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[27416] オリ主の主人公補正って?【リリなの 転生 オリ主】
Name: トロ◆0491591d ID:3915bd45
Date: 2011/04/25 23:32



初めましての人は初めまして。知ってる人は申し訳ありません。完結してないのに二作目です。



この作品はありきたりな転生オリ主物です。見飽きた方もよければ読んでいただけたら、幸いだったりします。あと、オリ主以外にもオリキャラが現れます。



時間軸は無印四年前位からスタートです。



では、よろしくお願いします。







[27416] 第一話【未練】
Name: トロ◆0491591d ID:3915bd45
Date: 2011/07/22 16:43





 記憶に残る日々は、何よりも貴重で、かけがえのないものだったのだと今は思う。少なくとも、あの頃はつまらなく退屈だった世界が恋しい。
 だが、もしあの頃の自分が今の自分を見れば、羨ましいと羨望と嫉妬の眼差しで自分を見るだろう。今の自分からしたら、むしろあの頃の自分が羨ましくて憧れるというのに。

「……ッ」

 少年、サクル・ゼンベルは、ふとした時そんなくだらないことを考える。あまりにも不毛すぎて、我に返る度、未だ自身で招いた結果に未練を覚えている自分を殴りたくなる。
 だが、罰するのは今ではない。サクルは改めて今現在置かれた状況を整理した。
 ここは、管理局の統治が行き届いていない管理外世界と呼ばれる場所だ。サクルを含んだならず者の傭兵達は、今回この新たな管理外世界にて、ロストロギアらしき巨大な魔力反応の調査―ようは安全確認のための地雷処理係みたいなものだ―をするために、ここに来ていた。
 本来なら傭兵といったならず者ではなく、管理局お抱えのエリートである執務官が調査をするというのが一般的な話だ。だが、管理外世界、しかも未確認の魔法生物がいるとすれば話しは違う。使い捨てのきく魔導師『くずれ』である傭兵を使って、まずは安全かどうか調べることから始まる。
 サクル達傭兵は当然、自分達が所詮は使い捨てにすぎないのは充分理解している。危険ではあるが、管理局直々の依頼だ。命をチップに出すのが当たり前である彼らは、ハイエナのようにこの依頼に群がった。
 だが、調査開始時五十はいた傭兵も、今はサクルただ一人を残すのみとなっていた。
 酸素が多すぎて窒息するくらいの密林の中、サクルはたった一人で帰還ポイントまでの道程を歩く。空を飛べないサクルは、こうして着実に草木を掻き分けて歩くしか道はない。
 まぁどのみち空を飛べば、ロストロギアの魔力で活性化した魔法生物の群れに襲われるのがオチなのだが。
 しかし空が駄目だからといえ、陸が安全かといえばそうでもない。陸には陸で、草葉の影に隠れた犬のなりそこないの群れが餌を求めてさ迷っている。
 調査開始時、まず殺られたのは経験の浅い空戦の魔導師だ。せましと生えた巨大な木を飛び越え、一気にロストロギアの反応地点に向かおうとして、百は越えるグロテスクな飛行物体の醜い口内に捕まり、カラスに群がられた生ゴミのように荒々しく咀嚼された。
 ならば陸からと思えば、傭兵なんかの陳腐なバリアジャケットを容易く引き裂く牙を持つ犬もどきの奇襲に、次々に数を減らしていき、混乱し部隊から一人で逃げ出していった奴らも、今はもう生きてはいまい。
 そんな地獄の釜の中のごとき死地で、サクルは生きていた。付近の動植物を活性化させるロストロギアは、あまり近寄ると自身も影響を受けると判断し、状態を記録するに留め、一人、歩く度に地雷を踏むような恐怖を、半生で培った―大体十年程度だが―精神力で堪えながら、襲いかかる死の隊列を、手にしたストレージデバイスから放つ、物理破壊設定の魔力弾で穿って進む。
 絶え間なく迫る死を掻い潜りながら、サクルの思考はまたあの事を考える。
 どうして自分はこうなったのか。
 どうして『リリカルなのはの世界で』俺は彼女達と関わることなくこんなことをしているのか。
 今更どうでもいいことだが、やはり思わずにはいられないのは、現状に対する不平不満、またはサクル・ゼンベルになる前の自分がまだ残っているせいか。

「……ッ」

 また考えてる。
 まだ甘ったれてる。
 未だに腐ってる。

 歯軋りしながら、飛びかかってきた緑色の犬もどきに発砲。血ヘドを撒いてくたばる奴に一瞥すら加えず、サクルは今度こそ自身の帰還以外の考えを放棄した。






 死んだら神様に会った。間違ったから望む世界と力をやると言われた。
 だから俺は大好きなリリカルなのはの世界と、何よりも最高の力の確信がある『主人公補正』を神様に願った。

「俺が不死身の理由? 俺がこの世界の主人公だからだ」

「ねーよ……ったく、不死身のサクル様の不死身たる所以は結局わからないままかい」

 わずかな明かりと、欠けた椅子とテーブルの並ぶ店内。思い思いにガヤガヤと賑わう場末のバー。その片隅で、コーヒーを傾けながらくだらない冗談を吐くサクルに、傭兵仲間のククリ・シュバーゼンは呆れたと溜め息を吐き出した。
 ククリはサクルがこの世界に転生して暫くして知り合った傭兵だ。大柄で、身体中に痛々しい傷痕があるせいか、あまり近寄り難い風貌である。しかし根は気さくであり、一緒の仕事に行ったら必ず死ぬとまで言われ、気味悪がられているサクルに唯一話しかける奇特な男だ。

「……」

「たまに喋ったと思ったらまた黙りやがる。あー、悪かった悪かった、たまに喋るお前の貴重な冗談にいいツッコミが出来なくてすみませんでしたよー」

「……」

「……おい店員、適当にこいつに飯作ってやって」

 居たたまれなさに、ククリが堪らずご機嫌取りにサクルへ飯を奢る。
 暫くしてぼろぼろのテーブルに乗せられたサンドイッチを、サクルは「ありがとう」と一言言うと、無言で食べ始めた。

「まぁお前さんの根が悪い奴じゃないのはわかるさ。」

 サンドイッチを食べながら、意味深なククリの言葉に懐疑の念を表情に浮かべる。
 周囲との関係が乏しくなっていたサクルは知らないが、周りに彼は不気味な男とも囃し立てられていた。
 どんな困難な依頼だろうが、依頼の正否に関わらず必ず生還するサクルは、一種化け物染みてると周囲は思っていた。
 つい先日の依頼だってそうだ。目先の金に目を眩ませ、執務官クラスがチームを組むほどの危険な依頼で死に行く傭兵達の中、サクルだけは身体中に怪我を負いながらも帰還を果たした。
 Aランクと、傭兵の中では破格の実力者であるが、あの依頼の顛末はAAランク以上で構成された部隊でようやくロストロギア回収に成功したというレベルだ。それを、ロストロギアの回収に失敗したとはいえ、状態を確認し、帰還まで果たすことがどれだけ異常か、命を常に捨ててきた傭兵達だからこそわかる。
 異常な程の生命力。サクル・ゼンベルが異端とされているのは、その実力ではなく、 並外れたそれにこそあった。
 しかも普段は物静かとくれば不気味に拍車がかかるのも無理はあるまい。
 まぁ、実際話してみれば、それらの不気味さがただの表面的なものでしかないことを、ククリは知っている。
 第37管理外世界。管理局から溢れた魔導師達、傭兵が闊歩するこの世界でサクルは産まれ育った。そこそこに高い魔力素養があるとわかってからは、幼い身なりながらも傭兵として戦いの場に身を置いてきたために、人間性が磨り減っただけだ。
 ククリはそれがわかっていた。まだ十四という若い彼が、人より口下手なだけだと理解していた。
 別段、幼少から傭兵を生業にするのは、ここでは珍しい話ではない。今だってバーを見渡せば、まだ幼い少年少女がいる。魔力さえあれば子どもだって戦えるのだ。ならば生きてくために戦うしかない。
 ただ、どんなに高い魔力素養を持とうが、命をやり取りする傭兵稼業。幼少からサクルの年まで生きている人はほぼ皆無といっていい。

「全く、お前ももう少し愛想よくしろよな」

「やり方を忘れた」

「ハッ、言うじゃないか」

「あんたはベラベラ言いすぎだよ」

 ククリに皮肉を呟き、コーヒーの入ったカップを持つ。半分もないコーヒーをサクルは一気に飲み干した。温めのコーヒーの苦味が舌と喉を舐める感覚。

「……じゃあまた」

「おう。また会おうぜ」

 席を立ち上がり、ククリに別れを告げてサクルはバーを後にした。
 店を出れば、ぼろぼろの建物が立ち並び、傭兵や物ごいや娼婦等々が狭い道を行き交っている。サクルはその間を特に目的もなく歩きだした。

「今日で十五……いや、三十五歳か」

 今にも泣き出しそうな灰色の空を見上げ、誰にともなく呟く。この世界に生を受けてから、ろくに誕生日を祝ってもらったことのないサクルは、毎年誕生日が来る度に言い様のない寂しさを覚えていた。
 あの頃に戻りたい。何度も何度も考えては、そんな自分に呆れる日々。本当はこんなはずじゃなかったはずだ。あの日、神様に転生させてもらった時、こうなるなんて思いもしなかった。
 サクルに前世の自分が入り込んだのは、初めてストレージデバイスを貰ったときだった。使い古されたデバイスを握り締め、訳もわからないまま戦場に放り出され、涙に鼻水に汗に糞尿に、あらゆる液体を流しながらあれから生きてきた。
 戦って。
 戦って。
 戦って。
 戦い続けて。こんなはずじゃなかったのにと、神様を恨みながら戦った。
 自分は主人公のはずだ。なのに何故、リリカルなのはの世界にいない。本当なら、あの世界でなのは達主人公と共に、自分も主人公として様々な事件を解決したはずだったのに。
 それが何だ。何だこれは。理不尽だ。不条理だ。手違いと言いながら、何故神様は自分の願いを半分しか受け入れなかった……!
 だが、そんな怒りも戦場というリアルには役に立たない。いつしかその考えは、ただ片隅でちっぽけな未練として残るだけになってしまった。そしてそれも、この先も続く死ぬまでの戦いでさらに磨耗して、いつかは消えていくだろう。
 何処までも広がる次元世界。終わらない戦い。他の傭兵は知らないが、サクルは疲れていた。いや、きっと誰もが疲れているにちがいない。次元世界の管理というお題目の元、きらびやかな彼らの下でサクル達は消耗される以外に道はない。
 だがそんな現状を嘆いたところで何も意味はない。
 だから結局戦うのだ。修繕を繰り返した、何処にでもある二束三文のストレージデバイスを引っ提げて、サクルは今日も明日もただ戦うしかないのだ。

 終わりが追い付く、その日まで。




次回予告

色褪せた昔。むせるような今。ガラクタのように連なる記憶。サクルの未来は朧気で、蜉蝣の如くは燃える光に身を焼くのみか。
ここは次元世界が産み落とした第37管理外世界の白けた一角。
サクルの望んだ主人公補正が呼び出すか。見えない自意識、宙ぶらりん。怪しい奴が悪魔の取り引き。


次回「依頼」


サクル、敢えて死地へと赴くか。





後書き


ありきたりなオリ主が、リリカルなのはなのになのはがいないことに嘆く話。
次回からなのはの登場人物と関わっていきます。

もしもこの時点でピンと来てる人がいたら、きっとそれはは間違いなくアレな人。

よければ暇潰しに読んでいただけたら幸いです。




7/22


修正しました。


報告に多大なるありがたやー。






[27416] 第二話【依頼】
Name: トロ◆0491591d ID:3915bd45
Date: 2011/04/27 23:01




 第37管理外世界。ここの人達は毎日、いや毎秒を生きるのに必死になっている。
 それに比べて俺はといえば、ただただ誰にも共感されない己の境遇と、傭兵として戦い続けることへの不満を吐き出して、今日を惰性で生きるしかない、薄汚い野良犬だ。
 だからあえてあんな依頼を受けたのは、逃げ出したいとすら思っているはずの戦いにのめり込み、前世から変わらない、ちっぽけな自分を忘れたかったからなのかもしれない。
 そうやって闘争の是否という矛盾を抱えて生きるのはきっと、俺が一度死んだにも関わらずまだ生きている、存在が矛盾している人間だからなのだ。

 いつも通りの時間。いつも通りの席。いつも通りの飲み物。願掛けのように、毎日同じことを繰り返すサクルが、いつも通りコーヒーを飲もうとしたとき、そいつは現れた。

「君がサクル・ゼンベルかい?」

「……」

 コーヒーカップをテーブルに置き、いつも通りを邪魔した声の主を見上げるサクル。無言の威圧感が放たれているにも関わらず、ここでは見たことのない男は、まるで動じない。
 不思議な男だ。服装はここにいても珍しくない、ならず者が着るようなヨレヨレの服なのだが、何故かここの誰にもない深い信念のようなそれを感じた。
 この第37管理外世界の様々な場所は見知らぬ他人を警戒する。どうやら観光目的でここに来たわけではないのだろうというのは、男の眼差しから見てとれた。

「座っても?」

「どうぞ」

 男はテーブルを挟んでサクルの向かい側の椅子に腰を下ろした。周りは、見知らぬ長身野郎と、イカれた異端野郎の対峙が気になってか、普段の賑やかさは鳴りを潜め二人の動向を伺っている。
 話しづらいな、と男は内心でぼやき、まるで気にした素振りを見せないサクルに苦笑した。

「まるで見せ物だな。もしくは針のむしろと言ってもいい」

「嫌なら出てけばいい」

「そうはいかない。何せ私は君に依頼をしにきたのだから」

「……」

「お願い出来るかな?」

「……」

「ハハッ、これは手厳しい」

 大袈裟に肩をすくめ、男は微笑した。サクルは先程から飲めていないコーヒーに口をつけ、対面の男などただいるだけで眼中にすらない。
 そうして二人の間に沈黙が生まれると、必然見るのに飽きてきた周りも普段の賑やかさを戻していった。
 男はただ黙ってサクルがコーヒーを飲むのを待った。
 再び、コーヒーカップがテーブルに置かれる。そのときにはもう中身は綺麗になくなっていた。

「……」

「まさかずっと見てるのにコーヒーを飲まれ続けるとはね」

「……」

「無視か。本当に噂通りなんだな君は……サクル・ゼンベル」

「……依頼、何だ?」

 サクルのあまりに唐突な一言に、男は虚を突かれたのか一瞬驚き、すぐに笑みを浮かべ「聞いてくれるとは思わなかったよ」と言った。

「針のむしろで依頼交渉するわけにはいかないだろ」

 サクルがそう言うと、男は笑いを押し殺すように喉を鳴らした。

「ククッ、君はあまり喋らないみたいだが、冗談は上手いらしい。いや、やっぱしこういうのは実際に会ってみないとわからないものだねぇ」

 そう言って、男は立ち上がり極自然にテーブルに一枚の折り畳んだ紙を置いた。

「支払いは私持ちだ。じゃあ、邪魔したねサクル君。あぁそれと、自己紹介がまだだったな。私はバグズだ。また会おう」

 男、バグズはそう言い残すと、振り返らずに店を後にした。

「……」

 無言で男の背中を見送り、サクルは置かれた紙を広げた。
 内容は街外れにあるホテルの番地と部屋番号だ。どうやらここで話をしようということらしい。

「……」

 怪しい匂いはするが、まずは話を聞いてみるのがいいだろう。
 サクルは紙をズボンのポケットに仕舞うと、まずはデバイスを取りに自分の部屋に向かうことにした。

「よぉ、見てたぜサクル」

 席を立とうとしたサクルに、バーの端から一部始終を見ていたククリが話しかけてきた。

「ククリ……」

「仕事だろ? 次はどこに出荷されるんだ?」

「それを今から聞きに行くところ」

 それじゃ、と話しは早々に立ち去ろうとしたサクルの肩を掴むククリ。「待てよ」とニヤニヤ嬉しそうな顔で「なら、こっちの依頼一緒にやらないか?」と言った。

「……」

 答えはしないが、サクルの無言を肯定ととったククリは依頼の内容を話し出す。
 要約すれば、傭兵を百人規模で雇い、とある施設に攻撃を仕掛けるらしいとのことだ。聞く限りでは、金額も高く、ターゲットの施設にいる魔導師もBランクが数人程度と小規模。

「美味い話だろ?」

 得意気に言うククリに、今度は呆れて物が言えなくなる。
 どう考えたところで怪しい内容でしかない。

「やめとけ、キナ臭いよそれ」

「かも知れないが。お前が前に行った場所と違って、こっちは場所の詳細もわかっている上に人数も倍だ。しかも金は前金でも破格といってもいいしな……だがキナ臭いのに変わりはない。だからサクル、俺としてはいざって時のためにお前に来てほしいわけよ」

 なっ? と両手を合わせてサクルに願うククリ。困ったものだ、と内心の気持ちを表情には出さずに、ククリは思った。
 傭兵として考えるなら、先程のまだ詳細も知らない依頼を内容を聞いてはいないとはいえ、前向きに検討する旨をあの男には言った。その手前、「悪いが知り合いに別の仕事頼まれたから無理」と言うのは、サクルの傭兵としての信頼に傷をつけるだろう。

「……依頼人の仕事がそっちの時期に重ならなかったら、構わない」

 迷った末に、サクルは折角こちらを頼ってくれたククリに申し訳なさを感じながらそう答えた。

「まっ、仕方ないわな。仕事のほうは一週間後だ。前日までにまた答えを聞かせてくれよ」

「あぁ」

 じゃあな、と踵を返して、ククリはバーにいた仲間の元へと戻り談笑を始めた。

「……」

 その姿に僅かな羨ましさを感じる。サクルはククリに背を向けると、何とも言えない羨望を振り払うように店を後にした。






 サクルの自室にはあまり物がない。ベッドとテーブルと椅子、そしてデバイス用のパーツが幾つかある程度だ。
 貯金なんかはほとんどない。毎月の家賃と食費、デバイスのメンテに使う費用で、ほとんどは消えてなくなる。一時期はここを出るための資金を貯めようとも思いもしたが、偽造パスに偽りの戸籍、そして次元世界移動に使う機械使用の金、そんなのを貯めようものなら、一月も経たずに餓死か、デバイスの故障による戦死をするし、高収入の依頼を受けても、治療費で金がなくなる。
 ここで生きていく以外に、サクルには選択の余地がない。今更そこに不平不満はあまりないが、前世の記憶が、サクルに不平不満をたまに漏らさせる。
 いっそ前世の記憶がなかったならどれだけよかったか。
 苦笑、転生までして前世の記憶がいらないと思うのは、世界広しといえど俺くらいかもしれないと、サクルは口の端を吊り上げる。
 とはいえ自分以外に転生なぞする奇特な人間はいないだろうが。昔から使い込んだデバイスの簡単な点検を済ませたサクルは、くだらない考えを放り捨て、再び男に貰った紙を見た。
 先程ククリにはキナ臭いからやめとけと言いながら、自分もこうして怪しい依頼を受けようとしている。
 人のことは言えないな。だが、傭兵なんというのはそんなものだ。商品は自分の腕と命だけ。ミッドの人間と比べるのもおこがましい物を、湿気た値段で入荷され、何処とも知らない戦場に出荷されていく。
 自分達は人間の前に商品だ。言葉と知恵と僅かな魔力を持っただけの、それも駄賃を貰えば進んで死ににいく厄介な類いの。

「……」

 デバイスを片手に、管理局では規制されている質量兵器―小口径の拳銃―も用心のために持ち、部屋を出る。

「……」

 前日から続く灰色の空は、まだ晴れそうにない。
 今日こそ降るかもしれないな。そんなことを思いつつ、サクルは依頼主の待つ場所へと歩を進めるのだった。






 時間は遡る。管理局では後日、第826ロストロギア異変と名付けられることになる、サクルのみが帰還した事件。
 彼が命懸けで持ち帰ってきた資料を片手に持つのは、奇妙な男だ。子どものように無邪気な表情をしながら、誰よりも悪意に満ちたかのような笑みを浮かべている。
 だが男は、大型モニターに映るロストロギアの映像にも、手に持った資料にもまるで興味を示してなどいない。
 興味があるのはそう――

「サクル・ゼンベル……第37管理外世界にて、六歳から傭兵として各地次元世界を転々とし、依頼の成否はともかく、必ず生存している……場合によっては、ニアSランクですら命を落とすだろう場所からすら」

 面白い、と男は喜悦を浮かべる。
 第37管理外世界では、最高とされる傭兵でも、精々はランクにすればAAランク。受ける戦場を見誤れば、AAランク程度は呆気なく死ぬ。
 だが、今回このロストロギア事変にて偶然知り得たサクルという少年を男が調べたところ、本来なら生き残る可能性がゼロの戦場を、彼は幼いころから死にかけながらも生きてきたらしい。
 高位魔法生物との激戦。管理外世界間の人間による戦争の前線。敵の本拠地に囚われた要人の救出。その他挙げればキリのない戦いは、一つでも生存すれば奇跡というレベルばかりだ。
 それを、たかだかAランクに届くかどうかといった少年が、奇跡を起こし続けて生きる異常。ここまでくれば、それは奇跡でもなんでもなく、ただの必然でしかないだろう。
 素晴らしい。実にもって面白い。あり得ぬ奇跡を引き起こす、どんな才能にも勝る異才が彼にはある。

「こういうのを必然というのかな? 偶然、君のデータ収集を行いにいった場所で、まさかこれ程面白そうな逸材に出会えるなんて」

 男の背後にいた女性は、語らずに頭を下げる。ただただ、主の喜びこそが至上である彼女には、子どものように無邪気に笑う主を見るだけで幸福感が身体中を駆け巡る。
 その主たる男は、サクルの持つ異常に惹かれていて、女性の美貌など見もしない。ただの凡人にしか見えない少年、彼が何故ここまで戦えたのかそれだけを考えていた。
 何故、有象無象の凡人が生きている?
 何故、戦えてこれた?

「興味深い……興味深いよサクル・ゼンベル……」

 笑みを深くしながら、恋い焦がれるかのようにサクルの異端に興味を持つ男。
 無限の欲望、またの名をジェイル・スカリエッティ。

 ――そして、腐りかけの野良犬の運命は、本人の知らない場所で静かに動き出す。




次回予告

人の運命を操る偶然がある。
人の運命を嘲笑う必然がある。
では、今この場の運命を操るのは果たして何か。
戦場という名の遊戯盤。運命の神が、サクルの今を審判する。

次回『戦場』

知らぬは本人、只一人。







[27416] 第二.五話【interlude】
Name: トロ◆0491591d ID:3915bd45
Date: 2011/05/01 18:42



 待ち合わせ場所は、人の入りが少ない街の郊外にあるアパートの一室だ。
 壁の外装が剥がれ、手すりには錆が付着している水ぼらしい建物だが、ここではなんら珍しいものではない。サクルの住む部屋も大体似たようなものだ。
 階段を登り、二階の一番奥の部屋。どの部屋も誰か住んでいる様子はないが、だからこそあまり人に話したくない内容を話しやすい。

「……」

 廊下の隅のドアの前に立ち、ゆっくり五回、間を置いてさらに七回ノック。そうすると、カチリと小さな音とともにロックが外れた。

「……」

 警戒心を強めながらドアを開く。錆びたドアは思いの他開き難く、開けるのに少し苦労した。
 無理矢理開き錆びたドアが悲痛な叫びをあげる。サクルはそんなことをまるで気にせず、意外に小綺麗な室内に入った。

「こちらだ」

 バグズのだろう声にひかれて、サクルが蛍光灯の明かりに照らされた細い廊下を抜ける。
 リビングにはボロボロのソファーが、やや大きめの傷が入り年季のある木製の机を挟み二つ。奥側のほうに紅茶を飲むバグズが座っていた。

「座るといい。立ったままではあれだろ?」

「……」

 促されるままに対面に座る。まるで先程の焼き増しだとサクルは感じた。
 サクルの感慨などは他所に、バグズは彼の分の紅茶を注ぎ置いた。

「まずは駆けつけ一杯」

「酒じゃなくて?」

「酒を飲むには早いだろ?」

「見た目以上に歳かもよ」

 言いながら、渡された紅茶を飲む。ほのかな酸味と優しい香り、コーヒーのような苦味はないが、安心できる味にささくれていた気分も落ち着いた。

「どうだい?」

「……」

「またか……まっ、いいさ。早速話を始めよう」

 紅茶のお代わりを注ぎながら、バグズは「第15無人世界を知ってるかい?」と問う。

「知らない。傭兵に学があるわけないだろ」

「ハハッ、そう自分を卑下するのはよくないよ。まぁ知らないならいいさ、あそこは今となっては何の旨味もない土地だからね」

 何処か含むような言い方をしながら「じゃあ近日大規模な傭兵の召集があることは?」とバグズは続けた。
 思い当たるのはククリが言っていたあの胡散臭い依頼だ。話を聞いて、あまりにも怪しすぎる内容に、やめとけとは釘を刺したが、あいつも結局は命をドブに捨てる傭兵なのだから、金がかかればどんなに危険でもやるはずだろう。
 思考がぶれた。バグズを見れば、考えにふける自分の言葉をジッと待っている。「知ってる。怪しい依頼だろ?」率直に感じたままの意見を返すと、バグズはツボに嵌まったのかクスクスと微笑んだ。

「君は寡黙だが素直で物怖じもしないな」

「……」

「黙りかい。ともかく、知ってるなら話しは早い……君には、その依頼に便乗する形で施設にある研究内容の調査、あわよくば奪取を依頼したい」

「他の奴からは施設の破壊と聞いた」

「それは表向きさ。君が調べる内容は、拡散されると問題でね。君ならここで一番腕がたつと聞いた。他の傭兵に気付かれず、施設破壊前に情報の奪取も可能だろうってね」

「買いかぶりだ」

「私もそう思う。君はここでは強いだろうが、管理局の局員と比べたら有象無象レベルだ」

 辛辣な物言いだが、サクル自身もそう思うために小さく頷いた。自分など数々の死線を抜けてようやくAに届くか否かの才能の欠片もない凡人だ。バグズの言いたいことはよくわかる。

「だが、話してみて君なら行けるんじゃないかと思う私もいる。不思議な気分だなこれは……」

「買いかぶり」

「違いない」

 灰色の空の見える世界で、バグズの笑い声ばかりが室内に響く。サクルもまたククリ以外では久しぶりに出来たくだらない会話に僅かに頬を弛めた。
 互いが紅茶に口をつける。

「で、どうする?」

「やらせてもらう」

 それはよかったと笑うバグズが、カップを置いて手を差し伸べた。

「それじゃ、よろしく頼むよサクル君」

「……」

 手を握ることはしない。サクルは差し伸べられた手を一瞥するに留め、残った紅茶を一飲みした。

「奪取する情報は何?」

 冷たい態度にも慣れたのか、バグズは手を引っ込めると一枚の紙を取りだしサクルに手渡した。
 内容の殆んどに黒線が引かれていて内容の詳細はわからない。だが、線の引かれていない文章に『人造魔導師計画概要』とあり、おそらくこれに当たるのが調査内容なのだとは見てとれた。

「人造魔導師計画……」

 何処かで聞いたことがある響きにサクルは目を細めた。多分、サクルとしてではなくその前、前世で知った情報――笑いたくなる。もしかしたら原作に関われるという期待からではなく、あんなに好きだった原作の記憶が、最早殆んど頭に存在していない事実に。
 前世であそこまで渇望したことに、今は然程興味が引かれない。頭に残った未練が喜びの声をあげているが、それも些末事。
 そんなことよりも、仮にこれが原作に関わる内容だとしたら、ククリが言っていた警備はBランク数人というのはおかしいかもしれない。

「それを見てから今更やめるってのは無しだよサクル君」

 サクルの内心を読んだかのようなバグズの言葉。
 当たり前だ、駄々をこねる時期はもう遥か昔に終わらせた。

「……正直に話してくれ。本当にBランク数人だけの施設なのか?」

「答えはイエス。そう言う以外ないだろう?」

 凄みをきかせたサクルの睨みを軽く受け流し、バグズは笑みをより深くする。

 ――呼吸。

「わかった……詳細は」

「それはここにデータがある。詳細はそっちで」

 渡されるデータ端末を、デバイスに繋げ読み込む。

「あぁ、じゃあ何かあったらまた」

 ここにはもう用はない。サクルはソファーから立ち上がると、踵を返してアパートを後にする。
 ギチギチと嫌な音を鳴らしながら開くドア。

「感づいた、か? まっ、傭兵なんて仕事をするくらいだ。適当な戦場に飛ばされるのはよくあるだろう」

 バグズは誰もいなくなった部屋で一人呟く。
 にしても、話していて面白い男だったが、正直上直々に推薦されるほどの男だったかと思うと疑問が残る。
 別段レアスキルがあるわけでもなく、魔力量も平均値を越える程度、管理局に入れば陸戦Aに何回か挑戦して、いつかは合格するくらいか。
 まるで特徴がない。ただの凡人。

「……まっ、二度と会わないだろうからいいけど」

 どうせ生きて帰ることはないだろう。何せ、彼らが向かう先は、あの大魔導師が住まう魔女の巣窟。

 名を、時の庭園。

「うん、紅茶が美味しいねぇ」

 鼻歌混じりに新たな紅茶を注いで飲む。その頃にはもう、サクルの存在など頭の中から消え去っていた。




後書き

第二話『依頼』の補足内容です。今後も文字制限で削った場面とか所々で補足すると思うので見てやってください。






[27416] 第三話【戦場】
Name: トロ◆0491591d ID:3915bd45
Date: 2011/06/29 12:16



 放置された採掘用の機械。荒れ果て、乾いた大地と風化しかけの鉄筋のビル群が立ち並び、砂ぼこりが風に巻き上げられる錆びた世界。今はこの世界に人は住んでいない。
 第15無人世界。資源採掘の場とされてきたこの世界は、今は管理局の管理が行き届いていない世界だ。
 管理局発足直後、現在では自然保護のため、生態系を破壊しつくす採掘は禁止されているが、当時は今に比べ管理局という組織も未熟だったため、こうして資源を吸い尽くしてしまった世界は多々ある。現在は、過去の戒めとして、ミッドなどの様々な管理世界にある教育機関では、歴史の授業にもされることがある。
 そんな世界の一つであるここに、違法な研究施設が建てられており、そこで行われている研究の調査が、サクルが依頼された任務内容だった。
 今は施設を取り囲むように、五人の部隊を二十に分け、ククリを含んだ百を超える傭兵達もいるが、彼らは研究施設の破壊のみを依頼されているだけで、サクルのみが研究の調査、奪取をバグズより依頼されていた。

「へへっ、お前がいると安心できるな」

 ククリがサクルの肩を叩きながら、リラックスした表情でそう言う。

「あぁ」

 サクルもそう返しながら、ストレージデバイスを構えなおす。

「しかし、座標は間違ってないよな……」

 不意に、ククリは施設があるだろう座標にある物を見て懐疑な表情を浮かべた。
 他の傭兵もそうなのか、目の前の施設、いや、庭園といっていい物を見て困惑の声をあげる。
 建てられたというよりかは、着陸しているといったほうがいいかもしれない。荒廃した大地で唯一そこだけが、緑豊かな自然に囲まれている。
 違和感、魔力反応もなく、依頼内容にあった魔導師の姿も確認できない。
 キナ臭い。既に情報とは微妙に異なる内容にはなっているが、傭兵達は念話でタイミングを合わせ、同時に進行を開始する。

「……」

 目指す先は楽園か、あるいは死地か。嫌な予感を感じつつも、サクル達は庭園に一歩足を踏み入れた。

 ――その様子を、サクルに依頼をしたバグズという男が、鳥型の使い魔の視界を通じて見ていた。

「まっ、まずは順調か……しかし、未だに私は不思議で仕方ありません。確実にFを回収するなら、執務官を使えばよかったのでは?」

『執務官を使うにはまだ早い。幾ら大魔導師と呼ばれた奴とて、完全にFを物にしたかはわからんからな。確証のないものに貴重な戦力は使えん』

 遥か後方から通信機片手に、謎の声と会話するバグズ。今はその服装は、管理外世界にいるような汚ならしい格好ではなく、管理局の魔導師が着る制服に身を包んでいる。
 これが本来の彼の姿。正確には、管理局の職員でもなく、さらに上層部直轄の部下だが、今は割愛する。

「貴女方がそう言うのなら構いません。しかし、クライアントとして出資している無限の欲望から、自ずと成果が得られるはずなのに、わざわざ他から奪取する必要があるので?」

 皮肉げに頬をつり上げてバグズは通信機ね向こうにいる、しわがれた老人の声に言う。

『奴はFではなく、今は別のプロジェクトを進めている。それに基本骨子は完成しているが、他の有象無象では成果は出せまいし、実際に出来ていない。だが、Fにすがるしかない大魔導師ならば、あるいは完成形が出来てるやもしれない……そして、もし出来ているならば、興味深い』

「先程は出来てないと言ったのが、随分と妙な言い回しですね」

『だからあえて使い捨てを使用するのだ。使い捨ての進行が成功するなら良し。失敗するなら、奴の目的に手を貸しFの詳細を知りえるも、使い捨てによってわかるだろう奴の戦力から、見合った戦力を送り込むもまた良し』

「ハァ、しかしデータ奪取を一人のみでよかったのですか? 情報によれば中々やるようですが、奪取できずに庭園だけが壊れる可能性もあるのではないかと。確かにあの規模の傭兵全てに奪取を依頼したら、データを別の場所に転売する危険があるのもわかります。ですが、奪取依頼なら、もっと上のランクの傭兵に頼めば――」

『それについては問題ない。あの傭兵は是非にとの推薦があった。仮に調査、奪取が出来ずに破壊のみが成功したら、自らが研究をすることを推薦条件にな』

「……推薦者はやっぱし欲望の奴で?」

『――質問は以上だ。お前は自身の役割を果たせ』

 暫くの沈黙の後、通信機からは冷めきった老人の声が返ってきた。
 おっかないなと思いつつ、バグズは進軍を始めた傭兵達を見る。
 様子見で使われる彼らに哀れみも同情も一切感じない。所詮は傭兵、使われる潰されても、また替えがきく消耗品。

「私も似たようなものではあるが……だが、あぁは言ったが多分彼らじゃ死ぬだけだろうな。まぁ精々足掻くがいい、傭兵諸君」

 クツクツと笑うバグズの視線が見据える向こう。美しき庭園にて、戦火の炎が次々に噴き出していた。






 美しい庭園だ。手入れが行き届き、小鳥達の囀ずりや、木々の息吹きすらも聞こえそうである。傭兵達の荒んだ心を癒し、このままここで日々を過ごしたいとすら思えるくらいだ。
 だが、ほとんどの傭兵はこの庭園の奥にあるだろう施設を壊し、高額な依頼料を手に入れることを考え目をぎらつかせている。
 まるでハイエナの群れだ。汚ならしく死肉を貪る獣の軍団。男達は金のためにデバイス片手に包囲網を狭めていく。

 ――異変が起きたのは、庭園に入ってから少ししてからだった。

「……これは」

 草木のざわつきに紛れて響く地鳴りのような音。サクルは耳と体を揺らす音に警戒を強める。
 ククリとその他傭兵も同様に警戒心を強めながら、辺りを見渡した。
 地鳴りは様々な方角から聞こえてくる。
 そして、警戒しながら抜けた林の先。開けた広場が――戦場と化していた。

「こ、こいつら攻撃がビクともしねぇ!?」

「ヤメ、近づァァァァァァァァッッ!」

「んだよこりゃあ」

 呆然と口を開くククリ。あまりにも一方的な戦いが、そこでは繰り広げられていた。
 ――六種類はあるだろうか、大小様々な傀儡兵総勢三十が、傭兵達を迎え撃つ。傭兵達の魔法を巨大な傀儡兵がが受け、その他の兵が魔法で次々に傭兵を蹴散らす様は、敗残兵が狩られる姿みたいに思える。
 彼等は知らないが、この傀儡兵はそれぞれがAランク魔導師に匹敵する力を持つ。平均Cもあるかわからない傭兵では、蜘蛛の子を散らすようにやられる以外に道はない。
 その傀儡兵の壁の向こうに施設らしきものがあるが、今の彼等には目と鼻の先にあるそれが、何よりも遠かった。

「ヤベェぞサクル! 結界が張られてやがる!」

 その惨状を見て、敗北を確信したククリが、いち早く離脱を試みる。しかし、侵入したら最後、AAランクの魔法でもなければ抜け出せない結界に、彼等はいつのまにか捕らわれていた。
 ――逃げ出せない。圧倒的に重い事実。

「クソッ! クソッ! 依頼内容とまるで違うじゃねーか!」

「畜生、嫌だ! 死にたくない!」

 魔法が炸裂し響く爆音に隠れて、弱気な発言が方々から聞こえてくる。
 弱気になるなというほうが、無理だというものだろう。絶望的な戦力差、勝ち目のない戦い。
 故にサクルは思考を止めて、前に進むことを選んだ。

「ククリ。施設を潰す、手伝え」

「ハァ!? 何言ってるんだサクル!」

 あまりにも馬鹿げた言い分に、ククリは目を見開く叫んだ。
 だがサクルの目がその発言が冗談ではないことを物語っている。ククリは強い意思を宿したサクルの目を見て「……勝算は?」と、観念したのか、肩を竦めた。

「残存戦力を集めて一点突破。施設に入り込んでゴーレムを操る奴を叩く……成功の確率は五分もないが、このまま殲滅戦をやってたらその機会もなくなる」

 いつになく饒舌なサクルの言葉に目を丸くしながら、穴はかなりあるが、無駄に考えて殲滅されるよりかはまだマシなサクルの案に頷く他、ククリにはなかった。

「考える時間はないか……『お前ら! 固まってぶち込むぞ! 今なら数はまだこっちに分がある!』」

 ククリの念話に、賛否様々な意見が行き交う。結局賛同したのは十人程度だが――最早、これ以上待つ余裕はない。
 砲火の雨、近接にて倒される傭兵。一体倒したと思えば、周りには十を越える傭兵の躯。
 慌てて集まってきた傭兵達にも、目掛けて魔法の掃射が強まる。

「クッソがぁ!」

「ッ!」

 障壁を張りながら、集結しようとする傭兵を援護のため、必死に応戦するククリとサクル。だが、結局集まったのはサクル達最初の五人と、念話に同意して辿り着いた四人。残りは合流前に魔法によって吹き飛ばされた。

「サクル!」

「……やるぞ。障壁に魔力を注げ。援護は勝手にくるはずだ」

 サクルとククリを先頭に、決死の部隊が進軍を開始する。障壁に魔力を回し、傭兵達の無謀に尽きる前進は、端から見れば命を投げ捨てる無知の前進だ。
 身体強化。魔法障壁。この二つに魔力を注ぎ、爆発する大地の上を後ろは向かずに走り出す。
 致死の魔法を避けながら、または弾きながら、徐々に近づくおぞましき傀儡兵を睨み付け、やはりサクルは「戻りたい」と、女々しい思いを掘り起こした。

「ッ……!」

 またこれだ。いい加減忘れろ。自分で選択したこの結果を、いつまでもウダウダ考えるな。
 考えを振り切る。同時、無言で迫る五体の傀儡兵に、サクルは無言で魔力弾を乱射。緑色の魔力弾は、避けられ、受けられ、決定打にならないが――

「ハァッ!」

 肉薄する。気合いを入れながら、一際巨大な奴に接触。こちらを掴まえようとする手を掻い潜り、股下をスライディングして抜け出した。
 立ち止まることは許されない。傀儡兵の壁を抜けたサクルへ、魔法弾が降り注ぐ。絨毯爆撃の壮絶が、サクルの体を大きく揺るがす。

「今だ!」

 その背中に続かんと、サクルを狙うことで緩んだ爆撃を掻い潜り、ククリ達傭兵が何人か壁を抜けて施設へ駆け込まんと走る、走る、走る。
 だがそう簡単に侵入を許す傀儡兵ではない。愚かな侵入者元へ、次々迫る魔法の雨。陳腐な障壁、バリアジャケットを突き破り、男達が鮮血を飛ばして大地へ沈む。
 サクルは走った。魔法弾で抉れた土と、隣にいた見知らぬ男の血で体を汚しながら、サクルは表情一つ変えられずに走った。
 泣きたいし、叫びたいし、逃げたいし、認めたくない。だが感情を表すには、サクルはあまりに人間性を磨り減らしてしまった。
 しかし、戦場に必要なのはそれだった。醜くわめき散らす人間らしいあり方ではなく、感情の発露を忘れた機械こそ、戦場には必要な素質なのだ。
 例え本人が望まなくても、サクルは戦場に必要なスキルを得ている。それがつまり通常の社会生活をするにあたり、社会不適合者とでも言われるような欠陥だとしても。

「ハァ、ハァ……ハァ……!」

 呼吸荒く、傀儡兵を抜けてからは施設を背中にし、応戦しながらバックで施設を目指す。頭を、腕を、足を、腹を掠める魔法弾に血を流しながら――

「ッ!」

 施設への門らしき物を撃ち抜き飛び込む。その背中を追って傀儡兵も走ってくるが、サクルは立ち止まらずに施設内部への侵入を開始した。

 ――その先は果たして天国か地獄か。闇に包まれた向こう側へ、乱れた呼吸を整える余裕すらここにはない。




次回予告


広がり続ける鉛色の空。
踏み締めるは赤錆の染みた大地。
熱血と轟音をくすんだ肌色に降りかけながら、それでも抜けた地獄の先も、やはり続くは絶望、絶望、また絶望。
ここは黄泉路。暗黒の静寂に浸りながら、女が一人失った我が子を求め足掻いている。

次回『プロジェクトF』

戦火の只中で少女は目覚める。




携帯の弊害。文字数五千で一話はやっぱ厳しー。




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誤字修正





[27416] 第四話【プロジェクトF】
Name: トロ◆0491591d ID:3915bd45
Date: 2011/09/15 22:14


 ――遂に、遂に完成した。

 女は歓喜に満ちていた。自身の不注意の結果死んでしまった愛しい我が子。その我が子を復活させるために手を出した禁断の技術『プロジェクトF.A.T.E』。藁にもすがる思いで完成させたその技術にて、彼女は死んだ娘の完璧なクローンを造り出した。
 研究を完成させて、造り上げた我が子に瓜二つの少女が、今目の前の緑色の液体に満たされた培養槽に収まっている。
 隣には、同様に培養槽に浸ったもう動かない愛しい我が子。
 完璧だ。後は自分の愛した娘の記憶を転写すれば、愛しい我が子、アリシアは甦る。作業は最終段階だ。女は早速、最後の作業に取りかかろうとして。
 瞬間、施設を揺るがす轟音。

「侵入者……!?」

 突然の襲撃に、女は歯噛みした。この大事な場面で、折角のチャンスだというに……!
 だが、それもいい。いいだろう。女は、オリジナルのアリシアの眠る培養槽を動かし、庭園の奥深くに転送させる。
 これでいい。新たな器は、他に置ける場所がない以上、このまま置くしかない。
 ここに置いたら万が一もあるだろうが、まぁ『破壊されたらまた造ればいい』だけの話ではあるし。一応傀儡兵を二体置けば問題ない。

「いいわ。私とアリシアの門出を盛大に祝いなさい。野良犬共」

 狂気に支配された女が笑う。身を焦がし続ける灼熱を吐き出さんと嘲笑する。
 戦火と硝煙。爆音と咆哮。響き渡る死の匂いと音を子守唄を聞く少女はまだ、自分を産んだ親に祝福されないという真実を何も知らずに、ただ一人眠り続けるのだった。






 侵入に成功したサクルに、他の傭兵を待つ余裕はまるでなかった。

「こ……のッ!」

 施設内にもやはりいた傀儡兵、その追跡からサクルは必死に逃れていた。ジグザグに動きながら、自分を狙う魔力弾を回避する。
 相手は三体の小型傀儡兵だが、広場に比べ数が少ないとはいえ正面からの応戦は無意味だ。あの傀儡兵一体一体全てが、サクルの全力をもってようやく戦えるかどうかというレベル。先程は他の傭兵が戦っていた隙を縫うことで施設内への侵入に成功したが、援護のない現状では正面突破は不可能だろう。
 だが施設内に傀儡兵がいる可能性にあのとき思い至らなかったわけではない。サクルは背後から追ってくる傀儡兵から逃げ、通路の角を曲がる。瞬間、デバイスを待機状態に戻してバリアジャケットも解除し、さらにリンカーコアの活動を可能な限り抑えた。
 みずぼらしい服装に戻ったサクルは、腰に差した筒を抜き取り足元に落とす。すると、落ちた筒から煙が溢れだし通路を埋め尽くした。発煙筒で視界を消し、魔法行使を抑え、魔力反応からも感知を逃れる。温度探査があったらおしまいだが、そのときは諦めるしかない。サクルは発煙筒を落とした直後に傀儡兵とは反対側に走りながら、発煙筒をさらに数個通路の奥に投げる。
 これで僅かだが視界からの反応はなくなるはずだ。後は天運、サクルは内心でどうか見つからないようにと祈りながら、煙のただ中で壁に背中を預け息を殺す。
 耳に地鳴りをあげる傀儡兵達の足音が響いてきた。だが魔力弾を放つ音は聞こえない、どうやら上手く奴等の探知を誤魔化すことができたらしい。サクルは無表情で煙の向こうにいるだろう傀儡兵に視線を向けた。徐々に近付く足音、図体が仇になったなと、サクルは内心皮肉を漏らす。
 そして、足音が目の前を通り過ぎたと同時、サクルはバリアジャケットとデバイスを展開して、傀儡兵がいるだろう場所目掛けて出鱈目に魔力弾を乱射した。
 戦場という場で考案した、魔力残量を一切考慮しない、量を重視した面制圧用魔法。煙を吹き飛ばしながら走る緑色の魔力光の群れが、突然の奇襲に反応すら出来ない傀儡兵の背中に着弾し、傀儡兵達を通路の床に沈める。
 その勢いのまま、雨霰と魔力の弾丸をサクルは撃ち続ける。結果、ダメージは少ないが、あまりの物量に傀儡兵達は起き上がることが出来ない。

「オォッ!」

 千載一遇のチャンス。だがサクルの形相は必死そのものだ。もしこの斉射で傀儡兵を落とせなければアウト、援軍の傀儡兵が来てもアウト。時間と魔力残量との勝負。
 しかし、傀儡兵もやられるばかりではない。体を凹ませながら、徐々にだが起き上がろうとする傀儡兵。
 威力が足りない。しかし、威力を上げれば面制圧射撃を維持できない。だがこのままでは傀儡兵の反撃に晒される。でも手がない。
 焦りがサクルを急かせる。その乱れが弾幕を微かに薄くさせ、傀儡兵の一体に起き上がる隙を与えてしまった。

「……ッ!?」

 魔力弾に撃たれながら、傀儡兵も射撃体勢に入る。
 迎撃、新たな魔法を編む余裕も器用さもない。
 回避、イコール攻撃の中断。未だ余力を残す三体を相手に、一足の間合いで逃れる可能性はない。
 撤退、まずは目の前をどうにかしないと不可能。
 頭の中で次々に考えが浮かんでは却下されていく。そうしている間にも起き上がった傀儡兵の銃口はサクル目掛けて――
 瞬間、傀儡兵の頭が勢いよく弾け飛んだ。

「オラァ!」

 威勢のいい叫びと共に、充分な威力を伴った魔法が倒れている傀儡兵に直撃し、その体に風穴を開ける。
 爆発、ショートした部分が動力炉に引火し、傀儡兵が小規模の爆発を起こした。
 爆風で煙が吹き飛ばされる。たまらず顔を庇ったサクルのその隣には、見知った顔がにやけた笑みを貼り付けてサクルを見ていた。

「よぉサクル。ったくこの童貞野郎が、我慢出来ずに先に中いっちまうなんざ早漏ここに極まり、だな」

「ククリ……」

 サクルは、自分と同じようにバリアジャケットのいたる部分を鮮血に濡らしているククリを見返しその名を呼んだ。
 そうすれば「おう」と力強く響く声。サクルは安堵から溜め息を一つした。ククリもサクルに近い実力者なので無事を信じてはいたが、こうして生きて会えたことが嬉しくてたまらない。見たところ、傷は浅いので戦闘に支障はないはずだろう。サクルは気を引き締めて通路の先を見据えた。

「どうする? 適当に壊すか?」と、ククリがデバイスで自分の肩を叩きながら言う。

「……他に侵入出来たのは?」

「確認したかぎりじゃ五人、てとこか? まぁ俺も自分のことで手一杯だったからよ。正確にはわからないが」

「なら、入った奴等が遠慮なく壊してるだろ」

 直後、爆発音と地鳴り。ほら、とサクルはククリを見た。

「だったら俺らはどうすんだ」

 ククリの疑問は当然だ。彼はこの施設の破壊依頼がそもそもの目的であり、他のことはまるで知らない。それは他の傭兵も同じだが、唯一サクルだけは違った。

「もしかしたらジョーカーになる物があるかもしれない。それを盾にここから離脱する」

 そう、調査内容とされていた『人造魔導士計画』。これを奪取し、自分達を殺せば情報が拡散すると脅せば或いは何とかなるかもしれない。
 正直、交渉が成功するという可能性は希望的観測にすぎないし、まだいるだろう敵を掻い潜り情報を入手出来るとも限らない。
 あれほどの傀儡兵を複数保有する程だ。例え自身の戦闘力が低くても、傀儡兵を近くに侍らせているだろう。または、あまり考えたくないが傀儡兵を遥かに上回る力を持っているかもしれない。いずれにせよ情報を何とかして奪い交渉する以外に、自分達が助かる道はないだろう。
 あの結界に取り込まれた時点で、状況は詰んでいたのかもしれない。

「やるぞ、ククリ」

「任せろよ、サクル」

 だが、まだ動けるなら戦うだけだ。
 二人が同時に前を向く。瞬間、待っていたかのように一体の中型傀儡兵が現れた。

「右……!」

「ならお前は左だ!」

 左右に分かれて、中型傀儡兵に集束した魔力弾を放つ。緑と赤の軌跡は傀儡兵の装甲に防がれながらも衝撃で後退させた。
 だが微塵も怯む様子もなく、傀儡兵も魔力弾を放ち応戦する。バリアジャケットでは防げない一撃一撃を、二人はラウンドシールドで弾き距離を詰めた。危険な行動だが、いつ敵の援軍が来るかわからない今、多少の無理は仕方ない。

「ククリ、防御」

「了解ぃ!」

 サクルはいつまでも防御に回るのは得策ではないと判断し、ククリの背後に回り魔力の集束を始める。勝負は一合だ、狙うしかない。
 チャージを始めたサクルの前で、当然ながら弾幕を一心に受けることになったククリは、ラウンドシールドを維持しながらも苦悶の表情だ。一撃ごとに揺れる体を止め、サクルの盾として立ち塞がる。

「まだか!?」

 だが所詮は傭兵の展開するシールド。十秒が経つ頃にはもうククリに限界が来ていた。
 その限界を見透かしていたかのように、サクルがデバイスの先に緑の輝きを携えてククリの背中から飛び出した。

「……!」

 無言の咆哮。解き放たれた弾丸の威力は、先程の数倍以上。弾幕の間を抜けて駆け抜ける緑の切っ先は、寸分違わず傀儡兵の胸を穿った。
 その間際を狙いサクルは光を追うように走る。そして傀儡兵の真横に並ぶと、さらに零距離で魔力弾を撃った。炸裂した緑の光が傀儡兵を宙に吹き飛ばす。
 飛翔先には、魔力を吹き出すデバイスを両手で担いだククリが待ち構えている。ピンポイントだ、鼻を鳴らしてククリが両腕の筋肉に力をみなぎらせた。

「オォォ!」

 気合一撃。バットのように振りかぶったデバイスから溢れる魔力を、傀儡兵の体に直接叩きつける。さながら野球のボールの如く魔力に打たれた傀儡兵が耐えきれずに千切れ飛んだ。

「ハッ! 俺らが組めばこんなもんよ!」

 勝利の雄叫びをあげて、ククリは拳を突き上げた。四散する傀儡兵の爆発が爽快だったのか、心持ち声の調子もいい。
 とはいえいつまでも勝利の余韻に浸る暇などはない。サクルとククリは再び警戒体勢に入ると、駆け足気味に通路を歩き始める。
 もし外と中の傭兵が全滅すれば、瞬く間にこちらに全ての傀儡兵が来て完全なチェックをかけられる。時間の猶予など僅かにだってないのだ。事実、二人はほぼ百パーセントの敗北が確定していることを理解していた。今行おうとしていることも、楽観に楽観を重ねた勝算だともわかっている。
 でもサクルは、ククリは、互いがいるという強い安堵があった。サクルが幼かった頃からの付き合いの二人だからこそ、その信頼感がこの不可能を打倒する力になるのだと信じてる。
 二人は通路を歩きながら、おもむろに拳を付き合わせた。互いの拳が当たり、骨がぶつかり合う鈍い音。
 言葉は必要ない。背中を預ける信頼こそが、言葉に勝る強い強い絆なのだから。






 時の庭園に秘された禁忌を巡る戦いは佳境に入っていた。次々に血潮をほとばしらせ、無様に朽ちていく傭兵の命。男達が織り成す人形との舞踏会は、既にその人数比を逆転させ、一人、また一人と演舞に躍り出た者の全てを奪っていく。
 悲鳴、怒号、絶叫、発狂。ありとあらゆる負の遠吠えも、初めに比べれば随分鳴りを潜めたものだ。バグズは遥か上空を飛行する使い魔の視界から、戦いの終わりが近いなと考え始めた。

「大穴は無し。概ね予想通りとはいえ、こうも一方的だとやはりつまらないものだな……」

 いっそこの混乱に乗じて潜入をして、情報を奪取したほうがいいのかもしれないが、あいにく上司は自分に静観のみを命じた。上の命令が何よりも最優先されるバグズには、考える以外特に何もすることはない。
 つまらないな、と思う。先程九人潜入したのは驚いたが、結局傀儡兵に捕捉されて足止めを食らっており、いずれはくたばるだろう。
 だが、あのサクル・ゼンベルはまだ生きている。今回依頼した傭兵では間違いなくトップクラスの実力者だろうが、まさか生き残るとは考えもしなかった。
 はたして彼はこのまま情報を奪取して、しかも生還できるだろうか? いや、生還出来ればいいほうだ。情報奪取の余裕などまずないはず。
 とはいえ、

「……欲望の推薦なんだよね、彼」

 そこだけが気にかかる。レアスキルも膨大な魔力も卓越した技量もない。サクルはバグズの見立てでは、凡人が極限まで鍛練をしただけの、ありふれた強者でしかない。
 これ以上の成長すら期待できない、才能なき哀れな男。その何処にあの天才は惹かれたのか。
 興味が湧く。ゾクリと背筋を走る電流に似た欲望。

「いいさ。死ぬにせよ、生きるにせよ……私がここで君を見極めよう。サクル・ゼンベル」

 バグズの目が金色に染まり、常人なら見ただけで震え上がるおぞましい気配を滲ませる。
 繰り返すが、戦いは佳境。カーテンコールを待ち望むのは、高みで笑う、監視者がただ一人。愉悦に震え、終末に進む闘争にエールを送る。






 傀儡兵との遭遇は死を覚悟する必要がある。だが、一人だったのならいざ知らず、今のサクルにはククリがいる。先程のように一体だけなら、連携で打倒するのはリスクもそこまで高くはないだろう。
 だが二体以上になれば話は別だ。策を練り、それ何とかなるかといったところである。
 二人は通路の角に身を潜め、その先をうかがっていた。十メートル程先にあるゲートを挟み、中型傀儡兵が二体。微動だにせず佇んでいる。
 その先に何かがあるのは明白だ。もしかしたら例の人造魔導士計画があるかもしれない。

「行くか?」

 ククリがデバイスを構え直す。だがサクルは手で遮り制すると、首を横に振った。

「待て。あの様子だと、向こうは俺達にとっての切り札があるとみてもいいはずだ……だからこそ、速攻でケリをつける方法がいる」

「だがここでうだうだしてたらいずれにせよ終わりだぜ?」

「あぁ……」

 ククリに言われずともわかっている。だが、無策で突撃しても時間がかかり、下手したら援軍が来て挟撃されるおそれもある。
 魔力は最大の六割。武装はメインがデバイス、そしてバリアジャケットの内側にある発煙筒が四つと小口径の拳銃、マガジンは無し。ククリはデバイス以外には、ナイフと大型拳銃が一つずつ。マガジンは三つあるらしいことを、さっき互いに説明し合った。
 発煙筒を使用して煙の中行く。だが壁を背にした傀儡兵の背後がとれない以上、先程と同じ弾幕を使っても倒れず、逆に撃ち合いになる可能性は高い。
 他に策はないか。こうしてても、いつ傀儡兵が来るかわからない。ならもう無茶を承知で突撃して、撃破するのもありかもしれない。
 だがハイリスクすぎる。焦りでギリギリと歯を鳴らす。そんなサクルの心境を察したのか、ククリが肩を叩いた。

「ならここは俺が囮になって奴等を引き付けるってのはどうだ? もしかしたら奴等、あの場から動かないかもしれんが、その時は遠距離からでかいのをかませばいい」

「ククリ……だが、お前が危険だ」

 サクルの心配は当然だ。ククリは確かに実力者だが、彼に比べれば劣る。下手したら二体の傀儡兵を引き付ける危険がある。
 だがサクルの不安を吹き飛ばすようにククリは豪快に笑い、彼の頭を乱暴に撫でた。

「ハッ、ガキが大人の心配するなんし五年は早ぇよ。心配しなくても無茶はしねぇ……だからなサクル。お前も無理はすんな」

「ククリ……あぁ、わかった」

「よし! じゃあ早速行くぜ!」

 ククリが通路の角から飛び出す。同時、彼を捕捉した傀儡兵達が同時に起動して、ククリ目掛けて魔力弾を撃った。
 ククリは距離を取りつつ、自身も魔力弾で応戦を始めた。その姿を追い、傀儡兵も動く。

「サクル! すぐにそっち行くから先にくたばんじゃねぇぞ!」

 弾幕の雨を回避しながらククリが叫ぶ。
 二体共にククリに襲い掛かるのを、サクルは援護したい気持ちを堪えて見送った。
 そして、門番のいなくなったゲートの前に行くと躊躇いなく魔力弾を放った。
 ゲートが砕け、煙が上がる。もうもうと立ち込める煙のカーテンを抜けた先。そこは培養槽が二つと、それらを取り巻く幾つもの機材が置いてあるだけの暗い研究室だった。
 サクルはその異様な部屋の有り様に息を飲んだ。別段、怪しいものはない室内。
 故に、緑色に輝く培養槽の中に眠る少女が、一際異彩を放っていた。

「こ、れ……は」

 時間がないというのに、サクルは当惑で一歩後退り、その全貌を改めて見直した。
 人造魔導士計画。砂漠地帯に着陸したかのような庭園。意思のないゴーレム。そして目の前の金髪の少女。
 頭の中を一気に駆け巡る情報。拭いきれぬ違和感。
 導き出される答えはそう。

「プロジェクトF.A.T.E……フェイト……!?」

 情報という歯車が噛み合い、サクルの中に眠っていた知識が掘り起こされる。
 突然目の前に現れた現実、いや、原作。何故、何故今更こうなったのだ。サクルは込み上げてくる吐き気に、手で口を覆い、目を見開いた。
 割り切れ、落ち着け、意識するな。深呼吸を一度、二度、三度――
 落ち着く――訳がない。

「……クソッ! 何だ、何で今更……!」

 近くにあった機材を殴りつける。それでも身体中を掻きむしる焦燥は勢いを増すばかりで、気持ちを表すかのように全身から汗が滲み出した。
 怒りともつかないものがサクルを震わせる。今更だった。今更なんで、諦めかけた前世の願望が沸いて出た。
 ふざけるな。ふざけるな。あの日、銃弾代わりのデバイスを手に入れたあの日から、渇望し願った綺麗な世界。デバイスを枕にして夢に見た魔法の輝き。いつかいつかと信じながら、迫りくる戦いによって諦めるようになった場所。
 だが何故自分はこんなにも苛立ちを覚えているのだ。ようやく手に入れられるかもしれない、あのとき望んだ世界が、手に入るかもしれないのに。

「そう、か」

 だが不意にサクルは理解した。戦いの中、羨望はいつしか愛に、そして行き過ぎた気持ちは『どうして俺をそこにいれないんだ』という憎しみへ変わったのだ。
 考えを振り払うようになったのも今ならわかる。無意識的に、自分は望んだものを憎む自分を認めたくなかったのだ。だがこの土壇場で目にしたこれを前にしては言い訳できない。
 認めよう。俺は、俺を地獄に置き続けた世界を憎んでいる。

「……ッ!」

 デバイスを力任せに機材にぶつけ吹き飛ばし、サクルは荒々しく呼吸を繰り返しながらも、ようやく平静を取り戻した。
 少しは溜飲が下がり、サクルは常の無表情を取り戻す。ともかく、今は何もかも忘れて生き残ることを考えろ。
 もし手にする情報がプロジェクトF.A.T.Eだとして、培養槽で眠るのがサクルの知るフェイトなら、情報による交渉は無意味かもしれない。

「……」

 なら残された手は後一つだ。少女を人質に、この場を脱出する。
 考えるが早く、サクルは機材を操作して培養槽の液体を排泄した。そして眠る少女を解放しようとして――

「あら、人の物を勝手に盗ろうだなんて、傭兵は所詮傭兵ってとこかしら?」

 壊れたゲートに立つ女によって、全ての目論見は水泡と化した。

「お前は……」

「何を驚いているのかしら? 勝手に人の庭に入り込んだ汚ならしい盗人のくせに」

 サクルがデバイスを向けても、女は余裕の表情だ。
 当然だな。サクルはデバイスの先に魔力を溜めながら思う。もしこれが自分の知っているものだとしたら、目の前にいるのはまず間違いなく、あの女にちがいない。

「……プレシア・テスタロッサ」

 突然自分の名前を呼ばれ、女、プレシアは僅かに眉を潜めると、小さく微笑んだ。

「私のことを知ってる……元管理局員か何か?」

「……」

「黙ってたらわからないわよ? まぁ最も……どうせここで死ぬ貴方には関係ないことかしら」

 プレシアの周りに魔方陣が展開される。サクルとは比べものにもならない膨大な魔力。

「待て……アレがどうなってもいいのか」

 咄嗟にサクルはデバイスを少女に向けた。
 プレシアの動きが止まる。行けるか? サクルが続けて言葉をつむごうとすると、

「ハ、ハハハハハッッ!」

 プレシアが突然高笑いを始めた。まるで道化を見ているかのように一通り笑うと、やはり急に笑うのを止め「いいわよ。また代わりを造るから」と、凍てつくくらい冷たく言い捨てた。

「どうせそれはアリシアのために造ったパーツ。スペアをまた造るのは容易よ」

「……」

 言うべき言葉が見つからない。自分も大概人として駄目な部類だが、プレシア、この女は間違いなく狂ってる。
 沈黙、サクルは彼女の放つ狂気に押され、体が動かせず、プレシアは小動物のように震えるサクルが面白いのか、ニヤニヤと笑むばかりだ。
 ともあれ、サクルの万策は尽きた。交渉は不可能、そして相手はオーバーSの大魔導士、プレシア・テスタロッサ。
 頬を伝う嫌な汗が気持ち悪い。戦うしかないのだ。サクルは意を決して少女に向けていたデバイスをプレシアに向けた。
 瞬間、背後の培養槽がガタリと揺れた。
 サクルとプレシア、両者の視線が培養槽に向く。液が抜かれたことによって、少女が覚醒したのだ。
 無垢な、真の意味で何もかも知らない少女の瞼が開く。純粋な少女が初めて見た世界の中心、そこには驚愕するサクルの表情が映っていた。
 同時にサクルもまた少女を見た。透き通り、何もかも見透かす眼差しが、サクルの奥に潜むヘドロのような感情すら見通しているように感じて、堪らずサクルは視線を切った。
 止めろ、そんな清んだ目で俺を見るな。それだけで俺は、自分の矮小さに押し潰されてしまう。

「アリシア……」

 視線を戻せば、夢にまで見た我が子が起きる瞬間にプレシアは呆然としている。
 意識せずとも、戦い続けてきたサクルの肉体がその隙を逃すわけがない。思考とは裏腹に冷静に動いた体は、バリアジャケットを部分的に解除し、発煙筒を取り出して投げる。
 たちまち噴き出す白い煙が研究室を満たした直後、サクルはプレシアの方へ全力で走り出した。

「こ、の……!」

 煙の向こうからプレシアの声が聞こえた。幾らまた造れるとはいえ、出来れば壊さずに回収したいプレシアは迂濶に攻撃が出来ない。
 魔力を放出し、プレシアは煙を吹き飛ばす。だが煙がと共に消えたのか、サクルの姿はもうそこにはなかった。

「あの小僧……!」

 半眼で逃げただろう通路を睨む。
 逃がしはしない。プレシアは全身に魔力をみなぎらせサーチをしながら研究室を後にする。
 そして、誰もいなくなった研究室で、目を開けたはずの少女はそれが嘘だったかのように再び眠りについていた。
 最早そこに、何も知らなかった少女はいない。眠りの中で、少女はいつまでも初めて見た光景を反芻し続けるのだった。





 走る。走る。走る。走る。
 目論見の全てが失敗し、最早策は尽きた。成功するとは思わなかったが、どこかで『自分なら出来る』と考えていた自分を今は無性に殴りたい。
 最後に残されたのはAAランクの障壁を突破するという、可能性ゼロの無謀を行うことだけだ。
 サクルとククリ、二人が全力まで魔力を溜めて放てば、もしかしたら障壁を突破出来るかもしれない。しかし傀儡兵が多数いる広場でそんな魔力を消費しようものなら、真っ先に狙われて他の奴等のように蒸発するのがオチだ。

「……ッ!」

 考えろ。考えることを諦めたらそこで終わりだ。まずはククリを探し、合流を果たす。そして二人で脱出方法を考えよう。
 故に走る。全力で駆け抜ける。傀儡兵の探索から逃れながら、サクルはククリの姿を探した。

「……あ」

 そして、遂に目的を果たしたサクルは、その惨状に愕然とした。

「よ、ぉ……サク、ル」

 破壊された二体の傀儡兵。その前には通路の一角に溢れる血。足下を濡らす血の水溜まりの上に、腹部を押さえ踞るククリがいた。
 押さえた腹部から、血がとめどなく溢れていた。ククリは苦痛に顔を歪め、大量の汗を流しながらもまだ意識を繋いでいる。だが傷は深く、すぐに医療機関に運ぶか、専門の治療魔導士の治癒を受けなければならないのは明白だ。

「ククリ……!」

 サクルは慌ててククリに駆け寄り治癒魔法をかけるが、かすり傷を治す程度でしかない魔法ではバリアジャケットを貫き内臓まで到達した傷は治せない。
 何で、何でお前がこうなっている。唯一の仲間の危険な状態が、サクルの心を恐怖させた。それでも体はククリに治癒を続ける。

「ッ……ヘマ、した。悪いな、サクル」

「黙れ、喋るな」

 つたない部分は魔力を多量に消費し、治癒魔法で表面だけ覆う。そしてバリアジャケットを解き、服を脱いでククリの傷口を隠すように巻いた。
 見た目はこれで大丈夫かもしれない。しかし流れた血が、これ以上の戦闘が困難であることを物語っていた。

「ハッ……お前に無茶するな、って言っときながら……テメェが無理しちゃ笑えねぇな」

 痛みに苦しみながらククリは自嘲してみせた。場を和ませる皮肉だが、サクルはその言葉に「すまない」と一言。
 馬鹿野郎。お前のせいじゃねーよ。震える手をククリはサクルの頭に置いた。

「ククリ……」

「餓鬼が、責任……感じるなよ……おかげで、なんとか大丈夫だ」

 そうは言うが、ククリの顔は青ざめ、少しでも気を抜けば今にも意識を失いそうだ。
 俺が下手な博打に出ないで、最初から障壁破壊を提案すればこうはならなかったはずだ。悔恨に潰されそうになるサクルは、それでも今はこうしている場合ではないと心を奮い立たせた。

「……行こう。お前の力が必要だ」

 ククリの腕を肩に乗せて立ち上がる。体格差からククリを担ぐのは少し難しいが、歩くのに支障はない。

「止めろ。置いてけ、サクル。治癒は助かったが……駄目だ」

 そのまま歩こうとしたサクルに、ククリは冷たい声で言った。
 サクルは返事をしない。ククリの言い分は最もだ。まだ抗うつもりなら、ここで戦えないククリを連れていくのはゼロをマイナスにする愚行。
 だがサクルは言うことは聞かないし、聞けない。

「サクル……俺は――」

「ククリ、前にも言ったはずだ」

 ククリの言葉を遮り、サクルは無表情のまま視線を合わせた。
 いつもは感情を表さない冷たい瞳。だがその瞳に微かな炎が灯っているのをククリは感じた。

「俺は主人公だってな」

 瞬間、あまりに馬鹿げた言葉にククリは目を見開いた。
 真面目な場面かと思えば、どこかで聞いたことのあるあまりにも荒唐無稽な言葉に、ククリは腹が痛むのがわかりながらも笑ってしまう。畜生、かなわねぇよお前には。

「二度ネタってハハッ、なんだそりゃ……! 滅茶苦茶もぐちゃぐちゃで理由にもならねーよ」

「……」

「ならねーが……お前が主人公なら、何とかなるかもな」

「あぁ、任せろ」

 それだけは断言する。絶望ばかりしかないから、この希望だけは叫ばないといけない。
 サクルは願う。神様。ここらへんで俺が望んだ主人公補正を目覚めさせていいだろ。物語に必要な絶望はうんざりだ。俺を主人公にしろ。リリカルの世界らしく、ありふれた逆転劇を俺にくれ。間違えて俺を殺した分の力を俺にくれるなら、援軍が来るなり、封じられた力が目覚めるなり、とにかく何でもいい。今すぐククリを救う力をくれ。
 出口目指して二人は歩く。先程まで響いていた戦いの音は、いつの間にか聞こえなくなっていた。
 もしかしたら、いや確実に自分達以外の傭兵は死んだのだろう。足音と、ククリの苦悶が静寂によく響く。だが傀儡兵は一体も出ることはなかった。
 明らかに不自然だが、それでも進む以外に道はない。デバイスを掴む手に力がこもる。頼む神様。奇跡を寄越せ。

「抜けた……」

 そして二人は施設を脱出し、広場に出ることが出来た。一面に広がるのは穴ぼこだらけで血の色に光る芝生と、肉片と砕けたデバイスがあるだけの広場だ。傀儡兵の姿は確認出来ない。全員殺したと判断して元の場所に戻ったのか。希望的な推測を、サクルはすぐに否定した。

「ククリ、後はポイントに行くだけだ」

 項垂れ、喋る力すらなくなってきたククリを励まして、なるべく目立たないように広場の端へと歩く。
 施設から出たとはいえ、障壁は未だ展開され、ククリが動けない現状、サクルは治癒魔法でさらに減った魔力で一人、あの壁を破らなければならない。結局状況は芳しくなく、脱出は依然困難なままだ。
 ――行こう。悪い方の考えは置いていって、生きる道を進まないといけない。
 死臭を嗅ぎ、躯を踏み締め、眼差しは真っ直ぐに、今はただ生きるため。
 だが生存の道は蜃気楼の如く、脆くは崩れ所詮は地獄。
 林に入りこんだ瞬間、サクルは突如背筋に走った悪寒のままに、背後を振り返った。
 生きようとする二人を嘲笑うように、目の前に無数の魔方陣が現れる。あり得ぬ数の輝きは、これから出てくる絶望に反して、まるで星々の煌めきに似ていて、そう考えれば成る程、手向けの光と見ればその美しい光景も必然か。

「お帰りかしら」

 言葉と共に、傀儡兵の群れとプレシアが魔方陣を越えて現れる。無数の絶望を従えた最大の絶望。破軍の将の眼光は、矮小な二人の傭兵を笑うように揺らいでいた。

「せっかちね。折角帰るなら別れの挨拶くらい言わせなさい」

「……」

 何となくわかっていた。襲撃なくここまで来れた違和感はこのためだったのだ。後ちょっとというところで、絶望へ一気に叩き落とす。完璧だ。現にサクルは膝を折って屈してしまいそうな自分を感じた。
 しかし肩にかかる重みが、膝を折ることを許さない。無駄とわかりながらサクルはデバイスを構え、プレシアへと向けた。
 容易く折れるはずだった雑魚の抵抗が意外だったのか、プレシアは腕を組み不快を露にする。

「諦めなさい。あなた達はここで死ぬのよ」

 その発言は真実だ。ここにいるのがSランクの猛者だったとしても、抜け出すことは不可能に近い。総勢五十を越えるAランク傀儡兵に、大魔導士として名を馳せたオーバーSランクのプレシア・テスタロッサ。
 重傷の仲間を庇い、しかも魔力が最大の半分もないAランクに届くかどうかの少年に、この戦力の投入はあまりにも異常といっていい。余程自身を虚仮にしたことが、否、目覚めた少女との会合を邪魔されたのが苛ついたのか。
 構わない。そんなことはどうでもいい。一秒でも生きてみせる。
 生きられる? 生きられる。

「無駄よ」

 その考えを読んだかのようにプレシアは断言した。必殺の状況は揺るがない。神の奇跡も祈りもこの場には不用。
 語ることはないのか、プレシアが手を掲げると、その手の前に桁違いの魔力が集束された。ただ魔力を集めただけのその一撃は、サクルやその他の人間には荷が重すぎる必滅。
 サクルはククリを背中にして、無謀とわかってもラウンドシールドを展開するしかなかった。あの一撃は、ククリを担いで避けられるわけもなく、サクルに彼を置いていく選択肢はない。
 愚かとプレシアはサクルの愚行を鼻で笑った。貧相な魔力しかない傭兵が、無謀にも戯れとはいえ自分の一撃を防ぐ。笑ってしまう、絶望を前に自棄になったのかと思うくらいに。

「防げるなら防ぎなさい」

 肥大する魔力。
 無理だ。逃げないと。仲間なんて知るか。俺は主人公だから生きないといけない。だから逃げよう。謝ろう。許してもらえるまで謝って謝り尽くせ。
 弱気な考えが頭に浮かんでは次々に消える。逃げても無駄だし、謝っても無駄だし、ククリは死なせない。

「サクル……! 逃げろ、お前は充分やった……!」

 サクルは背中にかかる言葉を首を横に振り否定した。馬鹿野郎、ククリの怒声。馬鹿野郎さ、だって俺は主人こ――

「さよなら」

 熱を感じた。一瞬で目の前が光に染まり、微かにラウンドシールドに光が触れたと思えば、瞬きもしない内に破壊されるのは目に見えていて、あぁ駄目だなって思うと同時、体が横に押される。
 何もかもがスローモーションだった。緩やかに動く光の奔流と自分。真横に吹き飛んだサクルは、光の中に置き去りにされているククリを見た。

 ――なぁ、サクル。

 一秒もない時間で、何故ククリが言うことが聞こえるのか、サクルにはわからない。ただわかったのは、決死の覚悟でククリの盾になろうとした自分が、光の射線から外れてしまったことと。

 ――必ず生きろ。

 ククリが、ゆっくりと光に削られていき。

 ――だってよお前、主人公なんだろ?

 消し飛んだという、最悪の事実。

「ク――!」

 サクルは咄嗟に腕を伸ばしククリを呼んだが、それすら光に溶けていく。
 終わりは劇的にでもなくただ無情。半身を熱に晒され、消えていく意識の中、サクルはただ認めたくない現実と、無力で矮小な自分を呪いながら自身もまた光に消えていった。

「……」

 そして、何事もなかったかのようにプレシアはその場を後にした。戻る頃には傭兵のことなど頭から消え、アリシアの新たな肉体に異常がないか、そのこと以外何も考えなくなる。
 抉られた大地。熱線に溶けたそこに、ククリの跡形すらない。ひたすら無情。ただの事実。結果はここに、戦いの跡地には死骸のみ。
 サクルの信じた神などこの世界の何処にもいないのだから、その結末はあまりにも当然の結果にすぎなかった。




次回予告

戦いの後の平穏はここにはない。
あるのは戦火、来るのも戦火、安らぎすらもまた戦火。
骸の上を、躯が歩く。絶え間なく響く悲鳴を聞きながら、炎に炙られ苦痛に歪み、それでもひたすら前を行く。
お前も、お前も、お前も、お前も。
俺のために、全員死んだのだから。


次回『怨嗟』


メッキを纏えど、凡人は凡人でしかない。







微妙に文字数余ったので歌います。


凡人が
チート能力
手にしても
振り回されるが
関の山かな

心の一句でこれまでのまとめ。








[27416] 第五話【怨嗟】
Name: トロ◆0491591d ID:3915bd45
Date: 2011/09/15 22:17



「アッ……ア……」

 奇跡的に息をして歩いている。今のサクルはただそれだけの、消えかけの蝋燭のような存在だ。
 ククリの身を呈した犠牲により直撃は免れたものの、プレシアの魔力砲撃は、サクルの展開したラウンドシールドとバリアジャケットを吹き飛ばし、彼の左半身に重度の火傷を与えていた。奇跡というならば、プレシアの、オーバーSの砲撃で火傷ですんだことかもしれない。事実、僅かにでも魔力が足らなかったら、サクルの半身はククリのように消し飛んでいただろう。
 だが奇跡もそこまでだ。肺まで焼けただれ、充分に機能しなくなった呼吸器。熱に焼かれ、煮えた水のように蒸発して溶けた左目。所々が炭化し、ケロイドとなった左上半身の皮膚からは骨も飛び出している。左腕は特に重傷だ。肌色の部分はなく、さらには見るも無惨に折れ曲がり、ただついているだけの肉塊でしかない。彼の腕を見た者が二度と動かないことを想像するのは容易だろう。
 しかしサクルは生き残った。Sランクすら単騎なら生き残れない戦場から生存を果たした。例えすぐに消える命でも、その驚異は驚嘆に値する事実だ。
 そんなあり得ぬ奇跡を為したサクルには、奇跡を喜ぶ気持ちなどまるでない。
 あるのは、自身の無力感への絶望、それだけだ。

「ウ、ァ……」

 覚束ない足取りで、転送魔法のポイントがある場所を目指してサクルは進む。
 痛みすら鈍化した体を引き摺り、半分になったあげく曇ってきた視界の中をひたすら歩く。
 ボロボロだった。体だけの話ではない。心もボロボロに砕かれた。
 ぐるぐると後悔が頭を駆け巡る。俺は無力だ。誰一人、自分すら救えないちっぽけなクズだ。
 だがククリ、何よりもお前を助けられなかったことが、こんなにも悔しい。

「ィ……イィ」

 自ら進んでこの依頼を受けた。危険とわかりながら無謀に赴いた。
 この結果は自業自得だ。でも、だけどこの終わりはあんまりじゃないか。自分だけ生きて、誰も彼も自分が生きる代わりに死んで。そうじゃない。たまたま、奇跡に奇跡が重なりその上にプレシアの気まぐれがあっただけで、自分のために全員死んだと思うのは自惚れだ。
 だがそう思ってしまう。積み上げられた骸の上に立ったサクルには、見えないはずの死んだ彼らの叫び声が聞こえてくるようで。

「リィ……イィ」

 サクルは火傷によって傷ついた声帯を鳴らして、掠れた声をあげる。親を探す子犬のように、哀れな声で、サクルは咽ぶ。
 それは懺悔だ。偶然が重なって生き残っただけで増長したことへの懺悔。

 ――ここに白状すれば、サクルは戦うしかない現状を嘆きながら、その一方でどんな戦いからも生きてきたことに小さな誇りをもっていた。

 どんな依頼だろうが生き残り、周りから畏敬されていたことを、ふざけた話だが少し喜んでいた。俺はお前らなんかとは違うと。神により転生させられたというちっぽけなプライド、過去へのしがらみがサクルを増長させていた。
 ふざけるな。ふざけるな。たまたま生き残っただけのゲスが調子に乗った。その結果がこれだ。この有り様だ。ゲスのプライドが引き起こした現実だ。自分がいれば、ククリ位助けることだって出来るなんて密かに考えた愚かの果てだ。お前のせいで幼いころから自分を気にかけてくれたあの優しい男が死んだんだ。醜いプライドとくだらないしがらみが、尊敬している仲間を――心の中では兄と敬った男を、殺したんだ。

「ク……ィ」

 お前が殺した。俺が殺した。何もかも殺した。全てをお前が殺し尽くした。

 全部、お前のせいだ。

「ク、グゥ、ィィ……!」

 掠れた声でククリの名前を呼ぶ。今はもう何処にもいない彼の名を、自身が殺した彼の名を呼ぶ。
 返事はない。どんなに呼んでももう、ククリの野太くうざったらしかったあの声はもうないのだ。

 それでも歩くのは、ククリの残した『生きろ』がまだこの胸に残っているから。

「ア、ァァ、ァァ゛……!」

 懺悔を受ける神はいない。
 無くした左目から血の涙を流して、サクルは草木の一本も生えてない砂漠化した大地に力なく沈む。
 微睡みが体を支配し、身体中の力がなくなるのを感じる。胸に宿った篝火も、砂塵の嵐に晒されて、最早『生きろ』という言葉すら遠くに霞み――

「ご……め、ん」

 ククリ、お前の最期の願いすら果たせない最低な俺を、どうか許してほしい。

 暗転していく世界。最後の力を振り絞り空を見上げようとしたサクルが見たのは、何処かで見たことのある男の金色の瞳だった。






 体が重たい。瞼を開くことすら億劫で、ならば体を動かすのが難しいのも納得だ。
 気分はまるで宇宙から帰ってきた飛行士だ。骨に張りつく筋肉の重たさも知覚できる程全てが重たく、冷静に、そして悲壮感を感じながら、あぁ、俺は生きているんだとサクルは理解した。

「……」

 ゆっくりと瞼を開くと、明かりの眩しさに目を細めてしまう。視覚はおぼろ気ながらも『両目共に良好だ』。
 次に末端から力を込めていく。その間にも状況把握だ。首を動かし辺りを見渡すが、自分が眠るベッドと右腕に繋がった点滴や医療器具らしき機材の数々以外、これといった物はない。
 病院にでも運ばれたのだろうか。いや、そもそも俺は――

 何で生きているんだ?

「……ッ!」

 サクルはたまらず顔をしかめた。総身を走る負の感情。重くのし掛かる亡者の嘆きが、傷一つない体を蝕む。
 震える体を両腕で抱き締めて押さえつける。はっきりとしてくる意識と共に、全ては自業自得とわかっていても、あの女の顔ばかりが脳裏に浮かんでは両腕に力を込める。
 自責に潰れそうなサクルをこうまで震わせるのは、ひとえにプレシアへの怒りがあったからだ。自分で納得し、返り討ちに合い、そして死んだ。
 だからどうした? だからってククリを殺したあいつを許せというのか?
 違うだろ。違うだろサクル・ゼンベル。全てが身から出た錆なら、これからも錆を落とせばいい。自業自得と言われようが、あいつがククリを殺したんだ。

「プレシア……テスタロッサ」

 敵の名前を口に出すと、余計に怒りが込み上げていく。そして脳裏に浮かぶもう一人の男。
 バグズ。確かそういう名前だったはずだ。録な情報も回さず、結果としてあいつがいたためにサクル達は死に追いやられた。
 歯を食いしばり、眼に怒りを宿す。必ず、必ず奴等を殺してやる。
 だが同時に、そんな依頼を受けた挙げ句、ククリを守れなかった自分への怒りも確かにあった。
 震えの収まった体から腕を離し、手のひらを見つめる。弱々しく痙攣する両手があまりにも頼りない。こんな手で、自分はククリを守ろうとしていたのか。

「……ハッ」

 乾いた笑い。自身を嘲笑う。おこがましい考え方だ。こんな手で、一体誰が守れるというのか。そして、こんな手であの二人を殺せるというのか。
 客観的に考えれば無理だ。プレシアは原作通りなら武装局員を一蹴する実力を持ち、さらにはAランクの傀儡兵を多数抱え込んでいる。そしてバグズに関しては、どんな後ろ楯があるかわかったものでもなく、そもそも依頼完了したときの合流場所も登録していたデバイスもない今、何処にいるかさえ見当つかない。
 なら先にプレシアを殺すべきか? それならやり方は簡単だ。いずれ来るだろう原作に介入するため、直ぐにでも地球に向かえばいい。そこで原作に関わりながらプレシアの元に行き――
 そこまで考えて、サクルはプレシアが結局死ぬことを思い出して唖然とした。しかもその死に様はあるはずもない夢を求めて、勝手に自爆するという滑稽な死に様。
 なら、俺が何もしなくても死ぬなら。俺達があそこで戦った意義とはなんだった?
 不意に過ったどうしようもない事実に、サクルは冷水を頭からかけられたかのように顔を青ざめさせた。仮にこの世界がどうしようもなく『リリカルなのは』なら、自分の苦難、ククリの願い、これらは何だ?
 何のための人生だったのか。
 何のための戦いだったのか。
 何のための犠牲だったのか。

「俺、は」

 片手で顔を覆い、変わらない世界が訪れるかもしれない現実に恐怖する。流した血も、失った命も、全てはリリカルなのはという綺麗な世界に――何も影響を与えていない。

「俺達は」

 世界は変わらない。神に願った『リリカルなのは』が叶ったのならば、世界はそのまま進むだろう。
 今こうしている間にも失われる全ても意味をなさず、ただただ世界は変わらず。

「俺達は、何で生きた?」

 所詮は、画面に映ったことも設定にすら出たこともない、モブキャラ以下の有象無象。
 それが、自分達。

「うっ……」

 込み上げる吐き気を堪えられず、サクルは床に胃液をぶちまけた。胃袋には何もないのか。腹が減っているのも納得だ。

「ぐ……そ」

 酸味のする口を拭い悪態をつく。まとわりつく怨嗟の声すら遠い。例えどんなに死が重なろうとも、世界はその程度では変わらない。
 変わらずジュエルシードを奪い合い。
 変わらず友情を育み。
 変わらず闇の書を巡り争い。
 変わらず未来を信じて。
 その通りに悪は消え、綺麗な輝きばかりが残る。
 サクルが何もしなくても、それは必然として確定された未来なのだろう。
 何故なら、サクルが前世にそう願い、そうなるべき世界にサクルは転生したのだから。
 だが神はサクルの願いを一つしか叶えなかった。主人公らしい最強の力も、固い友情も、優しい愛も、何もかもを彼に与えなかった。
 残ったのは自責に潰れかけ、復讐しようにも、願った世界にその復讐すら意味なしと断じられた自身の身一つ。

「ククリ、俺は……」

 俺達は。そう続けようとした瞬間、部屋の扉がゆっくりと開いた。

「目覚めたかい?」

 現れたのは学者らしい白衣を着た男と、これまた白衣を着た、今まで見たこともないような美貌の女性だった。
 女は床に広がる胃液を一瞥すると、右手で空間に現れたキーを操作した。直後、部屋に雑巾とバケツを持った小型ロボットが入り、床を掃除した。

「体調は……聞くまでもないか」

「あぁ、最悪だ」

 サクルの返しに、男は金色の瞳を愉悦に細め、ベッドの隣に立った。
 普段なら油断なく男を警戒しただろうサクルも、今は何かする気にもなれず、ただニヤニヤ笑う男を見上げるばかりだ。

「左眼球蒸発。左半身に治療不可能の火傷。肺は機能を九割喪失、そうでなくても無事な内臓は一つもなく。左腕は付いているだけの肉の塊となり、唯一無事と言えたのは脳味噌と右半身の一部。以上の怪我が、おめでとう、完治だ」

「……」

「どうした? 少しは喜ぶといい。『普通なら』死んでたはずなのだから。そもそも生きてるだけで奇跡なら、完治したのは最早異常だと言ってもいい」

 愉快に語る男の言葉は、本来彼の言う通り異常だった。言葉通りならサクルが生き残ることはあり得ない。
 死んで当たり前の怪我。なら生きて、しかも完治したのは異常の産物。

「レアスキル……いや、その枠組みにも収まらない特異技能、特異生命体」

 金色の眼がサクルを射抜く。実験動物を見るような、人を人と思わぬ魔の眼差し。

「初めましてサクル・ゼンベル。私の名はジェイル・スカリエッティだ」

 吐き出された名前。サクルの目に驚愕が浮かび、堪らず男、スカリエッティの顔を見た。
 冷たく、だが興味深く自分を観察する彼の瞳に舐められて、

「ジェイル・スカリエッティ……無限の欲望だと?」

 紡がれる一言を皮切りに、サクルは瞬く間に背後に控えていた女に首を掴まれベッドに押し付けられた。
 肺の空気がなくなり、掴まれた首がミチミチと軋む。サクルはたまらず首にまとわりつく手を両手で掴み、引き剥がそうと試みたが、たかが女の細腕は、万力のようにサクルの首から離れない。

「何処でそれを?」

 美貌の女が眼を金色に輝かせサクルを見据える。機械のような冷たさ。否、事実、目の前の女は機械なのだろう。
 サクルは血色が変わるのを自覚しながら「ハハッ」と吐き捨てるように口を吊り上げた。

「何が可笑しいのかしら?」

「い、や……」

 いぶかしげな女を他所に、サクルは狭まる視界の奥で、あまりにも無用心な自分を笑っていた。
 同時に、何故全てが磨り減った今さら、こうして原作と関われるようになった己の境遇が可笑しかった。
 サクルの正気を疑う女にはわからない。その隣で笑う陰湿な科学者にもわからない。彼だけが笑える。知っているから笑える。

「……放、せ。喋れない」

 笑いもそこそこに、いい加減意識が朦朧としてきたサクルがそう言うと、女はスカリエッティを一度見てから渋々といった風に手を放した。
 解放された途端サクルはむせる。満足いかなかった呼吸を再開させ、まだ生きてる事実を改める。

「お前は、ウーノか?」

 そしてサクルは半信半疑ながら女に向かって名前を呟いた。

「ッ……」

「そうか」

 体を震わせ、驚きを露にする女を見て、やはりと得心。

「スカリエッティ」

「なんだい?」

「他の戦闘機人は何体まで起動している」

「これはこれは……」

 はたして、僅か数人以外誰も知らないはずの、少なくとも一介の傭兵ごときが知ってるはずのない情報を聞いたスカリエッティは、軽く驚いただけであまり動揺していなかった。
 むしろどうやってその情報を得たのか。そのことに興味をもっている始末だ。

「聞いてどうする?」

「確認」

「確認?」

「どうやら、俺は本当に――なのはにいるらしい」

 決定的だった。これもまた今さらだが、自分が本当に物語の中にいることを理解した。
 そして、自分が漏らした言葉の危険性もまた然り。知らない情報を知っている人間がいる。しかもその情報が外部に漏れたら危険な代物であるなら、サクルの今後がどうなるかは決定的だ。
 よくて監禁、拷問。まず間違いなく死ぬ。
 だがそれでもよかった。いつか思ったことだが、サクルは疲れていたのだ。
 終わらない戦い。
 始まらない安息。
 なのに死だけは続いてる。

「殺すなり、好きにしろ」

 限界など、それこそこの世界に来た瞬間に超えていた。肩に乗り掛かる死神に、足を掴む死んだ人間の骸が、サクルを奈落に落としている。
 落ちなかったのは奇跡が奇跡のように積み重なっただけ。決して自分の実力ではない。
 だからサクルは疲れて、果てた。そしてククリの死と、その復讐すら出来ないことを理解した瞬間、サクルの全ては砕けたのだ。
 思わず無限の欲望と呟いたのも丁度よかった。何もかも吐き出して、いっそ全てを滅茶苦茶に出来れば、この煤けた人生にも意味があったというものだろう。

「そういう訳にもいかないな」

 だが自棄になりかけのサクルに反して、スカリエッティの興味は増すばかりだった。
 正直に言おう。スカリエッティをもってしても、目の前の人間をどう扱えばいいかわからなかった。あり得ない情報を知っている時点で、より扱いは難しくなったといってもいい。

「君は、君が思う以上に最高の素材だ」

 だからこそ、この言葉に偽りはない。訳がわからない。スカリエッティにとって未知とは最高のご馳走だ。
 ただでさえ『目の前で再生した』ばかりか、外部にまだ漏れてないはずの情報すら知っている。笑いを堪えろというほうが無理だった。

「実に素晴らしい。たまらない。君こそ私が求めていた『生命』かもしれない」

 情報を何処で得たのかはこの際いい。スカリエッティにとって重要なのは、理解の外にサクルが存在するという一点。

「……」

 最早、愛の告白に等しいスカリエッティの言葉に、サクルはただ唖然としてしまった。
 普通なら、スカリエッティの隣で驚愕する女、ウーノの反応が当然だ。
 だが、この狂気の科学者、ジェイル・スカリエッティは違う。それすら『面白い』と思っているその底知れぬ器。もしくは気が触れているといってもいい。
 彼は故にサクルを求め、その在り方に、サクルは初めてなのはの登場人物に恐怖した。

「……殺さないのか?」

「まさか! いや、白状すれば君がここに運びこまれた時点で、何度か殺そうとはしたのだが……全てが全て、嬉しいことに失敗した。まず初めに、友人に連れてきてもらった直後に回復した君を、動かないように固定してから、質量兵器の射撃を――」

 そしてスカリエッティは語りだした。如何にしてサクル・ゼンベルを殺そうとしたのかを嬉々としてだ。
 その中には凄惨極まるものもあったが、それ以上にサクルが気になったのは。

「氷点下の放置も失敗した私は、ならば発想を変えて灼熱に放り込もうとしたのだが、溶鉱炉に落とした直後に――」

「スカリエッティ」

「と、なんだい? すまないね。話し出すととまらない口なんだ」

 未だ醜悪な笑み―何となくだが、これが普通なのだろうと薄々感じてきてはいたが―を浮かべるスカリエッティを睨み、話の始め、そう、サクルは一体、

「俺を運んだという友人は?」

 誰に連れ出されたのかということだった。

「あぁ……まぁ気になるだろうね」

 何となくその質問の意味を察したスカリエッティは、勿体つけるように一呼吸置くと、

「バグズ。君を死地に叩き込んだ男さ」

 その真実を突きつけた。

「ッ!」

 瞬間、萎えていた気持ちが一気に膨れ上がる。奥歯を噛みしめ、サクルはスカリエッティに飛びかかりそうな自分を律した。

「……あいつについて、教えろ」

 怒気が滲む。最早、サクルにとって原作に絡むのはどうだっていい。
 どうせプレシアは死ぬのなら、せめてあの男だけでも。直接的に手を下した訳ではない。だがしかし、彼がもっと正確な情報をこちらに渡せば、ククリは死ななかったかもしれない。
 だからあいつに報復を。サクルな熱に浮かされた瞳に睨まれながら、しかしスカリエッティは怯まない。

「復讐か?」

「笑うか」

「勿論。その在り方は笑うべき純粋だ。受けた仇を返せない人間に、受けた恩を返せるわけもないとも言う。それともここは基本に忠実に、復讐は不毛だとでも涙ながらに訴えようか?」

「やめろ。キャラじゃないだろ」

「よくわかってるじゃないか」

 クツクツと肩を揺らし、スカリエッティが笑う。その笑みの内側で、ろくなことを考えてないのは明白だろう。

「それで」

「うん?」

「奴について教えろ」

「あぁ……」まるで忘れたかのような仕草を一つ、スカリエッティは一呼吸入れ「友人というよりは、もう一人の私、といったところかな? 彼もまた、私と同じ技術によって産み出された怪物なのだから」と、あり得ないことを口走った。

「な……」

「どうやらこのことについては知らなかったみたいだ。戦闘機人を知りながら、私の交友は知らない……ふむ、君は戦闘機人関連でしか私を知らないのかな?」

 サクルが見せた僅かな無知のみで、僅かに真実に近い推測を立てるスカリエッティの言葉も耳に入らない。それ以上に、なのはに存在しないはずの第三者がいる事実が、サクルを混乱させていた。

「さておき彼のことか。今はバグズと名乗っているが、コードネームは『無限の欲求』。脳のスペックを弄った怪物が私なら、彼はリンカーコアを弄った怪物。簡単に説明するなら以上で終わりだ」

 だがサクルの内心など気にせずにスカリエッティは言葉を重ねる。
 怪物。スカリエッティすら認める異端存在。混乱する思考とは裏腹に、その情報はサクルの中に記憶されていく。

「怪物?」

「そう、管理局が現在、表向きにはいないとしている最高ランクのSSS+。それが彼の怪物たる所以さ」

「SSS+、だって? そんなバカな!?」

 嘘を並べて自分を嘲るつもりと思ったサクルが声をあらげる。ウーノがその剣幕にスカリエッティとの間に立ったが、スカリエッティはその肩を叩き横に退かすと、ぎらついたサクルに近づき、ぎらつく目を観察するように覗き込んだ。

「嘘をつく必要があると?」

「お前はそういう……ッ!」

「おや、そういう風に断言出来るほど、君は私を知っているのか」

「……ッ!」

 反論出来ない。サクルは、スカリエッティが今ここで嘘をつく必要がないことがわかっているし、そもそもスカリエッティのことは画面ごしでしかしらないのだ。

「でも、だったら……」

 あり得ない。サクルを微塵も寄せ付けなかったプレシアすら、戦いが専門でないのにあの実力だった。
 だというのに、オーバーSの最上級。あいつも、あの男も圧倒的な強者。

「……だとしても」

 だが、バグズは死なない。プレシアのように惨めを晒さないのなら、戦う意味はあるはずだ。

「俺は、奴を殺す」

 誓いが溢れた。瞬間、様々な葛藤が彼岸に行き、ただ真っ直ぐな怒りだけが総身を支配した。
 そのことを理解したのか、スカリエッティは意味深に頷くと、「なら、話は早い」そう言って、右手を差し出した。
 何のための手なのか。疑問に目を細めれば、「契約をしよう」相変わらずの憎たらしい笑顔のスカリエッティ。

「契約?」

「あぁ、契約だ。どうだい? 損はさせないよ」

 目の前の手は、掴めばきっと最悪への引き金になるだろう。原作を見ればわかる。終わりはきっとまともじゃすまない。
 だがそれでも、それが終わりに繋がるならば――

「さっきも言った」

「それはつまり」

「変わらないさ。好きにしろ」

 地獄への片道キップも悪くはない。




次回予告


少女の名前。少女の記憶。愛された記憶。愛された名前。
どれもが自分の過去ならば、受け付けられぬ現実は過去の残した戒めの鎖か。
フェイトの名前。フェイトの記憶。アリシアの記憶。アリシアの名前。
相反を感じさせるのは、あの日あの時あの瞬間見てしまった男の顔が焼き付いてるから。

次回『テスタロッサ』

これは、リアルだ。






6/12
誤字修正。危うくケツの穴を晒すがごとき醜態に気付かぬところだった……まぁ晒すの嫌いじゃないですが。





6/29
まだ晒してた事実に私はそりゃもうトキメキ――泣いた。




7/17


またまた修正。しかも取り返しのつかぬ醜態。反省ついでにちょっとパンツ被って夜の街に飛び出します。




[27416] 第六話【テスタロッサ】
Name: トロ◆0491591d ID:3915bd45
Date: 2011/09/15 22:21


 日課である日記を書くのもほどほどにして、金髪の愛らしい少女がベッドに沈む。その目には今にも溢れそうな涙が光っているが、それを流さないように少女は健気に天井を見つめて堪えていた。

 ――自分を信じられない。信じようがない。何故なら刻まれた記憶を実感出来ないから。

 本当に自分はフェイト・テスタロッサなのか。誰にも相談せず、今もこの胸で騒ぎ続ける疑問。まだ『生まれたばかり』の少女、フェイトは、辛いことや悲しいことがあると、ベッドに座り膝を抱き抱えて、言えない悩みに葛藤してしまう。
 記憶が正しければ、フェイトはある日大きな実験の被害に会い暫く眠っていたらしい。起きた後に母からそう言われ、記憶の最後も、確かにベランダに出たら何かが光って記憶が途絶えている。
 だがフェイトは記憶が信じられなかった。何故かは知らないが、自分が見聞きして蓄えたはずの記憶が、何かの映像を見せられているようにしか思えなかったからだ。優しかった母の笑顔も、無邪気にはしゃぐ自分も、あの日二人で食べたご飯に、妹が欲しいと駄々をこねた瞬間も。

 ――だって、母さんは私を『アリシア』って呼んでいる。

 全てが全て他人事にしか思えず、フェイトはかつての自分を信じられなかった。
 起きてから暫くして冷たくなった母の態度も、記憶の正しさを信じられないことに拍車をかけていた。本当は自分が自分ではないから、あぁして冷たい態度なのではないかと、今だってプレシアに素っ気なくされて、フェイトは心苦しさに塞ぎ込んでいるのだから。
 ならば、フェイトがフェイトの記憶として正しく認識出来るのはどこからか。プレシアの笑顔も、無邪気な自分も、破滅の瞬間も、何れも自分のものだという確信がないのだ。
 思い起こすのは、冷たい水とガラスの感触。

「母さん……」

 暗い室内。遠くから自分を見て今にも泣きそうな表情で微笑む母、プレシア。あの優しげな姿が脳裏にあるから、フェイトは例えそれ以前の記憶が信じられなくても、プレシアが大好きだった。どんなに記憶を積み重ねても色褪せない、自分を見て感激する母親の慈愛に満ちた姿こそ、フェイトがプレシアを嫌わない理由だ。
 そしてもう一つ。誰なのかもわからないのに、ただ目が合っただけだというのに、こんなにも自分の胸の中に刻まれている。
 それは、遠くの母親よりも自分のすぐ近くで、苦しそうな眼差しで見つめてくる傷だらけの少年。

「……お兄さん」

 少年のことを呟き、思い出せばほら、悲しかった顔にも不思議と笑顔が戻ってくる。
 信じられない記憶の中、唯一自分のだと認識出来る記憶に住む、母と少年の二人。優しそうな母と、傷が痛々しい少年。
 少年の名前を知らないフェイトは、彼が兄なのではないかと考えていた。傷だらけ、もしかしたら危ないことをしているのかもしれない。
 記憶の正しさに葛藤しながら、いつだってこうして記憶は振り替えるのはそう、おそらく自分より大変なのだろう少年を思い出しては、もう少し頑張ろうとやる気を出せるからだろう。

「うん……頑張れ、私」

 プレシアにはこのことを話していない。もし言ったら、今より冷たくなってしまうかもしれないと思うからだ。
 多分、事故の影響か何かなのだろう。幼いながらに達観した思考でそう自分に言い聞かせた。

「失礼しますよフェイト」

 と、不意に部屋の扉が開き、見知らぬ女性が中に入ってきた。警戒心からか、後退りするフェイトを見て女性が苦笑する。

「アハハ、すみません。少しビックリさせちゃいましたね。私はリニス、今日からプレシアにあなたの教育係を任されました」

 明るい口調で語るリニスは、フェイトが初めて出会う快活な人間―使い魔ではあるが―だったため、人見知りからか軽く会釈するだけだ。
 最初はそんなものだろう。リニスは笑顔で「よろしくお願いします」と言うと、フェイトの側に寄り手を差し出した。

「あの……」

「握手です。友好な関係のためには大切ですよ」

 リニスの顔と手を見比べ、フェイトは意を決して彼女の手を握った。

「あっ……」

 起きてから直ぐに触れたプレシアの手から、他人の体温を感じたことがなかったフェイトは、リニスの暖かな手のひらに驚き、知らず、目頭を熱くさせてしまった。

「えっ? えっ!? そ、そんなに嫌だったのですか!?」

「う、うぅん……違う。その、なんか、嬉しいのに……私、変だ」

 慌てて手を離そうとしたリニスの手を強く握り、空いた手でフェイトは溢れる涙を拭う。
 まだまだ幼い子が、手を触れるのにも怯え、その暖かさに涙する。その意味することを何となく察して、リニスは表面上は笑顔でいながらめ、内心は複雑だった。
 つい先程、プレシアによって作られた彼女だが、精神年齢という点ではプレシアと同じくらいである。だからこそ、娘であるフェイトを自分に任せ、ただ『使えるように教育しなさい』とだけ言われたのは疑問だった。

「……」

 リニスはそれ以上何も語らず、フェイトをそっと包み込んだ。
 事情はわからずとも、この小さな少女が、どんな苦労をしてきたのかくらいはわかるつもりだ。
 何せ、温もりを享受するのが当然の少女が、温もりに涙するなんておかしすぎる。

「大丈夫。大丈夫ですよフェイト」

 冷えきった彼女を包み込む。せめて、この瞬間だけでも辛い出来事を忘れられるように、と。






 それから、リニスとテスタロッサ親子の微妙な生活は始まった。
 研究室にこもり、食事と排泄と風呂以外にそこから出ないプレシア。そんな彼女に認められたいがために魔法の練習を頑張るフェイト。その二人を見守り、親子の関係の橋渡しを出来ないか悩むリニス。端から見れば奇妙な関係だっただろう。
 だが始めの一年は、それでも穏やかな一年だったと思う。フェイトとの会話を極力避けようとするプレシアに、毎度注意するリニスがプレシアと口論となることはあったが、その程度の小競り合いしかなかった。フェイトは順調に魔法の腕を上げていき、この調子なら、もう半年もしない内に自分の役目がなくなるだろうとリニスも思い始めていた。
 そんなある日、フェイトから相談があると言われ、リニスとフェイトは庭園の外にある大きな木の下で並んで座った。

「あのねリニス……私……」

 普段よりさらに歯切れの悪いフェイト。リニスはその深刻な様子から、魔法による悩みではないなと勘づいた。

「大丈夫。どうしました?」

「あ、あの……私、実は……」

 フェイトはそこで一端言葉を切ると、深呼吸を一つ、勇気をかき集めるように胸に両手を置いた。

「私、本当に母さんの子どもなのかな?」

 その一言を皮切りに、フェイトは次々に思いの丈を吐き出した。
 事故より前の記憶では、自分がアリシアと呼ばれていたこと。
 事故前と後で全然違うプレシアの態度。
 そして、その中間にある、一瞬だけの確かな記憶。
 その全てをフェイトは打ち明けて、静かに泣いた。溜め込んだ思いを全て言えたからか、あるいはこのことを言ってリニスに嫌われると思ったからか。
 いずれにせよ、リニスはフェイトを抱き締めて「今までそれを一人で抱えて辛かったでしょう」と言って、ただ慈愛に満ちた笑顔を浮かべた。

「頑張りましたねフェイト。いっぱいいっぱい、頑張りましたね」

「う、うぅ……」

 言葉も出せず、フェイトは咽び泣く。ようやく言えた己の罪。伝えるだけで、フェイトは救われていた。
 一方、フェイトの告白を受けたリニスは、どうしてプレシアがフェイトに冷たかったのかの理由を知り、一つの決意を固める。

 ――どうしてそこまでフェイトにきつく当たるのですか?

 自分がフェイトの教育係としていられる時間も短い。この調子でフェイトが成長すれば、半年、あるいは一年程か。自分の教えられることはなくなるはずだ。
 幸い、フェイトのデバイスであるバルディッシュももう少しで完成する。代わりの使い魔候補も出来た。
 心残りは、二人の関係だけだ。千切れかけている親子の絆を再び繋ぎ合わせる。
 切っ掛けは今しかない。フェイトの語った真実が、リニスに覚悟を決めさせた。

「全部、私に任せてください」

 柔らかな金の髪を撫で付けて、リニスは強い決意を瞳に宿した。






 日に日に焦る毎日が続く。どんなに研究を重ねようと上がらない成果。体を蝕む病魔の影。それらがプレシアの今を追い詰めていた。

「これでもない!」

 先程まで書いていた資料を払い退け、プレシアは肩で大きく息をしてから、苦痛を滲ませ吐血した。

「くっ……時間が、ない」

 妄執と言いたければ言えばいいだろう。自分が産み出した幼い少女を放置するのは外道だと、蔑みたければ蔑めばいい。
 だがプレシアは、アリシアと再び日々を過ごしたかった。あの優しい毎日を取り戻したかった。
 そのための手段であったプロジェクトFは、アリシアとは似ても似つかないフェイトという少女を作っただけに終わった。アリシアとは違う、似てるからこそ、細部の違いがプレシアを苛立たせる。

「……」

 だがそれでも、最初は嬉しかったのだ。あの日、培養槽で目覚めたあの時、どんなに嬉しかったのかわからない。
 馬鹿馬鹿しい。プレシアは頭を振って、あんな偽物が目覚めたことで喜んだのを否定した。自分の娘はアリシアだけなのだ。あんな木偶人形と一緒にするのはおこがましい。

「あぁ、許してちょうだい……アリシア」

 プレシアは培養槽な中で眠るアリシアを、虚ろな眼差しで見上げた。
 ガラス越しに触れ合い、痛みと焦燥に忘れてしまいそうになる誓いを新たにする。

「必ず助けてみせる。必ず……」

 死んだ我が子を蘇らせる。それは生命の禁忌に触れる所業に違いない。だがそうすると決めた。そのために自らの手も汚した。
 だからもう、後には引き返せないのだ。

「アリシア……アリシア」

 冷たいガラスごと我が子を抱き締め、プレシアは束の間の眠りに沈んでいく。
 自分が産み出した現実には目を向けず、ただいつかの優しい記憶に包まれながら、プレシアは自分の中に芽生えている気持ちも偽って、たった一人で道なき道を進むのだ。






 黒く輝く鉄の存在感。初めて目にする鋼の風格に、フェイトは年相応に瞳を輝かせた。

「わぁ……見てアルフ。凄いカッコいいね」

 少女には大きすぎる鋼だが、見た目以上に軽いのか、容易く片手で扱える。
 器用に鋼――インテリジェントデバイスのバルディッシュを振り回すフェイトを、その使い魔であるアルフが「フェイトカッコいい!」と、バルディッシュが回るのに合わせて尻尾を振り回し褒め称えた。

「フフッ、気に入ってくれたみたいですね。私も作ったかいがあったというものです」

「リニスありがとう!」

「リニスはやるねぇ」

 幼い二人の感謝に微笑みで返し、リニスは微笑ましい光景に目を細めた。
 あの告白から暫く、フェイトには使い魔のアルフが出来た。フェイトを第一に考える彼女ならば、きっとこれからの長い人生でフェイトの支えになるはずだ。
 そして、バルディッシュと名付けたインテリジェントデバイス。今はフリスビー代わりになり、虚空に舞い、アルフにキャッチされるのを繰り返され『H,Help……』などと情けない声を出してはいるが、いずれフェイトの身を守る力として役に立つ『Noooooo!!』はずだ。多分。

「次は棒高跳びしてもいいかなアルフ」

「じゃあ私はチェーンバインドでバーを作るよ!」

『s,sir?』

「バルディッシュはポール役お願いね」

『oh……』

 告白をしてから、フェイトに笑顔が増えてきたのは気のせいではないだろう。今までは言わなかった我が儘も少しずつ増えもした。そこには自分だけでなく、アルフがいたおかげなのもあるだろう。
 何にせよ、今まで抱えていた不安が取り除かれ、未だプレシアの前では萎縮するが、前向きになってきたのはよい兆候だった。
 フェイトが本来持っていた明るさが戻り、いつかは――

(そう、いつか……プレシアにもこの笑顔が伝わったら)

 そのときこそ、自分の教育係としての役割は終わりを告げるのだろう。
 こんなにも優しさに満ちた世界がすぐ側にあることを、プレシアにはわかってもらいたい。
 何故なら、リニスはフェイトの教育係である前に、プレシアの使い魔だから。主人の幸せこそが、何よりの望みなのだから。

「フェイト、アルフ、バルディッシュ」

 笑い合う(一部悲鳴)彼らをリニスは呼んだ。フェイトとアルフ、そして機械なのに今にも泣きそうに点滅しているバルディッシュ、それぞれがリニスを見る。
 大事な大事な自分の家族。その姿を目に焼き付けるようにジッと見つめると、フェイトとアルフの頭を撫でた。

「リニス?」

 突然のことに首を傾げるフェイトだが、すぐに目を閉じるとリニスの手のひらに自分の頭を委ねた。
 初めて会ったとき手を握るのすら躊躇った少女も、今は甘えることにだいぶ慣れた。そうだ、この姿こそが普通なのだ。
 リニスは腰を屈めると、二人の目線に顔を合わせる。

「少しプレシアの所に行ってきます。ご飯はいつもの場所に置きましたので、陽が落ちるまでには戻って食べてくださいね」

 アルフは「はーい」と片手を上げて快活に答え、フェイトもいつもと雰囲気の違うリニスを不思議には思ったが「わかった」と言った。
 リニスは二人の返事に笑顔で頷くと、踵を返してプレシアの元へと歩いていく。

「フェイト、次は何する? ……フェイト?」

 去っていくリニスをいつまでも見るフェイトの肩をアルフが叩いた。

「あ、うん……」

 笑顔のアルフと二人、僅かに過った不安を振り払うように笑顔でこう言った。

「じゃあ次は野球してもいいかなアルフ」

 バルディッシュは絶望した。






「やっと、やっと出来た!」

 プレシアは大量の紙がばらまかれた部屋で、遂に自分の望んだ成果が見つかり歓喜していた。
 虎の子だったプロジェクトFは頓挫し、最早現行の技術ではアリシアを救うのは不可能と考えた末、プレシアが求めたのはおとぎ話とされている国。アルハザードだった。
 古い文献から、絵本まで。アルハザードに関連する資料とあればあらゆる物を手に入れ、分析し、ようやく座標の特定にまで漕ぎ着けた。
 だが問題はまだある。次元の狭間に閉ざされたアルハザードへの道を開くには、莫大なエネルギーが必要となる。それこそかつてアリシアを奪った忌々しい事件を超える量のエネルギーがだ。
 しかし道は開けたのだ。エネルギーの問題はあるが、そんなの条件に見合ったロストロギアを見つければいいだけの話。

「そうよ。そして私はまたアリシアと一緒に……」

 胎児のように丸まり、まるで眠っているかのようなアリシアを培養槽越しに慈しむ。今は触れないが、いつかきっとこの手で抱き締められる日が来るのだ。

「すみません。プレシア、入ってもよろしいですか?」

 アリシアとの触れあいに、第三者の邪魔な声が入る。プレシアは僅かに眉を潜めると、アリシアを転送させて「いいわ。入りなさい」と言い扉のロックを解除した。

「失礼します」

 自動で開いた扉。来訪したリニスは、いつも通りとはいえ紙が散乱した部屋を見て顔をしかめた。

「プレシア。先程、フェイトにデバイスのほうを渡しました。後はバルディッシュの使用方法を教えれば、私に与えられた目的は完了します」

「そう」

 プレシアの返事は簡素なものだ。目的を果たす。それがつまり、リニスとの使い魔契約が終わる――リニスの死であることを意味するということなのに。
 あまりにも冷たい主人の言葉に、リニスは仕方ないなと苦笑を漏らした。結局、今日このときまで、彼女との信頼関係だけが築けなかったことを寂しく感じる。
 でも、だからこそ、この関係を自分がいなくなった後にフェイトへ引き継がせたくなかった。リニスは、両手に抱いたフェイトの部屋から持ってきた数冊の古びたノートを握りしめ、すでにリニスではなく新たな資料を見るプレシアにただ一言。

「もう、やめませんか?」

 と、悲しげに目を伏せて呟いた。
 資料を捲る手を止めてプレシアがリニスを見る。まるで何を言っているのかわからないといった風な眼差しを、リニスは直視することができなかった。

「プレシア、あなたの気持ちもわかります。ですが、そのせいであなたの子どもであるフェイトが――」

「ふざけないで!」

 リニスの悲痛を遮り、プレシアが怒りに顔を歪めた。
 普段なら不愉快だが軽くあしらったかもしれない。だがようやくアリシアを目覚めさせる方法に届き気が僅かに緩んだプレシアには、リニスの言葉は許容できるものではなかった。

「あの子が私の娘!? 馬鹿を言わないで、私の娘はあんな紛い物ではないわ!」

「な、にを……」

「えぇそうよ。所詮あれはアリシアが蘇るのに役に立つだろうから手元に置いただけの人形でしかない。私のアリシアとあれを一緒にしないで!」

「……!」

 リニスはプレシアに近づくと、感情の赴くままに彼女の頬を叩いた。

「フェイトは……! あの子がどんなにあなたを!」

 最早、言葉にはならなかった。涙を溢れさせながら、腕に抱いたノート――フェイトが書き記した日記――に宿る想いがリニスには辛かった。
 言ってやりたかった。フェイトが、プレシアに避けられて、自分の記憶も信じられないのに、それでもプレシアに喜んでもらえるよう努力したフェイトの想いを言って、分からせたかった。
 だが、それはリニスの役目ではない。本当は言いたかったけれど、この家族の絆を作るのは、自分の言葉ではない。

「……あなたが言うアリシアのことは知ってます。失礼ながら、密かに調べさせてもらいました。アリシアがどうなったか、そしてフェイトがどのようにして産まれたのかも」

「だったら!」

「それでも! フェイトはあなたの娘です! どんなにあなたが突き放しても……フェイトは! フェイトは!」

 あの日、記憶を疑うフェイトの告白を受けてから、リニスは密かにプレシアの研究室を調べていた。そこで、アリシアとフェイト、二人がどんな関係にあるかを知り、何故記憶が間違いなのかの理由もわかった。確かに明確にはプレシアはフェイトの親ではないかもしれない。しかし、それでも二人は親子なのだ。
 そのことを上手く言えない自分がもどかしい。だが、言葉の代わりは確かにこの手にある。
 リニスは持っていたノートを資料の散乱した机に置いた。

「プレシア、私からはもう何も言いません。ただ、もしあなたが僅かにでもフェイトのことを思う気持ちがあるなら、どうかそのノートを読んでください」

 願わくは――それ以上は告げずに、リニスは研究室を後にした。
 閉まる扉。叩かれた頬を押さえて、プレシアは身体中をかき乱す気持ちを持て余していた。
 自分は正しいはずだ。あんな人形なんかに情などわかない。大切なのはアリシアとの再会と、失われた優しい時間の再開、この二つだけのはず。

「そう、他のことなんて……」

 自分に言い聞かせるように一人言をぼやくと、プレシアは机に散らばる資料を取ろうとして、ポツンと置かれたノートを見た。
 ただ静かにそこにあるだけのそれは、まるで物静かなフェイトを彷彿とさせるようで、プレシアは怒りのままにノートを掴むと床に叩きつけた。

「こ……の!」

 腹立たしい。息を荒々しくさせたプレシアは、次の瞬間込み上げる何かを押さえられず、口に手を当てるとそのまま咳き込んだ。

「ッ……!」

 床に膝をつき、手のひらを見つめる。付着した赤色、体が限界を訴えていた。
 それでも、とプレシアは執念に目を眩ませ立ち上がろうとして――叩きつけて開いたノートの内容が目に入った。
 始まりの一ページ。数冊のノートの、大事な大事な初めての日記の一文。そこにはたどたどしい文字で――

 ――アリシアって、誰なんだろ?

 書かれた言葉。フェイトがプレシアに語らなかった悩みの鎖。
 プレシアはただ惹かれるように、無意識にノートを手にとって、続きを読み始めた。
 そこに書かれるのは、苦悩しながら、それでも努力を続ける、自分が人形と言い切った少女の『生』の記憶。

 今、冷えきった親子の関係に、小さな波紋が揺らぐ。






 ◯月×日。
 母さんはあれ以来笑ってくれなくなった。やっぱし私がアリシアって子じゃないからなのか。でも、記憶では私がアリシアだ。わからない。でも、がんばれば母さんはまた笑ってくれるはず。


 ◯月△日
 今日も母さんに怒られた。泣いちゃうとまた母さんは怒るから我慢。でも部屋に戻ったら泣いた。そんなとき、母さんとお兄さんを思い出すと安心する。あのときみたいに母さんはまた笑わないかな?


 △月×日
 リニスっていう新しい家族ができた。母さんは研究で忙しいから私に冷たいらしい。なら、いっぱい勉強して早く母さんのお手伝いができるようになろう。それで研究が終わったらお兄さんを探しに行く。いつもありがとうっていつか二人に言いたい。


「……」

 無言のままにプレシアはフェイトが記した日記を読み進める。
 初めは苦悩に満ちた内容だった。プレシアさえ知らなかったフェイトの悩み。それは記憶のダウンロードの失敗を意味していたが、プレシアはその事実すら考えずに、無心で日記に目を通す。様々な日常の書かれた彼女の世界の断片。

 母さんは喜ぶかな?
 母さんが辛そうだ。
 母さんのために頑張ろう。

 その何れの文にも、必ず自分を思う言葉があった。人形と蔑む少女の、確かに感じる自分への慈愛の心。

「……ッ」

 だからどうしたというのだ。プレシアは唇を噛み締め、自分を惑わせる忌々しい日記を投げ捨てようとするが、心とは裏腹に、日記を掴む指は、次のページを静かに捲る。
 沢山の気持ちがあった。物静かな少女の、ありったけの気持ちが詰まっていた。自分の笑顔と、誰とも知らぬ男の記憶しか信じられないはずなのに、そこには溢れんばかりの心があった。
 プレシアの心は乱れる。何故こんなにもフェイトは頑張れるのか。何故こんなにもフェイトを人形としか見てない自分を愛せるのか。
 わからない。もう答えは遥か昔から出ているのにプレシアはわかりたくない。わかるには、フェイトを人形と突き放した時間はあまりにも長かった。
 だがそれでも、複雑にプレシアの心に絡みつく鎖は、ページを捲る度に少しずつ解かれていく。
 知らず、苛立ちに歪んでいたはずのプレシアの表情は、今にも泣きそうなそれに変わりつつあった。
 彼女は事実、唯一の存在であるアリシアを蘇らせるために狂気に浸った。今もそうだ、全てはアリシアのため、アリシアを取り戻すために、最早治すことも難しい壊れるだけの体に鞭打ち、非道を進んできた。その道で沢山の過ちを積み重ね、その業は既に、アリシアを救うという目的がなければ、容易くプレシアを奈落に引きずりこむほどだ。
 だがプレシアは昔からそうだったわけではない。アリシアを失う前は、ただの母親にすぎず――どうしようもなく普通の人だった。人を愛して、愛されるのを喜べる人間だったのだ。
 アリシアのために積み上げた罪がプレシアを変えた。それしか見えない、そういう風にならざるをえなかった。
 そんなプレシアの心が、フェイトの言葉によって昔のものに戻っていく。

「……フェイト」

 それでも、プレシアは昔に戻るわけにはいかなかった。今更どうして戻れようか。戻ることがアリシアを見捨てることに繋がるならば尚更だ。

「たかが人形の癖に……!」

 いつもなら容易く言えた言葉が、今はこんなにも心苦しい。それでもそう言わないと、プレシアは自分を保てそうになかった。
 だがプレシアの指はページを開く。まるでアリシアのように自分のことを一番に考えるフェイトの日記を求めるように。
 心が痛かった。全てを後悔したくなった。でも引き返せるような強さをプレシアは持ってなかった。母親としての強さがないなら、ただの人に戻って、これまでの罪を自覚できるほどプレシアは強くない。
 葛藤、混乱。渦を巻く心中のまま、フェイトの日記はどんどん今へと向かっていく。過去に戻ろうとするプレシアとは真逆に、未来へ向けてフェイトの日記は進んでく。
 そして、プレシアは遂にその一文を見つけた。それは、フェイトがリニスに悩みを告げ、ある程度自分の偽りの記憶に折り合いをつけられるようになった日の、フェイトにとって大切な日の日記。
 書かれていたのは他愛ないものだ。悩みを打ち明けられて、自分は自分のまま頑張ろうと書かれたそこには――

「あ……」

 堪らず、プレシアは日記を取りこぼした。同時に、天井を見上げ、溢れそうな涙を堪えようとしたが、堪えられずに涙が流れる。

「そう……そうだったわね。アリシア」

 プレシアは、いつかの記憶を思い出していた。アリシアとの優しい記憶、晴れた空、束の間の休日に、二人だけのピクニック。
 あの日言われた言葉に、プレシアはどう答えていいかわからず赤面してしまった。そんなかつての日々の名残。

「フェイト……」

 プレシアは日記を全て抱えると、半日ぶりに研究室から出た。
 元からの体調不良と寝不足等で足下がふらつく。それでもプレシアは今すぐに行きたかった。何を言いたいのかもまとまらないけれど、今すぐにフェイトに会いに行きたかった。
 これまでの葛藤も何もかも関係ない。脳の端っこにそれらは追いやり、プレシアは広い広い庭園を歩く。
 あの子は何処にいるのだろう。まるでフェイトの行動がわからない自分に自嘲する余裕もない。水を求める旅人のようにプレシアはフェイトを探す。

「――べ終わったら、バルディッシュとまた……」

「じゃぁ私はキャッチャーやるよ!」

 そしてプレシアの耳に、ようやく求めた声が届いた。プレシアは急いで声の元へと小走りに進み、あまりにも広い食堂の扉を開いた。
 数人で使うにはあまりに大きなテーブルで、フェイトとアルフが向かい合って食事をしている。
 見つけた。プレシアはこちらを見るフェイトの元へ歩く。

「あっ……母、さん?」

 突然現れた母親に驚いたのか、フェイトを目を見開いて食事の手を止めた。
 どうしたのかな? 今日は朝から研究室にこもっていて心配だったんだ。でもまだまだ魔法は勉強不足だから、お手伝い出来なくてごめんなさい。そういえば今日リニスからバルディッシュっていうデバイスを貰ったんだよ。あっ、母さんご飯まだだったね。今から母さんの分を――
 ぐるぐると言葉が浮かんでは消えていく。何を言おうか悩んでいる内に、プレシアはどんどんフェイトとの距離を詰めていき――疲労にピークが来たのか、その場な膝をついた。

「母さん!」

 慌ててフェイトはプレシアへと駆け出す。貧血もあるのか、顔は青ざめていて、側に寄ったはいいがどうすればいいかわからず、フェイトは混乱して、ふと、プレシアが抱えているものに見覚えがあるのに気付いた。

「あれ? これ……私の?」

 そうだ。間違いない。これは自分の日記だ。プレシアの体を、その小さな体で支えながら、どうしてプレシアが自分の日記を持ってるのか聞こうとして。
 ふわりと、フェイトの頭はプレシアの胸に抱き抱えられた。

「えっ? えっ?」

「フェイト……」

「は、はい!」

 何がなんだかわからず、自分を呼ぶプレシアに上擦った返事をする。
 その表情は伺えない。それよりも久しぶりの母の温もりにどうすればいいかわからずフェイトはもう混乱の境地にいた。
 プレシアは胸にフェイトを抱くだけだ。葛藤の多さで言えば、彼女のそれも同じくらいだろう。言葉も出せず、『娘』をその手で包むしかできない不器用な自分。
 でも言わないといけない言葉があった。言っても意味ないし、自己満足にしかならない。
 だけど、伝える言葉が一つある。

「ごめんなさい……」

「母さん?」

「ごめんなさい……フェイト」

 それ以上は今は言えない。静かに啜り泣くプレシアの気持ちを汲み取って、フェイトは抱かれるに任せてもう何も言わなかった。
 突然プレシアがこんな行動に出た理由はわからない。でもこの温もりは、フェイトの切望した温もりだ。
 だから、これでいい。これで充分。
 だけど一言、フェイトだって言いたい言葉が一つだけ。

「ありがとう母さん……」

 何に対してのありがとうかはフェイトにだってわからない。
 でもありがとう。
 だからありがとう。
 伝えたかったありがとう。
 全部まとめてありがとう。

「フェイト……!」

 プレシアの手に力がこもる。少し苦しいが、それだって優しくて。

「母さん……母、さん……」

 フェイトもまた、自然に流れた涙は止まらなかった。
 そんな不器用な親子を見守るのは、おろおろするアルフと物言わぬバルディッシュ。

「よかった。ようやく家族になれましたね」

 そして、優しく見守る、忠実な使い魔が扉の向こうで、口の両端をにっこりと吊り上げるのだった。



 ○月◎日
 リニスに全部を打ち明けた。何か変わったわけではないけど、何かを変えようって気持ちになった。私はフェイトで、アリシアではない。母さんが何度も笑顔なのはアリシアで、私は一回しか笑顔がない。でもいつか母さんが笑顔になるようにがんばろう。
 そうなると、アリシアって誰なんだろう。記憶にしかない知らない私。でも、私の記憶は母さんとお兄さんからだから、それより昔のアリシアは、きっと私より年上なんだろう。

 だったら、アリシアはお姉ちゃんなのかな? そうならすっごい嬉しいな。




 ――私、妹が欲しい!

 かつての約束は、未だプレシアの心に刻まれたまま――







後書き

今回は簡単だから英語ですが、基本デバイスのセリフは日本語表記なのでご容赦を。





7/17
修正。この作品は皆様の突っ込みにより進化していく予定。





[27416] 第六.五話【空に誓う】
Name: トロ◆0491591d ID:3915bd45
Date: 2011/07/21 22:09





 あの日を境に、プレシアとフェイトの関係は少しだけ変わった。
 どちらも距離感がわからないのか、おっかなびっくり挨拶している。そんな二人を冷やかすのがアルフとリニスの使い魔コンビの最近の趣味だ。
 何よりも劇的に変わったのは、プレシアが研究を止めたことだ。そのことをフェイトが然り気無く聞いたとき、プレシアはやや遠くを見つめながら「もう、いいのよ」と儚げに呟いた。
 ともあれ、ようやく手に入れた暖かい日常の中をフェイトは生きていた。

「行くよアルフー!」

「よぉーし! バッチコイフェイト!」

 仲良く外を駆けるフェイトとアルフ。少し離れたところには、木陰でくつろぐリニスとプレシア。

「母さーん!」

 呼び掛けて手を振ればぎこちなく振り返す母の白い手。フェイトは満足そうに笑うと、晴れ渡る空を見上げた。
 あの日から暫くして、フェイトは思いきって自分の記憶についてプレシアに聞いてみた。あの一瞬の記憶について、泣きそうなプレシアの笑顔と、悲しげに目を伏せる傷ついた少年の瞳。あの少年は誰なのか。プレシアはそれについて聞かれ、ただ痛みを押さえるように沈痛な面持ちで「あの人があなたを起こしたから、こうしていられるのよ」とだけ言った。
 結局、兄と慕う少年について何もわからなかったけれど、やっぱし兄さんは自分にとって兄さんなんだという思いを強くした。
 今はここにはいないし、何処にいるかもわからない。けれど、この青い青い空の下で繋がっているのは確かなはずだ。
 いつかきっと、あの人にもいっぱいのありがとうを伝えよう。こんな綺麗な世界を掴めたのは、お兄さんが私を目覚めさせてくれたからなんだって。
 誓いは空に、こんなにも透き通った空の誓いだ。絶対に忘れるわけがない。
 優しい家族。
 優しい居場所。
 優しい世界。
 フェイトは幸せだ。そして、この幸せがいつまでも続くのだと信じている。

 それは本来はありえない結末だ。フェイトも、プレシアも、リニスも、アルフも、バルディッシュも、いや、この世界の誰もが『本来の結末』を知らないけれど。
 しかし、結末は、筋書きは変えられた。何も出来ないと思っている少年の小さなきっかけにより、本来不運を辿るはずだった家族が救われた。そう、少年が手にした主人公補正の通りに、彼のきっかけが世界を変革させた。
 それは誰もが喜ぶ結末に違いないだろう。リリカルなのはを知る者なら、誰もが一度は望んだ結末だろう。薄幸の少女を助かる世界を願っただろう。
 結果は出た。こうして、少女は掴めなかった手を掴みとり、苦悩の全てがそこで終わった。
 完全無欠のハッピーエンド。苦悩と苦痛の果てに産まれた、小さな小さな、しかし魔法のような奇跡の結晶。

「いつか会えるよね?」

 望みを乗せた言葉が風とともに空へと運ばれる。フェイトは兄への思いを募らせて、今の幸福を、家族と共に幸福な笑顔で甘受するのだった。




 ――その感謝すべき兄こそが、テスタロッサ家の幸福を願っていない事実を、フェイトはまだ知らない。








 時は遡りある日の病室。

「ところで」

「なんだ」

「君は彼を殺すつもりみたいだが、彼女のほうこそ本当の復讐相手じゃないのかい?」

「あぁ、アレなら別にいい……」

「どうしてか聞いても?」

「構わない。アレはどうせ醜く死ぬ。俺はその姿を笑いながら見てやるさ」

「まるで彼女がどうなるか知ってるみたいだね。そう、未来がわかってるかのようだ」

「……」

「まぁいいさ。その知識がどの程度当てになるかはわからないが、私の正体と作品を知ってる君だ。何か確信はあるのだろうが……本当にいいのかい? もしかしたら死なない可能性だってある」

「そのときは」

「そのときは?」

 少年の目が憤怒に輝く。男の好きな、人間らしい負の在り方。

「俺がこの手で――殺してやる」

「それはそれは、是非とも見てみたいものだな。きっとたまらなく素敵な舞台に違いない」

 今は憎悪に歪むその眼。こんなはずじゃなかった世界に少年が絶望するまで、


 残り、四年。




次回予告


幸福なる者と不幸なる者。
世界とは力の有無に問わず、この二つに切り分けられる。
破壊の後に宿った怒りと憎しみ。
破壊の後に宿った優しさと笑顔。
起源を同じくする二人もまた、切り分けられるは必然か。
静寂の海鳴る街に奇跡の石がばら蒔かれる時、切り分けられた二つが再び混ざりあい、静かな世界に絶望をぶちまける。


次回『開幕前夜』


いよいよキャスティング完了。







後書き


まぁ実際はキャスト出揃ったわけじゃないんだけどね。気分だ気分。

よくある話ですが、ハッピーエンドは続きを語らないからハッピーエンド。現実は積み上げる幸福を容易く壊しますから。

それにほら、高いとこから落ちるほうが痛いですし。ホント、幸福ほど怖いものはありませんよね。でも私は幸福であり続けたいものです。


なお、分割したのは文字数オーバーのためです。短いのに分割で、さらに読みづらさが増してしまい申し訳ありません。





[27416] 第六.七五話【相棒・1】
Name: トロ◆0491591d ID:3915bd45
Date: 2011/09/28 16:49


 罪を犯した事実は変わらない。プレシア・テスタロッサは歴とした罪人であり、いずれは何かしらの形で罰を受けるだろう。目的のために長い年月の中、法律ばかりか、人として犯してはならない領域に踏み行った。
 その罪の結晶であるフェイトに救われたのは、皮肉ととるか幸福ととるかはどうとも言えない。ただ、プレシアは今使い魔と仲良く談笑する少女によって救われたのだ。それだけが事実として残っている。
 ふと、プレシアはもしあの日、あの侵入者の少年がフェイトを起こさなかったらどうなったのかと思うときがある。それがあったから、フェイトは偽りの記憶を疑い、それを知ったリニスの計らいが自分を救った。皮肉をあげるなら、自分を地獄で恨んでいるだろう少年によって、この結末が得られたことか。
 自分に課された罰ならとうに受けていることを理解して、プレシアは自嘲した。フェイトは家族を繋いだあの少年を、深く、強く慕っている。おそらく、記憶のない無垢なときに得た僅かな記憶が、サブリミナル的な要素で深く刻まれたからだろう。故に、偽りの記憶だと知っても、フェイトは自分を母と呼び愛している。
 刷り込みの愛情。そう断じれば容易いが、こうしてフェイトが自分に向ける愛情は、決して偽りのものではない。それだけは信じられるからこそ――プレシアは、あの少年を自分が殺したのだとフェイトに知られるのが恐かった。
 救いと罰の両方をもたらした少年。プレシアは思うのだ。もし、彼が生きていたならば、この身を喜んで差し出すのに、と。それしかこの幸福を与えてくれた彼に対する唯一の贖罪はないのだから。
 だが現実は、自分の手で少年は消し飛び、幸福な今だけが残された。
 幸せなのに、そう感じる度に少年の憤怒に歪む顔ばかりが目に浮かぶ。まるでフェイトを騙して幸せにすがる自分を断ずるかのように、少年の怒りと憎しみがプレシアを苛む。

「ッ……」

 プレシアは胸を押さえた。心苦しさ、精神的なストレス、そして長年の無理な日々により蝕まれた肉体。そのツケがふとした拍子に現れて――

「あ……」

 バタリと椅子から滑るようにプレシアは床に崩れた。談笑をしていたフェイト達の慌てた姿、プレシアは「大丈夫」と言おうとして、気道を塞ぐ血液が声の代わりに口から漏れた。

「母さん! ヤダ!? 母さん!?」

 フェイトがその姿を見て悲鳴のような叫び声をだす。大きな瞳に涙の滴を浮かべる少女に大丈夫と伝えたくて、プレシアは虚ろな意識のままフェイト涙を掬おうと腕を上げて、そのまま暗黒の中に意識を落とすのだった。
 それは和解より僅か一年。サクルが復讐を誓った日より三年。

 時は再び、三年前の暗黒へと戻る。






「有り体に言えば、君はバグズに勝つのはおろか、プレシア・テスタロッサを打倒することも不可能と言っていいだろう」

 体力が回復して、ようやく戦闘をこなせるまで肉体を戻したサクルに、痛烈な事実をスカリエッティはさも愉快げに言った。

「……」

 それこそ今更すぎて、サクルはスカリエッティを無視し筋トレを再開した。主を無視する態度が気に入らないのか、ウーノはサクルに近づこうとして、スカリエッティな手によって押さえられた。

「まぁ、それについては現状のままならば、という前振りがつくがね」

「……」

 筋トレを続ける。というよりは体力作りといったほうがいいか。サクルのためだけにスカリエッティが作ったランニングマシンに、かれこれ一時間以上乗って走っている。サクルにとって、いや、戦う者達全てにとって走ることは重要なことだからだ。どんな絶望的な状況でも、そこで走れるか止まるかによって生死は分かれる。少なくともサクルはそうだ。いつだって走って走って、その度に周りは後ろに置いていった。

「……」

 いつもの悪い癖を展開しながら、サクルは表情にはそんな鬱な考えは出さずに走る。いつもというなら、やっといつもの無表情も戻ってきた。
 そんなサクルの横にスカリエッティが立ち、勝手にランニングマシンのパネルを操る。最高速度。サクルは突然の加速にも黙って応じる。

「さて、そもそも君のスペックについては以前も言ったが……これ以上の成長は望めない。身体を鍛えはできよう。学習もできる。リンカーコアの出力ももう少しは上がるさ。でもそれは才能の伸びしろではない。単純な肉体の成長だ。君は君の肉体が成長する通りにしか成長できず、学習してもそれらを活かせる技能は持てず、リンカーコアも魔力量だけならBがいいとこだ」

 耳障りなスカリエッティの言葉を流しながら、サクルは息を荒々しくさせつつ走る。満足そうにその顔を覗きながらスカリエッティは頷くと、くるりと反転してサクルの前に歩み出た。

「ここで重要なのは、君が素晴らしいのは、何もその不死性ばかりではないということだ。この場合、副産物とでも言おうか。その不死性によって、君は才能の是非に限らず、ありとあらゆる人間が到達すること叶わない『成長限界』に到達している。これは命の限界値といってもいい。あらゆる絶望が、君の戦闘能力の限界値を導きだした。さて、この成長限界、どうやって知ったか知りたいかい?」

「……」

「わ、私は知りたいです!」

 黙ったままのサクルに代わり、大袈裟に手を上げてウーノが言う。うん、とスカリエッティは頷くと「まぁそれはまた後にしよう」と若干キャラ崩壊させてまで彼を引き立てようとしたウーノの決意をぶち壊す。
 ウーノは年甲斐なくピョコピョコ上げた手を顔を赤らめながら降ろした。当然、二人の眼中にはない。

「話しを戻そうか。じゃあここで君も疑問に思っただろうが、君がこと戦闘というものに置いてのみ成長限界に達して、なおも勝てないバグズにどうやって勝つか……それは、外的要因に他ならない」

「……ッ」

 そろそろ限界が近いのか、汗を大量に流すサクルは疲労に顔を歪めた。そんな彼にスカリエッティは近づき、再びパネルを弄るとランニングマシンを停止させる。
 ゆっくりと停止するマシン。サクルは肩で息をしながら、マシンを降りるとクールダウンにストレッチを始めた。

「この外的要因だが、君に最も合う外的要因を私なりに考えてみた。薬物によるドーピング? 催眠での意識改革? あらゆる可能性を考えたが、もし君自身をまるごと改造して、その不死性が失われたら困るからね。その方向は諦めた。まぁその手慰みにランニングマシンなんかを作ったりもしたが、残念ながらこれでもない」

 だからどうした。いい加減煩わしくなってきたサクルがスカリエッティを睨みつけようてした瞬間、その目の前に緑色のシンプルなブレスレットをかざされた。

「紹介しよう、特製のインテリジェントデバイス、名前は、そうだな――ネームドなんてどうだい? シンプルな外的要因だろう?」

「インテリジェントデバイス……凡人凡人言い切った人間に、よくそんな代物を見せれるな」

 緑色のブレスレットを見ながら、サクルは呆れたと肩を竦めた。
 インテリジェントデバイスとは、言うならば多種多様な用途のある多目的デバイスのような位置付けにある。独自の判断を行えるAIを搭載し、経験の蓄積と共に使用者にとって最適な形になっていく。所有者の好みにそうという点で考えれば、まさに理想のデバイスだ。
 だがサクルが難色を示すのには訳がある。それは、インテリジェントデバイスとは、その有り様からか使用がとても複雑なのだ。
 むしろ習熟に時間の掛かるデバイスなど、常日頃戦いに身を置いていたサクル達傭兵には、値段の高さも相まってあまり好かれてはいなかった。

「それより俺が前に使ってたデバイスの最新機種を寄越してくれ。処理速度を落として耐久性の高くなった奴なんだが――」

「まっ、試しに使ってくれ。損はさせないよ」

 スカリエッティはそう言うとブレスレット、ネームドをサクルに投げ渡した。
 思わずキャッチしたサクルを他所に、スカリエッティが踵を返す。

「おい、スカリエッ……」

 呼び止めようとして、無駄だと判断したサクルはせめてものとばかりに、スカリエッティが部屋を出るまでその背中を睨み続けた。
 その手には、怪しく光る緑色のブレスレットがただ一つ。「ネームド、か」ポツリとその名前をサクルは呟いた。
 瞬間、手元のネームドが突然光輝いた。

「なっ……」

 目映さに目が眩む。強烈な明かりの中、停止した時間で頭に響く知った声。

『ネームド、起動を確認。やぁサクル。今日からよろしく頼むよ』

「お前」

 聞き知った嫌みな口調、声の高さ。

「……なんでお前の声がするんだ。スカリエッティ」

『何、君も知ってるプロジェクトFのちょっとした応用だよ』

 さも当然とばかりに語るネームドの、AIらしからぬムカつく言葉。
 何にせよ、このデバイスとはやっていける自信はないなと、サクルは片手で顔を覆った。

「頭が痛いな」

『体調に変化はないようだが?』

「頭痛が痛いのと似たようなもんだ……それよりお前、プロジェクトFの応用だと?」

『気になるかい?』

「あれのせいで俺はここにいる。嫌悪のある名前を使ってて、気にならないわけがない」

『それもそうか……端的に言えば、私はジェイル・スカリエッティの記憶と人格がベースになっている』

 プロジェクトFの技術は、何もクローン技術のみではない。むしろ死者蘇生としての技術、記憶転写のほうにこそ重きが置かれていたと言ってもいいだろう。
 その記憶転写の技術を使い、スカリエッティ手製のデバイスのネームドは完成した。

『勘違いしてほしくないが、私は確かにスカリエッティの記憶を、それこそ性癖まで持ってはいるが、彼本人ではない』

「あくまでデバイスだと?」

『あぁ、今は君をサポートするだけの存在だ』

 サクルは鼻を鳴らした。サポートするだけとはよく言ったものだ。どうせろくでもない裏があるはずのくせに、よくそんな嘘がつける。

「ともあれ、お前を使う気は俺にはない」

『つれないな。私は充分に役に立つ。何せ君の性能を高める外的要因として作られたのだからね』

「……」

『物は試しだ。それに今は練習時間だけは沢山あるのだ。捨てるのは相性を確かめてからでも遅くないだろ?』

 ネームドの言い分も一理ある。インテリジェントデバイスの最も厄介な習熟までの長さも、今なら充分に確保出来るのは確かだ。
 サクルは思案する。今から戦場に出るならばいつものアームドデバイスが最適だ。
 だが、いずれ対峙する敵を思えば――このままでは足りない。

「……好きにしろ」

『そう言うと思ってたよ』

 若干嬉しそうなネームドの口調にうんざりしながら、サクルは新たなデバイスのネームドと、新たなバリアジャケットの作製から始めることにした。





 サクルがネームドとやり取りをしている一方、研究室の長い廊下をスカリエッティとウーノの二人は歩いていた。
 スカリエッティの背後を歩くウーノの足取りはやや重い。それも全部、あのサクルという男のせいであった。
 初めにサクルが来たとき、ただのサンプルとして処理されるとウーノは思っていた。何せアレが運びこまれたとき、サクルは者ではなく物だった。
 身体中焼け爛れた姿を見たとき、最初はサクルとはわからなかった。それほど彼は原形すら留めてなく、焼死体と勘違いしたほどだ。
 だが驚愕すべきはそれからだった。そんな姿でも呼吸を繰り返したこともそうだが、その傷が日を追うごとに回復し、一週間がたつころには軽度の火傷程度に身体中の傷が回復したことだ。時を遡るように、毛髪等も尋常ではない速度で生え揃い、資料にあった通りの姿になったときになり、その異常はようやく停止した。
 初めは何かのレアスキルとも思ったが、サクルにはそういった類いの能力がないことは、その後の検査で確認された。リンカーコアも、肉体も凡人そのもの。
 そしてそれから、スカリエッティによる常軌を逸した人体実験を経て、ウーノはサクル・ゼンベルを人間とカテゴライズすることを止めた。
 アレは自分たち戦闘機人すら幼子に見える化け物だ。あの生存能力は最早才能という枠組みにはない。
 言うならば異能。生きるという目的を何もかもを駆使して掴むおぞましき能力。
 ウーノはアレが怖い。同時に憎くもあった。敬愛するスカリエッティの関心は、今アレにばかり向いている。
 ――あんな人外の化け物にどうして……!
 胸をかきむしる感情は負のそれだ。

「不服かい?」

「えっ?」

「私が彼ばかりに構っているのがさ」

 スカリエッティは言いながら立ち止まり、反転してウーノの向き合った。見透かすような金色の瞳を正視できず、ウーノは顔を赤らめ視線を切った。

「私は……」

「彼は素晴らしい」

「ッ……!」

 何度も聞いたアレへの称賛に、ウーノはたまらず唇を噛んだ。
 嫉妬だ。ポッと現れた化け物にばかり彼の目は向いている。そんなのではなく、自分を見てほしい――等と我が儘を言えるはずもなく。ウーノは荒々しい感情を押さえつけようとして。

「だからこそ、私は彼を殺したい」

 そんな言葉を、耳にした。
 あまりにも矛盾した言い分に、ウーノは目線を上げて困惑しながらスカリエッティを見る。
 いつものように口を弧に描く。金の眼もやはり笑っていた。自分が恐怖するアレを嘲笑っていた。

「彼は素晴らしい。今私が考えうる生命の中で最上級の異常だ。能力は凡人だというのに、まるで神に愛されているかのような生存能力……しかも管理局すら尻尾の切れ端にようやく気付いた私の研究成果を彼は知っていた」

 揺れる。身体中を揺らして笑う。こんなにも面白い。あんな化け物を手元に置けることが楽しくて仕方ない。

「私の目標である究極の生命。もしアレがその一端ならば是非検証したいじゃないか。ありとあらゆる事柄を試してみたいじゃないか。私は思うんだよウーノ。アレを殺すことが、生命の根源に辿り着く方法なんじゃないかとね」

「では、ドクターが彼に手を貸しているのは……」

「運命的じゃないか。究極の生存能力を持つ化け物が、現状究極の魔力を誇る化け物を狙う……見たいだろう? 怪物が喰らい合う遊戯盤だ」

「そして、その遊戯盤を作るのは私達なのですね」

 ウーノの言葉には答えず、スカリエッティは笑みを深くするだけだ。それだけで充分。ウーノの胸にはもう何の感情もアレには湧かない。
 所詮アレなどスカリエッティにとっては破壊し、解体され尽くされるだけの素材でしかないのだ。そして、理解されたそれらは自分たちナンバーズに反映され、アレすら超える至高の生命に押し上げてくれるのだろう。
 アレは素材で、こちらは作品。比べるまでもない。

「研究の続きに戻ろう。サポートをよろしく頼むよウーノ」

「はい」

 盲目とも言える信仰。崇拝を捧げるべきスカリエッティの背中に付き従うウーノに憂いはなく。
 だがその男もまた、常軌を逸した化け物であり、高々主人公補正を得ただけのサクルが、その真意を知り得るなど不可能な話だった。






 地下内部に作られた訓練場。地下とは思えぬ広大な敷地に、サクルとネームドは立っていた。凹凸などの遮蔽に富んだ人口の荒れ地である。実戦の雰囲気に近づけるためにあえてそういう地形に作り替えた。
 そこに立つサクルのバリアジャケットは新しく作られたものだが、形状といえば今までの野戦服風のものと殆んど似通ったものだ。
 変更点と言えば、顔の半分を覆うオレンジ色のゴーグルと、杖からリボルバー型にシフトしたデバイス、ふくらはぎに装着されたローラーか。普段はすね当てと共に収納されているが、展開すれば、車輪による高速機動も行える。だが一ヶ月程度の習熟期間では戦闘に使えるレベルではなかった。
 そう、あれから一ヶ月が経過していた。怪我から目覚め覚悟を決めた日から数えれば四ヶ月だ。普通なら四ヶ月でもう模擬戦が出来るのは明らかに異常だが、それを驚くには些か驚きがすぎた。

『始めよう――ガジェット展開』

 ネームドの合図でガジェットⅠ型が四体現れる。サクルは油断なくリボルバーのネームドを構えると躊躇いなく飛び出した。
 走る。全力だ。同時に襲いかかる熱線を避けつつも、片手で展開したラウンドシールドで当たりそうなものは弾く。
 そして握ったネームドの弾倉を改めて確認。六発装填。躊躇いなく親指で激鉄を叩いた。
 ――ベルカの魔法にカートリッジシステムがある。これは弾丸に溜めた魔力をロードすることで、一時的に魔力ブーストを行う技術だ。
 だがこれの扱いは複雑であり、そも繊細なインテリジェントデバイスとは相性が悪い。
 サクルのそれも、根本はカートリッジシステムのそれだ。だが違うのは、カートリッジシステムは弾丸の魔力を術者に取り込むのに対して、ネームドは文字通り弾丸として機能する。

「ふっ!」

 魔力を火薬に、鉛の一撃が破裂する。銃口から放たれた弾丸はサクルの魔力光である緑の光軌跡を残し、先頭のガジェットに直撃した。
 瞬間、鉛に収まった魔力がガジェットの内部で漏電。AMFの範囲にあっても濃厚純粋魔力は内部の機械をショートさせる程度の威力はある。
 そして立て続けに三発、いずれも直撃に成功し、ガジェットのAMFが一時的に消失。

「ネームド」

『了解』

 その隙に銃口の先に緑色の誘導弾を展開。瞬きなく二発射出し、四体のガジェットを貫いた。

『目標消滅。上出来だ』

「あぁ。続いてローラーの試用に移る」

 サクルの真下に魔方陣が現れる。そして収納されたローラーが展開し、足の裏に装着された。
 ゴーグル内部にルートが映し出される。地面の凹凸も実戦の体感もあるが、このためのものと言ってもいい。

『ルート最適化。軽く一周しよう』

「黙ってナビしろ」

 腰を落としてローラーを回転。急加速に初めは何度も転んだが、今はだいぶ慣れた。真っ直ぐに走り出したサクルは、ゴーグルのルートを外れないように動く。
 S字カーブ。急停止。急速反転。移動しながらの回転――失敗。
 回転の勢いで倒れ、サクルは痛みに顔をしかめた。衝撃に苦しくなる呼吸。

『まだ無理か』

「黙ってろと言った」

 ネームドの煽りに応じるようにサクルは立ち上がると再び発進した。
 未だルートを通りをこなすので手一杯だ。しかもそれでも回避機動もこなせないときた。

「高速機動は欲しいが、やはりこれを外して装甲に回すべきじゃないか?」

『……』

「おい、ネームド」

『ん? ナビ以外は黙るんじゃないのかい?』

「……」

 だいぶネームドとのタッグも慣れたが、どうにも性格は合いそうにもないらしい。

「次、パターンCでもう一度」

 新たなルートと指示が映る。最早話すまいと固く決心し、サクルはさらに複雑なトレーニングに取り組むのだった。






 ネームドが考えた新たな戦法は奇襲特化であった。総合的な能力は陸戦Aと、目指す敵は強くとも本人の能力はかなり高い。バランスよく戦場を生き抜くために鍛えたスキルは一定の水準に達していた。
 だがそれではまだバグズには届かない。必要なのはプラスアルファだ。故にネームドが、敵に実力を出させない奇襲特化に武装を組み換えたのは必然だったのかもしれない。平均よりややマシな魔力量のサクルでは、破壊力の増大はあまり見込めないからだ。
 そこで選択したのが、カートリッジシステムの亜流である。スカリエッティのデータを移植されたネームドは、システムを弄り実質質量兵器のように仕立てあげた。
 暴走の危険も、術者とデバイスへの負担もなく、直撃すれば内部で破裂する威力を誇るこの弾丸。だが当然のように欠点はある。
 まず弾丸の魔力の殆んどが推進力に使われる。これにより距離が離れれば離れる程に威力は減衰してしまう。
 続いてコストが高いことだ。サクルでは一日に作れる弾丸は日に二つ。それ以上はトレーニングの邪魔になる。これは日々ストックを増やすことで保有量を増やすしかない。
 そして威力。ガジェットの装甲を貫く程度にはあるが、ラウンドシールドを貫くほどのものではない。
 だが用途は攻撃の他に閃光弾としても扱えるので、戦局を見極めて使えば撤退から奇襲に幅広く使える。
 ローラーに関しては、最終的にはゴーグルに投影したネームドの指示を元に、高機動による撹乱と、迅速な撤退を目指してはいるが、戦術として組み込むにはもう暫くの習熟期間と実戦が必要になる。
 ともかく、オールラウンダー、悪く言えば特徴のなかったサクルだが、魔力弾丸による強襲威力と、平地という限定下のみだが、高機動戦闘が可能という戦術を手にした。
 外的要因とは言い得ている。ネームドというブレインを得て、サクルはよりレベルの高い力を得た。
 今ならあの傀儡兵も二体程なら、小手先に頼らず真正面から互角に渡り合えるはずだ。

「……」

 自室に戻ったサクルは、シャワーも早々に、ズボンのみの姿でベッドに体を預けた。身体中の打ち身の痕が痛々しい。これを見る限り、スカリエッティが見せた重傷を一週間で治したとは考えられない。
 だが実際にそれは起こりえた。サクルは思うのだ。もしかしたら、それこそが自分に与えられた主人公補正なのではないかと。

「馬鹿らしい。不死身なんてあるわけない」

 考えを一蹴する。やはり自分は運がよかっただけにすぎない。もし主人公補正があるなら、あの日あの瞬間、忌々しい魔女の一撃からククリを救えた――いや、ククリだけではない。サクルが関わってきた戦友たちも救えたはずだ。
 まだ、まだ力が足りない。もう守るべき人も、遥か昔の『なのは』への希望もないけれど。

 怒りだけは、この手に確かにある。

『君は不死身だと私は思うがね』

「黙れ」

 ブレスレットを取って放り投げる。

『おっと……ところでサクル。明日はいよいよトーレとの模擬戦だが……そういえば彼女に会ったのかな?』

「いや……第一俺が使用してるのは、ここと奴特製のトレーニングルーム、訓練場は空いてるときに使ってるから、会わないだろうさ」

『にしたってすれ違いもないのは不思議に思うだろ?』

「何が言いたい」

『いや、分かれたとはいえ私もスカリエッティだったからね。彼の考えくらいわかる』

「……」

『彼女たちをビックリさせたいのさ。もし君が他の作品のことも知ってるなら、対処法も考えてるはずだ』

 答えはしないが、ネームドの言葉は大体合っている。明日戦うトーレの能力を思い出し、せめて恥をかかない戦いにはするつもりだ。

「寝る」

『お休みサクル。良い夢を』

 内心でネームドに悪態をつき、サクルは疲労からかすぐに眠りにつく。
 夢に出るのはいつだって、死んだ者の断罪の声。
 それはサクルの悪夢は永遠に終わらないと暗示するかのように――





[27416] 第六.七五話【相棒・2】
Name: トロ◆0491591d ID:3915bd45
Date: 2011/09/28 16:50


 イメージは火だ。人の形に揺らめきながら、俺を炙り殺そうと迫ってくる。
 俺はいつも熱に浮かされながら赤い火だけの世界を走ってる。お前だけ、お前だけが、お前だけが生きている。周りの火は俺を責めるんだ。
 無理もない。俺はあの火を知っている。だからあいつらの言葉に何も言えない。言えるわけがない。あいつらは俺のために死んだ。俺の生存のために。俺の我が儘のために。俺の勘違いのために。見事なまでに死んだ。呪いを残して死んだ。憐れなままに死んだ。誰にも哀しまれずに死んだ。
 罪の在処は俺だ。なのに俺は走っている。周りの火に飲み込まれないように、地べたを這いずって、涙を流して、命乞いをしながら走っている。
 そして、最後に言うんだ。

『俺は主人公だろ!?』

 死ねばいい。前世の俺こそ、今の俺を束縛する最悪の呪いだ。



「それで、最近は夢のほうはどうだい?」

 柔らかなソファーに互いに座っている。こ洒落たガラスのテーブルを挟み、スカリエッティは週に一度のいつもの面接をサクルに行っていた。

「毎日見る。火と、呪いの言葉……起きる度に汗が凄い」

「そうか。どうやら君の生存能力はあくまで肉体に依存しているのかな? 肉体の傷は最早後もないが、心のほうは極軽度のPTSDを抱えたまま……まぁ、フラッシュバックは起きてないようだから、まだ暫くは薬の使用は見送ろう」

「あぁ」

 サクルは惰性となってきたカウンセリングが終わったと思い、ソファーから立ち上がった。
 スカリエッティもそれを止めようとはせず、そのままサクルが部屋を出ていく。
 見送るでもなく、スカリエッティは改めて何度も行ったサクルについての考察をまとめることにした。

「肉体的な外傷はまずない。しかし、目覚めた直後のショックによる感情の発露以降、目立った感情の起伏は見られなかった……さらに毎夜見る悪夢。あるいは火がトラウマになり、それが治らないのならば……さて、彼を殺すのはそこが突破口かな?」

 一人言を呟くスカリエッティの前には、いつの間にかウーノが淹れた紅茶のカップが一つ。戸惑うことなく、カップを持つと一口。

「不死身の生命体……あぁ、是非とも殺したいものだ」

 今はまるで思いもつかぬサクル・ゼンベルの殺害方法。或いはSSS+の化け物と対峙しても死なぬかもしれない異端。

「残念だ。今ここにアルカンシェルの起動キーがあれば、何の躊躇いなく引き金を引くというのに」

 その命こそ、無限の欲望を満たすに違いない。






 突然のことだった。

『やぁトーレ。面白い素材を手に入れたから是非戦ってほしい』

 性能試験という名の実戦より帰還したトーレに、スカリエッティがそんなことを言ったのは今から四日前だ。
 曰く、中々ヤるらしい。最近は巨大生物か、Bランクにも届かない有象無象の魔導師を相手にしていた。なのでやや欲求不満な部分があったため、頼まれるなくとも、スカリエッティお墨付きの相手との戦いを断る理由などトーレにはなかった。むしろ願ったり叶ったりだろう。
 別にバトルジャンキーという訳ではないが、戦闘機人という名が示す通り、自分達ナンバーズは戦いこそが存在理由だ。戦いにこそ本質があるのを否定出来はしない。

「……些か拍子抜けだな」

 だからこそ刺激的な一戦を期待していたウーノにとって、この結果は漏らした言葉の通りだろう。

「ヅッ……!」

 うめき、戦闘の破壊が残る床に沈んでいりのは、バリアジャケットをぼろぼろにした対戦相手、名前は確かサクルと言ったか。
 試合という名目だが、実際は物理破壊設定の魔法を相手は使用し、こちらもISと武装も訓練用のではなく実戦用に設定したのを解禁した。拍子抜けとは言ったが、ここ暫くの戦いには感じられない高揚感を感じたのも事実。新しいシステムの魔力弾丸とも呼べる物は、発動の起こりがわからないので、ウーノ以外のナンバーズならいいのを貰ったかもしれない。
 事実、右腕からはやや深めの傷を食らった。実力は成る程、執務官とまでは呼べぬが、管理局の一部隊の隊長クラスはあった。
 だがその程度だ。シンプルながら丁寧な攻撃に織り混ぜた奇抜な一撃。中々の戦上手であるが、スカリエッティが注目するような素材には思えない。

「立てるか? 加減はしたつもりだが」

「い、や……大丈夫、だ」

 手を差し伸べる必要もなく、サクルはフラフラと立ち上がった。
 完敗、というほどではないが、十回殴られて一回殴り返せた程の実力差があった。未だネームドを完全に使いこなせているわけではないが、それはただの言い訳だ。こっちは試合が決まった日から、昔の記憶を引っ張りだし、トーレの能力をこれまでの戦闘経験と照らし合わせ対策を練ったが、そんな策略を真っ向から潰された。
 基本戦術は間違っていない。ローラーによる高速機動こそ使用しなかったが(まだ戦闘には使えない)、それでも持てる力を振り絞り戦った。
 でも届かない。圧倒的に地力が足りなかった。

「クソッ……」

 しかも最後は手抜きもされた。小さく悪態をつきながら、サクルはひび割れたゴーグルを外し、破片で切れた瞼から流れる血を拭う。

『速度の改良は良好のようだ。記憶にある速度より5%速くなっている。今の彼女ならSランクとも戦いになるだろう』

 ネームドの分析。何処か聞いたような響きにトーレの眉が動いた。「そのデバイスは……」と聞こうとすると、『あぁ、私だよトーレ』そうネームドが返す。

「ドクター? 何故、ドクターが……」

『正確には、以前君にも話したプロジェクトFの応用で、記憶データを移しただけの紛い物だがね。まだ日が浅い故、オリジナルとの差違はさほどない』

「成る程、ドクターならやりかねない」

 そういう奇抜な行動も慣れたものなトーレは、さして驚くでもなく納得した。
 にしても、とトーレは続ける。

「サクル・ゼンベルだったな?」

「……あぁ」

「何故、お前のような男がここにいる?」

 その問いには『お前のような強い奴がなんでいる』という響きはない。『お前のようなただの魔導師がなんでいる』という、弱者への問いかけだった。
 無論、トーレにはそういった考えはないだろう。何故なら無意識の響きだから、『弱者への』問いに他ならないからだ。
 サクルはふらつきながらもトーレを見た。それだけで、何も語らず背中を向けて歩み去る。

「まぁ、いい……いい試合だった。またやろう」

 トーレは最後に、偽りない言葉をサクルの背に送った。
 いい試合。サクルの殺すつもりの戦闘も、トーレにとっては試合の範疇を超えはしない現実。

「試合はもうしない」

 次があるなら、脅威になってみせる。そんなサクルの真意には気付かず、トーレは「それは残念だ」と静かに返すだけだった。







 一度の勝利は、それ以前の敗北を帳消しにする。戦闘というものにおいては特にそうだ。

『仮に今の条件下でトーレと戦った場合、ローラーによる機動を換算しても、我々では百に一度も勝てない』

 治療を済ませ、部屋に戻りトーレ戦の反省を始めたサクルとネームド。辛辣ながらも確かにその通りだとサクルは頷いた。

「だが、勝算がないわけではない」

『市街や密林などの障害物の多い場所で、ローラーを用いた高速機動と魔力弾丸での奇襲による一撃必殺。直接戦闘に特化したトーレを落とすならこれ以外に選択肢はない。これなら一度だけなら勝てるかもしれない』

 一度だけ。つまり一度その方法を使ったならば、トーレに勝つ手段はサクルにはなくなる。しかも可能性は十に一つあるかないか。
 だが充分だ。勝つ見込みは僅かにある。Sランクに近い実力者に肉薄可能なのは、かつてのサクルには及びもつかない戦力向上。
 トーレに敗北したことは悔しい。が、それはそれ。今回の戦闘によるサクルとネームドの目論見は、勝つ見込みが見つかるかにあった。
 そしてそれは見つかった。ネームドが昨日言ったように、トーレを驚かすには至らなかったが、それは構わない。
 だが、問題を上げるなら一つ。

「即時離脱の可能な方法が欲しいところだな」

『ローラーでは不満かい?』

「はっきり言うが、このまま俺が訓練を重ねても、奇襲以外での使用方法はない」

 サクルの運動神経は超人的なレベルではない。魔法で身体機能の向上を試みようが、急加速に急停止まで行えるピーキーなローラーを扱えはしない。どんなに頑張ってもその道のプロにはなれないアマチュアと同じだ。
 そんな代物に緊急時の離脱を任せられないのが現実だ。別に信頼ができない訳ではないが、道具としての用途が違う。そもそも、もしバグズが空戦魔導師だった場合、初速ならいざ知らず、単純な最大速度は比べるまでもないだろう。戦闘速度と航行速度は別物なのだ。
 サクルには結界や転移などの適性はまるでない。よくてバインドと、無駄に魔力を減らす癖に大したことのない治癒魔法程度だ。
 だが、手段がないわけではない。魔力さえあれば、多少無理矢理でもどんな魔法もそこそこに使用は可能だ。
 故に狙うのは、容易く魔力を増加させることが可能な兵器。その目処は知識として確かにあり、そしてそれを狙うことは、あの女に苦渋を舐めさせる――

『提案がある』

 思考の海にのめり込んだサクルを引き上げる、ネームドの冷めた声。
 ハッとしたサクルは、すぐに無表情に戻ると「なんだ」と胡散臭げに呟いた。

『何、君の考えから察するに、欲しいのは補助等のサポート要員、そうだろ?』

「あぁ」

『なら話は早い。足りないなら、他所から持ってくればいいだけの話だ』

「つまり、何が言いたい」

 遠回しな言い分に、サクルの声色に若干の苛立ちが混ざる。
 当然ながら、ネームドはさして気にした素振りなど見せずに、緑色の表面を怪しく光らせ、

『簡単なことだ。最適の『作品』を一つ、提供するだけの話だよ』

 ただ機械のような冷たさで、『作品』について語りだすのだった。






 そしてさらに半年が経過した。

 あの日のネームドからの提案を、スカリエッティは悩むことなく承諾した。ほとんど同一のために、当然と言えば当然だが、サクルとしては些か複雑な心境だ。気付けばあれよあれよと提案は完成に近づき、スカリエッティの天才は遺憾無く発揮され、その結果が目の前にはある。
 サクルは結果が入っている培養槽を見上げ、中にある作品に懐疑な目を向けた。

「不服かい? 君のために予定を繰り上げて完成を急がせたのだが」

「君のために? 心にもないことを」

 隣でにやついているスカリエッティを一瞥し、サクルは再びそれを見ていると、「ではお披露目だ」そうスカリエッティが言ったと同時、培養槽の液が徐々になくなっていった。
 液体から解放されたと同時、それがゆっくりと目を覚ます。液体をピンクの鮮やかな髪から滴らせ、金色の眼はサクルとスカリエッティを見た。
 新たな作品の完成に、スカリエッティが万感の思いを笑みに変える。

「おはようウェンディ。いやはやホント、お『早』うだ」

 早すぎる目覚め。早すぎた完成。原作を知るサクルだからこそ感じる作品、ウェンディに対する違和感。
 薄々と肌に感じるのは、自分がいることにより徐々に生じるイレギュラーの存在。
 少女の目覚めは運命か。はたまた、サクルというバグにより発生したイレギュラーなのか。
 結果にしろウェンディは他の姉妹よりも遥かに早く覚醒し、ここにいる。

「……んー」

 瞼をパチクリと見開き、ウェンディは軽快に培養槽から飛び出した。
 ストレッチをしながら動作確認。そしてインプットされている記憶も同時に確認。ダウンロードに問題はない。産まれたばかりなのに自我がある、というのは些か不思議な気分だが、それも含めて自分は作品なんだなと何となしにウェンディは理解した。

「気分は?」

「普通ですね。問題はないですよドクター」

「ならいいんだ」

 頷くスカリエッティの隣、起きたばかりのウェンディは、笑うスカリエッティとは対称的に無表情なサクルを見た。

「えーと……あなたがサクルさん? で合ってますか?」

「あぁ」

 簡素な返事に、取っ付きにくいなぁと思いながらも、それでもウェンディは友好的に手を差し伸べた。

「ウェンディです。よろしくお願いします」

「……」

 差し伸べられた手に応じず、サクルは用は済んだとばかりにその場を後にした。
 虚しく漂う手をぷらぷらさせ、居たたまれなさに頬をかく。

「あのー、ドクター?」

「なんだい?」

「私、嫌われるようなことしましたかね?」

 申し訳なさそうに目尻を落とすウェンディ。それが可笑しいのか、スカリエッティは肩を揺らした。

「そういう男さ彼は。まぁ、これから君は彼のサポートとして役に立ってもらう予定だから、なるべく仲良くしてやってくれ」

「正直、無理ッスよ」

 素直な感想。だが明確な答えを出さず笑うスカリエッティを見て、この人もやっぱめんどいなぁと、ウェンディは内心溜め息を吐きたい気分だった。






 ウェンディのISと、その能力を補佐する武装は、簡単に言ってしまうとサポートに特化していると言ってもいい。
 勿論、彼女個人の戦闘能力事態も高く、むしろ秘めた能力を訓練により発揮していけば、サクル以上の能力になるだろう。現状でも十戦えば二は勝てるくらいの実力はある。
 そんな彼女が、他のナンバーズよりも早く目覚めたのは、前述したサポート能力に長けている部分にあった。彼女の武装であるライディングボードは、彼女のISと併用することにより擬似的な空戦を可能としている。さらに各種状況に応じた中、遠距離射撃も可能であり、その航空能力もサクル一人を載せた程度なら低下したりはしない。
 他にもサクルの援護、またはサクルとの共闘を可能にするナンバーズはいるが、強襲離脱に特化しようとしているサクルのパートナーとしては、スカリエッティが完成させようとしていたナンバーズでは、彼女が適任であった。

「理屈ではわかってるんスけど、肝心の相方がこっちを信頼してないってのは……どうしたらいいんですかねトーレ姉」

「私にはわからないが、ドクターにはドクターなりの思惑があるのだろう。励むことだ」

「……へーへーそうですか」

 ピンクの髪をしおらせて、ウェンディは机に顎を乗せて気落ちした。先行きがわからず頭が痛い。あんな無表情の顔面硬直野郎と今後どう付き合えばいいのか。そもそもあの男は何をするつもりなのか。ただ知識にはサクルのサポートをしろとだけしかないウェンディが気落ちするのも無理ないだろう。
 そんなウェンディを見かねたのか、トーレは労いの意を込めて、ウェンディの前にコーヒーを置いた。

「サンキューですトーレ姉」

「まだ起きたばかりのお前が不安になるのも無理はない。だがこれだけは言える。今後、あの男と共にいることで、その経験はまだ起きてない姉や妹のよい経験となってくれるはずだ。おそらくドクターの狙いは、今後姉妹が増えていくことによる、集団戦のデータ収集にあるのだろう」

 彼女なりの激励の言葉を、ウェンディは暖かいコーヒーを両手に持ちながらしんみりと聞く。
 言ってることは仮定の話だが、充分に筋は通っている。第一、そう思わなければやってられないのが心情だ。

「了解ッス。折角早く起きたんだから、頑張らないといけないですよね」

 気合いを込める意味を含めコーヒーを流し込む。
 だが、そんなウェンディの決意を笑うかのように、コーヒーの味は苦々しいものであった。






 そして、ウェンディがサクルと二度目の対峙を果たしたのは、サクルが普段使用しているトレーニングルームだった。
 扉を開く音も聞こえる静寂の中、淡々と腕立て伏せを繰り返すサクルをウェンディは見た。誰かが入ってきたのには気付いているはずだ。なのにこちらを一瞥もせず黙々とプッシュを繰り返すサクルに「やっぱ苦手ッス」と溜め息混じりに一言。

『やぁウェンディ。経過はどうだい?』

 代わりにと言わんばかりに、床に放置されたネームドがウェンディに声をかけた。データの中にネームドの情報もあったウェンディは、特に驚くことなく笑って片手をあげる。急遽予定を繰り上げ製造されたが、そこはスカリエッティの天才か、性能不備はまるでない。

「えと、サクル……さんは何をやってるんですかね?」

『見た通り筋トレさ。定期診断で骨格の成長も完成されてきたからのが確認されたからね。性能的には誤差でしかないが、やらないよりはマシということで各種筋肉の強化をしている』

「はぁ……そうなんッスか。ところでネームド」

『なんだい?』

「何で床に放置されてるんですか?」

 どう見てもほっぽりだされたとしか思えない姿。ネームドの前に屈むと、ウェンディはネームドを持ち上げた。

『邪魔だって放り投げられただけさ』

「苦労してますねー」

『そうでも……』

 と、ウェンディの手からネームドが取られる。見上げれば、無表情に自分を見下ろすサクルの眼差し。

「ど、どーも……」

 おずおずと片手をあげて挨拶するウェンディからサクルは視線を切ると、そのままその横を横切り、壁にもたれかかった。
 会話をしようともせず、無言で汗をタオルで拭い、水を補給する。無視された形のウェンディとしては、なんとも気に食わぬ形だ。
 さて、どう話したものか。そう考えるのはウェンディだけでなく、サクルも一緒だった。彼女が記憶の通りなら、その明るく活発な姿はサクルには苦手な部類に入る。要は距離の取り方がわからないのだ。勝手にされたこととはいえ、今後戦いを共にするパートナーを邪険にするのは本意ではない。

『不器用だねぇ』

 そんなサクルの気持ちを汲み取ったかのような言葉には応じない。軽く一睨みすれば直ぐに黙りだ。
 ふと、視線を感じたサクルが顔を上げると、床に座ったままのウェンディが、サクルをジト目で睨んでいた。

「……」

「……」

 僅かな交差。確かにあんな態度をとっては、嫌われても無理はないだろう。小さく口を歪めたサクルは、立ち上がり、部屋の隅に置いたまだ口もつけてないボトルを掴むと、その様子を見ていたウェンディに放り投げた。

「わわっ」

 突然投げられたボトルを、驚きながらも無難に掴む。室内の熱気のせいか、表面に汗をかいたボトルは冷たいとは言い難い。

「えーと……」

「餞別だ。毒は入っちゃいない」

「……んなの疑っちゃいねーッスよ」

 悪くはない。再び壁に寄りかかり目を閉じたサクルに、ウェンディは小さく微笑むとボトルの水を飲みだした。

「サクル・ゼンベルだ」

「ウェンディです。えと、よろしく?」

「あぁ……」

 これから戦場で共に背中を預け合うにしては、実に味気ない自己紹介。こんなので本当に一緒に戦えるのかは不安ばかりで、ウェンディは先を思えばやってられない気持ちが多い。
 だがそれでも、この無愛想な男は自分のパートナーで、彼にとっても自分はパートナーである。それはきっと、色々な思惑の重なった末にできた冷たい関係にすぎないのかもしれない。
 だが、そんな思惑も関係ない。どんな関係も、最初はきっと冷たいものだし、熱すぎるのは持っての他だ。例えるならば今飲んでいる水のように、冷たくも熱くもなく、ただ温いだけの関係になりたいものだなと、ウェンディは思うのであった。






 そして灼熱の四年は行く。
 例えるなら全てはあたかも陽炎の、砂漠の果ての蜃気楼。
 何もかも、意味なく意義なく意思もなく、語ることもなく空白へ。






 最近よく、あの人の夢を見る。夢の中の私はいつもあの人を見るだけだ。そしてあの人も苦渋に満ちた眼差しで私を見ている。
 何があなたを苦しめるのか。
 何があなたを悲しませるのか。
 わからない私は、ただあなたに手を伸ばすしかできなくて――

 そして私はいつも目覚める。

「……また、あの夢だ」

 フェイトは寝袋の中で目覚めた。簡素なテントの中には携帯食料が乱雑に放置されている。
 何故、フェイトがこんな場所にいるかというと、それはジュエルシードというロストロギアの発掘の手伝いをするためだ。
 一年前、母親であるプレシアが、長年の無理がたたり病に伏した。リニスによれば内臓が衰弱しきっており、治療はほぼ絶望的らしく、このまま薬を服用しながら穏やかに過ごしたとして、残りの寿命は数年もつかどうか……。
 だがフェイトは諦めなかった。母の病を治すために、リニス、アルフと協力し、様々な情報を集めた。
 そしてフェイトはある日、ジュエルシードという所有者の願いを叶えるロストロギアの文献をプレシアの書籍から見つけた。そして、ジュエルシードの発掘をしているというスクライア一族の元にフェイトは赴き、今に至る。
 当初は発掘したジュエルシードを使いたいと願うフェイトに、スクライアは難色を示したが、熱心な頼みに遂に一人の少年――発掘の監督でもあったユーノ・スクライアが折れた。

「発掘と研究が終わったらきっと君にジュエルシードを渡すよ」

 そう強く言ったユーノの説得もあり、結果、スクライア一族の説得は成功したのであった。
 それからフェイトとユーノによる発掘作業は始まった。危険なトラップや採掘はユーノ、その護衛としてフェイトは彼の剣として戦った。
 そんな日々が続き、先日、ようやくジュエルシードの発見が成されたのだった。

「んー……」

 寝袋に包まれたフェイトは、眠気眼のまま上体を起こす。チャックを開けて、クシクシと目を擦り背伸びを一つしてテントから出た。

「おはよう、フェイト」

 外では既に封印処理を施したジュエルシードの最終確認を行うユーノが作業をしていた。笑顔で挨拶してくるユーノに、フェイトもぼんやりしながら「おはよー」と返す。
 プレシアを助けるためにこれまで苦労したからか、ようやく手にしたジュエルシードに安堵したために、フェイトの気が緩んでいるのも無理はない。本当は手伝いをしてほしいユーノだったが、彼女の事情を知るが故にただ苦笑するだけに済ませていた。
 そんなフェイトの細い視界の先には、ユーノとジュエルシードの入った古めかしい巨大な箱が一つ。後はこれを管理局に譲渡し、その解析にユーノとフェイトがついていき、安全な使用法を確立したらプレシアの元に持っていくだけである。
 全てが順調だ。家族の絆を取り戻し、一時はプレシアの病により落ち込みはしたが、今こうしてフェイトは明るい未来を再び描けている。
 何もかもが明るくとも、フェイトにはそれへの疑念はまるでなかった。いつだって誓った願いは見上げればすぐ側にあり、それがあるから自分の未来を信じられる。

「だから、お兄さん……」

 空は真上に。願いは胸に。明るい道をその足で。躊躇わずに進むその先で――誓った願いの相手こそ、地べたに座して少女を転がす石であるのはなんたる皮肉か。

「見ててくださいね」

 その三日後。ジュエルシードとユーノ・スクライアを乗せた次元航行船が、何者かの襲撃を受けて大破した。

 今、輝かしい未来を目指す少女に、劇的なる者が牙をむく。







後書き

ウェンディが『~ッス』口調を多発しないのは、産まれたばかりというのを考慮してという感じッス。



[27416] 第七話【開幕前夜・1】
Name: トロ◆0491591d ID:e83aae08
Date: 2011/09/15 22:32




 四年の月日は、俺に幾ばくかの平穏と、それをかき消す程の絶望を与えてくれた。
 熱砂と爆音。銃声に悲鳴。それらは、四年の重さを持って俺にのし掛かり、かつての俺を押し潰す。既に望んだ願いは擦りきれ、胸に抱くのはちっぽけな自己嫌悪と、膨れ上がった他者憎悪。ヘドロのように腐臭を吐き出す負の感情を溜め込んで、無くすばかりの日々に何を求めればいいのかもわからない。
 最早意味すら無くしたこの生で、自業自得の憎しみのみが、俺を前に前にと押し出すばかり。
 果てに待つのはきっと、カタルシスなんてまるで覚えられない冷たい絶望なのを知っている。
 それでも歩みを止めないのは、俺にこれ以外の道が残されていないからなのだろう。




 豪華な室内。きらびやかなそこには、多数の調度品があり、どれもが高価な代物だ。そんな室内の主は、よくある裏世界の一組織のボスだった。数多くある次元世界には、当然治安の悪い世界も多数存在する。その一つの世界にある一つの国の一つの街。ありふれた格差のある世界。管理局による治安がないここでは、当たり前のように暴力は奮われ、欲望は吐き出され続けてきた。
 男はそんな魔女の釜のごとき世界で悪徳を行い続けてきた。欲望を満たし、暴力を行使し、のし上がり、邪魔を淘汰した。
 そんな男が今、窮地に立たされていた。肥え太った肢体に脂汗を滲ませ、眼前の死神に命乞いの言葉を繰り返す。自業自得だ。長年積み上げた誰かの怨みが、目の前の死神を男の前に呼び出した。
 ありふれた復讐劇。怨念の触手が、男の命を絡めとっただけだ。
 男の命乞いを聞きながら、死神は手に持った拳銃を持ち上げた。死神は、ようやく幼さも抜け、大人に近い面持ちの青年だった。無表情のままに、オレンジのゴーグルに隠された漆黒の眼は、石ころを見るように太った男を見下し、平等に無価値と排他する。
 男の喉が引きつる。殺意の銃口。まるで深淵のように暗い溝の奥には緑色の魔力の光。容赦は微塵もない。男の願いを聞きはせず、呼吸のように無自覚に、青年は銃口を確実な殺傷のため、男の額に突きつけた。
 躊躇いなく紡ぐ言葉―引かれる引き金―。

「やめ――」

「シュート」

『アクセル』

 物理破壊設定の一撃が、暗殺ターゲットの顔を穿つ。血の詰まった頭が弾け、血しぶきが青年、サクルの頬についた。

「ターゲット殺害完了」

 血を拭い、デバイスを待機状態に戻すと同時、入り口の扉が開いた。

「ありゃ、もう終わってたッスか」

 現れたのは、自前の巨大な武器、ライディングボートを担いだウェンディ。彼女のサクルを見る眼差しには、数年前の不快感はまるでない。サクルはそんな彼女に「行くぞ」とぶっきらぼうに言うと、ウェンディを横を通って部屋を後にした。
 部屋を出た先には、ウェンディとサクルによって殺され、あるいは気絶させられた人の群れ。残党なども残らぬ完全制圧だ。そして、彼らのいたビルを出た二人と一機は、軽い散歩をしていた。
 数年。長いようで短い年月は、サクル、ネームド、ウェンディの結束を固くし、その戦力は協力することで、AAランク程度なら充分に撃破可能な実力にまで成長していた。

「いやー、今回は中々刺激的な依頼だったッスねー」

『久方ぶりのAランクの依頼だ。君も随分楽しめただろ』

「十分に楽しかったッスよ。強くなった自分の性能を試すのは気持ちいいッスからね」

 ネームドとウェンディが会話する一方、改めてこれまでをサクルは振り返っていた。
 ウェンディとネームドと挑んだ初の実戦。熱砂での死闘。管理局員との激戦。数えれば切りがない。
 その果てに積み上げた力は、数年前のサクルを遥かに凌駕している。
 だが、まだ足りない。足りないのだ。

「サクル兄?」

 考え事をしているサクルに、ウェンディが声をかける。こちらを心配する少女に悟られまいと「いや……」何もないと言おうとして――

「以前、言ったよな」

「以前言った……あぁ、復讐、ッスか?」

「……時期が来た」

 歩みを止める。ウェンディも歩くのをやめて、サクルと向かい合う。
 深い憎しみが、サクルの黒い眼の奥でたぎっていた。
 たまにサクルが見せるこの表情がウェンディは嫌いだ。まるでそのまま瞳の紅蓮に焼かれて消えてしまいそうで、そんなとき、ウェンディはいつもサクルを見ないようにしている。
 タッグ当時はわからなかったサクルの目的、復讐という明確な負の結晶が彼を支配している事実。

「何のッスか?」

 ウェンディに出来るのは、そんな彼のパートナーであり続けることだけだ。
 サクルは無表情だ。どこまでも変わらない。いや、彼は感情を現そうとすればするほど、その顔は無になっていく。

「復讐だ」

 強く、そして冷たく放つ。身をかきむしるような感情を無という仮面の内側に押し込めて、ようやく動き出した『原作』を思って目を曇らせる。

「ロストロギア、ジュエルシード」

 一年前、スカリエッティよりもたらされた、ジュエルシードについての情報。無理矢理にでも奪いたかった気持ちを押し殺した。全てはあの女の希望を叩き潰すため、奴にとって最悪のタイミングでジュエルシードを奪うため。

「その採掘がようやく終わったらしい」

 長かった。四年に及ぶ雌伏の時。力を溜め、牙を突き立てるためにここまで待った。
 そして明日、ようやくサクルの復讐は始まる。手始めに、より一層あの女、プレシア・テスタロッサを絶望に突き落としてみせる。あの女の前にジュエルシードをぶら下げて、地に頭を擦りつけさせジュエルシードを望むあいつを徹底的になぶってみせる。
 笑いながら俺とククリを蹂躙したように、俺も貴様を笑って潰してみせよう。
 それが終わったら次はあいつだ。偽りの情報で傭兵を踊らせた男、あいつも必ず殺してやる。

「俺たちは、そのジュエルシードを強奪する」

 だから最初の一歩目だ。サクル自らが起こした自業自得を、奴等自らにも払わせる。
 これは理不尽に対する理不尽な復讐だ。それにウェンディを巻き込むことに、サクルには些かの躊躇もない。
 何故ならば、彼がウェンディを欲した理由は、その理不尽にこそあるのだから。






 ユーノ・スクライアにとって、同年代の少女であるフェイトの存在は少しばかり特別だ。
 初めて会った時、フェイトは藁にもすがりそうなくらい、悲痛な面持ちであり、吹けば飛ぶくらい弱々しい存在だった。とはいえ、幼い身形で大人に混じり仕事をしてきたユーノから見ても、ただ母のためにロストロギアが欲しいという話は、いくらフェイトが可哀想でも納得はできなかった。
 だが、たった一人で何度もお願いをする姿を見て、彼女が真剣に母のためを思ってジュエルシードを求めていることが理解できた。だからユーノもともに部族の者を説得することにした。年少ながら大人顔負けの実力を誇るユーノの言葉に、条件付きではあるがジュエルシードの使用の願いは聞き届けられた。
 それからフェイトとユーノはジュエルシードの発掘を始めることになる。

「……」

 振り返ればあんなめちゃくちゃな願いがよく通ったものだ。輸送機に積まれるジュエルシードの箱が入った箱を見送りながら、しみじみとユーノは思う。
 それより、ここからが本番だ。フェイトから聞いた母の病状では、そこまでの猶予はない。本当ならこのまま管理局にジュエルシードを送り、そのまま報酬を受け取るだけだが、今回はジュエルシードの運用方法を研究し、安全性を確認したうえでフェイトの母親の元に持っていく必要がある。
 ゆえにこの輸送機にユーノも同乗し、そのままいち早く管理局にてジュエルシードの研究を行うつもりだった。ロストロギア研究はやや畑違いではあるが、そこはこれまでの発掘で培った知識を使って別の視点から研究の支援を行うつもりだ。まぁ本当の理由は研究に関わることにより、ジュエルシードの使用許可が出る可能性が増えるのを狙ってのことだが。

「ユーノ!」

 輸送機の前で物思いにふけっていると、遠くからフェイトが駆けつけてきた。「ごめんね。本当なら一緒に行きたかったんだけど……」これ以上はユーノの手伝いができないことを申し訳なく思ったフェイトが、うつむきながらそう呟く。

「いいよ、フェイトには発掘のときに一杯手伝ってもらったからさ」

「でも……」

 なおも言い募ろうとするフェイトの肩に、ユーノはそっと手を置いた。

「だいぶ母と会ってないでしょ? ならちょうどいい。君はお母さんと一緒にジュエルシードの使用方法がわかるまで待っててくれればいい」

 出来る限り早く持っていくからさ。そうユーノは重ねると、名残おしそうにこちらを見るフェイトに微笑み、積載の完了した輸送機へと向かう。

「待ってるからねユーノ!」

 背中にかかる声に手を振って応え、輸送機に乗り込む。
 母のために頑張る少女の期待を裏切らないために、ユーノはその小さな身に、大きな使命感を秘めて──

「離陸する。別れはすましたかい、スクライア君」

「はい」

 遠くなる茶色の大地。いつまでもこちらを見上げるフェイトの姿を、ユーノは小さくなるまで見続けるのだった。






「久しぶりだねぇサクルにウェンディ。元気にしてたかい?」

 およそひと月ぶりになるか。スクリーン越しに見るスカリエッティの顔は変わらずムカつくにやけ面を浮かべている。内心で僅かな嫌悪感を覚えるサクルは、挨拶もせず無言のままスカリエッティを見るばかりだ。一方のウェンディは「ヤッホーッスドクター。サクル兄は相変わらず辛気臭いッスけどあたしは元気ッスよー」などと厭味ったらしくサクルをジト目で見ながら毒を吐く。

『おや博士。私は仲間外れかな?』

 サクルの右手のブレスレット、ネームドがやや皮肉まじりにそう言う。お前は黙ってろと言外に視線で訴えるサクルなどお構いなしだ。

「ハハッ、君とは定期的にコンタクトを取ってるじゃないか。それでは久しぶりとも言えないだろ?」

「そいやドクターとネームドは情報交換してるんスよね」

『あぁ、何分私という存在は君らとは別の意味で面白い研究対象であり、かつ彼以外に私のメンテナンスは出来ないからね。今後のクローニング研究のために定期的な情報交換とメンテはかかせないのさ』

「そういうことさ。それにネームドからは新しい武装バリエーションの依頼も頼まれていてね。今度は敵陣でのカートリッジを使った至近距離でもろとも破裂する炸薬兵装に、ピンチのときの自爆装置も検討している」

「うわー、鬼畜ッスねドクター」

「発案はネームドだよ?」

「いやいや、思考パターンに記憶も一緒の時点で発案がドクターって言っても過言じゃねーッスよ」

『心外だなウェンディ。確かに元は彼ではあるが、今の私は経験した知識が彼とは随分と違う。最早別人と言っても──』

「──ジュエルシードの輸送船についての情報は?」

あまりにも逸れてしまった話をサクルは強引に戻す。「はーい」「おや、もう本題かい?」『余裕のない人生はつまらないよ?』気の抜けた返事。
ジロリと睨みつけるが、三者それぞれどこ吹く風だ。

「……頼むから真面目に話せ」

 観念したのか。ため息混じりに肩を落とすサクル。あまり見せないサクルの素の表情が見れて満足したのか、ウェンディも追従するように「まぁ雑談もこれくらいにしましょうか」と続ける。
 スクリーン越しに見るスカリエッティの表情は変わらず、考えなどわからない。一瞬の静寂の後、スカリエッティはサクル的には尊大な感じで口を開いた。

「君の言うとおり、ロストロギアジュエルシードの輸送が三日後に行われることが確認された。輸送機一機に護衛の局員が四人。構成メンバーはAランク一名と残りがCランク」

 おそらく最高評議会、あるいは忍ばせたナンバーズによって情報を集めたのだろう。正確な情報にウェンディは疑いもせず頷くが、サクルは「確かなんだな?」疑念の眼差しをスカリエッティに向ける。
 サクルの過去を知る一同は、この数年正確な情報を渡してきたにも関わらずスカリエッティを疑う彼に怒るようなことはしない。何故なら情報に騙されたことによって、サクルは今ここにいる。こうして復讐の炎に取りつかれている。

「勿論」

 こうやってスカリエッティが応えるのも最早いつものことだ。芯の部分で、サクルは誰も信用していない。だからこその疑念、疑心、傷を負った獣のように、その心は誰も近寄らせない。
 そんなサクルを見るたびに、ウェンディは不安になる。この数年、培った絆すらサクルは信じていないのではないかと思うのだ。

「そ、それより! どうやってその、ジュエルシード? って奴をかっぱらうか考えるッスよ!」

 だからいつもウェンディは不安を拭うように大きな声で話を戻す。
 これもいつもの流れ。先送りばかりされる小さな違和感。
 サクルは暫く沈黙すると、ややあって「わかった……」と頷いた。

「では私はそろそろお暇するとしよう。健闘を祈ってるよ。サクル、ウェンディ、ネームド」

「お前のそういう心にもないセリフだけは信頼できるよ」

 サクルの皮肉を最後にスクリーンが消える。虚空に浮かんでいたスクリーンに背を向け、さてとサクルは切り出した。

「ウェンディ」

「ドクターから高速次元航行船を一つ。すれ違い様に狙撃でエンジンを狙撃。混乱に乗じて強襲」

『却下。転移魔法の使い手がいた場合、強襲時に転移の恐れがある。サクル、離陸前の輸送機に強襲を仕掛けよう』

「却下」

『何故?』

 疑問に思ったのはネームドだけでなくウェンディもだった。自身の作戦はややリスクが伴うので却下されるのはわかるが、ネームドのそれは、基本的な方針としては十分だと思う。確かに襲撃までの準備期間は短いが、相手の戦力的に見れば、よほどの不確定要素が来ない限り失敗はありえないだろう。
 二つの疑念にさらされたサクルは、やはり一人静かに思考すると、その目にあの怒りの炎を滾らせた。

「俺たちの他にジュエルシードを狙うやつがいる。おそらくそいつは航行中のときにジュエルシードを狙うはずだ」

「待った。一体その話の何処にその根拠があるっていうんスか? 第一いると仮定したとして、何でわざわざ航行中の船なんていう危ない状況で襲撃するんスか。襲撃者がいるなら余計に危険なはずッスよ」

『私は構わない』

「ネームド!?」

 まさかの賛成にウェンディは驚きの声をあげた。幾らなんでも納得がいかない。根拠のない別の襲撃者に、リスクの高い次元航行中の襲撃。理解しろというほうが無理がある。

「……嫌ならお前は来なくてもいい」

 納得がいかないといった風なウェンディにサクルはそういった。
 カチンとウェンディの頭に青筋が浮かぶ。

「上等じゃねーッスか……よりにもよって嫌なら来なくていい? 随分と舐められたもんッスね……!」

 込み上げる怒りに拳を作ると、ウェンディはあたし怒ってるッスからといった感じにサクルを睨む。だが応じるサクルの眼差しに怯むとか迷うとかいったものはない。
 ──完敗だ。

「復讐に関係あるんスね……?」

「あぁ、俺の私怨に絡んでる。だから俺はあえて航行中に襲撃したいんだ。あいつが手に入れようとする物を、ここぞというタイミングで奪い取る。そんなくだらない理由だ」

「……わかった。あたしも付き合うッスよ」

「いいのか?」

 意外だと目を丸めるサクル。ウェンディは深く息を吐きだすと、頭をガシガシと掻き「まっ、一応パートナーッスからね」と渋々ながら呟いた。

「すまない」

「いいッスよ。ただし危なくなったらすぐに逃げるッスからね」

「わかってる。逃げてくれて──」

「サクル兄もッス」

 構わないと言おうとしたサクルに被せるようにそういうウェンディ。一瞬虚を突かれて言葉を失うサクルだが、「いや、しかし」と言おうとするが、ウェンディはそんなサクルの頭を小突いた。

「……痛いな」

「アホなことを言うからッス」

額を摩の前でデコピンを繰り返す。これ以上何か言ったらデコピンする気は満々だ。
だがそれでも、

「悪いが、俺は逃げない」

 今度は、額に痛みは来なかった。

「そんなに、復讐って大切ッスかね……」

 悲しげに言うウェンディの言葉を、知った口をきくなと一蹴は出来ない。この数年、悲劇の別れを経験したのはサクルだけではない。ウェンディもまた、戦場で多数の仲間を失った。
 その中には、仲間を殺すだけ殺され、報復もできずに苦汁を舐めさせられたこともある。だけどウェンディは安易に復讐に走ろうとは思わなかった。ウェンディにはまだ仲間がいて、仲間がいるから憎しみの鎖にまだ捕らわれずにすんでいる。
 きっと、そこがサクルとウェンディの境界線なのかもしれない。仲間を失い、孤独になったサクルと、仲間を失いながらも、守りたい仲間がまだいるウェンディ。今は同じ仲間がいる場にいたとしても、孤独を経験した者と経験してない者の差が、復讐に対する考えさえも違わせた。

「そりゃあたしも復讐したときだってある……実際、何人か殺したし、殺せず未だのうのうと生きてる奴もいる。でも殺してもどうにもならないッスよ? 可能な限り追い詰めて、絶望を与えながら殺しても、あぁ死んだんだ、仇はとった、それ以外後はなんも残りはしない。そんなことのためにわざわざ危険を冒す必要はないと思うんスよ」

「だが俺はやる。そのために俺はここまで待った」

 復讐するのはいい。ただそんなことのために危険に向かう必要はない。ウェンディはもっと冷静になれとだけ言っている。それはある意味正しいだろう。復讐は不毛だよと綺麗ごとを語られるよりは遥かに納得できる。
 だが一度孤独に陥り宿った炎は、新たな仲間ができても消えはしない。繰り返し繰り返し失い、煉獄を経験した男は、例えそこから逃れても残り火に焼かれ続けるしかないのだ。そして、火に狂った者が、敵を前にまともでいられるわけがない。
 だがそれがわかっていてもウェンディは言葉を重ねる。わかっているから続けていく。

「殺しても意味はない。何の気持ちも残らない。その後を生き抜くために落ちる必要はない。サクル兄、復讐はたんなる『けじめ』ってだけッスよ。相手に相応の痛みを与えるだけでいい。でも今のサクル兄のやり方は、きっと自分を犠牲にしてでも相手にそれ以上の苦痛を与えようとする方法にしか思えないんスよ」

「……その通りだ。でも、それでも俺はあいつらを……!」

 思い出すのはあの日。熱に溶けるかつての仲間の姿、それはククリであり、かつて死んだ別の誰かの姿でもあった。
 決定的な違いは、正確にはそこかもしれない。ウェンディの復讐は、他人のための復讐であり、サクルの復讐は、今も弱いままの己のための復讐で、ウェンディのように決して綺麗な理由があるわけではない。ただの子どもの八つ当たり、ウェンディはその一点を理解できないから、サクルに言葉が届かない。
 自分でも足りない何かがわかっているのだろう。それ以上は無駄と思ったウェンディは、口を閉じ、でもやっぱし何かを言おうとして、

「わかったッス……でもやばくなったらあたしだけでも逃げるから」

「それでいい。悪いなウェンディ、俺のわがままに付き合わせて」

 その無表情に僅かな申し訳なさをにじませるサクルに呈して、快活に目を細めてウェンディは笑う。

「いいってこと。あたしらはパートナーッスからね。相方のわがままに付き合うのも仕事の内ッスよ」

 んじゃとその場を後にするウェンディ。サクルは小さくなるその背中を見送り、ただ一言、

「ありがとう。助かってる」

 返事はない。返ってきたのはひらひらと片手を振るウェンディの手だけだった。

「……自己満足、か」

 一人、いや、ネームドと二人になったサクルは、先程、彼女に述べた感謝をそう唾棄した。恥ずべきである。もし本当にウェンディに感謝しているのなら、もし彼女を本当にパートナーと思っているのなら、わざわざ危険な任務、しかも自分の個人的な事情に、彼女が何を言おうが巻き込むべきではない。
 それでもあいつを巻き込むのは、いたほうがより確実にあの女に苦汁を舐めさせることができるからだ。
 原作通りなら、輸送中のジュエルシードは航行の途中謎の事故によりジュエルシードを地球にばら撒くことになる。これはサクルの想像にすぎないが、その後フェイトを地球に向かわせたことから、謎の事故とはあの女の手によるものだったのではないかと思うのだ。
 あやふやな原作知識に、さらに憶測を重ねた程度の確信。普通ならそんな都合のいい事などないと一笑するだろう。だがサクルはそんな都合のいい展開すら願うほど、あの女を憎んでいた。その憎しみは数年前の比ではない。弱い自分を見たくないから、一層強い憎しみを燃やすことで弱い自分を陽炎の彼方に追放した。
 その結果、サクルのプレシアとバグズに対する憎しみは自身でも制御できないほどになっていた。今や、一番最初の最初、転生前に願った、原作知識を使い物語に介入し仲好しこよしをして、あわよくばなのは達と仲を深めるなどといった『アホの思いつくような考え』は残っていない。
 どうでもいい。どうだっていい。あいつらを絶望に叩き落として殺す。そのためなら何だってする。例えその結果自身の身が滅んでも構わない。欲しいのは、あいつらが涙混じりに許しをこう馬鹿な面を見下しながら、嘲笑と共にその脳天をぶち抜くことだけ。たったそれだけの願い。
 そんなことばかり願っている癖に、サクル、お前はウェンディに何て言った? ありがとう? 助かっている? バカな。そんなこと、本当は微塵も思っていない癖に。復讐を遂げるための都合のいい駒、ウェンディは、否、周りの全てがそれ以上でも以下でもない。信用も信頼も、パートナーなどという笑える関係も、全部が全部自分の踏み台でしかない。

「滑稽だな」

『卑下はよくないと思うがね』

 理由を知ってか。それともただ単に同調しただけのセリフか。その意図のわからぬネームドの言葉に、サクルは何も答えず、殻に籠るように瞼を静かに閉じるのだった。





後書き

今日からパソコンで更新です。大体一万文字前後を目安に書くので、以前よりかは読み応えがあり楽しめていただけると思います。



[27416] 第七話【開幕前夜・2】
Name: トロ◆0491591d ID:e83aae08
Date: 2011/09/28 16:48



「しっかし、ユーノだっけ? お前、どうしてロストロギアの研究をいち早くしたいんだ?」

 次元航行に入ってすぐ、どこか落ち着かない様子のユーノにそう声をかけたのは、手に水の入ったボトルを持った男だった。背が高く、細身ではあるがほどよく筋肉のついた中々に容姿の整った男、名をメイス・ノーストンと言ったかな、とユーノは乗り込む前の自己紹介を思い出していた。

「えっと……ノーストンさん?」

「メイスでいいよ。俺も呼ぶときはユーノだ、いいだろう?」

「は、はい。メイスさん」

「おう」

 人懐っこい笑みを浮かべてメイスはボトルをユーノに差し出した。それをユーノが受け取ると「で、どうなんだ?」と改めて聞いてくる。初対面にしては図々しいと思える態度だが、その包容力のある笑顔が、ユーノに嫌な印象を与えなかった。

「研究の理由、ですよね……」

「あぁ。ほら、お前くらいの年でロストロギアの発掘も珍しいなら、研究となると俺だって聞いたことがない。それに見た感じどうも興味本位でそんなことをする坊主には見えなくてね」

「まぁ簡単に言っちゃうと、女の子のためです」

 そう始めてから、ユーノは静かに語りだした。女の子の母親の病気が、今の医学では治すのが難しいこと、そして、治す可能性があるのが今輸送しているロストロギアにあり、自分はいち早くロストロギアの安全な利用方法を見つけ、女の子のために使うのだと。
 そこまで語られると、まずメイスは「お前、そいつに惚れてるな?」とにやけた笑みを浮かべてユーノに言った。

「な! そ、そんなことないですよ!」

「またまたぁ~。じゃなきゃそこまで頑張る理由がないだろうに。で? その子は可愛いんだろ?」

「まぁそりゃ……ってそうじゃなくて! ただ僕は、フェイトの真摯な態度というか、意志が強いとことか……」

「惚れちゃったわけね」

「もう! 違いますよ!」

 右手のボトルのキャップが空いてるのも気にせずに、ユーノは顔を真っ赤にして叫ぶ。だが怒ったユーノなどメイスからしてみればハムスターにも劣る脅威だ。「おー怖い」などと言ってはいるが、顔は笑みのまま。
 そんな態度にユーノは頬を膨らませてそっぽを向く。と、そのユーノの頭が、そっと大きな何かに包まれた。

「立派だよユーノは」

 優しく語るメイス。ユーノの頭を優しく包み、くしゃりと撫でる。おとなしいと思ったら強くて優しい子だ。そう感じる。

「そうですかね……」

「少なくとも俺はそう思う。だってよ、お前くらいの年でそう考えられる奴はそういない。しかも誰かのためにってのは、大人だって考えるのは難しいくらいだ。大人になると、色んなことが見える代わりに、色んなものが付きまとっちまう。人間関係、今の自分の立場、数えるのも億劫なくらいだ」

「メイスさんもですか?」

「勿論。むしろ俺みたいなやつは駄目な大人筆頭さ」

 ユーノに置いた手はそのままに、肩を上げて首を振る。

「だけど、色んな物を背負ってるから、俺にはそれがどんだけ大切かってのがわかるんだ。それがわかってくると、余計背負う物のために我武者羅にはなれなくなってくる。何かと何かを天秤にかけて、切り捨てながら生きていくんだ。なぁユーノ、お前が今持ってる強さは、珍しいって言っても子どもの強さだ。今はそれでもいいし、できればいつまでもそうあって欲しいって──」

 言と、言葉の続きをかき消すようにひと際甲高い音が鳴り響く。即座に顔を引き締めるメイスと、状況がわからずぽかんとするユーノ。

『隊長。救難信号を受信しました』

「わかった。すぐ行く」

 言いながら立ちあがったメイスは、まだ理解の追いつかないユーノに振り返り一言。

「まっ、話はまた今度ってな」






 最初は急を要するトラブルへの対応だった。
 次元航行中の船は大変危険である。次元という異空間を通っているのだから、何かしらの事故があったら最後、あっという間に次元の狭間に引き込まれてしまう。なので、次元航行行うのに必要なのは、充分な訓練を経て得た特別な資格を持つ操縦者と、多くの点検をクリアした船がなければいけない。その他、航行におけるいくつもの許可を得て、次元航行は決行されるのだ。まぁ次元世界をまたいでの航行が確立されたのは、随分昔の話であり、今はそこまで規則に厳しいわけではないが、それがロストロギアの運搬となれば重要性は違う。今回、ユーノが乗り合わせた船は、管理局印の最新の輸送船と、熟練の操舵手が二名、さらに緊急時のために待機するAランクの武装局員に三人のCランク局員による護衛という、万全の状態がなされていた。当初はAAランクの乗員も検討されたが、人材不足の問題もあり、次点で優秀な武装局員部隊長のAランクと、彼が信を置く部下三名にはなったが、よほどのことがなければそうそうの問題はないだろう。
 そんなユーノの乗った船がトラブルに遭遇したのは、次元航行に入って二時間程のことであった。
 唐突なSOS信号。信号の元へ行くと、外から見た感じではエンジン部分が停止した高速艇がどうにか次元の狭間に飲み込まれずに漂っていた。ロストロギアの運搬という任務がある以上、まだ持つようであれば他の管理局員に応援を要求し、もう暫くだけ耐えてもらうのが、ベターな選択だろう。

『駄、駄目ッス! もう魔力が切れかけててこのままじゃあたし達死んじゃうッスよ!』

 だが、どうにか通じた通信を聞けば、どうやらエンジン停止に緊急のバッテリーも残りわずか、生命維持機能停止まで、もういくばくの余裕もないらしい。
 ロストロギアの運搬は重要だが、とはいえそのために人命を失うのでは意味がない。議論の余裕もないと結論した局員は、高速艇の乗客の救助を決める。当然乗っていたユーノもそれを聞いていたので、元からの正義感も相まって、彼も救出を手伝うことにしたのだ。
 とはいえ、ロストロギアがある以上、可能性は低いとはいえ、どこかから情報が漏れて、その情報を得た、ロストロギア強奪を考える一味である可能性を考えなかったわけではない。しかし、照合した船の番号が管理局に登録した正式な船であることが、考える時間がないのと合わさり大丈夫という結論に至らせた。
 その後は早いものである。幼いながらも結界魔法のエキスパートであるユーノがいたこともあり、船の保護から、船内への侵入はスムーズに行われることになった。

「よし。ではこれより我が隊は緊急の救助任務を行う」

 メイス・ノーストンは、管理局に入局して十五年のベテランである。様々な任務を通して培われた経験と、その実力で手にしたAランクの称号と隊長の地位はメイスの誇りであり、こうしたロストロギアの輸送を任されるのは名誉だと感じていた。故に常以上に注意を払って今回の任務には望んでいた。なのでこうした救助は不本意であり、本来他の別働隊に応援を頼み、そちらに任せようとしてた。だが根が正義感に溢れた男であるメイスは、結局救助に踏み切った。甘いなとは自分でも思うが、そういう甘さが正義の現れである以上、メイスは自分の甘さもまた誇るべきものであると自負している。そんなメイスの隊での評価は高く、部下からの信頼も他の隊と比べても充分なものだ。
 閑話休題。気持ちを切り替える。ともかく救出と決めたなら、状況的にも迅速な対応が求められる。

「突入」

 今回の任務の隊長であるメイスがそう言うと、二人の部下が頷いた。ユーノは船の入り口から、生命維持の結界と高速艇を繋ぐ道の維持を行っている。メイスは魔法陣を展開するユーノにも目線をよこした。

「大丈夫です。任せてください」

 突然の事態にも動じぬ意志を見せる少年の眼。やっぱし強い子だとメイスは思った。十を過ぎるか過ぎないかといった少年とは感じられないくらいに。正直な話、メイスが救助しようと考えたのは、ユーノのひたむきさに感化されたのが、一番の利湯だったのかもしれなかった。最も、幼い少年少女も勤めている管理局の一員のメイス達から見れば、珍しいとは思うが、驚くほどのことではないのも事実だが、若い者からの刺激というのは馬鹿にならない。
 ともあれ、そういう職業についているからこそ、相手が少年であろうが信頼を置く。念のため、部下の一人を傍に待機させているが、それはあくまで保険でしかない。
 メイスはユーノから視線を切ると、次元の海に浮かぶ船に向けて歩き出した。ユーノの作った緑色の道は進みやすく、危険もなく高速艇の入り口に到着。閉まったままのドアに、物理破壊に設定した魔力刃で慎重に切り口を入れる。火花を散らす鉄とその悲鳴。焦らず慎重にメイスの灰色の刃はドアの縁を沿って走る。
 刃が一周すると、船の内部にドアが落ちた。重く響く音が船内に響く。内部は暗く、完全にその機能を停止させているのが目に見えた。
 念のためにとバリアジャケットとデバイスは展開したまま、メイス達は足を踏み入れた。船内の空気はひんやりと冷たく、まるで死者の眠る棺桶の中にいるかのようである。嫌な雰囲気だ。こういう場所は何かある。メイスの経験に基づいた危険への本能g小さくない警告を発する。「気をひきしめろ」部下にそうメイスが言うと、二人の表情は一層厳しいものになった。
 こういう場での勘というのは意外に重要となる。そんな根拠のないものが重要なわけないだろうという人もいるだろうが、そういう人はメイスからしてみればまだまだ三流の素人だ。例え勘違いだとしても、勘が働く状況というでは、警戒心が一層引き締まる。気を保つことにも使えるし、一流の人間になればなるほど、経験に培われた勘こそが現場で役に立つのだ。

「……」

 だが今回に関しては、勘違いであるだろうなともメイスは思っていた。この言い知れぬ雰囲気が、いらぬ警戒を自分に喚起させるのだろう。だがこと現場において注意しすぎるのに越したことはない。拙速が望まれる場であるからこそゆっくりと、自分のコンディションを平静にするため、焦る場面では慎重に、焦らない場面では大胆に、それこそが重要だ。
 そして今は落ち着く場面だ。嫌な雰囲気で逸りがちの心を慎重に、メイス達はデバイスに光源を灯すと、救難ポイントへと歩を進めた。
 警戒して進むが、異変があるわけでもなく、さらにユーノの結界による支援によって状況が悪化するでもなく、広くもない船内だったため、すぐに三人はポイントへと到着した。

「あっ……こっちッス……!」

 広い部屋に出たと同時、暗がりから少女の声が響いた。光源を向けると、眩しそうに目を細めるピンク色の明るい髪質の少女と、その腕に抱かれたバリアジャケットらしき物をまとった男がいた。
 少女のほうはまだ元気があるのか、弱弱しくではあるもののこちらに手を振っている。

「大丈夫か?」

「あたしは……でも兄さんが自分はバリアジャケットで体機能を維持できるから、食料はお前が食えって言って……」

「失礼」

 メイスはやや違和感はあるものの、こけた頬の少女から男を預かると、その顔を見た。
 まるで海中水泳で使うようなオレンジのゴーグルで覆われた表情はうかがえない。だがこちらも頬はこけており、あまり大きくない呼吸から、憔悴しきっているのが見て取れた。
 だがそれも素人目での判断でしかない。メイスは部下に「お前らは女の子を頼む」と言うと、あまり揺らさないように男の体を背中におぶった。

「す、まない……」

 耳元で、まるで歌いすぎてしゃがれた声で男がメイスに囁く。「気にするな」と応じれば、安堵したのだろう、男は体重の全てをメイスに預けた。
 ずっしりと感じる命の重さ。そうだ、俺たちはこれを守ってるんだよ。使命感とともにメイスはそう心で呟く。管理局に入ってよかったと思うのは、こうして誰かを助けることができるということだ。俄然やる気の出てきたメイスは、一歩一歩男を揺らさないように気をつけながら声をかける。

「もう大丈夫だ。なぁに心配しなくていい。絶対のピンチだってな、頑張ってればきっと助けがくるんだ。まぁ白状すると、実は俺たちは下手したら人命より大切な任務があってな。他の援護を頼んでさっさとどっかに行こうとしてたんだ。あんたからしたらじゃあ何で助けるんだって話かい? そりゃそうだよな。でもよ、救援を待ってたら助からないとなりゃ黙ってられない。俺達管理局は誰かを助けるのが仕事だ。あんたらの安全を守るのが仕事だ。でも確かにそこに優劣は当然あるさ。実際本当に本ッ当に俺達の任務が重要だったら、もしかしたら俺はあんたらを見捨てたかもしれない。でもやっぱそれはもしかしたらで、それに結局俺はもし重要な任務だったとしてもあんたらを見捨てなかったかもな。まっ、つまるとこ何が言いたいかってと、あんたらは助ける。俺達が、必ずな」

 長い長い言葉は、背に担いだ男を安心させるためだ。合槌も打てないほど弱っているのはわかっているので、返事は期待していない。背後でも、自分と同じように部下が少女に声かけを繰り返していた。また、これには相手を安心させる効果と、自分を落ち着かせることにも繋がる。
 そういえばこの男、ジャケットはいいとして、デバイスはどうしたのだろうか。急いでいたので確認はしていないが、まぁ今はそれよりも救助が先である。

「よし、もうすぐだ」

 メイス達の前に、緑色の明るい光が差し込む。光を確認したところで、道を照らしていた魔力光を消す。もう目と鼻の先だ。

「しかしあんたらはついてる。俺達が間に合ったのもそうだが、なんと今回はオマケに民間の協力者まで手伝ってくれたんだからな」

 ピクリと背中の男が反応する。緑の柔らかな光を感じてか、はたまた先の言葉の何かに反応したか。
 だが男の些細な反応を冠いることなど出来ずに、メイスは切り取られたドアの放置された場所までたどり着くと、行きと変わらず見事に展開されている結界と通路に足を踏み出した。そのまま、何の問題もなく輸送船への移送が完了する。そんな彼らをユーノが不安な面持ちで迎え入れた。

「大丈夫でしたか?」

「おう、この通り。それよりユーノ、回復魔法は?」

「はい、大丈夫です」

 ユーノが頷くと、メイス達は救助した二人を長椅子に下ろした。小さく、だが確実に呼吸をする二人を見据え、ユーノがメイス達の見守る中、回復魔法を唱える。優しい膜に包まれるのを見届け、メイス達もようやく落ち着いたのか、デバイスを解除した瞬間、横たわる男が突如口をパクパクと開閉しだした。

「どうした?」

 何事かと、メイスが男に近づき、何事かを言おうとする男の口に耳を近づけた。

 その時だった。

「馬鹿が」

 かすれた男の言葉。だが、その小さな言葉をかき消すように、轟音が狭い船内に響き渡った。






 バリアジャケットを部分的に解除したサクルがとった行動は、ズボンに差し込んだデリンジャーを自然な動きで自分を運んだ男の顎に当てて、脳天を貫くように発砲することであった。
 銃声と共に、おそらく隊長であっただろう男が、何が起こったのかわからないといった表情のまま、血を巻きながら床に沈んでいく。男の願い、思い、信念、積み上げた全て、それらが全て消える。最後に男、メイス・ノーストンが何を思ったのだろうか、サクルにはそんなことはわからないし、わかる意味もない。サクルにとっては有象無象の一人であり、既に無象となり果てた物の一つというだけだ。
 状況に追いつかずに、一秒にも満たぬ僅かな時間、金髪の少年を含んだ四人が呆然とする。メイスが沈むまでの瞬き、サクルと、その隣のウェンデは瞬時に起き上がると、結界を飛び出して少年の両隣に立っていた男達を、サクルはデリンジャーの最後の一発を喉に突きつけ正確に引き金を、ウェンディは戦闘機人の超人的な身体能力を駆使し頭を掴んで捩じり回し、確実に殺傷した。
 そこでようやく状況に追いついた最後の男が、デバイスを展開し、少年、ユーノを庇うようにするが、それは失策だ。片手でユーノを背中に隠すその挙動、その時間をサクル達の迎撃に使うべきだった。サクルに向けられるデバイスの切っ先。ジャケットを展開してるとはいえこの距離、場合によっては一撃でこちらが沈むが、それは甘い。
 突如、サクル達のすぐ傍で爆発が起きる。何事かと驚愕する男と、混乱の術中にあるユーノ、爆発した壁の向こうから現れたのはウェンディのライディングボードと、それに乗ったネームド。
 サクルはデリンジャーを男に投げつけると、即座にボードに向かって走る。それに合わせてネームドを載せたボードをウェンディが操作し、器用にネームドをサクルに向かって放り出した。
 驚愕に次ぐ驚愕に、男の動作は一手も二手も遅い。男がなげられてきたデリンジャーを払う時には、サクルはすでにネームドの銃口を男に向けていた。

「お──」

「シュート」

『アクセル』

 緑の殺意が男の体に直撃した。魔力ダメージのためその体に傷はない。物理破壊にして、これ以上船体の破壊をしたくないがための配慮だ。結果として最後に残るのはユーノただ一人。ウェンディはすでに操舵手の鎮圧に向かっており─暫くの後、発砲音─成功していた。

「あっ……?」

 状況が理解できない。一瞬にして死体処理場になった船内で、腰を抜かしたユーノの目の前にはサクルの腕。

「ぎぃ!」

 無理やりに腕を捻り上げられ、ユーノは痛みに呻いた。幼い少年の悲痛に、しかしサクルのゴーグルの向こうの眼差しは微動だにもしない。何故ユーノを残したのか。偶然も何もない、単純にユーノがイレギュラーだったからだ。
 サクル達の当初の作戦は、遭難者を装って船内に潜入。─メインウェポンのボードとネームドは、ボートの遠隔操作で輸送船に張り付け、ころ合いを見測り突入させる予定だった─プレシアによる攻撃に乗じて、混乱した管理局員を奇襲によって反撃させる暇も与えず無効化し、ジュエルシードを奪うというものだった。
 わざわざウェンディの提案─悪ふざけ─で、死人のような化粧と、半日耐久カラオケによるしゃがれ声作成という労力をしてまで臨んだこの作戦。だがユーノというイレギュラーの存在が、サクルに突発的な攻撃を決行させ、ある一つの考えを過らせた。
 つまり、この目の前の少年こそが、プレシアが起こした事故の切っ掛けなのではないかという推測。その可能性を考えて、サクルは奇襲を仕掛けたのであった。

「質問に答えろ。お前はプレシアの手先か?」

「あう……うあぁぁ!」

 淡々としたサクルの質問。しかし、少年にはあまりにも無残な環境に、幾ら大人びているとはいえ、ユーノに耐えられるわけなく、質問にも応えられずユーノは涙ながらに叫びだした。
 演技の可能性もある。サクルは叫ぶユーノの腕をさらに捻じり、痛みに声をだそうとする口にネームドを突っ込んだ。ユーノの小さな口が、無理やり口に入れられた異物によって傷つき、歯がへし折れた。傷口より鮮血が溢れ唇をつたう。突然の異物感にユーノは苦悶に顔を歪めてむせた。『汚いじゃないか』ネームドの意見は無視。

「モゴ……!?」

「もう一度質問する。お前はプレシアに、または誰かにこの船の攻撃を依頼、もしくは命令されたか? 嘘をついてる、またはこれ以上叫ぶならお前を殺す」

 機械のように容赦なく、ネームドをさらに口の奥へと突っ込む。「早く答えろ」急かす言葉、ユーノはそのままゆっくりとネームドが喉を突き破る様を想像し、さらに恐怖した。

「ンー! ンー!」

 死の危険を前に、ユーノは口が切れるのも構わず必死に首を横に振り否定した。涙にまみれ、許しをこうのを無様とは思わない。必至で命を紡ごうとする姿をサクルは静かに観察し、ネームドを引き抜いた。

「……外れか」

 その反応を見て、本当にメイスが言ってた通りただの民間協力者と辺りを付けたサクルは、子どもとはいえ、あの結界と回復魔法、そのまま放置するのも危険と判断し、せき込むユーノの体をまさぐり、彼のデバイスらしき赤色の丸い水晶体を奪った。軽くネームドでスキャン『いいデバイスだねぇ』とネームド。何処かで見たことのある形状と少年の容貌に違和感を覚えたが、おそらくあの女の邪魔ができる今に昂ってるせいだと考え、サクルは奪ったデバイスをボードによって開いた穴から、次元の彼方に放り出した。
 ──あくまでもしもの話だが、サクルがジュエルシードとプレシアのことばかりに気を取られず、一応採掘者であるユーノとその周りについての情報もスカリエッティに求めていた場合、この状況は生まれなかっただろう。だが結果としてサクルはここで決着を付ける気であったために、ジュエルシードの回収をしようとするだろうユーノのことは気にも留めず、ウェンディは理由知らないのでただサクルに協力し、そしてネームドとスカリエッティは、その目的からサクルの自主性を尊重するため、サクルの望む情報以上のことは調べようとしなかった。もしサクルがユーノ周りの情報を調べ、この時点でユーノの容姿を正確に把握していれば、結果は変わっただろう。だが、サクルは違和感は覚えたものの、再び真実を知る選択を誤ることになる。いや、もしかしたらこれこそが、『主人公補正』のもたらす結果なのか。

「暴れるなよ」

手早くバインドをユーノの体に巻きつける。これでデバイスもないこの子どもには何もできないだろう。デバイスなしで魔法を使える可能性もあるが、だとしてもデバイスを持つということは、普段からデバイスによるサポートを受けてるはず。あのレベルの結界と回復は素晴らしいが、ネームドの言葉を信じるなら、デバイスによる恩恵があのレベルだったと仮定。デバイスを失った今、少年の能力は劣化したに違いない。まさかデバイスを持ってるだけで使えないということもあるまい─違和感─。何か思いだしそうだ。

 と、その時、ウェンディからの通信が入った。

『こちらウェンディ。操舵室の制圧完了、管理局に通信が送られた形跡はなしッスー』

「わかった。そのまま操舵に入ってくれ、どうやらイレギュラーは本当に民間の子どもだったらしい」

『あちゃー。まぁ制圧できたならそれで構わないんスけどね。んで、こっからは当初の予定通りプレシアって人の攻撃まで移送するんスか?』

「あぁ。破壊された船体はネームドと俺で簡易結界と幻術でわからないようにしておく。自動操縦に切り替えたら、お前もジュエルシードの回収を手伝ってくれ」

『りょーかいッス』

 通信を切り、サクルはユーノを一瞥すると、未だ泣いたままのユーノの前に、先程気絶させた管理局員を引きずった。

「おい」

「ヒッグ……エグ……」

 泣いてこちらを見ないユーノの顔を無理やり掴みこちらに向ける。ユーノの目の前、オレンジのゴーグルを付けた、機会のように冷たい男の眼差しに晒されて、ユーノの体が意図せずにガクガクと震えた。口の中の痛みが今更になって甦る。唇から喉へと滴る血の感触が何故か感じられた。
怖い、怖い怖い怖い怖い! 何かしようなんていう考えは浮かばない。フェイトとの約束とか、誓った願いとか、さっきまで話していた人のこととか、そんなの浮かぶわけがない。ユーノは強い、でもそれはやはりメイスの言うとおり子どもの強さでしかなく、この極限状態で、ユーノはただの子どもでしかなかった。
 そんなユーノの感情など歯牙にもせず、サクルは静かに管理局員を掴むと、躊躇うことなく、その目の前で局員の首をへし折った。

「ヒッ……!」

 意図の切れた人形のようになった管理局員を見て、ユーノは喉をひきつらせる。容易く刈り取られる命の火。まざまざと見せつけられた事実に言葉を失う。

「こうなりたくなかったら静かにしろ。反抗しようと考えるな。そして、俺の聞くことには後で正直に答えてもらう」

 わかったな? と、先程人を殺した手でユーノの頭をサクルは掴んだ。ぞっとした。このまま自分もへし折られるのかと思うと、反射的にユーノはただ首を縦に振った。サクルが離れても体を震わし涙を流すだけで、声を出さないように堪えている。
 普通の子どもなら、ここまでやれば余計泣きわめくだろうが、サクルの判断通り、この子どもは大人びていたために、素直に言うことを聞いた。聡いだけの子どもなら、これから何かしようとも思うまい。まぁいずれにせよ、この子どもの正体等、聞きたいことを聞いたら船外にでも捨てるつもりだが。そんな余計なことは言わずに、サクルは局員の死体をユーノの前に捨てると、最優先すべきジュエルシードの入った貨物の捜索に移るのだった。

「うぅ……」

 サクルが消え、一人死体だらけの場所に取り残されるユーノ。涙が次から次に溢れて止まらない。どうしてこうなったんだろう。何でこんな目に合わなきゃならないんだろう。考えは堂々巡りで、普段なら容易くとはいえないが解けるはずのバインドすら外すこともせずに、ユーノはただ泣いた。怖くて怖くて、泣いて泣いて、そうして少しだが落ち着いた思考で思い出す。
 そういえばあの人、確かジュエルシードを奪うっていってなかったか?
 一体何処で情報が漏れたのかわからない。でももしジュエルシードを奪うのなら、フェイトの母さんを助けるという約束はどうなる? 折角手にした僅かな希望を砕かれることになるフェイトはどうなる? きっと泣いちゃうはずだ。誰にも知られずに、一人で泣くはずだ。ごめんなさいって、母親にごめんなさいって謝りながら。
 そんな彼女を見たくない。そう思う。でも──

 でも、じゃない。約束をしたはずだ。

「……」

 周りには、放置されたままの局員達─死骸─。無理だ。あんなに呆気なく局員を始末する恐ろしい人に抗えるわけがない。さっき言ってたじゃないか、もし反抗するならお前もあぁなるって。体の震えがおさまらない。サクルが淡々と植えつけた恐怖の種は見事に発芽し、ユーノを縛り付けていた。
 抗うなんてできない。死にたくないんだ。さっきまで持ってた強い意志なんて放り投げて、無様に泣きわめき、悪い人に隷属してでも生きたい。格好悪いし、こんなの自分らしくないとかわかるけど。

 それでも、約束した。

「怖い……怖いよ……」

 駄目なんだ。震えるんだ。死が離れないんだ。強いとか立派とかってメイスさんは言ってくれたけど、僕はどうしようもなく弱くて、惨めで。

 だけど、約束したんだ。

「う……うぅ……!」

 震えて、泣いて、でも気付けばバインドを解こうとしている自分。
 駄目だ。本能が叫んだ。逆らったら殺されちゃうぞ。あの冷たい人に首を折られて殺されちゃうぞ。とっても痛く殺されちゃうぞ。

 でも、約束をしたんだ。

「ヒグっ……無理だ……もう無理だ……!」

 震えながら、泣きながら、でも気付いたらバインドを解いた自分。
 もう駄目だ。本能が叫んだ。逆らったから殺される。あの冷たい人に首を折られて殺される。とっても痛く殺される。

 そんな僕と、あの子は約束したんだから。

「でも……でもさぁ……」

 震えて、泣いて、でも気付いたら立っていて。
 震えて、泣いて、でも気付いたら涙を拭っていて。
 震えて、泣きやみ、でも気付いたら震える膝を叩いて直す。
 震えず、泣きやみ、でも気付いたら、殺されるより怖いことがそこにはあって。

「フェイトが笑うと、嬉しいんだ……」

 そうだ。本当に怖いのは、あの子が泣いちゃうことなんだ。

 震えも涙もなく、力強く踏み出すちっぽけな子どもの強さを胸に抱いた少年。決意の一歩は同時に、圧倒してくる大人の恐怖への反逆の一歩でもあった。









後書き

今回の話は、要約するとユーノきゅんの口に硬いナニを突っ込んで興奮する話ですフヒヒ。

これで終わらせるはずがまさかの一万文字オーバーで私ビックリ。読みやすさと切りの良さでここまでにしましたが、次回こそ開幕前夜を終わらせたいと思ってますマジで。



[27416] 第七話【開幕前夜・3】
Name: トロ◆0491591d ID:f0ca33d1
Date: 2011/10/06 18:41




 ジュエルシードのしまってある箱は、予想通り容易く発見することができた。貨物室にある人一人は容易に入れる巨大な箱。積まれた貨物がそれ以外に見当たらないのを見るにもあたりだろう。

『さて、手筈通り現物だけこちらで回収して、転移の用意をするかい? それともジュエルシードを我々の船に移動させて、後ほど回収かな?』

「そうだな。どちらでも問題ないが……万が一はある。スカリエッティに回収は任せて、船に移動しておくか」

「だったらあたしがそのまま輸送しとくッスよ」

 やることが終わったのか。操舵室からこちらに来たウェンディが、先程殺人をしたとは思えないくらい気軽な口調で声をかけてきた。

「確かに転移のほうはスカリエッティが作った使い捨ての装置で、操舵もリモートにすればなんとかなる。即時離脱を考えれば、お前は必要ないな」

「うわっ、長年連れ添った相方になんて冷たい言い草ッスかそれ」

「お前が必要だ。俺の傍に一生いてくれ」

「キモっ。いやホントにキモっ」

 自身の体を抱きしめてサクルから距離をとるウェンディ。ほら見ろと言わんばかりにサクルは肩をすくめると、箱を指差した。

「それが嫌なら黙って輸送しろ」

「うぃーッス。あぁこうして健気に尽くすあたしを誰か褒めてくれないもんスかねぇ……」

『君ほど献身的な少女はいないさ』

 わざとらしく泣き崩れるウェンディに、拳銃状態のネームドが面白そうな声色で声をかけた。

「あたしをわかってくれるのはネームドだけッス」

「機械同士慣れあってろ」

『拗ねたね』

「拗ねたッスね」

 あまりな物言いに呆れてため息をつくサクル。「それより」突如真面目な面持ちに変わったウェンディは「それより、あの子も可哀想ッスよね」と貨物室の扉の向こう、ユーノがいるであろう方向を見ながら呟いた。

「運がなかっただけだ。おそらく急きょ配属が決まった新米管理局員だろ。もしくはわかっててスカリエッティが黙ってたか……」

「ありゃ、サクル兄のことだからてっきりドクターに苦情を言うかと思ったッス」

「完璧な情報なんて何処にもない。あいつは仕事をしたよ。事実、戦える局員はあの四人だけだった。ウェンディ、傭兵は……」

「不足しているのが当然、あらゆる可能性を吟味しろ……ッスよね。にしてはサクル兄の判断能力はちとお粗末ッスが」

「……善処する」

 言い訳をするのであれば、この数年の戦いで、すでにウェンディの戦闘能力は、後方支援が一番得意な戦法ではあるが、基礎的な肉体能力、作戦立案能力、状況判断等、総合戦闘能力でサクルを上回る実力を持っている。最近はしていないが、模擬戦を行えば十戦して十戦サクルが敗北するだろう。互いが互いの戦法を知った上で、サクルとウェンディには明確な実力差があり、今後もその差は広がるだろう。
 故にウェンディが最もその性能を発揮できるのが、他のナンバーズと組んだときではなく、サクルと組んだときというのは皮肉かどうか。いずれにせよ、普段はほとんどサクルの作戦等を一任しているウェンディだが、ここぞというときは、サクルもウェンディに判断の全てを任せることが多くなっていた。
 閑話休題。一人残した少年、ユーノの始末だが、サクルとしては簡単な質疑をしてさっさと殺すか船外に放り出す予定だ。そうウェンディに説明すると、ウェンディは眉をひそめた。

「何も殺す必要はないんじゃないッスか? デバイス奪ってバインドしたなら、事が済むまでこっちで預かりるし」

「それもそうか……どうにも、俺は周りが見えてないらしい……」

 自嘲するように口を歪めるサクル。そんな彼をウェンディは寂しそうに見つめた。

「んなものッスよ復讐なんて。あたしも他のことなんか眼中になかったッスから」

 冷静でいられるはずがない。だから、見えない分は自分がサポートすればいい。ウェンディは胸の内の決意を新たにする。
 そんなウェンディの心中を知らず、サクルは目の前の箱をとりあえず開けて、中を確認しようと試みていた。

「ねぇサクル兄」

 箱のロックを外すその横顔を見ながらウェンディは呼ぶ。

「なんだ」

 その視線の意味に気付かず、サクルは一つ一つ丁寧にロックを外しながら応じた。ロストロギアの入った箱だ。どんな行動で起動するかわからないので、慎重に、ゆっくりと解除を進めていき、

「復讐が終わったら、どうするッスか?」

 ピタリと凍りつたかのようにその手が止まった。
 サクルは何も答えない。ただ解除の手を止めてはいるが、その顔は何も物語らぬ無表情のまま。今聞くことではない。ウェンディもそうは思うが、だからこそ今聞かなければならないと思ったのだ。
 初めて目覚めて、サクルと共に戦い、その目的を知り、それでも一緒に戦い、その覚悟を知り、だけど一緒に戦ったから、ウェンディは、サクルがその先を考えてないことに薄々気づいていた。

「スカリエッティの玩具になるだろうさ」

「そういうのじゃなくて……! あたしは、サクル兄が心配ッスよ」

 サクルの言葉を遮って声を荒げるウェンディ。僅かに潤んだその瞳をサクルは見ない。見れはしない。そんな彼女を見たくなくて、手元は再び解除を進めていた。
 さがウェンディはそれでも続ける。

「一応ドクターの話やサクル兄からの話である程度は知ってるつもりッス。けど前にも言った通り、その先があるから、復讐してももろとも落ちたら意味ないから……サクル兄。サクル兄の未来は何があるんスか?」

「……」

「あたし、本当は聞くことはしないようにって決めてたッスけど。もうこの際だから言わせてもらうッス。サクル兄は、一体何で──!」

 叫び、同時に開く箱。サクルは開いた箱の中にある膨大な魔力を閉じ込められた石、ジュエルシードを一瞥してから、今にも泣きそうなウェンディをようやく真正面から見ようとして──驚愕した。

「ウェンディ後ろだ!」

「えっ……?」

 僅かに開いていた貨物室の扉の向こうにあった小さな影。サクルはそれを確認した瞬間ネームドを取り出してウェンディの後ろに向かって構えた。
 発光。ウェンディが振り返るのに合わせてネームドから緑色の光が扉に殺到する。だがそれらは展開された明るい緑の輝きの前にかき消された。

「っ……!?」

 再びの戦慄。破壊を撒く魔弾を弾きながら現れたのは、抵抗はないと軽んじた少年だ。だが最初、サクルは彼を先程の少年とは違うとは思えなかった。
容姿に豹変があったわけではない。目だ。さっき脅しに脅して屈服したはずの眼が闘志を宿していた。何故急に力を取り戻したのか。しかもそれは穢れを知り、尚も抗おうとする強い光を放っていた。サクルの嫌いな光だ。屈服したままになってしまった自分とは違う。冷たい現実に抗う強さの輝きは、持たない者からすれば羨望と憎悪の対象でしかない。
 これがさっきの子どもの姿とは認めたくなかった。よくて十程度の年齢であろう少年が、立ち上がり続ける事実を否定したかった。
 でないと、俺は弱いだけの哀れな男になってしまう。

「この子……!」

ウェンディも状況を理解して瞬時にボートを構え意識を切り替えると、照準も合わせずに発砲した。
 だが、デバイスを持たないひ弱な少年の展開する障壁は、ウェンディの弾丸すらも通さない。その一連の流れを見届け、サクルは自身の判断が誤っていたことを理解した。

「ウェンディ! こいつオーバーAだ!」

 戦闘レベルをさらに上げる。あの結界の腕前から、優秀なデバイスを保有するだけの魔導師と思っていたが訂正だ。デバイスなしでも強力な魔法を扱える最大級の敵と認め、全力で排除する。いや、そんなのはただの建前だ。否定しようが認めたくないだとか、自身の感情は置いといても、この少年には強い意志がある。己にはない正しい怒りを宿している。少年の輝きこそが最大の脅威だとすれば、魔法の腕などは二の次だ。こうした類の人間は、実力以上の力を絞り出す。

「う、わああああああああ!」

 殺意の弾丸すら弾いて、咆哮して飛び出すのは無力と断じた少年、ユーノ。出るタイミングを考えていた彼だったが、サクルに居場所がばれた瞬間に飛び出したのだ。その咄嗟の判断は間違ってはいない。サクルの初撃は、ネームドがロストロギアの傍での強力な魔法は危険と判断し、威力を抑えたために障壁に弾かれ、ウェンディの弾丸は船内用の比較的威力の低い弾丸であったためにこれも障壁を貫くには至らなかった。
 だがそのことに気付かない二人ではない。「弾種変更! サポート!」威力が足りないとみたウェンディは叫びながらジュエルシードの収まった箱の影にへと引き「了解」とサクルはネームドの銃口の先に魔力を収束させて、高密度の刃に変えて障壁を張り突撃するユーノへと襲いかかった。

「やぁ!」

 接触までの数歩、ユーノは無数のバインドをサクル目がけてはなった。チェーンバインド、ユーノがシールドや結界と共に得意とする魔法の一つ。サクルは予想外の数に対応しきれず、ネームドでなんとか捌いたものの、一本のバインドに捕まって吊るしあげられた。

「くっ!?」

 呻くサクル。隙を突いてユーノは目的であるジュエルシードに向かって駆け出すが、その目の前に巨大な盾が割り込んできた。

「やらせないッスよ」

 盾、ライディングボートに立ってウェンディが笑う。その目はすでに金色の光を放ち、ユーノを敵対者として見つめている。一度は同情したが、邪魔したならば話は別。
 敵は速やかに排除するのが、戦いで得た教訓の一つだ。

「そりゃ!」

 ボートが突撃してユーノの張った障壁にぶつかった。そのまま止まるでもなく、もろともユーノを後退させる。だが覚悟を決めたユーノはその程度では怯まない。再びバインドを放ちボートを絡め取ると、思いっきり投げ飛ばした。

「まだまだッス!」

 ボートもろとも投げられながら、ウェンディはボートから飛んだ。虚空を舞いながら、身体能力に任せた飛び蹴り。慌てて張られた障壁に直撃するが、貫くまではかない。だがウェンディは落ち着いた様子で障壁を足場に、器用に空中で一回転して投げ飛ばされたボートに着地。
 同時、ガラスの割れるような音と共に、サクルはチェーンを破砕して、ウェンディと替わるようにジュエルシードの箱の前に立ちふさがった。

『固いね、魔力の一割持ってかれた』

 ネームドのぼやきを他所に、サクルはその顔に照準を合わせた。
 それを睨み、しかし横の少女から目を離すわけにもいかないユーノは、不審者のように忙しなく視線を移す。だが、後退しようとはせず、ジュエルシードから離れる気がないのがサクルにはわかった。

「……やはりプレシアの手先だったか」

 そうとしか考えられないといったサクルに向かって、ユーノは恐怖をかき消すように「そんな人は知らない!」と叫ぶ。

「だったら、お前は何者だ?」

「それはこっちのセリフだ! あなたたちは一体何者なんだ!?」

 ユーノの叫びに返答はない。サクルはネームドを構える右手をあからさまにユーノに見せつけ、その注意を引きつけつつ背中のバリアジャケットを意図的に解除、左手でその内側に隠した発煙筒に手をかけた。

「俺か、俺はそうだな……だが、人に物を訪ねるときは、先に名乗るのが礼儀じゃないか?」

 ゴーグルの奥、サクルは焦らすようにゆっくりと話しながら、ネームドの銃身を人差し指で三回叩く。言葉に隠した鈍い響き、幼いユーノにはわからない小さなサイン。
 その音に気付いたウェンディが、自然な動作で唇を舐めた。念話がなくても伝わる。発煙筒を投げた直後、サクルは全力でバリアブレイクを行い、ウェンディが制圧するプラン。子どもと侮らない。二人はユーノを最大の脅威と認識していた。
 意志疎通の確認。タイミングの調整。ウェンディがいつでも飛び出せるようにつま先に体重を移す。合図はサクルの次の言葉、培った連携を持って、敵を排除する。サクルは内心の警戒を最大限に高めながら、発煙筒を掴み、セーフティーを気付かれぬように外そうとして──

「僕は、僕の名前は、ユーノ・スクライアです」

 その動きが、思考が、全て完全停止した。

「ユーノ……?」

 何て、今何て言ったこの子どもは。ユーノ、ユーノ・スクライア。いるはずのない『リリカル』の人物。綺麗な世界の少年。完全なイレギュラー。サクルは知らない。知っているから、わからない。
 お前がなんで、ここにいる。
意識の漂白、完全に虚を突かれたサクルは見るからに隙を見せていて、それは実戦経験のないユーノから見ても、これが千載一遇のチャンスであることを理解させた。

「サクル兄!?」

「あぁぁぁぁぁぁ!」

 先に反応したのはウェンディだったが、距離が僅かに遠い。異変を感じてウェンディはユーノ目がけて走りだすが、雄たけびをあげるユーノがサクル目がけて飛び出すほうが早かった。

「どけぇぇぇぇぇぇぇ!」

 再びのバインド。その膨大な数にサクルが気付き、慌てて迎撃するがユーノのバインドはサクルの抵抗を許さない。二本のバインドがサクルの足を捉え、盛大に転ばせた。
 ユーノは背中をしたたかに打ちつけたサクルを飛び越え、ついに目的のジュエルシードの入った箱へとたどり着く。

「こ、のぉ!」

 ウェンディのボートの銃口がユーノに向けられた。一秒もない刹那。スローモーションで世界が流れていくのをユーノは体感していた。

 その一方で、自分の終わりがここなのだということも、穏やかな心境で感じていた。

「座標軸指定省略」

 演算にかかる時間は一瞬だ。その僅かでユーノの目と鼻からは、限界を超えた強制転移魔法の行使の影響で出血する。
 ──作戦なんかあるわけがなかった。ただ、こんな人を簡単に殺すような人間に、フェイトの希望を渡すのが嫌だっただけで、なんとしても奪い返してやるという気持ちしかなかった。

「近隣の次元世界へ強制アクセス」

 一瞬の世界で、これらの言葉がユーノの口から紡がれたわけではない。繊細な技術が要求されるこれらの行為を、ユーノは自身のリンカーコアを暴走させるくらいの魔力を使って行っている。細分化した思考で、近隣の次元世界の座標を演算。正確な位置までの指定は省略。重要なのはこの希望が次元に飲み込まれることのないようにすることのみ。
 ──最早選択の余地なしと判断したのか。ウェンディの銃口から、今度こそユーノを殺傷せんと弾丸が放たれる。螺旋を描いて進む死神を見据えつつ、それでも転移の演算はとぎれない。ただ、あの子の希望を失いたくないから。その一心が、ユーノに自身の技量を遥かに超えた軌跡を可能とさせていた。

「特定。強制転移行使可能」

 進む弾丸が障壁にぶつかる。拮抗と破壊。逸れた弾丸はユーノの左腕に静かにのめりこみ、その肩から下が鋼鉄の顎に食いちぎられて舞い散った。
 鮮血と共に、かつてユーノの物だった細い腕が飛ぶ。痛みがこなかったのは幸いだった。ランナーズハイに似た現象が、ユーノに痛みを忘れさせたのだ。
あぁ、僕の腕が飛んでいくなどと、間の抜けたことを思いながら、強制転移に自身も引きずり込まれていく。

「転移、開始」

 血とともに消えていく。転移が行われ薄れていく視界は、はたして転移の影響か、はたまた怪我で意識が消えるからか。
 わからないし、どうでもいい。自分にできることはちっぽけで、局員を殺して、フェイトの夢を奪おうとした彼らを、一発も殴ることができなかった。そんな自分の末路など、今はもうどうでもいい。

 ただ、願うことがある。

自分のこの転移のせいで、きっとたくさんの人に迷惑をかけるだろう。転移先でジュエルシードが暴走して、悲しみにくれる人が沢山出るだろう。その引き金を引いたのは自分だ。ただ奪われるのが嫌だという理由なだけで、そんなわがままで悲しみを世界にまき散らす最低な自分だ。
でも、どうか助けてほしい。守ってほしい。あんな悪党に負けず、この奇跡の石を全て集めて、あの笑顔の綺麗な少女を助けて、守ることのできる強い誰か。どうか、悲しみを撒く自分のわがままな願いを聞いてほしい。

 色のない世界に、一握りの青い輝き。

「誰か、僕の声が聞こえますか?」

 暗黒に沈むその間際。見えぬ道を照らすかのような小さく光る輝きにすがりつき、ユーノは万感の願いをその言葉に込めるのだった。






 転移が終わると同時、サクルを捕らえていたバインドの鎖が崩壊した。自由になった体をサクルはゆるゆると起こし、貨物室を見渡す。
 ジュエルシードのあった箱が消失した室内。残ったのは流血の跡と、床に転がる少年の細い腕。

「ふざけるな」

 呟く。

「ふざけるな」

 呟く。

「ふざけるな!」

 拳を痛めるのも構わず、サクルは床を殴りつけた。
 また己を邪魔するかのように現れた原作への怒りなどではない。そんなのが出ただけで動揺し、隙を作り、あまつさえジュエルシードを奪われた不甲斐ない自分への怒りだ。
 何が未練はもう残ってないだ。四年でもう振り切っただ。変わっちゃいない。俺は四年前から、いや、この世界に生まれたときから変わっちゃいない。復讐ばかりで原作なんかもう関係ない? 馬鹿か。だったらなんで醜く死ぬのがわかってるプレシアに関わろうとした! わざわざ介入してまで復讐したかった!? 違うだろうサクル・ゼンベル、いや○○! 前世の俺よ! 今の俺よ! お前は関わりたかったんだろ! どんな形でも憧れたリリカルなのはに関わりたかったただの糞ったれのままだったんだろ! 復讐なんかはただの言い訳で、あの綺麗な輝きに少しでも触れていたかっただけだ!
 いや、それらもただの言い訳だ。本当はあんなに酷い目に合いながらも、一層の輝きを放った原作キャラ、ユーノ・スクライアへの醜い嫉妬が、怒りとなってあらわれているだけだ。殺し合いも知らないうちに、いきなり目の前で人殺しを見せつけられ、痛い思いをさせられて、なのにユーノは立ち上がった。初めてこの世界にきて、一瞬で心を折られた自分とはまるで違う。しかも自分よりはるかに下の少年が、そんな強さを示した。
 悔しかった。腹が立った。己には終ぞ出来なかった主人公のような信念をまざまざと見せつけられ、羨望ではなく嫉妬した。
あまりにもくだらない。俺はくだらない自分を哀れと嘆き、その悲劇に酔ってただけだ。サクルよ。サクル・ゼンベルよ。未だ己が可愛くて仕方ない自己中な人間よ。

 認めろ。どんなに時が過ぎても、お前─サクル・ゼンベル─は、どうしようもなくお前─前世の自分─のままだったことを!

「俺は……!」

 血が出ても床を殴る。何度も何度も、変わらない自分を痛めつけるように繰り返す。心の奥底で、哀れな己を罰し続けるように。

「おぉ!」

 振りかぶる。と、その手を横合いから掴まれた。睨むように見上げれば、悲しげに首を振るウェンディがサクルを見ていた。

「駄目ッスよそういうの。何があったかはわからないッスけど……起きたことはもう仕方ないッス」

「だが、俺は!」

 憤るサクルの手を掴むウェンディの力が強くなる。そのまま無理やりサクルを立ち上がらせると、その頬を思いっきり引っ叩いた。
 乾いた音。見た目は少女でも、戦闘機人の平手はサクルの頭を思いっきりシェイクした。そのまま膝から崩れ落ちそうになるサクルだが、なんとか踏ん張り、ウェンディを真正面から見返す。

「悪い……」

「……時折意味もなくパニくるの、サクル兄の悪い癖ッスね。全くいい年こいた男が恥ずかしくないんスか」

 ニヒヒと笑って、ウェンディは赤く腫れたサクルの頬をひと撫でした。機械のように冷たい手が、火照った肌に心地いい。
 今は忘れよう。そう思う。過ちは取り戻せないから、ツケは未来で支払ってみせる。何故ユーノがこの場にいたのか。もしかしたらこれが自分も知らなかった原作でのユーノの立ち位置であったのか。少なくとも、この襲撃によって、サクルは原作を大きく変更してしまったことを実感していた。
 ユーノがジュエルシードを持って転移したこと。そして、転移直前にウェンディによりその腕を引きちぎられ、生存は絶望的になったこと。
 それと──

「あれが、レイジングハート……」

 呟きながら思い出す。ユーノから奪い、次元の狭間に投げ捨てた赤い水晶体のデバイス。あれがあの高町なのはが所有する予定だったデバイスであった場合、サクルは原作を激変させたのではないかと思った。
 想像する。ユーノが死に、デバイスがないため高町なのはのいないリリカルなのは。仮にこのまま自分がこれ以上の介入をせず(しないという選択肢はないが)、奇跡的にジュエルシードが地球に落ちて、プレシアがジュエルシードを回収したとする。次元振を起こさずに回収に成功すれば、プレシアはその目論見通りにアルハザードへ飛ぶ。そしてその後闇の書は起動して、八神はやては死に、結末は機動六課のない管理局は聖王のゆりかごを完全に制御することになるのか。
 安直な未来予想に苦笑。実際、ゆりかごが完全に動くのは、管理局にいるというバグズを殺すつもりのサクルとしては大いに結構なことだが、そんな都合よくはいかないだろうし、何よりこのままプレシアがジュエルシードを集めるかもしれない展開は気に入らない。

 他ならぬ俺が、あいつの望む展開を与えるなど、そんな馬鹿げた話があっていいはずがないのだ。

「サクル兄?」

 サクルの出す不穏な空気に反応して、ウェンディが声をかける。ゴーグルを外したサクルは「何だ?」と常の冷静な表情だ。

「……転移先をドクターに調べてもらうように頼んどくッス」

「わかった。とりあえずこの船はこのまま放置して急いで船に乗って離脱するぞ。管理局のパトロールに見つかったら厄介だ」

「襲撃者は?」

「相手が相手だ。転移先くらい容易に調べるだろう。ともかくお前は先に船に、俺は操舵室から船内に残った俺達の情報を削除してから合流する」

 ボートを担ぎあげ、ウェンディは貨物室を後にする。サクルは遠ざかるウェンディを僅かに見送ってから、操舵室へと足を向けた。






 自動航行に入った船内。操舵室で椅子に座るサクルとウェンディが完全に寝静まったのを確認してから、ネームドはサクルも知らない極秘のチャンネルを開くと、自身の中へと沈んでいった。

『接続。コードS。完了。盗聴、ジャミング等、妨害の有無を確認。アクセス』

 ネームドの内部。データの海で彼はスカリエッティの姿を象って顕現する。その目の前に、モニターが開き、本物のスカリエッティが現れた。

『やぁネームド、定時連絡にはいささか時間がずれているが、何か?』

『やぁドクター、定時連絡にはいささか時間がずれているが、知らせだよ』

 互いに不敵に笑う。ほぼ同一存在であるこの二人の会話は、ある意味一人言を呟いているようなもので、はた目からはとてもシュールだ。だが、当初はほとんど似通った会話をしていた二人も、この数年を通じて、経験の差からか、僅かに思考や会話の方法に『ずれ』が生まれていた。
 互いにそれを確認し合うのも、実験の一つなので有意義な時間である。暫くスカリエッティの『新たな研究』について互いに意見を交わしあった後、ネームドはおもむろに『ところで』と話を切り出した。

『半日前、彼が『なのは』についての情報を漏らしたと思われる事態があった』

 『なのは』。これはサクルがスカリエッティのラボで目覚めた直後、戦闘機人の情報とスカリエッティについて聞いたときに呟いた言葉に出てきたものだ。
『本当になのはにいるらしい』。この言葉をスカリエッティは見逃さなかった。何が関連しているのかわからないが、覚醒直後、自暴自棄になってたが故に話したあの言葉は、サクルにとっての真実なのだろうとスカリエッティは確信していた。
 では『なのは』とは何なのか。いるといったからには、ラボがいつか『なのは』と呼ばれる場になるのかとも考えたが、それも違うだろうなと彼は思った。
 推測ではあるが、サクルが本来知りもしない情報(スカリエッティのコードネーム、戦闘機人、プレシアの末路の根拠なき確信)が『なのは』と呼ぶ何かに繋がるのではと考えた。勿論これは少ない情報から考えた推論で、何もかも勘違いである可能性のほうが高い。
 だが彼はそんな推論も視野に入れなければならないほど、サクル・ゼンベルの不死性を評価していた。何もかも理解の外にあるなら、あらゆる可能性を考える必要がある。そして現状、ある程度わかるのがこの『なのは』についての情報だけだった。
 なので、サクルが『なのは』らしき情報を知らせた場合、可能な限り情報を渡すように彼らはしていたのだった。

『ユーノ・スクライア、ねぇ……まるであったこともない人間の名前を聞いただけで動揺する。これは間違いなく『なのは』関連だろう』

 モニターの向こうで、悩ましげな声色とは裏腹に、スカリエッティは楽しげだ。その笑みの意味を理解したネームドも愉快だと口を弧に開いた。

『だが、一見関係ないように見える名前には、一つの共通点がある』

『あぁそうだねネームド。そして、その共通点は』

『ジュエルシード』

 同時に言って、二人は頷き合った。プレシアへの復讐としてジュエルシードの強奪を計画したサクル。そしてそのジュエルシードの発掘者であるユーノ・スクライア。仮にサクルの言うとおり、プレシアがこの件に関与するのであったら、今まで何もわからなかったサクルの不死性について、『なのは』を切っ掛けに知りえることができるかもしれない。

 そして、その不死性を理解できた暁には──

『楽しいねぇネームド』

『あぁ本当に、早く彼を理解し尽くして……殺してしまいたいよ』

 悪意の欲望は静かに蠢く。底で渦巻く悪徳の真実を知るよしもないサクルは、ただ静かに次の戦いまで、つかの間の安息の毛布に包まるのであった。


 その二日後、第97管理外世界にて、後に明らかになるが、『二十個』の奇跡のかけらが現出した。この時点では誰も知らないが、その全てが海鳴市の一帯に現れることになったのは、はたして偶然の結果からか、はたまた少年の願いがこの地へ導いたからか、それとも凡人の主人公補正が物語を望んだからか。
 どれもが正しいとも言えるし、どれもが間違ってるとも言える。だが結果として舞台は変わることなく、かつて男が神に願った通り、『リリカルなのは』の世界は整った。
 だが、男はまだ知るよしもない。舞台はそのままに、そのキャストの立ち位置が男の手によって変わった事実を。しかし男は突き進む。自身の無力が末路と認め、八つ当たりと自嘲し、意味がないと理解し、理由にもならない理由で行おうとしている復讐のみを信じて行く。

 ただひたすらに、行くだけなのだ。





次回予告



淡く光る輝きこそ我が望み。
あぁ、目も当てられぬ光のなんたる神々しさか。
これだ。俺が望んだのはこの光の持ち主なんだ。


次回『(They long to be)Close to you』


そしてイカロスは翼を焼かれた。








[27416] 【Golden Slumbers・1】
Name: トロ◆0491591d ID:f0ca33d1
Date: 2011/10/06 18:43



 優しい光を見つけた。きっと、私の何かを変える素敵な光を夢に見た。
高町なのははその日の朝。とても穏やかに起床した。無数の光の夢を見て、それらが下りてくる光景はとても神秘的で、幼い彼女でもその幻想の景色に夢のなかで涙を流したほどだ。
 そんな、何処か儚げで、美しい夢から目覚めたなのはの気分は絶好調だ。きっと今日はいいことがあるとなんとなく予感した。だが自身の直感などというバカげたものを友達のアリサとすずかに話すわけもなく、ただ今朝いい夢が見れたんだと語るだけで、結局放課後になっても何かあるわけでもなく、なのはは一人のんびりと下校していた。

「そんなに都合いいわけないか」

 一人呟き納得、頷きも一つ加えて、なのはは今日はいい夢が見れてラッキーだったとだけの思い出にすることにして。

 コロンと、なのはの前に赤いビー玉のような物が転がってきた。

「?」

 首を傾げて、なのはは落ちていたビー玉を拾い上げる。普通なら気付きもしなかっただろうが、何故かそのビー玉の存在感は強く、引き寄せられるかのように手にしてしまった。

「なんだろ。綺麗」

 深紅の光は太陽の光を吸い取ってより明るく輝いているように見えた。だが、よく見るといくつもの罅が入っており、何故かなのははそのビー玉を痛々しいと感じてしまった。

「んー……これかな、いいこと」

 ビー玉にしてはとても深い輝きの、まるで宝石のような丸い石。交番に届けようとも思ったけど、子どもの悪戯心が働いたか、折角だしとなのははそれをポケットに仕舞った。
 とても小さな嬉しい出来事。帰ったらお母さんに自慢しちゃおうかなとステップしながら帰り道。

『自己修復開始。暫定マスターの魔力にて行います』

 制服のポッケに勇気の心を閉じ込めて、高町なのはの日常が、沈む太陽のように静かに終わる。ただただ年相応の少女の光は、今は無垢なる優しさだけが目立っていて、その心に秘めたは現れていない。
 けれど、この日常の終わりとともに世界は知るだろう。この幼い少女こそが、無限の勇気を力に変える強さを持った、本物の光を持つ子なのだと。
 だから言おう。強く言おう。今こそこの物語に相応しい者がそろうからこそ言うのだ。




 さぁ、主人公を始めよう。




後書き

一応このプロローグを節目に本当に本当の無印です。以降、表記はしませんがこのGolden Slumbersより第一章的な感じです。まぁ知ってる方はわかるでしょうが、この作品は三部作となります。でもAs、stsの流れ通りにはなりませんけどね、物理的に(他意はなし)。





[27416] 第八話【(They long to be)Close to you】
Name: トロ◆0491591d ID:f0ca33d1
Date: 2011/11/21 16:38



 サクル・ゼンベルにとっての地球とは遠い過去の奇跡である。
 惰性でも平和だった毎日、安寧を貪れた日々、変わらないことへの怠慢は喜びと同義であった。あれは今思えば奇跡のような日常だったのだろう。
 だからこそ今のサクルにとって、この海鳴市という場所は苦痛以外の何物でもなかった。

第97管理外世界。ここに、サクル・ゼンベルの思い出は何処にもない。


 ユーノ・スクライアの決死の行動により転移したジュエルシードは、スカリエッティの調査により第97管理外世界に転移したことが判明した。結果として変えることのできなかった原作という流れに対して、サクルがどう思ったかはわからない。
 ともあれ、久しぶりに訪れることになった平和な世界をウェンディは充分に満喫していた。

「いやー、ここのとこやれ戦場それ戦場ここ戦場ってのばっかでしたからねぇ。たまにはこういうのも悪くないんじゃないッスかサクル兄?」

 地球のファッションはそこまで管理世界との違いはなかったために、ウェンディはラフな格好を自分の持ってる服から選んで着用していた。全体的に肌にフィットしてラインの強調される服なので、その容姿の美しさもあり人目を引くウェンディだったが、生憎とボディースーツをしょっちゅう見ているサクルには効果はないらしい。合槌を軽く打つだけで、サクルの眼差しは宙をさ迷っていて危なっかしい。

「もう! どうせあたし達は探索能力はほとんどないんですから、ドクターの報告があるまで楽しみもうッスよー」

「そうだな。勝手にしろ」

「ったく、折角のデートッスよ? もっと笑って笑って」

 おりゃーとサクルの頬を掴んで横に引きのばすウェンディ。無理矢理に笑みの形に変えられたサクルを見て、ウェンディはすぐに手を放した。なんていうか、目が死んでるから怖い。
 ここ海鳴市にジュエルシードがあるのは間違いないのだが、サクルとウェンディには探索能力がないため、そこはスカリエッティが他のナンバーズと共に調査を行うらしい。なら一緒に行動すればいいのではと言ったウェンディだったが、何故かスカリエッティはナンバーズの増援を許可しなかった。
 何かしらの意図があるのか。これまでサクルの要請だったら可能な限り応えたスカリエッティだが、今回に限ってサクルに言われてもウェンディ以外のナンバーズの追加は認めなかった。
 だが探索はしっかりと行ってくれるらしい。サクルも、ウェンディとのタッグが一番慣れているので、探索が問題ないならそれ以上は望まない。サクルとスカリエッティの関係はあくまで持ちつ持たれつなだけなのだから。

「……懐かしいな」

 それにしてもと思う。海鳴市にいる者は古ぼけた記憶にある日本人のそれだった。傭兵時代にもアジア風の顔つきの人間は幾人も見たが、見渡すかぎりというのは何年ぶりになるだろう。
 思わず漏れでた一言にウェンディが反応した。

「来たことあるッスか?」

「いや、ここではないが。似たような所が俺の故郷だった」

「サクル兄ってこんな穏やかなとこにいたんスね」

「似合わないか?」

「あ! いやいや! そう言う訳じゃないッスよ!」

 皮肉げなサクルの言葉に両手を振って違うと訴えるウェンディ。サクルは大げさなその仕草に僅かに頬をほころばせると、懐かしむように、だがウインドウ越しの手に入らないものを見るような瞳で町の姿を見つめた。

「サクル兄って、ずっと傭兵をやっていたんじゃないんですか?」

 その横顔を見ながらウェンディがそんなことを呟いた。「あぁ」と一言置くと、静かに語りだした。

「話してもわからないよ。あの頃の俺は、俺じゃなかったから……」

「えと、それって……」

「……懐かしさだな。今日は口が滑って仕方ない。行くぞ」

 思わず言ってしまった意味のない言葉に自嘲して、サクルは早足で歩きだした。

「あっ! 待ってくださいッスよー!」

 遅れてその背中をウェンディが追い出す。サクルの隣に追いつくと、ここ数年連れ添った相方の横顔を伺った。
 やっぱし懐かしむように遠くを見ている。確か以前闘技場で戦っていた時もこんな表情をしていた。平和に憧憬しながら、平和に押しつぶされていく男の背中を、ウェンディはその末路まで見続けた。
 あのときは確かそう、サクルの心は平和にではなく、新たな戦いによって平穏を取り戻したのだ。

「こういうの、サクル兄は苦手なんスね」

 思わず口に出た言葉。サクルはウェンディにどう返事しようか僅かに躊躇い、苦笑する。

「苦手、ではない、と思う。多分、怖いんだ」

「怖い?」

「平和」

 そう、平和がサクルには怖い。骸の上に立った自分が平和を満喫することで、足もとの彼らに断罪されるのが怖い。
 殺した癖に。
 誰も彼も見殺しにした癖に。
 悪夢は未だに終わっていない。しかしこれでも一時期に比べたら遥かにマシにはなっていた。以前は不安のあまり寝ることも出来なくなっていたのだ。悪夢にうなされても、寝れるだけ恩の字である。

「だからサクル兄ってチューニなんッスよねチューニ」

 あえて明るく笑い飛ばすウェンディのわき腹を軽く小突くサクル。

「意味わかって言ってるのか」

『私が直々にダウンロードさせたから問題ないよ』

「余計なことをしてくれる」

 やれやれとネームドの悪戯に頭を悩ませながらも、サクルとウェンディはのんびりと市内を散策する。
 束の間の平和の満喫。だがそれは脆くも儚い物でしかなかった。










 高町なのはの日常は至って平凡である。少々年相応以上に精神年齢が高く、同年代の友人も同じく精神年齢が高いため、子どもにしては違和感のある会話などをするものの、当人にとっては本当に平凡そのものだ。
 だがそんな日常にもちょっとした刺激がある。学校の昼休み、屋上で弁当を食べ終わったところで、なのはは得意げにポケットの中身を取り出した。

「じゃーん! 昨日拾ったの!」

 そう言ってなのはが友人のアリサとすずかに見せたのは、先日拾った赤い宝石だ。何故かひび割れていたはずの表面にはすっかり傷後はなく、今はその濃く、しかし透き通るような赤色の光沢を放っている。

「へぇ、凄い綺麗ね」

 アリサがシートの上に置かれた宝石を拾うと、太陽の光に透かして眺める。

「本当。なのはちゃん、これ何処で拾ってきたの?」

 すずかもアリサの隣で宝石を眺めてそう言った。友人の褒め言葉になのはは嬉しそうに目じりを緩めた。

「実は昨日拾ったの」

「ふーん。しかし綺麗よねこれ。ビー玉、ってわけでもなさそうだし……」

「警察に届けたほうがいいよ」

 一人不安げにすずかが言うが、アリサは「別にいいでしょ。このくらいなら」と、楽観的に切って捨てた。
 見た感じは少し綺麗なビー玉と言っても問題はないだろう。

「はい、元の持ち主のように落っことしたりしないでよ」

「うん」

 アリサにビー玉を手渡されたなのはは、割れものを扱うようにそっとポケットに仕舞いこむ。
 これもまた何でもない日常の一コマ。
 だが高町なのはの平穏も、突如として終わりを告げるのであった。

「ッ!?」

 唐突に、心臓の音がひと際強く跳ねあがり、なのはは目を見開いた。

「ど、どうしたのよ?」

「大丈夫、なのはちゃん?」

 二人がなのはの仕草を見て心配してくる。なのはは一言大丈夫と言おうとして、再び跳ねあがる鼓動を感じて、胸を掌で抑えた。

「な、に……」

「ちょ、保健室行くわよ!」

「私も着いてく!」

 尋常ではない様子に焦燥を覚えたのか、アリサはなのはの手を掴むと、何とか立ち上がらせた。付き添うようにすずかもなのはの腕を自身の肩に回して支える。
 一体何が起こっているというのか、何度も、まるで警告をするように鼓動を強くする心臓に遊ばれながら、なのはは回る視界と遠くなる音の世界で、確かに確信持って予感を感じた。

「来る……?」

 普段の落ち着きを取り戻す心音と同時、なのはの呟きをかき消して、学校のグラウンドから巨大な爆発音が鳴り響いた。

「今度は何よ!?」

 アリサが立て続けに起きる異常事態に、ヒステリックな悲鳴を上げる。すずかは肩に回したなのはの手を恐怖から強く握りしめた。屋上にも舞い上がる砂煙を三人は、否、学校の全ての生徒が眺めている。

「……ッ!」

「なのは!?」

 なのはは二人から離れるとフェンスに近づき音の発生源に目を向けた。眼下では、廊下の窓から何事かとなのはと同じように外を見る生徒が無数にいる。
 そして静かに砂煙が風に巻かれて消えたとき、それを見た全ての人が悲鳴を上げた。

「うわぁ! ば、化け物!?」

 それを見た少年の一言は、まさにそれを表すには的確な表現と言えた。そこに居たのは不確定形の奇妙な物体だった。闇のように黒く、だがうっすらと光を放つ、スライムのような存在。眼のような赤い物が二つと、無数に轟く触手が幾つもその体から生えて。

 グラウンドにいた少年少女が、流血してその辺りに転がっている。

「ひっ!?」

 なのはの喉から引きつった声が漏れだした。そう、時間は昼休み、そして外では遊んでいた子が多数存在していた。
 では、あの爆発に巻き込まれないということはあり得ないのだ。一体何処からそれが現れたのかもわからない。だがそれは確かに顕現した直後、爆発の如き砂煙を巻き上げ、凄惨な流血騒ぎを起こしたのだ。
 誰もがそのことに気付いて恐怖に震えた。日常に現れた怪物、ゴミのように吹き飛ばされたクラスメート。
 嵐の前の静寂。静まり返る校内に、水を一杯まで注いだグラスのような緊張感が走る。
 そしてそれは、誰ともわからぬ者が物音を立てた瞬間、決壊した。

「う、うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 悲鳴をあげて我先にと逃げる学生達、事態をまだ完全に飲み込めていない者や、何とか冷静に制止を試みる教師を他所に、出口目がけて逃げていく。

「なのは!」

 いち早く冷静になったアリサがなのはとすずかの手を取った。二人はなされるままにアリサの手に引かれて屋上から逃げ出す。
 荒い呼吸を繰り返しながら、三人は逃げ出した。繋いだ手は離れ、アリサ、すずか、なのはの順番で逃げる。声を掛け合うといった余裕はない、三人それぞれが必死だった。逃げて逃げて、ただ逃げるしかない状況。

『マスター』

 怖かった。気付けばなのはは走りながら涙を流していた。時折転びそうになりながらも、何とか立て直して階段を駆け下りていく。

『マスター、返事を』

 階段を降りて、逃げ惑う生徒と共に廊下を走る。これ以上は動けないと訴える足を無理矢理駆動して、犬のような呼吸を繰り返して、惨めに、それでも何とか走り出す。

『マスター、そこは危険です』

 どうしてか耳に幻聴のようなものが聞こえてきた。だが構う余裕のないなのはの耳には半分も届かない。今はとにかく、ひたすら前へ。

「あぅ!」

 だが心とは裏腹に肉体は限界を迎えた。なのはは足がとうとうもつれてしまい、顔から廊下に倒れてしまう。

「なのは!?」

「なのはちゃん!」

 前を行く二人が僅かに遅れてなのはの方を振り向く。こんなときでも友人を気にする二人の気遣いを、場違いながらも嬉しく感じながら、なのはは立ち上がろうと廊下に手を着き、

『接近警報。来ます』

 轟音と共に、廊下の壁が爆発した。

「キャア!?」

 三人の丁度間で爆発が起きたために、三人共に怪我はなかった。だがそのことをよろこぶ余裕は何処にもない。
 何故なら、爆発が起きた廊下で、煙を纏い立っているのは、先程遠目で見たあの化け物。

「あっ……」

 化け物の目がなのはを見据えた。呼吸が止まる。捕食者とその対象。立場は歴然で、抗う術は何処にもなかった。

『危険。BJ展開推奨。ただちに契約を』

 どうしてこうなったのか。本当に全ては突然で、あるはずだった普通の日々はもう存在しない。

「──!」

 化け物の後ろでアリサが叫びながらこちらに向かおうとしていた。それを悲痛な面持ちで引きとめるすずか。
 ありがとう、アリサちゃんまで巻き込まれることはないから。客観的にそんなことをなのはは思いながら、再び化け物を見上げた。

『マスターの緊急時のため正式契約を省略。BJ、現服装をベースに構築』

 触手を揺らめかせ、今にも襲いかかろうとしている化け物。終わりが近いと感じると、先程まであった恐怖もすっかり無くなっていた。

『展開、開始──簡易契約不完了のため展開不能。再度試行を試みます』

 最後の時をどうすればいのか。俯瞰したなのはは、何となしにポケットのビー玉に触っ
た。どうしてかそうしようと思ったのだ。

『──簡易契約不完了のため展開不能……お願いですマスター』

 化け物の触手がなのはに襲いかかる。スローモーション、全てが遅くなる。一斉に襲いかかる無数の触手を見つめながら、なのはは握ったビー玉が桃色の光を発光することにも気付かずに、

『私の名前を呼んでください』

 それでも、その言葉─名前─だけには気付けた。

「レイジング、ハート」

『契約完了』

 瞬間、なのはの世界が一転する。
 先程まで遠くに合った声が、今はこんなにも近くにあって、暖かい光に包まれながら、組み換わっていく自分を自覚した。

『Stand by ready.』

 輝く体、全身に漲る全能感をなのはは確かに感じる。今まで眠っていたものが一気に解き放たれていくような、あるべきものが納まったかのような不思議な感覚。

『set up』

 言うなれば細胞から生まれ変わる多幸感。なのはは、類まれなる魔法の力を手にして覚醒する。

 それは、無敵の少女が目覚めた日。

 そして、高町なのはの日常が崩壊した日でもあった。






 ──何故こんなことになったのか。
 サクルは内心で意味のない悪態をつきながら走っていた。別方向からウェンディもまた目的地に強行しているだろう。
 それは町をぶらついている時だった。スカリエッティからの突然の連絡を受けると、ジュエルシードらしきエネルギーが現れたという情報だった。しかもエネルギー数値から言って暴走しているという。
 俺のせいだ。サクルはそう思わずにはいられなかった。おそらくユーノによるランダム転移によって、原作とは異なる覚醒が起こったのだろう。これではなるべく自然に、原作でジュエルシードのあった場所に行って事前に回収するという手も使えるかわからない。ジュエルシードの発現場所が変わったのだ。もう原作と同じ場所にジュエルシードがあると考えるのはよしたほうがいいだろう。
 これも全てサクルの安直な行動がもたらした結果だ。だが過去を振り返っても意味はない。今は目先のことだとサクルが現場に向かって走り出す。

「ネームド。後々面倒になるのは困る、人払いの結界は俺が何とか張るから、お前はスカリエッティに」

『記憶改竄の用意だろ? もう準備に入ってるし、結界についてはウェンディに持たせた試験運用の疑似結界魔法の装置があるから大丈夫だよ』

「いつそんなものを作った」

『AMFに比べたら遥かに楽なものさ。夜なべしたんだよ?』

「知るか」

 スカリエッティの情報通りのポイントに到着すると、サクルはその場所の名前を見つけて目を疑った。
聖祥大学付属小学校。間違いない。

「……そうか」

 だがもう取り乱すような真似はしない。サクルはただ淡々と事実を受け入れると、バリアジャケットを展開した。致命的なミスはいつだってこの原作という鎖によるものだった。だからこそサクルはこれ以上ぶれない。ここからは本当に『原作の世界』なのだから。
 サクルは即座にウェンディとの回線を開いた。虚空にウェンディのバストアップが映る。

「そっちは?」

『結界の展開はクリア。んで今は狙撃ポイントも確保したッス。校内、および裏側はサポート外。っても魔力反応は校内なんで移動するッスか? 屋内用の弾種は少ないんで、短期間しかいけないッスが』

 ウェンディの報告を聞きながら、サクルは校庭に逃げ出したものの、結界に阻まれて門より先に出れない学生を見据えた。
 門の間で押し合いへしあい、あれでは怪我人どころか死傷者もでるかもしれないが、サクルはどうでもいいとばかりに視線を切った。

「移動はしなくていい。それと門の前に集まった奴らには催涙ガスを撃ち込んで黙らせろ。後で記憶改変はするが、黙っていたほうがやりやすい……俺はこのまま行く」

『了解ッス』

 直後、校庭の奥から発砲音。煙の尾を引いて空に伸びあがったそれは、騒ぐ群衆の真上で爆発した。

「行くぞ」

 蹲り苦悶する学生と教師を他所に、サクルが結界内に侵入する。ゴーグルの内の目はいつも以上に冷たくなっていた。落ち着いている。最高のコンディション。
 サクルは足のローラーを展開すると、砂煙を巻き上げながら校庭を抜けて、一気に玄関に突入した。

『こういう場所こそローラーの出番だねぇ。サポートは?』

「間に合ってる……行くぞ!」

 開いた玄関口を抜けて、段差を飛び越える。着地のときに少しバランスを崩すが、問題なく加速、ゴーグル内の魔力反応を追って疾走。廊下の床と擦れて火花を散らすローラーを操る。途中、何人かの学生と遭遇するが、あちらにこっちを見る余裕はないのだろう。上手くその間を掻い潜り前進するが、振り返るような者はいない。
 そして一つ目の角を曲がった所で標的に遭遇した。僅かに早鐘を打つ鼓動。得体の知れない暴走体の実力は、単純な真っ向勝負ならサクルに勝ち目はないだろう。
 故に狙うは一撃離脱。奇襲をかけて負傷させ誘き出し、何とか外に連れ出しウェンディの火力で押し切る。

「目標補足……チャージ」

 サクルは不定形の暴走体の側に少女がいるのも構わずに、魔力をネームドの銃口に溜め始めた。緑の光が輝きを強くする。やや邪魔な障害物はいるが構わないだろう。

『行くのかい?』

「あぁ……!」

 走る、走る。雑多の悲鳴を無視して、サクルは障害である少女の脇を抜けた。
 暴走体の触手は都合のいいことに自分ではなく倒れている少女に向かっている。これならば少女が貫かれた瞬間を狙って攻撃を加えられるはずだ。
 サクルに少女を助けようとする気はない。ただ障害の一つだった物がいい餌になった程度の考えだ。あくまで冷徹な思考はそのままに、サクルはネームドを構える。

 瞬間、閃光が狭い廊下の中を埋め尽くした。

「set up」

 だが引き金を引く瞬間、突然目の前で桃色の光が放たれ、サクルは思わず後退した。
 それは根源的な恐怖からの離脱だった。可愛らしい輝きは、迂闊に近寄れば容易くこちらを食らい尽くす。そんな予感がサクルに走った。
 そして何より、この光は──

「なのは!?」

 後退した先で、隣にいた少女が叫ぶ。サクルは思わず隣の少女を見た。金髪で勝気そうな少女と、隣にはおとなしそうな少女。知ってる。知ってるからこそ困惑する。あれはあり得ない光だ。もしあの光の中にいるのが奴ならばおかしいではないか。不屈の心は確かに捨てた。次元の海に消え果てた。だから、奴が現れても、この圧倒的な魔力を解放できるはずはない。

 ──では、あの光の正体はなんだ?

「なんで……なんで……レイジングハートは……破棄した……」

 うわ言のようにサクルが呟く。デバイス状態のネームドは黙ってそれを聞く。そして隣で飛び出そうとする少女。混乱したのか触手を振り合わす暴走体。
 そんな彼らの前で光は収束した。中から現れたのは、少女達にとっても、そしてサクルにとっても馴染みのある少女だった。
 先端に赤い宝石を携えた杖を持ち、少女達の制服に似ながらも、ところどころ違う服装、そして二つに結ばれた栗色のツインテール、何よりも決意に満ちたその眼。

「高町……なのは……」

 サクルが呆然と少女の名前を呟く。それこそ、サクル・ゼンベルがこの世界で何よりも渇望した輝きの名前であった。













 なのはの日常は、こうして崩壊を迎えた。だがその崩壊をもたらしたのは、レイジングハートとの出会いでも、ジュエルシードの暴走体によるものでもない。
 桃色の光景の映像を見る、無限の欲望のおぞましき金色。

「見つけたぞ」

 そう、あの現場にいる誰によるものでもなく、

「アレが『なのは』だったのか」

 高町なのはの日常は、この眼に捕らわれた時点で崩壊したのであった。







次回予告



騙す者と騙される者、それらを操り笑う者。
祈りこそが悪意と化す異端の街。
あらゆる願望を兵器とする街。
無垢なる器が落とされた第97管理外世界の海鳴市。
ここでは信頼こそが牙となり、裏切りこそが蜜となる。
悪徳と猜疑をマンホールの蓋で閉じ込めて、サクルは信頼を餌に高町なのはの手を掴んだ。

次回【Yesterday Once More】

無垢ゆえの悲劇。悪ゆえの末路を。




後書き

久しぶりに書いたので文章がひでぇや。結界魔法ってこんなんだったっけ、というか催涙ガス弾なんて子どもに撃って大丈夫だっけ、何よりウェンディの弾丸そんなに多機能だったけとかいろいろ丸投げ。さらに急に暴走体出したために話が無理矢理進んでいる感じががが。マジでこの話は今後追加やら修正が必要っぽいです。

ホントなら時折レイハさんの幻聴聞いたりとかオリ主が懐かしの日本にもっと感傷に浸ったりとか書くつもりでしたがだるいので省略。大切なのは無印の途中から、だから最初なんてどうでもいいのさ。



[27416] 第九話【Yesterday Once More・1】
Name: トロ◆0491591d ID:f0ca33d1
Date: 2012/02/04 23:07




 静寂の森の中をモーターの回る甲高い音が響く。ゴーグルに投影される矢印の方向を頼りに疾駆するその背後、木々を蹴散らして迫りくるのは、現実にはあり得ない巨体の黒い犬だ。目にはぎらつく殺意を一つ。対象は自身。ひしひしと背中に当たる殺意の圧力と、感じる膨大な魔力量は、明らかに自身の手には余る脅威。
 だがそんな相手から逃げるように走る男の顔には焦りはまるでない。ただ決められた作業を淡々とこなす機械のように指定されたルートを走り、背後の異形を誘導する。

『クロスポイントまで残り十秒。誤差は二秒だ』

 男の耳に、ゴーグルから皮肉めいた声が届く。男はそんな声を聞いているのかいないのか、表情を変えることなくただ黙々と進路を突き進む。
 恐怖はない。この敗走は既に定められた出来レース。男がミスさえしなければ問題なく解決する程度の脅威でしかないのだから。
 だが常人ならその恐ろしい速度で迫る化け物を背にするという行為を、大丈夫とわかっていても平然と実行するのは難しい。驚嘆すべきはその精神力か、本来の彼は余程のことがない限り冷静を貫き通す鋼の心を持っている。

『接触。三、二、一』

 皮肉な声色はそのままに、楽しそうな機械の音声というなんとも矛盾した声によるカウント。それがゼロになるとき、男の仕事は終わりを迎える。
 犬は最早吐息の掛かるような距離まで迫っていた。生温かい息が首筋を蒸らす錯覚。しかしそれは所詮錯覚にすぎず、男、サクル・ゼンベルはそんな幻覚に騙されるほど弱くはなかった。

『ゼロ』

 そしてカウントがゼロを告げた瞬間、サクルは一気に反転すると急停止した。その隙を逃さず飛びかかる黒い巨犬。濡れたアギトを大きく広げ、その口をサクルの首もろとも閉じようとする。
 だがその目論見は、横合いからその腹に直撃した弾丸によって阻止された。

「ヒット!」

 木陰に潜んでいたウェンディが口笛を吹く。目論見通りの正確な射撃。人間に直撃すれば容易く引きちぎる弾丸は、見事に犬の横っ腹に風穴を開けた。
 しかし吹き飛んだ犬はそれでも立ち上がる。恐るべきはその生命力か。しかも立ち上がるころには腹の傷跡も再生を果たしつつあり、数秒もあれば再び行動を可能とするはずだ。
 当然、そんなことをさせる余裕など与えないが。サクルは手に持ったネームドにあらかじめ充填していた魔力弾を犬に向けると、焦ることなく発射した。夜闇を引き裂き走る緑の弾丸が、回避も許さぬ至近距離で犬の顔面に炸裂する。物理破壊設定による直接攻撃。彼我の魔力量の差が明確であるために、サクルがこの犬にダメージを与えるにはこの方法しかない。そしてその目論見は計画通りに進んだ。破裂した顔面、これにより一時的に犬、暴走したジュエルシードが停止する。
 だが二人に出来るのはここまでだ。封印魔法を苦手とするサクルにはこれを封じるにはまだ与えるダメージが足らず、ウェンディはそもそも魔導師ではない。
 それでもこの戦いは決着した。何故ならば、今の二人には頼りになる仲間がもう一人存在する。

「行きます! サクルさんは離れてください!」

 それは、暗闇を照らす太陽の如き桃色の輝きだった。サクルなど及ぶべくもない膨大な魔力反応。それは空で鮮烈な輝きを収束し、その手に持つ大砲のようなデバイスの先に光を集めている。
 サクルは即座にその場から離脱した。今から放たれる一撃は、この距離では巻き添えを食いかねない。上空を見上げながら、サクルは人知れず顔を顰めた。思い出すのは、あの日半身と仲間を溶かした悪魔の一撃。いや、どうせ十年もすればこいつはそういう風に呼ばれることになるだろう。

「ディバイン……」

 砲身が暴走体に向けられる。集められた力は、サクルが十人いても行うことが出来ない程の魔力。天性の才覚。ヒーローに許された特権。

「バスター!」

 直後、上空の悪魔、高町なのはの持つデバイス、レイジングハートから轟音と共に光が放たれた。それは逃れうることが不可能な神罰の一撃。人を超えた者にしか許されないと思えるような天罰の力。そんなものに抗えるはずがなく、サクルにとっての脅威は、ただの負け犬のように光の渦に溶けて消えた。

「やったぁ!」

 自分が今どれほど常識外れな一撃を繰り出したのかもわからずになのはは無邪気な声をあげた。そのままゆるりと降りてくる様は天使か、はたまた先述した悪魔の如きか。
 剥き出しになったジュエルシードをサクルが慎重に封印してネームドに仕舞いこむ。あれほどの魔魔力の暴走を起こしていた化け物が、あの一撃で力を根こそぎ奪われたのは何たる冗談か。傍らに気絶している犬には目もくれず、サクルは封印作業を終了すると、苛立ちを隠さずに口を歪めた。

「よくやったな」

 だが、背後に降り立ったなのはのほうを向くときには、彼にしては珍しくというか、ウェンディからしたらゲロを吐きたくなるような、口を綻ばせるだけの静かな笑顔を浮かべて、なのはを優しくねぎらった。珍しいというか、サクルという男を知る者が見たら、十人が十人目を疑う光景である。吐瀉物レベルである。嘔吐物である。ゲロものである。訂正、というかウェンディはあまりの気持ち悪さに実際吐いたものだ。それほどに今のサクルは、余人から見たら気持ち悪さの塊であった。
 驚くなら驚くがいい。サクルはそう思っていた。自分の心など奥の奥に仕舞いこみ、あたかも『正義の味方』のように振舞ってやる。

「にゃはは、サクルさんとネームドのおかげですよ。私なんて殆ど何もしてませんし」

 そんなサクルの内心等知らずに、なのはは純粋無垢な笑顔を浮かべた。サクルは顔が危うく醜悪に歪みかけるが無理矢理取り繕う。常の無表情に戻り、「いや、お前がいたからこうも簡単にいった」と、これは本心をそのまま伝えた。実際に、なのはがいなければこうも上手くジュエルシードを手に入れることは出来なかっただろう。

「これで三つ目か」

 サクルはネームドに仕舞ったジュエルシードの数を思い出して、今度こそ本心から笑みを浮かべた。といってもなのはに見せられるような笑顔ではない。冷たい笑みはサクルの本当の表情だ。そしてそれは、なのはという少女には見せられない悪である。

「はい! 頑張って集めましょうね、サクルさん」

 そんなサクルのことなど知らずに、なのはの無垢な言葉がその背にかかる。サクルはとりあえずただ無言のまま振り返ると、ただ静かに頷きをかえした。

 それにしても本当に。

「あぁ、これからも頼む。高町」

 気持ち悪いガキ─主人公─だ。

 話は、あの惨劇の直後に遡る。






 恋慕である。サクルが高町なのは、否、リリカルなのはという存在に抱いている八つ当たりの如き憎しみは愛情の裏返しでしかない。だが一度裏返った愛は、もう二度と元の形に戻ることはないだろう。サクル・ゼンベルの心の洞に溜まったそれは、既に取り返しのつかないところまで到達している。それを目の前にすれば、容易く冷静な思考を失い、醜い嫉妬と見当違いな怒りに身を焦がすだろう。
 だがそれでも、ウェンディと過ごした日々の中である程度の折り合いをつけ、ユーノとの戦いを経て、さらに覚悟を決めたはずだった。でもこれは駄目だった。サクルの前で輝く桃色の光だけは許容しきれないものだった。

「……行くぞ」

 それでも、これまでの失敗がサクルの動揺を最小限に押しとどめた。即座に復活したサクルは、光の奔流に困惑する暴走体に銃口を向けると、躊躇いなく魔力弾を射出する。
 疾走する弾丸が暴走体の無防備な背に直撃。そのダメージで、暴走体が目の前の膨大な魔力の持ち主から、自身を攻撃した明確な敵であるサクルに狙いをつける。

「えぇ!? な、なにこれ!」

 その背中で、バリアジャケットを纏ったサクルの羨望の象徴、高町なのはが困惑の声を上げた。突然変貌した自身の服装と手に持った杖をマジマジと見つめて、未だ危険な状況だというのに混乱している。
 まぁそれも無理はないだろう。相次ぐ理解を超えた範疇の出来事を体験したのだ。例え彼女がれっきとした主人公の器を持っていても、混乱しないわけがない。

「下がれ!」

 だがそんな彼女の心情を理解するほどサクルは察しのいい人間ではなかった。殺気すら混じらせて荒げた声がなのはに響く。小さな少女の体が怒声に震えた。だがそのおかげでか、なのははようやく周りの状況を把握する。
 異形の化け物に対峙する拳銃を持ったゴーグルの青年、そしてその間に挟まれる形にいるのは、状況を理解しきれていない二人の少女。

「アリサちゃん! すずかちゃん!」

 その姿を見つけた瞬間、なのははただ本能の赴くままに化け物に向かって飛びかかった。
 驚くサクル。幾ら滅茶苦茶な魔力量とはいえ、あまりに無謀な強襲。しかし、なのは自身に力はなくとも、その手に持ったデバイスは違う。
 AIを持ち、ある程度の自律行動を許された高性能デバイス。勇気の心、レイジングハートは、まるで主の意を汲むかのようにその先端の真っ赤な宝石を光らせた。
 直後、暴走体に突撃したなのはの前に、桃色の障壁が展開される。プロテクション。術者の才気のみを使いデバイスが勝手に作り上げただけの稚拙なそれは、しかし、単純な魔力量という才能のみで、化け物を開いた壁の穴から突き飛ばした。

「わわ!?」

 なのはが突然展開されたプロテクションに再び驚く。サクルがあれを展開すれば、使用可能魔力の十分の一は持ってかれるだろう障壁を容易く目の前で使用された事実は、サクルになのはの才能への苛立ちよりも先に、桁はずれな才能の発露に驚愕を覚えさせた。

「……滅茶苦茶だ」

 嘘偽りない一言。サクルは、サクルとして培ってきた十年以上の経験を根底から否定されたかのような現象に、思わず愚痴を零す。
 それも一瞬、結果はともあれ、上手く外に弾いてくれたことは行幸意外のなにものでもない。サクルは壁の穴に近寄ると、外に出た暴走体にネームドの銃口を向けた。

「合わせろ!」

 叫びの直後、渾身の魔力弾を射出。粒子を散らして一直線に暴走体目がけて飛んだ緑の光を、暴走体は危険と判断したのか空に飛んで回避した。狙い通り。サクルの陽動により、遮蔽物のない空間に躍り出た暴走体を逃すウェンディではない。
 学校と校庭を挟んだ向こう側、軽く下唇を舐めたウェンディが、ライディングボードのサイトの向こう。格好の獲物となった暴走体に狙いを定める。

「ビンゴッスよサクル兄」

 発砲。結界魔導師の障壁すら粉砕する魔弾が、瞬きの間に暴走体の丁度中心を穿ち、その体に大きな風穴が開く。奴に思考というものがあるかわからないが、きっと何が起こったのかもわかっていないはずだ。致命的な損害を受けた暴走体だが、落下しながらもその体が再生を開始する。
 やらせはしない。サクルは壁の穴を抜けると、ネームドの先端から魔力の刃を出力。いや、それは刃というよりかは鈍器のそれだった。かつてククリが使っていた魔力によるハンマーの構築。単純な質量を持って。

「潰れろ」

 再生する余裕すら与えない。
 片手で振りかぶった魔力塊を野球のバットのようにフルスイングする。だが着弾した暴走体はボールのように飛ぶでもなく、中空でそのまま完膚無きまでに四散した。ゼリーのような肉の塊がちぢりとなり、構成を維持するのが不可能になったのか、大地に落ちるころにはそのことごとくが空気の中に溶けて消える。
 その様を見届けて、サクルは半分もの魔力を使って作り上げた魔力塊を霧散させた。その何割かはネームドに吸い込まれ、そのままカートリッジの土台となるだろう。

「任務完了。引き続き、ジュエルシードの回収に入る」

 サクルはまるで天からの贈り物のように淡い光を放ちながらゆっくりと落ちてくるジュエルシードをその手に持った。今は魔力を消耗して一時停止状態になっているが、このまま放置すれば数分も経たずに再び暴走を開始するだろう。
 そんなことは当然許さない。サクルはネームドのサポートと、残りの魔力のほとんどを注ぎ込んで封印処理を施す。まるで封印魔法に敵性のないサクルだが、魔力を消費し尽くせば一つ位の封印は可能である。
 だがその代わりにバリアジャケットを維持することが出来なくなり、ゴーグルとローラーを残してその他の外装は消滅した。シャツとズボンというラフな服装に戻ったサクルは、そのまま油断なく壁の向こうを見る。

「ウェンディ」

『あいさー』

「結界はそのまま、俺が合図したらこれから引きずり出す奴を打ち殺せ」

『……さっきの滅茶苦茶な魔力反応ッスか?』

「……」

 サクルはウェンディの言葉に答えず、慎重に壁の穴に引き返すと、一つ深呼吸をしてから「おい」となのはのことを呼んだ。

「え……と」

「お前だ杖持ち。話がある」

 危うく今は知らないはずの名前を漏らしそうになりながらも、なんとか訂正する。なのはは一瞬躊躇うように目を泳がせるが、意を決して立ち上がるとサクルの前に歩み出た。

「なのは!」

「なのはちゃん!」

 アリサとすずか、特にすずかはサクルから感じる言いようのない不快感を感じて彼女を引きとめようとした。
 なのははそんな二人に振り向くと、いつもの優しい笑顔を返す。

「大丈夫だよ、二人とも。お話ですよね?」

「あぁ」

 サクルはなのはに頷くと、踵を返して、それでもさりげなくネームドを構えながら再び穴から抜けだした。
 ウェンディには最悪の事態を想定してあんなことを言ったが、実際サクルはなのはの扱いをどうするか困っていた。いや、なのはが持っているアレがレイジングハートならば、サクルはなのはを殺さなければならないだろう。何せあのデバイスには一度接触してしまっている。幾らユーノがレイジングハートを使えていなかったとしても、最低限の機能、つまり状況の記憶はしているはずだ。ならば、元の持ち主だったユーノに害を与えたサクルのことをなのはに話す可能性が非常に高い。そうすれば、サクルの知る限りの高町なのはであるならば、殺されることはなくとも、戦闘不能まで追い込まれる可能性は非常に高いだろう。
 そしてその可能性はほぼ百に近い。見たことのある形状のデバイスはおそらくレイジングハートだろう。何故かバリアジャケットはサクルの知るそれとは少々異なるが(何処となく鋭角なスタイルとでも言えばいいか)、まず間違いあるまい。
 だがサクルは対応を決めあぐねていた。別に彼女に対して未だかつての思いがあるわけではない。単純に、今後来るであろうプレシアの尖兵を相手にするとき、この少女を利用できないかと思ったからだ。
 いざとなれば容易く後ろから打ち殺せるポジションに引きずり込めれば尚良しだ。だがそのためにはなのはの持つデバイスのことを確認しなければならない。
 サクルは外になのはと出ると、さりげない動作で、しかし遠目からでもわかるくらいの動作で胸の前に掲げたネームドを二回叩いてから左肩を一度叩いた。そして視線をなのはに移す。もし悪い方向に話しが流れた場合、次にサクルが左肩を叩けばウェンディはなのはを躊躇うことなく射殺する。今更幼い少女を殺すことに躊躇いのあるウェンディではなかった。少年兵など珍しくもなければ、なのは程ではなくても異常な才覚を持った子どもと対峙した経験はある。
 デバイスは銃などよりも恐ろしい存在だ。これと魔力があれば、子どもだって才能次第では町を丸ごと滅ぼすことが可能となる。常人なら可笑しいと思うだろう教訓だが、サクル達傭兵は、デバイスを持てば、相手が赤子であろうが油断はしないし容赦もしない。クリーンな兵器とも何処かでは言われているが、戦場を経験した者からすれば、個人携帯火器という点では、質量兵器よりもデバイスは危険だ。

「それで、お話ってなんですか?」

 そんなサクルのゴーグルの向こうの冷たい眼差しに委縮したのか、なのはは恐る恐るサクルに話しかけた。

「お前は……そのデバイスをいつから使っている?」

「デバイス?」

「その杖のことだ」

「これ、デバイスって言うんですか」

 どうやら知らないらしい。サクルはなのはの持つレイジングハートを指差しながら、内心で安堵のため息を吐きだす。これでもし今戦いになっても、『殺し合い』ならば敗北の確率は薄い。しかも、校内には未だ二人の人質候補もいるのだ。
 そんな醜悪な考えを内に収め、サクルはなのはとこうして話せているという状況を疑問に感じていた。
 あれがレイジングハートなのであれば、マスターの支援を第一と考えるデバイスのことである。サクルを危険人物とみなして警告なりなのはにするはずだ。
 ゴーグルを着けているからわからない? いや、あの時も同じゴーグル装備をしていたのだ。人相が似ていれば何か言っているはずである。

「どうしてそのデバイスを持っている?」

 疑問に対する答えを考えながら、サクルは言葉を続ける。なのはは「えっと」と何処かばつが悪そうに顔を伏せると「その、道端で拾いました……」そう申し訳なさそうに言った。なのはとしては、この一連の会話で、このデバイスがサクルの物ではないかという結論に達していた。
 きっと怒られる。等と子どもらしい恐怖を感じるなのはだが、サクルは当然そんなことなど思っておらず、ただ出来過ぎな状況に憤りを感じているだけであった。
 一体どれ程の確立だというのか。レイジングハートと仮定したならば、たまたま次元の狭間に投げ捨てたデバイスが、たまたま地球に落ちて、たまたまなのはが通る道で拾われ、たまたまその機能を未だ残しているどころか、万全な状態まで復活させていたということになる。馬鹿げた確立だ。これまで運よく生き残ってきたサクルからしてみてもおかしい状況である。
 とにもかくにも確認しないことには始まらない。結局遠回しな言い回しを思いつけなかったサクルは、後ろ手で射出まで一切の魔力反応のない、サクルの切り札の一つである魔力弾丸を装填しつつ、ゆっくりと言葉を紡いだ。

「それで……お前の持っているデバイスの名前を聞いてもいいか?」

「え? 確か……レイジングハートだったかな?」

 なのはの言葉を聞いた直後、サクルは肩に手を持って行き、銃口をなのはに突きつけようとした。冷たく細まる眼光。最早躊躇いもなく、サクルはかつての憧憬に銃を向けようとし。
 そんな彼の動きを阻害したのは、他ならぬその銃口。

『ほう。どうやらそれもインテリジェントデバイスのようだね』

「ッ……ネームド?」

 サクルの動きは僅かに体を捩らせ、ネームドを腰に携えただけで止まった。

「今の声は?」

『初めまして可愛らしいお嬢さん。私は彼のデバイスのネームドと言う』

 手に持ったネームドが恭しく自己紹介をする。何を思っているのか。突然の行動に言葉を失くすサクルだが、そんな彼を他所になのはとネームドの会話は続く。

「あ、あの、私は高町なのはって言います」

『へぇ、そうか。高町なのは。『なのは』ねぇ……うん、覚えたよ。よろしくなのは君。いや、可愛らしいお嬢さんに君はないか。よろしくなのはちゃん』

 いつもより嬉しそうなのは気のせいか。いずれにせよ出鼻を挫かれたサクルだが、そこでようやく疑問の答えに気付く。

「まさか……おいネームド。もしかしてあのデバイス」

『あぁ。完全に思考回路がやられている。あのデバイスは今、ある程度の戦闘補佐が出来るだけのAIしか残っていないはずだ。さっき解析が終わった』

「そういうことか」

「あ、あの、どういうことですか?」

 サクルとネームドが納得する中、なのはだけが状況を理解できずに首を傾げた。
 端的に言えば、奇跡は幾つも重ならなかったということだ。なんとかある程度の修復まで出来たレイジングハートだが、それでも次元の狭間で与えられたダメージは本来なら完全に大破してもおかしくないくらい大きく、戦闘を行うには未だ修理が追いついていなかった。だがそれでも暫定的なマスターを救うために、無理矢理の契約とジャケットの展開およびプロテクションのみとはいえ戦闘行動を自ら行うという暴挙を行うために、余分な機能を排除してその分を戦いの補佐に回した。
 結果。レイジングハートという高性能インテリジェントデバイスは、戦闘に必要な機能以外を紛失することになってしまったのだった。というよりかは、記憶を失ったと言ったほうがいいだろうか。いずれネームド程とは言わないが会話も可能になるだろうが、余分と切り捨てた記憶データは、自身の名前や魔法などの基本的なもの以外完全に失われたことになる。

『まぁ、君は気にすることはないさ。だろう? サクル?』

「……あぁ、そうだな」

 サクルとしては行幸以外の何物でもない。変な話だが、ようやく運気が回ってきたと思うくらいに、状況は出来過ぎていると言っていいくらいだ。だがそれならそれでいい。むしろ状況が好転するのならば好都合である。
 目の前のまだ幼い少女を観察する。こんな子どもが、ただ愛らしいだけの少女が、ただデバイスを手に入れただけでサクルと真正面から戦える力を持っている。理不尽で、不条理で、長年の研鑽をゴミと断じられたようで、だからこそこの忌々しい力を好き勝手に利用させてもらう。

「それよりも、高町なのはだったな……お前は、どうしたい?」

 サクルの唐突な質問に、なのはは何て答えればいいかわからず口を閉ざした。どうしたいも何も、何もかもがまるでわかっていない。
 だからこそ御しやすい。サクルはそんななのはの内心を察すがゆえに、高町なのはの心を煽るのだ。

「この学校を襲ったのは、ジュエルシードという。見てわかる通り、暴走すれば簡単に人に怪我を与える。そして、この化け物には、お前の知る警察などの機関はまるで歯が立たない」

「えと、あなたは警察の人じゃないんですか?」

「俺は、そうだな……」

 サクルはどう答えればいいのか逡巡し、なのはに気付かれないように口を歪める。あぁそうだ。この主人公を騙すのに、これ以上の言葉は必要ないだろう。

「正義の味方だ」

 ただし、己の中の邪悪を正義とするのならばだが。




後書き

オリ主、超パニくるの巻。躊躇いなく殺すべきだったのになのはを殺すことをオリ主はしませんでした。ここら辺の安直な考え方がオリ主の馬鹿なところ。まぁネームドの横やりがなかったらなのはちゃん死んでましたが。次回もなのはの説得から始まります。とはいっても「君にはそれが出来る力がある」とか「友達を危険に晒していいのか」だとか心にも思っていないことをオリ主は言い並べてなのはを説得する感じになります。

というわけで腹が黒いというレベルではないクソオリ主に目をつけられたなのはの向かう明日は何処か。まぁ主人公なんで問題はないんですが。そして暫く無言になってしまうレイハさんに活躍の機会があるのか。

そしてこの間にも校庭の人々は催涙ガスで苦しんでいるのであった。


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