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[27648] 【原作2巻編エピローグ投稿】混ぜるな危険! 束さんに劇物を投入してみた(IS×狂乱家族『一部』)
Name: 九十欠◆82f89e93 ID:a6979411
Date: 2014/05/18 00:22
 どうも皆様。今までチラ裏でお目汚しさせて頂いていた九十欠と申します。
 今まで、二つの章を同時進行で進めて参りましたが、時系列に過去である方の章が一区切りをつけた事を機に、その多板に出て参りました。
 ネタだったんですがネタじゃなくなって来ました。

 誤字を消し切れていなかったり、描写的に未熟な所も多々あるでしょうが、時間と興味がおありでしたら、御一読おねがいします。


 ネタだったんですがねぇ……。
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 この作品は、色んな魔改造があります
 あと、クロス先は『狂乱家族日記』の『インフィニットストラトス』ですが、宇宙生物(色々偏っている)に関しては、色々宣言無く乱入してきます。ご了承ください



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 小さい頃、宇宙の構造とか、生物図鑑などを眺めてわくわくした事はありませんか?
 不可能を可能にしようとする科学者が大好きです。

 しかし、新しい発見は時として世界を大きく書き換えてしまったりします。

 ノーベルやアインシュタインはその事に苦悩したそうですが、一方未知への探求に対する飽くなき衝動で、そんな事一切考えない人達。


 

それを狂科学者マッドサイエンティストと人々は言います



フィクションの世界であるからこそ魅力ある彼ら。
Dr.ワイリー(ロックマンシリーズ)
Dr.ウェスト(デモンベイン)
ジェイル・スカリエッティ(リリカルなのは)
Dr.ゲボック(狂乱家族日記)
Dr.エッグマン(ソニックシリーズ)
キース・ホワイト(ARMS)
葉月の雫(おりがみ)
峰島祐次郎(9S)
篠ノ之束(インフィニット・ストラトス)
涅マユリ(BREACH)
高原イヨ(吉永さんちのガーゴイル)
則巻千兵衛(Dr.スランプ・アラレちゃん)
カレル・ラウディウス(Add)
剛くん(サイボーグクロちゃん)
探耽求究ダンタリオン(灼眼のシャナ)
岸和田博士(岸和田博士の科学的愛情)
中江馬竜“ミスターB”(ばいおれんす☆まじかる)
八鹿寿壱(アプサラス・神の逆矛)
真賀田四季(全てがFになる、など)
成原成行(究極超人あ〜る)
夏目久作(万能文化猫娘)
カウプラン(パンプキンシザーズ)
レクター博士(羊達の沈黙)
Dr.マロンフラワー(住めば都のコスモス荘)
ハカセ(魔人)


 とかとか大好きですね
 などなどまだまだ居ますね〜

 まぁ、そんな中二つ程。インフィニット・ストラトスと、狂乱家族日記をクロスさせてみました

 拙作は公開処女作となります。激しく未熟です
 原作は持ってますが、考察不足で独自設定を知らず出してしまうかもしれませんし
 辻褄合わせの為に独自設定をだすかもしれません。というか出しますね・・・俺なら
 そもそも、遅筆で更新不定期です


 原作編はオリ主編でもあります。苦手な方はご注意ください


 ……次回に出るのいつだろう……

 そんな未熟作ですが、もし好奇心があったらご一読ください



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業務連絡

12月4日
各話のタイトルで、上下で別れているのは、同じ話数にしない事にしました
2話○○上
2話○○下
と言うのを、
2話○○上
3話○○下
と言う感じです

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7月31日、篠ノ乃→篠ノ之に何カ所か修正いたしました
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更新履歴

2011年
5/7   連載開始。
      遭遇編第1話 投稿
5/8   原作編第1話 投稿
5/21  遭遇編第2話 投稿
6/4   原作編第2話 投稿
7/2   遭遇編第3話 投稿
7/8   原作編第3話 投稿
7/18  遭遇編第4話 投稿
8/1   原作編第4話 投稿
8/4   アランに関するダイジェスト 投稿
8/28  転機編第1話 投稿
9/26  原作編第5話 投稿
10/22 転機編第2話 投稿   
11/4  原作編第6話 投稿
12/6  転機編第3話 投稿

2012年

1/1   原作編第7話 投稿
1/3   原作1巻編ネタバレ集 投稿
1/28  転機編第4話 投稿
2/14  バレンタイン閑話 投稿
3/26 原作1、2巻間話上下 投稿
ゲボックの名字の誤字、・・・を……に修正
4/1   四月馬鹿閑話投稿
5/4   結節編第1話 投稿
6/5   原作2巻編第1話 投稿
6/23  結節編第2話 投稿
7/15  原作2巻編第2話 投稿
8/28  結節編第3話 投稿
10/20 原作3巻編第3話 投稿
12/21 過去編エピローグ 投稿

2013年

1/13  その他版に移動
遭遇編元ネタバレ投稿
転機編元ネタバレ投稿
2/24  原作2巻編第4話 投稿
3/24  結節編元ネタバレ集投稿
5/4   原作2巻編第5話 投稿
7/25  原作2巻編第6話 投稿
10/14 原作2巻編第7話 投稿

2014年

5/18  原作2巻編エピローグ 投稿

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[27648] 遭遇編 第 1話  邂逅———割とありがちな爆発移動
Name: 九十欠◆82f89e93 ID:a6979411
Date: 2013/07/29 12:12
 とある田舎の小さな村。
 そこにはよくある怪談が流れていた。

―――曰く、村の片隅にある廃工場、そこには悪魔が住んでいると

 よくある怪談だった。
 危険な場所に子供を行かせないため言い聞かせる『子供部屋の邪妖精』のようなものである。

 不穏な事件など何も起こらなかったし、肝試ししようとする活動的な若者も居なかった。
 子供達はただ一人を除いてそれを信じて近付かず、大人の真意に気付いていた聡明な少女も、まだ好奇心はそちらに向いていなかった。



―――ただ
 ある意味において、ある者達に取ってはそれは噂通りの存在であった。

 それは本来ならば彼らこそが、人々が恐れ、忌み嫌う闇夜に生きる人外共。
 その彼らが、そこの廃工場に『悪魔』が居る、と恐れるものが生み出されつつあったのだ。
 もしも、それが完成したのならば、その圧倒的な悪意によって彼らに暴虐が降り注ぐ事であろう事は間違いなかった。

 そこが廃工場である事も、生み出そうとしている者たちの意図によって偽装されたものだった。

 だから、その情報を得た彼らは家族を、大切な者を守るため、廃工場で生まれつつあるモノを破壊しに来たのである。



「ぎゃあ!」
 それは、どの人外の悲鳴だったか。
 彼らの屈強な肉体さえものともせぬ凶悪な弾丸が、留弾が、次々と彼らに襲いかかる。
 全身鎧にも似た装甲服を着た、化け物狩りのスペシャリスト達がそこには待ち伏せしていたのだ。



 廃工場の情報は真実だった。
 だが、その情報の漏洩そのものが彼らの罠だったのだ。
 だが、一方的にやられるわけにはいかない。
 彼らにも守るべき者は存在し、彼らは人には無い異能がある。

 尤も―――
 彼らとて限界はある。
 だが、自分の命などよりも大切な者があった。

 しかし、現実は厳しいものだ。
 とある人外が、吹き飛ばされ、一瞬だけ意識をとぎらせたと思えば、足が動かない。
 気付けば胸から下が爆弾で破裂したのか無くなっていた。
 どうりで、力が入らない筈だ。
 たとえ人間とは比べ物にならない生命力があろうが、これでは助かる筈も無い。
 
 痛みは無い。
 眠くなって来た。
 仲間はどれぐらい生き残っているのだろうか。
 逃げられた者は居たのだろうか。
 いや。
 自分と同じ志願した者達だ。
 何もなせず逃げる事は無いだろう。

 力を絞り出す。
 流れ出る血液とともに。命さえ加速させて。
 どうせ助からないなら出し惜しみするようなものでもないのだし。
 彼に気付いたのか、あちこちから、自らを省みない仲間達の力を感じた。
 それにすまない、と胸の内だけでつぶやき、意識は永遠に闇に落ちる。

 いったい、どんな力だったのかは人間には分からないだろう。



 この離れた地から、放たれた彼らの異能の力は―――

 根こそぎ廃工場をこの世界から消し飛ばした。
 後に、核兵器さえ凌駕すると言われた、悪魔の頭脳とともに。












―――某日本国某県某市、篠ノ之神社裏―――

 友人と遊んでいた少女、織斑千冬はそのとき、起きた事をたった二つしか理解できなかった。
 爆音と暴風である。

 当時5歳でありながら、すでに自分の肉体コントロールが同年代の児童たちを遥かに凌駕していた彼女は、一緒に遊んでいた友人に覆いかぶさり、とっさにその余波からかばっていた。
 とは言っても彼女の知識では何が起こったのか理解出る訳も無く、内心では動揺凄まじく心臓はバクバクと鳴っていた。
 
 友人はこの神社の神主の娘で、篠ノ之束と言う。
 束は神童と呼ばれる程の頭脳を有してはいるが、肉体は至って普通の五歳児並だった。

 頭脳が並ではない束と、身体能力が並ではない千冬。
 何かと浮きがちであった少女二人は、自然と交流を持つようになって行った。
 今では互いに無二の友である。
 肉体的に頑健なのは自分なのだから守らなければ、と言う義務感をしっかり持っている千冬であった。



「何が……起こったんだ?」
「えへへ〜、すごかったねえ、ちーちゃん」

 あたりを舞う粉塵を吸い込まないように袖で口を覆い、全く気に留めない束の口元も抑える。
 なんというか、のんきだなあ、怖くないのか? と考えてしまう千冬であった。

 やがて、粉塵が収まって来る。
「う……わ―――」
 そこにあったのは直径三十メートル程のクレーターだった。
 神社裏で整備されていた木々は根こそぎなぎ倒され地肌を晒しており、中心に向かうに連れ、ギラギラと光沢を放っていた。
 さて、中心にはぐちゃぐちゃにスクラップと化した鉄屑の固まりと……。

―――千冬はそれを認識した。
 年は自分と同じぐらいの、子供が踞っているのを。

「子供が居る!」
 千冬はクレーターを駆け下りようとして引っ張られた。
「危ないよ〜」
「離せ束! あそこに子供が!」
 突撃しようとした千冬を束が両手で引っ張っていた。
 身体能力の差で、逆にずるずる引っ張られているが。

「でもね、ほらち〜ちゃん。中心に向けて光ってるよね、地面が高温で解けてガラスになってるんだよ、熱くて火傷しちゃうよ?」
「何を言っているんだ束? なんで地面がガラスになるんだ?」
 普通の五歳の意見である。
 ちょっと知識の差が出てしまったようである。
 だが、何故危ないのかは千冬も察した。その辺は同年代より聡明な千冬である。
 束が飛び抜けすぎているのだ。
 
「それこそ火傷する程熱いならなおさらだ! あの子が危ないだろ!」
「それこそどうでもいいのにな〜」
「良くない!」

 千冬に会うまで、知能の高さ故に隔絶されていたからなのだろうか。その点は推測するしか無いが、束は千冬以外に人としての興味を持とうともしなかった。
 何を言おうが完全に無視。
 いや、千冬以外、束の世界に居ない、と言った所か。
 両親さえ辛うじて認識する、と言った程度なのだ。
 後に、千冬に言われ、嫌われたくないと思った束は一応、人の話を聞く事だけはするようになったのだが。



「離せ、私は行く!」
 束を振り払って、まだ蒸気を上げるクレーターの中を千冬は突き進んで行った。

「あ〜あ、本当にどうでも良いのに。ち〜ちゃんは優しいなあ。でも」
 束はクレーターの中心にずんと、構える鉄屑を注視した。

「あっちはちょっと面白そうだな〜、あとでいじっちゃお★」 
 にこり、と天真爛漫に束は笑むのだった。



 その後、爆音を聞きつけた束の両親が神社裏の有様に悲鳴を上げ、さらにまだ熱引かぬクレーターに千冬が乗り込んで行っているのを見るや重ねて悲鳴を上げ、その中心の巨大な金属の塊になんだあれはと絶叫して、止めに千冬が助けようとしている、ここから見たら死体だよなあ、としか思えない程ぼろぼろの子供を見て、しばらく声が掠れて出なくなる程に絶叫する事になる。
 束はうるさいなあ、としか思っていない。
 ああ、千冬の心配だけはしているが。



 慌てて父がクレーターの中に入り、千冬とその子供を抱え上げた。
 さらさらとした、絹のような金髪を持った少年だった。
 無事な所を見つける方が大変な程全身くまなく大怪我をしており、彼は妻に救急車を呼ぶよう叫んだ。声は枯れ切っている。

 幸い、千冬は両掌の皮が水ぶくれになった―――少年を担ごうとして地面に触れたからなのだが―――他は、靴底のゴムが溶けたぐらいですんだ。

 やがて救急車に搬送され、千冬は火傷の治療の為同伴し、束は残った。
 危ないから止めるように言う母の言葉は完全に無視し、束は安全な場所までクレーターを降りて数秒観察、その鉄屑がなんなのか一発で見抜いた。
 胸に湧くのは好奇心。

 高き知能で大抵のものを理解できる少女にとって、未知とは最大の愉悦と言っても良い。
 大抵の事は大人でも匙を投げる書物を読みあさり、知識として参照できる彼女に取って、その鉄屑は理解できたが未知だった。

 何故なら、それは現行技術では絶対に作り上げる事は不可能であるのだから。






 少年の身元は不明だった。
 しかも明らかに国籍不明。
 すったもんだの紆余曲折の後、神社から最寄りの孤児院に引き取られる事が決まった。

 そして、少年とともに神社裏に出現した鉄塊だが。
 その日の夕刻、しばらくしたら来る警察になんと説明したら良いかと神社裏に来た神主―――束の父が―――神社裏に来た時すでに。

「ほっほ〜、なーるほど〜、こうなってるんだ〜これは凄いねっ! ふふふっ! これが分かるなんて束ちゃんはやっぱりすごい! まぁ、これを作った人もそこそこだけどね!」

 その神社の娘、束によって徹底的に解体されていた。
 五本の指の隙間それぞれに異なる工具を挟み、猛烈な勢いで分解、解析しつくしきっていたのだ。
 彼は自分の娘の異常性が恐ろしくなった。
 あの子は本当に人間なのだろうか、と。

 もう用は無い、と自分の横を通り過ぎる娘は、自分の事を認識していなかった。
 あまりの事に呆然とし、それこそ警察になんと説明しようか、と彼が頭を抱えるのはしばし後の事である。






 そして、少年は辛うじて一命を取り留めた。
 それからしばらくして、意識を取り戻したらしい。
 驚くべき事に、言語も通じて会話も出来るそうなので、面会謝絶が取り下げられた。
 だが、取り調べは、子供という事の上に、認識の齟齬が大きく、進んでいないらしい。

「ねー、ち〜ちゃん、本当に行くの〜?」
「当然だ」

 その事を聞いた千冬は、見舞いに行く事にした。
 4年後、弟が生まれその愛情を一点集中するまでは、全方面に優しい少女だったのである。
 
 花束とバナナが土産である。代金は何故か束の両親に貰った。
 お見舞いに行く、束も何故か付いて行くと告げたらくれたのだ。
 申し訳なかったが、手ぶらで行くのもあれだと、素直に受け取る事にした。
 花屋での買い物は、篠ノ之母同伴である。
 バナナは吸収が良くて弱った体にもいい、と束に聞いていた事もある。

 なんだかんだ言って、最後まで束も千冬に付いて来た。

 病室に入ると、包帯だらけの少年が居た。背もたれを上げて、座るようにベットに寝ていた。
 包帯が無くても、貧弱で弱そうな印象を受ける。
 人形のように奇麗な顔立ちと美しい金髪に、一瞬、千冬は呼吸も忘れて息を飲んだ。

「大丈夫か?」
 千冬の声に一瞬だけびくっと反応したが、すぐに少年は千冬へ笑みを浮かべた。
「―――大丈夫ですよ、手も足も折れてるらしいですけど」
 確かに、四肢は全てギブスで覆われていた。

「……そうか。―――って、こら束。何をしてる」
 少年のギブスに落書きしようとしている束の襟首を引っ張って戻す。
 視線を戻すと、少年はじっと千冬を―――いや、持っている花束を見ていた。
 そうだ、土産を渡そう。と思う前に少年は口を開いた。

「あなたがその手に持っているのはなんですか? 奇麗で、いい匂いがしますけど?」
「―――あぁ、これか、お見舞いの花束とバナナだ、丁度渡そうと思っていたんだ」
「おぉ〜、バナナだバナナ〜、腐りかけが一番美味しぃんだよね!!」
「束、お見舞いの品を食おうとするな」
「え〜」

 そこで少年は妙な表情を浮かべた。
 今まで同様の笑顔に、感動が含まれた表情である。
「お花…………? 不思議な構造をしてますね」
 その物言いに、さすがの千冬も問いかける。

「どうした、そんな顔して。まさか、花を見た事が無いのか? まぁ、それなら存分に見てくれ、あまり高い花は買えなかったのだがな」
 花束を少年に渡す。
 と言っても、両手がギブスなので腕で抱けるように。

「束、花瓶はあるか?」
「ん〜、わかんなーい。大丈夫! 三日ぐらいで腐っちゃうよ!」
「お前に聞いた私が馬鹿だった、看護士に聞いて―――ん?」

 ナースステーションに向かおうとした千冬は、少年の様子が変わった事に訝しむ。
 少年はふるふると震えていた。
 そして、酷く恐縮した態度でまっすぐ千冬を見つめて来たのである。
「ありがとうございます!」
「あ、あぁ、そんなに気に入ってもらえたなら―――」
 感動溢れんばかりの少年に千冬は面食らった。どもりながら言葉を紡いで行くと、言い切る前に少年は感動の言葉を繋げる。

「こんなに嬉しい贈り物は初めてです。あなたは、まるで天使のようです」
「んな、なぁっ―――!」
 あまりにストレートな物言いに千冬の顔が真っ赤になる。
「ふふん、今更そんな事に気付くなんてまだまだだね! ち〜ちゃんは女神様みたいに輝いているんだよ!」
「お、おお、お前まで何を言っているんだ束!」
 何故か束が対抗して来た。
 もはや耳まで真っ赤になった千冬を尻目に、束は少年に千冬の魅力を語る。
 普段ののったりとした喋りではなく、まさしくマシンガントークで。
 これは見るものが見れば驚愕の光景だった。
 束が、千冬以外に語りかけているのである。内容は千冬の事だが。

「いい加減にしろ!」
「ち〜ちゃん!? ちょっとそれそのまむぅわ――――――!!」
 羞恥がトップに達した千冬はバナナの房を一本毟ってそのまま束の口に突っ込んだ。
 当然、皮は剥いていない。
 それを少年はにこにこと笑顔で見つめていた。

「お前も、そんな恥ずかしい事を真顔で言うな!」
「そうですか? 思った事をそのまま言ったのですけど」
「それをやめろと言っている!」
 少年の口にもバナナを突っ込もうとして踏みとどまる。相手は怪我人だった。それを考慮できる程には物事を考えられる……はずだ、と自分に言い聞かせる彼女。

「そういえば、何を探していたのですか? さっき部屋から出ようとしていましたが」
「花瓶だ。花束をさすがにそのままにするわけにはいかないからな、」
「どんな用途に使うのですか? 形を教えてください」
 聞いて来てどうするのだ、と思ったが、素直に教える。なんだか、一般常識も随分知らなさそうだなあ、と思いながら。

「それでしたら、これを使ってください」
「これ?」
「これです」
 空きベットだった隣から花瓶を丁度持って来る。
「あぁ、これだ。これを花瓶って言う……は?」

 そうなんですか、これが花瓶ですね、教えてくれてありがとう御座います、と相変わらず畏まって腰の低い少年はベッドに寝そべったままだ。
 そりゃそうだ。彼は両足が骨折している。ベッドから動けない。
 では何が、今自分に花瓶を渡したのだ?

 なお、束は口から出したバナナを改めて皮を剥いて食べている。
 彼女では有り得ない。

「―――な?」
 見つけた。見つけた後見つけなければ良かったと思ったが、見つけてしまった。
 ベッドの脇から、腕が生えていた。
 しかも機械製のマジックハンドである。
 ご丁寧に五本指で、精密動作もばっちりこなせそうだった。

 少年はそれを見上げ、にっこり笑いながら説明する。

「あぁ、両腕が使えないんで不便だったから、ベッドに腕を付けたんです。ついでに歩けないから頼んだ通り動くようにベッドを改造しましたし」

 何だそれは。

 あまりの事に千冬が思考停止していると、バナナを食べ終えた束がその腕を少し調べ。
「すごいよ、ち〜ちゃん。これは思考操作だねえ」
「はい。触れている肌の電位の差から思考を読み取らせているんです」
「ん〜ん〜、このへんはどうなってるのかなあ!」
 トンでも無い少年の発言を全く聞いていない束。さっきのは奇跡だったのか。相変わらずの束である。
 勝手に一人で解析している。ただ、上機嫌で鼻歌なんぞ歌っている。よっぽどこのベッドが気に入ったらしい。

「これ……お前が作ったのか?」
 両腕が折れているのに……いやそもそも、その年でどうやって? 材料は?
 次々と疑問が浮かんでは沈むあたり、千冬の頭脳も優秀である。
 
「はい。元々怪我する前にしていたお仕事と大して変わりませんし」
 そう言えば、と千冬は思う。
 彼はどうして神社の裏の爆発の中心で倒れていたのか

「どうしてあんな所で大怪我をしていたんだ?」
「さあ? お仕事をしていたらいきなり目の前が光って。気付いたらここで寝ていました」
「お仕事?」
 五歳の子供からは似つかわしくない言葉が出て来る。
「作っていました」
「何を?」
「ひこうき」
「……ひこうき?」

 何を言っているのか分からなくなった。
 ひこうきとは、まさか、飛行――――――

「うん! あそこに一緒にゴミになってたあれだよね、ち〜ちゃん!」
 束が答える。返事をする気がないだけで、聞いてない訳ではないらしい。
 それで気付く。
 少年の側にあった鉄のかたまり。
 束が分解してしまったらしいそれを思い出す。

「あれを?」
「そう、軍事用重量爆撃機。長距離運行でばびゅーんと飛べるよ! 束ちゃんがぱぱ〜っと調べた分じゃ、お〜よそ地球の直径、その3分の2以内の距離なら無補給で何処へでもひとっ飛び! しかもこのマジックハンドと同じで思考操作だから誰でも機長になれちゃいます! えぇ〜、おっほん! 当便は〜単機で小さな島ならグロス単位で焦土に変える事ができます。半島だって余裕余裕! お客様達はせいぜい命乞いをしやがれーって、ぐらいすっごい代物だよ!」

「―――国の偉い人がね是非とも必要だからって制作を頼んで来たんです」
 少年が独り言のように、特に誇るでも無くつぶやいた。
「最初は、簡単な玩具とかを作ってたんですよ。あとパズルとか…………皆面白がってくれたんですけど、だんだん化け物でも見るみたいに僕を見て……そのうち、僕に何かを望んでくれるのは、頼んでくれるのは軍の偉い人だけになりました」
 寂しそうに言うのだった。
 千冬はこのとき理解した。

 この少年は、束の同類だ。
 こんな幼い少年に軍が依頼する。
 異常事態だ。

 少年はきっと嘘をついていない。
 千冬は心に決めた。
 束と、この少年の力を無粋な破壊力になどせず、もっと素晴らしい事に生かしてくれるよう、自分が側に居てやろうと。
 一緒に遊ぶのだ。この、花や花瓶の存在すら知らなかった少年と。
 だから、手始めに仲良くなろうと思った。そのために必要な事を今まで忘れていた。

「私の名は織斑千冬だ、こいつの名は篠ノ之束。人見知りする奴だが、悪い奴ではない。あなたは?」
 そうだ。名前の交換を忘れていた。
 何故忘れていたのだろう。そんな礼儀知らずになったつもりは無かった。
 そんな当たり前の事さえ忘れるような事が何かあっただろうか?
 考えても思いつかない。その思考は後に回す事にした。

―――だが、彼女の決意は非常に困難な道である―――

 少年は無邪気に微笑む。名を教えてもらった事に素直に感動しているのだ。
 きっと、自己紹介すらした事が無いのだろう。
 そう思うと、千冬は胸が痛くなった。

―――何故ならば、彼は後に、生きた天災と称される束同様にDr.アトミックボムと称される事となる―――
 
「僕、ゲボックと言います。フルネームでは、ゲボック・ギャクサッツです」

―――別次元の頭脳を持った少年なのだから



[27648] 遭遇編 第 2話  幼少期、交流初期
Name: 九十欠◆82f89e93 ID:975a13eb
Date: 2012/03/26 00:16
 天才、と言うものはまず発想そのものからして常人とは違うものである。

 かの有名なアインシュタインが、相対性理論について考え出したきっかけは、エレベーターに乗った時、ふと。

———このエレベーターが光の速度で動いたらどうなるのだろうか。

 と、いきなり妄想した事だったという逸話がある。
 常人ならば、そのエレベーターが登ればブレーキが効かずに建物の天井をぶち抜いて逝きっ放しロケットになるか、下れば地面に馬鹿でかい穴をあけるとしか考えないだろう。

 とまぁ、このように着目するところが一般人とは根本的に違うので、よくよく認識のズレというものが出てくる訳だ。

 この齟齬に対し、一切の無関心を貫いたのが篠ノ之束であり。
 興味津々で突撃するもあまりの勢いで通り過ぎてしまうのがゲボック・ギャクサッツである。

 その結果、この二人の天才のお互いに対する認識は。

 束 → ゲボック = ちーちゃんと遊ぶのに邪魔(路上に落ちているレシートでも見るような目で見ている)
 ゲボック → 束 = 凄い人(傍から見ると懐いている)

 という図式で成り立つのだった。

 ゲボックは自分の頭脳が優れているとは思っていない。
 世の中には無尽蔵に自分の知らない事があると考え、自分にとって未知の事柄を知っている人を素直に尊敬し、感動するのである。
 尊敬される方も、悪い気はしないので教えるのだが、その人がそこまでにくるまでの努力だとか年月など全く意に介せず瞬く間に吸収し、未知な事が無くなるとまた尊敬できる人を探してフラフラと彷徨うのだ。

 詰まるところ、何が起こったのかといえば明白だった。ゲボックはこの世界で出会った束に釘付けとなったのだ。
 果てしなく湧き出るアイデアの泉、ゲボックはずっと、束を尊敬し続けていた。

 尊敬しているのは千冬に対しても同様だった。
 千冬は常人には理解できない二人の世界からいつも年相応の遊びの世界に二人を引っ張り出した。

 即興で情報圧縮言語を喋り出した束に、凄い凄いと即座に翻訳して返事するゲボック。
 無視されてもへこたれず話すゲボックに束は暗号化をかけて「しつこいなあ」と悪態をついて、それを解読してごめんなさいと謝るゲボック。

 そんな二人を周りの大人は気味の悪いものを見るような視線を向け、それに憤りを感じた千冬が「訳が分からん!」と殴りつけ、頭頂部をおさえる二人を公園まで無理やり引っ張って遊ぶのである。



 例えば。

「今日は、そうだな、砂場で城を作るか」
 何気に男前な千冬だった。
 この二人に限らず、ママゴトをすると母親役をやらせてもらえないのがささやかな悩みだったりする。
 姉ならばともかく、他に男子がいるのに父親役なんてやらされたらふてくされるのも仕方がないわけだが———
 これがまた似合うから堪ったものではない。

「うーん、どんなお城にしましょうか」
 ゲボックは芸術的な行動が苦手である。
 積み木で遊ぶと寸分の狂いも無くジェンガも真っ青なバランスで積んだり並べたりするが、城を作ったりとかはしないのである。

「ハートの女王様のお城みたいなのがいいよね!」
 と言うのは束だ。
 彼女は不思議の国のアリスが大好きである。ウサギを見ると見かけに反した機動性で追いかける程に。

「とにかく大きな城がいいな」
 千冬の希望が出れば、暴走し出す二人がいる。

「それならば、強度を上げるためにハニカム構造にするといいですね」
「それじゃ女王は女王でも蜂の女王様のお城だよ! やっぱり二次元とも言えるトランプ兵をたくさん収容する為にフラクタルに積み上げなきゃ!」
「どれだけ増築しても違和感が無いようにするんですね。でも強度に不安があるので自作の補強剤で砂を固めないと」

「お前ら、城作りの相談だよな? これは」

「もちろんだよっ!」
「そのとおりですけど」
「そ、そうなのか?」
 千冬が腑に落ちないものを感じている間にも色んなものは加速する。

「翼をつけて見ましょうか」
「ふふんっ、そんなの前時代的だね!」
「分かりました。ではこの浮遊石を使いましょう」
「白兎のガードロボットも欲しいな! 空を飛んだりレーザーを撃ったりするんだよ!」
「地上に向けてプラズマ砲も撃てるといいと思いませんか?」
「おーい、おまえら……」
「なぁに?」
「なんですか」
「こう言う時だけ仲が良いな」
「?」
「タバちゃんは僕の話聞いてませんよ?」
「今まで明らかに会話してたよなぁっ!?」

 などなど。

「フユちゃんはどんなのがいいですか?」
「攻め込まれた時の為に自壊装置が欲しいな」
「おぉ〜、んじゃ、このヌル爆雷で」
「格好いいですね、では僕からはこの超重力メギドで」
「あのなぁ……おい冗談だって、どうしてお前達は私の言葉を全肯定するんだ?」
「ちーちゃんだから」
「フユちゃんのお願いですから」
「だから何故だっ!?」



 その翌日。
 日本上空を周回していた某国のスパイ衛星は、衛星軌道上に突如として割り込んで来た城塞に激突したことで木っ端微塵となった。

 破壊される前に送信された映像を見た某国の人たちの反応と言うと———
「これがラピ◯タ……」
「竜の巣から出てきたのか!!」
「いや違うって」
「◯ピュタは本当にあったんだ!!」
「違うつってるだろいいから黙れ!」
「ふははははっ見ろ———人がゴミのようだ!!」
「そこのにわかオタクをつまみ出せ、ここはロボットが起動した時のセリフだろう!」
「「「貴様もかっ!!」」」
 (以上、分かりやすい様に翻訳しております)

———とまぁ
 ご覧のとおり、砂の城は、最終的に天空の城へ進化したのである。
 空への打ち上げの号令は三人揃っての「「「バ◯ス」」」であり、前日見た地上波ロードショーに影響されたのは間違いない。
 この時ばかりは千冬もノッていた。
 国民的アニメの再現に興奮しない幼児はいない。
 千冬だってまだまだ子供なのだ。
 余談だが、千冬はドー◯のファンである。
 ますますキャラクターの成長チャートが順調に進むというものである。

 なお、主成分公園の砂である天空の城は撃破を目論む各国の基地を「神の雷」で次々と蒸発させ、直接落とそうとしたミサイルや戦闘機にいたってはウサミミ型レーダーを取り付けた起動兵器に迎撃され、尽くが撃破される大惨事を巻き起こす。

 処女航海を滅びの呪文で送られた天空の城は、敵なしとなるや悠々と地球の重力圏を離れ、浮遊石へのエネルギー供給が途切れた後、月面———静かな海に不時着。
 ヘリウム3を採掘してエネルギー源とし、兎型自律メカがフラクタルに城を増築し続けているらしい。
 そして現在に至るも、『人類に敵対的な地球外起源種』もかくやの勢いで月と言う天体丸ごと建材扱いで、エンドレスに増築リフォームしっぱなしである。
 これで独自推進システムでも獲得したら彗星帝国の出来上がりだ。

 後に千冬が月を見ながら、己の黒歴史に頭を抱え、『時効……あれはもう時効だ』と呟いていたのを一夏少年が目撃している。



 とにかく、普通の感性で物事を捉え、何かと常識はずれな二人をを叱る千冬は必然的に二人を引っ張るようになる。
 ちょろちょろ動き回って騒動を起こす為、幼い日の千冬は姉気質が順調に育って行ったのは皮肉な話である。
 ゲボックにしても悪い事を教えてくれる千冬を尊敬していた。
 彼の住む孤児院ではゲボックは浮いてしまっていたので、彼はますます二人に依存して行く事となる。

 そんな三人の関係に変化が訪れたのは、束に妹が生まれた日の事である。

 その日は七夕なので、ゲボックと千冬は白紙の短冊とジュースを手に、公園でぼぅっとしていた。

「束は今病院か」
「そうみたいですね、家族が増えるってどんな気持ちなんでしょう」
「そうなってみないとなんともな……うちももうすぐ生まれるから、自然とわかるんじゃないか?」
「予定では十月でしたね。完成予定日までわかるなんて人間は凄いですね。でも、僕は前も一人でしたから、難しいです」
「ゲボック……」
「いいのですよフユちゃん。僕にはフユちゃんとタバちゃんがいるので寂しくないですよ? それに大好きな科学ができればそれで満足です」
「束はいい加減どうしたものか。出会ってもうすぐ四年……全然お前と打ち解けてくれないしな」
「僕が何か悪いのでしょうね。何かお願いしてくれればいいいのですけど」
「お前は別に悪くない……あいつもだいたい自分でなんでもできるしな。あぁ、一つだけ言わせろ、人の役に立ちたいからと言って、なんでもホイホイ聞くんじゃない。黙って従ってても仲良くなるとは限らん。だいたい、お前は本気で誰の頼みでも考えなしで実現させるからな。確実にシャレにならんことになるんだぞ?」



 一度、学校の肝試し大会で仕掛けを作ってくれと頼まれたゲボックがゾンビパウダーを精製してとんでもない事になった。
 生物化学室の標本が一斉にゾンビ化して地獄絵図を作り出したのである。
 幸い、人を襲わない親和的なうえに、趣味はボランティア。感染して増殖しないタイプだったので千冬無双で片付いた。篠ノ之流を学んでいて良かったと心から感動した日である。
 ただ、取り囲んでスリラーを踊り歌い出すのでSAN値が凄まじい勢いで削れていくが。
 防腐剤滴るムーンウォークはその筋すら唸らせたらしい。

 致命的な被害者は一名。
 工作が得意だと聞き、ゲボックの度合いを知らずに『思いっきり笑いが止まらなくなるほどの恐怖で!』と頼んだ先生はゾンビ稼働をその身で体験した第一号となり、今でも病院で壁に向かって笑い続けているらしい。

 なお、骨格標本を一体逃がしてしまった。
 束によれば本物の女性の遺骨だったらしいと千冬でもゾッとする後日談もあったりする。



「フユちゃん……」
「なんだ?」
「子供ってどうやって作るんでしょう?」
「ぶほっ! ……いきなり何を言う!? ……ん? お前が分からないのは珍しいな、どうしたんだ?」
 ジュースが炭酸だったのがまずかった。思い切り放物線を描くように噴出した。
 努めて誤魔化す千冬は女の子である。
 成長の早い子は月のものがそろそろ来るので、男子よりその手の教育を早く受けるからだ。
 しかし、知識の極端なゲボックである。
「僕にはまだまだ分からない事は沢山あるんですよ? ただ、この件についてはみんな調べようとすると邪魔するんですよ。どうしたんでしょうか」
「ゲボックだからな」
 くす、と千冬は笑う。
 内心は動揺をしまくっているので流石のポーカーフェイスだった。

「フユちゃんの笑顔は相変わらずかわいいですねえ」
「だからそう言う事をお前は真顔で言うな!」
 照れには弱い千冬だった。
 これに鍛えられたせいで、後に弟が感じる千冬のツン度が比較的向上したらしい。
 ジュースを口に含みなおし、顔色を直そうとする。

「痛い!? どうして殴るんですかぁ———?」
 頭を抑えてうずくまるゲボックを見下ろし、彼女は大いに悩む。
 まさか嘘八百を教えるわけにも行くまい。ゲボックの場合、それを実現化させる可能性がある。
 『木の股から子供が出てくる』なら森では人口爆発が起きるし、『キャベツから赤ん坊が出て』くれば収穫の際下手すれば畑がグロ真っ盛りの血畑となり、終いには赤子を浚うコウノトリが大増殖しそうな気がする。
 だが、今回は珍しくゲボックの質問である。なので返答を吟味し、真相をついてはいないが、嘘ではない言葉を用いて、誤魔化す事にする。

「そうだな、結婚すればできるんじゃないか?」
 有名なお父さんとお母さんが、のごまかしで使うネタだ。
 上の例でも出たが、木の股やコウノトリ、キャベツなどの類似ネタがある。

「それならフユちゃん、結婚してくれますか?」
「ブッふぉぉあああっ!? な、な、なな———」
 切り返しを暴投したゲボックに千冬が再度噴き出した。結局まったく飲めずに終わる。
 そうなのだ、ゲボックとはこういう、良くも悪くも素直なやつなのである。

「———な、なな、な、何をいきなり言い出すんだお前はっ!!」
「フユちゃんが家族になってくれるなら大歓迎だと思いまして。結婚すれば子供をどうやって作れるか研究できますし」
「するなっ! この馬鹿者がっ!」
 全力全開で隕石の如く、脳天に拳が炸裂。

「痛い痛い痛いっ! 何故だかいつに無く強力です! 何か自分が悪い事しましたか!? あぁぁぁぁぁっ!!」
 頭を抑えてゴロゴロ転がり出すゲボック。

「大体お前の様な未熟者が私と結婚しようなど十年早いわっ!」
 貧弱なゲボックがこの時ばかりはフルパワーの千冬鉄拳を受ければこうなるのも当然である。
 だから彼女は聞こえ無かった。

 十年ですか。

 短冊を握り締め、そう呟いたゲボックの声を。
 これを聞き逃す———それがどんな事を意味するかも気づくわけも無く。



「しかしそうなると、タバちゃんの妹さんを見てみたいですね」
「確かにな。かわいいだろうしな」
「行きましょうか? 実物が一番標本として素晴らしいですし」
「行ってみたいが、間違っても束の妹をそんな目で見るな。本気で怖い。そもそも……あー、ちょっと待て。このあいだお前が作ったジェットチャリはゴメンだから———と言っているそばから出すな」
「———アダブッ! 痛いですよ、うぅ、それは残念です。フユちゃんと二人乗りとか夢だったんですけど」
「一漕ぎで新幹線のトップスピード追い抜く自転車なんぞに誰が乗るかっ!」
「でもフユちゃん乗りこなしましたよね? 空も飛べるから車の心配もないですし」
「どう考えてもただのミサイルだろそれは……」
 アーハーッと叫びながら神風しているゲボックを想像してげんなりする千冬。

「じゃあ、これで」
 そう言ってゲボックが取り出したのは輪になった紐だった。
 地面に円を描くように敷いてその中に千冬を招いて二人で入る。
「これでしっかり紐を掴んでください」
「ん?」
「よいしょっと……」
「なんだこれは?」

 二人でで輪になった紐に入って前後に並んで紐を持っている。
 完全無欠の電車ゴッコだった。

「おいゲボ———」
「車掌は僕で、運転手も僕ですよ!」

 後にISの航空機動の要となるシステムPIC(パッシブ・イナーシャル・キャンセラー)をどうやってか実装したロープで二人は結局空を飛んだ。

 なお、その様をシルエットで見るとETの棒有名シーンが一番近いので参照していただきたい。



「あははははははっ! Marvelous! 見てくださいフユちゃん! 緯経座標を入力すれば目的地まで一直線ですよ!」
「待てゲボック、今一直線と言ったか!?」
「はいっ! そのとお———ゲバァ! 痛いなぁなんでしょこ———レヴァッ!」

 ぐっきょんがっきょん、信号機に激突して嫌な音がする。
 飛んでる高さが問題だったのだ。丁度道路標識が掲示されているぐらいの高さだったりするので———以下、ゲボックの悲鳴生中継でお送りします。

「看板ですかこ(ガンッ)痛い痛い! 針葉樹はマズイですねって、これは———電線でずバババババババババアアアアァ!! どうして都合よく首にから(ぎゅるん!)? 絞首刑張りでビビィッ!」
「……ゲボック、高さを設定したらどうだ?」
 千冬は無傷だった。優れた動体視力で見切って最小限の動きでよけ、またゲボックを楯にして凌いでいる。
 なんなのだろうかこの無敵小学生は。
 自身とて突っ込みどころ満載であるのに、一々突っ込むのを辞めた彼女が当たり前の提案をするが、電線を振り払ったゲボックは何故か笑いだしている。

「タバちゃん探知機に切り替えたのでタバちゃんのいる高さでしか飛びませんよ? あー痺れました」
「生き物は轢くなよ」

 地上に彼女がいたらどうするつもりだったのか。
 車とか建物等……まぁ、ゲボックだから死にはしないか。
 変な信頼が芽生えてる事に自分の常識も危ういかもしれぬと脳裏に浮かぶが、常識人として一応注意するのだった。

「馬鹿かお前はっ! ……しかし無駄に頑丈になったな」
「フユちゃんにいっつも叩かれてますしね。それに強くなって誇れるよう頑張って強化改造してますから」
「———は?」
「それよりフユちゃん、病院がもう見えて来ましたよ、あぁ、赤ちゃん楽しみです!!」
 興奮するゲボックに対し、千冬は冷静に病院を指差して言う。

「本当に早いな、ところでゲボック、どうやって止まるんだ?」
「……ア」
「……分かった、私はここで降りさせて貰う」

 ため息とともに千冬は身を翻す。
 黒豹を思わせるしなやかな躍動を見せ、三階分はある高さから躊躇い無く飛び降りる。
 そのまま空中で身を捻ると病院脇の植木の枝を順次蹴りつけながら減速、片膝を着いた形に着地した。

「おぉーう、フユちゃん、綺麗で———ぐびゃあ!!」
 見惚れていたゲボックが病院に激突したのは、最早突っ込むまでも無い———

———それが、鉄筋コンクリートの壁面をぶち抜くほどのもので無ければ、だが。

「ゲボック!? ———今行く、ちょっと待て!」
 幸い、ここは病院だ。医者には事欠かない。
 産婦人科ではあるけれど。



「どうしようっかな?」
 そこにいたのは、いつもの自信に満ちた姿とは程遠い、酷く狼狽えた姿の束だった。

「おーう、タバちゃん見つけましたー。とおおぉっっ———ても探しましたよ? 如何しました? 僕で良ければ力になりますよ」
 そこにやって来たのは空気読めない男の子、頭にコンクリのかけら乗っけたゲボックである。
 千冬とはまた違った意味で不死身っぷりを表しているが、まあゲボックだしで片がつく。
 病院中から、「何今の音?」「事故!?」「馬鹿、三階に何がぶつかるんだよ!」「まさかあの時の奴が!」「うぉあ、でっかい穴、なんだこりゃあ!」「院長、奴って何ですか!」「先代院長があれだけの犠牲を払ったのにもう……だと!?」「だからそれなんですか院長!!?」「この間のあそこの若頭にやっちゃった医療ミスの報復かなあ」などと、一部を除いてゲボックの突撃で大騒ぎになっていた。

 頭からダクダク血が流れているが、ゲボックは相も変わらずハイテンションのまま、立ちつくしている束の肩越しにそれを見た。

「おぎゃあっ———!!!」
 そこで泣いていたのは赤子だった。
 この女の子こそが篠ノ之箒、誕生後数時間の束の妹だった。
 新生児室なのか、新生児が沢山居た。
 普段なら必ず何人か看護師がつくのだが、ゲボックが起こした騒ぎで、ここにいるのは束だけだったのである。
 職務怠慢である。普通なら逆にここに居なければならないのに。

「どうして泣いているのですか?」
 ひょこひょこやってきて真面目に赤子の方に聞いている。
「……誰、かな?」
「ゲボックですよ」
「知らないなあ」
 束はゲボックの事など、名前さえ覚えていなかった。

「僕は知ってますよ。タバちゃんはとっても頭のいいフユちゃんのお友達ですね!」
「フユちゃんって、ちーちゃんの事? センスないねー。あと、束ちゃんが天才なのは当然だからね」
「当然です! それで、どうしてこの子は泣いているのでしょう」
「それは分からないよ、それで考えてたんだけど……お腹がすいたのかなあ」

 束は優秀だったが、他人に殆どといって良いほど興味が無い。
 例外は千冬だが、彼女が泣いたところなど一度たりとも束は見たことがないのだ。
 よって、人が何故泣くのか。さっぱり興味の無かった束には分からないのだ。

 かろうじて認識できる両親に妹を見てもらうように言われ、見ていたのだが泣き出した。
 両親としては、面倒を見る、では無く、もっと人に意識を向けて欲しかったのである。
 親の心子は何とやら。正直束は途方にくれているという非常に珍しい状況下にあった。
 普段の彼女ならまったく気にしないで居ただろう。だが『妹』は束にとってもまだ未知の存在である。学習するにもまだ時間が無く、興味を持つかも決めていない。

「フムフム。泣くのはストレスが溜まっているからでしょう。セロトニンが足りないんでしょうか? 笑わせるには内在性オピオイドを分泌してもらえばいいのですが」
「……それは自分で出すとはいえ麻薬だよ」
「おぉ! 今日はタバちゃんが四ターン連続で返事してくれます! とってもいい日です!! よぅし、痛くないこの無針注射で赤ちゃんにニコニコ笑ってもらいましょう!」
 単純にそれが嬉しくてテンションが上がるゲボック。

「おぎゃああああああああああああ——————!!!」
 赤子にしてみればこれは怖い。まだ目も良く見えていないものだから大泣きする。
 逆効果も甚だしい。

「———ぉおう!? どうしたんですか? どこか痛いんですか? 注射嫌なのかなぁ、痛くないのになぁ———ま、いいですか。ふっふっふ、まぁ、でもですねタバちゃん。僕は知っているのですよ、僕の居る孤児院にもこの子ほどではないですが小さい子が居ますから。その子らはこうするとみんな笑うんですよ。えと、どうです? タバちゃんの妹ちゃん、高い高いです!」
 もし、このまま抱えあげれば、生まれたばかりで首の据わっていない赤子にどれだけダメージが来ただろうか。というか、変な注射されていたかもしれないし。
 この時、偶然か生存本能か。
 生まれたばかりの赤子とはいえ、箒は自らの命を守護する行動を取った。

「———ダアッ!」
「メガあああぁぁ!」
 綺麗な金髪を振り回し、顔面を抱えて後ろに仰け反ってぶっ倒れる。
 元気よく振り上げた足が、箒を抱え上げようとしたゲボックの目を突いたのだ。
 生まれたばかりの赤子は本来、うようよとしか体が動かせないものだが、天を突き上げんばかりに伸びた爪先が立って居た。
 産まれて早々、受難多き人生に適応し始めているのかもしれない。
 逞しき、生命の神秘を垣間見た気分である。

「ぶぎゃぁ!」
 止めとばかりに先程の激突で出来た頭部の怪我を強打。血糊がぶばっ、とばかりに広がった。
 それきりぴくぴく痙攣するゲボック。
 不死身にも限界はあるらしい。

「だぁ、だぁ」
 ゲボックを撃退した箒は束の指を掴んで笑っていた。
 一体、いつの間に泣き止んだのだろか。

 束は箒とゲボックを無表情に何度か見比べ———



 のっぺりとした束の無表情に、とある亀裂が奔る。
「あは、ははは、は、あはは、あはははははははっ!!!」
 それが何なのかは分からないが、束の何かを壊したのは確かだった。
「箒ちゃんすごーい! えと、君なんていうんだっけ面白いね、でも役立たずー! あはははははははっ!」

 迸る哄笑。何事か、とそれを頼りに入ってきた千冬が見たものは。
 泣く赤子と大笑いする束。そして痙攣するゲボックだった。
「……何があったんだ?」
「箒ちゃんが泣いててこの子が高い高いでメガー! だよ、おっかしいよね!」
「全然分からん」
 千冬の感想ももっともである。



 良くわからないのだが———
 ゲボックは束の笑いのツボを酷く突くらしい。
 今まではゲボックの作ったガラクタを興味深そうに分解し、改良して作り直して居たぐらいだったのだが———

「あ、おはようございますフユちゃん。今日もいい朝ですね」
「ちーちゃんおっはよー!」
 二人は良くつるむようになった。
 一度興味を向ければのめり込む束である。

「ところで……」
「なあにー? ちーちゃん」
「束はどうしてゲボックに乗っているんだ?」
「お馬さんだから」
「ちなみに僕は手と膝にナノマシンを塗って運んでもらってます。三段亀さんみたいですね」
 シャーッ! とアスファルトの上を滑っていくゲボック&束。無駄に超性能だった。
「むーっ、駄目だよゲボ君! お馬さんは蹄の音を立てて走るんだよ」
「分かりました。どかかっどかかっ」
「あははははっ! そこは口なの!?」
 そこ、笑うとこか?
 あと少しは怒れ、ゲボック。

「どうしました? フユちゃん」
「……いや、お互い合意の上なら別にいいんだが」
「フユちゃんも乗ります?」
「結構だ!」

「えー、……それなら、あんまりやる意味ないねー」
「そうですねー」
 束はあっさりゲボックから降りる。
 馬も人に戻って立ち上がる。

「……お前らは何がしたかったんだ?」
「フユちゃん、車で行きますか?」
「あるのか?」
「ありますよー」
 答えるゲボックを無視して束が呼ぶと、普通の車両がやってきた。

「ゲボックの孤児院の人の車か?」
「タバちゃんのフルスクラッチです! 必要に応じてウサ耳が出ます」
「は……ふる? ……耳?」
 車にウサ耳が必要な事態って何だ。

「まーまー、乗った乗った、乗るのだー」
 嫌な予感がしながらも束に押されて車両に乗り込む。
「……誰も乗ってないぞ?」
「そりゃタバちゃんのですから」
「説明になっとらんぞ」

 というか、どうやってここに来た?
 運転席に誰も居ない。
「いやー、AIは組まさせてもらいました」
「……ええ、つまり?」
「この車は僕とタバちゃんの合作です! 言うだけで勝手に行ってくれますよ?」
「……そーか、良かったな」
「これなら免許がなくても大丈夫ですね!」
「そもそも運転手が居ない! どうしてこうなったんだ?」
「うっふっふ、それはなんでしょーか! それじゃあ、うぃーきゃんふらーいだね!」
 束はあんまり会話しないで事態を次へ進めることとなる。

「「せーの、ぽちっとなー!」」
「話を聞け! うぉおおおおおおっ!?」

 ジェットを噴射して、車は空を飛んだ。ウサ耳は展開済みである。
「お前らどうして何でも飛ばそうとするんだ? おかしくないか!? 車である意味がなくなるだろう!」
「「?」」
「二人そろって「ごめんなさい何言ってるのか分かんない」風に首を傾げるな! なんだか私がおかしい様な気になるじゃないか! 私が変なのか?」
「大丈夫です、僕が一緒になってあげますから」
「ほう? この私に、上から『なってあげますから?』か?」
「ごめんなさい」
 おかげで正気に戻る。
 ゲボックは素直に土下座。躾がずいぶんと行き届いている証拠だった。
 まあ、態度は絶対に改めないのだが。

「それじゃあ、束ちゃんは先に行ってるねー?
 ドアを開けて、何故か背負っているカバンから火を噴いて飛んでいく束。
 反重力も出来るが、様式美らしい。
ゲボックと千冬はそれを見送る。千冬の脳裏をよぎるデジャヴが、一つの疑問となって投擲される。
「……ゲボック、これはどうやって着地する?」
「……ア」
「頭がいいのだからそこは学習しろ馬鹿者が!!!」



 冒頭で述べたとおり、人は優秀になるにつれ、認識が一般人と乖離していく。
 天才の極みとは絶対的な孤独。
 だが、ここでは都合が良すぎるほど都合よく、とある天才が二人そろった。
 孤独ではなく、互いに互いを研究対象としているのが友情といえるかは不明だが。
 進歩が進歩を呼ぶというのならば、この組み合わせは爆発的なそれを生み出すだろう。
 驚異的な革新は、世界に歪みを生む。時として取り返しのつかないような。
 だが、それによって危機に陥る事は何とか差し押さえられている状態だ——————



「フユちゃん」
「……なんだ」
「置いて行かないでくださいよ」
「ええい、断る!」
「手厳しいです!」

「うふふー、どうしたのかな、二人とも。遅刻しちゃうよー?」

 シュバーと飛んで来て言いたいことを言ったらすぐ戻っていく束。わざわざ言いにきたらしい。

「束……あとで覚えてろ」
「まあまあまあまあ———がんっ!?」
「少し黙れ」
「痛タタ……といいましてもここには確か脱出装置が」
「あるのか」
 思わず身を乗り出す千冬——————がちん。
「ありますよー? 飛行機みたいに座席ごとばしゅーんって飛ぶんです」
「ところでゲボック、一つ聞きたいんだが」
「何ですか? フユちゃんの質問なら大歓迎です!」
「今私が押した、これは何だ?」
 それは、青い石だった。
 運転席の後頭部、ちょうどその後部座席あたりに半ばめり込んである。
「死ぬほど痛いよ(はーと)」と、束の字で親切にも注釈付きだった。

「これは自爆装置ですよ」
「わざわざ説明するな」
「痛い! 聞きたいっていったのに!」
「何でこんな押しやすいところに設置しているんだお前らは……!」
「科学とは爆発なんですよね? タバちゃん言ってましたよ」
「束ええええええっ!」
 どっかんと花咲く炎の花。
 その寸前に飛び出した千冬はまさにハリウッド主人公といったところである。
 ゲボックの襟首を掴んで脱出したのは彼女の最後の良心である。
 ぐえーとか言っているゲボックを気にしてはいけない。彼はこのぐらいではびくともしないのである。









———世界は何とか保っている。そう、一人の少女の心労の引き換えに、であるのだが



[27648] 遭遇編 第 3話  中等期、関わり始める世界、前編
Name: 九十欠◆82f89e93 ID:a6979411
Date: 2012/03/26 00:16
「くそっ……」
 とある河川敷。
 川を横断するために跨る橋の根元。
 血と反吐と泥にまみれて彼はもたれ掛かっていた。

「あのアマ、絶対犯して殺してやる……」
 彼にしては珍しく、言葉を紡ぐ。
 今までにありえない、怨嗟の言葉だった。

 彼は典型的な、力で物を得るタイプの人間だった。
 金、女、物。
 あらゆるものを力尽くで脅し、奪い生きてきた。
 元々体格に優れていたと言うのもある。
 何より彼が力を求める事にためらいの無いのも原因の一つだった。
 武道を身に収め、その精神的理念とは間逆の行為をなし続けた。

 だが、力で出来る事など所詮高が知れている。
 力で奪うものは、結局更なる力に奪われるだけなのは常の世のさだめである。



「おいそこのお前、その見苦しいのを止めろ」
 いつもどおり、彼が弱者から金銭を巻き上げているとき、彼の栄華は終幕のコールを受ける。

 珍しい———歯向かう者がいる事に喜びを覚えながら彼が振り向けばそこにいたのは中等部にあがったばかりと思われる少女がいた。
 整った顔立ちだが、まとっている気配が尋常では無かった。
 触れれば切れるどころか心の臓までえぐりぬく! と言わんばかりの剣呑な気配。
 目はこの世全てを憎みきっているといわんばかりに釣りあがり、美しく整った顔の印象を台無しにしてしまっていた。

 嗜虐心とともに口角を吊り上げ、見下ろす。
 彼は言葉というものをあまり用いない。
 ただ力で押し潰し、踏み躙り、毟り取る。
 人の形をした獣といっていい存在だった。

 何故彼がこのような人格形成に至ったかは分からない。
 両親はごく普通の共働きの会社員、彼は特に家族の愛情に飢えるでもなく、また溺愛され甘やかされるでもなく普通に育てられてきた。
 別に貧困に喘いでいた訳でもない。
 逆に、満ち足りすぎているが故に渇望の求め先が無いわけでもない。

 生まれ育ってきた環境、幼いころ受けた印象深い事。
 そんなものは結局、些細な事でしかない。
 結局は、彼がこういう人間だった、という事に過ぎなかっただけなのだ。

 ただ、獣として行動するだけである。

 だが。
 彼が獣として足りないところがあるとすれば———

 ごぎん。
 伸ばした腕がへし折られた。

「——————っ!」
「見たところ初めてというわけでもあるまい。やる、という事はやられてもかまわない、という事だろう?」

 少女も彼と似た表情を浮かべる。
 口角を吊り上げた、威嚇の笑み。



 獣ならば。
 自分より強いものに威嚇などしない。
 見ずとも同じ空間にいるだけでそれと察する。

 特に———圧倒的強者と相対する場合は。

 つまるところ。
 彼は自分より強いものと出会ったことが無かっただけなのだ。

 彼は人の知性で、自分が負けるはずが無いと思い込んでしまった。



———獣ならば。
 脇目も振らず逃げ出さねばならぬほどの差なのだから———




 後は彼にとって馴染み深い展開にしかならなかった。
 圧倒的強者による一方的な蹂躙だ。
 ただし、それを受ける側に回るのが、初めてだっただけだ。



 そして、カメラを冒頭に戻そう。
 そこに残っていたのは獣の残りカスである。
 残された人としての恨み。
 ただ、人としても獣と共通したものが残された。

———殺意

 動かぬ体にはフラストレーションがたまる。

 そこにあるのは最早獣の様な剣呑さを内包したニンゲンに過ぎなかった。



「———Sです。検体を発見しました」
 彼の耳朶に女の声が届いたのはそんな時だった。
 日本人ではない。鮮やかな金髪が映えていた。
 女というには幼い、彼を叩きのめした少女と同じぐらいの年齢である。

「はい、状態も良好、順調にパラメータも上昇中です、間が良かったとも言えますね」
 少女が何を言っているのかも分からない。
 そもそも言葉を交わしているのは少女が耳に当てている携帯の先だ。

 年嵩が同じ程度の少女、それだけで彼の鬱屈を高めるには十分な理由だった。
 全身の筋肉が躍動する。彼は起き上がり、その身をねじ伏せようと———

 プシッ———

「———がああっ!」
「御免なさいね、寝てて頂戴」

 その怒りは激痛に寸断される。
 携帯とは逆の手には小口径の銃が握られていた。
 消音措置がなされている———恐るべきは反応速度の方である。
 いつ銃を取り出し、彼を撃ったのか、全く見えなかった。

 四肢を撃ち抜かれて転がる彼に保健所の職員のような格好をした男たちが取り掛かる。
 暴れる彼を押さえつけ、担架に縛りつけ、首筋に無針注射を押し当てて黙らせる。
 それを、対して興味なさそうに眺めていたが、少女は一息つくと、区切りとしたのか。

「———さて、これからどうなるのかしら?」
 言葉に反して、相変わらず興味なさそうに銃を持ち上げる。
 銃の紫煙を吹き消す仕草の後、懐にしまうときびすを返す。
 作業の隠匿は完璧だった。銃によって出来た血痕も既に無い。






 ISが発表される一年前。
 まだ、男女平等に移行しつつあるとはいえ、男尊女卑の根強かった時代の話である———






 あれから数年の時を経て、三人は中等部に上がっていた。
 この時の三人の状態とは言うと。

 まず。
 束の一人称が束さんに変わり。
 ゲボックの一人称が小生に変わった。



———学校について

「えー、ちーちゃんとゲボ君が居なきゃこんなつまんないところ来ないって」
 まず束。色々言いたいが義務教育だ。
 サボリの常習犯だった。なおかつ主席を取るのだから何も言えない。
 予断だが、ゲボ君のイントネーションは『下僕ン』だったりする。

「いやいや、ここも中々面白いですよ。なにで証明しているのかのか分からない杜撰な理論教えてますし」
 全く悪意無しで毒を吐くゲボック。本当に凄いと楽しんでいるから性質が悪い。

「お前らな……」
 二人を見て溜息をつくのは、最近めっきり目つきの悪くなった千冬だった。

 理由はある。彼女の両親がとうとう消息不明になったのだ。
 元々、家に寄り付かない両親だった。
 一夏などは二人の顔も覚えていない。
 というか、四年前の九月二十八日、『名前は一夏です。昨日生まれました』という添え書きとともに一夏が玄関で寝ていたのを見たときは、本気で両親の正気を疑った千冬である。酷すぎるネグレクトだ。
 一応、防寒処置は完璧だったが。

 そのため、あまり今まで変わらないのだが、唯一つ。蒸発に伴い困ったことが起きた。
 経済的支援がぱったり途絶えたのである。

 元々貯蓄はしていたのだが、全く収入が無ければ精神的余裕もなくなってくる。
 ゲボックが孤児院うちに来ますか? と言ったり、束の家でお相伴に預かったりしていたが、それで尚きつい。

 孤児院に行くのはきっぱり拒否していた。
 ゲボックにしても、いつの間にか自称『秘密基地』が出来てたりするので、あまり孤児院に執着は無い。大人にまで不気味がられるからだ。
 警察沙汰になるのは面倒なので、中学卒業までは孤児院に居るように千冬が言いつけている。
 同様に、両親の蒸発についても警察に届けていなかった。
 市政の介入があれば、現在の生活は出来ないからだ。

 余裕が無くなっているのは自分でも分かっているつもりだった。
 尤も———二人が最近の千冬を心配しているのも良く分かるのだ。



 しかし。
「特許で取ったお金だよー。束さんってばやっぱり天才!」
 背負ったリュックに札束を満載してくると言う暴挙をなす幼馴染だったり。
「金ですよ。使ってください!」
 といって純金の塊を持ってくるゲボック。
 念のためこれはどうしていたのかと聞いてみると。

「小生が作りました」
 錬金術師でも禁止されている事に頭痛を覚え、とりあえず張り倒して庭に金塊ごと埋めてしまった幼馴染だったり。何故死なないのだろう。



 有難いのだ。有難いのだが、今はその善意が重かった。
 この頃よくありがちな、善意を無条件で受けることに抵抗を抱き始める年頃ゆえの葛藤だった。



 千冬の困窮の種はそれだけではない……ことさら重いのが、家でニコニコ笑っている女性である。

 内側に緩くカールした灰色の髪に灰色の瞳、そして灰色の割烹着。
 常に笑顔を絶やさない、そして極めて無口なぱっと見人間の彼女。
 誰が思おうか、これが人の手によって作られた生命体だとは。

 家事手伝い用生物兵器———灰の三番。

 家事手伝い用とは何だ……と突っ込みたいのだが。
 ついに生命の創造まではじめた彼に、千冬は暗澹とした将来を感じずにはいられなかった。

 最初は当然断った。お手伝いなど要らないと。
 しかしゲボックは人手は必要ですよ、とこういうときに限って正論で論破してくるのだ。

 ゲボックや束、千冬が中学に上がり、一夏を保育園まで迎えにいくのが困難になったため、と言う事らしい(束の母がいっしょに迎えに行けばいいと言う発想は思いついていない。大人に頼りたくない年頃の弊害である)。
 再来年、一夏も小学生となる。家を守る存在も必要だ、と言う事だ。
 一夏を持ち出されては千冬も折れざるを得ない。

 なにより、千冬は家事が未だに上達しない。
 出来ないわけではないが、所謂要領をつかめないのだ。
 目の前でテキパキと掃除をこなしていく灰の三番に千冬は何もいえなくなった。
 それ程に彼我の戦力には差があるのである。

 実は一夏と同い年のようで稼働時間は四年———千冬は素直に四歳と言え、と言っているが。
 ゲボックは一夏や箒と幸せそうに笑いあう千冬や束の様子を見て、素直に羨ましく思ったらしく、家族を造ってみようと思い立ったようなのだ。
 実際可能なのが恐ろしい所である。

 そうやって生まれた灰の三番は生まれてから今まで何をしていたのかと言うと、『秘密基地』の管理をしていたとのことで。
 そこには束も入り浸っているし、千冬もよく通っていた。
 私生活はずぼら———その辺は三人とも似たようなものだが、そのゲボックの『秘密基地』が片付いていたのはどうも、そんなタネがあったようだ。
 良くぞ今まで出会わなかったものである。
 等と聞いてみたら、実は出過ぎるのもどうかと、と返された。
 ゲボックの何を抽出したらこんな子が出来るのか以後、永遠の謎である。

 だがしかし、見た目は十代の終盤、千冬たちより年上に見える。
 作られたとき既にこの見た目だったらしい。
 母恋しいのだろうか、千冬はそう思ってしまう。時々、一夏も隠しては居るがそんな表情だから。

 されどまあ———高いところにある洗濯物をとろうとして物理的に腕を伸ばしているのを見ると、あぁ、やっぱり人間じゃないか、と納得してしまうのがなんとも、である。

 どう見ても年上の灰の三番が、創造主であるゲボックの前では年相応の子供のようにニコニコと懐いているのはなんとも微妙な絵面であるが、『家族』としての仲は良好なようで、そこは良かった、と千冬も思っている。



 だが!!!
 
 
 
「グレイさーん、何を作ってるのー?」
 グレイさんなる程、そういう呼称もありだ。
「———(指を立ててニコニコなにやらジェスチャーをしている)」
「よっしゃ! ハンバーグだー!」
「———(びしっと、指を一夏の目の前に突きつける)」
「げっ、ピーマンに詰めんのか」
「———(びっと、指の動きを止める。心なしか眉が寄っている様にも見える)」
「む、好き嫌いしてたら千冬ねえみたいになれねえ……うー、分かった」

「…………」
 台所を覗く千冬は腕に力を込めすぎて震えていた。
 一夏が異常に懐いているのが……なんとも……どうにも……納得……できん!
 何気にふてくされている弟大好き千冬だった。

 それも仕方が無いもので、千冬は一夏を守る、と言う姿勢を常に貫いてきた。
 それゆえに、一夏にとって千冬は父性の象徴のような存在になっており、対して灰の三番は格好も相まって母性的な存在である。
 立派な男になるように、と少々躾も厳しくしている。まあ、それで少し身を引かれがちではある。
 それに、時々束の家で彼女の母に良くしてもらっている一夏としては、母性的存在は憧れだったのである。

 だがしかし……っ、一夏、何故奴のジェスチャーを理解できるんだ……っ!
 それは千冬を持ってしても最大の謎だった。

 しかし、生活費を自分で稼ぐと豪語したからには家に居る時間が減るのは必須。
 痛いです! と憤りの矛先を向けられるゲボックが居るだけである。

 張り詰めつつも、ギリギリの一線で気を抜かれ、不安定ながら平静な千冬だった。






「むー……この空前絶後の美貌の持ち主にして、天才束さんが苦戦するとは君も中々やるねー」

 そこは暗い部屋だった。
 縦横無尽に四周から声の主に向けられているモニターのみが光源となっているのだ。

 胡坐をかいて腕を組み、淡白く光るその物体を凝視しているのは束だった。



 その物体は、今束が精魂こめて作っているものだった。
 ぱっと見はキューブである。
 それがずらずらと転がっていた。

 誰がこの時知りえようか。これが完成した暁には、この世の全ての兵器が淘汰されようなどとは。

「何かお困りですかー? タバちゃん」
 モニターの隙間からさかさまにずるずる降りてくる人影———ゲボックだった。
 ここはゲボックの秘密基地、その中の束の部屋だった。
 ここには灰の三番も入っていないため、惨憺たる有様だった。
 まあ、この秘密基地自体が似たような状態になりつつあった。とんでもない速度で。
 灰の三番が織斑家に入り浸り、秘密基地の仕事は暇が出されていたからである。

「んぬぬぬぬー、今開発中の宇宙空間での作業用スーツに使う、コア君についてなんだけどねー」
「どうしました?」
「量子化、絶対防御、自己進化、自立意識の付与、他からの干渉を一切排するコア間での独自ネットワークの構築、ここまでは上手く行ったんだけどねー」
 それだけでも恐ろしいものだ。どれか一つでも技術の革新が生まれる。

「あれ? それって完成じゃないんですか? それにしても絡まったケーブルが痛い! どうして気付いたらおうちがトラップまみれになるんでしょ? 管理については灰の三番が居ないと駄目ですねー、どうしてですかねー、灰シリーズは何体か居るはずなんだけどおっかしいなあ? あだだだだっ! 何で有刺鉄線がここにあるの!?」
 ぶら下がっているゲボックが一人よがって痛がっている。

「それが一つのコアに搭載出来ないんだよー、今の束さんの課題だね! ねえ、ゲボ君———」
 ぎゃーうぎゃー、感電しました! 刺さる刺さる!

「……えい」
「ぶぎゃああああああああああ———っ!!」
 無数のモニター……タッチパネルのそれは侵入者迎撃用だったらしい。途端に流れる高圧電流にのたうつゲボック。
 話を聞いてもらえなかった事にぷくーっと脹れる束は年相応に可愛かったと述べておく。
 束の前に墜落。ぐわしゃっ! とコアをぶちまけて墜落。びくんびくん痙攣していた。
 あちこち焦げている。


「うっひょ、お、おおっ!? アイデアわきましたよ? さすがタバちゃんです」
 いきなりリレイズするゲボック。本当に不死身だなこいつ。

「もっかいやる?」
「ちょちょちょちょ、それは待ってくださいタバちゃん、ストーップです、さらっと怖いですよ、タバちゃん……冷血?」
「聞こえてるよ?」
「ほわーっ! 質問なのに既に決定事項としてスイッチ持ってるし!」
「世界って……ままならないよねー」
「待ってください、善良極まりない一般市民に平然と凶器を……おうおうおうおうっ、なにこれって戦争なのよね? みたいに諦めブギャアアアアーっ!」


 で、もう一回痙攣と復活。


「ところでゲボ君って今何してるの? 束さんは興味深々だね!」
「じぃーつはですねぇ、お薬を作ってるんですよ、それと笛ですかね。そうそう、前から作りたかった『わーいマシン』のようなものを作って欲しいって言ってくれた人が居ましてね! もうこれは作るっきゃありません!! 曲解して完全に自分の作りたいものにしちゃってるんですよ! だって楽しいし、検体と資金が湯水のように出ますし、まあ、元々金なんてどうでもいいですけど———ってことで寝ても研究し、覚めても研究し、最近食事も忘れ気味で研究してたせいでなんだかちょっと餓死っちゃう寸前でしたよ。灰の三番が居ないとこういうとき不便ですねー」
 マシンガントークだった。よほど楽しいと見える。

「灰の三番ってそんなに便利なの?」
 ちょっと興味出た、と身を乗り出す束。恰好もずぼらであるため、既に発達を始めた特定部位が此方を覗く。
 しかし、そんな事気にするものは一人も居ない。ある意味では若さの全く無い現場だった。こちらとしては寂しいモノがある。

「便利ですよー? 誰に似たのか気配りできる子ですし、かゆいところに手の届く孫の手みたいですよ。いっくんも懐いてるみたいですし」
「うーん、ちょっと欲しいかもー」
「でも他の灰シリーズはどうしてか三番程にはならないんですよねえ」
「ふーん」
 その辺は興味ないのでまたコアを弄り始める束だった。
 のち、三秒後。

「ねーゲボ君、これあげる」
「げっふぅっ! 何気に剛速球!?」
 それまで弄っていたのコアを急に投げつける束だった。
 ゲボックが撒き散らした限定版コアの事だ。
 あ、三連続でゲボックの頭に直撃した。

「いたた……えーと、このコア君ですか? 限定機能でも結構使えると思いますけど」
「束さんは常に完璧を求めるのだよ! にゃっはっは! ってゆーか、飽きちゃった。一から作った方が早いしね!」
「そうなんですか? 小生は逆に中途半端なものはそのままにして置くのは嫌なんですよね」
「ほええ〜? これはちょっと驚いたよ。ゲボ君にもそう言うのがあるってのは知らなかったなあ」
「小生は基本、楽しく科学できれば良いんですけどね」
 なるほどなるほど、と頷く束は、ちょっと前の話題を引っ張り出す。

「そう言えば、いっくんが懐いてる灰の三番もリサイクル品だっけ?」
「そうなりますね? 元々微粒子をナノマシン制御する統制用の母体だったんですけど、展開速度に難がありまして。それじゃあ、別の事してもらいましょってことで。まあ、それでもチタン合金ぐらいは輪切りに出来る生物兵器なんですけどねぇ」
 ばっちり家事にハマってるみたいですよ? とニヤニヤ笑う。

「あ、そーだタバちゃん十人の小人って知ってます?」
「当然! 知ってるよー。十人の小人からそれぞれ腕とか足とか頭とか取っちゃうひどい話だよね。束さんはその人が何をしたいのか良く分からないよ。その実興味無いだけなんだけど」
「小生にも良く分かりませんね、そもそもなんで思いついたんでしょ? ま、いっか! 十人から取った手足を組み合わせると11人目の小人が出来るんですね。その子は手足の長さがちぐはぐだったりしますけど、それでも他の小人と違って———どこも欠けていない」
「その子達を小人さんにするってこと?」
「そうですねぇ〜、小生は実験してみたいだけですし。ま、今の研究が終わったらですけど」
 もらっておきますと服の中に明らかに納まりきらないコアを詰め込んでいく。

———入ったし。どうなってるそれ。

「———あ、そうだ、いっくんと言えば———タバちゃんタバちゃん、いっくんが何故か小生に会うたびに『初めまして』って言うのか理由知ってますか?」
「あー、あれはゲボ君がいっくんをデラックスにしようとするからだよ?」
「格好いいじゃないですか!」
 目をきらきら光らせるゲボック。

「少なくともドリルとミサイル、ブースターは絶対付けたいです!」
「いいかも……なーんて駄目駄目! ちーちゃんが怒るよー?」
「…………」
「ゲボ君?」

 はて。ゲボックは?というとガタガタ震えていた。
「おぉぉぉおお〜もい出させないで下さいタバちゃん! 実際物凄く怖かったですから!」

「え? 本当? どんな感じだった?」
「気付いたら空中に殴り飛ばされて。小生が動かなくなるまで地上に戻してくれませんでした」
 エアリアル的な意味で。

「わーお……そりゃ愛だね……そうそう、いっくんがゲボ君のこと覚えてないのは、ちーちゃんに記憶消されてるからだよ」

 そんな処置が必要なトラウマ刻むのか、いったい何をしたんだろうこの馬科学者は。

「そんな愛は重すぎます!? ふぅううーむ? ついにフユちゃんは記憶を消す秘孔でも身に付けたんですか? 中国に嫁探しに行くって六年前に失踪した竜骨寺さんとか使ってましたけど」
「え? 何それ? いや、まーそりゃどうでもいいけど。あーもう、そんなんじゃないね! ふっふっふ…………じゃっ、じゃじゃーん! なんとびっくり! 単にいっくんのこの辺を斜め上からびしっと———綺麗さっぱりゲボ君の事だけ忘れてるんだよね。本当びっくり! ちーちゃんのいっくんへの熱々の溺愛だね!」
 ちょっぷの真似。
 しゅっしゅっと口で言っている。

 一夏は古いテレビか。

「いっくんの記憶力って初期ロムぐらいなんでしょうか」
「さあー?」
「って事はいっくんも結構叩かれてますねー。週一くらいで」
「……どれだけいっくん改造したいの?」
「是非ともですよ! しっかし良かった! てっきり小生のキャラが薄くて忘れられてるかと心配してましたよ!」
「あはははは! ゲボ君に限ってそれは無いよー!」
「束ちゃんだって名前覚えてくれるまで四年もかかりましたし……やっぱ小生って……」
 喋りながらどんどん気弱になっていくゲボック。なんだか一人でいじけ出してのの字を書き出した。

「あー、ゲボ君いじけちゃ駄目だよ! あの時はただ興味無かっただけなんだし!」
「悪意の無い正直な言葉で胸がえぐられる! いよぉし、こうなったら頑張っていっくんに名前を覚えてもらいます!」
「その前にゲボ君がハンバーグにされそうだね!」
「おぉう……とってもリアルな未来予測ですね……でもフユちゃん料理下手ですし」
「二人して色々彷徨ったしね!」
「なんの道具も無しで空の上に行ったのは初めてでした」
「……そうだねー……こう、ふわふわーっと……なんかお父さんいた気がしたね……」
 二人して遠い眼をして見上げる。
 人はそれを幽体離脱と言うのである。
 因みに上を見ても配線と天井しかない。
 照明も乏しいので真っ暗だった。
 しかし、ツッコミが誰も居ないボケ通しは非常に苦しいものがある。

 なお、束の父、篠ノ之柳韻は、篠ノ之流剣術師範のバリバリの現役で存命どころか健康極まりない。



「ま、いっか! 続きしよー続きー、束さん頑張っちゃうぞー!」
「手伝う事はありますか?」
「今の所無いね! 束さんだけで十分十分! 後で見せあっこしようよ!」
「いいですねえ! 分かりました。小生も戻って科学してきますねー?」
 よいしょいよいしょと元の場所に戻ろうと四苦八苦しながら登っていくゲボック。
 恐らく、これからひたすら研究と実験に突入するのだろう。



「———ほう? 何を頑張ると? 学生が学校も来ずになにをやってる? お前ら」

 低い、地の底から響くような声が聞こえなければ。
 ツッコミが到着したようだった。

「お?」
「ほよ?」
 いい加減学習しないのか、怒気満ちる声を聞いてもぽかーんとしている。

「珍しく大人しいと思ったら……!」
 ずしんっ! と足音を響かせんばかりの勢いで千冬が部屋に入ってきた。
 その背後にはゲボックの作った生物兵器が死屍累々と倒されていた。
 それをみてようやく。冷や汗をたらすゲボック。

 警備員代わりの生物兵器は、敵意を見せない限り身内認定の千冬には攻撃しない。
 つまり、相当殺気を放っていると言う事だ。

「なんか妙だと思ったら、偶然鼻を押した瞬間二人とものっぺりとした顔になってくれてな?」
 千冬は人間大の人形を二体担いで居る。
 待て、担いだまま警備員替りの生物兵器をなぎ払ってきたというのか?

「あ、それってコピーロボット(人間大)だねー。良くぞ今まで頑張った! ほめて遣わすぞー」
「影武者として学校に行ってもらってたんですよ?」
 二人はただ、千冬が怒っているという事しか気にしていない。
 どうして、怒っているのかなど分かるわけもない。
 何故なら、研究をしていたからだ。
 研究第一なのだ。他にはなさそうだった。特にゲボック。

「最近な、新しい係が出来たんだよ……『対特定狂乱対策係』というものでな……?」
「それでどうしたんですか?」
「私が、長に命じられた」
「わー、ちーちゃんさっすがー!」
「人員は……私一人だ」
「凄いじゃないですかフユちゃん! ただ一人選抜されるなんて!」
 悪意は無い。全くこの二人に悪意は無いのだ。

「学校も来ずこんな物に代役をやらせるとはなあ……」
 学校での最近の流行は思考放棄だ。嘆かわしい。
 思考行動は人間にのみ許された行動だと言うのに。
 まて、私はこんな事を考える女だったか?

 二人に毒されている?
 あり得る。おそらく世界で一番二人の影響を受けているのは自分だ。それだけの時を一緒に生きている。
 
 ……だからって先生。『お前ぐらいしか適任者が居ない。是非とも頑張ってくれ、いやいや待て待て待て、待ってくれいや、待って下さい、この通りお願いします。本当この通りです』と男泣きしながら土下座なんて本気で止めて欲しかった。
 生活指導の強面先生だったので逆の意味でトラウマだ。

 さらにだ。それから廊下ですれ違う不良達に『オス! 姐さん今日もお美しいですね、お務め頑張ってください!!』と最敬礼されるのだ。
 どうしてくれる。
 ここままだと道を歩いても似たような事になるんだろうさ、私だって女なのに!!


 千冬が自分の将来に不安を抱いている所にあっけらかんとゲボックが笑顔になってへこへこやってくる。
 こいつに悩みなんてないんだろうなぁ。
 殺意芽生えてきた。

「あー、分かりました!」
 剣呑になってきた千冬に全く気づいて居ないゲボックはぽんっ、と手を打った。
 なになにー? と束も近寄ってきた。

「で、今まで何していた? 二人とも」
「あー、聞きたい聞きたいー?」
 満面の笑顔の束。聞いて欲しくて仕方が無いのだ。なにやらゴソゴソしていたゲボックは、束が担いで居る二体と同じ人形を引っ張り出していた。

「———フユちゃんも遊びたいんですよね! 明日からフユちゃんも要ります?」

 ぶちっ———

 確かに、何かが切れる音がした。
 理由は分からなくても生存本能で逃げ出す二人。

 だが、元々運動が得意でない二人が千冬から逃げられる道理は無い。
 千冬はコピーロボット二体を投げ捨てるや人間離れした速度で突撃し、非常用ハッチに潜り込もうとしていた束の襟首を掴む。
 束が息を詰まらせて硬直している間に後ろ手に逃げ出そうとしているゲボックの足首を捕まえた。
 地獄の釜に引きずり込まれる罪人のようにゲボックを引きずり吊るし上げ、二人とも地面からぶらり浮かされる。

「お前ら……」
 宙に浮いてじたばたしている二人を、怒りのまま振り回しつつ、すでにプッツンしていた千冬は爆発した。

「真面目に学校に来んかああああああああ——————っ!!!!」
 こんな調子の続く、落ち着かぬ日々が三人の日常であった。






「おぉおう……」
 ようやく通学させたある日。
 ゲボックが食い入るようにその本を見ていた。

「これは、凄いです……」
「だろう? ゲボック、お前も変に頭ばっか使ってないで偶にはこういうのも見ろよなー」

 学校におけるゲボックは、別に孤立しているわけではない。
 見識のあるものほどゲボックについては不気味がったり、あるいは利用しようとする。
 だが、利用しようとすると千冬が待ち構えているのだ。

 逆に、ゲボックのことを単なる変な奴だと思っている級友は、気さくに会話をしたりする。全く外国人らしくない仕草や、なんでも素直にホイホイ聞くのが、人気の原因らしい。
 もう一人、似て異なる素質を持つ束が居る事もある。
 彼女の方は興味の無いものに対しては一切無視を貫いているために、御高くとまっている女と見られて敬遠されており、それに比較されてゲボックが緩くなっている感じだった。

 ベキャッ!

「おぉぉ……ぷっけぴぃ!」
 一心不乱に本を読んでいるゲボックの頭に英和辞書が炸裂した。
 舌を噛んだようであひあひ言っている。
 因みに本を貸した級友も頭を抑えている。
 金属補強が施されているのだ。これは痛い。

「もうすぐ先生が来ると言うのに何をしているお前らは」
「……ふおいおろれふ(凄いものです)」
「げ、織斑……ゲボック、おい嫁が来たぞ」
「お嫁さん!? それは本当ですかフユちゃん! 不束者ですがよろしくお願いします!」
「誰が嫁だ!」
「アウフッ!」
「……真に受けるな」
 ぶぎゃああああと悲鳴を上げるゲボック。二発目だった。

 落ちている本を拾う。
「いったい何を読んでるんだ? まあ、お前も年頃の男だし……少しは隠すような真似をだな……ん? 漫画?」

「おう、こいつにもこういう娯楽を教えてやろうと思ってな」
 それは、マンガの神が描いた作品の一つだった。
 普段はどこか足りない少年が、額のオデキに隠された第三の目を開放するや卓越した知能と超科学技術で活躍するマンガである。

———ちょっとゲボックと性質が似ているな、と思ったのは内緒である。まあ、ゲボックには攻撃性のかけらも無いが。

「見てください! 人間の脳みそがトコロテンになってます!」
「いや……まぁ、なぁ」
 流石の千冬も漫画にはツッこめない。
 そうだな、と思案する千冬。

「これは原子変換ってレベルじゃないです! 他の細胞に変化は無く、頭脳のみを変換してさらに最低限の生命維持活動を維持しています! Marverous!! 歩行だってしてるんですよ! 一体どうしているしょうか! 分からない! 照点レーザー? いやいや、ただ普通の発光です。指向性があるようには見えない……あぁ、驚きました。小生も頑張って科学をしてきましたが……まだまだなのですねえ。思い知りました。山崎君、素晴らしい物を見せていただき、有り難うございます」

「あーそう言う見方すんのねお前。相変わらず科学馬鹿だな」

「ええ、小生の科学的探求なんてまだまだ児戯にすぎないんですね。これに比べれば馬鹿と言っても差し支えない……思い知りました」
 話がかみ合っていない。

「山一、ゲボックの変なスイッチいれるな」
「悪りぃ悪りぃ、嫁が言うんじゃ旦那———ぎゃあ!」
「誰が嫁だ」
 誰相手だろうと容赦無い千冬だった。

「あと俺山口だから。ま、続き持って来てやるから楽しみにしとけ」
「分かりました! 是非ともこれら実現させて山崎君にプレゼントします!」
「いや、マジでそうなったら織斑に『ブッ消されそう』だからやめとくわ」
「山一……」
「やべ、じゃーな、俺席に戻るわ……あと俺は山口だ……なんでお前ら夫婦は俺の名前を良い加減憶えないんだよ……」

「何を言ってる? 山一」
「山崎君は山崎君ですよ?」

「畜生! 悔しくなんかねええええ!!」
 何気に息の合う二人が悔しかったのか捨て台詞付きだった。

 残された二人は朝の準備を始める。
 ふと、この楽しさを他にも広げようとしているゲボックが。
「後でタバちゃんにも見せてあげましょう」
「頼むからやめてくれ」 
 後が怖い。







———そんなこんなで放課後

 正直、学校で天才二人が学ぶことはない。
 既に教職員の誰よりも高い知性を得てしまっているからだ。
 千冬はそれでも二人を沢山の人と接触させたかったのだ。

「バイト行ってくる」
 荷物を片付けながら千冬は述べた。
 彼女はちょっとしたBerで働いている。

 一夏と生活する為にはどうしても先立つ物が必要だ。
 束やゲボックは金銭に疎い。
 そのくせどうやってか大量に得ているのだ。
 頼めば二人はいやな顔一つせず全部差し出してくるに違いない。

 だが、それは千冬の望む事では無いのだ。

 幸い、勤め先のマスターは良い人だった。
 未成年であるにも関わらず、黙っていてくれる。

 表向きは十才も逆にサバを読んでいるが、案外客には通じる物である。大事なのは度胸だ。

 マスターの店は雰囲気が良いのでセクハラしてくる客も少ない傾向にある。
 一度尻に手を延ばして来た客を極めつつ投げ倒し、捩じ伏せてしまった事もあるだろう。
 
 最早篠ノ之流の古武術(剣術だけじゃすまなく、千冬は秘伝まで吸収して行った。調子に乗って教えすぎたとは柳韻の後述)は骨まで染み付いているようだった。
 何より、バイト自体にも少しずつだが、楽しみを見出して来た。
 特に上がりの際マスターが出してくれる……待て待て、ここでは言えない。



 と、いきなりだった。

「チャオ! もしもし小生ですよ? ——————はい分かりましたよ? 伝えておきますね」
 宙に向かってブツブツ言いだすゲボック。千冬にぐるんと向き合うと腕をブンブンふりだした。
 
「フユちゃん! 灰の三番から脳波です! 今日の夕食はコロッケと海藻サラダらしいですよ!」
「脳波って……あいつからか……分かった、いつも通りの時間でバイトから上がると伝えてくれ」
 千冬も慣れてしまっていた。ああ、そうなんだと考え始めている。
 頭痛が酷くなるし。

「分かりましたよ、フユちゃん」

 今の話題では、そんな事より千冬を悩ます事柄があるのだ。

———あぁ、悔しい
 あの家事手伝いは一夏と手を繋いでスーパーで夜の献立を吟味していたのだ。
 お菓子をねだる一夏をいさめ、一つだけですよ、と結局妥協したに決まっている。

———あいつは甘すぎる! 一夏が虫歯になったらどうする!

 思わず握っていたシャーペンがへし折れた。
 落ち着け、落ち着くんだ千冬、はい深呼吸。

 何とか気を宥めると、まだ宙へ視線をふらつかせるゲボックを見やる。
…………おかしなクスリをヤっている様にしか見えない。

「ゲボック、その通話法についてだがな、やめる事をお勧めするんだが……何というか、危ない」
 色んな意味で。

「……どうしてですか?」
 何か電波を受信しているみたいで……あぁ、そうか、実際に受信しているのだった。

「まぁ……ゲボックなら何とかなるか」
 普段の言動的に。



 かなり失礼だが、真実を突いた意見を抱くと千冬はバイトに向かった。

「さて、今日は小生も灰の三番のご飯貰いましょうか、さて、今日こそいっくんに———」
「させるかぁ!」
 迷わずバックしてシャイニングウィザードを放つ千冬だった。

 なお、束はサボりでとっくに早退している。






「楽しいお友達ですね」
「いえ、少し冗談では済まない事もありまして」

 キュッキュとグラスを磨くマスターにむっつりとした顔で千冬は嘆息する。
 バイト先のBarで、雑談を求められたために出たのは幼馴染みの二人の事である。
 一度、一夏について語り出したらもう止めて下さいと言われてしまったのだ。
 何故だろうか。
 今の千冬は、バーテンダーの衣装を装っている。
 カクテル一つ作れないが、そこは雰囲気です。とマスターに押し切られた。

「でも、お二人とも大切なお友達なのでしょう、貴女の顔を見れば、分かりますよ」
「ええ……まぁ、そうかもしれませんが」
 素直に認めたく無いもので。

「ですがね、千冬さん」
 年相応にブスッとしている彼女にマスターは急に少しだけ険しい表情を浮かべる。

「そう言う貴女だってそうとう暴れているでしょう? 聞きましたよ? 不良グループを丸々一つ潰してしまったとか。たとえその行為が正義感から来たものだとしても、暴力で全てを解決しようとする姿勢はいけません。そのような事を続けて行けば、いつか手痛いしっぺ返しに会ってしまいますよ」
「……はい、申し訳ありません」

 マスターの情報網にはいつも舌を巻く。
 先月、多人数で一人を恐喝している現場に居合わせ、全員を木刀で叩きのめした。
 その事に恥ずかしくなる。
 別段、正義感からでは無いからだ。

 最近、両親が蒸発してから、千冬が情緒不安定なのは前も述べたとおりである。
 この時も、目の前で行われる行為に、ただ居ても立っても居られなくなっただけだ。
 放って置く事そのものに憤りを感じ、兎に角堪らなくなった。
 ぶちのめさずにはいられなかったのである。

 敵対的な意識を向けるだけで勝手に襲って来た。
 後に過剰防衛だと諌められたが、相手の数が数だけに不問となった。


———その裏で、暗躍した二人がいるとも知らずに


 幸い、彼等は力で統率されたグループだったらしく、リーダーを血だるまにした途端、蜘蛛の子を散らすように解散していった。

 しかし、なにか憮然とした後味しか残らない。
 圧勝だったとはいえ、久々に歯ごたえのある相手だったのに……何もすっきりしないのだ。
 千冬はただ解消できぬ『何か』を暴力に変えてあたっただけにすぎないのだから。
 鬱屈とした感情は、彼女の心理に重く沈殿していく——————



 ガシャーン!

 ハッとして顔をあげる。
 テーブルが倒れ、料理やドリンクが床にバラ撒かれている。

———倒してしまった……ようには見えないな

 どうやらマスターに愚痴っている間に諍いが初まったらしい。
 見たところ、血気盛った客同士の諍いだ。



 Barの隅にあるバケツから、木刀を抜き取る。
 千冬愛用の真っ黒な『鋼よりも強靭な木から削り出した木刀』だ。
 ゲボックの秘密基地に植生していた木から出来ている。
 時によっては『アレトゥーサ』と言うものになるらしい。 
 その場合、ただの木なのに、冬虫夏草のように動物の死体に寄生して歩き出すらしい。どんな化け物だ。
 まったくもってよく分からない。
 しかもまだ生きているらしい。だから、普段は肥料を溶かした水に浸けている。
 ものすごく頑丈なので乱暴に熱かっても気にしないと言う。
 ただ、優しく接していると応えてくれますよとか。なぜプラントセラピー?
 
 言われた通りにしてみたら、春には花を咲かすので千冬はその観賞をささやかな楽しみにしていた。



———ぶれかけた思考を仕事に集中しなおす
 マスターから千冬に与えられた仕事の一つ———用心棒だ

 つまみ一つ満足に作れない千冬がここに置いてもらえる最大の理由だった。
 他には在庫の出し入れなどが主な仕事だ。
 大樽があったりして、中々重労働だったりする。

 それはさておき。
 店にはマスターの趣味で色んな人がくる。
 色々訳ありが集まりやすいそうだ。
 えり好みしないのは千冬を置いてもらえる理由にもなっているので文句は言えないが、かなり頻繁に諍いが起こる。
 千冬もそんなに暇できないと言うものだ。
 それでいてBer全体に下卑た雰囲気が無いのはマスターの人柄だろう。
 千冬がくる前からそうなのだから———まさか前はマスター単身で無力化していたのだろうか。

 特に部活等もしていない千冬の戦闘能力を何故知っているのか。
 超実践派である篠ノ之流古武術は危なすぎて対外試合は無いし———

 まぁ……疑問点に目を瞑れば、千冬の言いたく無い事を察して黙っていてくれる上に、適した仕事を采配するマスターは本当にナイスな燻し銀。まさに適材適所、感謝してもし足りない。



 戦闘を意識した瞬間。
 千冬の雰囲気が———『堕ちる』
 表情が変化が乏しくなり、目付きが殺気で塗り潰される。
 剣呑な空気が周りに圧迫を与え始めた。

 気弱な者は充てられて呼吸困難を訴える程だ。



 そしてその結果など、今更語る迄も無い。



「流石ですね」
 気楽にマスターはカクテルを振っていたりする。
 暴れた客は適度に殴打して、転がしておくだけに留めている。
 骨や靭帯に損傷を与えなければよし、と言うここルールの為、後遺症こそ残らないものの袋叩きである。
 警察に摘発されないか、千冬としてはなんとなく心配である。

「いえ、マスター。相手がこれでは剣が錆びます———おい、身包み剥いだあとふん縛って表に転がしておけ!」
「はい! 姐さん!!」
「うぐっ!」
 あぁ、ここでもか。
 年上の男にまでそう言われてしまっている。
 
 彼は店員ではない。店の雰囲気には全く合ってないが常連なのである。
 お陰で千冬とも少なくない面識がある。
 彼が素直に支持を聞くのは———空気、としか言いようが無い。

 年齢を偽っているとは言え———いや、だからこそ落ち込む。


 その時。

「———ぐあっ!」
 千冬の指示を受けて動いていた青年がヨロヨロと下がって来た。
 彼は苦鳴をもらしつつ、肩を抑えていた。指の隙間からは決して少なく無い血が流れている。

「大丈夫か?」
「ええ、大丈夫です姐さん……ただちょっと、こいつはおかしいですぜ」
 口調があれだった。愛称はマサとかケンに違いない。
 実は千冬、名前を覚えていない。

「ううぅぅ……ぐぅううぅうぅ……」
 千冬が倒したはずの男が起き上がった。
 その姿は尋常なものではない。

「おい……」
 焦点が合わず中空を見つめ苦しみ出し———

「あがああああああああああああああっ——————!!!!」

 そして。
 鼻面が突き出して牙がむき出しになり、青年の血が滴る爪が鋭く伸びた。

「は?」
 非常時において思考が硬直する事は死に繋がる事が多い。
 しかし、千冬はそうであっても生に最も近い反応を見せた。

 すなわち。

 ドゥゴフッ!

 木刀の切っ先が男の喉元に突き刺さった。
 殺気を感知した瞬間、瞬間的に突きを放ったのだ。
 それは千冬の意識外の咄嗟の反応と言えた。
 そうでなければ、一歩間違えれば死に至らしめる一撃など放たない。
 電光石火の危険極まりない急所突きは今度こそ男を沈黙させた。

「———なんだ? 今のは」
「さらっとあんな危ないのはよして下さいね。マナーを守らない客は客でないので別に良いのですが、反吐を吐かれたりすると店が汚れますので」
 え? ダメージ制限ってそれが理由なのか? 千冬は一瞬だけ頬を引きつらせた。

「反応は、何かしらの薬物依存症患者に似ていましたが———」
 荒く息を吐く千冬の傍でさすがにマスターが眉をひそめながら、倒れた男を見ていた。

「しかし、そんな、聞いたことがありません」
 その———変形———する麻薬など。

「確かに、怪力を発すると言われるフェンサイクリジンでもさすがにここまで劇的な身体の変形は無いですし」
「フェン……?」
「千冬さんは別に知らなくても良いですよ? ですが千冬さん……」
「マスター?」
 急にマスターが言い淀んだ。
 怪訝に思って千冬がマスターを見上げる。
 そこには冷や汗を流しているマスターが居た。

「裏口から逃げてください」
「マスター?」
「早く!」

 珍しいマスターの怒鳴り声を聞いた瞬間だった。

「「「「「ゴオオオオオオオオオオォォォォォォアアアアアアアアアア」」」」」

 轟声が響いた。
 あまりの大音量に店自体が振動しているような感じさえ受ける。

 失点だった。
 倒れた男に注意を向けすぎていた。

 店中の人間が、マスターと千冬を除いて同じ症例に襲われていたのだ。

「マスターは!」
「私も逃げます! 千冬さんは早く!」
 押し込められるように裏口に追いやられる。

 店の外に出ると、扉が施錠された。
「マスター!!」

 扉の奥からは大きな物音が聞こえる。
 千冬が叫べども叩けども、扉は開かない。

「———くそっ!」
 爪が掌を食い破り血を流す右手を扉に叩き付けた。

「———誰かに———」
 店の裏口から出た千冬は地獄絵図見た。

「うううぅぅぅ……」
「がああああああっ」
「ぐるるるる……」

 Berを出た通りに犇く同様の症例者を。

「まったく……唐突になんなんだこの三流映画は!」
 木刀をぶら下げる。

「上等だあああああああああっ!!!」
 内心に反し、そのときの千冬の口角はつり上がっていた。






 自分より身体能力の高いものとは戦いなれている千冬だった。
 練習相手は、ゲボックの作った生物兵器である。
 あれらは関節が変なところに合ったり、時々超能力としか思えないものを使うものも要るため、非常にやりづらい。
 それに比べれば。
 見た目どおりの野獣じみた身体能力だけでは、千冬の敵ではない。

「———ふっ」
 もう何度目か分からない、木刀を振るう。
 しかし、いかんせん数が多い。
 動きが単純な相手と言えど、油断は出来ない。
 実家ではどうなっているのか、一夏は無事なのか。
 この事態は何だ、絶対ゲボックに違いない、あの馬鹿今度は何をした。
 数を相手にしているときは走り続けるしかない。
 飛び掛ってきた一匹を地に叩き伏せ、すぐさま走り出す。

「くそっ! 雑念が多くなるっ!」
 疲労が溜まっていたのか、余計な思考が多くなる。

 そう言えば束は無事なのだろうか。
 近頃はゲボックの秘密基地に良く篭っている。
 一応千冬もおばさんには、『束も男の家に行くのは構わないけれど、年頃の娘だからお願いね』と頼まれている。
 ゲボックならその意味では安全だが、人としては外れる割合が跳ね上がる。
 あの二人は揃うとろくなことが無いのだ。
 最近、研究のジャンルが違ってきた二人だが、それでも別ジャンルなど関係なく、気楽によそ見出来る呆れた天才同士だ。
 人の道から外れそうになってもアクセルをべた踏みにするどころか、ニトロ積んでジェットでぶっ放すほどに危険極まりない。

 まあ、あの家も生物兵器がひしめいているから危険な事は何も無いだろう。

 無理やり思考に一区切りつけるが、一瞬遅かった。
 後ろから振り下ろされる爪、気付いても反応速度の限界が、千冬に絶望感を与える。

 極力ダメージを何とか減らせないものか。
 覚悟したときだった。

 ダムッ

 一発の銃声が、そいつを吹き飛ばした。
「……なん、だ?」
「よかった、当たってない」

 不安になる言葉を残して、銃声の主が姿を現した。
 年の頃は千冬と同じ頃だろうか。黒のパンツスーツと同色のベスト、革の手袋。それに同素材の靴をまとった出で立ち。
 何となく、バーテンの衣装を着た千冬に似ている。
 ショートカットの金髪を無造作に整えた少女が、硝煙を上げる銃を構えて佇んでいた。

「ねえ。貴女は人間かしら」
「その問いは悪意しか感じないぞ」
「あら、ごめんなさい」
 全く悪びれずにさらに銃を三発、吹っ飛ぶ同じ数の人影。

「……」
「これ? 大丈夫よ、出るのは衝撃波」
 銃を直視している千冬に気付いたのだろう、彼女はくるり、と銃を舞わす。
 そのまま握把で一人を殴り倒す。

「そんなもの、何時、何処で手に入れた?」
 千冬は四五体張り倒しながら少女の元へ駆け寄る。
 銃声は大きい。放っておいたら際限なく集まってくるのだ。
 その銃は妙だった。幼馴染みの顔が浮かんで来る。

「手に入れたのは昨日。場所は言えない。衝撃波が出るってのは知ってたけど、どれぐらいのが出るかはさっき撃って分かったわ」
「なるほどな、よかった、とはそう言う事か」
「大丈夫よ、当たっても死なないらしいし」
 少女も一緒に駆け出した。

「ぬけぬけと……織村だ」
「シャウト、よ」

 二人揃ってからはまさに快進撃だった。
 優秀な前衛と後衛が揃えば、身体能力任せで突っ込んでくるだけの獣同然の奴らなど敵ではない。

「撃ち慣れているな」
「だって私、銃社会の国の、人だものね」
「……この国には、銃刀法というものがある」
「法に引っかかる機構は無いわ。そう言う貴女だって、法には掛からないけど随分とした得物を持ってるようだし」
「仕方ない、緊急事態だしな」
「そ。緊急事態だものね。ところで、どこか行く当てがあるの?」
「ああ……」

 家に、と言いかけて口を噤む千冬。
 今、自分は大量の奴らを引きつけている状態だ。
 家に戻れば、大量に連れて行った奴らとそこでろう城をする羽目となる。
 家には、一夏がいる。万が一にも危険には晒すわけにはいかない。
 ではゲボックの秘密基地に———と考えて思いとどまる。

 さっきの思考とは反するかもしれないが、今。家は無事なのだろうか。

 思考の袋小路に突っ込まれた千冬は言い淀み———

———は〜い、テステス! 束さんはらぶりーちゃーみぃなマイクテス中だよ? 私の美声を聞け〜 ———
「うぉあったあ!」

 いきなり脳内に響いた甲高い束のヴォイスにバランスを崩し、盛大に転ける所だった。
 ギリギリで持ち直したのは千冬であるが故のさすが、としか言いようが無い。
 緊急事態でのギャグは、実際起こればとても致命的なのだ。

「ちょ、大丈夫?」
「……なんとか」

 漫才のようなやり取りの中でも、二人の攻撃が精彩を欠く事は無い。
 悲しいまでに見事だった。
 千冬の頭に響いた声はシャウトには当然ながら聞こえない。
 経験したのは初めてだが、ゲボックが自分の生物兵器と遠距離で連絡を取っていた何かだろう、とあたりは付ける。

 ……頭の中で思考を伝えれば良いのか?

———さっすが〜、ちーちゃんもうコツ掴んだの? さっすが〜 ———

 束の声。どうやら正解であったらしい。
 
 状況を把握したい。ゲボックはどうした?

———ん〜、ゲボ君は、ちょっとおねんね中かなあ? ———

 なに? まさかゲボックも?

———あはは〜、そこは大丈夫。セイウチになったいっくんに踏みつぶされただけだから———

 一夏が!? 束、一夏は大丈夫なのか!

———落ち着いてちーちゃん、いっくんは、元通りになってくーくー眠ってるよ———

 本当、か……?
 千冬は思わず胸を撫で下ろす。

———ちーちゃんも現金だねー。私はゲボ君が潰されたって言ったのに〜。ゲボ君、いっくんの事、潰されながらも治してくれたんだよ?———

 ……あ……すまない。
 一夏の事ばかり考えていて、全くゲボックの事を心配していなかった。
 本当、余裕が無い。
 恥ずかしくなるばかりの千冬だった。

———別に気にしてないからいいよっ。でもいっくん、何でセイウチなんだろうね? そうそう、ちーちゃん知ってる? セイウチの群れって ———

 すまないが、雑談は後にしてくれ。それよりゲボックと話をさせてくれ、この事態を。

———ああ、ちーちゃんは今の状況をゲボ君の仕業だと思ってるんだ———

 ……え?

———この事件は、ゲボ君が起こしたんじゃないよ? ———

 ……は?

———うんうん、その気持ちは分かるよ。束さんも絶ぇぇぇぇぇええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええっっっっっ対、ゲボ君がやったんだと思ってたし。本当? って何回も聞いたもん。でもね、ちゃーんと束さんは言質もとったよ? ゲボ君は、この事件を起こしても居ないし、この事件の原因とも言える薬物は作ってないよ———
 
 なんだ、って?

 そん、な……あ、すま、ない、束……。

———だーめ、後で一緒に謝ろう? ———

 ああ……分かった。

 穴があったら入りたい、とはこういう気分なのだろう。
 異常事態が起こればゲボック、束のせい。
 そう決めつけていた。
 決めつけて勝手に憤っていた。
 もし、今、会話していたのが束ではなくゲボックだったら。
 冷静に事実を受け止められただろうか。
 …………・・。



 それで、頼りっぱなしなのはすまないが、対処法は分かるか?

———それなら完璧! 万事オッケー!! ゲボ君が解毒薬作り終わってるから、ちょっと取りに来て? 今ちーちゃんちだから。
 いやー、実は今篭城してるんだよねぇ。『第二形態』になるとゲボ君の生物兵器と同じぐらい強くなるらしいし、それにゲボ君の生物兵器、生物ベースの子は取り込まれちゃったしにゃー。しっかあああああしっ! ここは備えあれば憂い無し、まさかリサイクル品だった灰の三番が無機物ベースの生物兵器だったから一番役に立って、何とか交戦できてるって感じ! あと、ゲボ君はいっくんに踏み潰されてしばらく使えないから、そっちに色々もって行けないし? あらら、冷静になってみると逆に……割と絶体絶命かも? ———

 分かった。今行く。後少々、保たせてくれ。
 うん、了解だぜえっ。束さんも、合流次第箒ちゃんの所行かなきゃ行けないし、やる事山積みだね!

 ……全然反省できていなかった。
 束も、大事な妹が居るのだ。一緒でないのだろう、心配で仕方ないに違いない。

———でも気をつけてね、ちーちゃん。さっきも言ったけど『第二形態』になって個性が出て来るとちょっと手強くなるから———

 は? 個性?

———そう、いっくんみたいに———

 どういう事だ? 今、襲ってくるのは一様に犬面で牙を剥き出し、かぎ爪を鋭利に延ばしているものしか見えないが……。

———あと、噛まれちゃ駄目だよ? この薬品、凄い浸透圧で全身の体液に浸透してるみたいだし……どれだけ希釈しても効果に殆ど変わりはないみたいだから……噛まれると、唾液から感染るよ? ———

 まるで狂犬病だな!?

———あー、そうだね、そんな感じだね! ちーちゃん頭良い!———

 天才の束に頭良いと言われても、複雑な気分にしかならないものだった。
 しかし、この事態の活路を見いだした事に一筋の光明を見た気がした。
 今までの会話中、それまでと一切変わる事無く奴らをあしらっている事が凄い。
 完全に、思考と動作が乖離していて、それで居て必要な行動をとっているのだから。

———さあて、いっくよ! 本邦初公開のぉおお、大・天・才!! 束さんの大発明———『壁の穴を埋めるバズーカ』!!———

 束も、まだまだ隠し種を持ってそうだった。
 千冬は意識を引き締め直し、意識を完全にこちらへ戻した。



「シャウト、一先ず私の家に向かうぞ、対処法が見つかりそうだ」


「……それの真偽も疑わしいけど……何より貴女本当に大丈夫!? 奴らの仲間になったりしないわよね?」
「……どういうことだ?」
「そりゃあねえ……だって貴女、急に目が空ろになったと思ったら百面相になって顔を青くしたり赤くしたりしてたし、本当に大丈夫?」
「……え?」

 一拍後、いつぞやゲボックに言った事を思い出す。



——————『ゲボック、その通話法についてだがな、やめる事をお勧めするんだが……何というか、危ない』——————



 ああああああああっ!!
 今の私はあの時のゲボックに似た姿をしていたのか。
 本気で死にたい。
 ゲボックに謝ったらその場で殺そう。

———理不尽な事を考える千冬だった。






———その瞬間。

「……なんか、気配が変わったみたいね」
「まさか———」
 これが、第二形態移行か?

 ビンゴ。

 千冬の懸念は的中する。
「ヴグルルルルウルルルウルっ!」
「ヒヒィィイィイイイーン!」
「パォオオオオオオオオーン!」
「シャギャアアアアアアアアアッ!」
「メエエエエエエエエエエエッ!」

 周囲で響き渡る、獣達の鼓舞。
 ブルドック、馬、象、狐、羊、狸、猫、駱駝、獅子、牛、etc,etc——————
 さっきは元となった人物の印象が強く残っていたため不気味だったが、これは笑いが止まらない。
 一転して様々な種類の獣と人が合わさったような、違和感しか振りまかない二足歩行の生き物が姿を現して来る。
 今まで以上にファンタジーだった。

「はっ———まるで動物園だな」
「余裕ねえ。私はいい加減疲れて来たのだけど」
「弾に余裕はあるか?」
「んー、後百発ぐらいは撃てるかな? 普通、熱や衝撃でとっくに駄目になるのに、これって無駄に頑丈なのよね」

「これからはどうやら手強くなっているらしいが、やり方は変わらん。一点突破で行くぞ」
「分かったわ。貴女前衛私後衛。それで良いわね」
「当てるなよ」
「貴女こそ取りこぼさないでね」
「言っていろ!」

 獣人の群れに突っ込んだ千冬は犬面の腕をかい潜り、脇腹に叩き付ける。
 筋肉の厚みの薄い所に鋼より強靭な一撃を叩き込まれ、さすがに動きを止めた所へ体当たり、後続の羊にぶつけると、怯んだ隙に逆袈裟で切り上げ、そのまま勢いを殺さず右へ。
 
 肘が右から食らいついて来た狐の顎を砕き、その後ろの駱駝のこめかみを、左下から伸びた木刀を逆袈裟の余韻で引き上げ、打ち抜く事で意識を消し飛ばす。
 さらにステップして一回転、踏み込んで身を沈みこませ、左から迫っていた象の臑に下段の居合いを叩き込む。

 象の筋肉は銃弾すら通さない。そもそも高質化した皮膚は、まさに鎧と言って過言ではない。
 強靭な筋肉で威力が半減され、弾かれるが、帰って来た木刀を己の身に添える千冬。
 
———刃無き木刀であるが故の戦術。これで、居合いの死に体は無くなった。

 自分の胸を貫くように延ばされる象の牙を木刀で受け、身をその勢いに逆らわず滑らせる。
 そのまま象頭の膝より頭が低くなるように姿勢を極限まで身を倒し、象の後ろへ通り抜ける。
 
 跳ね返したとはいえ、ただの象ではなく獣人であるため足の構造は人間と変わらない。人より遥かに分厚いとは言っても肉の少ない臑への一撃。与えた痛撃は相当だったのか、牙を繰り出した勢いのまま前のめりになる象。

 打たれなかった方の足で踏み込むがそこに背後から尾てい骨に一撃。
 振り向きもしなかった千冬の追撃だった。

 立て続けに守りの薄い所を一撃されて仰け反る象をシャウトにより連発された衝撃銃が止めを加える。
 他より一際強力な連撃を受けたせいか、牙を粉砕させ、ついに墜ちる象。

 先に進んだ千冬を両脇から馬が襲って来る。
 蹄をかわして跳躍した千冬はその頭上から睥睨、着地点に牛を発見。

 左右の馬が、勢い余っている所に銃撃が炸裂、吹き飛ぶ。
 そのまま連発された射撃は正面の牛は顎下に衝撃を与え、涎をまき散らし牛は仰け反った。

 先の象もそうだが、精確無比な射撃に千冬は頼もしさを覚える。
 右足を引き寄せ、勢いのまま左足を蹴撃の形に固め———

 半開きになっているその口に千冬の飛び蹴りが彗星の如く炸裂。
 臼のようになっている歯をまき散らす牛をそのまま倒して勢いのまま滑る。
 倒れた牛の体は獅子と狸を巻き込んで転がり、千冬はサーフボードの代用品となった牛から体勢を崩す事無くその身を降ろし、躊躇無くそれぞれのこめかみを蹴り抜いた。

 その後ろでは、最初に千冬に飛ばされた狼と、それと縺れて絡まっていた羊に止めを刺したシャウトが千冬を追って来ていた。

「ねえ……貴女、人間? 何今のジャンプ。どれだけ跳んだのよ、ねえ!」
「さあなっ!」



 二人の快進撃は、千冬の家まで後一キロ、と言う所まで続く。






 織斑家。

 そこには一人の少女と、眠っている二人の男が居た。
 束と、獣化が解けた一夏。潰されて実は重傷のゲボック。

 ゲボックの頭にはテープのようなものが貼付けてあり、
 そこから伸びた幾本かはパラボラのようなアンテナに伸び、残りは束のPDAに繋がっていた。

「んーふふー」
 鼻歌まじりに束はPDAを突ついて操作する。
 これも束の自作だ。指だけでは無い。一度に複数の情報入力手段が存在するハイスペック器で、鼻歌の旋律さえも、それには含まれる。まさに、常人ならば使いこなす事も不可能な代物だった。



 ゲボックが自分自身を改造した事で、特定の種の生物兵器と思念通話のようなものが出来る事は知っていた。
 正しくは、回線を生物兵器に開いてもらう事で送信が出来る、と言った感じだったが。

 束は機械を繋いで生物兵器の代用をして、さらに思念の偏重を整え、千冬と回線を繋いだのだ。
 生体関係の研究は束も必要だからやっていたが、ここまでオカルト臭のする技術は興味を抱いていなかった。
 そもそも、機械式で近い事は束も実践中だ。
 ゲボックのような方法も、やろうと思えば出来ない事も無いが、まず発想に繋がらない。

 本当に、ゲボックは面白い。
 四年間もの時間をよくぞ無駄にしたものだと。珍しく自分を叱責したい所である。



 表では、灰の三番が奮闘している。
 リリース落ちした個体でもこれだけの戦闘力とは、本当にゲボックの叡智には果てがない。
 それに勝つ千冬はまた、別として。

 PDAを操作して灰の三番の援護をしつつ、先程完成したばかりの『子』を調整、さらにゲボックのダメージの調整、意識への刺激を同時に行う。

———『子』———束は当然ながら子を宿した事は無い。しかし、ゲボックは自分の生み出した存在を『子』と呼んでいた。そこに普通の親としての感情が全くなかったとしても———ならば、そう言う遊戯もまた楽しいだろう。



 何故そう思うのかと問われれば、ゲボックの思考の先、意図さえも理解できるのは自分だけだという自負があるからだ、束はそう答えるだろう。
 通常は答えるのすら面倒で、そのくらい理解できないものに興味は無い、と切り捨てるだけだが。

 そして、自分自身がゲボックに劣っている気もまた、ありえない。ゲボックが専攻している事でも、理解できればそこまで追いつける。

 だが、それは向こうも同じだ。
 どれだけ突飛な、相手が思いつかない事を着想しようとも、気付けば同じになる。
 この、思念通話の技術のように。
 どうせ同じならば違う事をしよう。
 それが、最近の束のテーマだ。

 ゲボックは生体から機械が如き存在へのアプローチを。
 束は逆に機械から生体のような存在へのアプローチを。

 恐らく、最終的には一つの同じ点へ収斂していく。

 対し、違う事と言えば。
 
 ゲボックの求めるものが称賛であると言う事が束との違い。

 束と違い、ただ研究し続けるだけ、永遠に終わらない円周率の計算を延々と続けるだけでも楽しいのがゲボックと束の差異だ。

 だが、過程は束は考慮しない。
 その時、どんな風に立っているのか。
 現時点と結論しか束には興味が無い。

 自分と同じ所に容易に立つブラックボックス。

 これさえあれば、どんな事があろうと自分が退屈に苛まれる事は無い———



「ちーちゃん、あと二キロぐらいだよ、頑張ってねー」
 ゲボックを抱き寄せ、その耳———入力装置代わりになっている———に千冬への応援を囁く。
 千冬は再び頭に響く自分の声にびっくりしていた。

 自分の世界は、自分に優しいものだけで良い。
 それ以外は、何にだって邪魔されるわけにはいかない。



「ねえ、ゲボ君? 束さんは知ってるんだよ?」
 ゲボックの耳を塞いで、束は言う。

「確かにこの事件にゲボ君は関わっていない———でもね、それなら———どうしていっくんを治療する解毒薬を持っていたのかな?」

 懲りずに一夏を改造しようと織斑家に来たゲボックとただそれを余興に楽しむ為に来た束が見たのは、傷つける訳にも行かず、発症した一夏を拘束し続け、困り果てていた灰の三番だった。

 解毒しようとしたゲボックは絶妙なタイミングで第二形態のセイウチになった一夏に踏みつぶされていた。
 本当に間が悪いと言うか面白いと言うか。
 だが、しっかりしている所はある……。手に持っていた無針注射ですぐに一夏を元に戻したのだ。

 その後、質問する束に全く平静にゲボックは関係ないと言って、吐血直後ぶっ倒れた。
 ならば、本当に今回の件はゲボックの手によるものではない。

 ゲボックは、誤摩化そうとする事はあっても、絶対に二人に嘘を吐けない。
 というか、嘘をつこうとしたら目をそらすわ口笛吹くわ、動揺してどもるわで絶対にばれるのだ。



 ……だが、嘘をついていないし、隠し事もしていないと言う思考のもとでなら、確かに動揺は無い。
 まずいね。ゲボ君の習性を知っている人が他にも出て来たみたい。

 ゲボックは楽しい楽しい自分と千冬の『お友達』だ。
 絶対誰にも渡してやるわけにはいかない。

 そのためにも、この『子』にも頑張ってもらわなくちゃ。
 あとは、千冬をどう説得するかだ。
 束は、今後の行動を組み立てて行く。






 それは。砲弾のように二人の間に落下した。

「シャウト!」
 地面との激突、その衝撃に余波がまき散らされ、千冬はとっさに後退。

 まずい、しまったと舌打ちする。
 これがなんなのか、分からないが———
 シャウトと引き離された。

「くっくっク……」
 
 笑い声が聞こえた。
 聞き覚えがあるが、思い出せない。
 そのぐらい、千冬に取ってはどうでも良い程の重要度しか無い声である。
 人間、だった。
 五体満足、一分の隙もなく、人間である。
 顔面や、肌を覗く腕などにタトゥーのようなラインがはしっている。
 特に口の両端から耳の後ろへ流れて行くそれが禍々しさを醸し出していた。
 この特徴を除いても、やっぱり記憶に無い。

「ミぃいいイイイつけたぞ、オンナあああああアアアアアアアアアアアアッッッ——————!!!!」

 逆に、相手に取って千冬の重要度はかなり高そうだった。

 その思いの丈と言うか雄叫びと言うか……それは、今までの獣の咆哮に似て、しかし決定的に違っていた。
 含まれる人語。それは明らかに人の知性が存在する事を意味し、しかしそこに含まれる感情が人間の理性がそこに含まれている考慮を無用のものとしていた。

 かなり大柄な体型である。
 上下に着ているボディラインをあらわにする衣服にはその下の隆々とした筋組織を容易にイメージさせた。
 そして、見た目通り馬鹿そうで、単純、短気で粗暴そのものである。

 同じ男として、師匠やゲボックと比べるのもおこがましい有様で……。
 
 ……おい待て、何故今ゲボックが出た。
 やはり、男は師匠のように凛々しく、精悍としていなければ。
 自分の思考を必死に制御する千冬。

 一夏は是非そのように育てよう。灰の三番にも言い含めなければ———
 思考が脱線しかけたのを慌てて引き戻し、敵(としか思えない程こちらに敵意を向けている)の観察を再開する。

「あの体型、どこかで見たな……」
 何か引っかかるが記憶から出てこないもどかしさがある。
 
 こんな事を考えられるとは……。
 非常事態に段々慣れて来ているのかもしれない。

———ダムッ、ドム、ドッ———

「シャウト!?」
 しかし、その気もすぐに引き締まる。
 男の後ろの方からは何発も衝撃銃の発砲音が聞こえたのだ。
 それはどんどん引き離されているようで、男の横をすり抜けなければ彼女の方に向かう事は出来ないだろう。


「ヴぅうううガアアああああああああああッ!」

 何故か、周りの獣人はその声一つで引いて行く。
 それだけでも、シャウトとの合流の困難さは理解できた。
 今まで野の獣も同然だった獣人だったが、最悪この敵が居れば統制が取れる。
 種族は違えど似たような攻撃しかしてこなかったが、適材適所を当てはめられれば、そもそも生物としてのスペックはこちらが下だ。敵う訳が無い。

「……首謀者の関係者か?」
 それとも、これも何かしらの実験の過程なのか。

 ゲボックや束の動向を見て来た感想から言えば……。

———後者の線が濃厚か

 千冬は覚悟を決めた。

「あがあああああああああああああああっ!」
 獣人を遥かに上回る速度の突進で迫って来る。

 だが、単純なそれならば、今まで同じである。
 かい潜り、脇腹を打つ。

 ぐむ。

「!っ———堅いっ」
 象人を殴った時にも感じなかった密度。
 まるでゴムの塊を拳で打ったような違和感がする。

 その千冬に振り上げるような一撃が迫る。
 
 背筋をはしる寒気。
 予感がある。
 当たれば、防御の意味は無い。


 この敵の攻撃は全て、一撃必殺だと。


「ちぃっ———」
 転がり、その一撃をかいくぐる。
 かすった指が千冬の神を何本か毟っていく。
 その痛みが、千冬の神経をさらに鋭敏にした。

 感だけを頼りに、転がり様に両足を振り上げる。
 蹴りの為ではない。そんなもの、何の役にも立たない。
 その身をまっすぐ倒立させる。

 その身の芯をなぞるように。
 
 さっきまで千冬の胴があった所に———
 
 千冬の眼前を拳が落ちる。

 その時発した音を千冬は聞けなかった。
 一瞬灰色になる世界。聴覚はカットされた。
 脳の処理能力が、限界まで跳ね上がり、余計なものが削げ落されたのだ。
 これが緊急事態に感じるゆっくりとした世界か、と思う程に余裕ができる時間感覚。
 
 冗談じゃなく、拳で地面を割る瞬間を事細かく目の当たりにしてしまう。

 巫山戯た、なんてものではない。

 ゲボックの生物兵器とて、こんな膂力は無い。
 無駄だからだ。
 地面を割りたければ、別の攻撃手段を用いた方がエネルギーの効率がいい。

 それを震脚でもなく、わざわざ振り落とした拳で。
 どうやって勝つ?
 高速化した思考はあらゆる戦術を構築する……が。
 その殆どが自分の死で終わる。
 こんな事なら、ゲボックや束の護身武具を素直に貰っておけば良かったと公開する。
 あれは、明らかに過殺傷なんだよなあ。
 今は、無性に欲しくてたまらないが。

 唯一貰ったのはこの黒い木刀。『アレトゥーサ』だけである。
 この木はまだ生きている。
 寄生はされたくないものだ。

 待てよ?

 確か、漆黒のフラーレン(とか言うらしい)の強靭さと『アレトゥーサ』は植物故の構造を合わせた。あの攻撃があった筈。
 冗談だと聞き逃していたが———



 筋道は立った。
 後は全力を尽くして足掻くだけである。
 この手の賭けは思えば好みであった。
 例え百回に一回でも、最初の一回に出ればそれは確実だ。

 これから十と少しの年月後、まさか弟が似た思考を抱くとは思わず、千冬はうって出る。


 反動を付け、倒立のまま跳ぶ。
 身を猫のように捻り、少しでも男から離れるべく飛距離を稼ぐ。

 頬が熱い。
 間近で粉砕されたアスファルトが千冬の全身を抉っている。
 こめかみから流れるものと、切れた頬から流れる血が合流して顎を伝う。
 気にするものかと、千冬はアドレナリンを自覚する。

 割れた地面を一息に飛び越え、男は突っ込んで来る。
 振り上げた腕を、右方向へ時計回り。体を独楽のようにまわして回避。
 相変わらずとんでもない力と速度。巻き起こる風だけで肌が裂ける。

 男の腕は千冬の狙い通り、電柱をぶち抜いた。

 こちらに倒れ初める電柱。
 男の膂力ならば、片腕で払ってしまうだろう。
 まったく、なんなんだこいつは。
 くそ、やはり思い出せない。

 なぜ、獣人とセットになって来ているのだか。
 戦術を探る思考が余計なものまで引っ張って来る。
 即座に黙らせ、思考の全てを一点に注ぐ。
 
 千冬はタイミングの計測に全力をかけ、一回転を終了ささせる。
 相手は半身を返している段階だった。

 倒れて来る電柱。
 無造作に片手で払おうとしている瞬間。

「やああああああああああああっ—————————!!」
 気合い一拍、遠心力も加えて振り上げた木刀を膝裏に叩き込んだ。

 どんな膂力があろうとも。
 人体工学上、関節の向きに逆らう事は出来ない。

 さすがの男も体勢を崩した。
 タイミングを外され、電柱は違わず男の脳天に炸裂した。
 そこを起点に再度へし折れる電柱。
 電線は垂れ、紫電をまき散らす。

 そこでやった! とは思わない。
 のしかかって来る電柱を、男は反対の手で振り払う。
 まるで、直撃した発泡スチロールに対してやる様に。



「く———あっ!」
 無造作に払われ、飛んで行った電柱の端が千冬を掠める。
 それだけで激痛が脳髄に噛み付いた。

 だが止まらない。
 止まれば死しかない。
 全身のバネを用いてその身を跳ね上げる。
 同時に、振り下ろした木刀を全力で引き寄せるた。

 男は不安定な体勢で電柱を払った為か、半身からこちらに向き直るには一秒程かかりそうだ。

 それだけあれば有り余る。
 胸の前で構えた木刀を、男の口内に突き込んだ。

 口内は、あらゆる生物の弱点だ。
 そこを突かれれば、ひとたまりも無い。


 しかし。


 その希望も、男はあっさり、木刀に食らいつく事で叩き潰す。
「な———」



 フラーレンで出来た、ダイヤを凌駕する強度の木刀の先端が噛み折られていく。

 しかし、千冬が浮かべたのは絶望ではなく、己の算段が通った会心の笑みだ。
「んてなあああああっ———!」

 生物たる木刀は、折られる事に生命の危機を感じ、防衛反応をおこす。
 すなわち。

「ぶがあああああああああああっっっっっっっ!?!!??」  

 吸っていた水を、フラーレンと言う強固な素材で極限まで圧縮し、先端から射出。
 鋼鉄すら容易に両断する水圧カッターは男の口内で炸裂し、後頭部から抜けた。
 もう一度言うのだが、口内は生物共通の急所だ。



 一瞬の躊躇も、作戦成功の余韻も見せず、千冬はそこから全力で退避する。
 折れた電柱。散らばる電線。
 木刀から出た生理電解水。
 この組み合わせが意味するものは。

 がつんっ!

 殴りつけるような音の一瞬の発光。
 配電線を流れる電圧は、一般家庭用とは異なり、六千ボルトに達する。
 一瞬でショートし、電線は焼き切れた。



「はぁ、はあ———ふぅ……すまん、助かった」
 はあ、と。
 千冬はようやく、一息をついた。
 先端を食い折られた木刀に礼を言う。
 これが無ければ死んでいた。

 電柱が掠めた左肩を抑える。
 急いで家に向かわなければ。

 今はこの男が命じたからだろう。
 シャウトが大半を連れて行ってくれたのか、それとも命令の内容はそれだったのか。
 助け出そうにも、今時分が行けば逆に足手まといにしかならない。
 一端、休息を取らなければならない。

 あまりの集中に疲労困憊だ。獣人が集まってくる前にどうにかしなければ、今の自分は対処できるか分からない。
 今までの快進撃は、優秀な後衛が居てこそである。
 これからは身を潜めて確実に———

「ヂくしョう……」
「なっ———」

 男はあちこちを焦がしながらこちらを睨みつけていた。
 なんと言う殺気か。

 喉を突き破られ、そもそも無事な筈が無い。
 脊椎は確実に損傷し、倒れていないのも異常すぎる。



 男は、怨嗟のうめきを延々と放出する。

「殺しテやる殺シてやる殺してヤる殺してやルコロしてやる殺しテやる殺シてやる殺してヤる殺してやルコロしてやる殺しテやる殺シてやる殺してヤる殺してやルコロしてやる殺しテやる殺シてやる殺してヤる殺してやルコロしてやる殺しテやる殺シてやる殺してヤる殺してやルコロしてやる殺しテやる殺シてやる殺してヤる殺してやルコロしてやる殺しテやる殺シてやる殺してヤる殺してやルコロしてやる————————————!!」

 くぐもった声。
 そこで千冬は気付いた。
 この声は、合成音声だ。
 損傷を受け、それでようやく電子的に合成した音声特有のダミが聞こえて来たのである。

 ボロボロと男の着ていた衣類が崩れる。
 高圧電流で発熱した男の表皮で溶け、または炭化したようだ。

 そこから見た素肌に見えるのは、顔面同様の謎の入れ墨のライン。



 否。

 それは感覚素子センサーグリッドだ。その線が全身、一気に割れた。
 その隙間から飛び出すケーブル、チューブ、センサー。などなど、通常、人類の内部に無いものが顔を覗かせる。

 途端、男の体は、内側と外側がひっくり返る…………

「コロシテヤルコロシテヤ———」

 男の声だけが、公園に響く。



 それは、全身機械化人間サイボーグだった。

 しかも、ただのサイボーグではない。だが、その特別とされた機能は発揮される事が無かった。
 これまで、完全な適合者が居ない為、ただのサイボーグとしてしか機能していなかった。

 ———尤も、それでも、これまでの戦闘兵器を遥かに上回る有効性を示していた。
 それは千冬との戦闘で見せたこれまでで十分証明している。

 では、適正とは何か。
 今回の稼働に置いて、男が力に飲み込まれ、ただ振り回しているだけの様を見れば、寧ろ人選を誤ったように思えるだろう。
 冷静に男が戦っていれば、千冬に勝機は無かった筈だ。



———だが———



 それにある最大の特徴。
 内部にある人体の特定の感情———主として闘争心を食らって形状を形成する、精神感応金属によって構成されている肉体を最大限に生かす為には、とある適正が必要だった。

 それは、抑圧された圧倒的なまでの攻撃衝動。
 普通に暴力を振るうだけでは発散される事の無い理不尽な憤怒。

 それを持ちやすい、特定の家系、レヴェナの眷属と言われる世界中に分布する血統。しかも先祖帰りをおこし、尚かつその攻撃性が最も高まる……思春期頃の、男子。

 それが、彼である。

 一般的に、男子の方が視覚的イメージを情報として尊重しやすい、と言う特徴がある。
 方向音痴が女性に多いのはそのためだ、とも言われている。

 それは、容易に変身願望を精密に描き出す。



 望むものは———おおかみ。
 


 月に吠える願いが、敵意が、そのまま形状を完成させる。
 ずっと彼の胸の内に眠っていた、しかし物理的に表出する事の出来なかった怒りが鋼の獣を完成させる。
 精神感応金属が喉の傷を埋め、全身を変形とともに修復していく。

 鋼の人狼。
 直立すれば身の丈三メートルはあるだろうか。
 背を曲げ、それよりは低いだろうがその巨躯の迫力は尋常ではない。
 明らかに質量保存の法則を無視して変形を完了させた男は——————
 今度こそ、見た目にふさわしい、遠吠えをあげた。

 千冬の眼前で、生まれたばかりの赤子のように。









「はい———Sです」
 離れたビルからスコープで覗いていたシャウトは金髪を掻き揚げつつ、連絡する。
 その周囲も獣人が居ない訳ではない。
 彼女の手にあるのは笛だった。
 くるくる振り回され、空気を振るわせている筈だが、周囲には風を切る音しか響かない。
———人間には

 逆に、獣人を問答無用で蹴散らす機能が付与された特殊音波を放つ高周波専門の笛である。
 ある意味超強力な犬笛と言えよう。
 これがある限り、獣人はシャウトに近付く事さえ出来ない。



「ええ、こちらでも確認しました。成功です。Were Imagineヴェア・イマジン完全稼働、モニターを継続します」



 夜はまだ、終わらない。



[27648] 遭遇編 第 4話  中等期、関わり始める世界、後編
Name: 九十欠◆82f89e93 ID:a6979411
Date: 2012/03/30 23:26
 天才には往々として、似通った障害を患う事が多い。
 それは、突出した『才』故の弊害なのか、なんらかの欠損を伴うケースである。



 サヴァン症候群とガンツフェルト症候群。

 聞いた事がある人も多い事だろう。
 後者は創作物の代物であるが、そもそも元となったネタはガンツフェルト実験と名付けられたものであり、調べれば充分に話題に挙げられるものと言えるだろう。



 さて、話を戻そう。

 前者、サヴァン症候群は賢者症候群と表す事ができる。
 知能や社交性に障害、あるいはなんらかの身体的欠損を有した人物がある特定の分野に比類無き才能を示す症例だ。



 こんな話がある。
 ある、コミュニケーション能力に欠けた青年がいた。
 人前に出るとパニック症状を起こしてしまうのだ。

 そんな彼に、一つの転機が訪れたのは、友人の気紛れによるものだった。

 途方も無い根気と時間を掛けて、彼と意思を交わす事ができるようになった友人がある日、彼に一冊のスケッチブックとHBの鉛筆をプレゼントしたのだ。

 友人は何の気無しに彼にプレゼントしたに違いない。
 心理テストで、子供に好きに描かせその心情を推し量るという事をどこかで聞いていた為かもしれない。

 彼との交流で、自然とその手の知識に食指が伸びるのは当然と言えよう。






———そして、友人が見たその作品は。

 友人のみならず、見るもの全てが息を呑む程の代物であった。

 真っ白な画用紙に描き出されたのは、真正面から捉えられた石造りの美術館。

 極めて正確に———

 石柱の亀裂一つ一つに至るまで正確に描写され、まるでモノクロ写真を現像したかの様な傑作。
 初めて写生画を描いたとは誰も信じ得ぬものであった。

 後に友人は語る。
 彼程、正確に世界をありのまま見ている存在は居ないだろう、と。

 どうしても人が見ている『世界』は観測者の主観が入り込み、実際のものに比べ歪みが生じる。

 彼には一切それがなかった。
———極めて完全な、写真記憶能力。

 人が無意識に行う視覚情報の、言語情報化。
 それを一切排したある意味一つの障害。

 無論、それだけではこの傑作は日の目を見る事はなかった。
 彼の脳内にある複写された瓜二つの世界。
 それをアウトプットする術があったからこそ、彼の『世界』が他者の知るところとなり得たのである。

 正確無比な写真記憶能力。
 そしてそれを描き出す絵画の才。
 それらを併せ持っていたお陰で、偶々他人は彼の世界を本の僅かだけ、垣間見る事ができたにすぎないのだ。



 人は一人では決して生きていはいけない。
 それなのに、殆ど人と接する事が出来ないという障害を代償に。

 彼は世界をありのままに感じる事ができる———いや、感じる事しか出来ない脳を得たのである。



 ガンツフェルト症候群についてはまたの機会に述べるとして———ゲボックは自分でも(偏っていると)考えている。

 やろうと思えばなんでもできる筈、何だって作り出せると。
 だけど、芸術的な行動は苦手で、人が感動する様なものを作り出す事は出来ないと。



———そんなもの、真の欠陥に比すれば些細なものでしか無いと言うのに



 ゲボックのその精神、根幹に根ざす衝動は単純明快。



『ねぇ、今度はこんな事ができたよ! ねぇ、凄い? 凄いでしょ! なら褒めて! もっと褒めて!!』



 幼子ならば誰でも抱く、拙い願い。
 しかし、同じ事を続けていては、やがて褒められなくなる。
 ならば次を。
 もっと凄い課題を。
 もっと凄い目標を。

 このサイクルはいずれ壁に当たり、その克服の為に誰しもが考え、人としてその心は成長する。
 だがゲボックは天才だった。
 目標を悉くこなした。
 天才だと褒め称えられた。

 だからもっと———もっと、と。

 彼の精神は幼いまま、人知を超えた知能を携え。
 幼い精神のまま、歪な大樹へと育まれる。

 際限なく研究を。
 果て無き賛辞を。
 研究を繰り返し、実験し観察し、それをもってさらなる研究を。

 あらゆる———人としてなくてはならないものを微塵も考慮せず、全く意識もせずに。
 ゲボックの科学と称賛の流転は止まらない。

 彼の知能は悉く夢想を実現化させる。
 その代償として、精神の熟成を阻害させながら。

 彼の人間性など考慮せぬ、頭脳を利用しようとする者達がその狂気とも言える恐るべき事実に気付くのは———






———何時だって、全てが手遅れになった後であった






 喫茶店。
 そのオープンテラス。
 ウェイターが「お待たせしました」と必死に構築する怪訝な笑顔を浮かべながら、料理を差し出し———

 どう見ても中学生頃、金髪の白人男女の前に食器を迷わせ———

———合席していた少女に、当然彼のよ、と目配せを受けて慌てて一礼し、去って行く。

「Marverous! これを待ってましたよ!!」
 右手がペンチ、左手がドリルと言う冗談の様な義手を振り回していた少年が万歳をする。

 本当に煩く騒いでいたものである。
 金属製の両腕をガンガン机に打ち鳴らし、よりにもよって『お子様ランチ』を注文していた———料理が来る迄の間は、並の精神の持ち主なら顔から火が吹き出てナパーム噴出機になる程であろう。

 金髪ショートカットの少女——— “S” ことシャウトはそんな表情など微塵も浮かべなかった。頬肘を突きながら、奇妙な印象のゲボックを興味深そうに観察するだけである。

 不思議な印象の少年だった。
 非常に中性的な———男とも女とも、更には老人にも幼子にも見える、非常に一定しない曖昧な印象の持ち主であった。

 それでいて強烈なキャラクターを振りまいて居る。

 どう見ても幼児性退行者かその手のロールプレイを嗜む変態、果ては知的障害者———と言うと知的障害者に失礼な程しっちゃかめっちゃかな言動の持ち主。

 それが、現在彼女のいる組織でも扱いに手をこまねいていると言う超絶兵器、<Were・Imagine>を独力で開発してしまった鬼才だと言うでは無いか。


「ねえ、ドクター?」
「うふふふ、美味しそうですねえ」
 チキンライスの山に日の丸印の旗を次から次へと突き立てる少年は聞いて居なかった。
 ちゃきり、とステーキ用のナイフを取り出すシャウト。

 途端に少年はガバリとこちらに視線を移した。
 静かにナイフを戻す。
———殺気を気取られた!?

「そう言えば! 小生の渡した獣除けの笛の効果、どうでしたか?」

 そう聞いて、ホッと内心安堵するシャウト。
 考えすぎか。

「ええ、ばっちりだったわ、一体、どういう仕組みなのかしら」

「それは良かったです。『小生の作った麻薬で産まれた獣人』でしか試していませんでしたので。ですけど、フユちゃんでさえも微妙に避けましたので効果はバッチリだった筈ですよ!」

 効果を実証して居なかったのと内心冷や汗を流すシャウト。
 しかし、獣人は、少年も作り出せるのか。
 先のマシンとはジャンルが全く違うだろうに。


 後……効くのか……千冬にも。


「あ、それに効果ですか? あの笛は本来、人間には聴こえない可聴域で根源的に嫌悪する音を出すのです」

 硝子を引っ掻く時の音の様なものだろうか。

「とは言っても獣によって嫌う音というのはそれぞれ違うでしょ? だから最初に聴覚から脳にアクセスして脳内から『一番嫌な音』を引っ張り出してぎゅーぎゅーに押し固めてドバンと開放するんです! 自分の知る限り最も嫌な音を何倍にもして聞かされるわけですから一発で気絶しちゃうんですね!」

「そう……それはすごいわね」
 言動とは逆に、内心では相当動揺していた。
 想像以上にとんでもない代物だった様である。

 嘘をついている様には見えない。
 相手に合わせて、最も嫌う音を生み出す———相手の脳から。
 そんなもの、どうやって防げと言うのだ。

「それにしても、<人/機>わーいマシンの起動実験に示し合わせたかの様に起きたこの獣人事件は何だったんでしょうね? フユちゃんやタバちゃん、いっくんとかも危ない目に会いましたし。灰の三番や茶の三番も結構直すの大変でしたよ」



———さて

 今迄は任務だったが気が変わって行くのを自覚する。
 ブツブツ文句を言っている少年の前で、シャウトはさらに少年を値踏みする。

 彼は一体何なのか。
 シャウトが感じるのは『世界とずれている』であった。
———見慣れた……いや、見飽きたからこそ分かる、この世界との間に明確に生じている『ズレ』。
 紛れもない。彼を中心にそのズレは生じていた。
 彼本人は気にも止めて居ないが、そのズレのために彼は酷く生きずらい生涯を過ごすのだろう。



 何故か……。
 その事が酷く気に入らなかった。



 シャウトには、明確になっていない、形さえもあやふやな『願い』がある。
 自分自身にも分からないその願望が分からない事実は、ずっとシャウト自身に緩慢な諦観と鬱屈を与え続けていた。

 願いが分からないからその解消法も分からない。
 袋小路でゆっくりと酸素濃度を下げられているかのような、生きている感覚と死んでいる感覚が同居した様な脱力感。

 それが———
 少し、解消された気がした。

 無論、それは錯覚に決まっている。

 だが、ずっと抑圧されていたシャウトは、世界に対して憎悪と迄はいかなくても、殺意のようなものは抱いていた。
 どうして、自分は世界に受け入れられないのか。

———どうして、世界の現状に自分は納得できないのか

 少年に共感を抱いたわけでは無い。
 こんな存在と何かが共有できるのは、同質の狂人だけだ。

 だけれども。
 今自分と同じように、世界の隙間で生きて居る少年が、己のあるがままに『自分』を広げて行けば。

 世界の方が、ただで済む筈も無いという、単なる純粋な好奇心だった。

———『ズレ』ている彼自身の存在が世界を塗り潰せば、世界はどんな顔をシャウトに見せてくれるのだろうか

 『今の世界』を、『彼の世界』が広げ押しつぶしたらどうだろうか。

 抑圧されている少年が、あるがまま、思うがままに世界を圧倒してけば、どれだけ世界の顔は様変わりするのだろうか。
 その果てに、自分も———見えるものが何か、変わるのだろうか。

———そうすれば、自分自身に蟠っている、何か……。『それ』が分かるかもしれないと———



「ドクター、あなたの<Were・Imagine>について教えて欲しいのだけれど」
「困りましたね〜、困ってしまいましたよ」
 少年はまだ愚痴っていた。
「ドクター?」
 少年には聞こえて居ない。
 シャウトは静かにさっき下ろしたナイフをもう一度持ち上げて。

「今後、こんな事が起きても大丈夫な様にフユちゃ———ズガァッ!! ———うっひゃあ! 何ですか一体!」
 少年の顔、そのすぐ横にナイフが突き刺さっていた。

「ドクター? お話を聞いていただけますか?」
 やっぱり食器のナイフじゃ重心が安定しないわね。などと、今何をしたのかなど全く意に介せずシャウトは続けた。

「こわっ! いけないですよ! ナイフは食事に使うものであって人に投げつけるものじゃ無いですから!? どうして小生の周りの女の子は皆揃って攻撃に移るタガがゆるいのでしょ? もう帰りたいです……ッ!! はいぃぃぃ、何ですかァ!!」

 にこにこ微笑まれつつ、次のナイフを取り出す様子をじっくり見せつけられたので、素直に少年は話を聞く体勢にうつった。
「ドクター、<Were・Imagine>について」
 ナイフを弄びながら再度述べる。
 彼女の纏う空気が『次はブッ刺す!』と大声と語っていた。

 少年はダラダラ脂汗を流しながら回答する。

「うぇあ……あー! あー! オウオウ、<人/機>わーいマシンの事ですね?」
「……わーいましん……?」
「今言った<Were・Imagine>以外にも、あれには語源があるのですよ! それぞズバリ<Were・Machine>ワー・マシン!! それら二つの語源を併せ持つようモジってみました? どうです? その性質をよく表しているでしょ??」

 話しているうちに空気が反転した。
 その全身から、嬉しさを溢れ出しながら少年は両手を振り回す。
 一体どうやっているのか、少年はペンチとドリルで器用にスプーンとナイフをふるっている。

「それで、何を最たるものとしているのかしら」
「聞きたいのですか? 聞きたいのですね! 分かりました! 皆皆、話の途中で勝手に打ち切っちゃうんです不満爆発だったのですよ! 良くぞ聞いてくれました! そもそもです—————————」

 ドカカッ———!

 襟が椅子に縫い付けられていた。
 フォークで。

「本題を」
「わわわ、分かりましたよ……女の子は本当に怖いですね」
 うーんうーん、と必死にフォークを抜いてから、少年は語り出す事にした。

「お願いします———Dr.ゲボック」



 少年はゲボックだった。
 言う迄もなく、バレバレである。






———Were Imagine.

 開発者による呼称は<人/機>わーいマシン
 到達すべき機能はただ一つ。

 搭載された生体ユニットの変身願望を成就させる事。

 人は誰しも精神の奥底に変身願望が存在する。

 それは、芋虫が蛹を経て蝶へと羽化するような劇的なものから、身近な信頼する人物のようになりたい、というものに至る迄様々だ。

 <人/機>わーいマシンがサイボーグであるのは『変身願望を叶える』という機能を与えるために必要であったからのと、パトロンからサイボーグを要求されていた、という事に他ならない。

 いずれ、いや、ゲボックが望めば、すぐにでも変身願望通りに変身する薬が開発されるだろう。
 もう既に獣人にはなれるのだ。その程度、容易いだろう。

 重要なのは、機械の血肉でありながら、搭載者の願望通り変身する事だ。
 サイボーグに変形のギミックを仕込むのは容易い。
 だが、搭載者の願望通りとなると話は違う。
 開発の段階で、変形の姿を描くのとは訳が違う。

 それを問題点を解決したのは精神感応金属『シンドリー』だった。
 搭載者の脳波を観測し、機体を望む通りに変形させる。
 こうして、望み通りの機能を鋼の肉体で駆動させる。



———筈であった



 ここ迄は容易かったのだ。
 しかし、システム的には完璧でも、そこに組み込まれる人体の方に適性がなかった。

 まず、女性では『変形』が起動しなかった。
 女性は男性に比べ、現実主義であり、変身願望を真には望まず、造形のイメージ力が脳構造的に足りなかったのである。
 よって、明確なイメージを与えられず、よしんば変形が始まっても一定の形に定まらなかったのである。

 次に、肉体の変形に脳が追いつかなかったのである。
 誰しも変身願望は持っている。
 しかし、同時に『自分の形』像もまた、誰だって明確に描いているのだ。
 それが突然に切り替わってしまえば、それを操る脳が混乱して途端に役立たずになってしまうのも道理である。

 暗示や脳に思考補助を取り付ける事も考えたが、それではどうしても望む形態への自由性が損なわれる。
 それならば、初めから決まった変形機構を取り付けた方が手っ取り早いのだ。性別問わず使用する事もできるし、費用も数桁取り下がる。

 そんな中、発見された。
 前頭葉よりも脳幹の方が活発に発動する———つまり、本能に忠実な、獣じみた衝動的な人種を。

 脳幹———ワニの脳とも言われる、脳の中でも比較的原始的な部位に当たる部分の制御優先度が、一般人をはるかに上回る人間を。
 さらにその人種は、大脳辺縁系を自己暗示で活性化させ易い事も判明した。
 その結果生まれるのが衝動的な欲望への堪えが効かない、運動神経に優れた人間だ。
 常人をはるかに上回るその身体駆動は他者を圧倒し、
 欲望のまま暴虐を振るう。
 実は運動選手や格闘家のなかに非常に多数、存在していたりする。

 だが、その事実が判明するのは、その様な『功績』が出てからであり、劣性遺伝なのか発現が非常に少なく、肉親を探してもなかなか存在しない。
 成長と共に暴力性は収まっていくらしく、社会人となる頃には至って普通に社会に溶け込んでいるらしい。

 そして、そうなっては『使えない』のだ。
 さらに求めているのは、その特徴を備えていながらさらに想像力に優れた若い脳なのだ。



 ゲボックによれば、ソフトウェアだけではなく、肉体ハードウェアも……つまり完全獣化できる、『祖たるレヴェナの眷族』なるものも論理上存在する筈だが、混血が進んだせいなのか、環境開発に追いやられ滅んだのか、オカルトじみた彼らは見つからなかった。
 ゲボックによれば、生体組織のみでそれを成し遂げるその種族は逆に、月に一度サブの脳を作り出せる女性のみが、完全獣化できる筈なのだそうだ。

 なお、これらの事は地球の生命の進化系統樹から推測したのだと言う。
 推測では誰も信じない———筈だが、彼はその推測でいくつかの新種を居場所から生態に至るまで予測し、的中させて居る。
 ゲボックは、地形、環境の変化から気象による外来生物の移動なども全てシュミレーションし、生命の淘汰を計算済みであったのである。

 なお、例の麻薬の場合は、彼女らを再現するため、新しい肉体の制御用として、擬似的にサブの脳髄を構築するようになっている。



 だが今回、条件に適合する検体が手に入った。
 日頃からの非・社会的行動により家族は精神的に疲弊しており、施設へ入れるよう勧めたらあっさり身柄を手にする事ができた。

 さらに<人/機>わーいマシンは、可変の際、獣化麻薬を搭載者の脳に部分的に投与する。
 薬物によって脳———肉体駆動に関する部分を肉体の形通りにしてしまう事で精神と肉体を完全に一致させ———



 その結果生まれるのは———



「U——————ガAァアァぁぁァアあアアァぁァAァッ!!!」

 あたかも生物の様に代謝する、人の手によって組まれた鋼の肉体、それを駆使し切る圧倒的運動性能を演算する生体脳。
 野獣の本能に従い、未来予知と言っても差し支えない第六感を鋭敏に反応させ、人間の判断をはるかに上回る最適行動解を取り続ける。
 されどその内には人間としての知性や感情を宿し、敵を欺く。
 ただ———理性や倫理と言った戦闘に不要なものは排除された。

 鋼鉄製の、完全に破壊のためだけの半機械生命体。
 <人/機>わーいマシンなどという巫山戯た名前をつけられるには———あまりにも、あまりにも圧倒的で凶悪すぎる存在だった。








 <人/機>わーいマシンに搭載された青年と違い、千冬の生物としての本能は確かなものだった。

「———くっ!」
 それが完全に変形を終える前に、全力で逃走を始めたのである。

 電柱が掠めた腕を庇い、それでも普通の人間からは比べものにならないほどの俊敏さで走り出す。
 なお手放さぬ『アレトゥーサ』こそが、千冬が生を諦めて居ない強靭な精神力の証拠だった。

 一体——————何なんだ、あれは。
 冷静さは消えなかった。だが、さしもの千冬もあれだけのモノを見れば恐怖を抱く。



 人間の全身に亀裂が入り———その———裏返るなどとは。
 さらには膨れ上がり、明らかに元の質量をはるかに上回っている。

 それに———なんだ? この遠吠えは。
 この事件の当初、なんの三流映画だと言ったが、これはそれどころではない。

 あれがゲボックの手によらぬモノなら、一体この世は何時の間に千冬の知らぬ世界に変わり果ててしまったのか。
 実際、獣人はともかく、今の魔獣はゲボックの手によるものなのだが、どちらも獣の形になると言う事から一緒くたにしてしまっていた。

 千冬はガソリンスタンドと並んだ中古車センターに向かっていた。
 燃料をスタンドに補充する前に運転手が獣化したのだろう。
 給油用のケーブルが転がっていた。

 攻撃に……使えるか?

 一瞬そんな考えが頭をよぎるが、そんな余地が無いのは分かっている。
 人間の生身で出せる攻撃力で倒すのはまず不可能だ。

 撃破よりも、一秒でも早くこの場を離脱する事が最重要項目であった。

 だが、走っていては絶対に追いつかれるのは明白だ。
 それに、獣の姿をしているのだ。
 こちらを何らかの形で探知できるのは充分想定内だ。

 車の運転方はわからない。
 単車の方なら何とかなる。
 当然、年齢的に法令違反だ。

 Barのバイトで年齢を誤魔化しているせいか、客の自慢話を聞いている内に何となくわかったのだ。

 いきなりの博打だが、やらねば命が無いのは明白で———



 ど——————

 その瞬間は、本当に何が起こったのか分からなかった。

——————かンッ

 意識が、飛んだ。



「うぐ、くぅ……な、何が起こった……?」
 周囲の景色は気付けば一変していた。
 まるで竜巻に会ったかのように瓦礫の山へと。
 超局所的な天災にあったかのような有様にぞっとするしかない。

 何故、私は生きている?

 痛むのが肩だけではなく全身になってしまったので、千冬はヤケクソになって立ち上がった。

 運良く側に転がっていた『アレトゥーサ』を手に取り、千冬は見た。

 向かおうとしていた500m程先の中古車センターに一直線に弾丸が突っ込んだような、巨大な轍が生まれていたのだ。
 その車線上にあった車両はクズ紙のように引き裂かれ、その終着点にあった重機に捩り込むように<人/機>わーいマシンがめり込んでいる。

「呆れた奴だ……ただ、突っ込んだだけでこれ程とはな……」
 流石に脳が最適化されても可変直後、体と意識が完全に合致して居ないのだろう。
 千冬を跳ね飛ばすコースを取ったつもりが逸れたのだ。

 されど、それでも充分。
 それでなお、この被害。

 掠めるどころか、近くを移動しているだけで吹き飛ばす。

「どう考えても、バイクなんかより早く走ってきそうだな……」

 軽口を叩く間にも千冬は逃走手段を探す。
 <人/機>わーいマシンは体をアッサリ重機から引き抜き、全身に刺青のように走るセンサーグリッドを働かせていた。
 当然、最新鋭の探索機器はすぐさま千冬を発見する。

「ミぃつケたぁ……」
 眼球に見える視覚センサーが、千冬の視線と交錯した。
 ただのレンズにすぎない筈だが、その奥に人の『脳』があるからなのか、人の瞳と同じ、意思を感じる。
 見た目が4m程の巨大狼男だからより一層不気味だった。

「おのれっ、しつこい男は嫌われるぞッ!」
 一体いつこの男に恨まれたのか、完全に忘れ切っている千冬にはわからない。

 『足』は間に合わない。
 跨いだぐらいで突っ込んでくる。鍵を探る暇もない。

 積んだ。
 見つけられたのが早すぎたのだ。
 人間があれ相手に一体、何をすればいいのだ。

 自分よりも大切な一夏の笑顔が脳裏を過った。


 幼馴染の姉妹が瞬きの瞬間、目蓋の裏に垣間見えた。



 そして……花束を持って笑む———



———巫山戯るな
 私は、まだ、こんな訳の分からない、人の妄想から出てきた様な訳のわからないモノに殺される訳にはいかない。

 最後まで足掻いてやる。

 4mの巨躯が身を沈めた。
 来るつもりだ。

 ぎりっ、と奥歯が鳴る。



———これが☆を滅ぼす魔法……メテ◯だよんッ!!
「……おい」

 脱力した。

 ついさっき聞いていたはずの、脳内に響くその高い声。
 なのにやけに久々に聞いたかの様に懐しく感じる。
 脳に直接届く電波であろうと。
 普段はやけに耳に掛かって鬱陶しく思っても。
 緊張からの開放と言う意味で、千冬の心は救われたのだ。

 走馬灯まで見たのになんともな……と、息を吐かざるをえなかった。



 空の向こうから<人/機>わーいマシン目掛けて正真正銘、『本物』の隕石が降って来るまでは。



「なあああああああぁッ!?」
 一転して、慌てて体を伏せる千冬。

 流石に慌てて、突っ込んでくる方向を捻じ曲げ、回避する<人/機>わーいマシン
 その第六感は凄まじく高精度で、隕石を回避する。

 地表に炸裂する隕石。
 咄嗟に伏せたのは正解だった。

 衝撃波が全身を襲う。
 再度クレーターが掘りなおされ、土砂が体に降り注ぐ。 
 周囲の瓦礫が石の破片から千冬を守ったが、それでも凄まじい衝撃波が全身を通り過ぎて行った。
 しかし、敵の鋭敏性は音速超過のそれを回避して退けていた。



———なんてこったぁ、外れちゃったよ? うにゅにゅにゅッ!! 犬の分際で生意気なっ

 束、今のは何だ?
 目の当たりにしたモノを信じられず、通信をとる千冬。

———え? 分からなかった? 束さんの将来、敵になる奴に叩き落とす為に用意して置いたお星様だよっ! 火星付近のアステロイドベルトから引っ張ってきた純レアメタル製の本物ばっちり! ちーちゃんの玉の肌に傷をつけたそいつを今潰してあげるからね!

———あ、小生は今そっちに行きますね

 その思念通話にゲボックが介入して来た。

———おー、ゲボ君復活したの? まるでゾンビみたい!

———ケ◯ルでは回復するだけなので大丈夫ですよ! いやいやいいモノを見せていただきました! ぜひとも実験したいのですが今はそんな暇じゃ無いので、またにしましょう。いっくんがセイウチになるとは思いませんでした。あれはハーレムを作る獣なんで、素養的にきっと将来いっくんはモテモテですね! ちなみに関係ない事なんですけど、小生自身はちょっと骨が八箇所ぐらい折れて内臓が三つぐらい潰れているだけですから気にしなくても大丈夫ですよ

「あぁ、それはよか…………ん?」

 ゲボック、それは……!
 完全に重傷だろうがああああッ!

———大丈夫ですよフユちゃん、あ、ちょっと避けてください

 何だ?

 嫌な予感がしたので思い切りしゃがむと何かが千冬の頭上を突き抜け<人/機>わーいマシンに直撃した。

 ……今、しゃがまなかったら私の顔が無くなってたわっ!

———大丈夫です! 信じてましたし。おー、衝撃波等の余波で余計な破壊の出ない、市街狙撃用・サイレントレールカノン、なんっ———ですけどねぇ、流石に300ミリぐらいじゃびくともしませんか、これは是非行くしかないですね! そんな凄いものはこの目で見ないと———きっとまだ見ぬ新たな発見がある筈ですからね!

 来るだと、馬鹿かお前は! 死ぬ気かッ!

———いえいえ、行きますよ? 心配してくれてるとこありがたいですけど……ムカっ腹立っているのはタバちゃんだけじゃ無いですからね?

 ……は? おい、ゲボック、ゲボック?
 今、違和感があった。
 ゲボックに今まで感じた事が無い何かが。

———ふははは、第二弾、第三弾発射あ! 有象無象の区別無く! 束さんから逃げられると思うなーっ!

 だが、違和感が何なのか考察する暇はなかった。
 次から次へと<人/機>わーいマシンに降り注ぐ———否———炸裂せんと大地を抉る『◯テオ』。

 回避して重心をずらした瞬間にゲボックの無音レールカノンが装甲を抉る。

 幼馴染を傷つけられ、何処かイっちゃった天才達の非常識な攻撃が間断なく飛来する。
 まったく、どんなトリガーハッピー共だ。

 しかし、<人/機>わーいマシンに用いられている精神感応金属『シンドリー』はどちらかと言えば防御の特性が高い。
 ある時は剛の装甲、またある時は柔の装甲と変異し、さらには破損部分を形態変化を利用して修復する。



「ここは紛争地帯かっ!?」
 次から次へと猛火力が飛来している。
 千冬もわかっていた。
 二人の本気の攻撃手段はこんなモノではない。
 他ならぬ、千冬がいるからこの程度で留まっているのだと。
 ならば、自分がここにいるのは得策では無い。
 寧ろ、二人の足手纏いでしか無い。

 Barで得た記憶を頼りに、コンビニで停まっていたバイクをキー無しで動かす。
 中古車センターで窃盗どころかではない。
 ……が、まぁ、非常事態だ、持ち主はとっくに獣になっている。

 胸の中でひとつ、言い訳をすると千冬は走り出す。



「女ァ……逃がスカぁッ!!」
 隕石とレールガンの猛攻を掻い潜りながら、千冬の動向に注目していた様だ。
 一体、どれだけの執念なのだろうか。
「——————跳んだ!?」

 一気に飛び上がり、千冬を追い越そうとする<人/機>わーいマシン
 だが、流石にそれは早計だったようで。束に動きを読まれ、隕石が左腕を肩口からごっそりもぎ取っていく。

「ぎぃぃいいいヤアアアアアアアアアアッ!!」
 転げ回る<人/機>わーいマシン。これ幸いと、千冬はアクセルを全開、その場を離脱するのだった。

 そして、転げ回る『わーいマシン』にとどめの攻撃をしようとした時に。

 『わーいマシン』の残された右腕が———そばにあったタンクローリーに一気に伸びた。
 その先端を、狼の顎に変形させて。

———ほえ?

 頭に届く、束のそんな声が、物凄く嫌な予感がしてならない千冬だった。
 そして、嫌な予感と言うモノは的中する。

 『わーいマシン』の右腕はは口腔を一挙に巨大化、ガソリンを満載したタンクを丸呑みにして咀嚼。

 べこん! ばこん! と異音がして体内に圧縮されて行く。
 タンクの外部は破損部位の『シンドリー』補充に。
 大量の燃料は蒸留されて航空機用と差し支えぬ高濃度に。
 その過程で余計な水分が排出されているのか、全身から湯気が立ち上る。

———最初に反応したのは、失われた左腕の断面だった。
 隕石で弾けた左腕からゾザザザザッ! とささくれ立った剣の様な金属片が伸び、ケーブルがずるんと垂れて伸び—————————

 即座に左腕を復元。
 しかも、それだけではない。
「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア—————————ッ!!!!!!!」

 その背中、左右の肩甲骨が一気に盛り上がる。
 後ろからその様子を覗けば、垣間見えるのはタービン。

 航空機に搭載されている、ジェットタービンエンジン。
 ごあっ! と大量に息を吸い込むと。

 体内で圧縮、高酸素内にタンクローリーから取り込んだ燃料を霧状に噴霧して点火。

 『跳んでは』駄目だと判断した<人/機>わーいマシンが、人間部分の知識を利用して、可変フレームの『シンドリー』を変形、文字通り『飛んだ』のだ。
 千冬の嫌な予感は、ジェット音で証明される。

 キイイイィィィィ——————ずごん!!

「いくらなんでもこれは滅茶苦茶過ぎるだろうがッ!!」

 飛んだと言っても完全な飛行ではない。
 ジェットの推進力を単にバランスを取って直進していたのだ、が———

 もはや、なんでもありだ。生物の適応力と機械の整備、換装。<人/機>わーいマシンは、そのどちらも単機で成し遂げる。
 そんな非常識を目の当たりにしたのだ。千冬の悲鳴も、頷けると言うものだ。

 動転している千冬に、対処する暇も無い。
 眼前に着地した獣の爪が、バイクの前輪を薙ぎ払った。






 束は、隕石を重力圏に引き込み、大気圏の突入タイミングや角度をリアルタイムで計測して攻撃に用いているだけではない。
 同時に複数の衛星をハッキングして掌握、秘密裏に搭載したレーザーで篠ノ之神社の半径100m以内の獣人をこんがりウェルダンに焼き上げている。

 織村家を防衛する為にもちゃんと動いていた。

 否。一方的に蹂躙していた。
 当初こそ、バラエティに富んだ発明品を色々と使っていたのだが、面倒になったのか、やがてなんの躊躇いも無く虎の子を解放したのである。

 その力は圧倒的で、獣人達全ては全く動く事も出来ない満身創痍の状態で打ち倒されていた。

 一見、束の姿は変わっていない様に見える。
 メカウサ耳カチューシャが頭部でピコピコ揺れて居るぐらいだろうか。

 だが、その周辺は量子化した数々の超兵器が粒子状のまま竜巻の様に渦巻き、夜であると言うのに、全方位から科学の寵児たる彼女を照らし出していた。

 幻想的な光景だった。
 この輝きがいずれ、この世の兵器と言う兵器を駆逐し尽くすなど、誰しも想像すら出来まい。

 そこに新手の獣人が死角から飛び出した。
 犀のような獣人だった。
 ハンマーのような前足が突き込まれる。

 しかし、その一撃は量子の輝きに阻まれる。
 いや、よく見ればその数ミリ前で止められていた。
 半透明に力場を魅せるのはシールドエネルギー。
 今だ実弾兵器の域を脱出出来ない、この世界の軍需兵器ではあり得ぬ技術レベル———まさにSFそのものエフェクトと効果———幻想的とさえ評価できる程の美しさだった。

 束には全てが見えていた。
 全周囲を一度に認識、把握していた。
 もはや、対象を一瞥する必要も無く。

「んー、単純で鬱陶しい。犀ならせめて角使えよ。臭いから呼吸すんなよ。正直、束さん的には駄作だね。もう飽きたからあっち行けってば。と言うかとっとと舌噛んで死んでくれると嬉しいんだけど?」

 辛辣に吐き捨てる。
 無価値。
 獣人に脅威など無く興味を引く事も無い。
 束からしてみればそれ以外の何者でもない。

 親しい者に見せているどこか『ぶってる』気配など全く無く、心底鬱陶しそうに、罵倒し、容赦無く。

———ドズンッ!! と重い響きとともに全身丸焦げになった犀人が放物線を描いて側に駐車してあった軽を圧し潰した。
 犀の象徴でもある角が完全に根元から燃え尽きていた。

 束を包む量子の竜巻の一角から砲口が三十門も不自然に突き出ていた。
 束を取り巻く光の渦からなんの脈絡も無く、唐突に生え始め、空間を切り取ったかの様に出現して居るポイントでの太さはたった3ミリ程。
 しかし、先に行くにつれ太くなり、丁度犀の全身とほぼ同等サイズの砲口の密集群となっている。
 まるで空間をレンズで歪めているかのようだった。
 排除対象が消えたのを確認するまでも無く、それらの武器は再度光の粒子となって束の周りを周回し、踊り輝く。

 それを見ていた者は一人。
「Marverous!!!」
 今の光景に激しく感動していた。

「Marverous! タバちゃん! ついに出来たんですね!! うんうん、スッゴイじゃないですか!!」
 そんな風に大興奮なのはやはりゲボック。お前、重傷じゃなかったのか。

「———あ、ゲボ君! 見て見て! この通り試射もバッチリだよ! やっぱり束さんって天才だよね!」
 振り返った束には、もう侮蔑の表情は微塵もなかった。
 満面の笑みで幼馴染の少年を迎える。
 さながら二重人格のようである。

「わぉ、凄いですね。でも、死んじゃうとフユちゃん怒るかもしれないですよ? 気をつけましょうね」
「大丈夫! 死んでも改造人間にして生き返らせるし!」
「いいですね! 絶対ロケットパンチはつけましょう! ———っと、そうでした。ちょっと行って来ますよ」

 んしょ、んしょ、とゲボックが引っ張って来るのは巨大な脚立の様なモノだった。

「———重くない?」
 そんなゲボックが引きずって居るモノを見上げる束。
 でも手伝わないのが束クォリティ。

「——————あ……小生とした事が迂闊でしたよ……いや、余りに脳味噌に血を送りすぎたのであっちで組み立てられるって事忘れてました!」

 あっはっは———と笑うゲボック。
 脳味噌に血を送りすぎた———頭に血が上りすぎた、と本人的には言いたいらしい。

「相変わらずゲボ君も天才なのにバカだね!」
「えぇ? 小生は天才なんかじゃ無いですよ?」
「まったまたー♪ ゲボ君も大天才だよ! この束さんが言うのだから間違いなっしーんぐ! その自覚無い所こそバカバカなんだぞ!」
 束は、結構幼馴染みにも辛辣だった。



「よし! ゲボ君に貸してあげる!」
「……何をですか?」
 白衣の中の収納空間に無理矢理押し込もうとしてる所で声がかかっていたので聞き取りきれず首を傾げるゲボック。

「これがあれば問題は解決だよ! ちーちゃん向けに調整しているからゲボ君には何かあるかもしれないけど、便利だからま———いっか!」
「どれどれ……おぉ! 本当にこれは凄いですね!」
 瞬く間に問題は解決した。
 巨大な荷物は消失している。

「それじゃ、今度こそ行って来ますね。タバちゃんはこれが無くても大丈夫ですか?」
「大丈夫! もうすぐ雨が降るし」
「成る程———行ってきますよ!」
「いってらー♪」
「———あぁ、そうだ、タバちゃん」
「? ん? なぁに?」
「さっきのウサギさんの耳、タバちゃんにメチャクチャ似合って可愛かったですよ! また見せてくださいね!」
「———本当!? やっぱり!? やっぱり束さんは美少女だもんね!———うん! 見せてあげる!」
「ありがとうございます!」

 久々に見る物腰低いゲボックな感じで束に深々と礼をすると、彼はその身一つで千冬の下へ駆け出した。
 唐突に正面の空間がばっさり開くとゲボックを飲み込んでいく。

 ばいばーい、またねー。
 腕をぶんぶん降っている束の頭には、何も乗っていなかった。



 慣性の法則と言うものがある。
 止まって居るものは止まり続けようとし、動いて居るものは動き続けようと働く力である。
 移動中、動体の源———タイヤ———を破壊すれば。

 それに乗って移動していたものは、止まっていた場所から移動エネルギーを受け、必要ない程に過剰に前へ移動しようとする力を受けるわけなのだ。

 つまり、千冬はバイクから前方に投げ出された。
「ぐぅ———」
 咄嗟に受け身を取り、反転の後身構える千冬は相変わらず流石としかいえないが。

 どうする!? それで無くとも速度で違いがありすぎる。
 この至近距離じゃ束の———援護? も期待出来ん。

 万事休すの事態は続いている。
 そもそも初めからひたすら『耐え』の段階なのだ。
 ここまで堪えられているのが奇跡に近い。

 普通ならとっくに『投了』———諦めてもおかしくは無い。

 しかし、援護は一人では無かった。
 いきなり身を伏せる<人/機>わーいマシン
 そのすぐ上を無音の砲弾が通過して行った。
 先も放たれていた超長距離狙撃用のサイレントレールカノンである。

 あれを勘だけで避けるのか!?
 超音速でありながら無音で飛来する砲弾を回避するとは———規格外にも程がある。
 まさに獣じみた在り方を再現された代物だった。

 そう言う千冬も、じきに音速超過のミサイルを次々鱠切りにして行く事となるのだが……それは別として。

 それを援護として二つの影が巨獣に飛び掛かった。

 だが、それを見た千冬は。
「あいつらは———!!」
 とまでしか言えなかった。

「——————(キリっとしている)」
「初めまして! 私ロッティ、こんな姿だけど、戦うのはとっても得意なのよ!」

「………………」
 ……ただ、沈黙する。

 西洋のフルプレートメイルの様な物を着込んだ人型と…………なぜかふりっふりのドレスを身に纏った単眼のロボットが両腕のナイフをチェーンソーの様に唸らせ、可愛らしい女言葉を口にしていたからだ。
 襲い掛かりながらなので、尚更だ。

 流石の千冬も思考が止まっていたのである。
「奥様、御無事ですか、ささ、こちらに」
 声をかけられ、腕を引っ張られる。
 まぁ、言動はともかく、救援に来てもらえたのは確かだ。
 だが。

「……誰が奥様……だ?」
 妙な呼称で呼ばれている。
 独身であるどころか乙女である自分に何を言ってるんだと文句を言おうと振り向くと。

 三つ編みの様な物を頭から垂らした、メイド服を着たロボットがいた。
 空いた口がふさがらなくなる。
「誰だお前は」
「ベッキーに御座います奥様」
「ロッティにベッキーって、ま、まさか……小公女……か!?」

 こんな無骨なロボット達に、一応主役では無いとは言え、登場人物の名を当てるとは……惨すぎる。
 まあ、ロボットではなく生物兵器なのだが、千冬にしてみればたいした違いは無かったりする。

「よくぞご存知で。私どもの間でつまるところ『ごっこ遊び』が流行っておりまして。皆、その役が気に入り、番号では無くそちらで呼び合うよになりました」
「巫山戯るな……全世界の小公女ファンの少女達の思いを踏みにじるな! 謝れ! 小公女のファンの子や私に謝れ!」
 必死だった。今回の一連で、一番精神にダメージが来たのがこれだったという。

「ところで、灰の三番は何役だ? 面倒見のいいあいつの事だ、セーラ役か?」
「いえ、ミンチン先生で御座います」
「あいつがその役ついたら小公女が冒頭で終わるわ!」
 主にハッピーエンドで特に山も他にも無く。



 その頃の激闘。
 流石に生物兵器———特に戦闘型たちの猛攻は凄まじかった。
 ロッティは全身が360度回転する自在関節であり、自在に動く四肢、その先にある単分子カッターで切りつける。

 フルプレートメイルの方は、あらゆる外付け兵装を追加取り付け可能な茶シリーズの最新型、茶の三番———アンヌである。
 普段臆病な彼は臆しているかと思い来や、実は奮起していた。
 臆病な彼は前々から凛々しい千冬に憧れており、彼女を助けられるなら、と。もう、ありったけの重装備を取り付けてやって来たのである。
 今も胸部のソードオフショットガンから散弾ではなく単発の対徹甲弾を至近距離からぶつけていた。

「傷つけてもすぐ治ってしまうわ! まるで本当にワーウルフね! アンヌ!」
「———(こくり)」
 アンヌの両腕が鳳仙花の様に花開き、粘土を拡散させる様にぶちまける。

 流石に回避出来ず、粘着性の高い泥を浴びる<人/機>わーいマシン。全く意に介せずアンヌを薙ぎ払おうとして。
『ッヅッァガッ!?』

 その全身が突っ伏する。

「……なんだあれは」
 やや離れた位置からベッキーに問う千冬。
重力子(グラビトロン)を押し固めた粘着榴弾で御座います」
「よく知らないが、グラビトロンって粒子の名前とか力の名前だった気がするんだが……」
「ゼリーも、ゼラチンで固める前は液状でございましょう。同じ様な物でございますよ」
「よく分からんが……絶対それ科学の常識じゃ無いはずだろ……」
「旦那様のなされる事ですので。その辺りの匙は奥方もお分かりでしょう」

 ぶちっ。

「だから……その、奥方と言うのはなんだ……(がシッ、メキメキメキィッ!!)あぁッ!?」
「おぉ……奥様、超合金性の私の頭部が悲鳴をあげております……なんと言う握力……いえ、旦那様に常識を指導してくださますのは奥様だけであるとの意見が我々の間で共通した見解となっております……もう、外堀を埋め……メキメキフレームが断末魔をっ——————!!」

 これからの人生をゲボックの調教に費やすのはごめんだった。
 しかし、外堀を……学校でよくセット扱いされるのはまさかこいつらのせいではなかろうか。
 ただ、戦力としての生物兵器だと思っていたが、成る程諜報戦もできるのか。
「……これが終わったら思い知らせる必要があるな」
「おお、気貴きお姿、流石は奥様ぉおおおおっ!」
 ベッキーは懲りてないようだ。

「なぁ……一つ、聞く事があるがいいか?」
「な、なんでございましょう」
 光学モニターに映る千冬の凄惨な笑みに生物兵器らしくもなく怯えるベッキー。
 千冬は、重力に逆らって立ち上がろうとしている<人/機>わーいマシンを顎で差して」
「……あいつに効く、近接用武器私に使える獲物はあるか?」



「ふんっ」
 声だけは可愛らしく、しかし獲物は凶悪な単分子カッター。
 ちゅいいいいっと聞こえる甲高い音はそれが超振動を起こしている証なのだが、チタンすらバターの様に切り裂くそれがなかなか切り込めない。
 攻撃を食らうごとに装甲の硬度や密度を変えて超振動の周波数に対処している様なのだ。
 すぐさまこちらもナイフの振動周波数を変えるが、その後再び対処されるイタチごっこが展開されていた。

 それに、生物兵器たる身であっても<人/機>わーいマシンの攻撃力は脅威に尽きた。
 さらに俊敏なのも警戒が必要だった。

 重力子で圧し潰し続けているのになお立ち上がり反撃してくる。

「いい加減……お眠りなさい!」
 すくい上げる様な爪の一撃を回避し、ロッティは背後から渾身の一撃を振り下ろす。

 ずぼぉ!
「……あら?」
 両腕が肘まで埋まる結果に、疑問が尽きないロッティ。
 両腕を左右に開くと、そこには空洞。
———抜け殻!?

「アンヌ!! トンズラされたわ! お気をつけ———」
 ロッティの忠告は間に合わなかった。

 サバンナでバッファローを襲うナイルワニが如く。
 粘着榴弾が張り付いた外側を残して地面を掘り進んだ大顎がアンヌに食らいつく。

「アンヌを離しなさい!」
 ロッティが咄嗟に斬りかかるが、<人/機>わーいマシンは気にも止めず、その超金属の牙をアンヌの鎧に食い込ませていく。

「———このっ」
「ロッティと言ったか? その名前は許容してやるから、除けろ。まとめて斬り伏せるぞ」
 頭が沸騰しかけた時だった。
 静かに、殺気を押し隠した声が耳朶に届いたのは。

「——————え? きゃあッ」
 背後に、死神がいるのかと思った。

 呆然としてもやはり生物兵器。
 感情とは別に体は反応して、ロッティは真後ろから来た斬撃を回避する。

「どうして、私が今迄不様に逃げ回っていたと思う?」
 抜刀一閃。

 千冬は幅広い刃を持つ剣を既に振り終えていた。
 刀と違い、剣の使い勝手は違うが、刃の付いている棒であるなら大体似た様な物だ、と乱暴な持ち論を振りかざす千冬。
 単に、千冬の芸術的な迄の運動センスが優れ過ぎて居るからなのだが。

 アンヌに食らいついていた<人/機>わーいマシンの首にズレが奔る。

「……それはな? 単に攻撃力が、足りなかったからだ」
 斬首された狼頭からアンヌが脱出する。

「この程度では死なないんだろう? 化け物が。やっと、こっちの準備が整ったんだ、指名した分はたっぷりサービスしてやろうか———アンヌ! ロッティ!」
「私もおります、奥様」
「……斬り伏せるぞベッキー」
「ご、ご容赦を!」
「———いくぞ」
 了解! と三体の生物兵器は千冬に続いた。



 千冬が『シンドリー』製の機体を斬り落とせたのにはきちんと訳がある。

 千冬の振るう剣は、基本はロッティの高周波振動ナイフと同じなのだが……しかし、ベッキーの持って来た物は刀剣部分で触れた対象を一瞬にして探査し、最適な高周波振動を発生させる機能をさらに持っている。

 如何に『シンドリー』が適応して固有振動数を変更しようが、即座にこれに対応するのである。

 単にこれは適応能力と対応能力の演算速度勝負と言えるものであり、千冬の持っている剣の方がそれに勝ったにすぎない。



 ビキビキビキィッ———

 しかし、<人/機>わーいマシンはその程度では機能を停めはしない。
 生物であるならばそれで終わるだろうが、これは同時に機物でもあるからだ。
 首の断面から狼頭が三つ、長い首を有して生えてくる。
 さながら金星を一週間で滅ぼした怪獣だった。

「対応したつもりか? 先に言っておく。私より優れているだけでは、私には勝てんぞ」
 速度と攻撃力が戦闘能力だと思っている内ではな!

 <人/機>わーいマシンは一端、距離をとる事を選択した様だ。
 さもありん、千冬の一撃は今迄で最大の効果をあげたのだから。

 だが、忘れているのだろうか。
「は、無敵じゃ無いと悟って怯えたか———束!」

———ばっちり!

「———ッガアッ!?」
 距離を取るという事は、束の援護が有効になるという事だ。
 相変わらずの第六感で直撃こそ回避するが、それでも隕石の炸裂は千冬の斬撃よりもひどいダメージを与える。

 怯んだその隙にロッティは左側から斬りかかる。
 先ほどより大回りなナイフに持ち替え———

 鋼の狼が対応して鉤爪を振り上げようとすれば右手から、ベッキーで隕石の余波を防いで来た千冬の斬撃が飛ぶ。

 狼首一本のうち一本を逆袈裟で斬り飛ばし、それをそのまま大上段の構えへと強制的に変更。
 千冬の最も得意とする太刀筋———応用、逆袈裟型一閃二断だ。

 流石に一刀両断されてはまずいと回避行動をとる<人/機>わーいマシン。だが、その両足は動かなかった。
 ベッキーが施設補修用の瞬間接着剤を両足に吹きかけ、硬直化させていたのだ。

 固定化してある接着剤はその凄まじい膂力ですぐさま亀裂が入る。
 だが、まだ足が固定化されているその身にアンヌがサイレントレールカノンを叩き込んだ。

 ゲボックの援護だと思っていたこれは彼の物であるらしい。

 真相を言うなら、ちゃんとゲボックの指示であったそうだが。

 大きく抉られた胸部に身をよじらせる<人/機>わーいマシン
 だが、これまでの戦闘でいいだけ証明されていた事がある。

 この隙を、千冬が逃す訳が無い。

 その速度はまさしく疾風迅雷。
 一直線にその斬撃が、真ん中の狼頭に食らいつき。

 <人/機>わーいマシンの体が爆発的に膨れ上がったのはその瞬間だった。
 寒気において動物が毛を膨らませるかのように、ハリセンボンが威嚇のために海水を呑んで丸く雲丹を模倣する様に。

 ぶばばばばっ、と巨大な体が更に膨れ上がる。

 その一本一本には、先程の偽ジェットエンジン同様、高純度の燃料が充填されていた。

「しま———!!」
 千冬と巨躯の距離はほぼ零距離。
 用途は反応爆裂装甲。
 しかしその実態は簡易ミサイル。

———ズドォンッ———!!

 巨大な炎の花が咲く。



「……ぐ……くぅっ」
 こんな手まであるとは全く呆れた化け物だ。

 爆音で耳がやられ、キ———ンと耳鳴りがする。
 その最中でさえ鋭く響くのは、剣戟の音だろうか。

「ご無事ですか……?」
「……うぉっ!? あぁ、ベッキー……お、お前!?」

 視界にいきなり映ったのがベッキーのどアップ面だったので一瞬ギョッとしたが、はっ、と気付く。
 つまりは彼女(彼?)に庇われたのだと……。

「お前……」
 ベッキーの背中は削げ落ちていた。
「私は非・戦闘型ですが、奥様の警護を最優先としていますゆえ……」
 想像以上の破壊力だった様だ。
 
「余計な一言さえ無かったら抱きしめてやったんだがな」
 奥様言うの止めろ。

 剣戟の音が響く。
「お逃げください、かなり甘く見ていた様です。まだ、初めのうちならば勝てる見込みもあったのですが……」

 が、ごォン!! がヅンッ! ゴンッ!

 それがすぐさま掘削機械のそれに変わった。
 地響き一つ。
 ズン———と一つ響いて、そいつは千冬の前に出現する。

  やはり、<人/機>わーいマシン、ただ、だいぶ体積を消耗したのか、ほっそりとしたシルエット、背丈は2m半ぐらいになっている。
 両腕にロッティとアンヌをそれぞれ引きずっている。

「ご……ガ……女……殺ス……」
「しつこい奴だな、いい加減、貴様の事など覚えて無いと聞いてくれても良いんだが……」

 流石に疲れて来た。
 見たところ、頭は兎も角、体の掌握は完全となった様であり……しかしそれでも、本気のゲボック製生物兵器を下すとは。

「まったく、辟易と…………はぁ?」

 思わず間抜けな声が出たことに千冬は口を抑えた。

 その、正面の空間に裂け目が生じて、見覚えのある背中が飛び出て来たのだ。

 薄汚れ、考えたく無いなんらかの汚れがこびりついたヨレヨレの白衣。
 絹の様なサラサラな金髪。
 男にも女にも見える中性的な相貌。
 間違える訳が無い。






 非常識だ、紙一重だ。隠す迄もなくゲボックだ。






 なんで出てきた、いや、まずどっから湧いて出た。
 その上、大上段に持ち上げている———

——————決して武器では無い、土木作業の機械で切断に特化した、十三日の金曜日にホッケーマスクを被った人がよく人をバッスリやる時に使う…………そのチェーンなんたらは一体なんなんだ。

 ドドドドドドドド…………ドゥルウゥン! ドゥルルルゥ……ルォオオン!!!!

 豪快なエンジン音である。
 なんだろう、別に違和感は無いはずなのにこの場違いな感じは。

「オォウ! 見事に進化してますね! フユちゃんに襲いかかった事を抜かしても、これは是非とも解剖してみたい!!」

「なんかもう、駄目駄目だな……」
 一気に脱力してしまう。
 
「とおぉりゃああああああ」
 一気に飛びかかるゲボック。
 気の抜けたような掛け声にますます緊張感が削がれていくなか、チェーンソーの閃きだけは鮮明に———
 待て。
 千冬は自分の目を疑った。

 なんと言うか、その、チェーンソー捌き(?)の人間離れした様にである。
 おかしい。ゲボックは体を動かすのは苦手だったはず……。

 相手も一瞬呆気に取られたのだろう。
 はっ、と気付いた時にはチェーンソーは目の前。

 咄嗟に両腕を掲げてチェーンソーと激突する。

 そして、ゲボックの手にする物はチェーンソーとて半端では無かった。

 ギャリャリャリャリャアァァッ!!

 回転数も半端なモノで無かったようで猛烈な勢いで火花が散る。



 が、現実は無常。



「へぶォォオアァッ!!」
 あっさり殴り飛ばされて来た。

「おぉ……痛い痛い……あ、チャオ! フユちゃんお元気ですか?」
 多分、大丈夫ですかと言いたいのだろう。

「どっちかと言うと、お前が大丈夫か? 半死人がノコノコ何をしにきた」
「大丈夫です! 今、まさに両腕の骨がバッキバキに折れましたけど、そんなの今更ですしね! でも助けにきたのにちょっとひど過ぎませんか!? 少なくとも圧倒的白兵能力は封じたんですよ?」
「……いや、足手まといだろうが、重体の死に損ない……ったく、本当に死ぬぞゲボック!? ……待て、近接を封じたって何をした?」

 両腕が折れたのは本当のようで、起き上がれずにジタバタしていたゲボックをロッティとアンヌが支えて立ち上がらせる。

 そう言えば、お前はこいつらの親玉だったんだったな……。
 ベッキーを抱えたまま先を促すと、自分の作った生物兵器にぺこぺこお礼を言っていたゲボックは折れた腕をガバッと振り上げる。
……大丈夫か?

「アレはですね、精神感応金属でできています。つまり精神力の持続する限り動き続けられるんですよ……つまり、限界は精神の疲弊、と言う事になりまるんですけどね。すでに薬物でその問題は解決済みですし、脳そのものも、すでに稼働の弊害で起こる組織の崩壊を、補填するシステムでほぼ全てが機械化しています。もはや一種の半・永久機関です———でも見てください両腕を———再生してないでしょ?」

 お、脂汗だ。
 あぁ、痛いんだな、うん。
 不思議と優しい感情が生まれてこないものだ、と冷静に自分を見つめている千冬だった。

 そして、確かに腕が生えてこない

「ウィルスですよ」
 戸惑っているため、襲ってこない<人/機>わーいマシンを観察しながらゲボックは言う。
「機械の部分もあるのなら、プログラムが通じない、という事はありません。それで、切断に用いる決して武器ではない工具で切り付けた際、その断面に形状を固定、変形を阻害するコンピューターウィルスを感染させたんです」

 さて。
 ゲボックは次なる手を取っていく。
 やはり、その様子は千冬が見知っているゲボックとは少し違う。



 さて。
 意味の無いイフをここで述べるとしよう。
 もしも、ゲボックが千冬や束に出会ってなかったとしよう。
 謎の・・事故が起こらず、ゲボックがとある廃工場で軍事用重量爆撃機を作っていたとしよう。
 そして、彼女達と出会わず、別の少女に出会っていたとする。

 同じように、やがて、その少女はゲボックの特異性を知る。
 しかし、彼女はゲボックと身柄を引き離される。
 ゲボックの生まれた国はその実軍事独裁国家である。
 ゲボックのような存在が利用されない訳が無いし、事実彼は五つの時点で既にそうだった。
 彼に特定の、親しいものが出来るのは、人質に使えるかもしれないが……リスクが高すぎる。
 そんな世界で、彼は千冬や束程……ずっと、人として交流していただろうか。
 
 その少女はまさに死に物狂いでゲボックを追いかけたかもしれない———が。
 


 ここは、日本である。
 ゲボックは現在十三歳。
 幼子が少年、そして青年へ変わっていく微妙な年頃だ。
 彼に特定の親しきものが出来ていくのを阻害しようとするもの———軍事国家の上層部は存在しない。
 彼は、本来の国で育つよりも———ずっと、研究以外のものに多く晒されて来たのである。
 それは誰でもない、千冬が……ずっと、ずっと彼を一般の、人が浴びる光のもとへ、引っ張り出し続けていたからに他ならない。

 ゲボックは自覚している。
 楽しく科学できれば良い。
 何らかの使命感も。
 克服したい何らかのものも。
 一切合切持っておらず、ただただ、研究を続けていければ良い———
 そういう、極めて適当な人格を有していると。

 だが少し。
 ほんの少し、本当にほんの少し。
 端から見れば、分からない程些細な変化だが。



「いよぉっし———束ちゃんの力ちょっと借りたいと思います。流石の小生もフユちゃんがいぢめられちゃあ———ちょっとどころじゃなくムカっ腹立ってんですよ?」

 それは、千冬が初めて見た、ゲボックの負の感情だった。
 彼だけならば、たったそれだけを得るのに、何十年の年月を必要としたのだろう。
 身近な人間が傷つけられれば、全身の痛みなど全く考慮せずに怒り狂う……たったそれだけの、人のような感性を得ることを。



 そのゲボックを幻想的な光景が演出する。

 足元から光が噴出し、それがゲボックの前で収束、一つの形へ結実して行く。
 成形し終えるや、輝きは瞬く間に失われ鈍重な物体を残して光はおさまった。

 出てきたのは直線的なフォルムで構成された砲身だった。
 それが三本。

 サークルから並行に、正三角形の配置で伸びている。
 その様はまさしく光線銃。地面に固定するための三本の脚は既に地面に食い込み、いつでもその破壊力を吐き出したくてたまらないと言っている様だった。

 さらに、何故か頭に機械で出来た兎耳が生えていた。
 ……何だアレは?

 目の前で光の渦から重厚感たっぷりの武装をゼロコンマ五秒で取り出したゲボックに唖然とした千冬だったが、実行したのが他ならぬゲボックだったためにすぐに冷静になれた。

 ゲボックのやっている事をいちいち気にしていては気が持たない。
 ただ、ほんの僅かな安堵もあっただろうと問われ、それを否定すれば嘘になる程度には落ち着いたきがする。

 バヂヂヂヂヂヂヂヂッッ!

 光線銃が火花を迸らせる。
 それは前準備に過ぎなかった。

「ははははははっ! 行きますよ! 小生の科学的探求(サイエンス)を! まだあるのでしょう!? ビックリ箱の種が! 素晴らしい実験結果(データ)を小生に示してください!! ははははひゃはははひゃひゃひゃははひゃひひゃっ———!!!」
 両腕が潰されているのを全く気にも留めず、ゲボックは哄笑する。

 そこで、ようやく<人/機>わーいマシンが動く。
 口腔を広げ、例の燃料に点火、火炎放射器さながらの業火を吐き出す。
「はははっ、わーいマシンともあろうものが、火炎放射!? 武装を逆行させないで下さい! 両腕が使えないぐらいが何だというのです。獣化麻薬がいけないのですかね? 別に腕が二本で足が二本でなければ行けないなんて一言も言ってませんよ? 失望させないで下さい、もっと! もっと未知を小生に見せるのです!」

 ゲボックは躊躇無く炎に両腕を付き込む。
 ばぁんっ!! と弾ける音がして炎は消し飛ばされた。
 燃料貯蔵庫などの火災によく用いられる、爆発を用いた消火法だった。
 ゲボックの両腕は最早原型を止めない程崩れているが、彼は全く気にしない。

 故に。<人/機>わーいマシンはそのまま突っ込んで来た。
「させると思ったかっ!」
 千冬がゲボックを追い越し、袈裟懸けに振り下ろす。
 瞬時にして<人/機>わーいマシンは恐ろしい俊敏製でその一撃を後退して交わす。
 次の瞬間、真横からゲボックの取り出した武器を狙う。

 だが、そこにまた千冬が割り込んだ。
「!!?」
「確かに速くなった。恐ろしく、今まで以上にな。正直、私は絶対追いつくどころか視界にとどめるのも難しいだろう。だがな? 随分と縮んだろう、体積が縮めば、剣で弾き返せるならば———もう、お前の速度などとっくに『慣れている』、後の先でもいくらでも取れる———速いぐらいで———目にも留まらぬ速度如きで、私より先に、動けると思うなよ?」

 これが、あらゆる獣より劣る人間が持つ体の繰り方。
 常に最適な駆動を用いいて移動する。
 だが、それを成せる人間がどれだけいるのだろうか。
 千冬もまぎれも無い、鬼才であった。

「ぐがあああああああああああああああああああああああああああああッッッッ!!」
 人としてあった頃の屈辱が、記憶が、<人/機>わーいマシンの頭を灼熱化させる。
 更なる攻撃衝動を持ち上げさせる。



「フユちゃん! 準備オッケーですよ!」
 千冬のこれが、台詞も含めて時間稼ぎである事に気付かぬ程、獣に戻るという事だ。




「なっ———」
 振り返った千冬は絶句する。
 その三脚のような武器は、出現した時のように淡く輝くのではなく、激烈な閃光を放っていた。

 スパークが耐えられぬほどの輝きと千鳥の鳴く様な騒音を発して行く。
 その事に対してではなかった。
 砲身に記されていたこの武器の名を、光に包まれる前に彼女は読み上げてしまった———その内容に対する絶句だった。



  Homing・Railgun———T- Barrette-Shift



 冒頭の英単語、そのどれもが凶悪な性能を誇る兵器である事を意味し、どれか一つであっても生身の人間が抗するのは絶望に等しい。

 だが———分かる。
 通常、ゲボックは武器を武器と言う目的で開発しない。
 頼まれれば気軽にホイホイ作るだろう。
 実際、数々の武器は生物兵器達自らのリクエストを受けて彼が作ったものだ。
 しかしゲボックは、依頼者の想像力以上のものは決して作らない。
 気がつけば勝手気ままに研究しているだけだ。

 千冬と束だけが知っている事なのだ。冒頭で述べた通り、ゲボックが開発する大きな理由は。

———すごいね

 ただ、皆にそう言って欲しいだけ。
 褒めて欲しいだけなのだ。
 それ以外は。
 彼が望む科学の進歩はアウトプットを必要としない。
 作り上げるまでも無く、研究だけでそのシュミレーションは終わる。
 脳内だけで完結してしまう。
 出ているように見えるのは実験———未完成の過程に過ぎないのだ。

 もし、ゲボックが研究を形にするとしたらそれは究極。
 ゲボックの研究の終焉に他ならない。

 果たしてゲボックの頭脳における終焉とは———一体どれだけの高みにあるのだろうか。

 理解出るわけが無い。
 理解できる程度のものがゲボックの目指す科学的探求の到達点であるわけが無い。



 そんなゲボックが千冬や束に見せる発明品とは、言ってしまえば二人に喜んでもらうか褒めてもらうかのためであり、武骨な兵器などは見た事がなかった。

 他ならぬ千冬がそれを嫌うからだ。

 おそらく裏では作っているのだろう。
 誰かに頼まれ。それがどんな意味をしているのかも知らず———すでに知っていたとしても

 その事が千冬には悔しくて仕方がない。
 ゲボックの知性はそんなものに使って良いものでは無いと、誓った幼い日のためにも。

 そのゲボックが。
 千冬の前で武器を構えている。
 おそらくなんらかに束も関わっているだろうが……。

 千冬にもパッと分かるレベルの武器。
 もしも字面通りならそれこそとんでもない代物だ。
 しかしゲボックが武器を武器として作るなら。

———こんなもので済むはずがない。

 千冬の危機を知り、慌てて突貫制作したのだろう。

 そのくらい。
 ゲボックがブチ切れていた。
 だけどウサギ耳が生えているのでいまいち来ないものがある。

 常に腰の低い、それでいて躁っ気が強く科学馬鹿で束とよく踊りだす、幼くて純真な心の持ち主。

 改めて言おう。
 そんな幼馴染が。
 怒りをあらわにしている姿を、初めて見た。

———————————————ッッ!!!

 もう、音とは表現できない空気の炸裂と爆光が撒き散らされる。

「———っ!」
 あまりの光量に咄嗟に目を守った。
 下手をすれば目を焼かれかねない程だったから。

 一体どんな機構なのか。
 マッハ五から七。本来、専用の戦艦でしか出せない速度の超電磁誘導砲が曲線を描き、敵を執拗に追うのだ。

 本来なら、側でそんな速度を叩き出す物体があるのだ。こんなそばにある千冬の身は衝撃波に切り刻まれてバラバラになってしまうのは道理。
 隠密に特化したサイレントレールカノンなら別として、これには有り得ない。

 だが、千冬の所へは衝撃波どころかそよ風一つ、ドライヤー程の熱波も静電気程の電磁干渉も届かなかった。

「これは……エネルギーシールド……というモノか?」
 光の壁が、千冬への物理干渉を一切遮断していた。
 珍しく束が難航している研究を見せてもらい、概略を聞いていたから分かる。

 ISコアユニット。

 束の研究は身を結んだのだ。

「傷が……!?」
 千冬を守る粒子の輝き、慈母のヴェールは千冬の体を癒していく。

 ゲボックの数百キロもの武装の〈量子化〉、あらゆる物理干渉を無効化する〈絶対防御〉、そして千冬の傷を癒した〈生体再生〉いずれも、この後千冬の剣となる〈IS〉———インフィニット・ストラトス———第一世代一号機〈白騎士〉に搭載されるNo.1コア、生まれたてのそれだった。

 一方、<人/機>わーいマシンは音速超過の暴虐を第六感で察知した。

 投薬による感覚強化と第六感の鋭敏化は、脅威の反射神経と瞬発力を実現化させる。
 即座に跳躍して回避、直線的な攻撃など、いかなる速度があろうとも彼の脅威にはならないのだ。
 だんっ、だんっ、と一定の間隔を置いて連発される音速超過の弾丸を事も無げに俊敏に回避していく。

———だが

 暴風はウェーバーの戯曲を再現したものだった。

<人/機>わーいマシンに回避され、上昇しつつカッ飛んだ超電磁誘導砲はインメルマンターンを実行。続いて垂直に上昇するや、弧を描いて重力の引き手とガッチリ推力を腕を組む。

「流石ですよ! よく避けました———でもね。そんなものは推定どおり! その程度して貰わなくちゃ実験になりませんからね。さぁ、見せてくださいよ?」

 ゲボックの言葉を聞き、<人/機>わーいマシンは敵愾心を隠しもせず攻撃態勢に移る。

 この圧倒的な攻撃性。
 用いられた人間の特性なのか、それとも攻撃性の高い男性の脳を用いた故の弊害なのか。

「!?」
 しかし、それは空回りする事となる。

 一歩踏み込んだ足がゼリーの様に崩れたのである。
 たまらず態勢を崩す<人/機>わーいマシンに、ゲボックは楽しそうに笑いかけた。

「一発掠っちゃいました? それは残念ですね。まぁそれも良々。それはそれで実験結果を見れますし」

 潰れた両腕から血を流しつつゲボックは空を見上げる。

「小生、自身の科学なんて物はまだまだだと思うんですよ。写楽君には到底及びません」
 だって———

 そう言って崩れた<人/機>わーいマシンの足を腕で差し示して。

「小生は相手の脳だけをトコロテンにして尚且つ生かしたままなんてまだまだできませんし。せいぜい、触れた物を何もかもトコロテンに物質変換するぐらいしか———ね」

 <人/機>わーいマシンは掠ったレールガンの弾頭に施された原子変換の触媒に触れた為に足をトコロテンに変えられたのだ。
 その結果、自重に耐えきれず潰れてしまったのである。
 T- Barrette-Shift———トコロテンへ存在を移行する弾丸———とは、そう言う事なのだ。

 こんな時なのに千冬は呆れてしまった。
 こいつ本気だったのか。
 まぁ———ゲボックらしいと言えばらしい物だった。

 だが、内容としては恐ろしい事この上ない。
 装甲の強度など、特質性とてなんの意味もない。
 触れてしまえば……たちまち強度ゼロのトコロテンに作り変えられてしまうのだから。

——————この世のどこに、例え余波でもレールガンに耐え得るトコロテンがあると言うのか。

「まぁーここままだと、実験するまでも無く。落としたプリンみたいに、ぐちゃぐちゃにぶっ潰れると思いますよ?」

 ゲボックが血にまみれた腕を上げると<人/機>わーいマシンは空を見上げた。

「!!?」

 視界を埋め尽くすのは、こちらに一直線に向かってくる超電磁誘導弾———その群れ。
 一体、如何なる弾頭なのか、本来何十mも進まぬうちに大気圏との摩擦で燃え尽きる筈のそれは発射当時と全く形状を帰る事なくリターンする。
 一定間隔で連発されていたレールガンが弧を描き宙を舞い、上空で編隊を組み、暴雨と化して一斉に<人/機>わーいマシンを照準する。
 その間、僅か0.3秒。
 その全てがホーミングの名に負けぬ様、互いの軌道を阻害せぬ様タイミングをずらし、蝗の大群の様に覆いかぶさる。

 片足を潰し、態勢を崩しているそれに回避などできるはずも無い。



———ッヅゴォォオオオンッッッッ——————!!

 鈍い爆音と振動を響かせ、キャラウエイのように噴出したゼリー状の物質が降り注ぐ。
 トコロテン以外、何物であるはずも、無い。



———さて
 はははと笑っていたゲボックはひょこひょこぺたぺた千冬へ向かって歩いてくる。

「フユちゃん?」
「近い! 顔が近いぞゲボック」
 へたり込んでいる千冬に遠慮なく覗き込んでいるゲボックに思わず赤面した。
 ゲボックはこう見えて結構中性的な美形である。

「ふぅっ! ほっとしました。良かった……無事ですね」
 なまじっか中性的な美形であるゲボックがほんの僅かにでも真面目になれば映える。
 だが、やる事は芝居臭く、額の汗を拭う仕草で息を吹くゲボック。
 汗を拭うどころか、腕からの出血が額に付いて凄惨な表情になってしまっている。

 ぽた———

 一段落とともに、雫が降り注いで来た。
「……何とも、タイミングよく雨が降って来たな」
「ええ、これでこの事件も終わりです」
 淡々と、ただ事実を語るように、雨を受ける。
「———これ、実は獣化する薬品に対する解毒薬なんです。タバちゃんに降らせてもらいました」
「もう、何も言えんよ」
 どうやら、自分の幼馴染み達は天気まで弄れるらしい。

 やや本降りとかして来た雨の中、へたり込む千冬。
 さすがに、今夜は疲れた。
 その千冬を、ゲボックのポケットから出て来たマニュピレーター……マジックハンドが抱え上げる。
「……なっ、何をするゲボック!」
「いやー、本当はこの手で抱え上げたいんですけど、この通りですし」
 グネグネに弾け、未だ出血の止まらない両腕を抱え上げるゲボック。
「この———余計な事をするな! 自分で立てる! そもそもお前の方が重傷だろうが!」
「無事無事ですよ、もう、全力で機械アシストなんで。フユちゃんもお疲れでしょうし、まかされて下さい」
「……はあ、実際、もう立てんが……」
 そのまま何らかの薬が降ってくる空を見上げる千冬———正直、もう灰の三番の作るコロッケと海藻サラダを食べて寝たかった。
 ……そういえば、シャウトはどうなっているだろうか。
 まあ、噛まれて獣人になっててもこの雨で戻っているだろう。放っておいても大丈夫か。

 ゲボックは超音速で敵を追尾する鬼畜兵器、ホーミングレールガンを量子化しつつ、マニュピレーターに抱かれている千冬にきっぱりと。
「まあ、お姫様抱っこしても体力無い小生じゃ結局頼る事になりますし」
 寧ろ言わない方が良い告白をしていた。

「そこは気合いで行け、軟弱者が」
「小生、精神論は苦手なんですよ」
「知った事か。気張れ」
「フユちゃんは小生が抱っこした方が良かったですぶふぅッ———?」
 千冬は黙って剣の柄で殴りつける。

「おうおうおう……フユちゃあん、せっかく助けに来たのに殴るなんて酷いですよぉ。でもアレですねえ、今日は一体なんなんでしょうね」
「お前が原因じゃない事が私には驚きだよ」
「そうですか? おー」
「割とどうでも良さそうだな、お前」
「そうなんです。全部トコロテンになっちゃったんで研究できませんでした」
 ゆっくりゲボッックは残念そうにトコロテンてんこもりの後を覗き込んでため息をついた。
「おや?」
「どうし———ゲボック!?」

 ゲボックが顔面の穴という穴から一斉に血液を垂れ流しにしていた。
 それでいて本人は平然とした顔をしているので怖い。

「おい、おい、良いから降ろせ! この馬鹿者がッ!」
「なるほど! これはフユちゃんが運用する事を前提として作られてるので男性———得に小生なんかが使うと拒絶反応が出るんですね。なるほどこれは予期せぬ発見です!」
 しかしゲボックは気にも留めない。
 ISコア———これは、後々まで後を引く事になる特性。
 ISは女性にしか使えない……に繋がっていくのだが、この時の拒絶は激烈だった。
 もしかしたら、ゲボックにはISを使えないどころか、拒絶される体質なのかもしれない。

 そんな事、あっさり考察した後、新たな発見に興奮しているのか、だらだら血を流しながら。
「ふっふっふ、不思議ですねえ、別にそんなに違いは無い筈なんですけど、んー、時々フユちゃんが超合金で出来てるんじゃないかって本気で考える事もあっちゃったりしますけど……ま、それは関係ないでしょ、それはともかくとしてあー、なんか気が遠くなって来たんですけど」
「医学の心得があるのだから少しは止血しろ! 出血しすぎなんだこの馬鹿ああああ!!」
 何故か妙な事に気を効かせ、身を潜ませていた三体の生物兵器が千冬の声に反応してやってきて。
 そりゃもう盛大に慌てて病院に連れて行かれる事となった。
 ……二人とも。
 
 獣人事件の起きていない街の病院では三体の生物兵器が入り込んで来た事で大騒ぎになった事はまた別の機会に述べるとしよう。









———翌日

「やぽぽぽーい、束さんだよー! おみまいだーっ! さてさて今日のブツは礼のブツだぜカーポ、もれなく抱き合う相容れぬ原子と原子! 反物質ぅ兎だああああっ!」
 なにやらシールドで覆われた、つぶらなで大きめな眼の黒ウサギを抱えて束が突入して来た。
 ポルヴォ○ラも真っ青な超破壊爆弾生物を両手で持ち上げて振り回している。
 なお、山口君がゲボックに貸す予定だった漫画を束に託したのが原因だ。
 言うまでもなく、王泥○である。

「ぉおう……花じゃないんですね。でも! 凄いですよタバちゃん! その子一匹だけで地球が一欠片残らず消し飛んじゃいますよ!」
「病室に危険物を持ち込むなあァァァァァッ!!」
 ちょっと千冬もテンパってた。ツッコミがちょっとそれている。

 それと言うのも。
「何でゲボックと相部屋なんだ!? 普通男女は最低でも部屋が別れるだろうが! こいつがいたら一夏を呼べないだろうがっ!」
 ちなみに最後のが切実な叫びだった。ビバブラコン。今頃灰の三番は一夏にお菓子を作っている事だろう……(血涙)。
 
「あー、それはらぶりー束さんがこう、ちょちょっとね」
「原因はお前か束……」
「だって別の部屋にお見舞いにいくのは面倒だよね!」
「それだけかっ!」
「フユちゃん、病院ではあんまり叫ばない方がいいらしいですよ」
「お・前・に・だ・け・は・言・わ・れ・た・く・無・い・わ!」
「ぎゅうううッ!」
「おー絞めているー。束さんもお見舞い絞めようかなー。う・さ・ぎ・な・べ、う・さ・ぎ・な・べ」
「きゅきゅっ!?」
 命の危険に瞳孔を細める反物質ぅ兎。

「ところでゲボ君、両腕の具合はどうかね」
 フムフムと顎に手を当てる束。何かの物まねらしい。
「あ……」
 思わず千冬は声を漏らした。
 ゲボックの両腕は既に処置不可能なまでになっていたらしい。
 半分以上自業自得なのだが、考え無しなのだが、それでも……千冬の為に体を張ったと言っても過言ではない。
 特に最後の火炎放射器の時。
 一体、何を爆破したのか分からなかったが、アレが致命的なまでにゲボックの腕に止めを刺した。

「どうしました、フユちゃん」
「ちーちゃん、どっか痛いの?」
 ほんの少し俯いていただけで二人は心配そうに覗き込んで来た。

 顔面まで3cmに。
 
「だから近いわお前らっ!」
「「ぺぎゅーっ、ぺでぃぐりーっ」」
 少々の照れ隠しも含めて押しやる。 後なんだ、その声。犬の餌か。
 
 頬が紅潮するのを無理矢理心拍数を下げてなだめる。
 武人の精神統一がこんな事に活用できるとは泣きたくなった、師、篠ノ之柳韻に詫びたい気持ちでいっぱいになった。切なすぎる。
 横目でゲボックを見ると、自分のベッドによじ上っていた。
 そう言えば、私達三人が初めて会話したのも病院だったなあ、と何やら感慨深く考えていたら。

「心配する事は無いのです!」
 この中で何故か一番重症だったゲボックは包帯でぐるぐるになった両腕をずばあっ、と持ち上げ。
 ごがあっ! と両腕をベッド脇の手すりに叩き付けて。



 音がしただけで何も起こらなかった。



「あははははっ! 失敗失敗、恰好悪いぞぉ? カッコ笑い、なんちゃってーっ!」
「……痛く無いのか?」
「おーう……これは失敗しましたねー」
 仕方なく地道に包帯をハズし始めるゲボック。
 しかし、両腕が包帯なのでえらく難儀しているようだった。

 しばらくその様子をぼーっと見る千冬と束。
 束はすぐに飽きて例の爆弾兎で遊び始める。

「よし、取れました! どうです、二人とも!」
 包帯を全てハズし、両腕を掲げるゲボック。

「……は?」
「ぉおー、こ、これはー」

 それでゲボックを見た二人の反応は、まさに逆のモノだった。
 ゲボックの両腕は義手になっていた。
 ただし、普通の義手ではない。

 左手がドリルで右手がペンチ。
 生活性が全くと言っていい程皆無の、冗談みたいな両腕だった。
 左手のドリルが回って唸る、右手のペンチがカチンカチン閉じたり開いたり。

「いつそんなもの取り付けたあああああぁッ!? 昨日の今日だぞ!?」
「か……恰好いぃ、ゲボ君、素敵だよ、それ!」
「束えっ!?」
 本気かっ!?
 
「タバちゃんの可愛いうさぎ耳に触発されて小生もこの通りですよ! だからフユちゃん、気にしないで下さい! この義手は、昨日ちょっとトイレ行ってきますと言って10分ほど部屋離れた隙に取り付けちゃいました、束ちゃんが来るまで内緒にしてましたがね!」
 なんと言うお手軽人体改造。
 ブラックジャックのように、自分で自分を手術したというのか。



———十分後
「退院する! 私はもうアイツと僅かでも同じ空気を吸っていたく無いんだっ! 離してくれ! ほら、傷も何も無いだろうが!」
 それは事実だった。
 全身傷だらけ。特に電柱を掠めた肩は亜脱臼をおこしかけていたし、全身にはアスファルトの破片で斬られたり裂けたりしていた傷が無数にあったが、それは全て『束の発明』とやらで治ってしまっていた。
「駄目だ! 君の住んでいた町ではガス漏れで集団幻覚症状や事故での大火傷、喧噪があったのか木刀で殴られたような傷などがあったんだ! たとえ外傷が無くても精密検査をしなければならないんだぞ」
 昨日の事件は、ガス漏れ事故による集団ヒステリーの一種と報告されている。
 これは束による情報操作等の賜物でもあるが、本当の事など、誰も信じまい。
 ……火傷は知らんが、殴打の外傷は私……だな……。
 深く、永遠に封印しようと胸に誓った千冬だった。
 こうして、子供は大人になっていくのである。

 なお、Barのマスターは普通に、無事だとメールが入っていたのは余談である。
 単独で全員のして店の外に投げ出していたとか。
 ……あのままあそこにいた方が安全だったな、絶対……。
 マスターのナイス紳士っぷりに逆に涙が流れそうである。



「だったらせめて、せめてアイツとは違う部屋にして下さい! これ以上は耐えられない!」
「む……それは」
「先生! 310号室の患者さんがっ!」
「どうしたね、この子はここに———」
「いえ、もう一人の方です!」
 な、何したゲボック……。
 もう関わりたく無いと、耳を塞ぐ千冬。
 だが、目に映ってしまった。

 窓から飛び出すゲボック。
———なにしているんだ、アイツ
 しかし、腕に抱いているものを見て驚愕する。
 束の連れて来ていた兎だ。
 ……いまさらだが、病院に動物連れて来ていいものだろうか。
 何も言われなかったのだろうか……。
 あ、浮いてる。

「駄目だよゲボ君! そんな、そんな!」
 窓から乗り出す人影一つ。
 束だった。
 その束にしては珍しく必死な表情……何があった?
「いけませんよタバちゃん、反物質ぅ兎のシールドが解けてしまえば、大規模な対消滅が起きてしまいます。これは、小生がしなければいけないかもですよ」
「……最後疑問系なんだね」
「今です!」
 しゅごーっ! と凄い勢いで飛んでいくゲボック。
 ドリルとペンチで兎を抱えて。
 無機物なもので抱えられて、非常に居ずらそうなのが印象的だった。
「ゲボく————————————んっ!」
 と叫んで一旦落ち着く束。

「……ちーちゃん! ここは三分待つんだよ! えーと、カップラーメンカップラーメン、と」
「……おい」
 とりあえず先生と二人、待つ千冬である。



———三分後



 凄まじい爆発音と爆光が天を埋め尽くした。
 さりげに放射線は防御されていたらしい。

「ずずずず……ゲボ君、君が世界を救ったんだよ!」
「ラーメン食いながら言う台詞じゃないよな……あ、先生、私はこれで。待ってろ一夏あああああああっ! 灰の三番っ! 束に聞いたぞ! 一夏と添い寝したんだってなあ! 覚悟しろっ!」
「あ、待ちなさい、こらああっ!」
「ごちそうさま! 束さんも帰ろー」

 なんだかんだで息は合う三人だった。












「———と、言うものなんです!」
 ゲボックの説明に、シャウトは首肯を繰り返した。
 これは、当たりかもしれない、と。
 史上最強の陸戦兵器。冗談抜きにこれは本物だ。

「でも、その話からすれば、<Were・Imagine>はその特異な体質の彼でなければ完全には使いこなせないのでは無いのかしら」
「そうですよ? 試作一号ですから」
 あっさり肯定するゲボック。

「だから稼働実験が必要だったんですけどね。何でこの時だったのかは知りませんけど、小生にも内密にするなんてちょっと酷いじゃないですか」
「組織とは、そんなものよ、ドクター」
「困りましたよ、それじゃ小生がデータ取り出来ないじゃないですか」
「……あなたの地元で実験した事は何とも思ってないの?」
「そんな事、小生もやってますし。ただ、小生の知らないうちにやられると困っちゃうなあ、データが取れないじゃないですかあ」
「そう」
「嬉しそうですね」
「ええ、楽しいもの」
「それは良かった! 楽しい事は素晴らしい事です!」

 言ってゲボックは白衣からカメラのようなものを取り出して、日の丸の旗を撮影した。
 するとどうだろうか、空間に全く同じ日の丸旗を実体化させ、出現させる。

「ん? これですか? 空間を複製するファックスみたいなものですよ? えいやっ」
 どうやら、チキンライスをハリネズミにしていた日の丸旗はこうやって量産していたらしい。
 ……理屈を考えるのはよそう。
 瞬時にシャウトもその結論に達した。



「……ところでドクター」
「はい? なんでしょ」 
「あなたはどうして、自分の作った<Were・Imagine>を破壊したのかしら」
「あー、アレですか? 単に壊しちゃいけない理由は無いからですよ」
「どういう、意味?」
「あの機体は元々、一旦完全起動したら用無しなんです。でなきゃ、兵器として欠陥まみれの人格持った人を搭載したりしないでしょ? あっれぇ? 小生はなんか変な事言ってますか?」
「……データ取りの為、なの? その割には解析なんてとても出来ない状態になっているようだけど」
 一面トコロテンまみれ。深さ500mもあるトコロテン地獄である。
 足を滑らしたが最後、ツルリンと、奈落の果てまで飲み込まれる。
 実際、組織の調査員がそれで何人か消えた。
 あまりに情けないリタイアに報告しようか本気で悩んだ程だったらしい。

「ええ、データなら、一旦接触した際に戴きまして」
 あのチェーンソーは、ウィルスを送り込むためただけのものではなかったらしい。

「『わーいマシン』に完全適合した脳のデータさえ採取できれば、もう後は誰でも出来る『獣化麻薬』ができちゃいますよ」
「……もう、ロールアウト?」
 普通、二度、三度の改良を乗り越えて正式量産態勢ロールアウトは成り立つ。
 誰にでも適応、これが一番兵器として重要なのだ。

「ま、フユちゃんの事追いかけ回して虐めてましたので、ムカっ腹が立って煮えたぐりまくりまして! ちょっと冷静さを失ってました! いやあ! キレるってこんな感じなんですね、もうまさに思考がしっちゃかめっちゃか! 兎に角ぶっ壊してやろうと息巻いちゃいましたよ!」
「あら———結構男らしい所もあるのね」
「褒められた? 小生褒められた!? いっつもフユちゃんには軟弱者モノ言われてましたのに、はっ———まさかこれは輝く第一歩!?」
「ねえ、ドクター?」
「うわあっ! 一言目からいきなりナイフ撫で始めたましたょ! なんかパターン読まれてる気がするんですけどどうでしょ?」
「あなたは長い髪とさっぱりした髪……どっちが好みかしら」
「んー、そうですねえ……」
 ゲボックは考える。
 と言っても、彼が思い浮かべる女性は二人しかいない。
 そのどちらも長髪の少女である。
 
「小生は長い方が大好きですょ!」
 正直に大声で告白するゲボック。目の前のシャウトはショートカットだったりするので、その辺の機微は全く分からないようだ。
「そう———ドクター、これからも亡国機業ファントムタスクと良き関係を」
「分かりました、いいですよ!」
「それと、組織に関係なく私とも友人になっていただけるかしら?」
「———ほう??」

「ミューゼル」
 一言だけつぶやき、席から立ち上がり、ゲボックに近寄って来る。
 伝票を取り、帰るらしい。

「私には名前も名字も無い。ただのミューゼル。まあ、 “S” って言われてるからシャウトって名前を初めとして、コロコロ変わると思うけれど、ミューゼルは変わらない。そう呼んでいただける?」
「分かりました! ミューゼルちゃん……ミューちゃんですね! 小生はお友達少ないからとっても嬉しいですよ!!」
「そう、ありがとう。じゃあ、お礼ね。男性って本当は苦手なんだけど」

 ミューゼルがゲボックに近付き、そして離れて去っていった。
「これからも宜しくね」
 と、唇を一舐めして。年不相応の色気を振りまきつつ。

「……お?」

 しばらく視線を彷徨わせるゲボックだったが、ぴくんっ、と反応して上を見た。
 真っ青な空。雲一つない晴れ渡った空。
 だが、そのさらに上。そこには———

 ぽん、と手を打つゲボック。
「ああ、なんだ、タバちゃ———」

 そこに大気との摩擦で赤熱化した巨岩がつっこんだ。
 大爆発だった。
 奇跡的に、死傷者はいなかったそうだ。



「———やっぱり、見られてたわね」
 この地域に有り得る筈の無い、地球の自転周期と同期させられた人工衛星が自分達を超上空から監視していた事に薄々気付いていたシャウトは、挑発して見せたのである。
 その結果は、ご覧の通り。監視されていた事は証明された。

 そこで、ぴ、ぴ、ぴ、と懐からかすかな振動が伝わって来た。
 取り出したのはボールペン程の金属棒。
 その信号を読み取り、やっぱり、とシャウト……この場合はミューゼルか———は纏っている空気を張りつめた。

 付近の組織関係者が全滅した。
 今、彼女の知りうる限り、この作戦に参加したメンバー、ほぼ全ての救難信号をキャッチした事になる。
 恐らく、送っていない構成員も……送る暇さえ無かったのだ。

 後に受けた報告では、全員命に支障はないが、復帰するのは不可能な程、心を徹底的にへし折られていたらしい。
 <Were・Imagine>の投入に関わったものは一人残らず。
 実動部隊の一人 “T” も消息を絶たれ。
 幹部会の重鎮達も何人か『根こそぎ』やられたらしい。
 日常生活もおぼつかないだろう、との事だった。

 それだけではない。
 <Were・Imagine>と同時に実行されたゲボックとは別口の獣化麻薬、『パンデミックを用いた仮想市街作戦実験』の関係者は全員、治療不可能なまでに、その獣化麻薬を投与され、人間ではなくなっていた。

 この徹底的容赦の無さ。
 彼では有り得ない。
 ジョーカーはもう一人いる。
 
 でも、それならば、彼女の望み通りには加速するかもしれない。寧ろ願ったりだった。



「でも彼、何処まで育つかしら」
 世界の異物を、育むべく。少女は微笑む。
 ゲボックに貰った衝撃銃と、得意とするスローイングダガーを構え。

 さあ、まずは当面の刺客から逃げなければ。












「———という訳なんだよ、ちーちゃん」
「…………やっぱり、そうか」

 ここは、束の研究室。
 何故か砕けたコンソールが一つと、腫れている束の右手。
 ……なにか、八つ当たりしたくなる事でもあったのだろうか。

「……あいつは、矛盾した行動をとってもその全てが本気なのだろうな」
「うん」
「あいつは、この開発が何をもたらすのか、どれだけの被害が出るのかも気にも止めていないのだろうな」
「まあ、それは束さんもだけどね」
「…………」
「協力してくれるかな、ちーちゃん」
「ああ、あの馬鹿の両手をこれ以上真っ赤に染めてたまるか。アイツが何を作ろうが、それが兵器である限り無意味なものにしてやる」
「そうだね! ゲボ君の兵器制作は打ち止めだね!」
 楽しそうな束、対し、苦々しそうな千冬。
 ぎりぎりと、拳を握りしめている。爪が掌を食い破りかけていた。
 彼女は、束に聞いたのだ。
 <人/機>わーいマシンの開発者。
 そして、その構造を。

 搭載された人間のデータは束に見せてもらった。
 やはり、見ても思い出せなかった。
 だが、彼はもうこの世にいないのだ。
 今回の『ガス漏れ事故の犯人』として、その場で事故により亡くなった、となっていた。



 話は変わる。
「まあ、完成したと思ったけど、まさか男性に使えないとは思ってなかったよ」
「ゲボックは拒絶反応でボロボロだったからな」
「んー、なんでだろうねえ、普通、あそこまではならないと思うんだけどなあ。まあ、これ以降作る子はそこまで拒絶しないようにするよ、せいぜい無視程度に———ふっ、シカトだぜ」

 きゅぴーんと、ポーズをとっている束をそれこそ千冬はシカトして。

「しかし、そこまで凄まじいものなのか?」
「……うー、ちーちゃんのいけずー。うん、ちーちゃんならまず間違いなく、史上最強になれるよ? これは余のメラじゃ、とか余裕で言えるぐらいに」
「何言ってるが分からんが、信用するぞ」
「うん、この世の兵器理論、価値観を根こそぎちゃぶ台返ししてあげるよ、『この兵器を作ったのは誰じゃああ!かっこ海原○山風かっことじ』てな感じでこけ落してあげるんだよっ! そして教えて上げるんだ、現行兵器は全て凌駕された、ってね。そのあとで、ゲボ君の興味を兵器から逸らせば良い。さらにそこそこ束さんの力を配ってあげれば、兵器そのものが一変、あっという間に塗り変わる」
「……それこそ、対抗できるのはゲボックだけ、とはならないか?」
「まあ、ゲボ君が本気を出したら結構危ないだろうな〜。でもね、その誰かがゲボ君を制御できると思う? ゲボ君は束さんに『勝とう』なんて俗な事を考えると思う? ゲボ君は研究が好きなの。誰の言う事だって聞くけどさ、言われた通りにしか作らないじゃない。それこそ現行兵器何かで満足している世界が、束さんのものを凌駕する具体的な想像をゲボ君に伝達できると思う?」

 ゲボックは誰の言う事でも聞く。
 だが、依頼者の想像力が、束が兵器として割り振った物を凌駕するイメージができるとは限らない。

「そもそも、ゲボ君の研究意欲をコントロールしようってのがそもそも無理だからね、そもそもそもそも、作麼生———説破、ってね、うう、座禅は足が痛いー」
「……なるほど、な」
 千冬は口数少なく頷く。

「だがな———束」
 ごっ! と空気が唸った。
 居合いの要領で抜き放たれた『アレトゥーサ』は、削り直され、やや短くなった木刀になっているが、やがて再生するらしい。
 それはともかく、その切っ先は束の喉元に突きつけられた。

「束、今回の獣人化の麻薬———作ったのはお前だな?」
「あ? 分かっちゃった? ちーちゃんさっすが!」
「当たり前だ、こんな非常識な薬品、ゲボックじゃなければお前ぐらいしか作り出せん、単純な消去法だ」
「その通り、謎のエージェント “T” とは、束さんのTなのだ! もう退会したけどね!」
「……そうか」
 他人の言う事など興味の無い束の方が説得しやすいとも思ったが……結局、同じ事なのかもしれない。
 千冬は歯噛みしつつ、それを見た。
 中世の騎士の出で立ちをした、全身装甲の強化外骨格。



「さて、出陣だ! ちーちゃんいっきまーす! IS———インフィニット・ストラトス、コアナンバー001、試作一号機『白騎士』でっ!」
「……ああ、分かってるな、束、一つだけ良いか?」
「おー、分かってるぜいぜい。世界はちーちゃんに釘付けとなるのだ!」
「それはどうでも良い」
「ふえ……あれ、そうなの?」
「今回、一夏が危険な目にあった。いや、お前だろ束、灰の三番は視覚で毒味が出来る……その場にいたお前が一服盛らねば一夏にあの麻薬を投与したりは出来ん。ゲボックの解毒薬の確認の為か?」
「んー、ちーちゃんの冷静さをそぐ事かな?」
 変わらず、束は千冬に正直に言う。

「確かに、あのとき私は珍しくお前に窘められた……だがな?」
 木刀を少し逸らす、束の顔面すぐ横に突き立つ『アレトゥーサ』。
「束、お前は私の大切な幼馴染みだ。それでも、一夏を危険に晒すなどという事は……」
 ごうっ! と木刀を引き抜き、舞うように停滞無く竹刀袋に収納する千冬。
「たとえお前でも、次は無いと思え」
「おー、ちーちゃんの威圧感が凄い事になってるよ、お嫁さんの貰い手がなくなっちゃうぞ? あ、その時は束さんが貰ってあげる!」
「五月蝿い黙れ」
 そう言って、千冬は束の研究室を出て行く。



「んふふー、うふふふっ」
 まだ、語ってない事はある。
 獣化麻薬の解毒薬を、『亡国機業のT』として、ゲボックに依頼したのは束だ。
 あの時、ゲボックが都合よく一夏を治療できたのは偶然でもなんでもない。
 束にとっても、一夏はとてもとても大切な、弟分なのだ。
 万が一にも、危険は無いよう多重安全装置は施してある。
 放っておいても、一夏だけは元に戻ったのだ。
 だからこそ、予め自分の獣化麻薬に効く薬を飲ませ、街に出回っている成分を分解させてから、一夏専用のものを投与した。



 束は、自分の身内以外はどんな様になっても構わない。
 全くこれっぽっちも気にしない。

 だから今回、千冬と共謀して行う計画には、千冬の考えているような倫理的な事など全く考えていない。
「うふふ、これで一緒、皆一緒だよ……」

 束には懸念があった。
 このまま大人になっていけば、皆バラバラになってしまう。
 それは、束にとっては退屈と孤独が一挙に押し寄せて来ると同意。
 何よりも恐れる事柄だった。
 でもこれで、これで。

 一生、私達の縁は途切れない。
 一つの世界に、皆、皆縛られるのだ。
 ずっとずっと、私達皆は、なかよしなかよしお友達。
 あんなパッと出の女に、割り込まれるわけにはいかない。

 思い出すだけでもいらだちが募った。
 あの女は、ゲボックに———



「———ふぅ、天才の束さんらしく無いね、うん、リセットリセット。電源を切るときはリセットを押しながらだよ! セーブが飛んじゃうものね! あははは、わはは、あははは、頑張ってね、ふふ、白騎士。束さんの可愛い可愛い、最初の子供」
 あはははは、くすくすくす———天才の、天災の少女は笑う。
 
 純白の騎士が、己の造物主を、母を、笑い続ける彼女を、静かに見守る中。
 ただただ、楽しそうに、自分の世界を作り出していくのを夢想する。



 世界が一変するまで、あと僅かのみ——————



_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/

てな感じでISが出来る経緯をねつ造してみました。
千冬さんが束さんにあの自己完結テロにただ同意したとは思えなかったもので。
なんか裏があるのかもしれませんけど
ゲボックがいるのでこういうギミックで組み立ててみました


あと、<わーいましん>は、宵闇眩燈草紙とブラックロッドから一部ネタを戴いていたりします。


あと、前回程じゃないですけどやっぱり長い……。なぜだ、ワールドエンブリオ風のプロットに纏め始めたというのに!
あっ! アレが原因か? 思いついてどんどん書き足してなんかアヴェスターのようになってるし……!

あと、あのお姉さん(後)もゲボックに目を付けました。
狙いは千冬さんの真逆です

どうもなあ、真性の女性なのに、スコールさんはエレンディラ・ザ・クリムゾンネイルのイメージが抜けないんだよな……。


こんな未熟作を読んでいただき。
感想もくださりまして、皆様ありがとう御座います

捜索掲示板でおすすめに上がっているのを見たときは赤面して床ごろごろ転がり回ってました
いつも感想くださるあのお方でして……
高ご評価、ありがとう御座いましたm(- . -)m



[27648] 遭遇編元ネタバレ集
Name: 九十欠◆82f89e93 ID:a6979411
Date: 2013/02/24 00:44
さて始まります、過去編元ネタバレ集
ここでは遭遇編のみを出して行くのであんまりない予定
そう……本番は転機編や結節編なのだよ。
考えるだけで途方に暮れそうである

それでは始まり始まり





第2話。幼少期、対話開始

それ以前に第一話にネタが無い事に今更ながら驚愕している。
いや、マジックハンドとかは色々ネタあるけど元ネタ多すぎて特定出来ないので割愛

○冒頭
 科学史的には有名な話なのだが、私が知ったのはアンビリーバボーだったりする

○この浮遊石を使いましょう
 天空の城のアレです。日本国民なら説明不要。あと、その後の兎ガードロボットは、束の中でコレの中のロボットがモデル。あれ、アルファとか、ラムダとか、オメガとかそんな名前らしい。
 狂乱家族で去渡博士の城や、氷霞の浮遊システムも……天空の城がネタだと思う。

○「おぉ~、んじゃ、このヌル爆雷で」
○「格好いいですね、では僕からはこの超重力メギドで」
 どちらも上遠野浩平先生のナイトウォッチシリーズで用いられる超兵器。
 ヌル爆雷は銀河を一撃で消し飛ばし、超重力メギドは、太陽系内のどこで使おうとも、その中にある全ての物質を米粒程にまで圧縮してしまう超重力兵器。
 でも、これらでさえ、直撃しなければ傷一つ付けられない虚空牙て……

○「これがラピ◯タ……」
 これ以後数行もしつこく続いた天空の城ネタである。
 微妙に、バスタードでキングクリムゾングローリーを発見した魔戦将軍が入っているのはご愛嬌。

○人類に敵対的な地球外起源種
 アルファベットにして頭文字をとるとBETAとなるそうです。
 何であんなにグロイんだろうねあれ。しかも戦闘用じゃなくて土木作業員。
 するとアレか。あ号って工事現場主任とかそんななのか実際。

○彗星帝国
 宇宙戦艦ヤマトのラスト、ヤマト自体を神風に用いて倒したある意味ラスボス。
 皆死ぬ。死ねば感動だ、と言うのに対して俺は異議を上げるタイプなので、ちゃんと意義持たせて皆を殺して欲しかったとか思う。こう、希望は託したぞ……! みたいな。
 神風は綺麗だというのは非常に腹立たしい。こう見えて鬱は好きだけどハッピーエンド主義なもので。

○ゾンビパウダー
 ブードゥー教の人間をゾンビに変えるクスリ
 ヴァルキリープロファイルなり、死者の指輪から出て来るあれなり、元ネタありすぎるのだが。
 まあ、ここでは遺体の一部に残留している思念から云々と色々科学的なものだと思って下さい

○ジェットチャリ
 魔界都市新宿のとある仮面付けた花屋さんのバイトにーちゃんが乗っていた区外じゃ乗れそうにないチャリである。
 一漕ぎでアフターバーナーに点火。とんでもない速度で突っ走ります。流石新宿。
 しかし、あの仮面は一体設定どうなったんだろう……?



第3・4話 中等期、関わり始める世界

○検体と資金が湯水のように出ますし
 宵闇幻橙草子の忍者らの組織に雇われたジャックさんの感想。
 MADな方達にとって宗教団体ってのは理想的な環境なのかも知れない。
 まあ、ここは亡国機業なんですが。

○グレイさん
 Lv1
 生物兵器『灰の三番』である。
 元ネタは宇宙人の中で最もポピュラーな『グレイ』から。
 『灰=グレイ』の『三番=さん』だからグレイさんである。これは、本当に執筆中に一夏が名付けました。
 キャラが勝手に動くと言うのを初めて体感した気がする。
 オリキャラであり、『ドリムゴード』の作者中西達郎先生にとってのエト・アイル的存在。
 つまり、何があろうと本文からもプロットからも出番は減らないキャラである。
 存在条件はやたらと目立つ脇役である事。何だそりゃ。
 実年齢一夏と同い年。見た目一番お姉さん。アンバランスですそこが萌えます。
 初登場時にこれでもかと彼女の伏線と要素を圧縮して出してます。
 母親的とか、一夏が何故か彼女と会話出来るとか。
 家事手伝い型、と戦闘能力は低めだが、散布されているナノマシンを集束操作して形状操作が可能、重戦車(笑)ぐらいなら両断する事が可能なので、この界隈での『戦闘能力低め』はあてにならない。
 ゲボックファミリーの中で極めて珍しい気遣いの出来る存在。
 イギリスにて、短期ではあるが本格的なメイド修行に行った事が有り、チェルシーとは親友同士であったりする。
 束とゲボックの会話にて、彼女が『失敗作である』と述べられているが、中途半端なものをそのままにしておくのが我慢ならないゲボックにとって、そんなものは存在しないのが伏線になっている事を誰か気付いていただろうか。

○竜骨寺さん
 原作『狂乱家族日記』の商店街に居る中華料理屋の兄妹———でもあるのだが、その父親である。
 第日本帝国の三強の一人と言える暗殺者だったそうで。
 残る二人のうち一人がラスボスで、もう一人がオカマバーのママなのだからこの国は分からない。
 その戦闘能力は、料理人である彼の息子が一度だけその怒りをあらわにしたとき片鱗を見せつけた。
 なんか秘孔まで使えるっぽい。
 でも見た目は窓際族っぽい普通のおじさんである。

○いっくんの記憶力って初期ロムぐらいなんでしょうか
 『銀魂』より、ジャスタウェイが出た時の話で。
 近藤が記憶喪失状態な上に簡単な衝撃で更に記憶が飛ぶ様の評価から。
 あの漫画の、熟語的ツッコミ大好きですな。

○十人の小人
 本当の元ネタが思い出せないのだが、それをネタにしたトリックがでた、『金田一少年の事件簿』より。
 自分が見た時は確か実写版でした。Kinkikidsの堂本剛が金田一一役であった時代の話。
 十体の人形から十一体めの人形を捏造すると言うちょっと不気味な話。
 しかしだね、金田一の話はじっちゃんの頃も彼の場合も、犯人が犯罪をやり遂げてからトリック解くから正直全然尊敬出来ないんだよね。そんなとこまでじっちゃんどおりか。
 犯人本懐遂げてるじゃねーかとか思うんだがどうだろう。
 いや、犯人もだいたい死ぬよね。皆殺し探偵である。
 ちなみに、今の実写版は見ても居ないからノーコメントで。

○「なんか妙だと思ったら、偶然鼻を押した瞬間二人とものっぺりとした顔になってくれてな?」
 パーマンのコピーロボットである。
 きっと皆さんも、一度はアレが欲しいと思った事がある筈だ。

○普段はどこか足りない少年が、額のオデキに隠された第三の目を開放するや卓越した知能と超科学技術で活躍するマンガ
 手塚治虫先生の遺作の一つ、三目がとおるである。奇想天外! ハテナのブーメラン云々かんぬん。
 ちなみにこれは第一話で、いじめっ子達の脳を一瞬でトコロテンに変えてしまったという。取り返し着かない兵器。どうなったんだろうね、その後の彼等。
 絶対今の漫画じゃ書けないんじゃないかなぁ
 もう言えないけれど、あの槍の詠唱、暗唱出来たんですよ…………変わんねえな、俺。

○山口くん
 原作『狂乱家族』に出て来た、1巻で優歌を虐めていた男の子筆頭である。
 虐めが解決してからは気に病んでいたのか、逆に一番に彼女に気遣うようになる。
 気があるのがバレバレであり。優歌からも憎からず思っているようである。
 が、いかんせん家族どころか優歌にも名前を間違えられてしまう悲しい運命にある。
 サッカーが得意で、将来本気で選手になる事を考えている。なんか昔の小学生もので良くあったね。
 姉は姉の千花の舎弟かつ、本気で彼と結婚を考える重度のブラコンであり、彼は日々貞操を守っているのだとか。
 父親も優歌の姉の千花と関わりがあるようで、人外のハーフである可能性がある。

 そんな山口君の同一存在。
 世界を挟んでも名前を間違えられるのは健在である。
 三人と深く関わって来た一般人であり、地味に評価されている。
 サッカー部に彼も居て、本気で色々考えていたが、ナデシコジャパンの活躍に反して男勢のサッカーが衰退、ISの台頭でそれは更に加速し、進路を改める。
 ティム程ではないがゲボック技術によるメンテナンス技術を有しており、後にドイツの某部隊ビットチーフに就任する。
 漫画・アニメ・ゲームなどのサブカルチャー全般の伝道師を自負しており、布教に余念のない男である。
 その情熱は凄まじく、何せ束にすら『漫画の人』と認識されているのだから凄まじいものがある。
 そのせいか、ゲボックや束の発明にも、なんとなくそれらの影響が見て取れる程のものである。
 何故か、日常パートからシリアスパートへの転向フラグを敏感に感じ取れる節があり、その度に千冬に進言しているせいで、千冬の中では彼の忠告=狂乱の前兆(ヘイムダル)という甚だ理不尽な称号を当てはめられている。
 ドイツでは、親しくなった女性の父親と、プルートゥはアトム漫画として是か非かで大舌戦を繰り広げ、気付けば何故か婚約者に指定されていたのだとか。フラグは無かった筈だぞ……! とは本人の談。
 なお、本名は狂乱家族日記と同じで山口清。
 姉に山口聖が居る。
 地味に活躍するモブである。

○アレトゥーサ
 マガジンZで連載されていた植物系SF長編漫画。
 雑誌の打ち切りでなければ、完全な第1部完結まであと一歩と言う所だったのに……
 それに出て来る、『行動する植物』。
 通常はただの木なのだが、子種が動物の死体の付近にあると根を伸ばしてその運動機能を利用し、行動可能になるというとんでも植物。
 原作がスプリガンやARMS、死が二人を分つまでなどのたかしげ宙さんなので、外れ無しかとお勧め出来る傑作であります……いや、ラストがちょっと不満だけど。

○衝撃銃
 実はもとネタドラえもんである。
 とは言っても直訳ショックガンは何か痺れる光線が出る銃であり。
 内容的には空気ピストルが近い。

○獣化麻薬
 狂乱家族原作にも出て来た、人間を何らかの獣へ変貌させる薬物。
 しかし、この暴れっぷりはどっちかというと魔界都市の影響の方がデカイ気がする。
 主に暴れたのは千冬なんだけど。
 あと、噛み付くと浸透圧で感染する、というのはブギーポップシリーズのパンドラ編で出て来た不良少年達を変貌させた特殊麻薬からだったりする。

○壁の穴を埋めるバズーカ
 吉永さんちのガーゴイルで、ガーゴイルの創造者高原イヨが作った文字通りのバズーカ砲。
しかし、背後にあるものを吸い込んで壁の穴埋めを製造しているらしく、背後に壁があると全く同じ穴が開くらしい。
 あのお姉さん、バッタもん好きなんだよね。賢者の石のレプリカとか、パナケアのバッタもんとか。
 大好きだよ俺も!



———後編———



○冒頭
 NHK科学特番『脳——小さな小宇宙』……だったと思う、こんなタイトルの番組より
 サヴァン症候群で、内容そのままの絵の好きな青年がいました。
 正直、才能をとるか、その他全ての生活能力をとるか、と言われたら……。
 うーん……。

○わーい・マシン
○Were・Imagine
 元ネタは電撃文庫『ブラックロッド』のワー・マシーン。狼男に変身出来る全身義肢。
 ならびに、宵闇眩燈草紙の脳だけ獣人の設定等々。
 まあ、素体は女性だったから狼女かね?
 人の野生部分を特化させて獣の魂を持つ鋼として行動出来るらしい
 吸血鬼に食われましたけど。

○精神感応金属『シンドリー』
 スニーカー文庫RAGNAROKにおいて出て来た、古代文明の超金属。
 恐ろしいまでの剛性と、人体にフィットする柔軟性を併せ持つために防具として高い適正を持つ。
 かつ、精神感応金属であるので、持ち主の思考似合わせて防御性能を更に変質出来ると言うとんでも合金である。だから、いい加減続き出てくれ。審査員なんてしなくていいから。

○これが☆を滅ぼす魔法……メテ◯だよん
 FF7では、攻撃魔法であるメテオが実際の隕石災害扱いされると言う設定でして。
 はい。隕石降ってきます。
 ふと思ったけど、ジェノバとラヴォスって似てるよね。
 いや、特に深い意味はないけど。

○有象無象の区別無く! 束さんから逃げられると思うなー!
 と言いつつ隕石で狙撃する束さん。
 ヘルシングの魔弾の射手。『リップバーン・ウィンクル』から、
 どんな大気圏突入計算しているのだろうか。多分暗算です。
 
○Homing・Railgun
 丁度この数ヶ月前、ガトリングレールガンを禁書で見まして。
 滅茶苦茶撃つのがあるなら、レールガンの常識を全力で無視して追跡機能付けたらどうだろう、と言うのが切欠である。
 超電磁砲が追跡したらそりゃ死ぬわ。
 あと、これT- Barrette-Shift(トコロテンバレットシフト)だし。

○反物質ぅ兎
 この後書いているが、元ネタは『王泥棒ジン』の爆弾生物ポルヴォーラである。
 可愛いよね。動揺したらとんでもない爆発起こすけどあの子ら
 可愛いだけにスッゲェ悲哀を感じてしまう。
 ぷちポルヴォーラを庇う為に自爆突貫したパパ、ママポルヴォーラは本当に涙を誘いました。

○これは余のメラじゃ
 超有名な大魔王様の台詞。とんでもない攻撃をぶっ放しておいて、これ、最弱だからと言われた時のこちらの絶望感はそんじょそこらではありません。しかも最上級呪文となると、フェニックスになるしこのお方。
 あの人カリスマなのに何でこんなにネタ多いんだろうね。



 あれー? 思ったよりあったし……(==)?
 うん。大人しめだったんだなーこの時は、と思いたい。
 いや、単純にこれ以降は阿呆みたいに長くなったから総数増えたんじゃねーの?
 んーまぁ、そうだけどさあ。


 さて、ネタバレからその他版ってのはアレなんだろうか?
 とか思いつつ転機編に取りかかろうと思います



[27648] 転機編 第 1話  白雪芥子———倫理の境界
Name: 九十欠◆82f89e93 ID:a6979411
Date: 2012/03/26 00:18
 篠ノ之箒にとって———



 姉とは、時を重ねる毎に理解出来無い面が見えてくる。
 そんな存在だった。

 それでも、やはり箒は姉である束の事が大好きだった。
 それというのも、束は箒の事を溺愛していたし、その事が分かる箒も束の事が大好きだったからだ。
 彼女が作り出すものはすべてがおとぎばなしの幻想のようで、それを惜しみなく箒のために次々と披露する束に、箒はまるでシンデレラに出てくる魔法使いのようだと思ったのである。

 だが、その姉には、幼馴染みが二人居た。
 どちらも強烈な印象で、一目見たらまず忘れないような人達であった。
 今でこそ思う。この姉とともに居るならば、そんじょそこらのキャラ付けでは乗り越えられないと。

 そして、ある日の夕食時。
 箒は出会う。



「お姉ちゃーん、ごはんだよー?」
 箒は束を呼びに行く。
 束は集中力が凄い。
 一度何かに夢中になってしまうと、放っておいたら飲食もせず没頭してしまう。
 体に悪いし、食事は、皆で取れるときは皆で取るべきだ。
 お父さんもそう言ってたし。

「お姉ちゃん?」
 束の部屋に入る箒。

 ……なんだろう。
 くったくったと妙な音が聞こえる。
 それに部屋全体が、なにやら蒸し暑い。

「お姉ちゃんどこー?」
 部屋のどこにもいない。
「お姉ちゃーん!!」
 心細くなって泣きそうにな声が出てしまう。
「え!? なになに!? どうしたの!? 苛められたの!? お姉ちゃんが消しちゃうよ!」
 その声色でいきなり束が反応した。
 千冬同様、束もまた、シスコンである。

「お姉ちゃんどこー!」
「あー、私探してたのか。こっちこっちー」
「……え?」
 ようやく姉と会話できたので声がすっとテンション復活。分かりやすい箒である。
 まあ、今年で4歳児なんてこんなものである。
 束やゲボックだけじゃなく、千冬だって知性的に普通じゃないのだ。

 だが、声のした方は……。
「押入れ?」
 押入れしかない。
 この中は普通、布団なんかを収納するところである。

「○ラえもんごっこ?」
 そう言えば、ここで床に就く猫型ロボットがいたなあ。
 なんてい思いつつ、押入れの引き戸を開ける。

「……え?」
 幼児でも矛盾ぐらいなら分かる。
 トンネルを抜けたら、そこは雪国でしたとは有名な作家による名作の一文だが、この場合。
 押入れを開けたら台所でした。である。
 いやいやおかしいから。

 思わず正面を押入れとして、左の窓に向かう箒。
 そこから、よいしょと顔を引っ張り出して押入れの辺りをみる。
 どう考えても、空間的に足りない。

 昨日テレビで見たトリックアート?

 箒の知識で恐る恐る手を延ばしすと、空間がある。
 どうやら精巧な絵画であり、向こうに行こうとしたら顔がゴン! と言う事はなさそうである。
「お姉ちゃん、どこー?」
「こっちだよ箒ちゃん、手の鳴る方へ♪」

 台所(?)に進んで行く箒。
 進むにつれ、蒸し暑さが増して行く。
 箒も理解する。

 このくったくったと言う音は、何かを煮込んでいる音である、と。
 ならば、熱源に束は居るだろう、と辺りをつけ、さらに進むと(どれだけ広いのか見当もつかない)、箒はそれを発見した。

「うわー……」
 大きな壺の様な鍋だった。
 魔女が『ひぃーひっひっひ』と笑いながらかき混ぜてそうなあれである。
 ルラムーン草を煮込んでいたら高速都市間移動魔法でも覚えそうな勢いだった。

「やっほぅ箒ちゃんよく来たねー、どうしたの? どうもしなくても箒ちゃん大好き! お姉ちゃんは大歓迎だよ!」

 その際の束の行動がイメージ通りだったので茫然自失となる箒。
 何か長い棒で怪しい壷をかき混ぜている。
 何故か仄かに光っている壷からの逆光が不気味に笑顔を彩っていた。
 正直、怪しい(核爆級)のだった。
 しかし、責任感の強い箒ははっ、と見直して。

「お姉ちゃん、ご飯だよ? 一緒に行こ?」
「あぁ~ん、箒ちゃんったらかぁわぁい~い~!! 奇遇だね、お姉ちゃんも料理を頑張っててね、ふぅ、暑い暑い」

「え? ご飯ならお母さんが作ってるよ?」
 それ、料理だったのか。

「……ん~、まぁ、そりゃそうなんだけど、これは綺麗なウェディングドレスを着るための修行なんだったり? 箒ちゃんもいない? そんな子。まぁ、いたらいたでブッ千切るけど」
「なにをブッ千切るの!?」
「ナニをって? いやん、箒ちゃんたらもう、束さんは恥ずかしぃん~」
「? ? ?」
「よし、箒ちゃんはまだ純情っと」

 幼女に何を言う。
 ついっ、と指を振るとふよふよレンゲが浮かんで来て、壺の中身を掬う。

 またも無駄なところにPICだった。

 一口啜った後束は両手を腰に当てるや。
「うーまーいーぞー!!! よし! さっすが天才束さん!! ねえ箒ちゃん! 箒ちゃんには早いかもしれないけど、女の子たるものは料理の一つも出来なきゃね!」

 背景に料理漫画のリアクション皇を浮かべながら自画自賛でご満悦の束だった。

 因みに料理が一人前の女の必須技能だと言うのは、思いつきでもなんでも無く、彼女の信条の一つである。

 後々束は、『娘』にもそう語っている。

 案外、そう言う古風なところは親譲りなのかもしれない。

 しかし、この束と言う少女、好き嫌いがない。

 僕の血を吸わないで、と言っていたこの世で最も馬鹿な男に美的感覚を日夜仕込むべく、肉体言語を振るっていた学園のアイドルが如くに。
 蜂の子だろうがザザ虫だろうが、何でも好き嫌い無く食べる事が、素敵なスタイル構築の秘訣とでも言わんばかりの悪食っぷりである。
 犬は赤犬、猿は脳味噌が美味いんだそうな。おい待て美少女。

 どちらかといえば、誰がどう愛情を注いで作ったかに重きを置いている節があり、箒が作ったのならゲル状の何かだろうが炭化物質だろうが同じ様に『うーまーいーぞー』と叫ぶだろう。
 単純な味覚障害かもしれないが。
 まぁ、一つ例外があるとすれば千冬のポイズン通り越したデス・クッキングであろう。
 VXガスさえ無効化する改造肝臓を備えている筈のゲボック共々レテ川のほとりでゴーストバスターズをやったのは良い思い出である。

「お姉ちゃん、早く行こう?」
 とにかく、これ以上両親を待たせるわけには行かないので、束の下に向かう。
「ねえ、何作ったの?」
「あぁん! 箒ちゃんもやっぱり女の子だねえ! いっくんに作ってあげるの?」
「———な、なな、なんでアイツに」
「うんうん、誤魔化さなくてもいいのだよ!」
「違うよお姉ちゃん!」
「みゃははははっ!」

 この時、一夏はまだ道場に通っていない。
 しかし、千冬に連れられて来るので、度々顔を合わせていた。
 あまり接点は無いのだが、それ以上に同年代の子との接点が無い箒にとって、一夏とはなんとなく、印象には残る相手だった。かなり強めに。

「ちなみにお姉ちゃんがつくったのは全ての料理の基本、出汁作り! 和洋中問わず旨みの抽出なくして美味は無しなんだよ箒ちゃん。見るがいい、単一にして厳選された食材を!」
 びびっ、と鍋を指差す束。

「———え?」
 従ってそちらに眼を向けた箒は、あるはずのないものに、一瞬思考が硬化した。


 鍋には『人』の形した……いや、人である訳が無い、そんな猟奇的なものある筈が無いけど何だろうアレ……が浮かんでいた。
 幼い箒ではそんな複雑思考は出来ないが、人? いや違うって? でも人っぽいという感じになっている。




 すると……。
「あぁぁぁぁぁぁぁあああ~、まぁだですかタバちゃあああん、いい加減湯立って色々危うくなってるんですけどね、湯立っていると言うか煮立ってませんか? 出汁をとるときは沸騰させてはいけないって聞きましたよ? 小生、色々搾り取られてげっそりしてきましたけど」
「喋ったああああああああっ!!」
 な、何か煮込まれていたものが喋り出した。






「いやだなぁ、ゲボ君。ごはんを食べさせてあげるから協力してって事に応じたんだからだまって出汁を出す出す! ん? 出汁を出す、ダシダス? おぉ、何かのメーカーみたいだねぇ、なんちゃって☆ そしてこの出汁を元に束さんはゲボ君からさらなる演出をひきだすのだ!」
「小生から出た出汁を小生が食べてもただの共食いじゃないですか? あれ? 自食作用? 本末転倒ではないですかねえ」
「……火力アップ!」
「おあちゃちゃちゃちゃちゃああああああ!!」
 普通、それだけじゃあすまない。既に沸騰しているというのに。
 改造人間は伊達じゃない……なんで千冬に勝てないんだろう。
 束作ガスコンロ。最高焦点温度は鉄をも焼く。当然鍋というか壷も特別製だった。

「ああああああああああああああ! 誰!? お姉ちゃん何してるの!?」
 箒が復活した。
「ゲボックですよ? ああ、箒ちゃんですね、小生、タバちゃんのお友達の———アッチャアアアアアアアア!」
「お料理☆」
「ただの五右衛門の釜茹でだよ!?」
 昨年の年末大河ドラマは『秀吉』でした。
 父、柳韻の膝の上できゃいきゃい見ていたから覚えている。
 なお、水戸黄門も欠かさず見る箒であった。なお、歴代全て肯定派である。
 髭が無いからなんだと言うのだ。
 評価が一番低い役者を思い浮かべる。ご老公は心の持ちようだ。見た目ではない。
 心がご老公なら髭などいらないのです。偉い人にはそれがわからんのです。
 おかげで近所のおじいちゃんおばあちゃんの覚えがよい箒だった。

「大丈夫安心して! お姉ちゃん特性お料理用リキッドはじっくりたっぷり熱を通すから、熱で主要栄養素を破壊しない優れものだからね! 油みたいに速攻で煮えたぎる事なんてないのだ! それに油で煮るってカロリー的にどうかと思うなぁ、でもこれなら、お肌もお肉も血液も! スッキリサラサラ爽やかに! らんらん♪ ってね!」

「それはもっと苦しいよ!?」
 温度上昇が緩やかとは……より拷問である。

「大丈夫ですか! ねえ、あ、ええ!? 大丈夫!?
「溶けそうですね」
「思ったより大丈夫そう!? でも危、熱っ、あー、ああーー、ああああっ!」

「……箒ちゃんは優しいねえ、出汁殻に。もう、慈愛の女神様だね!」
 だしがら……何気にえぐい。

「お姉ちゃん!」
「ねえ箒ちゃん」
「わああわああ」
「おいしいよ、一口いかが?」
「食べないよ!?」
「……がーん!!! しょぼーん……」
「火を止めてあげてええええええ!」



 ……箒とゲボックの出会いはこんな感じだった。
 箒の姉に対する印象が、魔法使いよりも魔女に大幅に傾いた一件だった。

 束と箒の関係? それはもう少し、後で話すとしよう。









 中東の紛争地帯。
 中世の頃より宗教問題から睨み合いを続けていたが近代化していくにつれ、先進国による植民地化政策が進んだ。

 その事により、圧倒的武力で弾圧、支配されていた。

 大国により領土を真っ二つに分けられ、代理戦争をさせられる。
 血を流す彼らの悲哀は、独立に対する悲願となっていった……。

 やがて、植民地政策の終焉とも言える転機が訪れる。
 各地での独立である。

 道徳、人道という言葉が表向きだけとはいえ国際的な集まりにおいて重要視されてきた事は、独立の悲願への後押しとなったのだ。

 そして。
 大国の陰ながらの支配が消えたといえば嘘となるが、民族が独立する事に成功する。

 だが、表面上、上から押さえつけられるものがいなくなれば、ただ自由だと喜ぶだけではなくなるのだ。

 あれだけ支配され、その愚かさを身をもって痛感していながら彼らは同様にこう、思ってしまうのだ。



 今度の主役は自分たちだ、と。



 彼らが思うのもいたしかたは無い。
 それだけ耐えたのだ。
 それだけ苦しかったのだ。
 そして、やっと願いは叶ったのだ。

 しかし、困った事にそう考える小集団———民族は無数にあり。
 対して大地は有限だった。

 人の数だけ信念はあり、人の数だけ正義もまた無数に存在する。



 今までは強大な支配者がいた。
 彼らの強制により、または彼らに対する反発心から、些細な考えの差異や動向は考える余裕が無かった。
 苦しくも、共通する強大な敵と認識したものがあれば、人と人は手を繋ぎあうのである。

 だが、もう違う。束ねられていた意思は再び個々に別れてしまった。

———些細な違いが気になる
 人の文明はいつだって序列とそれによる差別で成り立ってきたのだから。

———自分の正義にそぐわぬ行為が目端に映る
 それが相手にとっての正義だとしても。

———重複した権利をめぐって闘争する
 それがたとえかつての支配者との口約束だとしても。

 かつて巨大な力へそろえ向けられていた力は、自分たち同士へ向ける無数の小競り合いの火種となった。



 人はやられればやり返す。
 目には目を歯には歯を。
 世界最古の罪刑法定を記されたハンムラビ法典に記載されている言葉ではあるが。
 実はその法典、身分によって処される刑が等価ではない。

 すなわち、相手が同等と思っていない場合は反撃が等価であろうはずも無い。
 それぞれが正義を掲げ。
 それぞれが悪を討つため。

 格下によるのぼせ上りを正すため。
 報復に告ぐ報復は絶えることなく連鎖し———
 人々は武器を手に神に祈りを捧げ。

 かつて自由を求め手を取り合った人々の大地は、お互いの血液で成り立つ程の、泥沼の地獄と化した。



 果たしてそこに、本当に亡国機業の関与がなかったのが、死の商人の介入が無かったのか、それは定かではないが———



 しかし、あまりに戦火が広がれば大国も動かざるを得なくなる。
 勝手に殺しあってくれるだけならかまわないだろうが、中東には貴重なエネルギー資源があるのだ。

 その採取が滞れば自国の経済に影響が出る。
 採取に行った自国民に被害が出れば民意にも影響が出る。

 もっともらしい理由を付けて、彼らは圧倒的力を振るいに舞い戻る。
———それすらも死の商人の企みか

 しかし、その後が大変である。
 もう支配は出来ない。表向きの道徳はそれに反する。
 心の底からそれを信奉するものも多いのだ。

 住民の反抗は、過去の事実からもより大きい。
 それで軍人に被害が出ればまた政権の支持率に影響を及ぼそう。



 地元民の反抗は———大国を悪とみなして攻勢へと移る。
 そしてこちらも泥沼だ。
 その被害は直接戦闘していないもの達にこそ牙を向く。
 それまで家庭で団欒を囲み、明日の情勢に憂いを抱きつつも自分だけは大丈夫に決まっている。幸せはやってくる。と信じるものにこそ。
 それが瓦解したとき———



 深遠の内からこちらを覘く破滅がそろりと手を招く。

 そんな———情勢であった。



 といっても、表向き中東の人々が大きく真正面から反抗する事は未だ出来ない。
 故に取っているゲリラ作戦に大国は手を焼いているのだから。

 一度起きた大規模テロから、大国の目はより鋭くなっていた。

 中東でならば兎も角、己の国土ではゲリラさえも実行不可。
 事実、なにも起こさせずにいた。



 これまでは。



 さて、視点を大国に移そう。

 とある大都市の森林公園。
 ボートの浮かぶ人工池を背後に、軍事介入を後押しした政治家が、自分の指示は正義であったと声高々に街頭演説に立っているときだった。

 ふざけるな、と。

 声が上がった。
 見るからにアラブ系の男性が憎悪に歪めた表情で政治家をにらみつけていた。
 彼は特にテロに参加していたわけでも、紛争地帯で銃を手にしていたわけでもない。
 町場の電気屋だった。

 しかし、僅かにそれた空爆により、彼を除く彼の愛した家族は一人残らず瓦礫の下敷きとなった。

 どれだけ対地攻撃の精度が上がろうと、攻撃対象の居所を掴む諜報活動が凄腕であろうと、絶対など、それこそ絶対には無いのだ。



———訂正しよう
 ゲボックや束でもない限り、絶対など存在しないのだ。



 政治家は、暴力に訴えそうな雰囲気の彼を、ゴミでも払うかのようにSPに命じて退去させようとした。
 実際彼に大事なのは自国民の支持率であり、空爆で他国の民がどれだけ人が死のうとも彼の昼食の味は変わらない。
 むしろ、空爆の事を演説中に喚きたてられ、自分の『正義』に支障をきたすのは困ったものである。家族の豊かな生活に支障をきたす可能性がある。



 正義と悪など、その程度だ。人と人、各人の度合いの差でしかない。



 治安のいい地では、権力がそのまま腕力だ。

 SP数人掛りで組み伏せられる。
 暴れられれても、こちらは訓練をつんでいる。武器を持ち出されればSP側の有利はさらに増す。鎮圧に対する攻撃力の楔が取れるからだ。
 それに市警に対する言い訳など、それこそこちらに発言力があるのだから。



 本来なら気の良い、近所でも評判な人柄であった電気屋の主人は。
 家族を空爆で奪われた、お前は人殺しだと叫ぶ彼は。
 このまま取り押さえられ、臭い飯を食う羽目になるだろう。

 だが、常識離れした圧倒的力というのは、あっさりそれを覆す。



 憎悪とそれに伴う殺意、自分も含めた殺害衝動により———

 とある数値が一定値を突破、彼の願望の本当に奥底、普段の彼からは想像もつかない程の攻撃性が噴出、その『願い』に従い、肉体が変貌を開始。
 全身に亀裂が入り、衣類を一瞬にして引き裂き、ひっくりかえって…………・・そのうちより覘く歯鋭い牙と爪。

 カラカル———猫科のシルエットを持ちつつ二足歩行で直立する異形を、3m程まで拡大させた鋼の魔獣が誕生した。

 後は、言うまでもない。
 ああ、これは何らかの演出なのかと、現実離れした光景は、人々を彫像へと変える。
 周囲を染め上げる真っ赤な血袋と化してアカイロをブチ撒けるSP達を見ても、誰も逃げ出さなかった。

「人殺シ共め」
 獣の口から人間の言葉が漏れた。
 だが、そんな夢物語の中でしか起きない出来事に、誰もが現実から思考を逃避させる。

———おめでとう、今この瞬間から、君もその仲間入りだ。

 全てを失った彼から、文字通り肉体さえ奪った者からの賞賛だった。
 しかし、通信で届いた嘲りには全く意識を傾けない。
 変身に必要なのは過剰な興奮と殺意、そして圧倒的強者としての自分のイメージ。
 <Were・Imagine>は精神観応金属を持ってそれを実現化させるのだ。
 さらに、脳に直接投与された獣化麻薬によって極度の興奮状態にある搭載者は狭窄視野に陥り、実に効果的なテロを行える。
 殺し方は引き出した生物の本能を用いるが故に。



 そして。
 対人武器如きでは、<Were・Imagine>は痛痒さえ感じない。

 権力にしろ、暴力にしろ。
 圧倒的に傾けば、種類の意味など、ありはしないのだ。



———この後の結果など、語るまでも無い。



 同様のことが、戦場でも起きた。
 砲撃の止まぬ、鼓膜を破らんばかりの号砲。
 さっきまで笑っていた戦友が、次の瞬間には人の形を失っていたりする。
 そんな極限状態では。

 本人すら仕込まれている事に気付かなかった者達ならば尚更、感情の危うい琴線を容易く打ち破り、変容へのきっかけとなる。

 戦場はまさしく地獄と化した。
 いったん変われ……ば、よほどの精神力の持ち主もなければ理性を保てない。
 敵も味方も関係なく、衝動のまま殺戮を続ける、本来の獣とも違うただの化け物。

 ただ、これは<わーいましん>ではない。あくまで<Were・Imagine>である。
 非常識な適応性も、極度の防御適性もない。
 当たれば、ロケット砲でも破壊可能。

 世の科学者などでは、この程度の再現が限界である。
 例え、ゲボックの提供した設計図があろうともだ。
 なにより、予算と言う世知辛い理由もある。

 ただし、ゲボックの改良した、一般人でも獣化適正者へ変異させる薬物のために、第六感は本物。
 弾丸や砲弾を、撃たれてから避わすそれらに攻撃を当てるのは困難を極めた。



 文字通り、正真正銘、命を投げ打たねば勝てぬ戦場が逆戻りしてきたのである。



 世界の軍事パワーバランスが大きく転覆される事となる。
 その、第一歩を飾る出来事であった。



 どういう皮肉だったのか。
 世界中に<Were・Imagine>の脅威が広まった大都市での事件は。篠ノ之束がISを発表した当日だったのである。












「うーん、どうしてちゃんとやってくれませんかねえ?」
「どしたのー? ゲボ君」
 ゲボックが転がり回りながら新聞を読んでいた。
 しかしその新聞は妙だった。
 たった一枚である。
 明らかに質感は新聞紙なのだが、定期的に紙面の文字が切り替わる。
 地上の情報を、ゲボックが望んだ時、望んだものをを映し出す印刷紙であった。

 ふぅ、とゲボックは束を見つめ。
「いえですね、この機械なんですけどね」
「ふんふん。あー、合衆国で暴れたあのメカだよね。前にちーちゃん襲ったのと一緒の奴。結局戦車2両ぶっ潰して戦闘機による対地爆撃で面制圧……だっけ? どうでもいいけど」

 その際、市街地でありながらやむを得ずぶっ放した砲弾で多数の死傷者が出た。
 第六感で避けられたからだ。
 苦しくも、その際の悲劇は、搭載者の悲劇の再現とも言えた。
 この事は、彼にとって復讐となったのか、それとも……。



「そうなんですよね。でもタバちゃん、一緒なんかじゃないです」
 珍しく拘りの一言を挟むゲボックだった。
 教鞭になっている義手をびゅっと伸ばすとぶんぶん振り回し、説明する。

「そうなの?」
「そうなんですよ! 何度言ってもボディに使う精神感応金属を『シンドリー』じゃなく『イヴァルディ』にしてるんです!! 確かに攻撃にバリエーションは増えますけど、これじゃミサイル一つでおじゃんじゃないですか! 他にも色んな所削って駄目駄目にしちゃって、せっかく小生が頑張って作った<わーいましん>じゃ無いですよこれ! どうしてくれるんですか!」
「……珍しく怒ってるね」
「設計図まで作ってあげたのにです!」
 これは小生が作ったものとは言えないです! と珍しくぶーたれているゲボックを面白そうにニヤニヤ見る束。

「ふぅん、やっぱりゲボ君が作ったんだ、この間のあれ。知ってたけどね」
「勝手に動かされて大変でしたけどね」
 この間、千冬を襲った<わーいましん>を作ったのがゲボックであると知られても気にも止めない。
 束ならば、知っていて当然だと、ゲボックは確信している。
 何故ならゲボックは束を尊敬しているからだ。



「そう言えば、今日のタバちゃんはいつもとちょっと変わってますね。それも可愛いですよ?」
「当然だじぇい、束さんの仕事は常に完璧であるのだよ、何故なら束さんが十全なる天才である所が故に!」
 にかーっ、と笑う束。台詞はいまいち理解不能だったが。

 現在、彼女は機械的なパーツで全身のファッションを決めていた。
 二個目のISコアでいつの間にやら作った二機目のISである。
 ただ、その印象はがらりと変わり、一体目のISとは真逆にする代物だった。

 白騎士は全身装甲の甲冑のようなISである。
 対し、このISはどちらかと言えば後の時代、多くの国が採用されたタイプに近かった。
 全身の要所にプロテクターのようにおざなりに取り付けられたパーツ。
 脚部はストッキングのように極限まで装甲を削られた、足のラインを表す物であり。
 腰部からはしなやかな、骨のようなパーツが伸び、前部を除いて傘のように半透明の皮膜が張られている。
 皮膜は光を屈折させ、七色に輝いていた。

 腕部は肘からがこれまた腕のフォルムを残す程に薄い装甲が展開し、掌はフィンガーレスグローブのように指が全露出していた。
 束曰く、感覚が鈍くなるから、だそうである。
 人の感覚を何倍にも鋭敏化させるハイパーセンサーを、よりもよって作った本人が否定しているのである。

 そして、最大の特徴が、途中からダウジングロットのように曲がった、兎の耳のようにも、昆虫の触角のようにも見えるハイパーセンサーと、背部に煌めく——————七色に光り、屈折させる蝶の翅のような非固定浮遊部位(アン・ロック・ユニット)であった。

 その姿はさながら蝶の妖精。
 従来なら、被弾面をわざわざ増やすような翅など取り付けない。
 だが———彼女は篠ノ之束なのだ。
 その形状が、彼女独自のセンスだけで成り立っている訳が無い。



「みんなのアイドル束さん~♪ ここにキラ☆ っと参上魔法少女~♪ いったいなんで~できてるの~?」
 先端がピンク色の蝶がくっついているステッキを振り振り、量子実体化。束は歌い出した。

「愛と勇気と夢と希望♪ そしてとっても甘ぁいお菓子でね☆ とってもチャーミィ美少女の、束さんは出来ている♪」
 くるっとステッキを舞わせば、束の背中にある翅と、同じ色彩の蝶がひらひら生まれ飛ぶ。

「一口齧ればさぁ大変♪ お口が蕩けるホッペも落ちる♬ だけど私はお安く無いの、お代はさあて♪ どのぐらい?」
 次々と生まれる蝶に取り囲まれ、束は歌いながら宙を舞う。

「夢と希望の魔法少女、ただただ甘い、だけじゃない♪ 実はピリッと隠し味☆ スパイスも♪ カチッとジャストに利いている~♪ とっても素敵な束さん。皆のアイド~ル束さん♪ 返品不能のプレゼント☆ 絶望だぁって、リボンでくるんで、低能、共に押し付ける♪ 魔法少女、フラット・マウンド・エレクトリック・バタフライ♡ ちゃん♪」
 最後のリズムとともにステッキを振り下ろす。
 無数の蝶の群れは灰色の砂地に溶け込み———大爆発。
「———ふぅ」
 粉塵がゆっくりと下降する。

 その爆発を見送る束は吐息一つ。

 何だか、彼女にしては珍しく意気消沈している風である。
 心なしか、頭部のハイパーセンサーも力無く垂れている様に見えた。

「どうしました? 何だか機嫌悪いですねえ、タバちゃん」
 今の無意味な破壊はストレス発散を兼ねていたらしい。『地上』から見れば、地表に新たな巨大なクレーターが穿たれている事に驚愕するだろう。


「躊躇い無く直球で来るゲボ君は素敵だねえ。さっき可愛いって言ってくれたからちょっと持ち直したけどやっぱ駄目駄目~」
「それはまたなんで?」
「せっかくこの大天才、束さんが一年もかけて精魂込めて作ったISを発表したのに、ぼんくら共が全く認めようとしなくてね。脳の構造が理解不能だよ! あいつら顔面に濁ったこんにゃくでも埋め込んでるんじゃないかな! 目玉の代わりに!」
「あー、ここ迄、頭の出来で差が付いちゃうと、どうしようもないですよね。頭悪いとタバちゃんの凄さも分からないようですし」

 ISを発表したその時。
 返ってきた反応は失笑だった。

 噴出機構を用いている現代、そこに提唱される『完成された』慣性制御飛行。
 物理防護しかない現在におけるエネルギー障壁。
 そして質量を情報化して質量を消し、格納する量子化。

 自らのプログラムを書き換える言語さえ出来ていないというのに示された———
 生体の特徴とも言える自己進化機能。



 そんな彼らからすれば夢物語よりも何より。
 現行兵器を全て凌駕する、などという。信じるのも馬鹿げている、もっとも証明しやすい事柄など。

 ともすれば冗談としか言えない超絶的技術の数々に、証拠を見せつけられても誰も信用しなかったのである。

 それも、ある意味仕方ないと言える。
 その発表の場に居たのは、未知を探求する筈の科学者と言えど、世のしがらみに縛られた、『社会の一員』だったからである。
 また、女性にしか扱えない、と言う所も大きかった。
 この時点ではまだまだ殺し合いは男の領土だったのである。

 人は成長と共に常識に対する反応が育まれて行く。
 言ってしまえば、『社会に適応し落ち着く』とは、思考のアルゴリズムが均一化して没個性化する事を意味している。
 嘆かわしい事に、社会とは均一化された人材を用いて管理を容易くし、その事により役割の分担を拡大させて行くものなのだ。

 時折発想を転換し、突出するものもまま生まれるが、それもあくまで『常識』の範囲内、あまりに奇抜な個性は社会の歯車から弾き出される。
 これはまっこと世間の生理的反応で有ると言える。

 束やゲボックはまさにその筆頭。
 常識を置き去りにし、超加速で突き進む先進波。

 例え科学的に可能であろうとも、現段階では途方もない発展の先の技能ならば。
 事実不可能とみなす。

 それが常識だ。

 だが、そもそも常識の認識は大多数のものでしかない。
 真実そこには現実があるというのに。

 大多数の印象と言う形で縄張りから追放される。
 俗に言う『空気』とは『常識』という目隠しで現実からさえ目を背けるこれを意味し、その効果を向けられたものは実にその場にいずらくなる、結界としての効果を有する。

 この様にして異物を排除し、社会は己を防護する。
 一個人など、これに抗う術は無い。
 社会生活を営む人間種が何千年も前から構築し続けていた手法でありシステムであった。



 理由はそれぞれ違えども、自分の発明が思ったとおりの効果を発揮しない事にちょっと落ち込んでいる天才達であった。
 社会とは異端を排するシステムであるためである。

 古来より、『社会』を貪り塗り替えるのは、常に外から持ち込まれたより強い『社会』であり『より強い外の常識』でしかなかったのだ。

 常識とは超常的なものが駆逐され尽くした現代における信仰であり。

 かつてとは異なり、地球と言う天体のほぼ全てが『常識』を伝達する手段で繋がっている現代では、それこそ遊星の彼方からの持ち込みでもなければ世界的な『常識』が打破されることは無いのである。
 あくまで矮小な『個』の力では、圧倒的『社会』に勝て様も無い。
 そういう『信仰』なのだから。



 だが、ここではそのあり得ないが呼吸のように巻き起こる。

 前言を繰り返そう。
 如何なる種類のものであろうとも、その力が圧倒的なものであるならば、全く意味を為さないと。

 ヒトのみが持つ力———開発力。

 発展がさらなる発展を呼ぶその力で、社会を食い破る『個』はすでに一つ誕生し、そして、もう一つの『異物』はとうの昔に紛れ込んだ。

 元々、それぞれ単一でさえもそれを容易と成し遂げられるにも関わらず———

———あり得ぬ混ざり合いは起こり、既にいつでも世界を圧倒的に蹂躙出来る程に反応を起こしてしまったのだと言うことを




「そうなんだよ、全く困ったもんだよ。現状に凝り固まった石頭はこれだからいけないんだよ。ねえ、ゲボ君ならこういう場合どうする?」
「褒めてくれそうな人の方に行っちゃいますね、興味ないんで」
「ゲボ君は大人だねえ」
 何処がだろうか。ゲボックはこう言っているのだ。理解してもらえない相手には興味が無い。持ってくれる所に行くだけだ、と。
 相手に理解してもらおうとする姿勢が全くないのだ。
 だが、その態度でさえ、束にしてみれば大人な対応であるらしい。

「この私、天才足る束さんの叡智を濁り切ったその眼に映すことができるという、最高に幸運に恵まれた機会があるというのにだよ! それをないがしろにするとは何たる事か! 見ないというのなら顔面取っ捕まえて無理矢理にでもこんにゃく眼球に焼き込ませてあげるんだよ! 今なら味噌塗りつけて味噌焼きこんにゃくだぞ!! ふはははっ」
「さすがですタバちゃん! おぉ!? ということは今迄余す事無くタバちゃんを見て来た小生はとっても幸せ者という事ですね!」
「そのとぉり! 宝くじ一等前後賞なんて目どころか鼻でも口でもないのだ! ゲボ君はとぉーってもハッピィだね!!」



 ここに、ブレーキたる千冬は居ない。
 なんというか、まともな会話を求む物は不要である。そんな感じの会話だった。



「ねぇ、知ってる? 前ゲボ君に10人の小人の話を聞いたからお返しにこの私のプリティな恰好、エレクトリック・バタフライについて」
「ん? なんですか? 是非とも聞いてみたいです!」
「蝶は昔からね、『兆し』を象徴するんだよ? 蛹から孵るとこから『変化』を意味するものでもあるし」
「よく夢の題材にされたりしますね」
「私は蝶の夢をみているの? それとも私が蝶の見ている夢なのかな?」
「それが一番有名ですよね。まぁ、小生は大して気にしませんがね」
「ほえ? どうして」
「小生は小生がなんであろうとも、ただ、楽しく科学してるだけでしょうから。まだまだ世界は未知なる事だらけで、きっとまだ見ぬ発見がわんさかとあるのでしょうし」

「ふぅー……ん……」
 それを聞いた束は視線を宙に彷徨わせる。
 再び七色の蝶を生み出しては突ついたり、破裂させている。
 何だか勢いやら指向性やらの行き先を見失ったかのようだった。







「ねえ? ゲボ君は自分の作った物で、沢山の人が不幸になる事を、どう思う?」
 どれほど沈黙が過ぎた後だろうか。
 束は珍しく、真面目な口調で呟いた。

「道具は、使う人次第じゃないですか? 道具は道具。そこに意志はないんです。使い方まで作る方が一々悩んでたら、何も発明できないでしょ? 列車を動かす蒸気機関だって、人を轢き殺したり兵力を運搬できるようになって、どれだけ人が死んでると思ってるんですか?」
 ゲボックの回答は単純明快だった。
 自分達に責任は無い。
 もしあるというのなら、それは進歩への冒涜であると。

「だよねえ、うん。そうだよねえ。一々、その他の事なんて考えてられないよね?」
 同じ意見なのは嬉しいね、中々そう言ってくれる人は居ないんだよ、興味無いし。
 束は後ろに手を組んで微笑む。

「そもそも、小生は楽しく科学できれば良いんですから、どうでもいいんですけどね?」
 結論は同じ所に辿り着く。しかし、二人はその過程が大幅に違った。



 己が科学は身内の為に。それ以外がどうなろうと、ちーちゃんが心を痛めないのならばそれで良い。

 己が科学は次なる科学の探究の為に。その過程で出て来た『副産物』は称賛の為だけに。余談で、自分が感謝している人が笑える為に。



 その事はお互い理解している。
 誰よりお互いを理解している。
 だが、対立は無い。
 共通すべき守るべき物が同じであるのだから。
 その善意が、善意の向かない方全てへの悪意以上の悪意となっても。



「でも、ちーちゃんがねえ」
「ああ、フユちゃんですか?」
「アレを作ったの、ゲボ君だってもう言ってるから」
「フユちゃんもすぐに気付いたと思いますよ?」

「ありゃ? そう言う事気にしないのか」
「怒られたら謝りますよ、そりゃね。でも、<わーいましん>で実験したの小生じゃないですから」
 使ったのが自分でなければ責任が無いと結論づける。
 それがゲボックの結論だった。

「うん、うん」
 束はそこは同意だった。この話題を出したのも、千冬が関わっている故にすぎない。
「タバちゃんこそ、実験した人達に色々したでしょ?」
「そりゃあもう、あんな不細工な実験しか出来ないものなんてこの世に要らないからねぇ」
 裏で手を回しておきながら、堂々と束は宣言していた。
 その上で言っているのだ。
 あれだけお膳立てしやったのにあの程度だったのか、と。

 そして、この時の束はこうも考えていた。
 死者が出れば千冬が悲しむ。
 ならば、死ななければ良い。
 命を奪ったのが、束のせいでなければ良い と。

 その結果が獣化麻薬による永久完全獣化である。
 考慮していないのだろうか。
 世の中には、死んだ方が遥かにマシと言う事があるという事を。

 さらに。
「まあ、人死にを出さない、と言う事柄も、フユちゃんの命が関わるならばその限りではない、とは小生たちで決めましたし」
「そうだねえ。例え嫌われても、これは必須だね!」

「……その考えだと、そのうち世界そのものが要らなくなっちゃうかもしれませんね?」
「……あながち外れてないから困るんだよね、ふふふっ」
「小生達は何だって出来ます。何だって作り出せますよ? だけど」
「ちーちゃんは色々残したい物が沢山あるみたいだし」
「タバちゃんも、箒ちゃんにでしょう?」
「うんっ」
 満面の笑みを浮かべる束。彼女にとって『愛すべき』家族は、箒だけだから。
 この点は、千冬と同じと言えた。

「まだ世界は必要だ、という事ですか」
「そう言う事にしよっか?」

 くるくる、ふわふわ、束は白い砂が舞う大地に降り立つ。
 着地と同時にふわり、と砂が舞い、重力六分の一の世界を浮遊する。

「ねえ、ゲボ君?」
「……なんでしょ?」
「お願いがあるんだけど、乗る?」
「丁度良かったです。小生も、ここでお願いしたい事がありましたので。お互いお願いして、貸し借り無しって事でどうですか?」
「へえ、いっつも何も求めず何でも聞いてくれるゲボ君がそう言うってことは、相当大事な事?」
「はい。小生の人生掛かってますよ? これ」

 空中でぐるぐる新聞を読み回っていたゲボックの背後から、二匹の銀色が顔を覗かせる。
 それは、人間大程のウサギだった。
 ただのウサギではない。
 それを形作る装甲はあらゆる現行兵器による一撃でもへこむ事すら無く、いっぽう、口から放つ加工レーザーは人類のあらゆる防護をあっさり切断する。
 この地の砂を食らい、ヘリウム3で稼働する月のウサギこと———シーマスシリーズであった。



 現在はこの地……———<月面>において城塞を延々と構築中である。



 シーマスシリーズはゲボックと束が友人となる前に開発された代物である。
 担当は束であったため、ゲボックが彼らに干渉するには束の承諾が必要なのだ。
 たとえ可能であっても、その辺断りを入れるようになったのは千冬の教育の賜物と言っても良い。
 
「おっけー! 束さんは了承するよ!」
「Marvelous!! 大感謝です! ありがとう御座います!!」
「で? なにするの?」
「その辺は秘密です! 出来上がってからの、と言うアレです! まあ、残り時間が半分になっちゃったのでちょっと焦ってました! 本当にありがとう御座います!!!」
 これだけ喜ぶゲボックも珍しい物だった。まあ、それは置いておき、率直に感じた疑問を問うてみる。

「時間?」
 首を傾げる束を尻目にゲボックは義手からミサイルを発射させつつ、ひゃっほうとテンションを最大にして重力六分の一の世界を跳ね回り。
「はい、後五年しかタイムリミットが無いんですよ!」
「気が長いなあ———束さんは出来る頃には忘れているよ?」
「ま、忘れた頃にって物です。すっごい実験結果(データ)を見せてあげますから、タイムカプセルみたいに待ってて下さい!」
「———ま、いいか」
「ええ!」
「それじゃあゲボ君! 地上に戻る前にちょっと最後に踊ろっか———ジャンルはズーク・ラブで」
「ちょっ、小生は踊ったりするのは……よりによってあのヨガみたいのですか!?」
 小生体堅いんですよ? と弱気なゲボックに束は覆いかぶさった。

「せっかく魔法少女と踊れる機会があるんだから、リリカル・マジカル・エレクトリカル・バタフライ!! レッツダンシング! なんちゃってー☆」
「その設定まだ続いてたんですかー!?」
 などと言うゲボックの悲鳴とともに、月面で天才の双璧は躍る。
 途中、ゲボックの体の各所からベキィ! とかゴキィ! とか。鳴ったのだが、それはゲボック以外誰にも分からなかった。
 だって月、空気無いから音伝わらんのだよな。
 ところで今更なのだが、宇宙空間での活動を主目的としたISを装着している束は兎も角、ゲボックはモロ生身で月面に居るのはどうした事だろうか。
 いつも通りの、何がこびりついているか分からない白衣を黒いインナーの上から羽織っているだけである。
 だが、問題は無い。
 『飲む宇宙服・錠剤、服用・宇宙服遊泳前3分、効果24時間タイプ』を飲んでいるのである。



 変異しつつある月面を監視していた月監視衛星カメラのデータを見ていた担当員の悲鳴が上がるのは数時間後の話である。
 ゲボックがテンションハイアップと共に発射した義手ミサイルが衛星を撃墜したのだ。
 最後に監視衛星が転送した映像に映っていたものは、月面を舞う鋼の兎達と束。彼女に手を取られ、限界以上に体を折り曲げられているゲボックだった。









 今現在、千冬の胸中に渦巻く混沌とした思考を別として……千冬に頭痛の種は無数あれども、発芽して双葉どころか本葉まで大きく広がってきて悩ませるものがあった——————それは、周囲の生暖かい不愉快な目である。
 周りは何故自分とゲボックをくっつけたがるのか
 『対特定狂乱対策係』の腕章を見る。
 うん、周囲は、この———歩く狂乱———に人に一生縛りつけ、自分らは安穏とした世界を謳歌せんとしているのだ。なんとしても阻止しなければ……あぁ、殺意が満ち溢れる。

 何故だろうか。順調に外堀が埋められている気がする。
 最悪のカウントダウンが響いているような気がした。



 まったく以て、アイツ等の起こした惨事の収拾で一生を費やすのは御免だった。
 そう思いつつも千冬はゲボックを男として値踏みしている事に気がついた。

 見た目はいいだろう。
 善性もよし。
 なんだかんだで気に入っているのは認めよう、自分も大分酷い目にあっているが、救われた事も多々あるのだ。
 ただ、あの馬鹿は己の性質とは関係なく、善悪の判断を自分でしない。

 なにより、普段の言動が●●●●だ。
 こんな奴に好意を抱くのはよほどの人格破綻者……。

 脳裏にちーちゃーん! ぬわっはっは!! と豪快に笑う人格破綻者が爆誕した
 逆説的に人格破綻者が出てきた千冬を責められるものはいまい。

 まさかなあ……。
 あと、回想の中で踊るな歌うなバック転しながら前進するな、蛹になるな脱皮するな、隕石を止めるでウィリスと言って宇宙目指すなおい、結局「愚民共め、束さんが手を下す前にとく自害せよ」
 あー、自分が落としているし。何処の英雄王だ。

 黙れ暴走した己の妄想。

 あいつに限ってそんな凡庸な感情を……それはある意味精神疾患と同じだよーとばかりに笑い捨てていたので、まさかとは思うが、今迄、あの二人が揃うと色々2乗倍になって荒れ狂うし、騒動を鎮めるのも死物狂いにならざるを得なかったなあ……ああ、余計な考えで涙が出てきた。

 しかし、こういうときに限って嫌な予感が当たると、統計がうたっている。
 そう言えばあのクサレ両親が失踪した時なんて、朝目覚めたら黒猫が窓の外でチューチュートレインをしていたのだ。虫の知らせにしては何の冗談かと思ったものだ。

 後日、ゲボックが仕込んだことが発覚して覚醒した千冬の剣技に超究●神覇斬が加わったのは余談である。天●龍閃だって間近かもしれない。
 なお、前者は第一回モンド・グロッソの決め技になるのをこの時、まだ千冬は知らない。
 零落白夜を全方位から滅多斬りで食らった決勝相手の心情に皆、さぞ同情できるだろう。



 これだけは外れて欲しいと切に願う。
 この血が統合されたらどんなハイブリッドが生まれるか分かったものではないからだ。

 ダーウィンに心の中で怨嗟を届け、ああ、こんな感じで科学者が出てくるのは自分も毒されてきたんだと諦観が出てくるが、呑むと沈む、堕ちる。際限なく。
 それだけはいけない。

 なお、遺伝の法則はダーウィンでは無くメンデルである。
 いや、合ってるのか?
 進化(種の淘汰)的な意味で。






「ふぅ」
 千冬は大きく息を吐いた。
 現在の問題に、意識を戻そう。
 心なしか、その吐息も手も震えている気がした。
 実際、流石の千冬も緊張していた。

 これより、自分達は世界の秩序に挑むと言っていい。
 彼女には、これ以上ゲボックの手を血で汚させないという目的がある。
 それ以上に千冬の両手がゲボックの血で染まってるんじゃないか? という意見は置いておこう。
 誰だってゲボックと同じ目にはあいたくないのだ。

 海岸を望む展望台に辿り着き、腕章に手を掛け取り外す。

 あぁ、苦笑が洩れる。
 ついに自分も、狂乱を起こす側に回ってしまったか。
 彼女の相棒は、すでに待機状態で身につけている。
 ふむ、この潜伏性はあの狼男に通じるかもしれんな、などとこの場では意味のない事を考え。



 だが、世界情勢で聞く、鋼の獣による事件を見るたびに、胸を絞り、息を吐き尽くしてしまいそうに苦しくなる。
 千冬は、ゲボックが妙な物を作るたびに迷惑を被って来た。
 だが、その対処に躍起になっているときは、普段一切消えない不安感がぬぐい去られていた。
 両親無き状態で一夏をきちんと育てられるのか。
 自分はちゃんと姉をやれているだろうか。
 いつも悩む。
 千冬は人が思う程剛胆ではない。そんな苦しみで潰されそうになった事など何度もある。

 真実、それを察している……あの嘘の吐けない幼馴染みは、千冬を楽しませるためにわざわざ開発するのだから。
 それだからこそ、千冬や束の関係ない所では善悪の判断を全くしない事に対して、なんとかしなければならない。
 アイツの頭脳から生まれた数々の発明で、人々の血を流すニュースを見るたびに苦しくなるのだ。
 ああ、一夏、気付いてくれて労ってくれるなんて…………お前はいつもお姉ちゃんを見ていてくれたんだな、本当に———本当に優しい子だいや、本当に。婿になどやらん、嫁などとらせん———ではなく。
 ゲボックに兵器開発を依頼する事そのものをばからしいと言わせ無ければならない。
 圧倒的に驚異的に、究極を世界に知らしめなければならないのだ。

 すぅ、とあくまで自然に息を吸う。
 それを丹田———下腹部に落とす。

 吸気を腹の内で循環させ、倍の時間を掛けて、静かに口から呼気を吐く。

 それだけで落ち着けた。
 我ながら色気の無い精神統一法だ。
 女ならキチッと切り替えたい物である。



「ちーちゃんちーちゃん、ねぇねぇねぇねぇ! もーしもしもしモシン・ナガン?」
 いきなり耳元から束の声が聞こえて来ても、千冬はもう、動揺していなかった。
 横目に見てみれば、空中に窓のように映像が浮かび、束がニヤニヤしていた。
 当時、空中投影ディスプレイなんてものもSF内にしか存在していなかった。

 そう言う千冬も、以前思念通話迄やっていたから、これぐらいはやるだろうと安易に考えている時点でアレである。
 投影機械が何も無いと言う常識はずれの事実にはまだ気付いていない。
 何から何迄ブッ飛んでいる幼馴染達である
 ふぅ、と軽く嘆息するとディスプレイに向き合うと頭をかく。

「……誰が最強のフィンランド人愛用狙撃銃だ。で?」
「お馬鹿なお偉いさん方は皆頭を抱えてるぜい! 束さんのISならこんなときの対処法も一から百までぜぇーんぶナウローディングできるのにね。ふふふ、それにしても諜報関係が甘過ぎるよ、束さんが何もしてないのにこの異常事態が一般家庭にまで漏れちゃった」
「……余計な心労を関係ない人にまでかけてしまうな」
 頭上から真っ直ぐ、日本を攻撃可能な全ての国が撃ったミサイルが降って来る。なんて知ってしまえば、その恐怖は計り知れない。
 直撃すれば無意味だと、例え分かっていようと家の中で皆身を寄せ合っている事だろう。
「いやいやー、しずちゃんも言ってたでしょ? 分かってがっくりと来るエイプリルフールより、分かってホッとするエイプリルフールの方が良心的だって」
「ネコ型タヌキロボットの話なんて持ち出すな」
 ヒロインまで主人公の少年を騙そうとしたときの台詞である。
 ゲボックが山口にまた漫画を借りているのを後ろから見させてもらったのだ。
 名作はいつの時代も素晴らしい。
 しかし、あの漫画……実現されたらかなり危ないものもあるのではないだろうか。
 地球破壊爆弾なり、独裁スイッチなり。

「だいたい、嘘ではないだろう」
「ミサイルが来るのはね? でもミサイルが当たる、というのは嘘になるでしょう?」
「嘘にする。それだけだ」

「さっすがちーちゃん恰好良い! それじゃあ、カウントダウン行っくよ! 10! 9!」
「……『白騎士』———いや、起きろ。『白雪芥子(しらゆきげし)』!!」

 束のカウントを無視して量子の輝きが瞬く間に千冬を包み込んだ。
 顔を口元を除いてバイザー型ハイパーセンサーが包み込み、全身装甲(フル・スキン)の装甲が全身を覆い尽くす。
 その姿はさながら中世の騎士のようであり、剣を主武装とする千冬に相応しいと言える姿だった。

 そして、白雪芥子とは、千冬が付けた白騎士の名である。
 白騎士という名は束が開発コードで仮に付けた物にすぎず、また、後の世にその威容が中世の騎士のようだったから呼ばれ、通称になっているにすぎない。
 そもそも、千冬と束が関わるISは基本、春の花の名が付けられている。
 この白雪芥子を始め、暮桜、そして赤椿など、その法則に沿っている。
 唯一異なるとすれば白式だが、これは倉持技研で開発された事と、白騎士の名をもじってつけられたからだという経緯があるためだった。



「あぁん! 酷い! ちーちゃんのいけずぅ! 束さんはいじけて灰の三番と一緒にいっくんをおっぱいではさんで誘わ———こわいこわいこわい! ちーちゃん怖い!」
「黙れ」
「サー・イエッサー!!」
 投影されたディスプレイに言葉では表せぬ千冬の表情に何を見たのか、珍しく素直に従う束である。
 なお、この時すでに束の胸部装甲は中学生とは思えない程発達していた。一夏ぐらいなら簡単にその中に顔を埋める事が可能な程である。
 箒も似たような成長を辿った所を見るに、篠ノ之の血の系譜はホルスタイン因子を内包しているに違いない。

 いっくん、逆セクハラ、ちーちゃん危険。
 アフリカの原住民のような覚え方(偏見)をした束は量子還元したハンカチをフリフリ。
「いってらっしゃ〜い」
「ああ———」

 PICを起動して白雪芥子は飛翔。
 ステルスを全開にし、それでいて一直線に目標、海上沖にむけ千冬は全速力で空を駆けだした。



「さて———」
 千冬に繋がらないように回線調整、束はもう一人の幼馴染みに向け、通信を送る。
「おおっ!? 小生も出ていいですか? いやいやてっきり置いてけ堀食べちゃったかと戦々恐々でした! まぁ、悪性の劣化商品を一挙に処分する機会ですし、好きにやらせてもらいますね」
「ん! 束さんももうちょっと各国に輸血して血の気を増やしてもらうとするよ。犬を噛ませるには、もう少し飢えさせてお預けしないとね。そうそう、ゲボ君、好きにやったらいいよ、て言ったけど、たった一つの条件、覚えてるよね!」
「もちろん覚えてますよ」

 二人は視線を絡ませ、そろってニヤァと口角を吊り上げる。
 その様子を見ていたのなら、千冬はこめかみにはしる疼痛に悩まされた事だろう。
 絶対、碌な事にはならないと。

「「ハデにやれ」」
 二人は口を揃えて宣言し、その後、ヒャハハくふふと笑い出す。



 そしてそれはズバリ、的中する。



 迫り来るミサイルの群れ。
 防衛の要達は迫り来る死に抗い、ミサイルの動向をギリギリまで知るべくモニタリグしていた者達——————
 または日本がどんな反応をするのか注意を向けていた各国は————————————

 唖然とするしか無い。

 観測機のカメラを通し、その姿を認めたものは、者達はその威容に釘付けとなったのだ。



 宙に佇む白き騎士、そうとしか表現できない何かが唐突に出現した。
 まぁ、それは光学迷彩を含め、周囲の一切からステルス技術で潜伏していただけなのだったが、誰もそれを解析する事は出来なかった。

 しかし、ミサイルと被我の質量差は歴然であり、立ちふさがったとしても不可避な紅蓮の蹂躙の未来予測を、人々に思わせた。
 だが、それとはまったく、逆に、それが何の問題だ? と落ち着き払った雰囲気で飛ぶ騎士に人々は驚愕する。
 その態度に、人々の印象は反転する。まさか———もしや、と。
 己の知能が、理性が否定するが、根源的な本能が安堵を呼び起こす———もう大丈夫だと。
 騎士は余裕しゃくしゃくに、ゆったりと故郷を焼き付くさんとする鉄塊のむれにまったく興味は無い———と言わんばかりにただ、ぼんやりとミサイルを『視認』し。

「いくぞ」
 驚いた。この声の主は女性であるらしい。
 が、超音速で流れる声など、誰も捉えられる訳が無い。
 そして一転。
 超音速域まで瞬時に超加速。騎士は飛んでいる状態から、宙を跳んだ。



 そして、開催される舞踏劇ははまさに圧倒的だった。
 一二二一発。
 白雪芥子の物理ブレードによって、文字通りぶった切られたミサイルの数だった。
 被我の相対速度、ミサイルを構成する物質の硬度、斬り払いから翻して自分を通り過ぎた、飛んでいくミサイルを雑作も無く追いつき斬り裂く。
 それを振るう千冬の関節に来る負荷は、彼女の人外ぶりを無視しても容易く破砕させる程の物だろう。

 見ている人間達の常識ならば。
 ISとは、人の存在を絶対否定する虚空で人があるための力である。
 その程度の慣性、負荷から人間を守れぬ物である筈が無いのである。
 さらに、その超速度での正確な状況判断。
 ISと人体とのインタラクティブな情報のやり取りは、ハイパーセンサーから送られて来る正確無比な莫大な情報を材料に判断、思考・実行を超速度で行わせるのだ。


 そして残り、一一二〇発のミサイルは。
 騎士の腕に———『コストやサイズを弩外視すれば、戦艦サイズで一時間1、5秒発射可能な傑物を作り出せる筈の荷電粒子砲』———を小銃サイズまでコンパクト化させた、本来有り得ぬはずの閃光によって薙ぎ払われた。

 よりにもよって、虚空より喚び出され実体化して、だ。
 量子化による質量の制御は、詰まる所、兵装の積載量と機動力のバランスを考慮する必要が殆ど無くなった事を意味する。
 取り回すときだけ、気をつければ良いのだから。



「馬鹿な———」
「Crazy……」



 誰もが思った。
 これは漫画かと。
 それ程に、常識を駆逐し尽くした喜劇。フィクションの中でしかなかった驚嘆の数々である。



 だが、ようやく脳がこれは現実だと判断した後の、世界の行動は素早かった。


 再び量子化し、荷電粒子砲を消した白騎士に対し、よりにもよってミサイルをブッ放させられた各国がその非常識な高機動兵器の分析、鹵獲、または撃滅するべく、部隊を派遣したのである。
 ミサイルのときは間に合わない、と言い訳をして偵察機しか飛ばさなかった彼らと同一とは思えぬ機敏さであった。

 まあ、理由は分かる。
 日本に行くミサイルと違って、この高機動兵器は今後、『単機』で自分たちの脅威になりうるからだ。
 国際条約など、それは食べられる物なのですか? と言わんばかりにわんさかと戦力を送り込んで来たのである。



「こうなるのは当然か」
 千冬が睥睨する周囲には戦闘機三〇〇機弱、見えるだけで巡洋艦七隻、空母五隻が取り囲んでいる。
 束がいつでも乗っ取れるのだろうが、上空には『公式上存在しない』衛星などが幾つもこちらから僅かにでも情報を得るべく様々な手段を講じている。
 それを逆に観測できるハイパーセンサーを持つ千冬にしてみれば、それは視線で全身を舐め尽くされているにも等しい不愉快さだった。

「殺さずに全て無力化する———」
「やっさしいねえ、ちーちゃんは」
「別に、そうでもない」
 その言葉通りに、千冬の手には消えた荷電粒子砲の変わりに物理ブレードが展開されていた。
 千冬に最適化された白雪芥子が、自ら構築した『雪片影打』である。

「殺しはしないが、屈辱には塗れてもらうしかないな」
「死んだ方がマシって? ちーちゃんもワルよのう」
 真逆な評価。当然、冗談なのだろう。相手が千冬なのだから。
 このようにころころと態度や意見が変わる、ふわふわと一定しないのが束の最大の特徴だった。

「五月蝿い黙れ———」
「うふふふふ、あーあ」
「……どうした?」

 束の雰囲気が変わった。
 ものすごく嫌な予感のする方へ。
 楽しんでいる。
 喜んでいる。
 そして間違いない。

——————嗤っている

「こんなお祭り騒ぎをやった時点で束さんは気付くべきだったのだぁ」
 実際何だか分かる筈なのに、やれやれと眉間に指を当て芝居臭く嘆く束。
 本当にタネが分かれば失笑物だろう。他でもない、束の仕込みなのだから。

「……いきなりどうした」
「ああああ! あれはなに? 古代から隠れていた大巨人? 虚数域に生息する多頁次元生命体? いやいやいや———」

 束がびしっと指を指した方を千冬も見た。

「———んあ? な、なんだあれはっ———!?」
 わざとらしく叫ぶ束の声はすぐさま軍用無線の全ての暗号をすり抜け、その場に居る全員にあらゆる通信経路を通して届けられる。
 その為、屋外を覗ける物はハッキングの事実に驚愕する前にそれを確認してしまった。
 そして、その非常識さに思考が硬化したのである。
 空母の背後からそれは接近して来ていた。
 全高約80m、人の形をした黒いシルエット。
 なんか目だけはよく分かる。
 分かりやすく言えば、名探偵コ●ンの、判明する前のシルエット犯人さんである。

 全身で匿名を表している巨人で———匿名?
 シルエットだが、豪奢な装飾が全身を飾り立て、背中には巨大な翼のようなオブジェも付いている。
 シルエットの分際で小林●子バリの舞台衣装で出現とは、自己主張激しすぎである。ンな匿名があるか。

 シルエットは———その場に居る全員の脳に直接、声を叩き付ける。



 「Marverous!!」



 ドリルとペンチの両腕を振り上げて。

「———分かってた、分かってた……ゲボックだと……」
 毎度の事ながら、一気に脱力した千冬だった。
 あまりの大出力思念波にこめかみに血管が浮いた。
 多分、頭痛のためだけではない。
「アイツめ、一体私がどんな気持ちでこんな事を———」
「ゲボ君が分かる筈無いって———」
「束……それはそうだがな」
「まぁ、ゲボ君の事だから、仲間はずれにされた事にはっちゃけて、色々用意して来たとか思ってみたり」
「……違いない」



 ゲボックは大演説を開始する。
「いやいやいや、こんな楽しいお祭り騒ぎに小生を誘ってくれないとは小生ちょっと寂しいですよ!? いやいやしかし、小生が参加しない訳には行きません! Marverous! 見れば日本を守った騎士と、肝心な事は押し付けて後からやって来たチキン鳥ちゃん(言語おかしい)共が群れてなんか二極化してませんね、恰好わるう? ひひひひひひっ、なぁんて!! そんな事無いでしょう? 今無能でも、貴方達は自分の国を守るために毎日、小生の思いもつかない程頑張ってるんでしょう!? 折角なんで気合と根性見せて下さいよ? でもまあ、そのVeryVery格好良い騎士相手にだと、大人と子供の戦争通り越して、お子様とワラジムシの戦争になっちゃうんで苛めどころじゃありませんしねえ……なぁんて! そこで小生は考えました!! ここにいる防人の皆さんに見せ場を作ってあげるにはどうしたら良いのかと! Marverous!! ンなぁんだッ! そこで丁度いい物があるじゃないですか! 小生が折角頑張ったのに、その特性を微塵も見習ってくれないで勝手に作って下さって劣化品が世界中にあるでしょう? ほらアレですよ! みんなあんな低俗品に危険な目に遭わされるなんて不愉快極まりないじゃないですかぁ? なので! 小生がそれら全部『ズバギュッぽん!』とリモコンして、ここに持ってきました! あの純白の騎士が一体だけ主役なんていやですよね? いや、小生はあの騎士超超超超超恰好良いから他どうでも良いと思いますけど。だから今日はみんなが主役です! 誰もが命がけで戦い、英雄の如き武勇伝を謳歌する! 隣のオトモダチが食べられちゃう事に怒りを覚え、その悲しみを乗り越えてさらに成長する! なんてMarverou!!! 見せて下さいね! あ? 小生? 小生なんて舞台前に出て来る解説前座の舞台裏です! 科学者はそれで良いと思いますんで! だってぇ、体動かすのはガラじゃないでしょ? はっきり言って面倒くさいですし。このように出てくるのは最初だけ、舞台劇の始まる前だけです! でも今日は派手にやろうと思うので最初だけ、こんなに着飾ってみましたァ?」
 それはもう溜まっていたものをいっせいに吐き出したようなはっちゃけ具合だった。
 止まらない止まらない、身振り手振りで暴れまくる巨体。脅威を通り越して滑稽だった。

「案の定か……」
「いやーいつも以上だねぇ、あはは(うーん? 煽りすぎたかなあ? 別にいいけど)」
 なんかとんでもなく興奮している。

 あと忍んでない、シルエットなのに忍んでない。
 今のを一息に喋ったのだ。上記の句読点は読みやすくするためである。

「今日は皆が皆主人公です! Marverous! Marverous!! Marverous!!! Marverous!!!! うひゃひゃひゃひゃひゃひゃぎゅいひひひひひ、あわはははっははははははははッ!! くふふふふふふふふふひひぃっ、ひひ、ひひ、ぐぎゃかかかかかかはひぐあはははははふぁいと! ふぁいと! はははははははははは来ますよ来るんですははははギヒヒヒィィィッ!! はははははッッッッッッッッ!!!!!!!!!」

 シルエットは体を折り曲げ、狂ったように笑い出す。
 いや、あまりの興奮に実際狂っているんだろう。
 まずい、あれは———あの鋼の人狼と戦っているとき見せた、ゲボックだ。
 笑い過ぎだ。コレはまずい。正気は、もうどうでも良いだろう。いや、良く無いが、普段から何見てるか分からないゲボックだし。だが、あまりに笑うと、唾液が器官に入ったりして、しばしば危険な呼吸困難や、様々な———

「ひゃははははっ! はははははははははっ、うごぉう!? うえ、うえ、うぷっ」
 あ、ほら言わんこっちゃ———
 あ、体折り曲げた。
 ちょっと待て止めろ、ここでそれは止め——————



「ごぉぉおえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ—————————っっぷぇ」

「「「「え……お、あ、おま——————っ、ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」」」」



 大巨人が笑いすぎて唾液気管に詰まらせ———うん、まあ、つまり……いっせいのーで……。

 特大ゲ●吐いたあああああああああああ!!

 千冬も含めて大合唱の大悲鳴である。
 さらに恐ろしい事に、このヴィジョンはゲボックが作った物であり、超高性能で超細密だった。
 まともに真下にあった空母に吐瀉物の滝(映像※実体はないよ)が降り注いだもんだから。阿鼻叫喚の地獄絵図が出来上がる。

 初めに正体を明かすと、これは巨大化立体映像装置『ディカポルク』である。しかし、映像を投影している媒介が空気中に散布されたナノマシンで、映しているものが、がらんどうの映像では無く、その内部までも精密に描き出し、さらには触る事こそ出来ないものの、すり抜ける訳では無く、感触無しで触れた状態を物理演算してシュミレート結果を元にリアルタイムで映像加工、本当に触れたように再現するのである。
 掬い上げると、映像が手に乗っているのである。
 誰もそんなおぞましい事しないが———

 無駄なところまでぶっちゃけ超リアルなのだ。

 臭いも触感も無いのに、気分を悪くするもの多数、また、臭いも無いのに貰ってしまう人々が続出し、さらにそこから二次、三次被害が拡大、本当に臭いを伴ってしまったためにリアリティが倍増、プラシーボどころかリアルタイムで精神汚染が拡大、恐ろしい事にこれで映像が直撃し、内部が●ロ動画で埋め尽くされた空母一隻が無力化した。
 一番特筆すべき事項、それは何より、立体映像こそオーバーテクノロジーであるが、被害拡大のメカニズムは至って現実的なものであった事だ。



 そんなこんなで、色々緊張感が台無しになったのだった。



「……あの馬鹿は……おい、どうした? 束……」
「ごめん、ちーちゃん、これもらう……」
「なぁっ!? 束ッ」
 わーいブルータス(お前もか)
「うぅ、もうだめ……うぷっ———」
「おい、ちょっと待て束、せめて通信切——————」



 ピ—————————
 (背景に花びらが散りばめられているBGMはエナ●ーフロー)
 ただいま、ご観賞の皆様と織村千冬様にとって、いちヒロインが●ロる光景と言う、精神衛生上、非常に不都合な事態が発生されております。
 誠に申し訳ありませんが、今しばらくの間、リラクゼーション効果のある映像と音楽を代わりにお楽しみください。







———事後……っていうとなんか嫌らしく聞こえますね(byゲボック)———

「いやぁ! 感受性の高い束さんは思い切り貰ってしまったよ! はっはっは…………あの、ちーちゃん、ごめんね?」
「この時ほど私はハイパーセンサーの高性能を恨んだ覚えは無いな……」
 なお、千冬は耐えた。ISの高感度の通信で、しかもISによって極限まで鋭敏化された神経が、細密に束リバーシブルを詳細を五感に届け、その上巨大な人から精神に直接そのイメージを送られているのだ。
思わず臭いを連想してしまった……だが、千冬は誇りとともに飲み込んだ。(少し酸っぱかった)それはもう、賞賛せずにはいられない凄まじい精神力だった。
 束よりは乙女回路が発達している自負があるだけによりいっそうだったのである。



「さて、気を取り直していきましょか」
(((お前だけだ……)))
 ゲボックのシルエットはドリル(左手)を天に突き上げ———

「んぅっふっふぅ、さあ!! 大空をごらんあれえ!」
 その言葉に、空を見上げられるものは全て空を見た。

 静かに昼に佇む白夜月の傍にそれはあった。
 明らかに、上空1、2キロ程にある『黒い月』
 いつの間に!? という全員の心の声が空気で読めているのか無いのか騒ぎ出す。

「群居集合欲求———を刺激して一まとめにして見ましたょ。駄目ですねぇ、作るプロセスを簡単にしたみたいですけど、搭載する中身の方も吟味しないと、こんな風に、一網打尽にされるんです」

 その月が。
「さあ! 皆さん頑張って下さい! パァティの始まりです!」

 爆散した。
 そして、その破片一つ一つが雨となって降り注ぐ。
 この際、一番被害が大きかったのが。空母だった。
 その巨体さゆえに、一番上空からの被害を被ったのだ。

 振ってきたのは卵のような砲弾だった。
 激突の衝撃でも一切変形することなく半ばまで空母の戦闘機離着用滑走路に食い込んでいた。

 そして、その『卵』が。
 直接変形する形に孵化し、次々と産声を上げる。
 猛獣の遠吠えを。

 それを見た軍人たちは戦慄した。
 現在、世界中にはびこる『鋼の獣人』。

 超音速の爆撃を、放たれてから躱す陸戦兵器。
 戦車の装甲など造作も無く引き裂き、かつて夜の闇が獣のものであった頃の恐怖を呼び覚ます、原初の恐怖。

 単語らしきものは発声するが、そもそも会話が通じる事は無い。

 それは彼らが単一の衝動に塗りつぶされているからだ。

 どこの国にも消える事は無いが、殊更弱者にとって地獄極まりない国ほど出現数が多く———特に検体として適性を有するものが多く出る温床である独裁国家や紛争地帯出身者であるため———

 その脅威をよりいっそう理解していた。



「言っておきますけど、それを作ったのは小生じゃないですよ? 小生はそれを操ってまとめて持ってきただけですから。せっかく世界中の稼働中のもの全て持ってきたんです。今頃世界はその分平和になって安心ですから寧ろ褒めてください!! さあ、頑張って処分して下さいね? それだけ武器弾薬満載してきたんだから使わないと勿体無いでしょぉ?」

「ゲボック……」
 今回の作戦、最悪の形で、よりにもよってゲボックに切り返された。

 無数の戦闘兵器による乱戦。
 どれだけ被害が広がるか分かった物ではない。

「さあ立ち上がるのです勇者達よ! 本当に必要な時に出て来れなかった役立たずのままで居たく無かったら、世界の敵を倒したほうがいいですねぇ、今度こそ、価値無しと思われたくないのなら———」

「だまれ!」
 千冬は飛んだ。
 一息にトップスピードまで機体が乗る。
 スラスターが放出したエネルギーを機体内に再吸収、圧縮してPICの推力に上乗せる事で、それまでを遥かに凌駕する加速を叩き出す。

 IS戦に於いて、千冬が対戦相手を圧倒するために得意とした瞬時加速(イグニッション・ブースト)、その無意識の会得だった。
「うおおおああああッ———!」
 今すぐにでも艦橋の水兵に食らいつきかけていた虎型の<Were・Imagine>は、瞬間移動と見紛う程の速度で死角から通り抜け様に横一閃で胴体を両断された。
 超速度で斬り飛ばされて宙に浮いた後に一拍遅れ、虎の肌。千冬の方に無数の眼球が発生し、体毛から刃を生み出して迎撃する。
 だが、その刺突が千冬に到達する前に『雪片影打』がくるくる回って定まらぬ虎の頭部からへそまで唐竹割りに両断した。
 すでに生体が殆ど置き換えられていたようで、脳の形をしたナノマシンが集合して擬態している左脳と右脳に断ち切られていた。
 
 あれだけの超加速の慣性を完全に中和、その際のG圧を再度『瞬時加速』の要領でエネルギーとして吸収剣を振り下ろす速度に加えたのだ。
 斬撃が直撃した部分以外はあまりの衝撃で木っ端微塵に吹き飛んでいた。
 ……成程。劣化品である事は確かか。
 以前、千冬が戦った人狼型ならば、最悪第二、第三の脳を構築していてもおかしくない。
 そもそも、頭部に脳が収まったままでは無かったのだから。

 今しがた斬り捨てた相手は既に完全に機械になっていた———とうに死んでいた———という自分の言い訳を自分で握りつぶして。
 決めた。
 全員は守れないだろう。
 だがしかし———私は、一人でも数多くの人間を守るために、この元人間達を殺す。
 ゲボックがなんと言おうとも、これらはゲボックの発明なのだ。
 私の手を血で染めようとも、ゲボックを無知の殺戮者にさせるつもりはないのだと。

 振り下ろした剣をそのまま叩き付ければ、この移動エネルギーが追加された一閃では空母に致命的なダメージを与えかねない。
 ならば同じだ。
 この慣性も———『食らって』中和の代えとする。PICの慣性制御を全力で加速だけに割り振る。

 そして推力へと変える。
 超高速移動に於いて、まき散らす筈のエネルギーを、斬撃として必要最低限な分を除き再吸収して行う一撃必殺、連続再アプローチ次敵撃滅法。
 第三世代のISが開発されてもなお、誰も成し遂げられぬ、異形の『効率を極限まで最適化された連続瞬時加速』、一対多の極地であった。
 初めて『瞬時加速』を使ったとは思えない技術会得速度である。恐るべきセンスとしか言いようが無い。

 慣性が無くなったため、剣が水平の位置でピタリと固定され、突撃。
 次の熊型を衝撃で木っ端微塵に消し飛ばし、その反動さえも一切登場者保護機能やシールドを減じさせる事無く自然に再活用、次の瞬間にはヒヒ型の額を水平にスライスしていた。

「な……な、な……」
 それを見ていた空母の水兵達は、自分たちの命の危険も忘れてその姿に見惚れる事しか出来なかった。
 方向転換時に一切止まらぬこの『瞬時加速』は人間の目には殆ど映らない。
 だが、空母の滑走路上などを縦横無尽に駆け回る『白雪芥子』は日光だけは銀色に反射し、その移動速度からか、乱反射させた光で一面を明るく埋め尽くしていた。

 その姿はあまりにも。
「……美しい」
「奇麗だな———殺されても良い」
「同感だ」
 見ている者達に、圧倒的強者に対する捧身の意さえ抱かせる程だった。

 さらには、衝撃波を生むエネルギーまで『再瞬時加速』に用いているため一切人を巻き込んでいなかった。
 空母に取り付<Were・Imagine>を全て撃破までに掛かった秒数は30秒。

 艦上の誰もが言葉を失う中、千冬は艦長の前に瞬時にして出現。
「艦を退いていただけませんか?」
 ただ一言伝え、再び瞬時加速で次へ向かった。



「凄い! 凄い凄い凄い! さぁっすがちーちゃん! まさかこんな使い方をするなんて束さんも思いもしなかったよ!」
 モニターしていた束は両手を上げて興奮していた。

「本当に鎧袖一触って奴ですねぇ、これは凄いです!」
「あれ? ゲボ君こっちに居たの?」
「ええ、あっちにはうちの子に行ってもらいましたので」
「あー、生物兵器」
「そう言う事ですょ。さて、これならもうちょっとやっても良いですよね」
 天才達は殆ど動かない。
 動く事無く全てを支配可能としているからだ。
 篠ノ之家の玄関。
 ゲボックは白衣からキーボードを取り出し、ドリルとペンチの両手で器用にてちてちタイピングを始めた。

「さてさて、社会性でも足してみましょうか。先程まで群居集合欲求を刺激していたからいい結果が出るでしょう」
 ゲボックの言う社会性とは、社会性昆虫のそれを意味する。

 つまり。

———警告! 超長距離狙撃の兆候を感知
「なに?」

 『白雪芥子』の警告に従い、身を躱す千冬。
 そのすぐ横を、電磁加速された金属塊が超音速で通過する。

 そこにさらに、航空機がミサイルを撃って来る。
 何を勘違いしたのか、千冬まで敵と勘違いしたどこぞの軍が攻撃を仕掛けて来たのだ。
 さすがにその程度では、ISの装甲には傷一つ付かない。
 シールドバリアーは健在である。
 まあ、それ以前に千冬ならば、当たらない。
 しかし、迂闊に反撃して落す訳にも行かない。
 中の搭乗者を殺さずに無力化させる事も可能だが、下には<Were・Imagine>がウヨウヨとしているのだ。
 わざわざ餌をくれてやる訳にも行かない。

———が、邪魔だ
 効かなくても、体勢ぐらいは崩れる。
 直撃ならば、エネルギーも減る。

 それに今、レールガンらしき狙撃があった。
 一体どうやって……。
 ゲボックは集めて捨てただけと言った。
 ならば、改良されていないこいつらにあんな攻撃をするエネルギー量も知能も無い筈だが……。

 その通り、その時点……・では。
 まあ、プログラムに干渉しただけである。

 千冬は見た。

 千冬に攻撃して来たため後回しにしていたある空母が棒のようなものを突き出している。
 さらにそこから両腕のようなものを伸ばし、空母の建材に……噛み付いている?

 千冬が注意した事に気付いたのだろう、ハイパーセンサーがそちらを画像拡大してバイザーに映し出す。
「何……?」
 それは、砲へと変形した一体の<Were・Imagine>だった。
 それは何となく分かる。
 何度も非常識な変形を見せられた経験のある千冬にしてみれば、大砲に化ける事など、たいして物珍しくは無いのだ……が。

 そこから伸びる両腕のようなものは、それぞれ『別の個体』だったのである。
 三体が合体し、腕のようになっている二体が空母の建材を食って弾殻へ形成、砲塔が……いや。
 ハイパーセンサーが捉えた情報はそれどころではない。
「———原子力炉に取り付いて直接エネルギーを……!!」
 確かにそれだけのエネルギーがあればレールガンなど雑作も無い。
 三体どころではない数が融合して出来上がっているようである。
 しかし、それぞれが単一の作業をする結果、総体が単一の個体となり、一つの機能を維持するなど、今までとは違いすぎる。
 これは、獣というより、蟻や蜂などと言った社会性昆虫の活動だ。

 次弾が放たれた。
「分かっていれば雑作も———くッ!!!」
 レールガンがカーブ……を描いた。
「曲がるだと!?」
 さらに連発され放たれた一撃はホップを描き、何とか回避した千冬を先程から虎視眈々と狙っていた戦闘機をあっさり貫通、爆砕させた。
「なんっ、しまったッ———」
 理屈は単純だ。
 野球の変化球と同じである。
 弾殻に特殊で猛烈なスピンを掛ける事でジャイロ効果等を発生させているのである。
「仕方が無い——————ホーミングレールガンを獲得する前に潰してやる!」
 さすがにそれ程の精密追尾機能は無い。
 だが、逆を言えばいつ進化し、獲得するのかもわからない。
「何処が———欠陥品だあの馬鹿が!」

 難敵たる空母半融合型へ向け、千冬は降下した。






 その結果。
 さすがの千冬も全力を使い切った。
 体力的になら、まだ余裕がある。
 されども、精神力の方は極限まで削りきられていた。



「はあっ……はぁ、はぁ……くっ……うぅ———」
———<Were・Imagine>の全機撃破を確認、お疲れさまです。
「ふぅ、ふう、はぁ……やっとか」
 白雪芥子の報告に力を抜いた千冬。

 周囲で無力化された空母、巡洋艦が黒煙を上げている。
 戦闘機は殆ど飛んでいない。
 空母上に待機してある戦闘機を取り込んだ個体が神風的に襲い掛かったのだ。
 中には独自に飛行能力を得たものも出て来たのである。
 ISのようにネットワーク機能でも有しているのだろうか、最初の空母半融合型を潰したあたりで全体の雰囲気が一変した。
 今まではそれぞれが好き勝手、手当たり次第に襲い掛かっていたのだが、それが急に連携行動を取り出したのだ。
 まあ、真実、ゲボックがプログラムを変えただけである———千冬ではなく、一般兵の手に負えなくするために。
 あるときは融合し、あるときは仲間を意味ある捨て駒にし。
 ある固体は電子戦を実施し、人工衛星を無力化した。
 ネットラインが繋がっているかどうかは関係ない、そういう次元である。

 その様は獰猛な野獣であろうとも襲い掛かり、瞬く間に骨にしてしまう軍隊蟻の襲撃にも見えた。
 そうそう大火力の携行武器など無く、元々無いに等しいぽつぽつとした反撃の勢いは次第に防戦一方、やがて数を減らすだけの作業へと変わっていく。

 千冬が助けに来るまで耐え切れれば生き延び、間に合わなければゲームオーバー。
 いつしかそんなルールが出来上がり。

 助けてくれ。
 死にたくない。
 何故だ、何故こんな事が。
 もう耐えられない、隔壁が、隔壁が。

「……ぐっ」
 ハイパーセンサーで傍受した多数の救助を懇願する声は、千冬の精神を蝕んでいた。
 今度こそ、耐え切れず吐きそうだった。

———警告。次期戦線の接近を確認
 ハイパーセンサーで確認すれば、意地になったのであろう、さらに送り込まれた各国の部隊が接近中である。
 しかし、次から次と襲い来る各国には執念すら感じた。
 さて、とうとう重い腰も上げざるを得ないか……。躍起になったのだろう、次に来る部隊は見るからに最新鋭の機体やら実験機がある。

 さて、どうするか。

 もうすぐ日没だ。
 いちいちこいつらに構っていては文字通り日が暮れる。

「———こんにちわ、魔法少女です。らん、らん、らん♪ 今日はもう帰って流しそうめんでも食べようね★ ということはつまりだね! 現在ゲボ君が流し機を製作中なんだよっ!」
 千冬の傍に七色に煌くISをまとった少女が降りてきた。
 年に似合わぬ発育。特に運動もしていないのに、均整の取れた肢体。兎の耳のような、昆虫の触覚のようなハイパーセンサーをカチューシャのように付けた頭部。
 そして玩具の魔法の杖のようなものを持った束であった。

「あいにくだが、何も食べる気にはなれないな……」
 あまりに凄惨なものを見すぎた。
 千冬の精神力は同年代のそれを軽く凌駕する。
 どれだけ動揺しようとも、元々の精神力に加えて、篠ノ之流の古武術において、精神統一法を会得しているという事もある。

 だが、それでも所詮は14の小娘だ。
 戦場の空気は、誰しもの心を蝕み、病む。
 きっと今日の事は悪夢として見るんだろう、と。
 口元を押さえ、憂鬱な未来を想像するしかない。

「いっくんが心配するよ?」
「卑怯者め」
「うん、ごめんねー」

 まったく悪びれず、束は先端が揚羽蝶になっている杖をふい、と振った。
「イエ! イエ! イエェ! あはっ、例え私の才能を信じない馬鹿な世界でも、おつむの足りない愚民共だって、奇跡の魔法で救うのよんっ! なぁんちゃって♪」

 次の瞬間、超常科学レベルで機能するステルスが発動、二人の姿は肉眼からも、あらゆるセンサーからも姿を閉ざした。

「—————————嘘だけど」

 誰も聞く事の無い、束の呟きを残して。



 一方、接近中の部隊にも、怪異は発生していた。
 無数の蝶に取り囲まれ、進むことが出来なくなっていた。
 蝶などと侮る無かれ、極彩色にキラめく鱗粉の効果なのか、視界がチカチカと明滅するとともに方向感覚が狂い、無視して進めば、気付けば反対方向へ向かっているのである。
「くそ、なんだこれは———というかこの蝶、顔が……兎(何故かここだけ造詣が超リアル)だと!? 化け物かっ!? いや、それより先ず———めっちゃキモッ!!」
 誰かがここにいる全員の思いを代弁した瞬間。
 兎フェイスの蝶が全て爆発した。
 破壊力は一切無い。霧か、煙幕か。視界やレーダーが完全に埋め尽くされ、完全に進行を止められた。

「な、何だと!?」
「消えた……!」

 そして、レーダー、そしてカメラから白い騎士の姿が完全に消失した報告を受ける。
 そう、それは現状の軍事機能は完全なる敗北を喫したことを意味したのだった。



———その頃の束

不思議の国のアリス(アリス・イン・ワンダーランド)———うふふ、普段から夢見てるようなスポンジ頭どもは、アリスのように夢でも見てるといいよ、だいたい何なんだろうね、あの子らがキモイだなんて本当に失礼な奴らだよ……」
「束?」
「なーに? ちーちゃん」
 まるで二重人格のように、さっきの不快そうな表情が笑顔に変わった。
 もう慣れきっているのでそこには突っ込まない千冬だったが。
「なんでその蝶を口元に当ててるんだ?」
 ステッキの蝶を鼻の下に当てている束の奇行にはさすがに突っ込んだ。
 ぱたぱた動いている蝶だが、何となく髭にも見える。
「んっとね、爆爵」
「……なんなんだそれは?」

 そう言いながら、篠ノ之神社へ向かう。
 食べられるか分からないが、打ち上げを実行するために。









「———ただいま」
「おかえり、千冬姉」
 消沈した姿で帰宅した千冬を迎えたのは、もう寝る前だったのか、パジャマ姿の一夏だった。

 すすすっ、と一夏の背後から全身灰色尽くめの女性が千冬の荷物を受け取る。
 そのまま上着も受け取ると、目を合わせた。
 一夏の護衛兼、家事担当生物兵器<灰の三番>である。
 いつも思うが、生物兵器の使い方が贅沢すぎる気がする。
 <灰の三番>自身は家事にすっかりはまっていたので誰も文句を言わないのだが。
 一夏と言えば、自分より高い目線の二人の動作を観察し「成る程、こんな気遣いが必要なのか、ふむふむ」と言わんばかりに見習っていた。
 こうして人知れず織斑一夏良妻賢母化が進行している事に、現在誰も気付いていない。

 千冬と言えば、そういう痒いところに手が届く気遣いに心が癒されるが、他ならぬ<灰の三番>がゲボック製である事に気付いて、再度落ち込んだ。
 対する<灰の三番>は、その心情を一瞬で察した。
 彼女はゲボックに絶対服従という、他の生物兵器にありえない性質を有し、造物主への敬愛を絶やさないとか言う、どこから生まれたか分からないキャラをしているのだが、その父が回りにどんな影響も与えるか判別する客観視点も持っていた。
 本当、お前どこから生まれた、である。
 でなければ、それを一番傍から見ている一夏が良妻賢母へなど進まない。

 今日はこのままお休みになりますか?
 すっと差し出した千冬の寝巻きを、有難く受け取る。

 風呂で体を休めるよりも、泥のように眠りたいのではないか。<灰の三番>はそう察したのである。

 口の利けない<灰の三番>は、千冬相手に事細かい意思伝達をする場合は筆談を実施する。
 何でも以心伝心の一夏に対し、千冬は未だに疑問を抱いていた。
 ゲボックに変な改造されてやしないかと。
 毎度二人が会うたびに記憶を消しているが、もしかしたら一度くらい手遅れがあったかもしれない。
 そうならばゲボックを墓に埋めてこなければならん。

 そこですっ———と殺戮の決意を抱く千冬に差し出されたホワイトボードにはこう書かれていた。

『それでは、私はここでお暇をいただきます。偶には姉弟水入らずでお休みください』
———正直、千冬は泣きたくなった。自分が男なら嫁に欲しいと言いかねない程に
 それは未来の教え子がするから等とメタい事が聞こえるわけも無く。

「すまん……なぁ、お前本当にゲボックが作ったのか? ちょっと信じられんのだが」
 返事は『当然です』であった。
 変な信仰ではないだろうか。そう思う千冬も大概であるが、下の方から「あれー? グレイさん帰るの? なんだよ、ちぇーっ」などと名残惜しそうな一夏の声に嫉妬がむくむくと沸きあがる。

 すぐさま取り成しに掛かった<灰の三番>と一夏はしばらく千冬には解読不能な言語での応酬の後「わかった! 頑張る!」と言う何やら異様に張り切った一夏の決意を持って終わった。
 それを見て、思わず方眉を跳ね上げる。

「……一夏に何を吹き込んだ?」
『秘密です』
 口元に指を立てて、恐らくそういうジェスチャーであろう事を示すや、千冬と入れ違いに玄関から帰っていった。相変わらず行動が機敏である。
 動作もなんだか艶っぽい。本当に一夏と同い年か? 見た目は私より年上だが。

 まあ、ゲボックのドリルやペンチで頭をガリガリ撫でられるのが至上の喜びらしいので、まだ、年相応のところがあると言えるのだろうが。



 そして、一夏が何を仕込まれたのかはすぐ分かった。
「千冬姉、今日は一緒に寝よう!」
 成る程、人が一番望むものを察する事が出来るのは素直に尊敬できる。
 ……しつこい様だが、生まれるところ間違えてないか?

「———あぁ、分かった。せめて歯は磨いてからな」
「うん! 先に寝てる!」



 千冬が支度を終え、寝室に入ると一夏は既に寝入っていた。
「本当に、子供は寝つきが良いな」
 苦笑する。
 久々に姉弟で眠れるので、普段寂しがらせているであろう一夏もリラックスして眠れたのだろう……。

 いや。

 一夏が寂しがる?
 逆だ。
 一人で眠るのが怖いのは自分だ。
 眠って、昼間見た光景を夢で再び見るのが怖いのだ。
 あれが一夏に置き換えられて夢に出ようものなら———発狂してしまうかもしれない。

「一夏——————」
 起こさないように弟をそっと抱きしめる。
 そのまま千冬は、誰にも———弟にも幼馴染にも誰にも見せた事のない涙をそっと流しながら眠りに就く。

 幸い。今夜は悪夢を見なかった。






 遡った時を回想する。



「ゲボック!!」
 束と篠ノ之神社に帰還するや、流しそうめん準備中のゲボックの胸倉を掴みあげていた。
 IS装備中なので、あっさりゲボックが吊るされる。
「———どうしました? フユちゃん」
 何でもないことのように吊るされて答えるゲボック。

「どうしてあんな事をした!」
「どうしてって何をですか?」
「ふざけるな! どれだけ被害が出たと思っている!」
「ああ、さっきのですか? 言ったと思いますけど」
「なんだと!」
「処分のためですょ。あんな出来損ないどもに跋扈されちゃあ、小生の名が廃っちゃいますし」
「お前は! ———そもそも、お前があんなもの作らなければ!」
「小生が作らなくても、いずれは、似たようなものは出来ると思いますよ?」
「……なに?」
「小生、作る前に原案見せられまして。まあ、小生が作るものより数十段ぐらい下のものが出来ますけどねぇ? そんなものでも、出来上がるまでにどれだけの人体実験が繰り返されると思います? まあ、どんどん作ってるうちに面白くなって色々機能突っ込んじゃってどうやって倒せば良いのか、さっぱりこれっぽっちもわっかん無い物が出来上がっちゃったときはどうしようかもう———笑いが止まんなくなっちゃいましたけど。てへっ(束の真似)」
 だれだ。いったい、誰が気付いたのだ? ゲボックの存在に、いつ? つまり、あの獣人事件より遥か前に!? あれの原案となるようなものを考え出せる組織が……目を離した隙に?
 思考がぶつ切りで支離滅裂にぐるぐると回り、気が遠くなる千冬に、ゲボックは追い討ちをかける。

「それに、もう出来ちゃってますから。今日のようにするのが一番被害が減りましたよ?」
「……どういうことだ?」
 分かっていても、言ってしまう。
 自分をそれが追い詰めるにもかかわらず。

「だって今日出したものは、もう世界中に出回ってたのを回収しただけですし。放っておけば、どんどん人を殺していたでしょう。今日破壊した事が一つの解決になるんじゃないかなぁ? まあ、ちょっとずつ、微々たる物ですけど技術が上がってますから、明日にはまたちょっとだけ向上した欠陥品が生産されると思いますけどねぇ。設計図は世界中にはびこってますし」

 もう止められない。そうゲボックは言っている。
 だが。

「回収できたなら何故今日撒き散らした! そのまま処分すればいいだろう!」
「えぇ? なにかおっかしいですかぁ? 彼らは軍人なのに、同盟国の危機に何もしなかったんですよ? そのくせにフユちゃんを狙うんですから勝手ですよねぇ。だから処分を兼ねて迎撃に使ったんですよ。ほら、射線上にフユちゃんが交わってない限り攻撃してこなかったでしょ? あ、一部反射的防御は行ったかも知れませんけど」
「おい、ゲボック、待て———」

 それ以上は言ってはいけない。
 そう思うが、感情は納得しないが———
 理性が結論付けてしまった。

「わ……私の、護衛……だった、の……か・・?」
 道理で、弱い。
 自分への脅威が少ない。
 あの場で、自分は危険の中、助けているつもりだった。
 ……そんなわけが無く、一番、安全な立ち位置にいたのか?

「ええ!」
 目の前が真っ暗になっていく。

「だが、どれだけの命が……」
 なお、言い返す千冬の声も力が無い。

「命ぃ? 何を言っているんですか? フユちゃん。あの場には日本の海上保安庁も、自衛隊もいなかったですよね? つまり、あそこにいたのは全て『軍隊』です。」

 ゲボックは指を立てるようにドリルを立てて、教えるように言う。

「つまり、人を『殺せ』と言われて人を殺す事でお金をもらう人ですよ? そんな人達が実際にフユちゃんを殺しに来たのに、どうして小生がためらわなきゃいけないんですか? 罪も無い民間人が死ぬよりはずっといいと思いますけどねぇ」

 違う、そうじゃないんだ、例え間接的でも人の命を———
 それどころじゃない、これはゲボックの明確な殺意ではないか?
 伝えたい。
 命の尊さを。
 だが、倫理観が。
 目線が。

 違う。
 この二人は違う。
 伝わらない。
 もはやこいつらは別の生き物だ。
 言葉を尽くしても思いは、心は伝わらない。



 いや、そう思ってはいけない!
 必死に自分に言い聞かせる。
 駄目だ! 違う! そう括るな! そう諦めれれば、誓いが折れる!
 そう、折れかけるのを必死に立て直そうとする千冬。



 わあ———ありがとう! ねえ、君なんて言うの? 私は、束だよん! ———

 ありがとうございます、こんなに嬉しい贈り物は初めてです。あなたは、まるで天使のようです———
 必死に、一番大切な思い出を懐から引っ張り出す。
 そうでもしないと、自分が最低の存在になる気がした。



 こいつらだって……。
———二人の生み出す力を無粋な破壊力になどせず、もっと素晴らしい事に生かしてくれるよう、自分が側に居てやろうと———

「ゲボック……」
「何ですかフユちゃん?」
「それぐらい察しろこの頭デッカチがああああああっ!!」
「ぶっふぉおおおああああああっ!! なにがでですかあああああ!?」

 IS装備のフルパワーでアッパカートを食らったゲボックがそのまま彼の作った流しそうめん機に乗って下流まで流れきる。
「ぶばばばばばばばッ!?」
「よーしキャッチするぞー!」
 今迄さっぱり会話に割り込んでなかった束は束で一人流しそうめんを楽しむべく準備を完了させていたらしい。
 流れているのはゲボックだが。
「むむむ……これは大物だね。あはっ! 箸じゃ無理っぽいからぁ……よぉし! ディバイ———ン、てふてふ~!!」
「ぼがががが……迎撃!? ぶふぅ———!?」

 ひらひらと生まれたピンクの蝶が流しそうめんの経路を逆流、流れてきたゲボックに———
 爆発。
 ズドガアアアアアアアアアアアアン! と吹き飛ぶゲボック。
 流しそうめん機は焦げ目一つない。さすがゲボック製、変な所で凄まじい。



 どれだけかかっても。
 こいつらに大切なものを教えなければ。
 有難う、と人に礼を言える二人なのだから。
 今回は駄目だった。
 今の一撃もただの八つ当たりにしか過ぎない。心が折れないための。
 本当、私は弱い。

 だけれども。
 いずれ、この悲劇も、過去の話として笑えるような、まっとうの———
 きっと、必ず———



 その、執着こそを、束が望んでいるものと知らずに。



 そして、世に新たな常識が生まれた。
 <ISを倒せるのはISだけ>
 そして
 <Were・Imagineを倒すための力も、IS以外にありえない>
 と。












 さて、話を再開するとしよう。

 仲睦ましい姉妹だった。
 いつ、どこに行くのだって、箒は束に手を引かれ、普通なら、とてもでは無いが見る事が出来ない、夢のような数々の体験をしたのだった。





 それは箒が四歳の誕生日を迎えた七月七日の事だった。

 姉の友人である千冬と、その弟、一夏が祝いに来てくれていた。

 当時、物心ついて大して間もない頃で、一夏とも出会ったばかりであった。
 持ち前の人見知りでつっけんどんな態度をとっていた事や、一夏が年相応の生意気盛りであった事もあり、殆ど会話も無かった。



 ただ、その姉の千冬には憧れた。
 父、篠ノ之柳韻の門下生である千冬は、既に周囲を突き放すほどに頭角を現していた。
 普段は巌の様に厳格な柳韻をもって「つい秘伝を教えてしまった」と冗談混じりに言わせしまうほどのその才覚は、父に憧れを抱き、剣を志したいと幼心に思っている箒には、憧憬の対象だったのだ。

 束の腰にしがみ付き、隠れる様にして見上げる千冬は、背筋をぴん、と張り詰めており、とても凛々しかった。



 同時に———

 どうして、お姉ちゃんはお父さんに剣を習おうとしなかったのかな?

———いつも疑問に思っている事を胸に抱きながら


 それが、家族に対する最初の疑問だった。
 剣が嫌いという訳でもなし。
 千冬の実演する型を一つ一つ箒に説明する内容は分かり易く、かつ深く詳しく。
 とても興味が無ければ覚えきれない様な事をとうとうと、束ははしゃぎながら教えてくれたのだ。

 この時は知らなかったのだ。
 束と両親が、お互いを苦手としている事を。

 両親は愛情深い人達だったが、古い人間だった。
 良くも悪くも、篠ノ之神社という格式高い歴史あるものを守って行くには適した気性であったのだろうが……。

 いかんせん、束は新しかった。
 否、それはまだ無い未来とさえ言えた。

 最先端を抜き去り、未来を棚から引っ張り出す様な彼女に、両親は一歩引いてしまったのだ。

 そして、幼かった束はすぐにそれを察してしまった。

 束の気質からして興味を持たなければ気づきもしなかっただろう。
 しかし。
 それは、両親への興味が無ければ生きる事すら出来ないという生存本能による賜物か、束は普通に両親に興味を持ち、愛情を抱いていた。

 当然であろう、年頃の幼子なのだ。
 ゲボック同様、束も頑張った。
 頑張りすぎてしまった。

 その異常性。
 両親が気付かぬわけがない。
 それでも、両親は愛情を持って接した。
 この点は、蒸発した千冬の両親や、とっとと軍に預けてしまったゲボックの両親よりは、はるかに素晴らしい事だろう。



 だが———
 子供は。恐ろしく、かく鋭いものなのだ。
 愛情は有る。しかし、どのように接すれば良いのか。困惑や、将来に対する責任などの戸惑いを、見抜けぬわけが無かった。

 なんたる皮肉か、興味を持っていたがために束は普通の子供同様の感性で両親に疎外感を感じてしまったのだ。
 天才の感性ならば、そんな事何の興味も無かったであろうに。

 そうして彼女は引きこもる。
 大人でも理解困難な学術書を紐解き、一人鬱々と、知識を貯え熟成させていく。

 千冬に出会う……その時まで。



 話を戻そう。
 束と千冬という、真逆でありながら親友である二人はなんだかんだで互いを理解しており、そこに両親が混じっても団欒という一時は崩れる事無く終わりを迎えた。


 玄関から手を振る姉弟を、対して大げさに両手を振って見送る姉とともに、小さく手を振る箒だった。
 それに気付いた一夏もにっこりと笑って軽く手を挙げた。

「!」

 まさか気付かれるとは思わなかった箒は、気恥ずかしさから束の影に隠れた。

 一夏からすると、「愛想悪いなぁ、アイツ」ぐらいにしか思って居なかったが。

 余談だが———
 このようなすれ違いがまさか幾度にも渡り、延々と続くとは箒も思って居なかった。
 良くも悪くも二人の関係を示す一件であると言えよう。

 さて、二人が見えなくなるまで姉妹は見送り、家に戻ろうかという事になって———ふと。
 箒は空を見上げる。

 あいにくの曇天である。
 箒の誕生日は、全国知らぬ物は居ないという程有名な日———七夕だ。
 織姫と彦星の物語は女の子である箒も興味を持つには十分な内容で———しかも、自分の生まれた日にそんな感動的な逸話があるのかと胸をときめかせていたのだから、それが台無しになる曇りの夜は残念だった。
 しかし、天気に文句を言っても何かが変わる訳ではない。
 玄関から戻ろうとして———



「おやおやぁ? 箒ちゃんはお星様が見たいのですかぁ?」

 まるで、子供がそのまま変わる事無く中学生になったような。そんな声に、箒は背筋を振るわせた。
 この声を、箒は知っていた。
 千冬と同様、束の幼馴染みである———

「そうなのでしたら、遅ればせながらもこの小生、ゲボック・ギャクサッツが!! 箒ちゃんに誕生日プレゼントとしてお星様を見せてあげましょう!」
 そこに居たのは、男にしておくのが勿体ない程のさらりとした絹のような金髪、黙っていればイケメン。ただし、いつも浮かべているニヤニヤとした表情で全てをぶち壊しの残念な少年———



———ゲボックだった



 大げさにゲボックは叫んだ。が、一瞬にしてしょんぼりとする。

「しかしうらやましいです。小生もお誕生日会に参加したかったです……」
「……げ、ゲボックさん?」
 ようやく我を取り戻した箒が声をかけると、ビクンッ、とゲボックは反応し。

「はぁい! ドモドモ、ゲボックですよ!!」
 またテンションがだだ上がる。
 なんでこの人はいっつもこうも躁鬱が激しいのだろうか?

 困った事に、姉がたまに彼の動行を真似するのだ。
 ……その、礼を失する……はしたないにも程がある……。
 姉にしてみると、笑いのツボを酷く突かれ、腹筋が痙攣する程面白いらしいのだが。

 理想の相手が父親である箒にしてみれば、真逆どころか地中を掘り進んで地球の裏側へ一直線な印象の男である。
 お姉ちゃんも友達を選べば良いのになあ。

「あの……ゲボックさん」
 姉の嗜好に少々文句を思いつつ、ようやく今まで我慢していた事を言おうと思う。
「何でしょうか? 箒ちゃん。誕生日記念で何でも応えてあげますよ! 不完全性定理を二行で解する証明法とか」
「ちがうの……」
 箒は、実は言って良いものかと考えたが、今更だろうと思い……。

「どうして御神木に吊るされているの?」


———今のゲボックの状態について素直に聞いてみる事にした

 簡潔に言えば、今のゲボックはぐるぐる巻きに縛られて木から吊り下げられている状態なのである。
 自由に動けるのは首だけ。
 しかも逆さまに吊り下げられていたのだった……。

「分かりませんよぅ、いきなりフユちゃんに縛り上げられて吊るされちゃったんですから……今日こそ、いっくんで実験できると思っていたのですが……うぉうおう、頭に血が登っててそろそろ小生気分がハイになっちゃてれれ? ムーンフェイスになっちゃったらどうしましょうか」

 彼自身の台詞で全部語られたようなものだった。
 さて、箒ではこの縄は解けない。
 ご丁寧に篠ノ之流の緊縛術で縛られている。
 まだ習っていない彼女には解くことができないし、刃物は持つ事も禁止されている。
 どうしようと、放っておけない箒が困っていると。
「ねえ、お姉ちゃ……」
 あれ?
 気付けば束が居ない。
 あまりの事に心細くなった箒が両親を呼ぼうとしたときだった。
 視界の端がキラッ、と光った。
 え?
 疑問符が浮かんだ瞬間、彗星が水平に飛んだ。



「ゲ———ボ———く——————んっ!!!」
「ゲハァッ!?」
 彗星は何かで水平飛行している束だった。
 ゲボックに、腕をクロスチョップ状態にして構えていた束が水平に激突。
 その際に、どんな物理現象が起きたのか、ゲボックをぐるぐる巻きにしていたロープがぶつ切りになり、放り出されたゲボックがきりもみ状にくるくる吹っ飛んだ。
「お姉ちゃん!?」
 友達(?)になんて事を!?
 ぐしゃあっと潰れたように頭から墜落する。
 だが、箒以外に心配するような子はいなかった。

「いやあ、助かりました!」
「うわあっ!」
 よりによって食らったゲボックが礼を言った。
 ぐわばっ! と起き上がったために箒は心底ビビった。動きが怖すぎる。

 目を白黒させている箒を尻目に、元気に立ち上がったゲボックは束の肘が当たったのか鼻血がだくだく流れていた。
「だ、大丈夫ですか……?」
「このぐらいで怖じ気づいていちゃあ、タバちゃんやフユちゃんとは遊べないのです!」
「……そうだよね……あ」
 思わず頷いてしまった箒の呟きもどこ吹く風、ゲボックは白衣の中をゴソゴソと漁り出した。



「さてさてお星様ですね! 曇ってたってなんのその! 超宇宙的に第五元素(エーテル)だってバッチリ観測する望遠鏡です!」

 ぬぬぬぬーと白衣の内側から出て来たのはごく普通の望遠鏡だった。
 あくまで見た目は、なのだが。

 しかし———長い。
 3m程はある。

 ど、どこに入ってたんだろう……。

 慄く箒にひょいっとそれを渡し。
「ハッピィバァスディで……ん? どうしました? タバちゃん?」
「先ずはゲボ君が見てねー」
 望遠鏡がすっと箒の手から引き離され。
 ぎゅむっとゲボックの眼窩に押し当てられる。

「ひ、光ガアアアアァァァッ!! 眩ッ! めっ、目ガアアアアァァァッ!!」
 途端に顔をおさえて転がり回るゲボック。
 それもそのはず、この望遠鏡、集光率が半端じゃ無い。
 ゲボックが言ったのは誇張でもなんでも無い。まぁ、エーテルという架空元素をどうやって視認するかはゲボックのみぞ知る。

 ちなみに、その集光率は昼間に使えば太陽光がレーザーに早変わりする程なのだ。

 どれだけの光が目を焼いたのか、のたうちまわるゲボックに束は珍しくため息をついて、ズビィッ! と望遠鏡を指差し。

「ゲボ君ならともかく、箒ちゃんにそんな危ないモノ使っちゃノンノン! これは主にちーちゃんがゲボ君を叩く時に使わなきゃね!」
「どっちに転んでも小生が痛い目に!? すでにそれは望遠鏡とすら呼べないですよ……」

 こちらも珍しくゲボックがツッこんでゴシゴシ目をこする。
 夜で、しかも曇っているのにスタングレネード並みの光量があった。
 箒ちゃん関係だと目が危ないんですよねぇ? どうしてですかねぇ?

 箒にはなんの事やらの被害報告を述べながらゲボックは思い出す。
 そう言えば箒ちゃんのおかげでタバちゃんと仲良くなれましたし。



———と、箒に対する恩義を思い出したおかげでゲボックは



 テェェエエエンション上がって来たぜえぇぇぇぇえええええ!!!

 な状態に。

「タバちゃん!! こんな雲ブッ飛ばしちゃいましょう!!」

 いえいえいと打ち上げ花火のセットを始めるゲボック。
「それじゃあ束さんはフィルターの方準備するね! 箒ちゃん、お空のショーへご招待! ゲボ君ー、いーいー?」
「バッチリですよ! いっきますよーっ、プゥアアアアアアアアアイナッップルフラァァァアアアアアアアアッッッシュウウウウッ!!!」
 ズヴァアッ———と両手を振り上げ、花火の発射台を殴りつけた。

———が



 シーン…………。
 しかし何も起こらない。



「あれぇ? 変ですねえ、どうして動かないんでしょ? おっかしいなぁ? ファイア!」

 もう一回叩いてみる。
 反応は無い。

「……ファイア!」
 同上。

「ファイア! ファイア!」
 変化無し。

「ファイア! ファイア! ファイア! ファイア! ファイア! ファイア! ファイアアアアアアアアアアアッ!!」

 うんともすんとも言わない。


「あっれぇ? おっかしぃなぁ、どうしたんでしょ? ようし———音量上げて……」
 白衣からマイクを取りだしたゲボックの肩にぽんっと手が置かれる。

「束さんもやるやるーっ、他ならぬ箒ちゃんのためだもん!」
 そんな束を見てゲボックはあろう事か感動した。
「有難うございます! はいどうぞマイクです」
「わーいわいわいわいの次はゼットだいえぃ! へぇい!」
 ペコペコ頭を下げるゲボックと、マイクを貰ってクルクルはしゃぐ束。

 いったい、この人達は何をやっているんだろうか……。

 理解不能な上においていかれた箒はぼんやり二人を眺めるしか———

 途端にぐりゅんとゲボックの首がこっちを向いた。
 思わずひっ、と悲鳴をあげる箒にフラフラとゲボックは歩いて来るや、マイクを差し出して。

「御一緒どうですか?」
 返答は、音がしそうな程の首振りだった。
 即答だったと言う。



「そうですか、それは残念です」
 同じ様にフラフラ戻るゲボック。
「タバちゃん、やりましょうか!」
「待ってたよぉ、本当に待ってたよぉ?」
 マイクをもって合流した二人は歌い出した。
「「●描いて~お豆●二つ、おむすび●とつ、あ~っと言う間に~」」
「えっ、その歌はっ」
 いろいろ危ない。

 二人は思い切り息を吸い込み———

「ちぇーすとー…………えふっ」
 ※束。野太い声を出そうとして失敗。
「ファイアアアアアアアアアアア——————ッ!!」
 ※ゲボック。俺の歌を聞け張りの絶叫。



 なんでどうして二人が歌い出したのかさっぱりわからない箒だったが、プレゼントを送られる身としては、時間を考えて欲しかった。ここが隣接する住宅の無い篠ノ之神社だったから良いものの、苦情が来て当然の音量である。

 はてさて、原因が本当に音量だったのか、花火の打ち上げ台が光を放ち、夜の帳を押し退け始める。
 それは、途端に周囲を埋め尽くす爆光。

 思わず腕で目を庇う箒の耳に、ゲボックの声が届く。
 眩しくて姿は見えないが、この声はゲボック以外に無い。
「……おぉう! これは凄い! 予期せぬ反応です。一体どんな変化が……んん? これってもしかして……アウチ」
 まて、何があった今。

「どーしたのー? ゲボく———」
「これはザレフェドーラですよぉおおおおおおおおおおおお—————————」
 まぶしい輝きの中、あ。声が遠くなって行く……。
「あ、成る程分かったよー」
「何がなの!? お姉ちゃん!?」

 見えないとはこんなに恐ろしい事だったのか。
 と言うか姉の言動がいつに無く良くわからない。

「レッツゴー・ショウタイム! あれ? 時間に行こうっておかしくない? それに、んー、指鳴らないや……でも、ま、いっか!」

 スカスカ指を鳴らし損ねる束は、箒の両肩に優しく手を置いて。
「もう良いよ、上を見て」
 いつしか、光は消えていた。硬く閉じていた瞼を開き、空を見る。
「———あ、ああぁ——————」
 束に従い、上空を見上げた箒は、自分の瞳に映し出されたその光景に、言葉を失った。

 そこにあったのは、満開の星空。
 都市部ではまず滅多に見られない、六頭星以下の星々までも映し出された空。

 篠ノ之神社を中心に、雲どころか空気中の塵、汚染物質から———大気そのものに至るまで———消滅させられていた、純粋な虚空(そら)

 テンション上がったからと言って、ブッ消すにも程がある。

 その光景に圧倒され、釘付けになって見つめる箒。
 大気の無い空は、星こそ瞬かないものの、現代の人間では、宇宙か未開地域にでも行かない限り見られない星の海を晒していた。

 降り注ぐ宇宙線等の有害な要因は、箒の害になるから、と言う理由で束の作った大気圏外活動用保護フィールドでシャットアウトされていた。
 つまりはISのシールドなのだが、束は当時、全くそんな気は無かったのである。故に、上空でドーム状にそれを展開すると言う使用法をしていた。
 もし、空白の上空よりも小さなフィールドが展開されていれば、人的被害は甚大なものになったのだろう。
 千冬と言うブレーキが無い状態で、この結果は偶然の幸運だったと言える。



 そして、ゲボックがそれだけで済ませるわけがない。
 上空の様々な要因を消滅させたゲボックの花火『ザレフェドーラ』が無数の流星となっていたのだった。



「凄い……本当に天の河だ……」
「おぉー、こりゃあ、こんだけ天の河が氾濫してたら彦星と織姫は逢えないねえ」
「お姉ちゃん……」
「おう? ごめんごめん箒ちゃん、それじゃあ、織姫に氾濫中の川でも泳げる篠ノ之流の古流泳方でも教えにいこっか」
「うん!」
 なぜか女に苛烈な束だった。

「それにこーんな星空は、宇宙に行かないとそうそう見えないからね」
「……行って見たいなあ」



———それが、きっかけだった



「ようし! お姉ちゃんに任せなさい! 単独で宇宙に行けるもの、作ってあげるから! 見に行こ! ちーちゃんやゲボ君やいっくんと一緒に! 天才の束さんは、頑張っちゃうぞぉー!!」
「うん!」
 それは、本当に仲睦ましい姉妹で……。

「にしても、ゲボ君は凄いねえ」
「———お姉ちゃん?」
「このやり方……おぉーう、束さんにはできるけど、思いつかないよ……」
 その表情は箒の見る初めてのものだった。
「お姉ちゃん、その『おぉう』ってゲボックさんの真似?」
「うん、そうだねぇ、面白くてついついねえ」

 その様子は、天才など関係ない、普通の姉妹だった。
———一緒に、宇宙まで、見果てる程に星で埋め尽くされた天の河を見に行こう

 この約束が、飽きっぽい束にして、彼女を以ってしても一年掛かる様な研究を成し遂げさせたとは、箒は知らない。






 お姉ちゃんは、まるで魔法使いだ……。
 感動で胸を一杯にした箒は、満面の笑みを浮かべ、最高の誕生日に感謝していた。






——————そう、知らない方が良いのだ






 ゲボックの放った花火———『ザレフェドーラ』。

 後に、ゲボックを暗殺する。それだけのために、自国さえも巻き込んだ焦土作戦に用いられた熱核兵器、その形振り構わぬ姿を嘲笑うが如く無力化した、質量保存の法則を覆す



———『消滅兵器』である———



 その際、最も国民の数が多いその国土は、スプーンでくりぬかれたかの様に抉りぬかれた。
 さらに、この兵器は『生き物にハ効きませんョ』とのゲボックの言う通り、直接にはあらゆるバクテリアを含め、殺傷する事は無かった。
 これには、後に完成する『わーいましん』やIS、ゲボックの生物兵器など、生体と機械の融合体も含まれる。

———しかし
 確かに生体を害しない非殺傷設定兵器であっても、そのニ次災害は凄まじかった。
 広範囲に渡って消滅した大気による窒息や気圧障害、空白となったスポットに流れ込む周囲の空気による暴風、乱気流による被害、空白地に流れ込む海水による高波、そして———
 地殻を失った事による地殻振動や溶岩の流出は莫大な被害をもたらしたのだった。



 かく言う今も、束の防御の外では竜巻が吹き荒れ(箒の見えない位置)、航空機のダイヤルが大幅に乱れ、大気の減少に伴い、減衰しなかった太陽風等が防護フィールドに弾かれ、オーロラを描いて箒をさらに感動させる一方、電磁波が高所を用いる通信関係が甚大な被害を受け、亡国機業の有する『存在しない人工衛星』が消滅撃墜、調査が出される事となる。

 さらには細分化され世界中に飛び散った流星状の『ザレフェドーラ』が炎と法律書———だったか? を持ってつっ立つ女神の顔ど真ん中を貫通したり、人民放送を生放送中に独裁者のヅラを消滅させたり、直撃した人物が素っ裸にさらされたりと、尋常ではない被害がもたらされたのだった(闇笑)。



「ありがとう、お姉ちゃん」
「礼など不要って事だよ箒ちゃん! 何故なら束さんはお姉ちゃんだからだ!」
「ねえ、ゲボックさんにもお礼を言いたいんだけど……」

 ………………居ない。

「………………それはまた今度ね! ザレフェドーラって、最終的に土台ごと飛んでく砲台だから」
 見事なスルーだった。

「ゲボックさんは!?」
「あの星々のうちどれかだよ」
 指で天を衝く束。
「えぇ!? えええっ!?」
「大丈夫だよ、ゲボ君だし」
「えええええええええーっ!?」
 流石に冗談である。
 ゲボックは衣類が全て消滅した状態で織村家に墜落していた。
 翌日、弟のもので見慣れている筈なのに顔を真っ赤にした千冬によって、織斑家の庭に血の雨が降ったそうな。









 束の天才っぷりを素直に凄いと思えるのは、素直に受け止められる———世の平均の値を知らないからである。

 凄いのは凄いと言えるだろう。
 だが、凄すぎるのは常軌を逸する代物だ。
 外れすぎてしまえば……成長すればするほど、逸脱を理解してしまう。

 そして、箒は、千冬のように、それを初めから理解する事ができなかった。
 恐ろしさを、脅威を理解できなかった。

 だから、大多数の価値観『常識』が、分かってしまえば恐怖が生まれてくる。
 まだ箒はその段階にいたってはいないが……。



 単純な憧憬ではない。理解不能、どうやっても『分からない』事が分かってしまう。
 それでも、箒は束が大好きだった。


























——————現時点では——————






——————まだ——————






 奇しくもその関係に亀裂が入ったのは、箒が幼くも女として成長したがゆえであった。
 皮肉な事にも、その成長は天才である束よりも先であったのである。






_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/

皆さん申し訳ありません。遅すぎましたね。丸一月掛かりました。

白雪芥子……なんかアニメの白騎士の頭の周りがホワイトポピーぽかったので名前捏造
いや、研究に出されたから白騎士が正式名でいいのだろうか?

この作品は諸事情でIphonで書いてました。
やっぱりパソコンよりタイピング速度が遅いです。
タイピング中にふと思いついたネタをメモらないと、タイピイングに四苦八苦してるうちに忘れるという、海馬との戦いの最中に書いてましたね。
プロット? すんません、骨しかないです
全体量が把握できなかったので長い長い、今まで出最長記録。
次は短めにしようか……と本気で思ったり。

やっぱりある程度で切った方が良いのでしょうか? (前も言ってた。改善無しむしろ悪化)
しかしプロットどおりに書くともんの凄く伸びるこの事象、どうしたものか?



そして、いつもいつもこの未熟(で長ぇ)な文章をを最後まで読んでいただき、有難うございました。



[27648] 転機編 第 2話  思春期狂宴_其上
Name: 九十欠◆82f89e93 ID:a6979411
Date: 2012/03/26 00:19
———さて。
 いつぞやの続きを話すとしよう。
 今回は、ガンツフェルト症候群についてである。
 もっとも、この名称自体が造語であり、人の作った創作物の一つにすぎないのだが。
 元ネタとなったものがあるので、それを紹介してみよう。
 ガンツフェルト実験である。

 完全に隔離された二つの部屋を用意し、それぞれ被験者の視覚と聴覚を不自由なものとする。
 その上で『テレパシーが出来るか』と試験する。
 詳細は異なるものの、大雑把に言ってしまえばそのようなものである。

 といっても、送信物は情報でなかったり、受信者が四つの選択から選ぶものであったり。
 明確に『テレパシーの実験ではない』と言われているため、この実験を持って何を証明したかったのは依然不明であるが……ここに有る事を意図していた事が伺える。



 人は、持っているものを失えば、それを補う何かを獲得する、と言う事だ。
 逆を言えば、何かを得る際は確実に何かを喪失すると言う事でもある。

 例えば視覚を失った人あるは、自分の発した声の反響を感じ取り、物体との距離、硬度の硬軟を計測可能なエコーロケーションを獲得したという。

 以前述べたサヴァン症候群とて、これの一端ではないかと論議されているのだ。

 ガンツフェルト実験とは、それを意図的に行い、それが事実なのか確かめる事こそが主体だったのではなかろうか。
 ……まぁ、勝手な思い込みなのだが。



 さて。

 束は、両親と妹、そして二人の幼馴染みとその兄弟、それしか『自然に人間として認識』する事ができない。
 ……そう、興味がない『人間を無視する』のではない。
 認識が非常に困難……否、する事ができないのだ。


 では、束は一体何が欠如しているのだろうか。
 それは詳細を調査しなければ分からないだろうが、いくつかの仮説を立てる事は出来る。



 シミュラクラ現象の機能不全、そして、顔ニューロンの発達障害である。

 前者は、人が漫画など人の顔のデフォルメや木目、壁の染みなどを『人間の顔』として認識させ得る脳の働きである。
 最も簡単な例で言えば、逆三角形に配置された点ないし線を見ると、脳はそれを顔と判断できてしまうのだ。

 これは、速やかに人間を人間として認識するために必要な機能であると言われている。
 人間の顔を構成する最もシンプルな構成要素を見出し、人間とその他物質を本能的に識別するのだ。

 続いて後者は、人間と判断した存在をさらに『個人』として識別するために必要な脳の回路である。

 考えて見て欲しい。
 人間など、目が二つ、鼻が一つ、口が一つ、耳が二つ。
 眉や髭などもあるが、概ねこれは最低限ある。

———そう、それだけしか無いのだ

 個人の差は、目の釣り上がり、鼻の向き、唇の厚さ、輪郭の差異———等々、微々たるその程度でしか無いのだ。

 それだけで個人を識別出来るとすれば、その凄さを理解できないだろうか。
 こと親戚となれば、その差はいよいよ細に緻になって行くのだ。人間の高機能ぶりを理解出来るだろう。

 これが、顔ニューロンの機能である。
 仕組みはこうだ。
 ただひたすらに見た顔をデータベースとして保存し、無意識に比較、個性を見出し、誇張する事で個人を識別。
 これを一瞬でこなすのだ。
 驚嘆には値しない。
 なぜなら、そのためのシステムなのだから。

 だが恐らく、束にはこれが無い。
 皆にも経験は無いだろうか。
 異国人、特に異色人種の見分けが困難だった経験が。

 これは欠陥でも何でも無い。その人種のデータベースがデータ不足であるために、詳細な差異を判断できないだけなのである。

 故に、初めは識別できなくても、その人種の顔を見続けて行くうちに、自然と識別出来るようになる。
 動物飼育員が猿や犬猫を見分けられるのも、その顔を数多く見ているが故に、常人には理解出来ないわずかな個体差を顔ニューロンが誇張し、識別させているのである。



 束には恐らく、この回路における———データを蓄積する機能が無いのである。
 そして、人間を人間として認識する能力も乏しい。
 『自分と同じ生物だ』と、しっくり認識出来ないのだ。
 認識出来なければ簡単だ。
 『背景』と殆ど変わらない。
 感情の移入が出来ない。
 共感が出来ない。

 ましてや束の鬼才。
 それは他者から見て畏怖の対象となるには容易すぎる。
 束の生きる世界、その『背景』と大して変わらない何かが隔意を持って接して来るのだ。
 自分がそうと自覚出来なかった幼少時の束にとって、それは如何なる恐怖だったのだろう。

 束が自分の殻を作り、必死に自分を守っていたとしても、理解出来るのでは無いだろうか。

 だから、恐ろしく興味の持てない『背景』に何かしら意識を向けるには———興味を抱くには———それなりに他の背景と比較して突出しなければならない。

 同じ背景であっても、並木道の中に『一本だけ満開』の桜があれば目を引くであろう。

 千冬はまさに、それに該当する存在であった。
 明らかに周囲から突出した存在。
 束とは別の方向性ではあるが、千冬も確かに、異物であったのである。

 2人の違いは単純に人を識別出来るか否か。それに尽きていたと言える。

 モザイクに似た、3D画像をご存知だろうか。
 一見無意味なマダラの塊であるが、意図的に焦点をずらして見ることにより、隠されて描かれたものが浮かび上がって来ると言う代物だ。

 束にとって、人間を見分けるとは常時その作業をしているのと変わりが無い。
 『背景』とごた混ぜになった『何か』。
 樹海に於いて木の一本一本を見分けるが如き地獄。
 そこから目的とする『一本の樹木』を抽出するには極度の集中を要し、さらには一人一人異なる焦点で見なければならないとすれば、一体どれだけの負担を強いるのであろうか。

 では、千冬達をどうやって認識しているのか? と言う問いが出て来る。
 皆、忘れてはいないだろうか。

 束が天才であると言う事を。

 本来顔ニューロンが識別するであろう千冬の色、形、変化、それらを含めた彼女を示す情報、その全てマニュアルで脳に焼き込んでいるのだ。
 束と言えど、これは容易では無い。
 これだけの事を為す。
 相手に余程思い入れが無いと出来はしない。

 束が『人に対して興味を持つ』とは、これ程の労力を要するのである。
 相手が自分を受け入れてくれる———保証が無いのに態々してやる程の労力では無いのだ。

 束が疑って疑って疑い、なおも疑ってようやく『受け入れてくれるのでは無いか』と判断した時に限り、勇気を振り絞り手を差し出す。



 束にとって———
 『あなたの全てを憶えます。だから、あなたも私を受け入れてください』
———と全霊を持って訴える事……それが、『束が人に対して興味を持つ』と言う事なのである。



 隔絶した才能の代償。
 喪失したものがなければ得られるものはないのか。
 束はこれに該当していた。

 『賢者(サヴァン)症候群』
 紛れもなく、束もこれに該当していたのである。


 千冬も大なり小なりそう言う信号を発していた。
 束程では無いが、千冬の精神も同年代とは比較出来ない程に成熟していたのである。

 二人が手を取り合い、無二の友人となるのは、必然であると言えただろう。






 そして———



 それを見た時。

 激しく束は動揺した。


 明らかに違う。



 確実に異物。



 人の形をした別の何かにしか見えなかった。
 違和感と不快感が胸を締め付け、その不自然さに嫌悪を抱いた相手。

 それは極めて人間と同じ形をしており。



 自らをゲボック・ギャクサッツと名乗っていた。








 本来の生き物ならば、大抵持っている能力。
 シミュラクラ現象もその一つ。
 視覚によって人間を人間と判断するための要因。
 だが、これは別の、もっと大きな役割を持っている。

 それは人間と言う認識の『記号化』である。
 古代の壁画などをみて、省略化された人のカタチを人間として認識する事が出来る。
 その事により、はるか古代の事であってもその概要を予測しやすくなる。
 即ちそれは、人間のみが出来る、記録を遺し、伝達する行為。
 人類が発達して来た所以。己の成果を次へ繋げる事の出来る驚嘆的行為。
 それをよりわかりやすくするための機能なのである。



 では、何が同族かどうか判断する機能なのか———
 それは、直感と言うか第六感としか言いようがない。

 見た瞬間、天啓を受信したかの様にハッ、とするのである。
 高度に発達した生物、特に人間は視覚を重要視するため、それが起きる事は早々ないが……。
 大抵の生き物ならば、何の意図がなくとも行うことができる事。

 視覚によるその機能が欠落している束は、欠落しているからこそ、こう、判別した。



 ゲボック・ギャクサッツは、自分と同じ生物では無い。



 だから、千冬が自分との輪に彼を持ち込んで来ても徹底的に拒絶した。
 常人同様、認識出来ないのでは無い。
 その逆だ。
 人間以外では働く識別機能が、よりくっきり、ゲボックと名乗る異物の存在感を伝えて来るのである。

 3D画像の例えで言うならば、ゲボックのいる部分だけが色分けされているせいでむしろ逆に見えすぎるぐらいなのである。

 しかし彼は、どんなに拒絶しても気にする事なく自分たちの中に混じっていた。
 まあ、それは他ならぬゲボックが束を尊敬し、慕っていたと言う事実があったりするからなのだが。

 次第に自分との共通点を見つけるにつれ、束は内心の恐怖を強めて行く。
 先ず、知能の高さ。

 物事の理解を、階段を飛び越えるどころからその上を飛んで行く様な束の思考の飛躍に喜々として付いて来る。

 さらにそれを発展させて平然と喜ぶ。
 だが、それも束は理解できた。
 束にとっても、その思考の発展はごく当然だっただろうからだ。
 逆に、自分自身が理解できた事が恐ろしかった。

 だが今まで、それが出来た人間は誰も居なかった。
 自分は、もしかしたら人間ではなく、ゲボックと同じ種なのでは無いのだろうか。
 そんな妄想さえ抱いた事もあった。

 だとしたら、両親は突然変異の化け物を産み落とした事になる。
 そう考えると恐ろしいと思う事もあった。
 既に両親に隔意を感じていたのだから。

 その理由が、自分が化け物だったから———なんて、考えるだけで恐怖で震えたのである。



 そして、束の混乱を極地に到達させる事が起きた。
 妹、箒の誕生である。

 束にとって、『妹』は未知の存在であった。
 両親に対して興味を持ち、普通に認識で来たのは生存本能だったのだろう。そうしなければ生きていけないため、また、脳の発達が最も優れていた頃だったからであろうと思う。

 その『妹』は、自分をどう扱うのだろうか。
 やはり、化物として見るのだろうか。
 両親の様に———愛情を示しつつも、その裏で困惑を抱いてしまうのだろうか。なんの気兼ねもなく対応してはくれないのだろうか。

 色々、ぐるぐる頭の中で思考がループする。
 なまじっか明晰な頭脳は意味の無いシミュレーションを延々と繰り返す。
 ただ、どうする事も出来ずに、新生児室で泣く妹を見下ろしている時に。

「チャオ! ———どうもー、不法侵入者ですよー」
 よりによって、そこにゲボックがやって来た。
 頭から血を流しているが、それこそどうでも良い。
「おぉう、タバちゃん見つけましたー。とおおぉっっ―――ても探しましたよ? 如何しました? 僕で良ければ力になりますよ」
 空気読めよ。
 よりにもよって、束にそう思われた。

「……誰、かな?」
「ゲボックですよ」
「知らないなあ」
 嘘だった。

「僕は知ってますよ! タバちゃんはとっても頭の良いフユちゃんのお友達ですね!」

 それからしばらく言葉を交わした。
 思うに、これだけ会話したのは初めてではなかったか。
 いつも千冬を挟んでいたため、束が邪険にするとフォローを入れていたのだ。なんでこいつに、とますます意固地になってしまうあたり、束も千冬もまだまだ経験不足であった、と言えるだろう。
 ゲボックは単に能天気なのでいつも通りだったが。

 内容が、とっととどっかに行って欲しいために邪険にしたものであっても、ゲボックは気にせず、むしろ嬉しそうに応じるのであった。

 考える。
 ゲボックは束と、在り方だけならば『≒』で結べる存在だった。
 だがしかし、元々コミュニケーション能力に乏しい束はゲボックの感情なんて分かる筈もなかった。

 そもそも。
 そんな存在であるにもかかわらず、どうしてこんなに能天気に居られるのだろうか。
 精神構造自体がそもそも別の生き物なのだろうか。

 鬱屈とした思考が貯まり貯まって頂天に到達せんばかりの時。

「メガぁぁああああああァッ!!」
「……え?」


 良く分からないが、ゲボックが箒に迎撃されたらしい。
 顔面を抑えてのたうちまわっている彼を見て。

———ふぅ

 なんだか、自分だけが悩んでいるだけ馬鹿なんじゃ無いだろうか、と思ってしまった。
 違う生き物だからなんだと言うのだ。
 普通の人だって、人と暮らすのが下手でペットぐらい飼うでは無いか。
 むしろ、人よりもペットを大事にするぐらい、極普通では無いか。
 世界の裏では人々がその日の食べ物も得られず飢えて行くのに、その人達を何人も救える程の金額で、ペットを色々と着飾ったりするでは無いか。
 
 ゲボックは異物だ。
 だが、害悪では無い。

 今のところ自分と千冬に懐いている。
 このまま傍におけば良いでは無いか。
 愛玩して何が悪い。
 愛玩する事で自分を愛して何が悪い。

 慕われるのは、無条件に心地いいでは無いか。









 あぁ———なぁんだ、そんな、単純な事で……良いんだ———









 吹っ切れた。

「———あはっ」
 それまで千冬に見せた事の無い、のっぺりとした無表情に亀裂がはしった。



「———あは、ははは、は、あはは、あはははははははっ!!!」
 束は久しぶりに思い切り笑った。
 成る程理解した。
 思考のスランプに陥るとはこういう事なのか。
 解けてしまえばこれほど爽快な事はない。
「箒ちゃんすごーい! えと、君なんていうんだっけ面白いね、でも役立たずー! あはははははははっ!」

 あはっ、なんて楽しい。
 これからはもう、鬱屈する事はない。窮屈に押し込める必要もない。
 思う存分楽しめば良い。
 これ以後、吹っ切れた束は妹、箒を溺愛して行く事となる、
 無条件の愛情は至福を感じられるのだから。

「……なにがあったんだ?」
「箒ちゃんが泣いててこの子が高い高いでメガー! だよ、おっかしいよね!」
 遅れて入って来た千冬に感情の赴くままコメントする。
「全然分からん」

 御尤も! 束だって分からない。
 楽しくて楽しくて楽しくて、解き放たれて!!
 将来に希望を見出したのは二度目だったのだから。
 なお、初めての時は千冬と出会った日、それ以来の希望だったのだから。









「……ねぇ、ゲボ君」
「なんですかぁ?」
「ゲボ君は、私の事好きー?」
「ハイもちろんです! 大好きですよっ!」
「……よろしい!」

 このまま、ずっと楽しく友達と死ぬまで生きるのだ。
 束はそう思っていた。
 ずっと—————————



 束は見落としていた。
 それだけ対人経験値が足りなかったと言える。
 愛玩動物(ペット)といえど、愛情を注げば家族以上の存在になるのだと言うことを。
 実際に、なくてはならない存在になるのだと言うことを—————————









 それは、一人の少女にとって、一世一代の決意表明であった。
 小学四年であったと思う。

「こ、今度の、剣道ぉ、ぉ、ぉ、お……んんっ、ののの、だにゃ、ぜぜ、ぜ、全国大会だが……」
「どうしたんだ? 舌でも痺れたか? フグでも食ったか?」
 痺れ始めたら死ぬわい。

 緊張は頂点に達し、否、K点をこえなおも上昇中である。どもりまくり、噛みまくっていた。
 ああ、初めからやり直したい。しかし、無情に現実は一回きりなのだ。
 メリクリウスよ、永劫回帰でもう一回やり直させてくれ。あ、でもまた同じ事の繰り返しか。駄目じゃないか、意味がないぞそのループ。
「わ、私が優勝したら———」
 頬を紅潮させ、言葉を続ける。羞恥に顔は真っ赤に染まり、視界すらも紅く染まっている気がする。まともに正面に居る筈の少年を見ることができない。

 だが、思い切り振りかぶり、勢い付けて叫ぶように口から言霊を吐き出す。
「つ、付き合ってもらう!」
 よし、言い切った!
 もう、これだけで全て終わったかのような達成感が少女を満たしていた。
 甚だ大間違いである。

 ピシィッ! と少年を指差す。何故かそこだけは決まっていた。
 しかし、そのポーズで固まる少女は内心、断られたらどうしよう、どうして返事をくれないのか、などと高速思考で考えていた。
 なお、何故待たせるのだ、と思い始めたのは発言から0.6秒しか経ってない。
 主観時間とは不思議なものである。



「ん? ああ、別に良いぞ、そのぐらい。優勝のご褒美だ。まあ、俺だけじゃ大した事が出来ねえけど、構わねえよ」

 その日の剣術訓練で吹き出した汗を拭う少年は、少女の緊張に対して全く気負う様子もなく、温めのスポーツドリンクを口にしつつ返答した。

(な、なんだ一夏は……こっちが、ここ、こんなに緊張しているのに何でもないかのように気軽に返しおって……)



 それより、少年———織斑一夏の認識が少しおかしい事にこの時の少女———箒は気付いていたか。相変わらず肝心なところですれ違う二人である。

 幼少時の甘酸っぱい思い出。
 束の妹と千冬の弟である二人のそのエピソードは———

 開発されて5年。
 世界の根底を根こそぎひっくり返した巨大すぎる力。
 『IS』による影響で、振り回される事となる。












 少し、時を戻す事にしよう。



 翌年、一夏や箒が小学校に入学を控えたその年。
 詰まる所箒が一大告白(一夏にゃ素通り)をする4年前。

 世界的にISの運用について決まり事をまとめたIS運用協定……そのまんまなだな……と思った人が居たのか、協定を結ばれた地に因んでアラスカ条約と呼ばれた。
 やっぱりそのまんまである。
 そう言えばジュネーブ条約もそんな理由で名付けられた気がする。

 取りまとめられ、世界的に法整備が紛いなりにも一段落付いた瞬間。



「はぁあああああああ〜〜っ」
 思い切りため息をつく千冬である。
 海千山千の好々爺共が自国の利益のために手簡手管やらなんやらを回している様は。
 非、常〜〜〜〜〜〜〜に疲れる。
 自分が汚れたような気になる。
 んで、気が重くなる。

 千冬自体が交渉の席に着いた事はない。
 公式において、千冬は白騎士———白雪芥子———の操縦者とはなっていない。
 ただ、束の研究所専属テストパイロット兼私的ボディーガードとして傍に居るだけ……なのだが。

 束に対するパイプになるとでも思っているのか、まあ、色々小包持ってやって来るのである。
 公式非公式問わず。

「なんだか、このまま私は中卒で就職しそうな勢いだな……まったく」
 この懸念はある意味的中するのだがその話はまたの機会にして。

「ひっきりなく人が面会に来るのはどうしたものか」
「だんだんめんどくさくなってきたよねぇ……だからこう言えば良いんじゃないかなぁ―――『薙ぎ払え!』って。人気者はそれでいいと思うよ?」
「帝国の姫になどなった覚えは無い。———ったく、誰が人気者だ」
 一人きりの筈の個室、テーブルに向かい合うように束が居た。

「いつ入って来た?」
 一人きりだったので、千冬はかなりラフな恰好である。
 上はノーブラでシャツ一丁、下は下着のみである。
 かなり扇情的であると言える……まだ15だが……充分美しかった。

「ん〜? 今だよ、そこから」
「……ん?」
 束が指差す方には裂けた空間があった。
 ジッパーが開いている。
「ブチャラテ●?」
「どっちかって言うとポルノ・ディ●ノかなー?」
 もはや非常識にもツッコミさえない。
 疲れていた。頼むからこれ以上疲労を重ねさせないでくれ。主に精神的に。というか寝かせてくれ。
 千冬はそんな心情だった……。



「ようし、あの花いっぱい植えましたよ?」
 とか言いつつその穴から出て来たゲボック……と、千冬は目が合った。
 ああ、もし神なんて奴が居たら私を過労死させたいらしい。

「おぉう! チャオチャオ、ゲボックですよ」
「…………」
 もう一度繰り返す。
 千冬は、シャツと下着のみである。

「ゲボ君〜」
 そのゲボックにとたとたと束が走っていく。
「タバちゃん!」
 ゲボックも穴から飛び出して束の方へ走っていく。

「チェスト!」
 束のウェスタンラリアットがゲボックの喉元に食い込んだ。
「ぐぅおえっ!?」
 絞殺される寸前の鶏みたいな悲鳴だった。


 束は、薙ぎ倒されたゲボックにのしかかり。
 ほわぁぁあ~と妙な叫びと共に片手を持ち上げる。その手を中指と薬指から分けた風変わりな手刀にする。実はコレ、古武術で良く有る、チョキよりより良い目つぶしの構えである。他にも虎爪という目潰しも有るのだが。
 やりやすさどうこうよりも、受ける方が意図を察しやすいのが主眼である。
 例え習っていなくても束の実家は古武術を継承しているのである。
「眼球の前でゆ~らゆ~らゆぅらゆら……」
「なんか普通に狙われるよりずっと怖い!? やめて下さい、ものすごく怖いのですよ!!」

「…………珍しいな、心理攻撃とは……」
 殴ろうとして振り上げていたのに行き場を無くした拳を……本当に所在無さ気に元へ下ろし、パンツスーツを身に纏う。
 千冬としては、この持て余した勢いをどうしようか。

「束、もう良いぞ」
「はいはーい」

 ぶすっ。

「目ぎゃあああああああァッ!!」
 結局刺すのか。

「ところでゲボック、植えた『花』ってなんだ?」
 ごろごろごろごろ———「ん? 花ですか?」
 むくりと起き上がるゲボック。
 さっきの一撃が効いていたのか妖しいものがあるんだが……。

「いやぁ! アレトゥーサの生えていたところの近くに面白い花が咲いて居たんですよ。それを株分けして増やしたのです。そこで聞いたは、何やらフユちゃんがお困りのご様子。ぜひ力添えしたく周りに沢山植えてみたんですょ」
「……だから、どんなのだ?」
「うーむ、そうですねえ」

 どこから話していいかゲボックは思案し。
「ちょっと変わってましてねえ、普通の広葉樹の茎や葉が伸びるのですが、その先端に多肉植物のような花を咲かせるんです。赤地に白い水玉模様が描かれてますが———うん、その花、肉食なんですよ」
「……は?」
 『隣のお宅、今日は肉じゃがだそうですよ』みたいな軽いノリで話されるにはちょっと妙な単語だった。

「花———と言うより、子房に近い見た目なんですけど、口が付いてて噛み付いて来るんです」
「ちょっと待て、それは本当に植物か!?」
「ええ、確かに植物ですよ? 体組織内の水圧なんかで動いて自ら獲物探しますけどね。丁度魔界のオジギソウみたいに」
「ますます植物じゃない!?」
「植物ですってば。火に弱いですし———特にイタリア人の配管工が放つパイロキネシスには弱いですね」
「何故そこ限定するんだ!?」
「他にも恐竜の卵ぶつけると縮んで破裂しますね」
「だから何故やけに具体的なんだ!?」
「ただ、養分をある程度限定させると、より獲物を欲するために動的になるみたいで……一定サイズまでの植木鉢だと良く育ちますね……具体的には土管が一番でした」
「……すまん、今グラフィックが分かった」
 良くみればゲボックは歯型だらけだった。
 植えている最中にじゃれつかれたかはたまた単に餌扱いだったのか。
 千冬としては激しく後者を推したいものである。

「それは良かったです。そしてですねフユちゃん! 小生は新種を作ったんです! 土管で生育した時のみなんですけど、子房から直接四枚の本葉が生えている子なんですけどね! なんとビックリジャンプするんです!! 完全に地面から離れるんですょ!!」
「ヨー●ター島限定種まで蘇らせたのか!?」
「うふふ、イヤイヤァ! 凄いでしょう!」
 ちょっとイラっとした。
「……で、具体的にどんな風に役立つんだ?」
「あぁ、それはですねぇ———」

 ぎゃあああぁぁぁぁぁぁ……。

「おぉーう、早速役立ってくれたみたいですね」
「待て」
 ガシッとゲボックの肩を鷲掴みにする。

「なんですか? フユちゃ痛たたたたたたたたたたたぁっ、握力が半端じゃ無い!?」
「明らかに今の悲鳴だっただろう」
 事前に肉食だと聞いているから余計に胸騒ぎがする。

「うむ! フユちゃんは、望まぬ強引な面会にストレスを貯めている様だったので、表から来ないでこっそり侵入しようとした分からず屋を食べてくれます!」
「食べてくれます! じゃなあああああああい!」
 部屋に侵入して来る蝿や蚊を食べてくれます、のノリで容易く人食いを取り扱うなと———!

「害虫駆除はお手の物ですよぉ、だって、束ちゃんの保護を名目としてて、不法侵入者は厳しく罰せられる筈なのに、一向にその気配がない———束ちゃんの命がどれだけ狙われたか、知らないフユちゃんじゃ無いでしょう?」
「……それは、そうだが……」
 仕事としても、友人としても、それは危惧していた事である。

 表向き、厳重な警備によって束が護衛されている、との事だったが。
 あまりにザルすぎるのだ。
 今まで束がどれだけ狙われたか、最早数えるのも億劫である。
 これは、どの場に於いても束を不要と断じ、始末したがっている輩が尽きない事を証明しているのである。

 それだけではない。
 警備がザルすぎると言う事。
 それは、意図的に警備に穴を開けている思惑が透けて見えると言う事。
 どの場に於いても———それは、守る側のものの中にも常時紛れているのだろう。

 束を疎ましく思う者が。
 敵を作らない様にする配慮が一切無い束に問題が無いわけでは無いが、だが———

 ISを開発し、尚技術を独占し、その気になれば世界をいつでも容易に転覆させうる束。
 彼女の子であるISは、現行ではISでしか対処する方法はなく、そのISについて最も造詣が深いのは、当然束なのだ。
 束は扱いにくい気性であり。
 その上、気紛れ一つで国家そのものを危ぶませる程の突出しすぎた技術者を、生かしておきたい筈がない。

 反面、当然その技術を独占したい筈だ。
 表向きは排斥しようとも……まあ、既に不可能だが。
 コレまでの体制は既に復旧など考えられぬ程に破壊され尽くしている。

 束の身柄そのものも狙われている。洗脳なりなんなりする方法さえ、常道に入っている。
 ISについて他より突出すれば、例え小国であろうともイニシアチブを容易に取れてしまうからだ。
 だが逆に、大国を容易に窮地に陥らしかねない技術を容易くバラ撒きかねないのが束である。

 しかも理由は特に無く、水物のような十代の小娘1人に牛耳られ、左右されるとならば尚更———



 ISの技術は独占できぬと、アラスカ条約で決まった。技術の公開義務である。
 だが、それを裏どころか表でさえも黙って大人しく従う国など、到底有る筈もない。
 一度確保してしまえば後で何とでも誤魔化せる。

 どさくさの有耶無耶で、手っ取り早く第一人者を取り込みたいに決まっている。

 その為の絶え間ないエージェント達であった。



「だったら、ちゃんと自衛設備をきちんとさせなければ行けません!」
 ふんっ、と珍しく鼻息荒くゲボックはなんか鼓舞していた。
「———それに、フユちゃんもちゃんと休んで下さい」
「だがな……」
 要は、ゲボックの目的はそれだ。
 休む暇なく束を守り続けていた千冬は、確実に疲弊していた。
 今でも戦闘能力的には充分だ。
 しかし、どうしてもこの状態では不意の攻撃に反応するにはワンテンポ遅れてしまう。
 いざという時、それでは致命的だ。
 相手がISならばことさらに。

「こんな時に、小生が子供達を連れて来ていない訳がないでしょう? ごゆっくりとお眠りください。それとも、小生の子守唄をご所望ですか」
「……はっ、冗談抜かすな」
 思わず吹き出した。……子守唄と来たか。

「顔が笑顔なのに殺気は本物ですよね!?」
「そもそも音痴なお前の歌など聞いたら安眠できるか」
「手厳しい!!」
 ゲボックは気恥ずかしそうにペンチな右腕で金髪をぽりぽり掻くと、はっ、と思い出した様に。
「そう言えばさっきの花ですけど、火に弱いのに火球吐く子もいるんですよ」
「火事になる前にやめさせろぉおおおおおッ!!」
 やっぱり、心労だけは軽くなりそうにない。






 アラスカ条約が締結されしばらく、三人の幼馴染みの影は日本にようやく戻って来た。

「ふぅ、やっと、国際的な法整備も終わったし、暇も取れるだろう……流石に地元は良いものだな」
「お疲れですか? フユちゃん」
「そうだな、やはり慣れない環境は気疲れするものだな」
「結構生き生きしてた気がするんですけどね。わりとストレス発散を目的にグリズリーをあしらってましたょね、しかもアレトゥーサ一本で。あれはもう、凄かったですょ」
「あれはお前が小熊とサーモンを奪い合うからだろうが!」
 怒髪天の母グリズリーが突貫してきたのである。
 疲れるのは主に幼馴染み二人のせいである。

「ISの性能検査だった筈なんですけど、フユちゃん生身だけでやっつけちゃうから皆ドン引きでしたねぇ」
「……言うな、マフィアに頭下げられる様になったんだからな……」
「それにちーちゃん、平然と色々と食べてたよね! 国境なんて気にしてないみたい」
「脂っ気の割には塩味には乏しかったがな。あと、それだけは一言挟ませろ。束には完璧に負けるぞ。どうしてあんな強烈なチーズを食べられるんだ……」
「好き嫌いが無いのが、天才にして健康美溢るる束さんの長所なのだ! ははははははははっ!!」
 いきなり笑い出すのは、天才のデフォルトなんだろうか。

「久々に和食とか食べてみたいですね。どうします? 行きつけの定食屋があるんですけど、定食とかオススメですよ」
「……ゲボックの容姿でその発言は激しく違和感があるな……」
「ゲボ君、中身は完璧日本人だもんね〜」
「元々大日本帝国人ですし」
「間違ってるぞ、日本国だ」
「あはははー、ゲボ君前も言ってたよね」
「うーん……そう言う事にしますか。あー、こっちこっち、こっちですよ」



「おお、ゲボックじゃねえか、この間は有難うな、おかげで白バイをブッちぎりで引き離せたぜ! ———じゃあなゲボック、爆発しろよな!」
 いきなり、どう見ても暴走族風の青年に声をかけられた。
 千冬が驚いていると、青年は千冬と束の顔を見て、続いて胸を(束の方を長く見ていたので殴り殺そうかと思った)眺めた後、一瞬だけゲボックに殺意をこめた視線を向けたが、すぐに見た目とギャップのある気さくな雰囲気に戻って一言二言交わすと、手を振りながら去っていった。
 ……爆発? 確かに実験で良く自室を爆破しているが、何故言うのだろう。
 なんだったんだろうと。千冬がゲボックに問いただす前に、通り過ぎかけた八百屋のおばさんが声をかけてくる。

「あら、ゲボック君じゃないの。まぁ、きれいな女の子二人も一緒にいるなんて隅に置けないわねえ。どう? ウチのドリアンジュース飲むかしら?  あ、でもウチで飲まないでね。臭いから」
 けったいな話である。

 それだけではない。
 人が素直に通り過ぎない。
 次から次へと声をかけてくる。
「おう、坊主じゃねえか。お前が公園で作ってくれた、合体してロボットになる滑り台と鉄棒な、結局機動隊と激突して完封勝利の後、空飛んでったぞ? ウチのガキが残念そうにしてたなあ」
「おやおや、ゲボックさんじゃないですか、あなたの作ってくれたこの砥石、素晴らしいですね。でも、研いだ包丁を落とすと、取っ手まで床に刺さるんでちょっと危なすぎます?」
「わんわんわん」
「痛い! 何でこのワンちゃんは小生を見るといつも『千切る!』と言わんばかりに噛むの!?」
「男にしてくれて有難うございます―――フゥンムッ!! あ、この筋肉は自前ですフンハァッ!」
 商店街で会う人会う人に挨拶されまくるゲボック。
 皆少し常識とズレている気がするのは千冬の気のせいだろうか。
 とりあえず最後の男(?)は脂ぎっていたので張り倒した……触りたくなかったので看板で。

「……驚いたな、ゲボック」
「んんぅ? どうしました? フユちゃん」
「お前がこんなに知名度高いだなんて初耳だったからな……」

 などと話していると、ちょうど答えを携えた人が来たようだった。
「あらぁ、ゲボックちゃんの彼女かしらねえ。とってもお顔の奇麗な子ね。どっちなのかは分からないけど……ゲボックちゃんはね、皆のお願いを何でも聞いてくれる凄腕の発明家だから、このあたりの人はなにかしらでゲボックちゃんに助けられているのよ」
 千冬の独り言に反応したのかは知らないが、老婆のそんな言葉に千冬は目を丸くした。
 ゲボックに助けられている人が居る。
 ゲボックもへらへらと嬉しそうに商店街の人と会話している。
 そう、千冬は『こういうこと』をゲボックに幸福として感じてもらいたいのである。
 ストン、と胸に安心感のようなものが落ちが気がした。

 それだけで、なんだか救われている気がするのだが……。



―――と

 ちょっとまて。
 何で私のいる場所ではいつも嵐のような騒動が起きるのだ?
 世の理不尽さに頭を痛めていたら、束が珍しく無言なのに気がついた。
 いつもならゲボックと踊り出すぐらいしているのに。

「……むぅ」
「どうした? 束」
「なんでもないもん」



 束の奇行に頭をかしげていると。「ここですここです」とドリルとペンチを振り回すゲボックが一軒の店を指し示す。

 五反田食堂とある。
「……本当に普通の定食屋だな」
「うわぁ、きったなーい」
「衛生レベルは確かですから安心して下さい。うふふ……この辺りでは一番お勧めですね」
「……ふむ、意外だな」
 ゲボックが関わると皆非常識になる気がして居たのだが、案外普通なので驚く千冬だった。
 ふむ……ゲボックについては何でも知っているつもりでいたが、存外、ゲボックは単体でもそれなりに良好な行動をとっているのかもしれない。


「失礼します!」
 とやけに低い物腰で暖簾をくぐるゲボック。
「おう、坊主じゃねえか、はぁー、テメェも女連れで歩くようになったんだなあ」
「そうですか! そう見えますか! ヒャッハーッ! 小生にも黄金時代が来ましたかヘブゥッ———!?」
「声がでかいぞ駄阿呆。店で騒ぐなって何回言ったと思ってんだよ、消毒すっぞ、あぁッ!?」
 飛んできた中華鍋がゲボックを直撃し、覆いかぶさった。
 デカイ。
 これを投げるにはどうするか。
 中々難しい事をやる職人だ。自分でも難しいだろうと、千冬が感心していると、中華鍋を被ったままゲボックが立ち上がった。
「おぉう……これは中々のフィット感……」
「やかましい坊主、さっさと返せ」
「あああっ、厳さん御無体ですよっ! しっくり来てたんですがっ!」
「だまれっつってんだ。炒め尽くすぞ。さっさと注文しろってんだ」
「分かりましたよ。厳さんはフユちゃん並に痛いので驚異ですねぇ……どうです? 二人とも何か決まりましたか?」
「……随分馴染んでいるな」
「ええ、孤児院から出てうろうろしてたら迷っちゃいましてね。アハハハ、餓死しかけたところを店前で拾ってもらったんですよ」
「初耳だぞそれは!?」
「まあ、孤児院に行ってすぐの頃でしたからねえ、良く好奇心に負けて外出してたんですよ」
 ああ、それで時々孤児院でリード付きの扱いだったのか。

「……ったく」
「それから五反田食堂を初め、商店街では色々お世話になってるんですよ」
「……それは今日まで知らなかったな」
 それが本当なら、相当長い付き合いだと言う事になる。気付かなかった。

「あら、それを言うならこっちのほうがお世話になってるわ」
「おぉう、蓮さんじゃないですか。お元気でしたか」
「ええ」
 それまで他の客の対応に向かっていた女性が笑顔でやってきた。注文をとるらしい。

「……この馬鹿が何かご迷惑をかけてないでしょうか」
「そんな事ないわよ? うちも、どんなに振り回しても中身の絶対こぼれないうけもちとか、地上げに来たやくざ屋さんを見たら変形して追い払いに行く冷蔵庫とか作ってもらったもの」
 なお、受け持ちには重力制御装置が搭載されていたりする。超オーバースペックだった。しかもただでメンテにゲボックが来るので。故障の心配も無い。

「あ、母さん。ゲボックさん来てたの?」
 つづいて店の裏からバンダナを付けた赤髪の少年がやってきた。
 年の頃は一夏と同じぐらいである。
「おぉう、弾君ですね! どうでした、タケ●プター」
「あぁ、ガキ大将の尻にくっつけてやったら隣町まで吹ッ飛んでったぜ!」
 竜巻に遭ったかのように大回転しつつブッ飛んだらしい。飛んだ時螺旋を描いた理由は、ヘリの尾翼にローターが付いている理由を調べると良い。

「……え? 自分で使わなかったんですか?」
「なーに言ってんだよ、ゲボックさんの発明、試さずに使えるかってんだよ。何起こるかわからんし」
「素直すぎて手厳しい!」
「……この子は?」
 千冬が弾を見下ろして言う。
「うちの子で弾っていうの」
「……息子さんなんですか!?」
 その女性……ゲボックの言うとおりなら蓮さん―――のあまりの若さに驚く千冬。
「蓮さんはとっても若くて奇麗なんですよ?」
「あらあらゲボック君、エスコート中の女性の前で別の女の人を褒めちゃ駄目よ」
「……なんでですか? 特にエスコートはしてないですよ?」
「うーん……その辺はまだまだなのねぇ、とっても頭いいのに。ほら、そっちの子なんていじけちゃってるわよ」

 ……そういえば、さっきから束が全く何も言っていない。
 どうしたのかと千冬とゲボックが振り向くと……。

「うわっ、何をしているんだ束!」
「凄いバランスですねえ」
 ふてくされながら逆さピラミッドを爪楊枝でくみ上げている束。
 当然、接着剤など使っていない。
 計算し尽くした驚異的なバランスで安定を保っているのだ。
 単なる暇つぶしとしてはレベルが高すぎる。

「……どうしました? タバちゃん」
「……ふーんだ……」
「今日は束ちゃんご機嫌斜めですねえ」
「知らんのか? ゲボックと山道がマンガの話しているときも束はこんな感じだぞ」
「……山道? 山谷君じゃなかったでしたっけ?」
 山口は、未だに名前を覚えられていないらしい。

「あらあら……まあまあ」
 くすくすと蓮は笑うだけである。

「困りましたねえ……弾君、どうしらたら良いですか?」
「……俺に聞くの!?」
「坊主! 注文はまだかっ!」
「御免なさい、お父さん。ちょっと話し込んじゃったわね」
 あらあらと笑う蓮。若さの秘訣は笑顔だと思うのは一部だけでは有るまい。

「お兄ぃ~っ!!」
 その時、奥の生活空間の方から女の子の声が聞こえて来た。
「あら、弾。蘭が呼んでるわよ?」
「分かった。ちょっと行って来る。おーい蘭ーっ」

 弾はすぐ部屋の奥に引っ込んで行った。
 もしくはゲボックから逃げた、とも言う。

「しっかりしたお子さんですね」
 微笑ましく弾を見送る千冬だったが……。だんだん、表情が変わっていく。
「一つ下の妹が可愛くて仕方がないみたい……」

 それに気付かず、ゲボックがつい———
「あれでいっくんや箒ちゃんと同い年なんですよ」
 迂闊なことを言った。

「あ……ゲボ君!」
 それまで拗ねていた束が急に声を上げた。
 千冬が、ずっと弾の居なくなった通路の奥を見つめ———

「あちゃあ! まずりましたよ!」
「い……い、い、一夏ぁぁぁぁぁああああああアアアァァァァァァッ!!」
 千冬が暴発した。

「あー、だから言ったのにー。ちーちゃん、ずっと海外に居たせいで、いっくん欠乏症で禁断症状出てたんだから」
「名前一回で忘却組成薬を無効化するだなんてどんな精神構造ですかーっ!?」
「まぁ、ちーちゃんだし」
「フユちゃんですしねえ」
「うるせえぞ! マナーのない客は客じゃねえんだぞコラァ!!」



 その後、厳と千冬の人類最強種頂上決戦が起こり、理性がなかったからか動きに精彩を欠いた千冬が、万能ネギを口に押し込まれて理性を取り戻した。五反田食堂は半端ではない。
 ちなみにそのままネギは完食されました。



「ではでは、業火野菜炒めお願いしますね! 小生はお気に入りのアレが是非とも食べたいのです! あ———これは是非是非お勧めですよ」
「ふむ……ゲボックが食べ物に関して薦めるとは珍しいな。私もそれでお願いします。束もそれで良いか?」
「ZZZzzz……良いよ〜」
「コイツは聞いているのか? 寝てるのか?」
「寝ながらでも結構できますよ? 小生は良く研究室で丸一日研究してるせいで、徹夜七日目ぐらいから寝てますし。気付いたら研究の記憶だけが残っててあと憶えてないんですよねえ」
「……素直に寝てろっ! はぁ、人外共め」
「フユちゃんに言われたくないですょ、グリズリーを最後は一本背負いしたくせに!」
「……いや、都合良く手を伸ばして来たんで、つい」
 ぽりぽり、思わず頬をかく千冬。何となく、気まずいときの一夏に似ている。
「体重差考えて下さいょ! 次はシロクマなんですね、そうですね!」

「……良いわねえ、こういうの」
 結局、お玉が飛んで来るまで騒々しく二人は騒いでいたと言う。
 束は店を出るまで熟睡しており、口元に食料を近づけると勝手に食べるという御技を見せた。
 寝ながら栄養補給出来なければ、一日35時間は生きられないとは彼女の談である。



———その影で
「ふふふ、旦那様と奥様が良い雰囲気になっておられるのに、邪魔しようとは無粋なお方ですねえ」
「うわああああっ! なんだ、この———鉄仮面に三つ編み付けた鉄の化け物はああああああッ」
 某国のエージェント達に、ゲボック家の一員がわさわさ群がっているところだった。
 なお、指揮官は非・戦闘型のベッキーである。

「……左様でございますか」

 化け物と言われたベッキーはコンマ数秒思考が硬化した。
 すぐに動き出すのだが、その時既に回路が変わっていた。
 人間で言えば、『カチンと来た』という状況である。
 
「……ほう? 化け物と。あいにくとわたくしは、戦闘型ではありませんが……少々御相手させていただきます」
 言葉を終えるや否や……いや、言い終わる前に素早くも素晴らしい手際で、その両手からゲル状の何かが吹き付けられ、即座に全員が動けなくなる。

「……な、なんだ、これ、う、動けない!?」
「ええ、宇宙ステーションで用いるべく開発された、隔壁代理材でございます。瞬間的に硬化するため、穴の開いた宇宙ステーションで、気圧差による空気の流出にもものともせず外壁を塞げる代物です……繰り返し申し上げさせていただきますが……わたくしは、戦闘型ではありませんので……行動不能になるまで殴打させていただきます———拳で」

 手も足も出ない隔壁補修材の中である。
 抵抗も逃走も受け流しも出来ない状態で、生物兵器としては膂力の乏しい……が、人間よりは充分に腕力のある『無骨な鋼の拳』。

「———さて、存分にお召し上がりください……当然、通信は妨害しておりますので、救援は呼べませんよ?(口が無いのに、にやぁと言える雰囲気を醸し出す)」
「「「ひぃぃぃぃぃぃぃ———!!」」」

———当然、フルボッコであった。
 本日、束を狙ったエージェント達のうち、最もむごたらしい有様になったと言う。
 なお、異形の怪物に襲われて何故話題にならないかと言うと、ギタギタにした後、忘却組成薬を射っているのだ。
 完全に忘れている。
 物陰から観察し、情報を得ようとしても、そもそも諜報能力、感知能力の技術差が数世代差があるのである。
 恐怖は記憶になりはない。しかし、感情に焼き付いたそれは、凄腕である筈の彼らを再起不能にするには十分だった。
 あえて、不完全にフラッシュバックするという周到な嫌がらせ付きだったのだ。

 余談だが、ゲボック家の一員達は、この町内会では普通に受け入れられていた。
 しょっちゅうゲボックが連れ回していたから……そのうち慣れたとか……どんな順応力だここ。
 後に、家事を憶えてきたために、この町内に買い出しに来る一夏は結構生物兵器と交流ができる。
 ゲボックに関していないのは、執念にも似た千冬の努力の賜物といえた。

 しかし、この町内の見た目カオスっぷりは、正夢町に通じるかもしれない。









「それじゃあ、束、ゲボック。また明日な」
 三人の分かれ道。
 千冬の実家への道、神社への道、孤児院への道。
 千冬宅は、ゲボックや束への借金で購入した。
 裏の色々な書類も工面している。
 二人は『プライスレス』などと言っていたが、こういうケジメは大切だとごり押ししている。
 この面では、頭が上がらんな、と千冬は思っている。

 だが、それ以前に体がうずうずしている。
 早く一夏の顔が見たいと、顔に書いてある上に態度が巨大スピーカーで叫んでいるような感じだった。

「久々の学校ですねえ」
 ゲボックはあまり執着のない孤児院の方である。
 中学卒業とともに出る予定であった。
 院の方にしても、完全問題児扱いのゲボックをとっとと追い出したい雰囲気が出ている。
 ゲボックが居なくなれば、ゲボック自身が出している孤児院の収入のほぼ半額、寄付が無くなるというのに、匿名であるから気付いていないに違いない。
 まあ、どうなろうと、知られた事ではない。
 以上の事実も、調べた束以外は知らないのだから。
 ただ、意趣返しとして一報を送るだろう———ゲボックが居なくなったので打ち切ります、と。
 ……も言う一度言うが、寄付しているのはゲボックだが。

「えー、面倒くさいなあ」
 そして、束である。
 束にしても、久々の実家である。
 なにより、彼女もシスコンだ。箒を猫可愛がりしたくて堪らないのだろう。
 両親は……どんな反応をするのだろうか。



「……私は、学歴覧に『小卒』だなんて間違っても書きたくない」
 拳を握る千冬は結構切実に述べていた。

「……灰の三番はどうします?」
「彼女の意見通りにする。まさか追い出すとでも思ったか?」
「いえ、それが一番だと思いますよ? こっちも孤児院ですから」
「……ん」
 じゃあ、うちに引き止めた方が良いな、と決めた千冬だった。

「んーじゃーねーちーちゃん、ゲボ君!」
「ああ」
「でわでわですよ!」
 三人は分かれて行く。






 しばらくゲボックが一人で歩いているときだった。
「———お久しぶり。だいたい、一年ぶりかしら」
 電柱の影から、金髪がのぞいた。

「おぉう! ミューちゃんですね! お久しぶりです! お元気でしたか?」
「まあ、それなりに」
 そこに居たのは、ミューゼルであった。
 束から逃げ切れたのである。
 そして、1年前とはだいぶ印象が変わっている。
 ショートカットがセミロング迄伸びているのが、一番の変化であった。
 どうも、彼女は髪を伸ばすとより豊かに見えるようなウェーブが掛かるらしい。

 そして、彼女がゲボックに会うときはただのミューゼル。
 名前の方は、その都度変わるのだから。

「どうかしらドクター。私と一緒に、世界中に人助けに行かないかしら」
「人助けですか……いいですねえ!」
 あっさり肯定するゲボックだった。



 ゲボックは誰の言う事でも聞く。
 誰の唆しでもほいほい付いて行く。
 この場合、この気性が仇になった。
 千冬にしても、束にしても。
 この時の彼女らはISが中心だった。
 それに関して常に狙われる束や、その縁者ばかりに気が行っていた。

 同等の技術的脅威があるというのに。
 それに目を付けたものが、確実に居るというのに。

 見事に隙を突かれた形となる。

 ゲボックが孤児院に顔を見せる事はなかった。
 そしてそのまま、出奔という形をとる。

 ゲボックはそのままミューゼルとNGO団体『亡国の風』に所属。
 ……といっても、所属はその二人だけだが。
 なんというか、シュミレーションゲームのタイトルのような組織名である。

 ゲボックは約一年間、日本から姿を眩ませ———
 世界中を跳梁跋扈する事となる。



 弱きを科学で助けると言うのを主眼とした組織だが。
 裏を通じて利益を貪る者達に、そのあり方は戦慄が走ったと言っても過言ではない。
 圧倒的力による、安寧した権益を貪る有力者の組織。
 それを容易く打破する脅威として二人は暴れ狂った。

 裏に大国の影響があってもそれは同じであった。

 今までは、ISによる影響でさえ、それでも政治として利用できた。
 
 だが、これは。

 どういう名目であれ。
 搾取を主体とした利益の流れをそれ以上の圧倒的力により毟り取られる事になるからだ。



 国家の暗部。
 社会の暗部。
 権力の暗部。
 平等の陰。
 平和の陰。
 粛正も、殺戮も、その裏にある個人の権益も。
 そう言った、切除できない膿。
 それを狙い撃ちした、ある意味社会混濁を目的とした愉快犯。

 世界の後ろ暗いところで巻き起こる狂乱と混沌。



 Dr.アトミックボム———後にそう称される博士。その伝説の幕開けは、ごくあっさりとした決断で初まった。

 つまりはその日。
 千冬が商店街で感じた将来への至福は、容易く打ち砕かれた日でもある———

 さもあらん。

 ミューゼルの目的は、ゲボックの知名度を、Dr.天災、束(ゴッド・ケアレスミス)と同等レベル迄高める事だったのだから。



 とある紛争地帯———
「死ねえええええぇぇぇッ!」
「あほぉふゅゔぇ!?」

 そこは紛争地帯でよく見るスラム街だった。
 路地裏にひしめく人影はその日一日生き抜くにも必死であり、生きる糧を得るためならば、殺人の忌避感など全くない。
 人の命よりも一杯の水が重い。そんな環境で。

 どうどうと、人気の無い路地裏を歩けば、こういう事になる。
 言わずと知れた被害者はゲボックである。

 そこには、後頭部を殴打され、倒れ伏すゲボック。
 そして、ゲボックを見下ろす幼子達。
「良し、さっさと貰うもん貰ってずらかるぞ———」
「ティムさっすが」
「見ろよ、見るからに金持ってそうだぞ」
 そう、誇らしげに言うのはリーダー格なのか、ゲボックを殴り倒した張本人である。他の子の言通りなら、ティムと言うらしい。 

「髪の色が金色だからってそれはねえと思うけどなぁ」
「服、俺等と大して違いが無いくらい汚いよね……」
 散々な言われ様である。まあ、白衣は洗ってないため、一体何の薬品やら体液やらがこびりついているか得体が知れなくなっているので———まぁ、それも仕方が無い。
 
 

「あら、それは困ったわね」
 気安い、女性の声だった。
 それでなお、ティムは凍り付いた。
 まるでどうでも良さげな声色でありながら、体の芯から震え上がるような殺気が体を縛り付けていたのだ。
 背後に、セミロングを伸ばした女性が細身のナイフを首に押し当てている。
 もしも、むやみに動けば、その瞬間、頸動脈がカッ捌かれ、人生を閉じるだろう。
 動ける訳が無かった。

「駄目じゃない、こういう時は逃げられないようにして搾り取らなきゃ。殺したりしたらアシ付くじゃないの」
「えぇ!? 叱るのそこなんですか!? ミューちゃん」
「だって、何度言っても白衣を清潔にしないんだもの。そろそろ一回死んだ方が良いんじゃないかしらって」
「ひぃっ———何だこいつ」

 ティムを凍り付かせていたのは殺気の塊だが、得体の知れない気配は、あっさり殴られた男から放たれていた。
 頭から血を流しているが、何事も無かったかのように立ち上がっている。
 にやぁ、と口角すらつり上がっていた———嗤っているのだ。

 助けは来ない。
 凍り付いたティム以外は居なくなっていた。
 皆、生存の術は心得ているのだ。
 過酷な環境は、確かに彼等を鍛え上げていたと言える。
 適応出来ねば死ぬだけなのだから。

「しかし、何でこうなっているんでしょうか?」
「うわぁ、なんだその腕!」
 ドリルでガリガリ頭を掻いているので、さらに怯えるティムだった。

「……いや、そう言うのは殴る前に気がついて下さいょ」
「選り好みしてる余裕なんてねえんだよ!」
「ふむ———どうしてですか? お困りならお話伺いますょ?」
 何でも言って下さい、と科学者は嗤う。
 老いたファウストに手を差し伸べたメフィストフェレスのように。

「な、何でだよ……さっき殴られたってのに……」
 ティムは完全に呑まれて動けない。
 とっくにミューゼルのナイフは離されているというのに、逃げる気も起きない。

「正直言うと、やられっぱなしはちょっと癪にさわるんで何か仕返ししようと思うんですけどね? まぁー、その前に何か面白そうなので———はい、小生は科学がしたいだけなんです」

 何か、お困りですか?

 科学者は嗤い続けている。

「あのさ———」
 ティムは、口を開いた。



 それは、押したと言う事だ。
 Dr.核爆弾(アトミックボム)。ゲボック・ギャクサッツの———



———誰にでも押せる爆破ボタンを



 ティムは元々、近くの農村で生まれた。
 その日その日を必死に生きていたが、飢える程ではなかった。
 最低限の糧を育み、余ったものは売り。
 そうやって生きてきた。

 しかしここで、持ち込まれたものがあった。

 焼畑農業と、石油マネー。

 焼畑は、手軽に肥沃な土地を農地へと変え、豊作を変えらに与え。

 石油の産出は、莫大な外資と『外の知識』を彼等にもたらした。



 だがそれは。
 この地で正しく巡っていた循環を破壊してしまったのだ。

 生まれたのは貧富の拡大。
 そして、森を焼いた事によって圧倒的加速を促された砂漠化だった。

 結果、巻き起こったのは紛争。
 外が見えれば、今迄なかった物が欲しくなる。
 そして、貧しくなれば富める者へ鬱屈が募る。

 そして、第一次産業が火の車となればもう———真っ逆さまだ。

 ティムの村は完全に砂漠に飲み込まれた。
 もう、父母と共に耕した田畑も、獣を狩り、糧を得ていた森林もすでに無い。

 あとは餓えて乾いていくだけだ。
 生産出来ぬなら。
 狩りも出来ない。

 石油の利権とて、僅かな上層階級と、略奪と搾取に長けた外の企業に奪われてしまっている。

———あぁ、あとは、奪うしか無い



 適当な名目をつけて起きた紛争とは、つまるところその程度のものに過ぎない。
 その皺寄せはいつだって弱者へ弱者へと寄せられる。

 当然のようにティムをはじめ、自力で稼ぎを得られない子供達は捨てられた。
 誰しも他人に目を向けられないこんな国では物乞いさえ出来ない。

 打ち捨てられた廃棄区画で身を寄せ合い、強奪やスリなどを行うグループが出来はじめ———
 こうした、弱肉強食のスラム街が出来上がる。

 以上をかい摘んでミューゼルに意訳されたゲボックは思案し。

「———つまり、森が蘇って軍隊が無くなれば良いんですか?」
 ざっくばらんに簡潔すぎる結論を出したゲボックは楽しそうに言うのであった。

「それじゃあ、木を植えればいいですね」
「……はぁ?」
「それはどんな?」
 何言ってんだこの馬鹿、餓鬼でもわかるぞ、と言う感じのティムと対象的に楽しそうなミューゼル。
 それはそうだろう。
 ミューゼルは、ゲボックの幼馴染二人に次いで、彼の事を理解しているのだから。

「そりゃあ勿論!! 軍隊より逞しい森を!」
 あ~はいはい、と言った感じのティムをさておき、ミューゼルは、内心ほくそ笑んでいた。

 ちょうど、大きな敵が欲しかったのである。



 翌日。
 砂漠のど真ん中に一夜城ならぬ一夜森が発生していた。

「はぁ……?」
 とぼやいたのは一体誰だろうか。
 何とこの森。
 1時間に1ha広がるのである。
 樹木の成長を視認可能なのだ。
 尋常なものではない。

 さらにこの森、何と全体的に移動迄するのだ。
 速度はだいたい時速5キロ程。

「何だありゃあ?」
 などなど話していても埒が明かないのは確かなので、何人かで入ってみる事にした。

 3時間程探索した後、彼等は大荷物を持って帰ってきた。
 あまりに呆然としていたため、荷物を受け取った男が聞いてみる。

「……肉が、木に生ってた」
「「「はぁ!?」」」
「いや、何言ってるか分からんだろうけど、本当に木にバラ肉が実ってたんだよ」
「冗談言うのも大概にしろよな」
「マジだって!」
「はっはっは、マジだったら今晩俺が奢ってやるよ、その肉をツマミにな」
「食えんのかこれ……」
「……さあ」



 まぢでした。

「今晩お前の奢りな」
「畜生ォ!!」
「……ん? 前には無かった看板があるぞ?」
「んだよ、そのあからさまなのは……」

 にょきっと言った感じで、地面から生えているかの様に看板が生えていた。
 そしてその看板には———
『武器持ち込み禁止』
『火気厳禁』
『喧騒御法度』
『なヲ、上記に反した場合、生命の保証はしかねます』
『収穫用の鉈は許可』
 などなど書かれている。

「なんなんだろうな」
「知るか」

 等と首を傾げながら食料を収穫し、戻った彼等の報告で、翌日は周囲の難民じみた者達が30名程で森に潜った。
 そして、皆。笑みに包まれたまま豊かな食料を持ち帰り……。

 三日目。
 大分成長した森の入り口に看板が増えていた。

『チュートリアル終了。ルーキー仕様から難易度をノーマルへ移行します』
『猛獣注意』

「ルーキー仕様?」
「猛獣注意?」
 口々に疑問を交わす彼等。
 今迄、ジャングルであるにも関わらず、危険な生物がいなかったからである。

「大体、誰だよ、この看板」
 はしょりすぎなセリフだった。
 今更感がひしひしとたゆたっていた。
 地面から直接生えているような感じである。

「……さあ?」
 御尤もである。

 さて、今日も糧を得ようと森の間を進んで行った時。

 それまで居なかった、見憶えの無い生き物が居た。
 一言で述べれないが、言ってみれば、『黒くて大きくて硬くて光ってて臭くて奇妙な声をあげるせーぶつ』だった。

「……え? なにあれ」

 思わず回れ右して逃げ出す彼等。
 しかし、それは最大の誤策だった。
 『黒くて大きくて硬くて光ってて臭くて奇妙な声をあげるせーぶつ』に限らず、肉食の動物と言うものは、背を向けて逃げる者を獲物とみなし、嬉々として追って来る習性があるからである。
 死んだ振りをすれば見逃してくれるという逸話が有名だが、真っ赤な大嘘。これ幸いと―――食われるだけだ。

「お、追って来たぁぁぁあッ! な、何だ、あの———『黒くて大きくて硬くて光ってて臭くて奇妙な声をあげるせーぶつ』はぁぁぁぁぁあっ!!」

 すると、博識だったとある一人がはっ、と何かを思い出したようで。
「俺知ってるぞ、なんか北の方の山に住んでる猛獣だ、確か名を―――」
「そんなのどうでも良いわぁ! なんでそんな生き物がジャングルにいるんだあああああああァッ!!!」
「俺が知るかあああああァッ!」

 はむ。

「うぉあァッ!? あたかもひょいと摘むかのように食われた!?」
「逃げろおおォッ!」
「早ええええよ! 『黒くて大きくて硬くて光ってて臭くて奇妙な声をあげるせーぶつ』早すぎるよ!」
 なお、『黒くて大きくて硬くて光ってて臭くて奇妙な声をあげるせーぶつ』は時速56~64Kmで走る事が可能である。
 これは百メートルを6秒台から7秒台で走る速度なのだ。逃げ切れたらギネスに載れる。しかも、以後打破不能の。
「強っ『黒くて大きくて硬くて光ってて臭くて奇妙な声をあげるせーぶつ』強っ!」
「動でもいいけど俺ら良くこの状況で『黒くて大きくて硬くて光ってて臭くて奇妙な声をあげるせーぶつ』って連呼できるよなー」
「はァ? 『黒くて大きくて硬くて光ってて臭くて奇妙な声を―――ばみっ!?―――」
「……言ってるそばから舌噛んだ!」
「つーか死んだぁ!?」
「食べてる!? 舌噛んで倒れた奴が『黒くて大きくて硬くて光ってて臭くて奇妙な声をあげるせーぶつ』に喰われてるッ!?」

 猛獣注意の意味は理解された。
 情け容赦の無い弱肉強食が襲い来るのである。
 しかも、彼らの逃げる先にはなんと―――

「な、何だこれは……」
「『黒くて大きくて硬くて光ってて臭くて奇妙な声をあげるせーぶつ』の、白いのだああああっ!!」

 もっとデカイ脅威がいた。

「もっとありえねえええええええええ!!」
「そもそもこの森の存在自体がそうでしょうに」
「無駄に冷静な貴様が憎い!」



「見たまんまだなおい!」
「つーかさっきのよりデカぁッ!」
「極地の海に居る筈なのになんでだああああああっ」
「あー、だから白いのか」
「ああ、『黒くて大きくて硬くて光ってて臭くて奇妙な声をあげるせーぶつ』は、北に行くにつれ灰色、白へと漂白されていくんだ」
「生き延びるには本当の本気で意味の無い知識だなおい!」
「トリ●ア~」
「この状況じゃ真剣中の真剣に満足もクソもねェッ! つぅか古ぇ!」



 ぎゃあぎゃあ喚きながらも彼らは森から脱出した。
 途中、森の成長を見逃していて闘争距離が伸びたり、本来ならありえない『黒くて大きくて硬くて光ってて臭くて奇妙な声をあげるせーぶつ』同士の思わぬ連携などで被害を出しつつも、逃げ切れたのである。



「……くそ、何で今日からこんな風に……」
 ぼやきも仕方が無いといえた。
 彼は、今まで半信半疑だったのだが、昨日までの『収穫』を見て今日から参加したのだから。

「チュートリアルって何だよ……ゲームかよ……?」
「……くそ、なんか自衛道具を……」
「武器は駄目なはずだぞ……鉈以外は」
「鉈でどうやって『黒くて大きくて硬くて光ってて臭くて奇妙な声をあげるせーぶつ』倒すんだよ!」

 世界には、『黒くて大きくて硬くて光ってて臭くて奇妙な声をあげるせーぶつ』の灰色のを木刀一本であしらい、一本背負いでシメる少女もいる事を、彼らは知らない。

「くそ、明日から銃持ってくしかねえんじゃねえか?」
「いや……武器の持ち込みは禁止だって書かれてたしな」
「おいおい……本気で守る気か? あの看板」
「……『黒くて大きくて硬くて光ってて臭くて奇妙な声をあげるせーぶつ』を見たあとでそれを言うのか?」
「鉈で勝てるかよ……くそ、どうすりゃ……」
 途方に暮れる彼らのもとに、近付く一団があった。
(くそ、やっぱり来やがったか……)

「おい、食料を大量に確保できる緑地帯が拡大していると言うのはここか?」
 威圧的な気配で声をかけて来たのは、軍人だった。
 食料を確保できるという事は、軍部にとっても重要な事項だったのである。

 彼らは互いの顔を見合わせた。
 お互いの眼が同じ意見を発していた。相談無用である。
「「はい、あの森です」」
 むっちゃ笑顔だった。






「武器を持ち込んでは行けません」
 斥候の前に現れたのは緑色の女だった。
 髪も肌も緑色のその女は、樹皮色の装甲を胸や局所に覆っただけであり、女性は肌を隠すものと教えられていた彼らは顔をしかめた。

「立ち入りは自由です。でも、武器は駄目です」

 彼女は訴え続ける。
 しかし、誰も聞かない。
 彼女を置いて奥へ進んで行く。
 あられもない恰好でありながら、襲われなかっただけマシなのかもしれない。

「分かりました。ペナルティーを実行します」

 その言葉を聞いた者は居ない。
 既に魔窟へと進んだ後だった。



 そこには。
 『例の花』が待っていた。

 ぱく。
「ぎゃあああああああああぅッ!!」

「なんだ! なんなんだこれはああああああああ!」
「ぎゃあああああっ! 足がっ! 足がァッ!」
「口臭ッァ! なんかコイツだけ違う!?」



「武器、持って来ては行けないと言ったのに」
 抑揚無い声。
 苦境に喘ぐ彼らを。
 緑色の少女が彼らを見下ろしていた。

「お前か! お前の仕業かっ!」
 部隊の一人がとっさに銃撃し、少女の頭部は果実のように破裂する。

「……武器はいけないのに……」
 その比喩はまこと正しいものであった。
 鼻から上を失っても、少女は何ら変わりなく言葉を紡ぐ。
 少女の破裂した頭部からは黄色の果汁が迸り、甘い香りが広がった。
 人間である筈がない。

「ひぃっ……」
「武器を持って来ちゃいけないって言ったのに……」
 ジリジリと這いよる『緑色の少女』。
 花がさわさわと彼らに迫って来る。 
「う……うぁ……うわああああああああああああっ!!!!」



「怖ぇえよ! ぶち殺されたいのかてめえ! むぐむぐ……甘……」
「暴力はいけませんよ? そりゃ、この子の自慢の果実ですからね。うむうむ……酸味が素晴らしいです」
「……どちらにしてものんきなものね。じゃあ、私はこれね」
 森の奥。植物の光学器官が転送した映像を見つつ、三人は果実で舌鼓を打っていた。

 そのゲボックの後ろ。積み重なった腐葉土の隙間から緑色の少女が文字通り『生えて』来た。
「お父様。武装した人。肥料になりました」
「おぉう! 頑張りましたね『翠の一番』! このまま順調に砂漠を緑化して下さいね!」
「子孫増やすのは本望」
 確かに、命令というよりは本能のまま動いたと言った方が近い。

「でもどうするんだよアニキ、斥候が全滅したとなったら、あっちも本気で重い腰あげるんじゃねえか?」
 いつの間にか、ゲボックはティムにアニキと呼ばれるようになっていた。

「そうねえ。ベトナムで使われた枯れ葉剤とか撒かれたらどうするの?」
「ふふふ……小生がそんな事を見逃していると思いましたか!?」
「ええ」
「抜けてるしな、アニキ」
「手厳しい!」
 ずぅーんと落ち込むゲボック。四つん這いになっているが、口がモゴモゴは止まらない。
 相当美味しいらしい。

「しかぁし! この『戦闘封印樹海・生物兵器、翠の一番』は生命力こそを重視して作り上げた傑作品! 軍隊なんかにゃそうそうやられませんよ!」
 すぐさま起き上がり、ゲボックは興奮してドリルを振り回す。
「お父様」
「ふふふ、森の中に於ける『生身で行える攻撃以外、及び一切の白兵戦以上の武器を禁ずる』ためにはどんどん進化するこの子はそうそう負けないのです!」
「お父様」
「ん? どうしました? 翠の一番」
 くいくいと蔓がゲボックの袖を引くので振り返ると、『例の花』があった。
「……? どうしました?」
「ドリル。武装」
「ほえ? ドリルは掘削工具ですよ? 武器としても白兵戦しか出来ませんよ?」
 ふるふると少女———『翠の一番』のコミュニケーション用インターフェースたる少女は首を振った。
「ドリル。緑色のビーム出る」
「なっ!? なんで、小生の秘密兵器を知っているのですかーっ!?」

「アニキ……出るんだ、ビーム」
「ね、何が出るか分からないおもちゃ箱みたいでいいでしょ?」
「……笑えねえよ」

「武器。駄目。武器。駄目」
「ちょ、ちょちょちょ、ちょっと待って下さーい!!」

 わさわさと緑色に覆いかぶされていくゲボックを見送りながら、ミューゼルは思考を巡らせた。
 さて、どう来る?



 始めに来たのは、焼却部隊だった。
 凄まじい勢いで拡大する森は、既にいくつかの町を飲み込んでいた。
 スラム街なら兎も角、有数の———石油資源採掘場まで飲み込まれているのだから、奪還すべし、と命が下ったのだ。
 そして、火炎放射器の斉射を浴び、延焼が始まった……。
 が、1時間程であっさり消え去る。
 植物の中には大量に水分を含むものもあり、それによりあっさり消火されたのだ。

 さらに。
 森の入り口付近で真っ先に焼かれた木々は……。

「ミューちゃんにティム君、ユーカリをご存知ですか?」
「知らねえよ」
「ユーカリってあれよね。コアラが食べる」
「そうです。強烈な成分のため、コアラ以外はそれを消化できないため『毒素』扱いされている成分です。実はこれ、表皮にとても多く含まれた、たいへん燃えやすい油でして、一気に燃えあがるんですよ」
「……え? 意味ないんじゃね?」
 ティムの感想をゲボックは、ドリルをもがれた左腕を振り。

「いえ、燃えやすすぎるのです。そのため、真っ先に表面が炭化して真皮が熱にやられないのですね。そして、その状態から再生を始めるので、炎が燃え尽きたその跡地において、他の如何なる植物よりも圧倒的に優先的に植生を広げられるのですよ」
「ああ、オーストラリアは落雷による自然火災が多いものね」
「ええ、つまり。翠の一番、その拡大は、焼いたぐらいでは止まりません」

 ゲボックの言う通りだった。
 延焼が止まった地点からと、同時に、森の先端部だった焼け野原からもいきなり芽吹き、まったく食い止められる事無く緑の拡大は続いたのだ。



 その翌日、さらに威力を増した伐採部隊が接近して来た。
「おぉーう。この財政難に戦車と来ましたか。よほど死の商人さんが頑張ってるんですねえ」
「あー、多分それうちの組織ねぇ……儲け出るのかしら」
「はぁ」
「どうでも良いのね」
「ドリルが無いのですーすーしますね」
「そっちが気になるの? なんか量子転換で色々変えられなかったかしら?」
「一番兵器からかけ離れてたのがドリルだったので、何に代えても翠の一番に取られちゃうんですよ」
「……それも難儀ねえ」
「それより、ビームの出るドリルが一番弱いってところに突っ込めって」
 と言うのはティム。

「まあ、これだけの戦力を昨日出さなかったのが今日の敗因ですね」
「どういう事?」
「育ち終わったんですよねぇ」
「フユちゃんの木刀にもなってる子なんですけどね? これが本来の形態です」

 アレトゥーサですょ。
 
 ゲボックはボソリ、と呟いた。



 ずしん。
 まるで、怪獣映画のような冗談を伴い、それらは現れた。

 巨大な木人。実に5メートル程。
 今まで森に飲み込まれた人間、そのうち五体満足だったものを苗床に、樹木が覆いかぶさるようにして生まれた樹木による動死体。
 その表面は千冬の木刀同様、フラーレンの強靭な炭素結合によって保護され、戦車を容易くひっくり返す。
 また、あるものは千冬が使ったのと同様、ウォーターカッターを射出し、刃を振るっているかのように斬り裂いて行く。

 何故か『黒くて大きくて硬くて光ってて臭くて奇妙な声をあげるせーぶつ』や『例の花』も追随してくる。
 圧倒的戦力差に撃破され、散り散りに散って行く軍隊を見送りつつ、よっこいしょ、とゲボックは立ち上がった。

「さーて、そろそろ潮時でしょう。駐屯所まで後少しまで来ました。向こうもなりふり構わなくなっている筈です。『武器使用禁止』の空間に、自分達の陣営が飲み込まれるなど、冗談ではないですからねぇ」
「……もう終わりなの?」
「ええ、表向きは。ここもすぐに焼かれちゃいますよ。『翠の一番』、保護すべき対象はわかってますね?」

 こくり。頷き地面に潜って行く緑色の少女を見送ってゲボックは傍にあるものごっつく太い竹をコンコン、と右手のペンチで小突く。どうも、ペンチは武器扱いからは免れたようだ。
「それじゃあ、行きましょう! 二人とも!」
「「どこに?」」
「ノリ悪いですょ……」
 極常識的な返しを受け、祖国にいる束の重要性を痛感するゲボックだった。



 翌日、空爆により、広大な範囲に広がった森はその4割を消失させる。
 だが、そこにゲボック達の痕跡は無かった。



——— 一週間後
 某軍の駐屯所において、二人の兵士が愚痴っていた。
「何だったんだろうな、あの森は……」
「知らねえよ。そのせいで俺達は大打撃受けてんだからよぉ」
「良く生き残れたよなあ、あの化け物に追われて」
「全くだ。しかし最近はおかしすぎるじゃねえかよ、狼男に変身するロボットにISだぁ? 常識ってのはどうなっちまったんだ———」
「どうした?」
「……何か今、揺れなかったか?」
「いや? 別に?」
「いや、確かに、ほら、今も揺れてやがる!」
「おいおい、木の巨人の足音でも感じたか?」
「そんなんじゃねえ、これは、下———」



「Yes! Marverous!!」

 ズゴバァッ! と。

 二人の目の前にゲボックが噴出した。
「「……は?」」

 正確には、『下から生えて来た大樹に押し出されて来た』形である。
「な……な……な……」

 地響きが終わらない。
 次から次へと施設を食い破るかのように大樹が噴出する。
 アスファルトを砕き、建造物を掬い上げ、戦車を横転させ、武器庫を幹で埋め尽くす。

 ゲボックが指し示したのは竹だった。
 竹は、非常に広大な面積に身を広げ、竹林一面全てが一本の竹である事も少なくない。

 その秘密は、地下茎と呼ばれる構造である。
 竹は、普通に見えるだけが竹ではない。
 地下一面をおびただしく張り巡らせた、『地下茎』から、枝を伸ばすようにして地上に一本、また一本と竹を生やして行く。
 故に。地上の竹を切ったとしても。竹を伐採した事にはなりえない。
 地上にある部分が切られていたとしても、よそで伸ばした他の竹が光合成で養分を作り、虎視眈々と地下茎を伸ばし、一斉に伸び上がる時を待つことができるのである。

 竹林の傍にある民家の庭が、いつの間にか竹に庭の地下を侵食されていたというのは良く聞く話なのである。



 緑が広がった地域。
 その配置を見て、意図を察してしまった。
「今の襲撃で、武器庫を全部潰された……!」
「そんな! それじゃ取り出せない!?」
「表に配置してあったのは衝撃で全部潰されてる、やられた! このクソッたれが!」

「対象施設をピンポイント攻撃。どこぞの国の十八番でしたね」
 声が頭上からした。
 見上げれば、お世辞にも奇麗とは言えない白衣を身に纏った金髪の少年が、大樹の枝に引っかかってぶら下がっている。

「誰だ貴様……」
 ぶら下がってるのはゲボック。見上げる軍人は二名。何とも間抜けな絵面だった。
「うーん……降りれたら言いますよ」
 じたばたじたばたしているが、引っかかっている枝から外れそうな気配がない。
「困りましたねぇ。降ろしてくれると嬉しぃんですがぁ———あー、ちょっとぉ、待って下さい面倒だからもう良いや侵入者でもって顔して離れて行くの止めて下さいょ、ねえねえ軍人の人」

 うわあ、うっぜぇ。
 軍人二人は期せずして思考がハモッていた。

「うんしょうんしょ、よぉし! 仕方がないです、白衣を脱ぎましょう。そ——————ぶげぇッ!」
 どうも、枝が白衣に引っかかっていたらしい。
 確かにそれなら脱げば脱出できるが———当然、落ちる。

「どもども! ゲボック・ギャクサッツですよ」
「あー、はいはい、ゲボだかぎっくり腰だか知らねえけど、あれだけ落ちておいてこれだけ元気ならもう結構。侵入者ね。蜂の巣になりたくなかったら両手を上げてそこで膝をつきなさい。分かった? 分かんないなら射つぞ? それでなくても周り面倒なんだし」

「ああ———」
 ゲボックは自分に向けられた銃に全く物怖じせず。
「もう、武器は使用禁止ですから」
「コラ待てガキ……オイ」
 助けてくれなくて酷かったですよー。と去って行くゲボックを追う事が出来なかった。
 自分達の周りに牙を剥き出しにし、果汁をまき散らす花が取り囲んでいたのだから。
「クッソがああああああああ!!」
「ああああああああああッ!」



 周囲から阿鼻叫喚の悲鳴や怒号、爆発音が聞こえてくる。
 ゲボックは思い切り背筋を伸ばした。
「ふーむ、良い事をした後は、大変気分がよろしいですねえ」
 そんな中、爽快そうに彼は呟くのだった。



 この後、拡大の止まらない戦闘封印樹海は中東地域を瞬く間に緑没。
 続いて、地下茎を張り巡らせ続けるや気温もものともせずロシア西部やアフリカ全域にも出現。
 紛争地域を悉く緑で埋め尽くした。
 不思議な事に、都市部や治安的安定地域には欠片も出現せず、逆にスラム街や餓死する幼子が多数居るような地域には軽難易度の森が出現した。
 月に一回ぐらい『黒くて大きくて硬くて光ってて臭くて奇妙な声をあげるせーぶつ』が出て来るぐらいである。

 なお、最も生育に適したのは砂漠地帯であるようで、現在サハラを侵攻中との事である。



 なんと、そんな中、先の駐屯所で生き延びた(武器を速攻で食われたため攻撃対象にならなかった)某軍人の証言により、ゲボック・ギャクサッツなる人物が原因として存在する事が判明。各国の諜報機関がしのぎを削る中、帰化日本人であると判明し、日本の外交官が束のコメントを聞いてしまった事から、事態は動き出す。

 束。
 ISを生み出した、神の手違いなる災害(ゴッド・ケアレスミス)
 彼女の耳に届く範囲で思わず、機密であったゲボックの名を出した途端。それまでは一切無視して実行していた作業をやめ。

 おぉー、おぉー。としきりに唸ったあと。

 反応したのだ。

 自分と同等。発想が違うため、自分とは全く違うアプローチを繰り返す逸材、と。



 束とゲボック・ギャクサッツが幼馴染みである事は調査で既に周囲の事実である。
 元々、一切隠されていなかったのだが。

 しかし、ある意味バイオテロであるこの事態。
 砂漠の緑地化だと言われればそうだが、極端すぎる。
 高性能な兵器を持ち込んだところこそが大打撃を受けるのだから、軍需景気で盛り上がっていた国にすれば、いきなり冷や水をぶっかけられたようなものだろう。
 口では平和だ人道だISこそ至高といっても、事武器に関すれば、中東はこの上ないお得意様だったからだ。

 ISは軍事兵器として使ってはならないと、国際的に決定されてしまっているならば、尚更である。

 各国の高官達には、森の伐採は国際環境維持活動だから大丈夫である。故に、このバイオハザードをISでどうにかしなければ———いや、ISでなければどうしようも無いのではないのだろうか———と言う意見が、ある一点で食い止められていた。

 もし、この際に古き馴染みである束が、ゲボックと迎合すれば。
 もはや、誰にも手が付けられなくなる、と。

 そして、ゲボックが起こしている事件はこの緑地拡大化だけではないのだ。
 矛盾した依頼であろうが、頼まれれば実行に移す狂った判断力。

 敵対する二つの勢力にそれぞれに決戦級の武装を提供し、泥沼の戦いを激化させる事もあれば、小さな子供の願い通りに、食べられる超高層ビル(蟻がびっしりの地獄と化した)を建造したりと、兎に角節操がないのだ。

 誰が何を願おうとも、それを聞き入れ実体化させる願望機。
 もし、おおっぴらに彼を知らしめれば、すぐさま『誰の願いでも聞く』は広まるだろう。

 何でも願いを叶える願望機に対し、願うものが増えたのならどれだけの被害が拡大するのか。
 まさに、スイッチさえ押してしまえば、誰でも辺りに差別無く被害を与える爆弾に等しい。

———否

 爆弾どころではない。
 核兵器と同列の危険物。

 こうして、今まで繰り返して来た彼の呼称が決定した。



 『Dr.アトミックボム』



 世界にとっての厄介者との認定である。
 世界中をミューゼル、そして何故かそのままくっついて来たティムと共に跳梁跋扈するゲボックに対し、各国は湯水のように刺客を差し向けた。

 初めは、人質なり何なりで囲い込もうとしたのだが———
 ゲボックは孤児である。どれだけ調べても神社における爆発事故以前の足跡が無いのである。
 そして彼にとって身内とも言えるのは束と織斑千冬だけなのである。

 束一人御せない現状では何の解決にもならない。
 それどころか、もう一人の幼馴染である織斑千冬に下手に関われば、芋蔓式に壊滅させられるだろう。
 調査能力は———言うまでもない、束がいる。
 白騎士事件。利を得たのは? そう考えればゴシップ記者でも犯人に推測を立てられる。
 何より———『証拠も何も、手掛かりさえ無いのが証拠』であると言える。
 だがこれは———
 彼女に何をされても立証出来ないと言う敗北宣言でもある。
 迂闊に束を悪役として立てれば、それこそ世界は終わる。
 間違いなく、ゲボックが参戦するが故に。



———そして、それ以外において彼は、誰の頼みも聞き、優れた人間に教えを請い、瞬く間に吸収して次へ向かい、人の願望を叶えるを繰り返し、凄まじい数の知人を構築している。

 掌握しきれないのだ。

 だが、そんなあらゆる国家の威信は、何とかして一矢報いる事に成功する。

 ゲボック本人には何の痛痒にもならない。
 されど、千冬とミューゼルの狙い、その真逆の意図を持ってゲボックと接する少女達にとって……だが。



 それはこの1年間のゲボックの活動と各国の攻防は、千冬の目的としてもミューゼルの目的としても半端な結果に終わっと言う事だ。
 ミューゼルが指揮した場合それは概ね国家の暗部を狙い撃ちにした形である。
 つまり、それに対する被害を公開する事は自分の恥部を晒すも同じ。

 つまりそれらしい理由をでっち上げ、間接的にするしかゲボックへの抗議が出来ないのだ。

 また、ゲボックの特性から一般市民への情報提供は禁止された。
 どんな立場の願いも聞き入れるため、それを危ぶんだ上層部に、詳細を封滅されたのだ。
 だが、一切の躊躇いもなく技術を供し続けたため、少しでも裏に通じる者ならば知らなければモグリだ、とまで呼ばれるようになる。

 つまり———
 千冬の望んでいたゲボックの安寧は潰え。
 ミューゼルの望んでいたゲボックの社会への影響は、絶大であっても『裏限定』にとどまるという甚だ不満の残る形となったのである。



 その結果、表の天災、(ゴッド・ケアレスミス)、裏の核爆弾、ゲボック(アトミックボム)と呼ばれるようになる。

 そして。
 一見行き当たりばったり、言動無駄まみれに見えるゲボックだが、いつに間にそこまでやってたんだお前と言いたく成る程に、気付けばとんでもないものが出来上がっている。

 技術的に優れた者は、こっそりダイナミックな事をやり遂げるのは通例なのだろうか。









———変遷はその発覚から

「———ふぅ」
 ISとは国家防衛の要である。
 必然、現在IS操縦者として最も熟練している千冬は、防衛に関する諜報の類いもまた、耳に届きやすい。
 まぁ、聞きたくなかろうが束にかかれば聞きたく無いものまで集まってくるというかなんというか。

「中国がゲボックに核投入だと……自国内でだなんて正気かッ!?」
「にゃっははー、何て言うか大規模で大雑把すぎるといっそ笑うしかないよね~。どうやって思考が成されてるのかわかんない程杜撰で」
 腹を抱えて束が大笑いしている。核爆弾に核爆弾とは何たるギャグかと。

 上の意思に民は従うしかない。
 そんな国家でこそゲボックは疎ましい。
 力無き者の諦観をあっさり打ち破り、自由と反発の気風を起こしかねないからだ。
 故に、犠牲になる自国民の数とゲボックの脅威を天秤に掛け、ゲボックの殲滅に踏み出したのである。
 情報統制が取れる国故の自国焦土作戦であった。

「んで———あっさりザレフェドーラに迎撃されて国土が大規模に消失。んン、ギャグだねぇ、Dr.アトミックボムにアトミックボムファイヤーだなんて、名付けの理由を誇張かなんかだと思ったのかにゃ? きゃはは、うふふ。そんなにゲボ君が怖いだなんておっかしぃねぇ。これで少なくとも日本との領土問題は一つ解決。ゲボ君は日本人の鑑だよ」

「そういう問題か!」
「ここは怒るところじゃないよちーちゃん。飛んで来たのは核だよ核、どうせ迎撃しなくてもこれ以上人が死んだんだし、土が抉れただけじゃない。むしろ人死にが減ったって事はゲボ君に助けられた人が出たって事なんだから褒めてあげないと。ちーちゃんはいっつもゲボ君怒ってばっかりなんだし偶には褒めないと———こんな風に放蕩しちゃうんだよ……ふぅ、やっぱつまんないよねぇ」

(やはり言動に棘が多いな……やれやれ、居なきゃ居ないで束にストレスをかけるとはな……せっかく心労が半分になったかと思えばこれか……束の言う通り偶には褒めないといけないのか? だが私は……うぅ、褒めるのが苦手だ、一夏もあまり褒めて居ないな……放蕩しないだろうなぁ、一夏……)

 一夏の教育にあたり購入した教育本ではすべからく褒める事とやる気の関係について書いてある。

 しかしゲボック、やる気にだけは満ち溢れているのだ。大変困った事に。
 しかし、同じように一夏がふらついていかないか、千冬にはそれが心配である。
 と考え、灰の三番が褒め役である事に気づく。

 激しく落ち込んだ。
———それでは私は父親役そのままではないか
 ……あまり好かれない。

「「——————はぁ」」
 異口同音に溜息が漏れた。
 まぁ、思考は全く別方向を向いているが。



『呼びました?』
 空間投影モニターが浮かんでいた。轟音が度々響き、ガタガタぶれまくるゲボックが映っていた。

「ゲボック……お前はなにか超能力でも得たのか?」
『いえ、検閲機が小生の名を感知したので興味を向けたらフユちゃんでした?』
「……お前また変なものを……」
 ……検閲? と疲れた鈍った脳で疑問を浮かべる千冬の脇から束が割り込んで来る。

「あー、ゲボ君……流れ星落として良いかなぁ? 雨霰と」
『タバちゃんがいきなり殺意満点ですか!? 小生何かしました!?』
「どーのーくーちーがー言ーうーのー?」
 投影モニターを掴んでぶんぶん振り回している束。
 こういう対人独占欲強いところはやっぱり箒の姉なんだなあ、と妙に納得した千冬である。

『本気ですね! その眼は間違いなく本音でいってま———ガみぶッ!』
 次の瞬間、モニターが大幅に揺れた。向こうで何があったかは知らないが、盛大に舌を噛んだようだ。
「本当、何してるんだゲボック?」
『(おい、兄貴! この非常事態にどことダベってんだよ!)』
 爆音まじりに聞こえた言語は聞き取れなかった。
 声色からして幼い事は分かるのだが……。
 ……というか、今どこの国に居るんだこいつ?

『ティム君、今は取り込み中なのです! 交渉スキルを成功させないと星が降ってきますよ!』
『(兄貴が交渉ォ!? 絶望しかねえじゃねえかよボケ!!)』
『何を言います! これでも小生は必死にですね———』

 やはり分からない。聞き取れないのではない、翻訳出来ないのだ。
 どこか、異国の人物……中東あたりだとは推測が付くが……と言い合っているゲボックを見て、束の眼が据わった。
「天明らかにして星来たれ———」
「懐かしいけどその手のネタは止めろ……な」
「来来……えー? いいじゃない……はいはい、しょうがないなあ———星の素子、依りて依りて彼の(もと)来たれ星の雨よ(りゅうせぇーい…………ぐぅーん)
 ぺかーと妙な輪っかを持って呪文を唱え始めた束を止めるのだが、束は詠唱を変えただけで構わずふわっと手を差し出した。

 雰囲気に反して裏では凄まじいテクノロジーが蔓延しているのだろう。
 どれだけ技術の無駄遣いだそれは。



『異魔●こえましたァー!?』
『ちょっとドクター、何に怯えているのか分からないけど、変な所掴まないで、コラ待ちなさい……あら??』
「……シャウト!?」
 ついに悲鳴を上げたゲボックにクレームが来たと思った頃、ようやく何故揺れているのか分かった。
 バイクに乗っているのである。
 しかし、運動神経がかなり残念なゲボックがバイクなんてバランスの必要なものを乗りこなせるとは思えない。当然、誰かドライバーに捕まっているのだが、なんとまぁ、それは千冬の知己であった。

『あら、Ms' 織村じゃない』
 期せずして、生存確認兼再会だった。
 驚愕で硬直している千冬に対し、シャウトはあらまあ、と気安い感じである。操縦がそつないのが素晴らしい。
 そして、千冬の中で疑問が一つ解消されたわけだ。
(成る程、あの衝撃銃はゲボックのお手製か……)
 まあ、恐らく……と言う形で推測が付いていたが。

「……お前、ゲボックなんかと何をしているんだ?」
『……つれないわねえ、まずはお互いの無事を喜ぶべきでしょうに。彼とはちょっと世直し中かな?』
「……お前まさか、獣人に頭でも噛まれたのか?」
『それはいくらなんでも失礼ではないかしら。まあ、今はバイク三人乗りで諜報機関とカーチェイス中』
『バイクなので正確には……なんていうんでしょうねぇ』
『分からないならコメント挟まないで欲し……コラ、しがみつかない! 止めっ……』
『手を離したら落ちますよ! 小生落ちるじゃないですかぁ』
「…………どういう経緯でそうなったのか、激しく聞きただしたいのだがな……」
『(おい、兄貴! なんか空が変だぞ!)』
『おぉぉぉう!? これぞまさしく壊滅的規模災害(カラミティ・アンプラグド)じゃないですかああああああッッ!』
『頑張ってね、男の子』
『小生!? 小生が何とかしなきゃ駄目なんですかッ!?』
『ええ、盾として』
『(頑張れよ、兄貴)』
『ティム君はっ!? ちょっとチョット、待ってくだ———』

 ブチッと画像が途切れた。

「———えと、束?」
 今頃、ゲボックのもとにはパ●プンテが如き恐怖の流星群が殺到しているのだろう。

 ……おかしい。

 それより、束の様子が普段と違う。
「チッ———生きてる」
 待て束。
 いつお前はそんなにやさぐれた。
 そんなヒステリックなお前は初めて———

 いや、あったような気がする。
 <人/機>わーいマシン事件の説明を受けに行った時。

 千冬が見たのは———
 割れたキーボード。
 ばら撒かれたゴミ箱の中身。
 ぶちまけられたデスクの上。
 真っ赤に腫れ上がった束の手。

 あの時のあの部屋は、こんな雰囲気の後の様ではなかったか。

 まさか。
「ゲボックとシャウトはそれなりに長いのか?」

 直球放って見た。
 こういう所、すごく男らしい。
 なお、ゲボックは天然で、束は委細気にせずと、理由は違うが結構似た者らである。

 反応は、油の切れたブリキのおもちゃの様な反応を返す束だった。
 いつもは関節あるのかと思えんばかりにぐぅねぐね動いている彼女が。
 ギ……グギギギィ……とゆっくり千冬を見る。

「金髪は、駄目だね。うん、駄目駄目だね、あぁ———」
「束?」
 いよいよおかしい。

「あ……あ、あぁ———」
「束、本当に大丈夫か!?」
 千冬が束の肩を掴んで揺さぶって見ると、されるがままに首をぐねんぐねんさせてい———くわっ! ———
「うわっ!」
 びっくりした。いつもだらしなく緩んで隈の消えない束の目が見開いたのだ。



「あ……あんのっっっっ、金髪はあああ——————アアアッ!」
 叫んだ。もう絶叫だった。

「しりか? あのでかい尻なのかな!? アレが良いのかな!? ホイホイ付いていっちゃってまぁ!!」
 何かもう止まらない感じだった。

「ええい、ザレフェドーラ一斉砲火用意! あんなの大陸ごとマグマだまりにしてや痛ぁっ!」
「やめんかコラッ!」
 思わず対ゲボック級の力で張り倒してしまった。
 だが———もしやらねば、間違いなく本気で撃っていた。
 正直、今の束は極めて危うい。

 倒れかけた束は限りなく地面と水平の状態からぐにょんと態勢を立て直した。
 そのままずずずずぃっ! と千冬に顔を寄せて来る。
 なんだ、その、生理的に怖い。

「うぅ、酷いよう、束さんの脳が陥没するかと思ったよぅ。ね、ね、ちーちゃんも黒髪だよね! 黒髪最高だよね、ビバ! 黒髪! 私の知り合いに金髪の『女』は居ないんだよ! 黒髪最高———ま、黒髪でも箒ちゃんとちーちゃんといっくん以外はどうでも良いんだけど……」

 まさか……。
 千冬の中に懸念が生まれた。
 いや、しかしあの束が……まさか……。

 そうなのだとしたら。
「束……お前———」
「なぁに? ちーちゃん」
「ゲボックの事———好きなのか?」
 一体、どんなキメラが産まれ……うん、私も大概酷いな。
 意を決して問うて見たのだが、言われた束は豆鉄砲を撃たれた鳩みたいにぽけっ、として。



「いや、うん、大好きだけど恋愛感情はないよ」
 本当に、なんでもない事のように言った。

 ……あれ?
 違うのか?
 返答はあっさりしていた。

 ならばどうなのだろうか?
 ちょっと考えて見る千冬。



 ……うぅむ。
 思いついたのは、我ながら酷い考えであった。

 つまりはあれか。飼い犬がよそで尻尾を振っていると憤りを感じる飼い主とかそんな感じか。
 本当に酷い思考だな、と千冬は少し自己嫌悪に陥った。

 まぁ、兎に角。
 キョトンと束が落ち着いたので良しとしよう。

「ところで束、ゲボックが何やら気になる単語を言ってたのだが……」
「ほぅえ? 何の事?」
「検閲機……だったか?」



「あーもー、文字通り! その通り! 例え何処にいようとも、指定されたワードが放たれたなら即座に場所と人物を特定するシステムだね。今回は多分、『ゲボック』っていう名前そのものに反応する感じかなー。ふんふん、最近刺客を差し向けられてばっかだから計画段階で察しようとしたんだねぇ、ぐふふ……越後屋お主も悪よのぅ、いえいえ、お代官様程では……を天井から見なくて済む画期的発明だね! 独裁政権からは喉から手が出る程欲しいだろうねぇ」
「何だそれは」
 言論の封圧のためにあるとしか言えないではないか。

「検索対象にしていたのは恐らくゲボ君自身を示す単語。そうやって自分に対する襲撃計画を筒抜けにしてたんだねぇ」
「冗談でもなんでも……なさそうだな」



 慄いている千冬の傍ら、束は唸りながらぐるぐると歩き回っていた。徘徊していたともいう。
「……うぅーん……そうだとすれば、この放蕩にも理由がつくけどー、ゲボ君絶対に狙ってないよね~……天然だもんねぇ、なのに計算され尽くしたように見えるこの行動、ゲボ君……君は何て恐ろしい子なんだッ!」
 一人くわァッ、と戦いている束。
「もう少し噛み砕けないか、束」
「ボリボリボリ……うー、わはっは」
「誰が煎餅を噛み砕けと言った……あぁ、ポロポロこぼすな」

 千冬が束の口周りを拭うのと束が煎餅を飲み込むのは同時だった。
 誰も見て居ないが、大変微笑ましかった。

「よぉし、それじゃあ始めるよ~とっても分かりやすい『何故ナニ束さん』の始まりだよぉ、良い子も悪い子も馬鹿も痴呆もよって来る来る!」
 ビシッと束が量子展開したのは紙芝居セットだった。
 衣装も女教師で三角眼鏡、教鞭と、形だけはかなり様になっていた。
「ちーちゃん水飴いる?」
「要らん!!」

「むぅ、それは残念、死人も起き上がる美味しさなのに」
「ゾンビになってか?」
「ご名答~実は水飴じゃなくてはえみつって言うんだよ~密閉機開放……」

 ふわっ(香り広がる擬音)。
「「———うぷぅっ!!」」

 慌てて密封して換気する二人。
 千冬に至っては全力で窓から投げ捨てた。
「たばね……おまえ、そんなもノをわタしにたべさせるキだったのか……?」
「ノウノウノウ! これはちょっと想定外だったんだよちーちゃん! スリ●ク在住のゲ●プーさんお勧めだったからゲットしただけなんだよ!」
「せめてかく二んしろこのタわけが」
 名前でまず怪しんで欲しかった。

「……う、うん、ごめんね、ちーちゃん」
 相当壮絶な匂いだったようで、千冬の発音がおかしい。束でさえもいつもの調子が出ず、素直な謝罪が出たのだった。
 本当、どんな匂いなのだろうか、はえみつは。



「ん、んじゃ、始めるね」
「あぁ……」
 変な雰囲気のまま、紙芝居は始まった。

「実は実は、ゲボ君の直上、成層圏よりちょっと上ぐらいには、何と生物兵器がいるんだよね」
「……そんなところにまで居るのか」
「うん、この間ちょっとゲボ君と月に行ったとき教えてもらったんだけど」
「……は?」
「私が開発したISは元々どんな目的で作ったか分かってるよねー」
「……そうか」
「あーっ、もしかしてちーちゃんも一緒に行きたかったんでしょ、ねーねー」
「黙れ」
「むーむーむー(口がぁっ!)」
 概ね図星だった。

「でねでね、だいたい高度は上空1500Km以下を飛び回ってんだけどね。これは人工衛星としては非常に低い高さなの。これはとんでもない速度で地球をぐーるぐーる回っているって事なんだけど、最近軌道がね、妙だったんだよねー」
「どんな感じに?」
「一定しないんだよ、位置が。衛星にあるまじき事にね。多分、PICみたいな慣性制御能力があったんだろうけど、今まで衛星に擬態してたのが嘘みたいに。でね、今確認してみたら多分、真下にゲボ君が居たんだよ。まるで凧上げてるみたいな絵だね。いやいやー。まさに世界中をあっちこっちだねえ———そしてね、ゲボ君が定期的に打ち上げる資材をもとに、低重力化で作った何かを散布していた訳で———」
「……まさか、特殊BC兵器か?」
「いやいや、ゲボ君が本気でBC兵器作ったら今頃地球は死の星だね。絶対に人類の対応は間に合わないよ、矛は盾より強くて早い。だから束さんでも無理だね」
 そこは本気で呟く束。彼女が絶対に間に合わないと言ったらそれは確実だ。
 背筋にゾクリとした。悪寒がはしるのを悟らせないようにしている千冬に、束は畳み掛ける。



「そこで散布されていたのはね、滞空型のナノマシンだったの」
「滞空型? ナノマシンと言ったら……」
「そう、これはまさに新型だね。再生活性化治療や、ISの自己修復に使われるもの、それはあくまで投与や塗布。直接作用させるものに接触させなきゃ行けない……けど、これは元々ね、『夥しく在ること』を目的としているからその限りじゃないんだよん」
「生物工学をより得意にしているゲボックだから出来た、ということか?」
「そうだね、空気感染型レトロウィルスをもとにして色々考えてるみたいだね」

 インフルエンザとかモロだね、と教鞭を振った束は紙芝居を一枚めくる。
 どうも一枚一枚が極薄モニターらしい。
 つまりそうか、リアルタイム編集か。

「そうして構築しているのはね、量子技術を転用した空間を媒介とした通信だね」
「……分かりやすく言ってくれ、ナノマシンをノードにして通信しているわではないんだろう?」
「うん、そこを誤解してくれなくてさっすがちーちゃんってところだね。そう、前者ならそこにあるナノマシンを除去すれば無力化できる。でもこれは無理。何故ならこのナノマシンはね、空間そのものに伝達基盤を焼き込む存在であって、これが実際に役立つものじゃないんだねぇ。量子力学を応用した———空間を粒子と見なす応用的な空間加工だねこれは———あぁ、ふむふむ竹踏むツボに効くーって、面白いよゲボ君。ゲボ君は地球の地上から宇宙まで、それを丸ごと三次元の回路基盤とみなして———うん、まだ目的は無いみたいだね。ただ張り巡らしたかった、言うならば、地上回路を———」
「束、おい、どうした束!」

 途中からそれは説明ではなくなっていたのだ。
 言っているうちにどんどんこれの発展性に気付いて行ったのだろう。集中のあまり半ばトランス状態に陥った束の頭蓋の中では、広い机が広げられ、バラバラになった束の思考がそれぞれ小人さんの姿になって多角的に仔細を推測していた。

「ああ、ちーちゃん御免、これ、すごくて、面白いよねえ……兎に角、この地上回路とでも言う物を利用して検閲機の機能を地球規模に拡大……そして人類の言動を検索、何処の誰か、前後の会話も記録……ふぅむ、地球に脳神経を構築したみたいな感じだね……くくく、これだからゲボ君は大好きだよ……あぁ、恋愛感情なんて無くてもね」
 頬を紅潮させてまで調べる束はとても、そのようには見えなかった。
 千冬には一つの推測が立っていたが……。
 果たしてそれを言って良いのか、その疑問が残っていた。

 憮然として束を見ている千冬に気付いたのか、束はうんうん、と頷いた。

「ちーちゃん、恋愛感情って何だか知ってる?」
「世間一般的に言われている事しか言えんよ、私自身、初恋の経験も無いからな?」
「……そーなの? てっきりゲボ君だと思ったのに」
「いや……ゲボックは無いぞ、はっきり言って」
「ふむ、それは残念無念———ねえ、ちーちゃん、恋愛感情なんてものはね」

 すぅ、と束は軽く吸って、大して面白くもなさそうに言った。

「———
 主観的な錯覚に過ぎず。
 詰まるところ、強迫神経症の一種で。
 生殖本能が理性を納得させる為の自己愛が、単独でも機能可能になった欠陥回路。
 素晴らしい、至上のものだと何故か声高々にうたわれている宗教にして。
 結局主体本意のものにすぎず、対象を人間に据えた物欲で。
 つまるところ、単なる欲望の一形態であり。
 常習性が強力で、禁断症状が破滅的で危険極まりない脳内麻薬による自家中毒の一種。
 素晴らしいものだとひっつめていられている狂言の名詞。
 要は単に精神疾患。

———そんなものにすぎないんだよ?」



「……そこまで言うか?」
「そんなもんだよ、恋愛状態に陥った人間ってのはね? 注意力が特定人物に極度に集中するからねぇ、比較対象が居なくて主観的な行動ばっかするの。さらに性的な衝動が加わるから、行動が、支離滅裂極まりない非論理的になるんだよ。そもそも、人間ってのはだいたい思い通りにならないってのに、過度の信頼、期待は宗教や信仰となにも変わらないものでね。心で何を期待していても決して現実はその通りにならないんだよ」
「ふむ、ではさっきの束の言動は何だ?」
「……何って?」
 千冬の質問の意図が分からなかったのだろう、首を傾げる束に、ニヤつきそうになる頬を意思で抑え、言質を取るべくメモを取り出す千冬は問答を開始。

「ゲボックが自分の思い通りに動かなかったから衝動的に破壊活動に映ろうとしてなかったか?」
「だって! 束さんの知らないところで勝手に金髪なんかと楽しそうな事してるんだよ!」
「……ふむ」
 といいつつ、取りあえず何やらをメモする千冬。



「だいたいだよ! 恋愛感情だなんてたかがあやふやで不安定な精神状態を至上化するのもオカルトじゃない! 感情の価値のすり替えだよ。こうやって、何かの方向性をすり替えるのは、宗教が信者の信仰心を煽る常套手段なんだよ。人間なら誰だって持ってる感情を信仰に結びつけて、その感情に価値を持たせながらその方向性を宗教に誘導する形でね———本来、感情なんてものに価値なんて微塵も無い無い! 所詮脳内のシナプス間を迸る生体電流に過ぎないんだよ、それなのにねえ……どうも、人間って生き物は自身のたかが生理的反応を奇麗なもの、と言われると安心するらしいんだよね、どうにも……なんでそういうメディアはそんなに執拗にも病的に恋愛とかいうものの正当性を保護しようとするんだろうね? なんか理由知ってる?」
「知るか。まあ、それは私も思わなくもないが……」
「借りてる漫画男の子向けばっかりだしねえ」
「……何を? 束だって山林に少年漫画借りてるだろ」
「え? 風火君じゃないっけ?」
「興味ない相手だとそこまで分からんのか……」
「興味あるのに名前憶えられないちーちゃんの方が変だよ!」
「むむ……だが、束。ゲボックと研究するのは楽しいだろう」
「うん、たまに食事も寝るのも忘れるよね」
「最悪な至上化だな……」
「え? なんか言った? ちーちゃん」
「いや、何でも無い、これはいいか……」
 メモに書かれていた事項をぐりぐり斜線を引く千冬。



「更に言うとだよ! 恋愛とかの物語に出てる子ってさ、登場人物がやけに麻薬中毒者的じゃない?」
「なんだ薮から棒に」
「恋愛感情ってさ、多幸感伴う興奮状態の一種と見なせるけどさ、なんかこのアへってる絵とかって、麻薬使用による意識の変容に通じないかな? 『別れた後の寂しさ』なんてまんま副作用じゃない。確かアヘンとかコカインが切れたときってこんな副作用があったよねえ」
「私が知るか」
「もしかしなくてもこれが脳内麻薬のせいだよ。少なくとも、『いつも一緒に居たい』なんて常習性そのものだし、同じ状態に飽きてまんねり? だっけ、になって新鮮な刺激を求める様なんて耐性付いて来たところそのまんまじゃない、より非日常的かつ刺激の強い方を求めて、やがてはそれ無しには居られなくなる!? もう完璧麻薬じゃない! 恋は麻薬というのは慣用句でもなんでも無くそのものなんじゃないかな、どうして取り締まん無いんだろうね!」
「人類が滅びるからじゃないか?」
「そんなのクローンでも人工子宮でも何でも使えるじゃない……まったくもう」

 ふむ、と千冬のメモへの手は、鬼の首を取ったと言わんばかりに赤マーカーで塗りつぶされる。
 そして、年相応の女子の顔を二マリと浮かべると(千冬がすると如何しても猛禽の顔付きになって台無しだが)ぐいっと束と肩を組んで抱き寄せる。
 いつもと違うスキンシップにほえ? と奇声をあげる束。

「で、ゲボックが居なくなってから今まで以上に落ち着かなくなって不安そうにしていた束としてはどう思う? アイツが居なくなったら———」
「嫌だよ! もし、もしそんな事になったらダークマターやニュートリノや、タキオンとか事象の地表境界とか先進波、生体兵器の自然環境での多様性とか、ISの量子技術の発展とコアネットワークの干渉とかの話が全然出来なくなっちゃうよ、嫌だよ!」
 常人より遥かにシュミレーション能力に優れた束の脳が、彼女の希望にそぐわぬ結論を出したのだろう。肩を抱いて、ガタガタ震え出した。
 天才などではない、普通の、年頃の少女のように。

「……あぁ、ちょっとゲボックが居てよかったと思う私がいるな」
 ゲボックの居ない間、束の宇宙人語を聞かされていた千冬はゲンナリとした。
 多分、ゲボックからも異星人語が飛び返して居たに違いない。
 はて、そんなのが混ざり合うから、合成して思わぬ科学変化を起こしたとばっちりが私の下に来るのだろうか……。
 千冬のテンションがさらに落ちる。
 だが、束に至っては危険域にまで到達していた。
「そんな事しようとする奴なんて……皆っ———」

「待て待て待て! すまん、……あぁ、すまんな。落ち着け、もしもだ、もしも、だからな……もう、何となく分かったよ———なぁ、束」
 千冬は一度、束を強く抱きしめた。
 すぐに離し、落ち着いたか確認する。
 束は熱しやすく冷めやすい。
 すでに落ち着いて居た。

「どうしたの? ちーちゃん。すっごい落ち込んでいるけど」
「いや、お前達に出会った時点で私も年貢の納め時だったんだな……あぁ、もう苦労しか無いんだな……ってなぁ」
「ふぅん、なんだかわかん無いけど、困った事があったらこの大天才! 束さんに言ってみたまえ!!」
「まさに、そう言うのが原因なんだがな———」

 はぁー、と大きくため息をついて気分を切り替える。攻撃の方に。
 メモにぐりぐり二重丸を追記する千冬は最後に束に一つ問う。

「お前は、1日に何時間ぐらいゲボックについて考えている?」
「……ほえ? んふふ、ちーちゃん甘いね! 束さんは1日35時間生きているレディだよ! そんな束さんにとって、大事な友達について考えるなんて……えーと、あーでこーで……8時間ぐらいかな、それがどうしたの?」
「束……言われなきゃ分からないってのもあれだがな? お前はもうバッチリと、ゲボックに惚れてるぞ」

「えー?」

「えぇとだな、束の言う、強迫神経症だったか? あれでな? いわゆる恋愛状態に陥っている人間ってのは、大体1日に4時間ぐらい好意を抱いた相手に付いて考えるそうだ。束、お前今8時間って言ったな? さすが天才。常人規定、その倍もの好意を向けるとは。そこまでベッタ惚れだったのか」

「ええ?」
 困惑する束に向けられるのは、さらに深みを増した猛禽の笑み。

 束はメモの上の方に視線を移す。
 そこにはぐるぐる書かれている覧が在った。
 さっきの会話で引っかかるところをメモしておいたものだ。

「さらに、ゲボックの交遊を自分がコントロールしようしているような言動を取ってたな。束、お前の言っていた事だぞ、『人は決して想い通りにならない』とな。なのにだ。更にあの時はゲボックにのみ神経を集中させていただろう。ザレフェドーラ一斉砲火だと? 束にしては、非・論理的だな」

「う、うぅ……え? えぇ?」

「さらに麻薬中毒者? 副作用? 禁断症状に常習性に耐性? まぁ、私だってゲボックが居なくなるのは嫌だ……何だかんだでアイツには借りが在るし、大切な奴だからな……でもな、想像だけで震えは来ないだろう、普通は。よほど思い入れてなければな? どうだ? 束、自分で自分の理論論破してるぞ。否定こそして居ても、お前自身がその状態である事は確固たる証拠が湯水のように出ているぞ?」

「ええ? え? えええッ!? うわえあえあ……っ」

「もう一度聞くがな———惚れているんだろう? ゲボックに」

 違うよ。
 束は言いたかった。
 彼は。
 あくまで愛玩するモノ。
 だって、違うんだもの。
 私やちーちゃんとは……違うんだよ?

 そんな相手に恋をするだなんて。
 ゴリラがオラウータンに恋をするようなものなんだよ?

「いや、だから違うよー。全く、何度言わせるのかな、ちーちゃん。ちーちゃんも恋愛宗教の虜だね、さすが女の子。束さんはゲボ君とは……あっ——————」

 そう思いつつも、思考では満ちあふれる知識が一例を引っ張り上げる。
 飼育員にのみ求愛の舞いを飛んだ、ある丹頂鶴の話を。
 同族には一切興味を示さず。
 報われぬ求愛を続けた一羽の、番を得られなかった比翼の鳥の事を。

 自身で出した否定を、自分自身で否定して肯定にしてしまう。



「え? ……え? ……あれっ? ———あ」

 千冬の言葉がリピートされる。

 私はゲボ君を独占したい。
 ゲボ君が関わる時は主観的に傾聴した非・論理的行動になってしまう。

 私は、ゲボック・ギャクサッツに中毒している。
 他者から客観的に言われ、見直したのならば、理性と知識で論理的に否定して居た事が、感情で無理通ししてしまっている。

 過剰なまでに束は、感情移入してしまっている。
 愛玩対象、ゲボック・ギャクサッツに。
 ペットが家族になり、他の人間より大切になるのはむしろ当然の反応だろう。
 しかし、恋愛対象などに———
 生物として破綻した———

 いや、自分でも言ったではないか。

 生理反応を理性で納得するための錯覚の筈が———本能から独立してなお機能するものだと。

 それに。

 無機物性愛者と言うものがある。
 『物』にしか恋愛感情を抱けないと言うものだ。
 これは恋愛障害の一つ、立派な欠落だ。
 冒頭に述べただろう。

 突出した者は何らかが欠落していると。
 束は人が誰しも持つ機能が無い故に、ゲボックが異物である事を見抜けた。

 されども。

 だからこそ、『異物』に好意をいだける———この欠落も得られたのではないだろうか。

 推測に過ぎない。
 簡潔に、そう言う性格だったに過ぎないかもしれない。

 傍から見れば何の事も無い。
 女性が男性に好意を抱いているだけだ。

 事実、千冬もそう思っている。

 そうして、背中を押してしまった。
 幼馴染同士だ、よかれと押してしまった。

———だがもしかしたら、これは突き飛ばされた、なのかもしれない。

 束は人に対し、認識障害である。
 しかし、認識できた人間の異物、ゲボックは理性で性愛の対象とみていなかった。

 これが、元々異物が恋愛対象である気質で、それを自覚して居ないだけだったとしたら?

 人を人と認識出来ず、愛せぬものが、人の心を持つが故に異物を愛せずに居たのに、その垣根を取り払ったのなら?



 文字通り、その世界唯一の番い(アダムとイヴ)となる。
 ノアの方舟に残された、ただの一組となる。

 他に選択肢がなく。
 元々好意を抱き。
 最後の垣根が親友によって取り払われれば——————






 ……あれ? さっきからずっと否定してたのに、ずっとどうなんだろうって考えてたら……条件と現状を鑑みるにだね、ようするにこの証拠を持って、主観的および客観的に判断するとだねぇ…………。

 簡潔に、明解に———数式も単純な方が美しい。







「あ、あ、あ? あれれれ?? 嘘、本当に? あれぇ?」
 混乱している。思考がまとまらない。ただ、感情だけが脳内に迸る。

「あ、あはは、あははははは???」
「束?」
 嬉しい。
 彼を愛玩すると決めた時———それ以上だ。



 笑いが止まらない。
「はは、は、はは? ははは? はははははははははははははははッッッッッッッッ!! そうか、そうなんだ、この頭がおかしくなる感覚———これが、これが———この会話のせいで、違うってそう思ってたのに———なんだか意識するようになっちゃって、それからもう一度よくよくよく考えてみたら……あ…………好き……なんだ……」

 好き。
 ようやく、その単語が束の中で明確な文字となった。

「あぁ! 好きみたい———あはっ、あははは、は、イエッイエッ!———ああ、そうか、そうなんだ、あはッ!! 好きなんだ、ああ———もう、好きだよ、大好きだあああああああッ!! ゲボ君、お前が欲しい良い良い良い良いイ??????!!!!! って事かな? 事なんだよね!! 事でいいよねッ!!! いいねえ、良いよこれ! 良いぐらいに可笑しいよこれ! 馬っ鹿じゃないの? 狂ってるとしか思えないよ、この思考の不合理っぷり! 最高最低最悪最良最狂だよ!!」



 好意とは狂気である。
 奇しくも束の持ち論そのままに悦び狂う。



 その自覚の仕方、北●誠一かお前は!?

 想定とはブッ外れた束の反応に、自覚させたのはまずかったか、失策だったかと考えてしまう千冬だった。

 だが、千冬としては本当に見ていて歯がゆかったのだ。
 古くからの幼馴染が、もう一人の幼馴染に向ける感情は年不相応に幼く。
 親しければ、誰にでも見て取れる程に。
 そっと、背を押したくなる程に。



 少しは人並みな感情を憶え、思春期特有の暴走はあれども、少しは今までのような狂態が落ち着くと思いきや……。

 これである。
 喜色満面の大嬌笑。

 さもあらん。ただ、勘違いしないで欲しい。これは、束が狂っているのでは無いのだから。
 そう———知性に比べて、あまりにも感情が発育して居なかった。
 それだけなのだ。

 人の感情とは、他ならぬ人との交流の果てに育まれるものだ。
 束の交流は述べずとも分かろう、極狭まっている。
 その成長が乏しいのは当然なのだ。

 だがまさか———この点に於いて、箒より幼い(…………)とは。



「あはははははは、凄い、凄いよ!? この条件でずっと考えてみたら、私束さんは一目惚れじゃない? ぞっこんだよぞっこん、これは面白い発見じゃないかな! 凄い凄い! 行動が主観的に一直線だよ? 制御できないよ!? なんて素敵! なんて狂い具合!? ちーちゃん! 私おっかしいよ!?」
 今度は束が千冬に抱きついた。
 さて、今回の自分が正しかったのかどうなのか……真剣に悩む千冬はいつもと違って抵抗が乏しい。

 くるくる、千冬から離れ、束は量子の輝きに包まれる。
「よいしゃーっ! キャロットミサイルオープン!」

 だからこそ、展開されたミサイルに気づくのが遅れた。

「はは、はは、は———じゃあね、ちーちゃん、束さんは行って来るよ!」

 気付けば、束がオレンジに着色されたミサイルにまたがっていた。
 推進器は緑に塗られている。
 あぁ、なるほどヘタか。
 凝り性の束の事だ炎色反応やら何やらで、緑色の火で飛ぶに違いない。

「は? どこに?」
 そう、何処へ行く。

 答える束は鼻息荒く。
「ゲボ君の所にだよ! ゲボ君だって生物学的には雄だよ! 狼なんだよ? 相手が食べられないか心配じゃないかな! もし食べてたら、はは、素敵素敵、何するか、天才束さんでも分からないよ! ゲボ君のお腹壊れたら一大事だし!」

「いやぁ、それは無いだろう。それこそ、ゲボックは男として狼どころかお前の好きそうな兎じゃないか———」
 苦笑混じりにそう言う千冬に、ウサ耳カチューシャを威嚇しているようにイキリ立たせ、束は絶頂テンションのまま叫ぶ。

「ちーちゃん甘すぎるよ! 兎は絶倫なんだよ! 人と同じで万年発情期なんだよ! 妊娠してても更に孕ませられるエロエロ動物なんだよ! うそ、ゲボ君ってそんなキャラだったの!?」

「思考をそこまで飛躍させるな!私の上げた例えにすぎんだろ!」
 うわぁ、さっき束の言った通りだ。視野が果てしなく狭くなっている。

「むーむーむー!! 何を! ちーちゃん程ゲボ君を見て来た人は居ないよ!? そのちーちゃんが兎というのだから兎以外には居ないじゃない!」
「いやいや、冗談だから、おい聞け———」
「はっ、一番見て来た———? まさかちーちゃんもっ!?」

 あろう事かこっちまで疑ってきた。
 ないないないない。
 全力で、首が抜けるんじゃ無いかと言わんばかりに首を振る千冬だった。
 正直、恋する女に絡まれるのがこんなにウザいとは思わなかった。
 あぁ、あんな事言っちゃって、もう後悔が始まったんだなー。

「あ、そう。本当? 本当だよね! 嘘なら……いやいやいや、もう何言いたいのかしたいのかもわかんないなーもぅ!」
 顔を両掌で挟んでいやんいやんしてる束はジュワッと跳躍。
 目をあらんばかりに輝かせ———

「よし、よし、じゃあこうしよう。うむ、よし、行って来るとするよ!」
 結局行くのか。

「この想い、報告しなきゃ、伝えなきゃ、報告したりして、吐き出さないと頭がおかしくなる! あぁ! もうおかしっかな、みゃははははははははァ———ッ!? 王様のミミはロバの耳ってこんなに地獄だったんだね、なんでこんな簡単な事出来ないの? 馬鹿じゃないの、え……束さん馬鹿じゃないよ! 馬鹿じゃないもん! 天才なんだよ!?」

 本当にこれが、さっきまで恋愛感情は錯覚だよと言っていたのと同一人物なのだろうか、激しく疑わしい。

 良くも悪くも人を変えるのは人なのだ。
 そして、束に関われる人は自然、限定される。
 千冬の見落とした点は、自分だって多大な影響を束に与え続け、また、劇的に及ぼせることに自覚して居なかった事なのだ。



「はっははーっ、出発進行———!」
「待てこの発情ウサギ!」

 ミサイルに乗って飛ぼうとする束の襟首を千冬が鷲掴みに。

「ぐぅえ!?」
 当然、慣性の法則で思い切り首が締まる。
 美少女にあるまじき声をあげて転がり回る束である。

「ひ、ひどい、ちーちゃん、束さんの首は飛んでいきそうだよ! そもそも発情させたのちーちゃんじゃない!」
「聞き捨てならん事絶叫するなこのたわけ! ———よかったな、これでPICが無くても飛び回れるぞ、あァッ!?」

 珍しく束は眉を寄せ、抗議に湯気をあげ……うん、芸が細かい。
「むむむむむむ!! いーもん! 束さんは頑張って、首が取れてもちゃんと飛び回れる、玉のような子供を産むもん! びゅんびゅん飛び回って皆を驚かすんだよ!」

「……それはどこの妖怪か将門だ。確かにシルエットは玉みたいだがな……」

 なんだか、もし二人に子供ができたらどんなものが生まれても、あぁ、あの二人だしな……と言えそうだった。

「あのなあ、そもそも———」
「うん、まさかの束さんも自分がゲボ君と交配実験を望むとは思わなかったよ」
 身も蓋もない言い方だな……。

「うんうん、最初はちーちゃんにやってもらうつもりだったし」

———ぶぅ!?

 思わず吹き出した千冬だった。
 こいつ、何て恐ろしいことを考えつくのだと。
 やっぱりよかった、自覚させてよかった……!
 内心、心の底から安堵する千冬を置いて束の暴走は止まらない。

「だっていっつも気にかけてたし、交配させるならちーちゃんかな? って思ってたし」

———ごすぅん!!

「ブッ!? 痛あぁぁあああいっ! 考案してただけなのに本気で殴ったぁ!」
「五月蝿い!」
 実は本当に本気だった。
 束の強度も侮れない。

「でもそうなると何が生まれるのかなー? でもダメだよ、私が好きなんだからね!」
 キメラの恐怖か……?

「おぉー、眉がよってるよぉ。その反応。そっか、ちーちゃんはゲボ君の遺伝子に、明らかに未知の酵素が含まれてるの知らないんだっけ?」

 ……待て束、今お前なんて言った?

 束はゲボックへの異物感を科学的に証明していた時期があったのだ。
 幸い、千冬の鉄拳のおかげで血だの体液だのサンプルには事欠かなかった訳で。

「地球上の如何なる生き物にも確認されていない、未知の合成アミノ酸が組み込まれているんだよね……本当、不思議」

 ……は?

「ゲボ君にはね、ゲボ君だけの固有のアミノ酸や、それに関する酵素が遺伝子レベルで点在しているんだよね。それはね、今言った通り、地球上ではどんな生き物も持ってないものなの」

 束はさっきの紙芝居セットにDNAの拡大図を投影する。

「これはね、ゲボ君が地球上で発生した生き物である限り、絶対に有り得ない事なの。
 ……ほら、ゲボ君と出会ってから、一月ぐらいの時かな? 体調崩れたじゃない、傷は有り得ない速度で治ったのに。
 あれはね? その酵素を接種できない事による栄養失調だったの。
知ってるかな? ゲボ君はね、それを合成してサプリという形でしかそれを接種することができない。
 摂らないで居ると、必須アミノ酸が無くなって死んじゃうんだよね」

「……は?」

「うん、そのアミノ酸がよりにもよって、遺伝子を構築しているから、正直束さんがどれだけ頑張っても、ゲボ君の子供が生まれるかは全くの未知数。何が生まれるのか、そもそも交配できるかも分からない」

 言っている内容と相まって、平然とした束の表情が一層不気味だった。
 千冬は、一言も発することが出来ず。

「うん、束さん自身の体を使って交配実験が出来るんだから、躊躇の必要は無いよね……ああ、本当興味が沸くなあ……ゲボ君って本当に、何なんだろうね?」

「まぁ、だいたいの推測は着いているんだけどさ。ジャイアントインパクトって知ってる?」
「……NH●の番組で見た気がするな。古代の月が地球に激突した、とか言う話だった筈だが」

「うん。ぴんぽんぴんぽんその通り! その衝撃で『今の』月が出来たって言うけどね、その時の衝撃で生命の元となったコアセルベートが生まれるきっかけとなったとか、遺伝子の元になったアミノ酸の欠片がウィルスの形で散布された、とも言われてるんだけどね」

 紙芝居を一枚めくる。

「ゲボ君の中にはそうやって出来た現生物の上に、さらに生命が細胞に同居しているんだよ」
「……前、ゲボックが言っていたレトロウィルスか?」
「いんにゃ、そうじゃないの」
 束は慎重に言葉を選択する。

「レトロウィルスは細胞核を破壊して細胞の自己増殖機能を乗っ取って自己増殖、細胞溶解する分子機械みたいな奴なんだけどさ、どうも色々失敗して生物のDNAを取り込んで突然変異したり、逆にしょって来たDNAを組み込んで単一世代進化させたりするものでね、凄いように見えて、その実エネルギーは細胞内のミトコンドリアのを掠め取ってるだけなんだよ。言ってしまえば簡単に書き変わるコピーミスプログラムの組み込まれた単純プログラムって感じ。電力/エネルギーはあくまでプログラムを走らせるコンピューター/細胞から得ないと何も出来ないんだけど……ゲボ君の細胞には、恐るべき事にその真逆のモノが混入されて居たんだよ」

 なんだと思う? と言う束。
「もったいぶらずに教えてくれ……なんなんだ」
「言ったでしょ、真逆のモノなの。何の仕組みも無い、ただ生命エネルギーの塊としか言えない特殊細胞……言って見るとね……」

 紙芝居を更に一枚めくり。束は告げた。

「それはね……『水』、ただ、莫大な生命エネルギーを内包しているにも関わらず、指向性の無い、水分子で構成された高分子アミノ酸……としか言えないもの……そんな正体不明のものだったんだよ」
「水? 人体は元々7割ぐらい水だろう」

「……うん、そう。だけどね、これは水なのに『水』どころじゃないんだよ」
「訳が分からない、はっきり言ってくれ」
「そうだね、これは言ってしまえば『水』なのに『生物』なんだよ。水分子だけで出来た、高エネルギー内包生物———かつてミトコンドリアって酸素から莫大なエネルギーを得る事に成功した生物は、細胞核を持っている生物の中に入り込む事で、それまでとは運動能力に置いて一線を画す原核生物の元に進化したんだけど……それと同じような、でも、ミトコンドリアどころじゃない。とんでもなさ過ぎるものなんだよ、これはね。僅かにでも生物の中に入り込めばその莫大なエネルギーを持ってその生物を極端にまで強化する。そうだね、『生命力』といっても過言じゃないかな。純粋な———そう、言ってしまえば『生命のプール』……普通、これは生物を強化するから単純に生物は巨大化したり強靭な肉体を獲得したり、特殊な力を得たりするんだけど……ゲボ君は、取り込んだのか、ミトコンドリア同様、親からそれごと遺伝して来たのかは分からないけど……そのエネルギーは……」

「まさか、アイツの頭脳は……」
「うん。そのエネルギーは一切肉体を強化する事には使われていない。その才能に適応したのか、それとも偶然なのか、脳神経ニューロンを兎に角強靭に複雑に、しかも何が在ろうと衰退せずに、事によっては再生までする程に———もうぐねぐねだねッ!?」
「なんだ———その擬音」
「そうとしか言いようが無いんだもんこうぐねぐねーって」
 腕をうねうねしている束を見ながら千冬はますますゲボックの正体が分からなくなって来ていた。
「でもね、確かに凄い脳神経だけどさ、頭脳の優秀さとは関係ないと思うよ、単にボケない忘れない、処理速度、発想が高レベルなだけで……それを使いこなせないと意味が無いから」
「……確かにゲボックがあんな頭をしているのは『好きこそものの上手なれ』が大きな割合を占めているしな———」
「度を越えてるしねー」

 しかし、疑問は一層強まるだけである。
 一体、彼は———どこからやって来たのか……。
「まさか、ゲボックの奴は本気で地球外生命体なんじゃないだろうな……」
「んー、全く否定できないよねえ。束さんは人間扱いしてなかったし」
「……それなのに惚れてたのか!?」
「ん? 自覚したのさっきだし」
 ……本気で指摘した自分が正しかったのか、疑問に思う千冬だった。今更……もう遅いし。



「ところで束? ゲボックのその『水』とやらが、生物を強化するってどうやって調べたんだ? 怒らないから正直に言ってみろ?」
「……ぜ、ぜぜぜ、絶対嘘でしょちーちゃん、笑顔が怖いよ」
「んー? な、言ってみろ」
 顔が強迫モードである。

「……んーとね、小学校のザリガニに投与してみましたー♡」
「あの、小学校の校庭を爆走して、車をなぎ倒しながら奈良まで一直線だったあれか……」
 なんか、鹿が好物だったらしいそのザリガニは結局、ゲボックに熱線で真っ赤に茹でられるまで飽食の限りを尽くしたらしい。
 ほくほくたいへん美味でした。

「あれはお前だったのか束ェェェェエエエエエエッ!」
「……貴重な日本ザリガニだったのにね……」
「……う」
 振り上げた拳を降ろさざるを得ない千冬だった。
 一番美味しいと言っていたのは彼女だったからである。
 小学生とは言え、黒歴史が増えて行くのは辛いものである。



「ああ、そーだそーだ、ちーちゃん!」
「……どうした、束」
「一日にどれだけ個人を思う時間があるかって言ってたけどさー」
「ああ」
 さっき束に自覚させる為に使ったものだが。



「ちーちゃんも同じぐらい一日に思ってるから、ちーちゃんも大好きだーっ!」
「……はァ!? 待て、来るな束ぇーッ!」









「昨日は死ぬかと思いましたよ」
「本当、よく生き残れたよな……」

 そこは、ゲボックの秘密基地の前だった。
 ミューゼルは居ない。
 居るのはゲボックと結局ここまで付いて来たティムである。
 日本に帰って来たのだ。

「そう言えば、ティム君、ミューちゃんに付いて行かなかったんですか? 小生よりミューちゃんの事が好きだと思ってたんですけど」
「力不足だってよ」
「あー、ミューちゃんの組織って弱いと売り物にされるかバラ売りにされるかのどっちかですから、世間の荒波に塗れてこいって事ですねぇ」
「しっかしこの国、本当、平和ボケしてるなあ、生温くてバッカみてぇ」
 ここに来るまでに、認識を阻害して来たのだが……ティムからすれば、一切警戒を抱いていない街に違和感を禁じ得なかった。

「でも、市民には治安組織が厳しくもありますからねえ。ティム君も日本語憶えないと、満足に街も歩けないですよ?」
「うわ……最低だな、クソっ」
「まあ、戸籍作っておけば変な国には送還されないでしょうね」
 にゅっと、空間投影モニターを展開するゲボック。
 ドリルとペンチでてちてちと、しかしとんでもない速度で情報を入力して行く。

「……戸籍?」
「……うーん、手頃な男の子の戸籍が無いですねえ」
「待てコラ」
「……しょうがない、女の子の戸籍で良いですよね……ハイ終わりですよ」
「手軽すぎんなアニキ、おいテメエ!」
「小生のいとこって事になってますので……戻りましたよー、ただいまですよぉー」
「……ここ、城?」
 ゲボックの秘密基地を見上げて呆然としているティム。
 出迎えたのは灰の三番だった。

「おぉー、お迎えありがとう御座いますよ。あぁ、この子ですか? 助手にしました。ティム君です」
「ちょっと待てアニキ! 聞いてねえぞ! つーか誰だよこいつ!」
「小生の娘です。名前は灰の三番……ん? どうしました、灰の三番。ティム君にはグレイと呼んで欲しい、と。あー、いっくんに付けてもらった名前がお気に入りなんですねえ」
「娘ぇ!? いや年近いだろ、そうでも逆だろ!?」

「それじゃあ、灰の三番、ティム君の身なりを整えてあげて下さいね」
 ぺこり。

 一礼した灰の三番はティムを連れて基地の奥に連れて行った。
 風呂なり着替えなりさせるのであろう。

「さぁて、小生はこれから外では出来なかった研究を……」
 がし。
 ずるずる……。

「あれぇ? おっかしぃなぁ、体が勝手に後ろに引っ張られてますょ?」

 楽しい科学的実験(サイエンス)を始めようとした矢先に、後ろにぐいっと引っ張られている。引っ張られ続けている。
 そして、恐ろしい何かを———感じられないが、感じられないように押し込めている。
 解き放たれれば、どうなるか分からない。
 そんなものが、二つも感じられる。



「ははは、昨日の今日で帰って来るとベッキーに聞いた時は耳を疑ったがな?」
「ふっふふー、唐突に出現はゲボ君だけの取り柄じゃないんだよー?」
 ゲボックはだらだら脂汗が背中を伝うのを自覚していた。

「おぉう、灰の三番がなんかいつもと違うなー変だなーとは思ってたんですよ?」
「あぁ、アイツもちょっと腹に据えかねてたみたいでな? いつもなら世話焼きのアイツだ。お前も身なりを整えられてるだろうさ、私達が頼んでいなければな」
「ゲーボ君ー? 出かける時はどこに行くのか伝えるように教えられなかったかなー?」
「……それはお前もだ、束」
「いーじゃん、言うくらい。今回一年もぶらぶらしてたのはゲボ君なんだし」
「そうだな、今日は大目に見よう」
「うん、この一年間——————」
「どこほっつき歩いて何をしていたのか、じっくり聞かせてもらうとしようか?」

「……えぇ? フユちゃん? タバちゃん? あれ? タバちゃんも!?」
「ベッキーに頼んで『特別な個室』を作ってもらっている。必要なものは全部あるぞ、じっくりたっぷり時間もある。ようく聞かせてもらうとしよう———」



「う、うわっ、な、な、なな、なんだお前らはああああああぁぁぁぁぁぁッ!!」
 悲鳴が聞こえて来た。それも絹を裂くような。
 ああ、生物兵器の一群にでも会ったのか。
 確かに初見は、あいつら怖いしなあ。



「……あ、ティム君悲鳴上げてますよ、小生ちょっと様子見に行ってきますよ」
「そんなの、いつも気にするお前じゃ無いだろう? ゲボックぅ」
 ゲボックが初めて見るような満面の笑みで千冬がこっちを見ている。

「うん、あの子に付いても色々聞きたいねぇ、束さんは珍しく傾聴万全だよーん?」
 束も同じ表情だった。幼馴染みとはこういうとき色々似通って来るから怖い。
 変に影響を与え合っているのでいよいよである。

「あ、ティム君は拾ったんです。助手してくれますよ?」
「まあ、その話は———」
「ゆっくり聞かせてもらうだけだから大丈夫じょぶじょぶー? ふっふっふ……」
「綺麗に繋げるなんて息ぴったりですね!?」

「ああ、まぁいい。もう何か言うのが面倒だ、来い」
「何をするかな、何をしようかな。で、この金髪何かな?」
「およ? およおよ? タバちゃんが何故か怖い!? 小生の金髪ですよそれ、いや、待って待って、ちょっと———」
 ジタバタジタバタ抵抗するが、所詮トロ臭いゲボックでは千冬どころか束でも一対一で引きずられかねない。
 なす術無くずるずると『特別な部屋』に引っ張られて行く。

「聞く耳持たん」
 完全に千冬は無視し。

「待ったなーい、のんすとっぴんぐー!」
 束も色々量子化して持ち込んでいるのが分かった。



「な、何ででしょうかね?」
 その問いに応えるものは無く。

 暫くして。

「勘弁してくださあああああいっ! いや! いや! ッア———!!」
 何が起こったのか。
 取りあえず、推測だけにした方が良い。






 そして、洗浄室。
 詰まる所大浴場で。

「だ……誰か、誰でも良いから、助けやがれ……」
 ティムが、硬直していた。
 借りて来た猫どころではない。
 猛獣の檻に入れられたハムスターの如く縮こまっている。
 戦力的には当たっているが、何とも言えないものがある。



「いやー、良い湯だなあ」
「…………」
「お背中流しますか?」
「——————♪」
「(ピカピカ眼が光っている)」
「私ロッティ、あなたはなんて言うのー?」

 猿が冬に温泉につかるがごとくに。
 様々な異形、風貌に囲まれ、ティムは風呂から一歩も動けなくなった。

 この浴場に於ける恐怖体験は、のぼせて医務室に担ぎ込まれるまで、延々とティムを苛む事になるのであった。









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 今回も長い……テロップ本気でヤバいのか、俺の書き方が悪いのか……。
 伏線回ともう一つ、やっと書きたかった、束からゲボックへの想いの変遷です。



 遭遇編2話で束がどうして興味持ったのか、とか。
 しかし、こりゃまー、俺が恋愛観とか、好意持つ経緯書こうとするとどうしてこんなに回りくどくなるのか。
 単に好きだ、と言わせるまでの長さ、まさに地獄。
 テロップでさえ長かった、本番で更に長い!



 なお、今回の束の恋愛観については、現世の魔王、空目恭一陛下と鏡こと、稜子ちゃんの会話、ならびに心臓の代わりに時計が埋まってカチカチ言ってる一夏とはまた違った唐変木、九門克綺とファンタスティカこと、牧本美佐絵さんの対話から大変沢山に参照させていただきました。

前者は徹底否定。後者はそれらをふまえた上で『自分はあなたに必要以上に感情移入している、つまり、好きだ』的な概要を言っている。理論は前者が主だけど、流れは後者に持って行けただろうか、うーん、恋愛観は本当に難しいのでスよ、わたすにとっては。




本当、一夏のフラグ体質が恐ろしすぎるわ。
あ、優しい。惚れたとかさ、なんだろう。他の娘と仲良くしていると胸がチリチリ……好きなのかな……

ティムじゃねえけどざっけんなああああああああ!!!
肝心な惚れた経緯を教えて欲しいんだよ! 何だよ、もう気付いたら惚れ構築済みだこんちくしょー! ラウラぐらいか!? でもあれクロッシングである意味一目惚れだよな、ちょっと会話したけどさー!
私が一夏ハーレム構築の流れ書こうとしたらそれだけで執筆気力が潰される。どれだけ駄文を連ね連ね示せば行けないのか気が遠くなる———ああ、潰される。絶対潰される。確実に潰れますブッチャリと。
と言う訳で、原作編では、双禍から見たら、あ、ハーレム増えてる。ってな感じで心情の移り変わりは出せない。つうか出したらマジで話が進みません。その辺は原作力に任せます
あ、何でか好きになってる……便利だ、原作一夏ァ……。


一目惚れって衝動買いと変わらない。そう言った短絡的な感覚を人間に対して抱くのはナンセンスだと空目陛下も言っておられます。蘭、そこは思い直そうぜ、と強く言いたい。弾兄ちゃんが可哀想すぎる。



そして、捏造設定一つ。
ゲボックが頭良いのって月香の生命のプールのせいだったんだよー! とか捏造ばりばり
しかし思うのですよ。月香が墜落したとき、彼女自身でも知覚できない程細分化した欠片があったのではないかと(寄生獣のミギーのように)

生命力で生命が強化されて巨大怪物になったりするのだし。
その力場のなかで精神生命体——魔族が生まれたりするのだから、
人間の生命的特徴、知性を特化強調させたのがあるのではないかと。

しかも、直接取り込んでいた強キャラではなく、先祖が取り込んでその子孫で隔世遺伝的に出たのだ、死神三番のように……とか勝手にやってみました。
こっちに月香来ないから別にいいやとか……うん、軽率だったかも
ただ、クロスしてその異物感出さないのはなんか嫌だな、と思って出してみたり。
あの世界の最大の特異点はやっぱり月香だと思うのですし……





PS 原作一巻分の話が終わったら、元ネタ集作るつもりなんだ……



[27648] 転機編 第 3話  思春期狂宴_其中
Name: 九十欠◆82f89e93 ID:a6979411
Date: 2012/03/26 00:19
 それは、千冬が珍しく、家で一人きり、のんびりくつろいでいる時だった。

 一夏も灰の三番も不在しており、脱いだものはソファーに脱ぎっぱなし、脱いだままの下着姿で一夏作の冷めても美味しい肉じゃがを摘まんで舌鼓を打っていたところだ。当然、箸なんてお上品なものは使っていないのが本人的には最高である。
 以前、手作りの煮物にレンジをかけすぎて突沸させてしまってから、あれこれと一夏が試行錯誤したようで。その格差に、自分ははたして女としてそれはどうよ、と思わなくも無い……が。
 自分が家庭を支えているのだし、と問題を先送りにするのも常の千冬だった。

「平和だ———」
 ここ最近、ついぞ訪れていなかった平穏を堪能する。
 このだらけきった姿を見ると口煩く(と言っても声が出ないが)言ってくる灰の三番は今イギリスである。
 本格女給の一週間短期講習に行ってくるんだそうな。
 たまの連休で暇を与えたらこれだ。
 自己研鑽に余念が無いのは素晴らしいが、生物兵器としてそれはどうよと突っ込みたい千冬だった。
 どっちかと言えば自分の方が生物兵器染みた日々を送っているので藪蛇にしかならない———故にぐっと飲み込む千冬なのだった。
 誰だって自分の方が痛い喧嘩はすまい。

———と、言う事で口煩い者も狂乱も無い。千冬にとって至福の時間であった。

 が、そんな時間は刹那の如く儚いもので。

———フユちゃぁぁぁん……助けてくださぁ……い

「……はぁ、儚い平穏だったか……」
 脳裏に届いたゲボックの思念波に軽く溜息を吐くと、気軽な服装に着替える。

———で、今どこにいるんだ?
———タバちゃんちです
———ごゆっくりな
———はぁい!? ちょっとちょっと、どうしてそんな返答になるのですか!? もう出会って十数年にもなる幼三人組の一人である小生の大大どぅあいピンチなのです! これはもうフユちゃんなら是非とも助けに向かわずには居られないはずですよ!!

———十年以上か、長かったなぁ……
———はいですよ!
———切るには頃合いだな
———手厳しいッ!?

 などといつも通りにゲボックをからかいながらも、既に玄関にいるのだから、この縁は相当堅固に違いない。
 自分がいくら切ろうと足掻いてもドンドン新素材で補強して行くのだろう、天才達に辟易しながら、自宅をあとにする。






「こんなん如何かな! ゲボ君」
「あ~~~~」
「ようし、この調子で束さんは頑張っちゃうぞぉ!」
「あ~~~~」
「………………(千冬)」
「ほぅれほれほれ如何かな~」
「あ~~~~」

「…………おい、待てやコラ」
 低く告げる千冬の声は重くドスが効いていた。

「あはっ、やっほー、やっほー、やっほぉう……山無いから谺は自作自演だよん。んーんんー? ちーちゃんじゃない、どうしたのー?」
「呼ばれたから来て見たものの……」
 ゲボックが非常に珍しく助けを求めていたのでやって来たというのに。
「何をしているお前ら」

 千冬が初め見たのはゲボックの顔、その下半分だった。
 ……で、千冬が注視しているのは上半分。
「ゲボ君、嬉しい? 如何かな~、良いかな~、好きだよね~、ぱふぱふ~」
「……うむ」
 誰だお前。
 思わず言いかけた。

 だから代わりに———
「なにが『うむ』だ!!」
 踵を振り上げる。下着が見えてしまうが気にする千冬ではない。

 何よりここにいる唯一の男の視界はあろう事か束の母性の塊———あぁ、まさに塊だ———によって視界を独占されているのだ。

 と、踵を振り上げたは良いが、ゲボックの頭部はずっぷりと保護されてしまっている。まぁ、その、束のそれになのだが、その重量感たっぷりの衝撃緩衝材に踵を振り落とすのは同じ女性としてあまりに引けたので、思いとどまり腿を引きつけ———

 難しい。ヤクザキックに切り替えようとしたのだが今の束とゲボックの体勢、努めて意識しないようにして来たが、この足の行き所を考えるにはどうしても思考のテーブルに上げないといけないので仕方なく、もう、本当にしょうがない為あげるのだが———

 先ず、ゲボック。
 座り込んでいる。
 時折びくっ、ぴくっと痙攣し、一貫してほぼあうあう言ってるだけなのだが、一応束の声は聞こえるらしく、なん等かの反応がある。
 ここから覗ける肌があり得ざるほど真っ赤に充血しているので、相当興奮状態のようである。

 続いて、束。
 座っているゲボックの後ろで膝立ちで後ろから抱きついているのだが、束は何を思ったのか女の最大武装をよっこいせとゲボックの頭に載せていたのだ。

 ので。ヤクザキックを与えると、後ろの束ごと吹っ飛ばす事になる。
 ……と、何か今以上にもみくちゃでR指定が付きそうになる気がした。
 これは経験則から来る予測である。千冬の経験値も半端ではない。

「それ」
「ぶっふぁっ!?」
「あぁんっ」
 それゆえ、回し蹴りに変更、ゲボックの脇腹に炸裂させた。
 艶っぽい束の声がまた鬱陶しぃ。
 肝臓に入ったようで背中をペンチでタップし続けるゲボックを見下ろしつつ、天を仰ぐ。

———と、そこで束が気付く

「あ、ゲボ君鼻血だ!!」
 そこには、血液と殆ど変わり映えしない程赤面したゲボックが腰と鼻を抑えつつ血を迸らせていた。
 勢いが尋常ではない。血圧上がり過ぎである。
「と、取り敢えず止血だ止血! あと、何か冷やすものだー!!」
 流石の千冬も慌てるしかない。SOSは確かであった。
 一歩遅ければどこかの血管が破裂してもおかしくなかっただろうし。

 ゲボックは、恐るべき程純情であった。



 さて。
 束がゲボックへの感情に気付いてもう少しで3年になるだろうか。

 千冬も束も、そろそろ美少女を脱し、美女へと完全に移行しつつある。
 特に体付きは顕著で、出るところは出て引っ込むところは引っ込むと言う素晴らしさ。
 日々剣を振っている千冬が引き締まっているのはわかるが、何故に特に運動していない束に余分な肉が付いてないのだっ(血涙)! と言うのが世の女子の苦言であった。
 束に言わせれば、何でも食べられる健康美だと言ってはばからないが、それじゃあ食ってなおそれかと暴動が起きかねない。
 まぁ、それは束の悪食を知らぬ者達の言なのだが。

———それでいてなお、束の発育は目まぐるしい

 既に巨乳を逸脱し、爆乳に突入しつつある束のそれは、ゲボックをそれだけで無力化させたのである。
 千冬の見たてでは、遺伝子の成せる業だと見ている……束の母親なり、叔母を見るなりだ……一体、どんな進化の収斂だろうか。
 この見たては8年後、箒が証明する事になるがそれは別の話、とひとまず置いておく。
 そうだ置いておくのだ、だから黙れ。良いから置いておけ。



 もうじき、高校を卒業する。
 中卒者になるのでは? と言う千冬の懸念はわりとあっさり解決した。
 近場の高校に進学出来たのだが、学力平均より上を目指した千冬にごく普通に天才が二人もくっ付いて来るのは如何なのだろうか?
 きっと影では高学力の進学校が涙を飲んでいたに違いない。

 ごく当然のように同じクラスに集う事もいつも通りで、その裏の暗躍を努めて考えない千冬である。

 時折、『裏』で国際指名手配されているゲボックを狙った諜報員と生物兵器の激闘の名残り———消しきれていないそれを見かける度にスルースキルの熟練度が上がっている千冬は日常を楽しむのみである。

 道路には、戦闘の余波で引っこ抜けた街路樹がビーバーの巣の様に積み上げられている……あ、ビーバーみたいな生物兵器がいる。数少ない自然なのだから大切にして欲しい。

 街路樹の代わりに、とでも言っているのだろうか、延々とエージェントが犬神家の事件、湖のあれみたいに生えている通学路を横目でみつつ、神社へ視線を向けると、知恵の輪菌に感染した様な有様のエージェントをショベルカーが撤去中だった。
 咥えタバコの狸が重機を運転して居るのは気のせいだろう。うん、きっとそうだ。

 ハァァア……と、軽く息を吐くも、胸の内の暗いものは残留して抜けていかない。

 そろそろカンストしそうだった。キャパにも限度はあるのである。

 この時点ではテストパイロットである千冬はそれほど有名では無いが、束は今や世界一有名な美少女だ。
 皆、興味津々で集まって来るのも当然と言えるが……。

———が
 恐るべき絶対零度の無関心で皆ドン引きだった。
 本気で完全無視なのである。
 陰口を叩かれようが、カクテルパーティ効果で完全に有象無象の雑音と決め、仕分けてしまっている束には、暖簾に何とか糠に何とか、馬の耳に何とやらである。

 対し、両腕が生活性皆無の義手である、これまた悪い意味で際立つゲボックにも人が集まり、まぁ、聞かれずとも一々愛想良く答えるものだから……そうなるとヤキモチを妬いてますます束の機嫌はレッドゾーンに突入しかねなくなるのも必然であり。

 …………千冬の心労も察していただきたい。

 一体、何度白騎士事件が再現されかけた事か。
 とうとう耐えかねて鉄拳制裁が入って以来、一応応答するようになるのだが、束にしてみればそれは相当苦痛なようで、その反動でますます二人にべったりと依存して行くのだった。

 そんな学生生活も、もうじき終わる。
 束は既に国から彼女の研究所が与えられており、そちらに向かう。
 翌年、競技となったISの模擬戦闘、その世界大会が開催される予定である。その日本代表が操縦する機体の開発であった。
 当然、千冬はその機体のテスト要員として束とともに行く。
 実際、二人はしょっちゅう研究のため欠席していて、出席日数はまるで足りていないのだが、学校としては手放す筈もなく、特待措置としての卒業であった。
 日常……と切望する千冬がいたとか何とか。

 そしてゲボックは……。

 束の研究所には来れない。
 それは、ゲボックが世界に対してやった事、それに対する責任その他を国が背負うと言う事なのだから。
 では高校は? と言えば、この高校はとっくに買収済みだと回答が来る。
 『何をしても良い』のはそのためであった。



 そしてそんな束は。
「いい加減、素直に告白しろ束。初日の勢いは如何したんだ?」
「うぅぅ~、だって恥ずかしいんだもん」
「……何が『この想い伝えなきゃ』、『王様の耳はロバの耳の気持ちが分かる』だと? あと、今お前がしてた事細かに言ってやろうか?」
「待って待ってちーちゃん待ってぇ!」
 ジタバタ暴れる束だが、その顔面は千冬の手で鷲掴みであった。
 どれだけ暴れようともびくともしない千冬も凄まじい。

 そう。
 意外な事とお思いだろうが、束は未だゲボックに想いを告げていない。

 いざゲボックの真正面に立つと、さっきのゲボックでは無いが、顔面を真っ赤に火照らせ、酸欠状態の鯉みたいにパクパク口を開閉させるだけになってしまうのである。

 そのくせ、ヤキモチ妬きなのは相当で、ゲボックが他の女子と和気藹々と会話しているのを見るや、兎を掻っ攫う木菟(みみずく)のようにゲボックをひったくって物陰で過剰なスキンシップを始めるわけで———
 今日程のものは流石に早々ないが、ぎゅーっと誰にも渡すまいと抱きしめている束と、青少年には色々過激な刺激に脳の血管が切れそうになっているゲボックを教室まで引っ張って行ったのは一度や二度では無い。

 お前の羞恥の基準は一体どうなっているんだと頭を掻き毟りたくなる千冬であった。

 まぁ、なんだかんだ言って、束と箒は根っこは一緒の姉妹という事だろう。

 この頃の一夏が、箒の言動を今一理解できないと灰の三番に漏らしていたそうだ。
 その旨を灰の三番に聞いた千冬は、自分に相談してくれなかったのが相当悔しかったのだろう。
 その日、篠ノ之道場での彼女はベルセルカが如く荒れに荒れ、門下生が何人も、『人体が出してはいけない効果音』を奏でながらスーパーボールのように跳ね回るという、身の毛もよだつ惨劇の舞台となった。

 道場主の柳韻は後に———

 門下生の三分の一が消えた。
 あれ程の惨たらしい事件はそうそうあるものでは無い。
 正直な話、止めるのに死を覚悟した。

———などと残している



「で、何を待つんだ束?」
「だってだって、既成事実のためにお酒とバ●アグラを混ぜて飲ませても、ゲボ君の強化改造された肝臓は全部分解しちゃうんだよ!」
「おい待て未成年」
 あと改造。



 良い子の皆、この組み合わせは心臓がショックで止まりかねない危険な組み合わせだから気をつけてね!

———良い子は酒飲まねえよ
 まぁ、ある意味この作品自体が混ぜるな危険だがな!
 黙れメタ。



「先ず普通に好きだと言え馬鹿」
「お……女の子は男の子に好きだって言ってほ、欲しいんだな!」
「その口調は山下清画●か」
「あぁ、漫画貸してくれる人?」
「いや、それは……山、何だったか?」

———その頃
 一人の男子がクシャミをして鼻をすすっていた。
 呼んだかー? いや、俺もおにぎり好きだけどさ。
 奇しくも同じ学校、同じクラスに進学した山口だった。
 もう諦観しているため、普通に反応するらしい。



「……全く、ゲボックは安泰だからいいものを……普通なら取られるぞ?」
「あれだけくっ付いて何もしないゲボ君がおかしいんだよ!」
「何故まず肉欲から行くんだお前は……」
「思春期なんだから当然じゃ無いかなー、全く、モテまくるちーちゃんには分かんないって!」
「女にばかり告白されても微塵も嬉しく無いぞ私は……」
 大体、月一で女子に告白される千冬の嘆きだった。
 女子達の間で、色々取り決めと牽制、抜け駆けと調停の応酬がある事を千冬は知らない。

「あぁ、実際動いてるのは女子だけだもんねぇ、ちーちゃんは高嶺の花すぎるんだよ」
「……なに?」
「ちーちゃんは異性の好意に鈍すぎるんだよ、あのうざったい奴ら(束主観的に全員へのへのもへじ。識別不能)がどれだけアプローチしても全く気づかないから行動起こす前に撃沈してるんだしね」
「はぁ!? 私が男にモテるわけないだろう」
「……ふぅ、流石ちーちゃん、いっくんのお姉さんだ」
「その言い方は激しく腹が立つんだがな。『億が一』そんな奴がいてもだな。そもそも、私は真正面から好意も伝えられん軟弱者なんぞと付き合う気はさらさら無い」
「ブーブー、それは束さんが軟弱者って事かな! ……ふんふん……それまでは絶対安心圏だと———兎も角だよ! そもそも今回の勇気を振り絞る行動! まさに軌道エレベーターの舞台から飛び降りる心境で実施した本作戦は束さんの叡智を振り絞って———『束サんミット』———で全会一致の総員可決された、超々々高———尚!! な、ものなのだよ!!」
 叫ぶ束と、対して色々絞り過ぎだな、と淡々に思う千冬だった。

 ところで。
「たばねさんみっと? 何だそれは」
「ふんむ! よくぞ聞いてくれましたぁ! 『束サんミット』とは———



 束は一線を超えた天才である。
 一日35時間生きるという言は比喩ではない。
 活性化して沈静化する事を知らない彼女の知性は、安寧なる眠りを彼女にもたらさない。
 眠りとは記憶の整理であり、現実と等しいシュミレーターと化した脳内理論実践場であり、主観時間を操作し獲得した時間を活用する場である。天才にとっては、時間さえ常人とは等しい尺度の財では無いのである。

 そしてこの夜、束はその持てる頭脳の全スペックをふんだんに活用し尽くし、とある自己討論型会議を開催していた。

 その名称が、『束サんミット』なのであった。



 巨大な大段幕が掛けられていて、そこに大々と本日の題目が掲げられていた。

 題目とはズバリ———

 『ゲボ君を如何に誘惑するか』
 ……これぞまさしく才智の無駄遣い、その極みであった。

「諸君! って言ってもここにいるのは全部束さんだけどね。えへへへ、分かっていると思うけど、ゲボ君とらぶらぶぶっちゅぶちゅするためにはどうすれば良いか! それを是非とも決定するために意見を出し合うのだ、にゃはははははは!」

 そう叫ぶのは2頭身のSD束だった。
 何故か高校指定のセーラー服とウサ耳、SDにも関わらず巨乳と分かるようなデザインである。

 この束こそが、この場(?)における束の主人格であり、総合司会を司っている。
 名を仮に、『セーラーぷち束』と呼ぶ事にしよう。

 『セーラーぷち束』の宣言に、その場に居る束———全員がSDサイズ———が一斉に歓声を上げる。
 この全て、本当に全て束なのである。
 人は誰しも心の中に天使と悪魔を飼って居ると言うが、束の精神活動はそれどころでは無いのである。

 そして、その中央には仰々しく円卓が設置されており、群衆束とは一際異なる何体かのぷち束が席に着いていた。

 その席についている束は皆、何らかの個性を有しているのか、それぞれ変わったコスプレのようなものをしており———

 かくあらん。思考を分割し、討論形式さえ出来る束の精神は、ほぼ無限数に分割する事が可能、すなわち———

 文字通り、思考の分岐の数だけこの場にぷち束は存在する事になるのだ。
 そして、その中でも個性に尖ったぷち束が九体、主要格として存在する。



「簡単だ、的確に囲い込め。ゲボの身内、生物兵器を取り込み、足元を固めても構わん。最終的に婚姻届に印を押させればこちらの目的は達成するのだからな」
 そう言ったのは将校の衣装にサングラス、パイプを咥えたぷち束だった。
 なんだか『マッカ●サー』っぽい。

 明らかに口調からして異なるこのぷち束は策謀、計略を司る『参謀ぷち束』である。白騎士事件や獣人事件では多大な発言力を発揮したそうな。

「……それではあまりに浪漫が無い。愛は日常で育まれるもの……一緒に研究して寝泊まりし、ある日……彼の方から……ぽっ」
 ぶつぶつ言って居るのはぐるぐる眼鏡で半纏を背負い、円卓の一部を炬燵に改造してヌクヌクして居るなんだか引きこもりっぽい束だった。
 呼称を『どてら眼鏡ぷち束』と言い、人と関わりたく無い、内向的な面の象徴である。基本受け身なのだが、その分一人チクチク内職して居る時の作業効率は群を抜く。

「駄目だよ! ちゃんとお話しして好きになってもらわないと! 待つだけで期待してたら、おばあちゃんになっちゃうよ! どれだけゲボ君ちに泊まったと思ってるの!? ……殆ど徹夜で寝てないし! 言葉にしないと伝わらないんだよ! だから真っ正面から想いを貫かせないと!!」
 逆に社交的(身内限定)な『魔砲少女ぷち束』が蝶飾りの付いた魔法(科学が極限まで発達すれば魔法と云々なそれ)のステッキを振り回して強調する。
 可愛らしいヒラヒラな蝶をイメージする衣装、しかしウサ耳である。
 なお、そんな事を言いのつる彼女の基本、言葉を用いるものの、やってる事は力ずくのゴリ押しである事が殆どだったりする。

「ねむいー。ゲボくんとねてくるのー」
 そんな会談など全く意に介さぬぷち束がいた。
 ひらひらとしたドレスを着て眼をこするのは、SDサイズのぷち束の中でも一際幼い印象のぷち束である。
 沈黙の兎、という人食い兎の縫いぐるみ(誰かを頭から丸齧りしていて猟奇的であり、お世辞にも決して可愛くない)を抱きしめつつ、ここの空気に全然混じろうともしていない。
 束の童心を司るロリロリぷち束だった。
 束は感情の発達が遅れているため、結構強い勢力でもある。

「「「「「ぬけがけすんな!」」」」」
「びえーんっ、たばねちゃんぜんぶこわいー」
 しかし、6体掛かりものぷち束の剣幕には幼い故に敵わないようで泣き出した。

「全く、なんだかんだ言って貴女達も彼と寝たりいちゃいちゃしたいんでしょうに。具体的には———」
「「「「「「きゃーっ! いきなり何言い出すのー」」」」」」
 いきなりY談を始めるのは如何にも女教師、と言った風情の紅い三角縁眼鏡のスーツ姿のぷち束、『女教師ぷち束』である。教鞭を振ったりホワイトボードマーカーでまぁ、色々書き始め———
「ふん縛っておけ」
 『参謀ぷち束』に指揮された『無印ぷち束』に猿ぐつわでむーむー芋虫にされている『女教師ぷち束』であった。
 まあ、言うまでもないが、束の女性面を真っ正直に出した面でもある。
 知っている知識をドヤ顔で開けかしたりするのも、このぷち束の影響が大きい。



「まあ、よい。何にしても、ゲボ君も男であるからの。女教師の策も悪くはない。寧ろその方向性で行くも良かろう。しかし、となるとゲボ君の趣味趣向を調査する必要があるのぅ、参謀や、その辺の調査は抜かり無いかの?」

 その言葉とともに。
 ゴンドラが降りて来た。

 神々しく円卓に降りて来たゴンドラに腰掛けているぷち束は、一言で言えば宝塚のアン●レのような衣装、きらびやかな羽根が背中からもわもわ出ている一際存在感を有していた。

「はっ、ゴッデス閣下、ゲボは……その、エロいものには過剰に赤面いたします。純情的なタイプであるかと。どれにも過剰な反応を示すので、逆に趣向を特定するのも困難であると思われます」
 流石束、見てないようで何と見ている事か。

「む———浮気や寝取られの心配は無い反応なのは良いが、わらわの賜る至福にさえその様子では、やや難があるのう……どうしたものか……」
「こらーっ! 勝手に仕切るなっていっつも言ってるでしょおおおおおおっ! あと参謀! ゲボ君の事ゲボって呼び捨てすんな! つぅかゲボじゃねえ! ゲボックだ!」
「乙女があんまりゲボゲボ言うのもどうなのかね?」

 その、凄く偉そうなキラキラしているぷち束に『セーラーぷち束』が抗議する。
 どうも、いつもこんなやり取りをしているらしい。

 なお、この無駄に神々しいのは、束の『己に対する絶対の信仰』すなわち『自らに対する絶対の自信』の表れ———『ゴッデスぷち束』であった。

「なんじゃ主人格よ。結局我々は同じ束なのじゃから別にどうでも良かろうて」
「言い訳あるかー!」
「まぁまぁ、落ち着いて。飲み物とかどうですのー」
「おぉう、超気が利くね流石私!」
 後ろから飲み物を進めてきたので、一気にテンションアップして飲み干す『セーラーぷち束』……が。
「ッブふぉぉ!? って何これ生臭ああああああああッ!」

 ブッハァッと赤茶けたドリンクを吹き出す。
 他のぷちぷち束は見事にしぶきから完全回避だった。
 末端でも流石は束である。

「ストレスが溜まっていたようなので、カルシウムとビタミンDが採れるイワシジュースを作ってみたんですのー。キャハッ」
 竹箒をかき抱いてシナ作っているのはエプロンドレス姿の『メイドぷち束』。
 束の奉仕心(身内限定・一方通行気味)を担当している。
 ちなみに竹箒には『箒ちゃん印。洒落は洒落でも御洒落なのさっ!』なんて書いてある。
「いくらなんでも生臭いよ! どうやって作ったんだよ!」
「鮮度の高いイワシを一匹丸々ミキサーにぶち込んで作ったんですのー」

「生そのまんま!? 喧嘩売ってんのかごらあああああああああァァァ———ッ! だいたい今時『ですのー口調』なんて古いんだぼけぇ! その喧嘩、今なら買い占めるぞクソメイドぉぉおおッ!」

 ぺち。
「へう?! う、動、け、無、いーっ!?」

「まぁ、そう興奮してはいけませんよ、主人格。短気は損気。」
 『セーラーぷち束の顔にはデッカい札が『巨乳注意』の印で書き込まれ貼り付けられていた。
「まぁ、言葉では聞かないようなので封印封印、インドの蕎麦屋〜、インドの蕎麦屋〜、煩悩煩悩ゲボ君煩悩煩悩いちゃいちゃ煩悩煩悩ラブラブ煩悩煩悩……」
 隣で何か呪文を唱え始めたのは巫女服姿の束だった。
 一応、篠ノ之の娘としての束のようで、そのまんま『巫女ぷち束』。篠ノ之家は一応神社であるのだが、どっちかって言うとコスプレの巫女服っぽいのが束らしい。

「さて、何やらよく分からんが続きをするとするかの。しかし、『巫女ぷち束』よ、お経は仏教じゃぞ? そのうえ、煩悩を逆に垂れ流しにしてどうとするのや?」

「メイドに巫女か……さすが私、わきまえていますわ」
「女教師、もう黙れよ私」
「参謀……踏まれて喜んでるから止めた方が良い」



 ま・ぁ・じ・め・に———



 仄暗い声が響き出した。
「ふ、封印がっ———」
 『巫女ぷち束』がその脅威に戦く———

「大丈夫、何があっても真っ正面から加粒子砲で打ち抜けば大丈夫だよ!」
「おい私、本当に魔法少女なのか!?」
「うぉおおおおおっ! いっつもこの調子で進まないんだからー! だから駄目駄目なんだよー!!!」

 カッ! と会議場に閃光が響き渡る。
 うわあああああああっ! といちいち『無印ぷち束』が反応する辺り、さすが束クォリティだった。しかし、束束、口が疲れて来た。



 参謀(知略)魔法少女(ゴリ押し)が漫才やっている間に『セーラーぷち束』が復活する。
 なんかオーラのようなものが迸っているように見えなくもない。
 吹っ飛ばされている『無印ぷち束』が何ともエフェクトっぽくなっている。

「で、どうするのかの、主人格———」
「誰かいい案無いかな!」
 潔過ぎる即答だった。

「他力本願じゃの」
「んー、そもそも、まっとうに思いつかないからこの場を設けたんだしー」
「眼を逸らしております!」
 報告す(チク)る参謀。

「本人が、役立たず……くくっ」
 陰気に笑うどてら眼鏡。

「ちゃんと眼と眼を合わせなきゃ駄目だよ!」
 何か言葉だけは真っ当な魔法少女。

「そうね、女の眼は武器よ」
 相変わらず明後日に論議がブッ飛んでいる女教師。

「主人格様、御本人さえ碌な案が無いので眼を逸らしておりますのー」
 奉仕心の象徴のくせに何やら黒いメイド。

「ふっ、眼をそらしたという事は弱みがあるという事、今こそ篠ノ之家直伝、秒殺閃空地獄極楽封印を———」
 目的変わって邪気眼に目覚めつつある巫女。

「すー、ちーちゃん、すー、ゲボくーん、ZZZZzzzz……」
「おやおや、お子様が寝てしまったの」
 さらにはついに寝落ちした『ロリロリぷち束』を膝に乗せてあやすゴッデスであった。

「もうヤダこんな私ーっ!!」
 まぁ、元が束なのでこんな風になってしまうのも仕方がない。
 この場に千冬が居たら、少しは私の気持ちも分ったか? とニヤニヤしながら言うに違いない。

「うーるーさーいー」
 やだやだと駄々をこね初める主人格が五月蠅かったのか、『ロリロリぷち束』が目を覚ました。

「お前も私なら勝手に寝るなぁー……ひぐっ、ぐすっ……うぐっ」
「あーたばねちゃん、ないちゃめーよ?」
「だってー、ゲボ君がぁー」
「おうおう、ついに泣き出してしまったか、これではどちらがお子様か分からんでは無いかのぅ」

 なんだか混沌の様を———あぁ、それは初めからなんだが、そんな感じになってきたので自己賛辞の象徴たる『ゴッデスぷち束』もこれだからわらわは……と呟いても仕方が無いかもしれない。

「そもそも、男をひきつけるなどとは我等総員を持ってしても経験が枯渇しておりますゆえ、明確な方針が出ないのも仕方がなし」
「漫画にも……確実性のある方法は特に無し。なぁんで上手く行くんだか……くく、所詮フィクションだねえ。大体が打算もない行き当たりばったり……博打と大差ない……」

「んー? げぼくんとらぶらぶー?」
「いいわぁ、その私のつぶらな幼さ、背徳感をそそるわ! そう! 二つの天才的頭脳はカドケウスの———むぎゅう」
「はいはい、汚物はお掃除ですのー」
「メイドの、消毒が良い。はい、精神感応紅蓮放射器『ゲイルレズ』だ」
「オーバーキルもはなただしく無い!?」
「メイド、色魔踏んでる。どこから私はそんな知識得たんだか……封印いる?」
「焼くのは流石にのう、人間焼くとすっごい臭いらしいし、脳内にそんなデータ1ビットもとどめときたいとおもうのでな、埋めとくがよろしい『無印ーズ』やっとけ」
「「「「「「あいあいさーっ」」」」」」
 ずごごごご……とさすが束。何やら凄い重機がわんさかやって来て瞬く間に『女教師ぷち束』を埋めて舗装してあげくにベアリングロード加工までしてしまった。

 なお、ベアリングロード加工とは、路面の鏡面を精神感応金属『イヴァルディ』のナノボールで敷き詰める事により、思考操作でナノボールを転がす事により人を勝手に運ぶ路面である。



 そして。
 落ち着くのを待っていたのだろう。

「んーとね、ゆきこおばちゃんがいってたのー。おとこなんてわがいちぞくでんとうのおっぱいでもおしつければいちろこだーって、おばちゃんもおじちゃんげっとーだって」
 『ロリロリぷち束』にしてみれば、ラブラブの続きを話したにすぎないのだろう。
 子供は会話の流れを自分の言いたい事でよくぶった切る。増してや束ならば尚更だった。
 だが、そんな事はどうでも良かった。
 重要なのは、彼女の語った内容である。



———しん———

 『ロリロリぷち束』が、全然まとまらない会議にそんな石ぶん投げたのをきっかけに、水を打ったかのように円卓が沈黙したのだ。

「……おっぱい、だと?」
「その前に、雪子とは誰かの?」
「……さて? 知りませぬが」
 叔母の名前が出ないとは、さすがの束である。『童心』だけが知ってるのが何とも。

「……くくく」
「知ってるですのー? 眼鏡どてらちゃん」
「さぁ……ねぇ」
「教えて!」
「……ひっ、近付くなっ」
「外交的な個が、引きこもりに迫ってますねえ」
「アレは封印しなくていいのか?」
「……良いじゃないですか」
「黒いね私!」

「んー、私も興味ないけど、ロリりんが、叔母ちゃんと言っているんだから父親か母親いずれかの妹に違いないんじゃないかな!」
「あ、主人格復活した」
「よくも悪くも刹那を精一杯駆けまくりすぎじゃからのう」
「……近所の小母ちゃんとかは無いの?」
「そんなん、この子でも憶えてないよ!」
「「「「「「「「そりゃそうか」」」」」」」」
 全会一致。これが篠ノ之束、総意な訳で。

「あ、女教師も復活した」
「でも地面から顔だけ出てます」
 ボゴンッとベアリングロードブチ抜き。
 頭に破片が乗っているのがコケティッシュだった。

「河豚でも食べたみたいですのー」
「それは迷信であるな」
「知ってるよ! だって束さんは天才だもん!」
「つまり皆天才な訳だのぅ」
「以心伝心! 心が伝わり合うって良いよね!」
「彼女は本当に私なのかしら……?」

「っていうか今誰の発言か分るの?」
「皆同じヴォイスだし」
 わいわいがやがやしばし束同士で喋った後だった。
 
「さて、そろそろ良いじゃろうか、この幼子の言った『おっぱい作戦』で行くか否か。皆の意見を聞こうではないか?

 そして、意見を統計する。



「おっぱいで」
「おっぱいで」
「おっぱいで」
「おっぱいで」
「おっぱいで」
「おっぱいで」
「よろしい、ならばおっぱいだ流石私、ほぼ全会一致じゃな」

「だーかーらー! 勝手に仕切るなぁー! あ、でもおっぱいで」

 だが、意見は結構あっさり統一(お子様の『ロリロリぷち束』は別)する。まあ、全員同一人物なのだし。
 バックで21万弱の束が一斉に「おっぱい」と声を合わせて斉唱している。

 ……この場に男が居ないというのもアレなのだが、巨乳の持ち主が———たとえSDサイズでも一斉に叫ぶと変な意味だが、宗教的な光景だった。
 煩悩の化身みたいな宗教だが……。
 ●川流か?

 天才って……。
 
「これで完全に全会一致でおっぱいで誘惑、これでいいな———む、もうこんな時間か、人格を統合するぞ」



「「「「「「「「「超電磁天才合体!!!!!!!!!」」」」」」」」」
 どりゃあああああっ!! と20万8467体の束が一点に向かって殺到する。

 その姿は合体巨大化する際のバル●ン星人の様だった。
 合体する様がスライムみたいにぐにょぐにょ軟体化しているのがちょっとキモい。

———意識統合!! ———

 チュンチュンと雀が鳴く。



「起きろ、束、朝だぞ」
「んー? ちーちゃん?」
「ほら、寝ぼけてないでさっさと起きろ」
「よし、おっぱいだね!」
「寝起きでもう色ぼけか!?」
 拳が真上から振り下ろされる。
「はぁうっ! ちーちゃん酷い! 素敵なアイデアが脳天ごと陥没するところだったよ!!」



 と言う事が今朝あったのであり。
 なお、千冬は学校公認の起こして学校に引きずって行く幼馴染である。
 現実はこんなもんだよ、と山口に慰められた。
 詳細は意味不明だったがとりあえず殴っておいた。
 ……しばらく食事ができなくなった様だ。

 不味い。最近、力加減が分からなくなってきた。
 幼馴染共が頑丈すぎるのである。

「てな事があったからこの作戦にしたんだよ!」
 ふん! と胸を張り、ぶるんと震わせる。
 ……はぁ、と千冬は視界を覆う様に手を被せ、ため息を吐いた。
 最近、絶え間なく頭痛が響いている気がする。



「阿呆だろ束」
「阿呆じゃないよ! 天才なんだよ!」
「そのまま陥没してれば良かったんだがな、脳も」
「だんだんちーちゃん残虐になってない!?」
「誰のせいだ」
「自覚あるんだ!」



 なお、ゲボックは傍でぶっ倒れてるわけだ。
 相当過激だったのか、物理的に冷却しながら。









「なあ、山なんとか、立場交換しないか?」
「マジで病んでるな織斑! あとついに思い出そうとする作業放棄したなてめぇ!」

 なんて会話が出る授業間の休み時間。
 千冬は山口に愚痴っていた。
 所でゲボックはと言うと、鳥山石燕―――じゃなかった、同じ苗字の作者が描いたの超バトル漫画を束とを読んでいる。七つの球を集める物語は素晴らしい。
 丁度、緑色の宇宙人の星で上空に宇宙中のエネルギーをチャージしているところだった。何としても冷凍庫なる敵に当てなければいけない燃える展開だ。

 でも、あれ最初シュールギャグバトルマンガだと思ったんだがなぁ。

 なんてもの読ませるんだ! と詰め寄る千冬に山口は「アイツに、これかDr.スラ●プ、どっちかって究極の選択迫られたらどうする。嫌だって言うと篠ノ之がめっちゃ睨んで来るとして」と言われて。
 ああ、こっちだな、と思った。
 つるっと滑って時空漂流とか挨拶で口から波動砲なんて洒落にならん。
 あ、口から何かはこっちにもあったか。

「あいにくだが、俺は篠ノ之のあの目に見られて喜ぶ性癖は無いからなあ」
 山口はキッパリ千冬の提案を拒絶する。
 束は千冬の教育のお陰で、人を無視することは無くなったが、それでも興味が無い相手には、顕微鏡で見るミジンコに対するような表情(ゲボック談。因みに小生はミジンコでもとっても面白いですよ! との事)をするので、特殊な性癖を持ちでもしない限り、すすんで話しかけたりはしない。特に同姓からの評価は最低に落ち着いていた。

「だが、一夏の姉の立場は渡さん」
「交換する前提で喋るな。せめて性別はそのままで居させてくれ」
「まぁ、冗談だ」
「織斑が言うと冗談に聞こえないからなあ、ま、当然だわな、織斑までアイツ等に毒されたらこの高校は終わる。何であんな頭だけじゃ無いが突き抜けてるやつらが、こんなちょっと成績良いだけの学校にくるんだよなー」
「……あー」
「わり、冗談だよ」
「すまん」
 理由が分かっているが故に、山口は謝罪した。それぐらいは二人の事を理解しているのだ、この男も。

「―――で、どうしたんだよ、織斑が愚痴るなんて珍しい。俺にでも惚れたか?」
「死ね。いや、いつも相談に乗ってたところなんだが、このところ忙しくて行けなくなったんでな、ちょっと溜まってたん……だろう」
「お前もすっぱり過ぎるなあ。確かに忙しそうなのは分かる。まだ公式に出てねえけど、何つったっけ? 篠ノ之が作ったメカ使ってやるKー1みたいなの。あれ、出るんだろ?」
「モンド・グロッソだ。せめてオリンピックみたいと言ってくれないか?」
「いや、でもやるのはガチンコだろ?」
「ま、それはそうだがな」
「こうして織斑無双伝説は世界規模で知れ渡るわけだ」
「本気でやめてくれ!」
 まぁ、ずばりその通りである。

「俺、学友としてインタビュー受けたらこう答えるわ。ああ、出会ったときから最強でしたって」
「殴るぞ」
「……まだ殺人犯にはなりたくあるまい」
「安心しろ、蛇●捻転で関節外すだけだ。肘と足首と膝と股関節どこが良い」
「裏鬼●かよ!? 外すところがいちいちいやらしいな!」
「ところで、傷一つ残さず内蔵奪う抜き手ってどうしたらできるんだか想像もつかんのだが、分かるか?」
「極める気満々だよこの女! というか元ネタ分からん人はハンター試験中のキ●アだと思うだろうが!」



 そんな感じで無駄な話をつらつらと。
 山口は、客観的な立場で千冬、束、ゲボックを見続けてきた数少ない猛者であるから、心情を察してもらえるのである。
 こういう無駄なものが、あー日常って良いなぁ、等と涙を誘う事この上ない感想を千冬に抱かせるわけで。

「ところでよ、近頃篠ノ之の奇行に輪が掛かって磨かれつつ極まった感があるんだが、もしかしてもしかすると、やっと思春期来ちゃったとかそんな感じか?」
「まあな。分かるか? と言っても気付いたのは3年前だ。最近進展の無さにとうとう堪えきれなくなったみたいでな?」
「分からんでか。あんな幼稚園児の初恋みたいなの見せ付けられたら年甲斐も無く、お父さん的に微笑ましくなるだろうが。へー……しかし、3年ねぇ……」
「……? どうした?」
「で、お二人共通の友人、織斑さんとしちゃどうなんよ、幼馴染同士が交際するようになるかもしれないってことにさ」
「私としては大歓迎なんだがな。これでちょっと人として成長してもらえればいいな、と思っている」
「さらに自重しなくなるだけだと思うがなあ。色ボケ付で」
「……人の夢を壊すような事を言わんでくれないか?」
「……ふぅん、さあな」
「……?」
「なあ、ゲボックの野郎はどうなんよ。織斑としちゃ、脈ありと見るか?」
「なかなか、相性はいいと思うぞ、二人で会話しているところは、本当に楽しそうだからな。むしろ、十分すぎるほどだ。レベルが飛び抜けすぎて他では何を話しているかさえ分からんだろう。親しい私でそれなんだ。お似合いだよ」
「織斑なぁ……」
「どうした?」
「お前織斑だな、うん。マジ織斑」
「なんだか腹立たしいな。そうだ、急に指弾練習をしたくなったんだがそこに居てくれないか?」
「アスファルトにめり込む指弾なんて一発も受けたくねえよ!」
「……しかし何だ、いきなり。不可解だぞ山」
「ついに山しか言わなくなった!? ……まぁ、あれだ。織斑」
「だからなんだ」

「……残酷だな―――お前」
「は……?」
 まったく理解不能なコメントを返され、思わずぽかんとしてしまう千冬。

「お、先生来た。席々……」
「おい、どういう意味だ。おいっ!」
「だから、お前は織斑だなって」
「意味が分からんぞ、おい!」

 なんだか微妙な表情を浮かべながら、山口は席についた。
 結局後で聞こうと思っても、その日はそれ以来、会話する事も無く。
 そのうち、授業に集中している間に忘れてしまった。

 この時、山口の話をちゃんと意味が理解できるまで聞きただす事をしなかった。
 この事を、千冬は後に酷く後悔する事になる。









 篠ノ之箒、小学4年生。
「うふふ、くっふふふふふ……」
 ああ、間違えないでいただきたい。
 これは箒であって束ではない。

 つい先程、とうとう彼女は一夏に宣言する事に成功したのだ。
 今度行われる剣道の全国大会。
 それにおいて優勝すれば一夏に付き合ってもらうと。

 とうとう———大事なのでもう一回言ったのだ———伝える事に成功したのである。
 今まで何度一夏の前で硬直し、口に出来なかった事か。
 言おうとしたその場に柳韻が居たか。
 一夏がよそを見ていたか(竹刀で頭頂部をぶん殴った)。
 千冬が竹刀を振り回していたか。
 ぐふふふと聞こえたので背後に振り向くと天井に束が張り付いていたか。
 とうとう言えたと思ったら、言葉に合わせてゲボックが実験を失敗させて大爆音を響かせていたか。
 気を取り直して、もう一度言おうとしたら吹っ飛んで来たゲボックと一夏が鉢合わせになり。突如猛速度で乱入した千冬が二人の頭部を強打して引き離したせいで入れ違いになったゲボックに間違えて付き合って下さいと言ったとか。慌てて、条件を言い損ねたのである。
 もし一夏なら普通の告白だったのだが。惜しかった。一歩間違いでこちら地獄の三丁目である。

 ああ、思い出しただけでさめざめ涙が出て来た。
 特にその瞬間、人生の墓場はまさしくノンフユーチャーモードだぜ! の絶望感に捕われたものである。
 その直後どこかに一夏を保管した千冬がバックして来てそのまま『仮面バイク乗り』の跳び蹴りをゲボックに炸裂させ撃滅した後、箒の両肩に手を優しく乗せ『自分は大切にするものだ』と真摯に伝え、去って行った事とか。誰のせいだ。未来の義姉上よ。
 
 などと勝手に決定事項を浮かべる箒だった。
 その直後、間違えてマンドラゴラの引き抜きコンサートに紛れ込んだUSAでのマリ●のような表情の束を発見したのだが、いったい何だったんだろうか? まあ、姉の奇行は尽きないので特に気にしない。

 まさか姉妹でっ……! そんなっ! なんて運命は残酷なのッ! とか。だから何がなのだろうか。



 そして、何度目か分らない程のリピートで思い出す。
 言えた。
「うふふ……」
 再び、にやぁ。と歪む頬を戻せない。
 さっきは泣いていたのでとんでもない百面相である。
 両親が見ていなくてよかったものだ。見られていたら『ほ、箒もだと……ッ!』となっていたのは間違いない。

 この姿を見たら、千冬なんかは、あぁ、束か———と言いそうなぐらいそっくりだった。
 箒の中に勝利条件なんてあって無いようなものだ。

 相当昔から剣を振るっていたため、同年代の子を遥かに凌駕するアドバンテージがあるし、柳韻直々に『お前は俺に似て才能がある』と言っていただいたのだ。
 箒にとって、理想の男性像が実体化したような柳韻のお墨付きを貰ったのだ。
 箒はさり気にファザコン気味である。実は尊敬の念なのだが、それが相当高いのである。
 もう、負けるなんて一切思考に挟まれない。
 ああ、やっぱり束の妹である。
 繰り返し過ぎはしつこいだろうか?



 まぁ、一夏にしてみたら、優勝の褒美に一緒に出かけて持て成してやろう、ぐらいの感覚なんだけどな!



 知らぬが仏ばかりなり。なのだった。



 さて、慢心を発散しまくっている箒だが、鍛錬は本気で毎日こなす。
 げに恐るべきは習慣であった。

 一心に対戦相手の脳天を砕くイメージを反復し木刀を振り下ろす。そう、竹刀ではなく木刀である。時折ニヤ付く箒は不審者そのものだった。知己でなければ通報しそうな勢いだった。
 しかし、練習は本気なのだから、箒も器用なものである。

 そこに、オドオドと、接近して来る気配があった。
「誰だ!」
 さて、ニヤ付いていた顔を見られたのなら、殴って記憶を消そうとしている辺り、ばっちり千冬の影響も受けている箒が振り向くと、そこには異形が居た。

 茶色い体躯。
 まるで、デッサン人形を人間大にしたような姿。
 それでいて人としてもやや長身なひょろ長いシルエット。

 ゲボック製の生物兵器、茶の三番だった。
 コンセプトは汎用性の極致。
 ありとあらゆる装備を取り付ける事が可能であらゆる状況に対応が可能なタイプだった。

 何となーく、フランスの兵器企業、デュノア社の兵装コンセプトに近い所があったりする。

「あぁ、アンヌか」
 安堵の吐息を漏らす箒。
 何故か、茶の三番には気が許せる箒だった。
 それは、恐らく茶の三番の気質であろう。

 茶の三番は器用貧乏と言う印象が強いが、逆を言えば苦手な事が無いという事でもある。
 万能性とは、そう言う事だ。
 実際、茶の三番が使えない武器は無い。
 実生活にもその性質は現れているのか、ベッキーと一緒に研究所を増築(ウィンチェスター家も真っ青の謎の大改築を繰り返している)し、左官屋作業をしているのを見受けたり、灰の三番と家事をやったりもしている。実は超音速戦闘機の操縦も可能である。脳波でもマニュアルでも大丈夫である。
 さらには、何気に商店街でのお使い要員として出現頻度も高い働き者なのだ。
 一夏とも顔見知りである。
 そうであるにも関わらず、本人は全くその事を鼻にかけないのである。

 茶の三番自身という生物兵器は謙遜に過ぎる性格をしているのだ。
 いつも相手の様子をうかがい、キョドキョドとしているのが第一印象、それが誰しも受けるイメージである。
 その為だろうか。
 誰に対してもまず威圧という、束とは逆ベクトルの反社交性の塊である箒にも、いつもどおりビクビクしながらも決して疎むでも無く。根気強くしながら接し続けていた。
 例え誰だろうがビクつくのだから、別に箒でもいつも通り慎重だっただけなのだが。
 さて。
 とってしまう態度は兎も角、実際は良心的な気質である箒だ。
 怯えつつも傍にいてくれる茶の三番を気に病まない訳が無い。

 高圧的な喋り方であるものの、一言二言と、言葉を交わすうち、少しずつ気を許すようになって行ったのである。
 千冬に憧れている点でも共通しているから、話題が弾むという訳だ。
 まるで猫だな、篠ノ之箒。そして見事だ茶の三番。

 しかし、箒には同年代に溶け込めない理由として話題の共通性の無さがある。

 何せ周りが束に千冬にゲボックだ。
 一夏は自分と同じ剣術見習いのため世界は広がらないし。
 故にただひたすらに剣を振る。

 そこで変化が起きた。
 茶の三番に剣を持たせてみたのである。
 ただ、箒の練習をぼうっ、と眺めるのも飽きたので、持ってみたのだ。
 万能性故か、好奇心旺盛な質でもある。ただ、臆病でそう見えないだけだ。

 結果。西欧ブレードを主とした動きだったりするが、見事に振れた。

 それはそうだろう。あらゆる戦闘武器を装備できるという事は予め、それについての動作が基礎プログラムに組み込まれているという事なのだから。
 思ったよりずっと巧みに剣を振る茶の三番に箒が眼を煌めかせたのは言うまでもない。
 一夏を相手にした場合、剣においては競い合う相手というよりも、凄まじい勢いで背を追って来る後輩という感じなのだ。追い付かれる訳にはいかないと意地になり、剣に関しては馴れ合うわけにはいかなかった。血涙流す心持ちでもだ。
 一緒に楽しく、とは行かなかったのだ。
 最近ギリギリになる事も多くなって来たのである。
 さすがは千冬さんの弟だな、と戦慄している最中でもあるが、それに合わせて成長を続ける箒も大概だった。



 暫くして『小公女ごっこ』でアンヌ役になった、と報告する茶の三番に、『では私もアンヌと呼ぶ事にしよう。私の事も箒と呼べ』と言う程にはすっかり、剣友なだけではなくなった。
 それから起きた事は皮肉と言う他無いだろう。
 同学年の友人が殆ど出来ない箒はアンヌを通して沢山の生物兵器と友人関係になれて行ったのだから。
 6年後、IS学園でISサイボーグと知り合ったとき、一夏レベルでいきなり気さくに攻撃をしかけられたのも、この『後遺症(と言っていいだろう)』のせいである。
 精神的な防護の垣根が、人間よりも生物兵器の方が低いのである。



 まあ———
 それは、これから起こる事も関係がある訳、なのだが……。



 アンヌはその気性のせいか、顔が広いのだ。
 最初に青の零番こと、アーメンガードと知り合い、と言った感じだった。
 眼の点滅を解読する為にモールス信号に精通してしまったのは秘密である。
 年齢を偽ってアマチュア無線に合格してしまったりする。
 え? 偽装? 情報統制型だって、箒の友人である。
 
———そう。お陰で箒は人間よりもそれ以外の友人が多いと言う、本末転倒な人脈を構築する事になってしまっていた。
 一夏がIS学園で再開した時、初対面の人に対する態度に一言言ったのもそのせいである。



「よっ」
 箒はアンヌと全国大会へ向けた稽古を開始する。
 アンヌを作ってくれた事。この一点だけで箒のゲボックに対する印象はプラスだったりするのはここだけの秘密だ。

 箒が袈裟掛けに振り下ろした木刀をアンヌはよく見たら三つはある肘で人体に有り得ざる角度に剣を取り回し、受ける。

 何気に即応性を高める実戦訓練をしている二人だが、この訓練は本当に随分と箒の為になっている。
 実は、今振っている木刀は中に鉄芯を通しており、真剣とほぼ同じ重量があるのだ。
 だが、そんなもの試合形式の稽古では振れない。
 当たったら怪我では済まないからだ。

 だが、アンヌは普段キョドキョド君だろうが、ばっちりゲボック製生物兵器。
 宇宙空間での活動も可能である肉体は、もし剣で受けられなくても腕の硬度で弾き返せる。
 そう、怪我の心配が無いのだから、箒も思い切り振るえるというものである。

 続いてアンヌが放った竹刀の薙ぎ払いを、止まらず躱す箒。更に接近し、ギリギリで剣の振るわれる道を見抜いて更に懐に入る。
 結構な長身のアンヌは竹刀を振り回すだけでも範囲攻撃になる。
 腕も木刀ではびくともしない硬度なので当たれば痛い。アンヌが恐る恐る手加減しているので骨折は無いが、痛いものは痛い。
 一回、脇に当たって悶絶した箒を見てしまいショックを受けたアンヌが柳韻に土下座しまくっていた事があった。
 稽古の上なのだから、寧ろその態度の方が侮辱になる、とアンヌの頭を上げ、食事に招待した柳韻は、大物かもしれない。
 顔は引きつりまくっていたが。

 そんな訳で、アンヌから離れるのは愚策である。
 大柄な相手と戦う場合は懐に入る。これは、常道である。
 だが、相手は人間ではない。しかも、現行兵器を易々と捻り潰すゲボック製生物兵器。
 撃破したかったらISか千冬でも持って来なァ! な超絶生物な訳で。
 腰に構えた一閃を逆袈裟に振り上げた所には、アンヌの上半身は無い。
 依然として触れそうな位置にアンヌの足腰は有り、別に分離なんかはしていないが、逆袈裟の軌道から逸れて倒れた胴体が地に着きそうな程折れ曲がり、長身を生かしてぐるっととぐろを巻くように箒の後ろに上半身が回って来る。
 そこで一刀唐竹割りに振り下ろされる竹刀。
 とっさに箒は真上に剣を構えてアンヌの一刀を受ける。
 と言っても体格差から、箒では受けきれない。
 だから、ずるっと滑るように、アンヌに逆らわないよう身を沈め、スライディングの要領で、アンヌの足をすり抜ける。

 ここがアンヌの手加減の巧みさなのである。力を抜いているだけではない。
 対処できると判断すれば、それなりに力を入れ、ギリギリの攻防を体験させることができるのだ。さすが万能、教導も得意という事だろうか。
 そのうえで、アンヌも楽しんでいるのである。やはり生物兵器、闘いは楽しいらしい。

 その間に、アンヌは普通の人型に体勢を整える。
 再度、箒は打ち掛かるを繰り返す。

 二人はこの瞬間、確実に充実していた。



「あー、結局腕で庇われるのが限界か、まだまだだな、私も」
 汗だくで箒が伸びていた。
 アンヌはそっと飲み物を差し出す。
 アンヌも、灰の三番同様、声を発することができないタイプ、と言う訳ではない。凄まじい程口下手なだけである。

「すまない。あー……生き返る……本当、稽古になるな。お前との打ち合いは」
 それを聞いて、額の汗を拭う仕草をするアンヌ。

「……色々危なかった、だと。冗談抜かすな。全くお前は綺麗に手を抜くものだからな……」

 お陰で箒が超実戦派になってないか? と柳韻が首を傾げる羽目になっている。
「なぁ、アンヌ。ついに私は言えたぞ」

 好きだって?

「違うわっ!」
 ストレートに珍しく言ったアンヌに顔を真っ赤にして反論する箒。
 ビクッ、と少し反応してしまったのがアンヌらしい。
「―――今度の全国大会、優勝したら付き合ってもらうってな」
 対するアンヌはやれやれ、と言った仕草である。
 ゲボックの秘密基地で一夏の詳細を灰の三番が喜色満面で公開しているので、だいたいが推測ついてしまったアンヌはやれやれ、と思ってしまう。
 でもそれを伝えないのが、アンヌクォリティだった。臆病な気質だからである。

 うん、頑張れ。

 普通に激励するだけなのだが。
 そう言う経験に乏しい箒は感激する。
「あぁ、お前がこうして訓練してくれるからな、私は無敵だっ!」
 寝そべりながらも、万全の旨を宣言する箒はこの時、絶頂期だった。

 そう、絶頂、頂点に到達すれば。



 あとは———

 転がり落ちるだけである。



「……箒、いいか?」
 仰向けに大の字で寝転んでいる箒に声がかかった。
「……ち、父上!」
 慌てて起き上がる。
 屋外でぶっ倒れているなど、はしたないにも程がある。
 アンヌが両手を振って自分が悪いんですと弁明しようとしていた。
 しかし、叱責の気配はない。
「……?」

「体の手入れを済ませたら、居間の方に来てくれ」
「……は、はい!」
「母さんと、三人で話し合う事がある。急がなくて良いから、ちゃんと来てくれ」
「分りました」

 それだけ告げると、柳韻は自宅に戻って行く。
「……なんだか、父上の雰囲気が違ったな」
 こくこくと頷くアンヌ。

「何の事か、心当たりはあるか?」
 と聞いても、アンヌも首を傾げるだけである。



 切欠は、この柳韻の切り出した話だった。
 一つの家族が巨大すぎる力に振り回されるのは。









「さぁーて、今日も今日とて楽しい楽しい科学ですよー!!」
「今日もとか言いつつ全っっったくもって不眠不休で続行中だろボケェ!」
 何だか色々テンションが天元突破(常時運行)しているゲボックの後頭部にモンキーレンチが炸裂する。
「ふぶぅあ――――――ッ!」
 何だか色々怪しげな薬品入りのビーカーやらフラスコやらを薙ぎ払いながら滑っていくゲボックを見てティムは溜息をつくだけである。

「なんで死なねえんだアニキは」
 劇薬でもあったのか、あっつぅぎゃっはぁのた打ち回っているゲボックに『束さん印の何でも中和剤。果物に入れないでください。酸味が消えるぜ!』をぶっ掛けずるずると部屋の外まで引きずり出す。
 部屋の外にある『水洗』レバーを捻って部屋丸ごと洗浄するとそのまま、ズルズルとリノリウムの床をゲボックで這い跡を残していく。
 振り返ると何だかナメクジみたいな跡だな、と微妙な表情になったティムは丸い窓を開けてゲボックを放り込む。
「えーと、人一人だったな。こうしてこうしてっと」
 投影パネルを操作して、洗浄を開始する。
 全く着衣を洗濯しない、風呂にも入ろうとしないゲボック用の『人体洗濯機』である。
 洗い終わるまで絶対中身が出れない超硬度で作られている。
 以前は普通のクリーニング屋用巨大ドラム方洗濯機に放り込んでいたのだが、ゲボックが余程継続したい研究があったのか、ぐるぐるシェイクされている内に脳がヤバ気にトランスしたのか、変なものを食ったのか。はたまた神か妖精が降りていたのか。脱出しようとドリルを洗濯機に突き立てやがったせいで、その穴から遠心力と共にゲボックが射出されるという事件が起きた。
 反陽子炉に突っ込んだ。

「よく生きてたなあ……」

 大爆発だったのだ。
 ウルトラマ●になるかと思った。あ、違ったか?
 というか、今の呟きはこの研究所に来てから幾度と無く発しているものである。
 自分の事だけではない。それより遥かに凄惨な目にあってもぎゃあぎゃあ悲鳴を上げているだけのゲボックの方の割合が大きい。
 その度に、何であの科学者は死なないんだろうか、という疑問が日増しに増して、今やどうやったら殺せるんだろうか、に変わっている。

「しかしなあ……」
 もし、自分が重傷を負ったら『改造人間として復活させてあげます!』といういやーなお墨付きをもらっている。
 この若さで手がドリルになったり、口から砲弾を撃ち出せるようになったら人生お仕舞いである。そのときは安楽を頼もう……聞いてくれるといいが。墓場からでも引きずり出されそうな気がする。

「お、そうこうしている内に乾燥が終わったか」
 丸い窓から目を回したゲボックを引き出し、床に転がしておく。
 今日の仕事はおしまいだ。勝手に目を覚ませば勝手に研究を始めるだろうな、この科学者は。
 しかしまぁ、自分を大●山おろしばりに洗う洗濯機を頼んだだけでホイホイ造りやがるのだから、馬鹿というかなんと言うか。
 自分の墓穴掘れといわれたら喜んで掘るんじゃないかこいつ?
 兄貴分を見てそう思う。半ばこれは確信だった。



 今やティムも既に立派な研究所の一員だった。
 立派に助手も勤めている。主な仕事はゲボックへ身の回りの世話である。
 身体的制裁ともいう。

 灰の三番が助かりますと言うのは、何だかんだで自分の体を無視しまくって研究一直線のゲボックを殴り倒し引き摺り倒しまともな生活になるよう管理している点であろうか。

 この役目、初代千冬。続いて灰の三番。少し千冬に戻って今ティムである。
 何だかんだありつつも面倒見が良いのである。浮浪児達のリーダー格を勤めていたのはその気質もあるのだろう。
 そんなティムも、灰の三番には頭が上がらない状態になっている。
 なんと言うか、やんちゃな子とそれを柔らかく抱擁する母親的図柄になってしまい、強く出れないのである。
 この研究所ならぬ秘密基地? に来た当初、何を見てもどれをを見てもぎゃあぎゃあ悲鳴を上げていたティムを何かと面倒見ていたのが彼女だったから、というのも多分にあるのだが。

 というか休んでるんかね? なんか家政婦的な仕事もしてるって聞いたが。
 気を使うと、それを上回って逆にこっちが気を使われてしまうのであった。



「それも後少しかねえ」
 来年には、ミューゼルの組織に参入する事を決めているティムは、少し懐かしむように回想していた。
 が、すぐ、今までの苦労にゲぇ、とした表情へ移り変わる。
 なんと言うか、生物兵器にさまざまと色んな技術を叩き込まれてきた事を思い出してである。
 今や、それなりの装備を整えれば、兵隊クラスの生物兵器となら余裕で戦える程強化されてしまっている。
 研究所中で狂態を繰り返している奴らを武力制圧していると、必然として超人化して行くのであるのだろうか。

 一度だけ見たのだが、暴風と化して決戦級の生物兵器相手に無双、暴れ狂う千冬に遭遇した事のあるティムは『やっぱアニキの知り合いってなこんな感じか……』と、遠い目をしたと言う。
 あまりの恐怖にチビりそうになったので遠目から確認である。

 ちなみにその時、ゲボックの御題目は、『いっくんの、そのモテ因子を解析してフユちゃんにモッテモテになるのです! ザ・ファースト!!』だった。これから始まる幾度とない闘いの幕開けである。

 もう一人、ゲボックの馴染みと思われる奇抜な女も現れる。
 こちらは一度だけ顔を合わせた事もあるのだが……。
 あれは、こちらの事をゴミと同列に見ていた目だった。経験があるから分かる。
 こちらに向けられる感情だけでそれを察することができた。
 感性的にはゲボックと近い存在なのに、対外的行動が真逆というのも珍しい。
 それでいて対立していないのだから……。

 いや。
 ありゃあ、惚れてるか。

 ティムでもそれぐらいは分る。
 あの怪人百面相張りに態度変えられりゃあなあ。

 しかし、あんな化け物みたいな頭脳が一つの時代に同時に存在し、尚かつ友好的な交流を結ぶと言うのも珍しい。
 エジソンは自分の理論を堅く信じ、交流を推し進めたかつての部下、ニコラ・テスラに様々なネガティブキャンペーンやら圧力をかけたらしいが。
 まあ、『天災』同士がその技術で攻撃し合ったら世界は一瞬で滅ぶ。
 現在作られている核兵器を全て起動させるだけで何度世界が滅ぶのか分らないのだし。

 生きる執着だけは人一倍だと自認しているティムは、世界平和で結構。と納得した。
 誰にゴミ扱いされようが、自分の好きなように生きられればそれで良いのである。

 さて、生物兵器に生存戦略として色々教育されているティムは、教養的にも焼き入れが入っている。
 ゲボックと束の頭脳が尋常ではない。それが分る程には……では無く。
 それなりにIS技術者と対話が出来る程にである。
 ちなみに、ゲボックは教えていない。
 意外と思われるが、天才という生き物は、人にモノを教えるのには向かないのである。

 以前千冬に教えたときは精肉店の裏で廃品のバラ肉と一緒にミックスされていた。
 野良犬や野鳥についばまれていたのだが……。

 多分に漏れず、ティムの場合は研究所のアンテナに逆さまで張り付けにされる事になった。
 やはり、色々な生き物に啄まれていたらしい。

 やはりと言うか、生存に直結するような事は飲み込みが良く、正直技術的な事は苦手なティムだったが、各種装備を自分なりにアレンジするには必要な技能であった為、吸収して行ったのである。僅か数年でこの成長は、代表候補生級であると言えよう。戸籍女だし。



「ほれ、テメーらも片付け手伝え!」
 低反動の大口径銃を近くに居た生物兵器に直撃させ、オラオラと指揮を始める。
 食らった生物兵器も痛いねえ、とポリポリ頭を掻くだけなので相手の防御力によって武器を変えているティムは一応、ちゃんと考えているらしい。

「まあ、まだまだ要、研鑽だな」
 ミューゼルの事を思いつつ、部屋の整頓を始めるティムだが……。

「ぅぉお思いつきましたよティム君!」
「うぎゃあああっ!」
 いきなり目の前に出現したニヤケ顔に仰け反った。

「いつもいつも小生の衛生具合をティム君に御任せするのも後僅か。小生、しっかりしなきゃなあと思い至りましたので、生物兵器灰の二十七番を灰の二十七番改に改良しまして、あらゆる汚れを原子レベルで分解しちゃったら良いじゃないかと作り終えましたょ!!!」
 なお、IS学園の通風口を掃除し始めるのもこいつらである。結構簡単(ゲボッククォリティ準拠)に作れるのである。

「作る前に相談しろやあアァァァッ!!!」
「作ったんじゃないですょ? 改良ですょ? いたでしょ? あの灰色灰助な子。まあ、この呼び名はタバちゃんが命名したんですけどね」
「どうでも良いわそんな細けぇ事は! そもそもちゃんと風呂入りゃ良いんだよ、この超弩級脳末期癌腫瘍があああああっ!」
「あ。それ無理です」
 きっぱり潔すぎる。

「諦めるの早ぇよ!」
「しょうがないじゃないですか。面白くなってきちゃったら、気付けば一週間とかアッと言う間なんですから」
「まともに人間の生活しやがれ……って、ん? 灰シリーズってそんなに居たのか? あの人確か三番だろ?」

「はい。実はあの子は結構老舗の子なんですょ。と言うか、小生のナノマシン技術が飛躍的に向上したのはあの子のお陰なのです。その結果、いやいや面白くなってナノマシン型の生物兵器沢山作っちゃった時期が有りまして。今は二十九番まで居ますかね」
「……向上? おい、そうじゃ無く作り過ぎだろ……その数は……」
「はい。小生の作ったナノマシンが特許とって世界中にあるのはティム君も知ってるでしょ?」
「いや、それは知ってるけどさ。アニキのお陰で世界のナノテクは百年は進んだってのもな。今やアニキの作ったナノマシンを自己複製させて改良するのが世界標準なんだろ?」
 こういう会話が出来る辺り、ティムの成長が伺えるものである。
 ちなみに、そのお陰でゲボックは金に困らない。
 ちなみに金を払わない所ではナノマシンが暴走するというオマケ付きである(実行者T.S)。

「実はですね。アレって灰の三番の細胞を貰って品種改良しただけなんですょ?」
「……は?」
「灰の三番がケイ素系生物なのはティム君もご存知の通りですし」
「ちょっと待て」
 順番がおかしい。そう思って止まない自分が居る。

「あの人ってアニキが作ったんだろ?」
「そうですょ、灰の三番とそう取り決めてますし」
「……ん? 待てよコラ」
 ジャキャッ、と銃をゲボックの眉間に突きつける。
 周りでは生物兵器が殺るか! おお殺るのか! と盛り上がっている。
 誰も助けようとしない。

 フランケンシュタインコンプレックス? アシモフタブー? え? 何それ美味いの? のゲボックの被創造物らしい反応である。
 全て生物兵器の自由意志。ある意味兵器じゃない。暴走させっぱなしとも言える脅威だった。
 比較的忠誠を誓っている個体も、うん、それ自分も聞いていないとか、あなたが悪いと、助けない奴らばかりである。誰がどれとかは言わないけれども。人徳の差がティムとまで出ていた哀れな創造主だったと言う。



「アニキ、喋るか死ぬか今なら選べるぞ」
「何ですその二択!?」

 ティムはぐりぐり銃口を眉間でくねらせる。
「取り決めてるってどういう事だ、あぁ?」
「ええ!? そんな事小生全くこれっぽっちも全然言ってないですよ」
 目線を泳がせて吹けない口笛をふーふー吹きながら汗をだらだら流している。
「隠す気無いんじゃないのか? 本当は?」
「何をですか———」
「あ、引き金が急に軽くなった」
 バァンッ! と発砲。ゲボックの髪が一房吹き飛ばされてゲボックが沈黙する。

「て、ティム君」
「う、うぐ、駄目だ……『アニキがちゃんと話してくれないと思わず発砲してしまう病』が発症してしまった……がああ……」
 バァン! バァン! とゲボックの周囲が撃たれて行く。
「ひゃあああああああっ!!!」
「お、抑えきれない……っ! つ、次当たってしまう……!」
「分りました! 分りましたからそのあたかも今作ったような病気は止めて下さい!」

 と言うとケロッとティムは戻る。
「いや、実際今作ったし。さあ、喋れ馬鹿、あっさりとな!」
「小生の扱い本当酷いんじゃないですか!? みんなも助けて下さいよ!」
 その返事として生物兵器が取った態度は一斉に『何で?』と首を傾げる事だった。
「小生寂しすぎますよ……」
 煤けたような雰囲気をかもしながら渋々ゲボックは語り出す。



「実は灰の三番って拾ったんですよ」
「……実にあっさり言うなオイ!」
 しかし、そうなると、灰の三番を作った者が居るという事なのだろうか?
「ティム君、それは違いますよ? 灰の三番は天然物です」

 一瞬、その場が沈黙に包まれた。

「……なんだそりゃ、真珠か?」
「そっくりの綺麗な姿にもなれますよ、あの子は。ただ、ケイ素系生物はタイムテーブルが小生達炭素系生物とは何倍も違うんですね」
「……?」
「ケイ素系生物は宇宙空間に滞空しているものも多いと言われています。そのせいか、天体と天体の間を行き来するものも多い訳なんですがね? と言う訳で、非常に気が長いんです。万年億年何も無い事も少なくないですから。微睡むだけで人間で言えば浦島太郎級の年月が経ってたりするんです」
「何だっけそれ、童話?」
「小生は異界訪問・帰還記録だと思うんですがね。そのうち信憑性からおとぎ話になったんだと思いますけど」
「まー、いいや、それでそれがどうしたんだよ」
 それより、灰の三番について知りたいティムは話題を引き戻す。

「灰の三番はそう言う、外宇宙を渡る生物を由来としていたんでしょうね。ただ、地球に突っ込んで重力に捕われてしまったようです」
「良く焼け残ったなあ」
「彼女の墜落地域は『牙の痕』と呼ばれてまして、多分、大気圏の突入角度がよろしかったのでしょう、墜落の結果生まれた洞穴の最奥で、漬物石ぐらいの大きさで転がってましたね。小生はそこがクレーターだと言うのは分ってたので、異星由来物を探す機械(名称無し)で隕石なんか探しに行った時に出会いました」
「……へえ」
「当然、彼女は石なんで動きませんでした。ただ、小生に興味を持ってるのは分ったんですよ。探査波の様な何かを小生に放ってましたので」
「アニキにしか分らんなそれじゃ」
 何かを発していると分っても、探査波だと認識する事も不可能だろう。

「はい。形と言い、大きさと良い、漬物石にぴったりだったので、おばあちゃんとかに見つかったらその用途に使われていた可能性は大きいですね。ははははは!」
「笑えねえよ!」
 今現在の灰の三番を知っているだけに、漬け物樽に彼女がちょこんと乗っかっているイメージを浮かべておいおいと、突っ込みたくなるティムだった。

「それで、彼女が小生達を調べやすいように、小生達の意思を彼女を伝えやすいように、科学的に時間感覚とかその他モロモロもう目一杯改造して彼女が生まれました」
「途中もの凄く省いた!?」
「つまり、現在のナノマシンってのは彼女のケイ素生命体としての細胞を培養した物なんですね。つまり、現在のナノマシン技術はメカニカルテクノロジーではなく、バイオテクノロジーだったりするんですねぇ」
「ちょっと待て、アニキ、前俺らと世界中回っていた時、『地上回路』の構築を高空からのナノマシン散布でやってたよな」
「はい、その子が灰シリーズ最新の『灰の二十九番』ですよ」
「つまり、世界中にあの人が満ちあふれてるって事か」
「おおぅ! そうとも言えますね」
「世界はまさに彼女に抱かれてるって感じか」

 そう、今や世界は灰の三番に埋め尽くされていると言ってもいい状態だと言う事だ。

「その気になれば世界支配できるんじゃないですか?」
 検閲機もあるし、絵空事ではない。
「他人事だな……」
「実際、小生も灰の三番も興味ないですし」

 ま、彼女の生まれがどうでも関係ないか。
 ただ、彼女の事を知りたいという欲求が満たされたので、ティムはこの場を解散させようとして……。
 ん? なんだか周りがいつもと違う気がする。
 言うならば、研磨剤を掛けたように輝いていると言うか……。
 なんだか、全身がムズ痒い。

「何かもの凄くくすぐったいのだが……ゴラァ! クソアニキ! まさかっ!」
「さて、早速灰の二十七番改の清掃具合は……」
「だから一言相談しろって言ってるだろおおおおおおおお!」

 さて。
 温泉などに生息するドクターフィッシュという種が居る。
 温泉に入って来た生物の古くなった角質などを食べている生物だが、口が吸盤のようになっていて歯が無いため、肌を傷つける事なくアトピー性皮膚炎・乾癬など皮膚病に治療効果があると言われている。

 トルコなどでは保険も適用される医療行為として認められているし、日本でもフィッシュセラピーとして認知度が広まりつつある。
 が、一つ欠点がある。
 くすぐったいので、敏感肌の人には注意が必要だという事だ。

 そして、灰の二十七番改はその実ナノマシンサイズだ。
 指紋の隙間すら清掃する。

 結果。

「ぎゃはははははははははッ! あはははっ! 駄目だ! 駄目すぎる! あは、あ、アハハハハッ! 耐えらんねー! いひひひひひひひひっ! ぶっ殺す! アニキ絶対ぶっ殺す!」
 ティムが一人悶絶する事となる。

 なお、他の生物兵器達は特に暴れるでもなくじっとしており。
 似たような性質の鳥に歯を清掃してもらっているカバのような風体だったらしい。






———その頃

「とまあ、こんな感じで良いですか?」
 研究室に向かう途中、ゲボックが誰もいない所に向けて話しかけた。
「そうですか。別に小生は秘密にしなくても良いと思いますがね」

 反応は、やや躊躇うような気配だった。相変わらず姿が見えない。









 ふむ。僕達を知る為に同じ目線になりたいと。

 ——————。

 そうですか、良いですよ。代わりにお願いが有りますけどいいですか?

 ——————。

 タバちゃんもフユちゃんも家族が出来るんです。よく分からないんですけど、僕にもそれが今あったらどうなるんだろうか、と興味が沸きまして。昔は居たんですけどねぇ。両親とか兄弟とか……まあ、最後に会ったのも結構昔ですし。あんまり印象無いんですよねぇ。それで、あなたのお願いを聞いた暁には、ちょっとばかり、僕の家族になってくれませんか?

 ——————————————————。

 それは、とある古参の生物兵器にとっての原初の記憶。






「ま、嘘じゃないですしね」
 ゲボックはすぐに興味を失って研究室に向かう。
 たっぷり一時間後、全身の肌がツヤツヤになって殺意が頂点をブチ抜いたティムの奇襲が起きたが、別にそれは珍しくも何ともないので割愛させていただく。











 ごろん。
 そんな印象だけを残し。
 獣の首が転がる。

 獅子、狼、象、犀、雹、猩々。
 大小様々な首を転がし、千冬は雪片真打ちを振るう。
 血糊などついていないが、そうしないとへばりついた何かが剣を駆け上がって全身にまとわりつくような怖ましい気配がする。
 <Were・Imagine>の撃破。
 今だ絶える事無く出現する脅威の撃破はISの操縦者にとって唯一の実戦とも言える物になっていた。
 アラスカ条約でも、一般兵器では犠牲者を伴わなければ撃破できない<Were・Imagine>の撃破に限ってはISの運用を許可しているのだ。

 戦力的に言えば、<Were・Imagine>は陸戦兵器だ。ISに相対し、敵う道理は無い。
 稀に変異種や巧みに戦闘を運ぶ物も居るが、概ね上空から一方的に攻撃を叩き込めばそれで終わる。彼らの第六感も。ハイパーセンサーの正確さには敵わない。
 だが、それが一度天井のある環境となると優位性は反転する。
 <Were・Imagine>の膂力はISを遥かに凌駕する。
 鳥と猛獣の差を考えてくれば分りやすいかもしれない。
 天井も床と見なし、跳ね回る<Were・Imagine>は一度捕まればシールドが削り切られるまで離される事は無い、単純な攻撃力———腕力を有しているのだ。
 故に、洞穴に潜んでいたりする彼らを撃破するIS操縦者は技能の問題から限られて来る。



 千冬は、その数少ない一人であった。



「———ふぅ」



 気付けば、千冬は幼い姿になっている。
 今現在の一夏よりなお幼い姿。
 五歳の姿である。

 彼女の目の前には解けて表面がガラス状になったクレーターが出来ている。
 その中心には金髪の少年が踞っていた。
 全身にはここから見ても酷い火傷を負っており、腕や足もおかしい方へ捻曲がっている。

 焦燥に駆られ、灼熱のクレーターを駆け下りようと。



「———待てよ」
「五月蝿い! あそこに———!!」
 振り返った千冬は思わず息を飲む。

 狒々の生首がそこに転がっていた。
 否、その表面の光沢、<Were・Imagine>に違いなかった。

 その首が、気さくに話しかけて来る。
「あいつ助けたから、俺はこんなんなったんだぜ?」
「———っ!」
「そうそう、お前が助けたから、お前も俺の事殺す事になったんだろうが」
 別の方から聞こえて来た声に視線を向けると、獅子の頭があった。

「殺すのも面倒だろ? まあ、俺も殺されたんだから一応お前も恨んでるけどさ」
 また、別の頭も言う。

「五月蝿い! お前だってその体になってから人を沢山殺しただろうが!」
「いや、まあそりゃそうだけどよ。それでも、殺されたら恨むじゃん」
「お前も恨んでるんだろ? あいつの事。助けといてアレだけど、恨んでるだろ? 誰だって好き好んで人の首なんて斬りたくないもんなあ」
「黙れ黙れ黙れ!」

「人間じゃない、人としてはもう死んでるって思い込もうとしてるんだろ? 他のISに乗ってる女には言ってないで一人で抱え込んじゃってまー、人殺しの感覚を味わうのは自分だけで良いんだぁ、とか恰好付けてる? それとも殺した感じを独占したいの?」
「でもやっぱり、人だって認めちゃってるじゃないあんた」
「うる……さい———」



「女ァ……殺シテヤル、殺し、テヤル———」
「……!」
 背筋に悪寒が走った。

「憎ぃイイい……」
 恨みがましい声が聞こえる。
 地の底から響くような声。
 振り返って思わず息を飲む千冬。

 それは狼の頭だった。
 だが、千冬はそれを識別できる。
 他でもない。『一番最初』。

 千冬が死を覚悟した相手。
 初めて目にした死。

 首の切断面からトコロテンがグチャリと漏れる。
 ドロドロとその表面がトコロテンに変わって崩れて行く。

「———ひっ」
 それはいつ以来の悲鳴だっただろうか。
 千冬が恐怖さえ感じた相手。

 溶け出したトコロテンから出て来たのは、やはり思い出せない相手、だが、あの事件でしっかり脳裏に焼き付けられた『誰か』。

「殺しテヤル……」
「お前があいつを助けなきゃ良かったんだ」
「このまま見殺しにしていれば良かったんだ」
「どうして助けたんだ……」
「お前だってこんな状況にはならなかっただろ?」
「正直に言おうぜ? お前はあいつが憎いんだろ?」
「何で俺を殺した……!」

 千冬が今まで斬って来た獣の首が、5歳の幼い千冬の周りに集って来る。

 一転。

 それが全て人の首になった。

「—————————ッ!!!」



「「「お、前が、あい、つを、助け、な、けれ、ばァ———!!!」」」
 その叫びを聞き、千冬は———






「ちょ、大丈夫あなた!」
 揺さぶられ、千冬は目を覚ました。
「ん……?」
 目の前には金髪碧眼があった。
 ゲボック……いや、女だ。
「うなされてたわよ? 大丈夫?」
「すまん、夢見が悪かったようだな」
「働き過ぎなのよ、うんうん」



 軍用ジープでの後部座席。
 千冬は米軍に施設内での対<Were・Imagine>の実戦講習を行った後だった。
 獅子奮迅とはこの事か。
 相も変わらず雪片真打ち一本で千冬は壊滅せしめた。
 その帰りである。

 通例では、<Were・Imagine>に接近戦はタブーとされている。
 掴まれたら終わりだからだ。
 だが、その常識を叩き返した千冬に皆、感嘆の息を漏らしたものである。
 しかし、参考になるのか? と言う疑問は後になって出てきたそうな。

「ま、これ飲んで」
「うむ、すまん」
 千冬に水筒を渡しているのはナターシャ・ファイリス。
 米軍所属のIS操縦者である。

「しかし、凄かったわねえ」
「最適化が進めば、ISは肉体の延長以上の馴染みを示すからな。結局は体が資本になるという事だ」
「いや、アレは普通できないわよ?」
「そうか?」
「流石篠ノ之博士の直属操縦者。技量は並じゃないってわけね」
 うんうん、と頷くナターシャ。

「別に、単に取り扱っている時間の違いだろうさ」
「それは無いと思うけどなあ」
「ところで、これ、酒か……?」
「気を取り直すには最適でしょう?」
「寧ろ悪酔いしそうだな」
「貴女。溜め込みそうなタイプですものね」
「……そんな事言われたのは初めてだな」
「だとしたら、周りは貴女を神格化しているのよ。貴女も一人の女なんだし、ちゃんと辛い事だってあるんだから」
「すまん……感謝する……!」
「ちょ、これだけでそこまで感謝するの!?」
 女扱いされたのは本当に久しぶりだったのだ。

「まあ、あれよ、貴女も息を抜きなさい。愚痴ぐらい、誰かに吐いてもそれは悪い事じゃないわ」
「……ああ」
「そう言えば、貴女、モンド・グロッソ出るのかしら」
「出ない訳が無いだろう。寧ろ拒否させてくれるのか、そっちの方が疑問だ」
「あの技量じゃね。第二形態移行(セカンドシフト)も済んでるみたいだし」
「嫌味な事に戦闘経験だけは死ぬ程溜まるしな」
「そうねえ。今日も沢山」
 そう言って二人で笑い合う。

「……私は、先程紹介したしな」
「私はナターシャ。ナターシャ・ファイリス。ナタルで良いわ。よろしく、Ms'オリムラ」
「千冬で良い。ナタルも出るのか?」
「出ないわね。私は軍よりの行動が多いと思う。試作機の動作試験とか、さっきのチフユの教えを見せられたから実戦にかり出されるとか」
「私に会ったのが運の尽き、という事か」
「それに正直、チフユに剣で追い回されるの、怖いもの」
「———それは、喜んでいいのか?」
「そう言う事にしておきなさい。で、どうするの、これから」
「これからは、そのモンドグロッソに集中でな、日本に戻る」
「成る程。私もステイツの人間だから、優勝は願えないけど、頑張ってね」
「微妙な声援だな……」
 等とたわいない会話を続け、日本直通の旅客機が止まっている空港前で下車する。

「じゃあな、ナタル」
「またね、チフユ」
 ナターシャが見えなくなるまで手を振った千冬はふぅ、と息をついた。
 夢が一瞬フラッシュバックする。

 踞るゲボック。夥しい生首。
 夢とは、深層意識の現れ。自覚できない願望の実体化。
「最低だな……私は———」



 それから、しばらく、モンド・グロッソへ向けた訓練の日々が過ぎる。



「いよいよ明日ですね! モンド・グロッソ! 先輩なら優勝間違い無しです!!」
 紙コップに茶をそそいで持って来た後輩が異様なテンションで叫んでいた。
 彼女の名は山田真耶。当、日本国の代表候補生。

 千冬の後を追って日本の代表を背負う可能性のある少女だった。
「そうだと良いんだがな」
「そうに決まってます!」
 失礼します、と言って千冬の隣に腰掛ける。

 ここは訓練場の控え室、簡易テーブルとパイプ椅子がばらつくように設置されており、二人は簡易テーブルにコップを置いて一息をついた。
 なんと言うか、良いものだ、こういうゆったりとした空間は……。

 が、この空気は常に———破壊されて来たのだ、あいつらに。

 これまでの経験と第六感で、何かを察した千冬が急に周囲を見回し始める。
「どうしました? 先輩」
 それまで、愛玩犬のような雰囲気を出していた真耶も表情を険しくする。
 あらゆる分野に置いてエリート足る代表候補生は、緊急時に優れた判断と戦闘能力を発揮する。
 だが、そんな彼女から見ても、空間の揺らぎすら見逃すまいと警戒する千冬は異常に見えた。
「ど、どうしたんですか先輩……まさか何らかの……?」
「いや、単純に私の疑心暗鬼だったかもしれない。こういう穏やかな雰囲気は本当に希少でな、大体知り合いの内誰かが乱入して来るんだ」
「なーに言ってんですか先輩、ここは国家最重要機密の塊、ISの戦闘訓練場ですよ? 凄腕のスパイですら侵入だけで命が幾つ会っても足りないってのに、そんな心配する必要ないですよ」
「……その程度で食い止められるなら私にも安寧はあったよ」
「へ……? いや、でも勘違いだったんでしょう?」
「ああ、下にも居ないな」
 取りあえず簡易机の下までチェックする千冬。

「あははは、そんな所に居る訳———ってきゃああああああああああっ!!!!」
「おや? ここは暗いですね?」
 千冬のところには居なかった。
 だが、真耶の所にソイツは居た。

 よれよれの白衣。む———? 何だかいつもよりは清潔な気がする。
 が、真耶の足下にちょこんと体育座りしている。
 ちなみに真下である。
 ゲボックだった。見えませんねえ、とか巫山戯た事抜かしている。

「取りあえず色々言う事はあるがな? ———くたばれぇ!」
 とっさに下がった真耶を掠め、蹴り上げた爪先がゲボックの顎を捉え、その頭蓋を天井に食い込ませた。もうすでに膂力だけで殺人級だった。
「他所様にまで迷惑かけるなといつも言ってるだろう、このたわけが」

「あの……先輩、死んで……」
「こいつがこの程度で死んでいたら私は今頃少年院だ」
「それも凄い台詞ですけど……!」
 というか、突き刺さってゲボックが落ちて来ない。

「あの……この人は……」
 ブラブラしてるゲボックをビクビクしながら見上げている真耶。
 初々しいものだと千冬は頷いている。

「ああ、それは気にするな。私の開発した発明品だ。人と思ってはいけない」
「先輩も発明なんてするんですか!?」
「それは初耳ですね、小生も興味がわきました……ところで何故その指は小生を指差しているのでしょうか?」
 ズボゴォッ! と天井から落ちて来たゲボックが興味津々に千冬を眺めている。

「動き出したァ!!」
「ああ、動きぐらいするさ。それは所謂、『男の形をしたサンドバッグ』だ。鬱憤がたまったとき好きに殴打すると良い。私の許可は要らないから好きなときにやってみたらどうだろう。
 いや、まず試し殴りしてくれ。思い切り腰を入れてな」
「え? へ? これどう見ても人間ですよ!?」
「えー。小生は人間(?)ですけど?」
「かまうことは無い。触感から悲鳴までとてもリアルだが、その分ストレスの発散に最適だ。思う存分やるといい」
「せ、先輩? なんだか殺気立ってませんか? わ、私、そんな事で、でででででででで、できませんよ!」
「そういわず思い切り一発行ってくれ。ここに居てそれだけですむだけで大恩だとは思わないか? この発明品は馬鹿だから言葉じゃ聞かなくてな? これからも一々私が殴るのが本当に面倒なんだ。殴った拳も痛いし。山田君が殴れば、皆も気兼ねなく殴れるようになる。『ああ、あの優しい山田君でさえ殴れるんだ』と皆『これは殴るものなんだ』『よし殴ろう』と納得してくれる」
「そんな免罪符にされるような理由で殴りたくないですよ!」

「そんな事言わず、さあ、一発!」
「ええええええっ!」
「ふむ、踏ん切りがつかないか。山田君は優しいな。———おいゲボック」
「なんですか? フユちゃん」
「さっき見えた山田君の下着について教えてくれると嬉しいんだが」
「そんな物なんかに興味あるんですか? ま! フユちゃんたってのお願いなら仕方がありません!  えーと、この子山田ちゃんですか? なんか山谷君そっくりなお名前ですね! 彼女の下着は———」
「嫌あああああああああああああああああっっっ!!!」
 思わず真耶は拳を振り下ろした。
「ピンクのレぶズゥッ———!?」
「見事だ。一撃で沈めたか」
 ぱちぱち拍手している千冬。

「あ、あ、いやああああああああっ!! やっちゃったあああああ! どうしよう、こんなにめっきりやっちゃった———どうしよう、私の人生が、いやああああああっ!!」
「自分の人生を第一に考えるとは見事だ山田君。埋めると良いぞ」
「さり気なく犯罪を幇助しないで下さい先輩いいいいいいいっ!」
「安心しろ、録画は完璧だ」
「何でそんなに用意周到なんですか先輩ィッ!?」
「いや、こいつらが私の周りに覗き見カメラを設置していない訳が無いからなあ。データを貰えば事足りる」
 と言って、沈んだゲボックを指差す。
「いやあああああああああっ!」



 後ろで「ああああああああああああ」と叫び続けている山田
「で、何しにきたゲボック」
 言外に、理由無く遊びに来たんだったらしばくぞと言っている千冬にゲボックは少しだけ真面目な表情を浮かべる。
「今日、タバちゃんが来れなくなったんで変わりに小生が暮桜の調整とメンテナンスに来たんですよ」
「……待て待て。私は今日束が来る事も知らなかったんだが」
「明日からフユちゃんはモンド・ナカムラですよね。そんな大事な時にタバちゃんが来ないというのは珍しいと思いますけど?」
「明日から誰が仕事人だ。私がそうならまずお前を斬るぞ、まあ、確かに束が来ないのは珍しいな」
「きゅいんきゅいんですね」
 何気に良く見ている二人だった。箒も一夏も好きである。

「で、束は何の用事なんだ?」
「なんでも、箒ちゃんにやっと約束を果たせるよーとかテンション有頂天でしたね」
「姉妹仲良いなら良いだろうが、最近は、なんだか箒には荷が重くなって来たような気がするんだが……」
「……? そうなんですか?」
「ゲボックは分らなくていい。純粋に凄い物を凄いと言っていられるうちが幸せだ、と言うだけの事だからな」
「凄い物は尊敬しませんか? 小生はまだまだなので、小生より凄い人はMarverousだと思うのですけどね。フユちゃんとか凄すぎですよね、いや本当Marverous! ですよ!」
「いや……うん。まぁ、どうも」
 真っ正面から凄い凄いと邪気無く言われるのは幼馴染みであってもやや照れくさい千冬だった。

「さーて、暮桜出してくれますか? もうバッチリにしちゃいますよ!!」
「ちょ、ちょっと待って下さい! 代表のISは機密の塊ですよ! 先輩もなに勝手に見せようとしているんですか! というかいい加減誰なんです!?」
 平然と溶け込もうとする違和感の塊、ゲボックにとうとう真耶が口を挟んだ。
 これは、ゲボックに馴染みすぎたが故の千冬には盲点であったのだ。

 ん? と暫く千冬は考える。
 成る程ああそうか、代表『候補生』レベルではまだゲボックについての教育が行き渡っていないらしい。

「ああ、私の幼馴染みだ」
「え? 幼馴染みってこんな事していいんですか……?」(身内を機密区画に手引き)
「幼馴染みだから気兼ねなくやれるだろうさ」(先のサンドバック事案)
「何か違う……絶対何かが違う……!」
「そうか、こいつらのせいで私の常識も歪んでいるのか……」
「いやいや、先輩がそんな悲しそうな表情をするっておかしくないですか!?」

「なんだか、もの凄く話が食い違ってる気がしますね」
 驚嘆すべき事に、一番真っ当な言動がゲボックだったと言う。



「安心しろ。そいつは日本人だし、束がその技術を認めている人間だ。任せて悪い事にはならんさ」
「束……? えぇ!? もしかしてあの篠ノ之博士ですか!? ええええっ!? そんな凄い人なんですかこの人!」
「まぁ……技術力はお墨付きだな」
 言外に技術力以外はなあ、と言っている。
「そういえば、今度篠ノ之博士の研究所にテレビが入るそうですね」
「ああ、民間からだけでは無く、各国から束の情報公開を訴えられてるんでな。苦肉の折衷案だ……」
 そのテレビにゲボックが出なければ良いのだが……と心配している千冬だった。
 言ったら絶対出て来るので注意も出来ないのが何とも歯痒過ぎる。
 そのゲボックはと言うと、自己紹介を始めていた。



「ええ! そうですよ! 小生はその超優秀な頭脳から世界中の首脳部に核兵器と同列の危険物だと判定され、いつだって拉致とか暗殺とか虎視眈々と狙われている事実から、Dr.アトミックボムとの異名で呼ばれている———がひっ!」
「はいはい、超天才、超天才だって分ってるからな? 一々テンション上げるなやかましい」
 こめかみを小突かれ自己紹介中に吹っ飛ばされたゲボックをしばし二人で眺める。
 なんだか、言動が段々束臭さが混じって来た気がする。
 こいつも結構影響受けてるんだなあ、自分の事天才だなんて昔は言わなかったのに……。
 などと嫌なインタラクティブだ、と黄昏れていたら腕が引かれる。そっちを見たら真耶が袖を引っ張っているわけで。

「あの———その超優秀な頭脳をそんな殴打しちゃって———」
「安心しろ、そうしすぎたせいで紙一重の元になってしまったかもしれん……そうしたら、そうか、私のせいか……」
「いや、そんな暴行後にしんみりとした表情しなくてもッ!?」

「いやはや御尤も!」
「きゃあああああああっ!!」
 即座に復活したゲボックが真耶の目の前に現れる。

「うふふふふふ、頑張りますよー、フユちゃんのISを弄るのは初めてですから心臓の心拍数が滅茶滅茶上がってますよ。ああ、もう楽しみで楽しみで! これはもう絶対優勝間違い無しのチューンナップをしてあげなきゃ行けませんねええ、ひゃはははっははっ!」
「わわわわわわわ、って腕がドリルですうううううう!」
「山田君、今頃気付いたのか」
「もう色々インパクト強すぎてドリルどころじゃなかったんですよ!?」
「……? ドリルですよー? ぐるぐる回りますよー?」
「きゃああああああっ!」
「いや、山田君。腕がドリルなだけだろう?」
「なだけ、じゃ無いですよ、腕がドリルって十分おかしいじゃないですか!?」
「そう……か? ゲボックよ」
「いえいえ、フユちゃん。こっちはペンチですよ? と思ったらドリルがピンセットに早変わりですよ。ぱちんぱちん摘めますよ」
「いやああああああっ!」
「と思ったらこっちはハンマー、こっちはIS用特殊工具だったりしますょ?」
「いやああああッ!!! もういや! もうやめてぇ! お母ぁぁさあああああああああん!!!」

 珍しくゲボックが攻めを実施していた。
 山田君は希有な才能の持ち主だな、と感心していた千冬も妙な影響受けている証拠だった訳で。

「今度は楽器ですよー、ぴー」
「もうやだあああああああああっ!!!!」
「話が進まん。暮桜を出すからとっととやれ」
「わっかりました!」
 両手を上げるゲボックはよたよた千冬に近付いて行く。

「あっ」
「どうした? ゲボック」
「小生、口の中から鳩が出ますよ」

 振り向き、真耶と目線を合わせ。
 くるっぽー。

「何なんですかそれええええええええ! 本当に止めてえええええええええッ!!」
 真耶に背を向けていたゲボックが振り向いて口から本当に鳩を出したものだから、真耶がついに恐慌を突破した。

「止めろ馬鹿」
「はい止めました」
 当然、殴打プラス1だ。
「……ところで、本当に今のは口から鳩を出したのか?」
「はい。そうで———はっ!!」
 千冬の質問にゲボックは愕然とした表情を浮かべる。

「……ん? どうした?」
「今の、フユちゃんが優勝したらするつもりだったんですが……、やってしまいました!!」
「……今やってよかったな」
 何考えてんだコイツ。

「ええええい! こうなったら、本番はもっとビックリする事をやらなければ!」
「やらんでよろしい」
 どこでも平常運行な二人だった。

 いやああああああああ! と真耶が悲鳴を上げる中、二人はいつもの調子でメンテナンスを始めるのだった。

「んー? なんかこの光景は見覚えがあるんだが……」
 暮桜に取り付いているゲボックは、ケーブルを取り付けデータを見たり、何やら溶接したり、はたまた手をトンカチにしてカンコン叩いたり。
 忙しなくちょこまか動いている様子はまるで———

「あぁ、バイ●ンマンか」
 UFOの修理中とかこんな感じだったはずである。

「あのですねぇ、フユちゃん」
「ん? 如何した?」
「暮桜の単一仕様能力(ワン・オフ・アビリティ)なんですけどね?」
「零落白夜が如何した?」

 零落白夜。
 自らの機体を保護するシールドエネルギーを動力源にして発動する対エネルギー消滅機能。
 IS同士の戦闘の上で、その性質より対IS最高の攻撃力を誇る———と、言う事になっている、能力だ。
 自らのシールドを消耗するため、正に身を削らねばならないピーキーな代物だが、そんな弱点をものともせず千冬は使いこなしている。

 そもそも、単一仕様能力と言うのは、人間とISが、長い時間を共にし、共に成長する事で『共に創り上げる』能力だ。

 千冬の力をより際立たせるものが生み出されるのは必然であり、今述べたエネルギー消耗に関するリスクも、『千冬の足を引っ張る、もとい望まぬ点』を暮桜が認めて創り出すはずもない。

 そして、その単一仕様能力について。
「剣の形に整形するでは無くですね、今のリミッター掛かった状態でもアリーナ丸々埋め尽くす事も可能ですから調整しちゃいましょう!! 『逃げ場など一切ない無慈悲な世界、必中の攻撃とはまさにこういうものの事を言う』とか是非ともやって見て下さい!!」

 焦熱世界(ムスペルヘイム)零落白夜(レーヴァテイン)とかどうでしょ? と満面の笑みで伝えるゲボックに。

「一発で反則負けだろうが」
「えー、ケチですねえ」
「それよりも、零落白夜のエネルギー効率の方を弄ってくれないか?」
「あぁ、それなら小生、もうやっちゃいました!」
「ちょ、先輩、それって技術者がチーム組んでやっと見つけたバランスじゃないですか! それを勝手に———」
「あまりに杜撰がすぎたんで、ちょっと調子しておきました。倍の時間は発動するはずですね」
「は?……嘘、ですよね」
「生憎、こいつは嘘をつけるほど賢くない」
「その通りです!!」

「……そんなっ……」
 真耶もゲボックの能力に気づいて青ざめる。
 到底信じられなかった。
 千冬に冗談の気配が微塵にでもあったのならば。
 だが、千冬の態度はそれが事実だと告げている。

「出力調整もできるようにしておきました。シールドの消耗を任意に増減できますよ」
「済まんな」
「いえいえ! 是非とももっと褒めて下さい! あ、でも100%以上は気をつけて下さい。リミッターがかけられている今の状態を準拠で見ますから。消耗がそこから段違いになります。IS相手ですと、『絶対防御』ごと抵抗無く斬り裂いて、ズンバラリンと行っちゃいますから」
「物騒すぎるわ!」
「絶対安全なISでも絶対ブチ殺せちゃうのが暮桜なんですね。ウムウム」
 と、ここまでが真面目なげボックで。

「特に!! 出力最大設定の際に発動する『夜剣・両断皇后』は、リミッターの掛かっている今ではモードすら変更できませんが、フルスペックでさらにエネルギー供給の安定化を図れたのならば何とぉ!!」
「いや、言わなくていい。嫌な予感がする」

 経験上。

「えー、そんな事言わないで下さいよぉ、フユちゃん。ねーねー、本当に凄い技なんですからねーねー、是非とも聞いて下さい!」

 ウザかった。
 束から本気で妙なものを吸収しているようだ。

「言うならさっさと言え、言うだけならタダだ」
 根負けして許可すればゲボックはテンション最高潮、しばっ、しばばっと踊りまくり。

「はい! それではご要望にお答えしまして! ちゃらららららん(でーでっ!) はい! ななななななななななな、なんとですよぉおおおっ!」
 ゲボックは一旦そこで区切り、両腕を楽器に量子変換、楽器に作り変え、じゃーん!! と響かせる。
 ……見た目トランペットなのだが……。

「地球とかわりかし簡単に割れるんですょ!!」
「限度を考えろこの馬鹿者がああああああっ!!」

 どこでもいつも通りのゲボックだった。









 翌日、とある一般家庭の居間で。
 モンド・グロッソの全世界生中継を最後まで見終えた青年はにやにやとしながら。

「やっぱりな」
 ばりっと堅焼き煎餅を噛っていた青年はやっぱりねー、と予定調和をに特に感慨も無く。
「織斑無双伝説、世界進出だな」
 続けて緑茶を啜る青年だった。






 一閃二断。
 千冬の最も得意とする太刀。
 彼女の背後を、絶対防御を展開させた敵ISが落ちて行く。

「ふぅっ……」
 常日頃から突然変異するわ合体するわ、兎に角読めない<Were・Imagine>相手に命がけで剣を振っている千冬にしてみれば実力的にも危機的にも比較にならないものであり。

『勝者は圧倒的力を見せつけ、織斑千冬に決定! 素晴らしい! 総合成績も当然2位以下を大きく引き離してダントツのトップ! ブリュンヒルデの称号は、まさに彼女にこそ相応しい———!!』



「ブリュンヒルデ……か」
 ブリュンヒルでとは、北欧神話に出て来るヴァルキリーのうち、最も有名な個体の名である。
 ジークフリートの嫁になったり誤ってジークフリートが悲劇の内に死んだりするが、その辺は自分で調べて欲しい。

 そもそも、総合優秀者にブリュンヒルデという称号が与えられるのは、各部門優勝者にはヴァルキリーの称号が与えられるからだ。そのトップに、最も有名な名を据えただけなのだろう。
 どうも、束の愛情を見せつけられているため、狂愛には拒否反応が出てしまう。

 何よりヴァルキリーとは。
 いずれ訪れるラグナロクを予見したオーディンの指示により、ラグナロクに備える兵士、エインフェリアを勧誘、招致する存在である。

 エインフェリアとは死者であり、ヴァルキリーはその魂を戦力としてヴァルハラに勧誘するのである。
 だが、そこで行われるのは修羅道が如き、延々とした殺し合いである。
 朝起床後より夕刻まで、いずれ起きるラグナロクへの戦闘訓練としてエインフェリア同士で殺し合うのだ。
 しかし一日が終われば死者であるが故に蘇り、酒を飲み肉を食らう。
 ヴァルキリーとは、そんな兵士達にあてがわれる女でもあるのだ。

 意味が分かって使っているのだろうか。千冬は辟易とする。
 何より。
 そんなおぞましい果て無き殺し合いへ死者達を勧誘する存在は———

 いや。何でも無い。

 表彰台で栄光と喝采を浴び、その後祝勝会を大歓声の過ぎていき———
 ふと思った。
 一夏は今どうしているのだろうか。

 希望:明日に備えて穏やかな眠りについている。
 現実:千冬の優勝に大感激し、灰の三番と二人掛かりで限度無視した豪華フルコース&オードブルを調理してしまい、持て余したので生物兵器を大勢織斑家に招待。翌朝までブッ通しで宴会騒ぎ中。



 知らぬが仏とは正にこの事。



「私の世界も変わったものだな———」
 自分がまさか世界のこんな大舞台に立てるなんて思っていなかった。

 それもこれも。
「あの二人のお陰か」
 もはや、自分の人生に欠かせなくなった幼馴染み二人を思い浮かべ———



「ちゃお! フユちゃん。優勝おめでとう御座います!」
 その幼馴染みが、目の前に居た。
 マニュピレーターでもう一人の幼馴染みを背負いながら。相変わらず体力が無いようである。
 というか、日本から束を背負ったまま来たのかこいつ。

「……ゲボック?」
 そう言えば、如何してこいつは今まで近くに居なかったのだろう。
 この、騒ぎ事が大好きな男が今まで祝勝会に乱入して来なかったのは如何してなのだろうか。

 いや、それより気になる事があるではないか。
 全体的に、ゲボックの薄汚れ具合がいつもとは色彩が異なる。

 その白衣の所々が———
 いや、ゲボックだけではない。
 束も全身のあちこちに———

「どうしたんだ! その怪我———」
「ああ、まあ、平気ですょ。致命的なのは無いです」
「そうじゃ無くて……束は!?」
「ああ、あちこち擦りむいてますけど、これは泣き疲れて眠っちゃってるだけです。大きな怪我とかは無いです。安心して下さいね」
 そうは言うも、ゲボックの白衣。そのあちこちが朱に染まっている。
 束もゲボックのように流血こそ無いものの、全身が擦り傷だらけになっている。
 千冬は知っている。
 束は、千冬やゲボックとじゃれついている時以外は常時展開無装甲型のISを使用、常時シールドで自らを保護している。
 それこそ、ISに攻撃されても傷一つ負わない程強固なものが。
 そしてゲボックは、自分は兎も角、この場合、束を傷つけようとするものには容赦はしないだろう。

 お前らに怪我を負わせるなんて一体誰が如何して?
 パニックを起こしそうになった千冬にゲボックがニヘラっと笑い。

「いやあ、喧嘩にですね」
「お前が!?」
「……ちょっと巻き込まれただけですよ? そんな大した事の無い。ありふれただけの事です」
「ああ、巻き込まれって……束も?」
「いやあ、小生は力不足でして」
「……束が誰かと喧嘩したのか?」
「………………やっぱ隠せませんか?」
「いつも通りに目が泳ぎまくってるわ」
「あぁ、小生は駄目駄目ですねえ」
 しかし、束が喧嘩しそうな相手となると……。
 そもそも、喧嘩とは相手を認識し居なければすることができない。
 束が他者を害しているように見えるのは、単純に、気付かぬ相手を跳ね飛ばしているだけに過ぎないのだ。
 他に、束が認識する人間と言うと、両親、千冬の弟の一夏。
 あとは———

 いや、初めから正解は明確だったではないか。
 束が防御を一切しない、いや、する訳が無い程溺愛している存在。

「まさか箒、なのか……?」
「さー、どうでしょうかねー」
「態度がそうだとしか言ってないぞ?」

 ゲボックはガリガリとドリルで頭を掻いた。

「……要人保護プログラムというのが始まるそうですよ?」
「……?」
「タバちゃんはISの開発者。よって、その身柄は誰だって喉から手が出る程欲しいんですねぇ。若しくは、消しておきたいとか」
「ああ、そんなの百も承知だが」
「ですけど、タバちゃんはそんな間抜けには捕まらない。捕まえられるわけがなぁい。でもね、そんな無敵で素敵なタバちゃんにだって弱みはありますよね。フユちゃんにもあり、小生には無い弱みが」

「家族か……」
「はぁい。その通りですょ。なので、日本政府はタバちゃんの家族を保護する事にしたみたいですね」
「……そうか、今回の私が悪目立ちし過ぎたせいか?」
 あまりに圧倒的に他を圧倒した。
 篠ノ之束の縁者たる織斑千冬に。
 つまり、公開されていない情報が千冬にもたらされているのではないのかと。
 まあ、確かにエネルギーの効率性など、通常技術のオーバーさっぷりは千冬に恩恵を与えているが、あえて千冬自身それにリミッターを掛けていた。
 あくまで、千冬の突き抜けた実力故である。
 しかし、対戦した者達はそうは考えないだろう。
 優勝したのは篠ノ之束のひいきがあったからではないか。
 自分たちの知らない機能を引き出しているのではないか。
 そう思われても不思議はないだう。

「それもあるかもしれませんね。でもそれってただの逆恨みなんですけどね」
「分っている。それでもそうなるが人間だ」
「面倒ですねぇ、本当に」
 言葉の割には、特に感慨もなさそうにゲボックは呟いた。

「それより、小生は日本政府自体がタバちゃんに対する人質としてやってるとしか思えませんね。他の国にタバちゃんが恩恵を与えないようにしてるとしか」
「それも大きいだろうな……で、それでどうしたんだ? いい加減、本題を言え」

「そうですね。少々、長くなりそうですから、あっちの公園で腰掛けながらでもどうですか? タバちゃんも休ませてあげたいですし」
「……分った」






 二人で茶を飲みつつ、だから何が起きたのか。千冬が問いかけると。
「茶の三番に聞いたのですが」
 唐突に、ゲボックが自作の生物兵器の名を挙げる。

「ああ、箒と仲のいい子だな」
「ええ。どうも、箒ちゃんは勇気を振り絞っていっくんに『剣道の全国大会で優勝したら付き合ってくれ』って言ったそうです」
「……ほう?」
 千冬はゲボックのその一言に平然と応えた。
 あくまで声は。
 しかし千冬。頭を二三度掻き、せわしなく目線を動かし始める。
 
「フユちゃん、なんですか? その動揺に満ちあふれた複雑そうな顔は」
「……いや、どうした?」
「なんか滅茶苦茶動揺してませんか?」
「別にしていないが?」
「人の事言えませんね」
「何か言ったか?」
「いやいや別に!? 拳振り上げないで下さいょ! ついさっき灰の三番からも確認とらせたのですが、本当だったみたいなんですけどね。どうもいっくんはどっかに一緒に遊びに行こうみたいな感じで受け取ったみたいですけど。後で箒ちゃんに斬られなきゃ良いですねぇ」
「そうか。そうだな、女心が分らん奴だ」
「目に見えて落ち着きましたねフユちゃん」
「だから何か言ったか?」
「いやいやべつに!? アレトゥーサ振り上げないで下さい!!」

 千冬のブラコンを再確認しつつ、ゲボックは話を続ける事にした。
「それで、その全国大会当日が、今日だったみたいなんです。フユちゃんと同じで決戦の日だったんですね」
「ああ、そうだったのか」
「そして、同日だったんだそうです、要人保護プログラムで、最初の住居転居が」

 つまり。
 勇気を振り絞り、一夏に一大告白(箒視点)を遂げ。
 付き合ってもらう為に剣道の研鑽を積み重ねていたにも関わらず。
 その『条件』たる剣道の全国大会に優勝どころか参加も出来ず、さらに所在に関する機密の為に一夏に何も告げる事も出来ず、転居———引き離される事となった、という事だ。

 束の作ったISを原因として。

「確かに、箒が怒るのも仕方が無い……か」
「ええ。しかも、それだけじゃないんです。憶えてますか? 何年か前の箒ちゃんの誕生日だったと思いますが、小生がザレフェドーラで満点の夜空を箒ちゃんに見せた日の事です」
「ああ……」
 千冬にとってみれば、翌朝素っ裸のゲボックが庭の木に引っかかっていると言う、ある意味衝撃的起床を遂げた前日である為、良く憶えている。
 暴風が巻き起こったせいで航空関係に多大な被害を与えたらしい。あと、どこぞの国のスパイ衛星も消滅したそうな。
 そう言えばその時憶えた必殺の剣技で今日は決勝でかなり優勢に立ったなあ。最後は何とか一閃二断で誤摩化したけど。



「知ってましたか? タバちゃんがISを作った本当の理由」
「……? いや?」
 千冬にしてみれば、ISを作った理由というのはゲボックを発明品で血に染め上げるのを阻止するため、と考えていた。
 あらゆる兵器が無意味と化す物を作れば良い。
 しかし、それをゲボックが知っているとは思えない。

 その裏に、三人の縁をいつまでも強固に縛る、と言う意図が更に主たる目的である事を千冬は知らない。
 当然、ゲボックも知らない。
 だが、これからゲボックの発する言葉は、今回の事件で大きな原因となったとも言える。



「そもそも、ISは宇宙空間での活動を前提としたマルチプラットフォームスーツと発表しました。まぁ、今やそんな事には誰にも目も向けて貰えてませんがね。でもね、それはあくまで対外的ですが、だいたい、『宇宙』なんて単語が出て来たのは、宇宙を見据えていた事は確かだったからなんです」
「私は聞いてないぞ?」
 自分の知らない事情に関わって来たのか、千冬は眉を寄せる。
 そう言えば、束は本当に隠したい事には隠し通して来た気がする。
 まあ、その通りなら発覚はしていないだろうが、何となくそう思うのだ。
 うっすらと、彼女達を縛り付けるという理由に感づいているのかもしれない。

「さて、その事はちょっとおいて置きますよ? あのタバちゃんでさえ、ISの開発は1年もの日々を要しました、あの飽きっぽいタバちゃんが1年も続けられたんですよ。何故だと思います?」
「……言われてみれば、確かにその通りだな。特にISは凄いと言えば凄いが、束程の奴が尚更執着する程の物ではない筈だ」
 千冬が話を持ちかけられたのは、操縦者とモニターが必要になってからだった。
 つまり、研究としてはかなりの終盤になってからである。
 だから、気付かなかった。
 束のISにかける熱意を。

「実はですね。その箒ちゃんの誕生日に約束したそうなんです」
「……まさか」
「はい。直接一緒に、天の川を見に行こうって言ったみたいですょ」

「それは、知らなかったな。IS誕生秘話だな。ある意味今回は悲話になってるんだが」
「ええ、小生もさっきタバちゃんに聞きました。小生はその時ブッ飛んでましたからね、物理的に」
「ああ、ブッ飛んで来たな、物理的に。しかし、どういう確率で家にくるんだ?」
「……いや、本当に小生もそれは不思議で仕方が無いですけどねぇ……」

 んー? と超天才でも因果律の恐怖に説明は付けられないらしい。



「……裏目に出過ぎだろう、あいつ」
 今回、篠ノ之家の転居はIS開発の影響下と言って良いのだから。

「だから、ISは執拗なまでに安全性に気を使ってるんですねぇ、タバちゃんは本当に箒ちゃんの事が大好きだから、万が一も起きないようにしてたんですね」
「つまり、ISってのは」
「はい、箒ちゃんにも単独での宇宙遊泳を楽しませる為に作り上げた、と言っていいんです」
「昨日、あいつが私の所に来なかったのも」
「ええ。箒ちゃん用ISの最終調整ですね」
「……つまり、あいつは———」

「———ええ。剣道の全国大会当日であり、それに行けない保護プログラム最初の転居の日でもある———『篠ノ之箒の誕生日』、7月7日に、いっくんと離れ離れになる原因となったISをよりにもよってプレゼントしちゃったんです」
「……間が、間が悪すぎる……!」
 ある意味、束らしい失敗と言えた。
 と言うか、あっさりISを作ってプレゼントするな、国際的にヤバすぎる。



「いつもは相手がどんな反応してもタバちゃんは気にしてませんけど、今日は相手が箒ちゃんでしたから、そう言う訳にも行きませんし。ある意味、そう言う経験が無かった為の失敗と言えますね。本当難しいのですよねえ、これは。小生なんかは何回空気読めなくても学習できませんし。こればかりはどうしようもないとしか言えませんね」
「自覚あったのかお前?」
「それはちょっと酷くないですか!? 小生だっていつも反省してるんですよ!」
「自覚あるなら少しは改善の成果を見せてみろ馬鹿たれ。それで?」
「小生だってそれだけ言われたらいじけますよ……。てなわけで、ちょっとぷっつん来ちゃった箒ちゃんがタバちゃん特製ISで大暴れしたから大変でした。タバちゃんも箒ちゃんに『大嫌い』なんて言われたものだから恐慌起こしちゃって怪我だらけになってしまいましたし。うちの子達も結構動けなくなっちゃいましてね。今ティム君と非・戦闘型が必死になって修理中です」
「裏目に出過ぎだろうが……」
「箒ちゃん大好きが最悪の形で返されちゃいましたねぇ」
「その事、箒は……」
「知りませんよ。疲れて眠っちゃってますけど、遡れば自分がタバちゃんに頼んだ事だなんて分ったら、どんな事になるか、小生でも分りますし。あぁ、小生は冷淡なんでしょうか、あの時箒ちゃんが駆ったISと生物兵器の戦闘、あれを思い返すたびに思うのですよ、素晴らしい。ああ、本当に———素晴らしい実験結果(データ)だって思ってしまうんです。今思い返してもニヤニヤしてしまいますょ」
「ゲボック……」
 千冬は、自嘲するゲボックを見る。
 しかし、それは仕方が無い。それはゲボックにとって習性、本能と言っても良い行動なのだから。

 そう。いつもと違うのは、あまりの怒りで理性が吹っ飛んだ箒に、束純正の極めて性能値が天元突破した超絶スペックのISが託されていた事だ。

 ゲボック達自身の超科学がそのまま牙を剥いて来たのである。
 いつものようにへらんへらんと流せない程の脅威だったのである。
 しかもそれを操るのは箒。
 束の溺愛する妹であり、傷付けるなど微塵も思考に登らない相手。
 瞬殺は出来るが無傷で取り押さえるとなると、手間取らざるを得ない。
 流石の天才達も手を焼いたのだ。

 だからこそ、なおさら今だ見ぬその経緯に興奮したのだろう。

 その結果が。
「ゲボック、治療した方が良い……」
 全身の白衣に及ぶ赤い染みは徐々に広がっていた。
 自然には塞がらないような傷を多数負っているのである。

「いえ。タバちゃんがこんな状態なんで、本当小生もタイミング悪いなぁとか間が悪い星につきまとわれてるんでしょうかとか、非科学的にもオカルト研究してみたくなる程なんですけど……やってみましょうか今度!」
「話逸らすな」
「ああ、ちょっと興奮して飛んじゃいました。それより、小生自身も、もうすぐやりたい……いえ、やらなきゃ行けない事があったんです。それでフユちゃんのところに来ました。ちょっとタバちゃんには悪いですけど。治療とかはその後でしないと。何か永遠にそのタイミングが無くなっちゃうような気がしましてね?」
 実際、束は傷こそ多いが擦り傷で全て傷は塞がっている。
 ゲボックより、かなり安心できる状態である。
 せいぜい消毒してバンドエイド張れば良いぐらいだった。
 泣き顔で酷くなってしまっているのが気になるくらいか。



 ふと。
 じっと、ゲボックが千冬を見ていた。



「……なんだ?」
 気になったので、声をかけてみる。
「全く話が変わりますよ。いいですよね?」
 ゲボックは懐かしむように月を見る。誰が見ても見事としか言えない、雲一つ無いはっきりとした満月だった。
 そして発した言葉は、今までの話はここで終わりだと言う、ゲボックの宣言だった。
 確かに月には忌々しい黒歴史と今まさに続く因果があるが……。

「正直、今回の件について、箒ちゃんには何とかフォローしたいとは思ってます。正直、箒ちゃんのお陰ですからね。タバちゃんと御友達になれたのは……ああ、日付が変わりました。ええ、ちょうど『7月8日』、今日ですね。タバちゃんとお話が出来るようになったのは」
「生まれたばかりの箒がどうやってお前に貢献したのかは未だに分らんがな」
 それは、束の心境の変化が分らない二人には全く意味不明な束の転身だった。なぜ、あの時束がゲボックを受け入れたのか。まだ、束の欠落が先天性の物だと気付いていない二人には分らない。
 いや、ゲボックは気付いているのかもしれないが、気にするような事ではないのか。



「そして、それから『10年』が経ちましたね。えぇ、長かったですねぇ。全くもって本当に」
「……は?」
 10年。
 確かに、束とゲボックが親しくなってから今日……日付が変わったばかりだから10年丁度よりは少し早いが、確かに十年である。

 待て。
 何かを、何か忘れている気がする。

「あの頃の小生は。タバちゃんやフユちゃんに箒ちゃんやいっくんと言った兄弟が出来る事をとっても羨ましかったんじゃないかって、今になると思うんですねぇ。いやはや、小生も何だかんだ言って寂しがり屋だったって事ですねぇ……まあ、それで生物兵器作り始めたんですけどね?」
「そう言う発想の転換がお前らしいな。普通作らんだろ、生物兵器なんぞ」

 ゲボックが何を言いたいのか分らなかった。
 今更、何故昔を懐古するのか。

「小生はそのときフユちゃんに未熟者と言われてしまったので、色々と自分を研鑽しようと研究にのめり込みました。まあ、そうでなくても研究ばかりはしてたんですけどね? 自分を高めようと色々頑張ったのが増えたんじゃないかと思います。まずは強い人になろうと思って自分を改造したりとか」
「いや、それは何か違うんじゃないか?」

 言った気がする。何かいつも言っている気がするが。
 なんだか『このとき』のは特別な気がする。
 そうそう、あとそれから凄まじい勢いで頑丈になっていったのはそのせいか。

「自分が作った<わーいマシン>が勝手に起動されてフユちゃんに襲いかかったって知ったときはマジでムカッ腹立ちましたしね! 白雪芥子でミサイル落してたフユちゃんに軍隊が襲って来たと知ったときはぶっ潰しに行きましたし」
「……何だかんだ言ってそれら全部私が後始末してないか?」
「ええ。小生は全然未熟でした。フユちゃんのためになると思ってやった事は全部裏目に出ちゃいますしねえ。いつも怒られてばかりでした」
「なぁ……思い出したら本気で泣きたくなって来たんだが……」
 目が遠くを見る事になった千冬だった。
 今までの苦労が一気に押し寄せて来たような疲労感が襲って来たのである。
 このまま蓄積して行ったら、将来、思い出しただけで過労死するんじゃなかろうか。

「それで、光明の兆しが見えて来たのはアラスカ条約が締結されて日本に戻って来たときですね」
「ん……あぁ、そうか」
 確か、商店街の皆の為に発明を役立てていると知ったときだと思う。

「それで、やっと何となく分りました。フユちゃんは、小生がフユちゃんの為に動くより、他の誰かの為に動くと喜ぶと分ったんです」
「いや、それ微妙に違うぞ」
「えええええ!? そうなんですか!?」
「うん……まぁ、概要は間違ってないんだが……」
 先が長そうだなあ。嘆息する千冬。



「なら良いじゃないですか、それで、もっとたくさんの人を助けたらメッチャフユちゃんが大喜びして褒めまくってくれるんじゃないかと思ったんです! はははっ! まあ、それでミューちゃん主催の『世界お助けツアー地球一周編』やったんですけどね。皆喜んで大歓声あげてるでしょう」
「……あ、あれってそんな下心があったのか!?」
 短絡過ぎるにも程がある。
 誰の言う事でも聞くゲボックだが、そんなあっさり世界中に回ったのはそんな経緯があったとは。
 よく分からん……と言うかまさか私のせいにならないだろうな。
 あと、歓声をあげるよりは断末魔や絶叫をあげていると思う。
 何事もやりすぎるとよろしい事には非常に良い事にはにならないという良い例だと思う。
 核撃たれるわ、紛争地帯が弱肉強食のサバイバーになるわ、全世界で核弾頭級の指名手配食らうわ。

「でも……全然褒めてくれませんでしたねぇ。一体、何が良くて何がいけないのか。どうすればフユちゃんが喜んでくれるよう小生が成長するのか、ちょっと手詰まり状態になっちゃいました……まあ、自分の研鑽という意味では、10年やそこらじゃまだまだ足りないのかもしれませんがね。でも、10年という区切りを自分で決めましたので、この取り決めは守りたいと思ってます」
 ……しかし、あの世界への放蕩が、自分に向けた意図があるとは思っていなかった千冬は、何を見逃しているのか、まだ分らなかった。
 それを見つけるべく、過去を必死に漁る。
 しかし千冬はその辺は常人と大差がない。どれだけ思い出そうとしても、過去の出来事となる程に記憶に霞がかかっていくのは否めない。



「で、ちょっと遡って5年程前に山々君にも相談してみまして。どうも、こういうのは雰囲気らしいじゃないですか。ロマンチックなのがベストだと。この点では箒ちゃんの事件の後なので間が悪いなぁと小生でも思うのですが、フユちゃんがモンド・グロッソで優勝しましたし、そのテンションの高揚の方で良いんじゃないでしょうか」
「だから、何がだ?」

「うーん、やっぱり憶えていませんか? 小生の独り相撲だとちょっと悲しいなぁ……とか思っちゃいますけどね? 『10年早い』あの日、フユちゃんは小生にそう断じて下しました。『未熟者』だと。んでぶん殴りましたね。痛かったですょ。んまぁ! 気にしてませんがね!」
 ちょっとは気にして欲しい。殴った意味が無いのは拳が痛いだけで無意味ではないか。

「ですので、10年間研鑽を積んでちょっとはマシになっちゃんたんじゃないかと自負してる小生がもう一回申し込んじゃいますよ??」

 これを、言わせては行けない気がする。
 何か、とんでもないことが起こる気がする。

 背筋を走るおぞましいまでの悪寒。
 死が首を掠めたときの間一髪の感触と言うか。
 ここから一歩でも進めば死ぬ———死線を軽く踏んで止まっているような緊迫感があった。

「ひゃはははハッ!!! それではフユちゃん、上空の満月をご覧あれ!! 小生、ゲボック・ギャクサッツの一大ステージをご覧に入れて差し上げましょうカァ! ははははっ!」
 ゲボックは止まらない。
 ひょいっと白衣からキーボード(単体)を取り出すと、ペンチな右手でで器用に摘みながら左手のドリルで器用に一個ずつトリガーを押していく。

「さぁて! 『地上回路』プログラム『光学操作』、固有名称『幻惑の銀幕』全解除!! 帳で隠していた真実を晒すのです! アハハハはハッ!今まさにここは世界の中心で、小生からは色々な物を叫んだり迸らせたりしちゃいますょ、いざMarverous!!」

 千冬は見上げた。
 そこには変わらず満月がある。


 だが。
 ガギ。が、ぎぃきききききい———

 空が軋んだような音を上げた気がした。
 そして、意味合い的にはあっている。
 今まで世界に偽って来た光景。
 ゲボックが世界中を回ってナノマシンをバラ撒きまくって来たのは、ただの気紛れではない。
 山口が言っていたのだ。
 直前まで内緒にしておいて、驚かす事こそが秘訣だと。

 今迄、地球に降り注ぐ太陽光そのものを操作して偽って来たカーテンを引き払い、真実の姿をさらす。

「いやぁ! 大変でしたねえ、太陽風が来たときの調整とか、そもそも人工衛星は大気より上に居るかもしれないから全部の衛生に誤情報を流し続けてみたりとか。どっかの国が隠れて射ったスパイ衛星にちょっかい出したり、それで国家暗部に追われたり、色々苦労しました!」

「おい……何だこれは……」
「いやあ、小生の気持ちです」



 月面。そこにはゲボックの想いの丈が月面の城塞の屋根で綴られていた。

 要は、小生は貴女を愛している。
 結婚して下さい。
 家族になって下さい。

 ぶっちゃけ、月と言う、地球から見て一番巨大に見える天体を用いたラブレターである。
 ゲボックが5年前、束に借り受けた、殆ど土木メカ足る銀兎———シーマスによって地球から見える程に月面を改築しまくっていたのである。天体改造、ゲボックでも5年掛かる大工事だった。
 まあ、それより何より。
 世界規模の羞恥プレイだった。
 もう、あぐあぐ口をぱくぱくさせるしか無い。



「10年前の申し込みをもう一度させていただきますよ? フユちゃん、結婚していただけますか? 家族になって下さい」
「おい……お前……」
 千冬はまともに言葉を出せなかった。



「待てゲボック……」
「何ですか? 正直10年待ったのでこれ以上待つのはちょっと大変ですよ?」

「お前———束の事が好きじゃなかったのか?」
「大好きですけど?」
「ならなんで!」
「何かいけませんか?」
「私じゃ、お前達の話には付いていけない、お前の事を誰より理解しているのは束じゃないか! どうして私なんだ! 先に知り合いになったからだと言ったらただじゃおかんぞ!」
 怒鳴る千冬にゲボックは首を傾げる。
「んー、まあ、確かに先ってのもありますよ? 小生は10年前からフユちゃんとラブラブになる為に頑張って来たような物ですし」
 うーん、と腕を組んでゲボックは考える。



「そうですねぇ。タバちゃんは確かに小生の事を誰より理解してくれます。小生だって、タバちゃんの考えてる事を誰より理解しているつもりはありますよ? 何たってタバちゃんは超天才ですから。小生も天才ですしねえ。この点に関してはフユちゃんにだって負けない自信はあります」
「じゃあ……何でだ!」
 そう叫ぶ千冬の声には最早、力はない。

「でもね? タバちゃんも小生も、お互いが間違ってても、その事に気づけないんです。小生達は余りに近いんです。同じなんですね? だから、お互いの事は全部肯定、とっても楽しいんです。でも、それじゃ偏りが出て来ちゃうんですよねぇ。あと知ってました? タバちゃんは結構小生の事をペット扱いしてました。人間として見て無かったんじゃないかなぁ。楽しかったから小生も楽しんでましたけど、タバちゃんは恋人とか、そんな目で小生の事見て無いんじゃないかなぁ……」
 ゲボックは、束の認識を見抜いていた。
 気にしないだけで、ゲボックは大体自分が受ける感情を認識していたのである。
 そして、その上で束の事が大好きだったようである。
 ただ。
 ゲボックは気付いていない、今や、その感情が変化している事に。
 単に、スキンシップが過剰になっていると思っている。
 先入観に固まってしまっていたのだ。
———そもそも

「自然界でも、交配はホモ接合型よりヘテロ結合型の方が強靭性を誇ります。生命として歪感が無いですし。共通の弱点を保有しますので、天敵の出現の際、一網打尽の可能性も出てきます———とまあ、小生の好きな科学的な言い訳はこの辺にしておきますけどね———」

 ゲボックはニヤケ顔を止めた。
 どこにでも居る純朴な男の子の様な、そんな表情を浮かべ。

「小生はね? 自分でも分かってるんですよ。何だって出来ます。何だって作り出せますよ。天才ですから。それこそ神様みたいにね? でもね? やっぱり小生は偏っています。戦争を力尽くで鎮圧する植物を作り出す事は出来ますよ? でもね、そこの人に平和を訴える事は出来ません。小生は、凄いと自分でも思ってますよ? 凄い物を沢山作ってきました。でもね、間違いが無いわけがないです。完璧な物なんて無い。だからこそ科学者は完璧を目指すのですから。ゼノンのパラドックスのように、永遠に到達できなくても———そんなありふれた言葉は真実なんですから。でも、何が間違っているのか。それは小生自身じゃ分らない。何故かって? 科学的には完璧に正しいからなんです。そしてね」
 ゲボックは千冬を見る。

「フユちゃんはそんな小生をいつでも叱りつけてくれました。殴って止めてくれました。何時だって小生の暴走を受け止めて、抱きしめ止めてくれました……ずっと———ずっと感謝していたんですよ? だから、フユちゃんに助けられたあの日から今迄ずっと」

 ゲボックは懐から花束を取り出した。
 そのラインナップには何となく見覚えがあった。
 結局千冬は思い出せないが、それはゲボックが初めて千冬と束に会った時、ゲボックに渡した見舞いの花束と同じ構成だった。
 あの時から、ゲボックは千冬に一目で心奪われていた。
 束の心情の変化に気付く余裕は無かったのである。自身で決めたタイムリミットが刻一刻と近付いていた故に。
 呆然としていて花束を受け取ってしまった千冬を見てゲボックは頷く。ウムウムと。
 やっぱりフユちゃんは花束が似合うなぁとか考えているのである。

———あなたは、まるで天使のようです。

 あのとき彼が言った言葉は、心の底からの本音だったのである。

「ですのでフユちゃん。フユちゃんは、小生にとって一番大切な人です。まだまだ未熟者だと思いますが、悪ければ殴って下さい。まぁ、殴られれば治るんじゃないかなぁ———とか思いますし」

 最後はしまらないゲボックだった。
 だが誠心誠意、精一杯の真摯な告白だった。



 だが、それは。
 千冬は思う。
 最初自分で言ってただろ。
 どんなタイミングだと思っているんだ。
 空気を読んでくれ。
 つーか空の月なんとかしてくれ。羞恥で死ぬ。

 なんで。



 箒と争い、精神的に参っている束の前で言うのだこの愚か者が。
 お前に背負われている(マニュピレータ補助付き)時点で、束が眠りにつくなど無いだろう。
 束だって色々狙っていたに決まっている。
 お前だって傷ついた相手に優しくするだろう?
 束はそれを狙っていたんだよ。



 間違いなく———









「あぁ……間に合わなかったなぁ……」
「束」
「タバちゃん、御目覚めですか?」

 そう。狸寝入りに決まっているだろうが。
 ゲボック、気付け、この不穏な空気に。

 それに。
 ゲボックの言葉を要約すればこうなる。
 束と親しくなった時は既に千冬一筋だったと。
 三年間、ゲボックを想い続けて来た束にどんな精神的ダメージを与えるか———

 ん? 待て。
 それより、今束はなんて言った?



「間に……合わなかった?」
「そうだよ、ちーちゃん」
 ぐずっと鼻をすする束は湯気を上げる蒸しタオルを量子展開、顔を拭う。
 流石に束でもずっと泣き顔で腫れた顔はどうかと思ったらしい。

「まさか、束さんがゲボ君の気持ちに気付いていないとでも思ったの?」
「……は?」
「何の話ですかー? 無視しないで下さいょ」
 ゲボックだけが、何の事か分らないらしい。

「だから、思い出してみてよ。ちーちゃんが私の気持ちを指摘する言葉に、束さんは最初もの凄く驚いたでしょ。なに言ってんだろちーちゃんとか思ったし。というか、束さんでも分るよ? ゲボ君がちーちゃんの事一番大好きだなんて、あの漫画貸してくれる山……だっけ? も知ってたし」



———……まぁ、あれだ。織斑……残酷だな―――お前



 あれは……そう言う意味だったのか!?

「むしろ気付かないちーちゃんに驚きだよ? クラス全員知ってたよ? 小学校の時も中学校の時も、高校の時も、皆々気付いて微笑ましくしてたんだよ? だから何かとちーちゃんとゲボ君を何かとくっつけようとして皆ゲボ君の事応援してたんだから。束さんは必死だったよ、ちーちゃんの事ゲボ君に取られないようにね」

 そう、最初、束から見たゲボックとの関係はライバルだったのだ。
 千冬をとられまいと、もっと構って欲しいと。
 ゲボックが言った通り、二人とも同じであり、同じだからこそ同じ人物———千冬を求めていたのだ。
 だから、そんな束がゲボックの思いに気付かない訳が無い。
 和解する迄は千冬に関してだけは、敵ですらあったのだから。

 付き合いが長いから分かるのだ———

 その好意が……。

 誰に———
 向いているのか———
 向いていないのか———

 だからこそ、ゲボックの事を好きなのでは無いか。3年前、そう言われた時は訳が分からなかった。
 何故ゲボックと自分をくっつけたがるのか。
 ゲボックの事が嫌いなら追い払えば良いではないか。
 それとも、私とゲボックをくっつけて纏めて厄介払いしようとしているのか。
 最初、親友であるのにそう思ってしまった程である。

 そして恋愛について口論しながら気付く。
 ああ———気付いていないんだ、ちーちゃん。
 まあ、説得されて自覚していなかった想いが吹き出てしまったのだけれど。
 お陰でこんな気持ちになってるのに。
 対人交流能力が皆無と言って良い、束ですら分ったというのに。
 クラスが一丸となって知って色々画策していたというのに。

 これが、千冬の欠落なのか?

 だからとうとう、この間言ってしまった。
『……ふぅ、流石ちーちゃん、いっくんのお姉さんだ』と。
 箒の文句をさんざん聞いて来た束だからの感想だった。
 うぅ、箒ちゃんー。思い出したらまた涙出て来た。






 対して、混乱の極致にあるのは千冬の方であった。

 え?
 
 知っていた? 束だけではなく私以外全員が!?

 私だけが察していなかった? 何故だ? 何故分らなかった?



 千冬が延々と、何で肉欲から行くんだお前は……と言っていたが。
 何故束がゲボックに告白しないか等とも。
 確かに、前述した理由も合っている。だが、それ以上に。

 束でなくても、すぐさま計算できたのだ。
 告白すれば確実に玉砕すると。

 ゲボックが傾ける想いでは、束は絶対に千冬に敵わない。
 だから———束に武器は体しか残っていなかったのである。なんか嫌な言葉だが、その通りだったのだ。
 幸い、束は自分でみても魅力的に育ったという自負がある。
 千冬もまた美人だ。だが、タイプが違う。見込みはあると思った。

 そして確認もした。
 ゲボックが告白する迄は時間に余裕があると思っていた。
 それ迄なら既成事実を作ってやる。そう息巻いていた。
 そうなれば、ゲボックは何気に義理堅い。ゲットできると想っていたのだ。
 卑怯? 女は手に入れたい男が居ればなんだってするのだ。

 ゲボックが月面で何かしているのは知っていた。5年前シーマスシリーズを貸したのは他ならぬ束なのだし。
 しかし、ゲボックはこの点に関してだけは極めて秘密を心がけた。
 幻惑を解除できるも、面倒だと、束に思わせる程に。
 きっと、束から内容が千冬に漏れるのを恐れたのではないか。ゲボ君のくせに考えるなあとか腹立たしかった。



 でも———結局間に合わなかった。
 そう言えば残り5年と言っていたではないか。タイムリミットはあの時既に決まっていたのだ。

 束は想う。
 もう、どうなるんだろう。

———姉上が、姉上がISなんて作ったから……姉上なんて……姉上なんて大嫌いだぁ!
 違うよ、お姉ちゃんは箒ちゃんの為にISを作ったんだよ?

———フユちゃんは、小生にとって一番大切な人です
 嫌だよう。ちーちゃんとくっついちゃったら……。



 独りになっちゃうよう。
 いっくんは当然ちーちゃんが一番だし。そのうち箒ちゃんと結婚するだろうし。



「嫌だよう……」
「束……あのな———」
「嫌だよう……独りは嫌だよぅ。嫌だよ、嫌だよぉ……」
 束は立て続けに襲って来た事態に耐えられずにぽろぽろと再び涙を流し始める。
 これが、人と関わって来なかった束のツケが回って来た、と言う事なのだろうか。
 周りに振りまいて来た無自覚の悪意が、知人達に返って来て自分を孤立化させようとしているでも言うのだろうか。

「束……」
 マズい。
 背筋の悪寒が既に堪え難いところ迄達しつつある。
 これは———

「タバちゃん? どこか痛いんですか? そりゃ傷がありますからですよ。それに大丈夫ですよ? 『一人』じゃないですよ。小生が居ますよ? フユちゃんも居ますよ?」
 おいゲボック。お前にそんな気はないだろうが、人に告白した後すぐその態度では、ある意味最低だぞ。
 あといい加減治療しろお前。流血が洒落にならんくなって来てるぞ。



「もうやだぁ———」
 千冬の危機感が最高潮に達した。

 途端に浮かび上がる無数の投影モニター。
 そこに浮かび上がる各国の基地、空母等の共通点に千冬は心当たりがあった。

 まずい。
 まずいなんて物じゃない。

「もう、何もかも———無くなっちゃえば良いんだよ—————————!!」



 次の瞬間。
 ゲボックの『地上回路』を一瞬にして掌握した束はそれを経由して世界中の核弾頭を管理するシステムをハッキング。

 有り得ない光景だった。

 冷戦時最高数7万発弱。現在は解体中と言えど3万発を軽く越える核兵器が世界には存在する。
 全部爆発すれば世界を何度焼き払えるか分った物ではない。
 当然、いつでも発射できる体勢にあるのはわずかな数だろう。
 そもそも、核兵器とは一人でどうにか出来る物ではない。

 発射シークエンスに多数の人を必要とする。
 自動報復システムぐらいだろう、あっさり放たれる核は。

 何より金が掛かるのだ、核兵器を持っているだけでも。
 故に、その殆どが倉庫で寝ているだけだろう。

 そもそも。
 ハッキングなど。物理的に断絶し、完全に独立したシステムには束と言えど手を出せる訳が無い。



———今迄は。



 苦しくも、ゲボックが作り出した『地上回路』。
 それは、あらゆる地点を量子回線で繋ぐ、ゲボックや束の触覚の延長となるシステムである。
 ISのコアネットワークを参照してゲボックが作り上げ世界を埋め尽くしたそれを、IS開発者たる束が掌握仕返せない訳が無い。
 
 すなわち。地球上の空間に繋がっている限り、二人が支配できないコンピューターは存在しないのである。
 
 さらに。
 世界中に散布したナノマシンは、『地上回路』を構築してなお、地球のあらゆる地点に夥しく滞空している。



 生物モーターというのを御存知だろうか。
 単細胞生物の繊毛が異常な運動効率を発揮して彼らの移動の術としている細胞より小さい単位である。
 それを参考に、血管内を泳ぎ回る治療用極小機械がナノマシン普及前に考案されていた事がある。

 単細胞よりサイズ単位の小さいナノマシンが、複数集合すればそれを構築する事など容易い。
 かくして『灰の二十七番改』は粒子状でぞぞぞぞと動き回っているのだが。
 空気中に漂っているナノマシンは人工衛星型生物兵器『灰の二十九番』製のナノマシンであり。

 このどちらもがゲボック製ナノマシンの大本『灰の三番』の体組織から作り出された亜種であり。
 
 似たようなシステムを構築させられぬ訳が無い。
 かくして、空気中に、世界中に漂っていたナノマシンは周囲の資源を素材に爆発的に自己増殖。集合して、発射台で佇んでいる核兵器、倉庫で眠っている各兵器、その何もかもに取り付いて外側にあらゆる物を構築し始めた。

 それは起爆機構、それは弾体、それは射出機構。最低、アタッシュケースに入って起爆を待つだけの核爆弾の一部でもあれば充分。即座に武器の形へ再構築されていく。分解中の核兵器がつぎつぎと再生していく。
 さらには、弾頭などは腕が生え、自ら倉庫の天井を突き破り。空へ向けて自らを差し向ける。
 恐怖と震撼を通り越して笑いさえ誘う光景だった。

 文字通り、世界中に存在する核兵器が発射準備完了状態に移行したのである。

 その数———白騎士事件の時より数だけでも一桁上回る。
 破壊力に例えれば桁違い。
 攻撃対象面積に限れば世界全てだ。



 千冬は即断即決した。
 束の意識を一瞬にして断つ。
 正しくは思考を止める。
 脳を働かせるわけにはいかない。

「うわあああああああああんっ!」
 年も外聞も関係なく、大泣きしながら束は飛び上がった。
 ISを展開していない時の束の防衛装備。
 常時潜在型IS『マクスウェルにはネコじゃなくてウサギ』(ユビキタス)だった。
 全てのシステムを、『有る』と『無い』の状態で固定化させる事に特化したISである。
 分りやすく言えば、常時ISの機能を量子化していて、思考だけで展開せずとも『機能だけを働かせるIS』と言えよう。
 でもその名前はどうよ。あれって、猫好きがブチ切れるような実験だったはずなんだが。それにウサギ好きがウサギ当てはめてどうすんだろうか。

 半量子半実体武装化機能は、ISの展開よりずっと素早く活動可能という利点がある。
 それで千冬から飛び退った束は一気にエンターキーを殴りつけた。

「しまった———」

 カタストロフが———

「タバちゃん、それは駄目だと思いますょ!」
 ゲボックがハッキングされた『地上回路』をハッキング仕返した。
 途端に、地上を上昇中だった核弾頭達の先端にナノマシンが集結。
 推進ブースターを構築。
 今迄使われていた推進システムが機能停止。上昇中だった兵器群がそのままのコースを描いて尻から落ちて来ると言う前代未聞の物理現象無視した事態(ゲボックなので一応科学的なのだが)に、飛び上がっていく世界の終末を見上げていた者達はもう一度度肝を抜かされた。
 逆にミサイルが激突したように、世界中の核施設が大質量の墜落に大打撃を受ける。
 その大破壊に巻き込まれ、どれだけの人が死傷したのだろうか。それは分らなかった。

 だが、最悪の事態は免れた。
 核の起爆には、計算され尽くした科学的計算に基づくシステムが必要である。
 そんな物が叩き付けられ、歪めば、ただの質量爆弾でしかなくなる。
 それでも推進剤に引火し大爆発が生まれるが、それは核反応ではない。ある意味世界中の核は全て無力化された。
 束やゲボックがナノマシンを用いてそれらを修復しなければ、という前提が付くが。

 これが更にまずい事態を呼んだ。

 核とは何だかんだ言っても軍事に金かけてる血気盛んな自己陶酔国家にとって国家防衛の要である。
 こちらが核を持っているから相手も射てないだろ、射ったら射ち返すぞ、どっちも滅ぶけどな! という何だか妙な脅しあいで平和を保っているのである。

 となると、相手の国もまさか自国と同じ状態に陥っているなんて考えても居ない彼らは核に続いて強力な武器を次々と準備し始める。
 お互い人間同士であるが故の疑心暗鬼の結末であった。
 
 この5分の後、まさに第三次世界大戦の恐れのある緊張状態に陥ったのである。



 束がこの場から音速超過で去っていく。
「やむを得ん———」
 と言うより、初めからこうしていれば良かった。
 許可されていない時のISの展開。
 緊急時意外は禁止されている。
 何を言う。これはまさに緊急時ではないか。

「ゲボック! コアネットワーク経由で干渉されないよう防御頼む!」
「えええええ!? 何でこうなってるんですか!? 今度はフユちゃんとタバちゃんの喧嘩!? 訳分かりませんよ! あーもうこっちだってタバちゃんが隙あらば世界滅ぼそうとしてるの止めなきゃいけないんですよぉ!!」
「喧しい黙れ馬鹿そして死ね諸悪の根源が!! 兎に角やれ! あとお前は世界を守る方だな!」
「そりゃ、まだまだ実験したり無いですし。世界に未練タラタラなんですねぇ。あと、フユちゃん返事ください。これ無くしてまだ死ねませんから」
「そんな場合か状況知れ! 空気読め! あと月隠せ! 恥ずかしくて死ぬわ!」
「分りました。でも有耶無耶にされたくないので月はお返事後に隠します」
「それ本気かおい止めろゲボック本気で止めてくれいや本当に!」

 珍しく千冬が懇願していた。それ程の羞恥である。
 なお、一夏と言えば、千冬優勝記念宴会で誰かの混ぜ込んだ酒を飲み完全に出来上がっていた。全世界公開中のラブレターを肴に月見酒中である。
 酔うと、千冬に似るらしい。被害者の某生物兵器は語る。



「蜃よ、霧出せ惑わせ蛤。夢見せよ———ELECTRIC・BUTTERFLY(エレクトリック・バタフライ)!!」
 束のISが常時/火急用から、本格活動用に切り替わる。
 貝のように閉じていた蝶の翅が開かれ、ISスーツ姿の束がその姿を現した。

 束が自身用のISをただの高性能で済ませる訳が無い。
 白騎士事件の時見た機能だけではないだろう。
 天才達は日進月歩で怪物的に進化する。

「あの馬鹿が! 私が絶対ゲボックの申し出を受けるとでも思ってるのかあの超馬鹿が!」
「ええええええええええええっ! 本当なんですかそれ!」
「手が止まってるぞゲボック手が!」
 気を抜けば世界が焼かれる。
 それ程の超絶的な電子戦が地球を駆け巡っているというのに。

「ふぅ。小生も世界が無くなっていいんじゃないかって思ってきました」
「面倒だなあ、ああもう、この紙一重共がああ———ッ!!」
「もう絶対月このままです。これを記念に小生は日々を生きていきます」
「脅しか!? それは私を脅してるのかゲボック!? いや消せよ本気で!!!」
「小生どうしましょうか、本気で」
「分った、これが終わったら返事するからそれまで働け!」
「了解しましたって、また微妙なお返事ですね! どっちかぐらい今でも言えるじゃないですか?」

「ああああああああ、もう良い、色恋沙汰はこりごりだあ、ああもう、来い!! 暮桜ああああああああああああアァッ!」
「フユちゃん逃げた———ッ!!?」









「フユちゃんちょっとちょっとぉぉぉぉおおおお——————ッ!!」
「待ァて束ええええええええエエエエエエェェェッッッッ———!!」
「嫌あああああアアアアアァァッ————————————ッ!!!」
 千冬自身、束を追いかけているのかゲボックから逃げているのか分らない状況だった。



 これが後に、出来事を知る者達に、第三次世界大戦勃発を予期させる緊急事態を巻き込んだ『たった三人による世界大戦』と呼ばれる痴話喧嘩の始まりだったそうな。



 ……笑えねぇ。






_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/

 話数のカウントをちょっと変更しました。
 上中下って分けるなら別に話数が進んでも良いんじゃね? と言う事で。
 
 剣道の全国大会って本当に7月にやってるんですね。調べてみたんですが。他の月の時もあったんですけど、甲子園みたいに年何回とかそう言う事なんでしょうか。勉強不足ですいません。
 モンド・グロッソについては捏造だらけにしてみました。実施年月日ほぼ全部。
 箒の転校の年にしたとは原作のどこにも書いてませんよ、うんうん。

 福音戦が大きなテーマになるな、我がSSは7月にイベントが多い……。
 あ、この過去編はあと大きなテーマが二つ終われば終わります。
 その後に、捏造があるので年表的な物を出したいと思います。
 原作に正確な年表が出たら修正するのですが……どうなんでしょうね!?


 今回のテーマ。
 千冬さんは織斑。マジ織斑。つまり一夏のお姉ぇさああああん!!
 
 束さんと箒も姉妹。いや似てんだよね。マジであの姉妹。奇行のせいでそうは思われてないみたいだけど、自分と周りの立ち位置に対する様子とか。
 
 束さんが箒に渡したISは、原作のあれのプロトタイプです。
 その箒ブチ切れイベントをあえて端折ったのは、箒メインイベントまで取っておこうと思ったからです。
 決して鬱書き続けたら精神力が保たないからでは御座いません。本当ですよ!?

 女の子二人に男の子一人(子って年齢でもないが)こりゃやっぱり三角関係じゃね?
 とか思いましたが、良く良く見たら一直線列車的関係と言う罠。

 タッチ的にはならんな!(そりゃ三角関係の最上級系ですし)
 甲殻のレギオスにおいてのディン、ダルシェナ、シャーニッド的と言ったところでしょうか?
 ああ、レベル足りない? はい、すいませぬ。しかし、ゲボックがことあるごとに求愛的なことをしていたのは千冬相手だけでした。好き、と言うのは別として。原作でもゲボックとヘルは何年進展しない相思相愛してたんだよお互い初恋同士で、って感じですからね。アンチエイジングするような年なのに。

 灰の三番についてもちょっと書きました。
 あれで元ネタ分る人居たらちょっとラブレター書くかもしれない。
 月には書かないけどな!
 原作編の最初の方で千冬が月を見て頭を抱えるのはそのせいだったり(だけじゃないけど)。いやー、最初の伏線やっと使えましたよ。その前にエタら無くて本当に良かった……。






 次回過去編。
 ええ、自重しませんとも、する訳がある物ですか。
 我が胸の内の中二心、全身全霊を持って流出させるつもりです。

 その前に原作編ですが。
 難しいですよね、原作流れでアレンジって
 
 何がしたいのか、とのご指摘もいただきましたが。
 すみません力不足で
 ですがその通りです。何をすれと双禍は指示されていないのです。
 ただ、助けろとだけしか。
 だから何が出来るか模索迷走中なんですね……。
 ゲボックが出てからも双禍視点で出て来るので、その時某ガンダムの脇役になっちゃった主役みたいにならないよう、その足場固めとキャラの確立という理由もあったり。

 ですが、原作編でまだゲボックを出すわけにはいかないのです。
 やはりゲボックが出てからで無いと調子が出ないので、そっちの方も気長に御付き合いください。
 双禍は要らない子ではありません。それだけ切実に……。
 ……時間が御許しになれば、で良いので。



 では。また、御許しいただければお会いしましょう。



[27648] 転機編 第 4話  思春期狂宴_其下
Name: 九十欠◆82f89e93 ID:a6979411
Date: 2012/04/01 08:50
 皆、申し訳ない……最初に謝っておく。
 このエピソードは自分の実力をさっぱり把握していなかった時期にこれを書きたいここにもってくぜとまず旗として立てておきました。

 そしてこのSSを書き始めてもうじきで9ヶ月でしょうか……。
 やっべぇ、まじやっべぇ。
 書いているうちに増えた設定、追記するプロット。ついでに文進めると勝手に暴走するゲボック……などなど忠実にこれも書きたいアレも書きたいとしてたらですね……。

 なんと299KBですよ奥さん! 299KBぉお!
 あっぶねー! 300行く所だった、あぶねぇー危ねぇ。
 あれです。切る所は大体ここだろうか、と複数当たりつけてますが。

 長過ぎるときは感想に 『長え!』 と一言申し付け下さい。


 あ……でも、次は多分減る。うん、減る……本当だよ! 本当だからね!

前書き終わり



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 子供と言うのは、とてもストレートなところがある。

 もし、IS学園に通っている時間軸の一夏。いや、彼だけではなく千冬を知る誰しもに。



 千冬はいじめられっ子だった———



———と言って、一体何人がそれを肯定するだろうか。
 誰しもがそれを鼻で笑い、いやいや、いじめっ子の誤植……? と返すだろう。
 その後振り下ろされる出席簿も含めてもはやこれはお約束だ。

 だが、もう一度言おう。
 子供は直で言う。
 相手がそれでどんなに傷つくか全く考慮もせずに。
 そう、普段の束の様に。

———あぁ、脱線したな。
 ここでは、まだ束は関係無いのだ






 怪力女(ゴリラ)






 千冬のあだ名だった。



 きっかけは何でもないものだ。
 体格が一回りも二回りも大きな男児を単純に片手で投げ飛ばした、とか、突き飛ばされるのが普通のところを逆に押し返して転ばした、とかそういう些細な事でしかない。

 だが、幼くとも子供同士でもちゃんと社会が出来上がる。
 力の強い子、足の早い子、体の大きな子は自然と回りからもてはやされ、本人もそれを自負する。
 一丁前にプライドを持ち、それを鼻にかけ、リーダーたろうとする。

 もし、その幼いアイデンティティを、自分よりも小柄な、しかも女子に覆されたら?

 プライドはズタズタだろう。
 ジャイアンがのび太にボコボコにされる時の様子を想像してもらえば良い。

 そして、その後の反応は、アニメ通りではない。奇しくも大人の社会の縮小であるそれも同様だった。

 『異端』として取り扱うのである。

 それまで力自慢であった子が、手の平を返した様に力があることを糾弾し、気味悪がり、排斥しようとする先頭に立つのだ。



 千冬はゴリラ、ゴリラ、とグループから爪弾きにされ、孤独を噛みしめる事になる。
 ゴリラに比べればパンダなんて可愛いものではないか…………否、排斥される称号を付けられ、そう呼ばれることそのものが、集団でヒトがいるために積もって行く負の側面を剥き出しにして表すのである。



 奴隷、邪教徒、カースト下層、穢多、非人、白豪主義下での有色人種。
 そして男尊女卑に女尊男卑。

 様々な呼び名で呼ばれるも皆同じだ。
 『差別』こそ社会の礎『格差』こそ、社会を維持し続けるために必要不可欠な要素。

 人は絶対に勝てる闘争相手に日頃の鬱憤を、社会に混ざっていて生じる鬱屈を叩きつけ、精神の安定を保たなければ群れの中で生きてはいけないイキモノなのだから。

 千冬には力で敵わない。
 だから、数で勝つのである。
 大人も、子供も、醜悪な部分は一緒なのだ。子供だから純粋などと言う事は絶対にありえないのだから。



 一人、同年代のグループから離れてそれを一瞥し、やる事も無いので視線を巡らせる千冬。

 そんな時。

 そんな、特にやる事も、全てが馬鹿馬鹿しく、やる気そのものが無くなった千冬だから、見つけられたのだ。

 それは完全な隠行だった。
 古武道をその年で既に会得していたのか。
 否、それは生物として当然の防御反応。
 気配を圧し殺し、小さく身を固め、誰の意識にも止まらぬ様身を潜める———そう、まさに。

『化け物に埋め尽くされた世界にたった一人、身一つで投げ出された少女』

 篠ノ之束に。






「待てえええええええええっ!」
 千冬は追う。
 その気になれば世界を何度滅ぼしても飽き足らぬ、滅亡のボタンを全身に取り付けたと言っても過言ではない親友を。
 今ならそれを何のためらいも無く殴り続けるであろう親友を。

「嫌あああああああっ!」
 束は逃げる。
 兎に角特に親友達とは離れて一人になりたかった。
 しかし、こうなったのは一人になりたくなかったからだ。
 一人は嫌だ。でも、一人になりたくてたまらない。

 自分でもわけのわからない支離滅裂な反転を繰り返す感情のままに束は飛ぶ。

 速い。
 先日ゲボックの改良を経て、性能が軒並み底上げされている暮桜だが、一向に距離が縮まらない。

「もう! 追って来ないでよぉ!」
 ここは一体どの辺なのだろうか。
 陸地を離れ、どこかの海上である。海軍の基地が、強化した視覚でピックアップされる。

 一瞬にしてその基地内における電子の世界が掌握された。
 束がISと組み合わさった時のハッキングは、正に一瞬である。防護など、時間さえも稼げない。
 周囲の領海巡洋艦から対弾道弾迎撃ミサイルが暮桜に殺到する。

「『それ』が通じない事を証明させたお前がそれをするか?」
 通常兵器はISのシールドを破れない。
 迎撃どころか防御反応の必要もない攻撃に、千冬は首を傾げ———

「もう!  どうなっても知らないんだもん!  IS攻性因子塗布(エンチャント・ローディング)

「なっ、まさか……まずい! く、ぉおおおおおおおおっ!!」
 プライベート・チャンネルから聞こえた束の声に悪寒を憶え、雪片を鞘走らせる。

 斬り裂かれ爆散する弾道弾。
 そこから感じる衝撃波を受け流し———

 そう、衝撃がシールドを貫いて。

「やはり、通常兵器にIS攻性因子を付与させたのか———自分の発明の優位性が無くなるような事を平然と!!」



 ISに通常兵器は効かない。
 今や常識の一つであるが、おかしいとは思わないだろうか。

 思わない? では、通常兵器より破壊力の乏しい武装であるにも関わらず、ISのシールドエネルギーを削る事のできる事例があるのは何故なのか、説明できるだろうか。

 そう、IS用と言えども、ハンドガンがミサイルより強いわけが無いのだから。

 ならば、何故ISが攻撃した場合は、シールドに影響を与えるのか。
 それは、攻性意志、とでも呼べるものだと言えばいいだろうか。それが、多大に関係して来るのである。

 ISは、意思を持つ。
 大体は、何となく乗り手に『こう言っている気がする』と思わせる程度の弱いものでしか無い。
 それは、ISが乗り手と意思を同調・増幅させようとするからだ。
 人の意思そのものを、ISは自分の行動決定指針———『意思』とするのである。
 そうする事によって、他よりも強い『意思』を得たISは、そうでは無いISに対し、かなりの優位性を得ることができる。
 つまり、精神的に上位に立てるのだ。

 ここまで言えばお分かりだろうか。
 ISのシールドを相殺し合うのは他でもない、相手を攻撃しようとする意識なのだ。
 ISコア内に存在する精神的要素によって構成された半物質であるシールドエネルギーは、ISの保護者を守護しようとする意思により、想像を絶する堅固さを保有できるようになるのである。

 人が乗った方がISが強くなる、と言う由来はここから来る。
 通例では、人が乗らないと動かないと言う事なのだが、束は自律稼働を既に実現させている。
 ただ、やはり意思が弱く、戦闘能力が低い。ゴーレムシリーズなどは、これに出力を無理矢理肥大化させる事で僅かな意思力でのシールド突破を実現させているに過ぎない。

 兵器は意思を持たないが故に、意思にて相殺されない最大限の効率を得たシールドエネルギーに傷一つ付けられないのだ。
 ISの攻撃は、この相手を害する意思、攻性因子が込められ、シールドを相殺するのだ。
 だが、千冬に殺到する攻撃にはそれが塗布されている。
 大方、地上回路を経由に、半有線状態でシールドエネルギーを送って兵器をくるみ込み、同時に束の『意思』を与えているのだ。

 そうなれば、ISを相手にしているときよりも厄介だ。
 こと、効率とコストパフォーマンスを除き、攻撃力、人を害する指向性だけなら通常兵器はISを遥かに凌駕する。

 流石に絶対防御を中和する機構は開発して居ないよう……だがまぁ、それも時間の問題だろう……だが。
(ISの絶対的安全・優位性を覆すものを何のためらいも無く開発だと……っ)
 束の危機管理の無さをボヤきながらも次々と襲いくる迎撃兵器を打ち払って行く。

 まあ、尤も、ISの最強は何もシールドエネルギーだけではない。
 音速超過の壮絶な加速下で、人間の認識能力をはね上げる機構もその一つだ。
 五感の強化、パワーアシスト、人間の機能を拡張するだけのものでも、数えきれない。
 どこか一つだけ強化すれば良いものではない。人間、バランスを崩せば全てが崩壊する。
 人間が強くなるには、全部強くなる必要があるのだ。

 さもなくば、剣でミサイルなど斬れはしない。

 だが、迎撃した隙に距離が離れる。

「もー分かったよーだ。迎撃して、撃墜まで行っちゃうんだからね! ふん、ふん、ふん、ふん。もすもーす、もすもー♪」
 束が鼻をすんすんさせている。
(拙い、少なくとも冷静になった———!)
 恐慌状態よりもまずすぎる。
 何故なら、束が現在の行動を取りやめるとは思えなかったからだ。

「どぅーがんかさーくやん、いんどぅーむー」
 何か分けの分からない鼻歌まで歌い出した。
「るすとー、うぃらーどぅあん、はんばーはんばぁむやん♪」
 その間も、次々と防衛兵器が千冬に襲いかかる。
 正直言おう。
 すっごくイラッとした。

「らんだーばうーらだーん、とんじゅんかんらんっ♪」
「な、に、を歌ってぇっ!」
 るん、だ、束! と言おうとして———
「かしゃっくいや〜ん、ああんっ、束さんを守って蝶ちょさん!」
 ミサイルを薙ぎ払い、対空砲から身を逸らし、火線の包囲網を突破した千冬は。
「なああああああっ!?」
 目の前に突如出現した10mもの巨大なエネルギーの塊に度肝を抜かされた。
 銀色に光り輝くそれは、羽ばたく蝶の形をしていた。

「なん、だ、これはっ!」
「うんうん、ちーちゃんが暮桜なら、束さんは秋の桜なのだ!」
「……コスモス?」
「そう、秋桜にはおっきぃ蝶の守護神がついてるのだよ!」
 それを聞いた千冬はしばし考えた。
 結論はすぐに出た。

「あれは蛾だ!」
「うそん!」

 ががーんっ! と本気で口にしている束がショックを受けている隙に、千冬は雪片を切り上げて巨大蝶を消し飛ばす。
 零落白夜。
 相手がエネルギーなら。自身のエネルギーと引き換えに、消滅させられる。
 シールドを防御に使うISだからこそ、鬼門と言える攻撃機能。

 必殺のタイミングの一撃を難なく払い落とされ、しかし束はそれを見て感動するように微笑んだ。
「し、知ってるかな、蛾と蝶には、学術的には明確な差はないんだよ! 人間が勝手に識別してるだけなんだから!」
 口は動揺しまくっているが。

「素人目にも分かる程動揺し過ぎだな、素直に知らなかったと言えばいいのに」
「束さんは天才なんだよ! 知らないわけないじゃないかな。にゃはははははー……」
 全力で嘘ですという束の態度に、あー、確かにこいつゲボックと同じだ、と感慨を受ける千冬である。
 まあ、本当は———なんなのだが。

「うんうん、やっぱりちーちゃんは凄いねっ! 暮桜とそんなものを作り出せるなんて。はっきり言って束さんの想定外だよ」
「開発者のお前にそう言ってもらえるとは光栄だな!」
 その間もミサイルを迎撃し続ける千冬。
 何か白騎士事件を思い出しかけてテンションが落ちて来た。
「だってさ、自分の身を削って攻撃するなんて、普通じゃないもん」
「……代償無く繰り出して与える痛みを出し続ければ、いずれ私は人ではなくなる。束、私はそう考えている」
 そう、束とゲボックが『凄すぎるもの』で周りの影響を与えず好き勝手しても心を痛めないように、千冬自身も『最強』なんてもので、同じに心になるわけにはいかない。
 千冬の目的は二人をこっち側に引き戻す事なのだから。

「ぬぬぬっ! ちーちゃんが難しい事考えてるよ!」
「失礼だな束、私だって意味なく暴力を振るっているわけではない」
「分かってるよ、ちーちゃんだって頭良いもん。でもね、そんな事わざわざするのが凄いって。人間の歴史を見てみりゃ分かるじゃない。自分に代償無く与え続ける痛み…………はっ、はは、ははははははははははははっ!! 面白くて笑いが止まらないよ! そんなもの、誰よりも人類が好き好んで振るって来た力じゃない! どうして飛び道具なんてものが昔からあると思う? 『自分が痛い目に合う事なく相手を痛い目に合わせたい』って気持ちが皆強いから何だよ!」

「———なっ!?」

 ぐばあっ! と気付けば千冬を小型の紫電迸る蝶———雷蝶が取り囲んでいる。
「いつの———」
「てふてふ、だね」

 一挙に殺到する雷蝶。
 最初の一匹に千冬の剣が触れた瞬間、一斉に全ての蝶が千冬へ向けてエネルギーを爆縮する。

「本当———束さんは……」
「何、勝ったつもりで余韻に浸ってるんだ? 随分と余裕だな?」
 プライベートチャンネルから、平然とした千冬の声が聞こえた。
 依然としてエネルギーは千冬を取り囲み、ダメージを与え続けている筈だ。

「え?」
 爆縮中のエネルギーが『凹ん』だ。
 そこから、暮桜が飛び出て来る。
 否。
 フィギュアスケートのスピンの様に回転しながらと言う様ではあるが、出現したのだ。
 そして、飛び出たのではない。
 猛烈に回転した暮桜は、自分を取り囲んだ雷蝶のエネルギーを全方位全てから推進機(スラスター)に取り込んでいたのだ。
 飛び出たように見えたのは、排水溝に水が飲まれる様のように、振り回されたエネルギーの隙間から暮桜が見えたからそう錯覚したに過ぎない。
 下手すれば全身まんべんなくエネルギーをかき回すように受けていたかもしれないというのに。なんと言う操縦センス、そして———

 スラスターにエネルギーを外部から取り込めば、次は一気に吐き出すだけだ。
 瞬時加速(イグニッションブースト)の推進力として。

 瞬時加速の理論はこうだ。
 一度吐き出した推進エネルギーをスラスターに取り込み、通常の全力推進に上乗せする事で爆発的な速度をえる技術だ。
 故に、取り込むエネルギーは自らのスラスターに限るものでもなく、また、その速度は取り込んだエネルギー総量に比例する。

 だが、敵の攻撃エネルギーを取り込むとは。
 一夏の場合、仲間の攻撃を、タイミングを合わせて行使しても全身打撲の反動が有った。攻撃エネルギーは、発動者以外には非常に取り扱いの難しいものなのだ。

 だが、千冬は敵の推力、攻撃力、どちらも奪って自分の速度に出来る。
 すれ違った相手の推力を奪ってたたらを踏ませ、イグニッションブーストを螺旋状にして発動、敵ISを強烈な回し蹴りで沈めたエピソードは余りに有名だ。
 まぁ、誰も真似などしない(つーかできない)ので、次のモンド・グロッソには誰しも思考にあげないようにしていた題材ではあるが。
 零落白夜も含め、徹底的にエネルギー運用を効率的に最大限の効力をえる。
 ブリュンヒルデの名は、戦闘力だけではない。戦闘技巧も含め、全てが突出していたからこその称号なのである。
 そして速度は、攻撃力に上乗せできるのが道理。



 そして、虚を突かれた束にその速度に対応する事など出来るわけが無い。



「ぶっ———なぁ、にぃッ!?」

 そう、当たれば、だ。



 手痛い一撃を受けたのは千冬の方だった。
 頭を疑問符が埋め尽くす。
 タイミングは完璧だった。
 完全に虚を突かれた束は、本来なら零落白夜で落とされていた筈である。

「そう、真っ直ぐこっちに来られたらの話なんだよ!」
 そう。千冬の超瞬時加速が、束を真っ直ぐ捉えられていれば、である。
 束は一切迎撃をしていない。
 千冬は大幅に束への進路がそれ、海面に機体を叩き付けたのである。
「一体———何故だ……?」
 上空から雷蝶の大群が、千冬に降り注ぐ。
「ぬっ———」
 千冬は水中に身を躍らせる。
 雷蝶は水面に触れ、次々と水蒸気爆発を起こすが、水中には殆ど衝撃が伝わって来ない。
 着弾の間隙を縫って千冬は水面を突破する。
 猛烈な蒸気で辺りの視界は塞がっている。
 と言っても、ISのセンサーならこの程度、何ら感覚器の妨害にはならない。

「ちーちゃん、どこ〜」
 遠くから、束の声が聞こえて来る。

「何かがおかしい……」
 巨大蝶の時と良い。
 殺到する雷蝶の時と良い。
 そして、イグニッションブーストが見当違いの方に進んだ時と良い。

「ちなみに束さんはね〜」
 束の声は遠くから聞こえて来る。
 ハイパーセンサーによれば、水蒸気は何ら支障がないが、当たりにまき散らされた雷蝶の余波で一種のジャミングになっているようだ。
 ただ、聴覚の強化はそちらとは関係がない。大体の方向は推測がつ———

「ち〜ちゃんの目の前に居ますっ!」
「なっ!」
 がしっ、と千冬の顔面が鷲掴みにされた。

「一回やってみたかったんだよね〜、ちーちゃんにアイアンクロー」
 いっつも貰ってたし、お返しだよ、と言いながら束は千冬を振り回す。
「んだ———とっ!」

 接近を全く察知できなかった。
 移動を認識していないのである。
 その直前まで、遠くに声を聞いていたのだから。

「くっ!」
 自分の顔を掴んでいる束へ、横薙ぎに雪片を振るうが。
(やはり手応えが無い———!)

 いつの間にか束は消えている。
 そして、感触も変わっている。
 掴まれているのは、顔面ではなく後頭部だ。
「どろっぷきーっく!」
「ぐぅっ!」
 束の両足が背に炸裂し、千冬は吹き飛ばされる。
 吹き飛ばされた先には、丸っこいウサギが浮いていた。

「これはっ! 前に入院していた時の———」
「ああ、大丈夫だよ、『反物質ぅさぎ』じゃ、ちょっと危なすぎるから、『ぽぽぽボゥさぎ』に抑えといたからね。それでも、オクタニトロキュバンよりは強いから気をつけてね〜」
 現行最大威力の火薬———製造コスト黄金と等価のあれよりもだと———っ!

 千冬は慌ててシールドを全面に集束して展開した。
 暮桜が人間の許容できる光量と音量を超える出力をカットしたが、その瞬間確実に、意識が飛んだ。



 カッチ、カッチ、束の胸元にある懐中時計が、針を刻んでいた。



「おぉー、ま、ちーちゃんだから無事だよね!!」
 はー。とつまらなそうに束は溜め息をつく。
「世界はつまんないなー。やっぱりつまんない。はぁ、ゲボ君も居ないし……」
「つまらなければ、どうするんだ?」
 その独り言に、応える声が有った。

「あはっ、要らないからぶっ壊すだけだよ、あっても百害あって一利無しだし。無くなっちゃえば良いんだ! それにしても凄いなっ! あれ貰ってその程度なんて、さっすがちーちゃん」
 素直に束は独白した。
 千冬は、左腕部分の装甲がやや溶けた状態だったが、無事だった。
 さながら念能力のようにシールドを腕部に集中。掌握するような形で爆発の威力を機体の反対側に集束して放ったのだ。
 だが、暮桜は束に背を向けている。

「……ご両親や、箒も居るこの世界をか?」
「……箒ちゃんにも嫌われちゃったもん」
「だから要らない、と?」
 あえて両親の事を口に出さない事は追求しなかった。

「……束さんは、箒ちゃんをものとしては絶対見ないもん。要らないなんて思わない」
「ならば、何故世界を壊そうとする?」
「わかんないよ! 壊したら箒ちゃんも死んじゃうって分かってるもん! 束さんは天才なんだよ、そのくらい分かるもん! でも世界なんて要らないんだよ! あるだけで苦しいだけなんだよ! 嫌われてたって箒ちゃんに死んで欲しくないけど! 世界はあるだけで虫酸が走るんだよ! この一瞬だって、『あるだけ』で———苦しいんだよ、痛いんだよ! もうわかんないよ! ぶっ壊れちゃえばいいんだよ!」

 ああ。
 束の心は。
 ここまで幼かったのか。
 詰まる話が———

「束、それを何ていうか知ってるか? 自分の思い通りに往かなかった時に全部ひっくり返して壊そうとするお前の今の行動はな? ———餓鬼の癇癪って———言うんだよ!」
「ちーちゃん、いくら何でもその言い方は———!」

 次の瞬間! 千冬の拳が束を掠めた。

「うひゃあ! 嘘っ!」

「———む、その反応、惜しかったか」
 千冬は、有らぬ方を見ている。

「そして分かった。この蝶……ミサイル迎撃の時に見せた、ウサギ面の蝶と同じものだな?」
「ありゃー……? 気付いちゃった?」
 するどいなぁ、ちーちゃんは……。
 
「成る程な、視覚、聴覚、触覚、それに……三半規管もだな……感覚器に誤認情報を刷り込ませる……実にお前らしい単一仕様能力(ワン・オフ・アビリティ)だ」
「さっすが、ちーちゃん。不思議の国のアリス(アリス・イン・ワンダーランド)、その片鱗に気付くとは。恐るべし。ぶりゅ…………えー……なんだっけ? ま、いっか、伊達じゃないって事かー。ぱちぱちぱちぱち〜……ん? でも、今の一撃どうやったの?」
 感覚が支配されていると言うのに、どうやって攻撃を掠めさせることができたのか。
 その謎に、千冬は何の気も無しに、とんでもない事をあっさり一言でまとめる。



「勘だ」
「かん?」
 しーん……と二人の間に静寂が響き渡る。
「かん?」
 何それ? と束は聞いてみた。



「つまり、適当だ」
 千冬は応えるや、雪片を振り下ろして来た。
 目を閉じている。勘というのは本当のようだ。だが、なんだこの正確性は。

「嘘お—————————!! そんなかいくぐり方なんてあり!?」
 慌てて回避。

「ま、ブリュンヒルデだろうが、私より強かろうが、お前のそれは反則過ぎる。勝てなかっただろうが……私が何だか忘れたか?」
「えーっと……ちーちゃんだよ? 忘れるわけ無いっしょ」

「ああ、そうだな、良く分かってるだろう? お前のな———幼馴染みだろうがぁ! 大体読めるんだよ! 呼吸というのがな!」

 がしりっ! 千冬が束の肩をつかんだ。
「嫌ーっ!」
 蝶が炸裂する。
 その爆発力はシールドを貫き、千冬の全身を強打する。
「があっ! く、痛ぅう……、つまり、掴めたか……触覚も支配されてるので掴んでいるかどうか分からんが……お前の反応で分かったよ、束———教えてくれてありがとうな。聴覚を暫く制御してないな? たっぷり後で叱ってやるから——————! 墜ちろぉぉおおぉおおおおおおおおっ!!!」
 雪片が白光を増す。
 千冬には確認できなかったが、大威力の零落白夜が束に炸裂した。
 その反動で束は吹っ飛んで行ったが、千冬にはそれが分からなかった。
 視覚も触覚も支配されていたからである。
 
 だが、束が離れた直後、千冬の頭から蝶が一匹離れ、零落白夜の光を受けて消えて行った。
 途端にきりもみ状になって吹き飛ぶ束が視界に映る。
 成る程、あれが千冬の感覚を支配していた蝶だったか。

「適当にやっても何とかなるもんだな……」
 それは貴女だけです。千冬さん。
 誰かがそう言ったのかもしれない。

「おい、ゲボック———これから束を回収して行く。情報の隠蔽等、頼む———」
 さて、後は面倒な後始末だ。
 幸い、今回はゲボックが行動不能になっていない。噂含めて容易に後片付けが……。
 あ、この後ゲボックにどうしようか……う、何と困難な一仕事が残っている。うぐぐ……。
 いっそ頭痛を仮病なり何なり発症でもして早引きしようか。
 学生時代もしなかった、そんな発想でこめかみに走る痛みを抑えようとして……あ、仮病じゃねえ。
 頭痛が増しそうなその時。切羽詰まったゲボックの声が。

『何言っているんですかフユちゃん!』
「……どうした?」
『何だか、すんごいエネルギーがタバちゃんの方へ向かってるんですけど! 大丈夫なんですか?』
「なに?」
 慌てて暮桜にゲボックの示すエネルギーをリンクさせて確定させる。
「……は?」
 その瞬間、さっきの束のように思考が止まった。

 きーん、とでも言ってるような恰好。
 つまり両腕をピン、と横に張って走る仕草で空中で束めがけて一直線に走る影が有った。
 あれが、束の方へ向かっているというエネルギーだろう。
 だが、その姿が———

「束?」
 そう、束に向かって走って(飛んで?)来るのも束だったのである。
 ただし、恰好は全然違う。
 イタリアの配管工のような上下の繋ぎに身を包んだ、二頭身にデフォルメされた束である。

「なんだ、あれは———?」
 それを、千冬が知る由もない。
 束が自己討論する際、分割した思考を一つの疑似人格としてくくった存在。
 『ぷち束』である。

「き—————————んっ!!」
 あ、二頭身の束、本当にきーんて言ってる。
 のんきな事に千冬はそう思ってしまった。
 終わったと思っていたから。
 だが。
 束が。
 超天才云々以前である。
 科学者が———

「とぅ!」
 ぷち束は束のISにひょいっとくっついた。
 両手に調理器具を量子展開して持ち、束のお腹に乗っかる。
 そして、
「目覚めよ〜♪ わたし、束さん〜♪ ええい、いつまで寝てるの! 束ったらもう! これ食らって逝くんだよ! 死者の目覚め!」
 それを打ち鳴らした。
 起こすのか? 逝かすのか良く分からないコメントだった。



 ドンゴンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンッ!!



「嫌ああああああああ!」
 とんでもない音量だったのだろう。両耳を抑えて束が頭を振り回した。

「……なにしてるんだ?」
 本気で頭が痛くなって来た。暮桜。音量抑えても、そっちで頭が痛いんじゃないんだ。でも有り難う。
『フユちゃん! 早く止めて下さい!』

「ゲボック、あれ、起こしてるんだよな?」
『そんなの演出に決まってますょ! タバちゃんは科学者ですよ! フユちゃんと戦うという事は、常に零落白夜による一撃必殺の脅威にさらされるという事です。まさか———』



 科学者ともあろうものが。

「『——————零落白夜を受けた場合には(こんな事も有ろうかと)———ッッ!!』」



 束とゲボックの声がハモッた。
 見事なまでの一致だった。
 息合い過ぎである天才達。
 いや、やっぱりお前等が付き合えよ。
 内心毒を吐く千冬だった。

『———何も対策を練ってない訳が無いじゃないですか!』
 えー……。
 千冬はげんなりした。
「それって常識なのか?」
『当たり前ですょ!』
 え? 私が非常識なのか?
 ショックを受けた瞬間である。



 するっと、ぷち束は束とISの隙間に入り込んだ。
『さっきなんですけどね、近くの海上防衛施設が』
「ああ、さっき束に乗っ取られてこっちをいいだけ攻撃して来たあの基地だな」
『エネルギーが根こそぎ奪われて機能停止したんですょ』
「———は?」
『つまり、あの小さくて可愛いタバちゃんは! 軍事施設一つを丸々運用させられる程のエネルギーを纏めて固めたものだったんですょ!』

「おい、一体それはどれだけの———」

 にゃはははははははははははははははははははッ!!
「完・全・復・活!」
 にゃはははははははははははは!
 
 束の哄笑に勢いづけられたかのようにエネルギーが束のISから迸った。
 復活どころではない。
 一体、どれだけのエネルギーを飲み込んだ!?

「ねえねえねえ! 大ピンチに大逆転の一手を掴んだ瞬間ってのは最高じゃないかな! ちーちゃん!! それじゃあ、束さんのIS、電気の蝶(ELECTRIC・BUTTERFLY)その本当の力を見せてあげるから、来週まで楽しみにしててね!」
「何が来週!?」
「ノリだよ!」
「ノリなのか……」

 束は蝶の飾りを先端に取り付けた杖を展開した。
「夢に飲み込まれればいいんだよ、こんな———つまらない世界なんて!」
 戦慄する千冬の前で、束の絶叫が響き渡った。



 カチリカチリと、懐中時計が時を刻む。











 いつも思っている。
 そこに居なければならないというのは、苦痛以外の何でもなかった。

 切欠は何だったのだろうか。
 ああ、公園だ。
 束が母に連れられ、初めて公園という所に来たときである。

 その時束が感じたものはただ一つ。



———気持ち悪い



 であった。
 束にとって、母以外は全て『人間』では無かった。
 『人間』だと感じることができなかったのである。
 それは、以前語ったであろう、人間を識別する機能の欠如によるものである。

 どうあっても、『人間としての特徴を持っているだけの何か』としか感じられないのだ。
 話している事は分かる。
 形も五体が揃っている事が分かる。

 だが、ぬぐい去れない違和感。
 認識の齟齬。
 こみ上げる嘔吐感。
 どうしてお母さんはこんなものに囲まれて平然としていられるのか。



 束は、両親を除くニンゲンに会いたくなかった。
 何故なら、人はコミュニケーションにおいて、『暗黙の了解』や『お決まり』、『通例』、『局所ルール』などと言ったものを持っているからだ。
 つまり、空気である。

 束はこれが分からない。
 わざわざ会って会話したいなら言葉を使えばいいではないか。
 どいつもこいつも全く同じなら会話しなくてもいいだろう、くだらないルールまで設けてつるむ必要が無いではないか。
 識別不能なニンゲンの群れに、束はそう判断する。
 用いなくても、反復されたパターンなら、確かに省略してもいいと束は思う。
 だが、それを分からなかったからと言っておかしいものを見るような認識になるのはいただけない。
 そもそも、分かり切っているならコミュニケーションを計る理由が無い。
 くだらない。
 ニンゲン同士の交流に、集団に入るのにそんなものを前もって学習していなければならないなんて。
 本末転倒だ。
 人間は交流によって学習するものなのだろう?
 交流の為に学習しておくなど、無意味だ。
 だからお前達は人間じゃない。
 つまり、そんなスキルを前もって用意しなければならないコミュニティなど、存在価値皆無である、と。

 そう。
 自分は超能力を使える宇宙人の星にやって来てしまった、たった一人の地球人なのだ。
 周りは意識をテレパシーで伝え合って、その合間に決まった言葉を吐いているだけなのだ。
 わたしは『人間』だ。そんなもの、分かるわけが無い。

 わたしと交流したいなら、まず『言葉』を使え。 

 それが束の意見だった。
 そして。
 幼いながらも、周囲のニンゲンを人間と認識しなくなる根源だった。

 束は家に引きこもる。
 様々な本を読んだ。

 幼い心を躍らせる童話。
 小説から鉱物図鑑、法を記載した書。果ては地図に至るまで。
 ありとあらゆる本を手当り次第に読んだ。
 周りの生き物が何なのか調べる為の、大人さえ匙を投げるであろう学術書さえも。
 それは生物的なものから精神的なものまで様々だった。

 そして、束はまだ自覚がなかったが、天才であった。
 どんどん吸収して行く世界の理を明快化させて行く部門———科学。
 一足す一は二。
 明確にそれしか無い因果と結果。
 明快なその理に、束はのめり込んだ。

 束はどんどん賢くなって行く。
 人と人は交流しなければならない。交流しなければ成長は有り得ない。

 それが分かったからこそ判断した。
 自分より『決まった知識を決まったように吐き出す』機能が劣っているニンゲンと会話しても、何の益にもならない、と。
 人と関わる必要性を皆無としたのだ。






 そんな時、ある物語と出会った。
 図書館で手に取ったマンガだった。
 苦しくも、ゲボック同様、初めて手に取ったマンガは、漫画の神の著作であった。

 それは、一人の青年の物語である。
 その青年は、普通なら助かる筈も無い大事故で瀕死の重傷を負う。
 だが、世界は青年に死を許さなかった。
 発展に発展を重ねた科学は、青年の肉体を殆ど人工物に差し替え、無理矢理機能を維持させる事で彼の魂を現世に呼び戻したのだ。

 だが、青年を襲ったのは苦痛極まりない地獄だった。
 人間を人間として認識できない。
 人間を無機物として脳が判断してしまうのだ。
 触っても見たままの触感しか脳は判断しない。

 この青年は、束よりなお地獄だっただろう。
 束と違い後天性であり、もともとどんな感覚なのか分かっていたのだから。



 だが、彼に一筋の光明が差し込んだ。
 一人の美しい女性に出会ったのだ。
 周りのニンゲンが無骨な『何か』にしか見えない彼に取って、その女性は救いの女神だった。
 一発で恋に落ちたのも、当然と言える。

 だが、やはり彼の魂は壊れていたのだ。
 彼女は、普通のニンゲンから見れば醜い無骨なロボットだったのだ。
 彼は狂人として周りから見られる事になる。
 ニンゲンが近付けば悲鳴を上げ、ゴツゴツとしたロボットに求愛をするのだ。
 誰だってそう判断する。

 作中で語られる。
 彼は、脳も含めて七割ものが人工物であると。

 故に、彼は持ってしまったのだ。
 ロボットの心を。
 ロボットから見た世界の認識を。
 ロボットに心なんて無い。

 誰が言い切れる。
 そんなもの、単にロボットが未熟だからに過ぎない。
 有機生命体とて、人間程の心を持ったものなんて他に居ないだろうから。
 人レベルになったロボットなど、まだ誰も生み出した事が無いのだから。

 工場から吐き出す黒煙を深緑の空気と感じ深呼吸し。
 溶鉱炉のせせらぎで昼寝を楽しむ。

 確かに、彼は狂人に他ならなかった。
 
 やがて、彼はそのロボットを連れて逃亡する。
 後ろ暗いブローカーに拾われ、彼は願う。

 自分の魂を電子情報化して、彼女———ロボットと一つになる事を。

 そして誕生する。
 彼とロボットの魂の子が。
 以後長きに渡り、次々と新型が生まれても人々に愛される。
 『人間臭いロボット』が。



 そのロボットが、自らの命をどう扱うか、と言う結論まで全てを読み終え。
 本を閉じた時。
 束は泣いていた。
 それは、初めて共感を抱ける相手を見つけたからか。
 創作物内の、存在しない人物に過ぎない。
 だが、束の感受性は素直だった。
 人との交流がほぼ皆無であるため、素直にその思いを受け取ったのだ。

 そして。
 束は、4歳といえども女の子であった。
 彼のように。

 何時の日か。
 周りにひしめく『ニンゲン』ではない———束に取って本当の『人間』と恋をしたいと。
 あんな情熱的な恋をしてみたい。
 憧れた。
 その優れた脳で何度も何度もシュミレーションをした。
 デートをするのだ。抱きしめ合うのだ。家族を作って幸せに生きるのだ。

———ああ

 でも、二週間程でその空虚さに気付いて自分自身に絶望した。
 束は、両親以外でまだ人間を見つけ出していない。
 そんなもの、この世に居るわけが無い。
 知能の高さから、その結論をすぐさま出してしまったのだ。
 それだけの知能が有りながら二週間も妄想にふけった時点で、束の羨望の強さが良く分かるというものだ。



 束は知らない。
 僅か一年足らずで、『ニンゲン』と判断できない少年に出会うなどと。
 既に失望していたのだ。
 『人間』に会える事など未来永劫ありえ無いのだと。
 だから、少年が『ニンゲン』とは異なると一目で判断した束は、渇望とは反して即座に敵対に移る。
 親友を奪われない為に。
 自分を救ってくれた一番大事な千冬を守る為に。

 一発で意識する存在になっていると言う事がどういう事かも深く考えずに。

 そう。
 束にとってゲボックは、夢焦がれ、恋い焦がれ、憧れた———直球ド真ん中の相手に他ならなかったのだから。
 ゲボックを自分と同じ生物だとは認識しない。即座に判断したが。
 彼だけである。
 千冬にもそうは見なさなかった。
 いまだに、束はゲボックを異種族と認識しているが。
 
 そのあり方は誰が見ようとも。
 篠ノ之束は、ゲボック・ギャクサッツのみを『人間』であると見なしていたのだ。

 経緯こそ異常ではあるが。
 その意識の仕方はありふれたラブロマンスに他ならなかったのである。
 つまりは、一目惚れだったのだから。












「さぁさぁちーちゃん!! 皆々よっておいでよ見て行きな! まあ、見なきゃ見ないでぶっ潰すけどねぇん! いざ旅立たん! これより幻想世界への冒険を始めるよぉ! ゴォ! ゴーッ!! Down the Rabbit-Hole!!」

 束は自称、魔法のステッキを眼前に構える。
 唄うように、唱えるように、解放コードを読み上げ出す。



 それは歌だった。
 人の声帯は、二枚の膜がぴったりと合わさり、その隙間を空気が通る事によって膜を振るわせる事で発声する。

 だが、訓練すれば二枚の声帯それぞれで声を発する事もできるのだ。
 束がしているのは単身による二部合唱。
 異なるのは、それぞれが異なる歌である事だ。



「Tabane was beginning to get very tired of sitting by her Houki on the bank, and of having Nothing to do: once or twice she had peeped into the book her Houki was reading, but it had No pictures or conversations in it, "and what is the use of a book," thought Tabane, "without pictures or conversations?"(束さんは退屈で溜まらなくなって来ていた。土手の上で箒ちゃんのそばで座っていたけど何もする事は無いし、箒ちゃんの読んでる本を覗いても挿絵も無ければ台詞も無い。そんな本なんてどこが楽しいんだろうと思って)」

 一つは英文。
 主人公を自分に差し替えた世界的に有名なストーリーを。



「以前のこと、わたしこと超天才束さんは夢の中で蝶々になってたんだよね。喜々としてひらひら蝶々になりきってました! なんて素敵! なんて楽しいのかな!」

 もう一つは、ある漢詩の翻訳文———やはりアレンジが加えられていたが。



「So she was considering, in her own mind (as well as she could, for the hot day made her feel very sleepy and stupid), whether the pleasure of making a daisy-cain would be worth the trouble of getting up and picking the daisies, when suddenly a "White Rabbit" with pink eyes ran close by her(雛菊の花輪でも造ったら面白そうだけどさ、わざわざ立ち上がって摘みに行くのも面倒だし、何しろこの暑さでは眠くて頭がぼーっとしてて、これだけ考えるのもやっとで。と、その時ふいにピンクの目をした白ウサギが一匹、すぐ傍を通っていたのさ)」



「いやぁーこれが本当に楽しくてもぉ、超々ひらひらと華よ蜜よと舞ってました! 自分が束さんであることは全く意識に無かったよ! なーんちゃって!」



「There was Nothing so very remarkable in that, Nor did Tabane think it so very much out of the way to hear the Rabbit say to itself "Oh dear! Oh dear! I shall be too late!" (when she thought it over afterwards, it occurred to her that she ought to have wondered at this, but at the time it all seemed quite natural)(それだけならそれだけなんだけどさ、またそのウサギが「大変だ! 大変だ! 遅刻しそうだ!」なんてぼやいているのが聞こえちゃって。束さんは別に不思議だとは思わなかったんだけど、今考えてみたらこれで驚かない方が変じゃないかなー? その時は当然のような気がしてたんだけどね)」



「はっ! とばかりに気付いてしまって、これはがっかり。私は超天才美少女科学者、束さんだったのでしたー。にゃっはっは」



「but, when the Rabbit actually took a watch out of its waistcoat pocket, and looked at it, and then hurried on, Tabane start to her feet for it flashed across her mind that she had never before seen a rabbit with either a waistcoat-pocket, or a watch to take out of it(ま、さすがにそのウサギがチョッキのポケットから時計を取り出して時間を確認、また悲鳴を上げながらさっさと駆け出した時はさすがの束さんもさすがに飛び上がっちゃてさ、なぜかって、ようやく気付くのもあれなんだけど、そもそもウサギがチョッキ着てるなんて、また、そのポケットから時計取り出すなんて見た事無いし)」



「ところでところで、束さん的に疑問なんだけど、その蝶々って、束さんが夢の中でなったものなのかな? それとも今の束さんこそが、蝶々が微睡んでみている夢のなのかな? どっちがどっちなのかなかな? なんて不思議、これは天才束さんにも分からない。不思議不思議だね〜」



「and, burning with curiosity, she ran across the field after it, and was just in time to see it pop down a large rabbit-hole under the hedge(あまりに面白そうなんで束さんはウサギの後を追って駆け出し、原っぱを突っ切るとちょうどウサギが生け垣の下にあった大きな巣穴にピョンと飛び込むのが見えちゃってさ)」



「束さんと蝶々は確かに違うものなんだけどね? これがものの変化って奴なんだねぇ。全ては移ろい変わりゆく。こればっかりはしょうが無いってものさーね。でもでも、束さんが私である事に変わりないし、蝶々が私である事にも変わりないし? その本質、超々天才美少女である事に変わりはないんだ、やったね!」



「In aNother moment down!! went Tabane after it, never once consi dering how in the world she was to get out again(束さんもすぐさま続いて飛び込んだのさー。出るときはどうするかなんて全く考えもしないでね〜♪)」



 当然、こんな長文を読み上げる束を千冬が止めようとしなかったわけが無い。
 なにより、武人としての勘が、同時に詠われる二つが詠み終われば、とんでも無い事になると警鐘を鳴らし続けているからである。

 ゲボックに頼んで知覚妨害への対処法を聞き出したのだ。
 なんでも、武人である千冬が、それがあると認識すれば弾けるらしい。
 武術の精神修行で鍛えられた精神的防御が、認識を得るとちゃんと対処するのだと。

 つまり、そう言う攻撃があると分かれば対処できるというわけで。
 聞く迄もなかったのだが。

 だが。
 束は全力で得たエネルギーを直線でブッ飛んで逃げると言う力に注ぎ込み、常時イグニッションブーストで直進しているのではないかと言う超速度で市街へ逃げ込んだのである。

 同時にハッキングされて混乱陥る交通機関。
 市街を飛ぶISに度肝を抜かされる市民達。
 しかもその片方が、ブリュンヒルデである千冬だから、その驚愕はひとしおである。
 その上で、別の所から軍事攻撃をしかけて来た。

「市民を人質に使う気だな———!」
 今までのように回避が出来ない。
 千冬に当たらなかった攻撃が。流れ弾が、市街にどんな影響を与えるか分かったものではない。

 千冬単身では、海上ならば兎も角ここでは間に合わない。
 故に。

「ゲボック!!」
『分かりましたょ!』
 地上回路を経由にナノマシンを集束。
 空中に壁を作って流れ弾から市民を守る。
 千冬は防ぎきれない大きなものを破壊すれば良いだけになる。

「あーっ! ゲボ君に協力してもらうなんてずるいずるい! やり直しを要求するんだから!」
「お前が他も巻き込むからだ馬鹿!」
 完了……! 間に合わなかった!

「むむむー。良いもんね。多数決の邪悪さは、これから束さんが思い知らせてあげるんだから!」
 そう、もう遅い。

 束は合掌するように、しかし隙間を空けて胸の前によせ、ステッキを捧げるようにその間に浮かべ。

 決定的な言葉を詠い上げる。



「コード1、ルイス・キャロル解放。コード2、胡蝶の夢、開放———
 単一仕様能力(ワン・オフ・アビリティ)、完全展開———」



 ぞわっ、と千冬の背筋を悪寒が走る。
 感じる事はただ一つ。
 束の気配が一気に拡大した。



「私が微睡む、夢のうちより溢れ出充ちよ———」



 束のISから白銀に輝く光が漏れる。
 それが天を覆う程に広がって行く。
 束の気配が文字通り、見渡す限り、世界を飲み込んで行く。



不思議の国の(アリスィズ)—————————」



 ああ、そうだ。その、国も主題も何もかも違う二つの話の題材に用いられたのは等しく『夢』。
 
 やがて、その光が空中でそれなりにまとまって行く。
 それは、さっき千冬も見た———



アリスの冒険(アドベンチャー! イン・ワンダーランド)おぉ〜ッ!!!」



 初めに起きた、はっきり分かる変化は可愛い挨拶だった。
 まとまった光が、キャラクターを作り出す。

「はろはろー! 皆のアイドル束さんユニットだよー」
 二頭身、ぷにッとした印象のぷち束が。


「ユニットって言っても全部束さんだけだけどね」
「全てが束さんになる」
「うわさむー」
「ぴきーんっ!」
「本当に凍ってる! これは酷い!」
「「「「「わはははははははははは!!」」」」」
「「「「にゃははははははっ!!」」」」
「これが娑婆の空気か……黄色いハンカチは出ているだろうか」
「別において来た男は居ないだろう私」
「おー、なにあれー? あ、ちーちゃんだー」
「長いようで……短かったな……」
「何言ってるんだろこの私」
「さーて観光だ観光! チョコ食い尽くす!」
「私ちょっとあのビル解体したい」
「まーわるーまーわるーよ私ーは回るー」
「ちょ、それ以上は著作権著作権!」
「落ちる方とかどうかな」
「結局危ない!」
「「「「「「あははははははははははは、はぅぶッ! げほっ、げほげほっ!」」」」」」
「何人むせてるの!?」
「だって結局私だし?」
「変な説得力あるかもかも」
「「ふゅーじょんっ、はっ!」」
「ははははっ、むにょんと合体したよ!?」
「いや、だって私らエネルギーだし」
「じゃあ、私も合体」
「私も」
「私も」
「私も」
「あ、じゃあ私も」
「「「どうぞどうぞ」」」
「じゃあ、遠慮なくむしゃむしゃ」
「「「「ぎゃあ! 食べられるー!!」」」」
「げっぷー」
「あ、5頭身」
「おぉ……他のぷち束とは一線を画したボディ……これぞまさしく絶……はぁうっ!?」
「どうしたのだ」
「中に居る……!」
「とう! エイリ●ン的に誕生!」
「でりゃあ! 遊●司狼的に復活!」
「おんどりゃあ! メル●ム的に誕生!」
「ぴかーっ! アンダ●ソン君的にスミスブレイカー!」
「ぎゃあああああああっ! 内側からぶちぬかれるー!」
 ぼんっ。
「弾けたー!」
「復活!!! 我ら「宇宙束プリテ「本気「世界覇「ビューティフル救世主ちゃん」王蟻束ちゃん」で生きる君」ィズ」!!!!」
「統一性ゼロだよ!」



「な……何だ……これは……っ」
 千冬はその光景を唖然と見上げる事しか出来なかった。


 ぷち束が、凄まじい数で天を埋め尽くす。
 笑い声だけで天が轟く様だった。
 他にも、さっき見た蝶や、兎なども天を飛び交っている。



 本体たる束は満面の笑みとともに、地上を睥睨する。

「じゃじゃーん! ちーちゃんは束さんに食べられてしまいましたーっ!
 くっふふぅ……さぁ、これより消化の時間のはじまりだよぉ〜♡」



「「「「「「「「「「わはははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははッッッッッッ!!!!!!!!!!!!!!!!!」」」」」」」」」」



 悪夢のような光景だった。
 右見ても、左見ても、上見てもどこ見ても束だらけ。



「それではまず一番槍をこのジェントル束が」
 するすると一体が前に躍り出る。

「あ、知ってる。ティ●ズで背の高い人だ!」
「違ううううううっ!? しかもそれってモンスター!」
「茶々を入れたら可哀そうだって」
「しかし、可愛いものこそ手を入れたくなる束さんでありまして」
「「「あー……」」」
「でもそれって結局ナルシストだよね」
「しーっ!」

「とう!」
 結局しまらないながらも、紳士服風の束が降りて来て。
「どれにしようかなー」
 なんか、素に戻って吟味を始めるぷち束。

「何をする気だ?」
「ふむ。他ならぬちーちゃんの質問なんで答えましょう! 我々ぷち束は精神エネルギーを括ったものに過ぎなく、物理干渉が出来ないのだー」
「……つまり?」

「体があればオッケー!」
 にゅるんっ。

 ぷち束がビルの中に染み込むように消えて行った。

「何を?」

 にょろん。
「……は?」
 ビルから、ウサ耳が生えた。
 何かシュールな光景だった。

「光り輝くお兄さんが良く子供達に変形巨大ロボットを預けますけど、あれって問題放棄だと思う束さんであります。地球の命運を子供に預けるってどうなのかな? 学校とか変形したら勉強どころじゃないよね、とあんまり学校行かなかった束さんが問題提起してみるよ!」

 そして。
 がしゃんこん! がしゃんごこん! ガキンゴキンジャキン(以下略)ジャキーンッ! 

 ビルが巨大ぷち束に変形した。服装も元の紳士服風のままだった。何気に芸が細かい。
『Marverous! Marverous! Marverous! Marverous! Marverousッッ!!』
 それをモニターしてたようで、通信回線から凄い勢いの興奮したゲボックの声が聞こえて来た。
「ゲボック興奮し過ぎだ! あと束ちょっと待て! 変形過程に明らかにおかしいのがあったよな今!」

 途中までは機械的に開いたりくっついたりしたのだが、急に以下略、と言わんばかりにぷにっとしたぷち束になっている。
 その変形過程の繋ぎ目が分からなかった。

「うーん。ちーちゃんがそう言うならサービスで!」

 再びガシャンガシャンとビル(ウサ耳)になる。

「はいもう一度ー!」
 がしゃんこん! がしゃんごこん! ガキンゴキンジャキン(以下略)ジャキーンッ!
 
「やっぱり分からああああああああああんッ!!」
 途中の以下略からが理解できない。
『かっ、恰好良いですよ! 流石タバちゃんです!』
「もう黙れよゲボック!」



「でもサービスは終わり!」
「乗り込む束さん達ー」
「行け、鉄じーん」
 その巨大ぷち束に次々とぷち束が入って行く。

「おーーーーっ! ってジェントルぷち束さん、割にあわないよね」
 巨大束が襲いかかって来た。
「何がしたいんだ?」
 だが、最強兵器ISに敵うわけも無い。
 シールドエネルギーを纏っているも、あっさり腕を斬り飛ばされた。
「おおおおおっ! これは勝てる気がしません! なお、体にしているとは言え、束さんのものではないので痛くありません」

「そこで出を待っていたピンチに駆けつけるさすが私!」
 隣の電波等に取り付いた別の巨大ぷち束(蝶の触角が頭から生えてる)が変形しつつ、ビルになった束に乗っかった。
「二体合体!!」
「私は下になってるだけじゃないかな!」
「遊んでるのか束!」

「束さんは至って真面目だよ!」
「支援に入る!」
 キューンと飛んで来るぷち束(蝶の翅)。既に肉体を得ているらしい。

「———ん?」
「神風束さんです!」
 憑依元はミサイルだった。
「なっ!」

 ごんっ!

 炸裂する。
 IS的の攻性因子を得ているので、流石にダメージが来た。
「ああああああああっ」

「あぁ……時が見える……」
 体を失ったぷち束がまた飛んで行く。

 そこに二体合体して当社比二倍サイズになった巨大ぷち束が拳を振り下ろして来る。
『ところで、ビルに居た人はどうなったんでしょうか?』
「———忘れてた」
 ぼそっと呟いた千冬に巨大な拳が炸裂した。

「くふふふふ……」
 笑む天災の胸で、またカチリと、懐中時計が時を刻む。












 やる事も特にない千冬は静かに、怯えている少女の傍に腰を下ろした。
「どうした?」
 ビクッと反応する少女。
「どうした?」
 もう一度聞く。
「なんでもない」
 少女は怯えつつも、冷たい声を返した。
「別にゴリラと言われているが、お前を殴る気はない」
「そんな事どうでも良い」
「……私に怯えているわけではなかったか」
「お前だって化け物だ」
「……ああ、私は化け物だと言われているよ」
 面と向かって言われると、流石の千冬もきついものがあった。
 だが、目の前の少女(千冬はこの時名前を知らない)の目つきは、千冬が感じた、自分へ向けるものではないらしい。
 文字通り、全てが敵と見なしている目だ。
「……? どいつもこいつもだ」
「ふぅん」
 良く観察すると、目の前の少女は千冬だけではない、先生を含めた全ての人間に対して怯えている様子だった。

 一体どういうつもりなのだろうか、と思うが、別に自分が解決しなければいけない問題でもない。
「このままここに居ていいか」
「好きにすれば良いんだよ」
「そうか」



 これが、二人のなれそめだった。

 千冬が探りを入れても、誰をも怯えて近寄ろうとしない。
 迎えに来た母親にくっついてすぐ居なくなる。
 そんな子だった。
 千冬が何を言っても殆ど相手にしない。

 だから、殆ど話していなくても、束と千冬が一緒に居るところを束の母親が見たときは、本当に驚かれたものだ。

「束の事、宜しくね」
 手を取られて頼まれた。
 懇願にも似ているな、と千冬は思ってしまった程、それは必死だった。
 ついでに言うと、束の名前を知ったのもこの時だった。

 暫くすると、千冬が何もしない事に慣れて来たのか、近くで本を読むようになった。
 どうだろう。噛まない猛獣とでも認識されたのか。

 同じ幼稚園児は、遠巻きから何か言って来るが、それを気にする千冬でも束でもない。
 そうなると、子供は飽きっぽいもので、また千冬を除いたコミュニティを元通りに組み直し、勝手にし始めた。

 下らんものだな。
 千冬がそう思ってしまう程だった。

 そんなある日。
「痛い痛い痛い!」
 体格の大きな男子に、束の髪が引っ張られていた。
 本を読んでいる束が、その子を無視(おそらく怖くて声が出せなかったのだろう)した為に癇癪を起こされて髪を引っ張られているのだ。

「おい」
 多分、自分と一緒で、独りの子、と言う親近感がわいていたのだろう。
 それを見て一気に頭に血が上った。
「なんだ、ゴリ———」
「ああ、それで良いぞ、サルが」
 振り向きかけた男子の後頭部を指の力だけで掴む。
 子供の頭は、大人よりも比率が大きい。
 小さい子供の手では鷲掴みが難しいのだ。

 だが、関係ない。
 髪があればそれを掴める。

 そのまま床に叩き潰した。
「ぶ!」

 ぴくぴく痙攣する子供を完全に無視し、千冬は束の方に歩み寄って行く。
「大丈夫か?」
 そう言われ、束はビクッと怯えた……。
 伸ばしかけた手を引っ込め、千冬は束の顔をじっと見る。
 束は目を細め、こっちをじっと見た。

 まるで、よく見ないと。何なのか分からないかのように。

「ああ———君」
 納得したかのように束は頷いて、近付こうとした千冬を静止させる。



「ちょっと待って」
 束は、ぴくぴくと、痛みで動けないが、しかし意識を失っていない男子の傍に歩み寄る。

「おい、誰だか知らんけどお前」
 本気で相手が分からないかのように束が言った。

「やったらやり返されるぐらい、サルでも知ってるよね。ハンムラビって言うらしいよ」
 人体について医学書を既に読んでいた束は、痛点を思い切り突いた。

「——————っ!!」
 声もあげられず苦しむその男子に。

「次は、もっと痛いよ?」
「おい、何してる!」
 流石に千冬が、その様子に声を荒げるが。
「大丈夫、怪我もしないし、後遺症も無いところだから———分かった? サル。分からなかったらまた躾てあげる。憶えてないだろうけどね」

 そして、くるっと束が千冬を見た。
 じっくりと。
 何か、あるものを見つけるようにじっくりと観察している様だった。

「どうした?」
 疑問に思った千冬が声をかけるが、束は。
「ありがとう……ちょっと、興味が沸いたよ」
 観察を止める。

「?」
 その意味が千冬に分かるわけが無い。
 その重大性が。



「ちょっと! 何してるの!」
 ようやく先生が気付いたようだ。
 束は、気持ち悪いものを見るかのように彼女を睨んだ後。

「髪を引っ張られた」
 それだけ言って、もう関わりたくないと言わんばかりに、壁に寄りかかってまた本を読み始める。
「本当です。やりすぎたみたいだからちょっと押したんだけど(………………・)、それきりおきないけど」
 千冬もそれだけ言って、何と束の隣に座った。



 先生は黙った。
 前もほかの子を怪我させたとかで、その子の親から苦情が来ていたのだ。

 と言っても、その時だって、怪我した方がちょっかいを掛けすぎ、嫌がった千冬が力余ってしまった事故だというのは分かっている。
 だが、千冬は両親が家に殆ど居ない。
 近所に住む園の母親に一緒に送ってもらっているぐらいだ。

 親の空気というのは子に伝わる。
 親の影がない千冬に対して親同士のコミュニティで交わされる陰口を、子供が聞いていない訳が無いのだから。

 千冬の孤立が進む理由でもあった。
 そして束。
 集団生活に全く向かない子だった。
 誰を見ても怯えるのだ。

 送迎する母以外の誰にも気を許さず、誰ともコミュニケーションを取ろうとしない。
 常に怯えたような子。
 問題児が二人揃ってしまった案件だ。

 これから面倒だな。と思ってしまった。
 千冬を送迎する親は、今突っ伏している子の母なのだから。
 先生は、所詮職員で敷かないという事だろう。



「なあ、何をしたんだ?」
「……話掛けないで」
「私のように力づくだとすぐ問題が大きくなるからな」
 それでもしつこく話しかける千冬に、束は露骨に嫌そうな顔をした。

「……ふぅ。面倒だなあ。うちに来る? 古武術とかしてるから、そう言うのに詳しいし」
「習ってるのか?」
「親が……私は本で」
 医術書を差し出す束。

「うわ、読めん……何語で書いてるんだこれ」
「気が散るから話掛けないで。ドイツ語」
「……さっぱりだな」

 会話はそれっきりだった。

 だが、お互いそれなりにいつもと違う感触を得た。
 そんな気がした。



 そして翌日。
 案の定、男子の親が抗議に来た。

「まったく、何の異常もなかったから良いものを! もうこの子の送迎はしませんよ! なんで止めさせないんですか全く!」
「……すみません」

 黙って頭を下げているのは束の母親だった。
 男子にしてみれば、束の方が怖かったようで。
 親にしてみれば前歯をへし折られた千冬の方に力を置きたかったが、案の定千冬の両親は居ない。

 よって、矛先は束の母親に向くわけだ。
 千冬はじっとしていた。
 だが、束は。
 最早殺さんばかりの形相でその親子を睨みつけていた。

「———それにしてもお宅、ちゃんとお子さんに躾を———」

 ヒステリックな抗議は続いている。
 だが、千冬はその束の表情が気になって仕方が無かった。



 抗議がやっと終わり、今日は先生が送ってくれる事になった千冬は、束が返るまでにふと、問題を呟いてしまった。
「さて、明日からどうしようか。一人でも来られるんだがな、まわりが五月蝿いし」
「ふぅん……うちのお母さんに頼んでみようか? そんなに家離れてないし」
「いや、悪いだろ」
「気にしないと思うけど。でも———邪魔だな、あの化け物」
「凄い言い方だな———確かに、おばさんがうちに来たらまた文句を言うだろうな。やっぱりいいよ、迷惑をかけるし」
 千冬の精神も、幼稚園児のそれでは無かった。
 だからなのだろうか、少しだけ、このように会話ができるのは。
「うん。でも、問題が無くなれば良いよね」



 半月後、その親子が園に来る事は無くなった。
 夕食時にガス管が破裂し、そのまま火災へ発展。
 両隣の家に延焼する程の大火事で、家は全焼。命こそ無事だったが入院する程の火傷で、完治した後も引っ越しを余儀なくされたらしい。



 だが、束はその事を聞いても千冬に対して。
「うん、問題なくなったね」
 表情の無い顔で呟くだけだった。
 まさかとは思う。
 千冬の精神年齢が半端に高いせいでそう思ってしまうのかもしれない。
 だが。
 人の不幸に表情一つ動かさない束に一つ、懸念が生まれたのは確かだった。



 その後、束が珍しく母にお願いしたとかで、大喜びした様子の母親に送迎してもらえる事になった千冬は、家に二人を招く事になる。

 しかし、母親の喜び様が凄かった。
 とても面倒が増えるとは思えない様子だった。
 束をお願いね。
 何度もそう言われたのを憶えている。

 だが、千冬の家を見て、束の母親は顔をしかめた。
 生活感の無い家だった。
 ろくに家具も無い。
 ぽつんと床に直置きのテレビと、その向かいのインスタントの山。
 ゴミ袋に押し込められたそれらの食いカス。

 ベッド代わりのソファに丸められた毛布。
 洗濯した後、適当なところで掛けて乾かしている下着類。
 後に分かるが、千冬はこの原初体験のせいか、生活空間水準がどうあろうが『こうなる』様になってしまう事になる。
 一夏が奮起するのも分かる。



「ねえ、千冬ちゃん」
「なんですか?」
「うちに来なさい」
 千冬は、初めて問答無用の彼女を見た気がした。



 その日。
 千冬は。
 感動で人が涙することができると初めて知った。

「美味しいです……」
 もう、滂沱だった。

 初めて知った手料理の味は、篠ノ之家のお袋の味でした。
 なんて不憫な。

 ああ、銀シャリってこんなに美味しかったんだ。
 味噌汁ってインスタント以外も存在したんだ。

 ああ、美味しい美味しいと一口ごとに言う千冬に篠ノ之柳韻はドン引きした。
 何年前の人間ならこんな反応を返すのだろうかと。



「明日からもうちでご飯食べなさい」
「そんな悪いです」
 でも、涎がこぼれている千冬だった。胃袋は正直である。

「あと、うちの古武術にも興味があるみたいだな」
 柳韻が問いかける。
「ええ、何かと自分は力が有り余っているみたいなんで、御す術が欲しいんです」

 幼児が御すって。

 柳韻は本気で考えた。
 最近の幼稚園児とはかくも精神年齢が高いのだろうか、と。
 束って平均よりちょっと上なだけなんじゃなかろうかと親馬鹿も出た。

「ああ、月謝は考えなくていいぞ。主に剣術しか今は教えていないし、君はまだ子供だ。仮だと思えば良い」
 後にその才能に惚れ込み、秘伝まで伝えてしまうとは思うまい。

 ああ、こうも次々と転機は訪れるものなのだろうか。
 次々と訪れる幸運に、千冬はやや怯える程だったと言う。



 兎に角。
 半ば篠ノ之家の一員になった千冬は、何かと束と一緒になる事が増えた。

 例えば昼食。
 今まではレンジでチンのご飯だった千冬が。

「おぉぉおお……」
「大げさ」
「束、お前には分かるまい! ご飯を炊くものとして食べて来たお前には!」
「興奮し過ぎ」
 束と同じメニューにしてもらった弁当に毎食ごと感動し。

「…………」
「…………」
 ぺらり、と二人して壁に寄りかかりつつ本をめくる。
(なんて子供らしくない時間の過ごし方なのかしら……by先生)

 一言たりとも会話は無かったが、これはこれで有意義な時間の過ごし方だった。

 だが、やっと訪れた平穏は、千冬さえ考えてしまった事が、広まってしまった事により、終焉を迎えた。



 篠ノ之は不幸の子。
 篠ノ之を怒らせると、事故に遭う。



 その悪意は、一部の大人さえ信じてしまうような、そんな悪辣を極めたものだった。










「あれ?」
 振り下ろした腕が木っ端微塵になった。
 二体合体巨大ぷち束は次の瞬間。

「ありゃ」
 縦にまっぷたつになった。

「甘い」
 雪片を振り回し、千冬は宙を舞う。

「束ええええええええええええっ!」
「「「「「呼んだー?」」」」」

 まっぷたつになった巨躯の中から無数の人影が飛び出した。
 千冬は思わず迎撃しようとして絶句する。

 それは、ビルの中に居た人達なのだろう。
 なんらかの商社だったのだろうか、スーツを着た……お父さん方が、重力場をまとい、ISのように飛び回り、ISのようにシールドエネルギーを展開し、ぷち束のエネルギーでパワーを強化されて襲いかかって来る。

 そう。その国の経済を支えるお父さん方が、バーコードの隙間からウサ耳やら蝶の触覚やら、スーツから蝶の翅やらを生やすという悪夢のような見た目で。

「げ」
『Marverous!! 成る程、人間も取り憑いて支配できるんですね。しかももともと、獲得した肉体には疑似ISとしての戦闘機能も発揮すると……これは大変ですね!』
「しかも手強いのかそれは!」

 ゲボックの言葉は、見た目だけじゃなく、性能的にも脅威であると言う、恐ろしい事実だった。
 しかも、下手に加減を間違えると、人間が粉々に———
『それは安心して下さい! 一応絶対防御が発動します! 零落白夜の出力が100%以下なら人死には出ない筈ですよ!』
「それは良い事を聞いたああ!!」
『物凄く嬉しそうですょ!?』

 飛びかかるお父さん達を殴り蹴り剣で張り倒し、吹き飛ばして、本体の束を探す。

「本体はどこだっ! ゲボック、探せるか?」
『結構難しいです。全部、正真正銘タバちゃんですので』
「……なに?」

「さっすがゲボ君! その通り! ぷち束達は束さんの一部達だよ。そーのとーぉりぃ。皆みーんな、束さんの心の映し。内なる断片の投影。それがこの、私達」

 束が、ぷち束を従え降りて来る。
「どうも、ホモ・サピエンスってのは、雌の方が複数の事を一度に考えるのに長けるらしいんだよね。対して、ゲボ君とか良く見れば分かるけど、雄は一つの事をとことん突き詰めるのに優れてるんだとか。ま、束さんとかゲボ君レベルになると、そうそうアウトプットの結果に差異はないんだけどね? 過程が大幅に違うらしいんだよねえ。束さんはね、結構総当たり的にシュミレーションするタイプでね? 現実の物理演算を脳内で展開して、よくシュミレーションするんだよ。思考能力の分割って言うの? よく何かをしながらしてるんだけど」

「……何が言いたい?」

「ぷち束はね? そのレベルの思考能力が無いと動かせないの。総当たりで複数のシュミレーション。それが出来る数しか作り出せない」

 待て。
 ならば、この数は何だ。

「エレクトリック・バタフライのワン・オフ・アビリティはね? 分割した思考の数だけ、独立体を生み出す。生み出された独立体は精神エネルギーであり、肉体を獲得する事で、ISの基本機能や、依代になった物質の性質を帯びる。ただ、それだけなの」

 いや、それだけで十分恐ろしいが。
 取り憑かれたら乗っ取られるという事なのだから。
 束、ついにお前は悪霊になったのか。

「———なんか失礼な事考えてない? ちーちゃん。ま、いんだけど。でね! 最初にあった知覚欺瞞はその限定発現。脳の五感を司るところだけ乗っ取って、偽情報を流す。ただ、その程度の些細な思考力、たしか蝶々だったでしょ? そう、虫レベルの思考しか独立させられなかったんだよねー。そう、凡人じゃそれでも、使えても一体ぐらいなものなんだけどね———」



 待て。
 知能が、思考が優れたる者程、見合った数の複雑精緻な分離体を生み出せるというのなら。



「あははははははははっ! 思考能力!! ちーちゃんに勝る絶対の自負があるもんね! 繰り返すよ! 束さんの『不思議の国のアリスの冒険』は、束さんの分割した思考を独立化させ、周囲の物質に憑依させる事で自律行動を可能とさせる、一人にして世界を制圧可能な大軍勢! 文字通り、たった一人で世界を掌握する事なんてカップラーメン前の機能なんだじぇい!」
 それは束の願い。
 『この世全て自分の思うがままになれば良い』と言うそれを叶える為に生み出された機能。



「甘いぞ束、どれだけ手数を増やそうが、所詮は束、お前自身! その全てを叩き落せばそれで完結だ!」
 千冬は咆哮する。
 つまり、考えているのは常に束一人に過ぎない。
 無数に居るように見えて、その実、一人が一度に沢山の事を考えているだけなのだから。
 そうして引っかけには乗らんと叫んだ千冬に、束は口角をさらに吊り上げ嗤う。

「ふっふふー、だから甘いんだよちーちゃん、束さんの思考能力を完璧に甘く見てるでしょー? 束さんが同時に分割し、現実実験を脳内でシュミレーターする代用演算能力が可能な分、その程度まで分割したとしても———この機能で実体化させられる思考数は20万8467体!」
「はあ!?」
 20……万!?
 ほぼ21万体と言う事になる。

「その全て、剣一本で、どこまでやっれるのかなー?」
 その言葉に千冬が眼を見開く。
 今現在、現実を仮想空間でシュミレーションするシステムはすべからく、ビルの一フロア丸々占領する程の巨大さだ。
 現実の大気の動き『だけ』を限定して演算する『だけ』の気象予測コンピューターでも、それ程なのである。
 量子と言う不安定な分野がISで広められる中、その演算は現行のコンピューターでは大気『だけ』でも大幅に演算にズレが生じ、気象予測が外れる事も稀ではない。

 その、確実な演算だけでも現行技術では不可能だ。
 だが、束はそのクォリティでを脳内だけで完結している。
 
 だが。問題はその事ではない。
 それだけの機能が、束に取っては取るに足らない、ほぼ21万体の思考分割体、全てで出来る、絶後の性能水準だという事実の方なのだ。



 そして今、束はあまりに人間離れした思考演算能力を、たった一人を倒す為に全て動員している状態だ。
 その尋常外の有様、笑って済まされる程のものではない。



 千冬は、先の驚愕で見開いたまま、ゲボックに連絡を送る。
(おい、この冗談どうすれば良い……)
『フユちゃん、エネルギーの残量はどのぐらいでしょうか』
(3割を切った———さっきからエネルギー攻撃……分体も精神エネルギーの塊だから零落白夜でしか斬り祓えん(※誤字じゃない)消耗が激しすぎる)
『しかも、束ちゃんの精神が続く限りと言う条件付きのはずですなんですが、減らされた分体を再具現できるみたいですし』
(どう足掻いても———足りん……)
『その辺は任せてください! ばっちり『灰の二十九番』がそちらに支援へ向かっていますから!』
(『灰の二十九番』……あぁ、あの、人工衛星型生物兵器か?)
『はい、その通りです!』

 正直。
 分体束の数を聞いて全てを投げ出したくなったものだが。
 だが、口から開くのは獰猛極まりない女性の声である。啖呵だけでも負ける訳にはいかない。



「束———私も舐められたものだな。
 その程度で十分だと思ったのか?
 分かってくれていると思ったのだがな。
 お前の親友たるこの私を。織斑千冬を———ッ。
 粗雑な数の暴力なんぞで擦り潰したいというのならば———最低でも!」





 宣言する。
 その自負を。
「そのッ! 三倍は持って来いッッッ!!」



 この程度ならば。
 エネルギーさえ問題が無くなれば、余裕で死ぬまで続けられる。
 雪片を振るい、千冬は迎え撃つ。



「あはっ! あはははははははははは! 凄い! 凄いよちーちゃん! それでこそちーちゃんだよ! それでは総軍、全部私で行っきまああああああああああああああああああ—————————ッ!!!」



 飛来する『神風束』。
 おそらく肉体はミサイル等の射出兵器。
 地上からも対空部隊が現れた。
 戦車や対弾道弾兵器の部隊だろう。『砲兵束部隊』などと書いている。相変わらず芸が細かい。

 他にも、兵器ではなく、建造物の一部や道路標識を肉体にした『白兵束』が次々と襲いかかって来る。
 それら全て疑似IS、通常兵器よりも強大な戦闘能力を有しているのだ。
 というか、千冬一人相手にどれだけの大部隊、過剰大戦力だ。

「ああああああああああああっ!!」

 砲弾を斬り払い(砲弾まで束だった)、白兵束を掴んで神風束に投げつけ爆散させ、まわりのぷち束を巻き込んで吹き飛ばす。
 こっそり取り憑こうとしていたぷち束は気合いで怯えさえ、数で押し囲んでいたときは零落白夜でエネルギーそのものを消し飛ばす。
 だが遠い。
 上空でアルゴ●ズム体操を他のぷち束とやり始めたりしている束が遠すぎる……!
 というか余裕すぎるな束! 少しは真面目にやらんのか、苛つかせるのが目的なら大成功だぞあいつ!
 
 少なくとも、束本体を倒せる程に零落白夜をとっておかねばならないのだ。倒せないと知っていても物理攻撃でぷち束を吹き飛ばすしか無い。
 だが、確実にダメージは蓄積されて行く。

 ぎしっ!

 機体が途端に動かなくなる。

「なん……だ!」

「はーっはっはっは! はーはっはっはっは! 空気に取り憑いてみました!」
 半透明な巨大ぷち束が、千冬を鷲掴みにしている。
「何でもありだなお前ら!」
「ふふふー。うーごけーまいー? 篠ノ之家を空気と呼ぶ奴は空気に泣かせてみたいと思う束さんであります!」
「何の事だ!?」

 ここまで個性が強すぎる奴が空気な訳が無い。
 ……筈なんだが、何だか将来妥当な気もしないでもない。その芽を潰す気なのだろうか。

「……零落白夜」
「いや〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜んっ!」

 あっさり消し飛ばされる『巨大エア束』
 だが、拘束。そして、撃墜が目的ではないだろう。
 零落白夜を無駄に浪費させ続ける事が目的なのだ。

 だが。
 エネルギーを放出し続ける形態上、束の単一仕様能力も悪食張りの燃費の筈なのだ。
 だが、束はひょうひょうと千冬以上のエネルギーを吐き出し続けている。
 自分には分からない種がある筈だ。間違いなく。

 まずい。エネルギーが1割を切った。
 早く来てくれゲボック!
 このままでは、押し潰される—————————っ!!



 ガチンッ、と懐中時計が刻を進める。





———その頃

 勝敗の鍵を握るゲボックは。
「フユちゃーん! 待ってて下さいよぉー! 今小生達が向かいますんで!」
「あのう、Dr.自身が行く必要があるんですかね? 自分だけで行ってたらもう着いてたんだけどよー」
「何を言うのです『灰の二十九番』! この先で起こっているのは! おそらくこれ以後、絶対にこれ以上は無いだろうと思われる最強のIS VS 最高のISの闘いなのです! これを逃せば以後永久に見つけられない未知なるものの発見が唸る程に満ちあふれているに決まっています! これを逃しては科学者じゃありませんょ!!」

 ゲボックに応える声は、呆れるように。

「あー……ヒーロー願望の方じゃないんだ。やっぱね。でもさー。ドクター。ついに告白したんですよね? そんな態度じゃ、オッケーなもんも駄目になるんじゃないですかねー?」
「……ぉえ?」
「脂汗だくだくですな……あ、案の定! やっぱり考えてませんでしたねDr.! どうすんですか、10年計画が知的好奇心の一押しでパーになっちゃったらどうすんですかね! あーあー! わざわざ自分のとこまでロケット飛ばすなんてまー、余計な一手間まで掛けちゃって」

 そう。
 ゲボックは宇宙に居た!

 背景に自分の書いたラブレターをデッカく映しつつ、形だけは人工衛星『ひまわり』そっくりな、衛星軌道上の物体。
 成人男性1.5人分大程の人工衛星に腰掛けている。当然、飲む宇宙服は投薬済みだ。



 この人工衛星こそ、『灰の二十九番』現在、灰シリーズ最新型である。
 だが、その『ひまわり』そっくりな部分は成人男性一人分(太陽電池パネル除く)であり、残りの質量は何と、成人男性の上半身が生えている。
 しかも何か、忍者のコスプレをしている。

 彼の役割は、地上のオーダー通りのナノマシンを指定の地域に散布する事。
 地上回路形成の立役者である。
 ゲボックの告白計画を知っていた数少ない生物兵器でもある。
 他の人工衛星へ偽情報を送って月のラブレターを隠していたのが彼だからなのだが。

 もっとも、衛星間での戦闘も考慮されている。
 某大国のアンチスパイ衛星や攻撃ロケットとの交戦した際に圧勝できるよう、マッハ5(秒速11.2Kmぐらい)以上の相対速度でも確実に相手を捉える脅威の視覚を持っているのだ。
 具体的には、ここから地上で手を振っている『翠の一番』が見えるぐらい。

 そして、その速度下や、地上へ向けてもあらゆる修正を考慮して正確に狙い射てる狙撃能力を持っているのだ。



———吹き矢だけど



 なんだか、空気抵抗をコントロール出来る吹き矢の様で、こんな上空から攻撃しても破壊力を調整して、人間に当たってもほぼ非殺傷に出来るらしく(でも激しく吹っ飛んで失神する)これで地上を狙い射って来たらしい。
 でも、全力でやったら対地下施設貫通兵器、バンカートマホーク級の破壊力が出ると言うから吹き矢も侮れない。

 しかも、なんか暇なときは地上の『翠の一番』と組んで審判コンビなんかやってるそうで。
 『翠の一番』が諍いの空気や勝負事を見つけると、「合意と見てよろしいですか?」と地面から生えて来るらしい。
 最近は、サッカーや野球の審判の資格を勉強中らしい。体が複数あるから、一度にたくさんの勉強ができていいのだとか。

 なお、ルールには相当厳しく、ペナルティを発見すると、連絡を受けた『灰の二十九番』が吹き矢で狙撃する仕組みになっている。

 本当、暇な時何やってるか分からない生物兵器達である。



 現在は千冬と束の戦闘の舞台まで超音速で移動中というわけだ。
 ゲボックは失態に脂汗を流しながら叱咤する。
「も……持って行く物もあるのでいいんですょ! さあ急ぐのですよ『灰の二十九番』!」
「いそげいそげー!」



 ………………。



「……すいませんDr.今の可愛い声、誰っすか?」
「小生も聞こえましたよ? 凄いですねえ、宇宙空間に小生以外で無事な人なんて」
「素直に感心してないで確認して下さいって」
「分かりましたょ」
 何だか自分の創った生物兵器に指示されているゲボックだが、カサカサとゴキブリのように『灰の二十九番』の体を這いずり回る。

「痒っ! Dr.! くすぐったいっ!」
「ちょっと我慢して下さいね……んー。これは隠れんぼですかねえ」
 ゲボックは捜索ルートを突如反転、振り返ると。

「にぱー」
 ぷち束が居た。
 白いゴシックドレス調のぷち束だった。熊のぬいぐるみを持っている。

「おお? タバちゃんが居ますよ?」
 ひょいっと、抱き上げる。バレーボールぐらいのサイズだった。
「うそっ! 束博士が!?」
「なんでタバちゃんが居るんですか? あれ? ちょっと顔の割合が大きくなって背が縮んでませんか?」
「Dr.! 見るからに頭身が人間じゃないでしょうがっ! あと背丈ぇ!」
「まあ、タバちゃんですし」
「確かに束博士なら有り得ますけどっ!」

 生物兵器にまで人外扱いされる束だった。ゲボックと大して変わりない評価らしい。

「如何してここに居るんですか?」
「んーとね、んーとね、ゲボくんのしえんをそししにきました!」
「おー、それは凄いですねえ。偉いですねえ」
 なでがりなでがりなでがりなでがり。
 ドリルで頭を撫でられて。
 えへへへーと嬉しそうに笑うぷち束。

「ちょ、Dr.それってヤバくないですか」
「なんでですか? ねえ、ちっちゃいタバちゃん。一緒にフユちゃんとタバちゃんのところ行きませんか」
「うん!」
「平和的に無力化した!?」
 ゲボックにまとわりつくぷち束。何だか他の個体より幼い印象だが。
 そのせいで余計にゲボックとは非常に合うらしい。精神年齢的に。



「ところでDr.いいですか?」
「あ、ここねじだー。どらいばーどらいばー、めすめすどりーる、ちぇーんそー」
「ちょ、ちっちゃいタバちゃん、髪の毛引っ張らないで! ドリル分解しないで! 小生をどんどん解体しないで下さい!」
「何気に大ピンチ!?」
「あ、そういえば『灰の二十九番』何か言いかけてましたね、言って下さい!」
「あ、良いんですか。なんかその子と同じようなのが沢山、世界中から自分等と同じ方へ向かって飛んでるんですよ。何なんですかねあれ」
「何か凄いエネルギーの塊みたいですねぇ。何でしょうか」
「んー? あれ、へーたんがかりだよ?」
「へーたん……? 兵站の事でしょうか」
「そんなかんじー。あとおまえ、たばねちゃんとゲボくんのみつげつをじゃましないでください」
 『灰の二十九番』はしっかりと黙った。
 幼くても束は束だった。
 ゲボックは機械部分が次々分解されていた。
 うん、そんな火サス的な蜜月は要らんな。
 まあ、やる事は分かっている。
 最悪、Dr.が分解されても任務遂行できるから良いか。

 保身に走る『灰の二十九番』だった。









「火力!」
「水力!」
「原子力!」
「風力!」
「太陽光!」
「波力!」
「地熱!」
「ガス!」
「その他諸々エトセトラ!」
「何それ酷い」
「我らエネルギー戦隊束レンジャー!」

「「「「「「「「「おぉいっ! まとめやがったコイツ!!」」」」」」」」」

「まあ、その実、世界中の発電所からエネルギーを持って来ただけだったり。てへ☆」

「回復担当が居たのかっ!」
 雷光輝く束を見つけた瞬間。
 手品の種がわれた。
 全ての独立体を戦闘に回しているわけではなかったのだ。
 これだけの数が居るのだ。
 補給兵としての役割を持った個体がいると思い付かなかった方がおかしかったのだ。
 そう。
 最初に零落白夜を与えて落とした後、どうやって復活した!?
 限定的なら、この単一仕様能力を使えると言っていただろうに!

「させるかあああああああああああああああああああああっ!!」
 零落白夜を発動させる。
「無駄無駄ァッ! 雷天●壮2ゥ!」
「まんまだねー、今の私達ー」
「ぐはぁッ! おっかさん、おらぁ、駄目だったよ……」
 とんでもない速度で動き回っている。確か『グレ●リン2』で居た筈だ、こんなの……とか考えている千冬も余裕があるが、動きが素早く、一体しか消し飛ばせない。
「原子力が!」
「よりによって原子力が!」
 アトミックな因果だろうか。
 と言いつつも、ぷち束は束本体と合流する。
 気配が再び数百、数千と膨れ上がる。

「はははははは! 回復完了! 続けて第二陣行きまーすっ!」

 ぶはぁ! とぷち束が更に生み出され、千冬が切り開いて来た隙間を埋め尽くして行く。
「くっ———」
「そろそろエネルギー切れかなぁ、にゃはははは!」

「やばいかもしれんな———」
 事実その通りだった。
 既にエネルギーは底をつきかけ、零落白夜どころか、瞬時加速さえ怪しいところだ。

「それにしても流石はちーちゃん、全体の百分の一、二千体ぐらい倒されたのはびっくりしたよねえ」
 そんなに倒したのか。自覚無かった……百分の一?

「だけど今ので兵力補充完了。くふふふ……全力で行かせていただき……ん?」

 その時、空に何かが彗星が如く煌めいた。
「なんだろー……?」
 ハイパーセンサーでズームすると…………矢?
 しかも、その軌道は———

「あ、ちーちゃん」
「あのな、束。今更それは引っかからんと思うぞ」
「いや、そうじゃ無くて。そのままだとね」
「? へ———ンぱぁッ!!」
 延髄に衝撃を受け、ずしゃーっとつんのめる千冬。

「あー……ん、まいっか」

 その判断は束としては珍しく失策だった。

「は……はは……」
 千冬から空気の漏れるような音が聴こえてくる。
「どうしたの?」
 首を傾げる束。

「いやな?」
 立ち上がった千冬はくつくつと笑っていた。
「まさか、こんな手段を取るとは思わんだろう? この私に気づかれないよう対ハイパーセンサー用ステルスだの第六感知覚妨害なんか施しやがってな……」
「へ?」
 何故笑っているのか。
 変なところに矢が当たったのか……矢?

「お前の言う通りだよ……束」
「……ちーちゃん?」
「久しく味わって居なかったよ、本当に私は詰まらない……あぁ……確かにこれは最高だな!」
 千冬の視界に投影されていたパラメータ値が激変する。

 エネルギーゲイン・フルチャージング。



 閃光が迸る。
 余波として夜に際立つそれは、今だ放たれ続けている———下弦の月さながらに、白金に輝く束の単一仕様能力に対し、千冬のそれは夜明けの薄明が如く煌めいた黄金色だった。

 しかも、それまでの様にエネルギーの運用をやりくりしていた必要最低限の閃きではない。

 一切合切遠慮なし。
 零落白夜の本領———攻撃力史上最強の名に恥じぬ覇者の威容。

「苦戦自体が殆ど無い、模擬戦でナターシャぐらいか? ははっ、それじゃあ味わえんわな。絶体絶命の筈から——————一発逆転の機をつかんだ瞬間ってのはなぁ!!」

「どひゃーんっ!」
「ぬあーーーーーーーーーーーーっ!」
「今ネタで悲鳴あげた奴は誰だーッ!」

 黄金の竜巻———遠慮なし、全力の剣閃、斬撃の暴風は千冬の進撃とともにぷち束を消し去って行く。
 束に浮かぶのはやっばー、と言った苦笑

「うそん! まさか———今のは地上回路経由からのエネルギーバイパス受容アンテナ!? ゲボ君!」
 そう言った束の声は最早悲鳴に近かった。

「Marverous! はい、ゲボックですょ?」
 はるか上空からゲボックが返事と共に降りてくる。

 『灰の二十九番』に掴まったゲボックである。
「あの……Dr.……。ぶっちゃけ自分、忍なんで目立ちたく無いんですけど……」
 人工衛星から忍者が生えていた……コスプレじゃなかったのか。
 ……忍者が棒を持ってる。
 まさか、あれがさっきの……吹き矢?

 私に殺気を感じさせなかった事といい、実力はあるんだろうが……。
 可哀想に、意見を聞いて貰えず涙目になってるなぁ。

 即席PICでゆっくりおりてくる。
 重力操作って、即席で出来るもんなんだろうか。



「束……私としては逆にチャンスだと思うんだが……」
 エネルギーが全く減らないので、これ幸いにぷち束相手に無双しながら千冬は言う。

「なんの……?」
「●るとんみたいにお前の思い告げるまたと無い機会だぞ」
「だ、だから、それじゃ束さんは絶対に敵わないよ!」
「その時は押し倒せばいいだろう。ゲボックはあれで案外義理堅いから責任ぐらい取ってくれる筈だしな。なぁ、束。考え直せ。世界を潰すのとどっちが簡単だ?」
 千冬の全力的な問題先送り計画だった。
 実はそうなってくれたらいいなぁ的願望と言うか、本音というか。そう言う利己的ないろいろなものも多分に混じっていたりする。

「そ、そんなの———」
 束の顔面が真っ赤に染まる。
「世界をぶっ潰す方が何万倍も簡単に決まってるじゃない———ちーちゃんの馬鹿ァ———!!」

「なんでだぁ———ッ!?」
 千冬は頭を抱えたくなった。
 これだから規格外脳天跳躍式メランコリン風ギミック内蔵ブレイン幼馴染はああああああッ!!

 実はとても奇遇だが束も似た心境だった。
 これだから乙女心廃棄済み体育会系清純風武闘派幼馴染わあああああああッ!!

 お互い心中で絶叫したとかしてないとか、やっぱりしてたとか。



「? 何の話ですか?」
「あぁ、実はな、ゲボック。束なんだが」
「いーやー! やめてーちーちゃんやめてー!!」

 慌てる束を見て、あぁ、と手を打つ『灰の二十九番』
「あぁ、そう言う事ですか、青春してますねえ」
 人工衛星故のテレビ傍受は伊達じゃない。
 様々な恋愛模様は見尽くした感がある忍者だった。
 本当、ヒマなのだ、宇宙は。

「お前が『灰の二十九番』か。さっきは助かった。何故かステルスだったが」
「あ、はい。自分がそうっす。初めまして。仕様なんです、吹き矢の」
 やっぱり吹き矢か。
「はぁ……こいつでさえすぐ分かったのに、お前は本当に鈍いなぁ」

 ぼそっと言ったつもりだった。
 が、全員にそれは聞こえていたようで。

「いや、姐さん程じゃ無いです」
「それちーちゃんが言っていいセリフじゃ無いよ!!」
「それだけはフユちゃんに言われたくありませんょ!!」
「ゲボックまでキレた!?」

 激烈な反応が帰って来た。
 そ、そんなに私って鈍いんだろうか……。



 落ち込んでいる千冬の傍、束も束で。
「そ、それにしても、ゲボ君……」
 どうしてここに?
 通信以外でゲボックの介入を阻止するために独立体を派遣したと言うのに……。
 動揺しまくりだった。
 このシーンだけ抽出すれば恋する乙女以外の何者でも無い。

 が、そんな微笑ましい表情は一発でブッ潰れた。
「たばねちゃんはじぶんさえよければそれでよいのです」
 返事は他でも無い束自身だったために。

 ゲボックの胸元からぷち束がにょきっと生えた。
 温泉の猿のようにホヤホヤな顔でゲボックの懐に収まっている。

「ろりろりぷち束!? 束さんの主体要素を司る『束さん九天愚人』の一柱が何故!?」
「たば……きゅうてん愚人?」
「あ、今即興で思いついたんで気にしなくていいよ、ちーちゃん」
「何処の邪気眼だそれは!?」

「たばねちゃんはさとったのです」
 幼い印象のぷち束はど根性ガエルのように首を伸ばして語る。

「あらそいなどどうでもいいのです。むしろかってにあらそってもらえたらたばねちゃんはゲボくんをおもいきりまんきつできちゃうから。そのままずっとたたかっててください」

「あ、因みに小生はカンガルーみたいな有袋類に改造されてます。
 小生、男の子なんですが、タツノオトシゴみたいな物でしょうか」

 そこに、すごく気まずそうに逆さま人工衛星な『灰の二十九番』が。
「Dr.言いにくかったんですけど……実はですね、右手と左手逆です」
 本当だ、ドリルが右にある。
「ノオオオオオオオオオオッ!! ちっちゃいタバちゃん! これ、組み間違ってますよ!?」
「ささいなこと。ん。ぬくぬくあったかー」
「自分本位にも程ないですか!? まぁ、これぐらいなら自分で直しますがね……」
 治す、じゃないのか……。

 ぶちんッ!!
 あ、何か聞こえ……。
「———っざっけんな! この獅子身中の虫がああああああああああああっ!!!」×ウン万体。
「おいおい……」
 何万体の束軍団———一斉蜂起。
 キャラぶっ壊れで……。
「……はあ。これはこれでチャンスか……。ん、れぇ——————」



 暴動が起きた。
「我々は正当な報酬! 相応のゲボ君分を要求するものである!」
「富の占有を許すなーっ!」
「悪しきぷち束に制裁を!」
「腹黒幼女を吊るせぇ!」
「我々ぷち束労働組合は断固として改善の要求を求めるものである!」
「それまでストだー!」
「さっきの、巨大合体ビッグタバネンガーの時、私踵役だったんだよ……」
「ロボットと言うよりは、●ルタン星人みたいだねそれ……」
「そんなんいたのか……」
「ちーちゃんのわんぱんK.Oだったけどね……」
「「「弱ぁ!」」」

 統制が一気に崩れた。
 これもまた、実に束らしい。
 まさしく束の心の写し、断片達であった。

「おおお! タバちゃん一杯から目一杯注目を浴びています! これは何か面白い事をせよという天の思示し! それでは、本当ならフユちゃんのモンド・グロッソ優勝時に見せる予定でした『鳩を自在に呼び出せる程度の芸』をお見せしますよ!」
 視線を浴びると、ゲボックは興奮する性質らしい。
 まぁ、薄々分かってたが。

 ブバァッと全身の穴と言う穴、裾袖から鳩がまぁ、出てくる事出てくる事。

「「「「おー……」」」」

 だが、ゲボックにしてはインパクトが足りない。
 素の方がエンターテイナーっぽいのがなんとも皮肉なゲボックであった……が。

「みゃああああああああッ!!」
「「「「「「「あははははははは!」」」」」」」

 そう、隙間という隙間といいことは『ろりろりぷち束』の入っているポケットからも鳩が噴出するということだ。
 
「     い———」

 自分の王国(と言う名のゲボック袋)から出まくる鳩に翻弄される彼女を見て、大笑いするぷち束達だった。

 それを見て勘違いしたのがゲボックである。
 自分の鳩芸がヒットしたと勘違いしたゲボックが、乗って来ましたよぉ! 科学的に! などと叫びだし。
「これより小生は全てがマッハ3で動く遊園地を作りたいと思います! 具体的にはジェットコースターとかコーヒーカップをですょ!」
「「「「わああああああああああ—————————ッッ!! ゲ・ボ・君! ゲ・ボ・君!」」」」
 一斉に歓声を上げるぷち束達。

「ははははははははッ!! 小生は今! 生きています! 確実に! 輝かしく!」
「いや、マッハ3って、衝撃波で間違いなく人体ブッ千切れますよね……」
 調子に乗りまくりである『灰の二十九番』のボヤキも耳に届かない程の興奮具合だった。

「…………眠い。おやすみー」
 だが、『ろりろりぷち束』はゴゥイングマイウェイだった。
 ごそごそとゲボック袋に潜り込んで寝息を立て始める。

 はたと気付くぷち束達。
「「「まだそこにいやがったのかてめぇ———!!」」」
 亡国機業の秋さん張りにガラの悪くなったぷち束達の暴動が再発した。
 
「    ら———」

「一人だけいいところで寝てんじゃねー!」
「悦楽は共有すべきだ!」
「ゲボ君のベルト発見! 取材班は早速引っぺがして見たいと思います! ……ごくっ。ハァハァ」
「おぉう!? タバちゃんの大軍勢の人達が一杯来ましたょ、ちょっと、ちょっと待ってください! ズボンをなんで真っ先にはごうとするのですか!?」

「   く———」

「白衣に突入!」
「ぶっ……ブラックホールだー!!」
「なーんでも吸い取るー……あ~れ~……」
「なんだこれー」
「10円傷つけてみない?」
「ちょ、お嬢ちゃん達やめてくれないっすかーっ」
「そう言われて」
「止める束さん達ではないのです」

「  びゃ———!」

「取り憑いてみようか」
「ぎゃははははははっ、忍者にウサミミだ~」
「あえて意識残されてる!? 精神的拷問にも程ありゃしませんかぁ!?」
「さっきのバーコードバタフライよりはましかと」
「そうだね」
「ねー」
「私あの時インおっさんだったんだよ……しくしく……」
「あー、その私だったのかー(遠い目)」
「無視ですか、そうですか……やっぱ来なきゃよかった……」

「 く!」

 これぞ束地獄であった。
 知性はあっても本体より欲望に忠実なのか、それぞれ好き勝手にきわどいことを連発している。

 何せ、このぷち束達は、肉体さえ手に入れれば準ISクラスの戦闘能力を獲得するのだから。
 それが主体たる束の制御を離れ、それぞれ束クォリティで自由気ままに遊び出すのだ。収集がつかないに決まっている。

「だから、空気の変化に乗っていた束は失念していたのだ。

「ぃ夜あああああああああああああああ——————ッ!!!」

 千冬との戦闘中である事に。



 千冬は耐え切った。
 耐えに耐えに耐え、やり遂げたのだ。
 ツッコミ不在、果て無きボケとボケの応酬、それに耐え忍び息を殺し隙をつき———

 全身全霊をもって雪片をハリセンと見て振り上げる!

 あ。
「ちょっ、ちーちゃんそれずるいよ!!」
「喧しい煩い黙れ! 口を閉じて素直にみょうちくりんなものしか捻り出せん頭を差し出して私におもいきり———積りに積もった分全力で突っ込ませろおおおおお——————ッ!!」

 そう、耐え切ったのだ(ほろり)。

 驚愕する束の胸に座す懐中時計が、主の心拍数などものともせずに、カッチ、カッチと変わらず時を刻んでいた。











 束に対する目線が変わった。
 今までは、変な子。と言った、上から目線だった。
 いつしか、それは恐れを含んだものに変わった。

 それは、子供だけに限らず、その親達にも及び、避けられるようになったのである。
 全ては、あの火災からだった。
 誰が言い出したのかは、もう覚えていない。
 束を怒鳴りつけたら事故にあった。
 束を叩いたら近親者に不幸があった。
 などなど。
 言いがかりにも程がある、何の根拠も無いそれを。
 何故か皆信じ、尾ひれ端ひれ付け加えられ、今や何処の貞子かという所まで来てしまっている。
 冷静に考えれば、喜劇としか言えない有様だというのだから———

 束が忌む『空気』と言うものは、誰しもが扱う宗教染みたものなのでは無いか。
 所謂その空気に馴染めない存在にとっては宇宙人に思えてもおかしくないように思える。

 千冬はその視線に訝しげな感情を抱きながらも、束の傍で本を読む。
 最近少しずつ、束といつも傍に居る子、という認識に変わって来たからである。



 束の方とは言えば、むしろそれは大歓迎だと、完全無視を決め込んでいる。
 この二人の組み合わせが、実は苛めが起きない最大の理由と言えた。

 下手なちょっかいを出して、千冬に痛い目に会わされるのは重々理解してしまったのだ。
 例えば、大人数で千冬の上履きを奪って返さないとしよう。

 持っている一人に千冬が走って行くと、他の一人にその上履きを投げ渡す。
 パスを繰り返され、取り戻すことができない。
 一人ではどうしようもない数の暴力という奴だが。

 パスを阻止する? いやいや、千冬が敵認定の相手に容赦をする訳が無い。
 投げられる上履きを一瞥だけで行き先を確認し、行動は変えず。
 え? なんでこっちくるの? という感じで疑問を浮かべる、今まで上履きを持っていた子供の鳩尾を———
 
 づぐむっ! と幼児の喧嘩では起こりえない鈍い音とともに、泣く事すら出来ず踞る一人を蹴り付け、パスを受け取った方へ続いて走って行く。
 千冬は的確に、一人ずつ潰す方針で行っているのだ。

 その事が分かると、『靴を受け取る———千冬に殴られる』の構図になり、2、3回程でそれを理解した方が一斉に散らばって行く事になるのだ。
 そうなると、恐ろしい鬼ごっこの始まりだ。
 靴を得た千冬のスタミナは尽きない。
 あと、からかいに参加した奴の顔も全て憶えている。
 全員殴るまで地獄の鬼ごっこやかくれんぼが始まるのだ。

 そんな千冬が守護神となって束の傍に居るのだから、誰も手を出せない。



 だが、そんな視線まで無くす事は出来ない。
 束の実家が神社だったからと言うのもあるかもしれない。
 神聖なところとは、逆を言えば近寄りがたいのだ。
 禁忌とは尊いところ、忌むべきところ、どちらにでもあるのだから。



 ダメージを受けていたのは束の母だった。
 同じ母親連中から、孤立してしまったのである。
 だが、彼女は母親としての鏡であった。
 
 千冬達に悩んでいるそぶりは決して見せなかったのだから。



 ある食事の日。
「もしかして———千冬ちゃんって、ふゆはる助教授の娘さん?」
 千冬にとって両親の事は暗黙と言っても良い筈が、つい出てしまったようで。
 それ程その事に気付いたのは意外だったらしい。 

 織斑ふゆはる。
 織斑秋夏(しゅうか)
 夫婦揃って四季完備! と言う妙な夫婦だった。

 民俗学を専攻して居るらしい。
 浮世離れした二人で、体して由緒正しいものも無いですよ。
 うちの風習は続けさせるのを主として居るので、確固とした伝統もありませんし、と言っても。

「自分達のルーツが見付かりそうなんです」
「ここの土地神様って、天女伝説に縁があるんですってね! だから女性用の実用刀があるとか」



「何故それを……?」
 特に喧伝もしていない篠ノ之神社の伝承を言い当てた夫婦は、暫く篠ノ之神社裏にある御神刀を奉納してある洞窟を見て回ったりした後、唐突に有難う御座いましたーと居なくなった。
 始終躁気ばんだ夫婦で印象深かったのを覚えていたのだ。



「えぇ……世界中飛び回ってます」
「そう———」
 何故、子供をおいて行ったのだろう。
 あの二人なら、どんな危険な所でも連れ回しそうなものだが———

 ちょっと暗くなった千冬をみて。
 やっぱり寂しいのだろう、当たり前だ。自分は何と馬鹿なのだ。
 千冬はまだ四歳の子供なのだから……あぁ、失敗した、と。
「ねぇねぇ、千冬ちゃん———知ってる?」
 だから。自分も色々心労が溜まっていながらも、少しでも話題を明るくすべく話題を切り替えんと声を弾ませるのだった。



 異様な光景だった。
「はぁ、はぁ———」
 目には映っている。
 だが遠い距離。
 そう、ひどく低い所。
 千冬からみて、そんな高さにある所で。

 束は四方を壁に囲まれ、さらにその上から見下ろされていた。

 幼い子供だけでは無い。
 大の大人までチラホラとみえる。
 それでいて、束に怯えているのだ。
 迂闊に怒らせれば、祟られるのではないかと。
 普通に考えて『ない』だろう。いつの時代の迷信だそれは。

 ゲボックなら何と言うだろう。
 非科学的だと笑うだろうか。
 それとも、その事象すら科学的根拠があるのではと研究するのだろうか。

 だがこの時、地球にゲボックはいない。

 直接触れるのも嫌なのか。
 けしかけられる。
 束に向かうのは犬だ。
 何をされたのか殺気立った黒犬は牙を剥き出しにして涎を撒き散らしている。

 犬とは充分人間にとって驚異だ。
 ましてや幼児。
 一噛みでその命を奪えるのだ。

 束は何の感情もなく、それを見つめていて。
「やめろ!」
「……え?」
 飛び降りて割り込んだ千冬が、束を庇った。

「———あ」
 口に腕を突っ込むようにして噛み付かれた。灼熱の様な痛みが千冬の脳髄を駆け上がる。
「うぐぅぅぅぅぅぅうう……っ!」
 食い千切ろうとしているのか必死に必死に首を振る犬を抑え付ける千冬だが、本来人は犬には勝てないのだ。
 ましてや童女と狂乱している成犬。
 牙が食い込んだ左腕の痛みをこらえる千冬が束には理解出来ない。



「———なんで?」
 そこまでする必要は無いでしょう?
 カッチ、カッチと束の中のリズムが、ある刻の鼓動を刻み初める。

 他とは違う空気が割り込んだ事に、束は少しだけ混乱した。
 人間とは保身に走るものである。
 自壊に向かう習性もあるが、今回のは違う。
 お母さんに頼まれたから?
 それしたって度が過ぎている。

 だから、今まで割と一緒にいたであろう少女に。



「すまんが……先に手を出したのはお前だ、容赦は———」
 押し倒され、犬にのし掛かられる千冬。
 だが。

 ぐぎょがっ———!

 水っぽいものを破裂させたような音ともに犬が大きく痙攣した。

 ゆっくりと千冬が痛々しい左腕を抱えて立ち上がる。

 千冬がどれだけ常人離れしてても子供である事には代わり無い。
 だから千冬は口内から喉に爪を食い込ませ、残る右腕で下顎を捩折りながら脊椎を破壊したのだ。
 獣の顎の力は強靭だ。
 大人でも開くのは困難を極める。
 だから、横に捻じったのだ。
 曲がらない角度ゆえに、抵抗もこちらの方が乏しい。
 さらに、千冬は食い付かれても絶対に引かなかった。
 獣の牙は引き千切るために適した形状をとっている。
 もし、千冬が少しでも臆して引けば、腕はズタズタに引き裂かれていただろう。



 そんな、血に濡れ苦しむ千冬を見て。
———あはっ
 束は笑んで。そして初めて、少しではない興味を持った。



 千冬は柳韻に古武術———その中でも剣術の基本のようなものを習っている。
 だが、殺し合いに最適な思考など、まだ習うわけも無い。
 これこそが素質なのか。
 常に何かと闘争するのを前提にして回り続ける思考回路としか言えない精神性。
「———次は?」

 そう言って睨みつける千冬の凄惨さに大人まで怖気が立つ。
 瞬く間にいなくなった。

 途端に切な気な表情を浮かべる千冬。
「あ……わた、しは……」
 それをぼんやり見つめる束。



 カッチ、カッチ、カッチ、カッチ。
 束の中のリズムを刻む時計が———

 束の瞳は、目は爛々と輝いていた。
 見つけたのだ。

———ちりりりん、と鳴って時を刻むのを一休む
 本来、知的好奇心の塊である束が一端、興味を持ってしまえばあとは凄まじい勢いで情報を取り込んで行く。

 束にとって、有象無象の輩は丸太と大して違いがない。
 次々とベルトコンベアーで流れて来て、割られるのを順次待っている薪でも良い。



 そんな中で堂々と、満開に花咲く一本桜に、やっと出会ったのだ。
 千冬が睨み上げた瞬間。
 あ———違う。
 直感で分かった。
 今まで擬態が上手だったようだが。
 元より常人とは逆に『そちらの判別』に優れた束がそれを見逃す訳も無い。
 やっと見つけたのだ。

 歓喜に震えぬわけが無い。

 あぁ、なんて綺麗なんだろう。
 どうして今まで気づかなかったんだろう。
 そう思ってしまえば、彼女の障害など、どれほどのものか。
 専用の機能で千冬の顔を覚えられないなら全部一から覚えれば良いだけだ。
 束にはその才がある。
 千冬の濡れたような黒髪を覚えた。
 千冬のきりりとつり上がった眉を覚えた。
 千冬のスラリと通った鼻を覚えた。
 千冬のしっかり引き締めた唇を覚えた。
 千冬の白く透き通った肌を覚えた。
 千冬の身から流れ出す熱い血潮を覚えた。
 そして何より、強い意思をたたえた、万物に立ち向かい、それで居て勝つためにありそうな瞳を脳裏に焼き付けた。
 千冬の———
 千冬の———
 千冬の———

 原子の一単位まで、記憶せんばかりに凝視した。

 その結果。
 あぁ———やっぱり。なんて綺麗な子なんだろう。
 束は初めて自分以外の子を羨んだ。
 そして憧れた。

 続いて自分と同じ事に気づいて喜び悲しんだ。
 自分と同じだ。
 周囲の雑草に害されるたった一本の木。

 あぁ、この星にちゃんといたんだ。
 自分以外にも、宇宙人に紛れてしまって泣いている子が。



 嬉しかった。
 今更ながらに助かった事が。
 自分を助けに来てくれる人がいる事が。

 自分だけじゃなかった事が。
 ああ、もう心細くは無い。
 怯える事も無い。
 だから、自然に話しかけれた。
 今までの自分ではあり得ない程当然かのように。



「わぁ———痛そう———大丈夫? でもね、ありがとう! ねえ! 君なんていうの? 私は、束だよん!」

「———は?」
 千冬は一瞬腕の痛みも忘れてポカンとした。

 束のキャラが今までと完全に別方向だったからだ。
 束はあまりの嬉しさに浮かれた、と言う事もあるのだが、抑圧された色々なものの一端に風穴がブチ抜かれた事で、本来のあるはずだった束が反動つけて跳ね上がって来たのだが。

 千冬にしてみれば『壊れたかコイツ』レベルの変貌だったのだ。
 が———何より。

「織斑千冬だ……束、まさかお前、今の今まで覚えてなかったのか!?」
「うん。でも、もう覚えたから一生忘れないけどね、うんうん。千冬ちゃん……うん! じゃあちーちゃんだ。ちーちゃんよろしくね!」
「ちーちゃんッ!?」
 そんな呼ばれ方初めてだ。
  
「と言うかどうした!? 何があった、なんか変なものでも食べたのか!? 変わりすぎろう?」

 そんな! 声まで変わって!! の世界だった。

「そんなんどうだっていいじゃん。あーはいはい腕出してー、お医者さんにして看護婦さんの束ちゃんです。その犬は狂犬病じゃなくて薬物のオーバードーズによる錯乱だろうけどさ、犬なんてきったないから一応抗生物質射っとくよ? でー、こうしてこうして止血して包帯巻いてはい、出来上がりましたぁ。さすが医学書読破済みの束ちゃんです」
「いや、今なんと言ったのか半分も意味わからないんだが……上手いな、手当」
「いやぁ、そこはこう、束ちゃんですから」
 謙遜微塵も無いなコイツ。
 思ったが一応手当してもらった身なので口にしないぐらいは千冬は大人だったという。
 幼児だけど。

「さあて、それじゃあ仕返ししましょうか」
「は?」
 なんと言ったか、今束は。
「まったく、呪われるとかオカルトにも程あるよねぇ。まったく、これだから愚暗どもはねー。束ちゃんがするのはぜーんぶリアルな現世の理なのにねー」

 いま、何と?

「束……お前、今までなにして来た?」
「べっつに直接はなにもないよ、ちーちゃん。資金源叩き潰しただけだし」
「なんと言った?」
「わかりやすく言うとだよ」
 束は何処から取り出したか、小さなパソコンを展開し。
 小さな可愛い手でてちてちタイピングする。
「株価とか為替とかに干渉して、勤め先ぶっ潰したり、預金預けてる銀行倒産させたりしてるだけだよ? あと地価暴落させて財産ゴミにしたり、攻撃的買収し掛けた上でリストラかけたり。ブラックリストに乗ってる人の保証人にしたりもしてるね。会社の情報ライバル社に売って見たりもしてるかな? 人間、先立つものが無いと不安でしょうがなくなるもんなんだよ、そりゃ毎日玄関に取り立て屋さんが来たら凡ミスだってするよ。ガス報知器の電源外しっぱなしとか、コンロから離れたりした時着火してなかったとか色々ね」

 なんという知的悪質な。
 しかも、ハッキング以外、違法行為を一切行っていない事だ。
 どんな悪意があろうと、それで罪に問われない。
 マネーゲームは合法ゆえに。
 だが……それに、一体、どれだけの人が巻き込まれた!?

 束がなにをしたのかなど、半分も千冬には分からない。
 ただ、一つの社が倒産するだけでどれだけの無関係な人が影響を———

「あ。帳簿に矛盾発見だね。マルサに通報してあげよう。束ちゃんなんて愛国者!」
「おい……束?」
「さっきの奴ら、顔は分からないけど会話は全部覚えてたから名前は分かるしね———ん? 佐藤さん多過ぎない? いっぱいだ……う~ん……どうしようか……うん、全部始末しよ」
「リアル鬼ごっこかああああああああっ!」
「痛い!?」
 このツッコミが、始まりだった。
 延々と続く腐れ縁の日々、それに振り回され拳を振るう、そんな日常の———









 束は、『人』と被り、相手を凌駕する事を病的なまでに嫌う。
 どこがだ、と言ってはいけない。
 ISがどれだけの者を蹂躙して来たのか、その努力を無意味なものへと変じさせたのか、知らぬ訳が無いとしてもだ。
 ここで重要なのは、束が『人』と認識するものが極僅かであるという事だ。



 くどいようだが、束は認識障害である。
 束にとって人間とは極限られた人間だけである。
 千冬、ゲボック、箒、一夏、そして———



———がぎぃん!!

「———なっ」
 千冬の必殺の一撃が、束に止められている。
 その事に、千冬が驚愕を浮かべる前にそれは起きた。
 ステッキを右手に、その先端の蝶の飾りを取り外し左手に。

 その姿は、見覚えがある、なんて物ではない。
 その型は、誰よりも千冬が見知っている筈のものだった。
 篠ノ之流剣術の型、『一刀一扇』。

 しゃん、と蝶に付いた鈴だけが、静寂の中で鳴り響いている。

「束———お前……」
「ゲボ君の前で……流石にツッコミで負けましたなんて無様は晒せないもんね」

 それは、ごく当たり前の感情。
 好きな相手の前では格好を付けたい。無様を晒せないと言うこと。

 何年に一度あるかどうかの真面目モードだった。
 何故今? とは千冬の疑問だったが。

 ゲボックは千冬を常にフルスペックで戦える様支援している。
 好きな人を相手に———あぁ、燃えるでは無いか、『勝って映えるのにこれ以上の機会は無い』ではないか。
 ゲボックが千冬を支援するのは、それが当然だとの思いと、何より世界を知り尽くして居ないと言う事だって挙げられる。

———認めてくれるなら、やめても良い

 そんな打算だってあった。
 切欠こそ支離滅裂だが、段々落ち着いて来ても止められない。これは勢いもあるのだろう。
 兎に角、ゲボックの気を引きたかったのだ。
 それはまるで親の興味を自分に向かせたい子供の様で……。
 いや、規模が規模だけにかなり笑えないのだが———

「篠ノ之流の剣術なんてね……ちーちゃんに会う前にもう、見ただけで全部憶えちゃってるんだよね……『あの人』も、まさか4歳児に秘奥たる技術を『見盗られる』とは思ってなかったんだろうし……」
「束……?」
「あはっ……もう、あんな簡単なの、とっくに型をひと流しを初見しただけで極めちゃってるんだよ。『あの人』を基準に見ていると、ちーちゃんでも泣いちゃうよ?」
 その顔いびつに歪み、笑っているようにも、泣いているようにも見えて———






「あ……よっ、ほいっ」
 それは幼いある日。

 束は父が大好きだった。
 それは、箒が父を日本男児の鑑として尊敬しているのと同様。
 束も、剣を振るう柳韻が大好きだった。

 そして、当然のように、自分も、その剣を振りたいと思った。
 大好きな、そんな、父のようになりたいと思ったのだ。

 当然、当時まだ束の体は小さい。木刀どころか通常の竹刀も振るえはしない。
 だから見ていた。
 毎日欠かさず鍛錬する柳韻の姿を。

 そしてある日———
 柳韻はたった一度だけ、篠ノ之流の秘伝さえ含めた殺陣を一流し、束に披露した。
 正しく言えば、前で型を通した、だが。
 その美しさに束は感動した。
 父の生涯を費やした芸術と言えるものを、自分もあんな風にしてみたいと切望し———

 自分の身の丈にあった棒切れを発見した。
 そして、憧れの姿を模倣する。

 柳韻を真似る。
 その才覚に見合って。
 完全に。
 完璧に。

「束?」
「あー、お父さん!」
 棒を振り回している束を見つけ、柳韻は微笑ましい笑みを浮かべるだけである。

「ねえ、見て見てー、お父さんの真似ー」
 束の見せる殺陣を見るまでは。

 今度は真似るだけではない。
 やや引っかかるなと思ったところ、まだまだ最適化できるところを効率的に繋げ、さらに早く、さらに美しく、さらに洗練されたものへと———

「束?」
 完全だった。
 見ただけで、完璧に束は模倣してみせた。
「それは……どうやっ、たん、だい?」

 完璧だった。
 否。それは既に完全以上であった。模倣より既に発展していた。
 柳韻がどれだけ鍛錬を積めば、その領域に到達できるのだろうか。
 否、永久にその高みには到達できぬ算段の方がずっと高い。
 
「お父さん見てたからやってみたのー。『初めてにしては』上手でしょー? えへへへ」
 それを、今まで見ていただけのそれを、初めて完全以上にこなしたのだと。
 正確には、二本目だったが、大して違いは無いだろう、その鬼才に関しては。
 されど。束はそう言うのだった。

 その時の、柳韻の胸中はどんな物だったのだろうか。
 鬼才を見出した事による歓喜だろうか。
 それとも、見ただけで完全にそれを再現した束に対する畏怖だろうか。



———もしくは———そこまで辿り着くのに要した年月、打ち込んだ情熱、その全てを一瞬で覆された事による———



「……お父さん?」
 この時束は、あれ? と懐疑を浮かべざるを得なかった。
 褒めてくれると思った。
 よくやった、凄いな、さすが俺の娘だ、と頭を撫でて抱っこしてくれるのだ。

 その筈なのに。

 どうして、そんな、泣きそうな、怒っているような、笑っているような顔をしているの?

 どうして褒めてくれないの?
 凄いでしょ?
 お父さんが大好きだから頑張ったんだよ?

 どうして?
 お父さん———?
 どうして?
 私はお父さんが大好きなのに。
 どうして、お父さんみたいに頑張ったのに褒めてくれないの?
 どうして———?
 





 そしてこの日以後、束が柳韻の後を付いてまわる事は無くなった。
 子供とは、感情にことさら敏感なのだ。
 子供に嘘をつく事は本当に不可能だと言っても良い。

 束はそれ以来、一切、剣を持とうともしなかった。
 それどころか、体を動かすこと自体を良しとしなかった。
 体が動けば神経が洗練される。
  
 父より優れて動いてはいけない。
 束の内心に深く刻まれた、呪いと言っても良い代物だった。

 束は認識できない人間の事を全く顧みないが故に———認識できる人間に対しては神経質なまでに気を使う。
 箒とのすれ違いは、単なる認識のずれ。致命的なまでに共感できない者同士だからだ。
 コミュ障どうし(にしても酷い表現だ)似て非なるが故に一番遠いのだ。

 だから、束は愛情を注ぐ相手と、競う事はしない。
 束の天才、その真価は『叡智』ではなく『万能』であるが故に。
 相手の苦手な部分を伸ばして助けるのだ。
 そして、自分を必要としてもらうのだ。
 
 だから、相手とは被らない。
 誰だって、矜持あるものをあっさり踏みにじられては、好印象を持たないのもまた当然。
 単純明快、嫌われたくないのだ。
 だから。
 千冬と並び立つために、束は頭脳特化を選択したのである。



———あぁ……———
「この世界は、つまらなすぎるんだよ———ッ!!!」

 世界はなんて、簡単すぎるんだろう。

 だから、被ったら研究するだけ無駄だと、ゲボックと研究ジャンルをずらしている。
 でも分かる。
 ゲボックだけは、そんな事を気にしないと。
 己の事を、束に合わせて天才と称しつつも、『まだまだ知らないものが多すぎる』と認識しているのだ、あの彼は。
 だから、自分の知らない事を微かにでも知っている人が居れば、無邪気にそれを尊敬するのだ。
 そして、そこからは自分と同じで。
 その『未知』を『既知』に変え、そして私と違い、新たに尊敬する人を捜すのだ。

 だから、束の懸念は杞憂でしかなかった。
 ゲボックだけは違うのだ。
 そう……例外なのだ。
 特別なのだ。

 被ってなお私で失意しない。
 それ以上のものを持って来る。
 凌駕してもさらに上に来る。
 未知を諸手で運んで来るのだ。
 果てが無い果てが無い果てが無い、どこまで行ってもキリの先さえ見えもしない。何より、彼はそれで全てを失わない。
 必ずそれを凄いと認めてくれる。
 素直にMarverous! と、一切尊敬を隠す事無く与えてくれる。

 だから———

 それが一体。
 どれだけ、束を救ったのか。
 どれだけ、彼女に至福をもたらしたのか。

———ああ
 この気持ちは貴女が気付かせたのだ。
 だからこそ。
 これだけは。
 これだけは!
 これだけは———!!

 一緒になるのは億が一良いとしても、その後私が取り残されてしまう。
 被ったとしても貴女にだって、何があっても譲る事は許容できない。
 
 例え。
 剣を振るわないと己に決めた誓いを破ってでも———
 あれ?
 ちーちゃんにどうしたいんだろう。

 ま、いいか。
 だから。だから。

 一人は嫌だ。
 一人は嫌だ!
 一人は嫌なのだ!!!


 絶対、絶対に———!

 ゲボックも、ちーちゃんだって離さない———!!



「あはははは———ッ!」
「くっ、まさか、束がこれほどのものだとは———ッ」

 振る、突く、薙ぐ、受ける逸らす払う切り返す、扇で絡め動きを縛る。
 その全てが的確で、正確無比。
 千冬でさえ息を飲む美しさ。
 認めざるを得ない———格上だと。

「驚いた!? それは禁を破った甲斐があるってもんだねおっかさん、てかなっ! 剣振るのなんてもう十何年ぶり、四つの時に初めて棒っこ振り回してた時以来だもんねぇ、でも、生身だとしてもスタミナの切れる30秒間が経過するまでならちーちゃんだって蹂躙できるのは確実だけどね!」
「何だと!?」
 それは、実力云々以前に、実剣に限って言えばこれが初めてだという事に他ならない。

「勘が鈍る? 体が言う事を利かなくなる? それはね、ちーちゃん、肉体の制御を脳幹になんかに任せてる怠け者の言う事なんだよ? 反復させないと、あの組織はすぐ最適化掛けちゃう欠陥器官だもんねぇ、どぉどぉ!? 束さんはね? 全部の身体駆動を頭脳労働でなんとかできるんだよ? まあ、それでも脊髄反射の類いは流石に速度で勝てないけどね」
 ならば。
 何故、束は千冬に圧倒できる?
 今まさに、千冬が、『剣に置いて圧倒的実力差を有する束』に食いついて行けるのは長年を掛け、その身に刻まれた反射神経に他ならない。

 全て考えてこなす束が、最適正解の即座反射をする千冬に勝るのか。

「その為のIS———その為の超音速に適応させる思考加速と思考伝達加速だよちーちゃん! 頭部に取り付けたハイパーセンサー、身に纏うISスーツ、そしてISとパイロットの間を循環するナノマシン! これらは人間の粗末な神経なんかよりもずっと素早く私の意識をISに伝達できるの! 脊髄反射なんてね? 超音速戦闘の世界じゃ遅すぎ駄目駄目! ゲボ君が言ってたよ、パワードスーツ、サイボーグ、どちらも最終的には人間はシステムの一機能に過ぎなくなってしまうってね。これはまさにその通り。今や考えずに戦うよりも、考えて戦う方が速度を得られる戦いになれるんだから!」

 そして、思考活動ならば、束の独壇場だ。

「うふふふふ、それにね? 私程ちーちゃんの剣舞を見て来たのは地球上探してもそうそう居ないんだよ。ちーちゃんの剣を浴びた数ならゲボ君に負けるけどね、うふふふ。そしてこれまで、ちーちゃんは束さんがどれだけちーちゃんの本音や本気を見てきたと思う?」
「なに?」

 ジリリリリリリリリッ!!
 胸元で懐中時計が、『必要な情報取り込み作業』完了の報せを響かせる。



 私は貴女の全てを覚えます。



 準備は完了———さあ蹂躙の始まりだ!
「束さんはね? ちーちゃんが大好き。その発した言葉の一語一句、ちーちゃんの見せた魅力的な表情。ちーちゃんの躍動感溢れる美しい動き、全部、全部を記憶してるよ。


 だから———



 記憶に焼き付け。

 記録し整頓。

 展開し可能性を模索し。

 判断の糧とする。

 発想は憧憬と共にうち広げられ。

 発祥した感動は意欲を満たし。

 演算は確実正確無比かつ瞬時に完了。



 もって欠損を創造し想像し完全に彼の者を成しあげる。

———ちーちゃんの放っする、心の底からの本気の言葉、本気の表情、本気の行動、その全てを!!
 それはちーちゃんを形作る真実の一片(ピース)。断片を知る事で、束さんはちーちゃんの全てを逆算演算展開し、全てを透し見るッッ!! もう終わりだよ、ちーちゃん。演算終了につきましては~、構築完了だぜぃ! 脳内『ちーちゃんエミュレーター』!! ———たぁだぁいまァよォり〜ッ! ちーちゃんの戦闘行動は、全て、把握したァよォぉぉぉおおおんっ!!」
 
 束が千冬に興味———『貴女の全てを憶えます。だから、私を受け入れて下さい』———を持つ事に、全く嘘はない。正真正銘、束は千冬が大好きだ。出会ってから今までの全て、千冬の全てを束は憶えている。
 千冬だからこそより一層、分かるのだ。

「言っ「たな、束、出来るものならやってみろ!」」
 千冬の言葉を途中から、束が被せる。
 思わず閉口した千冬に、束が笑顔を深くする。

「ほら、ね———その気になれば、心だって読める。次に何を言おうとしてたか、もね?」
 束がその身をたわませる。
 完全に、完璧に、千冬の行動を先読みした上で。
 蝶の翅をはためかせ、天才がその真価を発揮する。

 剣技の差に、さらに行動予測の補正が上乗せされる。
「くっ———」
 戦いの天秤は大幅に傾いた。



 だから、私を愛して下さい
 だから、私を一人にしないで下さい



 攻撃が一切当たらない。
 動きが全て先読みされ、回避し様のない斬撃が暮桜のフレームを削る。
 防御も読まれ、その隙を突かれ。
 策も思考も、漏れる言葉さえも把握される。
 これが———本気の篠ノ之束。

「くっ———」
 唐竹割りに振り降ろした千冬の一撃を居合で弾く。
 そのまま流れるように大上段の構えに。
 この流れは———

「おああああああああ———っ!」
 受ける訳には行かない。これは必殺の———
 千冬の最も得意とする必殺の一閃二断なのだから。

 千冬はPICとスラスターを駆動、束の一刀両断を阻止すべく剣の腹を。

「殴りに来るからストップ」
「なぁ!?」
 寸止めし、たたらを踏みかける千冬に笑いかける。
 だが、ブリュンヒルデも伊達では無い。
「そのまま弧を描きつつ、月を背負うようにとんで4m後退、即座に瞬時加速」
 完全に読み切っている。
 立て直しの手順も掌握済み。
 束が言い終えたのは、正に千冬が瞬時加速に入る瞬間だった。

「んーでー、束さんの剣の届かないところで一旦停止、間を外してそこから二段階瞬時加速に入るから、そこにフローティングマインぷち束を———もう設置してたり」

「にぱ———」
 千冬を待ち受けていたのは、グーに閉じていた両手を広げ花火を全身で表現するぷち束。
 ずんっ。

「ぬっ———」
 突如中空が爆発し、加速を中断した千冬が飛び出てくる。

「そこに砲兵ぷち束が弾幕張るけど、ちーちゃんはさっきと同じで左腕一本のシールドで払い落とすんだけど」
「束!?」
 そう、待ち受けている。
「はい、皆のアイドル束さんだよ! そうなると意識の薄くなった右手にちょうどいる束さんがこうやって———」

 蝶の扇を振り上げる。
「ファイト一発なのさっ!」
「ぐ……かっ———」
 一閃、千冬を打ち上げる。

「んーでー、あとは待ち受けるぷち束による連携コンボのー」
「「「「トライアングルフォーメーション、アルファ~!!」」」」
「トライアングルどころの数じゃ無いッ!」

 視界を埋め尽くすぷち束達による、絶妙な怒涛の連携攻撃が降り注ぐ。

「あぐあ———」
 耐え凌ぐのも完璧に回避不能、しかし刹那の隙に過ぎぬ筈のそれを突かれ、ままならない。

「なるほどねー。そうやってそこから逆転する気なんだ、ちーちゃん凄い!」
 く、起死回生の反撃さえ掌握済みだと———

 そう、このままでは———
 絶対敵わない!!

———このままでは!!






 どれ程の一方的猛攻があったのか。
 が、千冬は何とか健在だった。



「すごい! すごいよちーちゃん! 完全に心も行動も読まれているのにここまで持ちこたえられるなんて! さっすがちーちゃんスッばらしぃ!」
 だが、束にあるのはその逆で、千冬に対する称賛だった。

「はぁっ、はぁ……それは遠回しの自画自賛かっ?」
 息も荒い。
 何の皮肉かと思う。
 周囲に存在する『砲兵束』の攻撃は悉く当たり、振る剣は出掛かりを『神風束』に封じられ、ゲボックの支援でシールドエネルギーこそ常時満タンだが、物理ダメージで暮桜がギリギリまで装甲を抉り続けられ、満身創痍の状態でふらついている。

 完全に束に対抗できない。
「ああ、心が読まれるなんて事が、ここまで鬱陶しい事だとはな……」
「まあ、本当に心読んでるわけじゃないし、実際それだけじゃ対応できないんだけどねー。束さんのこれは計算に基づいた的中率100%の行動予測ってだけだし」
「それが非常識だというのに……」

「ふふふ、これで束さんの———」
「そうだな」
 ただ一言。千冬顔を伏せる。



 されど。
 再び持ち上がり、覗いたその表情は、束が今までみた、いずれの千冬でもなかった。

「…………束だけが解禁というのも、少し不平等だからな、こちらからも一つ、ビックリものの出し物を披露してやろうか? 束」
「えー? 何何? 何か有るの? ちーちゃん」
「私は昔から、ずっと不服だった事がある。そう、だな……それは脆弱すぎる事だ」
「なにが?」
 急な独白に束は首を傾げる。演算上の『ちーちゃんエミュレーター』は、そんな行動をしないが為に。

「全部だ———全力でなくても、抱擁どころか撫でるだけでどいつもこいつも砕け散る! もろすぎやしないか? お前ら、まったく以て繊細すぎるにも程が有るだろう! だから私は、求めたんだよ、武術を、技を———」
「え?」
 束の疑問も致し方無し。束の計算では、千冬は全力なのだ。これ以上は無いし、実際、千冬に束の攻撃に対処が出来ていない。

「自分を律する術として剣術は最適だった。自分を一本の剣と見なし、全ての破壊力をただ一点に集束する。余計なものは一切破壊しない。これを知った時、芸術に感動するにも似た荘厳を感じたよ。私はな、平穏で居たいんだよ。狂乱なんて冗談じゃない、呼吸するように何もかも破壊する破壊魔なんてまっぴら御免極まりない!」
 強くなるためでは無い。自分を律し、縛るため。
 皆の手を砕くのではなく、取り合うために武を学んだのだ。

「お前に見せていないものと言ったな、束……私の全てを見て見たいなら、やってやろうじゃないか。せっかくお前も隠していた剣技を見せてくれたんだからな———あぁ、敵わないな、束、私が今まで積み上げて来た、時間、研鑽、技術、修練———その全てがお前の前では塵芥も同然なんだろう。だから、止める事にした。喜べ束。私は刹那の狂気に身を浸し———持ち得る衝動そのままに! お前を……ただ、壊す事にする!」
「———ほえ?」
 千冬の表情を見て、あれ? と束は首を傾げた。
 変わらず、これも今まで見た事の無い顔だったから。
 とても嬉しそうなのを、実は照れ屋な千冬が全くそれなしで見せている。
 口角を釣り上げ、牙を剥き出しにしているような、そんな表情。

 中学時代、幾度と無く頭をもたげた千冬の攻撃衝動、幾つもの不良グループを壊滅させるに至った、千冬が嫌う、嗜虐を快楽と見なす考え。

 親しい人にはそんな一面が有る事を知られる———それ自体を恐れた、千冬の過剰な攻撃衝動。
 精神の成長とともに、武術の修練で今や完全に抑え込められたそれを———






 そう。
 束が急に打ち解けてくれたあの時の少し前。
 狂った犬に噛み付かれ、左腕に迸る痛みに脳を貫かれながらも、千冬はその実———

 あぁ。
 やられたから———そう、やり返す。


 加減をしなくて良い事に。
 自分が痛いという事よりも。
 相手を害しても良いという事に。
 自分はどれだけ暗い喜びを得ていたのか。

 千冬は元々、生まれつき血の気が多い。

 学術的に見るならば、ワニの脳と呼ばれる脳幹———その部位の制御優先度が、一般人と比較して、前頭葉よりも格段に高い事がわかる。
 加えて、大脳辺縁系を自己暗示で任意に活性化させやすい体質でもある。

 端的に言ってしまえば、千冬は、一般人より情動が激しく動きやすい。衝動性の強い、常に運動関連の全身が活性状態にある存在と言える。

 そう———かつての、<人/機>わーいマシン素体と同じ素養を持っているのだ。

 そして、直接の勝負でも分かる様に、その格は千冬の方が遥かに上だ。

 元々刹那的な感情に振り回され、欲望のままに暴力的な行動に陥りやすい素質が、あの男よりもいよいよ強いのだ。
 そして、そんな自分を千冬は何より嫌っていた。
 武に打込むのは自分を律するため。
 誰にも、特に幼馴染二人には決してみられたくない醜き部分。
 それを徹底的に抑え込むためなのだ。

 攻撃力は『強さ』では無い。
 これは他ならぬ千冬が何より自分に戒めている言葉なのだ。
 自分の最も素直な感情が、最も嫌うそれであるためなのだ。

 それを今の今まで強靭な精神力で押さえつけていたそれを。

 まるで反動をつけたバネの如くに。






———かつて

「すまんが……先に手を出したのはお前だ、容赦は———」

 押し倒され、犬にのし掛かられたとき、千冬は確かに。
「微塵も容赦する気は無いから覚悟しろ」

 束の死角になっていて良かった。
 痛みで声が震えていて良かった。

 何故なら千冬の表情はその時、嗜虐の期待に歓喜し、喜びに打ち震えていたのだから。
 逃げ出した者たちは正しかったのだ。
 弱肉強食的に上位がどちらなのか、即座に本能で察したのだから。



 だから、犬の血と自分の血が織り混ざる中、千冬は自分への嫌悪で震えていた。
 自分は人間と言えるのか。
 『けだもの』か、『ばけもの』か。いずれにしても大差無いでは無いかと。



 だからその時。

「わぁ———痛そう———大丈夫? でもね、ありがとう! ねえ! 君なんていうの? 私は、束だよん!」

「……は?」

 そんな、とんでもなく場違いな、礼と笑顔に思い切り虚を突かれて思考が停止した。
 ネガティブになっていた流転の思考が吹っ飛んだ。
 それに———どれだけ救われたか。
 どん底に陥りかけた千冬を問答無用で引きずりあげた事か。



 あぁ、なんて綺麗な子なんだろう。
 冷静に束を見る。今までと違って表情豊かな束を。
 千冬は、満開のひまわりの様な、太陽の様な、束の笑顔に見惚れてしまった。
 憧れたのだ。

 続いて、彼女が自分と同じ事に悲しんだ。
 束は、自分とはまた違うが飛び抜けすぎている。
 聡明すぎるのだ。

 幼い感情に反して見えすぎる現状は苦痛以外の何者でもないのだろう。



 だが、自分だけじゃなかった事が。
 あぁ、もう心細くは無い。



 そう、あの時の救済は。
 いつどんな時でもその感謝を忘れられない。
 やがて、千冬は折り合いをつけられる様になった。
 幼馴染み以外にも友人が出来た。

 それなりに充実している。
 だが、あの時束に救われていなければ、今の自分があったかといえば、そうでは無いだろうと思ってしまう。



———それこそ、<人/機>わーいマシンの素体になった男の様に、暴力的な価値観しか無い、貧しい人生しか残らない人間になっていたであろう



 だが、束はそのままだ。
 自分達二人と箒、一夏しかいない。
 だからこんな暴挙にも走ろうと言うのだ。



———嫌だよう、一人は嫌だよう



 尚更だ。束には感謝してもしきれない恩がある。
 だから———

 こっち側に引きずり出す。
 それが千冬の生きる目標の一つだった。

 単純な事のはずなのだ。

———そんなところで一人寂しくしてないで、皆の居るこっちに来なよ!

 そう誘う。ただ、それだけの事の筈だ。
 それなのに、あの頑固者がっ!




 そう。束も、千冬にさえ秘密にしていた事があったのだ。
 剣の技術に関しては本当に驚愕物だった。
 自尊心が抉られたのは少なからずあるのだが……恐らく、束にも何かあったのだろう。それは、千冬には分からない。

 だが、それは『まだ』でしかない。
 これから知れば良いのだ。



 その一つを見せてくれたのだ。
 全力でぶつかってくれているのだ。

 思えば初めてでは無いだろうか。

 延々と続いて来た、ぬるま湯の様な関係。その居心地の良さにお互い甘んじ、浸って来ただけでは無いのか。
 そんな、腑抜けた姿で千冬の願いがどうして叶おうものか。


 故にこそ。

 忌み嫌う醜き姿をみられ様とも、それがどれだけのものと言えようか。
 あぁ、そうだ——————



 こちらも全てを曝け出さなくて何が幼馴染みか! 何が親友か!






 切り換える、曝け出す。

 獣のような、そんな『人間』の浮かべる笑みを。
 笑みでありながら乏しいという印象を受ける表情。
 目付きだけがギラギラと、殺意で塗りつぶされ束を睨みつけ。
 剣呑な空気が周りに、と言っても相対しているのは束だけだが———気弱な者なら充てられただけで呼吸困難を訴える程に圧迫する。
 
 完全に千冬の気配が———『堕ちた』
 そして、張りつめ、弓のようにたわんだ閉塞感を。
 長年押さえつけ続けていた凶暴性を!

「あああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
 千冬は雄叫びとともに一挙に解放する!



———それは何でも無かった



———ただ突っ込んで来た



———猛々しく叫び



———周囲の束の攻撃を一切顧みず



———暮桜の被害も、それを貫いて体に刻まれる傷にも全く意に介せず、全く気付いていないかのように



「え、えぇ———!?」
 完全にその行動を読んでいたからこそ驚愕した。
 千冬は何も考えていない。
 でも、これは千冬の思考の中で一番忌むべき事だ。
 力を、何の律しも無く振るう。『けだものの』ように。
 単純に攻撃力を戦闘とする事。



「ああああああああああああ—————————ッ!!」
「きゃあああああっ」
 一番、単純極まりない突撃。
 それでいて何故、束が対処できなかったのか。
 それは殺気の差である。
 今までの千冬は、張りつめるような殺気を充満させていた。そのあまりの圧力で相手を威圧し、動きを鈍らせ押しつぶす。そんな殺気が周囲を埋め尽くしていた。

 だが、これは。
 見えているのは束だけ。
 束を殺す———否、『壊す』事しか考えていない、野獣の思考。

 自分だけを貫く『暴力そのままの殺気』それは、八つ裂きにせんとする、千冬という生物の持つ、根源的殺意、ずばり———『お前を喰らって私は生きる』であった。
 それを受け、束は身をすくませた。

 威圧には、対抗できる。彼女は、世界全ての人間が異物だったのだから。
 異星人の中にただ一人取り残された女の子だったのだから。
 しかも異星人は感情をテレパシーで交信しており、束には彼らの状態が分らないのだ。

 ただ、理解不能という恐怖、その存在の圧力に常に耐えていたのだから。
 だから、彼女の認識できる存在が決して束に向けていなかったモノを初めて受け、彼女は恐いた。
 束は、生まれて初めて彼女の認識できる『激怒』『敵意』『殺意』を感じたのだ。



 今までの千冬は、ある種義務感と言うか、親友故の義理と言うか、責任感と言うもので動いていた。だが、敗北を濃厚に感じて、今までずっと———取り繕っていたものを止めたのだ。
 束が見せた、ある意味本当の姿。それを見て、自分だけが取り繕い続けるのを不義理だと思ったのか。
 
———親友同士なのだから



 千冬は常々語っている。
 『強さ』とは、攻撃力ではない。
 ああ、そうだ。これは強くなってなどいない。寧ろ弱体化だ。
 今の千冬などただの獣。普段の千冬の足下にも及ばない。
 だが今は、ブレーキが無い。思いのまま、親しかろうが大切だろうが拳を振るえる。
 強大化したのは攻撃力だけだ。
 自分の身など厭わない。
 束にとって計算外。
 千冬は『強さ』を捨てる事で、目的を達する事にしたのである。
 束の知らない自分を見せる事で、戸惑っている間に叩き潰す。
 冷静になられたら終わりだ。攻撃力こそ遥かに上だが、今の千冬は極めて弱いのだから。



 こわい。こわいよ。

 しかし、それは杞憂だった。

 束は動けない。
 それでなくても、知性と相反しすぎて束の感情は幼すぎる。
 人と人の交流が、人の感情を育てるのだ。周りの人間がほぼ全て異星人同様だった束がそれを育めるわけが無い。
 それはともすれば妹の箒よりも。
 箒も人付き合いは苦手である。そのためか、感情的になりやすいところがある。
 変な所が似ているが、それでも束の場合は一際である。

 子供が、目の前で怒る大人を見て身を竦ませるのと同じだ。
 この決断は有効だったのである。
 千冬の思惑を遥かに越える恐怖を束に叩き込んでいたのだから。

 そう、この手法は束の親友である千冬が取ったからこそ、この上なく有効で、最善の選択だったのだ。

「ひっ———」
 飛びかかる千冬は雪片すら握っていなかった。
 束の頭に掴み掛かり、シールドごと掌握、束の髪を掴むや———
 ただ、力づくで無造作に振り回した。
 PICによる空間停止さえ無視した力任せ。

「痛———」
「そうかッ!? 私は! 私はああああっ、た、の、し、い、ぞ、たぁ、ばぁ、ねぇえええええええええ———ッ!」

 いぃうんっ———
 大気が鳴る。
 
 そのまま、高度を極限まで落とす。それは墜落と言っても良い有様だった。
 摩擦熱でシールドが赤熱化し、彗星と化したまま直角に折れ曲がり、長い直線道沿いに這うように飛ぶ。
 街路樹に次々と束を叩き付ける。
 衝撃で束の脳が揺さぶられる中、千冬は暮桜の足を地面に突き刺し更にPICで急ブレーキ、引っ掻かれた大地が爆発し、慣性が束にだけ掛かり、それを掴む右腕がメキメキと悲鳴を上げる。
 だが、それすらも、今の千冬には楽しい事なのだ。
 されど、腕に掛かるGがそろそろ鬱陶しくなったのだろう、その『慣性エネルギーをスラスターに吸収』、重力に乗せ、『瞬時加速』で束を地面に叩き付ける。

 づぅごぉんっ!!

「かは———ッ」
 あまりの衝撃にクレーターが大地に穿たれ、街路樹がへし折れ宙を舞う。
 そこで息の詰まった束は視界の端に、『左腕』で雪片を振り上げる千冬を見る。
 ああ、確かに剣術も何も無い———

「思考が隙だらけだよ!」
 銀の蝶を飛翔、両腕を支配、千冬の両肩から蝶の翅が生え、振り下ろそうとする力を振り上げる力に変換する。
 千冬の意志で動く暮桜と束の意志で動く千冬の両腕が真逆に肉体へ意思を伝え、千冬の肩が嫌な音を立てて外れ———



「あああああああああああああァッ!!! だからどうしたァッ!」
 痛み委細を一切無視した千冬が、頭突きを束に叩き付ける。
 恐らく、IS同士の戦いで見舞われた初の頭突きを受けた束は再度クレーターを深く抉り、バウンドする。
 額に迸る激痛と目眩を堪えた束は見上げ、そして———そこで更に常と違う千冬を見る事になった。

「暮桜ああ———!」
 千冬の叫びに愛機は応える。
 両肩が端からも聞こえる程の異音を立てて、元の場所にはめられる。
 憑依していた束の思考分体だが、頭突きの際の千冬の気迫で剥がれてしまった。
 千冬に対する束の恐怖が伝播してしまっているのである。

 腱も骨も筋も痛めてしまっている。
 だが、それがどうした。

「嫌あああああああぁっ!」
 とうとう、束の恐怖が爆発する。
 
「むむ、主人格大ピンチです。ここは一つ、綺麗な花火を咲かせましょー」
「―――ッ!!?」
 束と千冬の間でエネルギーが炸裂した。
 近くの発電所のエネルギーを根こそぎ依り代にして来た『ぷち束』が雷速で乱入。そのエネルギーを発散させたのだ。

 都市を丸々維持できるエネルギーの炸裂に、クレーターは続いて溶解、蒸発する。
 その中で束は自分に迫るエネルギーに更に蝶を取り憑かせ『ぷち束』化、取り込んでシールドエネルギーを補充する。
 地表は危険だ。
 束は一気に8000メートルを上昇する。
 その途中で見えてしまった。
 半ば溶岩池と化したクレーター中央で赤熱化した大地に照らされながらも、シールドエネルギーを操作して前面のみに集束展開、横から割り込んで来たエネルギーをスラスターで吸収、充填中の『暮桜』を真上に推進を向ける。
 そして、発電所、一時とは言えその全エネルギーの爆発。そのほぼ4分の1を取り込んだ『瞬時加速』。

 それは瞬間移動と言っても過言ではない凶悪すぎる加速だった。
 瞬時に追い抜かす。すれ違い様にまるで鉄パイプで殴りつけるかのような振り上げた雪片を、バットのように束の横腹に叩き付けて吹き飛ばす。
 くの字になって吹き飛ぶ束を千冬は更に追いすがる。
 だが、束もやられっぱなしではない。
 なにより、束のエレクトリック・バタフライの単一仕様能力(アリスィズ・アドベンチャー・イン・ワンダーランドは、思考を分割して、それに独立した肉体を与えるものである。
 千冬の予測と異なるのは、既に独立した束の思考は、分割体であってなお天才であり、束本体が気絶していても機能するという事だ。
 全方位からぷち束が一斉に砲火を放つ。
 それを雪片で払い、掌に集束したシールドで叩き落し、だが、それでも千冬は速度だけは落さない。
 故に、当然先の戦いよりもなお被弾数が多く、さらに流血まで増加するが、絶対に千冬は止まらない。
 そして、束本体は失神している。
「くっ、至急援護を乞う! 本体が失神中!」
「ならばわらわが行く———束さーん、新しい顔(?)だ!」

 一体のぷち束が束に戻る。
 束の瞳に光が戻る。体勢を立て直し、ステッキを構える。
「さて、元気百倍仕切り直しじゃ! 主人格が一時休養中故、選手交代! 遍くわらわ共に告ぐ! いつまで腰を抜かしとるんじゃ! 奮い立てええええッ!」

「……誰だ?」
 束の気配の変化に、千冬も速度を緩め、問いかける。
「わらわも束じゃよ? 分割体の統括の一助を担う一柱、九天愚人……と言った所か。ああ、多重人格などでは無いからあしからずじゃ。わらわは『その』障害は負っておらぬ。いやなに、相性の問題からわらわでなければいけないようじゃからのう……わらわは篠ノ之束の『己への信仰』『自負心』を司る」
 応えたのは、束の分割した主体、そのうちで大きな割合を占める一体だった。
 束である事が分れば、千冬はもう、言葉を発する意味を無くす。

「そう———か」
 一挙にトップスピードに達する。
「まさに獣じゃの!」

 千冬は言葉少なに束に襲いかかる。
 そこに、六つの影が千冬に襲いかかった。
 今までと違い、明らかに違う分体の動きに、千冬もその場から一時撤退する。

「……山田?」
 急襲して来たのは、置いて来た筈の後輩、山田真耶だった。
 それだけではない。
 襲いかかって来た六つの影、その全てに見覚えがある。
 それもその筈だ。

「ふふふ、ようやく間に合ったのぅ、我が国の代表及び、その候補生達じゃ、ちーちゃんよ、後輩共と遊ぶが良い!」

 そこに居たのは、6機のISだった。
 登場しているのはいずれも日本の代表候補生、全員がウサ耳が生えている。
「動きの癖を再現する為に脳幹のデータはそのまま使っておる、その方が、スムーズに行くのでのう。さあ、いつまでも獣のままじゃあ———なぶり殺しじゃぞ?」

 そして束本体含め、7機のISが千冬に襲いかか———。
「邪魔だ」

———ゴガァッ!

 裏拳が1機に炸裂する。
 零落白夜が雪片ではなく拳に発現し、一撃で機能停止。絶対防御に包まれ、即座に1機脱落となる。

「一撃っ! ———おぉ……これは怖い怖い、まだ、成長しとるのか。獣の破壊衝動と人の技、それを合わせ始めたとはな、流石に戦慄が走るよな……さぁて! 気張るぞ、我らは篠ノ之束! 主人格が休養中に天才の自負を折られる訳にはいかぬでの! 九天愚人が一部『策略』『内職家』『外交面』『アニマ』『奉仕者』! 行くぞ!」

 なお、一撃で倒されたのはぷち束でなら、『巫女ぷち束』たる、『夢見』である。
 束を形創る因子の中、重要な位置をを占める要素達が、日本の代表、代表候補生を操縦して一斉攻撃を始める。
 即座にその独立体は周囲の分割思考を統括して、周囲から援護を始める。

「ははははは、復活なのでーす!」
 千冬の死角で、今しがた落とされた代表候補生に『巫女ぷち束』がエネルギー補給。
 そのまま、再度乗っ取って追撃して来る。



「人と獣の違いは、『壁』を認識できるか否かじゃが……獣でありながら『壁』を見いだし、それを打ち壊す……ははっ、これはまさしくっ!」



 場所は成層圏。
 地球を30分で一周できる人工衛星達と速度を同期させ、超速度で地球を駆け巡りながら8機のISは絡み合い闘争を継続する。



「「「「「「星の素子、依りて依りて彼の(もと)星よ(メテオ・フォール)」」」」」」
 ぷち束が集い踊り、歌いて起動する、その姿は正に祭事の巫女の様で。



 ごぅ!
 ついに登場する。
 束の十八番、火星のアステロイドベルトから持ってきた巨岩による重力波デブリレールガン。
 いつものように大気による減衰が無い為、原寸大の隕石が千冬に殺到する。
「うだぁあっ!!」
 既に出力が100%を突破している零落白夜を以て片手一振り、それを両断した。
 その影に居る2機の代表候補生Inぷち束。
 
 正確な狙撃が、千冬を急襲する。
 加えて。

「主砲。いっきまーす!」
「そして飛ぶ私!」
 今や衰退し、解体されつつある現行兵器、戦車の数少ない生き残りに取り憑いたぷち束が弾丸型のぷち束を射出する。
 世界を超高速で衛星のようにぐるぐる回りつつ、各国の兵器を奪いながら怒濤のように攻撃を繰り出しているのだ。
 なにせ、ぷち束が取り憑けばISとしての機能も得るので、戦車だろうがイージス艦だろうがPICと同じエネルギーを発して大気圏を突破できるようになるのである。
 世界中の軍事力がどんどん宇宙に吸い上げられていた。
 なんかキャトルミューティレーションみたいだなと思ってしまう。

 更に。
「往くぞ?」
 精妙な剣技を繰り出す束本体。

 無尽蔵のエネルギー供給は、既に千冬の攻撃一つ一つに零落白夜を灯す程になる。
 ダメージを無視してひたすらに極大威力の攻撃を繰り返す千冬に対するは、圧倒的数と質で波状攻撃を繰り返す束達である。
 千冬が完全に別キャラになった為、人格演算による先世見は通じなくなった。だが、それが無くても束は絶後の才を持って剣を振るえる。

 しかし決着がつかない。
 剣の腕が束の方が上であろうとも、まるで<人/機>わーいましん張りの第六感でギリギリ急所を回避するのだ。
 その上、冷静なときの千冬の技まで振るえるようになって来たのだから始末に負えない。
 正しく、人のように壁を打ち破れる獣だった。
 
 愛機暮桜も、あたかも興奮しているかのようにフル稼働し、補給されているエネルギーは暮桜の自己再生機能を最大限まで発揮させていた。

 千冬の攻撃はどれもが灰塵必滅。零落白夜である。
 だが、生身の部分には限界がある筈なのだ。例えISが保護してようと、ISが最重要と見なすのは登場者の生命だ。危険域に到達すればいわゆるドクターストップも有り得るのである。
 ならば何なのか。
 まさか、人間離れしたスタミナがこれほどの重傷でも無事だとISに誤認させているのか。



 最早何合目か。
 暮桜とエレクトリック・バタフライは互いに居合いを繰り出し激突、鍔迫り合う。
 力量は束が上、ジリジリと押し込むが。
 じゅうじゅうと束のステッキが白煙を上げる。
 攻撃力の差だった。千冬の攻撃は全てが極大の零落白夜。このままではステッキが溶け折れる。
 その時、至近距離故に束(inゴッデスぷち束)は目撃する。
 目で確認できる程の凄まじい速度で千冬に刻まれた傷が癒えて行くのを。
 どんな野獣並みの生命力だ———などと冗談は置いておいて。
 治療用ナノマシンでもこうは行かないはずだ。
 待て。自分の発明に、この機能を有するものがあったではないか。
 
 ふと、目についた。
 暮桜に吹き矢で打ち込まれ、組み込まれた地上回路を経由とするエネルギー受容機。
 それに絡み合うように組み込まれているのは———

「ISコア!? まさか———白騎士(束視点だとこの名前)のじゃと!?」
 そう、ゲボックがわざわざ取りに行ったものとは、解析、研究中のISコアNo.1。
 わざわざ研究所からカッ払って来たのだ。
 自ら宇宙に昇ったのはこの為だったのだ。

 元から千冬の為だけに作り出されたと言っても良いコアである。
 初期化したと言えど、千冬の為の原型的機構は変わらない。
 そのコアが有する固有機能———生体再生。

「……しかし、コアは一つのISに一つしか組み込めぬ。複数のコアを組み込むという事は、人の脳を一人の体に複数の脳と心臓を別々に取り付けるのも同じだから……あ———まさ、か———」
 束は可能性を思い当たる。

 思えば、コアNo.1はマスターへの執着が強かった。
 研究の為とは言え、千冬から引き離され、暮桜が千冬の愛機となるときはいささか問題も生じたが、何とか納得させた。その上で初期化したわけだが。

 もし、初めから非限定情報共有(シェアリング)で暮桜の処理余剰領域に常駐し、No.1コアが機能を働かせていたとしたら。

 推測が正しければ。
 常時No.1コアと、暮桜のコアは連絡を取り合い、二つで一つとして千冬の為に力を発揮していたと言う事になる。

 零落白夜の発現も説明できる。
 千冬の深層的自己投影。それを、使い始めて歴史の浅い暮桜が理解できる筈も無い。
 No.1コアの手引きがあるならば、そんな事は有り得ない。
 二つのコアで共同開発したならばこの高機能も頷ける。

 こんな事が推測される。
 初期化を見越して自らの情報を圧縮して暮桜の隅に隠してたとしたら。
 初期化されたとしても仮の『芯』の様な物が暮桜に残る。
 その上で、非限定情報共有で改めて元のコアに自らを解凍、まんまと初期化されたと偽り、千冬の為に機能を継続。獲得した機能領域で暮桜の支援をしていたら。

 いざ、デュアルコアで機動したとしても支障無く、むしろいよいよかと嬉々としてブーストが働くだろう。
 ははっ。
 IS。
 人と共にあれと束が作り出したもの。
 それが創造主たる束の思惑さえ超えて機能する。
 こんな場合でなくば、激しく興奮し、研究・実験し、皆に吹聴して回るものだが———



 そして千冬本人。
 最早これが素で有るかのように、凶暴な有様で篠ノ之流の剣を振るう。
 思わず『束の自負心』(ゴッデスぷち束)に笑みがともる。

「ははははっ! 怖いのう。これでは『あの人』の剣もまんざらではないの」
「ご両親を———『あの人』などと呼ぶな束!」
 千冬の眼に理性の光が灯り、激高する。
 千冬に取ってあの二人は返しても返しきれない程の恩人なのだ。
 その娘たる束が、そんな事を言う事が、何とも許せなかった。

 だが、それは束に取っても逆鱗であったようで。

「……ふぅん、それじゃあのぉ、ちーちゃん———」
 束は、千冬も同じだと目を細める。



「ちーちゃんは自身の二親にも、『お父さん、お母さん』なんて呼べるのかえ?」
———聞いた途端、千冬は歯噛みし、目付きを凶暴に吊り上げる。

 思わず、語気が荒くなる。
「『あいつ等』と、一緒にするなああああああああああああああああっ!!」

 その千冬を見て、ふんっ。と束も鼻息を荒くする。
「おんなじなんだと言うておろうがあああああああああああああああっ!!」

 目と鼻の間程の距離で叫び合う二人の横からISが一機突っ込んで来る。
 千冬は右手一本で迎撃。
 だが、鍔迫り合いは束に押し切られる。
 即座に蹴って距離を取ろうとする千冬。当然それにも零落白夜は灯っており。

 束は頭を軸に側転するように円回転して回避して蹴りを回避。
 千冬の目の前で逆さまになり、そこから独楽のように今度は横回転。舞うように斬撃を放つ。
 迎撃する千冬。だが、追撃は別の方向から。

「ついに彗星の如く現れた束さんでありまーす!」
「うぁらあ!」
 デブリに取り憑いた巨大ぷち束が来るので、束に当て損なった激高を全て込めたが如く、千冬は気合い一発、崩拳気味に拳を打ち込む。
「う……ぷっ!」
 ごすん! と一撃で砕け散り。溢れるぷち束複数。
 その隙に千冬は束に背中を斬りつけられる。

「ぐ……かっ!」
 だが、怯まない。
 雄叫びを上げ、雪片を振り上げる。

「あははははははははは——————ッ!」
「ああああああああああ——————ッ!」



 戦い始めて早くも八時間。
 IS同士の戦いとしては尋常ならざる長時間に渡る戦闘である。
 シールドエネルギーは互いに補給手段を得て無尽蔵。
 ただ精神の削り合い。
 千日手は終わらずまだ継続する。 






「えーとえーとここはこうでこうすれば良いですね!」
 ゲボックはさりげに大忙しだった。
 束はこの状態でも世界を焼き尽くそうと電子の世界で荒れ狂っていたし。



 某所
 
「私はミサイル」
「私は無反動砲」
「私は爆弾かなあ」
「私は、んじゃ〜、空母」
「あー、それ一人じゃ辛くない?」
「ではでは私も加わりましょう」
「んじゃ、私は戦闘機かなー?」
「えーとね、えーとね……」

「兵器が……」

 某国、某武装蓄積倉庫。
 そこでは、次々と武装が、兵器が、施設が。
 ぷち束に憑依され、ぷち束と化し、空へ飛んで行く。
 唖然と見ているしかない。
 迎え討とうにも、携行した武器さえぷち束になって行くのだ。
「どうも、空から落ちて来るどころか空へ落ちて行く系ヒロインの束さんです。束さんの作ったISコア使用料として無期限で武装をお借りいたしまぁす! ……ま、返事は聞いてないけどねん!」
 ぱひゅーん、とそれだけ言って飛んで行く分隊長ぷち束。

「……こ……の、神の手違いたる災害(ゴッド・ケアレスミス)が……っ!」
 怨嗟と共に束の異名を吐き捨てる倉庫の管理者の頭上、天井から忍び寄る影一つ。
 ずるぅり。

「な、なんだ貴さ———ぐぅあああああッ!?」
 降りて来た灰色の影は、管理者の耳にイヤホンを突っ込んだ。
 聞こえて来る、頭のおかしくなりそうなリズム……。
 ちゃんちゃちゃちゃんちゃかちゃかちゃかちゃん——————

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉ……!?」
 ただ悲鳴を上げる管理者。
 白目を剥いてぶっ倒れた彼を見下ろして。

『……何でメン●ンブラックみたいな発光タイプの記憶操作装置にしなかったんだろう。一人一人耳の穴にイヤホン突っ込むのなんて面倒だなぁ……ま、いいや、記録も消したし、ここの人はこれで終わり。Dr.次どこ~?』
ずるずるとぞざぞざと、去って行く粒子状生物兵器『灰の二十七番』だった。
 
 
 
 てな感じで、世界中から束や千冬の大暴れの痕跡を隠蔽していたりしていたのだ。
 
 他にも、流れ弾で被害が出ないように地上回路経由でナノマシンを操作、集束。壁やシェルターを作って降って来るメテオなんかも弾いたりしている。
 
 珍しくゲボックが後始末係になっているのは、どうも千冬の知らないうちにルールが自然と決まっていたようで。
 なんでも、この三人は予定調和のように、誰かが狂乱を起こすと、残りが後始末に回るらしい。

 そもそも、『今並行してやっている作業』に掛かりっきりであり、介入する余裕など無い、と言う事か。



「ねーねー、ゲボくん?」
「なんですか? ちっちゃいタバちゃん」
「ちーちゃんにおくっているえねるぎーってどこからもってきてるの?」
「そりゃあ決まってます! 自称世界の警察です!」
「あー」
「考えてみて下さい。毎年おもいやりなんとかとか、あんぽんたん条約だとか色々しているけど、白騎士事件のときは逆に敵に回った契約履行の違反者です。ですから、今まで払っていたのは電気代の前払いだと思えば良いんです」
 物資やら資産やら凄まじい勢いで宇宙に吸い上げられて行く某国の様子を思い浮かべ、ろりろりぷち束は、おー、と歓声を上げる。だが、あんぽんたん条約ってなんだ。
 この後、その報復としてIS学園創立の際、一方的な負担を日本政府に押し付けたのは暗黙の常識と言うやつだ。

「フユちゃんとタバちゃんの喧嘩は、それこそ世界規模の大喧嘩になってしまうのは当然と言うものですょ? それ程の所が動いてくれないと収拾がつかないというのに動かない。だから———警察だなんて言ってる割に自国の利益だけ……ま、それは当然ですが、そのくせに大言壮語振り撒いてますしねぇ———動かないなら最低限、払った分は貰うものはちゃんと貰う。いつも日本がやられている事です。我が身を振り返ってみて欲しいものですょ」
 さりげに地下資源も強奪している事は言わないゲボックだった。

「ね、ね、ゲボくん?」
「なんですか? データ収集に映像記録も取っておきましょう。あとで赤面する二人とか見て見たいですしね」
「Dr.悪趣味っすね」
「ええ!?」
「本気でそう思ってなかったんですか……」

「いつまでふたりはけんかしてるの? そろってごめんなさいはまだなの?」
 さっきは話を無視されたので、今度はドライバー持って喋り出すろりろりぷち束だった。
 ビクッ、とゲボックは一瞬怯え、こええですょやっぱりちっちゃくてもタバちゃんですょ……と呟きながら、答えた。

「長いですねえ。二人とも、頑固ですからねえ」
「やっぱり、けんかはめーなのです。どっちもおこってる。いやだなあ」
 それは、『童心』を司る分割体だからこそ強く思った事。
 束は、千冬の事も大好きなのだから。

「いやだなあ」
「う〜ん、よし、『灰の二十九番』! 止めに行きますよ!」
 誰でも操れる科学者。いざ動かんと。
「死ねと!?」
 流石に止められた。
「おぉう……どうやったら止まると思いますか?」
「さあ……Dr.が疑問符を浮かべるような事、自分に聞かれましても」
「少し、まずいんじゃないかと思ってきました。そろそろ、二人とも色々箍が吹っ飛ぶ頃でしょうし」
 珍しく、僅かに真面目なゲボックだった。
 何だかんだ言っても、ゲボックだって二人の人柄を知っている。
 と言うか、ここまで来てまだ箍があるのだ。
 されども、ここまでムキになったら相手を屈服させるまで、絶対に止まらない。
 だが、ここまで決着がつかないと、取る手段が段々……。

 なんて創造主とその被創造物が掛け合っていたら、半分べそをかいたろりろりぷち束がぷくーっと頬を膨らませて。

「いいもん! ゲボくんにもうたよらないもん! このやくたたずー! むのうーっ!」
 とてとてとてとてとーっ、と空中に足音を立たせながら(波野さんちのイ●ラちゃん参照)いなくなってしまったろりろりぷち束だった。
 八時間以上も一緒に居たのに、あっさり見限る。幼くとも女であった。

「あー……行っちゃいましたねDr.…………ってDr.!?」
 ゲボックの反応が無い。
 ん? と確認してみると、居るには居たが。
「ぉぉぉ……小生が役立たず……小生が役立たず……無能? 役立たず、なんですかぁ?」
 『灰の二十九番』が様子を見てみると四つん這いになって縦棒線を何本も掛けているゲボックが居た。

「想像以上のダメージ受けてるし!? 千冬姐さんに色々言われるのは耐性あっても束姐さんに言われるのは免疫無かったてことですか!?」

 いつもお互い全肯定同士だった為か、一部とは言え束に言われた罵倒が応えたらしい。
 出会った頃の冷徹な束の事など那由他の果てだった。

「ん? ———すると、世界は核の炎で包まれるのでは……仕方ない、自分がここから作戦立案と迎撃をするしか無いっすかね。ベッキー姉さんに地上での指揮は任せるとして……」
 凄まじい視力で地上の方を観察する『灰の二十九番』。
 しかし、八時間経ったといえども、箒のIS暴走事件で戦力手は大半重症であり、修理最大手のゲボックはここで別作業……ああ、今鬱ってるけど……となると、生物兵器は完治しているものは少ない。
 一部動いて入るようだが、今回の騒動の根回しに回ってしまっていて、手数は足りない。

「これってまずいんじゃ……Dr.Dr.起きて下さい、マジで……」
 しかし、電子世界での束の活動は止まっていた。
 
「———え? なんすか、兄さん……ってマジですか」
 代わりに。
 軍事施設関連の記憶操作担当。同系列の『灰の二十七番』からとんでもない連絡が届いて来た。

 曰く。
 世界中の核兵器が、すでに一斉起爆しており、しかし一切の破壊が起こらなかったと。

「Dr.が気付かなかったって事は相当本気で周到にやったんでしょうねえ。束姐さんらしくも無い…