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[27345] 【転生+α・オリ主】ゼロ魔ってこんなに複雑だったっけ?
Name: 柳城寺 蛍◆c99426ab ID:a424e81c
Date: 2011/04/25 20:58
******************************


 ――幸せと言う物について――とある世界に伝わる神話。






 魔法は夢。

「なんかさ――」

 魔法は世界。

「ん? 何?」

 魔法は人。

「何かやっぱり違うと思うんだよな――」

 かつて、人々には幾多の不可能が存在した。

「だから何が?」

 獣を恐れ、病に倒れ、怪我に泣く。

「これってハッピ-エンドなのかなって」

 明らかなまでに彼らには足りない物が多すぎた。

「いや、どう考えても毎回毎回ハッピーエンドでしょ」

 足りない物を求める人々の為、神は魔法という力を与えた。

「でもさ――」

 それは夢を叶える力。

「でも、何か違うと思うんだよ。確かに綺麗に終わってるし何だかんだでハッピーエンド。それは間違いないよ」

 人の真摯な願いを叶えるもの。

「じゃあ何が問題なのよ」

 力を受けとった人々は本来、神に感謝する筈だった。

「分かんないけどさ……これはハッピーエンドだけどハッピーエンドじゃない、そんな気がするんだ」

 しかし、魔法は人そのものさえ変えてしまう。

「――あんた、馬鹿?」

 力を得た人々は上下の関係を作り出した。

「言うな、傷つくから」

 上に立つ人々は上を見ることを止め、下だけを見始める。

「怪我したときににつける薬が無いなんて、あんたも大変よね」

 力を持たぬ人々は、力を持つ人々を崇め、神と呼びだした。

「暗に馬鹿だって言うのも止めてくれないかな」

 名は力を縛り、関連づける。

「でも良かったじゃない。風邪はひかないんだから」

 夢追い人達は、神と同じになった。

「ここ数年ひいてないのは事実だから否定できない……」

 それに怒ったのは本物の神々。

「じゃあさ――」

 名を失った彼らは、ひっそりと姿を消し、同時に人々から夢を叶える力を奪った。

「じゃあ、いつかうちに聞かせてよ」

 魔法をを失った私達は、今日も暢気に電車に揺られ叶わぬ夢の世界に逃げ込んでいた。

「あんたの言う、本当のハッピーエンドってやつを」






「お願いします。

 誰でも構いません、何でも構いません。

 私なら、どうなっても構いません。

 だからどうか――。

 どうか彼を助けてください」



 ――雨に濡れる少女より。





******************************



 ―――――――――――――――――――――

 *作者挨拶


 どうも、蛍です。

 似たような名前の人が居るかもしれませんが、おそらく、その人とは違う人なので注意してください。

 ――ってわけでゼロ魔の二次創作を書かせていただく事にしました。

 自信?

 全くりませんとも!

 それでも、物は挑戦。

 やるだけやって見たいと思います。

 どうぞ、生温かい目で見守って下さい。





 ―――――――――――――――――――――
 *使用上の注意

・本作品はゼロの使い魔の二次創作です。
 訴えられた際に、敗北するのは間違いなくこちらなので、脈絡無く消える可能性があります。

・本作品は、用法用量を守り、正しくお使いください。

・暗いところで長時間使用されますと、目が悪くなる恐れがあります。

・本作品をご使用中に、気分が悪くなったり、重くなったりした場合は、すぐに使用を中止し、何か楽しいことを思い出してください。

・多数、独自解釈が入っています。
嫌悪感を抱く方はご注意ください。

 ・ところどころ、ゼロの使い魔の世界観との違いに違和感を抱く間も知れませんが、変な事が伏線になっていることが多いので、多少の違和感ならば、ひっそりと胸の中に抱き、影で「おっしゃあ! これ伏線なんじゃね!」等と叫んでください。

・人によって、まれに涙腺が刺激され、涙や鼻水が出ることがあります。

・本作品は食事中の使用を想定されていません。
噴出した飲み物のせいで、パソコンや携帯電話が壊れたとしても、保障には応じかねます。

・万が一授業中に使用される場合、先生に見つからないよう、充分注意してください。

・本作品は、原作にて七巻相当での完結を予定しております。

・この作品に対して『何故ゼロ魔でやった?!』と突っ込みたくなる方がそのうちに出てくるかもしれませんが、その質問には、『ゼロの使い魔が好きだから』以外の返答をしかねます。

・展開予想をしていただくことは、作者的には等しく嬉しい事ですが、ネタバレの可能性となるそれを感想版に書くのはご遠慮ください。

・この注意は、作者の気分次第で更新することがありますので、定期的にご覧ください。

 ―――――――――――――――――――――

2010/12/3  執筆開始

2011/04/12  投稿開始

2011/04/20  二章開始

2011/04/20  感想版リセット


ちょいと、感想版の方に、ネタバレすれすれの意見が出始めたので、一回リセットを。

内容に関しては、まったく変わっていないので、ご安心ください。



[27345] 俺ってこんなに苦労人だったっけ? そのいち
Name: 柳城寺 蛍◆c99426ab ID:a424e81c
Date: 2013/03/10 02:10
 ――最初に言っておく。これは逃避の物語だ――









 32型ブラウン管テレビ。

 今や骨董品屋ですら探すのが苦労するモノクロテレビだ。

 ――いや、果たしてこれは画面がモノクロなわけでは無いのかもしれない。

 モノクロなのは、この世界なのかもしれない。

 実際、テレビ自体がすでにくすんでる。

 と言うか、そもそもすべての物がはっきりしない。

 全て――と言っても、狭い視界には一大のブラウン管テレビしか映らない……認識できないのだから。

 全く迷惑な話だ。

 それこそ当に夢現。

 ぼんやりとした世界の中。



 ――パチリと無機質な音が聞こえた。



 直後に続く砂嵐の音。

(ああ……テレビがついたのか……)

 夢見心地なまま、俺は思う。

 そうか、まだ付いてなかったのか。

 道理でモノクロだったわけだ。

 延々と続く砂嵐。

 その画面越しに、人の影らしき物が浮かんだ気がした。

 はっきりとしない幻影。

 壁紙のしわが人の顔に見えるようなもの。

 そう言われれば納得してしまうような微妙な陰。

 おそらくは女性。

 薄ぼんやりとしたその世界。

 ザー、という雨音のような砂嵐だけが続くこの世界。

「今度は……どんなお話かしら」

 その世界で最後に聞こえたのは、非常に悲しげな、そして砂嵐の音にさえかき消されそうな、小さなつぶやき。











 条件なんてのは、全てがそろって初めて意味がある。

 例えは俺の場合、時代がおかしかった。

「はぁ……はぁ……」

 転生者――そう言って信じる人はどれぐらいいるだろう?

 おそらくは殆どいないと思う。

 でも、少しでもいるのならば、俺はその人たちに俺の全てを託したい。

「もっとも――その全て……って奴ですら、尽きかけて――無くなりかけてるんだけどな」

 灰色に染まる空に向けて、俺は笑う。

 血まみれの姿で横たわりながら微笑みかける。

 精一杯の強がりで――笑顔を作る。

 辺りでは変わらずに響く怒号と悲鳴。

 やれやれ――全くもって、よくない時代に生まれてきたものだ。

 もっと後であれば――もっと後ろの時代に生まれていれば――まだまだ活かせる知識があったというのに。

 なんだってエルフとの激戦の時代に生まれてこなけりゃならんのだ。

「魔法の世界ってだけでも――楽しみは結構あったけど、やっぱりテレビくらいは欲しかったかもな」

 世界は間違いなく合ってる。

 ゼロの使い魔だ。

 そのハルケギニア。

 俺はそこに転生した。

 そこの世界の子供として生まれ変わった。

 地球にて、幼馴染を庇って、連続殺人犯に刺殺される。

 そんな、なんとも男冥利に尽きる死から一転、天国の世界はハルケギニアだったと言わんばかりの勢いで、この世界に生まれた。

 それもヴァリエール家。

 ――いよっしゃあ!

 そう、意気込んだ直後、何かおかしなことに気付く。

 ――あれ? ヴァリエール家に男って生まれてなくね?

 そんなこんなで調べてみれば、どうやら時代背景が決定的に違った。

 アンリエッタもいなけりゃ、ジョセフもいない。

 ヴィットーリオもいなけりゃ、ウェールズもいない。

 ――正に、生まれてくる時代が早すぎたのである。

 それでもいいや。

 せっかくの魔法の世界。

 思いっきり楽しもう!

 そう意気込んでからこれまで。

 長い年月を生きてきた。

 この世界での友達もできた。

 恩師と呼べる人にも出会った。

 いつまでもクラスはドットだったけど、それでも楽しかった。

 “慈愛”だとか、“雷光”だとか“双翼”だとかの二つ名がついたときは、ちょっと恥ずかしかったけど嬉しかった。

 ――そして今日、その命は尽きようとしている。

 こう見えてもフライとディテクトマジック、そして“遠見”の魔法だけは必死に練習しただけあってか、すさまじいまでのレベルに達したんだぞ。

 フライの瞬間速度なら、そこらへんのスクウェアなんかには負けない。

 見たことないからなんとも言えないけど、最高速度なら、ルイズのテレポートとだって争える自信がある。

 もっとも、なんか面白いことがあったら、それをぜひ見たい。だけど危ないことからは即逃げたい。

 その一心でそれだけ練習したからなんだけれどね。

 おそらく、それと並行してまともな魔法も練習してたらきっとスクウェアくらいにはなれたと思う。

 実際、俺には、それだけの量の練習をした自信がある。

 ――しかしそれは結局のところ、こうやって死んで終わってしまうわけだが。

「ハハハ――いくら保守に走ったって、結局は戦争の中じゃ意味がなかった――そういうわけかな?」

 でも、俺のフライはそれなりにかっこよかったんだよ。

 どうやら、この世界の魔法はイメージが大事みたいでさ。

 天使をイメージしたら五歳にして飛べるようになった。

 もっとも――そのせいで俺のフライは翼が二つ背中のあたりから生えるという、酷く特殊な完成形になったわけだが。

 一時期は、翼人と見なされ、異端審問を受けかけたりもしたが――今となってはどうでもいい話だ。

 “双翼”の二つ名はこれが所以だ。

 因みに“雷光”の二つ名の方は、別にライトニング系の呪文が得意だったわけではなく、俺のフライを見た人が勝手に名付けたことにはじまる。

「――いや、待てよ。意外と異世界満喫したんじゃねえのか? 俺?」

 暗くなってきた空を見ながら、俺はつぶやく。

 つぶやいた――と思う。

 だけど、つぶやいていたのかどうかすら分からない。

 暗転した世界にて、俺の意識は薄くなっていく。

 最後の瞬間――パチリ――という機械音が聞こえた気がした。













 これから始まる物語は、恐らく少々特殊だろう。

 最も、その特殊性に気付く事が出来るのはどれほどいるのだろうか。

 おそらく、俺自身でさえ、気付かない可能性があった。

 少し間違えれば、この話は何てことの無い平和な結末を迎えた筈だ。

 そのズレを正したのはたった一枚の紙切れ。

 本来は登場しない――この世界にはある筈のない言葉で書かれた文章。

 もっとも、そのせいで俺たちは手に入れられたはずの平和を逃してしまう事になるのだが――。

 まあ、それは後でどうせ知ることだ。

 今言っても仕方ないだろう。

 しかし、忘れないでもらいたい。

 これは、只のSSではない。

 ゼロの使い魔であり、ゼロの使い魔でない世界。

 根本的な世界観のズレがある。

 そのズレに、読者たる君たちが気付く事を願い、此処に物語を始めさせてもらおう。

 違和感を感じることが多々あると思う。

 つまらなさを感じることが多々あると思う。

 その一つ一つの感情を大切にしてぜひ読んでほしい

 さあ、楽しい楽しい本編の始まりだ。



[27345] 俺ってこんなに苦労人だったっけ? そのに
Name: 柳城寺 蛍◆c99426ab ID:a424e81c
Date: 2013/03/15 19:46
 家の門の前。

 どうやら、見送りは居ないみたいだ。

 父さんも母さんも、昨日は遅くまで騒いでいたからな。

 きっとまだ寝ているのだろう。

 まったく――、一応息子の門出の日だと言うのにあの二人は。

 大きな門の横にある小さな扉。

 そこからそっと家を出る。

「お兄様――」

 ――訂正。

 一人、ちゃんと見送ってくれる人が居たらしい。

 門の影。

 出てすぐのところに、彼女は居た。

「お兄様……ご無事を――ご無事を心からお祈りしています」

「……いや、魔法学園に行くだけだから、そんな危険な旅路じゃないからね」

「私がお兄様の為に丹誠こめて作った杖が、兄様の力になる事を願います」

「……何度も言うようだけどね、これ杖じゃなくて槍だからね」

 ダイヤモンドの穂先に鋼の柄。

 非常に頑丈な作りで便利かつ価値のある物だからありがたく使わせて貰うけどさ。

「ではお兄様。どうかお別れのキスを……」

「……別にお別れじゃないからしないで良いよね」

 来年になったらきっと彼女も入学できるのだろう。

 何より、実技的なものならば俺よりはるかに上なのだから入れなければ学園の損失だ。

「ではお兄様。どうか行ってきますのキスを……」

「……女の子の唇をそんなに安売りしちゃだめだよ。それは好きな人の為にとっておかないと」

「好きな人がお兄様なので問題は有りません」

「……例えばだ、見ず知らずのエリートイケメンが君と――」

「お兄様。シアです」

「……シアとキスしたとする。そうしたら――」

「次の瞬間、そいつの存在はハルケギニアの歴史から消失します」

「………………」

「塵も残さないなんてレベルではありません。過去の経歴から何から。そいつが存在した証拠を全て抹消します」

「……でも、エリートでイケメンだ。もしかしたらふっと気が傾いて許してしまいたくなる事が――」

「ありません。私の体に触れていいのはお兄様とお母様を除いて存在しません。使用人ですらそれについては認めません」

「…………」

「…………」

「……行ってくるねシア。今のまま可愛らしく元気でいてくれよ」

「お兄様がそうおっしゃるのならば、私は今よりもっと可愛らしく元気になってみせますわ。それと、休暇の際は早めに戻って来て下さいまし。お待ちしておりますわ」

 ――俺がトリステイン魔法学園に行く、その当日の朝の一幕だった。















 魔法というのは、信じることが重要らしい。

 少なくとも、この世界においては、そういうことと俺は今のところ結論を出していた。

 力を入れずにスプーンが曲がる。

 ワイヤー無しで宙に浮く。

 段ボールハウスで快適な生活。

 どれも、信じれば叶うらしい。

 始祖のブリミルさんも、道理で信仰されてるわけだ。

 信じて叶うならそりゃ信仰されるだろう。

 もっとも、どれもこれもただ信じる――ってだけじゃ駄目みたいだが。

 そこは要するに現実との掛け合い。

 バランスが重要視されるらしい。

 つまり問題になるのは、自分の中の世界観。

 それを信じきれるかどうか、それが大事らしい。

 杖の先で火が燃えている。

 それを果たして信じられるか。

 何もないそれを燃えてると知覚できるか。

 突然、何の脈絡も無しに地面が隆起するのをイメージできるか。

 そのバランスが、この世界の魔法の根幹にはあるらしい。

 そして、それは当然この世界における物理や化学法則に則った物であればあるほど、軽いイメージで可能になると。

 重要なのは、常識。

「なんて、常識知らずに分類されてる俺が言っても何の意味も無いんだろうけどな」

 ため息交じりに呟く言葉は、蜃気楼のよう。

 触れる前には消えてしまう。





「今年の新入生は不作だ」

 そんなわけで、入学後最初の風の授業。

 ミスタ・ギトーの実技演習だった。

 外の広場にて、全員を見まわしながら言う彼。

 それにしても、授業開始第一声がそれで良いのか?

 確かに厳しい教師としては正しいのかもしれないが……少しくらい優しくしようとする意思をみたかったり。

「入学書類を見たら、ほとんどがドットメイジではないか。ラインがやっと数名。トライアングルに至っては皆無だ。どういうことだね」

 どういうことだねと言われましてもねえ。

 こちとら、クラスアップには興味が無いのですよ。

 興味があるのは面白そうな人生だけ。

 他の生徒たちに限っては、結構遊んでた人が居ても俺はなんとも思わないけどね。

 っていうか結構いるんじゃない?

 貴族なんだから、だらだら生きてたって生きてけるんだ。

 まともに生きようとする貴族なんてどうせ居ないだろう。

 人は、楽を覚えるともとには戻れない。

 もとに戻すのはかなりの苦労をするんだ。

 第一、よっぽど可哀想な家柄でも無い限り、少なくともあと一歩でラインの域――それでなくても、ラインクラスの何かは持っている筈だろう。

 ――パーティーやなんだで楽に生きてたら、後で苦労すんゼ。

「なんて、これまた同じドットである俺が言っても、何の意味も無いんだろうけどな」

 まあ、俺の場合は意味あるドットって事で大目に見てくれたまえ。

 少なくとも、スクウェアにだって難しい事がたった三つだけだけど出来るんだから。

 そんな事を考えている間に、ミスタ・ギトーの話は進む。

 ふむふむ何々……?

 今日の授業は『フライ』と『レビテーション』と……。

 ――うん、オワタ。











 授業開始直後、高々と舞い上がるタバサ。

 辺りからは静かな歓声が上がる。

 ミスタ・ギトーでさえ「『ドット』にしてはなかなかやるではないか」なんて言いながら首を捻っているくらいだ。

 やっぱり、トライアングルは格が違うのだろう。

 流石、というべきか。

 基本技能も、通常のレベルをはるかに逸脱している。

 ――で、一方俺。

「いやあ……これは……どうすべきなんだ?」

 ピクピクと痙攣する頬。

 滝のように流れ出る汗。

 早速と言わんばかりにフライを使い始める周りを尻目に、俺は頭を必死に働かす。

 ――そうだ、良い機会だからついでに話しておこう。

 先述のとおり、俺は実家では奇人扱いされていた。

 それには、いくつかの理由がある。

 一つは俺の考え方。

 妹だけは賛同してくれたが、それ以外の人間にはことごとく変人扱いされた。

 まあ、それは良い。

 それについては、考え方なんて人それぞれ千差万別、色々あるだろう。

 ごくごく自然なことだ。

 問題は、主にもう一つの方。

 ――それは、俺が使う魔法だった。

 何度も言うが、俺は転生者だ。

 そして俺はこちらの世界である程度状況をまとめた結果、一つの事を決意する。

 それは――ゼロの使い魔の世界を、すぐそばで見て、せいいっぱい楽しむ事――だった。

 ――笑ってくれていい。

 でも、良い機会じゃないか。

 せっかくの異世界じゃないか!

 確かに、自分で魔法を使いたいって気持ちは分かる。

 痛いほどわかる。

 だけど、それだけで世界は変わるか?

 いや、変わらない。

 変わるだけの力を身につけたいと思ったところで、どうせ飽きるだけだろう。

 だったら、初めっから全てを見る事だけに捧げようじゃないか。

 何処でも楽しめて――いざ危なくなったらすぐ逃げれるだけの力。

 それだけを追求するのが、一番効率的な生き方ではないだろうか。

 それでどうなるか分からない人生なら、それは明らかにまずい選択肢だろう。

 だけど、調べてみればありがたい事にちょうどゼロの使い魔と同じ年代。

 奴らが出世するって分かってるんだ。

 だったら、俺はその横にいるだけでおこぼれに与れるかもしれない。

 楽しめて出世。

 一石二鳥だろう。

 これ以上ないほどの綺麗なプランだ。





 そんな理由から、俺には得意な魔法が三つある。

 一つ目が“探知”。

 何かあった時に、ルイズや才人を探し出せる力。

 二つ目が“遠見”。

 俺がついていけない場所で、何があったのかを見れる、知れる力。

 三つ目が“飛行”。

 いざ、危なくなったときにすぐに逃げる為の力。

 そして……俺はそれ以外の魔法を一切使えない。



 ――いや、別に今後とも使えないってわけでは無いんだ。

 ただ単に、練習してこなかったってだけで、才能がないとかそんなことは無い。

 とにかく、俺は今、この三つ以外の魔法が一切使えないのだ。

 ただし――この三つ限定であれば、トリステインで――いや、ハルケギニアですらトップクラスの自信がある。

 今はまだ使えないので知らないが、最高速度ならルイズのテレポートとすら肩を並べられると言っても過言ではない。

 領地とアルビオンを三時間で往復したのは、今でも良い思い出だ(因みにその後ぶっ倒れて、目覚めた時には泣きそうな妹に言い寄られ、今後の領地外へのフライでの移動を禁止された)。

 そんなわけで、フライに関しては異常なほどの自信がある。

 タバサにだって負ける気は無いし、場合によってはシルフィードにだって勝てるかもしれない。

 ――飛ぶだけなら。

 そんなに自信があるならちょうどその授業。

 自信満々に飛んじゃえよ。

 そう言う人が居るかもしれない。

 しかし、実はここで一つ大きな問題が発生する。

 ああ――フライだけが出来て、他出来ないといじめられるんじゃないか。

 そんな心配なら杞憂だ。

 力をセーブすれば良いのだから。

 問題は――俺のイメージだ。

 魔法とはイメージであり世界観。

 俺は先ほどそう述べた。

 そして、俺は前世の記憶を持っている。

 そんな俺が果たしてフライをイメージできるだろうか?

 呪文を唱えるだけで浮かび上がる身体。

 この世界に元々生まれた人ならば、十分理解できるだろう。

 なぜなら、それがその人たちの常識なのだから。

 しかし、俺は違う。

 俺は既に全く別の常識を持ってしまっている。

 ――さて、そんな俺がイメージするにはどうしたらいいか。

 空を飛ばないものが飛ばなくてはならない。

 明らかな矛盾。

 そして行きついた結論は実に単純だった。

 空を飛ばないなら、空を飛ぶものになってしまえば良い。

 それだけの話だった。

 その結論に行きついた俺。




 その翌日から、俺のフライは背中に翼が生える事になった。




 いや、正確には直接背中では無く、背中から少し離れた場所になっているらしいのだが、細かい事はどうでもいい。

 とにかく、俺は天使のその翼と飛ぶ姿をイメージ。

 そしてとうとう、俺は空を駆ける翼を手に入れたのだった。




 ――さて、話は少々変わるが、この世界には翼人という種族が居るらしい。

 人と実によく似た姿をしていて、狩りをして過ごす種族。

 そして彼ら、どうにも人間と仲が悪いらしいのだ。

 噂で聞く話は本当に下らない物が多いのだが、いずれにせよ、仲が悪いのは事実。

 そんな者たちと仲良くしてると知られたら、それこそいじめられるだろう。

 で、問題なのはその種族だが――人とよく似ているらしいが決定的に違う部分があるらしい。

 おそらくもう予想はついているだろう。

 その種族――背中に翼が生えているのである。

 ――背中に、翼が、生えているのである。

 ……お分かりいただけただろうか?

 この授業における大きな問題が。

 改めて周りを見渡すと、ほとんどが数メートルは浮いている生徒たち。

 ……実に異様な光景だが、問題としては――誰ひとり。





 背 中 に 翼 な ん て つ い て な い 。





「まずい……まずいぞ……」

 俺は必死になんとかこの場を切り抜ける方法を探すものの、全く持って浮かばない。

 こんなのは、先生の事を思わず「お母さん」と呼んでしまった時以来だ。

 そう呼んだ直後のクラスの沈黙。

 それは禅寺の滝行なんかの比では無い。

 むしろ、正座をしまくってしびれた足の小指をタンスの角にぶつけた時にも匹敵する。

 あれはそれこそ天にも昇る痛みだ。

 フライなんかよりもはるかに高みへ向かえる。

 俺の背中には翼が付いていて、天国へと昇って行くんだ。

 パトラッシュ、僕、もう、疲れたよ……。

 そんな事を言う必要も無い。

 疲れずとも、はるか高みへと向かう事が出来るのだ。

 そうして俺が行きつく先はヘヴン。

 つまりは死後の世界だ。

 あれ?

 よく考えればここも死後の世界じゃねえ?

 つまりここはヘヴンなんだ。

 天国なんだ。

 ここでは皆が幸せなんだ。

 皆が幸せ、素晴らしい。

 幸せの青い鳥は意外と近くにいたんだよ。

 チルチル、そんな遠くに行かなくて良いんだよ。

 志村!  後ろ! 後ろ!

 幸せはすぐ近くに。

 危険もすぐ近くに。

 幸せと危険は隣り合わせ。

 つまりはグリム童話は意外と残酷なストーリーが多いと。

 ――ダメだ、思考が混乱し過ぎている。

 状況がどうし様も無さ過ぎて、笑えるくらいだ。

 だって、今まで習ったことの無いものだったら「今初めて習いました、不器用故、あんまり上手くはできませんがこんなで如何でしょう?」これで通じる。

 だけど――これは出来てしまうのだ。

 出来てしまうが、出来てしまう事が問題で出来てしまう事の出来てしまう事による出来てしまう事が――。

 駄目だ、混乱してきた。

 いったん落ち着こう。

 さて――俺はこの場合はどうすべきだ?

 一かゼロか。

 そんなデジタルな事象に入学そうそう悩まされるとは予想外だ。

 一体どうしたら――。

 ……視界の隅に、ピンクブロンドの髪が映ったのは、そんな時だった。

「ふぬぬぬ…………」

 やたらと念を込めながら、しがみつくようにして小さなタクトを持つ少女。

 気合いを込めているのか、只の労力の無駄遣いをしているのか。

 今にも折れそうな気迫で杖を握っている。

 ――かと思ったら、次の瞬間、彼女は叫んだ。

「フライ!」



 ――ドカン!



 爆発の音は大抵そう記されるが、それが明らかな間違いであるだろうことを、俺はこの時知った。

 ドカンなんて……ド“カン”なんて、そんな軽い音じゃない。

 使われる子音はDとG。

 よりニュアンスを伝えるなら、日本語表記よりも、アルファベットの方が表現できる気がする。







 DDDDOODOODODODOGGGGGGDGGGOOOOOGOOOOOOOONNNNNnnnnnnn……と。








 実体験して分かったが、なるほど――これは危険だ。

 教室の一つや二つ、軽く吹き飛ぶ。

 爆風にあおられながら、俺は呆れるように目を細めた。

 巻き上がる土埃。

 何が起きたのか分からなかったのか、他の生徒の指導をしていたミスタ・ギトーでさえ、呆然としている。

 やがて、晴れてきた土煙りの中……ぼろぼろに煤けた少女は、ぽつりとつぶやいた。

「……駄目ね。今日は調子が悪いわ」

 調子がいい時は爆発で空を飛ぶつもりだろうか?

 それは飛んでいるのではない、吹き飛んでいるのだ。

 不機嫌に目を細めるルイズと、呆れたように目を細める俺。

 それは、まだ誰もがルイズの事を“ゼロ”なんて呼ぶようになる前の事。

 ただただ、見下すというよりは純粋な生物としての恐怖を感じていた頃の出来ごとだった。





 ――因みに、そのあと授業は一旦中止になり、ルイズは学院長室に連れていかれてお説教をくらったらしい。



[27345] 俺ってこんなに苦労人だったっけ? そのさん
Name: 柳城寺 蛍◆c99426ab ID:a424e81c
Date: 2011/04/22 03:09
 さて、此処で皆さんに問いたいのは、昼間の月は好きかどうか……と言ったところだ。

 あえて言おう、俺はあまり好きじゃない。

 少なくともこの問いに対して「昼間に月が見えるわけ無いじゃん、バッカじゃねえの!」等と言うやつは小学生から理科を勉強し直すべきだと俺は思う。

 そちらの世界――地球の世界においてだって、昼間に月が見える事があるという事くらいは一般常識である筈だ。

 と言うか、現実に見える。

 気が向いたら、空を見てくれ。

 ぼやけて情けなくなってるけれど、そこにはちゃんと月らしき天体があるはずだ。

 ――もちろん、時期によっては見えない事もある。

 見えたり見えなかったり。

 地球の月は随分と奥ゆかしいものだ。

 ただ、昼間に見える場合は、あまりにも煤けていて、ちょっと苦笑してしまうが。

 さて、ではこちらの世界――ハルケギニアの月はどうだろう。

「――本気で世界観を疑いたくなるが……万有引力とかどうなってんのかねえ」

 中庭のベンチに座りながら、俺はぼんやりと空を見上げた。

 今日は快晴。

 雲ひとつない青空は何処までも広がり、己の小ささを存分に感じさせてくれる。

 じっと見ていると、だんだんと吸い込まれそうになるその蒼。

 海や湖よりも、そちらの方が魅力的な青にみえる辺り、風メイジってのは本能的な風メイジなんだな。

 なんて思ってしまったり。

 ――さて、話を戻すが、ハルケギニアには地球と違い、月が二つある。

 双月、だの何だの言われているが、まあ、そんなのどうだって良い。

 問題は、只一つ。

「――これ、その内時のオカリナ持った勇者が現れたりしないよなあ。三日間を延々とループさせたりしないよなあ」

 世界観的にはやってもおかしくないが、それはまた別の世界。

 やらかすなら某虚無の人に召喚してもらわにゃならんが――個人的には才人に来てほしい。

 だってその方が面白そうだから。

 ともかく、この世界の月――半端無くデカイのである。

 それが二つも。

 具体的には、地球にて普段見上げている夜空の満月。

 あれの半径を六~十倍したものかける2と思ってくれれば、おそらくそのサイズは伝わると思う。

 その上、あの月――動かないのだ。

 いや、正確には動いているのだが――昼だろうと夜だろうと、一向にその姿を消さないのである。

 確かに、物理的に不可能かと問われれば、天体的に見ても物理的に見ても可能なのだろう。

 ただなんというか――常識的に見て。

 本能的に、落ちて来るような気がしてしかたない。

 そもそも、既存の物理法則が、この世界でも当てはまるという保証が一切ないのだ。

 世界が違えば物理法則が変わる。

 宇宙空間に行くだけで重力は消え、摩擦は殆どなくなるのだ――それが異世界だったら、どんな事が起きても不思議じゃないだろう。

 でもまあ――何故か地上では、地球での物理法則が今のところ、ごく自然に当てはまっているが――。

 注釈しておくが、これはあくまで可能な範囲に限定される。

 例えば、相対性理論や特殊相対性理論、等の特殊な環境下における実験や、はっきりと覚えていない上級物理学等が合っているのか、この世界で適用されるのか等は、確認できていない。

 と言うより確認できないのだから仕方ない。

 とにかく、まとめさせてもらうと、俺は可能な限りの事はやったが、この世界にはまだまだ謎がいっぱいだ――ということだ。

 全く持って――世の中には不思議がいっぱいだ。

 ――さて、そんな風にぼんやりしているのは俺個人としては全く持って大歓迎なのだが、どうにもそうは問屋が卸さないらしい。

 世の中は全く不条理だ。





「ミスタ、貴方に『風』をご教授願いたいのだが」

 俺の平和なひと時を突き崩したのは、艶の無い、そんな一言だった。

「んあ?」

 突然の事に、思わず変な声が漏れてしまった。

 いや、これは仕方がない事だろう。

 誰だって脅かされれば、跳ね上がる。

 それと同じはずだ。

 ――それにしても。

 全く持って惜しい事をしたものだ。

 もう少しで寝れそうだったのに。

 暇つぶしの睡眠。

 ようやく出来た空き時間。

 本編開始までのこの一年間くらいは、ゆっくりしたいと思っていたのだから。

 まともな魔法の勉強なんて、初めっからする気が無い。

 ルイズだって、座学だけで進級できたんだ、俺だってそれが可能だろう。

 そして、その座学だってここに入学するまでに大半の事はやって来た。

 つまり、後の作業は全て復習。

 ――要するに、一年間、俺は暇なのだ。

 まあ、俺がどうあろうとそんなのは相手にとっては関係ないだろう。

 俺の勝手な都合で相手を無視するのは、いささか気が引ける。

 そう、誰にでも優しくの精神だ。

 もちろん、その“誰にでも”には自分も入っているが。

 俺はゆったりとのけ反った身体を起こして、目の前にいる相手を見つめる。

 ――ふむ、どうやら貴族らしい。

 どうやら、果てしなく下らない事実確認になったようだ。

 もっとも、この学園内で平民がそんな風に俺に声をかけて来ることは無いのだろうから、そんなのは考える事もなく当然のことだ。

 レリスウェイクならともかく――ここでそんな風に気軽に声をかけたりしたらどんな罰が待ってるか分かったものでは無いだろう。

 それに第一、魔法習いたいって言ってるんだから平民のわけ無いだろうが。

 ――俺、あリ余るの眠さだからって、あまりにも馬鹿になって無いか?

 誰か、この頭を再構築してくれ。

 ……………………。

 ………………。

 …………。

 ……。

 ……さて気を取り直して。

 目の前の少年は、ニヤニヤと気持ち悪い笑みを浮かべながらこちらを見ている。

 それと先ほどのセリフ。

 ――ヴィリエ……だっけ?

 あれ? ヴィリオ?

 ヴィットーリオは確か……。

 ――やれやれ、流石に15年という歳月は記憶を失うのには十分な歳月らしい。

 部屋に帰ったら、改めてカンペを見直しておこう。

 同学年の奴の名前も覚えていないのかって?

 私は、どうにも他人の名前を覚えるのは苦手なのです。

 まあいいや。

 とにかく、何でこいつが俺に?

 確かこいつラインだった筈だが。

 ドットの俺に何の用があるんだ?

「風をご教授って――まあ、教えるだけだったらいいけど、俺より君の方がずっと上だろうに」

 俺は首をかしげた。

 とたん、彼は笑いだした。

 それにつられて周りも笑いだす。

 ――ふむ、どうやらいつの間にか周りに結構な人数が集まっていたようだ。

 でも、何で笑っているんだ?

「聞いたかいヴィリエ。こいつ流石だよ、貴族同士の決闘の流儀すら知らない!」

「ああ、世間知らずの大馬鹿者が入学したと聞いたが、案の定だったな!」

 よし!

 ヴィリエで合っていたらしい。

 一人、心の中でガッツポーズをとる俺に対し、そう言って笑い続ける目の前の二人組――いや、中庭全体。

 端に至っては、こちらに嫌悪的まなざしを向ける者さえいる。

「皆の者! やっぱり、田舎のレリスウェイクは常識知らずだったぞ!」

 広場全体に向けて高らかに宣言するヴィリエ。

 その言葉で中庭の笑いが一層高まった。

 ――?

 確かに俺の領地は田舎だが――。

 いや、正確には俺の政策により、田舎から超田舎へとダウングレードの様な進化を遂げたが、それが何だというのだろう?

「いや、失礼ミスタ。先ほどの話は無かった事にしてくれたまえ。少々君を試しただけなのだよ」

 ――それではさらばだ。

 そう言ってマントを翻して去っていくヴィリエとその取り巻き。

 それにつれて、中庭はだんだんともとの静けさを取り戻していく。

 最後に足元の草を揺らす、一陣の風が吹いて、全てを掃く様にして、後は完全に元通り。

 何にも変わらない。

「はあ……」

 意味のわからない集団に付き合わされた俺は改めて空を見上げながら思った。

 一体彼は何が言いたかったのだろう?

 決闘がどうこうと言っていた気がしたが、まさか格下たる俺相手に挑むわけ無いし。

 ましてや、決闘なんてこんな場所でするわけ無いだろう。

 何の謂れもないのだ。

 だから、彼がそんな事を考えている筈がない。

 ――俺が異質だって何処かから漏れた?

 いや、もしそうなら、今頃もっと大変な騒ぎになっているだろう。

 つまり、これもない。

 それに第一、彼が決闘を挑むのはタバサな筈だろう。

 もしかして、歴史の陰で風メイジ全員を片っ端から倒してたとか?

 いや、それはないだろう。

 ――うん。

 全く持って謎だ。

 世の中には不思議がいっぱいだ。

「それに――」

 そのつぶやきは、誰の耳にも入る事が無かった。

 月へと向けて語られたそのつぶやきは、虚空へ消えて無かった事になる。

「――レリスウェイクは田舎だけど、良い場所だぞ」

 ――俺の施した政策の成果が表れ、レリスウェイクがハルケギニアでも指折りのグルメスポット&観光地になるのは、この一年後であった。 











「ヴィリオありがとう――この恩は忘れるまで忘れない」

 部屋に戻った俺はカンペを見ながら呟いた。

 既に名前を間違えている辺り、どうやら俺は既に恩を忘れたらしい。

 どうにも人の名前を覚えるのは苦手だ。

 基本的に俺の頭は、記憶する事に向かないのだろう

 さて、何故俺がこんなに感謝しているかと言うと、どうやらそろそろあれの時期らしい。

 最近カンペを確認してなかったから、気付いて良かった。

 あれ……。

 つまりはキュルケとタバサ、仲良しイベントである。

 ――うん。

 ヴィルエ(――何か違う気がする)……残念ながらブッ飛ばされてくれたまえ。

 君を庇っても良いけど……何か、面白そうだから無しの方向で!

 他人の不幸って面白い!

 みんな揃って不幸になって、くーれたーまえ!











 この世界の月日のカウントは、若干のズレがあるものの、基本的には地球と同じだった。

 だけどまあ、最初は苦労したものである。

 何処を一月とおくか。

 何処を何月とおくか。

 季節の巡りを自分なりに整理して、結果無駄に終わったのが四歳の時。

 あの時期は、多少の魔法が使えるようになっており、気が楽だったため、いろんな事に挑戦してみたのだ。

 そんなわけで、ウルの月の第二週。ヘイルダムの週の週末である。

 さて、新入生歓迎の舞踏会――略して新入生歓迎会。

 ここから本編が始まる。

 ようやっと面白くなる!

 さあ、どんな楽しい事が待っているのだろうか!

 命がけ?

 大丈夫!

 全部才人に任せりゃ良いさ!

 俺は傍で見てたいだけなんだから。

 そんな風に一人意味不明にテンションを上げる俺は現在――平民に交じって執事服を着て仕事をしていた。




 意味が分からないと思うが、俺にも分からない。




「マルトーさん! 五番テーブルのスープが切れかかってます!」

「おうよシエスタ! あと少しで出来る!」

 忙しそうに走り回る学院の使用人たち。

「ああ、もう! また酔って吐いた貴族さまがいるですって!」

「オーケー! シエスタ。掃除は俺に任せろ」

 見るからに手一杯なシエスタに、ちょうど三番テーブルのデザートを変えて戻ってきた俺は、そのままモップとバケツを掴む。

「そんな! 貴族さまにそんな事……」

「そんじゃ行ってくる」

 モップとバケツを手に走る俺。

 何でこんなことしてるんだろう?

 ただ、なんとなく「普通に参加すんのも面白くないな――何か面白い参加方法ないかなー」と思っていたところに、たまたまシエスタが通りかかったのだ。

 そこからはもう渡りに船とばかりに仕事をしまくった。

 正直、途中でやめても良いのだが、何か普通に参加するよりも楽しい気がする。

 ――俺って意外と世話焼きなのかな?

 まあ、とりあえず、普通の参加は避けられたってことで良しとしよう。

 普通に参加したところで、キュルケの服を守るわけでもない。

 だったら遊んでいた方がましだ。

 え?

 女性が一人裸になるのにそれを見ないなんてお前はそれでも紳士かって?

 ――ならば答えよう。

 これが俺が長年の末に導きだした真実であり、ヤマグチ氏の師匠でもあるラブコメさんがたどり着いた境地を。







 チ ラ リ ズ ム こ そ 、 真 の エ ロ







 あんな大胆に見せているものに何か価値があるのか、いや無い!

 それだったらまだ、シエスタのスカートの中の方がよっぽど需要がある!

 俺はそれを此処に断言する!

 原作では、まさかのはいてない発言など、彼女に関しては、まだまだ伸びる素養があると、俺は勝手に思う。

 そう、勝手に思うのだ!

 それが大事!

 その中に何があるか。

 それが分からないからこそ!

 分からないからこそ!

 分からないからこそ、価値が増すのだ。

 ――失礼、少々熱くなった。

 少し冷静になろう。

 そんなわけで現在、俺はモップで床を掃除中である。

 因みに、学院務めの平民の方々からは、大いなる反対を受けたが、実際に人出が足りなかったのも事実らしく、激しく感謝された。

 まあ、メイジが一人何処かにいると言うだけで、かなり仕事が楽になるものらしい。

 食器運びも、レビテーションを使えば一気に運べるわけだし。

 まあ、労力の有効活用と思ってくれたまえ。







 ――そんなわけで。







 無事にキュルケの服は切り裂かれたらしい。

 らしいというのは、俺はその時厨房にいたからその現状を見ていないのだ。

 まあ、此処はそれほど興味のある場所でも無かったから良いだろう。

 そんな事だったらまだこっちにいて楽しかったのだから。

 尚、俺はその時に厨房の片隅にて、マルトーさん特製の賄い料理を食べていた。





 シエスタと二人で。



 ――ストップだ。



 まだ物は投げるな。

 俺は何もしていない。

 だって考えてもみろ。

 才人がシエスタとルイズに追われて困るからこそ面白いのだ。

 だから俺がどうこうするという気は無い。

 ああ、そうそう、やってみたら、思ったより平民相手にうけたものがある。

 平民相手――と言うよりはシエスタになのだが。

 この世界、やはり魔法が発達しているだけあって、全く無い文化があった。





 それはズバリ――手品。





 何てことはない。

 ほんの下らない事――例えば親指が移動するとか、伸びるとか――そんな事に、一々多大な反応をしてくれた。

 そして、それが自分でもできると分かると、一層感動し、教えるよう迫って来た。

 まあ、教えたわけだが。

「今度、マルトーさんたちに見せるんです!」

 そう、満面の笑みを浮かべるシエスタ。

 そうだな、今度、色々と手品を教えてあげよう。

 愉快に一人、親指を動かすシエスタを見ながら、そんな事を思った。



[27345] 俺ってこんなに苦労人だったっけ? そのよん
Name: 柳城寺 蛍◆c99426ab ID:a424e81c
Date: 2011/04/22 03:09
 長らく、お待たせしました!

 ようやくキュルケとタバサの決闘のお時間です!

 司会、進行は私、ことレイラ・ド・レリスウェイクが務めさせていただきます。



 ――えーはい。



 以下、赤青コンビと俺との会話を簡略化したものです。



タバサ(以下タ)「決闘しようぜ!」

キュルケ(以下キュ)「オッケー、いつやる?」

タ「今すぐ!」

キュ「ノリノリじゃん!」

俺「その喧嘩、ちょっと待った!」

キュ「喧嘩売るなら燃やすわよ」

俺「そうじゃない。せっかくの喧嘩だ。俺が立会人をしようじゃないか」

タ「全然問題ないぜ!」

キュ「望むところだ!」



 ――で、今に至る。

 ……ダメだ。

 まるで緊張感が伝わらない。

 結構、俺が立会人になる事でも疑惑の目を向けられたり色々あったのに、何故か全く緊張感が伝わらない。

 ――仕方ない。

 本気を出そう。

 本気で描写をしよう。

 次の行から本気だ、スタート!











 双月が照らすヴェストリの広場。

 色違いの月の下、全く物音がしない時間が続いている。

 いや、物音くらいはしていた。

 時折遠くから聞こえる虫の音。

 それがまるでこの臨場感を示しているがごとく響く。

 何処までも深い闇。

 そしてそれを照らす月光。

 不気味なほどに妖艶な、そして不吉なコントラストが、辺りを満たす。

 風が吹いた。

 別に人為的なものではない。

 ごく自然な普通の――風。

 しっとりとした夜闇の中、影が動いた。

「とりあえず、謝罪申し上げるわ。あなたの名前をからかったこと……、悪気はなかったの。ほらあたし、こんな性格じゃない? ついつい人の神経逆なでしてしまうようで」

 赤髪は杖を前に掲げた。

 それに合わせ、青い髪の少女も、杖を構える。

「でも、あそこまで恥をかかされるとはおもわなかったわ。だから遠慮しませんことよ」

 静かすぎる空間。

 お互いにぶつけ合うピリピリとした殺気。

 離れた場所で立会人としている筈の自分にさえ、その余波が来る。

 いや、余波だけでこれだけなのだ。

 当人同士は一体どれだけの圧力をお互いにかけているのだろう。

 まだお互いに全く魔法は使っていない。

 杖を構えただけだ。

 それだけでお互いに此処まで牽制しあうとは。

 きっとそれがトライアングルというクラスなのだろう。

 ドットやラインとは違う、その先にあるクラス。

「あなた、あたしをただの色ボケと思って、腕前を勘違いしてないでしょうね? あたしはゲルマニアのフォン・ツェルプストー。ご存じ?」

 タバサは頷いた。

「なら、その戦場での噂は知ってるわね。あたしの家系は炎のように陽気だけど、それだけじゃなくってよ。あたしたち、陽気に焼き尽くすの。敵だけじゃなくって――」

 そこで一拍。

 キュルケの顔が、笑った。

 月光の下、目は開き、口がゆっくり引き上がる。

「――時には聞きわけの悪い味方もね」

 それに返すタバサは沈黙。

 それが彼女の返答。

 彼女は沈黙でもって全てを語った。

 だからどうしたと。

 私にとって、そんなことは問題では無い。

 それがどうしたと。

 そんな相手なら、今まで何人も――相手にしてきた。

 タバサは沈黙にてそれらの言葉を語る。

「あたしの一番の自慢は、この身体に流れるそのツェルプストーの炎。だから目の前に立ちはだかるものは何でも燃やすわ。たとえ王様だろうが――子供だろうが、ね」

 余興は終わった。

 お互いの殺気が一気に膨らむ。

 タバサの口からこぼれるルーン。

 そして、それを合図に――戦いが始まった。









 ――そしてあっという間に決着がついた。

 いやあ――やっぱり、真面目な描写は疲れる。

 皆様、どうぞ今後ともお気楽な私にお付き合い下さいませ。

 因みに、俺が格好良くなるシーンだけはまじめに描写するつもりだから安心して。



 ――あればだけど。



 それはともかく、決着がついたらしい二人。

 頬の血を舐めるキュルケが妙にエロティックなのだが――まあ、それもおいておこう。

 さて、立会人である以上、この状況をまとめねば。

 俺は二人に近づいていく。



「おーい、どうした? 急にドラゴンでも現れたか?」

「そしたら今頃私たちはこの世にいないわよ」

「急にエルフでも現れたか?」

「だから、そしたら私たちは此処にはいないって!」

「急にオスマンさんでも現れたか」

「底冷えすること言わないで、中途半端に現実味があるから」

「大丈夫、きっとキュルケなら許してもらえる!」

「……私は?」

「――オスマンさんの趣味次第だ」

 その場合、キュルケが許してもらえなくなる可能性が浮上するが。

「――はあ、あんた、話した事無かったけどこんな奴だったの?」

 心底疲れた様な顔で俺に言うキュルケ。

 何か、タバサとの戦いよりも、俺との会話の方が彼女の体力を削っている気がする。

「失礼な。普段の俺はこの上嘘つきの属性がつくぞ」

「たいして変わってないじゃない!」

 からかってはいるが、まだ、嘘はついていない。

 ま、だ、ついていない。

「んで? 正直なところどうしたんだ?」

 そろそろ本題に戻さねば話が進まないだろう。

 下手に逃げられても後味が悪い。

「参っちゃったな……。どうやら勘違いだったみたい」

 そう言ってぺろりと舌を出すキュルケ。

 まるで、悪戯っ子が、悪戯をバレたときみたいな様子。

 ――正直、彼女にはあまりにあわない。

 もしルイズがやってたら――いじめる。

 徹底的に徹底的にいじめる。

 もし妹がやっていたら――ルイズ同様だな。

 タバサもキュルケと同じ意見なのか、コクリと頷いた。

「うんにゃ? つまりどういうこと?」

 俺は、わざととぼけて首をかしげる。

 そんな俺の前、タバサはキュルケに近づき、焼け焦げた本をさし出した。

 キュルケはそれを確かめ首を振る。

「あたしじゃないわよ」

「――俺としては、当初から説明してほしいのだが」

 あくまでとぼける俺。

 大丈夫。

 説明の途中では寝ない――筈。

「ええ、良いわよ。でもその前に――」

 キュルケは杖を再び掲げた。

 その先から、花火のように小さな火の玉が何個も打ち上がり、辺りを真昼のように照らした。

 その明かりの中に、暗がりに潜んだ、ヴィリエ達の姿が浮かび上がる。

「ひ! ひぃいいいいいいい!」

「たーまやー」

 怯えるヴィリエたちとのんきな俺。

 どうやら花火を見ているのは俺だけらしい。

「何してんの? あんたたち?」

「い、いや! ちょっと散歩などを!」

「因みに俺は花火を見てた」

 打ち止めになっちゃったけど。

 ――言えばまた見せてくれるかな?

 思ったより綺麗だったから、ぜひまた見たい。

「散歩は後にして。あと花火もね? そうね、恥をかかせてくれたお礼をさせていただくわ」

 逃げ出そうとする女の子や、ヴィリエの足にタバサの風のロープが絡みつく。

 ここで俺が色々提案したら――やめておこう。

 ヴィリエはともかく、女の子が可哀そうだ。

 倒れた彼らに、キュルケは近づいた。

「ど、ど、ど、どど、どうして!」

「どうしてバレたのかって、おっしゃりたいの?」

 ヴィリエは痙攣するように頷いた。

 オー早い早い。

 恐ろしいまでのスピードで頷いている。

 何か有効利用できないだろうか?

 ――無理だ。

 とっさには浮かばない。









 というわけで、そっからはキュルケのお説教のお時間だった。

 強者は強者を知るのだとかなんとか。

 まあ、俺には到底関係の無い話だろうって事であえてスルーさせていただく。

 またその一方で、できれば戦う前にそれに気づけるといいんじゃないのかなあ。

 なんて僕は思うのでした、まる。





「そう言えば――」

 キュルケとタバサがお友達になった帰り道。

 俺はふと疑問に思った事を二人に聞いた。

「何で二人は俺を疑わなかったんだ? 風のドットで、しかも立会人なんて――明らかに怪しいじゃないか」

 それに対する二人の返答は以下の通り。

「強者は強者を知るのよ」

 ……俺、ドットなんですけれども。



[27345] 俺ってこんなに苦労人だったっけ? そのご
Name: 柳城寺 蛍◆c99426ab ID:a424e81c
Date: 2011/04/22 03:10
 トリステイン、レリスウェイク領。

 領主レリスウェイク家の屋敷。

 その一室に、押し殺したような声が響いていた。

「お兄様……」

 別に質素と言うわけでは無いが、別段豪華ではないベッド。

 声はそこから漏れていた。

 声の主はそうつぶやくと、いっそう強く枕を抱きしめる。

「お兄様……」

 絞り出すようなつぶやき。

 必死に何かをこらえているかのようなその呟きは、哀愁さえ感じられ――。

「あーもう! 我慢できない!」

 その叫びとともに、布団がはねのけられた。

 そこにはナイトキャップをかぶった少女。

 おそらく、町中を歩けば十人中十人が振り返るようなその可愛らしい容姿は――。

「うるさい!」

 ――怒られた。

 地の文なのに怒られた。

「そうよね。ちょっと気が焦って早めに家を出たら、思ったより早く学院に着いちゃった。そうね、そんなこともあるかもね。そうに違いないわ!」

 一人そう呟くと、サクサクと準備を整える彼女。

 彼女の中ではもはやそれは決定事項らしい。

 その目はきらきらと輝き、もはや空を照らす太陽に匹敵するまでの輝きを放つ。

「お兄様! 待っててくださいまし!」

 空高く貫く声。

 レイラが魔法学院に入学してもう少しで一年という時期の出来事だった。











「今更な事を言うかもしれないが、聞いてくれ。俺としては、このコミュニティの存在がきわめて疑問なのだが」

「あら、別に良いじゃない。お互い損してないんだし」

「……ごく自然」

「そうじゃなくてだな。何でこのコミュニティに俺は入ってしまっているのだろう?」

「それはほんとに今更ね。だってほかの男共は面白くないんだもの。面白い人のそばに人が集まるのは自然でしょ?」

「……旅は道連れ世は情け」

「面白いと言ってくれるのは素直に嬉しいが、しかし他の男共のが面白いと思うぞ。それとタバサ。確かに情けは大事だが、少なくとも俺たちは旅をしていない」

「……気持ちの問題」

「確かに、気持ちは伝わるが、言葉の選び方によってはそれはとてつもない齟齬を招くことになるぞ。コミュニケーションにおいてそれは致命的な状態になり、戦場においては死を招きかねない」

「……百聞は一見に如かず」

「確かに百の言葉よりも一回見た方が良いかもしれないが、見る事の出来ないものを伝える為に言葉と言うものが生まれたという事を理解してくれ」

「……言葉って難しい」

「確かに難しいかもしれないが、君の難解な意思表示を先ほどから必至にひも解こうとしている俺に対してもう少しの努力くらいは見せてくれても良いんじゃないのかい?」

「……道連れ」

「しかも伝えたいことが違った! 情けの大切さを語る善意の心では無く、情け容赦ない悪意の心だった!」

「……人は成長するもの」

「俺が君の意思をいつでもひも解ける様に成長するのではなく、君が自分の意思を正しく表現できるように成長してくれ!」

「……言葉は……大切?」

「そう、言葉と布団は人間が生み出した文化の内、もっとも価値ある物だ」

「……布団は大事!」

「そう、布団は大事だ!」

 ベッドの大切さについて意思疎通しあう俺とタバサ。

 よし。

 なんか違う気がするが、お互いの共通見解に落ち着いたということで良しとしておこおう。

 俺とタバサ、二人して頷く。

 俺たちは以心伝心完璧だ。

 そんな俺たちを、キュルケが呆れたような目で見ているがスルーさせてもらおう。

「まあ、布団の大切さはともかくとしてさ……」

 テーブル上のカップに紅茶を注ぐキュルケ。

 さて、俺としては、この下らない会話を延々と続けてても構わないのだが、そろそろ話を進めないといけない頃だろう。

 いや、むしろ、俺としては延々と続けていたいくらいなのだが。

 と言うわけでまずは現在の状況確認から入ろうか。

 今、俺たちはヴェストリの広場でお茶会をしていた。

 特にメイドが付いてるわけではない。

 放課後の気ままな休み時間である。

 此処に入学してから既に約一年。

 ゆっくりと休ませて貰った。

 少々、怠け癖がつきそうで怖かったのだが、その辺は日々のトレーニングを追加することで良しとする。

 そんなまったりとした日々も、後わずか。

 もう間もなく、使い魔召喚の日だ。

 15年と言う歳月の間に、すっかりとくすんでしまった記憶だが、それでも一応のストーリーは覚えている。

 機会があれば、カンペを見直して記憶を改めて思いだしたりもしてる。

 ――しているのだが……。

 少々、気になる事がいくつか。

 俺としては個人的に原作の破綻が好ましくない。

 俺の存在や、経歴はまあ良いとしても、それ以外に破綻が起きているのは、あまり好ましくないのだ。

 さて、何でこんな事を語るのかと言うと、話は俺の第一声に戻る。

 あれから俺たち三人――俺、キュルケ、タバサ――は、何かと絡むようになった。

 いや、正確には絡まれているのだが……まあ、その詳細はおいておこう。

 とにかく、何故かどっかであう度にこいつらが付いてくるのだ。

 少なくとも、原作において、俺の場所にいるキャラは、そんな立ち位置にはいなかった。

 ギーシュ達と馬鹿話こそしていたのかもしれないが、あまりキュルケ達には絡んでいないのである。

 いや、キュルケの追っかけの一人にくらいはなっていたかもしれないが、それはともかく。

 ――これはまずい。

 世の中、まして転生ともなれば、何がどう絡んでくるか分からない。

 ちょっとした事が命取りになる可能性なんて、ざらにあるのだ。

 よって、原作には忠実でなければならない。

 俺はギーシュ達と己が如何に紳士であるかについて語り合うべきなのである。

 だが、何故かそううまく事が運ばないのだ。

 確かに、彼とは友達と言える仲にはなっていると言えよう。

 これについては保証できる。

 しかし、どういうわけか、彼らとはそういう馬鹿話に話題が移行しないのである。

 むしろ、どちらかと言うなれば、キュルケ達との方が馬鹿話はするぐらいだ。

 下らない話をお互い延々と繰り返す。

 何故かその波長がギーシュとは合わない。

 これは一体どうしたことだろうか?

 本当にまずい。

 キュルケ達と知り合っているだけでも十分まずいのに、ましてやこっちのコネクションが無いなんて、ろくな未来がイメージできない。

 せっかく転生し『やった、これでゼロ魔の世界を、魔法をこの目で見れるじゃん。サイコー』とか思っていたのに。

 俺の楽しみを奪う気か!

 何だ?

 何がまずかったんだ?

 容姿か?

 容姿がまずかったのか?

 というか、どうせそれはないだろう。

 だって現実に、今は普通の体型をしているとはいえ、容姿は十人並みだ。

 到底ギーシュやレイナール達とは比べるまでもない。

 こんな容姿では、そこまで影響が出るとは考えずらいだろう。

 それに、本来の容姿だって今とはたいして変わっていなかった筈だ。

 とりあえず、当面の目標としては、ギーシュとのコネクション、そしてキュルケ達と一旦縁を切る事。

 そのつもりなのだが――。

 何故か会うたびに話しかけてきて、お茶会みたいになって。

 こちらとしては追い払うわけにもいかず……ずるずるとこの関係になってしまっている。

 どうしよう。

 ――まだ大丈夫と割り切るか?

 正直、かなり不安が残るが、今のところ他に案は無い。

 才人がちゃんと来てくれるかどうかが最初の分かれ目になるのだが。

 俺の目標は、あくまでも、原作のシーンを生で見て楽しむこと。

 何やら必死に苦労しているのを、脇で指差して笑いながら見てる事なのだから。

 とりあえず、現在のところは様子見――しかできない。

 思考のまとめはこんな所でいいだろう。

 今後とも、カンペを見ながら、この考察は続けていきたいと思った。

 そんなわけで、キュルケの会話の続きである。

「実際の所、トリステインの貴族ってつまんないのよ。皆が皆、誇りだの家系だので威張っちゃってさ。自分の実力が無いからって情けなさすぎるわよ」

「注意、俺も実力はありあせん」

 ついでに言うならば、俺もトリステインの貴族なのですが。

「それに対してさ、レイラは――実力はともかくとして――変に威張ってたりしないじゃない。あるがままを受け入れて居る感じ」

「俺はほめられているのか?」

「……たぶん」

 疑問に思ってタバサをみれば、彼女も彼女で似たような反応。

 おそらく『……たぶん(貶されてる)』と、略語が入っていただろうことはあっさりと読み取れた。

 全く持ってこの赤青コンビ。

 逆ベクトルにしてお互い伝えたいことが読み辛すぎる。

 それにしても実力はともかくとしてって――地味に傷つくぞ。

「だからね、タバサを含め、あんたと話してるとなんか和むのよね」

「俺に癒し系キャラの素質は無いぞ」

「……むしろ傷つける側」

 ――タバサ、おまえ、最近だんだんと毒舌になってきたな。

 よく喋るようになるのは良いことだが、多少は口を慎むことも覚えた方が良いぞ。

 口は災いのもと。

 ドラゴンのブレスにおいてはこの慣用句は、もっと直接的な意味で用いられる事が想像に容易い。

「知ってる? 私たちシャイニングスターズって呼ばれてるのよ」

「何で俺一人でトップはってるんだよ」

 この中に輝く様な髪に見えるのは俺一人。

 キュルケは赤だしタバサは青。

 白や金、銀の色合いがある被害者は一人だけ。

 俺は人身御供か?

 壁か?

 盾にして進むと言うのか?

 縦にしてして歩かせるというのか?

 殺陣(読み:たて)をさせるとでも言うのか?

 殺陣については自分たちでやってくれ。

 しかし、どうする?

 輝く様な髪の色――。

 ギーシュでも引っ張り込むか?

 キュルケ×ギーシュ。

 ――駄目だ。

 イヤな予感しかしない。

 もっと希望的観測結果の得られる未来を――。

 タバサ×ギーシュ。

 駄目だ、悪化した。

 何だこれ。

 ギーシュ、もっとしっかりしろ。

 情けなくて良いからしっかりしろ。

「そうじゃなくて、この学園きっての期待の星ってこと。すごいじゃない?」

「あえて言おう。俺の何処にそこに入る素質があった?」

「……オーラ」

「何度も言うようだが、君たちは俺を過信しすぎだ。俺は君たちが考えるほど優れた奴じゃないぞ」

「……私たちが考えてるよりも下だったら、あなたはほんとにろくでもない人間」

「おまえは俺をどれだけ低くみているんだ!」

 俺のツッコミに、肩を震わせて、こっそりと笑うタバサ。

 どうやら、ツッコミが来るのを狙って言っていたらしい。

 やっこさん、埋めたろか?

 笑いの世界に興味があるのは良い事だが、あまり他人をからかうものでは無いぞ。

 俺が言えたセリフじゃ無いかもしれないが。

「――でも、少なくとも私はあなたと戦いとは思わなかったし、今でも思わないわ」

「……それについては、私も同意」

 ちょこっと雰囲気を変えたキュルケの言葉に、タバサが頷いた。

「いや、それは違うだろ。戦う気が起きないってだけで」

「あら、戦いたくないと、戦う気が起きないは、全くの別物よ。私たちは、戦いたくないの」

 そこで彼女は紅茶を一口飲んだ。

 彼女の喉が、妖艶にうねる。

「あなたと戦って、失う物こそあれ、得られる物がまるでなさそうなのよ」

 カップを置きながら、彼女は呟いた。

 香りの余韻に浸るように――いや、彼女の目は何か遠くをみているように感じられる。

「傍にいるだけで、見ているだけで復讐だとかがどうでもよくなってくの」

 俺をちらりと見たその瞳は――。

「あなたみたいなのとなんて――あなたみたいな人間を、私は絶対に敵に回したくないわ」

 ――広場に沈黙が降りた。











 ――と。











 急に、俺の背筋に寒気が走った。

 ビビビビっと。

 正座のし過ぎで足がしびれたあの感じ。

 あれが背骨をゾクゾクと駆けあがった。

 何だ?

 何が起きている?

 何が起きようとしている?

 他二人よりも一瞬早く危機を感じた俺は、すぐさま感覚を鋭敏化させる。

 右――火の塔が、その傍には厨房の人たちが使ったのか、空き樽があるが、特に異常は感じない。

 左――特に見あたる物は無い。

 前――キュルケ達がのんびりとお茶会中。

 そうなると残りは――。

 そこまで考えた時だった、その音に気づいたのは。

 遠くから響く、地響きのような音。

 まるで怪獣が体育祭でも行っているかの様な足音が、遠く後ろの方から聞こえてくる。

「……ぃ……まぁ……」

 その足音に混じって微かに聞こえる声。

 異質な音楽隊はまっすぐこちらに近づいてくる。

 キュルケとタバサも、ようやくその音に気づいたのか、辺りを見渡した。

 ――これは……この声はまさか……しかしなぜ!?

 それに気づいた俺の反応は早かった。

 キュルケ達の視界が俺から外れた一瞬。

 その一瞬の内に、俺は火の塔の横にあった樽に飛び込んだ。

 電光石火。

 我ながら大したスピードだ。

 自分の偉業を自画自賛しつつ、樽の隙間から広場を観察する。

 そのタイミングで、向こうもようやく俺が消えた事に気付いたようだった。

 突然消えた俺に驚いて改めて周りを見渡している。

 そして、そんなキュルケ達の元に、もう一人のアッシュブロンドがたどり着いたのはその直後だった。

「すいません!」

 第一声で謝罪の言葉を口にすると共に、彼女はそこで止まった。

 膝に手をついて肩で息をする。

 それだけで彼女が全力で走ってきただろう事が容易に想像できる。

「はぁ……はぁ……失礼しますが、こちらにハンサムで優しくて格好良くて、まるで王子様のような男性がいらっしゃいませんでしたか?」

「知らないわ」

「……全く心当たりがない」

 よし、流石彼女たち。

 知らないふりをしてくれた!

 してくれたんだけど……。

 ……即答されると流石にちょっと傷つく。

 いや、確かに俺はかっこいい訳じゃないけどさ――なんか、心の奥の方になにかが刺さった気がした。

「そうですか……こっちの方からオーラを感じたのですが――」

「あんたもたいがいな人間ね」

「……超常的探知能力」

 タバサの評価は正しい。

 あの遠距離からオーラを探るなど、超常的と言って間違いないだろう。

「そうですか……勘違いでしたか……」

 そう言ってしょんぼりする女の子。

 しかし、その瞳が突然細くなった。

「……匂います」

「は?」

 ポカンとする二人。

 それに対し、少女は鼻をひくつかせながら辺りの匂いを嗅ぐ。

 その様子は、まるで警察犬のようだ。

 そのまま、彼女は首をひねりながら、あちこちを観察する。

 テーブルの下。

 キュルケ達の後ろ。

 自分が来た道。

 そして――、その視線がテーブルで止まった。

 二人の人間。

 それに対して三つのカップ。

 彼女は目を見開くと、震える手でカップをつかむ。

 それに併せて揺れる、中の紅茶。

 まるで宝を見つけたインディージョーンズの様な表情。

 宝にたどり着いた事に歓喜するかのような。

 それでいて、宝の存在に恐怖するかのような。

 様々な感情が入り混じり、最終的に喜びがギリギリで打ち勝ったような表情。

 ――ゴクリ。

 一人、彼女はつばを飲む。

 覚悟を決める為だ。

 このままでは先に進めない。

 真偽を確かめる為の儀式だったのかもしれない。

 ゆっくりとカップがその細い唇に当てられる。

「あっ!」

 キュルケが思わず反応したが、僅かに遅い。

 そのまま――彼女はそれを一気に飲んだ。

 一気に口に含むと、そのまましばし停止する。

 まるで口の中で――いや、そこから始まる身体全体でその味を調べるようなゆったりとした動き。

 いや――彼女の場合、その動きは決して遅くは無かった。

 ただ、その動きがあまりにも堂々としていた為、誰も止める事が出来ない。

 それらの感情が連鎖し、学園の片隅。

 この辺りだけの時間の流れをスローにした。

 そしてゆっくりと飲み下し始める少女。

 つれて規則正しく揺れる喉。

 それに併せて、ゴクリ、ゴクリ、と辺りに響く音。

 小さいはずのその音が、遠くにいるはずの俺に聞こえると思えるほど、それは圧倒的な光景だった。

 彼女はそのまま紅茶を飲み干すと、彼女は空を向いた。

 頬は赤く染まり、その瞳からは一筋の涙が垂れる。

 それはようやく宝に巡り合えた喜びからか。

 この場所に、この世界に、この時間軸に居られる喜びか。

 少なくとも言える事が二つだけある。

 一つは、彼女が、のどの渇きを潤しただけで涙を流したわけではないという事。

 そしてもう一つは……キュルケとタバサが間違いなく引いていた事。

 いつの間にか、キュルケとタバサの椅子が、テーブルからちょうど一歩分だけ離れている。

 しかし、そんな事少女にとっては関係ない。

 彼女は恍惚とした表情で――一言だけ、呟いた。

「あぁ……お兄様の味だわ……」

 それは夢見る乙女のようで、空に向けた言葉はまるで祈りの祝詞の様で……。

「……お兄様?」

 彼女の言葉の中から、たった一つのキーワードをタバサが聞き取った。

 聞き取りながらタバサとテーブルの距離は、もう一歩分離れていた。

 キュルケもその距離を、着実に離す。

 だが、少女にとってはもはやタバサの言葉など聞く気が無い。

 即座に辺りを見渡し――俺の場所を見て動きを止めた。

 いや、動きを止めたんじゃない。

 彼女の動きは止まっていない。

 樽の隙間越しに目があった――その瞬間に、時が止まったかのようなプレッシャーを感じただけだ。

 そのプレッシャーが俺に、時が止まったとさえ思わせる恐怖を与えただけだ!

 そのまま、少女は流れるような動きでこちらに近づいてくる。

 ――まずい。

 これは……これは、明らかにばれている。

 ――どうする!

 どうする俺!

 逃げ場は――無い!

 逃げられ――無い!

 緊急事態、絶体絶命、四面楚歌。

 必死に考える俺。

 俺の背中を冷や汗が流れる。

 しかし、現実は残酷だった。

 そのまま彼女はゆっくりと近づいてくると――彼女はそっと俺の上から樽をどかす。

 ゆっくりと光がさしてゆく視界。

 光が恐怖を与えるなど――こんなに珍しい事も無いだろう。

 差し込む光の量が、臨界点を超えた。

 そして俺の姿を確認するや否や、にっこりと微笑む。

「お久しぶりです。お兄様」

 久しぶりにあった妹は、ずいぶんと幸せそうな笑顔をしていた。





[27345] 俺ってこんなに苦労人だったっけ? そのろく
Name: 柳城寺 蛍◆c99426ab ID:a424e81c
Date: 2013/03/15 19:49
「あんたが兄?」

「イエス」

「そしてあなたが妹?」

「いいえ、妻で――」

「――イエス。妹です」

 言葉を遮って言うと彼女は悲しそうな視線を俺に送り、炊き抱えるようにしている俺の右腕をいっそう強く抱く。

 その容姿は、家族であるという俺の色眼鏡を抜きにしても、十人いたら十人が間違いなく可愛らしいというだろう完成度。

 肩ほどの長さの髪がウェーブを描いて、俺と同じアッシュブロンドに輝いていた。

 こてんと俺の肩に首を乗せているその様は、兄妹にしか見えないだろう。

 アレイシア・ド・レリスウェイク。

 俺の一つ下の妹にして、トライアングルクラスの土メイジ。

 この年でそれだけの実力を持っているのだから俺なんかとは違い、一族でも指折りの天才としてもてはやされて、俺なんかとは比べ物にならない程の両親からの待遇を受けている。

 毎日パーティー、昔はそうだったが、今ではそのパーティーにすら飽き、プレゼントをもらう程度でで止めているという、ある意味王女様クラスの待遇を受けている我が妹だ。

 因みに、俺が六歳から相手にされなくなったのは、彼女が魔法の才能の片鱗を見せ始めた為。

 俺と違い、三歳で魔法を使うことさえ無かったが、子供ながらに俺が魔法を練習する様を見ていたのだろう五歳で砂を土に錬金する事に成功。

 以後、目覚ましい成長を遂げ――俺の歓迎は彼女に全て持ってかれたと。

 まあ、別に俺としてはそんな事を一々怨んじゃいないし、むしろパーティー嫌いの俺としては、自分の時間が出来た為、感謝してすらいた。

 そんな彼女だが――何故か、昔から俺の後ろをついてくる。

 まあ、確かに小さい頃はずっと遊んでいたさ。

 両親なんかとは比べ物にならないくらいの時間を一緒に過ごしていたし(俺の魔法の練習を横で眺める妹の図)確かに懐かれるだけの要素はあっただろう。

 彼女が何か欲すれば、それに対して彼女に優しく諭したりもした。

 妹にとって、ある意味親の様な存在という事もそこにはきっとあるのだろう。

 だけど――それでも普通はそろそろ嫌悪感を抱く時期が訪れても良いのではないだろうか等と思ったりもする。

 どんな家族だって、その中における異性に対して嫌悪感を抱き始めるようになるのは、至って普通の事だろう。

 それが女の子ともなればなおさらだ。

 反抗期も重なって父親には冷たくあたり、兄に対しては侮蔑の眼差しを向ける。

 これが普通の家なのではないのだろうか。

 そう考えた俺はちょうど思春期の時期を狙って彼女からは距離を置く様にしていたのだが……。

 何故だろう?

 彼女は未だに俺の後ろをついてこようとする。

 俺としては全力で距離を置こうとしたのだが、それでも彼女は彼女で何故か親離れをする傾向に無い。

 いや、正確に言うなれば、親離れはとっくにしている為、兄離れだけが出来ていないのだが……。

 まあ、それはともかく。

 一時期は本気で離れようと、家を出て数カ月ぶらり魔法修行の一人旅なんかも敢行したのだが、家に帰って来た時、リバウンドなのか一層俺に対する依存がひどくなってしまったり。

 あえて嫌われるようわざと冷たい態度を取ったり(罪悪感から、それに見合う気づかいを見えないところでするような事があったが、シアの事だ、気付いてないだろうから問題ない)。

 色々と試してみたものの、結局どうしようもなくなり――むしろ何かをやるたびに彼女の兄依存が酷くなる為、今ではややあきらめの態勢に入っている。

 どうせ、ストーリーには関係ない部分だ。

 何があったかなんて大した問題では無いだろう。

 結果、彼女の兄依存はとめどなく膨れ上がり、今では俺が若干の恐怖を抱く程度にまで発展していると。

 また、これも俺の影響なのか、分け隔てのないその性格は平民からの受けも良く、領地の皆はまるで自分の娘のように彼女を慕ってくれている。

 ――これについては、間違いなくいいことだと言えるだろう。

 領民と仲良くなる。

 上に立つ者の子供として、まさしく模範的姿だ。

 俺が一緒にやった農業体験が良かったのだろうか。

 初めは農家の子供と、喧嘩していたが(中々可愛い黒髪の女の子だった。みんなでその子の作った料理がおいしいって褒めながら食べてたら突然キレた。未だに謎の事件として記憶に残っている)最終的にはお互い仲良くなり、今では料理に関してお互い腕を競い合うライバルの様な仲にまでなっている。

 妹が誰かと仲良くしている姿というのは、兄から見ても実にほほえましい。

 今後ともその子と仲良くするように言ったら、複雑そうな顔をしていたが、きっとライバルに対して素直にそういう気持ちになるのが難しいというだけだろう。

 以上が、アレイシアに対する俺の見解だ。

 一方、キュルケの方はキュルケの方で何か思うところがあるのか、眉間を揉みながらため息をついていた。

「はぁ……レリスウェイク領って、変な魔獣でも生息してるの?」

 ――む?

 随分と失礼な言われようだな。

「……違う」

 と、流石のタバサも失礼だと感じたのか、明らかに否定の意味を込めて首を振る。

 あれ?

 さっきまでは俺をからかってただけで、俺の妹の前では思ったよりも常識人――?

「……魔獣の方がまとも。住人が異常」

「お前の方が失礼だ!」

 ブルータスお前もか!

 先ほどの一瞬の俺の罪悪感を返せ!

 いや、罪悪感は返すな!

 罪悪感に対する責任を取れ!

「駄目よタバサ。領主の頭が残念なだけで、領民の方々は普通かもしれないじゃない」

「……悪かった。謝罪する」

「お前らから謝罪の意思が感じられない! それと俺の頭を残念って言うな! 残念なのはコルベ――」

 ――ゾクリ。

 瞬間、未知の恐怖が俺を襲った。

 理由なんて分からない。

 ただ、妹に捕捉された時とはまた違う、もっと直接的な殺気!

 それはまさに蛇に睨まれたかのような。

 炎の蛇に睨まれたかのような。

 歴戦の兵に睨まれたかのような殺気!

「……レイラ。この学園でその話題はアウトよ。あなたの命が危ないわ」

「……執念は恐ろしい」

 ……あれ?

 コルベール先生ってこの時代でこんなに評価されていたっけ?

 なんか、もっと馬鹿にする対象みたいに扱われていた記憶が……。

 何故だ?

 何があったんだ?

 これも胡蝶の羽ばたき。

 バタフライエフェクトってやつなのか?

 ――小さな変化で世界は激変する。

 これが、兆しか?

 だが、結果がどうであれ、もはや後には戻れない。

 いずれにせよ、様子を見るしかないのだから。

「ま、否定するのは勝手だけど、“ゼロ”でこそ無い物の、あなたも結構周りからの評価は微妙よ。二つ名……なんだっけ?」

「……“風狂”」

「そうそう。“風狂”のレイラ!」

「俺――いつの間にかそんな二つ名がついてたのか……」

 い、いつの間に――俺、そんな二つ名初めて聞いたぞ。

「お兄様! 格好良いです! 今までにも増して格好良いです! 思わず惚れてしまいそうです! お兄様好きです結婚して下さい!」

「一昨日きやがれ」

「あと二日早く家をでていればああああぁぁぁぁぁ!!!」

 嘆く様に頭を抱えてその場に崩れ落ちる我が妹。

 ――そう言う意味では無いのだが……まあ、おとなしくなったので良しとしておこう。

「っていうか、何でそんな異端みたいな名前の俺がこのチームにカウントされてるんだ」

 シューティングスターだっけ?

 シャイニング?

 なんでも良いけど、変なグループに勝手に入れないでほしい。

 原作がぶっ壊れる。

 既に手遅れな予感はひしひしとしているが。

「だってあなた、実質筋は良いのよね。魔法だって使った事が無いってだけで教えればすぐに使えるようになるし。応用も利くし。普段からランニングとかしてるから運動もあまり問題無いし。座学――特に数学や薬学に関しては教師ですら驚かせる法則を叩きだしてるし」

 一つ一つ、指を折りながら数えていくキュルケ。

 ――なんか、こう聞くと凄い奴のように思えるかもしれないが、実質そんなことは無い。

 タバサなんかは、魔法の種類によっては教師が驚くどころか閉口してなんにも言えなくなる事があるし。

 実はあのギーシュですら、結構高評価を受けていたりする。

 つまり、教師陣は思ったよりも生徒を褒めやすいだけなのだ。

 まあ、おそらくそれが、貴族社会のマナーって奴なのだろう。

 お互いを褒めあう。

 まあ、損はしないし、お互い良い気分になれるんだから問題は無いだろう。

 ――傍から見てると実に気持ち悪いが。

 とにかく、俺は無難にこなしているってだけで、大したことは何も出来てはいないのだ。

 この間、キュルケが無理矢理俺に教えたファイアボールだって、ピンポン玉サイズが限界だった事などから、その辺は簡単に推察できるだろう。

 そう考えるとバスケットボールサイズの火球を作り出すキュルケは、やっぱり凄いんだと実感できる。

 ダイヤモンドや鋼、アルミニウムを錬金する我が妹も我が妹で凄いが。

 ウインドブレイクですら、ちょっと強い風――くらいになってしまう俺の弱さに死角は無いのだ!

 しいて言うなら、座学に関しては、前世の記憶のおかげか、定期的に見直せばすぐに頭に入ってくる。

 数学なんて、一番難しい範囲で中学生の方程式クラスなんだから、その難易度は察して貰えるだろう。

「ただ、行動と言動、そして思考回路があまりにも異常だから。そしてついた二つ名が――」

「“風狂”――とな?」

 ――これはフライの授業の時に、翼人扱いされる事を覚悟の上で翼を出しとくんだったか?

 そうすれば、少なくとも二つ名は“翼人”か“双翼”、または“白翼”とかになっただろうに。

 それにしても“風狂”って……まあ、風メイジだし――嫌では無いけどさあ。

「実際、さっきまでの私たちの会話。他の貴族だったら名誉棄損で決闘を申し込まれても文句が言えないような事ばかり言っていたのよ」

「自覚があったのか――」

 俺はがくりと肩を落とす。

 自覚ある悪意はどうしようもない。

 あきらめるしか道が無いのだから。

「なのにあなたはまるで怒る気配が無いし、むしろ飄々としてる」

「怒っていますが何か!」

 ツッコミに過度の期待をするなよ!

 俺だって人間だ、怒りくらいはするぞ!

「あら、怒ってたの?」

「……気付かなかった」

「お前たちはもっと他人に優しくあれ!」

 ひとにやさしく。

 ひとは誰でも、くじけそうになるもの。

「へへん! 私は気付いていましたわよ! お兄様はさっきから怒ってましたわ!」

「ならば何故お前――」

「お兄様。シアです」

「シアは味方につく言動をしない!」

 いつの間にか復活していた愚妹に一喝。

 シアは、それに目逸らしで対応。

 こいつめ――。

「――とまあ、あなただと何故かこういう風な雰囲気になるのよね」

 そう言ってため息をつくキュルケ。

 むしろため息は俺がつく場面では?

「はあ、まあ楽しいから良いけどさ、俺だって人間だ、そんな事だといつか逆鱗に触れるぞ」

 まあ、触れたからっていって決闘しても勝てやしないんだが。

 そうなるとなんだ?

 夜道は背後に気をつけるんだな、とでも言っておくべきなのか?

「まあ、あなたの話はこの際置いておくとして――」

 自分で話題にしておいて自分で終わらせる女。

 キュルケ(略)ツェルプストー。

 読めない女だ。

 まあなにはともあれ、ようやく本題。

「改めてそちらの妹さんを紹介して下さらない? いい加減に焦れているでしょうし」

「お兄様がいらっしゃる環境において私が焦れるなど、夜のお遊びの時ぐらいですわ」

「……あなた、さっきから思ってたけど妹に対して何してるの?」

「ちょっと待て、俺は何もしてないぞ。こいつ――」

「お兄様。シアです」

「……シアの妄想は確かにたくましいが、妄想と現実は別だ」

「私が止めてと言っているのにお兄様ったら止まらずに私の中を突き進んできて……」

「…………」

「全部こいつの妄想だ」

「あら、お兄様ったら二人で過ごしたあの熱い夜を忘れてしまいましたの?」

「おまえの妄想を語るな!」

「一晩中チェスをして過ごしたあの夜……最後の防壁まで突破され、悲鳴を上げる私に対して怪しく笑いかけるお兄様……今でもはっきりと思い出せますわ」

「…………」

「…………」

「――あら、お兄様? 一体何を想像したんですの?」

 そう言って俺に笑いかける妹。

 その笑顔は、アッシュブロンドの髪と相まって、異常なまでの輝きを放っていて――。

「もうお兄様ったら――そう言う事がしたければ何時でも言って下さればいいのに、私なら断りませんわよ。むしろ今夜にでも――」

 そう言って俺に垂れかかるシア。

 ハリと形の良い胸が、俺の腕に当たって形を変える。

 ――しまった! 孔明の罠か!

 俺はピクピクと頬を痙攣させる。

 そんな俺を見かねたのか、キュルケがため息をつきながら切りだした。

「それじゃあ妹さんの事を紹介してもらえる?」

 かつて無いほどさわやかな笑顔。

 爽やかなキュルケ――新しい。

「義妹って呼ばないで欲しいです。私はあなたの妹では無く、お兄様だけの妹です」

 そう言って俺に強くしがみつくシア。

 やめてくれ。

 また話が進まなくなる。

「……って言ってることだし、まずは名前から」

「ああ、じゃあ改めて――」

 そう仕切り直すと、俺は軽く彼女の経歴を話す。

 土のトライアングルである事。

 趣味は料理である事。

 ダイヤモンドや鋼については、錬金出来る事を教えてしまうと今後の市場に大きな打撃を加えてしまう事になるので、二人だけの秘密だ。

 今、テーブルに立てかけている杖――として俺が使ってる槍も全部彼女が錬金&固定化をかけた高級品中の高級品だからな。

 家族料金でお金は無料だが。

 そんな感じで、二人にシアの事を紹介する。

 それに合わせて、シアに対しても二人の事を紹介した。

「――とまあ、こんな感じかな」

 ある程度話したところで、そう一区切りついて二人を見ると、二人は唖然とした目でシアの事を見ていた。

 ――ん?

 あれ?

 何か俺、地雷踏んだりしたか?

 すると、まるで大型のマルチ詐欺に引っ掛かり、住む家まで取られたかのような表情で、キュルケが呟きだす。

「えっと……聞き間違いだったらごめんね。今、この子が土のトライアングルって言った?」

「ああ。もうすぐスクウェアになるんじゃないかって、うちの領地では期待されてたぞ」

 少なくとも俺が居た時は。

 今ではどうなのか。

 正直その辺は分からないが、シアが何も言わないことから、おおよそ変わってはいないのだろう。

「……レリスウェイクって、一体どんな土地なのよ」

 再びのため息。

「……思考がずれる代わりに何らかの才能を発見できる土地?」

 何か知らんが、タバサもキュルケと似たような反応。

 しかしこいつら、さっきからやたらと失礼だな。

 これではまるで俺が頭おかしいみたいじゃないか。

 確かに俺の両親は頭がおかしいかと言われれば一概には否定できないが、それでもそんなひどい場所じゃないぞ。

 それに、結構レリスウェイクは良い土地だ。

 最近の手紙によると、市街地の整備が整ってきたのか、かなりの数の観光客を稼いでいるらしいし。

 ま、それはそれとしてだ。

「それにしてもお前――」

「お兄様、シアです」

「……シア、入学式はまだ先じゃないか?」

 よく分からないが、おそらくまだ先だろう。

 俺が来た時だって、もう少し後だった筈だ。

 季節的にはもう少しかもしれないが――。

 それのこの時期じゃ、確かに卒業生はもう出てってはいるが、まだ荷物等の整理の関係で寮には入れない筈だ。

「ええ、ですが我慢できなかったので早く来ちゃいました!」

「早く来ちゃいましたって……お前、部屋はどうするんだよ」

 本当にどうするんだよ。

 なんとか一室だけ開けてもらうか?

 どうもそう都合よくはいかないだろう。

 うちだけ特別ってのは良くないから、それは出来ない筈だ。

 一体どうしたら――。

 悩ましげにため息をつく俺。

 しかし、シアはシアで考えがあって来たのか、ニコニコしている。

「ですから、寮に入れるようになるまでお兄様の部屋に泊まります!」

「却下だ。帰れ。今からならレリスウェイクまで帰ってゆっくりして帰ってくるだけの時間がある」

 彼女の提案に対して即答。

 当然だ。

 そんなあてで此処にいるつもりなら当然送り返す。

「そんな、酷いです! お兄様は私にお兄様の部屋の前で寝ろとおっしゃるのですか?」

「俺は帰れと言った筈だが」

「お兄様のお傍が私の居場所。帰るところですわ」

「レリスウェイクに帰れ! 全くあの両親は一体何をしてたんだ!」

「『今ならアルビオン相手に破格の値段でモノが売れる! 今こそ儲け時よ(だ)!』と叫んで飛び出して行きました」

「今領地誰もいないじゃないか! 一体どうしてくれるんだあの金の亡者どもめ!」

 流石は“誇りで腹は膨れない”を家訓にしている家だ。

 思考回路が伊達じゃない。

 少しは領民の苦労を考えてやれ。

 きっと彼らなら苦笑で許すだろうが。

「……ねえタバサ、私レイラが普通の人に思えて来たんだけど、何か水の毒物に侵され始めたのかしら」

「……私も同じ」

 横ではキュルケとタバサが遠い目で何処かを見ていた。

 きっと空飛ぶ鳥でも見ているのだろう。

 ああ、明日も晴れるかな。

「それに男子寮は女子立ち入り禁止の筈だ!」

「……タバサ、そうだっけ?」

「……立ち入る人がいないから分からない。女子寮はそうだけど男子寮で聞いた事は……」

 チクショウ赤青コンビ!

 こんなときくらい気を利かせて味方に付きやがれ!

 遠い眼して鳥を見てれば良いってもんじゃないぞ!

「それも問題ありません。誠意(殺意)を持って話したらオールドオスマンが許可をくれました!」

 そう言って何らかの書状らしきものを見せる妹。

 そこには書きなぐるようにして文字が書かれ、端にはオスマンとのサインが入っているが――。

 ――それ以上に、隅に赤黒い染みがあるのが気になる。

「……妹よ。この染みはなんだい?」

「私の月――」

「下品な嘘は止めなさい」

「クソジジイの血ですわ」

 笑顔で言われても、恐怖以外、私は対応が出来ないのですが。

「えっと……どんな過程でついたのかな?」

「サインの途中でネズミが耳元に走って行ったと思ったら『な……なんじゃと! は……履いて無――』とか呟いたと思ったら鼻血を吹きだしました」

「…………」

 えーっと。

 この場合は何処からツッコんだらよいのだろう?

 文章全体が問題ってなんだよ。

 オスマンもオスマンだが――今はそれ以上に――。

「――なあ、妹よ」

「なんですかお兄様!」

 いっそうの輝きをもってそれに応える我が妹。

「…………」

「…………ニコニコ」

 口でニコニコとか言っちゃってるし。

 ――これ、どうすべきなんだ?

 呆気にとられる俺。

 満面の笑顔の妹。

「……ベッドはどうするんだ?」

「一緒で良いではありませんか」

 確かに、領地ではお金が勿体無いという事と、妹が欲しがらないという理由で二人同じベッドに寝ていた。

「……分かった。じゃあ今日から一緒に住もうか」

「ありがとうございますお兄様!」

 笑顔と共に俺に抱きつく妹。

 それに合わせてスカートが風に翻る。

「…………」

 それについては。

 そのスカートの中身については、聞いてはいけない。

 聞いても何も良い結果は待っていない。

 それを察した俺は、そっと遠い空を見上げる。

 こうして、“剛突”のアレイシア・ディーン・ド・イー・レリスウェイクがしばらくの間俺の部屋に間借りする事になった。










 因みに、キュルケ達が遠い世界のお茶会から帰って来たのは、夕暮時であったという。



[27345] 手ってこんなに暖かかったっけ? そのいち
Name: 柳城寺 蛍◆c99426ab ID:a424e81c
Date: 2011/04/22 03:12
 ――奇跡ってのは存在する。この物語を終えて、俺はそう思った――











「命ってさ……」

「ん? 何?」

「命の重さって、一グラムなんだって」

「へえ……誰から聞いたの?」

「誰から聞いたかは覚えてないけど、そんな話を聞いた事がある」

「まるであてにならない情報ね」

「まあそうだな」

「で、なんで一グラムなの?」

「ああ、人が死ぬ直前と死んだ直後で体重を計った人がいるらしい」

「で、その差が一グラムだったと」

「ま、そんな感じだ」

「随分とチープな話ねえ」

「信憑性がまるで無いな。ある種都市伝説と近いものさえある」

「大体その一グラムって、測定誤差か汗でしょうが」

「違いない。でもさ、もし本当に命の重さが一グラムだったとしてさ――それって命が軽くなったって言えるのかなあ?」

「命が――軽く?」

「よくさ、命の重みとかって言うじゃん」

「言うね」

「あの重みがさ……軽くなったって言えるのかなあ……」

「さあ……そもそもあれは意味が違うだろうしね」

「『あなたと私では命の重みが違うのです』とかさ。皆一グラムだったら重みに違いなんてないだろうに」

「違いなんてないんじゃない?」

「ん?」

「命の重みに違いなんて無いんだよ。偉人だろうと、天才だろうと、あんただろうと、うちだろうと。そっちの方が、何か綺麗じゃない?」

「随分と平和主義に洗脳された考え方だなあ」

「なんかその言い方やめて、印象が一気に悪くなる」

「戦争ダメ絶対! って教育で教えた結果、皆が皆戦争が悪い事だと認識するのと、戦争一番! って教育で教えた結果、皆が戦争が良い事だと認識する事に大した違いは無いと思うんだよ」

「うっ……あながち間違ってない」

「問題は、その状況の異常さにいかにして気付くかって事なんだろうねえ」

「だねえ」

「……で、もとの話は何だっけ」

「……命がどうこうって話だった筈だけど」

「ああ、パスパス。重い話は止めよう」

「そうそう、命と同じぐらいこの話は重いわ」

「ヘビーな話は止めにして、ベビーの話をしよう。この間、佐藤さんちの猫が子供を産んだらしい」

「うそ! 子猫! 新しい命じゃない! 見たい見たい!」

「じゃあ、明日の帰りにでも――」











 例えばの話しだ。

 例えば、何の問題も無く過ごしている人、何の違和感も無く過ごしている人にとっては、今日は何にも変わらない普段通りの一日だ。

 おそらく王女様はいつもどおりに仕事してるし、商人の方は商売に精を出してるし、うちの両親は……まあおそらくろくでもない事をしているだろう。

 これは今、今日この場にいる人たちにとっても近いものと言えるだろう。

 この場にいるからと言って、それが特別な事だとは思っていない。

 特別な日で、特別な時間で――でも、それが特別な事だとは思わない。

 自分の一生のうちの特別な時間の一つ。

 唯一では無く一つという捉え方。

 だけど、知っている人にとって――このタイミングが全ての物語の始まりだと知ってる人にとっては、彼らとは比べ物にならない程の大きな意味が、この時間には内包されている。

 今日この日――使い魔召喚の儀式の日。

 唯一無二の物語の始まりの日。

 今までの日常がひっくり返りそうになるほどの――あふれんばかりのイベントの始まり。

 物語の最初。

「五つの力を司るペンタゴン……」

 俺は一つ一つの言葉を、噛みしめるように紡ぐ。

 今まで数多く唱えた呪文なんかの比では無い。

 これは、始まり。

 ディズニーランドでパレードが始まるのを待つ時の気分。

 ゆっくりと目の前を通過するパレード。

 しかし、最初は何もないのだ。

 音楽が流れ、それから少しずつ姿が見えて来る。

 俺が唱えるこの言葉は、彼女が唱えるまでの前座だ。

 本番は彼女の――ルイズの召喚。

 だから、俺はそれまでの役割をしっかりとこなしてみせる。

 前座は前座らしくしっかり――クライマックスへと向けて流れを作ってみせたらいいんじゃないかな。

「我の定めに従いし……」

 大事なのは俺じゃない。

 俺の使い魔は、きっと鳥かバグベア―か、運が良くてグリフォンが出てきたりするだろうか。

 いや、そんな大層なものが出てこなくても良い。

 だが、出てきたところでそんなところだろう。

 こんな運任せの事象に俺は期待してはいない。

 だから俺は、彼女の召喚が正しく行われるよう。

 ちゃんと才人を召喚できるよう、流れを乱しちゃいけない。

 普通に――あくまでも普通に召喚すれば、それで良いんだ。

 だから俺は、この召喚をさっさと終わらせて、彼女の動きを見る!

「使い魔を召喚せ――」

 そこまで唱えて、杖を振りおろそうとした俺。

 まさにその瞬間だった。

 俺の呪文が完成するまさにその直前。

 俺の目の前の地面が爆発した。

 あまりに突然の事。

 どうしようもないほどの突然の出来事に、俺は呆然となった。

 黙々と立ち上がる白煙。

 ――何故だ?

 俺の呪文は完成していなかった筈だ。

 確かに、フライ、ディテクト、スコープだったら、ある程度未完成な状態でも発動する事が出来る。

 しかし、今回のこれはそれらとは明らかに一線を画する。

 何故、未完成なままで呪文が発動したのか。

 周りの皆は、失敗したなど夢にも思っていないらしく、使い魔の姿を我先に見ようと、煙の中に目を凝らす。

 そしてゆっくりと煙は晴れていき、そこには――。







 ――見慣れたアッシュブロンドの少女が座り込んでいた。







 ――思わずツッコむのを忘れてしまった。

 まあ聞いてくれ。

 俺は使い魔を呼び出す呪文に失敗し使い魔を呼び出せなかったと思ったらそこには妹が居たんだ。

 何を言っているのか分からないと思うが正直俺にも分からない。

 何しろ、全てが完全に意味不明なんだ。

 状況が一切不明だ。

 ――ちょっと落ち着こう。

 周りがざわざわと騒がしいのを良い事に、少し落ち着かせて貰おう。

 召喚の儀式で妹が出て来る。

 これは、例えるならば、お気に入りの映画のその中でも特に好きなキャラが出て来るだけループさせていたら、その内そのキャラが画面から飛び出してくる様なものだ。

 つまり、画面の向こうには井戸があって、白い服着た女性がわざわざ迎えに来てくれると。

 きっと彼女は二次元の世界へ連れて行ってくれるんだ。

 そのまま、世界は終わりを迎えて、宇宙の始まりのビッグバンが教頭先生の頭の光と仏の後光なんだ。

 ――ダメだ。

 やっぱり混乱している。

 思考が意味をなさない。

 これは本格的に落ち着かねば。

 すーはー、すーはー。

 大きく深呼吸を二回。

 さて、少し落ち着いた。

 落ち着いたところで豆知識だ。

 そもそもブリヂストンとは元々、社長の名前が石橋だった事からその名前がついたらしい。

 ――少々落ち着きすぎたか。

 まあいいだろう。

 では、何でこいつが此処にいるのかについて考えてみよう。

 今日はゼロの使い魔の始まり――使い魔召喚の儀式の日だ。

 そして、今は儀式の真っ最中。

 まさにこれから使い魔を呼び出すところであり――。

 ………………。

 …………。

 ……。

 ――なるほど、まさかとは思うが……。

「……お前」

「お兄様、お前では無くシアですわ」

「……シアは此処で何をやっているんだ?」

 俺は真っ直ぐ妹に問う。

 若干、俺の目が細くなったのを、自分で感じた。

「どうやら、私はお兄様に使い魔として召喚されてしまった様ですわ。ああ――人を召喚するなど本来あってはならない事です。しかし召喚されてしまったものは仕方ない。これも運命と割り切って、私はお兄様の使い魔になりましょう。朝の起床から夜のお相手まで、何でもいたしますわ」

 相変わらずの暴走っぷリで勝手にしゃべる我が妹。

 ――正直、クラス全員の目が、点になっているのだが。

 取り合えす、正直な本音を述べてみよう。

「返却します。お帰り下さい」

「ささ、お兄様。契約のキスをして下さいまし」

 ――だめだ、会話が成立しない。

 こいつ、初めっから俺の話しを聞く気なんてこれっぽっちも持っちゃいねえ!

 ――仕方ない、そちらがそう言う態度なら、こちらにも考えがある。

 シカトにはシカトで返してやろう。

「……シア、何時から何処で見てた?」

「見てなんていませんわ。私は先ほどまで授業にでてました故――」

「――正直な女の子って可愛いよな。リリーみたいな」

「お兄様と朝別れた後、今までずっと尾行してましたわ。」

 ――ストーカーって言葉を、この妹に小一時間教えてあげたい。

 その危険性、それが対象に与える心的ストレスまで含めてみっちり講義をしてみたい。

 まあ容易に「最低の者たちですわね。お兄様にもそのような者がつく可能性が十分あり得ますわ。今後とも警備を強化しないと……」とか言い出す姿が容易に想像できるのでしないが。

「それで、君――」

「お兄様、君では無くシアですわ」

「シアは、何故此処にどのようにしているのだい?」

 優しく語りかける俺。

「だって――よく考えれば、お兄様のキスがもらえる千載一遇のチャンスではありませんか」

 しんなりと目を伏せて言うシア。

「使い魔になる際には、契約としてキスをする」

「キスでは無い。コントラクトサーヴァントだ」

「キスも同然ですわ!」

 まあ、やってる事はキスなのであまり強く否定は出来ないが。

 黙る俺に、シアは続ける。

「それをひらめいた私は、地中にてずっと機会をうかがっていました。そして、ついにお兄様の順番がきた瞬間、完璧なタイミングで私は爆煙で登場シーンをごまかしつつ、現れたのです! しかも、使い魔の契約ともなればそれすなわち一生物の契約。私とお兄様は一生一緒に居られる事になりますわ!」

「その場合、俺とシアの間には恋愛感情は間違いなく生まれないだろうがな」

「へ?」

 瞬間、ピシリと停止するシア。

 まるで、美術館に展示されている石像(若干欠けている)のように凍りつく。

「いや、だってそうだろ? 使い魔って言ったら、いわばペットだ。ペットに対して恋愛感情は――普通抱かんだろ」

 ――いや、本当は一概にそう言う事は出来ないんだけどね。

 少なくとも、人間を使い魔にした人がいないってだけで、現実にそうなる可能性は否定できない。

 って言うか、実際にルイズたちもそう言う関係になってるしね。

「な……な……じゃあ……私の朝のひらめきは――空回りだったと……」

「コルベール先生、サモン・サーヴァントが失敗したので、やり直しをしていいですかー」

 まるで砂のようにして消えていく我が妹。

 キュルケ達が、風に吹かれて飛んでいく我が妹の事を呆れた目で見ていたが、とりあえずはスルーさせてもらおう。

 一方、俺に声をかけられたコルベール先生は、ため息をついて俺を見る。

「確かに事情は理解しました。あなたの詠唱が完成していなかったのは、私もしっかりと確認しているので、問題はありません。しかし――もう少し、緊張感を持って出来ないものですか?」

「あんな事された後でどう緊張感を持てと」

 俺の言葉に、周囲の生徒が頷く。

「まあ――確かに最初は緊張感を持ってましたからね……全てはミス・レリスウェイクの責任ということで、後で彼女をしっかりと叱る事で済ませるとして――分かりました。ではミスタ・レリスウェイク。もう一度サモン・サーヴァント唱えてください」

「分かりました、ミスタコルベール」

 お互いの了承が得られた事で、俺は改めて集中をし直す。

 ……さて、大丈夫だろうか。

 変に影響が出ないと良いのだが。

 正直、才人召喚に関しては、百パーセント運による代物でしかない。

 他の要素が、まったく入り込まない、完全な運任せ。

 それこそ、因果律だか何だか知らないが、決められた運命として、才人が召喚される事を、俺は願うしかない。

 ――どうか、俺が楽しめますように。

 俺が願うのは、ただそれだけ。

「五つの力を司るペンタゴン――」

 さて、妹が変な事をしたせいで、雰囲気は完全に壊れてしまった。

 もう、ただ召喚するだけ。

 何が出て来るかとか、そんなのは本当にどうでもよくなってしまった。

「我の定めに従いし――」

 だからこそ俺は純粋にそれだけを考える。

 それだけを願える。

 俺が楽しめる世界を――俺が笑っていられる世界を――そして、俺が納得できるだけの世界を創る――その力となるような。

 俺を手伝ってくれる――。

 そんな使い魔を――俺は祈れる。

「使い魔を召喚せよ!」

 今度こそ、正しく紡がれた言葉。

 流れるようにでる呪文。

 展開するイメージ。

 それらと共に、俺は杖(槍)を振り下ろす。

 小さな爆発。

 妹がやったような、あんな派手な爆発では無い。

 小さいけれど、確かな魔法の発動。

 その爆発を中心として、白煙が舞い上がる。

 さて――何が現れるか。

 どんな使い魔だろう。

 数奇な運命をたどる俺に付き合わされる、数奇な運命を持つ使い魔は――。

 少しずつ晴れる白煙。

 そして、今度こそそこに現れた使い魔は――。



[27345] 手ってこんなに暖かかったっけ? そのに
Name: 柳城寺 蛍◆c99426ab ID:a424e81c
Date: 2011/04/22 03:12
「――犬……いや、キツネ?」

 そう呟いたのは、どの生徒だろうか。

 確かに、俺がその生徒と全く同じ事を思ったのも仕方ないと言えば仕方ない事なのだろう。

 ――そこには、一匹のキツネが居た。

 サイズから察するならば、まだ子供なのだろう。

 普通のキツネと比べると、明らかに小さい。

 子猫くらいのサイズだろうか。

 突然の事態に何を思ったのか、きょろきょろと辺りを見渡している。

 そして――霧が晴れるにつれて、俺はもう一つの事実に気がついた。

 このキツネ――尻尾が多い!

 はっきりと数えていないから分からないが、それなりの数の尻尾が生えている。

 多すぎると言うほどではないが――ちょうど、両手の指で数えられるくらいだろうか。

 ――それを見ただけで、俺はふと思う事があった。

 この生き物は――この世界ではなんと呼ばれているのだろう?

 日本では、民間伝承と相まって、非常に有名な妖怪として名を馳せていた。

 しかし、少なくとも海外でも有名なのかと言われれば、俺は正直悩む。

 これは、日本と中国には少なくとも伝承がありそうだが。

 ちょっとした思考の時間。

 そう――俺が召喚したのは、九尾の狐だった。

 一応、妖孤の中では最上級の力を持ってはいるらしいが……。

 この世界の世界観が分からないから、まだ何とも言えない。

 ――とりあえずは契約だ。

 俺はそう思い、しゃがんでから、目の前のキツネを抱き上げる。

 ふさふさした尻尾が、それにあわせて揺れた。

 ふむ……どうやら、人と絡む事の無い場所から召喚されたらしい。

 人間に対する警戒心も無ければ、特に懐いているという感じも無い。

 ただ、興味深いから観察しているだけ。

「なるほど……確かに俺に似てるかもしれないな」

 苦笑する俺。

 図太さや、向う見ずな所。

 怖いもの知らずな部分なんかは、確かに俺に似てるかも知れない。

 いくら人とかかわらないからって――普通はもっと警戒するだろうからな。

「我が名はレイラ・ディーン・ド・イー・レリスウェイク」

 こういう時、一々ルイズやキュルケみたいに名前が長くなくて良かったと本気で思う。

「五つの力を司るペンタゴン。この者に祝福を与え、我の仲間となせ」

 ――……あれ?

 なんか、間違えた気がする。

 呪文を何処か――どっかしら間違えた様な……。

 まあいい。

 とりあえず今は契約が先だ。

 そのまま、俺はキツネの鼻先に軽くキスをした。

 顔を離して、お互いに観察しあう事しばし。

 あまり長時間此処にいては邪魔になるだけなので、俺はキツネを抱きかかえたまま脇に退く事にした。

 ――さて、ルイズの番まではまだ時間がある。

 今はとりあえずこいつの事を観察させて貰うとしよう。

 キツネを地面に置いてから改めて観察。

 全体的な色合いは黄色――というより金色。

 しいて言えば、光の加減なのかもしれないが、尻尾の先の方だけ白く見える。

 九本もある尻尾は、一つ一つふかふかで、結果的に尻尾だけで身体と同じだけの体積になってしまっていた。

 しかしまあ――一番大事なのはそんなことではない。

 いや、やや関係しているが、直接的にはつながらない。

 一番大事なのは――その毛並みのふかふかさ!

 さっき抱いた時に、我ながらよく我慢できたと思う。

 それはまるで子猫を抱いた時の様な。

 ふかふかしてほかほかしてふにふにしてほわほわして――。

 ――キツネは何かを感じたのか、一歩だけ引いていた。

 だってさ!

 だって可愛いんだぜ!

 こんなにふかふかで……抱きしめるしかないだろう!

 俺はすり寄るようにして、一歩キツネに近づく。

 それに合わせて、キツネは一歩下がる。

 下がったキツネに近づく為、俺はさらに一歩進む。

 それに合わせて、キツネはまた一歩下がる。

 ――緊張状態が生まれた。

 さっきの比では無い。

 召喚する前よりも、召喚した後の方が緊張するなんて、そんなの俺くらいだろう。

 しかし、俺はいま実際に緊張している!

 お互い、一周触発の空気を、キツネとの間に作っている!

 ――風が吹いた。

 まるで決闘状の様な雰囲気。

 お互い一歩も譲らないその意思。

 それを察した時、俺はこのキツネを認めた。

 俺の使い魔として認めた。

 見ず知らずの場所に召喚され、これだけ続くギャグの雰囲気に乗れるこいつを認めた。

 こいつは立派なエンターテイナーだ!

 そうだ、俺はこいつを認めたんだ。

 認めたからには祝福しなければならない。

 俺の全力でもって祝福をしなければならない。

 これは俺の義務だ。

 俺の権利だ!

 だから俺は今!



 こいつを抱きしめる!!!



「お兄様、その辺で止めておいた方が良いですわよ」

 それを覚悟した瞬間、そんな艶消しな――帳消しな声が聞こえた。

 それと共に、いつの間にか復活して傍に寄って来ていたシアが、俺の狐を抱き上げる。

 ああ……俺の狐が……。

 俺の抱き枕が……。

「……お兄様、先ほどまでだいぶ危ない顔をしてましたわよ。そういう顔は是非私に向けて下さいまし、私は拒否しませんから」

「どちらかというと、今の俺の状態の方が危ないぞ」

 おもちゃを取られた子供の力を甘く見るな!

 人一倍の殺気を放てる自信があるぞ!

「……お兄様、こちらの動物が怯えてますが」

「違う! 俺が殺気を向けたいのはそっちじゃない!」

 俺はキツネを抱きしめたいんだ!

 尻尾が身体と同じくらいあるんだぞ!

 最高に愛くるしいんだぞ!

「どうせなら愛情を向けて下さいまし」

「そうか、ならば、俺のあらん限りの愛情を送ろう!」

「先ほどは、その愛情にさえ怯えてましたが」

「俺にどうしろと!」

 滝のように流れ出る涙。

 めったに泣かない俺が泣いてるぞ。

 キュルケやタバサにいじめられても泣かない俺が泣いてるぞ!

「――ところでお兄様」

「なんだよ――」

 ――と、ふいにシアが話を変えた。

 俺は泣きながらそれに応える。

「この子のお名前は何とつけるんですの?」

「――名前?」

 ――なまえ?

 ……………………。

 ………………。

 …………。

「……お兄様。まさか――名前をつける事を忘れてたとかおっしゃいませんよね?」

 一瞬で目を逸らす俺。

 分かる。

 俺には分かる。

 今、あそこにいるキツネと目を合わせてはいけない!

「――お兄様、まさか……」

「ワスレテナイヨ。イマカンガエテタンダヨ」

「……今なら、キスしても大丈夫そうですね」

「隙あらばキスというのは間違った論理展開だ!」

「ですが、好き合えばキスします!」

「上手い事言ったからって誇らしげな顔をするな!」

 危ない危ない!

 危うく何か大切なものを失うところだった。

 しかしまあ……今の騒動のおかげで少し落ち着いた。

 その辺はシアに感謝しておいていいだろう。

 心の中でだけ、こっそりと感謝。

「それはそれとして――この子の名前、ホントにどうするんですの?」

 そう言って改めてキツネを見るシア。

 まあ確かに、名前くらいつけないとまずいだろう。

 どんな名前にするか……。

「――グングニルとか?」

「――何で槍の名前なんですの?」

「いや、格好いいじゃん」

 格好良いは正義。

 あながち間違ってないと思う。

「――他の案をどうぞ」

「――オーディン」

「……次」

「シュタインズゲート」

「……次」

「ヴァルハラ」

「お兄様の命名センスの無さに絶望しましたわ!」

 そこまで数えた段階で、シアが叫んだ。

 なんだ?

 俺、そんなに駄目だったか?

 普通に格好良い名前だと思うが……。

「お兄様、キツネにつけるんですわよ。武器だったり魔法だったりとは違うのですよ」

「それくらい分かってるさ」

「だったら、もっとまともな名前を考えてください!」

 ……っていわれてもなあ。

 確か、タバサはシルフィードだよな?

 キュルケはフレイム。

 ――何だ?

 何てつければ良いんだ?

「はあ……もう良いですわ」

 あまりにも真剣に考える俺に疲れたのか、シアはキツネに向き合う。

「キツネの名前はフェリス。お兄様、これで良いですわね?」

「どうせなら、電気の魔法に因んでボルトとか」

「フェリス。お兄様、これで良いですわね?」

「それかまたは――」

「フェリス。お兄様、これで良いですわね?」

 ――ループが作動した!

 イエスを選ぶまで無限に繰り返されるこの選択肢!

 妹が名前を決めたのが納得いかないのだが……それに文句を言ってはいけないのだろう。

 この妹の事だ。

 それくらいは分かる。

「はあ――わかったよ。それで良い」

 そう言うと、妹はパッと顔を輝かせ、フェリスを抱きしめた。

 それに対して、フェリスは苦しそうに暴れる。

 ……どうやらこのキツネ、基本的に抱きしめられるのが嫌いらしい。

 だが、苦しそうにしながらも一応抱かれてるあたり、やっぱり俺とは違うようだが……。

 おれ、マジでへこむぞ。

 また泣くぞ。

「……なんで……なんで俺は動物が抱けないんだと思う?」

「間違いなくその愛情が深すぎるせいですわね」

 そう言ってシアはフェリスの頭を撫でた。

 フェリスは気持ちよさそうに目を細めている。

「――はっ! という事は、私がお兄様を抱けないのも、その愛情が深すぎるせい!?」

「あながち間違っていない結論だからコメントし辛いわね」

「……可愛さ余って憎さ百倍」

 いつの間にか傍に来ていた赤青コンビが相変わらずのやる気無い顔で俺たちにコメントしてきた。

 二人とももう召喚はしたのだろうか?

 ……いや、おそらく二人とももう召喚してたらそっちに追われてこっちには来ないだろう。

 という事は、おそらくこれから……今は順番待ちの最中といったところだろうか。

「しかしタバサ、その言葉はこのタイミングだと使い方が間違ってるぞ。確かに可愛がってるがゆえに憎まれるという会話を此処ではしていたが、その慣用句の意味は今話していた会話とは違う。……自分で話してて切なくなってきた」

「……自業自得」

「違う! これは明らかにお前のせいだ!」

「……自暴自棄」

「誰のせいでそうなってると思ってるんだ!」

「……自家発電」

「だからお前のせいだと言っている! そしてシア! 何故お前はそこでは鼻血を吹く!」

「……流石」

 そう言うとタバサは俺にぱちぱちと小さな拍手をした。

 キュルケも呆れ半分、感心半分で拍手をしてる。

「君たちは俺をなめてるのか?」

「舐めさせていただけるのなら、いつでもどこでも!」

「シアはややこしくなるから黙っててくれ」

 会話を一々下ネタに繋げないでほしい。

 一応、女の子なんだから。

 容姿だけは……いや、容姿と家事と魔法の才能については――。

 ……性格以外は問題ないんだから!

「それにしても――何であんたっていっつもコントやってるの?」

「やりたくてやったことなど無いぞ」

「あんたのポリシーは?」

「人生楽しく!」

「やってるじゃない」

「しまったあああぁぁぁ!!!」

 なんて冗談はほどほどにするにして……と。

「……で、お前らは俺が愛しのつか――「妹」と心を通わせ合っているところに――ってシア! 変な所で言葉を入れるな!」

「愛しの妹だなんて――恥ずかしいですわ、お兄様」

「ほう、お前に羞恥心というものがあったとは驚きだ」

「お兄様の前でならそんなものは服と共に脱ぎ捨てます」

「脱ぎ捨てるな! 服も羞恥心も大切にしていろ!」

「――で? 何か言いかけなかった?」

 可哀想な物を見るような眼で俺を見るキュルケ。

 いや、実際不幸だけどさ。

「いや、わざわざ話しかけてきたから何か用事でもあるのかと――」

「無いわ。暇だからレイラをからかいに来たのだけれど……あんまり必要無かったみたいね」

「帰れ! お前なんかトリステインから出てけ! ゲルマニアで結婚してろ!」

「いやねえ……せめてレイラ以上の男性じゃないと、今の私はなびかないわよ」

「それならせめて今の取り巻きの方に行ってやれ! 俺は時々奴等から殺気を感じているんだぞ!」

「あら? 感じさせてるのよ」

「まさかの計画的犯行!?」

「しっかり感じているみたいね」

「悔しい! でも感じちゃう! じゃなくて、今すぐ止めさせろ!」

「お兄様。今の言葉、いただきました。これで一ヶ月は生きていけます」

「お前の鼻の血管は随分と弱いんだなシア!」

「身体の弱い私……ときめきます?」

「お前で無かったらときめいたな」

「妹でさえなかったら!」

「むしろキャラの問題だな」

「……変態」

「タバサ、それはシアに対して言っているんだよな? 俺を向いて言ったら俺に対して言ってるように思われるぞ」

「……現実逃避は良くない」

「その意見は全面的に賛成だが、俺は現実逃避では無く、どちらかというとあるがままを言っているぞ」

「……机の三番目の引き出しの二重底の中にある日記帳のカバーでカモフラージュされた冊子」

「すいませんで――何でお前が俺の部屋にある物とその位置を知っている!」

「大丈夫ですタバサさん。それは少し前に五寸釘によって葬り去られました」

「……五寸釘?」

「お兄様が我が領地に広めた呪いの儀式ですわ。本来は建築等に使う釘を使って行う儀式ですの。やると気が晴れやかになるんです」

「俺は、過去の自分の行いをこれほど後悔した事は無い」

「……今度やりたい、教えてほしい」

「それには対象となる相手にかかわる道具が必要ですわ」

「……後日調達する」

「タバサ、何故俺を見ながら言うんだ? ――って何故今度は目を不自然に逸らす! そしてキュルケ! 何をこっそりメモを取っている!」

「レイラ・ド・レリスウェイク、その知られざる性癖について――っと」

「いい加減にしてくれえええぇぇぇ――!!!」

 青い空に向かって叫ぶ俺。

 周りの生徒たちは少しこちらに視線をくれたが、すぐにいつもの事かと、次の召喚者の方に視線を戻した。

 これが日常になってきているって――俺、本当に大丈夫なのか?

 シアの腕の中で、フェリスがコロコロと笑う。

 キツネにまで笑われる俺って――。









 ――そんなわけで、無事に召喚の儀式は終わった。

 タバサとキュルケは、召喚そうそう、自分の使い魔とキャッキャウフフをし始め、とっとと帰ってしまった為、俺はシアと二人で儀式を最後まで見る事になった。

 因みに、シアの方はもう今日の授業はあきらめたのか、のんきにこちらに付き合っている。

 コルベール先生もコルベール先生で、今後の参考になるのは確かなので、あまりきつくは言ってこなかった。

 しいて言うなら、邪魔になるような事はするなとかその程度。

 やはり、話の分かる教師なのだろう。

 そして、肝心のルイズは無事に才人を召喚してくれたようだった。

 近くは、やたらと生徒が人垣の様になっていたため、遠目からだが確かに、その姿を確認する。

 いやはや――実に嬉しい。

 今まで、ちょくちょく原作破綻の可能性を感じていた為、こうして無事に召喚に成功してくれて何よりもまず、嬉しい。

 ようやく努力が実ったというものだ。

 皆がフライでチャッチャと帰る中、俺と妹はのんきに痴話げんかに明け暮れる才人とルイズを見ていると、なんだか微笑ましくさえ感じてしまう。

 そうか――これが原作なのか――。

 さて、これから忙しくなるぞ……。

 まずはなんだっけ……まずは、才人の日常が始まって――ギーシュと決闘して――それから――たしかフーケ騒動だったか?

 帰って再びカンペを確認しなければ。

 と、そんな風に一人まったりしていた俺の裾が、くいくいと引かれた。

 なにかと思ってそちらを見れば、シアが不安げにこちらを見上げている。

「お兄様は――ああいう風に強気な女性の方が好みなのですか?」

 不安げな瞳で俺に尋ねる我が妹。

 馬鹿を言うな。

 一番は一途な元気系幼馴染に決まっているだろうが!

 強気とかツンデレとか、確かに気持ちは分からないでもない。

 だけど、俺にはそんな愛情表現では届かないのですよ。

「いや、俺としては素直な方がずっと良いだろうな。正直、あれと同じ態度をされて、相手に好意を抱くなど、俺にとってはあり得ない」

 まあ、それが好きな人もいるのだから、それについては否定はしない。

 第一、人の趣味なんて千差万別さ。

 同じである事に意味なんて無いし、同じである必要性なんて無いさ。

 例えばあそこにいる才人。

 あいつだって、結局はルイズに惚れる運命なのだろう。

 強気な女性が好きな男だって、現に存在するのだ。

 だから好みなんてのは――へえそうなんだ――程度で受け止めるのが一番なんだろう。

「……良かった。今までの私は間違ってなかったみたい」

「――ん? 何か言ったか?」

「ううん! 何でもないわ、お兄様!」

 ルイズと才人に注目している間に、何か妹が呟いていたが……まあ、本人が何でもないという以上、聞かなくて良い事なのだろう。

 余計なおせっかいは、しないに超したことは無いんだから。

 ――さて、ようやくといったところで、俺は頭のチャンネルを切り替える。

 これから始まる物語――いかなるものか。

 とりあえず現状で確かなのは、ルイズと才人、この二人の心の成長は、間違いなくストーリーの鍵になってくる事。

 この二人があまりに早く成長しても駄目だし、遅くても駄目。

 その辺の調整を、今後はこまめに行う必要がある――または、二人には極力関わらないようにするのが一番だろう。

 二人と関係を持たずに、二人に関わる。

 一見矛盾に満ちたこの状態を、なんとかクリアしなければならない。

 さて――。

「これから忙しくなるぞ……」

「……お兄様?」

 思わず口からこぼれた言葉に、首をかしげる妹。

 こうして、ゼロの使い魔。

 そのストーリーが、ひっそりと動き始めた。









 ――――パチリ――――








[27345] 手ってこんなに暖かかったっけ? そのさん
Name: 柳城寺 蛍◆c99426ab ID:a424e81c
Date: 2011/04/22 03:13
彼の頭の中は読めない。

 ふと掴んだと思ったら、手からこぼれ落ちてゆく。

 それはまるで高原を吹く柔らかい風のように。

 彼の行動は読めない。

 そこにいた筈なのに、気が付いたら消えている。

 それは花瓶に入れた水のように。

 彼の心は読めない。

 簡単に崩せるのに、崩し切る事は出来ない。

 それは足元に広がる土のように。

 彼の関係性は読めない。

 本来の目的とは、まるで違う結果をもたらす。

 それは街を照らす火のように。

「とりあえず、俺としては、日に日に口が悪くなっていくお前をどうにかしなければといい加減に思っているわけだが」

「……鏡見て出直せ」

「罵倒が慣用句じゃ無くなってきた!」

「タバサ、鏡じゃ言葉は見えないわよ」

「口調の問題について言及して!」

「……謝罪する。でも、あまりにもあなたの顔が……これ以上は言えない」

 本当は何にもない。

 だけど――それでも私は口にする。

 特に意味の無い言葉を口にする。

 それに対して、予想通りの答えを返してくる彼。

「何ですか? その後には何が続くんですか!?」

「……聞かない方が幸せな事もある」

 主に私が。

 それに――顔とかではなく――彼には確かに……変な引力があるのだから。

 魅力とはあえて言わない。

 彼に魅力があるように、私は感じない。

 子供っぽくて、貴族同士の常識の無い人間。

 だから、彼にあるのは魅力では無くて引力。

 よくわからない物を引きつける力。

「結局罵倒の言葉! 俺はあなた達のおもちゃでは無い!」

「ええ。私たちはあなたの友達ね」

「その言葉に心がこもっていない!」

 言い合いを始めたキュルケとレイラ。

 それを遠くで見ながら、私はひとり呟く。

「……ともだち」

 ――恥ずかしくてサイレントをかけようかと思ったが止めた。

 彼とのお話をまだしたかったから。











 ふと思った、非常にどうでもいいことなのだが、ぜひ聞いてくれないだろうか。

 ルイズは、才人に対して非常に冷たく当たっていたが、あれってどうなのだろう?

 例えばだ。

 例えばルイズがドラゴンを召喚したとする。

 別に、この際種類は問わないさ。

 火竜だろうが、風竜だろうが、好きなものを想像してくれ。

 しかし、もしそう言うものを召喚した時、ルイズはどうしたのだろう?

 ドラゴンは外、じゃあね、バイバイ。

 そう言ってさっさと帰る。

 食料はセルフサービス。

 自分で取ってくれば良いんじゃない?

 ドラゴンなんだから。

 ――ルイズが才人にしているのはそう言う事なのではないだろうか?

 俺なんかは、昨日は何とかしてフェリスと一緒に寝た。

 ベッドが毛だらけになるとか、そんな事はとりあえず後回し。

 なんとかシアにフェリスを抱いてもらって、シアごと抱きしめるような形で眠り、実に幸せだった。

 シアにもとっくに自分の部屋が与えられているので、本来はそちらに帰らなければならないのだが、昨日に関しては、俺の部屋にいてくれた事を、心から感謝したい。

 まあこんな風にちょっと注ぎ過ぎなぐらいに愛情を注ぐと。

 これが、おそらくは普通の対応ではないだろうか。

 使い魔に対しては、ある程度の礼儀を払い、愛情を持って接する。

 これがあるべき姿なのは容易に想像が出来る筈だ。

 それを、彼女は召喚したのが平民だという理由だけで、酷く無下に扱っている。

 この調子なら、もしムカデとかを召喚したらどうするつもりだったのだろう?

 たしか、そんな生徒もいた筈だ。

 そうしたら……彼女は本当に使い魔を殺していたのではないだろうか?

 ――俺は原作を知っている。

 そして、その頃からその点については疑問だった。

 この頃のルイズは――命を軽く見過ぎている。

 まあ、それについては、本編が進むにつれて成長していく点なのだが……。

 なんとも歯がゆい。

 彼女に直接文句を言えない。

 才人の待遇を救う事の出来ない、今の俺のこの境遇が実に切ない。

 もし、この境遇でさえなかったら……間違いなく言ったというのに。

 ルイズと才人にだけは絶対に干渉してはいけない。

 これが不文律である以上――俺には見ている事しかできない。

 後の幸せの為の我慢……そう捉えるしかないだろう。

 だが、何か少しくらい――問題が無い程度に干渉してあげる事は出来ないだろうか?

 才人の料理をおいしくするよう、マルトーさんに頼む?

 駄目だ、こんな早くからルイズの高感度が上がってしまってはいけない。

 才人に差し入れ?

 それも駄目だ、シエスタが関わって初めて完成するその流れ。

 それを乱してはいけない。

「……ってわけで、ミス・ヴァリエールの使い魔への待遇がちょっと酷過ぎるんじゃないかという件について、皆さんの意見をどうぞ」

「どうぞって言われてもねえ」

 そんなわけで、此処は学園の中庭。

 あまりにも待遇の酷い才人が可哀そうな為、見ていられなくなった俺は、今日の昼食を此処で取る事にした。

 心配しなくても、今日はギーシュと才人の決闘があるのだろう。

 だから、ヴェストリの広場では無く、あえてこちらを選択した。

 その前座となるべき事象に関しては、遠見の魔法を使って見てるから、あまり心配しなくて良い。

 それに、この決闘にはそこまで興味は無いのだ。

 確かにガンダールヴには興味があるが、ギーシュなら魔法が無くても十分勝てる。

 少なくとも、上手くやれば下手に魔法を使うよりもずっと楽に勝てる筈だ。

 だから、この決闘は遠見で十分。

 それに、近くに行っても人垣で見えないだろうし。

 また、食堂から出ていく俺の動きを察したのか、すぐさまシアが立ち上がり、そしたら何故か赤青コンビまでついてきて――で、いつもの状態に合いなっている。

 シャイニングスター。

 後は、水属性さえいれば四属性(+無能)がすべてそろうというこの状態。

 ――本編チームより、場合によってはバランスが良いんじゃないだろうか?

 水属性――モンモランシー?

 確かに、このチームのカオスっぷりから、彼女が入ってもあまり問題は無さそうだが……まあ、この話は横に置いておこう。

 そもそも、このチームが原作破綻なんだ。

 あまり気にしてもしょうがない。

 そんなわけで本題。

 せっかく集まったんだから……という事で、朝食ついでに皆に意見を聞いてみたわけだ。

「お兄様! お兄様に男色の気は有りませんわよね?」

「シアは黙ってなさい」

 いきなり脱線させないでください。

 とりあえず、他二人に視線を送ると、どうやら、真面目に考えてくれている様子。

 ――いや、キュルケは確かに考えているが、タバサはまるで話を聞いてなかった。

 むさぼりつくように、朝食を胃の中にかきこんでいる。

 ……まあいっか、タバサだし。

 黙っていろと言われた為か、シアは少ししょんぼりとしたが、気を取り直して、俺の頭の上にいるフェリスを撫で始めた。

 フェリスは、日向ぼっこが出来て嬉しいのか、俺の頭の上でぐったりと力を抜いている。

 ――そうそう、忘れていた。

 今日の朝から、フェリスの定位置が俺の頭の上になった!

 俺にとっては信じられない程の快挙だ!

 合格率数パーセントの難関大学の入学試験、その直前に受けた模試の結果がまさかまさかのEを越えたG判定。

 絶望と共に入試を受け、後日の合格発表すら絶望して見に行かなかったら、担任から合格が知らされた時くらいの快挙だ!

 因みに、理由としてはおそらく、何処にいても抱きしめられる為、何処にいれば安全かと考えた結果がそこらしい。

 確かに、頭の上なら俺は抱き締めないし、俺がどんな外敵からも守ってやれる。

 今までの人生、愛情が深すぎるが故に、撫でることさえ満足にできる事が出来なかった俺にとっては、これで十分すぎるほどの満足なのだから、無理に抱きしめようともしないと。

 なんともうまい相互関係が此処に出来たものだ。

 そんなわけで、フェリスは、俺の頭に前足を乗せ、後ろ向きに垂れさがるようにして定位置を守っているのである。

 俺の髪が、アッシュブロンドど金髪の二色みたいな事になっているが、俺にとっては勲章みたいなものだ。

 そんなわけで、今後とも、俺の頭の上のフェリス、よろしくお願いします。

「確かに、言われてみれば、結構酷い待遇なのかもしれないわね」

「因みにキュルケ、フレイムの食料は?」

「昨日、領地に最高級の肉を送るよう、手紙を出したところよ。届くまではとりあえず学園の肉を上げてるわ」

「タバサは?」

「……セルフサービス」

「……なるほど」

 遠くから、「私もおいしい肉がたべたいのねー」等と聞こえた気がしたが、気のせいだろう。

 だが、タバサの場合は、ちゃんとそれなりの理由があるのに対して、ルイズの方は、ただ単に扱いが酷いだけ。

 この違いは大きいと思う。

 実際に俺だって、こうして食べてる食料を、定期的に頭の上に与えているのだから。

 ――人間と同じ食料を食べるキツネ。

 ……こいつ、野生に戻れるのかなあ?

 そんな事をちょっと心配してみたり。

「確かに、ルイズは環境があるのにそれを与えていない感じが強いわね」

「……使い魔をいじめてる」

「そこまでは言わないけどさ……」

「平民に会った事が無いのでは?」

 そう言ったのは意外な事にシアだった。

 ――いや、よく考えてみれば、あまり意外では無い。

 なんだかんだで、こいつは気配りの出来る奴なのだ。

 他人の気持ちには人一倍敏感だし、何より、レリスウェイク家。

 平民との交流の深さなら俺譲りだ。

 しかし、そんなシアの言葉に、キュルケとタバサはポカンと口を開けた。

 タバサの口から、ステーキが落ちる。

 ……タバサの食事の手が止まるとは、流石だな。

「いやいやいや、それは無いって」

 そう言って笑うキュルケ。

 そのこめかみに、一筋の汗が流れている。

「だって領主の娘でしょ。領民と話した……事……くらい……」

 だんだんと言葉が小さくなっていくキュルケ。

 目が完全に泳いでいた。

 ――どうやら、あながち否定しきれないらしい。

「でも、私はお兄様が連れ出して下さらなかったら、きっと領民の生活を知る機会なんてありませんでしたわ」

「確かに――私も自分の都合でしか平民の暮らしを知る機会なんて無かったかも……」

「……トリステイン貴族は、平民に対して差別的」

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

 ――沈黙が流れた。

 皆が皆、互いに目配せをし合っている。

「……藪蛇」

 タバサがぼそりと今の状況に酷く的した言葉を言った。

 もしかしてルイズ……本当に使用人以外の平民を見た事が無い?

 屋敷の外の平民の暮らしを……知らない?

 場合によっては、平民の家や習慣を……知らない?

 なんか、非常に……気付いてはならない事、まずい事に気付いてしまった気がした。

 もし、ルイズが普通の平民の暮らしを知らないなら――。

 もし、ルイズの平民に対する価値観が、全て伝聞によるものだとしたら――。

 才人、とんでもなく不幸な目にあってるんじゃないのか?

 常識知らずなご主人様を持つ使い魔。

 これって、予めちょっといじっておけば、才人の待遇はだいぶ良くなったのでは?

「……なあ」

「言わないで、皆気付いてるから」

 俺の言葉をキュルケが止める。

 ルイズいじりのキュルケですらいじれないとは。

 ――だってこれ、冗談で笑い飛ばせないよなあ。

 なんて、嫌な空気を散々に堪能した俺たち。

「皆、今の話しは無かった事にしましょう」

 ふいに、キュルケが明るい声で言った。

 それにすぐさま、俺たちは賛同する。

「いやだなあキュルケ。俺たちまだ何も話していないじゃないか」

「……これから何を話そうか考えていたところ」

「私たちの雑談はこれからだ! ですわ」

 皆が皆、ノリノリでそれにあわせる。

 そうだ、知らない方が幸せな事だってあるんだ。

 今の話しは、とりあえずは封印する方向で。

 ――と、そんな風に食事を再開する俺たち。

 そこに。

「ギーシュが決闘するぞ! 相手はルイズの平民だ!」

 学園中を走り回っているのだろう、そんな声が聞こえたのは、ちょうどそのタイミングだった。

 予定調和。

 どうやら世界は順調に進んでいるらしい。



[27345] 手ってこんなに暖かかったっけ? そのよん
Name: 柳城寺 蛍◆c99426ab ID:a424e81c
Date: 2011/04/22 03:13
 興味津津、意気揚々。

 話題の人物の事だったからなのか、その声を聞いた瞬間に、キュルケは飛んで行ってしまった。

 フライで、文字通り飛んでった。

 確かに彼女ゴシップ系の話にすぐ飛びつきそうだしなあ。

 才人たちのやりとりなど、彼女にとっては絶好の餌でしかないのだろう。

 そんなわけで、キュルケの分の食事が残ったままのテーブルを前にして、俺とタバサと妹は食事をつづけていた。

 キュルケの分の食事をいるかと聞いたら、即頷いたタバサ。

 どうやら、彼女の胃袋は底なしらしい。

 私の胃袋は宇宙だ――なんて、そんな一昔前に流行ったセリフを言ってくれないだろうか。

 そんな風にまったりとした時間の中で、シアに口移しで食べ物を与えられそうになるのを上手く回避しながら、気が付いたら食事は終了していた。

 あまりに平和な日々に、俺はあくびをしながら空を見上げる。

 ああ、まだ平和だなあ。

 冒険はこれからか――。

 タバサが話しかけてきたのは、そんな時だった。

「あなたは……」

 何かを言いかけ、うつむく。

 それから、改めて言葉を整理したのか、俺に語りかけてきた。

「あなたは見に行かないの?」

「男同士じゃお色気なシーンが無いじゃん」

「お兄様! ならば私が誰か女性相手に決闘を申し込めば見てくれるのですか!?」

「見るだろうけど、俺の目はお前――」

「お兄様。お前ではなくシアですわ」

「シアじゃ無く間違いなくシアの相手に向くだろうな」

「またしても空回り!」

 空に向かって嘆く我が妹。

 だって、お前なら圧勝するだろうが。

 トライアングルなんてそうそういないんだぞ。

 ましてや土。

 防御に優れすぎてるお前のお色気シーンなんて期待できるわけがない。

「甘いですねお兄様。私は風属性魔法をガンガンに使ってみせますよスカートひらひらですよ」

「その場合、他の生徒たちにもガンガンに見られるけどな」

「羞恥プレイ!」

「因みにその場合、俺は他人のふりをする」

「遠ざかる二人の距離!」

「……私は?」

 と、不意にタバサが俺の袖を引いてきた。

 俺は首を傾げてそちらを見る。

「……私が決闘したら、あなたは見に来る?」

「妹と同様の結果に至ります」

「……残念」

 そう言って肩を落とすタバサ。

 何か?

 俺を遊んで楽しめるとでも思ったのか?

 何処までもどん欲な遊び心。

 それは構わないが、そろそろ俺で遊ぶのを止めてほしい。

 遠見の魔法越しに見える景色では、才人がワルキューレに殴られてるところだった。

 なるほどね……。

 あれがギーシュのワルキューレね……。

 なるほどね……。

 あれがギーシュの戦“乙女”ね……。

 なるほどね……。

 ギーシュにとって、あれが乙女なのね……。

 ――ギーシュ、一度うちの領地に来い。

 俺がシアに作ってもらったフィギュアを見せてあげるから。

 本当の美というものをお前に教えてやる。

 二次元と三次元の狭間に存在する本当の美を教えてやる。

 そしたらきっと、そんなワルキューレ作れなくなるから。

 造形が完全に変わるだろうから。

 きっちりと仕込んでやろう。

 あいつも男だ。

 間違いなく理解を示すだろう。

 オーケー。

 ギーシュのワルキューレを見ながら、俺は一人暗く笑う。

 肩を落とすタバサに嘆くシア。

 興奮して帰って来たキュルケが、この状況に思わず言葉を失うのは、もう少し後のことだった。











「――あなた達……ホントに怪しかったわよ」

「……大丈夫、ここは人気が無い」

「なおさら怪しいという事の自覚が無い!」

「それに、普段のキュルケもこの中に入っているのだから人の事は言えないぞ」

「そうだった! 私もこのメンバーなんだった!」

「それに、今こうして話してると一人だけテンション高い分目立ってますわ」

「現在、この三人以上の異常的存在!?」

 最後のシアの言葉が効いたのか、椅子に座ってがっくりとうなだれるキュルケ。

 いやはや、実にご苦労様です。

「それはともかくとして――決闘の方はどうだった?」

 俺としては、結果はとっくに知ってるし、実際遠見で確認してたのだからわざわざ聞く必要は無いのだが、一応知らないというていで聞いてみる。

「そう、それよ! それが言いたくてわざわざ此処まで来たんだから!」

 とたんにがばっと顔を上げるキュルケ。

 ――いやあ、彼女、さっきからテンションが上がりっぱなしだなあ。

「それがね、あのルイズの平民! ギーシュ相手に勝っちゃったのよ!」

 だろうなあ。

 じゃないと困る。

 主に俺が。

「始めはおされてたんだけどね、ギーシュがハンデとして剣を与えた途端に急に強くなって、あっという間に勝っちゃったのよ!」

 だろうなあ。

 流石はガンダールヴ。

 チート能力は伊達じゃないってことか。

「格好良かったわあ……あれこそまさに騎士よねえ」

「君の騎士の価値観は分からないが、少なくともその平民が凄かったってことだけは分かった」

「なによ。私だって少しは白馬の王子様が――」

「キュルケ。白馬の王子様じゃない、レイラだ」

「レイラが迎えに来るとか夢見てた時期が――ってそこは白馬の王子様で合ってるわよ!」

 ――しかも、何であえてそこに自分の名前を入れたの!

 そう激昂するキュルケ。

 うん、なんかキュルケ達が俺で遊ぶ気持ちが少しわかった気がする。

 隣でタバサも声を殺して笑っていた。

 つぼにはまったらしい。

「はあ……とにかく、ダーリンてば、凄く格好良かったの。何処かのアッシュブロンドとは違ってね!」

「シアは格好良いというより可愛いだと思うが」

「お兄様、可愛いだなんてそんな……」

「シアじゃなくてレイラよ!」

「俺より格好良「……くな」い人間が存在するとでも――ってタバサ! 言葉を被せるな!」

「存在しないわね」

「そしてキュルケは俺を最下層と判断するな!」

 なんだ?

 いつの間に攻守が逆転した?

 何故、俺が攻められてる?

「大丈夫ですわお兄様。私だけはお兄様の事をいつでもこれ以上ないほど格好良いと思ってますわ」

「でもシア。私のお兄様は格好良いと周りに触れまわるより、最低と触れまわった方が愛しのお兄様に悪い虫はつかないと思うわよ」

「何という目から鱗! そうですわね! お兄様ほど最低のクズはいませんわ」

「俺の味方が見事に消えた!」

 キュルケの甘言に踊らされるシア。

「ともかく凄く格好良かったの!」

 此処とのそこから陶酔する様な表情でつぶやくキュルケ。

 ――正直、その程度で、そこまで惚れるものか?

 まあ、きっと――。

「私の中の微熱が反応しているわ! これは恋の炎。今や遅しと燃え上がる禁忌の熱!」

 ――微熱だからすぐ冷めるんだろうけど。

 それを差し引いても、流石は才人。

 主人公クオリティは歪み無いということか。

「絶対に――絶対に落としてみせるわ!」

 一人テンションを上げるキュルケの横で呆れる俺。

 このチーム、結局のところで似たものどうしなのかもしれない。

 何か良くないものが感染しているだけという様な気もするが……。

 とにかく、気絶して治療中の才人の裏側は、今日も平凡な日常だった。



[27345] 手ってこんなに暖かかったっけ? そのご
Name: 柳城寺 蛍◆c99426ab ID:a424e81c
Date: 2014/02/18 19:22
「ツッコミ属性の苦労について話そうではないか」

「あたしに話しかけてるってことは、私をツッコミ属性として認識してくれてるってことで良いのよね?」

 相変わらず、彼の会話の切り口は唐突だ。

 何の脈絡も無ければ、前置きもない。

 唐突に話が始まり、何らかの形で終わる。

 ちょっとした劇場の様だ。

「お兄様はいつも私に突っ込んでくださってますの、その度に私は気持ち良くなってしまって」

「黙れ変態」

「ああっ!」

「――苦労って言うか、要するに愚痴のこぼし合い?」

 ただ、彼のその場限りの話というのは、私にとっても何故か心地が良い。

 劇場の演劇の様に、盛り上がりがあるわけでも無い。

 授業の様に、知識を得るわけでも無い。

 パーティーでの会話の様に、周りの目を引くわけでも無い。

 完全に無駄な時間。

 意味のない時間。

 明日、突然さよならしても、何の問題も無いような会話。

 だけどそこには、言いようのない心地よさがある。

「本当の事を言えば、キュルケもツッコミとしてカウントしたくは無かったのだが、残り二人よりはマシだろうと言う事で、急遽指名させて貰った次第だ。」

「……何気に失礼な言われよう」

「私は総受けですわ。お兄様からの攻めならばどんなプレイでも受けきる自信があります」

「……なら、残り二人はいらなかったんじゃない?」

「この二人に、普段、如何に俺たちが苦労しているかを聞かせたかった次第だ。それに、この二人が俺たちが話しているというのについてこないと思うか?」

「……タバサはともかく、シアは絶対に離れないわね」

「お兄様と私は、運命の糸でつながっているのです!」

「因みにこの前、その糸で糸電話が出来るか試してみたが、中々の感度で通じた」

「……本当?」

「嘘だ」

「……レイラがいじめる」

 そう言って私の服を引っ張るタバサ。

 よしよしと、私はその頭を撫でてやる。

「というより、この現状、レイラとシアがボケという位置になってるわよ」

「説得力皆無の苦労談義!?」

 お互いに、この空間ではあくまで一人の人間だ。

 ゲルマニアだとか、トリステインだとか、ガリアだとか、田舎だとか、都会だとか、トライアングルだとか、ドットだとか、そんな事がまるで関係のないこの空間。

 そこにあるのは、これ以上ないほど――、一人の人間としての個性だけ。

 着飾る必要も無ければ、化粧をする必要も無い(シアはしてるけど)、ありのままの自分。

 この空間にはそれがある。

「……あなたの言葉に棘があるのが原因」

「かく言うタバサの言葉には毒がある!」

「私の言葉には愛がありますわ!」

「私の前で愛を語れる人間なんてシア、あなたぐらいよ」

 呆れる私をスルーして、タバサとレイラが彼女に噛みつく。

「……一人だけ綺麗な形に持っていこうとするなんて卑怯」

「その愛を家族以外の人間に向けろ!」

「お兄様以外の物(各種有機生命体及び無機物)に向ける愛など、うちの両親の貴族の誇り程もありませんわ!」

「レリスウェイク領って――本当に人外魔境なんじゃないの?」

 決して、私の事を理解しているわけではない。

 というよりむしろ、私の事なんて、まるで知ろうとしない。

 私の事なんて、彼らにとってはどうでもいいのだ。

 いや、彼らにとっては、私の事どころか世界の事でさえ――自分に直接の関係が無ければどうでもいいのだ。

 私が、どんな理由で此処にいようと、彼らには関係ない。

 明日、何処かの国が滅びようと、彼らには関係がない。

 突然、宗教革命が起きようと、彼らには関係がない。

 それだったら、今こうして話している時間が正しいというその事実。

 そっちの方が、はるかに重要なのだ――。

「……とりあえず、私は正常」

「異議あり!」

「異議ありですわ!」

「……元々は正常だったんだけどねえ」

 タバサも元々は正常だったんだけれどねえ。

 間違いなく、レイラからの影響を受けているわね、私もタバサも。

 もちろん、良い意味悪い意味両方の意味で。

「お前が正常なら、俺は聖者か!」

「お兄様はその通りですわ!」

「……私の誇りと魔法と杖にかけて、否定させてもらう」

「それは私も否定せざるをえないわ」

 ――だから彼らは楽しく話す。

 今を楽しく生きる為、のんきに笑って愉快に怒る。

 私はまだ、何が幸せなのかなんて分からない。

 たくさんのお金と共に贅沢に過ごす日々?

 沢山の男を侍らせて過ごす日々?

 他人を顎で使えるような権力をもって生きる日々?

 まだ若い私に、幸せの形なんてのは到底答えの出せない命題だ。

「因みに私はその聖者たるお兄様の隣に並ぶにふさわしい存在ですわ!」

「異議あり!」

「……聖者云々がなければ正しかった」

「確かに、あなた達二人は、異常さだけで言うなればこの学園でもトップクラスだからねえ」

「想定外の評価の低さ!」

「……あなたはもう少し自分を見直すべき」

「主に私に向ける愛情を見直して下さいまし!」

「俺って改善の余地だらけ?!」

 そう、確かに答えの出せない命題だけど――。

「まったく……」

 あまりにも愉快な。

 愉快過ぎて時々涙さえ出そうになるこの会話における、万感の意を込めて、私は呟く。

 空へと消える言葉は、誰の耳にも届かない。

「――なんだってこんなに楽しいのよ……」

 ――それでも、今過ごしているこの時間が、凄く楽なのは確かだと思う。











 夢というものについて、俺が知っている事を話そうと思う。

 ほとんどが伝聞だった上、記憶もかなり曖昧なので、確かに事を言っている自信は無いが……まあ、話半分に聞いてくれたまえ。

 夢というのは、寝ている間に、その日の記憶を整理するために見るものらしい。

 その日の記憶というのは、実際にやったことや体験した事以外にも、妄想した事なども含まれる。

 実際に会った事の無い人が夢の中に現れると言った場合は、大抵がこのパターンだ。

 そしてそれは、強く強くイメージしていればいるほど、如実に表れる。

 俺の妹などは、そのいい例だ。

 何故か毎日決まって夢の中には俺が出て来るらしい。

 ――これは、イメージでは無く、実際に俺の傍に常にべっとりまとわりついているからか。

 まあ、実際のところ、かなり曖昧なイメージであっても、結局のところ、脳がいらない部分を補完してしまう為、筋が通っているかのように感じてしまう。

 というより、寝ているのだから、違和感を感じるような、思考に関する部分は、もう休んでいると考えていいだろう。

 さて、俺が話したかったのは、この夢というものだが……実際のところ、かなり欲望が前面に現れる事が多いように思う。

 なぜならば、欲望というのは、それだけ、その事を考えている時間が多くなるという事だからだ。

 それだけを考えていれば、それに対する情報も自然と増え、結果、夢に見る可能性は高くなる。

 もし、見たい夢があるのならば、その日は一日中その事でも考えていると良い。

 最も、それで必ずしも見れるとは限らないが、登場くらいはしてくれるのではないか?

 そんな、希望的観測を持って見ても良いだろう。

 見たい夢を見たい時に見る。

 それが俺の夢だ――何てことは流石に言わないが、欲に直結するという意味で、それを初めて夢と表現した人は、中々風流で雅な思考回路の持ち主だったに違いない。

 ついでにいうなれば、人の夢は儚いなんて言い出した人も、中々だ。

 ――というわけで、ようやく本題。

 才人が授業中にルイズをからかってた。

 夢見が良かったのか何なのか知らないが、ルイズをからかってた。

 それを言いたかったが為に、俺は意味も無いあんな取りとめの無い思考を延々としてしまったわけだが……。

 確かに、ずっとルイズについていく事を強制されてる才人が、ルイズの事を夢に見るのは仕方ないだろう。

 ついでにいうなれば、その夢の内容。

 寝言で聞いた内容がそのまま夢の内容だったという確信は持てないが、もしそうだと仮定するとだ。

 ――才人、よっぽどルイズに対してストレスが溜まっているんだろうな、なんて思ってしまったり。

 機会さえあれば、仕返しなりしたいと。

 随分と才人は小さい人間の様である。

 しかしまあ、そんな光景を見ながら、俺は非常に懐かしく感じる。

 ああ、そんなシーンも原作にあったっけなあ……なんてそんな事を考えてた日。

 キュルケの部屋の隣の扉の前で震えている才人を発見したのは、そんな日の夜である。

 タバサに本を返してその帰り道。

 藁の上に毛布一枚で転がっている生き物。

「…………」

 思わず、じっと観察してしまった。

 地面に横たわって丸くなる才人に、俺はひたすらに冷たい視線を投げかける。

 向こうもこちらに気付いてはいるのか、中々に冷ややかな視線を返してきた。

 なるほど、此処に来て以来、貴族に対して良い印象を持ってはいないのだろう。

 確かに、何だかんだで散々な日常だった事は、あながち否定しない。

 夢を見ただけでルイズをからかいたくなる程度には、ストレスだって溜まっていたと。

 ――捨てられた子犬というよりは、野良犬の様な目という方が正しいと思う。

 ……そう言えばこれまで、下手に干渉してはいけないと思って、ルイズと才人には全く干渉していなかった。

 話すのだって、これがおそらく最初。

 才人の目に俺が止まるのだって、これが最初だろう。

 どうするか。

 正直、話してみたい気持ちはある。

 原作の才人がどういう反応をするのか、試してみたい気持ちはある。

 しかし、下手に会話してまずい事になってもいけないだろう。

 此処はどうすべきか……。

 なんて、少し悩んではみたが、結局俺は欲に負けた。

 だって話してみたかったのだ。

 遊んでみたかったのだ。

 そもそも、それがこの世界における俺の目的じゃないか!

 そんなわけで、これが俺と才人のファーストコンタクトである。

「――寒くないの?」

 最初に話しかけたのは俺。

 呆れた様な、達観したような口調だったと我ながら思う。

「……見て分からないか?」

 ――寒いんだろうなあ……。

 だって、震えてるし。

「はあ……」

 俺はため息をつくと、杖を壁に立てかけ、才人の横にドカッと座った。

 それに対して、才人はいぶかしげな視線を送る。

 何やら警戒しているようだ。

 まあ……いつもがあれじゃ、警戒するのも仕方ないわなあ……。

「ま、俺は魔法がろくに使えねえからさ、暖かくしてやる事は出来ないが――」

 そう言って、俺は才人にいつもの苦笑を向ける。

 やる気の無い笑顔。

「――話し相手ぐらいにはなってやるぜ」

 ――愚痴くらいあんだろ。

 そう言って、鼻で笑ってやる。

 そんな俺の態度に、才人は目を丸くして驚いていた。

 いや、そこまで驚くって……。

 俺はちょっと本気で才人が不憫になって来た。

 お前、普段どんな貴族を相手にしてるんだよ。

「……お前……良い奴だな」

「まて、心を許すのが早すぎだ。もうちょっと初対面の人には警戒しろってお母さんに教わらなかったか」

 どれだけ心がズタボロになってるのか知らんが、もうちょっと警戒してくれ。

 どう考えても怪しい人だろうが。

「……そうだな。でも俺、こっちに来てまともに話しかけられたのって初めてだったから」

「……普段、メイドといちゃついてるのはどこの誰だよ」

「貴族ではあんたが初めてだ」

「……ごめん。お前が、本気で可哀そうになった」

 そう言って苦笑する俺と煤けた顔で笑う才人。

 白い……。

 才人が真っ白になってる。

 と、才人は横になってた身体を起こして、俺の隣に座った。

 身体には、相変わらず毛布を巻いている。

「俺は――」

「――知ってるよ。ミス・ヴァリエールが召喚した使い魔くんでしょ? 君は一躍有名人だからね。俺の名前はレイラ・ディーン・ド・イー・レリスウェイク。呼び方は好きなように読んでくれ」

「じゃあ、レイラで」

「いきなり随分と親しげだな」

 俺としては無駄に友好度を上げるつもりは無いぞ。

「あ……悪い。確かにちょっと馴れ馴れし過ぎたか……」

 と、急にへこむ才人。

 ――お前、何でそんなにネガティブオーラMaxなんだ?

 原作だと、もっとポジティブだろうが。

 …………。

 ……。

 ……いや、原作だと、名前で呼んで否定される事が無かったのか。

 なるほど、これが各主人公のクオリティの一端と……。

 意外と主人公……周りから大切にされてるんだなあ。

「まあ良いけどね。レリスウェイクって一々言うと長いし、変に略されるとかえって悪くなりそうだから」

 罪悪感からか、思わず言ってしまった俺の言葉に、パッと目を輝かせる才人。

 ――お前は何処かのギャルゲーのヒロインか!

「お、おう! よろしくなレイラ!」

 才人の右手と俺の右手。

 無駄に固く握手が交わされた。

 一気に深まる友情。

 才人の中で、俺の高感度が、底無しで上昇してる気がする。

 ――なんだこれ?

 確かに面白半分で話しかけてはみたが……ちょっと才人。

 お前の行動はあまりにも読めない。

 隣の部屋から、「あんたよりマシ」と聞こえた気がしたが気のせいだろう。

 だって――聞こえてきたのは、扉の開く音だったのだから。

「――ん?」

 そう言って首をかしげる才人。

 俺は改めてため息をつくと、立ち上がった。

 杖を手にとって、ため息をつく。

 頭の上で、フェリスが大きく欠伸をした。

「……どうやら、君にお客さんみたいだ」

 キュルケの部屋から出てきたのはフレイム。

 チラリと首をのぞかせたあと、のそりのそりとこちらにやってくる。

「え? は? お客さんって?」

 困惑する才人。

 キュルキュルと鳴くフレイム。

 なるほど――そんなイベントもあったっけなあ……。

 その場を後にする俺の後ろに、すがるような声が響く。

「レイラあああぁぁぁ……助けてくれえええぇぇぇ……」

 残念ながら、そこから先は私の管轄ではありません故。

 フェリスの欠伸がうつったのか、俺まで欠伸をしながら、部屋への道を俺は歩いて行った。



[27345] 手ってこんなに暖かかったっけ? そのろく
Name: 柳城寺 蛍◆c99426ab ID:a424e81c
Date: 2011/04/22 03:15
 ――分かっている事と分からない事が世の中にはあると、俺は思う。

「それでですね! そしたら『ありがとうシエスタ、凄く美味しい』なんて笑顔でおっしゃるんですよ。そんな事を言われたらもう……」

 例えば、昨日才人と別れた後に見たカンペのおかげで、今日、ルイズたちが剣を――デルフを買いに行くだろうことは、予想出来ていた。

 シュペー卿の剣――二千エキュー。

 しゃべるボロ剣――百エキュー。

 伝説との出会い――プライスレス。

 お金で買えない価値がある。

 買えるものは――この世界の場合は何だ?

 まあ、ともかく――剣を買う事は予定調和、分かっている事。

 だから、今日は朝から早く起きて、二人の様子を遠見の魔法で観察していたのだ。

 そして、ちょうど先ほど二人が馬で出かけて行った所。

 さて、どうやって二人を追いかけるか。

 フライでも使うか、それともキュルケ達に混ざって行ってみるか?

 どっちでも自然だろうし、面白そうだな。

 ついでにデルフ相手にちょこっと俺の面白い話身の上話をしてみたり――なんて、まったりした事を考えていたのだが。

「そしたらね。顔を真っ赤に染めてあたふたしだしちゃってですねえ」

 しかし何故――何故俺は今、シエスタに才人相手の惚気話を聞かされているのだろう?

 正直、全く持って分からない。

 原因が至って不明だ。

 そもそも、原因なんてあるのか?

 いや、強いて言うなれば、平民との仲をよくし過ぎた事が原因と言えば原因か。

 とにかく、俺としては才人たちを追う前に、少しくらい何か腹に入れておこうかな……程度の気楽な気持ちで食堂に来た筈なのだ。

 果物を少しとか、肉一切れとか、サラダを少しとか、その程度食えればいいな、等と思って来た食堂。

 そこで何故かシエスタに捕捉され――厨房裏に連れて行かれ――そして今に至る。

 マルトーさんも、才人の事を話すシエスタには、心を広く持っている……いや、むしろ歓迎しているようなので、俺としては何も言えない次第だ。

 俺以外、誰も文句が出ないのだから、俺が文句を言うことは出来ない。

 もっとも、他の貴族相手に彼らがそんな事をしたらどうなるかわかった物ではないが。

 ――主に、相手取った貴族が……主にシアの手によって。

 念のため、才人たちの動向は逐一遠見の魔法でチェックしてはいるが……行きたかったなあ。

 遊びたかったなあ……。

 まあ、此処に限っては、帰って来た才人たちで遊ぶ事で良しとしよう。

 しかしなにより――気になるのはこの状況だ。

「彼――カッコイイですよねえ、マルトーさんだって『我らの剣』って言って褒めてるくらいだし……はぁ……憧れちゃうなあ」

 そんなこと言ってぼんやりと視線を宙にさまよわせるシエスタ。

 何で、彼女は俺に声をかけて来たのだろう?

 原作の裏では、知り合いの女の子相手に惚気ていたりしたのだろうか?

 表舞台には無い、裏の動き。

 そこに絡まる俺という存在。

 正直、キュルケ達との一件以来、俺は慎重になっていた。

 あの時、何の気なしに近づいた結果、今となっては驚くほど深い関係となってしまっている。

 明らかな原作の破綻。

 破綻というか――ズレ。

 今のところ、なんとか才人を召喚出来たから良かったものの――これ以上のズレは避けなければならない。

 今後とも、絶妙な運が絡む部分が要所要所にあるのだ。

 些細な俺の動きが――下手に影響を及ぼす可能性が十分ある。

 ルイズや才人の成長に対して、過敏なほどに気をつけているのも、これが理由だ。

 彼女たちの場合、ズレが如実に表れすぎる。

 何かの手違いでそれがアンリエッタにまで影響したら――そんなこと、考えたくも無い。

 とにかく、今の俺は、変化に対して、非常に敏感になっている。

 そして――。

「――好きな人とかっているんでしょうか?」

「……とりあえず、今の彼なら、優しくして告れば、まず間違いなくオーケーするだろうね」

 ため息交じりに俺に聞くシエスタ。

 それに応える俺。

 この、物語に現れないシーンは、ズレなのかそうじゃないのか。

 それが分からない。

 ――とりあえずは現状維持。

 結局はこの結論にたどり着いてしまうのが情けないところだ。

 さて――遠見の魔法越しに見える才人たち。

 どうやら、キュルケ達も武器屋に到着した模様。

 いかにして介入するか。

 とりあえずそれは後で考える事にして……今はシエスタと話す事にしよう。

 シエスタ。

 ファミリーネーム無き平民の少女。

 この世界で正真正銘、最初に才人に惚れた人間。

 今までも、俺が個人的にニアミスすることは結構あったが、此処ではまだあまり語ってはいなかった筈だ。

 そう言う意味では、初めての本格的な登場になるのではないだろうか?

 手品の話などの際に多少は出てきたが、本格的な会話ははじめて紹介するだろう。

 せっかくの機会だ。

 この際に、シエスタと俺たちの会話などを少し紹介しておこうかと思う。

 そんなわけで、シエスタとの会話の始まりだ。

 個人的な事を言わせてもらうならば、俺は死ぬ前、意味も無くシエスタ肯定派だった。

 いや、だってさ――なんか、一途過ぎて可愛かったから。

 もっとも……この世界においてもそうかと言われれば、そんなことは無い。

 今回の目的は、あくまで俺が楽しむ事。

 その為なら、とりあえずはシエスタは様子見。

 邪魔にならない程度だったら、協力するからそれでおあいこって事で。

「それにしても……随分と使い魔くんに惚れこんでるんだねえ」

 俺はテーブルに頬杖をつきながら言った。

 少なくとも、昨日のあの感じでは、惚れる要素は皆無だったのだが。

 何か楽しそうだったからつい話しかけてしまったが……。

 少なくとも、俺の中で才人の評価は変な方にずれたぞ。

 もっとカッコイイイメージだったのだが……なんか、残念なイメージになってしまった。

「惚れこんでるなんて……そりゃ確かに憧れてはいますけど……」

 とたん、そんな風に顔を赤くしてうつむくシエスタ。

 ふむふむ……恋する女の子ですなあ。

 何となく、ジェシカやシエスタの友人の気持ちが分かってみたり。

 この中途半端な惚気話を聞かされるくらいなら、確かに力づくでくっつけたくなるわ。

 ――仕方ない、ちょっとイジってみよう。

「そっか……残念だなあ。俺もシエスタちゃんの事狙ってたんだけどな」

「ふぇっ!」

 俺だって一応貴族だ。

 貴族からこんな事言われたら、少しは反応するだろう。

 だって、 上手くいけば、それだけで今の生活の数倍の家庭環境が約束されるのだから。

 案の定、シエスタは目を丸くして俺の話を聞いている。

「だって、俺の目から見ても、シエスタちゃんって可愛いと思うし……でも、そっか。シエスタちゃんだって女の子だもんね。やっぱり俺みたいな頼りない奴よりはカッコいい騎士様の方が良いよね」

「ふえええぇぇぇっっ!!」

「そっか……サイト君みたいな人が君のタイプだったのか……こりゃ失敗しちゃったな。でも応援してるから。絶対に上手くいくんだよ!」

「ふにゃあああぁぁぁ……」

 すっごい複雑そうな顔をしているシエスタ。

 うん……面白い。

 さっきまで散々退屈な惚気話を聞かされた仕返しだ。

 嬉しいような……悲しいような……困ったような……。

 あらゆる感情をミキサーにぶち込んでごちゃまぜにしたものをフライパン上でごま油と共に炒め、そこにご飯をプラスして炒め、それらをまとめてゴミ箱に捨てた後、冷蔵庫からスーパーで買ったお惣菜を出してきてチンして食べた様な顔をしている。

「あうあうあう……」

 混乱のあまり、目の中がぐるぐると渦巻いてるシエスタ。

 ……純情な子だなあ。

 うちの妹とは大違いだ。

 これからも彼女には純情なままでいて欲しい。

 さて、そろそろ潮時だろう。

「なーんてね。冗談だよ」

「ふわっ?!」

 先ほどから随分と不思議な擬音語を発しているシエスタ。

 異世界の言語のボキャブラリーがそこまで多いと、俺としても対応に困るぞ。

「そんなシエスタちゃんが困るような事は言わないから安心してくれたまえ」

「先ほど言いました!」

「だから、もう言わないからさ」

 そう言って笑う俺。

「うう……レイラさんは意地悪です」

 先ほどまでの真っ赤だった顔をとたんにしゅんとうつむかせるシエスタ。

 だけど、君が悪いんだぞ。

 あんまりにも退屈な惚気話を延々と聞かせるから。

 ……よし、今後ともシエスタの惚気話に付き合わされたら必ずいじる方針で行こう。

 決めた。

 もう決めた。

「レイラさんに騙されました。汚されました」

「表現が危ないぞ」

 この子、純粋なんじゃ無かったのか?

 変な所だけ大人なのか?

 マセてるのか?

 マセガキなのか?

「許しません。もうレイラさんと絶好です。口きいてあげません」

「随分と拗ね方が子供っぽいな」

「子供っぽくても怒ってるんです。レイラさんは私に許してもらえるよう提案するべきです」

「はあ……」

 なんか、随分と中途半端な拗ね方をされたため、正直反応に困るのだが……。

 まあ良いか、此処はのってあげるか。

「はいはい……じゃあシエスタちゃん、どうかわたしを許して下さい」

「嫌です」

 ……イラっときた。

 あれれー?

 シエスタってこんなキャラだったっけ?

 何か、俺のイメージと違うぞ?

 もっと可愛らしかった筈なんだけれどなあ……。

「どうして許してくれないのかな?」

「誠意が感じられません」

 ……この子は一体何様のつもりなんでしょう?

 何故、俺は謝罪しているのでしょう?

 俺は、頬がピクピクとひきつるのを感じながら、彼女に聞く。

「じゃあ、俺はどうしたら良いのかな?」

「誠意を見せてください。見せてくれたら許します」

 そう言って、こちらに顔を向けて瞳を閉じるシエスタ。

 その唇が、そっと細められ、つきだされる。

 ……はい?

「これはどういうことですか?」

「レイラさんは乙女の純情を傷つけました」

「まあ、傷つけたと仮定しましょう」

「傷つけたからには、それなりの責任を取る必要がある筈です」

「責任放棄は?」

「始祖が許しません」

 俺はブリミル教徒ではないんだけどなあ……。。

「レイラさん……」

 少しだけ開かれた瞳はうるんでいて。

 やや、上目遣いに俺を見て。

「私の初めて……貰って下さい……」

 ゆっくりと近づく彼女の顔。

 ふんわりと漂う石鹸の香り。

 だらだらと流れる滝の様な汗。

 ――何処だ?

 俺は何処でこんなフラグを立てた?

 原作をぶち壊すかのようなフラグを俺は何処で建てたんだ?

「えっと……シエスタちゃん? これは……」

「キスしてくれたら……許してあげます」

 おそらく、俺の顔は真っ赤になっているだろう。

 そりゃ、見なくても分かる。

 だって、目の前にこんなに可愛い子がキスをせがんでいるんだもの。

 鼓動の音が聞こえるんだもの。

 ドクン――ドクン、と耳の奥で聞こえるメロディ。

 ゆっくりと進む時間。

 ごくりと、自分がつばを飲むのが分かった。

 俺の目は、彼女の唇、その一点。

 そこ以外の何も見えない。

 柔らかそうな、その唇。

 みずみずしく潤ったそこ。

 それは妖艶に俺を誘う。

 おじいちゃん――俺、して良いのかなあ?

 俺、一歩進んじゃって良いのかなあ?

 原作が壊れちゃうかもしれないよ。

 でも、していいのかなあ?

 何処かからおじいちゃんの声が聞こえた気がする。

 遠く、遠く、記憶のかなたから聞こえて来たような声。

「……良いんじゃない?」

 それは、はるか遠く。

 草原のかなたから聞こえて来たような声。

「そこに可愛い女の子がいるのなら……良いんじゃない?」

 そうか……。

 良いんだね、おじいちゃん。

 俺、キスしちゃっても良いんだね?

 俺は、遠い記憶の世界から帰還。

 ――さて。

 おじいちゃんは良いと言った。

 こうなったらもう後は……やるしかない!

 覚悟を決める俺。

 そうだね。

 原作ファンには殺されるかもしれない。

 この話に期待している人には殺されるかもしれない。

 でも、俺は此処で幸せになるんだ。

 リア充になってみせるんだ!

 恋人と歩く日々を過ごすんだ!

 コンディションオールグリーン。

 空は快晴。

 場所は厨房裏!

 さあ行くぞ!

 俺は新境地を!

 開拓する!

「なーんちゃって!」

 そんな明るく元気な……。

 だけど、俺の全てをぶち壊すような声が聞こえて来たのは、その直後だった。

「……は?」

「あはは、レイラさん真っ赤ですよ!」

 そう言って笑うシエスタ。

 ――はい?

「さっきのお返しです! これで少しは私の気持ちわかったでしょう」

 そう言って満足そうに胸を張るシエスタ。

 ――えーっと、つまり、どういうことだ?

 俺は、シエスタに見事やり返されたと。

 いたいぐらいにしっぺ返しを食らったと。

 ……やられた!

 それに気付いた瞬間、俺は即座に後ろを振り向き、滝の様な涙を流す。

 くそう!

 俺の純情をもてあそびやがって!

 俺の恋心を返せ!

「これに懲りたら、二度と乙女の純情を踏みにじらない事です」

 ああ懲りたさ。

 こんな気持ち、切なすぎるさ。

 切なき涙を流す俺。

 ああ……恋なんて俺にはやはり遠い物だったんだな。

 その内良い人見つかるかなあ。

 でも、あの両親だしな。

 記憶は別としても、あの両親の血を引いているんだよな。

そんな風に悲観にくれる俺。

「――意気地なし」

 だから俺は、そんな風にシエスタが呟いていた事を、この時はまだ知らなかった。

 まあ、そんなこんなで、今日も世界は平和に回っているのだった。



[27345] 手ってこんなに暖かかったっけ? そのなな
Name: 柳城寺 蛍◆c99426ab ID:a424e81c
Date: 2011/04/22 03:15
 正直な話、俺は決闘という言葉があまり好きではない。

 ……というより、争い事がそもそも好きではないのだ。

 争い事が嫌いで、痛い事はもっと嫌い。

 争い事なんてのは実際、話し合いで解決が可能な事が殆どなのだ。

 話しあいで解決できる、だけど面倒だから戦おうと。

 確かに、人はきっと本能的に争う生き物なのだろう。

 狩猟生活をしていたころから、人は他の動物と争い、その日の糧を得て、生き延びてきた。

 それは人間というよりも、生物としての本能。

 理屈がどうこうとか、そう言う以前の問題で、あるべくしてある物。

 覆せなければ、覆す必要のない事象。

 そして、その食料問題を、生産という手段を用いて、争いなしに得られるようになった今現在の人間たち。

 向ける対象の無くなったその本能は――今度は同族に対して向けられると。

 まあ、別にだからと言ってどうということではないのだが。

 とにかく、人は生まれながらにして争う生き物なのである。

 それはきっと遺伝子レベルで構築されている事象である為、どうしようもない。

 虚無の魔法だったらどうにかできるのか?

 どうにかできるとしても、どうにかする必要がないだろう。

 どうにかしちゃったりしたら――俺みたいな人間がまた生産される事になるのだから。

 だけどそれでも――そんなだからかもしれないが、俺は争いが嫌いだ。

 本能と逸脱した理屈。

 だけど、嫌いなものは仕方ない。

 誰にだって一つ二つはあるだろう、好き嫌い。

 俺の場合は、それが茄子と、調理したトマトと、コンソメと、そして争いだったというだけだ。

 そして、大抵の人はそれらの物を、問題なく食べるのだろう。

 そう、問題なく決闘をしたりするのが、きっとこの世界における、普通なのだろう。

 ――そんなわけで、現在は中庭。

 本塔の壁に吊るされ、ぶらりぶらりと揺れる才人。

 それを何の気なしに眺めるシャイニングスターとルイズ。

 因みに、参加の方法は実に簡単。

 シアと二人プラス一匹で、中庭をぶらぶらと散歩していただけだ。

 一人だと怪しいかもしれないから二人。

「たまには、二人で月夜の中、散歩でもしない?」

 そんな風に誘ったら、幸運にも二つ返事で受けてくれたシア。

 そのまま二人で月光の下を歩く事しばし。

 ――今度、サイトにでもあげようかなと思って特性のアクセサリーの製造をシアにお願いしていたあたりで、ちょうどルイズたちがやって来た。

 探知の魔法を、こっそりと使ってみたが、フーケもまだちゃんといてくれている模様。

 そのまま、俺が提案するまでも無く、キュルケ達に誘われ、あれよこれよという間に原作の状態が出来上がった。

 キュルケ達にあった当初は、若干ながら機嫌の悪くなったシアだったが、頭を撫でてやったら大人しくなったので問題はあまりない。

 強いてあげれば、俺とは一度も話した事のないルイズが、疑惑満載の目で俺を睨んできた事。

 後は――何故か才人の中で俺に対する好感度が異常に高くなってるという事だけだった。

 例えば、今現在だってそれは同じ事が言える。

「レイラ! お前だけが頼りだ! 助けてくれ!」

 そんな風にあおられながら俺に言う才人。

 確かに気持ちはわかるが……俺には何もできないのだよ。

 これから始まる一連の流れ。

 俺は、その流れを変えてはいけない。

 だけどまあ、傍にいたいとは――楽しみたいとは思うんだけどね。

 だから此処は心を鬼にして――というより悪魔にして、才人に応える

「俺としてもな……お前の気持ちはよくわかる。痛いほどわかる。しかしな……おそらくはお前の世界でも同じだっただろう常識がこちらでも当てはまるのだよ」

 俺は切なげに目を細め、彼を見る。

「男性は女性に勝てない」

「確かに、俺の世界にもその常識はあった」

 別に、力ずくとか、そう言うことの話をしているわけではない。

 ただ単純に――理屈抜きで勝てないのだ。

 勝ってはいけないのだ。

 ――何かよくわからないけど、そうなのだからしかたない。

 世界の常識、不変の理屈。

 男尊女卑の時代はとうに過ぎ、女尊男卑の時代なのだ。

 女性は大切にね!

 ばーい紳士同盟。

 そんなわけで現在、キュルケとルイズの決闘、その真っ最中であった。

 何ともまったりした空気の俺&タバサ&シアと、バチバチと火花を散らせるルイズとキュルケ。

 審査員たる俺たちは現在、シルフィードの上でまったりサイトを観察中。

 いやあ、才人が今にも泣きそうな顔でこっち見てる。

 ――あれ?

 原作でもこうだったっけ?

 ――まあ良いか。

「まあ、安心しな。いざって時は助けてやるから」

 そう言って笑いかければ、才人は泣きそうな顔ながらも安心した模様。

 先ほどよりは若干わめくのを控えめにしてくれた。

 僥倖僥倖。

「少なくとも命の保証はしてやるよ。こう見えても俺は心優しいんだぜ」

「ああ、それは何となく知ってる。だから……信じてるぞ。レイラ」

「頼まれた以上はしっかりと請け負うさ」

 必殺仕事人。

 やることはしっかりやるさ。

 有言実行に定評のあるメイジ――レイラ・ド・レリスウェイクさ。

 それに――きっと――

「ファイアーボール!」

 ――君には当たらないから。

 辺りに響く轟音。

 事前に覚悟していたとはいえ―一瞬早く耳を塞いでたとはいえ、やはりすごい音だった。

 空気が音だけでビリビリと震える。

 あまりの音に、シルフィードでさえ悲鳴を上げた。

 ――それでも俺の頭の上でぐったりしているフェリス……流石だとしか言えない。

「ぎゃあああぁぁぁ!!!」

 爆音に負けず劣らずの悲鳴をあげる才人。

 ……まあ、そりゃ怖いだろうなあ。

 何しろ、リアルに命の危機を感じるほどだからなあ。

 少し離れてた俺でさえ命の危機を感じたもん。

 あれだけ近くで……それも、爆風でひもが切れそうなほどの威力だったら――。

 考えるのはやめておこう。

 そこにきっと、幸せな未来は待っていない。

「殺す気か! レイラがいなかったら、俺はおまえとの主従関係を絶っていたところだぞ!」

「うるさい! 素直に落ちなさいよ!」

「この高さから落ちたら死ぬだろうが!」

「とにかく、次のキュルケの攻撃は避けなさい! これは命令よ!」

「俺を見ろ! 避けるどころか動ける分けねえだろうが!」

「問答無用よ!」

「ずいぶんと理不尽な会話だなあ」

「……どっちもいろいろと残念」

「お兄様、私高所恐怖症なんですの」

「そうか、なら降りるか?」

「でも、お兄様とは離れたくありません。だから襲……抱きついても良いですか?」

「そこは手を握ってとか、その程度にとどめておけば認めたのだが、惜しいことをしたな」

「惜しい! 加減がわからない!」

「……高いところ怖い」

「そうか。この間のおまえのフライの方がずっと高いところを飛んでたけどな」

「……ちっ」

 口論する才人とルイズ。

 それをぼんやりと見ながら会話する俺ら。

 うん。

 非常に温度差が激しい。

 地上ではキュルケとルイズが何か言い争っているが……。

 ここでは聞き取れないな。

まあ、どうせ大したことは話していないだろう。

 キュルケについてはそこまで成長を促すような会話をしているつもりは無いし、ルイズに至っては、今日会話したのが初めてなのだ。

 おそらくは大体が原作通り。

 大した変化は無いだろう。

 まあ、あったら帰って困るのだが……。

 と、今度はキュルケの番らしい。

 真剣な表情と共に、彼女が杖を振れば現れる、メロンほどの大きさの火球。

 それは、キュルケの元を離れると、まっすぐにこちらに飛んでくる。

 まあ、あの安定感なら当たるだろうな。

「ま、ちゃんと助けてやるから安心しな」

「え? あ……うん」

 少し大人しくなる才人。

 そしてキュルケの火球は的確にロープを焼き、才人は落下した。

 目を堅く閉じていることから、相当な恐怖を感じてはいるのだろう。

 しかしまあ……それだけ俺は信頼されてるって判断しても良いのかな?

 まあ、信頼には応えねば。

 というわけで、軽く杖を振って才人にレビテーションをかける。

 ゆっくりと地面に足をつく才人。

 そして、そのまま地面に膝をついた。

「ああ……大地ってすばらしい」

「本能的に土属性メイジになりそうな台詞だな」

 才人を追って一緒に降りてきた俺。

 確かに、フライは羽が出るけど、レビテーションだけなら出さずにも可能なのだよ。

「おう、レイラ――本当にありがとうな」

「ま、お礼はそのうち返してくれりゃ良いさ」

「おう! 絶対にこの借りは返す!」

 何故かは知らんがやたらと感激しているサイト。

 いや、俺だって流石にあのまま落とすような人でなしじゃないさ。

 とまあ、ひと段落ついたところで……と。

 さて、そろそろか――。

 俺は鈍い足音に気付くと、ゆったりと後ろを振り向いた。

 土くれのフーケ。

 どうぞ、原作の流れをよろしく頼みましたよ。











 予定調和。

 あるべきものは、あるべきままに。

 決められた道筋をなぞるがごとく、話は進む。

 これと言った変化はなく、あえて付け加えるなら、此処に俺とシアがいるという事。

 その程度だろう。

 ほんのり変わるも、変わらない世界。

 はてさて、そんなわけで、俺も無事に捜索隊に参加する事になりました。

 まあ、あの流れならば、ごく自然だろう。

 むしろ、参加しない方が、視線が痛い事になりそうだし。

 なんでお前参加しないんだよ。

 お前だけ逃げるの?

 うっわ、卑怯者だ!

 って。

 まあ、才人たちの面白展開が見れる分、俺としては是非とも参加させてもらいたいんだけどね。

 最も、才人たちが絡んでなかったら、是非とも断らせて頂いたがな。

 時は進み、現在地は馬車の中。

 ぎっこらぎっこら揺れる馬車にて、皆が皆、思い思いの時間を過ごしてる。

 キュルケ、才人、ルイズは向こうでなんかやってるし、シアは相変わらず俺にくっついてて、フェリスはだらんとしてて、タバサは俺の隣で読書なんかしてたり。

 そう言えば、タバサが読書をしているところを久しぶりにみた気がする。

 原作だと、永遠の様に読書してた筈なのに……。

 これも破綻の兆しなのだろうか。

 それにしても……原作中ってこんなに気を張ってる事ばっかりだっただろうか?

 何故かは知らんが、地味に休憩が取れない。

 覚悟はしていたけれど、想像以上にこれはつらいぞ。

 一々イベントを楽しむのも大事だが、所々で休憩も取らないと……何かやらかしそうで怖い。

 だんだん考えが纏まらなくなってきているのも、それが原因だろう。

 近いうちに俺自身が何かやらかさない事を……俺は祈る。

「……あなたは――」

 ふと、隣で本から顔を上げながらタバサが呟く。

「……あなたは何故今回参加したの?」

 こてんと、首をかしげながらの言葉。

 うーむ。

 何故って聞かれると困るな。

 素直に楽しみたいからとは言えないし……。

 かと言って、責任を感じた為――って言うのも俺らしくなくて信じてもらえないだろうしな。

 となると――此処は妥当な答えを返しておこう。

「考えてもみなよ、このメンバーを――」

 そう言って馬車の中を見渡す。

 ルイズ、キュルケ、タバサ、ミス・ロングビル、アレイシア――、そして才人。

「男として……いち、紳士として、誰か一人で女の子を独占するなんて許せないだろうが!」

 全力を込めて俺は言った。

 思わず握りこぶしを作ってしまったが、それは御愛嬌。

 だってだよ。

 原作読んでる最中はあんまり気付かなかったけどこれ――この時点でハーレムだよ!

 男の夢だよ!

 それなのに才人ったらさっきからおろおろしちゃって!

 黙ってこんな幸せな空間を作らせるかってんだ。

 幸せはやっぱり皆で分け合わなければ。

 そうだろう?

 おじいちゃん。

「……想像通りの愚かな答え」

「全男性陣の永遠の夢を、愚かの一言で切り捨てられた!」

「お兄様! 私、早く風の偏在を覚えて、お兄様の夢を私一人で叶えてみせますわ!」

「言わせてもらうと、全部顔がお前だったらそれはそれで嫌だな。お前は一人だからこそ良いんだ」

「まあ、私にそんな魅力が!」

「因みに、偏在に加えてフェイスチェンジを使ってくれるなら俺としては大歓迎だ」

「努力しますわ! お兄様の為! 私の全力を尽くしてトレーニングをしますの!」

「……とても愚かだけれど。……とても、あなたらしい理由で良かった」

「タバサ、それは褒められてるのか?」

「……微妙」

「お前の“微妙”という評価を肯定的な意味にとり始めるまでになった俺がいるぞ!」

「……進歩進歩」

「何も喜ばしい事では無い! 拍手をするな! シアものるな!」

 こんな拍手何も嬉しくない。

「それにさ……冗談抜きで、ルイズの使い魔くんを除いたら他全員女の子じゃん」

 俺は恥ずかしげに頬を掻きながら言葉を続ける。

 キョトンと俺を見るタバサ。

「女の子だけで危ない場所に向かわせるってのはさ。俺としては許せない――ってああ! 恥ずかしい!」

「……それがたとえ足手まといにしかならなくても?」

「壁くらいにはなるだろ。女の子を守るのが、男に産まれた俺の使命だ」

 あっけらかんと言った俺。

 それに対して、ポカンとしているタバサ。

 あれ――こんな話、今までした事無かったっけ?

 確かに、こんなに深い話題にはなった事がないわな。

「少なくとも俺は君の騎士(シュヴァリエ)ではあると自負してるぜ」

 しばらくは茫然とした時間が過ぎた。

 キュルケ達の方は、ミス・ロングビル含めて色々と話しているみたいだけど。

「……クスッ」

 と、不意に噴き出すような笑いがタバサの口から洩れた。

 クスクスと笑い始めるタバサ。

 こいつ……ホントに笑うようになったよなあ。

 笑うようになっちゃったんだよなあ。

 原作……まあ良いか。

 確かに原作からは破綻してるかもしれないけど、笑うようになったならばそれはきっと良い事なのだろう。

 少なくとも、俺にとって笑顔は良い事だ。

 だって、笑顔は楽しみの象徴だから。

 俺が楽しくて、皆も楽しくて。

 そんなのが一番じゃあありませんかい?

「……随分とキザなセリフ」

「うっせ! 言ってるこっちだって相当に恥ずかしいんだ!」

 今更それを蒸し返すな。

 こっちだって覚悟して言ってるんだ。

「はあ……まったくお兄様は……」

 俺の隣でやれやれと首を振るシア。

 ん?

 どうしたんだ?

「うちのお兄様がご迷惑おかけしますね」

「……ん。気にしてない」

「こちら、非常に鈍感で鈍いくせに、ああいう事をさらっと言うのですよ」

「……一寸先は闇」

「まったくもって、おっしゃる通り。未来が怖くて怖くて」

 ため息交じりのシアと意気投合するタバサ。

 なんだ?

 俺が何かしたのか?

「お兄様はそのまま鈍いままでいれば良いんですよ!」

 そう言ってアッカンベーをする我が妹。

 ――全く持って意味が分からない。











******************************



――決闘の途中――ライバルたちの会話。





「ヴァリエール……」

「なによ! あなたの剣なんか絶対に使わせないんだから!」

「それはそれとしてね……あなたはこの決闘に疑問は無いの?」

「疑問? 無いわね。私たちは貴族。ならばどちらが正しいかを魔法で決めるのは至って普通のことよ」

「例えば、さっきの爆発が、ダーリンに当たったりしたらとか……考えなかった?」

「私がそんなへまをする筈ないでしょ。それに疑問があるとすれば、明らかに火属性のあなたに有利な勝負内容ってことぐらいかしらね。」

「そう。私としては冗談で提案したつもりだったんだけれど……まさか此処まで本気にするとわね」

「冗談? これだから成金のゲルマニアはいやだわ。貴族の決闘というものの重要性。そしてそれにかける誇りをまるで理解していないのだわ」

「……そうね。確かに、私は貴族ってものについて鈍い……いえ、鈍くなったわね」

「これだからツェルプストーは嫌だわ! まったく品がないのだから」

「品がない……ね」

 呟くとキュルケは杖を構える。

 狙いはダーリンを狙うロープ。

 絶対に外すわけにはいかない。

 いや、外しても良いから、絶対にダーリンに当ててはいけない。

 私の魔法は火の魔法。

 一瞬にして、命を奪う魔法。

 “破壊”と“情熱”の魔法。

 だから間違っても、“破壊”をしてはいけない。

 少しの緊張と共に、じんわりと汗をかいたのがわかる。

「私だったらどうするか……ね」

 いつか、あの変わり者が言った言葉が思い出される。

 小さなつぶやきは、ルイズにさえ聞こえなかった筈だ。

 私だったら、フレイムの餌にヴァリエールの肉を与えたくないからってわざわざこんな勝負をするか?

 いやしない。

 負けを認めてでも、フレイムを危ない目になんてあわせない。

 それは――貴族の誇りがないという事なのだろうか。

 守りたい物の為に、敵に背を向けるのは誇りがないという事なのだろうか。

 まだ、私には、その答えは出せそうにない。

 だけど、少なくとも――今の私はこの考えに後悔はしていない。

「ファイアーボール」

 丁寧に紡いだ呪文は、恐ろしく綺麗な火球となって、私の気持ちを表現してくれた。



[27345] 手ってこんなに暖かかったっけ? そのはち
Name: 柳城寺 蛍◆c99426ab ID:a424e81c
Date: 2011/04/22 03:16
 山中の別荘――。

「とは、お世辞にも言えそうにねえな」

 俺は目の前に開けた景色を眺めながら一人つぶやく。

 別荘――というよりはどう見ても廃屋。

 ――いや、廃屋という表現さえまだ生易しいかもしれない。

 それにしても疑問なのは、何故この環境に誰も疑問を抱かないのだろう?

 この廃屋、どう考えても人が生活するにしてはぼろぼろ過ぎて難しい筈だ。

 雨漏りどころの話では無い。

 これだったら、学院の廊下で寝ていた才人の方が遥かに快適な生活だっただろう。

 もし、宝物を一時的に隠すだけならば、何処か地中に埋めておけばいいのだろうし。

 土メイジなら、それこそ得意分野な筈だ。

 ――これが貴族の価値観なのだろうか?

 貴族の価値観。

 貴族の世界観。

 貴族の常識。

 貴族の魔法。

 それら、一本でつながるこの世の理。

 まあいい、そろそろ俺はシアを連れて安全圏へと逃げるとしよう。

「俺とシアは念のために少し離れた場所から見てる。土属性だから逃げ道やその他を絞るのにも力になれる筈だ。まあ、いわゆる最終防衛ラインだな」

「……お願い」

 納得したらしいタバサ達と分かれて森に向かう俺とシア。

 これで原作通りの配置になった筈だ。

 後は此処からゆっくりと高みの見物をさせていただこう。

 さて――。

「お兄様……」

 と、隣にいたシアが俺の裾を掴んできた。

 振り返ると顔を伏せたシアがポツリポツリと言葉を話す。

「お兄様は……怖くないのですか?」

 投げかけられたのは疑問。

 当然あるべき疑問。

 この場にいる者たちが等しく抱いている筈の感情の吐露だった。

「私は怖いです。土のトライアングルと言ったって、私は自分の命が心配で怖いです。自分の命だけじゃなくて、タバサさんの命も、キュルケさんの命も、ルイズさんの命も、ルイズさんの使い魔さんの命も、ミス・ロングビルの命も――そしてなにより、お兄様の命を失うのが怖いです」

 本来あるべき、常識的な考え方。

 確かに、こう考えるのが普通だろう。

 普通は怖いのだ。

 半端無く怖いのだ。

 トライアングルだ。

 ダイヤモンドが錬金出来る。

 この世界には今までなかった鋼鉄が作れる。

 ――だからなんだ。

 戦場なんて経験したことがない。

 命の取り合いなんて経験がない。

 こちとら普通の学生なのだ。

 家出した時の俺や仕事中のタバサみたいに――命の危険を感じる状況なんて普通はあり得ないのだ。

 のんきに平和に――皆で笑って過ごしている筈なのだ。

 原作を読んでいる時は実感のなかった感情。

 実際に触れてみて――やってみて初めて分かる感情。

 本当の恐怖。

 シアだって――それくらいは感じて当然だ。

 だって彼女は――普通の女の子なのだから。

 ルイズたちは仕方がないのかもしれない。

 だけどシアの場合は。

 彼女だけは、俺が原因でこの捜索隊についてきたのだ。

 だから、彼女については、俺が責任者で保護者だ。

 ――いや、冷静に考えれば、その考えさえおこがましい。

 彼女だけでなく、ルイズたちにだって、同じ事が言える筈だ。

 皆、此処では死ぬ予定では無い。

 だからもし……万が一そんな事があったら、それは俺の責任だ。

 俺が原作を破綻させたから……。

「シア、俺はどんな人間だかわかるかい?」

 だから俺は、彼女に語りかける。

「――どんな――人間?」

「俺は、レリスウェイク家の長男だ」

 ある程度離れた草場に座りながら俺は続ける。

 そろそろ、大丈夫だろう。

 良い感じの場所な筈だ。

「俺はレリスウェイク家の長男で――アレイシア・ディーン・ド・イー・レリスウェイクのお兄ちゃんだ」

「お兄様……」

「お兄ちゃんってのはな……いつでも妹に頼られる存在でいなければ……妹が安心して頼れる存在でなければならないんだよ」

 そう言って、俺は妹の手をそっと握った。

 その手は信じられない程小刻みに揺れている。

 本気でこんなの信じられない。

 だってこれ――殆ど俺の手が震えているんだぜ。

「こ、これは……」

「俺をなめちゃいけねえぜ。俺は人一倍臆病なんだ。あんなでっかいゴーレム前にしたら、本気で逃げ出したくなるぐらいビビりなんだ。だけどな。だけど俺は逃げ出せないんだよ。傍に可愛い妹がいる限り、近くに可憐な女の子がいる限り、それを守りきれないなんて――俺自身が絶対許せない」

 震える手を離して、俺は改めて小屋に向き直る。

 分かっていても怖いものは怖いんだ。

 安全だと分かっていてもゴジラが目の前に現れたら怖いんだ。

 それと同じ――でも。

 でも、俺は逃げない。

 貴族の誇りだとか――そんな高尚なものではないけれど。

 守るために俺は全力を尽くす。

 皆が笑って、俺が怒って、最後には俺を含めた皆が笑う。

 その為ならどんなピエロだって演じてみせよう。

 喜劇結構!

 苦笑結構!

 それが俺のあるべき姿だ。





 ――パチリ。





 何か――何かが俺の中で外れた気がした。

 見えなかったものが見えるようになった気がする。

 急に視界が明るくなった気がする。

 理由なんてわからない。

 視界も何も変わっていない。

 だけど――世界が変わった。

 色が鮮やかになった。

 肩が軽くなった。

 ――これは一体。

「ならばお兄様――」

 それを確認する前。

 確認するより先に、再び指先に温かいものが触れた。

 震える指先。

 それがじんわりと温かくなる。

 手を繋ぐ妹。

 一組の兄妹。

 何てことは無い、別になにしたわけでもない。

 ただ手を繋いだだけ。

 それだけで――。

 指先から伝わる温かさだけで――。

「存分に頼らせていただきますわ」

 指先の震えが止まっていく。

「ははは、震えが止まったな」

「私も、震えが止まりました」

 二人、小さな声で笑いあう。

 なるほど――よくわからないけど。

 頼られるってもの良いものだな。

 なんか――想像以上に暖かい。

 この暖かさがあれば……何でもやれる気がする。

「どうやら、寒かっただけみたいだ」

「お兄様の手は暖かいですからね」

「お前の手を今後、暖房器具として使わせてもらおう」

「私でしたらいつでもどうぞ」

 覚悟は決まった。

 残すは向こうのクライマックスだけ。

 才人達は、ちょうど小屋の中を捜索中。

 さて――めいっぱい楽しもうじゃないですか!

 この暖かい手があれば、俺は何でもできる!

 それが、繋がりの力。

 かつて死んだ時。

 あの時は打ち付ける雨が非常に冷たかった。

 今はつないでいるこの手が暖かい。

 打ち付ける雨が、俺の体温をどんどん奪っていった。

 今は支え合う心が、俺の鼓動を激しくさせる。

 そしてその時も確か――。

 ――あれ?

 ――寒かった?

 かつて死んだ時、俺は確かに寒かった。

 雨の中、倒れていく俺の手は冷たかった筈だ。

 だって、傘なんて差していなかったんだから。

 ……降りしきる雨の下、俺を支える幼馴染。

 ……確か、彼女の手は、俺の両肩に回されていた筈だ。

 俺は寒かった。

 死ぬ時……とても寒かった。

 でもなんで?

 何で今まで――











 ――それを忘れていたんだろう?











 何で……そんな当たり前の記憶を……忘れていたんだろう?

 俺の中に悪寒が走った。

 此処までやって来て……初めて違和感を感じた。

 その違和感が何か考えるより先。

 その思考は、妹の声によって中断される事になった。

「お兄様、あれを!」

 その先にあるのは巨大なゴーレム。

 なるほど――ようやっと出て来たか。

「きゃぁああああああ!」

 ルイズが悲鳴を上げる。

 それに合わせて、急いで飛び出してくる才人たち。

 だがまあ……この距離からなら安全だろう。

 慌てるルイズたち。

 実は、俺の頭の中も色々とパニックなのだが――。

「お兄様――」

 ギュッと、シアが俺の手を握って来た。

 それを感じて、俺の頭の中のチャンネルが切り替わっていく。

 手から感じる妹の体温。

 そうだ――今はこれが一番だ。

 一番重要な事だ。

 ここはハルケギニア。

 魔法の国。

 そして、俺はレイラ・ディーン・ド・イー・レリスウェイク。

 頼れるお兄ちゃんだ。

 だから――俺はこの場にいる命は絶対に失わせない。

 万が一があっても失わせたりはしない。

 だってそれは、とても大事なものだから。

 俺の全てにかけても、皆の命を守る。

 それほどに大事なものだから。

 だから――俺がその言葉にキレたのはごく自然の事だったと思う。

 問題のその発言がなされたのは、その直後の事だった。



[27345] 手ってこんなに暖かかったっけ? そのきゅう
Name: 柳城寺 蛍◆c99426ab ID:a424e81c
Date: 2011/04/22 03:17
「きゃぁああああああ!」

 私が思わず叫び声を上げたのは、才人達が『破壊の杖』を見つけた直後だった。

 むくむくと一瞬にして膨れ上がった地面。

 それはやがて人の形になり、巨大なゴーレムになる。

 土でできた巨大なゴーレム。

「どうした! ルイズ!」

 小屋の中から、駄犬がこちらに声をかける。

 そのとたん、ゴーレムが拳を振り下ろした。

 私は思わずその場にしゃがみ込む。

 しかし、ゴーレムはそんな私に興味がないと言わんばかりに、真っ直ぐに小屋を狙った。

 扉が開くと同時に吹き飛ばされる小屋の屋根。

 駄犬たちが、驚きに目を見開いている。

 ――私はなにをしていたんだろう?

 そんな疑問が私の中に沸いた。

 私は見張りを任されていたのでは?

 なのに何故……こんなにも近づくまで……反応できなかったのだろう。

「ゴーレム!」

 キュルケが叫んだ。

 それに合わせるようにして反応したタバサが唱えた風の呪文。

 巨大な竜巻がゴーレムにぶつかるも、まるで反応がない。

 キュルケがその無駄な塊から杖を引きぬき、呪文を唱える。

 杖から炎が伸びるも、ゴーレムは意に介さない。

 そんな中私は……何もできない。

 『ゼロ』の私は……何もできない。

 水の鞭をぶつけることも。

 炎の弾丸をあてることも。

 風の槍を作り出すことも。

 土の巨壁を建てることも。

 ゼロの私には――何もできない。

「無理よこんなの!」

「退却」

 即座に判断して行動する二人。

 ゼロの私。

 だけど、そんな私だって、何か出来る筈なんだ!

 ゼロだからって――私にも何かができる筈なんだ!

 私はルーンを唱える。

 まったく自分の中で波長の合わない調べ。

 それを唱え、杖を振り下ろす。

 起きたのは予想通りの爆発。

 何にもならない――ただの爆発。

「逃げろ! ルイズ!」

 大っきらいな使い魔の声が聞こえる。

 使い魔の分際で私に指示を?

 ふざけるんじゃないわよ!

 使い魔は黙って私に従ってなさい!

 私は唇を噛み締め――怒鳴り返す。

「いやよ! あいつを捕まえれば、誰ももう、わたしをゼロのルイズとは呼ばないでしょ!」

「あのな! ゴーレムの大きさを見ろ! あんなヤツに勝てるワケねえだろ!」

「やってみなくちゃ、わかんないじゃない!」

「無理だっつの!」

 なによ!

 なによなによなによ!

 さっきから偉そうに!

 何で無理だって決めつけるのよ!

 あんたが……あんたが私に希望を見せたんでしょうが!

「あんた言ったじゃない」

「え?」

 あんたが、私に可能性を見せたんでしょうが!

「ギーシュにボコボコニされたとき、何度も立ち上がって、言ったじゃない。下げたくない頭は下げられないって」

「そりゃ、言ったけど!」

 あんたが、私に未来を見せたんでしょうが!

「私だってそうよ。ささやかだけど、プライドってもんがあるのよ。ここで逃げたら、ゼロのルイズだから逃げたって言われるわ!」

 それが私が今まで散々聞かされてきた誇り。

 貴族としての生き方。

 私の全て。

 その為なら、命をかけられる程――大事な物。

「いいじゃねえかよ! 言わせとけよ!」

 だから――そんな無責任なあいつの言葉は酷く私を苛立たせる。

 イライライライラ――。

 あいつが来てからずっと続くこの感情。

 私が散々大切にしてきた物。

 今までの全てに、あいつは真っ向から喧嘩を売って来る。

 平民のくせに。

 平民のくせに。

 平民のくせに平民のくせに平民のくせに平民のくせに平民のくせに平民のくせに平民のくせに平民のくせに平民のくせに平民のくせに平民のくせに平民のくせに平民のくせに平民のくせに平民のくせに平民のくせに平民のくせに平民のくせに平民のくせに平民のくせに平民のくせに平民のくせに平民のくせに平民のくせに平民のくせに平民のくせに平民のくせに平民のくせに平民のくせに平民のくせに平民のくせに平民のくせに平民のくせに平民のくせに平民のくせに平民のくせに平民のくせに平民のくせに平民のくせに平民のくせに平民のくせに平民のくせに平民のくせに平民のくせに平民のくせに平民のくせに平民のくせに平民のくせに平民のくせに平民のくせに

 私は固く杖を握る。

 これが私の全て。

 私の唯一。

「わたしは貴族よ。魔法が使える者を貴族と呼ぶんじゃないわ」

 それは悲鳴。

 心からの叫び。

 押さえつけられた感情はうねりを上げて、私の中からあふれ出す。

「敵に後ろを見せない者を貴族と呼ぶのよ。その為なら――その為ならこんな命くらい!」

 だから、その言葉は、私の本音。

 本当の思い。

 ゆるぎない詠唱!

「こんな命くらい、捨ててやるわ!」

 そして次の瞬間――私は何が起きたのか分からなかった。

 気がついたのは、身体が宙を浮いていた事。

 視線を横に向けて初めて、そこにあったアースハンドで自分が殴り飛ばされた事を知った。

 ――ああ、私、吹き飛ばされてるんだ。

 そんな事を思うと同時。

 数メートル吹き飛ばされた私は、勢いそのまま、したたかに地面に身体を打ち付ける。

「げほっ! ごほっ!」

「ルイズ!」

 せき込む私に慌てて駆け寄るむかつく使い魔。

 ぼんやりとした視線を向ければ、森の奥に二人分の影が見えた。

「ありがとうシア。お前がやらなければ、俺がぶん殴ってた」

「いいえお兄様。先ほどの言葉は私もイラっときましたもの」

 一人はこちらに杖の様なものを向ける少女。

 もう一人は、肩に槍を担ぐ少年。

 白銀色に輝く二つの光。

 笑顔で語り合う兄妹。

 二人はゆっくりとこちらに近づいてくる。

 明らかな程のその笑顔からは――本来笑顔から発せられる感情はまるで感じない。

 感じるのは――明確なほどの怒り。

 恐ろしいほどの怒り。

 なんで――なんで彼らは――。

「とりあえず文句を言いたい――お前、自分の命をどう思っていやがりますか?」

 光が私に問う。

「わた……わたしは……」

「俺たちが自分たちの命をかけて守ろうとした物をこんな物って言ったか? 必死に、全力を出して生きてる俺たちに対して、命がこんな物っていったか? はっきり言おう、笑えない冗談だぞ」

 明らかに感じる怒り。

 殺気に近いほどの感情が私を襲う。

 さっきまでの比では無い。

 フーケのゴーレムと戦っていた時だって、これほどの恐怖は感じなかった。

 今感じている恐怖は先ほどまでとは明らかに異質。

 常軌を逸した恐怖。

 何処までも低く――遠く――鋭く――そして暖かい怒り。

 なんて理不尽なんだろう。

 この二人が私に怒りを向ける理由が分からない。

 何で怒っているのか分からない。

 それに触発されるように、私の中にも怒りが渦巻いていく。

「あ……あんたたちには分かんないでしょうね!」

 私が怒る対象は一組の兄妹。

 それぞれ、才能が……成長が期待される兄妹。

「わたしはゼロなのよ! あんたたちの様なポンポン魔法を使える人間じゃないの!」

 それは積もり積もった怒り。

 自分の中にあったあらゆるストレス。

 侯爵家の三女というプレッシャー。

 周りから言われる侮辱に耐えた日々。

「わたしがどういう日々を過ごしてきたか分かる? まるで関係がないのよ。道端で誰かにすれ違うだけでゼロと馬鹿にされ、何かあればゼロのせいだと言われ、魔法関係ない部分までゼロだからと蔑まれ、親には使えない魔法の練習を延々とさせられ――こんな私の気持ちが分かる? 理解できる? あなた達は私のなにが分かるってのよ!」

 心の底からの叫び。

 それらは地獄だった。

 地獄すら生ぬるい。

 そこに、私の居場所は無かった。

 私はこの世界にいてはいけない人だと思った日もあった。

 悔しさに何度枕をぬらしたか。

 悲しみに何度部屋の隅で膝を抱えたか。

 彼らはその私に対して、何を言う資格があるというのだ!

「何も分からないわな」

 対する彼の返答はそんなそっけない言葉。

 私の怒りが沸騰する。

 そしてその怒りは――。

「だったら――!」

「何も分からないけど――だからどうした?」

 ――停止した。

 彼の言葉は『だからどうした』。

 私のあらゆる苦しみを、そのたった一言で片づける。

「俺はお前の気持ちは分からないし、お前の苦しみも分からない。ましてやそんなの分かろうともしないし、分かる気もない。――だからどうした?」

 あまりの冷酷すぎる言葉。

 あまりに残酷すぎる台詞。

 それをあっけらかんとした口調で彼は言う。

「俺がそうして怒ってるか分かるか? お前がゼロだろうとそんなことは俺には関係ない。お前が苦しんでいようと、俺には関係ない。お前が周りからいじめられていようが、酷い扱いをされようが、親にどんな教育をされようが、俺には関係ない。ただな――」

 彼は私の目の前まで来た。

 地面に座り込んでる私。

 そんな私に、彼は叫ぶ。

「ただ、そんな命を俺は守るって決めたんだよ! ここにいるのは殆どが女の子。そんな女の子たちを俺が守ってやるって決めたんだよ! 怖くて怖くて――正直逃げ出したいけど、それでも決めたんだ。そんな俺が必死に守ろうとしてる物を、お前は今『こんな命、捨ててやる!』って言ったんだ、分かるか!」

「あ……あう……」

 私は声が出ない。

 あまりの剣幕に、私は動けない。

「お前がゼロだろうと、スクウェアだろうと、侯爵家の娘だろうと、平民だろうと、王女様だろうと――そんなことは関係ない。お前はルイズ! 少なくとも、俺の前ではそんなちゃちな事は関係ねえんだよ。少なくとも俺は気にしない。大事なのは何より、お前が、俺が守る責任のある命であるという事だけだ」

 何処までも強く唸る言葉。

 天高く、空を超えて遥か彼方まで。

 その言葉は凛と響く。

「やる気がねえならそこで黙ってて下さい腐れ貴族。本来の予定からずれたが……あんなこと言う奴をぶん殴れない世界だってんなら、俺は願い下げだ。そんな世界観――俺が壊してやるよ」

 そこまで言って、私に背を向ける彼ら。

 彼らが対峙するは、高さ30メイル以上のゴーレム。

 絶対に勝てる希望の無い相手。

 彼らは、それを相手に希望を捨てていない。

 彼らの瞳には、強い光がともっている。

 私は……動けない。











 正直想定外だった。

 自分でも信じられない。

 わかっていた事な筈だった。

 想定された未来だった筈だった。

 覚悟していた事。

 でも、考えるより先に身体が動いていた。

 その言葉を聞いた瞬間、何故か俺の頭の中が沸騰した。

 先ほどの何かが外れるまでは感じなかった気持ち。

 自分でも信じられない程の強い感情があふれ、気が付いたら飛び出していた。

 どうやら、それは我が妹も同様だった模様。

 必死に笑顔を作っているものの――それは俺同様――、一瞬で壊れそうな儚いもの。

「命の重さってのはな――計れねえんだよ。計れないくらい重くて、大きくて、単位なんてつけられないんだ。その程度の価値も分からないで、貴族だなんだと上辺だけ語るとか――流石に俺としてもむかつくんだわ」

 俺は、後ろを確認しない。

 本来なら、此処はルイズが協力してロケットランチャーでハッピーエンド。

 そう言う展開だろう。

 だけど――。

 だけど、俺としては許せなかった。

 命を軽く見たあの言葉が。

 俺たちが全力を尽くしている事に対する否定の言葉が。

 俺は誰の意見だって大抵は認める。

 冗談交じりに怒ったりすることはあるけれど、それでも、相手の意見は尊重する。

 でも、そんな俺にだって譲れないものはある。

 命が軽い?

 こんな命くらい?

 捨ててやる?

 ふざけないでほしい。

 価値というものをしっかりと感じて欲しい。

 そこにある物をしっかりと見て欲しい。

 きっと、そういう教育をされたのかもしれない。

 そう言う風な世界観で生きていたのかもしれない。

 それが彼女にとっての常識なのかもしれない。

 だから、そう思う事は自由だ。

 思想の自由は俺は認めている。

 そのくらいは誰だって思うのだから。

 それと同時に――。

 いや、だからこそ、俺は自分の中で絶対に曲げない意見も存在する。

 曲げないし曲げたくない。

 曲げられないし曲げようともしない。

 この世界にいる以上――。

 この世界に転生した以上――。

 この世界の命は無駄にはしない。

 この世界に存在する物を全て平等に、大切にする。

 それが俺のポリシーだ。

「だからそこで見てろ。命の大切さをかみしめてろ――自分の命さえ大切に出来ない人間に――貴族を名乗る資格は無い」

 俺は槍を構える。

 その隣に、才人が並んで剣を構えた。

「レイラ――お前、最高にカッコいいぜ」

「馬鹿野郎。今頃気づいたか」

「いんや。最初から気付いてたさ」

 そう言って二人笑いあう。

 なるほど、流石は主人公。

 決めるところは決めるじゃねえか

「それじゃ、よろしく頼むぜ」

「任せろ。こちとら――」

 二人眺めるはフーケのゴーレム。

 なるほど、小さなビルほどの大きさのそれは、随分と迫力がある。

 だけど、俺としちゃたいした問題じゃ無いわな。

 もっとも、心が震えている才人にとってもそれは同じ。

 語られるは原作通りの決め台詞。

 どうぞ存分に――ニヒルに決めちゃって下さい。

「こちとら、ゼロのルイズの使い魔だっつうの」



[27345] 手ってこんなに暖かかったっけ? そのじゅう
Name: 柳城寺 蛍◆c99426ab ID:a424e81c
Date: 2011/04/22 03:17
「タバサ! ルイズとシアを頼む!」

「……任された」

 急降下するシルフィード。

 それを尻目に、俺と才人は左右に散るように飛び出す。

 ルイズは使い物にならない(というかしたくない)し、シアは主に後衛。

 シルフィードの上から魔法をボコスカ打ってもらった方が助かる。

 俺らは、ゴーレムにとってはしょせん、周りをうろちょろ飛ぶハエの様な存在だろう。

 しかし、ハエはハエでも――中々に手ごわいハエだがな。

「錬金!」

 遠くからシアの声が聞こえた。

 とたん、ゴーレムの足が砂となって崩れ落ちる。

 なるほど――流石は錬金に特化したトライアングル。

 慣れない戦場とは言え、その実力は十分か。

 一方、才人の方も才人の方で、もう一方の足に切りかかる――。

「って折れたあぁああああ!!!!!」

「なにいいいいいいいい!!!!!」

 そうだったあああああああああ!!!!!!

 あの剣、折れるんだったああああああああ!!!!!!

 忘れてた!

 あまりに熱い展開が続くんで、その事実を忘れてた。

 驚く俺に対し、横なぎに振るわれるゴーレムの拳。

 まずい!

 才人の方に気を取られ過ぎた!

 このままだと当た――。

「アースウェイク!」

 ――と、俺の足元がぼこりと跳ね上がった。

「ぬおぉぉぉおおおおおおおおお!!!!!」

 そのまま一気に上昇。

 跳ね飛ばされるように、俺は上空に投げられる。

 ――この魔法は……。

「シア!」

「お兄様の事は私が守りますわ。何としてでも!」

 そう言って、俺に笑いかける。

 ――やれやれ。

 相変わらず頼りない兄ちゃんのままですかい?

 俺は即座に自分の身体にレビテーションをかけて、シルフィードの上に着地する。

「……大丈夫?」

 心配そうに、タバサが声をかけて来た。

「ああ。それより、向こうだ」

 見れば、俺がいなくなった分、完全に狙いを一人に絞られた才人。

 最高潮に輝く左手の為、苦戦こそしていないものの、折れた剣では決定打に欠けるのか、いまいち攻められていない。

「タバサ。破壊の杖を」

「わかった」

 タバサからそれを受け取る。

 なるほど。

 確かにしっかりした作りだ。

 さて――行こうではないか。

 ちょっと変わったストーリー。

 見せ場なんて人それぞれだが――今回ばかりは暴れさせてもらおう。

「ルイズ――今お前が使い魔の事を心配しているのと同じくらい、周りはお前の事を心配しているんだ」

 飛び降りる前、ルイズに最後のお説教をしておく。

「確かに、お前はそういう生き方をしてきたのかもしれない。貴族のなんたるかを徹底的に教わって生きてきたのかもしれない。そうなるべく努力してきたのかもしれない。でもな、体験しなきゃ分からない事もあるんだよ」

 涙目で俺を見るルイズ。

 この成長は、本来はココでしてはいけないものかもしれない。

 先でする筈の成長かもしれない。

 でも、原作の破綻を恐れて何もしないのは違うだろう。

 そんなの、俺じゃないだろう!

 俺は――もっとアクティブだろう!

 やりたい事の為に、自分が信じる者の為に、もっと積極的に動く人間だろう!

 今まで俺はなにをやっていたんだろう。

 破綻が怖くてキャラに関わらない?

 人の成長は設定の崩壊?

 違う。

 人は成長して良いんだ。

 前に進んでいいんだ。

 決められた道筋。

 レール上の人生。

 そこを歩かなきゃいけないなんて誰が決めた。

 正しいあるべき道を進む事だけが正義じゃない。

 少なくとも前世での俺は――そんな事じゃ無く――もっと格好良く生きていた筈だ。

 その為に幼馴染を庇って死んじゃったりしたけど。

 それでも、俺は自分を貫いていた筈だ!

「いろんな意見を聞いて、いろんな世界を見て、いろんな物に触れて、いろんな食事を食べて、いろんな匂いを嗅いで、そうして人は成長するんだ。だからお前も ――これから成長する。いろんな事を学んでいく。だから――これから起こる一つ一つの出来事を頭ごなしに否定せず、全てを吸収していけ、自分の力にしていけ、そうしていけばいつか――」

 俺はルイズの頭に手を置いた。

 さらさらとした髪。

 丁寧に手入れがされているだろうその髪を、俺は撫でる。

 よしよしと。

 子供をあやすように。

「うしていけばいつか――ゼロだって言われていたこの日々が笑い飛ばせるような――むしろゼロのルイズだと胸張って言えるような――ルイズはきっとそんな、立派なメイジになれるからさ」

 俺は笑顔。

 ルイズは一層泣きそうな顔。

 キュルケ達は、何故かため息をついてこちらを見てる。

 ――なんだ?

 何故にため息?

 まあいい、今はそれより――。

「それじゃ言って来る! 皆、サポート頼むぜ!」

「まかせなさい!」

「……私の魔法に抜かりはない」

「お兄様の身体に傷なんて、一つとしてつけさせませんわ!」

「…………あの馬鹿をよろしく」

 最後の、ちょっと素直じゃないルイズに苦笑しながら俺は飛び降りる。

 レビテーションを使いながら着地。

 さて、クライマックスだ!

「いくぞ!」

「レイラ!」

 向こうもこちらに気付いたらしい。

 それと同時に、俺の持っている物にも。

「受け取れエエエェェェェェエエエ!!!!!!」

 叫びながらロケットランチャーを投げる俺。

 一方、才人はフーケのゴーレムの拳を華麗によけながら宙で一回転。

 そのまま、戦隊物のヒーローの様に空中でロケットランチャーをキャッチした。

 回りながら、ロケットランチャーの装填の手順をこなす才人。

 それは戦場の戦士とかじゃない。

 もはや大道芸人の様な動きだった。

「それ決めて――終わりだ!」

「オッケー! まかせやがれ!」

 着地直前。

 逆さまの状態のまま、才人は引き金を引く。

 そして次の瞬間。

 青空の下、大輪の花火が咲いた。

「いでっ!」

 着地に失敗した才人のちょっと情けない声。

 それと共に――ちょっと色々あったフーケ騒動は幕を閉じたのだった。











 さて、物語は終われど世界は続く。

 まだまだ始まったばかりのこの物語。

 終わりなんてのは遥か彼方だ。

 それは良いとして、とりあえず今回の話はこれで終わり。

 とりあえずは一巻に相当する物語はこれでおしまい、締めくくり、エピローグ。

 だけどまあ、そのついで――というか、後日談的なものを少し話そうと思う。

 これについては深い意味は無い物の。俺としては複雑な気持ちだ。

 とりあえず、前提条件として、フーケを捕まえる際の騒動は割愛させていただく。

 あの後、ミス・ロングビルが戻って来て――以下は原作通りだ。

 特に変化ない原作通りの物語。

 実にすばらしい。

 問題があるとすれば、大きく二つ。

 フリッグの舞踏会の最中。

 それは突然だった。

「なあ……」

 一人、バルコニーにぼんやりとしていた俺に話しかけて来たのは一本の剣。

 先ほどからぼんやりとはしていたのだが、何故か才人が寄って来て、色々話してきた。

 主にそれは今回の大活躍についてだったのだが……まあ、興奮気味に話す才人は見ていて楽しいので、良しとしよう。

 問題はその後だ。

 才人がルイズに連れられてダンスをしに行った後……。

 その場に残されたデルフが俺に話しかけて来たのだった。

「お前さん……何であの時、迷わずあの『破壊の杖』を相棒に渡したんだ?」

 それは唐突に――呟かれた疑問だった。

 今までののんきな空気では無い。

 真剣さを感じさせる言葉。

「破壊の“杖”って名前なんだ……なんとかしてメイジなら使おうとするのが普通だろ。しかし、お前さんは何の躊躇も無くあれを相棒に渡した。その意味が分からない」

 先ほどよりも低い声。

 俺はワイン――は苦手なので、ミルクを口にしながらその言葉を聞く。

「いや、それだけじゃねえ。お前さんはあの場にいながら、他の全員とは恐怖の感じ方が違った」

「恐怖の感じ方なんて……」

「六千年を甘く見るんじゃねえぞ。誰がどんだけビビってるかぐらい、見りゃわかる」

 怒るようなデルフの言葉。

 パーティが遠い。

 転びそうになりながら踊る才人が遠い。

「それに第一、お前さんは使えるかどうかも分からん宝物に頼るような性格じゃねえだろう」

「ま、確かにそうだわな……」

 パーティーから目を逸らし、見上げるのは二つの月。

 まったく、物理法則どうなってるんだろうな。

 落ちてこねえのかな。

 落ちてこないでほしいな。

「お前さん……一体何者なんだ?」

「――月って綺麗だよな」

 夜空を見上げながら呟く俺。

「……ごまかすのか?」

「一つだけの月がさ――此処より小さくても儚げに浮いてる景色……それも綺麗だとは思わないか?」

「…………それって、相棒の世界の――」

「月ではウサギが餅つきしてるんだ。中々ファンシーで可愛らしいだろ」

 そう言って、俺は剣に向き直る。

 まだぼろぼろの剣。

 才人の――ガンダールヴの左手。

「俺が何者かって? それを知りたきゃ覚悟しな。生半可な覚悟じゃ――」

 そう言って俺はウインクする。

「教えられないぜ」









 それともう一つ。

 こちらはその次の朝食。

 その際に、何となく中庭で食事を取ってた時の事。

 いつも通りシアが来て、その後ろから赤青コンビが来て――その後ろにルイズと才人がついてきた。

「――はい?」

 意味が分からない。

 何でだ?

 何でルイズと才人までついてくる?

「ほら、覚悟決めたんでしょ!」

「うるさいわね! 今言おうとしていたのよ!」

 何やら口げんかをしているキュルケとルイズ。

 ――えっと、どういうことだ?

 このイベントは――、一体何なんだ?

「ああもう! ごめんなさいでした!」

 そう言って乱暴に俺に頭を下げるルイズ。

 ――はい?

「もう――もう二度とこんな命なんて言わないわ。約束する」

 ああ――その事ですか。

 あの時怒った事について謝りに来たと。

「なんだその事か。うん。わかりゃ良いんだよ。別に命が軽いって言う事が悪いわけじゃない。ただ、ろくに考えずにそれを言うなってだけ」

 まったりと笑って俺は言う。

「ちゃんと考えて――誰かに言われたからとかじゃなく――常識だからとかじゃなく、自分の考えでそれが正しいって思うのならば、それをしっかりと主張しな。もしそれが俺と対立したら、その時はしっかりと話し合おう」

 そんな俺の言葉を真面目な顔して聞くルイズ。

 なるほど、結局は環境だったのだろう。

 今までの彼女はずっと、貴族だとかどうのこうのというしがらみにとらわれていたのだろう。

 それがない環境にいれば、彼女は別の成長を遂げた。

 それだけの話だ。

「それじゃ、許してくれる?」

「許すも何も……別にもう敵対してないんだろう?」

 俺の言葉にパッと顔を輝かせるルイズ。

 ――なんだ?

 ――なんか、嫌な予感がするぞ!

「私たち、もう敵対してないのよね!」

「そうだな」

「って事は味方よね!」

「まあ、そうだが……」

「じゃあ――」

 そう言って再び頭を下げる彼女。

「私をこのチームに入れて下さい!」

 ………………………………。

 …………………………。

 ……………………。

 ………………。

 …………。

 ……。

「ワンスモアプリーズ」

「私をこのチームに入れてください」

 ……えっと、どういう事?

「つまりね、ヴァリエールも私たちと一緒に食事したいって言ってるの」

「あんたはいらないわよツェルプストー」

「ちょっと待て、俺はそもそもチームなんて組んだ覚えは無いぞ」

 そもそもが、俺がまったり食事してる所にこいつらが来ただけなんだ。

 よく知らんが、俺は責任者でも何でもないぞ!

「だって、いつもこのメンバーで話してて――シャイニングスターとかって噂されてて……」

「他の奴らがどう言ってるかは知らんが、俺は少なくとも普通に食事してるだけだ」

 なんか、変なうわさが独り歩きしてるみたいだが……。

「――なら、入れてくれる?」

「だからチームなんか組んでないっての。もし、一緒に食事したいなら椅子と食事を持ってきて食べるだけだ。別に来るもの拒まず、去る者追わずの精神だよ」

「じゃあ、私もチームに入って良いのね!」

「だから組んでないって――はあ。まあ、どうでもいいや。とりあえず規則として、料理は自分で運ばせる事。誰かに運ばせても良いけど、運んでもらった時はちゃんと毎回お礼を言う事」

「お兄様、私たちの時はそんな規則はありませんでしたが・・・・・」

「お前――」

「お兄様。お前では無くシアですわ」

「シア達は自然にそれをやっていただろうが」

 俺はため息交じりにそう呟く。

「……でも、本当に良いの?」

 ちょっと不安な顔で俺に聞くルイズ。

「此処にいるの、皆、学園でもトップクラスの生徒ばっかりだし――それに私……ゼロだし……」

「それ言ったら、俺は風狂だわな」

「……雪風」

「剛突ですわ」

「微熱ね」

 俺に合わせてそれぞれの二つ名を言ういつものメンバー。

 才人は達観しているのか信頼しているのか。

 先ほどからずっとニコニコ顔でこちらを見てる。

「少なくとも、この場ではそんな事に文句を言う奴はいねえよ。ゼロだろうが、絶望だろうが、風狂だろうが、閃光だろうが、そんな事を一々気にしちゃいないさ」

「でも……」

「一番大事なのはたった一つ――」

 サンドイッチを一つ口に含む。

 それをゆっくりと租借し、飲み込んでから一言。

「笑顔で美味く飯を食いたいかどうかってだけさ」

「お! それ美味そうだな! レイラ食っていいか!」

「自分の分は取ってこいと言っただろうが!」

「お兄様の食べかけ……是非とも私に!」

「あら、確かにおいしそうね。私も頂こうかしら」

「――手遅れ」

「タバサ! 率先して奪うな――って俺のサラダが! ああっ肉まで! チクショウ! よこせキュルケ!」

「はいあーん」

「ああっ! キュルケ様ズルイ! お兄様! 私のパンを是非!」

「青空の下の食事はやっぱり美味いな!」

「皆さん、少しはお行儀よく食べなさい!」

「別に良いじゃない!」

「……食事時、此処ではいつも、無礼講」

「タバサ! 綺麗に川柳読んでるんじゃない!」

 ――と。

「――ぷっ」

 ふいに、ルイズが噴きだした。

「アハハハ!!!」

 そのまま、大声を上げて笑いだす。

 その姿に、皆がポカンと――するような事は無かった。

 一刻一秒を争って行われる飯争奪戦。

 気を抜く隙などありはしないのだ!

「私も、そこのパンプキンパイを貰うわ!」

「あ! ヴァリエール! それ、私が取っておいたデザート!」

「あら、ツェルプストーの? ちょうどよかったわ」

「ヴァァァアアアリィィィイイイエェェェエエエルゥゥゥウウウ!!!」

「肉を! 肉をよこせ!」

「……はしばみ、はしばみ、はしばーみ♪」

「やっぱり、美味いなあ」

「お兄様、こちらのスープなど如何ですが?」

 何だろう。

 原作から破綻してる筈なのに――。

 明らかに違う結末、だけど何故か凄く楽しい。

 だからまあ――これはこれで良しって事で。

 さて、もう才人は良いので、そろそろ俺の待遇改善の談義を始めるか。

 そんなわけで、閉幕っと!







 ――パチリ。






[27345] まくあい いち
Name: 柳城寺 蛍◆c99426ab ID:a424e81c
Date: 2011/04/22 03:18
 くだらない話をしようと思う。

 これはあくまでも俺の個人的な日常であり、本編には何の関係も無い話だ。

 だから、これが何か本編への伏線になるんじゃないか。

 そんな事を期待している人には実に申し訳ないが、これから語るのは何の意味も無い、ただの俺の日常だ。

 何故これを語る事になったのか。

 それについても、俺は何となくとしか答えられない。

 何故なら、此処に意味なんてないんだから。

 フーケ騒動から次のイベントまで。

 その小休止の様なまったりとした時間。

 これから話すのは、そんなひと幕についてだ。

 だから、意味なんて当然ないし、伏線なんて何もない。

 強いて言うなれば、状況整理の様なものだ。

 興味がない人は、読み飛ばしてくれても構わない。

 次の章からは、きっと原作通りのイベントが再開されている筈だ。

 次のイベントは……なんだったか?

 ラグドリアン湖訪問?

 戦争開始?

 虚無の目覚め?

 ……忘れてしまった。

 後でカンペを見直しておこう。

 とにかく、これから語るのはそんなコメディ。











 日本とトリステインで、ある種共通しているところを上げれば、それらが『水の国』と呼ばれているところだろうか。

 最も、かたや水が非常に豊かな国という意味であり、かたやは国のテーマが水といった違いがあるが、その辺についてはおいておこう。

 言いたかったのは同じ部分では無い。

 俺としては、今回上げたかったのは、その文化的な違いについてだ。

 例えば、こちらの国では、水がワインよりも高値で売れる。

 なるほど、ヨーロッパがもとになっているため、このような事情になったのだろうが、いざ体験してみると、中々に面白い。

 のどの渇きを潤すのにアルコールを摂取するのだ。

 日本生まれの俺としては信じられれない。

 ついでに言うならば、アルコールが苦手な俺としても信じられない。

 なんだってのどの渇く飲み物でのどを潤さなければならないのだ。

 ウロボロスにメビウスの輪。

 ぐるぐるぐるぐる空回り。

 まったくもって信じられん

 ……で、言いたかったのはそんなことでもなく――。

「入浴回数が限られている件について」

 俺はぼそりと夜空に向けてつぶやく。

 頭にはタオル。

 煉瓦づくりの風呂窯。

 木で出来た浴槽。

 おそらくは一人がそこそこ足を伸ばせる――キツキツだったら三人くらいが限界だろうか――といったサイズの風呂に浸かりながらののんびり露天風呂。

 一応、雨の対策のために屋根こそつけているものの、基本装備はそれだけ。

 それだけの簡素な……小屋と言うよりは物。

 俺が、シアがきた際に作ってもらった風呂だった。

 学園の外壁のすぐ横。

 流石に学園内に堂々と作るのは問題だろうと思ったため、ここに作った。

 まあ、早い話、才人の作った風呂の本格バージョンといった感じだ。

 本当は、才人が作った――いずれ作る――みたいに五右衛門風呂にしても良かったんだけれど、マルトーさんに下手に鍋もらって才人の分がなくなっては可哀想。

 ここは、俺が少し我慢すれば良いだけのことなので、その程度のことは我慢しよう。

 そう思ってたときに、シアが現れたのだ。

 物はついでとばかりに、こちらにプライベートバスルームを建造してもらったのである。

 因みに、一番苦労したのは、井戸を掘り当てること。

 流石に火山帯たる日本と違って、こちらでホイホイ温泉がでる事なんて無いだろう。

 本来ならば、井戸だって一苦労なのだ。

 なのだけど……そこはまあ土メイジ。

 何とか頑張ってもらった次第だ。

 お礼として一緒にお風呂に入ってくれとせがまれ、記念式典も兼ねて一緒に入ったのも、今となってはいい思い出だ。

 因みに確認しておくが、今更妹の裸程度で欲情する俺ではない。

 第一、領内の屋敷では裸で寝ることも珍しくは無いのだ。

 前述したとおりに、当然ながら寝るのは同じベッド。

 理由は、服を着てると寝づらいからだそうだ。

 まあ、そんなこんなで現在。

 俺は一人で月見をしながらのまったり入浴タイムと相成ったわけである。

 夜空を見上げながらの風呂。

 満天の星星に包まれて、吸い込まれて……消えてしまいそうになる。

 そんな夜空を見上げながら、ゆったりと回想するのは、ここ数日の事だ。

 ここ数日――才人が来てからフーケ騒動まで――その反省会を一人で勝手にやってみる。

 まず最初に――あんまり気にしている人はいないかもしれないが、フェリスの事だ。

 フーケ騒動での戦闘中、あいつが何をしていたかというと……実はずっと、馬車で寝ていた。

 あそこまで来た馬車。

 その中でのんびりと寝てもらっていた。

 第一、あの争いの中にあいつを連れ込むわけにもいかない。

 万が一の事を考え、頭からおろしてあそこにいてもらったのだ。

 戦闘中、奴の描写が一切なかったのはその為。

 ――というかあいつ、実はとても厄介な事になっていたりする。

 あいつのルーンは大したことは無かったのだが、問題はあいつの属性。

 案の定というか……何と言うか。

 やはりこちらの世界には九尾の狐は幻獣リストにはいないらしい。

 ヨーロッパの世界観。

 アジアの怪異はやはりいないか。

 アジアの怪異、幽霊、お化け、化け狐。

 つまるところ、俺が風属性メイジである以上、あいつも風属性なのだろうが、どの辺がそうなのだろう。

 やはり、化ける事からか?

 確か、この世界ではフェイスチェンジは風属性のスペルだった筈。

 つまり、それ繋がりということだろうか。

 ……まてよ。

 あいつ、九尾だよな。

 化けるんだよな。

 狐っ娘。

 美少女+狐ミミ+狐しっぽ。

 …………………………。

 ……………………。

 ………………。

 …………。

 ……ヤバい!

 これは来る!

 ガツンとくる!

 これはもう――。

 閑話休題。

 さて、次の話題に行こう。

 おそらく今現在では一番どうでもいい話題であり――同時に一番懸念すべき話題でもある。

 つまりは――あの夜にかわしたデルフとの会話だった。

 おそらく、あいつはもう何かしらの疑惑を俺に抱いているだろう。

 それがどの程度なのか――どのレベルなのかは分からない。

 アイツ怪しいな……レベルなのか、もっと真剣に注意しなければいけないレベルなのか。

 ただ、何れにせよ、俺に対してあの剣が何かしらの興味を抱いたのは間違いないだろう。

 転生者。

 物語を破綻させる者。

 不幸中の幸いともいえる部分としては、他の誰もがあいつが気付いた事に気付いていないという事だ。

 今後とも注意する部分としては、あの剣が誰かにそれを言わないかどうか。

 主にそこだろう。

 あの剣の口の固さを信じるか……。

 いや、それ以前の問題な筈だ。

 デルフの性格を考えるに、おそらく他人にそれを告げることは無いだろう。

 あっても、ちょっとあいつが気になるとか、その程度。

 あいつはそんなに積極的に自ら絡むようなたちでは無かった筈だ。

 ――どうすべきか。

 ――話すべきか――話さざるべきか。

 あの剣なら、多少は信頼がおける筈だ。

 才人たちと違って変に勘ぐる事は無いし、かえって素直に離しておいた方が、協力が仰げるという考えもできる。

 俺はしばし目を閉じた。

 辺りを流れる風の音。

 静かな虫のささやき。

 身体に染みわたる風呂の暖かさ。

 それらが俺の中にほんのりと広がっていく。

「……止めておこう」

 俺はしばし考えた結果、そう結論を出した。

 話すとしても、今はまだ機会じゃないだろう。

 向こうが聞いてきた時、その時に話せばいいじゃないか。

 わざわざ自分から危険な橋を渡りに行かなくても良いだろう。

 とりあえず、俺は何かしようっていうつもりは無いんだ。

 今の状態。

 あるがままなら、それに越したことは無いのだ。

 だったら俺は――それに合わせて動くだけ。

 俺は湯を手ですくうと、自らの顔にかける。

 さて、とりあえずは当面のところはこんなところだろうか。

 まだ――まだズレはそれほど大きくない筈だ。

 なんとか修正可能な範囲。

 如何にして楽しむか――。

 俺が楽しいと思える人生。

 楽しい楽しい冒険譚。

 改めて気合いを入れていきましょう!

「頑張れ俺! オー!」

 湯船の中、俺は一人呟く。

 頭上では、相変わらず二つの月が綺麗に輝いていた。











「ほっほっ……若いのう……そうは思わないかね、モートソグニル?」

 ランプに照らされた部屋の中、オールドと呼ばれる彼は一人笑った。

 その横で、小さなネズミがこてんと首をかしげる。

「いやいや、確かにワシも負けてはおらんがの、やはり最近の若い者には興味がわくわい」

 オスマンの目の前にあるのは、数名の生徒の情報が書かれた紙。

 それぞれの経歴や特徴が記されたその紙を前にして、彼は笑う。

 それらは、彼の裁量次第では、この学園内で公開もされれば秘匿にもなる。

 例えば、その内の一枚――タバサなども既にその影響を十二分に受けていたり。

「ガリアの王族にツェルプストー家のお嬢ちゃん――更にはあのヴァリエール家の末っ子……去年のタイミングで薄々感づいてはいたが、なんとも濃いキャラが集まったのう」

 髭を撫でながら呟くオスマン。

 しかし、彼が見ているのはそれらの者たちでは無い。

 それら目立つ者たち――その影にいる存在。

「レリスウェイク――極端な産業都市としてトリステインではあまり良い印象の無い都市――その長男。クラスも風のドット。成績不良でも無ければ妹と違って特別優秀というわけでもない。何処にでもいる普通の学生――」

 調査書に書かれたその一節を読み上げて、彼は薄く笑う。

「普通の子供が――三歳で魔法を使うのかのう?」

 オスマンは調査書に書かれたまた別の一ページに目を向ける。

 三歳で魔法。

 それは異例なんてもんじゃない。

 そもそも普通だったら、やっとこさ自我が成立する年頃なのだ。

 ルーンを唱えるのがやっと。

 そんな年頃の子どもに親が魔法を教えるだろうか。

 いや、教える筈がない。

 最速の英才教育であっても、五歳程が限界な筈だ。

 それと同時に不思議な事がもう一つ。

 何故、それほどまでの天才と言って差し支えない才能を生まれながらに持ちながら――彼は未だにドットのメイジなのか。

 本来、早くして子供が魔法を覚える場合、大抵親の教育が影響している。

 親が徹底的に魔法を小さいころから教える。

 それによってようやく使えるようになるものだ。

 そうして大きくなる子供は、この学園に入るころには大抵トライアングルに――どんなに悪くともラインにはなっている筈。

 実際に、彼の妹はトライアングルのメイジだ。

 しかし、彼は未だにドット。

 魔法の修業など――ろくにせず、遊んでいた他の生徒と同等の実力。

 どう考えてもおかしいだろう。

 話を聞く限りでは、遊んでいた訳でもなく、修行もしっかりとしていたらしい。

 ならば何故彼はドットなのか?

「……気を使ってはいるようじゃが――この老いぼれの目はごまかせんぞ」

 確かに彼は普段から目立つ位置にはいる。

 学園でも数少ないトライアングルクラスのメイジが三人も集まる集団の中。

 その中に混じって食事をしていると。

 しかし、冷静に考えてみれば、その三人があまりにも目立つため、彼の存在はかえってかすんでいる。

 強すぎる光の後ろにある、小さな影。

 思わず見落としそうになるそれを、オスマンは睨みつける。

 聞けば、あの三人は皆、彼を中心にして集まったそうではないか。

 更には最近はヴァリエールの末っ子も仲良くしているとか。

「此処まで続くこれらの事象を……偶然の一言で片づけて良いのかのう?」

 彼の目の前にあるのは、二つの案件。

 一つはミス・ヴァリエールが召喚した平民の使い魔たる少年。

 『破壊の杖』をオスマンに渡したその人物と同じ世界から来たという少年。

 あの伝説のメイジ……ブリミルの使い魔と同じルーンをその左手に宿した少年。

 確かに彼の事は実に気になる。

 もしかしたら、それはとんでもなく重要な事なのかもしれない。

 オスマンはそれをひしひしと感じている。

 しかし、それと同じくらい目を離せない少年がもう一人いるのも事実。

 あふれんばかりの才能を持つ筈の少年。

 大事な所では必ず何かしらの形で絡む少年。

 多すぎる矛盾に満ちた少年。

 軽く笑い飛ばせばそれで済むのかもしれない。

 実際は大したことでは無いのかもしれない。

「しかし――暇じゃしのう」

 あごひげを撫でながらオスマンは笑う。

 普段は絶対に見せない――引き締まった笑いを見せる。

 ジョークじゃない、大人の笑い。

 普段の彼しか知らない者が見たら、間違いなく驚くだろう。

 大人の余裕。

 それを持ちながら彼は窓から二つの月を見上げる。

「暇つぶしにちょっと、調べてみるかの」

 狡猾な老人は、こっそりと動きを始めた。











 ――彼女が咳をした。

 隣で鳴くは、小鳥の声。

「あなたは……自由で良いわね」

 そっと呟かれたのは、優しい言葉。

 羨望の言葉。

 それに対して、小鳥は首をかしげる。

 クリっ――クリクリっ――。

「……私にも元気を出せって? フフフ……それは無理よ」

 そう言って彼女は窓を開ける。

 決まり通りに窓を開ける。

「こんな事なら……知らなければ良かったのかしら。無知は罪とは言うけれど、同時に知らない事は幸せ」

 小鳥は開け放たれた窓から外に飛び出す。

 光り輝く双月の元へと自由に羽ばたく。

「知らなければ……私は羽ばたけたのかしら?」

 彼女は未だ――部屋の中。



[27345] 空ってこんなに広かったっけ? そのいち
Name: 柳城寺 蛍◆c99426ab ID:a424e81c
Date: 2011/04/22 03:19
 ――凄く嫌な事よりやや嫌な事の方が良い。でもそれより、嫌じゃない事の方が良い――










「……嫌がらせか?」

「何の事でせうか?」

「惚けるな! さっきの委員長選挙、何だって俺を推薦したんだ!」

「そんなの決まってるじゃん。面白そうだから」

「そうか、喧嘩を売っているんだな。良いだろう。その喧嘩、言い値で買ってやる」

「カシャカシャチーン。五万円になります」

「払わねぇよ!」

「尚、返却は出来ません」

「そもそも、自分で推薦しといて、自分は票を入れないとか、どんな嫌がらせ? 名前が前に書かれてるのに、一票も入らないとか、恥ずかし過ぎるだろ」

「それが君の、存在価値」

「誰のせいだ誰の!」

「でもさ……実際。委員長、やりたかったの?」

「……やりたくなかった」

「だよね。なら良かったじゃん」

「そういう問題では無いのだが……」

「ところで、何で委員長になるのは嫌なの? 幹事とかは進んで、やるくせに」

「……責任があるからだよ」

「……責任?」

「俺は自分の周りの事で精一杯だ。だから、これ以上増えても手が回らなくて困る、ってのが正直なところだね」

「そんな意気込まなくても良いだろうに」

「やるからには一生懸命。その方が楽しいだろ?」

「それは間違ってない」

「というわけで、今日、うちで鍋やるみたいなんだが、来ないか?」

「もちろん行くさ! 苦い話よりもうまい話さ!」

「ところで、鍋についても……」











 アクセサリーとは何なのだろうか?

 世界で初めて作られたアクセサリー。

 それはおそらく、今の物と造形こそ違いあれ、大体似た様な物だっただろう。

 例えば動物の牙。

 例えば珍しい石。

 そんなものをピアスにしたり、首から下げたり。

 発端はそんなところだろう。

 さて、では視点を変えて、何故アクセサリーというものが作られたのか。

 それを考えると、色々と思うところがある。

 前世の頃から確かに俺は色々と考察するたちではあったが、生憎これについて考察した事は無かったので正しい情報は分からない。

 だから、これは俺の仮説だ。

 アクセサリーの起源。

 それは服飾の起源を調べるのに似たものがあるだろう。

 何故人が服を着始めたのか。

 何故、猿から人になるにつれて、毛が消えていったのか。

 その辺は分からないが、毛が消えたから服を着た、または、服を着たから毛が消えた、このどちらかだろう。

 アクセサリーも、おそらくはその延長上。

 要するに、あれも当初は服の一種だったのだ。

 そう考える俺がいて、それに近い、もう一つの案もある。

 それは、利便性。

 例えば、料理人がいつでも首からネックレスで包丁を下げておけば、いつでもさばけて便利だろう。

 つまりはそう言う事。

 よく使う道具を、身近な場所に常に置いていたら、気が付いたらアクセサリーになていたと。

 個人的には、これが一番納得出来る理由だ。

 もっとも、これが正しい保証は何一つない。

 この世界にパソコンとウィキがあれば、何かしら興味深いデータが得られたのかもしれないが、パソコンはあれどウィキがない。

 才人が持っているパソコンも、この世界では所詮無用の長物なのだ。

 まあ、くれるっていうんならありがたくもらうけれどね。

 バッテリーは上手くやればこっちの魔法概念のおかげである種永久機関みたいなこともできそうだし。

 何より、その中に入っているであろうエクセル等各種演算ソフト。

 あれの価値は計りしれない。

 この世界であれが使えれば、経済その他にかなり影響を与えられるだろう。

 ――話が逸れかけた。

 今はアクセサリーの話だ。

 とにかく、そんな各種説のあるアクセサリー。

 今現在における主な使用用途はおそらくファッションだろう。

 もちろん、各種マジックアイテムがあるだろうことくらいは容易に想像できるから、そう言った物を除いて考えた場合だ。

 そんなわけで……。

「レイラありがとう! 俺、凄く大事にするから!」

 才人が凄く喜んでいた。

 その手には俺の槍(俺はこれを杖とは認めない)に似た雰囲気で羽をあしらったクロスのネックレス。

 チェーンは少し長めにとっておいたが、ちょっと長過ぎただろうか。

「ちょっとチェーンが長かったかなあ、そこだけ調整しようか?」

「いや、これで良いよ! うわ! かっけー! お前センスあるんだな!」

「その辺の褒め言葉はシアに言って上げてくれ」

「いや、ありがとうシア。本当にうれしいわ!」

「どういたしましてですわ」

 そう言ってにっこりと笑うシア。

 要するに、いつも通りのお茶会だった。

 少し状況を整理しておこう。

 あれから、時々ルイズが才人をひきつれてこのお茶会に参加するようになった。

 正直、最初は原作破綻フラグかと思って焦ったが、実際のところ、あまり彼女たちが来る事は無い。

 今日だって初日を除けば二回目だ。

 彼女の中にこだわりでもあるのか……または、他の連中と違って、そこまで何かあるわけではないのか。

 とにかく、積極的に参加――という形では、どうやら無いみたいでホッとする。

 何かあった時の息抜きの場所。

 その程度の感覚だろう。

 いや、むしろそのほうがありがたい。

 こちらとしては、その関係性は望むところだ。

 才人の方も、特にルイズに連れられてこない限りは、こちらに来ることも少ない。

 まあ、こちらに来るよりは、厨房にでも言った方がずっと飯をたかれるからだろう。

 自給自足。

 少なくとも自分の分は自分で。

 頼る時は相手に誠意を。

 他は知らんが俺のポリシーなので、とりあえず才人に率先して施しを与える気は無い。

 可哀想?

 シエスタの笑顔と共に飯を食ってる奴によくそんな事が言えるな。

 リア充爆発しろ!

 っていうか、実際のところ。

 才人は才人でいつもルイズに連れられあっちへふらふらこっちへふらふらと、大忙しなのだろう。

 哀れ才人。

 頑張れガンダールヴ。

 強く生きろよ。

 そんなわけでまあ……一応、珍しく来た才人に、ちょうど良いからこの間シアと話していたプレゼントのネックレスをあげたところなのだ。

 施しはしないが、イベントはだい好き。

 そう考えると、あの両親の血を俺は案外強く引いているのかもしれない。

 プレゼントも、色々と悩んだが、武器の類はルイズたちが渡す事が分かっていたので、ちょっと変わった路線にしてみた。

「レイラ、あんまりこいつを甘やかさないでね」

 ネックレスを首から下げてはしゃいでいる才人を見ながら、ルイズが俺に言う。

「まあ、いいじゃん。この間の報酬って事でさ。当人は称号とかも貰えないみたいだし」

「それもそうかしらね。……あのネックレスだったら、私も称号より欲しかったかも」

 後半はルイズがぼそぼそと喋ったため、聞き取れなかったが、賛成の意を示してくれたようで何よりだ。

「ダーリン私にも見せて下さらない? あら――綺麗! ちょっとこれ、凄いんじゃない?! こんなに綺麗な細工、ゲルマニアでもそうそういないわよ!」

「……レリスウェイクの怪奇再び」

 向こうは向こうで何か騒いでいる模様。

 まあ、確かにシアはそういう方面にはやたらとセンスがある。

 曲線の描き方が上手いというか、直線の描き方が上手いというか。

 おそらく、芸術的な面で才能が豊かなのだろう。

 兄としては、実に誇らしい。

「そう言えば、シアの杖も結構変わっていたわよね」

「ええ。私の大切な物の内の一つですわ」

 キュルケの言葉に、シアは自分の杖を示す。

「折り畳み式の扇――だけどこれ金属製よね?」

 どうやら珍しいのか、キュルケは興味津津と言った風にその杖を見ていた。

 それを見た才人が、横で目を輝かせる。

「それって鉄扇だよな!」

「……鉄扇?」

 才人の言葉に首をかしげるタバサ。

 正直、彼らが想像以上になじんでいるのが、俺としては驚きだ。

 っていうか才人……やっぱり男の子なんだなあ。

 気持ちは分かるが、一度は武器とかに憧れを持つものなのだろう。

「俺のいた国の、昔の武器の一つでさ。暗器って言われる物の中の一種なんだ。暗器ってのは隠し武器みたいな物の総称で、例えばその鉄扇なんかは、日常的に使っていても、扇にしか見えない。だけど、いざとなった時には金属製だから武器になる。他にも、杖の中に剣を隠したり、服の中に隠れる程度の小さな武器だったり――色々と種類はあるんだ」

「武器ねえ……随分と可愛らしいものだけれどね」

 まじまじとシアの扇を見るキュルケ。

 因みに言っておくと、これは俺の特注品だったりする。

 街の加治屋さんと宝飾屋さんに頼んで、特別に作ってもらった逸品だ。

 ベースは文字。

 正確には、文字をひたすらに崩して、筆記体の様にした物を板一枚一枚に記し、それをあしらうようにリボンをつけるというデザイン。

 一応、俺なりに妹を思う気持ちとかが書いてはあるが、崩し過ぎて到底読めたものではないだろう。

 ちょっと大人っぽく、だけどリボンでやや可愛らしく。

 テーマは乙女だ。

「ねえねえシア。今度私にも何か作って下さらない?」

「構いませんけど……材料費は貰いますわよ?」

「こんなに良い細工がもらえるなら、お金なんて惜しくないわ!」

「あ! ちょっとツェルプストー! シア! 私もお願いして良い?」

「あらヴァリエール? あなたに彼女の細工を買うだけのお金があるのかしら?」

「う……ぐ……」

「大丈夫ですわ。ちゃんと予算に合ったもので作りますから」

「お願いよシア!」

「どのぐらい出そうかしら……やっぱり良い物が欲しいし……」

 相変わらずのキュルケとルイズ。

 今日もどうやら日常は平和に過ぎていく見たいだ……。

 さて、次のイベントは……何だったかな?











「――というわけで、王女様来訪イベントにございます」

 俺は中庭でのんびりとお茶をしながら呟いた。

 才人にネックレスを渡した後、そのまま授業へ。

 その最中にコルベール先生が乱入。

 そのまま一気に王女様のお出迎えムードになってしまった。

 どうやら、案外時間がたっていたらしい。

 フーケ騒動から数週間と立っていないが……こんなに早いペースだったっけ?

 残念ながら、カンペにはこの辺の時間感覚についてはあまり記されていない。

 何があるかは書かれているが、いつ起こるかは分からないのだ。

 例えば、才人が大群に突っ込むのも、雪が降るほど寒い時期――としか分からない。

 降臨祭がどうこう言ってた気がするから、分かるのはその程度か――。

 そんなわけで、今、王女様がこの学園に来ているらしい。

 らしい――というのは、何故なら見ていないから。

 だって興味ないもん。

 大したイベントではなかったし、第一王女様を立って見ている事に何の意味があるのか。

 そんなわけで俺は持ち前の隠密スキルを全力で発揮。

 歓迎ムード一色の中をすり抜けて、優雅に過ごしているわけだ。

 傍らにいるのはシア。

 それ以外は全員、見に行ってしまった。

 というか、本来は行かなきゃならないんだけれどね。

 正直、いち生徒たる俺の事なんて、誰も気にしちゃいないだろうし、対して問題ではないだろう。

 教師陣だって、そっちに集中していて、こっちにはまるで気が付いていない筈だ。

 ――っていうか、そんなんだからフーケに侵入されるんだろうな。

 もう少し、過去から学ぶという事をしないのだろうか?

 まあいい。

 今はこのゆったりとした時間を楽しむ事にしよう。

「それにしても、久しぶりですわね」

 そんなことを考えていたら、不意にシアが呟いた。

 俺はカップを置いて、そちらに目を向ける。

「ん? 何が?」

「こうして、お兄様と二人でお茶をするのがです」

「いや、いつも部屋でしてるじゃん」

 何だかんだで兄妹仲が良いせいか、よくどちらかの部屋で俺たちは小さなお茶会を開いたりする。

 その場合は大抵横にチェス盤があって、二人でゆっくりと手をさしながら下らない話をするのだ。

 今日は誰誰がどうした。

 魔法が上手くいかなかった。

 妙に調子が良かった。

 そんな取りとめのない話を延々と続ける。

「そうじゃなくて……こうやって青空の下、のんびりとした時間を過ごすのが、すごく久しぶりな気がするのですわ」

「ああ……なんか分かる気がする」

 俺は空を見上げる。

 そこでは、ゆったりと雲が流れていた。

 速かったりゆっくりだったり。

 自然のままに、あるがままに。

 確かに、最近ゆったりとした時間を過ごしていなかったかもしれない。

 ゆったりとした時間、まったりとした時間。

 平々凡々な平和。

「私は……」

 何処か遠くを見ながら、シアは言った。

 こういう時に空を見上げる俺と違って、シアは何処か遠くを見る。

 メイジの特徴ってのは、変な所に現れることが多い。

 例えば、俺はよく空を見上げるし、シアはぼんやりと広がる大地を見る。

 他の人がどういう仕草をするのかは知らないが、あんがい変な所に特徴は出るらしい。

 それも、だからどうしたと、その程度の話なのだが……。

 ともかく、シアは何処か遠くを見ながら、安らいだ声で言う。

「私は、皆さんと過ごす楽しい時間が好きですわ。思わず時間を忘れてしまうほどに楽しい時。まるで、新作の料理に挑戦してる時みたいですわ」

 澄んだ瞳。

 ルビーの輝きを持つ瞳は、静かに揺れる。

 その焦点が――俺に向けられた。

「ですけれど……ですけれど、私は、お兄様と二人で過ごす。こういった平和な時間も大好きですわよ」

 ニッコリと笑顔。

 綺麗な笑顔で、彼女は笑う。

 澄んだ瞳で、彼女はほほ笑む。

 なるほど――こういうのも中々良いかもしれない。

 とりあえず、当面は才人たちに付き合う事になるだろう。

 これは仕方ない――というより、決定事項だ。

 だって楽しいのだから。

 楽しい事は、何よりも優先される。

 楽しいは正義。

 これは俺のポリシーだ。

 だけど同時に、こういった時間も良いと思う。

 楽しいでは無い。

 良い時間。

 語彙力がないため、適切な言葉が思いつかないが……とにかく良い時間だ。

 もし――。

 その内、才人たちのストーリーから離れることがあったら。

 才人たちのストーリーが終わったら。

 その時は、こういった時間を過ごそう。

 今までの事を思い出しながら、こういった平和な時間を過ごそう。

 その時、隣にいるのが誰なのか――それは未だに分からない。

 今と同じでシアか。

 それともキュルケか。

 最近毒舌なタバサか。

 成長するルイズか。

 意外な所でシエスタとか。

 案外全員いたりして。

 ――いや、それじゃ今と変わらないか。

 楽しい日以上が永遠に続く。

 それも一つの可能性かもしれない。

 俺が作りだした可能性。

 終わりのない物語。

 果たして、俺の未来はどんなだろうか。

 だが、未来は分からないし、まだ分からなくても良い。

 ただ――いつか俺にもこういった平和な時間が来てくれると嬉しい。

 平和な日常と楽しい日常。

 どっちも大事でどっちも良い。

 そうだな――両方を狙おう。

 ちょこっと――いや、かなり欲張りな俺。

 二兎を追うものは一兎も得ず。

 そんなことわざもあるけれど、二兎を追う物だけが二兎を得ることができるのだ。

 物事は前向きに。

 のんきに楽しくポジティブ思考。

 さて、未来を考えるのは此処まで。

 とりあえず今は今を生きましょう。

 ここから考えるのはアルビオン編の参加方法。

 とりあえずは、今の気持ちをまとめた総括として、シアに返事をしておこう。

「俺も、シアといるこの時間は好きだよ」

 シアが真っ赤になった。



[27345] 空ってこんなに広かったっけ? そのに
Name: 柳城寺 蛍◆c99426ab ID:a424e81c
Date: 2011/04/22 03:19
 さてどうしようか。

 やはり、ここは妥当にギーシュと同じ作戦をとるか。

 それとも、キュルケ達についていくか。

 そうだ、それが良い。

 キュルケ達と一緒なら危険がまるでない。

 オッケー。

 なんて完璧な作戦だ!

 さて、ならばどうやってキュルケ達にコンタクトをとるか。

 ――そんな風に考えていた時期が私にもありました。

 所詮世の中、因果応報、塞翁が馬。

 なるようにしかならないのです。

 そんなわけで現在。

 俺はシアと二人、オールド・オスマンの部屋に呼び出されていた。

 どんな風にコンタクトをとるか――朝、一緒に居合わせればそれでいいんじゃないか?

 でもそれだと連れていってくれるだろうか?

 そんな風に夜、一人で試行錯誤していた俺の部屋のドアがノックされ、そこから現れたミスタ・コルベールにオスマンが呼んでると告げられ、とりあえず訪れてみたらそこにシアがいたと。

 ――うん、全く意味が分からない。

 オスマンが何故ここで出てくる?

 お呼びじゃないのですよ。

 こちらとしてはあなたに用事は全くないのですよ。

 何だ?

 これは破綻なのか?

 それさえ分からない。

 物語の舞台裏。

 書かれていないストーリー。

 確かに、今となっては破綻はそれほど怖いものではない。

 しかし、才人やルイズの命に関わる破綻に関しては絶対にさせてはならないだろう。

 今の俺の目的は、原作以上のハッピーエンド。

 その一点に集約されるのだから。

 とにかく、少しこの会談には気を使おう。

 そこまで考え俺は改めて気を引き締めた。

「ほっほ……夜も遅くに呼び出してすまないの」

「いえ、こちらも特に用事があったわけでは無かったので」

「少しでもお兄様と一緒にいられる時間が増えるのならば、私としては大歓迎ですわ」

「今すぐ部屋に帰って良いですか?」

「ならば私も帰りますわ」

「自分の部屋にな」

「お兄様の居場所こそ我が居場所」

「ある種の自縛霊に近い物があるな」

「ケッ! リア充爆発しろ!」

「オスマンさん!?」

 え?

 あれ?

 今の、オスマンさんが言ったの?

 なんかとんでもない言葉が聞こえた気がしたんだけれど。

「リアル妹がこんなんじゃと思っとったら大間違いじゃぞ! あれはもっとゲスで女というジャンルに分類されん生き物じゃ」

 吐き捨てるような、オスマンさんの言葉。

 なんだろう、魂が感じられる。

「リアル妹が恋をしても良いではありませんか!」

「リアル兄以外にならな」

「お兄様!」

 オスマンの言葉に反対したシア。

 それに迷わずツッコむ俺。

 うん。

 相変わらず、このコンビネーションは完璧だ。

「風呂上がりに、裸で屋敷内をうろつく人類をレディとは呼ばないのじゃよ」

「オスマンさん、その意見にはひどく共感します」

「四面楚歌!」

 固く握手をする俺とオールド・オスマン。

 流石だ。

 想像以上だ。

 オールドオスマンが、こんなにもハイレベルな人間だったとは。

 笑いについてこんなにも理解があるとは!

「妹といえど、女性といちゃいちゃする者と握手する手など持ち合わせてはおらん!」

 即座に振り払われる俺の手。

 ノリツッコミまでマスターしているとは。

 オールドの名は伊達では無いという事か。

 正直、ちょこっとイラッとしたが、笑いの上では仕方ないという事で許容しよう。

 うん。

 イラッとしたのは事実だから忘れないように。

「それはともかく、オールド・オスマン。そろそろ本題に入って下さい。何故私たちは呼ばれたのでしょう?」

「おお、そうじゃった。すっかり忘れておった」

「そろそろ痴呆のようですわね」

「すまないの。目の前でリア充がイチャイチャし始めたものだから、思わずイラッとしての」

「そんなリア充は爆発するべきですね」

 目には目を、歯には歯を、イライラにはイライラを。

 それに笑いまでかけた先ほどの一連の一幕。

 なかなかどうして。

 原作では何かと不遇な扱いを受けることが多いのに、やたらと能力が高いではないか。

 先ほどから、俺の中でオスマンさんの能力データが大幅に上昇中だ。

 株は大暴落中だが。

 さて、一連のお互い小手調べともいえる会話を終えた後、オールド・オスマンは咳払いをして場を正した。

 どうやらようやっと本題にはいるらしい。

「お主たちを呼んだのは他でもない。急遽お主たちの力をどうしても借りたい事があっての。是非協力してほしいのじゃ」

 そう言って、オスマンは軽く杖を振った。

 すると、そこに鏡のような物が現れ、とある風景を映し出す。

 そこには、窓越しに、青い髪、ピンク色の髪の女性――そして黒髪の男性がいた。

 それは今も俺の意識の片隅にある光景。

 遠見の魔法を使って絶賛のぞいている光景。

 つまりは才人たちだった。

「あのお姫様が、今度、ゲルマニアに嫁ぐそうじゃ」

「それはそれは、めでたい事じゃないですか」

「とりあえず、儂は嫁ぎ先のゲルマニアに散々嫌がらせしてやろうと思っておるのじゃが……」

「やりましょう。全力で協力いたします」

「そうか! 協力してくれるか!」

「もちろん! 合い言葉は!」

「「リア充爆発しろ!」」

 恨みのこもった瞳と共にガッツポーズ!

 やはりこの人、やたらと息が合うのだが。

 だって、まだまじまじと見た事が無いから分からないけれども、確かアンリエッタは美人だった筈。

 そんな美人を嫁に貰うって――ああもう、リア充はやっぱり死ぬべきだ。

「結婚は人生の墓場――そう書いた書状を送りつけてやるかのう」

「枚数は三桁にします? それとも四桁?」

「とりあえず喪服で参列は常識じゃの」

「もちろん! むしろ、その為だけに生徒引き連れて全員喪服で参加しますか?」

「ワシの特権――ほっほ、主も悪よのう」

「いえいえ、オスマン様ほどでは」

「何故か、お主とはまるで他人の様な気がしない」

「素晴らしいですね。オールド・オスマン。俺もちょうどそう思っていたところです」

「ワシの事は気楽に義兄弟(ブラジャー)と呼んでくれ!」

「おうよ義兄弟(ブラジャー)!」

 硬く交わされる握手。

 桃園(桃園ではないけれど)の誓いを果たした二人。

「とまあ――半分ぐらい本気の思いが交じってはいるが、ワシが言いたいのはそうでなくての――むしろ、その結婚を成功させるために協力してほしいんじゃ」

 ――と、不意に真面目な話に戻るオスマン。

 いや、分かってたよ。

 あの光景が映された辺りで、大体想像はしてたよ。

 なんか、厄介な事に絡まれているなあ――って事ぐらい。

 しかし何故――何故ここでオスマンが出て来るんだ?

 原作にこんな事があったのだろうか?

 はっきりとは覚えてはいないが――無かったんじゃないのか?

 分からない。

 話の転び方が分からない。

 これは安全なのか?

 ハッピーエンドなのか?

 不確定な未来に、混乱が渦巻く。

 オスマンの話を要約すると、アルビオンにある恋文を取り戻すよう、アンリエッタが才人とルイズにお願いしているらしい。

 そこで、俺にもそれをお願いしたいらしいのだが――。

「そこでの――君にはミス・ヴァリエール達とは別で、二人だけでアルビオンに向かってもらいたいのじゃ」

「……二人だけで?」

 俺はその言葉に眉をひそめた。

 そんな俺に対して、オスマンはニヤリと笑う。

「正直、下手に彼女たちと一緒に行くよりは、君は一人の方が――安全の意味も考えれば、一応二人で行く方が最も早いのではないのかと思っての――白翼のレイラ君」

 瞬間――俺の――俺とシアの身体を纏う空気が変わった。

 俺は一気にバックステップで部屋の出口まで向かう。

 シアは、即座に俺を庇うように、扇子を構えた。

「随分と特殊なフライの様じゃのう――レリスウェイク領であれだけ有名なんじゃ、今更隠そうとしてたのかの?」

 そんな俺たちに、相変わらずの笑みで続けるオスマン。

 そりゃ、その情報がこちらにある事くらいは想像していたさ。

 だけど――この学園内でその魔法は使いたくない。

 それがどんな騒ぎになるのか。

 大体は想像がつく。

 貴族って奴は、とことん異端を攻め立てる風習があるのだ。

 中でも、その宗教観念に根ざすところは一層――迫害があつい。

「まあ、確かにこの学園内ではあまり大袈裟にしたくない能力じゃのう――親から子へ、子から孫へ、そうやって受け継がれる腐れ貴族の風習ってのはまったく嫌なもんじゃからのう」

 髭をさすりながら言うオスマン。

「まあ、安心せい。直接かかわるような者達は、皆お主の魔法の事情を知っておる。だから、そこまで臆病になる事は無い」

「はあ……」

「とにかく、ワシが依頼したいのは、ただの手紙の奪還じゃ。正直、お主の白翼の噂は聞いておるぞ。そしてその速度もの」

 とりあえず、警戒は解く事にしよう。

 俺が前に出ていくと、それに合わせて、シアが杖を下ろしてくれた。

 この妹は本当にありがたい。

 欲しいところで欲しい空気の読み方をしてくれる。

「二人でなら必ずできるじゃろう。明らかに、女王様が頼った二人よりは確実じゃからの」

「……あんたは――その危険性を理解しているのか?」

「もちろんじゃよ――その安全性と同じくらいの」

 睨みあう――様にして、視線を絡ませ合う二人。

 いざという時の為に、警戒は解かないシア。

 しばし……部屋に沈黙が訪れた。

「何故、安全だと言い切れる?」

「それはお主が一番理解しているのではないのかの?」

 まるで探るようなオスマンの言葉。

 俺の目が更に細くなった。

 なんだ……。

 この老人は何に気付いている?

 どの事実に気付き、何を知っている?

「まあ、断るのはお主の勝手じゃ。流石に命がかかった問題、ワシとしても強制は出来んしするつもりも毛頭ない――ただ……これを断るという事は、彼女たちの旅にも同行しないと、つまりはそう言う事になるがの」

「あんたは――何を知ってる?」

「あんたとは随分な言われようじゃのう? こう見えても、この学園の学園長なのだがのう……それともここは流行りに則ってこう言うべきじゃったか? ――あんたでは無くオスマンじゃ――と」

 沈黙の空間。

「なんじゃ……もう悪ふざけをする余裕がないのか? もっと自由にボケて突っ込んでくれて良いのじゃぞ」

 そんな風に言いつつ、笑顔は崩さない。

 ――余裕。

 なるほど、確かに、彼にとっては余裕は明らかにあるのだろう。

 見てればそれくらいの事は分かる。

 しかし、その余裕が何処から来るのか――それが俺には分からない。

「そんなに心配せんでもええよ。ワシとて殆ど事態は把握しておらん上に、ワシ以外の人間がお主にとっての問題になるだろう異常性に気付く事はまずない。そこについては保障してやるわい」

 ――ただ、分からない事は知っておかねば気が済まない性質での。

 そう続けるオスマン。

 お互いに睨みあった状態。

 そのまま、しばらくの時間がたった。

 そして、俺はやれやれと首を振る。

 この老人が、何に気付いているのかは分からない。

 何を知り、何を知らないのか。

 その状況で、いくら行動を起こそうとしても結局は無駄だろう。

 しかし、ならばどうすればいいというのか。

 どうすれば――。

「――そんなに嫌か」

「あいにく、命をホイホイ投げ出せる様な、誇りある貴族とは違うものでしてね」

「そんなのは誇りある貴族でも何でもない。ただのバカ者じゃ」

 探るようなオスマンの目。

 そりゃ、才人たちは間違いなく安全だろう。

 本来のプラン通りに行けば、奴らの安全は確実な筈だ。

 しかし、その際の俺の命。

 ここは、何の保証も無い。

 現場は戦争まっただ中。

 僅かに何かが狂った瞬間――すぐさま死ぬ世界。

 原作の様な――何かしらの形で生き残れるほど――世界は甘くない。

「……なるほど。そこはダメなラインという事か――なかなか複雑なんじゃの」

 髭をいじりながら、難しそうな顔をするオスマン。

 さっきから見ていて初めて、彼が笑顔以外の表情をした気がする。

「なるほど――大体事情は分かった。今更ながら、お主たちを試すような事をした事を謝罪しよう。すまなかった」

 そう言って――椅子に座ったままではあるが、彼は俺たちに向かって頭を下げた。

 まったく、この老人は。

 ホントに、何処まで俺と相性が良ければ気が済むんだ。

 相手が誰であれ、それがたとえ生徒であれ、悪い事をしたら謝る。

 これがしっかりと出来る人。

 上に立つ資格とかそういうレベルじゃない。

 人が人である資格。

 この人は俺にとってのそれを――持っている。

「そうじゃの――謝罪ついでに、本当に依頼したかった内容を言って良いかの?」

 つまり、さっきのも俺たちの反応を見る為のフェイク――と。

 いい加減にこのジジイは狡猾過ぎるぞ。

 原作のふざけた雰囲気はどうした。

 いや、雰囲気はあるんだけどさ……。

 まあいい。

 兎にも角にも、ようやく、今度こそ本題か?

 本題――つまりは彼が頼みたい事。

 彼が頼みたい事と言ったら――。

「リア充撲滅運動ですか?」

「その際にはマリコルヌ君をよぶわい。そうじゃなくての――君たちにはとある事項に関する調査を頼みたいんじゃ」

「――調査?」

 俺はその言葉に眉をひそめた。

 原作と照合してみても、このシーンでそんな出来事は無い。

 調査が必要になるような出来事は――。

「その前に、先ほどの謝罪の意味も込めて一つだけ、君たちにとって面白いだろう情報を与えてやろう。――土くれのフーケが牢屋から逃げ出した」

「……ほう」

「あまり驚かないんじゃの」

「驚いたところで、今更殆ど無意味でしょう」

「少なくとも、ワシにとってはの」

 お互いに騙し合う魔術師たち。

 使う魔法は言葉。

 騎士では戦えぬ世界。

「そのフーケについて、気になる事があっての――その調査を頼みたいのじゃ」

「別に良いですが――今更、何を調べるっていうんですか?」

 俺が抱いたのは当然の疑問。

 おそらく、フーケの逃亡先はレコンキスタだろう。

 それは原作を知っている俺だからこそ分かる事であり、知る事。

 しかし、それくらいの事は当然既にお国の連中が現在、全力で調査をしている筈だ。

 それと肩を並べた調査を俺に依頼しているとは思えない。

 ならば彼女の出身か?

 しかし、それもワルドが突き止められるレベルの物。

 この狡猾な老人なら――何らかの形で事情を知っていてもおかしくは無い。

「調査してほしい事、それは――フーケが、ミス・ロングビルがこの学園を狙った理由じゃ」

「学園を狙った理由? そんなの――」

「気まぐれや偶然――何となく。そんな理由でこの学園に忍び込んだと。確かにそれもあるかも知れんが、少なくともワシはそうは考えない」

 鋭き眼光の老人。

 何か――今までに無かったピースが俺の中に浮上してきている気がする。

 原作に書かれなかった世界。

 原作の裏の世界。

 そこにある真実。

「――そう考える根拠はなんですの?」

 先ほどまで黙っていたシアが、ようやく会話に参加してきた。

 彼女は彼女で、参加して良い会話をちゃんと把握していたらしい。

 今度は彼女も参加できる会話。

 世界の物語。

 語られなかったとはいえ――、一つの物語(ストーリー)だ。

「そう考える根拠。それは――彼女の盗み出したものじゃ」

「盗み出した物?」

 首をひねるシアに対して、俺はようやくその事実の重大性に気がついた。

 というより、一度気がついてしまえば、何で気が付かなかったのか、そう思えてしまうほど単純な事。

「彼女が盗み出したのは、“破壊の杖”ですわよね?」

「ああ、そうじゃ。彼女が盗み出したのは“破壊の杖”とワシが名付けた――単発式で、使い方も分からず、ワシ以外誰もその威力を知らない――そんな道具じゃ」

 そこまで聞いて、ようやくシアも理解をしたらしい。

 そうなのだ。

 本来、あれが盗まれる事はあり得ないのだ。

 だって、本来――全く価値のある物では無いのだから。

 あの威力を見た事があるのはオスマン氏だけ。

 彼の発言力がいくら強いとはいえ、そこまでの話を他人に信じさせるのはまず不可能だろう。

 一度でもその破壊力を見せた事があるなら話は分かる。

 しかし、そうじゃない。

 彼は、あれを使っていないのだ。

 最後の弾を才人が使った以上――オスマン氏はあれを使っていない。

 場合によっては、使い方すら分からなかった可能性があるだろう。

 そんな物が、一体何の価値を持つというのか。

 ましてや、学園の宝物庫。

 他にも高価なマジックアイテムはいくらでもあっただろう。

 その中で“破壊の杖”を盗む理由。

 それが、全くないのだ。

 なんだって彼女はあれを盗んだのか?

 その事情が全く理解できない。

 そしてそれは同時に――俺の知的好奇心を激しく刺激する。

「なるほど――オスマンさん。中々面白いところに目をつけますね」

「おそらく――ワシの考えじゃと、彼女は誰かに命令されたり、直接話されて盗みに入ったのではないじゃろう」

「命令されたわけじゃない?」

「彼女が聞いたのはおそらくは風の噂程度、例えば――店で接客をしていたら、客がそんな話をしていた――とかの。」

 ――ワシがスカウトした店での。

 にやりと笑うオスマン。

 なるほど。

 確かに、彼女の性格だと直接聞いた話で盗みに入るのは合わない気がする。

 彼女は縛られるのが嫌いなタイプだろう。

 そのタイプは大抵、そう言った話にはなびかない。

「因みに言っておくと、ワシはその話を話した相手は未だかつて一人しかいない」

「――使い魔くんですか」

「ザッツ・ライト――正解じゃ。だからの――お主たちに頼みたいのはその噂の主が誰なのかを突き止めてもらいたいのじゃ。今回の騒動の裏方。フーケを遠巻きに操った真犯人をの」

 ――なるほど。

 それは実に面白い。

 確かに、才人たちと絡むのは、それはそれは面白いだろう。

 ワルド達の一件。

 覚醒するガンダールヴ。

 それらは実に興味深い。

 しかし――この裏仕事も実に面白そうだ。

 原作に無かったからこそ分からない。

 原作に無かったからこそ期待が持てる。

 知らない物語を読む時の気分だ。

 もちろん、返事は決まってる。

「レイラ・ド・レリスウェイク――その一件協力しましょう」

「アレイシア・ド・レリスウェイク――お兄様の決定は私にとって絶対ですわ」

「ほっほ……期待して居るが……危なくなったら、何よりも命を優先するのじゃぞ」

「白翼は本来、逃げる為に俺が考えた魔法ですからね」

 そう言って睨みあう二人の策士。

 やっぱりじゃないか。

 やっぱりこの老人――オールドの名は伊達じゃない。

 伊達に年数を積んでるわけでもなければ――伊達に対応しているわけでもない。

 この老人は――本当に食えない奴だ。










 お互いの了承が得られたところで、部屋を出ようとする俺たち。

 詳細については、明日の朝に話すとのこと。

 出ようとしたところで、俺はふと気になった事が有り、オスマンを振り返った。

「ところで、オールド・オスマン。俺たちが間者という可能性は考えなかったのですか?」

「ほう! お主たちが裏切り者と! それは面白い可能性じゃ!」

 俺の言葉に、オスマンは手を打って笑った。

 ケラケラと笑い続ける事しばし。

 そのまま笑い過ぎて涙さえ浮かんでいる目でこちらを見ながら、彼は言う。

「もしそうじゃったら――既にトリステインは滅んでおるわい」



[27345] 空ってこんなに広かったっけ? そのさん
Name: 柳城寺 蛍◆c99426ab ID:a424e81c
Date: 2011/05/18 12:48
 物語は収束し、まとまる。

 人はこれを因果率と呼んだ気がするが――まあ、それはこの際おいておこう。

 問題となるべきは、おそらくフレームの位置。

 物語の表示される場所と絡む人。

 それ以外の場所にも物語はあるはずなのに、物語にはならない。

 二律背反で矛盾の世界。

 そんな世界に引力が存在するというのなら、それはまさしくその出番への引力だろう。

 出番となる場所と、そこへと引かれる引力。

 それを度外視する事はもはや不可能と言って大差ないレベルの力だ。

 物理の実験中に重力加速度を無視するか?

 そんなことは無い。

 むしろ真っ先に懸念に入れるべき事項だ。

 それを考えたくなければ宇宙に向かえ。

 宇宙空間にて実験を行え。

 そうすればきっと幸せになれる。

 少なくとも、俺はそこまでしてやりたくはないが。

 閑話休題。

 そんなわけで、俺たちは今、ラ・ロシェールの港にきていた。

 空へと向かう船の町。

 世が世なら、神に対する憧れやその象徴に近いだろう場所。

 バベルの塔なんかは、おそらくこの世界には作られなかったのだろう。

 この辺も世界観の差異。

 空に対する憧れと興味。

 それがおそらく才人の世界よりもこの世界は小さいのだろう。

 飛びたければフライの呪文。

 空が身近なのだ。

 遙かに広がる青い空。

 その下で俺たちはレジャーシートを広げると、まったりとピクニックにいそしんでいた。

 因みに俺たち――と言うからには俺以外にも仲間がいる。

 とりあえず、言わずとも分かっているだろう、シアとフェリス。

 この二匹に関しては特に紹介はいらないだろう。

 フェリスは使い魔兼抱き枕だし、シアは妹兼抱かれ枕だ。

 ――抱かれ枕?

 何とも奇妙なフレーズだが、スルーしよう。

 さて、今回の旅――事件解明について、意外な人物が参加した。

 参加した、と言うよりはする事になった、と言う表現の方が正しいのだが……。

「――と言うわけで、意味も分からず参加が決定したメイドの死得巣多(シエスタ)さんです」

「よろしくお願いします!」

「――ねえフェリス。お兄様とメイドはどこに向かって挨拶をしているのかしら?」

 若干一名、空気を読めないのが混ざっているらしい。

「黒髪で容姿がそこそこな平民が皆、私の敵なだけですわ」

 シア、地の文を読むな。

 さて、何はともあれ、こうして参加が決定した以上は、そこには理由がある。

 もっとも、非常に下らなくてどうでもいいような理由なのだが――まあ、一応話しておく事にしよう。

「レイラさんは黒髪が好きなんですか?」

「お兄様は銀色に一途なはずですわ!」

「はっきり言わせてもらうなら、特に色にこだわりは無い」

「残念でしたね、アレイシアさん。お兄さんは銀髪に一途では無いらしいですよ」

「はっ! 無念ねメイド! お兄様は黒髪への並々ならぬ愛のような物は持ちあわせていないらしくてよ!」

「但し――髪の艶についてはこだわるぞ。やっぱり女性の髪は柔らかくて艶やかで、撫でたときに指先をサラサラ……とぬけるこの感じが……」

「レイラさん、それなら自信あります! 黒髪はそういう点で有利なんですよ! 撫でて下さい」

「あ! 引っ込みなさいメイド! お兄様が撫でていいのは私の頭だけですわ!」

 お互いの髪の毛を引っ張りあうようにして取っ組み合いを始める二人。

 あーあ……。

 そんなことしたらせっかくのきれいな髪が痛んでしまうだろうに。

 さて、そろそろ状況説明の続きを始めよう。

 まず、何故シエスタがここにいるのか?

 その原因は――と言うか、要因はマルトーさんだった。

 何でも、シエスタをいたく気に入った貴族さんがいたらしい。

 だけど、その貴族さんがどうにも女癖が悪いらしく、事が落ち着くまで、しばらくの間、シエスタを連れ出して欲しいとのこと。

 おそらくは、これは原作で起きた話ではないな。

 というか、原作で起きたのかもしれないが、語られなかった話。

 サイドストーリーたるエピソード。

 アニメでは何かあったのかもしれないが――正直、そこまではこちらとしては把握しきれない。

 まあ、今回のストーリーにはシエスタは絡まないし、安く、おいしい料理が食べられるのならばなんの問題もないので、同行してもらうことにした。

 してもらったのだが……。

「レイラさんはきっと私のことが好きなはずです!」

「何を世迷い事を! お兄様は私と結婚するのですわ!」

「レリスウェイク家、正室の座は譲りません!」

「黒髪は側室にすらとらせませんわ!」

「シアさんはどうせ貴族様なのですから、どこか他の領地の方とご婚約なさって下さい。グラモン家の末っ子さんなんて良いんじゃないですか?」

「婚約の提案をするならせめて私とつり会う殿方で提案しなさいな。それにそういうあなたこそ、あの平民といい感じなのではなくて?」

「うぐっ! か、彼は彼。レイラさんはレイラさんです!」

「浮気者とお兄様がつりあうとでも? 顔を洗って出直しなさい!」

「で、でも! やっぱりレイラさんは貴族さんなんです! 平民が貴族になっても堂々としていられるのなんて、レリスウェイクくらいなんです!」

「はっ! 本音が漏れたわねメイド! あなたが欲しいのは、レリスウェイクの家柄なのですわ!」

「ち! 違います! 私はただ、もっとレイラさんと仲良くなれたらな――と。そういうアレイシアさんだってお兄さんにそういう目ではほとんど見られてませんよね」

「うぐっ!」

「その点、私はちょこっと押せばレイラさんはちゃんと動揺します。これって、私の方が脈がありますよね」

「ちょこっと押せばって――あなた! お兄様に何したの!」

「私とレイラさんの二人だけの秘密です」

「ぬぐぐぐ……」

「むぬぬぬ……」

 同行してもらったのだが……この二人、何故か知らんがハンパなく仲が悪い。

 どうやったらそこまで仲が悪くなれるのか。

 不思議なくらいに、仲が悪いのだ。

 水と油。

 犬と猿。

 世の中、そりが合わない以上は、反発しあう運命なのです。

 なんだって、そんなに仲が悪いのか?

 シアと誰かが対立するなんて、滅多にないぞ。

 まあ、勝手に盛り上がっている分には問題ないのだが、せいぜい、支障がでないようにしてくれたまえ。

 ちなみに、ここまでは俺のフライで来た。

 片道二時間。

 女の子を二人背負っての作業。

 因みに、おぶって来たからシエスタは俺の羽を見ていない筈だ。

 ……というか、おそらく強風でそれどころでは無かった筈だが。

 何だかんだで、かなりのスピードを出してたから、結構きつかっただろう。

 シアが風避けの役割を持つ魔法を多少なりとも唱えていたからこそ、三人での飛行なんてものが出来たと言い換えても良いかもしれない。

 早朝に出発したから、才人たちが来るまでは約一日の猶予がある。

 その猶予で、俺たちに何が出来るのか。

 それが問題だ。

 そうそう、女の子二人をおぶって飛ぶのは、なかなかにキツかった事だけはここに明記しておこう。

 もっとも、体格的な問題から、シエスタが下になってくれたため、俺としてはその胸が背中に――。

 さて、話を戻そう。

 どうして俺たちがわざわざここにいるのか。

 それは、この町の酒場にフーケを雇った場所があるらしいからだ。

 酒場で仲間集め。

 ――中古RPG?

 まあ、この世界がどうせそんなんだしな。

 情報収集も、不可抗力的に酒場巡りになる以上、いっそうその感じは強い。

 フーケの居た場所。

 何らかの繋がりのありそうな現場。

 そこにたどり着き、何らかの情報を得なければならないのだから。

 さて――そこまで考えて、俺は改めて目の前のメンバーを見た。

 喧嘩を続ける妹とメイド。

 やる気なさげにあくびをする頭の上のフェリス。

 まあ、フェリスに関しては可愛いので何の問題もないのだが――。

 ――空を見上げながら、一人つぶやく。

「いやあ、この人選……失敗なんじゃないのかなあ……」

 少なくとも、ミステリーな雰囲気がぶち壊しであることは、確かだった。










 結論からいうならば、収穫は全くなかった。

 いや、強いていうなれば――全くなかったという収穫があったと、そう表現すべきだろうか。

 まず向かったのは、オスマンがフーケを雇ったという酒場。

 そこで話を聞く限りでは、ミス・ロングビルのことは覚えていても、破壊の杖のことは知らないとのこと。

 魔法学院にそんな名のマジックアイテムが存在することなど、誰も知らなかった。

 店員だけでなく、客相手にもいくらか聞いてみたが、望ましい結果は得られない。

 ほかの酒場も同じように回っては見たが、結果は似たようなものだった。

 ミス・ロングビルのことは知っていても、破壊の杖のことなど名前すら聞いたことない。

 何人か、いかにも身分の高そうなメイジもいたので声をかけてみたが、反応は同じである。

 魔法学院にある宝物についても同様だ。

 というより、むしろ、もっと有名な宝物がいくつもあるということが分かった。

 なんちゃらの聖杯だとかほにゃららのコインだとか。

 眠りの鐘ってアイテムもそういえばあったなあ――なんて俺が思い出す程度には、あの宝物庫のなかでは有名なのだろう。

 どう考えても、そちらの方が価値あるだろう物ばかり。

 調べれば調べるほど、フーケの行動の異常さが際だってきた。

 なぜ、彼女は“破壊の杖”を盗み出したのか?

 何かしらあるだろうと思って魔法学院に盗みに入り、たまたま目の前にあったそれを盗んだのか?

 いや、それはない。

 もっと、分かりやすい物が手頃な場所にあったはずだ。

 ただのマジックアイテムコレクター。

 それだけでは済まない謎が彼女の周りに渦巻いている。

 いったいこれはどういうことだろう?

 原作を読んでいるときは「ああそういう物なんだ」で流してしまった謎。

 そこに触れたとき、世界は一気に不気味な物になる。

「さて――俺が、こ、こ、ま、で、シリアスな流れで独白している中、おのれ等はいったいなにしてやがりますですか?」

 場所は女神の杵。

 その一階にて、俺は手の掛かる二人の妹相手に肩を落としていた。

「お兄様! このメイドが私の皿からポテトを取ったのです!」

「そういうアレイシアさんだって、私の皿からピザを取ったじゃないですか!」

「メイドの物は私の物、私の物は私の物ですわ」

「アレイシアさんはメイドに対する扱いがひどすぎると思います! レリスウェイクでは民は平等な物だと聞いていますが、アレイシアさんは違うのですか?」

「一部例外を除き、私は皆に平等ですわ! お兄様にたかるハエという例外を除いてはね!」

 ――ああ分かった。

 流石に少しは妥協をしよう。

 俺だって大人だ。

 こっちの世界の年齢は子供も同然だが、精神は一応大人だ。

 妥協ってものも知ってるし、それをする場面だってのも分かる。

 しかし――。

「君たち――もう少し、静かに食事ができないのか?」

「「メイド(アレイシア様)が席をはずして下されば!」」

「そうしたらそうしたで、また騒がしくなるだろうが……」

 俺は心からのため息。

 空が暮れて来たので、もうすぐ才人たちが来る時間だろう。

 ここで待っていればまず間違いなく出会えるはずだ。

 出会えるのだが――正直、こちらのメンツを少し静かにさせたい。

 何か良い手段は無いだろうか?

「よし! 妥協をした方にフェリスを抱かせてやろう!」

 ――フェリスに噛みつかれた。

 思いっきり噛みつかれた。

 頭の上で、思いっきり噛みつかれた。

 痛い。

 半端無く痛い。

 流石の使い魔も身の危険には怒るというわけか。

 実際、俺がそんな条件を出されたら間違いなく飲むだろう。

 ハルケギニアの未来を犠牲にしてでも飲むだろう。

 フェリスに抱きつける。

 それはある意味俺の夢だ!

 ふかふか、もふもふ!

 その状態で、ベッドでゴロゴロ。

 そのまま俺は死んでも良い。

 ふかふかのまま、死んでいい。

 熱いパトスが、俺の中を駆け巡る!

 ――まあ、終わった後のフェリスの姿も、想像するに容易いが。

 この為だろうか?

 俺が昔から動物に嫌われているのは、この愛情が原因なのだろうか?

 愛情を押さえろと?

 いや無理だ!

 この、たぎり、あふれんばかりに鼓動を打つ愛情。

 今にもはちきれんばかりの感情。

 これを抑える事など出来ようか!

 いや、出来まい!

 噴火する火山の様な欲望をコントロールする事など、もはや不可能。

 もふもふは正義!

 可愛いは正義!

 そうだ、全世界共通で、可愛い物同盟を創ろう!

 レリスウェイク発で、創ろう!

 可愛い物を愛するのだ!

 世界中の可愛い物をこの手で愛し、この胸に抱くのだ。

 ふかふかを味わいつくすのだ!

 そうだ!

 これが有るべき姿だ!

 可愛い物同盟、此処に設立!

 完璧だ。

 対象生物一号には、フェリスを任命しよう。

 フェリスを中心として、その幅をどんどん広げていくのだ。

 可愛い物に国境は無い。

 可愛い物が好きな人間はみな友達なのだ!

「――お兄様、顔が凄い怖くなってますわ」

 ――閑話休題。

 少し落ち着こう。

 よし、落ち着いた。

 さて、そんなわけで――。

「――何か、レイラさんの知られざる一面を見た気がします」

「私は、この状態のお兄様を暴走状態と呼んでますわ」

 ――あれ?

「――アレイシアさんも苦労してるんですね」

「お兄様の為なら、この程度、苦労でも何でもありませんわ」

「二人で強く生きていきましょう」

「メイド、初めてあなたに良い印象を持てたわ」

 がっちりと握手をする二人。

 ――あれ?

 何で急に仲良くなってるの?

 あまりの中の悪さに俺が今苦労して対処法を考えていたところだったのに。

 その対処法の途中で思考が逸れた気がしたが、俺は少なくとも真面目に考えていたのに。

「アレイシアさん、紅茶をお注ぎしますわ」

「メイド、あなたも飲みなさい」

 杯を交わし合う二人。

 才人たちが来るのはもうすぐ。

 ――あれ?

 ――あれあれ?



[27345] 空ってこんなに広かったっけ? そのよん
Name: 柳城寺 蛍◆c99426ab ID:a424e81c
Date: 2011/04/22 03:21
 物語は切り替わり、話は本筋へと移行する。

 答えが出ないまま進む物語も、中には存在するという事だ。

 フーケ騒動の謎解き。

 その答えが出ないまま、結局、俺たちは才人たちを出迎えることとなった。

 俺も頑張って、驚いた態度を取ったつもりだ。

 さも――偶然居合わせたんだよ――そう取れるような反応を。

 ちょっと、わざとらし過ぎた様な気がしないでもないけど、そこは御愛嬌って事で。

 さて、現在ワルドとルイズは桟橋の方で予定を確認中。

 才人とギーシュは、旅の疲れを上の階にて癒し中。

 シエスタも、才人が来たとたん、そっちに飛んで行ってしまった。

 本来、此処にはいなかった存在。

 イレギュラーな癒しキャラ。

 才人よ。

 感謝してくれたまえ。

 原作より、君の周りに癒しの存在がいた事を。

 そんなわけで現在、此処“女神の杵”には――。

「――で、あなた達は何してたの?」

「……黙秘禁止」

 目をキラキラと輝かせた、キュルケとタバサがいた。

「基本的人権――」

「……など、あなたには無い」

 人権を否定された。

 タバサ――お前、俺が嫌いだろ。

「それに、どうやって此処まで来たのよ。私たちでもかなり飛ばしてきたのよ。ダーリンたちだって馬で最速で来たっていうし」

「オスマンさんの頼みごとでね。わざわざお使いだからっていうんで、風竜を借りたんだ。早朝に出たからそれなりの時間には着いたよ」

 俺のフライの事については、同級生には秘密。

 彼女たちならばれても大丈夫かもしれないけれど……念のためって奴で。

「学院長の頼みごと?」

「『そろそろ、本格的にリア充代表のギーシュをシめるか』って真剣な顔して相談されたから、『とりあえず、良い秘薬が無いかアルビオンまで飛んできます』って事で此処にいる」

「あんたたち、壮絶に下らない事に全力を尽くすわよね」

「……人の事言……何でもない」

「おいタバサ、目を逸らすな。突っ込みたくても人の事が言えなかったからって目を逸らすな」

「……目を逸らしてなんかない」

「現実から目を逸らしたくなる気持ちは否定できないわね」

「お兄様がこんなにも私を愛してくれている現実から目を逸らすなんて、勿体無さすぎますわ」

「オーケー。お前――」

「お兄様。お前ではなくシアですわ」

「シアは現実を見るところから始めよう」

 と、まあオチがついたところで。

 やっぱり、このメンバーが一番落ち着く。

 ボケと突っ込みのこの完璧なバランスは一体なんだろう?

 何なんだ? この一体感は。

 だがまあ、そんな一体感にいつまでも浸っている訳にもいかない。

 こちらにはこちらの都合が有るのだよ。

 気を抜いたら殺られる。

 このメンバーは都合が良い代わりに、レベルが高い。

 一瞬の油断が命取りなのだ。

「――というわけで、お兄様ったら真昼間、隣にメイドがいるのに求めてきて……」

「私決めたわ。今後、レイラの事を見る目を道端に捨てられてる干からびたミカンの皮を見るような眼で見る事にするわ」

「……めくるめくSとMの世界」

「ほーらみろ! 一瞬の油断が命取り!」

 なんて世界だ!

 こんな世界は嫌だ!

 声を大にして言わせてもらう!

 もっと平和な世界をくれ!

 なんだこれ!

 意味のない会話だけでかなりの行数を使ってるぞ。

 まるで本題の無い会話がメインのSSになりつつあるぞ。

 本来はもっとミステリアスな雰囲気にするんじゃなかったのか!?

 そうでなくとも、せめて意味がないなら意味がないなりに、ラブコメな展開になるんじゃないのか?

 それが本来のあるべき姿なんじゃないのか?

「まあいいわ。あんたたちも何かしらの理由で此処にいるみたいだし。とくに詮索はしないわよ」

「……下らな過ぎて、口にも出したくない」

 嘘で言った事とはいえ、その評価はあんまりじゃありませんかタバサさん。

 というより、あれで信じてもらえた事もかなり驚きなんですが。

 俺、普段、どんな風な人間に見られているんだ?

 気になるを超えて若干不安にさえなってきますよ。

「さて、じゃあキュルケ達は一体どんな理由でここに来てるんだい?」

「……睡眠妨害」

 なるほど、タバサは寝てたところを叩き起こされたらしい。

「まず、朝起きた私はぼんやりとした目のまま起き上がったわ。はっきりとしない頭。ぼんやりとかすむ視界。カーテンの隙間から差し込む朝日が私の目を起きろ起きろと刺激していたわ。私としてはそのまま二度寝に入っても良かったわ。だけどそれではツェルプストー家の女としてはダメね。やはり女の鏡たる動きをしないと。そこでベッドから立ち上がった私は――」

「要点をかいつまんで話せ」

「ダーリンを追いかけて来たわ」

「十三文字に要約出来んじゃねえか!」

「なによ、ちょっとしたお茶目じゃない」

「今の語りを全て聞いてたら、語る時間範囲の三倍以上の時間がかかる!」

「随分と少なく見積もったわねえ」

「貴様の長文独白は二度と聞かん!」

「……短文独白」

「そしてタバサ、お前は“短文独白”ではなく、“短文毒吐く”だ!」

「……誰が上手い事言えと」

 杖で俺の頭を叩くタバサ。

「どうもありがとうございました」

「……ありがと」

「あんたたち、何がやりたいの?」

「……漫才」

「狙うは世界だ」

 ――というより。

「何故だ! 何故まだ章題が切り替わらない! 今のはかなり綺麗に落ちた筈だろう!」

「間違いなく原因は最後の一言ね」

「挨拶の失敗!」

「お兄様――」

「シアはシエスタとペアを組みなさい」

「犬猿の仲のペア!」

「……コンビ名は“犬猿”」

「いや、タバサ。そこは“けん☆えん”だろ」

「……けんえん!」

「二つくっつけて“けん☆えん!”でどうだ」

「……いける」

「オーケー。シア。決定だ!」

「お兄様と言えど、私も逆らう事がありましてよ!」

 涙目で叫ぶシア。

 うん。

 何か、久しぶりに妹が可愛いなって感じられた。

「妹萌え!」

「お兄様の好みが分かりません!」

 叫ぶシアに対し、明らかに引く二人。

「うわ! 今、自分の妹に対して言ったわよね」

「……近親相――」

「――言わせねえよ!」

「……いじわる」

「何とでも言って良いが、先ほどの言葉は――」

「シスコン」

「それは全力を持って否定させていただく」

「お兄様! それだけは否定しないでください」

「というより、否定できないわよね」

「皆様には一度、シスコンとブラコンについて熱く講義をした方がよろしいようですね」

「……シスコンが語る“シスコンの全て”」

「タバサ、売れる週刊誌のタイトルみたいな言い方をするな。それと、その言い方だとシスコンの良さを語る文面になってる」

「……実録レポート! レリスウェイクの裏側に迫る!」

「止めろ。うちの領地は表ざたに出来ることの方が少ないんだ」

「…………」

「…………」

「…………」

「止めろ! 冷たい視線を向けるな! そしてシア! お前もレリスウェイクの人間だ!」

「レリスウェイクの素晴らしさを一言で語りましょう。レリスウェイクにはお兄様がいる」

「レリスウェイクの評価マイナス一ね」

「俺はマイナスの存在!」

「レリスウェイクの素晴らしさその二。財政が豊か」

「……財政の量だけある、黒い噂」

「レリスウェイクの評価、更にマイナス一ね」

「タバサの余計なひと言!」

「…………お兄様。パスですわ」

「他にいいところないのか、レリスウェイク!」

 俺も思いつかないけれどさ!

「人外魔境レリスウェイク。その伝説は続く!」

「先ほどからお前ら、妙なキャッチコピーをつけるな!」

「そうね……確かにキャッチコピーが少々チープだったわね」

「……三面記事クラス」

「まあ、レリスウェイク自体が一面記事だから問題ないわね」

「一面記事になった事なんてねえよ!」

「でも、一面記事クラスの事はしてるわよね」

「否定できない自分と両親が悲しい」

「商業と策謀と平等の街、レリスウェイク!」

「……暗躍が足りない」

「表無き街、レリスウェイク!」

「貴様ら、俺たちの領地をいじって楽しいか!」

「確かに領地をいじるのは良くないわね。なら……レリスウェイク兄妹。禁断の愛! とか」

「五百万部刷って下さいませ」

「シア! 貴様はそれだけ刷って何処に撒く気だ」

「半分は保存用。残り半分は外堀を埋める為に……」

「止めろ! お前は冗談抜きでそれだけの金が用意できるんだから」

 レリスウェイクの財政状況は残念な事に豊か。

「……全ガリアが泣いた! レリスウェイク兄妹。悲劇の愛」

「むしろ、ハルケギニア中が泣きますわ!」

「そこまでの感動巨編じゃねえよ!」

「むしろ、私一人でハルケギニア中の人間に匹敵するだけ泣きますわ」

「不可能だ」

「絶対に上映しないでくださいましね。もししたら、ハルケギニアに津波がきますわよ」

「不可能な事象が現実味を帯びた!」

「いや、帯びてないわよ」

 テンポよく進む話の流れ。

 こうして原作の流れは特に変わらないまま――夜は更けていった。











 宿屋のグレード。

 それは確かにあるだろう。

 もっとも、この場合は宿屋だろうとホテルだろうと、コテージだろうと、皆同じに考えてくれたまえ。

 ただ、宿屋は豪華なところが必ずしも良いか、そう言われると答えははっきりとしない。

 豪華でないところも、豪華でないなりに良い部分があるのだ。

 むしろ、俺みたいな小市民にとっては、あんまり豪華な宿屋よりは、適度に安い場所の方が居心地が良い。

 羽のように軽い布団、というのは、どうにも肌に合わないのだ。

 かと言って、安すぎるのも同時にどうかと思う。

 いくらかぶっても寒い布団の宿屋には、正直泊まりたくない。

 ついでに言うと、敷布団――マットレスがあまりにも固いところも簡便だ。

 何物も、ほどほどが一番。

 一部の貴族は、見栄の為に高いところに泊まったりするらしいが……俺たちにとっては遠い話だ。

 お金は貯める物。

 俺はそう考える。

 因みに両親曰く、お金は増やす物らしい。

 悪行はほどほどにしてくれ。

 俺は心からそう願う。

 ――そんなわけで、俺たちは手頃な価格の宿屋で一晩を明かした。

 シアが、随分とピンク色なホテルにやたらと入りたがったが、軽くスルー。

 ラブホに入るのはもう少し大人になってからにしましょう。

 そう言うとシアは、「もう身体は大人です」というので、軽く頭をはたいておいた。

 そんなわけで泊まったのは、“風の館”という、外観ちょこっとぼろい宿屋。

 あえて言おう、隙間風の館では無い。

 表看板の“風”の文字の前に――古さの関係と思われる――若干の隙間があって、それを考慮するとそうなってしまうが、あれは間違いなくそれを目的としたものじゃない筈だ。

 中々年忌が入っているのか、壁や床にボロが来ていたが、細かい品々は、しっかりと手入れをされていて新しい物になっている。

 ベッドも新しい物になっていて、寝心地は何の問題も無かった。

 部屋は、おそらく貴族にとっては手狭なのだろうが、俺たちにとっては十分。

 普通のホテル程度には広さがあった。

 というより、シアはかえって狭い部屋の方が良かったらしいが。

 そして、何よりの魅力は大浴場。

 この旅館の自慢は大きな浴場があることらしい。

 当然、昨晩は俺もそこに入らせてもらった。

 大浴場と言っても、所詮は平民向け。

 学院のと比べるとどうしても見劣りはするものの、旅行先でこれならぜんぜん御の字だろう。

 正直、女神の杵って所より、全然当たりの様な気がする。

 過ごし易さなら、明らかにこちらが上だろう。

 見た目ばかり綺麗で値段も高い女神の杵。

 見た目以外、何の問題も無い風の館。

 何となく、この貴族社会を風刺しているみたいで、風呂に入りながら一人苦笑してしまった。

 一応追記しておくと、この宿、貴族の人が泊まる事なんてまず無いらしい。

 そのせいか、泊まる事を告げた途端、やたらと歓迎されてしまった。

 待遇が良かったのは、そのせいもあるのかもしれない。

 老夫婦が経営しているらしく、まるで孫を見ているみたいだと、やたら優しくしてくれた。

 人の温かみは良いものだ。

 そうそう、言い忘れていたが、シエスタは女神の杵に泊まった。

 本来は泊まるお金を出さなきゃいけないのだが、そこら辺はワルドが払ってくれるらしい。

 まあ、ワルドとしては才人とシエスタがくっついてくれた方が都合が良いだろうからな。

 才人、ギーシュ、シエスタの三人部屋。

 ――才人寝れるのかなあ?

 ふと不安になったが、まあ、大丈夫だろう。

 少なくとも、今日は負ける運命なんだ。

 むしろ、それだったら才人がころっとシエスタに気持ちが傾かないかの方が不安か。

 この時期に弱った才人に優しくしたら、ホントに才人がシエスタルートに進むぞ。

 タルブ無双がとんでもない事になるぞ。

 まあ、そうならない事を信じよう。

 そんなわけで俺は今、紅茶を飲みながら、一人窓の外の景色を見ているところだった。

 窓の外を見ている――といっても、本当に見ているのはそこでは無い。

 遠見の魔法を使って、才人とワルドの決闘(?)訓練(?)腕試し(それだ!)を見ているところである。

 ルイズが現れた所で喧嘩開始の合図。

 さて――どうやらこちらサイドの話には問題がないみたいだ。

 本編はつつがなく進行中。

 ならば俺はもう少し休ませてもらうとしよう。

 次なるイベントがある夜はまだ遠い。

 「皆がハッピーエンドでありますように」

 俺は呟くと、カップのそこに僅かに残った紅茶をあおった。











******************************



――決闘とその後――人知れず進む破綻。





 俺は一人、部屋のベランダで月を眺めていた。

 ルイズの婚約者というメイジ。

 彼に負けた時から、何故か気分は沈んだままだった。

 ギーシュ達は一階の酒場で酒を飲んで騒ぎまくっている。

 明日はいよいよアルビオンに渡る日だということで、大いに盛り上がっているらしい。

 キュルケが誘いに来たが、俺は断った。

 どうにも、飲む気分じゃ無かった。

 二つの月が重なる番の翌日、船は出港するという。

 なんでも、アルビオンが一番ラ・ロシェールに近づくからだというが……。

 俺は空を見上げた。

 瞬く星の海の中、赤い月が白い月の後ろに隠され、一つだけになった月が青白く輝いている。

 その月は、俺に故郷を思い出させた。

 地球の夜。

「家に帰りたい」

 思わずこぼれたのは逃げる言葉。

 今、周りにある全てを投げ出して逃げる台詞。

 非常に弱気な詞。

 思わず呟いてしまったその言葉に続いて感情があふれ出す。

 それらは透明なしずくとなって俺の目からあふれ出した。

 一筋、もう一筋。

 ぽたぽたと涙が頬を伝い落ちる。

 止まらない感情の吐露。

 次々と不満があふれ出る。

 思わず言葉となりそうなそれらの気持ち。

 後ろから声がかけられたのはそんな時だった。

「――月が綺麗ですね」

 澄んだ声。

 鈴が鳴るような響き。

 振り向くと、そこには黒髪の少女が立っていた。

 俺が困っていると、いつも現れる少女。

 おなかが減っていた時、彼女が食事をくれた。

 ルイズに酷い扱いをされた時、嫌な顔一つせず、愚痴を聞いてくれた。

 俺が何かを話すたびに、あふれんばかりの笑顔を見せてくれる少女。

「シエスタ……」

「はい、なんでしょう?」

 そう言って彼女はまた笑顔を見せる。

 心がく暖かくなる笑顔。

 彼女は笑って俺の隣に来てくれた。







 ゼロの少女は現れない。

 ゼロの少女は話せない。

 ただ――ドアの向こうから彼らの話に耳を傾けるだけ。



[27345] 空ってこんなに広かったっけ? そのご
Name: 柳城寺 蛍◆c99426ab ID:a424e81c
Date: 2011/04/22 03:21
「さーて、どうしますかね」

 俺は槍を構えながら呟いた。

 ここは女神の杵――から少し離れた建物の屋根。

 建物の主人の許可をもらって登らせてもらった。

 やや遠くには高くそびえるフーケのゴーレム。

 隣にはいつも通りの相棒シアと頭の上には相変わらず眠そうなフェリス。

 というわけで――。

 どうやら、才人たちが襲われているらしい。

 という事は……これから離脱して才人がライトニング・クラウドで……という展開か。

 オーケー理解した。

 では俺がすべきことは何か。

 一つとしては才人たちと一緒に桟橋の方に行くべきだろう。

 そうすれば、原作の展開を存分に楽しめる。

 ガンダールヴ覚醒だって見れて万々歳だ。

 しかし、今の俺にはもう一つの目的がある。

 それはフーケの裏にある真実。

 俺としては、非常にそこに興味がある。

 彼女の行動の裏。語られない物語。

 そこには一体どんなドラマがあるのか。

 それを見てみたい。

 そんなわけで、此処は一気に解決して状況理解と参りましょう。

「とりあえず蹴散らしますか。シア、詠唱は行けるか?」

「いつでも行けますわ。お兄様!」

 身体の前で杖を構えるシア。

 その杖に、魔力が集まる。

「オーケー。じゃかましちゃってくれ!」

「“錬金”!」

 天へと向かうかのような叫び。

 その叫びと共に、彼女の杖が振り下ろされた。

 そして次の瞬間、岩でできたゴーレムは砂に帰る。

 肩に乗っていた二人が、驚いたようにそこから飛び降りた。

 そこをすかさず、シアの魔法が狙う。

「アースハンド!」

 突き出される岩の手。

 それを仮面の男の杖が貫いた。

 なるほど、エア・ニードルってのは中々に強力な魔法らしい。

 まあ、スクウェアクラスが使ってるんだから当然だわな。

 別になめていたわけじゃない。

 というより、これならまだ想定の範囲内だ。

 巻き起こる砂嵐。

 崩れる砂の巨人。

 阿鼻叫喚の中、宿の入り口が吹き飛ぶ。

「レイラ!」

 建物から出て来た才人が俺たちを見て叫んだ。

 なるほど、確かにあれだけの砂が突然降ってきたら、戦況に何らかの変化が起きても仕方ないだろう。

 戦意は明らかに減るし、視界は悪くなる。

 暗闇を利用した戦いをしていたのだから、地の利が反転――とまでは行かないまでも同レベルにまではなった訳か

 それでむこうさんはむこうさんで逆転して出て来たと。

 一方、奇襲をかけたつもりが、完全に奇襲をくらった方々は、全員がパニックに陥っていた。

 聞いていないぞ! 計算外だ! どう言う事だ!

 それぞれが口々に文句を言いながら逃げ惑う。

 中から吹き荒れる炎や氷は、キュルケとタバサの物だろう。

 才人は一足早く状況改善の為に出て来たと……。

 まあいい。

 とりあえず、才人にはやる事を伝えよう。

 彼が向かうべき場所。

 フレームが向かう先。

「ヤッホー。元気かい? 元気があれば何でもできるさ!」

 そう言って俺は槍を掲げる。

 示す先は桟橋。

「元気があれば任務も達成できる! さあ! とっととアルビオンに行きな!」

 笑顔で語る俺。

 しかし、才人の表情は浮かない。

「でも、まだ行けないって……」

 なるほど。

 風石の事を言っているのだろう。

 才人のくせに随分と冷静だな。

 原作だったら、もっと突っ走っていただろうに。

「ワルドさんだっけか? あいつがなんとかしてくれる!」

 俺の言葉に、才人は振り向くと、部屋に向かって何かを話し始めた。

 時折吹き荒れる炎と氷から、中の戦いが、まだ続いている事がうかがえる。

 しばらくして頷くと、才人は俺に向かって親指を立てた。

 どうやら、話は通ったらしい。

 さあ、行ってくれたまえ。

「レイラ! ここは任せた!」

「オッケー。行ってらっしゃい!」

 気楽に挨拶をすませると、才人はそのまま部屋の中に引っ込んだ。

 おそらくは裏口から行くつもりなんだろう。

 案の定、しばらくすると裏口の方から足音が聞こえて来る。

 パタパタと走る足音。

 それを聞いた仮面の男が、すぐさま反応した。

「よし、俺はラ・ヴァリエールの娘を追う」

 そう言って飛び出していく白い仮面の男。

 俺はすぐさまシアに指令を出した。

「流石に二人はキツいだろ。あの仮面の男は才人に任せて、シアはフーケに集中してくれ」

「お兄様の応援が欲しいですわ!」

「終わったら抱きしめてやる!」

「土くれのフーケ! お命頂きますわあああぁぁぁぁぁあああ!!!」

 膨れ上がる魔力。

 ――というより気迫。

 シアの背後に、鬼神が目覚めた。

 目には見えないはずの魔力が、オーラの様に立ち上がり、彼女を包み込む(かのように見えるほどの気迫だ)。

 あまりの気合いに思わずそちらを見れば、そこにいたのは、目を血走らせたシア。

 ――いや、シア。

 殺さないでね。

 捕獲してね。

 こちらとしては、彼女に聞きたい事が有るんだから。

 ――まあいいや。

 とりあえず、仮面の方は、もう姿を消している事から既に近くにはいないだろう。

 彼の相手は才人に。

 そうじゃないと、後での覚醒イベントに支障が出る。

 いや、本当はこっちで相手しても別にいいんだけれど、才人は下手に子供のままよりは、ちゃんと成長した方がいいだろう。

 可愛い子には旅をさせろ。

 多少は厳しくした方がお互いの為だ。

 さて――では俺は俺の仕事をするとしようか。

 まずは中のキュルケ達の生存確認。

 遠見の魔法を使って小屋の中を見る。

 どうやら、先ほどの俺たちの奇襲を期に、体制を立て直したらしい。

 原作とは違った意味の荒々しさを見せつけながら、中で応戦をしていた。

 なるほど、先ほどから吹き荒れていた氷風や炎は、それ相応の理由があるらしい。

 ギーシュのワルキューレを盾にしながら、正確な狙いで着実に相手の数を減らしていく二人。

 本来は、もっと作戦じみたことをやっていた気がするけれど――まあ、結果オーライということで。

 とにもかくにも、どうやら向こうももうすぐ終わりそうだ。

 あまり心配はいらないらしい。

 つまり、後はフーケさえ無事にとらえれば話は終わりと。

 ――思ったより楽だったな。

 というか、俺何もしてない気が……。

 まあいいか。

「シア、フーケを――」

「もう終わってますわ、お兄様」

 ――早っ!

 気がつけば、フーケは杖をはじかれ、シアのアースハンドに握られるようにして捕獲されていた。

 中で必死にもがいてはいるが……正直こうなっては無駄だろう。

 こちらもこちらで、原作よりも綺麗な形で決着が付いた。

 それはもちろん、いろんな意味で。

 まず、下手な殴りあいをする必要がなくなったし、何より、彼女がすすで汚れることがなくなった。

 フーケさんと言えど、一応女性。

 いち、紳士としては、それなりの態度で接さなければ。

 いや、それにしてもさあ――ちょっと早すぎません?

「さあ、お兄様。力いっぱい抱きしめてください!」

 そう言って手を広げるシア。

 ――いや。

 ちょっと――。

「なんだい! 奇襲とは随分卑怯な手段を使うんだね」

「あんたにだけは言われたくないわ!」

 思わずツッコむ。

「ババアは黙っててください! 今は世界でもっとも大事な時間である私をお兄様が抱きしめてくれるシーンですわよ!」

「お前――」

「お兄様。お前ではなくシアですわ」

「シアって、普段すごく言葉が丁寧なのに、時々ハンパなく口調が汚くなるよな」

「ですが、私の身体はまだ綺麗なままですわよ」

「俺はいっさいそんなことは聞いてないぞ」

「ちょっと! 私に対するババア発言が華麗にスルーされつつあるわよ!」

「そんなのはもうどうでもいいのですわババア。今はお姫様が生まれた瞬間や、世界が誕生した瞬間よりよっぽど重要な、お兄様が私を抱きしめてくれる瞬間だと言っているでしょう!」

「いや、流石にそれらと比べるとどう考えてもそっちの方が重要だぞ」

「ババアはボケもツッコミもワンテンポ遅いのですわ! だからババアなのです」

「ワンテンポ遅いって……それより、私としても世界が生まれた瞬間はともかく、お姫様には正直興味がないからその辺は共感できるわね」

「本当にワンテンポ遅い!」

 止めてくれ。

 これ以上ボケは増えないでくれたまえ。

 話が進まなくなる。

 とりあえず、いったん話を収束させるためにシアを抱きしめると、中から追い出されるようにして、傭兵達が飛び出してきた。

 そのまま彼らは、ちりじりになって何処かに行ってしまう。

「ふう、高い宿も考えものね。これじゃ狙ってくれって言ってるようなものじゃない」

「……一長一短」

「き、君たち、随分と手慣れているんだな」

 と、そんな風に逃げ出した傭兵達の後ろから、肩を鳴らしながらキュルケ、タバサ、ギーシュの三人が現れた。

 現れ――そして、月光の下で抱きしめあっている俺とシアを見る。

 ――全員の目が遠くなった。

 というより、細くなった。

 まるで、夜中にコンビニの前で座り込んでいる若者を見るかのような目だった。

「いや、君たち――そういうことをするのは否定しないが、TPOをわきまえた方がいいのではないのか?」

 ひどくまっとうなギーシュの言葉。

 時間――戦闘が終結する直前から。

 場所――傭兵達とある種命がけの戦いを繰り広げている戦場。

 場合――戦闘をするシーン。

 ダメだ!

 一つとして合格の条件を満たしていない!

「アレイシアルート確定ね……近親相姦は一部のマニアにはとても受けるわよ」

 完全に俺たちをネタに遊ぶ気満々のキュルケ。

 あえて言わせてもらうなら、そのルートはいやな予感しかしない。

 というより、一種の親友ルートな気が。

「……不潔」

「チクショウ! タバサの言葉なのに否定ができない!」

「……私の言葉なのにって……随分とひどい言われよう」

「お兄様、否定でしたら簡単ですわ。これは不潔な行為ではなく非常に聖なる行為であることを言えばいいのです」

「その証明は不可能だ」

 何故ならその解はどう考えても成り立たないから。

 逆の証明なら非常に楽だ。

 もっとも、それを証明したところで、奴らがいっそう俺に冷たい態度を取るだけだろう。

「いっそ、キスまでいけば神聖さも増すのでは?」

「より悪化するだけだ!」

「あら、キスまでいってもいいわよ」

「キュルケ! お前にとっては楽しいだろうが、世の中そう上手くはいかないんだよ!」

 世の中そう上手くは行かないんだよ!

 大事な事なので二度言いました。

「お兄様をおいしくいただくことは私の夢ですわ」

「少なくとも、レイラのツッコミは上手くはないわね」

「とてもひどい否定の言葉! 俺の心は不潔と言われたときより傷ついた!」

「……私たちは、レイラをイジるのに関しては、他の誰よりもおいしい立場にいる自信がある」

「それより、不潔と言われるよりツッコミが上手くないっていわれる方が傷つくって――」

 さんざん繰り返される俺、シア、キュルケ、タバサのボケとツッコミの押収。

 なのに締めたのは相変わらずワンテンポ遅れたフーケのツッコミだった。

 ちなみにギーシュはすでに置いてきぼりになっている。

「――君たちが非常に遠く感じるよ」

 そう呟くギーシュの目はとても遠くを見ていた。

 悶々とモンモンの事でも思い出しているのだろうか。

 まあ、俺たちには関係ないから良しとしよう。

 キュルケ達も普段のことからだいたい事情にも察しがついていたらしく、先ほどのやりとりも、俺をからかうために言っていたような側面が強いようだ。

 いつも通りの挨拶代わりのやりとりがようやく終わった。

 ――ということで……。

「さて、これで終わったみたいだし……証人尋問の始まりね」

 そう言うと、キュルケは俺たちに向かってウインクをした。



[27345] 空ってこんなに広かったっけ? そのろく
Name: 柳城寺 蛍◆c99426ab ID:a424e81c
Date: 2011/04/22 03:22
「さて、これからフーケさんに質問をしたいと思います――が、その前に二つ、言いたいことがあります」

 ところ変わって、現在の場所は俺が泊まっていた宿“風の館”。

 今夜に備えて、今日一日まったりしていたこの部屋で、質問会をする事になった。

 女神の杵は既に半壊状態。

 どう考えても、こちらで行うのが利口な手段だろう。

 そんなわけで、俺たちの目の前には縄で縛られたフーケが座り込んでいるわけだが――。

 とりあえず、いくつかツッコみたいことがある。

 どうしてもツッコまなければならない気がする事がある。

「まず一つ――何か足りなくないっすか?」

「お兄様から私への愛の言葉ですか?」

「違う。そんな物は元々ない」

「じゃあ私への愛の言葉?」

「キュルケ。お前は愛の言葉なんてもらった所で今更何とも思わないだろう。俺は意味のない物は与えない主義なんだ」

「随分と失礼な言われ様ね」

「……そうなると……ポッ」

「タバサ。貴様とそのようなフラグをたてた覚えは無い」

「……貴方の兄を力の限り叩いても良い?」

「今のは明らかにお兄様が悪いので許可いたしますわ」

 叩かれた。

 力の限り叩かれた。

 杖でのフルスイングで頭を殴られた。

「ちょっと待て! なぜ俺は今殴られた?」

「……それが分からないようなら、もう一階殴る必要がある」

「すいませんでした」

 杖を降りかぶるタバサ。

 頭を下げる俺。

 あれれ……タバサってこんなに暴力的だったっけ?

 これって、ルイズの仕事じゃ……。

「そうなると、残るは私への愛の言葉ね」

「いい加減そのネタを引っ張るのをやめろ!」

 俺はボディランゲージ全開でフーケに怒鳴った。

 ダメだこいつら……早く何とかしないと。

「それにしてもいきなり縛りって……随分と趣味が特殊なのね」

 と、これはフーケの言葉。

「お兄様! 私でしたらお兄様の趣味に百パーセント答えてみせますわ!」

「違う! これはお前を尋問するため、逃げないようにするために縛っているんだ!」

「なるほど、尋問する――というシチュエーションが好きなのね」

「黙れキュルケ! お前は火に油を注ぐな!」

「微熱の二つ名は伊達じゃないわよ」

「発火元になってもかまわないが、火をこれ以上大きくするな!」

「尋問――な、なかなかそそる話題じゃないかね君たち」

「ギーシュ! 変なところで反応するな!」

 なんだこいつは!

 今までまるで会話についてこれて無かったのに、いきなり参加してきやがった。

「仕方ないわよ。ギーシュはバカで変態だから」

「失敬な! 君たちはもう少し他人に敬意という物を持ったらどうなんだ!」

 激高するギーシュ。

 シアが、そんなギーシュの袖をくいくいと引いた。

「何だね! 君まで僕を愚弄するのかね?!」

 怒鳴り顔で振り返るギーシュ。

 シアは、こてんと首を傾げると、上目遣いでギーシュに聞いた。

「ギーシュさんはえっちなんですか?」

「否定したい! すごく否定したいが、この表情でこんな言い方をされたら、それも仕方ないかと思えてしまう!」

 自分の中の何かと闘うつもりなのか、叫ぶなり、ギーシュは部屋を飛びだして行ってしまった。

 その頬がキラリと光ったのは、きっとモンモランシーのための涙だろう。

 だけどそれ以上に、そんなギーシュから顔を背けるようにして振り返ったシアの顔が、印象に残って仕方ない。

 あの顔は間違いなくキラだった。

 新世界の神だった。

 その口が動くのがゆっくりと俺の目に映る。

「け、い、か、く、ど、お、り」

 ――間違いない。

 確信犯である。

「――あの子、間違いなく私より色気の使い方を知ってるわね」

「……レリスウェイクの驚異にそろそろ改名すべきか悩む」

 赤と青が隣でそんなことをうそぶいているが、まあ、否定できたもんじゃないな。

 そんなわけでまあ――また一人、減った。

 さて、改めて見渡してみよう。

 まず、俺の左隣にシア。

 右隣にはタバサ。

 向かい合うようにしてフーケ。

 フーケの後ろにキュルケ。

 飛びだしていったギーシュ。

 ――以上!

 うん、何かが足りない。

 主に、頭の上の重みと黒髪成分が。

「――というわけで、シエスタとフェリスは何処だ?」

 俺は周りを見回しながら聞いた。

 シエスタはともかく、フェリスはどうしたんだ?

 元々存在感が薄いとは言え、必要な存在だぞ。

 もふもふなんだぞ!

 ふっかふかであったかいんだぞ!

 俺の頭の上が寂しくて寂しくて仕方ない。

 あの独特の重みが……ふかふかが……。

「フェリスはともかく、あのメイドならダーリン達と一緒に行ったわよ」

 そう答えたのはキュルケ。

 俺は思わず反応する。

「フェリスはともかくとはなんだ! フェリスが主役だろうが! フェリスが一番重要だろうが!」

「……明らかにツッコミどころが違う」

 まったく、フェリスの重要性をこいつらは全く理解していない。

 あのもふもふが!

 あのもふもふが、どれだけ俺を癒していると!

「どうせ、愛想尽かして逃げたんじゃないの?」

「そんなことは無い! 俺のフェリスへの愛は無限大だ!」

「あなたからフェリスへの愛ではなく、フェリスからあなたへの愛が重要なのでは?」

「あれだけ安全地帯を提供しているのに嫌われる要素が見当たらない!」

「その安全地帯より遠い場所の方が安全な気がするのは私だけなのかしら」

「……“探知”」

「タバサ! 珍しく良い事を言った!」

「そうね。確かにあなたのお得意の“探知”ならフェリスの場所ぐらい分かるんじゃないの?」

「しかし、残念ながら、フェリスを探知しようとすると、ノイズのようなものが入って探知が出来ないんだ! 不っ思議ー!」

 何故か、最近は少しずつそのノイズが晴れる傾向にあるがな!

 具体的に言うなれば、何処にいるか全く分からなかったのが、ハルケギニアに居ることが分かるくらいにはなった。

 それでも、全く役に立たないことは変わりは無いが……。

 それでも、少しずつ晴れてきてるあたり、俺の愛の力の証明だろう。

 フェリス以外の、大抵のものだったら、すぐさま正確な場所が分かる探知だというのに……。

 やっぱり、俺のフェリスは只者じゃないというわけだな!

 飼い主として、誇りに思える。

「そこまでして姿を隠してるって――本当に嫌われたんじゃないの?」

「フェリスー! かむばーっく!」

「これは一種の中毒ね」

「……治療が必要」

 くそっ!

 俺が何をしたって言うんだ。

 俺は異常なまでの愛情を注いでいたはずだ。

 それが何でこんなにあっと言う間に――。

「――あ、お兄様。帰ってきましたわよ」

 そんなシアの言葉。

 俺は思わず入り口を振り返った。

 そこにはいつも通り、暢気にあくびをしている金色の抱き枕が!

 我が愛しのハニーが!

「――お兄様に一度で良いから俺のハニーって呼ばれたいですわ」

「遠い先の夢ね」

 シア達が何か言っているが、まるで耳に入らない。

 俺の視界は、フェリス一色だ。

 金色のふかふかが――俺を待っている!

 俺の愛情を感じ取ったのか、フェリスが毛を逆立てた。

 きっと奴なりの愛情表現なんだろう。

 ひどく鋭い目でこちらに熱いまなざしを送っている。

「独自解釈がひどいわね」

「……フェリスが抱いている感情は、間違いなく恐怖」

 ふらふらと夢遊病者のような足取りで俺が一歩近づくと、それにあわせて、フェリスも一歩下がった。

 フフフ……俺に会わせてくれるなんて。

 フェリス、俺たち、最高のパートナーみたいじゃないか!

 しかしこのままでは、距離は縮まらない。

 相性が良すぎるのも考え物だ。

 こうなったら、最終手段を使うしかない。

 俺は、軽くその場に屈んだ。

 その瞬間、俺の脚が鼓動する(かと思えるほど、足に力を込めた)。

 漲る力は大地を伝わり、翻って俺の身体をかけ巡った(かに思えた)。

 それらを脚に集め、俺は――力の限り宙を舞う!

「フェリスうううぅぅぅぅうううう!!!」

 叫ぶと同時。

 俺は跳ねた。

 フェリスとの距離。

 それを一瞬で詰めるかのような跳躍。

 それに合わせてフェリスも宙を舞った。

 ああ、やっぱり俺たちは気が合う――。

 そうして――俺は抱擁を果たすことなく、床に頭を打ちつけた。

 あれ?

 あれれ?

 どうやらお互いの飛ぶ高さが違ったらしい。

 やれやれ――フェリスったらお茶目さんだなあ。

 一方、フェリスは無事に俺の頭の上に着地すると、そのままいつも通りにぐでんと伸びた。

 フェリス、頭乗りバージョンである。

 抱擁には失敗した筈なのに、何故かやり遂げたような顔をしている気がするのは――きっと気のせいだろう。

 それにしても、帰ってきて良かった。

 下手に迷子とかになられても困るからな。

 さて、頭の上でまったりしているフェリスはとりあえずおいておくとして――だ。

 シエスタか……。

 才人に付いていったようだが……大丈夫だろうか?

 というか本来、そんな筋書きは無い。

 そもそも、ここまでついてくるのだって、俺が居たからこそのイレギュラーなんだ。

 あまり、下手に干渉して欲しくは無い。

 これから先に、彼女が干渉することで変化のあるストーリーなど、無いはずだからおそらくは大丈夫だろうが……。

 というより、ワルドさんもワルドさんだ。

 戦場ど真ん中に役立たずの女の子を一人連れていくなよ。

 どう考えても命が危ないだろうが。

 様々なフラグ回収はともかく――死んだりしないよな?

 おそらく、才人が帰るはずだったはずの船で、彼女も逃げてくれるだろう。

 俺にできるのは、そうやって願うことが限界だ。

 それでなくとも、彼女は命を投げ出すようなキャラじゃないしな。

 彼女のことは彼女に任せて――とりあえず、俺は当面の事に集中するとしよう。

 一応、明日の朝になったら、遠見の魔法で才人たちの様子を確認しておくか。

「さて――では二つ目。お前――」

「お兄様。お前ではなくシアですわ」

「――シア。そしてそこのキュルケとタバサ――お前等にこれは言いたい」

「なにかしら」

「……特に問題は見あたらない」

 すました顔でそんなことを言う二人。

 でもね――俺はさっきから非常にツッコみたいんだ。

 ツッコみたくて仕方がないんだ。

 ――ということで。

「お前ら! さっきから尋問だの拷問だの言う度に目を輝かせるのを止めろ!」

 そう、こいつら、さっきから目がキラッキラ光ってるの。

 俺の一挙一動を全く逃すつもりが無いの!

 何だってそんなに興味が沸くのか。

 正直、いやな予感しかしてこない。

 こいつら相手にまともな思考は命取りだ。

「貴重な、お兄様の好みのプレイの研究資料ですわ」

「俺の趣味はSMじゃない!」

「お兄様はきっと攻めですわよね」

「無理矢理話を進めるな!」

「私はどちらでも対応できるのでご安心を。この身体は、お兄様の好きにして良いですわよ」

「お前は俺に何を求めているんだ!」

「私への愛の言葉を」

「そんな予定はありません!」

 最近、妹の嗜好がだんだん危なくなってきている気がする。

 そろそろ、本格的に気をつけねば。

 さて、シアが終わったと思ったら今度はキュルケが声をかけてきた。

「だって、貴方がする攻めって興味があるじゃない」

「俺の趣味はSMじゃない!」

「どっちかって言うと私はレイラには誘い受けのイメージがあったけど、そう考えると、これもこれでありね」

「無理矢理話を進めるな!」

「とりあえず、さっさとやっちゃってよ。私たちは興味津々なんだから」

「お前は俺に何を求めているんだ!」

「極上の笑い」

「そんな予定はありません!」

 なんだこいつは!

 ここはもっと深刻になる場面じゃないのか?

 もっとディープでどよーんとした雰囲気じゃないのか?

 そこに笑いを求めろって――いや、確かに楽しいに越したことは無いけどさ。

「……携帯用ボンテージスーツは何処?」

「俺の趣味はSMじゃない!」

「……魔法を使ってあんなことやこんなことを……」

「無理矢理話を進めるな!」

「……テンションダウン」

「お前は俺に何を求めているんだ!」

「……地獄の苦しみ?」

「そんな予定はありません!」

 こいつもこいつで酷い。

 第一携帯用ボンテージって何だ!

 俺はそんな物を持ち歩くキャラに見られているのか?

 それに、求めているのが地獄の苦しみって……一度こいつは死んだ方が良いんじゃないのか?

「というか、同じ突っ込みを三回もさせるな!」

「私たちも、言葉選びに苦労したわ」

「異常なまでの労力の無駄遣い!」

「……仏の顔も三度まで?」

「タバサ! その言葉は三度目までは許されるという意味ではなく、三度目ではキレるという意味だからな!」

「……仏の顔をサンドイッチ」

「シッダールタ・ブッダ(仏様)にぶち殺されるぞ!」

 それか、その信者に。

 地球の科学力はお前等も十分知るところだろうが。

「つまりあんたは、これからあたしに散々卑猥なことをしようとしているわけだね」

「話は元の筋に戻ったけど、その変換は明らかにおかしい!」

 相変わらずワンテンポ遅れるフーケ。

 話の内容と話の筋を戻してくれたことでプラスマイナスゼロだ。

 貸し借りなしの帳消し。

「というかお前等――これから何をするか理解しているんだよな?」

 ジト目で部屋を見渡す俺に対して皆が一斉にうなずいた。

「公開SMプレイ!」

 とりあえず、全員の頭をはたいておく。

「むしろ、調教が必要なのはお前等だ!」

「……御託はいい。さっさと始めて」

「突っ込みを全否定された!」

「……前戯には興味がない」

「謝れ! 心行くまで、お前は俺に謝れ!」

「ダメよタバサ。これから行われるプレイはむしろその前戯なんだから」

「……さっさと始めて」

「お前等は部屋から出てけええぇぇぇえええ!!!」

 深夜のラ・ロシェールに、俺の悲鳴が響きわたった。











 閑話休題。

 とりあえず、シアたちを部屋から追い出した俺は、狭い部屋の中、フーケと向き合っていた。

 宿屋の一室。

 頭の上のフェリスを除けば、二人っきりの時間である。

 これがもし愛し合う二人だったら間違いなくイベントシーンなのだろうが、残念ながら、俺とフーケはそんな関係ではないので、そんなおもしろおかしなイベントはおこりゃしない。

 そんなわけで――だ。

 ようやく本題。

 やっとこさ腰を落ち着けて話せる環境になったため、特にロープで縛らずに、フーケには普通に椅子に座らせた。

 レディは丁重に。

 全世界共通の認識だ。

「――どういうつもりだい?」

 そして、椅子にに座ったフーケの第一声がこれだった。

 まあ、そりゃあいきなり縄を解かれたら驚くだろう。

 怪しむのが普通だ。

 だけどまあ、フーケを捕らえることに、俺はそれほどの興味を抱いてはいない。

 問題はたった一つ。

 彼女の持つ情報だ。

 そのためなら、こうして普通に話せるようにしてやった方が、向こうも気が楽だろう。

 そもそも、彼女にとってはきっと、それほど重要な情報でもない筈なんだ。

 お互い損のない取引き。

 さて、どうなることやら。

「まさか――あんたもこっち側の人間なのかい?」

「いやいや、まさか。俺はあくまで一般人で、レコンキスタにも所属していなけりゃ、王軍にも興味がない。ただの暢気な一学生でさあ」

 俺の言葉に、一層警戒を強める彼女。

「あんた……何でただの一学生がそんなことを知っているっていうんだい」

「じゃあ訂正。ちょっと普通よりも世間に詳しい学生かな」

 警戒するフーケと眠たげな目で笑う俺。

 一応言っておくと、今は深夜。

 流石に俺としても眠いのですよ。

 俺もテーブル越しに、彼女の向かいの席に座って肘をついた。

 フーケは、俺の言葉を聞いて眉をひそめる。

「じゃあ何だって縄を……」

「別に深い意味はないよ。俺としては、あなたに一つ訊きたいことがあるだけ。それに答えてくれさえすれば、あんたが逃げようがどうしようが――そんなのは知ったこっちゃない。そんな薄情な人間一号でござる」

「はん! あたしに仲間を売れってのかい? かまわないが、あたしはそんなに対した情報は……」

「いや、訊きたいのは今回のアルビオンに絡む事じゃないんですよ」

 そこで言葉を切ると、俺はまっすぐフーケをみた。

 さて――ここからが本題だ。

「あんたが盗み出した破壊の杖――あの情報を何処で訊いた?」

 フーケの瞳に影が差した気がしたのは、俺の勘違いだろうか?

 薄暗いランプが唯一の光源。

 強いて他をあげるなら、月明かり――その程度の暗い部屋の中。

 炎が揺れた。

 何かがぶれるような感覚。

 その影に――ノイズのようにも見えたそれに――俺は大して気を止めなかった。

 そしてフーケは――突然笑い声を上げた。

「あははは! 何を訊いてくるかと思ったら――あんたもずいぶんと変なことを訊くね!」

 そう言って笑うフーケ。

 俺は首を傾げた。

 俺は首を傾げ、そして――彼女の次の言葉に絶句することになる。











「破壊の杖っていったら――“超有名な宝物”じゃないかい! そんなこと平民だって知っているだろうさ!」










 ――はい?







 今、この人……何と言いました?

「――えっと、ごめん。もう一回いい?」

「だから、そんなこと平民でも知ってるって――」

「違う! その前だ!」

 ちょっと待て。

 俺のこめかみから嫌な汗が流れる。

 暑いわけではない。

 それは、聞いてはいけない言葉。

「破壊の杖っていったら――超有名な宝物だろ?」

 俺は思わず言葉を失った。

 何だ……。

 なんだこの状況は?

 俺は昼間、この町中の人間に訊いて回った。

 少なくとも、俺やアレイシアが知らなかったかといってレリスウェイクの常識はあてにならない。

 だが少なくとも――この町の人間は普通のはずだ。

 まともな常識のある人間のはずだ。

 そしてその人たちに訊いて回った結論は、間違いなく――そんな物は知らない。

 超有名な宝物なんかじゃ――そんなことは決して無い!

「……? どうしたんだい? 急に黙っちゃって――どこと無く顔色も――顔も悪いし」

「わざわざ言い直すな!」

「頭が悪い?」

「そこまで酷くはないはずだ!」

「性格が悪い」

「お前の方がよっぽどな!」

 まて、落ち着くんだ。

 冷静になれ。

 なんでそんなことになったんだ?

「もう一度訊くが――破壊の杖は有名なんだよな?」

「だからそうだって言ってるだろ」

 怪訝な表情のフーケ。

「俺は聞いたこと無かったが……」

「レリスウェイクでの常識をこっちに持ち込むんじゃないよ」

 そう言う、彼女の口調は、とうてい嘘を吐いているようには見えない。

 というよりも――それは、まるで俺の質問の意図が分かっていないような、そんな感じだ。

 一体これはどういうことなんだ?

 あいつ等が居なくなったとたんに――話が進み始めたとたんに漂う異様な空気。

 それは明らかすぎる――明確すぎる矛盾。

 謎なんてもんじゃない。

 そもそも、問題として成立すらしていない。

 双方が真実で、異なる――相反する真実。

 おそらく、町の人も、フーケも、嘘は吐いていない。

 それはつまり――。

「一体何だってんだよ」

 深い深い闇の中。

 俺は眉間を押さえてうめいた。

 回答なんか――ありゃしない。

 答えてくれる人なんて――いやしない。



[27345] 空ってこんなに広かったっけ? そのなな
Name: 柳城寺 蛍◆c99426ab ID:a424e81c
Date: 2011/04/22 03:22
 あれから、フーケはすぐさま逃げてった。

 杖を掴むなり、窓から身を踊らせるようにして。

 俺はそれを呆然と見送り――そして夜が明けた。

 フーケについて、キュルケ達は特に何かを言ってくる事は無かったが、むしろ、俺のことをやたらと心配してきた。

 心配されるほどに俺の表情は疲れていたのだろう。

 おそらくは、皆にいらない気遣いをさせてしまった。

 その点については、正直、悪かったと思っている。

 というより、失礼なことを言うのならば、むしろ、キュルケやタバサが、気遣いというものができるということに驚いていたり。

 しかしまあ……なんとも厄介なことになってきた。

 いや、厄介なことになってきているというよりは……、厄介なことが前面に浮き出てきたというか……。

 なんともいえない矛盾。

 メインストーリーの裏側を探っていたら、とんでもない事実に行き当たってしまった。

 藪をつついたら蛇どころか、虎が出てきたような、そんなどうしようもない感じ。

 いつもだったら、ここらで長々と考察を入れている時間だが――今日に限ってはその辺も勘弁してくれ。

 俺にだってコンディションの良し悪しがある。

 コンディションの良し悪しについての考察はまた後日――ということで。

 さて、そんなどうしようもない状況であっても、時間は進む。

 暢気にまったりと――世界は回る。

 この案件については次回に持ち越し。

 長々と考えていくことにしよう。

 それよりも――だ。

「おいおい――そりゃねえだろ」

 ひねり出したのは心からのつぶやき――というよりは、訴え。

 俺が何に愕然としたか。

 それは実に単純だ。

 単純というよりは――当然。

 今更ながら、自分の認識の甘さが嫌になる。

 何だって、こんな事が思い浮かばないのか――なぜ考慮に入れなかったのかと、本気で考えてしまう。

 それは俺が見ている先。

 遠見の魔法が映す光景。

 そう――そこには才人たちが居た。

 才人とルイズとワルドと――そしてシエスタ。

 彼らは――アルビオンの港に到着していた。

 つまり、彼らは出会わなかったのだ。

 アルビオン近辺の空を滑空していた船に。

 アルビオン皇太子――ウェールズの乗った船に出会うことなく、彼らは本来の予定通りに航海を終えてしまったのだ。

 そりゃそうだ、というより、当たり前だ。

 そもそもが、広い空の上。

 一隻だけで滑空している戦艦に出会う確立なんて――それも、空賊に扮した王族の戦艦に出会う確立なんて――考えるまでもなく低い確立だ。

 むしろ、原作で彼らが出合ったこと。

 それが運命なのではないか?

 運命に導かれた、空前絶後、まるで綱渡りのような展開。

 そんな流れで、彼らはハッピーエンドにたどり着いていたわけだ。

 運命を味方につけた――、言わば、なるべくして主人公になった存在。

 それが彼らだったのだ。

 そして――そこに介入した俺という存在。

 そこで、俺は改めて昨晩の事を思い出してみれば、なるほど、筋が通る。

 俺は昨晩――才人に先を急ぐように言った。

 屋根の上から俺が指示し、それに従う才人。

 その光景ははっきりと覚えている。

 はっきりと覚えているからこそ――はっきりとわかる。

 これは俺が原因だ。

 俺が介入したのが原因で、彼らは本来の道筋から外れた。

 改めてカンペに書かれていた内容を思い出してみればそう――、一日。

 つまりは明日にはレコンキスタは城に一斉攻撃を仕掛けるだろう。

 これは、絡む余地のない自称。

 どうしようもない現実。

 だから今更どうにかする事はできないだろう。

 そして――才人たちはそれまでに手紙を手に入れなければならない。

 それまでに城に行って、話をして、納得させて、手紙を返してもらって、無事に帰らなければならない。

「いや、無理だろ」

 浮遊大陸とはいえ、腐っても大陸だ。

 その距離は並大抵のものではない。

 それこそ、トリステインを横断したような道筋をもう一度たどらなければならないのだ。

 しかも、今回は敵陣の――戦場のど真ん中。

 トリステインのように、まともな道なんてありゃしない。

 そんな中をどうやって進むというのだ。

 それこそ、電車や新幹線、車、あるいは船がなければ――。

「――あれ?」

 そこまで考えて――、俺の中で何かが引っかかった。

 それは、大したことのない様で、だけど奥歯に挟まった小骨のように、ちくちくする。

 ちょこっと感じた引っかかり。

 それを必死にサルベージするべく、俺は思考する。

 深く深く――思考の海に潜っていく。

 電車、新幹線、車――。

 それらは、地球における長距離移動の乗り物の代表だ。

 長距離旅行。

 待て、地球における長距離旅行の乗り物はそれだけか?

 地球で日本からアメリカに行くときはどうしていた?

 わざわざ船で行っていたか?

 そんな遅い手段を使っていたか?

「ねえ、そろそろ落ち着いた?」

 キュルケの気遣うような声と共に部屋のドアが開けられる。

「お兄様――大丈夫ですか?」

「……上を向いて歩こう」

 タバサとシアも居るらしいが――しかし、そんな事に気を使っている余裕などない。

 俺は身を乗り出すようにして窓の外を見た。

 そこにあるのは、重なってひとつになった月と――そして広がる大きな空。

「そうか――空だ」

 俺は虚ろげな声で呟いた。

 そしてゆっくりと自分の手を見下ろす。

 そうか――そうだ。

 俺には翼があるじゃないか!

 誰にも負けない――絶対の自信を持てる翼が!

 俺には、戦う力も無ければ、たくさんの魔法を使う知識も無い。

 タバサのようにたくさんの戦場を潜り抜けてきたわけでも、キュルケのように高度な魔法を使えるわけでも、シアのように特殊な連金ができるわけでもない。

 だけど。

 だけど俺には――。

 誰よりも早く飛べる翼がある!

「俺の責任だ」

 俺はそれを自覚した。

 それは間違いない。

「俺のせいで、世界は狂った」

 俺の責任で世界は乱れ、ハッピーエンドから遠のいた。

 まずはそれを認める事からはじめよう。

 それを認めて、それを感じ、真剣に考えよう。

 それからだ。

 責任をこの背中に背負い――確かな覚悟を持とう。

「だから――この責任は俺が取る!」

 そしてその覚悟と共に、俺も成長しよう!

 成長して、納得をしよう。

 全てを吸収して、後悔しない生き方にしよう。

 他人の責任を全部背負うとか、そんな聖人気取りなことを言うわけじゃない。

 あくまで自分の物は自分の物。

 他人のものまで引き受けられるほど、俺はできた人間じゃない。

 それでも――。

 それだからこそ!

 自分がやらなきゃいけないものは、しっかりとやる。

 自分にしかできないものをこなしてみせる!

 後から、納得できる自分の姿。

 自分で自分を第三者視点から見て、正しいと思える自分の姿。

 それが俺のあるべき姿だ!











 ――パチリ









 また、何かが外れた気がした。

 はっきりとはわからない。

 ただなんとなく――漠然と。

 それこそ、虫の知らせというのか何なのか。

 その辺ははっきりとはしないが、結論だけははっきりしている。

 今、何かが変わった。

 とたん、頭の中がクリアになる。

 一気に思考が加速する。

 今までとは違う何かが、頭の中に浮かぶ。

 ――まただ。

 またこれだ。

 前にこれがあったのはいつだったっけ?

 そう、フーケ退治のときだ。

 フーケを待ち構えている時に、茂みの中でこの状態になったんだ。

 この不思議な感じ。

 力が――物理的ではない、元気のもとみたいなのが体の中からあふれてくる感じ。

 それこそ――まるで足りなかった何かを取り戻したような。

 あるべき感情――責任感というそれを、取り戻したかのような。

 いったい何なんだ?

 この間と今回の共通点は――。

「レイラ!」

 そんな俺の思考は、鋭いキュルケの叫びで中断させられる事になる。



[27345] 空ってこんなに広かったっけ? そのはち
Name: 柳城寺 蛍◆c99426ab ID:a424e81c
Date: 2011/04/22 03:23
「え?」

 いつの間にだろう?

 ぼんやりとしていた俺の体は窓の桟を乗り越えてしまっていた。

 ゆっくりと体が傾く。

 慌てて振り回す俺の手が、空をかいた。

 あれ――?

 あれれ――?

 遠ざかる窓。

 そういえば、俺たちが泊まった部屋は三階だったっけ。

 落ちながらそんな事を思う。

 また、その一方では才人たちの事を考え、また別の部分ではフーケ事件の事を考えている。

 今までとは違う、加速する思考。

 その思考の一端でふと思う。

 ああ、そういえば空ってこんなに広かったっけ。

 青く広がる空。

 そこを目指せば何処までもいける。

 今の俺は落ちているわけだが、もしも飛べたならば、それは素晴らしい事だろう。

 特に、この青空は素晴らしい。

 澄み渡った空。

 前世で死んだときは、雨のせいで曇っていた。

 しとしとと降る雨と、そして何よりも雨とは違う、暖かい水滴。

 俺の顔に滴り落ちるそれの発生源。

 くしゃくしゃに泣いた顔の幼馴染を、俺は見ていた。

 ――見ていた?

 ――そうだ、俺は確か、その幼馴染を見ていた筈だ。

 確かに俺はあの時、幼馴染を見ていたんだ。

 死にそうになりながら、俺はぐしゃぐしゃに歪む幼馴染の顔を、見ていたのを覚えている。

 消えそうな命の中、それを見て何かを感じていたはずだ。

 そう、あの時、俺は記憶に焼き付けるように、幼馴染の顔を見ていたはずなんだ!

 ――これもまただ。

 何なんだ?

 俺は近づく地面を感じながら思索する。

 何で――。

 何で今まで――







 ――それを忘れていたんだろう。







 全身に鳥肌がたった。

 眉間に皺がよった。

 何だっていうんだ?

 これらの以上はいったい、何を意味しているんだ?

 ただ単に俺の記憶があいまいだった。

 それだけで収めるには、いろいろと足りない情報が多すぎる。

「レビテーション!」

 慌てていたのだろう。

 そう唱えたシアの言葉が荒くなっていた。

 俺は背中からゆっくりと地面に着地する。

 ――助かった。

 どうやら助かったらしい。

 助かったらしいが――それよりも今は先ほどの問題だ。

 あれらは一体――。

「レイラ! 何してんの!」

 そんな俺の思考は、窓から飛び降りてきたキュルケによって遮られた。

 窓枠から身を乗り出す赤い影。

 宙を舞う、火の粉のごとき髪がふわりと広がる。

 俺と同様、レビテーションで着地したキュルケは――そのままの勢いで俺の頬を叩いた。

「……えっと――はえ?」

 呆然とする俺。

 他、ギーシュ含む三人も、同様に降りてくるのを視界の隅で確認しながら、俺は叩かれた頬をさすっていた。

 えっと、どういうこと?

 混乱する俺。

 キュルケは、そんな俺の胸倉を掴むと、自分のもとに引き寄せ怒鳴る。

「あんたが言ったんでしょうが!」

「――はい?」

「あんたが命を大事にしろっていったんでしょうが! あんたが私たちをここまで引っ張ってきたんでしょうが! あんたが私たちを集めたんでしょうが! なのになんで……なんであんたが真っ先に死のうとしてるのよ!」

 激昂するキュルケ。

 それは微熱なんかじゃない。

 もっと熱いものに俺は感じた。

 もっと熱くて、迫力のあるもの。

 有り余る迫力のキュルケなのだが――悪いが俺には状況が理解できない。

 彼女は一体なんでこんなにも怒っているのでしょう?

 掴みあげられた胸元が苦しい。

 正直、怒るような理由が見当たらないのですが――。

「あんたが死んだら! 残された私たちはどうしろっていうのよ!」

「ちょっと待て、何か前提がおかしい気がするぞ」

「へ……?」

 涙目で語る彼女との距離は数サント。

 今にも鼻と鼻の先端がくっつきそうな距離。

 超至近距離で見詰め合う二人。

 数刻――時間が停止した。

 慌てたようにキュルケは飛びのくと、裾をはらって軽く体裁を整えた。

 その一方で、俺はようやく解放された事により、楽になった呼吸を満喫する。

 ああ、空気って素晴らしい。

 酸素は生きるのに必要だ。

「前提って――何がおかしいの?」

 そんな俺に投げかけられるのは、キュルケの疑問の言葉。

 ようやく呼吸が戻った頃を見計らい、俺はそれに答えた。

「そもそも、俺は死のうとなんてしちゃ居ないぞ」

「え? だってさっき『責任は俺が取る』って言って杖も持たずに窓から――」

「……ああ――はいはい、理解した。ようやく理解しました」

 俺は視線を横にずらしながらため息混じりに言う。

 なるほど、確かにそう見えるな。

 あの状況を客観的に見たら――確かに自殺をしようとした様に見えるだろう。

 もともとテンションが落ち込んでいたんだ。

 より一層そう見えてもおかしくは無い。

 というより、それが普通か……。

「いや、そうじゃないよ。ただ単に、ひらめいて空を見上げたんだけれど、その拍子にミスって転落しただけ」

「どっちにしろ危ないじゃない!」

「だが、そこに俺の意思が有るか無いかは大きな違いだ」

「大した問題じゃないわよ!」

「……“俺の意思”という言葉を“杖”に置き換えるととたんに大きな違いになる不思議」

「確かにそれは大きな違いね!」

 いつの間にか隣に来ていたタバサたちも加わり、これでいつもの面子が集まった。

 タバサたちと一緒に飛び降りたのだろう、フェリスも俺の頭の上に乗っている。

 俺の槍もシアが持ってきてくれた。

 進路不都合なし。

 視界良好!

 離陸準備オッケー!

 全てが集まった俺たちに敵は無い!

 ――と。

「それよりだ!」

 俺は切り返すように叫んだ。

 いつも通りの雑談に入りつつあった皆がこちらを見る。

 そんな暢気な雑談とか、そんなもの以前に解決すべき問題があった!

 俺は空の彼方を見る。

 そこに居るだろう、虚無の担い手達を見る。

「ルイズたちが危ない!」

 俺の一言でその場に居た全員の表情が引き締まった。

 タバサにいたっては、即座に行動できるようシルフィードを既に呼んでいる。

 まったく……。

 まったく、こいつらはこういうところでは気が利きすぎて困るな。

「ヴァリエールたちがって……どこでそんな事知ったの?」

 キュルケの質問。

「遠見の魔法だ」

「遠見の魔法って――どれだけ離れていると思っているの!」

「とりあえず、今はできると仮定して話を進めてくれ!」

 俺はその場に居る全員を見た。

 シア、タバサ、キュルケ、ギーシュ。

 さて、どう動くべきか――。

「キュルケ、ウェールズ皇太子と話した事はあるか?」

「ウェールズ皇太子? うーん、パーティで何回か話した事はあるけれど……あんまり印象には……」

「オーケー、あるんだな!」

 よし!

 これで決まった。

「シア、ギーシュ、タバサは今すぐシルフィードでアルビオンの港に向かって、ルイズたちを探してくれ! 手紙はレイラが持ってるって言えば通じるはずだ」

「……わかった」

 無表情のままうなずくタバサ。

「お兄様の頼みなら、必ずこなしてみせますわ!」

 ぱちりとウインクを決めながら言うシア。

「うむ――よく分からないが、とりあえず僕は彼女達と行けばいいのだね?」

「ああ、その際に、ギーシュの使い間をつれてってやってくれ」

 あいつが居ないと、ルイズたちの居場所が分からないだろうからな――。

「ヴェルダンテを連れてっても良いのかい!?」

 目をきらきらとさせて言うギーシュ。

 ――よっぽどうれしいんだな。

 その場に居た全員の目が若干細くなった。

 何故か、タバサとキュルケのギーシュを見る目が、フェリスを愛するときの俺を見る目とどこか似ている気がするが……気のせいだろう。

「ああ、ヴェルダンテならルイズが身に着けている水のルビーの場所が分かるだろう?」

「なるほど。ならばルイズの居場所については僕に任せてくれ!」

 仕事らしい仕事が出来るのがうれしいのか、胸を張るギーシュ。

「それじゃ、私はどうするの?」

 そう言うキュルケに、俺はにやりと笑った。

「高速の世界を体験させてやる」











 俺は槍(何度でも言うが、俺はこれを杖とは認めない)を掲げると念じた。

 空を飛ぶ姿を。

 華麗に舞う自分を。

 そして、空を舞う白き存在を。

 俺の周りに光の粒が舞う。

 それらは波打ち、鼓動し、渦巻いた。

「……綺麗」

 そう呟いたのは誰だろう。

 確かに、そこにあるのはある種幻想的な光景。

 光を使ったお遊び。

 本来、この魔法にそんなものは必要ない。

 しかし、俺には必要な魔法。

 粒子はやがてゆっくりと速度を緩めると、特定の形に集まりだす。

 それは俺の背中を本として、ゆっくりと左右に広がるようにしてその羽を茂らす。

 まるで樹木のように、ゆっくりと繁るそれを、誰もが黙って見ていた。

 太陽の光を浴びて白く輝く翼。

 俺はゆっくりと目を開ける。

 視線を左右に送れば、そこには綺麗に白い羽が生えていた。

「レイラ……それは……」

 呆然とつぶやくキュルケ。

 彼女に笑いかけながら俺は言う。

「これが、俺の――白翼のレイラのフライだ」

「え? だって確かレイラはフライが出来ないって……」

「そりゃ、こんな羽をみんなの前で見せられるわけないだろ」

 苦笑交じりに言う俺。

 その場に居た皆が、何故か苦笑交じりにうなづいていた。

「さて、じゃあ、キュルケは俺の背中に乗ってくれ」

「ちょ、ちょっと待って。そしたら羽が……」

「ああ気にすんな。これ、飾りだから」

 この世界の根幹はイメージ。

 あくまで、そのイメージに必要なだけだから、別に本当に飛ぶのに必要が無くても問題ナッシング!

「……実体が無い」

 俺の羽を触ろうとしたタバサの手が、虚空を描いていた。

 それを見て納得したのか、キュルケが俺の背中に負ぶさる。

「タバサたちは、ルイズたちと合流したらすぐさま、アルビオンを離脱。トリステイン城で合流しよう」

 そう言うと、俺は空を見上げた。

 遠すぎて見えないが、そこにあるはずのアルビオン。

 目指すべきものを見据え、俺は羽に力をこめる

 さて、それじゃあ――。

「じゃあ皆、また会おう!」

 キュルケを乗せて、俺は空に飛び出した。











******************************



――語られない物語――必然だったバグ。





 彼は、突然立ち上がった炎に足を止めた。

 炎は一瞬にしてある程度の距離を置いて彼を囲み、彼の進路を塞ぐ。

 それはある種決闘場の様。

 豪炎巻き上がるリングの上、仮面を付けた男は呟いた。

「――誰だ?」

 ――しばしの沈黙。

 パチパチと燃える物もなしに、炎が音を放つ。

 すると不意に――その言葉に応えるようにして、建物の陰から人影が現れた

 それは一糸まとわぬ裸の少女。

 金色の髪が炎に揺れ、彼女の身体に妖艶な陰を作り出す。

「ごめんね。ちょっと家族間の掟――というより、とある人との約束で、話の流れをぶち壊さなきゃならないんだ」

 そう言って、彼女は肩を竦めた。

「いやね、君には悪いとは思うよ。そもそも、本来はこんな事しなくたって良いんだよね。っていうかしてはいけないことだし、ボクだってめんどくさくてしたくないよ。わかる、この気持ち? だけど約束なんだよねぇ。実に面倒で、カッタるくって仕方がないけれどさ、ボクだって呼び出されちゃったし――、何より、彼が目覚めかけているんだ。ちょっと、これは面倒でもやらなきゃならないんだよ」

 バカにしているわけではない。

 おそらく、彼女なりの何かがあった上でそうしているのがわかる。

 しかし、それがわかったところで――彼女の言っていることがそもそも分からない。

「ボクの言っていることが分からないって顔をしているね。うん、そうだろう。そうでなければおかしい。そもそも、いち、登場人物たる君がこんなことを知っていたらおかしいんだから。だから、君には理解できないはずだし理解する必要もない。むしろ、君は知るべきじゃないんだ」

 全てを見透かしたような彼女の言葉。

 まるで手の内が全て知られているかのような不快感に、仮面の男は思わず舌打ちをする。

「――貴様は誰だ?」

 仮面の男は杖を抜きながら言った。

 その切っ先が裸の少女を指す。

 少女はあっさりとした笑みを浮かべながら答えた。

「ボクの名前かい? そうだね――いろいろと呼ばれているよ。九代目だとか、化け物とか、ゴンとか――、そうだね、最近はこう呼ばれることが多いかな」

 少女は手を掲げた。

 圧倒的なまでの力が彼女に集う。

 それは人間の魔法とは違う力。

 この世界では“先住”と呼ばれ、忌み嫌われる力。

 しかし、ただの人間たる彼には、その力の強大さを知る術はない。

 知る術もなければ、知る猶予もない。

「最近は、いろんな人から――フェリスって呼ばれるね」

 燃え盛る炎によって、仮面の男が消えるまで――そう時間はかからなかった。



[27345] 空ってこんなに広かったっけ? そのきゅう
Name: 柳城寺 蛍◆c99426ab ID:a424e81c
Date: 2011/04/22 19:51
 権利と義務。

 これらは、いつでも切り離せない、一つながりのものだ。

 例えば、光が射せば影が出来るように、権利があるならば、そこには何かしらの義務がある。

 これは、言い換えれば影が有る以上、必ず光があるという言い方に言い換えることも出来るのだが……まあ、その辺の御託は置いておこう。

 正義の反対はまた別の正義。

 明らかなまでの悪だって、見方によっては正義なのだ。

 負ければ賊軍、勝てば官軍という言葉があるが、、このアルビオンの場合なんかはまさしくそうだろう。

 因みに、これからの歴史ではこの賊軍官軍がころころ入れ替わる。

 レコンキスタたちにとっては一時的にしろ勝利を収めたのだから官軍な筈なのに、即座にトリステインに負け、結局賊軍となる。

 さて、俺が言いたかったのはそんな事ではない。

 俺が言いたかったのは、権利と義務について。

 正確には、この世界に貴族として存在する以上、必ずついて回るこのしがらみ。

 それについてだ。

 例えば、貴族が民を治めるために外交を果たす。

 これは義務だろう。

 他にも、領地の財政や管理、領地を統治する上で必要な事は全てが義務だ。

 それはしなければならない事だし、やらなければ貴族で無くなる。

 実際、頭を使う仕事が嫌だからと、貴族を辞めた人だっていっぱい居る。

 しかし、その反面、貴族には贅沢な暮らしが約束される。

 普通に働くよりも明らかに多い休日。

 豪華な食事や家など。

 下の人から見ればうらやましい限りであろう生活が、彼らには約束されている。

 それらを味わう権利は、義務を果たしているからこそ、得られるものだ。

 では、ここで一つ疑問が生まれる。

 貴族達が行うパーティー。

 舞踏会だったり、食事会だったり、流石に飲み会というのは無いが、これらは果たして義務と権利、どちらに区分されるのだろうか。

 パーティーは、ある種外交の一種でもある。

 アンリエッタ姫とウェールズ皇太子が出会ったあの時のように。政治的にも大きな意味を持つ。

 だから、これは仕事であり、しなければいけない、出なければいけない義務である。

 しかし一方、パーティーは明らかに楽しむものであり、出なくていいパーティーが有るのも事実だ。

 それらはあくまで趣味で行われるものであって、やらなくてもいいものである。

 それでも、そのパーティーを開く事によって、主催者は周りに力を示す事が出来る。

 力を示す事は外交上必要な事だ。

 かといって、そのパーティーは本来しなくてもいいものであり――。

 ここでこの問題は結局ループするのである。

 まあ、結論としては、「お金は大切にね!(by○○電力)」といわれない程度にやれって話でまとまるわけだが――。

 つまり、パーティーは楽しい仕事であり、うれしい義務、ってことで。

 作家にしてみればあとがきを書いてる時間のようなもの。

 達成感を感じながら楽しみながらやればいい。

 無理に出る必要もないし、無理に出るのもやめる必要も無い。

 他に支障が出ない程度にやれって話だ。

 で、ここまで長々と考察し居たうえでようやく本題。

 そう、ようやく本題だ。

 いい加減に待ちくたびれた人たちも居るだろうが、ようやく本題だ。

 出るも出ないも、パーティーに関しては自由。

 そして、今の俺達はまだ子供だ。

 子供は何をしようと自由。

 さて、自由が二つ重なった。

 そんなわけで、子供の頃から人間は二つに分けられる。

 パーティーにたくさん出て育った子供と、あまり出ないで育った子供。

 この二つだ。

 赤貧貴族の子供なんかは出れないだろうし、お金はあるけれど出ないっていう俺やタバサみたいな貴族も居る。

 一方、ギーシュやキュルケのように、生まれながらにしてたくさんの社交場を経験してきている子供だって居るのだ。

 さて、何でわざわざこんな話をしたのか。

 少々遠回りな道筋を辿ったが、俺がこんな考察をしたのは、キュルケからこんな質問をされたからだ。

「――で、何で私を連れてきたの?」

 上空ン千メイル。

 アルビオンに向かって飛行中の俺の背中に捕まりながら、彼女はそんな事を聞いてきた。

 始めこそ、想像以上のスピードに驚いていたようだったが、次第に慣れたらしい。

 見える景色が雲ばかりで飽きたというのもあるだろう。

 普段からシルフィードに乗っているため、特に感慨深いものが無いというのもあるだろう。

 とにかく、そんな事を聞いてきた。

「手紙を素直に渡してもらうためだよ」

「――手紙? そういえばさっきもそんな事いってたわね」

 そう言って首をかしげるキュルケに、俺は今のルイズたちの状況を話した。

 彼女達が今、お姫様から受けている任務の事。

 アルビオンの城が、明日には攻め入られる事。

 ルイズたちでは間に合わない事など。

 一通り聞いたキュルケは、難しそうな顔をしてうなり始めた。

 頭の上でフェリスがあくびをする。

「うーん。何であんたがそんな事を知ってるのか……ってのも気になるけど」

「俺が今のオスマンさんからのお使いを頼まれる際に聞いた」

「あっそ。ならそれは良いわ。でも、それ以上に――何で私を連れてきたの? その答えになっていないわよ」

 そう言うキュルケに、俺はため息をついた。

 ため息をついてから改めて前を見て、再び加速する。

「キュルケは自分がツェルプストー家の人間だって証明する事が出来るか?」

「そりゃ、出来るけど――」

「だから連れてきたんだ」

「はい?」

 俺の言いたい事が分からないのか、彼女は首を傾げてみせた。

「例えばだ――見ず知らずの人間がいきなり王子様の下に向かって、素直に手紙を渡してもらえると思うか?」

「ああ、なるほど」

 ようやく理解してもらえたらしい。

 そう、あの状況でアルビオン皇太子に顔が利くのはキュルケくらいだったのだ。

 俺とシアはレリスウェイク出身。

 最近は復興してきているとはいえ、所詮は田舎だ。

 そんなところの人間の顔が聞くわけが無いだろう。

 ギーシュは、見えこそはって居るが、それほど顔が広いわけではない。

 その上、相手が男だ。

 それほど便りにはならないだろう。

 そしてもっとも除外すべきなのがタバサだ。

 彼女はガリアの王族。

 間違いなく顔は利くだろう。

 場合によっては顔パスの可能性さえある。

 しかし、彼女はそれを俺達に伝えては居ない。

 だから、俺は彼女が王族だと知っている上で動いてはいけないのだ。

 もし動けば、また誰かしらに異常を感じられるだけだろう。

 それに、いくら王族だといってもガリアの王族だ。

 政略に使われると危惧して渡してはもらえない可能性も十二分にある。

 そして何より、タバサとギーシュはルイズ&才人&シエスタ救出に必要な面子だ。

 彼らをこっちに持ってくるわけにはいかない。

 そして残ったベストなピースがキュルケというわけだ。

 ツェルプストーならば、それなりに名が知れている。

 それに、何回かパーティーで話をしたこともあるらしい。

 もしかしたら顔を覚えていてくれる可能性もある。

 第一、今回のこの騒動はトリステインとゲルマニアでの問題だ。

 だったら、ゲルマニア出身のキュルケならばその話が実に通じやすいだろう。

 ゲルマニアからの使いで、問題を極秘裏に抑えてほしいからと、そういえばそれだけで大丈夫だろう。

 いざとなったら、その場で焼き捨てる許可を貰うだけでもいい。

 手紙さえなければ問題は無いのだから。

 最終的にはうやむやになるとはいえ、他人の恋路に絡むのは気がひけるが――まあ、その辺は仕方が無いだろう。

 助けるものとそうでないもの。

 そこの境界はハッキリさせなけばいけない。

 彼は、俺の助ける対象ではない。

 俺が絡む対象では――無い。

 俺が守れる相手では――無い。

 ――と、キュルケの俺に回す手の力が少し強くなった気がした。

 先ほどまでの捕まる状態から、まるでしがみつくような。

 抱きしめるような、といってもいい。

「……レイラ」

 彼女はそっとささやきかける。

 俺の耳元で彼女が言う。

「安心しなさい。あなたが何を考えているのか私には分からない。私が考えている事よりずっと先をあなたは見ているのかもしれない。だけど――私はあなたのそばに居るから」

 優しい抱擁。

 空を高速で飛行しながらの会話。

 サイレントなんてわざわざかけなくても、誰も知る事の無い会話。

「あなたが辛くなったら隣に居て支えてあげるわ。あなたが泣きたくなったらこの母性にあふれた胸を貸してあげるわ」

「いや、それは対価が怖いからいらない」

「あんたって、ほんとに冷めた男よね」

 他の男共だったら一も二もなく飛びつくっていうのに――と。

 疲れたようなキュルケの声。

 だけど、少し、肩の力が軽くなった気がした。

「まあいいわ。とにかく――そんなわけだから、安心しなさい。あなたが全部背負う必要は無いわ。あなたはあなたの背負う責任だけ。それだけ背負っていなさい」

 あんたが私達を支えてくれている――そのせめてものお礼よ。

 そう言う彼女は、笑っている気がした。

 背中だから見えないけれど、笑っている気がした。

 決して笑えるような気分でも雰囲気でもないけれど、それでも笑っている気がした。

 強がり百パーセントで、だけど、見た人はほっとするような笑みを浮かべている気がした。

 そこまでして俺は初めて気づく。

 口の中に血の味がすることに。

 そうか――やっぱり俺は悔しかったのかもしれない。

 目の前に救えるかもしれない命があるのに、それを見捨てる事が。

 そして、それに罪悪感を感じていたのかもしれない。

 だけど、そんなのはお門違いなんだ。

 お門違いで、おせっかい。

 それらは俺が感じる事じゃない。

「オッケー。ありがとなキュルケ」

「あら? やっぱり顔をうずめたくなったの?」

「そっちじゃねえ!」

「レイラってやっぱりえちいのね」

「云われなき罵倒だ!」

「それじゃ小さいほうが好き?」

「そう言う問題じゃない!」

「青い果実と赤い果実、入れ食いよ!」

「振り落とすぞ、熟年!」

「だ! 誰が熟年よ!」

 俺達は空を飛ぶ。

 白の国が見えたのは、それからすぐだった。











******************************



――アルビオンにて――少しずつ変わる好感度。





「信じられないわ!」

 唸るような声が隣から聞こえてきた。

「果敢に戦った貴族を、あんなふうに貶すなんて……私は許せない!」

「僕の可愛いルイズ。気持ちは分かるが、ここは敵陣のど真ん中なんだ。少し声を抑えよう。何があるか分かったもんじゃないからね」

 そう言って諌めるのは、ご主人様の婚約者らしい貴族。

 とても強い貴族。

 ルイズを守る事の出来る力を持った――貴族。

 今日の宿泊先の一階。

 そこにある酒場で、ルイズは怒っていた。

 怒りに揺れる桃色の髪。

 それを横目で見ながら、俺は席を立った。

「悪い、ルイズ。俺、先に部屋に戻ってるわ」

「え? あ、ちょっと!」

 呼び止めるご主人様を残して、俺はホテルの一室に戻る。

 ここから城までは約半日らしい。

 昼ごろに港について、そのまま馬を借りて出発。

 今日はここまでというワルドの言葉で、今日の宿泊先の町が決まった。

 また、泊まる際に、ついでだからという事で、今の戦争の状況について聞いてきたのだが……。

 正直、、到着はぎりぎりになりそうだった。

 幸か不幸か、反乱軍は明日、一斉に突撃をするらしい。

 既に城が落とされている……という状況ではなかっただけ、まだマシだが、場合によっては間に合わない可能性もある。

 ぎりぎりの時間。

 それと同時に、その事実は明日向かう場所の危険性もはらんでいた。

 金属音が鳴り響き。

 矢と魔法が飛び交い。

 血の雨が降る場所。

 戦場の最前線を、明日は通過しなければならない。

 これからそんな場所に向かうって言うのに。

 命の危険がある場所にルイズたちが行くって言うのに。

「なんで……なんで俺はこんなに弱いんだよ……」

 窓の外を見ながら呟かれるのは悲痛の叫び。

 必死に感情を押し殺し、それでもかすかにもれた気持ちが、言葉となる。

 窓枠を掴む手が痛み出した。

 しかし、それでも構わずに力を入れ続ける。

 一滴。

 二滴。

 手の甲に、雫が落ちた。

「うっ……くっ……」

 彼女達を守ってやれないのが辛い。

 彼女達を守る力がないのが辛い。

 確かに、あの貴族に負けたのは悔しかった。

 ガンダールヴの力を過信していたつけだとも思った。

 だけどそれより――彼女達を守れない事が辛かった。

「相棒……」

 傍に立てかけられているデルフが声をかけてこようとするが、結局何も言わずに鞘に戻る。

 そりゃそうだ、こんな俺に声をかけるやつなんて――。

「――寒くないですか?」

『――寒くないの?』

 唐突にかけられた声に、俺は思わず振り返った。

 そこに居たのは黒髪の少女。

 いろいろと俺に優しくしてくれる平民の少女。

 しかし、そうじゃない。

 俺が言いたいのはそうじゃない。

 今――俺はダブって見えた。

 この子が、あの日の彼とダブって見えた。

「……み、見て分からないか?」

 俺は震えながら言い返す。

 貴族なのにそんな事をまったく感じさせない彼。

 ひょうきんなキャラで、のほほんと過ごす彼。

 そこに居るだけで、平和な空気を作り出す彼。

 この世界で始めて俺と対等に話してくれた貴族。

 そして――。

『壁くらいにはなるだろ。女の子を守るのが、男に産まれた俺の使命だ』

 自分の弱さを自覚しつつ、それでも恐怖に立ち向かう強さを持つ彼。

 無謀や蛮勇じゃなく、目標のためにしっかりと考える事の出来る彼。

 そんな彼とはじめて話した日の事が思い出される。

「ふふっ……」

 薄く笑うと、彼女はそのまま俺の隣に来た。

 二人で一緒に月を見る。

 空の上だからか、少しきれいに見える――様な気のする月。

 そしてそのバックに広がる夜空と星々。

「私は貴族じゃありません」

 そっと紡がれるシエスタの言葉。

「貴族じゃないし、メイジでもないから、当然魔法を使う事なんて出来ません」

 それはいつかの彼の言葉。

 彼が俺に言ってくれた言葉。

「当然戦う事なんて出来ませんし、今回の件だって完全に足手まといですし、暖かくするような火の魔法だって使えません」

『ま、俺は魔法がろくに使えねえからさ、暖かくしてやる事は出来ないが――』

 確かに細部は違う。

 細かい違いをあげれば彼の言葉と彼女の言葉はまるで違うものだろう。

 だけれどその内容が。

 伝えたい事が。

 伝わるものが。

「ですけど――話し相手くらいにはなりますよ」

 そう言って笑うシエスタ。

 胸から下げたペンダントが。

 彼から貰ったネックレスが月光を反射してキラリと光る。

『――話し相手ぐらいにはなってやるぜ』

 ――彼と同じだ。

 俺は思った。

 彼女の笑顔に、胸が熱くなる。

 彼女の微笑みに、冷えていた心が溶かされていくのが分かる。

「シエスタ……」

「強さ弱さで言うんだったら私なんて雑魚もいいところですよ。もっと自身持ってください!」

 そんな事を言う彼女に、思わず苦笑が漏れた。

 さっきより、いくらか月明かりが明るくなった気がする。

 いつの間にか、涙は乾いていた。

 小さなランプだけが照らす部屋の中。

 俺は窓枠から離れ、備え付けのいすに座る。

 シエスタは窓を閉めると、そのままベッドに座った。

「私は――あまりミス・ヴァリエールの言う事が分かりませんでした」

 それはさっきの酒場での話だろう。

 別に大したことじゃない。

 ルイズたちと戦争の状況を聞きに行った際、そこに居た兵士達が散々相手の事を馬鹿にしていたのだ。

 誰々は死ぬ際にあれこれで情けなかった。

 ほにゃららはぺけぺけって言いながら死んでったぜ、あまりにも面白くてお前らにも見せてやりたかったよ。

 そんな事を、兵士達が口々に話していたという、ただそれだけ。

 それを見た、ルイズが案の定、キレたのである。

「あんた達はそれでも貴族なの! 貴族ってのはもっと誇りあるもので――」

 説教をするルイズと、それにぽかんとする兵士達。

 しばしの間は沈黙が続いていたのだが……、兵士の一人が噴き出したのをきっかけに、皆が笑い出した。

 周りに生まれる嘲笑の渦。

 それに煽られ、いっそう怒りをあらわにするルイズ。

 さらに生まれる嘲笑。

 そんなスパイラルの中、なんとかルイズを連れてホテルまで戻ってきて、先ほどまで下の酒場で飲んでいたのだった。

「未成年の飲酒は禁止です!」

 もし、レイラが地球の常識を持っていたら、そんな事を言いながらどんどん飲む姿が目に浮かぶ。

 彼は、常識と規律を知った上で、楽しみの為ならばそれを破る。

 そんなイメージだ。

 さて、ここで本題に戻るわけだが……。

「別に、相手の事を馬鹿にしろって言いたいんじゃありません。そりゃ、死者には敬意を持って接する。それくらいは私にだって分かります。ただ……」

 そう言って、彼女はしばし目を伏せた。

 少し、何かを考えるようにして、続ける。

「ただ、自分達の身になって考えたときに仕方ないんじゃないかな……って思っちゃって」

 そう言う彼女は若干の憂いを込めた目で俺を見ていた。

「例えば、彼女は――この貴族派と王党派がまったく逆の立場だったとして、そしてそう言ってる場に立ち合わせたとして、同じ事を言うでしょうか?」

 彼女はあくまで平民だ。

 戦争を政治と考えるような貴族とは違う。

 あくまで俺と同じ平民。

 平等な民と書いて平民。

 誰に対しても平等な人間。

「彼女は、彼女にとっての正義、つまりは王党派を侮辱されたから怒っていた様な気がするんです」

 ――これはあくまで私の勝手な考えですけれどね。

 そう前置きした上で続ける。

「それぞれにそれぞれの考え方がある。だから王党派と貴族派は敵対している。だけど彼女は貴族派の考えをまるで理解しようとしている気がしません」

「……それぞれの考え方か」

 シエスタの言葉に俺は思わずそう言っていた。

 シエスタはシエスタなりに考えた上で言っている。

 ルイズは、何かを考えていたのだろうか?

「たぶん、彼女は、王党派が同じ事を言っていたらここまで非難はしなかったと思うんです。むしろ、それが当然のごとく振舞っていたと。だから、私には彼女の言っている事がどうにも理解できない」

 そこまで言って、シエスタはいたずらっ子みたいにペロリと舌を出して見せた。

「――なんて、ミス・ヴァリエールには秘密ですよ。バレたら私、クビですから」

「場合によっては、もっと物理的にクビな可能性だってあるからなあ」

 この世界ならそれも笑えない。

 打ち首なんて……当たり前に処刑方として存在しそうだからな。

 相手は貴族の上それなりに知名度は高いらしいし……。

「怖い事言うのやめてください。必死に考えないようにしていたんですから」

 そう言って自分の身をそっと抱きしめて震える彼女は、どこかかわいらしく見えて……。

 俺は思わず苦笑してしまった。










******************************



――どうでもいい物語――その頃の彼。



「レイラ、あなた全然ワインを飲まないのね」

「未成年の飲酒は禁止です!」

「……は?」

「未成年の飲酒は禁止です!」

「……あなた、時々意味が分からなくなるけれど、今日は一段と変よ」

「第一、こんなの飲むほうがおかしい! そうだ! お酒なんかがあるからいけないんだ!」

「レイラー。そっちは違う世界よー。お酒嫌いなのは分かったから、現実の世界に返っていらっしゃーい」



[27345] 空ってこんなに広かったっけ? そのじゅう
Name: 柳城寺 蛍◆c99426ab ID:a424e81c
Date: 2011/04/24 19:35
「これが姫からいただいた手紙だ」

「分かりました。ではこちら――この場にて焼却させていただいてよろしいですね」

「ああ、是非そうしてくれ」

 さて、時刻は進み次の日の朝となる。

 夕暮れ前になんとかニューカッスル城に到着した俺達は……なんというかその……。

 案の定捕まった。

 まあ、羽生えた人間が空飛んできたら間違いなく不審者だろう。

 そりゃ、俺だって捕まえる。

 身の危険を感じるどうこう以前に、当然の反応だ。

 当然の反応であり、当たり前の反応。

 イッツニュートラルだ。

 正直、城の手前で降りて、歩いて合流すりゃ良かったわけだが……。

 うん、ミスった。

 だがまあ、過ぎた事を悩んでも仕方ない。

 前にしか道はないんだ。

 後ろを見たって何があるっていうんだい?

 そんなわけで到着早々若干ピンチになったわけだが……。

 俺としてはそこでキュルケの出番……となる予定だった。

 予定だったということはつまり、そうならなかったという事になる。

 まあ、結論からいうなれば……そこ――ニューカッスル城にレリスウェイク夫妻がいた。

 ――何やってんだよ父ちゃんと母ちゃん。

 アルビオンに商売しに行くとか言っていたけどさ。

 確かに戦場だけれどさ。

 だからって滅びるほうに物を売るなよ。

 そりゃ、言い値で買ってくれるさ。

 どうせ滅びるんだから財産なんていらないだろう。

 あらん限りのお金で買ってくれるわけだ。

 ただ、普通の人は敗戦国側に物を売ったりはしない。

 何故なら、戦争終結後、勝戦国からの交渉が悪くなるから。

 そしてそれ以上に――敗戦国の場所までたどり着くのが危ないから。

 おそらく、今城の前には多量のレコンキスタが居ることだろう。

 そこを掻き分けてここまで来て物を売る。

 いやはや、普通じゃ到底考えられない所業だ。

 因みにレリスウェイク夫妻曰く――。

「ここまで運ぶだけで自給5000エキューの儲けよ(だ)! そりゃ歩くだろう!」

 ――とのこと。

 そりゃ、普通は歩くさ。

 命の危険がなければな!

 まあ、そんな家族が目の前に現れたのだから、俺は牢屋前の廊下で思わずひざをついてうなだれてしまったわけだが。

 さっきまでの若干シリアスな空気を返せ!

 命がどうこうとか、結構良いこと話していたんだぞ!

 そっと俺を慰めるキュルケの視線が生暖かかったのが妙に印象に深い。

 尚、レリスウェイク夫妻の用事は完全にその売買交渉だけだったらしく、各種武器や秘薬を、アルビオン王家に残る全ての財産と交換すると、そのまま夜中だというのに帰っていった。

 なんでも、次の商談があるとか。

 お金に生きるのは構わないが……大事なものを失わないでくれよ。

「大事なもの? それはお金になるの?」

「なるけどするな!」

「馬鹿だなあ母さん。お金になるか、じゃなくて商売になるかどうか聞くべきだ」

「お前らは今すぐ領地に帰れ!」

 ここまで考えて一人で鬱になれる俺は結構すごいと思う。

 さて、そんなわけで無事に状況を伝える事に成功した俺達は、手紙に関しては明日の朝という事にして、そのまま夜はそこで過ごすことにした。

 本来はルイズと才人(ついでにワルドも)が過ごす予定だった場所。

 そこに俺が一人でのんびりしているというのはずいぶんと不思議な気分である。

 いや、正確にはキュルケと二人なわけだが……。

 なにはともあれ、パーティーも終わり、寝て、夜が開け、今こうして手紙を処分しているところだった。

「じゃあキュルケ、燃やしちゃってくれ」

 そう言う俺に対して、キュルケは、どこか躊躇しているようだった。

 杖を構えて、燃やさなければいけないことは分かってはいるのだが燃やせない。

 彼女は彼女なりの葛藤があるのだろう。

「本当に燃やしていいのかしら?」

 彼女は、改めて確認するようにウェールズ氏に聞いた。

 それは葛藤というよりは、強い意志のようなものを感じる。

 迷うのではなく問いただす。

 しっかりとまっすぐな目で彼女はウェールズに問う。

「ああ、燃やしてしまってくれ」

 ウェールズも、それに迷わず答える。

「これは恋文でしょう?」

「ああそうだ」

「あなたは愛していなかったの?」

「もちろん愛していたさ」

「今は愛していないと?」

「もちろん今も愛しているさ。三分の一も伝わらないほどにね」

 それは現在進行形の肯定。

 愛して“いた”ではない。

 愛して“いる”との言葉。

 原作には無かった――今を作る肯定の言葉。

 アンリエッタに繋がるものが居ないからこそ言う事の出来た、彼の本音。

 今までに無い、もう一つの世界観。

 いや、これはある意味ではキュルケだからこそ起きた奇跡かもしれない。

 微熱を自称する彼女。

 本人曰く、古今東西の比類なきラブハンター。

 つまりは、おそらくは原作キャラの中で最も、恋愛については角度の強いキャラ。

「じゃあ改めて聞くわね――」

 そう言って改めて手紙に杖を向けるキュルケ。

「――本当に燃やしていいのかしら?」

「ああ、燃やしてしまってくれ」

 即答するウェールズ。

 二つの視線が交差する。

 お互いに一歩も譲る気の無い強い意志のこもった眼差し。

「…………」

「…………」

「…………」

 しばし、部屋に沈黙が落ちた。

「ふっ……」

 最初に沈黙を破ったのはキュルケ。

 少し表情を崩すと、彼女は薄く笑った。

 それに釣られる様にして、ウェールズも笑う。

「あなた、良い男ね。もしダーリンに惚れてなかったらあなたに惚れていたかも」

「君もなかなかに良い女性だね。アンリエッタに会う事が無ければ口説いていたかもしれない」

 そう言うと、お互いにクスクスと笑い出す。

 気の合う親友を見つけた時のような、そんな表情。

「ファイア!」

 笑いながら、彼女は片手間のごとく杖をふった。

 杖の先から出た炎は、一瞬にして手紙を燃やし尽くす。

 今、トリステインの不安要素は、この世から消えた。

 そして同時に、一組の男女の小さな恋が――終わった。










「では、よろしく頼んだよ」

 ウェールズはそう言って俺に封筒に入った手紙を渡した。

 そこの中に入っているのはウェールズからアンリエッタに宛てた手紙と風のルビー。

 一晩という時間を使って俺が書いてもらった代物。

 原作のように才人がウェールズの言葉を伝えられれば本当は良かったのだが、残念ながらそうはいかない以上、これが最良だろう。

 別に、何もしないという手もある。

 何もしなくたって問題は無いし、ウェールズからの言葉が無くたって話は変わらないだろう。


 だからこれはあくまで俺の勝手だ。

 俺の勝手な罪滅ぼし。

 救える命を救わなかった俺の、せめてもの――。

 皆が皆、出来るだけ幸せで有りますように。

 少しだけでも幸せになれるように動くくらい、いいんじゃないかい?

 少しだけでも幸せになれるように祈るくらい、いいんじゃないかい?

 そのまま、部屋から出ようとした俺とキュルケの後ろに、ウェールズが声をかける。

「また、始祖の下で会う機会があったら君の事を口説いてみようかな」

「あら、そしたら口説かれちゃうかもしれないわね」

 振り向きもせず、おどけた口調でそんな事を言うキュルケ。

「……僕には昔会った頃の君とはずいぶんイメージが違うのだけれど、何か変わるようなことが君にあったのかい?」

 その言葉にキュルケは扉を開きながら答える。


 若干冷えた空気が部屋の中に入ってきた。

 目が覚める空気に、頭の上のフェリスがあくびをする。

「ええ。学院に入ってから、少々変わった友人に恵まれたわ」

 そう言って、俺達は部屋から出た。

 それにしても、風のルビーが売り払われていなくて良かったと本気で思う。

 うちの家族が、財産という財産を根こそぎ持っていきやがったから実は地味に心配していたんだ。

 まあ、もしそうなっていても実家に戻ればあるわけだからまだいいが……。

 とにかく、これでキーアイテムの一つは入手した。

 後は、このまま逃げて終りなわけだが……。

「そういえばルイズたちは何やってるんだろう」

「さあ? ヴァリエール達なら今頃タバサたちが回収しているんじゃない?」

 暢気なキュルケの声。

 バルコニーのある部屋に上がる階段を上りながら、俺は遠見の魔法を使って才人達にチャンネルを合わせる。

 さて、今頃あいつらは何やって――。

「何やってやがんだあああぁぁぁあああ!」

「レイラ!?」

 俺の絶叫に、バルコニーへの扉を開け放ったキュルケが思わず振り向く。

「急ぐぞキュルケ!」

 俺は羽を広げながら言った。

 白い羽が舞い。

 光の反射が白壁に波を描く。

「お前のダーリンが危ない!」

 空の国アルビオン。

 いよいよクライマックスって事か。



[27345] 空ってこんなに広かったっけ? そのじゅういち
Name: 柳城寺 蛍◆c99426ab ID:a424e81c
Date: 2011/04/25 20:58
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――陽動作戦――強さの意味。





「陽動……ですか」

「ああ、そうなる」

 あの後、シエスタがいじけて下の酒場にワインを飲みに行った後、それと入れ替わるようにしてワルドがやって来た。

 そして言った内容が、次の内容となる。

「おそらく、今の私達では間に合わないだろう」

「はあ……」

「ここから城までは馬で半日。おそらくその時刻には既に城は落ちていると思われる。もし、落ちていなかったとしても、ウェールズ皇太子と交渉している時間は無いだろう」

「それで陽動……ですか?」

「ああ。これから私が、この町にエルフの宿泊客がいると噂を流す。あー君は異世界から来たんだってね。エルフについては知っているかい?」

「まあ、知ってますが……それと同じかどうか……」

「この世界でのエルフというのは、非常に凶暴な生き物だ。凶暴で狡猾な、恐ろしい生き物。

――それがこの町にいるとなれば、おそらくレコンキスタは血眼で捜すだろう。そして、おそらくは私達の元までたどり着く。

そこで、君にはそこでエルフを演じて貰い、時間を稼いで欲しい。といってもそんなに難しい事じゃない。ただ、反乱軍相手にちゃんばらごっこを繰り広げてくれればいいだけだ。より派手にね。

私とルイズ、そしてあのメイドは時間を考えて今から噂を流し次第出発する。

そして手紙を回収し次第、君を回収して撤退。この流れを私は計画しているのだが、どうだい?」

「……俺よりもあなたが残ったほうが良いんじゃないですか? あなたの方が強いんだし」

「私はグリフォンの相手をしなければならない。君に出来るというなら任せてもいいが……無理だろう?」

 確かに、俺は馬でさえ満足に扱えない。

「……もし嫌だって言ったら?」

「場合によっては、僕達は全滅するだろうね。トリステインの国を含めて」

 ――この会話がなされたのが昨晩の事。

 あの後、本当にそのまま彼らは宿を出て行った。

 シエスタとルイズは飲み疲れたのだろう。

 グリフォンの背中で暢気に眠る姿は本当にきれいだった。

 そして一夜明けた今、俺は一人、町の教会にいる。

「まったく、宗教上の問題なのか、この世界はどの町にも必ず一つは教会があるよな。神頼みする分には困らねえわ」

 テストで赤点の可能性が有るたびに神社にお祈りに行ってた俺は神頼みについては、ある種プロフェッショナルたる自覚がある。

 にわかお祈り気分の新参者とは伯が違うのだ。

「今回はお金が無いからお賽銭は無し……と」

 この世界の祈りのささげ方も、キリスト教のやり方も分からないので、俺は俺のやり方で。

 裁断の上の大きな人物の銅像に向かって。

 二礼二拍手一礼。

 パンパン、と静かな空間に拍手の音が響く。

 反響する音の中、俺は祈りを捧げた。

 しばらくして、顔を上げる。

 そして一礼。

「相棒……本当にこれで良いのかい?」

「問題は無いさ。俺が時間を稼いで、あいつらが仕事終わらせて、俺を連れて皆で帰る。それでおしまいだろ?」

「相棒は本当にそれが出来ると思っているのかい?」

「おいおい、そんな事を聞くなよ。俺の剣なのにずいぶん野暮な事を聞くんだなあ」

「相棒……」

「……出来るかどうかじゃねえよ」

 そう言って振り返り、教会の入り口へと向き直って俺はデルフを構える。

 覚悟は昨晩済ませた。

 祈りはさっき済ませた。

 残るは仕事をするだけ。

「やらなきゃならないんだ!」

 言うと同時、教会のドアが大きく開け放たれた。

「エルフが居たぞ! 逃がすな!」

 誰かの叫ぶ声。

 それと同時に放たれる無数の魔法の矢。

 俺はそれをデルフで叩き落とす。

「全てを相手にしようとするな! 守りに専念するんだ!」

 デルフからの指示が飛ぶ!

「そんなこっちゃ分かってるんだよ!」

 分かっていても、流石に数が多い。

 少しずつ、矢は掠り、傷は増えていく。

「こちとら……逃げられねえもんを背負っちまってるんだよ!」

 矢と共に教会内に入って来たメイジが、今度は氷の槍を放つ。

「守れねえとか、力がねえとか、そんな弱音に意味はねえんだ」

 氷の槍を、地面に転がるようにしてかわした。

 背後のパイプオルガンが奇怪な音と共に砕け散る。

「守れねえなら守れるようにする。力がねえなら、それを補完するために動く。前向きに考えねえでどうするってんだ! ましてや――」

 さらになだれ込むようにして入って来たメイジたちの杖の先から、今度は炎が飛び出す。

 まるで部屋全体を埋め尽くすかのような炎の波。

 それがまっすぐ俺に向かって来て――。

「ましてや、俺はガンダールヴ(神の盾)! 主人を守るための――ゼロのルイズの使い魔だ!」

 叫ぶと共に、俺の手に刻まれたルーンが光りを放った。

 強い輝きを放つ左手。

 それと共に、デルフが叫ぶ。

「おおおぉぉぉおお思い出した! 相棒! 俺を――」

 デルフが言い切る前に、俺は本能的にするべきことを理解した。

 輝きを放つデルフ。

 光りを放つその剣で、俺は炎の波を袈裟懸けに切りつける!

 それだけで目の前を埋め尽くすか様に存在した炎は――、一瞬にして掻き消えた。

 ざわつくメイジたち。

 そんな中、デルフは暢気にしゃべる。

「そういや、ガンダールヴか――ずいぶん懐かしい響きだと思ったら、昔もお前に握られてたぜ。すっかり忘れてた」

「そうか」

「いやいや悪かったな。これが俺の本当の姿だ。ちゃちな魔法は俺が全部吸い込んでやるから安心しな」

「そうか」

「……」

「……」

「……あ、相棒?」

「因みにな、デルフ――」

 メイジに向けていた視線をちらりとデルフに落とす。

「次、似たような事があったら――溶かして厨房のフォークになってもらうからな」

「……スイマセンデシタ」

「謝罪はいい。それより次がくるぞ」

 行った傍から、魔法のラッシュが来た。

 燃え盛る炎の玉。

 それらを順調にデルフで吸収していく。

 数秒後、玉切れだろうか、それとも利かないと悟ったのか。

 炎の玉打ち止めになり、その間に改めて俺はデルフを構える。

 ――とそのときだった。

 俺の身体を、突然右から横薙ぎに殴られたような衝撃が走った。

「アッ……ガッ……」

 俺の身体は吹き飛ばされ、左側の壁に叩きつけられる。

 突然の事で頭がついていかない。

 かと思ったら次の瞬間、今度は左からの衝撃が俺を襲った。

「ガフッ……」

 ――あ、風の魔法か。

 俺は、そこでようやくその事に気づいた。

 しかしそれでも――それに気づくのが、若干遅かった。

 吹き飛ばされた俺は今度は祭壇にぶつかり――。

 なんと言うか、やはり祈り方がまずかったのだろうか。

 不幸な事に、裁断の上の銅像が落ちてきた。

 ――ぶつかった際に投げ出された、俺の脚の上に。

「ぎゃあああぁぁぁあああ――!!!!!」

 悲鳴は言葉にならなかった。

 俺はガンダールヴの全力でもって銅像をどかすようにして這い出ると、しばらくその場でのた打ち回る。

 イタイ痛いイタイイタイ痛い痛イイタイ痛イイタイイタイイタイ痛いイタイイタイイタイイタイイタイイタイ

 必死の思いで足を見ると、左足がいびつな方向に曲がっていた。

 診察なんてするまでも無い。

 間違いなく、折れている。

 強烈な痛みが、改めて俺の中の恐怖の扉を開いた。

 とたんに、中からは今まで必死に抑えていた感情たちが飛び出す。

 ここに来て、本当に命の危険を感じた。

 真剣に、死にたくないと思った。

 そんなこんなの内に、少しずつ近づいてくるメイジ。

 一人のメイジが俺の事をよく見える位置まで来て、ポツリとつぶやく。

「あれ? エルフじゃねえじゃん」

 とたん、周囲から安堵の吐息が上がった。

「何だよ、エルフじゃねえのかよ」

「なら構う必要は無かったな」

 そう言って去ろうとするメイジたち。

 助かったと思った。

 命の危機が去ったと思った。

 次の言葉を聴くまでは――。

「これなら、城攻めの方に参加できそうだな」

『場合によっては、僕達は全滅するだろうね。トリステインの国を含めて』

「――待て!」

 気がついたら俺は叫んでいた。

 死ぬのが怖い。

 そりゃ当たり前だ。

 折れた足が痛い。

 そんなの痛いに決まってる!

 だけどそれ以上に――、俺はやらなきゃいけない事を見つけた気がした。

 トリステインって国がどうなろうと俺には関係ない。

 王女様の手紙なんて、俺にとってはくそくらえだ。

 ただ――もし、このまま彼らが城に向かったら。

 もし、このままこの先が戦場になったら。

 俺の大切な人たちが危ない!

 ただそれだけ。

 ただそれだけが思い浮かんだ。

 大切な人たちの顔。

 笑顔、すねた顔、怒った顔、悲しんでる顔。

 それらが全部思い出せる。

 昨晩、俺はレイラのようになりたいと思った。

 がむしゃらでもいい、守りたいものを守ろうとするその意思にあこがれた、

 思ったとおりに行動できる、その行動力にあこがれた。

 そして今、彼のようになるためには外しちゃいけない場面が来ている!

「駄目なんだよ……諦めちゃ……駄目なんだよ」

 ぼろぼろの身体。

 疲弊して上がらなくなった腕。

 戦闘の途中で折れた足。

 そんな状態でも、デルフを杖のようにしながら、俺は立ち上がる。

 守らなくちゃいけないものが後ろにあるから。

 傷つけてはいけない人が、後ろにはいるから。

 その人のために、俺は立ち上がる。

 どんなにかっこ悪くても。

 どんなに情けなくても。

 どんなに弱くても。

 どんなに役立たずでも。

 どんなに汚らしくても。

 たった一つ。

 彼のような強さのために。

 本当の強さを持った、彼のようになるために!

 俺の左手は輝ける!

「かっこつけてる所悪いけどさ――わかってる? 正直あんた勝ち目無いよ」

 立ち並ぶ男の内の一人がそんな事を言った。

 それに釣られて周りが一斉に笑い声を上げる。

「勝ち目の無い戦いに挑む事を、なんて言うか知ってる?」

 嘲笑の嵐の中、俺は彼からのプレゼントを握り締めた。

 羽をあしらったクロスのペンダント。

 それを、きつく――きつく握り締める。

 奇跡を祈り、握り締める。

「それをな――無謀って言うんだよ」











「では、君達は勝ち目の無い戦いに挑むのに、必要な物ををなんと言うか知っているのかね?」











 その声は唐突だった。

 まるで、廊下を走っていたら誰かとぶつかりそうになった時のように。

 または、ボーっとしていたときに突然肩を叩かれた時のように。

 現状で必死だった俺の下に、突然降ってきた。

 そして次の瞬間――俺の後ろの壁が吹き飛んだ。

 巻き起こる煙幕。

 轟く轟音。

 そんな中、俺は確かにその姿を確認していた。

 見慣れたピンクブロンドの髪。

 俺を支えてくれたメイドさん。

 そして――。







「それを――希望というのだよ」







 どうにも心象悪いヒゲ面のおっさん。

 三人が、おっさんのグリフォンに乗って、悠然と俺の後ろに立っていた。

 最高にかっこいい登場シーンな訳ですが、今までの心象の悪さと相まって、どうにもいいイメージが沸かない。

 しいて言うなら、プラスマイナスゼロ、ってところか?

 だけどまあ、この状況では実にありがたい。

 こちとら、もう限界が近かったわけだしな。

「使い魔君。もう任務は終了した。後は引き上げるだけだ」

 グリフォンから降りたワルドが、そう言って俺に背中を向け、レコンキスタと対峙する。

 それに併せて、ルイズとシエスタが、歩けない俺を引きずるようにしてグリフォンに引き上げた。

「引き上げるって言っても……そう簡単には通してくれそうにありませんよ」

 俺達を囲うように、改めて杖を構えなおすレコンキスタ達。

 突然の援軍に少し驚きはしたものの、所詮三人の追加。

 ましてや二人は女性だし、内一人にいたっては、明らかに平民と分かるメイドだ。

 恐れる必要は無いと考えたのだろう。

 その目からは、特に恐怖のようなものは感じられない。

 単発的な腕ならワルドの方が上だとしても、これだけの数を相手にするとなると……。

「なに、そちらの方も心配するな」

 そう言って自分はレコンキスタと対面したまま、グリフォンを発進させるワルド。

 俺へと向けられた流し目がキラリと光り――。

「僕のルイズには、ずいぶんと優秀な友達が多いようだからね」

 ――部屋の中に、竜巻が吹き荒れた。

 ワルドの魔法か?

 一瞬そう思ったが、彼に魔法を唱えた素振りは無かった。

 ならば誰が――。

 しかし、その答えはグリフォンが飛びたったとたん、直ぐに分かった。

「やあ、無事だった――わけでは無さそうだね」

「……救出成功」

「お兄様の頼みである以上、あなたの身の安全は保障しますわ」

 広がる空。

 そこには――シルフィードに乗った三人の姿があった。

 アレイシア、タバサ、そしてギーシュ。

 シルフィードの口にはギーシュのモグラが咥えられている辺りに、若干のシュールささえ感じられる光景。

 その光景を見て、俺の目じりに自然と涙が滲む。

「お前ら――」

「感動の再開をしている暇は無いぞ! 奴等が追ってくる前にここから離脱せねば!」

 地上の混乱に乗じて、フライを使って上空にやってきたワルドは、グリフォンの手綱を掴むなりそう言った。

「悪いがグリフォンはあまり大人数は乗れん、使い魔君とメイド君はあちらの風竜に移動してくれると助かるのだが……」

「……わかった」

 言うなり、レビテーションで俺とシエスタを移動させるタバサ。

 ルイズを未だに自分の手元に置いている辺り、やっぱりどうにも気に食わん。

 だが今は、そんな事を言っている場合じゃない!

「さあ、トリステインへ帰還だ!」

 おっさんの掛け声と共に、俺達はアルビオンの空を後にする俺達。

 ――何だよ……ハッピーエンド……出来るじゃないかよ……。

 薄れ行く意識の中、俺はシエスタの胸の中で意識を失った。



[27345] 空ってこんなに広かったっけ? そのじゅうに
Name: 柳城寺 蛍◆c99426ab ID:a424e81c
Date: 2011/04/26 22:20
 風竜の上、シエスタの腕の中。

 俺は目を覚ました。

 俺は自分が、シエスタの腕に抱かれている事に気づいた。

 風竜の尻尾の付け根の辺りに、自分を抱いたシエスタは座っている。

 シエスタは空の向こうを見つめているので、自分が目を覚ました事には気づかない様子。

 アレイシアとタバサ、そしてギーシュの三人が、風竜の背びれを背もたれにして、前の方に腰掛けていた。

 頬に風が当たる。

 ああ、これは夢じゃない。

 してみると……。

 自分は助かったのだ。

 俺の心の中を、熱い何かが満ちていく。

 ワルドたちが助けに来てくれて直ぐに気を失ったが……どうやら逃走には成功したらしい。

 ほっとしたせいか、どっと疲れが出てきた。

 全身の筋肉が、弛緩していくのがわかる。

 だから、自然と開いた目はまた閉じられる事になった。

 それでも、この景色を――白い美しいこの景色を目に焼き付けようと、何とか薄目を開ける。

 するといつの間にか、シエスタの目がこちらを見ていることに気づいた。

 風竜が速度を上げる。

 強い風が頬をなぶる。

 心地よい風に胸が高鳴る。

 その風と、シエスタの熱っぽい視線で、ああ生きているんだなと、俺は実感した。

 命がけの旅だったけど。

 道中、何度も死を覚悟したけど。

 悔しさに涙を流したけど。

 いろいろあって、頭の中がごちゃごちゃだったけど、今は何も考えずに風に吹かれていたい、と思った。

 死地を脱した後は、しばし生の実感を味わっていたかった。

 そんな風に、うつらうつらとした意識の中、生の実感を存分に味わっていると……。

 シエスタの顔が近づいてきた。

 そっと閉じられた目がゆっくりと近づいてくる。

 あっと思ったときには、遅かった。

 シエスタの唇が、俺のそれに重ねあわされる。

 驚愕に目を見開いたが……彼女が再び目を開く前に再び、俺は目を閉じた。

 疾風のように空を飛ぶシルフィードのせいで、強い風が頬をなぶる。

 温かい何かが心の中に満ち、疲れきった心が癒されていく。

 少しくらい、からかう言葉をかけようかとも思ったけれど。

 せめてこの風が……。

 異世界の空を流れるこの風が……。

 優しく俺を包んでいる間は、このままいようと決めた。









 さて、物語は終われど世界は続く。

 ようやく終了したアルビオン編に相当するだろうこの物語。

 最後の最後のクライマックスたる部分に俺が登場できなかったのは実に切ないが、まあ元来彼らが主人公なのでその辺は仕方ないだろう。

 あるべき見せ場はあるべき人の元へ。

 主たる公の人と書いて主人公。

 彼が盛り上がらなければ話は進まない。

 正直、俺がウェールズさんのところでしたことといったら、家族とのくだらないコントくらいだったが……。

 まあ、気にしたら負けだ。

 何はともあれ、無事解決。

 なんだかんだで全員無事に帰ってこれたのだから、結果としては万々歳だろう。

 正直、途中で何回か、真剣にトリステインの破滅を覚悟したが……そこらへんは流石主人公。

 無事に乗り切ってくれたようで何よりだ。

 ではそろそろ、今回も少々後付けの様な物を話そうかと思う。

 もう、本来のストーリーはここで終わりなのだから、この章は読まずに次の章に行く……などという手もあるが、一応俺としてはこの章も読んで欲しいとは思う。

 大切な事かどうかは分からないが、いろいろとあったので、それについてだ。

 とりあえず、俺とキュルケは帰り道、アルビオンから少し離れた上空にて、他のメンバーと合流を果たした。

 才人達の事情は、一応遠見の魔法で知っていたし、現在の位置についても探知の魔法で調べられるので合流は意外と楽だった。

 追いつく事が出来たのは、シルフィードに大人数が乗っていたのと、ワルドのグリフォンが同行していたからだろう。

 白翼のレイラ、たとえ人が一人後ろに乗ってても、グリフォン如きに遅れはとらないのさ。

 そんなわけで、皆に合流した俺達は、俺とキュルケをシルフィードの上に乗せた後で情報交換。

 それぞれの現状の把握を始め、とりあえずの状況を全員が理解した。

「今頃、ウェールズ皇太子は……」

 そう言って霧の国を見上げるルイズ。

 全員が、思わずそれに併せて見上げてしまったのは言うまでもない。

 その後、城についた俺達はお姫様に、手紙は焼却処分した事を伝え、代わりにウェールズ皇太子からの手紙をお姫様に渡して無事解散……。

 案外あっけない終わり方になった。

 因みに、才人の治療費は全額国が負担してくれるらしい。

 その関係で、才人とルイズ……そして面倒を見る者として、シエスタは城に残る事になった。

 王女様曰く、明日には治るとの事。

 どれだけ豪華な秘薬を使うのか分かったもんじゃないが……。

 それ以上に明日には治るって。

 魔法の力恐るべし。

 まあ、それがこの世界の世界観なのだから仕方が無いのだろうけれど。

 さて、ここまでは結論だけはぱっと見、原作通り。

 ハッピーハッピー、ハッピーエンド、に見えるわけだが……。

 こういうフリをした以上、当然恐ろしい異常がある。

 恐ろしい異常というかなんと言うか。

 結果を見るだけならば、おそらく原作以上に幸せな結末なのだろう。

 ある意味ではいい話になるわけだが――。

 俺としてはどうにもいい話で終わらせてはいけない気がするわけで――。

「うん。こうして若い人たちと飲む紅茶も、なかなか良いものだね」

「あら、おじ様もまだまだ若いですわよ」

「ちょっとツェルプストー! あんた、色目使う相手に見境が無さ過ぎよ!」

「あら、ちゃんと見境はつけてるわよ。現にレイラ相手に色目を使った事なんて私は一度も無いわ」

「……壁の染みも同然の存在」

「紅茶のお変わりはいかがですか?」

「あ、シエスタ。俺もらっていいかな」

「馬鹿犬は、馬鹿犬でメイドに発情するな!」

「安心していいよ僕のルイズ。僕は少なくとも一途に君だけを愛し続けるから」

「私もお兄様を一途に愛し続けているので安心してくださいね」

「普段、ここでどんな話をしているのかと思ったら――君達は普段からこんな馬鹿騒ぎをしていたのかね?」

 結果からいうなれば、お茶会メンバーに、新たに変なのが三人ほど加わった。

 まず一人目。

「こっちのスコーンはいかがですか?」

「ああ貰おうかな」

「うふふ……実はこれ、私が焼いたんです」

「シエスタの手作りか! それは楽しみだ!」

「ふんっ! そのくらい私にも焼けるわよ!」

「知ってるかルイズ。焼くと、焦がすと、爆発させるは、それぞれ違う現象を表す言葉なんだぞ」

「なら知ってるかしら? 私は今、その三つのうちのどれか一つを、あなたに対してしようとしているのを」

「安全な選択肢を用意しなかった自分が恨めしい!」

 その後、轟く爆発音。

 あっちで先ほどから才人に猛烈アピール中なのがシエスタ。

 何故か今回の旅から帰ってきて以来、こっちのお茶会に顔を出すようになった。

 基本セルフサービスがモットーなこのお茶会において、他人の分まで持ってきてくれるという、非常にありがたい存在だ。

 しかしその反面、他人の分まで持ってきてくれた様々な物は、才人を経由してしか俺達の元には配られない、非常に迷惑な存在だ。

 だがまあ、彼女の存在はうなずける。

 ルイズと才人が来た段階で、彼女が来るだろう事は大体予想できていた。

 だから、この二人目もそういう意味では予想の範囲内と言えよう。

「ところで……ミス・レリスウェイク」

「はい、何でしょうか。ミスタ・グラモン」

「その……君の事を僕もシアって呼んでもいいかね」

「はい、別に構いませんわよ」

「おお! ありがとうシア。ところでシア、今度の休日に二人で遠乗りをしないかい? 近くにきれいな景色の見える場所を見つけて、ぜひ君と一緒に行きたいんだ」

「申し訳ありませんが今度の休日は無理ですわ。お兄様が部屋を出た隙にお兄様の下着をクンカクンカするという使命がありますので」

「そうか、それなら仕方ないな。ならば――」

 途中、シアが聞き捨てられないことを言っていた気がするが、今回はそっちではなくその相手。

 シアを必死で口説いている彼がギーシュ。

 彼もシエスタ同様、何故かこちらに参加するようになった。

 まあ、原作進行の都合上だろう。

 彼らが才人達と仲良くなる以上、こうなる事は大体イメージできていた。

 シアを口説き始めるのに関しては正直予想外だが、まだ許容範囲。

 問題は最後の一人だ。

 三人目。

「……で、何であなたがここに居るんですか? ワルドさん」

「なに、たまには僕の可愛い婚約者の顔を見たくなってね」

「昨日も来てましたよね」

「見ているだけで癒しになる存在……ああ、僕のルイズはまるで女神のような存在じゃないか! それを見に来るのは当然の事だろう?」

「お仕事はどうされたんですか?」

「当然、ちゃんと休みを作ってきているさ。仕事の出来ない男は嫌われるからね! そう! どこかの使い魔の様なヒモの様な存在とは違うのだよ」

 ――ダメだコイツ! 早く何とかしないと!

「……ロリコン」

 タバサの毒舌な突っ込み。

 いや、それは……。

 言おうと思ったけどさ!

 俺も言おうと思ったけどさ!

 だけど、良識を考えて言わなかった台詞をこの子は……。

 確かに地球では、ワルドは何かとロリコン扱いされている。

 二次創作なんかだと、ロリコンロリコン、何度も叩かれている。

 ただ……俺の記憶ではこんなに酷くは無かった気がしたのだが。

 というより、別にロリコンってわけじゃなかった気がしたのだが。

 あくまでルイズを利用しただけで、どっちかって言うと、マザコンのような……。

 いや、マザコンでも叩かれていたな。

 ……まあ、それよりもだ。

 何だって俺は今、こうしてワルド子爵と暢気にお茶なんか飲んでいるんだ?

 彼は裏切り者なんじゃないのかい?

 レコンキスタなんじゃないのかい?

 何だって、こんなところで暢気にお茶をのんでるんだい!

 ――いや、分かってはいるさ。

 別に、特におかしなところなんて無いさ。

 おかしいのはむしろ俺なのさ。

 確かに、アルビオンでの婚約イベントが無ければこうなるだろう。

 あそこでいい機会だからと結婚式を挙げて、ルイズに裏切られて――そこで初めてレコンキスタだってことが分かるのが、本来の流れ。

 今回の場合はただ、その結婚式が無かった。

 才人が死にそうになったのとか、才人だけ置き去りにしたのは、おそらくルイズの心を自分のものにする策略だったのだろう。

 そんなこんなが巡り巡った結果……レコンキスタであることを明らかにするタイミングを逃したのである。

 そして行き着いた先がこのお茶会。

 レコンキスタであることを明らかにしない以上、まだまだルイズを狙うチャンスはある。

 そんなわけで、原作よりもゆっくりとルイズを狙う事に決まったらしいワルドは、こうして現在もルイズに熱烈アピール中――と。

 はあ……。

 これで良いのか?

 本当にこれで良いのかよ?

 未来は果たして安全なのか?

 暗雲立ち込める未来に、思わずため息が漏れそうになるが、それをこらえて苦笑に変える。

 だってまあ……。

「そういえば昨日、城での仕事中に聞いた噂なんだが。アカデミーで新しくこんな魔法が開発されていたよ。何でも風の魔法の応用らしくて、トライアングルクラスが必要なんだけど、好きな人の声を魔法で出せるんだって」

「……興味がある」

「例えばそうだね……『そんな……ワルドさま……こんなところで……恥ずかしいですわ』」

「おおー」

「嫌な奴な筈なのに、今すごいと思った自分が悔しい」

「一応僕の可愛いルイズをイメージしたんだが、うまく出来ていたかい?」

「流石子爵様。僕はいろんな意味で興奮しました!」

「……変態」

「仕方ないわ。ギーシュだもの」

「このやり取りは記憶にあるぞ! だがもう僕は同じ過ちをしない! 今度こそきっぱりと否定してみせる!」

「ギーシュお兄ちゃん……えっちなこと……興味ある?」

「僕の負けです! すいませんでした!」

「ほ、ほら悔しいなら気にしなくても大丈夫ですよ! こっちにはおいしいスコーンとクッキーと紅茶がありますから、その代わりに……私だけを見ていてくださいね。あ、な、た。きゃっ、あなたなんて言っちゃった!」

「発情メイド! 私の使い魔に近づくんじゃない! コイツが無駄に発情して私に襲い掛かってきたらどうするつもりよ!」

「ルイズ。もしそんな事があったら、迷わず僕に知らせなさい。ルイズのためなら、僕はドラゴンでさえ相手にしよう!」

「そんな……ワルドさま……こんなところで……恥ずかしいですわ」

「改めて本物を聞いて思うけれど、さっきの魔法、本当によく出来ていたわね」

「子爵様! 先ほどの魔法をお兄様の声で『シア……愛してる……結婚しよう』とお願いします!」

「まあ……構わないが……。お兄様って言うと、ミスタ・レリスウェイクだよね。となると……『シア……愛してる……結婚しよう』こんな感じかい?」

「ありがとうございます! ありがとうございます! これでしばらくは生きていけます!」

「シアがおじ様の手を握ってあらん限りの感謝を述べているわね」

「……選挙に出馬した人」

「あ、確かに似てるかも」

 だってまあ、こんなにも、楽しいんだ。

 それだけで、これでいいんじゃないかって気分になってくる。

 別に原作通りでなくたっていい。

 皆が皆、笑って楽しくて、幸せなら、それで良いじゃないか。

 そんなわけで、閉幕っと!





 ――パチリ。







[27345] まくあい に
Name: 柳城寺 蛍◆c99426ab ID:a424e81c
Date: 2011/05/05 08:03
 大概にして、物語というものは読者の期待を裏切るからこそ面白いものである。

 まさかそうくるとは思わなかった。

 これはこれで良い。

 そんな言葉を聴けるなら、それは語り手冥利に尽きるというものだろう。

 ただし、まさかこんなにつまらないとは、というのは、この場合にはカウントしない。

 今回は、純然たる感動と感激の気持ちを持った上で、読者たるあなた達に語り掛けたいと思う。

 しかし、かといって必ずしも予想を裏切るのが良い――というわけではない。

 予想を裏切らない展開。

 想像通りの展開。

 それは読者を安心させるし、何より読みやすい。

 想像通りの展開というのは、それだけで読者に世界が伝わるのだ。

 展開という言葉を世界という言葉に置き換えても、これは同じ事が言える。

 想像通りの世界は、伝えるのにたやすい。

 例えばこの作品のプロローグを読み返してくれたまえ。

 そこには、世界を説明する際に、ゼロの使い魔と、具体的に世界を伝えている。

 共通の世界観を把握した人間達にとっては、それを伝える言葉は最小限で済むわけだ。

 そこで、語り手はそのバランスをとらなければならない。

 想像通りで有りながら、想像とは違う事。

 相反し矛盾するこの事象を、語り手は可能にしなければならないのである。

 さて、では改めてこの作品を見直してみよう。

 既に、想定外の事はやった。

 フーケの事件しかり、ウェールズさんと出会えない展開しかり、まさかのワルドが仲間になる展開しかり。

 そろそろ想定内の展開が起きてもいいんじゃないだろうか。

 二巻も終わった。

 これから始まるのは三巻。

 そんなわけでここで、皆さんの想像通りに休憩を挟みたいと思う。

 前回同様、どうでもいい話が殆どになる――とまあ、そうなってくれれば実に幸いなのだが――。

 残念ながら、今回は中々に重要なポイントがあるらしい。

 だが、それでも休憩にはなるだろう。

 むしろ、気を抜いて読んだ方が、後の楽しみも増える。

 そんな意味で、是非とも肩の力を抜いて、三回ほど深呼吸。

 その後に、これ異常ないほどにだらけきった姿勢を作ったところで、文字を読み進めてくれるとこちらとしてもあり難い。

 では続けるぞ。

 ここから先を読んでくれている――ということは、少なくともこの駄文に付き合う気がある、優しい方々のようだ。

 そんな君達の優しさと自愛の心に感謝をしながら、幕間を始めたいと思う。

 では、ゆっくりと楽しんでくれたまえ。










「ままならぬ物よの……」

 オスマンは、一人、部屋で呟いていた。

 窓から見下ろした先にいるのは、一組の男女。

 桃色の髪の少女が、その使い魔になってしまった少年を連れて、散策をしている。

 なんとも無い日常の風景。

 ほのぼのとした日々。

「さて、これはどう関ってくるのかの?」

 呟くと、彼は手元の紙に目線を送った。

 そこにあるのは、王室から届けられた、一枚の書状。

 今後のトリステインの未来に関わるであろう、手紙。

 これが彼女と絡まないわけが無い。

 これは何かしらの意味のあるものなのだろう。

 王党派の敗北で終わったと噂されるアルビオンでの内戦。

 ――何かがある。

 オスマンはそう感じていた。

 まるで流れのような何か。

 それが直ぐそこまでやって来ているのを、感じていた。

 しかし――感じていても、彼は何もすることが出来ない。

 何故なら、それはしていい事かどうかが分からないから。

 もし間違った事をしたら何が待っているのか。

 それが分からないから。

 彼はただ――傍観者に徹するしかない。

「しかし、ただ、このまま手をこまねいているのも、暇じゃのう」

 暇は良くない。

 暇な時間には、何うかしらやれることがあるはずだ。

「そうじゃの――こういう時こそ、彼じゃの」

 そう呟くと、彼は机に戻り、一枚の紙を手に取った。

 そこに書かれた文字は、休暇届。

 物語の裏。

 彼はひっそりと動き始めた。











 ――親愛なる従妹、アンへ。



 本来ならば、前書きとして季節の挨拶などを述べて文を始めるところなのだが、今となっては紙もインクも貴重なものだ。

 そんなものを書いていては、あっという間に紙が無くなってしまうだろう。

 よって、前書きは省略させていただく。

 僕だって書きたい事があるからね。

 さて、始祖ブリミルの思し召し――いや、この場合は神の思し召しというべきだろうか。

 何の因果か、僕はこんなものを書く事になった。

 世界の運命とは随分と複雑怪奇。

 神様ってやつも、たまには随分と粋な仕事をするもんだ。

 僕がこうして、もう一度君に言葉を伝える事が出来るとは。

 たとえ手紙だとしても、それが僕としては嬉しく思う。

 正直な事を言うならば、僕はこんな手紙を書くつもりは無かった。

 彼に提案された時も、実は断ろうかと思っていたのだ。

 僕はおそらく、明日死ぬだろう。

 そんな僕が、君の中に居て良い筈が無い。

 だから僕は君に何も残さず、ひっそりと居なくなるつもりだった。

 手紙なんてとんでもない。

 はっきり言わせて貰うなら、僕と君の繋がり。

 それをすべて無かった事にする。

 そのくらいは考えた。

 だが、最後のパーティーの最中に、よく考えた結果、僕は考えを変える事にした。

 君が使者として寄越した一組の男女。

 彼らは、この戦場においても、ひどく輝いていた。

 どうやら、男の子の方はお酒が苦手なようで、無理に飲ませようとする女の子から必死に逃げ回っている。

 他にも、城のメンバーが女の子の方を口説きに向かったり、男の子がみんなの話し相手になったり。

 君は随分と優れた使者を選んでくれたみたいだな。

 おかげで、僕達の士気は随分と上がったようだよ。

 彼らと話すたびに、僕達の味方は少しずつ元気になっていくのが感じられた。

 明日に死ぬ事が分かっている兵士達。

 始めは傍目から見ていて分かるくらいに空元気ではしゃいでいた彼ら。

 それが、彼らと話す内に、少しずつ自然に笑えるようになっていたのが僕にははっきりと分かった。

 絶望の淵に居ながらも、希望を持ち続ける存在。

 彼らの居る場所が希望となる。

 果たして、当事者たる彼らは気づいたのだろうか。

 兵士達の言葉がパーティーの始まりと終わりで変わっていた事を。

「せめて、わが命をもって奴らの船を一隻落としましょうぞ!」

 そう言っていた青年は、「奴らの船など、この私の杖の前には張りぼても同然です」と言うようになった。

「一人で十人。それで奴らの軍勢を三千も削れますぞ!」

 そう言っていた老兵は、「われらの目的は勝利! 数を見ているようではダメですな」等と説教をするようになった。

「死して、アルビオンの地に名を残さん!」

 そう言っていた近衛兵は、「生きて勝利の証を残さん!」そう言って去っていった。

 彼らの強さは一体何なのだろう?

 しかし、僕もそんな彼らの力に、可能性を感じ、賭けてみたくなった――なってしまったのだ。

 馬鹿みたいだと罵ってくれても構わない。

 しかし、僕としてもこちらの方が楽しいのだ。

 改めて言うが、僕はおそらく明日死ぬ。

 彼らは僕に希望を見せてくれた。

 しかし、現実は変わらないのだ。

 夢の世界に逃げ込めればどれだけ楽か。

 だけど、僕らが生きている此処は現実。

 前を向かなければならないのだ。

 そこで最後に――挨拶代わりにこの言葉を残しておく。





「もし――この戦に勝利したら。もう一度僕と会ってくれないか?」





 ラグドリアン湖の湖畔。

 あの日と同じ場所で。

 その時こそ初めて――その時なら僕は、きっと言える気がする。

 ちょっとわがままなお願いだけれど良いかな?

 因みに、このことを大使君に言ったら、『またそんな無駄な死亡フラグを――これ以上死亡フラグおったててどうするつもりですか』と苦笑されてしまった。

 死亡フラグ――この言葉が僕には理解できなかったのだが、最近トリステインで流行っているものか何かかい?

 とにかく、僕としてはこの約束をここに残しておきたいと思う。

 書面での約束は破る事が出来ないからね。

 さて、これで僕の書きたい事は最後になるのだが。

 僕が僕の想像するとおり、明日死ぬ事になったら。

 おそらくはそうなるとは思うが、その時――。

 その時も、“僕の事は忘れないでくれ”。

 ははは、ちょっと僕らしくないと思ったかな?

 確かに、当初書いたとおり、僕は君に僕の事を忘れてもらうつもりだった。

 僕とのつながりを全て絶つこと。

 それが僕が君に出来る最良の事だと思ったんだ。

 だけど、大使君たち――特に女の子の方を見ていて思った。

 これじゃダメなんだと。

 僕とのつながりを絶つこと。

 それを君にお願いしたところで、僕の幻影はきっと君を縛り付けるだろう。

 だから、僕はお願いする。

 “僕を忘れないでくれ”僕を君の中にしっかりと抱いて、そして――“それを乗り越えてくれ!”

 君なら出来る。

 僕が保障するんだ、間違いない。

 自信を持っていい。

 君の中に居る僕。

 それを乗り越えて、君は他の誰かを――今回の話だとゲルマニアの皇帝かな? だが、別に彼でなくても良い。

 君は君が心に決めたもう一人を、その相手を、しっかりと愛してくれたまえ。

 僕の事を忘れろとは言わない。

 おそらくそれは無理だろう。

 君にそんな残酷な事は言わない。

 だから、君は僕への気持ちを持ったまま、他の誰かを愛してくれ。

 ちょっと不誠実な事をお願いする文になったが、その辺は笑って見過ごして欲しい。

 僕だって、君に忘れられるのは辛いし、かといって君の悲しむ姿を見るのも辛い。

 だからこその、この変なお願いだ。

 絶妙にこんがらがる僕の気持ち、察してくれるとありがたい。

 さて、ではそろそろ紙のスペースも限界な様だ。

 僕の形見として、風のルビーを同封しておく。

 もし、未来の旦那さんに捨てろと言われたら、売り払って君のお小遣いにでもしてくれたまえ。

 では、これから先も永遠に、空の上から君の幸せを祈っている。



 空の上より――愛を込めて。











「此処は一体――痛っ!」

 僕は目を覚ますと、森の中に居た。

 戦争は?

 父上は?

 仲間達は?

 僕は一体どうなったんだ?

 頭に残る鈍い鈍痛。

 そうだ、確か僕は敵の投石器の石の破片がが頭に当たって気を失って――。

「生き残って――しまったのか?」

 僕を乗せて眠りについているのは、アルビオン王家御用達のグリフォン。

 誰かが僕をこれに乗せて逃がしたのだろう。

 空の上を飛んで、僕を知らぬ地に運んだのだろう。

 わざわざ僕なんかを。

 亡国の王子なんかを。

 僕は仰向けになると、空を見上げた。

 木漏れ日の奥。

 そこに、青い空が広がる。

 果たして、あの向こうに僕の故郷はあるのだろうか?

 それとも、今居るこの場所が、僕の故郷なのだろうか?

 分からない。

 僕には何も分からない。

 ただ分かるのは――僕が生き残ってしまった事だけ。

 面白おかしくも、従妹のアンに、あんな格好つけた手紙を送ってしまったと言うのに。

 戦争に勝つ事もせず。

 死ぬ事もせず。

 ここでこうして暢気に空を見上げている。

「ハハハ……」

 思わず、苦笑がもれた。

 差し込む日の光りがぼんやり滲む。

「格好悪いなあ……こんなんじゃ、好きな女の子一人落とせない」

 見上げる空。

 もみ上げの辺りを、熱いものが伝って落ちる。

 シチュエーションの力を借りなきゃ――借りても、愛の言葉一ついえない臆病者。

 周りの皆は美男子だとかもてはやすけれど、実際はそんな事無い、ただ一人の恋する臆病な男の子。

 格好つけて強がって、クールぶってる、ただの青年。

 彼の涙は、流れるはずだった血の代わりの様に流れてゆく。

「誰ですか!」

 そんな声が聞こえたのは、そんな時だった。

 そう言えば、どこまで僕は空の下を飛んだんだろう?

 その声を聞いて最初に思ったのは、そんな疑問だった。

 そこに居たのは、一人の少女。

 結構豪華な服を着ている辺りから、そして何よりも、不器用ながらもその手に杖を持っている辺りから、貴族の女の子だろう事が分かる。

 そうなると、僕は、どこかの貴族の敷地内に落ちてしまったと。

「失礼、実はちょっと込み入った事情が――」

「――って、傷だらけじゃないですか! 何があったんですか?」

 僕が言い終わる前に、彼女は僕に近づくと、僕に水の魔法をかける。

 どうやら、彼女は水のメイジらしい。

 しかし、いくらなんでも――もう少し警戒するべきではないだろうか?

「良いんです! 昔にとある人に言われたんです。『目の前に困ってる人がいたら、とりあえず助けろ。その後どうするかはそれから考えろ』って」

 随分と気の優しい教育をする人もいたもんだ。

 とりあえず、全身のかすり傷を直してもらって、彼女に声をかける。

「済まないが、君の名前と此処がどこかを教えてくれないかね?」

 その言葉に、彼女は首を傾げるが、直ぐに答えてくれた。

「私はイザベラ。此処はガリア王国の都、リュティスよ」

 日の光りを浴びて輝く青い髪。

 原作では見ることの少なかった笑顔で彼女は笑う。

 無能王と呼ばれる担い手を父に持つ彼女は、人知れず森の中で微笑む。

 また一つ、世界は変化を見せ始めた。











「力を使うには責任が必要で、力を手に入れるには代償が必要」

 静かな部屋の中、彼女はつぶやいた。

「どう考えても、等価交換なんかじゃない。明らかに私達は損をしている」

 庭の向こうでは“お父様”がなにやら城の人を迎え入れていた。

 見えはしないけれど、音も聞こえないけれど。

 彼女にはそれがわかる。

 なぜなら、そうするはずだから。

 彼がそうするのは、“決まった事”だから。

「ならば、その損した分は果たして誰が得をするのかしら?」

 さんさんと差し込む太陽に、思わず彼女は目を細める。

 あまり、日の光りを浴びてはいけない。

 何故なら彼女は“そういう存在”だから。

「得をするのは神様? もしそうなのだとしたら――」

 彼女はカーテンを閉めると、部屋の中に戻る。

 ため息をついてベッドに横になると、彼女は言った。

「もしそうなのだとしたら――神様ってのは随分とひどい存在ね」

 彼女は部屋から出られない。

 闇の中から、出られない。



[27345] 友の声ってこんなに響いたっけ? そのいち
Name: 柳城寺 蛍◆c99426ab ID:a424e81c
Date: 2013/03/10 02:15
――果報は寝て待て、世の中そんなに甘くない――











「はあ、はあ、はあ……」

「いやん、そんなに興奮しちゃって。そんなに私の体に興奮しちゃった?」

「はあ、はあ……腰まわりのこんちくしょうをなんとかしてから言え」

「女の子にその話題は禁句だぞ。――いやあ、それにしても間に合って良かったね」

「こ……今回だけは素直に感謝してやる。ありがとう」

「どういたしまして。モーニングコールしてあげて良かったね。じゃなかったら遅刻してたもんね」

「進級初日から遅刻とか……どんな悪夢だよ」

「正確には、そこから始まる日々が悪夢だね」

「そんでもって、クラス替えはどうだった?」

「フフフ……案の定、今年も二人とも三組。因縁の関係はまだまだ続くようですぜ、爺さん」

「いい加減に離れることがあっても良いと思うのですが……その辺、如何でしょうか婆さん」

「どうやら、昨日の呪いが効いたようです。と、状況確認をします」

「そうか、呪いのせいならしかたないな……って呪い!?」

「丑三つ時にかつーんかつーんとやっておりました」

「え? 何? 何を呪ったの?」

「腰回りのこんちくしょう」

「一周まわって元に戻った!」

「まあ、何はともあれ――今年も一年よろしくお願いします」

「ふう――腐れ縁だけどここまで続けば上出来だな。今年もよろしく」

「そんなわけで、早速ですが、教室の場所まで案内してもらえませんでしょうか?」

「校門前で待っててくれたのかと思ったら、迷子になってただけかよ!」











「そろそろ、私達にも新しいチーム名が必要だと思うわ!」

 ――いや、いらないと思う。

 心の中でそんなことをつぶやく俺をスルーしながらの朝食。

 コーンスープをスプーンで飲みながら、俺たちはいつも通りの雑談に耽っていた。

 今日はルイズと才人も一緒の朝食だ。

 何か、アルビオン編が終わって以来、こっちへの出席率の増えている主人公とヒロインさん。

 下手な干渉を受けない事だけを俺としては祈らせてもらおう。

 細かい事をうるさく言ったところでもはやどうこうなるような物じゃないしな。

 思考はちゃっちゃと前向きに。

 ポジティブシンキングで参りましょう。

 因みに、今日のメンバーは、いつもの四人にプラスして才人とルイズ、そしてシエスタだけ。

 ワルドは珍しく仕事があるのか(仕事が珍しいって何事だよ)来ていないし、ギーシュはモンモンの機嫌取りで奔走中だ。

 さて、そんなわけで――。

 のんびりとブレイクファストとしゃれ込む俺たちに、ルイズはそんなことを言い出したわけだった。

「いや、いらないだろ」

 と、これは俺の意見。

 しかし、ルイズにはそんな俺の意見が聞こえなかったらしい。

 俺の言葉など何のその。

 俺の頭の上であくびをするフェリスを相手にするかのような、完璧なまでのスルーをかまして話を続ける。

「やっぱりね、今までは四人だったところに私達も入ったじゃない? そろそろチーム名を新しくして出発するべきだと思うのよ」

「俺としては正直どっちでも――」

「黙りなさい駄犬」

「……わん」

 才人もあっという間に沈黙。

 残る助けは後四人!

「……私も正直どっちでも――」

「タバサ、このサラダいらない?」

「……そろそろ、改名するのも良いかと思う」

 タァァァバァァァサァァァ!!!

 買収されてるんじゃねえ!!!

 ルイズからサラダを一ボウル(タバサの場合、カウントの単位は皿ではない)受け取ったタバサ。

 もしゃもしゃ食いながら、タバサはルイズ側についてしまった。

 なんて事だ……一瞬の内に二人の人間がやられたぞ。

 このままでは……!

「シア! お前は俺の味方に――」

「シア。ワルドに例の変声術をもう一回だけ頼んであげてもいいわよ」

「お兄様――シアは涙を呑んで、お兄様の敵に回ります!」

「この裏切り者おおおぉぉぉ!!!」

「これがお兄様のためなのです!」

「間違いなくお前の為だろうが!」

「お兄様。お前でなくシア――」

「裏切り者なんてお前で十分だあああぁぁぁ!!!」

 くそう!

 まさかシアが一瞬で落ちるとは。

 これは流石に計算外だ。

 あいつだけは味方でいてくれると思ったのに!

 現時点で四対一。

 残り二人を味方につけたところで、民主主義の鉄則を使われたら勝てないとは……。

 何てことだ。

 これが世の不条理か。

 というか、そもそもチームなど組んでいないのだが。

 ただ単に、飯のたびにここに連行されるようになって、それを見た他の奴らが勝手に名前をつけた。

 ただそれだけだと言うのに……。

「さて、じゃあ次は肝心のチーム名ね!」

 だから、チーム名も自分達で決めるものじゃ無く、他の奴らが勝手につけるべきだといっているのに。

「とりあえず、今のところの最有力案はチーム“ゼロ”だから」

「(……)却下(ですね)(ね)(ですわ)(だ)!」

「…………」

 まさかの俺以外、全員からの批判の声

 いや……お前ら……ノリノリだなあ……。

「なんでヴァリエールがチームリーダーみたいになってるのよ! 反対だわ!」

「チーム“微熱”よりは遥かにましよ!」

「チーム名くらい私だってまともに考えるわよ!」

「どうせ、微熱が灼熱だとかに変わる程度でしょ!」

「良いじゃない! 燃え上がる若さ! まさしく私達よ!」

 言い合いを始めるルイズとキュルケ。

 チーム“ゼロ”。

 原作なら間違いなくそのチーム名だったろうな。

 なんか、妙に泊があってかっこいい辺り、しばらく考えて思いついたものなのだろう。

 まあ、とっさの俺たちと比べれば、間違いなく卑怯では有るな。

 そして、絶賛喧嘩中のルイズとキュルケ。

 こいつらは水と油というより、火と油だな。

 周りに被害が出る。

「“貴族のお茶会”――なんて如何でしょう?」

「オーケー、シエスタ。ネーミングは素晴らしいものを感じるが、その元ネタを教えてくれないか?」

「そ、それは……こ、この間読んだ本を元に……」

「よし、シエスタの案は却下という事で」

 脳みそピンクなメイドさんは、早々にご退場願いましょう。

 どんな内容かは知らないが、それらはぜひとも俺の目の届かない場所でやってくれたまえ。

 まだ、シエスタはなにやら喚いているが、スルーさせてもらおう。

 さて、実に嫌な予感のする二人。

 タバサと才人だが……。

「……“雪風と愚民共”。……素晴らしい名前」

「とりあえずタバサ。流石の俺も愚民と呼ばれたのは初めてだ」

「……雪風と賢者の石」

「例のあの人はここには出てこない!」

「……雪風と愚者のパロディ」

「混ぜれば良いってものじゃない!」

 ダメ+ダメ=物凄くダメだ!

「“闇の守護者(ダークネスファウル・イージス)”。これかっこよくね!」

「ガンダールヴ! 中二病は将来後悔するぞ」

「じゃあ、“聖騎士(ガーディアンズ)”とか?」

「シンプルにすればいいって問題じゃない!」

 ダメだこいつら……早く何とかしないと……。

 将来ダメな大人になってしまう。

「もう……さっきからレイラは文句ばっかり言って……そこまで言うならあんたは何かしら良い案があるんでしょうね」

 口を尖らせて言うルイズ。

「いや、無いから先ほどから反対していたわけだが……」

 それに答える俺。

 いや、先ほどから俺は何度も言っているとは思うのだがなあ。

「自分の意見も無いのに人の意見を否定するのってよくないと思うわ」

「俺の意見は名前をつけない――およびチームを解散する事です」

「……レイラは――私と一緒にご飯を食べたくないの?」

「誰に教わったのか知らんがタバサ。目を潤ませながら上目遣いに見たくらいで落ちるようなやわなハートを俺はしていないぞ」

「……チッ」

 嫌なベクトルでどんどん力をつけていくタバサ。

 お父さんはこの子の将来がすごく心配です。

「まあ、レイラの意見は論外として――残るはシアね。何か意見は無い?」

「いや、ここはいっそ立場を入れ替えてみるのも一興……お兄様の声で『お姉ちゃん』なんて言われたら死ねる自信が有りますわ。いや、しかしここはあえてお兄様の声で『お帰りなさいませお嬢様』ってのもありですわね。そしてその後には目くるめく倒錯的な――ああ、考えただけでも天にも昇る思いですわ。天にも昇る……そう、それですわ。お兄様はただでさえ天使なんですの。だったらいっそ性別の壁を越えて白衣の天使なんてのも有りなのではありませんか。お兄様が『痛いところはありませんか』とか言ってくれたり果ては『お注射しますよ』なんて言ったりして、そしたら答える私の言葉はもちろん『そ、そんな大きなお注射入らない――らめえええぇぇぇ!』これ一択ですわ。それでも無理やり貫かれる私。始めは痛かったもののだんだんとそれが快感に変わって行き……でも、それならお医者さんでも問題ありませんわね。いや、むしろそっちの方がいいですわ! クールな天才医者、これで決定ですわ。いや、お仕置き系なら他にも私のキャパシティはあったはずですわ。思い出すのですシア。あなたの部屋のクローゼットの中身を! お兄様がいつ、どんなプレイをしても構わないようにと各種コスプレは一級品のを用意したではありませんか。その中にはきっと正解が――そうですわ。私は町娘、そしてお兄様が金貸しって設定などどうでしょう。お金が返せなくて売りに出される町娘。いいですわ。これはくるものがありますわ。普段町娘には優しいお兄様だからこそいっそうの価値があり……」

「――だめね。再起動の必要があるわ」

「シア、話を聞いてくれたらキス――」

「お兄様の意思は絶対ですわ」

「――を使った料理を食べさせてやろう」

 魚のキスも調理法しだいでは美味くなる。

 元日本人たる俺がそれを証明してやろうじゃないか。

「――シアさんから似た物を感じましたわ」

 ぼそりとつぶやくのはシエスタ。

 なぜか俺の背筋がゾクゾクと寒くなったが気のせいだろう。

 俺の貞操はまだ無事だ。

「さて、再起動も完了したみたいだし――」

 今の一幕を何も無かったかのように流すルイズ。

 コイツは将来大物になるだろう。

 俺は脅えながらにそんなことを思ったり。

 いや、大物になるんだけれどね。

 でっかい爆発を炸裂させるような大物にね。

 ぜひともでっかい花火を打ち上げてくれたまえ。

「シア、何か言いチーム名の案は無い?」

「“レイラ・ラヴ・アレイシア”これでよろしいですか?」

「ここは理想を吐露する場所ではないわ」

「冗談ですわ」

 まあ、まったく話を聞いていなかった……って訳ではないのだろう。

 軽く冗談を挟んだ後で彼女は真面目に考え出す。

 しばらく考えた後で、彼女はポツリとつぶやいた

「クリスタル……」

「へ?」

 きょとんとしたルイズの声。

「“クレスタル(原石)”なんて如何でしょう」

「これまた相変わらず中二病な……」

 そう言ってこめかみを押さえる俺。

 しかし、シアはそのまま言葉を続ける。

「CRESTAL――、一応全員の名前の頭文字をとってみましたわ」

 キュルケのC、タバサのT、俺のR、シアのA、才人のS、ルイズのL、そんでもってEはまだ居ないと――。

 うーん。

 なんか、無理やりすぎね?

 ちょーっと無理があるような……。

 第一、ギーシュとか入れてあげなきゃかわいそうでしょう。

 見る限り、ここに居るメンバーだけで作ったようなネーミングだし。

 しかし、そう考えたのはどうやら俺だけだったようで……。

「なるほどね。皆の名前から……良いんじゃないかしら」

「……特に問題は無い」

「俺は何でもいいからささっと決めて欲しい……」

「私の名前が最後ってのが気に入らないけれど、それ以外は何の文句も無いわね」

 何故だか皆さん、非常に乗り気です。

「第一レイラ。シャイニングスターから変わることで、少なくともあなたがトップを張る必要がなくなるのよ」

「シア、お前は天才なんじゃないか? なんて素晴らしい名前なんだろう!」

 キュルケの言葉で様変わりする俺。

 そうだよ!

 俺変に目立たなくてすむんだ!

 なんて素晴らしいんだろう!

「よし! これで決定だ!」

 最終的に懐柔された俺。

 そんな俺を尻目に、シャイニングスター改めクレスタルはいつも通りのお茶会を続けるのだった。



[27345] 友の声ってこんなに響いたっけ? そのに
Name: 柳城寺 蛍◆c99426ab ID:a424e81c
Date: 2011/05/18 12:41
 見えるものと見えないものがこの世には存在する。

 例えば今回の事で言うならば、気持ち、というのも、見えないものの部類に入るだろう。

 言葉――というのも、ある種見えないものだが、空気の波なだけで、まだ物理的な要素を孕んでいる分、一応見えるものの部類にしておくとしよう。

 そんな、目に見えないものを、目に見え物にするため、人間は昔から様々な努力をしてきた。

 その結果として考え出されたのが、テレパシーやサイコメトリーと言ったものだろう目には見えない気持ちや感情をそのまま伝え、読み取る事。

 そういったものが可能な世界観の世界だったら、それも可能なのだろうが、そういった力は帰って自分を滅ぼすという設定になっているものが多い。

 ま、何れにせよ、この世界も俺がもと居た地球も、サイコメトリーやテレパシーなんかは不可能だったため、その真なるところは判断できないのだが。

 また一方で、そんな伝える事が不可能なものを伝えようとする人々がいたのも事実。

 人間というのは、不可能を可能にする事に喜びを見出す、随分と不思議な生き物なのである。

 さて、ではそんな人々はどんな事を考えたか。

 感情を直接伝えるのは難しい。

 ならば、間接的に伝えれば良いじゃないか!

 二十世紀の地球には、電話という、随分と優れたものが存在する。

 音という、通常では遠くまで届かないはずのものを、電気信号に変え、遠くに飛ばし、受信した方で音に戻して再生する。

 電気信号という、ワンクッションをおく事で、通常では決して伝えられないものを伝える事に、人間は成功したのだ。

 そう、直接的でなく、間接的になら、感情も伝える事も可能なんじゃないか。

 その結果、人間は感情を間接的に伝えるようになった。

 楽しければ笑い。

 悲しければ泣き。

 怒っていれば睨み。

 表情というものを介して、人は人に感情を伝えるようになった。

 そして、それらは長い歴史の中で自然に発展する事となる。

 具体的な例を挙げるならば、それは感謝。

 感謝の気持ちを伝えるために、人は様々な手段を持ち出すようになった。

 あるときは心からの感謝の言葉を並べ立て。

 そしてまたある時は――形のあるものに変えて、感謝の意を示す。

 時に、好意だったり、憧れだったり、親愛だったりと差は有れど、そこにあるものは、感謝の意で間違いは無い。

 そして、そういった気持ちで渡されるものを、人は“プレゼント”という。

 ――そんなわけで。

「忠誠には報いるところが必要だと思うのよ」

 ――俺は食堂の裏手に居た。

 食堂――というよりは、厨房の裏手。

 日の差し込む食堂とは対照的に、じめじめとした雰囲気の、人気の無い場所。

 まあ、普通だったら、間違いなくわざわざ人が来るような場所ではないここに何で俺がいるのか。

 それはまあ、ごく単純に呼び出されたからであって――。

「あいつもね、アルビオンの時には少し、ほんのすこーしだけど頑張ったじゃない? だからね、女神のごとく心が広くて寛大な私としては、彼に何かしてあげなきゃいけないと思ってしまうのよ。いやね。私って本当に優しいわ。人が出来すぎてる。あんな犬っころにまで優しくするなんて、こんなに心が広くてラグドリアン湖のごとく透き通った貴族なんて、私ぐらいのものだわ」

「――ラグドリアン湖には、人の心を惑わす水の精霊がいるそうだが」

「私の魅力に惑わされる人はそりゃ多いでしょうね。これだけ可憐な乙女なのだから」

「へぇ――餓鬼(おとめ)ねぇ……」

「この抜群のプロポーション! これに落ちない男性なんていなくてよ。ワルド様なんか良い例だわ」

「確かに、その平原(プロポーション)に落ちないロリコン(男性)は居ないわな」

 読み仮名は、それぞれ都合の良い方でお読みください。

 とまあ、見て分かるとは思うのだが、この通り。

 俺はルイズに呼び出されていた。

 朝食が終わって、そのままの流れで呼び出し。

 当初は、全力で警戒したものの、まあ、冷静に考えればごく当然の結果として納得が出来ないでもない。

 そもそもの相談内容が、才人へのプレゼント。

 そういえば、アルビオン編も終了した今となっては、、ルイズの才人への好意もそれなりの物になっているのだろう。

 確か、原作でもそれがらみで何かしらの小細工があったはずだ。

 直接ストーリーに絡むような物ではなかったものの、少なからずそんなシーンがあったことが思い出せる。

 カンペには――くだらない事過ぎて書いてなかった気がするが。

 カンペだって、量がそれなりにある上、時系列がむちゃくちゃだったりで、理解するのが大変なのだ。

 改めて読み返すと、そのたびに意外な発見があったりするのだから油断できない。

 まあ、とにかくルイズは才人に何かしらの形で感謝の意を示したいと。

 その内容を相談する相手をルイズが考えたら――そりゃまあ、俺に帰結するんだろうなあ。

 今まで、周りとの距離のあったルイズ。

 そんな人間が、他人へのプレゼント――ましてや異性へのプレゼントなんて、相談できる相手がいよう筈も無い。

 ある意味でそう言うジャンルに詳しそうな知り合いがキュルケだ。

 そりゃまあ――相談できないわな。

 間違いなくそんな内容で相談したら馬鹿にされる。

 ルイズはルイズでそう考えているのだろう。

 ある意味で安全稗なタバサがそんな事に機微が聞くはずも無かろうし。

 それに、男性へのプレゼントなんだから、男性に聞くのが筋と。

 なるほど、まあ、ごく当然の考え方だ。

 正直なとこいろ、あんまり無碍に信頼されるのも俺としてはやりづらいのだが……。

 いや、ここは素直に感謝するべきだな。

 信頼されて損なんてないのだから。

 ともかく、今はルイズの話を聞いてあげるのが先決だろう。

 無駄に思考を続けるのも悪くは無いが、他人のために動くのも悪くは無い。

 偽善者であろうとも、多少は他人のために動いたってばちは当たらないと思う。

 そんなわけで――だ。

「何でもいいんじゃないか?」

「そりゃ、何をあげたところで、あいつは感謝するしかないわよ。むしろ、感謝しなかったら殴るわ」

「そりゃまた随分と前向きな思考で」

「間違えた。殴ると私も痛いから蹴る事にするわ。足払いして倒してから踏みつけてやる」

「――DVか」

「……? DVって何? 何か、随分と耳に心地の良い言葉だけれど」

「――ルイズは知らなくてもいいよ」

「私も知らない事が結構あるのね。その反面、レイラは物知りよね」

「褒められるきっかけがDVで無ければ素直に喜んでたな」

「DV……なんか、随分と心に響く言葉だわ。まるで私の為に作られた言葉みたい」

「否定はしないよ」

「そうね。これだけ心地良い響きの言葉なんだからきっと素晴らしいものに違いない。そうね。あの犬っころにはDVをプレゼントする事にするわ!」

「止めてあげて。多分彼は泣いちゃうから」

「うれし泣きってやつ?」

「泣きっ面に蜂ってやつ」

「また、私の知らない言葉ね」

「慣用句ってやつだ」

「まあ、レイラが言うのなら止めておくわ。もしかしたら、与えるのがもったいないほどの高価なものかもしれないし」

「与えた結果後悔する代物ではあるわな」

 これが潜在能力ってやつか。

 生まれながらにしての才能ってやつか。

 ――いや、案外、親から受け継いだ物だという考えも――否定は出来ない。

「アクセサリー……は、この間俺があげちゃったからあんまり良くは無いな」

「あれ綺麗よね……私も今、作って欲しいから貯金してるの」

「ルイズにはもっといいアクセサリーがあるだろうが。水のルビーって言う指輪が」

「え? 水のルビーなら姫様に返しちゃったけど……」

「はあ!?」

 ――え?

 ちょっと待って?

 あれって、確か、ご褒美として姫様がルイズにあげるんじゃなかったっけ……。

 確か、アルビオンに言って、ウェールズの手紙を持ち帰ったご褒美として……

 ……ああ、そっか。

 持ち帰れなかったからか。

 それに、ルイズはウェールズに全くもって会っていないしな。

 そりゃまあ……そうなるわな。

「ゲルマニアとの婚約を止めたらしいから、ウェールズ様との思い出の品として大切に手元に置いているんじゃないかしら」

 婚約を止めた?

 まあ、どうせ破棄する予定の婚約だ。

 それはこの際同でもいいだろう。

 その程度の誤差は許容範囲な筈だ。

「私としても、ゲルマニアに姫様が嫁ぐのは、何か納得いかないものがあったからこの件には賛成だしね。――あ、これは別にゲルマニアのことを偏見でもって言ってるわけじゃなくて――ただ、何か今までの考え方から、ついそう考えちゃうっていうか……」

「別にいいよ。その辺はおいおい自分でしっかりと考察していけば」

 偏見で物を見ることを、かつて俺に叱られたのが効いているのだろう。

 彼女は、俺の前でそう言う話をするときは、その点だけは、やたらと気を使ってくる。

 俺としては、よっぽどのことでなければ怒ったりはしないのだが……。

 まあ、彼女がそうやって自分なりの、物の見かたを学んでいってくれているという部分で、それはいいことなはずだから、このままでよしとしよう。

 それに、指輪の件に関しても、事情を話せばきっと直ぐに渡してくれるだろう。

 まだ、虚無覚醒――タルブ編までは時間が有るはずだ。

 後回しにしたって問題は無い。

「それに、私としては水のルビーよりもシアのアクセサリーの方がよっぽど魅力的よ。だって、彼女、本当にセンスが良いんだもの」

「そりゃ本人に言ってあげてくれ、喜ぶから」

「でもそうね――指輪だったらちっちゃいから素材は高価なのが必要なさそうだし――いい案ね」

「今は、お前のプレゼントでなくお前の愛しの誰かさんの為のプレゼントの話だろうが」

「そうだったわね」

 閑話休題。

 さて、仕切りなおして話を戻そう。

「俺としては気持ちがこもっていれば無難な物でいいと思うよ。ルイズが貰って嬉しいと思うもの――それをあげればいいと思うな」

 原作では何をあげていたんだっけ?

 良く思い出せない。

「貰って嬉しいものねぇ――」

「それか、下着姿になって『ねぇ――抱いて……』って一言言えば大抵の男は――」

 そこまで言って、俺はルイズのまな板(プロポーション)を見た。

 その俺の前に威圧感満載で立つ嘆きの壁(ナイスバディ)はそりゃもう、どうしようもないくらいで――。

「――ごめん。そうだな、妥当に洋服とかがいいんじゃないか? あいつ服持ってないみたいだし」

「何で今、謝ったの? 何で今露骨に話題を変えたの? 私、無知だから今の流れが理解できなかったわ」

「知ってるかルイズ。質問というのは指を鳴らしながらするものじゃないぞ」

「そうね。私は間違っていたわ。自分の手が痛いとしてもそれでも殴らなきゃいけない相手が世の中にはいるのよね」

「無理する事は無いぞルイズ。君が傷つく姿を俺は見たくない」

「保身の為に言っていなければかっこいい台詞ね」

「俺自身がかっこいいからな」

「私の可憐さには適わないけれどね」

「確かに君との(拳での)会話や(指を鳴らす)仕草に俺は思わず言葉を失ってしまうよ」

 今回は随分と裏の意味を含んだ会話が多いな。

 括弧をこんなに多用していいのか?

 なんか、文章力の無さが稚拙に表れている気がして非常に嫌なのだが。

「まあそれはともかくだ――俺としては洋服というのが一つの案だね」

「洋服ねえ――そろそろ寒くなるし、セーターとか?」

 ああ、そうだ!

 セーターだ!

 原作でも確かセーターを編んでいた。

 そして、究極的にはヒトデが完成するんだ!

 そうだそうだ、思い出してきたぞ。

 正直、それを正確に再現する必要性はあまり感じられないが――まあ、本人が考えて選んだものが一番だろう。

 それに何より、手編みなら心がこもっている。

 そう言うのが、なんだかんだで一番嬉しいものだ。

「うん、そんなんでいいんじゃないか? ちゃんと心がこもったものなら間違いなく喜んでくれるって」

「でも――私、不器用だし――」

「焦げたクッキー」

「……はい?」

 突然、意味不明なことを言い出した俺に、ルイズが首をかしげる。

「例え貰ったクッキーが多少焦げてたり、形がいびつだったり、そんなでもな。相手が一生懸命に作ったって思えば、それは嬉しいものなんだよ」

「……そんなもん?」

「例えば、君のお姉さんが病弱な体に鞭打って、君の誕生日にケーキを作ってくれたとしよう」

「ちい姉様が……?」

「それは使用人たちが作ったものと比べれば、そりゃ味は落ちるだろう。形は崩れているだろう。だけど、それでも嬉しいだろう?」

「……うん」

「形が崩れているからこその。不恰好だからこその良さってのが、世の中にはあるんだよ。畑で取れる作物だって、出荷されるのはちゃんとした形のものだけど、多少形がいびつな取立てのものがおいしかったりするしな」

「不恰好だからこその良さ……」

「ま、全ては頑張って、それを渡して、そんでもって反応を見て決めるんだな」

 影が射していた俺たちの場所に日が差し込む。

 日が傾いてきたのか、先ほどまで陰っていたここにも日が射し始めた。

「……ねえ。それも、この間言っていた、“体験しなければ分からない事”?」

「……ま、そうだな。ただし――」

 そう言って、俺は中腰になり、目線をルイズに合わせる。

 子供に注意するような口調で、俺は言う。

「ちゃんと最後まで反応を見るんだぞ。そう言うのを貰ったとき、大抵の人間は恥ずかしさからか、思ってもいない行動をするからな」











「というわけで、本格的にダーリンを落とそうと思うわ」

「そうですか、頑張って下さい」

「……高みの見物」

 時は夕暮れ時。

 まもなく夕飯という隙間時間。

 部屋でシアと一緒に授業の復習をしていたところをキュルケに呼び出されてのお茶会である。

 まあ、ぶっちゃけ、現代日本の学業に比べれば、手を抜いても問題の無い内容なのだが、一応授業は授業。

 下手に手を抜いて酷い目にあっても困るので、俺だって多少は真面目にやっているのだ。

 それを、半ば無理矢理に連れ出しての、このお茶会。

 シアの方は、分からないところがあったら、一応上級生たる俺に聞きたいという理由があったからこそ良いものの、こちらは俺の予定を完全に無視である。

 ため息をつきながら、渋々着いて行ってみると、そこには同じようにげっそりとした顔のタバサが。

 ――ああ、こいつも連れ出されたのか。

 何も言わずとも、俺はそれを察したのだった。

 用意が良いというか何というか。

 紅茶やお茶受けはすでに人数分用意されており、ここまで用意されていなかったら、俺たちは間違いなく帰っていただろう。

 そんなわけで始まったこのいつも通りの四人でのお茶会。

 キュルケが始まりとばかりに、先ほどの言葉を高らかに言ったのである。

 それに、至極冷たい反応を返す俺とタバサ。

 俺はテキストを見ながら。

 タバサはカリカリと小動物のようにクッキーをかじりながら。

 はっきり言わせてもらえるならば、お互いからまるでやる気というのが感じられ無い。

「そこで、今日は皆に集まってもらったというわけ! ダーリンにはどうやって迫るのが一番効率的か。それを皆に考えてほしいの」

「……肉欲」

「タバサ、そこはせめて性欲って言い方にしておけ。一気に言葉が卑猥になる」

「……おなかいっぱい食べさせてあげれば、落ちる」

「――ごめん、性欲でなくて食欲だったか」

「……ところで、性欲って何?」

「そこで疑問符がつく子供は、おうちに帰りなさい」

「……私はあなたと同い年」

「因みに私も同い年ね」

「ロリと年増のダブルパンチ!」

「年増!?」

 俺の突っ込みに対して、キュルケが悲鳴のような声を上げた。

 タバサがニヤニヤしている。

「わ、私、産まれて初めて年増って言われたわ……」

「確かに、キュルケさんは見た目よりも年上に見えますね」

 更に抉り込むようなシアの言葉。

 タバサがニヤニヤしている。

「確かに……今まで妖艶な年上の魅力をテーマにしてきたけど……」

「妖艶と言うには、若干年が若すぎるのが原因であろうかと思われる」

「……年増とお姉キャラは紙一重」

「まさか、ダーリンが体で迫っても落ちなかったのって、それが原因……」

「いや、安心しろ。奴なら、おそらくは数秒で落ちる」

 うん、自信を持って言える。

 だって、欲望に忠実だし……ちょい前までは周りからの風当たりが異常に悪かったしね。

 優しさに敏感なお年頃……なんて、流石にそれは言いすぎだとしても、まあ、優しさに触れたい心境である事は間違いない

 飴と鞭。

 飴なしじゃ、特殊な性癖に目覚める以外に生き残る道が無いだろう。

 ――気持チイイィィィィィィイイイイイイ!!!

 なんて叫びながら七万の大群に突撃していく才人。

 そんなの見たくない。

 よって、今後とも、その性癖には目覚めない方向で。

 とにかく、奴を落とすなら簡単だ。

 まともに口説き落とす作業をすれば、普通に落ちるだろう。

 もっとも、この世界の口説き落とし方ではダメな可能性もあるが……。

「でも、実際にこの間はダメだったのよね……ヴァリエールに邪魔されたってのもあるけど、ダーリンもあまり乗り気じゃなかったみたいだし」

「キュルケ、お前は自制とか自重って言葉を知っているか?」

「私の最も嫌いな言葉の一つね」

「……今、ここにいる理由」

「タバサごめん。そうだったな。コイツがそれを知ってたら、俺たちは今、ここに居ないな」

「失礼ね。今のはあくまで冗談であって、私だって自制するときはするわよ!」

「……どちらかというと、自制しないのはシア」

「私だって、しっかり自制してますわ。お兄様の言いつけですから」

「そうか。腕を絡めながらそんな台詞を言うとは我が妹ながらに尊敬するものがあるぞ」

「確かに、私もあれには負けていると自覚できるわ」

「……五十歩百歩」

「タバサ、今日のお前は珍しくいい子だな。俺の中で好感度がメキメキ上がっているぞ」

「ダメですわお兄様! お兄様はずっとシアだけを見ていて下さいませ!」

「……タバサルート突入?」

 にやりと笑うタバサ。

「いや、それは無いな」

 毒の沼ルートをわざわざ進むつもりは無い。

 モンスターは居ないかもしれないが、俺もそこでは暮らせない。

 その道は才人君が頑張って踏破してくれるだろう。

「相手を肯定すると好感度が上がるのね……なるほど」

 そんな俺たちを見ながら、しきりに何かをつぶやくキュルケ。

「いや、それくらいは知っておこうよ!」

「私はお兄様を全肯定しているのに好感度が上がりませんわ!」

「それもそうね。何でかしら?」

「そこの情熱コンビ! 何故その理由が分からない! 少し考えれば分かるだろう!」

「分かりましたわ! つまりお兄様の私に対する好感度は既に振り切れてますのね!」

「間違った着地点に到達!」

「……五十歩百歩」

「タバサ! 今の言葉はどういう意味で誰と誰に対して使った!」

「……三つ子の魂百まで」

「なんとなくだが言いたい事は分かった。だが、タバサ。その諺の三つ子は、三歳児を示す言葉であって、双子のグレードアップを示す言葉ではないぞ」

「……どんぐりの背比べ」

「そこまで、諺を他人を傷つけるためだけに思いつくお前が俺は素直にすごいと思う」

「……同じ穴のむじな」

「やっぱりお前は俺の敵だ!」

 間違いない!

 コイツは俺の敵だ!

 今なら確信を持っていえる。

「そんなことより、そろそろ本格的な案が欲しいわ」

 腕を組んで悩むキュルケ。

 いや、正直信頼してくれるのは嬉しいが、そう言うものは間違いなく俺よりキュルケの方が詳しいだろう。

 男よりも男について詳しいってのもどうかと思うが……。

「あ、因みに言っておくと、私って思ったよりうぶ「……ダウト」だから「ダウト!」あんまり激しいのはアウト「ダウトですわ」ね――って言葉の途中で言われるとは思わなかったわ」

「……身の程をわきまえろ」

「タバサが……タバサの目つきが怖いわ」

「略奪愛をしようとしてる人間の台詞では間違いなくないわな」

「そもそも、私は略奪愛なんて反対ですわ」

 一斉に批判を食らうキュルケ。

 いや、それは無いよ……清純系で売るには時期が遅すぎた。

 顔を洗って出直せって奴だな。

「ちょっとまって。シアの言葉だけは否定させて!」

 しかし、それでもかと俺たちに立ち向かおうとするキュルケ。

 なんとも諦めの悪い奴だ。

「考えてもみてよ。例えば、レイラが他の女の子に興味を持ち始めたとしたら……」

「NTRって素晴らしいですわね、お兄様」

「手のひらを返すの早っ!」

「略奪愛も悪くない」

「ブルータスお前もか!」

 恐ろしいほどの変わり身の早さ。

 もう、まともに話す気なんてさらさら無いのが見て取れる。

 いやあ、それにしても、ここまでやる気無いとかえって笑えるな。

 不真面目も極めれば笑いになる。

 新しい発見だ。

「ちょっと待て。もしここで俺がお前――」

「お兄様。お前ではなくシアですわ」

「……もし、俺がシアに気があったとする」

「その仮定だけでご飯三杯いけますわ」

 相変わらずシアの頭の中は幸せ一色らしい。

「しかし、そんな俺がいろいろあってルイズに寝取られたとしよう」

「ミス・ヴァリエールのお部屋はどちらでしたっけ? ちょっと壊してまいりますわ」

「まあ落ち着け。とりあえず座ろう。そして杖を置いてくれ」

「……お兄様がおっしゃるなら私は血涙をこらえて了承しますわ」

「それでもお前は寝取られというジャンルを肯定するのか?」

「純愛物が素晴らしいと思いますわ」

「……単純思考」

 こういうのを単細胞生物というのだろうか。

 いや、ちょっと発展させて、単脳細胞生物という事にしよう。

「ちょっと待ってよ。それを言うならこっちだって――」

 そんな感じで、寝取り寝取られと非常にくだらないジャンルについて熱く語られる俺たち。

 もはや最初の議題はどこへ行ったのやら。

 ゆったりと傾いていく夕日を横において俺たちは語る。

 結局俺たちはいつまでも俺たちらしかった。



[27345] 友の声ってこんなに響いたっけ? そのさん
Name: 柳城寺 蛍◆c99426ab ID:a424e81c
Date: 2013/03/10 02:15
 君は自分が住んでいる家について、何か思った事はあるだろうか?

 もし、今住んでいるのが、苦労して集めたお金で建てたマイホーム。

 そんな人なら、おそらくは詳しいだろうが、そうでない人は、おそらくそれほど詳しいわけでもないだろう。

 むしろ、マンションやアパートに住んでる人からしてみれば、何でこんな部屋割りにしたのか――と思える事さえ少なくは無いはずだ。

 だが、そんな家でも、建てた当初は真剣にいろいろと考え、推敲を重ねた後に建てられた。

 そんな歴史があるはずなのである。

 そう、家屋というものは、ある種人間の文化の結晶ともいえよう。

 例えば、現代日本を見ただけでも、それははっきりと分かる。

 北と南、家のつくりがまるで違うのだ。

 北の家ならば、雪が積もらないようにと、尖った屋根。

 沖縄の家ならば、台風の被害を受けないように、平らな屋根の平屋。

 それぞれが、その気候に合わせた文化を取り入れているのである。

 これは同時に、歴史についても言える。

 皆は風水というのをご存知だろうか?

 どこどこに何を置くといい。

 この風水だが、現代日本には不適切な部分が山ほどあるのである。

 はっきりとは覚えてはいないが、確か長男か次男の部屋を北側に配置するのが、風水的にはいいのだとか。

 最も日の当たらない場所に長男の部屋を配置する。

 現代日本だとおそらくそう思うだろう。

 その考えは間違っていない。

 ただし――現代日本ならば――だ。

 風水というのが出来たのは、平安時代。

 当時と現代では、根本的に家の大きさが違うのである。

 家の内側に庭があった時代。

 なるほど、それだけ大きな家ならば北側でも日の光がさんさんと入る。

 むしろ、庭を眺める事が出来て、ある意味ベストスポットになるわけだ。

 他にも、家というのは、あげればキリが無いほど、様々な話があるが、今回はその原点に立ち返ってみたいと思う。

 最も昔からある家といえば何か。

 それはある意味最も簡単なつくりの家ということになる。

 ここで、とっさにトタンで出来た掘建て小屋をイメージした人はまだまだ甘い。

 世の中にはもっと簡単に作れるものがあるだろう。

 ――そんなわけで。

 ――俺の前には、見慣れないテントのような物があった。

 テントのような物……と表現したのは、それがあまりにも不恰好だったから。

 おそらくはテントなのだろうが、どうにも手作り感が否めないのだ。

 ぼろ布を適当な木材と麻紐を使って壁の変わりになるようにしたもの――と言ったほうがしっくりくるかもしれない。

 むしろ、テントというよりは天幕の方が近いかもしれないといえば、そのほどをイメージできるだろうか。

 そして、その横にあるのは才人が風呂として使っている風呂釜。

 ――なるほど。

 事情は理解した。

 言われてみれば、そんな物語もあった。

 そんなシーンもあったかと言われれば、あった気がしないでも無い。

 アルビオン編が終了して、次は虚無の覚醒編。

 タルブ編と言い換えても良いかも知れない。

 それがこれから迫っている状況でこの事態。

 言われてみれば、確かにこのストーリーは表立ったイベントが派手であるにも関らず、ほとんどストーリーが進んでいなかったイメージがある。

 俺はシエスタ回と歓喜した記憶があるが、ほとんどのイベントは後半に詰め込まれたのだった。

 確かページ数の半分は何も起きずに進んでいた記憶がある。

 才人がこの状態になるのも、半分が過ぎた辺りからだった筈だ。

 それまでは――とくに印象がない。

 つまり、この状態になっているという事は、思ったよりも三巻の内容が進んでしまっているということか。

 やっぱり、時間感覚が分からないというのは、どうにもやりずらい。

 まあ、転生知識があるだけ、他よりは圧倒的に良いわけだが……。

 そうだな、これ以上の贅沢を言うのはやめよう。

 さて、俺はどうするべきか。

 此処は、多少なりとも気を使って助けてあげるべきか?

 確か、今はルイズの部屋でシエスタに襲われて(この表現にシエスタファンたる俺は異義を訴えたいが、あながち間違っていないので否定できない)――ルイズはヒトデを作っていて――ルイズと才人がいちゃいちゃしだして――シエスタにお世話をしてもらっていて――。

 あれ?

 何か、このままでもいい気がしてきた。

 この世には不文律というものがある。

 全世界共通の認識。

 別にこの世界でなくても、日本だろうが、おそらくは共通に持つだろう概念。

 俺は今ここで、それを高らかに言葉にしようと思う。

 そう――モテ男は氏ね。

 オスマンさんではないが、これは真剣に考えてもいいんじゃないだろうか?

 この先の展開を気にしないのであれば、俺はここで間違いなくマリコルヌを呼んできただろう。

 そして、今の状況を、丁寧に説明しただろう。

 一字一句逃さず、丁寧に説明しただろう。

 モテるということ。

 それすなわち罪悪なのである。

 シア?

 あれは例外だ。

 この場合、問題になるのは相思相愛の場合に限定する。

 閑話休題。

 さて、どうやらいつの間にか三巻の物語が始まっていたわけだが……。

「さて、どうするかねぇ――」

 俺は槍を肩に担ぎなおすと、まったりとその場を後にする。

 今後の展開。

 そこへの加入の仕方を考えながら……。











 ぐるぐるぐるぐる、世界は回る。

 どうやら、今回も俺の意志とは無関係に話は進むらしい。

 司会進行、ストーリーテラー。

 どこにいるのか知らんが、少しは気を使って欲しいものだ。

 こちとら、ただでさえ出遅れた物語。

 俺のやりたいようにすることは不可能なのだろうか?

 それは、まるで世界そのものが意思を持つかのように、グネグネとうねりだす。

 俺のあずかり知らぬところで世界は繋がり狂い出す。

 そして、その歪みが目に見える大きさになって初めて、俺は以上に気づくのだ。

 まったく、病気には早期治療が一番だというのに。

 さて、そんなわけで俺は現在、オスマンさんに呼ばれて部屋に来ていた。

 当然の様に、フェリスはともかくシアもいるが、女性がいる分には彼は気にしないのだろう。

 シアに若干の恐怖と畏怖を抱いているよな気配こそあるものの、彼はにこやかに了承してくれた。

 恐怖と畏怖――やはり、入寮当初のあれだろうか?

 特に異音がしないことから、部屋には、モートソグニルは居ないらしい。

 あれ以来懲りてくれたのなら良いが……。

 なにはともあれ、今はそんな事よりももっと重要な事がある。

 俺としては改めて気を引き締める事すら面倒くさくなるような重要な事なのだが……。

 しかし、此処はしっかりとしなければならないだろう。

 そんなわけで、俺は改めて姿勢を正す。

「なるほどのう――破壊の杖か。そうじゃないかとは思っておったが、案の定だのう」

 椅子に座りながら、そうつぶやくと髭をなでた。

 にこやかに口元は微笑んでいるものの、その目がまったく笑ってはいない。

 むしろ、どちらかというと、親の敵をとらんとする目つきの方が近いといえようか。

「まったく、呆れたもんじゃわい。まさかのう――」

 そこまで言うと、オスマンは机の上にあった紅茶を煽った。

 一気に飲み干すと、それを優しくソーサーに乗せて、続きをつぶやく。

「まさか――破壊の杖に関する価値観が、何の脈絡もなしに変わっておるなんての」

 あの、アルビオンから帰ってきた俺達は、しばらくは普通の日常を過ごしていた。

 暢気にお茶会を開いたり、くだらない戯言を話したり。

 そんな風にのんびりしていた俺達だったが、才人のテントを見た帰り道、俺の部屋の前にオスマンさんがいるのを見かけたのである。

 ――そういえば、まだ報告をしていなかったな。

 そんな風に考えて、一緒に学園長室までいって報告したところ、先ほどのような事態になっていたと。

 正確には、俺とアレイシア、そしてシエスタは、無断で学院を飛び出していったことになっているらしい。

 その、無断での行動に対して、オスマンさんが意見を聞きに来たというのが、彼が来た理由らしいが……。

 何はともあれ、その辺について話していれば、自然とお互いの会話のズレが浮き彫りになり――最終的に、お互いの事情を説明して、そのズレに気づいたと。

 そういった流れだ。

「それにしても、随分と恐ろしい大魔法じゃのう。わしやその他大勢の価値観を書き換えるなんて……聞いたことも無いぞ」

 因みに、書き換えられた世界観では、破壊の杖というのは、学園きっての、有名な宝物という事になっていた。

 昔、恩人に助けられたオスマンさんが、酒の席でそれをぺらぺらとしゃべり――それが広まったと。

 確かに、これは聞けば明らかな矛盾だ。

 何だって、破壊力の分からない兵器が高価な物になるのか。

 ちょっと考えれば直ぐに違和感に気づく。

 だけれど、それを常識と思い込んでしまったが最後、その違和感には気づけないのだ。

 それはともかく、価値観を変える魔法か……。

 おそらく、一番近いのはティファニアの忘却の呪文だろう。

 人の記憶に関わる呪文。

 彼女がまだ登場のタイミングで無いからといって、彼女が現れないとは限らない。

 彼女だって、どこかで生きているのだ。

 絶対の無関係を保障する事なんて不可能だろう。

 だが、忘却の呪文でない事も、また事実だ。

 ワルドが味方になっていたりと、既にずれつつある世界。

 彼女が必要以上の成長を遂げていてもおかしくは無いが、彼女の手元に、虚無を覚醒させるアイテムが無い以上、それは不可能だろう。

 そうなると――。

 結局のところ、答えなんて出ない。

 単純に考えるなら、“虚無の魔法”それだけで終わりでいいのかもしれない。

 だが同時に、それだけでは説明できないのだ。

 記憶の――というより、価値観の改変。
 それ自体が虚無の魔法としてあるのかどうかは、俺は知らない。

 もし、虚無の魔法だったとしよう。

 もし、虚無の魔法だったとして――誰がこんなに広範囲の人間の記憶を改変できるというのだ?

「因みに、ミス・レリスウェイクも破壊の杖については知っておるかの?」

「はい、そのご高名は、領地でも何度か耳にしてますわ」

 いや、この場合は記憶の改変でも話が通じる――というより、そっちの可能性が出てきた。

 だからどうこうなるという話ではないが、こういう状況では、一つでも多くのことをはっきりとさせておいたほうがいいだろう。

「お前――」

「お兄様。お前ではなくシアですわ」

「シアは、俺がラ・ロシェールで何をしていたと覚えているんだ?」

「二人で旅行でしたわ。その道中でルイズさんたちと合流したと。そう記憶しておりますわ。メイドなんていませんでしたわ」

「シエスタもいなかったのか?」

「うるさい小ばえが飛び回っていましたが、私の目には映りませんでしたわ」

「……つまり、いたのね。――これからは分かりやすくしてくれるとありがたい。今はただでさえ疑心暗鬼な状態なんだ」

「分かりましたわ」

 下手な冗談は、この状況では笑い事じゃない。

「因みに、旅行に行くのを断らなかったのはなぜ?」

「お兄様との旅行を私が断るとでも?」

「実に説得力のある意見をありがとう」

 さて、これで状況はつかめたが……。

 状況をつかめたからといって、何も出来ないというのが本音だ。

 ここから俺はどう動くべきなのか。

 その指針がまったく浮かばない。

 しかし、浮かばないからといって、何もせずにいるのもまた怖いというのが事実だ。

 正直、ここまで大々的な矛盾を前にすると、原作のストーリーの方さえ、不安になってくる。

 もし、この矛盾が、何かしらの形で原作を壊す事になったら。

 ハッピーエンドが壊れたら。

 それは恐ろしい事だろう。

「そこでじゃ――二人とも。わしから提案があるのじゃが」

 だから、俺はこの時、この提案に乗るしかなかったのだ。

 他の道なんて存在しない。

「ワシと一緒に――町まで調査をしに行かんかの?」

 俺が出来る唯一の悪あがきは、彼の提案に乗ることだった。



[27345] 友の声ってこんなに響いたっけ? そのよん
Name: 柳城寺 蛍◆c99426ab ID:a424e81c
Date: 2013/03/10 02:16
 はてさて。

 なんと言いましょうか。

 そこそこ真面目な雰囲気で始まった……始まったか?

 とにかく、始まった今回の物語。

 しかしまあ……そうそう、真面目な雰囲気が続く事なんか無いわけでして……。

「問い。学園の授業を休んでまで、俺達は何をしているのでしょうか?」

「――ハルケギニアには、四千二百万の民がいると聞く」

「――はあ」

「そのうち、女性の数は、男性よりも三百万ほど多いらしい」

「――まあ、戦争の犠牲は主に男性ですからね」

「つまり、通常――男子と女子がカップルを形成していくと、男子が余ることは無いはずなのじゃ」

「――オーケー。言いたい事が読めましたが話の続きをどうぞ」

「だが、ワシはここに来て、お金を払わなければ女性とめぐり合うことが出来ない。なぜだか分かるか……?」

「それは……」







「それはな……この世の中にイケメンがいるからだ!」







 ――空行使ってまで強調する台詞なのか、それは?

「イケメンが、一人で何人も何人も……乱獲を繰り返すものだから……イケメンでないワシ達は……こんな店に来て……お金を払う羽目に……」

 涙ながらに熱く語るオスマン学院長。

 そんなわけで、俺達は今、トリステインの城下町に来ていた。

 オスマンさんからの提案。

 それは、先ほどの概念書き換えの効果範囲を調べてみようというもの。

 どの程度の能力範囲を持つものなのか。

 それを調べてみようと、まずは手始めにトリステイン城下町にやってきたわけだ。

 そして、本来はご老体であるはずのオスマンさんが、意気揚々と向かった場所がここ――ということになる。

 ――“魅惑の妖精亭”

 店の前の看板には、そう書かれていた。

 つまりまあ……此処はあの店と。

 そう言うわけだ。

 まだ、直接の絡みがあることは無いだろうから、安心していられるとはいえ……本当にこれで良いのか?

 一応、さっきまでは真面目な雰囲気だったはずなのだが……。

「こんな店とは随分な言い方ねえ」

 と、そんな俺達の元に、一人の女性がグラスを片手にやってきた。

 さっきから、あっちこっちの席を行ったり来たりしている為、その姿は幾度と無く俺の目にとまっていた少女。

 黒いストレートのロングヘアと太い眉。

 一見するとすごく活発に見えるその容姿をしていながら、胸元の大きく開いたワンピースという色気たっぷりの衣装が、妖艶さとの絶妙なグラデーションを作り出している。

 黒髪、ストレート、魅惑の妖精亭、一番人気。

 ――正直、いやな予感しかしない。

「そんなんじゃ、酌をしてあげないわよ?」

「すいませんでした。本当に申し訳ありませんでした。もう二度と言いません。どうか私と付き合ってください」

「……まるで見栄や対面というのを考えないんだな」

「というより、ドサクサにまぎれて付き合って欲しいとまで言ってますわよ。お兄様」

「女性相手にして見栄や対面に構っていると思っているのかね?」

「オスマンさん。キメ顔しても、言ってる事が情けなさ過ぎますよ」

「因みにお付き合いの方はお断りします」

「ジェシカちゃーん、そこをどうか!」

「私、同世代の方にしか興味がありませんから」

「そこをもう一押し!」

「オスマンさんは、何をどう一押すのを期待しているんだ?!」

「あ、そちらの方、何か飲まれますか?」

「あ、じゃあミルクを」

「私は紅茶をお願いしますわ」

「ミルクと紅茶を一つづつお願いしまーす!」

「お願い、どうか無視はしないで!」

 そんなわけでまあ……案の定というかなんと言うか……。

 ――ジェシカさんだった。

 何だって原作キャラはこんなに変なコネクションで結びついているんだよ……。

 類友か?

 類友なのか?

「それにしても、一応お客なのに、そんなに無下に扱って良いのか?」

「いやね。お客だったらこんなに適当な対応をしてないわよ」

 ――思ったより、表裏のあるキャラらしい。

「お客じゃないって――つまりどういうことだい?」

「このエロジジイは、店長の知り合いなの。だからここでは普段ただでお酒出してあげてるんだ。――お店出すときにも協力してくれたしって事で」

 ――いや、あっさりと原作の裏事情をこんなところで話しちゃって良いのか?

 これって、本来、もっとしっかりと雰囲気作りしたシーンで言うべき台詞なんじゃないか?

 まあ、言っちゃった以上しょうがないけれど……。

「女の子がお客に優しくするお店を作りたいからお金を貸して欲しいって言われたから二つ返事で与えてやったわい」

「まあ――昔からこんなんだったらしくてね」

「それで、義理堅い君のお父さんは未だに恩を感じてこうしてただでお酒を振舞ってると」

「まあ、そうなんだけれどね……あれ? 私、ミ・マドモワゼルがお父さんって言ったっけ?」

「細かい事を気にする女の子は客が減るよ」

「一人くらい減って欲しいわよ……」

「……それはそれは、贅沢なお悩みで」

「大丈夫。ワシはいつまでもジェシカちゃんに着いて行くぞ」

「そういえば、この間キティーがオスマンさんに恋人がいないか聞いてきたわよ」

「キティーちゃーん! ワシは今、フリーだよ! いつでもおいで!」

「もちろん嘘だけど」

「ワシはジェシカちゃんがいれば、それで幸せだよ」

「私は浮気性の人といてもあまり幸せじゃないですね」

「私はお兄様一筋ですから問題は有りませんわ」

「シアはそれが問題だという事を意識しておこう」

「……今、あなたから私に似たものを感じたわ」

「俺はさっきから君に似たものを感じているぞ」

「勘がいいのね」

「君もなかなかだと思うぞ」

「……」

「……」

 見詰め合う俺とジェシカ。

 周りの喧騒が遠くなる中、俺達はしばし、にらみ合うようにして視線を交わし――。

「「はぁ……」」

 二人してため息をついた。

「あなた、このエロジジイが連れてきた客にしては随分と珍しいわね」

「――普段、彼はどんな客を連れてくるんだい?」

「目がぎらついた客」

「――連れてくる客だけ?」

「ごめんなさい、本人もだったわね」

「お主ら、わしの目の前で失礼な事を言いすぎじゃぞ!」

「すいません。本音でした。オスマンさん」

「ごめんなさい。本音がもれちゃいました。エロジジイ」

「ワシ、泣いていい? ここで泣いていい?」

「胸は貸しませんよ」

「万が一、このお兄様専用の胸に手を出す事があれば、命を頂戴いたしますわ」

「ワシは一生この日を忘れない! 日記に書きとめて読み直して悔しさに消してやる! けれども悔しいから、今度は消さないようにペンキで書き留めて読み直して悔しさに引き裂いてやる! 踏んづけて燃やして灰になったところを犬に食わせて、消化されて出てきたやつにしょんべん引っかけて、埋め立てて土に還して掘り返したのをそのまた犬に食わせる!」

 このオヤジ、執念深さが一周まわっておかしな方向に向かってやがる。

「それだけじゃないぞ! 悔しいからその犬ごと釜に入れて火を通したやつを、豚肉って騙してお前に食わせてやる! どうだ! ざまーみろ! それからええと……悔しくて忘れられないから、新しい日記を買ってきて、もう一回最初からやってやる! どうだ! まいったか! お前の母ちゃんで-べーそ!」

「……そんなに悔しかったのか?」

「く、くく――悔しくなんかないもんっ! うわあああああ――――――ん!」

 さて、一人自棄酒を始めてしまったオスマンさんは置いておいてだ。

「まあ、ご覧のとおり、つまらない一介の貴族です。威張り倒したりしているそこらの貴族と大して変わりませんよ」

「うーん。それにしては随分と態度が気さくなのよね……そういえば名前はなんていうの?」

「偽名でオッケー?」

「オッケーだと思う?」

「ごめん。ダメだね。だからその掲げた紅茶のカップを下ろしてくれるかな。知ってる? 入れたての紅茶って火傷するくらい熱いんだ」

「さ、紅茶とミルクですよ」

「ありがとうございますですわ」

「さらっとスルーしないで。それとお酒作るのには必要かも知れないけれど、ホットの紅茶にアイスピックは必要ないからそれから手を離して」

「何よ。軽い冗談じゃない」

「すまない。最近、それがだんだん冗談じゃなくなってきた集団が周りにいるもので」

「……ご愁傷様です」

「……ありがとう」

「で、名前は?」

「結局というか、ようやく本題に戻ったな」

 まあ、別に言いたくない事でもないから別に構わないのだが、ここまでのやり取りをしていたから、思わず一瞬ためらってしまった。

「ふう……」

 そう、軽く一瞬ため息をしてから、俺は自分の名前を言う。

 普通、さっきのオスマンさんとスカロンさんまさかの知り合い発覚!

 というタイミングでこのシチュエーションを作るべきだったんじゃないのか?

 まあ、過ぎたことを言っても仕方が無いけれど……。

「――レイラ。俺の名前はレイラ・ディーン・ド・イー・レリスウェイク。とある田舎町の貴族さんです」

「レリスウェイク……うーん。どっかで聞いたことあるな……」

 俺が名前を言ったら、急にジェシカが腕を組んで何かを考え出した。

 どっかで聞いたことがあるらしいが……。

「もしかして旅行関係じゃない? 最近、うちの領地、そっち方面に手を出し始めたから」

 それかまたは悪評か。

 あの両親を持っていると、いつでもその危険は孕んでいてどうしようもない。

 彼らの辞書に更生と、不可能と、反省の文字は無いらしい。

 何故ならこの世界には漢字が無いから。

「いや、そうじゃなくて、確かあの子から……あ!」

 そこまでぶつぶつつぶやいていると、彼女はハッ、と顔を上げて俺を見た。

 そのまま、まじまじと俺の顔を観察する。

「イケメンは目の保養になりますか?」

「なるかもしれないけれど、あなたはイケメンじゃないからいくら見ても保養にはならないわね

「けっ! 所詮君も非リア側の人間なのじゃよ!」

「あんたは黙っててくれ」

 変なところで入ってこないでくれ、オスマンさん。

「――シア、知ってるかい? 人って、案外簡単に傷つくんだよ」

「ですが、私はお兄様といるだけで癒されますわ」

「――俺、シアのことが好きになるかもしれない」

「ごめんなさいお兄様。私、明日辺り幸せすぎて死ぬかもしれません」

「良いわね、近親相姦。私大好物よ!」

「間違ってもお前の前では絡まねえよ!」

 おや?

 ジェシカの様子が……。

「いじる相手がいるって楽しいわね。生まれてはじめて知ったわ」

「非常にいやな告白!」

「レイラさん、好きです。ペットになってください」

「オーケーする人間がいるとでも?!」

「この店の客の大半」

「ごめんなさい。本当にすみませんでした」

 ダメだ。

 アウェー過ぎる。

 こんな敵陣のど真ん中で戦って勝てるわけが無いだろう。

 っていうかジェシカさん。

 会って早々、変な方向性に目覚めないで下さい。

「それにしてもねえ……これが王子様一号……なるほど、確かに悪くは無いわね。でも、何であの子はこっちに決めないのかしら? これだけの優良物件、他には無いだろうに。それとも、もう一つが悩むくらいのイケメンとか?」

「少なくとも、あなたの恋人にならないのはペットになりたくないからです」

「私は良いわよ。一生この仕事するつもりだし」

「ジェシカさんの未来予想『私もねぇ……昔はもてたんじゃよ』」

「止めて! 中途半端にリアルだから止めて!」

「『あの頃は私も若かったからねえ……あ、ここで服を脱ぐのかい?』そして、ヌードへ……」

「誰が利用するって言うのよそんなの!」

「……自分?」

「需要も供給もないわ!」

「相手の方も可愛そうに……指名をしないからそんな事に……」

「忘れないで! 私は今、一番人気よ!」

「……“今”ねぇ」

「さっきまでの事は謝るわ。ごめんなさい!」

「オーケー。許そう」

 さて、これでお相子だ。

 よく、アウェーな環境でここまで戦えるよ、俺。

「じゃあレイラも今回のミルクはサービスにしておいてあげるわ。それで良いでしょ?」

「――シアは?」

「ああ、そっちの子の紅茶は始めから無料よ。うちの店、女性客には一杯だけ必ずサービスするようにしてるから」

「なるほど、女性客が多ければ男性客は自然と集まるからな」

「商売の知恵よ」

「久しぶりにまともな商売の知恵を聞いた気がしたよ」

 そんなこんなでくだらない事を延々と話した後、最後にスカロンさんとジェシカに破壊の杖について聞いてから、俺達はその店を後にした。

「シエスタ……いらないなら私が狙っちゃうわよ?」

 店を出るときにジェシカのそんな呟きが聞こえた気がした。

 俺としては意味が分からなかったのだが、誰か意味が分かる人がいるかな――なんて思って、ここに記しておこうと思う。













「それで、いい加減にそろそろ本題にいっても良いんじゃないですか?」

 今日泊まる宿屋の風呂。

 どうやら貸切なのか、入っている客はオスマンさんと俺二人だけだ。

 随分と豪華な――といっても、貴族が使うにしてはいくらか質素な露天風呂。

 流石にシアもここには入ってきていない。

 尚、自主的ではなく、俺が言い含めた上である事はここに明記しておこう。

 そんなわけで厄介な相手との二人での入浴。

 おそらく、決着をつけるならここになるのだろう。

 相手は相手で、原作では表ざたになってない、裏のつながりが多いようだが……。

「おぬしは何を言っておるんじゃ?」

 顔の上にタオルを乗せたまま、オスマンが話す。

 その表情は、タオルの下に隠れて見えない。

「本題を話すのはおぬしの方じゃろう?」

 まるで夜空を見上げるかのような体勢のまま、彼は言った。

「ここなら、おぬしの妹も聞いていない」

 そこまで言って、顔の上のタオルを取るオスマン。

 ――少し、風が流れた。

 星空の下、僅かばかりの寒さを運ぶ風が吹いて――。

「おぬしは何を知っておるんじゃ?」

 ――彼は核心を突いてきた。

「何をって――」

「未来を知る事が出来る魔法かの? それとも、未来を変えるために未来からやってきたとか? よくあるのだとこんなところじゃが……おぬしはどのパターンなのじゃ?」

「……」

 ――バレてる。

 これ異常ないくらいに。

 文句を言う隙が無いくらいに。

 言い訳さえ出来ないくらいに。

 もう完全に――バレてる。

「や、やだなあ……そんなはず――」

「少なくとも、“偶然”ミス・ツェルプストーとミス・タバサの決闘の審判を申し出て、“偶然”火の塔が襲撃されるタイミングでおぬしがあそこに居合わせて、“偶然”ミス・ヴァリエールの使い魔が破壊の杖を使える事を知っていた。そう思えるほどに、ワシの脳はボケとらんぞ」

「……」

「……これ以上に詰み手が欲しいかの?」

「……俺には黙秘をすると言う選択肢もありますが?」

「なに、ワシもおぬしが知っている事を知りたいのではない。未来なんぞ、ワシの手には余るものじゃからな」

 そこまで言って、オスマンは髭を撫でた。

 いつもやっているように、優しくなでる。

「ワシは、おぬしがどのようなレベルまで知っているか――それを知りたいんじゃよ」

「……」

「……」

 にらみ合う、俺と老人。

 お互いに素っ裸。

 身を守るものなんて無い。

 杖なんて二人とも脱衣所に置いてきた。

 その状況で……二人はにらみ合う。

 ――そして、沈黙に負けたのは、俺の方だった。

「……刈羽英太」

「キャリバー・エイチャ?」

「……俺は、前世の記憶を持っているんです」

 そして、俺は話すことにした。

 俺の持っている情報を。











「ゼロの使い魔。此処は俺の死ぬ前にいた世界の、本の中の世界です」

「ほう。本の中の世界とな」

「俺は死ぬ前は、ミス・ヴァリエールの使い魔のいた世界……あるいはそれと良く似た世界にいました。そしてある日……俺は幼馴染を庇って殺人犯に殺された。そして、目が覚めたら、この世界に子供として生まれ変わっていました」

「ミス・ヴァリエールの使い魔と! 彼が異世界から着たとは聞いていたが……なるほど、これは随分と不思議なめぐり合わせよの」

「それで、俺が知っているのはそのゼロの使い魔って小説です。それは、ミスヴァリエールと――」

「よいよい。そこまでで良い。つまり、そのミス・ヴァリエールと、その使い魔を主人公とした小説を読んでいて、これから先に起こることを知っていると。その小説の範囲で知っていると、そう言うことじゃな」

「まあ、その通りです」

「なるほどの――つまり、彼らが干渉しない部分についてはおぬしはあまり知らないと、そう言うことじゃな」

「彼らが干渉しない部分でも、重要な部分ならある程度は知っています。例えば――」

「別に詳しくは聞かんよ。知る事は、責任を背負う事を意味する。ワシはそこまで知る覚悟はあいにく出来てないのでな」

「後は、もう一つ知らない事が……俺が知っているのはこの先約一年ほど。それ以上先のことは知りません」

「ほう。それは何故?」

「まだ、俺がいた世界ではゼロの使い魔が完結してなかったんです。そして、読んだ範囲の事しか俺は知らない。ただそれだけの事です」

「なるほど……聞くが、その頃には、問題は解決するのかの?」

「ほとんどは、残る問題も無くは無いですが……まあ、何とかなりそうな気配は見せています」

「そうか――なら構わぬな」

 そう言って、オスマンは再びタオルを頭に載せて、空を見上げるような体勢に戻った。

 それに釣られて、俺も空を見上げる。

 そこに浮かぶ二つの月。

 一方は怪しく。

 また一方はすがすがしく、空を彩る。

「そういえば、その――先ほどの小説、おぬしは出てきたのかの?」

「いえ。出てきてません。だから、原作からの多少のズレは俺が影響してるかもしれません。例えばよく、俺達がお茶会を開いていたり、ああいうシーンは原作にはありませんでした」

「なるほど。因みにおぬしの行動で、世界観が書き換えられるような行動をした覚えは?」

「どんな行動をしたらそうなるのか――こっちが教えて欲しいですよ」

「まあ、そりゃそうじゃろうな」

 告げられた真実。

 それでも謎は謎のまま。

 俺達の前に形を変えずに存在する。

「ま、これで少なくとも一つ分かった事があるの」

 そんな謎を前にして、彼は――オールド・オスマンは言った。

「――分かった事?」

「おぬしの価値観が書き換えられなかった理由じゃよ」

 なるほど。

 言われて気づいたが、確かに価値観が書き換えられるというのは、異常な事態だ。

 だけど、それと同じくらい“書き換えられないという事”が異常である事を見逃していた。

 何故俺だけが元のままのことを知っているのか?

 そんな当たり前のことを考えるのを、ついつい忘れてしまっていた。

「おそらく、おぬしの価値観は“その小説の破壊の杖”に対する価値観なのではないじゃろうか? だから、“この世界の破壊の杖に対する価値観”を操作する魔法の影響を受けなかったと、そう考えておるのじゃが、いかがなものだろう?」

「――確かに、それなら筋が通っている」

「それは同時に、使われた魔法が“この世界の破壊の杖に対する価値観”を操作する魔法である――と、限定する事も出来る」

「オールド、の名は伊達じゃないってことですか」

「伊達に年は食っておらんよ」

「蓼(たで)は食っているようですがね」

「ワシは虫ではないぞ!」

「女につく虫ですよね」

「花に集まるのは当然じゃ――と、無駄な駆け引きはこのくらいにして――なるほどの、そうなるとまたこれはこれで新しい考察が出来そうじゃ」

「結局、何の解決にもなってませんがね」

「何を言っておるか。少なくともワシにとっては、今までよりも解決の糸口が見えて来たわい」

 彼は、お湯を滴らせながら立ち上がると、出口へと向かう。

 どうやら、もう上がるつもりらしい。

 出る際に一度だけ振り返ると、最後に彼はこう言った。

「そういえば、その小説の中のワシは格好良かったかの?」

 ――ただの馬鹿なエロジジイでした。

 とは流石にいえない男子貴族がそこにいた。

 ――というか、俺だった。



[27345] 友の声ってこんなに響いたっけ? そのご
Name: 柳城寺 蛍◆c99426ab ID:a424e81c
Date: 2013/03/10 02:16
 本の中に本がある。

 それはある意味無限の世界へと続く扉ともいえるのではないだろうか。

 無限回廊、合わせ鏡。

 果て無き世界へと続く一端であるだろうことを俺は思う。

 テレビの中でのテレビ番組。

 鏡の中の鏡。

 本の中の本。

 それら無限と続く世界に憧れを抱いた人も居るのではないだろうか。

 しかし、所詮は憧れ――なんてそんな区切りで終わらせる事が出来るほど世の中は上手くない。

 現に、本の中に本はあり、テレビの中にテレビはあるのだ。

 鏡を合わせれば、そこには無限に続く世界がある。

 なんとも不思議な話なのだが、存在するのは間違いない現実。

 歪めようの無い……歪める必要の無い代物だ。

 なんともオカルティックでありながらも、科学的にも何の問題も無い代物。

 不思議な不思議な世界観。

 なるほど、言われてみれば、使い魔召喚のゲートも鏡のようだと描写されていた気がする。

 その辺にも、この交じり合った概念が影響しているのだろうか?

 さて、少々話題がそれつつあるので軌道を修正させてもらう。

 俺たちは今、王立の図書庫に来ていた。

 王立の図書庫――というのは文字通り、この国トリステインが建て、そして管理している書庫の事だ。

 ガリアやゲルマニア――ましてやロマリアなんかには到底及ばないものの、トリステインでは一応保有率を誇る建物――。

 あれ?

 こう考えると、トリステインって何にも良い所無くない?

 トリステインの良いところ、良い所……。

 ……………………。

 ………………。

 …………。

 ……。

 さて、何で俺らがこんなところに来ているかというと、理由は至極単純。

 この世界に起きた異変の原因を探るためだった。

 そりゃ、他の国に比べると小さいかもしれない。

 しかし、それでも――トリステインで一番大きな書庫であることに違いは無いのだ。

 そして、調べ物をするならば、インターネットの無いこの時代――手段は自然と限られ、結果、本しか無いだろうと――。

 ちょうど、トリスタニアから近かった事も手伝い、結果、こうして俺たちは調査をしに来ている……と。

 そもそもが、本の世界で(アニメから入った人にとっては、テレビの中の世界で)本を読む――というのも、こうして改めて考えながら行ってみると随分と不思議な気分だ。

 ましてや、もしここにヒントなんかがあったとしたら。

 それこそ面白い事になる。

 そんなわけで、先日から俺とシア、そしてオールド・オスマンは、ぱらぱらと本を捲りながら、書庫の間を右往左往しているのだった。

 おそらくは今、才人はキュルケたちとバカンスの最中だろう。

 今朝遠見の魔法で見た感じでは、どこかの草原に居るみたいだったから、大体あっているはずだ。

 美女を連れての宝探し。

 是非とも気楽なインディー・ジョーンズを目指してくれたまえ。

 そして、それはつまり、次にストーリーが動くのは才人たちが帰ってきて、それから戦争の始まるタイミング。

 そのタイミングで、才人たちはオスマンの元に来た使者の話を盗み聞きしなければならないのだ。

 もっとも――あの部屋は構造上、そうそう盗み聞きが出来るような部屋ではないが……まあ、そこはきっと原作でもこの狡猾なジジイが何とかしたのだろう。

 ――このジジイ、暗躍しすぎだろう。

 この結論に至った俺が、思わず心の中でそうつぶやいたのも、仕方が無いはずだ。

 ともかく、少なくともそのタイミングで、オスマンは学院に居なければならないのだ。

 となると――問題なのは才人が帰ってくるタイミング。

 確か、原作ではバカンスに一週間とちょっと。

 そして、その後にガソリン製作までの時間があって――と。

 まあ、おおよその期限は一週間。

 つまり、一週間したら、少なくとも俺たちは一度学院に帰らないといけないという事だ。

 そして、ありがたいことに、オスマンの顔が利くため、寝るのも起きるのもこの書庫内。

 そうして、約一週間の間、俺たちはひたすらに調べ続けた。

 しかしまあ――早々にそんな大魔法の術式やらが出てきたら、それこそ大問題。

 国家を揺るがすようなものである。

 案の定、見つかりはしなかった。

 正直、多少でたらめなものや、まがい物と疑えるような物でいいから有れば――そんな風に当初は思っていたものの、どうにも求めているものと一致するタイプの物が無い。

 例えばどっかの誰かさんが書いた、風石によってハルケギニアが大変な事になるだとか、そんな本も見つけたが、まがい物はたいていが武力行使。

 時代が時代だからなのか、情報戦に関する興味が、総じて薄いようだ。

「魔法は夢――魔法は世界――魔法は人――」

 有ったところで、悪魔だかの光臨――そんなものが大半を占めてくれている。

 まあ、俺自身、天使に近い事をしているからあんまり強くはいえないが、そう言うものに頼りたくなるのも、人間ならば仕方が無いのかもしれない。

 そして、オールド・オスマンが退屈そうにつぶやいたその一説も、どうやら、そんな神話のジャンルに近いものであるらしかった。

「かつて、人々には幾多の不可能が存在した。獣を恐れ、病に倒れ、怪我に泣く。明らかなまでに彼らには足りない物が多すぎた」

 その一説なら俺も聞き覚えがある。

 どこで聞いたのかは覚えていないが、きっと幼少の頃に聞かされたのだろう。

 俺にだって聞き覚えがあるくらいなんだから、きっと有名な神話な筈だ。

「足りない物を求める人々の為、神は魔法という力を与えた。それは夢を叶える力。人の真摯な願いを叶えるもの――」

 神話にはよくある残念な結末。

 決してハッピーエンドじゃない流れ。

 どうしようもないくらいに、切ない終わり方。

「力を受けとった人々は本来、神に感謝する筈だった。しかし、魔法は人そのものさえ変えてしまう。力を得た人々は上下の関係を作り出した」

 本を片手に、つぶやくオスマン。

 そんなオスマンを傍らに、俺は黙々と自分の本に目を通す。

「上に立つ人々は上を見ることを止め、下だけを見始める。力を持たぬ人々は、力を持つ人々を崇め、神と呼びだした――と、異教徒の作った神話にしては、随分と単純な物じゃの」

 ぽつぽつとそんなことを呟きながら、オスマンが本を片手に俺の元へやってきた。

 いい加減に疲れたのか、どうやら小休止のつもりらしい。

 まあ、確かに俺もそろそろ疲れがたまってきた所だ。

 休むにはちょうど良い頃合いだろう。

「まあ、異教徒ってのはハッキリとした理由がある奴等と無い奴等が居ますからね」

 そう答えた俺は、近くに居たシアに声をかけると、少しの休憩をかねて、食事をすることにした。

 本来は館内での飲食は禁止なのだが……まあ、そこはばれなければ無罪。

 本棚の影に隠れるようにして三人で干し肉をかじる。

 ある意味、保存食としてはもっともありがたい食物の一つを、オスマンは初日からあまり文句を言うことなく食していた。

 何でも、戦時中はこんなものでも食べれるだけありがたいのだとか。

 当たり前に食事を残す学院の生徒達とは人生経験が違うだろう事を伺える一言に、俺は思わずうなずいたのだった。

「さて、じゃあ早速本題ですが――」

「結果を分かっていて聞くのはなかなかの愚考じゃと思うのじゃが、どうだね?」

「大体予想通りの返答をありがとうございます」

 何か発見があったら迷わず知らせるだろう。

 それが無いという事は、進展無しの証。

 彼も彼で疲れているのか、どうにも返答に対してギャグをかます余裕がなくなってきているみたいだ。

 まあ、確かに俺やシアよりもはるかに速いスピードで本を消化している姿には確かに感服するものがある。

 そりゃあ、俺たちなんかよりも疲労は多くなるだろう。

 ましてや、腐っても老人だ。

 普段の言動で勘違いされがちだが、彼だって年齢による実害は被っているのである。

 頭脳労働はともかく、肉体労働をさせるのにはなかなかきついものがあるだろう。

 本を取り出して読むだけの作業。

 それだって続ければ肉体的にはかなりの疲労が蓄積するのだ。

 だが――!

「しかし、今回の本題というのはそこではありません」

 そう、今回の本題というのはこの情報発掘作業の発展ではない!

 そんなものは、少なくとも今はどうでもいいのだ!

 いや、どうでも言い訳ではないが……とりあえず脇においておいて欲しい。

 今話題にすべきは、別にある。

「今話題にするべきは――!」

 そこまで言って俺は力強く自分の頭を指差した。

 シアは始めから言いたい事が分かっていたのか、お行儀良くミネラルウォーターで喉を潤していく。

「またしてもフェリスが脱走しているという事です!」

 ――オスマンの目の下の辺りがピクピクしていた。

 ある種痙攣にも近い振動。

「どうしました? 良くないものでも食べました? いくらここが暗くてじめじめしているからってそこら辺にあるキノコを食べちゃダメですよ」

「――なるほど。これがレリスウェイク名物の溺愛というやつなのじゃな」

「溺愛なら普段から見ているじゃありませんか」

「もててる男を見ても殺意しか湧き上がってこんわい」

「そんな時はギーシュの殺害計画でも立てるといいですよ」

「いや、最近気づいたのじゃが――あいつはプレイボーイなだけで、決してもてるという訳ではないのじゃないかという仮説が浮かんだのじゃよ」

「女性と話すことはすなわち死罪か私財を投げ打つかの二択しかないと思われますが」

「とりあえず、やつを殺すための資材調達が始まりというわけじゃな」

 とまあ、綺麗な落ちがついたところで――。

「あのモフモフが無いと、俺の生命力がガンガン削られるんです!」

「いのちをだいじに」

「むしろ、フェリスを取り戻すためにいろいろやろうぜって感じです」

「取り戻すためにって――まるで誘拐されたかのような口ぶりじゃの」

「お兄様、私の恋路はガンガンいこうぜでよろしいでしょうか?」

「命令させろ――というより、普通の恋愛をしろ」

「好きな人に真っ直ぐなのは普通の恋愛ですわ!」

「回りに良い男がいないのは認めるが、まともな恋愛をしようとする努力くらいはしてくれたまえ」

「ご安心くださいお兄様! このままあまりにも落ちない場合は即刻陵辱ルートに入る事も考慮しておりますわ!」

「ちょっと待てシア。今の発言のどこに安心できる要素があった?」

「水の薬に良い物があるそうです。何でも、ちょうど最近手を出してる学生さんが居るそうで――」

「モンモンか! あいつの惚れ薬を借り受ける気か!」

「え? モンモランシー様ですの? まだ個人の特定には居たっては居なかったのですが――」

「大丈夫だ。後日に必要量を残して俺が預かる」

 ある程度の量は、ルイズが自分の恋心に気づくのに必要だからな。

「そんなもの無くても、私は既に落ちてますわよ」

「俺が使う予定は無いから安心しろ」

「ま、まあ見つけたら保護するように伝えておくから安心しなさい」

 やや引きつったような笑みでそんなことを言うオスマン。

 畜生!

 保護されるまで、俺の頭の上のフカフカは無いのか。

 そんなことが許されるというのか!

 本来なら、今すぐにでも捜索に乗り出したいところだが――残念ながらこちらもこちらで忙しい。

 まあ、現実的な事を考えるのならば、とりあえず、今は放置するしかないだろう。

 書き換えられた世界観。

 進まない捜査。

 居なくなるフェリス。

 ――あれ?

 何かバッドエンドのフラグが立っている気が……。

「はあ……俺の癒しが……」

 重く吐かれるため息。

 それにあわせるかのように、俺の不安は無性に加速していく。

 そして案の定――。

 その不安が――俺の行動が招いた災厄が俺たちの身に降りかかるのにそう時間はかからなかった。



[27345] 友の声ってこんなに響いたっけ? そのろく
Name: 柳城寺 蛍◆c99426ab ID:a424e81c
Date: 2013/03/10 02:16
 ――いろんな国のお姫様のお話――ズレが作る世界の歪み。



「各隊に情報は行き渡っていますか?」

「はい、いつでも出撃できる状態になっております」

 その返事を聞くと、アンリエッタは深くうなずいた。

 一礼して去っていくその士官を部屋から見送ると、彼女は小さくため息をついた。

 そして、そのまま向かうは自分の机。

 その一番目の引き出の中にある小さな小箱。

 専用の鍵を使ってそっと箱を開けると、中から一枚の便箋を取り出す。

 それは、思い人からの最後の言葉。

 最愛のお友達のお友達が届けてくれた、とても――とても大切な物。

 書かれた内容は、随分と複雑だった。

 私では到底理解できないような内容。

 初めてこれを読んだときは一晩頭を悩ませたものだ。

 アルビオン王家敗退の知らせを聞いたときは、一人部屋で枕をぬらしたものだ。

 しかしそれだけの事をしても。

 それだけの過程を経ても、この手紙は理解できない。

 頭文字をとると文が出来上がるとか、そんなことも無い。

 そりゃ、額面どおりに受け取るのは簡単だろう。

 彼はずっと私のことが好きで、これからも私の事が好きで――。

 それは確かに嬉しい。

 たまらなく嬉しい。

 だけれど――だけれどそうじゃない気がする。

 彼はどんな人間だったか。

 それを考えれば考えるほど。

 私の思考は迷宮入りする。

 彼は一体何を求めているのだろう。

 彼は一体何を考えているのだろう。

 昔から彼はそうだった。

 昔から彼は肝心な事は口にしない。

 本当に言って欲しい言葉を決して口にせず、遠回りな表現ばかり使う。

「ウェールズ様……」

 小さな小さな彼女の呟き。

 それは風と水が作る虹に吸われて……消える。

 彼女は再び便箋を丁寧に畳んで小箱にしまうと、しっかりと鍵をかけて引き出しに戻す。

 確かに彼の意図は分からない。

 でも――それでも、彼女はそれを理解するための努力をする。

 理解しようと考える。

 少なくとも、彼は手紙の中で自分のことを忘れないで欲しいと言っていた。

 そして、自分の死を乗り越えて欲しいと。

 だから――。

 だから彼女は、彼の死を乗り越えることにする。

 彼を殺した者たちへの粛正でもって、彼の死を乗り越えることにする。

 彼女は卓上にあったベルで、使用人を呼んだ。

 すぐさまやって来た相手に対して、彼女は告げる。

 歴史を変える一言を告げる。

「アルビオン相手に宣戦布告を行います。王族にたてつく愚か者達を粛正しましょう」

 彼女の瞳に迷いは無かった。











「そしたら彼、突然立ち上がったと思ったら『甘く見るな! あれは神秘の力だ! 世界平和だ! 神の如き存在だ! いや、むしろ俺が神の如き存在にまでしてやる!』とか言い出すものですから思わず笑っちゃって――」

 彼女は、本当に良く“彼”の話をする。

 というより、“彼”の話をしている彼女の楽しそうな事楽しそうな事。

 他の何をしているときよりも、“彼”の話をしているときの彼女が、一番楽しんでいるように見える。

 そう、彼女――イザベラは実に楽しそうに“彼”の事を話すのだ。

「そしたら、彼。ふらふらーとその猫を追っていっちゃって――あら? もうこんな時間」

 そう言って、掛け時計を見れば、時間は昼を少し回ったところ。

 今、気がついたのだろうと、表情だけで分かるほどに、素直な顔をして、彼女は席を立った。

 そして向かうは、近くにある書架。

 いつも、この時間になると彼女は一人魔法の勉強を始める。

 本を読み、杖を振り、詔を唱え、ひたすらに自分を磨き続ける。

 正直、僕の目から見ていても分かるくらいに、彼女のそれは拙い。

 酷く酷な言い方をするならば、センスが無いとはっきり言えるほどだ。

 残念ながら、始祖は彼女にその力を与える事はしなかったらしい。

 前に彼女に聞いてみたら、その辺の事は自覚しているらしい。

 自分に魔法の才能が無い事。

 そしてその分、自分の従姉妹が異常なほど、魔法の才能に恵まれている事。

 しかし、それでも彼女は努力を続ける。

 昨日出来た事が、今日になったら出来なくなっている。

 そんなのは当たり前。

 昔は、初級魔法の類を唱えた際に、発動すらしないことが有ったらしい。

 しかし、それでも彼女は努力を続ける。

 その姿勢には、僕といえど少なからず思う事があった。

 一見すると、それは無駄な努力にしか見えない。

 波打ち際で砂の城を作るようなもの。

 少し出来たと思ったら、次の瞬間には波が来て全てを無に帰す。

 悲しいほどの無駄な努力。

 実際のところ、僕が見ているうちで、彼女に退化こそあれど、成長の類はまったく感じられなかった。

 彼女に言わせると『やれることがあるのにしないのは馬鹿らしい』とのこと。

 そういい続け、彼女は今日も魔法の研究にいそしんでいた。

 そしてまあ、おそらくはその努力の賜物なのだろう。

 今、こうして目の前で読書にいそしむ彼女からはまるで想像できないが、彼女のクラスはまもなくトライアングルに届こうとしている。

 拙い魔法……先ほどはそう言った。

 おそらく、そこいらのメイジが始めてその魔法を使おうとした時だって、もう少しまともに出来るはずだ。

 しかし、それはあくまで今、彼女が練習し、習得しようとしている魔法の事だ。

 時々、復習として練習する初級魔法については、おそらく軍の中でもまともに使えるくらい。

 おそらく同年代では比べることの出来ないレベルに位置している事だろう。

 すらすらと紡がれる呪文に、始めは己が耳を疑ったものだ。

 先ほどまで不器用な呪文を唱えていた人物と、目の前に居る人物が、到底同じには見えなかったのである。

 一通りの復習を終えた彼女は。

「ふう……これくらいは出来てよかったわ」

 と一言だけ言って、そのまま練習中の不器用な魔法を唱え始めたのだから思わず苦笑してしまった。

 おそらく、同年代だったら十分まともなレベル――いや、それ以上だろう彼女。

 そして、それをただ見ているだけの自分。

「魔法の混在と共振。小さな粒のうちの――」

 おそらくは癖なのだろう。

 無意識の内に読んでいる本の内容を口に出している彼女。

 なんとも不器用な彼女を見ながら思う。

 思ってしまう。

 自分にも何か出来る事があるのではないかと。

 もはや失われた命。

 本来は死んだはずのこの命で、何かやれることがあるのではないかと――。











 しばらく待機。

 あの日、アルビオンから帰ってきた彼はそう言った。

 仕事の結果については何も言わなかったし、私も聞かなかった。

 少なくとも至急ではない以上、私にも直接の影響は出ないだろう。

 それに、無知であるという事は安全であるという事。

 仕事の結果、ある程度のまとまった金が私の手元には残った。

 それだけでしばらくは十分だろう。

「マチルダおねえちゃーん! ご飯出来たってよー!」

 扉の向こうから私を呼ぶ子供の声がする。

 おそらくはテファが呼んでくるように言ったのだろう。

「わかったから、テファを手伝ってあげな!」

「はーい!」

 小うるさいガキに扉越しに返事をして私は支度を整える。

 どうやらあの様子だと、あいつが仕事に関わる事はしばらくはなさそうだった。

 今得られる情報はそれだけで良い。

 それだけの間、ここは平穏で居られるのだから。

 ここの平穏を守れるのだから――。

 私の小さなお姫様を守れるのだから――。











「作者の意図を超えた動き……ですか?」

「ああそうじゃ」

 結果から話すと、散々あれだけ調べたにも関わらず、それらしい結果を得る事は出来なかった。

 要するに、俺たちはただひたすらに無駄な時間を過ごしていたと言う事になった……なんて言い方は流石に自虐的だとしても、そう言った所で、あながち間違ってはいない。

 まあ、いろんな人の考える夢物語に詳しくなったと思えば、それこそ文字通りに他人を理解できるようになった――なんて言い方が出来るわけだけれど。

 何はともあれ、時間は変わりなく流れるもので、その流れを止めるような無茶は俺にはまだ出来ない。

 制限時間は制限時間。

 一週間というそのリミットは変わらない。

「小説や音楽、絵画なんかではよく、作者の意図を超えた事が起こる」

 そんなわけで、俺たちは、学院へと帰ってきていた。

 どうやら、才人たちは昨日帰って来たらしく、コルベール先生が研究室にこもってひたすら何らかの研究を行っている。

 きっとガソリンを作っているのだろう。

 広場にはゼロ戦と思しき飛行機があったから、少なくとも無事にタルブには行ってくれてたみたいだ。

 よかったよかった。

「そりゃ、小説なんかはプロットを立てるだろうし、絵画では下書きをする、だから本来ならばずれるような事は無いはずだ」

 それから早二日。

 才人とルイズは早速仲直りが出来たらしく、仲良く授業に出席する姿が観測されている。

 そんな幸せそうな二人。

 どうやら無事に物語が進んでくれているみたいで幸いだ。

「しかし、小説を書く人たちに話を聞くと、よく『キャラが勝手に動く』と言った話を聞く。それは何故か」

 さて、二人に関してだけならば、仲直りして幸せハッピーエンド。

 それで終わらせられるが、こちらは残念ながらそうは行かない。

 なんだかんだで、こちらの問題はまったく解決していないのだ。

 未だにフェリスは行方不明だし、世界改変の謎は解けていない。

「それはあくまでプロットは骨組みであり、詳しい内容とは異なった存在だからじゃ」

 そんな俺を、今日、突然にオスマンが呼び出したのだった。

 本人曰く、分かった事――というよりは、仮説らしいのだが。

 とにかく、今回の一連の流れの答え。

 彼が思う解答と思えるものを聞かされることになった。

「今回のお主の動きは、その『キャラが勝手に動いた』事におそらくそちらの世界ではなっているのではないじゃろうか」

 今、ここに居るのは俺一人。

 まあ、内容が内容だから当然だが……。

「俺が……勝手に動いた?」

 俺は、彼の言い分に、思わず眉をひそめた。

 彼は、そんな俺の反応を予想していたのか、大きく頷くと、話を続ける。

「そう、本来なら動かなくてもいいものが動いた。それは当初は大した事は無いのじゃが、次第に大きな変化となってくる」

「バタフライ・エフェクトってやつか……」

 ブラジルでの蝶の羽ばたきが、テキサスでトルネードを引き起こす。

 カオス理論の思考実験の一つ。

 この世界にこの言葉があるというわけではないが、そんな感じの言葉を言ったと理解してくれ。

「そしてその結果、当初は何も考えていなかった“フーケの矛盾”に作者自身が気づく事になる」

 作品というのは、必ずしも作者の思うとおりに動くわけではない。

 例えば、脇役のつもりで出したキャラが、異常な人気を出してしまった場合、それを考慮してそのキャラの出番が増える事なんてのはざらにある。

 他にも、当初は一発キャラだったはずのキャラが、想像以上に扱いやすく、半レギュラーになる場合だって多い。

 そりゃ、大筋は誰だってはっきり決めているだろう。

 しかし、そこから反れる事なんてのは当たり前にあるのだ。

「さて、では矛盾に気づいた作者はどうするか――当然矛盾を解決するために矛盾しないような世界を作り出すじゃろう」

 そして、俺の勝手な行動の結果。

 それを一つ上の視点。

 つまりは作者や読者の視点で見たときに始めて見えてくるもの。

 今までは、光が当たらなかったために見えなかった新しい物語。

「例えば『破壊の杖が誰でも知ってる有名な宝物』だったら問題なんて生まれない――と言ったようにの」

 新しく見えた物語。

 もしそれが未完成だったら。

 見せられるようなものではなかったら。

 取れる手段は大きく二つ。

 一つは、それをまた見えないように隠す事。

 そしてもう一つは――見られても問題が無いように、修正する事。

「君から聞かされた話を前提にして考えたときに、この世界には“作者”という存在が居る事に思い至った」

 そもそも、この世界は完成された世界ではない。

 創作物の段階で、完結はしたとしても完成はされない。

 完璧なんてのは存在しないのだ。

 だからこそ修正を繰り返し、ひたすらに作り変えていく。

「もし、作者がそう決めたのならば、世界観を変えることくらいは簡単じゃろう」

 そう、それはこの世界においては神にも等しい存在。

 その存在はこの世界の理屈を根本から捻じ曲げ、変えることの出来る存在。

「そのまんま、文字を消して少し書き換えれば良いだけ――いや、場合によっては自分の中で認識を変えるだけでいいのじゃから」

 彼、あるいは彼女が、少し筆を動かすだけ。

 あるいは結論を考えるだけで物語の世界は変わる。

 そこにドラゴンが居ると書くだけでドラゴンは現れ、暴れまわる。

 そして、俺たちはその庇護の下で何も知らずに生きるしかないのだ。

「今こうして、その事について議論していられるのも、おそらくはその作者の意図する世界の外側だからじゃろう。おそらく、メインはミス・ヴァリエールとその周囲。その周囲で異常を感知したときに作者は動く――少なくともそう思ってないとやってられんわい」

 ――そうでもないと、対策なんて、とてもじゃないが立てられんからの。

 そう付け加えて、彼はその肩に乗っていたねずみにナッツを与えた。

 カリカリとナッツをかじるモートソグニル。

 それを見ながら、俺は改めて今の仮説を考慮していた。

 もし、本当にそうなら。

 もしここが、本当に誰かが書いた本の世界とするなら。

 全てのつじつまが合う。

 今までの矛盾や不自然、それらが全て解消する。

 だが、そんな――。

 それこそ神の存在を認めるようなこと――。

「魔法は夢――」

 俺の考えている事を察したのか、オスマンが不意に呟いた。

「それこそ、まさにあの書庫で見つけた神話のようじゃの。何も持たぬ人々に作者という神が魔法という力を与えた――。そう考えると、もはや苦笑しかできんわい」

 そうだ、確かにあの神話のようなものだ。

 どうしようもない。

 どうにも救いようの無い神話。

 俺は自分の記憶を探る。

 確か、あの神話を俺は聞いたことがあるはずなんだ。

 オスマンはあそこで区切ってはいたが、あの神話には続きがあったはずだ。

 救いようの無い。

 どうにもならない切ない物語が。

 神秘的で、だからこそ救えない、救ってはいけない物語が――。

 そして、部屋の扉が猛烈な勢いで叩かれたのは、そんな時だった。

「誰じゃね?」

 オスマンが返事をするよりも早く、部屋に人が飛び込んできた。

 彼はそのまま大声で口上を述べる。

「王宮からです! 申し上げます! トリステインがアルビオンに宣戦布告! 王軍はラ・ロシェールに展開中! したがって、学院におかれましては、安全のため、生徒および職員の禁足令を願います!」

 そしてそれは――今回における最大のイベントの始まりであり。

 これから、数巻分に及ぶ目くるめく混乱の始まりだった。











##########





 ――裏役者の忘れ物――誰も聞いていない呟き。





「それはまるで数学の証明問題のようだと思うんだ」

 トリステインの地下書庫。

 そこには持ち出しを禁じられた魔道書や、はたまた国宝級の書類などが保管されていた。

 地下ゆえのじめじめとした空気。

 そんな中でも書物が痛まないのは、ひとえに魔法の力だろう。

 ――固定化。

 “この世界”においては、もっともポピュラーな魔法の一つだ。

 そして、そんな場所に居るのはそんな文化的な空間とはほど遠いような存在。

 文化のかけらも感じさせない――しかしそれ以上の何かを感じさせる彼女は、ゆったりと歩く。

 衣服というものをその身に全く纏っていない少女の体を隠すのは、その長い金色の髪だけだ。

「行き着くべき答えは分かっているのに、そこへの生き方が分からない。地図もコンパスも車も食料も十分にあるのに、目的地へたどり着くことが出来ない」

 彼女は、目的の本のありかが分かっているのか、まるで迷路のような書架の間を、全く迷うことなく、するすると歩いていく。

 魔法だろうか。

 彼女の周りを漂う炎が彼女の体に陰りを創り、幼いはずの身体は、不思議と妖艶な美しさをかもし出す。

 歩くために彼女がわずかに身体を捻る。

 それに併せて、揺れる髪。

 そして、それらが創る、影とのコントラスト。

 ハルケギニア中の芸術家という名の紳士達が、こぞって飛びつきそうな美しき姿。

 しかし、残念な事に、それを見るものは居ない。

「だから、一番肝心なのは、これが逆説的であり、根本から違うという事。それに気づく事が一番大事――確か、君はボクにそう言っていたよね」

 ようやく目的の棚にたどり着いたのか、彼女はそこで足を止めた。

 およそ目の高さにあるその本を、彼女は指を引っ掛けて取り出す。

 ゆっくりと傾く本。

 長年使われる事が無かった為か、その本の上には、多量の誇りが乗っていた。

 埃を軽く払い、彼女はその本を見る。

「証明問題の仮定が既に間違っている。目的地への地図が既に間違っていたり、コンパスが狂っていたり、そういった事実を、なぜか人間は信じて疑わない。まさか目的地への地図が間違っているはずが無い、そう疑念を抱く事すらしない」

 彼女が手にした一冊の本。

 それは本というよりはノートと言ったほうが良いのかも知れない。

 なぜなら、その本には、本であるために――書物であるために必要な物が無いのだから。

「前提条件を疑う事を忘れ、小さな子供の『何故? どうして?』を『そうなるから』の一言で片付ける。果たしてそれは大人になったって言えるのかなあ――成長したって……言えるのかなあ――」

 その本には、書物であるために必要なもの――文字が一切記されていなかった。

 空白のページが大量に並び、それこそパラパラ漫画でも出来るかのよう。

 その本――名を、始祖の祈祷書という。

 ある者に言わせるならば、それは本来ここにあるべきではない代物。

 ここにはあるはずが無く、とある少女の下にあるはずのもの。

「ねえ、そこの辺、君はどう思うのかなあ? ――英太君」

 伝説級の宝物を手に、彼女は呟く。

 暗き闇へと消える言葉を。

 小さく――小さく――。



[27345] 友の声ってこんなに響いたっけ? そのなな
Name: 柳城寺 蛍◆c99426ab ID:a424e81c
Date: 2013/03/10 02:16
「なっ! トリステインがアルビオンに――?」

 思わず叫びそうになった俺を、オスマンは手で制した。

 そのまま、彼は顔をしかめて使者に向き直る。

「宣戦布告とな? 戦争かね?」

「いかにも! タルブの草原に敵軍は陣を張り、ラ・ロシェール付近に展開した我が軍とにらみ合っております!」

「アルビオン軍は強大だろうて」

 使者は悲しげな声で言った。

「敵軍は巨艦『レキシントン』号を筆頭に、戦列艦が十数隻。上陸せし総兵力は三千と見積もられます。対する我が軍は、ヴュセンタール号などが数隻、兵力は現段階で五千ほど。現段階ではおよそ互角の戦いが出来るも
のかと」

「あくまで、現段階では――の……もし、長期戦になどなったりしたら――」

 そんなことは考えたくもないと言わんばかりに、オスマンはかぶりをふった。

「それに相手も相手じゃ。宣戦布告と同時にそれだけの兵力をよこせるということは――おそらく向こうも攻め入る気じゃったのだろうな」

 確かにそうだ。

 冷静に考えれば、こちらが宣戦布告をしたのに、こちらの領地で戦が始まるというのは随分おかしな話だ。

 おそらくは全く同タイミング。

 向こうも向こうで宣戦布告をする気だったのだろう。

「現在の状況は?」

「敵の竜騎兵によって、タルブの村は炎で焼かれているそうです……」

 使者の言葉は、端々から悔しさのようなものが感じられる。

 今こうしてここに居ることの――。

 炎の中の民を救うことの出来ない自分自身に対しての――。

 切ないほどの悔しさが……。

 ――ダンッ!

 瞬間。

 強烈な足音のようなものが、廊下に響いた。

 足音は、廊下を疾走しているのか、部屋の前から遠ざかっていく。

 足音と同じくして遠ざかる、ガヤガヤとした騒ぎ声。

 おそらくは才人とルイズだろう。

 虚無の担い手とその使い魔。

 この物語の、主人公とメインヒロイン。

 おそらく、彼らは今の話を聞いていて駆け出していったはずだ。

 このままなら、ゼロ戦でタルブに向かい、物事を解決するだろう。

 ましてや、どんな理屈か知らんが、圧倒的劣勢だった原作よりも、今回の方が軍の力もある。

 少なからずの、余力を残すことが可能だろう。

 今回の物語は、それでハッピーエンド。

 ルイズも虚無に目覚めて、それで綺麗に終わるはずだ。

 そう――終わるはずなんだ。

 しかし――。

 しかし、俺の中では言い知れぬ不安が膨れ上がっている。

 本当にこれで終わるのか?

 本当にこれで良いのか?

 疑問が俺の中でぐるぐると回る。

 確証は無いのに確信できる。

 今回の一連の流れは、何かが決定的にずれていると。

 ずれていること、というか――。

 忘れていることというか――。

 しばらく続く使者の報告。

 そのうち、外から爆音が聞こえ、ドップラー効果を効かせながら、何かが遠ざかっていくのが感じられた。

 どうやら才人は無事にタルブに向かったらしい。

 良かった良かった。

 これで無事に終わるはずだ。

 しかし、それでも――。

 それでも俺の疑惑は晴れない。

 まるで靴の裏についたガムのようにしつこく残る。

 何か、俺はとんでもないものを忘れているんじゃないのか?

 俺の中でそんな疑問が鎌首をもたげる。

 思い出せ――。

 三巻の内容の間に起きた出来事を――。

 これまでの間に起きたことで、何かおかしなことは無かったか?

 何か、決定的なミスは――。





「しかし、こうなってくると、ゲルマニアとの同盟が結べなかったのは痛いの――まあ、同盟があっても見捨てられた可能性は否定できんがな」





 ――時が止まった。





「――はい?」

 俺は思わず呟いてしまった。

 背筋を嫌な汗が流れる。

 目の前がちかちかする。

 何か――。

 何か、俺の中で忘れていた物に――今まで気づかないところに光が当たったかのような。

「む? 君にしては珍しいが……知らなかったのかね」

 こちらをゆっくりと振り返るオスマン。

 目が乾く。

 喉が渇く。

 体中の水分が失われていく。

 ゆっくりと、泥水の中を進むような時間。

 自分の身体の輪郭がぼやけるような感覚。

「トリステインとゲルマニアの同盟は、アンリエッタ姫の婚約破棄によって白紙に戻っておるぞ」

 そうだ。

 トリステインとゲルマニアの同盟は破棄された。

 アンリエッタ姫は、ゲルマニアとの婚約を止めた。

 そうだった。

 そして俺は――それを既に知っていた。

 どこで俺はそれを知った?

 俺は誰からその話を聞いた。

『ゲルマニアとの婚約を止めたらしいから、ウェールズ様との思い出の品として大切に手元に置いているんじゃないかしら』

 そうだ、あの時だ。

 あの時、ルイズから才人へのプレゼントを相談されたとき。

 あの時に聞いていたんだ。

 そしてその時、ルイズはもっととんでもない事を言っていたような――。





『え? 水のルビーなら姫様に返しちゃったけど……』





 全身に鳥肌が立った。

 ぞわぞわと寒気が前進に走る。

 周囲の音が消える。

 ちょっと待て。

 流れを聞くに、ルイズは水のルビーを“持っていない”。

 そして、アンリエッタ姫の婚約が“破棄された”ということは……。

「オールドオスマン!」

 自然と口調が荒くなる。

 怒気を孕んだ声に、使者とオスマンが萎縮するのが分かった。

 しかし、そんなことを気にしている暇は無い。

 今はそんなことより――!

「婚約が破棄になったってことは――“始祖の祈祷書”はどうしたんですか!?」

 悲痛な叫び、そんな俺に何かを感じ取ったのか――。

 いや、おそらく彼ならおそらくはそれだけで全てを理解したのだろう。

 渋い顔を作ると――。

「その名は良く聞くが――少なくとも、ここしばらく、ワシはそれに関わっておらんぞ」

 そう言った。

 これは――。

 たかが婚約破棄とあの時は思っていたが、今になって気づく。

 あれはタイミングが重要なのだ。

 “あのタイミングで破棄”しては駄目なのだ!

 あのタイミングで破棄したら“始祖の祈祷書”がルイズの手元に来ない!

 つまり今彼女は――虚無を覚醒させる道具を“何一つ持っていない”!

「そ……そんな……」

 身体中の力が抜けるのが分かった。

 カクンと折れた膝が、地面を叩く。

 俺の足元が、ガラガラと崩れていくのを感じた。

 いや、それはあながち間違っていないのかもしれない。

 既に、俺の前提という名の足元はとっくに崩れているのだ。

 虚無を記した書物は手元に無い。

 虚無を読み解く指輪も手元に無い。

 虚無無しでの勝利など――おそらくトリステインには不可能。

 あの力はそれほどのものであり――欠くことのできない力。

 指先と唇がぴりぴりと痺れていく。

 静かな中に単調なリズムで響く鼓動の音。

 それはまるで階段を上る死刑囚の足音のようで。

 俺の心臓は今にも破裂しそうだ。

 突然崩れ落ちるように膝をついた俺を助けようと、オスマンが駆け寄ってくる気配があるが、それも遠いことのように感じる。

 そんな俺におびえたのか、そそくさと退室する使者。

 いや、むしろシ者だったらどれだけ楽か。

 今、この瞬間に全てを終わらせられたら。

 使者が部屋を出たのを、はるか遠い現実のような音で知る。

 今の俺には、そちらを見る余裕すらない。

 ――俺のせいだ。

 俺の身にのしかかるのはその言葉。

 俺が何かしたせいだろう。

 俺が動いた今までの動きの何れかが、この破壊的結末を作った。

 小さな蝶の羽ばたきが、国を一つ滅ぼした。

 小さな小さな動きが――この国の未来を奪った。

『あんたさえ居なければ――』

 虚無の担い手の少女の声が聞こえる気がする。

 俺が居なければ、彼女は落ちこぼれから抜け出すことが出来た。

『お前さえ居なければ――』

 異世界からやって来た少年の声が聞こえる気がする。

 俺が居なければ、彼は英雄になって楽しい人生を送ることが出来た。

『あなたさえ居なければ――』

 メイドの少女の声が聞こえる気がする。

 俺が居なければ、思い人の傍に居ることが出来た。

 俺が居なければ――。

 頭の中に反響する声、声、声!

 止まる事無き、幾千の責め句。

 それらは音を変え、フォルテ(強く)を重ね、スタッカート(強調)をつけて、決してデクレッシェンド(だんだん弱く)することなく、ひたすらクレッシェンド(だんだん強く)を繰り返す。

 お前が居なければ、あんたが居なければ、キミが居なければ、あなたが居なければ、貴公が居なければ、卿が居なければ、お前さんが居なければ、てめえが居なければ、貴様が居なければ、そちが居なければ、貴君が居なければ、貴公が居なければ、貴殿が居なければ、ぬしが居なければ、うぬが居なければ――。







「あら? これは何か問題発生って感じかしら?」





 そんな中――その声はやたらと真っ直ぐに俺の中に入って来た。

 全ての責め句。

 それらの隙間を縫うように――いや、この声はそんなまどろっこしいことはしていない。

 ただ真っ直ぐに――。

 一直線に俺にかけられた言葉。

「……救助要請?」

 耳鳴りのように聞こえていた、俺を責める言葉。

 それが少しずつ小さくなる。

 俺の身体に血液が回るのを感じる。

 生きる力が満ちていくのが分かる。

 輝きを失っていた瞳に光が戻るのを察する。

 手足の震えが小さくなるのを知る。

 俺はのろのろとそちらを見た。

 部屋の窓の外。

 まぶしいほどに青い空の下。

「何か問題があるってんなら――相談に乗るわよ」

「……悪策歓迎」

 風韻竜の上に佇む、赤と青の髪。

 タバサとキュルケが――そこにはいた。



[27345] 友の声ってこんなに響いたっけ? そのはち
Name: 柳城寺 蛍◆c99426ab ID:a424e81c
Date: 2013/03/10 02:16
「あ…………」

 俺の口から、ため息のようなものが漏れた。

 それは忘れていた何か。

 今までは、思いもつかなかった考え。

「なによ――どうせあんたのことだからまた変なことやって、誰も知らない事で全部責任背負って、そんでへこたれてたんでしょ」

「……意気消沈」

 言いながら、窓枠を乗り越え、当たり前のように部屋に入ってくる二人。

「一応、学院長の部屋なのじゃがの……」

 苦笑しながらそんなことを言うオスマン。

 キュルケはそんなオスマンに構わず、真っ直ぐ俺の下に来ると、俺の手をとった。

 力なくだれた俺の手。

「一人で出来ないことも出来るようにしようとして――自分だけじゃどうにもならない事までやろうとして、それで失敗して凹んでたんでしょ」

「……アンリーゾナブル」

 しっかりと握られる俺の手。

 タバサも俺の反対の手を取る。

 小さな手を両手使って、俺の手を包むようにして握る。

 そして――。

「だったら、少しは私達に相談しなさい! 言える範囲で良いから相談しなさい!

 あんたはドットなの! 私達はトライアングルなの!

 あんたは一人なの! 私達が加われば三人になるの!

 一人では出来ない事があるの! だけれど三人ならできることがあるの!」

 彼女達は、俺の手を力いっぱい引いて俺を立たせた。

 腕と肩に鈍い痛み。

 不器用に腕を引かれたせいだろう。

 しかし、その力は確かに強かった。

 崩れ落ちた足場。

 そこから俺を引き上げるくらいには――その力は強かった。

「私達はクレスタル(原石)! 互いを互いで磨かなければ輝かないのよ」

 俺の頬を熱いものが伝う。

 それは俺の心だろうか。

 あながち間違ってはいないかも知れない。

 今、俺の心は熱く燃えている。

 かつて無いほど滾っている。

 どきどきと胸を打つ音も、先ほどと違って心地よい。

 ――ああ、こんな当たり前のことを何故忘れていたのだろう。

 確かに、この世界に来てから、俺は実質ほとんど一人だった。

 仲良くする人は周りにはいっぱい居た。

 たくさんの人から感謝された。

 たくさんの人に囲まれた。

 だけれど、それでも――俺は一人だった。

 それは転生者の定め。

 どれだけこの世界になじもうとも。

 どれだけこの世界を楽しもうとも。

 転生者は他の人とは視点が違う。

 一つ上の視点からの見かたになる。

 この世界を――物語としてしか見れなくなる。

 だからなのかもしれない。

 だから俺は忘れていたのかもしれない。

 こんな、当たり前のことを。

 わざわざ話す必要も無いようなことを話されるまで。

 あたりまえすぎて、皆が無意識に行っていることを。

 人に頼るということを!

 “自分の弱さ”を!





 ――パチリ。





 また、何かが外れた気がした。

 そうだったんだ。

 俺はそうするべきだったんだ。

 どうしようもなくなった段階で。

 俺が取れる手段が無くなった段階で、俺は相談するべきだったんだ。

 困ったときに、助けてくれる仲間が居る。

 困ったときには仲間を頼る。

 そうだ。

 だからこそ、友達の声はこんなにも真っ直ぐ届くんだ。

 仲の良い奴の声は、心に響くんだ!

 そう、あの時だってそうだったじゃないか。

 前世で俺が死ぬとき。

 雨の中、あいつは泣きながら必死に叫んでいたっけ。

「英太! 駄目だよ! 居なくなっちゃ駄目だよ! お願いだから傍にいてよ! そのためだったら私なんでもするから! 欲しがってたゲームもあげる! 借りてた漫画も全部返す! 壊しちゃった模型も弁償する! 綺麗に作れるまで何度も挑戦する! 料理だって練習する! もう絶対に危ない料理は作らないって誓う! だから死なないで! ずっと傍にいて! 英太! 英太ぁぁぁー!」

 たかが幼馴染って関係だけだってのに。

 それだけなのに、あの言葉はやたらと心に響いたっけ。

 今とは全く逆の意味だけど、それだけは認められる。

 そうあいつの声は間違いなく俺の心に響いていた。

 ――心に響いていた?

 そう、あいつの声は確かにじんと響く重さがあった。

 ただの幼馴染だってのに、あいつの言葉はやたらと反響した。

 それは間違いの無い事実だ。

 だったら何で今まで――







 ――それを忘れていたんだろう。







「え……あ……」

 記憶の中で生まれる矛盾。

 知っているのに知らない。

 有るはずなのに無い。

 まただ――。

 また、この感覚だ。

 まるで、自分自身のことが信じられなくなる様な。

 自分の存在が希薄になるような。

 しかし、希薄になった代わりに、何か別の――別の確固たる自分が流れ込んでくるような

 そして何より――まるで“記憶が封印されている”かのような感覚。

 何だってんだ。

 これはいったい――。

「レイラ! レイラ!」

 不意に、強く肩を揺さぶられ、俺の意識は現実へと移転した。

 目の前には、心配そうに俺を見るキュルケ。

 そうだった。

 確か、感動の友情確認。

 そのタイミングで思考がトリップしてしまったんだった。

 記憶の不可思議――それは確かに気になる。

 しかし、今はもっと近接的な問題があるのも確かだ。

 まずはそっちから解決せねばならない。

 トリップしたことによって、ちょっと冷静になった頭で俺はそんなことを考える。

「……馬鹿野郎」

 ポツリとそう呟いて、杖で俺の頭を小突くタバサ。

 ――ハハハ……返す言葉も無い。

 俺は苦笑して、頬に残るすっかり冷たくなった涙の跡をぬぐう。

 それを確認したオスマンが、俺に話しかけてきた。

「とりあえず、先ほどお主は“始祖の祈祷書”といっておったが、あれは今回のことで何か必要かな?」

「必需品ですね。それともう一つ必要なものがありますが」

 さて、ここからが本題。

 冗談抜きで話を進める。

 目指す幸せの為に、マジになる!

「今必要なのはルイズ、水のルビー、それと始祖の祈祷書です。しかし、今現在には何一つとしてこの場にそろっていません」

「ヴァリエール? あの子を一体どうするつもりなの?」

「今、トリステインとアルビオンで戦争が始まった」

「はあっ!?」

「そして、その鍵を握るのがルイズだ」

「――何か、あんたが抱えているものって想像以上にでかいものだったのね」

「……驚愕」

 おそらくは、想像もしてなかっただろう内容に、キュルケは目眩がしたかのように目に手を当てて上を見ていた。

「……辟易」

 キュルケの詳細については、タバサの言葉が的確に表現してくれている。

「最終的にはどの形になればいいんじゃ?」

 真面目な顔をしたオスマンは、俺に向かって聞いてきた。

 流石に、彼もあまり余裕がないことを気づいているのだろう。

 表情もマジなときの物になっている。

 キュルケたちは、普段のふざけたオスマンしか知らないためか、そんな彼の表情にわずかばかり驚いていた。

「とりあえず最低ラインとしては、ルイズが水のルビーをはめて始祖の祈祷書を片手にタルブに居ること。さらに理想を言うなれば、使い魔君の飛行機械の後ろに乗せて、アルビオンの巨大戦艦の上で待機、これが理想系です。それが出来なくとも、アルビオンの巨大艦体付近で長時間彼女を守ることの出来る条件が必要です」

「――なるほど、確かに現状では不可能に近い難題じゃの」

 髭をいじりながら言うオスマン。

 そう、これは限りなく不可能に近い。

 しかし、俺はこれを可能にしなければならない。

 問題の状況を作り上げねばならない。

「とりあえず、ルイズは彼の使い魔と一緒にタルブに向かったと考えて――」

「え? ヴァリエールならまだ学院内に居るわよ?」

「はえっ?!」

 いや――さっき、才人の飛行機が飛んでいく音が聞こえたが――。

「だから、飛んでったのはダーリンだけ。ヴァリエールなら今、部屋でやり場の無い怒りと悪戦苦闘中よ」

「条件が増えたか」

 俺はため息混じりに言った。

 何が原因かは分からない。

 もはやそんなことを言及してもどうにもならないレベルに来ていることくらい俺にもわかる。

 だから文句は言わない。

 ただ、やることが増えただけ。

 それだけだ。

「少なくとも、始祖の祈祷書についてならワシが場所を知っておる」

「どこですか!」

「なに、お主も知っておるはずじゃぞ」

 そう言ってぱちりとウィンクを決めるオスマン。

 駄目だ。

 老人のウィンクはなかなかに気持ち悪い。

「あの、トリステイン書庫の地下書庫じゃ」

「なっ! あそこに!」

 何てことだ!

 ニアミスしてるじゃないか!

 事前に聞いてあれば、おそらくはあのタイミングで持ってくることが出来ただろう。

 俺は過去の自分を呪った。

 しかし、いつまでもそうしていても仕方ない。

 そこにあるなら取りに行くしかない。

 幸運にも、あそこはオスマンなら顔パスだろう。

 別にオスマンが行かなくても、一筆書くだけでクリア可能な課題だ。

 それよりも問題は水のルビー。

 あれは半ばアンリエッタの私物になっている。

 いくらオスマンだって、そこに手を出すことは出来ないだろう。

 わけを話せばすぐにでもアンリエッタは渡してくれるだろうが、言い換えればそれはアンリエッタ以外の誰に話を通しても無駄であることを意味している。

 そして、おそらくアンリエッタは今、戦地に居るだろう。

 そこに水のルビーを持って行ってくれていればいいが、そうとは限らない。

 むしろ、大切なものだったら、普通は持っていかないだろう。

 そうなると、戦場まで行ってアンリエッタに許可を貰い、引き返して城まで行って指輪を取り、再び戦場に行ってルイズに渡さなければならない。

 流石にそれだけの猶予は無いだろう。

 つまり、その案は不可。

 となると――。

「さて、どうするか……」

 悩む俺の裾が、ちょいちょいと引かれた。

 そちらを見れば、タバサが首を傾げていて――。

「……水のルビー?」

 ああそうか。

 タバサとキュルケは水のルビーを知らないのか。

 アルビオンに行く際、少しだけ触れたような……触れないような。

 まあ、ほぼ触れなかったのだろうから、大した差ではないだろう。

「ああ、水のルビーってのは、ハルケギニアに伝わる始祖が残した“四つの秘宝”の内の一つで――」

 ――あれ?

 なにか、今、ひっかかる物が、あったような……。

「四つの悲報?」

「四つの悲しい知らせじゃない! ――ってあれ?」

 だめだ、何か引っかかる。

 なにか、見落としがある気がする。

 ここに、希望がある気がする!

「どうしたのかね?」

 疑問を投げかけるオスマンの言葉。

 それよりも、今は考える事を優先する。

 何だ、何が引っかかっているんだ?

 水のルビーはハルケギニアに伝わる四つの秘宝。

 四つの……秘宝……。







「あ……」







 ――瞬間、時が止まった。







 思わずこぼれた俺の呟き。

 組み合わされたピース。

 一本につながった糸。

 俺の中で――答えが出た。

 これ以上ないほどに、綺麗な解。

 本来の筋道では出来なかった――不可能だった筋道。

 この世界は“俺が居たから”ずれてしまった。

 俺が居たから不幸に向かう世界だってんなら――。

 だったら――、俺が居たから幸せになるエンディングを目指そうじゃないか!

「そうだよ。――“四つ”の秘宝だよ!」

 俺は手を叩くと言った。

 その言葉に、回りの全員が首をかしげる。

「指輪は四つある! 水、風、火、土、この四つの指輪があって、その“何れかの指輪をつけていれば読める”!」

「……! ……なるほど、水と風が駄目なら、他の指輪を使うというわけじゃの。しかし、あいにく他の指輪がどこにあるか――」

「大丈夫です!」

 俺はオスマンを見るときっぱりと言った。

「一人――すごく近くにいる人で、それを持っている人を知っています!」

 それは原作の知識があるから出来る反則技。

 しかし、今の環境ではそうでもしないと帳尻を合わせることができない。

 機械いじりが大好きで、才人のゼロ戦のガソリンを作った彼。

 彼は確かにそれを持っていたはず!

 それを告げた瞬間、俺たちのそれぞれが成すべき事が決まった。



[27345] 友の声ってこんなに響いたっけ? そのきゅう
Name: 柳城寺 蛍◆c99426ab ID:a424e81c
Date: 2013/03/10 02:17
 ミスタ・コルベールは、当年とって四十二歳。

 トリステイン魔法学院に奉職して二十年。

 『炎蛇』の二つ名を持つメイジである

 彼の趣味……というか生きがいは研究と――。

「コルベール君! コルベール君はいるかね!」

 ――今日は、実に騒々しい日だ。

 一人、研究の為にあつらえた小屋の中、その机にて仮眠を取りながら、彼は一人思う。

 あのミス・ヴァリエールの使い魔の少年が欲していた揮発性の高い油。

 それをようやく錬金し終わったかと思ったら、早々に飛行実験。

 それが無事に成功して感動――。

 疲弊と安心と感動とから、いい加減に仮眠を取ろうと思ったらこの騒ぎだ。

 コルベールは眠い目をこすりながら、なんとか顔を起こす。

 そこに、返事もしていないのに人影が飛び込んできた。

 破壊音とまるで聞き間違えるような轟音。

 いや、ノブの辺りは実際に少し欠けたかもしれない。

 しかし、突然の来訪者は、そんな事を全く気にせずにこちらに向かってくる。

「おお、コルベール君! 居てくれてよかった。下手に探し回る手間が省けたよ!」

「何でしょうか、ミスタ・オスマン」

「何じゃね仰々しい! ワシなどオールド・オスマンで十分じゃよ」

「了解しました。して、突然の来訪――いったいどのようなご用件でしょうか?」

 扉の破壊者はこの学院の学院長。

 生徒ならばまだ文句のつけようもあるが、学院長ならば邪険に扱うわけにもいかない。

 何より、この人には自分のような人間をここで雇ってくれているという大恩があるのだ。

 普段から、若干の嫌がらせにも似た仕打ちを受けることは多いが、それも軍の下級兵士だった頃に比べればずっと生易しいもの。

 コルベールは、欠伸をかみ殺しながら、そそくさと立ち上がるとオスマンの対応に当たる。

 目上の人が立っているのに自分が座っているというのは、どう考えてもおかしいので、これは普通だろう。

「いやなに、君の持っているものを貸して欲しいと思ってな」

「はあ……私の持っているものですか?」

 一体どれのことだろう?

 正直、趣味が研究なだけあって、コルベールは他の教師達よりも色々なものを持っているという自信がある。

 それはまともな物から奇抜なものまで。

 それこそ、幅広く持っている自信がある。

 その中で、彼の欲しがりそうなもの――。

 特殊な秘薬などだろうか?

 だとしたら大体は奥の棚にしまっているはずだ。

「了解しました。で、貸して欲しいものとは――」

 そこまで言って、ゆっくりと奥の棚に向かうコルベール。

「お主の持っている“火のルビー”を貸して欲しい」

 コルベールの足が止まった。

「……火のルビーですか?」

「ああ、そうじゃ」

「……そのようなものは持ってはおりませんが」

「なるほど、そうじゃの……もしかしたらお主がその物の価値を知らないだけかも知れぬ。赤いルビーのついた指輪を持ってはおらんかの?」

「…………」

 コルベールは、改めてゆっくりとオスマンを振り返った。

 その目には警戒の色がはっきりと見て取れる。

 一体彼は何を言っているのか。

 一体彼は何をしたいのか。

 まさか、国が絡んでいるのか?

 また、軍が絡んできていて――。

 様々な警報が、コルベールの中で鳴り響く。

 しかし、それらはオスマンの立った一言で瓦解した。

「可愛い生徒のためじゃ」

 真剣な顔で答えるオスマン。

「今、可愛い生徒の命が危ない。それを助けるのに、火のルビーが必要なんじゃ」

「……分かりました」

 真摯なオスマンの目。

 それを見てコルベールは判断する。

「あなたの話を聞きましょう」

 ミスタ・コルベールは、当年とって四十二歳。

 トリステイン魔法学院に奉職して二十年。

 『炎蛇』の二つ名を持つメイジである

 彼の趣味……というか生きがいは研究と、人助けだ。











「さあ出かけるわよヴァリエール! 仕度をしなさい! あなたに拒否権はないわ! 私にも無いのにあなたにあるはずが無いでしょう! とりあえず服を着て杖を持っていればいいわ。パジャマでも可。ネグリジェでも――、一応可。今はそれどころじゃないのよ! さあ、仕度は出来たわね。じゃあ行きましょう!」

「……言葉の弾幕」

 どこかから『某笑顔動画ではあるまいし』と呟く使い魔の声が聞こえた気がする。

 それはともかくとして――だ。

「ツ、ツェルプストー! あんた、いきなりアンロックで部屋に入ってくるとか、あなたには常識って物が無いの!」

 突然部屋に押し入ってきた闖入者に対して、私は慌てて手に持っていたものをベッドの中に隠しながら怒鳴った。

 私が親切にも、心を込めて作っているこの“セーター”。

 あいつったら、この間、これを散々馬鹿にしてくれた。

 こちとら、なれない裁縫にただでさえ四苦八苦しているというのに、これ以上イライラさせられちゃたまったもんじゃない。

 それに何より、わざわざあいつの為にからかいの材料を提供してあげる意味が分からない。

 あいつは敵なんだ。

 何一つだって提供しないし貰わない。

 なんと言うか、それはもう――本能的なレベルなのだ。

 犬とサル。

 水と油。

 これらはまさしく私と彼女を表現するにふさわしいだろう。

 私は犬のように主には忠実だし、彼女はサルのようにずる賢い。

 私の心は水のように澄んでいるし、彼女は油のように燃えている。

 そりが合わないものは仕方ないのだ。

『――え? お前の心が水のように澄んでいる? 水の前に“毒”か“泥”って文字が抜けていないか?』

 どこか遠くから、そう呟く使い魔の声が聞こえた気がした。

 やれやれ、今日はとことん幻聴の多い日だ。

 まあ、何れにせよ。

 後であの不忠ものの使い魔にはおしおきをするとしよう。

 なんか、声が鮮明に聞こえすぎてイラッとしたから。

 まあ、それはそれとしてだ。

「何度も言うようだけれど、寮内でのアンロックは禁止されているのよ! あなたのちっちゃな頭では覚えられないのかもしれないけれど」

「あら、レディは小顔の方がモテるのよ」

「顔の面の厚さは一級品のようだけれどね」

「それに、今回に限っては私は悪くなくってよ」

「はあ?」

 相変わらず彼女の言うことは分からない。

 もっとも、彼女とまともな会話など端からする気は無いが。

 ふと、彼女の隣を見れば、そこにはこちらを見つめる青髪の少女。

 彼女なら少しはまともな会話が――。

 僅かながらに浮かんだそんな考えは即座に打ち消す。

 いや、無い。

 むしろ彼女の方がない。

 彼女とは、会話以前に――コミュニケーションがとれるかどうかも怪しい。

 こうしている今だって、彼女はぼんやりと窓の外を見ているのだから。

「あんたが悪くなかったら、この部屋の鍵をアンロックした人間の誰が悪いというのよ!」

「だから、誰も悪くは無いんだって。今回の件は学院長から許可を貰っているし」

「はあ? 学院長が?」

 混乱する私。

 何か、事が早すぎる。

 私の理解の範疇を超えた場所で事が進み、溜まり溜まった分が、まるで濁流のように私の元に流れてきている感覚。

 理解が追いつかない。

 何事かと考える暇もなく、ツェルプストーは私の元につかつかと歩いてくると、そのまま私の胸倉を掴み上げた。

 それはまるで、平民同士が喧嘩するかのような仕草。

「あっ……かはっ……」

 突然の事に喉が圧迫され、呼吸に詰まる。

 そんな私の顔に至近距離まで彼女の顔が近づいた。

 まるで喧嘩を吹っかけるような仕草。

 そりゃそうだ。

 私と彼女は喧嘩相手。

 それはどこまでいったって変わらない。

 だから、彼女が何を言うにしても、この対応は間違っていない。

 私と彼女の関係はこれで良い。

 だから、彼女が何を言おうと――。







「ねえあんた。いい加減落ちこぼれから脱したくない?」






「……は?」

 私は、眉間に皺を寄せながら、彼女を睨み返した。

 彼女の言っていることが理解できなかった。

 本当に、彼女の言っていることが理解できない。

 彼女の言っていることはこの部屋に入っていたときから、支離滅裂だ。

 全くもって、意味が分からない。

 むしろ、知る必要が無いといっているようにさえ感じる。

「あんただって魔法が使いたいわよね。失敗魔法じゃない本当の魔法。そうよねそうに決まってる。そうでないと、あんたは私のライバル足り得ないんだから」

 それはある種の確信。

 私の意思を無視している――しかし、ある種私の意志をもっとも尊重しているような――。

「レイラの短期集中効果抜群修得絶対の完全無敵な魔法講座。今、このタイミングでないとダメらしくて、随分と急いでいたけれど」

 よく分からないうちに進む会話。

 なにやら、もうそれは決まっていることらしい。

 私の胸倉を掴んだまま、押すようにして窓際に近づくキュルケ。

 その過程で、机の上においてあったタクト状の杖を拾って私に握らせる。

「とにかくあんたは私達に任せて――」

 開け放たれる窓、その向こうにはタバサの使い魔の風竜。

 一体何が起きているのか――全く理解が追いつかない。

「あんたはさっさと私の隣に並べるだけの力を身につけてきなさい!」

 私を乗せた風竜は、わけも分からないうちに私たち三人を乗せて出発した。



[27345] 友の声ってこんなに響いたっけ? そのじゅう
Name: 柳城寺 蛍◆c99426ab ID:a424e81c
Date: 2013/03/10 02:17
 役割分担は実に簡単だ。

 まず、オスマンがコルベールの元に向かい、火のルビーを譲り受ける。

 何故オスマンかといえば、おそらくそれが一番効率的だろうからだ。

 確かに生徒でも会話をするならば十分だろう。

 しかし、今回の場合は事情が異なる。

 何よりも、時間が無いのだ。

 一刻一秒を争うこの事態において、のんびりとお願いをしている時間は無い。

 そうなると、もっとも効率的に話が進むのは、お互いに良く知っている関係。

 そうなると、あそこに居たメンバーの中では、迷わずオスマンになるだろう。

 なんだかんだで、長年の間、彼らは教師をやってきているのだ。

 チームワーク……なんてものは無かったとしても、お互いの好き嫌いくらいは知っているだろう。

 よって、コルベールを説得するのは、オスマンの仕事だ。

 次に、ルイズの元に向かい、ルイズを戦場まで送り届け、戦場でルイズを保護する。

 本来、保護まではカウントに入れなくても良いのだが、万が一才人が受け入れ困難な状態にあった場合、その際に保護する役割が必要だ。

 更に、至急戦場まで送り届ける必要があるため、機動力も必要になる。

 それらを兼ね備える存在といえば――そう、タバサのシルフィードだ。

 ルイズには、火のルビーを受け取り次第、シルフィードでタルブへ向かってもらう。

 その際の同乗者には、せいぜいが二人。

 一人は、もっとも融通が利き、最悪の事態を回避できる存在としてタバサ。

 もう一人は誰でもいいが、少なくともルイズの心象に影響の無い人間が望ましい。

 オスマンなんかが突然乗っても、彼女は混乱するだけだろう。

 それでいて、タルブまでの間にルイズのやるべきことを説明し、納得させられる人間。

 そうなったときに、コルベールと同じ理由でキュルケか俺。

 そして、最後の条件――始祖の祈祷書だ。

 始祖の祈祷書は今、トリスタニアの地下書庫にあるという。

 わざわざそこまで行って取って来る以上、その足はこの中で最速で無ければいけない。

 そう言うわけで、俺の役割は、ここ、トリスタニアの書庫で始祖の祈祷書をとってくることな訳だが……。

「……であなたは誰ですか?」

 トリスタニアの書庫入り口付近の階段。

 気絶した警備兵の脇に座っている人に向かって俺は言った。

 長い金色の髪。

 惜しむことなくさらけ出したその裸体。

 細い目元。

 怪しげに笑う口。

 ――美しい女性だった。

 ルイズやシア、アンリエッタにキュルケにタバサ。

 それぞれ美しさはある。

 しかし――彼女のその美しさはそれとは一線を越えていた。

 たどり着くことの出来ないはずの場所。

 まさしく俺の好みのドストライク。

 強いて言うならば後は黒髪でさえあれば――。

 文句――というか、注文をつけるならその程度のことしか浮かばないほどの美人。

 十人に聞けば三十人は彼女のことを美人というだろう。

 それほどの美人。

 それが、書庫の入り口に座り退屈そうに髪の毛をいじっていた。

「……ん?」

 そこで、ようやく気がついたのか、顔を上げる彼女。

 その顔がぱっと輝いた。

「やあ、やっと来てくれたか、待ちくたびれたよ!」

 どうやら人を待っていたらしく、奇遇にも、その待ち人とは俺だったらしい。

 なんともはや――実にありがたくない偶然だ。

 言ってて悲しくはなるが、俺にはこんな美人のお知り合いは居ない。

 原作キャラかという問いに対しても、ぱっと思いつく範囲に彼女に当てはまりそうなキャラはいない。

 確かに、テファなら金髪だが、ここに居る女性はあいにくバストレヴォリューションという必殺技(一部紳士を除く全男性とルイズに有効)を持っていないらしい。

 ちょうどいいサイズのまさにおっぱい。

 ――ここでその話を掘り下げるのは俺としてもやぶさかではないが、少なくとも今はシリアスなシーンだ。

 人気しだいでは、幕間か番外編でその辺については掘り下げる可能性もあるからせいぜい期待して今はスルーしてくれ。

 つまり、俺は全くもって彼女を知らないと言うわけだ。

 そうなると――問題とするべき点はただ一点。

 もちろん、その一点は彼女が全裸であることとか、股間の縦割れが見えることとか、乳輪中央に覇を唱えた突起が――と言ったことではない。

 その辺が気になる人類はせいぜい感想板で騒いでいてくれ。

 もしかしたら誰かがテンション高らかに絵なんか描いてくれるかもしれない。

 いや、もちろん俺としては盛大に描いてほしいが。

 こうやって無意識の内に長々と描写をしてしまうのも、この一瞬の光景を逃したくないと本能が叫んでいるからである可能性もあり――。

 ――閑話休題。

 おい、俺。

 一体何回リセットしたら気が済むんだ。

 たかだか裸にテンパり過ぎだろう。

 紳士ならば、もっと高等な態度を持って望むべきだ。

 さて、そんなわけで――。

「あ、オッパイなら揉んじゃダメですよ」

「世界は滅んだ!」

 俺は叫んだ!

 そうだ。

 もう世界なんて滅んでいい!

 これに触れない世界なんて!

 目の前に裸の女性がいるのに触れない世界なんて!

 そんな世界、滅んでしまえばいい!

「だってこれ、あなたの妹さんのオッパイとほとんど一緒ですよ?」

「……で、あなたは誰ですか?」

 俺は冷めた目で彼女を見た。

 ものすごく冷めた目で彼女を見た。

 それこそ、氷点下の瞳だ。

 そんな俺に彼女は――。

「キミは相変わらず――さっぱりした正確だよね」

 ――そう言って笑った。

 ――だから君は面白い。

 そう言ってクスクス笑う彼女。

 笑いながら彼女は、身体の後ろから一冊の本を取り出した。

 それは白い本。

 表紙も背表紙も。

 どこまでも澄んだ――真っ白の本。

「ほら、始祖の祈祷書だよ。探しているんだろう? 持っていくといいさ」

「……は?」

 思わず素で返してしまった。

 きょとんとした俺の顔。

 にこにこと笑いながら、彼女は続ける。

「もしかして、本来ならここからめくるめくバトルの展開になることを予想していろんなセリフを用意してくれていたのかな?」

「それで、俺はそこを通れるのかな?」

「そうそう、そんな感じ」

 そう言ってクスクスと笑う彼女。

 何か、彼女を見ているとどうにも馬鹿にされている気がしてくるのだが……。

「ああ、因みに馬鹿にはしていないよ。ただ、何となく嬉しくってね」

「君のような美少女に笑っていただけるなら俺としても幸いだ」

「そうそう、そうやって妙にクールぶるところも実に良い。本当にキミは退屈しないなあ」

 ひとしきり笑って満足したのか、彼女はその本を俺の方に放った。

「なっ! わっちょっ!」

 何とも不格好にそれを受け止める俺。

 正直、その本が本物であるかどうかも警戒していたし、下手すりゃ爆弾かなんかじゃないかとまで思っていたため、数回手の中でお手玉をしてしまった。

 しかして、改めて見てみてもその本は真っ白。

 試しにパラパラと中を見てみたが、案の定真っ白だった。

 確信を持って断じるには保証がないが、少なくともある程度の信頼はおけそうだ。

 おけそうだが――。

 まあ、用心するに越したことはないだろう。

「これが本物だという保証は?」

「これから虚無のお姫様がそれを読むんでしょ? そしたら分かるさ」

「……っ!」

 俺は思わず槍を構えた。

 そうだ。

 さっきから若干の疑問は覚えていた。

 この少女。

 やたらとこっちの事情を知っている。

 いや――知りすぎている!

 初対面にも関わらず当たり前のように考えていることを予想し、これから俺がやろうとしていたこと予知し、そして何より今――こうして始祖の祈祷所を持ってここで俺を待ちかまえていた。

「……改めて聞く、あなたは一体誰ですか?」

「キミなら答えくらい想像がついているだろうに」

「それでも答えてくれる可能性に賭けたいのが人情ってもんだろう?」

「あはは、そりゃそうだ! やっぱりここまで目覚めていると返答も面白いや」

「……目覚めている?」

 俺は眉をひそめた。

 受け答えをしているだけだった少女。

 まるで全てを予知していたかのような彼女。

 彼女が始めて、自分の予想が外れたかのような表情をし、そして笑った。

 快活に。

 愉快に。

 元気に。

 俺はその中に紛れていた言葉に、思わず眉をひそめていたわけだ。

「目覚めているって、一体どういう――」

「――おっと、もう楽しいおしゃべりの時間はおしまいみたいだね」

 慌てて質問しようとした俺を制して、彼女は言った。

 ニヤリと笑いながら、彼女は空のかなたを指さす。

「そろそろタイムリミットだ。ボクとしても、キミとのおしゃべりは実に楽しいから極力話したい所だけれど、そろそろ行かないと取り返しのつかないことになる」

 それは分かっていた。

 今が一分一秒を争う事態だということも。

 急がなければならないということも。

「さあ、早くタルブに行かないといけないよ。そうしないと間に合わないから――」

 まるで未来を予言するかのような彼女の言葉。

 その言葉に、俺は思わず舌打ちをしてから羽を広げる。

 そんな俺に、彼女は微笑みながら言った。

「大丈夫。もうすぐだよ。もう少ししたら、キミにも全部分かる。僕の正体も、この世界の本当の姿も、そして――キミがすべき事も」

 とりあえず今は当面の問題の処理が先だ。

 この痴女の事も気になるが、それどころで無い現実もあるのだ。

 ここを間違えれば、トリステインは滅ぶのだから。

「厄介ごとは勘弁だぞ」

「少なくともボクは、既に面倒なことに巻き込まれている側の立場だけれどね」

 飛び立つ間際に交わしたのはそんな会話。

 それを尻目に、俺は空へと身を投じた。

 目指す先はタルブ。

 急がないと世界が危ない!








******************************

――タルブ上空――使い魔の嘆き。


「敵機撃墜! ――って一々言うのもいい加減に飽きてきたな……」

 タルブ上空。

 ゼロ戦を横に旋回させながら俺は呟いた。

 まるで地下鉄の駅を電車が通り過ぎるときの様な轟音。

 ただでさえ五月蝿いこの戦闘機が、更なる風の抵抗を受けて更にとてつもない音を立てる。

 もし、フラップを開いたりしていたら、そろそろ耳がおかしくなっていただろう。

 それこそ、パチンコ屋の中で長時間過ごしたときのようなものだ。

 こっちの世界に来る前、ギャンブルは嫌いだった為に、自分から行った事は無かったが、父親に連れられて一度だけ行った事がある。

 あのときの感覚と非常に酷似しているというのだから、状況の最悪さは押して知るべきだろう。

 もし、敵の攻撃があたったら、これ以上の音が響くわけだ。

 全くとんでもない。

 戦争なんて、騒音公害そのものではないか。

 ――もっとも、この世界にはこんな轟音を立てて戦争を行う人間はいないんだろうけれど。

「左舷より敵グリフォン隊接近中! 使い魔君、気をつけたまえ!」

「あいよ、了解!」

 耳元で聞こえた、小憎たらしい髭オヤジの声に叫ぶようにして返事。

 おそらくは、この間の特殊な声を発する魔法の応用で通信しているのだろう。

 俺だって、音は空気の波だって事ぐらいは知ってる。

 だから、そのぐらいの事は出来ると推測できるわけだ。

 それはともかく、スロットルを引いて機首を上げてターン。

 まるで曲芸飛行のような動きでもって、俺は敵の竜騎兵を眼下に捕らえる。

「こんちくしょう……切りがねえぞ!」

 まるで蟻の大群の様に、巨大な船からぞろぞろと出てくる黒い粒たち。

 それに立ち向かうようにして、こちらからも粒が大量に向かっていくのを見る。

 圧倒的な加速性能によって、一瞬にしてもはや点にしか見えない距離まで来たわけだが……。

「――ああ、もう!」

 すぐに旋回して再び戦場に向かう。

 あの黒い粒のどれか一つは、あの小憎たらしいおっさんなんだ。

 正直、意味も分からずむかつきはするものの、死んでいいかというと話は別。

 誰一人として――戦争で奪われていい命なんて無い!

 だから俺は戦う。

 この圧倒的な力でもって――守るために戦う!

 学院長(?)見たいなえらい人の部屋に、偶然ルイズと行った際に聞いた突然の戦争の話。

 実感なんて無かったものの、この土地の名前を聞いたときには、身体が動いていた。

 彼女の大切なものを守りたい。

 頭の中にあったのはそれだけ。

 そして、ようやく飛べるようになっていたこの機体でもって真っ直ぐここに来たわけだ。。

 シエスタがいる場所。

 シエスタの家族がいる場所。

 彼女の大切な草原のある場所。

『私は――この場所が好きなんです』

 彼女の言葉が頭の中でリフレインする。

 その言葉に後押しを受けるかのようにして、俺は機関銃を放った。

 放たれる弾丸。

 それはイメージ通りに、ぐんぐんと近づいてくる幻獣の翼と、乗り手の杖を射抜く。

「悪い、少し痛いかもしれないけれど……我慢してくれ」

 これは動きを止めるためとはいえ、射抜いてしまった幻獣への言葉。

 謝罪の言葉はそれきりにして、すぐさま次の標的に狙いをつける。

「使い魔君危ない!」

 耳元で聞こえた言葉とほぼ同時。

 機体のすぐ右横で閃光が走った。

「……っ!」

 慌てて左に先回。

 すると、バックミラーにはゆっくりと落ちていく一匹の幻獣の姿が映った。

 ところどころに火傷の様な裂傷。

 まるで、“雷でも落ちた”かのような跡。

 あれは……。

「その様子では、どうやら無事のようだね。実に幸いだ」

 どうやら、何の因果か、俺を助けた相手からの通信が入った。

 ライトニング・クラウド――だっけか?

 さっきからあのワルドとか言うおっさんが使っている魔法。

 どうやら雷を扱う魔法らしいが――。

 いや、あんなの避けられないだろう。

 改めて、敵に回さなくて良かったと、こっそり心の中で思う。

「今のは借りということにしておくが……君は一応こちらの軍の主戦力に組み込まれているんだ。早々簡単に落とされてくれるなよ。」

「うるせ。そんな借り、すぐに返してやるよ!」

 叫び返しながらの発砲。

 またしても数匹を落としつつ、ヒット&アウェイを繰り返す。

「しかし、本当にキリがねえな――」

「ここの制空権を取られると、こちらとしてもまずいからね――」

「言い換えれば、相手としてはここを必死に狙ってくると」

「そう言うわけだ」

 一旦、トリステイン側の布陣の上に向かって引き返しながら考える。

 全く、数が減る予兆すら見せない敵軍。

 何より厄介なのは、あの巨大な船だ。

 あれは近づくだけでとんでもない量の散弾を撃ってくる。

 船より上に陣取れば弾は来ないが、散弾の雨と各種飛兵との戦いを超えてあの巨大な船よりも上に来れるのは、圧倒的なスピードを誇るこのゼロ戦くらいだ。

 そして、いくらなんでもゼロ戦の機関銃だけで落とせるほど、小さい船ではない。

 つまり、真っ向からぶつかって敵を削るしか策が無いわけだが――。

「おい、相棒――やばいぞ……」

 どうやら、嫌な事ってのは続くらしい。

 近くに置いてあったデルフが苦々しげに言葉を発した。

「おそらくもうすぐ燃料がなくなる。どんなに節約して飛んでも、おそらく後三十分が限界だろう」

「はあ!?」

 慌ててメーターを見れば、ゲージはとっくにエンプティ。

 確かに、そうとう飛び回ってはいたが――まだまだ敵は多くいる。

 節約なんてする余裕は無いし――なんとしてもここは守らなきゃならない!

 しかし――今、刻々とそのエネルギーが、手段が失われていく。

「ちくしょう……」

 かみ締めるように言う。

 なんとしても守りたいのに――。

 こんなに俺の左手は輝いているのに――。

 それでも――守ることが出来ないのか?

「ちくしょおおおおおぉぉぉぉぉ!!!!!」

 空へと響く遠吠え。

 聞く人が聞けば負け犬の何チャラというかもしれない。

 それでも、俺は守りたかったんだ。

 彼女を。

 彼女の大切なものを。

「お願いだ――誰でも構わない。何でも構わない。俺なら、どうなっても構わない。だからどうか――どうか彼女を――シエスタを助けてくれよおおおぉぉぉ!!!」







「馬鹿犬――あんたってホンと駄犬ね」







 不意に聞こえたのはそんな言葉。

 聞こえないはずの言葉。

 聞こえないはずの声。

 ここには決して居ない筈の――主の声。

「叶えたい事があるなら、命を賭けて叶えなさい――」

 遠くから、トリステイン側の布陣の上を越えて飛んでくる影。

 それは真っ直ぐ、まるで何かに引かれるかのようにこちらに向かって飛んでくる。

「守りたいものがあるなら、身体を張って守りなさい――」

 はためく翼。

 青い巨体。

 そして、その上でなびく――赤とピンクの髪。

「そして、どんなに頑張っても無理なときは――」

 風竜の上に威風堂々と立つ彼女は、こんな時でも胸を張って、真っ直ぐとこちらに向かって笑っていて――。







「――あんたの主を頼りなさい!」







 すれ違う一瞬。

 時が止まったかと思った。

 周囲の音が遠くに聞こえる。

 自分の鼓動の音が――耳を流れる血液の音が大きく聞こえる。

 その瞬間に聞こえた彼女の言葉。

 その瞬間に、彼女が俺に見せた世にも貴重な笑顔。

 先ほどの叫んだ分。

 その分の息を吸うのさえ忘れていた。

 だって、あんまりじゃないか。

 普段、顔をあわせれば罵声を浴びせられ。

 初対面の瞬間から差別的な目で見られる。

 それが俺たちの関係だったはずだ。

 なのに、急にそんな笑顔を見せられたら――。

 期待したくなっちゃうじゃないか。

 頼りたくなっちゃうじゃないか。

 まるで映画のワンシーン。

 一秒より細かい時間間隔。

 そのコンマの時間を、まるで永遠のように俺とルイズは見つめあう。

 そしてその数拍後――世界はまた動き出した。

「ハローダーリン! タバサの魔法で連絡を取ってるんだけれど聞こえる?」

 再び、辺りに満ちる轟音。

 慌ててフラップを開いて旋回。

 ガソリンの残量を考えて、あまりスピードを出さないようにして飛竜の後を追う。

 まったりと聞こえるキュルケの声からは、まるで恐怖が感じられない。

「ああ聞こえてる――ってそれよりもお前ら一体何しに来たんだ!」

「……あなたには言われたくない」

「ここは危ないんだ! 今すぐ学院に戻れ!」

「あら、せっかく来てくれた救援にそんな言い方をする駄犬に育てた覚えは無いわよ。――それにしてもこの魔法すごいわね。本当に声が聞こえる」

「……今回の旅の最中に練習頑張った」

「そうね。その件についてもあの駄犬には話を聞かないと……」

 緊迫しているこっちとはまるで正反対に暢気な会話をしている向こう。

 戦場ど真ん中の会話とはまるで思えない。

 何とかして引いてもらわないと――。

 確かにキュルケとタバサの実力は知ってる。

 彼女達はあてになる。

 しかし、それだって戦場の数の暴力の前には無力だ。

 いや、それどころか、戦争なら、彼女達よりも強いメイジなんて腐るほどいる。

 どう言えば彼女達は撤退してくれるだろうか?

「こっちはもう燃料がなくなりそうなんだ! だからお前らも守れない!」

「あら、後どれくらいもつの?」

「三十分くらい――」

「充分よ」

 風竜の上、彼女がそう言ったのが伝わってきた。

 何が充分だってんだ。

 全く持って何も充分じゃない。

 この状況下では何も――。

 空回りする思考。

 焦れば焦るほど思考は空回りし、空回りすれば空回りするほど焦りが募る。

 典型的なデス・スパイラル。

 負の連鎖であり、下へ向かう螺旋階段。

 どこかで止めないと、待っているのは最悪の事態。

 どうにかしないと――。

「……南の遠方より謎の飛行物体が高速で接近中。使い魔君、様子を見てくれるか?」

 ふと、ルイズたちの登場に気づいていないのか、そんな事を言うワルドの声が聞こえた。

 遠方より高速接近――さっきのルイズたちのことか。

 向こうも向こうで必死なんだろう。

 たまたま近くに居た俺にそんな事を頼むとは。

 あなたのフィアンセがフレンドを連れて登場です――なんて、シャレの効いたジョークでもかますか?

 何にも面白くない上に、全然シャレが効いていないな。

 それにしても――。

 俺は目前の計器の集まりを見ながら思う。

 ルイズたちが来たのは南ではなかったはずだが……。

 そう思う俺の視界の隅。

 はるか彼方で、ガラスのような何かが光を反射するのを見た。



[27345] 友の声ってこんなに響いたっけ? そのじゅういち
Name: 柳城寺 蛍◆c99426ab ID:a424e81c
Date: 2013/03/10 02:17
 どうやら、間に合ったみたいだ。

 ――というより、本当にギリギリといっていいだろう。

 ダイヤモンドの穂先の槍を握る手に思わず力が入る。

 キラリと光を反射して輝くクリスタル。

 翼は一層の加速を俺の身体に与えた。

 才人が操っているのだろうゼロ戦は、回すプロペラの回転を抑えている。

 あれはアルビオンの攻撃を受けたのか――いや、損傷が無いことから、これだけの長時間戦ったための、ガス欠対策だろう。

 ああやって調整する余裕があるって事は、あと少しくらいは全力で戦う余裕がありそうだ。

 だとしたら本当にギリギリだ。

 あの謎の少女の言う通り。

 あれより少しでもあそこで彼女を追及していたら、才人にルイズたちを守るだけの力は残されていなかっただろう。

 本当に最後の最後のタイミング。

 俺は、驚いた顔をしている才人を追い抜いて、ルイズたちのいるシルフィードに乗った。

「思ったよりも早かったわね。もう少しかかるかと思ったわ」

「驚くこと無かれ。キュルケを越える美人なお姉さんの誘惑から逃れてのレイラ・ド・レリスウェイク推参」

「……かもねぎ」

「残念ながらタバサ、今回に限ってはおいしいものやおいしいネタは持ってきていない。まあ、代わりにこれを持ってきたわけだが――」

 つくや否や、軽口を放つキュルケとタバサ。

 しかし残念ながら、今はそれに面白おかしく答えている余裕は無い。

「ルイズ――これが始祖の祈祷書だ。火のルビーを嵌めてこの本を開けば、はれて君も本格的にメイジの仲間入りだ。良かったな」

 そう言う俺を、疑惑たっぷりの目で見るルイズ。

 怪しいというか――言葉に出来ない様々な感情をない交ぜにしている瞳。

 しぶしぶといった感じで本に手をかけるルイズ。

 そして――本が輝いた。

「おい! 今レイラがそっちに飛んでったけど! どうなってんだよ!」

 どこからか聞こえる才人の声。

 現状の説明を求めてタバサを見ると一言「……通信魔法」と。

 なるほど、随分と便利な魔法もあったものだ。

 向こうも向こうで、こちらの状況は気になるらしい。

 こっちに近づいてきて、シルフィードと併走するような場所に陣取る。

 ――と、最初のページを読み終えたらしいルイズが、睨む様にしてこちらを見た。

 まあ、聞きたいことは色々とあるだろうねえ。

 正直、謎いっぱいで、力ずくで連れて来た訳だから。

 しかし、彼女は大きくため息を吐き出すと、改めて目前に迫る巨大艦体を見やった。

 黒々とした影を落とす巨大な戦艦。

 その付近で炎が飛び交い、雪風が荒れ狂う。

「駄犬、あなたに仕事与えるわ――」

 隣を飛ぶ才人に、ルイズが言う。

「二分間でいいから。――私を守りなさい」

 言うなりルイズは杖を目標たる戦艦に向けた。

 ルイズの意図を察したのか、タバサは無言でうなづき、シルフィードに加速の指示を出す。

「ああもう! 分かったよ! 二分どころか、五分くらいまでだったらなんとしてでも守ってやるよ!」

 やけっぱちのように叫ぶ才人。

 大きすぎる敵を前に、無意識の内に座っている足が震える。

 ――ルイズも怖いのではないか。

 少し、そんな事を考えたが、彼女はそんなことは考えていないだろう。

 その証拠に、祈祷書を読み上げる声も、杖を掲げる手も――まったく震えてはいない。

 だって、――信頼できる使い魔が守ってくれるって言ったんだ。

 信頼できる仲間の声が――彼女の中には今、響いているはず。

 ――それからの結果なんて、ここまで来たなら言わなくても分かるだろう?

 俺たちを迎えたのはハッピーエンド。

 それで充分じゃないか。











 燃料が切れたのか、一旦、タルブに着陸する事になった才人。

 まあ、シエスタとも色々とあるんだろうから、彼はそれで良いんだろう。

 確か原作でも、この戦争の後でシエスタと抱き合う感動のシーンがあったはずだ。

 リア充まっしぐらな彼の暗殺計画は、後日にオスマンと練るとしよう。

 彼の寝床の藁で納豆でも作るか?

 あれ?

 才人って確か、この頃にはもう――ルイズと二人で睡眠を……。

 ……………………

 ………………。

 …………。

 ……。

 よし、オスマンさんとみっちり相談する際に、未だ敵にまわっていないらしいワルドも呼ぶことにしよう。

 そんなわけで、あの主人公君はさておき……俺たちは今、空の上。

 下手に軍の人間に見つかる前に離脱しようと、学院に向かっている最中だった。

 そんな中、不意にルイズが俺と二人だけで話したいと言い出し――。

 それだったらレイラが乗せて学院まで行けば良いんじゃない? とのキュルケの言葉で、シルフィードから追い出され――。

 そして今、翼を広げた俺の上に、ルイズがしがみついていた。

 普段、シアをよく乗せているが――なるほど、こうしておんぶをしてみるとよく分かる。

 世界の男性が非常に深い興味と関心を持つ脂肪の塊。

 それには明確なほどの個人差があるということを。

「……ねえレイラ」

 シルフィードには先に行ってもらい、充分に見えなくなったころあいを見計らって、ルイズがポツリポツリと言い出した。

 俺は、沈黙でもって、それに答える。

「どうしてレイラはこれを知ってたの?」

 それは、当然であろう問いかけの言葉。

 まあ、当然っちゃあ当然だろう。

 何故かは知らんが、原作では冠婚葬祭見たいな行事で使われる始祖の祈祷書。

 その使用用途から察するに、誰も本来の使い方を知らないのだろう。

 言い換えれば、それは全く持ってその事実が伝えられていないという事実を指す。

 さて、では、王族でさえ知らなかったその事実を、何だって俺みたいな人間が知っているのか。

 解答としては、原作で読んだところを見ているから。

 これで答えが出るわけだが、これじゃあ何の解決にもなっていない。

 というより、新たな問題を作っているだけだ。

 普通の人間だったら、今いるこの場所が、物語の世界で、あなたは主人公です――なんて言われても混乱するだけだろう。

 オスマンは頭の回転が良さそうだから話しては見たものの、これはそうそう話せるような話題ではない。

 もうちょっと、てきとうな場面だったならば『レリスウェイクならありえる』で、流せそうなものだけれど、どうにもそんな雰囲気では無いから、これもアウト。

 そうなると――取れる手段としては、煙に巻くことくらいだが――。

「これってのは?」

 まったりとした俺の返事。

 それに、すかさずルイズが答える。

「この条件――私としてはブリミルの頭の弱さに涙さえ感じるわけだけれど――読めなかったら、この指輪と始祖の祈祷書を用意する事は出来ないはずよね。私はどうやら嬉しい事に選ばれちゃったみたいだけれど……どう見てもレイラは普通に魔法を使っている。つまりは選ばれるはずの無い人間。なのに何故レイラは――この条件を知っていたの?」

「この間、トリスタニアの書庫で調べ物をした際に本を見つけてね。彼一人じゃ今回の戦争は荷が重そうだし、良い機会だから教えてあげたと」

「じゃあ、なんであなたは私がこれに選ばれた人間――虚無の担い手だって知ってたの?」

「二つ名が虚無(ゼロ)だから、もしそうだったら面白いなって」

「もし、そんな不確かな理由で私を命の危機がある戦場に送り出したって言うのなら――昔のあなたの為に、私は力いっぱいあなたを殴らなければならないわ」

「冗談冗談。――普段の君の魔法を見ていたらさ……ただの失敗じゃなくて、爆発してるでしょ? しかも、その爆発が硬く固定化をかけられていた、学院の倉庫を壊した。そうなったら、君の属性が虚無であると疑うには充分な理由じゃないかな?」

「いい加減に本当の事を言わないと――翼をへし折るわよ」

「翼には触れないから、問題らしい問題は俺には無いんだけれど――本音を言うと一番の理由は君の使い魔かな?」

「――使い魔?」

「そうそう。彼の左手にルーンがあるでしょ? あれは、ブリミルの使い魔の一人、ガンダールヴと同じルーン。だったら、君をそうだと断定するのもおかしくは無いんじゃないかな?」

「…………」

「ま、こんな感じで証明終了っと」

「……結局、本当の事は言ってくれないのね」

 思いつめたようなルイズの言葉。

 俺はあえて道化を装い、ひょうきんに返す。

「何の事かな?」

「今の説明じゃ、理解は出来ても納得が出来ないって事」

 しがみつくルイズの手に、力が入る。

 それはルイズの苦悩なのだろうか?

 もしそれが成長に繋がるならば――。

 いや、繋がって欲しいと、俺は切に願う。

「…………」

「…………」

 沈黙の中、ゆったりと学院に向かって飛行する俺たち。

 なんとも気まずい雰囲気。

 それを破ったのは、ルイズのほうだった。

「まあ、いいわ!」

 先ほどまでとは一転、随分と明るい声。

 その顔を見ることは出来ないが、少なくとも声は軽さを取り戻している。

「レイラが何を考えているのかは分からないし、多分、これからも分からないんだと思う」

 独り言のように――しかし、俺に語りかけるルイズ。

 俺は黙ってその言葉に耳を貸す。

「だけど、私は無理にそれを知ろうとするのを止めるわ。レイラが前に言ってた――自分でいろんな事を知って、自分で判断しろって。だから、私は、無理にレイラの事を知ろうとはしない方が良いって、自分で判断する」

 覚悟の乗った声。

 明るい声。

 彼女は苦悩を超えたのだろうか。

 その越えた先が、どんな場所だったのか。

 それは俺にはわからない。

 だが、それでも彼女は間違いなく――、一歩前に進んだ。

「私は皆を大事にする。プライバシーとかもあるだろうし、皆秘密にしたい事だってあると思う。だからそういった事をまとめて認めた上で包み込める、立派な貴族になる!」

 それには、少なからず、今回の事件の才人も絡んでいるのだろう。

 ルイズの勘違いで喧嘩した二人。

 そこから生まれた二人の壁。

 それを乗り越えるために。

 同じミスをしないようにするために。

 彼女はそう結論付けたのだろう。

「だって私は伝説! 偉人は総じて心が広いものよ!」

 いや、その価値観はどうかと思うが……。

 思わず口元に笑みが広がる俺。

 そんな俺を敏感に感じ取ったのか、ルイズの口調が少し尖る。

「何? 今レイラ、笑った?」

「大丈夫だ、問題ない」

「ねえ、笑ったでしょ! っていうか、今の返事は笑ったことを否定してはいないわよね!」

「さて、話は終わったみたいだし、スピードを上げるか!」

「ねえ、ちょっと誤魔化さないで! 話を聞きなさい!」

「偉人は心が広い(笑)んじゃなかったのか?」

「それとこれとは話が別よ! それに、今の発言も行間に私をからかう意思が感じられたわ!」

 きゃーすかぴーちくぱーちく話しながらの帰還。

 やれやれ。

 ぽかぽかと頭を叩かれながらぼんやりと思う。

 あれ?

 この時間帯に頭を叩かれるのって、才人の仕事だった気が――。











 はてさて、三巻も終了し、物語もだいぶ佳境に入って来た。

 始祖の祈祷書その他がどうなるのかについてはまだ分からないが、その辺については、きっとどうにかなるのだろう。

 原作だって、ルイズのところに話が来たんだ。

 今回だって、国はそれくらいの事はするだろう。

 そうそう、帰って早々オスマンから連絡が入ったのだが、書庫の中でお腹をすかせたフェリスが、無事に発見されたらしい。

 あの、衛兵が気絶していた事件により、書庫の中の捜索がとうとう本格的に行われ、奥の方でぐったりしていたフェリスが無事保護されたのだとか。

 とりあえず今日のところは食事を与えておいて、明日には連れて来てくれるらしい。

 俺としてはすぐにでも飛んで行きたかったのだが、流石に疲れているはずだとオスマンに諭され、今日は休む運びとなった。

 そんなわけで、約一週間ぶりの休憩。

 俺は部屋のベッドに横になりながら、ぼんやりとカンペの束を見ていた。

 シアには、今日は自分の部屋で寝るように言い聞かせてある。

「惚れ薬とラグドリアン湖――さて、俺はどの辺から絡んでいくべきかな……」

 ランプに薄く照らされた部屋。

 そこで俺は、ぼんやりと手元の束を広げる。

 ――と、不意に、その中にあった一枚が目に止まった。

「――ん? 何だこれ」

 散々読み返したはずのカンペ。

 その中に一枚だけ、見覚えの無い紙が混ざっていた。

 誰かが――オスマンやシア――が勝手にこのカンペを覗いて、一枚追加した。

 その可能性は、この厳重にかけられた鍵から想像してありえないだろう。

 それに何よりも、そこに書いてあったのは日本語。

 てきとうな文字の羅列ならまだしも、一文一文は、ちゃんと意味の通じる文章になっているのだから、分かる人間が書いたはず。

 そうなると、俺が書いた――ということになるのだが……。

「ブラウン管テレビ――暗い部屋――砂嵐――女性――。一文一文の意味は分かれど、総じて全く理解できないぞ?」

 他のカンペの整理された筆跡とは違う、ぐちゃぐちゃの塗りつぶしたような字。

 まさに、俺が一番最初にカンペに書いていた字と、それは確かに酷似していた。

 酷似はしていたものの――俺には、その内容がまるで理解できない。

「カンペの一部――ってことはねえな。ゼロ魔でこんなシーンは記憶にねえし。そもそも、ゼロ魔にブラウン管テレビなんて出てこねえしな」

 パソコンならば、才人のものが出てくるが……。

 首を捻るも、答えは出ない。

 何だって、こんな意味不明な紙があるのだろう。

「まあいいや、一応取っておくか」

 そう呟くと、俺はその紙をカンペの一番下に送り、改めて計画を立て直す。

 では、気を取り直して。

 始まった戦争。

 目覚めた虚無。

 ストーリーは順調に進行中!

 しかしまあ、その裏でも色々あるわけでして――。

 例えばワルドが味方になってたりだとか。

 例えば、作者の原作意識が変わってしまったりだとか。

 例えば、謎の金髪美女が現れたりだとか。

 色々とめんどくさい事はあるわけですが――。

 とりあえず今はハッピーエンド。

 それで良しってことで。

 今回は増えたメンバーもいないのでお茶会はカット。

 次なる怒涛の展開に期待して。

 そんなわけで閉幕、っと!




 ――パチリ。








[27345] まくあい さん
Name: 柳城寺 蛍◆c99426ab ID:a424e81c
Date: 2011/05/31 23:39
 まあ、既に分かっていることだとは思うが、俺は見るからに――いや、聞くからに――あれ、この場合は読むからにが適切だろうか。

 待てよ、読むからにってことは一周まわって見るからにって事にならないか?

 まあとにかく、見たり聞いたり読んだりする以前の問題として分かってくれるとは思うが、俺という存在は、どうにも遠まわしな言い方が好きらしい。

 該当アンケートによると、恋仲にある男女のうち、女性ははっきりと物を言って欲しく、男性は遠回りな物言いが好きというパターンが多いらしい。

 この様な微妙な価値観の相違から、喧嘩したり雨が降ったり地面が固まったりそのまま分かれてしまったりと、まあ、人間関係というのは実に面白いものではあるのだが。

 どうやら俺も、世の男性というものの一人であるということを再認識させてくれるこの結果には随分と共感めいたものを感じたものだ。

 まあ、こうして既にだらだらと書いているこの数行だけでも、俺がどれだけ遠まわしな言い回しが好きかということを理解してくれる人が大半だろう。

 一部の人(主に俺の家族)に言わせると、この遠まわしでくどくどとしていて全く意味の無い内容がうざくてうざくて仕方ないらしいが、俺としては、この言い方で育ってしまったものだから今更直しようが無いのだ。

 それに、遠まわしな言い方というのは便利なもので、明言をしない分、ごまかしが効く――というより、言い訳がしやすいのだ。

 幼馴染なんかは、そんな俺の思考を笑い飛ばしていたが、我ながら随分と正確がひねくれていると思う。

 まあ、これはあくまでも俺の距離感。

 他人との距離のとり方に問題があり、あまり他人を近づけたくないという心理的バリアがあるのが原因――なんて言い方が出来るのかもしれないが。

 いや、今の言い方は、あまりにも中二病(中学二年生ぐらいの時期にたいていの人が想像するイタイ妄想)的過ぎるか。

 まあ、俺としては中二病というのをそこまで悪い事として見ていない――いや、むしろ、適度ならば人生観において素晴らしいものであると考えてはいる――わけだが、世間というものは、どうにもそれを拒絶したがる傾向がある。

 皆ハッピーエンドで良いじゃないか。

 ご都合主義良いじゃないか。

 幸せには色々な形こそあれ、幸せであればそれでいいと思う。

 そんな俺の価値観であり世界観。

 まあ、価値観だ世界観だって言葉が既に中二病的であり、そう言う風に取られることが多いわけだが――。

 だから、この作品にも世界観だ何だということが十二分に言葉として出てきている。

 むしろ、この作品の根本――非常に大事な部分の一つとして根ざしていることは、否定できないだろう。

 さて、話がだいぶ逸れた気がするので戻そうか。

 そうそう、本題は俺が遠まわしな言い回しが好き、という話だ。

 これはまあ、小説なりドラマなり映画なりでは、複線――なんて言い回しにはなるわけだけれど。

 まあ、早い話、ストレートに伝えると気持ちが伝わらない――そう言う意味だ。

 時間をかけて語れば語るほど、相手にも、その重要性が伝わる。

 まあ、かなり最初の方で、キュルケとタバサの決闘シーンなどからその辺は理解してもらえるだろう。

 気持ちというのは言葉にはし難く、したところで伝わらない。

 これが世の常だ。

 楽しかった。

 例えば感情を表す言葉にはこんな言葉があるが、これを言ったところで、果たして何人の人が、その楽しさを正しく受け取ることが出来るだろうか。

 つまり、感情を伝えるのには、無駄な言葉、遠回りな表現が必要不可欠なのだ。

 では、ここまで長々と遠まわしな表現、くどくどとした言い回しの正当性について俺は語ってきたわけだが、だからといって受け入れられる人と受け入れられない人がいるのは当然だ。

 受け入れられない人は、たいてい最初の方で飽きているだろう。

 キュルケなんかは、きっとこの話をしたところで、俺の声が右の耳から入って左の耳から抜けていくだけだ。

 だから、いい加減に飽きてきている君たちに、いい加減に俺の気持ちが少しは伝わったと思うので、本題に入ろうと思う。

 つまり、俺が言いたかったのは、この幕間も、そういった遠まわしな表現の一つに過ぎないということだ。

 言おうと思えば、本当に短い言葉で終わる内容。

 しかし、それをわざわざ遠まわしな言い方をすることによって、伝えたいものがある。

 それを理解して欲しい。

 さて、ここまで長々と駄文に付き合ってくれた顧客の皆さん。

 本当にありがとう。

 何度も言うようだが、これから始まるのは、行間という奴だ。

 幕と幕の間にあるのに行間とはこれ如何に――なんて野暮な突っ込みは控えてくれたまえ。

 しかしまあ――間、というはずなのに、初っ端から回想で始まるわけだが――。

 いや、これ以上語るのは無粋だろう。

 読んでみれば分かる。

 俺が言うべきは、その一言で充分なのだ。

 俺としては、この話を聞いたときは、本気で驚いたものだが――。

 では語ろうか。

 語られない世界と語られたはずの世界の話を――。










******************************

――タルブの草原にて――ズレが変えた世界観。


「はみだし者だったんです」

 始めに――。

 事の始めというか、言の始めにシエスタが言ったのは、確か、そんな言葉だった。

 夜の草原。

 月が照らす草原には、ちらほらと花が咲いている。

 ざわざわと言うよりはさらさら。

 頬をなでる様な優しい風を浴びながら、シエスタは言葉を続けた。

「さっきも言ったとおり、おじいちゃんは村の外から来た人だったんです。村の外から来て、謎のおっきい荷物を持って、それでいて、それが空を飛ぶなんてうそぶいて――」

 夜露に濡れた花が、月の光に輝いた。

 キラリとはじけて、消えてゆく。

 幻想的な光景。

 今にも消えそうな、そんな光景。

「そんな人が村に――集団に馴染めるわけないじゃないですか。いくら真面目で良い人だったからって――人の第一印象は変わらない。変えられない。――だから私は、生まれたときからはみ出し者だったんです」

 村の外れ。

 森の中にシエスタの家はあった。

 明らかに日本のものと思われる――というより日本以外にあり得ない、ゼロ戦という飛行機――いや、戦闘機と共に。

 村から外れた場所。

 村から追い出された存在。

「小さな頃から、遊びはほとんど一人遊びでした。といっても、もちろんほかの子供達と遊んだこともありましたよ。かけっこを皆でしたこともありました。一番スピードの出ていたあたりで、転ばされて擦り傷を負いました。鬼ごっこをしたこともありますよ。鬼以外の人が私を捕まえて、鬼に差し出す遊びになってました」

「……っ! それは――」

 それはもう。

 いじめというやつなのではないか?

「だから私は一人遊びが殆どでした。最近はレイラさんが奇術というものを教えてくれたおかげで、また一人遊びの種類が増えました。ほら見て下さい、指がくっついたり離れたりするんですよ」

 そう言って楽しそうに手を動かす彼女。

 魔法に憧れる人間としては、素直に嬉しいのだろう。

 しばらくその奇妙な動きを俺に見せてから、彼女は後ろを向いた。

 あえて、俺から表情を――感情を隠すようにしながら、彼女は続ける。

「一人遊びをしていない間は、一人で本を読んでいました。休みの度に、お父さんが“ジテルシア”でトリステインの図書館まで連れて行ってくれて、そのたびにいろんな本を借りてきて読みました」

 “ジテルシア”ってのは、多分自転車のことだろう。

 “ヨシェナヴェ”は寄せ鍋。

 シエスタが扱う、俺の元居た世界と絡む物は、すべからく発音が訛っている。

 それを考慮すれば、大体の発音は読み取れる。

「本当にいろんな本を読みましたよ。例えばお料理の本だったり、例えば編み物の本だったり、例えば――好きな男の人を口説くための本だったり」

 一際強い風が吹いた。

 彼女の髪が、風になびく。

 丈の低い草が、風に揺れる。

「――わかってるんです。私、自分がずるい事してるって。……こういう不幸な話を聞いて、断れないっての知ってて言ってるんです。本当にずるいですよね」

 そう言う彼女の肩は震えていた。

 うつむく彼女は、言葉の端々に嗚咽が混ざる。

 それは誰に対する涙なのだろうか?

 俺に対して?

 いや、むしろ彼女自身に対して。

 自分で卑怯な自分が許せない。

 だから今、彼女は泣いている。

 自分の中の正しさと。

 その正しさを捨ててまで手に入れたい何か。

 その葛藤の間で、彼女は戦い、涙という血を流している。

「でも! いくらずるくても――!」

 彼女は勢いよく振り向くと、俺を真正面から見つめた。

 その涙でぐしゃぐしゃに歪んでて。

 目は真っ赤だし、眉は変な形をしてるし。

 だけれど、それでも――その視線と気持ちは真っ直ぐに俺に突き刺さる。

「いくらずるくても手に入れたいんですよ! 私にとって、それだけ大切な存在になってるんです。私の全てを捧げても欲しい、そう言う存在になってるんです」

 彼女は、ゆっくりと近づいてくると、そのまま俺の胸に顔をうずめた。

 そのまま、涙声で彼女は続ける。

「一生お傍においてください。そのために出来る事だったら何でもします。死ねと言われれば死んでみせます。だから、私が息を引き取るその時まで――どうかそのときまでお傍においてください」

「でも、俺は違う世界の人間で――」

「もし、そちらの世界にお帰りになる時が来たら、お供します! そちらの世界の文化も勉強します!」

「いや、でも家族が――」

 そこまで思わず言ってしまってから、俺はしまったと顔をしかめた。

 散々聞いていたじゃないか。

 彼女には――家族が居ないって。

 両親は二人とも――戦争で死んでしまったって。

 しかし、その言葉を聴いて、彼女は腕を回して俺に抱きつく。

 暖かい――。

 彼女の体温が俺を包んでいく。

「お願いします。――もう一人は嫌なんです」

 暖かい抱擁と繋がる気持ち。

 月光の下、二人抱き合う俺とシエスタ。

 切ない響きでもって、“俺の名”を呼ぶ彼女。

「お願いします――エイタさん」

 俺には――そんな彼女を抱きしめてあげることしか出来なかった。











「さて……そろそろいい加減にするべきだと思うので反省会です」

 高く上る月。

 流れ行く雲。

 それらを見上げながらの露天風呂。

 俺はまったりと息を吐きながら呟いた。

 さて、そんなわけで反省会だ。

 いい加減に、後回しに出来る物にも限界が出てきただろう。

 単純簡単、さっぱりとした問題解決――とまでは行かなくても、せめて問題の要点は、何が問題で、何をするべきなのかくらいは、整理しておいて損は無い筈だ。

 そのために、今日上げる問題は、大きく分けて二つ。

「まず一つ目は……やっぱり、あの金髪だよな」

 呟いて、あの瞬間を思い出す。

 トリステインの書庫の前。

 気絶した警備兵と、その隣に悠然と座る彼女。

 そして何より重要なのが二つ。

 一つは、彼女が俺の知らないキャラであり、人間であると言うこと。

 そしてもう一つが――どうやら俺のことを知っていて、それだけでなく、この世界のことにも何か気づいているらしいこと。

 どう考えたところで、才人が絡むことは無くても、俺にとっては間違いなく重要な人物だ。

 彼女が何を知っていてどういう存在なのか――。

 敵なのか、味方なのか。

 あの態度からすると味方のように感じることも出来るが、そう決め付けるのは早計。

 ゆっくりと判断する必要がある。

 因みに、彼女の事をオスマンに話したら、「裸の美女!? ああ! 何故あの時のワシは知り合いの伝手で風竜を呼んででも、書庫に行かなかったのか!」なんて嘆いていた。

 俺としては、真面目な話をしに来たつもりだったのだが、どうやら今は、一旦コメディモードらしい。

 まあ、下手に緊張して大変なことになるよりは、それもそれでありだろうという事で、その時は一旦、気分をコメディーモードにして、対応したのだった。

 さて、では具体的な彼女についての対策だが――正直言って調べることは可能だろう。

 実際に、警備員が言うには、気がついたときには周りを炎で囲まれていて、相手の顔すら見れなかったと言っている。

 確かに顔を見られないのは犯罪の基本だが、少なくともこれで彼女が炎のメイジであると言うことが分かった。

 だから、調べようと思えば不可能ではないのだろう。

 しかし、彼女は言っていた――まもなく分かると。

 その言葉を鵜呑みにするつもりは無いが、少なくとも、しばしの時間を待つ理由としては、充分だ。

 しばらく待ってみて、それから動いたとしても、大して問題にはならないだろう。

 万が一、彼女がこの世界を――もし本来のルートを知っている上で、あえてバッドエンドへ向かうように仕組んでいない限りは。

 そんな――完璧なまでの悪役で無い限りは。

 さて、では謎の金髪美女は置いておいて、もう一つの問題。

 それは――。

「俺の記憶――どうなっちゃってんのかねえ――」

 それはおれ自身のこと。

 これについては、流石にオスマンに相談したところで何の問題解決にもならないことが分かっている為に、自分で問題を解決しなければならないのだが――。

 いかんせん、その手段が難しすぎる。

 第一、その対象が記憶だ。

 心理学や精神科の専門家でも、おそらくは手を焼くだろう。

 色々試してみろ、としか言えないこの状況。

 そもそもだ。

 そもそも、死んだ瞬間の記憶――なんて持っている人のほうが珍しいだろう。

 何故なら、人間は死んだ記憶なんて持っていないのだから。

 しかし、俺の場合は例外だ。

 ちゃんと、死んだ瞬間の事は覚えていたのだ。

 死んだとき、周囲の気温はどの程度だったのか。

 死んだとき、周りの風景がどんなだったか。

 死んだとき、幼馴染が何を言っていたのか。

 俺はそれを覚えていた。

 生き返ってそれなりの時間がたった今。

 当時夢中になっていたゼロの使い魔の記憶は薄れても、未だにそれらの記憶は俺の中で鮮明に残っている。

 なにしろ、一回死んでいるんだ。

 知識と体験では、その記憶の残り方が違う。

 だから、死んだ時の事を忘れるはずが無いんだ。

 なのに何故か――。

 俺は、死んだときに握ってもらっていた幼馴染の手の温度を忘れていた。

 俺は、死んだときに俺を見て泣いていた幼馴染を見ていたことを忘れていた。

 俺は、死んだときに幼馴染の言った言葉が、俺の中で響いていたことを忘れていた。

 何故――何故こんなに中途半端に記憶が抜け落ちているのだろう。

 いや、それだけならまだ、レイラ“死の謎!”で終わるが、話はそれだけじゃない。

 それぞれの記憶を思い出したタイミングで、俺は様々な変化をしている。

 例えばそれは、妹の手が暖かいという、常識的な事実を改めて思い出していた。

 例えばそれは、行ったことの責任を自分で取るという、当たり前の責任感を思い出していた。

 例えばそれは、自分だけで何かが出来るわけではないという、知っていて当然の自分の弱さを思い出していた。

 それぞれ、本来――俺が持っていなければいけないもの。

 持っていて当たり前の“感情”を思い出していたのだ。

 欠けた感情と、欠けた記憶。

 明らかにおかしい部分が多数あるというのに、それでも問題無しに俺はここに居る。

 ここに居ることが許されている。

 これではまるで、何かのパズルみたいだ。

 足りないピースがあるのに、そのピースが無くてもうまく組み合わせれば別な形になる。

 確か、そんなパズルがあったのを記憶している。

 言われるまで、ピースが足りないなんて事に気づかない。

 そんな、矛盾に満ちた世界。

 さて、ではこの問題については俺はどう取り組むべきなのだろうか?

 精神科医だったら、間違いなく様子を見ましょうと言うだろう。

 やはりそれしかないのだろうか?

 金髪の美女も、俺の記憶も。

 とりあえず、今は動けないから放置。

 様子見しか出来ない。

「はあ……本当にこれでいいのかな……」

 夜空に浮かぶ双月。

 俺の再びのため息は、湯気と共に夜空に浮かんで――消えた。

 











「『この文章には間違いがあります。それは何処でしょう』こう聞かれると、人は無意識に間違いは一つだと認識してしまう傾向にあります」

 私は本を捲りながら呟く。

 今、ここに私が居ることに、若干の驚きと恐怖を覚えながら、誰にも聞こえない言葉を紡ぐ。

「更に、その間違いを探すのが難しければ難しいほど、人はそれで納得してしまうのだからたちが悪いものです」

 ――パラリ。

 ページを捲る。

 そこでは、青年が剣を携え、協力な敵へと向かっていく。

「まさか、それよりも難しい解があるなんて、思いもしない」

 何処にでもある、メジャーな物語。

 正義が悪を挫く。

 ただそれだけ。

「でも、それよりもたちが悪いのは、そんな意地の悪い問題を出す出題者」

 そして、正義は救われた。

 世界も救われた。

 皆が皆、ハッピーエンドで笑顔になった。

「さて、ではそれが人生である場合――出題者は誰になるのかしら?」

 ただ――悪だけは救われなかった。

 たった一人、笑顔の輪の外で泣いていた。

「やっぱり――神様になるのかしら?」

 彼女は未だ、救われない。

 正義が居ても――救われない。



[27345] 真実ってこんなに熱かったっけ? そのいち
Name: 柳城寺 蛍◆c99426ab ID:6e311d49
Date: 2013/03/10 02:15
 ――見えない景色がある。聞きたい音がある――











「テストの話をしていいか?」

「ん、苦しゅうない」

「今日の小テストだけどさ」

「歴史の小テストがどうかしたのかい?」

「もしも、そのうち歴史が変わったとしたら、その時、テストの答えってどうなるのかなあ?」

「歴史が変わるってのがありえないと思うのは私だけ?」

「そうじゃなくてさ、例えば織田信長が本能寺で死ななかった――って学者が新しく発表をしたら、今日のテストで“織田信長の死んだ寺の名前を答えよ”って問いに答えた人たちはどうなるんだろうってこと」

「正解になるんじゃない?」

「じゃあその場合、新しい発見での答えを書いた人たちは?」

「……正解になるんじゃない? ――というより、そもそも問題が無かったことになりそうだけれどね」

「根本的な問題解決――実に大人らしい考え方だな」

「なんか随分と嫌味な言い方をするよね」

「でもそう考えてくとさ……正解ってものが、どこにもないような気がしてくるんだよね」

「正解ね……」

「正しかったものが間違いになる。間違ってたものが正しくなる。そうやってくと、普遍的で正しいものなんて本当にあるのかなって」

「……無いんじゃないかな?」

「無い?」

「多分、この世に正解なんか無いんだと思う」

「ほうほう、してその心は?」

「あるのは正解なんかじゃなくて、人の意志なんじゃないかな?」

「人の意志?」

「ああしたい。こうしたい。ああして欲しい。こうして欲しい。そう言った人の欲求が、正解という擬似的な答えを出しているんだと思う」

「なるほど、欲求か。随分と哲学的な考え方だな」

「今回の場合、先生はきっと『皆に勉強をして欲しい』って欲求があったんだと思う。だから、勉強をした内容を見たのだと思う」

「結果より過程を意識した考え方か。まあ、結果の部分で答えが出せない以上、過程を見るのは実に当然の考え方と言えるな」

「君は本当に、いつもいつも言い方がひねくれてるよね」

「仕方ない、性分なんだ」

「ところで、君は今回のテストの手ごたえはどうだったんだい?」

「きっと、徳川幕府は、家光の世代で終わったと、新たな歴史的発見がされる予定だ」

「いや……流石にそれは……」











 袖擦りあうも多少の縁。

 日本の昔の偉い人はこんな言葉を言っていた。

 まあ、この言葉に限って言えば、あくまでことわざであり、偉い人が言ったとは一概に言えないわけだが――。

 まあ、何れにせよ、現代日本においてメジャーな言葉のうちの一つであることに間違いは無いだろう。

 実際に、この読者だって一度はこの言葉を何処かしらで聞いた事があるはずだ。

 もし聞いた事が無かったら、是非辞書で意味を調べておいた方がいい。

 その無知が世間にばれた場合に、一瞬空気が切ないものになる可能性がある。

 それにしても、ことわざというのは誰が考え出したものなのだろう?

 語呂がよく、うまい言い回しで、それでいて教訓めいた言葉。

 昔にそんな事を考えるのが趣味なお坊さんでも居たのだろうか?

 いや、お坊さんと限定するつもりは無いが、なんとなくそういった事をするのはお坊さんかなあと。

 そんなぼんやりとしたイメージ。

 あいにく、その辺の詳細について、俺は死ぬ前の世界で調べることが無かったために詳細な考察をすることが出来ないが、ぜひとも、興味のある人は調べてくれたまえ。

 周りの皆に自慢できるかもしれないぞ。

 さて、そろそろ本題に入ろうか。

 俺は別にことわざについて熱く語りたかったわけではない

 ことわざだ何だってのは、実に利用が便利で、俺としても極力利用したくなるし、まあ、一般人程度には俺だって知っているつもりだ。

 だから、タバサがやたらとそういった類のものを利用したくなる気持ちも分かる。

 実に分かる。

 しかし――今回俺が言いたいのはそっちじゃない。

 俺が言いたいのは、袖擦りあうも多少の縁――このことわざの意味の方だ。

 俺がこのことわざの知識を得た本によると、袖が触れ合う程度でも、それは前世からの運命なんだとか。

 一度死んだ俺が語ると、とたんにそれは随分と信憑性のある言葉になるものの、逆に死んだことがあるからこそ、その言葉には思わず首を傾げたくなってしまうことがある。

 しかし、今――俺はその考えを、今後ははっきりと否定することを決めた。

 道で袖が触れ合う程度。

 その程度のことで、その人間との運命的なつながりというのは間違いなく生まれる!

 というより生まれてしまう。

 それはある種の呪い。

 ここまで至った俺としては、それは間違いなく呪いと呼ぶことにする。

 何故ならこの物語の始まりが……そうとでも呼ぶしかないような……そんな、残酷な始まりを迎えていたからだ。

 俺の全く知らないところで……。

 袖を多少擦りあったばっかりに……。

 そんなわけで俺は今――ガリア王国の首都、リュティスにある、プチトロワの客間にて、頬を引きつらせていた。

「人形の分際でレイラ様の存在をかくまうなんて、随分とたちの悪い反乱ね。今すぐ首をはねてしまいたいわ」

 流れる空気は一種触発。

「……やれるものならやってみろ。メス豚」

 それはそう、世間の奥様方が大好きなテレビドラマのような、ピリピリとした雰囲気。

 まるで、ドロドロのクリーム状にした唐辛子の様な――胃が痛くなる空間。

「あら、しばらく見ないうちに、随分と威勢が良くなりましたね。この間の痺れ薬程度ではあまりお仕置きになりませんでしたか」

 何だって、俺がこんな空間にいなければならないのか。

 誰か、分かる人がいたら教えてほしい。

「……あなたこそ、手足を凍傷にしたときに泣きながら『ごめんなさい私の負けですぶひー』って言っていたのを忘れたみたい」

 この呪い……その根源たる理由を。

「そんな事言ってません! レイラ様! 私はそんなにはしたない女ではありませんわ! 今のはこの人形が言ったでたらめです。――オイゴラ人形! てめえマジでぶっ殺すぞ!」

「……後半に素が出てる」

「空耳ですわ、レイラ様」

 ――いやあ、今更空耳ですって言われてもねぇ……。

 俺は、頬をピクピクさせながら、向かいに座るキュルケに助けを送る視線を送った。

 しかし、彼女はそんな俺に、実に同情めいた視線を送るだけ。

 どうやら、彼女は被害者になる気はさらさら無いらしい。

 俺と同様に苦笑しながら、、一歩引いた安全圏にて、優雅に紅茶なんて飲んでいる。

 こういう人間を、きっと世間は卑怯な人間というのだろう。

 まあ、俺も同じ立場だったら、間違いなくそうしたとは思うが。

 何故なら、こういう人間が、一番利益を得ることのできる人間だから。

 まあ、なにはともあれ――。

「はぁ……」

 思わずもれたのは、深い深いため息。

 がっくりと肩を落としながら、思い返す。







 そもそもの始まりは、数日前だった。

 確か、歴史の授業の帰りにタバサに呼び止められたのだ。

 そして、何事かと着いていってみれば、そのままシルフィードに乗せられた。

 全く事情を把握できてない俺と、何故か同乗していたキュルケとシアを載せてシルフィードは出発。

「逃げたかったら逃げてもいい」

 そう言うタバサに、首を傾げつつも、気がついたらここに居たと。

 因みに、着いてからの席順を教えておくと、俺の右隣にイザベラ。

 左にシアで、向かい右にタバサで、向かい左にキュルケ。

 ――うん、席順なんてどうでもいいんだ。

 とにかく今は、意味が分からない。

 全く、意味が、分からない。

 そして、それより意味が分からないのが――。

「えっと――イザベラ――さん?」

「もうレイラ様ったら――昔のようにイーシャって呼んでください」

「えっと……盗賊団からの大脱出を一緒にした――あのイーシャ?」

「二人で駆け抜けた森の中。繋いでいたレイラ様の手の暖かさ。全て覚えていますわ」

「料亭中毒事件のあのイーシャ?」

「あ、あれは手料理を作ろうとしたら失敗しちゃって――」

「何人か、夢遊病者が出ていたが」

「目には目を、ハニワがワオ! って言うじゃないですか」

「言わないし、歯には歯をだとしても会話が繋がらない」

「毒には毒を加えればいいかなって思って、ちょちょっと水の魔法を――」

「なるほど、成功よりも威力のある失敗とは随分と珍しい才能の持ち方をしているようで」

「だって、レイラ様が言ってくださったんじゃないですか『人間に不可能なんて無い。だから、何があっても諦めない事が大事だ』って」

「そうか、俺としては是非とも“失敗した料理を食べれるようにする”事ではなく“次こそはおいしい料理を作る”という方面でその考えを生かして欲しかった」

「でも、そのおかげでレイラ様の食事はご無事でしたでしょう?」

「あれもその惨劇の残骸だったのか」

「レイラ様のは特別心を込めて作りました」

「確かに、あの料理からは殺気をビンビンに感じた。まさか君があれほどに俺を嫌っているとは思っていなかったから実に驚いたよ」

「相変わらず、レイラ様はご冗談がお上手で」

「いや、結構マジな話なんですけれどね」

「いやいや、ご冗談を」

「いやいやいや、結構マジで」

「おほほほほほ」

「あっはっはっは」

 なんだこの、ゾクゾクと背中に寒気の来る会話は――。

 正直、先ほどから若干鳥肌が立っている。

 まるで、じっとりとまとわりつくように――しかしそれでいて、貫くようなこの空気。

 会話の内容が怖いのか?

 いや、おそらくは違うだろう。

 この背筋を、肌を冷やす――というより、挿しているものは、そんな生易しいものではない。

 なるほど。

 これが殺気というやつか。

 だとすると、放っているのはおそらく――。

「なあ、お前――」

「お兄様、お前ではなくシアですわ」

「シア、お願いだから俺に向けて殺気を放つのを止めてくれないか?」

「何のことでしょう? 私がお兄様に殺気を放つなど、あり得ないことですわ」

「いや、俺に対してでは無いのかもしれないが、シアの体から溢れ出る黒いオーラは、俺にとって驚異以外の何物でもないんだ。ほら見てみろ、さっきからゾクゾクとし過ぎて、まるで肌が変な病気をしたみたいになっているぞ」

「水のメイジとイチャイチャしているから寒気を感じてしまうのですわ。そんなお兄様は私の身体で暖めて差し上げますわ。それとも、私の身体で感じさせて欲しいのですか?」

 そう言って左側から俺の腕にしがみつくシア。

 我がお嬢様は、いつも通りに絶賛大暴走中の模様。

 いや――ただ暴走するだけならば良い。

 なんというかそう――今回に限っては、何故か最高に相性の悪そうな人類が隣にいるわけでして……。

「なっ! かかか、身体でなんて……ふふ不純です! 淑女として最低限のたしなみくらい覚えたらどうなのですか!」

 案の定、反応するイザベラ。

 彼女も俺とは別な意味で苦労の多そうな人間だ。

 彼女のリアクションに対する姿勢はまったく頭が下がる。

「守りで釣れるほど、お兄様は分かり易い男性ではないんですの」

「つつ、釣れ……レイラ様! 今すぐうちに婿入りしてくださいませ! このような淫女と共に過ごしていたら、穢れてしまいます!」

 言うなり、シアを俺から引き剥がそうとするイザベラ。

 最も――あくまで姿勢に対してだけだが。

 それにしてもこの二人、多少なりとも力を弱める努力をする気は無いのだろうか?

 いやまあ……努力は認めるが、それによって、かえって腕が変な方向に絡まって、知恵の輪みたいになっているのだが……。

「王家への婿入り……レイラ様としては、破格の出世な筈です!」

「お兄様にとっては身分なんて関係ありませんわ。純粋な愛にこそ、お兄様はなびくのです」

「でしたら私の勝ちですわね。私はこの数年間、ずっとレイラ様のことを思い、毎日枕を濡らしていましたわ」

「変態ですわ! 枕をそんな風に慰み物にするなど! きっと毎晩、あそこに擦り付けて声高に叫んでいたに決まっていますわ!」

「だまらっしゃい小童が! 私は“涙で”濡らしていたんじゃ! 貴様の汚い妄想と一緒にするでない!」

「今の言葉が理解できる時点で充分ふしだらですわ! どうせ、毎晩毎晩、城の男をとっかえひっかえ、お食事になっているのでしょう!」

「ととととっ、とっかえひっかえ……黙れ下郎が! ワシは全てをレイラ様に捧げた身……貴様のような穢れた身体とは違うのじゃ!」

「まだ綺麗ですわ! もっとも――お兄様に汚される日も近いのでしょうが……」

「それを言うなら、私なんて既にレイラ様とくっ、くく口付けを交わしておる! どうじゃ! ワシの方が一歩リードじゃ!」

「キスくらいなら、私だって何度もしたことがありますわ!」

「きき、キスって……。そんなふしだらな言葉を気楽に口にするな! しかも、それを何度も……消え去れこの痴女! 至急、国中から退魔のエキスパートを集めてみせるわ」

「おほほほほほ。負け犬の遠吠えですわ! どうせその一回も、寝ているお兄様にこっそりしたとかその程度でしょう?」

「うぐっ……。……ふふふふふふ。ですが、それだけの時間一緒に居て落とせないなんてあなたに女の魅力が無いのではなくて?」

「キスの次のステップも知らない姫が何をおっしゃっているのやら」

「だだ、だから、きききききき、キスなどと気楽に口にするでない!」

 さて、諸君。

 長々t待たせてしまったが、俺はすごく言いたいことがある。

 心の底から言いたい一言があるので、是非とも言わせてほしい。

 ――なんだこれは?

 本気で思うからもう一度。

 ――なんだこれは?

 非常にめんどくさいのだが。

 非常に面倒で、それでいて薄ら寒い。

 イザベラなんか、ところどころ口調が崩れてるし。

 ああ、あの崩れた口調は、間違いなく俺が原因だろうな。

 確か、回ったところがあんな言葉遣いの田舎町ばっかりで、自然とあの口調が身についたんだよなあ。

「ふふふふふふ……」

「おほほほほほ……」

 含み笑いを浮かべながら、笑顔で火花を飛ばし合う二人。

 さて、そろそろいい加減に話さなければならないみたいだが――、このイザベラと俺は、以前に会ったことがある。

 会ったこと――というか、しばらくの間一緒に過ごしたことがある。

 それは、俺が家出していた、およそ一ヶ月の間。

 魔法修行の旅と称した家出――というか放浪を始めた最初の頃、物陰に隠れている彼女を見つけたのだった。

 当時は――今思えば偽名だったのだろうが、イーシャと名乗っていた為に、いくらイザベラという存在を知っていた俺でも気づかなかった訳だが。

 いやはや、先の袖擦りあうも多生の縁では無いが、人生、何がどう絡むか、全く分からないものだ。

 道端で出会った女の子。

 それがまさかお姫様だなんて、誰が予想しよう。

 確かに昔、家出をした際に、そんなイベントをこなしたことを、俺ははっきりと思い出せる。

 一ヶ月近く、確かに俺はこのイーシャって子と共に過ごしたこともあった。

 ちょっとしたプチ家出。

 当時としては、気まずくなりかけていた、妹の微妙な心理関係もあり、しばらく俺は家を出ていたのだった。

 相手方も家出だったのか何なのか、イザベラと知った今に思えば、命を狙われる恐怖から、子供ながらに逃げ出したかったのだろう。

 確かに、彼女と出会ったのはガリアに密入国(森の中を歩いていたら気がついていたら入っていた)した際だった気がするから、気づくことは可能ではあったのだろうが、まあ、今となってはどうでも良い話だ。

 気づかずに過ごし、当時はまるで気がつかなかったものの、いつの間にかこんなに懐かれていたと。

 ひどく怯えているくせに、強気な態度。

 ある種、ルイズにも近いものがある少女と、当時は色々話しながら旅をしたものだ。

 どうにも今の彼女のイメージとは遠いものであるというのが、過去を振り返った俺の感想である訳なのだが、そんな俺の個人的な感想こそ、こそ本当にどうでも良いことだろう。

 二人の家出少年少女は、お互いに細かい事は詮索しないようにして、一ヶ月という時間を過ごしたのだった。

 最終的には、彼女が「貴方にふさわしいレディになって帰って来ます!」と言って、お別れになったのも、今となっては良い思い出。

 俺もその際に、丁度良い機会と思って、領地に帰宅。

 そしてシアに泣きつかれたと。

 なるほど、考えてみれば、タバサも俺のイメージよりもよく喋るし、どうにも明るいイメージがある。

 それは、このイザベラの性格変化が絡んでいるのだろう。

 実際、こういてお互いにいがみ合いながらも――いや、イザベラとタバサがいがみ合うという状況そのものが、原作にはなかった光景だ。

 昔に家出をした際に、案の定、俺も彼女に対して、ルイズに近いお説教をした記憶が多々ある。

 細かい内容は覚えていないが、短い間とはいえ、はねっかえり少女と共に過ごしていたのだ。

 お互いに口論だって何回もしたし、意見のすれ違いもいっぱいあった。

 そうした中で、彼女は少なからず俺の影響を受けていたのだろう。

 そうした結果が、今のタバサとイザベラの関係になっているというのなら、俺としては喜ぶべきなのだろうが。

 平和で、平穏で、それでいて確かな幸せがここにある。

 それは喜ぶべき事だろう。

 お互いにとって不利益にしかならない妬みや恨み。

 それがない、今のこの二人ならば、今までよりもずっと、効率的に動けるはずだ。

 そりゃ、お互いの両親の作った遺恨はあるだろう。

 それは分かる。

 だけど、それ以上に彼女たちは、それぞれを一つの個人として扱えるようになってくれている。

 それは、俺にとっても、周りの人間にとっても、幸いであるはずだ。

 俺の知ることでは無いが、俺と別れた後、それぞれの間にも、色々とあったのだろう。

 タバサだって、自分の母親の恨みは未だに抱いているはずだ。

 イザベラだって、父親の事や才能のことで、思うことが色々とあるはずだ。

 だけどそれでも――。

 タバサはタバサであり、その父親ではない。

 イザベラはイザベラで、彼女の父親ではない。

 親の遺恨を、娘の代で消し去る。

 それが、彼女たちは出来たのだ。

 実際に、イザベラが恐怖を覚える相手に対しては、タバサが全面的に戦ってくれる。

 むしろ、タバサが味方についているという事実だけで、イザベラの感じる恐怖のほとんどは取り除かれるのだ。

 それでいて、タバサの方も、イザベラと仲良くなることによって、孤独感は減るし、何より原作のような無茶な命令を受けずに済む。

 これは、どう考えても利益しか生まない好関係なのだ。

 おそらく、イザベラが、俺と別れた後から動き出したとするのなら、彼女は相当に辛い思いをしたのだろう。

 タバサだって、そう簡単に割り切れるはずが無いのだから。

 それでも、ここに至ったのならば。

 これは一つのハッピーエンドなのだろう。

 少し前の俺ならば、そんな破綻はひどく恐れたのかもしれない。

 だけれど、今の俺としては、そういった変化は、むしろ好ましいものだ。

 それぞれが成長して変わる。

 それが良いことかどうかは、また別の話。

 今は、変化すること自体を俺は、好ましく感じる。

 そして、その変化に俺が関係しているというのなら。

 俺がきっかけであるというのなら、これほど嬉しいことは無いだろう。

 もっとも――。

「それとこれは全く別の問題な訳だが」

 左右の重みを感じながら、俺はため息を吐く。

 四巻の内容。

 思わぬ形で参加することになった、ラグドリアン湖でのイベントは、まだ始まったばかりだ。



[27345] 真実ってこんなに熱かったっけ? そのに
Name: 柳城寺 蛍◆c99426ab ID:6e311d49
Date: 2013/03/10 02:21
「――というわけで、是非ともあなたの協力が欲しいと思って、今回は急遽呼び出したわけ」

 一風変わって真面目な雰囲気。

 いくら仲が良い二人といっても、その辺のメリハリはハッキリしているのだろう。

 そうでなければお姫様なんか出来ないし、そうでなければ仕事として成立しない。

 仕事とプライベートはハッキリと分ける事は、生きるうえで必要なことだ。

 そんなわけで、部屋を客間から移動して玉座の間。

 今の俺たちは、上座にイザベラが座り、その向かいにタバサ、タバサの後ろに並ぶようにして残りのメンバーが立つ――と、一応形式的に、ちゃんとした仕事のための立ち位置に立っていた。

「……水の精霊は危険」

「ええそうね。でも、誰かが行かなければもっと危険ね。」

 さて、そんなタバサの仕事以来なわけだが――案の定、ラグドリアン湖の水の精霊討伐だった。

 ただ、原作と違う点としては、イザベラ本人が行くといっていること。

 そして、タバサにはそのサポートを依頼したいと。

 なるほど、確かに無茶な命令――それでいて、タバサに依頼するしかない厄介な依頼ごと。

 それに対する彼女なりの気遣いのなのだろう。

 しかし、こんな言い方は引けるが、彼女が行ったところで……。

「……足手まといはいらない」

「水のメイジがいれば、場合によっては最悪の事態を防げるかもしれない。居ないよりは居た方がましよ」

「……邪魔になるだけ」

「猫の手も借りたくなる可能性もある」

 ハッキリとしたタバサの否定の言葉を、これまたはっきりした否定の言葉で、イザベラは返す。

 どうやら、彼女は意地でも行く気らしい。

 なんとなく、諦める気が無いことがその目から感じ取ることが出来る。

「それと、依頼に私自身が協力するたびに言っていることだけれど――もし、私の身に何かがあって、それを助けられないと判断したら直ぐに私を見捨てなさい」

「……了解」

 目を閉じて承諾するタバサ。

 彼女も彼女で、思うことがあるのだろう。

 原作では思慮することの無かった思いが。

 その上で、彼女は了承した。

 まあ、これは仕事である以上、了承するしかないのだが――。

「さて。じゃあ、さっき、サポートをお願いしたいと言ったわけだけれど、今回のあんたは、ある意味最終手段。最近、たまたま良い風のメイジを手に入れてね。あなたにはそのサポートをお願いしたいの」

 ――風のメイジ?

 どうやら、随分と好待遇になっているらしい。

 まあ、そりゃ自分が行くんだから当然か。

 二重に予防線を張っていれば、最悪の事態は防げる可能性が、グッと上がるだろう。

 というより、そもそも原作がありえないほどの無防備さだったのか。

 まあ、原作だって、たまたまキュルケを連れて来ていたから、攻撃手段があったわけだが、本来なら一人だもんな。

 そりゃ、流石に安全性は増しているか。

 それにしても――風のメイジか……。

 何だろう。

 意味も無く嫌な予感がするのだが。

 嫌な予感というか――、まるで俺の予想外なことが起きる予感というか――。

「さ、入ってきてください」

 そう言って手を叩くイザベラ。

 それに併せるようにして、彼女の隣のドアが開いた。

 コツコツという足音と共に、問題の風のメイジが姿を現す。

 いや、表わしたわけだが……

「いやいやいや……」

 その姿を見た瞬間、俺は、思わずそう呟いてしまった。

 いや、それは無いだろう。

 何がどうなったのか。

 俺にはまるで理解が出来ない。

 一体、どのような因果で彼がここにいるのだろう?

「ウェールズ皇太子……」

 ぼそりと、そう呟いたのはキュルケ。

 そう、そこにはあのウェールズ皇太子がいた。

 向こうも、まさかここでの再会とは思いもしなかったのか、一瞬驚いたような顔をした後、きれいな笑顔を浮かべる。

「やあ、ミス・ツェルプストーにミスタ・レリスウェイク。まさかこんなところで再会できるとは思いもしなかった。これも始祖の導きかな」

 華やかな笑顔で手を振っての挨拶。

 一方、困惑しているのは、俺とキュルケだ。

「えっと……その……はい?」

 全く意図せずに、意味不明な言葉を並べる俺。

 いや、だって、その……ねえ?

 だって、皇太子ってアルビオンで死んだんじゃないの?

 死ぬ予定なんじゃないの?

 確かに、ワルドが直接手を下すことは、今回の場合は無かった。

 だからこそ、今もワルドは味方的立ち位置をキープしているわけだが……。

 それにしたって意味が分からない。

 なんだって今日はこんなにも意味の分からない過去の因縁が俺に絡んでくるんだ?

 ガリアのせいか?

 ガリアという土地がそうさせるのか?

 まるで、今まで細々と張ってきた伏線を一気に回収されているような気分だ。

 だって、まさか家出当時の旅の仲間がイザベラで。

 彼女のせいでこうしてこの物語に参加することになって。

 死んだはずのウェールズ皇太子が生きていて。

 それが何故かガリアのお姫様の元にいて。

 その皇太子が今回のメインの風メイジって――。

 そりゃ、彼が生きていることは素直に嬉しい。

 なんだかんだで、俺の動きが彼を救ったって事になるのだから。

 世界のズレが、奇妙な螺旋を描いて彼を助けた。

 それは本当に喜ばしいことだろう。

 今日は本当に喜ぶべき事ばかり。

 なんとも、不思議な日があったものだ。

 今までは、変な矛盾から世界が改変されたり、始祖の祈祷所が無くてバッドエンド直行だったり、ズレが悪い方向に転がることが多かったが、まさかこんな事があるとは。

 そりゃそうだ。

 ありとあらゆる事には、メリットとデメリットがあってしかるべきなのだ。

 今まではデメリットの面を意識してきたが、なるほど、俺の動きは一概に無駄なものでは無かったと。

 そこまで長々と物を考えて、ようやく俺は素直にほっとする。

 それにしても、ずいぶんと不思議なものだ。

 悪いイベントよりも、良いイベントの方がゾッとするとは。

 もっとも、良いイベントの方が落ち着くのも早いのだが。

 キュルケの方もようやく落ち着いてきたのか、ため息混じりに話し出す。

「はあ、驚いて心臓が止まるかと思ったわ」

「安心してくれたまえ。ゾンビだったりはしないよ」

 笑顔でそう言うウェールズ。

 原作でゾンビになっている人が言うと、ずいぶんと含蓄があるな。

 そんな皮肉めいた俺の思考はともかく、俺とウェールズが知り合いであることに驚いたのか、イザベラが、俺とウェールズの顔を交互に見ていた。

「あら? 皆様お知り合いで?」

「まあ、ちょっと関わる機会があってね」

 詳細をぼかして言うウェールズ。

 まあ、今更自国が滅んだときのことを蒸し返されるのも悪かろう。

 詳しく聞く気は無いが、彼も彼で、いろんな過程を経て、ここにたどり着いたはずだ。

 そして、今や彼はただの一人の人間。

 得たものと失ったものを考慮して、色々考えてここに居るはずなのだ。

 だったら、それについて俺がとやかく言うのは、筋違いというものだろう。

 とりあえず、再会についてはこのくらいで十分なはずだ。

 再会を喜ぶのは後でもできる。

 別に今すぐ出発するというわけでもないんだ。

 今日の夜にでも語る時間はあるだろう。

 そんなわけで、今は仕事優先。

 先ほども言ったが、その辺のメリハリははっきりとつけるべきだ。

 イザベラさんも考え方は同じなのか、軽く式払いをしてから、本題に戻す。

「そんなわけで、あなた達には、この王族直属特殊護衛騎士、ウィリアム・テュー・フリードと共に、今回の任務を成功させるべく働いて欲しい」

 王族直属特殊護衛騎士。

 本当にそんな役職があるのかどうなのか、俺は知らない。

 だが、まあ――、無ければ無いで、どうせ作っただろう。

 権限さえ与えなければ、人を傍に置くことくらいなら出来るはずだ。

 それが相当に複雑な経歴を背負った人間で無い限り。

 いや、背負った人間であっても、それを隠しておけば、どうせ問題は無いのだ。

 あの偽名も、それ以来使っているものなのだろう。

「ウェールズ改め、ウィリアムだ。生まれは王子だったけれど、僕だって少年期には、騎士に憧れを抱いていたんだ。だから、この立場にも僕は満足しているよ」

 確かに、女の子だったらお姫様に憧れるものなのかもしれないが、男の子だったら王子様よりも騎士だろう。

 大切な人を守るための力。

 戦場を突き進むための力。

 男の子というのは、どうにも力というものに憧れる傾向がある。

 もっとも、転生者たる俺に限っては、前世の記憶を持ち越しているのでそんな事は無かったが。

 いや、その前世の記憶を持ち越しているという情報も、かなり怪しいものになってきている今日この頃。

 当面のところは、他の表現方法が見つからないので、持ち越している、ということにしておく。

「当面は、水の精霊との交渉――といっても、それこそこちらには交渉できそうな人間が居ないわ」

 モンモンを引っ張ってくれば一発なのだが、どうせ後で来るのだ。

 ほっといて来るのだから、わざわざ今それを言う必要は無いだろう。

「だから、とりあえず交渉の方針で進めはするけれど、本格的に争いになることも覚悟しておいてね」

 一区切りつけて、こちらを見渡すイザベラ。

 ここまでは目的。

 そしてこれから行うのが、操作であり、作業の説明。

 はてさて、どうなるものか――。











******************************



――正解と間違い――正しい歴史と間違った単語。





 俺は必死の思いでドアを蹴り開く様にして開けると、そのまま部屋の中に転がり込んだ。

 側でぎーしゅが床に倒れている。

 もしかしたら、開けた際にはね飛ばしてしまったのかもしれない。

 後で謝っておこう。

 そう、謝るにしても、とりあえずは後だ。

 今は自分の命が最優先。

 とりあえずは生き残らなければ。

 あの鬼から逃げきって、無事に明日の朝日を見ることが出来たとき。

 そのときに初めて、俺は彼に謝ることが出来るだろう。

 だから、とにかく今は……。

「はぁ、はぁ、はぁ……、かかか」

「なんだ! きみはぁ!」

 荒い息を押さえるようにして俺は訴える。

 ギーシュが、ものっそいキレた顔でこちらを見ているが、そんなのはルイズに比べたらずっとマシだ。

「かくまってくれ!」

 俺は言うやいなや、部屋にあったベッドに飛び込んだ。

 目に付く範囲で、一番隠れられそうだったのがそこだったのだ。

 後から考えれば、クローゼットとか、他にも選択肢はあったのかもしれないが、この時の俺は、これ以上なく必死だった。

 命の危険というのは、これほどまでに、人間を本能的に動かす。

 何とも驚きだ。

「おい! モンモランシーのベッドに飛び込むやつがいるか! 出ていきたまえ! この!」

 ギシギシとベッドのスプリングが音を立てる。

 そんなことにかまいもせず、俺は頭から布団をかぶった。

 その姿は、まるで亀のよう。

 お化けを怖がる子供のように、布団にくるまった俺はぶるぶると震える。

 だって怖いのだ。

 伝説は怖いのだ。

 本能が怖い、怖いと叫んで止まないのだ。

「ちょっと、なんなのよ! あんた! 勝手に人の部屋に……」

 布団の向こうから聞こえてきたモンモンの文句は、再びの騒音にかき消された。

 乱暴に、それこそ破壊するかの様にして扉が開けられたような音。

 びたーんと、小気味良い音が聞こえてきたから、床に倒れたりしたのかもしれない。

 さて、問題は倒れた方じゃない。

 倒した方が問題だ。

 まず間違いなく、倒した方は――。

「ルイズ!」

 ぎーしゅの叫ぶ声。

 ――まあ、そうだろうなあ。

 この程度でやり過ごせるご主人様ならば、俺はこんなに苦労していない。

 この場所くらいは突き止めるだろう。

 レイラの妹は超常的な探知能力で、自分の兄を見つけることが出来るそうだ。

 レイラも、探知については、並々ならぬ能力があるらしい。

 しかし、それにしたって、まさかルイズがそれほどの探知能力を持っているという事はないだろう。

 そんな能力は、レリスウェイクの奇跡だけで十分だ。

「ななな、なんなのよ! あんたたちぃ!」

「っさいわねッ! あの駄犬はどこッ!」

 若干鼻声のモンモン。

 倒れた際に鼻を打ったらしい。

 鼻声なのは、それを押さえながらだからだろう。

 そして、その直後に聞こえてきた怒声。

 怒りにまみれたその声は、まごう事なき、我がご主人様。

 正直、樽から出てきたときは、死を覚悟した。

 だって、地響きはしてるし、赤黒いオーラは出てるし、ピンクブロンドのその髪は重力に反して逆立ってるし……。

 なんてそんなことを考えている俺だが、次の瞬間に、逆立ったのは、俺の全身の毛だった。

 無言のプレッシャー。

 肌はぶつぶつと鳥肌が立ち、こめかみからは冷や汗が流れ出る。

 そうか……。

 そうか、これが本当の殺気って言うのか。

 なるほど、別にルーンが発動しなくても、殺気を感じる事って出来るんだな。

 思わず震える全身を必死に抱きしめながら、必死の抵抗。

「犬はい、いませせ、せん」

 そんな風に答えてみるが、しゃべる途中で、何回か歯を打ち合わせてしまった。

 失礼、かみまみた。

 怖い怖い怖い。

 ギャグを脳内でやってる場合じゃない!

 そんなにのんきな事をしている余裕は俺には無い!

「ぷはー! 走ったら喉がかわいちゃった。それもこれもあんたのせいね。いいわ、こっちから迎えにいってあげる」

 そんなルイズの言葉。

 それとともに、足音が近づいてくる。

 迫りくる恐怖。

 逃げ場は無い。

 焦れば焦るほど思考は混乱し、震えは大きくなる。

 堪えようのない恐れ。

 布団の端に手がかけられた。

 とうとう判決の時か……。

 俺、爆発させられちゃうのか……。

 イヤだよ!

 怖いよ!

 どうにかしなければ!

 どうしようどうしようどうしようどうしよう……。

「覚悟しなさい……、んあ?」

 勢いよくはぎ取られた掛け布団。

 明るくなる視界。

 そういえば、レイラもかつて似たような体験をしたことがあるって言ってたな。

 妹に追いかけられて怖かったとか。

 なるほど、これは本当に恐怖だ。

 光が恐怖を与えることはあるんだ。

 ――と。

 不意にして突然。

 前置きなんか一切無しに、ルイズの顔が歪んだ。

 ふにゃり。

 そんな表現がぴったりくる変化。

 何だ?

 これは一体、何なんだ?

 レイラだったら、こんな時でも、「予定調和。ぐるぐるぐるぐる、あるべき形で世界は回る」とか、そんなことを言うのだろうか?

 ルイズが、俺の胸に顔をうずめて“俺の名”を呼ぶ。





「エイタぁぁぁ……」





 その声は、遠く、トリステインの空に響いていた。



[27345] 真実ってこんなに熱かったっけ? そのさん
Name: 柳城寺 蛍◆c99426ab ID:6e311d49
Date: 2013/03/10 02:27
 予定通りが、必ずしも正しいとは限らない。

 それはつまり、想定外が必ずしも間違っていたり、良くない結果では無いという事と、ほとんど同意義と言っていいだろう。

 それと似たような内容で、想定通りと予定通りもまた違う。

 具体的に言えば、今、俺がおかれているこの状況だ。

 ゼロ魔ストーリー開始当初の俺だったら、この状況は想定内とはいえ、予定通りでは無かっただろう。

 予定では、ここにイザベラもウェールズもいないはずだったのだ。

 この状況を恐れこそすれ、予定通りなんて事は無かったと考えて良い。

 更に話をするなれば、善悪の話は更にやっかいなものになる。

 当時の俺の目にこの状況は、明らかな悪いものとして映っていただろう。

 それに対して、今の俺。

 今の俺は、この状況を、下手すれば原作よりも良い状況なんじゃないかとさえ、思っている。

 いつぞやから取り戻しつつある俺の感情。

 そのおかげ――とこの場合は表現していいのかこの場合はいまいち分からないが、それが少なくとも影響しているのは確実だ。

 何が悪で何が善か。

 そんなのは、あくまでも視点の問題なのである。

 悪魔にだって決められないものなのである。

 いずれしろ――当時の俺の視点で見れば、たとえ感情や記憶が今と同じ状況でも、間違いなく予定外であり想定外であっただろうが。

「なんか、こうやって二人で月を見ながらレイラ様とご飯を食べるのも久しぶりですね……」

「お姫様か何か知らないですが、雌狐の分際で私のお兄様にべたべたしないでくださいませ!」

「雌ぎつ……まあ、いいですわ。それに、レイラ様は狐がお好きなようですわよ。ね? フェリス?」

 そう言って、イザベラは俺の頭の上に、自分の皿の上にあった肉を与えた。

 イザベラの表情から察するに、フェリスはおいしそうに食べているのだろう。

 餌付けされる我が使い魔。

 将を落とすならばなんちゃらを射よとはよくいったものだ。

 それはともかく――。

 はてさて、そんなこんなで、作戦決行前の夕食。

 おそらく才人たちがいるだろうから、無事に事は運ぶのだろうが、世の中、何が起こるか分からない。

 まあ、いざとなったら作戦の中止を訴えて、モンモンを呼びに行けばいいだろう。

 何が巡り巡ってそうなるかは分からないが、才人たちがここに来ない可能性だってあるのだ。

 ここまでズレてる世界。

 その程度の事は覚悟しておいた方がいいだろう。

 そんなわけで、俺たちはせっかくだから――ということで、タバサ宅の庭で、月光の下、バーベキューをしているのだった。

「おーい! こっちの肉が焼け――」

「……ここは戦場。……戦いの場において私に隙は無い」

 自ら進んで肉を焼いてくれているウェールズ。

 それを、焼き上がると同時に素早く手元のソースにつけ、口の中に放り込むタバサ。

 会話の直前にある沈黙の間に、某苦い野菜のサラダやパンなどをかきこんでは、咀嚼している。

 最近気がついたが、タバサの会話の前にある沈黙。

 及び彼女のしゃべり方は、この食事が原因なんじゃないか?

 普段の彼女と会話するとき、その時と大して変わらないペースで、食事中の彼女と話すことが出来る。

 ちょうど、沈黙の時間で咀嚼が終わるのだ。

 まさに、食事のために作られた会話。

 彼女が言葉少ななのも、それが原因なんじゃないだろうか。

 原作では、ただそういうキャラ――あくまでキャラの特徴の一つとなってはいたが、そう考えると、それはそれでなかなかに面白い。

 実際のところは俺にも分からないし、彼女の身の回りの環境が原因――なんてもっともらしい理由をつけられたら、それ以上何も言うことは出来ないが。

 いやむしろ、場合によっては、それこそまた世界観の書き換えなんかが起こる可能性があるのだから。

 まあ、そこまで大した問題でもないから、面白半分に、自分の中で完結させておくのが、正しい判断だろう。

 それはまるで、完結した本のその後をイメージするようなもの。

 わざわざ言葉にするだけ無粋な話だ。

 それはともかく――食事に熱中しているタバサはともかくだ――。

「ほら、お兄様。あーんしてくださいまし。焼き具合、脂の乗り具合、どれをとっても最高の一切れですわ」

「あらあら、この雌猫は何をおっしゃっているのかしら? レイラ様、こちらには特製のソースがからんで、実においしくなってますよ」

「雌狐が何をほざいているのやら。私たちと同じソースではないですか」

「私のソースには愛情(○液)がからんでるわ」

「変態ですわ!」

「まあ、伏せ字の部分に入れる文字によって変態のレベルが計れるわね」

 具体的には、レモンとか砂糖とか、更に行くなら胃腸薬。

 液に繋がらない言葉ではあるが、その程度が望ましい。

 おそらくタバサなら、入る言葉は薬。

 そしてあの二人がイメージしたのはおそらく唾、とか、場合によっては愛、とか。

 本気で止めてほしい。

「その隙に温めなおしてあつあつの肉をお兄様の口の中へ! この勝負に勝のは私ですわ!」

「ふっ、こちらはソースの温度を上げてあるのです! だから未だに熱々のまま、レイラ様に食べさせてあげられますわ!」

「あれ? 確かレイラって猫舌じゃなかったっけ?」

 暴走するシアとイザベラ。

 それを、被害が受けない程度の距離から観察して笑っているキュルケ。

 そして、二人の熱い気持ち(焼けたばかりの肉)を口の中につっこまれる俺。

 そう、問題なのは、こっちだ。

 誰か――。

 誰か助けてくれ。

 贅沢は言わない。

 せめて自由に食事ぐらいとらせてくれ。

 俺としては、焼いた肉を野菜と一緒にサンドイッチみたいにして食いたいんだ。

 ゆっくりと食いたいんだ。

 スローフード万歳なんだ。

 体に良いこと素晴らしいじゃないか。

 何故それが理解できないのだろう?

「よし、解った。せっかくだから食事というものについて語ろうではないか」

「……食事……それは我が生き様……食事……それは戦争」

 電光石火。

 食事についての話題を出したとたんに、目の前にタバサが現れた。

 タバサがあらわれた。

 物欲しそうにこちらを見ている。

「……油断大敵……気を抜いたら資源が消える」

「タバサ、お前の食事に対する姿勢は解った。しかし、俺の皿から肉を取ろうと虎視眈々と様子を伺うな。掠め取るようなシャドウフォークの動きには、一種の殺人的な恐怖さえ感じえるぞ」

「……命を奪い合う行為に、殺意がともるのは当たり前」

「私としては、争うよりも、安全な食事がしたいのですが」

「降伏の際は、あなたの命は保障する」

「俺の命の糧となるものは保障してくれないのですか!」

「……あなたは二人から貰う。……私は、あなたから貰う」

「その手がありましたわ!」

「いや、そんな手は無い」

 俺の皿を狙う獲物が増えた。

「なるほど……レイラ様のお肉を食べた人が、その分をレイラ様に差し上げると……」

「お兄様を食べる。お兄様に食べられる。なんて美しい響きの言葉なのでしょう」

 シアとイザベラまでもが放つ殺気に当てられ、思わず一歩引く俺。

「何故だ! スローフードの魅力について語ろうと切り出しただけで何故こうなった?」

「あまりにも会話の進み方がスローだからじゃない?」

「会話の数秒後にタバサが出てきて、きがついたらこの展開になっていたというのにどうしろと?」

 遠くから俺に話しかけるキュルケ。

 しかし、彼女に俺を助けるという気は、まるで無いらしい。

 愉快に笑っては、遠くから楽しそうに見ている。

「ところで、あなたの肉があれから更に二枚ほど減っているのだけれど……」

「よし全員目を瞑って正直に手を上げろ。俺の肉を奪ったのは誰だ!」

 小学校流、犯人探し。

 何故か未だに記憶に新しいあの捜索方法。

 未だに行っている教師――及び学校は存在するのだろうか?

「因みにレイラ……それで手を挙げる人間がいたら、ただの馬鹿よ」

「ちょうど二人手を挙げているが?」

「はい?!」

 由緒正しい聖人の如く。

 目を閉じたまま高々と手を掲げる馬鹿が二名。

 シアとイザベラだった。

「お兄様! お兄様の肉は私が頂戴してしまいました! ですから、代わりに私を食べてくださいませ」

「お黙りなさい雌猫! レイラ様、あまりにもレイラ様のお肉が美味しそうだったもので思わず食べてしまいました。代わりといってはなんですが、私めのお肉をどうぞお召し上がりください」

「こっちが先です! お兄様! どうかいけないシアにおしおきをして下さい」

「お、お、おし、おしおきだなんて……レ、レディとして、少しは表現を控えなさい!」

「誇りやプライドで腹が膨れたら苦労はしませんわ!」

 ……ああ、そういえばシアもレリスウェイクの人間だったんだっけ。

 誇りで腹は膨れない。

 レリスウェイク家の家訓。

 ある種、名言だよなあ……。

 因みに犯人は既に分かってる。

 二枚の肉をそれぞれが取ったわけではない。

 もっと単純だ。

「なあタバサ……確か、さっき、お前の皿は空だったよな」

「……覚えが無い」

「今お前が手をつけようとしている肉は……どこから生まれたんだろうな……」

「……シアに分けてもらった」

「せめて、ウィリアムって言えば説得力があっただろうに」

「……ウィリアムに分けてもらった」

「色々と手遅れだよ!」

「……! いい感じに焼けてたのがあったから取ってきた!」

「名案を思いついたみたいに言っても遅すぎるからな!」

「……レビテーションを使ったから、移動していない!」

「何の言い訳にもなっていない! そしてそれ以上に、お前の手に握られているのは、杖ではなくフォークだ!」

「……! レビテーションを使っての流れるような食事……これは来る!」

「馬鹿によからぬ知恵を与えてしまった!」

 フォークを使わない、新時代的な食事法を考案したタバサ。

 即座に実行に移すべく、そばの壁に立てかけてあった杖を片手に、再びウェールズの元に向かっていった。

 どうやら、俺の元に、次の肉が届くのはだいぶ先になるらしい。

「はあ……」

 ため息を吐きつつ、壁に寄りかかりながら、タバサの被害を免れた食事をまったりと食す俺。

 見上げた夜空から見下ろすのは、相変わらずの大きな二つの月。

 それは、離れる事無く、重なる事無く、若干のズレでもって、そこに浮かんでいる。

 まるで、この世界のズレと歪みを象徴しているかのような景色。

 二つの月が離れきったときには落ちてきたりでもするのだろうか?

 落ちた月の対処法。

 ハルケギニアの事は知らないが、もし地球に月が落ちたら危ないだろうな。

 どの程度の被害が出るのかは知らないが、とんでもない事には、なるだろう。

 なんか、そんな感じの映像を、地球に居た頃に見た気がする。

 最も、はっきりとは覚えていないので、かなり曖昧なものではあるが。

 どっかの動画サイトでも、良く素材として使われていたような……。

 まあ、深く考えたところで仕方のない事だ。

 この世界には何の関係も無いし、意味も無い。

 それこそ、あの底知れない幼馴染とならばこういった会話は延々と続くのだろうが……。

「やあ、こんなところにいたのかい?」

 ふと、月に見とれていると、そんな風に声がかかった。

 パチパチと遠くで爆ぜる炭の音。

 頬を撫でるやわらかい風。

 ゆっくりと視線を下ろした先――そこに居たのは、ウェールズだった。

「隣……いいかな?」

「俺に断る理由と権利があるように思えます?」

「権利はあると思うけど理由は無い――これで正解かな?」

「ならきっと大丈夫なのだとは思いませんか?」

「君はどう思う?」

「質問に質問で返すのは愚か者のすることだと聞いた事はありませんか?」

「なに。先ほどから質問文だけで会話が出来るか試したところではないか」

「ええ、そうなると面白いなと思って、途中からは意図的にそのような言葉を選んでましたからね」

「ありゃりゃ、気づいてたのか――じゃあ、この勝負は僕の負け、ってことかな?」

「私に勝とうなど、三レス早いです」

「つまり、君のネタは後三つで尽きたと、それは惜しい事をしたな」

「男の会話に言葉は要らない……つまりそう言うことです」

「それにしても“聞いた事がありませんか?”は卑怯だと思うよ。あれならどんな文にも続くじゃないか」

「しりとりで文の使用が禁じられているのと同じような理由ですか」

「というより、しりとりは禁止範囲を設けないと絶対に終わらない競技だからね……」

「まあそんなわけで、別に同じように涼む分には俺としては全く異論はありません」

「そうか、それは良かった。では失礼させてもらうよ」

 そう言って、俺の横で城の壁にもたれかかるウェールズ。

 もう少し俺がイケメンだったら――きっとこれはこれで絵になる風景だったんだろうな。

 皿の上の野菜を少し口に含みながら、そんな事を思う。

「そう言えば、肉焼き係は大丈夫なんですか?」

「ミス・タバサに仕事を強奪されてね。今はこうしてゆっくりと食事の時間さ」

 それはそれはご愁傷様です。

 ――いや、この場合はおめでとうございますか?

 ……しっくりくる表現が浮かばない。

 なんとも自分の語彙力の無さが切なくなる。

「……月がきれいだね」

 不意に、ウェールズがそんな事を言った。

 彼の片手には、グラスに入ったワイン。

 それをほんのりと揺らしながら、呟くように――まるで掬った水が手のひらから零れ落ちたかのように言う。

「ええ――すごく美しいと思います」

 その言葉があまりにも自然すぎて。

 意図せず言ったという、彼の気持ちが流れ込んできて。

 その気持ちがあまりにも真っ直ぐだったから。

 俺は何かを考える前にそう返事してしまっていた。

 しばらく、無言で月を見上げる男二人。

 本来は死に別れる運命だった者達。

「あの日――」

 何の前触れもなく、ウェールズは切り出した。

「あの日、僕は君に会えて本当に良かったと思っている」

 それは真っ直ぐに月へと向かう言葉。

 心の姿。

 自分の気持ち。

 決して形の無いそれを、何とかして伝えるために、言葉という形に直していくような。

 心がそのまま言葉になったかのような。

 曇りなき、調べ。

「もし君に会えなかったら、未来はまた今とは変わっていたかもしれない」

 それはIFの物語。

 本来の形であった、今となってはIFとなってしまった物語。

「もし、君以外の人が――例えば後に勇者と呼ばれるような人間が来ていたら――それもまた違う未来になっていたかもしれない」

 ガンダールヴと出会い、虚無の担い手と出会い、そしてその成長となる物語。

 自らを捨て、他人のためとなる物語。

「その中には、今よりも幸せな未来があったかもしれない。いや、一つくらいはきっとあっただろう。皆が幸せ、笑っていられる奇跡のような未来が。それでも――」

 いつの間にか、彼の目は真っ直ぐ俺の事を見ていた。

 月光の下、彼は俺にその言葉を告げる。











「――それでも、僕は君に会えてよかったと、そう思う」











 それは肯定。

 俺がずらした世界、それを肯定する言葉。

「あの日の朝、本当は船に乗って何か資材はないかと辺りを探す予定だったんだけれど、行かないで良かった。行かなかったから、君に会うことが出来た」

 俺が歩んできた道。

 それを肯定する言葉。

「僕としては、君に会うことが出来たという、この事実は――それなりに大きなものだと思っているよ」

 今まで不安だらけだったこの俺の生き方。

 たいていの人は、未来が分かっていないからこそ恐怖する。

 奇想天外、五里霧中、一寸先は闇。

 しかし、俺の恐怖はそれとは全く逆。

 未来が分かっているからこそ、理解できるからこそ、そことの違いに恐怖する。

 微妙な誤差に恐怖する。

 どんな人生よりも、自信の持てない人生。

 そして今日、それを始めて肯定された。

 今までのでよかったと肯定された。

 その喜びが、ゆっくりと胸の中に染みてゆく。

「ありがとうございます」

 口から零れたのは、感謝の言葉。

 短いけれど、一番俺の感情にふさわしい言葉。

 見れば、少し遠くで言い争いを始めている女性陣。

「言葉にしなければ! 態度で示さなければ伝わらない事というのがこの世にはあるのですわ!」

「恋は燻り、温度を上げ、内側にて燃え上がるもの! あからさまに外に出すのは、ただの露出狂よ!」

「お! 今の意見は興味が惹かれたわね」

 一方、とうとう巻き込まれた(自分から首を突っ込んだ?)らしいキュルケが、シア、イザベラの二人と会話をしていた。

「ぷすぷす、グッグッ、ドカーン! 恋愛はこんなイメージです!」

「そうそう! グッときてクスクス……ボボボボボ……バウーン! って感じよね!」

「恋愛はガツーン、ドーン、バーン! って感じですわ!」

「これだから雌猫は恋愛に疎いのです」

「これだけはイザベラに賛成ね。どうもシアの恋愛感が合わないと思っていたら、こんな理由だったとは」

「ちょっとお待ちください! 他の何を譲ったとしても、ここだけは譲れませんわ!」

「では、レイラ様を譲ってくださいな」

「それは命にかけても譲れません!」

「そう言うあなたは、何の犠牲もなしに成果を得ようとしてるじゃないですか!」

「残念ながら、私には、レイラが奪い合うほどの価値があるものに思えないのだけれど……」

「「レイラ(お兄)様を馬鹿にしないでください!」」

「あんた達、実は仲良いんじゃないの?」

 効果音で語る恋愛講座は、どうにも変な形で終焉を迎えたらしい。

 っていうか、恋愛を効果音で語るって……。

 本当に彼女達は大丈夫なのだろうか?

 もちろん、頭的な意味で。

 そういえば。

 現代日本において、関西圏の人々は道案内をするときに効果音――というか擬音語を多用するという話を聞いた事がある。

 具体的に挙げるならば。

「そこの道をグワーンといって、三番目の横道をガッと曲がって、一つ目の信号をザッと……」

 と言った具合。

 これはあくまで伝聞であり確固たる保障のあるものではないが、彼女達のそれからは、これに近いものを感じる。

 まあ、結局のところ、だからどうしたといった話になるわけだが、ふと思い出したので、豆知識程度に覚えておいてくれ。

「つまり、恋は微熱であり、燃え上がるものなのよ!」

「ひっそりと胸の中に貯蔵し……栓を抜いた瞬間にあふれ出す。これが恋!」

「押し倒せば勝ち! これこそ恋ですわ!」

 三者三様の盛り上がりを見せる、恋物語。

 オチなんて有るのだろうか?

 とにもかくにも、いつも通りのコメディ展開を遠くに見ながら、俺は思う。

「こんな平和が、いつまでも続きますように……」

 そうならない事はわかっていても、思わず呟いてしまう。

 かなわぬ願いは煙と共に、広い空へ消えていった。



[27345] 真実ってこんなに熱かったっけ? そのよん
Name: 柳城寺 蛍◆c99426ab ID:6e311d49
Date: 2013/03/10 02:29
「これまた奇妙な運命ね……」

 とは、キュルケの談。

 しかしまあ、俺としてはこうなることが分かっていたために別段奇妙な運命だとは――いや、むしろこうならない方が奇妙だとさえ思える訳だが。

 なにはともあれ、物事は無事帰結する。

 結局のところ、あのバーベキューの後で俺たちは、湖にて精霊を狙おうとしたところで、無事に才人たちと合流できたのだった。

 なんだかんだで、この辺に支障が出なかったのは、こちらとしては幸いだ。

 まあ、ある程度ならば誤差の利く範囲であったため、どちらでも良かったと言えば良かったわけだが……。

 いや、ここは素直に喜んでおこう。

 こちらとしても、下手な手間が省けたわけだし。

 そんなわけで、俺たちは今――タバサ宅にて緊急会議という名の雑談会を開いているのだった。

 雑談が無駄に続くことが申し訳ないと言えば申し訳ないが、まあ、ここは仕方なしと割り切ってくれると嬉しい。

 何故なら、戦闘シーンに関しては、原作とそこまで大差は無かったのだから。

 強いて言えば、ウェールズがいる分、こちらチームが多少有利だったとか、その程度。

 というより、そもそもここの戦闘シーンなど、原作でも大した扱いを受けていなかった記憶がある。

 まあ、所詮そんなのは薄れかけた俺の記憶なのであてになんてならないわけだが……。

 失礼、話がそれかけた。

 とにかく、今は更に人数が増えてでの雑談会。

 但し、諸事情により、数人消えてもらっている。

 まず、才人とルイズに関しては、ここにいるとルイズの嫉妬センサーがものすごい勢いで発動するので二人共に別室で待機してもらっている。

 一応、万が一のことが起こらないように、ウェールズとギーシュがそれぞれ一緒に行ってくれているから大丈夫だろう。

 才人も、下手に周りに女性がいるよりはこっちの方がやりやすいと思う。

 そんなわけで――だ。

「精霊の涙……ですか……」

 ため息混じりに呟かれるイザベラの言葉。

 新たに加わったメンバーの内、残されたのは只一人。

 顔を真っ青にしながら震えている少女――モンモランシーだった。

「はぁ……惚れ薬なんて禁制の品に手を出すなんて……」

 ガリアとはいえ、王族の目の前。

 イザベラはイザベラで、呆れたような表情でモンモランシーを見ていた。

 惚れ薬は、別にガリアなら作っても良いとか、そういったタイプの代物ではない。

 よっぽどの事情と、とてつもない理由があったとき限定で作られるタイプの代物だ。

 というより、むしろ、現代における毒薬や麻薬の扱いに近い。

 つまり、一部の研究施設にのみ存在するタイプのアイテム。

 一般人なら、所持しているだけで犯罪になり、使ったりしたらそれこそとんでもない罪になるタイプの代物。

 そりゃ、ガリアの王族としては頭が痛くなるわけだ。

「普通なら、即刻トリステインに報告して身柄の引き渡し、ってするべきなのでしょうが……」

 イザベラがそこまで言った瞬間、モンモンの目に溢れそうなほどの涙が浮かんだ。

 まるで、寒さに震える捨て猫のように、ブルブルと震えるモンモン。

 その姿は流石に可哀想だと思えるのか、イザベラの言葉がそこで止まる。

 なんか、すごくモンモンが切ないことになっていた。

 切ないというか……残念というか……。

 うまいことを言うつもりなど、毛頭無いが、モンモンが悶々としている。

 見ていて悲しくなるタイプの哀愁の漂わせ方だ。

「分かりました。では、その惚れ薬を私に渡したら無罪放免と言うことで……」

「とりあえずお前……」

「お兄様。お前ではなくシアですわ」

「――とりあえずシアは、トリステインの法律について、常識的な範囲で良いから調べてこい」

「お兄様。トリステインでは、家族内の婚約は許可されてますわ」

「見るべきは家族や配偶者の項目ではなく、薬の扱いに関する項目だ」

「第一、王族として以前に、一人の女として、目の前で行われるそんな不穏な取引は、させません」

 最後に、イザベラがきっぱりと締めて、シアの戯れ言を断ち切った。

 シアが陰で「どうせ利かない事は分かってますけれど……」とか呟いていたが、意味が分からないのでスルーする事にする。

「あんたもあんたで、惚れ薬なんだって惚れ薬なんかに頼ったのよ」

 そう言うのは、壁際で退屈そうにしていたキュルケ。

 その言葉に、モンモンが苦々しげな顔をする。

「いや……だってその……そうでもしないと、あいつの浮気癖が……」

「まあ、自力で落とそうなんて、あんたみたいにプライドはあれど、魅力のない人間には無理な話だったわね」

「なっ! そ、そんなこと……」

「……今の言葉は、私への宣戦布告?」

 キュルケの言葉を全く違う意味に捉える二人のメイジ。

 苦々しげにうつむくモンモン。

 胸を隠しながら杖をキュルケに向けるタバサ。

 どうやら、タバサ。

 魅力って言葉に“胸”ってルビを振ったらしい。

 っていうかタバサ……。

 お前、一応――そこにコンプレックスを感じていたんだな。

「……あなたには私たちの苦労が分かっていない。生まれながらにして淑乳同盟に入らざる事を余儀なくされた私の苦労が!」

「ずいぶんと会員の多そうな同盟だな」

 ルイズあたりも入っていそうだ。

「……毎朝起きたら必ず牛乳を飲み、万が一大きくなった時に垂れないように胸筋の運動をして、それからの朝食でさらに牛乳を二杯。……着替えの時にも少しでも大きくなるよう試行錯誤を繰り返し、歩き方にも気を使う。……胸、乳、おっぱい、この言葉がでてきた瞬間に、涙を必死にこらえながらその発言をしたものをどう粛正しようかと必死に考える私の気持ちが!」

 っていうか、何故だか知らんが、タバサがヒートアップしてきている。

 片手に握り拳、片手に杖を持って熱く語るタバサというのも、ずいぶんとシュールな図だ。

「ちょ……ちょっと……」

「……あなたは黙ってて!」

 タバサに一括されて頬をひきつらせながら引き下がるイザベラ。

 しかし、タバサは逃げることなど許さない。

 そんなイザベラにさらに詰め寄り、言葉を続ける。

「……大体あなたは私の従姉妹で有りながら何?」

「私もそんなには……」

「……分かっていない。……ゼロと一の差を。……私からみたあなたの存在感を。……レストランで『……胸がいっぱいになるような料理を』と頼んでしまう私の気持ちを。そして、でてきた料理をスープの一滴まで残さず食べてしまう私の気持ちを! 胸がいっぱいになりながらも、なんか違う気がすると涙する私の気持ちを!」

「後半に関しては間違いなく自業自得だな」

「……レイラは私と同じ淑乳同盟だから発言を許可する」

「待て! お前にとってその同盟は、性別の壁さえ越えるのか!?」

「……そんな小さな事に縛られているようでは、広い世界は見渡せない」

「ルール無き同盟は崩壊が早いぞ!」

「……当面の敵はマルコリヌ。まずは奴を滅ぼすことから始めようと思っている」

 さらばマルコリヌ。

 君のことは、忘れるまで忘れない。

「それはともかく、本題に戻ります」

 脱線しかけた話を引き戻すイザベラ。

 まあ、いい加減に脱線が過ぎた。

 そろそろ話を進めないとめんどくさいことになる。

 少し気を抜いていたのか、モンモンの肩がビクリと跳ねた。

「本来ならば、ここはトリステインへの引き渡しをするところですが……今回は、私たちへの協力でもって手を打つことにします」

「……それが妥当」

 その言葉を聞いて、ほっとしたのか、ようやく表情がゆるむモンモン。

 俺はその頭にチョップを落とす。

「安心するんじゃない」

「痛っ!」

 悪事は悪事。

 反省してください。

「な、何するのよ!」

「っていうか、君は本当に状況を理解しているのか?」

「なっ! し、してるわよ……」

 だんだんと尻すぼみになるモンモンの声。

 俺はため息をついてから彼女に言う。

「今、君がしようとしているのは、俗に言う“司法取引”ってやつだ。国が犯罪者を、より利益を上げるために無罪にすること。もっとも、この際の利益というのはより凶悪な犯罪者の逮捕だったりとかいろいろと有るが……とにかく、結構な大事をしているという自覚を持ってくれ」

「わ、分かっているわよ……」

「もっとも、普段反省なんて全くしないレイラが言えるような言葉じゃ無いけれどね」

「キュルケ、俺は変化が出にくいだけで反省しているときはちゃんと反省している」

「何を言っているんだか……反省するようになったのなんて、つい最近のことだろうに」

「反省が必要な事をしなかっただけだ」

「はあ……変化に気づかないのは本人のみってわけね」

 ため息混じりに肩を落とすキュルケ。

 俺はちゃんとまっとうに生きているつもりだが……。

 俺も変わってきているという事か?

「ともかく、結果次第では再逮捕の可能性が有るから気合い入れろって事だ」

「さ、再逮捕……わ、分かったわ。ぜ、全力を尽くす」

 ま、大丈夫だとは思うけれどね。











「わたしはモンモランシー・マルガリタ・ラ・フェール・ド・モンモランシ。水の使い手で、古き盟約の一員の家系よ。カエルにつけた血に覚えはおありかしら。覚えていたら、私達にわかるやりかたと言葉で返事をしてちょうだい」

 翌朝、モンモランシーは、約束どおりに、水の精霊を呼び出す事に成功した。

 どことなく、肩が震えているような気がしたが、気のせいという事にしておこう。

 しておいた方が、彼女の名誉のためだ。

 なんて、こんな事を考えている時点で彼女の名誉も何もあったもんじゃないが。

 ともかく、多数の人間が後ろに控えた環境の中、彼女は呼び出す事には成功したわけだ。

 残るは交渉。

 もし、原作通りに事が運んでいるのならば、ここは何の問題もなく、素直に信じてもらえるはずだ。

 しかし、万が一そういかなかった場合。

 最悪、戦闘になったりした場合のことを考えて、一応、距離はとっておくことにする。

 まあ、そこまで不安な感情は抱いていないものの、警戒しておいて損は無い。

 これだけずれている世界なんだ。

 転ばぬ先の杖。

 石橋を叩いて渡るってやつだ。

 転ばぬ先の杖が刺さるとか、石橋を叩いて割る、なんて言葉も記憶にはあるが、まあ、その辺は例外として考慮しておく事にしよう。

 そんな環境で俺たちが出来る事といったら何か。

 とりあえず、最優先に守る必要があるのはイザベラ。

 これはもう間違いない。

 水属性という、後衛的ポジションというのも理由の一つにはあるが、それ以上に、彼女は王族だ。

 何かあってからでは遅いのだ。

 だから、彼女にはウィリアムことウェールズが護衛として、そして直ぐに退避出来るように、傍らに俺が控えている。

 なにやら、白翼の名前は思ったよりも広がっているらしく……というよりも、イザベラが広めたからかもしれないが、そこそこの信用はされているらしい。

 もっとも、俺としての意見を言わせて貰うのならば、俺のフライは最高速度は高くても、加速性能はそんなに良くない。

 つまり、俺のフライは長距離を逃げるのには適しているが、短距離のスピードはそこまで速くないと。

 あくまで、移動や広い意味での戦場からの退避に特化したフライで、戦闘面ではほとんどの面で弱い。

 全く――なんだって俺はこんな特殊な成長をしてしまったのか。

 もうちょっと主人公らしい――とまでは言わなくても、多少の戦闘スキルはあっていいだろうに。

 だから、結論を言うならば、単純なフライを使った加速性能、及び、瞬間的移動速度なら、他のメイジの方が速いはずなのだが……。

 そこは信頼の問題というやつか。

 安心していた方が――意思疎通のしやすい方が、いざというときにワンテンポ早く移動できる。

 そんな風に考えてのこの配置なのだろう。

 その考えが本当に正しいかどうか。

 そんなのは俺にはわからないが、究極的なことを言えば、どうでもいいのだろう。

 俺は俺のやるべきことをするだけ。

 皆がハッピーエンドになる結末を。

 笑っていられる結末を目指す。

 それだけだ。

 ――なんだかやたらと遠回りな思考をした上、非常にどうでもいい結論にたどり着いた気がする。

 まあいいか。

 とりあえず、俺は改めて、傍らに居るイザベラの手を握った。

 もしもの時に、この方が早く逃げられるからだろう。

 集まったときに、イザベラから言われた。

 何故かシアは、職権乱用だなんだと騒いでいたが、俺としては実に合理的な意見だと思うのだが?

 キュルケにその事を話すと、呆れ顔で「あんたはそのままで居なさい。それがある意味では一番の平和だわ」なんて言われてしまった。

 俺が悪いのだろうか?

 手に力が入ったのがわかったのか、イザベラが繋いだ俺の手に力を加える。

 キュッキュッと、まるで新しい情報の伝達手段であるかのように、交互に力を入れる俺とイザベラ。

 ちらりとイザベラのほうを見るが、彼女は凛とした表情で、目の前で行われるやり取りを聞いている。

 彼女の立場は王女。

 王の娘。

 だから、王女というよりはお姫様と言ったほうがいいのかもしれないが……お姫様というとなんとなく幼いイメージが前面に出てしまうから、この場合は王女と呼ばせてもらう。

 王女たる彼女にとって、ここは仕事の場。

 遊びたい気持ちもそりゃあるのだろう。

 食う寝る遊ぶは人間の三大欲求。

 それは人間の――というより、動物としての本能的なものだ。

 だから、彼女の気持ちはなんとなくわかる。

 しかし、本能と同時に理性を持っているのが人間、ホモサピエンス。

 惚れ薬を飲んだルイズに手を出さなかった才人のように、本能を理性で抑えるのも、また人間なのだ。

 改めて言うが、今のイザベラにとって、ここは仕事の場。

 この張り詰めた表情が、彼女なりの理性であり、メリハリなんだろう。

 真面目な部分でもついギャグを言いたくなってしまう――真面目な部分ほどギャグを言いたくなってしまう俺としては、是非見習わなくてはいけない部分だ。

 メリハリ。

 メリとハリ。

 こう分けると、メリってのが随分といやな音に聞こえる――まるで拳が顔面に深く刺さったかのような音に聞こえる――が、ともかく、メリハリってのが、俺には少し必要なのかもしれないな。

「…………」

 なんて、長々と思考をしていると、気がついたら、規定の作業は終わっていたらしい。

 どうやら、心配は杞憂に終わったようだ。

 良かった良かった。

 何とか無事に、ことは運んでいたらしい。

 するりと俺の手を解いたイザベラが、俺の横で誓いを捧げていた。

 水の精霊に向かって、頭を垂れる人々。

 これも一種の神頼みってやつか。

 なるほど、だったら俺の専売特許だ。

 得意分野だ。

 こちとら、テストで赤点を取るたびに神社に行っていた人間。

 神頼みの仕方なら、身体が覚えている!

 といっても転生しているから、身体はすでに違うわけだが。

 これぞ、ザ・転生ギャグ!

 ――なんて身体をはったギャグなんだ。

 正直ろくでもないし、かなり不謹慎だ。

 ――っていうか、こういう真面目なシーンでこういうギャグをやっているからメリハリが無いって話になるのだろう。

 反省反省。

 二礼二拍手一礼。

 流れる動作と共に願うのは、シンプルな思い。

 この物語が始まる前から――転生する前から、俺の魂に刻み込まれた思い。

「どうか、楽しい人生でありますように」

 小さく呟く俺。

 ――と、何故か視線を感じたような気がして、俺は顔を上げた。

 ゆっくりと周りを見渡すも、才人とルイズは、原作通りのイチャつきをしているし、それ以外は全員水の精霊に注目していてこちらを見ていない。

 となれば、誰が……。

 なんて考えたのもつかの間。

 答えは直ぐに出た。

「それにしても、よく会うな――美しき灯を持つ者よ」

 皆が注目している水の精霊。

 その水の精霊と、かっちり目が合う。

 っていうか、ちょっと待て!

 美しき灯を持つ者ってなんだ!?

「貴様と以前会ってから、確か――月が七回ほど交差したな。いや、七回ほどしか交差していないというべきか」

「ちょ、ちょっと待ってくれ!」

 繋げるように語られる謎の言葉に、俺は思わず待ったをかける。

 相手が精霊だとか、そんな事を考えている余裕はない。

 それ以前の問題だ。

 何か――今、水の精霊が重要な事を言っている気がする。

「ふむ。なるほど――確かにこれは今までに無かった経験だ。話を聞こう」

「美しき灯を持つ者って何だ? 月が七回ほどって……それだと、およそ一年から二年くらいだよな。そんな時期に俺はあなたには会っていない!」

「…………」

 吹き出る矛盾。

 謎の言葉。

 一体、何を言っているんだ?

 話が繋がらない。

「…………」

 そんな俺の疑問に、沈黙をもって返す水の精霊。

 あたりを、静けさが包む。

 耳の奥を流れる血の音がうるさい。

 鼓動の音がはっきりと聞こえてくる。

 目の前がチカチカする。

 これは――。

「……それだけか?」

 沈黙の後に水の精霊が呟いたのは、そんな小さな一言だった。

「……へ?」

 それに、思わず間の抜けた声が出てしまう。

 それに構わず、水の精霊は続ける。

「その解は、私からは言えない」

 それだけ告げると、水の精霊は、出てきたときと同様――光に包まれて湖の中に消えていった。

 後に残されたのは、なんとも言えない空気感。

 原作通りだったストーリーは、ちょっとだけ色を変えて、まわり始めた。











******************************



――気づくはずの無い認識のズレ――ラグドリアン湖の湖畔で起きた、小さな矛盾と上の視点。





「条件がある。世の理を知らぬ単なる者よ。貴様は何でもすると申したな」

「はい! 言いました!」

「ならば、我に仇なす貴様らの同胞を、退治してみせよ」







 原作通りのはずの物語。

 しかし、ここに気づく者は居ない。

 この時。

 まだ、タバサとキュルケは水の精霊を襲撃していない事に。

 水の精霊は、未来に起きるであろう襲撃を予言していた事に。

 一つ上の視点。

 その視点を持つ、あなた達読者以外は……。



[27345] 真実ってこんなに熱かったっけ? そのご
Name: 柳城寺 蛍◆c99426ab ID:6e311d49
Date: 2013/03/10 02:33
 例えば、くじ引き。

 小学校での席替えなんかだとイメージがしやすいのかもしれない。

 くじを引く瞬間のドキドキというものは誰もが味わったことが有るだろう。

 次々と埋まっていく席を前にして、くじ引きの袋が自分の前に来る。

 そっと入れた手が、藁半紙の集まりに当たってカサカサと音を立てるあの感覚。

 もし、クラスに気になる子がいたりした場合は、そのドキドキはさらに跳ね上がるはずだ。

 残るは斜め後ろと隣だけ。

 その席を引き当てるように願いながら見えないくじを探る。

 この上に有るのが良いだろうか。

 それとももっと奥の方が……。

 悩んだ末に選んだ一枚を引き抜き、その紙を開くときの言いしれない緊張感。

 大抵がガッカリすることが分かっているにも関わらず、ついつい飽きずに挑戦したくなるあの気持ち。

 この例えでも分からない人は、宝くじなんかで例えれば理解できるのだろうか?

 ともかく、あの袋には夢と希望が詰まっている。

 そして、そこに手を伸ばすものの、掴むものはあくまで紙切れ。

 夢や希望なんかじゃありゃしない。

 最後の最後まで、夢や希望は袋から取り出す事なんて出来ないのだ。

 ところが。

 もしも引く結果が分かっていたとしたらどうだろう。

 確実にはずれることが分かっていたら。

 もしそんなことがあったら……。

 そこには夢も希望も無いんじゃないだろうか。

 決められた未来には夢と希望が有るのだろうか?

 ――今の俺には、この答えは出せそうにない。

 おそらくこれからも出すことは出来ないだろう。

 予定通りであり想定通り。

 しかし、その概念については個々人それぞれある。

 その価値観にたった一つの答えを出そうなんて、いくら何でも傲慢では有りませんか。

 それぞれの世界観はそれぞれの世界観。

 例えばこの世界はこの世界の作者――Yマグチ氏の世界観で。

 例えばこの世界で俺が使う魔法は俺の世界観で。

 それぞれは微妙に重なりつつ、それでいて微妙に離れつつ存在している。

 それはまるで空に浮かぶあの双月のように。

 重なり、離れ、輝いている。

 そんなわけで――。

 俺たちは今、トリステインに向けて、全力で飛んでいた。

 きっかけはルイズの言葉。

 なんの因果か、ルイズの解毒薬はタバサ宅で作る事になった。

 なんでも、その状態のルイズを連れて何度も国境付近をうろちょろするのは危ないのだとか。

 ただでさえ、現在のモンモンは司法取引の真っ最中。

 そうそう気軽に帰して外交問題になったりしたらとんでもない。

 他にもなにやら詳しいことが有るらしいが……その辺は知らないので割愛させていただくことにする。

 ともかく、モンモンが出かけられない、そして解毒薬の材料が精霊の涙以外にも有る以上、わざわざ学院まで残りの材料を取りに誰かが行くしかない。

 といってもまあ、その辺は長距離移動には自信のある俺がぱぱっと取ってきたから特に問題は無いわけだが。

 強いて印象に残っていることを挙げるのならば、他の薬品には触れないよう、涙目になりながらキツく俺に言い聞かせているモンモンが妙に印象に残っている。

 そんなわけで、無事に復活したルイズは、案の定、即座に才人を殺りにかかった。

 まあ、これについては、理性だとか理屈だとか、そんなものが関係ないレベルのことなので、俺も黙っておくのが最良だろう。

 そんでもって、才人をボコボコにし終わったところで、落ち着いたらしいルイズは、しばらく何かを考えていた後で、ウェールズを振り返り、言った言葉が――。

「『あれ? ウェールズ様……トリステインに向かってませんでした?』なんて……ずいぶんとまったりしているよな」

「し、仕方ないでしょ! 病み上がりなのよ! 察しなさい!」

 シルフィードの上から罵声を浴びせるルイズ。。

 万が一彼女を乗せていたらと思うと後頭部のあたりが痛くなってくる。

 いや、フェリスが居るから後頭部は安全か?

 ちなみに言っておくと、今、俺の背中にはモンモンが乗っていた。

 何でも、あんな事の後だから、少し落ち着ける場所に居たいらしい。

 俺としても、シアとイザベラが変な風に喧嘩されるよりはそっちの方がよっぽどありがたいので、素直に了承することにした。

 念のために、現在の状況をまとめておくと、俺の背中にモンモンで頭にフェリス。

 ウェールズの操るグリフォンにウェールズとイザベラ。

 ギーシュには一人、馬で学園にモンモンの薬を返しに行ってもらった。

 そして残りがシルフィード……といった感じ。

 俺としては、イザベラも置いてきたかったのだが、アンドバリの指輪が――水の精霊が絡んでいる以上、彼女も彼女で動きたいらしい。

 そう言いながら、チラチラと視線が俺に向いていたことは、口にはしないのが優しさだろう。

 もしかして、乗りたかったのかなあ、なんて考えてみたり。

 昔、散々乗ったから、久しぶりに俺の背中に乗りたい気持ちは、分からないでもない。

 世の中、そうそううまくは行かないわけだが。

 それにしても、ルイズがウェールズを発見することになるとは。

 確か、原作ではキュルケがその役割を担っていたはずだが……。

 まあ、何かの拍子に見逃したのだろう。

 アンリエッタにさんざん付き合わされたルイズならば、普通にあり得る筈だ。

 彼女だって、イヤになるほどウェールズの顔は見ることになっている筈だ。

 因みに、今になるまでそのことについて触れなかったのは、実に単純な理由によるものらしい。

 ルイズ曰く、惚れ薬の効果が出ていた間は、才人のこと以外考えられんかったとの事。

「こんな馬鹿犬のことだけ考え続けてるなんて……今から思えば信じられないわ!」

「馬鹿犬って……いや、いい加減に慣れたけどさ」

 顔を真っ赤にしながらそんなことを言うルイズを、見ながら、俺は苦笑する。

 まあ、トリステインに向かったはずのウェールズがこんな所にいる理由も、いや、それ以前にそもそも、戦死したはずのウェールズがこんな所にいる理由がわからなかったルイズ。

 その混乱した結果が先ほどの質問だと考えるならば、なんとも可愛らしいものではないか。

 そもそも、原作と違い、こちらではウェールズが生きている。

 だったら、彼女の思考がストレートにいかないのにも、頷けるだろう。

 原作では、目の前で死んだウェールズの生きているという報告。

 それと、アンドバリの指輪。

 それらの条件が重なって初めて、即座にあの判断を下すことが出来たはずだ。

 そもそもの条件が違う今回の物語。

 そう簡単につながらないのも当然だろう。

 むしろ、俺としても言われて初めて、ここのストーリーどうするんだろうと考えたくらいだ。

 そして、その答えを出したのは驚くことにイザベラとウェールズ、そしてタバサ。

『僕の顔をした人がトリステインに向かっていた?』

『そういえば、この間読んだ書物にありましたわ。人の姿形を変える風の魔法があると』

『……フェイスチェンジ』

 その言葉と共に目配せをする三人。

 どうやら、彼女達の中で、結論は出たらしい。

 ズレた世界を、ズレた因子がつじつま合わせをする。

 これも、ある種で収束する運命のようなものなのかもしれない。

 そう考えると……なかなか面白いのでは無いだろうか。

「姫様の失恋と生きていた王子様……会えない二人ね……」

 切なげに呟くモンモンの声が、かすかに聞こえた気がした。

 これは、彼女達にとっての予想外であり想定外。

 それと同時に、俺にとっての予定通りであり想定内。

 何とも相反した世界観。

 彼女にとっての異変なしが、俺にとっての異変ありになるとは、何という皮肉だろう。

 それこそ、引くくじの内容が事前にわかっているようなものだ。

 ランダムの筈の未来を知っている人間。

 無数にあるはずの選択肢を、強制的に狭めることになっている人間。

 なんというか……一周回って、俺が彼女を騒動に巻き込んでいるようにさえ――。

 俺が彼女たちが騒動に巻き込まれるように操作しているようにさえ思える。

 そんなことあるはず無いのに……。

 俺としては平和を願っているのに……。

「……レイラ?」

「……んぁ?」

 ふとシルフィードの上から声をかけられて、俺は変な声を上げてしまった。

 頭の上でフェリスを撫でるモンモンの手を感じながら、俺は続ける。

「何だ? どうかしたか?」

 特に異変らしい異変は感じられないが……。

 もしかして、虚無独特の何か感じるものがあったとか?

 それこそ、先日の金髪裸女。

 別にそうでなくても、何が起きたっておかしくは無い。

 なんて、そんなことを考えてはいたわけだが、どうやら無用の心配だったらしい。

 というよりも、心配をされたと言うべきだろうか。

 なぜなら。

「いや、急に黙ったから、何かあったのかと思って……」

 ルイズが言ったのはそんな言葉だったから。

 ――いやはや。

 まさかルイズに心配される日が来るとは。

 彼女はもっと唯我独尊だった筈なのだが。

 少なくとも、今の時期はそんな繊細な少女では無かったはずだ。

 他人に気を使う。

 そんなことが出来るような……。

「何か悩んでいるのなら、他人に相談するのも一つの解決法よ。少なくとも、私はそれで解決するってことを“知っている”わ」

「…………ああ、そうだな」

 そうだった。

 彼女も彼女で進歩しているんだ。

 原作とは違うかもしれない。

 それでも……彼女は少しずつ吸収している。

 彼女なりに、いろいろ学んでいるんだ。

 そして、それは間違いなく良いこと。

 俺が居たから出来たこと。

「大丈夫。ちょっと使い魔君とシエスタ嬢とがこの間していた会話に思いを馳せて居ただけだから」

「なっ! ちょっ! レイラ!?」

 とたんに慌て出す才人。

 口元をひきつらせ、何とも言えない顔でこちらを見ている。

 何となく、そのこめかみを汗が流れた気がしたが……いや、気のせいだろう。

「いや、ちょっと待て! 俺は聞かれて危ない話なんてしていないぞ!」

「つまり、そうでない話はしたと……」

「レイラ。その話が、是非とも聞きたくなったわ。是非とも話して下さらない?」

「あばばばばば……」

「ルイズの丁寧語って意外と怖いんだな」

「私だって良家のお嬢様ですもの。ところで、この屑犬が何を話していたって?」

「ルイズ! 首が締まる! 今にも捻り潰すかのような力を俺の首にかけないでくれ!」

「レイラが素直に話したら、考えるわ」

「何れにせよ、俺が助かる未来が見えない!」

「因みに、その際の俺の命は保証され散るのかな?」

「恨むならあの犬を恨みなさい」

「なるほど、これが本当の不条理落ちってやつか」

 こんな愉快な会話が延々と出来るのならば、それもいい未来じゃありませんかねえ?



[27345] 真実ってこんなに熱かったっけ? そのろく
Name: 柳城寺 蛍◆c99426ab ID:6e311d49
Date: 2013/03/15 19:50
 急転直下。

 回る世界と物語。

 ストーリーは加速し、ある点で一気に架橋を迎える。

 起承転結の転は急転直下の転であり、物語的にも重要な点である。

 それは例えば今回だと、このような状況を言うのだろう。

 そう、つまりは、

「ちっ、半数は逃がしたか……まあいい。おそらく主力であろう人間はこちらに足止めできた」

 目の前に仮面を付けた謎の集団が並んでいたりするこんな状況のことを……。

 ……いや、意味が分からない。

 確かに多少のズレは感じていたが、ズレ方が予想外だ。

 ズレの角度が俺の予想を遙かに越えてくれる。

 一体どうなっているんだ?

 そもそも、トリステイン城で話を聞いた俺たちは、そのまま原作通りに、姫様を追っていた筈だ。

 アルビオンへの道をまっすぐに進んでいた俺たち。

 そんな俺たちを襲ったのは、突然の雷撃だった。

 地上から放たれた稲妻は、見事にウェールズの乗っていたグリフォンを襲い、彼らはそのまま墜落。

 ……本当に意味が分からないのだが。

 まあ、とにかくだ。

 これ以上の変なズレを止める為、仕方なく俺も地上に向かい、俺を追ってシアがシルフィードから飛び降りて……って感じで、この状況になったわけである。

 幸か不幸かちょうど、原作通りのメンバーだけがそのままアンリエッタを追う形になったわけだが……。

 原作集団が地味に心配だ。

 っていうか、それ以前にだ。

 それ以前の問題として、この先頭の男……。

「えっと……ワルドさんですよね」

「ふん、非常に耳障りが良く、素晴らしい名だとは思うが、生憎私はそのような名では無い。通りすがりの盗賊さ」

 いや、そんな「通りすがりの仮面ライダーさ」みたいな言い方をされても……。

 しかし、違うという以上、本当に違うのかどうか確認しなければならない。

「好みの女性のタイプは?」

「気品のある小柄な女性」

「自覚しているトレードマークは?」

「苦労して伸ばしたこの髭」

「ルイズさんのかわいいポイントは?」

「全てだ。むしろ可愛くないポイントなどあろう筈もない。ちょっと素直になれずにむくれてしまう部分や、嫉妬したときの顔なんかは即座に抱きしめたくなる。他にも……」

「あなたが得意な魔法は?」

「主に実戦で使いやすいエアニードルやブレード、偏在なんかも使うな。後は、一撃で決める際にはライトニング系の呪文を使うこともある」

「ロリコンとは?」

「犯罪者達から妖精を守る紳士達の俗称だ」

 ……間違いなくワルドだ。

 寸分の疑いもなくワルドだ。

 なんか、流れで手の内まで晒してくれたけれど間違いない。

「えっと……ワルドさんですよね?」

「……仕方ない。私が持つ気品はこんな仮面一つでは隠せなかったというわけか。まあ、それはそれで喜ぶべきことなのかもしれないな」

 そんなことを言いながら仮面をはずすワルド。

 ――えっと、どうしてここで彼がでてくるのか全く分からないが……。

「ちょっと! 何これ!」

 そんな風に思考していた俺の考えは、途中で声を上げたモンモンによって中断される形となった。

 俺がちらりと視線を送れば、そこには傷ついた兵士の姿。

 道から見えないようにして、血塗れの兵士が傍らの木に、背を預けている。

「すぐに治療しないと……!」

「待って迂闊に動かしてはいけない!」

 慌てて横にしようとしたモンモンをイザベラが止める。

 モンモンはこんな事を経験したことなんて無いんだろう。

 案の定、パニクっていた。

 怪我の治療なんて、擦り傷か、どんなにがんばっても骨折程度。

 こんな致命傷の治療なんて経験が無いはずだ。

 しかし、そんなモンモンをカバーするべく、イザベラがゆっくりと語りかける。

「身体の状態によっては横に寝かせるとかえって呼吸が困難になることがある。まずは状態をしっかりと見極めることが大切よ」

「あ……うん……」

「まずは落ち着くこと。落ち着いたら、しっかりと杖を持って、私の言うとおりにして。――大丈夫。あなたは水の精霊を呼ぶなんて凄い事が出来た。だから、このくらいのことは簡単。あなたと私に不可能は無いわ」

 それは上に立つ者としての風格だろうか。

 ゆっくりとした言葉の中に、しっかりと迫力を込める。

 人の心を前向きに、ポジティブに、自信をつける言葉。

 民衆を従わせる言葉。

 この危機的状況にありながら、冷静に判断する思考力。

 これらは彼女の努力の賜だろう。

 だから大丈夫なはずだ。

 きっとイザベラの目には、助かる兵士の姿がはっきり見えていることだろう。

 さて、ではそっちはそっちでおいておいて……。

 俺は目の前のワルドに再び意識を向ける。

「君たちがやったのか?」

 杖をワルドに向けつつ、静かな声でウェールズがワルドに訊いた。

 冷たい空気が……張りつめた空気が支配する空間。

 その空間にて、一組の騎士が対峙する。

「さて、どうだろうね……まあ、どちらにせよあなた達がすべき事は同じな気もするがね」

 それは原作には無かったストーリー。

 不意打ちで一方的に殺されたウェールズ。

 そのウェールズが今……その相手と真っ向から戦う。

 正真正銘、騎士と騎士の一騎打ち。

「質問には答えるのが騎士ではないのか?」

「残念ながら、今はこうして盗賊団の真似事なんてやっている身。騎士道なんて無い方が妥当だとは思うが」

「なるほど、ではこちらもそれに対する対応をした後に答えを聞くこととしよう」

 交わす言葉はそこまで。

 そこから先は、ある種の儀式。

 俺なんかが立ち入ってはいけない神聖な領域。

 一呼吸をおいてからウェールズが大きく息を吸い込む。

 そして――。

「ガリア王国王女が側近ウィリアム! 推して参る!」

 威嚇ともとれる声。

 そのとたんに、ウェールズの身体から覇気のような物が吹き出したかのようにさえ感じた。

 殺気とは違う、目の前に存在する人間に対する威圧感。

 殺気が鋭い刃物だとしたら、これは吹き飛ばすような気迫。

 まだ、魔法なんて使っていないはずだ。

 だからこれは、あくまで彼の気合い。

 それだけで、場の雰囲気ががらりと変わったようにさえ感じる。

「全く、きつい仕事だ……」

 そんなことを言いながら、警戒を露わにするワルド。

「しかし、私とて、スクウェアの名は伊達ではないのだよ!」

 瞬間、ピリッとした物をワルドの方から感じた。

 まるで肌を刺すような感覚。

 なるほど、さっきのを覇気と例えるのなら、こちらが殺気なのだろう。

 ぶつかり合う圧力と圧力。

 あの気迫を受けながらも、同等以上の力で押し返すワルド。

 原作における、風属性のトップクラスに位置するであろう二人の争いは、流石としか言いようがない。

 これが、本という媒体を通してではとうてい伝えきることの出来ない物なのだろう。

 俺が当初期待していた物。

「レイラ君、下がっていたまえ」

 視線はずらさない。

 まっすぐ自分と敵対する男を見ながらの言葉。

 お互いがお互いの一瞬の隙を突こうとしているこの瞬間。

 そんな致命的な隙を、ウェールズは作ったりしないだろう。

 一方、二人の威圧感に、完全にやられていた俺は、反応が遅れた。

 そんな俺を察したのか、ウェールズの雰囲気が優しいものに変わる。

「残念ながら、この相手は早々簡単にいきそうにはない。巻き込みたくはないから離れていてくれると助かる」

「了解です」

 俺は軽く笑いながらそう言うと、ウェールズの元を離れる。

 ウェールズは終始、こちらを見ることは無かったが、何となく見送っているのが感じられた。

 さて、分割された配置。

 治療にモンモンとイザベラ。

 ワルドにウェールズ。

 おそらく、ワルドはレコンキスタとして、今回のこの働きをしているのであろう。

 だから、今回、ワルドの周りにいる兵士達も、レコンキスタのメンバーと考えた方がいいはずだ。

 おとなしくしてはいるが、俺を簡単に通してくれる様なことは無いだろう。

 そうなると……。

「お兄様!」

 そんなことを考えていた俺の耳に、叫ぶようなシアの声が聞こえた。

 声と同時に俺を押し倒すシア。

 その頭上を、巨大な手が通過する。

「ハハハ! ガキども! この間のお礼をしにきたよ!」

 いやはやなんとも。

 場違いと言えば場違い。

 しかしまあ――ワルドがいるのなら、彼女がここにいるのも当然――そう処理した方が良いのかもしれない。

 登場のタイミングだって、ワンテンポ遅れての登場。

 揺れる木々の隙間から見えるは空を覆うような巨大なゴーレム。

 まったく――何の因果だと言うんだ。

 何がどうなってこんな結果になっているって言うんだ。

 全く――何だって“フーケ”がこんなところに出てくるんだよ!

「この間は奇襲なんて卑怯な手段使われたから下手打ったけど、今度はそうはいかないよ!」

 高らかに笑いながら、フーケは杖を振る。

 それに併せて、地響きと共に、俺たちに近づくゴーレム。

 まるで怪獣大行進。

 ゴジラに迫られる町民はこんな気分だったのかもしれない。

 ――いや、まだ放射能の光線を吐かないだけこちらの方が安全か――。

「ほらよ!」

 なんて考えは一瞬で吹き飛んだ。

 こちらに拳を向けるゴーレム。

 その拳が、爆音と共に発射された。

「な! 何イイィィィ!」

 ゴーレムの拳。

 それは詰まるところ、岩石の塊。

 それが俺にまっすぐに向かってきて――。

「うおおおぉぉぉ!!!」

 回避行動――間に合わない。

 防御行動――俺では無理だ。

 フライ――反応が遅れた。

 だったらせめて――。

 そこまで考えたとき、辺りが轟音と共に、白煙に包まれた。

 立ち上る砂煙。

 その中で、俺は最後の思考の続きをしていた。

 “俺とシアの二人で無事”なのが無理なら、せめて――せめてシアだけでも、と。

「まったく――お兄様には一人だけ逃げるという選択肢が無いのですか?」

 しかし、そんな心配は必要なかったらしい。

 空けた砂煙の向こう。

 そこに輝くは、白銀(鋼)の壁。

 地球由来の、小さな粒に関する知識。

 その内のカーボン、いわゆる炭素にのみ特加し、習得した彼女だけの魔法。

 おそらくは、この世界で唯一の錬金の魔法。

 炭素の配合率が違うだけ――それだけでただの鉄が鋼鉄へと姿を変える、シンプルな魔法。

 それだけの変化でありながら、多大な効果を持つ魔法。

 甘えん坊な俺の妹にのみ許された、“全てを守る為の力”

「お兄様――」

 手に持つ扇を閉じたまま、ペン回しのように回すシア。

 三周ほど手の周りを回した後に、一気に扇を広げ、辺りを“へいげい”する。

 それはまるで舞のよう。

 口元を隠し、お上品に笑いながら彼女は続ける。

「お兄様はルイズさん達の元に向かって下さい。彼女達には、きっとお兄様が必要です」

「いや、しかし俺が行ったところで――」

 俺が行ったところで何が出来るというのだろう?

 ここまで来てしまった以上、何が出来るというのだろうか?

 現時点でほぼ最終局面。

 頼るべき仲間は全て手いっぱい。

 肝心の俺に戦闘能力なんて一切無い。

 この状況でどうしろと……。

「お兄様なら分かっているはずです」

 呟くようなシアの言葉。

 それはじんわりと俺に沁みてくる。

「お兄様のしてきたことを、その価値を――」

「…………」

 未だにシアの言葉の意味は分からない。

 それでも、仲間を信じるくらいの度量は俺にだってある。

 ずっとそばにいた妹。

 それを信じられずに何を信じると言うのか。

 目映く輝く翼。

 俺の背中からしっかりと生えたそれを意識し、俺は宙に浮く。

 頭の上で、フェリスがしっかりとしがみつくのを感じた。

「絶対追って来いよ!」

「お兄様のお願い、しかと承りましたわ!」

 挨拶は笑顔。

 曇天へと向かって速度を上げる俺。

 ――ゆっくりと、雨が降り出した。











 朗々と紡がれる言葉。

 古より伝わりし、魔法使いにのみ許された、夢を叶える力。

 その力が故に、人々は貴族と平民に分類されることになる。

 では果たして、貴族の――メイジの……いや、魔法使いの弱点とは何か。

 答えは簡単だ。

 それは呪文を唱えている間。

 スペルを唱えている間は、魔法使いもそうでない人も関係ない。

 ましてや、高度な魔法になったら、それに集中するため、隙だらけになる魔法使いが多いとさえ言えるだろう。

 そして、そんな弱点を当人達が知らない訳がない。

 ある者は、戦いの動きの中で呪文を唱える術を見つけた。

 突き出されるレイピアと共に紡がれるエアハンマー。

 しかし、これには熟練の腕と才能が必要になる上、高度な呪文を使うことはできない。

 ある者は、隙だらけの自分を守る存在を作り出した。

 神の盾とその主人。

 しかし、これには信頼できる相手とその信頼に応えるだけの技術が必要。

 では、才能にも周囲にも恵まれなかった者。

 そんな彼女は――。

「チクショウ! どうなってやがる!」

 美しく響く祝詞。

 人々を癒す願いの言葉。

 彼女が願ったのは助けるための力。

 目の前の傷ついた存在を癒すための力。

 哀しみではない――希望の光に満ちた――水の力

 凛としたその顔は、必死そのもの。

 必死に呪文を唱える口と、対照的に堅く閉じられた瞳。

 目を閉じた状態でありながら、ガリアの姫は宙を舞う。

「何で……何で、目を閉じて――呪文を唱えながら戦闘が出来るんだ!」

 雑兵の一人が悔しげに呟いた。

 その間にも、彼女の動きは止まらない。

 振り下ろされる棍棒。

 それを半身を捻りつつ、紙一重で避けながらの正拳突き。

 綺麗に鳩尾に吸い込まれたその一撃は、そのまま相手の意識を刈り取る。

 そして、次の瞬間――彼女が目を開いた瞬間――振り返り様に彼女の杖が揮われ、癒しの波が放たれた。

 白き波動は未来を願う。

 失われゆく者に、未来を語りかける。

「オラアァッ!」

 隙をねらったのだろう。

 背後から横凪ぎに振るわれた剣。

 それは本来ならば完璧な一撃。

 たとえ熟練の兵士でさえ、知覚するのは無理なタイミングだったはずだ。

 だがしかし!

 彼女は振り返ることもせず、ただ屈むだけでその攻撃をかわす!

「さっきからなんだこいつは……背中に目でもついてるってのか?」

 そう呟いたのは一体誰か。

 無意識のうちに頬に笑みが浮かぶイザベラ。

 その腰には、一振りのナイフが添えられていた。

 “地下水”――そう呼ばれるインテリジェンスソードが。

 “人の身体を操る能力”をもったインテリジェンスソードが。











「ほう……なかなかどうして、やるではないか」

「くっ……!」

 風と風の戦い。

 ある意味原作からの因縁の対決。

 ワルドとウェールズの戦いは、かなり一方的なものとなっていた。

「クラスが一つ違う……それが何を意味するか。それくらいはメイジなら分かっていたと思ったのだがな――ウェールズ元皇太子」

「た、高々……混ぜられる属性が一つ増える……はぁはぁ……その程度だろう?」

「ハッハッハ、まさしくその通りだ。使える魔力の絶対量が違う? そんな“誤差”程度の話など、一度でも戦を経験したものならばしない」

 高笑いをするワルドと、対照的に肩で息をするウェールズ。

 その姿は、一目見て分かるほどに満身創痍だった。

「と、いうよりも……そうでも思わないと、ここまで私と渡り合うことは出来ない――だろうな」

 ふと辺りに視線を向けるワルド。

 その視線の先――というと少々違う気がする――今、ワルドとウェールズがたっている場所とその周囲一帯。

 そこは燦々たる状況になっていた。

 まず、つい先ほどまでそこは林だったはずだ。

 鬱蒼と……とまでは表現しないが、それなりにあったはずの木々。

 それらが、ほぼ半径十メートル程度の範囲には存在していなかった。

 片っ端から砕かれ、裂かれ、潰されていた。

 あらゆる植物は、根本から絶たれ、その命を終えている。

 それだけではない。

 あちこちに出来たクレーターの様な跡。

 焦げ跡のついた地面。

 割れた岩。

 それら全てが、そこで行われた出来事がいかに凄まじいことだったかを語っていた。

「まだ……まだ……私は戦えるぞ」

 荒い息を吐きながら、ウェールズは言う。

 その意思を言葉にする。

「何故なら……私の後ろには……傷つけてはならない人達がいる」

 それは彼の決意。

 戦時中からの彼の願い。

 自由としての風。

 今までの自分から解き放たれ……多くの選択肢の中見つけたやりたい事。

 たった一人の少女の為に。

 その為に捧げると決めたこの命。

 自由な風は向きが決まれば嵐となる。

 今までになかった力を、彼に与える。

「……ほう」

 そんなワルドのつぶやき。

 それはウェールズを中心とした一陣の風に対して。

 彼を中心に渦巻く新たな力。

 三乗から、四乗へのステップアップ。

「まさか……このタイミングでスクウェアになるとは……素晴らしい騎士道だ」

 にやりと笑うワルドと、彼に杖を向けるウェールズ。

 ウェールズは満身創痍ながらも、その瞳の輝きはいまだ消えない。

 先にある希望を、彼はしっかりと見つめる。

「勝負は……これからだ」

 確固たる決意を胸に、言ったウェールズの言葉。

 しかし、それに対してワルドは、やれやれと首を振って見せた。

「いや、もう終わりだ」

「何ッ……!」

「私の目的はもう済んだ。そう言っているのだよ、ウェールズ元皇太子」

 ニヤリと笑うワルド。

 その目元には、裏切りの光が瞬いていた。











「加速する世界――明かされる真実と共に物語は速度を上げる」

 雲にあふれた空を見上げながら、オスマンは呟いた。

 その瞳には、原作では見られなかった真摯さが灯を灯す。

 干渉者たる彼から聞いた話。

 そしてそこから導き出されるいくつかの結論。

 それらを考察して明らかになりつつある答えを胸に、彼は空を見上げる。

「物語の速度は、クライマックスに向けて加速する。皆が泣ける、感動できる、そんなシーンに向けて、畳みかけるようにイベントが起きる。それはストーリーの定め」

 彼の言うとおり、この世界が物語だとするのならば、それを前提に考えられることがいくつかある。

 たとえばこの世界の展開。

 たとえばこの世界の未来。

 しかし、同時に彼にはまだ気づいていないことがあるはずだ。

 この世界を、“ゼロの使い魔の世界”と考えていたら、絶対に気づくことの出来ない事。

 あり得ないはずの仮定とそれを裏付ける証拠。

「はてさて、どうやら冗談でも何でもなく、この世界の未来は君の肩にかかっているようじゃぞ、英太君……」

 おそらく、この事実には彼が自分自身で気づかねばならないのだろう。

 教えてやるのは簡単だ。

 しかし、そこに意味はない。

 それは“正しいタイミング”ではない。

「これだから人生は面白いのじゃろうな――」

 老獪な老人は一人笑う。

 彼が語った物語の主人公。

 それが彼自身になっていることにおそらく彼は気づいていないのだろう。

 そして、その事実を彼に教えたりするのはストーリーをしらけさせるだけの行為。

 そんなことをしようとすれば、必ずなんかしらの力が働くだろう。

 だから彼は動かない。

 暗躍者は一人、笑い続ける。











 しと……しと……しと……。

 身体を包むかのようだった雨。

 しかし、それはあっという間に叩きつけるような豪雨に変わった。

 視界さえ奪うかのような雨。

 その中で呟くものがいる。

 それは圧倒的な力を持つもの。

 世界の真の姿に気づきかけているもの。

 一であり全、全であり個であるもの。

 ラグドリアン湖に住むといわれる“あらゆる水そのもの”であるもの。

 高い高いこの壁。

 そして向かうべき次のステップへ。

 最初の鍵は“プライド”

 次の鍵は“責任感”

 この前の鍵は“弱さ”

 これだけ鍵が開いているのなら、今回の壁も越えられるだろう。

 今回の鍵は――。

 おそらく、今までではもっとも鍵が開いている量が多いはずだ。

 だからこそ――。

 今回は乗り越えられるだろう。

 美しき灯を持つ者が導き、開かれた扉。

 べつに、だからどうというわけではないが――。

 全く持って無駄な思考。

 そして時は動き出す。

 ――これより、異分子を排除する。

 湖から異分子へ。

 乗り越えることを願う言葉。



[27345] 真実ってこんなに熱かったっけ? そのなな
Name: 柳城寺 蛍◆c99426ab ID:6e311d49
Date: 2013/03/10 02:51
 俺が行ったところでどうなるというのだろう?

 輝く翼を広げながら俺は考察する。

 原作のメンバーは間違いなく事を完遂するはずだ。

 何故なら、向こうには有るべきメンバーが全てそろっている。

 そして、余計な異分子はシア達が担当。

 ――客観的に見るならば、何の問題もないはずだ。

 ワルドも、ようやく裏切るタイミングがきた。

 それだけの話だ。

 そこには何の感慨もなく、有るのはただの事実だけ。

 そんな環境で俺は何が出来るのか。

 むしろ、俺が行ったところでただの足手まといでは無いのか?

 物語を書き換えるだけ書き換えて。

 せっかくのハッピーエンドの物語を、俺のせいで何度もバッドエンドにに持っていきそうになった俺が。

 ある時は、ルイズがゴーレム相手に潰されそうにした俺が。

 ある時は、才人がレコンキスタの集団相手に倒れそうにした俺が。

 ある時は、ルイズが虚無に覚醒できなくなりそうにした俺が。

 そんな俺が、今更何が出来るというのだろう。

 ――自然と速度を落とす翼。

 確かに俺が動いたから幸せになった者もいる。

 しかし、それだけではない。

 その裏にあった、多大な危険を無視して、表面だけ見て喜ぶのは正しいことなのだろうか?

 ……そんなことを考えていたからか。

 俺はその変化に気づくのが遅れた。

 じっとりと降り注ぐ雨。

 ――それらが宙に停滞していることに。

「――は?」

 思わず声が漏れた。

 周囲の雨粒。

 自然の存在。

 それらが常識的な理屈に逆らい、宙にて綺麗な球形を保っている。

 それはある種幻想的な光景。

 小さな小さなシャボン玉が多数、周囲に浮いているかのような、そんな光景。

 不思議な不思議な――違和感しかない――嫌な予感しかしない光景。

「いったい――」

 口に出せたのはそこまでだった。

 何故なら次の瞬間――それらの水滴がすべて俺に向かって飛んできたから。

「がぼっ――」

 一つ一つは小さな水滴。

 直径一ミリ有るか無いか。

 しかし、小さなそれらは集まり、固まり――大きな水球となって俺を包み込む!

 普通なら、迷わず苦しさが勝るだろう。

 しかし、それはしばらくしてからの話だ。

 包まれた瞬間――どちらかというと、人はパニックになる。

 状況把握のために脳は働き、酸素を消費し――そして思わず呼吸をしようとする。

 そしてそこで初めて自分がまずいことに気づくと……。

 いやはや、人間というのは致し方無い生き物だ。

 これらは宿命であり仕方ないこと。

 そしてもちろん、俺もそんな人間。

 状況を把握したときには、かなりの息を無駄遣いした後だった。

 ――くっ!

 事情は分からない。

 ただ、今の自分がかなりあぶない状況に有ることだけは理解できた。

 この状況が後少し、ほんの少し続くだけで取り返しのつかない事態になるだろう。

 時間がたつにつれて酸素は減るし、それにつれて体力は奪われる。

 これは一体誰の仕業か――。

 そんなことを考えるより先にまず脱出を考えないといけない。

 典型的ともいえる水のメイジの戦闘手段。

 そして、その対応策は、逃げるか使い手をしとめるか。

 思わず杖を持つ手に力が入る。

 俺に残された選択肢は一つだけ。

 それだけが頭に浮かび、俺は背中の羽に力を注ぐ。

 ――ゴバアアアァァァ!

 とたん――すさまじい音がした。

 それはまるで爆発音。

 何かを吹き飛ばしたかのような――破壊の意志あふれるメロディ。

 そして何より――“フライ”では決して発生するはずのない音。

 驚き振り返るとそこにあったのは、綺麗に後ろ半分だけ吹き飛ばされた俺を包む水球だった。

 ――何で?

 俺の中で疑問が浮かぶ。

 それはまるで“俺のフライで何かを吹き飛ばした”かのような光景。

 ――状況の理解が追いつかない。

 よく見れば、辺りには水蒸気が舞っている。

 つまり、これらの水は“何らかの熱”で消えたわけだ。

 しかし、もしそうだとしても、理解は出来ない。

 何故、俺の“フライ”で“水が蒸発した”?

 混迷する思考。

 深まる謎。

 また、何かが起きているというのか?

 俺の思考を越える何かが、ここで起きているというのか。

 混乱は焦りを呼び、焦りはミスを呼ぶ。

 何より、先ほどから状況はいっさい好転していないのだ。

 つまり、俺は未だに水球の中にいると言うこと――。

 ――すなわち、俺のフライではこの状況から脱出する事が出来ないと言うこと!

「……がはっ!」

 いよいよ限界を超えた空気が口から漏れた。

 暗く遠くなる意識。

 視界がだんだんと狭くなってゆく。

 無意識のうちにもがいていた腕が降りていく。

 ――異分子の動きの鎮静化を確認した。

 どこから聞こえてくるその声。

 つい最近聞いたことのあるその声が俺の鼓膜を揺らす。

 そして、その声の主に気づいたとき――俺はやっとこの異常の意味が理解できた。

 なるほど、これはずいぶんと滑稽な話だ。

 世界を楽しむため――そのためだけに世界をひっかき回し、さんざんに迷惑をかけた俺。

 これは、きっとその報いなのだろう。

 完全なるストーリーの外。

 誰も知らない場所で、原因不明の死をとげる。

 なんともらしい死に方じゃあ無いか。

 しかも、その裁きを下すのが、この世界の神に近い存在とあっちゃあ、尚更だ。

 ――何故、笑みを浮かべる?

 言われて始めて、俺は自分が笑っていたことに気づいた。

 どうやら、無意識のうちに笑っていたらしい。

 まったく、俺の表情筋も困ったものだ。

 しかし、同時に仕方ないのかな、とも思う。

 なにしろこの状況だ。

 この状況なら間違いないだろう。

 だって――。

 「だって――これで俺がいなくなれば、未来は間違いなくハッピーエンドだろ?」

 その言葉は――。

 自らの罪を自覚したその言葉は、水中にいながらにして、はっきりと声になった気がした。

 俺が歪めた物語。

 その中から俺が消えれば、きっと物語は元通りのハッピーエンドの物語になるだろう。

 それは、なんとも素晴らしいことではないか。

 それ以上、何を望むというのか。

 綺麗に終わる物語。

 やっぱり、俺はハッピーエンドが好きだから、そう望まずにはいられない。

 例え、そこに俺がいないとしても――。

「私は皆を大事にする!」

 そう言ってルイズは守るものを得た。

 守られる筈の存在が、今までに無かった力を得た。

 ――一つ一つの言葉が鮮明に思い出せる。

「守れねえなら守れるようにする。力がねえなら、それを補完する為に動く。前向きに考えねえでどうするってんだ!」

 そう言って才人はデルフを握った。

 全てを守るための剣は、道を切り開く力になった。

 ――それぞれの覚悟。

「あんたと話しているとなんか和むのよね」

 そう言ってキュルケは笑った。

 全てを支えてきた彼女は、互いに支えあう事を知った。

 ――皆の笑顔。

「……ともだち」

 そう言って、彼女はスコーンを口に運んだ。

 孤独の存在は、あってあたりまえの物を手に入れた

 ――楽しかった時間は、俺の中でだけ生き続ければいい。

「存分に頼らせていただきますわ」

 そう言ってシアは手を繋いだ。

 背負われ続けてきた妹は、他人の暖かさを背負った。

 ――有るべき未来と幸せな終わり。

「魔法は夢――」

 そう言ってオスマンは瞳を閉じた。

 舞台を降りたはずの魔法使いは、再び光を浴びる決意をした。

 ――彼らはそれを迎えられる……迎えるべきなんだ。

「誰かが行かなければもっと危険ね」

 そう言ってイザベラは危機と向き合った。

 怯え続けてきたお姫様は、大きな大地にその足を下ろした。

 ――だからこれで良かったんだ。

「あの日の朝、本当は船に乗って何か資材はないかと、辺りを探す予定だったのだけれど、行かないでよかった。行かなかったから君に会うことが出来た」

 そう言ってウェールズは月を見上げた。

 過去の存在であるはずの王子は、未来を見つめた。

 ――この物語はこのエンディングで――。

 ……………………。

 ………………。

 …………。

 ……。

 ……は?

 何か今、猛烈な違和感を感じた。

 加速する思考。

 見逃しちゃいけない部分。

 スルーしてはいけない違和感。

 決定的なズレがあった気がする。

 残り少ないエネルギー。

 それを使って俺は思考する。

 無意識の内に熱を持ち始める身体。

 鮮明になってゆく身体の感覚。

 身体を流れる血を感じながら――俺は言葉の検索を行う。

 何だ?

 どこだ?

 今の回想、そのどこに違和感があった?

 どこに間違いがあった?

『行かないでよかった。行かなかったから君に会うことができた』

 ――瞬間、全身に鳥肌が立った。

 あれ?

 どういうことだ?

 おかしいぞ?

 何かがおかしい。

 全てが決定的にズレている。

 あふれでる違和感。

 謎と困惑。

 ウェールズはあの日、確かに城から出ているはずだ。

 空賊のふりをして、ルイズ達が乗った船を強奪する予定だったはずだ。

 それは間違いようのない予定調和。

 あるべき筈の物語の形。

 原作では、そうして物語が進行する筈だ。

 生まれる偶然。

 それを重ねて物語は進む。

 そうでなければ物語は進まない。

 ――一体これはどうなっているのか?

 彼女達と会うことがなければ、物語は進行しないというのに。

 そこで終わってしまうというのに。

 ハッピーエンドにはたどり着かないというのに。

 まさか、俺が居たから世界に変化が起きたのだろうか?

 バタフライエフェクト?

 いや、まさかそんなはずは無い。

 そんな繋がりを持つような行動など――したはずがない。

 出来るはずがない。

 では何故こんな事がおきるのか。

 起きてしまったのか。

 こんな状況、まず解決など出来るはずが無いというのに。

 俺のようなイレギュラーな存在でもいない限り、ハッピーエンドなんてあり得ない状況が、何故生まれてしまったのか。

 ――ここまで考えて、俺はとある考えに行き着いた。

 行き着いてしまった。

 それは根本的な否定。

 あるはずの無い展開。

 前提条件の消失。

 思えば、心当たりはいくらでもあった。

 気づく機会は腐るほどあったはずだ。

 一番最初のフーケ戦。

 フーケとの戦いで、何故、俺はキレたのか。

 そのキレた台詞を、果たして原作でルイズは言っていたか。

 そしてその台詞を言った時の状況は?

 ――原作にて、ルイズはその台詞を言えなかったはずだ。

 ポイントは、“言わなかった”ではなく“言えなかった”ということ。

 原作にてルイズはその瞬間――迫りくるゴーレムの拳から才人によって救われていた。

 命からがら――ぎりぎりのタイミング。

 だから原作で彼女は、その台詞を“言えなかった”のだ。

 そこまで考えて今回の状況を判断するとどうか。

 あの瞬間、彼女にゴーレムの拳は迫っていた。

 後数秒でつぶれる瞬間。

 その瞬間に彼女は、シアの魔法で吹き飛ばされた。

 ――もし、吹き飛ばされていなかったら。

 あの瞬間を思い出せ。

 あの瞬間、才人は――彼女を助けられる距離には居なかった。

 シアが動かなければ、あの瞬間にすでに物語は終わっていた。

 俺が居たからバタフライエフェクトが起きた。

 これに関しては、そう考えるのも間違いではないだろう。

 この程度の微妙な変化ならあり得る。

 しかし、もしそうでないとしたら?

 俺が居る、居ない、関係なく物語がこの形で帰結しているとしたら?

 この世界がそもそもゼロの使い魔の世界で無いとしたら?

 もしも――バッドエンドを前提として動いている世界だとしたら?

 その瞬間、今までの仮定は全て崩れ、全く新しい世界の形が見えてくる。

 思えば、前回の水のルビーと始祖の祈祷書。

 俺が原因だと言えばそうかもしれない。

 そう考えるための条件は十分にある。

 しかし、もしそうでないとしたら?

 元々そうなる予定だったとしたら?

 例えば、トリステインからアルビオンに戦争を仕掛けようとし、その過程でゲルマニアとの婚約が破棄になったとしたら?

 全身を巡るぞわぞわとした感覚。

 ドクドクと脈打つ音が、耳の奥で響く。

 目が裏がえりそうになる。

 もし、これらの考えが正しいとしたら――。

 俺が今までやっていたことは、間違いなかったんじゃないのか?

 正しいこと、俺が居なければ世界はハッピーエンドにならなかったんじゃないのか?

 ゆっくりと思考がほぐれ、頭が冷静になっていく。

 それとは対照的に、身体は熱くなっていく。

 ――そうだ、間違っていなかったんだ。

 俺の頭にリフレインするその言葉。

 ようやく、絶対の自信をもって語れるその言葉。

 その言葉で、俺はどこまでもいける。

 俺の“熱い心”は果てしなく燃え上がる事が出来る!









 ――パチリ。











 寒かった身体。

 その心の芯に小さな小さな炎がともった気がした。

 その炎は一気に燃え上がり、俺の身体を暖かく照らす。

 こんなところでひっそりと消える?

 バッドエンドの世界を見捨てて舞台を降りる?

 そんなことを出来るはずがないだろう。

 俺が関わる以上、全ての物語はハッピーエンド。

 皆笑って終わりを迎えなければならない。

 例えチープだと言われようと。

 安直だ、ちゃちいと言われようと。

 それでも俺は――せめて自分に関わる人は皆、ハッピーエンドにしてみせる。

 死ぬのはそれからだ!

 思えばそうだ。

 この熱さがあったから、俺は前世で幼なじみを庇えたんじゃないか。

 守ることが出来たんじゃないか。

 全てをかなぐり捨てて、彼女の前に飛び出すことが出来たんじゃないか。

 そこまでして、ハッピーエンドにもっていけたから、だから俺は笑って死ねたんじゃないか。

 どこまでも満足した顔で。

 満ち足りた心で死ねたのではないか。

 ――満ち足りた心で?

 そう、あの瞬間の俺は、幼なじみを守れたことに満足していた。

 俺の、尽くせるだけの全力を尽くせたことに、満足していた。

 それは間違いのない事実だ。

 だったら何故今まで――









 ――それを忘れていたんだろう。











「……」

 生まれる違和感。

 この感覚にも、流石に慣れつつある。

 俺の前世での死。

 そこにはびこる多数の矛盾。

 いや、決して矛盾ではない。

 ただの空白だ。

 ただの空白であり、生まれるはずのない空白。

 あったはずの場所が、存在しない不思議。

 さて……いい加減に四回目だ。

 そろそろ俺にだって何かしらの規則が見えてくる。

 この感覚が訪れる瞬間と、その規則、そしてそれがもたらすもの。

 タイミングは間違いない。

 毎回毎回味わっているからよく分かる。

 その直前には必ずあるのだ。

 何かしらの……何かしらの鍵が外れるような感覚が。

 何かが、俺の身体を縛っていた枷のような物が外れるような……。

 なるほど、枷が外れたという表現は確かに適切かもしれない。

 枷が一つ外れる度に、俺の身体は軽くなるのだから。

 軽くなり、視界は広くなり、世界は明るくなり、物音が鮮明に聞こえるようになる。

 はっきりと自分の考えを、意志を、自分らしさを正しく表せるように。

 そう――それこそ、“自分の存在感”がはっきりとするように。

 しかも、謎なのはその思い出したときの感覚。

 まるで、見えていなかった物が突然見えるようになったかのような。

 じわじわとしたものでは無い、パッと現れる感覚。

 そう――表現するならそれこそ“知った”という表現の方が適切かもしれない。

 自分の記憶を知る。

 別に記憶喪失になったわけでもないのに、そんなことが果たして起こるのだろうか?

 そんな――まるで、自分が自分でないかのようなことが――。

 そして何より大事なのは、それらがもたらすもの。

 それらがもたらし、俺に多大な影響を与えるもの。

 はっきりと言ってしまうのならば、それらは“感情”と呼ばれる物だ。

 前の死の瞬間に強く感じていた……そして何よりも“俺らしさ”を形作るための因子。

 例えば、あるときは、プライドだった。

 自分の中で曲げられないもの。

 わがままな貴族のお嬢様を叱って以来、それは俺の中に確かに息づいている。

 死ぬときの、暖かな手の感覚と共に。

 例えば、あるときは責任感だった。

 俺ではどうしようもない世界、その世界と戦う意志。

 白き国の空を飛翔して以来、それは確かに俺に息づいている。

 死ぬときの、達成感と共に。

 例えば、ある時は弱さだった。

 自分を知り、他人を信頼する姿勢。

 友の前で涙を流して以来、それは確かに俺に息づいている。

 死ぬときの、友の声と共に。

 そして今、はっきりと分かる物がある。

 今回は間違いなく“熱さ”だ!

 熱く燃え上がる心!

 前へ前へと進む意志。

 人間の力であり、エネルギーであり、生命力であるもの。

 それと同時に、俺ははっきりと理解した。

 “後一つ”だ!

 後一つ、何か、決定的に大事な感情が俺から抜け落ちている。

 前世で死ぬとき、もっとも強く感じていたはずの感情。

 絶対になくてはならない……しかし、凄く無くしやすい感情。

 そして――今の俺には全くもって無い感情。

 だから、俺には理解できない。

 知ることが出来ない。

 その感情が何だったのか。

 俺は一体何を考えていたのだろう。

 そこまで強く何を思っていたのだろう。

 “もっとも信頼し”“もっとも大切にし”“命に代えても守ろうとした”その幼馴染みに対して。

 俺は一体どんな感情を抱いていたのか――。

「へぇ……まさか、ここでその鍵が外れるとはね……」

 深みへ深みへと向かう俺の思考。

 それを中断したのは、うすぼんやりとした、そんな声だった。

「なるほど、確かに世の中って奴は愉快で滑稽で奇怪なものらしい」

 のんびりと投げかけられる言葉。

 水中にいるはずの俺。

 その耳に染みるように入ってくる呟き。

「実に醜く、不条理で理不尽な世の中。しかし、それらが組合わさった時、世界は美しく輝き出す。ぐるぐるぐるぐる回り出す」

 俺は確かにその声を聞いたことがあった。

 一度だけ――しかし、あまりにも意識に残る出逢い方。

 常に意識のどこかにあった、俺が危機感を抱く対象。

 あの時、トリステインの書庫の前で出会った金髪の美女。

 全てを知り――まるで未来を見透かすような彼女。

 その声が――その声が今、“俺の頭の上から”聞こえている!

「その鍵が外れた今――君が“火のメイジ”として目覚めた今、僕も本気を出すとしよう!」

 瞬間――視界が開けた。

 常に身体にまとわりついていた水。

 その水が、一瞬の内に消え去る。

 熱風と音を身体が知覚したのは、その直後だった。

 身体を舐めるような熱風、それと共に聞こえてきた爆音。

 それは、俺が先ほどフライを使ったときの音に似ていた。

 まるで何かを吹き飛ばすような、そんな音。

 冷静に物事を考えていられたのは、そこまでだった。

 次の瞬間には、俺の身体が生体反射を始める。

「げほっごほっ……!」

 身体が無意識の内に酸素を求めむせた。

 体の中に入った水を吐き出し、貴重な空気を求める。

 水の牢獄が無くなり、ゆっくりと落下する俺。

 俺はその過程ではっきりと見た。

 見ることが出来た。

 その炎を。

 紅蓮という言葉がふさわしい、その光を。

 明るく美しい、その姿を。

 金色に輝くその髪を。

 落下する俺。

 それと全くの同ペースで落下しながら、そこに彼女はいた。

 俺がもっとも恐怖した、破綻の象徴たる彼女が。

 美しき炎を纏う彼女が。

 目にうっすらと涙を浮かべながら、俺を見つめる彼女が。

「では、改めて自己紹介をさせて貰うね。僕は九尾にして吸火にして究美の狐、フェリス。恩人たる刈羽英太さんの願いを聞き、目覚めた君にこの世界の姿を伝えるために召還された、レイラ・ド・レリスウェイクの使い魔さ」

 近づく地面。

 風に金色の髪をなびかせながら。

 美しい彼女は――。

 俺の愛する愛する使い魔は――。

 深き事情を持つ令嬢は――。

 ――そう言った。



[27345] 真実ってこんなに熱かったっけ? そのはち
Name: 柳城寺 蛍◆c99426ab ID:6e311d49
Date: 2013/03/10 02:53
「姫様を返しなさい!」

 ルイズの声を聞きながら、俺はデルフを両手に持ち直し、改めて周囲を警戒した。

 周囲はアルビオンの騎士たちと思われる者たちによって囲まれ、いつ攻め込まれてもおかしくはない。

 タバサ達もそれを察しているのか、背中合わせで警戒をしている。

 現在こちらはトライアングルが二人と俺と虚無使いのルイズ。

 この四人だけでこれだけの大勢を相手にしなければならないわけだ。

 タバサ、キュルケについては信頼を置けるとしても、ルイズの実力は未知数。

 この間、戦艦を吹き飛ばすような無茶苦茶な爆発を放ったかと思えばどうも最近は不調らしく、かといって代わりになるような魔法を使っているような様子は見たことが無い。

 そうなると、実質戦えるのは俺自身を含めて三人。

 現在の状況をみる限り、かなりの不利と言っていいだろう。

 そうなると、タクティクスはどう組むべきか。

 メインの防衛、及び戦況維持はおそらく俺が主力となるだろう。

 それに対して、攻めの主力はキュルケになるはずだ。

 来るときに、確かレイラがそんなことを言っていた気がする。

 なんでも、炎の呪文以外はほとんど効果が無いのだとか。

 詳しいことは時間が無かったり、聞く前にレイラが分離したりで聞けなかったわけだが……。

 しかし、炎の呪文が効くということは、きっと魔法的な何かなのだろう。

 それならば場合によっては……。

 そんな俺の視線を察したのか、デルフが答える。

「安心しな相棒。少なくともあの程度なら、俺にとっちゃ問題ねえよ」

 とのこと。

 そうなると、状況次第では俺が攻めに回る可能性も出てくるわけか。

 最も、これらは全て攻めることが可能ならば……のプランなわけだが。

 現在の状況。

 それこそ守りだけで精いっぱいになる可能性が十分に考えられる。

 そうなると守りの手段としては何があるか。

 一つ、トリッキーな手としては、ブラフという手がある。

 この間のタルブでの一件。

 少なくともアルビオンでも何らかの話に位はなっているはずだ。

 あれだけ圧倒的な力だったのだから当然だろう。

 そう考えた時に、こちらがあれだけの力を持っている。

 発揮できるかはともかく、あれだけの力を秘めているという事実。

 それは場合によっては相手が攻めあぐねる理由の一つになるのではないのか?

 ある意味で核戦争と一緒。

 実際に使わずとも、持っているだけで力となる可能性。

 それもしばらくの間ならば思考に入れてもいいだろう。

 そうすれば、少なくとも相手が全力でこちらに攻め入ることはなくなるわけなのだから。

 最も、しばらくはルイズのブラフが持つのだろうが、それが相手にばれた時。

 いい加減に隠し通せなくなった時のことも考えておかねばならないわけだが――。

「……大丈夫。……シルフィードはいつでも来れる状態になっている」

「流石にこの状況はいくらなんでもねえ……肌に傷が付いたらどうしてくれるのかしら」

「……大丈夫。……シルフィードはいつでも笑いに来れる状態になっている」

「何を!? いったいあたしは何を笑われるの!」

「……影の薄さ?」

「それだったらこの剣を笑いなさいよ! あたしよりずっと活躍シーン少ないじゃないの!」

「貴族の娘っ子……それ以上言うと、無機物とはいえ涙がでちまうぜ。だって伝説だもの」

「確かに、かわいそうなのはむしろギーシュね。ここまでニアミスしてるのに尽く微妙に途上シーンから外れるなんて」

「お前ら……まるで緊張感ってものが無いんだな……」

 思わずため息が出てしまう。

 なんというか……俺とルイズに対して、この二人は……どこまでもマイペースというか……。

 まあとにかく、最悪の場合の逃走手段は安心していいってことだろう。

 ルイズだってそのくらいのことは理解できているはずだ。

 最悪の場合――そう、このお姫様を見捨てなければならない場合のことを。

 しとしとと雨が降る。

 体にまとわりつくかのような気持ちの悪い雨。

 濁った空から滴るのは、果たしてだれの涙か。

 肌を刺すこの寒さは、一体だれの心か。

「姫様!」

 再びのルイズの声。

 その声を聞き、ようやく彼女は顔をあげた。

 それは実にゆっくりとした動作。

 寝起きの様な、半開きの瞳で彼女はこちらを見る。

「こちらにいらしてくださいな! そのウェールズ皇太子は、ウェールズさまではありません! クロムウェルの手によってフェイスチェンジで他人が化けている偽物です!」

 それはルイズの叫び。

 国のため――そして何より姫様自身の為の言葉。

 そう――少なくとも彼女にとってはそうだったはずの言葉。

 そして――何も考えていない決まり文句のような言葉。

 だからこそその言葉は――。

「そう――ルイズ――貴女もわたしの前に立つの?」

 ――王女たる彼女には一切届かない。

 覚悟を決めた者には――命をかけた何かを始めてしまった者には、そんな綺麗事なんて届かない。

 そんな――悩みのない言葉など。

 覚悟のない言葉など――届くはずもない。

 いや、果たして覚悟があったところで届いたのだろうか?

 何故なら、彼女の言葉――語調――声色――それらを聞いただけで俺の背筋に寒気が走ったから。

 あまりにも深い深い冷たさに……凍えそうになったから。

 そして、俺は理解した。

 この人はこちらを見てなんかいなかったと。

 この人の瞳には俺たちなんか映っていなかったと。

 この人には――もう何も見えないと。

「姫……様……?」

 真っ暗に淀んだ王女の瞳。

 雨のせいじゃない。

 暗いせいじゃない。

 そんなもんじゃなく……彼女の瞳には光が無かった。

 輝きも希望もない。

 絶望も悲しみもない。

 まったく色のない瞳。

 そんな王女を前に、ルイズの言葉は詰まる。

 考えることを始めた俺のご主人さま。

 しかし、考えることを始めたからと言って、早々すぐに対応できるものではない。

 まっすぐに――どこまでもまっすぐに生きてきた彼女にとって。

 むしろ、まっすぐに生きてきたからこそ――対応ができない。

 なるほど、つまりこれから俺たちが戦うのは死者の集団というわけだ。

 心が死んでしまった者。

 絶望すら失った者達……。

「わかったわ――ならばわたしはあなたの命も捧げましょう――全ては愛しのウェールズ様の為に」

 闇が――死者の集団が俺たちに襲いかかってきた。










「偽装誘拐……ねえ……」

 私シアことアレイシアの横を走りながら、そんなことをつぶやくイザベラさん。

 ため息ともなんとも言えないその言葉からは、無意識のうちの疲労が若干感じられます。

「まったく……トリステインの王女様は一体何を考えているのやら……」

 言葉とともに聞こえてきたのは、舌打ちの音。

 きっと頭の中では、様々な葛藤があるのでしょう。

 いや――この人のことだ、どちらかというと、どう説教してやろうかとか考えているに違いない。

 軍人と比べたらやはり走るペースの落ちる私達。

 余程急いでいたのか、ウェールズさんはとっくに先に行ってしまいました。

 おそらく彼が一番体力が尽きかけているだろうに。

「――ウィリアムさん、大丈夫ですかね?」

「……万が一倒れていたら、踏み越えて行くことにしましょう」

 諦めたように言うイザベラさんの言葉。

 確かに、イザベラさんにとってみれば彼は本来、護衛たる存在。

 その護衛が主人よりも先に倒れるなんてことはそりゃあってはならないことなのでしょう。

 そして何より――彼女は、彼がそんな間抜けな事はしないと信頼している。

 彼を信頼し、この場の状況を預けている。

 だからこそ彼女は今こうして、何の迷いもなく走っていられるのでしょう。

 それにしても、すぐにそれに気づかないとは……。

 やはり、いずれお兄様の隣に立つ女性として、越えなければいけないハードルはまだまだあるみたいです。

 こんな状況でも気遣いができる。

 そういった女性を、きっとお兄様は好んでくれると私は思います。

 そして将来、お兄様の隣に立っているであろう女性は、きっとそういう女性であるはずだとも……。

「それに……今は彼の事より……王女の事を考えるべきだと思いますわ」

「ま、それはそうですわね」

 走りながらの私とイザベラさんの会話。

 それを聞きながら、私は回想します。

 あの戦いがあっけない幕切れを迎えた、その時の事を……。







「今、トリステインが戦争をするにあたって、必要なものが何か想像できる?」

 何の前触れもなしに崩れ去ったゴーレムと共に、堂々とこちらに向かって歩いてきたフーケさん。

 扇子を構える私に対して、近くの切り株(ワルドさんとウィリアムさんの戦いの余波でできた物)にドカッと座ると言ったのが、そんな言葉でした。

「トリステインに必要なもの……」

 彼女の言葉を頭の中でゆっくりと反芻します。

 相手の言ったこと、行動を理解する。

 人間の対話はそこから始まると、お兄様もおっしゃっていました。

 もし、理解できなければ実際に口に出して、自分でそれをやってみて、それで理解する必要があると。

 さて、では改めて、戦争をするうえで必要なものは何か。

「軍資金ですか?」

 とりあえず、思いついた中で一番それらしい意見を言ってみます。

「そうね、軍資金は確かに必要ね」

 ……この言い方から察するに、答えは違ったのでしょう。

 ならばと次の候補をあげてみます。

「軍事力?」

「それも必要――ただ、それらは全て“戦争に必要なもの”であって“トリステインが戦争をするのに必要なもの”ではないわ」

 それはなんとも奇妙な言い回し。

 まるで、まだ戦争が始まってすらいないかのような。

 そんな奇妙な言い回しです。

 既に戦争は起きてしまったのに。

 タルブでの戦いは間違いなくあったことなのに。

 それらをまるで戦争でないかのように、彼女は話します。

「悲しいけれど、トリステインはまだ戦争を起こせない――起こせていない。何故なら――戦争を始めるのに必要不可欠なものが欠けているから……」

「戦争を始めるのに必要不可欠なもの――」

 どうやら、彼女はヒントを与えてくれているみたいです。

 だからこそ、そのヒントを元に思考をし、相手を理解しましょう。

 戦争を始めるのに必要なものとは何か。

 それでもやはり最初に浮かぶのは、軍資金や武器の数、優秀なメイジなどといったものばかりです。

 では一体何が……。

「トリステインが今一番必要としているもの、それはね――」

 そこまで言って彼女は一拍間を置きました。

 とうとう解答。

 彼女の伝えたかったことです。

 ずいぶんとフリが無駄に長かったような気がしますが、お兄様は、フリが長いということは、それだけ相手が伝えたがっている内容の核に近いとも言っていました。

 つまり、それだけ重要なことなのでしょう。

 そうして間をおいた後でフーケは――。

「――戦争を起こす理由よ」

 その言葉を口にしました。

「……? 理由なら既にあるはずでは……」

「確かに、ウェールズ皇太子が殺されたことは王女様にとっての理由にはなるかもしれないわね。でもそれはあくまでも個人的な理由。そんな理由で他人は動かない」

「ならばタルブ侵略は――」

「あれはこちらから宣戦布告をしたから起きた出来事――何があったところで、あの出来事に関する責任はこちらがとることになるわね」

「…………」

 なるほど、確かに今のトリステインには決定的にそれが欠けていました。

 戦争をする理由が。

 争いを行う動機が。

 アルビオン王家のかたき討ち。

 それで動ける人も確かにいるでしょう。

 しかし、それだけが理由ならば動かない貴族のほうが圧倒的に多くてしかるべきです。

 何故なら、アルビオン王家が倒れたのはあくまで内紛によるものだから。

 理由が理由であるため、動く貴族のほうが少ないのは当然の結果というわけです。

「動機が無いから軍資金も集まらない――参加する貴族も減る――つまりは、戦争ができない」

 理由なくして戦争はできない。

 いや、そもそも理由なくして人は動けない。

 人はあらゆるもの、この世のすべてに理由を求める生き物なのだから。

「では、どうしたら良いか。――そう、理由が無いのならば作ってしまえばいい。それこそ……」

 既に、私の頭の中には明確な答えが出ていました。

 フーケが言おうとしていること。

 その恐ろしい内容に予想がついていました。

 しかしまさか――。

 普通の人ならばそう思うでしょう。

 しかし、自分ならすると思いました。

 もし、愛しのお兄様が死んだら。

 その程度のことはすると思いました。

 なぜなら、そこに損失は無いのだから。

 間違って命を落としたとして――別に何の問題も無いのだから。

「それこそ……王女様がアルビオンに誘拐された――なんてことになったら、国中が動くでしょうね」

 命を落としたところで――愛する人の元へ行けるのだから。







「まさか、万が一にも生きてるなんて考えなかったんでしょうね……」

 走りながら、小さな声で私は思わずつぶやきます。

 まあ、第一生きているなんて少しでも考えていたらこんな暴挙には出なかったのでしょう。

 いや、もしかしたらそれだけではないのかも知れません。

 それ以外にも、何かしらの理由で、結果的に頭がパニックになってしまったりしたのかもしれません。

 例えばそう……思い人からの最後の手紙が……そこに書いてある内容が、難しい内容だったとか。

 もしそうだとしたら、お兄様も随分と不幸な役回りを担ったものです。

 気をまわした結果、悪い結果になる。

 器用貧乏すぎて涙が出てきます。

「……ん? 今何か言った?」

「いえ、なんでもありません。ちょっとした独り言ですわ」

 私のつぶやきが中途半端に聞こえたのか、モンモランシーさんがこちらに質問をしてきました。

 それに対して、私は実際に大したことではなかったので、軽く愛想笑いだけで答えます。

「それにしても……あの騎士さん達……随分とレベルの高い役者だったわね」

「まったくです。トリステインさえ認めればこちらに引きぬきたいくらいの逸材ですわ」

 そんな風にモンモランシーさんとイザベラさんが話すのは先ほどのワルドという騎士様のこと。

 いやはや、何というか――私達はどうやら、見事彼の掌の上で踊らされていたみたいです。

 まさか……。

「まさか、名目だけの足止めだとは……」

 そう呟いたのはモンモランシーさん。

 そう、一通りの戦いが終わった後、彼が言った言葉は「さあ、姫様を追ってくれたまえ」。

 怪しむ私達に対して、彼が言うには――確かにお姫様からは、確実に拉致を成功させるために、トリステイン側からの追手を撃墜するように言われたと。

 しかし、彼とて王国の騎士。

 そうそう自ら死地へと行こうとする王女を見捨てることはできない。

 そこで選んだ策が――適度に足止めをして、追撃を抑えることが出来なかったフリをするということ。

 名目としては足止めしました――しかし、相手が高レベルのメイジだったために、やむを得ず取り逃がしてしまいました。

 つまりは、彼はそういった言い訳を言える状況にしたと。

 この策の上で大事なのは“やむを得ず逃がしてしまった”ということ。

 だからこそ、ワルドはウェールズとの戦いを拮抗させ“激しい戦いがあった”かのような状況を作り上げたわけだ。

 そして、あまり早く追ってもらっても、無能の烙印を押されるだけ。

 だから彼は、相手の魔力を限界まで使わせ、走っているうちに回復してちょうどお姫様に追いつくだろう頃合いを見計らって、手を引いたわけだ。

 それは、なんとも絶妙な策略家。

 そして、何よりも国を――そして自分自身の正義を裏切らない正しさ。

 そのために、王女様を裏切る策謀。

 なんともタチの悪い人物であることは確かだが、その能力はまぎれもなく確かなものと考えていいだろう。

 と、そんなことを考えながら走る私達の視線の先。

 木々の間から、ぼんやりとした光が見えた。

 それは今まで何度も見た物。

 愛すべきお兄様の最も愛用しているであろう魔法。

 世界で唯一のフライ。

 白く輝く美しい翼。

「お兄様!」

 気がついた時には、思わず叫んでいた。

 声が聞こえたのか、こちらに振り向くお兄様。

 その前には、向かい合うようにして、お兄様の使い魔のフェリスがいる。

 そのままお兄様の元まで走って行って、お兄様の前で止まります。

 イザベラさんたちも状況は同じなのか、言ったん足をとめます。

 そんな皆さんを、お兄様は軽く微笑みながら見まわしました。

 そんなお兄様の横顔。

 それを見て私は気付きました。

 毎日お兄様を見ている私だからこそ気付く変化。

 今まであった、陰りの様なものが消えていることに。

 私達を見渡した後で、お兄様は言います。

「さあ、行こうか……ここからがクライマックスだ」

 そんなお兄様の背中。

 そこにある翼は、いつもよりもどことなく輝いて見えました。



[27345] 真実ってこんなに熱かったっけ? そのきゅう
Name: 柳城寺 蛍◆c99426ab ID:6e311d49
Date: 2013/03/10 02:58
「レリ・アステラ――」

「……――っ!」

 開始早々、目を閉じて呪文を唱え始めるアンリエッタ。

 その最初の一節を聞いた瞬間に、タバサが反応したのが分かった。

 一瞬のひきつった顔と共に杖を振るタバサ。

 それはきっとエアハンマーだったのだろう。

 タバサの十八番の魔法。

 空気を用いた不可視の打撃。

 普通ならばまず避けることの叶わない技。

 それは間違いなくアンリエッタを狙ったものだった。

 しかし、それはアンリエッタには届かない。

 狙いを外したのか?

 いや違う。

 タバサはそんなミスをしない。

 そうでは無く、単に届かなかっただけなのだ――その間に現れた壁によって。

「…………」

 無言のまま吹き飛ばされる兵士たち。

 身を挺して王女を守った兵士はそのまま数メートルの距離を吹き飛ばされる。

 それは何とも不思議な光景だった。

 拉致した対象。

 その対象を普通、そこまでして守るだろうか。

 普通なら、その隙をついて攻め入るものではないだろうか。

 俺がそう考えたのがむしろ隙。

 いや、そうではないのかもしれない。

 守りに専念していたからこそ――そして何より、この世界の戦いに慣れていなかったのが原因だろう。

 だからこそ俺は遅れてしまった。

 反応が遅れてしまった。

 この世界のメイジは“呪文を唱えている間が一番隙が出来る”という事を忘れてしまっていた。

 俺がこの中でもっともその隙を突ける存在だというのに。

「ト・ラレムデル・ミク――」

「……あの魔法を止めて! 発動したらマズいことになる!」

 アンリエッタは未だに目を閉じて呪文に集中していた。

 彼女にしては珍しく焦った口調で言うタバサ。

 ねっとりとした雨が、彼女の額を伝う。

「……それと、念のために上空からの攻撃に対しての防御呪文も」

 そう指示すると同時に、タバサ自身も長々とした呪文を唱え始めた。

「はいはい防御呪文ね」

 返事をするなり、胸の前でタクトを構え、呪文を詠唱するキュルケ。

 何も聞かずに素直に従うあたり、やはりこの二人は息が合っているのだろう。

 この二人のペアは流石のコンビネーションだ。

 伊達にコンビを組んでいるわけではないのだろう。

 さて、それはともかく……だ。

 しっとりとした雨は今も降り続けている。

 時間がたてば経つほど服は水を吸って重くなるだろう。

 ただでさえ不利であろうこの状況。

 これ以上は劣性にさせてはいけない。

 俺の足が、ぬかるみかけている地面を蹴った。

 泥が跳ねるのを感じながら俺は考える。

 なるほど、これで相手の目的は判明した。

 つまり、相手にとっては発動さえさせれば勝利な、切り札のような存在。

 それがおそらくはあの魔法なのだろう。

 果たしてどれほどの威力なのか――いや、そもそもルイズの魔法の様に、破壊力をもった魔法なのか、それとも、何かしらの特殊な能力の魔法なのか。

 その辺は全く分からないが、ただ一つ分かるのは、あの魔法を絶対に発動させてはいけないのだろうということ。

 タバサの焦り方もそうだがそれより何より――。

「ラテラスピカ・フィガロウンダ――」

 ――これだけの長時間唱えている呪文。

 否応なしに寒気が背筋を這いまわってくる。

 走り出した俺の前に飛び出してきたアルビオンの兵。

 王女様まで後三歩――。

 立ちはだかる相手は後一人。

「おらあああぁぁぁ!」

 その一人を峰打ちで切り捨て、俺の一撃は王女様に――。

 ――ゴキン!

「――へ?」

 ――届かなかった。

 不自然な方向に曲がった腕。

 おそらくは峰打ちのせいで骨が折れたのかもしれない。

 ちょっとやりすぎたのかと少し怖くもなる。

 しかし、俺の前にあるのはそれ以上に恐怖だった。

 折れた腕で。

 えぐれた身体で。

 彼らは俺の剣を抱えたのだった。

「なっ! ちょっ! 離せ!」

 慌てて引き抜こうとするも、彼らはガッチリとつかんで離さない。

 それと同時に、俺は先ほどの彼らの動きの本当の意味を知った。

 彼らは、アンリエッタの魔法を完成させるために先ほどは捨て身の防御をした。

 それは確かに理由の一つだろう。

 確かにアンリエッタの魔法からはいやな予感がビンビンする。

 しかしそれ以上に――。

 ドロリ――と奇妙な音がして、折れた腕が地面に落ちた。

 ――そもそも彼らに命という概念が無かったとしたら?

「う……」

 その時、俺は本気で恐怖した。

 そう、その様子はまさにゾンビ。

 それこそ、バイオハ○ードにでもでてくるようなそんな存在。

 目の前にいるのは、まさにそんな存在だった。

「うわあああぁぁぁ!!!」

 悲鳴を上げると同時。

 俺は兵士から全力でもってデルフを引き抜くと、大きく跳ねてルイズたちの場所まで戻る。

 なんというかもう――気持ち悪い。

 生理的に受け付けない生き物、そんな感じ。

 思わず鳥肌が立ち、身体をブルリと震わす。

「……チキン」

「うっせ! ゾンビを殴ったときの気持ちがおまえに解るか!」

「……チキン肌」

「こんなの誰でもなるっての! 本気で気持ち悪かったんだぞ!」

 俺が戻ると同時に、杖を振るタバサ。

 無数の氷の針が王女に向かって飛ぶが、やはり一つとして命中しない。

 それどころか、ゾンビたちは刺さった氷を平気で抜いて、再び戦場に舞い戻ってくる。

 このままでは明らかにじり貧だ。

 時間が経つにつれ、こちらの不利な要素がひたすらに増えていく。

「ちくしょう……なんだあいつら……少なくとも人間じゃ無いって事は分かるが、それ以外、なに一つとして理解出来ないぞ」

「ありゃあ……精霊魔法だな」

 気を取り直して構える俺に、デルフがそう言った。

「精霊魔法……?」

「ああ、相棒たちの言い方だと確か先住魔法……だったっけか。なあ、そこの娘っ子」

 それはおそらくはタバサに向けた言葉だろう。

 それに、タバサは黙ってうなずいた。

「俗に言うエルフ達が得意とする魔法だな。メイジが使う魔法とは根本的なところで違っていて、そりゃ恐ろしい力を発揮する魔法のことだ」

「エルフ……」

 その言葉は以前に聞いたことがある。

 空の上――雲の間。

 そこにある国にて、俺はエルフのフリをした。

 その時の周りの反応から、エルフというのがどのような存在か。

 それはだいたい察することが出来た。

 それはきっと恐ろしい存在なのだろう。

 人々の恐怖から、その本気さから、それらは想像するにたやすい。

 そして、そのような恐ろしい存在が使う魔法。

「なるほどね……こりゃ恐れられるわけだ」

 改めて剣を構え直しながら俺は呟く。

 こんなとんでもない魔法を。

 チートクラスの技術をホイホイ使うような連中が居るわけか。

 そりゃ恐れられるわけだ。

 普通ならば、こんなのそもそも勝負にならない。

 一対多で袋叩きにしたってどっこいがいいところだろう

 しかし……。

「だけどな……」

 俺は呟き――駆けだした。

 向かう先はまっすぐ一点。

 そこだけを見て俺は――

「残念なことに、チートはそちらさんだけでは無いんだよ!」

 ――一陣の風となる!

 先ほどは突然のことでビビってしまったが、覚悟さえしていれば、あの程度物の数ではない。

 たかだか感触が気持ち悪いくらいじゃないか。

 まだ切ったことはないが、人を切るときの方がずっと気持ち悪いだろう。

 ゼロ戦の引き金を引くときの方がずっと手が震えただろう。

 死人を操るらしい技術。

 魂なんて概念は更々信じちゃいないが、それでも、何となく分かる。

 これは正しいことなのだと。

 きっと、彼らを癒すための戦いなのだと。

 だから今度こそ……。

 今度こそ、俺の剣は――。

「ケミ・トリヴェーダ・デルク……。“嘆きの影(ミス・テラー)”」

 かすれて消えるかのような――しかしそれでもやたらと耳に残る声。

 そして暗闇だ――。

 非常に深くどこまでも黒い――深淵。

 その縁を覗いているかのような感覚。

 深淵を覗き、深淵に覗かれているかのような感覚。

 俺がまず感じたのはそれだった。

 目を開いた王女様。

 彼女と目が合った瞬間――俺はそれを感じた。

 暗く深く濁りさえしていない瞳。

 その一対の瞳が俺を見つめていた。

 まっすぐに――まっすぐに――。

 俺が彼女に向かうようにまっすぐに。

 ただひたすらに絶望の色に染まっていた。

 ただひたすらに悲劇の色に染まっていた。

 一体何が彼女をそうさせたのだろう。

 世界か――運命か――。

 答えなんか分からない。

 破壊の引き金など分からない。

 ただ……彼女はきっと純粋だったのだろう。

 濁る余地もなく、清く正しく美しくあった。

 それはまるで美しき光を持つガラス細工のように。

 どこまでも透き通っていたのだろう。

 そして――何らかのきっかけで彼女は壊れた。 

 壊れるべくして壊れた。

 いともあっさりと。

 驚くほどに美しく。

 涙するほどに儚く。

 ため息をつくほどにシンプルに。

 まとわりつくように速度を落とす世界。

 彼女の瞳を見てから、あまりにも時間の進みが遅い気がする。

 ねっとりと絡まるように時間が身体にまとわりつく。

 それに対して、加速する思考回路。

 まるで水の中にいるような。

 動きたいのに動かない。

 夢の中で何かから逃げているときのように。

 時間と思考回路がズレていく。

 時間感覚が狂っていく。

 意識と現実の差が顕著になっていく――。

「……っ!」

 前からの衝撃に吹き飛ばされたのは次の瞬間だった。

 一体何が起きたのか。

 何も見えなかったから風の呪文だろう。

 アンリエッタが特別呪文を唱えた様子はなかった。

 ならば他のアルビオン兵たちだろうか?

 そこまで考えている内に、結局円陣まで吹き飛ばされる俺。

 思わず尻もちをついた俺を二度目の風がおそった。

 ――といっても、それは先ほどまでとは違う風。

 それはやや熱いくらいの温度でもって俺の全身を撫でるように。

 冷たかった心を温める春風のように。

 まるで“雨を蒸発させるかのように”、俺の周りを吹く。

「……よかった。まだ無事みたいで……本当に良かった」

 そんな俺に、心底ほっとしたような声をかけるタバサ。

 表情から、本気で心配していたのだろうことがひしひしと感じ取れる。

 いったい何が……。

「ってあれ……なんか暗い?」

 そこまで考えて俺はようやく気がついた。

 辺りの様子がさっきまでと変わっていることに。

 というよりは何というか……。

 ……非常にどす黒くなっているということに。

 そして同時に、今いる辺りだけやたらと明るいということにも……。

「はぁいダーリン。あんまり無茶はしないようにね」

 顔を上げた先。

 そこでは、若干苦しそうな顔をしながら、キュルケが魔法を維持していた。

 炎の盾の魔法を。

 温かく明るい傘を、俺たち全員の上に差してくれている。

「……“嘆きの影(ミス・テラー)”。黒い雨を降らす、水の禁術」

 目を細めながら、タバサが言う。

「……黒い雨は、術者の不の感情、心に受けているストレス、それらを一方的に流し込まれる。……そして、いずれ対象は心を閉ざす」

 黒い雨。

 言われてみれば、確かに雨粒が黒くなっていた。

 そして、その結果地面にできる水たまりも当然、黒く染まっている。

 まるで雨がそのまま墨汁になったような感じだ。

 見ているだけで、世界の色がまるで反転したかのような、そんな落ち着かない気分になる。

 原子爆弾が落ちた時、黒い雨が降ったというが、あれもこんな気分だったのだろうか。

「……黒い雨に触れたら、蒸発させるまでその呪いは続く。……傘を差そうとも透過する。……対処するには、火の魔法で蒸発させるしかない」

 なるほど、だからさっきからキュルケがずっと上からの雨を蒸発させ続けているわけか。

 でも、それだけの熱量となると、おそらくは相当なものになるだろう。

 四人分の空間とはいえ、雨を全て受けきるのは至難の技な筈だ。

「……あなたはそこで少し休んでいて」

 そう言って、タバサは俺に背を向けた。

 再び姫様と向かい合うタバサ。

 と、そこまでして俺はようやく自分が震えていることに気づいた。

 しりもちをついた状態のまま。

 足が貧乏揺すりを始めている。

 ガクガクと震える肩。

 デルフを持っている手が、小刻みに揺れていた。

「……大丈夫。……“あなたは”まだ壊れていない」

 強い意志の感じられるタバサの言葉。

 背中越しに語られる強い安心感のある台詞。

 そして俺は自覚した。

 自分が恐怖しているのだと。

 あの空間に怯えているのだと。

 暗い雨――それにもう触れたくないと、心の底から思っていると。

「……だから、絶対に壊れないで」

 それは安心なのだろうか?

 ほっとする気持ち。

 全てを任せても良いと思える気持ち。

 自分がいなくても、何とかなるだろうと言う気持ち。

 今の俺は間違いなく役立たずだ。

 この傘から出れない。

 黒い雨を見るだけで足がすくむ。

 そんな俺に出来ること。

 そんなの、せいぜいがタバサ達が動きやすいようにする事ぐらいじゃないか。

 震える身体。

 それを引きずり、俺はタバサの後ろへ――。







「――うん。……やっぱり納得いかない」







 ――と、不意に声が聞こえた。

 それはさんざん聞きなれた声。

 何度も何度も――普段から俺を罵倒する声。

 無能(ゼロ)と呼ばれた――無能(ゼロ)と呼ばれようとも、アルビオンの艦隊を吹っ飛ばした――俺のご主人様。

 そう言えば、さっきまでずっと静かだった。

 王女様との戦いが始まってから今まで、一言も喋っていないのではないだろうか。

 普段、あれだけ口うるさいご主人様が黙る。

 普段、あれだけ姫様を大切にしているご主人様が黙る。

 それも、姫様が危機にさらされているという状態で。

 一体何があったというのか。

「あら、ルイズ。急にどうしたの?」

 継続的に行使している魔法に、キツそうな顔をしながら言うキュルケ。

 しかし、ルイズにはそんなキュルケが目に入っていない。

 ただまっすぐに姫様を見ている。

 まっすぐに見て、彼女は語る。

「姫様……あなたが何に悩んでいるのか、何に苦しんでいるのか、何に傷ついているのか、私にはわかりません」

 一歩ずつ前に踏み出される足。

「最愛の人を亡くした……それがどれほどの悲しみなのか。私には想像がつきません」

 敵意もない、警戒心もない。

「私の周りにも大切な人がたくさん居ます。そこにいる子憎たらしいけれど信頼できる使い魔だって私の大切な人です。ツェルプストーは大嫌いだけど大切な友人です。タバサだって私たちのように持たざる者の一人として大切な仲間です。そして、私を叱ってくれた――大切なものを教えてくれた恩人がいます。それらを失うなんて、私にはとうてい想像できません」

 ただゆっくりと、まるで聖者のように彼女は歩く。

「だから私には、姫様を否定する権利なんて無いんだと思います。姫様の選んだ選択肢が、正しいか間違っているかなんて、私はどうこう言えません。だけど――!!!」

「……っ!」

「ルイズ!」

 あまりにも自然な動きだったために、誰もが反応できなかった。

 自然で、尊大な動きだったから。

 ルイズが雨の中に出るのを止めることが出来なかった。

 あの黒く暗く、深い闇の――。







「だけど――! 今の姫様はすごくカッコ悪いと思います!」







「……え?」

 思わずそう呟いたのは誰だっただろうか。

 あまりにも突然で驚きの出来事。

 暗い暗い闇の中。

 遅いくるはずの不安の波。

 その中でも彼女は――凛としていた。

 しっかりとその両足で立っていた。

 震えたりもせず、ただただ、毅然としていた。

「愛しの人が死んだ。ええ、それはたいそうな悲劇でしょう。姫様は間違いなく悲劇のヒロインだと思います」

 桃色の髪を滴り堕ちる黒い雨。

「涙なしには見られない物語。全トリステインが泣いた名作ですね。悲しい悲しい姫様は、たった一人の愛した人の為、命を懸けてその愛を貫く。とても悲しく、可憐で美しい物語。……だけど――それで良いんですか?」

 圧倒的なまでの黒さをその髪は吸収してしまう。

「私はいやです。悲劇で幕を閉じるのなんて嫌です。だって私は生きているんですよ。明日はまた来るんですよ。まだエンディングは遠い。山あり谷ありの人生でちょっとくらい深い谷があったからなんだっていうんですか。そんなの、クライマックスを盛り上げるための伏線にすぎないじゃないですか」

 全ての闇を吸い、濡れ、その肌にはりつく髪。

「たった一度きりの私の人生――だったら私はカッコ良く、胸を張ってまたこの人生を生きたいと思えるような、そんな人生とハッピーエンドにしたい。いえ、私が主人公の人生である以上、そうしてみせます! それが私――ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールの生き方です!」

 しかし――それでもその髪は未だに鮮やかに輝く!

 そうか……。

 ルイズはきっと今までずっと辛い人生を生きてきたのだろう。

 ずっと暗い闇の中にいるような生き方を。

 常に劣等生だとバカにされて。

 それを払拭しようと努力して。

 そしてそれが実らなくて。

 ずっとずっとそんな日々を繰り返し、悩み続けてきたのだろう。

 涙したくて、でもさらにバカにされそうだから出来なくて。

 相談したくて、でもさらにバカにされそうだから出来なくて。

 ひたすらに闇の中で孤独で震えていたのだろう。

 ただ――きっとルイズは向き合ったんだ。

 あの日、彼に叱られた日に。

 誰もが怖くて逃げてしまう闇と。

 思わず目を反らしてしまう自分の弱さと。

 触れずにしまい込もうとする恐怖心と。

 あの日からずっとまっすぐに向き合い、考え、乗り越えているのだろう。

「は……ははは……こりゃかなわねえや」

 俺は呟き、デルフを握る手に力を入れる。

 まだ足は震えてる。

 膝がガクガクして上手く立てない。

 手は、いくら力を入れても今にもデルフを取り落としそうだ。

 だけど、立ち上がらなければいけない。

 そうしなければ俺じゃない。

 俺が俺としてあるために、どんなにみっともなくても、情けなくても、やらなきゃいけない場面がある。

 ルイズはずっと考えていたのだろう。

 姫様のことを理解しようと考えていたのだろう。

 彼女が何を考え、何を思って動いたか。

 それを理解しようとしてずっと考えていたのだろう。

 だからこそずっと黙ったままだった。

 真剣に、心から考えていた。

 だからこそ出た答えは実にシンプル。

 姫様はカッコ悪い。

 なるほど、それで十分じゃないか。

 彼女が立ち上がる理由としては十分すぎる。

 それだけで彼女は、真っ向から姫様の前に立てる。

 小細工なんていらない。

 アンリエッタの不安を乗り越えるだけの力が。

 それと戦い、お釣りが来るほどの理由が彼女の中にあるのだから。

 だからこそ彼女は、あの暗い闇の中でも凛と立てる。

 背筋を伸ばすことが出来る。

 そして、彼女が立ち上がるのならば俺も立ち上がらなければならないだろう。

 どんな事情があろうとも、目の前にいる女の子を守れないなんて俺じゃない。

 女の子の後ろに隠れてかばってもらうなんて論外だ。

「全く――不遇な役回りだよな」

 震える足で立ち上がる俺、そんな俺をタバサが止める。

「……あなたは下がっていて」

「わりぃ……そりゃできない相談だ」

「……あなたには壊れて欲しくない」

「壊れたりなんかしねえよ」

 デルフを杖のようにして一歩ずつ前へ。

 後一歩でそこは暗い雨の中。

「……なんでそこまで……」

 呟かれたのは、タバサによる当然の疑問。

 だけど、その答えなしに立ち上がったりしない。

 俺が立ち上がる理由。

 前を見ていられる理由。

「そんなの簡単さ……」

 俺はちらりとタバサを見て、それから視線をルイズに向けた。

 黒い雨に濡れる少女。

 そのまっすぐに立つ姿見て俺は答える。

「ご主人様が立っている……これ以上の理由が必要か?」

 そう、答えなんて実にシンプルなんだ。

 難しく考える必要なんて無いんだ。

 目の前で女の子が立っている。

 だったらその女の子を守るのが騎士の役目だろう。

 そこに理由なんて必要なく、それこそが理由だ。

 そして何よりも――。

「ましてや俺は神の盾(ガンダールヴ)! ゼロのルイズの使い魔だ! 主人より後ろにいるわけにはいかないだろう?」

 強がり半分で俺はニヤリと笑ってみせる。

 俺だって主役だ。

 何だか知らんが、魔法の国に来ちゃって、格好いいご主人様が出来て、伝説になっちゃって、そして――目の前で泣いている女の子を助けられるだけの力を手に入れた。

 そんな俺が立ち上がらず、一体誰が立ち上がるって言うんだ。

 一歩踏み出した足。

 その足先から、恐怖が全身ににじみ出す。

 恐ろしいまでの不安が全身を駆け巡る。

 それは呪い。

 黒き黒き呪い。

 身体の中を駆け巡る恐ろしき怨念。

 行き場のなくなった感情。

 どうしてこうなったの?

 投げかけられる叫び。

 教えて教えて教えて教えて教えて教えて教えて教えて教えて教えて教えて教えて教えて教えて教えて教えて教えて教えて教えて教えて教えて教えて教えて教えて教えて教えて教えて教えて教えて教えて教えて教えて教えて教えて教えて教えて教えて教えて教えて教えて教えて教えて教えて教えて教えて教えて教えて教えて教えて教えて教えて教えて教えて教えて教えて教えて教えて教えて教えて教えて教えて教えて教えて教えて教えて教えて教えて教えて教えて教えて教えて教えて教えて教えて教えて。

 身体が真っ黒に染まる。

 頭が真っ黒になりそうになる。

 答えて答えて答えて答えて答えて答えて答えて答えて答えて答えて答えて答えて答えて答えて答えて答えて答えて答えて答えて答えて答えて答えて答えて答えて答えて答えて答えて答えて答えて答えて答えて答えて答えて答えて答えて答えて答えて答えて答えて答えて答えて答えて答えて答えて答えて答えて答えて答えて答えて答えて答えて答えて答えて答えて答えて答えて答えて答えて答えて答えて答えて答えて答えて答えて答えて答えて答えて答えて答えて答えて答えて答えて答えて答えて答えて。

 ――どうしてあなたは私の前に立つの?

「あんたが――泣いてるからだろうが!」

 更に一歩。

 もう一歩。

 震える足で前に進む。

 暗い闇の中を、這うように歩く。

 ようやく聞こえたお姫様の声。

 その嘆き。

 まっすぐにそれと向かい合って初めて聞こえる言葉。

 それを絶対に聴き逃さないように。

 一つ一つとしっかり向かい合えるように。

 彼女から目を離さないように。

 彼女はずっと泣いていた。

 黒い雨の中、誰にも見えないように泣いていた。

 今まで、誰も見ることの出来なかった黒い涙。

 それをやっと見ることが出来た。

 だったら――後はそれを拭ってやるだけだ!

 左からアルビオン兵の一人が襲ってくるが、それを無意識の内に切り捨てる。

 大丈夫、問題はない。

 だって――俺の左手はこんなにも輝いているのだから。

 暗く冷たい闇の中――熱く熱く輝いているのだから。

「全く……遅いわよ駄犬」

「うるせ。お前みたいに強い人間の方がおかしいんだよ」

 ルイズの前に立ち、剣を構える。

 まだ恐怖に足はふるえてるし、手は感覚が無くなりかけている。

 だけどそれでも。

 手を伸ばさなければならない。

 手を伸ばしたいと思う。

 闇の中から、彼女を引っ張りあげたいと思う。

 そのために、この俺の左手はあるのだと思うから。

「しっかりと私を守りなさい」

「言われずともやってやるよ」

 そして流れ出すルイズの呪文。

 温かく俺を包み込む言葉。

 足の震えが止まっていく。

 手に力が満ちていく。

 閉じかけていた目が開いていく。

 その言葉が――そのまま俺の力となる。

「貴女は――」

 輝く俺の左手と、ルイズの呪文書。

 ふたつの希望を前にするは暗闇の王女。

 彼女の瞳がようやく俺たちを捉えた。

 暗闇の中から、ようやく俺たちを見た。

「貴女は――どうしても私の前に立つのですね」

「愚かな問いと書いて愚問だな、悲劇の姫様」

「貴方なんかに――」

 滲み出る表情。

 表に出始める心。

 顔は歪み、声は震える。

 明るい光に照らされて、彼女は表情を露わにする。

 怒りに、悲しみに、その顔は染まりだす。

「貴方なんかに私の悲しみがわかるもんですか!」

「ああ、分からないだろうね」

 声は唐突――空の上から。

 降り注ぐは光――天からの道。

 人はそれを天使の通り道に例えたという。

「僕たちは所詮他人の気持ちなんて分からない。分かった気になることはできても、完全な理解は不可能。僕たちはそれぞれ他人なんだからそんなこと当然さ」

 彼は、黒雲をかき分け、ゆっくりと降りてきた。

 晴れていく空――雲間から差す光。

 おそらくは、風の魔法が彼の降りる道を作っているのだろう。

 俺たちを覆う雨雲を吹き飛ばした彼は、ゆっくりと俺たちの横に降り立つ。

 輝く翼を背負う彼。

 白銀の槍をもつ恩人。

 初めて、俺を対等に扱ってくれた貴族。

 なるほど、それは確かに、天使のように見えた。

 空から降り立つ、天の使者のように――。

「だけど――いや、だからこそ人間は幸せになれるんじゃないかな? 皆が同じでは無い――自分だけの幸せを目指せるから……だからこそ、全ての人は、幸せになることが出来る。全員が、それぞれの幸せを手に入れる事ができる。僕は、そう思っている」

 彼は、先程までの会話を知らないだろう。

 黒い雨が吐き出していた叫びを知らないだろう。

 しかし、彼は彼で真剣にアンリエッタと向き合おうとしている。

 アンリエッタの事をしっかりと見て、言葉の責任を背負うだけの覚悟を持って、声をかけている。

「そして、少なくとも――君が泣き顔のまま幸せになっているとは思えないのだけれど……どうかな?」

 隣に並ぶタバサとキュルケ。

 闇は晴れ、光差す中、俺たちは並ぶ。

 なるほど、ゾンビの集団か。

 魔法で操られた哀れな者たち。

 彼らの為の鎮魂歌(レクイエム)を詠うルイズ。

 そして何より――次第に輝きを増す俺の左手。

 何故だろう、負ける気がしない。

 人数的には圧倒的に不利。

 相手は不死身。

 それでも――。

 俺は光差す空を見上げ、大きく息を吸った。

 雨のにおいが、土のにおいが、風の匂いが――そして涙のにおいが俺の身体の中に満ちていく。

 さあ――ハッピーエンドを迎えようじゃないか!



[27345] 真実ってこんなに熱かったっけ? そのじゅう
Name: 柳城寺 蛍◆c99426ab ID:6e311d49
Date: 2013/03/10 03:01
 人は、あえて遠まわりをすることがある。

 そこに意味なんてないと分かっていながら。

 確実に遠回りだと分かっていながら、それでも遠まわりをすることがある。

 ことわざに、急がば回れ――なんてものもあるが、それとはまた違った意味で。

 それは、場合によっては本当に近道に気づいていないだけなのかもしれない。

 人の視野は思いのほかせまく、そして近い。

 遠くを見渡すには一息つく必要があり、それが出来ない人なんていくらでもいる。

 しかし、遠くが見えていながら。

 近道が分かっていながら、それでも遠まわりをする人間も、確かにいるのだ。

 それは何故か。

 おそらく、寄り道をすることによって得られるものが確かにあるからだろう。

 ゲームなんかを例にすると分かりやすいだろうか。

 RPGなどではよく、寄り道をした先に、とても強い武器があったりする。

 本来のストーリーには必要のない場所。

 明らかな遠まわり。

 しかし、そこには確かにする価値があるのだ。

 今回の件だってそうだ。

 おそらく、才人たちがウェールズ氏が生きていることを伝えれば、この場はとっくに収まっていたのだろう。

 どんなことがあったにせよ、それを伝えるだけで、おそらくアンリエッタは味方になったはずだ。

 あのやたらと分厚い雨雲だって、水メイジの前では力にしかならなかったはずだろう。

 しかし、あえて彼らは辛い道を選んだ。

 難しい道を選んだ。

 それは何故だろう。

 きっと、そこに何かがあると思ったからではないだろうか。

 例えばもし、本当にウェールズ氏が死んでいたら。

 その時に、王女様はどうしただろうか?

 今回はたまたま生き残ったが、いずれ別れは必ず来る。

 それははるか遠い未来かもしれないし、すぐかもしれない。

 その時――果たして彼女はどう動くのか。

 そして、自分たちは何を考えるのか。

 それを見直していたのではないだろうか。

 しっかりと先をみるために。

 強い心を手に入れるための遠まわり。

 きっと、彼らにとって今回のイベントは、そう言った意味を持つものだったのではないだろうか。

 そして彼も、才人やルイズ同様――見届けたかったのだろう。

 その答えと、結末を。

 伝えたかったのだろう――彼女に、本当のあるべきエンディングを。

 結局あの後、ルイズのディスペルによって一発で解決してしまったこの一件。

 それについて、俺はそのように考察している。











「レイラ! 無事だったんだな!」

 ルイズが片付けたあと、デルフを背中にしまい、俺はレイラに駆けよりながらそう言った。

 振り向きながら、キュルケも炎の傘を消し、レイラも光の翼を消す。

 どうやら、ルイズの魔法は、俺たち以外の周囲の魔法に影響したらしく、キュルケの傘がギリギリまで消えなかったのは、実に助かった。

 駆けよる俺たちに対して、苦笑いで答えるレイラ。

 なんとなく、哀愁さえ感じられるその表情に、何の意味もなくほっとしてしまう。

「まあ、無事ではあったわけだが――いろいろこちらでも苦労したんですよ」

「……詳しい説明を要求する」

「説明って――、一言でそう言われても中々に難しいものがあるね」

 いつの間にか急接近して来ていたタバサ。

 恐ろしいほどにキラキラした瞳でレイラの事を見ている。

 一体、彼女は何を期待しているのだろう。

 よっぽど楽しみたいのか?

 もっとも、タバサの思考について深く考えたところで、ろくな事は無いだろうが……。

 そんなタバサに、頬を掻きながら応答するレイラ。

「……何が目的?」

 ――と、タバサの目が若干細くなった。

 何だろう……そこまでして聞きたい事なのだろうか?

 別段、追求する理由も無いようにも思えなかったが……。

 それにしても――『何が目的?』とはずいぶんな質問内容だ。

 一々レイラにそんなの聞かなくても良いだろうに。

「目的って……ただ、見守っていたい。それじゃ駄目かな?」

「……了解した」

 あいまいな言い方で濁すレイラに、黙ってうなずくタバサ。

 いまいち納得がいっていない様子ではあったが、とりあえずは納得したのだろう。

「――? タバサとレイラは一体何を話しているんの?」

 一方、そんな光景に首をかしげるルイズと俺。

 何だって、タバサ達はそんなに真剣な顔で話しているのだろう?

 そんな俺たちに、苦笑しながらキュルケは言う。

「ま、流石にあんたにはまだ理解できないわね」

「ちょっと何よ! その言い方!」

 案の定、ご主人様が食いついた。

「ああ、誤解しないで。この件についてだけは、あんたを馬鹿にしているわけじゃないわ」

「……分からなくて当然」

「――というより、気づいてしまう私やタバサがおかしいだけなのよ」

 すると、そんな風に回りくどい言い方をするキュルケ。

「――気づいてしまう?」

 一体どう意味だろう?

 彼女たちは一体何に気づいていると言うのか……。

「大丈夫。すぐにわかるだろうし。ダーリンはそのままでいいのよ」

「……何か納得いかない」

「右に同じ」

 そうやって頬を膨らます俺とご主人様。

 そんなことをしていると、いつの間にかレイラがアンリエッタの前に立っていた。

 ルイズのディスペル。

 それによってあらゆる魔法を打ち消され、今は膝をついてうなだれるだけのお姫様。

 悲劇の少女。

 ハルケギニアのジュリエット。

 おお、ロミオ、ロミオ!どうしてあなたはロミオなの?

 お父様と縁を切り、ロミオと言う名をお捨てになって。

 それがだめなら、私を愛すると誓言して――そうすれば私もキャピュレットの名を捨てます。

 まさに、彼女の運命はそれをなぞったかのように紡がれる。

 まるで、“神様という名前の作家”が、“ロミオとジュリエット”という戯曲を元にして“このような物語を書いた”かのような……。

 そんな、誰かを恨みたくなるような運命。

 だけど、現に王女様はその運命に翻弄されている。

 悲劇という名の鎖に縛られ……未だに前を向けずにいる。

 それこそ、どこかに観客という存在がいて、その観客を楽しませるためだけに、感動させるためだけに、彼女が運命に振り回されているかのような……。

 そんな気分にさえ……。

「そこに何かあるかい?」

 そう、声をかけたのはレイラ。

 柔らかい表情でアンリエッタを見ながら、彼は言葉を続ける。

「残念ながら、僕には君の影で何も見えないけど、君には何か見えるのかい?」

「…………」

 黙ってうなだれたままのアンリエッタ。

 既に、彼女の目的は完全に阻止されていた。

 彼女が目的とする、ウェールズ氏の復讐は。

「確かに、足元を見ることは大切だ。足元を見て、そこにある花に気づくこともある。しっかりとした大地の存在を感じることもある。だけれど――下ばかり見ていたら――しゃがみ込んでいたら――影ばかりで何も見えないと思う」

 その言葉は、やけに重く感じた。

 本当に心がこもっていて、彼なりに思うところがあって、それを必死に伝えようとする言葉。

 心を伝えることはできない。

 思いをそのままは伝えられない。

 だからこそ人は話すのだ。

 思いを、心を伝えるために、言葉を選び、伝え方を悩みながら。

 彼は、真剣にその思いを伝えようとしている。

 彼の考えを伝えようとしている。

 それが、こうして傍から聞いている俺にまで伝わってくる。

「ちゃんと前を見て、立ちあがって、そうして初めて――足元の花には気づけるんだ」

 美しき一輪の花。

 誰もが心を休め、美しいと思うその花も、暗闇の中では気づけない。

 光が差して初めて、その花には気づくことが出来るのだ。

 足を止め、花に癒され、そしてまた進む。

 そうやって人は進んでいくのだろう。

「そしてそれがきっと……“乗り越える”って事なんだと思う」

「貴方に何が分かるんですか!」

 答えたのは、アンリエッタの怒声。

 怒りにまかせて彼女は顔を上げ、レイラを睨む。

「私はずっと考えていました! 夜も眠れずに、ずっと考えていました! 彼からの最後の手紙。彼の最後の思い。それを私が適当な気持ちで受け取ったと思いますか!」

 地面に食い込むアンリエッタの指。

 大地をえぐる爪が、彼女の悩みの深さを語る。

「ずっとずっと考えて――それでもわからなくて――悩んで悩んで悩みぬいて――それでも分からなかったから――だから私は、彼に直接聞こうとしたんです! 彼の元に行って、その真意を直接聞こうとしたんです!」

 彼女は、死ぬつもりだったらしい。

 確かに、もしも今回の作戦が成功していたら、彼女が死ぬ可能性は高かっただろう。

 周りのすべてを巻きこんで――そうして彼女は死ぬつもりだった。

 彼女と彼を不幸にしたものを全て巻きこんで……。

「私達の事を何も知らない貴方なんかが――!」

 王女様が杖を持つ手に力が入る。

 マズイ――そう思った時には遅かった。

「貴女なんかが――! 彼の気持ちを分かったような事を言わないでください!」

 アンリエッタの杖を軸にして展開される、氷の剣。

 それは、吸い込まれるようにまっすぐに――レイラの身体に突きたてられた。

 彼の身体を貫く、青白き光。

 それを見て、俺は即座にデルフに手をかける。

「――動くな!」

 そんな俺たちの行動を制したのは、そんなレイラの声だった。

 いや――レイラの……声?

 否、レイラの声では無い。

 しかし、その声は間違いなく、レイラがいる場所から聞こえてきた。

 そして、はっきりとしたその声に、その場にいた全員の動きが思わず止まる。

 そこで初めて俺は気づいた。

 レイラが、未だ笑顔だということに。

 身体を貫かれてなお――笑顔でそこに立っているというということに。

「気持ちならわかるさ……」

 そう言って、レイラを貫いたまま固まっていたアンリエッタをゆっくりとレイラは抱きしめた。

 まるで、愛する二人が抱擁するかのように。

「な……え……? そんな……だって……」

 驚きに目を見開きながら、うろたえるアンリエッタ。

 その前で、ゆっくりとレイラの顔が崩れていく。

 彼女がずっと思い描いていた人の顔に変わってゆく。

 ずっとずっと会いたかった人の顔に変わっていく。

 そう言えば、来る時に彼はこの魔法の事を話していた。

 トリステインで、アンリエッタ王女を誘拐する際に使われたという魔法の事を。

 顔を変える魔法の事を。

 フェイスチェンジという魔法の事を。

「気持ちならわかるさ――だって、本人なんだからね」

 アンリエッタを抱きしめながら、ウェールズはそう言った。

 なるほど、先程キュルケとタバサが話していたのはこういうことだったのか。

 彼女たちはきっと、先程の会話だけで、彼がレイラではないと見抜いていたのだろう。

 だからこそ、彼女たちは、言葉を濁したのだろう。

 ウェールズのやりたい事をやらせるために。

 そんなウェールズに、アンリエッタはひたすらにうろたえる。

「だって、ウェールズ様は死んだはずで――それに、今、私が自分の手で――」

 ガクガクと震えるアンリエッタ。

 そのアンリエッタを優しく抱きしめながら、ウェールズは語る。

「いいかいアンリエッタ……人は出会う以上、必ず別れは来る……どんな形であれ、それは仕方のないことだ。大事なのは、それをどう受け止めるか。どう乗り越えるかだ」

 枯れたはずの涙。

 それがアンリエッタの瞳から流れ落ちる。

 杖をつかむ手は固く、まるでそれにしがみついていないと、倒れてしまうかのように。

「僕は、君が強くなってくれたらいいと思う。亡くなった人を忘れる。確かにそれで前には進めるだろう。しかし、僕には君に、亡くなった人を覚えたまま、それを受け入れて先に進めるような、全てを大切にして前に進めるような、そんな人間になってほしいと思う」

 見つめあう二人と、溢れる涙――そして、止まらない血。

 消えゆく命を前に、二人は唇を合わせる。

「そのためならば僕は――喜んでこの身をささげよう……」

 ゆっくりと、力なく閉じられるウェールズの瞳。

 足が崩れ、アンリエッタに倒れこむ。

「ウェールズ……様……?」

 ぼんやりとつぶやくアンリエッタの腕の中。

 既に、ウェールズに力は無く――。

「あはは……」

 アンリエッタから、ぼんやりとした声が生まれた。

 虚無に満ちた、音。

 胸の中にウェールズを抱きながら、彼女はゆっくりと膝をつく。

「やっぱり……無理なのよね……」

 急速に彼女の瞳が暗くなってゆく。

 深く深く――暗く暗く。

 どこまでも彼女の瞳は堕ちてゆく。

「私なんかが希望を持っちゃいけないのよね……そんなこと……わかってた筈だったのに……」

 引きつった様な笑顔。

 凍りついた笑みで、王女様は言う。

 それはまるで自分の人生を――運命を笑うかのように。

「そうね……こんな世界……もう……終わりにしましょう」

 ウェールズの身体からゆっくりと杖をひきぬくアンリエッタ。

 赤く鮮血に染まるそれを、彼女は自分の胸に突き付ける。

「ウェールズ様……今……行きます……」

「マズい――!!!」

 踏み出す足。

 時間の流れが遅くなる。

 圧倒的に距離が……時間が……足りな――。

「――ちょっとまったあああぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」

 聞こえてきた声は突然。

 遥か彼方より飛来する激励。

 光速のそれは、すれ違いざまに王女の杖を弾き飛ばした。

 圧倒的な速度。

 そのまま、光の塊は少し行ったところに着陸をする。

 振り向いた俺の目に映ったのは、まぎれもなく、本物の彼だった。

 頭に狐を乗っけて。

 女の子を三人も背負って。

 太陽の様な翼を背に、立つ――まさに希望の象徴たる彼。

 とうとう――彼が来てくれた。

 彼の背中に乗っていた三人の少女。

 その内、青い髪の少女がこちらを見て言う。

「こんの馬鹿騎士は……そんなバッドエンド、私が許すわけ無いでしょう!」

 怒りに満ちた顔、鋭い瞳でウェールズを睨みながら、ガリアの国のお姫様は――そう言った。



[27345] 真実ってこんなに熱かったっけ? そのじゅういち
Name: 柳城寺 蛍◆c99426ab ID:6e311d49
Date: 2013/03/10 03:04
「こんの馬鹿騎士は……そんなバッドエンド、私が許すわけ無いでしょう!」

 俺の背中から降りざま、イザベラはそう叫んだ。

 そのまま走ってウェールズの元に向かう。

 さて、とりあえず言っておくこととして、俺はいまいち現在の状況が掴めていない。

 というか……掴めという方が無理ではないのだろうか?

 さっきまで生きていたウェールズが何故か瀕死の重傷で、アンリエッタがそれを膝に載せながら自殺しようとしていて――。

 ――うん、無理だろう。

 とりあえずわかることとしては……だ。

「このまま放っておくと、バッドエンドだろうって事だけだな」

 ウェールズの元につくなり、治療を開始するイザベラと、そんなイザベラのサポートをするモンモランシー。

 シアも、そんな二人のサポートとして手術を手伝っていた。

 そんな二人を、アンリエッタはただぼんやりと見ている。

 ぼんやりと、見つめている。

「出血多量によるショック症状――かなり危険な状態ですわね」

 ウェールズを安定した場所に寝かせ、傷口の様子を見ながら、イザベラは言った。

「でも――まだ生きている――だったら癒してやらなきゃ!」

 イザベラの意志に答えるモンモン。

 秘薬――もとい傷薬なんてありゃしない。

 使える道具は己が呪文だけ。

「ドリルの貴方は水を錬金してわかしてくださいな。出来るだけ清潔なやつをお願いしますわ。雌豚は細い針と可能な限り鋭いナイフを作って下さいませ。包帯はこの服をちぎって代用するとして――」

 その環境でも、イザベラはあきらめない。

 決してあきらめずに、全力を尽くす。

 全力を尽くし――決して希望から目を離さない。

「確かに出血は激しいけれど、幸運にも重要な臓器は殆ど無事ですわね――全く、人間の骨の保護って偉大ですわ」

 貫かれたウェールズの身体。

 それは偶然にも、原作と同じシチュエーションだった。

 鋭い魔法によって貫かれ、そして命を落とす。

 それが彼の運命なのかもしれない。

 多少の事では揺るがない、因果律とでも言うべき不幸の収束線。

 しかし、それで諦めるのは違うと思う。

 運命とは決して決まり切った物語ではない。

 運命とは、あくまで下地だ。

 その下地の上で、人々は、キャラクターは様々な物語を描く。

 その運命を元に、自分だけの“物語”を作っていく。

 そして、その物語が幸せかどうか――それは、キャラクターが決める事なのだ。

 何故なら――キャラクターはこんなにも自由に動けるのだから。

「トリステインの王女アンリエッタですわね――」

 話す間も、イザベラは手を休めない。

 水の呪文で傷口を清潔にし、術式の準備を整えていく。

「貴方は水のメイジと聞いていたのですけれど――そこに座って、果たして何をしているのかしら?」

 流れ出る血。

 それを彼女は、魔法でもって受け止め輸血に回す。

 それで足りない分は、モンモンが錬金した水を更に錬金し、擬似的な血液に見立てる。

「水の呪文は、他人を傷つけることではなく、治療に向いた呪文が多い――その意味がわかっているのかしら?」

 傷口の中に杖を入れ、細かい細胞の治療を行うイザベラ。

 そのこめかみに一筋の汗が伝った。

 シアがそれをすかさず拭う。

「水のメイジはね――唯一他人を救えますの。自分だけ幸せではなく、皆が幸せになる事が出来る。全員を幸せに出来る。そんな贅沢で我儘なメイジなのですわ」

 点滅を繰り返すイザベラの杖。

 その度に、少しずつ治療が進んでいるのだろう。

 本来なら失われていた命。

 不幸の運命。

 それと戦うように、彼女の杖は点滅を繰り返す。

「だから――貴方だってもっと傲慢になっていいですの。胸を張って言ってみなさい。言いきって見せなさい。この人は“私が”助ける! 絶対に助けて見せる、と!」

 その光は希望の光。

 まっすぐな彼女にふさわしく、正しい光。

 アンリエッタは、その光を前に目を見開く。

「――だって、貴方になら助けられるのですから!」

 それが決まり手だった。

 思えばそうだ。

 原作との一番の違いはここなのかもしれない。

 原作との圧倒的なまでの違い。

 それは、アンリエッタが助ける事ができる状況にあるということ。

 アンリエッタが動けば――彼を助ける事が出来るという状況にあるということ。

 もう希望は目の前だった。

 手を伸ばせば届く距離。

 そこに光はある。

 後はただ、手を上げて掴むだけ――。

「……魔力供給は十分ですか?」

 のろのろと杖を手に取ったアンリエッタ。

 その水晶の先がウェールズの身体の上にかざされる。

「これだけの傷ですわ。いくらあっても足りません」

「では、ありったけの出力を使います」

 そう言って、まばゆく輝くアンリエッタの杖の先。

 そこから一滴、光る雫が傷口に落ちる。

 それは、原作では才人に対して使われたはずの魔法。

 ウェールズに対して、使うことの“出来なかった”魔法。

 原作を知っている人間としては、この光景は実に感慨深いものがある。

 何故なら、これはあり得なかった可能性なのだから。

 涙を晴らす可能性が――癒しとしての水の可能性が――。

 ――と、傷口がまばゆく輝き、目を見張るペースで再生を始めた。

 まるでビデオの巻き戻しの様に、ずるずると傷口が再生してゆく。

「さ……流石は水の国――水の魔力供給量は半端じゃないですわね」

 やや引きつったような顔で言うイザベラ。

 そのイザベラに対し、顔を向けるアンリエッタ。

 その瞳はどこまでも蒼く澄んでいて――。

「決まっています。だって――」







「――この人は私が助けるのですから」







 それは、はっきりとした意思の表明。

 意地の照明。

 覚悟の証し。

 淀みない、引き締まった表情の王女。

 欲張りな――水のメイジ。

「私の為に命を犠牲にするだなんて、そんな馬鹿な事を言う彼を」

「私の騎士になっていながら、勝手に信頼を裏切ろうとした馬鹿を」

「「一発殴ってやらないと気が済まない!」」

 明るく輝く二人のお姫様。

 こんなハッピーエンドが……あっても良いんじゃないかな?











 さて、物語は終われど世界は続く。

 四巻のラグドリアン湖編に相当するだろう今回の物語。

 原作でのテーマは確か、水――だったはずだ。

 ヤマグチ氏はこの水というテーマに対して、悲しみという感情を持っていたと書いてあった記憶がある。

 確かに、水には涙という側面があるだろう。

 悲しい物語をイメージさせる事は紛れもない事実だし、その考え方を否定はしない。

 だけど――俺は水が持つイメージはそれだけではないと思う。

 何度も言うが、ヤマグチ氏の考え方は正しい。

 それは紛れもない事実だ。

 ただ、今回言いたいのは、答えは一つだけではないと言うこと。

 水は悲しいイメージ、それだけで答えを出したつもりにならず、皆が皆、それぞれのイメージを持って欲しい。

 自分だけの答えを考え、見つけて欲しい。

 それがきっと、世界を理解し、そしてなによりも自分自身を理解することにつながると思うから。

 たとえば、俺は水というと、すごく澄み切ったイメージを持つ。

 純粋で真っ直ぐで……そして柔らかい。

 純真のイメージ。

 そんな、大事なところだけを見た、人の本当の正しさのようなものを感じるわけだ。

 その方向は確かに千差万別かもしれない。

 時には衝突するかもしれない。

 でも、その思いは真っ直ぐで、シンプルなもの……。

 そんなイメージを俺は持つ。

 ま、それはともかくとして――だ。

 今回も今回で、我ながら中々にハードな内容だった様に思う。

 原作ではアンリエッタのリフレッシュ作業。

 ちょうど、長編に入る前の切り返し……下準備になるような配置だったはずだ。

 それに対して、俺の方と言ったら……。

 なんというか、もはやため息しか出てこない。

 佳境も佳境。

 転換期も転換期だろう。

 今まで、知りえなかった事実の開示。

 この世界の本当の姿とフェリスの存在。

 何だってこの世界はここまで複雑で謎に満ちているのか。

 等々、実に様々な情報が俺の元に流れ込んできた。

 場合によっては、今までで最も重要なストーリーになったのではないだろうか?

 心から思う、“ゼロ魔ってこんなに複雑だったっけ?”と。

 おそらくこの調子だと、まだまだこの世界には俺の知らない謎がごろごろ転がっているのだろう。

 そして、その謎と戦い、乗り越えていくこと。

 それが俺に課せられた運命であり、ハッピーエンドへの道のり。

 そんな気がして仕方ない。

 バッドエンド前提の物語りで、俺に出来る事。

 それを見つけて先へと進んでいく。

 そして、謎を一つ一つ乗り越えた先。

 そこに最後の鍵があるはずだ。

 俺が無くした感情。

 俺にあるべき――最後の思いが……。

 まあ、それはともかく、今回のお話はこれでおしまい。

 問題無くつつがなくハッピーエンド。

 皆幸せで、これ以上なく幸せで、ご都合主義な物語。

 俺がこれからも守らなければいけない――守っていきたい笑顔のエンディング。

「それにしても――ここまでにぎやかになると当初とはだいぶ雰囲気が変わっている気がするのですが、その辺どう思いますか、タバサさん」

「……予定調和」

「とりあえず、僕はにぎやかなのは好きだから構わないけれどね」

「ウェールズ様! トリステインはもっと賑やかです! ですから是非トリステインに! 今なら私の側近の役職も付いてきます」

「アンリエッタ王女! 私の近衛兵をヘッドハンティングしないでくださいな!」

「ところでお兄様、今宵こそはベッドの中で私を……」

「雌狐! 私のレイラ様をハンティングしてんじゃねえ!」

「私のって……レイラ、いつから彼女の物になったの?」

「少なくとも俺にはその記憶が無い」

「……、……既成事実」

「タバサ、怖い事を言うんじゃない。それと一瞬反応が遅れたのは俺をいじるかイザベラをいじるかで葛藤したからだとしたら、お前は両方を敵に回したことになるぞ」

「……あいつは馬鹿だから問題ない」

「そこの人形! ばっちり聞こえていますわよ! 一体誰が馬鹿だと――」

「……これ、レイラと一日デート券」

「「犬とお呼びください!」」

「さりげなくシアも参加しているわね」

「というか、俺はそんなものを許可した記憶は無いのだが……」

「……明日の朝刊の見出しは“レリスウェイク、その隠されざる性癖について”」

「タバサ。それは全てがお前らの偽造故に脅しにはなっていないぞ」

「偽造……そうね。偽造書類でウェールズ様を私の執事にしてしまえば……」

「おい、ルイズ。隣から随分と不穏な会話が聞こえてくるぞ」

「駄犬、そんなことはどうでもいいのよ。それよりも姫さま、こんなところに居て宜しいのですか? 城でのお仕事が溜まっているのでは……」

「おいおい、書類偽装がそんなことで流されたぞ」

「大丈夫よルイズ、ワルドという優秀な人材を私の代わりに配置してきたから問題ないわ」

「ワルドというと、スクウェアの彼か。……彼も随分と不遇な運命にあるみたいだな……」

「一瞬といえど、ウェールズ様に杖を向けた愚か者の処罰としては妥当です」

「おいレイラ、今この姫さま。自分の出した指令を棚の上にぶん投げたぞ」

「君の主人も似たようなものじゃないか」

「……言われてみればそうだな」

「俺は冗談のつもりだったんだが……まさか同意されるとは思わなかったぞ」

「――へ?」

「……緊急回避」

「今のレイラの逃げ方は上手かったわね」

「というわけで、君は後ろに仁王立ちしている君の主人をどうにかした方がいいと思うぞ」

「……はい?」

「ダーリン、もしかして自分の隣にヴァリエールがいる事を忘れてたのかしら?」

「……油断大敵」

「というよりも、ただのバカのような気もしてくるが……」

 そんなわけでまあ――俺たちは今、プチトロワで会食をしていた。

 まあ、会食といってもそんな大がかりなものではなく、あくまでもいつものお茶会の延長。

 そんなイメージ。

 全員が軽いお茶菓子や、紅茶などを持ち寄り軽い雑談をする。

 それだけの集まりだ。

 のんびりとした会食。

 いつも通りの時間。

 ……その中で、なんとなく今後の常連メンバーになりそうな気配のある方々が三人ほど。

「どうして皆私の物を奪おうとするのですか!」

「別に奪ってなんかいません。お兄様は元々私のものと言うだけです」

「雌狐はその辺の切り株相手に発情してなさい!」

「お兄様を切り株呼ばわりとは、いくらガリアの姫様でも許せません!」

「貴方には私の発している言葉が正しく伝わっていないのかしら!」

「それに、お兄様はベッドの上では切り株と言うよりはむしろ猛獣のように獲物に食いついてきますわ!」

「なっ、えっ、そんっ、うっ……あ、貴方は既にれ、レイラ様と……その……け、経験していると……」

「いえ、あくまで想像ですが、何想像してやがりますか、この変態は……」

「テメェ! ぶっ殺すぞ!」

 そして始まるキャットファイト。

 スルーを決めっ込んだ俺の後ろで、引っ掻きあいを始める二人を冷めた目で見つめる。

 新規参加者最有力候補たる一人、イザベラ。

 ホントにねぇ……。

 彼女、原作だとこんな性格じゃ無かったはずなんだけれどなぁ……。

 まあ、良いことなんだろうけれども……。

 どうにも納得がいかない気持ちは拭えない。

 そして、それはもう一人のお姫様についても同じ様なことが言えるわけで……。

「ねぇルイズ、私、これはもう決定打だと思うのよ。私に命を救われたウェールズ様は私の魅力にメロメロ、明日にでもトリステインに移住の要請を提出するはずだわ。だけどウェールズ様はギリギリまでそれを私に伝えないの。全てを城の者たちも巻き込んで、水面下で進めるのだわ。いえ、もう進めているのかも。それである日の夜、政務を終えて自室に戻る私。ため息と共に自室のドアを開ける。すると、まず最初にほんのりと紅茶の香りがするの。その香りに顔を上げてみれば、そこにはエプロンをつけたウェールズ様が。たぶん、普段の私だったら間違いなくそのタイミングで鼻血を吹いているわね。考えてもみなさい。あのウェールズ様がエプロンよ。その破壊力はトリステインを……いえ、ハルケギニアを壊すのに十分すぎる程の破壊力を内包しているわ。だけどそうならなかった。何故ならなかったか。その理由は単純。それは不意打ちだったからよ。その瞬間の私は間違いなくそこまで思考が追いついていないはずだわ。何が起きたのか、これが現実なのかそれすら理解できていないはず。そしてそんな私にウェールズ様はにっこりと笑いかける。そうね、おそらくこの辺で私の粘膜は限界を迎えるはずだわ。赤い線が一筋、私の鼻からツーと流れ出る。だけどそれだけじゃないの。ウェールズ様の破壊力はその程度じゃ収まらない。既に鼻血を流している私に向かって『おかえり、僕のアン』っていうの。そのタイミングで、恐らく私の顔の赤い線は二本に増えるでしょうね。いえ、場合によっては音が変わっているかもしれない。今までツーだったのがダバダバってね。そして最後にとどめよ。既に貧血になりかけている私。そんな私に向かってウェールズ様は……『紅茶にするかい? お風呂にするかい? それとも……』」

「なあルイズ、これ、お前に話す意味があるのか?」

「そうね。その必要性は全く感じられない上に、ものすごく基本的な問題が棚上げされたままのような気が……」

「そうよねルイズ! 確かにそれを忘れていたわ。これはあくまで後半の物語。前半のことを忘れていたわ。そもそも私はまだウェールズ様を助けたばかりじゃないの。そう、ここから、これからなのよ。今の状況は、いわば朝、トーストをくわえて走っていたら、曲がり角で転校生とぶつかった瞬間の様なもの。まだ、転校していなければ、教室にすらたどり着いていない状況。ここからウェールズ様は少しずつ私が気になり出すはずだわ。それこそお風呂に浸かり、ほっと天井を見上げる。そんな時に彼の頭には私が浮かぶのよ。そういえばアンは今頃どうしているのかな……って。湯煙の向こうの景色に私を投影するの。初めは一日一回程度。ふとした拍子に思い出す程度。だけどその間隔がだんだんと短くなっていく。一日一回だったものが二回になり三回になり……そうして、気がついたら私の事ばかり考えているようになるはずだわ。だけど、イメージの私はあくまでもイメージ。どうしても実物に会いたくなるの。そしてある日……」

 なんか、頭の中の大事なネジが一本外れてしまったかのような我らがトリステインの王女、アンリエッタさん。

 原作でもいろいろと残念な風な評判が多かった気がしたが……ここにきて、そのパワーが一層増したような気がするのは、おそらく俺だけじゃないだろう。

 どうにも、貴族社会というのは上に行くほど残念な人が増えていく特徴でもあるというのか。

 それがこの世界の世界観だとでも言うのか。

 どうか、そうでないことを心から……心から願う。

 ……というか、むしろ単純に、まともな人間のほうが少ないだけなのだろうか?

 よく考えたら、暴走するのはシエスタもだ。

 となると、上級職ほど暴走しやすいという考えは恐らくは間違いであると考えられる。

 俺はともかく、原作のメンバーは現段階でかなり壊れていると言っていいこの状況。

 タバサは毒舌だし、キュルケは弄りたがりだし、ルイズは元々が元々だし……。

 しいて言えば、才人が比較的まともな部類と言えないこともないだろうというくらいか。

 まともな人類がほとんどいないこの世界。

 実に切なく、思わず涙を流してしまいそうになる。

 そう考えると、今回の三人目の参加者は実に人類としてありがたい存在といえるだろう。

「おや、この料理は初めて見るが、ガリアの地域料理かな?」

「あ……それは……」

「……美味。ぜひ食べるべき」

「た、タバサ……。ちょっと相手を選ぶことも重要――」

「どれ……では一口……。ふむ……中々美味しいね。瑞々しい植物の歯ごたえが実にすばらしい」

「え……こ、肯定されるとは思っていなかったわ」

「……ハシバミサラダDXタバサオリジナル~はしばみを添えて~。……私が考案し、私が作りだした至高の料理。……ハシバミ草の苦み、まろみ、そしてまろみを実に大切にしながらも、……その爽やかさと軽快さ、心地よさとワクワクする興奮を前面に押し出した料理。……何故かキュルケには不評」

「タバサ。覚えておきなさい。これは私に不評なのではなく、一般的な人類の殆どに対して不評よ」

「……でも、この間、学院長に出したら、気絶するほど喜んでくれた」

「それは恐らくただの気絶よ。試作段階で食べていなかったら、間違いなく私も精神を持っていかれていたわ」

「でも結構美味しいと思うが……こんなに夢見心地になる食べ物なんてなかなか……」

「トリップ! 麻薬成分でも入っていたの?」

 ……いや、ありがたい存在だよな?

 きっとそうであると、俺は信じている。

 というより、そうであってくれないと困るというか……そろそろ飽和してきてどうしようもない状況になっているというか……。

 ま、いいか。

 現段階では、皆こんなにも楽しそうなんだ。

 だったらエンディングはこれで正解。

 この物語はこれでおしまい。

 それでいいではないか。

「ところでルイズ、その指輪。なかなか素敵だけれど何処で手に入れたの?」

「姫さま。これはシアが作ってくれた特別せいですわ」

「シアはその辺ちゃんと見ているっていうか……その人に一番しっくりくるものを作ってくれるんだよな」

「まあ、ダーリンのペンダントも素敵だけれど、ダーリン以外には難しそうよね」

「……分不相応」

「タバサ君、言いたい事は理解できるが、それだと似合わないって意味になってしまうぞ」

「まあまあ、人形はろくに言葉も話せないようですわね」

「五十歩百歩ですわね」

「切ないほどにシアはサクッと毒を吐くなあ……」

 そして、こんな日々がこれからも続いていく。

 それがきっと俺たちの日常なのだから。

 そんなわけで、今回の物語りはこれで閉幕――。







「ねえ、英太。ちょっとそっちのソースとって」

「あいよ」







 ――――へ?







 ――パチリ。



[27345] まくあい そのよん
Name: 柳城寺 蛍◆c99426ab ID:6e311d49
Date: 2013/03/26 23:15
 ここは不思議溢れるファンタジーの物語。

 当たり前のごとく、奇跡の起こる場所。

 強い思いと人の願いが、現実へと変わる場所。

 求める心が世界を紡ぎ、伸びた発条を巻き戻す。

 捩子を巻くのは、読者の思い。

 物語を見て、感動した心。

 幸せな終わりを見たいという願い。

 それが力となり、世界は再び繰り返す。

 何度も――何度も――繰り返す。

 決して幸せの訪れない物語を――。











 ……おや?

 これはこれは……。

 これまたずいぶんと珍しいお客さんだ。

 いや、珍しいと言う表現は適切ではないな。

 実際、君と私が会うのは、これが初めてだろう。

 違うかな?

 少なくとも俺はそう自負しているのだが……。

 ……………………。

 ………………。

 …………。

 ……。

 そうだろうそうだろう。

 というより、君たちはそもそも俺が誰なのか、全く分からないんだろうね。

 そりゃそうだ。

 もし分かったら俺が驚く。

 …………。

 ん?

 俺の名前か?

 俺の名前は……そうだな、もう話してもいいだろう。

 もう、君たちはここまでたどり着いているのだから。

 ここでこうして、俺と話すことが出来るのだから。

 それはつまり、君たちがここまでの物語をたどってきたことの証明。

 ここでこうして君たちと話せるようになること。

 それが俺の目的であると言う事だって出来るのだから。

 さて、大仰な前置きをしたが、そろそろ言うことにしよう。

 俺の名前は“刈羽英太”。

 君たちがここまで視点を追ってきたであろう主人公と同一人物だ。

 …………。

 なるほど、レイラ君ね。

 それがその世界の俺……と。

 問題の彼がようやく自身の多様性と、フェリスに気づいた。

 それが俺がこうして話すことが出来る条件だったわけだが……。

 さて、そろそろ読者の皆さんも気づいている頃だろう。

 この世界の形に。

 この世界の彩りに。

 この世界の可能性に。

 鍵を握る、未だ登場していない存在に。

 だから、ここではっきりと君たちには伝えておくことにしよう。

 この世界は、たった一人の少女を救うための物語だ。

 永遠の悲劇。

 不幸から逃げるために、幸せを求めることを止めた少女。

 絶対に避けたい結末の為、あらゆる幸福を捨て、悲劇の世界に逃避した彼女。

 そんな彼女を救うため、俺はいる。

 ……意味が分からないかな?

 大丈夫。

 すぐに意味は分かる。

 ここまでこれたんだ。

 ゴールは後少しだ。

 今までの謎が一本の線で繋がるのは後少し。

 何故、才人が俺になっているのか。

 何故、この世界はバッドエンドを前提に動いているのか。

 何故、レイラ君とやらは、スイッチの入る様な音がする度に、そのキャラが変わるのか。

 何故、レイラ君とやらは、死んだ瞬間の記憶を一部失っているのか。

 これらの謎を解決する線が見えてくる。

 いや、もう見えている人がいるかもしれない。

 これらの謎に共通する、たった一つの解が見つかる時。

 それがこの物語の終わりだ。

 君たちに俺の声が届くと言うことは、すなわち、終わりも近いと言うこと。

 後少しで物語は終わりを告げる。

 ――さて、ではそろそろ俺がここでこうして話している理由を話すべきかな?

 しかし……どうしたものだろう?

 ふむ……やはりここは、俺がどういう存在か、そこから話していくべきなのだろうか。

 俺は、ゼロの使い魔が始まる前。

 そのストーリー内に関わらない程前の世界のとある貴族として転生した刈羽英太だ。

 では何故そんな時代に転生したのか。

 理由は簡単だ。

 たまたまそうなった。

 それだけである。

 俺が転生する可能性。

 様々な形で、俺が主人公の形を取る物語。

 そのうちの一つがそこにあった。

 作者が広げる無限の可能性の枝葉。

 そのうちの一つ。

 そして、そんな“ゼロの使い魔のストーリーが絡まない場所”に存在できた俺だからこそ、“目覚める”事が出来、また“ごん”――ああ、君たちで言うところの“フェリス”に会うことが出来た。

 作者によって改変される世界観。

 だからこそ、その“作者による改変の起こらない場所”での裏工作が必要だったわけだ。

 そして、俺はそのためにここにいる。

 九尾の狐――それはすなわち吸火の狐であり、同時に旧日の狐である――時空を越える存在の一つであるところの彼女に全てを託してここで待つ。

 物語の隙間。

 ここで、彼の来るのを、待ち続ける。

 俺は所詮、そんな存在さ。

 









 さて、ではそろそろ俺がここで長々とこんなことを話している理由を語るとしよう。

 これは何とも言いにくいことではあるのだが……まあ、一言で言ってしまえば、それはこれが物語であるからだ。

 これが物語である以上、この作品にはどうしてもつきまとう視点が一つある。

 この話について言うならば、この話は間違いなくレイラ君の視点で話が進んでいるのだろう。

 ……ああ、別に反応はしなくても良い。

 一人称視点の作品でなかったところで、俺の言いたいことに問題はない。

 作品である以上、どうしてもつきまとう視点。

 それは、いわゆる君たち――読者の視点だ。

 もっとも、これは読者ごとに思うことも異なるから、ある意味千差万別の視点であると言えるだろう。

 しかし、作者という奴は、そこに干渉しようとする。

 読者の思考の方向性を操作する。

 そんな、まるで催眠術のような、はたまた魔法のようなことをやってのけるわけだ。

 たとえば奇術師、詐欺師なんかは、この方法を多用する。

 マジシャンなんかはこの技法のことを“ミスディレクション”……とか呼んだりするが、まあ、その辺のことはどうでも良いだろう。

 とにかく、この読者の視点――それが僕がここで話している理由だ。

 作者によって操作された読者の視点。

 ――そう。

 そろそろ気づいた人はいるだろうか?

 これは早い話、主観性と客観性の話だ。

 おそらく、いち読者たる君たちは、間違いなく客観的にこの物語を見ていることだろう。

 それくらいは想像がつく。

 というより、どう頑張っても主観的に見ることは出来ない。

 視点が一つ上である以上、それは不可能な話だ。

 では、ここまで話した上で、もう一度彼の――レイラ君の覚えていた死ぬ瞬間の出来事――そして、忘れていた出来事を思い出してみてくれ。

 …………。

 何か見えてきたんじゃないのかな?

 それがこの世界の真の姿。

 レイラ君の姿だ。

 この世界の奇妙なズレと違和感のの正体だ。

 もし、序盤で“いかにもテンプレな主人公だ”そう思った君。

 その考えは間違っていない。

 もし、序盤で“人間味がなくてイラッとする”そう思った君。

 その通りだと俺は思う。

 さて、では君たちは何故そうなったのかを考えてはみただろうか?

 “文章力がないから”その答えは間違ってはいないだろう。

 しかし、それ以上に……もっと根本的な部分で違いがあるのだとしたら。

 彼は、なるべくしてテンプレな主人公になったのだとしたら?

 彼は、なるべくして人間味を失ったのだとしたら?

 ――おそらく、今までの概念がきれいにひっくり返るだろう。

 さて、もしもまだ――僕の言っていることが理解できない君。

 恥じることはない。

 それが普通だ。

 そうでなければ、この物語は楽しめない。

 そんな君は、もう少し先まで読んでくれ。

 そこに答えはしっかりとある。

 必ずあるはずだ。

 だからそれまで――この物語の結末まで。

 一人で良いから、読み進めてくれる人がいると嬉しい。

 …………おや?

 ――どうやら、ここまでらしい。

 今の君たちに僕が語れるのはここまで。

 もう少し先に君たちが……そしてレイラ君が進んだ時。

 その時に続きは語るとしよう。

 それまで、僕は待ち続ける。

 物語の狭間。

 この場所で君を待ち続ける。

 では、再会できることを祈って。

 さようなら……。











「なぁ……俺、死ぬのかな?」

 その呟きは、実にひっそりと。

 騒乱の最中に消えてゆく。

「あぁ、君はここで死ぬだろうね」

 答える声もまた小さく。

 彼らの間の会話はそれで十分だと言わんばかりに答えた。

「そっか……俺……死んじゃうのか……」

 派手な轟音が遠くで響き、騒ぎの明かりがここまで届くとは。

 いやはや……これはまたなんともまあ。

 あいつら暴れてるなぁ。

 あんまり暴れて、せっかくの学院を壊すなよ?

 思わず苦笑が浮かぶ程度には、やっぱりこの世界にも思い入れがあるらしい。

 なるほど、考えてみれば当然の話だ。

 記憶にある時間の量だけでも、半分近くはこっちの記憶なんだ。

 そりゃあこっちの事も思い出深くなるだろう。

「あいつら――無事に対処できたのかなぁ……」

 ぼそっと漏れた心配事。

 まあ、そりゃなんとかなるのが当然だろう。

 何しろ、俺無しですら原作で彼女たちは既にこの事態を乗り越えているのだ。

 だからこれは完全に杞憂なはずなのだが――。

 死に際だからだろうか。

 ちょっとした思いがボロボロ零れてしまうな。

 一方、それに答える彼女の声も、実に冷静な物だ。

「今までだと、間違いなく彼女たちは対処できているね」

 倒れている俺にひざまくらをしながらの彼女のつぶやき。

 遠くで輝く爆炎が、美しい彼女のブロンドをキラリと照らす。

 それにしても……そうか……。

 なるほど……。

「今まで……ね……」

「……ようやく気付いたのかい?」

「ああ……本当に今更ながら――だけどな」

 ゆっくりと目を閉じる。

 感じるのは、冷たい地面と優しく頭をなでる温かい彼女の手。

 見えるのは、真っ暗な闇とそこを超えてきた月の光。

 響くのは、爆音と地面を撫でる風の音。

 思うのは、ただ一つ。

 ――どうか。

「――どうか……この物語にハッピーエンドを――」

 頬を伝う熱い雫。

 無念の思いは頬を滴り地面を濡らす。

「そう……やっぱり君のその思いは変わらないんだね……」

 実に悲哀に満ちた彼女の声。



 そして――再び捩子は巻かれた。











「なぁ、ごん。面白いと思わないか?」

 紅茶を片手に彼は語る。

 今日も今日とて意味のない会話を。

「この世の定義は、すべからく逆説的であるという事を、果たしてどれだけの人々が理解しているのだろう」

 ボクは今日も今日とて彼の頭の上でまったり過ごす。

 なんだかんだでここは実に居心地がいい。

「熱いから火傷した。大抵の人間はそう考える。熱くなければ火傷はしなかったのだから、それはある意味当然の考えだ」

 紅茶に映る彼の顔には、うっすらと笑みが浮かんでいた。

 それはまるで、いたずらを披露する子供の様な笑み。

「しかし、本来それらは逆なんだよ。熱いから火傷したのではなく、火傷したからそれは熱い。これが正しい評価だ」

 ゆっくりと傾くカップ。

 ちびりと、ほんの数滴程度の紅茶を口に含んで彼は続ける。

「だけど、何故か人はこの捉え方をすることが難しい。実にシンプルかつ分かりやすいはずのこの考え方が、常識と言う概念に凝り固まった人類にはどうにも馴染めないらしい。それはまるで、地球が平らであるという夢を見続けた古代人の如く、凝固し積み重なった常識と言う名の参考書の中からしか答えを見出そうとしない」

 彼の言葉は実に辛辣だった。

 しかし、彼は別に誰かを責めたりするような気はまるでないのだろう。

「なら、冷たいものに触れた時の火傷はどう説明するんだい?」

 だからこそ、ボクは当然の疑問を口にする。

 その言葉に、彼は一層楽しそうに口角を引き上げる。

「そう、それも一緒さ。冷たいから火傷したのではなく、火傷したから冷たい。これが本来の最も正しい解釈なんだ」

「しかし、それでは先ほどの論述と矛盾することになるよ。火傷したという現象から、熱いか冷たいか、これを導き出すことが出来ない。一方、熱いか冷たいかということからは、火傷するという現象が導き出せる。違うかい?」

「流石はごん。そのとおりだ! やはり君は頭が回る」

 そう言って彼はカップをソーサーに戻してカラカラと笑う。

 実に楽しげな彼は、こういった言葉遊びのようなものをしているとき程、綺麗な笑顔を浮かべるのだから不思議なものだ。

「当たり前の事を言っただけで褒められても、素直に喜べないな」

 一方、ボクは不満げに口を尖らす。

 理由は簡単だ。

「だけど、君の今の発言自体に矛盾がある事――そこに気づいているかい?」

 彼が出す言葉遊びが、この程度で終わらないことくらい、僕は嫌になるぐらい把握しているからだ。

「矛盾? 僕はおかしなことを言ったかい?」

「ああ、君の先ほどの理論中には、実に面白い矛盾があった」

「――聞こうじゃないか」

「君は先ほど『熱いか冷たいかということからは、火傷するという現象が導き出せる』と言ったが、果たして――」

 ゆっくりとカップを口元に持っていく彼。

 コクリ、と小さな溜飲の音と共に彼の喉をレモンティーが流れていく。

「君はどうやってその“熱いか冷たいか”という事を知ったんだい?」

 ……一瞬の沈黙。

「……なるほど」

 ボクのつぶやきを聞いた彼は、やっぱり楽しそう。

「うん。この一言でなるほどと言えるごんはやっぱりすごいと思うよ」

「いや、考えてみれば確かにそうだ。実に明快だ」

 確かに、当たり前の事だ。

 熱いから火傷をする。

 確かにその通りだろう。

 しかし、それにはその物質が間違いなく熱いものであり、触れたら火傷するという確固たる証拠が必要だ。

 では、その確実たる証拠とは何か。

 それは、実際に触れた後の火傷を除いて他ならない。

「今回の問題となってくるのは視点だ」

 彼はティースプーンで紅茶を混ぜながら言う。

「この世のあらゆる事象は人間――いや、正確には観測者が居て初めて成り立つ。向こうの世界では、これをコペンハーゲン解釈などと言うわけだが――そんな難しい名前は今は置いておこう。大事なのは、万物は観測して初めて存在が確立されるという事」

 香りを楽しんでいるのか、彼はふたたびほんの少しだけの紅茶を口に含み、会話を続ける。

「例えば燃えている木は十中八九熱いと推察できる。しかし、本当に熱いかどうかは実際に触れてみるまで分からない。いや、そもそも燃えているという現象さえ、実際に目で見て確かめるまでは保障されない。燃えているという情報を聞いていたとしても、実際に見るまでは分からない――つまりは、この世界は全て観測者を中心として成り立っているわけだ。」

「なるほど、確かに木が燃えていると聞いたところで、その情報が虚言である可能性だって大いにあるというわけだね」

「そういう事だ。そしてそれを突き詰めた思考実験が、いわゆる“シュレディンガーの猫”となるわけだが――そこまで説明していると、いくら時間があっても足りない。今回言いたかったことは二つ。」

 指を二本立てて数を示した。

「一つ。世界は観測者を中心として成り立っているという事。そしてもう一つ」

 一本曲げて、今回の本題。

「一番肝心なのは、これが逆説的であり、根本から違うという事。それに気づく事が一番大事だってことさ」

 ゆっくりと飲み下す紅茶の最後の一口。

 ソーサーに置かれるカップを目で追いながら僕は呟く。

「逆説的――ねぇ」

「だからこそ……もしもハッピーエンドに物足りない――観測者が一人でも“幸せ”で無い世界だってんなら、俺は願い下げだ。そんな世界観――俺が壊してやるよ」

 これにて本日のお茶会は終了。

 巻かれる螺子すらなかった世界の話だ。











 彼は言った。

 この世界は、ハッピーエンドに向かって動いている――と。

 私は言った。

 でも、私の周りには不幸がいっぱいあるよ――と。

 それに彼は答える。

 それはあるべくして存在する不幸だ。

 だけど安心していい。

 君の物語りは必ず最後にハッピーエンドが待っている――と。

 断言した彼の言い方。

 その言い方に疑問を持ち、私は問う。

 何故そう言い切れるの――と。

 それに彼は自信を持って答えた。

 君が俺の物語りの登場人物だからさ。


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