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[27488] 【化物語SS】嘘物語
Name: 綾峰◆05961462 ID:4305d203
Date: 2011/04/30 22:50
 物語というものは、往々として過去の話になる。
 考えてみればそれは当たり前で、物語とは、なにか出来事があってそれが解決もしくは解決まではいかなくとも一段落し、そして生きている語り部がその出来事を話すもので、なるほど過去の話でなければ話せない。
 僕が世界中の物語を知っているわけではないから、もしかすると例外的に現在形や、それこそもしかすると未来形の話もあるのかもしれないが、そもそも渦中にいる状態で語れる物語などそれはもはや物語とはいえないだろう。それは感想や予言の類に入る。
 だからこそ、今から僕が話すものも、物語ではない。
 それは感想や予言の類であり、つまりは愚痴である。話したところでなにが解決するわけでもないし、なにも解決しない。
 そもそも問題がない。だからこそ、解決しない。これでもし、仮に、何か解決策が出たならば、今度はこの解決策はなんの解決策なんだろうというおかしなことになる。
 問題はない。だから解決もない。
 いつまでも、それこそ永遠に、死ぬまで――いや死んだ後もずっと。この話は未解決のままだ。
 ではなぜ話すのか、という疑問が出るのはもっともだと思う。話したところで何にもならない、ならば話す理由もないし目的もない。
 けれども、それを踏まえた上で、僕は話す。理解して欲しいとは思わない、同調して欲しいとも思わない。むしろ、理解も同調もして欲しくはない。
 話す意味などない。聞く意味なんてもっとない。
 自分の気持ちを理解して欲しいと思いながらも、理解されたらされたで、お前なんかに俺の気持ちがわかるかと怒鳴ってしまうような。そんな幼稚な愚痴。
 今から僕が語るのは、そんな曖昧なもの。嫌気がさしたら、本を閉じるといい。僕自身、語り部自身、それを望んでいる。
 七月の十日。春休みを苦痛で過ごした僕にとっては待望すべき夏休みももうすぐというこの日。
 僕は、悪魔に騙された。
 いや、『騙された』という表記では数多くの語弊が生まれる。というよりも、もはや誤記になる。
 騙される、つまり嘘。
 嘘というものは、騙されているから、本当だと思っているからこそ騙されているわけで、嘘に疑いを持った時点でそれは騙されてはいなく、嘘ではなくなる。
 信じているから嘘。嘘ではないから嘘。
 それならば、確かに、『騙された』と言うべきではない。
 忍野の言葉を借りるなら、意味的には似ても似つかないけれど、対極であるとさえいえるけれど、
 僕が勝手に騙されているだけ。そしてまた、僕が勝手に騙しているだけだ。
 この、例外の中の例外ともいえる、もはや例外過ぎて別のものになっていそうな話をあえて物語と言わせてもらえるならば。感想でも予言でも、ましてや愚痴でもなく、物語と言わせてもらえるならば。
 今から話す物語は、嘘の物語だ。
 一般的には、嘘の物語。
 いや、一般という言葉もいささか誤記かもしれない。一般人――ここで一般の定義について語りたくなるところではあるがひとまず置いて――以外にとっても嘘の物語だろう。
 正義の逆は悪ではなく、また別の正義。そんな言葉がある。
 それと同じように、真実の逆は、嘘ではなく、また別の真実であり、嘘の逆は、また別の嘘なのだ。自分にとっての真実が、相手にとっての真実と異なるならば、相手にとって自分は嘘であり、自分にとって相手は嘘となる。
 けれども、気づいて欲しい。覚えておいて欲しい。
 相手にとって嘘であろうとも、自分にとっては限りなく真実であるということを。自分にとって嘘であろうとも、相手にとっては限りなく真実であるということを。
 僕が今から話す物語を聞いた人は、騙されているだけだと、これは嘘の物語だと、言うだろう。聞いた人の全てが、そう言うだろう。
 けれども、たとえ全世界の人が嘘だとしても、僕にとっては、ただ一人、阿良々木暦にとっては、限りなく真実なのだ。

 だからこそ、騙されているとも知らずに。



[27488] 嘘物語 2
Name: 綾峰◆05961462 ID:4305d203
Date: 2011/05/02 15:48
 七月八日金曜日。明日から休みだと思うと学校での疲れも少々薄れるような帰り道――だったのは少し前までの金曜日。受験を考慮に入れた今となると、休日とはいえあまり休めず、むしろ教師の話があったり何かと根を詰めずに済む学校の方が楽なような気もしてくる。
 毎週のことなので、もう慣れたといえば慣れたのだが、慣れたといって辛いものは辛いのである。心なしか自転車を漕ぐ足にも力が入らず、こうして僕を運ぶ機械を僕が運んでいるというわけだ。
 そんな気だるい時に、あの見覚えのある背中を見つけたことは本当に幸運だったと思う。
 背中、というか大きなリュックサックだが。
 八九寺だ。
 なぜ、あいつはいつもいつも居て欲しいと思うタイミングに現れてくれるのだろう。一種の感動すら覚えそうだ。
 けれど、そんな表情を見せるとあいつはつけあがるだろうから、おくびにも出さない。僕自身が恥ずかしいから、という理由もある。
 だから、僕ははやる気持ちを抑えて、歩幅も速度も変えずにゆっくりゆっくり今まで通りに歩く。近づいて初めて気づいた、もしくは八九寺が振り返り僕を偶々見つけた。そういったシチュエーションを作るために。
 それは、ただの僕の意地だ。だけど、いつか分かって欲しい。素っ気無い素振りばかり見せるけれど、僕はお前のことをとても好ましく思っているということを。
「はっちくじぃいい! 会いたかったぞこの野郎」
「っきゃー!?」
 突然後ろから抱きつかれ、悲鳴をあげる少女八九寺。必死に逃げようとする彼女に僕はしがみついて逃がすまいとする。時々腕に伝わる柔らかい感触を楽しみながら。
「あー、最近疲れてたからなぁ。八九寺、お前はほんとにいいヒーリングアイテムだよ。ヒットポイントが満タンになるまでもう少し使わせてくれ」
「きゃーっ! きゃーっ! ぎゃーっ!」
「っと、難しいな。八九寺、これどうやって脱がすんだ? 仕方ない、破るしかないか」
「ぎゃあああああああああああああああっ!」
 八九寺の声量が増し、暴れ方が本気になり、
「がうっ!」
 僕の腕に噛み付いた。
「がうっ! がうっ! がううっ!」
「痛え! 何すんだコイツ!」
 痛いのも。
 何すんだコイツも、やっぱり僕だった。
 いや、僕もこれでも頑張ったんだ。冷静に対処しようと勤めたが、僕の八九寺への気持ちがあふれ出てしまった。仕方のないことだ。
 僕の腕に噛み付いた、というよりも噛み切ろうとしていた八九寺をなんとか振り払うと、八九寺は僕から距離をとり
「ふしゃーっ!」
 獣じみた咆哮をあげた。
 目が血走り、まるで怨敵を見るような視線を僕に向けてくる。
「お、落ち着け。敵じゃない、敵じゃないぞ」
「しゃーっ! しゃーっ!」
「よく見ろ、八九寺! 僕だ!」
 この際、僕だと認識された方が攻撃されるのではないだろうかと思うが。
 僕の懸念とは裏腹に、八九寺は荒い息を次第に整え、
「……あ、……」
 落ち着いてくれた。瞳が獣のそれから人のそれへと変わり、警戒態勢が解かれる。
「あら、良木さんではないですか」
「いや、確かに合っているといえば合っているんだが。おかしなところで区切るな。僕は阿良々木だ」
「失礼、噛みました」
「ちがう、わざとだ……」
「かみまみた」
「わざとじゃない!」
「髪伸びた?」
「微妙な変化に気づいてくれた!」
 またも別の感動が生まれそうだった。
 しかしよくよく考えてみれば、髪を切った場合は微妙な変化と言えるが、伸びた場合もそうなのだろうか。微妙にといえば、それこそ毎日微妙に伸びているだろうに。案外、適当に言えば高確率で合うセリフだな。
「六月二二日にお会いした時よりも、2.5……いえ、2.6ミリほど伸びておられますね」
「適当なんかじゃなかった! なんだ、お前は僕の観察日記でもつけてるのか!」
「ふふふ 阿良々木さんの寝顔はなかなか可愛いものでしたよ」
「入ったのか! 夜のうちに僕の部屋へ! 全然気づかなかった!」
「蝸牛といえば、足音を消して歩くのが得意だと言いますからね。なんの造作もないことです」
「いや、蝸牛でそんな話は聞いたことがないんだが。普通、猫とかじゃないのか?」
「ならば阿良々木さん、貴方は蝸牛の足音を聞いたことがあるというのですか!」
 いや、そりゃあ聞いたことはないけども。なにもそんな、怒鳴ってまで力説することだろうか。
 大体そんなことを言い出せば、虫や一部の動物なんかはみんな聞いたことがないぞ。
「まったく。阿良々木さんは相変わらず浅学ですね」
 八九寺は落胆したとばかりにため息を吐いてまた歩き始めた。
 八九寺に挨拶――もはや抱きつくことが僕にとっても八九寺にとっても当たり前の挨拶になりつつある――をした時に放置してしまった自転車を取りに少し戻って、また八九寺に追いつき隣を歩く。
 待ってくれないあたり、拒否られているのだろうかとも思えるが、早足になったり逃げられないところを見ると、案外そうでもないらしい。僕の一方的な希望的観測だが。
 それにしても、やはり八九寺は僕にとってヒーリングアイテムであるらしい。さきほどまでの憂鬱や疲れがどこかに消えてしまっている。足取りも心なしか軽い。
 恋愛対象として見る気はないが、戦場ヶ原以上に傍にいて欲しいと思える相手かもしれない。戦場ヶ原がいる時に言えば酷いことになりそうだが。まぁあれだ。ペットみたいなものだ。小学生をペット扱いとはかなり危ないセリフ。
「ところで、阿良々木さん。実は私、阿良々木さんに言いたいことがあるんですが」
「ほう。なんだよ、言ってみろよ」
「いえ……。その……、なんというか……少し言うのに勇気がいるというか、言い難いと言いますか…………」
 横に並ぶ僕の顔をチラチラと伺ってくる。そのくせ、目が合うと咄嗟に前を向いて僕にはその表情を見せない。
 え? なにこのシチュエーション。これはあの、なんというか、青少年特有のあの甘酸っぱいシーンでしょうか。まてまてまてまて。八九寺はペットみたいなもんだぞ? そんなまさか、いや恋愛感情なんてこれっぽっちもありませんよ? 
「そ、それで……、なんなんだよ……」
 八九寺に続きを促してみる。
「それでですね。その……」
 ゴクリ。唾を飲む音がやけに大きく聞こえた。
「阿良々木さん、少し太りました?」
 その瞬間、僕にすさまじい衝撃がはしった。思っていたのとは全く別の衝撃だが。もはや笑劇だ。
 胸を射ると思った矢は、確かに僕の心臓へと向かっていったが見事に心臓を突き破りどこまでもどこまでも飛んでいきそして見えなくなった。
「きっと遠投の土偶でもあったんでしょうね」
「今から叩き壊しにいってやろうか!」
「そして、叩き壊す前に薄緑色の甲冑に涙を見せられるわけですね」
「外していくよ!」
 こんなことだろうとは思ったけども。思っていたけども、少しの期待を抱いてしまうのが男子の悲しい性だろう。
「話を戻しますが、阿良木々さん」
「おい、増やす字が違うぞ。木を増やすな。僕の名前は阿良々木だ」
「失礼。噛みました」
「違う、わざとだ……」
「メタボリさん」
「もはや悪口だ!」
 話は戻ったけども。最初の言葉どおり、ちゃんと戻ったけども。なんだかやるせない。あてはまる字はなかったのか。
「というか、そんなに太ったかなぁ。自分じゃよく分からないけど。こういうのって自分じゃ分からないものなのか」
 ここのところ、受験勉強で家に篭ってたからな。確かに太ったのかもしれない。名誉ある肥満といってほしい。いや、肥満と言われるほどではないと信じているが。
「いえ、太ったという表現は適切ではなかったかもしれません。阿良々木さんはもともとやや筋肉質でひょろひょろしているというパラドックスな感じが売りでしたから。それが普通に戻ったというか、面白みもなにもないただの…………」
「ただの?」
「ただのチビに」
「お前にだけは言われたくなかった!! お前の方がチビじゃないか。やーい、このチビめ。豆粒め」
「私は小学生というカテゴリですから高いほうです。阿良々木さんのカテゴリは高校生ですから。アオミドロは黙っていてください」
 なんだろう。今回はえらく八九寺が毒舌だ。戦場ヶ原とフュージョンでもしたのだろうか。…………あいつがあのポーズをやったのか。ビデオカメラで録画したかった。やるならやるって言えよ。
「今回は作者が違いますからね。私の性格……というよりも皆さんが少しずつ違う感じがします」
「え? 作者違うの?」
「ええ、ド素人です」
 そう思うと、なんだか今日の八九寺はどこか違う感じがする。なんというか、『子供』のカテゴリから『異性』のカテゴリに変わっていくような。なんだろう。ドキドキする。
「いや、僕そんなこと全然思ってないぞ!?」
「ド素人ですから。地文の操作なんて造作もありませんよ。ふふふ、この巻は私とのラブラブが主軸になります」
 そういって振り返ると、阿良々木暦の姿はなく、八九寺はとても悲しい顔をしながらまた歩き出した。
「僕にもできた!」
「くっ、負けませんよ」
 突然、僕は八九寺に抱きつ阿良々木暦の身長がみるみる伸び触られ八九寺もまんざらではなさそ次のアニメには長身で出られとそこに羽川が―――。
「…………いや、うん。やめよう。作者も困ってるよ」
「まぁ、結局の話、これ全部そのド素人が一人でやってるわけですけどね」
「そこは黙っててやれよ!」
 どうやら八九寺の人格を捕らえ損ねているらしい。もう一度化物語、偽物語を読むことをお勧めする。商法ではなしに。
 この調子でいくと、神原のアレっぷりや戦場ヶ原のソレっぷりがすごいことになっていそうだ。覚悟だけはしておいた方がいいな。
 閑話休題。
 というか作者休憩。
「やっぱり、受験勉強で大変だとは思いますが、健全な精神は健全な身体に宿るといいますし。なにより、あのなんでしたっけ。阿良々木さんの主人……じゃなくて。保護……。ああ、飼い主の」
「戦場ヶ原は僕の彼女だ!」
 多分。間違いじゃないと思う。頻繁に不安にはなるけれど。彼女だよな? 彼女で合ってるよな?
「なにより、あの方は許してくれないでしょうね。あの方は体現しているわけですから。阿良々木さんから聞いた話ですけど、中学時代はスポーツでも有能だったのでしょう。人にとても厳しい方みたいですし」
「あー…………」
 確かに。あいつは、戦場ヶ原は、許してくれないだろう。どんな罵詈雑言が飛んでくるか分からない。人に厳しい奴だから。
 けれど、あいつの場合は人に厳しいだけでなく、自分にも厳しい。
 自分に厳しいからこそ、人に厳しくできる。自分がその厳しさを克服しているからこそ、人にもその厳しさを強要できる。
 あいつを、戦場ヶ原を見ているからこそ、あの厳しさに耐えられる。あいつはもっと厳しいことに耐えていたと思うと、僕に対する厳しさなんてちょっとしたものだ。ここで弱音をはくような奴は、あいつの彼氏になりえない。
「空き時間に少しくらい運動でも始めるかなぁ」
 あいつの彼氏になるために。あいつの彼氏であるために。
「けど、なんかなぁ。走りこみだとか? ああいうのって人に見られるのすごい恥ずかしいんだよな」
 近所を高校指定のジャージを着て走っている自分を思い浮かべてみる。知り合いには見られたくない。というか、同世代以下に見られたくない。もっとこうスポーツマンみたいな身体と体力だったら胸を張ってできそうだが、いかんせん自分の身体と体力に自信がない。あいつおっせーなー、とか見られてたら嫌だし。
「歩くだけでも十分いい運動になると思いますよ。ほら、私なんてよく歩いてますから、随分と素晴らしいプロポーズでしょう」
「そんな告白の言葉は聞いたことがない」
 一緒にどこまでも歩いていきましょう、みたいな感じか? 結構ありかもしれない。
 正しくはプロポーション。
「歩くっていってもなぁ。この周辺となると、風景もなにも見飽きちゃって。僕は退屈だと続かない自信がある」
「あいつの彼氏になるために。あいつの彼氏であるために。なんて、かっこつけたセリフを言ってた割に、我侭ですね。本当にやる気あるんですか。やる気あんのかコラ、ええ?」
「地文を読むな地文を」
 八九寺のあきれたような目が突き刺さる。
 神原の奴ならここで身悶えるのかもしれないが、僕はそこまでもなにも、変態では全然ないので普通にショックだ。そして、名言というものは口に出されると凄まじく恥ずかしいことをこの日知った。
 まぁ、歩くというのはいい案かもしれない。トレーニングらしいトレーニングをしていると、嬉々として地獄メニューを考え無理矢理押し付けてくる奴が家にいるからな。
 それに、それほどきつくないだろうしこれなら続けていけそうな気もする。
「まぁ、阿良々木さんが見慣れた所はどうしても嫌だというなら……」
「何か他にいい案でも浮かんだのか?」
 この際、歩く場所くらい妥協しようと思っていたが、八九寺がなにやら考えてくれていたようだ。さっきから我侭ばかりなのに、それでも考えてくれていた八九寺に少し罪悪感が芽生えそうだ。
「山歩きなんてどうでしょうか」



[27488] 嘘物語 3
Name: 綾峰◆05961462 ID:4305d203
Date: 2011/05/02 15:50
 七月十日、日曜日。八九寺に勧められた通り山歩きを始めて十数分。
「はぁ……はぁ……はぁ…………」
 僕ははぁはぁしていた。
 いや、これではあまり正確に伝わらない。まるで僕に全然体力がないようにしか聞こえない。もっと具体的に言おう。
「……………………」
「はぁ……はぁ……はぁ…………」
 僕は女の子を押し倒してはぁはぁしていた。
 これなら正確だ。第三者的な情景描写においてだけだが。前者の方がまだよかったような気もする。
 この説明で分かることといえば、とにかくこの姿を第三者に、特に戦場ヶ原にだけには、見られるわけにはいかないということだけだ。
 こんな山の中に戦場ヶ原が来るとは思えないが、世の中には万が一というものがある。起こるわけがない。そういったことは、案外に起きやすいのだ。
 多少の名残惜しさを感じながら、少女から身体を離し立ち上がる。
 今の行動で叱咤がとんでこないあたり、この近くに神原はいないのだろう。あいつのことだから、その辺の木の陰に隠れて僕の行動を見守っていてもおかしくはないと思ったが、僕の杞憂であったらしい。これが八九寺ならば僕だって好き放題できるわけだが、初対面の子に痴態をはたらくほど愚かではない。
 歳は僕より下だろうという憶測をもって、多分中学生。ここらじゃ見かけない制服に身を包んでいる。中肉中背。目立った装飾品も身に付けていないので特筆すべき特徴がなく、実に形容しづらい。
 かと思いきや、髪だけは特筆すべきだった。薄墨色の腰まで届きそうな髪。
 彼女はその髪を後ろ手に結んでいた。ポニーテールだ。
 絶滅危惧種がこんなところで息づいていた。
 八九寺のツインテールも絶滅危惧種といえばそうなのだが、あいつは小学生だ。それほどレアじゃない。
 中学生。憶測ではあるが、中学生のポニーテールである。
 至急保護を要請する。今この時ばかりは、神原が近くにいないことが悔やまれる。
 脳内にて赤ランプを点滅させ、サイレンを響き渡らせていると、彼女はむくりと静かに起き上がった。
「……………………」
 無言。何をするでもなく、ぼーっと突っ立ったままだ。
 少ししてから、気づいたように自分の服や身体についた砂埃をはたき、服の皺を直した。
 動きには感情がない。まるでただ転んで、そして起き上がっただけのように。なんでもなかったかのように。
 あんなことをしようとしていたにも関わらず。
 あらかた汚れを落としたのを確認すると、彼女は無表情のままに僕に顔を向けた。
 顔を向けてはいても、見てはいない。まるで、そこに誰も、何もないかのような目。
 羽川にLOOKとSEEの違いを習ったことがある。意志を持って見ることをLOOKとして、無意識に、ただただ視覚的に見えることをSEEとする。それならば、今の状況はまさしくSEEだろう。ただただ、視覚に収まっただけ。彼女が僕の方を向いたというよりも、彼女の向いた先に偶々僕がいた。そんな感じだ。
「ありがとうございました」
 LOOKやSEEに誘発されてか、そういえばあの英単語はどういう意味だったっけと、受験生が陥りがちな思考の泥沼にはまっていると、彼女は一言そう言った。蚊の鳴くような声――ほどではないが、それでもやはり小さな声で。
「けど、お礼は言いません」
 …………ここは突っ込むところなのだろうか。
「いや、じゃあさっきのありがとうはなんだ」
 やってみた。
「……………………」
 またも無言。
 重い。空気が重い。なまじ発言してしまったばかりに自分の発言が最後になってしまい、気まずい思いが充満する。僕が悪いわけではないのに、非常に謝りたい気分でいっぱいだ。実に非情である。
「…………有難うございました。滅多にないことだと言ったんです」
 テンポ悪っ! 用法がおかしいだろうと突っ込むのさえ忘れてしまった。
 そりゃ確かにこんな山の中で中学生女子を押し倒す状況は有難いけども。そこまでテンポの悪い会話をする奴の方が有難い。有難いが、ありがたくはない。
 さらに無言。
 手馴れた奴ならこのまま音もない時を悠々自適に数えていられたのかもしれないが、いかんせん僕は沈黙というものがあまり好きではない。
 こちらから何か話すべきだろうか。かといって、何を話せばいい。相手は初対面だ。こういう時は、身近なことに置き換えて考えてみるのがいいという。
 戦場ヶ原の場合。多分あいつはこのまま無言で帰るな。というよりも、自分からわざわざ関わろうとはしないだろう。あくまで傍観者を決め込む。悪魔な傍観者。
 八九寺の場合。そういえば、あいつと最初に出遭った時も上手く会話が成立しなかった。どうやってあの怪獣を懐柔したんだっけ。ああそうだ、殴ったんだ。八九寺式対話術、暴行。しかしあいつの場合は、親切にも声をかけてあげた心優しき高校男子を罵倒したからであり、正当な理由があった。彼女の場合、なんという理由で殴る? 会話のテンポが悪いから? 僕はどこぞの先輩芸人か。八九寺式対話術、却下。
 神原の場合――は考えるまでもない。却下だ。犯罪の匂いしかしない。けれど、神原とは初対面でも普通に話していたな。活発な性格なので誰とも親しみやすく、それが僕にとっても例外ではなかったからだろう。あいつの第一声といえば、とにかく相手を誉めていた。この僕をして尊敬と言うほどに。そういえば、女性とは誰しも誉められることを喜ぶものだと神原が言っていた気がする。
 よし、ならば誉めてみよう。狙いはやはり、あの髪型だろう。
「そのポニーテ――」
「どうして、抱きついてきたんですか?」
 だからテンポが悪いよっ! それに抱きついたって……。
 確かにいきなり抱きついたけれども、それにはちゃんとした理由がある。というよりも、当人も分かっているはずだろうに。彼女なりの冗談なのだろうか。
 僕が彼女を発見したのは、山の中腹、少し切り開けた丘のような所だった。鬱蒼と視界を覆っていた木々がなくなって視界が広がり、見慣れた町が見渡せるような場所。その丘の先端、つまりは崖のようになっていて、そこからもう一歩前に出ると一瞬で町に帰れますよという所に、彼女は立っていた。
 別にこの山は僕の私有地なわけでもないので、人がいるのは不思議ではない。少し危なげだが、そこから見える町の景色はなかなかのものだろう。立っている場所にも納得はいく。
 けれど、それからの彼女の行動には納得がいかなかった。
 彼女は、一歩前に、ぴょんと飛んだのだ。まるで、水溜りでも避けるかのように気軽に。
 彼女は、自殺をしようとしたのだ。
 人間、咄嗟の時には考えるよりも先に身体が動くものらしい。彼女の行動に頭は動かなかったが、身体は彼女に向かって動いていた。
 全てがスローモーションに見えた。ただそう見えただけなのか、吸血鬼の血のおかげで実際に自分が他の動きよりも速かったからなのか。分からない。僕が崖の淵についた時には、彼女はまだ手を伸ばせば届く距離に居て、手を伸ばせば届いた。袈裟懸けのように右腕を彼女に巻きつけると、ずしりと人間の重みがくる。どうやら、先ほどのスローモーションは吸血鬼のおかげではなく、ただそう見えただけらしい。漫画や小説なんかで、全然重くないちゃんと食ってんのか、なんて気の利いたセリフを主人公が言う場面はよくある。やはり、仮想の世界だからこそか。人間ってものは、どうしてこうも重いんだ。何食ってやがる。
 そうして、必死に彼女を引き上げ、冒頭にいたるというわけだ。
 どうして抱きついたのか。別に抱きつきたかったわけじゃない。抱きつきたくないというわけでもないが。
「お前は、何で死のうとしてたんだよ」
 抱きついたことに関してあれこれ理由を並べるのは、どうにも言い逃れをしようとする性犯罪者のようなので、とりあえず一番気になっているところを突いてみた。質問に質問で返す。
「………………………」
 やはり無言。
 それはそうだ。自殺の理由なんて、気軽に話せるものでもないだろう。ましてや今日初めて遭った他人だ。聞くことの方がおこがましい。
 しかし、他人だからこそ話せることもある。他人とは、後腐れがない。何を話したところで結局は接点がなく、明日になれば、別れてしまえば、全てはなかったことになる。
 話し、悩み、悲しみ、そして励ます。けれども、それは結局、その場限りなものだ。
 無責任。だからこそ、無遠慮。
 しばらくして、彼女はやっと、口を開いた。
「貴方は、何で生きようとするんですか」
 …………出てきた言葉は非常に重たいものだった。想像とは180度違ったが、重さは想像以上だった。
 質問に質問で返したものを質問で返すな。
 会話のキャッチボールはデッドボールだらけだ。もはや没収試合寸前。
 まあ、先に質問してきたのは彼女の方である。道理的に、こちらが先に答えるべきだろう。
 けれど、なぜ生きるか、だ。人類の永遠のテーマじゃなかろうか。そんなものを、こんななんの変哲もない高校男子が答えていいのだろうか。ひいては、歴代の哲学者全てを敵に回すことになり得る。ソクラテスくらいしか知らない僕が、全哲学者を敵に回して果たして勝率はいくらだろう。
 まあ、こういったテーマには、お決まりの逃げ講釈がある。考えても意味がないだの、答えはないだの、精一杯生きるまで分からないだの。その中から適当なものを出せばいい。
 返球の準備はできた。
「生きるっていうこ――」
「きっと、理由を話しても、貴方は理解できないでしょうから」
 …………わざとだよな? もうわざとやってるとしか思えないよな? 僕は怒っていいのかもしれない。
 ひとまずは落ち着こう。落ち着くんだ、阿良々木暦。ここで会話を放棄してしまっては、これまでの苦労が全て無駄になってしまう。文頭からここまで、会話文の少なさと、それに伴う疲労感が半端な数値ではない。
 はあ。盛大にため息をつく。
「言ってみろよ。理解できるかどうかは、僕が決める」
 理由を話しても理解できないだろう。ということは、理由はあるということだ。そして、理由があるということは、できればしたくはないということなのだろう。
 初対面の子に対して、少し失礼というか馴れ馴れしい口調かもしれないが、もう彼女に気を使う気も起こらない。そういえば、僕らはまだお互いの名前さえ知らない状態なのだ。なんだかんだで、結局は遠慮の不必要な会話が成立しているのかもしれない。
「……………………」
 この無言にも、少しだけ慣れてきた。ように思う。
 辛抱強く待っていると、彼女はようやく、口を開いた。
「…………怪異という言葉を、聞いたことがありますか」
 初めて会話のキャッチボールが成立したことに感動する間もなく。半分の納得と、それでもやはり、半分の驚愕で。
 今度は僕が、無言となった。



[27488] 嘘物語 4
Name: 綾峰◆63a07b1f ID:ead4eadc
Date: 2011/09/01 22:05
 こうして、と言ってどうしてかはさておき、空いた時間に山歩きをすることが僕の日課に追加された。
 羽川や戦場ヶ原の言うところ、適度な運動は脳の活性化にもいいらしく勉強面への反抗と取られるどころかむしろ推奨されたが、元の目的は別として、今現在の目的を知られるわけにはいかないとむしろ恐怖は増した。
 鬼、蟹、蝸牛、猿、蛇、猫。
 そして、志乃と言われる少女が出遭ったものが、『悪魔』。
 悪魔だ。
 怪異の専門家でもなく、ただの素人の憶測というか偏見というか、固定概念なのだが、なかなかに厄介そうな響きである。
 思い出すのは神原の時の『レイニー・デヴィル』だ。包帯をしていない、というか身体に異変が見えない辺り、悪魔といっても種類が違うのだろう。がしかし、種類は違っても分類は同じである。
 神原の時は、戦場ヶ原がいたから助かった。神原にとってウィークポイントとも言える戦場ヶ原が僕に味方をしてくれたから、助かった。もし、僕が戦場ヶ原となんの関係もなく、あの場所にあいつが居合わせなかったら……。いや、考えてみれば、戦場ヶ原と僕が何の関係もなければ、神原に怨まれることもなかったのか。忍野の言うように、物事というものは案外全て繋がっているのかもしれない。
 それならば、今回の志乃の件も、なんとかなるのではないだろうか。なんて思うのは、いささか楽観的だろうか。
「…………志乃って、誰ですか」
「お前のことだよ! なんだよ、気に食わなかったのか!?」
 始めに『言われる』と表記したのは、彼女自身が言ったわけではなかったからだ。何を隠そう、彼女を志乃と命名したのは他の誰でもない僕なのである。
 人生初の命名は、自身の子でなく、義理の子なんてこともなく、同世代の女の子だった。なんとも歯痒い。というよりも、もはや小さな子にお兄ちゃんと呼ばせているような気分である。
 僕だってしたくてしたわけではない。いつまでも呼称が無いのは不便なので彼女に聞いてみたところ、相変わらず数秒黙って、それから待っても待っても答えはでず、ついに僕が痺れを切らしても、やっぱり答えはでなかった。相変わっていた。
 なにより不可解なのが、彼女の名札である。制服を着ている以上、その胸元には苗字のかかれた名札がついているわけなのだが、どういうわけか彼女の名札には油性マジックのような黒く太い線が乱雑に書き込まれて、つまりは消されていた。ないわけではないらしいのだが、それを突いてみても彼女は相変わらず無言で、相変わっていつまでたっても答えない。
 将来子供が生まれたらこんな名前にしよう。なんて考えると色々候補が浮かんでくるものだが、いざ実際につけるとなると、どれも自信がなくなる。悩んだすえに僕が出した答えが、志乃だったというわけだ。忍野と忍のかぶった部分の音に漢字をあてただけ。由来は最悪だった。
「それで、お前の怪異ってどういうものなんだ?」
 自殺をしようとした。そして、その理由が怪異。となれば、自分が遭ってしまった怪異がどのようなものか、正確には分からなくともそれによる被害については認識しているということになる。
「……………………」
 いつもの間なのか、それとも言うかどうかを悩んだ逡巡なのか。分からない。もしかすると、これも答えるつもりがないのかもしれない。
 生気のない眼を見つめ、それでも答えを待った。これだけは、答えないならいいやと済ますわけにはいかない。聞かなければならない。
「…………人を、襲ってしまうんです。…………今も、貴方を殺したいと思ってしまいます」
 僕の視線から逃げるように顔を横に向け、空に浮いた雲を数えているような表情で、彼女はようやく喋った。
 人を襲う。やはり、悪魔というからには神原のように他人に害を成してしまうものなのか。
「それは、無差別なのか? 何か関連性だとか、そういうのはあるのか?」
「……………………」
 答えない。多分、いつもの溜めではないと思う。 
 空を眺める目が少し潤んだように見えた。僕の気のせいだと言われればそうなのかもしれない。けれど、SEEからLOOKに変わったような。そんな気を覚えた。
 もしかすると、何か思い出しているのかもしれない。途端に罪悪感が芽生えてくる。
 人に言えないようなこと。それには僕も経験がある。痛感するほどに、痛みを伴うほどに。まあ、これは怪異に遭遇してしまった者特有のものでもないだろうが。誰しも、触れられたくないものというのはある。
 しかし、傷に触れなければ治療はできない。撃たれた人の傷口に手を突っ込み、激痛を感じている相手を無視して弾丸を取ってしまわないと、彼女の傷はいつまでたっても癒えない。
 雲を数え終わったのか、志乃はゆっくりとした動作で顔を僕の方へ向けた。
 ジッと、僕の方を見ている。その目には確かに僕が写っていて、ようやく僕は彼女に認識されたようだ。
「…………最初は、友人でした」
 そして、動作と同じくゆっくりした口調で、志乃は話を始めた。
「…………仲良く、楽しく遊んでいたんです。本当に……、楽しく遊んでいたはずなんです。ただ、気が付くと私は、彼女の首に手をかけていました」
「それは、もう殺すつもりでってことか」
「…………殺すつもりなんてあるわけないじゃないですか。ただ、周囲に偶々居た大人たちが血相を変えて私を抑える程度には、私の行動は友人を殺すつもりだったんでしょう」
「それで、どうなったんだ」
「…………母親が私を迎えに来て、色々と理由を聞かれたり怒られたりしました。…………理由なんて聞かれても、私にも分からないのに――」
 おかしい。何かがおかしい。強い違和感を感じる。
 強いて言うならば、表情だろうか。泣いているのか、怒っているのか、笑っているのか。どうとも読めない表情で、ジッと僕を見つめたまま淡々と話す。話の内容と、表情や口調が全く合わない。まるで長調の曲を単調で弾いているようにデタラメな。もはや別の曲とさえ言えるような話。
 楽器が悪いのか、それともわざとやっているのか。そんなデタラメな旋律を、彼女はなおも弾きつづける。
「…………感情が高ぶると、そうなってしまうみたいなんです」
 それこそ本当に、楽器が壊れてしまうまで。


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