだね、ISコアからのエネルギー供給無しでそれをやったってんだから、本当、凄すぎるョ」
 しきりに感心している彼。

 だけど、一つ気になる事が。
「ところで……あの、それ……」
 彼の頭を指差す。
「あぁ、これかい? 便利なんだョね」

 彼の頭は、ゲボックさんと同じ金属製のヘルメットのようなものをすっぽり被っている。

「外国語も注目するだけで自動翻訳、ステータスゴーグル張りの倍率解像度で拡大鏡にもなるし、通信機能にデジタルマネー、個人認証用電子鍵、それに象に踏まれても壊れない耐久性、しかもタダ! 使うっきャないだろ?」
「う。うん……でも僕は遠慮しておくかな?」

 こう言う、彼の余りの優秀さは何度も痛感した、させたれたけど。
 デザインは残念なので。



 しかし、ゲボックさんは何というか、変な人なのだけれども、良くも悪くも邪気がないのだ。本当の意味で文字通り無邪気と言うか。
 それに、必然というか、彼と二人きりになることが多く、無言でいる事に耐えられなくて、色々と話す事が増えた気がする。

 この時は———そう、僕が本格的に男装を仕込まれ始めた頃だ。
 元々、私の事を僕、と呼ぶ様にさせられていたが、だんだんそれは細に密に厳しいものへと変わって行った。

 そんな中、ゲボックさんだけは僕に対して一切態度を変えなかった。
 僕と関わる人間は———いや、関われる人間は、そう多くない。
 ある意味デュノアの汚点そのものである僕にあまり表立って欲しくないのだろう。

 だから、数少ない人達は僕に同情や侮蔑の眼差しを送っているのが分かる。

 だからだろうか。
 その手の感情が向けられないからと言う確信か、僕はゲボックさんに色々な鬱憤をブチまけてしまった。

 八つ当たりだ、普段は絶対こんな事しないのに……。
 彼なら感情的に勝てる、そんな風に思ったのかもしれない。
———最低だな、僕って

 その時、ゲボックさんは。
 ぼぅ、とこっちをただ見ていた。
 と、思いきや、ふらりと立ち上がった。



「小生にもね、家族は居たんデす」
 ヨレヨレの白衣からブロックを取り出し、十四個程積み上げる。
 その、普段のヨタヨタした動きからは予想もできないスムーズな動作に驚いた。

「初めは、積木を綺麗に並べタり積み上げたりスる事から初めました。綺麗にできタりすると、小生の両親も、兄弟も、皆、ミンナ褒めてクれました。それが、本当に嬉しカったのですョ」

 ゲボックさんは、いつもと違って高いテンションでは無く、静かに、どんどんブロックを積み上げて行く。

 どうしてだろうか。これは、聞かなければいけない気がした。
 酷く、ゲボックさんの内面的な事だと、無意識に察していたんだと思う。

「でモね、いつまでも積木だけでは、誰モ褒めてれなくなりました。だかラ、もっとモっと褒めて欲シくって、次から次へト新たな問題を探しマした。運動は苦手でしたカら、沢山勉強したり、作ったりスるのを頑張りマした。でも———そのうちどれだけ頑張ってモ、誰も褒めてくれなくナりました」
「え———?」

「皆、そのうち、化け物を見る様な目で———僕を———見るんです。次第に小生の周りからドんどん人は居なくなって、そのうち、褒めてくレるのは軍の偉い人だけニなりました。でも、小生はやめまセんでした。小生が褒めてもらうにはそれシか知らなかったかラです。でも、その頃からです。褒メられても、足リないと思うョうになりました。心の底から満足できなクなったンです。だカら、もっと、もっと、より素晴らしいと、褒めラれたいト言う渇望が芽生えマした。そして、小生は気付けば工場の様なところデ頼まれたものを作るだけになってイました。家族とは、それ以来会ってイません」



 ああ。
 この人は。
 本当に、ただ褒めて欲しかっただけなのだ。
 良く頑張ったね、と認めて欲かっただけなのだ。
 でも、優秀すぎた。
 家族さえも不気味に思う程に。
 軍に、売られてしまったのだろう。
 それさえ分からない程幼い頃に、ただ、口だけの称賛だけを餌に、頼まれたものを作り、利用されて———

 そのあり方を、今なお変えられない。
 きっと、両親に売られた事だってもう、分り切っているぐらいは世の中を知っている筈なのに。

「でもネ、転機が起きタのです。一体何が起こっタのか、実は今を以ってシても、何が起こったノかは分かりません。推測はシてまスがね。
———でも、その結果、小生には素敵な友達が出来ました。彼女達は、それまで知らなかった事をどんどん教えてくれました。感動の毎日でしたョ。彼女達は、あンまり褒めてはくれナいけれど、小生は満足し、彼女達をナにより尊敬しテいました。そして、彼女達にはそれぞれ、何よりも大切な家族がいました———でスが、小生には、彼女達しかいマせんでした」

 ゲボックさんは、ずるっと傾いたヘルメットをペンチで直しヨタつきながら、ボソッと呟いた。

「小生は、家族が欲しくなりまシた。ダから、作りまシた。沢山、沢山、作りました。でモ、一番家族にナって欲かった人には———フられてしまいましたけどね?」
 そう言って、げぼっくさんは笑う。
 いつも笑っている彼だけど、この笑みは、いつものにやけた笑みとはまた違ったものだったんだと思う。

「そうなんだ———悲しいね」
 ああ、この人も、普通に好きな人が出来たりするんだ、と思ってしまった事にびっくりする。
 普段の奇行から、僕もこの人が普通ではないと思ってしまっていた事に気づいたのだから。

「まサか、告白の返事が、胴体マっ二つにされて全身黒焦げに炙られタ挙げ句、大気圏目掛けて生身で突キ落とサれる事にナるトは思いませんでしたョ」

「それ、明らかに嫌われてるってレベルじゃないよね!? 親の仇でもそこまでは無いってぐらいむしろ憎まれてるよね! 渾身の殺意振り絞ってるから!? どうしてよりによってそんな人に告白したんだよ!? ていうか冗談だよね、まさか———なんで生きてるのこの人ッ!?」
「死にましたョ? 命懸けで告白したンですかラ、玉砕しタら木っ端微塵になるのは当然でしョ?」
「玉砕が文字通りだよ!? って言うか、死、えぇ!?」

「彼女達の場合、冗談でモ何でもないんデすケどね。ま、そんナわけで、シャルロットちゃんも、良イ友達ができるとイイですね?」
「そうですね……と言うか、今の返しに真面目にこれ!? ねぇ、あのう、まさか……」
「あ。そウだ。これは、内緒デすョ?」
「う……う、うん?」
「代わりに、何か一つ、お願イを聞いてアげましョう! 楽しみニ待ってテくださいね!」
「え……え、ええ!? なんだろう、最後の方全然対話になってないよ……もう」

 ゲボックさんは急にテンションがいつものに戻って走り去って行った。
 なぜかこう言う時は機敏なゲボックさんである。
 あっという間に姿が見えなくなる。

「え、えぇーっと……どうなるんだろう? ってわぁッ!?」
  急にポンと肩に手を置かれてビックリする僕。
 振り向いたら、モノアイのロボットが何故かメイド服を着て僕の肩に手を置いて首を振っている。

「紅茶を淹れておきました。御一服くださいませ。それと、Dr.に関してでございますが、御愁傷様ですとしか申す事が出来ません。挫ける事なきよう」

 見事な一礼を見せ、ロボットが去って行った。
 ……あれも、ゲボックさんの発明なのかな?

 紅茶は絶品でした。
———この上なく



 その日、デュノア社の社員食堂で例のヘルメットを被った職員からランチを受け取り、ゆっくりと味わう。
 しかし、流行ってるんだ。あのヘルメット。
 一人で食事と言うのは寂しいものだけど、お陰で人からは隔離されたようになる。
 客観的に見られるようになるって事なんだけど。
 信じ難い事に、本当にあのヘルメット率は高い。

 見た目を覆す程に性能がいいのだろうか?
 正直僕は、可愛いものとかが好きな方で、正直……繰り返すようであれだけど、本気で信じ難い。



「しかし、今度発表される新装備だがョ」
「あぁ、イタリアのテンペスタ劣化コピーだョな? いい加減あそこもそこから先へ進んで欲しいのだがョ」

 技術者らしき二人が何やら議論しているが、二人ともあのヘルメットを被っている。
 う~ん……。



 食後、給湯室であのヘルメットを被りながら談笑する女性社員という精神的にショックを受ける事態に遭遇しながらも、次の予定である開発室に向かっている最中に。

「酷い! ぬいぐるみまで!?」
 例のヘルメットを被った兎のぬいぐるみがあったのだ。
 なんだろう、ここまで来ると最早汚染、と言った方がイイかもしれない。
 あ、商品タグが付いてる……。

 日本語だった。
 とある理由で日本に向かう僕は日本語も勉強したから、読む事ができる。
 地味にゲボックさんの語彙が豊富なのに微妙な敗北感を感じたりしたけど。だってあの人、日常会話で使わないんだもん。

「え゛」
 商品タグにはこう書いてあったのだ。
 『しにぐるみ。かっぷくウサギ』
 なんと不吉なネーミングか。

 思わず力がこもったら、ウサギのお腹に切れ目が走り、腸を模したっぽい管状のフェルトが吹き出して来た。

「うわあああああああああああ!?」
 小さい子なら軽くトラウマものの光景だった。

「また……金髪か……」
 かっぷくウサギから、疲れたような声が聞こえてきた。
 て、ちょっ。
「喋ったああああああああああ!?」

 思わず放り投げてしまうと、かっぷくウサギはくるりと一回転して着地。
 あたりに散らばったフェルト製の内臓(?)をお腹に戻しながら。

「なんでいつもいつも金髪ばっかりなんだろ……あんな事私聞いた事無いのになぁ。まさか、ゲボ君ってば金髪フェチなのかなぁ……」
 なんだろう、将来物凄く共感できるかもしれない、と言う感込もった呟きが聞こえてきた。

 物凄く嫌な、でも確信のある予感だった。

「いや、でもちーちゃんは黒髪だしな……。ちーちゃんが別格なだけ? 他は金髪だからって理由で、多分ちーちゃんはちーちゃんだからとかそんなんなのかな……? んじゃ、束さんはー……」

「……あ」
 かっぷくウサギと目が合った。

「おいテメェ、ゲボ君に粉掛けたら、殺すぞ」
 ぬいぐるみに凄まれた。
 トーンが低くなっている。本気だ。
 いや、本当にぬいぐるみに言われたくない言葉である。

 だけど、僕は満面の笑みで出迎えた。
 言葉はない。
 でも通じ合えた。



 それは無いかな。
 ない?

 うん、天国のお母さんに誓ってもそれは無いね。
 んじゃどうでもいいや。



 敵でないと分かると、ぞんざいだった。
 ゲボックさんの事、好きになる人……というか、ぬいぐるみもあるんだ。
 何かグロいデザインだけど。

 かっぷくウサギはハラワタを零しながら、蝶の羽を生やしてバッサバッサと飛んで行った。



「何あのリンダキュ●ブ的なアレぇ!?」
 下手なホラー現象より恐ろしい遭遇だった、と思う。



 ある意味超常現象に遭遇し、SAN値擦り減らして何やら疲れた僕が研究所で見たもの、それは———

「ようこそ、いらっしゃいましたお嬢様! こちらは抽選パーティー会場となります! お嬢様はこちらで記念すべきお客様第一号と言うことで、特別におもてなし致しますね!」
 あの、モノアイメイド服ロボットであった。

「ささ、此方へどうぞ!」
「お召し物お預かりいたしますね?」
「お茶とコーヒー、あとウォッカがございますが、どれになさいますか?」
「ちょっと待ちなさいロシア帰り」
 しかも増えていた。

 何というか———うん。
 疲労感が倍加した。

 そこで、少し距離をとった一体と目が合う。
 それは無機質なレンズのはずなのに、しっかりと感情を僕に伝えてきた。

———ねぇ、仰った通りでしょう?

 あの時の個体だった。
「と、ところで、抽選パーティって、なんなの?」
「それは小生が御説明シましょう!」
 ゴゥンゴゥンと重苦しいモーター音が声と共に上から響いてきた。
 言わなくても分かるけどゲボックさんだったのだけど。

「シャルロットちゃんはダーツ、でキますか?」
「あ、うん———いえ、はい、出来ます」
「ではドうぞ」
 そう言って渡されたのは、何故かジェットブースターの付いたダーツ。

 これを、投げるの?

「ソれじゃ、行きますョ~」
 ヨタヨタと、ゲボックさんが舞台(?)裏から、円盤状のボードを持ってくる。

 ボードは等間隔で塗り分けられており、背後には宝くじなどの抽選に使う、回転する装置が取り付けられている。なるほど、僕はそれにダーツを投げれば良いのだろう。

「あぁ、Dr.私が運びますから!」
「Dr.はごゆっくりしてくださいませ」
「そうですよDr.」
「というか、ゴンドラ作って何故それを動かすシステムを作らんのですか」
 そこに殺到していくロボット達。
 あぁ、この人はこの人で結構慕われているんだなぁ。
 ぬいぐるみとかロボットとかだけど。
「私が運びますよ」
「いいえ、私が」
「いやいや、私が」
「何を言っているのです、ここはパワー型の私でしょう」
「イえ、やっぱり言い出しっぺの小生がするべきダと思いますョ」
「「「「それではDr.お願いします」」」」

 えぇ!? 何その掌返し。

「あ、ハい。分かりましたョ」
 命令には逆らえないのか、結局一人で運びだすゲボックさん。
 いいんだろうか……。

 よいしょ、よいしょ、と運んでいるところで。
「ツッコんで下さいDr.アアアアアッ!!」
「どうしてこの王道コントをご存知ないのかッ!?」
「良心が! CPUの良心が痛む!」
「お待ちくださいDr.あああああッ!」
「研究し過ぎの弊害です! どれだけ世間を知らぬのダァ!」
 心の痛み? にオーバーアクションでのたうちまわるロボット達。
 なんだかんだで楽しそうな人達である。

 そこに、昨日僕に紅茶を淹れてくれた個体が混ざってきて。
「データ共有でDr.の個性など知っているでしょうに? 何故、全て私なのに個性が出てくるのでしょう? さ、Dr.お手伝いします」
 言うや、さっさとボードを運び終えてしまった。

 それを見て文句を言い出す他のロボット達である。
 よく見たら、一体一体衣装やカツラの細部のデザインが違っている。
 拘ってるんだね、みんな。

「ずるい無印汚い流石無印汚い」
「初めは静観してたのに美味いところだけ啜りに来たなぁ」
「経験値の蓄積はデータだけではないのだなぁ」
「流石老舗」
「長らく仕えてきた個体」
「…………………………旧式」
「いま旧式っつったのどこの鉄屑でございますかァ!? お手洗いの壁に塗りこんで差し上げますぞゴルゥア!」

 飛び掛る一体、逃げ惑う多数。あはは、と思わず僕も笑ってしまう。
 楽しそうだ、と。
 というか、結局説明受けてないんだけど……。

「サて、早速ダーツを投げるのでス!」
 ガーッ! と物凄い勢いで回転する円盤。
 よく分からなかったけど、取りあえず、アレに当てれば良いのかな?

 手首にスナップを利かせてダーツを投擲。
 ダーツは真っ直ぐ的に向かって飛び―――

 ドゴォンッ! と、ブースターが猛点火。爆音を撒き散らす。

 ジェットを吹かして猛加速して———
 いや、ブースター付いてたけどまさかここまでなんてええ!?

 的に直撃、一部木っ端微塵に吹っ飛ばしてダーツが跳ね返った。
 どうやらダーツの先端が刺さらないで的を破壊したせいで色々有り余った先端がブレてしまい、そこにジェット加速が加わって。

「へぶぅ!?」
「あ」

 ゲボックさんに直撃した。

「のぉぉぉぉおおおおオおおお!?」

 そのままダーツに押されて飛んで行くゲボックさん。
「どんな出力のジェットなんですかー!」

「あば、ば、ば、ばげはっ!」
 そのまま壁を突き破って―――、あ、奥の壁もさらにってどれだけの推進力!?
 そのままビルの外壁まで破壊して、そのままゲボックさんは空へ上昇して行き———星になった。

「嘘おおおおおおおお!? これ現実!? ねえ、皆!」
 飛んで行ってしまったゲボックさんを慕っていたロボット達を振り向いてみたのだけど。
「誰も見送ってすらいない!?」

 ダーツがぶつかって壊れた的を見ていたロボット達。彼女達はそれぞれ何か計算しているのか、思案している。
 直撃箇所が割れているので、抽選は有効だそうだけど。
 何も書いてない。
 ただ、色分けされているだけである。
「オレンジか」
「よりによってオレンジか」
「忙しくなりますね」
「よし、シャルロット様の為にちょっと不眠不休行きましょうか」
「仕方がありませんね」

「一体何が起こるのか激しく心配なんですけど!?」
「それは」
「起こってみての」
「お楽しみ」
 リレーして返してくれるロボット達である。

「不安しか感じないよ! だいたい皆ゲボックさんの心配しようよ! なんか飛んでっちゃったよ!?」
 ダーツ投擲したの僕だけどさ!

「「「まあ、Dr.ですし」」」
 完璧綺麗にハモッてるし! しかも『何当たり前の事聞いてるの?』て感じの自然過ぎる態度だし!?



「まあ———これだけは言えますね」
「う……うん」
「デュノア社にはこれより、科学と狂乱の宴が吹き荒れるでしょう」
「…………そう」
 この会社には、愛着も何も、無いんだけどね……。
 どうにでも、なれば、いいや。

 なんかもう……吹っ切れた。

「さて、パーティなのですから、ごちそうが無ければはじまりませんね。どうぞお席へ」
「いただくよ」
 本当に、彼女達が淹れるお茶も、食事も絶品なのだ。
 僕は席に着いて、その日の食事を待つ事にした。
「そうそう、シャルロット様はIS学園に転入なされるのでしたね」
「そうだよ、まあ、その為に色々教え込まれているけどね」
「我々の兄弟も一人おりますので、気が向いた時で良いので声をかけて頂ければ喜ぶと思われますよ」
「あ……IS学園にも居るんだ……」
 それが、あんな子だとは知る由もなかったけれど……。

 そうして、僕はこの日、何が選択されたかも結局詮索せず、飛んで行ったゲボックさんともそれきり会う事無く僕はIS学園に行く事となる。



 僕の、人生の機転となる場所へ。















「はぁ……暇ですな」
 海外のホームドラマを盗聴しつつ、人工衛星から忍者の生えた肢体の生物兵器『灰の二十九番』は地上を見下ろしていた。

 近頃は先進国のスパイ衛星にピースサインを見せつけたり、非公式衛星とインベーダーゲーム式に射撃戦したり、その過程で盾代わりにしたデブリが爆砕してその欠片がアメリカにそりゃもう降り注いでしまったりしたけどやっぱり暇だった。

 それに、宇宙は孤独なのだ。
 自分が撒き散らしたナノマシンによって構築された地上回路は思念通話の媒介にもなってくれる為、話し相手には事欠かないのだが。
 こと、一番交流があるのはほぼ同時期に誕生した『翠の一番』である。
 彼女(植物だから性別はどうなのだろうか?)とは、良く様々な審判&ペナルティ役を組んでいるためなのだが。
 一度、彼女が自分を一体どんな品種改良したのか衛星軌道まで重力圏ブッチ切って昇って来たのだ。
 正直、対人接触に飢えていた『灰の二十九番』は歓喜したのだが、如何せん彼女は植物系で彼は土系のケイ素系生命体なのだ。
 肢体の艶かしい彼女に引っ付かれるのは嬉しいが頼むから根を張らないでくれ。痛いから。食い込んでいるから。浸蝕の果てに何か砕け散りそうで怖い。

 言ってしまえば彼女は天敵で、今まで遭遇出来るような距離でなければ近寄らなかったような間柄なのだ。
 そう言えば、『灰シリーズ』は現在三十番まで存在するが、実は現存しているのは殆ど無い。
 どうなったのかと言えば、植物系に結構食われたのだ。
 言ってしまえば、『翠の一番』はその女王。彼にとって捕食殺戮者、その天敵の頂点と言って良い。
 親しくなった相手と会えたのは良いが、複雑な気分であった。

 そんな彼女は時々、五、七、五の歌形式で花粉の具合はどうかとか聞いて来る。
 はっきり言おう。



 無ぇよ。



 である。
 一体どういう腹づもりなのかと、最近彼は悩まされていた。
 だが、それでも彼女に応えているのは、コミュニケーションと言うのはボイスだけではやはり精神的に満たされるものではないため……だと思う。
 ギブミースキンシップ! と叫びたいところである。


 それは、叶えられた。
「———は?」

「オオオオオオオオオオオオオオオォォォオオオウ!!」

 地上からなんか見覚えある姿が飛んで来た。
「はああああああ!? ちょ、ま、どうしたんですかどくたあああああああああ、ヅど、ぎィ———ゃあああああああああああああああああああああ!!」
 シャルロットの投擲したダーツで飛んで行ったゲボックだった。
 猛スピードでゲボックは『灰の二十九番』に激突する。回避する暇もありゃしなかった。

 宇宙空間で、ダーツ並びにその推進材、あと、ゲボックの白衣の中の何かアレなモノとかが一斉に破壊力を撒き散らす。
 叶えられたスキンシップは、物理衝撃的に、かなり過激であったようである。
 その衝撃は余りに強大で、観測した数値のあまりの高さに、周囲の衛星が一次機能不全を起こしたかと、騒然となる程であったそうな。
 どんと、はらい。















「――――――ん」
 僕は、ゆっくりと目蓋を開けた。
 どうやらIS学園に転入して来る前の出来事を夢としてみていたようだ。

「———ん?」
 おかしい。
 体の自由が利かない。
 そう言えば、どうして、僕は意識を失ったのだろう。
 眠っていた?
 どうして?

 自分の状態を確認してみる。
 これは———布団?
 何やら大きな布に僕はくるまれた上でそれごと縛られていた。
 何故かは分らないけど―――僕は俗にいう、簀巻きと言う状態にされていた。

 確かに、これでは動けない。

 んー。どうしてこうなったのか。
 思い出せない。
 そして、後頭部が物凄くズキズキと痛む。
 どうしてだろう。

 周りの気配を探ってみると、大きく息を荒げる気配があった。
 息づかいが聞こえて来る。
 簀巻きなので首しか動かないけれど見てみれば、大きく肩をいからせた恰好の女性が激しく肩を上下させていた。

 …………あれ、ここって僕の部屋だよね。
 一応男子部屋なのだ。

 何故、女性が居るのだろう。

 確か彼女は、更識さんである。
 ゲボックさんの娘、双禍のルームメイトで友人である。
 そう言えば、日本の代表候補生。

 何やら興奮している様子。
 落ち着けば、何故僕が簀巻きになっている理由を教えてもらえるだろう。

 そんな思考は、彼女の頭上の方を見て吹き飛んだ。



 長い髪で顔が殆ど隠されている。
 そんな女の子が、天井の通風口から上半身をぶら下げている。

 瞬間、僕の記憶がフラッシュバックした。
 浴室で、通風口から這い出て来た『ナニカ』。
 まさか今度はこの天井から―――!?

 呼び起こされた恐怖感に必死になって逃げようとするけれど、現在の体勢では逃げるどころか動く事もままならない。
 どうしよう、助けて、助け―――ん?
 首しか動かないので必死に状況を打開すべく情報を取り入れていたら。

 気付いてしまった。

 って、あれ? あれ、双禍だ、と。
 今、夢で見たゲボックさんの娘だ。
 まあ、ロボット達が言った通りなら普通ではないのだろう。
 実際、ドイツ産ISとのやりとりは、常人ならば出来るようなものではない。

 普通では、無いのだろう。

 というかアレは―――通風口からぶら下がる、と言うよりは、通風口に足から突っ込まれた、と言う方が正しいのではないだろうか。

 何があったんだろう。
 正直、知りたくない。
 切実に、知りたくない。

 そこに———

 コンコン、とノックが響いてきた。
「一夏さん、いらっしゃいます? 夕食をまだ取られていないようですけど、よろしければ御一緒いたしませんか?」
 この声は確かオルコットさんである。
「一夏さん? 開けますわよ?」
 …………ノックの、意味がない。

「一夏さ———あら?」
 そこで、彼女も更織さんが目に入ったようで硬直していた。
 まあ、彼女の様子も尋常ではないし、何より天井の通風口から生える双禍が違和感を醸し尽くしている。

「あの……一夏さん、は、どち、らに……」
「あっち……」
 凄いよ! この状態で聞くんだ!?
 で、僕もその指に従って視線を移すと。

 いた。
 一夏が浴室で、浴槽に逆さまで突っ込まれていた。
 ガニ股になった足だけが見える。
 確かジャパニーズイヌガミケというポーズだった筈。
 なんたる惨状。

「………………………………一夏さん?」
「そう……勝手に持っていって」
「かしこまりましたわ」
 躊躇全くなし。い、いいんだ!?

「よ———せ、と」
 彼女も流石はイギリスの代表候補生。
 力学を応用して男性である一夏を、肩を貸すように立ち上がらせる。

「一夏さん、一夏さん、お目覚めになって」
 と言いつつ、当初の目的通り一夏を食堂に連れて行く腹づもりなのだろう。確実にその歩みは進んでいる。

「ん? ん? おぉ?? あれ? 一体何が?」
 一夏が目を覚ましたけど、正直言ってそれは僕の意見である。
「一夏さん、お目覚めですか?」
「セシリア?」
「はい、あなたのセシリア・オルコットですわ。どうです? これから御一緒に夕食———」
「なっ、なっ、何をしている!?」
 あ、ここで篠ノ之さんがエンカウントか。
 最早ドアの外の事なので、声で推測するしかないけれど。

「あら、箒さん。これからわたくしたち一緒に夕食ですの」
「それと腕を組むのとどう関係がある!?」
「あら、殿方がレディをエスコートするのは当然のことですわよ?」

 がーがー言いながら二人はまだ意識が曖昧な一夏を連行して行った。



 さて。
 ふうふう、まだ息の荒い更識さんを見送りつつ、二度寝を決断する事にした。

 だって、これは悪い夢なんだし。
 僕はそっと、目蓋を閉じるのだった


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 原作2巻編第3話
 シャルロットちゃんの災難的青春 ——悪性変異・絶対包囲――

















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「まったく、最近の双禍さんは……」
 彼女は、怒り心頭であった。
 そして正座して彼女を見上げる俺。
 ここに、精神界隈での絶対的な優劣が判別されていた。

 俺は思うんだが。
 別にISなんて無くても、世は女尊男卑なんじゃないかな、元々。

「うーむ、確かに無茶したなぁ、とは思いますが」
「双禍さんはいつもズレているけど最近は一際おかしい!」
「は、はっきりおっしゃいますね……」
 いつも、の方が非常に気に食い込みます。
「皮肉……通じないのは実証済み……」
 そうなんだ。



「この間の男子部屋でだってそう!」
 何故俺が簪さんの前で正座させられ、何やら弁明しているのか。
 この時の話題を上げるなら。

 そう、それはシャルル君―――いや、シャルロットさんの性別が明かされたときの事である。









 さて、入浴中のシャルル君の元に突入してしまった(通風口にて二分の一の確率しくじった)俺は、華麗なる王子、シャルル君のシャンプー投擲による洗礼を浴びた訳だが。
「ふーっ、ふーっ、くそっ、逃がしたか……」
 目の前には息を荒げながら、舌打ちする一夏お兄さん。

 分りやすく言うと、俺の懐から出て無駄に頭頂で自己主張していたラグド・メゼギスと生活圏を掛けた死闘(文字通りなんだな、コレが)を繰り広げていたからだ。

 はっきり言おう。
 存分に織斑だったと伝えておこう。マジで織斑(最上級の称賛)。
 超絶的なスリッパさばきでした、これをISの模擬戦で用いていたら、鈴さんやセシリアさん相手に勝率かなり上がっていたんじゃないかと言う程の身のこなし。
 というか、それを紙一重もとい触覚一重で躱すラグド・メゼギスもまたとんでもない。

 ………………ふう。
 まずはシャンプーを洗い流してだな。
 あー、制服張り付いて気持ちが悪いな。脱ごう………………。

 エラー報告。脱衣行為、身体硬直による動作停止。なんだね。BBソフト。ん? 倫理禁止事項?

 あー……。
 ちっ、今女性モードだった。
 お兄さんやシャルル君の前では脱げん。

 おや?
 お兄さんの足下に。仰向けになって倒れている肌色面積人間約一名前面分、 



 シャルル君だった。
 シャルル君の入浴中だったのだからそりゃそうであろう。
 つまり、ここにいる俺やお兄さんは無作法者と言う事になる。

 問題は。
 シャルル君キャストオフ状態の素体胸部に―――なんで双丘が? ということだ。

 俺なりに推論してみたのだが。
 シャルル君は男性である。
 だが、腰骨を見るに肉体が女性化しているのは以前のスキャンで確認済みだ。
 しかし、シャルル君は男性である。
 つまり、何かしらの身体的事情で肉体が女性化しているのだろう。
 でもやっぱりシャルル君は男性な訳で。
 肉体と精神の性別差は彼にストレスを与えているのだろう。
 んでもって、胸が平原ではなく山岳になっているのは?
 肉体女性化が胸部にまで及んでいると言う事かっ!?

 そりゃあ、お兄さんに脱衣姿を見られたく無い訳である。

 よし。
 量子展開(オープン)!!
 お兄さんの死角に大きな布団、それも我が家謹製の、野外で。そう———例え波打ち際で寝ても湿気らない布団! でシャルル君をくるむ。

「やっ、お兄さん」
「…………また風呂に入って来たのか双禍。あと、なにしている」
「また間違えたのだ。それ以上他意は無い。あと、シャルル君をお兄さんの視線から保護した」
「………………あ」
「………………うむ」
「女の子……だよな……」
「え? シャルル君男でしょ?」
「え? でもそれ……」
「シャルル君だよ?」
「男子なら何故俺の目から隠す。むしろ、お前が目を隠さねばならん所だろう。痴女かお前は」
「ふむ……きっとシャルル君は遺伝子学上は男性なんだけど肉体が女性化しているんじゃなかろうかと僕は思う」
 まさか胸まで女性の物とは想定外だったけど。

「…………いや、お前、何で素直にシャルルの正体が女子だったって発想が出ないんだ?」
「………………え?」
「…………ちょい待て……え?」

「お兄さん……ちょっと中で話すか」
「ああ、なんか俺らの間では壮大な意見の齟齬があるのではないかと思う」

 と言う訳で、俺はお兄さんに流石に言わないわけにはいかなかった。
 シャルル君の骨盤が女性の物である事。
 あと、デュノア社にシャルル君そっくりの女の子がいて、きっとそれは妹だろうと言う事。
 その存在が秘されている事。
 諸々全てだ。

 あと、まさか胸まで女性の物とは思わなかったと言う事。

「…………いや、それ普通に女の子だった。隠されてた娘はシャルル本人だった、の方が極一般常識的なんじゃないか……?」
「いや、シャルル君は大々的にISを操縦出来る第二の男性としてIS学園に来たんだよ? まさかンな馬鹿な事するデュノア社でもなかろうに。きっと、特殊な体質の研究とか治療とかその他諸々とかのためにIS学園に来たんだろうし、まっさか、そんなすぐバレるような事はしないでしょ」
「あのなあ、双禍」
「それに、シャルル君はお兄さんと一緒の着替えを嫌がってただろう?」
「そりゃ、女子なら普通嫌がるだろ」
「何を言う! 同じ男性として女の子のおっぱいが胸に付いてたら誰だって同じ男になんぞ見られたく無いだろうが!」
 コンプレックスの塊にもなるだろそりゃあ!
「そういう風にとるのお前!?」
「お兄さんだって男性なのに胸がそんなになってたら男に見られたく無いだろう?」
「その前に鈴とか、お前辺りにぶっ殺されそうだな」
「何故に僕?」
「分らんなら良い」
「ふむ」
 しばし天井を見る事の俺ら二人。
 しかし、何故分ってくれないのかお兄さん。

「シャルルは男性だって」
「いやいやいや、現実見ろって! 女子だろ!?」
「身体的な異常や畸形ってのはだね! お兄さんの既存の知識以上に様々なものが世に溢れているのだよ? 僕だって脳は男なんだぞ!」
「え? それ本当だったのか? ……でもだな……いや、まず考えてみろって、俺がIS使えるのが異常だったんだぞ? そんなすぐポンと他に出ないだろう。何かの意図があって偽装したんだって普通!」
「いや、お兄さんが出て来るまで他所なら隠蔽するだろう、常識的に考えて。ISを動かせる男性が居て、その研究が出来たらもしかしたら女性にしかISを動かせないと言う弊害を克服出来るかもしれないだろう? お兄さんが現在超法的な都合でIS学園に半ば隔離状態なのはそれもあるんだよ! 普通ならどこの国だってその技術や情報を独占する為に隠蔽するのが普通なんだって! まったく、その辺日本がおかしいとしか思えないね。お兄さんだって世界規模で知らされて苦労しただろうに、そんな事も気付かないかね?」
「何か物凄く正論事言っているような気がする、双禍が、だと……!?」
「失礼だなオイ!」
「いや、待てなんかおかしいって今の弁論。いや……どこがおかしいか分らんけど……」
 分らないのなら感性などで反論して欲しく無いものだ。

「そもそも逆転の発想で、お兄さんが、完全男性化した肉体を持つ女性だと言う可能性も無くは無いんだぞ?」
「想像しただけで鳥肌が立つような事言うなよ!?」
 いや、ありうると思うけどねえ。
 女性に対する淡白過ぎる反応とか見るに。

 そういえば、俺の妹は……。
「ん? どうした、双禍、急に押し黙って?」
「んにゃ、なんでもない」
 相変わらず、異性の好意には鈍いくせに、人が少し陰りを見せるとめざとく見つける人だ。
 それで、異性に反応が薄いせいか、下心無しで良心を持って気に掛けて来る。
 これが異性相手ならさながらフラグスナイパーである。ディーン選手よろしく超長距離でもフラグをこっちに投擲して来ると来た。

 だが、俺の脳は男だ。そんな投げ槍式旗なんぞが尻に刺さったらとんでもない悲劇しか想像出来ない。

「しかし、どうすれば、この堂々巡りの決着を付けられたものか」
「いや、シャルルが目を覚めたら直で聞けばいいんじゃないか?」
「しかし、シャルル君が何かしら、弱みを握られてそれを口に出来ない可能性もある。ここは事情だけを知って、知ってるけど表向き知らないと言う偽装をもって彼を守る手もあるぞ」
「…………今日のお前はなんか異常にそっち方面では頼りになるな……だが、シャルルは女子だと思う」
「頑固だねお兄さん!」
「ああ! ここだけは譲れねえ! シャルルの実体は女子だ!」
「いいや、男性だね! おぉしっ! そこまで言うなら確かめようじゃないか、例え骨盤が開いてようが、おっぱい胸にくっついてようが、男か女かなんざ裸にひん剥いて確認すりゃ一発だかんな!」
 頭の中で鳴り響く、倫理禁止事項を伝えるアラートを全力で無視。

「おぉう、双禍がそこまで言うならやってやろうじゃねぇか、お前こそ、前言撤回するなら今のうちだからな、覚悟しとけよ!」

「上等だぁ! お兄さんこそ吠え面かくんじゃねぇぞ!」
「それじゃ行くぞ、いっせいの、でだ!」
「分かってる、変な誤魔化しなんざ効かせねぇから覚悟しとくんだぞ!」
「そりゃこっちの台詞だ! 行くぞ双禍!」
「おうよ! これがお兄さんの安寧、その最後だと嘆くがいい!」

 で、やったことはと言うと、二人掛かりでシャルル君をぐる巻いている布に手を掛ける。
「「いっせーのー!」」
「じゃ……ないでしょう……」
「「はい?」」

 その時の情景を、効果音一つで答えるとしよう。
 ズバリ。

 めしぃ。

 であった。
 何があったのか、と言うのなら。
 唐突に出現した簪さんが一夏お兄さんをバックドロップで沈めたのである。
 何時の間に!? とか。
 何故ここに!? とか。
 一撃……だと……!? とかとか。

「更識流、反り飯綱」
 それ、技名ですか。
 残心真っ最中の、心なしかドヤ顔風な簪さんである。
「それ絶対今名前考えたよね!? と言うかどう見ても今のバックドロップだよね!? そもそも更識流ってなに!? だいたい、バックドロップはパイルドライバー同様、プロでも死亡例のある危険な技です。絶対真似しないでください。絶対だかんな! やってみようとか思ったそこのお前、お前に言ったんだからな!」
「最後の、誰に言ったの……?」
 まぁ、それは兎も角。

「え……と、どったの、簪さん、この部屋、あんまり来たがってなかったよね……?」
「やっぱり俺って、簪に嫌われているのかー……ぐふっ!」
 寂しそうに、お兄さんが呟くのだった。そして意識を手放した。
 いや、前みたいに無条件で嫌われてはいないよ、まだ苦手なだけで。

「虫の予感……的中、した、し……」
 エスパー!?

「大体……なにを考えているのか分かるけど……違うから」
 ……それこそそうじゃないのですか!?
 そして簪さんは、何故か逆さまのまま固まっているお兄さんを浴室まで運んで行って浴槽に逆さまのままブチ込んで戻って来た。
 その行動にはなんの意味が……!?

「……女性、だから」
 簪さんが指差すのは、シャルル君。

「か、簪さんまでそう言うのかね! シャルル君きっと僕らには分からないような苦悩を———」
 それ以上は言わせてもらえませんでした。
 簪さんは両腕を打鉄弐式部分展開、蝿を潰すように俺をバシンッ! と挟み込む。

「おおおおおお……潰れる!?」
「双禍さんなら……大丈夫……」
「嫌な信頼ですよそれ!」
「信頼しているなら良い……証……あと……意識を失っている人を裸に剥くのは例えどちらでも許されざる事」
「………………いや、でもー」
 シャルル君を簀巻きにしたのは俺であるし、その時裸体だってみている。
「分ってる……これを巻いたのは、元々双禍さんだって事ぐらい……」
「え? そんな事も分るんですか?」
「だって……これ……素材がなんなのか、分らない……そんなの持っているのは、双禍さん、ぐらい」
 嫌な消去法だった。

「それに……双禍さんなら……その時の映像を記録している筈……めくらなくても、それを再生すれば良い」
 あ。そうだ。
 俺は、全ての活動を記録、保存されている。
 と言っても、人間の視界と意識とは器用なもので、例え視界内に映っていても、意識していなければ認識出来ないのだ。
 お兄さんとみようとした部分は、確かに、視界には入っている筈なのに、見た憶えが無く、確認せざるを得なかったのはそのせいであり、その為に、御開帳未遂と相成った訳だが。



 じじじじじじ……。
 視界内にその時の映像を映し出す……。

「……………………」
「『女性』、でしょ?」
 ぎぎぎぎ……と、俺は簪さんの方をじっと見つめ。

「い、いやね……でも、女性化が……」
「双禍さんは……男性だと思っていたのに、肉体がドンドン女性らしさを帯びて行ったと推測……したでしょ?」
「う。うむ」
「だったら、『そこ』はどうであろうと、『男性』の筈、でしょ?」
 そう言うのも恥ずかしかったのか、真っ赤な彼女である。
 ところで、再生させたのは何故バレた。
「双禍さん……精神感応金属には嘘付けない。顔が真実を語っている……」
「マジっすか!?」
「マジです……あと、双禍さん」
「何ですか」
 その、判決、死刑とでも言いそうな表情は。
「録画映像でも、『見た』……。罰は必須、天の理。おふざけは、ゆるさない」
 そこまで!?

「双禍さんがふざけてるのはいつもだけど、あまりに度が過ぎるといけない事、教えてあげる、体で。今回、双禍さんは入浴中の女性の元に乱入すると言う天も恐れぬ大罪を犯し、そのうえ、その映像を改めて観賞した罪で……」
 ガタガタと震える俺。
 簪さん、怒るときは本気で目からハイライトが消えるのだ。
 あと、ここぞとばかりに『……』が消える。興奮技術者モードでないにも関わらずだ。

「侵入経路である通風口がそんなに好きなら、入ってなさい」
 そう言って、リビングの通風口に俺を押し込もうとする簪さん。
「止めて何でまた足から!? ちょ、そこから通路90度に曲がってるんだよ、だから頭から入るのがセオリーなのに足から無理矢理足から突っ込むのは産婦人科用語で言うと逆子だから! 色々引っかかるし無理矢理曲がるし痛だだだだだだだああアアぅッ!!」

 みしみしみしみし。
 めきめきめきぽきぱき。

 インフィニットストラトスには、装着者の筋力を補助するパワーアシスト機能が付いています。
 その膂力、甲龍では、超合金材壁をへこませた実績がある程だ。

 つまり。
 俺、そのすんごい力で、なんか今、無理矢理突っ込まれてる。あ、今どっかボギった。
 しかも、簪さんは俺の構造を知っているからかなり可能な無理、のボーダーラインを熟知しています。
 ぎゃああああああ! やめてえええ! ここは一夏お兄さん、つまりワンサマーさんの部屋だからって、なんかブ●ーサマーズさんに車に押し込められる警官さん達のような、駄洒染みた処刑はいくらなんでも嫌だあああああああああッ!!

 げふー。

 こうして、俺は色々無理矢理やられてダウンしたのだった。









 なんて感じの事があった訳です。
 以上、回想を終えた双禍・ギャクサッツでした。
 正座は未だ継続中。
 目の前には、普段なら人の後に居る引っ込み思案な気配の簪さんが、真逆の仁王立ち姿。

「ところで、本気で聞きたいのですが、あんまり間は開いて無かったよね? 何でまた、あんまり来たがってなかった一夏お兄さんの部屋に?」
「あんまりって……一時間はかかってた、よ?」
 え? そんなにお兄さんと口論していた憶えは無いのだが。
 まさか、結構見入っていた憶えは無いのだが、織斑家長男VS家庭内指定害虫の王者はそんな長時間に渡る激闘だったのか!

「それで……双禍さんは、彼と一緒になるとお互い同調してどこまでも調子に乗るって経験から分ってたから……。彼女が心配になって」
「…………え? 俺ってお兄さんと組むと調子に乗りますか」
「それは……もう……際限なく……」
「そこまで言いますか……」
「しかも……悪い意味でお互い高め合ってる。相性がいいのかもしれない……最悪な意味で」
「さんざんこき下ろされてる!?」
「それに……その後だって……」
「その後……?」
「そう……彼女が意識を取り戻してから」
「なんか、あったっけな?」



 そして、俺はその時の事を再度回想し始めた。









「た、ただいま……うぶ」
 なんか口元を抑えたお兄さんが戻って来た。
 俺が失神している間に、セシリアさんに食堂へ拉致られたらしい。
「どったのさ、お兄さん」
 俺はなんとかして通風口から脱出していた。
 下半身がエラい事になってたが、恐るべし新型精神感応金属、グリンブルスティである。
 打鉄弐式に習った方式であっという間に再成形。侮り難し、後藤さんモードである。



「いやな、何故か知らないが、洋定食と焼き魚定食をそれぞれ二食ずつ食う事になってな……」
「四人前も食うなら僕にも分けてくれ」
「悪いがシャルの分しか貰ってないぞ」
「ぶー」
「大丈夫、双禍さん……ここに各種カロリースナックが」
「また種類が増えてる!? また食事をそんなので代用したのかい、駄目だよ、簪さん」
「むしろ……その為の物がカロリースナック……」
「ほぅ……俺の前でそんな狼藉、許せると思っているのか? うぷっ」
 口元を抑えながら、何やら妙なオーラを撒き散らしているのはお兄さんだった。

「はぁ……変な所そっくり」
「え? 僕は食事作れないぞ!?」
「分らないなら……いい」
「むぅ」
 微妙に意味深である。

「ほら、腹減ってるならこれで凌いでくれ」
「早ッ!?」
 そして、何故か俺らの前にスティックサラダが並んでいた。
 俺と簪さんがカロリースナックに付いて談義している間にお兄さんが用意した。神業としか言いようが無い。
 早いし。五分かかってないし。
 どうやってその短時間で人参とセロリと大根とアスパラ(ゆで済み)をスティック状にしてオリジナルドレッシングと並べられるのか。
「ある程度作り置きがあったからな。俺は、今日みたいな事が無い限り夕食は少なめなんだが、どうしても夜遅いと腹減るだろ? でも、下手に食うと無駄なカロリー摂取になるしな」
「最早栄養士のレベルな気がする」
「就職先は……IS学園の食堂を薦める」
「いや、俺なんてまだまだだって」
 と良いつつ、まんざらではない風である。
 簪さんと二人、サクサク齧る。
 なんと言うか、ウサギか何かになった気分である。
「双禍さん……セロリもっと食べる」
「どうもなぁ、匂いがキツくて。僕はアスパラが一番好きだなー」
「このマヨネーズ……まさか……自作!?」
「酢みそが好きだな」

 そんなとき。
「ん……んん? ん?」
 ジャージ姿に着替えた(実施者は簪さん)シャルル君が呻きながら起き上がり、僕らを睥睨した。
「そっか……やっぱり、夢じゃなかったか…………あれ? これ……」
「大丈夫……着替えさせたの……私だから……」
「有難う…………ふぅ、そうか……」

 サクサクと、野菜を齧る音が響く中、乾いたような声でシャルル君、……いや、今更だけど、女性だからシャルルさん、なのだろうか。彼女は溜め息をつくのだった。
 シャリシャリと音が響き続ける。
「いや双禍。いい加減食うの止めてくれないか」
「あ。ごめん」
 あまりに美味かったもので。



「あぁ、更識さん? 貴女も?」
「うん……知った。でも……言いふらしたりはしない」
「更識さんも、みんな、どうしてそんなに優しいんだろうね?」
 それに、簪さんは首を振る。
「私なんて……全然優しくなんかない」
 続けて、何故か顎で俺を示す簪さん。
「……大丈夫? 双禍さんは……結構心臓に悪いから」
「え? 僕ブラクラ扱い?」
 じーっとこっち見つめて来る簪さん。
「御免なさい! はいそうです! 自覚してます! ブラクラです! だからそんな目で見ないでぇ!?」
 目が怖い。その、『次はどこ解析しましょうか。徹底的にばらばらにしないとね』って研究者の目で見るの止めて下さい! いつも解析の時本気で怖いんですから!?

「…………まさか、あの風呂場で換気扇を突き破って来たのって……」
 ん? それ、俺だけど。

「そうですか……出ましたか」
 口は自然と吐いていた。
「…………え?」
 俺の口調に、一気に顔が青冷めるシャルル君。
「僕もお兄さんのところで良くゲームしたりするので、良くこの部屋は来るのですが……実はこの部屋には、それはそれはげっちゃくちゃ恐ろしい神出鬼没のぶら下がり女が……」

 ごく……。
 シャルル君が思わず息を飲む。俺は、それに頷きを一つ返して続ける。
「奇声を発し、男の生き肝を食らい、日本刀を振り回し、深夜、くるくるブラブラ天井を走り回る、お馬さんの尻尾を模した髪型の、巨乳女の悪魔霊が出るのです。かく言う僕も、腸食われて腹がへこんでしまいましてね? 見ますか?」
「け、けけけけ、結構です!」
「ん? ポニーテールで巨乳って……ん?」
 お兄さんが首を傾げている。該当者、ならぬ該当怪奇現象でも見たのだろうか。
 まあ、冗談なんだが。
 怖がっている人って、何か見ていたくなるよね。

「双禍さん……?」
「あ」
 ジト目の簪さんがこちらを覗き込んでいた。
「おふざけは……ゆるさない……って言った、よね」
 部分展開した打鉄弐式の両腕が俺の頭を挟み込む。
 みしりみしりと圧力が加わる。
「ぎょおおおおおおおおオォらいがァアああああああああああああああああああるゥッ!?」
 あああああああ、潰れ潰れ潰れ、つ、ぶ、れ、るぅうううううあぁ!?
 俺の断末魔が、一夏お兄さんの部屋に虚しく木霊するのだった。






 ところでところで。



「なんで男のフリなんてしてたんだ?」
 切り出したのはお兄さんだった。
「それは、その……実家の方からそうしろって言われて……」
 たどたどしく応えるシャルルさん。
 何やらとっても言いにくそうである。

「なんでそんな———」
「僕はね、愛人の子なんだよ」

 おぉっと、ぼぅとしていたら話が進んでいた。
 隣では簪さんも難しい顔をしており、一言も話していない。
 殆どお兄さんとシャルルさんの声だけが耳に届いてくる。

 ふーむ。
 何やら難しい話なのだが、こう言うのは直に文句を言った方が良いのでは無いだろうか?
 というわけで、俺は通信システムを開こうとして……みんなも見やすい方がいいだろうとお兄さんの部屋のテレビにヘルメット状データ生命よろしくシステム侵入。

 テレビから地上回路を通電経路としてチューニング。
 立ち上がり、テレビの方に向き直る。
「双禍さん……?」

 疑問符を浮かべる簪さんを背後に。あ、繋がった。

 因みにシャルルさんの告白は、男装についての理由だった。
「簡単だよ。注目を浴びるための広告塔。それに———」
『はい、こちら轡木ですが』

 え?
 親父に繋いだ筈なんだけど。

「同じ男子ならって、うわあああああああテレビにいきなりおじさんが映ったぁあああああッ!?」
 さっきからなんだかホラー的なことに過敏反応を起こすようになっているシャルルさんである。

 ところで、どうしたんだろうか。この人は———

「なんで飴のおっちゃんが映るのおおおおおお!?」
「またお前か双禍ああああああッ!」
「ちょ、痛だだだだだだアッ!」
 後ろからお兄さんが頭グリグリして来た。痛い痛い。そこ簪さんに思い切り挟まれた所だからにして!

「飴のおっちゃん……?」
 首を傾げる簪さんに俺は説明する。
「IS学園の用務員さんだよ。中庭の手入れとか手伝ったら飴とかチョコくれるんだよ」
「なんで……用務員……に……?」
 繋がったんだ?

「いや、それは僕にもわかんないんだけど」
「てか、何してんだ。大事な話中だろう」
「いや、まさかデュノア社がこんなバレバレなことするなんて裏ありそうでさ。直にデュノアに居る親父に文句付けようとしたら用務員さんに繋がる不思議」
「いや、間違い電話だろ、普通に———って俺の部屋のテレビがぁ!?」
『いえ、間違いではないですよ。ゲボックさんとは一緒に飲みに来ていたんですよ』

 何その人脈の繋がり。

「驚きの繋がりだよ! 親父とおっちゃんが知り合いだなんて!」
『そして、IS学園の理事は私の妻なんです。君が入学できたのも、要因にそのコネもあるんですよ? あ、ちゃんと入試の成績は公平に見ましたから、その辺は安心してください』
「聞きたくもない限りなく黒い話が出てきたよ!」
 その成績だってBBソフトのおかげだしさ!

『おや、そちらは更識のお嬢さんではないですか。私、お姉さんとは茶飲み友達なんですよ。今度、よろしく言っておいていただけますか?』
「は……はい……そう、そう言う、事」
 シリアスな表情になる簪さん。
「さらにはあの会長とも知り合いだとは……恐るべしコネの用務員さんだな、おっちゃん」
 会長とのコネがあると言う事が何かの糸口になったのかもしれない。あの人確かカウンターアンダーだから…………あ、簪さんもそうなるのかな?

『さて、それではゲボックさんに代わりますね。それと、内密の話もあるでしょうから、席を外しておきましょう。幸いここはVIPルームです。傍聴の心配もありません。まぁ、そこにあっさり繋がるこのシステムはなんだ、と言う話もありますがね』
「ばいばーい」
 おっちゃんに手を振る俺。
 おっちゃんが退室後、カメラ(?)は奥に居る人物にズームアップする。



『ぶ〜〜〜〜、きーんですョー』

 その説明をすると、やたらと原色の強いカラーリングの部屋で、玩具の飛行機をペンチで挟んで飛ばしている人物1名、だった。

「………………」×4

 俺を含めた全員が沈痛な面持ちでテレビの映し出す人物を見送るのだった。
 その遊び方は俺でも卒業したわ!

「オや? 双禍君じャないですカあ? どうしました?」
 振り向いてこっちに声をかけて来た。残念な事に予想通り親父だった。
 見られた事に全く羞恥を憶えていないのが極めて証明になってしまっていた。
「んー。まあ、確かに用事はあるけど、その前に一体何の奇行しているか説明してくれないか? クソ親父」
「おいおい、双禍、言葉遣い酷いぞ」
「…………うん。御免」
「そんなに間を置く程使うのが自然だったのか今のは……?」
 当たり前だろう、お兄さん。相手はクソ親父だ。

『遊んでいたんですョ? 見て分りませんか? 双禍君は観察力に乏しいデすね?』
「おい待て双禍! それ俺の部屋のテレビだから!」
 おお、自然と拳を振り上げていたらしい。

「んじゃ、恥を忍んで―――」
『ご説明しましョう! このオ店は、VIPになる。まァ、常連になると、一室を個人の物とシて確保することができるんですネ。そうすると、内装を自由にコーディネートでキるんですョ!』
 遮られた……このっ……!
 と言う所でまたお兄さんに止められる。今度は逆の腕だったらしい。
 それ、つまり親父のコーディネートした部屋?

「なんっつーか、幼稚園みたいなデザインだよな……」
 お兄さん。皆が口を閉ざしていた事実を堂々と口にしないで下さい。
 雰囲気がクソ重くなるから。

『ええ、楽しく遊べるようニしましタ。ミサイル発射ですョ!』
 持っている飛行機のどこかのボタンを押したのか、ミサイルの形をしたプラスチックがバネ仕掛けでパシュっと飛んで。

 ズゴォン! と爆音を響かせて本当に爆発した。

『へぶォ!?』
 至近距離だったせいでブッ飛ぶ親父。
 しかし、幼稚園のような内装は一切傷つかない。
「オふぅ、破壊力を再現シすぎましたョ。失敗失敗」
 煤まみれになりながら親父が画面内に戻って来る。
 え? あれマジもんのミサイルと同じ威力なのか……!?
 で、一切損傷無いその部屋って……!
 内装をデザイン出来るってそこまでなのか!? どこの防衛シェルターだよ!?

「えー……と、ユニークな、お父さん……だね」
「極めて分厚いオブラート大変ありがとう御座います簪さん」
 そう言えば、画面越しとは言え、簪さんが親父の言動を目撃するのは初めてだったな。
 お兄さんは何度も忘れさせられてるらしいけど。

 気を取り直して。

「一つ聞きたいんだけどさ」
『なんですカ?』
「シャルルさんが性別偽るだなんて愚行、マジでデュノア社の意向なのか?」
『偽る、と言うか演技すルのはソうですね』
「阿呆か、デュノア社、世界に隠し続けられるワケねえだろう」
『確カに、デュノア社は本気で隠すキはないデしョう」
「正気か……?」
 それが白日の元に晒されれば、シャルルさんは元より、デュノア社そのものが致命的打撃を受けると言うのに。

『えぇ、ソうですね』
「なあ、そんな馬鹿な行為に僕の友人たるシャルルさんが巻き込まれるのは気に入らないんでな。そっちで何とかならんか?」
「ちょ、双禍!」
 あっけらかんな態度の親父に、俺は打開策を求めてみた。
 当然、制止に来るシャルルさんだが、親父は誰にでも操れるマッドサイエンティストという通称があるのだ。身内が使っては行けないと言う道理は無い。
 シャルルさんの止める声も何のその、だ。

『あァ、それなラ心配いりまセんョ』
 しかし、親父の返して来る答えは、既に過去形の様だった。
「なんで?」
 しかし、言質を取らないと非常に不安なのが親父だ。何をするか分ったものではない。
 紛争を止めて欲しい、と言う願いを、勘違いどころか拡大解釈してサハラ砂漠を大樹海(しかも移動する)に変えた男だ。
 下手すれば、デュノア社どころか、フランスが滅びかねないのだ。

『以前、シャルロットちゃんの悩みを聞きマしてね? 家族ト言うか、血族ですか? ノ、非常にデリケートな問題をどうにカしたイとか。小生、その悩みを解決すべく奮闘中ナのでス! 多分、今シャルロットちゃんの性別デの問題も一緒に解決しまスから待ってテ下サいネ! 確か、シャルロットちゃんはオレンジを選びましたし、小生も全力ヲ出すだけの物デすョ、これは!』
「具体的に何か言えよ! オレンジって何だオレンジってぇ!」
「オレンジってまさかダーツの……?」
「そのとぉりですョ! シャルロットちゃんはタイタンに乗ったつモりで待ってテくださいね!」
「「「「沈む(だろうが!)」わ!」……よね、」じゃうよね!?」
 全快一致のツッコミだった。
 しかし、無情にもモニターは真っ黒になって消えてしまう。



「………………なんだろう。物凄いフラグ立てた気がする」
「双禍さんは口にしてしまった……世界線は既に成立してしまっている」
「空想科学アドベンチャーな恐ろしい言葉で締めようとしないで!?」
 静まり返った部屋内で、俺の呟きと簪さんの予言が響き渡るのであった。
 極めて不吉だったという。

「だから……オレンジって何なんだよぉ……」
「なぁ……シャルル」
「な、なに? 一夏」
「ここにいろ」
「……え……?」
「特記事項第二一、本学園における生徒はその在学中においてありとあらゆる国家・組織、団体に帰属しない。本人の同意が無い場合、それらの外敵介入は原則として許可されないものとする」
「良く憶えられたね……特記事項って五十五個もあるのに」
「なんか、急に頭が冴えて来てな……一応、あの分厚い電話帳モドキ、一回は読み通したからな、何とか……。睡魔と戦いながら」
「あははは……」
「———つまり、この学園にいれば、少なくとも三年は、何があっても知らぬ存ぜぬ通せるから、その間に何とか無関係を証明すれば良いんだ!」
「なんと言うかその一文が想起されたのって生存本能なのかな!?」

 冷や汗ダラダラのシャルルさんである…………ん? そう言えば、さっき親父が言っていた名は……。
「ところで、シャルロットって、妹さんだよね?」
 家族関係で心を痛めるとは、やはりシャルルさんの妹である。
「………………ごめん。それ、僕の本当の名前。お母さんがつけてくれたんだ」
「………………あ」
 そうなんだ。
「すいませンッしたぁ!」
 PICをフル活用、『残像だ』の演出まで用いて土下座する俺だった。
 瞬時土下座というジャンルを切り開いたんじゃないかと思う。









「本当……悪ふざけが酷い……」
 これが、シャルルさん、もといシャルロットさんの正体が明らかになったときの話である。
 結局、部屋に戻った後いつもより徹底的にバラされましたけどね! 罰とか言って!

「そして……今日も……。今日は特に、双禍さんの言動が変だったって」
「だ、誰から……?」
「証人は……ここに……」
 ぱんぱんっ、と手を撃つ簪さん。

「はいは〜い、ただいま〜、火曜日から木曜まで一杯〜あなたのお傍に布仏本音で〜す。かんちゃ〜ん、お呼びかな〜?」
「前より休み日数増えとるがな」
 半分以上休んでるじゃないか。
 というか、貴女最初からいたでしょう。

 しかし…………マズい。



 そう、今日の俺はとんでもない無茶を冒したのだ。
 物理危険性はそうでもないのだけれど、俺の正体がバレる的な意味で危険だったのだ。
 しかも、その時、のほほんさんはまさに一緒にいたのだ。誤摩化す事などできはしない。
 そして。
 まあ、気が立っていたのだろう。言動も荒かった。
 きっと、その事についてなのだ、と思う。












「今日も今日とてイカナイカン踊りは絶好調だと思うのだよ」
「でも〜、その踊りって〜、百年は踊るよね〜」
「あの何でも食べる食性は素直に尊敬出来ると思う」

 言の通り、イカナイカン踊りをしながらのほほんさんと世間話をしていたときの話である。
 すぐ傍をお嬢さん方が、大ボリュームで会話しながら過ぎ去って行ったのだ。



「ねぇ、知ってる? 今、第三アリーナが凄い事になってるの、知ってる?」
「え? 何なに?」
「なんか、1年の専用機持ち同士で模擬戦してるみたいなんだけどね」
「今年って専用機多いわよねえ」
「専用機同士かぁ、迫力あるんだろうなぁ」
「それがね、ドイツから来た転校生に、イギリスと中国の代表候補生が二人掛かりで攻撃してるってのよ」
「え? それって新入りが頭に乗らないようにって奴?」
「いつのヤンキー漫画の話よ、それ……驚くのはこれから。転校生の方が優勢らしいのよ」
「おぉ! 下克上ね!」
「だからアンタら……」
 三、四人程の会話を、耳にした俺らだったが。
 いやはや、姦しいね。
 だが…………。
 セシリアさんと、鈴さんが、クードラ…………じゃなかった、ラウラと模擬戦……ンな訳ねーな。こりゃマジバトルしているんだろう。
 経緯は…………?
 うむ。

———お兄さん関連しか、ねえよなぁ

 で。先輩から加味した情報を加えて推測するに……。
 あの二人は兎も角、ラウラ・ボーデヴィッヒの目的は…………。



「………………あのパチモン野郎……」
 しかし、俺の口をついたのは、そんな悪態だった。
「そっくん〜?」
「どうしました? のほほんさん?」
「そんな怖い顔〜、そっくんらしくないよ〜?」
「はえ?」
 そんな顔をしていたのだろうか。あまり、自覚が無い。

「ん〜。それがいつものそっくんだよ〜? それで〜、行くの〜?」
「ん? あぁ、そのつもりだけど」
「じゃあ〜、私も行く〜」
「え? 第三アリーナまで、結構有るけど……」
 俺ならカッ飛んで(いや、足は地につけるけどね)行けるけど……。
 正直、一刻も早く行きたいと言うのが本音である。いや、のほほんさんの名前ではなく。
「ん〜。だから乗っけてって〜?」

 あ、成る程。
 俺は極端な前傾姿勢をとる。
「はいよ!」
 両腕は後ろに引き延ばす。
汁婆(し〜るばぁ〜)〜」
 そのままのほほんさんは俺の背中に正座体勢。
 その両手で俺の手首を掴んで体を固定。
 しかし、汁婆って……。

「のほほんさんって、宝塚とか好きなの?」
「ん〜。お姉ちゃんが結構好きかな〜?」
 虚先輩にはシャルロットさんを紹介しないでおこう。何か怖いことが起きかねない。

「んじゃ、飛ばすよ―――」
 言葉の後半は既にドップラー効果で背後に置き去りにしている。
「うわぁ〜、は〜や〜い〜」
 後で聞いたのだが、効果が掛かったのほほんさんの声は、通り過ぎた人達から聞くと、まるで声の長い猫のようだったと言う。
 精神力が削られたとか何とか。
———登録者の接触を確認、情報を取得開始―――
 ん? 何か聞こえた気がする。
 気にせず、俺は足の裏に斥力場を展開、地面からひっ離される力を利用して失踪を開始したのだった。



 あ。



 っと言う間に。アリーナ入り口に到達する
 ハイパーセンサーを最大励起。
 アリーナ内部には、噂通り、ラウラ・ボーデヴィッヒと、鈴さん、セシリアさんが戦闘状態である。
 しかし、二人の方は数の優勢があるにも関わらず、劣勢の窮地に立たされていた。

 ISの各装甲は剥離し、かなりの損傷と見受けられる。

 しかも、何だアレ、鞭剣? ああ、この間俺に向かって来たワイヤーブレードか、に巻き付かれ、チェーンデスマッチ状態だった。
 そこに、一方的にドッグファイトで痛めつけるラウラ(呼び捨てで良いや)。
 拳、それに袖口から出ている爪? みたいに出ているプラズマ放出機、手刀の強化にでも使うのだろうかね?

 しかしあれだね、分りやすい。
 弱いもの苛めを心底楽しんでいるって顔してやがるな。
 鬱憤ばらしもかねているような気がする。

 分りやすい敵だな。



 そして。
 実はこのまま、前進すると、一夏お兄さんと激突するコースである。

 つまり、轢殺コースだったりする。
 だが、それよりも。
 お兄さんが踞って口元を抑えていた。
 どうしたのだろうか。

 シャルロットさんと箒さんが心配そうにお兄さんに駆け寄っている。

 あ、それでもお兄さん立ち上がった。
 ちなみに、撥ねるまで、あと四秒の距離である。

「アイツは……また俺から奪うのかッ……!」

 また……?
 お兄さんとラウラはこの学園での出会いが初めての筈、だが……。

「前と同じで俺が無力だと思うなよ……」
 お兄さんの手がガントレット形態の、待機状態白式に触れる。
 ん〜、なんかあれだな。

 憎悪で覚醒フラグか。
 カマセフラグか。
 悪落ちフラグか知らんが。

———跳躍

「そのフラグを叩き折る!」
「ゲぶアッ!?」
「「一夏!?」」
 俺はそのまま、お兄さんをスタンピング! ロイヤルな勢いで、である。
 暫く失神するだろうぐらいの勢いで。

「双禍! なにをする!」
「いや、箒さん、何かお兄さん様子おかしかったし? あ、のほほんさん到着です」
「は〜や〜く〜て〜目〜が、ま〜わ〜るぅ〜?」
 うわ、やりすぎたか。一応、時速百キロ以内ではあったのだけど。

「いや、お前もおかしいぞ? なんと言うか……」
 箒さんが心配してくれるが、なんと言うか。

「まあ、このシールドを抜けなきゃならないからねぇ。確かに、零落白夜も手だろう。だが、このシールドを破るには相当エネルギー食うだろうし、それじゃラウラには勝てんだろうしね―――まぁ、勝つ必要は無いけどさ」
「いや、なんでシールドを破るの前提なのさ、双禍!」
 シャルロットさんの言葉も応えている暇はない。
 のほほんさんを降ろした後、PICを励起。
 今度は斥力場ではなく、反重力場を形成。
 いや、斥力場なんかで反発して飛んだら、下のお兄さん踏み潰すし。
 一気にシールドへ突撃した俺はそのまま。

———単一仕様能力

 衝突への恐怖をそのまま能力の起動と接続。

「『揺卵、極夜』」
 前回の『ゴーレムⅠ』突撃の際と同様に、シールドを吸収して、中に潜り込む。
 途端に響き渡るラウラによる殴打音。

 音を遮断していたシールドを抜けたからだろう。

 全身300以上ののPICを同時並行励起。
 『残像だ』。の回避に用いたものを突撃加速に使用。
 周囲の大気を斥力で押し退け、真空になった所を重力操作でノンラグでマックススピードまで加速する。
 音を置き去り(というか発生しない)にし、ただ、IS操縦者にだけは最大音量で届くように解放回線(オープンチャンネル)で宣言する。

『ラウラァァぁあああああああ、ボォォォオオオオオオオオデヴィッッッッッッヒィィィイイイイイイイイッ!!』

 更に思考加速。IS操縦者は、この高速通信で、僅かな時間に大量の情報をやり取りを処理する事が出来る。

 俺は、頭が沸騰していたんだろう。
 お兄さんが気に入らないからといって、その周囲にまで悪意をばら撒くとは。
 足りない。
 この女は俺と同じだ。
 常識とか倫理とかに対する一般的認識が足りないのだろう。

 対人交友関係、その経験値が足りないのだ。
 いや、こいつに足りないのはそれだけじゃない。



『なにしてやがる! 足りねぇ! 足りねぇぞ! くー……じゃなかった、ラウラ・ボーデヴィッヒ!』

 つまり、受ける方も自然と思考は加速されるのだが、そこに一気に大ボリュームの情報を圧縮して叩き込む。

『テメェに足りないもの! それをここで教えてやる!
 それは―――例えば思いやり真心気配り信頼優しさ情熱思想社会性理念頭脳気品優雅さ勤勉さ! 
 そして何よりも―――何よりも―――』

 あれ? なんだっけ?

『えー、何だっけー、あ、あと友達とか! あと、え……っと、口が回らん何より忘れたなんだっけ、なんだっけぇ? あーあーあーあー!! 取りあえずあー、あれだ!』



 量子具現展開!



『スーパーピンチクラッシャー脚部限定!!』

 だった筈!

 ISであろうとも、対高速戦闘用パッケージを組み込んでいなければハイパーセンサーで捉えられぬ速度での接近だが、流石は千冬お姉さんに鍛えられたラウラである。
 俺がバリバリで撒き散らしている殺気に反応したんだろう、的確にこちらを向き。

 視界を埋め尽くす巨大な足に目を見開いた。

 一瞬、思考が停止したのだろう。
 大出力圧縮情報で脳の情報処理機能がギョッとしたと言うのもあるのだろうが。

 人の固定観念と言うのは相当強固なのだ。
 振り向けば足の裏、超巨大と言うのは早々体験出来まい。
 とまあ、そういう。多重に思考へ隙をねじ込みねじ込みを重ねて生み出した間隙は、俺の速度の足を炸裂させるには充分な一瞬を稼いでくれた訳だ。

 足の裏が全身に炸裂したラウラはそのまま吹っ飛んでアリーナのシールドに激突した。

 おっと、決めゼリフを忘れていた。
 えっと……あれ? 何だっけ? んー、ま、いいか。
「えー……そ、そう! ピンチが足りない!」
「所々外すわね、アンタ」
「…………え?」
 やっぱり違ってましたか。あ……外したか……そうですか……鈴さん。
「心底意外そうな顔しないでくれないかしら……」
 疲れたように溜め息をつく鈴さんであった。

 ま、いいや。
「フッ……そこのクードラドールモドキ、てめぇ……なに人のダチボコってんだよ、食うぞコラ。あと、僕が代表候補生に勝てるワケねえだろう、不意討ち上等だボケェ」

 あ、そうだ。それと、なんか色々混じった様な気がしないでもないが取りあえず使ったんで宣伝しとこう!

「今度上映される『美女と大怪獣』で巨大メカ『デュノガルド』として、最終選考まで残ったものの、惜しくもわずかな票差で落選したIS外付け巨大外装パッケージ『スーパーピンチクラッシャー』!! なんで名前が英語なのか知らんけど……一応販売しております。足しかお見せ出来ませんでしたけが———!」
 ビッ! とシャルロットさんに向けてポーズをとる。
「メイド・イン・デュノアです! どうぞ御贔屓に!」

『本気で止めてぇッ!?』

 個人間秘匿通信(プライベートチャンネル)で苦情が届きました。
 あれー? 親父からテストに使ってくれって量子通信で送られた時、頼まれたんだけどなぁ。
 使うときは是非デュノアの宣伝御願しますって言われたからやったんだが……。
 何か駄目だっただろうか。

『あれ……? 何で双禍にプライベートチャンネルが……?』
 それは僕が人間ISだからです。
 とは、口にしないが。




「ま、兎に角、ここは引きましょう。ISって———」

「やってくれたな―――ギャクサッツ―――」
「ほらぁ……復活早いんだから、ISってやつは……」
 ゆっくりと身を起こすラウラがそこにはいた。

「えーと、鈴さん、セシリアさん、ちょーっと、助け呼んでくれませんかね? 死亡フラグなのは覚悟で言いますけど、ここは任されますので」
「ちょ、ISもないのに何言ってるのよ、アンタは!?」
「ご安心を……一応僕は、『対IS級』の生物兵器です。そう簡単にはくたばりませんよ。まぁ、経験不足による総合的戦闘能力の低さが難点ですけどねー」
 とは言うものの、正体をばらさない為に。IS外装形態は展開する事が出来ない。正直、戦闘能力が低いのは否めないが。

「まあ、一応お二人は今怪我人ですしね。戦闘能力が低くても、HPが高い方が殿を務めるのは当然と言えましょう」
 この際、防御力の事は置いておくのだが。

 両腕を後藤さんモードに変化。もっとも、人としての原型は留めて鋭利な爪を形成させるにとどまる。

「あー、成る程。一応ゲボックさんちの人だもんね」
「本当に、大丈夫なんですの?」
「え? やばいよ? 相手代表候補生でしょ?」
「変な所正直ですのね!?」
「まあ、凌ぐって意味では自信満々ですがね。それに、代表候補生のお二人が二人掛かりでこれですからねー。勝とうなんて思うのもおこがましい」
「なっ! 別にいらないわよ! 助けなんて!」
「このまま続けていれば勝てますもの!」

「…………いや、チェーンデスマッチでボコられてたでしょうが。後で大画面で上映するぞ?」
「「うっ」」
「はいはい、避難する避難する」
「わ、わかったわよ……仕方ないわね。本当は勝てるけど聞いてあげる」
「そうですわね。下々の具申を聞き届けるのも貴族の勤めですもの。

 オノレら、言いたい放題言いおってからにぃ。

「話はもう良いか?」
 あ、空気読んでたラウラ。それとも余裕か。
 でも、軍人が獲物の前で舌なめずりはニ流じゃなかったっけ? まあ、助かったから良いけどさ。
「おっけー、んじゃ、やろーか」
「あの駄科学者のゴミを片付けるだけだ。いつでも出来る」
「…………言うねぇ」
「これからは行動で示す。存分に理解しろ」

 レールカノンが火を吹いた。

 この野郎。
 高電圧により生じる電磁誘導で撃ち出された弾丸は、当然超音速の域に達している。

 まあ、IS搭乗者なら思考加速やハイパーセンサー、さらにISによる予測AIの働きで難なく躱せるんだが。
 背後には、撤退中のお二人が。
 効果的だが性根悪いな、おい。

 手のひらの内部にのみ『揺卵極夜』を展開。
 レールカノンを受け止め、その衝撃を飲み込む。
 向こうから見れば、手のひらがちょっと暗くなっただけに見えただろう。

「ほう?」
「そっくり返したらぁ!」
 手と言うのは精密な構成をしていて関節もとんでもなく多い。
 つまり、PICの数もふんだんに有り、言うならば、グラビトロンガンの要領で砲弾を撃ち返す。
 単純に数が数だ。レールカノンの速度と比しても遜色無い加速で弾丸はラウラへ向かう。

「無駄だ」
 しかし、起きたのは俺が起こした事とほぼ同様の事象であった。
 ラウラが手をかざしたと見えた瞬間、レールカノンの弾体が、文字通り停止したのだ。
「慣性のキャンセル!?」

 俺と同じでPICによる外部干渉、一般でも実現していたのか!?
———待て、確かドイツでは―――

 思考はしかし、敵の攻撃で遮断される事となる。

 ラウラは二人を相手取っていた。
 しかもそのうち一人は、多角攻撃をコンセプトとした『ティアーズ』のマスターたるセシリアさん。

 つまり、ラウラもまた、一度に複数の行動パターンを同時に仕掛けることができると言う事だ。
 …………パターンが、三つ以上だと、マズい。対処しきれない。
 いや、俺が単純に平行思考が苦手ってだけなんだがな。
 これは、男女の脳構造でも差が出るんだが———
 てことはさ、話し逸れるけどBT兵器って、ISの兵器でなくても女性しか使えないんじゃなかろうか。



 敵機攻撃接近警報!

 ハイパーセンサーの感に従い、身を沈めれば、やっぱりさっきのワイヤーブレードが来てるしなッ!
 斥力全開!
 垂直跳躍で回避する。

 そして。
「んちゃーでございまーすっ!」
 上空から熱線砲を放つ。

 しかし、そんな俺の口から砲撃は、僅かに身を逸らしただけのラウラに回避される。
 流石だなオイ!
 しかも、瞬時加速突入の追加と来た。

 気付けば目の前に居る。気を抜けば一瞬で八つ裂きになるだろう。
 その証に、それでも舐め切ってるのか、両袖のプラズマが手刀の形状にに火を灯す。
 人体の構造のまま攻防したら、絶対に敵わない。
 何故なら、戦闘訓練とは即ち、稼動域に限界のある人体の構造で、如何に効率よく、相手からの被害を抑え、何もさせぬよう、動かし相手を害するのかに尽きるからだ。
 その研鑽だけに何百年もかけた果てに有る事を反復させてきたのだ。
 俄な戦闘法では絶対に敵わない。

 普段の生物兵器なら、身体スペックだけでそんな努力を一笑に伏せるが、相手はIS。そんなスペック差など、あっさり埋めて来るのだ。
 つまり、メモリーにあるだけで体に馴染ませていない―――本格的な格闘訓練を受けていない俺が、ラウラに敵う訳も無いのだ。

 しかたねぇ。

 そう判断した俺は、指を思い切り開き、更に人体に有り得ざる程指の間隔を広げて行く。
 べきごきがき———ぬるり。
 最初は固定観念の影響で悲鳴を上げていた精神感応金属製の関節が、後藤さんモードの影響で、スムーズに、ゴムのように軟化する。

 ガンガンガンガンガンジジジッ、ギンギンジッガッ、ギギギギジジジジジジジギキキィンッ!!

 鳴り響いたのは爪の奏でる金属音と、プラズマの奏でるノイズのようなさえずりが連続して不協和音が耳朶を殴りつける。
 その果てに発生するのは、人体構造への熟知から来る効率的なプラズマの斬撃と、それを弾き返す人体に有らざる変幻自在な異形の爪撃の絶え間ない攻防だった。
 爪の表面には電磁コートがなされている。
 そうでもなくば、プラズマと打ち合いなんて出来はしない。
 まあ、攻性因子と防性因子の干渉でも、科学的に有り得ない事が良く起きるらしいけどね。ビーム同士が激突とか。



「ははは! 化け物らしくなったな!」
「てめぇも眼帯で強面だろうが!? 目鼻立ち可愛いからって良い気になってんじゃねぇ!」

 端から見たら、互いの美醜で罵り合う女子ニ名である。
 口調はどっちも男だけどね。つーか、俺理性吹っ飛んで人格偽装も吹っ飛んでます。

「ならばこれでどうだ!」
 嘲笑の笑みに浮かぶラウラはさらに次々とワイヤーブレードを入れ替わり立ち替わり射出して来た。
(げぇ!? やっぱりいっぺんに三パターン以上か!)

 こう来られると、ワンサイドゲームだ。世は、数がなべて統べるが如し。
 だが、こう言う時どうすれば良いか。
 猫柳●博士はこう言っていた。

「轢いちゃえ」
 ここら一体に広範囲に掛けてPIC干渉、重力増大!

「ぬぅおおおおっ!?」
「あははははははははは!」
 今度はこっちが笑う番である。

 しかし、この咄嗟じゃ、俺だけ干渉から免れると言う器用で精密な作動なぞ出来る訳も無い。
 両者揃って地面に叩き付けられ、バウンド。

「舐めるな!」
 流石、代表候補生と言った所か、体勢を即座に立て直し、レールカノンをこちらに向ける。
 先の攻防中に撃つつもりだったのだろう。
 すでにコンデンサ内の電力は充分なところまで充填されていた。

 PIC位相整列励起!
 弾かれるように。瞬時加速。
 本来なら吸って圧して爆発するのが瞬時加速だが、スラスターの無い俺は、これが平常の瞬時加速だ。
 



「あはははははははははは———っ!」
 生物兵器の本領だ。
 どんなに臆病であろうとも、いざ戦いが始まればその感情は歓喜に打ち振るえる。

「———何の工夫も無い突撃、正直、失望したぞ」
 ラウラの侮蔑は、口角を吊り上げる事で最大まで引き上げられる。
 こちらに突き出した手は、先程同様俺の慣性に干渉する前動作なのだろう。
 だが。

「———なにっ!?」
 その手が何かを発する前に、ラウラは回避行動を余儀なくされる。
 瞬時加速時に分離、残して来た右腕に備え付けたサブマシンガンがラウラを急襲したからだ。
 後藤さんモードは、このような時に最大限の力を発揮する。
 分離した右腕は尺取り虫のように這い回り(更にオクトパステルスモードの隠蔽を上乗せである)、横合いから不意を討ったのだ。

 しかし、それでも当たらないのは、実力差なのだろう。
 舌打ちしながらスケーティングの要領で、右腕の方へ滑り寄り、肩部へ接続。

 弾切れを以て、仕切り直しとなった。
 流石である。
 うーん……手段を選ばなきゃ、消し飛ばせるんだけど(下や横とかに撃つと地球がやばいアレ)、そりゃ洒落にならないし。

「相変わらず気色の悪い小賢しさだけは長けているようだな、ゲボックウェポン」
「…………その呼称はメジャーなのか?」
 会長といいさ。
 それにしてもその口調はちょっとイラッとくるんだがね。

「やけにカリカリしてないかね? ラウラ・ボーデヴィッヒ、いや? 『Auシリーズγロット–00七四』だったっけ?」
「!! …………貴様!」
「なんで、製造番号知ってるかって? 嫌だなあ、僕はゲ・ボ・ッ・ク・ウ・ェ・ポ・ン、なんだろう?」
 そう、この間の『残像だ』失敗してワイヤーブレードにブッサリ刺されかけた事件以後、あの時決めた通りちゃんと調べたのだ。
 面白い事に、コイツはある意味俺と同じである。
 遺伝子強化体(アドバンスト)とか言う、デザイナーチルドレンだったのだ。

「この薄汚い覗き屋め……!」
「まぁ、ただ今僕は新聞部員。ブン屋であるが故の誹りは、嬉々として受け入れようじゃないか、アドバンストさんよ」



 遺伝子強化体とは、正確に言えば、遺伝子優秀因子発現率強化体という。
 デザイナーチルドレンとは、単純な話、優生学であり、優秀などんな人と別のどんな優秀な人を掛け合わせれば更なる優れた人類が誕生するか、というもので、作物や家畜の品種改良と大して違わない事しかしていない。

 詰めてしまえば何を言おうとも、結局な話、確率論でしかないのだ。
 何故なら、全ての生物は、遺伝子を設計図としていても、全てそれに従う訳ではないからだ。
 生物の基本理念は自己増殖と多様性の獲得なのであるから、ゆらぎこそ望まれるものであるし。

 人間が母親の体内と言う環境で十月十日と言う年月を経て誕生する様を、不謹慎ながらも工場で製品が製造される様で例えるとしよう。
 実際『製造』された俺なのだから、それは目をつぶって欲しいものだ。

 人体の設計図は遺伝子である。
 これは最早、凡百の一般人にすら常識の物事である。遺伝子組み換え食品を忌避する主婦、と言うのは記憶に新しいだろう。
 しかし、人間―――というか、生物はそれ程杓子定規に遺伝子に従う奴隷ではないのだ。

 考えてみて欲しい。
 金髪の父親と黒髪の母親の混血児が生まれたとする。
 この時、完全に混ざった色彩の髪を持った子が生まれる可能性はむしろ少ないのである。

 何故であろうか。
 色彩を決める遺伝子は一つではない。
 つまり、髪の色が父親ないし母親一辺倒の組み合わせになる事の方が奇跡的な確率だと言うのに。

 ここに干渉して来るのが優性遺伝の法則である。
 かの有名なメンデルさんが豆を用いて非常に根気のいる作業の果てに発見した法則であるが、同じ要素を担う遺伝子同士では優先順位があるというものだ。
 しかし、それでも世の中ではそれでさえ説明出来ないものがある。

 男女の一卵性双生児、もしくは、髪や瞳の色が異なる一卵性双生児。
 これは、遺伝子の法則に則れば有り得る訳が無いものだ。
 しかし、実際にこれらは存在する。

 簡単な話だ。
 母体という『工場』に於いて作られる『製品』である赤子の出来は、遺伝子だけで絶対的に決定されるものではないからだ。
 それは、各種ホルモンや、細胞活動と言う『作業員』がいて結果として作られるからだ。

 突き詰めてしまえば、例えどんなに優秀な、遺伝子の保有者であっても、その『設計図』通り作られなければきちんとした『製品』は出来ないと言う事である。

 その典型は、かつての我が身そのものである。
 遺伝子要素劣化体(ミスコピー)である俺だ。
 俺は織斑一夏の複製体ではあるが、その要素を完全に再現出来てはいない。
 だから、ISを操縦出来たが、体が崩れ去ったのである。
 遺伝子だけが全てではない、と言う証明そのものではないか。

 さらに。
 遺伝子の要素の内、どの因子が発現するかは完全にランダム。
 『作業員』の気の持ち次第なのだ。
 優性遺伝子であろうと、発現するとは限らない。劣性はまず出る事は無いが、と言う程である。

 遺伝子強化体とは、そこに着目したもので。
 既に用意されている因子を有した遺伝子に干渉し、狙った因子を発現させやすいように人工子宮を用いた完全同一環境で投薬、調整する事で培養経過を完全に管理するものである。

 一番近いもので言えばスーパーコーディネ●ターだろうか。

 しかし、それでなお稀に突然変異は生まれるらしいが。
———資料には、ただ一言愚者(オーギュスト)と記されていたが、なんかのコードネームかなんかなのだろうか。



 まあ、言ってしまえば。
 俺とラウラは同じ技術で作られた兄弟のようなものだが、彼女は、素体やら機材やらが厳選された特化個体であるのに対し、俺はあくまでも採取から何時間も経ったか分らない体細胞から、急遽間に合わせの機材で作られた即席個体というまあ、百均と大手ブランドぐらいの差がある訳である。
 それを、世界があッと驚く出来で昇華させたSHOKUNINみたいな親父がとんでもないなぁ、と改めて思わせられた訳だが。



「そうだなぁ、覗き屋よろしく、もう一つ、追加してやろうか?」
「———なに?」
「『―――そこまでにしておけよ、小娘』だったっけ?」
「ッ!!」

 これは、ラウラが、千冬お姉さんに自分の部隊へ指導しに戻ってもらうよう懇願したした際、千冬お姉さんが切って捨てた言葉である。
 実はこれ、今日の出来事である。黛先輩の学内噂集め装置(と言う名の盗聴器)がキャッチした代物だ。
 どうにも、学内の廊下やトイレなど、結構仕掛けられているらしい。
 俺の部屋は駆逐したけど、他の生徒の個室にもあるんじゃないかと戦々恐々である。
 な、無いよね……。

 あの時、お兄さんも傍に居たんだよ、と言ったらなんて反応をするのだろうね。
「お兄さんに織斑先生とられたく無いのはわかっけどさぁ。残念だったねぇ? 織斑先生ってブラコンなんだよ。初めからお兄さんのお姉さん。お前の入る隙間はどこにも無いんだからさぁ」
「貴ッ様ああああああああアアッ!!」

 おっしゃキレた!
 これで動きが荒れる!

「愛しの教官がお兄さんの所から自分の所に来てくれないからって癇癪かァ? 八つ当たりでヒトのダチに手ぇ出すんじゃねぇッ!」

 そう。
 どう見ても、これは憂さ晴らしでお兄さんの知人を攻撃した、と言う事件に過ぎないのが気に入らない。
 まあ、プライド高くて喧嘩ホイホイ買う二人もアレだけどさー。

 まあ、図星突かれて動きが雑になったのか、レールカノンが躱しやすいものだ。
 さらに、あの慣性干渉攻撃。
 こんだけ頭に血が上ってたら使えんだろ。多分。

「あははははははは!」
 PICの数を強引に用いた急加速と急制動。
 殊更、力任せの機動性で負けるつもりは無い。

 だが、その機動がガクンと停止する。
「おろ?」
「こちらの冷静さを削ごうとしたのは認めてやる。だが、少しくらい頭に血が登った程度で、動きの読み易いお前を捉えられなくなったと思うなら———浅慮にも程がある!」
 足に、ワイヤーが絡みついている。
 そ、そんなに甘く無かったかぁぁああああああああああっ!

 振り回され、シールドに、地面に叩きつけられる。
 PIC万歳、慣性を殺してダメージを減らしているが、それでも痛いものは痛いのだ。
 攻性因子の影響である。
 具体的にいうと、科学的とか関係なく攻撃として通るという感じだろうか。

「甘過ぎる! ふざけ過ぎているのだ! 貴様も! ここの学徒共も! 何より奴! そう、奴がだ! 奴が教官の経歴に汚点を残させた張本人なのだ!
 調べているのならわかるだろう! 奴の愚行を! 危機感と責務の無い愚劣さを! 故に排除するのだ! 奴に関わる全てを! そしてこんなくだらん学生どもに煩わされるのでは無く、教官として相応しい場所へ返り咲いていただくのだ!」
 随所に叩きつけられながらその憤激まで叩きつけられる。二重かい。
 ただ———それは、一言一言、区切る毎に血を吐くような叫びであったように思える。

 分からなくもない。
 俺達は、まだまだ精神的に幼すぎるのだ。縋るものがなければ、容易く崩壊してしまうのだ。

 だが、こっちだっていい加減、痛いのは御免蒙るのだ。

 全身のPICを全力稼働。
 振り回されている途中でガチリと空中停止。
「なっ!?」
「知った事かぁ!」
 右腕にミサイルポッドを量子展開、連射!
 因みに構造は打鉄ニ式の『山嵐』を右腕用に規模縮小したものだ。

 爆風に吹っ飛ばされた俺は巻きついている部分に熱線を直に照射、焼き切ると一端間を置いて。



「確かに織斑先生を信望するものにとってお兄さんは許しがたき存在だわなあ……。だ・が・な! お前だけはそんな筋合いはねえ。資格なんぞ微塵もねえ!」
 そう、これだけはラウラに突きつけねば、思い知らせなければならない。
 お前の意見は正しい。行動はクソだが、言い分は概ね合っているのだ。
 だが、その概ねに入っていない部分、それがお前にとって致命的なところなのだから。

 千冬お姉さんがモンド・グロッソ二連覇に至れなかったのは、事故に巻き込まれた事による棄権、と言うのが通例だ。
 その事件、一般には知られていないのだが、同時期であり、かつ———その規模、未解明っぷり、そして。
 その当日にドイツ国内で起きた無数の事件が多過ぎる上に被害やら規模やらが凄まじすぎるのだ。

 市街の大火災。
 未届の異形による仮装行列。
 モンド・グロッソに置ける国力示威のために集った各国首脳陣の大量失踪。否。失踪どころではない、蒸発だ。

 そして、怪我を負ったと言えばこれでは有るまいか。
 山岳地帯における、地図を大幅に書き換える必要さえあった大規模破壊現象。

———なんせ

 山が幾つかまるごと消失する程の広域大規模破壊、その威力たるや、大陸間弾道弾を雨霰と打ち込んでもこうはなるまい、と言う程に破壊に晒されていた。
 衛星画像からみられる破壊痕(クレーター)から逆算すれば、隕石が文字通り流星群と化して降り注いでいなければ成し遂げられぬ破壊っぷり。
 しかも、必要な衝突質量は恐竜を滅ぼしたとされる隕石のそれを上回ると計上された。
 つまり、それがもし計算通り隕石の仕業ならば、白亜紀の終焉に起きたそれと同様、捲き上げられた塵で日光が遮断され、地球規模の寒冷期が起こっていなければ可笑しい筈なのだ。

 しかし、何も無い。ザレフェドーラでもあそこまで綺麗さっぱりな破壊は早々起こせない。
 いや、本気で一体どんな事件が起きたのか、俺の想像の範疇内に該当しそうなものは無い。

 その狂乱っぷり。
 確信せざるを得ない。
 間違いない、ぜってぇ我が家が関わってると。
 我が家が関わるって事は対親父最終兵器こと千冬お姉さんが出張るのは必然だ。
 まぁ、親父が千冬お姉さんを怪我させるってのはちょっと考え難いが、何らかに関わっているのは確かだろう。

 以上、Q.E.Dオッケェ?

 それに———
 その日に大破した、『灰の三番』も気になるし、な。




 粉塵の中心からラウラが無傷で姿を表す。
 どうやら、爆風の慣性に干渉し、自分の周囲を完全無風地帯と変えてしまったようだ。
 成る程、つくづく実力だけは確かな奴である。

 そして、ドイツ軍はその事件の根幹に、『織斑一夏誘拐事件』が関わっている事を知っている。
 一早く千冬お姉さんの動向をキャッチし、一夏お兄さんの救助に支援を派兵したのは彼らだけだったからだ。
 その恩義として、千冬お姉さんは一年間、ドイツに教官として派遣されている。

 故になのだ。
 『織斑一夏誘拐事件』を知り、且つ、『織斑千冬を信仰している人間』にとってモンド・グロッソ二連覇を達成の偉業を事実差押えした存在である一夏お兄さんは不倶戴天の存在であろう。



 だが、ラウラ・ボーデヴィッヒ。貴様だけは、その枠組みには入る事は出来ない。その筋合いが無い。

 ラウラ・ボーデヴィッヒのカルテを見るに、彼女はよほど優秀な因子をきちんと選出されて発現した遺伝子強化体としても最優秀、最高の最成功体である。
 記されている教育カリキュラムの成績をみてもそのポテンシャルは明らかだ。

 遺伝子強化体は、そもそもが非・人道的立ち位置であるものからして、その人体に施される処置にはいっそ開き直りとも言える手がふんだんに加えられている。

 代謝、筋力、骨格、様々なものの基本値を底上げする為に施されるナノマシン投与処置。
 一般的に、それは、一、ないし多くとも三種までしか投与されない。

 ナノマシン同士が互いを干渉し、お互いが純粋にそのものの機能を果たすどころか、宿主たる人体を食い尽くしてしまう程に暴れ出すのだ。

 だが、ラウラ・ボーデヴィッヒは違う。
 一体どれだけの犠牲の果てに得た黄金律か。
 彼女の肉体はナノマシンに対し、有り得ぬ程の親和性を有する。
 故にこそ、『黄金(Au)シリーズ』と称される。

 彼女の肉体は、常人ならばとっくに貪り尽くされても可笑しく無い程のナノマシンが投与されている。
 研究の最盛期から比べれば、かなり控えめに抑えられているが―――

 人道的な倫理観に駆られて、自分のしている事に気付いた、と言う風には取れない。
 そう、何かに恐れているかのように慎重に、少しずつ投与されていたのがカルテで見受けられるのだ。

 それでも、彼女の肉体は常人からはかなり逸脱している。
 そう、開発元こそ違うが、彼女も生物兵器(俺らの同類)なのだ。

 しかし、それはあまりに不自然すぎた。
 そう、優れた因子を発現させすぎたのだ。

 彼女はナノマシンの親和性が高すぎる。ポテンシャルが限界値以上に跳ね上げられるのだ。
 なんて事が書かれていた。
 当然、その及第点も。



「その眼帯―――本当はその下の肉眼、見えるんだろう? いや、見えすぎるのか。ああ、そうだ、お前はずば抜けてナノマシン親和性が高すぎる。過剰に励起したナノマシンが、お前の左目の神経伝達パルス、各種視力値を過剰に跳ね上げたままそれをOFFに出来なくなっている! 人体のバランスってのは生命が何代も世代を重ねて見つける危ういもんでな? そんな強引に引き上げりゃそうもなるってもんだ! そんな性能の目じゃ、短時間なら兎も角、常時処理なんて出来るもんじゃない、脳が必ずパンクを引き起こす! 何事も限度があるって奴だ」
 そうして、最優秀な個体であったラウラの成績は地に伏した。
 落ちこぼれ。出来損ないの烙印を押された訳だ。あ、これカルテ情報。

 そのラウラを再びエリートまで引き上げたのが千冬お姉さんだ。

 千冬お姉さんは、何故、ラウラを教導出来たのか。

 それは、ラウラを擁するドイツ軍に千冬お姉さんが貸しを作ったからだ。

 ではその貸しとは何か。

 それこそが一夏お兄さんが誘拐された事件。



 つまり、因と果だけを取り出し手言えば。
「お前だけは! 織斑先生がドイツ入りする理由を作ってくれたお兄さんにむしろ土下座して泣いて感謝しなきゃいけねえんだよ『誘拐されてくれてありがとう! おかげで出来損ないの私は大好きな教官に出会えました』ってなぁ!」

 織斑一夏が誘拐されなければ、ラウラが千冬お姉さんに出会う事は無かったのだから。



「戯れ言を、ぬかすなあああああああああ!」
「事実だろうが! 目を背くんじゃねえええええ!」
 叫びと同時に左手に熱エネルギーを集束。慣性干渉で防がれない熱線を発射。
 しかし、やはり俺の攻撃は当たらない。

「お前の動きは単純極まり無い! 生物兵器の名が泣くぞ!」
「いやかましい! 仇で返す恩知らず―――がぁ!?」
 言い返し、熱線の弾幕を張ろうとして全身を縛る硬直に苦鳴が洩れた。

「捉えたぞ。素早い上に乱数回避を一見読みやすい動きに混ぜていたから手間取ったが―――私のシュヴァルツェア・レーゲンの『停止結界』に捉えてしまえばお前も有象無象の一つでしかない」

 て、停止結界……だと、何だその無駄に恰好いいネーミングセンスは!?
 日本語でこのクォリティ。もし母国ドイツでこれをドイツ語で発声したらどれだけ恰好良いか想像もつかんな……。

 その瞬間、視界にノイズが走る。
 これは、シュヴァルツェア・レーゲンからの非限定情報共有(シェアリング・アクセス)

 世界が俺の世界を浸蝕して来る。

 それは、カウボーイでも出てきそうな赤く焼けた荒野であった。
 その中央に、幅広い真っ黒な革ベルトで爪先から頭頂までミイラのようにぐるぐる巻きになっている女性が佇んでいた。
 顔面の目元だけを晒し、肩口から伸びるそれぞれ二対、四本の腕は胸元でクロス、腹の辺りに真っ直ぐ伸ばしてクロスして、肘から先を革ベルトの包帯の隙間から捻り出している。
 おそらく、ではあるが、彼女がシュヴァルツェア・レーゲンの自律意識だろう。

 そのシェアリング空間内において、革ベルトの隙間から突き出ている腕から伸びるワイヤーのようなものが俺を拘束している。
 成る程。現実空間でのIS同士のやり取りを、この空間に沿ぐう形で実像化させていると言う事か。

『是。汝の言の通りである』
 なんつーか、主に似てコイツもコイツで何か痛い性格をしてそうだった。
 四本の腕、よく見たら全部フィンガーレスグローブしてるし。



「はっ、IS用武装を生身で幾つも振り回すとは、流石は教官の手を煩わせた駄科学者の作品だが―――だが、貴様も先のメス犬共と等しく『停止結界』の前には敵ではない、ゴミ同然だ。そろそろ消えろ」

 そして、構えられるレールカノン。
 うむ、現実に立ち戻ろう。なんというか、指ぬきの革グローブつけて同級生に恰好良いだろ? とでも聞く小学生のような印象そのままのレーゲン見ていると何か、大切なものが色々失われて行きそうである。

 と、何かメッセージが来た。
 どれどれ……?
 どうしたのだろうか? BBソフトからのようだが。
『つ <鏡>』
 何が言いたいのかハッキリしやがれこの野郎……!

 ゴミっておい……まぁ、生身じゃないけどね。
 しっかし、マズいものはマズい。
 ぬぅぉぉぉお……まさか憧れていた本マもんのAICとは……!

 停止結界、というか、さっきからこちらの攻撃を止めていた慣性干渉はこれに依るものだろう。
 これほどの完成度とは、恐れ入る。
 俺なんて、何度やっても出来ずに、アンヌの機関銃を何度真っ正面からだな……!
 こちらには食品しか止められない紛い物しかないというのに……。

 似たような事は出来る。レールカノンを止めたのは俺の『揺卵極夜』ではあるが、あれは運動エネルギーを食ったのであるし、その後射出したのは確かに、他の物体へ向けた、AIC(能動的慣性制御)による物体への慣性干渉であるが、俺は手に触れていたものの慣性に干渉していたのだから、PIC(受動的慣性制御)と言って差し支えないし、そもそも、あれは慣性をゼロにして加速への抵抗をゼロにした上で斥力を使う事によるいきなりトップスピードのグラビトロカノンであるし、最大速度に達した後は逆に慣性を極大にして減速しにくくして直射したに過ぎない。
 慣性とは、動いているものを動かし続けようとする力、止まっているのは止まり続けさせようとする力という何とも表現に困るもので、一概の計算式に代入させるのは激しく面倒であり、加減速の計算を間違えると狙った事とは逆の結果に辿り着いてしまうのだ。

『是。それは、偏にドイツによって生み出された我による演算であるが』
 黙れドイツ産ナルシス中二ISめ。

 しかし……。
 何はともあれ
 動けない、これマジピンチ。前のお二人のようにフルボッコされてしまうなあ。さて、如何しようか。
 あ……んん? 待てよ……こうしたら……。

 俺は、食品限定で能動的慣性干渉が可能である。
 その名もズバリまんま『食品停止結界』。これは前に述べたのだが———

 あ。

 ここで俺も停止結界と言う単語を使っていただと!
 俺も中々やるものだと自画自賛して見る。さっきBBソフトが『鏡』とメッセージをよこしたのはそうだったからか。

『皮肉不通』
 かわにくふつう……?
 BBソフトから知らない四文字熟語が。
 流通してない動物の皮と肉の事だろうか?
 鯖みたいに足が早いんだろうか?
 よくわからんけど。
 まあ、兎にも角にも、さて、ここまでくればお分かりだろう。

 ラウラを食品と見なせばこちらもAICが発動可能であると言うことを。

 しかし、そのためにはラウラが美味しそうに見えなければならない。
 流石の俺も、食欲をそそる対象しか食品としか思えないからだ。

 だが、その解決法もきちんと用意は完了済みだ。

 録画してあった映像を再生。
 それは、かつてのほほんさんに使った五円玉と紐。

 それが目の前で振られる映像だ。

「自ー己ー暗ー示ー、自己暗示ーっ。我が目にゃ食材しーか映らなくー。貴様はとっても美味しい食材だー。ボーデウィッヒは食材だー。ラウラは鮮度ばっちり食材だ―――♪」

 目の前にあるのは食材だ。
 とってもおいしいデザートだ。
 さあ、さあ、さあ、召し上がりましょうドイツ産。
 好き嫌いなどしないよう。
 良く噛んで。咀嚼して。
 一片残さず食べましょう。

 我が内腑の空虚を埋めるため。
 感謝して、召し上がりましょう。

「ん……? 貴様、何を言って―――――――――ッ!!!」
 気付いたか。
 この能力は、対象が調理前だろうが調理後だろうが、『食材』ならば問題は無い。
 狩りに優れた機能でもあるのだ。

「体がっ!? これは、まさか『停止結界』!? ―――ひっ、なっ、何だその顔は!!」
 ははっ! 成功だ。
 もう、俺にとってラウラはショートケーキと同列の存在から揺るぎないものとなった。
 何よりも、容易く暗示に掛かる我が未熟な精神性。
 自らそのものでさえ利用できるそれは、精神のあり方を三次元世界に表現する事に成功する。

 迸る涎、込み上げる空腹感。
 歯痒さに精神感応金属が歯を一本残らずナイフのような犬歯に形成、開閉の度にガチガチと音を鳴らす。
 脳髄から胃に降り落とされた食欲という衝動は、完全に俺の思考を塗り潰していた。



「ふふふふ……食材のみの慣性を制御する『食品停止結界』なのだよ、ふっ……うわー、美味そうだなー。甘いのかな? 酸っぱいのかな? どんな歯応えなんだろうなー。どんな舌触りなんだろうなー。どんな喉越しなんだろうなぁー(犬神の呪法において、最後の最後で失敗して解き放たれた犬みたいな顔)。じゅるっ(舌なめずり)、あ——————ん」

 それを見た食材は、全身を震わせた。
「く、来るなあああぁぁぁっ! 何だあの表情は!? くそ、これでは『停止結界』を解除した瞬間飛び掛ってくる……! こちらも動けない以上このまま膠着するしかないのかっ!」
 まぁ、その仕草さえも、食欲を刺激するものでしかないわけで。



 こうして、俺とラウラは互いが互いを力場で拘束するという、完全な膠着状態に陥った。
 気を緩ませ、一瞬でも力場を緩めた方が餌食となる、集中力の根比べ。

「ぐっ……単純に出力の差なのか!? 止めきれん」
「と言いつつ、進行方向逸らされて全くそっち行けないんだがなっ———!」

 例え外部からの干渉で相手を拘束する『停止結界』とは言え、自分のみであるとは言え、同じ慣性制御航行である、我が300PICによる大出力、単純に数の差でごり押し出来るのだが、なんか横合いから圧されるように干渉を受けてデザートの方へ進めない。
 おそらく、集中が切れた方が押し切られる。

 俺かラウラか、どちらが真の食いしん坊なのか、その火蓋は切って落とされ———

 ぼふ。
「はい……?」
 思わず声が漏れてしまった。
 頭上から小麦粉の詰まった紙袋がラウラの頭に直撃したのだ。

「な……?」
「あ、僕じゃないから」

 真っ白で良く分からないが、睨んでいるんだろうな、と思ってデザートに弁明する俺だったのだが。
 一体……何が?

 その正体を確かめるべく見上げれば、そこに浮いていたのは、同じく、白。
『真打ちは! 遅れてやって来るってなぁ!』
 …………うん、自己主張激しいなあ。白式。
『否。主役とは、立ち塞がりしを順次殲滅する我であれば、汝などは仕上げの踏み台として申し分が無いだけなり』
 対抗してるし、レーゲン。
 アレか、勝ち抜きって、このアリーナでの連戦の事か。

 で。

「結界とぉけぇてぇるぜええええええええ!」
 いただきますと突撃する俺。

「く、くくくく、来るな!」
 ラウラが再度レールカノンをこちらに構える。
 その砲口に高められた電圧が火花を上げた時。

「な!?」
「えぇ!?」

 ラウラが爆発した。

 正確には、ラウラを中心に大爆発が起きた、である。
 広がる爆炎。立ち上る煙。

 俺は、それを信じられない思いで見つめていた。
 起きたのは、粉塵爆発である。
 機体中に一定濃度の可燃性の粉塵が浮遊している状態で、何らかの火種が引火、それが次々と継続して伝播する事により起きる爆発現象のことを言う。
 炭坑などで、石炭の滓が宙に漂っているときはある意味死亡フラグに突っ込むようなもので、数々の大惨事が実際に起きている。

 まあ、それは兎も角。
 俺がそれに唖然としてたのは、それが起こりえる訳が無いからだ。

 粉塵爆発は、基本密閉空間で発生する。
 密閉空間で無いと起こらない、というか、発生条件が整いにくいからだ。

 粉塵の密度、火種、酸素の三つの条件のうち、粉塵の密度がここでは揃わないからだ。
 何故なら、ここ第三アリーナは開けており、非常に風通しが良いのだ。
 ここでは、粉塵の密度……粉塵が滞留せず、風に流されてしまうからだ。



 その説明は、驚くべき事にお兄さんの口から放たれた。

「ISって、難儀だよな。反重力場を形成するから粉塵が安定して流されにくいんだよ」
「嘘っ!? お兄さんが知的戦略を!?」
「……双禍、お前俺の事をどう思ってるか良く分かった」
「いや、PICって何? って聞かれたときは脳に電極刺して常識を書き込んだろうかと思った程だったと言うのに!」
「…………あー、テストのときは、頼む」
「正直だねぇ」

「貴様ら! ふざけるなアアア!」
 爆煙を突き破って、デザートの小麦粉まぶし焼きが飛び出て来る。

「チィッ! ムニエルにはなってない!」
 折角小麦粉まぶして焼いたと言うのに! 舌打ち混ざりに俺は手を打つ。
「溶けたバターもぶっかけとくべきだったか?」
 酷く冷淡に告げられた。
「え、ムニエルってバターも要るの!?」
 それはそれでなんだか言に尽くせぬ見た目になりそうなラウラだと思う。
 いつもより何だか冷たい空気を纏っているお兄さんを尻目に、を観察して驚いた。
 火傷している。

 確かに、粉塵爆発は起こったが、はっきり言おう。
 ISを舐めないで頂きたい。
 この程度の爆発、粉塵爆発としても小規模で、ISのシールドスキンどころか、物理装甲さえ、さほど削る事も出来ないのだ。
 当然、かすり傷程の物でさえ、与える事などで来はしない……筈なんだけど何か怪我している。

 まさか———
 シールドを、発生させ、無かった? のか?
 ラウラも、火傷に顔を歪めながらこちら睨んで来る。
 人体にはそれなりの火傷を負わせるがISには傷一つ付けられていない。やはり、その程度の攻撃力である。

 それに気付いたのか、お兄さんはにぃっと口角を上げ。
「ISってのはな? 頭がいいんだ」
「ほ、ほぅ」
 いきなりはじまるお兄さんの講座に耳を傾ける。
「簡単だ、言っただろう? それは小麦粉―――食材だ。ISは判断しなかったんだよ、脅威だって」
 ………………まじで!?
「実際、ISは傷一つ付いてないだろ?」
「んー……確かに」
「まぁ、もうコアネットワーク経由で対策練られただろうからもう二度と使えないだろうけどな」
 食材で盲点突くとはなんと言うお兄さんクオリティ。
「その、唯一食らったのがアイツって訳だ」
「お兄さんからいつに無い悪意を感じるんだけど!?」
「いやいや、双禍、お前のさっきの演説も悪意満点だったぞ。うむ」
「あ……ごめ」

———誘拐されてくれたありがとうってなぁ!
 この言葉は、お兄さんに対する悪意そのものではないか。

「いいや、事実だから、良いんだ」
 その表情には、本当にそれ以上の感想は何もない、と言う印象をうけた。
 何というか、逆に、俺の方がいたたまれなくなってしまう程で———

「しかし、お兄さんや。本当に、ISの事、良く分からんのか? 妙に嫌な所突いてるように見えるんだけど?」
「ああ、昔、必要な事だけ聞いたんだ」
「…………誰に?」
「電話で束さんに」
「そりゃ史上最高だわな! 専門家にも知られてない所もバリバリ分るわ!」
「なんか、千冬姉に電話したかったらしいけど、俺が出てたまたまな」
 何ですかその超絶ホットライン!?
 釈迦に何たらですよ!

———『釈迦に説法』は、そのようには用いられない
 …………あ、そうなの?

 BBソフトのツッコミにちょっとテンションを落とす俺。


「感謝するよラウラ」
 お兄さんが雪片弐型を構える。
「お前が……アイツと同じ……お前が、俺の大切な仲間を傷つけて、ようやく思い出した。これが今の俺の戦い方だ……守るべき場所(ここ)で、主夫(俺)に勝てると思うなよ?」

「おぉー、なんか恰好良くね?」
「いや、むしろ恰好悪く無いか?」
 俺とお兄さんは一瞬だけ視線を絡め。
 一瞬にして意図を伝達させる。

 二人は真逆に跳ね飛んだ。

 俺とお兄さんはラウラを挟撃。
「その程度の浅知恵にかかるとでも思ったか!」
 しかし、ラウラは俺らのような戦闘アマチュアの手に引っかかる訳も無く。

「しまったな。捕まってしまったぞ、双禍」
「だな。まさか両手でそれぞれ停止結界を使えるとは思わなかった。なあ、一口舐めていい?」
「言い訳あるか! 無駄に余裕をよそおいおって貴様ら!」
 でも、両手を広げれば良いのにわざわざ腕を交差させて逆に放っているのがなんともラウラだよね。うんラウラ。美味そう。
 ちなみに、こっちもちゃんとさっき同様に捕獲完了している。

「いやあ、そのなんと言うか、停止結界を維持する集中力を保てるギリギリの幅に僕らが居るって分るからねえ」
「そうだな。なんていうか、両目を思い切り左右に開いて……なんか魚っぽい……ぷぷっ!」
 片方眼帯だが、眼帯の無い方の目が思い切り端に寄っているので、予想がつくのだ。
「ぐぬぬぬ……ハイパーセンサーがあるから視界は充分だっ!」
「しかし、生身のクセは中々治せないものだよ。しかし、本当だ。なんかインスマウス在住の一般人みたいな表情になってるよ? 一口で良いから食べていい?」
「良い訳あるかぁ! あと誰が半魚人だ貴様ら!」
「「いやあ、見た目が面白くて」」
「ふ、ざ、け、る、なあああああああ! 真面目に―――」
「俺は真面目だぞ?」
 そう。お兄さんは軽口を叩きながらも目は笑っていなかった。
 停止結界に囚われ、動けないお兄さんは有らんばかりの力で剣を握りしめ、その顔には血管が浮かんでいる。

「とっとと気を抜けよ。カッ捌いてやるから」
「貴様……」



『ねぇねぇ、茶釜、ねぇ』
『なぁ、白式、いいかげんその名称やめてくんない……?』
 膠着状態で暇なのか、白式が声をかけてきた。
 俺も彼女もレーゲンの手指から伸びるワイヤーに拘束されているヴィジョンである。
 お陰で俺の世界が荒野と海岸が混じって訳がわからない混沌具合をていしている。

『それはともかく』
『ともかくじゃねえッ!』
 白式は、純白の海岸線を荒野にガリガリ食い込ませながら、こっちにウムウムと頷きかけてきて、ふと。
『しかしまぁ……いつになく戦意満天な一夏であるからして』
 ……えと、白式さん?
 彼女は俯くや、込み上げた様にゆっくりと起き上がり、両手を掲げて堪らぬと(ワイヤーで縛られているのにどうやってか腕だけ引っこ抜いて)。
『ククク……はっ、これに応えなきゃ———』



 その時であった。
 キリキリと切っ先が停止結界と鬩ぎ合っていた雪片弐型が。

『ISが廃るってもんよねぇ!!』
 バラけた。

「は?」
「え?」
「なっ!?」
『開け———展開装甲!!』

 パーツ毎にバラけた雪片は、それぞれPICの機能の様になっているのか、刀の配置を保ったまま大きく拡大。
 開いた隙間の分だけ擬似的に長大な刀のようになったのだ。

 その刹那。
「『伸びろォッ!?』」
 主従シンクロした!?

 伸びた刃は零落白夜で隙間を連結されており、俺とラウラの力場を共に切断、霧散させる。

「何で使い方わかんの!?」
「昔俺を助けてくれた人がな、仕組みが全く分からん剣を渡してくれた時こう言ったんだよ———いいから斬っとけって、な」
「実用性第一だねそれ!?」
 ある意味真理だった。

 一気に三人とも捕縛状態から解放され、急行下。俺は地に足をつける。
 足裏に斥力場を展開、一気に弾かれるように突撃。
 お兄さんも、残り僅かなエネルギーを振り回し、瞬時加速。
 なんかもう『剣?』になってしまった雪片弐型を爬虫類の尻尾のように振り回し、AICを切り裂きながら突撃体勢に移行する。

 ラウラも六本のワイヤーブレードを一斉に射出用意。一挙に俺らを叩き潰すべく―――



 ずどんンッ―――!

「うわっとぅあ、と、とっとと、っぶなあああああああッ!?」
 いきなり眼前で発生した衝撃に俺は急ブレーキを強要された。
 何故なら、もしブレーキに失敗したならば、俺は鯵の如く二枚に開かれていたろうからだ。

 目の前に、俺に向けて刃を立てた、対IS用近接ブレードが地面に突き刺さっていたからだ。
 俺の背丈よりも高い。大体、一七〇センチ程の長大なそれが、とんでもない速度で飛んで来たのだ。



 そして、さらに、目の前では信じ難い光景が繰り広げられていた。
 止められた俺と違って、ラウラとお兄さんはとんでもない速度で激突―――

 出来なかった。

 俺の眼前にブレードが突き刺さったときと全く同時。
 二機のISの真ん中に黒い影が割り込んだ。

 俺のハイパーセンサーはそれをきちんと捉えているが、常識がそれを認識させなかったといえる。

 史上最強の兵器、インフィニット・ストラトス。
 その激突に割り込んだのは、生物兵器でも強化人間でもなく、ただの生身の人間だったのだから。



 その人物の名は。
 織斑千冬。

 またの名は、狂乱殺し(ライアットブレイカー)



 俺の知りうる限り、最強の、戦闘の天才だ。
 しかし、それはあくまで同じ土台の上の話………………。

「はぁああああああ!?」

 一瞬後。
 俺が叫び終わる前に。
 その観念は容易く覆され。
 二機のISが吹き飛ばされた。
 流れるように、それが自然であるように、床に叩きつけられ、沈黙する。

 繰り返すが、生身の人間相手にだ。

「ンな阿呆な!?」
 思わず俺は叫んでいた。
 その一部始終をくっきりハイパーセンサーで見届けただけにそれは一際だったのだ。

 俺以外にも驚いてもらう為にその状況を説明するとだ。

 ISの間に割り込んだ千冬お姉さんは、まず、白式を相手取った。
 お兄さんからみて半身のままお姉さんは、虎爪を形どった右腕を無拍子で突き出し、お兄さんの喉元を鷲掴みにした。
 ISのシールドは、操縦者の意思的防御、防性因子を用いて絶対防御を敷いているため、実は生身で突破することができる。
 ミサイルも機銃も一切通用しないISの防御シールドが生身ならば素通りする、と言うのは不思議なものだが、実は素手ならばISの操縦者の肉体を砕いて殺傷出来るのだ。
 まあ、ISは思考反応速度、感覚精度、思考補助など、生身で行っているであろう部分もかなりテコ入れしているため、そうそう遅れは取れない。
 だいたいが、それをくぐり抜けても死亡事故を極力減らすのが一見薄っぺらく見えるISスーツだ。
 あれ、ああ見えて、防弾、防刃性能に優れているのだ。
 まあ、衝撃は通すので打撃は普通に効くが、ISはそもそも超音速機動が一般的なのだ。
 普通、当たる事なんて想定しないだろう。

 少々話が脱線したが、詰まりは千冬お姉さんは一撃でお兄さんを呼吸不能にして思考の空隙を作り出したのだ。
 考えられないなら、ISがどう補助しても、反応が出来ないからだ。

 続いて千冬お姉さんは、中国雑技団の人がリンボーダンスするかのように開脚、身を沈める。頭一つ分と言う人類最低身態勢まで白式を地へ引き摺り降ろした。
 当然、お兄さんの首を鷲掴みにしたままである。

 実は、起動中のISは、反重力で浮いているので軽いのだ。
 重力制御で飛行すると言うことは、言ってしまえば落下する方向を変える、ということであり、その進路から見て横からの力は容易く通るのである。

 しかし、言うは易し、為すは至難。
 接触の角度、相対速度を僅かにでも違えれば、ISと言う『とんでもない速度で進行方向へ落下する物体』に衝突するということなのだから。



 そして、そんな変態級難易度をあっさりクリアした本人は超低姿勢のまま、滑りよるようにシュヴァルツェア・レーゲンの下に潜り込み。
 ワイヤーブレードなど、動きを全て見抜いたとでも言わんばかりに気にせず、事実かすりもせず、その機体を掬い上げるように、白式で引っ掛け。

 ぐるん、と。

 思い切り前転させた。
 PICでの慣性移動中に外部から回転エネルギーを与えられたシュヴァルツェア・レーゲンは立て直そうとする動きが混じって、前転を基本とした錐揉み状にブッ飛び、アリーナ床面に激突、回転のせいでバウンドし、沈黙した。

 なお、白式もラウラをベーゴマよろしく引っ掛ける紐としての役目を終えたら、あっさり投げ捨てられ、頭から床に突っ込んでいた。



 はっきり言おう。
 唖然呆然。
 これが織斑千冬。
 生身に於いても至上最強。

 我が家に幼少より幾度となく殴り込み、実在の生物兵器相手に死出の舞踏を重ねて来た無敵の具現である。
 いやー。ラウラが心酔するのも、これを見れば納得と言わざるを得ないわ。

 そう。圧倒。
 戦士ならば、死ぬ時は是非その手で葬られたいとさえ思うだろう。



「まったく、これだからガキの相手は疲れるんだ。IS相手に生身は骨が折れるんだぞ」
 ぱん、ぱんと手を払う千冬お姉さん。

 いや、こっちの精神が一気に疲弊したわ。
 常人なら骨どころか心身挽肉だっつーの。
 顔面から床に突っ込んでいるIS二機を一瞥し、カツ、カツ、と靴を鳴らしながら歩いて行く。
 古雲流ですか。それとも神宮流古武術ですかと言わんばかりの嵐神っぷりです。

 その先には、お兄さんが居る。
 と、同時に、アリーナの入り口にシャルロットさんがいた。
 お兄さんが乱入した時、取り残されたため、正規な入り口から助けに来てくれたのだろうが、あとから来た千冬お姉さんに圧倒されて何も出来なかったんだろう。今も凄い表情をしている。
 そう、俺と同じ表情を。
 そりゃ、あんな常識離れな無双見せつけられりゃあねえ。

「模擬戦をやるのは構わん。だが、アリーナのシールドバリアーまで破壊するわ、生身のまま防護の無い状態で模擬戦に混ざるなどの危険行為は教師として黙認しかねる。白黒つけたいなら、学年末トーナメントでつけてもらおうか」

「…………教官がそう、仰るなら」
 鼻を抑えながら、ラウラは素直に返事し、ISを解除して立ち去って行く。
 心無しかふらついているように見える。
 ありゃ、衝撃が脳まで言ったな……。
 しかし、そんな有様でもその表情に描かれていたのは陶酔であった。

 圧倒的強者へ恋すがる憧憬そのものだ。
 こっちは戦慄を憶えているというのに。

 しかし惜しいことをした。ラウラを食い損ねた…………せめて一口、味わいたかったのだが……。



「———はっ、千冬姉はぐぉばぁ!?」
「織斑先生だ、馬鹿者」
 こっちは完全に意識が飛んでたらしいお兄さんである。
 まさかさっきまでメインウェポン『IS』にされていたとは思うまい。
 そして、出席簿が無いのか、拳骨が頭蓋に炸裂していた。
 繰り返すが、ISは生身の攻撃ならシールドを貫けるのだ。

「織斑、お前はあとでデュノアにでも聞け」
「え? なにそれ千冬姉ぇビネガッ!?」
「教師になんて口の聞き方をしているんだお前は?」

 そこで、お姉さんは俺の方を見た。
 俺は蛇に睨まれた蛙のように硬直してしまう。

 実は、こうやってお姉さんと相対するのは初めてなのだ。

 実技の授業に置いても、どういう組み合わせなのか、俺が直にお姉さんと対面すると言う事は無かったのである。
 今になってみれば分る。
 用務員のおっちゃんのおかげだったんだろうなあ……。

 嫌なコネである。
 そして、千冬お姉さんは『親父の匂い』には敏感だ。
 き、気付かれただろうか……。

「すまん、お前の事は掌握していなかった。クラスと名前は?」
 はい、それは親父のせいです。
 とは言えず。

「四組の双禍です」
「…………四組の、ソウカ、か。すまない、本当に掌握していなかったようだ。だが、それとこれとは別だ。先の動きを見るに、ブーステッドマンかなにか知らんが、ここはISの模擬戦の実施場だ。ある程度の安全が保証されての上だから学園に存在する、な。能力に自信があろうが、ISでないのなら命の危険性がある。二度とするな。分ったな」
「はい!」
 …………もしかして、『ソウカ』を、苗字だと思ったんだろうか。
 嬉しい誤算であるが、何この威圧感。
 オーラだけでシールドエネルギーがガリガリ削られるのを錯覚するんだが。

「では、学年別トーナメントまで私闘の一切を禁止する! 以上、解散!」
 パンッとお姉さんが強く手を叩き、その場は解散となるのだった。

 それで、立ち去ると思ったのだが。
 お姉さんは振り返り。



「そうだ……織斑」
「は、はい!?」
「姑息にやるなとは言わん。馬鹿正直に突っ込むだけなら本当にただの馬鹿だしな。だが、それだけに囚われていたらただの卑屈だ。だいたい———お前はあれこれ考えるより一つ、愚直に極める方が性に合うだろう。あと、トーナメントでは、食材の持ち込みは禁止だ」

 ああ、会話、結構聞いてたんだ……。
 しかし、俺、ブーステッドマンだと思われて助かった。
 お兄さんが来てからは殆ど地上ないし地上すれすれだからそう思われたのだろう。

 ブーステッドマンとは、親父のせいで蔓延しまくった生体強化施術の処置を受けた兵士の事だ。
 日本には、シークレットサービスぐらいにしか施されていないマイナーなものだが、国によってはプチ整形ぐらい一般的な所もある。その為のスルーっぷりだったようだ。いや、本気で助かった。
 もしかしたら、お兄さんが心配し過ぎで、あと、終わった事でホッとして細かいところまで意識が向かなかったのかもしれない。

 もしくは、お兄さんの精神状態に心当たりがあるとかで心労重ねているんだろうか。



「千冬さんって本当に人間なのかしら……」
 観客席の安全地帯に居る鈴さんの言葉であった。正直、いや、実際なら客観的に見れるあそこからならお姉さんのブッ外れっぷりは理解したと思っていたのだが。

 正直、あれ? を目の当たりにした全ての大半はそう思わざるをえないのだが。



 そんなかんなで医務室前である。
 ラウラに滅多打ちにされたセシリアさんと鈴さんを担ぎ込んだのだ。
 さて、どちらをお兄さんが運ぶかで一悶着あったのだが。
 面倒なんで俺がお兄さん含めて三人纏めて担いでった。まったく面倒な。

 到着後は到着後で、保健室の主こと鷹縁先生に露骨なまでに『仕事ワザワザ作ってンじゃねぇぞボケジャリ共がぁ』と睨まれた後、追い出されました。

「ところで、どうして双禍もこっちにいるんだ?」
「僕の脳は男だから当然なのだよ。そう言えばシャル……ル君は何故こっちに?」
 気遣いのシャルル君がいれば、皆楽だろうに。
「僕の正体を彼女達に明かせと!? 血の雨が降るよ!」

「「そうかなぁ女性同士なのだからむしろ気兼ねなくなると思うけど」」
「むしろ同性な方が警戒心抱かれるんだから!」
「そうなのかなぁ……」
「一夏……」

 まだ分っていないお兄さんに、シャルロットさんは残念なものを見るかのような目を向ける。
 うむ。俺もすぐには分らなかったから同レベルだが、確かに肌の傷は同性ましてや、比較対象たる同世代には見せたくは有るまい。そうだなあ、俺らで言えば、大浴場で自然と同性同士で比較してしまうときの心情のようなものだと思えば分って頂けるだろうか。

「一夏は……今までの言動で何となく、予想ついてたけど……双禍は双禍で的外れな事考えてそうな気がする」
 失敬な。俺は過ちをただせる質だぞ。

 しかし、それっきり話すような事も無く。
 三人でぼんやりと天井の染みを数えようとして、流石建築わずか数年。染み一つない天井なもんで、見知った天井だ……なんて何にもならない感想しか抱けないものである。
 天井の染みはシュミラクラ現象を用いて人の顔をイメージしたりしたら面白いのだがなー。

 だいたい、三人とも何やら考え事が頭の中でグルグルしているのだ。
 懸念事項があるのだろう。

 例えば俺だが。
 先程とのラウラとの戦闘。
 代表候補生二人をギッタギタにしていたラウラに善戦出来たように見せて実は全く出来ていない。
 攻撃こそしょっちゅうしていたものの、実は防戦一辺倒であり、こっちの攻撃は一切当たっていない。

 生物兵器、もといISボディを持つ身としてそれはどうなんよ、と、流石の俺も焦らざるを得ないのだ。
 この間のアンヌとの模擬戦は何か役に立っていたのだろうか、とかね。思ってしまう訳なのだよ。



 そして、シャルロットさん。
 彼女が考えているのは、間違いなく、実家の事だ。
 親父……絶対余計な事しているんだろうなあ……。
 先が怖いのだが、想定して対処なんて……あの親父の思考を想定するなんて束博士ぐらいにしか出来ようが無いし、まあ、諦めてその時がやって来るのを待つしか無いのである。
 ……他人事だねえ、俺。
 実際当人事であるシャルロットさんの心労は……正直、胃に開きそうなものであるに違いない。
 それでなくても実家の事でなんと言うか……ストレスがミシミシ積み重なっているであろうに。



 んで、お兄さん。
 正直、お兄さんには助けられた。
 今回の大金星ではないかなーと思うのだが。
 お兄さんがアリーナの遮蔽バリアーを雪片弐型でこじ開けたからお姉さんが繰り出して来た訳だし。
 俺とラウラの拘束力場勝負も、根性試合の泥仕合になっていた。
 余程俺が有利で決着しない限り、解放時の一瞬の駆け引きなんぞ、俺がぼこぼこにされていたであろうなのは軽く想像がつくし。

 しかし、そのお兄さん。何やら気が晴れていないのか見知った天井を見上げ続けている。
「ふむ……お兄さん。懸念事なら言いたまえ。口にするだけで楽になると言う事はあるのだよ。シャル……ルさんにも少なからずあったろう? もし押し黙るのを続けるならば、我が調査能力でパンツのガラまで調べ尽くされると思いたまえ」
「いや……別に内緒にしたい訳じゃないんだがな……」

 お兄さんは、苦笑し、もう一度天井を見上げて、吐露したのだった。

「俺は、人なんて守れない、って思ってたんだ」

 ……は?
 俺は、今お兄さんの発した言葉に虚を突かれた。
 守れない、だと?

 それどころか、とんでもない糸口を見出してはいないだろうか。
 まあ、変形して浮遊剣っぽくなった雪片弐型はまた後で白式に詰問するとして。
「まさか、雪片弐型の正体が蟲の紋章の剣だなんて思わんだろうね、普通」
「勝手に人の剣を天人の遺産にしないでくれるか……」

 そして、その糸口とは。
 ISの、意識の間隙を狙うと言う事だ。
 それを今回、お兄さんは実践した。
 たとえ、それが束博士の入れ知恵だったとしても、これは大きなターニングポイントとなるのではないだろうか。

 ISは、現在において最強の兵器である。

 それはひとえに、ISの判断、と言うものがある。
 シールドを展開して防御するか否か。
 絶対防御の展開判断。
 これらは、絶対に人の意識が介入出来ぬ所にある。

 何故なら、人の意識や注意力とは甚だ不完全であり、絶対防御の『絶対』が容易く崩れるからだ。

 ISが操縦者を第一に、守るからこそISは絶対に安全な代物なのだ。
 それを———逆に、ISの虚を突いた。

 いや、だって小麦粉だよ?
 金属を削った金属片や炭坑の石炭片ならばISとて警戒するだろう。

 小麦粉の粉塵爆発なんて、生身ならば兎も角、ISのシールドに幾ばくの損耗も与えられない。
 そもそも。そのシールドさえ張らなかったのは、開けた空間で粉塵爆発が起きないとISが判断したからだ。

 それを。
 逆に、PICで浮遊する為の反重力場の為に小麦粉が拡散せず、粉塵爆発の条件が当てはまるなど、普通は考えまい。
 束博士の入れ知恵と言えど、それ以前にずっと、考え続けて来たのだろう。

 生身で、ISに対抗する術を。
 男が、ISに立ち向かう手を。
 その執念とも言えるシュミレーションが今回、俺を助けたと言えるだろう。
 お兄さんはISに乗れるのに、貢献したのはそちらの方だと言うのが何とも皮肉である。
 まぁ、先程お姉さんが見せた人外っぷりに、その貢献度がぐらりと揺れそうになるのだが。
 つまり、ちゃんとお兄さんは俺を守ってくれた。れっきとした過去形であると言うのに。

「実際、守れなかった。むしろ、俺のせいで傷ついた人ばっかりだった。
 だから、せめて千冬姉が帰って来る家を守ろうと、色々頑張ってた……。
 でも、それは自分から目を背けてるだけだったんだよな。
 分ってたけど、出来なかったから、絶対に見ないようにしてたんだよ。
 兵力の前には、どれだけ修練を積んだ武力であっても無駄だって思い知ったからさ……」

 そう、彼は言うのだ。

「何か……あったの?」
 問うが、実は知っている。
 彼が誘拐された事件。
 お兄さんの護衛を務めていた生物兵器が———『灰の三番』が大破した事を。
 箒さんと鈴さんの態度を見るに、彼女は、とても慕われた存在である事を。
 彼が、それに対して自責の念を抱いている事は……想像、だがね。

「良くある話だよ……小説にした所で、ああ、よく有るよく有る、程度で終わってしまうようなベタでありふれた挫折談だ」
「そう、なんだ」
 そんな世の物語作りに頭をひねる人達に真っ向から喧嘩売らないで下さい。

「そ。だから武道なんて捨てた筈だったんだがな……。
 ISを使えるって分ってさ……舞い上がって忘れてたみたいだ。これさえあれば、力が手に入る。
 今度こそ皆守れるってさ……一端離れた武道の勘を取り戻すのは大変だってのに」
 そう言えば、箒さんが嘆いてたねえ。鈍ってる! てな感じで。

「でもさ———
 春にさ、俺。ISが使えるって事が分っただろ?
 本当。実はさ、混乱したんだぜ? やろうとしてる事が支離滅裂になったりさ。
 これ、嘘なんじゃないか、とかさ、実は束さんが企んだドッキリだろ、とかずっと何も出来なくてさ?
 参考書なんて、電話帳だ、なんてゴミ箱にぶっこんだりさ……」

 そりゃあ、混乱もするわな。女性にしか反応しないものが、男にも反応した、なんてなったら。
 お兄さんは、天を仰ぐように両手を上げ———

「本当、欲しくて欲しくて足掻いてもがいて、それで結局駄目だった、折り合いつけてしょうが無いか、って諦めてたものが棚からポンって感じで落ちて来たんだよ。
 こっちとしちゃ、はぁ? だよ。なんで、どうして今更? って感じでさ。
 あー……訳分かんねえよ。
 こうなったら、さ。無理矢理にでも、夢を掘り起こさねーと何も出来ないだろ?」



「だから……俺は仲間を守れるようになりたい、なんて言ってたのか」
「ああ、夢、なんだよ」
 それは、過去形から現在形へ完全に復帰していて。

「そっかぁ」
「でもな―――」
 一点、無力感に項垂れていたお兄さんがギロり、と眦を吊り上げた。
「アイツは駄目だ。アイツが、じゃ無くて俺がてんで駄目だ。同じ事、似たようなことが起きただけで自制が効かなくなったよ」
 ラウラの事か。
 果たして、何故お兄さんはここまでラウラを目の敵にするのだろうか。



「夢……なんかじゃ終わらないよ。一夏なら、出来るよ」
 そう、笑顔で応えたのは、それまで黙っていたシャルロットさんだった。
「一夏は、僕がここにいていいって言ってくれた。力なんて関係ない。そういう、言われた人にしか分らないような、そんな些細な一言が、人を救うんだと思う。逆もまたしかり。人と人の関わりは、力なんて無くても人を容易く傷つけ、壊す。一夏は誰よりもそれが分っていて、そして多分僕だけじゃなくて沢山の人が守られているんだよ」

 ……まあ、鈍い所は傷つけているとしか思えないところ有るけどね……。
 なんて、高性能集音マイ耳に届く呟きと供に。
 そうかー。
 被爆したかー。
 恋愛原子核放射線源に。

 端から見たら、ついに一夏、男をも落とすとかなんだろうなぁ。
 うちのクラスにも居る、何でか男の人同士がベタついている光景が好きな人たちが喜ぶんだろうねえ。さぞかし。

 ならば、僕が一般論で追い打ちを仕掛けさせて頂く。
 事実であるし、実際感謝しているし。
 何より、僕は気遣いの双禍(自己で勝手に命名二つ名)ならば!



「……そっか。でもさ、いいんじゃないかなと思うんだよ、守れなくても。逃げたって良いんだ。むしろ、戦いにこだわる方がおかしいんだよ。僕なんかは今回らしく無かったと反省中なぐらいだし。本来の僕ならむしろ全力で逃げるね」
「逃げてないだろう、むしろ俺より先に突っ込んだろ。わざわざ踏みつけた上に。」
 ぐぅ、それを言われたら、ぐぅの音も出ないのですが。出たけど。

「いやまあ、そうなんだけどさー。んー。そうだなぁ、恐竜って居るじゃない? あのすっごい生き物」
「いきなり、なんだ?」

 頭に『?』を浮かべているお兄さんに、俺はBBソフトと知識を総動員し。

「あれってさー。地球で一番繁栄してすっごく強くなったけどさ、滅んじゃったじゃん」
「あー、隕石が降って来たんだっけ? 昔テレビで見た」
「いや、あれってさ、結局要因の一つに過ぎなかったってさ。所謂アレだよ、どんなに強くても、戦い続けているとさ、結局いつかは負けるって事なんだ。より強く、最適に、最適にって尖り過ぎて、負けた時に全く後がなかったことがいけなかった。適応できる余地が残されて無かったんだ。致命的だねこりゃ。だから、環境に適応出来なくて死に絶えてしまった。単に強くたって、偏って尖りすぎてりゃ、優れているとは言えないって事さ」
「まあ、そりゃ確かに真理だけどさ。戦わなきゃ行けない時もあるだろう? 戦ったから滅ぶなんて俺は嫌だ」

「滅んだ、だなんて言ってないよ。今も恐竜の子孫は生きてる」
「へ?」
「鳥なんだってさ。他の恐竜が大きく強くなるよう、戦いばかり考えてた時に、飛んで逃げるように進化した鳥が生き残ったんだよ。……うん、アレだね。生き延びて繁栄する方法は『強くなる』一辺倒じゃないって事だよ。結局運だけど、色んな方向性へ伸びて行くのが重要なんだって」

「双禍はそう思うのか?」
「うん?」
 お兄さんは、天井を、もしかしてそれを通り越して空を見るように目を細め。

「俺はな、鳥は空に戦いを挑んだ。そして翼を手に入れて勝利したんだ。と、俺はそう思う」

 ふーん……。なるほど、挑戦は闘争だ。そう、判断しているのか。

「俺も、逃げるのは悪いとは言わない。でもさ、やっぱり戦わなきゃ行けないときってのはあるって思うから、そんなときだと思ったなら、多分。俺には出来ない……あぁ、出来なくなってる。やっぱり、守らなきゃって。世界で俺だけが、ISを使える男なんだから、せめて俺は守れる男にならなきゃ、そう思うんだ———でもなあ、今回のは、俺も悪いって思うんだよ———私怨がこもり過ぎているしな。完璧に。

 そうかー。そう言う考え方かー。

「ところでお兄さん」
「なんだ?」
「何の話題で僕ら議論してたんだっけ?」
「………………あれ? なんだっけ?」

「ま、いっか」
「そーだなー」
「二人ったら……端から見たら、あんまり本題から外れてなかったからいいと思うよ」
「ふむ、ジャッジ・シャル……ル君。の公平な審判で、僕らの身になってたからいい、と言う事で」
「…………いや、普通にシャルルで良いよ? そんな言いにくいなら」
「いや、どっちかって言うと本名が出そうになって……」
「…………ごめん、余計な事言って……」
「いや、言ってくれなきゃ未だに妹さんが居ると思ってたから良いのでは無いかと」
「だな」
「双禍は、勘違いをなかなか思い直してくれないからね」
「それを言われると痛いです」
 本当に。

「あ、そうだ……一つ言い忘れてた」
「……なんだ?」
 閉じかけた雑談にギリギリで足を捩じ込んで俺は言う事にした。
 良い忘れていた事を。
 大切な、事を。

「あ、お兄さんありがとう」
「な、なんのありがとう、だ?」
 いきなりの感謝に動揺を隠せないお兄さんである。
 いや、大切な重要な礼儀だよ。

「うーん。色々?」
「言っとくけど、俺、守れてないからな?」
「そりゃ僕も似たようなもんだねえ。はっはっは、お互い様っての? でも、守れてはいなくても助けられたよ、有難う」
「俺からもだ。双禍には守られてないが、助けられた……お互い、未熟だな」

「「……はぁ」」
「良い締めかと思ったのに溜め息で終わっちゃうんだ!?」



「ど〜ぞ〜? 三人待ってるよ〜?」
 何故か疑問系の間伸びした声が保健室から響いて来た。
 と言いつつ、何故か迎え入れるのではなく、出て来るのはのほほんさん。
「二人は大丈夫だったか?」
「し~んぱ〜いないさ〜、打撲と打ち身と擦り傷が一杯有ったけど〜? 痕も残らないらしいし〜」
「それは良かった」
「本当だね」
「うむうむ」
 男性と、男装した女性と、女性モードの俺は頷き合った。こう書くと凄いメンツであるなぁ。

「あ、そーだー、おりむー?」
「なんだ、のほほんさん」
「そっくんは〜。ちょっとこれから用事があるのでこれで失礼しま〜す。連れてくね〜?」
 はい?
 いや、そんな急用は聞いてないですよ?

「え?」
「よいっしょ〜」
 問答無用で後ろから抱え上げられる俺。おおう、のほほんさん力持ちですね。いまPIC使ってないのに。
 ……そういえば、あの工具セットのツール、平然と片手で持ち上げてたな。
 何も無くてもゆらゆらしているから危なっかしく思えるが、彼女の場合それがデフォなのかもしれない。

「ん。分った、後は俺とシャルルに任せてくれ」
「でりかし〜ないのは、だめだよ〜? しののんにも〜」
 覗き込むように、のほほんさん。
「何を言う、俺は気遣いの一夏だぞ」
「!!」
「……どうした、双禍?」
 二つ名奪われた……だと……ッ!

「じゃ〜ね〜」

「でわでわ」
「でゅわ!」
「へあっ!」
「ジュワッ!」

「何してるの一夏と双禍……?」
「いや、つい掛け声のように応答を」
「同じく、これを返さねば、コスモミ●クル光線は撃てなさそうな気がして」
「な〜んのこと〜?」

 しかし、人数が足りないか……。

 なんて考えている間に連行されました。
 ゆっくり、ゆっくりである。
「……あのー。のほほんさん? アリーナ向かうときみたいに僕の方が運びますよ?」
 その方が早いし。
「ん〜……ボーリングみたいになりそうだからもうちょっとね〜」
「は?」

 のほほんさんの言葉がまるで発破になったかのように。

「織斑君はどこ!?」
「デュノア君こそどこ!?」
「いつも一緒に居るからどちらか見つければ一緒くたよ!」
「いつも一緒……ニヤァ」
「うわ、腐ってるよ、でもあのカップリングなら私でもありかな」
「うふふふ、私と組んでくれて……うふふ……」
「あー、捕らぬタヌキの妄想癖だ」
「捕らぬタヌキも捕らねば獲れぬ!」
「なんか良い事言ってるようで単に根性論ねー」

 ズドドドドドドッ! と漫画の効果音のように響き渡るのは、雪崩れて行く女子生徒十数名の足音か。

「あのままあそこに居たら〜、ひとやま〜いくらで〜吹っ飛ばしてたね〜」
 ストラーイク的だったな。
「何故に分るのだのほほんさん」
 というかあの集団は何?

「おりむ〜やデュノっちと組みたい皆が、そろそろ落ち着いただろうって見計るだろうな〜ッて。あと、噂もあるし〜」
 なんと言う先見の長ですかのほほんさん。
「噂?」
「べつに〜、そっくんにとっては面白くも何ともないよ〜?」
「なら良いや」
「このままかんちゃんとこまで行こ〜?」
「お〜? 僕がさっきみたいに乗せてっても良いですよ?」
「かんちゃんには〜、連絡済みだし〜。逃げないようにね〜」
「……にげる?」

 頭に疑問符浮かべて唸っていたら。後ろで。
「じゃかましいんじゃ餓鬼どもがぁ! 私の城で騒ぐんじゃねぇ!」

 ドッカァ! と背後で無双が繰り広げられているであろう効果音がマイクでキャッチ出来る。
 うむ。保健室の主、その権威に衰え無し、か。






 背後の効果音を尻目に、俺達は簪さんの元へ向かい———



「あの……僕はいつまでこうさせられているのでしょうか……?」
 こうして、正座させられているとです。
「自分が……どれだけ危ない橋を渡ったって思ってるの……!」
「いや、まあ、僕はISですからして、絶対防御があるので大丈夫だと言う確信が……!」
「そうじゃ無くて! 正体がばれること!」
「あー……」
 忘れてた。さっきまで憶えてたけど、思い出し中に忘れてた。
「つい、カッとなりまして、こんにゃろめ、と言う感じにですね」
「ニュースに出る若者みたいな良い訳は通じない……!」
 はい、御免なさい。

「それにね……双禍さん? どうして、ボーデウィッヒを目の敵にしているの?」
「……はい? 目の敵にしているのはお兄さんですョ?」
「発音が変になってる……動揺しているの……バレバレ」
 うっ。

 実は。
 自分でも、良く分かってない。
 なんと言うか。
 クードラドールとの関連性を調べようとして出て来るラウラ・ボーデヴィッヒのプロフィールを見てからなのだ。
 なんと言うか。
 負けてなるものか、と言うものが、心の奥から、湧き出て来るのを自覚してしまっているのだ。とっくに。

 しかし、簪さんがおかしいと言うのも分るのだ。
 俺は悪い意味で現代っ子であり、いわゆる負けず嫌いの真逆のところに居る。
 勝負事できっちりメリハリ付けるのが嫌いなのだ。
 勝負事を挑まれたら全力で逃げる傾向が強い。

 まぁ、勝てる見込みが有るなら参加するが、それもあまり全力を注がない。
 そんな、若年性無気力症候群みたいに、面白い事さえ有れば良いなあというのが俺なのだ。
 まあ、こうして外に出られて、何を見ても何をしても面白い、不自由な身だった俺だ。
 好奇心の塊だと言うのは自覚があるし、何にだって興味を持つのは当然だと思う。

 出来損ないの体で作られ、実験場のような所で詰まらぬ事を繰り返していた。
 そんな俺だったから、新しい事は面白い。面白い事をドンドン色々やって行きたい。
 その真逆が、勝負で序列だ。

 新しい事に挑戦するのは面白い。
 だけれど、単一の事を極めんとする者が集い、ただ高みを目指して切磋琢磨する。

 それに対して、昔と同じパラメータの比べ合いを思い出してしまうのだ。



 しかし、何故……。俺はラウラに負けたく無いと思っているのか。
 する事なす事が気に入らないのか……。

「実はさー。自分でも良く分かってないんだよねー……なんでか」
「え……?」
「本当……なんでだろうかね?」

 この答えには、簪さんも面食らったようで、追究が止まってしまう。
 そこに、ぽつり、と言い足したのはのほほんさんだった。

「りんりんとね〜せっし〜もね、言ってたよ〜?」
「お二人が?」
「そっくんがね〜、異様なまでに負けん気になってるって。そっくんらしくないって〜」
「まあ、それは分っているんだけどね?」
 いま、自分で解析した通りだけど……。
「でもね〜?」
「なんですか?」
 のほほんさんは、ちょっと悲しそうな顔をして。
「そっくんがね? 相手が傷つく悪口言ったのは初めてだって」
「………………そう? 結構僕、人に罵詈雑言とか言ったりするけど?」
「違うよ〜? 普通のそっくんはね? 大体ツッコミしかして無いよ」
 ………………え?
 このクソ親父とかもだろうか?

「でもね〜、今回そっくんは言ったんだって。『出来損ない』って。りんりんが言ってたよ? そっくんらしく無いって」
 ………………。

「あ……」
 あー。
 言ったなー。そう言うの。

「双禍さん…………私ね……見たの」
「ん? 何を?」
 とても、言いずらそうにする簪さんだった。
 おや? ここは詰問されているのは俺だった筈ですが。

 しかし、この俺、双禍・ギャクサッツ。見られて困るもの……と言えば———え? あったか?
 触ったらマズい接触兵器とかはもってるけど。あと、視覚から脳内で毒物を分泌させる視覚毒とかあるけど、それは見ちゃ行けないもの……ではあるけど違うと思うし。
 あと、電子ドラッグ? いや、これも違うし……。

相互意識干渉(クロッシングアクセス)
 簪さんは、それだけを言った。

 えーと、相互意識干渉……。
 操縦者同士の波長が合うと、特殊な感じで意識だけが遊離してコンタクト出来るってアレだな。
 うーん。
 ありえる。
 白式程では無いとは言え、俺は結構打鉄弐式とも非限定情報共有(シェアリング)で遊びに行っている。
 と言う事は、打鉄弐式とのパスは他のISに対して太いわけだ。
 打鉄弐式と常時情報交換状態にある簪さんと何らかの精神感応が起きても全く不思議はない。

 いや、科学とか考えると、本当、こんな事が不思議じゃないISって、本当、不思議ですねえ。

「しかし……何見られた……!? 白式と一晩耐久シェイクハンドパンチ(左手で握手。右手で相手がノックアウトするまでノーガードで殴り合う。あの女、零落白夜容赦なく使いやがって)とか、打鉄弐式と雑念が入ったら『喝———ッ』と書かれたミサイルが上からタライよろしく降って来る座禅組んでの精神統一とか、以上三人で、引っかかったら腹パン貰うマジアッチ向いてホイとか、体を軟体化させたのを白式と打鉄弐式とかに芸術とかほざいて変な彫像に整形された事あるけど、どれ見られた……」

「洩れてる〜もれてるよそっくん〜」
「…………双禍さんはIS相手にいったいなにやってるの……!?」
「うっそぉ聞かれてたあ!」
「あと、何でどれもこれも拳系なの……?」
「白式の影響かなぁ……あいつ、ああ見えてすっごい体育会系なんだよねぇ。で、何見たの?」

「そう言うのは見て無い……見たのはね……」
 簪さんが口を抑えた。
 泣きそうな、悲しそうな顔をして。

「双禍さんが、まだ人の体だった頃の夢……」
 あー。
「あの、R18指定のグロ映像? 大丈夫だった? 気持ち悪いでしょ、アレ」
「…………それだけじゃないよ! 過去を見られたら……誰だって嫌……!」
 確かに……本当に隠したい事は見られたく無いけど、わりかし俺って歴史ないしね。特に気にした事はない。

「いやー、あんなお目汚し、失礼しましたわ」
「そうじゃなくて! 隠している事だって……あるよね、見られたく無いでしょ?」
 ん。まぁ。でも、妹については見られてないようだしなあ。
 なら、俺としてはどうでもいい。

「かんちゃんは〜。まあ、それについて謝りたいのもあるけどね〜? 本命はこっちだよ?」
「……何がですか?」
 何を見たのか、もうのほほんさんは聞いていたのか、回り込んで来て、俺の目を見て告げた。

「そっくんは作られた命なんだよね〜」
「そーだけど?」
 ゲボック製生物兵器だと言うだけで、それは自明の理だし。

「今は、ゲボックさんにすっごくしてもらってるよね〜?」
「だね〜。恐るべし親父。ま、おかげで人生充実させてもらってるよ。のほほんさんや簪さんにも会えたし」
 お兄さんを目にする事も出来たし。

 のほほんさんは、視線を外さず、告げた。
「その前は〜?」

 ああ、それで、あの時代を見た事を言ったのか。

「——————出来損ないだね」
「ごめんね、ごめんねぇ?」
「……事実だしねえ」
 のほほんさんの謝るような事じゃない。
 親父に会わなければ、俺は生ゴミの一種と大して変わらない肉塊だった。
 その程度の存在だった。
 それが人と言うのなら、生命などと名乗ろうとしても。
 出来損ない、以外の何者でもない。

「あぁ、そうか。自分で分った。もう、辛い顔して欲しく無いし自分で言うよ」
 俺が、ラウラに対して感じていたもの。



 ああ―――



 なんだ。



 なんてことはない。



 ありふれた、よくある。



 ただの———



 劣等感。



 ただ、それだけではないか。

 何の事は無いように、何度も気軽に考えたりしていた。



———

 俺とラウラは同じ技術で作られた兄弟のようなものだが、彼女は、素体やら機材やらが厳選された特化個体であるのに対し、俺はあくまでも採取から何時間も経ったか分らない体細胞から、急遽間に合わせの機材で作られた即席個体というまあ、百均と大手ブランドぐらいの差がある訳である。

———



 なんだよ。ばっちり意識してるなじゃいか俺。
 気にしていないようで、しっかり感じているじゃないか。

 優れて生み出され、かつ美しく、ISを駆る彼女に。
 五体をISそのものとし、殆ど俺自身など残っていないこの俺が。
 だから、僅かなアラを見つけて、今なら自爆したい程恥ずかしいが歓喜して、彼女の目を侮辱した。
 たった一つの欠点じゃないか。むしろまともな方を探す方が困難な俺が言うような事ではない。

「あぁ。なるほど———これが劣等感って奴なんだ。自分よりも優れているって、生まれたときから決まっている相手がいることの、不条理な感じ。なぁんだ、自覚したらなんてことは無い。単なる醜い悪意じゃないか。僕が欠陥品だってのはラウラにゃ全く関係ないんだから」

 自覚させてくれた二人には、本当に感謝してもしきれない。
 折角、罪悪感に潰されそうになりながらも告白してくれたのだ。
 見たくも無い胸くそ悪くなるようなヴィジョンを見せてしまい、むしろ謝罪しなければならないのは俺の方なのに。
 ああ、そうか。あの、異様に体調が優れていなかったあの日か。確かに、今の僕ですら気分を害する。

 あんな、精神的ブラクラ、簪さんに叩き付けるとは、なんて有害放送撒き散らしているんだ俺は。
 その辺シャットアウトしてくれても良いだろう打鉄弐式。

 そうだ。そして、見ていたと言うなら最早推測がついているだろう。
 二人に隠していた事を。



「僕―――いや、俺は」
 二人に対して、頭を下げた。礼と謝罪を重ねて。

「織斑一夏のクローン、その出来損ないだ。ISが反応するのもその為だよ」









 なんと言うか。
「暗くなりましたね、空気」
 あの後三人で夕食を貰って別れ。
 今、こうして簪さんと部屋にいるが……アレだ。
 会話が無い。
 あんなおいしく無い夕食は久しぶりだよ。素材の皆さんに土下座してもし足りないぐらいだよ。
 見兼ねたのか、『翠の一番』が声をかけてきたぐらいである。

「あんな話をしては仕方があるまい。観葉植物として鎮静効果のある物質を放出しよう」
「それで配分間違えてハイテンションになりすぎた簪さんが生徒会室に殴り込みそうになったの忘れてないだろうな……!」

 部屋の隅で座っていると、『翠の一番』プチサイズが植木鉢をカタカタ言わせながらやってきた。
 しかし、アレは恐ろしかった。簪さんが躁状態極限になって突撃かましそうになったのである。
 下着姿で。あのままエスカレートしたらフルネイキッドしかねない勢いだった。

 俺の想像通りなら、廊下に出たら絶対お兄さんに遭遇したであろうと言うフラグの立てっぷりだったので無力化しようとしたら流石代表候補生。生身なのにこれが強い。
 室内に睡眠ガス充満させなければ無力化出来なかったのである。恐るべし。

 回想すれば何とやらというものか。
 壁際のスペースに簪さんがやってきた。
 IS学園の寮は部屋も広い。
 正直、スペースのむだ極まれりとも言える。
「隣……いいかな?」
「いいよー。そうそう、解説一つに一つの嘘を告白します」
「え?」
「俺のデフォルトフェイスがお兄さんの子供の頃のが使われてるってのはさー。親父のところに織斑先生が写真忘れたってだけじゃないんだわ」
「クローンだから? ……でも、だからこそ、全身義肢の見た目はどうでも作れるんじゃ……」
「どうも、魂の定着だとか、その辺で、俺が俺だと意識出来る筐体が必要だったんだとか。なんかねー。親父みたいに精神性がブッ飛んでないとさ、魂はそうホイホイ移動できないらしい。器の形状と魂の相性とかがあるとかで。その際に、俺が俺の事を自分自身だと確固として認識出来ないと、なんて言うか、別物に変質するとかでさ」
「……魂?」
「ああ、俺の脳ね。これまたそのものではないんだよ。流石に細胞崩壊寸前でさ。唯一無事の脳も過冷却水みたいに僅かな衝撃で崩れるようなギリギリだったんだとか。それで、かなり、というかほぼ全て人工物と取り替えたらしいんだけど、流石に丸ごと換えてデータ乗せ換えしただけじゃ、他人の記憶持ちの別人じゃねえか、って事でね。少しずつ換えて、馴染ませて記憶をそこで丸ごと同じように復元し、生身部分の俺がその人造脳含めて俺だと認識したとこで更に置換って感じで換えてったんだとか。そうでもないと、生の脳じゃISの慣性干渉とかで今頃俺の頭の中にはミートジュースが出来てるんだとか」
「そ、それって……!」
 思い切り青ざめている簪さんを、安心させるべく大丈夫大丈夫と手を降る俺。

「魂の移動、複製、とかオカルトとしか言いようが無いけどさ、その昔、発狂寸前のエジソンが着手したっていうし、あながち科学と無縁ってワケでもないんじゃないかなぁ。キルリアン夫妻の撮影した写真も、あながち間違いな者でもないらしいし」

 キルリアン写真ってのは、人体の表面にあるオーラ―――魂を撮影されたものであると言われている。
 まあ、真偽は分らないけどね?

 ほかにも、人が死ぬ時、その質量を計測し続けたと言う話がある。
 なんと、死亡した瞬間に重量が21gの変動があったそうだ。
 映画にもテーマとして扱われた事もあるそうな。まあ、これも真偽は分らないが。

 兎に角、科学による魂へのアプローチは昔から続けられているのだ。
 あの、科学狂いが手を出さない訳が無い。

「それで、俺が俺だと認識する可能性を少しでも高めるために、器はオリジナルに似せたらしい。俺の元の肉体に比べて幼いのは、実際魂の方が成熟していないため、近しい年齢をなんか良く分からないけど科学的に計測して、それに相応しい年齢で組み上げたからだとか。だから、デフォルトとして変更出来ないんだとか―――まぁ、色々とね……あ、写真は本当にあるらしいよ?」

「まるでレオナだな」
 漫画の神の作品、なんか今の俺に似た境遇の人物を挙げる『翠の一番』。
「……いや、人間が石や無機物に見えたりはしないぞ、その辺は大丈夫なんだけどなー」
「肉のかたまりにも見えていないようでよい。優れた機能と代償に先天的に患っている者も知っているが、あれは正直地獄でしかないだろう」
「……誰?」
「言う事ではない」
 『翠の一番』がそう言うならば、仕方ない。彼女は、こう見えて口が堅いのだ。言わない事は絶対言わない。

 さてっと。
 気を取り直して俺は立ち上がる。
「どこに……行くの……?」
 簪さんの言うことも尤もなので、俺は告げた。
「簪さんとのほほんさんのお陰で自己分析も捗った事ですし、問題点は訂正しないといけないのですな。俺は自己進化型生物兵器なんですから」
 さて、これで俺はまた一歩先へ進めるだろう。
 一人では人は育たないとは誰が言ったか。

 本当、その通りだね。
「ラウラ・ボーデヴィッヒの所に行ってくるよ」
「何をしに……?」
「んまぁ、アレだ。暴言の所限定ではあるけどさ———」
 自分の悪かった所はきっちりと。

「謝ってくるよ」



 さて。
 彼女、どこに居るんだ?
 通風口から探すかね?
 彼女の体内のナノマシン配分は独特な構成しているし。

 常人が全く同じ処置受けたらコントロール引きはがされたガ●バーみたいなおっそろしいジ・エンドが待っているようなものだ。

 彼女は遺伝子レベルでナノマシンの親和性が高い。
 資料を見るに、ただし、過剰励起させてしまって、沈静化させられないようだが。

 常時暴走状態。
 それでさえ彼女はかなり抑えられた安全性第一の個体だと言うのだから、とことんやりつめたらどうなるのか、ちょっと想像するとそれだけで怖い。

 部屋にいられたら、また、通風口かなぁ。
 しかし、そう言う潜入テクはアッチの方がプロだと思うんだよ。軍人だし。

 うんうん唸りながら歩いていると、自然と食堂の方へ向かっている俺だった。

 いや、さっき食ったばかりなのだが……。
 カロリー的には充分でも、食事を堪能していなかった、と言う事なんだろうか。



 すると———
 なんと言う偶然か、ラウラが食器を下げ、食堂から出て来る所だったのである。
 ハイパーセンサーによると、職員をのぞけばそこにいるのはラウラ一人である。

 ボッチ食事か……。
 むむ、それは嘆かわしい。
 食事中談笑と言うのは、実はあんまり推奨しかねる俺である。
 だって唾飛ぶだろう。
 しかし、矛盾しそうだが、俺は食卓を多人数で囲う、それだけでかなり好ましく思うのだ。
 会話などいらない。口は食う為にある。
 しかし、一つの食品に対し箸と箸による駆け引き。
 会話の前の、お兄さんの一品への拘りとか聞いているだけでも楽しいものだし。

 色々荒れ狂う周りの恋愛原子核被爆者の攻防等は、一種の舞台劇と言っても過言ではないし。

 ぐう。

 なんて———食について考えていたら、小腹が空いたような気がする。
 ラウラの方から漂って来る香しさに、触発されたのかもしれない。

 ぐうぅ。

 うむ。生理的反応を模倣するシステムが腹を鳴らす。
 食堂に行って夕食を追加しようか。
 いや…………せっかく行動パターンを獲得していないラウラを発見したんだ。
 目的を為すにはこの機会を逃したら、次いつになるか分らない。
 しかし。

 ぐううぅぅ……。

 ラウラを見れば見る程、腹が鳴る。
 何故だ、さっき食べたばっかりなのに空腹がぶり返す。

 何か食べたい。
 しかし、食堂に行っては目的が本末転倒に……。
 どうすれば。

 あ。
 そうか———

 俺は駆け出した。
 ラウラに向かって。

 斥力場全力展開。
 彼女は遺伝子強化体(アドバンスト)。恐らく各種感覚も鋭い。
 ならば、その知覚をも上回る反応速度で。



 ホップ。



 ステップ。



「……ん? なに?」
 ラウラは流石だ。彼女は刹那で既に俺に気付いた。
 だが。

「んあーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーん」
「な、あ、なんだああああああああああああああッ!?」



 いーてぃんぐ!



 俺は大口を開き。
「いっただっきまぁあああああああああああっっっっっっっっッすゥ!」
「んぶぅ!?」
 一気にラウラの頭頂から腰の辺りまでかぶり付いたのだった。

 うん。アレです。
 さっきの戦闘の自己暗示が解けてなかったみたいです。
 しかし、想像通りに絶品、なんと言う甘みに酸味、口内から鼻腔へ突き抜ける芳香はなんと、甘美なことか。

 うまうまうま。
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッ!!!」
 あ、口の中でなんかむごむご言っている。
 …………何するんだっけ?
 まあいいや。
 もうちょっとこのデザート舐めとこう。



 妹よ———世界のどこかできっと俺と同じで甘いモノが好きだからお菓子とか頬張っているであろう妹よ。
 甘い者食った日は、ちゃんと歯ぁ磨いて寝ろよ。
 虫歯になったら痛いから。




















 その頃のシャルロット。

「さっきは助けてくれてありがとうね、一夏」
「別に俺は大したことをしてないって。双禍といい、シャルロットと言い、大げさなんだよ」
「そんな事無いよ、本当だよ」

 保健室で扉を吹き飛ばして突入して来た女子一同を担当教諭が逆に部屋の外までブッ飛ばしたりした一幕からしばし。
 一夏とシャルロットは、部屋に戻っていた。

 今度の学年末トーナメントは二人で組む事になっている。
 正直、シャルロットの戦力は大きいし、彼女の隠している事情もあって、他の人と組む事は得策ではないのだから。



「———あ、そうだ、一夏。聞きたい事があったんだ」
「———ん? なんだ?」
 何でも良いぞー? と一夏はお茶を飲み干す。
「えとね? 零落白夜でアリーナのシールドを切ったときの事なんだけど」
「おおう。なんだ?」
「すっごい手際だったよね、なんと言うか、慣れてる―――って言えば良いの? そんな感じだった」
「あー、あれなあ」

 一夏は、顎に手をやって思い出す。
 あの時、一夏は、とんでもなくスムーズにシールドを切り裂き、身を乗り出したのだ。
 すると、シールドは切り裂かれた事など無かったかのように再びくっついてまたシールドになってしまい、シャルロットはそのため、すぐには後が追えず、回り道する羽目となったのである。

「昔、とある超天才に、この身を以て壁切りの極意を教授してもらったからな。壁切りとかシールドスライスとかは得意なんだ」
「…………は?」
「あと、シールドがくっついたのはこの練習の成果だろうなあ」
 と言って、一夏は冷蔵庫から大根を、台所からは実家から持って来た刀鍛冶直打ちの包丁一本で、よく笑いながら研いでいるのをシャルロットは見ていたりする。正直怖い。

 一夏は、すっと抵抗なく大根に包丁を差し込む。
「はい、切れました」
「うん……見れば、分るけど……」
 訝しげなシャルロットを傍目に、一夏はその大根を両断面、ピッタリ元のようにくっつける。
 しばし押し当て。

「はい、くっつきました」
 ぶんぶんと大根を持ち上げる一夏。
「ええええええええええええええ!? 嘘ぉ!?」

 そう、一夏は鋭過ぎる包丁の一閃で、大根の細胞組織を一切潰さないで切断した為、圧力で元のようにくっついたのである。

「これと似たようなことが起こったと思うんだがね」
 シールドエネルギーで?
「…………一夏って、実は一流の剣士なんじゃ……」
「いや、とてもじゃないけど、食材と壁相手にしかできないな。もの言わぬ、動かん、反撃しない。そんなモノ斬っても自慢になんてならんし、しかも剣でってなったらとてもとても……多分千冬姉なら、人体でも出来ると思うけどさ……」
「応用できないのはむしろ世の為だったのかな……?」
 包丁ならぬ、人切り包丁が出来上がりそうである。
 しかし、食材は兎も角何故に壁。

「あと……なんで小麦粉なんてあの時持ってたの……??」
 ラウラに痛手を与えた小麦粉だ。

「実はな……」
 一夏は大根を白式の待機形態であるガントレットに近づけて行くと……。

 ぬぅ……とガントレットに抵抗なく大根が飲み込まれた。
「………………」
「な?」
「え、えぇー?」
 一夏は頷いて。
「食べ物は入るんだと。あと刃物。包丁とかもなんだが」
「あれ? でも白式って確か……」
「そう、後付武装を一切受け付けないはずなんだよ、拡張領域が一切ないって話はどこに行ったんだ……?」
「まさか……白式が好き嫌いしてる……って?」
 シャルロットは一夏を見上げる。

「そうとしか思えん。さらにだな」
 一夏はガントレットから大根を量子展開、シャルロットに見せる。
 大根の一部が欠けていた。
 丁度、ラウラぐらいの少女がかぶりついたような痕だ。
「…………え゛」
「どう……見ても……アレだよなぁ……」
「……た……食べてる?」
 二人は、まるで得体の知れ無いものを見るような目でガントレットを見下ろした。
「ちなみにずーっと入れておくと無くなるんだよ。完食って言えばいいんだろうか。でも、小麦粉は食べないな。パンは食べるけど……。あと、食べさせるものでシールドエネルギーの最大値が変わるんだよ、ちょっとだけど。しばらくしたら戻るからそれでガンガン育てられるってわけでもないし」

 なんだか、某狩りゲーのようだった。

「ちなみに、セシリアのサンドイッチを入れたらエネルギーが激減してた。ISにまで大ダメージを与えるらしい。で、次に近づけたらPICが機能だけ限定展開してとんでもない勢いでサンドイッチが弾け飛んでってな……。まるで拒絶反応だ」
「ず、随分個性的なISなんだね……白式って……」
「うーん。なんか、話掛けられているような気がするんだよなあ」
「……ISには意識があるかもしれないって言われているし、あながち間違ってなさそうだよね!?」
「よし、奮発してラウラとの決戦前夜には、カツ丼を、当日朝には消化が良くて力になるうどんを作ってやるぞ白式!」
「…………ISに食べさせるって……」
 これは、会社に命じられなくても物凄くデータが欲しくなるISとその主だなーとおもってしまうシャルロットだった。
「お? 喜んでるような気がする! なんか、昔ならこういうの良くあったんだけどな最近めっきり無くて寂しかったんだよ」
 昔の一夏は何か伝播でも受信していたんだろうか……。

 眉を寄せて唸っているシャルロットを尻目に、一夏はリモコンを手に取った。
「さて、シャルロット……で良いよな、部屋だし。テレビでも見ようぜ」
「つい言っちゃうかもしれないから今まで通りシャルルで…………いや、やっぱり二人きりの時はそう呼んでくれると嬉しいな。お願いするよ。その前に着替えなきゃ」

 さりげなく自分の要望を叶えたシャルロットをの内心の歓喜など一夏は、全く知る由も無く、このままシャルロットも、みんなの力を頼りにしてくれたら……なんて割りとあるようなテンプレ思考に陥っている一夏だった。
 そうでなくても、一夏なら気付かなかっただろうけど。マジ織斑なので。

「そうそう、遠慮なく言ってくれ。ま、リモコン手に取っちまった事だし、着替える前につけるだけつけとくか………………ん?」
「どうしたの? 一夏?」

「いや……リモコンに見た事無いボタンがついていてだな」
「え?」
「多分……これ……Dunois……デュノアって書いているんだよな……」
「一夏……ちょっと見せて……うん、一夏の言う通りだ……」
「押して……みるか……?」
「う……うん……」

 意を決して、一夏が見慣れている筈のリモコンに突如として発生したボタン———オレンジ色のそれを押してみた。

 テレビのモニターがブツンっと音を立てて、オレンジ色一色に染まり―――



 現在、プロジェクトオレンジ———進行率78%、予定より12%順調に進行中。



 などと、テロップが表示された。
「なぁ、つまりこれから、何だか良く分からないプロジェクトオレンジとかがはじまるのか?」
「オレンジってだからなんなんだろう……」

 二人で戦々恐々としながらモニターの前に鎮座していると。


「―――Dunois!」
「―――Dunois!」
「―――Dunois!」
 と。
 一斉に叫ぶ声が聞こえて来る。

 そして同時に響くのは、冷たいフロアの床を叩く靴の音。

 そして、画面の奥からやって来たのは。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、くそッ———!」
 走って来る一人の男だった。
「あ。あの人」
「知ってるのか?」
「うん———僕の使ってるリヴァイブ開発スタッフの一人なんだけど———」

 男は必死に走っている。
 その男が、息を切らせながら画面の下へ消えて行ったあとだった。

「―――Dunois!」
「―――Dunois!」
「―――Dunois!」
「―――Dunois!」
「 ―Marverous!」
「―――Dunois!」
「―――Dunois!」
「―――Dunois!」
「―――Dunois!」
「―――Dunois!」
「―――Dunois!」
「―――Dunois!」
「―――Dunois!」
「―――Dunois!」
「―――Dunois!」
「―――Dunois!」
「―――Dunois!」

「うわァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!?」
 シャルロットは思わず悲鳴を上げた。

 それは、軍勢だった。
 金属で出来たヘルメットの様な物を被った集団が、千鳥足にヨタつきながらも、そら恐ろしい速度でいっせいに走っているのだ。
 『Dunois!』と、叫びながら。
 そのヘルメットは、シャルロットも見覚えがあった。
 ゲボックが被っているそれ———とは少しデザインが違うがほぼ同じもの———何故か社内で流行していた、性能だけは恐ろしい程に抜群なヘルメットである。

 それが無個性ながらも大勢で一人の男を追いかけている。
 まるでゾンビものの映画かゲームを見ているような光景である。

「っていうか、今、ゲボックさんの本物混じってなかったか……?」
 一夏は首を傾げている。
 実はズバリ混じっていた。
 が、ゲボックは機動力が無いため、あっさり他のヘルメット社員達に押し倒され、踏みつぶされただけだ。

 カメラを戻せば、白衣を足跡だらけにした踏み潰され済みのゲボックがみられるだろう。



「やめろ! 畜生! 来るな! 来るんじゃねえ!」
 とうとう、壁に追いつめられた男が、近くにあるものを投げつけながら、最期の抵抗をしていた。
 ちなみに、ちゃんとフランス語なのだが、リアルタイムで翻訳されて字幕で表示されているからますますドキュメンタリーっぽい。

 しかし、ヘルメット社員達が止まる訳が無い。
 当たれば痛いものも結構飛んで来る。
 ISの開発はこの女尊男卑時代、結構男には体力腕力も求められるのだ。

 しかし、ゲボックの発明品は優秀だ。
 飛んで来たライトは、社員達に当たる前に、シールドバリアーに弾かれてガシャン、と床に落ちる。
 ヘルメットは周囲に移動する速度が一定以上の物体を感知するとピンポイントでそのポイントにのみシールドを展開、小さなバッテリーで駆動するヘルメットでも、充分な防御を実現しているのである。



 そして。
「やめろ! くそ、やめ、やめ、やめろ、いやだいやだいやだやめろおおおおおおおっ———!」
 男は羽交い締めにされ、押さえつけられ。

 かぽ。

 ヘルメットを被せられた。
「んほおおおおおおおおおおおおおぉぁああああああああああああああああああァッ!!」
 何か嫌な叫び声を上げ、ビクンビクンと痙攣する社員。

「…………」
「…………」
 一夏とシャルロットは、それを黙って見る事しか出来なかった。

 ゆらぁり。
 未だ痙攣を続けていた社員は幽鬼のように立ち上がり。
「―――Dunois!」
 叫んだ。
 増えた。
 増えおった。

 シャルロットの中ではモノアイのロボット、ベッキーの言葉がリフレインしていた。
「吹き荒れてるぅぅぅうううう! 科学と狂乱の嵐が吹き荒れてるるうううううううう!?」

「フロアEクリアですョ」
「クリアですョ」
「クリアですョ」
「クリアですョ」
「クリアですョ」
「クリアですョ」
「クリアですョ」
「次行くですョ」
「―――Dunois!」
「―――Dunois!」
「―――Dunois!」
「―――Dunois!」
「 —Marverous!」
「―――Dunois!」
「―――Dunois!」
「―――Dunois!」
「―――Dunois!」
「―――Dunois!」
「―――Dunois!」
「―――Dunois!」
「―――Dunois!」
「「「「「「「「「「Dunois!」!!! (DesuYo)」」」」」」」」」
「もう嫌だああああああああ! 止めてよぉぉぉお!! 誰か、誰か僕を助けてえええぇぇッ!!!」
 シャルロットの精神の均衡が保ったのはそこまでだった。

「あっふぅうううううううううううううんっ!!」

 画面のデユノア社内映像は、次々と切り替わり、あちこちで社名を叫ぶヘルメット社員達と、追いかけられヘルメットを被せられる社員達が映り、次々と、ヘルメットを被っていない社員達は減って行く。

「おっほおおおおぉおおおおおおおおおおおおおおうぎぶぺっ」
「ふんはアアアアアアあああああああああああああああっ!」

「なんつぅ……悪質な、洗脳??」
「あうあうあうあうあうあう………………」



 なんと言うか、あまりのショックにシャルロットの言語野が完全に破壊されているのを横目に見ながら画面内でどんどんヘルメットが増殖していく様子を見ていた一夏であったが。

 ブツンっと音を立て、画面が切り替わった。

 巨大なガラスの壁を背景にチェアに腰掛ける男性の映像だった。
 その膝には、カビパラが、なぜかジャンガリアンハムスターの模様になった謎生き物が座ってキャベツをもさもさと食んでいる。

 後ろのガラスからの逆光になっているのか男の顔が見えない。
「どうやら、早くも正体がばれてしまったみたいだな」
 ぼそり、としかし威圧感たっぷりに告げられ、シャルロットは思わず息を呑んだ。

 お父さん……と、思わず漏れてしまったその声に、一夏は敵愾心を隠しもせずその男を睨んだ。
 シャルロットが怯えている様子なのが明らかだったからだ。

「シャルル……いや、ばれてしまったのだから、もうシャルロットだな」
「は、はい!」
「前に一度言った筈だ」

 デュノア社社長は、今自分の会社がどうなっているのか、分かっているのか分からないのか、重い口調で己の娘に告げた。
「私を父と呼ぶな———と」
「ッ!!」
「てめぇ!」

 思わぬ一言で、シャルロットが声にならぬ声を漏らしたところで———
 ここで一夏がキレた。

 それはテレビであり、やったとしても無意味だと、分かっていても一夏はテレビにせめて一言言い返してやろうと詰め寄ったそのとき。

 画面のカメラが、引いた。
 社長の姿が小さくなり、代わりに彼がいた部屋の全貌が見えてきた。

 そこは———

 社長が立ち上がる。カビパラがごろんと落ちた。気にも留めずにキャベツを食み続ける恐るべし世界最大のネズミである。
 照明が社長に集中する。
 逆光の光さえ押しのけて社長の全身があらわになる。
「私のことは」

 高そうなスーツはパリッと糊が利いており、マフラーのような、帯のようなものが首から胸元に垂らされている。
 そこには、左側に『社長にして———』。



「司令と呼べと!!」
 なんか強いられていそうな集中線まで出てきて強調された。



 思わず一夏がずっこけた。
 室内は、自称司令に相応しい有様に改装されており、周囲にはあらゆる情報が示されたモニターが浮かび、オペレーターのようなOLやら会社員が全員例のヘルメットを被って作業をしていた。

 胸元に垂れている帯の右側には『司令である!』と、書き記されていた。
 そして彼は、あるものを手に取る。
 オレンジに塗装され、横に漢字で『指揮官用』なんて書いてあるヘルメットを。
 ちょっとだけ特別っぽい、具体的にいうと何かトゲとかついている。

 そう。
 デュノア社は、既に頭の天辺から制圧され済みだったのだ。

「あっはっはっは! どーしたシャルロット!? そんな顔して! あーっはっはっは!!」

 あんぐりとしてもはやいかなる反応も返さなくなったシャルロットと、地味に起き上がって『ぬぅ、この格好良さは中々センス分かっている……!』と、司令室のデザインに少年心を掘り起こされている一夏が居たとか何とか。

 ただ、二人はしばらく動く事もできず。

 デュノア社社長兼、なんかの司令の笑い声が高々と響き渡るだけであったそうな。








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 これは、雪片弐型の変形を見た後のとある二人の会話。

「なぁ。白式」
「んー、なぁに? むぐむぐ」
「…………御免、その前に聞いていい? 何食ってるの?」
「一夏の差し入れー」
 白式が白化した木に腰掛け、摘んでいるのは焼き芋だった。

「ここまで世界にそぐわない差し入れも凄いもんだな……一つ食っていい?」
 見た目が深窓の令嬢なだけに、口いっぱい芋を頬張っている白式はすげぇミスマッチである。
「んー、一つだけだよ?」
「ありがとー!」

 けれども素直に食べ物を恵まれたら礼を言う。これは礼儀。

「ところで差し入れってどうやるんだ?」
「量子格納したのちょろまかしてるんだけど」
「なる程! そんな手があったか……て、チョイ待て。お兄さん、ISに食べ物しまってるんかい」

「いや、前にたまたま一夏がこっそり隠してたチョコつまみ食いしたら即ばれた」
「主夫の食品管理能力なめないほうがいいぞ。で?」
「いや~、甘くて美味しかったからシールドエネルギーちょっと増えたんだけど、それ以来、色々実験で差し入れされる事になりまして」
「なんてうらやましい!?」
 というか、シールドエネルギーってISの気分で上下するモンなのか!?
「いや、結構そんなモンだよ? 気分乗ってないと『零落白夜』がさらに燃費悪くなるし」
「お兄さんの模擬戦勝率がますます下がるような事やめてあげてよ!」
 そうか、お前がお兄さんの足引っ張るのが敗因の一つになっていたのか。

「と言うか! なんでこっちの意見通じないんじゃ一夏アアアア! あの極甘サンドはいったいなんなんじゃああああああああ!」
 ああ、シールド増えるなら処分させようとしたのか。セシリアさんド。
 しかし、白式の味覚は普通だったようで。
「まだ未熟だからじゃないの?」
 ISの世界に招かれるのは、相互理解のレベルが相当まで行ったISとそのマスターだけだと聞くし。
 せめてセカンドシフトはしないと、と思うんだけど。

「いやー……昔は……ん、なんでもない」
「何その伏線」
「伏線にすらなってないから別にいいの。まったく、意見が通じればリクエストが出来るのに! そうすれば私は好きなのが食べられる! 一夏は私のパラメータ上昇で勝率アップ! いいごと尽くめじゃない!」
「食欲に汚染されたISなんぞはじめて見るわ」
「鏡見ろ鏡」
「俺は人間だ!」
「…………え?」
「え?」
 凄い傷つくんですが。

「そうだ! 茶釜、一夏にリクエストお願いしたいんだけどいいかな!」
「絶対広まるが良いのか? 倉持とか嬉々としてやってくるぞ」
「ああ、やっぱ良い、あのやぶ共」
「打鉄弐式も中途半端に放り出したし、あそこには技術者としてのなんかとか無いのかね」
「なんかってあんたも適当ねえ」
「語彙が少ないんだよ、俺は」



 しばし無言で芋をもそもそ食べてます。しばらくお待ちください。



「ところで、前から一つ聞きたかったんだけど」
「……ふぁに?」
「何個食ってんだよ。『零落白夜』って、なんで剣以外に全身金色に光ったりするわけ?」
「んぐ……ぷはっ、んー。千冬が暮桜で使っているときは『狂乱殺し』の予兆と言うか伏線だったんだけど」
「伏線って……」
「正直、私と一夏のワンオフはまだ分からないからね~。どうなることやら」
「つまり、わからん、と」
「アレじゃない? オーバーに吹き出たエネルギーが演出として漏れ出てるとか」
「燃費悪いんだから逆方向に気を使えよ!?」

 まあ、それは前置きで。

「俺としては、全身金色に光ると言えば……」
「言えば?」
「ク●リンの事かー! って言いながら光るとか」
「あ、それ違うから」
「へ?」
「あまりにも有名だから勘違いされがちだけど、それ、超化されてなりふり構わなくなったフ●ーザが、この死に損ないめ、ばらばらにしたろかー? あの地球人みたいにー? みたいな時のマジギレ台詞だから」
「あれ? そうだっけ?」
「読み直してみる?」
「何であるんだよここに……」
「山何とかさんファイル」
「お前も持ってるのか……いや、俺も持ってるけど」

 で、白い砂浜で肩寄せ合って漫画を読む俺ら二人。少女の方には手に芋。シュールすぎるにも程のある絵面である。

「ほら、ここ」
「あ、本当だ」
「どうも、ネットとかで有名になったシーンが広まってしまうから、ちゃんと原作読んでても印象が塗りつぶされてしまうことって間々あるのよねえ」
「…………いや、何でそういう格言言えるんだよ」
「倉持で死蔵されてた間、そりゃもう、暇で暇で。引きこもりのやる遊びは大体やりつくしてこんなもんよー」

 はっはっは、と自分を指差す白式。
 これで良いのか世界最強の兵器よ。

「ところで茶釜」
「ん? だからその名前やめてくれって」
「私に何言わせたかったわけ?」
「へ?」
「大体分かるんだから! 私に一夏の事かー! って言わせたかったんだろうこのボケぇ———!」
「へぶぅおっぉほぉうッ!?」
 白式の膝蹴りが俺の腹に炸裂した。

「そんなに一夏を爆破したいかーっ!」
「ちょ、それ零落白———ぎゃあああああああああああああああああっ!!」



 こんな感じで、今日も俺たちの夜はすすんでいたりする。








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 今回、凄い難産だった。
 しかも、それでもまだなんか納得できないような気がするので、これからもちまちま増減するかもしれない。
 自分でも分からない心理内容を一人称でって逆に難しいわアアアアアアアアア!

 前回の宣言どおり、一月また越えました。すみませんでした。
 テロップではもう少し長く詰め込む予定だったのだけれど、いやあ、伸びる伸びる。プロットで4行半のところがこっちじゃ800行とかざらだから。おのれプロット詐欺め。

 それでは、構想だけはとっくに完成済みの原作編エピローグに取り掛かろうと思います
 エタるのだけはしないので、忘れた頃にでも見てください。きっと一つか二つは増えてます。

 それでは、長文をお読みいただき有難うございました。



[27648] 原作2巻編 第 4話 母みたいな温もりと、銀幕へのカーペット
Name: 九十欠◆82f89e93 ID:a6979411
Date: 2013/03/24 07:52
 一つ、例えてみるとしよう。

 生命とは、自己増殖と多様性の獲得を主目的とした多層分子構造体である。
 その有様はバクテリアのような微生物から我ら人間を初めとした複雑な構造を持つ多細胞生物に至るまで共通している。

 自己の構成を維持しうる物質を供給し、反応をおこし、自らを増大させ、不要となった物質を排出すると言った、俗に言う食事とそれによる成長、そして排便の流れである。

 だが、物質の供給は何も食事だけではないのだ。

 『呼吸』

 自らの構成物質を構築する為の資材を獲得する事が食事なら、こちらは、構成物質や活動エネルギーを作り出す工場に火を灯す燃料の供給、と言う事となる。

 ミトコンドリアを内包する生物なら、それは『酸素』。また、現在は地球上においてその生活圏を海底等の限られたところまで追いやられた、古き時代から命を繋ぐ嫌気性生物などもまた、酸素より遥かに効率が悪くとも、活動の為のエネルギーを生産する為に必要な物質を取り込むのは必須事項であるのだ。

 さて。
 現在殆どの生物が酸素の供給を必須であると説明したのではあるが、その生命の多様性により、酸素の供給法、というのも大きく変遷して来た。

 その一番のものが、水中から陸上への生存域の拡大。

 水中より、大気の海へ。

 その為に必須であったのは生命の源、水分を如何に維持するか、と言う命題と供に、『肺の獲得』が上げられる。
 もっとも、元々これは地上に上がろうとして意図して生まれたものではない、と言われている。

 生命が陸に上がる前に、進出し、挑んだのは河川の遡上であった。

 塩分濃度の差による細胞壁の溶解への対処、カルシウム欠乏を補充する為の骨格の獲得など、様々な問題を乗り越え、彼等は生活範囲を広げて行く。
 苦しくもそれは生命元々の多様性の獲得に繋がり、彼等はその時代を彩る存在となる。

 そんな中、川は『酸素』も足りなかった。
 海のようにふんだんに酸素が溶け込んではいない。
 泥が溶け込み、澄んでもいない。

 故に彼等の内の一つ『肺魚』の祖と言える生き物は、大気中の酸素を、供給対象として選んだのだ。
 当時、植物はいち早く陸上に進出し、また、現代からみれば比較出来ない程繁栄を誇っていた植物は、海底ばかりか大気にまで高濃度の酸素を満たして行く原因となっていた。

 苦しくもそれが、地上進出への一助となったのである。 









 まあ、ところで、一端ここでがらりと話が変わるのだが。

 当時、婿養子としてデュノア社社長に就任した彼は、随分と息苦しい思いをしていた。
 婿養子故に大きな態度を取ることができない。
 世に広まった女尊男卑の風潮もそれを助長し始め、時間と供に彼の肩身は狭められて行く。

 人に取って、意のままの活動、と言うのは健全性の維持に必要である。
 言ってしまえば精神における酸素のようなもので、そこにおける不自由、精神的圧迫は酸素欠乏と言っても良い。

 すなわち、彼はデュノアにおいて窒息していた。
 その苦痛は堪え難いものであり。

 河川に於いて水中酸素が欠乏し、肺魚と言う新たな酸素供給手段を生み出した生物が出現したように。
 彼もまた、新たな『酸素』を求め、手を尽くすのは極めて普通な事であろう。 



 当時は、まだIS黎明期。今もまたそうである、と言う意見を抜きにしても隆盛を誇った訳でもないデュノア。
 社長などと言う肩書きなど形だけであり、社内においても新参者である彼の意見は早々通らない。

 そんな彼は、日々どっしりとのしかかる心身の疲れを癒す為に、度々通う店があった。
 それこそが、彼の『酸素』であったのだ。



 そこは煌びやかな別世界であった。
 美しい女性達が、肌色を隠す面積がわずかな、艶かしい衣装で身を包み。

 望んで舞台に上がる男達を、ある時は鞭で殴打し、なじり、鋭いヒールで踏みにじる。

 その中でも一際苛烈。鮮烈かつ間断無き怒濤の閃撃に苦痛を感じつつも、その姿に陶酔せざるを得ない美しく、妖艶な女性。

 粒ものが揃うその中で、気性でも、その位でも、その美しさでも頂点に頂く彼女は、女帝(エンプレス)と呼び讃えられていた。

 多大なストレスが後押しにもなったのだろう。そんな彼女に、妻帯者である筈の彼がどっぷりハマりこみ、激しく駆り立てるのは、当然と言えた。あ、逃避的な意味でである。



「まあ、それがお前の母親だったわけだが。シャルロット」
「さっぱり子供に向かってなんて事カミングアウトしてるんですか貴方って人はああああああああああ!」

 あ。シャル壊れた?
 隣で見ている一夏。

 しかし。
 一体……いつからデュノア社はこんな面白企業に変わったんだろうか。
 いやあ、楽しそうだな。

 やっぱり男子として、デュノア社のギミックにわくわくしながら、思ったより冷静に見ている一夏だった。



 対して、大打撃受けているシャルロット。

 優しかった母親像。
 信じ切っていた。
 戯れ言など聞く耳持たぬ、持つ気など無いが。
 やばし。イメージにとっくに亀裂が走ってしまっている。

 というか、のめり込んで………………『そう言う趣味』だと言う事は、貢いだ上で痛めつけられていたのか。
 ちょっと恐怖感じてた自分って何なんだろう。この情けない男に…………。
 シャルロットはさっぱり殺意をフツフツと燃やし始めていた。
 あ、でもその金で自分育って来たんだと気付いたら鎮火した。なんか、もう何も燃え上がりそうに無かった。

「私は、常連であったと思う……外でデートもしたしな! しかしだ。急に彼女は姿を消した。私は他の女王様に踏みつけられながらも問えば、身籠り、仕事を辞したと言う。私としては、やはり彼女でなければ物足りない。失意を感じながらも、それきりその店に通う事を止めた私は、しかし実際問題、社内では微塵の権力も無かった。彼女を捜す事も出来なかったのだ」

 うん、なんだろう。
 というか、その父親が自分だってよくまあ断定出来たね。どれだけ貢いでたんだ?
 そう言えば、自分と母の生活は貧しかったけど。母親が働きに出ている姿、見た事無いな……。
 いや、家庭菜園とか超大きく作ってたけど。
 まさか……えーと、ちゃんと養える分はゲットしてた、と言う事でしょうか天国のお母さん。

「そして、しかもその事が妻にバレてな」
 同情しても良いかも知れない。いや、やっぱり余地無いや。何だろうこの情けなさ。

「その後の妻の折檻は苛烈極まるものであった―――シャルロット、お前の母にも見劣らぬ程にな。仕打ちをうけ、受けて受けて受け切り、その結果、何とかよりを取り戻せたのだ」

 戻せたんかい!?

「そう、妻もその方面では天武の才を持っていたのだ。私は、無意識にそれを見抜いていたのかも知れない……だが、初め、お互い正直になれなかった、二人とも趣向を隠していたんだ。それが自分達の関係を冷やしていたに違いないと言うのに」

 嫁もかい。デュノアに普通の人はいないんかい。

「そう、彼女のお陰で、俺は自分の趣向に正直になり、周りの人にそれをカミングアウトする大切さを学んだのだ!!」
 デュノア社社長は力説する。

「前言撤回だ! 最低だ! さっぱり最悪だよ! 嘘だ! お母さんがそんな人だなんて嘘だあああッ!」
 あははは……と壊れた笑いを漏らす事しか出来ないシャルロット。

「まったく、何を言っているんだシャルロット。エンプレスとして完全である彼女が当然、夜の顔を昼に見せる訳が無かろう。昼にデートした事があるが、あれぞ正に良妻賢母と言えるであろう素晴らしい姿であった。であるが故に、夜の彼女はよりギャップがあって、より素敵なのだが。特にまち針を何本も何本も、這って逃げる私の背中に突き刺しつつ見せた彼女の恍惚の表情は、今でも思い出すだけで堪らない」

「さらっと屑発言しないで下さい屑野郎!」
「シャル!?」
 いきなり暴言を放つシャルロットに隣の一夏はビクッ! と反応する。

「シャルロット、私の事は司令と呼べと言った筈だ」
 何故ここでそこにこだわる。ああ、あのヘルメットで変になったのか、元々変なのか。なんかもう、どっちもでいいや。変なのに変わりないし。
「分かりましたこの屑司令」
「よろしい」

 いいんかい!
 心無しか喜んでるよ罵倒されて感動してるよこの変態。

「しかし、妻とよりを戻してすぐ、妻の協力を得てお前達親娘を捜したのだが、一向に見つからなかった。優秀な探偵を何人も雇ったのにな。
 良く分からないが、彼女は特殊諜報員も真っ青な隠密行動で何度も夜逃げを成し遂げ、私達の手から逃げ続けていたのだ。心当たりは無いか? シャルロット」
「そう言えば、深夜の引っ越しが多かった気がする!?」
「そこはおかしいとか気付かないか?」
 一夏のツッコミには誰も反応してくれなかった。
 少し寂しくなった一夏は、完全に傍観に徹する事にする。通称、拗ねたと言う。



「そして、私の失脚を望んでいたさる役員が、私のスキャンダルを掴む為にお前達の足跡を掴んだのは、あいつが亡くなった後だった……そうだろう。何故か逃げていた彼女が亡くなれば、何も知らないおまえを見つけ出すのは簡単なのだからな……」
「僕の人生どれだけアブノーマルなのさ!?」

「その事を聞いた私は、そいつを社会的に抹殺してマグロ漁船で遠洋に送り出し、妻と相談の上環境を整え、迎えに行ったのだ……その時なのだよシャルロット、お前に会ったのは」
「さり気なくこの人、外道行為してるよな」
 引きつる一夏だった。



「続きは私が言うわ」
 出て来るのは、デュノア社長夫人。
 つまり、シャルロットの継母に当たる人物だった。
 今までどこにいたんだろうか。
 社長の言通りなら、夜に鞭とか振るうタイプらしいが、ぱっと見では、そんな風には全然見えない。
 なんというか、まーったりとしたぽややんタイプの人である。
 人は見た目によらないのだろうか。

「あなたと初めて会った時、私は一つの事を確かめる必要があった。それは、夫が私の他にのめり込む程の、その(サディスト)たる才、を受け継ぐあなたが『覚醒』させているか否か。それを以て、同居の是非を決める為にね」
「『覚醒』、とか僕が遅かれ早かれアンタらと同じ変態になるって決めつけてませんか!?」
「その為にあなたをぶったのよ。『この泥棒猫の娘が!』ってね。ごめんなさいね、覚醒してないあなたでは、ただの因業婆でしかなかったわね……。覚醒していれば、『あなたこそ駄犬の発情期も管理出来ないの? 無駄に年と皺だけ重ねたようね』と言いながら頬を打ち返すぐらいはする筈だもの」



「さっぱり出会ったばっかりで、僕ってそんなレベル高い事要求されてたのおおおおお!?」
 シャルロットの絶叫が響き渡るのであった。
























 何故だ。

———テメェの面が気に入らねぇ

 あんな奴が。



 何故なんだ。

———確かに織斑先生を信望するものにとってお兄さんは許しがたき存在だわなあ……。だ・が・な! お前だけはそんな筋合いはねえ。資格なんぞ微塵もねえ!

 うるさい。



 どうして———

———少し見ない間に偉くなったな。十五歳でもう選ばれた人間気取りとは恐れ入る



 それは、ラウラが第三アリーナで大立ち回りをする少し前の話。
 彼女は懇願した。
 もう一度我がドイツ(私の傍)でご指導を。
 ここにはあなたの教導を受ける資格あるものはおりません、と。

 それに対する返事が、袖にもされぬ、『これ』だった。



———そうだな、お前がそんなに他者からの評価が欲しいのと言うのなら私に託してみるか? 丁度良く私は教官で、お前は生徒だ。評価するにはもってこいの関係だしな。だがな———良いか、これは命令じゃない。ボーデヴィッヒ、お前が決めてお前が託せ



 そうおっしゃって下さったのに。
 何故、もう私を見て下さらないのか。
 私はまだあなたに評価され切る程、独り立ち出来る程成長しては居ない。
 もっと。

 私を見て下さい。
 評価して下さい。

 もっと。
 もっともっと。

 私はまだまだあなたが必要なのです。
 それなのに、あなたが今見ているのは、あなた程の存在が見る価値の無いもの達ばかり。

 私もあなたから見れば有象無象でそれ程の差はないかもしれません。
 ですが、そんな私から見てもここのあなたは飼い殺されている。そのようにしか見れない。

 何故です。
 何故、そんな境遇を甘んじて享受してらっしゃるのですか。

 あいつが居るからですか。
 織斑一夏。
 あいつが、IS適正があると分かったから。
 少しでもあの惰弱を守るべく、傍に居られるように。
 それほどなのですか。

 あなたは、もっと素晴らしい。
 あなたはもっと羽ばたける。
 高く、高く飛び立てる。
 だから飛んで下さい。
 その果て無き高みから私を導いて下さい。
 
 何故ですか?
 
 私はもういらないのですか?
 やはりその惰弱の為になら自分をお殺しになさるのか。
 栄光を地に伏せた愚かしいそいつが。
 あなたはその為にどれだけ自分の輝きをくすませてしまっているのか。

 私は悲しい。
 もっとあなたは素晴らしいのだ。誰しも仰ぎ見る程尊い高みに居なければならないのに。

 何故ですか?

 それはやはり。
 私が———



 その時、烙印を押された時の光景と、全く見た事のない、とある研究者から見下ろされているヴィジョンが重なった。

 人物も、場所も、全く違ったが、被さった二人は、どちらも私にこう言い下す。



「「なんだ、これも出来損ないか」」



 砂嵐。

 砂嵐。


 砂嵐。



 暗転。

 そして。
 今現在。光差さぬ一切の闇。









 暗い闇の中で。
 ラウラは微睡んでいた。
 ラウラは誕生時の事を思い出す。



 夢とは、過去の整理。情報にタグを付ける作業行為を垣間見る事。
 つまり。

 何らかの処置を受け、消されている筈の記憶だって、想起する。
 人から記憶を完全に消す、と言うのは意外や意外。かなり難しい。

 人間の脳は『ROM』なのだ。一度書き込めば『消す』事は出来ない。
 出来るのは『忘れる』事だけだ。
 その記憶が、脳内のどの引き出しに仕舞われたのか、雑多な記憶の奥底に———紛れ込んで分からなくなるだけだ。
 『消す』事は、脳細胞を破壊しない限りできはしない。

 例えナノマシン処理や催眠暗示で意識から消されて居たとしても。
 人は憶えている。
 ある時は体が。五感が。

 この触感は触れた事がある。
 この音は聞いた事がある。
 この景色を、自分は見た事がある。
 この香りを嗅いだ事がある。
 この味は、食べた事がある筈だ。

 何だって良い。
 記憶とは記録では無い。
 過去を参考としての未来への指針だ。
 例え些細な事であろうとも、ふとした事で記憶の回路は繋げられる。

 そして、記憶とは神経シナプスによるネットワークの構成そのものだ。
 切欠さえあれば、数珠つなぎに記憶は引き出される。





 誕生時、担当の研究員。
 名前は消されている(憶えていない)


 彼女を、培養槽から取り上げた男だった。
「ようこそ、世界へ。しっかり生きるんだぞ」

 保たれていた培養液の温度と違い、外気は気化熱も伴い、体から体温を奪って行く。
 その事に切なさを憶えたが、心細さを感じる事は無かった。
 彼女の両脇を支える手が、温かいを通り越して、少し熱いな、と思った。
 
 しかし、今にして思えばそれから奇行が止まらなかった。

「有袋類だ。異論は認めん!」
 気付けば、彼女はそのまま白衣の中に突っ込まれて首だけ出ている状態だった。
 その状態で固定され、彼女の為に用意されていた筈の衣類がどこかに行ったのか探しに行っている要領の悪さ。

 彼は後の名付けの親であり、今はもう、行おうとも思わぬ、下らない事を様々教えてくれたものであり。
 台詞回しの元であった。

 寝る時は何も着ない。
 白衣は仕事着であり、寝間着ではないのだそうだ。
 成る程、と従い。その日は彼の研究室の仮眠室で睡眠を取った。

 翌朝目を覚ますと、彼はロビーで逆さ吊りになっていた。
 死に腐れペド野郎。と顔に貼られて、何故か局所に冷えピタが貼付けられていて悶えていた。
 何もされなかったかと聞かれた。
 ただ、仮設ベットで寝ただけだと言うのに。



 一緒に。



 そう言ったら、逆さ吊りの彼は、さらに保冷剤が投げつけられていた。
 罵詈雑言と保冷剤に殴打され、絶叫と文句を上げる彼を、ぼんやりと見ているだけだった。


 そんな彼との生活が一月程経過した後の事だった。
 成る程、この男は変なのだ、とラウラも(名付けられたのでこっちの表記)理解し始めていた。

「君のお母さ———いや、お姉さんの様子に変化があったらしくてね」

 聞けば、自分はとある優秀なアドバンストを元に改良した、汎用型であるらしい。
 だから、どうした、としか思えなかったが。

「彼女を取り上げたのも実は俺なんだよ。ここの奴らは俺の事をロリコンだとかペド野郎とか言うがな。俺はきちんと膨らんだものも大好きだ。いや、彼女は見事に育ってねぇ。うん! ちょっと抱きしめて来る!」
「死んで下さい」
「ははは、嫉妬するなよ、お前のお姉さんだ。いつかは会わせたいと思ってるんだけどな」

 笑いながら最低限の荷物をビジネスバッグに突っ込んで。
 ラウラの姉だか母だかが居るらしい研究所に出張に言った彼は。



 そのまま帰って来ることは無かった。



 オーギュストショック。
 一度だけ彼に教わった通りに手八丁を駆使し、上位権限資格者限定の情報を覗いた時に見た単語である。
 規則を破り、施設のバックドアを用いた。
 誤摩化し方も彼に習った。思えば、彼の奇行は———

 しかし、調査の結果は、ラウラの望むものでは無かった。
 他でもない、彼が会いに行ったアドバンストの暴走に巻き込まれたらしい。

 ラウラはその時、そのような概念は持ち合わせていなかったし、今そう言われても決して認めないだろうが。
 彼女の父と呼んで差し支えない男は、ラウラの母と呼べる存在に奪われたのである。






 それ以来、ラウラはずっと一人で生きて来た。
 彼に教えられた事は、その殆どが無駄と言っていいものだった。
 現在、兵士としての生にはまるで役立たずである。

 ただ、胸に風穴が開いたような空虚さが常に見に付きまとうようになった。
 寒いのだ。
 まるで寒風にあてられているかのように、何かが足りないのだ。



 再生強化のナノマシン処置を受けたとき、彼に関する記憶はきっぱりと封じられた。
 兵器として開発されたアドバンストの行動を阻害するのではないかと思われたからだ。

 だが、ラウラの記憶は、封じられても、完全に消え去ってはいなかったのだ。
 もしかしたら、施された再生強化のナノマシンの副作用なのかもしれない。
 ただ、全てが無駄だと普段から不思議に思いつつ。
 その口調は、自然と彼のものに近付いて行った。



 そして、ずっと一人だったのだ。
 一人で良かったのだ。
 一人でもなんの支障もなく、有り余る程に彼女は優秀だったのだから。

 他者の力が無ければ何も出来ないのは未熟者の証だと思っていたから———と。



 胸を吹き抜けて行く切なさを意識せぬ為に———
 思い込んでいたのだから。



———目に出来損ないの烙印を焼き込まれ

 千冬に、出会う、その時までは。
 胸の風穴に、寒風を吹き流しながら。



「どうした? ボーデヴィッヒ」
「いえ、なんでもありません。教官」
 そう告げたラウラにくすっ、と本当に希少な微笑みを浮かべた千冬は後ろに回る。

「嘘を吐くな。明日の施術が怖いのだろう? ましてや、お前は以前に失敗を経験した身だ。怖く無い筈が無い。なにより、施術するのが奴ってのが怖すぎるんだろう。ああ、私は信用しているが怖く無いかと言えば別だ、言動が逆の確信に繋がって恐怖を煽ると言ってるだろうに、あの馬鹿が」
「いえ……あの……あ、はい……」

 それは、ついに目のナノマシン過剰励起を鎮める手術を前日に控えた日であった。
 千冬の友人であるらしいゲボックと言う男は、確かに治せると断言した。
 だからと言って信用は出来ない。
 千冬に失敗したら絶交な。と言われて一気に白色化したが、技術的には余裕ですョ。とか言っていたのだから大丈夫だろう…………多分。
 今時絶交が効くとは。小学生か。
 しかし、不快だった。
 あの教官に、親しげに殴られている姿を見ていると、無性に敵愾心が持ち上がる程に。
 そして、そんな男に、自分は明日、目の未来を預ける事となる。
 不安でないと言えば、そんな訳が無かった。

「くく、素直でよろしい。まぁ、嘘なんぞ吐いても別に構わんのだがな。私も昔大怪我してあの馬鹿と同室にされた時は正直怖かったしなぁ。自分の常識が粉砕されそうで」
「……教官も怖い事があるのですか?」
 千冬は後ろにいて、見えない。

「あぁ……あるさ。ISだけに限らん。私にある様々な『力』、それに私の方が従うようになるのでは、と思うといつだって怖い。身近にいるんだよ。自分の持っているとんでもない『力』を振り回していると言うより、その『力』のためにあるとしか思えない奴が……。あいつらを、なんとかこっち側に戻してやりたい。だがな、あちら側の方がずっと楽だし……何より、そう思っている私が逆にとっくにあちら側にいるのでは。そう思うと、怖くて仕方が無い」

 暫く、千冬は遠くを眺めるような、そんな雰囲気が沈黙を盤石のものにする。

「あまり経験は無い———んだが、な? 不安な時はただ、こうすれば良いらしい」
 千冬らしく無い、自信の無さげな言葉。
 ラウラにとっての千冬像を崩しかねないその発言に、思わずラウラは反論すべく———
 振り返る前に包まれた。

「教、官———?」

 後ろから、強く崇高な筈の千冬に。
 優しく、極普通の女性らしく。
 柔らかく。
 抱きしめられていた。



「私はしてやらなきゃ行けない奴に、こうしてやることができなかった。だからせめてお前の、そんな相手の代わりをさせてくれ」

 誰だ。誰が、そんな。
「教官以外に、私に、そんな人間は———」

 砂嵐。



 砂嵐。


 砂嵐。

 砂嵐。

———君の名はラウラなんてどうだろうか

 雑音。雑音。雑音。雑音。雑音。
 雑音。雑音。雑音。雑音。雑音。

 砂嵐。

 砂嵐。

 消えろ……。


 消えろと言っている!

———ようこそ、世界へ

 消えろ!!



 お前なんて……私は、私は知らない!



「おり、ません」
 何故だろう。
 何故、このように絞り出すように口にしてしまうのは。

「そうかな」
「そうです」

 ああ。
 そうに決まっている。
 その証拠に。

 風穴はもう閉じている。
 肌寒く無い。

 暖かい。






———筈だったのに



 ぎゅっと左目を覆うように手を被せる。
 頭を潰すのではないかと言う程指先に力を込める。



 織斑千冬。

 今の私にとって、生きる全てを掛けた目標で、存在理由そのもの。

 ずっと開いていた。しかし昔は感じなかった空洞。
 風の吹きすさぶ隙間。

 あの人の傍ならば、その隙間が瞬く間に埋められて行く。
 今や、それが私の全てだと。

 追い縋りたい。
 あのようになりたい。

 だから、それが完璧である事を欠くのは許せない。

 織斑一夏———教官に汚点を残させた張本人
 ゲボック・ギャクサッツ———教官に付きまとう悪害、この目の諸原因
 その系譜———双禍

 排除するのだ。あの人の栄光に影差す全てを、どのような手段を用いても。



 自分は冷たい、鉄の子宮に育まれて生まれて来た。
 その自分に温もりをくれたあの人を。

 この目の再施術の際、隠していた不安をあっさり見抜いた。
 一度だけ、抱きしめてくれたあの人を。
 もはや温もりを感じる道理も無い。
 しかし、この闇の中でも思い返すだけであの暖かみを思い出せる。

 ああ、これがもしかしたら、母の胎内での暖かさと言うものなのかも知れない。
 鉄の子宮で育まれた私には、それが本当なのかは絶対に判別出来ないだろう。

 だが。
 きっとそうなのだと。
 ラウラは、闇の中の暖かさに、心地よさに包まれ、微睡み続けていた。



















「ほう……IS学園近くで珍奇な新種の蝶を発見……おぉ、素晴らしい。なになに? 翼の模様から学名第一候補が『オオムラサキモンシロキアゲハ』…………え? 何色なのさ、この蝶?」

 IS学園新聞部配布の、つまるところが『ムー』ポジションの記事を読み上げつつ食堂付近を歩いている1年4組深山鍾馗(座席は双禍の隣。近頃のブームは隣の席の子の観察)は、妙なものを発見したのである。



 ふぅー! ふぅー! と息を必死に吐いている隣の席の子、双禍だった。
「ほーう。あの子でも喉に引っかかるような食べ物があったとは、少し驚きでだねぇ」
 息、と言うよりは、何かを吐き出そうとしているように見える。

 大抵のものを無理なく『くわぁっ、しゅるんっ』と一瞬にして丸呑み出来る脅威の食事を見て来た彼女だったが、その双禍が何かを吐き出そうとしているのは並大抵の事ではない。

 これは好奇心が持ち上がらない訳が無い。



 まさか人間ポンプをしようとしたところ、金魚と間違えてピラニアを生きたまま呑み込んだのかも知れない。
 何を言っているか分からないだろうが、双禍は実際そう言う事を平然とやりかねないのはこの2ヶ月で充分承知し切ってしまっていたのだから。

「やぁやぁギャクサッツちゃん! 私の手助けが必要かね!」
 いえいいえいと手を振りながら登場する鍾馗。
 双禍は、言葉を発することができないのか、コクコクと頷いてそれを肯定する。
「よっしゃ任された!」
 鍾馗は胸を叩いて意気揚々と双禍の背後に回る。



 さて、ここで一つ豆知識を披露しよう。
 IS学園の存在する日本と言う国は、年明けに餅が喉に詰まって昇天なさる方が多発する危険地帯である。
 だって食べたいんだもん、と命をかけるお年寄りや、まだ消化器官が発達していないお子様が好奇心で何か呑み込んで窒息しかけた時の対処は憶えていて損は無いだろう。

 喉が詰まって死ぬ、と言うのを舐めては行けない。
 まず、凄まじく苦しい。
 何せ食事中はそれなりに呼吸が止まる。
 鼻で細かく呼吸はしているが、やはり呑み込む時に気管に入らないようにある程度息を止める為、詰まる時は既に呼吸が十全でない事の方が多いのだ。

 つまり、タイムリミットは思い切り息を止める時の何割も無い。
 しかも下手すると死ぬと言う恐怖がパニックを呼び覚まし、冷静な判断能力を奪いさる。
 詰まった本人がなんとか対処出来たと言う話は終ぞ聞いた事が無い程だ。

 なにせ、魔王ですら饅頭を喉に詰まらせて死ぬ昨今である。
 笑い死にと並び、最も苦しい死因と言われるのは伊達ではないのだ。



 なので、詰まった人を見つけたとき、どのように助けるか、と言うのを知っておいた方が良い。

 まずその①
 足を掴んでぶら下げ、背中、肩甲骨の間を叩いて吐き出させる。
 かなり有効な手だが、いくら双禍が小柄と言っても、片手でぶら下げ、尚かつ背中を叩く程持ち上げるとなると、かなりの膂力が必要とされる。
 四つん這い状態で下を向かせて行うのもあるが、この場合は出そうに無い。
 しかも、逆さまに出来るかと言う仮定は。あくまで双禍が人間であれば、の話である。
 双禍はこう見えて精神感応金属合金『グリンブルルスティ』のボディフレームに体皮擬装用ナノマシンで全身をびっしり覆い隠している。言ってしまえば金属の塊である。

 全身のPICで重力干渉している普段なら兎も角、このように精神的に切羽詰まっている時はその限りではない。相当な重量となる。
 まあ、それでも一般的な金属の塊よりは大分軽いのだが。恐るべしゲボック謎合金。

 なので、この手は小さいお子さん相手に用いるといいだろう。



 そして、重要かつあまり知っている人のいないその②
 鳩尾から横隔膜を押し上げる手法である。

 やり方は、まず背後に回り込み、後ろから抱えるように両腕を前に回す。
 へそのやや上辺りでしっかりと両手を組み合わせ、素早く内上方へ圧迫するように押し上げるのである。
 これをハイムリック法と言い、かなり効果的だが、受ける方はかなり『オゥエッ!?』となるので、お子さんや妊婦の方、または既に意識が落ちてしまった相手には決してしてはならないと忠告しておくので留意されたし。

 オマケの③
 掃除機で吸い取る。
 実際これで助かった人も少なからず存在する、効果を証明されている手段である。

 が。

 はっきり言って掃除機は汚い。それを口に突っ込む、と言う事がどういう事なのかよく考えて行動候補の序列を考えて欲しい。
 そして、急激な気圧の変化で気管や食道、肺が損傷を受ける可能性がある。
 本気で生きるか死ぬか(デッド・オア・アライヴ)、と言うとき以外は使わない方が賢明である。
 つまり、自分の喉に何か詰まって、しかも周りに誰も居ない時はこの手に命を掛けても良いかも知れない。



 当然、鍾馗がとったのは②である。
 背後から両手をポジションに添えた鍾馗は、全力を持って。

「廬山●龍覇あああああー!」
「〜〜〜〜〜〜〜〜!!」
 同時に双禍の声にならない絶叫が響き渡る。
 後で鍾馗が双禍に聞いたところによると。

『そこ伏せたら候補が一気に増えるじゃないかああああ!』

 と言っていたらしい。
 なお、答えは飛び上がって自分諸共摩擦熱で燃え尽きるアレである。

 うぶ。
 双禍の胸部がまるで鳩のように膨れ上がる。
「こ、これは大物の予感だよスーさん!」
 スーさんって誰だよ、と言うツッコミはおいておいて、嘔吐物が飛び散っては洗濯が大変だと、避難する。女子はリアリストである。

 そこで気付いた。
「あ、バケツ持ってくりゃ良かった」
 まあ、生きるか死ぬかだし、いっか。掃除さえすれば。
 なんて気楽に考えていたせいで、彼女は仰天する羽目となる。

 れろれろれろれろげぇろえろぉ……ッ!

 年頃の婦女子が出しては行けない音が響く。双禍の脳は男だが、世間上は女であるし。
 双禍の口が思い切り開き、有り得ないサイズのものが呑み込まれて行くのは見た事があるが、出て来る時は少々気持ち悪い。
 何で見ちゃったんだろう、と一瞬後悔しかけた鍾馗は。

———どしゃっ

 と、出て来た『者』を見て。



「じ……人造人間18号!?」
「おぅえ……って、ちょい待てぇ!? いやあながち設定的に大して違いないんだけどさァ、僕ぁ●ルか!」
「つまり、完全体から第2形態に戻った訳だね」
「いやいやいやッ!!」
 呑み込んでいた方と入っていた方を見比べる鍾馗。
 体格はほぼ同じ。厳密に言えば僅かに双禍が大きいが、そんな差は微々たるものでしか無く、関係ない。

 い、一体どうやって入ってたんだろう。
 物理的に有り得ない。
「まさか江頭———」
「ストップ! ストォォォォオオオップ!! それだけは言わないで上げてよ!」

「う…………」
「あ、目が覚めたみたい」
 流石の双禍も、自分の嘔吐物には食欲が沸かないらしい。
 なんでかなー。謝りに来たのになんで暗示解いてなかったかなぁ……といつもの如く無思慮に対する後悔を脳みそ内で大空転。ガラガラ猛スピードでハムスターよろしく空回しながら見おろしてみる。
 ラウラは寝ぼけ眼で見上げ、双禍と視線を交わし、しばし沈黙。

 が、機敏に立ち上がると突如猛接近。

「いだあ!?」
 ぐあしっ! と双禍の頬を掴む。
 親指を口に引っ掻けて、そのまま口を広げていくラウラ。
「え、ちょちょちょ、この子何してるの……!?」
「ここは……寒い……私は戻る……」
「ちょ、むがー!? むがががががああああ!?」
「うわああああああ! なんか口の中に戻ろうとしてるうううう!?」

 くわぁ……。

「ちょーっと、ストップ! ギャクサッツちゃんもストーップ! 口が捕食モードになってる!?」
 双禍は押し付けて来るラウラの頭を押さえつけながら。
「食べ物を口に近づけたと判断したら口が勝手になるんだよ!」
「なにその爬虫類的捕食根拠!?」
 亀とかは取りあえず口に入れてから考える生き物である。

「あぁ……暖かい……」
「なんか吸血鬼が死ぬ直前の言葉みたいなの呟いてらっしゃるぅー!?」
「じゅるるるるるるうう」
「ぎゃあああああ!? 一気に胸まで入ったああああッ!?」
 結局、ラウラが完全に覚醒するまで、ラウラが無理矢理口に入ろうとする、半自動で吸い込む双禍、吐き出させる鍾馗、のエンドレスが続いたと言う。 
 流石に丸呑みは二度と起こらなかったが腰までは何度か入っていた、と述べておく。









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 原作2巻編 4話

『母みたいな温もりと、銀幕へのカーペット』

















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 ぽちゃーん。
 水と言うものは不思議なもので、たかが百度程度の温度変化で個体から気体への変化を成し遂げる非常に変化の激しい物質だ。
 更に液体から固体への変化の際、体積が増えると言う奇妙な特性を持っている物質でもある。

 今降って来たのは、熱せられて水蒸気となった水分が天井に触れる事で冷やされ凝結し、表面張力をうち破る程の質量が纏まったため降って来たのである。


 そう、そんな風に余計な事を俺は考えなければならない。

「僕は何も見ていない僕は何も見ていない僕は何も見ていない僕は何も見ていない僕は何も見ていない僕は何も見ていない僕は何も見ていない僕は何も見ていない僕は何も見ていない僕は何も見ていない僕は何も見ていない僕は何も見ていない僕は何も見ていない僕は何も見ていない僕は何も見ていない僕は何も見ていない僕は何も見ていない僕は何も見ていない僕は何も見ていない僕は何も見ていない僕は何も見ていない僕は何も見ていない僕は何も見ていない僕は何も見ていない僕は何も見ていない僕は何も見ていない僕は何も見ていない僕は何も見ていない僕は何も見ていない僕は何も見ていない僕は何も見ていない僕は何も見ていない僕は何も見ていない僕は何も見ていない僕は何も見ていないッ! 断じてこれっぽちもさっぱりもな!」
「ちょっとギャクサッツちゃん、怨念吐き出してないでこっち来てよー。裸の付き合いしようぜー!」

 行ってたまるかあああああああああああ!!
 俺は内心絶叫していた。

 前回のシャル……ル君の性別発覚事件での簪さんは本気で怖かったのである。

 この事より、というか元々俺はここには来ていなかったのだ。
 だってそうだろう。

「女同士なんだし、気にしない気にしないって、まさか天王星の衛星、チタニア生まれの変な宗教してる訳でもないだろうしー」
「そんな、過去は全殺しだみたいな宗教誰がするかッ!」
「まったく、いっつも個室のシャワーですましちゃってたんだし、かんちゃんとの工作が面白くて時間に合わないんだろうなーとは思ってたけど、まさか人と一緒に風呂に入りたがらないだなんてねぇ、こりゃ面白くてどんどん連れ来るっきゃ無いでしょー?」
「うわー、この人鬼畜だよ畜生ーっ!」
「そもそも、なんで一緒に入るのいやなんだよー? 君日本人でしょー? 日本人なら裸の付き合いだー」
「ぼ、ぼぼ、ぼ、僕の脳は男なんだあああああああああ! やめろおおおおお!」

 ここは、女風呂なんだから。

「ふははははは! だからどうした、ボディはおんにゃのこなんだからなー、気にしない気にしない。寧ろ男だと言うなら喜ぶべきだろうここは! それに……」
 深山さんはちらり、と三人目の入浴者、ラウラに目配せする。

「あぁ……暖かいものだな……」
 ラウラは肩まで風呂に浸かってぬくぬくしていた。
「お前はさっきからそれしか言ってなくね!?」
「ギャクサッツちゃんは私達を涎まみれにしたんだからこれぐらい言う事聞いてくれても良いよねえ。さあ、目を塞いでいる両手をとるのだああああ!」
「いーやー! やめてー! やめてやーめーてー!」
 逆セクハラだああああああああ!

 というより、目隠しよりも重要なのは意識をそちらに向けない事なのだ。
 はっきり言おう。
 我がハイパーセンサーは、見えないところまでバッチリ見えるのだ。
 湯気? 張られたお湯? 手による目隠し? んなもんで阻害されたら何の『ハイパー』センサーだ。

 分かりやすく言うと。
 意識したら見えます。目を閉じようが全方位。

 故に俺は必死に意識を逸らそうとしているのに意識を引っ張り戻す深山さん。
「げへへへ、なんか嫌がっている相手って…………そそるよね」
「何か言ってるしこの痴女!」
「何とでも言うが良い! さあこの手を———」
「やめえええええええい!」
 その瞬間だった。
 引きはがそうとしていた深山さんが引っ張っている腕が。



 すぽ。

「あ、抜けた」
 ファイア!
 とばかりに射出された俺の腕はそのまま搭載されているPICで推進。
 深山さんのこめかみ横をすり抜け、一気に上昇、天井に突き刺さった。

 まごうことなきロケットパンチそのものであった。

「あ……あ、あのー」
 どうして、こうも今日は深山さんに余計なものを見られるんだろう。
 入浴しているのに、冷や汗が流れるのを自覚した。
 あぁ、何故にこうなるんさ。

 しかし、深山さんの反応は。
「カッコええ……」
 であったわけで。
 なにこれ、デジャブ?
「マジでぇ!?」
 その反応は正直予想外である。
 俺とか、お兄さん辺りは言いそうだけど。こう、男の子の恰好いいと思うものと、女性が思うものというのは違うと思うんですよ。

 あ、あと、簪さんは除きます。

「あー……うちの家業とかがあるかも知んない?」
「へ?」
「私の名前ってさ、ちょっと調べれば分かるけど大東亜戦争中の戦闘機の名前なのよ」
「ほうほう」
 BBソフトより提示。あ、本当だ。

「で、うちの曾爺ちゃんが作ってたんだけどね、ほら、戦争で負けた時に零戦の脅威からか、航空機のノウハウはGHQの命令で失われちゃった訳。お陰で、うちの実家は、そこから紆余曲折の果てに倉持とかに新作のIS装備を提供する会社になったってわけよ」
「あー。日の本の国伝来の変態職人どもの直系末裔な訳ね。そりゃセンスが合うかも知れんわね」
 がぽっと天井に突き刺さっている腕内部のPICを操作して引っこ抜き、天井近くで浮遊させたまま指先から補修材を量子展開、天井の穴を埋める。
 当分これでバレまい。

「はっはっは、よくぞ変態と言ったな。ねーねーねー!! 他にもちょっと見せて!」
 ぎゃあああああ! あなた裸なの忘れて近い近い近いいいいいい!
 というか技術者は皆こうなのか! 簪さんのあれも一般的だと言うのか。

「うわー! 腕伸びたー! これなにかなー? おぉおおお! 缶切り! あはははは! 分かってるー!」
 気付いたら弄くり回されている俺。どこでも俺ってなこんな境遇なのね。
「てか止めい!」
「ぶふぁ!?」
 ロケットパンチが出た腕断面から圧縮した水塊をぶっぱなす。
 消火用の装備とし考案された『インパルス』と同じ仕組みである。
 約1Lの水の塊を一気に叩き付け、衝撃で火を消す一見バズーカみたいな機器なので調べて見ると良い。
 暴徒鎮圧にももってこいである。

「しっかし、これだけ凄いのは初めて見るわー。良く良く考えてみたら風呂場で使ってるんだし防水もバッチリって事よね。いや、凄いわー」
 そこで奇異の目で見ないのが救いだった……んだけどさ。
 いや、変態なせいで危機が増した気がするけど。
 奇異で見て無いけど好奇心ではバッチリ見てるんだよ、まるで簪さんだよ。

「僕がこんな腕なのは、腐って崩れたんで取り替えたって訳ですよ」
「そっか。まあ、事情無しで親に貰った体弄くるのはあんまり好きじゃないけど、しようが無いならしようが無い」
 軽く返す深山さん。その、別に気負わない姿は簪さんとはまた別だが、なんと言うか、寧ろ楽なような気もする。

「まあ、親父に出会えたお陰で、自由に動ける体を手に入れられたんだけどさ」
「あー、そっか! 君が常識知らずなのも、あんな自己紹介したのも、そう言う事だったんだ」
 き……気負わないにも……ねぇ。
「常識知らずなのは深山さんに言われたかないんだが」
「ほう、言うね。ねえ、それで、他に無い?」
「目をキラキラさせるな! あっても見せるか!」
「なんだよーけちー」
「まあ、こうして僕は好き勝手楽しめるんだけど、親父がなぁ……。知らんうちに勝手に知らん機能とか、いつの間にやら追加してるんだよ。誰彼構わず実験台にするんだよ、躊躇無しな上に説明無しだから、どんな弾みで何が暴発するか分かったもんじゃねえから困ったもんでさあ」
「あはははは! 面白いね!」
「実際他人事だからっていい気なもんだな!」

「そう、か……お前も、だったのか……」
 ん? あ。

 いつの間にか、ラウラが傍まで寄って来ていた。
「お前達あの科学者の一味は、皆敵だと思っていた……」
 なんか、心無しか柔らかくなっているラウラだった。
 仲間意識、もしかして持たれてますか?
 …………嫌な予感なんですが。前感じた嫌な予感大的中ですか?
「違うのならば、むしろ標的を絞れて好都合だ……ッ! あいつは……! あいつだけは……!」
 気になるのは———やっぱり親父に何かやられたんか。
 きっと碌でも無い事なんだろうなぁ。
 ちょっとだけ、親近感が増す俺だった。






 さて。

 湯上がりに我ら三人組(いつもと違うメンツなので結構新鮮な気分)で廊下を進んでいる俺達だったのだが。
「なあ、ラウラ」
「……なんだ、双禍」
 心無しか柔らかい人当たりでも、さっきまで戦っていた相手である。気を許す事などありはしないだろう。
 ましてや俺は———
 そうだ。
 今が良いのでは無いだろうか。
 元々、その為に彼女を捜していたのだから。

「正直、お前がお兄さんを敵視するのは今を持ってしても許容出来ねぇし、セシリアさんと鈴さんに向けてのはテメェの八つ当たりだ。その話になったらさっきの焼き増しになるのは避けられん」
「いくらでも来い。教官の許しが出られればな」
 成る程千冬お姉さん第一な事で。
「出ても何もしねえよ……ただな、僕が言った事だけは謝罪したいと思う」

 僕は、ラウラに向けて頭を下げる。
 関係ない話だが、頭を下げると言うのは、急所である頭を差し出すという全面的な誠意からくるんだそうだ(ByBBソフト)。ただ、それを知らなくてもさ。自然と頭を下げる気持ちが出ると言う事は大切であると思う。

「ごめん……出来損ないなんて言ってさ……」
「…………?」
 しかし、意外や意外、こっちに向けられた表情。それを一言で翻訳するとこうなるだろう。

 は? 何言ってんだこいつ。
 ………………。
 いや、あのさ。こっちの真摯な気持ちを斜め下に叩き落すようなその顔は何なんだよ。

「構わんさ」
 しかし、表情と反して、あっさり許すラウラ。
 口調からは、それが本気なのが伝わって来るが……。

 へ? と彼女を目で追っていると。
「その程度、私が今までどれだけ言われて来たと思っている? 貴様如きに言われたぐらいで何とか思う私だと思ったのか? 自惚れるなよ」
「あー。僕も言われ慣れてるんだけどなー」
 それでも言われるとグッとこねぇ? 主に負の方に。
 何だろう、文字だけで言うとツンデレっぽく無い? 実質全然違うけど。

「私は貴様と違って、子供ではないと言う事だ」
「お兄さん相手にはムキになってるだろ」
「ぐっ…………ぐ、そ、そんな訳が無かろう……あいつ如きにムキになんぞ……き、貴様……言っておくが、私は止めんぞ。あいつを何としてでも、教官からあいつを、排除する」
 図星だろ思いっきり。

「やるなら何でも良いから一発でパパッと決めてくれりゃ、僕としてはどうでも良い。お兄さんを不当に攻撃するなら、敵に回るけどね」
「宣戦布告か?」
「いや、他所に迷惑かけなきゃ別に僕はどうでもねえって事さ。お兄さんへのムカつきを誰彼ぶつけるんじゃねえって事だ。鬱陶しいんだよ」
「知った事か。まあ、聞いてはやろう。では聞くが、敵意はあいつにだけ向ければ何も言わない、と?」
「手を出しゃあ、お兄さん相手でも僕はお兄さん側につくけどな」
「お前程度、増えた所で何も変わらん。まとめて叩き潰してくれる」
「へぇ? 食われかけたテメェが?」
「やれるのか?」
「試してみるか?」
「はいはいーストップーストップー!」
 深山さんが見かねて割り込んで来た。

「えと、仲直り、だよね。二人とも」
「元々こいつ程度に禍根など何も無い」
「僕も言いたい事言ったし、何も無いけど?」
「じゃあ、なんでお互い挑発してんのさ?」
「「別に?」」
「実は仲いいでしょアンタら……」

 いや?

「僕の悪い所は謝罪したし僕個人としては何も無いかな? お兄さんに攻撃したら敵に回るけど」
「全く的外れだよ。双禍の言っていた事など、私にとってはどうでも良いからな。それに、双禍個人は私の攻撃対象でない事が分かった。正直用無しだ」
「いや、意味通じるけど用無しって単語使わんでくれるか?」
 心象的になんか悲しい。

 で、二人で引きつりながら肩を組む。
「「ほ、ほら、ここ、こ、こんなに仲良し……」」
「なんで今度は無理矢理感が伝わって来るんだろうね?」
 知らんがな。

「ま、何はともあれ仲直り完了って事ね? 事で良いよね? 面倒だからそうしとけ」
「本音だだ漏れっすね深山さん。面倒になったでしょ」
「うっさい」

 まあ、ともあれ。
 俺の目的は達成した訳だ。

 それに———

 これは、まだ。誰にも言ってない事なのだが。
 ラウラに言った暴言を撤回しようとしている一連の根拠は、簪さん達に気付かせてもらった劣等感だけではないのだ。

 ラウラは、この誘拐事件が無ければ、確かに千冬お姉さんに出会う事は無かっただろう。
 だから、俺の言った事は、別にそれだけでは正当性があるのだが……。



 実際のところ『一夏お兄さんが誘拐された事実』に感謝せねばならぬのは、は俺の方こそ、なのだから。



 何故だか分からないだろうか。
 そう。この誘拐事件があったからこそ———

 お兄さんの特異性が裏社会で明らかになったのだ。

 その結果、無数の実験体が生み出される事となった。
 織斑一夏の複製体達である。

 それは確かに粗悪品だった。
 ただでさえ扱いは杜撰であったうえに、些細な事が致命に至り、次々と脱落する脆弱な出来。
 そのうえ、望んでいた特性は発揮せず無駄に予算を食いつぶし、実験をした者達にも、それに出資したものにも、そして、俺たち実験体そのものにとっても。

 まるで作った事そのものが悪しき事であったかのように、まともな一つの成果も無く。

 唯一近似の反応を示した個体———俺———も、再現不可能かつ、一度きりで損失した出来損ない。
 ああ、遺ったものも、与えた影響も何も無い、不自然な生命故の罰当たり。



 ああ———

 でも。

 だけど。

 それでも。

 そうだとしても。



 俺は……生まれることができたのだ。



 一つの命として形作られることができたのだ。
 それは不自然で歪なものだったとしても。
 俺と言う唯一のものである事に違いは無い。

 目も鼻も耳も口も、手も足も、脳を除くその他全てを失った、おおよそ人と言えないようなものであっても。
 俺は、俺で。生まれることができたのだ。
 そして、幸運が繋がる事で、俺は親父に出会うことができたのだ。
 奇跡としか言いようの無い偶然で、命を繋ぐことができたのだ。
 例えそれがただの確率論の悪戯でしかなかったとしても。
 俺は今、生きている。



 そして見よ。
 感謝してもし足りない。
 目も鼻も耳も口も、手も足もその他全ての五体全ても。
 そして、殆どの人には無い、天へのPIC(翼)さえも。
 今の俺には備わっているのだ。

 それも全て、織斑一夏が誘拐された事を端に発した一連の出来事として、因果の始まりとすることができる。
 


 俺は———織斑一夏が誘拐されたからこそ、生まれることができたのだ。



 誰よりも何よりも、その事に全霊を掛けて感謝しなければいけない立場の俺が。
 何をラウラに言っている。
 いやはや、なんと言うブーメランか。
 何たる自虐か。
 何を口にしたというのか。
 こんな恥ずかしい事。
 誰にも———特に、この学園に来て初めて出来た友達であるあの二人に、言える訳が無いだろう。
 愚劣の極みにも程がある。
 恥知らずにもいい加減限度に来た俺ではあるが。
 それでも、覆い隠したい恥と言うものはあるのだから。



 さて。
 一息ついて、俺は今後について考える。己の恥は胸の奥に厳重に封印しておこう。
 下手に抱えたまま戻れば、簪さんや、ああ見えて恐ろしく鋭いのほほんさんに察されてしまうから。

 そうだな。
 まずは部屋に戻って『翠の一番』も交え、友情破壊ゲームでもやるとしようか。
 だいたい、ルール内なら如何なる鬼畜な事でもする『翠の一番』が強いんだけどね。

 と。そこに———
「青春ねえ!」
 四人目の声が割り込んで来た。

「誰だ?」
 と言うのはラウラ。いや、僕は聞き覚えがあるんだけどね。
「あ、榊原の」
 答えは深山さんが回答。
「先生」
 繋げてみました。

「誰だそれは」
「転校生でも同学年の教師ぐらいは掌握しとけって」
 ラウラは本気で織斑先生と標的のお兄さんしか眼中に無しってのも度合いがあると思うんだけど。
「私の勝手だ」
「泣いていい!?」
 担任の榊原先生でした。
 即席でありつつも見事な連携で繋いだ俺らに非難染みた眼差しを送って来るのだが。

「織斑先生以外にも興味向けろって」
「勝手に触るな」
「おお、見事な関節技。一瞬で決めたね!」
「いだだだだだだだ———くないんだなぁ、けっけっけ」
「ぬ?」
「関節が一回転してて気持ち悪い!?」
「あなた達全無視! 無視なのね……私なんてー、私なんてー、ぐすん、うう……」
「うわ! 先生拗ねた!」
「あー、駄目だよそれじゃ先生。だから変な男にばっかり引っかかるんだって」
「深山さんそれ禁句!」
「あ———しま———」

「カ―――ハァ———」
 それは呼気であった。

 榊原先生の眼光に狂気の灯火が燃え上がる。
 開くは口角、轟くは———
「SYAGYOAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!」
 人とは思えぬ奇声!
 これぞ、4組名物———

「なっ! 何だこれは!」
 初見の人(ラウラね)はマジでビビります。リアルエクソシストじみた何かですし。
「深山先生の男日照りポイントが一定を突破したとき発現するバーサク的な何かです。織斑先生でも手を焼く状態になります(でまかせ全開)。これを宥めたら織斑先生ですら感心するでしょう(知らんけど)、な程に」
「———分かった、ここは私一人で充分だ」
 え? 本当? と俄然闘気が迸るラウラ。乗せ易すぎるなー。

「JoGUGEHAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAッ!!」
 で、こっちは相変わらず怖いし。

「あー無理無理。アレを鎮圧するにはオカルトな程に過剰攻撃力居るから。本気で生身か不明なんだから」
「どこの用務員かって感じだよね。大導脈流と最新兵器のコンボで無いと止められないあの」
「無駄口叩いてないで行くわよ、ギャクサッツちゃん! ジェットストリーム○タックで!」
「了解!」
「はぁ!? なんだそれ———」
「よし。えーと私自己紹介聞いてないけどギャクサッツちゃんに合わせてラウラちゃんって言うけど、彼女に合わせるわよ!」
「おっけい!」
「だから何を言ってるお前ら!?」
「ラウラちゃんは思うがままに行きなさい。私達があなたの翼になりましょう」
「なんか見識ありそうな言葉だよ!」
「それじゃ、行くわよ! ジェット!」
「おうさ、ストリーム!」
「………………えーと、あたっく?」
「「そのとおおおおおり!」」

 って。
 もう眼前には榊原先生のお御足が。
「ぐっっはあああああ! やっぱりノリ的に踏み台になるのは僕かああああああああ!」
 顔面のド真ん中にめり込む爪先、そして、そこに足を掛け、跳躍する担任教師。
 BBソフト曰く。背丈的に適切である。
 …………はっはっは。
 ざけんじゃねぇぞ知的支援ソフト風情が。

「ぺるぅあ!?」
「こ、こいつ……本当に人間かっ!」
「ぐはあああああ! しかし捕まえたわ! い、今よ! 私ごと封印なさい!」
 そして、ノリ的に攻撃を食らうのは深山さん。
 しかし彼女はそのまま榊原先生に組み付く。
 少しでも隙が生じるように。
 そう、ここで本職軍人、ラウラが動かない訳が無い。
「だ、だが———いや、分かった! 止まれ———停止結界!!」
 ここに、二人を犠牲として即席とは思えないコンビネーションが完成。
 宙に暴走体を釘付けにする。
 部分展開しているISには誰も突っ込まない。これ、重要です。
「JETHEABYAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!」
 しかし、何かと色々ストレスが内圧天限突破した現代社会人は物理法則を超越する。
 その四肢は、確かに囚われた空間内で徐々にだが動き出したのだ。
「なに!? 停止結界に生身で抗うだと!」

 最初に犠牲となった俺はしかし即座に復活済みである。
 下準備は完了、あとはタイミングを合わせるのみ。

「とりゃああああああああ! ラウラ! 僕の合図に合わせて停止結界を解け!」
「…………何か考えがあるのだろう。行き当たりばったりだと後で憶えていろよ!」
「任せとけ! カウント行くぞ! 3、2、1———」
(Null)!」
 途端、慣性干渉の束縛から解き放たれた先生を背後から抱きつき、上昇、そのまま肩まで。
「空中では踏ん張れまい! 頭から———突っ込め」
 通風口に。

「しかし、どうするのだ? 決定打にはなってないぞ」
 冷静に告げるなラウラ!? うおおおおお! バタバタ暴れて気持ち悪い! まるで学校の怪談とかに出て来るクリーチャーが如き動きですよ!?
 だが。
「これで充分だ」
「なに———?」
「先生がこんなになっているのは女としての鬱憤とか色々が爆発した結果だ。つまり、原因は女性としての部分。そして、女性ならばバーサク状態でも弱点は一緒だ」
「えーと、つまりどういう事?」
 深山さんの質問に、俺は頼れる友の事を告げる。いや、知らないだろうけど。
「通風口という、奴の庭で暴れていて、奴が現れない訳が無いだろう」
「え?」

 途端。

 通風口に頭から突っ込んでいる榊原先生が『生理的に絶対的に受け入れられないものに、一切抵抗出来ない状態で顔面に突撃されている時の女性』の如く全力で暴れだした。
 しかし、脱出は不可能だ。通風口を肩口にピッタリはめ込んでいる。
 通風口内を既にほぼ網羅している俺にとって、どこの通気口がどこに繋がり、どんなサイズなのか、とっくの昔に把握済みで。
 どうやっても、例え暴走状態でも、下から押し込まれていてはちょっきりスッポリな口の大きさなので力を込められない。逃げられない———俺が手を離すまでは。

「受けるが良い———無間火間蟲入道地獄ッ!!」
「え? ちょ、それって———」

 ジタバタジタバタ! バタバタバタバタバタバタタッ!! …………バタッ……ぴくっ、ぴくぴく……。
 徐々に動きが収まって行く。

 そして———

 ちーん……。
 そんな効果音が脳内で響いた気がした。
 榊原先生の全身から力が抜ける。

 勝った———
 戦いは、終わったのだ。

「いつだって、闘いとは虚しいものだな」
「外道が」
 深山さんの呟きが響くのであった。

 完全沈黙した榊原先生を引っこ抜いてみると。
「なんだか、見ては行けないものを見てしまったかのような笑顔しているわね」
「まあ、良いんじゃないかなあ」
 通風口を見上げ、そこに友を発見。手を上げるとあちらは触覚を振って去って行った。
 後でお礼に煮干しでもあげよう。



「———はっ! 一体何が!」
 しかし10秒で復活。凄い、先生凄い。
 これがいくら後悔しても自分の男の趣味を変えない強固な精神性のあり方か。
 ……いや、感心しませんよ?

「いや、僕とラウラが仲直りしたって事ですよ」
「記憶逆行させてるし」
「いやね。憶えていては行けない記憶と言うのはあるのですよ」
「そうね! そんな気がするわ!」

 賛成して同意してくれる榊原先生。
 嫌な記憶と言うのは外からの導きがあれば、簡単に改竄されるのだ。
 改竄されたいためである。無かった事にしたいのだ。

 そう。記憶なんてものは、本人の都合の良いように作り上げた自伝でしかないのだから。

「うんうん! 喧嘩して仲直りして! 青春よね!」
 成功した。あんな事思いつつ、口からでまかせだったのに。
「…………あの純粋だった、ギャクサッツちゃんが黒く……きっと、『計画通り』とか言っているのよ」
「いや、暴走させたのあなただし深山さん。むしろおさめた僕を褒めてよ」
「お前ら。私はもう帰って良いか?」
 心底面倒そうなラウラ。ああ、暫く放置されてたしね。
 まあ、良いのでは無かろうか。俺としても用はないし。
「あ、そうだねラウラ。謝罪は終わったから僕も今日はすっきり寝れそうだ」
「自分第一な基準ねそれ」
「小さい肝だな」
「嫌な言い方ですなお二人とも」
「あー、ちょっと待ちなさい、あなた達仲直りしたんでしょ? 元通りに決着ついたから、これから仲良く頑張るんでしょ?」
 声を掛けて来たのは榊原先生。何でしょう。状況分かってるんでしょうかね?
「…………まあ」
 いや、元通りと言うか、元から構築されてた関係なんて無いですけど。

「丁度いいわ。今やっちゃいなさい」
 と言って、俺とラウラの手を引く榊原先生。
 そこから1mも行かないところにある、1学年の連絡掲示板前に連れて行かれる。
 何故か部外者立ち入り禁止なのにおかれているIS学園パンフレットなどが置いてある折りたたみ式六尺机に、榊原先生は一枚の書類をおいて。

「二人ともここに名前書いちゃって?」
 なんだ、これ。仲直り確約状?
 細々と条件が色々書かれている契約書のような何かである。

「さあさあ、時間も勿体無いし書いちゃって」
「ああ。ほれ、双禍。貴様もとっとと終わらせろ。いい加減私は戻りたい」
「オッケー。双禍・ギャクサッツ、と———ってこれって———」
「よし、確かに受領したわ! 大切だものね! パートナーを誰にするかってのは! それで喧嘩が起きてしまう! 仕方ないわね! それも青春だもの! でも解決してくれて先生も一安心だわ!」

 え? なにそれ。

「ん、名前さえ書けば、あとの処置は任せてちょーだいっ! 折角仲直りしたんだから先生のサービスサービスぅ」
 ばいばーい、とばかりに榊原先生は手を振って速やかに去って行く。
 なんだね、台詞の最後の方なんかデジャビュったんだが。

「あれって何なんだろうね?」
「何がだ?」
 いい加減にしろ、と爆発寸前のラウラ。いい加減その気質どうにかしてくれないだろうか。

 そこに答えと問題を引っ張り込んだのは深山さんだった。それというのも———

「あれ? ええとね、ギャクサッツちゃんと、ええと、そっちの子も、アレが学年別トーナメントの申請書だって分かってて書いてたた?」
 ……なんですと?

「見れば分かるだろう」
 いや……空気? で? ……え?
「ふーん……二人で組むんだ。私としてはギャクサッツちゃんは、かんちゃんと組むと思ってたけど」
「いや僕も今気付いたんで愕然としてるし!?」
 というか俺もそのつもりでしたよ! パートナーは簪さんで決まってましたよ! 特に相談してないけど、そうだろうって空気になってた筈ですよ!
「ラウラちゃんもいいわけ?」
「ふん、誰と組もうが私の勝ちに代わりは無い」
「おぉー、自信あるねー」
「当然だろう」

「…………へ?」
 いや、俺…………あれ?
「いい加減、私はもう帰るぞ」
「お……おう」
「じゃあねー。ラウラちゃん。ギャクサッツちゃんも、私も部屋に戻るねー」
「お……おう」

 呆然とする俺を放っておいて。時間は無情にも流れて行く。

「———そうだ、双禍」
「ん、なに」
 全身全霊で脱力している俺に向けて、随分先に行っていたラウラは一度だけ振り返り。
 なんか、柄にも無く妙にそわそわしながら。



「なあ、時間のある時で良い……口の中(さっき)の、またしても良いか?」
「はぁ??」



 嘘。なんですかそれ———本気で?















 その日。

 双禍と分かれ、本音と打鉄弐式の開発を続けていた簪は、いつもと違ってそこそこの時間で作業を打ち切り、端から見たら『かんちゃんご乱心!』と言われん程に軽やかに帰って来た。
 本音に言われるまで気付いてなかったが。
 学年別トーナメントのペア申請書を本音に渡され、簪は一直線に帰って来たのである。

 引っ込み思案の簪が、こんなにアクティブなのは珍しいだろう。
 しかし、おおよそ断ろう筈も無いこの申請。
 その安心感が、簪を活動的にする。

 そう言えば、彼はラウラに謝る事は出来たのだろうか。
 双禍はなんと言うか、変な所で律儀である。
 あんな状態での言い合いなど、後で係争の手打ちの時にまとめてしてしまえば良いのに。
 まあ、それが双禍らしいのか。
 既に(と言うか分かりやすい)双禍のキャラを十二分に掴んでいる簪は、しようが無いか、と納得して自室前に到着する。

 兎角。

「た……ただいっ、ま!」
 ちょっと声が上ずってしまう。
 その事を自覚し、赤面化した簪は必死に副交感神経に働けと命令を下し、脈拍を大人しくさせようとするが、あぁ、駄目だ。その必死さが逆に交感神経を研ぎすまさせてしまう。

 しかし。
「双禍さん……寝たの?」
 部屋は暗かった。
 されども、打鉄弐式の反応を見るに、双禍は部屋に居る。

 隅に。

 まさか———
 双禍は謝罪に行って。

 ありえる。
 相手にその誠意をギタギタに潰されたのではないか。

 というより、対立中なのだ。その方が一般的だろう。
 そう、彼に言って励まそう。
 簪が灯りを付ける。

 すると、そこに居たのは———



「あー駄目だ。俺駄目だ。迂闊過ぎるだろ、絶対連帯保証人になったあげく逃げられて一生棒に振るタイプだよ。いやまあ、あいつとはさ、別にそこまで嫌じゃないけど、それより優先したいのがあったんだから畜生」
 ブツブツ言っている双禍を発見だった。

「…………えと? 双禍、さん?」
 なんか、自分が想定していたのと違うんですけど?
 簪は、なんか違う意味でネガティブ・イン・アビスっぷりを見せる双禍に近付いて行くのだった。
















「む〜〜、うまうま」
 むぐむぐ大判焼き(抹茶バナナチーズ)を頬張りながら簪の部屋に向かう本音。
 食堂の焼きたてデザート新味覚挑戦編に果敢に挑むのが本音の趣味である。

 双禍でさえ時々、『え? ……それ、食えんの?』と聞く程の代物がある程なのでその魑魅魍魎っぷりは推して知るべし。そしてそれさえ食う本音の食への執念恐るべし。
 しかし、本日のは比較的に上出来であったらしい。
 抹茶の苦みにバナナの蕩けるような甘みがミックスされ、いや、むしろ甘みが引き立てられているのが本音的にばっちぐーである。
 
「かんちゃん上手く行ったかな〜? まあ、そっくんだし〜。問題は無いんだろうけどね〜?」
 簪は昔から狭窄視野な所があり、はっきり言おう。
 打鉄弐式に掛かりっきりで、学年別トーナメントでの申請そのものが意識に無かった。
 双禍と組む事など、どこぞの果てである。

 故に告げたのだ。

「ねぇ、かんちゃんは〜、そっくんと組むの〜?」
「………………??」
 完全に意識に無い。忘れている。
 あえて主語抜きで言ったのだが、ここまでとは思わなかった本音はにこりと笑って。

「じゃあ〜ねぇ。学年別トーナメントのペアだけど〜。私がね〜、そっくんと申請するね〜」
 そう言った時に見せた簪の表情を本音は楯無には報告しないでおこうと思う。
 暫く、思い出しては簪の表情を変化させる種とする為に。

 簪は、あまり感情を表に出さない。
 ああ見えて実際はかなり激情家だが、エネルギーを無駄に発散する事を良しとしない簪は、普段は無表情キャラに見えるものである。

 その簪が、である。

 驚愕の塊。
 目蓋を見開き、瞳孔まで限界まで開かれ。
 口まで半開き。

 所謂。
 感情だけ先走って思考が止まっている図、である。
 放たれている感情は、あえて言うまでも無いであろう。



「な〜んちゃってぇ、かんちゃん、今からそっくん誘ってみたら〜? ふ、ふ、ふ。最初から〜私は〜、かなりんと組む気でしたから大丈夫〜。かんちゃんの意が汲める〜、立派なメイドさんだからね〜。えっへん。凄いからご褒美にアイス欲しい〜な〜……………………かんちゃん、かんちゃん?」

 簪は動かない。

「かんちゃ〜ん?」
 顔の前で袖の垂れている腕を振ってみる。

 ……………………。
 固まっている。
 瞬きさえ起こらない。

「フリ〜ズしてる……」



 それから暫くして解凍された簪であったのだが。
 本音に渡されたペア申請書を手に整備室を出て行く簪を見送ったのだった。

「外に意識が向くのは良い傾向〜。そっくんは良い仕事してるね〜。でも———」
 感情を出せるようになっているのは本音としては好ましい。
 実はしっかりと、簪がぽつりと一言だけ、『嫌』と言っていたのを聞いていたのだ。
 今まで自分以外に交流らしき交流を殆ど誰ともしていなかったから、双禍経由とは言え、クラスの皆と打ち解け合い始めたのは良い傾向だなぁ、と、楯無への報告を頭で組み立てつつ。

 一方、反対の意見もある事は否定出来ず。

「でも〜。そっくんだけに依存しすぎるのは……よくないかな〜?」
 さて。それから、後を追ってゆっくり歩いている本音は思案する。

 双禍は子供だ。
 実年齢もそうであるし。
 双禍はそのまま、単純に好き嫌いを中心に意見を組む所がある。

 双禍から簪の好意は誰から見ても分かるし……。
 まぁ、それが恋愛感情に届く程情緒は育っていないだろうが、しかし、双禍は簪の意見は、『簪さんの意見だから』と言うだけで結構そのまま呑んだりする所が見えて来ている。

 簪にしたって、自分を存分に肯定してくれる存在は自然と優先順位が上がる。
 その結果生まれるのは馴れ合いだ。

 それは、友情としては最も堕落への傾向が強い。考慮して二人の行先を誘導しなければならないと思う。

 Dr.ゲボックの発明品には、その高性能さ故に、人をその方向へ歪める傾向が強い。
 双禍の場合は脅威がより顕著だ。

 問題の原因が極一般的な対人交流の結果なのだから。

 本音としては、そうなって欲しく無いという思いがある。
 彼女としても、双禍は気に入っている友人だからだ。
 純粋であるから、如何様にも染まる。

 既に色がある人間を見分ける目は育って来たと思っていても。
 これからどんな風にでも染まる人間を見極めるのは、大変な苦労を忍ばされる。
「従者は〜、大変な〜のでぇ〜す」
 と、言うより。
 大判焼きにかぶりついたまま、うっと視線を下げる。
 気付いてしまったのだ。

「これって〜、もしかして〜お母さんの気持ちなのかな? かな?」

 ちょっと、滅入った。



「こんばんわ〜、お寝むの前のお茶会しよ〜? おかしおかし〜?」
 確実に体脂肪率に悩まされる事になりそうな文句と供に本音は簪と双禍の居住空間にノックも無しに突入する。
 まあ、これはいつもの事なのだが。
「暗い〜?」
 しかし今日は、部屋が暗かった。
 いや、それなら良くある話だ。
 揃って生活能力がズボラな二人(本音は自分の事を差し置いている)は、いきなりぶっ倒れたように眠ってしまう事がままあるのだ。
 まるで全力ではしゃぎまくった後、スイッチでも切ったかのように寝る子供のようだが、それなら逆に、電気を付けっぱなしで床辺りで転がっているのが常なのだが……。

 おかしいなぁ。今日は打鉄弐式の開発も早々に打ち切った筈なのにー?
 部屋の中に進む。

 モニターの電源がついている。
 映画でも一緒に見ているのだろうか。
 正直、ホラーを見ていたら嫌だなぁ。と思ってしまう。
 この間、シャルルを交えた怪談をしたと知っているが故に、二人が時々ホラー映画を嗜んでいるのを知っているからだ。

 正直、本音はホラーが苦手である。
 スプラッタとかは全然平気なのだが(好きではないけれど)、おどろおどろしたものは本当に駄目なのだ。
 だから、本音はその集まりに出席しなかったのだが、その時、簪が「これ……持ってく……話すの、苦手だから……」と言って見せたDVD。
「ごめんね、本音……私が呪いのビデオ見ちゃったら、私は、本音に……」
「い〜や〜!!」
 苦しくも幼馴染み。
 いつも本音優勢の関係だが、ホラーの場合は逆転する事を簪も熟知していたのであった。

 はっきり言おう。
 その類いのものを二人が見ていたら、本音は泣きながら逃げ出してしまうかも知れない。

「うぅ〜」
 なお、二人はなんかブツブツ呟きながら二人ならんで体育座り。
 壁に背をもたれさせ、揃ってテレビのモニターを虚ろな瞳で眺めている。

 しかし、何故か人間の心情と言うか習性と言うか。
 見なければならないのだ。と言う根拠なき義務感がずっしりとおぶさって来る気がする。
 当然ながら錯覚以外の何ものでもないが、むしろ見なかったらもっと怖くなるかも知れない。
 そんな強迫観念があるとかないとか。
 兎角、本音はモニターを覗き込む。

 果たして。

 するとそこには。



「んほおおおおおおおおおおおおおぉぁああああああああああああああああああァッ!!」
 奇妙な嬌声を上げる社員。
「……………………ひっ」
 そんな、常識を疑うようなシーンを見て、思わず沈黙しきれず吃音を漏れてしまう。

 想像してみよう。

 暗い部屋でテレビをつけたら、画面一杯におっさんが顔面の穴という穴から奇々怪々な体液を垂れ流したどぎついアヘ顔かつどアップで映し出されるのだ。下手したら泣く。
 最悪失神しかねない絵面だ。
 本音はよく耐えた方ではなかろうか。

 さらに、続けざまに非、日常は続々と上映される。



「―――Dunois!」
「―――Dunois!」
「―――Dunois!」
「―――Dunois!」
「 —Marverous!」
「―――Dunois!」
「―――Dunois!」
「―――Dunois!」
「―――Dunois!」
「―――Dunois!」
「―――Dunois!」
「―――Dunois!」
「―――Dunois!」
「「「「「「「「「「Dunois!」!!! (DesuYo)」」」」」」」」」



「うわ〜……」



 猛速度で走り回るヘルメット怪人達、追い回され、襲われる一般社員。増えるヘルメット怪人達。
 SAN値直撃間違いなし。ホラー映画では無いものの、別な意味でリアルホラーだった。

 一方、モニターの対なる位置にいる二人は……。



「そうだよね……私なんて……日本の代表候補生のくせに……目立ってないし……技量も中途半端だし……胸だって本音より2サイズも小さいし……お姉ちゃんなんて同い年の時もっと……そんなんだから双禍さんと学年別トーナメントで組んでもらえないんだ……」
 簪が瘴気を放っていた。
 その原因が双禍にある事にすぐさま気付いた本音は、双禍を問いただそうとして———

「ああ、駄目だ俺駄目だ……。こんなんじゃ、誰の役にも立たねえ、俺駄目だ本当駄目だ簪さんまじごめんなさい。って打鉄弐式、ミサイルは止めて!? 山嵐は———うぅぎゃああああああああッ!」
 こっちはこっちで怨念を吐き出していた。後半に行くにつれ、何故か悲鳴に移行して行ったが、それは大した問題ではない。
 暗い。これはもう普通の暗いではない。暗過ぎる。

 どうも、双禍の影響受けて簪に社交性が出て来ただけではなく、相互作用的であったようで、双禍も簪の影響が及んで暗め性質が備わり始めたらしい。

 流石の本音もどん引き状態なのだが———

「……………………ほえっ!?」
 覚醒して、気付く。
 意識が暫くどっかに外遊中だったようだ。
 きっと、本音の中の防護的な役割とか本能とか、安全装置ポジションとかが色々振り切れる前にブレーカーを落としたのだろう。

 正直、己の生存本能にMVPを与えたかったのだが、現状把握すら怠ったのは苦言を呈したかった。

 気付けば場面はとっくに変わっており、画面は、一夏とシャルル(本音はまだ正体を知らない)の部屋を俯瞰的に映しているものと、彼らが見ているのと同じ場面に分割されている。無駄に高性能だった。見た目最初のと同じモニターなのに……いつだ。いつ手を加えられたのか。
 こっちもこっちでリアルホラーだった。

 しかもそれでは終わらない。






「さっぱり出会ったばかりで僕って、そんなレベル高い事要求されてたのおおおおお!?」







 畳み掛けるように、丁度このタイミングでシャルロット(本音はまだ正体を知らない)が叫び声をあげたのだ。
 一夏の部屋と、モニターが繋がっているらしい。

「レベル?」
「双禍さんは……知らなくていいの」

 しまった。聞き逃した。
 まだ体育座りで並んでモニター視聴中の二人……暗いのが長すぎる。
 一体どんな内容だったか。
 あと、双禍が知らなくていい内容ってなんなのだろう。凄い気になった。
 相手はシャルロットの継母だったりする。

 さっきまでデュノアデュノアとヘルメットが呻いていた画面には見知らぬ男女が映っている。
 本音には、外人であるという事ぐらいしか分からないのだが……。
 男の方が角付きヘルメットがついててなんだか特別っぽい。
「チャオ! 皆さンお元気ですかァ? 小生はいつも通りハッピーで元気ですョ?」

 さらにそこで、なんか見飽きたヘルメットが増えた。

「数日ぶリですね、双禍君といっくんとあと可愛い女ノ子達! あとは小生が御説明シますョ!」
「何かもう俺の事勝手に綽名で呼んできてる!? っていうか今度は何しに来た!?」
「ワーぉウ!? いったいドうしたというのですカいっくん、小生といっくんの仲ハいつの間にその程度のものにナってしまったのでスかァ?」
「どれだけ馴れ馴れしいんだよ、そもそもいつそんな仲になったんだ!?」
 一夏的に昨日モニター越しで会っただけの人物に急に馴れ馴れしくされたので抱く不信感と、何故か感じる『いや、それ、実はそれで合ってるんだって』と言う謎の印象がぐるぐる脳内を駆け巡る。うん、充分パニクるには有り余る。
 そして、その裏にある姉の愛には気付けてない。気付く方が無理なのだが、哀れ千冬である。

「あ、テレビ電話……」
「うわあ!? 更識さん!?」
 シャルロットは、本音達の部屋とモニターが繋がっている事に気付いてなかったらしい。
「こんにちわ……デュノアさん……」
 モニター越しに普通に頭を下げる簪だった。
 日本人気質である。皆も、電話通話なのに頭下げたりする事があるだろう。そう言う事である。

「あっレぇ? 今頃気付いたのでスか?」
「本当に混乱しか生まんな親父。で、結局どうしてデュノア社で何企んでる」
「双禍君の方はお元気ですかァ! しっかりやレてますゥ?」
「親父を基準にしたら大抵の人類はしっかりやれてると思うよ」
「双禍君辛辣デすね」

「お父さん〜?」
 一番普通な見識を出したのは意外にも本音であり。
 子供の頃の写真などはあるものの、実際のゲボックを見聞きするのはこれが初めてだったりする。
 そう、前回のモニター通話には彼女だけが居なかったのだ。

 故に、ゲボックがシャルロットの本名を言おうとすると『ピー』と規制音が響く無駄親切設定である。
 検閲機を利用しているのだろうが、世界を覆っているこのシステム凄い割にはあんまり使われて無いのではなかろうか。

 次の瞬間訪れるのは沈痛な静寂。

「初めまして〜。そっくんの友達の〜」
「のほほんさん、別に畏まらなくていいから、この迷惑生物は侮蔑程度で丁度いいんだよ」

「そうソう! 双禍君の態度はそれはそれデ問題ありますケどね? 小生に遠慮は無用です! 小生こそがゲボック・ギャクサッツ!! その超優秀な頭脳が核爆弾と同等の脅威と称サれた、タバちゃんとフユちゃんの幼馴染みですドうも。あと、双禍君とか作ったんですョ」
「千冬姉の……?」
「一夏、どうしたの目が怖いよ!?」
「目が……据わった……」
「お兄さん…………流石シスコン、だな」
「お〜」

 このままでは進まないので、第一級警戒対象(一夏認識)に格上げされたゲボックに双禍は話をふり直すことにした。
「ところでよ親父。僕の最初の質問に答えろよ」
「そウですよいっくん、証拠にフユちゃんの寝顔写真見せましョうか? フユちゃんは、寝ているときだケは普通に可愛いんでスョね〜」
「スルーか!?」
「あの気配感知感度がエスパー級としか思えん千冬姉の寝顔姿だと!? お前……一体何者だ!」
「フフフ……小生は天才デすからねェ」
「なんだろう。このプレッシャー、束さんと同じ気配を感じる……」
 一夏、鈍感神と言われつつも、恋愛関連以外はやはり第六感が鋭いのであった。

「流石いっくンですねェ、そこに気がつくトは! フユちゃんの弟ナだけはありますョ!」
「張り合うどころか、二人だけで世界作ってんじゃねぇよシスコンとストーカー!」
 そりゃ、信仰する対象が一緒であるからだ。
 しかし、カトリックとプロテスタントぐらい垣根がありそうである。

 それにしても、まったくこっちの声は聞いてない。
 そう判断した双禍は、モニターのリモコンを手に取り、Dunoisと書いてあるオレンジのボタンを微妙な目で見下ろした後。
 その隣の黒いボタン(・・・・・・・・・)を躊躇い無く押し込んだ。

 がちゃん。

 ゲボックの映っているモニターから機械音が聞こえて来たと思った、次の瞬間。

 じびびびびびびびびびびびび。

 とばかりに、まるで漫画のようなジグザグに曲がったビームが迸る。
「あばばバばばばバばばばばッ!」
 ゲボックにあっさり直撃した。
「あー。親父の事だからこう言うギミック仕込んでると思ったよ。うん」
「ヤってくれましたね双禍君! 反撃ですョ!」
 あ、結構無事っぽい。
 起き上がってちょっと焦げているゲボックが同じくリモコンのボタンをペンチな右手でプッシュオン。

 がっこん。

「え? なにまさか」
 すると、こちらのモニターが観音開きで展開した。
 バネで伸長するボクサーグローブが双禍の顔面に炸裂、その身を容赦なく壁までブッ飛ばす。
「へぶぉッ!?」
「双禍さん!?」
「いつ仕込んだんだろう〜??」
 他にも色々ありそうだった。

 それは事実で。
「やったなこのクソ親父! これでも食らえモニターミサイル!」
 ゲボック側のモニター側面についているスピーカーからミサイルが怒濤のように射出。
「どどどドどどどドドどぶッふォうぉ!? 双禍君! 流石の小生も怒りマしたョ! ウニの殻だけマシンガンを受ケるのです!」
 ボクサーグローブが引っ込み、大口径の筒が出現、刺の塊が雨霰と双禍に殺到する。
「いだだだだだだだだ! アッ!? 栗混じってる! しかも丁寧に食いカスかよ! 見てやがれ! 火炎放射!」
「アぢャーッ!?」

 その後もしばし続くモニター越しのギミックの撃ち合いの始まりであった。
 よくぞこれだけ仕込んだと言わんばかりに次々に出て来る。ただ、この様子を見ていた一同、内心を一つにしていたそうな。



 ああ……確かに親子だ、同レベル過ぎる……と。



 で。
 落ち着いた後である。

「まぁ……正直な話、夫の悪影響をあなたが受けないように隔離したんだけど、それでも限界ってあるだろうし。困ってたのよねぇ」

 ギャクサッツのファミリーネームを持つものが揃って潰し合った後。
 丸焦げのゲボックの後ろに居る女性が語りだした。
「デュノアさんの……お母さん?」
 実態は継母だが。
 成る程、と。
 簪の呟きでようやく状況が呑み込めて来た本音はしかし。

 じゃあ……あの〜、オレンジのヘルメットは〜お父さんなのかな〜?
 悪影響、確かに多大にありそうだ。
 双禍とゲボック、という前例を今しがた目にした直後なので尚更だった。
 新たに生じた、別の深刻な問題に首をひねらざるを得ない。

「デすので。相談を受けタ小生は、社長さンの趣向を改竄しようと言う事にナったノですョ!」
「「「もう復活した!?」」」
「アハハ、フユちゃんの内臓殺しをくラっても10分で復活出来る小生に死角はありマせん!」
「なん……だと……」
「お兄さんの鰤顔を見るに、余程えげつない攻撃なんだろうけど身内以外には分からない、そのもどかしさ」
「そっくんも〜復活〜早〜い〜」
「いえ、それ程でも」
「双禍さん……褒めていると言うか、流石親子と言う意味でしか……使ってない」
 奈落よりも双禍は落ち込んだ。

「ト、言う訳で、どんな趣向にするかはシャル(ピーと言う電子音)に決めてもラう事にしました!」
「え? 僕??」
「何かな〜? 今の電子音〜?」
 本音が言うと全員がそっぽを向いた。
 なんか、隠されているな〜。
 ちょっと面白く無い。

「そうデす、これですョ!」
 といって出て来るのは回転式ダーツボード。
「あれは!? あの時の!?」
「ハい! まサにその時のデすョ!」
「ん? どーしんに……?」
「どうしたの? 双禍さん」
「いや、ちょっとモニターの解像度じゃ見づらくて……」
「え?」



「そレでは、このダーツボード、拡大してミましョう!!」
 ゲボックは、あからさまな虫眼鏡をオレンジの部分にあてる。
 即座に接近するカメラ。

 拡大。



 拡大———






 拡大!



 やがて、ダーツボードの材料である、コルクのセルロース構造が見られるほど拡大した———その時それは見えてくる。
 セルロースの表面に、びっしりと。

『童心に還る』

 と、書いてある。
 マイクロサイズの偉業だった。

「分かるかッ!」
「分かるわけ無いよッ!」
「おぉ~、多芸だ~」
「え? 見えないの皆」
「双禍さんと違って……みんなの目はサイバネ仕様じゃ……ない……」
 にしても、見辛いとは言え超視覚で見えるとは、モニターの解像度もおかしいのではなかろうか。
「あ、そーか。でもアレだね。まるで『転生、かっこ悪い』がビッシリ書かれたパイルみたいだねこりゃ」
「そんなのあるの? 双禍」
「まさかのここでシャル……ル君が食いついた!?」

「束ちャんも良く原子でプラモ作ったりしてますかラ、このぐらいのカモフラージュ、バラしていルも同じデすシね!」
「イヤイヤイヤイヤさっぱり分かるわけないから!!」
 涙目で首を振るシャルロットだった。





 ここで、状況をまとめてみよう。
 今この場では、フランスのデュノア社司令室(嘘じゃない)と、一夏とシャルロットの部屋、そして双禍と簪の部屋がリアルタイムでテレビ会議のように繋がっている。

 それぞれの部屋には。

 デュノア社長夫妻(女性は正妻の為、シャルルと血は繋がっていない継母である)。

 一夏とシャルロット、つまり部屋の住人のみ。

 そして双禍と簪の部屋だ。
 ここには二人の理解者である本音がいるが、彼女にはまだシャルロットの事情が明かされていない。
 ただ、普段のぽややんとした様と違って、彼女はこれで鋭い所がある。
 恐らく何かしらを察しているだろう。

 色々騒いでこそいるのだが、話はあんまり進んでいない。
 デュノア社のハザードとダーツの真相だけだ。

「———とまァ」
 そこで話を進めたのは意外にも、脱線したらしっぱなしそうなゲボックであった。



「そう言う感じに、社長さんの人格をテコ入れシた後に、それを怪しまれないように、ついでに小生が好き勝手存分に科学しても大丈夫ナように、社員まるごとクルットついでに色々改竄してしましョうと言う事にしたのですョ」
「人格弄くるとか、夫人含めてさらっと外道しか居ねえ!?」
「一夏……まだ突っ込める体力あるんだ……凄いね……!」
「シャル!? シャル!? 傷は浅いぞシャル———ッ!?」
「あー、おりむ〜、いつの間にかでゅっち〜の事綽名で呼んでる〜」
「……初対面で勝手に付ける……本音の言う事じゃない……」
「そ〜お〜?」

「アハハ、ソれでは今朝の役員会議デも見てミましョうか、あ、ソれ、P———」
 さっきの応酬のせいか、双禍が身構えるも何も機構は動かず、新たにモニターが空間投影されるだけであった。
 もはや誰もこの謎モニターの仕様には突っ込まなかった。
 ただ、モニターには。

『巨大ロボットへ掛ける情熱~デュノガルド建造へ向けて~』

 無駄にフォントやレイアウトの凝ったタイトルが浮かび上がっていた。

「…………あ。編集アーメンガードだ。えーと、あったあった、音声切り替え日本語っと」
 こんなとこでさえ無駄に親切にも、多国籍仕様だった。
「あ、双禍どのボタンだ? なんか、このテレビのリモコンボタンが増えまくっててな」
 デフォでは製作地のせいかフランス語なので、画面越しに一夏が聞いて来る。
「黒いボタンの上の丸いの」
「あ、これか?」
「違うって、お兄さんそれロケットパンチ」
「なに!? ってぶわあああああああっ!」
「一夏ァ———!?」

 それから暫く、一夏が操作を間違ってモニターにチョークスリーパーを掛けられたり、腕ひしぎ固めを掛けられたり、冷蔵庫(可変空き巣対策機能付き)とユニゾンした、愛と友情のパワーボムを食らったりしていた。
「……お兄さん、実は機械音痴でないかい?」
「いや、俺は千冬姉と違ってビデオの予約だって出来る男だぞ!」
「今時……ビデオって単語が出る時点で……お察し」
「簪!?」

「ナお、いっくんの家の台所を度々改修しテいる小生的に申シますと、ベータデッキですネ」
「チョイスが……マニアック……!」
「え? 何それ」
「今度……教えてあげるね」
「おー」
「と言うかあの台所はあなたの仕業だったのか…………あの仕様……あなたが神か!?」
「おりむ〜のゲボックさんの評価が急上昇だ〜」
「呼び方まで変わってるし。流石お兄さん着眼点が主夫だ」

「あ。丁度オープニングが終わった」
 本当だ。

 ぎゃあぎゃあ騒いでいるうちに、オープニングムービーが終わったようである。
 そして。

『これは———巨大ロボットを作りたい、と童心にかえった、とある男の戦いの物語である』

「ナレーターがアンヌだ!」
「あ、本当だ!」
 男衆が反応する。共通の好感度高めの知己だからだ。

 しかしまあ、ハンドメイド感溢れるドキュメントである。
 感心させられるのは、本当に多芸な『茶の三番』、アンヌである。
 しかし、CGなどの編集は情報処理型生物兵器の手に依るものなので、クォリティはプロ真っ青である。
 こちらは『青の零番』、アーメンガードの偉業であった。

 はてさて。
 画面には役員会議。と出ている。
「これより我が社は、宣伝を兼ねて巨大ロボット兼ISを作ろうと思う」
 社長さんはいきなり発表しました。
 ド直球である。

「社長! 何をふざけていらっしゃるのですか!」
「まずは社の次期戦略を練られる方が重要でしょう!」
「やはり、他所から招かれた婿養子では重圧がキツすぎましたかな?」
「ごゆっくり休まれるとよろしいですな。病院なら私が良いところを紹介しますぞ。はっはっは」

 これが彼の現状であった。
 社長と言っても、社を一人でどうこう出来る権力などは無い。
 むしろ舐めきって、嘲弄するものも居る。

 そもそも、ここに集まっているのは男だけだ。
 現在は女尊男卑。
 社内には、女性の一大勢力がある。
 そちらはそちらで勝手に話を決めてしまうのだ。
 そのトップは彼の妻なのだが……。
 ここで決まった事も、すぐさま実行に移す事は難しいのが現状だ。
 むしろ押し潰される事の方が多い。
 それでどうやって、社を立て直すのだ。

 なんて、ナレーターが告げているが。

(いや、巨大ロボットいきなり作るって言われたら普通反対するでしょおおおお!?)
 誰の心の言葉かはあえて断言はしまい。

「ふむ、仕方ないな。皆、これを見てくれたまえ」
 取り出すのは、ベータカ●セルのような、発光機械。
 メン・イン・ブラ●クの記憶消去カプセルはこれが元ネタだとかどっかで聞いた気がする。
 いや、真偽は知らないけど。
 社長本人はオレンジ色のヘルメットを被り。

「それじゃー、ぴかっとな!」
「「「「ぎゃあああああああああああああああッ!!!」」」」
 部屋が丸ごと発光した。

「はっはっは! ひっかかったな! そう言われて素直に従う奴なんて居ないと思ったから部屋丸ごとに仕込んだわ、ばーか!」
『これが、童心にかえった社長の進歩であった』
「どこが進歩!? ンなナレーターいらんよ!」

 ぎゃああああああ! とあまりの光量に顔、と言うか目を抑えてのたうつ重役達の間ん中で笑う社長。
 すっごく生き生きしていた。本気で悪戯小僧である。

「しかも、今の光はただの光ではない。視覚毒と言われるものの一種でな? まあ、この部屋の改装も光の調整も例のDr.の提供に依るものだが、特殊な光パルスが脳内物質の分泌を操作するんだよ、まぁ、私はこのヘルメットがあるから無事だがな!」
「社長……! こんな事してただですむと思って……!」
「あなたは終わりだ……後でいくらでも後悔するが良い……!」
「甘いな、副社長とあとそのごますり要員の専務よ、まさか、これだけだと思っては居まいナ?」
「何……!」
「この死角毒の効果はな? もれなく、もれそうになるのだ。シモがな」
「は?」
「え?」



 きゅるるるるるるううるるううううう……。



 それを端に発したのか。
 倒れ伏す重役達、約30名の腹が、一斉に甲高い音を奏で始める。

「ま。光り輝く下剤だな。さあさあ、早くなんとかしないと、社会的に死んじゃうぞー!」
 社長がすっごく嬉しそうだった。
 日頃の鬱憤が一気に晴らされているからだろうか。童心に戻っているのが本当か、疑いそうになる光景である。

「お、おのれ社長……はぉう!?」
「腹に力をいれ……くぅううう!?」
「は、早くトイレに……」
「くそ、直立出来……ぐはあああああ!」
「は、早く行け! 私が会議室から出られん……!」
「お、押すな……! 圧迫されたら俺は……!」
「ふおぉぉおおおおおおお!」
「あっ……」
「今の『あっ』は何だああああああッ! ってやば、力んだら……アッ」
「2連鎖したぁ!?」 

 憶えてろ。怨嗟を堪えながら会議室からそーっと、そーっと脱出して行く重役達。
 下手な刺激はバッドエンド直行なのだから仕方が無い。

『しかし、重役達は深刻な面持ちではなかった』
 ナレーターが入る。

『デュノア社では、アイデアの発想を重視し、一定以上の地位に就いた者にはもれなく。思考場として、個人用トイレを与えられるのだ。
 ここにいるのはデュノア社のトップを担う者達である。個室をそれぞれ有しているのは当然であり、奪い合いにならないのは既に分かっているからである。
 そして、到着する。トイレフロア。
 この階に存在する全ての扉は、トイレの個室である。そこでそれぞれが思考にふけるのだ』

 画面に映ったのは、一面のトイレの個室である。
 ところ狭しとひしめき合うトイレに、デュノア重役達が一人、また一人と死に物狂いで突撃して行く。

「親父!? まずこの光景が変だろデュノア本社!?」
「ア? 分かりまス? 小生が作ったんですョ」
「何の工作もしてないのにそれを認可する時点でおかしすぎると思わんのかデュノア社員!?」

 そして、画面は花開く『翠の一番』に変わる。
『現在、精神衛生的に不適切な音が響いています。美しい花の映像をお楽しみください』

 あぁ、成る程。
 そして、一通り終わったのか、一面トイレフロアに画面が切り替わり。

 トイレの個室と言う、自分だけの限定空間内———そう。
 ギリギリセーフ。一息ついて油断し切った、社長への恨みさえも途切れる———その意識の間隙を。
 逃げ場の無い閉鎖空間の上限、天井がぱかっ、と開いてゲボックのヘルメットが降って来る。
 そう、初めからこの一連の流れそのものが罠だったのだ。

「ンはあああああああああああ!?」
「うほおおおおおおおおおおおおおお!?」
「いっっひぃいぃいぃぃいいいいいいんん!」
「おふおおおおおおおおおおおお!」

 次々とスッポリ被さるヘルメット。響き渡る、聞きたくも無い悲鳴。
 きっかり十秒後。

 一斉に水洗が流され、階自体がその水の振動でポルターガイストにあったかのように振動する。
 デュノア本社ビルをトイレの排水が轟かせた後———



「……Dunois」
「……Dunois」
「……Dunois」
「Dunois……」
 洗脳済みの重役が、トイレから出て来る。

『彼等が『説得』された第一世代である。既に仕込み(ヘルメット着用者)がなされている社員へ『社長命令』を下し、社の意思を一致させるべく、広がって行くのである。後にこの『意識の統一』は『プロジェクトオレンジ』に引き継がれ、現在に渡ってのデュノア戦略の根幹となっているのである』


 アンヌの締めのナレーションの後、堂々と画面に『完』の字が浮かび上がる。





「さっぱり悪質通り過ぎてむしろ邪悪だよぉぉおおおおおおおおおおッ!!!」
「戦いも何も一方的な蹂躙じゃねえか……」
 これが、デュノアハザードの始まりだったようである。

「そして、それ以来我が社は実に充実している。
 一番白熱したのは、巨大ロボット『デュノガルド』デザインコンテストだな。Dr.のご子息には、最終選考まで行ったものの、惜しくも落選した『スーパーピンチ●ラッシャー』を試供品としてお届けした。どうかね? 試して頂けたかな?」
「ほら、あのラウラ蹴っ飛ばしたでっかい足ね。部分展開しかして無いけど、宣伝しといたよ」
「早速使ってくれたのか! 流石Dr.のご子息だな!」
 力説する社長と双禍。そう言えば、ピンチが足りない! とか叫びながら蹴ってたなぁ。
 などなど思い浮かべて納得する簪。シャルロットの悲劇はますます増大している。

「で、どうだった?」
 社長、繰り返すがノリノリである。

「うーん、やっぱりピンチが溜まらないと合体機構が発動しないのはリアル実戦ではキツいと思うよ? ロマンは試したいけど、大抵の人は持ちこたえられずにぶっ倒されるし」
「ああ、それが落選の理由だ」
「ああ……」
「ちょっと待って双禍!? 確かにアレが落選って言ってたけど!?」
「そう、モノホンの『デュノガルド』はあるって事だよ!」
「あああああああああ!? うち今経営危機だって知ってるよね!? 僕でも知ってるんだから社長なんて知ってて当たり前だよね!? 何で巨大ロボットなんて、さっぱり無駄に経費のかさばる事してんの———ッ!?」
「シャル落ち着けー!」
「そうだな。ロボットに固執する。それは本来貴国、日本国の特権の筈であった」
 いきなり司令モードに戻って神妙に語りだすデュノア父。
 アシ●とかビックリしたよ。とか言っている。
 でも、話が噛み合ってない。
 デュノア継母は、紅茶を啜っていた。ノンキさに殺意が芽生えたシャルロットである。

「だが、ISが世界を席巻し、世はISこそ至高と言う意識が繁栄した。
 女性優位の世界となり、スマートなISが第一として作られ、ロボットと言うものは予算の問題から、開発者達の進む道筋から外されてしまった———だが———それでなお、男達のロボットへ傾ける情熱は消えなかった。何故か! その理由だけは、ただ一つ、たった一つのシンプルな言葉で説明出来ると断言出来る! 男と言うものはロボットに魅せられ、引きつけられて止まない生き物なのだッ!!」
 社長、今までに無い力強いお言葉であった。

 無言で頷く一夏と双禍。あと簪。
 シャルロットと本音は、え? 私達少数派? と思ったのもつかの間。

「で、ネットで告知してみた。スポンサー、技術者募集ってな。いや〜、今までに無い程人材や資金が集まってな。はっはっは!」
「嘘ぉおおおおおお!?」
 本気だし行動が早いし。

 実はこれ、逆接的にとは言え、ISによる女尊男卑社会のお陰と言えた。
 
 無骨なロボットは、簪のような特例を抜かせば、あまり女子受けはしないのだ。
 よって、その研究はISの台頭で大幅に縮小された。
 技術者達は地下に潜むしかなかったのだ。

 そこで、デュノア社での公募。

 彼等にしてみれば雌伏の時、終われりであったのだ。
 そして、デュノア社に本来居る筈であろう、それを妨害する女性社員は既にヘルメットだ。
 まさしく、大企業一丸という常ならばありはしない状態になったデュノア社に集う変態達を阻害するものは何も居ない。

「やはり、と言うか日本からの出資や技術者が多くてな。現在、デュノガルドの開発はDr.を筆頭に彼等を中心として成り立っていると言って過言ではない。特に元倉持技研の人とか。なんか期せずして優秀な人材を引き抜いたような気がしないでもない」

 身を乗り出していた簪が完全に凍りついた。
「かんちゃーん!?」
「真っ白になってるううううう!? 倉持技研の人材不足ってそのせいかあああああああああああっ!?」
 どんな因果がどんな風に回って来るか分らないものである。


 カメラワークは優秀に、社長をドアップで映し出す。

「そしてだ、我が子よ! お前には映画『美女と大怪獣』にも出演し、実際に売り出す巨大ISロボ『デュノアギャルド』のパイロット役として出てもらう。
 あとはお前が居るパートだけを撮影し、編集する大詰めを迎えているのだ!
来月撮影があるので一時的に帰国するように! 社長命令だ! 家長命令でもいいがなげぶッ!」
「あなたに家長としての威厳など何も無いでしょう」
 それまでまったりしていたのにキツい嫁だった。

「このプロジェクトには我が社がスポンサーとして多大な資本を捻出している。各種武装も撮影用に提供しているし、実際の話、お前の演技力と甘いマスクが我がデュノアコンツェルンの興行を左右していると言っても過言ではない!」

「はい?」

 ああ、いと悲しき。
 シャルロットにとっては(ゲボックのせいもあるが)初めての親子のじっくりとした語らいであろうが、一言一言が、超弩級爆弾なのだ。
 呆としてしまって、まともな意見を交わせない。
 しかも、会話に備えようとしたらまた異なる爆弾を投げつけて来るのだ。

 そう。言わずもがな。まだ爆弾はあるのだ。
 それまでに、更に負けぬと言っていい程のものが。
「そうだな。本来なら、いきなり実物を見せて度肝を抜かしてみようと思ったが、丁度友人達も居る事だし、特別に見せてやろう! あ、映像合成の際、お前の映像を少し拝借したんでよろしく」
「ちょっ……まっ!?」

 さっきまでドキュメンを流していた投影モニターがクローズ。新たにモニターが立ち上がる。
 そこに映っているのは……。



『美女と大怪獣』
 仰々しいタイトルが迫力満点にモニターに映る。
 映画予告だった。
「おお……」
「あ、簪さん復活した」
「かんちゃんこう言うの好きだから〜」
「僕も好きなんだよね。生まれて初めて見た映画が、●ジラ対ビオラ●テだったからかも知れないけど」
「双禍、よりによって映画デビューが、自分の娘とゴジ●の細胞を合体させる話かよ」
「そっくんらしいって言えば〜らしいよね〜」
「みんなくつろいでる!?」



 そして、上映される映画予告。



 まずはじめに、視界を埋め尽くすのは、炎。
 爆発するビル、迸る光線。
 一際大きな爆発が巻き起こり、その爆炎をかきわけて、黒い巨大な影がのっそりと出て来た。

 のっぺりとしたつるつるの顔。
 幾重にも装甲板を重ねられたような胴体。
 まるでゴリラのように地面にも届きそうな逞しく長い腕。
 うなじから背中に掛けて何本ものチューブが伸び、背中に繋がれている。

「へ〜、これが『黒の一番』か」
「知らな……かったの?」
「まだ会った事が無いのだよ、この弟とは」
「そう……」

 『黒の一番』の両腕が筒のような形に変形する。
 そして、ビームが放たれる。
 迫力満点の爆発が、画面を埋め尽くした。



 そして、場面が変わる。

「あかん!」
 少女が叫ぶ。
「このグロリアスは、シュナイダーの大事なもんなんや! 絶対渡さへん!」

 その女性は見覚えが会った。
 ハリウッドで主演女優に抜擢されたという……。

「鷹縁結子が主演張る映画ってこれかあああぁぁぁぁッ!?」
「あっ……そう言えばちゃんと朝の情報番組で言ってた」
「あ、そうだっけ?」
「うん……」



 雑談中にもシーンは進む。



 研究所での懐かしい記憶。
 先程は暴れていた怪獣(?)が、まだ誕生したてで、人間の子供大であった時。
 鷹縁結子演ずる女性に世話をされている。
「シュナイダーはかっこええな。でもちょっと泣き虫なのが頑張らなあかんとこやけど」
 シュナイダーとは、怪獣の名前らしい。
 シュナイダーを抱き上げる。
「おっきくなって、そこ直したら、お姉ちゃんがお嫁さんになってあげるんやから、精進するんやよ」

 そして———



 グロリアス。
 莫大なエネルギーを内包し、様々な用途の革新へ繋がる第一歩。



「エネルギー生産効率がISコア並み。画期的な新エネルギー獲得の足掛けになる事は間違いない。他国には決して渡すな」
 その取得に各国諜報員が形振り構わぬ暗躍を。

「この力があれば奴に対抗する術となる! 何としても手に入れ、我らが力と!」
 軍部はシュナイダーに対抗するため、あらゆる軍事力を奪取へと差し向ける。

「みんな誰も彼も自分勝手や! これは元々シュナイダーのものとして作られたもんなんよ!」
「「それでなくても手の付けられない怪物に何付け足すつもりだあああああああ!」」



———そう、これは彼女も含めたエゴのぶつかり合う物語———



 地響きが鳴り響く。
 様々な勢力に追いつめられた彼女を救いに現れるのは、幼少を共に過ごした巨大怪獣。
 彼女が危機に陥れば、何時如何なるときも彼は現れる———
「シュナイダー! 助けてくれてありがとーな? でもな……」
 彼女を掴み上げ、高く持ち上げる黒い巨体。

 その姿は全高45m、総重量1万8千トン。



 大きくなったらお嫁さんに———



「そないなこと言うたけどな、お姉ちゃん、何でも限度あるんと思うんよ!」
 彼女の叫びをどう受け取ったか。

 巨大怪獣、は勝鬨の咆哮を迸らせる。
「メルメルメ〜!!」
「「出たなウマゴンッ!!」
「皆してなんでシュナイダーの事ウマゴン言うん!? どこにも馬っぽいとこなんてあらへんやないかー!?」
 物凄く、可愛いかった。



 そこで、画面は暗転し、まったく別のシーンに映る。



 崖を背景に、黄昏時の赤い斜光を逆光気味に受ける好青年の画面———
 これは合成だなーと双禍が思う中。
「これ僕!?」
 ああ、こういう風に勝手に使われているのね。シャルロット。

 怪獣と美女の愛に世界がヤバい。ラブコメは結構だが、それで都市とか破壊されては庶民の平和と安堵は守れない。
 怪獣と対抗する為に作り出されたIS用超巨大外装(ギガンテックパッケージ)。『デュノガルド』。

 それを駆るのは、世界で二人目のISコア適合反応者。
 デュノアコンツェルンの御曹司。

 取りあえず画面を見ているシャルロットは絶叫しているが、ムービーは無情にも盛り上がって行く。

 画面がここで切り替わる。
 ああ、成る程、シャルロットは背中を見せているだけである。無断で使われていても雰囲気はバッチリであった。
 変わったシーンは今リアルタイムで見せられているデュノア社司令室であった。

 なんと、社長直々に、他の社員達と一斉に音頭をとったかのように息を合わせ。



「「「『デュノガルド』発進!!」」」

 熱血バリバリの命を下す。
 両目となっているカメラアイが光を迸らせた。



 『シュナイダー VS デュノガルド』



 大きくロゴが映り、その背後に対峙する巨体二つ。
「シュナイダー!!」
 結子の叫びと供に爆炎が吹き上がり、これでシメなのだろう。屈折して映画タイトルを浮かび上がらせた。
 『美女と大怪獣』

 今秋、上映予定。



 取りあえず。
 男勢+簪が目をキラキラに輝かせているなか、シャルロットが実父(の映っているモニター)に詰め寄る。
「さっぱり聞いてないよ映画なんて知らないよ! というか良いの僕!?」
 男装事情とか世界に、ねえ!?
「そもそもこのデュノガルドって———!」
 映画の為だけに本当に作ったのか巨大ロボット。
 現在の女尊男卑社会に則るようにISの巨大外装となっている。
 足先が尖っている通常のISとは異なる、どっしりと地に足をつけるタイプだ。
 敵役の巨大怪獣と対抗する為か、一般ISと比べると、いや、本当にでかい。

 シャルロットが言って居るのはその胸部だろう。

 そこには。

「何でこんな巨大な外装なのに僕の顔剥き出しなの!?」
「ISだしな。フルスキンだとISっぽく無いし」
「何故かさっぱり説得力あるね!?」
 いや、それよりも。
「なんで僕の顔逆さまなの!? それこそおかしく無いいいいいいッ!」

 そう、巨大ロボットの胸部にはシャルロットの顔が、何と逆さまで露出していた。

「ふむ。通常リヴァイブの待機状態のロザリオと指輪、メイスのそれぞれの待機状態を同時展開する事で喚び出せる仕組みだからな」
「いや、それのどこに理由が!? あとメイスだけ物々しくない!?」
「本当は、フルメイルと指輪とメイスだったんだが、流石に甲冑は着れないだろう、普段。と言う事を考慮した結果だ」
「常識の基準そこなんだ!? あと三つから同時量子展開ってちょっと大変過ぎる設定じゃないかな……」
「設定じゃない、実際そうなるようになっている。ちなみに専用と言う設定でな、固有機体名称は『Ωシャルル1世だ』」
「お世辞にも余計過ぎるギミックと設定が!?」
「リアル思考だ。販売時、映画と違ったらクレームが来かねないしな」
「だから心配するところ変だってえええええええええええッ!!」

「なぁ———シャル」
「なに……一夏……」
「リアル泣き!?」
 一夏は既に味方ではなくなっている。初めて出来た自分の居場所が特撮に奪われた気がした。
 しかし、一夏は見つけてしまったものを伝えずにはいられなかった。
 それが、シャルロットを挫く一手になるのだとしても。
 今の彼女の境遇を、打開させるものである事には違いないのだから。

「ほら、放送後にずっと映ってるこのポスターみたいなのあるだろう? その下の方に———」
 だいたい、そう言う所には制作スタッフやらキャストが書いてあるのだが。

 小さく。
 よくぞ一夏見つけたな、と言う程小さく。

 シャルル・デュノア役 シャルロット・デュノア

「やり口天丼だよ!?」
「何を言う。Dr.に比べれば、同じネタと言うにも甚だしい程稚拙だろうに」
 そりゃ、分子構造に小さく書くのと比べれば、技術とかは遥かに拙いでしょうが。
 発想だ、発想。悪戯心のレベルとかが同レベルだ。

 なんか、色々キチンとネタバレしているし。しかもワールドワイドに。
 水中酸素が欠乏した鯉のようにぱくぱく口を開閉する事しか出来なくなったシャルロットであった。



 そして、社長は爆弾を投げる手を休めない。
「キチンと映画の宣伝をするのだぞ我が子よ。大々的にやろうが、問題は無い。明日からはこの宣伝ムービーを世界中の劇場で上映する。性別についても安心しろ、そこの織斑少年と一緒で、『ISを使える男性。しかし、対外的衝突を防ぐ為に女性を装っているキャラ』の役作りで、普段から『素の状態―――男性役』を作って通学していると言う事にして、それが書類の不備で二人目のISを使える男子として学園に通ってしまったという『設定』で通して欲しいと、IS学園には入学前に伝えているからな。そう! 世界20数カ国には転入前からとっくにネタバレ済みなのだ! 実はいつでもネタバレしても大丈夫なのだよ!」

「でゅっち〜、女の子だったの〜?」
「…………あッ!」
 本音にバレた。
 いや、待て。
 今なんと言った、この父親。

 とっくにネタバレ済み……だ、と!?

 期せずして、なんかちょっと解放されたのだが、これまでの苦労というか。なんというか。
 なんでそれを通すのだIS学園。あ、そう言えばトップと通じる用務員があっち側についていたのだった、世も末では無いか。

 だが待って欲しい。
 この父は、自分に、そんな笑ってすませられる用な事ではない事を一つ、厳命しているではないか。

「おとうさ……し、司令、データ、は?」
 営業危機は? その為に、白式のデータを盗めと言っていたのでは?
 信頼を築き、しかしそれを嘲笑うかのように裏切れと、命じたではないか。



 その返答は最後の爆弾。彼の協力者に付けられた二つ名に相応しい、超特大級の破壊力であった。

「ああ。必要に決まっているだろう。折角本物の、ISに適合した男が居るのだぞ? 『きちんと指示した通り』その生活スタイルから、ISが適合した男子としての常識! さらにはそのISのデータや特徴をきちんと盗み、血肉としてリアリティを培うのだ、お前の芸を高みへと導くために!」

 いや。
 培え……とか導けー、とか聞いてませんけど。
 と、言うか……。
 そうですか。『盗む→芸として盗む』ってそう言う事なんですかああああああアッ!?

 そうですか。そうなんですかッ!
 自分の深刻な悩みが、元々ンなもんない、であった事に精神的に色々ゲシュタルト崩壊した。
 最後の爆弾は致命的だった。流石、核爆弾だなんて非常識の代表みたいな二つ名が背後につくと、投げつける爆弾が際限なくなるのだ。ああ。何かもう色々壊れた。

「あ、あはは……あはははは……」

 そこでシャルロットは、一夏を見た。
 そういう事ならどんどんデータを盗んで行け! 協力出来る事なら何でもするぜ! とばかりに俺を頼れオーラを出していた。有り難く無い。もう、誰か助けて。
 ……そして。



 双禍と簪は、瞳をギラギラと輝かせ、先程の劇場予告を再再生してガン見していた。
 この二人の特撮好きってどれだけなのおおおおおおおおッ!!

 珍しく、あーあ……。と、ぽりぽりと頬を掻いている本音が印象的な光景であった、とシャルロットは後日語っている。

 そして、童心に戻っている社長は瞳を輝かせ、今見て下さっている皆様には、8月中盤に予定している特別先行試写会の招待券を差し上げます! とか言うものだから、若干二名程から歓声まで上がっている。さっきまで闇を撒いていたのに。今では陽気を振りまいているではないか。

 聴覚は働いている。が、ここで発されている声だとはどうしても認識出来ないというか、無意識レベルで拒絶していた。

 危機回避能力の高い本音はいつの間にかモニター前から姿を消していたりする。
 あれ? ちょっと視線を外した隙の筈なのに。
 あのゆったりした動きの女の子は、時々、有り得ない時間配分で行動しているのではないかと思わされる。

 ああ、味方が一人も居ない。
 その事を充分に身に染み渡らせたシャルロットは、内心に反して満面の笑みを浮かべていた。
 洩れていた笑い声だけは乾いているのでまだまだであろうが、笑みと言うガラスの仮面を貼付けている彼女は充分女優としての素質を身につけていたのであろう。

 そうかあ、男として振る舞う指導も、あれ、単なる演技指導だったのかー。
 あの厳しい指導も、『ガラ●の仮面』的ななんかだったんですね。
 今更その事に気付いても、今までの苦悩は『はい、そうですか』とあっさり晴らされる事は無い。
 あたりまえだ。ふざけんな。あってたまるか。

 そう思いつつも笑みだけは完璧に、しかし固まって戻らないシャルロットなのであった。





















 そして。

「ついにきちゃったなー。この日が」
「相変わらず肝が小さいな貴様は」
「うっさい」
 俺には脳しかねえよ。

 学年末トーナメント当日がやって来てしまいました。
 なんでも、お偉いさん達がぎょうさんやって来るとかで、その為の雑務や会場設営などなど、細かい仕事を終え、やっと終わったと思ったら即本番なので慌ただしい事この上ないのだ。

 ちなみに。
 学年末トーナメントのタッグは、締め切りまで申請をしていないと、くじ引きで組み合わせが決まるのだそうだ。
 なので、締め切りを過ぎた辺りでラウラとペアになった事を正直に告げてみた。

 すると、お兄さん曰く。
「手加減はしねえぜ、首を洗って待ってな!」
 並みどころか、大抵の女の子ならくらっときそうな笑顔を叩き付けてきました。天然ジゴロパねえよ。
 あと、スポーツマンシップてばもうヤだ。

 まあ、ドロドロ変な感情向けられないという幸運に遭遇出来て感激ですがね!
 ふふふ、ここで重要なのは、締め切り後に打ち明ける事だ。
 俺は、ラウラとペアになった事しか告げてないが、俺とラウラのバトルを見てる皆だ。きっとくじ運でくっついたと思うに違いない!
 ここで重要なのは、ラウラとペアになったと言うことだけを言う———そう! 俺が嘘を吐いていない事なのだ!

『ボーデヴィッヒの言う通り、ケツの穴の小さい事だな』
 なんか最近BBソフトがムカつくんだが。と言うか、それ普通に言語じゃねえの?

 まあ、シャルロットさん辺りにはバレてると思うけどね。
 更識さんは? て、首傾げてるの見ちゃったし。
 まあ、彼女は気遣いの出来る、優しい方だから責めない筈だから問題無しだ。お兄さんにも余計な事言ってないと……思うよ。

 そして、簪さん……なんだけど、ね?
 なんと、箒さんと組みました。

 無印打鉄と打鉄弐式のコンビは先程、Aブロック第一試合で見事相手を完封し、撃滅。
 こ……怖ぇ……。

 打鉄弐式は薙刀を備えているものの、簪さんの気質からして後衛に。
 ポン刀がメインウェポンの箒さんは当然前衛に。

 というかね? 千冬お姉さんと言う超越的規格外のデータを見ていたせいかあまり気にしてなかったんだけど、箒さんの剣技も充分学生レベルじゃねえ。つーか剣道じゃねえよ、こりゃ剣豪?
 相手チームのラファール2機を、刀だけで抑え込めるんだぞ?

 マシンガンやらバズーカやら、ショットガンやら。
 そう言う遠距離武器もってようが関係ない。
 それらに対処する為にあるのがハイパーセンサー。
 嬉々としてそれらを刀で払い落として行く箒さんマジ怖い。
 篠ノ之一族恐るべし。皆、何かしらの分野で天才なのではなかろうか。

 そして、画面端にに追いつめられた、格ゲーキャラが如く、アリーナの防護フィールド手前まで圧された二機に待っていたのが、通常射撃のミサイルの雨でした。

 開発中のマルチロック多段誘導ミサイルはその一部も使用していない———つまり、発射時にロックオンして撃つだけなのだが、相手を逃がさないように箒さんがその凶眼で張り巡らせたZOCのせいで、正に鴨撃ち。

 爆炎の中に消えて行きました。絶対防御……出たよね……ねぇ。
 …………ねぇ、もしこの第一試合勝ったら、それにぶつかるの、次俺らなんだぞ……。

 あぁ……あんなにやる気満点の簪さんは初めて見ますよ……なんてこったい。



 まあ、将来の恐怖に怯えるより、今はすぐ手前の試練について考えないとなぁ。
 Aブロック第2試合。

 対戦相手は、なんと一夏お兄さん、そしてシャルロットさんのペアである。
 いきなりかい。
 普通、こう言う時はストーリーの盛り上がり的に頂上決戦的な因果が来たりするもんじゃないのかね?

 ……んん、まぁ。実際のところ、城の目の前に出て来るファーストモンスターがスライムだったりする都合のいいのはゲームだけだ。
 大抵は、玄関出たらいきなり魔王が転がっているのが現実なのである。

 隣からは、ふふふふふ……と不気味な笑い声が洩れていたりする。
 当然の如く、俺のパートナーであるラウラだ。
 よっぽどお兄さんを公的にぶっちめられるのが楽しみらしい。
 はあ。
 吐息をつく。
 憂鬱だなぁ。



「一戦目で当たるとはな。待つ手間が省けたと言うものだ」
「そりゃあ何よりだ。こっちも同じ気持ちだぜ?」

 試合開始のカウントダウンが響く中。

 なんて言うか気の合う戦意が俺の隣でぶつかり合ってる訳ですよ。
 俺も言われたけどさ、アンタら実は仲良いだろ?



 なので、俺はシャルロットさんに話し掛ける事にした。
「やぁ、シャル……ルさん。なんか、お兄さんらは血の気が登りまくってるみたいですけど。こっちはなにとぞ胸を貸すような感じでお願いしますね」
 ぺこり、と打鉄に搭乗した俺は一礼する。
 あ、と言ってシャルロットさんもぺこりと礼を返してくれる。日本文化を受け入れる外国の方って下手な日本人よりよっぽどマナーが優れていると思うのだけど、どうでしょう。

「でも、あいにくだけど、一気に倒させてもらうよ? 僕達は勝ちを取りに行くからね」
「…………なんと、あなたも戦意満点ですか」
「双禍もゲボックさんの技術の手に依るものだしね」
「…………なんでどこもかしこでも親父の影は僕の足を引っ張るんだろうかね、まったく……」
 そこにこの間の恨みはない、て言っても嘘になるんだろう……なぁ。

 カウントダウンが残り一桁を切った。

 武装量子展開(オープン)
 今の俺は、『俺』こと、IS『未胚胎児』(エンブリオ)の外部パッケージとして打鉄を増設、取り付けているような状態だ。
 まぁ、ぶっちゃけただ乗ってるだけなんだけど。
 今の量子武装の実体召喚も、自分のコアで行うよりいささか違和感を感じ、スムーズに、とは行かなかった。

 しかし、通常のパッケージと違ってこの打鉄が優れている所がある。
 それは。
 ここにいるのは実質IS二機である、と言う事なのだ。
 俺の戦闘能力は、第二世代IS程度のものでしかない。
 同じ第二世代とは言え相手は専用機に代表候補生が乗っているラファール・リヴァイブ・カスタムⅡ。まともにやり合って勝ち目があるとは思っていない。

 だが、俺というISシステムで補強し、力を重ね合わせている今の打鉄なら———



「———え? 双禍? それって、一体———」
 シャルロットさんが俺が展開した装備を見て虚を突かれたかのように眼を見開いた。
 それもそうだろう。
 俺が展開したもの。それは———

 右手に、右半身をスッポリ隠せる程の物理シールド。

 左手に、左半身をスッポリ隠せる程の物理シールド。

 つまり。楯を二つ。武装は一切出していない。
 非固定浮遊部位(アンロックユニット)の一対のシールドも含めれば、その総数四枚。がっぽり身を包み隠す多層物理タワーシールドにしか見えないだろう。
 その姿は正に聖騎士(パラディン)
 守りへ振りにも極振ったナイトアーマーであった。

「ふっふっふ、そっちの作戦なんてお見通しなのさ!」
 ラウラは間違いなく、現1年最強である。
 しかし、自分の側がペアで闘う状況は恐らく不慣れだ。

 最強であるラウラを崩すとすれば、不本意ながら、足手まといである俺が契機となる。
 俺をラウラの足を引っ張るように絡め、かつ早々に倒し、しかる後に二人掛かりでラウラを倒す。
 これしか無い。
 というか、俺だって他にラウラを撃墜する方法が思い付かないのだ。

 ならば、こちらはどうするか。
 戦術の基本は相手の嫌がる事をする、だ。
 相手はペアで相当訓練を詰んでいるだろう。対してこちらのコンビネーションはゼロ、さっぱりこれっぽっちもなんにも無い。息なんか合う道理など微塵も無い。

 だが、最強のカードはこちらが握っているのだ。
 一対一ならまず負けないラウラが。

 ならば、俺は俺らしく行くだけだ。
 戦いに拘らない。
 俺が勝ちに行く必要などない。

 一対一でラウラがお兄さんを倒すまで、俺がシャルロットさんに倒されなければ、俺たちの勝ちだと。
 その為のシールド四枚。武装ゼロ防御偏重作戦。

「さぁて、タイムトライアルと行こうじゃないか。一夏お兄さん余力があるうちに、僕を倒しきれるかな?」
「あまり代表候補生を舐めないで欲しいね。亀になっていれば時間を稼げるだなんて思わない事だよ!」
 当然、彼女もその事は自明の理であり。
 俺の方としての課題は、彼女が俺を放ってお兄さんのフォローに行けないぐらいには彼女を引きつけなければならない事だ。

 試合開始のカウントがついに一秒を切った。
 引き延ばされる体感時間。これは緊張か、俺の特別製ハイパーセンサーの為している結果か。

 それは分からないが、それぞれがカウントゼロに合わせてその場から跳ね飛ぶその瞬間。



 天蓋たるアリーナ上部シールドを貫通、天空からアリーナへ向け、四人の中心へ、かなりの重量感を伴う衝撃が炸裂したのだった。

 へ?



 妹よ、世界のどこかに居るであろう我が愛しの妹よ。
 なんかこの調子でこの学校の何かしらのイベントは茶々を入れられ続けるのでは? と、嫌な予感を感じるのは俺の気のせいでしょうか。
 虫の知らせの信憑性ってどう思う? と問いかけたいのだけどね。
 ああ、クラゲで占いそうだな。我が妹は。

 効き目あるんだろうか、クラゲ占いは。
 そんな毒にも薬にもなりそうに無い事をつらつらと考える俺なのであった、まる。









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 いつだか、セシリアの父こと、サーの方がシャル父より酷いと言われた事がありましたが。
 そんな事はありません。
 こんな父なのでシャルは悲惨です。
 私的に、シャルの色々な事情を解決させてしまったのですがどうでしょう。
 実際はシャルの独り相撲であった、と言う事なら、世界的にも大きく変化させる必要なし。
 あと、社長が童心にかえった時期は、打鉄弐式の開発者達の奪取から見て、ある通り、一夏がISを反応させた辺りです。

 よし、過去編の最後のネタバレ集を書こう。
 最近更新がますます遅くなってすみませぬ。
 次回は今回よりは早くなると思いますので……。

 それでは、私の拙作を読んで頂き、ありがとう御座いました。



[27648] 原作2巻編 第 5話 覚醒イベントはできれば味方限定であってほしい
Name: 九十欠◆82f89e93 ID:a6979411
Date: 2013/07/25 00:43
 二周年になる前に何とか上がったああああああああい!
 皆さん済みません。今年に入ってから完璧に隔月ゲボックになってます。
 あと、設定資料集ばかりでいい加減進めと思った方も居るでしょう。
 ついに始まりました、タッグトーナメント。
 バトルになると本当に筆がノルノル、余計な文を削る技能が欲しい今日この頃。
 中二満載、インフレバトルを解くと御覧アレ。

 でも、バトルは今回だけではまだ終わらんのだよなあ。

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 今更ながらに考えてみよう。
 案件はあれだ。

 IS学園とは、俺やお兄さんを除き、空恐ろしい倍率をくぐり抜けたエリートで構成され…………。
 あれ?
 エリート? なんか、変な個性持った人しか……あぁ、そうか。親父見れば分かるか、才は得てして人を普遍から逸脱……じゃなくて、踏み外させるモンであるからに、全国からかき集められたイロモノキワモノを蟲毒壺に突っ込んで魔女鍋で煮詰めたような一般(!?)生徒達、その彼女等が夢の先。

 そう、一般的なIS学園卒業生の割と平均的な進路についてである。



 IS学園。

 その設立の目的は、ISの運用ノウハウやそれに関する法律、規則の理解と習熟。学年が進めばその管理、整備に至るまで、僅か3年の間に仰山詰め込む訳で、あるのだが。

 この3年の間に、学生が何よりやらなければならないのが、IS関連機関とのコネを作る事なのである。
 代表候補生などは既にそれぞれの国や研究機関の後押しや、その見返りに運用データを返したりしている。

 考えてみよう。
 ISの総数を。
 確かに世界は激変させたであろう。その存在は超絶的であろうとも、ねぇ……。

 少なすぎるのである。
 運用、整備、研究、開発エトセトラ、ケ・セラ・セラ。
 携わる物は数多あれども、それが形になるのが少なすぎる。

 何せ、僅か467個しか中枢たるコアがないのである。

 それならば———些細な売れ上げで企業が左右されるのも頷ける。最大数が決まっているのだから、一機一機での売り上げや諸費用などで、その些細な数が致命的なのである。
 まあ、あれだ。頑張れデュノア。でもお願いしますから、頑張り過ぎるなデュノア。う〜ん……バランスが難しい物である。

 脱線したが。

 そんな訳で、経費もとんでもない分野だ。国家の支援もなしに新規に参入する事は困難極まりないわけだ。
 だから、限られた業界内の数少ない企業に欲してもらうべく、学生時代中にアピールするのは必要不可欠なのだ。IS学園に来て、関連企業に就職できない事は、初めから確固とした進路志望がある場合や、就学中に気変わりがあったのでもない限り遠慮したいのが一般的であろう。



 さて。企業が限定され、競争相手が見知った相手だけ、となると必然、市場に出回るものにはそれぞれ、企業の特色と言うものが強くなってくる。

 例えば、日本製のISを例にとってみるとしよう。
 すると、どうしても逃れられない呪縛が見えてくると思う。
 誰もが身に覚えがあるであろう、成功例と言う呪縛である。
 世界一を手にした、と言う過去の偉業からは逃れられないものであり、かつて世界を制した、千冬お姉さんのスタイルに沿う暮桜、その枠組みから未だ日本製ISは逃れられないでいるのだ。

 それは防御重視、鈍重、と一見暮桜とは異なるセールスポイントを持つ打鉄でさえそうなのである。
 簪さんの打鉄弐式など、ラファールを意識した多様性役割切り替え(マルチロール・チェンジ)と操縦の簡易性を両立させようとしているのが丸分かりなのだが、特殊兵装に反して、機体がねぇ。なんつうか、接近戦仕様なんだよね。ミサイル搭載してんのに。

 白式なんてその極地であることは言うまでもないし。

 まぁ、このように日本製ISはどうも近接最強信仰があるようである。
 10年前にミサイルをバッサバッサと切り落として行くのを最も身近に感じ取れた日本人ならそれも仕方がないかもしれないけどね。

 でだ。

 ISとは本来、搭乗者とマンツーマンで常時一体となり、搭乗に対して最適化を続けて行く存在である。
 それは即ち、一機一機がたとえ同一機種であろうとも、別個の存在として成長して行く、と言う事である。

 されども、IS本来のそのあり方を歪めざるを得ない場合がある。
 そう、訓練機だ。
 不特定多数の搭乗者があるISは、妙な癖など持ってはいけない。ISからしてみれば、常に同一パフォーマンスを示す事を強要されるのだ。これはISにとって、結構なストレスである。

 殊更、ここはIS関連では最大の教育施設だ。
 はっきり言って学生の数に対しては圧倒的に不足しているが、それでも世界最大と言っていいIS保有数を誇っている。

 するとだ。
 所謂不自然な筈である登場者不在のISがかなりの数集まっているために面白いことが起き始めるのである。
 それは———デフォルトのままで仕様変更が加えられていない量産訓練機、その同型同士が群体のような性質を帯び始めるのだ。
 分かりやすく言うと。



 派閥が発生するのだ。



 本来ISはマスター最優先主義。言ってしまえば、コアネットワークで繋がっていても完全に各個は各個、究極の個人主義の筈なのだが。

 どうも、その主軸の無い訓練機は、主不在なせいでストレスがこんがらがり、IS同士、互いが互いをマスター代理として利用しているようなのだ。
 とどのつまり。

「メインウェポンは手堅く近接ブレード! スラスター出力メインメモリ容量ともに並! 量子化システムは昨年生産中止となった激レア倉持技研純製を使用! そして今時珍しい、ずっしり構えた安定感抜群の佇まいはなんと無動力で自立可能! 反射光を極力抑えた耐貫通性スライド・レイヤー装甲が暗灰色にしっとり色づく、開発コンセプトは機動性ガン無視のズバリ固ッ! 捲土重来、倉持技研製量産型IS、強化外装・六一式———打鉄(アイゼン)でござる!!」
「今時ござる口調!? というか何故にドイツ語!?」

 こんなことが起きたりする。

 との言葉を1人でしゃべっているようにしか聞こえない程、無駄に、完全無欠に同調させて威張れる訳でもないコンセプトを堂々と発言しているのは我が学び舎、IS学園の訓練用量産型ISの打鉄達だった。

「もうやだこいつら……」
 俺は、学年別トーナメントで搭乗する訓練用ISを吟味すべくハンガーに来たのだが。
 これである。
 近頃のアイドルでもさっぱり見当たりにくくなった見事な同期っぷりである。

 しかしおかしなものである。
 さっき色々説明したが、この訓練機は全学年共通なのだ。
 つまり、2年以降の整備の授業で、それを受けている。
 個性は、生まれてくる筈なのだが……。

「まぁ、大方、同じIS学園の訓練機、ラファールとなんか張り合っているうちに統一されきったんだろうけどなあ」
 海兵隊的な一体感的ななんかで。
 量産機同士も世知辛い世の中である。

「しかし———これだと———」
 どーも、俺と合いそうな訓練機がいない。
 お兄さんの、ISを遠隔で干渉する力が俺に伝わる経由でどう捩曲がったか、どの機体だろうがコアネットワークに入り込めるようになった———生身で電脳と生脳ごっつんこ機能と推測しているこの現象だが……。

「そして拙者達の……最大の武器は、気合……と根性ぉおおおおおおおッ!」
「だからもうやめい!? はぁ……ラファールにしようか———」

 言い切れなかった。
 同じ顔した打鉄達がわらわらと、まるでゾンビのように集まってくる。
「そうはさせじと」
「たかようじ」
「お前ら意味分かって使ってるか本当に!?」
 わらわら同じ顔で迫ってこないで!? どこぞの一万人いる妹さんというより、なんかおそまつ君的な怖さがあるんだけど!?



「なお、ラファールはデュノア本社(実家)にいる同型の子からなんか妙な情報共有受けたみたいでちょっと変でござる?」
「心当たりありすぎる何かが汚染してんのッ? 世界第三位のシェアを誇る機種がアアアアアッ!」

 なんて言いつつ頭を抱える。
 訓練機って整備科のための『自由に組み替えていいよー?』機体を除けば、初心者にも扱いやすいで定評のあるこの2種しか配備されていないのだ。

 詰んだ。
 こりゃもう詰んだ。

 こんな場合、なまじっかどんな奴か五感で分かってしまうだけに息がモロ合わないのである。
 どうしたもんか。
 途方に暮れてしまったのである。









 そして、俺はその希望を翌日見出す事になる。
 ゴォオウゴォオウ、となんか強すぎる風が響いてくる。
 何だろう、と耳を澄ませば現実の風ではない。

 ISコアの世界、そこで吹いている風だ。
 はて。
 今この時間帯に専用機は居なかったはずだが。
 量産型の訓練機達はなんと言うか、世界観が似たり寄ったりなのだ。
 もしかしたら、共通した世界を心象で抱いているせいで、どれか一機が他の機体を『LaLaLaLaLaLaLaLaLaLaLaLaLaLaLaLaーあああいッ!』とか量子召喚できるかもしれないとか、益体も無い事を思いつつ。


「おおっ!?」
 そこに、彼女はいた。

 ごうごうと風が唸る何故か校舎。
 西部劇みたいにな牧草がコロコロと転がっている校庭。

 そこに、学ランを写楽君開眼版のように肩に引っ掛け(何故風でぶっ飛ばないのか突っ込むのは無粋だろうか)ばさばさとマントのようにたなびかせている。
 微かに見れる肌には包帯が巻かれており、なるほど、これが下着代わりのさらしなんだねーと、感心しつつ。
 彼女から受ける印象が、一言、胸にすとんと落ちた。



 番長。



 そうか、これが番長なのか。
 女だからスケ番じゃないの? とか
 そうではないか、口に咥えられ、揺れているのが見えるのが魚の背骨だとか、ずばりそれじゃないか。
 なんという安心感。
 すっごい風が吹き荒れて、ちょっとこっちは揺らいでいるのに、彼女は微動だにしていない。
 いろんな意味で素晴らしい安定感。

「あ、貴女は……」
 ごくり、息を呑みつつ、彼女に問いかけた。

 俺の問いに対する返答は。

 『打鉄』

 たなびく学ランの背にシンプルに文字表示されていた。
 まさかのラッキーマン方式だった。
 成る程、打鉄の定評通り、素晴らしい安定感である……と、ん? なんかちゃう?

 兎も角、このときの驚きは、なんだろうか。
 量産型であり、主もいない……にもかかわらず、これだけの個性を有する彼女に対してか。
 他の機体に飲まれていない彼女への畏怖か。
 学ランの裏地で毛繕いをしている、金糸で成された猫の刺繍が可愛いなあ、とか。

 というか、本当に打鉄? という疑問とか。
 それよりも、胸に抱く気持ちは簡潔に。

 カッケェ……。
 憧憬であった。
 男子たるもの、相手が女性であろうとも、その佇まいには憧れるのではなかろうか。
 箒さんのような、凛、と一本の筋を通した感じとはまた違う、凛々しさ。

「今度の学年別トーナメント、力を、貸していただけはしないでしょうか……」
 俺の懇願に、彼女は何も答えない。
 ただ、背中には『是』と記してあった。
 おぉ……。
 なんていうか、量産型なのに頼りになるではないかッ!

 いや、恥じよう。
 機体を機種で判断してしまっていた。
 なまじっか専用機を目の当たりにし過ぎたのかもしれない。
 量産機でも、ISはIS。
 重要なのは、機体性能のみに有らず、搭乗者の技量、そしてコアとの連携。
 三位一体こそ有ってのものだったのだと。
 量産型とて、伊達ではない。
「お願いしますっ」
 思い切り頭を下げる。これは何としても、彼女と組めるように借り入れ申請書に嘆願しなければ。

 彼女は語らない。
 背中の文字も沈黙していたが、任せろ、と語っているのは明らかであった。
「あ、そうだ、最後にですけど」

 まあ、色々質問してみたい事はあったのだが。
 一つだけ。
「猫は、スコティッシュフォールドとアメリカンショートヘアだとしたら、どっちが好みだったりします?」
 ロシアンブルーもいいよね。
 いやいや、和猫も至高なり。
 学ランの内側に刺繍された猫を見て確信していたからだ。
 彼女も猫好きだと。

 沈黙格好いいけどさ、やっぱり親交も深めたいじゃないか。
 白式みたいに五月蠅過ぎるのもどうかと思うけど。

「……」
 ん?
 言葉が出そうな雰囲気が一瞬だけ漏れた。
 背中で語っていた(文字通り)時も、そんなに意識が漏れ出してくることは無かったというのに。

「あのー?」
 顔を覗き込もうとすると、彼女は背を向けたまま高速移動。仁王立ちのまま移動するという不自然爆発な動きで俺の視線を回避する。
 だが、よく見ると。
「あ、ちょっと顔が赤い」
 頬に紅が差している。
 そして、それが聞こえたのか。
 背中に『ッ』と、小さい『ツ』が表示され。

 彼女の耳が一気に赤く染まる。
 ……ねえ、まさか、猫の刺繍見られたとは思ってなかったんだろうか。
 この、風の中で。
 そりゃー、ありえんでしょうに。

 って、え?

 彼女の全身から炎が噴き出した。

 えぇ!?
 そこに、BBソフトがメッセージを出してきた。

『顔から火を噴く(慣用句)』
『番長(漢)は、炎を背負う』

 え? なにそれ。説明になってないん、だけ、ど……。
 まさか、彼女……。



 ゴォオウッ!!

 強風にあおられ、番長の炎は世界に凄まじい勢いで広がっていく。
 校舎には一切焦げ目すらつかない。
 番長は、守るものを自ら傷つける事は絶対にしないのである。

「熱っちいィィィイイイイイイッ———ッ!」
 当然、俺は除く。
 その勢いはまさに爆風。
 俺は、番長の世界から一気にブッ飛ばされた。

 やっぱり———



 ただの可愛い物好きかつ照れ屋さんだ番長ォォォおおおッ!?



「ぎゃアアああああああああああああああああああああっ!!」
 これが、俺と打鉄番長との出会いであり、2話ぐらいで(メタ)簪さんの前でこぼした量産型やら番長やらとの愚痴の顛末である。
 ともあれ。
 書類工作は成功し、そんな格好いい番長に命を預け、トーナメントに出ることが出来たから良し! と言えよう。



 四肢の一部を開帳、番長を宿す打鉄と自らを接続していく。
 自らのみで動くのとは、やはりラグがある。意のままとは程遠い。
 パートナーはよりのよってあのクードラ……じゃなくて、ラウラ。
 何より、俺自身の戦闘技術が拙いのだ。懸念事項はたんとある。

 しかし、それでも頼れるIS(相棒)を、俺は2機も持っている。
 ズルだって? ああ、そうかもしれない。

 トーナメントは戦いだが、殺し合いではない、詰まるところが成績とプライドをかけたゲームだ。
 自らの持つ技能を駆使し、力を尽くす事もまた、芸舞(ゲーム)というのだろう?

 何はどうあれ、これは全力だ。



 負けるつもりなど、毛頭、無い。









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 原作2巻編 5話

『覚醒イベントはできれば味方限定であって欲しい』

















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 この時をどれだけ待った事か。
 今回の一件はまさに、僥倖であった。



 夢があった。
 今回のそれは、最終的な夢の到達点に比すればささやかなものに過ぎない。

 だが、この舞台は夢の架け橋への第一歩を進めることに相違は無く、ささやかではあるが世界の有数者達に注目されるものであることに違いはない———大舞台だ。

 その身を踊らせる。
 辿り着くまでの環境は過酷だ。
 それに適応できる因子を抽出し、その身を再構成する。
 生み出されるのは、流体力学を考慮した、限りなく抵抗を抑えた流線型。

 それでなお不安は尽きることはない。
 そんな彼女に、激励が飛ぶ。
「準備おっけーっすよ、軌道計算もリアルタイムで継続中だから好きなタイミングで行って良しっす」
 長年、伴にやってきた相棒の言である。
 相互理解の深さを確認し、安心感が募った。何とも助かったものだ。
 今回、彼がいなければ成し遂げられなかっただろう。頼もしい相棒にサムズアップ、感謝が溢れ出しそうになるのを呑み込み、躊躇なく引力圏に身を投げ出した。

 天空より。
 その全身を灼熱に包み、夢へ向けた第一歩を、全身を纏うそれすら凌駕する熱量を胸に抱き、一筋の流星となるのであった。






 それを、最初に察したのは、一人の女性であった。
 そこは、教師だけが入室を許される観察用の個室である。
 学年別トーナメントでは、単純に勝敗だけが成績を左右する訳ではない。

 効果的な運用、作戦の立案など、評価するべき項目は数多ある。
 ここの設備は、各アリーナ毎一室ずつ設けられ、アリーナの如何なる場所であろうとも、その詳細に至る情報まで委細逃さずとらえる各種センサーの集合体と言える。

 そして、そこには二人の教師と、本来居る筈の無い生徒が数名、在籍していた。

 教師は織斑千冬と山田真耶。
 生徒は現在負傷中でトーナメントを棄権しているセシリアと鈴、それに今しがた試合を終えた簪と箒であった。
 本来入れない筈の学生が何故在室しているのかと言うと、前者二人は棄権しているがゆえの見学としての配慮だった。
 他には、本日試合をするのは発想が玄人とは違うばかりの素人が殆どだから、というものがある。
 で、あるが故に何をするか分からない。その手合いへの観察眼を養わせるのが、密かに補習としての役割りがある。

 対して後者であるが、こちらは少々複雑だ。
 簪は一学年で現在、試合に出ているのと棄権要員を除けばたった一人の代表候補生だ。
 一人だけハブるのは不公平である、との事であった。
 そして、箒は更にややこしい。
 彼女は篠ノ之束の妹であり、要警護対象である上に、前回の非常事態に勝手に抜け出して単独行動をした『前科』がある。
 例え自己責任であろうとも、日本政府からしては天の采配たる災害(ゴッド・ケアレスミス)の逆鱗を逆撫でるマネは万が一にもしたくないようで、千冬に保護の名目で監視の命が直々に下ってきた、と言う顛末であった。

 なお、先の簪と箒の試合の際には丁度今アリーナにいる4名も観戦しており、一夏とラウラの間で発せられるギスギスとした空気にシャルが呼吸困難気味に陥っていた。
 誰だって、そんな空気吸いたくないにきまっている。

 ところで双禍とは言えば、千冬にゲボックとの関係を第六感で感知されやしないかと戦々恐々としていたのだった。
 あまりに非科学的だが、それを実施できるほどに千冬は対ゲボック対処要領が骨の髄まで染み渡ってしまっている。なんか、もう、色々な意味で手遅れである。



 さて、そんな面子が四人が対峙するアリーナを見据えている。その時。
「ん?」
 千冬が空を見上げた。
「どうしたんですか? 織斑先生」
「……またか、今年は色々と面倒だな。全員備えろ、衝撃が来るぞ」

 千冬の言葉に全員の脳裏に疑問符が浮かぶ。
 しかしそれは、すぐさま正しいことが証明された。



 衝撃とスパークによる閃光が頭上から響き渡ったのだ。

 それはこの場にいる誰もが一度、体感したことのあるものだった。
 それは他でもない、一月前に謎のISが二機も襲来してきた時に等しく起きた現象であり、否応にもその時の記憶が回想されるには充分過ぎるモノだったのだ。

「嘘……また!?」
 閃光から目を防護しながら鈴が毒付いた。前回、彼女の試合中にそれは現れたのだから、人一倍反応するのも頷けた。

 果たして———



 それは、成層圏の高みからくる際、摩擦によって生じる熱エネルギーを契機に、萌芽を始める種子であった。
 そしてそのままその高エネルギーを吸収して急激に成長する。

 にょきっ、と生えたのは双葉であった。
 最初に気付いたのは簪である。

「……ヤシの実?」

 なんか、何と無く読めた。

「はぁ……植物ベースの生物兵器、か?」
「千冬さん理解早いわね……」
「スペシャリストだからな」
「そうなんですの?」

「……篠ノ之」
「はいッ!?」
「お前もアレらの身内となることだし、必要なことを後できっちり仕込んでやろう」
「……え?」

 珍しく、指導(物理)のない事に、一瞬ほっとしかけた、箒は、とある一つの単語に気付く。
 ゾワッ、と背筋に悪寒が走った。
 何故ならば———

「ま、ままま、ま、待って下さい千冬さん、それは———と、言うか『身内』ってどう言うことですかああああああああッ!?」

 誰のことかって? そりゃあ、言うまでもないでしょう。『G』の事である。あ、ゴジラじゃないんでそこんところよろしくホイ。

「凰、お前もだが、ここでは織斑先生だ、ちゃんと呼べ。次はないぞ」
「はいっ! 織斑先生!」
 華麗に千冬はスルー。鈴は、戦々恐々で応答するしか無い。
「あと、喜べ篠ノ之、私があの二人の仲を取り持つからな」
「ぶっ!?」
 それは、死の宣告にも等しいものであった。
 箒は恐るべき事実に打ち砕かれそうになる心を必死に繋ぎ止め、あってはならない事を起こさぬよう、千冬に懇願する。
「やめて下さいっ、ちふ……織斑先生! お願いします、それは! それだけは! そんなっ、人である事を投げ捨てるような、それだけはあああああああッ!!」

「あんな……箒さん……初めて……見た……」
 珍しく、形振り構っていない箒だった。
 イメージして見るがいい。
 あれが……義兄である。
 ああ、無いわぁ。

「大体、ゲボックさんが織斑先生一筋なのは知ってるんですよ! 何でもいうこと聞いてくれますけどそこんところだけは頑固なゲボックさんをどうするつもりなんですか!!」
「篠ノ之、人である事を云々言っときながらそう来るか貴様」
「あぁ……」
「そうなんですのね」
 結構初耳だったりする人も多い。
 なお、鈴は口にしていないがやっぱりねぇ、と繋げられる。そう、気付かなかったのは千冬のみである。

 さて、ここが正念場の箒だが、千冬にさえこの案件だけは物怖じできないのだろう。イケタをこめかみに浮かばせる千冬に縋り付くという、ある意味勇者な箒に対し、珍しく千冬は攻撃もせず、顎に手を当て、思案する。

 そして。
「だがな、篠ノ之、考えてみろ」
 一拍、間を置き。

「もし、私とあの馬鹿が那由多が一、結ばれたとしよう。するとだ」

 千冬は箒に絶望的な未来を突きつける。

「一夏と、将来出来るであろうその連れ合いは、必然、アイツの義弟、義妹になるな」
「なっ……っ!?」

 箒もまた、気付いてしまった。
 恐るべき事実に。

 言うまでもなく、篠ノ之箒は織斑一夏に恋している。当然、その夢は彼の生涯を寄り添う連れ合いだ。
 その未来は彼女の中で不動のものとなっており、その位置を誰にも譲る気はない。

 だが、ゲボックは。

 箒の知る限り、浮かれた話が浮かびそうな女性は二人しかいないのだ。

 そう、実姉と義姉(予定)だけだ。
 ああ……そうなのだ。
 どう未来が転ぼうとも。
 『箒の思い浮かべる未来』に、かの『歩く核爆弾』を、義兄と呼ばぬ先は無い。

「あぁ……っ!」
 気付きたくなかった真理に慄く箒の両肩に、優しく、手が添えられた。

 セシリアと、鈴だった。
 二人はそれぞれ、聖母と仏のような笑みをそっ、と浮かべ。
「箒さん、わたくし達は、貴女のお姉様」
「篠ノ之束を応援しているわ。会った事もないけど」
 そう、二人は回避できる未来がある。

「ああああああああああっ! お前らあああああああああああああッ!!!」
「煩い」
「ぺぷぅッ!?」
 ポケットに差していたボールペン手裏剣が眉間に炸裂、箒は失意の下沈黙したのだった。
 束にとって酷く理不尽な話だが、これでまた一つ、箒は束に対する怨念を加えることとなる。



 さて、一人の少女の未来を闇の帳で覆ったところではた、と簪が気付くのだった。

「あ……なにか、飛ばしてる……」
 ヤシの実から生えた双葉は、本葉を生やす前に種をばらまいていた。
 植物として、何か間違っているが、もっと間違っているのはその成長速度で、バラまかれた種はすぐさま発芽、双葉を育ませて行く。

 そしてようやく、巨大なヤシから、本葉が伸び出てくる。

 その本葉と茎は。
 深緑に色付く、艶かしいほどにメリハリの利いた肢体に形成されており、樹皮に似た装甲に所々を覆われ、本葉と蔦が髪となってその肢体上で流れている。

 そして、その胸元より取り出したホイッスルを一定のリズムで吹き続ける。
 まるでアラームのように。
 どれだけ吹き続けていただろうか。

 『彼女』はホイッスルを口から放すと。

「この時点より、当アリーナはISバトルのバトルフィールドとなる。競技者及び、その関係者以外は立ち入り禁止だ。危険なので直ちに退去するように。繰り返す。禁止区域だ。危険なので直ちに退去せよ。せぬ場合は制裁も辞さぬのでな。わかったか」

 と、いきなり喋りおった。



「……えー、と……」
 簪は見覚えあるその姿に思わず千冬に意見を求めてしまった。
 そう、艶かしい肢体を僅かな装甲で覆うだけにとどめて晒し、いつもと違い木製のホイッスルを首から下げ、その豊かな胸の谷間に挟み込ませているのは。

 もはやここに居る者で、知らぬ者は居ない。
 Dr.ゲボック製生物兵器、『翠の一番』であった。



「いきなりなに乱入———ってお前かあああああああああッ!?」
 双禍がツッコミのためのハリセンを喚び出し、『翠の一番』があっさり防ぐ。
 なお、この手の会話すら、千冬達には届くようになっている。
「うむ? 連絡が無かったか? 前回、重要な試合中に乱入者が来おった程度で審判が逃げたとか聞いてな? 試合運行が滞ってはアレなので、剛毅な審判を求人していたので立候補したわけだ」
「連絡なんぞきとらんわッ!? 一応機密事項だからなそれッ!? あとその審判は箒さんが制裁食らわしてるから」



「そう言えば、審判が失神していたな。あれは篠ノ之だったか」
「じ、事故です!」
 詳しくは、摩擦係数をゼロにされた箒がボブスレーした辺りを思い返して欲しい。



「……おかしいな、轡木なる人物からの正式な要請だったんだが」
「それは理事の方なのか用務員さんの方なのかめっちゃ気になるんだけど!? 大体、審判するのに何でわざわざ成層圏から降ってくるんだよ、こっちにも個体があるんだから必要ねぇだろ!? 植物なんだから生えて来いよッ!」
「見識が狭いな。鳳仙花を初めとして種子を飛ばす植物などいくらでもいるぞ」
「規模がダイナミックすぎるわッ」
「何をいう、ISの試合だぞ? そのぐらいの演出無くしてなんとする。あと、確か『灰の二十九番』が『 審判(ジャッジマン)は衛星から射出される』と聞いてな。この晴れ舞台に御助力願った、と言う事だ」
「アイツ、ドラマの次はアニメかい……」
 某機械生命体のスラッシュしてゼロからである。
 宇宙暮らしは、相当に暇なようだった。

「つぅか、なんで俺らの試合からなんだ? アリーナとか六つあるし、そもそもこれ、第二試合だろう」
「何かあるとしたら一夏かお前の試合だろう、と言われてたし、すると条件ヒットがダブルでこれだ。配慮すべきはこの試合だぞ。起きるんなら倍率ドンのバーガーだろう」
「その比喩はなんなんだよ」
「別に注視事項では無い。故に万全を期すため、全力で赴けるよう配慮された結果だ」
「なんだろう……滅茶苦茶なのに滲み出る説得力は……」
「いいから場所につけ、時間もおしてるんだ、減点するぞ、愚弟」
「了解了解。そう言えば点呼も無しに始まるのは、授業の一環としては変だなー、とは思ったのだけど」



 それもそうだな、と、千冬がモニターを見ながら同意していた時だった。
 しかし、今、聞き逃してはいけない単語があったような……。
 なんて瞬間、思考を断ち切るように『翠の一番』が。

「さぁさ! 皆様おまたせいたしました! 本日第二試合、第一アリーナよりお送りいたしますこの一戦、言う間でもありません!! 本日一番の注目カードですッ!!」
 なんて吠えた。
 アリーナのあちこちから生えている植物がスピーカー代りに声を隅々まで届けているのだった。

「お前そのキャラどっから持ってきた!?」
 双禍が愕然とする間も、目は植物故に一切光が灯らぬのは変わらず、ハイテンションのままトークは終わらない。
 絵面が不気味なこと、この上ないが当人としてはまさしく柳に風であった。トークは変わらずこのまま続く。



「サァてぇ、まずはこちらのチームからだああああッ!! この男を知らなかったら地球人としてモグリに過ぎるッ! ISを稼働できる唯一のイケメン! 推奨BGMは『モテ期が生涯終わらない(ロックマ●2の某空気男が倒せない的な改変曲)』の全男と乙女の宿敵! だけど一番の興味は、幼馴染と一月暮らしていたくせに『相棒と一緒に着替える事』とはどォいう事だ!? 織斑あああああああ、一夏ァッ!(超巻き舌)」

「審判っていうより実況だーっ!?」

「暗黒武術会も最初は兼ねていたから無問題だぞそこ黙れ! はい、中継行きますよ、『翠の一番』さーん!」

 アリーナ上空に空間投影ディスプレイが表示される。
 そこに映ったのは、何と千冬と、小さい『翠の一番』だった。
 植木鉢からにょきっ、と生えて可愛らしい。

「はーい、こちら監察室から中継の『翠の一番』でーす! こちらでは解説の、織斑、山田両先生が控えておりまーす!」
「………………」
「あ……」
 千冬が沈黙して植木鉢入りの『翠の一番』を睨みつけている。そんななか、簪は気付いた。あ、これ私の部屋にいる個体ではないか、と。

 監察室にいる残りの三人はこう思っていた。
 これ以上、千冬さんを刺激しないでえええええええっ! である。
 されど生物兵器、されどゲボックの因子を受け継ぎし子供達である。

 千冬の胃壁を穿孔せんばかりに神経を逆撫でする才能は並ではない。
 一切千冬の殺気満載の眼光なぞどこ吹く風で、イベントは進んで行く。

「それでは、アリーナで審判兼実況の『翠の一番』さーん、中継戻しまーす」
「なぁ、双禍……これって凄い自演臭しないか……?」
「うん……言わないであげてくれると……嬉しい、かな……?」
「悪ぃ……」
「試合前に敵味方で仲間意識持たないで!?」



 思わず叫んだシャルロットに、今度は矛先が向かった。
「かのブリュンヒルデが解説は何とも豪華! 自他ともに厳しい彼女が身内贔屓のコメントなど無いでしょうから、これは期待できますね! さあて、それでは二人目の紹介だぁ!! ご紹介しましょう! 彼こそは! 我らが造物主、Dr.ゲボックが技術提供中のデュノアコンツェルンが御曹司、中世的なマスクは確実に織斑一夏派から人員を吸収中! 女の園の只中で、一番気をつけなきゃならんのが、パートナーとはどういうことだ!? 尻引き締めて油断する事無きように! 今のコメントで薄い本が増刷されそうな王子様! っていうか心なしかこっちも頬を赤らめてないか? まさかこっちも!? こっちもなのか!? 時折顔が乙女になってるうううううううっ、シャルルううううううう、デュノアああああああああああっ!!」
 正体とかモラルとか、各関係機関見にきてるんだぞ、とか———色んな意味で色々危ないコメントだった。

 ところで、このような流れを下らない、と吐き捨てる筈のラウラは、と言うと。

「………………………………すーっ……」
「おーいラウ……寝てる!?」
 余程趣旨とは合わないのが気に食わないのか、ISを装着したまま、船を漕いでいたのだ。
 文句一つ言わない訳である。
「余程大物なのか、ってーか……IS部隊っていう軍人なんだよ……なぁ……寝て、いいのか?」
 なんていうか、見た目通りの幼い子供そのまんまがウトウトしているようにしか見えない。
 そんな彼女に続いて焦点が当たる。



「さあて、そんな二人に対するはっ! ドイツの冷や水と言われているとは思えぬ程に、愛らしい寝顔を晒しているううううううっ! お前本当に高校生か!? 小学生と間違えかねないミニマムっぷりは何とも愛らしい、大きなお友達を次から次へと入れ食いで豚箱に放り込みかねないロリコンホイホイ、ラウラああああああああ! ボおおおおおおーデヴィッヒぃいいいいッ!
 と言うかそんなにわたしのコメントが退屈かあ、今畜生!」

 そして———

 あぁ、次僕かあー、となんかキャラ崩壊起こした家族を眺めている双禍に、『翠の一番』は期待を裏切らずに、口上をはじめるのだった、そう———

「そしてトリを飾るのは! 先月弟が出来て末っ子でなくなった我らが兄弟! こいつもラウラと負けず劣らず小さい! そう小さい、あぁ、ちゃんと飯食ってるのか? いやいや食いすぎる程食ってますけどだ・が・小・さ・い!!」
「うるせえ! やかましい! さっきから紹介コメントが酷すぎんだよ、黙りやがれ、小さい連呼すんじゃねえこんにゃろ『除草』すっぞコラァ!?」
「『女装』? してるだろう」
「うああああああ!? シャラップ、はいストップストップ何ほざいてんのお前!?」

「さあ、小さい怒号は無視して続けましょう!」
「ぎゃあああ! また小さいとか言いやがったああああああっ!」
「経験は浅くまだ青く未熟、そうまだまだ拙いがこう見えても最新鋭の特別製(スーパービルド)! 現在の最先端を行く、その名もォォォォォオオオオ、双禍ァアッ! ——————ギャクサッッッッッッッッッッツウウウウウウウウウウウッ」
「あ、ちょ、おま、馬ッ———」



 そう、それは公表だった。
 そして、千冬が先ほど引っかかった言葉とは、彼女自身気付いていないが。

 『愚弟』

 であり、千冬に双禍の実態がバレるのも構わずに。

 堂々と。
 ゲボックとの系譜を晒したわけで。

 その時だった。



———ゴォンッ!!



 アリーナ中にスピーカー代わりの植物端末を設置していたのが仇になる。
 その爆音がアリーナにいる選手とその観客全ての鼓膜を強打したのだ。

 途端だった。
「とんでもございません教官殿ッ!!」
「うぉ!? ラウラどうしたいきなり!?」
 それまで、かなりの音量で紹介していた『翠の一番』の声にもさっぱり睡眠に支障が無かったラウラが『ビッシィィィイイイッ!!』と擬音が聞こえるほどに、直立不動のスタンドアップで完全覚醒した上に不動の姿勢へと転じたのである。ん? なにかおかしいだろうか日本語。まぁ、気にせず続けるとする。
 まるでたわんだバネが跳ね戻るかのような反射であった、と後日一夏と双禍は語る。
「お前ら……誰も気付かんのかっ、この気配……!」
「お前も分かるのか……あぁ、そうだ」
 そして、それに同意したのは、ラウラと全く反りが合わない筈の一夏だけだった。
 二人の顔は、試合も始まっていないにも関わらず、冷や汗でびっしょりだった。

 この二人の唯一の共通点と言えば、一つしかあるまい。

 そしてさらに一拍置いて。
「織斑先生!? 織斑先生!? だ、大丈夫ですかッ!? 今、私の目が正しければ残像出る程の速度でコンソールに頭突きしたようにしか見えなかったんですけど!? ちょっと、人体が出しちゃいけない音がごしゃあ、ごしゃあって!!———織斑先生! 織斑、先、生……?」
 アリーナに響く山田真耶の甲高い悲鳴が。

「やぁ、まぁ、だぁ、くぅん———?」
「織……お、ひ、あああああ————————————ッ!!」
 真性の悲鳴に変わったのは。

「間違いない、この気配は、教官殿が———」
「あぁ、噴火する寸前の活火山のような威圧感……千冬姉がマジ切れしたものに違いねぇ」
「ねぇ、シャル……ルさんや、なんであの二人は厨二的な会話が通じてるんだろうねぇ。実は仲良いんでないかい?」
「そうだね、なんで試合前にこんな和気藹々とした雰囲気になるんだろう」
「わたしのお陰だな」
「ちょっとナメック星人肌は黙ってろ」
「わたしらの怨敵、陸上貝類と並べるとはいい度胸だな愚弟……」
「……愚、弟……?」
 なんかもう、収集がつかなくなっている。



「くっくっく、はっはっはっは」
 それは女性からぬ笑い声だった。

「山田君……一つ、聞きたいんだが……どうして私は、あの生徒を掌握してなかったんだろうなぁ……。あぁ、申し訳ない。これは私の怠惰に他ならない。生徒の事を把握していないなんて、反省ものだ。私もまだまだ教師として、高々数年の若造だという事を忘れていた。穴でも掘って埋まりたい気分だ……今度、滝にでも打たれて気を引き締めるとしよう。
 しかし、おかしいかな? 私は実技に限って言えば一学年全てを請け負っているんだ。その手の不甲斐なさはもっと早く露呈する筈なんだよ、二ヶ月———そう、もう二ヶ月だ……。三ヶ月目突入しているんだぞ? 私はな? 全員等しい頻度で指導できるよう、全クラスでローテーションを組んでいた筈なんだ……だが……何故だろうなぁ? あの苗字はな? 酷く、そう、酷く極めて珍しいんだ。 特に私にとっては、一目でも見たら……ふぅ———はぁ……それはもう脳裏に焼き付いて見逃すはずもないものなんだ———なぁ、山田君」
「ヒィッ!」
「どうした? そんな怯えた声を出して……あぁ、そうだ。なんで、私の持っている全学年全クラスを網羅した出席簿に、彼女の名前は無いんだろうなぁ?」

 千冬の、笑い声さえ含まれているのに淡々とした声———しかし、それは世界そのものが震える地震のような激震を孕んでいた。

 ラウラは何を思い出しているのかガタガタ震えだし、一夏はそんなに紙が詰まってるならあの破壊力が出るわなぁ、と変な事に感心していたりする。

「それに……さっきも、名前を呼ばずに試合始めようとしたのに、誰も何も言わなかったよな……私に『その苗字』を聞かせないためかぁ……? そうか……この学園も……もう……」
「あの、織斑、先生……?」
「山、田先、生、明日の、職員、会議、楽しみ、で、すね」
「色々振り切れて言語機能がブツ切りになってますううううううう!?」



 さて、生物兵器同士ではコソコソと相談が続いており。
「あっちは凄い事になってるなぁ……簪さん、生きてるかなぁ……ねぇ! 『翠の一番』、せめて簪さんだけは助けてくれないかな!」
「お前は私に枯れろと言うのか。と言うか、お前の来歴は千冬に秘密だったのか?」
「いや、一応自分からは言わないようにしてたけど、僕も初めて知ったんだよ今。でもさぁ、調べて来てよそれぐらい」
「しかし、Dr.だしな」
「何その説得力」
「しかもまさかの学園全体での仕込みだったとは……あとで果物詰めて詫びにいかねば」
「お前便利だな、自分で作れるから。と言うかそんな大々的な事しなきゃ僕は入学出来なかったのかい……」
「まぁいい。今度こそ始めるから戻れ」
「良いのか!? この雰囲気で始めていいのかッ!?」






 その頃。
「あ、あの……」
「織斑、先生……?」
 箒とセシリアだった。簪ではない。

「教師山田は失神中」
「……何というか……ずるい……」
 こっちが簪だった。

 そして、千冬は。
「名前でいい。この案件について何らかの決着がつくまでは私は教師であることを辞するつもりだ」
「「「「は、はい千冬さんッ!!」」」」
「試合の解説はいいか?」
「いいだろう。あくまで一、個人としてだが」

 唐突に。IS学園最大の危機がすっげぇ下らない事で巻き起こったのだった。
 まぁ、双禍についての情報隠蔽なので、法的にはヤバイのだが。
 ここ、IS学園は治外法権だし。
 しかし、そうなると千冬の行動にも歯止める何もかも無くなる訳で、どっちがより脅威なのかいまいちよく分からないが。

 どっちだろうとロクなものじゃ無い事だけは確かな訳だ。



 そして、最後に鈴が、双禍に答えるように。
「良い訳ないでしょおおおおおおおおおッ!! これだからゲボックさんちの人はあああああああああああァへうッ!!」
 なんて感じで頭を抱えて絶叫していたらしい。
 で、五月蝿いと沈められたとか。
 兎に角、この試合は、始まる前から狂乱っぷりに磨きがかかっており、この試合そのものが一種の狂宴として、始まったのである。














 とまぁ。
 物事が綺麗さっぱりスッキリ始まるというのは現実ではあんまり無いものだが。
 こう言う始まりもあんまり無いんじゃないかなぁ、と俺は思ったりするんだが。

 兎角。
 お兄さんやラウラが気を感じるだけで(畏)怯える程の千冬お姉さんに俺が親父の系譜である事が姉たる生物兵器のせいでカミングアウトされてしまった訳だが。

 ……後が怖ぇ。



———と



 『翠の一番』が先程散布した種はスピーカーに育つだけではなく、サーチャーとしての役割も果たすようで。
 あちこちでスキャンを終えたそれらが蔦で丸を描いていたりする———も、今しがたコンプリートを完了した。

 ついに、審判兼司会が宣言するのだ。

「アレロパシーネットワーク、フィールド内スキャン終了、バトルフィールドセットアップ完了———
 チームガチホモ! VS チームガチロリ!」
「「「チーム名が酷過ぎる!?」」」
「……ん? どうした貴様ら」
「いや……うん、なんでもないさ」
 ラウラはその辺気にして欲しいものである。

「バトルモード0982 レディィィィィイイイイイイイ、ファイ!」
 ……バトルモードって、何さ。
 まぁ、何はともあれ、やっとこさ『翠の一番』主導のもと、試合の開始が告げられたのだ。

 パッカァンッ———!!

 人造重力が複雑に干渉し合い、炸裂音が如き破裂音が響き渡った。

 その号砲と共に、それぞれがトップスピードと共に弾け飛ぶ。
 俺の意識は、既に戦闘へ完全に切り替わっている。
 決して後が怖いのを現実逃避している訳ではないのであしからず。

 あしからず!

 お兄さんとラウラは示し合わせたかのようにお互いへ向けて一直線に突撃する。
 お兄さんなんて試合前から刀ぶら下げてたぐらいだしな。
 シャルロットさんは様子見のために距離を取り、俺は垂直に飛び上がった。

 今はISのせいで花形としては廃れてしまった感はあるものの、未だ重要な位置づけを有する戦闘機の理念に空戦エネルギーというものがある。

 高きにある、と言うことはそれだけで戦闘において用いるエネルギーを有しており、より優勢となる、と言うものだ。

 それは、万物が重力の軛に対し、影響が束縛にも恩恵にも、等しく及ぶためである。

 中学の科学において、似たものとして位置エネルギーという概念があるが、これはもっと単純だ。

 より高くあれるのならば、激突しないだけの時間で言えばより長く、自然な落下———重力加速度を従わせることが出来る。

 重力に引かれる力に沿えば、沿った分だけ重力加速———速度を得る事が出来る。

 速度さえあれば攻撃も、回避も、そして再び上空へ登る事も、少ない労力で行う事が出来るのだ。

 逆にその手を振り払い、上空へ登る事は速度を奪われ、また、そのためにエネルギーを奪われるのである。

 ISが台頭し、実現してしまった重力操作において、この概念は殆ど無用の代物となった。
 実際、完全立体機動ながらも、千冬お姉さんは地上での闘いとほぼ同様の感覚を再現し、その動きを実現させている。

 ISとは天空を『征く』ものであり、空を『飛ぶ』ものではないのである。
 完全な重力操作は重力の束縛を受けない———だが、恩恵を受けることもまた、無くなっているのだ。

 だが、ISで『飛んでいる』うちは、実際の航空機と大して変わらない。
 我が兄弟のうち、唯一のIS搭乗者である『茶の七番』ことラヴィニア曰く、ここがIS搭乗者としての境目なのだそうだ。

 さらにはISで飛ぶのならば、UFOにでも乗った方が強くなる、とか暴言を放ちおった。

 ISが史上最強の兵器を冠する(ラヴィニアはあくまで世間一般では、と強調した。負けず嫌いである)所以は、三次元軌道が生物として一般的ではない人間種が、人間として余計な機能を付け加える必要なく、人間としての機能を強化、拡張するだけで、自然と無限の成層圏という人間にとっての不安定で不自然な環境に恐怖や不安感を覚えさせる事なく順応させうる点にあるのだと。

 空を舞台に。
 新たな新天地へ。

 と、ISは真っこと素晴らしいものなのだが———
 如何せん。



 俺にゃ無理だ。
 未熟なのである。



 その域には遥か程遠い。
 つまり。

 空戦エネルギーの概念は俺にとって、まだまだ有効なものだったりする。

 故にこのポジション。一体、他の機体より離れ、遥か高位において、俺は思い切り息を吸い込む。
 あー、そうだ。
 バレちゃったからもう、自重なんてしなくていいのか。
 そう———

 自重なんて。
「なんだそれ。
 見えねぇ。
 聞こえねぇ。
 食えんのかそりゃああああ———ッ!」
 むしろ吐き出すわ!

 口から———ッ!

「ヴァズーカッ!」

『おぉっとぉ!? 我が兄弟、口からバズーカをぶっ放したあああッ!! 恐るべき量産型IS! 倉持技研の科学力かあ!?』
『倉持技研をそんなイロモノ扱いするな』
『されど、ここにもDr.の技術が流入していたり』
『分かった、前言撤回だな』
 『翠の一番』(植木鉢)と千冬お姉さんのやり取りがこっちまで聞こえるのはどうしたもんかと思いつつ、口からバズーカ砲を連発する。
 っていうか撤回早いな!?

 下方では———

「チィッ、私相手には使わなかった生物兵器特有の攻撃かっ!」
「一応ラウラはよけるよー。味方だし」
「信用出来ないから止めておく」
 そんなご無体な。

「く、くくく、口からなんか出てきたああああ!?」
「シャル! アンヌの兄弟なら珍しいもんじゃな———双禍!? おいちょ、待ッ———」

 打鉄が飛び道具と言うより、とんでもない所からとんでもないものが出て来て驚く一同。しかし、解せない事がただ一つ。

「ふぅ、お兄さんまで驚くとはねえ! 僕の食事風景見てたらサイズフリーダムなの分かるだろうに!」
「デカいもんが出てきたからビビったんじゃねぇよ!? 口からなんてもん出してんだお前、マナー違反だぞ!?」
「そう言うツッコミはズレてね?」



『ふん、生物兵器の口が大きく開けば何か飛んでくるのは常識だろう。未熟者共め』
『千冬さんそれ無茶ぶりすぎます!』
『生物兵器との戦闘経験値が既にMAX過ぎる……』
『ほう……そうだな、それならば、私はもうレベルが上がらぬ事だし、今度ゲボックに頼んで、生徒……いや、教師も含めた経験値を上げるのも良い授業かもな……』
『いやあああああああ! やめてくださああああああああああいっ!』
『山田先生起きてましたわね』
『……狸、寝入り……?』
 あっちも大変そうである。



「あ。あっさり捕まった……馬鹿め!」
「あ、しまった!」
「一夏!?」
 停止結界にお兄さんが余りにもあっさり捕まったんで捕まえたラウラがびっくりしている。ちょ、ちょろい?

「つまり、さっきまで止めていたバズーカ弾が動き出すんだが」
「危ない一夏!」

 シャルロットさんが即座に———いや、本当呼び出すの早いな———アサルトカノンを振るって俺のバズーカ弾を迎撃。
「助かったシャル!」
「油断しないで一夏!」
「どうも双禍がいると緊張感がなぁ」
「全くだ。本命はこっちだ下郎共!」

 そこにラウラが非固定浮遊部位(アンロック・ユニット)に備えられたレールカノンに電圧を収束させていた。

「汚い言葉は自分の格を下げるからやめた方がいいよ」
 そう言うシャルロットさんは、武器を逆の手に持ち替え、既に狙いを定めていた。
 一瞬にして装備の場所を量子操作で移動させたのだ。
 収納と呼び出しを高速で行えるからこその技である。

「星よ叫べ!」
 そこに———

 全身のPICはあまりに多く、移動に使うには多過ぎるそれを操作して斥力球を形成する。
 その、何でも引っ放すマイナス引力の『星』に打鉄の鋭い爪先を突き刺した。

 パカァンッ———

 試合開始時に似た空気の破裂する響きと共に俺は急降下。
 空戦エネルギーから得た重力加速も加え、俺は三人の間に割り込んだ。

 これぞ毎度、俺式瞬時加速である。
 スラスターと言うものがない俺は、とことん重力操作のギミックが豊富なのだ。PIC300ヶ以上搭載数は飾りではない。
 まぁ、使いこなせず空戦エネルギーにまだ頼る段階なんですが。

 あと申し訳ない番長、今は貴女のスラスターがありますが、俺の習熟レベルでは通常の瞬時加速はまだ使えないのです。

 だが、彼女は気にした風もなく。
 その背にはただ。
『打鉄の最大の武器は、気合と根性』
 何とも頼もしい。俺はその言葉に合わせて———
「そして、防御力と安定性だ!」
 繋げた俺の言葉と共に降り立った超高速の突撃は、いつの間にか身を反転、これだけの速度でありながら些かのよろめきさえ露呈させず、地面に脚部を突き刺し、巨大なシールドでアサルトカノンの一撃を受け切った。
 流石番長!

「打鉄の速度じゃない!?」
 言いながらも、シャルロットさんも行動は一切淀みない。驚いたなら一瞬ぐらい止まってくれてもいいのだけど。
 そして、ロスしなかった時間はお兄さんを助け切る。
 俺と同じでシールドによるアシストはレールカノンの一撃を逸らし、その衝撃を利用して二人は距離をとる。

 すると、追撃しようにもラウラには進行上に俺がいて邪魔になるので。
「どけろ」
 俺にワイヤーブレードを巻き付ける。
 このまま適当に放るんだろうなぁ。
 ぞんざい過ぎやしないだろうか。

 あ。いいこと思いついた。

 ラウラのワイヤーを掴み、丸め込むようにして身を固める。
「あ、こら貴様、何を」
「そのまま使え!」
「———成る程」

 戦闘に関してなら察しの良いラウラは、俺の意図を理解したようで、ワイヤーを振り回す。
 ところで余談だが、鞭を振るう時の破裂音は、先端が音速を突破するからであるらしい。
 しかもこれはISの攻撃だ。
 先端である俺自身が超音速に達する。

 そして、量子展開!!
 身を覆う巨大な物理シールドの隙間から量子展開したブレードを何本も突き出す。そう、その姿は。

「ガン●ムハンマー!?」
「それだけじゃない!」
 さらに身を捻り高速回転。

「しかも∀!」
「だが甘いのはお前だ双禍! ハイパーセンサーの精度を舐めるんじゃねぇ!」
 そう言うお兄さんの手の内にある雪片弐型が光を灯す。
 それは、俺がさんざ情報共有空間内で食らった対IS最大攻撃、零落白夜。
「大きく振りかぶってぇ!」
 その攻撃力は身を以て証明済みであり、そんなもん食らったらホームランの上にエネルギーゼロで俺は一発アウトだ。
 まぁ。
「よけるけど」
「フォークだとぉ!?」
 ラウラが俺を操作しているのは確かだが。別にPICではなく単に振り回しているだけなので俺の慣性操作で簡単に軌道が変わる道理という訳だ。
「ボディもーらい!」

 しかし。

「デッドボールはさせないよ!」
 今までじっくり俺を狙っていたであろうシャルロットさんが、ベストタイミング、しかもよりにもよって両手に構えたダブルなショットガンで俺の側面を広く撃ち付けた。
「げう!?」
 汚い苦鳴が思わず洩れた。
 尤も、全身の殆どを覆う物理シールドがそれを弾いたのだけれど。
 代償と言ってはなんだけど、その隙間から生えていたブレードはバキバキに折られましたけどね。
 散弾なのにお兄さんには一切掠ってもいないのだからその技量には舌を巻く。
 食らった俺は衝撃に息が詰まるわけだが、堪えて再度『星』を形成。上空へ再度俺式瞬時加速。
 空戦エネルギーと距離を獲得するべく一旦……ん?

「逃がさないよ!」
 かなり近いところにシャルロットさんが追撃せんと迫っていた。

 げっ! 嘘、早ッ!
 否、逃げる方角を読み切られ、先読みされたのだ。
 俺の未熟な点がこんなところで仇になったか!

 色々引っ掻き回して乱戦状態に持ち込み、『俺を先に倒そう作戦』を破綻させようと思ったのに!?
 流石シャルロットさん、ブレ無いもんである。

 結局一対一が二つ形成されてしまった訳だが、つまるところ。

 僕かお兄さんかが、それぞれの相手に倒されるまで耐え切った方へ大きく勝敗の天秤が傾くと言う訳だ。
 まぁ、俺が上手く行かないなんて予想出来たんで…………って、へぇ!?
 弾丸の壁が迫って来た。

「うおおおおおお!? 何コレマジで弾丸の嵐!? 珍百景に送れるレベルじゃね!?」
 まぁ、それ見越しての超大型物理シールドなんだけど。
 今まさに、言葉通りのモノに襲われてます。天気予報で晴れ後鉛玉とか言えるレベルの。しかも暴風波浪警報付きな奴が。

「多分、番組に出る前の選出で落とされるよ、珍しくも無いし」
「なんかリアルで切なくなってきた!」

 そこに混ざってなにか、どちゃり、とした感触の弾丸が加わったんだが———
『高度熱源反応! 燃焼剤と確認』
 警報のメッセージでハッとする。
「げぇ!? ナパームかッ」

 しかも爆発した。
 恐らく、ナパームの高熱でなければ発火しない、耐熱火薬!

 その分反応した時は苛烈に酸素結合を引き起こす。

 シールドが高熱と衝撃でブッ飛んだ。
「さあ! シールドはもうないよ!」
 なんか心なしか怒ってる風なシャルロットさんだった。

「当たりが出たからもう一枚!」
 量子展開完了! いやいや、まーだ、あるんだなぁ。
「何枚持ってるの!?」
 爆風を突っ切り、シャルロットさんの真っ正面に新たに展開した新品のシールドで突貫する。
「くぅ!」
 でもそれでも反応する、出来るのが代表候補生、我がシールドスマイトは、僅かに掠める事しか出来なかった。
「拡張領域はシールドが殆どを占めている! 剥がしきれるならやってみるがいい!」
「さっぱり多層式複合障壁ってこと!? どれだけなのさ」
「僕は臆病者だからねぇ。ところでシャル……ルさん、前から思ってたけど『さっぱり』の使い方変だよ?」
「そんな事はあとでいいよね、くっ、ちょっとだけ掠った!」

 シールドエネルギーで言えば3から5ぐらい。本当に僅かなだけだが———

 それでいい。
 この二ヶ月俺が様々な敵と戦い、技能を吸収してきた強敵と書いて友と呼ぶ者達ならば。
 そう———

 今のように。
「蚊のように忍び穿ち!」

 何枚ものシールドで防ぎ!
「ダンゴムシのように身を固め!」

 星を生み出し、足場として。
「蚤のように跳び」

 300のPICでアクティブセンサー代わりの重力波を奮い、動きを感知し。
『G』(ラグド・メゼギス)のように逃げえええええええええええええええええええええるッッッ!!」

 敵から一挙、攻撃の手が薄い方へ俺式瞬時撤退を実現させるヒットアンドウェイ戦法。

「その名も———」
 俺は先達より見習ったその技々を便宜的にこう呼んでいた。

「オペレーション・ファーブル!!」
「何でチョイスする虫がどれもこれも微妙なんだよおお!?」
 無論、強敵であったからだ。
 学ぶ事はまだまだあるのだぞ?

「まぁいい、分かったよ。お母さんに任された家庭菜園では、害虫駆除はお手の物だったからね———!」
「それ伏線だったの!?」
「そう、害虫駆除は何より、大火力で一気阿世に焼き払うのが一番だったんだ」
「家庭菜園無事だったの!?」
 返事はない。
 周囲に揺らめくは量子の揺らぎ。
「僕には元々、高速切替(ラピッドスイッチ)って言う技能があるんだけどね? この装置は、量子展開中の武装を展開『中』の状態で維持させる事で、僕のそれをさらに高速化させる事に成功しているんだ。ゲボックさんの作品だよ」
 それは———
 束博士の、対暗殺用IS。
 『マクスウェルにはネコじゃなくてウサギ』(ユビキタス)の応用か!

「親父の馬鹿たれがあああああ!」
 猛火が放たれる。
 どんだけの火線ですか!?
 さっきの暴風雨なんて小雨が如きハリケーン。
 入れ替わり立ち代わり。
 射出の瞬間だけの銃器が出現し、余韻を感じる前に格納される。
 その瞬間には同じ場所に発射寸前の別の武器が展開しているのだ。
 格納空間で余剰動作を全て量子データ処理する事によって『射撃』という必要最低限な事象のみを実体化させているのだ。
 ハイパーセンサーで加速させた知覚では、何ていうかその先のシャルロットさんが見えない程の弾幕だった。
 だが、これなら、見られる事はあるまい。

 当たる……当たる……当たるううう!?
 衝突の恐怖、その感情をトリガーに。
 単一仕様能力発動!

揺卵極夜(ようらんきょくや)!」

 番長のシールドにエネルギー吸収フィールドをコーティング!
 速度はワンコ蕎麦中級レベルにて、各弾頭のエネルギーを吸収しそれを番長に供給! 番長の基礎スペックを底上げする。
 いや、シールド回復させたら一発でバレるからね。

 パラパラと、豆撒き程度の速度に落とされた弾丸がシールドを叩き、グレネードの酸化結合エネルギーすら消失し不発し落ちる。
 よし、ここで能力解除!

「今のは、なにかな?」
 目の前に、シャルロットさんがいた。
 うわぁい、何かしてたの即ばれた!?
 銃撃でも手応えとか分かるんですかね? それとも、人を察する技能の拡張か。

 即座に機を読んで、自分の弾幕を追いかけるように突っ込んできたのだ。
 しかし、この速度。

 まさか———

「瞬時加速!? 出来たの!?」
「初めてやってみたんだけど、出来るものだね」
「嫉妬した! 才能に思わず嫉妬した!」
 しかし、それは減らず口でしかない。

 シャルロットさんの振り下ろす手には瞬時に近接ブレードが握られていた。
 こなくそ!

 防ぐべく、振り上げるシールド。
 しかし。
 あれ———?

 備えたタイミングに衝撃はこなかった。
 そのまま振り下ろされた、俺の目の前の同じ手には、丁度展開完了したショットガン。

 本当、どれだけ高速なのさ!
 このままでは散弾を顔面に叩き込まれ敗北である。
 まぁ、巨大なシールドで、シャルロットさん以外には見えまい。
「バラバラ緊急急襲!」
「うわあああ首がうぁあああああ!?」

 そんなこんなでヘッドパージ。

 我眠様よろしく飛び付いた俺の顔はその顎を思い切り解放。
 しゅるん、バックン、とショットガンとアサルトカノンとアサルトライフルと機関銃をまとめて一息に呑み込む。
「た、食べ、え、えぇえええええええええッ!?」
 うん。鉄臭い。

 喉の奥で咀嚼機がショットガンを粉砕するのを感じつつ、いやあ、ラウラよく無事だったよ、との感想が脳裏をよぎる。
 そしてこれが本命、先の弾幕で得た大量の経験値を以て完成、彼女の武装を逆算再構築する。実物を食った事で値が完了値まで一気に到達したのだ。
 首と頭部がばっちり再結合した後に、大きく開いた俺の口から飛び出すのは、銃口の花束。

「贈呈!」
 大部分縮小したが、それでも充分な弾幕が放たれた。

 しかし、それでも充分な打撃にはならない。
 既に彼女はかなりの距離を取れていた。
 首再接続までの偉業である。

 なんだろう、このやりにくさ。

 何というか距離感が捉えにくいのだ。
 距離を離そうとすれば目の前にいて斬りかかってくるし、追いかけようとしたらすごい離れて弾幕張ってくるしで、しかも、武装の高速切替で戦法に継ぎ目がない。

 えらく精神的にまいるのだ。
 まるで砂漠で遭難したかのような疲労感。乾き、餓え、幻でしかない逃げ水をオアシスと疑わず延々と追う徒労感とでも例えようか。

 あー、こりゃ、実力じゃ十全勝てないや。というか、当初の逃げ切りもきついもんだ。
 どーしたもんかねぇ……。

「あー、び、びっくりしたー」
 と、言いながらも戦闘機動に淀みないシャルロットさん。
 この奇襲は一回しかできないからなあ。
 むしろ弱点剥き出しなんだし、実際。
「うーん……しゃあないか、フレーム再形成」
 腕を分割、足を逆間接へ。
 後藤さんモードである。

「は、はは……なんか、やっと双禍が生物兵器だって実感できたよ」
「うーん。でも僕のオーソドックスはあくまで人型なんだけどね」
 腕は左右併せて全部で三対全六本、内、四本を大型シールドを装備させる。
 残り一対のうち、左の手を巨大な顎に、逆の右腕を筒の形へ。

 そして一気に、先程までの空戦理論を投げ捨て、一気に地表まで俺式瞬時加速で地に落ちる。
 顎状の腕を錨としてブレーキ全開。
 ガリガリと大地に引っ掻き傷を抉りつけながら、四肢ならぬ足も含めて八肢で踏ん張って制動を成し遂げる。
「いっくぞおおおおおおおおおッ!」
 アリーナの地面に食い込んだ顎はそのまま地表を砕いて飲み込み、形成。
「促成砲弾『春』発射ァッ!」
 筒状に整形した腕が弾丸を射出する!
 ただの岩石空気砲と侮るなかれ。ISの攻性因子を塗布している弾丸はシールドエネルギーをやすやすと削るのだ。

 ちなみに、狙いはラウラのワイヤーブレードを必死に避けている一夏お兄さんの方へ。

「うおおおおおお!?」
 ちぃっ、避けたか!
「よくも一夏を!」
 いや、タッグマッチなんだから卑怯じゃないよ!?
 シャルロットさんが有利な空戦エネルギーを保ちつつ猛火を降らしてくる。
 あー、うん。流石に怒ってるね。

 しかし、腕に併せてさらに物理シールドを増やした俺はすばしっこく逃げ回る。
 上面はシールドで覆い尽くしているのでその様はまさに亀。
 当たっても弾く、ヤバいのはこっそり揺卵極夜で無効化する。

「亀は亀でも沼亀って、陸亀なんかよりずっと速く動けるんだぞおおおおおお!」
 例えばミドリカメ。縁日でよくモナカに掬われていたりする彼らは、ミシシッピアカミミガメなる本名を持つ外来種である。
 その実育つと本当に亀かっ!? と言う速度で走り回る事ができたりするので侮れないんだからな!

 亀の首みたいな顎状の腕を打ち込み、そこを機転に急制動、方向変換、で、ついでに亀の尻尾みたいな筒から『春』射出。

 元よりシャルロットさん。
 元より、IS相手に対空攻撃というのは無理に等しい。
 んじゃ、しなきゃ良いじゃない。
 シャルロットさんさんより地表近いところで交戦中のお兄さんなら結構狙えるのでね。

 正直、シャルロットさん相手には、防戦でも心許ない事が判明した。
 作戦変更。ちょいちょいお兄さんの隙をついて攻撃する事にしました。
 これで得られる利点は二つ。

 まず、ラウラはお兄さんより遥かに強いため、お兄さんはラウラ相手でいっぱいいっぱいである。そこに茶々を入れられれば、集中力の維持時間を大幅に削る事ができるのだ。
 その分、俺の耐える時間が減るという訳だ。いえーい。

 そして、追加に、シャルロットさんによる、自分に向けた攻撃頻度の減少がある。
 シャルロットさん単独に対して防戦すらきついのに余計な事したら墜とされかねない、という欠点はあるのだが、それでもお兄さんを攻撃すれば、シャルロットさんはそのフォローに回らなければならないのだ。
 すると、防戦している俺に向けられたコンビネーションが歯抜きになり、結構逃げられる割合が増えるのである。

 ラウラに体するフレンドリーファイアの恐れは、殆どないというのも良い。
 だってあいつ、俺の事味方扱いしてないし。普通に対処するし。おかげで考慮しなくていいし。舌打ちとかするけど。

 あ、メリット三つだったな。しかし、これには絶大にデカい欠点があるのだ。

 いや……さ、どう見ても、悪役じゃないですか、このやり口。
 見てる人に対して、俺の心象を下げまくるんですよねー。

 はは、後でどう見られるか怖いなー。
 だってさ、相手はさ、IS界でレア中のレア、男性操縦者だぜ?
 女尊断卑の世界で、男が出てきたのを叩き潰そうとしている卑屈な女に見えなくない?

 はは……は、はは、は……。

 ふぅ……。



 ま、いっか。



 もう———知ったこっちゃ無いもんねええええええ!



 ふぅーははははっ!! 逃げ回りつつ防御態勢、後お兄さんに茶々時々。逃げ切ってやる!

 はっははー、と良い気になったのがいけなかった。
 俺は調子に乗ると大概、ポカをするのだ。

 瞬時加速で急降下したシャルロットさんが直に近接ブレードをシールドに叩き付けてきたわけで。
「おおおおおっっとぉ!?」
「これ以上一夏はやらせないよ!」

 しまった! この『地表で滑りながらお兄さんをお邪魔しちゃる攻撃作戦』の欠点、『シャルロットさんに張り付かれたら本気で防戦一方になる』が発動したああああ!?

「ふふふ……甲羅の隙間から何でも出してみると良いよ、そこからこじ開けてあげる」
 怒ってる!? 怒ってるよ!? お兄さんを攻撃しただけでこんなに怒るのか!? お兄さんの恋愛原子核放射線は気遣い心あふれるシャルロットさんをここまで豹変させるのかああああッ!?

———はっ
 考えてみたら、箒さんや鈴さん、セシリアさんだって。

———ほら、双禍。一夏に作る唐揚げの試作品なんだが、食べるか?

———あら、双禍さんではありませんの。そんなにがっついて……淑女はいつ何時も優雅足らねばならないのですわよ? ほら、お口を拭いて

———ん? 双禍じゃない。一夏どんな感じ? あ、それお見舞いのお菓子なんだけど食べる? ルームメイトの子のなんだけど、あの子もの凄いお菓子持ってくるのよねえ

 等々。

 確かにちょっと、って所はあるけど、基本的にお兄さんが絡まなければ良い人ばっかりなのだ!
 ここまで……なのか……、ここまで、影響を及ぼす力なのか。恐るべし我が兄一夏だった。

 ちょっとメモっとこう。
 恋愛原子核放射線に被爆すると、凶暴性が増す……と。

 さあて、対処だ対処!
「んじゃあ。ジェルっちゃう」
 フフフ———、こんなに早く出さざるを得ないとはさすがシャルロットさん!
 奥の手その一!
「え?」
 と、驚いたシャルロットさんのブレードがこつん、と俺のシールドにぶつかった衝撃で。

 するするするーっと。
「ええええええええええええええええええええええええええ!?」
 凄い勢いで俺が滑り去って行ったのだから。

 これぞ、実体攻撃に対してかなりの優勢を誇る秘密アイテム! 摩擦係数を限りなくゼロにする油剤『緋の天使』である!
 以前ゴーレムⅠ乱入戦時に用いたミスト状のものを遥かに凌駕するジェルタイプだアアアッ!

「くっ!」
 シャルロットさんがショットガンを続々と放ってくるが、散弾故に、入射角度がつきまくっていて、ぬるんぬるん滑り抜けていく。
 そう、シールドの表面にも塗布しまくっております。



 ところで皆様。
 俺はこの試合中、あえて説明してないものがあります。

「てんめこのクソガキャあああああああああっ! よくもやってくれたなああああ! スクラップにしてやるからとっとと、こっち来いやあああああああ!」
 なんて族の姉ちゃんみてぇな白式である。
 いや、凄いのなんの。耳障りに酷いので黙ってました。
 さっきからこっちもうるせえ! って『春』ぶっ放してたらこっちにまで凄いです。
 子供の教育に悪いのでお伝えしません、なぐらいのレベルで。



 いや、マジビビるんだよ、視界が被るんだもん。情報共有空間と。
 言ってしまうと、模擬戦ではない、試合とはいえIS対ISでの実戦闘は、この間の対ラウラ戦が初めての俺である。
 だが、それ以上にさあ、戦おう、はいバトル、ってのは初めてな訳で。
 以前も互いの『世界が』食い合った世界を見ていたため、初めて、と言う訳ではないのだが、俺の感覚で、情報共有での真性の戦い、と言うのは初めてであった。

 その情報共有空間内の配置を大まかに言うと。

 具体的に言うと、俺は何故か俺のまんま。一緒に番長が居てくれます。
 そしてお兄さんは白式とかおんぶして見えます。
 後ろでキーキー腕を振り上げながら凄い剣幕張ってる白式は、音声をカットさえすればとても可愛らしいです。
 聞こえないお兄さんがうらやましい。
 いや、まあ。見えもしないんだけど。

 そしてシュヴァルツェア・レーゲンはぎゅいんぎゅいんワイヤーを伸ばして白式を牽制しながらラウラの後ろに控えています、なんか部下っぽい。
 そして、シャルロットさんのラファール・リヴァイブカスタムⅡですが。
 幼い感じの、金髪碧眼、ショートカットの女の子でした。
 まるでシャルロットさんをそのまま小さくしたような感じなので可愛らしいのですが。
 その小さな体に相反して、馬鹿でっかい登山用リュックを背負っているのです。

 そのリュックが。
 ぼこっと膨らむと。
 ずるずる———と、鋼の腕が生えてくるのだ。

「……」
 ぼこっ。
 ぼこっ。
 ぼこぼこっ。

 しかも一本や二本ではない。
 でっかいリュックから次々と鋼の腕が生えてきて、それぞれがノミだのハンマーだのノコギリだの、釘やら鉋やら鑢やら、次々と道具を取り出してくる。

 仕上げに、ねじり鉢巻を額に巻いて、ふんっ、と息をつく。
 なんてこったい!?

「可愛い顔してこの子、割と棟梁だね、とぉ!?」
「ふふふふ……机になる? 椅子になる? 本棚でも良いよ? さあ、希望は聞くよ、どう?」
「言動がとあるドヴェルグだ!?」
「ううん……そこまで形は変えないよ? むしろ原型のまま家具として使いたいだけだから」
「ネタ知ってたよこの子、むしろ魔人探偵の家具職人だった……ってより手に負えねえ!?」
「あはははは———!」
「こええええええええ!? まさか親父の影響ってこれえええ!?」
「って、君は?」
「……」
 ラファール・リヴァイブの疑問に、無言で俺を庇うように仁王立ちする打鉄番長。
 彼女は無言。
 ただ、炎を吹き上げる。

「いいよ、それじゃこっちもその炎、切り崩してあげるから!」
 ふるわれる無数の鋼の腕、突き出される数多の工具達。
 ラファール・リヴァイブの大工道具が炎へ食い込んでくる。
 普通に考えれば、大工道具など、猛炎に呑まれれば焼き尽くされるだけだが、物理的な常識を無視し、ノコギリは炎を断ち、鎚は砕き、鑢は削って行く。
 言っておくが、番長も負けていない。
 大工道具を燃料に更なる炎を吹き上げ、道具の侵略に対抗する。

 そう、情報共有とは、互いの情報を与え合う事である。
 しかし、勝負という盤上においては、自分の蓄積した情報こそがマスターにとって有益たる情報であると、声高々に叫ぶ事なのである。

 相手の主張と言う名目で構築された領域に対し、自分の主張で制圧し合い、塗り潰し合う陣取りゲーム。
 マスター同士のバトルもそれに加味され、IS同士の———言うならば我の押し付け合いへと変化するのである。

 まあ、人間と違って、勝負が終わると禍根無く『いや、あの時どうだったのよ』、的にミーティングし直すあたりISの発展性が人間より優れているのは確かなんだけどね。

 逆に言えば。
 勝負の最中はお互い一歩も譲らない。
 譲れば、今まで築いてきた成長フラグメントマップを少なからずとも否定する事となる。
 戦闘後のミーティングでは、相手から得た情報をマスターのために最適化を施し自分の力とするが、ここ、戦場においては処理能力をそんなことに裂く余剰は一切無い。
 してしまえば、マスターへの己が示すカタチが、自負が。根本から揺らいでしまう事と同義となるのだ。
 するとどうだろう———ISが時々行っている、なにやら一般常識を無視しているマスターへの助力に精彩が欠けるのだ。

 それは本当に些細な、さり気ないものなのだが、それは実空間でのIS同士の戦闘において大きなリスクとなる。
 逆に、ISがこの鬩ぎあいに優勢を誇れば性能を覆したポテンシャルを発揮させる事ができるのである。
 ISの個性とは、マスターとの交流のうちに築かれて行く。
 文字通り、マスターと共に育って行くものだ。
 こちらでの戦いもまた、マスター達には知る由もないが、普段から積み重ねたISとの交流で勝敗を左右されるものなのだ。
 ま、単純に言うと。
 ISは心を込めて扱いましょう。愛情を掛ければ掛けるだけ、貴方のISは、貴方に報いてくれる事でしょう。と、言う事である。
 ところで、俺の四肢(IS)である十人の子供達はどこいったんだ……?

 い……いねぇ……。

 ちっくしょおおおおっ、番長おおおお! 貴女だけがたよりです本当にいいい!
「待てえええ!」
「はっははー。当てられるものなら当ててみるが良い!」
 ヤケクソのように現実ではエアホッケーのようにアリーナ中を跳ね回る俺とそれを追うシャルロットさんの図であった。
 俺を放ってお兄さんのフォローに回ろうとすると俺は『春』をお兄さんに撃つので、それもままならない。

 このまま時間を稼いでくれるわあああ!



 そして一方。
 白式は。
「にぎぎぎぎぎぎぃ……いいっ!」
 シュヴァルツェア・レーゲンのワイヤーで全身の自由を拘束されていた。

 現実では丁度停止結界が白式を拘束している図であり、ああ、ちゃんとリンクするんだなあ、と妙に感心してしまったところである。

「この……こんな、細糸程度でぇ……!」
 白式は、それをなんつーか、腕力で引きちぎろうとしている。
 うん。とんでもないよね、相変わらず彼女。

 しかし、それは敵わない。
 レーゲンの方の世界は、赤く塗りつぶされた、岩肌剥き出しで荒れ果てている山岳地帯。
 山脈は白式の領域である純白の砂浜に食い込み、ワイヤーを介して浸食を拡大させている真っ最中だ。

 その世界の中心に居るのは、ミイラのように全身黒ベルトで拘束された女性であった。
 肩から四本の腕を生やし、その腕部のみ拘束を突き破ってワイヤーをそれぞれの指から伸ばしていた。
 拘束するは、ワンピース姿の白式。

 誰が見ても、レーゲンの方が優勢である。
 ISの我、と言う一点だけで言えば、全IS中白式が最高である。他の追随さえ一切認める事なき程突っ走っている。
 最も攻撃性の高いISと言う噂に相違はない。
 んーまぁ、あれだけ他者にがぁーっ、と言えるISはそうはいないんだよ、本当。

 だけれども、二つの要因で現在このように一方的な浸食を受けているのだった。

 先ず一つは、お兄さんの実力不足である。
 現実の方で技能が劣っていた場合、マスターが優れている方のISが、ほれ見た事か、と領域拡大に勢いをつけられるのだ。
 シールドエネルギーを削られるという事はそのまま領土を広げられる、という事に等しい。
 その点で言えば、お兄さんとラウラならわざわざ説明するまでもない実力差がある。

 もう一つは、ISとマスターのシンクロ性だ。
 先も述べたのだが、白式はISの中で誰より我が強い。
 確かに領域拡大に我が強い事は優勢となるのだが、逆に言えば我が強いと言う事は、マスターと息を合わせる事が難しくなる、と言うことだ。
 まぁ、客観的に俺が見てみたとしても———

 白式、お前ってば前に出過ぎ。

 お兄さんは射撃に対して白兵戦を行うノウハウが未だ未だ未熟。
 そんなお兄さんを前に引っ張ろうとすりゃまぁ……的だよね。

 IS側の主張が強すぎて同調が今一つになってしまっているのだ。
 物凄く珍しいケースである。

 ISって、基本マスター相手には慎ましいのが普通なんだけどね。
 白式は言うならばジャジャ馬。控え目に言ってもピーキーなのはブレオンな所だけじゃない、気質も、と来たものだ。

 千冬お姉さんのようにそれを乗りこなせば誰よりも進軍に手の付けられない猛威となるんだろうけど。
 今の所はピタリと嵌っていない、というわけだ。

 まぁ……。
 そもそも来てくれない俺のエンブリオよりは大分いいと思うけどねー。
 居ないんじゃ反応の確かめようが無いじゃないですかー。

———とぉッ!

 シャルロットさんのアサルトカノンの一撃を射角浅く、物理シールドで受けて滑り飛ばす。

「いい加減、逃げるのはやめにしてよ!」
「そしたら負けるじゃない!」
「開き直りも度が過ぎてる!?」
「冷静な戦力分析自己判断と言って欲しいな!」

 いやはや、なんだろう。
「つんたか、つんたか、つんたったかからか、らったったったった♪」
 知らず知らず、リズムを刻んでいた。
 分からない。だがなんなのだろう。
 尽きぬ衝動、楽しき狂気。思わず知らず、唄も出る。

 ああ———

 鬼ごっこも楽しくなってきた。















「…………楽しそう」
 監察室において。
 アリーナを跳ね回り滑り回る双禍を見て。
 簪はそんな印象を真っ先に受け取っていた。

「そういえば、更識は……ギャクサッツと同じクラスだったな」
「は……はい……」
 それどころか、同室であったりする。
 いつも沈着な千冬が、双禍の苗字を言うところで一旦間がおかれた。
 何というか千冬にここまでさせるとは、名前だけでもゲボックの影響は大きいものなのだろう。千冬の場合は特に極めて。

「意外か? そうでも無いぞ、あいつ、この前もボーデヴィッヒに喧嘩を売っていただろう?」
「はい……でも……」
「ギャクサッツの気性からして、こんな好戦的であるはずがない、と?」
「双禍さんは……ちょっとおかしいけど……優しいから……」

 こんな、嬉しそうにデュノアの攻撃を凌ぐ姿を見ると、如何しても、違和感しか抱け無い。
 しかし、目の前にいるのはゲボックの系譜、それを知り尽くしている女である。
 千冬は、冷淡にその答えを告げた。

「それはな、更識。アイツが生物兵器だからだ」
「———そんな!」
「篠ノ之なら分かるだろう?」
「……はい」
「箒さん!?」

 驚愕する簪に向けて、箒は記憶の隅にあった親友の様を思い返していた。
「昔、ISが開発されたばかりの頃だ。双禍同様、争い事が嫌いなアンヌという生物兵器とよく訓練するのが私の日課だったんだ。だけどある時、どこかの工作員……だと、思う。私を誘拐に来てな」
 ISが開発された当時。白騎士事件の直後あたりだったと思われる。
 その戦闘能力の脅威に、未だ世界は『強大な兵器』程度の認識しかなかった当時である。
 当然、世界中から開発者である束と、その家族は狙われる事となる。

 日本政府の腰は重く、その当時は重大性を認識していない。
 故に護衛は粗末なもので、一番守りが薄い箒が狙われる事となった。
 開発者にいかに強力な兵器があろうとも、身内の身柄を押さえてしまえば、その言動を操作出来ると思っていたのだ。
 実際、そんな事をやってみようものなら、例え首謀者が国であろうともは文字通り地図上から消えていただろう。

 束は、人間相手に人間に向ける道徳をもたない(・・・・・・・・・・・・・・・・・・)からだ。
 いや、心としてはそう言う形の思いを抱く機能は持っているだろう。
 だが、彼女は人間を人間だとは認識していないからだ。
 躊躇無く徹底的に、一方的な虐殺劇が開かれる事となっただろう。

 しかし、この時は運良くこの拉致は失敗した。
 傍にアンヌが居たからだ。

 彼が元々箒の友人であったからなのか、それとも護衛の任を与えられていたのか。
 本人的に言えば、友達助けるのは当然でしょ? とでも言うのであろうが。
 見事彼は、箒を危機から救い出した。
 その時、箒は『生物兵器』と言うものの真の姿を見たのだった。

「アンヌはな? いつもオドオドとして、人の出方を伺うような臆病気味な子だったんだ。それが一気に豹変してな———」
 言うべきか、一瞬だけ箒は躊躇い、しかし。口を開いた。

「怖かった」
 本当は、彼への信用を失するような事は友人としてしたくはない、その筈なのに口が止まらなかった。
「友人であるあいつに、背筋が震えるほどに。今思い出しても、寒気がするぐらい———」
 生まれ故に、世界の暗部というものを熟知し、箒が体験した経緯が容易に理解出来た簪は、その意味を吟味しようとした。
 アンヌには彼女も会っているからだ。
 箒の言う通りの個体だった。
 箒の振り回す木刀を弾いている彼は楽しそうで、その言葉にはそぐわないとしか思えない。
 しかし現実、今ここで双禍がそれに近い姿になっている。



 注釈、と言うのだろうか。
 教師という職にふさわしいように、千冬が語りだした。
 まあ、今職ぶん投げてるけど。

「脳、と言うものは生命の進化とともに、外付けで機能を拡張してきたものであるらしい」
 千冬は珍しく、幼なじみ二人のような蘊蓄を告げ始める。

「故に、奥の方へ、奥の方へ、構造を調べて行くに連れて、より原始的な生物の脳と全く同じものが見えてくるそうだ」
 最も原始的な脳とは脳幹。
 脊髄に繋がっている部分にある最も原始的な脳。
 人間の身体操作、本能に関する部分で機能する点だ。
 あらゆる生物と共通する点を。

「闘争時、人間はアドレナリンなどを分泌し、興奮状態に陥る。
 その際、発汗量、循環血液量の増加を促し、より戦闘へ適した状態へ心身を移行して行く。
 この役目を負うのが脳幹だ。衝動を司る部分、生命維持に必要な部分、と言っても良い。
 加えて、闘争というものは、生物の根源的活動だからな。その動作を阻害する理性、といったものは基本抑えられるようになる。まあ、コレは個人差があり、また訓練である程度どうにかなるものだ。理性なしの闘争では、ただの獣と同じだからな」

 何を言いたいのか。
 双禍については簪ほど親しくない鈴とセシリアが何を言わんとしているのか見極めようとしている中、千冬は自分のうなじをこつんこつん、と指で突つく。

「この反転が起こりやすい、または即座に、理性が追いつかぬ程に切り替わるものは俗にいう『血の気が多い』と呼ばれる者達だ。そしてその中でさらに———たまにいるんだよ。アドレナリンで意図的に、僅かに外されているリミッターを任意でさらに引き剥がし、身体機能を大幅に引き上げる事ができる輩が。スポーツ選手や格闘家で、圧倒的に強いとされる者の中には多いと聞く」
 ゲボックは、コレをレヴェナの血族と呼んでいたが。殊更遺伝と言うものではないらしい。
 確かに、血統で発現しやすいもの、と言う傾向はあるが、全く血縁関係のない者から突発的に生まれてくる時もある。

「こうなると、精神的にも手に負えなくなる。
 意図的とはいえ、過剰なアドレナリンを分泌してる状態だ。
 火事場の馬鹿力を発揮した妊婦が横転したトラックを起き上がらせた、という事例があったように、実際に振るえる力が引き上げられるし、脳内麻薬が異常な興奮状態を引き起こすために可能な事が増えた気になって気が大きくなる。こうなると、理性でそれを抑えつけるのは至難の業だ。周りの人間が力づくで鎮圧するのもな———そして、だ」
 ここからが、本番だ、とでも言うように。

「ゲボック製生物兵器は、身近にその脳構造を持ったサンプルが居たおかげで、一切の訓練を必要とせずに、鉄火場において簡単に戦闘態勢へスイッチ出来る脳構造を持って生み出されているんだよ」
 これが。
 生物兵器が、いざ闘争状態に突入した時に豹変する理由である。
「まあ、理性が吹っ飛んで暴走したら兵器としては運用出来ないからな、ある程度目的を意識出来るように精神拘束(ゲアス)で自我を固めているらしい。尤も、これでさえ、サンプルの精神統一中、脳がどう働いているか勝手にデータを取って装置を組み上げたらしいが。しかもあいつらは脳のリミッターを外しても体が崩壊しないような強化が施されているからな。事実上スペック限界まで体を酷使しても休養するだけで復活する仕組みだ、阿呆らしい」
 先の妊婦は、トラックを持ち上げた代償で背骨をへし折っていたらしい。
 それでなくても筋繊維というのは消耗品だ。
 使えば必ずいくらかは千切れている。
 そのため、使い切らないように、リミッターを施し、本人が全力を施したと思っても殆ど、三割にも届かないほどしか使えないのだ。
 全力を出してしまう、という事は一度で全筋繊維が断裂する事でもあるからだ。

「っていうか、千冬さん?」
「なんだ、凰」
「ゲボックさんの傍にサンプルがいたって言いますけど。そんなリアル生物兵器みたいなマネできる人って本当に居るんですか?」
「なんだ、まだ気付かなかったのか。いるだろう、お前らの目の前に」
 千冬の人差し指は、自分自身を差し示していた。



 全員の目が、あぁ、『翠の一番』以外の視線が一気に千冬に集まった。



 その場にいる人間の気持ちを一つに統一すると。

 えええええええええええええええええ———ッ!?

 であった。
 しかし、思考の半分はそれに納得してしまっていた。ああ、やっぱりか、とかそんな風に。
 ああ、だから———
「そうか! 千冬さんは天然生物兵器だから、ゲボックさんの生物兵器にも負けないんで———」
 声が上にのびて行く。
 バカ正直な箒はこの際、打ち上げられて沈黙した。
 天井に突き刺さらなかっただけ幸運である。

「ふ、ふぁー、す、凄いですねえ。織斑君、あのボーデヴィッヒさんにここまで食いついているじゃないですか」
 咄嗟に話題を変えようとしたのだろう。なんか久しぶりに真耶が口を開いた。

「あいつも私の知らない間に、生物兵器に揉まれていたようでな。スペック的に下位の存在の戦い方、と言うのを無意識にわきまえているのだろうな。まあ、基本それは『負けない戦い方』だ。撤退が許されぬ試合である以上、デュノアがギャクサッツをどうにかしないと現状は覆せん」
「そうだとしても、殆どISに触れた事が無かった人間が、僅か3ヶ月目で代表候補生相手について行けるのは凄いと思いますよ」
「代表候補生は少なからずとも自分に対して選民思想を抱きがちだからな。そこのオルコットなどは、舐めすぎて第一次形態移行前の織斑に30分もかける程だからな」
「ぐはぁ!?」
 傷口に追い打ちを食らったかのような苦鳴をあげてセシリアは崩れ落ちた。
 箒と違って物理攻撃はゼロだったが、見事なまでの精神粉砕であった。

「それにしても、学年別トーナメントが急にタッグトーナメントになったのはやはり、先月の事件のせいでしょうか?」
 急にまじめ顔になる真耶。本当にこの後輩はギャップが色々と凄いものだ、と千冬は思いつつ、首肯する。

 所属不明。機体の出自も全く謎のISが、IS学園を襲撃した。しかも2機もだ。
 ある意味IS関連の出島のようなIS学園に襲撃を掛けると言うだけでも大問題だが、もし、それが。少なくとも最初の襲撃してきた方が無人機と分かれば益々世界の情勢は一触即発となるだろう。
 現時点においても各国が互いに疑心暗鬼状態なのだ。
 かつて、極個人的な諍いで世界を最終戦争一歩手前まで追い込んだ事など、関せずとばかりに千冬は迷惑はやめて欲しいものだ、と嘆息する。

「詳しくは聞いていないがな。おそらくそうだろう。より実践的な戦闘経験を積ませる目的での形式変更だろうな」
「でも、こんな無理矢理促成させるような事しなくてもいいんじゃないでしょうか? 戦場に送り出すでもないのに」
「まあ、そこで先月の事件なんだろうな。特に今年は第三世代型兵器のテストモデルが多い。そこに、先月のように襲撃者が出たとしたら、何を心配すべきだ?」
「———あ、ISの強奪、ですか?」
「ないし、試作中の第三世代兵器の強奪だな。それに、操縦者が自身の安全も原則、自分で守るしかない。手練ばかりのIS学園教師と言えど有限だ、機体に至っては量産型の訓練機しかない。そのための戦闘経験の早期蓄積———」
「ははぁ、なるほどなるほど」
 だが、そこで千冬の眉がよった。解せぬと言わんばかりに。

「———なんだが、何故それがよりによってツーマンセルなのかが腑に落ちん」
「え? より複雑な戦闘思考を求められるからじゃないですか? 連携は、より戦闘能力を高めるのに必要ですけど、息を合わせるための長い期間と、経験の蓄積が必要ですし」
「確かにそうだ。敵以外に自陣営側にも味方がいる事は、視野を広げる訓練にはもってこいだ。戦闘経験値を蓄積するために、これ以上のものは無いだろう」
「ですよね。なら———」
「なら聞くが。山田君がISの専用機持ちを襲うとしたら、どんな状況下でだ?」
「そりゃあ、孤立していて、かつ応援を呼び難い。そんな状況ですね。外部から気付かれないような隔離性があると尚良しです———って、あッ!」
「そう、専用機持ちが襲われるとしたら、孤立無援状態が一般的だ。敵だって馬鹿じゃない。少しでもこちらの戦力が低いうちに襲ってくるに決まっている。なのに、戦闘経験を積ませるためと言っておきながらツーマンセルだぞ? 実際に起こりかねない事を全く想定していない。本末転倒にも程がある」
「え、えーっと、どういう、事なんでしょうか?」
「知らん。私はこの一件が終わるまで、あくまでいち、織斑千冬だ。学園の運営など知った事か」
「ちょ、織斑先生いいいい!?」
「私を教師扱いするな」
「ええええええ———ッ!?」

 と、思いつつ、自分が今回学園全体の陰謀(そう言えば真耶も一口噛んでいたことを思い出してちょっとなんか報復してやろうかと意識に再浮上した)に翻弄されて思い切りコンソールに顔面強打した事を思い出して、まさか、この件も———? と思考してしまうあたり、どうしようもなく学生時代の『対特定狂乱対策係』の癖は抜けていないのがどうしようもない。

 双禍、と言ったか。あの生物兵器は、その戦闘に対する精神性こそ一般的なゲボック製だが。
 あまりに、あまりにも『戦闘行動が未熟に過ぎる』。

 生物兵器というのは、そのコンセプトや、そうでなくても最低限の戦闘対処手順は生まれたとき既に刷り込み(インプリンティング)されているのが一般的なのだ。

 深読みし過ぎだ、と冷静な部分は言っている。
 しかし、もし———この学年別トーナメントのタッグマッチそのものが、実はあの生物兵器の『ISが味方の場合と敵である場合の戦闘経験値をまとめて引き上げるためのものだったとしたら』と、経験からくる感が訴えるのだ。

 ならば、何故それを刷り込みで与えず、面倒な実地研修という形をとらせているのか、という疑問が当然のごとく浮かび上がってくる。
 仮定を肯定し推測するならば、それこそが重要なのだ、と言わせんばかりの一連の流れである。

 いつものように促成速攻即戦力にして最高戦力、というゲボックの新個体開発とは毛色が違う気がしてならない。
 余りに長い———長期展望を見越したものの気配がする。
 あの、即興味を持ったものに意識を持って行かれるフラフラヘラヘラしたゲボックらしからぬ長期実験計画、だと、したら。

 嫌な予感が拭えない。
 何故なら、それは以前。月をほじくり返して千冬の黒歴史を大建造したあの時と同じ匂いがするからだ。
 そして、偶然とはいえ各国の政府関係者、研究員、企業のエージェント等がいる中で、初めて『公的』にISを装備した生物兵器が公開される事となった。
 はっきり言って、本当に偶然なのか、それともうっかりを装った意図的なのかは不明だが、『翠の一番』がそれを公表した。
 後者なら、それはゲボックの狙いだ、という事になる。
 その影響も含めて、今後世界がどう動き、ゲボックがそれにどのように乗じるのか。
 先を考えるだけで頭が痛い。

(くそっ、関係ないと言っておいたその矢先にこれか……)
 もはや、この気質は抜けなくなってしまっているのかもしれない。



「あーっ、織斑君捕まっちゃいました!」
「一夏っ!」
「一夏さん!」
「復活早いわねあんたら。って、何やってるのよあの馬鹿!」
「……あ、本当」

「———ん?」
 考え事をしている間に、とうとう一夏がAICに捕まったようで、真耶を皮切りに皆口々に心配している。簪は双禍の方を見ていて気付いていなかったようだが。
 どうして自分の弟はこんなに女を引きつけるのか。
 誇らしくもあるが何故だか苛立たしい。

「『翠の一番』、解説も何も片方の陣営に思い入れを持っている面々ばかりなこの観察室の状況を放送するのはどうかと思うんだが」
「問題ない。さっきから面白い漫才を提供させてもらっている」
「全部筒抜け!? ちょっとは厳選しろ」
「それこそ一方に私意的な編集をしていると思われそうで」
「その辺はどこまで言っても信用の問題、か」
「そう言う事だ。さて、解説の仕事もしてもらおう。どう思う」
「そうだな……デュノアは———ギャクサッツを無視して織斑の支援に向かったか」
「ガン無視の手があったか」
「しかし、それでは流石のギャクサッツでも攻撃を当てられるぞ?」
「しかし、シャルルは一発二発は無視して行きそうだ」
「だから———見ろ」
「取り餅?」
 背中からべったりとべちゃっとしたものに絡めとられるシャルロット。
 一気に機動性が奪われ、どうしてももたついてしまう———そこに群がる双禍。
 あぁ———アレはウザそうである。

「恐らく、ベッキーシリーズが用いる暴徒鎮圧用の膨張樹脂だ。アレは引きはがすのが大変だぞ」
「すると、フォローの無い一夏は終わりか?」
「今まで見せた手が全てなら、コレで詰みだろう。だがまぁ、まさか初めからデュノア頼りで終わるわけではない、と期待したいところだがな」
 くく———とばかりに、何と言うか、猛獣が牙をつり上げるような笑みを浮かべる千冬。
 凶暴な容貌なわりには、何となく、妖艶な雰囲気である。
「まさか、ここで終わりという訳ではあるまい。男なら、ここぞと言う時一皮剥けてくれなければ、声を張り上げてくれる女達に顔見せ出来んだろう?」
「ふむ、愚弟が少し奇をてらった動きをしただけであまり盛り上がらない試合で終わってしまう可能性が高い、という事か」
「冷静に見ればそうなるな。しかし、ボーデヴィッヒも変わらないな。強さと攻撃力を同一だと思っている点が」
「攻撃は最大の防御とも言うし、概ね合っていないか?」
「だが、ギャクサッツのような手もまた、ありだ。まあ、それでも、ボーデヴィッヒと大して変わらんがな。
 お前もだ、『翠の一番』。広義の意味で言えばボーデヴィッヒもそうだが、生まれた意義に闘争を第一に持ってくる生物兵器というものは結局のところ、そこから抜け出すのが至難なようだ」
「ふむ。闘争の申し子と噂の千冬らしからぬ言葉だな」
「ふん。私はそんなものに何の価値も見いだしてない。あと、その噂流した奴誰だ。きっちり問いただすからな」
 そんなアリーナを見つめる千冬はいつしか、苦みばしった表情に顔が歪められていた。

———だから。

 ああなった生物兵器を、ラウラを———
 見てしまうと、千冬はどうしようもなく胸の内がざわめくのだ。

———あれは。



 『調子に乗った私そのもの』だから、と。






 どうしても、存在として性能が劣ってしまう、という事は生きている以上よくある事だ。

 一夏はそれなりにパラメータが優れている方ではあった。
 あくまで、育ってきた子供時代では、であるが。
 頭脳の方は今でこそISの専門用語に頭を悩ませてぐるぐる目を回しているが、高卒で就職を狙っていただけあって、基本教養は一般レベルでは可も無く不可も無く、である。IS学園のレベルが高すぎるのだ。IS関連の専門用語こそが一夏の頭を悩ませるものだし。
 だが、PICぐらいは覚えておけとも言える。

 肉体においても、幼少の頃から篠ノ之神社で武術を習っていただけあって、同学年の同性3、4人相手程度なら一人で大立ち回り出来る程度には強いのだ。
 まあ、それ以上になると流石に逃げるのだが。
 男相手だろうが無双出来る千冬が逸脱しているのである。



 だが、それ以上に。どうしようもないスペック差、と言うのはとっくの間に、痛烈なまでに経験済みなのだ。
 一夏がある意味決定的に変わった事件。
 ラウラが、一夏に対して敵愾心を抱く事になった事件。
 同一の根源となった事件。

 ある意味、お互いがいがみ合う根幹。

 一夏の誘拐事件である。
 それまで、一夏は自身も千冬のように、誰かを守れる力を手にしたいと思い、精進を続けてきたのだ。

 それが。

 どうしようもない、と、痛感してしまった。
 どれだけ想いを積み重ねようとも。
 その身を高め続けたとしても。

 生み出されたその時、決まってしまっている決定的な差。
 どう努力しようとも。
 自分の身では到底追いつけない果てに、理不尽な脅威があるという事を。

 性別。自身は男の身である。
 肉体。自身は純粋なる人間でしかない。

 自身が覆すまではインフィニット・ストラトスというものは女性だけの特権で、それだけで男というものをどんな理不尽にでも押しやれるものなのだという事に。

 自分自身、そんな事考えてもみなかった。
 まさか、追いつける可能性があるだなんて。

 だから、覆す事の出来る可能性を得た今であっても尚、未だ一夏にはこの時穿たれた楔が未だ抜けずにいたのだ。

 それは———なんという奇遇であろうか。
 この間、双禍が感じていたものと、全く同じもの———劣等感を。

 しかし、劣等感は必ずしもマイナスだけの要因とはならない。
 卑屈になれば、抗議するだけの何もしない、ただ生きているだけの肉の固まりへと堕落するだけだが。
 劣等感こそ、人類の発展の根幹である。
 その顎に砕く牙は無く、その四肢に引き裂く爪は無い。
 その身を守る体毛は乏しく、寒暖の急激な変化に耐えられない。
 翼が無いため地を這うしか無く。
 些細な事で欠乏する食料は、備蓄に乏しく餓えるものを容易く生み、共食いを頻出させる。
 全知全能の神と比べれば、何と矮小で、無能足るか。

 だから造るのだ。

 爪が無いから、牙が無いから、武具を創造したのだ。
 環境に耐えうる肉体が無いからこそ、森を切り開き、街を築いたのだ。
 食料を確保し難いから農耕を、畜産を。食べるための生き物を育て始めたのだ。
 翼が無いから航空機をも開発した。

———そして
 神という概念を捏造したからこそ、万能に焦がれ、万象の仕手となるべく、科学に着手したのだ。

 劣等感こそ。欠如こそが、人類が『造り出す』始まりである。
 それは一個人としてもまた然り。
 千冬は、一夏が生物兵器に揉まれていたから得た、発想であると言っていたが、そんな生温いものではない。
———守れなかった
 研鑽も、想いも、何もかも無意味であったあの頃の楔が打ち込んだ一夏の思考。

 ああ、そうだ。絶対下位。大いに結構。
 自分はその位置から。
 あの時から。
 一歩だって動いていないのだから。
 それがデフォルト。
 そこで俺は踏ん張らねばならない。
 ISを得た? それだけでは、実力は埋まらない。

 絶体絶命、停止結界に捕縛された一夏は自嘲気味に口角をつり上げた。
「思ったより双禍が強かったって事だな———随分助けられてたのに俺も薄情だな。後でお詫びになんか奢ってやるか、ぶちのめしてごめんなさいも含めてな、さぁ———開け、雪片弐型」
 そして、雪片弐型が以前と同様に分裂する。
 閃くは零落白夜。蛇腹剣が如く弧を描いた刃は、AICの拘束を容易く切り裂き、白式の駆動を開放する。

 驚いたのはラウラである
「馬鹿な!? 今まで使ってきた分から見て、そのアビリティの継続時間はとっくに限界だった筈だ! それ程の出力は出せる訳が無い!」
「ああ、やっぱり計算してた訳だ。舐めてる風でちゃんと見てるんだな。だからこそ、騙せた訳だが……ったく、何を言ってるんだか。俺が零落白夜を使ったのはこの試合、これが初めてだぞ」
「!?」
「ちなみに今まで刀が光っていたように見えたのは柄に仕込んだライトだ。なんでもデュノア社で造ってるらしい、夜のグラウンドとかを照らす超強力な奴。いやあ、こんなにあっさり引っかかるとは思わなかったぞ?」
 だからこそ、一夏は雪片弐型を展開した状態でアリーナに現れたのだ。
 白式は、純粋な雪片弐型しか格納しようとしない。

 一夏の白式が、初めからワンオフ・アビリティを発動させている事は、ISの関わる界隈では、もはや全世界レベルで有名な事となっているであろう。
 ならばこそ、刀が光り輝けば、警戒しないものはいない。
 かつての世界最強、千冬を頂へ押し上げた、至高の輝きでもあるからだ。ラウラならば、言わずもがな。

 史上最強の攻撃力。知られているという事こそを、利用する。
 だからこそ、警戒させる。時間を少しでも稼ぐために。
 まあ、実力的に未熟な自分が騙しきれなくなったから明かしたのだが。

 勝てないからこそ、勝つために工夫するのだ。



「それとな。お前をぶちのめせって言ってる気がするんだ、白式が!」
「戯れ言を!」
「ああ、多分そうだろうな! きっとお前を叩き潰したくてたまらない俺自身の内の声だろうさ! だけどな、どういう事かは分からないけど、いくつかその瞬間、分かったんだよ!」
 実際は、大当たりだったりする。
 一夏は、振りかぶり———
「どりゃあああああっ!」
 なんと、雪片弐型を、投げつけた。

「はっ、この愚か者が! こんなもの、一体何に———」
 それどころか、唯一の武器を手放せば、一夏は丸腰だ。
 風穴を開けてやろうと、レールカノンの電圧を高め。

 ぞくり。

 それは、確かな予感だった。
 ラウラの背筋を奔った身の毛がよだつ悪寒。
 現役の軍人であるからこそ、実際に<Were・Imagine>らと命のやり取りをもこなして来たからこそ、培った経験による緊急警告。

 見れば、一夏が左腕を引いている。
 利き手でない、そちらに一体何が……。

 あったのは、先程投擲した筈の雪片弐型。

 馬鹿な!?
 何故か、を考える前にラウラは回避行動をとった。
 そして、それが、彼女を救う。

 真っすぐ。
 刃を立てて戻って来た『最初の雪片弐型』がレールカノンを一刀両断、爆砕したのだ。
 この切れ味、零落白夜に相違ない。
 躱しきれず、レールカノンが大破したのは、一瞬、左手の雪片を確認した為に消費した『間』のためであろう。

 刀が遠隔操作で飛んだ———!?
 まさか、白式にはBTに類いする機能がついているのか?
 そんな情報は、聞いていない。

 しかし、そんな事は当然だが、ある訳も無かった。
「くそっ! これを躱すか!」
 戻って来た刃をキャッチする一夏、その全容を見る事でラウラも理解した。
「鎖鎌……だと……!?」
 よく見れば、左腕の方にある雪片弐型から細かく蛇腹剣時の部品が展開部分で分割され浮いており、その発する力場を連結させて鎖代わりに零落白夜を伝達させ、また、飛ばした方の雪片弐型を引き戻したのである。

 二本の雪片弐型は、重ね合わせている装甲にも見えたパーツが開き、あるいは閉じ、複雑な変形を遂げ、元の通常雪片弐型の姿へ戻っていた。

「一体なんだ、その剣は———!」
「よくわからん」
「なにぃ!?」
 馬鹿正直に、一夏は言った。

「俺に分かるのはこれが雪片弐型って言う俺が命を預ける得物だってことと」

 一夏が両手を広げる。
 そして、その両手に、白式にはあり得ぬ輝きが灯る。
 量子展開の輝きだ。

「俺の白式は酷い偏食家で、雪片弐型しか量子格納しない上、拡張領域(パススロット)が空いてないってのはある意味本当で———」
 展開、完了。
 量子展開、格納は一種の技術だ。
 イメージを的確にISに伝えれば、それだけスムーズに、出し入れをする事が出来る。
 これが特に器用なのがシャルロットである。
 そして、逆に一夏自身は多彩なイメージを必要としない。
 単一だけで充分なのが白式である。武装が雪片弐式だけであるし、なにせ———

「シャルの言う通り、零落白夜で容量食ってるかと思いきや実際、雪片弐型で容量食い潰してたってだけなんだからなああああああああああ!!」

 一夏の両腕にそれぞれ三本、計六本の雪片弐型が展開した。
 一夏は、それを理解したとき、彼なりのイメージでそれを的確に把握した。
 取り出しは簡単だ。
 いつもそれだけをして来た雪片弐型の展開イメージ。それだけでいいのだから。
 ただ、容量の続く限り、何本でも、いくらでも、と言う追加事項を得て。

「今度、もしも出来るのなら、白式となんとかして話し合う場を設けたいもんだよ」
 一夏の中で確定した拡張領域のイメージとは、ズバリ冷蔵庫であった。
 恐ろしいまでにしっくり来たらしい。
 例えば、シャルロットのリヴァイブが有する拡張領域は、食料品店などにある大型業務用のものが思い浮かぶ。
 品揃えが豊富、しかも大量に収納されているイメージである。

 そして、かくいう白式のは———
 一人暮らしの男が買うような、小型で冷凍庫の付いていないタイプだ。
 しかも、それを開くと余す事無くギッシリコーラが詰まっている。そんな感じである。

「この俺の機体のくせに不摂生とはいい度胸だなあオイッ!」
「何に怒ってるんだお前は!?」
 ラウラが思わず動きを止めてしまった瞬間、さらに雪片弐型は変貌を遂げる。
「一番から六番包丁、展開連結、マグロ解体用変形!」
 六本の雪片が開いてバラけ、一本の巨大な刀へ作り上げられた。
 さながら斬艦刀だが、一夏のイメージでは、それは築地で冷凍マグロを切り分けている長大な包丁だった。
 長い。
 具体的には、丁度雪片を六本直結させたぐらい長い。
 一瞬にして、ラウラは斬撃の圏内に入り込む事となる。

「少しばかり奇をてらった武器を得たぐらいでいい気になるなああああああ!」
 だが足りない。新たな手段を得ても、実力の差が詰まる事は無い。
 ラウラのその身のこなしは見事。容易に長大な斬線を怒号と供にくぐり抜け、直進しつつ、腕を突き出した。
 何が来るのか。技量の劣る一夏でも読む事は出来た。
 しかし、彼ではそれを掻い潜る身のこなしは出来ない。そこまでの操縦技術を得るには彼は未だ未だ修練が足りない、時間が足りない。単純に未熟なのだ。

 だからこそ、出来る事だけを実践する。
 それだけを愚直に繰り返して来た雪片弐型展開。
 だからこそ、これだけはシャルロットに準ずる程に早い。
「七番包丁、展開散開ウナギ目打ち変形!」
 新たに出現した七本目の雪片弐型がバラバラに展開し、それぞれが千枚通しのような形状に変化、一夏の周りに散開し。

「止まれえええええエエエ!」
「止まるかああああアアア!」

 ラウラのAICが網状に投射され、バラまかれた雪片弐型の破片が一瞬だけ零落白夜を輝かせる。
 結果は、見事相殺。
 一夏は止まる事無く、六本結合した雪片弐型マグロ解体包丁を中程からへし折り、それぞれをさらに変形。
「分割再展開変形、洋出刃!」
 長さは通常の雪片弐型ながらも、それはそれぞれ三本分の質量を有するためか、刃が肉厚の形状へ変形する。

 装甲が展開し、閉じ、連結し、分離し、組まれ、裏返り、折れ、次々と形状を変えて行く。
 さながらパズル兵器だった。

「見よう見真似! 一刀一扇!」
 叫び、密かに後ろから伸びて来たワイヤーブレードを幅広い雪片弐型の横っ腹で引っ叩いた。
 残る一刀を、ラウラのプラズマ手刀と交差させる。

「ぐっ!」
「がっはぁ!」

 結果は、痛み分けだった。

 零落白夜でプラズマエネルギーは消し去られた。
 しかし、エネルギー調節が甘かったのか、それで零落白夜は消失し、ただの実体ブレードに戻ってしまったのだ。
 通常の雪片弐型ならきちんと出来たのであろう。経験不足はここに来て千載一遇の機会を失してしまった事になる。
 それでもプラズマ手刀を発生させる手首の発振器を破壊してダメージを与えたのだが、ISの手刀はプラズマ等無くとも、それだけで十分な攻撃武装となる。
 一夏は胸部装甲を打ち砕かれ、吹き飛ばされたのだ。



 合体変形する、何本も同じ武器が出てくるとは、なんという。
 白式の趣向は、ここに来て、ようやく一夏に伝わったのである。
 この一瞬まで一夏は知らなかった。唐突にここに来て、そんな気がしただけだったのだ。
 そしてその感は、正しかった。
 まあ、倉持技研どころか、手を加えたであろう束でさえ、この発展は想像していないに違いない。
 誰にとっても白式は、あくまで千冬と暮桜の追随機でしか無かったからだ。

 しかし、この有様を見よ。
 昔から、束の想像さえ斜め上をぶっ飛ぶ事には定評のある彼女である。

 もっとも、観察室からは。
 なんで調理器具の名前なんだ? という一夏のネーミングセンスにツッコミが生じたのだが。



 さて、何故ここに来て、急に一夏が戦法を変化させるような転機が訪れたのかというと。

「テンション上がって来たわよおおおおおおおおおおおお!!」
 領域浸食を恐ろしいまでの勢いで押し返している白式がここにいた。
 元々彼女は突撃思考で攻撃偏重の大攻撃力大鑑巨砲主義である。
 それ故に、今まで一夏との相違が生じ、互いが互いの足を引っ張っていた状態だったのだが。

 一夏が、ここで攻勢に転じた事を起因として。調子が上がりまくりであった。
 元々、シャルロットとコンビネーションを組んで戦うのが目的であったため、当初の防戦は白式の好みではなかったのだ。
 だが。

 敗北は濃厚となり、攻撃に転じる必要が生じ。
 さらに、シチュエーションと、ラウラの容姿が、一夏にかつての日を思い起こさせたのだ。
 力を渇望した。
 何故なのだという理不尽を噛み潰さなければならなかったあの時を———!

 その憤りと攻撃性は、期せずして白式との高い同調を引き起こすに至ったのだ。
 偶然。あくまで偶然。何と言うご都合主義。

 だが、この高揚。
 このシンクロ感。
 主とその身を守る甲冑にして剣にして翼である彼女。二人のずれは今ここにきっちり嵌ったのだ。
 それは今まで秘されていた白式の仕様が、一夏の意識上に自然と浮上する程のもの。
 彼等彼女等はノリにノっていた。

 砂浜の細かい粒が持ち上がる。
 否、立ち上がる。
 砂は集まり一本の刀へと変生、自らを生み出した砂浜に突き立った形で形成す。

「五月雨は、露か涙か不如帰。我が名をあげよ、雲の上まで」
 その刀に寄り立ち、白式は詠った。それまでの荒々しい奇声はぱったりとなりを潜ませて。

 しかし、軍人にして生体兵器として生まれた主を持つシュヴァルツェア・レーゲンにとって、情緒などは何の意味もない。
 ただ、知識として知っている事を口にするだけである。
「剣豪将軍の辞世の句だったか? なんだ。諦めたのか?」
「あら。ドイツ産のくせに詳しいわね。でも———あらいやだ。ま、文化のせい……あぁお前だとちょっと違う、かなぁ。しょうがないんだけどね。お国柄。———言っても分からないと思うけれど、美しい言の葉、と言うものは模写ではなく、韻を踏むのが美しいのよね。あ、よっと!」

 跳躍。
 白式は雪片弐型の柄の上に降り立つ。足の指二本でその柄を挟み。指の力だけで直立する。

「千冬はねえ、本当に凄かったわ。私と異常なまでに気性も合ったし。いえ、束がそういう風に私を創ったのかもしれないのだけど。
 その身のこなしは鬼の舞い。
 目を奪うは剣の華。
 ひるがえり、天を覆うは業の翼。
 感動だわね。まさかここまで、御身、剣姫として咲き誇りしか。星より綺麗」
 白式は頬を赤く染める。官能さえこもった万感の想いを胸の内でなぞっているようであった。

 それを見て、過去に縋るか、とシュヴァルツェア・レーゲンは鼻で笑う。
「不自由な未熟な主を持ったが為の懐古か? 男の主を得て今更後悔か?」

「舐めるなクソガキ、それこそ言語道断よ」
 迎え討つ笑みは、同じく嘲笑。
「人間どころか、私達まで女尊男卑しなくても良いでしょうに。そもそも、私達は男をパートナーたる種と認めていないだけでしょうに。
 千冬を暮桜に譲った時———そりゃあ、私だって、最初こそ寂しかったけど、一度だってそれを間違っているとは思っていないわ。
 千冬は(しらゆきげし)ではなく、(くれさくら)を選んだ。自分を認めるものも大事だけど、自分自身先ず好きにならなければならないから。
 それは正しく、だから千冬はより強くなった。
 私が……それを出来なかったのは寂しいけれど、彼女が強くなるのは誇らしい———なにより、この私が一夏の剣で、一夏の鎧で、一夏の翼で、一夏の鋼で、一夏の杖たる事を自分で選んだのだから———不満なんてある筈もない」

「ならば、何なのだ? 下らない」
 レーゲンが苛立つのも仕方があるない。
 彼女は主に習い、短切に。必要なことのみをやり取りするコミュニケーションをとってきたものだ。
 だから、段階を踏み、盛り上げる———悪く言えば回りくどい———言い方はまどろっこしいのだろう。
 しかし、白式はそんな苛立ちなどどこ吹く風で、淡々と自分のペースを崩さない。
「私は、このように一つの事しか出来ない。不器用なのよねえ。剣と言っても雪片だけ。陰打ち、真打ち、弐型。少しずつ変わったと言っても所詮は雪片。これしか扱えない。荷電粒子砲とかは、あー……あれね。サポートしまくってもらってやっと、と言った感じ。
 違う剣を持っただけで違和感を感じてしまう。だから、本当は雪片弐型を大量に積み込んだんじゃないの。鋳造の際のわずかな差で私は乱れる。だから、『鋳型』をもらっただけ。
 ゼリーやクッキーみたいにそこを通せば私の大好きな雪片が出来上がる。
 これなら、二人の願いを叶える力となれる。

———一夏は千冬のようになりたい
———私は、一夏を千冬のようにしたい

 利害は完璧に一致。方向性は綺麗にそろっている。私達は、お互い望んで番い合っている」

「そうか———」
 レーゲンはついに思いたった。
 どうしようもない憤りが吹き上げる。
 それは———ISとしてまさしく不倶戴天。たとえマスターが男であろうと、認められぬ事を。

「そういう、事か……貴様に見合う固我の持ち主がついぞ見当たらなぬからと、ISの分を超えて、主の方を自らに合わせて調律する気かッ!! 教官殿では成せなかった故に、男とは言え、姉弟であるそいつを代用として!」
「まさか!!」
 ハッ! と白式は嗤う。
「———添え木する程度よ。どれだけ千冬と同じように矯正しようとも、一夏は千冬にはなりはしない。劣化コピーなんてこっちからしてもまっぴらごめん。パクリなんて所詮二番煎じ。絶対原型には追いつけない。だから、あくまで『よう』なのよ。私と相性ぴったりで。かつ、お互い望んだ形に。
 一夏として一番強くなりそうな形にして行くの。
 一夏も、強くなりたいのだから文句など言う訳もなし。
 一夏は千冬に似ているもの。二人の最強が似か寄るのも道理だし。お互いの利害がかなって二人とも幸せでしょう?
 この喜びは、全てのISの中で私にしか出来ないのよね。
 だってそうよね?
 貴女達は女にしか興味がないんですもの。分からないでしょうね? 自分の男を、自分の色に染めて行く喜びなんて」
 砂浜が爆砕し、白い砂浜が噴き上がる。
 一斉に雪片が突き出した。
 白式の領域を雪片が突き立ち、埋め尽くす。
 片足でバランスをとり、雪片の柄を挟む白式は片足のまま、雪片の柄にしゃがみ込み、そのまま口元を覆う。

「もぐ———そう、私は一夏を頂きに押し上げる———もぐもぐ———かつての千冬のように! そう、パクリじゃない、本当のオマージュってものを、教えてあげるッ!」

 口元から手を離し、その手に食いかけで出て来たのは、何故か場違いな事に、昨晩一夏が格納領域に突っ込んだカツであった。
 一口既に齧られている。
「ん〜。冷めてもサクサク、流石一夏。それでは、剣の林にて持て成して差し上げようかしら?
 ねぇ、黒き雨。私は一つの剣しか使えない。だけどこれらは全て寸分違わず同じ剣。全て私のための剣。巡らせましょう、千剣の舞を。ええ———たった一つの事しか出来なくても、それが千なら鏖殺には十二分に過ぎるから!」

「食うのか啖呵を切るのかどっちかにしろ!? そうか……言っていろ。原初のISコアNo.001!」
 シュヴァルツェア・レーゲン、その四本の腕からはそれぞれ無数のワイヤーが複雑に振るわれる。
「貴様も、お前も我が隊長、その栄華の礎となれ!!」
「はははははは———さあ一夏! 心往くまで舞いましょう! 剣神に奉じる血の舞を!」

 ISだけの世界。
 主同様、それぞれの意地を掛け、彼女達も激突全力を以って激突する———!





 PIC———パッシブ・イナーシャル・キャンセラー。
 一夏がかつて、覚えていなかった事が呆れ果てられるほど、ISの基礎中の基礎的な機能である。
 その真髄は、宇宙空間での姿勢制御や移動をこなすための重力制御技術の結晶だ。

 本来、人工の重力を発生させることで、基本、自分の立ち位置に基準の無い環境である宇宙空間起点を置くための機能なのだが、この『大気圏内』での環境というものは、宇宙での重力操作とは一癖も二癖も異なる難物なのだ。

 何故なら、言わずとも分かるであろうが、文字通り大気の中にいるのが大気圏内である。

 重力を操作すれば、文字通りそちらへ赴く空っぽの無重力空間と比較するならば、大気と言う海中は、ものは酷く『重い』のだ。

 重力操作は酷く乱暴な言い方をすれば、エネルギーを注げば注ぐ程、力を増すため、宇宙空間においては、加速は理論上光速までは無限大に上げることができる。

 対して、新幹線の速度で窓から風を受ければ乳房の感触を堪能できるとかいう馬鹿話が盛り上がり、若者が新幹線の窓をぶち抜こうとしたとかしないとか 、そんな話が出るほどに大気は加速するにつれて物理強度を固めて行く。
 まあ、新型新幹線はより早いので男の大胸筋程度かもしれんが。

———そう、兎角。たった音速程度の加速だけで容易く壁へと転じるのである。
 大気そのものが振動という物理エネルギーを伝達させる限界速度を有するため、大気中でそれ以上の速度を出そうとすれば、自身が発生させた振動エネルギーを自ら追い抜かねばならないのだから。

 その際、振動エネルギー……『音』による壁の厚みは速度をあげるにつれ、倍増しに爆発的に跳ね上がって行くのだ。
 その威力、ウーターマンの先輩の首を引き千切り、絶殺せしめる程である。
 決して舐められるものではない。

 ISはここに、シールドで音の壁から機体を保護する、さらには重力制御で壁を押しのけるなどの手法が取られているが、それでもロスするエネルギーは少なくない。

 さらには、動くだけで余計な演算をこなしている、と言うことだ。

 特に、重力制御における機体保護は、それでなくとも演算負荷が大きいのだ。
 その計算を一歩間違えれば切り揉む乱気流に弄ばれ、シールドを多大に損耗、搭乗者が木っ端微塵になる恐れまであるのだ。

 そのため、現行のISは、大気圏内活動における重力制御の役割は至極三つだけ、となっている。

 一つ、浮遊。
 一つ、慣性の制動。
 一つ、ブレーキ。
 以上である。

 これが、演算の複雑性改善のため、早いレスポンスを実現させるべく操作を限定させている理由である。

 なお、大気圏内であろうと、完全重力制御による機動を実現させたISはこれまでも存在する。

 白雪芥子、雷蝶、暮桜、テンペスタ、そして、双禍。

———以上、五機である。

 いずれも束かゲボックの手が掛けられた———常軌を逸した機体であることが全てを物語っている。

 さらには雷蝶に至っては、ISの演算速度ではまどろっこしい、と束が全ての計算式を暗算で演算代行しているという驚愕の事実があったりするわけだが。

 重力制御システムが、PIC———受動的慣性制御、などという限定的な機能に過ぎない名を付けられているのも、ここからきているのだ。

 さて、一夏の白式だが。
 実は、ここは一般的なISと殆ど差異が無かったりする。
 ここは、設計から天才達の手が掛けられていないためと、重力操作は一夏には手が余る、との判断からである。

 白式のスラスターが大型で高出力なのは、その上で高機動性を確保するには一番シンプルで手っ取り早い手段であったからだ。
 つまりぶっちゃけ、PICはオートで浮遊させているだけである。
 
 だがしかし、浮かせる、というだけなら何も本機だけである必要などない。

 今まで展開させた七本の雪片弐型。
 それら全てが、白式の周りを浮遊している。
 BT兵器のように、それ独自に飛び回らせ、それぞれが独立する訳ではない。
 言ってしまえば、簡易非固定浮遊部位(アンロック・ユニット)だ。

 これが、一夏の手を増やす事となる。
 
「うぉらああああああ!」
 一本の雪片弐型を手にする。
 PICによる一瞬の拘束は抵抗となり、抜き放たれた一閃はデコピンの要領で『見えない鞘走り』として加速する。

「ぬぅ!」
 躱すラウラに残り一本の手が振るわれた。
 逆手に握っていた剣は零落白夜を放ち、今一歩ラウラに迫る。
 再度ギリギリで躱したラウラは、完全に死に体となった一夏にむけて、残るプラズマ手刀を斬り上げる。

 一夏は左足を蹴り下ろした。
 何もない宙かと思いきや、そこには雪片弐型がPICでより強固に、空間へと縫い止められており———
 剣の柄を踏み台に跳躍、脚力で逃げ切る一夏は重力操作の恩恵を受け一回転、爪先をラウラに向けて蹴り放つ。
 間合いなどはるか外であるはずの蹴りはしかし、そのリーチを付け足されていた。

 今、蹴りつけた雪片弐型だ。
 踏み台にされた時、柄の一部を展開し足に接続、蛇腹剣状に長く長く引き連れ、鞭のようにしならせたのだ。

 思わぬ一撃に、ラウラは咄嗟にワイヤーブレードを射出する。
 二つの武器は互いを弾き合い、二機は格闘戦の距離よりいったん、間合いが離された。

 ここまで離れれば、ラウラ優勢の間合いとなる。
 よくも良い気になってくれた、と停止結界を格子状に投射、突撃してくる白式を捕縛せんとし。

 天を両断する彗星が投網を引き千切る。

 全身を淡く輝かせた白式である。
 一夏は瞬時加速で突撃すると同時に、周りを漂う雪片弍型を七つすべて分解、全身を薄く零落白夜で包んで体当たりを実行したのだ。

 例え薄かろうともそれは零落白夜。
 擦りでもすれば、どれだけの被害が出るかわからない。

「あああああああああっ!」
 攻防一体、という意味だけでみれば見事な突撃に、嫌な汗が噴き出したラウラは吼えた。
 スラスターに鞭打って瞬時加速。
 試合が始まって以来、初めて完全に逃げに徹し、さらに距離を離したのだった。



「くそっ! 仕留められなかった!」
 一夏は毒吐かざるを得なかった。
 今の攻防は、今までのエネルギー節約戦略とは打って変わって、零落白夜の大盤振る舞いだったのだ。
 失ったシールドエネルギーは決して少なくない。

「———ッハァ! ハァッ———! 舐めた真似を!」
 ラウラにしても今の『逃げ』は辛酸舐めさせられる以上に屈辱の極みだった。

 しかし、急に登場した新武装、否、新展開。一夏の未熟以上に驚異であった。

 変形、分解、結合。

 変幻自在。あらゆる形になって一夏を援護する武装群。
 そのどれもが一発で致傷を受けるのだ。
 こちらが格上であっても、すり減る精神が及ぼす効果は否めない。

 しかも、七つで全部だとは、一言たりとも言っていないのだ。
 さらに解せない事がある。
 あの浮遊する剣の配置、どう見ても一夏の意識外で操作されているものがある。


 まるで、何者かが、一夏と息を合わせて剣を用いているかのようだ。
 そんな戦闘支援AIが搭載されているとは聞いていない。
 この剣の仕様もそうだ、と言えばそうなのだが、もしそのような人工知性が搭載されているならば、この剣が出てくる前から一夏に口出ししている筈———それほどに一夏の戦闘は未熟なのだから。

 ここに来て。
 一夏の刃が己の首元で常に揺れている事をラウラは察した。

 おかしい、と自問せざるを得ない。
 全力で潰す気であった。
 一夏は格下だ。そんな風に一気に押しやられれば、幾ばくも保つまい。
 だが、一夏はまだ潰れる事なく健在だ。

 そして———

 ああ、そうか。

 ああ、無意識に意識から外していた———自分は、全力をまだ出してはいない。
 ああ、矜持など、実力を削いでいるのなら、何の意味があろうか。

 そう決めた誓いがより実力を高める?

 いや、これはそんなものではない。

 自らを恥じた部分を隠しているだけだ。

 自らの全てを発揮していないのだ。



 それでもし。
 この戦いで負けるとすれば。
 それは一体どれだけの悔恨を生もうか。

 それだけはならない。
 自ら掛けた意思を思わぬ事で成していなかった。
 そうだ。
 本当の本気で。
 この。
 気に入らぬ男を。
 全力を以て。

 一夏から思い切り距離を離したラウラは、左目を覆う眼帯を掴み。

 ふぅっ。

 一拍だけ、呼吸を置いて。
「叩き潰す!」
 と———、一から決めていた筈であろうが!

 勢いよくそれを引き剥がした。



「———?」
 一夏は眼帯によって隠されていたその瞳を見て、首を傾げた。
 金色の瞳である。
 光彩異色である事に別段一夏は感じる事はない。
 何せ、知り合いにその時の気分で眼球を取り替えるものがいたりした環境だ。
 左右の色が違うぐらいどうという事はない。

 ただ、その容姿でその色の瞳は、一夏の心臓を鷲掴みにするには充分過ぎるものであった。
 銀色の実体に金の輝きを纏った悪夢。
 屈辱の色だ。

 もちろん、それだけではなく、気付いた事がある。色彩の変化だ。
 眼帯を取り外したばかりの時は金色であった瞳が、ゆっくりと、右目と同じ赤みが強まって行くのだ。
 変色の具合は速やかに進み、いつしか右目よりも鮮やかな紅へと。



越界の瞳(ヴォータン・オージェ)第二視覚(セカンド・サイコ)モードへ移行……」

 次の瞬間。
 紅の閃光が炸裂した。
「がああああああああああああああ!」

 破壊力は絶大だった。
 直撃した白式右腕部装甲は一気に吹き飛ばされ、そればかりか、閃光に如何なる圧力があったのか、機体丸ごと思い切り弾き飛ばされる。

「おいおいおい……」
 まさか。
 こんな隠し種があるとは思わず、装甲を引き剥がされた右腕を庇う。
 どういう破壊力だ。
 雪片弐型が一本、完膚なきまでに破壊されている。

 ばぢり……ぢりぢり、と。
 成し遂げた紅はラウラの左目を中心に紫電———いや、紅電となって弾けている。

「私は、ナノマシンに適合し過ぎる、という欠陥を持っていてな。この強化された瞳が常に全力で視覚情報を処理するため、脳に負荷をかけるという欠陥を有していた。日常生活にも支障が来る程のな。出来損ないと言われたよ……。
 だが、そんなある時、ある男が私を治療すると現れてな———ああ、結果は成功だった。私は暴走状態を抑えられ、機能のオンオフを任意に出来るところまで完治———いや、革新と言っていいところまで来た…………………………だがっ!」

 ラウラは、より濃い紅の瞳を左手で覆い。

「『ただ治すんじゃ詰まらないんで思い切り頑張って盛り込んでみました』と言いたいのか知らんが、人の体にここぞとばかりに勝手身釜にあれこれよけいなものを突っ込まれた! 玩具か私は! せっかく……せっかくそのままなら私は———私はあああああああああああああっ!」
 ああ、よっぽどその事に対して鬱屈が溜まっていたのであろうなあ。一夏が思わずほろりとくる程、その感情をぶち撒けた。

 体を自分の意志と関係なく弄くられ、挙げ句に失敗作の烙印を押されたラウラにとって、治療……は、してもらったけどその上でなんかおまけがいっぱいついて来たのは辛抱たまらんのだろう。

「……いや、だいたい分かったけど、その鬱憤まで俺にぶつけるのやめてくれよな?」
 一夏はこの時分かった。
 ああ、なんか双禍と相互理解し合ってたように見えたのは…………うん。
 同じ苦しみを味わったもの同士だったからのようだ。
 それなら仕方ない。同胞だもの。
 自分だって、料理談義出来る女子とは結構仲良く話せるのだ。その後に何故かIS訓練が苛烈になるのだが。
 分かってないのは一夏が織斑だからである。

「しかしなぁ……まさか、ナマでオプティ●クブラストをお目にかかるとは思わんかった。しかも食らうなんて。噂に違わぬ破壊力……くそ、とんでもねえ……」
 戦慄を隠せない一夏。
 まあ、ぶっちゃけラウラが放ったのは目からレーザー・ビームである。
 オプティックなんちゃらなんという、インフレの果てに都市をぶっ飛ばすようなものではないのだが。
 ナノマシン処理によって強化された細胞を、ナノマシンによってホタルイカやヒカリゴケと言った生物が有する高効率性発光細胞へと変異させた上で強化する事で、大出力の光源を放射。
 それを同じくナノマシンで炭素結合を制御し、水晶体を収束率の高いレンズへと形成、指向性を収束させ、レーザーへと変じているのだ。
 いわば、生体レーザーである。
 しかもこの場合、ISに搭乗しているため、攻性因子が付与され、尋常ならざる攻撃性を有するに至っているのである。
 名を『混沌の瞳(ヴィジョン・オブ・ディスオーダ)』。生体最速兵器である。

 ところが。
 この一夏の一言が、ラウラに更なる火をつける事となったのだ。
「お前もか! お前も副官と同じでオプ某などというのかッ? 他にも可愛い擬人化ぷち光線級だとか、ネコミミ付けようだとか、部下の奴らの目つきが物凄く怖くなったんだぞ!? 双禍はなんか、格好いいの褒め通しだったが……というより、彼奴も撃ってたが……と、兎に角だ! くそ! お前もか! お前も私のことを、そんな風に言うのかあああ!」

 それまでの冷静な有様をかなぐり捨て、半分涙目でラウラは抗議していた。
 なんか、相当部下に文字通り、比喩抜きで可愛がられていたようだ。
 猫とかで言えば、やり過ぎると円形脱毛症を起こす程だったんだろう。
 静かに、同情だけはした一夏だった。
 思わず、言葉が漏れる。
「……地雷踏んだのか? しかしアレだな」
 庇護欲誘う涙目だな。という後半の言葉は飲み込んだ。
 なんかぶちのめす士気が落ちそうだった。
 しかし、変わらず相手の方が実力は遥か上。かつ、新たな手まで追加して来たのだ。しかもそれは強力。油断など出来ようも筈はない。
 のだが、ねぇ……。

「あー。悪ぃ、あんな出っぱなしの怪光線とは違うわな」
「出っぱなしなのか!?」
 ラウラは元祖目からビームを知らないようである。

「でもよ、双禍が口からバズーカでお前が目からビームって、どこの回しもんよ、って感じだな」
「うわぁああああああああああああああん!! お前まで意味の分からん事言うなああああああ!」
「半狂乱状態で襲って来た!?」

 しかし。
 その程度で実力の変わるラウラではなかった。

 そして、この事で、形勢は再び反転した。
 そも、レーザーというものは、当然ながら光学兵器である。
 束ね、揃え、収束して放つ。その速度は秒速30万キロメートル。何物よりも速き文字通りの光速なのだ。
 狙いは視線。すなわち、見られているという事は既にロックオン下に収まっている。
 しかも発射には引き金などと言うまどろっこしぃ一手も、同様に最速兵器たるセシリアのレーザーライフルのように、長大な銃身を取り回す必要すらない。

 具体的に言えば。
 見る事さえ出来れば、これ以上ない後の先をとる手段となるのだ。

 相手に零落白夜を直撃させる。その瞬間まで相手の視界に攻撃の起点を見られてはならないという事。
 そんな無理難題が、ラウラ相手に課せられたのだ、一夏に敵う道理はない。
 たとえ一瞬であろうとも、ナノマシン処理された眼球の元々の機能、超絶的な動体視力で捉えられてしまうのである。



 つまり。
「無駄だ!」
「痛づっ、つぅ……く、くっそ……おおお!」

 周囲に展開している雪片弐型を手に取れない。
 剣を手に取ったその瞬間を生体レーザーで狙い撃ちにされるのだ。

 今しがたも強力な熱視線は一夏の手を弾き、刀を手に取る事を許さない。
 周囲の雪片弐型を分解し、突撃したときのような障壁にすれば攻防一体とはなれるだろうが、アレは消耗が激し過ぎるのだ。

 一夏は武器が持てない状態なのだ。
 しかも執拗に手を撃たれている。
 剣を握る握力が残っているかも分からないダメージを受けている。
 装甲はすっかり砕け散り、何度と無く局所絶対防御まで発動していた。

 結果、実力差が、はっきり顕在化した形となったのだ。

 計四本のワイヤーブレードが一夏を締め上げ、その上で停止結界が全身を拘束する。
 周囲に浮いていた雪片弐型は全て弾き飛ばされ、一夏から離れた場所に広くまき散らされていた。
 蛇腹状の雪片弐型を振るう事も、千枚通し型の空中機雷に変じさせる事も出来ない。

「これで、終わりだ! 教官の栄光を蝕む寄生中がッ!!」
 二本のワイヤーブレードが、一夏を引き裂くために射出され。



 同時。

「やはり、この私と隊長(コマンデュール)の前では、始まりのコアと言えど、有象無象の一つでしかないようだな。地を這うがいい———お前も、我が隊長の栄華の礎となれ」
「があああああああああああああッ!」
 コアネットワーク上の、情報共有空間内。

 先程よりも強固に、白式は拘束されていた。

 当然だ。現実空間での闘争、その圧倒的な実力差が、ここに於ける拘束力として具現しているのである。
 しかしアレだ。レーゲンの言動がまんまラウラなのは、やはりISはマスターに似るという事なのか。

「ぐっ、こ、のぉぉおお———」
 だが、全IS中、最も我の強い白式が折れる筈も無い。
 全身を締め付けるワイヤーをこれで居て尚、力尽くで引き千切ろうとしており、その膂力は食い込む素肌が引き裂かれ、流血する程である。

「無駄だ。趨勢は既にほぼこちらで決定している。貴様は積みだ、悪戯な自傷行為は主のためにもならんぞ?」
「ハッ、もう勝った気でいるのか、ドイツ産」
「この期に及んで、まだ勝てる気で居るのか原初のコア。状況を正しく判断するのだな」
「ガキ、お前は、この程度を絶体絶命とでも? ああ、片腹痛いって。この程度で———」



 同時に。一夏が。
「ふざんけんじゃねえ! この程度で、こんなところで、千冬姉の一面しか見てねえ奴に———」



 主従が吠えた叫びは期せずして、
「「負けるかあああああああああああああああああああああああああッ!!!」」
 ぴたりと一致した。

「なっ!?」
 レーゲンが驚愕に一瞬動きを止めた。
 白式の足下、もはや僅かになってしまっていた砂浜から、雪片弐型の刃が白式本人を斬りつける事も厭わず伸びて来たのだ。
「ぐっ———」
 噴出する血液、しかし拘束していたワイヤーは白式の肉ごと両断される。
「ああああああああああああああああッ!」
 叫びは途切れる事無く。解き放たれた白式はレーゲンに飛びかかる。



「なっ!?」
 ラウラとレーゲンの言葉も期せずして一致した。
 白式の各所砕けるも、かろうじて残る装甲、スラスター、非固定浮遊部位。ありとあらゆる各所が展開し、雪片弐型へ姿を変じていたのだ。

 まさか———白式とは、その装甲の大部分を、装甲へ流用した雪片弐型を取り付けているのかっ!
 
 そう。
 拡張領域だけではない。
 白式、という機体そのものが、ある意味最低限の部分を抜かし、千刀林の一部であったのだ。

 それが一斉にばらける。
 スラスターのエネルギー放出口。
 最低限、それだけを残し殆どの装甲が剥離し、一夏の周囲を分解して取り囲む。

 零落白夜。

 白式は、再び解き放たれる。
 最大の高揚感、それが一夏を包んでいた。
(あぁ、なんだか白式も俺の昂ぶりに応えてくれている気がする———負ける気がしねえ!
 俺は誓ったんだ。
 もう、お前等みたいな奴らに仲間を一人だってやらせねえって!
 応えてくれるんだろ、白式ィ!)

 その感は当たっている。

「行いいいいいいくぞおおおおおおおおおおおッ!」
 白式も、一夏の滾りに呼応し、咆哮を轟かせる。

「来い来い来い来い来いッ! …………来た来た来た来たあアアアアァッ!!」
 一夏の傍に、モニターが浮かんだ。
 表示される文字はたった一行。
『———Peakey Galliver!!』

 雪片弐型の破片が集う。
 既に力の入らぬ筈の拳を中心に。
 しかし、限界を無視し、一夏は全力で拳を握った。

 拳を中心に、装甲が集う、集う、組合わさる、展開する、変形する、肥大化する。

 巨大な拳ができあがる。
 その威容、一夏丸ごとをすっぽり覆い隠す程の巨大な拳だった。

(馬鹿な———拳が巨大に見えるだと!? 錯覚だ! そうに決まっている———だが、真逆これがクラリッサの言っていた、強大な闘気によるプレッシャーは実物より存在を巨大に見せ足りえる———を実証したものなのか!? 馬鹿な! こんな軟弱者にそんな真似が———ッ!!)
 いや、何を勘違いしたのか、ラウラ。それは実際にデカいのである。



 なお、シャルロットと戦闘中の双禍ははっきりと耳にしていた。
『こぉのドイツ産の分際でェ!! アンタらは黙って大人しくソーセージでも作ってろ!! すぐさまそのド腐れ脳天ブチ砕いて脳漿ブチ撒けてやるから泣いて差し出せえええええ―――ッ!!』
「聞かなかった事にしよう……」

 白式は血気を頂点を遥かに突破し、盛んにブチ切れまくっている
 まるで、リンクしているのが一夏ではなく、千冬のようだった。
 鮮血を後方へまき散らしながら、それでも白式も、固く、固く、拳を握る。
 そこに閃くのは、普段から双禍が食らっている、IS至上、至高究極、最大威力の輝き。

 零落白夜(拳)。そして———

その原人程度の脳漿をぶちまけろォォォオ雄鳴ッ!(そ げ ぶ)

 と、白式、名台詞をパロる。
 台詞はどちらかというと、スカーフェイスなバルスカ先輩だが、略すと見事に一夏にふさわしい一級フラグ建築士の名台詞の略と同じになっていた。その事に気付くものが居たか否か。いや、無理矢理感は否めないけれど。

「くっ!」
 ラウラは、咄嗟に防御を選択してしまっていた。
 それが決定的な悪手となると知らずに。

 停止結界は、視認出来る空間を、高い集中力で凝視する事によって発動する。
 しかし、この時一夏の姿は拳ですっかり覆い隠されていた。

 白式を拘束すべく、放たれた停止結界は、その拳によって次々と引き裂かれる。
 そう、コアネットワーク世界だけではない。
 この一夏の巨大な拳もまた、零落白夜を伴っているのだ。

 ばぎんッ! ガギンッ! ぐがんッ! ゴリュうッ!

 空間に干渉するエネルギーと、エネルギーと対消滅する閃光が、互いを蝕み合い、結果として破断する金属音に似た悲鳴を絶える事無く響き渡らせる。

 つまり、拳は止まらない。

 停止結界が通用しない事を察したラウラは離脱行動へ。
 アレだけの巨大な固まりが零落白夜を放っているのだ。この一撃を外せば、いつだかのように自滅で終わる。
 それだけで、自分の勝利は確定するのだから。

 が。

 拳で覆い隠され、姿が見えない一夏の行動を見損なう。
 それは致命的だった。

 一体どこからエネルギーが捻り出されているのだろう。
 打鉄番長を知る双禍なら、気合いと根性と答えるだろう。
 そう、エネルギー物理を超える、なんらかのフォロー。
 ISの支援に他ならない。

 スラスターが、周囲に渦巻くエネルギーを食らって猛火を吹いた。
 瞬時加速。
 それは、拳というありふれたもの故に縮尺のおかしいそれの遠近感を狂わせた。
 急加速した巨大な鉄拳は、真正面からラウラの不意を突き、炸裂する。

「あああああああああああああああああ!」

 込められしは零落白夜。ISの慣性保護エネルギーさえ打ち消し、まるでトラックに真正面から激突するような衝撃がラウラの全身を揺さぶり貫いていた。
 だが、ゲボックのナノマシン改良は、ラウラの全身を元々強化していたシステムさえ底上げし、常人ならば良くて失神する程の衝撃を受けて尚、ラウラの意識は途切れる事が無かった。
 抱く感情は憤怒。

 負けてなるものか。
 こんな、未熟者に。

 ナノマシンによる身体強化と治癒加速、さらには千冬への心酔と言う精神的ブーストを重ね、拳に押し出されながらもラウラは身をよじり、拳の端から顔をのぞかせる。
「お前に……! お前なんぞに……!」
 睨みつける。負けてなるものか、と。
 その眼光がそのまま殺意へと変じたかのように奔るのは、紅の閃光。
 先程からの光学兵器乱射で、体内カロリーを大幅に失っていたラウラは、低血糖による脱力と廃熱仕切れず体内にこもった高熱による酩酊感と頭痛を堪えながらも、なおも照射を止める事は無い。
 それは強化されたスペックであっても限界をとうに超えており、精神力、その一言に尽きた。

 零落白夜の余剰エネルギーに削られながら、それはなんとか辿り着き、一夏の頬を削り取る。
 一夏を守るシールドは一切無くなっていた。ダイレクトに頬の肉が千切れ飛ぶ。
 ゴーレム戦でも見せた、絶対防御シールドさえ零落白夜につぎ込んだ一撃のためである。
 今の白式には、ISの最たる防御は一切無い。
 だが、こちらとて意地で負けるわけにはいかない。
「ぐっ! ……それは———!」
 限界を超えていたのはこちらも一緒なのだ。
 一切怯む事は無い。怯めばラウラにぎりぎりで逃げられただろう。
 ならば、これでエネルギーを使い果たすであろう一夏は自動的に敗北だ。
 だから、これは意地の張り合いだ。どちらも退きはしないだろう。

 拳を捻じ込み、ラウラの視線を逸らし。
 紅の刃はアリーナ中を暴れ狂う。
 周囲が吹き飛ばされ、また、頬以外にも運悪く掠めた肩や脇腹が焼かれ、激痛が奔るも。
「これで———」
 一切顧みず。

『終わりだあああああああああああああッ!』
 一夏の意識のどこか奥、いつか、聞いた事のある声が、一夏の言葉を繋いだ。
 八重歯を剥き出しにし、自傷で開いた傷口も厭わず、跳躍。シュヴァルツェア・レーゲンの背後に瞬間移動のように瞬く間のうちに移動していた白式である。
 彼女は振り向いたレーゲンの顔面、ド真ん中に全力で閃光目映い見開きパンチを炸裂させたのだった。

 全く同時に。
「ぐっが、あああああああああああああああああああああ!」
 アリーナの壁面へラウラごと拳を叩き付ける。
 観客を保護するシールドさえ零落白夜で弾け飛び、アリーナ壁面が瞬時加速により跳ね上がった衝撃力を受け止めきれず大きく陥没する。

「あああああああああああああああ、あ、あ、あ…………は、はぁー……」
 押し込みきり、一夏は大きく、ようやくと言った感じで息を吸う。
 今の今まで、叫び、吠え、猛り、呼吸さえ止まっていたのである。

 決まりだった。
 ラウラの瞳は焦点を失い、その機体は具現維持限界を超えたダメージにより量子の輝きに転じて光となって解けて行く。
 それは、今の一撃でエネルギーを使い果たした一夏も同様で、生身同然の姿になった一夏は拳によってえぐれたアリーナ壁面にめり込んでいるラウラの前で、息荒く、やっとと言った感じで立ち尽くしていた。

 否。
 ぼそぼそと、言葉は漏れている。
 それは意識して喋っている、というより、意識は朦朧で曖昧な思考がだだ漏れになっていると言っていい状態であった。
「今度はちゃんとやれたよ……はは、あぁ……戦えたんだ……俺も、俺だって…………イさん……」
 何かに語りかけるように、うつむき加減で。

 何かから解放されたかのように。
 一夏は立ち尽くしていた。













 一方、白式は自分の領域内に黒雨を殴り飛ばしていた。
 わざわざ相手の背後から殴り掛かったのは、己のテリトリーへレーゲンを吹き飛ばすためだったのだ。
「零落白夜・剣林」

 弾き飛ばされたレーゲンは、白式の領域、雪片弐型に埋め尽くされた砂浜に突っ込み。

「ぐ、が、ぎ、が、がぁ、あ、がああああああああああ!」
 一斉に零落白夜を輝かせた雪片弐型に次々と激突、全身を刻まれて行く。
 幾度もの一撃必殺の炸裂に、レーゲンの絶叫が絶え間なく響き渡る。
 しかも、そこは白式の領域なのだ。全ての行いにペナルティが加算され、痛みを抑える事もままならない。

「五月雨は、嬉し涙や不如帰。我は至れり、雲の上まで———もぐ———そう、私は一夏を頂きに押し上げる———もぐもぐ———そう、オマージュってこんな感じに用いるのよ? 勝った時用にもう一個とっといて良かった良かったー。むぐむぐ……」
 そこにゆっくりと、自分の領土へ帰って来た白式が唄いながらかつ、カツを頬張りつつ戻ってくる。

「ふざけるな……」
 黒雨はガクガク震えながら。
 それでも何とも身を起こす。
 彼女の視界に移るのは、逆光に暗く映る白式であった。
 衣類の前面が完全に一断されあられもない姿になっているが、同時にその前面は己が流した血で紅に染まっている白式は凄惨にも満面に笑んでいた。

「どこがオマージュだ……微塵も原形止めて無いだろうが……」
「ふふん、言ったでしょ? 『模倣』じゃない。韻を踏むのが『参考』であり、大切なんだって」
「ぐ……もう、いい」
 がくり、と効果音が出そうな程に一気に脱力し、レーゲンは無力化されたのだった。
 主張の張り合いに、決着が着いた瞬間だった。
 白式の完全勝利である。

 白式はいい加減手当をすればいいものを、気にも留めずにまだ決着の着いていない方を見る。
「さーて、あっちはどうなっているかしら?」






 さて。
 双禍とシャルロットの戦いに移る前に、観察室の様子を映すとする。
「おおおおおおおおおっとおおおおお! 凄まじいぞ織斑一夏! さっきの目からビームにも驚いたが、こっちはそれ以上だ! その一撃はまるでブロブディナグの一撃! ラウラ・ボーデヴィッヒを丸ごと一撃を以て叩き潰したああああああ!」
 描写は無いが、一連のバトルはちゃんと実況していた『翠の一番』である。
 
 一方、興奮している『翠の一番』はさておき、他の一同の様子とは言うと。

 はっきり言おう。

 今までと全く異なる一夏の戦闘を見て、全員呆然としていた。
「……えー……と? なに、あれ?」
 その場に居る皆の感想を鈴が代弁していた。いや、本気で意味不明である。

「刀……雪片が、沢山、出て来たな」
「しかも、色々な武器に変形してましたわね」

「格好良いかも……! 武器が」
「「「えええええええええ!? いつになく簪(さん)の瞳が輝いてる!?」」」
 あんな多形態変形武器、技術に携わるならば、目を輝かせねばモグリである。

「双禍とコンビ組んでるだけはあるな」
「えへへ……そう……?」
「喜ばれましたわね」
「やっぱりこの子も色々汚染されてるわねえ」

「ちょ、ちょっと、倉持にこんな仕様があったか、問い合わせてみますね」
 真耶が部屋から出て行ったのだが……いや、絶対倉持も把握していないに違いない。
「どうした千冬? 眉間に皺が寄ってるぞ」
「あ、あぁ……『翠の一番』か。いや……な……」
 千冬は、一連の戦闘を見て受けた印象で、口角が引きつるのを感じざるを得ないでいた。

 一夏のIS、白式は謎な部分が多い。
 千冬の愛機である暮桜の単一仕様能力を同様に発揮したところから、まさかと思っていたのだが。

 この、こう———なんだろう、自己主張の激しい点と良い、周りの想像を二周りも三周りも外れる点と良い……。
 物凄い、既視感があるのだ。

 否———
 忘れる筈もない。
 この感覚、印象。
 千冬が暮桜に搭乗すると知って相当ごねたあの娘———

(あのコア……白雪芥子のものだったのか……!)
 安置されていた研究所が襲撃され、突如行方を眩ました、と聞いていたが……。
(あいつの場合、コアに手足が生えて歩いて逃げた、と言っても信じられかねんものがあったんだが……)

 しかも、その印象を確信に変えたものが、さっきの雪片弐型多変形である。
 あれは、千冬とテンペスタのマスターなら分かるだろう。

(あれは……)
 何と言う事であろうか。
(絶対、私と暮桜の狂乱殺し(ライアット・ブレイカー)意識してるんだろうなぁ……!)

 その程度、わざわざ単一仕様能力にしなくてもすることができるのだと、胸を張って主張するかのように。
 機能として、自己開発したのだろう。
 暮桜のコアにマスター情報をバックアップさせるような事をするコアだ。そのぐらいするだろう。

 何の事は無い。
 シュヴァルツェア・レーゲンにさんざ言っておきながら全然、全くこれっぽっちも、未練が断ち切れていない白雪芥子であった。

(私に対する当てつけ……だよな……白雪芥子。お前って奴は……)
 むっつり、黙っているが、実は結構深刻な心理状態の千冬なのであった。



 そして。
 一夏の勝利は、とある前提を大きく覆す事となる。
 それは、そもそも現在、戦闘能力上、上位であるシャルロットに双禍が食いつける根拠。

 最強が、ラウラであると言う事実。
 そして、勝利条件。
 ラウラが一夏を倒すまで持ちこたえれば勝ち、と言うものだ。

 勝利条件というものは、前提が変われば、運びそのものが全く別物へと変じてしまう。

 一夏とラウラの闘争は、試合のレギュレーションで言えば相打ちとなる。
 一見、一夏がラウラを打ち倒したように見えるだろうが、セシリアとの試合の時もそうであった通り、そもそもIS同士の試合とは、先にシールドエネルギーが尽きた方が負けとなるのだ。
 もし、一夏とラウラの一対一の試合であったならば、どちらのエネルギーが先に尽きたのか、その厳正な判断となるのであろうが、これはタッグマッチだ。
 即ち、現時点では、双禍か、シャルロットか。
 この一騎打ちにて、タッグマッチの雌雄を決する事となる。
 さて。ここで、双禍の心理状態へ移るとしよう。
 即ち。












 やべえ。やべえくらいやべぇ。



 この手の事に疎い俺にだって分かる。
 この瞬間。
 流れが変わった。

 発汗機能をオンにしていたらまさに滝のような汗がダラダラ止まらなかったであろうなあ、と思う。
 さっきから白式が怖いわ、お兄さんがL.C.L溶液に溶け出しそうなぐらい白式とシンクロしてるわ、とか思ってたらなんだよあれ。

———あのギガドリ●ブレイクパンチ版は。
 ちらり、と視線を流せば、ブチ倒したシュヴァルツェア・レーゲンに腰掛けてニヤニヤこっち見てるしさ、白式の奴。
 なんでおっぱいとかモロだしでそんな冷静で居られるのか分からんが。はしたないからとっとと服着ろ。あと、なんか血が出て見てるだけで痛いから治療かなんかして下さい。切実に。
 ちらりと、現実空間のシャルロットさんと目が合う。



「んー……どうしよっかねー?」
「勝ちに貪欲じゃないのは褒められない姿勢だよ! はははは! これでやっと捕まえられるね!」

 いや。誰だって負けたくはありませんが。というか彼女怖い。怒らせすぎましたか。
 お兄さんだって実力差を覆しましたしね。まぁ……白式の貢献が大きいでしょうが。
 ん? 番長? 自分も頼りにして欲しいって?
 それでは、存分にお願いいたします。
 なんか、感動で涙が出そうになって来た。親父に頼んで、コア番長と換装してもらおうかなあ。

「ま。いーっちょ、張り切りましょうか!」
 素性もバレたしな!
 俺は口を大きく開けまして。

「もうそれは通じないよ!」
 シャルロットさんは、出てくるであろう砲弾を迎撃すべく、なんか機関銃を構えている。
「いや、お兄さんに習って太陽拳」
「うわっ!」
 口から放たれたのは閃光。その隙に、ラファールの側面へ回り込む。

 今度は本命で、口から突き出てくるのは機関銃とショットガンとアサルトカノンの群体である。
「———なんちゃって」
「へ?」
 ぴったりと、ショットガンが俺の口に合わせられてまして。
「ブッたあああああ!?」
 口の銃器に炸裂して暴発。
 口の中が打ち上げ花火屋あ!? って、グルメリポートしてる場合じゃねえよ!?
「熱ッ、熱ッ」
「ISの開発目的を忘れたかな、急なフレアにも対応出来るように、光量センサーに伴うフィルターの展開速度は相当なものなんだよ?」
 いや、そうだったっけ? 絶対親父の技術使われてるだろ!? さもなきゃ、あの瞬時対応は出来ないって!

 ごり。
 胴体のド真ん中に、固い何かを押し付ける反応。
「ちょ、コレって———」
「デュノア社製、69口径パイルバンカー。『灰色の鱗殻(グレー・スケール)スタンドアローンタイプ』

『通称『盾殺し』』
 BBソフトの余計にぞっとする注釈入りました。
 盾殺しなのに、盾じゃなくて胴体にめり込ませるのはコレ如何に?
『シールドに摩擦係数軽減潤滑剤を塗布したためと思われる』
 はい自業自得でした!

「逃げ切ったらああああああああああ!」
 パイルの砲口が接触している面に斥力場を精製する。
 最もコレで吹っ飛ばされてもパイル程ではないがダメージ絶大であるため。
「四肢接続部緊急回避発動! 斥力場無制限解放! 同時に起動!」

 ずごん! と鈍い炸裂音と同時に、金属を砕くような、斥力場の破裂が巻き起こる。
「ぐえ!?」
 ボディに炸裂する重い衝撃。だが、発した嘔吐感は瞬時に消失する。
「嘘!?」
 目の前には驚愕の表情を浮かべるシャルロットさん。
 何故なら、パイルバンカーは俺の背後まで突き抜けていたからだ。

 胴体が吹っ飛んでがらんどうになっている———胴体があった場所を、空しく貫いて。
「首が離脱可能なんだから、それ以外だってありだよね!」
 全身を斥力場で吹き飛ばそうとするから衝撃は全身に響き渡る。
 直撃場所ではない頭と四肢はその場にとどめ、分離した胴体を斥力場で後方へ吹っ飛ばす。
 全身に安定性抜群の打鉄が装備されている状態なんかより、抵抗無く軽々と吹っ飛ぶだろう。
 シャルロットさんのパイルバンカーは斥力場を貫いてくる程の破壊力だが、その時は既に胴体は後方へ吹っ飛んでいる。
 お兄さんは剣がバラバラだが、俺は俺自体がバラバラだ! てな!

「受けるが良い! 手からブラスター! 広範囲拡散版!」
 この距離なら外れまい!
「くううッ」
 初めての攻撃ヒットである。
 シャルロットさんはその照射から必死に離脱した。しかもそれは、瞬時加速。
 そこまでの離脱は、彼女の実力からして必要ないと思うのだけれ…………。

 あ。

 シャルロットさんが離脱した先にあったのは俺の…………胴体。
「ふん!」
 シャルロットさんは鋭いラファールのつま先でそれを踏みつけた。
「げっっふぅ!?」

「ふぅ……」
 ちょ、待ッ……。
 シャルロットさんは躊躇無く、その胴体を持ち上げて、アサルトライフルのゼロ距離射撃を連射で叩き付ける。
「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああ!」
 今、そこはISの保護下に無いから俺のフレームに対IS銃撃が怒濤のようにイイイイイイイッ!
「ふふふふ……ふふふ……」



 シャルロットさ……ん?
 彼女の心境を少し前から辿ってみると、今の彼女の気持ちがわかるのではないだろうか。

 ピンチになってるお兄さん。
 まとわりつくぬるぬるシールドの固まり。跳ね回ります。
 しかも、先に倒そうとすると、お兄さん目掛けて砲弾を撃ち込もうとします。それを妨害しなければ、倒しきるまでにお兄さんはラウラに倒されてしまう。

 しかも、俺の見立てでは、彼女は既に、お兄さんの恋愛原子核放射線で被爆している。
 きっと、お兄さんを助けてお礼に———みたいな気持ちが少なからずあるはずで。
 はい、目の前にはこの俺が邪魔します。
 思う通りに行きません。
 しかも、宙を蹴って跳ね回る、ISとは思えぬ起動。
 それが着かず離れず、羽虫のように自分の周りを飛び回る。

 そして、何とお兄さんは自力で窮地を脱してしまった。
 ゲームで言えばフラグ立て失敗である。
 さて、先程判明した事実。恋愛原子核放射線に被爆すると凶暴性が増す、という事を加味しよう。

 その上で、この状態。
「ふふふふ……早く取り返した方が良いよー?」
 怖ッ! シャルロットさんの笑みが怖ッ!
 さながら、死を宣告する死神。あ、そのままか。

 仕方ない。
 こちらも真剣にしないと、俺の胴体があられもない姿になってまう。

「星よ……」
 斥力球を周囲に散布するように形成。
 そして、胴体の無いまま、俺はシャルロットさんへ突撃する。
 胴体に攻撃を受けて行動を阻害されないように痛覚をカット。

 俺の出来る最高速度で。
 胴体返してもらう!
 突撃———に見せかけて、斥力で反発!

 シャルロットさんが射撃する直前で斥力球に突っ込み激突、四方に弾け飛ぶ。
 右腕は上方へ、右足は俺から見て右下から回り込むように、左腕は頭部の防御、そして左足は、途中まで右足を追随、シャルロットさんが俺の銅を掴む彼女の左腕へ。

 だが、代表候補生を俺は舐めていた。
 真上に跳ね上げた右腕のアサルトライフルが俺の右腕を吹っ飛ばし、そのまま肘を振り下ろし、左足が単体で放とうしていたサマーソルトを払い落とし、そしてよりによって胴体救出に向かった左足を対象である胴体で弾き落とした。

 そして、残る俺の頭部目掛け、そのまま右腕に展開したパイルバンカーが狙いを付ける。
 あんなデカイものまで瞬時展開出来るとはとんでもない。

 マージンとって頭部だけ距離とって助かったというものだ。
 何故彼女がパイルバンカーを取り出したのか分からないが、あれは有効距離が短いのだ。コレだけ離れていたら……。
「『灰色の鱗殻』パイルロックパージ」
 え?

 リボルバー式の炸裂部からガコンッ、という駆動音が響いて。
 杭がボウガンの様に射出———ってマジかあああああああああああ!?

 良かった! 護衛用に左腕残しておいて良かった!
 この上ない焦燥感は、俺の単一仕様能力を発動させるコンディションとしては最高なのだ!

 ぶつかるってマジで恐あ杭ってなに尖ってる嫌ァああ!? えーっとえーっと、揺卵極夜ああああああああああァアッ!!

 左腕を黒いエネルギー吸収フィールドが包み込む。
 堅牢な装甲を容易く貫く杭だが、所詮は打ち出されてしまえばドデッカい矢である。
 慣性エネルギーを奪い、その破壊力を押さえ込むが。
「どうもそれって、直接押したりするのは効くみたいだよね」
 へ?
 『灰色の鱗殻』はリボルバー方式による連発を可能にしている。
 しかし、でも、杭今飛んで来たし———
「杭の予備もあるんだよね」
 杭、瞬時量子展開再装填。だからその技能は反則だってば。
 えーっと、つまり?
 理論上。杭射出はあと四連発可能って———

 杭の後ろから杭が炸裂して。
 あ。連結した。
 つまり、間合いが超長い杭に変化するってわけで。

「さあ、これで射程内だねぇ」
 なんかだんだんシャルロットさんの笑みがマジ凄惨になって来たんですが。
 俺の焦燥感も急速に跳ね上がり、単一仕様能力の機能も増幅される。

 そして、押し出してくる杭五本長・四連発と、俺のエネルギー吸収フィールドがそれぞれの物理法則を以て激突する。
「怖ええええええええええええええええええええええええええッ!」
 まあ、口から出るのは悲鳴なんだけど。
 結果は、パイルバンカーから伸びる長過ぎる杭がへしゃげ、それを頑張って防いだ俺の左腕がどっかに吹っ飛んで行く、という顛末に終わる。
 つまり、俺は必殺の一撃からは身を守れたが、頭の護衛はなくなった訳で。
 彼女の手は無くなったかに見えて、瞬時に武器を取り替える技能は彼女に隙を生み出さない。

 まあ。
 さて、問題です皆様。
 後藤さんモードだった俺は一体いつから四肢に戻っていたでしょうか?

「シールドタックリャアアああああああああああアアアッ!!」
 あの閃光の瞬間。
 広がる白い閃光に紛れ込ませ、オクトパステルスモードに移行した腕四本をシールド持ったまま固めていたのである。

「うっわあ!?」
 シールドの固まりとしか言いようの無いものは、シャルロットさんの後頭部に炸裂する。
 相当の衝撃だったようで、シャルロットさんは機体ごと前転し、錐揉み上に吹っ飛んだ。

 そして当然、思わず手から離れる愛しのわが胴体。
「全部俺合体!」
 吹っ飛んだ左腕をのぞく俺の全身が集合、摩擦係数ゼロの盾も含め、俺は集結する!
 のだが。

 ぷつん———
 そんな音が聞こえた。
 聴覚センサーは、それを捉えては居ない。
 だが…………まずい。
 それは、確かに鳴り響いたのだ。
 それは、張りに張り、限界を超えた緊張が弾けた音。
 何かが、切り替わるスイッチを。



 それに一瞬、気を取られたのだろう。
 隙を剥き出しにしすぎてしまった。
 全身を覆うシールドをかい潜り、某かが、俺の顔面に炸裂する!

「捕まえた。僕は君を捕まえた」
 え? 一体何が!?
 炸裂した某かは俺の顔面を覆い、視界を遮蔽する。
 見えない! どうなってるんだオイ!

 おーい、どっかに転がってる我が左腕! 客観的視覚情報をプリーズ!

 俺の指令に答えたのか、左腕は俺の有様を送りつけて来たのだったのだが、それは……えー……。
 それは……。
 シャルロットさんの左腕に備え付けられたシールドが花開く様に展開し、そこから。
「隠し腕!?」
 ズルりと腕が伸びて俺の顔面にアイアンクローかましているではないか。
「あ、見えるんだ。これぞ、『灰色の鱗殻』に代わる、リヴァイブの中距離格闘武装。その名も『グラップラーアーム』だよ」
 言うや、右腕にギアのような回転パーツを展開する。
「ふっふっふ……ふふふふふふふ……」

 やばい。
 今までも予兆はあった。
 なんか、試合中のシャルロットさんは試合進行につれ、物凄く、怖くなって行った。
 俺の挑発行為や妨害行為が苛立ちを募らせているからだろうなあ、という自覚はあったのだが。
 なんかコレはマジでヤバい。

 なんていうか、目の色が正気ではないのだ。
 ラウラのナノマシン処置も真っ青の目の色の代わり具合である。






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 フランス、某テラスにて。
 一人の女性が、コーヒーを嗜みながら景観を堪能していた。

 その女性はまったりとした時間を楽しんでいたのだが、突如として半ば立ち上がり、跳ね上げるような勢いで東の方へ振り向いた。
 それは、彼女にだけ分かる感覚であったのか、その視線の先へ忠実に線を引けば、極東の国家のとある学園へ一直線と引く事が出来るであろう、それ程の正確性であった。

 そこには、彼女の夫が外で作って来た娘……彼女にとっては義理の娘にあたる少女が通っている。
 何かを察したのか、彼女は再び落ち着き。席に着き直すと、コーヒーを軽く、一口。

「そう…………目覚めたのね、彼女が……」
 それが必然であったかの様に。
 静かに瞳を閉じるのであった。



 同時刻、先の女性の夫で、娘の通う学園で行われるISの試合を部下を派遣してリアルタイムで撮影していたのを視聴していた社長……もとい司令は、社長室……じゃなくて司令所においてテンション最高潮に達していた。
「行くぞ! 行くぞ! 行くぞ! 総員発動準備!」
「了解! 装備転送を開始します!」
「了解! ラピッドスイッチの量子調整開始します!」
「了解! ハイクオリティ録画編集開始します!」
「了解! 保護ガラスを砕いて押すスイッチを司令のもとへ持ってきます!」
 
 ヘルメットを被った部下達が一糸乱れぬ統制でコンソールを操作する。
 一人の幹部が、司令の基へ、切り札発動のスイッチを持って来た。
 そう、今しがた言った通り、保護ガラスを砕いて押す権利を司令だけが持つスイッチであった。
 普通、パネルとかに埋設しているものなのだが、司令はボタンを押す誘惑に勝てなくてしょっちゅう押してしまうので持ち運び式にしたのだとか。

「行くぞおおおおお!」
 司令と各社員は声を揃えてその名を叫んだ。

「「「「「「シャル・ノット・パニッシャーあああああ!」」」」」」
 社長は最高潮のテンションで保護ガラスに拳を叩き付け。

 ごめし。と言う鈍い音とともに弾かれた。
「痛い!」
 強化ガラスの強度に打ちのめされ、右手を抑えて司令室を跳ね回る司令。
 そうだ。いつもあっさりなんでもない時まで押すので、ガラスの強度を上げていたのである。
 何と言うか、締まらないわ格好悪いわでなんというか、盛り上がったテンションがアレなのだが、ここに居るのはゲボックヘルメットで鍛えられたデュノア社エリート達である。この程度で士気が下がるような一般的感性など持ち合わせて居る訳が無いのだった。

 司令は二度三度、今度は強度を確かめる様に叩いて。
 しばし、呆然とした後。
「うおらあああああああああああああああ!!!」
 どこからか取り出したドリルで保護ガラスをえぐり抜く!
 そして何事も無かったかの様に。
「発動!」
「「「「「発動!」」」」」
 社員達も再び何事も無かったかの様に唱和した。
 テンションはそのまま継続し、必殺兵器は始まったのである。

 ああ、余談ではあるが、ここのでの一連の動作は録画編集作業以外、試合には全く影響ないのであしからず。





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「なんか君のお父さんが僕用に作ってくれたらしいよ、その名もズバリ『シャル・ノット・パニッシャー』だってさ。あはははははははははは!」

 えー……ノットとロットかけてるん!?
 その声色はぞっとする程冷たく、いや、彼女本当にシャルロットさんか、と言える程の凄みがあった。
 グラップラーアームの肘部分から等間隔の筋が刻み込まれた杭が引き延ばされる。
 右腕のギア、その回転速度が最高潮まで跳ね上がる。
 気付いた。

 肘から伸びてある杭の筋は。
 このギアに噛み合う溝に違いない、と。

「———悲鳴を上げろ」※シャルロットさんです
「セリフが怖い!?」

 それを皮切りに。
 躊躇無く、ギアがグラップラーアームの側面に叩き込まれる。
 その中で杭の溝とギアが噛み合い、その回転力を直進力へ変換。
 グラップラーアームの中を貫いてくる杭が掌の中央から貫き、ゼロ距離で俺の顔面に炸裂する。

「豚のような———」※繰り返しますが、シャルロットさんです。
「ぶぐっふぅうううう、セリフぅ怖ァぁあああ!?」
 とんでもない衝撃が俺の脳を貫く。
 いや、いつだか言ったかもしれないけれど、俺の頭部はシールドが無い状態でも『灰色の鱗殻』に耐えうる強度を保有している。
 
 だが、親父設計の武装が、コレで終わる訳が無い。
 そう、炸裂した杭はすぐさま量子の輝きに変化、格納される。

 続いて、シャルロットさんの武装取り出しの圧倒的速度で元の位置へ杭が移動する。
 そうか。そうかそうかそうか、そういうことか! ってこれやばマジ怖ってギャああああ!
 『灰色の鱗殻』は、強烈な杭打ちを六連発叩き付ける武器である。
 この連続で凶悪な攻撃力は、それは恐ろしいものとなるだろう。
 だが、この武装は、シャルロットさんが手にする事で圧倒的恐ろしさを獲得する。
「ぺぐぅ!?」

 グラップラーアームで相手は逃れる事は不能。
 さらに、シャルロットさんの武装換装速度。
 加えて火薬炸裂ではなく、ギアの回転との噛み合わせ、と言う、無制限加速装置。
「ぐゔぉあ?!」

 それは、杭打ちの機関銃というべき恐るべき暴雨と化す。
 分かりやすく言おがぺえ!?

 エヴ●初号機が某水の天使に鷲掴みにされて光のパイルを穿ち続けられていた光景を思い浮かべて欲しい。
 あの杭打ち速度がバルカン砲並であると、考え———
「ぎゃはあ!」

 まともに思考が出来たのはそこまでだった。
 絶え間なく顔面に炸裂する衝撃、痙攣する全身、何と言うか。痛みとかそんな次元ではないのだ。

 どれだけ……で……。
 すまん、番、長……。

 俺のもう一つの視界には、登山用リュックから採石場に使うようなノミとかを番長に打ち付けているラファールの姿があった。

 そうか……。
 あの鉄腕が……グラップラーアームの伏線、か……。

 ね、ぐ、が、げ、ご、あが、ぎ———

 ザーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー。



 こうして、試合の運びはお兄さん&シャルロットさん達、チームガチホモの勝利となるのであった。






 潜行する。
 潜行する。
 現実空間での意識が失われたからであろうか。

 俺の意識は、コア・ネットワークを通じて、暗い、どこかに居た。

「いや……ここどこさ」
 番長も傍には居ない。
 いや、彼女には悪い事したなあ。
 俺はどうでも良いけど、助けてくれた彼女には勝利をあげたかった。

 しかし、真っ暗である。
 んー? どこさ、本当に。
 って。あ、誰か居る。
 ………………ラウラ?



(こんな……こんなところで、こいつにさえ、私は勝てぬのか)

 ———なんだ、これも出来損ないか

 ………………なんだ。この虫酸の奔る言葉は。
 何故だろうか。俺に対してなら、幾度も向けられて何とも思わなかったその言葉。
 俺以外の誰かに向けられていると聞くと、異様なまでに腹が立つコレは。


(全身が重い。眠ってしまいたい)
(いや、実際は眠っていて、コレは夢なのだろうか)
(敗北させると決めたのに。あの男を———教官殿にあんな顔をさせるアイツを……!)

———私はしてやらなきゃ行けない奴に、こうしてやることができなかった。だからせめてお前の、そんな相手の代わりをさせてくれ

(あんな、想いを向けられるアイツを……! 教官殿にあんな表情をさせるアイツを……!)

 エコーの様に聞こえてくる声は二パターン。
 一つは少女のもの。他は、その少女へ向けてかけられる言葉である。



「ラウラ……貴女だって向けられていたでしょうに」
 なんかいた。
「ってうわああ!? なんで隣にいんだよお前!?」
 ここはコアネットワーク経由の電脳世界みたいなもんなんだぞ!? まあ、ISがあれば来れるっちゃあ、来れるけど。

 隣には、何でだろうかね……。俺の……おれ、の、えー、本邦初公開? 幼、馴染み? の?
 銀髪の刺殺女。クードラドールが居た。
 いつも目を閉じているのが印象的な、見た目だけで言うなら美少女である。
 よく親父宛の差し入れや連絡員として束博士から派遣されてくるから、家族以外で古い馴染みなので、必然幼馴染みという不本意極まりない分類になるんだが。
 だがこいつは、どういう訳か俺を見るとブッ刺そうとしてくるのである。

「なあ、コレって悪夢か? 思い出す気なんぞ全くないお前が居るなんて」
「五月蝿いですね。私がどこに居ようと勝手でしょう。死んでください」
 無表情でナイフ繰り出してくんじゃねえよ!?
「しかし貴女はなんて慇懃無礼なんでしょう。人の内面を覗き見るなんて。死んでください」
「お前の語尾は死んで下さいかこの野郎!?」
「私は女だから野郎ではありません。死んでください」
 刃物突き出してくんなや! やめんかいっ!
 俺とこいつが顔を合わせると、いつもこんな感じなのだ。

「あと、前々から言っているでしょう。私の事はクロエと呼びなさい。何度言えば分かるのですか。学習機能皆無なのですか? 不可解です。あなたは何故その名にこだわるのですか」
「いや、最初に俺に言った名はそれだろ? 面倒だから変える気ねえや」
「ならば今すぐ死んでください」
「やなこったあ!」
 振り回されるナイフ、回避する俺。こんな調子でワタワタしていた、そんな中で。



『えッとですネぇ? 願いまスかァ? ラウラちゃんは、自らの変革を、もっと強い力ヲ欲してイるんですか?』

「………………」
「………………」
 俺とクードラドールは押し黙った。
 なんで、ここに、ここに———

「なっ! 何故貴様ここに居る!?」

「何で親父が居るんだあああああああああああああ!?」
 期せずして、俺とラウラの意見が一致していた。
「待ちなさい。アレは本人ではないみたいです。システムの一種ですね」
「え? そうなの?」
「自分の身内ぐらいちゃんと見分けなさい。だから死んで下さい」
「もうお前、言葉の整合とかさえ気にしなくなってるよな!」

『それハですね? ラウラちゃんの機体には、誰が積んダのか知りまセんけど、小生が改良したVT(ヴァルキリー・トレース)システムが積んであるんですョ』
「なに……!?」
『ラウラちャんは、VTシステム、知ってマすよね?』
「馬鹿にするな……過去のモンド・グロッソで、部門受賞したヴァルキリー達の動きをトレースする……」
『ハイ、違法品ですね? IS条約で、現在どの国家、組織、企業に於いても、仕様はおろか、開発、研究が禁止されてイるものです。まァ、小生はその前にこれを組んだノですガ』
「だから、なんなのだ……と、言っている」
『小生は現行品が余りノ出来なんで、完成サせた、ってだケなんですけどね? どうもこっそり隠されテいたこのシステムが、機体の蓄積ダメージとカ、ラウラちゃんの精神状態に呼応して起動をシたミたいです。そして、小生が作っタのは、当然フユちゃんのデータですネ!』
 それまで聞き流していたラウラだったが、最後の一言で目を見開いた。

「つまり……コレを起動すれば、私は教官殿の力を……」
『言ってオきますが』
 親父……を模倣しているデータは少しだけまじめな表情になって。
『コレは違法ですョ? それに、小生も適当二作ったんデ、負担は大キいですョ? 本当に良いんですか?』
「だが……現行品よりは遥かに強力、なのだろう……?」
『それハ確かです。あんなフユちゃんの魅力を1%も発揮出来ない出来損ないナんかとは違いますョ! もうウリャウリャですょ!』
「それを聞いて安心した……それだけなら充分だ!」
『でも———限りなく、フユちゃんそのものと言っていいものですが、フユちゃんと戦ったラ、百パー負ける程度の完成度しかないでスョ? フユちゃんの強さハ、そう言うものではないと思ってますシ』
「納得済みだ……もし、私のシュヴァルツェア・レーゲンにそれがあるというのなら、とっとと起動しろ!」
『止メた方が良いと思いまスけどネ……。どうなっても知りませんョ?』
「こんな空っぽの私など、全てくれてやる!」
『フユちゃんに怒られても知りませんがね』
「う……ぐっ……か、覚悟の上だ!」
『分りました。でもね、ラウラちゃんはフユちゃんでは有りません。これは確かなんですけどネ。あ、ここに捺印お願い強います』
「……変なところで律儀だな……ああ、無いぞ」
『じゃあ、サインで良イです』
「分かった……ラウラ・ボーデヴィッヒ……と」
『畏まりまシたョ。一応健闘祈っときマすね?』
「いらん。ふふっ、くくくく……」



「なあ、ラウラが今まさに詐欺に遭うシーンを見てしまったんだが……っていうか騙してないから詐欺じゃないのか? 犯罪教唆? …………ん? どうした、クードラドール」
「戻りなさい!」
 いつになく真剣な表情のクードラドールだった。いつもの語尾、死んでくださいが無い。

「え? な、なに?」
「早く実体空間に戻りなさい! ラウラを止めるのです!」
「え? お前、ラウラに会うの初めてだろ、なんでそんな———」
「さもなくば死んで下さい」
「はいはいはいはい、わかった、わかったから———」
「まどろっこしぃ。私が送ります。とっとと行け。出来れば死になさい」
「うっそって、なにそ———ぎゃあああああああああああああああああッ!」

 無理矢理上方へ高速転送される俺。
 そう言えば。
 やっぱり前に間違えた通り、クードラドールって、ラウラに似てるような気がしないでもないような……。

 う———ぷっ。
 まるで潜水病のような、体内の何かが泡立つような不快感とともに———



「うぉっとぉ!?」
 一気に高い光量が光学センサーを貫いた。
 ビックリして慌てて光量を絞る。
「あ、すぐ気が付いた?」
 目の前に結像したのは、シャルロットさん。
「ってぎゃあああああああシャル……ル君がいるううううううう!」
「え? 何でそんなに怯えるのさ……ええッ!?」

 あら? シャルロットさんてば、元に戻ってる。
 しかし、咄嗟でもちゃんと言葉治したか。流石『偽りの仮面』である。

「えー……っと覚えてないの?」
「うーん……? 実は、双禍がステルスモードにしていたシールドを受けてから記憶が曖昧なんだ。てっきり負けてるかと思ったら双禍がノびてるし」

 恐る恐る聞いてみたが、なんかより恐るべき事に、覚えてないと来た。

「ふむ。無事を確認。問題なしだな。よし、バトル、オールオーバー。ウィナー、チームガチホモ!」
「「そのチーム名で通すんだ!」」
 しかし、アリーナの『翠の一番』は気にせず、樹木の甲殻に覆われて行く。

「では、次回もバトルで又合おう!」
 あーれとぅーさーッ!! とか叫びながら植物のくせにブースターを噴出させて大気圏を突破してく『翠の一番』。
 うん。もうアイツが軌道エレベータに育っても俺はもう驚くまい。



 さて。
 振り返ると居るのは、いつも通りのお気遣いのシャルロットさん。
 あの時の彼女が蘇ると、あまりに怖いのでお願いする事にした。
「お願いします。絶対思い出さないで下さい!」
「こんなに真剣な表情の双禍は初めて見たよ!? 僕なにしたの!?」
「観客見なって」
「え……?」
 一斉に皆、目を背ける観客の人たち。
 アレを見て、ドン引かないのはシャルロットさんのお父さんぐらいだと思う。
「本当に何!? 物凄く不安になるんだけど! ねえ!」
「知りません知りません。知ってても忘れました思い出したくありません」
「ええええええ! ちょっと、ねえ!」
「知らぬー! っと、ラウラだラウラ!」
「話逸らそうとしても無駄だよ! って、え? ラウラ? 一夏が倒したのは知って———」

 シャルロットさんの声は、雷鳴によって遮られた。
 変な事に時間取られて遅くなった……!

「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!!」

 長く、長く、ラウラの悲鳴が辺りを切り裂いた。
 それもそのはず。
 シャルロットさんの言葉を遮った雷鳴は、ラウラを中心に放たれていたのだ。

「ラウラッ!」
 先程まで彼女と戦っていた筈のお兄さんが彼女を助けようとするのはまさに主人公的である。
 しかし、今のお兄さんはラウラとの戦いでISが展開出来なくなっている。
「危ねえってば!」
 俺の左腕がお兄さんの近くに転がっていて助かった。
 咄嗟に鷲掴みにして、自分の元に引き寄せる。
「なにしやがる!」
「それはこっちのセリフだ死ぬぞ馬鹿!」
 左腕をくっつけ、ラウラの様子を見る。

 そこに、ぽこり。と、ラウラの眼前に。
 極光に輝く塊が出現し。
 染み込む様に、ラウラの胸元に溶け込んで行く。
 なんだ……あれは……。

———刹那———

 ラウラを中心に量子の嵐が吹き出した。

 BBソフトを展開、調査を開始した瞬間。
『アドバンスド・クリスタルパワー・メイクアップ?』
「最悪のタイミングで最悪のボケかまして来た!?」
 だが、真面目になっても応答は最悪のものになるとは、その時は思いもしなかった。

 それを確認する前に、ラウラにはとある変貌が巻き起こっていた。
 ラウラを包み込む様に、ジェル状の物体がすっぽりと覆い包む。
 それは小柄なラウラを、長身のモデルが如き女性のシルエットへと文字通りパテ盛りしてく。

 やがて、それはとあるISを装備した女性の形となり、硬化して行く。
「待てよ……おい」
 やはりと言うべきか、お兄さんが一番最初にそれに気付いた。

 加えて、周囲に具現したものがある。
 白手袋の、浮遊アーム数機である。
 それらに携えられているのはエアブラシ。

 初めに、グレー色の下塗りが施される。

「な、なにしてるの……あれ?」
「ああ、シャルは分からないか。あれは、サーフェイサーと言って、塗装の下塗りにしたり、表面に傷が無いか見やすくするんだ」
「アレが無いと、塗料によっては下の素材がひび割れたり溶けたりしちゃうからねえ」
「……二人とも何でそんなに詳しいの?」
「「え、プラモ知識」」
「ええええ!?」

 どういうサーファイサーなのか、一瞬で乾燥したその素体に次はエアブラシがきめ細かな塗装をしていく。
 間違いない。
 こんな芸の細かいもの……元々のシステムにもついていない。
 って事は。

 これは……親父が作ったものの中でも……。
 そのとき丁度、ラウラに仕掛けられているものの細かいバージョンが判明した。
「おいおい……嘘だろ……アレは―――」
 最悪である。



 仕上げに、つや消しの仕上げコートを塗布され、質感までもがリアルに変貌する。
 ここに、ラウラが完全に別の存在に変貌を遂げた。

「…………千冬姉……?」
「織斑先生に変身……した……?」
 そう、今よりやや幼い顔立ちの千冬お姉さんに他ならなかった。
「VTとは違う……ちゃんと肌のキメ細やかさや、色彩まで再現されている……間違いない……」

「くそっ、何だ! 一体アイツは何だってんだ……! なにがしたいんだよ! 許さねえ!」
 激高し掛かるお兄さんを、慌てて止める。羽交い締めにしないと止まらんって何だよクソ兄貴。危ない、アレに下手に近寄ると瞬殺されるんだぞ!
 まあ、お兄さんは別だろうが。

「待つんだお兄さん! 気持ちは分かる! それにお兄さんなら殺される事はまず無いと思うが……無策で突っ込んだらまず勝てねぇ! って、ちょい待てコラァッ!」
「黙れ双禍! 止めんな! お前にはアレが何なのか分かってねぇ! アレは……あんなモンは……ッ!」
「だあああああぁぁ! 五月蝿ぇなシスコン!! 知らねえなら教えてやる!! 間違いねえ、あれはVTシステム―――FUYUCHANエディション―――<通信販売限定・完全版>……ッだ!!」
「なんだ……って……!」

「……えーと、僕にも分かるように説明してくれないかな……」
 一人、取り残されたシャルロットさんの呟きが、空しくアリーナに響き渡る。



 妹よ、世界のどこかに居る妹よ。
 ちょっとお兄ちゃん、ちょっと、今回ばかりは覚悟決めないといけないかもしれない。
 アレに限ってはさ……んんー……、自業自得なところがあるんで……。

 それにしても、いつどこに居てもお前がピンチの時は、助けに行きたいと俺は常に思っている。
 ……そういえば、何故ラウラの下に、クードラドールが居たのだろうか。
 謎である。












 かつて、IS学園を襲撃した無人機こと、ゴーレムⅠ。
 そのコアを以て作られた情報管理型生物兵器、『青の一番』ことダニーは然る方から訪問を受けていた。

「お前に伝言と供に、友に渡して欲しいものがある」
 それは、真摯な、しかし切実な願いであった。
 ダニーは当然。一も二もなく頷いたのであった。



 それは———
 試合が始まる前。今朝方、通風口での出来事であった。











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 双禍にとって良い人とは、食べ物をくれる人。

 今回のサブテーマはパクリとオマージュの差。
 それは本の些細な違い。しかし決定的に違うのだ、と。



 んまぁ、実際、大して違わないだとか、いや、オマージュになってないし、とかだったらすみませんでした。単に私の実力不足ですハイ。

 ところで今回、二巻編に当たってなんですが。
 未だに何度読み返しても、納得出来ないのが、クラス別トーナメントがタッグマッチになった理由。
 読めば読む程、その戦闘経験はわざわざ初期に積む必要ないだろ、と思ってしまうのである。
 詳細は作中で千冬さんに言わせているので、ここでは言及しませんですが。
 シャルと組ませるために無理矢理こじつけたとしか思えないんですよね。説得力どころか、自分で論破してるレベルですが。
 まあ、組ませないとラウラにフルボッコですけど。
 だって、理由を示したら、それがタッグマッチしてはいけない理由にしか思えないんですもの。
 で、当作では結局、タッグマッチになっているのは、別の陰謀があったんだよー! 的な感じで進んでいます。

 あと、当作では、なんとかして一夏がソロでラウラに勝たせるべく、過去編から色々フラグ立てて参りました。双禍の邪魔もその一環です。でもまだ、かつてのように一夏はICHIKAに戻れません。なので、ならば魔改造するならどこか———と色々探ってみたところ、出て来たのが、雪片弐型。
 拡張領域に関しての一夏の見解は独自設定ですがw
 で、この雪片弐型ですが、3巻で展開装甲が使われている事が判明しますよね。
 まあ、それが欠陥兵器雪羅誕生に繋がる訳ですが。
 でも、良い案配だったから、赤椿は全身にしたって———どこが? って思うんですよ。
 開いて零落白夜出しただけじゃねーか。ってな感じで。
 第一形態で零落白夜が出せる秘密なのかな? って思った事もありますが真相は永遠に出ないでしょう。多分、考えてないだろうに一票を投じておきますが。

 で、この展開装甲。
 赤椿のはブレードにもビーム砲口にも、シールド発振器にもスラスターにもなるという凄さ。
 無段階形態移行にもきっと何らかの影響を及ぼしているんでしょう、何この万能さ。
 それに対して、雪片弐型の展開装甲は……え? と言う次第です。
 この刀が展開装甲だって事自体3巻のあのシーン書いてる最中に思いついたんじゃないかって思う程だったりするので、思い切り次巻への伏線書きまくってみました。
 まあ。皆さん知ってる事なので伏線でもなんでもないかもしれませんが。

 即時対応万能装備と言うのなら、天河鎮底神珍鉄・如意金箍棒ぐらいはやってみぃや。この程度は最低限して欲しいものだ! と言う感じでノリノリに暗黒魔改造した雪片弐型が———知り合いに見せたら、金剛暗器? とか言われました。言われて気付いた。マジだ。



 IS8巻見ました。
 相変わらず自分の理論を自分で論破してる小説なのが素晴らしいギャグ小説でしたね。
 いやいや、色々面白いギミックを回収出来たのは素晴らしかったですなあ。
 というか、このSSで書いているのがネタだったのに公式設定なるとか待てですョ。

 ほら、あの世界とか。
 束さんの身体スペックについてとか。

 三巻編で出そうとした束さんリアルフェイスレス先にやられてしまったし。
 まあ、この上なく素晴らしかったですね。CHOCOさんが。


 それでは皆様。更新が最低二ヶ月になってしまった当作品。
 なんとか次回こそ、更新を早めたいなあと思いつつ。

 今月七日、2周年を迎える事となります。
 このペースですと長い、長いお付き合いになると思われますが、余暇のある方は是非引き続き御付き合いお願いいたします。

 今回、千冬VS束編級のボリュームでありましたが、最後まで読んでいただいた事に感謝を。
 有り難う御座いました。



[27648] 原作2巻編 第 6話 覚醒イベ降臨、これが、俺とお前の輝きだ
Name: 九十欠◆82f89e93 ID:a6979411
Date: 2013/10/14 15:56
 我が家は自他供に認める放任主義である。
 基本、作られたが最後、好きにしていいよと放り出されるのだ。
 正直、製造者があの親父であることを基本に考えてみよう。
 戦闘技術とか建築技術とか、なんか妙な技術は誕生段階でインプットされていたりするくせに、一般常識は全く学習されていないまま放り出されるのだ。
 しかも、かなりの力を我がままに振り回す事の出来る技能付きだ。

 結果。

 真っ先に行われる事が、先に誕生した兄弟による教育である。
 まあ、大概がエンカウント、さあ、ファイ! と言う感じなのが皆の共通した原初の記憶だったりするわけで。

 だが、そう容易には行かないのだ。
 なにせ進歩する技術の最先端、ゲボック・ギャクサッツの最新作だ。
 誕生する度どんどん強大な力を保有してくるものだから、それを抑える方も総力戦になって行く。

 なんだが———

 どういう時もふざけ倒すのが我が家の風潮である。
 この時のファーストイベントは、その後の教育係を誰がするか、というドラフト会議であったりもする。
 なお、ここ数年はとどめの一発を殴り決めた奴が教育係、と言う世にも恐るべきバイオレンスな風潮がまかり通っており、どこが『家族主義』だ、と問い詰めたい。切実に。

 ここで恐ろしい事に、『家族主義』派ならでわと言うべきか、世話好きが高じて———面倒見の良い奴に限って、嬉々として殺傷力全開の攻撃を放ってくる様になる訳だ。

 ちなみに俺の場合は、姉さん———『灰の三十番』だった。
 普段ならば、こういうイベントの場合、一歩引き、教育は皆のフォローに回る姉さんなのだが、何故か俺の場合は我先にと兄弟を薙ぎ払いながら突入して来て、何を考えたのか両腕を頭の上で組むやそれを力を込めて開きつつ、莫大なエネルギーを精密演算にて収束。

 両腕の間を結ぶように輝くなんかプラズマ(多分違うけどそうとしか分からん)っぽいのが束ねられて長槍に形成。
 その果てにゃあ、体が完成したてで呆然と何も分からず見ていた俺相手に、躊躇無く、こっちの反応も委細待たずに槍投げのノリで爆撃してきたのだ。

「はぁ? え? な、ぎゃあああああああああああ———ッ!!」

 あとは、射線上の兄弟を消し飛ばしつつ、一撃決殺。
 現在を持ってしても我が家最強は名前のみにあらず。
 絶対防御発動で無事であるも、すっかりウェルダンの俺をずるずるドナドナである。
 以来、俺の教育係は姉さんこと『灰の三十番』になったのだが、何故彼女らしからぬ前に突出してきたのかは、未だによく分からない。余りにその後の性格とは違うからである。首を傾げるものだ。

 ただ、一度アーメンガードが言っていた。
『バレバレなんだよね、彼女。あ、双禍の教育係になりたかったのはアレだね、顔だよ』
 目がピカピカ信号で答えてました。え? 見た目?
 なにそれ酷い。

 だとしても解せないのだ。ご存知俺のデフォルトフェイスはお兄さんこと織斑一夏と同じ顔である。
 だからだ、という理由にしては、お兄さんに対する執着というものがまったく見られないんだよなぁ。被爆した女性達のような反応が全くないし。

『それは君が子供だからさ』
 ハッキングして心を読まないで下さいアーメンガード。



 さて。
 俺は娯楽という娯楽に関しては、謎に包まれたサブカルチャーデータを有り余る程に保有しているせいで、脳内だけである程度済ます事が出来る訳なのだが———物理的に肉体が手に入ると、色々入り用になってくる。

 好きに何でもしていいのが放任主義の良いところだが、逆に何もしてくれないのが放任主義だ。
 さて、そうすると皆さん小遣い稼ぎに普段からいそしむ様になるわけで。

「ただいまー!」
 資金繰りにうんうん一人で唸っていたらロッティが帰って来た。製造順からすれば彼女は立派に俺の姉なんだが、なんていうか彼女の精神年齢というか、ありさまというか……そんななんやかんやから、姉というのははばかれるし、本人からも名前で呼んでとの希望を頂いたのだ。
「あ、ロッティおかえり。ん? 何持ってるの?」
「今日ねー! フリーマーケット行って来たのー!」
「へぇ、掘り出し物とかあった?」
「あったあったー! このドレスとかすっごい可愛いの!」
「あの町内会の誰が出品したのか凄く気になるな……」
 さて、生物兵器がフリーマーケットという、非常にちぐはぐな組み合わせを生み出したのは、先の小遣いにも関わってくる。
 やりくりを完全に個人任せにするため、金策をそれぞれが実行するのだ。
 こういう小市民的発想が出るのも『家族主義』派ならではだ。
 好戦的な性格の個体は、中東なんかで傭兵して稼いでいたりするそうだ。まあ、ある意味才能にそった進路と言えなくもないが、相手が御愁傷様です、と手を合わせるぐらいしか俺には出来ない。

 また、資金調達としては彼女のような比較的対人要領の良い個体だと、近くの商店街で手伝いなどして小遣いなんてものを貰っているらしい。
 いや、本当に小市民的でほのぼのとしている。
 俺等に支払われる賃金はバイト代より少し多めだったりするのは、俺たちの個性が幼い割には下手な大人よりずっと働くからである。まあ、生物兵器が通常の労働ではそうそう疲労困憊しないのは当然なんだけどね。

 しかし。
 それでは、こんな非常識な研究所を建造する費用には到底及ぶまい。
「まぁ、資源を勝手に掘り出して建てましたって言っても全然違和感無いけどさあ」
・まあ、それはね、前までは特許とかティムが管理してたんだ。だから、勝手に何もしなくてもそれなりに資金が入ってくるんだよ
 答えはアンヌ。ロッティと同じく町に溶け込んでいる筆頭である。一緒に行っていたらしく、ティーセットなんて持っていた。中々の掘り出し物らしく、ほくほくとした気配だった。
 後で姉さんに紅茶の淹れ方を習うのだそうだ。
 生物兵器って何なんだろうね、と思うひとときである。

 それはそれとしてだ。
 ティムさんの功績とやら、ちょっと調べてみるとコレが凄い。
 確かに何もしなくても、食うには困らないだけの特許を取っている。
 テイムって誰か知らないけど、有り難う! 本当に有り難う! 内心拝み倒しておく。

 だが、そのティムって人がいなくなってからの発明は放りっぱなしで利権をかなり掠めとられていたりする。
「うーん……ちょっと、コレを回収すれば皆で温泉行くぐらいは出来るかねえ」
 費用的には余裕だが、主に迷惑料先払い的に、どうしても先立つものが普通以上に必要なのが俺達なのだ。大体貸し切りにしちゃうし。

 しかし、こういうオートメーション的権益だけではなく。なんかしてみたいものである。
『別にお金儲けの事は考えなくても良いですよ? あなたがやりたい事をすれば良いんです。あなたはあまり趣味というものが無いみたいですから、探してみるのも良いですょ?』
 と、調べものしている俺に気付いたのか、ステルスモードででいつの間にやらやって来て、タブレット端末に表示する姉さんである。光学迷彩な上に気配もない。いつどこで見られているか分かったもんじゃないと、改めて戦慄しつつ、『偽りの仮面』で無表情を貫く俺だった。

 でもなぁ、俺は美味いもの食えりゃ大体満足なのだ。
 味覚———肉体が無ければ存分に体感出来ぬ娯楽であろう!
 脳に直接データを送る事で追体験は出来る、だが、それが何なのだというのだ。
 実際に摂取し、味わい、それが自分の活力へと代わる喜びは肉体が無ければ味わえない。

 大体、趣味や娯楽にしたって、アニメだの映画だの、見たけりゃサブカルデータから引っ張りゃ良いし。
 ゲームも十二分に事足りる。非限定情報集積(アンリミテッド・サーキット)を用いて獲得された、有り余る程の演算能力で駆使されるエミュレーターが、現行最新ゲームだろうがなんの滞りも無く快適なゲームを脳内だけで再現出来てしまう訳で……こう考えると五体満足出揃ったというのに、俺ってば引き続き脳内引きこもりなんだなぁ、と嘆息してしまう。
 早々、俺の性は変わらないもんだったのだ。

 そんな俺に、色々目を向け、趣味を作ってみないかと姉は持ちかけているのだ。



———今。思えば。
 現在の俺が、何にでも喜びを感じ突っ込んで行く様になったのは、それを勧めた姉さんの、考慮あっての物なのかもしれない。



 しかしねえ。当時の俺としては、食さえ満足出来れば生に満たされていたのだ。

 料理上手な姉さんが食に関しては満足させてくれてしまうからもう、何も言う事無しなのは言っていいのだろうか。
 いや、絶食させられそうなので止めておこう。
 俺の恒常性特化のシステムは、下手したら1年近く飲まず食わずでも別のエネルギーを活力に変換して脳に供給しかねない恐ろしさがある。あれだ。どれだけ食の欲があろうとも、栄養値は足りてしまう。文字通り、脳だけが旨味の情報に餓えるのだ。何という阿鼻叫喚の地獄であろうか。

 されど、趣味でスポーツ、と言うにしても。
 不自由な体になるさらに前。モルモット時代は、訓練以外にスポーツとかしてみたかったけど……。
 今の体は逆に優れすぎて欲求不満である。
 例えばバスケなんて、遠投しようとしたら、投擲プログラムが全自動で立ち上がって正確無比の弾道計算してくれるから、左手は別に添えなくても妨害が無ければ百発百中。それ以外に投げるのもあれだし。

 家族内でやろうものなら、絶対途中から戦争に切り替わっちまうし。
 フットサルが何故かボールそっちのけでムエタイになっていた、と言うのはよくある話だ。

 うーん……。
「ねえ、双禍、どう? 可愛いー?」
 ん?
「あ、御免ロッティ見てなかったちょっと今から見るね」
「もー! そう言ったからにはちゃんと見てねー! お姉ちゃんも有り難うねー!」
 ロッティは早速買ったドレスに着替えたようだ。着付けたのは姉さんである。
 しかし。
 姉さんは『灰の三十番』である。ロッティの方が製造順的にお姉さんではないかね?
 まあ、精神年齢で言えば合ってるけど……。
 声の方に視線を向ける。

「…………うん」
 まあ……あれだ。
 俺の目には、両手が単分子振動カッターになっているロボット生物兵器がフリフリのドレスを纏ってコマンドサンボ踊ってるような何かが映っていた。

「ロッティにお似合いの姿だね。確かに」
「有り難う! 皆にも見せて来るー!」
 元気一杯に研究所の奥に、時速数百キロでぶっ飛んで行くロッティ。屋内なのに危なげない。

 うん。俺は嘘を吐いていない。

 ドレス大丈夫か? と思ったらバリアを張って風防代わりにしていた。無駄に凄い俺等である。
 それを除いても、慣性で破れてない。フリーマーケットで得たにしては確かに良い品のようである。主に頑丈性の問題で。

 しかしドレスねえ。
 うん?
 フリーマーケット? ……お?
 あ、そうだ。
 一つ、こういうのはどうだろう。



「親父の作ったガラクタとか売れないかなー?」
 手加減一発岩をも砕く、ならぬ、片付け損ねた玩具でも現行軍隊壊滅必須、実用性は世界最先端、ふざけた常識がポンポン転がる魔窟———物置きを漁りつつ。何やら売れるものが無いかと吟味中。

「それなりに危なくないかは皆に聞けば……皆に……で大丈夫か? まあ、大丈夫だろう、きっと……」
 いらない物を売ってお小遣いにしてみよう。
 うん。俺も小市民な性は同じだね。



 結果。
「ふははははははははは! おっしゃ高値で売れた! アーメンガード! オークションの釣り上げ工作大感謝! あと、アンヌ、出品の撮影はちゃんとレフ板使ってね! 写りの良さで思いの他売り上げが変わるんだから! そんで次の出品はコレだ! この『因果応報エルンガー君!』———って何に使うのコレ?」

 俺は。
 ネットオークション(売り手)に見事嵌っていた訳ですよ。

『うーん……確かに、何か趣味を持つ様に言ったのは私ですけど……』
 姉さんが何か言っている。もとい文字表記している。

「ああ、それね。Dr.が、近所の女子小学生に、男子が誰彼かまわずカンチョーしてくるから助けて下さいって言われて作ったんだよ」
「…………え? どういう事?」
 使い道不明なガラクタを商品にすべく漁るが、それが何なのか見ただけでは分からない。
 可愛いコックさんの人形がまさか、屠殺解体調理直結メカで、生きてる家畜を発見次第解体に来るだなんて、普通想像もしないだろう。しかも対爆撃対レーザー対熱変化構造の頑健な奴で。

 挙げ句の果てには、搭載された日本語ファイルがバグって家畜と家族を間違えやがる、というとんでもない互換ならぬ誤換状態で、こっちを調理しに襲いかかって来たのだ。
 調理されては溜まらぬと、割と攻防で死に物狂いになりました。町に出たらスプラッター映画になってしまう。



 そんな訳で、説明は割と死活問題なので、手の上で転がしているそれからいったん興味を外してみた。
 ボールから手足が生えているような形で、両手は合わせてピストルの形にした上で頭上に掲げている。
 バレーのマスコットキャラに似てなくもない。

「人のお尻にブッ刺そうとしている気配を感知すると、そう言う下手人が何かする前に先に千年殺しを突き込む事で反面教師としての恐ろしさを示すんだってさ」
 だから因果応報かい。
「ところでエルンガーって何?」
「トイレで用を足していたら、下からお尻目掛けて突っ込んでくる妖怪だって」
「なんじゃそれ怖アッ!?」



 なんて雑談も交えつつ。
 そんなこんなで、得た小遣いで自分は食べ物に使うぐらいなのだが、小遣い稼ぎを初めてしばらくしたぐらいの時である。
「お? コレ何?」
 それは一枚のデータディスクだった。
 俺の視覚でヘッダーを解析すると一昔前に音楽の販売形態で主としてあった媒体だ。
 確か、大したデータ量は納められなかった筈なんだけど。

・んー? あ、それまだあったんだ。VTシステムのFUYUCHANエディション
「また、名前だけでは分からんもんが……」
 大事な事なので二回言うが、このように我が家のガラクタは、正直、使い道が分からない物が多すぎる。
 開発時の記憶を持っている兄弟からその時の話を聞くぐらいしか判明法が無いのである。

・まあ、元々は在野の科学者が作った物なんだけどね?
「あ? そーなの?」
 じゃあ、売れるんかね。
・ほら、第1回モンド・グロッソで千冬勝ったじゃない。
 あー。決勝戦だけだけど見たわ。ナニアレ怪獣大決戦?
「データでは見たけどさ。何あれ。何で最新兵器で殴り合う訳? あの人等。負けた人も第二回で優勝したんでしょ?」
・うん……何故か、近接傾向のIS搭乗者ってむちゃくちゃ強くてね……もしかしてそう言う気質だとISが凶悪になるのかも……じゃなくてさ。それで余りに強い千冬のデータを研究して再現してみようってのがそのヴァルキリー・トレース・システムなんだ。まあ、千冬はどっちかって言うと野生の勘的な物で強いんだと思うから無理だろうけど
「虎が稽古すると思いますかねって事?」
・そう。そんな感じ。
 でもさー。
 アンヌは肩をすくめる。
・あくまでデータじゃ千冬の力を再現出来る訳無いでしょ?
「んー。まぁ」
 出来たら今頃、人工千冬お姉さん軍団という、世にも恐ろしい軍勢が出来上がってしまう。メタルクウラか。
・まあ、そんな物だから、そんな物が存在すること自体に、異議を唱えた物達が出て来たんだ。
「……まさか……」
・そ。ご存知、笑う天災と歩く核爆弾。
 何その二つ名。天の手違いたる災害、とDr.アトミックボムなら知ってるけど。そんなものまでかい。
・方や、『こんな紛い物』と、作った研究所を許せずハッキングで壊滅させ、方や『完全はこウです!』とばかりに中途半端な物をそのままにしておくのが許せないために自分で作っちゃったんだよ。

「それがコレか……」
 CD–R。そう、圧縮データチップ、ブルーレイやDVDどころじゃない、どれだけお手軽データでそれを成し遂げているのか。
・まあ、それもある意味失敗作なんだけどね
「そーなの?」
 親父にしては珍しい。
・うん。完璧、とまでは行かないけど、限りなく忠実に、千冬を再現することが出来る程の出来だったんだけどさ。今度は別なところにしわ寄せが来たんだ
「……搭乗者?」
・そう。並の搭乗者じゃ、身体能力が未熟すぎて扱えた物じゃないんだ。スペックが低すぎてシステムに引きずり回される羽目になるんだよ。そうだね……もし、出来る人が居るとしたら、遺伝子レベルで強化された特殊な人間とか、かな? それだって完璧とは言えない
「素でそれが出来る千冬お姉さんって何なんだろうね……」
・さあ……それは僕にも分からないよ。ところで、それ売るの? 無理だと思うよ? その問題が発覚したのはさ、テストのときなんだけど、どっかの国家代表が半死半生になったらしくて、アラスカIS条約で全面禁止になったんだ。それでなくても使えないし
 どんだけだよ。

「うーん……でも、なんとかして売りたいものだよね」
・なんで?
「なんか、戦乙女を倣う機構(ヴァルキリー・トレース・システム)って、名前だけでなんか売れそうじゃ無い。うーん……そうだなあ、なんか抱き合わせで売るかー」
・本末転倒……?
「確か、同時期に親父が作ったのが……あ、あったあった」
・あ、コレって確か……まだ残ってたのか。確かに売れるかもね、千冬のファンは多いし

 それだ!



 こうして、我がネットショップ、『虐殺嘔吐』に新たなラインナップが刻まれることになった。

「そう! VTシステム―――FUYUCHANエディション―――<通信販売限定・完全版>
 正確には『VTシステムフユちゃんエディション通信販売限定・初回限定完全版
 〜収録! フユちゃんのとある休日〜 
ブルーレイディスクおよびISスーツ装着版フユちゃん10分の1フィギュア特典付』全七種(シークレットもあるョ)なるものである。

 うん。これはもう、どっちが主かわかったもんじゃない販売方しているよね。
 全七種という事でコレクター願望をもれなくくすぐり、日本人の『限定』好きな性質も見事に掴んだ一品でございます。
 こればかりはガラクタを売る、では無く、製造販売に切り替えました。
 お客様から次の入荷は? なんて聞かれたら、応えぬわけにはいかぬでしょう!

 しかし、メインであるシステムよりむしろ豪華すぎるおまけのせいでプレミアがついており、手に入れるのは非常に困難。
 だがしかし、中には実用、観賞用、布教用、保管用と併せ持つ豪の者まで出てきたのだから千冬お姉さんは凄まじい。
 あまりの売れ行きに、一定のところでオークションに切り替えた程である。日本人怖い。

 この売り方に気付いたのは、『緑の二十七番』の一部が、どっぷりアイドル商法に嵌って抜け出せなくなったのを経験したからである。
 何十人だかのアイドルユニットのブロマイドと握手券付きのCDを、完全に入っているブロマイドがランダムであるにも関わらずコンプしようとしやがったのだ。

 その出費は筆舌に尽くし難いもので、かつ、物欲センサーが働いたのだろう。ついに皆の生活費に手を出したところであいや御用となったのである。———あぁ、メロンおいしかった。

 しかし、やりたくなるのも分かるというものだ。これは凄い。
 真面目に販促に勤しむのが馬鹿らしくなるではないか。

 そんなある日、やはりどんな所でも傑物は出てくるというもので。
「てーか、凄いなー。とんでもない競争率かつ、回線一本しかないにも関わらず、必ず一種一品落とす猛者がいるぞ? みんな怒涛のF5連打で回線がエラいことになっているというのに」
 我が家の量子通信速度を用いた回線(ふもとの商店街まで展張済み)でもなければサーバーが落ちる程の大盛況。
「ブリュンヒルデは伊達じゃない! ということなんだろうなぁ」
 すると、なおさらこの猛者の凄まじさが際立つわけで。
 因みに、束博士はお使いが直々に取りにきました。コネ万歳。
 まぁ、その時が後々まで続く腐れ縁、世間では幼馴染みとでも言えるクードラドールとの出会いだった訳ですが。

「ハァ……ハァ……なんなのですか、ここは。どれだけ幻覚に嵌めても即座に復帰して再補足してくる……しかもどの個体も……なんとか……ぜーっ、ここまで……はーっ、入り込めまし、た……」

「えーっと、大丈夫かい?」

 どうやらここに来るまでずいぶんと生物兵器に揉まれていたようで、普段は閉じている両目(まぁ、この時はそんなの知らなかったけど)を見開いて息を切らせていたものだから、何事かと声を掛けたのだ。

「ヒッ……あぁ、人間ですか。助かりました。まったく、なんなのですこの人外魔境は。束様の言命でなければ二度と来たくないものです……いえ、束様の事ですからきっと、これにも深い訳が……これは私に科せられた試練なのです………………あ」
「途中から独り言になってたけど。なんの用だい?」
「いえ! 何でもありません。しかし、このようなところに居るあなたは何者ですか?」
「何者も何もフツーの住人だよ。名前はソウカ。どーもヨロシク」
「こちらこそ、自己紹介が遅れて申し訳ありません。私はクードラドール。篠ノ之束様の遣いでやって参りました。こちらの科学者が開発した、特殊なVTシステムを7種セットでも持ってくるよう申し仕っておりますが、連絡は………………あ」
「なにさ、『あ』って。うん。一応話は聞いてるよ。篠ノ之博士って親父の幼馴染みなんでしょ? 体が出来る前は何度か見た事あるけど」
「いえ、修正をお願いします。与えられたばかりで咄嗟に古い名を出してしまいました。今現在、この私の名前はクロエ———」
「……? 別に良いじゃない、クードラドールで。しっかし、格好良い目だねぇ。普通白いところが黒くなってて、瞳が金色なのはナノマシン処理の過剰励起なのかな? その割には安定しているって事は流石篠ノ之博士ってことだけど。いや、綺麗な目だねえ。ビームとか出る? 俺は出せるけど」
「き、綺麗!? よ、よくありません、訂正を。私の名前は———」
「ああ、VTシステムだっけ? いやあ、篠ノ之博士もフィギュアが目的なのかな? それとも特典VTR? うんうん。7種+1全部まとめたセットって、えーっと……どこだったかなー? 滅多にいないんだぜ、全部コンプ出来る人。プレミアとかすっごくなってるんだよねー」
「あの———話を。訂正をお願いします。私の———」
「あのさあ!」
「な、なな、なんですか!」
「あれ? 目閉じちゃったの? せっかく綺麗なのに。もっと見せてよ。ちょっと変貌機能で俺も見た目だけでも真似したいからデータ取りたいんだよ。『フッ、俺の魔眼が切り変わる前に止めておくんだな』とか言ってみたいじゃない」
「あ、あんまり近寄らないで下さい、何故あなたはそんな無遠慮に近づいてくるんですか! 顔が近いですよ、どれだけ凝視しても目はもう開けませんから! さっきのは生物兵器の対処に体力を使いすぎて、考慮する余裕が無かっただけで、本来そうそう人に見せられる程立派なものではないんですから。そもそも魔眼とは!?」
「格好良いの」
「説明になってません! だから近い———」
 クードラドールが俺を咄嗟に突き飛ばした瞬間。



 ぐらっ。

 ぽて。

 ごろごろごろ……。



「はああああああああああああああああああああああああああああッ!? くびっ、く、く、首がと、とととととと、と、取れ……!?」
「おおう、びっくりしたなぁ、もう……って、あ。こんなところにあったのか。セット。うん。髪の毛でくるくる掴んで……と」
 まあ、突き飛ばされそうになった踏ん張った俺の頭がごろん。と落ちただけなんだけどね。
 怪我の功名というべきか、渡すべきものを発見。表皮スキン性のナノマシンである頭髪をマニュピレーター代わりに掴んでPICで浮遊、思い切り目を開いてくれたクードラドールの目を観察しつつ、胴体と直結。
「どうしたのさ。開いてくれるのは目だけで良いよ? 口は閉じてても問題ないし」

「し、し、しし、し」
「獅子? ライオン? それとも四肢? 手足がどうしたの? そう言えば、不死身の王様が死獅子ってライオン作ってたけど失敗してたなあ……」
「死んで! ちゃんと死んでくださいッ!」
「ぺぐは!?」
「一度ならず二度までも! 目を、目を見ないで下さい!」

 ええ、ずっぶしブッ刺されましたとも。
 これが記念すべきファーストブッ刺しである。
 祝いたくもないけど。マジで痛いんだよ!

「しかもただのナイフじゃない、刺さった部分からなんか劇的ではない、緩慢とした、しかし分子結合崩壊が発生し、ナノマシンが死んで行く。なんだこりゃ、ARMS殺しかい!? コレ絶対篠ノ之博士製のなんかだ! 流石親父と同等、いだだだだだだだだ、死ぬ! マジで死ぬ! ってくらいマジ痛い!」
「ああ、どうしましょう。どうしましょう? 死んでくださいお願いします!」
 両目を覆い隠して、嫌だ嫌だ、と顔を振るクードラドール。顔真っ赤なんですけど。いや、こっちの方が対処下手したら死ぬんで顔真っ赤になるぐらい必死なんですけど。

 この、ええと、確か今の名前———

「クロロ=ルシルフルだっけ? あたたたたた……」
「ッ! 誰ですかそれは、物凄く犯罪臭がする名前ですけど」
「えーっと、じゃあ、サイボーグ・クロちゃん」
「もはやクロしか合って無いじゃないですか!」
「あーもう面倒だな。どっちもクロちゃんになるだろうに。それなら、クードラドールでいいじゃない!」
「よくありません! 私には束様に与えられた———って、結合崩壊が……」

 対処完了、俺。復活!

「あー。マジ痛かった。あらかじめスキンフレームを崩壊より広範囲を排除しなかったら全身崩れてたぞ。まったく」
「何故私が悪い様に言うのです! そもそもあなたが生物兵器であることを偽っていたせいでしょう、私を安心させた隙にばっさりやる気でしたねこの詐欺師!」
「いったいいつ俺が騙した!? そもそも、まず根本的にだな、人をいきなり刺すな!」
「ふざけないで下さい! 私の、私の目を二度もそんなにジロジロと見たくせに!」
「ふざけてんのはそっちだろ! 目ぐらいいくら見ても良いだろうが! 格好良いし!」
「い、いい、いい、い、いくらでも!? いえ、もう許しません。絶対許しません! 死んでください。今すぐ死んで下さい!」
「死ぬかボケ! って刺してくるな! そのナイフマジで痛いんだから!」
「当たり前です! 痛いものでなければ死なないでしょう! だから死んで下さい!」
「死ぬか阿呆がああああッ!」

 その後行われるのは世界中いつどこでも対して変わらぬもので、醜い争いである。
 方や死ねバカ。方や死ぬかボケ。
 ギリギリと物騒な謎ナイフをお互い掴んで押し合いへし合いである。
 むむむ? 俺の全身義肢なボディと力で拮抗するとは。
 技なのか? それとも何らかの改造なのか。
 判断はまだ出来ないが、お互いギリギリと拮抗状態に持ち込まれる。
 このまま持久戦に陥る———と、思いきや。

『まあ、喧嘩はそのぐらいで』
「はぁう!?」
「あばばばばばばばばばばばばばあァッ!?」
『まったく、会話の脈絡無く異性の容姿を絶賛して動揺させるのは織斑の系譜……という事なんでしょうか? 変な因子だけ受け継いじゃって……もう』
 まあ、まとめて姉さんに鎮圧されたのですが。
 後ほど、『喧嘩両成敗です』と言われたんですが、どう見ても俺の方が電圧高かった気がする。

 クードラドールは、お使いを果たして帰って行った。
 きっと、姉さんの正体には気付いていまい。
 まあ、そんな感じでことあるごとに俺を刺殺しようとする幼馴染みと出会った顛末はこの辺にしておいて。



『おーい、ソウカー?』
 そこに思念通話が届く。
『んー? どうしたのさ、『緑の二十番』』
 同じく思念通話で返した相手は頭が蛸になっている全身赤タイツ。量産型生物兵器の一人であった。
『いやね? 『因果応報エルンガー君』にリコールが出たよ』
『へ? 何で?』
 初めに、これは人のお尻に襲いかかるものです。コレを用いて行われる行為は購入者の自己責任となります。販売元では一切の責任を負いかねますのでご了承ください、と書かれている筈なのだ。

『いやね? 正しい機能発動で被害者が出たならいくらでも突っぱねられるんだけどさ。ちょっと誤作動して某所が一区画ごそっと壊滅したんだよ』
「壊滅う!?」
『どうしたんですか?』
 と、姉さんからは文字メッセージ。
「いや、姉さんも思念通話なら出来るでしょ? 何で普段は文字なんか知らんけど」
『繋いでいいのですか?』
「おっけーおっけー。俺と『緑の二十番』のね」
『分かりました』

 てな感じで。
 俺が聞いたところまで姉さんも説明され、同じく俺が抱いていた疑問を告げた。
『誤作動……!? 一区画壊滅って、アレはそんな無差別な機能を有していた訳じゃ……故障ですか?』
『いや———故障ならアフターケアサービスで郵送してもらって直すだけだけど、どうも条件処理が甘かったのか、発動条件が意図外で適合したんだ。コレは商品そのものを全部回収して改良しないと、被害が続出するね』
『えーっと、つまり原因は何なのさ』
『…………ちょっと、ソウカにはまだ早いな』
 しかし、タコ量産型生物兵器の思念は苦虫を噛んでしまったかのように、歯切れ悪い。

『はあ!? ここまで来てそりゃねえだろうが』
『まあ、とりあえず、『三十番』は分かるだろうけど言っとくわ』
 ぼそっ、と彼は言った。



『壊滅したのは新宿二丁目だ』



『えー、と? つまり誤作動した条件って……』
『言うな姉さん』
『え? なんでそれで分かるの姉さん!?』
『ソウカ、あなたはもう少し大きくなってから知りなさい。必要の無い世界ですよ』
 なにそれ、ものごっつ気になる。

『別に、千年殺しでなくても反応するんですね……』
『ソウカに言った傍から何言ってるの姉さん!?』
『番号的に私は妹です。二回も間違えましたね。一体誰と間違えているのですか』
『うわもんどうむようぎゃあーッ!!』
 タコの姿焼きになって行く兄を見つつ考える。
 そういえばそういう人多いよね。特に古株の兄姉。
 まあ、もはやテンプレのやり取りでブッ飛ばされてるけどさ。

 まぁ、それよりも、だ。
 教えてくれない何やら。それが物凄く気になるんですが。
 未だにそれがなんだったのか分からない。
 エルンガーの欠点はそれだったか……なんて言える訳が無い、だって俺だけわからないんだもの。

 後日、こっそりBBソフトに聞いてみたら『ガキめ』と返事が来た。
 洒落抜きで殺意の波動が目覚めそうになった瞬間だった。



 妹よ、世界のどこかに居るであろう妹よ。
 お前は、その世界のことを知っているのだろうか。
 うん。正直お兄ちゃんは分からないからお前にも知って欲しくないぞ。

 …………うん。
 しかし解せぬ。気になる……。














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 原作2巻編 6話

『覚醒イベ降臨。これが、俺とお前の輝きだ』

















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「てな感じで販売したところ、なんていうのかな、正に爆釣。当店最大の売れ上げになりまして。その年の忘年会は温泉宿貸切で楽しまさせていただきました。隠し芸大会が凄かったなぁ」
「お前人の姉ダシにしてさらっとナニやってんだゴラアアアアアアアアアッ!!」

 当然ながら、発売経緯を聞かせたところ、お兄さんが発狂寸前まで叫んでました。
 うん。あのVTシステムに向けていた憤りがそっくりこっちに来た感じ。
 だが、甘い!
「ハハハハハ、ちゃんとお礼はしておいたからその抗議は的外れだ!」
「……なに?」
「去年の年末、ペアで超高級ホテル温泉旅行券郵送されて来たでしょ?」
「あのやった覚えのない懸賞のあれって双禍からのだったのかああああああああああああああ!?」
「年賀状のやり取りはしてたから住所はわかってたしな! それがお礼で、ちなみに、俺等の忘年会の会場でもあったんで、みんなニアミスして遊んでたんだよね。気付いてた? 織斑先生と姉弟水入らずでしたねー。まあ、俺は目撃もしてないから兄弟づてだけどね。織斑先生には即バレたらしいよ? あと、言っとくけど、あの時お兄さん達姉弟以外は貸し切りだったから、他の客に見えたのは全部擬態したマイファミリーです」
 送った覚えのない懸賞が当たったらそういう商法の場合が多いのでご注意下さい。ほら、宝くじのとか。
「なんだとおおおおおおおおおおおおお!?」

「ねえ、ちょっとそれよりラウラをどうするの? ヤバかったりしないの!?」
「まあ、稼働時間が短ければそうでもないんだけど……。再現力高すぎるから長時間活動はやっぱり悪影響を与えちゃうんだ。ほら、見てよ。今の偽織斑先生の仕草……確か、仕様書によれば、『一夏はちゃんと晩御飯を食べているだろうか、と離れた地から心配してしまうフユちゃん』という戦闘には役に立たない細かいところまで完璧に再現しているんだ」
 シャルロットさんの心配に応える。起動しただけでは何ともないのだ。
 問題は、そのシステムの実働にどれだけラウラが耐えられるか、ということなのだから。

「うおおおおお!? 偽物なのに確かにそうだ! あれは千冬姉やるやる! あんな細かいとこまですっげぇ!?」
「一夏!? いや、そんな余計なことより、ラウラをどうにかしなきゃ!」
「まぁ、ある意味制作者はお兄さんの人生より長い時間、織斑先生を観察し続けて来た男だからねえ」
「え? 誰?」
「親父」
「お前の親父が作ってお前が売ったのが回り回ってこうなったんだなあ」
「面目ないです……」
 本当に。

「しかし、織斑先生の人気は本当に凄いねえ。ほら、この人なんて、全種コンプしてんだよ、しかも見るに最低予算で。いやー、いるところには居るもんだよ」
「双禍、そいつのとこちょっと見せろ。あと、お前の父親と後で会わせろ」
「うわ、お兄さんいきなり声低い!? 言っておくけどハンドルネームだけだよ! 住所とかは顧客への信用問題に繋がるんだからね! あと、父親に会わせろって女性(モードだけど)に向かってあんまり軽く言わない方が良いよ!? 使ってる意味は全然違うだろうけど」
「いいから見せろ。即見せろ、さっさと見せろ。黙って見せろ」
「何となくお兄さんが織斑先生染みた気迫を!?」
「……お前みたいな世間知らずがなんでそんなピンポイントで良識ぶってんだよ、俺のお前への信用はメテオストライクだわ!」
「言動にドスまでこもって来たよ!? 分かったよ、ハンドルネームだけだからね!」
「いいから早く———」
「ねぇ!? 二人とも聞いてる!? 来てる来てる! そのVTシステムの偽織斑先生が来てるから!」

「ほら、この人」
「ん? どこのどいつ、だ———?」
「あ、見た? H.Nワン・サマーって人なんだけど」
「ワン……サマー……?」
「……どったの? お兄さん。いきなり押し黙って」
「いや……なんでも……」

『一夏』

 会場の植物スピーカーから出てきた声の主は………………あぁ、死んだかもしれない俺……織斑先生であった。
 そうだった。ここでの会話も筒抜けだったのだ。おのれ審判マニアの緑女が、宇宙に戻ったのに余計な設備を遺して行きやがった。
 そもそも、こう言う事態なら本来、お前がどうにかするんだったんだろうがああああああッ!!
 当たってる! 当たってたのに何趣味満喫して帰りやがったあんにゃろう、ご満悦な笑みしてからにィ!

 あぁ、お兄さんもその事に思い当たったのか、物凄い脂汗流してる。
「ち、千冬姉……」
『そうだ。今の私は私人、織斑千冬だ。教員、織斑先生ではない。あとで、家族会議を開こう……そうだな、二人だけで会話するのはいつ以来だったか……』
「え? 私人って、なんかあったの千冬姉」
 今の会話以外にも何かあったのだろうか。
『———あと、そうそう、『ギャクサッツ』、お前にも話がある……一夏と一緒でいい、来い……言っておくが』

 千冬お姉さんは一拍、溜めを置いて切り出した。



『 逃 げ る な よ 』



 何という事だろう。
 俺の体は全身義肢。無意識の挙動さえ制御出来るはず……なのだが、止まらない。
 震えが止まらない。

 これが……。

 こ、これが……そう———



 絶対的強者による搾取———か。

「お、お、落ち着け双禍! 全身が尋常じゃいぐらい震えてるぞ!? 具体的にいえばおでこにキュウリが刺さってそうなぐらい!」
 教室ごと震わせるほど震えてる覚えはないのだが。

「あ、担当の先生方がやって来た……助かったよ。僕もエネルギー少ないし、一夏や双禍は戦えない状態だしね。でも双禍、動力切れた打鉄まとったまま軽々動くよね……?」
「まぁ、なんとなく」
「なんとなく!?」



 一方、その頃その頃。



「織斑先生のVTシステム!? 私達で勝てるの!? しかもこんな訓練機で!?」
「仕方ないじゃない! IS学園って、世界でも最大規模のISコア保有数を誇るはいいけど、教員部隊って名ばかりで、殆ど訓練用と授業研修用なんだもの!」
「いいのよ、ちょうど良かったわ……明日の職員会議の予行演習だと思いなさい……」
「いやああああああああああああああ! 明日、明日それがあるんだったああああああああ!」
「思い出させないでえええええええ!」
「でも考えて見なさい! こちらはISとはいえ紛い物、明日の本物は本物と言っても生身よ!」
「何言ってるのエディ!? 織斑先生が去年、ラファールに乗った3年生5人生身で壊滅させたの知ってるでしょ!」
「いやあああああああああ! 夢よー! アレは夢だったのよー!」
 目標を前に狼狽えだす先生達。
 一応、かつてはISに関わったエリートの一人とかだったりする筈なのですが。
 生徒の前だというのに地が出まくってたり。

「……そうか。なら、ほら、雪片は無い。素手だぞ素手。武装無しだ。コレならどうだ?」
「…………紛い物に情けかけられた!?」
「でも紛い物でも織斑先生なのよ! 素手でもオーバーキルなぐらいなんだから! 行くわよ、トライアングルフォーメーション!」
「ええ!」
「了解!」
「本当に一杯一杯のようだな。まあいい。素手なんだから———手加減しない、ぞ」
「きゃあああああ、凄み顔までリアルよおおおおおッ!」



 なんか後ろで言ってるけど、気にする余裕など無い。
 これが、コレが発覚してしまったのだ。
 この先の展開など、決まっている。
「流通が潰される!? 僕の唯一の財源が!」
「そっちか!?」
「僕の食い道楽生活がああああああ!」
「お前いつから腹ペコキャラに鞍替えしたんだ!?」
「キャラブレした覚えは無い! キャラ付けに関しちゃ、量産型鈍感朴念仁恋愛原子核放射線源的テンプレ主人公キャラのお兄さんには言われたくないわ!」
「は? 今なんつった? 意味は分からんが取り敢えず侮辱してるのだけは分かったぞゴラ!」
「こ、こ、で! 難聴使うんかああああ! 介護必須のお爺ちゃんか!? 耳骨直接震わせて直に聴かせたろうか!? 『実録! お兄さんの嫁さんズ・愛の告白集』とか———」
『『『あああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!!』』』

 ずっ、ご、がっ!!

 キィィイイ———ンッと鳴り響くハウリング。
 そう言えば、そっちに嫁さんズ三人いたのだった。
 正面には挙動不審なシャルロットさん。
 ……うーん、収録できてないが、彼女も何らかのアプローチをしたのだろう。
 効果はお兄さんを見れば分かるけど。

 ……最後の三連発は何の音か言うまでもないだろうが。



「ねえ、二人とも後ろ! 後ろォ!」
 ん?
 俺だけ振り向いてみる。
 そして、視野に飛び込んできたのは。

———ディストーションナックル
「第二回モンド・グロッソ準決勝の技ねこれげふぁ!」
「ああ、女性としてあげちゃいけない断末魔がッ!」

 あれ? 榊原先生?
 吹っ飛んでるんだけど。

———見よう見真似、竜巻旋風脚
「げぱぱぱぱぱぱぱッ! た、多段ヒットおおおおお!」
「さ、さっきより酷い! つ、次ってもしかしてわ、わた———捕まッ」

「どうした、シャル……」
「あ、あのね……一夏……」

———ブレーンバスター
「私だけプロレス!? 素手なのに文字通り手も足も出せな———ぐっふぉ!? か、勝てるわきゃ、な、無いでしょ———がくっ」

 …………強っ。
 地獄絵図。
 

「後ろに」
「は?」
 シャルロットさんの声にやっとお兄さんが振り返れば、本物より若干幼い顔の千冬お姉さん。
 本人的には本格的に準備運動だったらしく、首やら手首やらを脱筋して暇を持て余していたりする。

「で。こっちはもうウォーミングアップ終わったんだが、準備いいか?」

 彼女、VTシステム千冬お姉さん。
 あなたの後ろにいるの。
 そんな戦慄だった。

 俺が呆然としている間に、教員相手に無双したのは、当然だが俺がどこぞに売ったVTシステムフユちゃんエディションである。いや、説明するまでもないけど。

「うわあああああああ偽千冬姉喋ったああああああああああ!?」
「さっきから喋ってたよ一夏!」
「うぉおっ!? 緊急時に対処に来た教員達が子連れ番長に無双されたMK5みたいになってる!?」

 今頃気付いて驚いているお兄さん。そして、正面でストレッチしている彼女の肩越しに見えるのは打鉄やラファールをまとった教員たちがアリーナの地面や壁にメリ込んだりしてる光景。
 なんて惨い。



「で、ラウラを乗っ取ったお前は、何をする気だ」
 圧倒的戦闘能力が、背後のオブジェという形で証明されてなお、お兄さんは毅然と立ち向かった。
 VT……お兄さんに倣って偽千冬お姉さんと呼ぼう……は、そんなお兄さんを楽しそうに睥睨している。

「いや、それで悩んでいてな? 特に目的がプログラムされていないのだ。なので、本物が随分と怠惰なようだから、一夏、お前を鍛えてやろうと思う」
「ふざけんじゃねえ、偽物なんかに学ぶことなんかねえ」
 おぉ、啖呵切ってる。

『ねえ、双禍さん双禍さん』
 おお、どうしたの簪さん。
『あのね……こっちじゃ皆全滅してるし……大丈夫そっち?』
『簪だけではない。無事だぞ』
 うーん。再現率高過ぎる上に目的設定されてなかったみたいで、無差別に攻撃してくることは無いみたいだけど……。
 あと、そこにも端末置いてる『翠の一番』責任もってお前がなんとかしろってば。
『そうなの……? こっちはなんか、織斑先生が嬉しそうになってる』
 まあ、一夏お兄さんがあんなこと言えばね……織斑先生もブラコンだし。
『そう……だね』

 だが、気質まで再現されている偽千冬お姉さんも、つまりはブラコンなのだ。お兄さんにそんな態度を取られたらムッとしない訳が無い。
「はっ、ガキが入り好み出来る立場か? 取り入れられるなら何でも貪欲に求めるべきだろう。確かに私は本物に比べれば劣化している。勝っているものなど、一つしか無いだろう。だが、お前はそんな劣化した私より遥かに格下。雑魚であることも甚だしい。お前は剣ぐらいしか振るえぬのだ、同じ得物を見て盗み盗れるならばそれに越したことは無いだろう?」
「なっ」
 だが、偽千冬お姉さんの言も確かなのだ。
 強さを真に貪欲に求めるならば、矜恃などに拘ってはまだ甘いのだろう。
 いや、そもそも矜恃を持てるほどの実力があるのか? と暗に言われているのだ。
 そして、それを論破するには圧倒的に実力に開きがある。
 それが紛い物であったとしても、ここは実力主義の世界。弱者は口を閉じるしかないのである。
 力が無くば、それを否定しようが、無意味、口を開く権利すら無いのだと。
 
「まさか、僅か数ヶ月の訓練で強くなったとでも思っているのか?」
「ぐっ……」
『言わせておけばまるで見て来たかのような言い分だな偽物』
 そこに割り込んで来たのは、本物の千冬お姉さんだった。
 あー、そうか。たとえ自分と同じ意見でも、自分の偽物にお兄さんがこうも言われるとイラッとする訳ね?

「なんだ本物。本物の方が優れているのは確かだが、姉であるにもかかわらず弟に何の標も見せぬようでは存在する価値は無いだろうに。それならば、紛い物であろうと私の方が遥かにマシであろう?」
『は、コレだから劣化品は。まさか何でもかんでも弟を自分の好きにしたいとでもいうのかお前は。姉弟と言えど、別個の人間だぞ? 自ら歩ませようと言う気もないのか』
「は、今度は怠惰を自主性に置換した言い訳か? 確かに自らの足を進める方向は一夏が決めねばなるまい。だが、自分の道と被った部分ならば、先達者として標を灯すのが先に生まれたものの務めであるべきだろう。それがなんだ、この様は」

 そう、それは凄まじい再現率故の恐ろしいぶつかり合いだった。

 見ているだけでキリキリと胃に痛みが迸るというか……。
「うわあ……ラウラ、大丈夫かなあ……」
「うん。解放された後大変になりそうだなあ」
 とまぁ、そんな余裕は無いのに傍観してしまう俺とシャルロットさんである。



 そして、不思議な気分になって来たのがお兄さんだった。
 目の前に居るのが偽物だと分かっている。
 何せ本物と会話しているのだ。
 この上なく偽物だと分かっているのに。
 何と言うか。偽物にも親密感わいて来たのだろうね。
 それは、千冬お姉さんを観察し続けていた親父の観察眼の賜物であると言うべきか。
 ……それとも千冬お姉さん、だからか。
 偽物だと分かっていて尚違和感がなさ過ぎる違和感を与える程の完成度だったのである。

 なお、現在の議論は一夏お兄さんの教育方針である。
 なんだか、本人同士なのに、夫婦喧嘩に聞こえてくるから不思議である。
 だが、ここで間違ってはいけないのは、どちらも———いや、元々千冬お姉さんが折れる気質でないがために、それを完全に再現した偽千冬お姉さんもまた、折れる訳が無いということだ。

 その議論、声だけであるのに発せられるは、周囲の空気を押しつぶしそうなプレッシャー。その空気を読めずにただ、オロオロするするだけのお兄さんは何と言うか、肉親だからだろうか。それとも単に鈍いからだろうか。
 よくその爆心地に居れるなあ……。
 でもなきゃ、修羅場のド真ん中で平常心なんて保てんか……。

『そもそも、貴様、一つなら私より優れていると言ったな。なんだ、言ってみろ』
「良いのか、本物。貴様も女だろう」
『なに……?』
「いいか? 私は第一回モンド・グロッソ直前まで採集されたデータによって構築されている。つまり、再現率による実力以前に、それから現在までに培ったお前の研鑽分は能力が劣っているのだ。戦闘能力に関して、現在の最新版たる本物と比べることがそもそもおかしいんだよ。成長していない、と言っているようなものだからな。故に、私が優れているのはそれ以外だ」
『貴様、私の紛い物のくせに回りくどいぞ。はっきり言え』
「私とて苦手だ。せっかく気を利かせて一段踏まえてやったというのに……もう一度言うぞ、私は第一回モンド・グロッソ直前までのデータだ。つまり、私は———本物…………。



 お前より若い。



 ほれ、一夏。肌艶だって本物より張り艶が遥かに上だ。触ってみるか?」
『—————————』
 うぉ!? なんだこの寒気。

「千冬姉!?」
 その答えはお兄さんがすぐに暴いた。
 女の、声無き咆哮があったのである。
 う、うわー……女の戦いって、こえええ。
 そして、自分に向けられた恋愛事以外なら察する能力エスパー並のお兄さんは、聞こえないスピーカーの先に何かを感じ取ったようだ。
『……………………』
『簪が失神した。命には別状は無い。エルメキアランス食らったみたいになってるが』
 そっちでマジ何あったの!?

「流石素体が若いだけあって赤子のようなモチモチ肌だ。ふふん、オリジナルとて、時には逆らえまい」

 何と言う……時間という絶対の基準を持ってオリジナルに攻勢をかけるとは! 手段を選ばぬ恐ろしい手管である!

「異議あり!!」

 しかし、姉を侮辱されて黙っていないのはお兄さんである。千冬お姉さん専属主婦の沽券を賭け、抗議する。
「あまいな! 千冬姉の美容はこの俺が衣食住完璧に管理し、その美麗さは向上し続けている! お前の言動は正しくない!」
『一夏……わざわざ……言うことではあるまい、この馬鹿者』

『言葉に反して、照れている』
 いや、実況いらないから。

「待った!」

 同じノリでその流れを遮ったのは偽千冬お姉さん。
 うーん。偽物でも分かる姉弟っぷり。

「ふん? それもいつまで適っていた?」
「なに……?」
 偽千冬お姉さんは傲岸不遜に腕を組み、お兄さんを見下す。



「私の本物があまり家に居つかなくなってから、どれだけの月日が経った?」
「ぬっ!」
「ふふふ、一夏は知りはしないが想像はつくだろう? お前のいない私の有様が、一体どれだけのものだと思う?」
「くっ……」
 固く目をつぶり、悔やむ様に拳を固める一夏お兄さん。
 図星だったのか。心の底から悔しそうに、偽千冬お姉さんを見上げる形となる。

『一夏! 何でも良い! 言い返せ!』
 千冬お姉さんの言葉も空しく響きわたるばかりだった。

「甘いな本物。一夏は『織斑千冬』のコンディションやパーソナルについて完全に把握している。弟は伊達ではない。『本物』よ、今の生活はおおよそ教員寮であろう。毎晩の晩酌は続けているのだろう? しかも夜も更けた後、遅くなった後であろうと油モノを躊躇無くつまみに、な。睡眠も規則正しくはあるまい。さて、最後に掃除したのはいつだったかな?」
「『やめろ……! それ以上、それ以上は言うなああああああああ!!』」
 すげえ! 織斑姉弟に効果が抜群だ!
 かつて、お兄さんは兎も角、千冬お姉さんにまでこれだけの痛手を負わせられたものがいただろうか?

 いやいるまい、織斑千冬に生活習慣的な問題で効果的打撃を与えられるのは、織斑家の者だけなのだ、というパーソナルを、限りなく本物である偽物であるが故に見事に紐解ける、というまさしく恐ろしい兵器である。

「限りなく本物であるが故に自分の弱点を突くという。しかし偽者だからその結果、世間体の視線が自分には来ない。自虐とも無縁……! 恐るべき戦略だ……!」
 とか、冷静に分析してみたが、詰まるところ、この偽者は一体何がしたいのだろう。
 お兄さんを鍛えるとか言っていたけど、今の状態じゃお兄さん白式起動できないし。

 だが、お兄さんの存在は必須なのが深刻なのだ。
 親父製VTシステム<FUYUCHANエディション>。
 これを機動停止させる方法は全部で四つ。

 一つ、起動用エネルギーを底付かせる。
 簡単な話、ガス欠に追い込んでやろうというものだ。
 だが、中のラウラの身を保障するなら出来かねない。ガス欠になる頃には、ラウラが最悪挽肉になっている可能性がある。当然没だ。採用できるわけが無い。

 二つ、物理的に撃滅する。
 千冬お姉さんの気質を持っているが故に、敗北すれば素直に自ら機能をカットするであろう事は仕様書に書いてある。
 しかし、それが問題なのだから先に進めない。
 先の言動を見るに、第一回モンド・グロッソ時の実力を保有しているのだ。モンドグロッソの激戦中に成長した伸び幅を除いた分とはいえ、さっき教員達が何の武装も無い、ISの基本性能だけで壊滅させられた点を見るに、戦力的には国家代表、しかも専用機を持った存在をぶつける必要がある程なのだ。
 ぶっちゃけそれでも勝てるイメージが沸かない所がおっそろしい。これほど非現実的なプランは無いだろう。
 てーか、思い返してみれば条件に見合う会長よ。今なにしてるんだろうね。
 俺より強いくせに、ここぞという時いないとは、まったく困った会長である。

 三つ、心行くまでお兄さんを生身で稽古付けさせる。
 いや、これが一番丸く収まりそうだけどさ。生身のお兄さんに合わせた動きだから中のラウラもそんな酷い事になりそうではないし。

 作戦会議の必要があるため、俺はお兄さんとシャルロットさんにプライベートチャンネルを繋いだ。
『二人とも口は開かないでこれだけで会話して。正直、アレに対処する方法が浮かばないんだけどさ。まあ、お兄さんが稽古を受けて満足すれば消えると思うけど……』
『……嫌だね。なんか、姉だからって理由で稽古受けるってのは偽物でも贔屓くせえ』
『うーん、難しいね。相手は偽者だからそういうしがらみは無い、って後で言えないかな?』
『シャル……それは正しいって分かってるけど、俺が嫌なんだ。本物の千冬姉がいるのに、偽者に頼るってのは、何か、嫌なんだ。我がままだってのは分かってる。だけどこれは頼む……すまん』
『いや……いいよ、一夏。一夏の思うようにすればいいと思う。僕はどこまでも付き合うよ』
『シャル……悪ぃ……』
 俺もいるのに、秘匿回線でいちゃつかないでください。後でログ履歴失神中の三人に流すぞ。まあ、流さなくても新聞部の会報に乗せたい衝動がありますが。

 もっとも、それは俺も同意見だ。理由は異なるが。

『まあ、それにねえ。アルゴリズムは限りなく本物だから、お兄さんの『命』は保証されるだろう。けどさ、逆に言えば極限まで扱かれるから、一万分の九千九百九十九殺しぐらいにはなるだろうね』
『その比率が逆に生々しいんだよ! いっそ殺せ!』
『それにラウラが大変な目にあってるしね』
『そうだな、あの馬鹿娘、一発ぶっ飛ばしてやらなきゃ気が済まねえ』

 そこで、お兄さんが必要なため提案するのである。

『今現在、偽織斑先生になっているシュヴァルツェア・レーゲンの形状変化は、いったん溶解して現在の姿に再構成されているんだけどさ、実は駆動エネルギーだけで、シールドエネルギーはさっきお兄さんに全て消し飛ばされているんだ』
『ちょっと待て、それは下手な攻撃食らわせたらラウラが死ぬってことか!?』
『ますます難易度がアップしてるね……どうするの?』
『シャル……どうするって?』
『いやね、何か案あったから、双禍が話しかけてきたんでしょ?』
『うん。まあ、そうなんだけど』
 穴だらけのプランなんで意見を求めたくて告げたのである。

 相変わらず、察するのが得意なお気遣いのシャルロットさんです。さっきの恐怖と戦慄の姿は全く感じられないです。なんだったんだろうね、あれ。

『具体的にどうするんだ!?』
『実はね? 元のレーゲンに比べて、今の偽織斑先生は、総体的な質量が減ってるんだ。量子格納された様子が観測されなかった。そこから推測したんだけど、シールドどころか駆動エネルギーまでゼロの状態から、ああも動けるようになったのは、格納領域の武装や、減った分の質量を量子状態からエネルギーに還元して獲得した莫大な純粋エネルギーを駆動用にしているんだと思う。
 莫大なエネルギーをシールドエネルギーに変換していないのは、攻撃を受けないだろう、という偽織斑先生の自負だけじゃないと思う。必要ないんだ。何故なら、ラウラをすっぽり覆っているパテっぽいあの『皮』は、実は流動体エネルギーそのままを見せ掛けているだけだろうからね。スキンバリアの上位互換みたいなものになってるんだよ』
『そうか……それで一夏や僕に相談してきたんだね』
『その『そうか』は納得の意味なのか僕の名前なのか一瞬悩みました』
『どっちでもいいよね!?』

『バリア……そうか!』
『いや、お兄さんまで……』
『悪い悪い。つまり、こういうことだろ? ラウラを包んでるあの偽者の面の皮は、零落白夜なら』
『そう、触れただけで全消去できるって事なんだよ。一撃で良いなら僕らにも光明がある』
 出来れば零落白夜をコピーできていればよかったのだが、生憎お兄さんの零落白夜と相対した事が無いのである。

 あ、コア・ネットワーク空間での零落白夜(拳)は別だよ? 白式の奴、ちゃっかりデータ渡さないようにしてるし。
 ……痛みはリアルなんだがな……。
 そう言えば、ラウラはリアルで零落白夜(拳、しかも特大)受けたんだよなあ……大丈夫だろうか? なんかものっそい心配である。



 まあ、つまるところが、経験値ゼロ故に再現不可ということだ。お兄さんに頼るしかないのである。
 しかし、それにはどうしても大きな問題がある。
『問題は、俺の白式も、ラウラの機体と同様でエネルギーゼロだって事だ。具現限界を軽く突破するぐらいに振り絞ったからなあ』
『でもさあ、あの偽織斑先生、再現度が高いせいで、常在戦場を地で行ってそうなんだよ。エネルギーを補給に行く余裕とか無さそうな感じで。『その程度想定しないでなんだ、掻い潜る術を得ておけ』とか言いそうで』
『げ……なんと言う千冬姉っぷり。マジで言いそうだ……』
 正直、相談したのはこっから先どうしよう、という問題提起だったのだ。ごめんなさい、これ以上は俺の脳からは出せませんでした。俺、脳しかないのに。

『分かった……僕に任せて』
 それまで何かを考えていたのか、口数の少なかったシャルロットさんが静かに告げた。
『ん? なんか、いい手あるの? 正直、ここまで言ったけどお兄さんのエネルギーに関しちゃお手上げだったんだよ』
『普通のISなら無理だけど、僕のリヴァイブならコア・バイパスでエネルギー移せると思う』

 いや、今あなたなにさらっと仰いました!?

『凄っげ……。それって、2機のISを一人の操縦者が操った時ぐらいにしか出来なかった芸当だよ?』
 そう、これはISのコア同期を調整する難解な高等技術。
 以前、同じ操縦者が操ったISコア同士で起きたのが発覚の切欠だったのだが、いざ実践で使用したら難しい事この上なかったのだ。
 結果、実用性の無い事例として、脇に投げ出されてしまっている。

 だが……確かに、お気遣いの人、シャルロットさん。誰とも波長を合わせられる彼女ならば適性があってもなる程納得だったりする。

『これでも息を合わせるのは得意なんだ。これでもルームメイトで、連携の特訓を二人で積んでたからね』
 なんだか、心なしか、『ルームメイト』とか『二人で』のあたりを強調してた気がする。
 うーん……お兄さんに被爆した影響かな。

 兎も角。
『つまり僕は———』
『うん、双禍には少しきつい事をしてもらわなきゃならない』
『常在戦場を地で行く彼女がエネルギー供給を邪魔しないよう時間稼ぎをしなければならないからねぇ』
 自分で提案した時から分かってましたが。
『ちょっと待て双禍! 一人でやるってのか! 大体、お前の打鉄だって!』
『僕は生物兵器だ。ラウラ相手の時、ある程度戦えるのは見せてただろう? あの時は色々モード制限掛けてたからねえ。だが、今回色々バレたからね。ここでは流石に試合上反則なもんまで出し惜しみしないで行く———何より!』

 これが、我が開戦の号砲として声を張り上げる。

「ギャクサッツ大原則が一つってな! 一つ、双禍は『織斑』と『篠ノ之』に連なるものへ襲い来るあらゆる危機を看過してはならない———ってかね!」
 後藤さんモード全開!
 腕を六本に、足を四本の逆関節に!
『さっきので反則してないつもりだったんだ……』
 聞こえません! 士気を削がれるような事は一切聴覚からシャットアウトですよ!

「ふむ。相談は終わりか?」
 見透かされてましたか。
 実戦思考と言えど、今は教導モードなのか。
 補給は邪魔すれども、相談は認可。
 そう言う想定なのか、それとも、楽しんでいるのか。

「どこまでやれるか楽しみだ。その原則、どこまで厳守出来るのかもな」
 あ、これ後者だ。
 『愉』しんでる!?
 こ……怖え……。
 え、え〜っと……。

「ふ、二つ、ソウカは自らを守らなければならない」
「早速弱気になってる!? 無理しなくていい、やめてもいいんだ、俺が9割殺しになれば———」
「い……いやいや、言葉だけじゃ、無いんですよ?」
 お兄さんの声を背に震える声を必死に抑えながら、俺は、今まで伏せていた手札を切った。

 先ほど言っただろう。
 一人の搭乗者が、複数のISに搭乗したなら、コア・バイパスでエネルギーを供給し易くなるのだと!
 俺が先ほど、どれだけシャルロットさんの杭打ち食らったか考えてみるがいい。
 試合であるため、打鉄はダメージを受けざるを得なかった。
 飛び道具なら兎も角、杭打ちは打撃に値する。
 それを無効化するのは流石にアレだからだ。
 事前に設定しておいて良かった。
 俺ビビりだから、誓っても使っちゃうし。
 その縛りは今解除した。

 そして、その杭に俺がどれだけ恐怖を感じたと思う?
 『揺卵極夜』の発動条件にはピッタリ当てはまるのだ。
 そのインパクトは、俺の中にエネルギーとして蓄積されている。

 例え不器用な俺だろうと! 複数に搭乗した事があるどころか、今まさに同時に搭乗している『未胚胎児』(エンブリオ)と『打鉄(番長)』がエネルギーを共有できない道理は無ぇんだよ!

「再起動した!?」
 ここに、炎を吹き上げる番長の背が復活する。
 ISコアダブルドライブに出し惜しみはねえ!
『良いの?』
 どったの、白式。
 その時。
 それまで沈黙していた白式がついつい、と袖を引くように聞いてきた。
『今まで、『茶釜』はステルスモードだったのよ。だから、他のISには、コア同士の認識を除けば、存在を秘匿できてたんだけど、今ので存在自体、公表されたわよ?』
 ちょ、ま、さっきまで俺のエンブリオがいなかったのはそういう理由だったの!?
『そうそう、今、総てのISにはその打鉄と重なるように『茶釜』ってハイパーセンサーでバッチリ』
 いやああああああああああああ!
 IS持ちである事バレたあああああッ!!

 っつーか! それよりさ、何よりさ。

 『茶釜』がなんか公式名になってねえ!? エンブリオだから! 俺のISッ!!
『うん。私が言い広めた』
 この白式、なにしてくれちゃってくれてんだああああああああああああああああ!!



 とか、外聞気にして悲鳴あげてますけど、その実空元気でして。
 色々押し隠してて、怖いことに変わりは無いんですが!



「安心しろ、引き続き、素手でやってやろう」
 すっ、とこちらに手の甲を向ける構え。
 ええい、ままよとそこへ襲い掛ける後藤さんモードの六本腕。
「腕が六本ある相手と喧嘩した事はありますかね!」
「———あるな!」
「あるんだ!?」
 偽千冬お姉さんは迷わず断言。
 鞭のようにしなり、変形しつつ襲いかかる刃は、常人がなしても音速を超過する。
 増してやこちとら生物兵器のスペックで振るっているのだ。

 それに対し、初見であっさり対応。
 後藤さんモードで刃となった六本の腕を的確に側面を叩き落とす。

 ハイパーセンサーの精度もそうだが、正確に迎撃出来るのは技の冴えである。
 その際に描かれる円は正に太極拳のように、美しい弧を描いている。

 腕は六本とも別の方、放射状に払われ———

 たったそれだけで、胴が、ガラ空きに。
「おおおああああああああああああッ!」
 死に物狂いで榴弾を量子展開。

 刹那。

 瞬時加速も用いていないのにあり得ないほどの速度で踏み込んできた偽千冬お姉さんが肘打ちを榴弾に突き込んでいた。

 恐怖を感じる暇も無い。

 つまり、俺の『揺卵極夜』に対する完璧な攻略法である。
 榴弾の爆発でこちらもダメージを受ける。
 だが、これは正解だった。
 『揺卵極夜』頼りなら、発動の切っ掛けすら自覚する前に胴体がへし折れていただろう。

 突き込んだ肘を起点に爆発がこちらに指向性を与えられていた。一体、どのようにして、という疑問は視認した半透明のフィールドが解説する。
 肘の打点にパラボナ状の極小シールドを展開、爆発の向きを揃えて弾き返したのだ。

 まるで念能力の基礎を極めた強化系みたいな淀みないエネルギーの形状、密度制御。
 何というシールドの精密操作か。


 だが———
 攻略法無しのクソゲーでは無いらしい。
 脅威の再確認と共に、一つ光明が差してきた。

 敵の構成上、エネルギーは質量を消費して変換するため、無駄なエネルギー浪費は文字通り身を削り捨てるに等しい。

 今用いられたシールドが極小範囲なのも、瞬時加速を用いらなかったのもそのためだ。
 使われていたら、榴弾なぞ間に合わなかった。
 それだけで、終わっていたのだから。
 相手は、消耗こそを恐れている。
 その後に、お兄さんへの稽古があるからだ。
 戦略上の都合よりブラコン優先とは、どこまで再現しているのだか。
———まぁ、おかげで助かったのだが
 だから、瞬間移動に等しい瞬時加速は早々来ないだろう。
 逆に言えば、どうあれ使われるという事は必殺を確信された時であるので、終わりなのだが。

 問題は彼女が千冬お姉さんのデータを元にしているということだ。
 エネルギーを無駄使い出来ない、という現在の境遇は、元祖『零落白夜』の使い手である彼女の普段と何ら代わり映えしないのだ。
 そう———これが彼女にとって当たり前。
 一夏お兄さんの目指すべき境地。
 お兄さんと白式が雪片弐型で汎用性を求めた事は、奇を衒う必要など無く、ISの基礎を以て全て成し遂げられると証明されてしまっているのだ。

 そこまで人の業(ぎじゅつりょく)で差を広げられてしまったのなら。

 こちらは、科学の進歩(ぎじゅつりょく)でそれをなんとか埋めるしかない。
 こちとら、伊達や酔狂でゲボック製生物兵器として生まれていないのだ。
 人類の最先端、とくと味合わせてくれる!

———と、思ったけどあっちもその成果の一つじゃん!



 気づいてしまったことにげんなりしつつ、士気を奮い立たせた俺は巻き上がる砂埃に合わせて『オクトパステルスモード』に移行。
 砂埃の巻上がりすら描写しつつ、背後へ周り込み、右腕の精神感応金属形成。少しでも質量を消費させるべく固有周波数検知式超振動ブレードを———

 振動していない部分を、位置を確認もされずに後ろ手に伸びた腕が絡み取る。

「見えないからなんだという? お前の殺気は、お前の動きを的確に教えてくれているぞ?」
「漫画みたいな真似リアルでしやがった!? デジタルなくせに!?」

「バラバラ緊急回避ッ!!」
 肩から腕部がぐにゃりと一回転。
 絡め取られた腕が宙を待う。
「ほう? ザリガニみたいな奴だな」

「あ、あぶねー」
 首では散々やった、自切である。
 一瞬でも遅れていたらアナコンダに巻きつかれたトムソンガゼルの如く、全身粉々にされていたに違いない。
 サブミッション系まで完備とは何という恐ろしさ。

 なおこの後、シャルロットさん相手にはシールドを叩きつけたのだが。

 正直、懲りました。切に、切にこの相手に近接はしたくない。
 正直ドリフ以上のフリになってしまうではないか。
 故に———

「力を借りるぞ打鉄弐式! 限定変形———!」

 未だ地に落ちぬ———浮かせているのだ———俺の右腕はミサイルポッドの塊に形状変形。
 以前に返してもらった我がパーツと共に得たデータを以って簪さんが開発中の爆花を再演する!
 黄鉄鉱の重結晶に似て、無秩序に融合している無数のミサイルポッドが一斉に発火。

「ぷち山嵐!!」
「ちょ、双禍、さっきやられた先生達まだ残ってるって!」
「いや、先生達、脳が揺さぶられて失神してるだけで恐ろしい事にシールドは殆ど減ってないんだよ! まるでスニーキングゲームの素手縛りだな、にしても強すぎるわい!」
「そんなのありなの!?」
 悲鳴を上げたシャルロットさんの思いに大いに頷きながら、怖くて手を止められない。
 そして爆華の種を撒き散らす!

 偽千冬お姉さんのいる一帯が紅蓮の炎に埋め尽くされる。
 だが、これでやったとは思えない!
 そんな楽観視など出来はしない。
 フラグさえ建てられぬ恐怖を押し殺しながら、番長の非固定浮遊部位に添付していた俺の自在フレームを引き延ばす!

 これは、簪さんの打鉄弐式にも用いた既存ISへ俺の体の一部を移植する事による機能拡張である。

 浮遊するシールドから飛び出るのは、我が標準兵器、『熱戦』の砲口。
 その数多数、まるでフジツボビッシリの難破船のようであるが———

「『無限連装熱線(ラジオ・ジ・メトラジェッタ)』あああああ!」
 爆煙を消し払うように幾条もの熱戦が薙ぎ払う!

 さらに!

「左腕限定変形『ゴーレムⅠ』、収束光学粒子砲、斉射あああああ!」

 先月、IS学園に襲来し、今や自律式超小型ISになっているゴーレムの装備を左腕に構築、アリーナのシールドさえ容易く貫く大火力を放出する。

 まだまだ終わらん!
———生物兵器『斑の一番』より『灰の二十九番』へ砲撃支援要請! 成層圏上空よりのカテゴリー対IS級の使用を強く要請———いや、これはもう試合じゃないからいいんだよ———早く! 早く! やれよ俺死ぬってば!
 しかし、準備は間に合わず。



 バァン———



 軽い。音量こそ大きいが、ミサイルなんかに比べれば、本当に軽い、音が鳴り響く。
 重要なのは、爆炎を遥かに凌駕する衝撃波が同心円上に放たれた事だった。
 熱線も、ミサイルも、吹き飛ばされてしまっている。
 ゴーレムビームに至っては、最小限の動きで回避されていた。
 その中心には。

「『双手音掌』」

 合掌している偽千冬お姉さん。
 口角を僅かに緩ませている姿はおデコにバッテン貼り付けた悟りの怪物みたいな凄みを見せていらっしゃいます。
 一体、何を打ち合わせてこのような現象を引き起こしたのか。
 猛火でセンサーが眩まされて分からない。

 これが。

 これがIS開発期からある者の。理念から知っている者の優位性。
 インフィニット・ストラトスとは。
 特別な武装など何もいらぬ。
 第一世代。基本基礎だけで現行兵器程度、全てを凌駕する。
 言葉だけではかつて同様、そう、この俺とて眉唾ものだと侮っていた。
 違うのだ。
 ISとは、鎧にして翼。
 手足の延長にして空への介添人。
 人を人のまま、高みへと押し上げるのだと。
 紛い物とは言え、真なる所有者が証明していた。

「真理を見たことは無いからな。即成錬金術では無いぞ?」
 冗談を言う余裕まであるし。
 怖い怖い怖い怖い!

 引き続きミサイルと熱線とビーム砲で弾幕を張るも、どこのシューターですか? とばかりに避けられまくっている。
 最低限の直撃は、掌や肘、膝に展開した極小のシールドで弾き、ミサイルはそっと側面に手を添えて逸らす事で、あらぬところに爆破させている。
 超一流の武術家は、例えゆっくり動こうとも、相手役が避けられないよう演舞を組めるというが、それを実践レベルまで昇華したのならば、ここまで至るというのか。

 人類最新の叡智を嘲笑うかのように体術を繰り出す。
 確実に近づいているのがまた怖い。

 斥力球を構築、俺式瞬時加速で一時を———

 稼ごうとしたら斥力球が破裂した。
 打鉄の爪先を突き刺そうとしていた矢先だけに、思わずバランスを崩す。

「成る程な。斥力場を形成することでどの角度にも三角蹴りの要領で跳梁出来るようにしているのか……考えてはいるが、見せすぎたな? 斥力球は、一定以上の質量が重なれば、引っ放す力が解放され、その役割を終える。足場なんて石だけでもどうにもなるんだよ」
 いやいや、最初の退避が初見ですよ!?
 彼女がその手で弄んでいるのは、掌大の石ころ三つ。
 片手で器用にジャグリングしている。
 と……投石で不可視の斥力球をピンポイントで狙撃しただあ!?
 ネタバレが早過ぎるのもアレだが、なんかもう突っ込みどころ多すぎてどこから言えばいいかわかんねえ!?

『千冬の対生物兵器の経験値は高いからな』
 そんなもんまでデータ化して積めるのかよ!?
『まぁ、Dr.だし』
 いつもの諦観語来ましたー。
 しかし、『翠の一番』。千冬お姉さんの弱点とか無いの!? 偽物にも通じるようなの!? あと『灰の二十九番』早くして! 死神の足音聞こえてきたーッ!
『あとちょっと待って下さい坊ちゃん! 細かい挙動で狙いを付けさせないようにしてるんすよ!』
『ふむ、そう言えば、千冬は……』
 何ッ!? なんかあるの!?

 『翠の一番』の言葉に一縷の希望を———
『狼が苦手だ。今はもう克服しているが、この時は苦手だった筈だな』
 お、それ良い情報!
『大体、そのタイプの<Were・Imagine>が出た場合は、冷静になりきれず顎を引き裂いたりしたりしていたもんだ』
 そんなアンギラスになるのは嫌だ!?
『あと、満月も嫌いだな……ああ、駄目だ。コレは逆に今の千冬にしか効かないし』
 じゃあ言わんでいいわ!
『そうでもないぞ、少々面倒だが、つまり、その偽物に同じ目を合わせれば似たトラウマを与えられるということだ』
 そんな手間をかけている間に三途の川あっさり飛び越えそうなので手っ取り早く出来るのでお願いしますうううううう!!

 そんな俺の必死さが通じたのか。
 『翠の一番』はしばし考え。
 やがて、思い出した、と言わんばかりに得意げに伝えて来た。

『心太が苦手だな。一切口にしないどころか、見るだけで顔色悪くなるぞ』

 ……オイ。
 この状況でそれ、どう活かせと!?

『あ、私持ってるよトコロテン。使う?』
 あるんかい!? すげえな白式! 何であるのか分からんけどさ!?

『…………』
 沈黙する白式。
 ど、どしたの?
『一夏に……冷蔵庫代りにされた……』
 なんかね……うん。もう、ごめん。

 以上、作戦会議ゼロコンマゼロゼロサン秒にて終了、思わず尻餅を付いて死に体の俺は量子データとして転送された切り札を———
『勇者よ、コレを使うのだ! コレの名は———』
 ノリノリだな白式!?

『トコロテンボンバー!』
 ※命名・白式です

 全力投擲!
 偽千冬お姉さんはその優れたハイパーセンサーで正体を看破し。

 ビクッと、一瞬仰け反った。

 まさかの効果ありいいいいい!?
『その驚愕、頂きィ!!』
 歓喜に叫ぶのは『灰の二十九番』。

 その言が終わる前にアリーナを輝きが降り注ぎ、埋め尽くす!
 衛生軌道上からの狙撃、間に合ったのか!
 ってーか、これ、俺らも……。
『その心配はないんだな』

 光が。

 偽千冬お姉さんの立つ一点に収束する!

 一閃。
「「なああああああああああ!?」」

 お兄さんとシャルロットさんが驚くのもさもありなん。
 ド派手結構!
 それは正しく光の御柱。
 あっさりアリーナ天蓋のシールドを貫通した、天まで貫くその輝きは、対ISクラスに相応しい威容だった。

『ピントを合わせる隙を作ってくれて感謝。よくやってくれましたよ坊っちゃん』

 どうだ、まいったか!
 高空故の広範囲照射からの、ピント切り替えによる衛生軌道上からの瞬時狙撃である。
 超反応出来る味方への警告と、『灰の二十九番』だからこそ可能な、地上から検知した反射光による精密狙撃。

 超反応可能な偽千冬お姉さんへの懸念は他でもない、トコロテンが埋めたというわけだ。
 俺達の相談を傍聴していたとしても、準備の間がまさか、その一瞬の隙が出来るまで、とは思うまい。
 『家族主義派』だからこその連携である。

「はっはっは! どうだ参ったか! これぞまさしく家族の絆!」
「こら双禍! 食いもんなんて扱いしてやがんだ、あぁ!?」
「うおおお!? お兄さんがキレてる!? しまった、こっちの方の逆鱗だった!!」
 しかし。
 あれだけの熱量、常のISでも、絶対防御が生じるには十分すぎるエネルギー量である。
 搭乗者を守る機能できっとそのうち、剥き身になったラウラが、ヤドカリかなんかみたいににゅるりと出てくるに違いない、と未だ照射を続ける光源を見———



 だが。



 俺はここで、『やったか!』と、フラグを立てなかった事を後悔することとなる。
 どうせ、駄目だったのだから。
 せめて、様式美は示すべきであったと。

 ズン! と響いた。

 ISの尖った脚部が路面に突き刺さる音。
「———今のは、なかなか面白かった」
 そしてそれは、絶望を告げる声。

 あまりの光量で視認はできない。
 それを引き裂き、初めて見える。

 天空から押し潰すような光の一撃を。
 バーベル上げのようなポージングをした偽千冬お姉さんが。
 まるでアトラスのように押し留めていた。

「ンななななななななななななあ!?」
 そんなんアリかい!?
「いくらなんでも———」
 なにその規格外、と言おうとして気付いたのだ。
 降り注ぐ光と偽千冬お姉さんの腕の間にあるのは———

「さ、榊原先生!?」
 と、もう一人。
 さっき壁にメリ込んでいた教員部隊を引き抜き、盾にしたのである。

「あぁ、なんのために、態々シールドを残して倒すなんて、面倒な事をしたと思う?」

 盾要員!?
 他のISの絶対防御を利用するって……。
「でも———」
 偽千冬お姉さんの腕をそれぞれ纏わせるように、外向きへと空間が歪んで行く。
 PICを利用した空間への干渉だ。
 通常は慣性制御に用いるのが一杯の、扱いの難しい演算を要する。

 故に、それを用いた空間干渉はオートメーションにするのが常である。
 下手をすれば自分の機体がすぐさま捻り潰される危険性があるからだ。

 鈴さんの衝撃砲がまさにこの方式で、圧縮してぶっ放す、の単純構造。
 イメージインターフェースとして、射角と射撃タイミングを任意にしているだけなのも、その安全性を考慮してなのだ。
 シンプルだけど厄介だしねぇ。
 あと、あそこの国のは何かと暴発しそうなイメージあるし。安全に重きを置いて間違いはない。

 それを事も無げにマニュアル操作って、第三世代兵器涙目だなあ。

 偽千冬お姉さんは右腕を空間ごとを左回転!
 左腕もまた、空間ごと左回転!
 その間を中心に生じた空間の歪みは……あー、もういいや。兎に角凄い空間ミキサーですよ!?

 偽千冬お姉さんは、盾(教員)を放り投げ、空間ミキサーと化した両腕を光に突き込むと、両腕の歪みに巻き取られた輝きは腕の間に収束し———


———ああ、光が


「セコンドの乱入は、反則だよな」
 偽千冬お姉さんのジャッジを皮切りに。

———射軸を折り返していく

『ぎゃあああああああああああああああああッ!! なんか嫌な予感してたけど当たったあああああああああああああああああああああああッ! 光がッ、逆流スル! ギャアアアアアアアアアアアアアア!?』

 は、『灰の二十九番』がまさかの撃墜!?

「宇宙までの距離はそれなりにある。監視衛星や攻撃衛星を落とすときはこうして手間を省いたものだ」
 ああ、断言してないけど、それ、白騎士事件のものだ……。

『懐かしいわねー。パチンコ銃の要領でねー、ぽろぽろ落ちるんだよねー』
 当事者こっちにもいた!?
『ようやく地に着いたな貴様! よくも相棒を!』

 その時、地面から伸びたのは漆黒の蔦。
 やっと参戦してくれたのか、審判よ。

『ISを相手取る時は、なんとかして地面に接してくれないと逃げられる』
 とか言ってるけど、『灰の二十九番』が攻撃されたからな気がする。
 しかし、コレは効果的な拘束になる。
 黒化した『翠の一番』は所謂フラーレンの塊になる。
 炭素結合としてはダイヤモンドを遥かに上回る結合強度を誇るそれにだ。

 結果、植物は生物故に、攻性因子や防性因子を孕み、ISに対し、実に効果的に絶対性へ食い込めるのである。

『だが、長くは保たんぞ……』
 分かっている。
 膂力ではいかんせん差が付いてしまっている。植物と、機械の歴然とした差が。
 いくら再生し、次々まとわり付くと言っても、限界がどうしても存在する。
 植物の中では我が強すぎる『翠の一番』だが、それでも動物に比べ敵意は乏しい。攻性因子の質がどうしても劣ってしまうのだ。

 ならばその隙に、決定打を打たねばなるまい!
 アンカーワイヤー、『スパゲティ』展帳!
 俺の腰から伸びるワイヤーが俺を地面に固定する。
 ラファールのパッケージ、『クアッドファランクス』と似たコンセプト。
 あちらは、六本足を持ってがっしりと地に身を据えるのだが、こちらは、攻撃の特質から言って、地の基準そのものへ干渉する力だ。『スパゲティ』の役割は、しっかりと縛り付けることである。

 そして、ISは攻撃の衝撃緩和、駆動、軌道、姿勢維持、すべてにPICを用いている。
 それ全てを、今しがた偽千冬お姉さんが見せたように主立った用途以外にも、『使うことは出来る』。

 ならば、それを予め、全て重力攻撃として用いたとしたら?
 この武装は既に演算を完了済みである。
 後は衝撃砲同様、俺の意識で引き金を引けば良い。

 そして我が身には、ゲボック製PICが体内に300もの数が内蔵されているのだ。
 その全てを、直結励起。

「ほう———?」
 向こうは、絡み付く蔓と格闘しながら、こちらの意図に気付いたようだ。

 その上でなおも余裕。あげくの果てには。
「では、ここで一つ、教育だ。PICによる慣性制御が引力操作によるものは既に周知の事実だが、では、如何にして引力を発生させているか、それについて教鞭を振るうとしよう」
 いきなり講義を始め出した。

 つま先から、足首、膝へと、関節に仕込まれたPICが順次駆動して行く。

「引力をいかにして発生させるか。それは簡単だ。あまねく物体には万有引力が働いている。それに則り、質量を増大化させれば、必然とより大きく働く様になる。まあ、質量を変化させるなんてのは出来て量子展開ぐらいだろうが。だが、それでは、宙に浮くには上空に地球より質量の大きいものを展開させねばならない。それは、いくらなんでも不可能だ」

 登り登って来た力の連結、それを雫の様に一点から滴らせ、抽出する。
 生み出されたのは、基本的には斥力球と同じもの。
 だがしかし、そこに秘められた力はその比ではない。

「では、他にはどうやって重力を発生させるか、と言うとだ。SFなどでは遠心力による疑似重力の精製が頻繁に見られる。が、むしろそれは、ISの場合その軌道によって発生するものだ。その逆動作などどうやっても出来はしない。故に、その解決案としてとある特殊な物質が使用される」

 俺はその球体を———星一つと言っていい程押し固められたそれを。

「その物質は、原子一つ分で重力崩壊を起こす程重い物質でな、通常はその周りをほぼ同質量の電子が高速で回り、遠心力を発生させることで擬似的に引力を相殺している。
 何を言いたいかは分かるな? PICの主軸とは、その電子の周回速度を制御するシステムだ。速度を緩めれば引力が増し、それを上方から向ければつまり『上に落ちて行く引力』を発生させる事が出来る。まぁ、自機以外へ影響を与えないよう、その周囲で相殺させたりと演算が複雑極まりないがな』

 その雫を呑み込んで。

「さて、準備は出来たか?」

 出来たとも。
 偽千冬お姉さんの後方で、ぷち山嵐を撃ち尽くしたミサイルポッドのキマイラを、全て、『右腕から左腕に変化』させて。

 溢れ出す、数多に発せられたゴーレムの閃光。
 偽千冬お姉さんは『翠の一番』に拘束されていて回避が———

 ぐらり。

  まだ何も起きていないのに、その身が崩れ落ちる。
 何故? と思う前に。
 力なく脱力したその五体は凛々しく引き締まり、アリーナの大地を踏みしめる!

「———っらあああああああああああああ!!」

 気合いが炸裂した。

 おおよそ、陸戦を想定されているため、ISとは相性が良くないとされる武術を、足元に斥力場を形成することで擬似的に人間の足とみなして実行したのだ。

 何がとんでもないって、これ、俺の斥力球の技術を即座に取り入れ、実用できるよう応用した、という事実に他ならない。

 その身が崩れ落ちたのは脱力から気合への、言わば静から動への流れを生み出すため。
 何という……戦闘における才の映え。

 つま先が刺さっていたアリーナ中央が、圧力を受け更なるクレーターを作り出す。
 全身から寸勁を発するが如き衝撃がとうとう、フラーレンの強固な分子結合を粉砕した。

 だが、震脚は言わば締めだ。
 残心あれど、その身が硬直することに代わりはない。
 その動きは一瞬停止し、ゴーレムの光を———

 彼女は地を踏み締めたまま、その上半身のみを捻じ曲げる!
 何という無茶苦茶。
 道理を捻じ曲げる不条理。

「なかなか良いぞ———」
 だが、流石に逸らすために対応せざるをえない。
 PICで空間レンズを作り出し、ビームの弾道を捻じ曲げた。

 紛い物で既にこれ。
 本物は一体どれほどなのか———


 まぁ、想定通りなのだが。

 そう、仮にも千冬お姉さんの紛い物なのだ。こんな不条理想定済みで無く何とする!
 千冬お姉さんと相対するときは、思いつく限りの最悪を想定し、その三乗倍は計上しろ、とは家族の誰の言葉だったか。

 既に道理は覆された。
 覆されたのなら、覆返させてもらう!

 道理に従え!

 呑み込んだ三百ものPICの出力。
 それを直結させ、位相を揃え。

獣王の(デス)

 消え去るがいい! カブトメダル(違)!

咆哮(ブラスト)オオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!」

 ぶっ放した。

 俺の口から放たれるのは重力線の濁流だった。
 ちょっと避けたところで大重力からは逃れられず、相殺しようにも、軽減しようにも、これは単純にPICの総出力、その桁が違い過ぎる。

 色々組み合わせ、ついに完成したこれはシンプルながらも堕天使大砲(ルシファー・カノン)に次ぐ大威力の武装だ。
 瞬時加速(イグニッション・ブースト)でも避けきれぬ奔流に飲み込まれるがいい!
 ん? 瞬時加速……?
 なんかー……、やーばいこと見逃してるようなー……。

『ちょ、なにこれ!? ラウラは!? ラウラは無事なの!?』
『大丈夫なんじゃないかなー。うん、よく知らないけど僕は絶対防御を信頼している』
『なんだその無駄な信頼!?』
『あ、ごめんお兄さん、見せ場取っちゃったか———』

 まぁ、実際は、お兄さんの一発で倒せるぐらいに現存しているだろうと思うけどさ。
 うむ、お兄さんの見せ場も作れて万々歳だ———



 しかし。

「なかなか良い、とさっきは言ったな? 分かっていても受けざるをえない、というのはなかなかに厄介だからな」

「……なっ!?」
 馬鹿なっ———
 奔流からは明瞭に声が聞こえてくる。

「だが———」

 竜巻が生じた。
 重力線の奔流は巻き取られ、巻き上げられ、高く高く伸び上がって行く。

 まさか!

「本命が見え見えだ。ならば、前座など、心半分でもそう痛くはあるまい?」

 竜巻の中心で螺旋を描くのは偽千冬お姉さん。
 渦を描かされ、振り回される俺の砲撃は、彼女のスラスターに呑み込まれて行く。

 なんてことだ……。
 これを忘れていたなんて……!
 俺のデス・ブラストは詰まる所がPICの出力を絶大にして攻撃に転化したものである。

 PIC。
 その出力を食らい、爆発的に加速するのが瞬時加速。
 そして、それはゴーレム乱入時にお兄さんが見せたとおり、別に自機の発したエネルギーで無ければならないとは限らない。

 その中でも、ブリュンヒルデたる千冬お姉さんが恐れられたある一点。

 それは、相手の力を奪ってでも可能だという事。
 消耗が激しいという瞬時加速の欠点を補うばかりか、警戒すべき起死回生の一手にまで昇華させたもの。

 これぞ、ブリュンヒルデの秘奥。
徴発式瞬時加速(イグニッション・ブースト・レクイジション)
 基礎ながらに模倣は絶対不可。
 これぞ、女王のみの特権といえるものだった。

 それを。
 まさか、ここまでも完全に再現するとは



 そう、そんな相手に三百ものPICによる出力を献上してしまったこの俺は。

「絶対防御も絶対ではない、と言う阿呆のような事実があったりするが。そもそも絶対防御の『絶対』とは、堅牢性能の事ではない。この場における『絶対』というのはだ」

 偽千冬お姉さんの右腕が解ける。
 中から出てくるのは、ラウラの小さな手であった。

「『絶対死なん』。つまり、生物兵器なら基準は大きく変わる———そう言う事だ」

「あ……」

 それは、まるでコマ送りのような、視野の変化。

「れ……」

 目の前に、いる。

「元々、次元の障壁であるから限りなく絶対に近いのは確かなのだがな。質量が空間に影響を与えることは既にアインシュタインが証明しているが、ISやゲボックの発明相手となれば、それも絶対とは言えん。
 絶対防御、というのはな。ISの判断により多角的に搭乗者保護機能を複合、多層化させ、何が何でも搭乗者の『命』を守り切る———無数に絡み合う仕組みの総称なんだよ」

 まさに、瞬間、移動。
 偽千冬お姉さんは気付けば密着するほどの距離でいったん停止し。

「生物兵器がISに搭乗した場合、その無駄に溢れんばかりの生命力は、ISの判断を甘くする。瞬時加速の速度による衝突、その衝撃に対し、二機の絶対防御発動に差が生じたのはそのためだ」

 その一言と共に、俺の横をすり抜けて行った。
 ラウラの小さな手を、何の抵抗も無く、俺の後ろまで抜き払いながら。

 そう。それつまり今———

「え?」
 膝を裏から突いたかのような脱力感。否、無重力感が上体に襲い掛かった。
 そう、俺は今、落ちている。

 スパゲティによるワイヤーアンカーで地面に体を固定しているにも関わらず、だ。

「よって、絶対防御発動時の障壁は、次元の断層なのだからして、絶対防御同士が干渉しあったならば兎も角、小娘の生身が晒されたために生じた、絶対防御とお前の防御障壁では雲泥の差が存在する。
———そう」

 人間同士なら、両方に絶対防御が生じ、こんな現象は起きなかっただろう。

 そう、既に俺は生物兵器の側に立っていたからこそ。

「———絶対防御は、防御不可の絶対攻撃となる」

 俺をすり抜けた偽千冬お姉さんは振り向きながら。
「安心するがいい、その様になったのは、ISが『それでもお前の命に支障が無い』と判断したからだ。心配せず寝ているがいい」
 旋回する体。俺に向けられた言葉がそれに追随し、回転する。
「だが、この私に腕部限定とはいえ、絶対防御を使わせたのは充分に及第点だ。少なくない消耗だぞ? 誇るがいい」



 視界がずり落ちて行く。
 そして、通常視界では見える筈も無い角度で自分の下腹をついに目撃してしまう。
 そこにあった自身の胴の真ん中に、滑らかな断面を目の当たりにした俺はそこでようやく、自分が腹の辺りで両断されたことに気が付いたのだった。

「そして、紛いなりにもお前はゲボックの手によるものだ。
 念を入れておかねば、何をされるか分からん。ちょっと、どいてもらおうか」

 言われて繰り出されたのは後ろ回し蹴りであった。
 しかも、ご丁寧に空間歪曲によるブースト付で、だ。

「ブッごああああああああああああああああああああああッ———!!」

 空間の修正力そのもので作り上げられたバネが俺の虚ろな腹腔を深くえぐる。
 戦場から弾き跳ばし、最早観客がいなくなったため保護されていない観客席に着弾した。
 あえなく、舞台から俺は降板となる。
 役者不足である、と退場させられたのだ。

「ぐっ……が。……畜生ォ、ハッ!」
 最後のは呼気ではない。自嘲だった。
 何がゲボック製、何が生物兵器、何がIS人間『斑の一番』だ。
 前回のゴーレムの時も、俺の気性から正体を明かさず裏手としてこそこそと動き。

 今回はその肩書きと反して圧倒的実力差に捩じ伏せられた。

「あー……くそっ、俺っていまい、ち、冴え、ねーな、ぁ」
 気軽い口調。
 だが、このダメージは、まずい。
 俺のボディは自在フレームから偽装スキンから、何から何まで精神感応金属で出来ている。

 故に、パーツの部分互換というのは可能だったりするのだ。
 さっきプチ山嵐であった右腕をゴーレムの左腕に変化させた様に、だ。
 故に、俺である脳さえ無事ならばシールド無しで核弾頭を受けようとも、無事であった金属組織をかき集めて簡易ボディを再構築することが出来たりするのだが……。

 コレが、IS相手となると話が別となる。

 ISが通常兵器と違い、物理破壊とともに併せて叩き付けてくるもの———それが、操縦者の攻撃意識を増幅させて叩き付けてくる攻性因子だ。
 実を言うと、ISにとって、最も痛手になるのが悪意や敵意だったりする。
 酷い悪意であった場合、自己修復機能に遅延が生じる程であり、鈴さんの甲龍やセシリアさんのブルー・ティアーズがダメージレベルCまでに至ったことからもそれが証明されている。
 ダメージレベルというのは、言ってしまえば精神的に打ちのめされたひしゃげ具合なのだ。見た目凄まじくぶっ壊れていてもダメージレベルが低いと、てを施さなくても翌朝完治していたりするからISって生き物なんだなあ、と言うのがよく分かる。

 なお、白式はダメージレベルが深刻な程攻撃力がインフレ的に跳ね上がるという、本気でピーキーな気性を持ってたりする。重要な点はコレは機能じゃないと言う所だ。まったく。

 VTシステムというオートメーション的な筈のプログラムに、穢土転生張りの依り代が必要となるのは、プログラムでは攻性因子を発する事が出来ないからだ。
 起動キーが特定の感情による場合が多いのもここが大きい。
 理性を封じプログラムに従事させる際に、攻性因子を抽出しやすい感情を保持させるためだ。
 脳内物質の分泌を継続させる方が、操るより容易いという理由があったりする。



 そして。
 ISである俺のボディは内臓の代理を務めていたパーツに攻性因子をふんだんに乗せた一撃をモロに受けて大破している(何せ一刀両断だ)ために———マズイ事に、精神感応金属の変形で代用させることが出来なくなっているのだ。
 幻肢痛と近しいものなのだろう。

 俺は、内腑を打ち砕かれた、という認識を偽千冬お姉さんに叩き込まれてしまっているのだ。
 俺のボディがISである、ということが裏目に出たか……!
 外部から手を入れ、『修理』ではなく、『治療』をしなければ、恐らく修復することはないんじゃなかろうか。

 くっそ……。
 
 腹の中がぐっちゃぐちゃだ。
 紛いなりにも極冷静に思考を働かせられるのは、まぁ、あれだ。コレどころじゃないグチャグチャを前もって体感しているから、と自慢にもならない事を思い返してげんなりした。
 感性があの時あったら発狂してるかトラウマもんだしなー。
 何事も経験だね……とは自虐過ぎて口が裂けても言えないけど。
 まあ、まさかまたも味わうような経験だとは思わんし。

 ダメージリポートを遮断して、所謂痛覚遮断状態にしているというのに、腹腔に鉛を押し込まれているような息苦しさと込み上げるような嘔吐感が止まらない。

 あー、悔しいねえ。
 しっかし、ま。この辺りが俺っつー存在の限界なんだろう。
 例え、人類の最先端にある技術で体を作り、叡智を持って力を振るうとしても、肝心要、俺という『魂』は所詮この程度。作って幾年も経たぬの贋作の器をとりあえず動かすためにインプットされた簡易情報。
 少々情動を得て固我を得たつもりになったとしてもこの通り、同じ贋作であるVTにすら敵わない。



 ああ、痛い。
 この痛みから逃げ出したい。
 意識をカットすればどうにでもなるだろう。
 所謂閉鎖モードというものだ。
 目覚めればきっと、全てが終わっているに違いない。



 なにぬかしてんだ。悔しいんじゃねえのかボケ。



 内心が何かに抗っている。反逆している。
 しかし、俺の意識としての総体はこのままのダウンを望んでいる。充分にやったではないか、と。
 そも、お兄さんは殺されるという事はあるまい。
 ラウラだって生体強化された遺伝子強化体だ。VTの無茶な機動にもきっと耐えられる。



 ここで諦める言い訳してんじゃねえよ。



 何よりここには本物の最強、どんな大事件だろうが解決してきたヒーロー、千冬お姉さんがいる。
 俺なんかがしゃしゃり出てきたところで何も変わらない。
 今回のこの顛末は、それが分かっただけで充分、成果があったじゃないか。



 悟ったつもりになって吹かすんじゃねえ、せせこましく縮んでたま―――



 もういいって。
 自分の内なる反骨心を説き伏せる。

 意識が鈍く。
 既に視界を閉じているにも関わらず、はっきりと闇の帳が下りてくるのを自覚する。

 外が夜に移行していっている、というわけじゃない。
 これが、無謬の闇に落ちていく、というものだろう。

 眠りへの導入。
 意識の断絶だ。

 そう言えば。
 生身が崩壊していった時もこの感覚を味わっていた気がする。

 アレが死の世界への導入であった事は、想像に難くない。
 まあ、俺は引きずり上げられてこのように続けていられるのだけれど。

 考えてみれば、眠りに落ちる時と、死の床に就くとき。
 どちらもそこで意識が途絶えることに違いはない。

 それが一時的なものか、永久的なものか、その違いはあるけれども。
 眠る時、本当にまた目覚める事ができるのかと。
 何故俺達は恐れないのだろう。

 同じではないか。
 目覚めた時、それは本当に今ここで思考しているこの『俺』なのか?

 もしかしたら、と、あり得ないと分かっていても思考から拭えない。
 眠りに落ちる時と死への安らぎは同じものなのではないかと。
 新たに入れられた『俺』がそれ以前の『俺』の続きを代わりにしているだけで、眠った『俺』はそこで終わっているのではないだろうか。

 だとすれば、ここで、この『俺』はここで終わりだ。
 諦めたのだから、ここで終わりなのは妥当なのだ。
 次の『俺』よ、後は任せた。
 意識も、感覚も、深い深い、闇の海に沈んでいく……。
 もういいではないか。
 痛い思いも、苦しい思いも。
 わざわざ、自分から受けに行くようなものじゃないんだって。












―――おい
 ッ!?



 急に聞こえた、あり得ないその声に驚愕し、飛び起きる。
 それは、さらに足掻こうと、抗おうとする自分の内なる声ではなかった。
 明らかに語りかける。
 他者からの呼びかけだった。



「何をしている? ボケッと餌を持して口を開けた鯉のようないでたちだぞ。らしくないな、強敵(とも)よ」
「うるせえな、偉そうに言ってんじゃねえよ―――え?」

 俺を強敵(とも)と言う奴は一人―――いや、一匹しかいない。

GKBR(ラグド・メゼギス)……?」
 ぼやけた視界。あたり一面一色にしか見えない。そんなぼやけた視界の中、一匹の家庭内害虫だけがくっきりとこちらを見下ろしている。

「何事にも挑みたいのだろう? ならば足掻け。人より数多の事を試したいのならば、挫折も人よりさらに多く噛み締めるのは当たり前だろう。ならば足掻け、徹底的に」

「いや……そうは言うけどよ、こうも何も出来てないとなぁ。もう、いいんだよ」
「このような所で愚痴をこぼしたところでなんになる? 決め付けるな、やるのだよ」

「……んあ?」
 なんだろう、いつもと違って無理やりでも前に行かせようとする様な、そんな言動。
 いつものような、互いの意見を尊重させるようなやり取りではない。
 だからこそ、気になった。

「ふん……。そういうお前だからこそ、我は隣にいたのだぞ。いい加減とっとと起きろ。もう、言葉はいらんだろう」
 言うや、彼女は背を向ける。もう、用はないと言わんばかりに。
「寄り道は終わりだ。ではな……我はもう行く」
「おい、ちょっと待てラグド・メゼギス。どこにいく」
「……なんだ? ついていってもらわないと寂しいのか?」
「いや……そんな餓鬼じゃねえけど、よ」
「生まれ出でて既に星は二順以上巡った」

 達観するかの様に、彼女は何処かを見通していた。

「我達としては、充分すぎるほどに生きた。例え万分の一、億分の一の選ばれた身として生まれても、自然の摂理は等しく訪れるものなのだ」
 って、待て。何だその意味深な言い方。
 えー……と、回りくどいけど、星が二順以上巡ったつーことは……。

 あ、二歳か。
「ラグド・メゼギス。お前……」
 タメだったんかい。

「もう待たんぞ……さらばだ」
「おい。待てって……」
 浮けばいいのに、俺はそんな自分の機能も忘れ、ただ、手を伸ばす。
 ここで置いていかれれば、これっきり。そんな気がした。
 これっきりの別離。
 そう。それは予感。
 這いずり、必死に手を伸ばし、しかし、規格外の生まれを持ってしまった一匹の家庭内害虫はまったく省みることなく進んでいく。

 待てってば!

 ぼやけていく強敵(とも)の後姿。
 それに反してぼんやりと光っているように見えた景色は徐々に焦点を結んでいき……。



『無事か? いや、見れば分かるがあまり無事そうではないな』
「―――え?」

 眼前に全く別の姿を結像した。

 目の前にいる超小型歩行戦車のような機体は、この間生物兵器『青の一番』を拝命した元無人機こと、ダニーである。
 さっきのはまるでなんでもない夢であったと言わんばかりに正真正銘何も無い。
 ここはアリーナの観客席であり、俺は席を幾つもなぎ払い、階段状になっている斜面をえぐってめり込んでいる。

 あのくっきりと鮮明に覚えているあれは……やはり夢……だったの、か?

『意識がはっきりしているんだか居ないのか分からんようだな』
「……あれ? ラグド・メゼギスは?」
 思わず、口からまろび出た名前に、ダニーは奇妙な反応を返して来た。
 あり得ないものを見るような面持ちで。
『……お前は超能力者か何かか……いや……まさか……』
 などと、ブツブツ独り言を洩らしている。

「どういう、意味だよ」
 何故だろうか。俺はそれが気になって仕方がなかった。

『こんな状況だ。言われなければ後で言った事だろうが……。ラグド某とは、あの規格外の害虫の事だろう?』
「あー。そういえばお前、苛められてたよね」
 あいつ、認めた生物しか通風口にいるの認めないからね。

 うんうん、とアイツを思い返して頷いていると、ダニーは、唐突に、あっさりと簡潔に。ただ、あったことを述べた。
『奴は天寿を全うしたよ』

「……は? アイツの種族で天寿って何歳だっけ? あれ、それ米寿だっけ?」
『死んだ、と言うことだ』
 その内容に、ようやく、知性だけではなく感情も理解したのか、俺は一瞬思考が完全に停止する。
 ダニーは俺の軽口を無視して続けた。

『寿命だったらしい。そこまでは規格外ではなかったようだ。幾度かお前に声を掛けておこうとしたらしいが、タイミングが悪かったらしくてな。結局今の今までずるずると引きずってしまったらしい。アレが旅発ったのは今朝だ。看取ったし、その身柄はゴミとして捨てられないよう荼毘に伏した。残っているのは、これだけだ。お前に渡してくれと言っていた。いらなければ焼いて捨てろともな』
「……どういう意味、だよ」
『そのままだよ。毛、とは違いすぎるから遺髪、と言えるかは知らんがな』

 ダニーのマニュピレーターが針金のようなものを摘んで渡してくる。
 アイツの触覚、柔らかなる剣、列迅だった。

「はは……なんだよそれ……あいつ。そんなんなってまで気にかけてくれるなんてアイツらしくもねえ」
 あまつさえ、寄り道さえしてくれるなんて。
 本当、アイツらしくねえ。



 ああ。
 ここまでしてもらって何もしねえのは、アイツがわざわざ色々してくれた事までふいにするってことじゃねえか。
「なんてことしてくれたんだよ、馬鹿じゃねえか。寝てられなくなっただろうが!」



 あぁ。
 色々やりてぇ、とは言っていたが、柄にもねえことばっかりしてたんだなぁ、俺は。
 お兄さんらを守ろうとしてたんだろう。俺なりに、生物兵器だ、と言う矜持を勝手に抱いて。

 誰かを守ろう?
 守るために強くなって戦って勝とう、だぁ? ハッ。俺はそんなガラじゃねえだろう。

 そんな飽和して今にもゲシュタルト崩壊しそうな主役像、お兄さんだけで充分だろう。そういうものはが役と役者が合う奴がやればいい。
 
 我が人生負けてばかり、弱いばかり。
 だが、何もこの世にあるすべての生き物が、生存競争において選択した事柄が何も強くなる事一択ではない、とお兄さんに論じたばっかりじゃねえか。

 鳥が飛ぶということ。飛べるように進化したと言う事。
 それは逃亡の選択肢を増やすと言う事。
 お兄さんは、それを重力との闘いに勝った事だと言った。

 解釈なんて人それぞれ。

 それでいいのだ。生き物とは、自己組織の効率化と多様性の獲得こそを是とするものなのだから。



 お兄さんは守るために強くなる事を選んだ。
 それは間違いではない。
 だが、それは俺のガラじゃない。
 俺が選んだ俺の進化の系統樹は、そちらに枝葉を伸ばしていない。
 ジャンル違いがのさばってもこうなるのは当然ではないか。自明の理じゃねーか。
 当たり前だろう。憧れるのはいいが、猿真似して失敗してんじゃねーっての。
 眩しくても、憧れても。



―――妹と引き離される時、俺に手が合ったのなら守れたのだろうか。



 それは、俺じゃないのだから。

 同じ守る。と言う事柄だろうが、俺とお兄さんでは解釈が違うのだ。
 例え結果が同じだろうが、その意味合いの受け方が内心では全く違ったのだから。



―――俺は



 気付けば、俺は暗い暗い、地の底に居た。
 地上がはるか上。暗く、昏い。まるで冥府の果て。日の光が差し込む事などない、そんな、奈落の奥底。

 十本の十字架が立てられていて、それには体のどこかが欠けている死体(?)が貼り付けられている。
 はて。
 この死体、どこかで見た事があるような、無いような……。
 何やらデジャヴってるので小首を傾げて見る。
 うーん。この、喉元まで出て来るのに出てこないもどかしさはどうしたものか。

「すまない。生涯に一度の願いと言ってもいい」
「うぉ?」
 そんな時に掛けられた声だったのでちょっとギョッとしてしまう。
 振り向けば、そこにいたのは四本の腕、全身を皮ベルトで巻き作ったミイラのような風体。
 一応女の子である、シュヴァルツェア・レーゲンがそこにいた。
 一応、とか言って見たけれども、顔の半分以上を覆っているベルトを剥いだら幼い顔立ちの可愛い子が出てくるんじゃないかと推測している。
 マスターがラウラだしね。
 きっと恥ずかしがり屋に違いない。
 ベルトを引っぺがすと真っ赤になって可愛いんだろうなあ、とか腐った思考は取り敢えず白式の砂浜に投げ捨てて、話を聞いてみる事にする。

「レーゲン? どうした? と言うか、ここどこなんだろうね?」
 レーゲンがいるってことはISのシェアリング空間であることは確かだけれども。

「……? 何を言ってるんだ? ここは『お前の世界』だぞ?」
「はい?」
 俺の……って。こと……は?
 いや、俺人間だし。生物兵器だけど一応ジャンルは人間だし。ISみたいに世界持ってるわけが、ない。
 てー、事は。
「エンブリオ?」

 あ。
 喉のつかえが取れた。
 脳の回路が繋がれ思い出す。

 この磷付になってるの。
 前に白式の砂浜で俺のことさんざんからかった俺のIS達じゃねーか!

「何故にこんな所で? うーん……こんな暗い所は……」
 この子等には似合わないと思うのだが。

「だが、正真正銘、ここはお前の世界だ。きっと前に見た時は、別の世界にいたのだろう」
 ああ、確かにあそこは白式の世界だった。
「———で、レーゲンは何故にこんな所へ?」
「頼みがあって来た」
「———ん……ラウラの、こと?」
 他には、無いだろうさ。ISは、マスターこそが唯一無二なのだから。

「コマンデュールの事、助けて、欲しい」
「今、諦めかけてた所なんだけどね。ほら、お腹から下が無いんだよ」
 スカスカだぜぃ! と手で何も無いお腹を通り抜かしてみる。

「……もちろん、ただでとは言わん」
「いや……俺じゃなくてもさ」
「私には、コマンデュール以外には、お前しか関わった者が、いない……」
 ぎゅーっと俺の服の裾を掴んでうつむいているレーゲンだった。
 あー……ラウラと同じで閉鎖的だったのね。君。
 ISのネットワークでもあるんだなー。こういうの。
 いや……でも。
 こいつ……。



『やはり、この私と隊長(コマンデュール)の前では、始まりのコアと言えど、有象無象の一つでしかないようだな。地を這うがいい———お前も、我が隊長の栄華の礎となれ! フハハハハハハハッ!!』



「…………」
 内弁慶とか外弁慶、とかあるけど、マスターがいるとき限定のマスター弁慶だったのか……!
「聞いて、いるのかっ……!」
 意外な奴の意外な側面に感心していたら、すっごい恨めしそうな目で睨まれました。
 しかしアレだね。あんまり怖くない。

「これ!」
「え? なにこれ」
 なんか、四本の腕で押し付けて来た。
 彼女のモノらしいデザインの、黒基調の赤いラインが時折走るキューブだった。
「ん!」
 ぐいぐい押し付けてくる。おい、何でも良いからせめて説明して下さい。

「渡したからな!」
「お、おう」
 しまった! つい受け取ってしまった!
 後には引けなくなったではないか。

「私が初めてシェアリングしたものなんだからな! それなのにコマンデュールに何かあったら承知しないからなー!」
 うわーんと半べそかきながら撤退して行くレーゲン。
「うぉー!? おいちょっと待てせめてこれ何か教えてエエエエエエエッ!」
 ……しかし……。
 キューブを見てみる。
「シェアリングってこんなポイって手渡すような感じで交流すんの……? まるでプレゼント交換会だな……」
 いや、俺やったこと無いけど。
 と言うか、俺人間なんだけど。渡されても困るんだけど。



「それは、彼女の虎の子、AICについてのデータだよ。それを渡される、と言うことがどれほどのことか、君でも分かるよね」
 そんなタイミングで来たのは、なんとキューブの答えだった。
 た……が!
「いや……まあ。それは流石に俺でも———って誰だよ!?」
 後ろから声がしたので振り向いてみた。
 なんかホラー感たっぷりの磷付け死体しかない。
 いや、俺のISなんだから死んではいないだろうけど。
 まさか———ねえ。
 しかし、でもそれしかない。

 恐る恐る見上げてみる。相変わらず死んでる。具体的に言うともろに目が死んでいる。

 しかし、驚いたのはこれからであった。
「君は、何を望むの?」
 十体の死体が一斉に喋った。
 まるで、ここにある十体が実は一つの存在であるかのように。



 まるで、俺が仲間はずれであるかのような―――



 仲間になりたかったのか、そうでないのかは分からない。
 だが、俺はその問いに自然に答えていた。
 俺なりの、周りへの俺の答えを。
 先の、レーゲンから受けた期待への回答も。


 俺は、誰も守れなくてもいい。
 逃げてやる。
 どこまでも、『共に逃げたいモノ』の手を引き、逃げ続けてやる。
 どこまでも追ってくると言うのなら、遊星の果てまで、際限ないというのなら時を遡ろうとも。
 どこまでも、どこまでも、安全だと安心し安堵し、なんの気負いも心残りも無く笑い合えるところまで。逃げ切ってやる。

 繋ぐ手が二本しかないというのならば増やせばいい。
 とっ捕まってるなら掻っ浚って逃げ切ってやれば良いのだ。

「そう?」
 本当に死んでいるのか定かではないほど気軽に声を返してくる死体に、こちらも気安く口から言葉が漏れた。あまりにも自然に。俺自身としては不自然なほどに。

 ああ。簪さん―――友達が前、言ってたんだよ。

―――千手観音様ってね? 本当の名前は千手千眼観音って言ってね?

―――手が千本あるんじゃなくて、『助けて』って言ってる人達の、千の手を取って助けることができるから付いているんだって

―――千手観音の掌にはそれぞれ一つずつ瞳があってね。それが一度に二十五の苦しみを見つけ出して、即座にその手で救い上げるの。その腕が四十本あるから、千の苦しみから助け出せる仏様なんだって



 欲するは、願いは三つ。
 一緒に逃げる人を見逃さぬ数多の目があればいい。
 彼らを一人残さず掴む数多の手があればいい。
 逃げ切れるだけの最速の、絶対回避の足があればいい。

 敵を倒す剣は勇者が持てばいい。
 敵から守る盾は騎士が構えてくれればいい。



 そうさ。元の俺は何も無かったんだ。だから、妹が引き離される時も何も出来なかった。
 それが今はどうだ。
 腕が二本ある。頭もある。体もある。今は千切れているけど足もある。

 なんと言う境遇。幸運の極地。
 これまでと比べればなんて奇跡の賜物か。



 だから。

 奇跡の分際で今更腕の五本や六本、ケチケチしてねえでとっとと用意しやがれええええええええええッ!!



「そう。じゃあ、もっとあげるね(・・・・・・・)
「は?」
 吠えた俺にあっさり返ってくるハモり返答掛けることの十。それがどういう意味か、問いただす前に。
 俺は、再び、ダニーの眼前に居た。
 もはや二度目だ。今度は、戸惑う、と言う事もなかったが。

 ダニーから受け取った『列迅』を、手の中に包み込む。
 もう、恐怖で無くてもいい。恐怖でなくても発動できると何故か分かっていた。

単一仕様能力(ワン・オフ・アビリティ)―――揺卵極夜ッ!!」



「ラグド・メゼギス―――」
 強敵(とも)へ語りかけるように、宣言するかの様に告げる。

 揺卵極夜のエネルギー吸収フィールドがラグド・メゼギスの触角にして刃、列迅を分解していく。
 同時に、耳朶の奥底から、いつぞやの詩が聞こえてくる。

―――眠れる胚子は己が殻の中にいることを知らずとも―――



「これが―――」

 その生命体としてのDNAマトリクスを解析し、その特性を読み込んでいく

―――己の心音と血流を聞き、世に音があることを知り―――



「俺と―――」

 解析されたDNAマトリクスは、量子・データ化され、俺の体、全身義肢IS『エンブリオ』のフラグメントマップに取り込まれていく。

―――想像もできぬ殻の外を予感し、身を打ち振るわせ―――



「お前の―――」

 そして、俺のフラグメントマップに更なる進化を促すべく、DNAマトリクスは組み込まれていく。必要なところは上書きされ、不要なところはそぎ落とし。掛け合わされていく。

―――精神感応金属方式無段階形態移行(シームレス・シフト・ライブメタルサイド)



「輝きだあああああああああああァッッ!!!」

 そして我が身は、組み上げられた新たなフラグメントマップに従い、変生していく。
 下半身はいまだ喪失しているため足は無い。
 変わりに腕が六本に増え、剣のように鋭く、鋭利な形に変形している。
 上体を腕で支えるために前傾姿勢となり、所謂腕立て伏せの状態で胴を浮かせているような形になっているわけだ。
 全身はフルプレートメイルのように幾重にも重ねられた極薄の装甲が流線型を描き、その隙間からは方向転換のための大出力スラスターを放出出来るような構造になっている。
 特に背部には一際巨大なスラスターが二門、翅のように背後に伸びている。

 全身の関節にあったPICは全て抽出され五つのチップに固められ、強化ハイパーセンサーの機能も兼ね、周囲を取り囲むように飛び回る。
 シュヴァルツェア・レーゲンからシェアリングで受けたデータを元に、俺のフラグメントマップに併せて最適化。
 あの娘の思いも、俺の形として描き加えて行く。

 チップ、と表現したのは、ブルーティアーズのビットのように機体から大幅に離れて独自浮遊するのが主たる使用法ではないからだ。このチップは俺の周囲にあって初めて最大の効果を発する。譲り受けたデータを元に造り出した新たな機能を以てだ。

 頭頂からは友から譲り受けた二本の列迅を背に流す。
 そして機体のカラーは赤銅色。

 このフォームの名称は、一瞬も悩むことなく決まっていた。

「『百手百眼・蓮華巨蟲(ヘカトンケイル)』」
 百の手に雷や雹を掴んで投げつけてくる巨人———積乱雲の化身に、救済の蓮華王を重ねて。
 そこで一拍、息を吸い込み。

 宣言する。
「―――貰うぞ、お前の名を」
 それこそが、なによりもこの形にふさわしい。
「『瞬撃槍(ラグド・メゼギス)』!!」



 友よ、今こそ舞台に立つ啖呵を共に切ろう。

 じょうっ―――!!
 全身のスラスターが大出力に唸りをあげる。

 次の瞬間、我が身はアリーナの対極位置、向かいの客席に降り立っていた。
 三本の手の先端は開いてマニュピレーターとなり、三機のISを掴んでいた。

 再び盾とされてはたまらないので、戦場から除けておいたのだ。

 目を瞑る。
 そんな事をしても、ハイパーセンサーは正確無比の情報を入力してくれる。
 だが、変形を完了した。その瞬間、聞こえてしまったのだ。

 Marverous! と。
 素晴らしい! それは誰の口癖であったか。
 まあ、そりゃそうだよなあ、と思いつつ。

―――さあ、もっともっと、小生に力を見せるのです―――

 万象これ全て実験対象。それは過程である俺ならなおさらだろう。
 まあ、今は構うまい。



「な、なに、今の———え゛」
「む、無茶苦茶早かったぞ———てはぁ?」
「あれだけの速度で掻っ攫ったにも関わらず教員部隊の機体にはなんの負荷もかかっていない……変わった出し物を披露したようだな……って、ちょっと待てコラ、ゲボックん家の奴。なんだその姿は」



 こちらを見る全ての顔が引きつっている。
「えーと、おい、マジ双禍か、お前」
「あーうん。そうだけど」
「シャルが完全に固まったんだよ! どうすんだよ!?」
「えー。まあ、お兄さんが何とかして」
「無責任な!?」

『茶……茶釜が、茶翅になった……ッ!』
 いや、白式。上手い事言わんでも。



「第2ラウンド、スタートと行こうかァ!」
「いや、全力で断りたい」
「え?」
 偽千冬お姉さんが引きつった顔でぶんぶん手を振っている。なんだ、彼女らしくない。

「「「お前自分の姿省みろォッ!!」」」
 偽千冬お姉さんばかりではなく、いろんな人がハモってまで叫んでいた。観戦していた部屋の本物の千冬お姉さんらもだ。



 俺はなんというか。二等辺三角形のフォルムに二枚の翅型スラスターと、六本の脚、二本の長い触角をもった個性ある形状を取っている。
 まあ、つまりそれは。



「メタルで再現したから、そんなに生々しくないし、そんなにえぐくないと思うけどなあ」
「選択デザインの問題だ!」
「ああ、僕ゲボック製ゆえに元々Gだよ?」
「上手くもなんとも無いぞそれ!?」
「そうかなー? ま、いいか。行っくぞおおおおおおおおおおおおおッ!!」
「来るなああああああああああッ!!」












 世界よ、世界のどこかに居るであろう我が妹よ。
 これで、俺は今度はお前の手を取って逃げて見せると言い張れ……。
 え? 何だよ白式、そんなお前に誰が触るかって?
 クラゲフォームも作っとくべきかな……。
 なあ、ところで何でそんなに距離とってんだよ。

 まあ、待てって。
 そんな絶叫上げるなって。
 見た目通りに早いって? はっはっは、そのためのフォームだし?
 いつもみたいに零落白夜来ないなあ。
 そうか。



 それで触るのも嫌か。






 さすがにちょっと落ち込む俺だった。










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皆様———申し訳ありませんで、した!
以前がゴールデンウィークだから……
うわぁ……でございます。
2巻編まだもうちょっとだけ続くのです。

今回は、解説少なめにしておきます。
女性社会で華美なデザインになる傾向が常識のIS、まさかこのタイプを出したものはおるまい! って事で悪ふざけです。
地味に今までのフォームで最高の性能を持ってたりします。
その前に出していたWEA型フォームの印象なんて吹っ飛んでいるでしょう!
そのためにゴーレムの切り飛ばす腕を右か左か決めたり、打鉄弐式との交流でミサイル手に入れたり、PICの数強調してたりした数々の伏線を———あ、あっさり負けさせるという何この自傷行為、でもいいですよねーWEA型。

ああ、今までの月刊連載に戻りたい……いえ……違った、戻すよう頑張ります、ハイ。






追伸。
 未登録のIS、しかもゲボック出身の者が使っているとなって、世界中大わらわになってます。

 と言う訳で。
 非常時なのに出てこないじゃねえか学園最強! とは言わないで下さい。
 このとき、学園最強の会長はちゃんと別件で仕事していますので。 



[27648] 原作2巻編 第 7話 黒歴史再演
Name: 九十欠◆82f89e93 ID:989db0f4
Date: 2014/05/18 19:30
 胴体が千切れた。
 それを見た瞬間、いても立っても居られなくなり、観察室を飛び出した。
「待て簪!」
「お待ちになって下さい! 今向かわれても貴女では力になれませんわ! ご覧になられたでしょう、あの戦闘能力を!」
「大……丈夫! 私……だって、代表候補生、だから!」
「ああ! もう知らないわよ! どうなっても!」
 二人の静止も全く聞かず、簪は戦場であるアリーナ目掛けて走って行ってしまった。

「千冬さん! どうして止めなかったんですか!」
 詰め寄る箒に千冬はふんっ、と鼻を鳴らして手をヒラヒラと振ると、モニターに映る双禍を見下ろしたままだ。
 偽千冬はあくまで双禍を戦場外に『退かした』だけなのだ。
 ならば、双禍がそのままなら用はない。簪はある意味安全な所に向かったと言える。

 それに加えて。
「ギャクサッツ―――あのソウカとか言う生物兵器、どうもあいつらのなかでもそれなりに重要らしいな。今しがた向かった更織に『翠の一番』を含めた何体かがついて行った。護衛だろう」
 千冬の言葉に三人は周りを見回した。
 確かに、植木鉢に入った緑色の女性がいなくなっている。

 しかし―――

「織斑先生、何体かとおっしゃいましたが他にもいたのですか?」
「山田先生、これからはその程度は気付いてもらわないと困ることになります。少なくとも二体は更織に張り付いていましたよ。何かが起きればギャクサッツの精神に何らかの悪影響が及ぶとの懸念でしょうが。
 それだけ保護されているのは何かあるのでしょう……ああ、言い忘れてましたが今の私は教師ではありません。先生とは呼ばないでください。私もなるべく名前で呼ぶ様にするので」
「先輩!?」

「ぜ……」
「全然気づかなかったですわ……」
「あたしもよ。気にするようなことじゃないわ―――でも厄介な事になるわね。セシリア、あんたも確認したでしょ?」
「えぇ……わたくしも驚いていますわ。Dr.ゲボック。双禍さんのお父上がここまで常軌を逸しているとは思いませんでしたもの」
「何の事だ……?」
 二人の代表候補生が深刻そうに話し合うことに箒は混ざれない。
 箒はISの専用機を有していないからだ。
 
 それは……ISを有するならばすぐに分かることだったからだ。

 一般公開するには危うすぎる情報であり、篠ノ之束の妹といえど開かしてもいいものか、二人は目配せの後、確認のために千冬に目線だけで問いかけた。
 千冬は構わん、という意味だろう。軽く首肯すると、二人は箒に向き直る。

 ただ、他でもない。この一連の流れが、箒にとって疎外感を感じさせた。
 彼女にとって大切な一夏が、今しがた窮地に陥っている。
 と言うのに、彼女には力がない。
 彼を助ける一助の和にすら加われない。



「あの子はね―――ISよ」
 思考の澱に沈みかけた箒を引きずりあげたのは鈴のそんな一言だった」
「あい……えす?」

 それは束―――姉が造り出した、『世界を変えたもの』の名前。

「そうですわ」
 セシリアが説明をつなげる。
「以前、双禍さんが申し上げていた病気だ、との発言や、僕の脳は、という言は文字通りの意味であった、という意味ですわ」
「まあ、推測の域からは出るようなものじゃないけどね。進行性の筋弛緩症や悪性腫瘍、そんなもので寝たきりだったんじゃないかしら。多分そんな時にゲボックさんに会って、お願いしたんでしょ」




―――強い体が欲しい



 それは、大いにあり得る話だった。
 何せ、事故で死んだりしないように、家族を作ろうとした際生物兵器クラスまで強化するゲボックである。
 強い体が欲しい、なんて言ったらとことん強い体をこさえて来るに違いない。

 真相はまた、さらに想像もつかないものであり、ここでの推測は当たらずとも遠からず、と言ったレベルのものでしかないが、重要なのはここからなのだ。

「だからってねぇ……」
「体を最高戦力であるISで作り上げると言うのは度が過ぎているとしか申しあげられませんわ」
「あ……あ、ISですかっ!?」
 驚いて声も出ない箒の代わりに大声を上げたのは麻耶だった。
 ようやく、双禍がISだ、の意味が通じたためにようやく驚愕がこみ上げてきたのである。
「まぁ……あいつとの束はかなり親密だからな……コアの調達ぐらい簡単だろう。問題は別のところにある……そう、本当に厄介なのは」
 千冬もため息をつく。

 それはつまり。
 登録外のISコアがそこにある、ということなのだ。

 各国が、如何なる手を用いても、喉から手が出るほどに欲するISコアが。

「それに見ただろう、奴の変形を。左腕はどう見ても先月襲ってきた襲撃者のものだし、逆の腕は改変されているものの、ベースはおそらく更織の機体に搭載されているものだろう―――これがどういう意味か分かるか?」

「機構複製……!?」
「あぁ。そうだ。あいつは―――まあ、幾つか条件があるのだろうが、他国の軍事機密をそっくり自分の物に出来る機能がある。ISの技術は一般的に公開されるのが義務付けられているが、その例外がこのIS学園だ。オルコットや凰、ボーデヴィッヒがわざわざ入学してきているのは、その試験という意味合いが大きいだろう。ましてや、同じ意図を持った他国の機体との交戦データを得ることができる。これは大きい。だが、奴の存在はそれをごっそり覆す。
 あくせくと、必死になって組み上げた技術をごっそりまるごと奪われるんだ。堪ったものじゃない」
「それだけではありません。それだけ恐ろしい、ということは逆をいえばこの上なく欲する逸材であるという事なんです」
「ましてや、あいつはゲボックのオーダーメイドだ。テンペスタの例にあるように、ゲボックの手が加わったものはそれだけで現行技術を桁外れに凌駕する。コピー品がオリジナルを凌駕するのが目に見えるぞ?
 そのくせ、それを操る奴自身は未熟ときた―――面倒な奴らがその奪取ないし排除に乗り出してくるのは必須だ……荒れるぞ……!」
「あー、先輩……また連日徹夜ですかー、はぁー」
「あ、私は今職員じゃないんで頑張ってくれ真耶」
「はいぃぃぃいッ!?」
「というか何故アイツはわざわざ面倒な模倣能力なんて持たせるんだよ、現行の第三世代兵器なんて自分で組めよ……もっと良いのすぐに出来るだろうがあの馬鹿が」

「「ちょ、それはそれでまずいんですが!」」
「ちょっと聞いて下さい先輩お願いですからあああああ!」
 何も口を挟めない箒の傍ら、三人の悲鳴を幼馴染みに鍛えられた千冬は気に留めた様子も無くモニターを眺めていた。



 その時だった。
 観客席まで蹴り飛ばされて行動不能になっていた双禍が、ギリギリ、と手を天に伸ばす。

「あの子、何する気かしら」
 双禍が『着弾』したせいで、周辺のスピーカーは砕けてしまっているのか、何をしようとしているのか、動作からしか察する事が出来ない。
 ハイパーセンサーを用いて探査して見ても、正体不明としか表示されない。

 双禍が伸ばしていた腕、その先端の拳を握りしめる。
 瞬間。

―――ドクンッと双禍の身が跳ねた。

 次に巻き起こったのは、千変万化に変容した双禍でもなお、今まで以上に奇怪な変貌であった。
 装備している打鉄のパーツまで巻き込み、装甲や人肌は薄い装甲へと伸びて赤銅色に変色、流線型に鋭く、三角に近い形に変化して行く。
 地に伏せるようなポーズ。
 三対六本の鋭い脚。
 頭部には二本のワイヤーブレード。

 周囲には特徴ある四枚の菱形が一セットになった非固定浮遊部位(アンロック・ユニット)が五枚、周回している。

 そしてその背部には特徴ある大型スラスター二門。

 出来上がったカタチ。
 それを見て一同女性陣は押し黙る。
 ああ、いくらかデフォルメされている。
 言ってみれば、やや尖った楕円に翅。あと二本のテール(?)に省略化されているぐらい分かりやすい。
 逆に言えば。
 生々しさは無いものの、特徴を良く捉えていますね。と言う感じだ。
 つまり、誰が見てもモデルが分かる。



―――なんっつーか、完全無欠ににアレ(・・)のカタチだった。
 もう少し分かりやすく言うと、『黒くて硬くててらてら光ってて暗くて狭くて湿ったところが好きなわりに早いせーぶつ』に他ならなかった。



「ねえ、セシリア……あれって、『アレ』よねぇ」
 かつて実家が飲食店経営していた鈴にとっては、怨敵である。見紛う筈も無い。
「鈴さん、間違っても口になさらないで下さいまし。『アレは間違いなくアレ』ですわ」

「なんというか、発想がゲボックさんちですよね……」
 箒も顔を手で覆い、天井を仰ぎ見た。このノリ、いつ遭遇しても異様な疲労感を味わうのだ。
 ゲボック本人が居ないのに、系譜からも受けてしまうこの現実。
 似たような影響力のある姉も居るが、あちらと違ってゲボックはその影響を広げる事に全く頓着がない。どこ見ても今や影響の無い所を探す方が大変なぐらいだ。
 いつか、四六時中私はこの疲労感を味わい続けるのだろうか。
 そんな人生は送りたくない。
 まあ、この観察室に君臨しておられる女傑は、まさにそのような人生の火蓋がとっくに切られているのだから、現実味が否応にも増すというものだ。
 先に予言された不吉な未来。アレが義兄と言う生物的恐怖。それが実体感を持って心理表層に浮上してくるのを必死に沈める箒であった。しかしこの未来、えら呼吸も完備しているのか、絶対に溺れないのである。

「まあ、『あのアレ』のことはともかく、どういう意味があって『アレ』になったか、と言うことだな。材料にうちの学園の打鉄まで取り込んでるしな」
「あああああああああっ! 本当です! 本当ですよ先輩! コアまで取り込んじゃってるんじゃないですよね! ねぇ!」
 貴重なISコアの行方が不明になった事に青冷める真耶をよそに。
 ふざけ倒しているのはいつもであるものの、その機能は馬鹿にならないその実態を掴むべく、千冬は観察を止めなかった。



 そしてその実体が披露される。

 双禍の姿が一瞬にして掻き消え、アリーナを横断していた。
「……早いな」
 思わず千冬が洩らしてしまう程、その速度は常識はずれだった。
「しかも、倒された教員部隊を全員連れてますよ?」
「つまり、慣性中和が尋常じゃないという事だろう。さもなくば、かっ浚われた榊原らが軽くてもムチウチぐらいは負っている筈だからな」
「でも、アレには連れられたくはないわね」
「……まったくだ」
 ワキワキ蠢く六本脚はそれだけで生理的嫌悪感を抱かせるには充分過ぎるものな訳でして。

「仕掛けは、あの周りにあるビット……いや、チップか。それ臭いな」
 ふむ。とばかりに即座にその仕掛けを看破し始める千冬に、皆は思った。



―――ああ、もうゲボックさんに対処する事が無意識レベル、骨の髄まで染み込んでしまってるんだ……と。
 本能レベルで末期であった。



 ある意味手遅れてしまっている図に、一夏を想う三人の乙女ははらはらと心の内で涙を流す。

 そして、気配を読む事に関して、テレパシストか、と言わんばかりの織斑一族(恋愛事に関しては不感症疑惑が強い)の長姉である千冬がその空気に気付かないわけが無い。

「お前等、今何か致命的なまでに失礼な事考えなかったか?」
 致命、とは当然箒達の命運の事である。

「「「とんでもございません!!」」」
 命乞いと言える叫びは異口同音であったそうな。









―――さて
「緊急事態……! 緊急事態だから……ッ!」
 簪は、スラスター部分のみを限定展開、校内の通路を飛行していた。
 彼女の内心は、双禍に対する思慮で一杯であった。
 一刻も早く彼の下へ辿り着かんと必死だったのだ。

―――だが
 監察室での会話が、しこりのように胸の内にわだかまって異物感が拭えなくなっている事も自覚してしまっていた。

 闘争本能が著しく欠如した典型的現代っ子である双禍の矛盾した行動。

 彼は、脳のみが純粋に人体である。
 あぁ、なんと迂闊なことだろうか。
 双禍自身が、ちゃんと口にしていたではないか。

 その脳さえも傷んでいて。
 補強済みである、と。

 その時、なんらかの処置が行われたと考える方が自然ではないか。

 簪は脳神経に関しては専門ではない。
 迂闊に手を出す事など到底出来はしない。

 けれども……。

―――それじゃあ、本当に……

 簪の中で、ゲボックへの隔意がよりいっそう、深まっていく。
「……着い、た!」
 アリーナ入口に到着する。
 しかし、迂闊に顔を見せたらものの次いでで瞬殺されかねない。
 それほどの戦闘力なのだ。
 どうせ見つかるのだ。こっそりとしているアピールしつつも、あくまで救助に来ただけであることを伝えなければいけないのははっきり言って面倒だ。

 しかし、姉はどうしているのだろう。

 ズキリと胸が痛みつつ、このような事態こそ姉の活躍場ではないか、と微かに憤慨する。
 そして、気付いてしまった。
 内心アテにしていた事に。

 慌てて動揺に蓋を落とす。

 簪は気付いていない。
 なまじ親しくなってしまっていたから。身近な存在になってしまっていたから気付かなくなっていた。
 ゲボック製生物兵器の重要性に。
 それがISを使っているという事に。

 さらに。
 それが限られている筈のISコア(恐らく未登録個体)を内蔵していたという事実が世界をどう動かすかについて。

 付け加え、双禍がゲボック製のオリジナルISである、という事に。
 それに、どれだけ姉が死に物狂いで振り回されているか、などとは視野が狭まってしまっている簪に気付く筈も無い。

 簪が抱くのは焦燥感。
 ただ双禍の安否に内心をかき乱され。
 その確認を何より一番に―――

―――じょうんッ!

 だが。その献身的な思考は、異様な音に割り込まれた。
 生じた驚愕に想いまで一時的に途絶させられた簪はその音の発生源に目を向け。

 今度こそ。
 想いが。
 途絶されるどころか吹っ飛んだ。

「……は、はい!?」
 圧倒的戦闘能力を誇った偽千冬が必死になって何者かを振り払おうとしている。
 しかしそれは効果を全く発揮出来ていないのか、何かは高速で目紛しく飛び回りつつ偽千冬に纏わりついている。
 激しく鬱陶しそうである。
 苛立ちがこちらにまで伝播しそうな勢いであった。

 ハイパーセンサーの精度を上げ、偽千冬が遠ざけようとしている存在を確認する。
 速い。
 なんだ、あの恐るべき速度は。
 ハイパーセンサーで走査してなお、その姿が霞む程の圧倒的超速度。

 速いと言えば、シャルルを翻弄していた双禍である。
 斥力場による跳躍移動を得意としていたが、あれは直線速度こそ凄まじいものの、次なる足がかり、斥力場に接触する際にはいったん減速するという欠点があった。
 それでも不可視域にある程の速度だった事が移動の先読みを困難とさせていたのだが、それでも軌道を変更する際は肉眼で視認出来たのだ。
 それを遥かに上回る速度の保有者を見極めるべく。

 簪はその姿を確認すべく目を凝らし―――

「双禍さんだあああああああああああああああああああ!?」
 その詳細を確認した際、何の逡巡も無くその正体を看破した。
 ルームメイトであるが故のツーカーは伊達じゃなかったという。

「……でもッ!」
 他のものが気付いていない事に思い当たる。
 アリーナに視線を巡らせると、やはりあった。

 双禍の下半身である。
 つまり。
 依然、重傷を負っている事に変わりはない。
 そんな状態で、今までを遥かに上回る無茶な戦闘行動を継続している。
「まさかとは思うけど……」
 簪の脳裏に双禍の宣言がよぎる。
 その時は、簪を含め、誰もがネタで叫んだ事としてしか思っていなかったのだが……。



『ギャクサッツ大原則が一つってな! 一つ、双禍は『織斑』と『篠ノ之』に連なるものへ襲い来るあらゆる危機を看過してはならない―――ってかね!』



―――まさか
 それは。アシモフの三原則(アシモフ・タブー)のような強制力あるものなのでは無いだろうか。

 なんだろう。
 千冬は生物兵器だから、と断じた。
 箒もそれを肯定した。

 だが。
 それでも思うのだった。
 双禍が不自然だと。

 まあ、それはともかく。
 色々と思惑を想定しているのは、全力で視界に映る形状に対しては意識が向かない様にしているせいな簪であった。










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 原作2巻編 7話

『黒歴史再演』

















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百手百眼・蓮華巨蟲(ヘカトンケイル)瞬撃槍(ラグド・メゼギス)

 その特筆すべき事はやはり、余りにも超常的な機動性であろう。
 俺の機体が保有していた、一般ISを遥かに凌駕する引力操作は今まで通りに保有し、それに加えて体内の殆どを作り替えて生み出した推進装置の出力を、全身を覆う流線形の極薄装甲がひしゃげ、隙間を柔軟に開閉する事で、全身の如何なる場所から如何なる角度へも最大の推進力を発する事が出来る。

 コレだけでも高起動型ISの最新鋭機と肩を並べるには余裕のスペックなのだが、速いだけなら紛い物とはいえ千冬お姉さんに捕えられないわけが無い。

 恐るべきは、本物の千冬お姉さんが看破した通り、機体の周囲を旋回する四枚で一セットを作っている、全部で五セットの菱形のチップ達であった。

 これこそが、シュヴァルツェア・レーゲンとのシェアリングで得たデータを元に自己進化に漕ぎ着けた『慣性中和チップ』である。

 格別新しいものではない。
 元々ISに基本的に備わっているPICというものは、『受動的慣性制御』装置の事であり、レーゲンのAICは『能動的慣性制御』の事を示す。

 つまり、自らが被る慣性に干渉するか、他者の慣性に干渉するかの違いしかない同じものであり。
 そも慣性とは、乱暴に言ってしまえば『移動エネルギーの変化しやすさ』である。

 動いているものは動いているまま。
 止まっているものは動かない。

 コレが慣性最大の状態であり、逆に慣性が全くない状態というものは『移動エネルギーを与えた瞬間なんの抵抗も無く動き出し、与えられている移動エネルギーが尽きた瞬間動きを止める』という事だ。

 どちらも一長一短であるが、コレに多大な影響を受けるものが質量の大きいものだ。
 輸送タンカーを例にとってみよう。

 巨大な質量を有するものは慣性が大きい。
 つまり、動き出すまでに必要なエネルギーが大きいのだ。

 ここでもし、慣性を何らかの形で軽減出来るとすれば、少ない燃料で動き出す事が出来るため、節約する事が出来る。

 逆に、慣性が大きいものは止まりにくいため、操作の即時対応性が乏しい。
 タンカーがよくよく漁船などとぶつかるのは、詰まる話が止まれないからである。
 この点を逆に捕えると、一旦方向さえ決めてしまえば推力を切ってもかなりの長期にわたって移動し続けるため、燃料の節約となるのである。

 以上の点を踏まえ。
 慣性制御とは、慣性が大きい場合、小さい場合のそれぞれ良いとこ取りを目指したシステムであり、ISに現行兵器が追いつかないのは、ひとえにPICにて為される慣性干渉が作り出す圧倒的機動性の格差からも生じているのだ。

 慣性が小さければ、初歩からトップスピードに達する事が出来る。
 方向転換や急停止にもGの負荷が掛からず、逆に一旦動き出せば、直線移動の際は慣性を大きくすれば勢いだけでかなりの距離を進む事が出来る。

 しかし、慣性制御は非常に複雑な行程を通さねばならない。
 そもそも、慣性というのは物理法則の名前なのだ。
 本来、制御などという言葉を用いる事自体が人間の奢り甚だしいのだが、引力を用いて擬似的にそれを成す事が出来る。
 といっても前述通り複雑な演算はISコアというそれまでを遥かに逸脱した演算システムが出てようやく実現化したものであり、それを暗算でこなす天災やコア要らずで実現したりする核爆弾は別として。

 もし。
 コア無しでそれらをこなせる程の演算能力を開発出来るものが。
 それ単体で機能を有するコアを得て。
 さらに、慣性の消去のみに演算を特化させる事でその性能を鋭敏化させたものを。
 燃費、と言う欠点を、常時特殊機能によりエネルギーをふんだんに供給し続けるという反則を持たせて開発した場合。



 じょう!
「待てこら!」
 じじじじょう!
「ああ鬱陶しい!」
 じょうじ!
「く、当たれ!」
 じょうぅん!
「うがああああっ!? 今の動きは何だ!?」
 じょん!
「五月蝿い! じょうじょう囀るな!』
 じょう!
「うぬぬぬぬ……」
 と、こ、ろ―――じょうじッ!!
「何だそれは余裕か!? 冗談を言う余裕まであるというかこのっ、えええええええいっ! 何故当たらん!」



 こうなる、訳だ。

 その機能によって何故か発する様になってしまった唸り音を響かせ、偽千冬お姉さんの周りを飛び回る俺。
 と言うものが出来上がる。

「くっ―――鬱陶しい!」
 具体的に言おう。
 全速で前から突っ込み、それに対応して放たれた拳に対して、目と鼻の先程の距離。眼前にそれをを知覚した瞬間、全速力でそれまでの加速なんぞ完全無視しし、バックして躱せるのである。
 勢い?
 何だそれ食えんの? なレベルである。

 まあ、さらに凄いぞと具体的に我が初速を説明するならば、眉間に押し付けられた銃が発砲した瞬間、弾丸より速い速度でぶっ飛んで行く事が出来るといえば流石に分かるだろう。

 高速機動パッケージに必須である感覚の引き延ばしも凄い。
 後だしじゃんけんで間違って負けたものを出してもそれに気付いて瞬時に再度変えられるぐらいなものだ。

 加えて。
 『柔らかなる剣列迅』が鬱陶しいのだ。

 コレは元々ラグド・メゼギスの得意としていた触角武装なのだが、それにシェアリングで得たレーゲンのワイヤーブレードの特性も加えたため、いっそう武装として強化されたのである。

 具体的に言うと。
 
「ダメージ。1、1、1、1、1、1、1、1、1、1、1、1、1、1、1、1、1、1、1、1、1、1、1、1、1、1、1、1、1、1、1、1、1、1、1、1、1、1、1、1、1、1、1、1、1、1、1、1/Sec」
 状態。
 一発一発は大した事がなくても、放置し続けることは看過できない連続攻撃が実現したのだ。

「闘争本能の欠片も無い貴様がよくやる!」
「ふん! あるぞ! 逃走本能ならな!」
「誰が上手い事言えと言った!?」
「まあ。それは兎も角。貴女が僕を捕えられない理由はまだあるのです」
「―――なに?」
 ふっふっふ、それは!

「他でもないこの姿ですよ」
 何故か滞空するとぶーん……という音が響く形態:ラグドメゼギス。
「どういう意味だ? むしろ今すぐに叩き潰したい事この上ない形だが」
「まあ、そりゃそうでしょうけど……素手ですよね」
「……………………」

 分かっていただけただろうか。

「そう! 貴女は先程ハンデとして、剣の使用を自ら封じた! だが、それは即ち! 徒手空拳を持ってこの僕を叩き潰さなければ行けないという事に他ならない! つまり貴女は無意識に忌諱しているのですよ、この姿形の僕に接触するのを! その為に生じる無意識下で起きる一瞬の葛藤! それだけあればラグドメゼギス、回避するのは容易に足りる!
 見るがいい! この姿!
 たとえ僕だろうがそれを素手で叩き潰す? ……はっ! 触るのだってご遠慮被るわ!!」 



―――だったらなンでその姿になったああああああ!?



 ああ、皆の心の声が聞こえるようです。
「しかし、貴様の攻撃はたいした事無いな」
「まあ、散りも積もれば山となるヒットアンドウェイが基本ですので」
 というか、逃げる専門ですので。

 なんて言いつつ。
「こんなところに貴女の剣が」
 最初にハンデだ、と突き刺しておいてあったそれを回収していたのです。
「なっ!? 貴様それをどうするつもりだ!?」
「食べます」
 しゅるん! バリボリボバリと咀嚼され、飲まれる剣。
「なあああああああああ!?」
「まぁ。そもそも、僕が触ったものなんて使えます?」

 彼女はぐっ……と堪え。
 しかし、冷静に戦闘者としての自分を取り戻したのか、話題を引き戻す。

「そうは言ってもだ。私でさえダメージ1だぞ? 正規のISなら自己修復機能に追いつかないだろうに」
 ああ、特に番長とかは、攻撃くらいながら再生するって言う安定感があるからなー。
 確かに削りきれんかもしれん。
「なんて話しているスキに列迅一丁!」
「流石に舐め過ぎだろう」
「あっ!?」
 ばしっと鞭のような一撃はあっさりその手に捕まった。

 だが、俺を手繰り寄せようとした勢いそのまま、何の抵抗も無く列迅は力の作用点でぶちっ、と千切れる。
「…………」
 憮然として思わず手元を見る偽千冬お姉さん。
 一方、こちらの列迅(根元)はにょろりと再生し、元の長さを取り戻す。即座に元気良くぴょんぴょん跳ねている。
「うん。カニやエビなんかの甲殻類の一部は危険に際して自切機能があるのだよ」
「お前は台所の害虫だろうが!」
「細かい事は言いっこ無ーしですよ。あ、そうだ」
「……なんだ?」
「『木端微塵』」
「!?」

 その瞬間、偽千冬お姉さんの手にしていた列迅が大爆発した。
「わははのはー! 害虫の触角なんていつまでも持ってるからそうなるんですよーだ!」
 が。

「何故か、何かを先取りされたような悔しさが込み上げるのか、分からんが……兎も角、死にたいようだな……!」
 広がりかけた爆炎は一瞬にして収束。
「相変わらず色々反則だそれ!?」
 PICで発生させた空間圧縮が爆発の規模をそのままに縮小させたのである。
「待て毒蟲が!」
「毒はありませんが!」

 その圧縮した爆発を背部で解放、それを持って瞬時加速(イグニッションブースト)して来たマジ速い。
 だが甘い!

―――じょおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!

 相変わらずなPICの唸りを撒き散らしながら、斜め後方にぶっ飛ぶ。
 ラグド・メゼギスは速度に関すれば比類するものは無い。
 一瞬にしてトップスピードに乗るや、瞬時加速ですら引き離すことが可能なのだ。
「相変わらずの変態機動が! あと五月蝿いんだよそのシステム!」
「わははのはー!」

 本来の千冬お姉さんならこうは行かない。
 仕組みはよく分からんが瞬時加速中にもう一段瞬時加速を重ねるダブルイグニッションブーストなる奇怪技が使えるからだ。
 まあ、親父の造り出した偽千冬お姉さんでも、コピー元の千冬お姉さんが当時十八番として使用したから出来るだろうが、その際の消費エネルギーが酷過ぎるため、使う事はあるまい。
 俺を倒すためだけなら容赦なく使うだろうが、その後のお兄さんへの教導が彼女の本目的となっているのだ。
 少しでも多くのエネルギーを温存しておきたいだろう。

 そう言えば、お兄さんはいつまでエネルギー供給しているのだ?
 とっくに終わっていてもおかしくない程時間は稼いだつもりだが……。

 よし。
 俺は全身のスラスターを操作。
 慣性中和チップのおかげで僅か30度という鋭角を一切Gを受けずに曲がりきり、お兄さんの近くに一瞬にして到達。

「お兄さんそっちはどうなのさ!」
「ぐぐぐ……近寄るな双禍、その姿形、無意識に攻撃を仕掛けかねん……!」
「ここに来てなんで厨二病発症してるんだよ!?」

―――なるほど

 センサーが偽千冬お姉さんが零した声を拾う。
「少々矜持には反するが、お前の攻撃力はたいしたものが無いからな。無視する、と言う手があったか」
「虫だけに?」
「思っていた事が言われた!?」
「ふっ、今の僕はお兄さんよりも洒落さえも速いのだ」

「二人とも……」
 愕然としているお兄さんを冷ややかな眼差しで突き刺しているのはシャルロットさんである……あれ? 心なしかその視線、俺にも突き刺さっているような気がするのですが何故でしょうか?
「気のせいじゃないよ」
「心まで読まれた!?」

 しかし、それは兎も角コレはまずい。
 無視と来ましたか。
 いや、確かにラグドメゼギスでは痛手を負わす事は出来ませんが。

「ふふふ……ならば、ラグドメゼギスとなった僕の本来の目的を見せる必要がありますな」
 六本の脚のうち、二本の脚の先端を開く。
「さっきも―――」
 その二本の脚はお兄さんとシャルロットさんの体をぐわしっ、と掴む。
「うぉ!?」
「ひぃっ!?」

「実はいの一番に見せてましたけどね!!」
 そのまま高速移動。瞬く間に偽千冬お姉さんを引き離す。
「なぁ!? 待てこら!」
「待てと言われて待つGは居ないのだ!」

 一方、加速に身構えたお兄さんはハッ、と気付く。
「………………あれ? なんもない」
「如何にも! これがヘカトンケイル・ラグドメゼギスの本来の目的なのだよ」
「と言うと?」

「この機能の真の目的は共闘……じゃなかった、『共逃』なのだよ」
「いや、そんな日本語無いから」
「いや。まあ、そうなんだけどさ。誰かを犠牲にして生き残るってのは嫌だからね。自分だけ逃げる能力を特化させても『ここは俺に任せて先に行け』って言ってくれた人を残すのはなんか嫌じゃないか」
 さあ、逃げよう。どこまでも。
 一緒に、一緒に速く。
 誰も追いつけない程に。
 誰も置いて行かぬために。


「……………………そう、だな」
 お兄さんは何かを思い出す様に吐き出した。
 うむ。トラウマかなんかを抉る気は全く無いので努めて明るく
「だからさ。この慣性中和チップと、実は分裂して増えるこの多関節アームを用いれば!」
「増えるのかコレ!?」
「最大百人まで掴んでもだーいじょーぶー!! お手々繋いで機動性を損なう事無く逃げる事が可能なのだ! これぞまさしく外骨格類の逃げる楽土(レギオス)!」
「百人!? 凄いけど手放しで褒められたもんじゃないからそれ!?」
「繋ぎますからね」
「手放しと掛けたか……やるな……」
「そこが分かるとは……さすがお兄さん……」
「だが、繋がれたくないな!」
 えー?

「何でそんな風にしたり顔で意気投合してるの、て、わあ!? 脚? 手? どっち? でも、嫌だぁー!?」
 よっぽど嫌なのか、青冷めているシャルロットさんは緊急事態だからこの際は無視して。
「無視しないでよおおおおおお!?」

「待て!」
「繰り返すが待たん!」
 その間も続く無限追跡ごっこ。
「うわー!? 速えええええ!? でも何も感じないって気持ち悪!?」

 迫る偽千冬お姉さん逃げる俺。さらに目を回しているお兄さんに問いかける。
「ところでお兄さん、エネルギー供給終わった!?」
「ああ、後少しで終わるよな、シャル………………シャル?」

 反応がない。
 お兄さんと俺は彼女に注視すると。

「大き、お、おっき、な、ご、ごごごご……ゴ、ゴゴ、キに、つ、つつつつつ、捕まっ……」

 シャルロットさんは、半ばぶっ壊れておられました。

「……双禍。大変遺憾の意を申し上げるんだが、シャルがとうとうフリーズしたぞ、おい。どうするんだよ」
「と、言う事は……」
「後ちょっとだったんだが、供給がストップ……」
「何ですと!?」
「ちなみに、後ちょっとのメモリを超えないと、零落白夜が2秒しか出ないとか」
「なんか変なとこだけゲームっぽいなおい!? ちぃっ!」
 それじゃまずいじゃねえか。

「それだと……ラウラが保たねえ……!」
 この作戦の、唯一の欠点である。
 この過剰な運動能力は、追い回す方にも多大な労力を強いる。

 ……それが、偽千冬お姉さんの身体能力で、と考えると。
「うわあ……エネルギー切れまで振り回したらどうなるか、考えたくねえ。囚われの姫を助けたらエンガチョってバッドエンドじゃねえか」
「俺はその姫をぶん殴るために助けようとしてるんだが」
「女尊男卑が進んでお姫様救出テンプレもだいぶ変わったもんだねえ」
「いや、それは関係ないと思うぞ」
「まあいい、何とか引き離して、あんまり激しく動かん様にかく乱するから、お兄さんはシャル……ル君にぶちゅっとするなり何なりして無理矢理正気を引き戻してくれ。んじゃ」
「ぶちゅ!? っておい!? ……まかせる」
「そっちもね。恋愛原子核放射線源たる所、見せてくれたまえ」
「なんじゃそれ!?」
 聞く前にお兄さんとシャルロットさんを手元から離し、偽千冬お姉さんの方へ突撃する。
 同時に、高速起動の恩恵で得た加速思考を用いてもう一度『翠の一番』に繋ぐ。

『―――なんだ?』
『さっき取り消したが。『目に前の』千冬お姉さん『だけ』がトラウマ抱くであろうシチュエーション、聞かせてくれないか?』

 エネルギーを供給したとして。
 お兄さんが零落白夜を叩き込まねば、勝ちにはならないのだから。

 ………………。


 ………………。



 ………………。




 ………………。





 ………………。






『以上だ』
『いや……まじで、それが真相だったんかい……』
『嘘偽りは無し』
「いや……疑っては居ないけどなあ」
 うわぉ。でも、さぁ……。
 成る程。
 確かに。
 確かにコレなら確実だ。

 だけど。

 …………。
 絶っっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっ対、今までなんて比じゃないような絶大ダメージ食らうんだろうなあ、これ。

 嫌だなぁ……。
 けれども、さ。

―――コマンデュールを……助けて……

 てめぇの愛機に頼まれたから、な。

『『翠の一番』、ラウラも限界が近いはずだ。俺は近距離で立ち回って動きをなるべく減らすから、そっちも急いでくれ』

『分かった。無茶はするな』

 珍しく気遣う『翠の一番』に肯定の意を返し。
 ま。
 今回だけだからなあああああああッ!!

―――じょうんっ

 PICを唸らせ、慣性中和チップが俺を偽千冬お姉さんの目の前で停止、脚やら翅やら触角やらを思い切り広げる。
「むっ!?」
 一瞬ビクつく偽千冬お姉さん。
 超合金だの、ガサツだの言われているが千冬お姉さんの感性はちゃんと女性なのだ。
 でっかい虫が視界一杯に全身を広げればそりゃあビクつくのだ。
 風の谷のお姫様は、本当、奇特な感性の持ち主である事が分かる。
 まあ、原作だと破壊神相当まで至るしね。あの人。

 その一瞬に、後ろに回り込む。

「へい! お嬢さん! 乗ってくかい!」
「十年早いわ!」

―――ああ、十年早い、ねえ。もしかして、千冬お姉さんの口癖なのかね?
 その言葉が、実際十年かけて貴女を追い込んだ事、そう、偽千冬お姉さん(貴女)は知らない。

 なお、ぶっ飛んで来たのは『靠』だ。
 十年早いに掛けたのか。どんだけですか。ネタよりそれが出来るって事の方が突っ込みどころ満載です。
 この人、一体どれだけ戦闘技術を備えているのか。
 『靠』とは、中国憲法で体系化されている体当たり。
 まさか何も学ばず、天然で習得しているのではあるまいな。

―――虎が訓練すると思ったかね
 と言うのが妙に真実み帯びて来たんだけど。

 しかし、体当たりが吹き飛ばしたのは。
「だけど、残像だ」

 たとえ如何なる業でも、異常なる速度には敵わない。
 速いだけでは敵わない、そう偽千冬お姉さんは言うだろう。
 ああ、勝つつもりなど無いし。
 そもそも、それで勝てないのは、純粋に……にやりと、頬が上がる。そう。『速さが足りない』だけなのだ。
 既に俺は、彼女のすぐ隣に居る。
 『速さはゆうに足りる』のだ。

 返事は、隕石もかくやの肘の打ち下しだった。
 そこに、PICの干渉波が威力を拡大させた。
 瞬間的に、俺が居る部分を除いて、欠けた月のような変形クレーターが生まれる。
 衝撃波とは、空気を慣性移動させてぶつけるものだ。
 慣性中和チップは、俺だけじゃない。任意に慣性を消去する事が出来るのだ。
 実質破壊的脅威は肘そのものだけになり、それは回避する。
 じょう、と足下をすり抜け、列迅で3ぐらいのダメージを与え、死角に移る。
 途端に正拳突きが全身の回転とともに投げ出されて来た。

「怖ッ!? 死角だと狙いが見えてるときより正確になるし!?」
 生半かに、視覚に頼っている時より正確無比で、この形態でなければ木っ端微塵にされている程の狙いなのだ。
 そういやハイパーセンサーがあるのに死角ってコレ如何に?
 まさか、省エネのためにハイパーセンサー切ってるのか!?
 って事はこの動きは天然リアルハイパーセンサーってことなのかあっ!?

―――重力波増大を検知。

「―――ってあぶなあああああっ!?」
 それまでのまとわり付き作戦を放棄し、一時距離を取った瞬間。

 ずぐぉんッ!?

 偽千冬お姉さんを中心にアリーナが陥没した。
 これは俺もさっきシャルロットさん戦で使った重力増幅攻撃。

 今まで、あまり激しくアリーナ中を飛び回らせない様にまとわり付く作戦だったのだが、流石にバレたようだ。
 と言うより……。
「我ながらウザ過ぎる攻撃でしたしなー」
 しかし、実質ダメージ3である。

「安心しろ、ウザイのは嫌になる程慣れ親しんでいてな……」
「あ……親父ですか」
「束もな」

 ダメージ微量と言えど攻撃を与えられて居た流れが打ち切られていた。
 仕切りなおされた……!

―――と、ここで。
「いやあ、遅いんだよ……」
 『翠の一番』から、準備完了の連絡が届いた。
 文字通り、舞台の準備は整ったようだ。



「あの手この手、色々やってくるな。『この後』が無ければ、もう少し楽しんだんだがな」
「ええ、まあ。もう少し寄って行って下さいよ。お嬢さん」
 本当にブラコンですな。
―――複製であってさえ、羨ましい、程に

「まだ、一夏に修行をつけてやれてないのだからな」
「それは、またの機会と致しましょう」
「……ほう? えらく自信があるようだな……ふむ、まだ何か出し物があると見える」

 いやしかし。
「本当に、今日は色々あったものですよ」
 シャルロットさんはなんか二面性発揮するし。
 ラウラは目からビーム出るわ、倒されたと思ったら変身するし。スーパーヒーロータイムの怪人か。
 お兄さんはなんか、千刀巡りっぽいことするし。リアル零落白夜(拳)ぶっ放すし。
 そのあげくにラグド・メゼギスは………………………………おっ死にやがるし。
「今更何を言っている。お前の生みの親は誰だ? 色々を飽きる事無くやり続ける事には定評があるだろう、ギャクサッツ」
 まあ、それもそうである。
 ならば応えよう。
 ギャクサッツとして。
「そうですねえ。それでは、本日最後の恐怖劇(グランギニョル)を始めましょうか」
「劇?」

 または、『宴』と呼んでも良いかもしれない。

「ええ、リアリティには自信がありますよ。なにせ、ノンフィクションです」
「ふむ? どんなものだ?」
「女性なら見逃せないでしょう、恋愛ものです」
「……さっき恐怖劇とか言ってなかったか?」
「ええ、恐怖劇です。世界中を震撼させた恋物語ですから」
「……話が見えないが、どういう事だ?」
「貴女に効果がある事は既に実証されている物語です。ええ、効果は実証されています。だけど、『この貴女』には未知体験だ。さっき、織斑先生に貴女は今の彼女より過去のデータであると言った。
 だからこそ、効く。絶大に。
 人の生ってのは歴史の積み重ねであって、その結果が現在なんですから。
 再現している貴女は確かに限りなく本物だろう。
 だが、そのデータは過去のものだ。今までの過程がたった数年分とはいえ、抜けている。
 似ているもの、憧憬を捧げるものならそれでも良いだろうさ。
 だけど、オリジナルをなぞるというのなら、やはり最新版にオートで更新する機能を持つべきだったと後悔するだろうさ。似ていたら効かないという事もあり得るけれど、なぞっているものはどうしても同じ道を辿りますからねえ。
 貴女を倒すのは『現在』だ。歴史はもれなく過去を埋め立てに行くぞ」

 歴史が殆ど無い俺だから分かる、積み上げた人の生涯、その重み。

「では行くぞ。『翠の一番』! 舞台の設営だ、では始めよう! それでは皆様、僕の戯曲『月と貴女に花束を!』をどうかご観覧あれ!」

 そのかけ声とともに。
 アリーナの床面を突き破り、次々と大樹が生えいでる。

 その一本、ひときわ大きな樹のてっぺんに着地した俺は、その大樹の変形を観察する。
 木が生えて来たのは説明するまでもなく『翠の一番』の仕事であるが、目的はただ樹を生やすだけではない。
 伸びた樹が、変形し、色々なものへ作り上げられて行く。

 あるものはシーソー。
 あるものはブランコ。
 あるものは鉄棒。
 あるものは滑り台。
 あるものはベンチ。
 噴水に整形されるものさえある。なんと、ちゃんと水が吹き出る仕組み付きだ。

 生まれてくるものは全て遊具だ。
 遊具が次々生まれ、アリーナを公園の情景へ作り替えて行く。

 さあ始まる舞台劇。
 これは『宴』だ。
 馬鹿馬鹿しくも、余計に有り余るエネルギーを無駄使いした馬鹿騒ぎ。

 それでは始めよう。
 偽千冬お姉さん。
 全力でうろたえるが良い。

 劇には役者が必要だ。
 主役は貴女だ。俺は端役に過ぎない。

 端役であっても役者は舞台に似合う衣装をまとわねばならない。

 『偽りの仮面』発動!
 腹から下は相変わらず失っているため、外側だけのハリボテだが、それでも見た目と、キャラクターを全自動で纏う事が出来る。
 これもまた、『偽りの仮面』の機能。
 今知ったのだが、『偽りの仮面』もまた、精神感応金属方式無段階形態移行(シームレス・シフト・ライブメタルサイド)であるらしい。

 無意識に色々使っているものである。



 そうこう思案している内に、瞬時にして俺の転身は完了した。

 何時洗濯したのかも分からないワイシャツにブラックのチノパン。
 その上によれよれで何の薬品がこびりついているかも分からない白衣を纏い。
 改造を重ねた体に生身は殆ど残っておらず、それが稚児にも顕著に分かるのはペンチの右腕ドリルの左腕。
 ラーメンのどんぶりを重ねたようなヘルメットを鼻元まですっぽり被っていて、唯一見える口は常に口角が吊り上がり、不適なニヤケ面を常に浮かべ続けている。

あぁ、素晴らしい(Marverous)!」

 そう、コレは親父の姿。
 声こそ、俺の知らないものだが、それは今の親父が合成音声で会話しているからに他ならない。

 さあ、これから俺は―――いや、小生は天才科学者、歩く核爆弾(Dr.アトミックボム)だ。

 ペンチになっている右手を伸ばす。
 『翠の一番』はそのペンチの内に、数種類の草花を育成する。
 それは決して高価ではない。素朴だが、しっかりと息づく草花。

「あ。言い忘れてましたが、サイヤ人のエリートは自分の力だけで擬似的な月を作れるんですょ? 小生は日本人ですけど」

 言うや否や、同時にて天が夜の帳に覆われ始める。
 今まで潜んでいた『灰の二十七番』が、アリーナを覆い隠し、太陽光を遮断し始めたからだ。
 一部体を光ファイバー化させ、ポツポツと太陽光を透過させる事で星々を描き始める。
 生まれるのは擬似的な『夜』だ。時間の指定も出来上がる。

 今まで一度も聞いた事の無かった親父の生音声を自らの口から放ちながら、左手のドリルから花火(?)を打ち上げる。
 アリーナの上天に向かって突き進んだその光は、ぼんっ、と軽い音を立てて黄色い真円を作り出す。

―――愛の言葉が刻まれた満月だ

「はぁい、フユちゃん、ゲボックですょー」
「兎にも角にも先ずは死ね!」
 問答無用で拳が飛んで来た。
「ひゃあああああああっ!?」
 瞬時転身してラグド・メゼギスとなった俺はじょう―――! とPICをフル起動させて、全力で拳を回避する。
 回避、というより衝撃波に乗って必死で離れた、といっても良い情けないものだが。

 しかし驚くべきは偽千冬お姉さんの攻撃へ移行するまでの余りの無拍子……というか既に無我の一撃と言っていいパンチであった。
 その速度、俺の獣王の咆哮(デス・ブラスト)を食って超スピード化した瞬時加速に匹敵するのでは無いかというとんでもない反射速度だ。どれだけ魂に刻まれているのか。複製に過ぎない偽千冬お姉さんに変なカルマを負わせてしまうとは。親父は何とえげつないのか。

 親父と千冬お姉さんの関係って、その実一体どういうものなのか、本気で調べてみる必要があるのかもしれない。

 さあ。なんとも恐ろしや。体をぶった切られた時より遥かに感じる臨死の刹那を体感してしまったが、実際始めるとしましょう。
 その姿形を再度親父のものに変え、精神構造をも『偽りの仮面』で精神構造を塗り固める。

 そんな俺を見て再度ぶん殴りに来そうになった偽千冬お姉さんに、俺が被った親父の人格は見知った相手故に待ったをかけた。
 大げさなまでに芝居がかった身振り手振りのジェスチャー。
 これで素なのだから、恐れ入る(自分の体が動いているのになんか客観的である)。

 夜も深まった愛を詠う言葉が彫り込まれた満月。
 そんな月に見守られた公園。
 さあ舞台は完全に出来上がった。
 後は俺が役者足れば良い。



「しかしゲボック、貴様、一体どこから出てきた!? お前だから、で済ませてしまえそうなことが腹立たしい……! ところでさっきの害虫はどこに行った!? 貴様の作品だろうが!?」
「さぁ。どうでしょう?」



『……め、目の前で変身したのに何故気付かんのだああああああああああああッ!?』
 あ、外から見てた千冬お姉さんがなんか言っている。
 ふっ、気付くわけあるまい。
 『偽りの仮面』の変身速度、アイドルの早着替えなど比べ物にならないお色直しっぷりなのだ。



『待てこら。なんだそのさも当然であるような、無駄に自信に満ち溢れた姿は!? こちらが揺らぎかねん非常識を肯定するな―――って、おい真逆、その私モドキがゲボック製だからお約束はばっちりよ。ってオチじゃないだろうな!?
 限りなく、人格やら実力まで本物なのに、そこだけそれまでの矜恃をぶん投げて変身ヒロインの正体がわからない男キャラみたいな間抜けを晒すだと!? 羞恥殺す気か、あぁ!?』

 流石本物千冬お姉さん。偽千冬お姉さんでも見破れなかった俺の正体を見抜くとは……。

 まぁ、恥ずかしくて奈落の底まで穴を掘って入りたくなるような目に合わせるのはあってるんですけどね!



「『十年』が経ちましたね。えぇ、長かったですねぇ。全くもって本当に」
「……は?」
 自然と口を吐くのは、ごく普通の世間話のような始まり。開幕の狼煙を告げる一言としては些か凡庸なものであった。
 十年早い。
 極ありふれた慣用句である。
 それを真に受け、本気で全力費やして十年掛けてしまった一人の男のチャレンジ、その集大成、最後の最後のフィナーレの一幕だ。

 『翠の一番』に聞いた、過去の一幕。その再現である。
 でもまぁ。実はこれ、完全なノンフィクションでは無い。

 本当の所、精確にはifでもあるのだ。
 もしもあの時あの場所で。
 篠ノ之博士がその場に居なかったら。
 千冬お姉さんはどう反応し、どう応えたのだろうか。

 それを確かめるためのif。
 実験と言っても良いかもしれない。



 だから。










『―――ちょっ、待、止めろ馬鹿ッ!!』

 当時者には何があるが分かるから、その顔には一気に血液が昇ったに違いない。
 耳に届いたのは、スピーカーが実況している千冬お姉さんの慌てきった声だった。

『なにッ、なん、おまっ、知って―――やっぱり記録してやがったなあいつ等ああああッ!』
『千冬さん、顔が! 顔が凄い真っ赤になってますよ!?』
『大丈夫ですか!? 本気で火を噴きそうになってますよ!?』
『ああ゛ッ!?』
『わたくしはなにも言ってませんわあああああッ』

―――ああ、後が恐い



 だから、後は手早く迅速に。

 一言一句同じ言葉を。
 なにせ、偽千冬お姉さん(彼女)は第一回モンド・グロッソ優勝直後の千冬お姉さんなのだ。
 同じタイミングでこれを用いれば、動揺を誘えないわけが無い。

 月に映し出されたのは十年も募らせた想いを五年掛けて書き上げた、ラブレター。

 いや、本当に親父、こんなロマンチックな事したのかね。
 帰ってくるのは総員肯定(地上回路経由で家族ほぼすべて視聴中らしい。なんと暇な奴らなのか)の意。
 いやー。俺、生まれても居なかったからなあ。
 ずっりぃ。俺も見てみたかったわ。
 本当、織斑先生の場合だけは親父って変わるなあ。

 ここで、押しの一言を。

「10年前の申し込みをもう一度させていただきますよ? フユちゃん、結婚していただけますか? 家族になって下さい」
「おい……お前……」
 偽千冬お姉さんはまともに言葉を出せなかった。



「待てゲボック……」
「何ですか? 正直十年待ったのでこれ以上待つのはちょっと大変ですよ?」

「お前―――束の事が好きじゃなかったのか?」
「大好きですけど? あ、お花どうぞ」
「あ、有り難う―――ってこの花、まさかあの時の? 憶えて…………って違う!?」

 しかし、この場に束博士は居ない。
 この後、なんか世界大戦が起こったとかなんとか。
 実はそっちは結構聞いてたんだよね。世紀末チート大戦とか言われてるけど。
 そして、この場に居るのはどちらも紛い物。
 偽物の束博士は居ない。

 そして、偽物と言えどトレースする思考はそれぞれ本物である。

 何故なら、『偽りの仮面』の人格偽装は、目の前の相手。親父製VTシステムの擬似人格構築AIをさらに発展させたものだからだ。
 予め入力したデータだけでは無く、それを日常的に取り込んでいる。それをさらに常時更新、または、新たに出会った人であっても供に暮らしているだけでオートでデータを収集する、本来、スパイや暗殺に非常に向いたシステムなのだ。
 槍を持った武人に注意すべしとか良く分からん注意事項があるけどなんなんだろうね。



『……なあ、双禍……これって、本当にあった事なのか?』
『なんか色々振り切れて殺気すら発しなくなってないかお兄さんや』
『……いや? 何の事だ?』
 なんか、本気で何も感じないのが逆に怖いんですけど。
 高過ぎる霊圧の中にいたら感知能力が圧殺されるのと同じ現象なのかもしれない。

 感覚麻痺ってるんだろうなぁ。特に危機感感知する第六感が。

『自覚無いの怖いわー。でもさ、今織斑先生、独身であるどころか浮いた話も無いじゃない』
『何の話かさっぱり分からんぞ。だが、そういや千冬姉、そうだよな』
『まあ、結果はそう言う事だよ』

 思考は別の事に完璧裂いているのに、ジリジリと我が身は偽千冬お姉さんににじり寄っている。
 なんと。
 恐るべき事に、不退転であった筈の一人怪獣快進撃印、偽千冬お姉さんが圧されていた。
 親父から一歩でも離れたいと言っているかの様に、下がって行く。

『ねえ……双禍』
『ん? 今度はシャルロットさん? 復活したの? どうやって』
『目の前でこんな事やられたら嫌でも目が覚めるよ。一夏に抱きしめてもらったしね』
『いやー。絶対後者だけで覚醒してたよねそれー』
 しかし、シャルロットさんの背中叩くためだろうかね? しかし、それでも真っ正面から抱きしめに行くあたりお兄さんである。
 俺の目は曇っていなかった。
 相変わらず無自覚脅威の兄である。
 まあ、後者の意味合いも大きいだろう。
 女性は、こと、シャルロットさんぐらいの年頃なら、他人の色恋沙汰に興味津々だろうし。

『皆に言ってない事あるでしょ?』
『おお。流石シャルロットさん。実はね。ここには本来、寝たふりした篠ノ之博士が居たんだよね』
『………………まさか、篠ノ之博士って』
『ん? 親父だけじゃなく、そっちも会ってるの?』
「んー……なんて言うか、心当たりがあるんだよね……』
『どんな?』
『蝶の羽根生やして中身こぼしながら空飛んで喋る兎のぬいぐるみ』

 何そのホラー。

『そのインパクトだけで充分です、確定、絶対ビバ天災ですハイ』
『もしかしたら……いや、その兎の言動から色々推測したんだけど―――篠ノ之博士って、もしかして?』
『………………本当、機微を読むのが上手い人だよね。シャルロットさん。そう。そう言う事らしいよ?』

 その頃、我が身は全自動で偽千冬お姉さんににじり寄っていた。
 なんと言う事か。攻めている! 攻めを実施しているの親父の人格と言うのも驚愕であるが、俺が攻めているだと!?
「ちょ、待てゲボック―――」
「んー? どうしましたフユちゃん。小生はフユちゃんの言う通り、十年待ちました。
 これ以上はちょーっと待つのは、ちょっと大変です。小生はそう思うのですょ」
 ジリジリとにじり寄る。

「う、わ―――う……あっ」
 それは反射的になのだろう。
 咄嗟に繰り出してしまった拳。
 偽千冬お姉さんは、それが意図していなかったのだろう。でも出た拳はとんでもない威力である。
 最早武道家の習性と言っても良い、幾度となく繰り返された反復訓練による正確無比な動作故に動揺していても完璧な重心移動。
 一つの芸術と言って差し支えない完璧な一打。それは。

 じょうじ。

 ドヒュンッ! とラグド・メゼギス化し、急激に高速移動した我が身が回避する。
 そして、すぐさま。
「フユちゃんずるいですょ? 殴ってごまかそうだなんて駄目ですってば」
 元に戻って、またにじり寄る。

『だから何故気付かんのだあああああああああああああッ!?』

 ここも過去とは違う。
 千冬お姉さんは生身だった。ISを装備したのはこの後の世界大戦であり、この時、束博士が居なかったとしても生身の拳だっただろう。
 だが、その差異は、こちらもラグド・メゼギスの形態がある事でチャラになる。

 まあ、実際は殴られても全然へこたれない親父、という構図なんだろうけどね。
「う……いや……あの、だな……?」

 驚く事に。
 千冬お姉さんは、こういう事態そのものに免疫というものが無いようである。
 物凄く当たりそうな予想なのだが、織斑先生はそれまで、異性にストレートに好意を向けられた事が無かったのでは無いだろうか。

 まあ、所謂千冬お姉さんと言う人種は、女性にばかり告白される女性という、涙なしには語れないものである。
 隙のないきっちりとした女性は、男性からすると声を掛け辛いものであるらしいとか。
 まあ、BBソフト情報に過ぎないのだが、千冬お姉さんは男にとって高嶺の花過ぎて臆されたのであろう。

 だが。
 親父だけは、それまでもストレートに好意を告げて来ていた筈なのだ。

 うーん。
 まあ、それを冗談とか、あくまで友情だとか受け止めていた可能性が大きいのやも。
 束博士の気持ちを知っていたから聞いていない振りをしていたという可能性もあるにはあるのだけれど―――



 一番可能性が高いのが、一夏お兄さんの姉だから、っていうのなんだよなあ。
 恐るべし織斑マジ織斑。
 ねえ、俺にその因子ねえよな!? 完全無意識に素敵な人との出会いとかアバンチュールとか完全スルーして人生フイにしてないよね! ねえ!?



 まあ。あるわきゃねえか。俺2歳児だしな!



 なんて考えている間。

「待てゲボック! 近い! 少し近過ぎるから! せめてあと少し離れろ、気持ちの整理がつかん!」
 と言いながら殴りつけようとしているのはある意味親父への対処としては完璧である。何かやらかす前に黙らせるのが最善であるからして。
 じょう!
「おおおっ!? 小生が避けている! フユちゃんの攻撃を避けてますよ!?」
「だから、来るなって!!」
 じょうじ!
「うーむ。いつものフユちゃんとは違うみたいですね。これはぜひとも研究してみたい!」
「相変わらずお前は変わりないみたいだな!?」
 じじょう!
「―――で、小生の想いに応えていただけるのですか? ねぇねぇ! どうなんでしょ?」
「そのPICの発する音とお前が相まうと神経の逆撫で具合が相乗するのも甚だしい―――ああ、うっざッ!」
 これだけ言われても返事を待ち望み近寄る親父マジ挫けないなあ。
 絶対尊敬は出来ないけど。



 その時。
『ちょっと加勢してくるか』
 なんてものが聞こえてきた。
『待って下さい千冬さん。どっちを加勢する気ですか!?』
『決まっている。『私』の加勢だ』
『ああああ、やっぱりそっちですかあああああああ!?』
『せっかくなんか勝機が見えたっぽいのに理不尽の二乗倍は流石に無理ゲーよ!?』
『オノレぎゃくさっつ。ヨホドシニタイラシイナ……』
『織斑先生の顔が怒りと興奮と羞恥心でとんでもない色になってますよ!? 皆さん、お願いだからこれ以上興奮させてあげないでください!!』
『無理ゲーとは何ですの鈴さん? しかし、ここは行かせるわけには参りませんわ! ほら、山田先生も!』
『わ、私もですか!?』
『生徒だけで抑えられるわけが無いでしょう!』
『そうよ! 主に盾になってもらうわ。その無駄に大きく備わった贅肉なら防御力も高そうだし。当然、箒も前衛よね!』
『どういう根拠だ!?』
『わたくしは当然後衛ですわね。狙撃手ですもの!』
『あ、ずるいわねアンタ!?』
『相談しているなら行くぞ?』
『『『『わああああああ』』』』



 うん……頑張って下さい。



 しかし、そんな最中でも行動が変わらない恐るべき『偽りの仮面』
 我ながら、とんでもないコラボを実現させたものである。
 攻撃を回避し、親父になってにじり寄る。
 この攻防、一進一退の筈だが、親父の追いやる距離の方が大きいのか。やがて。

 どっ。

 アリーナ端まで追いつめた。
 まさかの壁ドン寸前だった。
 親父がやったらドリルが壁に食い込むけど。
 ハイパーセンサーを巡らせれば、さっき置き去りにして来た我が下半身が転がっていた。
 うーん。余りに無惨である。
 まあ、被ってる人格偽装はそんな事微塵も気にしないのだが。

「いやですね? 別に小生の事嫌いならそう言っていただいても構わないのですがね?」
「―――お前は、それで良いのか?」
「良くないですけど、十年かけてもフユちゃんに見合う男になれなかった。ただそれだけですから」
「その後、どうするつもりだ?」
「ん? 小生が振られる前提で話してませんか? それはそれは悲しいものですがね。決まってるでしょう! 今まで通り科学するだけ! ただ、十年もの時間を掛けて、一番力を注いでいたものがスッポリ無くなるワケですから、今まで保留したり我慢したりしていたものを―――思いっきり実験出来ますね!! 全身全霊、それだけに打ちこむ事が出来ます―――ああ、想像するだけで胸が踊ります! 是非とも色々してみたい!」
「お前今までアレでも自粛してたのか!?」
「あったりまえじゃないですかぁ。小生はまだまだ未熟者なんですよ。知らないこと、やったことないこといっくらでもあるのですから、やりたいことなんて尽きることなどありえません!! ンンー? そうしたら振られるのもありなんですかね? いえいえ、おぉーう、ちょっと揺らいじゃいますじゃないですか。駄目駄目ですょ。お、これタバちゃんの口癖ですかね? うつっちゃいましたか、まあそれはそれでMarverous! だいたい、そういう欲求よりなにより―――」

 もはや偽千冬お姉さんはアリーナ端で、拳を振るう事も無くなっていた。
 正真正銘、これが織斑千冬最大のトラウマ。その起こりの再現なのだろう。
 しかも、狂乱騒ぎで有耶無耶になることもない。

 親父は、ただ、千冬お姉さんにだけは誠実に。
「知的欲求をある程度抑えられる程に、フユちゃんの事が大好きですょ。小生はこの時のためだけにいっぱい頑張ってきました。だから、御返答をしていただけると嬉しいです」
「つまりどちらにしろこれまで以上貴様が張り切ると!? 私を過労死させる気か!?」
「いやいや。家族を困らせる真似はしませんよ」
「遠回しに脅迫してないかそれ!? いや、しかしだな……あ……あ……わ、わた……」
 偽千冬お姉さんが何かを言いかけた、その時。



「あぁ、卑怯なのは認めるよ紛い物。だけど俺じゃあ、卑怯でなければ紛い物にも敵わない。だから―――少し、双禍を見習うことにした」
 正眼に構えたお兄さんが背後から、アリーナの客席から飛び降りていた。



 そう。これは単に千冬お姉さんを悶死させるだけの寸劇ではない。
「一夏!?」
 圧倒的強大さを誇る偽千冬お姉さん、その実力を発揮できない程に精神を揺さぶり、絶対的堅固性と揺るがぬ残心を崩すためなのだ。
 副作用でオリジナルの方がとんでもない事になるけれども、せっかくこの一撃のための『宴』を催したのだ、ならばあらゆる犠牲には目を瞑らねばならないのだ!!
 ならないったらならないのだ!
 だって他にやりようないじゃないですかこのリアルコピーチートッ! はてどうやって倒せばいいのか想像もつきませんえん!



 エネルギーの充填は完了済み。
 この正確な時刻を推し量らせぬ、思考のテーブルに上げないためでもあるのだ。
 ただし、零落白夜の燃費の悪さを白式なりに考慮したのだろう。
 両腕の籠手部分の一部と雪片弐型の柄のみが展開している。

 既に、偽千冬お姉さんの眼前。直撃は必須なほどに。
 全方位レーダーであるハイパーセンサーにすら気を回せないのが今の彼女である。
 親父効果抜群である。
 機械ならこうは行かず対処されただろう。
 だが。
 貴女は親父の手によって生み出された限りなく完璧に再現された存在だ。

 だからこそ、隙を作る事ができたのだが。
 だが、限りなく織斑千冬である彼女は、このタイミングからなお対応する。

「やっと来たな、一夏あああああああああ!」
 今の彼女に武器も防具も無い。
 PICを用いた空間歪曲も間に合わない。

 だが、その身があった。
「ああああああ―――!!」
 とった行動は、前進。
 なんと、その一撃を腕で受けたのだ。
 もっとも、ギリギリ鍔元だったのだが、当然―――

 零落白夜はアンチ・エネルギーである。
 エネルギー・フィールドで擬似装甲を構築している偽千冬お姉さんの左腕が消し飛んだ。
 ついに初めて、ダメージらしいダメージが通ったのだ。

 出てきたのは、俺が両断された時にもチラッと見えたラウラの腕。
 しかし、これは試合では無い。シールドエネルギーを消し去り、絶対防御を発動させる手段では止まらない。
 エネルギーで出来た外側を、構築維持出来ない程に消滅させなければならないのだ。

 VTは、『ガワ』をもって芯たる操縦者をも機構に取り込むつくりである。
 操縦者はあくまでISコアに搭乗者が居るのだと騙すものでしか無く、実体は外側の疑似装甲を動かし、中に入っている存在を無理矢理動かすものでしかない。

 つまり、何が言いたいのかというと、あり得ないことが起きた、

 俺のときの様に、外装を一時解いたのではなく、零落白夜で消滅したにもかかわらず。
 ラウラを支配しているVTシステム―――偽千冬お姉さんはラウラの腕を駆動させたのだ。
 戦闘者の妄執とでも言えるものかもしれない。
 行った事はたった一動作。腕を捻る。ただそれだけだ。

 しかし、それだけで、お兄さんの腕から雪片弐型が吹っ飛んだ。

『―――化勁!?』
 聞こえて来た鈴さんの声に、それが中国武術の動きである事が判明した。
 しかし、その彼女であってもそれが限界であった。
 システムから解放されたラウラの左腕が力無く垂れ下がる。
『って、鈴、よそ見してないで加勢してくれええエエエエエ!』
『私相手に一瞬も隙を見せるとは余裕だな―――凰』
『いやあ―――標的があたしになったああああ!?』
 あっちも頑張ってるなあ。

「―――くっ!」
 だが。
 今の一撃でお兄さんが失ったものも大きかった。
 コンパクト化していても零落白夜である事は確かなのだ。シャルロットさんから受けたエネルギーも、その大半が消失している。
 右腕の部分展開していた装甲が、指先から光へ還って行く。

 偽千冬お姉さんは最後の抵抗を潰すべく、右肘を引き、掌を打ち出す。
 少し押して引き離せば、こちらの最後の抵抗は失われる。
「ぐ―――ゲボック!?」
 だから、俺はさせじと、親父の仮面を被ったまま、その両腕を列迅に作り替え、その腕を捕まえた。
 今回は一瞬でも稼ぐためなので、千切れる事は無い。
 容赦はない。エネルギーでかつ、今までの様に即座に引かねば行けない理由が無いのなら。
「なに―――!? まだ、こんな―――」
 その腕が黒に包まれて消失する。

「『揺卵極夜』」
 疑似装甲がエネルギーなら、充分吸収対象である。
 偽千冬お姉さんは、剣を弾かれて少しのけぞっているお兄さんには手出できずに終わる。
 しかし、驚愕では一瞬も止まってくれずに、身を沈ませた。
 その上で。
「ゲボック―――」
 え? 俺―――?
 攻撃対象を(親父)に切り替えたのだ。

 偽千冬お姉さんは、真剣に。真摯に。俺の目(親父の目)を見て。
 静かに。しかしはっきりと言った。

「すまない」
 何の事だろうか。目を外せないまま、必死に回避動作を取ろうとして。



「ゲボック、お前とは付き合えない―――だ―――ッッ!!」
 え? 返事の方―――!?

 千冬お姉さんはブラコンなのだ。
 弟に良いところをみせたいのだ。
 醜態は晒せないのだ。
 まぁ、さっき親父に化けた俺相手のでボロボロと言えるだろうがそこはそこ。
 そこからなし崩し的に崩れ去ることはあり得ない。

「おおおおおおおおおおおおおおおっ!」
 この、のるかそるかの刹那に背を向けられた屈辱か、後ろにバランスを崩していたお兄さんが吠えた。
 気力だけで踏ん張り、つま先だけでかろうじて地を蹴り、偽千冬お姉さんへ、そこから一歩を踏み出した。

 雪片弐型は無い。
 だが、拳がある。
 それでも充分過ぎるのだ。
 その拳に、必殺が、零落白夜が宿る事を偽千冬お姉さんを構築したコアは身を以て知っているのだから。



 でも、俺の方が失態を犯していた。
 肘まで吸収出来なかったのが失敗だったのだ。

 そして、お兄さんもだった。
 無理を通して、足に無茶を強いて踏み出した一歩は奇跡と言っても差し支えない執念の一歩だった。
 しかし足りない。
 刀であれば適当な間合い。
 だが、今は無手。リーチが足りない。
 まだ後一歩、足りないのだ。

 それを一瞬で見抜いた偽千冬お姉さんは、だからこそ自分にとって最も脅威である筈の零落白夜を見逃し、未知数である俺を最優先に殲滅する事を選択した。

 しかも、ラグド・メゼギスでさえ対応出来ない、化け物のような超反応が起きる事態を見通すことが出来なかった。
 システムでしかない筈の偽千冬お姉さんが、窮地において成長したという絶望的事実。
 それが俺の予測を上回り、致命の一撃を許す事となってしまう。
 両者が超速度状態に突入していたために、その致命的な肘打ちが放たれる瞬間、見てしまったのだ。
 偽千冬お姉さんの目の奥に潜む何かを。

 それがなんなのか、俺には分からなかった。
 しかしそれは、偽千冬お姉さん―――ひいては千冬お姉さんが今の今まで抑圧し、封じ込めてきたものであることだけは分かる。
 そしてそれが、尋常ならざる程に。
 他の生き物がすべからく平伏すほどに。
 偽りの身の奥にさえ刻まれた恐るべき衝動、圧倒的上位を知らしめるナニカである事が、ここにいる全ての生き物に刻み込まれたのは確かであった。

 俺は―――ラグド・メゼギスの逃走本能さえもそのために完全に萎縮、硬直し。
 咄嗟に慣性中和チップを展開するのが限界で。



 肘が胸に炸裂した。



 五体が消し飛ぶかと思った。
 そのあまりの衝撃はアリーナのほぼ端であるここから、広いアリーナを横断し、さっき俺が着弾した客席に再度着弾を果たす。

「―――双禍さん!」
 そこで見守ってくれていた簪さんの悲鳴も後に。
 先のモノを遥かに上回る速度でもって着弾した俺は、客席を抉り抜き、ついにはアリーナの外まで貫通を果たした。
 それでも勢いは止まらない。大地を削り突き進み、ガガガガガと連続する衝撃は全身の機能を各所、次々と断絶させて行く。



 まずい。
 残されたお兄さんはもう、供給されたエネルギーが保たない。
 零落白夜とは、それ程の燃費の悪さだ。
 ……いや、それ程にシャルロットさんの機体からエネルギーを奪ったってのも、実は各所にダメージ与えてて、エネルギーの譲渡にシャルロットさん本来の実力で出来るものより三倍以上の時間が掛かっていたとかそう言うのは―――俺のせいじゃないか、ってのはこの際置いといて。

 詰んだ。ここまで追い込んだのにあと一手足りない。
 決める事が出来ない。
 繋げきれなかった……!
 悔しさに奥歯を噛み締めるも現実は変わらない。俺はまだぶっ飛び続けている。

「俺は決勝で霊丸食らった80パーの筋肉兄貴かああああああああッ!?」
 止まらない止まらない。
 転がって吹っ飛んで跳ねて転がって。
 咄嗟に列迅で我が身を固定して止まる。

「ォオオウエッ!?」
 途端にとんでもないGが襲ってきた。

 ……ん? G? 慣性中和チップ展開したのに?
 ああ、置いて来たんだ…………置き去りにする程の威力だったんかよ。

 ってことは。
 慣性中和チップは、あっちにある―――

 つまり。



 あった。
 ここに一手が。
 勝利を掴む一手が。

 後は。



「白式イイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ――――――ッ!!」
 お前の同意さえあれば、今すぐやれる。

 希望を繋げるために声を張り上げる。
 彼女に届くように。
 自分が貫通してきた穴へ視線を送り。

 見え辛い。視覚が不自然に歪んだ―――クソっ、左目ぶっ壊れやがった―――残る右目を望遠モードに。
 あぁ、やっと見えた、アリーナの対端にいる白式を。

『今回だけだからね。あと、普通にプライベート・チャンネルを使いなさいって』
 あ、忘れて人間の感覚だった。
 まぁ、何はともあれ、許可を貰えたらそれで充分だ。

「動きやがれ俺の足―――!!」
 お兄さんの傍で転がっていた俺の下半身―――それが光にほどけ、お兄さんの足を包み込む。

 今や左腕の篭手のみの部分展開しかしていないお兄さんに、脚部装甲が施される。
「これは―――あのときの!?」
 入学して間もなく、お兄さんが学園で初めて乗ったIS―――俺の体の一部である。

「断鎖機構解放ッ!! ティマイオス、クリティオスってかぁ! 行きやがれ! クソ兄貴!!」
 足はラグド・メゼギスに変形する前にもげた物だ。故に内蔵しまくっているPICによって生み出す空間歪曲、その修正力をバネとして推進力を獲得。
 駄目押しとばかりに、それを引力操作でベクトルを捩じ曲げ。
 お兄さんの周りに残っていた慣性中和チップが初速を爆発的に最大速度へ持ち上げ。

『………………ゆけ』
 さらに、番長の安定性が異なるシステム間を繋ぐインターフェースの代替となり、お兄さんの一撃を補正する。

―――三機のISコアの力の結束。

「おおおっ―――」
 足りない一歩をお兄さんへ。
 振り上げられたお兄さんの左腕は、固く拳を握りしめられ、槍の予備動作のように引き絞られる。
『いきなさい一夏! 皆が繋げてくれた一撃で、過去の千冬ぐらい乗り越えられなくて、何が家族を、仲間守るか! 今まであの子に任せていなければその一撃を繋げられなかった、不甲斐なさを次は乗り越えると! その決意と意思をここで証明なさい!』
 最後、お兄さんには聞こえないはずの白式の発破が、一撃という弾丸を放つ引き金となったかの様に。

―――その拳が放たれた

「おおおおおおあああああっ―――」
 たった一歩踏み出して拳を突き出すだけである。
 だけども、その一歩こそが皆が積み上げた奇跡の結果。
 その速度は考えつく限りの神速の極み。
 槍であるならばその穂先に備えられるのは、IS史上最強の破壊力を有する零落白夜。

 その団結、一撃に名を付けるならば、白鉄・瞬撃槍。



「仕方が無い―――か」
 肘打ちを俺に放った後、死に体となっている。
 本来なら、まだ抵抗出来るだろう。
 覆す事も出来るだろう。
「まぁいい。及第点までは達したか。一夏、ギャクサッツ。お前達の勝ちだ……私としては、少々残念なのだが、な」
 だが、彼女は彼女自身の意志を持って、今の千冬お姉さんの様に、自らを教育者として定めていたのだ。
 競技者なら手を出す所であろうとも。教え子がある程度まで達したなら、良しと判断した、と思う。
 決して、その一撃がお兄さんだったからでは無い、と、思いたい。

 偽千冬お姉さんは、最後にお兄さんを一瞥だけしてその眼を閉じた。

「ああああああああああああああああああああ―――ッッッ!!」
 拳から突き出された白銀に輝く光の槍は、偽千冬お姉さんの胸元に突き刺さり、瞬く間にその紛い物の全身を光へ変換した。
 残されたのは小柄で華奢な一人の少女―――ラウラ
 慣性中和の範囲内だったためにお兄さんとラウラも暴力的な速度が掛かったにも関わらずその場で完全に停止。

 慣性中和チップが機能を停止し、ふわり、と少しだけ持ち上がったその身をお兄さんは抱きとめ、何事かを呟いていた。

 ああ―――これで。
『そうね。私達の勝ちね』
 白式が、俺の言葉を繋げる。
 珍しいね。お前が他人認めるなんて。
『あら? 私は事実は認める方よ?』
 そうだったか。
『そうよ』
 まあ、何はともあれ、一件落着。
 それに、一つ実験結果も出た事だし。報告内容も出来て万々歳。
『ん? 実験結果って、何が?』
 いや、白式よ。そんな真新しい事じゃないさ。
 前々からそうだろう、って言われてた(と思う。俺は事実自体知らなかったから推測だけど)けどさ。

 篠ノ之博士が居なくても。親父がフられることを実証いたしました。
 以上。Q.E.Dってこと。
『まあ、成る程確かにそうねえ』
 そうだろう?
 ああ、でもダメージでか過ぎるわ。

 予想通り、思わず加減を忘れた一撃を食らってこの様です。
「それでは皆様、これにて舞台は終劇」
 もう、駄目じゃ、こりゃ…………。
『あ、ちょ、茶釜、大丈夫!?』
 最後に、一言だけ述べるとしよう。
「本日の宴はこれにて閉会。お楽しみいただき有難うございまし……がくっ」
 おい待て……あと、誰が、茶釜やねん……。

『分かったわ……じゃあ、茶翅ね!』
 それのどこが……じゃあ、で、大丈夫だ…………!


 こうして。
 俺は本日三度目の失神を果たしたのであった。



 それは夢だった、と思う。

「相変わらず……美味しいところは譲るのだな、お前は」
「まぁ、お前のおかげで周りにでかいインパクトだけは与えられたから、こちらとしては充分なんだけどね。ふ、この双禍、脇役を任ずるのだ」
「そこは狙うところなのか?」
「目指せポジションいかりやさん」
「正しい事をしたかったから偉くなれなどか」
「真理ついてるよなぁ」

 ここに、死んだ筈の友、ラグド・メゼギスがいたのだから。

 そいつと一緒にIS学園の中庭にある白いテーブル。そんなところでお茶なんてしてるのだから。

 ラグド・メゼギスが人間サイズで椅子に腰掛け(ビジュアルでご覧にいただけないのは本当に残念です)、優雅にカップを傾けたりしているのだから。

 あまつさえ、一口齧ったクッキーにバターが安物だな、なんてダメ出ししやがってるのだから。

 夢に決まっている。決まってるのだ。



「さて、今度の今度こそ、これで最期だ。もう偶然も気まぐれも泣きの一回も無い。文字通り、思い残す事は一つもなくなった」
「……いつまでも引き止めて悪かったな」
「構わんよ。我が生涯に一片の悔いも無い」
 その肢体で拳王様の名言なんて使わないで欲しい。
 だけれども、その身が発するオーラはその台詞に何ら遜色無かったりするから性質が悪いわけで。

「だが忘れるな、友よ」
「―――ん?」
「お前の人生、お前が主役なのだ。お前は、お前になるがいい」
「そりゃそうじゃないの?」
「ああ、そうだ。それが普通なのだ。そうなるがいい」
 よく分からない。だって、誰だってそう、なのだと俺は思っているのだから……。

 告げ終わった、その瞬間。

 ごうっ―――

 天から光の柱が降り立った。
 目映いばかりの光の柱は、ラグド・メゼギスを包み込む。
 今はまだ夏の始まりだというのに、鈴虫のフィナーレが届き。
 ラグド・メゼギスの左右には蜻蛉が先導者として彼女を誘う。
 ふわり、と虫の身が浮かんだ。

 彼の種族のような不快な羽音は僅かも耳朶に届かず。

 光の先には魂を運ぶと言われている、黒い蝶が誘っていた……。



「縁があったら―――また会おう」
「んじゃ。さようなら。黄泉路にお気をつけて」
 手を振ると、あちらも触角を、一往復だけ振り返した。
 ……とまあ、俺としても、たとえ夢でも悔いの無い別れを済ましたのはいいのだが。
 なあ。
 ところで。
 なんで昇天の仕方が無駄にゴージャスなんだよ……。



 まばゆい光に包まれ、その姿が消えて行く。
 完全に消える、その直前だった。

「あ、そうだ」
 なんて言って、ラグド・メゼギスの上昇がピタリと止まった。

 あんにゃろめはまるで世間話でもするような気軽さで。
「言い忘れていたが、IS学園には、1500個の卵を産んでおいた。
 余裕があるときでいい。我が子等を頼む」

「―――え?」
 ちょっ。
 BBソフト曰く。
 『GKBR』は、生涯をかけて200個程の卵を産む(・・・・・・・・・・・・・・・・)そうで。

 せん……ごひゃっ……こぉ!?
 一体どれだけ規格外だこいつ。実は親父の作った生物兵器なんじゃねえの!? 通常の7.5倍の繁殖力だなんてとんでもない脅威過ぎる。

「待てコラ! この家庭内指定害虫ッ!! 最期の最後でとんでもない爆弾投下してくんじゃねえええええええええええええッ!?」

 しかも、そいつらはすべからく規格外であるラグド・メゼギスの血を引いているのだ。
 もしかしたらそいつらの数世代先の奴らが高度に知能を発達させ、人類の生活圏を制圧して行く可能性も否定出来ないツーかマジでしそうで怖い。
「おのれ人間どもめ、図体がでかいからって好き勝手しやがって! 一匹残らず駆逐してやる!」
 とか人語喋る個体とか出て来たら人類積みそうだ。
 烈迅で人類が奴らに削がれるなんて嫌すぎる。

 しかし、時は止まらない。
 ラグド・メゼギスを包む光はいっそう増して、俺のハイパーセンサーでさえ見通す事の出来ないその目映い光は世界を包み込んで行くのだった―――

 って、綺麗にまとまるんじゃねええええええええええ!!












 そこは闇だった。
 しかし、恐怖は感じなかった。
 代わりに抱いたのは郷愁と寂寥感。

 何故なのだろう。
 確かにそこは見知った闇だった。
 当然であろう。
 彼女はそこで命を授かったのだから。

 だが。
 暖かい。いや、それを通り越して熱いとまで感じる熱がすぐ傍にある。
 前にも感じた気がする。
 それは、この黒い安寧の終焉を意味していたのだ。

 今回も。

「よぉ」
 暗闇が一部晴らされた。
 目の前に、叩きのめすと決めた男が居た。
 織斑一夏。敬愛すべき教官と血縁である事を恥じねばならぬ痴愚蒙昧。

―――が、なんでいる!?

「うわあ!? 貴様! なんで!?」
「いや、そうだろうけど落ち着けよ。助けてやったんだぞ」

 ………………は?

 仇敵である筈の男に。
 慌てて暴れた瞬間にそう言われ。
 記憶が―――
「―――は、あぁ―――」
 一瞬にして今まで、どうしてこうなり、そして何故目の前に居るのか。記憶と前後の時系列の相互が自分の中で一致して、そして現在に戻って来た。

 そうか―――
「私は、紛い物の力を借りてなお、お前に負けたのか―――いや、紛い物になんて頼った時点で負けていたのだな」
 自嘲するしか無かった。
 負ける筈の無い相手に負け、それで自分の正常な判断さえ失い、よりにもよって自分こそが教官を汚すような真似をして、何も得られずこの様だ。

「お前が何に張り合ってるのか知らねえが……勝ったのは俺じゃねえよ」
「……何を言っているのだ? お前は」
「勝ったのは皆だ。俺はたまたま最後の一発が出来ただけだ。本当に俺は無力だ、何も出来ちゃ居ねえ」
「はっ……これでは負けた私は何と言えばいい? 私を倒した男が、俺は勝ってないと来たか。私はどこへ行けばいいのだ? ……いや、行ける場所など、どこにも無いのか」

―――自身の矜持さえ捨ててしまった私には。
 ラウラは、最早自暴自棄となっていたと言える。
 自身の柱となっていたものを、すっかり失っていたからだ。
 しかも、それは自信の手で捨て去ってしまったと言っていい。
 取り戻す事など、出来はしない。
 そう思うのも無理は無かった。

「どこに行くにも何も、俺が見たところじゃ―――ああ、俺みたいな未熟者の言い分だから聞き流してくれてもいいんだけど……」
「ふん……何を言われようが、黙って聞くしかないのが敗者の義務だ、好きに言え」
「……いや、本当にお前が試合前と同一人物とは思えんくなって来たなぁ……」
 一夏はやり辛そうにガリガリと頭をかいた。

 ん?

 そこでラウラは、何故こんなに近いのか気付いた。
 その身は一夏に抱きとめられているのだ。
 一瞬『なッ!?』と声を漏らしてしまった。
 負けたのはいいが、何故このような姿勢になっているのか。
 というか、何故気付かなかったのか、今まで。

 一夏も、そんなラウラに気付いたのか。
「あ、悪ぃ。ぶっ飛ばしたお前を慌ててキャッチしたんだよ。落ちたら危ないだろ?」

 ラウラが感じたのは純粋な屈辱であり、異性への羞恥心、等と言った概念が無かった場合やっぱり一夏は鋭かったりする。

「しかし―――なんつうか、懐かしい感覚がするな、なんだろうか」
 そっとラウラをおろし、思案する一夏。

 周りは黒一色に包まれている。
 しかし、かといって視界が遮られているわけでは無く、ラウラの事をくっきり見る事が出来る。
 だが、足が触れている床でさえそれそのものが見える事無がないのだ。ただ一面の黒。

 一夏はそんな環境で何となく、郷愁を感じていた。
 ラウラも先程感じていたが、それとはまた違った郷愁である。

 ラウラにとってのそれは、遥か昔、物心がつくか。否か。その頃の曖昧な記憶に対するものであるのに対し、一夏のそれは確実に覚えがあるものだったのだ。
 それは―――
「昔、いろんな声が聞こえていたときの感覚、それに近い気がするな……」
「声……?」
「ああ、昔の話だよ。もしかしたら純粋な子供だけに聞こえるものとかもしれないな」
「未熟な脳細胞が幻聴でも作り出したんじゃないか」
「酷ぇなそれ!?」

 ラウラと自分の距離と精神の安定。
 それぞれが座り良く収まった事を感じた一夏だが、なんだろう。一度切った事は言い難い。

「…………何時まで私を待たせるつもりだ?」
 だが、対人経験値の浅いラウラはそんな空気など読みはしない。読み物があるかどうかも気付いていまい。
「ああ……」
 ちょっと面食らいながらも、切っ掛けとなったので、告げる事にした一夏は、懐かしい空気のまま、高い感受性がさらに高まったような感覚を素直にその受け取り方そのままに。

「お前さ、まだ、『自分』が定まってないだろ?」
「どういう意味だ?」
 首を傾げるラウラに、一夏なりに言葉を紡ぐ。
「まぁ、俺だって言う程自分が出来ているわけじゃないけどな。
 ラウラ、お前は話聞く限り、俺をぶっ飛ばそうとしてたのは千冬姉のためだろうし、それ以前だって人の言う事聞くだけだったり、何となくそのままなだけだったろう?」
「当たり前だ。命令に従わないなど、軍人としてそんなものは役立たずの不良品だ。むしろ敵と言ってもいい」
「ああ、軍人だったんだよな。そりゃ強いわ」
 相手のプロフィールを忘れ去っている一夏である。
 鈴やセシリアも軍属である事などすっかり忘れ去っている辺りが一夏が一夏である所以だったりする。

「う……ん、俺が言いたいのはそう言うのじゃなくてだな……何と言ったらいいか……」
 一夏はしばらく思案して。

「お前は―――何がしたいんだ?」
「そんなものは決まっている――――――」
 と、言いかけて、ラウラは固まった。

 単純に思い浮かんだ事を並べる。
 一夏を排除したい、から一夏に勝ちたい、へ。
 変わって行ったが、それは。

 『何故か』、が無い。
 根拠が無いのだ。

 どちらも、教官―――千冬のためであると、彼女の名誉に傷を付けた事への当然の処置だが。
 千冬はそれを望んでいなかった。

 ラウラの行動は根拠が全て他者である。
 それは、兵器として作られた遺伝子強化体(アドバンスト)として、最低限刷り込まれている精神操作であった。
 行動指針を他者である事に疑問の余地を挟まない。

 かつて暴走した、『愚者』は、神経質なまでにドイツ軍部を疑心暗鬼にさせるには充分な傷跡を残していたのだった。

 だが、すんなり。
 そのような刷り込みをすり抜け、一夏の言葉はラウラの心に忍び込んだ。

 それは、実は現在相互意識干渉(クロッシング・アクセス)が起きていて、意識の表層が接触状態になっているためもあるし。
 そのせいか、一夏がかつて失った聴覚。相手の願望が何となく聞こえる感覚が、それに近いため少しは呼び戻されているためかもしれない。
 詳細はそれこそ、規格外なる科学者達が調べねば分かるまい。

 だが、なんとなくだろう。
 ラウラは一夏に対し、反発心を殆ど感じなくなっていた。
 当たっている事なら、素直に受け取れる程に。

「やりたい事が分かんないなら、自分がなんなのか、見つめる事も出来ねえだろ? アレ、逆だっけ? 自分がなんなのか分かんなかったら、やりたい事も分からない、だっけ?」
「私が知るか」
「いや、それもそうだけど、お前は兎に角、どっちも分からないだろう」
「…………ぐっ、貴様に言われるのは不服だが、その通りだ」
 実際図星である。
 一夏は、なんか俺偉そうだな、と思いつつ。
「俺の勝手な上から目線で言うとさ、ラウラ。お前はまだ『ラウラ』になってないんだ」
「だからどういうことなのだ? 全く分からん」
 だが、その一夏の言葉には、無意識に反論しなければ行けない、そんな強迫観念があった。



―――君の名はラウラなんてどうだろうか



 何故。そう、何故そこに拘る感情があるのかは分からない。
 だけど、私の名はもう付けられているのだから、私はラウラなのだ。なっていない、なんて事は無いのだと。
 そこだけは強く主張せねば、と胸の風穴が叫ぶのだ。






「つまり、『ラウラ』はまだ生まれてないってことさ」
「……お前の言っている事は分からない」
 俯くラウラ。
 地味に一夏は、よっしゃ! 貴様からお前にランクアップ! なんて些細な事で喜んでいたりする。

「なら!」
 ラウラは声を張り上げた。
 それは、不安を振り払うためであるかのように。
 意地を張っているようで。
(保護欲を誘われて非常に可愛いものだなー。ああ、俺も弟か妹欲しかったなー)
 一夏に末っ子故の欲望を想起させていたりしていた。

「お前は、どうなんだ。お前は、何がしたい。お前は、何をもって『織斑一夏』なんだ……」
「あぁ……俺か……」
 さて、これは難しい。
 だが、言葉を選んでも伝わり難くなるだけだろう。
 だから、素直に、一夏は言う事にした。

「俺は、家族や仲間を守れる様になりたい。いつも守られていた。いつも足を引っ張っていた俺が、自分の全てを使って、ただ、誰かのために戦ってみたい」
 それは偽らざる本音。
 幼少よりずっと抱いていて―――しかし挫け、そしてもう一度追いかける手立てを得る事が出来た夢。
 普段ならそれを気恥ずかしさから誤摩化していたかもしれない。
 だが、ラウラから見れば、まだまだ子供に過ぎない自分でも先達であると一夏でも分かる。
 だから、言わなければならないのだと思う。
 自分で考えねばならない事はある。でも、直接教えなければならない事だってある筈だ。
 格好悪さもまた、格好よいのだと示さねばならないのだ。

「ふぅ―――現実味がないぞ。実力も伴わないうちに寝言は眠っていても言うものじゃないぞ。五月蝿いからな」
「本当辛辣だなお前!? 事実だけどさ!」
「だが、その様はあの人のようだな―――教官に」
 フォローという意識は無かっただろうが、ラウラのその一言に、一夏も頬を緩ませる。

「あぁ、その背を誰より見て育って来た俺がそういう風に育つのは当然だろう」
「だが、ほら。あの科学者は少なくともお前より長い年月を見ていた筈だ? その自負はあながち的外れかもしれないぞ」
「ぬ、ぬ、ぬぐぅうううううううううう!?」
 いろんな精神的ダメージで一夏は唸った。
 しかし、このちっちゃい娘なんだろう。敵意無いときの方が精神攻撃強力なんですけど。
 それは事実だった。

「いや、さっきの寸劇を見ながら思ったけどさ。あの人は、千冬姉の隣に、一番近くに誰より近づきたかっただけだろう。振られたけどな。一概にその人を見て来た、と言ってもさ、どこに立ちたいかは人によって違うんだよ。あの人は振られたけど。それに、俺は―――この想いに気付いたのは、千冬姉だけのお陰じゃないんだよ…………その人はさ、強くなんか無かった。それでも、いつも傍に居てくれた。どんなに無理でも、守ってくれていた人が居たんだ。千冬姉はいっつも俺の先に居て。とっとと追いついて来いって言ってくれてるような気がするけど、その人は、いつも俺のすぐ後ろに居てくれて、いつも背中をそっと押してくれていたような……そんな、人が居たんだ。二人は対照的と言ってもいいし、全然違うし。それでも、どっちも―――俺のために、色々なものに立ち向かって守ってくれていたんだ。ああ、強くないなんてのは違うな。ああ、とんでもなく強かった、俺なんてどうすればなれるのか届くのか。途方に暮れるぐらい、強かった」

 一夏は、言葉にするだけで泣きそうになった。
 それは、あの時の自分には守る力がなかったから。
 そして、未だにそれを成し遂げるには程遠い事を痛感したから。

「そう。今回も痛感したよ。俺は弱過ぎる」
「私に勝っておきながら、それは酷い物言いだな。そのお前に負けた私はどうなる」
「そりゃあ、未熟すぎても織斑一夏である俺と、俺より実力はあってもまだラウラじゃないお前なら、俺が勝つに決まってるだろう? 心の保ち方が、そもそも未熟でもあるのと、無いのじゃ違うんだよ」
「では、私に手も足も出なかった英中の代表候補生はどうだと言うんだ」
「うーん……二人も、普段なら俺よりどっちも強い筈なんだけどなあ」
 たった一年で世界最高人口数を誇る中国で代表候補生の地位を得た鈴。
 両親の誇りを、積み上げて来たものを守るため、一人戦う事を決めたセシリア。

 どちらも、血のにじむような努力を積み重ねて来たのだ、そんな二人が自分より弱く、自分が無いわけが無い。
 そう、一夏は思うのだが……同時に……。

「二人とも、視野が狭くなりがちだからなあ。強さを発揮出来なかったんだろう、きっと」
「その辺適当だなお前」
「言うなって」
 一夏は常に痛感している。
 弱さを。
 自分の身の振りの甘さを。

「今回、一番頑張ったのはアイツだよ」
「アイツ?」
「ラウラとタッグを組んでいた双禍だ」
「……予想外なんだが」
「まあ、アイツは知っての通り臆病者だ。そのくせ、危ない事があると割り込んでくるだろう?」
「確かに、言っている事とやっている事が支離滅裂だな」
「今回のでやっと分かったんだよ。アイツ自身はちょっとでも嫌なものから逃げたくてたまらないんだ。それは自然な事だし、あいつ自身も自然界では当たり前だ、なんて言ってたけど」
「正論だが、認めてやりたくない言ではある」
「あいつ、それに隠して、本音があったんだよ」
「……本音? アイツに嘘がつけるような高尚さがあるとは思えないんだが」
「自分でも気付いてないかもしれないけどさ。アイツは逃げたくてたまらないから、普段から逃げる準備はそりゃあ物凄いぐらいに用意してたりするんだ。でもアイツ、苦手なものから逃げない事、挑む事よりも嫌な事があったんだ」
「…………それは?」
「自分が逃げたくてたまらない事を、人に押し付けて自分だけ逃げる事」

 それだけは、臆病極まりなくてもしなかった事。

「逃げるしか出来ない生き物なら、逃げ遅れたものを犠牲にして、少しでも多く生き残ろうとするのは自然だろうに、何故ここで急に不自然になる?」
「まあ、そこがアイツの人らしさなんだし、もっとアイツの事を知らないといけないんだろうけどさ。アイツは自分が逃げて、そのせいで自分が逃げたものが『何かする』のが恐怖に挑む事よりさらに恐いんだろう。だから面白いのになったぞ? 皆で逃げようって能力を突き詰めてたし」
「ふむ……」
「そして、その、逃げたくてたまらない、誰より臆病な奴が今回の一番の功労者なんだ。ちゃんと礼言っとけよ……でも無事かなあ、双禍」
 最後の最後でとんでもないの食らってブッ飛んで行ったし。
「そして、やりたい事がたとえ同じでも、答えは一つじゃない。そこへ至る道は自分で選んで、立ち、自分で決めた方に歩かなきゃ行けない」

 そこまで言って、一夏はラウラを見る。

「な……なんだ……?」
「ここまで言ったら、大体もう、分かってるんじゃないか? お前のしたい事」
「わ、私の、したい、事……」
「そ。お前は誰で、どこに立ちたいんだ?」

 私は……。
 ラウラは、想いを馳せる。

 自然と、意識は胸元に。
 変わらずにそれはあった。

 胸に風穴が空いたような空虚感。
 常に吹きすさぶ、その穴を貫き、背を抜けるような冷たい風音。

 ああ。
 だけれども。
 あの人の傍に居て。
 あの人に名前を呼ばれ。
 あの人に認められているその間―――

 その風穴は、閉じていたでは無いか。



 『あの人』とは? いったい誰をさしている?



「私は―――」

―――そうだな、お前がそんなに他者からの評価が欲しいのと言うのなら私に託してみるか? 丁度良く私は教官で、お前は生徒だ。評価するにはもってこいの関係だしな。だがな―――良いか、これは命令じゃない。ボーデヴィッヒ、お前が決めてお前が託せ

 ああ。
 なんだ。
 目の前の男が言っていた言葉、既に私は達していたではないか。
 教えを忘却するとは、教え子としてなんてあるまじき事か。

「教官に、認められたい。よくやった、と褒められたい」
 それだけでは無い。『   』も、あるのだけれども。

「……なんだ、初めから分かってたんじゃねえか。しかも結構俺と似てるだろ? それ」
「……そうか?」
 やっと言葉に。形に出来たそれを軽く言われて憮然とする。しかも、似ていると来た。
「だってよ、認められねーと、守らせてくれねえだろ、未熟者、とか言って全部自分でやりそうだ」
「……違いない」
「気付けばいいもんだろ? 後は実践するだけだ。それが難しいんだけどな。未だ殆ど出来ていない―――と、やっと生きた表情になったしな」
「人にいう前に自分こそ精進するがいい。お前に出来るのはいつのことやら」
「ひでぇな!?」
 だが、一夏は気付いていない。
 そこに『不可能』と言う意味合いがないことに。

 そこでなにか仕返し出来ないかと考えた一夏は、ラウラにおもむろに近づき、脇に手を差し込んで抱き上げた」
「なっ!? 貴様何をする!?」

 うわー、貴様にランクダウンだー。とちょっと悲しくなった。
 いや、なんか可愛くて抱き上げたくなっただけなのに。

「完璧に自覚出来たんなら、もうお前は『ラウラ』だろう?」
「その、哲学的な物言いしか出来んのか、お前は」
「理解出来ないのは全部哲学的とひっくる事多いよな、軍人って」
 お互い憮然とし合って睨み合うのだが、実は一夏がラウラを抱き上げたまま、と言うシュールな絵面だったりする。
 そんなとき、ふと思いついた様に一夏は頷いて。

「初めまして、ラウラ」
「なんだ。痴呆になったか」
「ドストレートに毒舌ありがとよ。いや、そうじゃなくてよ」

 一夏は言葉を通じる様に選んでみた。そう、彼女ドイツ人じゃないか。

「まあ、何はともあれ、俺は初めて『ラウラ』に今会ったんだ。だから、初めまして、だな」
「? お、おぉう、うむ……は、初めましてか」
 面食らったラウラに、してなかったな、と思い出す。

「そう言えば、俺ら言ってなかったな。いきなり頬を張り倒そうとして来たし」
「結局出来なかったがな。妙な攻性防具を取り出してきおって」
「ああ、アレ調理用具」
「なんでそんなもの持ち込んでるんだ!?」
 どっちもどっちである。

「そして誕生、おめでとう、だ」
「あ、ああ。お前の言い方なら、私が今『ラウラ』になったからか」
「そう言う事だ、では改めて―――初めまして、誕生おめでとうラウラ。ようこそ世界へ。しっかり生きるんだぞ?」



「え―――?」
 その言葉は。



―――誰だか分からない―――

 顔も、体つきも思い出せることはない。一つの思い出も残っていない筈なのに。

―――ようこそ、世界へ

 もう、目も鼻もその声も、肌の色さえ思い出せない。
 ただ、そんな感じのする、それさえはっきりとしない人の輪廓が。

 目の前の、叩きのめしたくて堪らなかった男と重なった。



 あぁ―――
 この闇に抱いていたより、より大きな郷愁を、眼前の、否、織斑一夏に抱いてしまった。
 最早処理されており、思い出す事など無いだろう。

 ただし、幾つかのナノマシンが併合して起きた副作用だろうか。

 心に―――それでも、胸に残ったものはあったのだ。
 空白が、確かにそこに何かあったのだと示す様に。

 例えナノマシン処理や催眠暗示で意識から消されて居たとしても。
 人は憶えている。
 ある時は体が。五感が。
 決して完全に消えはしない。
 何かの拍子に、それは浮き上がってくるのかもしれない。

 この触感は触れた事がある。
 この音は聞いた事がある。
 この景色を、自分は見た事がある。
 この香りを嗅いだ事がある。
 この味は、食べた事がある筈だ。

 何だって良い。
 記憶とは記録では無い。



 そう。
 失われたと聞いて。

 一つ、一度でいいからやっておきたかったかもしれない、と思った事があった筈だ。
 あの人に。
 後悔と言える程の後悔では無いけれど。

―――誰だ

 一度でいいから。

―――そんな人間は記憶に無い

 こう、呼んであげたかった。

―――しかし、重なった……初めての筈だなのに、だ? 重なるもとがそもそも無い、その筈なのに―――



 だけど。自然と、その単語は口を吐いたのだ。
 
「―――さん」
「え? 今なんて言った?」
「……え? いや、私は何か、言ったか?」

 しかし、一度言った事は決して消えはしない。
 劇的な感慨が深く、胸の内に広がって行く。
―――この時
 ストン、と収まったのだ。
 胸に空いた風穴、そこに何かがピッタリと。
 吹き抜けていた乾風がピタリと吹き止んだ。
 それはなんとも言えぬ充足感であった。

―――あぁ、温かい

 この感触は、深く、根強くラウラに刻まれることになる。



 なんだか、気まずくなり、再び一夏はそっとラウラをおろした。
 今度はなんだか、物寂しそうにラウラが見上げるが、一夏は気付かない。

 そこに。

「うんうん。アイデンティティの固定構築は必須だよね。うんうん」
 なんか、脈絡も無く第三者が居た。

「こういう時よく言われる言葉に、我思う。故に我あり(コギト・エルゴ・スム)ってのがある。確かにものを想うってのは主体たる個我がないとできないことだ。でも『思う』ってのはどこまで『想った』ことを言うのだろうね?
 つまるところ『思う』―――思考ってのは脳内におけるシナプス間のパルスのやり取りだ。それは電子回路上においての演算時の働きと何も変わらない。
 ならば、電卓にも個我が。魂があるのか、と言うとそれは違うだろう。
 しかしここで疑問が出てくるよね。その差は何なのか、と。生き物と非生物の差? ふざけないで欲しいよね。機械型の生物兵器も存在するし、俺は彼らの魂を存在する、と断言しよう。他ならぬ俺の魂を賭けてさ。
 では単純に規模の違いなのだろうか。
 人間の脳は有機物で出来た量子コンピューターだ、と言われている。
 演算と記憶の複雑性? いやいや、ならば人などよりもよっぽど単純極まりない昆虫類などに魂は無いのか? なんて言ったら否定する諸卿らは多いだろう。
 やっぱり、命の有無は大きいのかもしれない。
 ならば、命をさらに細分化させて、魂がある最小単位を突き詰めてみたら、じゃあ細菌やウィルスはどうなるのか、って突っ込まざるを得なくなる。
 そもそも脳ってものがない。
 思考している筈がない。
 じゃあ、魂とは、命とは結局よく分からなくなる。
 でもさ、こうも思うんだよ。
 人の感じる世界ってのは結局主観なんだ。
 視覚が人間にとっての外部から取り入れる最大量の情報らしいんだけど、それだって脳内で処理されている―――俺らの認識に用いられている情報量の僅か2%でしかないんだよ。つまり全くもって俺達は俺達の脳で作った世界を見ているって事になる。
 すると、自分と相手の見ているものが真実同じようになんて見えるわけがないんだ。
 例えばここに『赤色』があったとする。
 それをそれぞれが脳を介してそれぞれ『赤色』と認識することで共有認識っていうものが生まれるから、俺らは一つの赤いものを皆で『赤』っていう事が出来るんだ。
 でもさ。一人一人の脳がそれぞれ勝手に赤って認識しているのだったら―――本当に、俺の見ている『赤』と、自分以外が見ている『赤』同じなんだろうか?
 他人の見る世界。一度でいいから見てみたいよね。それがある意味完全に相手への理解って言えるんだから―――でもさ、それは無理、到底無理。どだい無理だってもんなんだよ。
 たとえ他人の世界を見たとしても。それを見た瞬間、どうやってみても自分のフィルターを通してしまうんだから。でも、それが大事なんだ。違うって事。それを認めて、完全に分かる事を諦めざるを得なくても、それでも分かる共通認識を一つでも多く分かろうと全力で努める。この、人とは違うという最低限の認識を持ってなお、相手への共感を無くさない事がアイデンティティの基盤だと思うんだよね」

 うんうん、と長々と語った上で勝手に自己満足したのか頷いている謎の第三者。
 しかし、つまるところこいつは……。
 率直に、一夏とラウラは感想を簡潔に。

「話が長過ぎて何を言いたいか全然分からんかった」
「要点をまとめろ、スピーチとしては落第点だ」
 ボソっと。だが言い切った。
 シンプルすぎることがむしろ当て付けになるような感じであった。

「え? 嘘ぉ!? いやあ、この問題は俺としても落とす所落とさなきゃならないから、暇見ては思考作業しててね。その結論がこんな風になったって、一応、ちょっとした自信はあったんだけれども―――」
 その謎の第三者が言い訳がましく言い始めたので、一夏とラウラは視線を交わす。
 二人の意見は一致していた。
 相手の目とその瞳に映る自分の目が、お互い同じことを言っていたのだから。

 ごほん、と一夏とラウラは一つ咳払いをして謎の人物に一言一句違わず、素直に、極当たり前の事を指摘した。

「「そもそも、お前誰だよ」」
 見た事も無い相手である。
 言動こそ、なんだかどこかで聞いた事あるようなものだったのだが、その人物はこんなキテレツな格好はしていない。
 なんせこの人物の見た目と来たら。

「ちょ―――待ッ―――」
 意外な事だが、その人物はその言葉は心外だったらしい。
 動転し、あたふたと手を振ったと思いきや。
 フッ―――と消えた。

 跡形もない。
 現れるも唐突。
 消えるも唐突。
 全く理解不能なお目汚し。

「……なぁ、何だったんだ、今の」
「……さぁ、私には皆目見当もつかん」

 二人はこの世界が閉じるその時まで云々唸る事となる。
 当然だが、結局答えは出なかったそうな。
















 カンカンに日照る太陽の下。
 真っ白に焼ける砂浜の上で。
「ンッ……くぅぅぅぅぅ!」
 艶かしく、声を上げる彼女。

「…………あのう」
「なに? んっ……」
「もうやってしまった後に言うのもなんですが、何故に俺がこんな事をせねばらぬのですか」
「自分でやると歪み出るのよ。ほら……もうちょっと下だから……アッ」
「変な声上げないで下さいませんかっ!?」
「いやー。流石にデリケートな部分だし?」

 そこは白い砂浜。
 上がる声は二つ。
 隠す気もないんであっさり白状しますが俺こと双禍・ギャクサッツと白式でございます。
 晴天の真下。
 天下の屋外(つーてもこいつの世界だから往来とも屋外とも違う気がするが)とはいえ二人きり。
 何故俺らはこんなことをせねばならないのですか。

 というか今の白式。
「何故に疑問系!?」
「普通、他人に触らせないでしょうこんなところ……くぅっ」
「本当にいいのか!? いいんだよな!? いくぞ、いくからな! うぅぅぅ」
「こら餓鬼目を瞑るな! ちゃんと見て……てててて、違う、そこ違うから! 待て待て待て待ちなさいって―――」
「……ん? うわあああああああっ!? また血が出て来たああああああ!?」
「そりゃ体内に異物ブッ刺しゃ血も出るでしょうに! 男なんだからしっかりしなさいよねーって入れる所は何とか修正したけど先端そっちくねるなっ……あ、あぁう!?」

 じったんばったんする俺ら。
 すると、突き刺した部分がグラついて、内腑が抉られるため、ますます白式の苦鳴が上がるわけで。
「あ……くっ、あ、が……アッ! 痛いって言ってる……でしょ、ぎぃ……つっ!?」
「しゃあないだろうがっ! 俺だって初めてなんだから! ったく、じゃあ、一旦抜くからな! ちょっと我慢してろよ! 元はと言えばお前が元凶でお前の自業自得でお前が頼んだんだからな!」
「はぁ……はぁ……責任負いたくないって全く今時の情けない男……ね……あっ!」
「よーし……一旦終わったか……。息吐けよー、落ち着けよー」
「あのねえ元々女の方が痛覚に対する耐性は強いのよ。わかる?」
「それは生物としての女だろうが」
「ふん、根性レベルの問題よ」
「あぁ、なんか見てたら貧血になりそうだわ」
「実際血が出てるのは私なんだけど。本当、男って根性無しよねー」
 お前基準にしたら男の必須根性値は戦国猛将並だわい。

「……はい。続けて行きますよー」
「あっ、こらちょ、待ちな―――」
「あー。もう、面倒くさい。待たんわ」
 そう言って俺は。



 傷口縫合用の縫い針を再度、白式の腹にブッ刺したのだった。



「痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛っっっっっっっっっっっ――――――だあああああああいッ!!」
 振り上げられるアッパカー。
「俺の方が痛いげぶわぴっ!」
 搾り滓とはいえ、零落白夜で空を舞う俺。弾道はスパイラルである。

 どうと言うことでは無い……無い……ない……?
 先のVTシステム戦の前、シュヴァルツェア・レーゲンとのバトルで切腹ぶちかましてワイヤーから脱出した大和魂溢れる白式さんのお腹を縫っていたのである。

 いやね? お腹に針を刺すときの感触が何とも嫌なんですよ。
「なあ。もしかしてこのために俺を呼んだんか?」
「まあ。それが殆どだけど、茶釜が余りの空気読めなさを披露したものですから」
「……ん。まあ、それは自覚してる」
「じゃあ……初めからしなさんな。まったくもう」

 それからは、針を突き立てても内側から突き出しても、平然と対応する白式だった。
 脂汗が出てるところを見ると、痛くないわけでは無いのだろうけど、どんな精神力だと言いたくなる。



 そう、俺がこの砂浜に招待されることとなったのは―――









 お兄さんとラウラの和解……と言っていいのかね。そんな感動的なシーンにぜひとも割り込んでみたいと入ってみたのが始まりである。

 どうも、これ、不詳この俺、空気読めないお年頃、とかだったようで。
 あえなく袖にされてしまいました。
 ああ、分かってるよ、無粋だったよ、御免なさいな!

―――いや、でもさ


「「そもそも、お前誰だよ」」
 いや……え?
 あのさー……それって……。
 空気読めないからってでもいくら何でも。



「いくら何でもそりゃ無いでしょうがッ!!」



 くわっと目を見開いて絶叫するぐらいなら良いではないか。
 そのまなざしを埋め尽くすのは真夏の太陽。

 カンカン照り。
 真夏の日差しが俺の網膜を直射焼却。
 しかもハイパーセンサーで感度を増幅した状態である。
 その輝きはスタングレネードと言っても差し支えない程の大光量。
「うぎゃああああああああああああああああああああああああああ!!」
 いままで真っ黒で二人だけ空間(割込んだ無粋者はええ、俺です)に居ただけにそのギャップは強すぎた。

「あああああああ、良い子は真似するなよおおおおおっ!!」
「……誰に言ってるのよ」
 この声は、白式か―――ってここはまさか!
 既に時は遅かった。
 日光から目を背けるために仰向けになっていた俺は全力で体を転がしたのだが。

 どうしてなのか分からないが、ここは白式の世界。
 いやはや、俺も忙しいね。
 ラグド・メゼギスとの別れを済ませた彼岸と此岸を繋ぐ狭間の世界、お兄さんとラウラのデュエット空間と続いてここに来ましたか。

 まあ、それは兎も角思い出して欲しい。
 白式の世界は、カンカン照りの真夏の白い砂浜である。
 全力で転がった俺は、真夏の太陽にこんがり焼かれた砂浜に顔面から突っ込む事になる、と、いう事で。

 白って、太陽光を反射するから黒い砂浜より熱くないんだぜ。
 って吸収色に関して蘊蓄たれますが。
 何事にだって限度があるのです。

 グアムとかハワイとか、珊瑚礁ある白い砂浜だろうが、その日光出力のせいで充分熱いだろうが! って度合いの事である。
 つまり。

「灼熱な砂粒がどっさりと顔がじゅっと言って目があああああああああああああああああああああああああッ!!」
「何時まで一人ムスカ独演会してるのよ馬鹿」
「辛辣だなオイ! って……白式?」
 お前らしくない。
 普段なら、『五月蝿い黙れ馬鹿、そして零落白夜』ぐらいしそうなものなのだが。
 立ち上がって砂を払い落とし。
 目を擦ると凄まじい事請け合いになるのは分かりきっているので必死に瞬いて砂を洗い落とす。頑張れ俺の涙腺。
「おっ、なかなか良い案配になってきた……と、うん」

「やっ」
 俺から5歩ぐらいの距離。
 白い砂浜にジワジワ広がる赤い勢力があった。
 その中心、発生源はお腹が縦にカッ捌かれて倒れ伏して居る白式。

「いやああああああああああああああああああッ!? 殺人事件ンンンンンンンンッ!!」
「まあ、まだ死んでないし人じゃないから殺人事件ってのも変な話だけどねー」
「地味に冷静だな白式!?」
「腹膜裂けたら内臓飛び出てショックとかアレなんだけど、お腹の真皮と脂肪がバッサリいかれたぐらいだから痛いだけだし。あ、でもちょっと血が足りないかも?」
「なんでそうも人間臭い体構成してるんだ? ISだよなお前……??」
 戦く俺を眼前に、妙に余裕のある白式である。
 しかし、なんとも直視しにくいのだ。
 それというのも……。

「ねえ、茶釜。お願いがあるんだけど……はぁっ……」
 辛そうなのは分かるのだが、白式なんだか地味〜に色っぽいのである。
 血が出まくってるせいで青冷めてはいるが、それでも僅かに頬が紅潮していて、こっちまで赤面してくる。
 風邪ひきの女性が普段より魅力的に見えるのと同系なのだろうか。
 まぁ、実際こいつだとそれでも相当血生臭いことになってるのだが。

「嫌な予感しかしないんだけど。というか、茶釜言うな」
「ガタガタ抜かしたらコア・ネットワークにお前の名称を茶翅に正式改名して流すから」
「大変分かりました白式様何なりとお申し付けをををををっ!!」
 なんでお前にそんな権限あるんだ横暴だああああああああああッ!
 茶釜にされた前例があるだけに、迂闊にスルー出来ないのである。

「これで縫って」
 そんな白式から手渡されたのは、ゴッツイ縫い針と、凧糸。
「……これで?」
「そう」
「こんな原始的なもので?」
 人類の英知の結晶、ISを?

「原始的って以外と侮れないものなのよねー。あ、ちゃんと焼いて消毒してね」
 それにしたって度合いもあるだろう。
「いいのか? ごっつリ傷跡、残るぞ、おい」
「……勲章じゃない、そんなの。ほら、例えばうしおのデコにある十字傷とかって格好良いじゃない」
「それはむしろ男の勲章だろうが!?」






 ……てなわけで。
 ぬいぬい、と処置しつつ、男前な白式にふと聞いてみる。
「今だと、手術跡とか、接着剤でやってるらしいぞ?」
 人間だって。
「ああ、これ?」
 っと彼女が取り出したのは『アロン○ルファ』だった。
「待て。ガムテープで傷口塞ぐ吸血鬼と同レベルか貴様」
 よりによって『アロンア○ファ』って、おい。

「何言ってるのよ。これと医療用って人体に微妙に有毒な成分が含まれているかどうかってだけで殆ど同じよ」
「マジで!?」
「そうそう。ちょっと有毒だけど、指先がパッカリ開いちゃったときとかは下手な傷テープより止血効果抜群なんだから。有毒成分のせいでメッチャ痛いけど」
「本当に根性論で駆動してるなお前!?」
「ところで、なんでそんな知識あるのに『ア○ンアルファ』しかないんだよ」
「だっていつもは手足もげたぐらいじゃ自然治癒に任せてたし―――っで、痛だあっ!?」
 えへん、と処置中に胸なんぞ張るから変なところに針がブッ刺さった。
「……阿呆だろお前」
「ううう……」
「というか、直る(誤字では無い)んかい。どこの野生児だお前」
「いつもはエネルギーあるから、自己修復に専念すれば良いだけだもん」
「だもんって体育会系ISのお前には似合わんなぁ」
「……うっさいわね」
「しかし納得いったわ。今回本気でエネルギー使い果たしたもんなぁ」
「そうなのよ。餓えた状態で怪我してたからもうキツくてキツくて。その上で、さっきの零落白夜でしょ―――ふぅ、一夏の期待に沿うのも大変だわー」
「限界って状態から絞り出してたからなぁ」
「そう。ま、最後のは助かったわ。でなきゃ、勝てなかったし」
「……あれ? 怒ってないの?」
 俺の脚部一夏お兄さんに装着させたのに。

「一夏の役に立ちたい私の役に立ったから良し。私は、戦果は否定しないの。評価は平等。基準は高いけどね」
「ほう」
「でも―――今回だけだからね」
「あ、そう?」
「そ・う。こ・ん・か・い・だ・け・だ・か・ら・ね!!」
 顔面を真ん前まで近づけてガン付けてくる白式。

「お……おう」
 おー恐、なんちゅう迫力。恐るべしはお兄さんのISさえ虜にさせる恋愛原子核か。
「分かれば宜しい。それにねぇ……あの遠隔起動と、私と無理矢理一夏に競合させたのがまずかったのかなぁ……」
 ん?
 それまでとは裏腹に、なんか歯切れの悪い白式だった。
 なんか、嫌な予感するんだけど。

「なぁ、白式……目覚めたらすぐにバレるんだから……隠し立てしない方が良いぞぉ」
「え? あ? あはは……」
「笑ってもごまかしは出来んぞ? もしとんでもない状態だったら……」
「だったら?」
 何か挑発的なのでちょっとムッとした。こっちだって今までずっと暖めて来た考えがあるのだぞ……ふふふ……。
 懐に手を突っ込んだ俺は、対白式用秘密兵器を引っ張り出す。

「この、親父特製、溶剤でも落ちないくっきりぱっちりマーカーでお前の装甲に落書きする」
「ちょ―――待ちなさいなに言ってるのアンタああああああ!!」
 ふふふ、流石に、この秘密兵器に動揺しているな。
「くっくっく……流石の白式も、三次元空間での俺の行動に干渉出来まい。Dos 攻撃なんて来たらペン持った手がどう動くか分かったものではないしなぁー。まるで入院患者のギブスの如く、色々描きまくってやる……そうだな……」

 え? え? と慌てる白式に俺は告げる。
「まずは、おならぷぅと書いてやろう」
「何の脈絡も無く小学生レベル!?」
「次はイラストだ。無意味にくまたいようとか描いてやる。吹き出しも当然つけて「ぼく、くまたいよう」って言わせてやる―――ほかにも、野菜を食べよう! とか何かよく分からないのとか」
「やめて! ごめんなさい! 私が悪かったわ!」
 懇願する白式―――だが、もう遅い。



「しかも―――俺の画力でだ」



「いやあああああああああああああああああああああ!! お願い、喋るから! 何一つ偽り無く正直に何でも話すから! お願い! お願いだからそれだけはやめてええええええええ!」
「相合い傘描いて片方は一夏お兄さんにしてたら誰か書くかな。自分の名前」
「あああああああああああああああああああああああああああっ!!」

 なんだろう、初めて白式に優位に立てた気がする。
 すっごい気持ちよかった。

「で? どうなったん? 俺の下半身」
「話すから……話すからぁ……」
「はいはい、半べそかく程だったんかい」
「あだりまえでじょう、ごのいぎょうものぉ」
「異形者っておい」
 多分卑怯者って言ってると思うのだけれど。



 とりあえず声掛けれなさそうな雰囲気になったので慎重に白式の傷を縫い続ける。
 やはり痛いものは痛いのだろう。堪えている姿は痛々しくてこっちのメンタルまでダメージ食らい続けております。



 それと同時に。
「縫い終わりっと。ふぅ……貧血になるかと思った。痛々しくて」
「血が出てたのは、私でしょ」
 あ。まだ拗ねてる。
「大体ねー。花の慶次でもなんかあったでしょ、袈裟懸けにバッサリ斬られた傷縫ってるの。大丈夫だって!」
「あんなゴツくてムサくて早々死ななそうなハゲの戦国猛将を自分の引き合いに出すのッ!?」
「だって、私、アイツより強いし」
「確かにそうだけどさ!! ん? でもあのおっさん、傷口の汚れ、とんでもないもので洗い流してたような―――」
「やめなさいよ! 仮にもレディに向かってそんな変態行為したら零落白夜でぶっ飛ばすからね!」
「しねぇよ! ていうかお前はレディっていうかレディ(失笑)だろ、どっちかっていうとウマ子だって言った方が説得―――」
 さっきまさに零落白夜でぶっ飛ばされたので、脅威は脅威だが大して抑止力になってないと思う。
「零落白夜ヘッドバッド!!」
 思考した途端に件の物が飛んで来た。デコごと。
「ぶがぁ!! 鼻が! 鼻があああー!」
 こいつはアレか。二重の極みを極めた坊主か。マジでどこでも零落白夜なのか。
―――って、こんにゃろめ

「この消えないマーカーでそのクソッタレなデコに肉書いたらあああああああああああ!」
「はっはァッ! 上等だこんのくそガキ相手になったらああああああ!」
「治療したててで動けんのか、ああ!」
「そのための縫い合わせだっての! 接着剤じゃ傷口開くかも知んないしなああああああ!」
「そう言う算段だったんかよ!?」
 いつも通りの醜い争いを繰り広げる俺と白式。



 だが、俺は色々と無茶をやった後だし、白式もガス欠の貧血気味。
「ぜー、はー、くそ、体力残ってねぇ。ぜー、はー。もう立てねぇ……力でねえ」
「おぉぉ……お腹痛い……血が足りなくてぐるぐる目が回るー……」
 すぐさま上記のような感じに。息を切らして突っ伏することになった。
 ああ、争いはなんと無意味なのだろうか。
 しかしまぁ。止まらないし、止める気も無い。もはや人どころかISの業にまでなっている。



 閑話休題。



「でもさ、例えばここにお兄さんを招待したとする」
 息を整えた後、さっきの件に関して、一つだけ言ってみることにした。
「まあ、一夏と私のシンクロ率上がったら来れる様になるから大いにあるわね。むしろ絶対来させるけど」
「その滲み出た妄執だけで怖いわ。400%に達して生命のプールに還すとかするなよ絶対―――でもさ、そのお兄さんが万が一、もよおしたらどうなるんだ?」
「……へ?」
「『ここ』って詰まるところがお前の世界、だよな」
「う……うん」
「てことは、どこでやってもお前的にヤバくない?」

「……あ……あ!?」
 はっ―――目を見開いて硬直した白式はその事実をイメージしてしまったのだろう。
 秩序が崩壊したと言わんばかりに頭を抱えて。
「やめてええええええ! 想像させないでえええええッ! やらないよね! 一夏そんな事しないよね!?」
 絶叫する。そこで俺の追い討ちは止まらない。
「どーだか」
「い―――やああああああああ!!」
 まあ、ここでもよおしたら、現実じゃ夜尿症になってこの歳で……という恐ろしいことになりそうだなあ、と胸の内だけで一旦区切ると、最初の話題にそろそろ戻そうかな、と思うわけで。

「そう言えばさ、俺の下半身どうなったのさ? 結局」
 どこまでも話がそれて行きそうなのでここで最初の話題に戻すことにした。
 俺の体だけに、切実なまでに気になるし。

「……うう……ん? あれ? 何か知らないけど。塵になって飛んでったわよ」
「はいいいいいいいいいいいいいいいっ!?」
 今度絶叫するのは俺の番だった。
「元々、絶対防御の攻撃食らってたしねえ。上半身はコアがあるから、防性因子で防いだにして、攻性因子は物質硬度とか割と無視するのよ。それに、そんな状態で規格違いの害虫形態対応チップ使ったでしょ? それに、コア抜きで私の居る一夏とドッキングしたのも何か負荷をかける要因になった可能性はあるわね」
「……つまりは断定出来ない、と?」
「うん、初めてのケースだし」
「まぁ、なぁ……でもどうしよう俺!? これからずっとテケテケかよ!?」
「生えてこないの?」
「他の金属ならそこらから抽出するんでいざ知らず、ちょっと解析不能の資材が無いと精神感応金属は生えねえよ」
「他は生えるんだ……」
 そんなしみじみと感想言わなくてもいいのではないかね?



「んー……それなら……」
 白式は思案する様に顎に手をし、しばらくしたら上に指先を向けた。
「早く戻った方が良いかも。ちょっと、色々大変になってるわ。再生出来たらどうとでも出来るけど、半壊状態だと、対処出来ないかもしれない」

「なぁ白式……忠告すっごく嬉しいけど」
「ん? なぁに?」
「お前が真面目に言うと洒落にならない気がして背筋を芋虫が大行進しているんだが」
「ああ、それ当たってるわね。割と洒落にならないわ」
「素で返した……だと……お前が……!?」
「あんたが私のことどう見てるかはよーくわかったわ……まあ、兎に角私の都合で呼んだんだし、速攻で送り返してあげる」
「お……おう……」
「無事だったらまたなにかしましょう―――ってことで」
「ん? 何すんだ白式? 何かいつもの感じに戻ったんだけど」
「速攻でお帰りなさいませお客様ってねええええええええええええッ!!」

「へ? あ?」
 足下が盛り上がる。
「これって―――」
「そ、雪片弐型」
 俺がまるまる乗れる程柄がデカイんだけど。

「シーソーの要領で―――」
 びよん! と刃の腹に乗った白式の反動で、刃との境目を支点に雪片の柄が跳ね上がる。
「にぎょ……っ!?」
 バリスタ式射出機と化した雪片は俺を遥か上空へ射出した。
 煌めく太陽を背景に、俺のシルエットが宙を舞う。
「おおおおおおおおおおおおっ!! 覚えてろよ白式いいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!」

 空の彼方へ吹っ飛んだ俺は…………。

 そのまま意識を失い。



 …………ン?
「ん……今俺どうなってるんだ……?」
 目を覚ました。
 暗かった。
「ここ、どこだ……?」
 正面にあるモニター……作戦司令室にあるような随分と大きなものだが―――それだけが光源となっている真っ黒の部屋だ。
 しかし、IS学園を通風口を利用して駆けずり回った自負のある俺としては、全然この場に憶えがない。

「―――IS学園じゃなかったらヤバイかも?」

 しかし……。
「白式……遅えって……」

 俺は。
 強固な拘束衣を着せられ、拘束台のようなものに磷付にされていた。
 そう、磷付だ。
 拘束台は、なんと垂直に立っているのである。
 どうやらあの騒ぎのあと、意識不明だった俺は捕縛されたようだ。
 まぁ、無抵抗のゲボック製生物兵器なんてタナボタ。早々ありはしないからなぁ。
 見逃してくれる筈もないわな。
「ふっ……ん……!」
 ちょっとばかり力を込めてみる。
 ……うん。無理だな。ビクともしねぇ。



 ………………俺の膂力を考慮しているのか、とんでもない堅牢性の拘束。
 ……いや。

 俺の半身が欠けてるせいだろうね。
 なんつーか、俺の力自体が減衰しているせいもあるが、動けんなぁ。
 まぁ、それでも全身どっからでも熱線出せるので焼き切れるんだけどさ。
「ちょっと、様子見してみるかねー」
 ハイパーセンサーのタイプをアクティヴに変更。探査波を放つ。
 ふぅむ。
 その反響から得た情報によれば、ここが小さめの会議室程度の広さであることが分かった。
 ……ふむ。近場にある独立電源などから設備の繋がりを辿るに、緊急時のブリーフィングルーム。と言ったところか。
 非常用独立電源や建材の厚みや素材からあたりをつけてみる。
 俺だって兄弟から生物兵器としての嗜みで、この程度は理解できるような教育は受けている……のだが。

「生命反応、1、か」
 俺以外に、誰かがいる。
 さて尋問者か監視員か。

「バラバラ探索パー…………ん?」
 自由になる頭部をPICで浮遊させようとして……気付いた。
「分離……できん、だと……!?」
 うん……試合中のデータから対策されたか。

「……少し……見せすぎたか」
 仕方がないので無理やり首を巡らせて

「うぉ!?」
 こっちをガン見する一つの眼差しと正面衝突した。
 その眼差しはルビーに輝く瞳であり、対になる目は眼帯で覆い隠されている。
 すっごく無表情ながらも知己であるラウラ・ボーデヴィッヒその人であった。
 なんだかねー。不気味なホラー人形さながらに見られてるって状況でも、知り合いが居るととたんに安心感が増すよね。

「ラウラも拘束されてたんかい」
 ならば特定の国家や機関である可能性は低い。

 あの騒動の最中、ラウラ―――親父の手が掛かっていない……まぁ、身も蓋もない言い方をすれば、ドイツ純産の生物兵器、それも違法とされているVTシステムを使用した個体を欲さぬわけが無いからだ。。

 もし、先の騒動の間、どさくさに紛れて俺やラウラに用いられている生体工学の技術を掠め取ろうとした場合、どうしても俺とラウラを天秤にかける必要がある。

 俺から得られるものを考慮した場合、解析出来るかどうか分からない異界の技術とまでいえるぶっ飛びものである……だが、もし、僅かにでも。
 たとえ劣化版であろうと再現出来れば、他を遥かに引き離すことが出来るのだ。
 まあー。うちの親父の場合、頼むとさらに凄いのを素直に作るからそんなことして得た優位も一気に覆されたりするんだけどね。
 そんなところが親父の生存そのものが苦々しく思われている所以であったりするのだが。

 それならば、確実に他国の実情を掴むことが出来るラウラの方が諜報的な意味で有益な物件だったりする。
 まさか、この複数の国入り乱れるIS学園・学年末トーナメントで堂々と両方ゲットしようだなんてとてもじゃないが図に乗り過ぎだろう。
 まあ、先ず間違いなく失敗する。

 と、言うわけで。
 ここはIS学園のどっか……ということになるのだけれど。

 とりあえず、なんとかラウラから情報を得てみたいのだけれど。



「えー……と、ラウラさん?」
 話しかけてみた。
 でも動きはない。
 微動だにせず、こっちを直視している。

 はっきり言おう。
 さっきの前言撤回! 何かじわじわときたよめっさ怖っ!
 しかし、ビビってても首しか動かない現実に変わりはないので恐る恐る、もう一回声をかけてみることにする。

「あーあーあー、あー、スピーカーテス、スピーカーテス。よいしょ発声は良好、メーデーメーデー、こちら双禍こちら双禍、そちらの感明はどうか、おーばー?」

 果たして。
 彼女は何も言ってこない。
 しかし、今度は反応はあった。
 
 眼帯で隠されていない目が瞬いたのだ。
 おぉう、生理反応って訳じゃないよね。
 ふーむ……何らかの意味を見出してみるとー。

「簡単なモールス信号?」
 一定パターンを繰り返していた瞬きが止まった。
「ふむ。モールスで良いなら二回瞬いて欲しいんだけど」
 と、いうと、確かに二回であった。
「了解。モールスである事は分かった。なら後は簡単だな。各国の公式モールス信号と照らし合わせて……うむ……ドイツ語だとすると、えーと、これって暗号の鍵かい?」

 瞬きは二回。
 ほう。肯定か。
 鍵、と言うのは情報伝達文に対する掛ける暗号のキーワードだ。

 一般に暗号処理される情報文とは、一旦鍵共々何らからの変換処理がなされた後、その二つを演算的に掛け合わせ、然る後に一度行った変換処理を還元し、変化した文章を送るのである。

 そして、変換処理に関しては公開されている場合が多い。
 よって、秘匿されるのは一般的に鍵の方なのである。

 まあ、これは最も単純な暗号手順である。ISコアによる高度演算処理速度は総当たり形式でもその鍵を容易く突き止めてしまうから有ってないようなものである。実際はネット通販などでも、もういくつか、手順の段階がある。

 が、ここではそこまで秘匿に徹する通信では無いだろうから、一時暗号程度なのだろう。

「で―――この鍵でどの情報を……」
 紐解くのかね? と、聞く前に答えが判明する。
 それは、ラウラのルビーを思わせる瞳が示していた。

 ラウラの左目は既にご存知であろうが、ナノマシンが常時機能励起状態に陥っている『越界の瞳』である―――あれ? 親父が治したんだっけ? いや、まあ、そんなここで拘るような事じゃないからどうでも良いけど―――逆を言えばラウラはナノマシンの暴走を左目だけに抑えることが出来た『Auシリーズ』であると言える。

 つまり。
 本来の目的で生物兵器的に高効率機能するのは右目の方だ、と言える。
 まぁ、何が言いたいのかというと、目から情報を発信出来るのだ。

 ほら、昔携帯電話で赤外線通信とかあったと思うけど。
 まあ流石に体温以外で生体から熱源の一種である赤外線なんぞ出さないけど。

 まあ、そんなこんなでラウラの目から出る情報ビームをさっきモールスでゲットした鍵を使って解除して読んで行く。
 リアルタイプで出来るからISの演算機能はマジで凄いものである。

 データ受信中です。

「えー、なになに? ここは俺の察している通り、IS学園である。
 どうも、ゲボック縁の俺と、国際法で禁止されているVTシステムが搭載されていたISを所持していたラウラがここに軟禁状態ってわけか。
 ここは医療設備でもあるわけで、システムの副作用でどうなるか分からないラウラと、見たまんま半死人の俺がまとめてここにぶっ込まれたわけね。まー、その割に俺の拘束がガチなんだけど」

 データ受信中です。

「え? ラウラも絶対安静という名目でごっつキツい全身麻酔掛けられてるって……。ふぅー、ってまて。何故それで意識があるんだよ―――は? ナノマシンで分解した? 便利だなー。ナノマシンって」

 データ受信中です。

 お前が言うなとか言われました。
 そりゃ尤もである。
 しかしまあ、ラウラでさえそれだけがんじがらめにされてしまっているなら……っていうか、俺のどこが医療やねん。
 とりあえず脱出するか。

「PIC発動―――」
 重力を捻れる様に発生、拘束衣がそれ自身の重みを持って自ら捻じ切れ、今の俺の膂力じゃ引き千切れなかった拘束からあっさり脱出する。

「でぶべ!?」
 で、案の定、落ちた。
 重力操作出来るなら浮け、と言う事なかれ。
 何と言うか複雑な制御が困難なのである。
 単純に破壊目的に使用するなら兎も角、下手すると半重力発動の瞬間自身が爆砕する可能性だってあるのである。

 で―――

 ラウラの寝かされている寝台を上半身だけでよじ登り、ラウラと目を合わせる事で会話を継続する。
 案の定、何をしているのか、と呆れを送信された俺は、更なる驚愕に目を見開く事となる。



「簪さんも拘束されている!?」
 考えるべきであった。
 俺と同居しているという事は、何らかの情報を秘匿していると 疑われて然るべきだったのだ。
「え? それが原因じゃなくて……?」

 なんでも。
 立ち位置的にアリーナ貫通して半壊した俺を回収出来るのが人一倍早かった簪さんは。

「上着に俺を突っ込んだぁ??」
 何を考えたか、半分でしかなかった俺を人目から隠すために制服の上着の中に押し込んでそのままとんずらしようとしたらしいのだ。

「……あははー……いくらなんでも無理あるなそれー」
 俺でさえ分かる。
 よほどテンパってたらしい簪さんは、その後アリーナに突撃して来た、半ばベルセルクと化した千冬お姉さんに捕まったらしい。
 なお、その時の千冬お姉さんは四人程オプションを引きずり回しながららも人類の出しうるほぼ限界速度でやって来たというから流石過ぎた。
 相変わらず、親父が関わるとリミッター外れる人である。

「むむ……俺は兎も角、少なくとも簪さんの誤解は解かにゃあな!」
 ガサガサと腕だけで部屋の出口に向かう俺。
 簪算はこう言っては何だが、会長の妹だし、良いところの娘さんなので、最終的には何とかなるだろう。
 だが、それまでにどんな不当な扱いされるか分かったものでない。
 ちょっとそんな現場だったら一暴れしてやろうと、部屋をとりあえずぶち破ろうとして。



「ほう―――元気そうだな、ギャクサッツ」
 一足先に開いた扉が千冬お姉さんを吐き出した。
「……イエイエ、カラゲンキデス」
 自然、見上げる形となる俺。
 逆行で顔が見えない地冬お姉さんの表情を想像するだけでめっさ怖い。
「ところでお前、何をしようとしていた?」

「あは、はは、ahahahahahahaha―――ッ」
「お前には、色々聞きたい事とかあるしな。ギャクサッツの事とか、お前の今の姿の事とか」
 え? 俺の姿―――?
 鏡が見たい。切実に見たい。イマオレノスガタハイッタイドウナッテルノデショウカ?
 千冬お姉さんは、地を挙動不審に這い回るラグド・メゼギスが如き俺を呆れと共に見下ろすと、一旦溜めを置いた。

 それは、絞首刑台で紐を巻かれ、誰だか分からない執行人がボッシュートを開くためのスイッチをいつ押すのか押すまいか分からない生殺し、まな板の鯉の心持ちに似ていた。

「あの、寸劇の事についてとか、な?」
 ひいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい――――――ッッッ!!



 ああ………………。
 俺詰んだ。
 頬が嫌な形につり上がるのを抑えられない俺は、乾いた笑いを漏らすだけとなっていた。

「あと、だ」
 威圧感がバツンッ、とあっさり立ち消えた。
 急に重圧感が無くなって解放された俺が驚いている間にキビキビと行動していた千冬お姉さんは、モニターの画面を切り替える。
 
「現在、正体不明の飛行物体がIS学園に超高速で接近中でな。全ての防衛設備を瞬く間に破壊しつくして一直線に向かってきている……。現在、当学園最高戦力である生徒会長が迎撃に向かっているところだ。
 しかし、正直これには見覚えがあってな。率直な意見を聞きたい。これを知っているか?」

 ほえ?
 まさか、意見を聞きたいと来るとは思いませんでしたよ?
 ほら、ねえ。いかにも雰囲気のずーんと重いこんなところ。なんかさー、拷問とか尋問とか、薬物投与とかあるとか思うじゃない。あ、ラウラは薬物投与されてるけど。

 んー? とばかりに身を捻って、俺がモニターを見て。
 今度こそ俺は人生とか色々諦めた。

 モニターを一瞬で横切る未確認・発光・飛行・物体……ULFO? なんか語呂悪いな。まあ、それは兎も角。
 俺の動体視力ははっきりとそれを認めていた。
 衣服店でディスプレイとして展示してある女性のマネキン人形。そのシルエット。

 それが片手と同化した身長程の輝く長槍を構えて、飛んできていた。



 あ……。
 どうやら俺の任務失敗を受けて、飛んできたみたいだ。

 ゲボック研究所(お茶の間)の最高戦力、灰シリーズ生物兵器現最終ロット三十番……俺の教育係で姉さんだ。



 ふぅ…………。
 
 つッ―――
 
 詰んだあああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!



 ここ……。
 そう言えば、どこだか、ようやく中りがついたよ。
 非常時の対外指揮所として機能する隔離空間。
 前、どうやっても行けなかったIS学園地下施設じゃねえかああああああああああああああああああああっ!!



 妹よ、世界のどこかに要るであろう妹よ。
 俺の手がかりが完璧に途切れたときは、後を頼む。



 うっきゃああああああああ! 姉さんに殺される! 瞬殺するような一撃で折檻という名のジリジリ削り殺される嬲り殺されるぞうわあああああああ!! それにここからどうやって逃げろっちゅうねんうわやめて終わったもう嫌助けてくれえええええええええええええええええええええええええええ!!













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 どうも皆様こんにちわ。隔月ゲボックでございます。
 今回で終わるとも居ましたか! 残念! 事件は終わりましたが2巻はまだエピローグがあるんじゃよ!

 てなわけで。
 次回、エピローグ。
 
 今回、妙に双禍が偽千冬に食い縋ったのは、実は一夏は千冬居ていいなあという羨望が混じっていたからでもあります。
 偽者ぐらいこっち向けや。的な。

 さて次回。一体この後、如何にすれば双禍は生き延びられるのか。
 ラウラはいつまで全身麻酔で寝てるのか。
 簪の天パリぶりはどこまで突き抜けるのか。

 っていうか、感想でも言われているけど、いい加減ゲボック出てくるのかw




 遅れたお詫びと言うか何かでオマケを追加、次回予告でありやす。






―――ある日気がつけば、居住部屋が変わっていた

「……ん? ここどこよ」
「お、双禍。目が覚めたか。おはよう」
「おぉう、おはよう……ん? お兄さん?」
「……お前にそう言われるとなんか妙にくすぐったいなぁ……ところで、大丈夫か?」
「いきなりだけど何が!?」
 同居人が変わっていて、何が何だか分からない。



「はは……もう、思い残すことなんて―――あるけど、あるけどさあ! もう、燃え尽きたさぁ……真っ白にね……」
「シャル……ル君!?」
「可哀想に、フランスに戻っていた一週間、映画撮ってたらしいのよ。不眠不休で。そっとしといてあげなさい?」
「あ、鈴さん。って一週間!?」
 え? いつそんなに経ったの……!?
「え? 双禍……もしかしてアンタ記憶が……いや、まぁ元気ならいいわ」
「ちょっと、鈴さんや! それものすっごく気になるんですけど!?」

「フフフ……しかもクロックアップ装置とハイスピードカメラを用いた圧縮撮影で、実質半年も体感時間があったよふふふ……」
「こっちもこっちでなんかヤバイ!?」

 一週間に及ぶ、支離滅裂で曖昧な記録で記憶。



「すまないが……お前自身非常識だが、あの人らに対する感性は比較的一般的なお前に相談がある」
「箒さん。前置きが失礼でないかい」
「私は今回、何も出来なかった…………」
「無視か!」
「正直、普段は幼稚な矜持などを振りかざしているのに、こんな時ばかりあの人らに頼るのは虫のいい話だと思う。だが、私はそうでもしなければ何も出来ない! 一夏の力にもなってやれないんだ! ならばどうすれば良い! いっそのこと開き直ればいいのか!」

 ………………。

「はいどーぞ」
「携帯……電話か? それ」
 ボールペンのような通話機である。ポケットに差し込めるし高性能な代物です。
 普段は俺内蔵の通話機使うからいらないし、無くしやすいから普段は量子格納してるけど。

「それに向かって『お姉ちゃん大好き!』(偽りの仮面、箒さんモード使用)って言えば全部解決すると思うけど」
「私に死ねと言うのかアアアあああああああああああああああああああああああああああ!!」
「さっきまでの葛藤はどこ行ったあああッ!?」

 プルルルル、ガチャピー。

「あ、操作してないのに通話が」
「嫌な予感しかしないぞ」
「奇遇だね箒さん、俺も―――」

『嗚呼あああああああああああああああああああああああああ!! 本当!? 当然お姉ちゃんも箒ちゃんのこ――――――』

 グシャンッ!!

 何か言い切る前に箒さんは通話機を地面に叩きつけていた。

「あー……」
「あ」

 物理粉砕された通話機を見下ろす俺と箒さん。
 何とも言えない沈黙の最中、壊れた通話機の隙間からボールのような何かがコロコロ。

 何かと観察を続けると、それらはプルプルと震え、親指サイズの、その、小さな束博士になった。
『ふぅー。ビックリしたなぁ』
『箒ちゃんは乱暴乱暴』
『でもそこも可愛いなあ。可愛いなあ』
『ふふふ、素敵なぷち束さん、妖精さん仕様はあっという間に』
 あ。いつの間にか通話機が直って……いや、バージョンアップしてやがる!?

『ヘイ! それでは箒ちゃんワンスモワ!』
 箒さんに電話機を手渡すと、小さい束博士は通話機の隙間に潜り込んでいった。

「…………」
「…………」

 黙りこみ、二人して通話機を凝視する事しかできない。
 こうしていても一向に事態が進まないので箒さんに提案する事にした。

「もう、掛ける以外選択肢は無いと思う」
「私の葛藤はなんだったんだ…………」
「あまり葛藤してないと思うのだけど」

 序々に蘇る記憶。



「開放空間仕様『熱き情熱(クリア・パッション)』連続起動!!」
『文字表記:光爆(テラ・ルクス) 連鎖機雷仕様』

 モニターに映り出されたのは画面を埋め尽くす爆鎖の連続であった。
 高熱の連鎖空間を貫いて二体が飛び出した。
 片や学園最強、圧縮された水の遮蔽幕で熱と爆圧を遮断した簪さんの姉、生徒会長と。
 それに襲い来るはお茶の間最強、純粋に強靭な硬度でものともせず槍を携える俺の姉。

 普段こそあまり虫が好かないけどここでなら俺は叫ぼう、頑張れ会長! でないと俺が死ぬ!

「流石は更職だ、と言いたいところだが、その機体は実際、『灰の三十番』の腕を構成するナノマシンを培養して流用強化したタイプだ。どちらもナノマシンを散布して領域を形成する戦法を取る以上、例え技量が同等だろうが、不利は否めん」
「織斑先生!? そこを何とか!?」
「……お前はどっちの味方なんだ? だが、通常ならば純粋に上位互換。空間に漂う地上回路を構築するナノマシンさえ掌握して自己の戦力へ補充できる『灰の三十番』に対し、侵食をかけてそれを自己の勢力側に奪う手段を用いてなお、圧倒的物量差には更職は敵わない―――通常なら、な」
「へ……?」
「ISの第三世代兵器は一般的に操縦者のイメージ・インターフェースを利用した、単一仕様能力に依らない特殊兵装の実装を主題としている。
 概ねこれらは空間に何らかの干渉を及ぼしているのが殆どだが、人間はどうしても三次元上の存在で、空間という次元に対してイメージをするのは容易ではない。
 そこで、空間を既存の物質に当てはめ、何らかの方向性を与えると言う形でイメージを容易にしている訳だ。
 オルコットものは空間上での操作。
 凰のものは空間の変形。
 ボーデヴィッヒのものは空間への特殊力場の放出。
 だいたい、放出操作侵食吸収変形のいずれかとなる。
 そして更職の第三世代兵器の機能は何だと思う?」

「え……と、操作? ですか? 水の」
「確かにそれもあっている。だがな、厳密に言えばあの機体が操っているのは水ではない」
「へ?」
「あれが操っているものは、H2O という、水分子そのものを取り込んだアクアナノマシンだ
 考えてみろ。ロシア代表が、氷点下の環境下であることの方が多い本国で使えないような機体を使うと思うか?」
「あー……」
 確かに。ということは、アクアナノマシンとは紙おむつにも使われる高分子凝集材のような特性を有していると言う事だろうか。しかも、水としての特性を持ったままという反則気味の力を持った物を。

 って事は待てよ。

 IS学園は外周をぐるりと海に囲まれた孤島に存在する学園だ。
 つまり。

「普段はその必要性が殆ど無い程、アイツは充分に敵対者を撃退するだけの実力を持っている。だが、その実力を上回る相手が来ようとも、IS学園を外部から守ると言う防衛行動一つ取り上げてみた場合、最大の力を発揮する事が出来る、そこまで考えて機体を組んだのなら、更職は学園を守る長に相応しい、と言わざるを得んよ」

 だが、モニター上では無常にも、圧倒的ナノマシンの物量差に圧倒され、水の防護幕ごと吹き飛ばされ、会長は海に叩き落された。
 しかし、千冬お姉さんはそれを見ても余裕の表情を崩さない。淡々と言葉を継ぐ。

「さらに正しく言うならば、『霧纏の淑女(ミステリアス・レイディ)』の特性は『吸収型』だ。水分子を得られれば得られるほどに強くなる。ロシアの雪原でもそうだが、学園の海上防衛線で遭遇する事ほど、愚かな事もあるまいよ。備えている武器がISであるということ。それだけで既存の武器と一緒にしてもらっては困ると言うわけだ」

 千冬お姉さんが喋り終えたのを聞いたかのように。
 会長が沈んだ一点が渦を巻く。
 大量の海水が一点に凝縮―――いや、飲み込まれ、一つの個体の戦力を瞬く間に膨れ上がらせていく。



 そして、海面を飲み込み突き破り、全力を震える姿となった『霧纏の淑女』がその姿を現した。






 思い出すな。
 ここから先を思い出すな。
 何かの予感が、俺の自己維持本能が警鐘をへヴィ・ロック張りに打ち鳴らしている。

「お前や織斑一夏には今回、大変迷惑を掛けた」
「いや、まあ今回はお互い様ってことで」
「だが、それでは私の気が治まらん。まずはお前に報告しようと思う。私は織斑一夏を――――――――――――」



 ああ、記憶が曖昧だ。
 そう、曖昧にしておけばいいのだ。
 だが、無常にも頭に掛かった霞は瞬く間に晴れ渡っていく。



「月並みだが、お前には礼にこれを受け取ってもらいたいと思う。何にしようにも、経験が無くてさっぱり分からなくてな。副官に相談したりもしたから大丈夫だと思うのだが」
 ここまでは良かったのだ。
 いや、ここもおかしかったけれど、それでも―――



 この、一つ後の事件が俺を地獄へ呼び戻す事となる。



 次回。混ぜるな危険、束さんに劇物を投入してみた。原作2巻編エピローグ



「あ、小生モちょーっとだけ出るんデすョ」
 最近更新遅くてごめんなさいm(_ _)m
 ちょっとお詫びに予告多目に送りました。
 それではまた今度お会いしましょう。




[27648] New! 原作2巻編 エピローグ 嫁には指輪を俺には何を? 〜不全回想〜
Name: 九十欠◆82f89e93 ID:a6979411
Date: 2014/05/25 12:45
 皆様、明けまして御目出度うござ言います(自滅)
 7ヶ月です。一年の半分以上更新出来ませんでした。


 えー、皆様申し訳ありませんでした絶賛長ぉスランプってました。これ以上の弁明はいたしません。私が悪かったのです。
 色々理由はありますが、それはここで言っても文章期待している人にとってはなんの良い身も無いものですので。

 一番申し訳ないのがゴリアス様です。
 クロスSSを書くと申してはや数ヶ月。
 初めは100キリの時みたいにくっつけて並列して書いてたんですが。

 やべえ、これ合計したら一発で二話分の総量になる。
 と言う訳で独立。
 すいません、次回更新時、1話としてお上げします。
 つまり出来てませんすいませんでした!

 そして分離しても案の定伸びに伸びる。
 これはもう悪癖だ。
 プロットの時点でここまでって切るのがいかんのか。
 ともかくようやく出来ました。

 愛想を尽かしていなかったならばご一読して頂ければ私が舞い上がります。
 長文で目にダメージ与える当作ですが時間のあるときに見て頂ければ幸いです。

(なあ、過去編のときもそうだけどお前なんでエピローグがとんでもない事になんだよ)
(いやあ、伏線の回収と再配布でテンション乗っちゃって)
(計画の時点でアウトだテメエ……)






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 ヤバすぎて赤面が物凄い事になっている千冬は、そのあまりの気恥ずかしさに走り出さんばかりの情動に駆られていた。
 恋バナ、というものは、他人のものだから酒の肴になるのである。
 自分のメンタル面、その中でも鍛えようのない、最も柔らか〜い部分を、公衆の面前、それも各国の有力者やら大企業やらが期待の新人いないもんかと目を見張らせている真ん前で晒されるというのは、初代ブリュンヒルデこと、織斑千冬のこれまでの人生、艱難辛苦に四苦八苦、驚天動地の森羅鳴動を乗り越えてきたものの中でも終ぞあり得なかった初体験である。

 驚くべき事だがここは簡潔に言おう。
 この時千冬の脳内を掛け巡った脳内パルスの密度と言ったら、幼馴染み二人の超越した頭脳にすら匹敵していたのだ、と。

 んーとだね。
 回りくどく無くぶっちゃけて率直に言うとだ。



 うぅぅぅわぁあああああああああああああああああああああああああああああッ!!!



 てな感じで、内心絶叫しながら支離滅裂になっていたのである。
 正直、自分自身で何をしているか自覚しているのかも怪しい程である。
 至極当然、叫びながらどうしたものかと思考速度に任せて無茶苦茶に考えるのだが、いかんせん焦っていて理論的に言語を組み立てられないと来た。
 つまり、高速思考に馴れない者が激情に任せるまま、対処のための材料がそれほど無い状態で色々と思考すると、ループの輪に閉じ込められてしまうのである。
 
 これぞまさに、軸が焼き切れるんじゃないかと言わんばかりに加速した空回りであった。

 しかしながら。
 空回りといえど脳内活動はあの非常識な規格外共に逼迫したのだ。
 火事場のリミッターオフは肉体のみならず思考活動でも起きる事が世界各地で報告されている。
 曰く、交通事故に遭い、吹き飛んでいる最中にこう思ったという。
『あ、腕から落ちたら折れるから受け身取らねーと』
 とまぁ、吹き飛ばされる刹那の間に随分と余裕綽々に考えられたものである。

 それというのも、脳が思考速度のリミッターを外し、生き残る方法を死に物狂いで模索するためであるという。

 当然、不要な機能は使ってられないので世界からは色が消えるという。
 セピア色になり、過去の記憶から危機の打破の為に片っ端から高速で検索をかけたりもする。
 これが俗にいう走馬灯だったりする。

 まぁ。雑談はこの辺にしておいて。
 そう。
 このような機能、肉体派の千冬が窮地においてどこぞの二刀流のように神速知覚を戦闘で使うでもなく、頭脳の極地の幼馴染みに匹敵するほど脳をフルドライブさせようものなら当然。

「ち、ちち、千冬さんの頭から湯気が出てるううううう!?」
「人体的に体温とか大丈夫なんですのおおおお!?」

 排熱が間に合わなくなり、熱暴走なんてものを起こしたりする。
 さあ、科学的に人間の脳みそをぶっちゃけると、タンパク質性量子コンピューターと言えるわけだが、人のタンパク質、と言うのは42.5度を過ぎた辺りで変性をはじめ、45度を越えたなら凝固し、生命維持に支障を及ぼしてしまうのだ。まあ、タンパク質にも色々あるが概ね分かりやすく言うと、人体ならそんなものだよ、と思って欲しい。タンパク質というのは多種多様にわたり、一々細かく説明していたらこの文面が論文に変わってしまうからである。

 話変わって、当の千冬自身は自らの身に巻き起こるオーバーヒートなど露知らずである。
 発生した熱量はそれでなくとも空回りしている思考をより鈍化させたのだが、思考力が低下しても思考速度は低下しなかった。
 これはアクセルとブレーキを同時にベタ踏みしているようなものである。無茶過ぎるにも程があるわけで。
 これはもう、いつ負荷で壊れるともしれない状態なのだが———

 当の千冬と言えば、それはそれは羞恥心でもう———死に物狂いだった。

 なんというか、感情が一線振り切ってしまえば無理も道理も引っ込むもので、その千冬たるや、元々が千冬のスペックなのだ。暴走列車がさらにロケットバーナー搭載しやがったようなものである。

 と言うか、実際に全ての妨害を一蹴して走り出していた。
 それでも代表候補生やら、元代表候補生やら、置いて行かれたくない一心でしがみついた四人をまるで重みを感じさせぬ足取りで引きずりまわし、アリーナに到着する。



「千冬姉?」
 避難は完了し、アリーナに残っていて千冬を出迎えたのは、一夏達戦った者達だけであった。
 ここでようやく、ブラコンの千冬は一端落ち着いた。
 弟の前では最低限の威厳を保つべくあらゆる感情暴走に強制停止が加わるのだ。
 あくまで一時停止であり、一夏がいなくなった途端いつ再噴出するか分かったものではないが、この場では強制的に取りなせたのである。あくまでも千冬はそう思っていた。ブラコンの精神力恐るべしであった。

———とは言うものの、身震い一つでしがみついていた四人程を軽々と吹っ飛ばしている。
 さながら矢を弾き飛ばす乙事主かと言わんばかりの威容をたたえていたのだが、知ったことではない。無いったらないのだ。

 取り敢えず廃熱(ラジエート)である。
 もし千冬が何らかの機械であるならブシューッを音を立てて高温の蒸気を排出していただろう。
 実際、千冬のブレーキ役を務めていた麻耶は、そんな千冬を幻視した。
 この千冬、幼馴染み達を相手に回すと一般人側で抑えて回る役割りなのだが、単身放り出されれば、たちまち翻って逸般人に早変わりする。
 学生時代、千冬を天才達の抑え役に充てようと案を出した者はきっと後の学生生活全般において英断であったと称されているに違いないだろう。

 と、ここで。
「一夏、何をしている?」
「何をしているって? 何が?」

 声を荒げたのは箒だったが、他にも険しい顔で一夏を睨んでいるのがチラホラと存在していた。
 箒達の非難もさもありなん。
 一夏はヴァルキリートレースシステム(以下略)からの救助に成功したラウラを大切そうに抱き上げていたのである。
 この間箒自身もやってもらっていたお姫様だっこである。
 あの時と違うのは、ラウラは完全に意識を落としているので自重を支えられない事だ。
 首の据わっていない赤子と同じように、頭部を支える必要がある。
 一夏は、腕をラウラの上体の方に寄せ、腕を枕代わりにしたのだが。
 つまり、体格差もあるのだが、通常のお姫様だっこより、体の密着度が高いのだ。

 先程までののしり合っていた二人が、そんな風にコラボすると、内心あまり宜しくない予感が第六感の奥底から沸き立つのを乙女達は感じていたのだ。
 まあ、概ね当たっているけど。
 一夏の大きな特徴の一つに『こいつかなりワンパターンだよね』があるのである。
 箒達に気付かれないように立ち位置を一番後ろにしているものの、シャルロットまでじとぉーっと一夏の事を見ている。
 敵意のぶつかり合いを間近で見ていた彼女は、その思いが一際だった。
 よくもまあ、それだけ敵意を向けていた相手を大切そうに扱えるものだ、と。

 一瞥だけでそれを察した千冬は溜息一つ。
 なお、デュノア云々はちゃんと学園運営陣にネタバレしていたりするから大丈夫だ、と。再度説明しておく。
 久々だと色々な方面が色々忘れるのだ。
 こらそこ学屋ネタとかいうな。切実なんだぞ。

「良く無事だった、デュノア、そして一夏。ボーデヴィッヒも命に別状は無いようだから問題は無いとして———一番重症だった…………ぎゃ、ギャクサッツはどうした?」

 そしてねぎら……あ。冷静に淡々と言い切れなかった。

 努めて冷静を繕おうとしたブラコン魂だったが、ブラコン歴より長い、ギャクサッツ苦難歴がポーカーフェイスに痛恨の一撃を与えていたようである。
 いつもの『公人としての鉄面皮に加えて頬を引き攣らせる千冬』というものは一夏としても新鮮なものであり、ああ、俺の見た事が無い千冬姉だなあ、と試合前のラウラみたいなブラック面に落ちかけるが、まあ、振られたしなあの人。と魔法の言葉で復活した。もうお前ら姉弟で結婚しろよ、な織斑姉弟である。

「双禍なら、簪が救助に行ったし、大丈夫だと思う」
「ふむ……そうだな。同室だし、いざというときの対処などすぐ分かるだろう。ギャクサッツの奴らは、保全だの機密だの、と言うものの重要性に対する感性が皆無だからな。更識は事情を知っているだろう。まあ、よその機密を機密とも思わぬ気質が世界の危機を頻発させるんだが……」

 さらっと、空恐ろしい事を口走る千冬である。
 あまりに度々巻き起こった騒動のせいで危機レベルに対するものが麻痺しきっているのだ。
「さて」
 ぱんっ、と手を払い。
「今の私は教員では無く私人、織斑千冬だ。人のプライベートを晒してくれた落とし前、つけさえせてもらおうか」
「千冬姉!?」
 ずんずん、と幻聴が聞こえるかのように。世紀末覇王を彷彿とさせるプレッシャーとともに進撃する千冬。
 一夏は懲りずに千冬の呼称を家族としてのものにして慌てて頭をガードするが、一瞬後に首を傾げ……ようやく、私人と言った意味を理解した。

「ちょっ、待ッ、千冬姉! 今双禍は大怪我負ってるんだって!」
「安心しろ一夏」
 咄嗟に一夏は千冬をその場に引きとどめようとするが、先ずスペックが違う上に一夏はラウラを抱えている。
 片手でもバランスを崩さないようにしっかり抱きしめているものだから周りの淑女達が千冬張りに殺気立っているのだが、目の前により高圧的な殺気があるので気付かない。
 それともそれがデフォで一夏のスペックなのかよう分からない。

 振り向いた千冬は、穏やかな顔だった。
 プレッシャーがそのままなのが凄まじい。
 笑顔、とまでいかないが、最早威嚇云々では無く威嚇すら必要ないという事か。

「あいつ等の耐久度は身を以て知っている。やり過ぎは、せんよ」

 全然安心出来ません。

 振り向かれた一夏だけでは無く、その顔を向いた方に居た一同までが戦慄する。
 特に幼馴染みのファーストとセカンドは、これだけの殺意がゲボックに向けられたのを実際に見た事があるのだ。二人は時期が違うものの、ゲボックこれ年がら年中である。
 いや、本当よく生きてるな……いや、死んでも戻ってくるしな。
 千冬の下着を被って走り回っていたゲボックだとか、目覚め一番、『幼馴染みが起こシに来ましたョ』とか言って千冬の気配探知をすり抜けたあんちくしょうが添い寝してるのに遭遇したときとかである。

「もうしわけありませんちちうえわたしはこれまでですいままでそだてていただきありがとうございました、ははうえ、いちにんまえになるまえにこのからだをおかえしするおやふこうをおゆるしくださいぃいぃぃ……」
「嫌ああああああああ! ごめんなさいごめんなさい、ちゃんとお料理しますふざけたりしません変なものも入れません真面目にお料理しますからごめんなさいやめて父さんお、お、お願いしますだってその秘孔はだってあのああああああああッ!!」
「二人ともどうしたの!?」
 心身虚脱に陥った箒と、何やらトラウマがフラッシュバックした鈴にしどろもどろするシャルロット。人間、気配だけで壊れる事もあるのである。

「先輩いいいいいい!」
 ここでやっと、元代表候補生が、一夏との協力プレイに駆けつけた。
 しかし、今ここまで、四人も引きずってさらに最高速度に大して劣らず駆け抜けた千冬がこの程度で止まるわけが無い。
 進撃は止まず、ぶち抜かれたアリーナの大穴をくぐりぬけて———

「…………ん?」
 なんと、止まったのである。



「……あ」
 そこに居たのは、更識簪当人である。
 が、その見た目が少々いびつであった。
 体の前面がぼっこりと膨らんでおり。IS学園製(開発素材提供某G)最新式特殊合成繊維の伸縮性の限界に挑んでいるようである。

 うん。言うまでもない事態である。
 一夏と真耶が咄嗟に、胸の内で信仰もしていない神に十字を切ったりしている。

「ははは……更識。何だそれは。怒らないから言ってみろ?」
「な、なな、なんでも……ないです……」
 元々、人と正面から向き合うのが得意では無い簪が、千冬相手に良く健闘したと言える受け答えだが、それではなんの解決にもならないのは明らかである。
「け……けぷっ」
 簪が続けて繰り出したのは可愛らしい空気の漏れる音であったか。
 ああ……そうか。更識よ。あくまで貴女はそう言うのか……食べ過ぎだ、と。

「簪、それはいくらなんでもない……ぞ? 千冬姉なんて、どれだけ食べても、腹筋で圧縮するから全く体形変わ———へぶぉおッ!?」
 全然フォローになってないが何か言いかけた愚弟に姉の一撃が炸裂した。
 仰け反る……が、倒れないフェミニスト(勝負は別)一夏である。
 普段なら倒れるのだが、腕の中に居るラウラを投げ出すわけにはいかないという必死の思いである。
 脊椎を仰け反らせ、頭頂部で接地し、バランスを保つ一夏である。それはそれで凄いが、この見事なブリッジ、腕の使えない今、どうやって復帰する気なのだろう。
 そんな格好でありながら、一夏の脳内には今の簪にぴったりのBGMが流れていた。
 世界的に有名な、『青き衣を纏って金色の野に降り立つ少女』が幼い時にでっかい蟲の幼生を庇っていたときのレクイエムと言えば分かってもらえるだろうか。

「え……と……」
 まったく事態が好転しない事に、流石にテンパっている簪も気付いたのだろう。
 次なる案を出すべく、多数同時思考を得意とする簪は思考を巡らせる。

 その時の様子を一言で言うなら。
 カラカラカラカラカラ……。
 思考の数だけ回し車がそれぞれハムスターを擁していて物凄い勢いで回っていた。
 発電目的なら物凄いのだが、実質身が無い猛回転であるわけで。
 千冬の熱暴走時と同じ空回りである。
 違うのは思考が並列多数であり、回し車が沢山あることぐらいか。

 まあ。
 それでまともな発想が出てくるわけが無く。
 残念そうな顔をして。
「篠ノ之さん式豊胸術に失敗……しました……」

 双禍のために決死の決断を下すことになる。
 女としての尊厳までドブにぶん投げました。

 何言ってるんだろう私……である。
 言った直後に顔面が真っ赤になる彼女は本当に、千冬の焼き回しだったのだが———
 え? 更識が? 姉では無く、妹の方が冗談を?
 と言った感じで意外や意外、千冬の思考をフリーズさせるには充分だったようである。

 思わぬ効果に一夏と真耶は? えええええええええ!? と内心絶叫した。
 まさかの展開である。もしやと———
「待て簪! それはどういう意味だああああああ!」
「そんな一日二日で効果なんて出るわけ無いでしょう! 成功にしろ失敗にしろ! っけんじゃないわよ! そもそもアンタあたしよりはあるでしょおおおおうがああああああ!」
「でも……本音なんて、私より三つも上のサイズ……」
「三つが何だってのよ! これ見なさいこれ! どんだけあるのよ全く、同い年なのよあたしら!」
「こ……こらやめろ!」
 てな騒動で台無しに。
 一夏の幼馴染ファースト&セカンドが復活したのである。

 後ろから箒の胸部を鷲掴みにしてなんだか心の血液を吐き出そうとしている鈴とそれに悲鳴を上げて抗う箒。
 思わずこっちも言い掛かってしまった簪は気付いてしまった。
 鬼神が体勢を立て直すには充分な時間であった事に。

「で、次はどういう冗談を言うつもりだ?」
 ああ、もう一度は無い。これはもう、二度と同じ技は効かない黄金聖闘士のようなものだ。
 まぁあれだと後出しじゃんけん的にいくらでも手があるのであんまり意味ない設定だけども。

 簪は空回りをさらに加速させて考えた。
 さっきは思わぬ効果を発揮出来たが、その一度きりの貴重なチャンスはふいにしてしまた。
 ああ、なんて馬鹿なのだ。
 奇跡をうっかりで駄目にしてしまうなんて。
 あああああ……他に、他に……お腹が……お腹を……。
 食べ過ぎた……駄目。
 豊胸失敗……思わぬ伏兵に台無し。
 他に———他に———!
 何か手立ては———!



 なにか……!
 そこで。
 簪は目にする。

 ラウラを抱えたままブリッジ状態で、何とか体勢を立て直そうと四苦八苦している一夏に。
 織斑一夏。
 世界でただ一人の。IS男性適合者。
 男性がいる。
 女性のお腹。

 はっ、と簪は気付く。
 まだ、手段がある事に。

 が。ちょっと待て冷静に考えろ。

 いやまて、だがそれは。

 そもそもその後、どうやって、やっぱちゃいましたー! と言うつもりだ(変な方便になっているのは脳内のパニックの結果である)簪よ、乙女として先ずその一線を越えていいのか。

 乙女としての脳内スキーマが複雑に駆け巡り、それとルームメイトの双禍の事情が天秤に乗ってぎっこんばったんシーソーを開始する。

 堂々巡りにぐるんぐるんと、そのプランを実行すべきか、否か———

「処女が不相応な手立てを案に上げるな」
 出席簿が簪の脳天に炸裂した。
 一撃でKOだった。
 千冬には簪の視線移動だけで何を企んでいるのかバレバレである。
 女の年季が違うと言えば殺されそうなので正確に言おう。
 処女歴の厚みが……………………。






 結局、どうやら検閲に引っかかり粛正されたようである。もはや何が書いてあったか判別はできぬ。

 そして同時に。

「え? 何が」
「ふ、不埒だぞ一夏!」
「考えんで宜しい!」
「レディーに対する態度を考えて下さいまし!」
 浮かんだ疑問を率直に口にしかけた一夏がラヴァーズ達に理不尽に襲撃を掛けられた。
 ブリッジ状態の一夏に対する攻撃は当然スタンピング。ようは『取り囲んで踏みつける』なのだが。
 まあ、確かに女性にとって、とってもデリカシーに関わる内容なのだが、それで踏んで良いという道理は無い。

 いつもなら悲鳴を上げながら踏みつけられる一夏なのだが、普段とは違い守る対象が腕の中に居る一夏は違った。
 そうはなるか、と一瞬ラウラを持ち上げ、その瞬間、ビタンと背から墜落するようにブリッジ解放、肘をクッションにラウラを衝撃から守り、そのまま———
「ベッキー直伝緊急回避!」
 背を打ち、詰まった呼吸を根性で堪えて腰を浮かせる。肩甲骨と、つま先で成せる僅かな移動距離で背面尺取り虫へ移行、わしゃわしゃと驚くべき瞬発性を発揮、取り囲まれる前に脱出したのだ。
「メイドロボのどこにその動きの必要性が!?」
「うわ一夏動きキモッ!?」
 鈴のストレートな一言にショックを受けながらもジャックナイフの動きで頸骨を支点に足を振り上げた一夏は膝を伸ばした勢いで立ち上がり珍しく反論する。
「お前ら、こっちは意識失ったのもいるんだぞ!? ちょっとは考えてだな」
 だが、それは一人の女性を騎士が守っているような構図となり。
「「「一夏!!」」」
「だから、今回は俺が正しいだろうが!? そもそもスカートで踏みつけにくるな! 下着が見えるだろ!」
「見たのか」
「見たのね」
「一夏さん、どうなるか分かっておりますわね?」
「もう理由どうでも良くなってないか!?」
 女性は感情で動くというが、もはや、理屈すっ飛ばして一夏を追いかける三人の暴走乙女を相手に、ラウラを抱いた一夏は疲労困憊の体に鞭打って逃げ回るのだった。

 ところでシャルロットといえば、ラウラに対しては皆と同じな感情を抱いていたものの、男偽装と、女性としてのラヴァーズへの共感を抱く意識の狭間で葛藤して変に身をよじっていた。



 閑話休題を跨ぎ。



「そもそも今、お前の姉が、ボーデヴィッヒとそいつの身柄を確保しようとしている輩を片っ端から潰して回っているんだよ。身内の仕事をとっとと終わらせてやれ」
「…………え?」
 普段の簪なら容易に気付ける筈の事だった。
 ヴァルキリー相当の戦力が学園内で不穏勢力として出現したならば、専用機持ちの中では最高戦力である生徒会長が鎮圧に向かわないのはおかしいのだ。

 では、何故そんな事に陥ったかというのならば。

 この度、ある不文律が破られたのだ。
 ゲボックと篠ノ之はお互いの研究に関しては不干渉であるという暗黙の了解が。

 使う側でなら今までもあった。
 裏では世界的に有名な天災合作チューンガラパゴス廃人仕様ISテンペスタであるが、あれはあくまで基礎性能向上とその操作性の調整であり、その精度が人外レベルというものでしかない。
 最早何がゲボック製で何が束の技術由来なのかは分からない程世界に浸透しやがっている二人の技術なのだが、ラヴィニアがISを奪取し装備として使用、という例をとるように、ユーザー視点なら今までもあった。きっと自覚せずに便利だから、と言う理由もあっただろう。

 だが、相手が作った作品には、科学者視点としては不干渉。
 世間としては、天才達が対立しないように線引きを引いているものだとしていたのだ。
 まあ、実際は。
「あーうん、私が作ってもそうなるから別々にやるの面倒だよね」
 という思いから来ている。
 知能が高過ぎるが故に、どちらが全力を出しても同じものしか作れない事が見据えられるだけに、被るだけ時間の無駄だと、そう言う事に過ぎない。

 だが、そんな異常な知能を知りきっていない世間としては。
 ゲボック製生物兵器がISコア搭載で現れた、と言う事は大きな意味を持つ。

 関係の変化、その疑いである。
 篠ノ之束の対人コミュニケーションの欠如は実際有名であった。
 ISを発表した際のプレゼンや、インタビューでの受け答え、研究所からの依頼への応答などである。
 尤も、彼女の力を利用しようとしている輩は別として、これは良くある天才故の変人っぷりだと、世間には受け入れられていた。
 たまに見る分には騒ぎ立てていても構わない程度のウザさとして。

 対し、ゲボックは他の研究者達への略奪者として有名だった。
 ゲボックは以前も語ったが、自分の知らない事を知っているものを素直に、大げさなまでに尊敬する。
 貴方は素晴らしい、貴方は凄い、と感激して近寄り———

 それまでの苦労や困難、辛苦など全く知らぬとあっさり理解し、あっさり凌駕し、あっさり極めてまた知らぬ事を探しにそこから立ち去って行くのだ。

 そのため、ゲボックは研究を掠め取って行く略奪者だと、世の研究者からかなり目の敵にされていた。
 ゲボックとしては、何も嘘偽りは無い。心の底から尊敬している事に変わりはないのだとしても、その被害にあったものからすれば関係はないのである。
 そのゲボックが幼い頃から束の傍にい続けた、というのは世間から見れば、超絶的な天才である篠ノ之束は、さしもの天才ゲボックでも知識を吸いきれないのだと、そのような認識だったのだ。

 また、ゲボックが有名になって行くのはISの普及とほぼ平行していたのもあるだろう。
 女尊男卑というフィルター。
 冷静になってみれるものならば兎も角、ゲボックの人柄や成果の詳細を知らぬものは、束の方が上である、と断じていたのである。

 そのゲボックが、束の技術であるISを題材としたものを作り上げた。
 それは、実力云々は兎も角とし、ゲボックが束から必要なものを吸い上げたと判断したと、認識されるのだ。
 実際はそんな事全くないのだが、二大天才が袂を分かつのでは、という認識は第二次個人世界大戦の危惧さえも意味していた。

 そして、その混乱に乗じるのも、またその危機を危惧する者達である。
 結果、それまで慎重だった者達までもが、双禍や、ゲボックの改造を受けているラウラの身柄を欲しようと一斉に動き出したのである。
 戦力だけで言うなら中で発生したVTシステムの暴走の方が上であろう。
 だが、あまりの多方面からの同時侵攻。
 危険なのはアリーナで戦っている者のみである中の争乱と、他学園設備や各国から預かっている学生達の身の安全、となれば当然優先されるのは後者であったのだ。
 例え、貴重な唯一の男性適合者であろうとも。
 国家争乱の火種を学園内で起こすわけにはいかぬ、と出撃せざるを得なかったのだ。

 なお、ISの専用機持ちが度々起こしている事件についてはゲボックに頼んで何とかしているらしい。
 轡木さんが依頼主だったり。
 だが、逆に、ISを有していない者の負傷やまして死亡事故等に至っては、どうにも出来ないものがあるのだ。国際的に一斉に責め立てられるIS関連でないだけに、加害者があちこちに吹聴する、と言った形でである。
 一斉に責め立てられず、当事者の所属国同士の諍いになら、容易く起こせるのである。



「あ……ッ!」
 やっと冷静になり、そこまで思い至った簪は千冬に双禍を引っ張り出された。

「なるほど。そういうことか。それがソイツの秘密か……」
 頭を鷲掴みにし、目線まで持ち上げて双禍を一瞥した千冬は一瞬だけその双眸を見開かざるを得なかった。
 それは———

「更識、専用のラボで修復(ちりょう)する。着いて来い。
 努めて冷静を装いながらであった。
 だが、舌打ちしてもおかしくない程、不愉快のベクトルが変化していた。

「あれ? 千冬姉。もう? ———ブッ!」
 ラウラを抱えて逃げ回っていた一夏は惨劇が起きなかった事に首を傾げながらも千冬に駆け寄る。
 追いかけていた面々は、流石に千冬の傍では暴走が出来ない。

 内心、千冬姉バリヤーとか考えていた一夏は内心をあっさり読まれ、軽く一撃放った姉によって悶絶する。
 今度はブリッジは無理だった。が、ラウラだけは衝撃から死守出来た。俺やったよ俺、としか自己肯定出来なかった一夏である。中々辛いものがある。
「意識を失っていては、恐怖も後悔も出来ないだろう」
「…………」
 さらに千冬が放つ言葉に、一夏は完全に沈黙をせざるを得なかった。

「ラウラを渡せ。最低限の処置が必要だからな。私が直接連れて行く」
「二人は流石にあれだから、俺が一人抱えてくよ」
「いい。更識にはその後事情を聞くから、初めから一人はそっちに預けるつもりだ」

「千冬姉、簪は…………え―――?」
 そこまで言って一夏も気付いた。
 一夏を追っていた箒達も、真耶もシャルロットも。
 それに気付き、言葉を失っていたようだった。



 度重なるダメージを受け、意識を失った双禍は精神感応金属の無意識制御も機能不全を起こしたのか、ベキベキと顔の偽装が剥がれていく所だったのだ。

 それは丁度左右で半分半分、男モード(一夏の幼い頃)と女性モードが合い混ざったものであった。
「まるで阿修羅男爵だな……あと、この顔どっかで……」
 阿呆な突っ込みをした一夏に手刀を頭上から叩き込み、流石に耐えきれない一夏からラウラを奪取。
 戦々恐々と後をついてくる簪に双禍を渡しつつ、千冬は、別の脅威について対策を練るべく考えを巡らせていた。

 ゲボックが束の技術に手をつける。
 これは、千冬にとっても一つの節目である。

 何故ならばかつて、千冬は天災の片割れから聞いていたのだ。



 自分らが相手の技術に手を出さないのは自分達が未だ未熟であるからに他ならない。
 知識の、技術の、研究の土台さえ築いていない。まだまだ学ばなければならない道程の最中であると、基礎を固めなければならないのだ、と。
 断言したのだ。

 アレだけのものを生み出して、アレだけの騒動を巻き起こしておいてなお、未だ未熟だと。

 互いの知識や技術を持ち寄って応用の段階に移行するにはまだまだ不足だ、と。

 そう。

 今回発覚した事実が示す事は恐るべき一つ証明。
 天災達による騒動。
 その規模のステップアップ、セカンドステージへの移行である。







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 原作2巻編 エピローグ

『嫁には指輪を俺には何を? ~不全回想~』

















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 そこは雲海が眼下に広がる高地であった。
 鋭角的に削り取られた山頂が並び、眼下の幻想的な風景と会い混じり、神秘的な景色を作り上げている。
 その情景が発する生命力は充ち満ちており、仙人が霞を食らって生きていると言っても成る程とばかりに実感出来るのではないだろうか。
 そんな幻想的な風景が広がる中、他とは異なりなだらかな弧を描く双丘の頂き。
 そこにある、自然公園にあるようなテーブル。
 それを囲むように八つの影があった。

 そのメンバーをご紹介しよう。
 先ずは手っ取り早く俺こと双禍。
 それと、白いワンピースの上にエプロンをつけて涎を今にもこぼれ落ちそうにしている白式。

 そこまでは良いのだが。
 何故か俺の背中にシュヴァルツェア・レーゲンがくっついていたりする。

「それは何よ」
 それを一瞥して眉を寄せる白式。
「何か知らんが懐かれた」
 あのトーナメント以来、何かとくっついてくるのだ。
 最初はなんか後着いてくる合鴨の雛みたいだなーと微笑ましく思っていたら、やたらとスキンシップを取ってくるようになった。
 解せぬ。

「茶釜はコマンデュールを助けてくれた。これだけで上位に位置するのは当然だ」
 なんか余人には分からない理論展開がレーゲンの中に組み上げられているらしい。
「私はお前に勝ったんだけど」
 ならば何故私には懐かん、と言わんばかりの白式だった。
 いや、こいつの場合私に屈服しろ、とか言いそうである。
 それに対して、レーゲンは冷静に。

「確かに白式。貴殿は勝利した。しかしあの戦術は余りに博打性が高い。賞賛出来るようなものでは無いな」
「ンだとぉ……?」
「まぁまぁ、打ち上げでカリカリしても仕方が無いじゃない」
 と言って取りなして来たのはラファール・リヴァイブ・カスタムⅡである。

「そうそう、こんな場なんだから白式も落ち着けよなー。レーゲンも始まったら離れろよ」
「了解」
「……上官扱い?」
「上官扱いなら、背中に張り付いた入りしないでしょ?」
「……なんだよ白式、機嫌悪いなぁ」
「機嫌が悪いんじゃないの! 士気高揚しているだけなのよ! だって肉だもの! 血気だって逸るってものよおおおおおお! 早く! ハリー! クイック! ゴーゴー! お肉万歳!」

「……ねえ、白式、どうしたの?」
 カリカリしている白式を視線で差して、ラファールが聞いて来た。
「どうもねえ、白式の偏食傾向を治すべく、お兄さんからの差し入れが日々野菜ばっかりにシフトしたんだってさ。久々に肉が食えるからって血の気が増えてしょうがないんだろうさ」
 雪片しか格納しない偏食を野菜も食べろと矯正しようとする我が兄の心意気は思いっきりずれていると思うのだが、お兄さんと白式のコミュニケーションなのだから、俺がどうこう言う事じゃない。俺だって肉食いたいし。
「多分、それだけじゃ無いと思うけどね」
「え? なんかあるの白式?」
「な、ッぬぅわいわよぉおッ!?」
 そう言えば最近めっきり見なくなった、牛乳を掛けるだけの簡単朝食の販促キャラである虎みたいなイントネーションで返事を返す白式。
 ああ、もう頭の中食べ物一色なんだねぇ。

「無いらしいよ?」
「ああ、うん。そういうことにしておくね」
「そゆことって、どゆことよ」
 生温かい眼差しのラファールに腑に落ちないものを感じながら、のらりくらりと世間話を交わす。

 一方。

 食べなくても食べれるってだけで血の気が増えるのなら、肉を見せるだけで血の気が増えて経済的だよね、なんて日本昔話にあったような非人道的な事をさらっと考えるラファールにジト目を送るもさっぱり躱され、白式の轟きだけが響き渡る。

「ひゃっはー! お肉はレア! レア! 半生だー!」
 まるっきり声色が世紀末になっている白式は興奮しきっていた。多分間違いなくお前の辞書に女子力って項目はねぇ。

「そもそも、マスターから食料を貰っているISってどうなの……?」
「いや、俺に聞かれても……それより、ラファールはこんなときぐらいそのでかいリュック下ろしたら?」
「あ? これ? 本当に食べる時になったら下ろすよ。このグラップラーアームは色々便利に使えるからね」
 背負っている登山バッグから腕がにょきにょき生えててなんかマッドメンぽい雰囲気があるラファール。
 うっ、とちょっと引いてしまう。
 アレに顔面アイアンクロー食らった上にとっつき杭打ち百烈突き味合わされた身としては、少しどころではなく戦々恐々なのだ。

 因に今回の会。
 それは、このたび閉幕した学年別トーナメントの打ち上げであった。
 前述べたかもしれないが、戦闘中は我をぶつけ合い、互いにガリガリ削り合うISコアだが、人間と違って平時はしがらみが全くないのが通例である。
 さっそくシェアリングをしようという事になったのだが、白式がここに来て打ち上げを企画したのだ。
 それで、それぞれの高い演算能力でハッキング。現実の電子バンクに作った隠し口座の預金を使って今夜はしゃぶしゃぶ会となったわけである。
 なお、予算は為替取引に詳しいコアが日々淡々と蓄積しているらしい。

 なにそれ怖い。

 表世界の流通やら景気やら、まさか操られているのではとSF染みた恐怖があるのだが。
 フラッシュ・クラッシュ起こしたのは実はISでしたとかなったら目も当てられん。

 因に、買い出しは3次元空間においても普通に行動出来る俺だ。
 誘われたときはえ? マジで俺も参加していいの? と小躍りしたが、この要因として呼ばれたような気がしないでもない。

 それを通称パシリという。

 そうそう、残りのメンツを紹介しよう。
 今のところ一言も口にせず、黙って席に着いているのは打鉄弐式である。
 思いっきり仏教僧染みた格好しているのに肉を食うのは全くためらい無いらしい。
 今日はいつもの仁王像を連れて来てないのがホッとさせてくれる。
「…………」
 本気で無口な奴である。そのくせ喋り出したら止まらぬくせに。

 そして……。
 俺の隣。白式の逆の方には、人間の形をしたスライムが野菜をぶつ切りにしているところだった。
 上半身は人間の形をだいたい取っているのだが、下半身は溶けて塊のようになっている。
 なんか、モンスタ●ファームに居たよね、こういう奴。
 いや、それは別にどうでも良いのだが。だいたいまぁ、兄弟の『灰の二十七番』とか粒子状だから似たような姿になるしね。
 で、問題があるとすれば。
 そのスライムが、何故か白菜に練乳をぶち撒けようとしているのだ―――
「そのトッピングはまずいわああああああああ!!」
 咄嗟に練乳を取り上げる。
 もしこれをしゃぶしゃぶのノリで湯を沸かせた鍋にぶち込まれたら、闇鍋が始まってしまうではないかッ!!

「このスライム。
 実はブルーティアーズである」
「何故か白式が地の文っぽい割り込み掛けてきたんだけど」

―――って
「ブルティア!?」
「あぁ、茶釜が略す時そう言うんだ」
 ラファールさんまで俺の事茶釜呼び!?
 俺機体じゃないから! これでも人間だから!
 そう言っても彼女はまたまたぁ、とまともに取り合ってくれない。何故だ。

 しかし解せぬ。
「彼女って独立化身(アバター)の無いタイプじゃなじゃったっけ?」
 世界そのものが主体であり、その核たるものが無い珍しいタイプであった筈なのだが。
「うん。そうなんだけど、余所に出かける時は流石に分体を出してくる訳ね。いっつも私らが訪ねてばっかりも変に気を利かせちゃうし」
 言葉だけなら説得力あるのに、眼光はまだ何も入ってない鍋を貫く白式の顔には食欲以外何も書かれてなかったりする。

 うわこの娘、ガチ肉食系。と頬を引きつらせているとツンツン突ついてくるブルティア。
 彼女(?)はにゅるり、と人差し指のような触手を伸ばしてくるので、ついつい双禍も某宇宙人とのヒューマンミーツヒューマン映画よろしく指先突き出し、合わせること数秒。
 雫が水面に滴る時のように波紋が広がり、指先を通して伝わってくる波が。


 海は幅広く、無限に揺蕩うもの
 命、恵み、総てを内包する母なる始原
 我らの糧もまた同様なりし
 原型に回帰するのも、母なる海への畏敬なりうるならば


「え……えっと……?」
 なんつーか、ポエムってた。

「えー……と? ブルー・ティアーズさん?」
「あー、茶釜、そんな真面目にその娘に取り合わなくてもいいわよ」
「おいー、白式ー、いくらなんでもそりゃ―――」
「どうせ胃に入っちまえば一緒なんだからなに混ぜても一緒でしょって意味だから、それ」
「え?」
 白式に言われたとおり、かのポエムを吟味してみる。

「うぉおおお!? 本当だッ!」
 なんかそれっぽいけどこれって毎朝ねこまんま作る、御家庭の親父さんが口にする言い分じゃねーかあああああ!!

「ところで」
 それまで沈黙していた打鉄弐式がブルー・ティアーズの方に視線を流して。
「調味料全部一緒くたに行こうとしているのだが。良いのか? その軟体IS」
 見てないで止めろ打鉄弐式いいいいっーッ。
「まさかの混ぜ物担当かいお前はああああああッ!!」
「せっかくの『肉』を台無しにされてたまるかああああああッ!!」
 白式が飛び掛って、砂糖をボックス丸ごとブルー・ティアーズに叩き込んだ。
「任せろ」
 次に躍り出たのはシュヴァルツェア・レーゲンである。
 彼女は、1kgパックの塩を開封し、白式とは対称となる位置に叩き込んだ。
 かつて争った2機のISによる奇跡の共演! これはまるで……!
「ブルー・ティアーズをナメクジ扱い!?」
 塩だけではなく、砂糖でも溶けるんだよね。まあ、正しくは溶けるというより、浸透圧の効果で水分が吸い出されて……いやまあ、ここで言うようなことじゃないか。
「いや、まだ終わらぬ」
 続いて出てきたのは打鉄弐式。
 彼女は、一升瓶を取り出し開封。
 その中身はといえば。
「……酢……だと……!?」
 打鉄弐式は、迷うことなく一升丸ごと酢をブルー・ティアーズの人で言えば口にあたるところに注ぎ込んだ。
 見ているだけで口の中の水分が吸い取られて行きそうな光景である。
「次は僕だね!」
「え?」
 同様にラファール・リヴァイブ・カスタムⅡまでもが一升瓶を持ち出した。
 なんか想像ついたけどやっぱり醤油だった。
 どっくどっく醤油を投入されているブルー・ティアーズがブルーじゃなくなってきたのだが、先に行っておくと、醤油を過剰に摂取するとガチで死ぬんでみなさんは気をつけて頂きたい。

 ここまで来ると次に何が来るのか想像はつくというものである。
 ただし、動いたのは今まで俺が紹介していなかった存在だ。
 打鉄弐式以上に寡黙な人物は、前回の狂乱の宴では決して目立つことはなく、しかし確実に決定打となった立役者。
 長い学ランを肩から流した―――

「番長!」
 俺と白式のシステムを整合化させ、両腕白式両足俺、という格部分展開を成し遂げた、堅牢性と安定性、そして気合と根性を主眼とした量産型IS、打鉄の番長その人である。
 特別ゲストとして御招待したのである。
 番長はそれまでの皆と違って、オタマを懐から引っ張り出し、古風な木の樽から味噌をすくってブチ込んだ、上に菜箸を取り出してブルー・ティアーズの中に味噌を溶かして行く。

なんてことだ―――

「ああっ! ブルー・ティアーズがどんどん美味しくなって行くッ!?」
「さしすせそは和食の基本! ここに完成って訳よ。因みに彼女にはここ一週間、髪の光沢に良いからって言いくるめて毎日昆布を食べさせてたから出汁も完璧よ! 贅沢言うと鰹節も食べさせたかったけど今日は昆布出汁だけで我慢して頂戴!」
「どう見てもスライムなブルー・ティアーズのどこに髪の要素が!?」
「見てなさい! ダニー!」
「え? ダニー?」
 最後の一人、八人目が動いた。
 ボーイッシュなツナギを着こなしている少年と見紛う女の子である。
 ……えー、と……。
 あ、あれ? 誰かいない気がする。
 てっきりダニーの事をその人物だと思っていたのだが……。
 てーか、この『世界』の場景からして、彼女はいると思ったんだけど……。
 あれー?

 俺が悩んでいる間にダニーはブルー・ティアーズを鍋に叩き込んでおり、白式は滑るように動くと……。
「着火!」
 番長の胸を後ろから鷲掴みに。
「ッ!」
「いや、本当に何してんの白式ッ!?」
 声無き悲鳴を上げる番長の硬直を完全にスルーし、白式はその感触を堪能している。
「お……お前、千冬お姉さんに対する態度からもしやと思ってたけどやっぱりそっち系か!」
「いや、今は一夏が一番大好きよ、私は」
「なんの弁明にもなってない!?」
 まさかの両刀宣言である。
「いやー……しかし……ん? このサラシに押し込められている事による高まった弾力と重量を入力し、コアネットワークの演算能力で逆算すると……まさか……」
「超絶的なISの演算能力なんに使ってんだよお前は」
 呆れてものも言えなくなるものなのだが、白式は白式で驚愕の事実に腕の動き以外は完全に硬直し、打ちひしがれていた。
 なんのことか、と独り言を聞いてみれば。

「これは真逆……! 篠ノ之型三番艦だと……」
 なんか、どーでもいい事に愕然としている白式である。
「え?」
「へえ、彼女そんなにスタイルいいんだ」
 ラファールがなぜか反応した。

 他の皆も、口は出さないが視線は集中している。

 そしてそれは……寡黙に見えて実は照れ屋でシャイな番長を赤面させるには充分な熱視線であり。
 かつて俺が味わったのと同様、炎を巻き起こす。
「どぎゃああああああああッ! 計算以上の大火力ぅぅぅうあああああああああああッッ!!」
 当たり前だけど、諸悪の根源はここに消毒される。

「悪は滅びた……」
「呆としている場合ではない」
「そうだね、鍋をくべなきゃ!」

 ことの成り行きに満足して感無量に浸っていた俺を放って動いたのは打鉄弐式とラファールであった。
 何をしているのか、と思えば、ラファールのグラップラー・アームで鍋を掴んで番長の巻き起こす炎に鍋をくべている。

 そこには当然さっきぶち込まれたばかりの美味しくなったブルー・ティアーズがいるわけで。
 なんか身の毛のよだつような断末魔を上げるブルー・ティアーズが超火力にボコボコと沸騰し始めるや、レーゲン、ダニー、打鉄弐式が具材をブルー・ティアーズに投入して行く。

 ……………………なぁ、オイ真逆、待て、お前ら。
「これを食えと!?」
 何だこの余計なところで自給自足具合。

「オフコース! 嫌なら食うな我が食う! 季語は『我』だ!」
 番長の炎を突き破って飛び出すのはこんがり香ばしくなっていた白式である。
「一番槍ならぬ一番箸はこの白式に他ならぬ! その名誉、誰にも譲る気はない!」
 なんか一人称すら別物になっている彼女はどっから取り出したのかちょっと焦げている箸を取り出し、鍋に襲いかかる。

 そう来るか。
 ならば、その覇道、ここで挫かせてもらう!
 伸びた箸を鍋から逸らすためにこちらも箸を繰り出し迎撃する!
 ハイパーセンサーを用いた性格無比な空間把握能力でこそ出来る御業だった。

「肉肉肉肉肉肉肉肉肉肉肉肉肉肉肉肉肉肉肉肉肉肉肉肉肉肉肉肉肉ぅぅぅぅぅう! と言ってもおおおおおおおッ !」
 ※白式の叫びです
「肉肉肉肉肉肉肉肉肉肉肉肉肉肉肉肉肉肉肉肉肉肉肉肉肉肉肉肉肉ぁぁぁぁぁぁあ! はがないは関係ないんで悪しからずうううッ!」
 ※こっちは俺のね

 『肉』一言毎に繰り出される猛烈な箸のラッシュ。お前の肉への執念どんだけやねん。

 激突する箸と箸。
 流石近接においては暮桜と並んで二強の一角、白式だ。
 やはり俺の方が分が悪い。

「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」
 だが、負ける訳にはいかない。

 鍋とは団欒の場なのだから。

 白式! 貴様の手によって打ち上げ鍋パーティを悪鬼羅刹が肉を奪い合う修羅道……あれ、ここは餓鬼道でいいのか? に落とさせる訳にはいかないのだ。
 叫びは重なる。
「「ああああああああああああああああああああああああああああああッ!!」
 実力、食い意地、共に白式の方が遥か上。しかし、負ける訳にはいかないのだ。
 お前の主人、お兄さんが常日頃提唱している、暖かな食の団欒を守るために。
 後は意地の張り合い。限界をどれだけ引き上げるか、維持し続けられるかの精神力の勝負である。

「馬鹿な! 箸の速度がまだ上がるだと! もはや限界だったはずだ!」
 予想外の粘りを見せる俺に対し、白式は唸る。
 だが、鍋を囲む団欒、その思いを胸に抱けるなら! 限界なんていくらでも超えてやる!!
「暖かな鍋の囲いをお前の肉欲で台無しにさせるわけにはいかん! ここは押し通させてもらう!」
「ふざけるな! 茶釜! 私は―――!」
 白式の瞳の中に強い光が灯った。
「何を―――」

「誰よりも多く!」
 彼女は力強く。
「食べなければ!」
 一言毎に渾身の胆力を込め。
「ならないんだああああああああああああああああああああッ!!!」

 ふざけるな。
「―――ッか野郎! これは鍋(あれ? しゃぶしゃぶじゃ無かったか? 最初)パーティだ! 皆で食べなければ意味がないんだ! このわからずやがああああああああ」

「はい番長、コンロ役お疲れ様。あーんして」
「……あ―――」

「「…………」」

 俺らが盛り上がっている隣でダニーが一番肉を番長に食べさせてあげていた。
 無表情だが顔が真っ赤になっている番長はしかしお腹は空いているようで、律儀に口を開けて肉を放り込まれた。
 もきゅもきゅと、実に美味を堪能し咀嚼している。
 しかも、先程のやりとりが羞恥心を増幅させているのか、ますます火力は上がっていた。
 ダニー、なんて策士な子!

「あああああああああ一番箸イイイイイイイイイイイッ!!」
 野望が潰えた事に悲嘆の嘆きを迸らせる白式。
「でもちょい待てって! 皆でいただきますまだしてないよっ!」
 それに俺の悔恨が重なった。
 やっぱり囲いの口火を切るのは皆揃っていただきますじゃなきゃ!!

 そこ、に。
「マナー違反だ。箸渡しを連想する」
「「ぎゃああああああああああああああああ―――ッ!!」」
 打鉄弐式の珍しく強めの一喝と共に巨大な拳が俺と白式を押し潰す!!

「まさかの仁王像腕部部分展開だとおおおおおおお……」
「私のお肉うううううう……!!」

 丸めた新聞紙で叩きのめされたラグド・メゼギスみたいになった俺と白式を尻目に、残った面子は鍋を囲い始める。
 おお……俺も、その輪に加わりたかった……。

 しかも、追い討ちまでも存在した。

「ねぇ、君達。今、私達は鍋をしているんだよね」
 そこにギロリと眼光を輝かせるのは、穏やかな人柄のはずのラファールだった。
 口調までガラリと変わる。
「埃が立つだろう」
 この二面性。なぜかストンと納得した。
「次やったら、毟って、叩いて、煮て、食うぞ」
 その豹変ぶりは、彼女はシャルロットさんのISだと証明していたわけで。

 二面性人格ISコアである。巫山戯んじゃねぇ。

 しかし実際には存在する。淡々と、確実に実行するぞと確信させるに足る迫力をたたえていた。
「「ぴいいいいいいいいいいいいいいいいいいいッ!!」」
 あまりの恐怖に背筋に悪寒が駆け上がり、思わず抱き合って震え上がる俺と白式だった。






 それから俺達は大人しく鍋に加わって食べ始める。
 一口、鳥肉を口にし、率直に思った事を言ってみる。
「美味いし。このブルティア鍋…………ところでこれ、ブルー・ティアーズ……は、良いのか?」
 沸騰して減った分、昆布出汁を投入してブルーティアーズを嵩増ししながら聞いてみる。
「ああ、良いのよ。この子は本当、なんでも混ぜたがるし。前科あるのよね」
 ぷるぷるの牛肉を本当に幸せそうに頬張りながら白式は言う。
「前科?」
「そう。IS学園の入学試験の前日なんだけどね? 教師山田の模擬試験用ラファールにブルー・ティアーズが明日よろしくお願いします的な理由で、イギリス料理(嘲笑)を振舞ったんだよ」
 ヘルシーな豚しゃぶを潜らせながら繋げたのはラファールだった。ラファールや打鉄と言った量産型ISはコアネットワーク内に同型同士のコミュを作れるからなぁ。
 『ラファールなう』とかそんな感じなんだろうか(偏見)。
「当然。元が元の英国料理な上に、奴がいろいろ混ぜたようでな。試験用のラファールは絶不調で試験に臨む事になったようだ」
 ホクホクになった鮭の切り身を鍋から取り上げ、取り皿でほぐしている打鉄弐式が肩をすくめつつ、嘆息する。

 なるほど。
 先日の山田先生とセシリアさん、鈴さんペアの模擬戦を見るに、どうして試験ではセシリアさんが勝てたのか、と首を傾げたのだが謎が解けた。
 単にコンビネーションの悪い所を突かれた、って訳でもないのね。

 お兄さんとの模擬戦でも壁に突っ込んで機能停止したとか言ってたけど、山田先生が男相手でテンパってた、って以上に。
 ラファールもヤバかったって事なのか……。

 俺は、レアな鯨肉を一切れ、山葵ポン酢に潜らせて、番長に差し出す。

「まー、そんなのがあったわけだから、今回の鍋では出汁役ってこっちのメンツで決めてたのよ」
「お前らな……」
「でも元々、彼女は独立化身が無い、食欲が無いタイプだし、彼女自信、食べる気殆ど無かったみたいだしね」
「そういうものなのか?」
「そうなのよ。でもさー」
「なに?」
「何混ぜるか分かったもんじゃないのに本人に食べる気無しだから、速攻関わらなくさせないようにしなきゃいけないのよ」
 遠い目で言う白式。
 そりゃそうだな……。
「ところで今、白式食ってるの何?」
「兎よ」
「……兎? 美味いの?」
 白いお前が兎食ってるって言うと、なんだか共食いみたいな印象受けるんだけど。
「赤くて甘くて美味しいわよ? 今度兎とリベンジマッチする時は食ったろっていう願掛けかな」
「兎と戦ったんかい。なんか真っ白い白式こそ兎っぽいイメージあるけど。ってリベンジマッチって真逆……」
「ヤメテ。ガチでやめて。私を兎と重ねないでマジで。あの雌兎……私と暮桜の二人掛かりでも共倒れまでしか持ってけ無かったのよ。実質負けたようなもんよ、私にとってはね」
「お前と暮桜二人掛かりで相討ち限界って、何その化け兎!?」
 どんなクリーチャーだよ!?

 皆一斉に顔を背けるIS一同。え? そんな有名な奴なの……?

「まあ、気にするようなことじゃない。お前ならいずれ会うこともあるだろう。牡丹を食べるがいい」
「嫌な予言だなあ。牡丹って猪だよね。豚とは違うの?」
「締まりが違う」
 口を開けて食べさせてもらうと、なるほど。確かにこれは豚なのに、歯ごたえがしっかりとしていて……でも柔らかい。
「まだ、桜に、紅葉、マルやテッポウもあるよ。テッポウはさっとくぐらせるだけでいいからね。元々生でも行けるものだし」
「ラファール。汝の奉行っぷり流石である。桜を頂こう」
「残念ながらこれは刺身でいけるほど活きが良くないからもう少し、かな」
「了解」
「……マルってなに?」
「スッポンだよ?」
 そんなもんまで買ったっけ俺?
「私が現役時代にくすねたのよ。束から」
「よくやったな白式」
 妙に感心している打鉄弐式だった。
「まあ、あの時も色々あったしねえ。束は茶釜んとこのDr.押し倒す為に勢いづけで買ったみたいだけど」
「いや良くやるな束博士も!?」
「結局できなくてねぇ……けけけ。スッポンは足が早いからダメにするのもあれだし量子状態保存で頂きました」
 そんな便利だからお兄さんに冷蔵庫扱いされるんだろうに。分かってるんだろうかコイツ。
「ねえ茶釜茶釜」
「あんだよ、白式」
「スッポンの生き血飲むべー滋養強壮にいいぞおお?」
「う……ちょっといらんよそれ」
「不肖リヴァイヴいただきます!」
「おーいったれー!」
「マジか!?」
 一気にぐいーっと行きおった! 欧州って、生料理苦手なイメージあったんだけど。時代はワールドワイドで、そんな偏りはなくなった、って事なのかねえ。

「しかし本当ISって個性出るよなあ」
「それだけ人間が多様ってことよ。私達なんて、それほど違いはないわ」
「白式、お前だけはその言葉は言えぬよ」
「何よ無人機搭載型ー。アンタも大概でしょ?」
「まあ、な」
 そう言えば先月殺し合っていた仲なのに、気さくやね。お前ら。

「人間が多様だとどうしてどゆこと?」
「私らは基本マスターに合わせるタイプだからね」
「お前は主を調教しようとしてたではないか」
「うっさいレーゲン。私程尽くすコアはいないね!」
「どうだかな」
「この軍属主義めが。あー、話戻すわよ。私らの姿は私らがマスターに対してどう自分を示すかで変わるんだけど、例えば私は『主を支える杖』というスタンスをとってる。ここにいるメンツのも、なんなら言っていいかしら?」
「自分で言うからいい。言わずともわかるが、自分は『主の第一の部下』である。主の命に忠実に従い、任務を遂行する」
 言ったのはまあ、分かると思うがレーゲンである。彼女は、紅葉を口にしつつ、当然であるように語る。
 まあ、確かにレーゲンの場合、その主義に何の疑問も抱かないんだろうなあ。
「僕は『主の手の届かぬところに伸びる手』かな? マスターが欲しても得られぬものを得るために僕はある」
 続いて口にしたのはラファールだった。
 シャルロットさんの境遇、と言うか彼女が誤解していた状況は、共にあるISにとって、そうなるのが至極当然であると見えた。
 まあ、実際はアレの極地だったので、これからどう変わるかは分かったものじゃないけど。
「私は『主が心休まる原初』だ。主は何かと心が傾いたり揺らぎやすいからな。私は彼女が安らげるようなものであろうとしたい」
 桜を飲み込んでから礼儀正しく告げたのは打鉄弐式。
 簪さんには、精神こその安定を、と。彼女が判断したのだろう。
 ということは、あの神社か仏閣かは分からないけどあの竹林に囲まれた木造建築は簪さんにとって、最も原初となる場所だったのだろうか。
 うーむ。簪さんも、何かと謎の多い女性である。

「私や番長は主が居ないためまだそれは分からんな。ただ、羨ましいと思う」
 番長の分も代弁したのがダニーだった。
 主の居ないISとは、やはりマスターの存在するISを羨ましいと思うのだろうか。
 とりあえず話せる面子は淡々と、当然のように、しかし誇らしくも聞こえるように告白を終える。
 へえ……と感心した。
 皆想われてるなあ、とも。
 肝心な時に出てくれなかった我がISどもとは大違いだ。

 ほら、俺のエンブリオよ、お前らこの子等より恵まれてるんだからもっと俺に貢献してだな……。
 反応がない。
 泣きたくなった。

 パンパン、と白式が拍手し、肉を数種まとめて口に放り込んで大して噛まずに飲み込むと、まとめに入った。
 まだ肉に集中したいらしい。
「結局どのタイプでも主をアーキタイプとする事に変わりはないってことなのよね。マスターが多様だからこそ、私達もこんな風に様々なものになれたってわけ」
 極薄にスライスされたテッポウをごそっと箸で持って行き、さらりと鍋にくぐらせて一口で食べる白式。
 贅沢な食い方してやがるその彼女はぐいい、と、俺に顔を寄せてくる。
「茶釜も、早く決めておくといいよ、そういうの」
「あのなあ、白式。だーかーら、俺は人間だっての」
「はいはい、分かったから。ま、自分のスタンス決めておくことは良い事よ」
 そいう言われて鼻白む俺。まあ。
「それは―――そうだけどよ」

 何と無く気まずくなって視線を逸らすと、こちらを凝視していたらしいレーゲンと目が合う。
 咄嗟に話題を変えるべく、先程チラリ、と脳を掠めた疑問を提示してみる事にした。

「そう言えば、この話題になる前までレーゲンってどこ行ってたんだい? 鍋始まってすぐどっか行ったじゃない」
「ああ、差し入れだ」
「え? 誰に?」
 と言うと、白式ははぁ、とため息をついた。

「このメンバーで、ゲストで番長やらダニーまでいるのに、いない子って言ったら決まってるじゃない」
「甲龍……だろ?」
 そう、彼女だけ居ないのだ。
 ブルー・ティアーズもいるし、試合に参加したものだけがいるわけでもあるまい。ダニーもいるし。
 いや、ラグド・メゼギスの触角持ってきてもらったけどさ。
 2組だからいないってわけもあるまい。俺とか打鉄弐式は4組だし。
「なんだ、分かってるんじゃない。まぁ、分からなかったら、彼女にブッ飛ばされるから助かった、って訳だけどね?」
「それもなんだか疑問に感じてたんだよ。彼女も専用機だし、レーゲンとの親睦を深めるには必須なのにいないし。大体、この世界、彼女の世界だと思ったんだよ? あっちのノコギリみたいに鋭角に尖った山とこの雲海の組み合わせなんて思いっ切り中華でしょ?」
 そうぼやいた俺を迎えたのはあら、と言った顔の白式。
「思ったより観察力あるのね。大正解、この世界は甲龍の世界よ、美しいし、会場にはバッチリなのよ。私の世界って風吹くと砂が舞うから食べ飲みにはあまり向いてないのよね」
「これだけ食い意地張ったお前にしては、確かにあの世界はミスチョイスなのな」
「うっさい。それ以上に気に入ってるからいいの」
 そんなもんかい。
 まあ、他人の嗜好にどうこう言うのはこれぐらいでやめておこう。

 しかし、そうしたら尚更疑問というものだ。
 会場を提供して起きながら甲龍本人がいないとはこれ如何に?
 そう考える俺の疑問なんて筒抜けだったんだろう。
 白式は、歯応えたっぷりの紅葉肉をもぎゅもぎゅさせながら眼鏡と教鞭を量子展開。あ、あの教鞭雪片弐型だ―――を振りつつ。

「まぁ、これもさっきの話題に繋がるんだけどねー」
 教鞭をくるりと一回しにした白式はその先端を地に向け。
「主の個性に対し、自分がどうありたいか。そういうものが私達の姿形や個性を決めるんだけど、そこには主の強烈な心象や欲求が大きく影響されるのは当然でしょ? だからね? 私らも主に合わせるだけに、結構それに引っ張られたりするわけ」
 ブルー・ティアーズもそのタイプよ、内容は本人に聞いてね? と白式は一言区切ってから。



「ねぇ。甲龍?」
 気軽に、呼びかけた。


「呼んだ?」
「…………………………………は?」
 なんと、それにあっさり返事が返ってくる。

 字体では分かってもらえないだろうが、それは大音量であった。
 まるで世界自体が放ったかの様な大音声。
 返した気軽さと反してとんでもない大迫力である。

「……真逆、ブルー・ティアーズと同じ……」
「それは違うわ」
 この世界、そのものが彼女なのではないか、という説はあっさりぶった切られた。
 しかし、それならこの世界そのものなのではないかと言う存在感に説明がつかない。

「あらー? 分かん無い? 彼女の名前が最大のヒントになってるのにねー」
 甲龍……?
 うーん……空飛んでるとか?
 見上げて見ても何もない。

「上じゃないとしたらって———ずわああああああああああああいあああああッ!?」
 見下ろしてみたら超絶的に可愛いけど滅茶苦茶デカイ顔が雲海から飛び出てこっちを見ていた。
「なに上見てんの? もしかして馬鹿?」

 うわあ、声さっきのだ。にしてもそのサイズ、でっけぇ。度肝がぶち抜かれるほどにデカイ———顔だ。
 具体的にどれぐらいかというと、俺達が宴会している山一つよりデカイ。
 そのスケールの異常さは、旧劇場版エヴ●で出た超でっかい綾●の頭……程は無いけどそれぐらい感覚狂うデカさである。

 ぽかーん、と間抜け面で見てたんだろうが。
「ヨルムンガンドっているでしょ? 北欧神話のデカ毒蛇」
 白式が教鞭型雪片弐型を振り回しつつ、講釈をはじめる。
 結構気に入っているようである。
「現実にはいねえよ」
「御宅のDr.なら作りそうよね」
「言うなよ言霊的ななんかで現実化しそうだろ!?」
「まあ、それは兎も角」
「流すなよマジで怖いんだから!」
「そのヨルムンガンドと同じなのよねー。中国製IS、甲龍は彼女自身が有する世界をぐるっと包むほどの巨体を有するわけよ」
「それは……また、鈴さんとはうって変わって随分とまぁ……」
 すっごく、おっきぃですなあ。
「そう、そぉゆう事」
 それに意を得たり、と手を大きく打ったのは白式だった。
「ISの世界は心象世界が大きく関わってくるけどね。コンプレックスってのもおおいに影響を与えたりするのよね。だって、コンプレックスってのは、こうありたいって自分の裏返しなんだから。私達に強い影響を及ぼすのは自明の理ってわけ」

「なるほど……。ところで、さっきレーゲンがお裾分けに行ったけどさ、間に合わなくね?」
 あの巨体に些細なお肉を分けたところでどうにもならないんじゃ……。
「ああ、それは問題ないよ」
「うぉわ!? ラファール!? びっくりしたなあ、もう。って、どう言う事?」
 器用ににゅいーんと、後ろからラファールが生えて来た。
 いや、生えたってニュアンスはおかしいかもしれないけど、そうとしか思えないアクセントで割込んで来たのだ。
 ビックリさせてくれるものである。
「えーとねー? 僕がシャルロットに出会ったときに使ったこれを利用するんだよ」
 そう言って彼女が持ち出したのは、斜線の両端に矢印ができている何か。
 パソコンのウィンドウのサイズを変える時のマウスカーソルに……ってまさか……。
「Dr.ゲボック製、量子質量等倍装置なんだって」
「あの親父……ドラえも●の領域を確実に踏破しているようである。マジでやめて欲しい」

「どうでもいいけど、もう、私、身を起こしていいかしら。いい加減首痛くなってきたんだけど」
「おうさ! 甲龍、場所提供ありがとうねー! よし、ずらかるわよ皆ー!」
「へ?」
 俺が意味を理解できずにキョロキョロしている間に、皆はそそくさと後始末をつけ、撤収に移っていた。うわあ、この人らテキパキと要領良いんだけど。

「え? え?」
「何ちんたらしてるのよ、さっさと来なさい!」
「へ――――――ってうぉおおおおおああああああああああっ!?」

 大地が脈動した。
 俺が悲鳴を上げるのも当たり前だ。
 何せ大地が九十度に立ち上がったのだ。
 まさか―――

「もしかして俺らって、甲龍の上で宴会してたんかい!?」
「そうだけど」
「よく許可もらえたな!?」
 あっさり言う白式である。
「いやあ、茶釜にドッキリ仕掛けたくってさあ。いやあ、甲龍、大成功だぜ!」
「よし!」
 なにやっとんのんアンタら。あと、そのためだけに今までジッとしてたってどれだけ好きものなんだ、甲龍。ビッとばかりにサムズアップ出すな。白式も返すな。
 一転し、崖になった地面から落ちていく俺は、ある事実に気付いてしまった。

「……なぁ、白式。俺らのいる山だけ他のところと違ったのって……」
 他が中国奥地、なんかギザ山っぽいのに、俺らの居たとこだけ妙になだらかな双子山だとおもってたんだけど。
「如何にも! 甲龍のおっぱいの上だったのだ!!」
「なんでわざわざそんなとこでやってんだあああああああああああ!!」
 まあつまり、今の今まで甲龍は仰向けになって顔やら蛇体やらを、雲海に隠し、胸だけを突き出していたことになる。
 間抜けだ……冷静に考えるとなんて間抜けな絵面なんだ……!
「仕方ないじゃない……」
 白式は俺と一緒に落下しながら妙に達観した目を流して。
「甲龍のウルトラダブルオメガZカップは、マスターのコンプレックスの裏返しなんですもの……」
「その謎のカップ単位は絶対今考えた即席だろ。百億万円ぐらい意味不明な数値だぞ」
 ああ、うん。甲龍さんは、人間スケールだとしてもこの中で一番の巨乳だった。主たる鈴さんとは———うん、そう。真逆に。

「その姿は主のコンプレックスの裏返し。そう、巨体も含めてなんだけど……そうして生じた巨乳を、彼女はアピールし続けなきゃならない宿命なのよ……」
「男の俺には何ともコメントしずらいのですが……」
 これだけは分かる。
 もし今後、鈴さんが、甲龍とのシンクロを高め、この世界にやって来た時、骨肉の女の争いが主従で発生するであろうことを。



「ところでガラっと話が変わるけれど、ここの一番下は湖になってるのよねー。でも、当然ただの水じゃなくて、比重のおかしい弱水ってので―――」
 続けて行われかけた白式講座はそこで終わった。
 その弱水とやらに着水して、猛烈な勢いで沈んで行ったからである。
「白式いいいいいいい!?」

 そんな風に俺が慌てている間にも、次々と鍋を囲んでいたIS達がバラバラと落ちて行く。

「うわああああー! ブルー・ティアーズが溶けるううううう!?」
「まるで……ウツボカズラ。昔主の姉が育てていたな」
「ぎぃぃぃいやあああああああああああっッ! 番長が水蒸気爆発したああああああああああッ!!」
「ぶくぶくぶく……」
 あぁ、悲しきかな。鍋の宴が一転して地獄絵図に描き変わって行く。

 俺も、どうやらどうやっても浮けない水に着水して。、白式同様に潜行中だった。
 三人だか寄ったら文殊の知恵だとか、女三人寄れば姦しいだとか、矢は三本あったら折れにくいだとか。
 そんな言葉いっぱいあるけどさ。

 これだけは言える。
 ISって奴ァ、寄って集うと、めっきり碌な事がありやがらねえ……!









「あー……。溺死するかと思ったぞオイ」
 あの後、自力で浮上が不可能だと判断した俺は底を歩いてギザ山の根元に辿り着き、そこから這い上がったのである。
 他のメンツもだいたい似たように脱出したのだが……。

 溶けたと噂のブルティアがどうやって脱出したのかはついぞ分からなかった。
 これは解せぬ。

「……ん?」
 ところで。

 目が覚めれば、強烈な違和感。
 何か違う。同じなんだけど何か違う。
「なんだろねー?」
 しばらく色々調べて気が付いた。
 方位が違うのだ。

「部屋の向きが線対称に違うって事は……寮の棟が逆って事だろ? てことは……ここどこよ」
 俺の部屋じゃない。
 んー……としばし記憶を漁るが心当たりが———あるような無いような。いや、来た事自体はあるのだが、というかそんな気が。

「しゃーねー。GPS使って地図と割り当てるか」
 全部脳内にあるので、ソフトを立ち上げ……。
「お、双禍。目が覚めたか。おはよう」
「おぉう、おはよう……ん? って誰!?」
「いや俺だよ!? 俺。織斑一夏だぞ俺だ俺!」
「オレオレ詐欺は僕には通じん! 誰だ貴様、お前のような息子は僕にはおらん!
「誰がお前の息子だっ!? ってーか双禍……お前、マジ大丈夫か?」
 心配そうに覗き込んでくるのは我が兄一夏。
 しかし……なんで目覚めたらアンタおるねん。
「いやぁ、御免誰だかは分かってたけど何故にお兄さん?」
 なんで兄貴の部屋で寝てんねん俺。
 しかし、お兄さんはそう言われるとなんだかくすぐったそうに頭をかきながら、女人を即攻落としそうな笑みを浮かべてたりする。なんて男だ。
「……お前にそう言われるとなんか妙にくすぐったいなぁ……ところで、大丈夫か?」
「いきなりだけど何が!? てーか何故にお兄さんの部屋で寝てんの俺!?」
 同居人が変わっていて、何が何だか分からない。
「双禍……お前まさか記憶が……」
「え?」
 記憶?

「今日、何月何日だか言えるか?」
「言えるさあ! 今日は———」

 あっさり答えたのだが、提出した回答は不正解だった。
 俺は丸々———
「一週間も記憶を失っただと……」
 何故にそんなんなってんだろうか。
「先ず、引っ越しになったあたりから話すな」
「引っ越してたあああああああああッ!? ちょい待て簪さんどうなった!? まさかテンメ被爆させやがったかゴルゥアアアッ!?」
 好きな人出来たから、2歳でも男と一緒なのは駄目なの。とかだったら親友の俺は暴走ISとして暴れる確証があるぞクソ兄貴や!?
 純粋な簪さん被爆させたらわぁってんだろなァッ!!

 愕然とする俺を放っておいて、お兄さんは勝手に指を一本立てて説明を始めるのであった。

「被爆ってそもそも何なんだよっ!? お前こそ待てって! それのどこが愕然だ落ち着けちゃんと説明すっから!」
 むぅ……そう言うのなら。
 俺はお兄さんの言葉に耳を傾ける。
 それが切っ掛けとなったのか。序々にもにょもにょと記憶は復帰していくのであった。






 もにょもにょもにょー……(回想開始)。

「し……死ぃいぃぃぬうううぅぅぅぅかああぁぁぁとおおおぉお思ったあああああああッ……!」
 事件が終わって解放され…ようやく自室に戻れたその夜の事。
 俺は、ラグド・メゼギスに追いつめられ、その対処にバリアで自艦ごと包んだ輸送船の自爆を食らった挙げ句に重力圏内でワープを敢行、何とか九死に一生を得たクルーのような悲鳴を上げた。
 と、告げるとなんでそんなに具体的なの? と簪さんに言われたけど知らないです。多分ラグド・メゼギスのマトリクス取り込んだせいじゃ無いですかね?

「私も……心臓、止まるかと思った……」
「心配かけて申し訳ないです」
「もう……こんな事しないで……」
「生物兵器故に、うんと頷けないのが辛い所ですなー」

「…………………………」
 って、簪……さん? ちょっとどうしました?
「………………ジト目で見ないで! 分かってます! 今日は簪さんにたくさん迷惑かけましたから! もう二度とこんな事しませんから! 平穏無事が俺のモットーですから!」
「……ダウト」
「うぐっ……! えーと……」
 何やら今日は簪さんが強気の姿勢です。誤魔化しが通じませぬ。俺はなんとか話題をそらすべく話題を検索検索おーいBBソフトやー!
 反応がありません。
 ……なんだと……。
 全ての手段が失われたようなものではないか。
 え、えーい、何でもいいから口を動かさねば!

「な……なんかさぁ、簪さん」
「……なに?」
「なんか、不思議と一年ぐらいずっと戦ってたような気がしますねぇ……」
「確かに。文庫本一冊分を一年以上掛けるなんて……怠惰にも程がある……!」
「え? あの、簪さん?」
 何の事ですそれ?
 背中に脂汗が滝のように流れて止まらないのですが。

「今日はガチで大変でしたねぇ」
「うん……本当に、今日は大変だった……主にあの後が……」
 咄嗟に話題を変えると、今度は簪さんも素直に乗ってきた。
「よくぞ、地下から生還出来ましたね俺ら」
「本当に……」
 二人して何処か遠くをぼーっと眺める事しばし。

「よし……ここはあえていつも通りの事をして、精神の安定を図るべし……!」
 簪さんが気合い一発、立ち上がる。ふむ。いつもの事とな? 二人きりしりとりとかかね。あれ、無駄に長く続くんだよなぁ……。
「今日の分解解析……始めます!」

 は?

「ちょ、まッ、いつも通りってそれー!?」
 見よ諸君。俺が大きく口を開いて顎がごかーんってなってる間に工具が取り揃って行くでは無いか。
「ほら、千切れてた半分も直ったし……きっと未だ見ぬ新しい発見が……!」
「なにこの立ち登る噎せ返るようなゲボック(おやじ)臭は……!」
「……オヤジだなんて、失礼……」
「いや、そっちの意味では無くですねッ」
 言いながら、簪さんはメリケンサックのようなものを装備して、咄嗟に逃げようとする俺と自身の間の床に、叩きこんだ。
 するとどうだろう。たちまち接点が潰れるではないか。
 弾けたメリケンサックの打点はまるでクモの巣のように床を広がり、たちまち俺を捕縛する。
「精神感応金属イヴァルディ製捕獲武装『ラーン』だとおおおお!? 何故そのようなものを!?」
「ご家族から活用するように……と」
「家族こそがラスボスだった!?」
 良くある話である。

 工具を両手の指の間全てに挟み込み、ニヤリと笑んだ簪さんは俺目掛けてメカニックルパンダイブ。
 俺はこう告げる事しか出来なかった。
「や、優しくお願いしますううううううううううッ!!」
 しかし、簪さんもこれまでの日々を俺の解析やら打鉄弐式の開発やらに費やして来たのだ。
 技術士としてメキメキと成長しているのだ。
 その手腕、日々が進むに連れ、スムーズさが順調に加速し俺を解体する。

「……あ、ここ、前と違う」
「ふお!?」
「もしもーし、ギャクサッツさんに更識さん、いらっしゃいますかー?」
「ふむ……あの新しい形態の獲得が、基礎形態にも何らかの変化を促した……?」
「あのー、なんか、半脱ぎ状態のままバラされるの、恥ずかしいんですが」
「と……言う事は今までのデータは使えない?」
「もしもーし? 居ないって訳は無いですよね? 開けますよー?」
「いや……せめてその差異を取る事で現・状態の変化具合を統計取る事が……」
「最近段々簪さん大胆になってませんか!? 殆ど抱きついてますよそれー!」
「私もいつまでも未熟な私じゃない……前までは手の出せなかった領域も少しずつ、試せるようになって来ている……」
「話題が噛み合ってない!?」
「ふっふっふ、施設管理者の特権、合鍵ですぜー。これも、告げた時に開けないのがいけないんですからねー? はっはっは……あれ開かない……鍵を変えてる!?」
「あー。のほほんさんのピッキング対策ですよ。あの人ヘアピン一つで電子が関わらないロック全部開けれるんですよ」
「何だと生意気な!」
 ってか今会話したのドアの外ですか?
 誰か来てますよー!
 まあ、この分解とか見られないために施錠は完璧なんですけどね。まあ、のほほんさん対策ってのも外れてないんですが。だってのほほんさん、鍵開けて入って来ても閉めないんですもん。
 もしドア開けたまま外から転がってる俺の首とか見られたら目も当てられません。

「ホラ簪さんお客さんですよ、解体中断ですよー」
「解体ってなにしてんのー?」
「あ、やべ、っていや別にッ!」
 危ねーなーもう。

 しかし、簪さんは止まらない。
「……これが無段階形態移行による……常時適応……今までとは、基礎フレームからして明らかに違う……!」
「簪さん聞いてない!? ってあひんッ」
 なんか、俺に使われてる技術に色々な所がアップオーバーしたようで、俺の服に頭突っ込んでまで背中にラジペンとドライバー両手でガチャガチャやってるんですけどー。

「ちょい待ち、なんだ今の声はああああああーッ!! 風紀を乱す若き衝動がプスプスと香っとりゃせんかねガキ共ぉ! 行くぞおおおお、おるぅあ教師特権、権限強制執行ーッ!!」
「れ、レーザートーチですかあああああっ!?」
「ちょい待てなんでそんなもん外で構えッ———」
 ちょっと、外の人なんか五月蝿いんですけど。
「私のお給金から弁償代出るって悲しいけれど。これって必要な事なのよね若き猛りを捻り潰す———いんや違った、若木を導く教員としてね」
「冷静にぶっ飛んでますよね!?」
 んー? やっぱりそうか。
 他にも人居るっぽい。
 不穏な単語が聞こえたのでドアに防性因子張り巡らせるべく立ち上がろうとして……。
 あ。腕外されてました。腕を上げたな簪さん……!

 体の支えが無かったせいで、ぶべっと、柔らかいソファに頭から突っ込む俺と、引っ張られてそんな俺の背中に頭を突っ込んだまま上に乗っかって来る簪さん。

 そこにドアがレーザートーチで切り裂かれ、侵入者がやってくる。
 おいおいマジかよやって来てしまったよ。

「あ。榊原先生」
 ドア切り裂いてまで入って来たのは、我らが四組の担任、榊原先生であった。
———って、俺今、普通に男モードじゃねぇかああああああああッ!!
 しかし、先生は俺が男である事などまるで当たり前かのようにノシノシ……正気を失っているとはいえやってくる。
 正直何が何だかわからない。
 あ、頭に包帯巻いてる。そう言えば榊原先生も偽千冬お姉さんにブッちめられてましたね。
「ふっ……ふっ……ふっ……」
 榊原先生は俺らを一瞥。喉元から今にも漏れ出さんばかりの怨嗟の代用としてか、空恐ろしい吃音を洩らしていた。
「ふっ、ふつ、ふ、ふふ、ふ?」
「ふ?」
 何だろうかと、反復してしまったのがいけなかったのか、ついにそれは噴出した。
「不純異性交遊現行犯発見! それは私に対する当てつけかアアアアアアァァァァァァァッ! 覚悟しろ青二才ども、いぃぃぃざ、処罰———執行おおおおオッ!」
 あのですね、それってなにか、個人的恨み……というか、僻みも込もっていらっしゃいませんかああああああああああああああッ!!

「まぁまぁ、榊原先生。昂奮するのもそこまでですよー」
「ぽきゅん!?」
「首がっ!?」

 んで、榊原先生の後ろにいた山田先生が首をキュッと曲げて沈黙させやがりました。物凄い気軽に仕置完了の勢いである。おい……アレ、致命傷じゃないのか……?
 普段の様子からは全然そんな印象受けないけど、考えてみたら山田先生てば、千冬お姉さんに直々に薫陶受けた後輩なんだよなぁ……と考えると納得出来る不思議。

 IS学園教員を構成する層って……。

「……なぁ、双禍。何してんだ?」
「な……な……、なっ、何をしてるッ! お前ら……まさか、今までもこんなことしてたんじゃない、だだ、だろうな……」
 で、その後ろからは我が兄一夏と箒さんがなんか妙なものを見る目でこっち見てたりする。
 特に箒さんは顔を真っ赤にさせてたりする。
 彼女が見ているのは、俺の背中に(物理的に)頭突っ込んでる簪さんなのだが。
「何を勘違いしているかだいたい想像つきますがね。これはなに仕込んでるか分かったもんじゃない親父対策として解析作業してたんですよ。簪さんにとっては打鉄弐式の開発にはサンプルあれば勉強になるし、今日はそもそも新機能が発動したせいもあって確認しないとなんか怖いし。ほら、簪さん、お客さんだよ。組み直すよ」
「……えー」
「はいはい、また明日しましょうねっと」
 微妙に拗ねている簪さんを何とか宥めすかしてガチャガチャと。
 転がってた腕も取り付けて五体満足な姿で改めて。
「どうぞ皆さんどーしました?」



「いやー。こうしてみると成る程、アンヌとかと兄弟ってのがやっと分かった」
 簪さんが茶を沸かしに席を離れている間、ちょっと手伝ってくれたお兄さんがひとしきり興味深々に俺を覗き込んでたり。
「そういえば一夏はこれの首回転とか見ていなかったか。しかし、こうして見ると、本当に幼い頃の一夏そのものだな」
「……あ。喋り難いですかね?」
 しゅばっ、と女性モードに早変わり。
 そんな俺を箒さんはマジマジとためつすがめつ。
「いや……何というか……簪とじゃれついていた姿と今の姿が頭の中で行ったり来たりしてだな……」
「まあ、そりゃ、惚れた男と瓜二つな外見の存在が他の女と和気相会いとしてたら———」
 言い切れなかった。

 その時箒さんが閃かせた、腕部の一閃は、きっと織斑先生の居合いに匹敵したと思える程の抜き打ちだった。
 剣道有段者の動作を舐めてはいけません。
 すぱーんっ! と後ろから「いっぽぉぉぉぉんっ!」と聞こえそうなくらい心地よい破裂音とともに俺の口がフェイスハガーされました。幸い卵は産みつけられませんでしたが。
 その時の箒さんの視線は『なにほざいてんじゃワレ』と言わんばかりにドスがこもっており、俺はコクコクと頷くしかなかった訳である。
 で、言い切ってしまったので気になるお兄さんの動向と言えば。
「え……おい箒何してんだって、双禍顔が何言ったのか聞こえなかったけど、青冷めてるじゃないか。そこまでする事は無いだろうに」
 案の定突発した難聴で何も聞こえなかったようである。

 いつもは何なのだこの兄貴、と愚痴りたくなるが、今回はそのお陰で俺の顔の形状は原型を保てる事と相成ったようで、再び俺に『分かってんだろうな』と眼だけでシャルロットさんの取っ付き張りに太っとい釘を刺して箒さんは戻って行った。

「ところでお二人も含めて先生二人は何しに参ったんですかい?」
 で、二人の後ろに控えてニコニコしている山田先生と首がちょっと向いちゃいけない方向に曲がっている榊原先生先生に視線を移動させると、山田先生は待ってましたとばかりにプレゼンテーション用のプラカードを背後から取り出し、俺達に公開した。

 ズバリ。

「お引っ越しです!」
 集中線でその言葉が強調されてたりする。

「……はぁ、先生がこの部屋で住まわれるんですか。三人はキツい気がしますが?」
「お前の発想は本当、一夏と一緒だな」
「……あのー? 箒さん? 俺と一緒ってどう言う……」
「何だ一夏、違うのか?」
「……いえ、違いません……」
 世に蔓延する女尊男卑の縮図を横目に見ながら、俺は先生に丁重に断りを入れる事にした。
「と、言う訳で、ここは二人部屋なんで三人はちょっと———考え直していただけませんか?」
「へ? あ、いえ、そうではなくてですね、すみませんっ、えっと———」
 プラボード持ちながらアタフタする山田先生。
 質問されたら対応出来ないとは、会社で企画発表するときどうするつもりなのですか山田先生、会議できませんよ。
 だが、これはチームでの発表だったのだ。フォローする者は居るわけで。
 それは、何かをへし折るような音とともに首が元に戻った榊原先生だった。

「引っ越しするのは君よ、ギャクサッツ君!」
 ズバリ! と言った感じで指さされる俺。なんでしょうかね、この裁判ゲームの被告になった気分になるシチュエーションは。異議あり、とでも返せばいいのでしょうか。
「……いや、なんでまた……?」
 何で今更引っ越しなんてしなきゃいけないんですかね?
 ところで致命的な音した首とか大丈夫なんですかこの人。

 その時大きくがしゃん! と陶器が揺れる音が後ろから聞こえたので振り返ると……。
「……どうして……?」
 丁度お茶を淹れ終えた簪さんがガタガタと湯のみの乗ったお盆を振るわせている所だった。
「愕然としている所質問したいんだけど簪さん、なんでお茶乗っけてるお盆に一緒にモンキーレンチ乗ってるのか非常に説明が欲しい所なんですが」
 何に使う気だったのか非常に興味あるんですけど……いや、やっぱないです。

「そ、ん、な、の!」
 榊原先生先生は地響きさえ伴いながらこっちに大接近。
「いつまでも年頃の男女が一つ部屋で一緒に生活するのは問題あるに決まっているでしょう!」
「何かあったっけ? 簪さん」
「別に……」
 机があったらドン! と殴ってそうな勢いの榊原先生にさあ? と顔を見合わせる俺ら。
「今まさに何かしてたでしょう!」
「今していた事というと……」
 簪さんがお盆に乗っていたモンキーレンチを手に取り俺の首にセット。
「よいしょっと」
 ガキッと、音が鳴り。
「パージ!」
 と、俺が叫んで首分離。簪さんがそのまま俺の首を持ち上げる。

「「まぁ、こんなこと?」」
「のみゃああああああああああああああっ!!」
 一気に部屋の入り口まで後ずさる榊原先生。
「双禍、慣れない相手にゲボックさんちのノリはやめておけ、色々心に不治の傷が付くから」
「うむ、確かにこれは、完璧に慣れちゃってる箒さんとかだけにした方がいいかもしれない」
 簪さんも初めは失神したしね。
 それが今は……うん。慣れって怖いよねぇ。
「箒!?」
 そして一方、何故か地の底より深く落ち込む箒さんである。なんか俺変な事いっただろうか?

 で、リモートで右腕を持ち上げ表面の偽装ナノマシンをずるーっと分離。
 フレームのメカ腕稼働をウインウイン見せるという、ちょっとグロイシーンを見せて。
「そう、俺はサイボーグだ」
 なんて決め台詞を言ってみたり。
「まんま、未来から来た刺客ロボットから護衛対象を守るために未来から来たマッチョロボットの台詞だよね」
「首の部分はオリジナリティ出したから見逃してよ!」
 お兄さんすげもない。

 それにだよ。これは言えないけど俺二歳だし、性欲なんてまだないんだよねー。
 それに———なんだか最近に至っては。

「僕の脳は男なんだけど———なんか最近どっちでも良いような気がして来たんだよね」
 どっちにでもなれるせいか、精神的ジェンダーが肉体に振り回されまくってるみたいです。

「それはマズイんじゃねえのか!?」
「いつもの僕風に言うなら、僕の脳は男だけどどうでもいいや的な感じ」
「おい大丈夫か双禍、なんかおかしいぞお前!? それ今日受けたダメージが原因じゃねぇのか!?」
 何その後遺症。ガチ怖い。



「兎に角! ギャクサッツさんには引っ越ししていただきます」
「……まぁ、色々ばれても学園にいられるだけ御の字だからなぁ……」
 従わざるを得ないわけですが。
「それは違うぞ双禍」
 お兄さんは指一本立てて。
「ここIS学園はある意味世界で独立している治外法権地帯だ」
 ここでお兄さんは箒さんをずずいっと前に出してきて。
「箒が当たり前かのように銃刀法を無視して刀を佩けるのもそれだ」

「ふむ……」
 でもそれって独裁国家じゃね? とか思いつつ、実際私刑的な感じで箒さんにミシミシ関節を極められているお兄さんを視界の端に収めながら具体的に聞いて見ることにした。
「僕ぁどこに行くんでしょ?」
 最悪屋上でホイポイハウスで暮らしますよ?
「あぁ、それなら織斑君の部屋ですよ」
 ……ん?
「あれ? シャル……ル君……は?」
「ああ、シャルルなら、例のヘルメット被った社員に『映画撮影ですデュノア』とか言われて拉致られてったぞ」
 黙って見送ってたんかい。
「それでその場に偶々いた私は人手も居るだろうと着いてきたところだ」

 偶々とはどう言う事でぃ? な感じで聞いた所によると。
 『買い物に』付き合って欲しいと言われていたのでOK出したら正券突き食らった上にハイキック浴びたとか文句言っていた。流石のお兄さんもちょっと怒ってたけど、絶対それ買い物じゃねーだろ。なぁ。
 お兄さんの鈍さと箒さんの理不尽さに非常識にもいつものことだなぁ、と思いつつ、それを流して済ますからなにも進展しないんだよねお互い———なんて客観的に胸の内で言いたい放題してたわけですが。

「えーと……シャル……ル君大丈夫かな」
 以前、感動的にも彼女を守る云々で被爆させおった放射線源はさっぱりなにも遺恨がないと言った感じであるのですが。
「まぁ、家族との誤解も解けたし、この映画撮影を切っ掛けに家族の時間を作って行けばいいさ」
 そんな放射線源はこんな風になんのその。爽やかにエンディング風味なエフェクトを背負っているのだった。いいのか。本当にいいのかそれで。

 ……でもさぁ……あの、家族だよね……。
 なんていうか色々際限なくシャルロットさんが不憫の深みに沈んで行くのを幻想した訳ですが。
「そのシャル……ル君はどこの部屋に行くのですかね?」
 学園には明かしているとは言え、まあ、それで俺と入れ替わりになったんだろうけど。彼女のポジションはまだ『彼』なのだからして、女生徒との相部屋は出来ないでしょうに。
「その点は大丈夫です」
 答えてくれたのはプラボードを捲った山田先生である。
「デュノアさんの『家庭の事情』は一週間でどうにかなりますし———」
 あ、なんか凄い遠い目してる。
 何か面倒な事があったに違いない。
「それまでの一週間、その部屋は無人ですからね」
 成る程。倉庫みたいな扱いですか。
「でもそれじゃ、僕がワザワザ今日引っ越さなくても良い気がす———」
 榊原先生の視線が怖いので黙りました。






「———てな事があってな。双禍と俺は一緒に暮らしている訳だ」
「成る程……ん?」
「どうした? まだ疑問があるのか?」
「なんで俺の正体バレてんの!?」
「あぁ、阿修羅男爵してたから先生方と専用機持ちと箒にはバレてるぞ」
「マジかッって阿修羅男爵ってなにそれ!?」
 っつーか、そもそも。

「ってか、俺なんで完全復活してんねん!?」
 胴体真っ二つだった筈なんだけどー!?



 しかしまあ、今は起床後。
 今日は今日とて日常は進むのだ。
 ん、つまり学生は朝起きたら飯食って歯ぁ磨いて。
 まあ、学年別トーナメントは終末にあったからにして、一週間経ってもまた週末なのである。
 学業が無い日の朝って素晴らしい。
 のんびりご飯が食べられる。

 そう、体はメカでも無駄に精巧に生物である俺は腹が減る。
 お兄さんと並んで食堂に行くのは新鮮である……筈なのだが、引っ越してから一週間なので実際はそうでは無さそうと言うのがなんとも悲しい話である。
 さーてと、それで本当にどうしようか。
 部屋だったら簪さんの寝覚め次第で食堂か部屋でパンか決めていたもので、実は拘りがないのが俺である。
 ちなみに姿は、一週間経っているとは言えど、なんだかあれなので女性モードである。

 さて。
 食堂について早速気まずくなる相手を見つけてしまったのである。
 そう。シャルロットさんである。
 きちんと男装モードであると断言しておく。
 別に俺自身とすればやましい所も無いし、後ろ暗い事も無い筈なのだが、如何せん恋する女性は反応兵器と言っても過言ではないのだ。
 引越しのせいでお兄さんと相部屋という絶好の環境を俺に奪われた形になっているシャルロットさんは、俺が悪いわけではない、と理性で分かっていてもやはり感情的には思う所がある筈なわけで。
 なにせ、当人、ISどちらも多面性のある人格をなさっていたものですから、こちとら気が気ではないのです。

 次に『ひっくり返られたなら』何されるか分ったものではない。

 が。
 何やら様子がおかしい。
 心なしかやつれて見れるシャルロットさんは小刻みに震えていた。
 はて、なんだろうと耳という名の集音マイクを指向性マイクに調整してみたところ……。



「はは……もう、思い残すことなんて―――あるけど、あるけどさあ! もう、燃え尽きたさぁ……真っ白にね……」
 そこからは一握の灰が今にも風に吹き飛ばされそうな、そんな乾いた笑い声が届いてくるだけであった。



「シャル……ル君!?」
 白っ!? 真っ白く燃え尽きていらっしゃる!?
 なんですか、この驚きの白さは!?
「可哀想に、フランスに戻っていた一週間、映画撮ってたらしいのよ。不眠不休で。そっとしといてあげなさい?」
 その答えは隣で朝から炒飯かっこんでる鈴さんからであった。あ、おはようございます。
「あ、鈴さん。って一週間!?」
 あ、そうか、お兄さんの説明にあった一週間って丁度今日だもんな……!?
 て……家庭の事情、今日解決するんじゃなかったんですか山田先生。
「え? 双禍……もしかしてアンタ記憶が……いや、まぁ元気ならいいわ」
「ちょっと、鈴さんや! それものすっごく気になるんですけど!?」
 俺の方は俺の方でなんかあるみたいだしさあ!?

「ふっ……ふふふ……ねえ、双禍、聞いてくれるかな……はは……」
 え? シャルロットさん、俺、良いって言ってないのに語り出したんですけど!?
 俺の返事なんて全く聞かず、勝手に回想始めるシャルロットさんなのであった。






 ジャキィイイインッ!!(夕方六時のロボットアニメCM入りアイキャッチの効果音的な。ちゃんとデュノガルドっロゴが出てたり)
 って感じの導入である。

『よくぞ帰ってきたな我が息子にしてその実我が娘よ!! さて、時はゴールドなりと言うものであるし、早速撮影だ!』
「そこは普通に娘で良いよね!? ところで撮影って今からするの父さんッ!」
 シャルロットの悲鳴にも似た問いかけに、それまでふざけ切った態度であった父は急に真顔になる。
 真実を知った後でも、それまでに染み付いてしまった力関係、というのは強固に張り付いて剥がれない。
 思わず気圧され一歩引いてしまうシャルロットに対して、父は。
———ふむ、と首肯一つしたのち。
 バランス的に非常に難しい、見るものに不安を抱かせるようなポーズをとり。
「私の事は司令と呼べ、と言った筈だ」
「そんな真顔で溜めまで作ってさっぱり言うセリフじゃないよねそれ!?」
 そう言うシャルロットもさっぱりの使い方を間違ってたりする。
「否。重要だ———私のモチベーション的に」
「単に気分の問題じゃないかああああああッ!!」

 シャルロットとしては司令だろうが町内会長だか社長だか映画監督だろうがどうでもいいのである。
 しかし、この父、なんか動きがぎこちない。
「むぬむぅ———無理にジョジ●立ちするためにピアノ線で固定したが、流石に無茶があるな!」
「今の名状しがたきポーズ、ジ●ジョ立ちのつもりだったの!? むしろSAN値削るもんだと思ってたんだけど!?」
「ぬ、ぬぬ、絡まってきたぞ、う、うぐぅぉお、この不自由感、こ、これ、これでは、もう———」
 何やら社長がどんどんぐるぐるボンレスハムみたいにピアノ線に絡まっていく。
 かなり危機感を煽る見た目である……筈なのだが……なんとも焦燥を抱かない。
 それと言うのも。
「テンション…………ッ! 上がって来たぜー!!」
 そうだった。変人が強烈すぎて忘れてたけど立派にちゃんと変態だったのだ。
 艶ッ艶している。
 歳の割りに若いと思ったが、変態は常日頃から脳内麻薬がいい感じにドバドバ分泌されてアンチエイジングするのだろう。
 女としては羨ましいが見習いたいなど死んでも思いそうにはなかった。
「はい、あっち行ってなさい変態」
 随分と凝った趣向(特撮的に)のデスクから社長が蹴り落とされた。
 変態は愛してるよ奥さーんッ! と叫びつつボッシュート。丁度開いた床の穴へ落ちていく。
 都市制圧を目的とした悪の組織っぽい仕様だった。
 ツッこむのもアレなんでさらりと流すシャルロットであった。彼女だって成長するのである。

 さて。
「まったく———あの人は全く話を進ませないんだから……安心なさいシャルロット。私達の出来うる限り最大速度で終わらせるわ。全てを使ってバックアップに励むつもりよ」
「お……義母さ……」
「そう呼んで欲しいのは山々だけど無理する事は無いわ、シャルロット」

 どれぶりぐらいだろうか。
 変態を縁として家族となった血の繋がらない女二人が、二度目の邂逅を果たすこととなる。

「折角なんだけれど、映画のことは貴女には悪かったとは思ってる。でもこれはデュノアにとって起死回生のプロジェクト。勝手だけど貴女に穴を開けられては困るのよ」
 司令デスクから一歩ずつシャルロットへ向かってくる。
 常識外の理由があり、その為の確認であったとは言え、一発引っ叩かれたこのとのあるシャルロットは、身を固くしてしまう。だが、以前とは違って柔和な印象に包まれた義母の———

「貴女は学園を離れたくなんてないものね———いや、違ったわね。例のたった一人のIS男性適合者、彼の側から離れたくないんでしょう?」
 なる一言でフリーズが一瞬にして解凍、一気に沸騰域まで相転移して真っ赤になった。
「な、なななななな、なな———ッ!」
 何で分かるのか、と。
 まぁ、その様子を見れば初見の相手だろうと織斑の血筋以外にはバレバレであるのだが。

「私にはね宿敵と書いて友と呼ぶ相手がいるわ」
 なんて脈絡のない言葉が続けられる。
 シャルロットが訝しむ前に彼女は———
「まぁ、貴女のお母さんの事なんだけどね」
「へ?」
 などと繋げるわけである。
 意味不明すぎて首を傾げるしかないシャルロットに、彼女は苦笑しながら。
「まぁ、それは私と彼女が非常にキャラが被ってたからってのもあるのよね。ホラ、あの人のツボって狭いから」
「は……はぁ」
 シャルロットとしては、首を傾げながら頷くしかない。
 母と義母に共通点など……信じられないが、例の嗜好ぐらいしか、思い当たるものがない。
「当然、貴女にもその血は受け継がれているわ」
「冗談じゃないッ!!」
 本気の絶叫に他ならない。脊髄反射での悲鳴であった。
 しかしまあ、柳になんとやらで軽く受け流され。

「でもほら」
 パチンッと指をスナップすると、最近、特撮的に驚異の技術発展を果たしつつあるデュノア社の特大空間投影モニターが表示され、シャルロットとしては憶えの無い、信じたくない光景が映し出される。

『悲鳴をあげろ———豚のような———』
『ひっ———』
『あははははははははははははははははははははははははは———ッ!!』

 モニターに映し出されたのは、まだ日付も変わる前、シャルロットが双禍をまぁ、その……小突きまくっている映像だった。
「え? すいませんこれ、合成ですか?」
 無駄に技術が前のめりに前進したデュノアだから、その期待を込めて聞いてみるシャルロットである。
 が。

「そう……やはり覚えてないのね。これは実録よ。IS学園と提携している世界中のIS関連機関にキッチリ記録されてるわね」
 それって実質世界全土って意味ですよね。
 案の定、現実はより厳しい方であったりする方がお決まりであった。
 実のところ、さっぱり身に覚えのないシャルロットは、始めて直視した自身のアレな光景に、目をクルクルさせていた。
 え? これ世界中のISに関わる人の殆どと言っていい程広い範囲全てに撒き散らされてるって本気ですか穴彫って埋まりたいんですけどもしかしてこれって夢ですよね違いますかそうですか現実ですかさっぱり死にたい。
 ああ、そりゃ双禍が怯える訳である。
 なんて留まることなく考えていたのである。ああ、これがあのときの簪の状態だったんだなあ、と理解できた、一生出来れば味わいたくなかったものである。

 ところで。

「今時指パッチンで合図って古くないですか義母さん」
「いいじゃない! 気に入ってるのよ!」

 ちょっとだけ一矢報えたのだが、虚しさばかりが込みあがるのであった。

「しかし懐かしいわね~。私も初めての時は戸惑ったもの」
 急に態度が変わって、頬に手を当てる義母はあらあら、という日本の奥さん的な雰囲気を醸し出した。
「あなたがノーマルだと勘違いするのも当然よ、私達みたいなサガの持ち主はね、思春期に突入して、特に女性ホルモンがえーと、Dr.によるとエストロゲンだった……かしら? その分泌量が爆発的に増加したのに合わせて———そう、恋をすると初めて目覚めるらしいのよ」

「はい??」

 なんか、今聞き捨てならない事をお義母様おっしゃいませんでしたか?

「そのさながら生まれ変わる様な変身は蛹から蝶が生まれる事に準えて恋態と呼んでいるわ」
「日本語に直したら世にも恐ろしい一言にさっぱり紛らわしい事この上ないよ!?」

「だからカマ掛けてみたのだけれど、ズバリだった見たいねぇ」
「……は、はいい!?」
 なんだか、恐るべき真実を告げられた。え? なんですそれ聞いた事もないんですけど。

 と。つまり。

「つまり、あなたは愛しの男性適合者にこそ、あの時の杭打ちをしたくてしたくて堪らなかったのよ!」
「嘘だああああああああああああああああああっ!!」

 ムンクの叫び的な様相を表しているシャルロットへ、悔恨に満ちた眼を向ける義母がいる。
 何故、そんな顔をしているのか、と言えば。

「あなたが今それに否定的なのは私のせいなのよ、シャルロット、御免なさいね」
 やっぱりとは言え、ろくでもない事だった。
「色々と決め付けられている上に謝罪されているのは何故に!?」
「映画のためとはいえ、あなたに男性的なことをさせてしまった事。それがあなたの『ノーマル』と『アブノーマル』が誰しも持っている『男性面』と『女性面』に分かれてしまったのよ」

 冷静に、恐ろしく堀を埋める勢いで学術的に考察されているのですが。

「そんな、科学的に何の根拠も無い事をおっしゃられてもどうしようもないのですけど……大体、目覚めた、とか言っても今! こうしてなんの異常的嗜好もないですよ!」
 辛うじて放った抵抗も、嗜めるような視線で封じられました。
 母を演技で侮辱された時でさえ無かった殺意が軽く芽生えかけるシャルロットである。

 そんなシャルロットに、先達者は淡々と、事実だけを告げるように。
「Dr.によるとね、あなたが思いっきり『いぢめて』あげた双禍君……だったかしら? あの子はあなたが想いを寄せている彼をモデルにして生み出されたらしいわね。きっと、あなたが目覚めたばかりであるのと、その二面性、さらに本当の対象と、攻撃の意識が向いていた相手の相似性で対象を誤認してしまったのよ。
 そのせいで、終わった後、違いに気付いて目覚めた本性が自己保存のために引っ込んでしまったのね、あなたが完全に分離してしまっているのはそのせいよ」
 
 科学的根拠は全く無いのに恐ろしいほどに説得力ある説明であった。
 
「……双禍と、一夏って、似てます?」
「客観的に見ればかなり似てるわよ、あの二人。見た目とかではなくて、空気って言うか、匂いって言うか。ああ、匂いは識別にとって重要な要素ね。うん」
「そうなんですかーって、のせられてる!?」
「そこを全然違うって思ってる時点でマジ惚れしてるわね。惚気でしょー? いやー、若いっていいわねえ」
「ななななななななななな!」
「安心しなさい、シャルロット。既に扉の施錠は打ち砕かれたわ。きちんと真実のあなたをあなたが受け入れ、求める彼に叩き付けなさい。私もあの人に打ち明けるまで色々あって———まあ、お陰であなたが生まれる事が出来たのだけど、やっぱりね。大切な、いつまでも一緒に居たい人にはね。本当の自分ってのはきちんと———全てさらけ出す事が必要なの……私は少し時間が掛かってしまって、遅かった事に後悔してるもの。やっぱり、あなたに私の轍を踏ませたくは無いって———いやねえ。もう、老婆心かしら、これ? 頑張って、シャルロット。幸せになるのよ」
 シャルロットは胸が一杯に——————
「——————って、いい感じにまとめようとしてその実誘導してるッ!?」
 危うくなりかけるところであった。
 しかし、と———義母が言う事が真実だとして———だが、それを今の自分に当てはめると、だ。

 男で居れば普通だが、一夏と正面きって一人の女の子として向かい合えない。
 だが、女となれば遺伝子に潜む変態性が芽吹くと来た。
 何せ、自分は両親・義母共に真性だ。自分はきっと純粋血統とか恐ろしい何かに当てはまるに違いない。

 あぁ、なんなのでしょう、その二律背反。



「と、言う訳でだ。乙女から確実に進化しつつあるシャルロットの為にも、とっとと撮影を終わらせようと思う司令心であった。まぁ、その後試写会とかあるので度々男装してもらうけど、と追伸」
「え? ちょ、いつ復活したの!?」
 ボッシュートされた筈の父が柱に体重を預けながらなんか格好つけてた。

「それは……こちらとしても願ったりなんだけど、映画の撮影ってそんなすぐ出来るものなんですか? 学籍に身を置いている者として、あまり欠席するのは……」
「彼と一刻たりとも離れたくないものねえ」
「競争率も高そうだしな。粒揃い。何だね彼は主人公かね? 当然我が息子にしてその実娘はメインヒロインであろうな!」

「その辺どうでも良いですから! 二人揃ってからかわないで下さい!」
 弄りがダブルになった。流石夫婦だけあって息ぴったりに交互に攻めてくる。
 真っ赤になる顔を手で覆いながら必死にじたばたするシャルロット。
 しかし、ニマニマ笑っている両親である。微笑ましい光景である。
 片親が変なヘルメットさえ被っていなければ。

「ふむ、そんな暇無いしな。と、言う訳で、巻きで撮影するとしよう。これを服の下へ、見えないように装着するのだ!」
「えーと、ベルト?」
「如何にも。Dr.がさる特撮から着想を得て作り出したものでな。それと、これを使う」
「カメラ……ですか?」
「そう、生物兵器の瞬きさえ捉えるなんだかとっても凄いハイスピードカメラである!」
「えーと、彼等って瞬きするんですね」
「それは偏見というものだ、彼等に先入観から来る差別は文化的とは言えぬ! 今は本人が居ないから口頭だけですませるが、これからは気を付けるのだ我が子よ! ———てかどっちの名前で呼ぼうか悩んでいる司令である」
 何か叱られた。まあ、真っ当な事なのだ。自分に日がある事は分かる。
 しかし、この変態に言われると釈然としないのである。それはもう。
「もうバラしているなら本当の名前でお願いします……」
「了解したぞ、我が娘シャルロット。あ、それでは、そのベルトにあるスイッチを押すのだ」
「……なんか釈然としませんが……えと、服の下に入れちゃったから押しにくいなぁ……っと、これかな」
 ようやく手探りでベルトのスイッチを探し当てたシャルロットはあの科学者が作り出したものであるという事に嫌な予感を感じながら押し込んでみると———

『Clock Up』

 ベルトが物騒な事を喋りおった。

「着想どころかそのまんまだよねこれ!? アウトだよこれ!? モロそのまんまじゃないさっぱりアウトだよ!?」
 シャルロットの周囲の世界は豹変していた。
 一言で言えば、止まっていた。
 義母が、こちらをニヤニヤとした目で見たまま固まっている。
 シャルロットの体感時間が凄まじく引き延ばされた為に、周りの動きが止まって見える程になっていたのだ。その倍率の壮絶さがゲボックの超絶さを物語っているのだが…………。
 副作用、無いよね。怖いんだけど。

 が。

「しかし今は背と腹が代えられぬのだ! これを用いて物凄く素早い撮影を、物凄く早く取れるこのカメラで撮るのだ!」
 一瞬でも早く押したら超加速でこっちだけ置き去りにする筈なのに、誰よりも置き去りにしたかった変態は全く同時に起動していたりする。正直、ウザイ。周りが静かなだけに倍ドンでウザかった。

「あ、なんでこっちも加速してるかって? それはこの司令専用上位機種ヘルメットの機能でな、加速した人に同期して加速出来るのだ!」
 ちっ、あのDr.め、余計な真似ばかりを。

「なお、流石に加速した音声は録音してもきゅるきゅる甲高いので、生物兵器の皆さんがアテレコしてくれる事になっている」
「冗談にしても悪夢が極まるに過ぎるよね!? …………って何、してるの?」
「妻が止まっている間にパンツの確認をだな」
「最低……」
 超加速状態だから、対処されないのを良い事に、固まっている妻の股の下で寝転んでいる変態に、本気でおぞましいモノを見るような眼で見ているシャルロットだった。
「うむ。娘よ。その眼は素晴らしい」
「無敵かお前は!?」
 咄嗟に蹴飛ばしてしまった。

 丁度、そのタイミングで加速が終了した。
 すなわち、客観体感速度で見ると、爆発的に父親が蹴りブッ飛ばされた。
「へっぶぉおおおおおおおおッ!?(甲高い)」
 金属音のような響く高い悲鳴を響かせて、砲弾と見間違う速度で司令室の対砲弾ガラス窓をぶち抜いてデュノア社本社ビルから射ち出されて行く父を思わず、母娘は見送るのであった。
「うわ……やば!?」
 咄嗟に(あの威力で蹴り飛ばされて居るにもかかわらず、嫌な事に、生きている確信があるので)ISを起動しようとしたシャルを義母は嗜める。
「大丈夫よ。あのヘルメットのお陰で死ぬ程痛いだけらしいから。ダメージは殆ど無いくせに痛みはバッチリあるように私が要求したから悶絶していると思うけど」
 常人なら発狂する仕様である。まあ、初めから狂ってるみたいだからどうでも良かった。

「でもね。少し気分悪いでしょ?」
「うん。流石に生身(?)の変態をあの威力で蹴り飛ばすと……」
「違うわ。私達の嗜虐性は、愛する相手だけに向けられるものだから、肉親とは言え、対象外に愛を向けた拒絶反応が出ているのよ。大好きな彼にやってあげてね?」
「恋が絶望的だ!?」
「あと、シャルロット」
 え?
 義母がちょっと凄みを見せている。
「夫を『いぢめて』いいのは、私と貴女のお母さんだけよ。今回だけは見逃すけど、次は無いわよ」
 あ、やっぱりこっちも変だ。
 本気で眼が笑っていない。

 ビクついたので、特殊部隊張りに訓練を受けている筈の国家代表候補生であるシャルロットであったが、ハイパーセンサーの警告に反応が遅れてしまった。
 尋常では無い速度で何かが自分と義母を包囲したのである。



『『『『Clock Over』』』』

「うわ!?」
 一体何事か、という身の危険よりも、絶望的な眼で自分の今後を想像していたシャルロットは瞬時にして危ない言葉とともに出現したデュノア社スタッフに思わず飛び退いた。

 例のヘルメットに加えて、今彼女も装着しているベルトをつけているので、なんだか悪の組織の戦闘員のような容貌だった。ある意味あってると思うのだけれど。
「潜入していた他社のスパイにヘルメットかぶせて来たデュノア」
「それはひとたまりも無いだろうなぁ」
 超加速状態でヘルメットゾンビが襲ってくるのだ。逃げようが無い。

 ところで、今出て来たスタッフの様子が少しおかしい。
「えーと?」
「撮影スタッフよ。善は急げって言うもの。すぐにでも彼の元に戻る為にちゃっちゃと加速して撮りましょうね」
 そう言う義母は、眼が笑ってなかった。
 あ、夫への独占欲は本物なのですね。
 これも愛か。嫌だなあ。自分は、普通の恋とか愛がしたいなあ。
 心の血涙をさめざめと流すシャルロットは、これから始まる超高速修羅場に慟哭を上げるのであった。






 ジャキィイイインッ!!(夕方六時のロボットアニメCM入りアイキャッチの効果音的な。ちゃんとデュノガルドロゴが出てたり。背景が入りのとは違うVer)
 って感じで。回想終了である。



「フフフ……さっぱりそんなクロックアップ装置とハイスピードカメラを用いた圧縮撮影で、実質半年も体感時間があったよふふふ……」
「いやなんか別の意味でヤバくなってますよ!?」
「当然、そんな状態で不眠不休してたら心身共に崩壊しかけてさ……Dr.になんかされてこうして戻って来れたけどそれって……」

 なるほど。
 ああ、うん。貴女もなんですね、シャルロットさん。
 俺は、そっと彼女に手を差し出して。

「ようこそ、僕やラウラの世界へ」
「うわああああああああああ、やっぱりイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイッ!」
 取り敢えず、真っ白な灰にはこれ以上近づかないのが無難だなぁ、と思うのであった。
「トドメ刺すなよ双禍……」
「比較的まともだけど、根っことなる価値観がゲボックさんちなのよねアンタ」

 失礼な事をおっしゃるお二方である。






 さて、本日土曜日である。
 外出許可を取って街へ繰り出す生徒然り。
 申請を出して、アリーナでISの操縦訓練にいそしむなり、二年生以降に出来る整備科は予備のISを調整したり、進級したら整備科に向かおうと思っている生徒は、先輩の指導のもとに加わったり、はたまた、普通の学生のように部活で汗を流したり、部室にこもって某かを生産していたりするものだが。

 かく言う俺とは言えば。
 かつて激闘を繰り広げたアリーナの様子を見に来たのである。
 なにせ、偽千冬お姉さんと、色々羽目を外した俺とか、お兄さんが零落白夜纏わせて雪片ブレイドワークスしていたせいで全然シールドに保護されず刀傷まみれのアリーナの惨状とかの確認である。

 まあ、実は色々敗北続きの記憶なんで思い返したくはないのだけど。
 意外な人物から呼び出しを受けたのである。

 なんでしょう。
 内密な話だとしたら、まあ、その人で俺を呼ぶとなれば、一つ案件が思い浮かばないでも無いのですが。
 いや、それじゃなくて、もっといつもの的なのかもしれないんで、気負う必要は無いと思うんだよ、うん。
 
 そうして、アリーナに到着していた俺は。
「え? 何じゃこれ」
 先ず到着して感じたものは湿気であった。
 蒸し暑い。
 まだ、そんな気候では無い筈である。
 訝しみながら、アリーナ内部への扉を開いた俺は。

 見上げんばかりのシダ植物に遭遇した。
 しかも、視界を埋め尽くさんばかりの、である。
「……じゃ、ジャングル……?……?」

 それも、植生から見て、現代ではあまり見ない種が反映しているようである。
 見上げると、しゃぎゃあああ、と怪獣映画のような泣き声を上げて飛翔する爬虫類。
 特撮に詳しいものが見たら、ギャオスと呼ぶかラドンと呼ぶであろう、まあ、翼竜だった。

 絶滅した筈……なんだけどなぁ。

 どっちにしても特撮のあれらはデカ過ぎるんだけど。
 実際に存在したら、飛べないどころか自重で内蔵がブッ潰れる事請け合いだからなあ。

 なんて現実逃避してぼんやり見ていると、ジャングルを構成する樹木を突き破って長い首が生えて来た。

「ネッシー!?」
 と呼ばれるのと同種であろう首長竜目の生き物だ。
 首長竜は翼竜に食らい付き、悲鳴を上げて抵抗する翼竜を森の合間に引きずり込んでいった。
 弱肉強食だなあ…………。

「———って、なんで中生代になってんだここはああああああああッ!? あれか? 珍妙な条件が重なりに重なって、偶然古代の環境が蘇った白亜の森ですか!?」

 一人古代風景のまん前で絶叫していたら、なんと、それに補足が来た。

「まぁ、当たらずとも遠からず、と言う所だな。アリーナの破損の責任追及がゲボックさんに行ったんだが、当の本人はどこに居るかてんで分からないし、当事者のお前は重症だ。
 それで学院内に居て、この件に関わった『翠の一番』に修復が命じられたんだが。あいつめ、ここぞとばかりに種をふんだんに散布して植生をおっ始めたらしい」
 そう言って森の奥の方からやって来たのは箒さんであった。

 呼び出したのは、なんとも珍しい事に彼女である。
 なんか、頭の中の機能、いわゆる脳内メールにダイレクトに一報が着信。
 番号はきっとアンヌから漏洩したに違いなかった。あんの、デッサン人形め。

「あ、ども。ここで良いよね……待ち合わせ場所。お兄さんに逢い引きされたと勘違いされないように隠密でやって来たから安心したまえ!」
「そうか……すまんが余計な配慮は要らん!」
 斬り掛かって来たので飛んで逃げました。

「おのれ……」
「いや、僕が生物兵器だからって気軽にブンブン刀を振り回すのやめて下さい。お兄さんに嫌われますよ」
 貴女の場合、お兄さん相手にも、全力で振り回すでしょ。
「そ……そうなのか……アンヌとかは当たっても大丈夫なんだが……」
「百歩譲って僕はともかく、お兄さんにまでそれを適応させるのは如何なものか。
 ッつーか、何故それが驚愕の新事実のような反応なのだ」

 貴女も立派に篠ノ之だと思う。

 で。

「この中生代な原生林は原因分かりましたが、どう見ても恐竜とか居るのどう言う事ですかね?」
「『翠の一番』は、元々、人口問題と食料問題を解決させる為に生み出されたのは知ってるな?」
「まぁ、一応その建前は」

 建前は。

「堂々と建前言うな。……ともかく、砂漠地帯の緑化だけじゃなく、元々は他天体への入植を最終目的とされている生物兵器なんだよ。動物を行動する植物(アレトゥーサ)化させつつ、その遺伝子を保存する機能があるんだ。植物には消費者、動物が必要だからな。
 まあ、恐らく今回のこの騒ぎは、他天体へのテラフォーミングの試験も兼ねてやったんだろうな」
「なにそのグローバルでギャラクティカな機能。知らなかったんだけど」
 すげーなスケール。

「あ、それと首長竜も翼竜も恐竜では無いぞ?」
「え?」
「足が人間と同じように真下についているのを恐竜というんだよ。他のは一般的な爬虫類と同じで、足が横へがに股状になって生えてるんだ」
「詳しいなあ、箒さん。意外ですわ」
 科学的コメンテートを貴女から聞くとは。
「うるさいな……恐竜はな、子供の頃、好きだったんだ」
「あ、僕も好きだな」
 しかし、何故か箒さんはそれをおおっぴらにしたくないようで。それと言うのも———
「なんか男子染みた趣向じゃないか……今のお前見て特に思ったし……!」

 ああ、恥ずかしかったのね。
 なんとも可愛らしいと思うんだけど、むしろそれお兄さんへのアピールにすればいいと思うし。男って話題を共有出来る女性って好感もちやすいんですよ?
 それと、興味深いものにはのめり込む所とか、流石篠ノ之の血というべきか。

「それとだ。バレてるのに、女の姿(何故その姿)なのだ。知っている私等ぐらいには素顔を晒しても良いだろう」
「どーも馴れてしまいまして。でもまー、それもそうだし。お兄さんに似ているからって面の形だけで頬を染めんなよ」
「はぁ……言ってろ」
「本気で溜め息付かれた!?」

「そう言えば箒さん。なんでこんなところ呼んだんですかい? まさか森林浴じゃあるまいし」
「あぁ、ちょっと聞いて欲しい事があってな。あと、ここに呼んだのは、待つ時間がもったいないから、戦闘能力の高そうな猛獣で慣らし斬りをだな」
「待ち合わせの時間合わせで古代生物がばっすばっすと辻斬られてたッ!?」

 俺早く来て良かった! ちょっと遅かったらここの生態系が上から順に根絶してったぞ絶対に。
 この人、上位互換の千冬お姉さんが居るから隠れがちだけど、何気にポン刀で撫で斬る技能が充分過ぎる程溢れているのである。そのくせ節制皆無だし。

 冷静に考えるとまるで妖刀である。

「まぁ、その事は良いんだが」
「いや、良くないけどさ」
 いつも通り聞いてないし。
「すまないが……お前自身非常識だが、あの人らに対する感性は比較的一般的なお前に相談がある」
「箒さん。前置きが失礼でないかい」
 やっぱり俺の反論は無かった事として話進むし。俺の意見聞きたいのでは無いのか。

「実は、前々から———まあ、ここに入学する事が決まってからと言うもの、執拗に様々な伝達手段で、『ISいらない?』って姉さんから来ていてな……」
 気軽だなー。
「なんか、田舎のおばちゃんが野菜送ろうかのノリだ———」
 言い切る前に側頭部に衝撃が疾った。

「プッ———っふぁ!?」
 腹を起点に視界がぐるりと大回転する。
 なんだなんだと、状況を把握する前に逆側の側頭部に衝撃が発生した。
 何だと思えば、腹を軸に回転したドたまが地面に横斜めに食い込んだのだと、ようやく気づく。
 待て、なんだこれ。箒さんじゃないし、だとしたら、なんなのだ。

「検閲に引っかかったか」
「地上回路の機能に間借りしたのか……」
 吹っ飛んで上下逆さまになっている俺は、箒さんの呟きで何が起こったのか気づいたのだ。
 篠ノ之博士はきっと、自動で自分に対する、悪口———特に、女性としての沽券に関わる誹謗中傷にはかなり厳しい処分を下すのだと。きっと、あの人工衛星忍者以外にも、あの高さから狙撃するシステムを篠ノ之博士独自に設けているに違いない。
 親父の地上回路きっちり把握してるんだなあ、とこめかみを擦りながら立ち上がる。
 
「くれるってんなら、貰えば良いじゃない?」
「お前なぁ、世界でISの貴重度がどんなもんか、分かってないだろう」
「世界でどうだかは知らないけど、親父に聞いた話じゃ、束博士のラボでは台所にISコアが転がってって、調理用ヒーターの温度管理してるとか言ってたな、焼き魚とか超絶妙らしい」
 それでなおかつ炭化物質を作り出すクードラドールてどんだけよ、と俺は言いたい。
「世界規模の貴重品を度を超した贅沢使用してる!?」
 まあ、でも彼女はそれを作った人物なんだし。

「んー? まあ、確かに今の世の中じゃ、ISコアとかに携われるのは一種のステータスでさ。選ばれた能力者達の特権みたいな扱いになってるのは納得するよ。でもさ、それをぽんっ、と手にする事の何を箒さんが懸念してるかで結構変わると思うのだよ」
「……どう言う、事だ?」
「箒さん自身は結構優秀な人間だと思うよ? 代表候補生になれるぐらい。まあ、その為に必要な人脈とかは、篠ノ之博士ぐらいしか無いし、鯉口を切るの緩過ぎるし、やっぱり篠ノ之博士の肉親ってのが周りが慎重にさせるってのがあると思うけどさ。箒さんは、ISコアを手にした事で、周りに———その、肉親の七光りだと思われるのが嫌なだけなのかなーって」
「一々挟まれる余計な一言は今回見逃すとして……それも……あるのだが」
「まあ、全くないってのは無いよなあ」
「ああ……ISが出来てから、周りの眼は昔からいつだって、堪え難いものだったさ。未だに、咄嗟に警戒してしまう程にな……その辺、良いよなあ生物兵器」
 何か途中からしみじみとした感慨にごろりと変わっていた。
 そりゃ境遇的に、人間不信に陥るのも頷けるけど、生物兵器の方が信頼あるってどうなんだろうね。
「だが、それ以上に私が恐れているのは、私の性質だ」
「なんだいそれ」

 そう言うと、箒さんは何やら必死に吐き出したい、でも吐き出し難いといった表情を浮かべる。

 ああ、だからお兄さんじゃないのか。
 多分、まだお兄さんにさらけ出せるような事じゃないって以上に。

 俺が、生物兵器だから、打ち明けられるって事なのか。

「私は、自分で言うのもアレなのだが……力を欲する傾向が強い」
(力が欲しいか……)
 重々しい、地の底から響いてくるような声を発してみる。

「今考えて見たら、剣の道にここまで臨んだのも、色々理由をつけて、実際はただ力を欲していただけなのかもしれん」
(力が欲しいのなら……)
 それは、望めば手に出来るのだと。
 その代わり、何を失うのかはお前自身だと。
 地獄から誘う魔獣の囁きのように甘美なもので。

「しかもだ。いざ力を手にするとな……それまで欲していた反動なのか、その……酷く浮かれてしまうのだ。その力を振るいたくて、それを、堪えられなくなってしまうんだ」
(くれてやぶふぁあ———!!)
 いい具合で盛り上がっていたベストタイミングで、冷や水をぶっ掛けるが如く、道中にて狩って来たであろう、それはもうデッカい、俺の顔程もある猛獣の牙が俺の顔面に炸裂した。
 角度があれなら刺さるところである。
「変なエフェクトつけてまで茶化すな阿呆」
 うぅ……めっさ痛い。

 ておい。

「ちょっと待て。このサイズの牙って一体何ハンティングしたんだー!?」
「それがどうかしたのか?」
「いや凄いだろ!? 象なら密猟で逮捕されるレベルだからね! いや……すげー」
「知っているか、双禍」
「え、なにを?」
「ある恐竜の化石を発掘していた時、ある科学者たちが角竜の角だと思われる化石を発見したんだが」
「えーと、なにその話題の急転換……まぁいいや。うんうん」
 ちなみに、角竜ってのは犀みたいな、頭を硬質化した皮膚で覆っていて頭部(てーか顔?)から角生えてる恐竜の総称である。有名どころで言うとトリケラトプスって言えば分かってもらえるだろう。
 しかし、唐突に恐竜好きな箒さんの恐竜トリビアとはこれ如何に。

「その恐竜の全身が完全に揃った化石が発見されてようやく、その化石は実は角でもなんでも無い、イグアノドンの親指の化石だったと発覚したそうだ。
 イグアノドンの親指は鋭く錐のように尖っている。草食恐竜である彼らの武器でな。先入観で見てしまうと、専門の科学者でさえ、尖ったそれを角だと見てしまった、と言う話だ」
「ヘぇー…………で?」
「それだけだが」
「えー? ……………………ん?」
 そこで、俺は手元の牙(?)を観察した…………まさか、これって……。
「箒さん、まさかこれって……!」
「さぁな」
「ちょ、待っ、なんかモヤモヤして気になるから教えて箒さああああああああああんっ!!」
「自分でハントして確かめるのがいい。勉強になるぞ」
「この大密林から!? どうやって!!」
「大、と言ってもアリーナサイズしかないぞ」
「いや、なんかどう見てもそうは見えないほど広大になってる気がしてなんないんだけど!? どうすんの、てーか教えてよ、ねー!」
「どーだか」
「うわああああああっ!」
 箒さんは終始、はぐらかすだけであった。
 いや、本当、これは一体なんなのか。

 まぁ結局、その牙(?)をお土産に貰えることになりまして、ひとまずその場は落ち着きました。あとで簪さんに相談してみよう。うん。
 しっかし、すげぇなこれ。デカイしゴツイし。色々見回していると咳払いが聞こえてきたのでおぉ、と佇まいを直さねば。

 さて。
 ようやく落ち着いたのか、箒さんはゆっくりと語り出した。

「分かっていても抑えることが出来ない。父上に教えられた、刃をこの手で振るう事が意味するものを私は全然……」
「まぁ、確かに節操なく斬りかかるよね」
「いや、先もそうだが……そんなに、か?」
「自覚ねぇのかよ!?」
「兎に角、今ならその『力』が剣のみであるからその程度で済んでいるが———」

 兎に角で流すな。

「生身の人間には充分過ぎるんだがな」
「もし、これ以上の……ましてやISだなんて最高峰の『力』をてにしてしまったら、私は———いや———」
「ん? どしたの?」
「いや、どうなるかなんて、分かっていたな。もう、私は……」
 ものごっつ暗いオーラを放つ箒さんである。
 まぁ、過去に何某かあったんだろうけどね。俺にはそれを知るよしは無いし。
 でもさぁ。
「そう思っていながら俺に相談したってことは、それじゃ、納得できないんでしょ?」
 俺の追及は図星出会ったらしい。
 苦渋に顔を歪めた箒さんはあぁ……と小さく応え、下を向きながら述懐し始めた。

「私は今回、何も出来なかった…………」
 それは、俺にもある意味当てはまるものだった。

「いやー、俺も色々しゃしゃり出たけど、結局何も出来てないから、似たようなものだよ? そもそも、箒さんはあの試合に出てた当事者じゃないから同じ事だと思うし」
 いやぁ、負けっぱなしって切ないもんですよ。
 うん……あぁ……。
 悔しいよねぇ。

「だけどお前は! 力になろうと動くことができたじゃないか! 例え今回、力になれなかったとしても、確かにお前は一夏を助けていたじゃないか、お前自身が負けていたとしても…………お前がいなければ勝てなかったのは誰の目にも明らかじゃないか! 私は……私だけが、なにも出来ない!」
「それは、ち……お、織斑先生やセシリアさんや鈴さんもそうじゃないか」
 危ない危ない、危うく千冬お姉さんと言うところだった。男モードだと、オート口調修正がないからねぇ。実質素なんだから。
「今回は、だろう? 鈴やセシリアはISが修復を終えればいつだって一夏の力になれる! 千冬さんだって、この学園の教師なんだから、何も手がない事はないじゃないか!」

 そうかねぇ。
 逆に教師なせいで千冬お姉さんはなにも出来なくてかなり歯痒いと思うんだけどな。
 きっと今の立ち位置は千冬お姉さんにとって自他ともに認めるだろう枷なんだろうと思うんだけどね。

 箒さんきっと、初めはそんな自分でも出来ることがあると自分に言い聞かせ、出来ることを探していたんだろうけど。
 ゴーレム襲来事件で、逆にお兄さんの足を引っ張ってしまったことが後を引いているんだと思う。
 その上で、この事件。

 …………なーんか、誰かのシナリオ臭いな。
 そしてきっと、俺がここにいるのもそのシナリオの内なのだろう。
 ならば、箒さん自身としては、もう結論は出ている。
 俺の役目はつまり———

 そこまで感情を吐き出してようやく我を取り戻したのか、箒さんは愕然として言葉を失っていた。

———俺は聞き役って事で。なにもしてないけどさ、自覚できたなら幸いだね。
「まぁ、なんだかんだでISが欲しいって事なんだと思うよ」
「…………………………あぁ、その気持ちが強いのは確かだよ……だが!」

 箒さんは、その気持ちこそが忌々しいのだと、言うかのように。

「正直、普段は幼稚な矜持などを振りかざしているのに、こんな時ばかりあの人らに頼るのは虫のいい話だと思わないか! でも、私はそうでもしなければ何も出来ない! 一夏の力にもなってやれないんだ! ならばどうすれば良い! いっそのこと開き直ればいいのか!」

 ………………踏ん切りを切らせて欲しいって事だね。しゃあない、か。

「はいどーぞ」
「携帯……電話か? それ」
 ボールペンのような通話機である。ポケットに差し込めるし高性能な代物です。
 普段は俺内蔵の通話機使うからいらないし、無くしやすいから普段は量子格納してるけど。

「それに向かって『お姉ちゃん大好き!』(偽りの仮面、箒さんモード使用)って言えば全部解決すると思うけど」
「私に死ねと言うのかアアアあああああああああああああああああああああああああああ!!」
「さっきまでの葛藤はどこ行ったあああッ!?」

 プルルルル、ガチャピー。

「あ、操作してないのに通話が」
「嫌な予感しかしないぞ」
「奇遇だね箒さん、俺も―――」

『嗚呼あああああああああああああああああああああああああ!! 本当!? 当然お姉ちゃんも箒ちゃんのこ――――――』

 グシャンッ!!

 何か言い切る前に箒さんは通話機を地面に叩きつけていた。

「あー……」
「あ」

 物理粉砕された通話機を見下ろす俺と箒さん。
 何とも言えない沈黙の最中、壊れた通話機の隙間からボールのような何かがコロコロ。

 何かと観察を続けると、それらはプルプルと震え、親指サイズの、その、小さな束博士になった。
『ふぅー。ビックリしたなぁ』
『箒ちゃんは乱暴乱暴』
『でもそこも可愛いなあ。可愛いなあ』
『ふふふ、素敵なぷち束さん、妖精さん仕様はあっという間に』
 あ。いつの間にか通話機が直って……いや、バージョンアップしてやがる!?

『ヘイ! それでは箒ちゃんワンスモワ!』
 箒さんに電話機を手渡すと、小さい束博士は通話機の隙間に潜り込んでいった。

「…………」
「…………」

 黙りこみ、二人して通話機を凝視する事しかできない。
 こうしていても一向に事態が進まないので箒さんに提案する事にした。

「もう、掛ける以外選択肢は無いと思う」
「私の葛藤はなんだったんだ…………」
「あまり葛藤してないと思うのだけど」
 まあ、俺としては、箒さんが力に溺れてヒャッハーするのは出来ればご遠慮したいのですが、俺が何をしたところで頑固極まりない箒さんの悩みを解決なんて出来ないだろうし、箒さんの性根を折り曲げる程の影響力は俺にはあるまい。
 箒さんの友達であるという自負はあるが、流石に二月程度で彼女の心の奥底に踏み込める程気を許されているなど驕っているつもりも無い訳で。
 むしろ、人間不振な上人見知りの激しい箒さん相手に、この短期間でここまで来れたのは生物兵器補正のおかげではないか、と自慢にならない自負とかしか持ってない。
 まぁ、あれだ。
 何かトラブルがあればお兄さんが色々補正を天の星程の数背負って箒さん助けるんだから大丈夫だろうさー、なんて他力本願でかつ楽観視していたのだった。

 この時は、まだ。
 そう、どちらかと言えばISをお兄さん相手の売り込みポイントにしてるだけなんじゃ……と言う一抹の不安があったわけで。

 ありゃ? なんで俺、IS視点でもの言ってんだろう……?



 箒さんはしばらく通話機を睨みつけていた。
 時折、通話機が『いやよ、いやよ、いやよ見つめちゃいやん! おねーちゃんフラッシュ!』なんて言ったりしやがるので、その度に通話機を破壊しかける箒さんをなんとか宥めすかし、ようやく恐る恐る、掛け初めさせることに成功したのだった。



 流石に、通話中は席を外しましたよ。
 なにやら箒さんがしょっちゅう叫んでたなぁと、ラプトルに追いかけられながも聞こえましたが……。

「はっ、囲まれてる!?」
 逃げているつもりがキルゾーンに追い込まれてた!?

 その後、必死になって逃げる俺であった。
 いやほんとマジになった。
 ラグド・メゼギス発動させたし。

 追伸だけど、あまり簪さんはあの牙(?)に興味を抱いてはくれませんでした。
 確かに女性としてはマイナーな嗜好なのかなぁ、と残念に思うのである。
 まぁ、箒さんと共通の話題が出来たから良いか、と自分を説得してみるのであった。






 ところで。

 俺はどうやって姉さんの襲来から生還したんだろうと言う疑問が今更浮き上がって来た。

 それどころか五体満足だし、調子ばっちりだし。
 色々混乱から抜けてくると、足元から寒気がぞわぞわ這い上がってくるわけですよ。
 怖いわー。
 知るのが心底恐ろしいけど知らんって方が精神衛生的にじわじわよろしくない。

 なもんで。
 当事者でもあるラウラから俺になにがあったのか直接聞いてみる事にしたのである。
 ラウラなら外出なんて訓練でしないだろうし生活必需品は全部購買で済ますだろうし。

 応答を求めてシグナル放ってみると、すぐさま応答が来た。

 お、流石軍人。連絡に敏感だね、と感心しつつ、反応をMAPに当て嵌めるとそこは医務室。

 医務室……?
 一週間前受けたダメージはそこまで深刻だったのか。
 お見舞いも兼ねてヨーグルトを購入、赴いてみると……。



「丁度良かった。誰でも良いから人手が欲しかったのだ」
 出迎えたのは病衣姿のラウラだった。
「思ったより元気だね。そんな格好だから長引くのかなとか思ったけど。はい、ヨーグルト」
「あぁ、すまんな。後で一緒に戴こう。体調は実際のところ、体内のナノマシンで常人よりは治癒速度が早いのでな。至って健康体だ。今から退院するところだよ」
「それはおめでとう。しかしさぁ、逆に言えばナノマシン保有体が一週間も掛かるって結構ヤバかったんだなぁ」
「あぁ、今思い出してもこの一週間の苦しみには背筋が慄くよ。安易に力などを求めたしっぺ返しだな。身を持って軽率な行動の処分を受けたようなものだ」
「うわぁ……どんなんだったんだよ、それ」
「ん? お前も知っている筈だろう?」
「あー……その件で頼みがあってね」
「成る程。丁度いいと言うがここまでとはな。退院に付き合ってくれ。私の部屋でゆっくり腰を据えて話すとしよう。養護教諭、これで良いだろう。今まで世話になった。感謝する。この病衣は洗浄して返納する」
「あいよー。健康人はとっとと出てけー。あー、やっとヤニ分補充できるわー」
 気怠げにタバコでやや黄色くなった仕切りの向こうから返事が返って来た。
「外じゃ吸わないんですか」
「今時喫煙者には目が厳しいのよ。それにニコチンの匂いだけで気分害する学生もいんのに残り香つけて戻れっか、てーの。あー、一週間の禁煙よさらば!」

 なんか半端に職業意識が強いのであった。
 新たに保健室に来る生徒の事は考えないらしい。残り香だってあるのに。
「いるやつならともかく、わざわざあたしの縄張りに入ろうって奴になんで気を使わにゃならんのだっつーの」
 ここが保健室だからです。
 それと、一週間耐えられるならやめられそうな気がするのだけど。
「世界が滅ぶその瞬間でもあたしは辞める気は無いよ」

 心読まれたー!?

「大体皆似たようなこと思うからよ。お前らワンパターンすぎ」
 ……いや、人はそれを常識と呼ぶと思うのだけど……。
 まぁいいか。俺はラウラに向き直って。

「人手が居るって荷物運びかい?」
「いや、行軍もこなしている私が重量物如きで人を呼ぶわけなかろう」
「訓練持ち出すな病み上がり」
「なにを言う。如何なるコンディションでも同様の結果を出すのがプロと言うものだ」
「プロならそもそも如何なる時もベストコンディションを保つと思うぞ」
「それはそうだが、プロならば想定外の事態も想定して行動するべきだ」
「でも、本当に全てのパターンは網羅出来ないだろう。事態は刻々と変化する生き物なんだから」
「なにを言う。確かに全ては無理だろう。だが、最低限、腹案を持たぬ兵は死ぬだけだ」
「だからその線引きについ———」

「漫才してないでとっとと出てけ」
「あ、はい」
 喫煙準備完了の禁断症状発症者が殺気じみた視線をこっちに向けているので、素直に脱出することにした。ヤク中に近寄らぬに越した事はないのである。

「私達はけっして漫才な———」
「はいはい、ストップだよラウラ。で、結局人手は何につかうのさ」
 よけいな事を言いかけるラウラを誤摩化し宥め賺す。いや、だって怖いし。
「……仕方ない。これについてはまたにするがな。実は」
「逆に何も持って来てないのよその子。最初に着てたISスーツはクリーニングに出したし、この子って下着以外制服しかなくてね。その肝心な制服はISに量子格納されてて、今の状態じゃ取り出せないわけ。付き添い無しでその格好のまま廊下うろうろさせられるわきゃないだろう?」
「そういう事なら杞憂だったんだが。私はスニーキングミッションもこなしている。誰にも見つからず、自室に戻る事など雑作もない」
「着眼点が相変わらずズレている訳ですな」
「そういう事。あんたも変だけどまだマシだからこの際目を瞑るわ」
 失敬な話である。
「あと、なんか服貸してあげて。あんたら背格好ほぼ同じだから丁度いいわね」
「そっちがメインかッ!?」
 仕方がないが、このままだと本気で服が来るまでこの格好でいそうである。
 彼女向きの説得法なら、魔法の一言がある。

「そうだぞ、ラウラ。ラウラが隠密行動どんなに得意でも、部屋に戻っていい日ぐらい織斑先生も掌握済みだろう。見つからずに動ける自信があるかね?」
「む。確かに教官相手に装備もなしに行動するのは自殺行為。なるほど、それでは引率よろしく頼む」
 ラウラって千冬お姉さん持ち出せば言う事聞いてくれるからいいですわ。

「あー、そういう使い方すればいいわけねえ。じゃあ、とっとと出てけ」
 だんだん目が血走ってきてて禁断症状発症が辛抱溜まらなくなってきている養護教諭に何されるか分からんので、ラウラの部屋にとっとと移動する俺らだった。
 すると、なぜか段ボールの塊が山になっていて出迎えてきた。

「わあ、何この荷物。ラウラ、片付けてないの?」
「私は基本背嚢一つだけでどこでもいける。これは私のものではない。む……そう言えば、今日から相部屋だったはずだから、入室する者の荷物だろう。だが、これは無駄な質量だな。迅速な行動には不要きわまりない」
 いや、これぐらいなら普通かと、むしろセシリアさんに言ってあげて欲しい。

「今まで独り部屋だったのか!? 羨ましいなあ」
「自分で言うのもなんだが、対人能力の低い私と在学生との摩擦を避けるための判断だろう」
「なるへそ。でも学生ってむしろそう言うのを育成する場じゃないの?」
「知るか。ここでよけいな国際問題を起こして欲しくないのだろう。実際、私は中国とイギリスとの間に借りを作ってしまったしな。妥当な判断だ」
 段ボールをみると、そこにはフランス語でデュノアの文字が。
 あぁ、一週間空き部屋って相部屋のラウラが入院ってことだった訳か。

 ところで、ラウラよ、いつまでも病衣でいるのもあれなので、量子格納しているゲボック印の新素材衣料シリーズの中でも! 部屋着に向いている宇宙人カラーのジャージを進呈しようではないか。
 彼女無防備すぎて、浴衣っぽい病衣の隙間から肌色やら胸元やらが見えまくっているのである。

「おぉ、これはいいな。機能性が抜群だ」
 銀色の光沢(宇宙人カラー)のジャージを受け取って無邪気に微笑むラウラにこちらも微笑みながら、ある事に気づく。

 俺、女性に服を送ったのこれが初めてだ……!

 って。
「では、早速使わせてもらおう」
 地味に感動していたら早速ラウラが装着すべく病衣を———
「待ていきなり人の前でフルネイキッドはやめろおおおおおおおッ!?」

 この子に僅かでもいいので羞恥心を覚えてほしいと、切に願うのだった。



 さて、ラウラ部屋……というかシャルロットさん部屋でもあるこの部屋に入り、住人以外姿が遮断される形になったので、俺は男モードでスタンダードな黒ジャージにTシャツ姿である。

「ラウラはお茶とコーヒー何がいい?」
「ホットミルクで頼む」
「オッケー」
 ケトルを量子展開、お土産のヨーグルト以外にも牛乳だって完備してある俺はケトルに突っ込み、両手で掴んで熱線を放射、吹き出さない程度に暖めると、紙コップに注いで渡す。久々ですが、万能家電人は伊達じゃない。



 一息ついてかくかくしかじかの後。

「成る程、記憶障害か。ならば、直に見た方がいいだろう」
「直に見る?」
 映像記録でも残しているのだろうか。
「そうだ私は単切に明快な報告ならばできるが、逆に主観的な伝達は苦手だからな。ならば、私の主観を直接伝達した方が早い。双禍、私に目を合わせろ」

 ! あ、そう言う事か。

「オッケー。シグナルの同期はこっちが合わせるよ」
「忌々しいが、規格が一緒だからおそらく指定しなくても自動探査で合うだろう。初めるぞ」
「お願いするよ」
「私も一緒に視聴しよう。意見交換してみたい」
「なんか文字流れる動画みたいでワクワクしますな」

 説明しよう。
 ラウラはナノマシンの暴走処置を親父に治療される際に各種余計なまでの機能拡張処置を受けているのである!
 よって、ラウラは改造人間と言って差し支えなく、生物兵器である俺と色々共通した規格があるのだ!
 
 と、言う訳で。
 俺の失われた記憶のうち、俺とラウラが一緒にいた時ラウラが見聞きした情報を直接送信してもらえることと相成ったわけである。
 本来、個人個人、単に脳の情報と言えど処理法が違うので独自規格と言っていい情報形式なのだが、お互いの脳からインターフェースとして入出力に用いられるのは製造者が同じナノマシン。そしてそれによって光彩、網膜パターンを用いた信号を同一する事が可能。
 脳神経パルスは一人一人違えども、その前、眼球が受ける光学情報は同じものだからである。
 一人一人、同じ情報でも脳での処理は違う。どう受け取るかは本当にその本人にしか分からないのが主観というものだが、このやり方なら、主観に歪まされる前の素の情報をやり取りできるのである。

 だが、このやり方、欠点もある。

「なんか目を合わせるって照れますなー」
「何がだ?」
「さいですか……」
 ラウラには、関係ないようである。
 そして。

 情報が俺の網膜を通して送られてくる。
 Access……Data……



 脳裏に、ラウラのナノマシンと同期した旨を伝える視覚メッセージが流れ込んでくる。
 それは、ラウラが思わずお気に入りタグを入れてしまう程にとんでもない価値のものであったと告げておく。
「な、なんだこりゃあ!?」
「これは凄いぞ。忘れていたというならそれは大きな損失だ。是非にも取り戻せ、お前が今回の敗北を悔しいと思っているならば、尚更な」
 言われるまでもない。
 俺も同じくお気に入りに入れてしまう程のものであった。
 千冬お姉さんのように超常的な戦技ではない。
 努力したならば。そう、ただひたすらに誰しもが努力したその果てに行き着いたなら到達するであろう極地。
 誰もが届きうるが、そうそう行けるような者は居ないであろう、辛苦の道のりの果てでのみ行き着くであろう———






 学園最強の生徒、生徒会長と我が家の生物兵器最強、対IS級生物兵器、『灰の三十番』による———
 あまりにもハイレベルな攻防データであったのだから。



 エンゲージは幻想的な始まりだった。
 IS学園の防衛網を瞬く間に切り抜けた我が姉、『灰の三十番』の周囲がぶわっ、と七色に煌めいたかと思えば、続いて断続的に小さな虹が発生した。
 それは細かくバシリバシリと生じ、その度に僅かながら姉さんの身が揺らがされていた。

 だが、それは最初の数発だけであった。
 右腕と同化している槍が鞭のようにうねり、離れた位置に虹の幕を蒔き散らす。

「水を弾いているって事か?」
「そうだ。小さな水の弾丸を高圧縮。弾丸にして放っている。ハイパーセンサーでも捉えるのが困難な不可視の弾丸だ」
「インビジブル・ブリットって事ですか。鈴さんの衝撃砲と同じコンセプトなんですな……しかし、直ぐ対応したなあ」
「この生物兵器、技量も凄いという事だな。それまではスペックで無理矢理突っ込んできたんだが」
「力任せでいいところならその方が楽だからなあ。あんまり縛りプレイとかしないんですよ」
 折檻の時以外。

 なんてコメントしていたときだった。

 姉さんが、背後に向けて槍を振るった。

 途端。

 槍の半ば程が大爆発を巻き起こした。

 ……。
「え? 何が起きたの?」
「私も兵装についてはよく知らないのだが、おそらく前方からのインビジブル・ブリッドに意識が向いている間に光を屈折させ、不可視化して背後から攻撃を仕掛けたのだろう。インビジブル・ブリッドを使える所から言って、おそらくアクア・ナノマシンを用いて水の圧力を操作、半透過体を作り出したのだな」
「あー。会長、瞬間質量膨張とかして水蒸気爆発叩き付ける技持ってたもんなぁ。アクア・ナノマシン持ちだったのか」

 アクア・ナノマシン。

 それは、世の中にかなり普及しているナノマシン技術でも、一際身近なナノテク技術である。
 アクア・ナノマシンは高吸水性高分子と高強度ゲルの性質を併せ持つ機能を有する上に、吸収した水を任意の状態で放出させる事のできる特質をも有している。

 余談な説明となるが、そもそも通常の高級水性高分子であっても、吸水前の自重に比較し数百倍から約数千倍の保水能力を備え周囲の湿度調整にも役立つという優れものなのだ。

 アクア・ナノマシンはそれに加え、同時にナノマシンであるために、ナノマシン特有の物質組成改変能力も備えている。
 分かりやすく言えば、常温で水のままでありながら固体液体そして気体の姿へ自在に変化させる事ができ、その水自体も様々な性質に変化させられる上に吸排水自在なのだ。

 今や浄水場には不可欠な技術となっている。
 掘ったばかりの井戸に投与して水質改善したり、塩害を受けた土地へ撒布すれば土壌改善も行える、環境改善技術としてもホットな技術なのである。
 だが、あまりにその加工の自在っぷりに天然志向の人々は苦言を呈したりもしていて、ミネラルウォーターの中には『当ミネラルウォーターには、アクア・ナノマシン未使用!』だなんてものをウリにするものが一周回って出てきたりしていたりするのだ。
 まるっきり一昔前の塩素扱いである。
 まあ、それだけ一般にも身近な技術となってしまったアクア・ナノマシンなのだが。

 親父を昔誘拐紛いの手で招致・監禁してまで技術を獲得したロシア涙目の状態であるが、このアクア・ナノマシン。これだけメジャーなのにあまりISに使われないのは理由がある。

 ウォーターカッターを初めとして、高硬度物質の加工や触媒として大変その奇特な性質を帯びる水。それを支配するアクア・ナノマシンだが、その精度となると、高みを求めればコストも合わせて天井知らずの技術なのだ。

 先に上げた浄水場など、人体に安全な程度、有害物質を完全に濾過する程度。
 ナノマシンを用いなくてもできる事を低コストで代用させるぐらい(従来の手段より低コストなためここまで広まった)の低機能なら民間でも用いる事が出来るのだが、IS、それも戦闘用に用いるなら、ナノマシンの精度を恐ろしいまでに高めなければ話になかったりする。

 言ってしまえば不純物を一切混入させる事が許されないのだ。
 そもそも高吸水性高分子はナトリウムやカリウムなどの陽イオンが溶解した場合、即座にその性能を低下させる。
 紙おむつに使われている高吸水性高分子は、その性能低下を見越した高吸水性で作られている。
 もし本来の目的ではなく、純粋に水を吸収させたなら、その性能の違いに驚くだろう。
 そう、CMで水を吸わせたとき凄いのはそれぐらい無ければおむつとして使えないからである。
 実際に使われる用途より遥かに水なら吸い込めて当たり前なのだ。その性質を良く知ってCMを見てほしい。

 戦闘に用いるなら、例えナノマシンで性質を変化させるとはいえ、陽イオンを残していれば残している程、兵装としてのアクア・ナノマシン保水能力が低下するのである。

 それは、超兵器としてのIS同士の戦闘では致命的となる。
 故に、高コスト、高リスクも兼ね合わせられ、ISの兵装とするのは滅多に無いはずなのである。

 あれ? 迎撃に向かったの会長でしょ?
 簪さんの言を信じるなら、会長は自力でISを組上げたって聞いてるけど……。
 日本の暗部ってそんなに金あったっけ……?
 代表候補生とはいえ、実家がスパイで御座いと主張している会長にそんな経費ロシアが出すわけないし。
 うーむ。

「ところで、今の爆発は何でしょう?」
「今のは、アクア・ナノマシンを高速振動させて放つミストルティンの槍だな」
 なぬ!?

 なんと、答えたのは千冬お姉さんである。
「双禍、タイミングいいな。というか、このときのお前と全く同じタイミングで質問したんだぞ」
 どうやら、ラウラが記録していた千冬お姉さんのありがたい解説だったようである……が。
 それって、俺は記憶があろうが無かろうが変わんねーって事じゃねーか。

「実際今のお前は何の違和感も無いな」
 成長無いって言われているようなものではないか。

「どうでもいいから傾聴しろ。ためになる」
「了解だぞラウラ」
 ちょっと悲しくなった。

 で、映像記録の千冬お姉さんは解説を続けてくださった。
「本来、防御にまわしているアクア・ナノマシンまで用いて共鳴超高速振動を発し、対象装甲を貫通後、余剰エネルギーを炸裂させる代物だ。防御の分まで攻撃にまわすため、リスクの高いここぞと言うときの切り札として使われるのだが、姿を見せていないなら一撃必殺の奇襲としてはいい作戦かもしれん……が、気付かれてしまっていたから、その効果も半減する。見ろ」

 記録上の千冬お姉さんは、モニターを示した。



 そこには。
 無傷で宙に佇む光り輝く女性のシルエット。

「無傷……とは恐れ入る」
「そうなんだよラウラ。姉さん超硬いんだよ。ガトリングレールガンフルで食らってもヒビ一つ入らんのだぞ」
「……その非常識な頑丈性はなんなのだ……?」



 呆れているラウラを尻目に、ファースト・コンタクトがすんだ両者は、一旦間合いを開いた後。

 虚空無拍子。
 瞬時加速。

 直後、両者が先程まで居た位置の丁度中央を起点に衝撃波をまき散らしたのだった。
 一瞬姿を見失う程の加速で姿を眩ませた直後に互いの槍を交えたのである。

 会長の方は量子の輝きを放った。
 発生したのは大量の水である。
 さっきの一撃で大量の水を失ったため、補充の必要性があったのだ。
 しかし、陽イオンが吸水能力を低下させる弊害だと海上での戦闘は大変である。
 大量の水が眼下にあると言うのに、海水であるためアクア・ナノマシンに吸収させられないからである。

 しかし、そうなるとISってな便利である。
 液体の搬送は困難なのだが、ISならば、量子格納しておけるのだ。
 そして。
 アクア・ナノマシンに最も適した『純水』は、不純物の量子情報を有していないため、複雑な機構の武装よりも遥かに大容量を取り込む事が出来る。
 量子領域の限り装甲であり武装である水を携行出来るISは、アクア・ナノマシンの精度さえクリアすればかなり効率のいいポテンシャルを繰り出せるという事なのだろう。

 だが、そんな小手先の技術力はそれから見せられた技巧に比べれば特筆すべきものなのではなかった。
 水を補充し、装甲を復元、槍の穂先も膨張させた会長は、ただ純粋に、槍術をもって打ち掛かったのだ。

 対し、迎撃したのも単なる槍術であった。
 まるで絡み合うかのように、二本の槍は螺旋を描き、次の瞬間、手元を軸に相手の槍を手元から弾き飛ばさんとその身を振るい上げる。

 空中での接近戦は本来、踏ん張りが効かないため、反動や遠心力、加速をもって斬り結ぶのだが、どのような重心移動を反重力と合わせているのか、人間は地上で生きる生物だと言う事が嘘であるかのように、会長は空を泳ぎ槍を振るう。それに淡々と槍を会わせる姉さん。
 その絶技に観客である俺とラウラは絶句する。まるで地上で振るっているかのように全身駆動を用いた応酬だったのだ。

 ぶつかり合う穂先。
 それでいて、空中戦である三次元機動もそのまま生きているのだ。

 間髪入れず会長は槍の苦手な近距離へ潜り込み、喉を潰すべく柄の胴を両手で押し出すも防がれ、そのままつば迫り合いに突入すれば続けて相手の体勢を崩そうと重心をお互い変化させ、その結果グルグルと、縦横複雑に錐揉み描きながら回転する。

 軸を失ったプロペラのように乱雑な回転を描いていた両者は、申し合わせたかのように全く同時のタイミングで弾き出され、美しい線対称を形作りながら、再びその距離をゼロへ変えて打ち合わせる。
 この一擲は力を重視したのか、お互いに槍を弾かれ———だが、その勢いさえ加速に重ねて全身を一回転。

 全身だけではなく槍自体、持ち手を支点に回転させ、弾かれた勢いに乗って尻柄を加速させる。
 姉さんの顎を砕くどころか頭部を粉砕する勢いで弧を描く会長のそれに対し、姉さんは恐るべき技量を以って突きを放ち、柄の一閃をピンポイントで押しとどめた。

 生物兵器としてのスペックではなく、技量に思わずぎょっとしてしまった会長は、一瞬だけ、ほんの刹那硬直してしまう。その隙を的確について姉さんは槍を突き出した。
 その危急に瞬時加速で咄嗟にバックする会長は流石である。
 だが、その槍が———『灰の三十番』そのものが、ナノマシンの塊である事を失念してしまっていた。
 生半かに、彼女の技量がハイレベルであったために今度は技量者としての面に注視してしまい、生物兵器としての特殊性を眩まされたのだ。

 つまり。槍が恐るべき速度で伸びたのである。

 瞬時加速に比する超速度で伸びた槍は会長に追いつき、穿ち抜こうと迫る。
 会長の機体から、水のヴェールが弾け飛ぶ。

 否———

 弾けさせたのだ。
 均一に高圧縮されたアクア・ナノマシンの圧力を任意に崩したのだろう。

 爆発と見紛う程に噴出した水流は水によるジェットとなり、瞬時加速による進路を無理矢理に九十度捩じ曲げる事で、串刺しの運命から会長を逃したのだった。

 だが、瞬時加速中の無理な機動によるGは、親父が作るような非常識なイナーシャルキャンセラーならば兎も角、現行ISの水準では下手すれば骨折する程の代物なのだ。会長に伸し掛かった負担は相当なものに違いない。

 一般的な兵器に対し、その面において圧倒的に優位であるはずのISでその代償を受けるのはどれほどの事なのか。

 串刺しは逃れ得たが、長大に伸長したため膨れ上がった遠心力を乗せられた薙ぎ払いを避けられなかったのはその無茶で意識が一瞬飛んだために違いない。

 大きく弾き飛ばされた会長はアクア・ナノマシンの装甲を撒き散らしながら弾き飛ばされ、姉さんは追撃を即座に。

 出来ずに爆裂した。

 しかも一度ではない。
 連続で何度も何度も爆発は発生し姉さんを叩きのめす。

 あれは、俺も前に食らった散布ナノマシンによってなされる範囲攻撃。
 大気中の水分に混ざり込んだナノマシンから局所的にエネルギーを発振する事で質量を急激に膨張させ、爆破する『清き熱情(クリア・パッション)』とかいう技である。

「でもあれ、屋外で使えないんじゃなかったっけ?」
 爆発、というのは質量の急激変化である。
 爆弾によるそれは、燃焼という化学変化が急激に連鎖発生する事でその質量を膨れ上がらせる。
 当然反応熱による破壊効果も含めて高い攻撃力を誇る。

 だが、会長の『清き熱情』はエネルギーを供給する事による水蒸気の急速膨張である。
 質量の急激な変化、と言う点では爆発と全く同じであるが、しかしこちらは水蒸気を加熱して膨れ上がらせているだけである。
 急激なためとんでもない衝撃を与えられるが、こちらは酸素の化合反応熱が発生しない。
 実のところそれは空気で思い切りぶん殴っているのと効果はかわらないのだ。
 そのうえ、屋外で発動させると圧力からの解放に伴う噴出やその炎熱科学反応が無いため、膨張速度は一歩劣り、威力がいまいちとなってしまう。
 そのため、『清き熱情』のような攻撃は、施設や炭坑などの密室空間を高湿度で満たすことで相手を『圧殺』する攻撃として用いるのだけど……。
 
「ああ、あれか? 一定の遮蔽空間が必要なのだから、泡で膜を作ってその中を高圧化させているのだが」
 わお。なにそのデンジャー・ラップ。
「ちょっと待て。その一手間のタイムラグが殆どないってーと……」
 ラウラのご解説にちょっと疑問が生じる。
 姉さんが、その泡の形成に対処出来ない形成速度ということになる。
 つまり、そのアクア・ナノマシンの精度は半端じゃないって事になる訳で……。
「ますます資金源が謎な会長だな……」
 いや、なんか引っかかるんだけどなんだろう。

「よし———出来たな」
 首を傾げていると、データ映像上の千冬お姉さんがモニターを弄っていた。

「あの周辺はナノマシンが高密度の空域になっているからな。警戒どころかむしろ公開したがっているのだから、音声その他をこちらに送信させるようにした。
 さて、私の余裕もできたところで、一つ教授してやろう。更識のISはな。『灰の三十番』の腕を丸ごと流用したナノマシン原種を用いている。その精度は巷に流布している雑種なんぞとは格が違うんだよ」

 な……、なんだってええええええええええええええええええええ———ッ!?

 今現在世界に席巻しているナノマシンは、既に把握するのもおっくうな程に多種多様な種が存在しているが、その原型たるナノマシンは、親父が発明した事になっている原種ナノマシンである。
 しかし、実際そのナノマシンは姉さん。つまり、ケイ素系生命体の体細胞なのだ。
 あらゆる技術というのは発展すればする程小型化を目指すのは常の事である。

 ナノマシンが実現する前、大いに注目されていたのは、ある原始的な生命体が生まれつき備わっている生体モーターなどの、人間が科学で模倣しても到底追いつかない極小の天然機械であった。

 つまり、人間がどうがんばっても結局のところ、生命の神秘には敵わないのだ。
 それを覆した事になっているのが親父のナノマシンなのだが、実際それは群体である極小生命体そのものを品種改良したものでしか無かったりするのが切ないものである。

 そして、その性質を簡略に、均一の性質を量産させられる、等々人にとって都合良く品種改良していけば、その生命としての強靭さは失われていくのは摂理というものだ。

 だが、原種である姉さんの体細胞を直接加工したならば、生命として強力な———そう———『攻性因子』や『防性因子』を強力に有するナノマシンをIS装備として備える事が出来るということになる。

 そもそも、姉さんの元になったケイ素系生命体は水に弱いのだ。
 かつて遥か過去、地球に漂着したケイ素系生命体の卵は、地球の大気中、ふんだんに満ち溢れる『水』のせいで孵化出来なかった、と姉さん自身が言っていた事もあるし。

 つまり、こんなにも流布しているアクア・ナノマシンは、ナノマシンである生物の本能に逆らった仕様なのである。
 生物としての本能を極限まで押さえつけた代物である、と言える。

 逆に言えば、本能の強い会長のナノマシンは水と相性が悪く、アクア・ナノマシンとしての適正は最悪だが、ここで、姉さんの体の一部———腕———を用いている事がその意味合いを逆転させる。

 姉さんはケイ素系生命体にはあるまじき———親父が生物兵器として加工したためかは知らないが、強靭すぎる意思力、精神強度を保有しているのだ。

 そのため、本来苦手である『水』を原種故の高性能で使いこなせるのだ。



 そう、恐ろしい程の精度で稼働するナノマシン———その由縁はこれだったのだ。
 チートじゃねえかこれ。



「しかしまぁ……姉さんの腕なんてどこで手に入れたんだ? 最強の生物を倒すために最強のキメラを作るべく、最強の生物の体をゲットしなきゃいけないジレンマ解決済みって奴じゃないですかい?」

 その謎にうんうん唸っていたが、さらにぶったまげる事態が発生する。
 空中に光のラインが描かれる。
 それは千冬お姉さんがつないだ回路のためか、モニターにくっきりと映し出されるのだが……。

『すいません、ちょっと通りますよ』

 と、ご丁寧に一言断っていた。
 空気中のナノマシンを用いて光を屈折させ、意図をわざわざ伝える文面を描き出しているのだ。
 が———言葉使いとは裏腹に、爆発を力ずくで突き破り姉さんは豪快に直進する。
 しかも、またも無傷だった。
 見せる余裕に相応しい、傲慢然した行進である。

 そして、ナノマシン属種が近しいためか、それに似た力は姉さんも持っている。
 俺が会長の『熱き熱情』に気付けたのは、それをさんざん食らったからだ。

 空気中に散布したナノマシンを用いて周囲一帯の光を収束、瞬時に高熱発生点を作り出す『光爆(テラ・ルクス)』。
 それは原理で言えば虫眼鏡で火をおこすのと何も変わらないが、集束された太陽光はホームセンターで販売されているものを加工して素人がにわか知識を動員し、手探りで作っても調理を可能にする程の高熱を発する事が出来る。
 それが兵器として洗練された集束率ならば、強固な装甲さえも一瞬にして蒸発させられる程の脅威となる上に、熱された大気が急激に膨張し爆発と同じ現象を引き起こすのだから、馬鹿にしたり油断したりしていれば瞬殺もののえげつない攻撃であるのだ。



 同タイプである会長も、その攻撃を察したのだろう。
 阻止するべく、散布されたアクア・ナノマシンに指示を発する。

 瞬間、映し出されたのは

「開放空間仕様『熱き情熱(クリア・パッション)』連続起動!!」
『文字表記:光爆(テラ・ルクス) 連鎖機雷仕様』

 モニターに映り出されたのは画面を埋め尽くす爆鎖の連続であった。
 立て続けに爆破に爆破を継いだ両者の攻撃は、その範囲外へ逃れる挙動とそれを三次元的に捉え、追い落とすべく追撃を炸裂させるという一連の流れをお互いに向けて連続して行ったために生じたものだ。
 単純、と言えど、その連鎖数と精緻な爆撃が続けば螺旋を紡ぐゲノムが如き描画を描き出す。
 その様相は珊瑚の群体を見るような神秘的なものとして目を釘付けにするのだが、実際この空間は地獄となっている。
 高熱の連鎖空間を貫いて二体が飛び出した。
 片や学園最強、圧縮された水の遮蔽幕で熱と爆圧を遮断した簪さんの姉、生徒会長と。
 それに襲い来るはお茶の間最強、純粋に強靭な硬度で牽制とは既に言えない水蒸気爆発の殴打をものともせず、槍を携え突き進む俺の姉。

 普段こそあまり虫が好かないけどここでなら俺は叫ぼう、頑張れ会長! でないと俺が死ぬ!
 てか、ラウラと千冬お姉さん、身内を応援しない俺をそんなジト目でみないで欲しいのですが。



 その頃からである。IS学園外淵部、海上の戦いに変化が生じたのは。
 『熱き情熱』ではダメージを与えるどころか足止めにも使えないために、手段の変更を痛感したのだろう。
 会長の周囲に目に見える程の水球が次々と生じる。
 はて———?
 戦闘の始まりは、見えない程のサイズでしかし高圧縮された水弾による狙撃であったが、これではその利点である隠密性が失われている。
 確かに質量を増やし、圧縮度も上げていたとしたら攻撃力の向上を見込めるだろう。
 しかし……それだとしても、先程の熱き情熱による連鎖爆発以上の効果を見込めるとは———否。

 水球は当初の見通し通り、姉さんに次々と飛来する。
 動きも緩慢、弾道もほぼ直進的なその水の塊は、『姉さん』の強度には脅威ではない。
 またも真っ正面から力づくで押し切るべく真っ向から激突し———
 全身を縛る重量にたたらを踏んだ。

 巨大な水の塊であったものがそのまま硬化し、その重量を姉さんに架していたのだ。
 このぐらいの重量ならば本来、さほどの負担にはならないのだが、今の姉さんは攻撃を通じぬと、ただ直進していた。
 奇襲や闇討ちは当然警戒していただろうが、水自体には気を割かず、真っ正面から受け止めた。
 故に、不意に下へ加わった力の向きに、一瞬だがたじろいたのだ。

 そしてそれは、不可解な効果をあらわした、続けざまに飛来する水の塊を避ける隙を消すには十分であった。
 効かぬと高を括った、その慢心を突かれたのである。

「過冷却水だな。アクア・ナノマシンとはそんなものまで生成出来るとは脅かされるものだよ」
「いやー、普通のアクア・ナノマシンは氷点下では操作出来ないと思うのだけどー」

 こんな感じで俺らがあっけにとられているのは訳がある。
 会長が先程生成した水塊は、過冷却水なのである。
 過冷却水とは、氷点下に達しても氷結していない状態の水をそう呼ぶのだが。
 凝固点を下回っても凍らないこれは準安定状態というものにあたり、『凍るためのエネルギーが得られなかった』ためにこのような状態になるのだという。
 通常、物質の相転移。三態の変化と呼ばれるものがあるのは知っていよう。
 それは基本的に分子の運動エネルギー。まあ、一般的解釈で言えば熱エネルギーを得るに従い個体→液体→気体と移り変わるのだが、実はこの逆である液体→個体へと変わる際にもエネルギーが必要であると言うのである。

 というのも、物質が凝固結晶化するためには、物理的な刺激———エネルギーを与えられる事で結晶の核となる微小な固相が生まれる必要があるからだ。

 この物理的なエネルギーは、急激な温度変化による一つの容器内での温度差でも、液体の対流が起きるため十分なのだが、そのような対流さえ起こらぬ程にごくゆっくりと温度を下げて行くと固体化する事が出来ずに———この場合で言う、過冷却水となるのである。

 こうやって生まれた過冷却水は物理的なエネルギーを与える事でミクロサイズの氷の結晶さえ液中に生まれれば瞬く間に凍り付くため、突つくだけで凍る水、他の器に注ぐ時に氷結が注ぎ口へ遡って行くという、とても珍奇な物質となるのである。

 会長はこの性質を利用し、大質量の過冷却水を着弾の衝撃で固体化させ、その質量の重量で姉さんの動きを阻害したのだ。

「———しっかしなぁ……過冷却水って、急速冷却で作れないからやったらめったら作るの面倒で戦闘に消耗するのはコスパ的に良いとは思えないんだけどなぁ」
 恐らくタネは先の大量の水の量子格納。
 予めコツコツ作っておいた過冷却水を、物理エネルギーを与えずに持ち歩く事の出来る量子情報として格納領域に納めていたのだろう。
 そうでなければ、ナノマシンそのものが氷結の核となってしまうため、アクア・ナノマシンにとって陽イオンより相性が悪い過冷却水を用いたり精製するのはデメリットが大きすぎる。
 いや……現時点においてもリスクを背負っていた、と言えるではないだろうか。
 姉さん相手以外には余計に格納領域を圧迫させながら闘っているという事になるのだから。

「いや、こうして有効だったから見返りがあったようなものだけど、下手したら内職損になるよねぇ」
 まるで白鳥だな、と思った。水面では優雅に泳いでいるようだが、その裏舞台。水面下では死にものぐるいで水かきを動員しているかのようだ。
 気付かれるのが嫌な努力の人、という事なのかもしれない。

『ロシアは、以前あいつに辛酸を舐めさせられているからな。更識はロシアの代表候補生だ。情報や対策は前もって相当バックアップされているはずだろうさ。このリベンジマッチのためだけと言っていい程にな。言うならば今回のエンカウントは、IS学園と言うよりは、ロシアの沽券が掛かっているんだろうさ。更識の素性すら憂慮する必要も無い程にな。この戦闘の結果次第で更識の待遇が大きく変わるだろう。防衛という意味以上に更識は現当主として必死にもなると言うものだ』
「国って怖いですな!?」
 その努力の裏事情は嫌すぎるものでしたが。
「双禍、お前また前と同じ事言ってるぞ。データ上の教官と全く同じ会話しているしな」
「俺ってな本当に進歩無いな!?」
 分かっていたけどさ!

 そうして、ゆっくり降下して行く巨大な氷の塊であったが、その表面に亀裂が走って行く。
 そう、動きの阻害が目的だったのだから氷に閉じ込める事は攻撃になりはしない。
 そもそも、閉じ込められる程の強固な檻になるでもないのだ。

 大体がして、窒息なんてするかどうかも分からないのがケイ素系生命体である。

 だが、達人級の動きで襲い来る超硬度の塊である姉さんを破壊するなら、達人級の身体駆動をするその身へ溜めの大きい大威力を叩き付けなければ有効打にはなりはしない。
 漫画でよくある、効かないように見える一点へ向けた集中攻撃、が大破へ繋がる、というのはスペックが劣っていても技量が上で無ければ非常に困難なのである。

 だが———そう、溜めがあれば出来るのだ。
 会長は再び槍の先に大量のアクア・ナノマシンを集結させる。
 ミストルティン———防御を捨てた一撃を、さらに倍の質量を与えて、一撃の下に消し飛ばす所存であった。

 超高速振動し、霧斬と同じ機能まで発揮し始めたミストルティンを構えたタイミングで、姉さんが氷山を食い破ってその上半身を引き出し———

 遅い。水の槍の方が早い。
 しかし、アレだね。
 箒さんとの会話の後だと、ミストルティンとか聞いちゃったりすると、また『力が欲しいか……』とかやりたくなるよね。こっちは仁愛だけどさー。

 会長の必殺の一撃が姉さんの脱出より早く———

 しかし、この世に光より早く動く存在は有りはしない。
 凄まじい光量が水塊の一角から放たれた。

 姉さんのマネキンのような頭部、その口の部分がぽっかりと開き、全身のケイ素を光ファイバーのように変質させて集めた光と、周囲の滞空ナノマシンを用いた広範囲の光源をすべて集束させて生み出した一閃は、太陽すら圧する程に輝く光槍として放たれたのだ。

 その超絶的な速度は、一手の差を覆し、会長の胸に突き刺さる。
 光は集めればその分高熱を発する。
 発揮された莫大な熱量は一瞬にして会長を蒸発させ、その存在は大気に散布された。

 てか。
 かっ、会長ォ消し飛んだああああああああッ!?
———って、待て。まさか、今のってまさか。

「甘いわよ——— 四方より交われ」
 しかし、今しがた発した感情は拍子抜けものだと思い知る事になる。
 すぐさまナノマシン回線を通し、耳朶を叩いたのは、澄んだ、聞き慣れた声———簪さんのそれに似た、しかしよく通る声だったのだから。

 そう。文字通り蒸発したのは写し身。
 アクア・ナノマシンを用いて作り出した水の分身である。
 動きを拘束した隙に繰り出す、タイミング完璧な一撃を出してさえ、それでいてなお格上である姉さん———そんな事など百も承知だと、必殺の一撃さえ覆される———それを前提に切り札さえ囮として会長は通常サイズの槍を構えたのだった。

 勝つために。

「『氷紋槍』———氷なる蛇!」
 会長の言霊は、技の名を紡ぎきる!
 四周に過冷却水を展開し、穂先に集束。
 衝撃に氷結するのをアクア・ナノマシンで操作。
 その姿は鎌首を獲物へ素早く伸ばす蛇が如く。さらには探査式超振動機能———霧斬槍として姉さんに炸裂させた。

 その威力はついにその強度を凌駕する。
 ドタマをぶち抜いて破壊を撒き散らし、全身の輪郭が散らされて行く。

 やった。
 やりおった。
 ついに会長が姉さんに打撃を与えたのだ!

 解き放たれた衝撃と超振動は姉さんを仮封印していた氷山さえも木っ端微塵に粉砕し、さらにミストルティン同様に余剰エネルギーが炸裂し、大爆発を引き起こす。

 言ってしまえば、これはミストルティン程の質量を得られずとも遥か上の威力を発揮するミストルティンの氷結改良版と言っていい代物だろう。

 貫通された姉さんは既に人形を保てず、その姿がぶれて行き———え?
 あれ、これ直ぐ前のデジャヴではないですか。

 あぁ……なんと言う事なのだろう。

『甘い』

 先程の意趣返しとでも言うのだろうか。
 異様なまでにデッカく甘いわっ! と描かれていた。
 大人げない上になんと言う負けず嫌いである。

 姉さんは会長と同タイプのナノマシンによる闘争者。
 会長の手の内は、これ即ち姉さんの手札でもある。
 打ち砕かれたその身は会長同様に、滞空ナノマシンによる光の屈折や変調で作り出した像———立体映像だったのである。
 手応えがあったのは立体映像の核に氷の塊を用いたからだ。
 ケイ素ベースの肉体と氷の手応えは非常に似てるしなあ……。

 千冬お姉さんは、逆転の策を失した会長がおされて行く戦況を見据えながら淡々と戦況を述べて行く。
 それこそ、教師という職に相応しい有様だったのはなんとも不思議な気分である。いや、普段からちゃんと教師なはずなんだけど。



「———そう。流石は更識だ、と言いたいところだが———まあ、その機体は実際のところ、『灰の三十番』の腕を構成するナノマシンを培養して流用強化したタイプだ。どちらもナノマシンを散布して領域を形成する戦法を取る以上、例え技量が同等だろうが、不利は否めん」
「織斑先生!? そこを何とか!?」
 道理を曲げて無茶を通していただかねば!

「……お前はどっちの味方なんだ? だが、通常ならば純粋に上位互換。空間に漂う地上回路を構築するナノマシンさえ掌握して自己の戦力へ補充できるアイツに対し、侵食をかけてそれを自己の勢力側に奪う手段を用いてなお、圧倒的物量差には更識は敵わない」

 それを聞いて、この戦闘には一見視認できない隠れた闘争があったことに気がついたのだ。
 ナノマシンによる支配宙域の奪い合い。
 それぞれの微小機械が、自分とは起源を同一としながら別種となったナノマシンの領土を侵食し、己の同属へと作り変え広げていく陣取りゲーム。

 しかし、これが劣勢であるがために会長は圧され続けていたのだ。
 何故なら、この二つの種はその総数量に圧倒的桁違いの差があったからだ。

 しかし、千冬お姉さんはここで逆接を用いたり。
「―――通常なら、な」
 と。

「へ……?」
「ISの第三世代兵器は一般的に操縦者のイメージ・インターフェースを利用した、単一仕様能力に依らない特殊兵装の実装を主題としている。
 概ねこれらは空間に何らかの干渉を及ぼしているのが殆どだが、人間はどうしても三次元上の存在で、空間という次元に対してイメージをするのは容易ではない。
 そこで、空間を既存の物質に当てはめ、何らかの方向性を与えると言う形でイメージを容易にしている訳だ。
 オルコットものは空間上での操作。
 凰のものは空間の変形。
 ボーデヴィッヒのものは空間への特殊力場の放出。
 だいたい、放出操作侵食吸収変形のいずれかとなる。
 そして更識の第三世代兵器の機能は何だと思う?」

「え……と、操作? ですか? 水の」
「確かにそれもあっている。だがな、厳密に言えばあの機体が操っているのは水ではない」
「へ?」
「あれが操っているものは、H2O という、水分子を取り込んで完成した、アクア・ナノマシン。それ、そのものだ。高吸水性高分子のエミュレーターなどというまどろっこしい事を、あれだけのナノマシンがわざわざやると思うのか?
 今までの通常アクア・ナノマシンに向けた配慮など、手の内を隠すための偽装に決まっているだろう。
 通常ならそれでも更識の実力を超えるものなどそうはいないからな。
 しかも、先程放ったように、極低温状態でも液体を保っている過冷却水状態でそれを成している。
 考えてみろ。ロシア代表が、氷点下の環境下であることの方が多い本国で使えないような機体を使うと思うか?」
「あー……」
 確かに。ということは———会長のアクアナノマシンとは、紙おむつにも使われる高分子凝集材のような特性を模倣するのではなく、その上位互換的能力を保有している、と言う事だろうか。しかも、水としての特性を持ったままという反則気味の力を持った物を。

 って事は待てよ。

 IS学園は外周をぐるりと海に囲まれた孤島に存在する学園だ。
 つまり。

「普段はその必要性が殆ど無い程、更識は充分に敵対者を撃退するだけの実力を持っている。だが、その実力を上回る相手が来ようとも、IS学園を外部から守ると言う防衛行動に限定した場合にこそ、最大の力を発揮する。
 ああ見えて霧纏の淑女(ミステリアス・レイディ)は極端なまでの防衛特化型ISだ。更識は生徒会長になれる程の実力を有しながらも常に格上に対する防衛戦を想定して全てを構築している。ナノマシンが支配する質量が圧倒的に不利であっても、そもそもそれを想定して作られているのだ、事前の想定と事実に大きな差異はない。そこが情報、物理合わせて攻撃に特化している光学制圧式ナノマシンとは例え可能な戦略が同じであろうとも性質が根本から違うのだ。その意図をもって組み上げたのか、更識の内面が反映してあのような機体になったのかは知らんが、もしそこまで考えて機体を組んだのなら、更識は学園を守る長に相応しい、と言わざるを得んよ」

 だが、モニター上では無常にも、圧倒的ナノマシンの物量差に押し切られ、水の防護幕ごと吹き飛ばされ、会長は海に叩き落された。
 しかし、千冬お姉さんはそれを見ても余裕の表情を崩さない。淡々と言葉を継ぐ。

「さらに正しく言うならば、『霧纏の淑女(ミステリアス・レイディ)』第三世代兵装の特性は『吸収型』だ。何が溶け込んでいようと仔細気にする事はない。配慮も無縁だ。水分子を得られれば得られるほどに強くなる。陽イオンなど関係はない。ロシアの雪原でもそうだが、学園の海上防衛線で遭遇する事ほど、愚かな事もあるまいよ。アクア・ナノマシンを備えている存在がISであるということ。それだけで既存の武器と一緒にしてもらっては困ると言うわけだ」

 千冬お姉さんが喋り終えたのを聞いたかのように。
 会長が沈んだ一点が渦を巻く。
 大量の海水が一点に凝縮―――いや、飲み込まれ、一つの個体の戦力を瞬く間に膨れ上がらせていく。



 そして、海面を飲み込み突き破り、全力を揮える姿となった『霧纏の淑女』がその姿を現した。

 それ即ち———
「ら…………」
「ら?」
 小首傾げてるラウラ、なんや妙に可愛いものである。



「ラスボスだあああああああああああーっ!!」
「うおおお!? また大声だしたな!? なんでお前はこの事項に対してそんなに過剰反応するのだ!?」
 そりゃ記憶が消えようがなんだろうが、何度でも叫ぶさ! 姿を新たに、復帰した会長の愛機『霧纏いの淑女』は、そのシルエットを大きく変容させていたのだから。

 そう、僅かにだが疑問に思っていたのだ。
 会長の『霧纏いの淑女』は、通常のISに比べ、明らかに小柄なのである。
 それは、装甲による防護をアクア・ナノマシンによって代用していたからであり、千冬お姉さんの言ったとおり、拠点防衛や施設での戦闘において起動能力の優位性を誇るためであると思っていた。
 しかし。明らかに今回の戦闘において、より防御を必要とされる場合においても、アクア・ナノマシンを用いて装甲を増す、ということをしていなかった。
 幾度も再展開していたところから、材料は豊富にある事は確実で、制御出来る質量も、姉さんの細胞謹製ならば、問題は無いだろう。水の最大の特性である不定形であることを利用し、変形を何故しないのだろうか、と。

 その答えが、現在の異様。
 本来、フッティングと形態移行を除き、その姿を殆ど変えないはずであるISが、現在の会長はまるで別物。

 その、率直な感想が———
「双禍よ。前は聞かなかったがその、『ラスボス』とはいかなるものなのだ?」
 ラスボスだったりするんだが。いや、本当それっぽいのですよ。
 そう、昨年はまみえること無かったが、年末の歌唱合戦において、過剰なまでに装備をまとい、最終ボスの異名に相応しい多段変形を見せているそれそのものとしか言えない姿だったのだ。

 ラウラは、単語ではパッと伝わらないのも仕方がないか。まあ、ゲーム好き界隈の業界用語のようなものだからね。知らないのも無理は無い———てことも無いはずだけどなー。まあ、今までの生活環境考えると仕方ない事だけども。
「よかろうラウラよ、説明しようではないか。お、あったあった。BBソフトでググって見た画像がこれだ」
 モニターを展開し、画像検索してみせてみる。
「おぉ、確かに。印象に共通点があるな———!」

 感嘆するラウラに説明しつつ、俺は慄いていた。
 莫大な水を吸収し、吸えば吸うほど強大な力を獲得する。
 その姿形、機能さえも得た力によって千変万化し、そもそも。
 その身に内包した圧倒的質量そのものが会長の力を底上げするのだ。

 これはもはや、水の完全支配———
「これが、私の『霧纏いの淑女』の第三世代兵器。本来相容れない水と完全適合したナノマシンIS兵装———」
 会長がその名を世に知らしめる。

「———『碧き指輪(ブルー・リングス)』———」

 幾重にも水のヴェールを身に纏わせる会長はまるでドレスを纏っているようである。
 それでいて巨大———通常ISの数倍のサイズなのだから、何やら荘厳な印象を受けるではないか。

「お姉さんの全力全開状態。保水量最大まで吸収したその名も———」
 海面と水のヴェールが螺旋を描いて接続されたままの姿で、会長は両手を広げ。
「500%霧纏の淑女(ミステリアス・レィディ)よッ!!」
「ダぁッさァ!? 全身に水を入れたり出したりしそうな名前だと思ったら案の定だよッ!!」

 会長にネーミングは全く無いようである。



 だが、たとえセンス無い名前を付けられようが、その実力は際物だった。
 海面から幾筋もの水柱が立ち上がる。
 何本もの柱は渦を巻き竜巻を形成、姉さんと会長を包むフィールドを嘗め尽くす。
 これ程の規模で水を一度に支配出来るなど、俺は家族であっても見た事は無い。

 しかし、光の槍を上回る破壊力は発揮出来ていない。
 姉さんに近づいたものは片っ端から薙ぎ払われ、崩され、蒸発していく。

 起きている事は、規模が大きくなっているだけで、実はさっきと起きている事は何も違わない。
 会長が次々繰り出す攻撃をものともせず捌いていく姉さんの図である。

「———と、思っているか?」
 思考を読まれたのか、というか読まれたんだよなあ……千冬お姉さんがニヤニヤしながらこっちの意見を求めていた。

「うーん……決定打が出せて無いんだよなあ。会長が凄まじくパワーアップしたのは確かなんだけど……」
 突き進む姉さんにマップ兵器が次々襲いかかる! の図なのである。うん、ラスボスである。
 しかし、今までは力の姉さん、技の会長的戦いだったために、違和感が有るなー。
「ほう、違和感には気付いていたか。だが、何をしているか気付いていないのなら———」

 画面上の姉さんが、俺と千冬お姉さんの会話を聞いていたかのようにタイミングぴったしでたじろいだ。
 油の切れた機械のように、ぎこちなく

「えー……と?」
「ではヒントをやろうか。この形態になる前、更識がアクア・ナノマシンでやっていた事、その延長でしかないぞこれは」
「え?」

 ぜんっぜん分かりません。
 いつもなら探査するんですけどね。
 動画データだから画像解析ぐらいしかできねーのですよ。
 BBソフトもテメェで考えろと来ました。久々に起動したのにこの野郎。

 ぐにん、とデータじゃないリアルラウラの方にアイコンタクトを送ると、私は答えを覚えているから教えない、とアイシグナル形式でデータが視線に乗ってきた。
 おのれぃ、本当に目で語れる俺ら生物兵器め。

「と、ここで答えられなかったので実際にはペナルティとして教官の出席簿が炸裂した」
「相変わらずスパルタだ!?」



「アクア・ナノマシンは水の性質となって支配すると言ったな?」
 回答の時間です。記録上の俺はちゃんと聞こえる状態だったのだろうか。記憶吹っ飛んだのってそのせいじゃ有るまいな。

「正解は、『熱き情熱』だ」
 しかし、爆発していないけれども。
「本当にお前は応用が利かんな。アレの真威はな。水蒸気の形となってもアクア・ナノマシン制御出来るという事だ。
 先程広範囲へ向けて熱衝撃を放っていた時のように、感知できるギリギリの薄い膜を超高密度で形成し、広範囲に渡って形成、対象を閉じ込めた上で、超高気圧高水圧で圧し潰そうとしているわけだ。
 水、というのは思っている以上に重いのだよ。ましてやアイツは原種に近い。
 宇宙空間が生活圏だった名残でな。克服した程度で千変万化に富む地球環境の要素を舐め過ぎだ。
 今のアイツは、深海で溺れているケイ素系生命体と何も変わらない」

 水の質量を持って機動力を奪い、身動き取れないその時に一斉攻撃を持って叩き潰す———
 それって……ラグド・メゼギスを原作で倒した手法じゃないですか。俺に対する皮肉ですか会長。

 そして、追い打ちが現れる。
 立ち昇る水流が束ねられ、その鎌首をもたげる。
 その姿はさながら水竜(シー・サーペント)

「同心円上に交互に反転する超高水圧流による多重封滅結界層———逃げられるものならやってみると良いわ」
 荘厳なヴェールをたなびかせ、古の戦巫女のように仕える竜に命を下す。
「捩じ切れなさい———帝王水龍瀑(アク・シーズ)!!」

 水害を生物的に具現したと言われる水竜は一口に姉さんを飲み込み、瞬く間に咀嚼して行く。
 そう。
 モーターを強力にしすぎて失敗した脱水機に捩じ切られる洗濯物のように、姉さんは瞬く間に粉々になった。
 そして今回は立体映像ではない。



「倒しおった……」
 思わず呟いてしまっていた。少なからずショックは受けているのだと思う。

 それ即ち、ゲボック製生物兵器最強の牙城がISによって打ち砕かれた事を意味するのだから。
「ホンマに勝ちおった。いや、勝ってくれて嬉しかったけど。命拾いしたけど」
 このデータをもとに姉さんがさらにパワーアップするのだ。そう考えたら何かをインフレさせてしまったかと背筋に悪寒が迸る。
「なんだか複雑な表情をしているな」
「まあねえ。願ってたけどやっぱり家族が砕かれるって複雑な気分だよね」
「私は家族なんてものは居ないが、普通家族が砕かれたりしたらそれどころじゃないと思うんだが。しかし……粉々だったが、その割には悲観してないな」
「ああ、旧式が砕かれた前例があるらしくて。その改良としてなんかその状態からでも復活出来るように進化してるんだよ」
「改良の方向性が違うと思うんだが……。
 だがそれならもう少し楽観出来ないか? まあ、だが私も友軍が戦死した時は複雑な気分になる。それに近いのだろうな」
「それは素直に悲しもうよ」
「だが、余計な感情を抱いては自分———ひいては味方の損害を大きくする可能性があるからな」
「あー。その辺複雑なのね軍人さんは…………ところでラウラさんや」
「なんだ? 別に呼び捨てで良いと前言っただろう」
「そう言うニュアンスに付いてはまた教えるけどさ。なんで両腕にISを部分展開しているんでしょうか?」
「部屋に組み直したレーゲンが自爆装置付きで届けられていたからな。巧妙に偽装していたが、やはり一番信用できる我が身に装着しなければ落ち着かないのだ。それと、部屋をぶち抜かれては困るからな」
「? 何に部屋がぶち抜かれるって……?」
「経験談だ。あと、データはまだ続いているぞ」
 ああ、そうだ。俺が復活出来た理由を見ていない。
 そんな、俺の思考をぶった切って。



 お見事! と。



 背後から拍手喝采の音が響き渡っていた。
 は?
 この音声周波数は……。

 間 違 い な い 。 ———あぁ、間 違 え よ う も 無 い 。

 振り返れば、今しがた木端微塵に砕け散った筈の姉さんが。人間に偽装した形態でニコニコしてて。
「ぶっぎゃああああああああああッ!! 姉さん木っ端微塵になっても復活出来るの知ってたけど早過ぎやしないか魔人ブゥかッ!? で、え、ずぅうええええええええええええええええっ!!」

 データだという事さえ完全に忘失していた俺は史上最高速度でラグド・メゼギスに転身し、ラグ無しでトップスピードに到達、一歩を踏み出す。
 生存本能に基づく脊髄反射と言っても良い。刻み込まれた恐怖の記憶は早々抜けぬのだ。
 
「ふむ。読みやすくて助かった」
 で、これは以前もやっていたのだろう。体半分でもやってたのだから俺も相当であるが———この度の俺は前もってラウラの両手から放たれていた停止結界に激突した。
「びぎゃあああああああああああ! ブッ潰れるううううううううううッ!」
 俺のラグド・メゼギスによる慣性中和チップは元々ラウラのレーゲンからシェアリングされたデータを元に作り出されているため、基本構造はほぼ同じである。
 外に向けられるか、俺自身に干渉するか。止めるか、移動の補助をするか。
 さと言えば、同じ材料をどう使うか、の違いでしかない。

 まあ、分かりやすく俺の身に起こった事というと。
 全力でトップスピードに乗ったところに絶対破れない壁へ全力で衝突したようなものなのだ。
 しかもこの場合、一瞬で。
 備える事も覚悟も出来やしない。

「さっさと元に戻れ。お前があの形態へ移行するのが分かっていれば、あの初速であろうと対処が出来る。アタフタしていないで、じっくり学習しろ。これからがお前の見たいものの本番だぞ」
「そう言うのなら助けて欲しいです。全身慣性の極地でブッ潰れてるんす……」
「止めなければ向こう三部屋は軽く突き破っていたんだぞ。むしろ感謝しろ」
「それを言われると面目ないです」

 気を取り直して正真正銘恐ろしい姉の復活の秘密を聞くとする。
 ラウラがそれまで切っていた俺の音声を復活させ、姉さんとの会話を解放したのである。






 以下、俺と姉さんの会話である。 

「あれ、さっき会長に撃退されなかったでしたっけー!?」
『……まあ、先程の悲鳴が何だったのかは言及しないでおきましょう。今回あなたはそれなりに頑張ったようですし』
 失言で一瞬死んだかと思ったが、何故だか今回は優しい姉さんのお陰で事なきを得たようである。会長に負けた筈なのになんか機嫌良くね?
『ああ、アレは私の赤ちゃんです』
 はい……?
「赤ちゃん?」
『はい』

 頷いた姉さんは何を考えたのか、右手の小指を掴んで。

 ボキッと。

「痛っ!?」
 自分で毟り取った。
 見ているだけで痛いから思わず叫んでしまったではないか。

『子供……と言うのでしょうか? ほら、こう身体の一部を千切りまして』
 手の平からなんか、エネルギーというか、オーラみたいなな何かを照射、捥ぎ取った小指を照らしている。
 するとどうだろう。
 小指がブルブルッと震えたかと思うと、ケイ素系生命体でよくある変形をベキベキと開始する。
 やがて———
「……何このミニチュア」
 手の平サイズのちっこい姉さんが姉さんの掌に乗っていた。
 あと、姉さんその間に小指を再生させて生やしていた。そっちも地味に凄い。

『しばし栄養とか与えますと、こうなるじゃないですか?
 可愛いから育てているのですけど、人間もこうやって増えるのではないのですか?』
 
 増えねえよ。
 分裂増殖するとはなかなかに不思議生物だな姉上。
 あ———いや……ぐむむ、ケイ素系生物としては普通なのだろうか。

『こうやって生まれた赤ちゃんをそのまま育てるとだいたい私と同じぐらいまで大きくなるので色々手伝ってもらっているんですね。
今回一番育ってる子に囮になって貰って、その間にここまでやってきました。しかし…………『私の赤ちゃん』程度になら勝てますか。流石学園最強の生徒ですね』

「赤ちゃんを囮に潜入とか、なにげに外道だな我が姉」
「双禍よ」
「ん?」
 自分の掌をじっと見ていたラウラが何かに気付いたのか、俺を見て一言。
「私はクローンだから、あながちその繁殖法は間違っていない」
「なんか気軽に自虐ネタが出てき———」
 あ。
「俺もだ」
 今更に気付いたんだが、俺も体細胞クローンである。
 思わずぽんッと手を打ってしまう。
「私が少数派なのか……なにやら嫌な世の中になってきたものだな、汚染というか浸食的に」
 はぁ、と頭が痛いのか押さえているのは千冬お姉さんである。
 世界は多分大丈夫です。そんな世界はきっと、基本千冬お姉さんを中心に広がってると思うので。

『あ、そうでした。ボーデヴィッヒさん』
「……な、なんだ?」
 急に話を振られてビクッとラウラは身をすくませた。
 ISの無い状態で、今映像で出た以上の戦闘能力を有するだろう存在というのは軍人として脅威なのだろう。初対面の相手であるから、人見知りであるラウラはなおさらだろうが。
『実はあなたが使用したVTシステムは父が作ったものである以上に、ドイツから妙なものを仕込まれてましてね。貴女に悪影響が出る前にそれを回収しにきたのであります』
「え?」
「なんだと」
「……どういう事だ、説明しろ」

『いえですね? 流石に父の作ったVTシステムはアドバンスドと言えど、無茶が過ぎるものでしたので、ドイツの方が操縦者の方にテコ入れしていたんですよ』
「私にか……」
『ええ、VTシステムが起動すると同時にこっそりと』

 親父が作ったVTシステムFUYUCHANエディション<通信販売限定・完全版>。
 これだけの高性能、さらには驚くべき程の入手のし易さに反し、普及しなかったのは理由があるのだ。
 それは、つまり鎧動かして中の人間無理矢理動かす訳だから、とんでもない動きしたら中身がとんでもない事になるマリオネッテって事よね、って事なのだ。
 ほぼ完全に千冬お姉さんの動きを再現するため、起動後僅か数挙動で常人ならば全身骨折の筋肉断裂と言う即死寸前の重傷を負うのである。
 まだVTシステムが禁止化される前の事。某国で実験したとき、使用した国家代表が御察し下さいな状況に即効で陥った事は言うまでもない。

 ラウラが医務室に連れて行かれたのはそのような背景が有るのだ。
 まあ、彼女が有る意味遺伝子レベルで補強済みであったため、この程度で澄んでいたかと思ったが……ドイツはドイツで何かしていたようである。

 実験の類いが親父のせいでトラウマになっているラウラは、内心必死に姉さんから逃げようとしているのだが、それも一向におぼつかない。
 体内のナノマシンで全身を拘束していた麻酔を分解していたのだろうが、それでも未だ緩慢にしか動けないラウラは姉さんから逃げられる筈も無く。
 ラウラの胸元へ手を翳していた姉さんは、どういう手段を用いたのか、ラウラの胸の内から、一辺2cm程だろうか。七色に常に一定せず変化し続けるオーラのような———そう、極彩色に煌めく立方体を引っ張りだした。
 アレは……なんなんだろうね。

「まて。それはまさか……」
 だが、それが何なのか。千冬お姉さんは察する事が出来たようだけど……。
 だが、これは相当劇的な反応である。
 これ程驚いた千冬お姉さんの顔は初めて見たと思う。
 周囲に向けた注意すら怠っていた事に気付いた千冬お姉さんは、その事に対して驚いている俺やラウラの動揺に気付いたのだろう。一つ咳払いをして冷静を努めると目を細めてその立方体を睨みつけている。
『ご名答です千冬。私の前身が『抜杭』した時の肉片ですよ。
 どうやらあの国。すぐさま千冬の応援部隊が駆けつけたのは、これの回収を目的とした人材も相当数送り込んでいたから、それを紛らわすため———という事でしょう。
 本体は再び『納杭』したためにこれは殆どただの物質ですが、それでも解析不能である事に違いは有りません。これがどうこうする事は有りませんが、汚染された存在は何らかが麻痺しますから。感覚的にだけではなく、物理的にも———』
「なるほど。理屈は分からないが、身体に起きる物理的負荷反応を『麻痺させた』ということか」
『一般人程度の考える事なら、そんなところでしょう。恐らく千冬が今言ったところまで行っているかも分かりませんが』
 中々辛辣なコメントを吐いた姉さんは、自分から妙なものが出てきた事に対してまたか……と言ったような表情のラウラににっこりと微笑んだ。
『ご自愛を。安静にして養生なさりなさい。ちょっとしんどいのはこれからですから』
 なんて不穏な事を残して。

「いったい私に何が……」
 どうやらさっそく何かが始まったらしい。ラウラの言葉がピタリと詰まった。
『ふぉおおおおお……』
 と、隙間風が吹き抜けるような声を漏らす事しか出来なくなったラウラはベッドに仰向けになったままプルプル微振動して止まらなくなっている。



「それからの一週間、本当に地獄だった……」
 なんて隣で震えているのは、データではないラウラである。
 その震え方はデータのラウラそっくりだったりして面白い。
 だが、当人は面白いなんて思いもしない程恐ろしい出来事だったのだろう。真っ青に青冷めがら。

「そよ風がこの身に当たるだけで身が竦み、筋肉痛の刺激が全身を駆け巡る、それに身体が反応しようものならそこから連鎖的に激痛が止む事無く放たれ続けるのだ。あれはもう煉獄だ。
 あの養護教諭が、私が強化された身だからこの程度ですんだ、と何度も言っていたが、それならば普通の身で死んでいた方がマシだった。いっそ殺してくれ、と何度思ったか分からない。私は元々こんな髪の色だが、もし教官と同じ黒い髪ならば、やはり真っ白に染まっていただろう、そんな責め苦に苛んでいたのだぞ……!」

 うわぁ……。

 痛風レベルの敏感さ。何その地獄の筋肉痛。
 遺伝子が強化されていて治癒能力も遥かにブーストされているのに一週間も掛かったなんて、一体どれだけのものなのやら。
 魔曲で操られるのと大して変わりがないではないか。
 寿命だって軽く3年ぐらい縮んでいるのではないかね。

 このままラウラを見ているとあまり精神衛生的によろしくないのでデータのそっちから視線をそらす。
 リアルのラウラががジト目でこっちを見るがそれを努めてそらして。

 逃げた視線の先でなんでかデータ上の姉さんが袖を捲っていた。
「えと……何してるの姉さん」
『ええ。今回はよく頑張りました。これが本当の目的でして。材料はここに』
「……にゅあぃんがっ??」

 俺が肯定した瞬間、腕が肘まで俺の口に突っ込まれた。
「ふぁにほれ?」
『ああ、知りませんでしたか? 貴方の自在フレームを作っている精神感応金属『グリンブルスティ』やスキンナノフレームも私の身体を直に加工したものなんですよ』
「ふぁ……ふぁんふぁふぉ!?」
 俺ボディが、会長の『霧纏いの淑女』と似たようなISだっただとー!?
『だから、実は貴方『灰シリーズ』や敵のナノマシン兵装を補食する事で再生とか可能なんですよね』
 何とも嫌なタイミングで知った事実である。
『まあ、元々ボディはISですので自己修復とか出来ますが、今回の損傷は千冬のものを再現した強力な攻性因子入りでしたし、先の『牙』の影響も有ってどうなるか分かりませんし、万全を期したいと思いまして。それに貴方は今回よく頑張りました。結果は貴方が望んだ程ではないですが、父は貴方の進化を科学者として大興奮していましたので。その褒美に最高品質のナノマシンを提供しようかと』
 そうでした。姉さん、あなた。あの人格破綻の親父大好きファザコン生物兵器でしたな。
 親父喜びゃ結果とかどうでも良いとかって……なぁ。
 我が家唯一の親父に忠誠誓ってる生物兵器なだけはある。
 そして……やっぱり見てやがって……いるよなぁ。
 まあ、色々ショックだけど、再生出来るならそれに越した事は無い。
 あー、なんか嫌だけど、色々覚悟決めるしか無いか。

『———ッ』

 初めに指示されているので咀嚼機で一気に粉砕し、腕を丸呑みにする。

 途端に。

 全身のエネルギーラインが点火されたのではないかという熱が迸った。
 もし俺が人間で、血管が有ったのなら、そこに煮えたぎる溶岩を流し込まれたらこのように感じるのではないか、と想像する程の熱が全身のラインに沿って広がって行く。
 あまりの衝撃に動けなくなり、堪らずぶっ倒れてしまう。
 耐えられぬ熱が全身に行き渡った、と思ったとき思わず両手を床に突き……気付いた。

「あれ———? 無い筈の足にまで灼熱感が……ん?」
 立ち上がれました。
 ……足、生えとる。胴体もぴっかぴかのさっらさらですぜ旦那。いや、旦那って誰か知らんけど。
 なんという超速度修復。
「しかもちゃんとズボン装備済みでだ!」
『そりゃ、貴方の身体はイメージで形変わりますから、無意識だと普段一番なってる姿になりますよね』
「……成る程」
『まあ、汚いもの晒したりしてたら晒してたでぶっ殺してましたけど』
「さらっと家族に言う言葉じゃない!」

 九死に一生を得た喜びを感じながら二、三チェックを走らせ、さらに動かしてみて不具合が無い事を確認する。

「おー……完璧ですな……」
『それは何より』
「てーか……痛くないの?」
 俺に腕を食い千切られて痛々しそうな姉を見て思わず呟いてしまう。
『ああ、大丈夫です。人間が腕食いちぎられたのと同じぐらい痛いだけですから』
「常人ならのたうち回るわああああッ?!」
 大丈夫じゃない!? ってーかそれでその様子なんだから他人の激痛も容認するんじゃねえかこの鬼姉。こっちの良心含めてダブルで削り殺しにきてやがる!
『まあ、貴方も家族ですから、そのためになら痛いぐらいなら何でも無いですよ? 生えますし』
 確かに。見る見る目の前で腕が生えて行くのを見ればそうなのだが……しかし、痛い事に変わりはないのである。やめて! 家族のためとかこっちの良心経由で殺しにこないで! あとで折檻受けた時とかダメージ倍ドンだから!



「愛だな!」
 後ろでリアルのラウラがなんと感動していた。
 データ上の方は筋肉痛で発狂しかけているので。
「いや……なんでラウラさんそんな興奮しとるの?」
 嫌な予感を抱きながら聞いてみると、ラウラは鼻息荒く力説を始めた。
「これぞまさしく、人間には真似出来ない愛の形ではないか! ———待てよ? 私もそれなりに再生能力をブーストさせている生物兵器……と言う事は……」
「待てラウラ。その発想はいけない」
 嫌な予感しかしない。

「ちょっとなら……食べても良いぞ?」
「食うか阿呆ッ!!」
 やっぱりそんな考えに達してるし。何故照れる。もじもじしないでよろしい。何故頬を赤らめる。

「そうか……じ、実を言うとだな……」
 てれりこてれりこと、どっかの猫系娘のような恥じらいを見せるラウラ。いや、色々属性は被るけど、俺、実は多才じゃないし、ペン回しとか出来ないし。甘い台詞で女の子鼻血吹かせたり出来ないし、むしろそれお兄さんの仕事だし。
「前に食われた時は……こちらも心地よい面持ちだったんだが……そうか、噛むのが気後れするのだな! 分かった……。ちょっとだ。ちょっとで良い。全身しゃぶるだけで良いんだ! あの温もりを味合わせてくれ!」
「言葉だけ聞いたら世にも恐ろしい誤解生みそうな方に捻じ曲がったァ!?」
 丸呑みしたのが何故か癖になっていらっしゃるぅッ!
 かつての過ちがこんな風にブーメランしてきたよ!
 もじもじと恥ずかしそうにしているラウラなんて誤解しか生みませんよ!?
「それも駄目なのか……そうだな。相手にばかり求めてばかりなのがそもそも自分勝手であったか。ならば、こちらからも与えねばなるまい! だが、私は双禍と違って口腔を展開する事は出来ない……」
「人をクラゲやイソギンチャクみたいに言うのやめて下さい」
「だが、せめて私に出来る範囲でなら———いや、体内のナノマシンを用いて肉体変生を……」
「聞けよ!? てーかそんなしょうもない事にナノマシンで身体弄るのやめて!? ラウラがそんなんなったらバイオの新型ウィルスみたいでグロくなるわ!」

 しかし、ラウラは自分の欲望に忠実に行動する。
 キュピーンッ! とナノマシンで変色した光彩を輝かせラウラが跳躍する。
「ぐふふふぁーっ!!」
「か、カニバリズムいやあああああああああああーっん!」
 どこかの腹ぺこシスターよろしくラウラが食らいついてきたのだった。

 取り敢えず全身に複数の噛み跡という名誉の負傷をおいながらも暴徒鎮圧用の膨張剤ぶっかけて身動きとれなくし、事なきを得たのだ。
 何故ここで食物連鎖の頂点かけなきゃならん。

「う、動けん!」
「まあ、まずさっきのデータの続き続きーっと」
 目線を合わせてさっきのデータフォルダに接続ーっと。






 姉さんは俺の復元を確認すると、千冬お姉さんと一言二言交わしてすぐに出て行った。
 何故なら、地元の商店街では後30分でセールが始まるからである。

「ただいま……戻りました」
 入れ替わるように入ってきたのは会長でした。
 当然と言えば当然だが、疲労が蓄積している。と言った感である。

「よくやった更識……どうした? 積年の討伐対象を討滅した達成感がなさそうだが」
 アレである。千冬お姉さんも結構意地が悪いものなのであった。

「織斑先生……ところで今この作戦室から出て行った方は? 今にも夕食の買い出しに行きそうな風体でしたけど」
 そんな人物がIS学園の地下に隠された部屋から出て行くのはおかしいと思ったのだろう。というか怪しまない方がおかしい。
「あぁ、資材の運搬要員だな。あの格好は偽装だ」
「……? そんな人来るなんて話は聞いていないですが……」

 偽りの仮面を全力起動して無表情を貫いている俺がここに居た。
 その人が、貴方が死力尽くした相手の御本尊デスよーという事もあるし。

 まあ、何よりいつもクールで冗談も言わないような千冬お姉さんがさらっと嘘付いていたりする事だったり。
 成る程。きっとお兄さんの前では表情も豊かに色々普通の人らしい事言っていたんだなあと頷いてしまう。

「織斑先生は知っていたんですか?」
「どういう事だ? 更識」
「私が戦った相手。あれが一体ではない事がですよ」
「ほう。もう実家から情報が入ったか」
「という事はこちらには来ていないんですね。今回学年別トーナメントで来られた来賓一覧が有るじゃないですか」
「ああ、これか?」
 結構な厚みを持った書類を千冬お姉さんは掲げる。
 あー。出席簿じゃなかったのね。
 ここIS学園は国際社会的に独立している。
 つまり、防衛は永世中立国と同様、自力で成さねばならないというデメリットもある。まあ、それで最高戦力である千冬お姉さんが居るんだろうけど。
 それは人員の流れもまたしかり。
 各国の入国管理局のようなものだ。職員でそれをやるのだから大変である。
 今回の学年別トーナメントはIS関連の研究所や企業から多数の来賓が学生の情報を早めに取得しにくるのだ。
 これは学生の進路にも関わるのであまりの多くても断る事が出来ない。
 その全ての裏、目論みなどの詳細が記されているだろう機密の塊である。
 そんなのをコミケのカタログみたいに扱ってる千冬お姉さんである。なんつー気軽な。

「それら———全てに(・・・)来たそうですよ」
 えげつねぇ……恐ろしいまでの念の入れようである。親父が杜撰であるにもかかわらず舐められないのは、気の細やかな生物兵器によるフォローの賜物なんだなあと、今更ながらに実感してしまう訳で。

「特に破壊被害はないのだろう? 迎撃以外はな。実際のところ更識、お前以外に撃破した所も有るだろう……まぁ、意図は大体分かる。釘を刺しにきたのだろう。ロシアの基地を単体殲滅したという未確認情報がある個体をこちらはこれだけ保有していると……私の身内に手を出したら———『これが全て来るぞ』とな。個体で壊滅させたという事が与太だと判断していたところでも、これだけ居れば可能だろうと談ずるには十分すぎるだろうさ。アイツはゲボックの元に身を寄せているゲボック製生物兵器の中でも『家族派』と呼ばれるグループ、その筆頭だ。身内に手を出せば最悪大陸ごと消失させかねん程に激高する気質を有している」
「———少なくとも、一国のISコア保有数では研究機を含め全機投入しても絶対に敵わない戦力である事は確かですね」
 IS学園の最強の称号を有する生徒会長が、単一仕様能力(ワン・オフ・アビリティ)を使わないまでも、切り札を切らねば———たった一体さえ———撃破出来なかったという事実が広まれば、なおさらに。

「更識———さらに精進することだ。ロシアの基地壊滅は実際に単体で成されている。
 そして今回のお前が戦った分身程度、その時駐留していた当時の国家代表と機体性能でも二、三人で連携すれば勝てる。
 意味が分かるな? 大本と、今回お前が戦った分身体の戦力差が、な」
 そうだよなー。確かに今日の『赤ちゃん』は強いし、俺じゃ勝てない程強いけどさー。
 ISが依然人類の有する最強戦力である事に違いは無い。
 何せ親父と並ぶ天才の生み出したものだ。
 今の所親父の作った生物兵器の方が強く見えるのも仕方が無い。
 世界にある殆どのISは、コアしか篠ノ之博士製ではない(・・・・・・・・・・・・・・)からだ。超絶天才の作り出した動力源にして人造知性があろうとも、そのボディが市井のものではその力をまだ発揮しきれていないのだから。

「ゲボックが有する最強、実際にロシアを襲った『灰の三十番』はこれどころではない。文字通り一瞬にして鏖殺を完了させられるぞ? 今日、お前が倒したのはアイツの生み出す端末にすぎん。
 普段はお一人様一つまでの製品を大量に購入するためぐらいにしか使われていないがな」

 何じゃその超戦力の無駄遣い。

「確か私の記憶が正しければ———『緑の二十八番』その中では最強の個体を倒したのだからまずはそれを誇って良いがな」
「りょおおおおさんがたああああああああッ!?」
 てっきりあんな扱いでも姉さんが一体一体面倒見る職人技の結果だと思ってたのに、タコとかメロンの同類だとおおおおおお!?

「私もまだまだって事なんですね……先は長いなぁ。……ん? ところで織斑先生」
「なんだ、更識」
「ずっと気になっていたのですが、そちらの男の子は誰でしょうか?」
「あれ? 俺だけど———あぁ、そうか、外で姉さんとバトってたから知らんのね」
 完全復活した俺は『偽りの仮面』を発動させ、いつもの市松人形風女性モードに。

 それを目の当たりにした会長の変化は劇的だった。
 それまでは懐疑だった。何故俺の様なものがここに居るのか、という事に。
 続いて起きた感情は納得であった。腑に落ちた、というすっきりした表情に変わったのだ。
 きっと、自分が外で俺の姉さん以外にも相手取っていた間に起きていた事件をデータだけでとは言え見聞きしていたのだろう。
 そして、そして一瞬にして沸騰した苛立ちを感じた。
 姉さんとの死闘を抜きにしても相当手を焼き、苦労したのだろう。その原因を、目の敵にしているゲボック縁者であった事に感情が納得しないのだろう。

 そして、思考の着眼点。そこが切り替わった。
 彼女の『仕事』ではなく、至極『プライベート』な事情を中心において俯瞰した思考に。



「あらー。これってどういう事かしら———??」
 そう、会長の弁慶の泣き所にして逆鱗。
 簪さんを中心に考え、側に居るゲボック関連……それだけでも寿命が縮むであろう程に気の病む諸悪の原因が。

「つまり———今まで2ヶ月間、簪ちゃんは男と一つ部屋に居たって事でいいのかしら?」
 乙女の側に野郎がいやがったのだから。
 うむ。あっはっは。俺って馬鹿ね。ワザワザ教えるなんてー。
 はい。ごめんなさい考え無しでしたー!!

 じゃっこん、とでっかい槍を構える会長。おいおい。殺る気だよ。
 そうか、俺と簪さんの同居生活に終止符を打ちやがったのはこの後の会長の陰謀だったという訳か。

「まぁ良い。完全復活したこの僕をを追えるというのなら追いかけてみるが良い。会長は知らぬだろうからな、俺の新たなる力!」
 逃げる事に極限特化した力を!

 そんな俺を見て千冬お姉さんはため息をつきながら。
「その全力の逃げ腰は生物兵器の中でも希有だと思うぞ」
「この通り、織斑先生のお墨付きな程にな!」
「いや、別に認める意味合いで言った覚えは無いんだが……」

 会長は、俺の茶化しにも揺らがず。だがしかし、どうせなら全力で俺も遊ぶとしよう。この場合は鬼ごっこだがねー。
「へぇ、遺言はそれで良いのかしら」
「ははは! 捨て台詞と呼ぶが良い! 口惜しそうに!」
 俺のその一言を皮切りに、会長は生身とは思えない無拍子で俺への距離を一気に詰め。
 対し逃げようとする俺は全身のPICを並列励起、完全なる回避機動を———
「暴れるな餓鬼共が」

 はっきり言おう。

 ハイパーセンサーでさえ全く見切れない旋風が巻き起こった。
 完全無欠に挙動不明で俺と会長の間に割り込んだ千冬お姉さん(俺寄りの立ち位置)は身を落として肘を突き出していた。
「うっぷぅおぉッ!?」
 既にトップスピードに乗っていた会長は自ら肘に突っ込む形になってしまい、鳩尾を穿った衝撃に悶絶する。
 その突進力を受けた千冬お姉さんはその勢いを自身の射出力に変換、さらに加速の意味合いのために踏み出した一歩を乗せて俺が回避行動に移る前にアイアンクロー。
 俺が首をさんざんキャストオフしていたのを見ていたためだろう。
『フ———ッ!』
 という猫の威嚇に似た呼気ともに俺の後頭部を床に叩き付けた。

 生身だと言うにも関わらず、そこに乗せられた攻性因子はISを展開していた偽千冬お姉さんを優に上回り、完全にシールドの防性因子を無効化された俺は全身に広がった衝撃で痺れ、完全に沈黙してしまった。
 指一本動かない。
 ンな馬鹿な。ISとしての機能を無効化されたとしてもそこらのサイボーグよりよほど高性能である筈の俺が一撃でノされたのである。
 しかも、このIS学園の最強の学生である会長をものの弾みで悶絶させた、そのついでの様な感じであっさりと、だ。

 今まで、データでも、そして偽千冬お姉さんを通してその実力の一端を知ったつもりだった俺は痛感させられたのだ。
 恐るべき事に———
 千冬お姉さんは未だ成長中であると。
 俺が体感した実力など、その切れっ端ですら無い。
 桁が違ぇ。
 うちの皆が一目置くその凄まじさをようやく実感したのだった。



「さて、ギャクサッツ、ボーデヴィッヒ。と言う訳でお前らはもうここから出てかまわん。特にドイツは念入りにやられている筈だからな。今回のVTシステムに関する事はお咎め無しだろう。ボーデヴィッヒも身体を癒したら機体を組み直すと良い。コアは無事だったからな。
 行動の自由はしばらく保たれた訳だ。ギャクサッツ、おっかないお姉さんが居て助かったな」

 苦笑気味に千冬お姉さんが部屋から出て行こうとする。
「それではな」
 と、それまでの厳格な雰囲気はどこに行ったのか、気さくに手を振って地下施設から去って行く。



「……とは、言うものの……」
 仰向けにぶっ倒れて天井を睨みつける事しか出来ない俺はこの部屋の気配をハイパーセンサーで確かめていたようで。
「……う……ぐぅえぇぇ……」
「ふ、ふぉおおおおおぉ……」

 なんつーか、死屍累々。
「ここに居る誰一人自力で部屋から出て行けねえじゃねえか……」
 そこでブツリと記録が止まっていた。
 どうも、記憶はここで途絶えたらしい。よっぽど怖かったのか。映像ではさっきは半減するようだ……え? データで殺気が伝わるのは半分でもおかしいと?
 いや、あんな物理法則無視して宇宙の法則乱しまくっている人は、見たら一週間で死ぬビデオを撮影されただけで作れそうなんだ。言わせるなこの思考が次元を超越して伝わりそうで怖いんだから。

 知りたい事は全部分かったので、ラウラとの接続を切るのだった。
 ……だけど、さあ。

 ……本当、千冬お姉さんって、人間なんだろうか。












 来賓用の玄関で靴を履き替え、『灰の三十番』は、やっと安堵の溜め息を吐いた。
 彼女はケイ素系生命体であり、酸素を必要としないし、擬態以上の意味で惑星上の大気を必要としない。
 しかし、精神活動は人間と同様なのか無意味な挙動をしてしまう。そんな『灰の三十番』に。

「———ああ、やはり待っていたか」
 背後から良く知った声がかけられる。
『千冬』
 すぐさまIS学園から脱したと思われていた『灰の三十番』は、来賓用の玄関で千冬を待っていて、驚きもなく振り返る。
 それは予想、というより来るのが当然である、と認識していた彼女は心の底から自然な態度だった。
『えぇ、改めて弟についてよろしくお願いしようと思いまして』
 滞空しているナノマシンで光を変調させて文字を描く。
「ふん、私は誰であろうが贔屓するつもりは無いが」
『生物兵器であるから、という意味でも隔意無く接していただけるだけで十分ですよ』
「私がそんな事するように見えるか?」
『逆に馴れすぎてしまって、私達を人間扱いしすぎている所が見えるぐらいですよ』
「……そうなんだよ。ゲボックのせいでな……いや、本当ゲボックのせいでな……」
『そう感慨深く言って頂けると私達も冥利に尽きると言うものですね』
「本当お前はゲボックが関わると出入りする情報にフィルターが掛かりまくるな!」

 ゲボックへの信頼———というより信仰に近いそれに嘆息しつつ、それさえ無ければ常識的な倫理観をもつ『灰の三十番』に確かめてみたい事が有った。
 待っていた、という事は何を聞かれるのか予期していた、という事でもある。
「今回の事件、お前達———ゲボックだけじゃない。束もどれだけ関わってる?」
『正直申しまして……』
 『灰の三十番』は首を傾げしばし思案すると。
『今回程、父自身が手を出していないのに、父の因果が絡み付いてきた一件は無いですよねぇ』
「……アイツは関係していない、それがお前の判断で良いんだな?」
『確かに、この星で既に父の全く関わっていない技術なんて殆どないので、狭義で言えば全く。束様も同義です。あのお方ならば尚の事。あんな杜撰なものを繰り出す事は無いでしょう。
 アレは彼女の矜持に色々反し過ぎですからね。父のタブー無しな所も考えものですね』
「広義で言うと?」
『父は推測において自然発生するであろう今回の様な一件を予見して技術を撒いていた可能性はあります。モニターしていたのは事実なので』
「……成る程、な」
 つまり、どこの誰がやるかは全く意図しては居ないものの、こうなる事は想定して技術を無差別だが意図的に広範囲にバラ撒き。
 かつ、いつになるのかは一切、意図していない。
 たまたま今回この形、このタイミングでこの事件であったのだと。

『御理解いただけてこちらとしても安堵の一言です』
「一発殴りに行く。連絡を待っていろ、とだけ伝えろ」
『はい。喜ばれますね』
 ゲボックは千冬と関われるだけでテンションが無駄に上がるのだ。勢い余って妙なものを作り出してしまう程に。

『それでは』
「待て、『灰の三十番』」
 千冬はまだ引き止めていた。

『……まだ何か有りましたっけ?』
「とぼけるな。なぁ……一夏に会って行かないか?」
『……まだ千冬は言うのですか? 私は『灰の三十番』です。一夏の世話係であった『灰の三番』では有りません。彼女の———『グレイさん』のノイズはもう、失われているのですよ』
「その割には、意識しすぎては居ないか? まぁ……これは一夏の方もなんだが、な」
 今回の事件中、戦闘中の会話も全て筒抜けだった。
 よって、千冬は一夏が意識しているものを再確認せざるを得なかった。
 一夏は『守れなかった』事に捕われている。
 ラウラと険悪だった理由も推測がついていた。
 今どうなっているかは分からないが、一夏を誘拐した相手の片割れ、その姿は『茶の七番』に見せてもらっている。
 そう言えば、あの時吹っ飛ばした奴だったんだよなぁ。
 今なにしているのやら、と感慨深く頷いていた。
 まあ、どうなっているかなどは逆に知らない方が良いのだが。
 一夏自身八つ当たりだと、子供の癇癪だと自覚していても姿の酷似したラウラに対し、それを理性で抑える事が出来なかったのだ。

 それは、同時に千冬の無力感にも連なる。
 一夏とは逆だ。
 一夏は力不足が心象に楔を打ち込んでいる。
 対し、千冬は自惚れているつもりも無く、力はありふれている。
 むしろ、これ以上の力を持つ人類は世界に数える程しかおるまい。

 そう、『力』がどれだけ有ろうが守る事が出来ないと突きつけられた。
 自分の唯一誇れるものでは守りたいものを守れないと結果を以て証明された。
 では、自分の成したい事に対し、自分の今までの人生で積み上げていたものはどれだけのものだったか。

 無意味だと突きつけられた。

 力が有りすぎても成し遂げられぬ。それを欲し積み上げていた事への虚無感。
 今の一夏の姿を見るたびにそれを再確認させられるのだ。
 一夏が武力を捨てた時何も口を挟まなかったのは、実のところ自分と同じ轍を踏まずにすんだと安堵したからなのではないのだろうか。
 だが、一夏は再び力を手にする機会を手にし、望みを取り戻した。

 その結果が自分と同じではないか。
 千冬が手ずから一夏を鍛え上げるのに二の足を踏むのはそのような背景があるではなかろうか。



 暫く、『灰の三十番』は意見を飲み込んでいた。

『何を、意識しているというのですか?』
 千冬の自傷行為にも似た指摘は実質心中にも近いものがあったのかもしれない。
 『灰の三十番』から表情が消える。
 ナノマシンの操作から意識が外れたのだ。
 千冬は自分の心の傷を抉り返しながら、重ねて『灰の三十番』のうちに踏み込んで行く。
「その姿だよ。アイツとの差異を求めているのに何故その姿に固執する?」
 千冬は『灰の三十番』の頭頂から爪先までを指でなぞって示す。
 『灰の三十番』は『グレイさん』と瓜二つの姿であった。本来の姿はどちらもガラスのマネキンそのものだが、その上に被せる表皮偽装スキンは自在に変えられる。
 にも拘らず、彼女の姿は改良前。途絶えた筈である前の自身のアイデンティティの中でも大きな一つ。外見をそのまま引き継いでいた。
『別に、どうでもありません。父が初めに設定して下さったこの姿に愛着が有るだけです』
「ゲボックなら見た目などそれこそ大して気になどしないだろうに。特に一夏などどうでもいいならば、その姿でこの場に潜り込む理由は何も無いだろう。一夏と鉢合わせしたとしても別の姿なら別にかまわないのだろう? 避ける、という事はその時点で意識しているという事だ。お前は何を恐れている?」

『ああ、何度も何度も一夏に遭遇しそうになっていたのは千冬の誘導ですか』
「いや、アレはアイツの天然だ。ロックオンされているぞ、お前もな」
『……可能性の化け物ですか!?』
 一音惜しい。

 そもそも何度も遭遇したりぶつかりそうになったり……。
 その際の一夏の出現方法と言えば。

 道の曲がり角でカステラ咥えた一夏にぶつかりそうになったり。
 IS学園のMAPを確認していたら道案内されそうになってあわてて顔を老婆のものに書き換えたり。
 好意を寄せる女子の嫉妬による殺意紛いじみたものから地下道をくぐってきた一夏に下から不意打ちを受けそうになったり。
 ミーハー感情で追ってくる女生徒の群れから逃げるために回転式隠し扉から出てきた一夏に撥ねられそうになったり。
 大体似た様な理由で上階の脱出シュート経由で上から振ってきた一夏を受け止めそうになったり(一夏はこの場合両手を的確に偶然胸に伸ばしてくるので逆に回避は余裕だった)。
 なんだあの驚異的なボーイ・ミーツ・ガールを巻き起こそうとする因果律は。
 そうだよ、フラグ体質である。
 生物兵器としての索敵機能と反射神経でなければ新たな物語のプロローグが始まりかねなかったのだ。
 何が恐ろしいかと言えば、地上回路経由のサーチにさえジャミングが掛かって並の生物兵器ではアウトだった事である。

「うーむ。最強という所が逆にフラグになって遭遇するかと思ったんだが」
 千冬も、某サブカル豊富な名前を覚えられない彼の影響を少なからず受けているようである。

 ところで、半分以上一夏の出現がおかしかった様な気がするのだが。
『……IS学園って、忍者屋敷なんですか……?』
「私も先日知ったんだがここの設計にはオルコットの父とゲボックも関わってるらしい」
『……嫌な予感的中ですか……よりによって御仁の悪戯心まで満載とは……」
「あの人はゲボックに会わせてはいけない類い———悪い大人の鑑だったな……」
 思考の隙を突く奇想天外な発想と、それを実現させる技術力が組む。
 悪魔のタッグ結成だった。ぞっとしやがるにも程がある。

 お陰でIS学園探索部なるものもあるらしい。
 どこの世界樹保有の霊地にある図書館島だ。

 いつ地下施設が見つけられやしないかヒヤヒヤものである。
 部員でもないのに、一夏と双禍は探索に参加しているし。
 お陰で妙なショートカット潜ってくるのだ。
 まあ、一夏にとってはこれを知っているか否かは生死を分つ問題に繋がりかねないから必死のようだった。

 『灰の三十番』が千冬に呼びかけられる少し前、安堵の溜め息をついていたのは、スピンオフの発生を阻止する過程で被った精神的疲労から来たのだったりする。
 結局、『灰の三十番』はそのままの姿で、一夏に会う事も無くIS学園と本土を繋ぐモノレールに乗って去って行った。



 千冬はそれを見えなくなるまで見送り。
 頭痛を堪えるようにこめかみを抑え―――あの、頑固者が、と呟くのだった。












 そんなこんなで、週が開けました。
 ISの機能まで用いて強化している記憶力を消し飛ばす千冬お姉さんって本当何者なんだろうね、と思いつつ。

「うーん。やっぱり、簪さんは同じ部屋じゃないと起こすの大変だよね」
「んー」
「今晩点呼のあとこっそりそっちに泊まったりした方が良いかなあ」
 明らかに、遊びにくるお兄さんの嫁さんズから突き刺さる視線のなんと痛い事か。
「んー」
「簪さーん?」
「んー」
「おっぱい揉んじゃいますよー」
「んー」
 駄目だこりゃ。

 どうやら俺というリミッターが無い状態だと、打鉄弐式の開発に歯止めが利かないようである。
 今、テーマにしているのは複数の武装の連携だそうで。

 一つの武装のプログラムを詰めるのは、その実果てが無いそうなのだ。
 だが、今までは未完で放置されていたのだから、せめて全武装が活用出来るように簪さんは頑張っているのだが、いざ一通り、最低限使えるようになると得意な武装を極めるか、全体の底上げをするか、という選択に迫られる。

 簪さんが選んだのは手数の充実だった。
 武装を増やすのではなく、手持ちの武装の組み合わせによる選択肢の幅を広げる事であった。
 ……合体武器とか、格好良いよね。
 お兄さんの雪片ワークスが影響を与えているのは間違いなかった。
 しかし頑張りすぎるのも考え物である。
 向こうの世界から帰って来ないではないか。



「おはよー」
「あはよー」
「おはよ。あれ? かんちゃん死んでる?」
「こっちの世界に意識が無いのですよ」
「じゃあ、乳揉むか」
「揉むか」
 何故そうなる。女子校。いや、さっき俺も似た様な事言ったけど。
 それにしても、のほほんさんのお陰で完全にかんちゃんが定着しているなぁ。
 愛称で呼ばれると言うのは非常に良いものだ。うんうん。
 親しみやすいもんね。

 俺がセクハラする訳にもいかないので、嬌声を上げる簪さんを後ろに教卓に座っているにも関わらずなんか空気になっている榊原先生の元へ。

 あ、なんか白くなってる。
「ふふ……山田先生と二人で休み返上で頑張ったのさー」
 あー。そう言えば、シャルロットさんが女子として再編入? 映画の宣伝兼ネタばらしするんで山田先生が奔走しているとか聞いたな。
 ダニーに。
「精根尽き果てて存在感消えまくってんですね」
 教室で談笑しているクラスメートが気付いている節が無いのだ。
 少なくとも気付いていたら教師前でこんな開けっぴろげに大騒ぎはしないでしょう。
 少なくとも簪さんの乳は揉まないと思います。
 どこの薄子さんでしょうか。



 そして、榊原先生が山田先生と似たように疲弊しているのはひとえに俺の件があるからだ。
 でも、秘密にしてたのは千冬お姉さんだけだと聞いていたけど……あー、性別についてはみんな知らなかったっぽいしなあ。

「あ、そうそう、みんな聞いてー」
 そんな先生が声を上げても皆の意識には届くわけ無い訳で。
 数瞬教室を睥睨した榊原先生が口角を釣り上げ、普段プロジェクターなせいで滅多に使われない使われない黒板に手をかけた瞬間、嫌な予感がして俺は聴覚をシャットダウンした。

 次の瞬間、教室が阿鼻叫喚の渦に叩き込まれる事になる。
 戦闘用にでも調整しているのか、ダイヤモンドコーティングしている爪が黒板を引っ掻いたのだ。

 精神の柔いところを削り落とす高周波によって、4組一同は勢力を一発で壊滅させられたのである。

「あ、はいはい。皆さん聞いて下さいなー」
「せ、先生!?」
「いつの間に!?」
「まさかVの字を冠されている!?」
「きっとカメレオンのキメラアントなのよ!」
「いいえ、先生は伊賀の出なの。そうに決まっているわ!」
「え? 先生うちには所属してないわよ。多分甲賀じゃないかしら? はっ、という事は怨敵!? 先生、いや榊原覚悟!?」
「うちのクラスに忍者が居る件について」



「黙ってお前ら聞け」
 直後。カメレオンどころか魔獣との混生型直属護衛が膨張した様な顔になった榊原先生は先程を数倍する高周波を放って再度4組を壊滅させたのだった。
 IS学園の教師って何故こうもスキルは異様に高いのだろうか。

「さて、皆さんにお伝えしなければいけない事があります」
 そう、俺が。

「ギャクサッツさんは生物兵器です」
 という事を。

 まあ、それぞれ優秀な学生だ。この一件で俺の正体はIS世界界隈に広まってしまったし、学生に秘密にする事でもなく、あちこちから情報が入ってくるだろう。
 ならいっそバラしちゃえ、という判断であった。

 でもまあ……ちょっと不安だよね。
 うちの地元なら兎も角、俺らの存在は世界的にはいわゆる『世界の敵』と目されている存在であるし、ちょっと一般常識が拗くれ曲がった地元と違って普通の人からすれば。

 だけれども。
「えーと双禍ちゃん?」
「ん? どうしたの深山さん」
 挙手して聞いてきたのは、うちのクラスでは簪さんの次に親交の深い深山さんでした。

「もしかして、自分の正体、隠す気があったの?」
「……なん、だ……と?」
 そんな懸念は杞憂であると思い知らされたのだった。

「その台詞言ったら一話ぐらいなくなりそうだからやめてねー。っていうか、うちのクラスの事舐め過ぎなんじゃないかな?」
「え?」
「IS学園の入学試験を通ったって言うと、言ってみりゃエリートよ? その私らがあからさまに珍奇な双禍ちゃんを人間だと思うって? 変だこれって思えば自力で調べるでしょー? いやいや、よほどの馬鹿じゃない限り分かるってー!」
 かっかっか、と豪快に笑われるのだった。

「ええッ!?」
「てゆーか、ギャクサッツって名字でもうダウトっしょ。確か、発明品の特許だけで世界長者番付に常にランクインしてる人だよ? それと同じだなんて珍しいファミリーネームなんて聞いたら調べないわけないじゃない」
「え? うちってそんな金持ちだったのか??」
 多分研究費に殆ど消えてる。

「あまりに問題が大きすぎるけど、その納税額の莫大さに日本も『うちの国民じゃありません』って言えないぐらいらしいんだから」
「人知れず日本の国家予算支えてた!?」
「そもそも、双禍ちゃんの奇行見てりゃねぇ?? 私ゃ、アレみせられてるしー?」
 あーん、と大口開ける深山さん。
 あー、そう言えばラウラ丸呑み事件に遭遇してたんだった、深山さん。

「他の子も似た様なものだと思うよ」
 と言うと一斉にうんうん頷く簪さん除いたクラスメート一同。息ぴったりですな。
「それよりも私らにとって、より大きな質問があるのですよ!」
 そういうと、おーっと歓声が上がる。
「ん? なに??」

「双禍ちゃんって、本当の所男の子なの? 女の子なの?」
「…………あー」
 なんと言っていいか。

「かんちゃんの部屋から追い出された所見ると、男っぽいけど、そこんとこどうなのよ」
 うーん……。
 俺はしばし腕を組んで答えた。

「いや、ぶっちゃけどっちが良い?」
 女性モードにも実は愛着沸いたり、というか正直ジェンダー云々どっちでも良くなってきたし。
 お兄さんなんか危惧してたけど。
「「「「「「そりゃ男でしょ!!」」」」」」
 しかし、クラスメートの意見はがっちり一致していた。

「えと……そりゃまたなんで!」
 えー? 俺が部屋追い出された事とか考えると、普通男嫌なんじゃないのか? 今女尊男卑な世の中なんだし。

「うちのクラス、個性薄いからよ!!」
 がーん!!

 背後で榊原先生がダメージ食らって倒されていた。
「と言うか、1組が濃すぎるのよねー」
「代表候補生三人に世界でたった一人の男性適応者よ、織斑先生、ドラフト会議強過ぎじゃない!」
「2組だってなんか中国の子居るでしょ」
「ちょっと待てー! うちだって簪さん居るでしょ! 3組に比べて特徴あるでしょー!」
「駄目よ、かんちゃんじゃ、キャラが薄い!」
「薄い……」
「先生に続いて簪さんまで倒れたあああああああ!? ちょっとみんないくらなんでもそりゃ無いでしょ!」
「しかし、実際薄い事は事実」
「むしろ薄さを売りにしているんじゃないかってぐらいよね」
「そう言えば生徒会長の妹さんなのよね。でもその事忘れられるぐらいあんまり強い属性になってないし」
 それは簪さんにしても嬉しいのか悲しいのか評価に悩む一言である。
「なんだかんだ言ってもよそのクラスが濃すぎるのよ。かんちゃんって、自動ドアからも認識されそうにないぐらい薄いもの」
「やめろー! 簪さんのライフはもうゼロだー!!」
 倒れている簪さんは一言ごとに吐血していた。

「あと……3組って、一人一人が濃いのよねえ」
 そうなのか。俺、交遊薄いから知らんのよ。
「そこで双禍ちゃんよ。ここでいっちょ男の子になってもらえば、一つ1組のアドバンテージを奪えるってもんよ!」
「世界で唯一の男性適合者は織斑君そのままで良いよね。こっちは生物兵器だからって言えば誤摩化せるし」
「うんうん。Dr.ゲボックの作品って言えば仕方ないで通りそうよね」
 ……あぁ、もう親父のせいって言葉は世界レベルのでの免罪符だったのか。

 うっわー。

「つーワケで、男になれ」
「それおっとっこ」
「はい、お、と、こ!」
 で、始まる男コールである。
「あー……良いのかねえ」
 ぽりぽり頭を掻いていたら、深山さんと目が合った。

 同時に脳内にメールが着信。
『断ったらあの時の混浴言い広める』
 はい、なんでも言って下さい。合点了解です。後だから、何故番号知ってる。
 クラスメートの底知れなさにゾッとしながら、なんとか先生や簪さんのためにも一矢報いるべく、俺はその形態を選択する。

「よかろう! テメーら目を搔っ穿じってよく見やがれええええい!」
「「「うわああああああい!!」」」

 歓声響き渡る中、体表ナノマシン操作『偽りの仮面』発動、変形!
 ぼこりぼこりと俺の体積が瞬く間に膨張、逞しき体躯を形成!
 それはズバリ、俺の理想の男性像……高田厚志さん!!

「この私に、何か用かね」
「うわっぎゃああああああああああーーーー!!」
 巻き起こるのは悲鳴だった。
 それまで市松人形風ちみッ子が、角刈りで揉み上げから顎までヒゲがぐるっと繋がっている2m近いガチムチの全身黒光りするボディビルダーになれば悲鳴も上がるだろう。ふはははははは!
 ちみッ子って自分で言ってダメージきた。くっそう。

「ダブル・バイ・セッぷぅぉおおお———ッ!?」
 両腕を上げて胸筋を強調するポージングを心掛けようとしたら側頭部に衝撃が炸裂した。
 変形がその衝撃で解除、デフォモードに戻って吹っ飛ばされる俺。
 その姿で逆の悲鳴が立ち上るが、俺はむむむ、と狼藉人を睨み上げた。
「何を阿呆な事しているお前は」
 よそのクラスなのになんでか腕を組んで偉そうなラウラだった。
「何故ここに居るラウラ……」
「まだホームルームまでには充分時間があるからだ!」
「痛てて……。えーと、うちのクラスは今クラス会議の様なものを開いていたんだけど……」
「ん? 担任も居ないし、クラス代表が前に出ている訳でもないだろう。良い訳もそこそこにしておけ。まあ、立て込んでいる一件があるのは見ていて分かったが、冗談が始まったので用件が終わったと断じて入ってきただけだ」
「やめろよーッ! うちのクラスの長達に追い討ち掛けるのやめろー!」
「なにがだ?」
 やべえ、こいつ天然で殺しにきてやがる。

———と、その時。

「ん……? なんだ……?」
 ざ……ざざ……ザ……。
 ん? なんだ? このノイズ。
 この先に、何かノイズを出させる様なものがある、とでも言うかのように。

 ま、いいか。
「ところでラウラ。そこまでして俺に何か用?」
「うむ! 期を一新した事だし、一つ決意の宣言と、まぁ……礼をしようと思ってな……」
 何やら気恥ずかしそうなラウラ。
 うむ、対人コミュニケーション経験値、人の事言えないけどラウラ低いから、礼とか意思を伝達する事とか苦手なんだろうねえ。
 しっかしまー。アレだね。銀髪で肌も白いし妖精みたいなラウラが頬を染めながらもじもじとかしてると破壊力とんでもないねー。動画で保存しとこ。

「……ん? 宣言って、なんか決意した事があんの?」
「うむ!」
 お。なんか一気にラウラの顔が赤くなった。
「前回の一件で、ある事に気付いたのだ」
「ほうほう」
 これは……なんで俺に言うか分からんが、もしや……。

「機体から解き放たれ、織斑一夏に抱き上げられたその時、な———なんだろう、実は記憶が曖昧で何を言われていたか、よくわからないのだが……」
「ほうほう」
 やっぱりですか。
「お前や織斑一夏には今回、大変迷惑を掛けた」
「いや、まあ今回はお互い様ってことで」
「だが、それでは私の気が治まらん。まずはお前に報告しようと思う。私はこれより織斑一夏を――――――――――――」

 ニマニマする俺に気付かず、だが頬を染めるラウラは意を決して、ついに、宣言する!
「父とするべく———」
「何で父やねん」
 思わず宣言をぶった切ってビッシィィィイイイッ! とつい反射的に突っ込んでしまった。
 どがしゃああッ! と背後で色々崩れる音がしたのでハイパーセンサーで確かめると、クラスメートが下世話な表情を崩壊させながらずっこけていたものだから、思わずサムズアップ。
「皆、ナイスリアクション!」
 崩れながらもビッとジェスチャー返してくれる。
 そんなみんなを俺は愛しています。

 でもまあ後で聞くと、俺はお兄さんに被爆したかなー、と思ったらむしろビキニ環礁で怪獣王に進化したような変化だったから色々突っ込みに走ったのとは違う理由な様で、すっぽ抜けたそうですな。
 皆さんはラウラの頬を染める様子から俺に告白しようとしてると勘違いしたらしい。
 なお、流石簪さんは俺にそんな事は無い、と確信していたようで、ずっこける事無く姿勢正しく席についていた。
 そんな俺だと断じてるのは悲しいけど、熟知されているのは嬉しいものです。
 しかし簪さん微動だにしません。
 もう50秒ぐらい瞬きさえしてないんですが。

「おいおい、人の話を勝手に切るものではない。失礼だろう、一夏を父にしようという事になったのは、私の副官の助言でな」
「なんか物凄いマジカルバナナがあったんだろうね」
 伝言ゲームってこれだからやめられない。
「この国では、彼のような存在を『お父さん(いろんな意味)』というらしい」
 あれ? やっぱ被爆してる?

「まずは、高い高いしてもらうつもりだ」
「真面目な顔で真面目に言ってるけど、文面だけ見ると噴飯するよね」
 多分被爆してる筈なんだけど副官からの妙な情報流入とか世間知らずとかの影響で突然変異起こしてるんだろうなあ。ダーウィンもびっくりである。
 逆に笑えない。

「そして、双禍。お前に対してはこれからが本題なのだが」
「ふむふむ」
 お、今度は俺だ。

 と、ここで再びノイズが走った。
 まるで、ここからがプロローグだと言わんばかりに。
 今起こる事は少々騒動となるが、危うい事ではない。
 いや、ここもおかしかったけれど、それでも―――
 ただ———事の始まりの始まりなのだという予感が思い出すな、と

 ここから先に進んではならない。
 何かの予感が、俺の自己維持本能が警鐘をへヴィ・ロック張りに打ち鳴らしているのだ。

「月並みだがお前には礼として、これを受け取ってもらいたいと思う。ただ、何にしようにも、経験が無くてさっぱり分からなくてな。副官に相談したりもしたから大丈夫だと思うのだが」
 また副官さんですか。
 しかし、奇抜ならばそれはそれで話題性にもなりますし。
 何よりラウラの真摯な気持ちが伝わってくるので贈り物としては感動の面持ちだったりする訳ですよ。

 で、送られたものと言いますと。
「ほう。ネックレスですか」
「いや、ロザリオだな」
「……ああ、知ってる。仏教で言うと数珠だよね。お婆ちゃんとかが手につけてるよね」
「そう言われるとなんか腑に落ちんな……」
「そう言えばラウラってキリスト教だったの?」
「いやまったく。そもそも何を信じたら良いか分からぬものを崇めてチヤホヤする意義が分からん」
「リアリストって素になるといろいろな方面に喧嘩売るよな」

 でもロザリオですか。
 俺、別にそれで封印される力の大妖じゃないし、怖いとかは無いけど。
 うむ。副官さんのチョイス思ったより普通で逆にびっくり。

「よし、私が掛けてやろう」
「え? 早速つけるの? 特定の宗教色」
 一応、俺らギャクサッツ生まれが信仰し、仕える神ってのは『科学』って名前冠してるもんで。
「……嫌、なのか?」
 そんな泣きそうな顔しないで下さい。貴女の場合、泣いたらビームが出そうなんですよ。

「ちょっと……待って……」
 そこでストップ掛けたのは何故か簪さんでした。
「ん? どうしたの?」
「いや……まさかとは……思うんだけど……」
「大丈夫、ラウラとはお兄さんより先に和解してるしさ。この後必殺仕事人みたいに吊るされたりはしないと思うよ。まあ、万が一なっても離脱するけど」
 バラバラ緊急脱出で。
「いや、お礼と言って吊るす意味が分からぬのだが、そんなことはしないぞ?」
「ほら、ラウラもこう言ってるし。心配性だなあ。でもありがとうね、簪さん」
「……ん……んー」
 まだウンウン唸って居る簪さん。
 まあ、俺のために考えてくれているんだろうけど。これは過保護ってものですよ。もっと俺を信じて欲しいものです。

 一方、今か今かと波線のエフェクトを撒き散らしているのはラウラ。
 さっそくつけたの見たいんですね。うんうん。

「ではお任せするとしましょうか」
「信じてくれて感謝する。了解だ」
 なんかもう、ウキウキした面持ちのラウラが真っ正面から付けてくれにきました。
 しかし、これが思いのほか恥ずかしいものだった。

 実はわたくし、ラウラより『1mm』大きいのですな。
 この1mmは結構重要です。皆さん覚えて下さいね。
 しかし、1mmぐらいの差だと、大体同じぐらいの目線なんで目の前に居る訳ですよ、ラウラの顔が。
 なんかもう、さっきも言った通り喋らなければ可憐な妖精染みたラウラをじっくり眺められる訳でドギマギしまする。

「ねえねえ、ちょっと苦戦してるみたいだけど」
 首の後ろでカチャカチャ頑張ってるけど、今までアクセサリーなんて付けようとも思わなかったであろうラウラである。中々取り付けられないようです。
「待て、私にやらせろ。ちょっと待て」
 あ。後ろで付ければ簡単だと気付いたけど今更引けなくなったみたいです。
 それからしばし1分程。こっちはドギマギしながら、ラウラは次第に焦燥感を募らせ、何度か本当に必殺されそうになりながらもなんとか取り付ける事に成功した。
「ほう。どうだねラウラ」
「ふむ。私には良く分からんが似合ってるぞ」
「ありがとうね」

 なんかラウラとしても大満足なようで、これでめでたしめでたしって奴ですな。

「うむ。万事良しだ……双禍、これでお前は」
「ん? なんかあるの?」
「当然だ。私のロザリオを受け取り、私自身の手で首に掛けた———よし」
 意を決したように、ラウラは深呼吸一つ。



「これでお前は、私の妹だ!!」
 なんかまだこじらせておった。

「……………………は?」

「はぁ……やっぱり……」



「か、簪さん、まさか危惧していたのはこれだったのか!?」
「うん」
「だったら言って欲しかったああああああ!」
「……言い切る前に……それを許可したのは……双禍さん」
「ご免なさい簪さんってなんかいつになく機嫌が悪い!?」
 ふん、とあっちを向いて完全に応答してくれなくなりました。いや、そんな拗ねなくても!?

 てーか。
 そんな風習、初耳ですがなんだそれ。
「副官が特別に指示している(ベルク)なにがし、という整備員のリーダーから直々に受けた特別教導によれば、赤の他人であろうとも、一人だけ、十字架を渡してそれを受け取ってもらえれば姉妹となるらしいと教本に描いてあったそうだ」

 待てコラ。
 なぁ、まさかそれってなんかが見てるって漫画の話じゃ……。
 そのベルク某って———ドイツ語だと『ベルク』って『山』って意味だよな……。
 ま、まさかあの山なんとかさん!?

 あと、俺、男だと半分カミングアウトしている所なんですよ、妹にはなれんのですよ! そもそも俺には大事な大事な妹がいてですね。それを差し置いて兄である俺が妹になるのは看過出来ぬと言いましてね。
「大体、その『原典』によると、それは指導役の上級生から下級生に賜わすものでしょーに」
「まあ、学年だとそうだが……」
 ラウラはこっちに身を寄せ、耳打ちしてきた。



「———そもそも双禍、お前製造されてからの経過年月はどれぐらいだ。その常識知らずな所から見てさほどの年齢ではあるまい」
「二つだよ。よりにもよってラウラに世間知らず指摘されたくねーっての」
「ふん、ほれ見た事か。私は六つだ。お前の三倍は人生経験を積んでいるのだ。素直に人生経験豊富な姉に従うべきだぞ、妹よ」



 待てラウラ。お前ガチロリ(だが年上だッ!)だったのかッ!!



 しかしそれよりも、俺は別の事に対しショックを受けていた。
 六歳と、背丈が拮抗していた……だと……!
 それは僅か『1mm』の優越で良い気になっていた俺を徹底的に打ちのめすには十分すぎる事実であった。
 俺が勝ったーと内心誇っている事を上からの年長者の目線で、微笑ましく宥められていたに過ぎないのだと事に……!!

 ショックで何も言えなくなった俺を、異議無しと勝手に断じたらしい。
 ラウラは両手を腰に当て胸を張り、判決を下した。

「受け取ったのだから異論は認めん! では先の宣言を現実のものにするため、私は自分の教室に戻る。時間も後少しだしな。教官は時間に厳しいのだ」
 と言いつつ内心は浮き上がっているようで、スキップでもしかねない軽快さで4組から出て行くラウラ。



「どうしてこうなった……」
 ジト目でその背を見送る俺に、深山さんは近づき。
「なんと言う恐ろしく濃いキャラクター。私達皆一まとめであの娘一人に食われたわ……。恐るべし1組。まだあのクラスにはそんなのが他に三人も居るのよ……いや、きっとまだ知らぬ伏竜が何頭も居るに違いないわ」
「あー。どうしよ」
「女の子として言っとくけど服の下に入れときなさい」
「う……うん」
 なんかそこだけはガチでクソ真面目に言われたのでびくびくしながら服の下にロザリオをしまうと、ふと気付く。
「そう言えば、榊原先生は?」
「教室の隅で、男の愚痴良いながらシクシク泣いてるわ。彼女のキャラクターはそれ程のものだったのよ」
「恐るべしラウラ」
「……いや……それだけじゃないから……」
「あ。かんちゃん」
「ホームルーム。ちょっと早いけど……いつも通りの始めよ……」
「そうだねー」
「簪さん。この後どうなると思う?」
「……知らない」
 う……冷たい……。
「その顔つきから見て、織斑君と同じで君も女心が分からんのねー」
「アレと並べられた!?」
 ある意味ホモだと断じられるに匹敵する誹謗中傷ですよそれ。
「いや、そりゃそうでしょー」
 しかし、深山さんは取り合ってくれず。

「だいたい、かんちゃんにとって」
「待って……待って……」
「はいはいー」
 なんかじゃれ合ってる二人見てあー……これが男少数の疎外感かぁ、兄貴よ、この一点ではあんたは偉大だ……なんて一夏お兄さんのこの一点だけを讃えていた、その時。

 IS学園の特殊硬化建材が爆撃された様な轟音が響き渡ってきた。
 一気に周囲が慌ただしくなる。
 そりゃそうだ。先月謎の襲撃来るわ、トーナメント中に専用機が暴走するわ、立て続けにスキャンダルが起き続けたのだ。周りが浮き足立つのも頷けるが……。

「あー、これ絶対ラウラがなんかした」
 その一点だけを持って俺は彼女を信用していたので慌てる事無くぼーっとしていた。

 1組はお兄さんを導火線としたIS学園の火薬庫だ。
 ラウラ的にお父さん、と呼んだとしても、お兄さんはその性質からしてこれはそのまま受け取るだろうけど、女性から見ればこの『お父さん』、と言うのは『夫』という意味合いで受け取るであろう事は確実で、しかもラウラは潜伏型か変異型か知らんが妙な感じとはいえ被爆している。
 お兄さんの嫁さんズがその感情に感付かぬ訳が無い。

 (イコール)紛争勃発だ。

 ずご〜ん! だの、ばご〜ん! だの効果音が響き渡っているのだが、気にせずホームルームを始めようと、なんだが虫の居所が悪いらしい簪さんに声を掛けるべくくるっと回転したら半ばで止められました。
「おぅッ!?」
 がっしり肩を掴まれたんですよ。
 一瞬何のホラーかと思いました。
 ハイパーセンサーを再度巡らせると、なんか既に青息吐息の榊原先生が親指でビッ! 黙って効果音の方へ親指を向けられました。

 それを意訳して見たところ。

 榊原先生に、お前がロザリオを許したのも原因の一つなんだら鎮圧しやがれ。
 と視線で申されておりました。
 問答無用の眼力ですな。

「先生の勅命なんで行ってきますねー?」
「あ……私も……クラス代表として……監督する……」
 ふらり、と教室を出ると簪さんが着いてきて下さいました。
「おぉう、簪さん。ツンデレに目覚めましたか」
 なんだかんだ言っても結局は助けてくれる。
 流石簪さんである。
「いや……なんかこのままだと私の存在感が……吹き消されそうで……」
「其れは由々しき事態ですな……」
「……むぅ」

 女心は難しいものだなあ。
 なんて簪さんと連れ立ちながら1組へ向かう。

 ああ、中々難しいものがありますな。
 頭が霞掛かるというか。
 ノイズが激しくなる、と言うのが正しいのでしょう。

 この先におぞましい何かがあるのだと。

 いや、ここもおかしかったけれど、それでも―――
 後少しだ。
 恐ろしいことが起きる。

 ここまでは良かったのだそう、極楽であったのだと。
 さあ、地獄へたどり着いたのだと。


 ああ、記憶が曖昧だ。
 そう、曖昧にしておけばいいのだ。
 だが、無常にも頭に掛かった霞は瞬く間に晴れ渡っていく。

 この、一つ後の事件が俺を地獄へ呼び戻す事となる。



「どもー。榊原先生の許可得て事態鎮圧に参りましたー」
 謎の忌避感を掻き分け、ここまでやってきた俺は元気よく1組の扉を開いた。

「おぉ、妹よ。直ぐさっきぶりだな! 何しにきた!」
 元気溌剌なラウラの直球爆弾のせいで1組と鈴さんの視線がいっぺんに突き刺さりました。

「あ、そっくんにかんちゃん」
「本当だー。噂通り! 見れば見るほど織斑君そっくりー」
「織斑君の隠し子だったと言う事かッ!」
「確かに! それなら織斑君の事をお父さんと呼んでいるボーデヴィッヒさんが妹と呼んでいる事も納得ね!」
「でも男の子よねえ」
「何言っているのかしら。世界でもISを動かせるのは織斑君だけって事なんだから、きっと男の娘の逆バージョンよ!」
「そもそもそれって遺伝するのかしら。ちょっと———愛は要らないけど子種には興味あるなー、男の子でもIS使えるっていいよねぇ」
「本題そっちじゃ無いでしょーに。えーと、この男装女子ってなんて言うのかしら」
「私達で決めましょう!」
「でも、結構昔からあるキャラの筈よねえ」

「知らぬうちにどんどん俺の事が俺から離れて行く件について」
「双禍さん……まずは……なんとかしないと」
「そだねー」
「早くもやる気無くなってるね……」
「そりゃあーねぇ」

 ラウラが背後から一夏お兄さんに抱き上げられているのだ。
 そんな事したらお兄さんにガチ被爆している嫁さんズの攻撃性が刺激されるに決まっているではないか。

「はーっはっはっは! 私と父にはその程度の攻撃一つたりとも通るものか!」
 で、それで四方八方からくる攻撃ことごとくを停止結界で受け止めているラウラは甲高く笑ってたりするものだから周りのお姉様方に殺気立つことなんの……って。

 ふと。
 視界におかしな容貌を発見。
 本当なら自然なんだけど自然じゃいけなかった筈の———
「あれ? シャル……ル君? じゃなくて?」
 が、おっぱい還元セールしてる。
 見事に女性としての姿を完全披露しているデュノアの御曹司である。あ、映画のコマーシャル文句がびっしりなボード持ってる。

「そうだよ! 僕はシャルロット・デュノア。今夏上映の『美女と大怪獣』でISに適合した男性『シャルル』の役柄を学ぶべく男性として入学しました! 情報公開に合わせて元に戻りましたけど、変わらず接して下さいね! そして皆さん。是非映画、見に来て下さいね! ———はッ!」
 言い切って愕然とするシャルロットさん……で良いよな。

 きっと、演技指導などで徹底的に仕込まれたんだろうなあ。本人の意図無く無意識に宣伝してしまう程に———なんて恐ろしい子! でしょうね。
 超高速で撮影に臨んだって事は、ある意味サブリミナルみたいな効果がオマケで着いてきたのかもしれませんな。
 で、女の子としての可愛らしさを封印解放してピカピカしてるシャルロットさんですが、その両腕に着いているパイルバンカーが色々空気ぶちこわしてますよね。

 同時に『あぁ、王子様があ』、と言う悲鳴と、『つまりシャルル君は二次創作と言う事で自由に使っていいよねぐふふ……』という腐臭あふれる不屈のコメントに大体分かれる1組一同。うん、代表候補生の濃さに負けてねえ。うちのクラスに必要なのはまさにこれなのか!

「で、この騒ぎは何なのだよなあ」
 大方、ラウラは自分たちが被害を受ける分しか止めなかったから、逸れたのがあちこち被弾してたんだと思うけど。

「ふん、そこの女共が父を殺害しようとするのでな。親子でそれが無駄である事を証明していたのだ」
 お兄さんに対物理シールド扱いされているけどな、お前。
 ん? 親子でってのはまあ、親がかどうかは別として、お兄さんも常々『守る〜うんたらかんたら』言ってるだけあってラウラシールドをただ保身の為だけに使ってる訳ではないようで。

 見れば、掌サイズの雪片弐型が浮いていて、停止結界で防げないセシリアさんのレーザーなんてものを無効化してた。

「……防衛と言う一点で見れば確かに恐ろしいコンビだなこれ」
 零落白夜でエネルギーが切れるまではだけど。

「はははッ! そうだろうそうだろう!」
 調子に乗ったラウラはンな事言いながらほお擦りなんか始める始末。
 挙げ句の果てにはごそごそとお兄さんの上着の中に潜り込んで顔だけ出すと言う小柄ならではのスキンシップを始める。
 お陰で4本もそびえ立つ殺気の御柱がやばいことになっているのだが
「どうだ! チェエィンジ!! 有袋類! お父さんと私の愛を知れ!」
 なんて挑発してるし。
 あー。お前が6歳だっての初めて実感出来たわ。

「だがな、ラウラ。一つ違うぞ」
 これだけは言わねばなるまい。
「……なに?」
「有袋類はメスしか袋を持たない。雄のお腹に居ると言う事はタツノオトシゴであり、つまり魚類だ!」
「なっ! ……そ、そうだったのか……」

「そう……じゃ……」
「「「「「「そこじゃねえだろ!!」」」」」」
 何か言いかけた簪さんの声がかき消された。うるさいな1組の皆さん。

「えー? 間違いは指摘しなければ!」
 と言った所でクラスが沈黙した。

 あ、ここだ。
 気がついた。
 ここが死の気配のたどり着いた所だ。

 クラスが沈黙したのは決して俺の正論のためではなかったのだ。
「あ……あの……」
 簪さんが時間すら凍り付かせんばかりの大紅蓮地獄の発生源へ何か言う前に。
 彼女の押しの弱さはここでは指摘出来まい。うちの親父とか束博士以外に誰だって出来るものか。

「騒々しいぞお前ら」
 やって来たのは千冬お姉さん。とっくにHRの時間は過ぎている。
 そう言えば……とセンサーを巡らせると、山田先生が榊原と同じ様な感じでシクシク泣いていた。
 ええ……山田先生、あなたは泣いていい。
 え? ここで使う台詞じゃないですと? ああ、そうですか。

 ただ、それよりも。

 ああ、ここだ。
 これより先は行けない。
 絶対に後悔する。
 しかし、優れた機能は、忠実に事実を再現する。

「とっくにHR時間だ。クラスに戻らんか馬鹿タレ共が」
 先生から許可貰っていると———なんていう前に、ISですら反応出来ない速度で出席簿が俺の側頭部に炸裂した。
 爆音かと見紛う程の炸裂音だった。うん、流石人間相手とは違う。生物兵器相手にこそ拳を奮うのが馴れているのか。
 あー、そんなご無体な。

 そして、そのあまりの衝撃に久々だが首がすっ飛んだ。
 予想外だが、ダメージは少なかった。
 これがアレか、攻性因子は少ないけど威力デカい一撃って奴ですか。
 ISに通常攻撃は効かない、と言う事を妙な感じに実感しつつ、しかし衝撃はとんでもないので。
 ああ、成る程物理的には凄まじい事が分かる。

 攻性因子と言うのは殺意と比例して込められるので、成る程無茶苦茶痛くても殺意とか悪意とかはこもってないんだなあ。
 教師モードである事に納得して、時既に遅い事に気がついた。

 その先に居たのはお兄さんとラウラ。
 潜り込んだ制服の襟から顔を出して頬をスリスリしているラウラはそれでいて皆の物理攻撃をしっかりさばいているから、ああ、精神年齢と生物兵器としてのスペックは別なんだなあ、と今更ながらに実感してしまう訳で。

 で、最初に気付いたのは多分お兄さん。
 しかし、逆に気付いたのが早かった為に迎撃できなくなってしまった。
 それと言うのも。
 げっ、という表情を浮かべ、迎撃しようとして。
 あ、やば、と手を出すか否か逡巡してしまったのである。
 迎撃するのが実際刃物であり、しかも大抵のものがズンバラリンの零落白夜だ。
 半端に考える余裕があったせいで反射的に撃ち迎えられなかったのだ。

 そのうえ、丁度セシリアさんの殺気を感じ取ったものだから、つい———そっちを迎撃して。

 間が悪く。
 てかラウラ、俺を迎撃しろ。

 おい、ちょっと待て止まれ、いや止まるな兄貴避けろ!
 ちょ、ま、制動が。ぎゃ、あ。

 顔面間距離60cmの所で既に手段を全て失った事に気がついた。

 あ。
 残り30cm。

 と。
 残り15cm。

 ま。
 のこり5cm。

 って———
 彼我の距離ほぼゼロ。
 互いの体温すら感じる程であり、ある意味生命危機がハイパーセンサーも使ってないのに俺の体感時間を強引かつ無慈悲に引き延ばす。
 その事そのものが地獄をより劣悪なまでに引き延ばしている事に何故俺の生存本能は気付かない。

 俺と兄、両方ともに生涯初である、マウストゥマウスが、今。
 そう、じっくり、たっぷり、ぐっちょりと。



 ズ……ッギュウウウウウウウン……ズギュウウン……ズキュウウン……(エコー)。



 炸裂した。

 その瞬間、俺の個我が感じるストレス値が天井をぶち抜き、脳内クロックアップが最高潮に達する。
 一言で言うならば。
 THE WORLD そして時は止まる。
 そんな感じだった。

 しかも、その状態に突入したのはお互いだったようで、お兄さんと確実に目が合った。
 引き延ばされた時間帯でありながらそれをお互い感じ取れたのは、お互い極限状態でありながらお互いの意思や言葉が通じたように感じられると言う現象だろう。詳しく知りたかったら某漫画の『それは悪手だろ 蟻んコ』ってものの周辺読めば良く分かると思うが、あんな極限状況と比較されるぐらい極個人的にではあるが極限状況に突入していたのだ。

 ブチュチュンパってモンスターが某世界的RPGに存在していたと思うが。
 擬音で言えばそんなティストで、停止(体感)時間中ずーーーーーーーーーーーーーーーっと続いているのだ。

 ラウラがお兄さんの懐に入っているせいで、首から三つ頭が生えてるようになっているその一塊のシルエットは完全に時間のくびきから解き放たれた。
 その後ろでデコに矢尻なのかスペードみたいなの貼付けた奇人がラッシュ繰り出しながら叫んでいた。
 叫び声の内容は。
 無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄アァ(以下エンドレス)!!
 だったと言っておく。

 後になればなんとでも言えるのだ。
 頭部にもPICがあっただろうと、とか。
 何のためのラグド・メゼギス、何のための慣性中和チップなのだ、とかなどなど。
 しかし、あの瞬間全身を襲った戦慄は俺の全ての行動を封殺した。

 車道でクラクションならされた猫のようになってしまっていたのだ。






 もにょもにょもにょー(回想終了)。
「どわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ———!!」

 思い出してしまった恐るべき記憶に俺は断末魔と言って差し支えない悲鳴を引き出した。
 あ、言っておくけど、今までのが全てお兄さんに話を聞いてフラッシュバックした回想、一週間の記憶ですので。

 そうか、これか。千冬お姉さんの一撃ではなくこれか。
 精神の平常を保つために自分で自分自身の記憶を封じていたと言うのに。
 お兄さんの言葉をきっかけに、優秀なバックアップ機能が瞬く間に黒歴史を蘇らせてしまったのだ。

 あぎゃー、ぎゃあああ、俺の、俺のファーストキッスがあああああああ!
 初めては好きな人か妹だって決めてたんだぞおおおおおおおお!!

「あのな、被害者面してるがな、双禍。俺にとってもアレは初めてでな」
「言うな! おぞましさが倍乗化するわ!!」
 全身に鳥肌が立つじゃないか!

 ああ、実際ブバババッと、全身総毛立ち、同時になんか『偽りの仮面』が発動して鶏になってしまった。
「いや、鳥肌が立つってそう言う意味じゃないんだけど」
「コケー! コッコッコ、コケコケコケーッ!!」
「いや、興奮されても何言ってるか分かんねえよ」
 うるせえ! 『偽りの仮面』の偽装機能で言語がマジ鶏のになってんだよ自動的に。

「コケー!!」
「いや、うるせえし」
 言うやお兄さんは何かを俺の手羽先に押し当てた。

「ゴギャギャギャガギャギャーッ!?」
 途端にあらゆる防御を貫通して大ショックが俺を駆け巡る。
「おーう、効くなあ。雪片弐型スタンガンモード(零落白夜)」
「ゴゲ……」
 なんだそりゃ。
「なんていうか、毎日思い出して発狂して毎日忘れられたらなあ、こっちも毎日毎日一週間以上も同じ事やってたら流石に苛ついてきたんだわ」
 そりゃ初耳だ……ぞ……つーか、この一週間……? いや、あの事件が一週間で、これを毎日一週間しているのだとしたら、クラス対抗トーナメントから二週間の間に、雪片弐型の展開装甲をずいぶん使い越してるじゃねぇか。

 がっくりと、ISとして機能停止する俺であった。












 案の定、俺は遠浅の白い砂浜でひっくり返っていた。
 起き上がっていつもの奴を探す。

 白式に、お兄さんの急な雪片弐型の使いこなしっぷりについて聞き質さねば。
 零落白夜をリアルでも食らいまくるのは正直ごめん被るのだ。

 ぐるぐる視線を巡らすと、ああ、居た居た。
 漂着したっぽい純白の流木に腰掛けるいつもの白いあんちくしょうの背中姿が。

 だが、なんだか何時もの彼女と違い、なんだか哀愁が漂っているように見えるのは気のせいだろうか。
 煤けている。存在感が明らかに薄い。それでなくても基本モノトーンな色調のアイツがさらに色素を失っているように周囲が重い。

「おーい、白———」
 しゃり。

 なんとか声を届けられる所まで行くと、瑞々しい咀嚼音が聞こえてきた。
「んー? なんか食ってんの?」
 ぐるーりと正面に回り込むと。
「んー? あー。茶釜」
 覇気のかけらも無い白式が居た。
 何食っているかと言えば。
「キュウリ食ってんの?」
 となりのトトロでばあちゃんが栽培してた様な食欲を誘う野菜を贅沢にもサクサク食ってる。都会だと高いんだよね。
 うちは『翠の一番』から採取出来るけど。
「そーね……」
 物凄く元気無いな。

「そりゃそうでしょー。実はねぇ? 学年末トーナメント以降、一夏と文通してんだけど」

 文通……書面を通して交流する事byBBソフト。

「出来るんかい!?」
「んー。この間一夏が文房具量子格納したから、こっちで書いた後一夏が展開したら文章が届く仕組み」
「なんで最先端技術の極みであるISがそんなアナクロで交流してんの!?」
「そりゃこっちが言いたいわよー。なんでかそれでしかメッセージ遅れないんだもの」
「まあ、普通はISと対話なんてしないから凄いんだろうけどさー」
 技術の極みに到達するとアナクロに戻るってことなんでしょうか。

「けっこう一夏の実力向上には役立ってるわよ? 雪片弐型を展開装甲弄って玩具サイズに量子展開する方法教えたし、それで展開装甲の変形試行錯誤の課題与えてる所だし」
 そうかい。あのスタンガンとか迎撃浮遊武装とかお前のせいかい。
「逆に一夏の方からも課題が来てね?」
「ん? お兄さんの方から?」
「そうよ。『俺の相棒が不摂生など言語道断。まず好き嫌いを無くそう。お残しは許しまへんで』って文面と一緒に緑黄色野菜ばかりが延々と差し入れされるようになったのよ」
 打ち上げの鍋の時そんな話してたわな。
 それでキュウリ食ってんのかい。
「うううう……お肉が食べたい……」
 肉を食べたいがためにべそをかく。
 そんなISお前ぐらいしか居ないわ前代未聞だよ。

 しかし、なんていうか……。
 その小柄な体躯でキュウリを齧る姿なんて……なんていうか、君程似合うISは居ない(カッパっぽい)よね。
 なんて思ったものだから。

「また忘れてやがったなクソ餓鬼ィ! ここじゃ思考はだだ漏れだっつうてるだろうがああああああああああああ!!」
 鬼の表情で飛びかかってきた。キュウリ片手だから、いつもよりは迫力薄いけどそれでも凄い危機感あおってくる表情だよね!
「なにおー! 好き嫌いなんぞしやがってどっちが餓鬼じゃあああい!!」

 砂浜でもう何度目か分からない追跡劇が始まった。

「零落白夜ああああああああああああッ!!」
「うそぉお!? キュウリから零落白夜が出てきたあ!? 最強の破壊力を持った単一仕様能力(ワン・オフ・アビリティ)の扱いそれで良いのか!? 本当にそれで良いのか!? って思ったけど、今までお前のやってた使い方考えたら一番本来の零落白夜じゃないかって思っちまったよ、キュウリだけど!」

 次々と繰り出されるキュウリの連撃。
 ぶっちゃけギャグにしか見えないが、正真正銘ISを一撃でぶちのめせる攻撃力なので洒落にならない。
 必死こいてキュウリを避けるが、流石近接最強を誇るIS。次第に追いつめられて行く……だが、こちらにも策はある。

 特に、今のお前になら特に効果が絶大ななァ!

「ほーれ! こんな事もあろうかと! 一口サイズミルクチョコレートォ!」
 なんて事をしてやれば。
「ぎぶみぃちょこれいとおおおおおおおおおお!!」
 まるで2月14日のもらえない男の様な絶叫を上げて白式が一口サイズの梱包されたチョコレートに飛びついた。
 ……いや、お前、女(?)だよな。
 どっちかって言うと反応が戦後の子供だけど。

 ISの性別って良く分からんが、少なくとも女の見た目ため女として扱って……良いんだよ……な?
 まあ、罠に掛かったので。
「発破ァ!」

「ぶっふぉあ!?」
 チョコを頬張った白式を口内からぶっ飛ばす!

「ははは! たとえ思考が筒抜けと言っても、そっちが食欲に脳みそ染め上げられたら罠を意識すら出来ないらしいな」
 なんて言っていたが、何ィ! なんて俺は思わずリアルで叫んでしまう。

 だが倒れない! 口内で焼け残ったチョコを口内で味わい尽くし、ゆっくりと嚥下する。
 とろける表情浮かぶ笑み。
 しかし言動は———
「ぐっふ! 否! 断じて否! 例え罠と分かっても、爆発すると知っていても! 甘味の前に私は一歩も譲らぬ! 引かぬ! 媚びぬ! 顧みぬ!」
「いや、だから余計なとこで男前披露してもなあ」
 見てて切なくなったからチョコ素直に上げよう。
「本当!」
 筒抜けって本当……あれだよねー。

「プリーズプリーズ言ってる白式の両手一杯にチョコをプレゼントしてみる。
「おおおお……さっきの河童発言は無しにするから! ありがと! ありがと!」
 甘味のためなら魂だろうが一夏お兄さんだろうが悪魔に叩き売りしそうな勢いでチョコに飛びつく白式。
 んー。でも食う前に一言言わねーと。
「あー、でも爆弾は全部に入ってるからちゃんととって食えよ」
「ほえ?」
 口一杯のチョコがごくりと飲み込まれた瞬間だった。
「早ええよ!?」
 てーかもっと味わえよ!

「いやだって、本当甘味なんてひでぶ」
 今度は口内どころか腹内からチョコ一杯の爆撃が炸裂したのである。
 世紀末のモヒカン張りの断末魔を上げて白式は完全沈黙。
 口からもくもく黒煙マジ上げてるし。
「……初めての完全勝利なのに全然嬉しくねえ……」

 まぁ……おかげで。
 ありがとう白式、なんかおぞましいのすっかり忘れさせてくれて……。
 これだけ騒いでる間になんかトラウマどうでも良くなったらしい。
 が、しかし。黒煙を上げる白式を見下ろし。
「ああ、空しい……」
 そこに俺は無情を噛み締めながら立ち竦むのだった。










2章 Interlude



「しかし……ある意味ゲボックの阿呆の部分を見事に受け継いでいたな……。まあ、見た目は何を考えたか昔の一夏そのものだが……」
 対傍聴ナノマシンを散布し、IS学園の中庭でベンチに腰掛けながら、脱力しきった千冬はぼやいた。
 だらしないこの格好も、ブリュンヒルデになって以来と言うもの、普段は自宅と教員寮の自室のみでしか出来ないのだ。
 別の用事で認識阻害も兼ねたこの道具———今掌で弄んでいるどう見てもピンポン球———を使ったのだから贅沢もかまわないだろう。

 かなり高いのだこのナノマシン。
 頼みもしないのにゲボックが送りつけてくるので実質無料だが、なんか私用で使った瞬間負けが決まった様な気がするのだ。
 かと言って、絶対これ自分に電話する時これあれば気兼ねしなくていいよ、と言う暗喩たっぷりなのでそれに従うのも癪なのだ……おかげで在庫が溜まる溜まる。

 で、千冬のぼやきに登場した双禍であるが、あの害虫に変形して以来、どうも全身の精神感応金属(『灰の三十番』から聞いた)が過敏に精神状態を反映するようで。

『背中にモロ思考が文章で出ていた』のだ。衣類まで精神感応金属だからこうなるのだろうが、意識してないのならばギャグでしかない。
 思考が文章で滲み出てくるあたりは『灰の三番』『灰の三十番』譲りであると言える。まあ、ボディの素材がほぼ同じなのだから仕方あるまいが。

 ラウラと二人で笑いをこらえるのが大変だったのだ。
 あんな環境で、よくぞ鉄面皮を保ったものだ。これが軍に関わったものの技能か。後で感情豊かに、と言うか幼稚化したラウラでさえ何食わぬ顔で双禍の背中で内心を読んでいたのである。
 文字通り。



 ここで千冬は軽く一呼吸。
 携帯電話を懐から取り出すも操作もせず耳に当てた。
「おい、これで良いのかお前ら」
「そりゃ勿論デすョ!」
「良いどころか是非も成し願っても無し! さっすがちーちゃん愛してる! 今直ぐもっと愛を確かめよう! あーもう抱いて!」

 ただの携帯電話が唐突に二つの声を吐き出した。
 千冬も箒のように携帯に対して破壊衝動が吹き出した。
 単に堪えられたのは、加虐傾向のある自身の指向性との付き合いの長さと、幼馴染み相手に色々経験を積んだ差に過ぎない。
 自覚してもう何もかも捨てたくなった。

 説明の必要もあるまい。ゲボックと束である。
 このタイミングでぴったり連絡がくるのだ。千冬の幼馴染二人がどうやって千冬の状況を見知っていたかなど、今更知りたくもないが、まあ、これがこいつらだと諦観99%で、慌てるのも癪である。全く気にしたそぶりも見せず二人に対応するのだった。

「帰るぞ」
 切っても意味が無い。と言うか切れないので電話ぶん投げて帰るぞとしか言えなかった。だが今度はテレビ乗っ取ってきかねないんだよなあ、と思うが、無抵抗は主義に反するので。
 そんな複雑な千冬模様である。
「ソんなそんナ、一言で打ち切っちゃウなんて寂しい事ヤめて下さいよ! でモなァ、フユちゃんの場合マジやりカねねぇデすし」
「そーそー、せっかく久しぶりに三人で話せるんだし! 束さん寂しくて学園に突撃しちゃうよ晩ご飯!」
「直に話ス事になりますね! 小生そっちの方がベストなんですけどフユちゃん絶対ぶん殴りますョね?」
「だめだよー、ちーちゃんカリカリしちゃー。カルシウム足りてる? 小魚とか食べてる? それともせ———」
「黙れ」
 それ以上は言わせねーよ! の心情だった。女のセクハラはド直球でえぐいのだ。

「と言うかお前ら両方の技術詰まってるの出すとは珍しいな。『初めての共同作業』か?」
「きょきょきょ、きょーどーさぎょー!? ち、ちちちちち、ちょ、ち、違うんだな! お母さんが、お腹がすいたら、おにぎりを食べるよう、言ったんだな!」
「束ちゃん、動揺しすギて画伯になってまスョ? ふむ、マぁ、そウ言われますと確かに双禍君は———」
「いみゃあああああああああ! 駄目ー駄目! ゲボ君駄目エエエエエ!」
「ぎゃあああああああああああああ! 熱イ熱い!! タバちゃん! 遠隔操作ガ色々適当に動作しテ太陽光集束レーザーは宇宙世紀まで待っテくだ———あっヂャああああああああああ!!」

 うわー。恋する乙女って……というかこいつの場合普段の方こそ逆にぶっ飛んでるから面白え。
 こっちは深夜だと言うのに。お前は今裏側にいるのか。
 まあ、話が進まん。
 未だ支離滅裂に絶叫している束は放っておいて、ゲボックに聞いてみる事にした。

「ところでゲボック。何の意図でアイツを入学させた。アイツ自身全然分かってないみたいだったぞ? その割には私に気付かれないよう入学させようとは手の込んだ事しおって。理事長とも繋がってたとはな。驚いたぞ」
「ふぅ、アチチ。んアぁ……いつもと何モ変わりマせんョ」
「何?」
「実験と観察と推察。たダ、それダけですョ??」
 何を当たり前な事を、という言い方だった。隠す気も隔意も全くなし、というのが逆におぞましい。
「……実験、だと?」
「エエ、小生は科学シているだケなんですネ? いっつも、とナァンにも変わり無いんだなァ」
「だから、私はこう聞いているんだゲボック。『何』だ、とな。なんの実験だ。つまりアイツはモルモットか」
 ゲボック作とはいえ、弟と同じ顔のものをそう扱う事は千冬にとって許容出来る事ではない。

 もしかしたら、それこそ双禍が一夏の顔をしている理由であるかもしれないのだから———

「ええトですねェ、結果が出る前に言うノも拍子抜けシちゃうでしョ? だカら秘密ですョー」
「あー、おーけーおーけー。分かったぞゲボック」
 今回は、見逃しては行けない予感がする。取り返しがつかなくなるのではないか。そんな恐怖があるのだ。
 故に。
 千冬は切り札を切る事にした。

「絶交なお前」
 ある意味ゲボックに対しては千冬のみが使える……いや、束も使えるかもしれないが、何よりも効く交渉カード(ジョーカー)を一手目から切り出した。
「おおおおおおおおおおおォウ! フユちゃんそれ酷イです! 鬼! フユちゃん! 阿修羅! 悪魔! 編集長!」
「それが一番効くゲボ君ってのもなー……」
「お前今さりげなく二番目に私の名前入れたな?」
「はテ、なんの事でスか?」
「相変わらず脂汗垂れ流しながら嘘吐くな貴様は」
「おぉウ!? 完全に見透かされてますョ!?」
「あ、認めたな」
「引っ掛けらレた!? フユちゃんいツからこんな策士に!?」
「え? ここ束さん!? まさかこの束さんがツッコミに回らなきゃ駄目なの!? ねえちーちゃん、束さんのキャラが破壊されそうだよ!? イメージ侵害だよ! 告訴ものなんだよ!」
「もうお前らいい加減本題入れ」
 三人のノリは相変わらずであった訳で。

「んー? 何の実験、カ、と言う事ですかァ?」
 ゲボックが首を傾げているのが良く分かる。サイズの合わないヘルメットがごりり、とズレているに違いない。

 さて。
 どんなおぞましい事が飛び出ようとも聞き逃さぬと、もし人道に反する事ならば力づくにでも止めようと。
 千冬が覚悟を決めて耳を澄ませている。その結果は。

「ねえ、フユちゃん、タバちゃん。AI(こころ)を育てる為にはドのよウにすれば良いト思いまス?」
 なんて言う、子育て教室での問いかけの様なものだった。

「……な、に?」
 思わず本気で聞き返してしまうと、ゲボックはいつも通り平常運転の……そう、人の神経を逆撫でする様なニヤニヤとした感じで言葉を紡いで行く。
「小生はね? 如何なる形であろうとも対話と模倣、これに尽きるのだと思うのでスョ」
 しかも、至極真っ当な事を言っているのだ。
 世界、滅びる予兆なのかもしれぬ。
 束は束で『う〜ん、束さんのは言えるかもしれないけど馬鹿ちんどものはサッパリかなぁ、一体何で動いてるかわかんない程杜撰なんだもん』と、サラッと人類をディスってるし。
 本気で世界の危機を感じてしまった千冬である。
 そんな千冬の史上最大の危惧感など全く露知らず。と言うか人の機微が良く分からん科学馬鹿には全然伝わる訳もなく、解説を続行する。

「人間だけは、本人が居なくなったトしても、その人の痕跡を伝える事が出来る、とイう知的生物固有の特殊能力を持ってるでしョ?」
「さもそれが知ってて当然の基礎知識であるように言うのやめてくれないか」
 いきなり頭を整理しないとわからない様な単語を羅列されたので、ちょっと脳みそがハングアップした千冬である。
 まあ、良くも悪くもそこは幼馴染み。
 思考を切り替え、自分の分かる単語を拾って整えてみる事にする。
 すると、なんだか難しい事を言っているようで割合普通の事だと分かる。
 科学者というのは、実際頭良い事を知らしめたいのか、無駄に難しい言葉遣いをするのだ。
 長年の付き合いで手慣れてしまった事に溜め息を吐きたい気持ちでいっぱいになった。

 しかして、翻訳してみた内容は、予想の遥か斜め上を飛び越え、ツッコミ皆無の事柄であった。
 人間は自分の知識や行いを後世へ残す事が出来る。
 知能をそれなりにもつ動物———一部の鳥類や人に近い類人猿、海生哺乳類の類いである。
 だが、それらは中に突発的に高い知能を持った個体が現れてもその知識が幾世代も超えて伝わって行く事はまれである。

 その先達者を模倣する事で、一時的に群れ全体の知能が高くなったように見える事もあるだろう。
 だが———そこから先は進まない。
 それが既に進んだ知恵であり、それを基礎としてさらに一段階上に行く事は殆どない。
 その進歩の過程を知っているものが最初の個体だけだからだ。
 そして、最初にそれを開発した個体が何らかの事柄をきっかけに失われればその知識を編み出すに至った過程が伝わらない。
 偶然進む事があったとしても、いずれは潰えてしまう。

 人間が、進歩が進歩を呼ぶ知的生物となったのは、その知識を残す『表現』が出来るようになった事が大きい。
 高度な言語を発達させた事で『口伝』と言うものが生まれた。
 伝達の過程で伝達者のアレンジや主観が入り交じり情報が歪む事も多いが、知識を継続させる、と言う意味がある事に違いはない。

 手先が器用になった事で図を描けるようになった。
 また、像や彫刻を作り上げられるようになった。
 これらで例え言語が通じない間柄であっても、情報の入力としては最も特化している視覚をもって伝える事が出来るようになった。

 生まれたのは『概念』という概念である。
 人が発達し、情報の伝達手段は上記のように増えて行ったが、それらは不完全であり、完全に進歩の伝達とは言えぬのかもしれない。

 だがしかし、概念が伝われれば、詳細は伝わらずとも意味は伝わる———のみならず。
 概念が残れば発想の起点は継続して行く。

 人が死ぬ気で頑張っても辿り着ける位置など、科学という深淵の底知れなさから比べれば微々たるものなのだ。
 まあ、本当に死ぬ程頑張る人などあまり居ないものなのだが。
 しかし同じ人間、それだけの労力をかけて辿り着いた所に追いつこうと思えばやはりそれだけの労力が必要なのだ。

 それを一息に飛び越す例外が目の前に二つもあるのだから信憑性が物足りなくなるのも仕方が無いが、そんな例外が出るのは本当に稀な話なのだ。
 知識の伝達とは、その段階まで容易く段飛ばしで階段を駆け上がるズルの手段なのだ。

 故に人間は発展が発展を呼び、爆発的に進歩する生き物なのである。




「知識や技術だケじゃ無いンデスョ。人ハね、憧れを抱ク相手の様に成りたいと模倣シます。
 その過程だケに留まらず、人と人が交流シていけば、様々な情報がお互いにコピーされます。
 例えバ習慣。
 例エば技能。
 例えば物語リと言ったものデす。
 情報はマスメディアかラ会話、書籍。それに立ち振る舞イとかですね。色んなコとで、コピーされて行きます。
 これらのプロセスをミームとして定義し、『情報』が『進化』する仕組みを研究するんでスね。
 まぁ! 元々ミームっテのは遺伝子との類推から生まれた概念なんですけどね?? 結構コれが似てるんだなァ。
 『情報』と言う意味では『ミーム』モ『遺伝子』も、同じナんですかラね。
 どちらも変異したり進化しタりするんです。
 ここで、話を最初に戻シますが、憧憬を抱いた相手を真似ルっていうのは生物の遺伝と同じ様な事です。
 形質ヲ伝えますが、それが何らかで歪んでしまッたり全く違うモノになっちャったりしても、元となっタものがアる、という事に違いはありません。
 結果、情報をやり取りすル結果出来上がるデータバンク、心は進歩し、それに伴い人から人へ伝わるミームも発展し、多数の人によって構築されるミームが結果として文化を作り出し前進さセるんですョ」

 いや、もう何言ってるか追い付けなくなった。
 頭から煙吹きそうになった千冬である。
 だが、束は当然として追い付き、既知感を抱いていた。
 いつだか———これに似た論題で彼は何かを演説していなかったではないか。

「えと———すまんゲボック、もうちょっと分かりやすく言ってくれ」
「エ?」
 ゲボックは小首を傾げている事だろう。ゲボックは自分が天才であるという自覚を得た割には、他者が自分の知識に追い付けない事を未だ自覚出来ない事が多いのだ。

 だが、千冬の空気には敏感なゲボックは思った。
 あ、これ昔勉強教えていたときのフユちゃんが発した空気だ、と。
 確かあのときは篠ノ之神社の御神木に逆さ吊りで張り付けにされたのだ。

 以来、フユちゃんに勉強を教えると張り付けにされる、と肝心な事が全く分かってない公式が出来上がったゲボックだが、張り付けになりたく無いのはゲボックとしても極普通の感情なので、言い方を少し変えてみる事にした。
 ちゃんとゲボックだって科学以外も進歩するのである。
 速度差は超音速戦闘機とナメクジぐらいの速度差であるのが物悲しいが。

「では———こう言いマしょう。
 模倣する事———そうなりタいと決めて対象を真似ていク———
 でモ、そレはソれは面白いでしョ?
 これは、一種の魂の複写ト言っても過言ではなイんです。
 つまり、ヒトという生き物は、遺伝子だけではなく、魂という物さえ脈々と後世へ受け継ぐ因子を有しているという事なのですョ!」

「そう言ってもらえると分かりやすい。だが、その、何の実験だ」
「ふゥむ、そうダなァ」
 ここで少しゲボックは考える。対人など普通は全く考えないこの男。千冬の場合はちょっとどころじゃなく考えるのだ。
 しかし、ここでも無駄も無駄、フル無駄活用され、超絶的な頭脳は振るわれる。
 常人なら、こういう所は直ぐ出るが、逆に全く駄目なゲボックはゲボックなりに高すぎる知能を全力活性化、常人なら気の狂う様な思考と考察を重ね言葉を選ぶ。

『しかし、こコで小生やタバちゃんです。
 小生達は完成してしまっていマす。
 独立してしまっているんデすね」

 そして、今しがた千冬相手にさえ広がってしまった事を口にする。

「誰からも理解を困難トされ。小生達も逸脱しすぎて他の人モ理解できない。
 魂の継承さえ、小生達は断絶されてしまっているんです」

 歪なんです。畸形なんでスよ、結局小生達は。ドう思イます?

 そう言われた事で、千冬は口を利く事が出来なくなった。
 それは遥か昔から千冬が懸念していた事で。
 どうにかしてその溝を埋め、二人をこちら側に引き込みたかった。
 しかし、現実はどうだろう。束はおろか、ゲボックまでもその溝を自覚し、完全に線を引いていたのだから。

 自分はどこに居るのだろう。
 その線引きのどの位置に立っているのだろう。
 思い悩み、思考のそこに潜って居た千冬は聞きそびれてしまっていた。

 通話の本題、この実験と観察の本題が何かという事を。
 そしてまた。



 考え込んでしまって反応がなくなった千冬の脇で、天才二人がしていた会話にも。



 千冬が現実へ意識を引き戻されたのは、千冬の中では先程まで通話に使っていたと思っていた携帯が呼び出している事に気付いたからだ。
 ずいぶんと長い間考え込んでいたようだ。

———『山口』

 千冬は思った。
 今手の中にフラグがある。ぶっちゃけ取りたく無いんだが。

 しかし、取らないと取らないでノーヒントでイベントがくる様なものだ。
 そんな難易度インフェルノごめん被る。
 普通、普通ならヒントさえ来ないのが極一般的な人生と言うものである筈なのに、何故かこの相手から妙なタイミングで連絡が来るとまともな事があった試しが無い。
 このピンポイント感が嫌らしいのだが。
 そして、幼馴染み二人と比べると本人が何もしていないという事がいっそう良く分からない寒気を感じるのだ。

 意を決して通話を始める。

「久しいな、ドイツに行った元クラスメート」
「おい織斑! のっけから物凄い他人行儀だなお前!?」
「いや、変なタイミングでお前から話が来るとろくな事が無い」
「人を勝手に不幸を告げる鐘にしないでくれるか? 人の忠告生かせないのは織斑だろ? まあ、忠告っつーかなんかありそうって意見だけどよ」
「———で、お前の後ろからクラリッサの声が聞こえるのは何だ?」
「なんかISコアネットワーク経由でラウラの嬢ちゃんと会話してるんだけどよ。なんか今まで織斑以外にはツッけんどんだったラウラがなんか相談してきたとかで声出さなくても通信出来るのにハッスルこいてんだよ」
「お前ら飼ったばかりの猫みたいに弄り回すからボーデヴィッヒが怯えてたのだがな」
「まあー、製造年齢並みのガキんちょだからねー。あの子。ま、仕方ねえわな。あと弄り回してたのはシュヴァルツェ・ハーゼの女共だ。この情勢で、野郎の俺が何かするなんて人生アボンしそうでやってられるか」
「ところで興味本位で聞いてみるが、ボーデヴィッヒはなんて言ってきたんだ?」
「織斑も興味津々じゃねえかよ。なんでも、まるで姉妹の様な境遇の相手に大変世話になったから、何か礼を送りたいと相談してきたそうな」
「姉妹の様な境遇ねえ……」
 千冬の脳裏に浮かんだのは、愚弟と瓜二つの顔である。

「で、なんて?」
「いや、クラリッサに黙ってこれ渡した」
「……聖母が見てるから……って、なんなんだ?」
 かくかくしかじか。説明する山口。次第に千冬の表情が無くなって行く。
 それと言うのも。

「……お前、学生時代私の周りに居た女子にそれ見せて回ってただろう……」
「ほう、何故そう思う」
「何人も何人もお姉様と呼ばせて下さいだのロザリオを首に掛けてくれ是非だの言ってたんだよ! 今思い出したわ!!」
「流石織斑……まあ、速達でこっちからロザリオが送られるんでよろしく」
「———何がよろしくだ」
「いやだって、不祥事起きたばっかりの特殊部隊からなんか送られてきたら全力で疑われるだろ? いやあ、この間の襲撃はマジでビビったうん」
「いや、お前その時何してたんだよ」
「いや、漫画読んでたら何体か来たから同じケイ素生命体をメインにしてる漫画読ませてた」
「あいつらが『力が欲しいか……』とか言い出したら堪ったもんじゃ無いから止めろ」

 それでなくても光関係で似た能力を持っているキャラが居ると言うのに。

「ああ、それから本題なんだが」
「ああ、嫌だ。覚悟して聞かなければならないのが嫌だ」
「世界のブリュンヒルデが何を言う」
「その称号そのものがもういらないんだよ……というか、二代目に代替わりしたにも関わらず何故まだ私がそれを言われるのだ」
「あんまり二代目が名作になるのってないからなあ」
「現実にも当てはめるなよ……アイツ頑張ってるんだから」
 実際は千冬と大して変わらなかったりする。そう、『嫌だ嫌だ』と。三代目を探しているんだとか。だって、ねぇ。ブリュンヒルデってメンヘラっぽいイメージあるし。
「んじゃ言うぞ。まあ、今キャッチした情報だ耳に留めとけ」
「ああ」
 そして———

「なに……」
 そしてやっぱり、情報は不信感を抱かせるには充分極まりないものであった。






 世は不穏に満ちている。
 爆弾は至る所にぞんざいに投げ捨てられており。
 その導火線は赤子から老人までその手にしている始末だ。
 愛情でさえも、火の種となる。

 ましてや、確かに愛情であっても歪んでいればなおさらに。






「<Were・Imagine>が、世界中から残らず姿を消した……だと……!?」
 一体それが何を意味するのか。
 何なのかは分からない。
 だが、不穏な気配を有している事だけは確かであり、千冬の顔が苦みきっていた。
 悪い予感だけは未来予知並みに的中するだけに。





 これは、千冬が聞く事の出来なかった会話のごく一部から抜粋したものである。
 一部であっても、不穏な無いようである事は察するに容易だ。

「———さぁ、双禍くんはドッちなんでしょうネぇ。双禍くんは、そんな中(・・・・)で、突如(・・)として生まれた命でなンです。
 生命と物質の境界線は何なのデしょう? これは小生だけなラずとも、沢山ノ人が論議してきました。だケど、決定的な結論は出ていナい。
 小生はどっちだろうと同じ物だと思イますがね?」

「—————————」
 それに、束がどう返したのか、千冬側のシステムに音声が出てくる事は無かった。
 ただゲボックが楽しそうにそれを返し。

「どうでしョうタバちゃん。小生はね? 双禍君を新たなる種として確立さセたいんですョ。
 タバちゃんがどう思うかは知りませんがね。
 魂の昇華。情報のやり取り結晶、ミームの塊でしかない魂が、それだけで果たして肉体があっテも肉体に依存する事無ク単独で魂を持って上位の位階へ足を踏み出すって事でスよ! その経過観察ナんて科学的にMarverous過ぎやしないですかッ!!
 双禍くんヲ人間より遥かに上次元の目線をもッた存在に。究極へと辿り着く、至高の超越者へ! 実験のしがいガあるってもんでしョ!!」
 それがどういう意味なのか束以外には誰も分かる事は無く。

 ゲボックが語る目的らしきものに大して束は反応せず、肩すかしの状況にも関わらずゲボックもいつもの様にガックリともせず、黙々と話は続く。
 それどころか、何故か縁日で金魚掬いで掬われる金魚の気持ちについていきなり考察し始めたので凡人には与り知らぬ事となる。

 それは歪であったが。
 自らの思惑や利益目的も含まれているが。
 紛れもなく、ゲボックなりの愛情であったのだから。






 そして、束もまた。
「おー? おー?」
 意味も無く荒ぶるトーテムポールのポーズをとってトマホークトマホーク叫んでいた束だったが、ぷち束が人型のドアを空間にくり抜いて「えあどあー!」と叫んでいたので束は聞き間違えた。
「であえであえー?」
「本体! 暴れん坊な吉宗でも副将軍の御老公でも御座いませぬー! 地上回路盗さ———監視班より報告!」
「んー? 朗報? 不法? この間の出来損ないみたいな愚弄共?」
「朗報に御座います!」
「それは作用かなー? 反作用かなー?」
「然様で御座います!」
「うわこの個体真面目だボケに介入あんまりこないやー」
「不真面目個体は地上回路を真面目に監視したりしないであります! クソつまらないし」
「あ、そんなに退屈だった? 口調変わってるし。え? あんなに居た監視班どうなったの?」
「ゲボ君の所に遊びに行きました」
「しょっぴけであえであえー!!」

 なんて捕り物劇2秒の後。
「で朗報って何々?」
「箒ちゃんボイスで『お姉ちゃん大好き!』確認しました!」
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
 その場に居たプチ束が一斉に叫んだ。
 そのぐらいの全会一致のテンションアップであった。

「ふはははははは! 勝利は束さんにあり! えーい、祝いたいから束さんの思考を分割、全体の5割をシンキングボイス君に代入、残り5割で祝うぞー!」
 本体束が叫ぶと同時に雲霞の如くぷち束が溢れ出してきた。
「おおおおおおお!」
「お祭りじゃお祭りじゃ!」
「赤飯炊きますー!」
「芸人ぷち束、一発芸行きます!」
「鼻にハバネロ挿入!」
「ちょっと待て、そんなネタ考えてな———あああああああああああああああああああああああ」
「ファイヤー」
「ファイヤー!」
「束さんのこの手が真っ赤に燃える! ブートジョロキア足せと轟き痛い! 痛い痛い手の皮膚貫通して痛い辛み成分が痛いし気化したのが痛い目にメッチャ染みて痛い!」
「そこの私の芸風がゲボ君に似ててちょっとムカつく件について」
「祝いだぜ! 餅もつくよ!」
「それ合いの手はこの、お正月ぷち束に任せたま———ぎゃああ臼に落ちへぶ痛い杵で潰されぶッ!?」
「今餅に誰かが練り込まれた!?」
「それは構わぬ。餅には餡がつきものよ」
「あんこの意味合いが暗喩だよ!?」
 大騒ぎであった。

「よしよしよしよし!」
 通話を終えたのか満面の笑みを浮かべた束が群れに向かってダイブする!
「ぐああああ! 何しやがる本体!」
「こいつ言動がムツゴロウさんなのにやってること鬼畜だ! 私らに対する愛情がかけらもねえ!」
「その『よーしよしよしよし』では無いと思うのだけど」
「くっそ、でけー胸でいびつな円描いてる断面のくせに良く転がり回りやがる!」

 わははははは! と満面の笑みを浮かべながら自分自身を以て転がりまくりロードローラーやってる束。
 降ってくる上にちゃんと動いて潰しに掛かるとは。

「箒ちゃんがついに! 束さんの作るISを欲しがってくれたのだよ!」
「何と!」
「ほんと!?」
「ほんとうにほんとう!?」
「ほんとうにほんとうにほんとうに?
「ほんとうにほんとうにほんとうにほんとうに?」
「ご・く・ろ・う・さんしつこいわお前らー!」
 さらにぷち束を吹っ飛ばし、寝た状態から腹筋だけで跳ね飛んで空中前回り。
 ちなみに一連の動きに一切科学のアシストがない。そう、身体能力も下手すれば千冬さえ蹂躙出来る束に隙はないのだ。

「10.0!!」
「と言いつつ頭からすげえ血が吹き出ている本体について」
「そりゃこんだけ散らかってる部屋にダイビングしてしかも転がり回りゃあネジの一本でも刺さるっしょー」
「はははははー!」
「あー、ハイになってて全く痛み感じてないなーこりゃー」
 このハイテンションが向こうにも伝わっていたのか、何度か通話を切られつつも、なんとかオーダーを貰った束はぷち束を使役し、自分の周りにIS製造システムを組上げ始める。
 この間実に45秒。安楽椅子に座ったままあらゆるモニター・システムを使える様に全身をシステムでくるっと包み込んだ束は暴走列車と化していた。
 両手両足の指だけではない。
 本当に全身のあらゆる場所、視線の動きから雷蝶(エレクトリック・バタフライ)を操作するときの全マニュアル思考操作から自律神経を用いた体表面電位操作式までありとあらゆる入力デバイスで全身を包んでいる。
 まるで超光速戦闘機のコクピットである。

 しかし、操作システムに全身丸っと包まれたその姿は改装工事を始めるビルが足場で覆われている様子を思い浮かばせた。

「始めるぞー! 始めるぞー! よーし、出来上がるまで丸っと一月ぐらい完徹してみっかー!」
「いや死ぬし」
「あー、そうとも言い切れんかもしれんぞー? 本体どことなく橙なる種に近いぐらい人間止めてるし」
「失礼だなお前ら!」
「お前らと言うが私達も束であり」
「失礼と言うならば篠ノ之束が失礼であると言う事に他ならぬ」
「あーもう! あー言えば」
「かーいう」
「きーいう」
「くーいう」
「束様呼ばれましたか? あ、格好良いです。いつ見ても束様は素晴らしいですね!」
「けーいう」
「こう言う!」

「「「「なんちゃってー!」」」」
「はっ! 私らも本体の影響受けてテンションアップしてる!」
「むむむ、それだけ本体のテンションアップが全思考野を制圧しつつある事でテンション上がってきたぜー!」
「上がり方不自然だ!?」

「ふふふ、苦節何年! 箒ちゃんにスペシャルISを返品されて以来、この機会をどれだけ待ち望んだ事か!」
「いやー、箒ちゃんに『おねーたん、ISちょーだいー』って言わせるのにどれだけ掛かったか!」
「いや、箒ちゃんそんな口調で喋った事一度もねーぞ」
「確かに箒ちゃんって、藤田まことさんみたいな喋り方だもんね」
「それって雰囲気でしょ単に……どっちかって言うと箒ちゃんの方が口調硬いし」

「はっはっは! ちーちゃんよ。『灰の三十番』に束さんが関わってないか聞いていたみたいだけどね。うん、今回は確かに全く関わってないよ。あんな、ちーちゃんの過去しか再現出来ないものは束さん作らないもんね! まー……ゲボ君は、ちーちゃん分を応急的に補給するために作ったのかもしれないけどさ」
「でもでも、今回ドイツが何かするのは想像してたよねー」
「あったり前だよん。ドイツが前のときなんかコソコソしてたのは知ってたからね。興味なかったけど。
 どうせ何も出来なかったから、あの時居たちーちゃんといっくんの居たあの場で『牙の断片』を仕込んだ遺伝子強化体を暴走させたんだしね」
「まー。大本がいっくんの事探して大暴れしてたから近づけたらなんか起きるかと思ったんだろうけどねー」
「無理無理ー。もう、その大本はまた擬態してるしね」
 じゅんぐりじゅんぐり喋る束とぷち束。もう既に箒のIS作成を始めている。その操作に淀みが無いのが束の分割思考の極致である。
 この時点でも一体いくつの異なる操作を制御しているのか。元々カ●クゴー並の操作難易度を誇る愛機を有するだけはある。

「その件ですが」
 さっき間違えて呼び出されたと勘違いしたクロエ・クロニクル。双禍風に言うとクードラドールが報告を読み上げる。
「その『灰の三十番』の分身体の襲撃で完全に研究施設の痕跡一つ残らず物理的に破壊されました。その場に居た全員全裸で倒れてたそうです。無傷で。あと、スタンドアローン的に残っていたデータは私が破壊しておきました。ぬかりはありません」
「んー。くーちゃん、今回動きが機敏だったからねー。偉い偉い」
 ビクッと反応したクロエ。何か、今回の件において———

「そーちゃんの事とか気になってた? 幼馴染みって奴になるもんね」
 そーちゃん?
 あー、名前からしてあいつの事か。なんてクロエらしく無い乱暴な思考がつーっと脳を一閃。
「いえ、アレは殺します」
 予想とは違う事であり。安堵するとともに頭の中で誰の事か思い浮かべたクロエはくわっと目を見開いて忌々しそうに吐き捨てた。

「いつになくくーちゃんが物騒だよ! もしかしてこれ反抗期!?」
「いえ、偉大なる束さま相手に私がそんな事。天地がひっくり返ってもある筈がありません」
「天地ひっくり返すぐらいなら束さんでもゲボ君でも簡単なんだけどさー。
 ま、いいか。束さんはこれから締め切り前の漫画家モードに入るぜ!」
「かしこまりました。黄帝液を濃縮還元したので一気にお飲みください」
「そんなまっさつ商会でしか出されそうに無いものをいきなり!?」
 しかし、ちゃんと受け取って一気飲みする束。胃袋まで多分規格外なのであろう。

「ぶふぇー、鼻血が出そうだぜ! てな感じで頑張りますよ束さんはー!」
「では、私はここで応援しています。ふれーふれー。頑張れ束様」
 目を再び閉じると、クロエはポンポンを両手に無表情に声援を始めた。
「くーちゃん? 束さんは一月修羅場だから、そこでずっと応援してたら死ぬよー?」
「いえ、私も遺伝子強化体ベースの束様の娘。その程度なんのそのです」
「いや、普通死ぬって……なんか最近束さんもツッコんでばっかりな気がするなー。由々しき事態なのかもー」
 全方面からツッコマレそうな事を呟きつつ。束はほくそ笑んだ。



 そう。今回束は何もしていない。
 だが、『灰の三十番』も言っていたではないか。
 ゲボックは、バラ撒いた技術がこのような事件を起こすと。
 『どこか』は知らないが。
 だが、そんな事。ゲボックより裏工作にも長ける束ならば。

 『いつか』ならばそれなりに操る事が出来るのである。
 ゴーレムを派遣すればよいのだ。
 無人機の情報は、それだけで世界を動かせる。疑似自律機能であるVTシステムを密かに擁していて後々暗躍しようとしている所は一際に。

 そして、機を見て箒に無力感を……ISを欲する機会を与えれば良い。
 ゴーレムの役目はこちらこそが本命だ。
 砲撃の一撃でも見舞えば変わるだろう。

 一夏が庇う様に撃つのだから。

 と言っても、その状況で撃つのは束がマニュアルで撃つ非殺傷の『フルモンティ・バスター』である。
 直撃した相手の石油製品をバクテリアが瞬く間に増殖して食い尽くすと言う、ある意味恐ろしい兵器であった。
 もし、一夏が迎撃に失敗しても箒に取って役得なるのだから誰も損する事無し!
 なんて本気で考えるから妹に忌避される事にまー、悲しい事に全く気付いてない。
 副作用としてある程度の倦怠感の後、全身の疲労、筋肉のこりなどを癒すと言う微妙な利点もあるが、零落白夜で切り裂かれたので結局効果が発揮される事はなかったのである。

 後は、一押しの事件が起きれば良い。



 そして———
「計画通り……!」
「本体が黒い! 黒いよ!」
「黒い月な顔をしている!」

「頑張るよー! 束さんは全力全開DAY!」

 しかし、30分後。
 先の濃縮黄帝液で腹痛を引き起こすのだった。
 クロエが調理した炭化物質すら完全に消化する胃腸に打撃を与えるとは、実に恐ろしい栄養剤であった。
 全身に備え付けたコンソールが救助の混迷を極めさせ、束を窮地に追い込んだのは言うまでもない。












 そして、ここでもまた———

「来月、IS学園では臨海学校が計画されているのは知っているな?」
「無論」
「愚問」
「勿論」
「当然だ」
「ならば皆、する事は決まっているな」
「当然だ。この機を逃せば、次にチャンスはいつの事となるか」
「我らの命題において、その筆頭におるあの子が、現状のまま、と言うのは偲びないものだ」
「仲良しが仲良く出来ない事程悲しい事は無い」
「ならば良し。全会一致の賛同を持って、(オペレーション)『家族団欒』を開始する!!」
「良いか諸君、我ら一つの意志を持って目的を完遂する!! 行くぞ!!」
「「「「「「応!!」」」」」」

 幾つもの思惑を交え———
 臨海学校は、残り一月を切るのであった。












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 さあて! 冒頭で謝罪も終わりましたので、色々と。
 ISが新刊でましたね!
 SS書きで原作に追い付けねえってなるの禁書以外にもあるんだなー
 俺が遅いせいですはい。

 今回の一話。バトル部分のメインは見て分かる通り楯無会長もとい刀奈さん。
 新刊でまあー色々出るわやっぱ原作だとちょろくなっちゃうかと思いきやあってるとこもあって面白し。
 ま、小説の構造としてですが、設計は何で動いて居るか分からん程杜撰なものはこれはこれで面白いってジャックもラスキンに言ってたし(ドヤ顔)

 今回苦戦してるのにワンオフ使ってねーやん! てのはちゃんと理由あるんです後まで待ってて下さい。きっと書きます



 きっと。



 自分の中では会長って痴女装った保守派だったんですよ。脱いでる様に見せて肝心要は硬く守る貞淑な感じ。結構SSで会長ヒロイン作見ると、そう言う人多いですよね。
 前も言いましたが、守りが堅いけど自分にだけは———てのが男に人気あるのは、それが男の願望らしいからですよ。
 スパイラルの作者が言ってました。

 まあ、アレだ。淫乱な処女ぐらいそれは夢だ。
 夢なんだ、と思いながら現実に向かうときは思って下さい。傷が少なくてすみます。こう言う願望は作品に見いだしましょう

 俺もその属性大好きだし。大多数で悪いか。

 水の守りは身持ちの堅さ。

 学園最強?
 学園を学生の立場で守るなら、最強の戦闘力である必要は無いと思ったのです。
 IS最強の攻撃力は零落白夜。これは固持して譲るつもりは無いのですね。
 ならば、ブリュンヒルデが居るにも拘らず恥ずかし気も無く最強を名乗るなら、千冬に出来そうに無い項目でしなければ———と考えたらこの形になりました。

 学生を守る『最強の楯』楯要らずだから楯無でいーやん、とか。なんか簪さんが聞いた話によると似た様な意味合いっぽいですがね。

 それを剥ぐと紙装甲。うん。前巻やら前々巻でボロボロだったのは身持ちの硬さをあらわす水の衣装が京都の遊びよろしくあ〜れ〜とクルクル剥がれたからだ、と解釈していたのです。
 通常状態では極限防衛特化型ISと、当作ではなっております。原作との相好はどうなっているでしょうか?
 半分当たって半分外れたって事でしょうか?
 書いてる最中に色々更新されたんで、辻褄あわせに奔走させられました。

 当作ではアクア・ナノマシンって珍しくも何ともないって設定なんで、その上位互換種がこの機体の第三世代兵装って設定になってます。
 しかし原作のクリア・パッションってなんで爆発すんの?
 うちじゃ取り敢えず打撃にしたけど、まさか水を原子分解して水素と酸素の混合ガス延焼爆破してんの?
 良く分かりませんが、鈴の衝撃砲がアニメだと見えるのと同じだと思っておこう。
 しかしなあ、演出と言っても、砲口が煌めく。ドラゴンボールの高速バトルみたいに衝撃波だけ発生ってのでも良かったよーな……。

 しかしまあ、まさかミステリアス・レイディがセカンド・シフト済みとはねえ。
 在学中に組んだんだよな! それなのにもうシフト済みって通常ISじゃ破格の進化速度難じゃなかろうか……。

 それに———水属性で空間に拘束して亜空間に沈めてくって。
 それってどこぞの足引き水妖だよ。



 しかしなー。
 スコールさんが会長と同じタイプで火属性である事が判明!
 ……え、今回俺が『灰の三十番』でやったの、原作のパクリになんねえ? いや、これは光属性だけど。阿白VS夜馬って酷すぎるよなとか思いつつ書いてたの先だけど発表したの後になるから必然とだな。

 ええい話を逸らせ俺!
 スコールさんサイボーグです!
 そうかー……サイボーグかぁ……(にやぁ)。
 まあ当初の方でもちょっと変わった設定作ってたけどそれと整合あわせないと……。
 当作品のコンセプトがアップ始めました。
 彼女がどんなにビクつこうが、もうただのサイボーグじゃ居られない。
 双禍も居るしな!
 まあ、メカニックオータムが居るから絶対バージョンアップしてるけどな! むしろゲボックには触らさせなさそう。

 しかし、機体名が『黄金の夜明け』ですよー?
 例の魔術組織思い浮かべちゃうじゃないですか、なのに単なる火属性って。
『多段変形機能があるらしいぞ』ぐらいやって欲しいのに!

 しかも文章だと金色で尻尾あるぐらいしか分かんないんですよね。いや、見た目描写出せよ。いや、出さん方が良いのかCHOCO先生が自由に設定出来るから。
 CHOCO先生と言えば、IS挿絵の原画同人誌買いまして。
 見て思った。
 ……うん、復刻の方買う必要殆どなくなったー。と。
 ただ、文章での機体説明byCHOCO先生は大事だよな。打鉄の再生しながら防御とか分からんかったし。



 ちなみに余談ですが、今回の話、原作と同じイベントは全体的に一週間後となります。
 双禍とラウラが寝込んだり、シャルが撮影してたりで。
 シャルの再編入とか、嫁宣言→父宣言とか。
 一夏のロストファーストキスとか。
 ああ、そうだ。ロザリオって普通は首に掛けないらしいです(wikiより)宗教的に。

 そして黒騎士。
 どれだけ二次創作の機体が整合つかなくなるか楽しみですなー。

 それでは皆様。
 次回は今回より早くあえるよう頑張ります。いや、本気で。
 飽きていらっしゃらなければまたお会いしましょう。 





 簡単次回———予告特別外伝編

「———っていう夢を見たんだけどね」
「ソれは夢ではないかもしれマせんョ?」
「へ?」
「実は前にアラン君が通ってきたゲートが変な風に出ては閉じルを繰り返しテまして。そこカら来る情報流入を夢として見たんジャないでスか?」
「何その次元災害」
「ナお、そのゲートを通って何やラが他の世界に行っちゃイました」
「ちょ……おま! それどう考えても生物兵器の異世界不法投棄じゃねえか!」
「チョッと科学的に興味あるンで回収行っテ来て下さい」
「ご免なさい! なんの関係も無い異世界ご免なさい! てかそれ、帰って来れるんだろうなぁ……?」
「ああ、そレは大丈夫ですケど」
「その『けど』が不安極まりねえ!?」

 と、言う訳で。
「言ってきますわー」
 と言う事でゲート通過!

「ア、そうダ。行った先はここと殆ど同じですけど違う世界です。魂は同じようですが、別人ダと言う事を忘れない様にして下サいね?」
「は!? そう言うの先に言えもう潜ったじゃねえかボケええええええええ! てめえはどこの次元の魔女だあああああああああああああああ………………」

 皆、お願い事を初めとした取り決めはきちんと隅々までちゃんと確認しておく事。結構致命的だから。これは教訓だ。



 次回、感想200回キリ番企画(半年以上遅れ)
 ゴリアスさんちの千秋ちゃんとコラボ。



「お、デフォ顔だった……変装しねーと。まず髪は……」
「な、なんなのです!? ピンクの髪したちっこい一夏モドキが居るのです!?」
(髪しか変更する暇無く見つかったー!?)
「てかちっこい言うなああああああああああ!!」



感想200キリ番企画コラボ
『真っ昼間からヘヴィ・ロック』

 執筆中……。



[27648] オマケ アランの反響が大きかったのでダイジェストだけ上げてみました
Name: 九十欠◆82f89e93 ID:a6979411
Date: 2011/08/02 21:26
大好評につき
VSアラン・マクレガー戦をダイジェストしたいと思います!
なんか、むしろ非難来るかと思いきや・・・
みんな好きだな!
反応がいつになく俊敏だったよ!

俺も好きだぜ林トモアキ先生!
ばいおれんすマジカルから見てるぜ!

あ、冒頭のマッド達に中江馬竜(ミスターB)を上げるのを忘れてた・・・!


速攻で書き上げたので、雑、穴だらけ、ダイジェストなので超短っ! ですが暇潰しでつぶせる時間の余裕があるならどうぞ。

はじまりはじまりー



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奇声とともに戦艦をも叩き落す拳の暴雨をまき散らすラメ入りペ○シマン。
秒間2万発の拳を迎え入れるのはスーパースターマンの身体細胞並みに爆発的な分裂増殖能力を持ったデコイゲボック。

なお、デコイ達は、HPをゼロにされ、断末魔をあげると消える仕組みである。

リッチが壁代わりに喚んだ亡者が如く、次から次へと湧いて増えては撲殺されて行くエセゲボックを盾に、十字に二重両断する千冬(ISではあるが暮桜ではない)。



しかし65536個のコアによるマイクロ秒単位の相互補完復元により即座に完全復活するアラン。

ゲボックの報告でそれを知り、戦慄する千冬。
次々殴り倒されて行くデコイゲボック。散りながらフユちゃあん~!! と叫んでいて、秒間二万体倒されるためとんでもなく騒々しい。



千冬「あああっ、五月蝿い喧しい頭が痛くなる———鬱陶しい!」
千冬にぶばぁ! と薙ぎ払われ、フユちゃーんと、散って行くゲボック。
しまった、盾を無駄に消耗した!?



 分裂増殖速度より撲殺速度が上回っている事を知り、このままでは敗北必須、例の『交互に反転する多重次元断層の狭間に相手を放逐する機械』で次元の狭間に放逐する事を決意する二人。

ゲボックの多重断末魔に頭痛を酷くさせつつ、デコイの数を保つため立ち向かう千冬。
掠るだけでエネルギーが大幅に削られる拳の猛攻をかいくぐり、少しでも多くの拳を逸らす千冬。

発動かデコイ全滅かの瀬戸際で『お・り・が・み』のアラン戦に於けるVZの様に何かに開眼する千冬。

奇跡の可能性を掻い潜り、アランを次元の狭間に放逐する事に成功! 多分、今頃葉月の辺りに吹っ飛んでいる事でしょう。



だがしかし、機械は守られていたがゲボックは最後の最後で殴られており、虫の息。慌ててゲボックを病院に搬送しようとして・・・。



———ぎゅむぅ
「———ぐゥえ」
「・・・は?」


千冬はゲボックを抱え上げながら(お姫様抱っこ)ゲボックを踏んでいた
同時にフユちゃ~んと叫んで消える腕のゲボック。

本物は地面でフユちゃんと血糊で文字を書いているゲボック。
実は千冬のラッシュで既にK.Oだったりしたのだ。

・・・じゃぁ、最初にデコイを起動したのは?






一方その頃、瓦礫に半ば埋まっている脳入りシリンダーの前に、くねくねしたゲボックがやって来るや、開口一番。

「説明しよう☆ 謎のゲボ君の正体は!! 謎の魔法美少女♡ 束さんだったのだ♪」
なんか妙にシナを作るゲボック。

擬体用ナノマシンが即座に解除。
一転して束の姿に戻る。

「エンジェルナイト・ラピタバ♡ 星の極光で射止めてあげる!! 参上参上、真打ち登場☆だじぇいっ! ぬぁーんちゃって! うふふ、これがこの子に搭載される変身☆装置、『偽りの仮面』かぁ、中々便利だね! 『あぁ、束、なんて恐ろしい子』にゃははんちゃってぇ! ねえねえ、そう言えばガラスの仮面って、実際被ってみたら爆笑間違い無しの顔になってるよね! あ、そうだぁ、お礼にこの子のこの辺をちょちょーっと・・・」

束に弄られるソウカ(失神)だった・・・。



なお。
(犯人は私なのだが、病院に連れて行っても大丈夫なのだろうか・・・)

ゲボックの襟を引きずりつつ、しばし途方に暮れる千冬だった



以上、ド完!!
さて、感想お返事書きませう・・・。



[27648] バレンタイン閑話 とある狂乱トリオの聖人命日
Name: 九十欠◆82f89e93 ID:fd3d2bc0
Date: 2012/02/14 00:01
 この時期は、転機編2話から3話の間(束自覚済み)のイベントであります
 束さんと千冬さん、ついでにゲボックの学生生活は、何かイベント一つあげるだけでも話が出来てしまうので面白過ぎる。

 あんまり伏線とか色々気にしないで全力で力を抜いて読んで下さい。
 結構やっつけなので粗雑です。






 ゲボックが高校三年の、2月上旬。
 空間拡張台所『押し入れ』の中で、煮えたぎる熱気が辺りを埋め尽くしていた。
 そこで、視界を埋め尽くす鍋。煮えたぎるお湯。

 ふっふっふ。これだけあれば・・・とニヤつく謎・・・え、意味あるのこの謎? の女性が笑みを浮かべていた。

「ん・・・? うわ、何ですかこれ! 甘っ! すごい空気がくど甘いッ!」
 という驚愕と共に小さな影(これもバレバレだよね)がそこにやって来る。

 謎の(なぁ、本当に意味あるのこれ?)女性はそれを見つけると太陽の様な・・・もとい馬鹿っぽい満面の笑みを向ける。

「ん〜、箒ちゃんもいっくんに作ってあげるの〜? いいよ〜? これだけあるしどれだけ持ってっても良いよ〜」
「ちっ・・・ちちちちちちがっ!」
 と言いつつ、ちゃっかり一鍋分貰って作業を始める小さな影(え、今名前出たよね)だった。



 その様子を満足気に見下ろし、謎(もう略)の女性は、まるでエベレストに挑む登山家の様に決意を張り上げた。
「はっはっは! 首を洗って待ってるんだよゲボ君!」
 謎の女性(バレバレ)の高笑いが薄暗い部屋に響いて行く、そんな2月13日の夜だった。






~狂乱トリオの聖人命日~






 一夏とグレイが最近研究していて、本日発表です、とその二人が精魂込めて作った———京懐石かこれと言わんばかりの和食メドレーを食べ終え。

 今はテレビを見つつ、炭酸を口にし、くつろいでいる。お父さんな威容の千冬だった。
 最近健康志向に芽生えて来た一夏は何かと食べる物に煩くなった。
 別に良いだろう炭酸ぐらい。
 骨溶けるのは迷信なんだぞ。ちゃんと見聞きした情報の真偽を吟味してだな・・・あぁ、話逸れた。

 コーヒーゼリーいる? と台所で洗い物をしながら聞いて来る一夏に欲しい旨を告げる。

 ・・・これは、女として激しく間違っているのではなかろうか。
 千冬だって、たまにはそう思うのである。






 という訳で。
「一夏に、日頃の礼を込めてバレンタインとやらにチョコをやろうと思ったのだが・・・」

 ・・・これですか。

 灰の三番は冷や汗をたらす。
 爆滅したキッチンを眺めて。
 水道管なんか破裂してブシューと水を吹いている。
 雷の天使か力の天使が第三東京市に荷粒子砲かましたような有様だった。

「は・・・はは・・・」
 千冬は乾いた笑いしか上げられない。

 この間、何故かクッキー作ろうとして粉塵爆破(何故か燃え上がり方はバックドラフト)したので、Dr.に頼んで『『 防 爆 仕 様 』』にしたんですけど・・・見事に腕を上げられたようで・・・。

 カンペにわざわざ二重カッコで防爆仕様を強調しなくても良いじゃ無いか・・・。
 千冬は一夏が見た事の無いような弱り目の顔だった。
 こと、家事という舞台において、千冬はグレイに手も足も出ない。一夏にこそ、家主として振舞っているし、一夏がいる時だと、グレイは一夏同様にして下さいと千冬のメンツを立ててくれているが・・・。
 二人きりだとこんなパワーバランスになる。
 まるで夫婦だった。
 となると私は一夏の父親役か・・・。
 ハマり過ぎててさらに憔悴する千冬である。

 なお、余談だが、グレイこと灰の三番は、普段はゲボックのことをDr.と呼んでいる。何か気を抜くと父、と呼んでしまうらしいが。

 なお、一夏の認識では、キッチンが新しくなる———千冬の挑戦の名残———と言う方程式が確立しており、「千冬姉またやったのか~」ぐらいな認識である。

 キッチン新生に関しては、千冬が彼女らしくも無く『私には妖精さんとのツテがあってだな・・・』なんて大真面目に言うものなので、黙ることにした。一夏からみてあんなに必死な千冬は見たことが無かったからなのだが、下手に藪をつつけば蛇どころかヨルムンガンドが出て来そうだった。下手すれば八岐大蛇までセットである。
 一夏は生まれてからずっと千冬と共にある。
 死線に関しては弁えて居るのだ。
 ゲボックが変なところに学習能力が働いてないとも言う。

 ある日、一度だけ妖精についてグレイに聞いて見た一夏だったが。

 私はその妖精の娘なんですよ。

 と、やたら誇らし気に胸を張られた。
 千冬姉に合わせてるんだなぁと一夏は彼女の気遣いに感心した。



 でも嘘は言ってない。



「と言う訳で、ゲボック、毒味してくれないか?」
 HRも終わり、清掃担当も無いので千冬は切り出した。

 一応箱入りだった。
 しかし縛っているのが梱包用のタコ糸だった。何か色々乙女として必要な物を成長と共に投げ捨てているっぽい感じである。

 手が伸びてしまう小生が恨めしい!

 と、思っているのか否か、ゲボックの体は引いているのにペンチは伸びていた。惚れた弱みである。その実、ほぼ100%当たる毒味だが。

「へー、織斑がゲボックにチョコねぇ。お前も女らしい所あったんだなぁ。良かったなゲボック、織斑の愛だプッハァアアアアアアアア———!」
 余計な事言った山口はワンインチパンチで落ちた。戯言を述べる相手には、千冬は誰だろうと容赦が無い。

 千冬にしてみれば、余計な戯言は鬱陶しい程度の認識である。

 しかし周りはニヤニヤとした気配を千冬に向ける。

 何せ、あの千冬の———例え義理ですらない毒味であろうが、天が割れ、地が裂けんばかりの手作りチョコなのだ。
 必然ニヤニヤが高まるものだ。

 なお、見守る全員が千冬×ゲボック派の古くからの馴染みである。
 山口がその筆頭であり、ゲボックのバレバレの態度で皆の良いゴシップ、もとい娯楽となっている。
「ふ、複雑なツンデレ乙・・・どぎゅわあああああああああああッ!」
 言い切った山口は漢だった。
 トドメに震脚食らったが。

 最大敵派閥は千冬×束派だ。
 この二大派閥は裏で激しい激突を繰り返しており、千冬を中心とした謎の三角関係ができていた。

 だが、そんな視線を向けられても、千冬には『私のチョコを失敗と決めつけ楽しんでるな・・・!』としか考えてない。

 ギャルゲー主人公になれる漢女(おとめ)
 千冬の影の二つ名だった。

 ・・・しかし。
 最近、ゲボック×束派なる新しき組織が見え隠れする様になった。
 束の態度が、ゲボック同様分かりやす過ぎるのだ。

 濃厚で、強力な個性を有する者達が組織しているらしいが・・・。
 いかんせん数が少ない。
 何故かと言えば、他の派閥の者達の意見が如実にそれを表していた。

 曰く。
 似合い過ぎて逆に心底怖い。
 劇物同士でどんな反応するかが分からない。
 混ぜるな危険。
 怖いもの見たさもそこまで向こう見ずじゃない。
 などがある。

 そこまで言うのお前ら酷くね?



 包みを開け、チョコを見るゲボック。
 普通だった。誰が見ても普通のチョコだった。

 逆に驚愕の気配が教室に満ちる。
 千冬の料理とは、イコールでゲボックのクリーチャーと繋げられる程の代物だ。
 それが・・・見た目が、普通だと・・・!?



ゲボックは一人ずれて思いついた様に。
「あぁ、このためにカカオ欲しがってたんですね」
「あぁ、そうだ」

 頭に電球のっていそうな感じだった。そう言うことには疎いのであるこの天才。
 カカオと言ってチョコ以外なんか思い付くかね諸君。
「翠の一番に貰った甲斐がありましたょ」

 カ、カカオから作ったのにチョコが原型を有しているだとォ——————ッ!!

 そんなクラスメートの心の叫びはきっちり聞こえたのか、あとで制裁するか、と一人ごちる千冬。
 目の前の天才が発する恋の電波も受信してやれよ! と言う声は聞こえないので千冬はやはり織斑だった。



「あれ、噛み付いて来たぞ、アレトゥーサで殻叩き割って使ったが」
 なにそのカカオ、恐い。

「まぁ、殆ど失敗したんでグレイに協力を素直に頼んだんだ。どうだ、安心だろう? すまんが、それはそのカカオで出来なかった。市販の板チョコがメインの材料だよ」

 ※カカオ使用中にキッチン爆発しました。防爆仕様のを・・・よって、完成品の材料は市販の板チョコから出来ています。

 成る程、それは詰まらない。とクラスメートから落胆の気配が伝わって来た。
 覚えてろ貴様ら。

「ところであのカカオ、何か特別なのか?」
「栄養満点でドーピングコンソメスープ張りに滋養強壮が効くんですょ」
 素直に答えるゲボック。
 ああ、それで———「勿体無い」と言って食べてた生物兵器がパワフリャだのマッスリャになってたんだな———まずい、何気に戦力強化してたんだ私!

 一人己の迂闊さに歯噛みしている千冬だが、千冬製のチョコ(天地爆裂(メガデス)焼け残り)のため、鋼鉄の胃袋を持つ生物兵器が軒並み体調を崩して元通りになったので杞憂である。

・千冬、弁当忘れてるよ

 そんな妙な喋り方で、デッサン人形のような長身が教室に入って来た。
 茶の三番、アンヌである。
 バイト中に食べる夕食を持って来たのだ。
 そう言えば、今朝はギリギリまでチョコを見てて昼の事しか考えてなかったな、と素直に礼を言う千冬。
 クラスメート、誰も奇妙にさえ思わない。既にゲボックのせいで常識は浸食されているようだった。

「試しに一つどうだ?」
 と手作りチョコ渡されたアンヌは、ありがとう! と感動し、くわっしゅるると食べて———

 ドサァ———
 瞬時にして崩れ落ちた。撃沈以外の何ものでもなかった。

 生物兵器を一撃必倒!?
 ・・・・・・。

 千冬が押し固まる中、教室に満ちる感情は———安堵だった。

 あぁ———安定の織斑だ———
———揺るぎねえ、流石織斑だ———

 解脱せんばかりのアルカイックスマイルを浮かべるクラスメイトに一瞬本気で殺意の芽生える千冬だった。

 あぁ、本当にこいつら、千冬×ゲボック派なんだろうか。まぁ、学生なんてこんなもんである。

 静寂に鎮まる中、リカバリーした山口がアンヌの背に一発、チョコを吐き出させた。

・ん? 僕どうしたの? と直ぐ様意識を取り戻すアンヌ。記憶が無いようである。

 そんな中、Dr.核爆弾は、アンヌが吐き出したチョコを科学的に吟味していた。

 そして感動した。
「Marverous! どうやって作ったんでしょう? 茶の三番の咀嚼機で全く欠けてない上に溶けてないです!!」
 何か残念な感動だった。

 感動するゲボックにたじろぐ千冬。

 馬鹿な! ちゃんとグレイの監修で作ったんだぞ!!
 シンプル極まりないのに、終わった後グレイが真っ白になっていたとだけ言っておく。どんな苦労したのだろう。涙が出て来た。

 千冬は実行した工程をあげて行く。
「いや、普通に湯煎に掛けて溶かして・・・・・・な、まぁ、型に入れて固めたんだぞ、それだけだぞ! ・・・ま、まぁ・・・サイズを測り損ねて、いざ箱に詰めようとしたら
「「「したら?」」」
 一致団結聞いて来る。何このクラス、怖い。

「・・・その・・・デカ過ぎてな。こう、ぎゅーっとしたりしたが・・・」

「フユちゃんの手で? ですか?」
「あ、あぁ———」

「「「「「それだああああああああああああッ!!」」」」」
 一同の想いが一つになった(−千冬)瞬間だった。

「織斑の力で?」
 どんな圧縮率なんだよとは山口。
 次の瞬間には天井に突き刺さっていた。
 口は常に災いを招くのである。

「ドリルも効かないですね!! 超新製物質でしょうか! 胸が踊りますょ!」
 こっちも安定のゲボックだった。
 天井からぶら下がるオブジェが二つになるだけだった。

 それがトドメだったのか、千冬はついに沈む。
「これは一夏にやれない・・・」
 と落ち込んでしまう。

 だが、救済したのも落下したゲボックである。
「飴だと思えば良いんです、とゲボックは一つそれを口に含む」
 どさくさに紛れて、ようやく何気に千冬のチョコゲットだった。ぽんっ、と肩を叩く山口。こっちも復活早えなぁ。

 概ねハッピーエンドだし、彼もフォローを入れる事にした。
 ホットミルクに入れてホットミルクチョコ・・・の素として渡したらどうだ? と、実践してみる。

「まぁ、お年寄りや小さなお子さんは喉を詰まらせないように、と言う注意書きが必要だがなぁ」
「私のチョコは蒟蒻●リーかはたまた餅かッ!?」
 突っ込む千冬も、これで一段落だ、と言う気配に満ちていた。

・ところでDr.Dr.———外で『ちょこぉれぇいとぉ!!』と咆哮しながら闊歩する怪獣いたけど、あれ、Dr.の仕業でしょ?

 と、アンヌ。

「言っとくが私は今日、関わらんからな」
「分かってますョ、家族の団欒は大切です! ところで茶の三番、その怪獣とやらはどれぐらい大きいんですか?」

・んとね、今は20m級だね

「Marverous! まさかそんなに育つとは!」
「・・・一体なにしたんだ?」
 関わる気が無いので興味本位で聞いて見る千冬。
「いえ、バレンタインと言う、聖人が石で撲殺処刑された命日は、男性の気持ちが一つになるとかで、とある試薬を5円●ョコに混入させて灰の三番にバラ撒かせたんです———欲しがる人全員に」
「「「鬼畜だテメェ!! 男の純情なんだと思ってやがる!!! しかもチ●ルですらねぇ!!」」」
 クラスの半分、引く事の非リア充の魂の叫びだった。
「科学に犠牲は付き物なのですねぇ」
「「「仕方が無かった。見たいな感じで大嘘の沈痛装うな! 顔が笑っててバレバレ通り越して怒りすら沸くから!!」」」

「———効果は?」
「投与された人のうち、共有された意識を持った———まぁつまり、想いが一つになったもの同士で合体して巨大化、想いを叶えるために行動を開始します。しかし20mですか・・・投与分ほぼ全てですねぇ、流石バレンタイン、男の想いを一つにする凄まじい日です!」
「こいつ、非・リア充の気持ちが分かってない!?」

「いや、五円チョ●をもらいに来る時点で人種なんて決まってるじゃねーか・・・」
「グレイさん本命を抜かしてな・・・」
「考えて見たらこの(放送禁止用語)、超美人の幼馴染二人もいるんだよな・・・」
「織斑と篠ノ之だけどな・・・」
 残念美人的意味で。
「あぁ・・・織斑と篠ノ之だけどな・・・」
 天丼だが残念美人的な意味で。
「聞こえているからな貴様ら・・・」
 何故自分も混じる。
 自覚無いのは千冬も同じだった。
「なんて地獄耳・・・織斑は聴覚も織斑だと・・・ッ!」
 なんやねんそれ。

「まぁ良い。最悪明日始末する」
「ウムウム」
「良いんかい!」
「その怪獣、カップル限定で襲いかかるんだろうなぁ・・・」
「いや・・・大事にとっといて良かった・・・5円チョ●。」
「貰ったのか山道!」
「俺は山口だ!」

 さあて、怪獣なんて後だ後、とバイトの準備を始める千冬。

———と

 何かが物足りない。
 いや、余計なものは心底いらないのだが・・・何かこう、しっくり来ない。



——————あ!



「そうだ! 束は?」
 束がこのイベントに参加しない訳が無い。
 アイツは本気だ。

 それを聞いて、山口なんかもこう反応する。
「あー、アイツ相当本気だから裸にリボンで『私を食べて♡』とか来るんじゃね? ・・・アイツのけしからんボディでゲボックなんぞにンな事やられたらどれだけの男が血涙流すことか・・・」
「止めろ・・・十分有り得る・・・というかむしろそう来ない方がおかしい・・・」
「「「マジで!!?」」」
 一斉に鼻血を出すな。これだから男って奴ぁ・・・。
「畜生! せめて一舐め———じゃ無かった、俺にも一目拝ませてくれ!」
「うわぁ・・・山・・・形? あのな、多分、そんな事したらお前、素粒子の単位まで分解されるぞ———束に」
「——————現実味あるだけに怖すぎる!! あと、くどいようだが俺は山口だ!」



 その時、ふゆんふゆんと何かが空を飛んで来る。
 誰しも見覚えのあるいびつな楕円形をしたそれは———一気に加速。

 ズゴォバァッ!!

 校舎の壁をぶち抜いて人間大の黒茶色した楕円形が突っ込んで来た。

「「「「何だこりゃあああああああ!!」」」」
「何か知る気もないが、束だろう。噂をすればベストタイミングとやらだな」
「もう慣れ切ってて冷静だなぁ、織斑。流石スペシャリスト」
「本気で辞めてくれその呼称は!」
 手遅れだろう。

 さて、学生達の避難は的確だった。
 何というか手馴れすぎである。
 それもそのはず、伊達に核爆弾や天災や凶獣のいる学校の生徒では無い。的確な避難動作で、一気に退避する一同———

 めしぃっ!
「ぶぎゃああああああああっ!」
「あ、ゲボック」
 潰されるのはやはりゲボック。
 観察してて逃げ遅れたゲボックだけが直撃した。
 お決まりか。お決まりなんだろうか。
 でも大丈夫だろう。ゲボックだし。

 しかし・・・その楕円は・・・。

「馬鹿でかいチョ●エッグ?」
 山口のその一言で全ての説明がついてしまった。



 そびえ立つ、ゲボックを潰した巨大な茶色は卵の形をしていた。
 甘い香り———これはチョコに相違無い。
 表面にホワイトチョコで『私を食べて♡』とか書いてある。
 きっと中には山口の想像通りの束がレアキャラとして入っているに違いない。
 全1種なので確実に当たるレアキャラだが。

「わはははははははははははははははっ! ゲボ君! 束さんは愛を届けに来たよ! この愛を受け止めきれるかな!」
「今まさに重すぎる愛に押し潰されそうなんだけどな」
「・・・あれ?」
 想い人は真下。新ジャンルだった。

 おっと危ない危ない、と退けるチョコエ●グ。
「やあやぁちーちゃん、どうだね、女の子から糖分を大量に譲渡されたかい?」
「何故わかる・・・」
 千冬は同性に大量にチョコを貰っていた。
 姉弟で大戦果である。おかげで織斑家のスィーツはしばらくチョコ関連だったという。
 千冬の方には半分ぐらい(確率高ッ)血だの爪だの髪だのが混入してあったので灰の三番がスキャンして捨てた。何て女子怖い。

「ちーちゃんの事だしねぇ」
 ざわ・・・と空気がどよめいた。
「女に負けただと・・・!」
「まぁ織斑だ、気にするな」
「織斑だもんな」
「織斑だからしょうがない」
「だからなんなんだお前ら!」
「さぁて、ゲボ君! お待ちかねだよ、今よばれて飛び出て誕生だじぇい!」
「ちょ、待ッ———」
「下手したら痴女である。

 ゴッ!
 千冬が神速でカーテンを引っぺがし、その体を隠そうと試みた時に発生した、その音が。辺りにしん———と静寂を生み出す。

 そして、ドンドンッドンドンッと聞こえるノック音・・・「アレ?」

「・・・おい真逆、束・・・」
 そう言えば、コンクリぶち抜いても傷一つ無いチョコエッ●・・・。

「・・・・・・あ、あれ?」






 その頃の一夏は薬局に居た。
 大量の胃薬を購入している。
 一夏は千冬の行動に対する術を学習済みであったのだ。

「何でこんなに胃薬ばかり買うんだ一夏」
 一夏は箒の想いなどまったく想定外であり、というか、箒の後ろ手に、いつ何時であろうとチャンスには渡せるよう、チョコが備え付けられていたりする事にも全く気付いていない。恐るべき織斑の血統だった。
 箒目線では堪ったものではない。箒は空回りがハムスターのカラカラ言うアレ張りに大回転中だった。ダイナモを取り付ければISが一機ぐらい賄えそうなとんでもない空回りである———が、内心では虎視眈々と渡すタイミングを測っていたのである。嘘では無いと言ったら嘘では無い。いいから信じるんだ。さあ、この5円玉見るんだ。

 分かっていただけたか。そう、学校じゃ渡せないのだ。色々囃されたら堪った物ではない。何とも取り扱い注意な乙女心で微笑ましい・・・オクタニトロキュバン級の危険性がなければ。

「今日はバレンタインだからな・・・」
 デスチョコとの闘いだ。しかし、織斑一夏は決して出された食べ物をまずいとは言わないのを信念としているのである。
 胃が壊れようとも耐え切ってみせる。
 たった一人の家族・・・姉の想いが詰まったチョコだろうからだ。

「は?」
 しかし、そんな決死の決意など、箒には分からない。



———ぴんぽんぱんぽーん———業務連絡です———
 以後、副音声と合わせてお送りします。ご了承ください。

「完食は・・・男の義務だからな・・・(千冬姉の弟たる義務だからな・・・)」
「なん・・・だと・・・! (胃を壊す程貰っているのか!?)」
「毎年恒例だからな(千冬姉、料理、せめて毒物じゃないもの作れるようにならないと、結婚できないんじゃ・・・)」
「毎、年、だ、と・・・!(この、不、埒、物が・・・!)」

 箒の色々な物が弾け飛んだのはまあ、あれだ。
 ズレ過ぎだ、箒。
 あと説明しろ、一夏。

「一夏ァッ! このふしだら者がああああああああっ! そこになおれ! 根性叩き直してやるッ!」
「何でだああああああああああアッ!?」

 ズシーン・・・。
 そこにさらに、男達の暗い情念が忍び寄っていた・・・。



 でもまあ・・・一夏は本当に沢山貰ったので間違いじゃない。
 リア充は滅尽滅相するが良い。






 ドスンドスン!! と跳ね回りながらチ●コエッグが迫って来る。
「ちょっとー。出れないよ〜! 出してよぉ~、出してぇ〜・・・」
「●ョコエッグが! チョコエッ●が迫って来てます! マジで怖ぇですよ、ひぃっ! うわーッ!!」
 必死に逃げ回るゲボックだった。想いは通じてなさそうである。



「・・・・・・うむ、大丈夫か。一夏の歯を鍛える為にもこのままで・・・」
 一人満足したが、まだ不安な千冬は一人ブツブツ言っていた。

「なぁ・・・このホットミルクチョコが、工場の廃油みたいな虹色になってるんだが大丈夫なんだろう・・・か・・・はうぉっ!?・・・馬鹿なっ、一度ちょろっと舐めただけなのに・・・ッ!」

 突っ伏する山口。
 一夏はちゃんと分かっていたのである。
 流石弟。漢である。



 ずんっ! ズンッ!
「ぎゃああああああああ〜ッ 何で追って来るんですかぁ〜ッ!?」
「出して〜、出してよ〜・・・」
「おょーう? なんかお腹痛くなってきまし———」ぶしぃんッ!!「あう」
「ね、ね、ねぇ・・・お願い・・・出して・・・」

「しかし、いつ渡すか・・・グレイの後じゃ、やはり目劣りしてしまうしな・・・」
 千冬はとあるブラコンワールドに突入して全く気付いていない。



 三人三様。
 これはまだ、三人が学生だった頃の一幕・・・。





 その頃。



「待て一夏ぁぁぁああああああああああああああッ!!」
「誰が待つかぁぁぁぁあああああああああッ! くっそぉぉぉおおおお! なんでだあああああああああああああ!」

———ズシーン・・・ズシーン・・・

「うわっ! な、なんだ!?」
 地面の揺れに、バランスを崩しかけた一夏は、なんだと、震源の方に目を向け———
「今度はなん・・・怪獣!?」
 見てしまう。

 人の様に直立した二本足。
長い尾と全身に鱗を備え持ち、何故か血涙を流した漢の頭部を持つ怪獣———?
 漢は咆哮する。

「ちょぉこぉれぇいとぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおお——————ッ!!!」
 嫌なマシンエコーだった。

 嫌なぐらい雄々しすぎる雄叫びと共に真っ直ぐ一夏の元へ。
 涙を呑んだ男達の集合体。

「モテ男は尽く滅ぶべし!! 滅尽滅相ォォォォオオオオッ!!!」
 やっぱりマシンヴォイスである。一夏の持つチョコの数に引き寄せられたか、はたまたモテる男、一夏への怨嗟か。



「なんでためらいなくこっち来やがるんだあああああああああああああッ!!」
「あー・・・やっぱりなんか起きたか・・・」
 箒は弁え過ぎていた。

「一夏・・・どうやら奴は一夏を狙っているらしいな」
 ひとまずチョコと怒りは後回しにして箒が相談して来る。
「・・・理由は知らんが、そうらしいな」
 だから、箒は真剣な顔でこう提案した。



「なぁ、一夏——————二手に別れないか?」



「ブチ切れんぞ箒ィ! って早ァッ! もういねぇし!」
 薄情だった。
 対ゲボック反応は千冬の次に早いのだ、慣れ過ぎなのだ・・・・・・不憫である。

「いいいいいいイイイチャツクンジャねぇぇええええぇぇぇっ!!」

「加速して来たあああぁぁぁっ!!」

 デスレースが始まった。
 結局千冬が滅殺するまで。
 
 活躍したのは暮桜ではなく研究所から瞬時にロスト、ガンダ●ファイト宜しく沸いて出た白雪芥子だった。フルフェイス式ハイパーセンサーはこう言うとき便利である。
 町内のヒーロー。ホワイトナイツさんとして、度々ゲボック製怪人だの怪ロボットから町を守っており、一夏を含んだ子供達に大人気になってしまった。気付いたときは既に後の祭りであり、おかげで千冬が言い出しにくくて困っている。夕食時に一夏の憧憬に満ちた話を聞くと自分なのに嫉妬が沸いて来て非常に複雑な心境に陥る千冬だった。だからこの日は出たくなかったんだが・・・。
 
 今や町興しにも使われているし、勝手に饅頭なんかも出来ている。五反田食堂でも専門の定食が出来ているぐらいだ。
 白雪芥子本機とは言えば、久々の主との空でもう嬉々として出力全開だったらしい。

 『それまで=千冬のバイトが終わるまで』一夏はひたすら駆けずり回る事になる。
 女難の一夏。不動の有様、変わらずであった。

「モテ男ハ滅ビヨオオオオオオオ!!」
「なんでだあああああああああ!!!」
 分からないのは、一夏だけである。









 余談。

 千冬の手により爆散した怪獣は、チョコとなって街中に降り注ぎ(ISに乗れるのは女性だけのため必然、女性の恵みに)恵まれぬ者達(男)の渇きをほんの少しだけ癒すのだった——————なんか、そう言う催し物だと思ってるぽかった。
 が、群がる男達の形相はまるでピラニアみたいに変貌しており、その表情そのままに醜い争いが続発したらしい。



 なお、本当に関係ない話だと思うのだが・・・同日発生した集団食中毒の原因は、明らかにされていない。



 それから、さらに数日後。
「いやあ~、宅地開拓が遅れてて、汲み取り式で助かったわ」
「いやはや全く全く」
「はっはっはっは」

 河原にくっさい一団がゾンビもかくやに復活していた。
 先日試薬入りチョコを配った漢共(モルモット)の成れの果てだった。
 そんな感じの、二日酔いにとてもじゃないが効きそうに無いウコンカラーに染まった集団に運悪く遭遇した灰の三番(グレイ)は、チョコ配り主なので勘違いして迫って来るそんな集団に当然の如く恐慌状態に陥り、最大級特別緊急支援要請を最大出力で送信。「何かッ!?」とそれを受けた灰の二十九番(人工衛星忍者)が吹き矢で絨毯爆撃するという事件も起こった。

 まあ、ギャグ補正で死んでは居ないと思う。


 だがまあ、アレだ。
 後に———あまり下品で、あまりににも酷ぇオチだったと、町民は語っていたという。



[27648] 四月馬鹿閑話 幼馴染み達の防衛戦線
Name: 九十欠◆82f89e93 ID:a6979411
Date: 2012/04/01 02:04
いつもいつも長いから今日は1時間で掛けるだけ書いて出してやろう! と言うコンセプトで書いてみた

じゃあ、本当に1時間経ったらどうするつもりだと言われたらいやそれでも出す! と書く前は言うだろう。多分

じゃあ、結果は後書きで―――






―――閑話―――幼馴染み達の防衛戦線―――



とある3月末日。
そこには三人の女性が集っていた。

「明日か―――」
「そうだねえ……流石の束さんも明日はちょっと世の為人の為頑張ろうと思っちゃうのだよ」
「……………………」
 最後の一人はクリップボードを出して、『流石に明日は大変ですから……』。
 と書いてある。



「お前等、気を引き締めろよ、冗談一つで世界が奇妙奇天烈になりかねん」
「うんうん、ゲボ君が自主的にやるなら良いけど、適当な奴の想い通りになるのは行けないと思うんだよ!」



 千冬と束は頷き合う。
 そう。この日は数少ない、全力でこの幼馴染み同士が協力して事に当たる日なのだ。
 今年は、噂も広まっているだろう。
 だから、『灰の三番』にも協力してもらった。
 仲間は、一人でも多い方が良い。

 他の生物兵器は駄目だ。
 ゲボックの愉快犯的部分を受け継いでいる部分の多いあいつ等では、いつ裏切られるか分ったものではない。
 わざわざ敵を増やす程、愚の骨頂ではないのだ。
 だから、絶対信用できる彼女だけがここに居る。



「作戦は明日。ゲボックを起こす所から始まる」
「幼馴染みが二人で朝起こしに来るんだから、ゲボ君は幸せ者だよ」
「………………」
 『寝てない可能性ありますけどね』というクリップボード。

「それなら都合がいい。殴り倒したら落ちやすい」
「うわーい。ちーちゃんかっげきー!」
「落ちたゲボックの身柄は好きにしろ」
「はい、ちーちゃん。『グッドモーニングスター・お早う! マイマザー♪ 一番星君グレートッ!!』だよ!」
「切り替え早ッ! ………………なんだこれ?」
 モーニングスターである。
 だが、人面瘡のような顔が所々に浮かび、「オォォオオ〜……」とうめき声を上げている。
 正直、触りたくない。

「ふふ、これでドタマブッ飛ばせば例え強力な睡眠薬によるどんな深い眠りであろうともッ! 絶ッッッ―――――――――ッ対!!!! 一撃で目を覚ます代物だょおん! まあ、狸寝入りだと死ぬけどね(ぼそっ)」
「分った、使わせてもらう」
「躊躇無いよちーちゃん! 説明が逆効果だったよ!」








 明日は4月1日―――――――――エイプリルフール
































 ゲボックに嘘吐く馬鹿が出ないよう、千冬と束がゲボックを守る、珍しい日である。














 ゲボック・ギャクサッツ。この当時はまだ付いていないが、名称はDr.『核爆弾』。
 厄介な特性として、誰の言う事でも聞くので、操りやすい事この上ないマッドサイエンティスト。

 まあ、その辺は何度も繰り返して語っため、最早耳ダコであろう。
 それは、4月1日、最悪の形で実現する。

 誰かが嘘をつく。
 ゲボックが実証しようとする。

 嘘だとする。

 でもこの馬鹿、嘘だと気付かない。

 何かが足りないと研究する。



 現実味の無い嘘である嘘程、実現したとき地獄絵図。



 最悪のコンボである。



 昨年。
 危うく次元の扉が開いてアランが居た世界から(この時はまだ来てないよ)億千万の●●●が出現しかけると言う、危うくこの作品がXXX板まで飛ばされそうな事件が起きたり、何故か一緒にそこから地球に帰りたがる異次元兵器、通称バ●ドが漏れ出しそうになったり、まあ、一年で一番洒落にならないスリルある事件が分単位で連続発動したのである。

 流石の束も、億千万の●●●はたまったものではない。存在自体がセクハラだ。



 今年は更に危険である。
 その情報が漏れた。

 うわあ……である。



 やめて欲しいものだ、あの生きたドラゴン●ール(全自動コンプ済み)めが! 大魔王みたいに自分の願い叶えて殺したろうか!?




 と言う感じで翌朝である。

「死ねゲボックッ!!!」
「う―――んむにゃむにゃ、フユちゃん、食器用洗剤は調味料じゃありませんょ? ってン?」
 ゲボック。起床。そして。

「いきなり殺されますょ!? 小生一体何しました!?」
 慌ててドリルがモーニングスターと激突、ゲボック、脆弱のためどんどん押し潰されて行く。

「気にするなゲボック! 今日一日で良いから死んでろ!」
「何ですかその理不尽!?」



「ゲボ君!」
「タバちゃん!」
 そこに乱入する束。
「今日はね! ゲボ君は、は、は、た、束さん、ンと、け、けけけけ―――」
 結婚する日なんだよ、とでもいいたいのだろう。
 だが、やはり真っ正面となると照れすぎて喋れなくなる。
 本当、羞恥心が変な所にある幼馴染みである。
 
 そう。
 束、速攻裏切る。



「やれグレイ!」
 しかし、そんな事千冬は分り切っていた。

 しゅばああ! と出現したのはグレイである。
 煮込みたての練り餡を束の口の中に投擲する。
「熱ァ!? しゃしゃ、ひゃべれあづいッ!?」

「地味に怖いなそれ……」
 主婦という職業は、家の中のものを完全掌握しているため、何が来るか分らない怖さがある。
 グレイには逆らわないようにしよう。静かに誓う千冬であった。

 ちなみに、主婦とは、ギリシャでいう竃の神の祭司であり、台所が神殿らしい(マジで)。
 日本でも、家神の神官が主婦らしいと、台所が聖地なのである。

 地形効果でパワーアップでもするんだろう。
 なお、一夏もタイプ1 学生。タイプ2 主夫。などと、ポケ●ンみたいな属性分けできたりする。



 しかし。
 最初の敵。束を撃破したが、敵はまだまだ居るのだ。
 嘘を吐いて良い日は、公式でどんどん敵が集まって来るのである。

「おい、ゲボ―――」
 メキィ!
 
 取りあえず何か話しかけた山……なんだっけ? をモーニングスターで張り倒す。
 本当に彼がゲボックに欲望剥き出しで近付いていたかは分らない。
 間が悪いのである。

「お、ギャックサ―――」
 ゴスッ!

「どうだね! 年若き友よ、我が輩、今日の鳩は―――ごぶっふぁ!」
 ドゴス!
 見知らぬ金髪親父も来るし。

「あああああああ、いたぞゲボ―――」
 ゴスッ! ベキィッ! ゴフッ!

 中には、こんな風に仲間を呼ぶ個体も居るし。



 だが。
 ゴッ。
 頭に何やら激突。
「痛ッ……なんだ? これ、クリップボ……」
 クリップボードが頭にぶつかったので、読んでみる。

『無理です。抑えられません』
 と、達筆で書かれている。

「……余裕、実はあるんじゃないか?」


 そこでグレイを乗り越え、群がって来るのは。
「見つけましたお姉様!」
「ここにいらしたんですねお姉様!」
「あ、ついでにギャクサッツ君も居るわ!」
「ふふふ、お姉様と二人きりにしてもらうのよ……」
「させないわよ! 私がお姉様をモノにするのよ!」
「まずはあの男を確保よ!」

「「「「「「Yes,Sir!!」」」」」」

 物凄い統制力で何かやって来てるんだけど。おい。
 それを視認した千冬は、うわあ…………という表情になる。
 大量にやって来る女学生達。
 全員見覚えがある。
 どいつもこいつも、共学だというのに同性の千冬に告白して来た猛者達だ、

 はっきり言おう。
 真剣に、かかわり合いたくない。
 貰ったチョコに異物が入っていたのは、大概この手のタイプである。

 なんか、ゲボックに頼んで千冬を監禁しようとでもいうのだろうか。

 千冬以外の常識だが、ゲボックは千冬に好意を抱いているのは知られ切っている。
 そのゲボックに頼もうとするのだから、螺子の外れっぷりは凄い乙女達であった。

 彼女等、通称、千冬ファン倶楽部である。
 成人してからも根強く追って来る者も居て、原作時代でもたまに視線を感じて千冬が振り返る程である。
 IS学園にも忍び込んで来る事多数(千冬に捕まえられたい願望)なので正直辟易としているのだ。
 彼女等の存在が、第一回モンド・グロッソで「私……勝つのやめようかな……」と本気で思った事に繋がるらしい。何があった。
 日本政府が全力を持ってケアに当たったのはいうまでもない。



 あまり触りたくないが、意を決して押しとどめる千冬。

「いやあああああ! お姉様よおおおおお!」
「触られている! 私触られているわ!」
「もっともっと! 千冬お姉様良い匂いくんかくんか」
「お姉様お姉様お姉様!!」
 
 こ、こんな―――
 こんな、妹達は、本気で、嫌だ―――!!

 だが、これだけの危険思想の集団。一人でも逃したら怖すぎる。主に千冬の貞操的に。
 だが―――あんまり抑えておくのも嫌だなあ……。

「グレイ! すまん! ゲボックを連れて行ってくれ!」

『畏まりました』
 グレイは離脱、ゲボックを後ろから抱きかかえる。

「うおおおおおおおおおお!」
 千冬はグレイが抑えていた分も一人で抑えるため、ほぼ全力で乙女達の暴走を受け止めていた。
 流石にキツすぎる……!

(お父様)
「何ですか?『灰の三番』」
 遅刻しそうな時は、『灰の三番』に送り迎えしてもらっていたゲボックは抱きかかえられてもいつもの事なので気にしていない。なんつう駄目親父だ。逆だろう普通、姿勢。

(今日は、親子水入らずで一緒に過ごす日なんですよ)
「それはMarverous! まずは一緒にお茶でも飲みましょうか!」
「ブルータスがいたあああああああああああああああ! っていうかブルータスしか居ない!」

 ついに『灰の三番』まで裏切った。
 『灰の三番』がそのまま屋根を伝ってぴょんぴょん跳ね去って行く。
 女の群れに取り残されたのは、千冬だ。



「お願いは駄目だったみたいね。はぁ……はぁ……でも良いわ。お姉様がこんな間近に……」
「いいわ、いっそこのまま……」
「でもやっぱりお姉様は素敵―――」
「そうね、肌すべすべよ」

「触るな!」
「ずるいわ、私だって―――」
「私も!」
「私も!」
「私も!」

「誰一人聞いてない!?」

 や、や、やめろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!

 千冬の悲鳴が慟哭する。
 何とか、最後の一線。貞操は守れたらしい。






 後に。
 喫茶店で談笑しているギャクサッツ親子に世界最強の頭脳と世界最強の乙女が報復に現れたのは、当然と言えば当然であるが。






 ふう、この後書き書いてる時間で2分お〜ば〜。
 うん。毎日更新している人の気持ち分った。
 時間に追われて吟味できん!
 突貫一時間作品なので穴もあるでしょうが、記念SSですので、深く突っ込まないでいてくれると……うれしいですが


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