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[27174] 爺様たち、乱入(IS+ガンダムW)【微アンチ】
Name: 伝説の超浪人◆37b417bc ID:b6393280
Date: 2012/03/04 01:23
宇宙開発が始まった年をA.C.1年とし、人類は宇宙の拠点であるコロニーの開発を始めた。しかしコロニーが初めて完成するまで100年を要し、その間地上の紛争は収まらず、宇宙ではコロニーがMSによる武力を背景とした地球圏統一連合に従属する形での支配が続いた。
そして時は流れ、A.C.195年。コロニーから5つの流星が地球へ飛んで行った。

それは地球圏統一連合にその姿を隠したOZを攻撃目標とした5機のガンダムによる破壊活動、いわゆる<オペレーション・メテオ>であった。

5機のガンダムとそのパイロットである5人の少年たちは時代に変革をもたらし、また彼らも時代に翻弄されていった。

ガンダムのパイロットや彼らの行動を指示していた科学者―ドクターJ以下5名―が捕まり、順来のMSを大きく上回る性能を持つ無人MS<ビルゴ>が開発され、戦局は新たなステージへと進んでいく。

そしてコロニーと地球の対立はミリアルド・ピースクラフト率いるホワイトファングとトレーズ・クシュリナーダ率いる地球圏統一連合、そしてガンダム5機を擁する戦艦<ビースミリオン>の最終決戦へと進む。

ホワイトファングの巨大戦艦<リーブラ>を直接地球に落とす作戦はビースミリオンとリーブラの建造を手伝ったドクターJたちによって回避され、それらは地球圏を大きく離れて行った。

その後ドクターJたちの行方はわからなくなっている。ガンダムを始め多くのMSを作りだし、世界を混乱させた彼ら5人の科学者たち。

もし彼らが生きていたら?それはそんなIFの話である。


● ●  ●

アメリカ合衆国、いや世界でも有数の巨大軍事企業<ユーコン>

表面的には民間企業だが、その実政府直属……いや正確に言うならばアメリカ最大の財団<エス・チャイルド財団>子飼いの企業である。

今世界で最強の兵器と言えばIS<インフィニット・ストラトス>である。宇宙空間での活動を想定し、開発されたマルチフォーム・スーツであったが開発当初は注目されなかった。

しかし開発者である篠ノ之束が引き起こした「白騎士事件」によって従来の兵器を凌駕する圧倒的な性能に宇宙進出よりも飛行パワード・スーツとして軍事転用が始まり、各国の抑止力の要がISに移っていき、現在各国は第2世代に代わる第3世代の開発を進めている最中だった。

だったのだが、つい先日アメリカの大地に突如出現した超巨大な人工物とその中から現れた5人の人物によって中断せざるをえなかったのだ。

「では貴方がたの話をまとめると、あれは今から数百年先の未来で開発された宇宙戦艦の一部だったもので、貴方達はそれの開発に携わった科学者ということでよろしいですか?」
「正確には手伝わされた、と言うのが正しいがのぅ」

そう言った男は本来こういった尋問をする人物ではなく、職業は科学者だ。

しかし先日発見された巨大人工物は少し調査しただけでも、アメリカ政府が保有する科学力を超える物がいくつも存在していることが判明し解析できない物も出てきている。そこで同じ科学者を尋問役として彼を当てたのだ。普段尋問を行っている者では科学者であろう老人たちの話は理解できないだろうという判断からだ。

しかし彼は何度見ても老人たちの姿に慣れなかった。

ぶっちゃけて言えばその老人たちは見かけからして変わっている。

質問に答えた老人は両眼にゴーグルをつけ、両脚、左腕は義肢である。左腕には取っ手がついている。

彼は自分のことをドクターJと名乗った。かつてヒイロ・ユイを破壊工作員に育て上げ、ウイングガンダムを作り上げた人物だ。

「さよう。老い先短いじじいを働かすなぞ、とんでもない奴らじゃった」

呟くように答えた老人はプロフェッサーGと名乗る老人だ。ガンダムデスサイズの開発者。キノコの傘のような髪型と長い鼻、左頬に傷痕が特徴である。

「まぁ奴らに一泡吹かせてやったからのぅ」
「カーンズのあの顔は見物じゃったわぃ」

イーヒッヒッヒ、と残りの3人も含め5人の老人たちは一斉に笑いだす。その笑い声は尋問をしていた科学者の神経をイラッ☆とさせた。

総毛立った頭に鼻あて、ケーシー白衣が特徴のドクトルS。元ガンダムヘビーアームズの開発者である。

細い目、常に笑みを湛えたような表情とドジョウ髭が特徴のH教授。元ガンダムサンドロックの開発者だ。

中国系の剥げ頭な巨漢である老師O。というかどう見ても科学者に見えない男である。

とはいえ彼も立派な科学者で、五飛のシェンロンガンダムの開発者である。しかし格闘技や肉弾戦も得意としており、わざととはいえガンダムデスサイズのパイロットにして優秀な兵士であるディオ・マックスウェルを倒した過去もあるほどだ。

5人の科学者の名前はどう考えても偽名なのだが、彼らに聞きたいのはそれではない。今回聞きたいことは巨大人工物の内部で発見されたある物体についてだ。

「ところで見つかったのはリーブラの一部だけか?」
「……はい。貴方がたが言うような戦艦2隻は見つかりませんでした。今のところ発見されているのは貴方がたが乗っていた戦艦……の一部のみです」

科学者が戸惑いがちに言ったのも無理はない。発見されたひし形の巨大な建造物は既存の巡洋艦を上回るほどの大きさだ。

それにも関らず目の前のドクターJたちの話と、内部にあったコンピューターの一部をサルベージしたところ、ひし形の巨大な建造物が4つほど組み合わさったような戦艦が<リーブラ>ということが判明した。

その大きさはもはや戦艦というよりは、移動要塞と呼ぶにふさわしいものだ。さらにIS一機の打ち出されるビームを超えるビーム砲を外壁に数多く搭載している。

いくらISという超兵器が存在しているとはいえ、これほどの建造物をどこかの国が作っていたら各国に隠し通すことは不可能であるし、また作りだすことも経済的・技術的に不可能だろう。

リーブラの一部で使われている科学力は「未来から来た」なんて妄言とも言っていいことを信じられるほどのものだ。だが国のトップ、いや常識ある人間が早々信じられないのも事実。現在減口令を布いてリーブラの一部の調査を進めている。

「ふむ……いや、どちらにしろあの大きさでは隠し続けることは無理じゃろうて。ところでワシ等の他にあの戦艦に誰かおらんかったか?」
「いえ、貴方がただけでしたが……」

それを聞いてドクターJは訝しげな表情を浮かべるが、すぐに元の人を喰った様な表情に戻った。

「そうか、それならいいんじゃ。気にせんといてくれ」
「は、はぁ……」

ドクターJたちは語らなかったが、リーブラには5人だけでなくもう1人存在していた。

その男の名はカーンズ。ホワイトファングの副指導者にして、真のオペレーション・メテオの協力者でもあった男だ。

真のオペレーション・メテオに反発を覚えたドクターJたちとガンダムのパイロットたちは別の形でオペレーション・メテオを発動した。

これにより早期に決着が着くはずだったオペレーション・メテオは失敗し、予定とは大きく違う結果に終わった。

ドクターJたちの無断行動で大きく歪められた結果に怒りを覚えたカーンズは、リーブラに残ったドクターJたちを殺害しようと拳銃を突きつける。

が動力炉が暴走し、内部の爆発にカーンズとドクターJたちは巻き込まれた。

そして意識を取り戻したドクターJたちが連れてこられたのが、<ユーコン>だったというわけだ。

だがカーンズだけはいつまでたっても発見されないでいた。

しぶといカーンズのことだから、そう簡単には死んでないだろうとは5人の共通思考だったが。

「実は今回貴方がたにお聞きしたいことがあって参りました。先日リーブラ内部で発見された数メートルのロボットの腕のことについてです」
「何?」
「こちらです。ご覧ください」

ノートパソコンから映し出された映像は、黒い人工の腕だった。さらに場面が進むと、腕の周りには多くの残骸があった。銃身が溶けて固まった巨大な銃や、ボロボロの胴体らしきもの、1つのモノアイの黒い頭があった。

「酷く損傷している物が多かったですが、どうもこれらを組み合わせると推定15メートル以上の人型兵器だったのではないか?という報告が入っています。胴体部分からコックピットらしきものがありましたが、いずれも損傷がひどくデータのサルベージができませんでした。しかし動力部分を調べたところ、おそらく核融合炉が使われているであろうとゆう見解です。これらのことについて何かご存知でしょうか?」

無論全てのデータがサルベージできないわけではない。だがそのコンピューターの使われている科学力と自分たちの科学力との差があり、解析できなかったのだ。もちろん彼はそれに触れるつもりもないし、意地もあった。

「……これはMSという人型兵器じゃ。動力はお主の言う通り核融合炉が使われておる」
「で、ではこれを開発されたのは貴方がたなのですか?」
「このMSはワシ等が作ったものではないが、MSの原点である機体を開発したのはワシらではあるがな」
「おお……」

ISコアと同様に解析できないほどの兵器の元を生み出した科学者。つまり目の前の科学者たちは篠ノ之束博士と同じレベルにあるのではないか、そう考えても仕方がなかった。

「……実は確認が取れたらという話だったのですが、貴方がたに上の方から依頼があるのです」

その内容はドクターJたちが予想していた通りの物で、ユーコンの上層部の依頼―正確に言えば政府からの依頼ということになるのだが―ISコアの解析と新型IS開発だった。

ドクターJたちは素直にその依頼を受けた、というよりは受けざるを得なかったというのが正しいが。

あちらの依頼という名の命令に従わなければ、無理やり情報を聞き出すこともできるのだ。その結果廃人になろうとも、だ。

もちろんこれほどの物を作った科学者をそう簡単に処理するなどという浅慮なことはしない。あくまでそれは最後の手段だ。

このままおとなしくしている爺様たちではないが、今は関係ないのでまた今度。

とりあえずISコアの解析にかかる5人だったが、調べて行くたびに彼らは揃って眉を顰めた。

ISコアとそれ以外の兵器に使われている技術の間に大きく開きがありすぎることだ。

聞けばISが世間に現れてから十年、いまだにISコアが解析されていないというのもおかしな話だ。

普通新しい概念の技術が出てきても、数年で他の所で解析し使用できるものだ。その新しい技術も元は同じ科学力から生まれてくるのだから、そうでないと不自然だ。

例えばOZで作り上げたトールギスから他の科学者によって量産型MSリーオーを作り上げたり、『最強の矛と盾』として作り上げたメリクリウスとヴァイエイトはロームフェラ財団のツバロフ技師長によって量産型MSとしては破格の性能をもつビルゴを生み出す原因ともなり、トールギスと5機のガンダムを参考にしてゼロシステムを搭載したガンダムエピオンが開発された。

つまり天才が作り上げたものも数年がかりで研究すれば、似たような物もできるということだ。

なのにISの中枢ともいうべきISコアは未だにブラックボックス部分がほとんどを占めていて、わかっているのは基本部分ばかりである。全てを把握しているのは開発者の篠ノ之束博士だけだ。

それほどのものを作りだした篠ノ之束博士も20代の見た目麗しき女性だと言う。明らかに年齢と合っていない能力と、その行動の出鱈目さから皮肉をこめて“大天災”と呼ばれている。

だが解析に当たっているドクターJたちも只者ではない。数百年未来の世界であらゆる兵器を開発し、世界を混乱に陥れたのだから。そういう意味では篠ノ之束博士とドクターJたちは似た者同士かもしれない。

「む、これは……」
「何かわかったのか?」
「うむ、この部分だ。おそらくこれは学習機能だろう」

画面のある部分に指をさすH教授。彼はコックピットシステムのエキスパートであり、あの忌まわしいゼロシステムを作り上げた男である。こういった中枢の解析は彼の得意分野だ。

「奴らが自己進化と言っていたものだな。しかし、これは……」
「そう。MD<モビルドール>に使われていたものとかなり似ている部分があるのだ」

MD<モビルドール>とは簡単に言えば無人機のことだ。本来MSは有人機だがロームフェラ財団は新たな力の形として無人機であるMDを開発した。

当時MDの危険性を理解していたトレーズ・クシュリナーダとガンダムによって開発の邪魔をされ遅れていた。

MDは学習機能を搭載することで、戦闘を重ねれば重ねるほどその性能は高まってゆく代物だ。そして無人機故に生身の体が耐えられないようなGがかかる機動を可能にし、結果有人機では無人機を倒すことは一部の例外を覗いて非常に困難だった。

ガンダムがコロニーから迫害されたことで脅威となる敵が消滅し、戦場はその性能でMDが支配する状況がしばらく続くこととなる。

「つまりこのISコアは無人機として活動することも可能ということかのぅ?」
「それに他の部分を見ると擬似的な人格も存在するようだ。人格部分に関しては完成度はあまり高くないようだがな」
「……ある意味ではMD以上になるかもしれんな」
「さよう。それ故にわからん。なぜこれほどのものを女性にしか扱えないようにしたのか」
「こんなものを作るぐらいじゃ、ワシ等と同じくらいイカレているに違いあるまいて」
「違いない!」

『イーヒッヒッヒ』という笑い声が、ユーコンの研究所に響いた。

● ●  ●

それから1ヶ月ほどか経過した。定期報告のためドクターJたちの研究室に科学者は訪れていた。

報告を受け取るだけならデータを送ってもらうだけでいいのだが、やはり彼らの高い技術力を直に触れたいというのもあっただろう。

「失礼します。どうです、何か新しい発見はありましたか?」
「ほう、お主か。ちょうどよかった」

まさか本当に新しい発見があったのだろうか?実のところ今回はあまり期待してなかった。

いくら彼らが自分たちより高い技術力を持っていたとしても、自分たちが十年かけてもほとんどわからなかった代物だ。こんな僅かな期間で調べられるとは思っていなかっただけに、彼は眉を顰めた。

「ISコアで分かったことがある。あれはISコア同士で得られた戦闘データを共有し、経験を積み重ねて行く」
「そしてその積み重ねたデータは擬似人格に成長を促し、有人機を超える性能を持つ無人機を生み出すことができるだろう」
「女性しか扱えない理由はここの部分……遺伝子で適合したものしか扱えないせいじゃろう。女性の物は幅広く設定しているようじゃが、男性の遺伝子の物はこの1つのデータしかない」
「つまり男で扱えるのはこの遺伝子を持つ人物しかいないというわけだ。まぁ少し弄れば他の男性でも扱えるようになるだろう」
「まず間違いないだろうがこれを開発した人物は今までISコアが得た情報を全て自分の物としているだろう。我々ならこのISコアを大体だが書き換えることができるが……どうする?」

ドクターJたち5人がそれぞれ引き継いで一方的に科学者の男に語った。だが内容はこの世界の科学者ならそんな簡単に語れるものではない。科学者が数秒呆けてしまっても仕方ないだろう。

「つ、つまりそれは男性でも扱えるようになるということですか……?」
「だからそう言っている」
「で、では少しお待ちください!我々の研究チームを今ここに呼びますので!」

科学者は慌てて研究室を走って出て行った。その部屋からでも研究チームに連絡はできるのだが、彼の頭はそんなところまで回らなかったようだ。

「やれやれ、慌ただしい奴じゃ。じゃが言わなくて良かったのか?ISコアを書き換えれば、開発者に気付かれることを」
「彼らにとってはそのデメリット以上に男性が乗れるというメリットの方が魅力なんじゃろう」
「さよう。それに会ってみたいしな、これの開発者にな」

ISコアを持ったプロフェッサーGは嬉しそうに呟いた。

しばらくして研究チームが研究室に到着し、それからISコアの書き換えを行った。世界の誰もができなかった偉業ともいえる行為に研究チームの歓喜の声を上げた。

彼の研究チームは今のIS開発では珍しい男性のみで構成されたチームだ。女尊男卑のこのご時世でクビになったり端に追いやられた実力のある者たちを少し強引に集めたのだ。

女性社員からは批判がきたが、上層部に男性が多いユーコンは無理やり通したのだ。

しかしこのことを上層部に報告すると、続けて新しい命令が下された。

確かにデータ上では男性が使えることになった。しかし本当に動かせるようにならなければ意味が無い。簡単に言えばそのISコアで新型ISを作れ、と上層部が言ってきたのだ。当然と言えば当然である。

だがこれにはもう1つ条件があった。リーブラ内部で発見されたビルゴの装甲を試験的に使ってほしいというものだった。

ビルゴの残骸を持ち帰ったユーコンは実験のたびにドクターJたち5人のうち1人を必ず呼び出し、共に研究を行った。

彼らにとっては驚愕であったに違いない。なぜならビルゴの装甲はありとあらゆる兵器の攻撃をほぼ無傷で防ぎきったのだから。無論その中の兵器にはISも含まれている。

ISの特徴としてシールドバリアーと絶対防御と言うものがある。シールドバリアーは元になるシールドエネルギーを使い、一定の威力の攻撃を遮断する。そして絶対防御はシールドバリアーを抜けて操縦者に危険を及ぼすような攻撃を遮断する。

シールドエネルギーを使いきるか絶対防御を3回使うことによってISは戦闘不能となる。つまりISは装甲が弱くとも、操縦者の生存性は極めて高いと言える。

それ故に第1世代、第2世代と開発が進むたびISは装甲より機動性を重視するようになり生身を晒す部分が多くなっていく。つまりISは本体の装甲そのものに関してはそれほど重要ではないのだ。

だが今回上層部がビルゴの装甲<ガンダニュウム合金>を用いてISを製造しろといった理由は、世界初の男性専用ISだからだ。

世界初の男性専用のIS。それは十年間男たちが求めてやまなかった代物。それは男たちの希望であり、女たちを力で凌駕する象徴でなくてはならない。

全てにおいて高水準で、特徴ある物で無くてはならない。そう上層部は考えていた。

そう命令を下された科学者たちは揃って苦い顔をした。実にわかりやすい注文であるが、とても難しいものだ。しかもISコアが書き換えれたとはいえ、IS本体の製造に関しては他の先進国とドングリの背比べな状態だ。バランス良く性能を上げて、さらに特徴ある能力をつけるとするとISコアのデータ領域が足りなくなるはずだ。

そうドクターJたちに伝えると、彼らはこう言った。

「ワシ等はその注文に見合う機体の構想がある」

その構想をドクターJたちが研究チームに語ると、彼らの表情は様々に変化した。頬を引き攣らせている者、キラキラと年甲斐もなく目を輝かせている者、5人に尊敬の念を送っている者と様々だった。良い歳したおっさんたちのその表情はとても気持ち悪かった。

ここから新たなIS開発が始まった。この計画は「オペレーション・A.C.」と呼ばれることとなる。

● ●  ●

数カ月が経過した。

新型ISを完成させる過程でいくつかの壁があった。

まず1つはビルゴの装甲<ガンダニュウム合金>の加工が難航したことだ。ISの攻撃でさえ破壊できないほどの強度を持つガンダニュウム合金なのだ、それは当然と言えた。

ISの装甲を加工する際に使われる機械のレーザーの出力を大幅に上げて、長い時間同じ部分に当てることでようやく切ることができるほどだ。このせいで加工には大きく時間がかかり、非常に根気のいる作業となった。

2つ目はISコアから供給しているエネルギー以外から、さらにエネルギーを確保するために小型高出力発電ジェネレーターを搭載することが決定したのだが、意外にこれが苦戦した。

ドクターJたちはMS開発のエキスパートである。しかしISの全長は4m前後だが、MSは15m前後である。この大きさに合わせて改良するのは時間がかかった。

3つ目、最後は新型ISのパイロットである。ドクターJたちが求めたパイロットは肉体、精神共に最高の兵士だ。だがISが兵器として軍に採用されてからパイロットは女性しかおらず、彼らの条件に合う者は存在しなかった。

ISとかつての戦闘機のパイロットでは、肉体的に言えば戦闘機パイロットの方が上だ。理由としては機体性能の差である。

ISはパイロットの体にかかるGを常時展開しているシールドエネルギーによる限りなく減らし、ハイパーセンサーによりパイロットの知覚を強化し通常より遥かに視野が広がる。

対して戦闘機パイロットの体にかかるGは装甲だよりであり、視野も本人の能力だよりだ。

故に戦闘機パイロットの方が肉体的にも上である。皮肉にも機体性能の低い方が人間としての能力が高いのだ。

条件に合うパイロット。それはかつて人々の憧れで、今は退職金で小さな喫茶店マスターを営む男。

――その男を勧誘に行ったときの会話をお送りする

「私に新型兵器のパイロットを……?」
「そう。肉体的にも精神的にも貴方しかいないと思っている。ブラッド・ゴーレン大尉」

ブラッド・ゴーレン。並のパイロットなら体が耐えられない機動を行うことで、若手でありながらトップエースの1人として数えられていたほどの男だ。

「“元”ですよ。大体こんなロートルに今更……」

だがISの台頭により戦闘機自体が追いやられ、トップエースは一般兵にまで落ちる。いつか、いつか戦闘機の時代がもう1度戻ると信じたが……結果として、裏切られた。

絶望した彼は退職金で喫茶店を開いた。かつて若手と言われた彼ももう30代半ばに差し掛かっていた。

「それが男性のためのISでも、お断りになりますか?」
「なッ……!それは本当ですか!」

男性専用のIS。それは男から空を、誇りを奪った兵器の力を男が得ることができると、目の前の男は言っているのだ。

「ですがその機体は、はっきり言うと今までのISとはケタ違いです。それでもよろしいですか?」
「ぜひ、よろしくお願いします」

ブラッドは迷わなかった。その男の口調からその機体は何か欠陥を抱えているのだろうとすぐにわかったが、そんなことは関係ない。

戦闘機のパイロットになることを子供の時から憧れて厳しい訓練の末にパイロットになり、体を鍛えに鍛え上げ、得意の機動を駆使して有名なパイロットの人たちと肩を並ぶまでになれた。

今度は自分が人々の憧れとなる。……そう思った、矢先だった。

男たちは空を奪われた。たった1人の女の手によって。

女性しか扱えない兵器。そんな物に手も足も出ないまま敗北し、俺の仲間や憧れの人たちは誇りを奪われた。

許せなかった。奪われたことも、それによって力の持たない女たちが男を見下す態度も。

「いいのですか?もう少し考える時間が必要なのでは?」
「構いません。直ぐに連れて行ってください。その新型がある場所へ」

だからブラッドは迷わない。あの女を倒せるチャンスを、彼は逃す気はない。彼は笑みを浮かべた。かつて敵機を撃墜した時のような、不敵な笑みを。

――時は戻る。

ユーコンにある地下の大研究所。ブラッド・ゴーレンはそこへ連れて来られていた。

「なるほど、こいつがそのパイロットか」
「ブランクがかなりあったと聞いているがのぅ……」
「問題ありません。乗せてください、新型に」

迷いが無いブラッドの言葉だった。それを聞いてドクターJたちは笑い声を洩らした。

「中々気合いがはいっているのぅ」
「まぁ、それぐらいでないとあの機体は乗ることもできないだろうて」
「ならばついてこい。お前の機体はこっちだ」

ブラッドは5人の後ろをついていく。あるのは大きな鉄の扉だ。

ドクターJは懐からカードを取りだして、通した。すると扉は開き、その先に何かが見えた。

近づいてみると、それは白い機体だった。

6~7mであろうか、普通のISよりも大型であるその機体は右腕に巨大な銃、左腕に盾を装備し、背部には大型バーニアを搭載している。頭部は中世の騎士の仮面を思わせるような物から、この機体の印象は「騎士」だった。

「お主が乗る機体じゃ。名を……トールギスと言う」

ブラッドは知らない。この機体がシールドエネルギーと絶対防御の両方を廃止し、その余ったエネルギーと小型高出力ジェネレーターを機動と兵装に回したものであることを。

ISの基本であるPIC(パッシブ・イナーシャル・キャンセラー)を廃止し、背部のバーニアと各部スラスターのみの機動を行い、パイロットにかかるGを軽減するものは装甲のみという仕様だ。

これが後にライトニング・バロンの異名を持つこととなるブラッド・ゴーレンとトールギスの出会いだった。










あとがき

突発で書いたものです。あの爺共ならできるかな、と思って書きました。

こまかいことは気にしないでNE!



[27174] ブラッドの決意
Name: 伝説の超浪人◆37b417bc ID:5424a8a7
Date: 2011/04/30 12:50
前回のあらすじ→トールギスに乗れるよ、やったねブラッドちゃん!

ブラッドはトールギスの目の前に立ち、ドクターJたちの指示通りにトールギスを起動させる。

ISは本来専用スーツを着て搭乗するものだが、このトールギスはそれがない。その代わり直接肌に触れ合わないといけないので、今のブラッドはスパッツ1枚の姿だ。

一部妙にもっこりしたブラッドの体を1秒もかからずトールギスが覆う。

そしてブラッドを覆ったトールギスの頭部カメラが黄色に発光する。それは起動が成功した証だった。

その場にいた者たちは歓喜、いや雄叫びを上げた。もうISは女たちだけの兵器じゃない、男でも扱うことができるようになったのだ。ISに苦しめられた者たちがISで喜ぶとは皮肉な話ではあったが。

無論ドクターJたちは起動することは分かっていたので何の感情も示さなかった。

トールギスはISとしては珍しい全身を装甲で覆ったもので生身の部分は欠片もない。全身装甲は第1世代の一部でのみ採用されていたが、トールギスはその機体の特性上仕方ないと言えた。

ブラッドは一歩前に足を踏み出す。すると重厚な音がその場に響いた。

「さて、早速性能テストを行うとしよう。操縦は頭に叩きこんであるか?」
「はい」
「ではついてこい。言っておくがこれは気を抜くと危ないぞ、ヒッヒッヒ」

とても嫌な笑い方をするプロフェッサーGを見て、若干顔を顰めたブラッドだったが特に何も言わずついていく。

広い空間にブラッドは出ていた。他の者たちは壁の向こう側でトールギスの性能を確認する。

「まずは機動テストだ。好きに動いてみろ」
「了解」

正直好きに動いてみろはないだろう、と思うブラッドだが今の自分はテストパイロットだ。素直に従い、バーニアを軽く吹かした。そう、軽く吹かしただけのはずなのに。

「ぐうぅっ!」

ブラッドはいきなりとんでもない速度で機体が飛んでいくのを体にかかる圧力で感じ、急いで機体を上昇させるが、このときもかなりの圧力を感じた。

「(なんなんだこの機体は!まだ少ししかバーニアを吹かしていないんだぞ!?)」

戦闘機は最初に飛ぶ際、出撃時ではあまり圧力は感じない。当たり前だ、最初から早すぎる速度が出てしまっていたらGでパイロットの体がやられてしまうし、機体ももたない。

普通の人間ならここで怯えてしまい、性能テストにはならないだろう。だがブラッドはそれに当てはまらない。彼はやっと掴んだチャンスを逃す男ではないし、なによりプライドがあった。

「(どうした、トップエースの言われた私が何を怖れる?!まだ始めたばかりだ!)」

各部スラスターで急旋回、戦闘機では有り得ないジクザクな動きを見せる。しかし彼はバーニアを全開には絞れない。

「良し、次はドーパーガンのテストじゃ。それは実弾とビームの両方が使えるが、今回はビームで行う。目標を落とせ」

周りの科学者がトールギスの機動性に驚いているのを余所に、ドクターJは淡々とブラッドに命令する。

「了解!」

戦車や戦艦、戦闘機などのダミーが次々に展開されていく光景にブラッドは歯噛みした。

「女どもはこんな光景に何にも思わないんだろうなぁっ!」

自分の誇りだった物が今はただの的扱いで、それを何の躊躇もなく破壊した女たちに対しての苛立ちをぶつけるように、彼は目標を撃破していく。

砲身から放たれるビームは、砲身の口径を遥かに上回る太さで戦車を、戦艦を捉える。その間にも行われる機動の最中に、ブラッドは体が軋むのを感じていたが止まらなかった。

「次、ビームサーベルで目標を撃破じゃ」
「了解ぃ!」

さらにスピードを上げながら左腕の盾の裏にあるビームサーベルを抜き出し、その勢いのまま目標を切り裂いた。

「ぐぅ!?」

あばらに感じる鋭い痛み。いや、あばらだけじゃない。体中の関節や軋みを上げ、内臓も潰されるような感覚に襲われる。

「(このままでは……いや、無視するのだブラッド!)」

しかしそれを無視して、時折放たれる機銃の攻撃をその体が潰れるほどの機動性で避けながらブラッドは目標を全て撃破することができた。

「最後じゃ。今から出てくるビーム砲を撃破せよ」

終わったと思った矢先に、ビーム砲台が数台出現する。彼は痛みをこらえながら苦笑いを漏らす。

「随分と人が悪いな……くぅっ!」

ビーム砲台から放たれるビームはまるで激しい雨のようにトールギスに放たれる。何発かはシールドで防ぐが、これほどの数は防ぎきれないとブラッドは直ぐに判断した。

「これしきのビームが何だ、このトールギスならやれるはずなのだ!このビームを掻い潜り、砲台を撃破できる!」

トールギスのスピードを完全に開放していないのにも関わらず、ビーム以外の被弾はゼロだったのだ。このトールギスの機動力を使いこなせれば、このビームを掻い潜れることができるはずだ。そう覚悟を決めたブラッドはトールギスのスピードを今まで以上に加速させる。

「ぐおぉぉぉっ……!!」

今までとはケタ違いの圧力がブラッドの体を襲う。歯を食いしばりすぎて、頬の筋肉がつりそうだったがそんなことは気にしていられなかった。

ビームを避けるためにバレルロールを繰り返しながら、さらにトールギスのスピードを上げた……その時だった。

「うぶっ!」

唐突に口から噴き出る赤い液体、血を吐きだしたと同時にあばらに全力のハンマーで殴られた時と同じぐらいの痛みを感じ、彼は機体を急上昇させビームから退避した。

「い、一体どうしたんだ」「後も少しだったのに……」「何やってんだ!」なんて声がトールギスを見ていた科学者や整備班の口から飛び出る。

「やはりダメじゃったか」
「仕方あるまい、あれはそういう機体じゃからな。おい、トールギスに救護班を向かわせた方がよいぞ。放っておくと、あのパイロット死ぬぞ」
「は……え!?お、おい急いで救護班を向かわせろ!」

いち早くブラッドの状態を理解したのはやはりドクターJたちだった。「やっぱりか」みたいな表情で何でもないようにブラッドの命の危険性を伝えられた科学者は、慌てて部下に指示を飛ばす。

この老人たちの非常に悪いところは、彼ら自身手塩にかけて育てたガンダムのパイロットや自分自身の命が危ない時でもいつもと変わらない態度と口調でいるところだ。

酷い時は死にそうな時でも笑いながら相手に接する時もある。今回のこの性能テストにビーム砲を用意することを承諾してしまうような、人として少しおかしいユーコンの科学者でもついていけない部分があった。

性能テストは中止され、救護班によって外からの強制排除で解放されたブラッドは酷い有様だ。血で口元どころか胸のあたりまで濡らし、肋骨の一部分はへこみ、顔色は青いのではなく既に白くなっていた。

だがまだブラッドは意思があった。救護班に支えられながら、トールギスを見て呟いた。

「パイロット殺しの機体とはな……気にいった……」

そう呟いて彼は気を失う。その表情はどこか嬉しそうだったと、後に救護班の者が語った。

● ●   ●

「ここは……病院か?」

ブラッドが目覚めて最初に見たのは白い天井だった。個室を当てられたようだが、昔から体が頑丈な彼は病院に縁が無く、少し自信なさげに呟いた。

「あ、お目覚めになられたんですね?」

窓のカーテンを開けていたのか、カーテンを握りながら女性の看護師がこちらを振り向いた。

とても可愛らしい女の子だ。顔の作りは東洋系で見た目は完全に十代にしか見えないが、その胸部は服の上からでもわかるほど大きい。長い黒髪は首の下のあたりで赤いリボンで括られている。

僅かな間彼女に見惚れたブラッドだが、頭を振る。

「すまない、人がいるとは思わなかったのでな」
「いえ、仕方ないと思います。あなたは丸1日寝ていたんですから」
「丸1日?そんなに寝ていたのか?うぐっ……」
「ああ、だめですよ!酷い怪我なんですから!」

ブラッドは彼女の「丸1日」という言葉を聞いて身を起こそうとすると、肋骨に鈍い痛みが走り声を漏らす。

彼女は慌ててブラッドに駆け寄り、彼の身を支える。そのときブラッドの鼻をふわりと花の様な香りが刺激し、ふにゅりと彼女の大きな胸がブラッドの体に当たり形を変える。

それに男として反応してしまったブラッドは、彼女が真剣に心配してくれているに下種な考えを浮かべた自分を恥じた。

「す、すまない……」
「いいんですよ。気にしないでください」

二重の意味で謝罪したのだが、彼女は気づいていないのか花のような笑顔を向けた。

「ところで今の私の体はどのような感じなのか、教えて欲しいのですが」
「あ、はい。この後担当の先生から詳しく話されると思いますが、ブラッドさんは右の第2、4肋骨を骨折、肺などの内臓を損傷しているそうです。命に別状はないそうですが、先生は完治まで早くて2カ月近くかかるって言われてました。でも先生が不思議がっていました、どうしたらこんな怪我をするんだって」

それを聞いてブラッドは酷いものだな、と内心自分を罵倒していた。無論怪我のことではない、かつてトップエースに数えられていた自分が新型を乗りこなすどころか危うく死にかけたのだから。

「(しかしあのトールギスを作った者は相当だな。まるでパイロットのことを考えていない)」

乗ってみて分かったがトールギスは兵器としては致命的な欠陥を抱えていることに気づく。

以前ISの性能を自身の眼で確かめたが、トールギスはそれを遥かに上回る性能を持っていることは理解できた。確かにトールギスの性能を用いればどんな敵も倒せるだろう。そんな予感を持たせるほど高い物だが、あのバーニアによる凄まじい機動性は人間の体が耐えきれるものではないのだ。

つまりトールギスは

①凄まじく頑丈な装甲を持ち
②あらゆる方向に急加速できる機動性
③そして恐らく既存のISの攻撃力を上回る武器。
④だがパイロットは死ぬ

という代物だった。

「そうか……ありがとう」
「い、いえ、とんでもないです!」

ワタワタと手をふる彼女の姿は見ていて微笑ましいものがあり、彼は軽く笑みを浮かべた。

「(不思議と彼女に惹かれるものだ……)」

ブラッドは10年前から女性が嫌いになった。正確に言えば女尊男卑の世の中になったときの女の態度とその周りのせいだった。

ある時、街中ですれ違った女がブラッドにこう言ったのだ。

『ねえ、あんたアレ買ってきてよ。あ、もちろんあんたの金でね』

外見は確かに美人であったが、そんなことを言われて黙っているブラッドではない。しかも間の悪いことに酷く機嫌の悪い日だった。

ふざけた女の態度に頭にきたブラッドは口論となり、結果として逮捕された。その女はISの代表候補生だったらしく、加えて嘘泣きをしながら訴えたことでほぼブラッドが悪いことになった。

そんな女の言うことが罷り通ってしまう周囲の反応から、彼は女性を嫌うようになった。またその日、顔の良い男たちが女性に媚を売っている姿を見たのも原因だったのかもしれない。今の時代、ホストや顔の良い男たちは女性のペット的な立場で可愛がられていた。

ブラッドも長身ながら鍛えられた体で顔の彫りも深く、薄い金髪が背中で切りそろえられた良い男だったがそういった媚を売ることは断じてしない男だ。

そんな彼が喫茶店を始めてからは客は男性が非常に多く(彼のファンという者がかなり多かった)女性客が来たときはポーカーフェイスで誤魔化していた。

そのおかげで30歳を過ぎた今でも未婚であったが、目の前の女性は今の女性に多い優越感といったものが一切感じられないし、むしろ人を包むような温かさを感じられることがブラッドを引き付けているのかもしれない。

「あのブラッド・ゴーレン大尉に会えただけでも嬉しいのに、お礼を言われると何だが恥ずかしいです……」
「私の名前を知っているとは……君は東洋人にしか見えないのだが、こちらの生まれか?」
「あ、はい。両親とも日本人ですが、私の生まれはアメリカなんです。父は戦闘機が好きで、昔あなたの映像を見せてくれていたんです。そ、その時に、か、カッコイイなって……」

後半になると声が小さくなって聞きづらかったが、それでもブラッドは彼女の言葉をしっかりと聞き取っていた。彼はどこぞの極東の地にいる伝説の超鈍感フラグ野郎とは違うのである。


「そ、そうか……ありがとう。ところで君の名前はなんて言うのだ?」
「あ、はい……私の名前はヒヨリ・カザネです。ヒヨリ、って呼んでください」
「では私のこともブラッドと。親しい者は皆そう呼ぶ」
「はい、わかりました。……ブ、ブラッドさん」

2人して顔を赤く染めるこの様子を誰かが見たら、背中が痒くなること間違いなしだった。

「……そ、それじゃ先生を呼んできますね!失礼します!」

彼女はブラッドが返事を返す前に部屋から飛びだすように出ていった。彼女の動きを目で追っていたブラッドは数回ポリポリと頭を掻く。

「まるで思春期のようだな……私は……」

そう言った彼の表情は嬉しそうだったことは、彼自身も知らないことだった。

その後医者がやってきて、説明を受けたがヒヨリの言っていることとほぼ変わらなかった。ブラッドにとって大事だったのは、医者の次に訪れた人物である。

「元気そうじゃな。まぁあれぐらいでくたばってもらっては困るがのぅ」
「まぁ死んだら死んだで、別のパイロットになるだけじゃがな」
「随分な言い草ですね、ドクターがた」

病室に入ってきたのはドクターJとプロフェッサーG、それとユーコンの科学者だ。もちろん病室の扉の前にはSPが数人配置している。

「早速じゃがトールギスの感想を聞きたいのぅ。どうだった?」
「……あの機体は素晴らしい性能です。けれどあれはパイロットのことは全く考慮されていない、違いますか?」

そう言うとドクターJたちは笑い始めた。とても楽しい物を見たかのように。
「全くその通りじゃ。あれは元々IS用に開発されたものでは無いが、あの機体は単騎で戦局を変える戦力を持つように作られた物。じゃからあの機体の性能を100%引き出せればまず負けることはない」
「つまり問題なのはパイロットの腕ということだ。それ故ワシ等はパイロットは肉体、精神共に完成された兵士をユーコンに求めたのじゃが、この結果だったというわけだ」

そもそもあんな機体を作る方が悪い、という考えはドクターJたちは一切持ち合わせてはいない。彼らから言えば乗りこなせないパイロットの方が悪いのだ。

それにドクターJたちは普通の軍人程度ならばトールギスに乗ったら死ぬことは分かっていた。ブラッドの体が常人より遥かに頑丈がだからこそ、この程度の怪我で済んでいることもわかった上でこう言った発言をしているのだ。

そもそも彼らはゼロシステムに翻弄されたカトル・ラバーバ・ウィナーに対しても痛烈な批判を行った者たちだ。(ガンダムのパイロットであるディオ・マックスウェルはゼロシステムを乗りこなせる奴は人間を超えた存在だ、と証言している)

「じゃが普通のパイロットでは乗りこなせないのも、また事実。お主はもう一度トールギスに乗る資格がある」
「さぁどうする?もう一度乗るか、それとも降りるのか、決めろ」

それを聞いてブラッドはフッ、と笑った。

「そんなものは決まっていますよ……イエスです。一度奪われた空に戻れるチャンスを他人に譲るほど、私は優しくありません。それに私に乗りこなせない機体など存在しないことを、貴方がたに証明して見せましょう」
「こいつ、言いおるわ。フッフッフッフ……」
「お主、気に入ったぞ。なら、あのトールギスを乗りこなして見せろ」
「言われずとも」

3人の不敵な笑い声が病室に響く。それを見ていた科学者は、思った。

「(この人たち、マジ怖いわ……)」

自分もまともじゃないことは分かっていた科学者だが、その光景にどん引きだった。

●   ●   ●

あれからブラッドは1ヶ月かからずに退院した。その時担当医は「あの人、人間じゃねぇよ」と同僚に漏らしたらしい。

退院してからブラッドは何度もトールギスに搭乗した。慣熟訓練と言うにはブラッドは何度も病院のお世話になる羽目になったので、正しくはない。

トールギスに乗るたびに彼は血反吐を吐き、内臓を痛めた。だが彼はそれでも乗るたびにトールギスの性能を引き出していく。

そんな中、ついにやってきた。

「トールギスの性能テスト?以前やったはずでは……?」
「いや、今度はアメリカ中にトールギスを示すために我が国の開発した第二世代ISと戦ってもらう」

ブラッドの体は震え、俯いた。相手からは髪で表情が見えなくなる。

「……それは、いつですか」
「二週間後、VF社の専用アリーナで行……うっ」

彼はブラッドの眼を見た途端後ろに下がってしまった。ブラッドの眼から感じる凄まじい気迫によって。

ブラッドは興奮していた。ついに自分の手で女たちのISを倒せる日が来たことに。再び男たちに誇りを取り戻すために。

「ついに来たか……待っていろ……」

そして2週間後、VF社の専用アリーナの観客席は満員だった。それだけでなく、立ち見の人もいるくらいだ。

これほどの超満員である原因はちょうど2週間くらい前から、今度の新型は全く新しい概念の機体であると言う噂が流れていたせいである。

だがその新型は未だ姿を見せず、相手の第二世代IS「アラクネ」のパイロットであるサリィ・クロイツはいら立っていた。

「遅いな、いつまで待たせるんだ……」

今回の実験はユーコン側から申し出たと言うのに遅刻するとはどういうことかと、パイロットがやってきたら彼女は言うつもりだった。そのいらだちから首に下げたネックレスを右手でいじる。

このネックレスはISの待機状態の姿だ。ISは非戦闘時には装飾品となってパイロットの体につけられる機能を持つ。

彼女のIS「アラクネ」は少し曰くつきの代物で、2号機に当たる。1号機は開発直後何者かに強奪され、急遽製造された物だ。

それ故彼女のアラクネの実戦データはほとんどないが、それでも完成度の高いものである。

『皆さんお待たせしました!ユーコンのIS「トールギス」とパイロットの……あ、え?し、失礼しました、ブラッド・ゴーレン氏の入場ですッッ!!』
「何?……な、お、男だと……?」

酷く曖昧に言うアナウンサーの声と共に入ってきたのは搭乗口が開いている白い機体とかなりの美男子だった。

会場はパイロットの名前を聞いて騒然としている。当然だ、パイロットの名前に男が呼ばれたのだから。

サリィは文句を言うことも忘れ、必死に状況を整理していた。だが男のパイロット―ブラッド・ゴーレン―はそんなものを待つ男ではなかった。

颯爽と身を動かし、彼はトールギスへ乗り込む。すると瞬時にトールギスはブラッドを覆い、頭部カメラを黄色に発光させ一歩を踏み出した。

その瞬間、会場は轟音に包まれる。男性がISを動かした。それは今の世の中を破壊することと等しい……そんな観客の態度だった。

トールギスによって表情は隠れているが、ブラッドは獰猛な笑みを浮かべる。まるで周囲の反応を楽しんでいるかのように。

「う、嘘だ……男がISを動かせるはずが無い!そんなはずがないんだッッ!!」
「そうでもないさ」

その否定の声はサリィの目の前にいるトールギスから発せられる。それは深く、自信に満ち溢れた声だ。

「遅れてすまなかったな。さぁ、早く始めようか」

口では謝っているが、実際は欠片も悪いなんて思っていない態度を感じさせる言葉だ。しかもそれはサリィのことを下に見ているようで、プライドの高い彼女を怒らせるには十分だった。

「ふざけやがって……直ぐに格の違いを分からせてやる!起きろ、アラクネ!」

起動コードを口にした彼女の体を光が包み、ISが装着される。

アラクネは蜘蛛をイメージして作られたISだ。背部から伸びる紫と黄色の縞模様で彩られた8本の装甲脚は蜘蛛の足にそっくりであった。

実に不気味な外見であり、それは見る者を生理的な嫌悪感を起こさせるものだ。だがブラッドには関係ない。むしろ彼はますます笑みを深めるだけだ。

『そ、それでは両者準備はいいですね!それでは……試合、開始!!』
「くぅらえーッ!!」

8つの装甲脚は「アラクネ」の最大の特徴にして最大兵装だ。その装甲脚は格闘と射撃を両方を行うことができ、それぞれ独立したPICで複雑な動きを可能にするものだ。

また実際の蜘蛛のような機動も可能にすることができるが、その分パイロットには複雑な操縦技術を求められる機体だ。

だがサリィが初手として選んだのは8本の装甲脚の先端から放たれる実弾射撃による連射である。

8つの銃口から放たれる攻撃は単純ながら強力だ。しかし……

「フッ!」

トールギスは瞬時に上昇し、その弾丸を全て避わし切る。避けきったこともそうだが、ゼロからの凄まじい急加速にサリィは驚愕する。

「な、なんて加速だ!だが逃がすかよ!」
「ぐうぅぅーっ!!」

アラクネを上昇させ、トールギスを捉えんと銃弾をばら撒く。手元に出現させたマシンガンも用いて凄まじい弾幕を作りだす。

「当たるかぁぁー!!」

しかしトールギスは凄まじいスピードを保ちながら180度に近いターンや、各部バーニアを用いたジグザグな機動でその弾幕を避け続ける。

「あのパイロット正気か!?あんな機動、体が持つわけ……!」
「沈めぇ!!」

トールギスはドーパーガンからアラクネの上半身を丸ごと覆うほどの太いビームが時間差で数回アラクネを襲う。
その機動性のおかげで酷く読みづらくなっており、一発のビームはアラクネのシールドバリアーを突き破り右肩を大きく破損させる。

大きく吹き飛ばされたサリィだが、即座に体勢を立て直し迫りくるビームを避けながら弾幕を張る。だが機体状況を見た彼女は目を見開いた。

「な……シールドエネルギーが40%近く持ってかれた!?どんな出力してやがんだ!?」

トールギスの武装の威力に驚くサリィ。絶対防御が発動しなかったにも関わらず、この減り方は理不尽としか言いようがなかった。

「うおおぉぉ!」
「正面からだと!ふざけやがって!」

トールギスは正面からアラクネに迫る。右腕が先ほどの攻撃で上手く動かなくなったので左手のみでマシンガンを操作し弾幕を作り上げるが、トールギスは回転しながら突っ込んでくる。もちろんほとんど避けながらだ。

「何発か当っているはずなのに……!」

サリィの言う通り確かに何発かはトールギスに命中している。

しかしトールギスの装甲であるガンダニュウム合金に有効なダメージは与えられない。

ガンダニュウム合金は元の世界で量産型MSリーオーの主力武器だった105mmライフルやビームライフルでは傷一つ付かなかった代物だ。

ISで105mmほどの武器はレールカノンなどの大型兵器になり、エネルギー消費が激しく第2世代ではそうそう使えないのだ。そもそもリーオーやガンダムは16mほどでISの4倍近い大きさなのだ。同じ武装を揃えろと言うほうが無理である。

だがそれは機体の話であって、中のパイロットには彼女の弾幕は効いていた。すでにブラッドの口元は血で濡れているのだ。

だがそれを知らないサリィの心の中では、トールギスに対する恐怖心が大きくなっていく。

接近を果たしたトールギスは右手を盾の内側に入れ、ビームサーベルを取り出しアラクネに振りかぶった。

「ちぃ!」

アラクネの4本の装甲脚を咄嗟に防御に回す。だがここで彼女の選択ミスをした。

振るわれたビームサーベルは、受けに回った4本の装甲脚を何も無かったかのように切り裂いたのだ。一瞬動揺した彼女は、動きを止める。だがそれは一番戦いでやってはいけないことだ。特に接近戦では。

2撃目のサーベルはシールドバリアーとマシンガンを切り裂く。シールドエネルギーが少なくなったことと、接近戦をしてはいけないという思いに駆られた彼女は残った装甲脚で蜘蛛のような動きで後退する。

「そこだ!」

だが悪手は悪手を呼ぶものだ。ブラッドは血を吐きながら盾の裏にある特殊弾をアラクネの後退するであろう位置を予測して放つ。

突然の攻撃に驚く暇もなく、その弾はアラクネに接触する前に爆ぜた。

爆裂弾。任意に爆裂する弾はシャワーのように広がるもの。貫通力を重視したもので、広範囲に広がった細かい弾丸はアラクネを捉え、絶対防御を発動させる。

あまりの衝撃に気絶しまいと必死に機体を立て直そうとするが、それはあまりに遅かった。

「勝負あったな」

決して強く言ったわけでないのに、有無を言わさないその言葉は、目の前でアラクネに桃色に光るビームサーベルを突きつけるトールギスから発せられた。

「……まいった」
『しょ、勝負あり!勝者、男性ISトールギスとブラッド・ゴーレンッッ!!』

会場は再び轟音に包まれた。ブラッドにとってそれは祝福の歌声に聞こえ、彼は血を垂らしながら、涙も流した。

それは10年ぶりに流した、涙だった。

●   ●   ●

アメリカで生放送された映像を見ている女性がいる。彼女は飲み物を一口含んで、呟いた。

「ふーん。まさか男のISができるなんてー、束おねーさん驚いちゃったなー」

暗い場所だ。明りは女性の目の前にある巨大なコンピューターしかない。

女性は美人だった。格好が何故「不思議の国のアリスとうさ耳」なのかはわからないが、それでも町を歩けば人が振り返るであろう容姿だった。

彼女こそISを作りだした張本人、篠ノ之束博士だ。

「でも妙だね、なんであの機体のデータが入ってこないんだろう?……まさか、コアを書き換えられた?」

有り得ない、と呟こうとして止めた。彼女はニコニコと笑みを浮かべながら背後を振り返る。

「ちょうどいいや。これも完成したし、あの機体の性能テストにはもってこいだね!」

彼女の視線の先には黒い大きな機体が鎮座している。もちろん1体だけでなく、数体だ。

「それにしても、もしコアを書き換えて人がいたなら……会ってみたいなぁ。その人たちに!」

彼女は身内にしか見せない笑顔を浮かべる。しかしそれは破滅を呼ぶ笑みだった。




おまけ

ヨーロッパのある地方。緑と花が美しく彩られた風景を一望できる城の一部屋で彼は部下から送られてきた映像をその豪華な机で見ている。

つい先日アメリカで放送された新型ISの性能テストだ。その映像は機体も凄まじいがパイロットが男、と言うことでアメリカ中が大騒ぎになり、世界もそれに勘づき始めていた。

だがヨーロッパではまだ映像は手に入っていないのだが、彼はそれを見続け、そして終わると席から立ち上がる。

「いかがでしたか?閣下」

閣下と呼ばれた男は部下に振り返る。ただそれだけにも関わらず、彼の動作は気品と優雅さに溢れていた。

「素晴らしい機体だな。パイロットも中々の物だが……まだ使いこなせてはいないな。惜しいことだ」
「あ、あれで……ですか?」

部下は疑問の声を上げる。アメリカの第二世代を全く寄せ付けない性能を見せたパイロットを「未熟」と言ったことに。

「トールギスか……またこの名を聞くとは、何の縁かな?」
「は、はぁ……」

彼が目を瞑り、開いて部下の女性を見る。たったそれだけで、彼女は薄く頬を染めた。

閣下と呼ばれた男は凄まじい美男子だ。まるで人の願望を具現化したような容姿を誇っていた。

少しも混じりのない金髪をオールバックにし、鍛えられたその体を貴族が纏うような軍服に左肩から黒いマントを纏っている。鋭い目つきだが人を威圧させるものではなく包むような、それでいて人を従わせるような、そんな目つきだ。

彼の全身から発せられる空気は、カリスマと言っていいだろう。

そんな彼が口を開いた。

「アメリカの財団に連絡を取ってくれないか?話があると」
「畏まりました。日時はいかがいたします?」
「早い方がいい。あの機体を作った者があの老人たちなら、会っておきたいからな……」

花瓶に飾ってあったバラを取った男はそう、呟いた。





[27174] 戦乱の予感
Name: 伝説の超浪人◆37b417bc ID:5424a8a7
Date: 2011/08/03 00:31
アメリカは震撼した。理由は男性のISが出現した、それだけのことだがそれは今の世の中を変えうる事態だった。

民間の多く、特に男性は男性用IS(正確には男性でも扱える、であるが)トールギスを支持し量産してほしいと言う声が連日ネットやTVや雑誌などで多く取り上げられ、アメリカ政府への要求は日に日に増していった。またパイロットであるブラッド・ゴーレンがファンである30歳を超える男性たちを多く引きつけているというのもあっただろう。

アメリカ政府は会議を繰り返した。新型ISは女尊男卑の世の中を破壊しうる意味を持つだけに男性からは驚異的な支持を、女性からは否定の意見を集め1回の会議では纏まるはずもなかった。

しかし女尊男卑の世であろうと政府中枢はやはりほとんどは男性中心だ。たかだが10年で政権を全て女性優先にさせるなどという愚かなことをするほど、政治家たちは甘くはない。

それのおかげかアメリカ政府は軍事企業ユーコンにISコアを数機渡すことが決定した。全てのISコアをユーコンに送ることはさすがに無理な理由がいくつかあった。

1つはユーコンに全ての戦力を集中させるのはいかがなものか、というものだ。アメリカの軍事企業はユーコン1つではない。財団直結なのはユーコン1つだが、何人かの議員と繋がりをもつ他企業もあるのだ、そうそう認められるものでない。

2つ目は第三世代型ISの製造だ。アメリカでは第三世代型ISが2タイプ進められる予定がたっている。

その内の一機はイスラエルとの合同開発を既に決定しており、今のタイミングで開発中止した場合外交問題が発生するため、中止は非常に難しい。(その機体に使われるISコアはアメリカからの物)

またトールギスの基本部分を政府に発表した際、非常に問題であると一部の者たちが騒ぐ部分があった。そう、トールギスはISの防御の要とも言うべき「シールドバリアー」と「絶対防御」が無いことが、大きな原因だった。

ISはその2つの機能によりパイロットを高確率で保護できるという部分の評価が非常に高い。

一昔前の戦闘機同士の戦いの際、撃墜された時のパイロットの生存率はお世辞にも高いとは言えなかった。特に熟練パイロットやエースパイロットを失うことは機体以上に損失が大きい。

当然だ。戦闘機の新人パイロットは初出撃で生き残ることは難しい。例え生き残ったとしても出撃すればするほど生存率は下がっていく。故に熟練パイロットは数が少なく、腕の良いパイロットが貴重なのは当たり前だった。

今までのISにはパイロット保護を充実させた機能を搭載させていたがトールギスにはそれがなく、この10年でISの安全性に慣れ切った者たち―特にISで地位を上昇させた女性や美味い汁を啜った者たち―には前時代の兵器に見えたのだ。

加えてトールギスが非常にパイロットを選ぶ機体であったことも原因だった。もしトールギスでなく普通の高性能な機体だったならアメリカの第三世代型として生産されていたのかもしれないが、それは所詮可能性の話であり、現実は異なるのだから意味はない。

しかしそれを差し引いても、男性が使えるISというのは非常に魅力がある。

またトールギスの装甲に使われているガンダニュウム合金の防御力も注目が集まり、ユーコンから(正確にはドクターJたちからだが)ガンダニュウム合金の生成は無重力空間でしか行えないことがエス・チャイルド財団と、財団と繋がりの深い一部の政治家に情報がもたらされた。

このことからアメリカ政府(正確に言えばエス・チャイルド財団だが)は宇宙開発に乗り出すことを決定した。ガンダニュウム装甲でISを作りだせば例えシールドエネルギーがなくとも十分すぎるほどの防御力を誇る代物は、ほぼ確実に多大な利益を財団にもたらしてくれるだろうと確信していた。

IS開発は途方もない資金を消費する。しかしISが出現してから大きな戦争が無くなった分新型を製造しても、それに見合うだけの利益が生み出せない。

戦争は多くの兵器を消費し、それを補うために多くの兵器を製造する。それの繰り返しが多くの利益を生み、財団は富を築いてきた。だがISのおかげで大規模な戦争がなくなり、大きな利益を生むことが無くなっていたところでトールギスの出現だった。

つまりトールギス、いや開発者の老人たちは財団そしてアメリカ政府にとっての金の卵なのだ。

「人類は宇宙、そして月面開発を行うべきである」という建前で議員と国民に説明し、ガンダニュウム合金製造のため月面に行くことを決定させた。

「……ということか。それでその4つのISコアで新型を作れ、ということじゃな?」
「はい。できればトールギスのようにごく限られた人間しか扱えないような機体ではなく、それでいて高性能の機体を財団は要求しています。その4体の機体を元に量産機を作りだすので、それぞれ特徴がバラバラであった欲しいそうです。もっとも量産機とはいってもISコア自体ないので数は揃えられませんが」
「ま、コアの生成の目処はたっておらんからな。仕方あるまい」

かつて大国と呼ばれた国でもISコアの数は20も持っていない。ISコアは現在篠ノ之束博士しか作れない以上各国のコアの数は増えるはずがない。

では新しい兵器を開発してはどうだ?と民間人は言うのかもしれない。

だが新兵器とはそんなすぐにできるものではない。ましてやドクターJたちの兵器―MS<モビルスーツ>―を作るとしたら、余計に不可能だ。

モビルスーツは16m前後であり、核融合炉を動力として動く人型機動兵器だ。

まずこの世界では核融合炉は未だ実験レベルであり、またできたとしてもモビルスーツに搭載するほどの大きさを作りだすことは技術的に不足している。できるのはそれこそ数年、いや10年以上先になるであろう。リーブラ内部にあるビルゴのものを使わない限りは。

またコンピューターや各部品に用いる精密部品がない、と言うのも問題だ。ISコア自体は高性能だが、国家レベルでも開発できない以上それは部品があるということにはならない。

ISとMSとのサイズ差は実に10m以上。サイズが違い過ぎてパーツを共有できず、又すぐにISの技術をMSに応用させることも難しい。もしその2つのサイズが同じくらいならば話は別だが。

もし最初にMSを作ったのなら、開発もそちらに移行していただろう。だが最初に作ったがISだったことが人々、いや男たちの魂に火をつけてしまいIS以外の兵器のことを考えられなくしてまったのだ。

例えて言うなら、ある人と素手のみの喧嘩をしたが長い間負け続けた。それから負け続けた方が別の物を用いて勝つよりも、やはり同じ条件で戦い勝った時の方が何倍も嬉しいものだ。そしてその喜びは屈辱を味わった時間が長ければ長いほど大きくなっていく。

つまりISにはISで戦い、勝った方がよい。酷い言い方ではあるが、こう言えば分ってもらえるだろうか?

それもトールギスはただの勝利ではなく、圧倒的な勝利を収めたのだ。その喜びは余計に大きくなり、トールギスに期待を集め、アメリカではブラッド・ゴーレンは今誰よりも知られる男となった。

「それで4機の新型のほうのプランのアイデアをもらいたいのですが……」
「それなら既に決定している。おそらく話が来るじゃろうと思って、先に決めておいた」
「は……話が早くて助かります。で、どのような機体なのでしょうか?」
「そこら辺は皆を呼んで話そう。2度手間は避けたいのでな」

ニヤリと笑ったドクターJは、妙に自信ありげだった。

その後研究チーム+ドクターJたち5人の話し合いが行われていた。

「話を纏めると、隠密性と接近戦に特化しているガンダムデスサイズヘル、対多数戦を想定した高火力のガンダムヘビーアームズ、白兵戦用装甲強化型にして指揮能力に優れているガンダムサンドロック、白兵戦に特化したアルトロンガンダムの4機にしたいのだが、よろしいか?」
「異論はありません」

研究チームのリーダーである男の言葉に皆は頷いた。

ドクターJたちは以前似たような状況で防御特化のメリクリウスと攻撃特化のヴァイエイトを製造し、その2機の特徴を備えたコスト度外視の量産機<ビルゴ>を作りだす原因を生みだしてしまった過去を持つ。

もしあの2機をまた製造した時、同じ結果になる可能性を懸念したドクターJたちは敢えてガンダムを4機製造することにした。

そして今回ウイングガンダムを見送ったのはわけがあるが、それは後に語ろう。

今回の4機もトールギス同様にISコアを書き換えた上での製造だ。

書き換えた部分はブラックボックス部分の開発者による特別権限と遺伝子登録を。現在判明している部分は学習機能とデータ領域と擬似人格と形態移行とシールドエネルギー(絶対防御)、コアネットワークにワンオフ・アビリティー、そして装飾品になる待機形態といった多くの部分を削除した。

本来の機能で残っているのはハイパーセンサーと直接戦闘に関係するシステムぐらいなものだ。

そしてその削除部分を機体の反応性の向上、ハイパーセンサーと通信・索敵・分析処理機能の強化といった直接戦闘に関係する機能のみを大幅に強化したのだ。

ブラックボックス部分は当然として、他の部分はなぜここまで削る必要があったかといえば、いくつか理由がある。

判明している部分の多くは無人機としての活動を行うことを可能とするもので、無人機を認めないドクターJたちはこれを酷く嫌い、削除した。

またデータ領域は別の場所から武器を転送させるもので、戦闘の際選択肢は増えるが整備が非常に面倒であるし武器庫が破壊された時ろくに闘えなくなりました、なんてふざけた結果になるのならば排除してしまえという考えからだ。

パイロットの装飾品に変化する待機形態はたしかに便利だ。パイロットが自身の機体を守るという考え方は間違っていないし、例え襲撃されたとしてもISの性能ならば蹴散らすことができるだろう。だがISは国の力そのものにも関わらず、一個人に所有させるのは多大な問題があった。

もしIS所有者が悪用した場合止めるまでに甚大な被害を被ることとなる。また敵国に寝返る、などと言ったことも考えられる。

それに10代半ばという若い年齢でISを所有している代表候補生が、許可なく民間の施設や民間人を巻き込んで私用(喧嘩など)に使うなどといった報告も存在している。

そんな精神が未熟な者たちに兵器を与えることは本来あってはならないのだが、女性にしか扱えないISという兵器がそうさせる、いやそうせざるをえなかったのだ。

故にトールギスに待機機能は搭載されなかった。ドクターJたちはそんな物をつけるぐらいなら性能の向上をと言い、アメリカ政府はトールギスという男の希望を一個人に所有させるのを避けたのだ。

ブラッドを信用してないなどといった次元の話ではない。トールギスは一個人に兵器を持たせる(しかも通常のISなどとは比べ物にならないほど貴重な代物)物ではないからだった。

また擬似人格による形態変化は、確かに戦闘中性能が向上する可能性があるだろう。だが形態変化、特に第二形態のほとんどは兵器の運用が変化し酷く不安定で使い勝手が悪くなる可能性が高いという報告も入っている。

想像してほしい。戦闘中突然武器が変化し性能が上がった。しかし使い方が変わり、機能が増えたので新しく覚えて戦ってほしい。それで戦えなどというのは、所詮戦いを知らない者の言い分でしかない。

戦士のための機体。そのためにISコアの機能を戦闘に特化させたのだ。パイロットを死から安全に守り、戦闘によって進化した機体と擬似人格のデータを開発者である我がものとし、そして人を必要としない無人機を生みだす。

そんな本来のISから純粋に闘うための兵器としてトールギス、そしてガンダムを彼らは作りだそうとしていた。

「何か質問はあるか?」
「はい」

一通り各ガンダムの特徴の詳細を話した後、1人の男が手を上げた。

「もしやその4機にも自爆装置をつけるのですか……?私はあまり気が進みません」
「無論付けるつもりだ。あのトールギスのようにな」

財団にも報告していない武装がトールギスにはあった。パイロットの任意で作動することができる武器、自爆装置だ。

ドクターJたちはその装置をブラッドに話した。その時の言葉は、こういったものだった。

『自爆装置?……機密保持のためでしょうか?』
『それももちろんある。が本来の目的は違う。力を持った者が背負わなければならない覚悟のためだ』
『背負わなければいけない覚悟……ですか?』
『そうだ。そして自爆装置もお前が必要と思った時使いたいときに使えばいい』

H教授はこの言葉をかつてオペレーションメテオに出撃する前にカトルに送ったものだ。その言葉は短いながら、深く考えさせられるものでブラッドは少し押し黙った。

『どうした?怖くなったか?』
『……まさか。私はISが出てきてから死んでいたも同然でした。そしてそんな私を生き返らせてくれたのが貴方がたであり、トールギスなのです。ありがたく使わせていただきます』
『お主も中々狂っておるのぅ』
『人間狂って結構!それが戦いというものだ』

その会話を手を上げた科学者に聞かせると、彼は絞り出すように呟いた。

「私には、わかりません……覚悟なんてものは……」
「分からなくて結構。戦士には戦士の覚悟があり、ワシ等にはワシ等の覚悟がある。それは大きく違うようで、似ているのじゃがな」
「それは……一体?」
「自分で考えろ」

場に沈黙が流れる。が、研究チームのリーダーが手を打った。パンッという音が良く響く。

「ドクターがた、もう始めましょう。時間は有限ですから」
「全くだな。だがパイロットのことも忘れるなよ?いくらできたとしてもパイロットがいないのでは意味が無い」
「もう目星は大体付いております。おまかせください」

そう言って、場は慌ただしく動き出す。多くの男たちの思いを、その肩に乗せながら。

●  ●  ●

アメリカにトールギスの名が広まっていくらか時が経つと、ある事態がユーコンを襲った。

そう、スパイの侵入である。

全く見知らぬ人物がユーコンに侵入しようとするが、あっけなく数人捕まる。それと並行してユーコンにハッキングしてくる。

だがドクターJたちは動じない。

「こんなこともあろうかと、あらかじめトールギスのデータを入れたコンピューターは回線を切っておいたわ。いくらハッキングしても無駄じゃ」

元々情報を隠すことに関して5人は非常に上手い。OZが5人を確保しようとした時もガンダムの情報は一切与えなかった。

しかも5人がいる所はユーコンの社員でも限られた者しか知らない地下十数階下である。そうそうばれることはないし、侵入経路も非常に限定されるので迎撃に有利な場所なのだ。

またユーコンはアメリカでも有数の巨大な企業であり政府との繋がりも強い。現在はトールギスも保管されているため警備は企業としては異常なほど厳重であり、突破するのはほぼ不可能に近かった。

そう、ISを用いての正面突破でない限りは。

ここ連日、所属不明機のISが何体かユーコンに襲撃をかけてきたのだ。

元々ユーコンにあったISはISコアを抜かれ、今はドクターJたちに預けられているため碌な戦力がない。

そのためユーコンがISに対抗する方法は非常に限られている。

対IS用ミサイルにビーム砲、そして最大の戦力……トールギスだ。

最初は1機のみで攻めてきたのだが、日が経つにつれて同時に3機襲撃してきたりしたのだが。

しかし敵パイロットはブラッドに劣る者が多かった。

ISが出現して以来各国は大規模な戦争を行わなかった。世界は平和になりISは力の象徴と扱われたが、実際使われることは少なかった。

それの弊害かパイロットたちの実戦経験は非常に少なく、またISの特性上人を殺し、またパイロット自身が死の恐怖に晒されることがほとんどなかった。

ISパイロットは特殊な訓練を積んでおり、生身でも並の軍人なら倒せるほどだ。

だがそれでも実戦を経験していない者が実戦の恐怖をそうそう克服できるはずがないのだ。

トールギスの全身装甲とその性能は敵パイロットに恐怖を与え、恐怖は動きを鈍らせた。

恐怖は動きを鈍らせ、判断を遅くし、選択ミスを引き起こす。一方トールギスのパイロットであるブラッドは戦闘機のパイロットとして、いくつもの死線を乗り越えてきた経験がある。

敵パイロットの殺気を装甲越しに感じ取り、敵を討ち取る。それは言葉にすれば簡単だが、実際はとても難しいものだ。

敵の中には某国の最新鋭機である第3世代型ISも混じっていたが、それもトールギスの前では力不足であった。兵器はその性能だけで決まるものではない、パイロットで性能の差などいくらでも埋められるのだ。

元々トールギスの性能の方が上にも関わらず、敵ISはパイロットが原因でその性能を引き出すことのないまま敗北していった。

「パイロットが性能を引き出せなければ!」とどこかのパイロットが戦闘中口にしていたが、まさにその通りである。そんなことでは勝てるはずが無いのだ。

絶対防御のおかげで生きていた敵パイロットの尋問は政府が行っているが、有力な情報は得られていない。襲撃されて良かった点と言えば、破壊したISからISコアを得たこととブラッドのトールギスによる実戦経験を重ねられたことだ。

「しかしこうも襲撃が多いのでは、家には帰れませんな」
「新型ができるまでには、まだ時間がかかる。しばらくはお前に頑張ってもらうしかないな」
「簡単に言いますな」

ブラッドは飲み物を飲みながら、ドクトルSの言葉に苦笑いした。この老人たちは言葉をオブラートに包む、なんてことをはしない。むしろここまでスバッと言われると呆れではなく好感に変わりそうだ、とくだらないことをブラッドは内心呟いた。

そこで頭に響くような警戒音がユーコン社全体に響いた。この警戒音が教える事は1つ、敵機が襲来してきたのだ。

『ユーコン社にIS3機接近中、直ちにトールギス発進せよ!』
「やれやれ、しつこい奴らだ」
「早く片付けてこい。ガンダム製造の邪魔になる」
「フッ、了解した。トールギス、ブラッド・ゴーレン出撃<でる>ぞ!」

上空にトールギスを待機させる。そこに今までに見なかった外見のISが3機トールギスの前に現れた。

形からして異形なISだった。深い灰色で黒に近いそのISは手が異常に長くつま先より下まで伸びている。首がなく肩と頭が一体化したようなその機体は、トールギスのように全身装甲であった。

普通のISより大型なそれはゴリラの様な姿勢をしており、その姿勢を支えるためなのか全身にスラスターを搭載しているのが外からでも確認でき、両腕には4つのビーム砲を搭載している。剥き出しのセンサーレンズが不規則に並んだその姿は、不気味の一言であった。

「念のため警告する。貴様たちがここで投降すれば、こちらは受け入れる準備がある。直ちに投降しろ、でなければ撃墜させてもらう」

だが敵機の反応は皆無だった。それはまるで無機物を相手にしているかのようだった。

3機の敵機のセンサーレンズが不気味に動き光輝いた次の瞬間、腕のビーム砲をトールギスに向け、ビームを一斉に放った。

「やはり受け入れるわけはないかっ!」

量産ISの出力を超えるビームがトールギスを襲う。その射撃は正確であったが、トールギスはその機動性をもって回避する。

3機が固まってビームを打ち出していく。その悉くを回避するトールギスは3機にD・B・G<ドーバーガン>を放つが、3機は四方に回避した。

「機動性は第2世代型より上か…ッ!」

その機動性は今までブラッドが戦ってきた第2世代型よりも高く感じる。だがその動きと正確な射撃は、ブラッドの中で疑問を生みだした。

「(不気味だ……妙に機械じみているような……)ぐおお!」

強力なビームであろうが、当たらなければ意味はない。トールギスはビームを回避しながら、D・B・Gを放つ。その射撃はこの短い間で敵機を捉え始めていた。

「奴はトールギスを乗りこなし始めたようじゃな」
「思ったよりも優秀なパイロットだったようだ。それよりも、あの敵ISの動きは…」
「おそらくは、お前さんの考え通りじゃろう。全く忌々しいことじゃ」

トールギスの戦況をモニターで見守るドクターJたちは、揃って眉を顰めていた。その理由は、同じくモニターを見ていた者たちではわからなかった。

敵ISは長い腕をブンブン振り回しビームを打ちながら接近戦を仕掛けてくるが、技術も何もない攻撃はトールギスを捉えられずビールサーベルでシールドバリアーと共に片腕を切り落とす。

がその隙を狙ってもう1機が背後からトールギスにしがみ付いた。

「なにっ!」

それに乗じて腕を1本失った敵ISが正面から抱き付いてきた。そして最後の1機は両腕のビーム砲をトールギスに向けている。味方ごと撃つつもりなのだ。

「良い覚悟だ!だが私のトールギスは負けーんッッ!!」

ブラッドは2体に挟まれたトールギスの背部バーニアを全開にすると、抱き付かれた状態のまま宙を駆けた。

放たれたビームは空を切り、トールギスの機動に振り落とされた2体をトールギスはビームサーベルで切り裂き、爆発を起こした。

 そのままビームサーベルを出しながら、残りの1機に迫る。ビームを撃ちだしてくるが、トールギスはそれを回避し続ける。懐に飛び込んだトールギスのビームサーベルを避けようとする敵ISだが。

「遅いな!」

機動性で上回るトールギスのサーベルの方が早く、最後の1機を戦闘不能に追い込んだ。

煙が噴き出す敵の傍で佇むトールギスの中のブラッドは、顰めた表情を浮かべていた。

「妙だ……なんだったのだ、この敵は……」

不気味な敵に違和感を感じていたブラッドの口元が血で濡れていないことに、本人は気づいていなかった。

●  ●  ●

トールギスが倒した敵ISは世界を驚愕させた。なぜなら、そのISは無人だったのだ。

ISは人が乗らなければ動かせないという前提を覆し、しかもそのISは未登録のISコアを搭載していたのだ。

世界初の無人機に、未登録のIS コア。これだけのものを作り出せる者といえば、1人しかいない。

篠ノ之束博士。今までにも数々の大事件を起こし、世界を変えた彼女が今回の襲撃犯であろうと、世界会議に参加した各国上層部は決めつけた。

この事は某国で会見の時口を滑らせた議員により、民間でも急速に広まった。

第2世代型を超える無人機。そしてその無人機3機を同時に撃破したトールギスとそのパイロットであるブラッド・ゴーレンは世界中で大々的に宣伝され、知らない者はほとんどいなくなっていったのだった。

数日後日本でISを起動させた少年が現れた報告があったが、日本以外ではそれほど大きな話題にならなかった。

タイミングが悪かったのだろう。容姿端麗なブラッド・ゴーレンとトールギス、無人IS、そしてアメリカの宇宙開発といった情報のほうが世界の注目を集めたのだ。

かといって全く彼のことが無視されたわけではなく、その少年は無駄な問題を避けるためにIS学園に送られることが決定した。そこは国の法律が及ばない場所であり、一時的な保護をするには便利な場所であった。

その少年の名は、織斑一夏といった。

おまけ

「閣下、こちらが調査結果となります」
「ごくろう」

部下の女性に調査結果のレポートを受け取った閣下と呼ばれた男は、かなりの速度でページをめくっていく。

そこにはアメリカの宇宙開発の詳細、アメリカ内陸にある巨大建造物、そしてトールギスのことなど様々だった。

見終わったレポートを部下に返し、男は窓を開ける。すると小さな小鳥が手袋をつけた男の手に止まる。それを男は愛おしそうに眺めた。

「無人機か……例え世界が変わっても、人は変わらないということか……」

少し表情を暗くした男は、背を向けたまま部下の女性に声をかける。

「すまないが、そこに表示されている技術者たちを至急召集してくれたまえ。それとそこに表示されている資金もだ」
「こ、これほどを……ですか?」

その資金額はヨーロッパ貴族出身で多く構成されているロームフェラ財団に所属している彼女でも驚く数値だった。

「今までのままなら傍観しているつもりだったのだが……無人機が出てきた以上そうもいかなくなった。それはそのために必要なものだよ」

男が手を動かすと小鳥は窓を出て、空を駆けて行く。その光景を見て男は薄く微笑んだ。

「歴史は無人機で生みだすものではない、人が紡いでいくものなのだ。そのための資金であり、技術者たちであり、機体なのだ。わかってほしい」
「はい。トレーズ閣下の御心のままに」

ロームフェラ財団幹部であり、財団の顔でもあるトレーズ・クシュリナーダは部下の言葉に微笑んだ。

そしてその視線はモニターに表示された、ある機体を見つめていた。

「さて、これから忙しくなるな……」







あとがき
ファース党、セカン党、オルコッ党、シャルロッ党、ブラックラビッ党……様々な党があるのは諸君らも知っている通りだ。

だがここであえて私は新たな党を結成する。そう、それは「エレガン党」だ!

トレーズ閣下は別に党の結成を望まれたわけではない。だが我々はトレーズ閣下の忠実なる兵として、他の党に負けるわけにはいかないのだ!

兵士たちよ、今こそ立ち上がるのだ!我々の手で閣下を頂点へ導くのだ!!

党員になりたい者は「D・B・G<ドーバーガン>!D・B・G!」と書き込みをするのだ!1人でも多くの同士が集まることを期待する!

セリフを使わせてもらったy.h.さん、巣作りBETAさんには感謝の言葉を送ろう。

以上、OZのレディ・アンからだ。




[27174] エレガントな交渉と交渉
Name: 伝説の超浪人◆37b417bc ID:5424a8a7
Date: 2011/04/30 12:49
エス・チャイルド財団は国内外に大きな力を持つ。財団の代表であるスタンリー・チャイルドは民間にこそ穏やかで、人当たりの良い人物であるとされている。

しかし実際は政府を操り、彼に異を唱えた者や彼のことを嗅ぎまわる記者は自殺や不幸な事故に見舞われるなど不可解な出来事が何件か起きていると言われている。

アメリカのとある州にあるエス・チャイルド財団の本部。エス・チャイルド財団代表の自宅も兼任しているその土地はどこぞのテーマパーク並、いやそれ以上の大きさを誇っている。

普通に働いている人では滅多に見ることができないほど豪華な客間で、財団代表であるスタンリー・チャイルドは人を待っていた。彼のそばではメイドが1人立っている。ティーセットの準備のためだろう、彼女のそばにはそのための道具が台に乗っていた。

客間の扉が数回ノックされる。その後1人の黒服の男が部屋に入ってくる。執事だろう、その男はスタンリーに深く礼をし、口を開いた。

「スタンリー様、ロームフェラ財団のトレーズ・クシュリナーダ様がお見えになりました」
「通せ」
「かしこまりました」

その言葉を聞いて執事が部屋を出て行って、少し時間が経つと扉が開かれた。

「お久しぶりです、スタンリー・チャイルド代表」
「久しぶりだな、トレーズ・クシュリナーダ」

スタンリーは彼―トレーズ・クシュリナーダ―が入室すると席を立ち、握手を交わす。

そう、今回エス・チャイルド財団代表とロームフェラ財団幹部の非公式の会談が行われていようとしていた。

席についた2人はメイドが淹れた紅茶に口をつける。このときメイドは既に部屋から退出していた。メイドに会話を聞かれるわけにはいかないからだ。

「ほぉ……これは中々のものですな……」
「うむ。これは私のとっておきでな、滅多に飲まんものだ。気に行ってくれたようだな」
「ええ……とても素晴らしいと思います」
「できれば酒が飲みたいのだが、医者から晩酌以外は止められていてな。全く、年はとりたくないものだ」

自嘲気味に呟いたスタンリーの言葉に、トレーズはほんの少し口の端を上げる。

「ですが年を重ねることで得られた知識や経験は次の世代に受け継がせることができます。人のそういった点は素晴らしいと、私は感じております」
「そう言われると、年をとることも悪くないと感じてしまうな……」
「それは、幸いです」

軽い笑いが部屋に木霊する。だがスタンリーのその笑いと内心は全く異なっていた。

「(ロームフェラの奴らも馬鹿なことをしたものだ……)」

スタンリーはもう老人である。目の前の男とは祖父と子ぐらい年が離れている。トレーズのことは若造と呼んでも仕方ないほどに。

噂では数年前ある上流階級の一族に命を救ってもらったというトレーズは、その恩返しのためにロームフェラ財団に入っていったという。

トレーズの容姿はそれこそ美を具現化したかのようであり、また体から溢れ出る気品と行動の優雅さは婦女子の目を引きつけるのには十分であった。

当時財団入りして日の浅い彼の容姿と気品だけに注目したロームフェラ財団の幹部は、彼をロームフェラ財団の広告塔としてロームフェラ財団の持つ私兵団の総帥に祭り上げた。

今のロームフェラ財団の代表の男は無能ではないがあまり能力は高くなく、求心力はほとんどなかった。

今の世の中は女尊男卑である。女性の権力が上がったのはロームフェラ財団を構成している貴族でも変わりない。そこで優れた容姿、そして貴族然としているトレーズを前面に押し出すことで婦女子たちの人気をロームフェラ財団に集めようと考えたのだ。

そしてそれは成功した。いや……成功し過ぎた、といった方が正しいのだろう。

トレーズは舞踏会やパーティーなどに必ず出席し、まだ私兵団の指揮も行なった。

彼の姿は確かに美しい。だが彼に少しでも接した者は、決して容姿だけに捕らわれることはなかった。

貴族としての立ち振る舞い、非常に豊富な話術、ISの基礎設計すら行えるほどの頭脳(イギリスの第3世代の基礎設計に携わったという報告がある)、そしてあるパーティーで見せたズバ抜けた身体能力、人心掌握術や戦術眼にも優れており、まさに完璧な男であった。

だがそれらは決して他者の目からは必死に行ったようには見えず、優雅に余裕を持ってこなしてみせた。その姿は、人と隔絶した何かを感じさせるには十分なものだった。

トレーズはその類稀なる能力により支持者を急速に集め、私兵団はロームフェラの貴族たちではなく、理想の軍人を表したかのような能力を誇るトレーズに忠誠を誓うようになっていった。

良い例と言えば、あるパーティーの一件から婦女子や軍人など多くの人々の支持を集め、かつて某国の代表候補生が代表の座を蹴ってトレーズの秘書として勤めているというものがある。

今の世の中で男は女を嫌うものが多い。特にISが出現して多大な被害を被った軍事関係者やそれを支援していた出資者……つまり財団の者たちは露骨に態度に出すか、表面上は普通でも内心は毛嫌いする者が非常に多かった。

だがそういうものは上手く隠していても何となく相手に伝わるものだ。しかしトレーズはISを嫌っておらず、女性への憤りなどは持っていなかった。

周りの男たちの態度がおかしい中で、トレーズの女性に対する態度は非常に紳士的なものであり、それが余計に婦女子の人気を集めたと言われている。

結果としてロームフェラは確かに当初の予定通り多くの支持者を得て財力を拡大させることに成功した。だがそれはロームフェラ財団への支持ではなく、そのほとんどはトレーズを支持するものであり、実質彼がいなくなれば財団は危うくなる状況にまでになっていた。

だからスタンリーは彼を若造として下に見るのではなく、態度には出さないが自身と同格、いやそれ以上の人物として接していた。この男との交渉に下手をうてば両財団は非常にマズイ関係になるのだから。

「さて、今日の要件をさっそく聞きたいのだが?」
「本日はお時間があると聞いております。もう少しこの紅茶の味を楽しんでもよろしいのではないですか?」
「私はあまり回りくどいのは好きではないからな。そういう無駄なことをするのは民間相手で十分だ」

スタンリーは早めに主導権を握っておきたかった。いくらあちらの代表があまり出来の良い男でなかったとはいえ、長い歴史を誇るロームフェラ財団の中心人物にたった数年でのし上がった男だ。少しも油断はできない。

「その前に1つお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「なんだ?」
「スタンリー・チャイルド代表は、無人機のことをどうお考えなのでしょうか?」

トレーズの眼は、真剣そのものだ。まるで相手を射抜くかのようで、虚偽をした途端真っ二つにしそうなほどであった。

「それは答えなければいけないことか?」
「今日の会談はそのため……といっても過言ではありません」

スタンリーは息を吐いて、トレーズに背を向けるように席を立つ。それ故にトレーズからはスタンリーの表情はわからなくなった。

「……無人機はたしかに魅力的だ。もしあれが作れるようになったならば、女のISを廃止し、死なぬ兵士である無人機が戦場の主役になるだろう。人的被害を必要最低限で抑えることができ、無人機の製造で利益を増やす。財団としては最高の兵器だろう。だが……私は無人機を使いたくない」
「それはなぜです?」

彼の言葉を聞いて常人にはわからない程度であるが、トレーズの眉はほんのわずかに動いた。だが後ろを向いているスタンリーが気づくはずもなかった。

「……小さいころ、父に一番初めに買ってもらったのが戦闘機の玩具だった。それから戦闘機が大好きになってな、よく財団代表の父に強請って戦闘機のエースパイロットに会わせてもらったものだ。私の夢は戦闘機のパイロットになることだったんだが、生憎いろいろあってなれなかった。それでも戦闘機とパイロットが好きなのはずっと変わらなかった。あのトールギスのパイロットのブラッド・ゴーレンにも会ったこともあるのだ」

思い出すように、スタンリーは言葉を続ける。その言葉が陰りを帯びてきても、彼は続けた。

「だがそれは全てISに捕られてしまった。栄光も、力も、何もかも……。私はIS、特に無人機は好きになれんのだ。なぜだと思う?」
「……戦士はその命を持って戦いを挑むからこそ、彼らの魂は気高く輝いて見えるのです。そしてそれは人々に強烈な印象を与え、戦いは命が尊いことを訴えて失われる魂に哀悼の意を表することができると、そう考えております。だが人間性を不要とする無人機では、それは起こり得ない」
「……そうだ。大人になるにつれて、戦闘機に憧れる理由が変わっていった。パイロットたちの生死を懸けた戦いは、勝利の時も敗北の時も大きな感情を私に与えてくれた。私の魂を揺さぶったのだ。だが今のIS、それに無人機は全くそういったものがなくなってしまった。ISはその安全性と国家間のパワーバランスが均衡したことで、パイロットたちはいつしか戦いを忘れ、ISを兵器ではなくスポーツやブランドのファッションなどと勘違いし始めた。兵器は所詮人殺しの道具だ。だがそれを理解していない若者が国家代表と名乗り、さらにはその者達をも必要としない無人機まで出てきた……」

スタンリーは目を瞑る。瞼の裏でISの出現で立場を追われたパイロットの男たちの顔を思い出していく。その多くは軍を辞めていき、彼の憧れだった者たちは消えていった。

「戦いはゲームではない。それを認めてしまったら、消えていった者たちに申し訳が立たん。だから私は無人機を認めるわけにはいかんのだ。お前はどうなのだ、トレーズ?」

スタンリーの答えを聞いて、トレーズは薄く微笑む。一口紅茶を飲んで、トレーズは口を開いた。

「私自身IS自体は嫌っておりません。確かに思うところはありますが、ISも人が乗り戦うものですから。ですが無人機は人間にとって必要な戦う姿、その姿勢を忘れさせてしまうものです。無人機に頼った人類の作り上げる時代は、後の文化に恥ずべきものになると私は思っております。ですから私は無人機を否定します。ですが今のままでは無人機を開発した彼女に対抗する戦力がない……そのために貴方がたの宇宙開発、いやガンダニュウム合金の製造の手伝いをさせていただきたいのです」
「っ!?」

スタンリーはトレーズの言葉に振り返り、その体は椅子にぶつかり激しい物音を立てる。だがそんなことなど気にする隙間など、彼の頭の中に存在しなかった。

何故アメリカの最重要機密である宇宙開発の目的―ガンダニュウム合金―のことを既に知っているのか。いや、トレーズがこの会談を持ちだしたのはトールギスの姿が世間に晒された頃のはず。まだその時は宇宙開発の話は出ていなかったはずだ。

「……何に使うつもりだ?」

動揺を隠したいスタンリーは、極限まで感情を押し殺しながらトレーズに問いただす。

「あのトールギスのようにISの装甲に用いるつもりです。ガンダニュウム合金は非常に優れた物ですから」

だがその押し殺した感情を破るかのように、トレーズの答えは核心を突いたものだった。

完全に情報が漏れている。スタンリーはこうも簡単に国家機密を探り当てたトレーズの手腕に舌打ちしたい気分だった。

実際の所トレーズはあらかじめ答えを知っていたのだが、スタンリーがそれを知るはずもない。

「それとあのリーブラの内部にある人型機動兵器の核融合炉も1基いただきたい。そのための代金です」
「貴様、一体どこまで……」

巨大戦艦リーブラの残骸は見つかっていても仕方が無い。あれほど巨大な物だ、いつまでも隠し通せるわけはない。

だがその内部は非常に厳重な警備で固めており、情報規制も徹底している。潜入なぞ不可能で、外部に漏れるはずもない情報をこうも知っているトレーズをスタンリーは信じられない者を見るような目で見る。

実際トレーズは“かま”をかけただけだ。あれがリーブラの残骸だということは理解していたが、あまりの警備に内部までは把握できなかった。だがあれほど大きな建造物なのだ、MSの1機や2機は残っているだろうと判断した上で、あえて知っているかのように振舞ったのだ。

またアメリカがMSを製造していないことから、無傷のMSは無かったのだろうと予測していた。もしホワイトファングの戦艦にあるMSといえばMDしかない。

MDがあったのなら、あれに手を出さない人間などあまりいないことをトレーズは理解していた。

だがアメリカはMDとは真逆の意味合いを持つトールギスを開発した。あのトールギスはまさしく決闘用というべき代物。効率を第一に考えて発展してきたアメリカがトールギスを開発した以上MDはまずない、そうトレーズは考えていた。

加えてこちらの世界の科学力ではMDの残骸が残っていたとしても、修復は不可能だろう。しかしそれらは時間をかければ、いつかは解決してしまう。だからトレーズはアメリカがMDの使い方が分からないうちにその動力炉を手に入れるべきだと考えていた。

もちろんトレーズは無人機=MDなどは作らない。だがMSサイズの核融合炉は今の彼に必要なものであった。

トレーズが手を2回叩くと、数名の部下がトレーの上にアタッシュケースを乗せ、部屋に入りスタンリーの前に運ぶ。

「中身の御確認をどうぞ」
「うむ……これは……」

1つのケースを開くと金塊が敷き詰められていた。そんなケースが10個以上存在する。

「ガンダニュウム合金と核融合炉の代金にしても、少し多すぎるのではないか?」

その代金は別の世界だったら地球に落とすための小惑星を買えるほどのものだ。

「いえ、この代金はそちらの国の福祉政策を充実させる分も入っておりますから。この宇宙開発とガンダニュウム合金を用いたISの製造に資金を費やした場合、他の事業が些か厳しくなるのではと思いまして……横から割って入るのですから、これぐらいは当然かと」
「………」

トレーズの言う通りだった。宇宙開発とガンダニュウム合金製ISの製造の2つは莫大な資金を投じることになる。しかも今回の宇宙開発は月面での資源採掘と地球の傍にガンダニュウム合金を製造するための宇宙ステーションを同時に開発する予定なのだ。

普通こんな同時開発は行われない。だが男性用ISの開発を進める声と、無人機の危険性、そしてそれを開発したであろう篠ノ之束に対抗する戦力を求める声が開発を推し進めた。

だがこれを行うと、10年間大規模な戦争がなかったため以前より財力が低下しているエス・チャイルド財団の財力は非常に厳しいものになってしまい、国内外の影響力が著しく弱まる可能性が大きかった。

ISの出現以後アメリカ国内だけでなく諸外国、特に先進国では軍事関係者やその専門家たちの失業率が大幅に高まった。それの支援金も財団に必要なのだが、現在行おうとしている開発は他に資金を回らせることができなくなる可能性を生みだす。

そういったことができなくなったと諸外国に知られてしまうと、エス・チャイルド財団の力が大幅に低下したと周りに声を上げて知らせてしまうようなものだ。

エス・チャイルド財団はISが出現して10年経った今でも国内外に強烈な影響力を持つ。戦力を蓄えようとしている今、諸外国に付け込まれるような事態は避けたかった。

だがガンダニュウム合金を独占したいのもまた事実。悩んだ末に、スタンリーは絞り出すように声を出した。

「………わかった。だが事が事だけに私の一存では決められん。財団の最高幹部会議で正式な決定を決めたいと思う」
「そのお返事がもらえただけでも、今日は素晴らしい会談だったといえるでしょう……」

スタンリーは苦虫を潰したかのような表情であった。もう隠すつもりもない、今日の会談はトレーズの独壇場であったからだ。

「ところでトールギスの開発者に会いたいのですが……」
「それはダメだ。絶対に認められん」

今自分以上に国の重要人物であるドクターJたちに、この底が見えない男と会わせるわけには絶対にいかなかった。

「まぁ当然ですな……では彼らに伝言をお願いできますか?」
「伝言だと?」
「はい、『この時代にウイングゼロは必要だ』と、そうお願いします」
「ウイングゼロ?何のことだ?」
「彼らに言えば分かります。では代表、良いお返事を期待しております」

一礼して、トレーズは部屋を出る。それを見送り、しばらくしてスタンリーは椅子に腰を下ろした。

「完全に負けたな……計り知れん男だ、トレーズ・クシュリナーダ……」

この数日後、エス・チャイルド財団はロームフェラ財団の協力を得て宇宙開発を行うことを決定した。

そして同時にトレーズの元へビルゴの動力部分(核融合炉)のみが、送られることとなった。

これにより両財団の宇宙開発がスタートすることになり、続々と宇宙に資材が運ばれていった。

●  ●  ●

「ここに入ってろ。ったく、何度来れば気が済むんだ、お前は」
「うっせぇ!あのクソアマが悪いんだよ、ほっといてくれ!」
「いい加減やめればいいのによ……」
「ふん!」

アメリカのとある駐屯場の独房に、乱れた軍服の男が文句を垂れながら入れられた。茶髪でホーステールが特徴の、23歳の男がいた。その肉体は戦いの中で作られたもので引き締まっており、一見すると痩せて見えるほどだ。顔の作りは男前というよりは可愛らしいに近い感じであった。

彼は先ほど生意気な10代の女軍人を修正してやったのだが、その女はISの代表候補生であったため彼は独房入りとなった。

こうした女性優先なのは軍も変わりない。それに表立って反発している彼の様な人物は、こうして貧乏くじを引くことが多かった。

「おい、お前に面会だ」
「はぁ?俺さっきここに来たばかりだぞ?」
「知るか、とにかく面会者だ」

面会場に連れられた男を待っていたのは、普通の会社員の様な男だった。

「ディルムッド・フォーラーさんでよろしいですね?」
「誰だ、あんた?」
「申し遅れました、私はユーコンから派遣された者です」
「ユーコンだって!?あのトールギスのか!」
「簡潔に言いましょう。あなたを、新型のパイロットとしてスカウトにしに来ました」

数秒ディルムッドは呆けてしまった。頭を振って彼はスカウトの男を凝視する。

「おいおい、なんだって俺なんだ?そりゃあ嬉しいけどよ」
「あなたは幼少の頃からゲリラとして活動し、ゲリラ軍が敗北した後は傭兵として各地を転々とし、兵士としての能力は非常に高いと言われています。身体能力だけでなくあらゆる武器に精通しており、戦闘機や戦車の操縦技術もかなりのものだと聞いております」

スカウトの男は鞄からレポートを取り出し、目を通しながら読みあげていった。それに対しディルムッドは少し呆れたような表情を見せる。

「どこで調べたんだよ、そんなこと……」
「またISが使えるということで態度の非常に悪い女性とよく口論になり、何度も“修正”しては独房に入れられるそうですね?」
「あんたも大概口が悪いな……」

淡々と言っているがこのスカウトの男、実はかなり女嫌いなのだろう。実際修正というのは上官が部下にやるもので、ディルムッドの行動を指すものではない。

「あなたほどの腕をここで腐らせるのは惜しいという我々の判断なのですが、どうでしょう?来てはいただけませんか?」
「……良く言うぜ、断ったら消すつもりの癖に」
「いえ、ただこの新型のことは完成するまでバレてしまっては不味いので、然るべき処理をするだけです」

ディルムッドの殺気を真正面から受けても、スカウトの男の表情は崩れない。この男、随分戦い慣れているなとディルムッドは感じていた。

「いいぜ、その話し乗った!で、いつそっちに行けば……って今俺は独房入りだったわ」
「いえ、すぐに来てもらいます。根回しは済んでおりますから」
「おーおー、怖いねぇその会社。いや、財団直結だったけか」

頭に手を置くディルムッドの言葉に、殺気を受けても動じなかった男の眉がピクリと動いた。

「さすが、というべきでしょうか?」
「戦いは情報が命だよん、スカウト君?」

楽しみだなぁと呟いたディルムッドはスカウトの男と共に外に出る。こうして1人、ガンダムのパイロットが決定した。

●  ●  ●

「やっぱ無理だなぁー、ゴーレムⅠじゃ」

溜息をつくのは大天災こと篠ノ之束だ。その原因は先日3機の無人機―ゴーレムⅠ―はトールギスを襲ったが、瞬く間に返り討ちにされた。これは束でも少々予想外のことであったのだ。

「ゴーレムⅠでも第3世代型でもパイロットがヘボいのなら勝てるんだけどなぁ。トールギスには10機ぶつけても厳しいかなー」

束は純粋にトールギスの性能の高さを認めていた。彼女を知っている者ならば、それは異常事態とも言えよう。なぜなら彼女にとって身内と認めた3名以外は基本的に塵芥と同じなのだから。

「それになーんかナンチャラ財団だかが宇宙開発進めてるみたいだけどー」

うーん、と唸った彼女はぱぁと笑顔を浮かべて

「まぁいいや!そんなことよりも箒ちゃんの専用機作んなくちゃ!」

彼女にとって他人の動向など、どうでもいいのだ。確かに自分が気にいらないことがあれば叩き潰してもいいのだが、今回はそうではない。

「それに皆もある程度強くなってくんなきゃ、ゲームになんないしねー」

相手が弱すぎるゲームなど面白くない、ある程度歯応えがあった上でそれを潰すのが彼女の楽しみなのだ。

それは彼女の現実が自分と僅か3名にしか存在せず、他は無いものとしているからこその思考であった。





おまけ

IS学園1年1組。日本では唯一ISに乗れる織斑一夏が在籍するクラスでは、朝のガヤガヤした雰囲気が支配していた。

「ねぇねぇ織斑君、この人知ってる?」

一夏は赤髪のポニーテールの女の子に雑誌を見せられた。今だクラスメイトの名前を覚えてない一夏だがそれは億尾にも出さずに覗きこむ。

そこに映っていたのは金髪をオールバックにした美男子であった。格好からして軍人のようだが、貴族にも見える人物に一夏は見覚えがなかった。

「ん、この人?いや、俺は知らな……「こ、これはトレーズ様のお写真ーッッ!!」ってセシリア!?」

「知らない」と答えようとした一夏の机に滑り込んで、雑誌をダイビングキャッチしたのはイギリス代表候補生にして貴族出身のセシリア・オルコットであった。

「あ、あなた!これはどこで手に入れましたの!?」
「あ、えっと、これ今日発売のやつだったから……」
「私としたことが何たる失態!トレーズ様のお写真を入手し忘れるとは……っ!」

あまりの行動に一夏も周りの女の子も言葉を失っているが、セシリアは気づいていない。顔を引き攣らせながら一夏はセシリアに声をかける。

「セ、セシリアはこの人知ってるのか?」
「まさか一夏さん!あなたはトレーズ様を知らないと!?」

バァン、と激しい音をセシリアはたてた。彼女が一夏の机を叩いたのだ。

「あ、ああ。そのトレーズ?って人のことは聞いたことがないな」
「一夏さん、トレーズ様を呼び捨てにしてはいけません。あの方はロームフェラ財団私兵団の総帥にして幹部の1人で、貴族の全婦女子の憧れの的ですわ。熱狂的なファンの方の前で呼び捨てなんてことをしたら、何をされても不思議ではありませんわ」

一夏さんだから私は許しますけれども、とセシリアは付け加える。一夏は「凄い人なんだなぁ」と感じていたが、周りの女の子たちは一歩引いていた。

「でもその人って、なんでそんなに人気があるの?確かに凄くカッコイイけど、織斑君みたいにISが使えるわけじゃないんでしょ?」

アメリカではブラッドとトールギスによって女尊男卑の風潮を払拭出来始めたが、世界的にはまだまだ変わっていなかった。だからクラスメイトの、この発言も仕方が無いと言えよう。

だがそんなことでセシリアは揺らがない。

「確かにあの方がISに乗れるという話は聞いたことがありません。ですがあの方はあらゆる能力が飛び抜けてます。私のブルー・ティアーズもあの方が基礎設計に関わっていると聞いています。つまり、私のISはトレーズ様のエレガントな思想を受け継いでいるのです!」

握り拳を天井に掲げるセシリアの姿は、どこぞの拳王のようだった。

トレーズは実際ブルー・ティアーズの開発に関わっているが、あくまでおまけのような物であった。だがそれでもビット収納時にはビットの砲口がスラスターの補助代わりになる機能を搭載することができた。

本来なら高速機動パッケージ「ストライク・ガンナー」として機能するはずだったものを、通常モードで行うことができたのだ。

だが未だ扱いきれないセシリアは一夏との戦いでは僅差の勝利だったが。

「ですがあの方の凄さはそれだけではありません。そう、私や多くの方があの方を慕うようになったのは数年前のあるパーティーのことでした……」
「うわぁ~、セシリアの語りが始まったぁー」

布仏本音の言葉を余所に、セシリアは語りだした。

セシリアがトレーズに出会ったのは数年前両親が死んでから、ロームフェラ財団のパーティーに招待されたときのことだ。

セシリアは両親が死んでも、両親が財団に投資していたためパーティーに行かざるを得なかった。だが彼女は母に逆らえない父の姿を見て育ったせいで、男がいる場所に行くことを嫌がっていた。

男なんて誰も女に逆らえない。10代前半の彼女がそういった考えに固執してしまうのも仕方が無いと言えた。

だから最初トレーズの容姿を見て見惚れはしたが、直ぐにその熱も冷めた。どうせあの人も父と一緒なのだろうと。

だが彼の周りに集まっている婦女子たちはそうではなかった。

貴族はただでさえプライドが高い。だから男たちに対しては傲慢な態度になりやすいのだが、トレーズに対する態度はそうではなかった。婦女子たちは頬を染め、その姿はまるで恋する少女のようであった。

セシリアはそんな彼女たちの様子を訝しげに思いながらも、パーティーは進んでいく。

だがそこで外を一望できるガラス戸が割れる。そこから飛び込んできたのは、顔を隠した女性だった。

「スエッソン・シュルツ、覚悟!」

その女性は銃ではなく細身の剣を構え、太った紳士に襲いかかる。その女性が刺客であることは誰の目にも明らかで、しかもその走るスピードは代表候補生として鍛えられたセシリアから見てもかなりのものだった。

明らかに彼女は代表候補生並、いやそれ以上に身体能力を鍛えられた者だということがわかった。

セシリアは咄嗟のことで反応できず、周りもまた悲鳴を上げるだけだった。―ただ1人の男を除いては。

彼女の振り下ろした剣はターゲットの男を切り裂く前に、割って入った男のサーベルで止められた。

「パーティーを血で汚すのは無粋というものだ。それはエレガントではない」

その男の名は、トレーズ・クシュリナーダであった。私兵団総帥として分かりやすくするために、彼は腰にサーベルをぶら下げていたのだ。

「ち、邪魔をするな!」
「手合わせといこう」

真剣での切り合いとは、恐怖との戦いといってもいい。かつて銃がなかった頃の戦争では、切り合いをした者たちは恐怖のあまり小便や大便を洩らしながら戦ったという。

彼女の剣はセシリアから見ても凄まじいものであった。自身が対峙したら瞬く間にやられてしまうほどの腕前である。

だがトレーズはそれを紙一重で避け、サーベルで受け流していた。女性が激しい攻撃を繰り返すのに対し、トレーズのその動きは必要最小限であった。

当たれば自分を死に至らしめるであろう剣戟を、まるでワルツを踊っているかのように軽やかに受け流している。その表情は汗一つかいていない涼しいものだった。

業を煮やした彼女は上空に跳躍する。その高さは3m近くであろう、普通の人間が垂直跳びできるものではない。

あまりの跳躍にセシリアは呆けてしまった。その驚異の身体能力を見せつけることで敵の目を釘付けにし、彼女はできるであろう隙を狙ってトレーズに剣を振り下ろした。

もしトレーズで無かったのならば、彼女は倒せていただろう。

しかしトレーズは彼女の振り下ろした剣を半身で避わし、そのまま回転しながら着地して一瞬身動きの取れなくなっていた彼女の首元にサーベルを触れるか触れないかギリギリのところで止めた。

「私の勝ちだな」
「……殺しなさい」

だがトレーズは女性の絞り出した声を無視して、サーベルを鞘に納める。女性はそれを見て訝しんだ。

「先ほども言ったがパーティーを血で汚すのは無粋だ。それに君ほどの腕前を持つ者を殺すのは惜しい」

そう言ってようやく駆けつけた警備員が彼女の身柄を拘束した。だが彼女は拘束されたことは気にせず、トレーズだけを見つめていた。

「可笑しな男だ、自分を殺そうとした者に情けをかけるとは」
「それは褒め言葉として受け取っておこう」

そしてそのまま彼女は連行されていった。トレーズは殺し合いをやった後とは思えないほど、涼しい顔をしていた。

「その後、トレーズ様は自らがピアノをお引きになられました。『私のせいで場が乱れてしまったので、一曲引きましょう。拙い物ですが』と言って!そのピアノも素晴らしいものでした……なんでも自分で作曲なさったものだとか。あの立ち振る舞いの素晴らしさに、私は真の貴族というものを感じました。それから私はあの御方を心酔しているのです!」
「す、凄い人なんだな……殺しに来た人にそんな風に接することができるなんて」
「はい!ですから私はバスタイムにはあの方が使っていらっしゃるというバラのエッセンスも使っているのです!」

それからセシリアによるトレーズ自慢話は、担任の織斑千冬に頭を叩かれるまで続いたという。



[27174] デートと刺客
Name: 伝説の超浪人◆37b417bc ID:5424a8a7
Date: 2011/05/24 00:14

トレーズ・クシュリナーダとスタンリー・チャイルドとの会談から2カ月以上経った。

宇宙ステーションは一応の完成は見たが、肝心のガンダニュウム合金の製造は未だ完成してない。だが無重力空間での金属精製はガンダニュウム合金だけでなく既存の金属より優れたものを生みだすことができることが判明し、現在そちらも模索中である。

月面開発はまだまだ初期段階である。ようやく簡易基地の建設作業が始まったばかりだ。

宇宙開発が今まで進んでいなかったため、宇宙船の性能はお世辞にも良いとはいえない。ドクターJたちが作った小型高出力ジェネレーターのおかげで大分出力が上がったが、やはり月に行くまでの時間はかなりかかった。

しかしそれに見合うだけの資源が月にはある。地球には存在しない鉱物は、加工すれば現在地球にあるISの装甲を上回る可能性があると予測されている。(なお、作業に用いている機械はISの様なパワードスーツではなく、ブルドーザと人を組み合わせた様なマニュアル式の作業用機械<プチ・モビ>だ。ドクターJたちがパパッと作った簡単な代物である)

まさに宇宙は宝の山だ。普通なら他の国も介入してもおかしくないのだが、それは非常に難しい。

現在宇宙開発を行っているのは、エス・チャイルド財団とそれの資金援助をしているロームフェラ財団だけだ。

その2つの財団は世界でも並ぶもののない超巨大財団だ。両財団とも諸外国に多大な影響力を持つ。

エス・チャイルド財団はアメリカ大陸とアジアの一部を、ロームフェラ財団はヨーロッパ諸国を中心に強い影響力を持ち、各国のIS開発は大なり小なり両財団に資金援助をしてもらっている。

資金援助はIS開発だけでなく、あらゆる面で行っているため各国は財団に逆らうという選択肢を取ることは立場上非常に難しい。

金も莫大に消費する上に、財団への印象を悪くしたくない各国は独自に宇宙開発を行うことはできなかった。

もちろん両財団、ひどかったのはヨーロッパのロームフェラ財団だ。しかし両財団に探りを入れる者は民間企業に存在したが、上手くいかなかった。

そのことを予測していた両財団は財団の構成員をあらゆる所に配置しており、不審な動きを見せたものは捕えられていった。

特に一国ずつの力が強いヨーロッパをほぼ抑えられたのも、ロームフェラ財団のある男に忠誠を誓う者たちが各国に散らばっていたのが大きかったようだ。

捕まった者は手酷い目に合わされ、その惨状をわざと確認できるように情報を微妙に漏らしたりするなどの情報操作を行っていた。

それにより探りを入れる者たちはいなくなり、今まで通り第3世代型ISの開発を進めることになった。

だがそれらは第3世代型の開発が難航しているからこその調査であり、現在は収まりを見せているトールギスのデータの奪取だったのだ。

TVやインターネット、雑誌などといった様々なメディアによってトールギスと男性パイロットのブラッド・ゴーレンは今や世界中で知られるようになった。

人類の半分は男性であり、トールギスの人気は止まることを知らなかった。彼とトールギスは女尊男卑を打ち破るために必要な、男性にとっての希望なのだ。

だからトールギスがいるユーコンが襲撃されたというニュースは大きな話題を呼び、それに対するデモが世界のいたる所で起きたのだ。

民衆の力というものは大きいものだ。普段世の中を収めているのは一部の人間だが、世の中を動かすのは民衆なのだ。

トールギスのデータを手に入れたい各国と軍事企業の上層部であったが、仮に手に入れても民間の反発は目に見えていた。民主主義をとっている国家にとって支持率低下は避けたい故に、トールギスから手を引く他なかった。

また国の力そのものであるISを数機送りこんでも、その悉くが撃破されISコアがアメリカに取られていくことは非常に問題だった。

ただでさえ一国につき10個前後しか持つことができないISコア(しかも研究用や訓練機用もあるので実際に実戦投入できるISの数はさらに減る)を奪われるのは非常に痛い。

それ故に襲撃は出来て1回、無理して2回が限度なのだ。しかも襲撃に使ったパイロットも国家代表ほどではないが、代表候補生並の実力を持つ者まで投入して全機撃破という失態をさらしたのだ。

これ以上人材、物的資材を失うわけにはいかなかった。

極秘に襲撃犯に加わっていたフランスのデュノア社はこの案件に手を引き、デュノア社の社長は息子の様な娘…じゃなかった、娘の様な息子をIS学園に送ることを決定した。

その狙いは世界で二番目に出た男性ISパイロットである織斑一夏のデータ収集だ。彼はトールギスより価値は大分劣るとはいえ、十分すぎるほどに利用価値はある。

そういった考えの者たちが何人か出始めているが、そんなことはちっとも知らずに呑気に授業を受けている織斑一夏であった。

●  ●  ●

「トレーズが生きていたとはのぅ。しかもロームフェラ財団とは、皮肉が過ぎるな」
「あのー……皆さんはトレーズ・クシュリナーダとはお知り合いなのですか……?」
「まぁ、そんなところじゃな」

お前ら未来からきたはずなのになんで知り合いが他にいるんだよ、と突っ込みたかった。

だがこの老人たちがまともな答えを返してくれないことは出会ってから数カ月一緒にいる科学者には分かり切っていたので、あえて突っ込まなかった。

トレーズ・クシュリナーダからの伝言は約束通りドクターJたちに伝えられた。

ロームフェラ財団幹部からの伝言がエス・チャイルド財団代表直々に通達されたのだ。直接通達を頼まれたユーコンの上層部は顔が面白いことになったという。

トレーズ・クシュリナーダが生きていたことにドクターJたちは多少なりと驚いていたが、彼らの関心はそこではない。

「あちらもガンダニュウム合金を手に入れたがっているか……当然じゃな、こちらの金属のままじゃ満足のいく装甲なんて作れるはずもない」
「なにせリーオーの装甲より遥かに劣るからのぅ」
「しかもビル……人型機動兵器の核融合炉まで渡すとな、バカなことをしたものだ」
「奴はMDを否定しているらしいから、ビルゴが量産される心配は恐らくないだろうがな」

問題なのはトレーズがガンダニュウム合金とビルゴに搭載されていた核融合炉を入手したということだ。

彼はさすがに1人ではなかったが、自力でドクターJたちが作り上げた最高傑作であるウイングゼロに匹敵するMSであるガンダムエピオンを開発した過去がある。

しかも彼自身ガンダムパイロットと互角の操縦技術を持つのだ。もし彼がエピオン並のMSを作って自身が搭乗した場合、今のトールギスでは絶対に勝てないだろう。

そもそもMSとしてトールギスとガンダムエピオンは性能差がある。

加えて今のIS版トールギスとエピオンでは動力炉のせいで出力に差がありすぎるし、パイロットの腕にも差がある。直接戦ったら、まず勝ち目が無い。

もしMSのウイングゼロを作ったとしても、この世界の兵器とは全く操縦系統が違うため乗れるパイロットが皆無だ。一からパイロットを育てる時間も、それにふさわしい者もいない。

つまり手詰まりというわけである。

「まぁ今はできないことよりガンダムを優先すべきじゃな」
「うむ、今『おーい、爺さんたちいるかー?』ってなんじゃ、ディルムッド?」

片手を上げてやってきたのは、先日ユーコンに到着した新型のパイロットであるディルムッド・フォーラーだ。その明るい性格で普通なら避けるであろうドクターJたちを「爺さん」と呼んでいる。

ユーコンの科学者たちはその呼び方はまずいじゃないか、と思い止めようとしたのだがドクターJたちも満更でもなさそうなので、周りは何も言わなかった。

「いやぁ、俺のデスサイズヘルはまだできねぇのかなって聞きにきたんだけどよ」
「デスサイズヘルが一番開発が進んでいるが、それでも完成度は80%だな。まぁ後はバスターシールドの取りつけとお前に合わせるための微調整だけだがな」
「マジか!いやー、楽しみだなぁ」

そう言ってディルムッドはガンダム4機が置かれているハンガーに目を移す。

自身のISになるであろうガンダムデスサイズヘルは、その機体の両肩から前後4枚の黒い羽根のような装甲が肩上部にあり、全体が黒で染められている機体の姿は悪魔を想像させた。

その4枚の装甲は<アクティブクローク>と呼ばれ、収納時は胴体前後を覆うものだ。前面には<プラネイトデイフェンサー>の応用であるフィールドジェネレーターを搭載し、強力な電磁フィールドを発生させる。さらに耐ビームコーティングを施したガンダニュウム合金製<アクティブクローク>はIS版トールギスの最大出力のD・B・Gをも防ぐほどの防御力を発揮する。

デスサイズヘルのバックパックから頭部の横に出ている装置は<ハイパージャマー>と呼ばれる電子戦用装備だ。強力なECMを発生させ他機のカメラやレーダーといった電子機器をほぼ完璧に無効化する能力があり、他機からは姿が消えているようにしか見えない。

しかしただ姿を消せるというのならISにも標準装備されているが、デスサイズヘルは“姿を消しながら攻撃できる”のだ。ISはその特性上攻撃する際はステルスを解いて姿を見せなければならないが、デスサイズヘルはそうではない。

それを聞いた科学者たちの驚きっぷりと言ったら、ガンダムのパイロットなのに生身で16mのMSを素手で倒したり、蹴りで高層ビルを真っ二つにしたり、仕込杖の刀で2階建てのバスを真っ二つするのを見たときに匹敵するものであった。

「でもISは顔を晒していることが多いから、関係ないんじゃないか?」と思うかもしれないが、実際ISは<ハイパーセンサー>という機能を通して視覚を強化しているのでデスサイズヘルの<ハイパージャマー>は有効である。

さらに胸部にある肋骨状の増幅装置<リブジャマー>により幻惑効果が高められている。

そんな防御とステルスに関しては非常に優れたデスサイズヘルだが、攻撃に関しては非常に癖のあるものが揃っている。

ツインビームサイズにバスターシールド、頭部バルカンといった武装で遠距離に対応できる武器はバスターシールドしか存在しないのだ。しかもツインビームサイズは鎌であるため切り合いには適さないのだ、そういった意味で非常に扱いにくい。

とはいえ総合的な性能はトールギスを上回るほどのものであり、完成度80%の現時点でも存在するISを超える性能を誇っていた。

これほど短い期間でここまでできた理由は、以前デスサイズヘルを開発した際ドクターJたち5人のみでロームフェラ財団に見つからないように行っていたが、今回はユーコンの科学者を加え資材も手に入りやすいからである。そうでなかったらここまで早く新型ができるはずもない。

「でもここってよく襲撃されるんだろ?最近は減ってきてるみたいだけど、早めに完成させた方が良いじゃねぇのか?」
「焦っても仕方あるまい、残りが微調整だけとはいえ現状のままでは戦闘を行うには不安定だからな。ましてやお前はISでの実戦経験がないから余計じゃな」
「まぁそうなんだけどよ……」

確かに兵士としての能力は高いディルムッドだが、ISでの実戦経験がない。そのためにデスサイズヘルの性能を引き出せるかどうか不安ではある。が、それは以前のブラッドも同じであったので、今ディルムッドはトールギスで訓練を行っている。(全開で機動を行っていないので病院送りにはなっていない)

「ところで他の機体とパイロットってどうなってんだ?」
「ふむ、機体に関して一番完成度が高いのがデスサイズヘルで続いてヘビーアームズ、サンドロック、一番遅れているのがアルトロンじゃな」

実際はヘビーアームズとサンドロックに開発の差はそれほどないが、アルトロンとは差があった。

アルトロンは他の3機よりも特殊な武装が多く、それに手こずっていた。

アルトロンの武装は両腕が龍の様な頭で伸びてくるドラゴンハングに、ドラゴンハングに内蔵されている火炎放射器。ツインビームトライデントは柄の両端から三又槍のビーム刃を出す。背部に搭載された尻尾に見えるのは2連装ビームキャノンであり、尻尾に見える部分は多関節アームになっているので様々な方向に射撃が可能である。

左肩に装備されたアルトロンシールドは特に特殊な機能はないが、少々小型の円型シールドで縁が鋭利であるため投げつけて攻撃もできる。ガンダニュウム合金製なので中々の攻撃力である。

最後に頭部バルカンであるが、これは4機のガンダム全てに搭載されているため特徴的ではないが、それ以外はガンダムの中でも特殊な武装を備えている。

全く関係のない話だが、ガンダムは全機とも癖が強い機体であり普通のパイロットでは効果的な運用はできず、トールギスほどではないがやはりパイロットを選ぶ機体であった。

しかしこれはドクターJたちがユーコンの上層部の要望に応えた代物であり、また彼らは扱いやすい機体を作るつもりは毛頭なかった。

「パイロットの方はもうすぐ到着予定です。こちらがパイロットのデータです」

横にいた科学者がレポートをディルムッドに差し出してきた。随分と準備の良い男だな、と思いながらディルムッドはレポートを捲っていく。

「中国系アメリカ人でエス・チャイルド財団の出資者の息子の龍 書文と元戦闘機パイロットで射撃の名手のアイオリア・バーガンと同じく元戦闘機パイロットのシオン・オリバか……って、この龍ってやつ大学出たばっかりなのかよ!?軍人でもないのに使えんのか~、こんな奴?」

そもそも軍人から見ればIS学園で訓練された後、軍や企業でISに乗る若い者が増えているが、正直軍人をしては問題がある者が多いため現場の者からすれば止めて欲しいというのが現状だった。

いくらIS学園で軍の訓練の真似事をしたところで、本職の軍人から見ればぬるま湯以下である。

しかもそういった者が軍に入るとISが乗れるというだけで男の上司に反抗してくる女軍人になったりしているのだ、現場の人間としては良い迷惑である。(もちろんその後きっちり地獄の罰を与えておいた)

例としては中国代表候補生の鳳 鈴音が鈴音のIS学園行きを渋っている上司の目の前で、腕にISを部分展開させて脅しとして壁を思いっきり殴ったという報告がある。

訓練を受けている者でさえこうなのだ、碌に訓練も受けていない者を新型のパイロットに選んだことにディルムッドは不満の声を上げた。

「確かに彼は財団の関係者です。しかし彼は幼少の頃から出資者でもあり軍人の父から訓練を受けており、戦闘機などの兵器の操縦技術や格闘能力、機械工学などあらゆる能力が非常に高度なレベルにあるそうです。特に格闘能力に関しては、今まで負け知らずだそうです」

龍 書文は無手の闘いが得意であるが、武器の扱いも精通しているらしい。噂ではその強さは裏社会にも顔が利くほど凄まじいものだそうだ。

「彼は大学を卒業したばかりで、研究員でもやっていけるほどらしいのですが本人がパイロットを希望したそうです。いろいろ手続きがあるのでもう少し来るのに時間はかかるそうですが」
「他の奴らもか?」
「はい。あなたと同じく引き抜きがほとんどです。あなたの場合上司の方が簡単に了承してくださったので特別早かったのです」
「まぁ俺の場合、厄介払いに近いからな」

他の者たちはともかく、ディルムッドの場合よく女軍人と揉め事を起こしてその度に営倉に入れられていたので、上司としては良い厄介払いだったのだろう。

「フン、未熟な兵士を乗せることが前提の兵器など無用じゃな。ところでブラッドの奴はどこいった?今日は姿が見えんが」

いつもならトールギスの整備を手伝っているブラッドの姿が見えないことにドクターJは疑問の声を上げる。

それを聞いたディルムッドはニヤついていた。

「ブラッドの旦那か?今日はお楽しみ、ってやつだよ……爺さん」
「ほぉ、奴は女嫌いだと思っていたんだが……」
「女によるんだろ?」
「それもそうじゃな」

老人と一緒になってニヤついているディルムッドの姿は、祖父と孫のようでもあった。

●  ●  ●

駅の外にある大きな石造の前で黒髪の女性が立っている。誰かと待ち合わせなのだろう、頻りに左手につけている時計を気にしている。

彼女の容姿は美しいというよりは、可愛いといったものだ。薄い青のブラウスに同じ色で膝くらいのスカートとシンプルであったが、それが彼女の可愛さを引き立たせていた。

本人は自分の容姿を子供っぽいと思い込み悩んでいるようだが、彼女の友人からすれば贅沢な悩みだ、と思われている。その最大の理由は服の上からでも十分にわかるぐらい大きい胸である。

本人からしたらあまり大きくない方がいいのだが、それを友人に言ったら

『ねぇ、それ私に喧嘩売ってるんでしょ?そうだよね、ねぇ!』

と物凄い形相で言われ、逆卍固めをくらったのは嫌な思い出である。(ついでに友人はその技を日本の後楽園の地下で見て会得したらしい)

今日の服装も友人に手伝ってもらった物であったが、シンプルすぎるし若干胸元が見えてしまうしでダメなんじゃないか、と友人に言ったのだが「大丈夫!」としか言ってくれなかった。

変に思われたら嫌だなぁ、とか褒めてくれるかなぁなどと色々考えていると、2人組の男が近寄ってきた。

「彼女、1人?」
「暇だったら一緒に遊ばない?」
「え、人を待っているので……ごめんなさい」

いわゆるナンパであったのだが、彼女―ヒヨリ・カザネ―は即座に断った。こう見えてヒヨリはこういうことははっきりと断れるタイプだった。

「あ、友達?だったら一緒に遊ぼうよ!」

だが1回断られたくらいで諦めるわけはない。今は女性に可愛がられることで地位を保とうとしている男が多いが、彼らは純粋に良い女に声をかけて「上手くいけば儲けもんだ」とぐらいにしか考えていない。

もっと強く断らなきゃ、とヒヨリが口を開こうとしたのだが、その前に1人の男が近づいてきた。

「悪いが彼女は私と2人で行動するのだ。退いてもらいたい」

サングラスをかけた薄い金髪で長身の男だった。その姿を見たヒヨリは、ぱぁっと表情を明るくする。

「なんだよ、野郎付きか」
「行こうぜ」

男がいると分かった途端、彼らは引いていった。悪い人間ではなかったことにヒヨリはほっとして、やってきた男に振り返る。

「ありがとうございます、ブラッドさん」
「いや、私の来るのが遅れてしまったのが悪かったのだ。すまないヒヨリ」
「い、いえ、私が来るのが早すぎたんです。謝らないでください」

頭を下げたブラッドにヒヨリはワタワタと手を振った。

実際ブラッドは約束の時間には遅刻していない。むしろ30分前に着いたのだが、ヒヨリは約束の時間より1時間早くやってきたので、結果的に遅くなってしまっただけだ。

「君がそう言ってくれるなら、それでいいか。では行こうか、ヒヨリ」
「は、はい……よろしくお願いします」
「こちらこそだ」

ディルムッドがお楽しみといった理由……それは、ブラッドがヒヨリに会いにいったからであった。

「すいません、無理にお会いしたいなんて言って……」
「いや、こちらもようやく休みがもらえたからな。ちょうどよかった」

正確に言えば今回誘ったのはヒヨリの方からである。

ブラッドがアメリカどころか世界の有名人になってしまったのを知って、このまま自分との繋がりが無くなってしまうのではないか?と考えたヒヨリは電話を使いその場の勢いで誘ってしまったのだが、ブラッドはこれをあっさりと誘いを受けたのでヒヨリはしばらくの間放心していた。

ちょうどヒヨリから電話をもらった時、一応襲撃は収まっていたしディルムッドがユーコンにやってきたのでブラッドは休暇を与えられたのだ。

ブラッドは自分からヒヨリに連絡を入れようかどうしようか悩んでいたのだが、ヒヨリの方が一歩早く、嬉しさ反面情けなくもあったのは本人だけの秘密である。

ついでにどこから嗅ぎつけてきたのかは不明だが、ディルムッドがヒヨリのことを根掘り葉掘り聞こうとしてきたが華麗にスルーして今日はやってきたのだ。

で2人がまず足を運んだのは映画館である。表情の硬いヒヨリ、ありきたり過ぎたかと内心心配しているブラッド。

20代前半という盛りのときに女嫌いになった彼は、10年以上デートらしいデートなんてしてこなかった。しかもブラッドとヒヨリは10以上も歳が離れているため、ジェネレーションギャップがあるんじゃないかと彼は思い込んでいた。

実際ヒヨリはブラッドと実質デートしているという緊張と、何やら周りから感じられる視線のせいで表情が硬くなっているだけなのだが。

しかしそこは最近トールギスの速度と敵機の撃墜スピードにあやかって“ライトニング・バロン”<閃光男爵>の二つ名をもらった男、判断は早かった。

軽く彼女の手を握って、映画館に向かって足を進めた。「あ……」という声がヒヨリから漏れたが、彼女はしっかりと握り返して、ブラッドに寄り添うように歩いた。

最近の映画はウケているのは男性パイロットのロボット物が流行っていた。まぁどう考えても、トールギスの影響だろう。迫力の戦闘シーンは評価が高く、何より主役ロボットがトールギスに似ているというのが大きかったようだ。

最初の計画ではヒヨリの要望から恋愛映画を観る予定だったのだが、ブラッドはそのロボット映画のチケットをわざと買ってヒヨリに渡した。

「あのブラッドさん、これ見る予定の映画とは違いますよ?」
「ヒヨリはさっきからこれを見たそうにしていたからな。嫌だったかな?」
「み、見てたんですか……」
「まぁ結構な回数で見ていたからな」
「……恥ずかしいです」

ヒヨリがチラチラと看板や広告を見ている姿を見ていれば分からないはずはないのだが、気付かないのは本人だけだということだ。

「それに私のトールギスにどれくらい似ているのか、気になるしな」

ブラッドはサングラスを取って少年のように笑いながら、そう言った。

2人が指定席で座って待っていると「おい、あれって……」「まさか彼女いたの!?」といった声が聞こえてくる。ブラッドはこういったことは10年前にもあったので特に思うところは無いが、ヒヨリは慣れておらず恥ずかしそうにしていた。

そして肝心の映画の内容といえば

「確かに評判通り面白かったが……私は最初からあんなに乗りこなしていなかったな」
「そうなんですか?……もしかして、病院に来てたのって……」
「そこの辺りは内緒だよ、ヒヨリ」

ブラッドはにこやかに笑ってヒヨリの言葉を遮った。わざわざ怪我をしていたことなど言う必要もなかったし、カッコつけたいという気もあったからだ。

そう言うとブラッドは先ほど買った缶コーヒーを口にする。2人は昼食を終えて、外をブラブラしている途中だ。

「すいません、映画代どころか食事代もおごってもらって……」
「いや、君に払わせるわけにはいかないだろう。それにユーコンにいってから金は溜まるが使い道がなくてね、心配しなくていい」
「でも……」

それでもヒヨリは少し不満を顔に出していた。ブラッドはそれを見て苦笑しながら、彼女を納得させるために口を開く。

「それなら、私を誘ってくれたお礼というのならどうかな?私は君が誘ってくれて嬉しかったのだ、これくらいはさせてくれ」
「あ……わ、分かりました……」
「(我ながら似合わない気障ったらしいセリフだな……若干恥ずかしいぞ)」

少し恥ずかしそうに俯くヒヨリを見て、ブラッドは背中が痒くなったような気がした。第一こう言うセリフを吐くのが似合うのは私ではなくディルムッドだろう、と内心呟いていた。

「ところで次はどうしますか?」
「そうだな……じゃあ―」

自分の考えを言おうとした瞬間、ブラッドは体に電流が走ったような感覚に襲われた。

咄嗟に懐に入れた銃を取り出そうとして、何とか思いとどまる。「どうしたんですか?」とヒヨリに声をかけられるが、「ああ……」と返事にもならない返事しか返せなかった。

ここは危険だ。そう頭で理解したブラッドだった。しかし、その前に1人の少女が彼らの傍に近づいてきた。

「失礼。貴様はブラッド・ゴーレンだな?」
「……そうだが」

そこに立っていたのは15~16歳の日本人の女の子だった。黒髪をショートカットにした姿は、美少女と言って差し支えない容姿である。

だがブラッドはいつでも銃を抜けるように体勢を作る。彼は理解していた。目の前の少女が招かねざる客だということを。

「貴様の機体、頂くぞ」

そう、少女は呟いた。



[27174] 逃亡と黒い影
Name: 伝説の超浪人◆37b417bc ID:5424a8a7
Date: 2011/06/05 21:52
少女がブラッド・ゴーレンに接触する十数時間前、とある拠点の1つの部屋に2人の女性がいた。いや、正確に言うならば、1人は15~16歳の黒髪の少女で、もう1人は豊かな金髪の美女であった。

「あなたに任務を言い渡すわ」

金髪の美女―スコール―と呼ばれる女性は黒髪の少女―エム―に向かってそう言い放った。銃を磨いていたエムは顔を上げて彼女の顔を見遣る。

「……内容は?」
「トールギスの奪取よ」
「……正気か?」

エムとてトールギスの情報は把握している。トールギスはまだ正式に配備されていない第3世代型をも退けるほどの性能を誇る代物だ。それの相手をエム1人でやらせることは、作戦とは言えない。少なくともエムはそう考えていた。

「幹部会で決定したことよ。あの性能は諦めるには惜しいものだし」

スコールは少し溜息を吐く。美人は何をやっても絵になると言うが、彼女の溜息を吐く姿はまさにその通りであった。

「私1人か?」
「あなたは誰かと組むなんて嫌でしょう?」
「………」

スコールはエムに向かって微笑みかける。スコールの微笑みは普通の男だったら簡単に堕ちるだろう。

だがエムはそれが酷く嫌いだった。エムから見たスコールの笑みは、嫌悪感しか与えないからだ。

彼女の言い分も合ってることもあって、エムは黙るしかない。スコールはそれを肯定と受け取って、話を進める。

「トールギスは様々な国や企業が手を出したけど、世論のせいで諦めるしかなかった。けど私たち『亡国企業<ファントム・タスク>』は逆に動きやすくなったと判断したのよ。確かにトールギスは強いけど、それはあっちの土俵で戦ったからよ。街中で不意を突いて仕掛ければ倒せるはず。その役をあなたに任せたいの」
「なぜそう判断した?街中でも変わらない可能性もあるだろう」
「トールギスのパイロットは男で、ISの扱いには慣れていないはず。あれほど戦えたのはトールギス自体の性能とユーコンのスタッフのバックアップがあったからという判断からよ。それにユーコンへの襲撃が無くなって落ち着いてきて、ブラッド・ゴーレンが1人になったところを襲えるから……て言うのが理由なんだけど」

このスコールの言葉を言い換えれば、「機体とスタッフは優れているけど、パイロットは大したことが無い」と言っているのだ。確かにトールギスの性能を引き出しているのが今まで乗ったことが無い男性という事実は、彼女たちからしたら考えづらかった。まぁそこには若干意地も入っていたが。

「だがあの機体はシールドエネルギー自体がないと言っていたが。生け捕りにするのは難しいんじゃないか?」
「私はそれはデマだと思うわ。わざわざ安全装置を外すなんてバカとしか思えないもの。恐らくは話題性のためのでっち上げだと思うわ」

実際スコールの同じ考えの者は多数派だった。ISの装甲は確かに強力ではあるがシールドエネルギー無しだと通常兵器でも一応破壊は十分可能である代物だ。それ故にシールドエネルギーを外すというのは死亡率を急激に高めると同義である。

そんなことをわざわざする開発者と、それに乗るパイロットが本当にいたら頭がイカレているとしか考えられないからだ。

だからISについて常識的な彼女らは、その考えを切って捨てているのだ。……悲しいことに事実であったのだが、彼女たちは知る由もない。

「パイロットはなるべくなら連れて帰って来て欲しいけど、どうしても無理だったらトールギスだけでいいわ。待機状態が無いなんて噂があるけど、それも無くすなんて有り得ないし、奪ってきなさい」

トールギスはISの利点とも言える機能を多く廃止しているという情報が入ってきているが、彼女らはっきり言って信じていない。今回の作戦はそれ故の判断であった。

もしブラッド・ゴーレンが1人でユーコンが離れても、彼が待機状態でトールギスを持っているはずなのだ。パイロットと機体が離れることなど『常識的に』有り得ないのだから。

「……わかった。直ぐに行けばいいのか?」
「あら?素直なのね」
「良く言うな。人の頭の中に防衛策を入れているのに」

エムの体内には監視用ナノマシンが注入されており、スコールの意思1つでエムの脳を破壊することができる。それ故にエムはスコールの命令に逆らうことはできなかった。

「よろしく頼むわね、エム」
「ふん」

スコールの言葉を鼻で笑って、部屋を出る。エムはスコールの命令を素直に聞いたわけではない。彼女はほんの少しだけ、興味があったのだ……ブラッド・ゴーレンとトールギスに。


●  ●  ●

「私の機体を頂きたいとは……随分なおねだりだな、お嬢さん」

そう言いながらブラッドは右手で触れるように左手の時計の縁についたボタンを押した。一瞬少女―エム―は眉を顰めたが特に動かなかった。

「そうだ。大人しくトールギスを渡すならこちらも引いてやる、早く寄こせ」

明らかに高みからの発言にブラッドは苦笑しそうになった。だが今は笑うわけにはいかない。
「(この物言いと身のこなし……恐らくはISのパイロットだろう。さて、どうしようか……)」
ISパイロットは操縦技術の他に様々な技術を要求される。その中に生身の戦闘技術も含まれており、軍人すら上回る者もいる。

しかも目の前の少女はどう考えても真っ当な人間ではないだろう。普通のISパイロットよりも直接的な戦闘能力は高いだろう。今の状況は彼女の方が圧倒的に有利だった。

「ブ、ブラッドさん……」
「大丈夫だ。問題ないさ、ヒヨリ」

不安からか、軽く服を握ってくるヒヨリに出来るだけ優しく声をかける。だがブラッドは少しもエムからは視線を外さない。

「さっさとしろ」
「やれやれ……随分と急かすのだな、君は」

ブラッドはふぅ、と溜息をつきながらサングラスを中指で押し上げる。あまりの余裕にエムは眉を顰める。

だが次に取った行動はエムを驚かせた。

「わかった。君に渡すことにしよう。トールギスを」
「ブラッドさん!?」
「……随分とあっさりと渡す気になったな。抵抗するものと思っていたが」
「こんな街中で戦うほど、私は愚かではないよ」

ブラッドはゴソゴソと懐に手を入れる。ヒヨリはブラッドが本当に渡すのを察して、口に手を当てて震えている。

そのヒヨリの反応にエムは少し気を抜いた。これで任務は達成できたと、安心したからだ。

「(しかし、思ったより腑抜けた男だったな。まぁ所詮男などこんなものか)」

元々ISで自分に敵う者など1人しかいないのだ。そう言った意味でも目の前の男の判断は正しい……そうエムは考えていた。

「これでいいだろう。受け取れ」

それは自然に渡された。軽い感じで、ポーンとブラッドはエムに向かって放り投げた。

「なっ!」

エムの叫び。それは当然であった。

普通ISの待機状態というのはアクセサリーといった装飾品に姿を変える。だから有り得ないのだ、ブラッドが放り投げた“手榴弾”のようなものになることは。

瞬間、白い光が辺り一面を覆い尽くす。その光が照らしている中、動く者がいたが、それはたった1人だけ。

その光が終わると、残されていたのは目を抑えて蹲るエムと関係ない人々であった。

ブラッドはヒヨリを抱えて1人走っていた。彼はサングラスのおかげで目を眩ませることはなかったのだ。

ISのスピードは最高でマッハを超える。しかしここは人が多く、また少し街が入り組んでいる。この条件下で1人の人間を探すことはISといえど困難だ。

故にブラッドが取った行動は乗り物に乗って逃げるのではなく、敵の動きをある程度わかり逃げ道も確保できそうな路地裏に逃げ込んだ。もっともヒヨリを抱えて遠くまで逃げるのが難しいというのもあったが、ある程度離れたところで条件に合った場所に隠れたのだが。

「すまないヒヨリ、大丈夫か?」
「目が、目が痛いです……」

ブラッドはゴシゴシと目を擦るヒヨリを見て、もう一度謝りながら「降ろすぞ?」と口にする。

「もう、ですか……?」
「何?」

呟いたヒヨリの言葉にブラッドが疑問の声を上げる。すると次の瞬間自分の発した言葉の意味を理解したヒヨリは一瞬で顔を真っ赤にしてブラッドから降りた。もちろんそれがお姫様抱っこだったのは言うまでもない。

ヒヨリと一緒に物の影に隠れて、ブラッドは彼女に語りかける。

「しばらくはここで様子見だ。いくらISを持っていても人1人を早々探せないだろうからな」

あの少女の味方が複数いたらかなり危険だがな、という言葉は内心に留めておいた。目の前の彼女を不安にさせるようなことをわざわざ言う必要はない、と思ったからだ。

「あ、はい、分かりました。……あ、ようやく目が見え始めてきました」

ヒヨリはゴシゴシと目を擦って周りを見渡している。今まで見えていなかったからか、場所を確認しているようだ。

「すまない……緊急事態だったものだから、君に警告できなかった」
「いいですよ、私なら大丈夫です。でも、あれってトールギスじゃなかったんですか?」
「ああ、あれは嘘だ。少女に投げたのは、同僚からもらった閃光弾なんだ。……まさかもらったその日に使うとは思わなかったがな」

ついでにその同僚とはディルムッドのことである。彼のお手製の閃光弾の威力は凄まじいもので、実はブラッドがサングラスをしているのは自分の目がやられないようにするための予防策でもあったのだ。

「え、それじゃあトールギスは……」
「あれには待機状態というものが無くてな。今の私にはISに対抗する手段が無い」
「そんな……」

一般市民でもISのことはある程度知っている。しかしトールギスに待機状態が無いことは、ほとんどの知らなかったのだ。

「だから今は時間を稼ぐ。相手も必要以上に時間はかけられないだろうし、1人の人間をおびき出すためにISを使うというのは考えづらい。あれは目立ちすぎるからな」

そう判断したブラッドだが、物事には絶対はないとも考えている。つまりあの少女がISを使ってくる可能性も十分あると思っていた。

そしてその少女、エムは今ようやく視力が戻りつつあった。

「私としたことが……!」

ブラッドが渡そうとしていたときに横の女性が本気で焦っているのを見て、素直に渡すものだと思い込んでしまった。そしてそれが仇になり、こんな醜態をさらしてしまった。

完全に自分のミスだ、と内心自身を罵倒する。そしてその怒りの矛先はやがてこの場にいないブラッドへと向けられる。

「あの男、ただではすまさん……!」

エムはISを起動させる。だがそれは装着するわけではなく、ISをサーチする機能を起動させただけだ。

ISコアはコアネットワークによって繋がっており、ステルス機能を発揮していないもの以外の場所を特定できるのだ。

しかしブラッドはこの場にトールギスなんか持ってきていないし、第一そういった機能はドクターJたちが全部書き換えているので全く意味が無い行為である。

もっともそんなことを知らないエムは全くトールギスの位置が特定できないことから、ブラッドがISコア自体にステルス機能を発揮させているのだろうと考えていた。

「遠くには逃げていない。近くにいるということか……ならばあぶり出してやる」

エムは目立つことを避けるべきだということは分かっていた。目立った場合確実にスコールが何か言ってくるであろう。

だがそんなことはどうでもいいのだ。元々ある目的で『亡国企業<ファントム・タスク>』にやってきたのであって、『亡国企業<ファントム・タスク>』に忠実に従う必要はないのだから。

第一自分より能力の低い者に従うこと自体腹が立っているのだ、多少のミスなど知ったことではなかった。

エムは自身のIS<サイレント・ゼフィルス>を装着する。実はこれはイギリスの第3世代型であるブルー・ティアーズの2号機に当たる機体である。

完成直後に奪取した機体であるため些か実用性に難があるが、それでもエムの実力のおかげでイギリス代表候補生が操るブルー・ティアーズよりも高い戦闘力を誇っていた。

突然のIS出現に周りの人間は驚いていたが、エムは気にも留めない。彼女はそのまま自身を街を一望できるほどの高さまで上昇する。

その上からハイパーセンサーで強化された視覚を用いてブラッドを探し始める。そしてその様子はブラッドたちからも見えていた。

「ブ、ブラッドさん!あ、あれ!」
「ヒヨリ!顔を隠すんだ!」
「あ、はい!」

ヒヨリは言われてから顔を引っ込める。だがそれでは不十分だと思ったブラッドはヒヨリの体を抱き寄せて、身を隠した。

突然抱きしめられたヒヨリは声を上げそうになるが、ブラッドがその口を抑えて、ジェスチャーで「ダメだ」と伝える。

ヒヨリはそれにコクリと頷いて、そのまま2人は身を隠し続けた。

一向に見つからないことに業を煮やしたエムは、建物を狙撃し始めた。もちろん人には当たらない程度で、建物を破壊してトールギスをおびき出そうとしているのだ。

彼女は他人などどうでもいいと考える人物であり、彼女が関心を寄せる人物はごく限られていた。それだからこそ、こういった行為もできるのだ。

「ヒヨリ!」

そこで運悪く破壊された建物の残骸がブラッドたちに落ちてきてしまった。

ブラッドはヒヨリを抱えて、落ちてきた残骸を跳んで避けた。だがその姿はハイパーセンサーで強化した視覚を持つエムに捉えられてしまう。

「見つけたぞ。まるでネズミのようだな」

ものの数秒でブラッドたちの10mほど手前に着地しながら、エムはブラッドを鼻で笑うように言い放った。

「街を破壊してあぶり出すような真似をする者と、話す舌など持たん」

だがブラッドはエムの皮肉など相手にしたくもなかった。自分の利益のために関係ない民間人まで巻き込む少女のやり方に、頭に血が昇り始めていた。

ブラッドの怒りで震える声を聞くと、エムはバイザーで隠されていない口元を歪ませる。

「力を持たない者たちがどうなろうと私の知ったことか。貴様がいつまでもトールギスを出さないというのなら、痛めつけても出させてやる」

エムはサイレント・ゼフィルスの主武装である長銃<スターブレイカー>を構える。エム自身ブラッドを殺す気はなかったが、虚仮にされた分も含めて死なぬ程度には痛めつけるつもりではあった。そしてその照準はブラッドの右肩に合わせた。

「!」

相手の殺気を感じ取ったブラッドは即座にヒヨリを横に突き飛ばした。恐怖で体が動かなくなっていたヒヨリは、そのままの地面へと倒れていく。

なんで、という言葉が届く前にエムは引き金を引いた。

放たれる蒼いビームは生身のブラッドの肩を貫通する、そう思った瞬間だった。

放たれたビームはブラッドの数m手前で『何か』にかき消された。

「な!」
「これは……」

両者は同様に驚きを見せていた。

エムにしたら生身の人間が自分の攻撃を知らない『何か』で防いだことに。ブラッドにしたら自分自身は何もしていないのに『何か』が少女の攻撃を防いだことに。

だが両者には決定的な違いがあった。エムには目の前にはブラッドと倒れている女以外には何もない様に見えている。が、ブラッドとヒヨリには見えているのだ。ブラッドの前に立ちはだかる黒い霞がかかった大きな物体があるのを。

『無事かぁー、ブラッドの旦那ぁ!』
「この声は……!」

辺りに飄々とした声が響くと、黒い霞が徐々にその姿を現していく。

2本のアンテナとツインアイの下は黒いマントを被ったような装甲で、それが徐々に露わになっていく。全体的な印象は黒であったが、それで終わりではなかった。

前のマントのような装甲が開き、肩の上に展開される。その開いた姿は悪魔か、もしくは……

「死神……」

ポツリと呟いたヒヨリの一言を否定する者は誰もいなかった。むしろその言葉がしっくりと来るような姿をしているのだから。

『死神か……気に入った!使わせてもらうぜ、彼女さんよ!』

その機体―ガンダムデスサイズヘル―は腰から長い棒を取り出す。その棒の先端から荒々しい緑の光が生まれ、2枚刃の鎌の形を成していく。鎌を構えるその姿は、まさしく死神そのものであった。

「全身装甲……ユーコンの新型か!?」
『ブラッドの旦那、早くその可愛らしい彼女さんを連れていきな!』
「ディ……わかった、頼んだぞ!」

ついディルムッドの名前を呼びそうになったが、咄嗟に止めた。ここでバレてしまっては、後々厄介なことになるのは目に見えているからだ。

ブラッドはヒヨリの手を引っ張って、この場から離れていく。咄嗟に後を追おうとしたエムだが、直ぐにディルムッドが立ちはだかる。

『おっと、お前の相手は俺だぜ……くそ野郎』

ディルムッドもブラッド同様に怒っていた。いや、ある意味彼以上に怒っていただろう。

せっかくルックスは良いのに女っ気が全然なかったブラッドがデートしていたというのに、この目の前の女はそれを台無しにしただけでなく、殺そうとしたのだ(少なくともディルムッドにはそう見えた)

しかも関係ない街の人間まで巻き込んで、街も破壊した。確かにディルムッド自身ゲリラとして関係ない民間人が戦争に巻き込まれた光景は何度か目にしている。

しかしこれは戦争でも何でもない。ただの盗人が物欲しさにここまでのことを仕出かしたのだ。あまりの傲慢さに腸が煮えくり返そうであった。

「まぁ、その新型でもいいだろう。もらうぞ」

エムの言葉を聞いて、ディルムッドはキレなかったことを褒めてやりたかった。だが、もう彼の中に躊躇は存在しなかった。

『いくぜぇー!!』

上段に構えた瞬間、ブースターを全開にしてエムに突っ込む。

「(速い!)」

エムは咄嗟に瞬間加速<イグニション・ブースト>を後方へ発動させる。

それを数回行うが、デスサイズヘルは一定以上の距離を開けない。つまりデスサイズヘルの速度は、瞬間加速には劣るが通常のIS以上だということだ。

「(見かけより速いということか)」

冷静にデスサイズヘルの能力を分析しながら、エムはスターブレイカーの引き金を数回引く。だがそれは全て紙一重で避わされた。

『遅せぇんだよ!』

引き金を引くタイミングと銃口の向きを把握していれば、狙撃でない限り予測をつけることは可能ではある。しかしそれは口で言うほど簡単ではない。

実現させるには敵の動きを正確に見切る技術と反応の速さ、攻撃から目を逸らさないで避わし切る度胸が必要なのだ。そして長く戦場で戦ってきたディルムッドはその技術をこの場で行うことができた、ということだ。

避けにくいか、と判断したエムは腰部からビットを4機ほど起動させる。

ツインビームサイズを振り下ろそうとするデスサイズヘルの攻撃を避けるのではなく、ビットから展開される傘状のビームシールドで防ぐという選択肢をとった。

しかし驚いたのはエムだった。デスサイズヘルの攻撃はビームシールドによって防がれたのは良い。だが直ぐにシールドに亀裂が入り、シールドが破壊されたのだ。

大して勢いの劣っていないデスサイズヘルの攻撃はエムの肩部装甲を若干削り、再度攻撃を仕掛けてくる。

サイレント・ゼフィルスの接近戦用の武装といえばナイフぐらいしかない。そんなものでデスサイズヘルと打ち合いをするわけもなく、再び後方へ瞬間加速を行いスターブレイカーの引き金を引く。

デスサイズヘルは先ほどと同じようにビームを避けようとした。が、ビームが弧を描いてデスサイズヘルに掠った。

『ビームが曲がっただと!?』

光学兵器であるビームが曲がる、などという現象は通常ありえないことだ。もちろんこれはサイレント・ゼフィルスに最初から備わっている機能ではなく、パイロットと機体の親和性が高い時のみ発揮される特殊能力である。

しかしこんなものが作れるのだったらコアの解析くらい出来そうなものだが、何故か出来ない不思議である。

エムはデスサイズヘルが怯んだと見るや否や、ビームを曲げたり普通に撃ったりと織り交ぜて攻撃を仕掛けてくる。それによりデスサイズヘルは距離を取るしかなかった。

そしてサイレント・ゼフィルスが攻撃を仕掛け、デスサイズヘルが避けるという構図が出来上げる。そして一向に射撃武器を用いてこないデスサイズヘルに、エムは眉を顰める。

「(もしや射撃武器をあの機体は備えていないのか……?)」

だとしたら好都合だ、とビットを起動させる。近づけないのならビットのオールレンジ攻撃で撃墜して機体を持って帰ればいい、そうエムは考えた。

「……行け」

4機のビットがデスサイズヘルに襲いかかる。不規則な動きをするビットに、ディルムッドは眉を顰める。

『厄介なもん使ってきやがって!うぉ!』

全方位から襲い来るビームを避けきれず、何発か被弾するデスサイズヘル。

オールレンジ攻撃を行える第3世代型ISはこのサイレント・ゼフィルスとブルー・ティアーズの2機しかまだ存在してない。そのためオールレンジ攻撃への対処方法はまだ確立されておらず、初見で対応し切ることは非常に困難なのだ。

もし初見でオールレンジ攻撃を避けきったり、ビットを撃ち落とせる者がいたとしたら、それはもはやエスパーである。

しかし実はサイレント・ゼフィルスはオールレンジ攻撃を行う際に重大な欠点があった。ディルムッドはそこに考えで行き着いたわけではない、戦士としての勘が感じ取ったのだ。いや、単に負けたくないという意地だったのかもしれない。

『舐めてんじゃ、ねぇー!』

デスサイズヘルは避けることをやめて、真っすぐ最大加速でサイレント・ゼフィルスに突っ込んできたのだ。

エムは破れかぶれの行動か、と内心罵倒してビットを自身の前方に呼び寄せて、ビームを放つ。

だがデスサイズヘルは止まらない。肩口にあった装甲を前方に降ろして、ビームを完全に防いだのだ。他の箇所にもビームが当たるが、デスサイズヘルは一向に止まらない。

「止まらないだと……!」
『うおぉりゃー!』

一瞬デスサイズヘルの硬さに驚いたのが仇になった。デスサイズヘルの振りかぶった攻撃の対処に遅れ、咄嗟にビットの制御を打ち切る。

実はこの機体はまだ真の意味で完成をしておらず、ビットの制御中は他の行動が取れないという欠点があったのだ。

そのせいで瞬間加速が遅れ、行った時にはスターブレイカーがツインビームサイズによって切り裂かれて爆散した。

「くっ!」

エムは至近距離で搭載されているミサイルをデスサイズヘルに直撃させる。少し距離を取ってしまったデスサイズヘルには目もくれずに、最大加速でエムはエリアを離脱した。

スターブレイカーなしでデスサイズヘルの相手は出来ないと判断して、撤退という選択肢を取ったのだ。

あまりの自分の不甲斐無さにエムは下唇を噛む。そして敵の姿を脳裏に焼き付け、ステルスを発動させた。

一方装甲に傷らしい傷もないデスサイズヘルの肩口にツインビームサイズを乗せ、ディルムッドは溜息をついた。

『行っちまったか……逃げ足の速いヤツだな』

今の彼に追う気はあまりなかった。もしかしたら罠かもしれないし、それに乗るには少し今の状態では危ないからだ。

『爺さんたちにどやされちまうな~、どうしようか……』

完成度80%で周りの制止も聞かず、無理に出撃したのだ。怒られるのは目に見えていたディルムッドはもう一度溜息をつく。

と、そこで1つの考えを思いつく。

『おっと、もしかしたらあの野郎がブラッドの旦那を追ってるかもしれねぇし、旦那の所に行くか』

そもそもあいつはブラッドを狙ってきたのだ。今自分を放っておいて、後を追っている可能性もあるのだ。見逃すわけにはいかない。

『しかしあいつ結構強かったな……早くこいつをものにしねぇとな』

よろしくな、俺の相棒。そう口にしながらブースターとハイパージャマーを起動させ、デスサイズヘルはその場から姿を消した。







あとがき

もし今日のエムの行動を見ていたら、あの御方はこう言うでしょう。

「事はエレガントに運べ」と。

そう思った方は同じ風に書いてくださって結構です。

以上トレーズ様の秘書のカティからでした。



[27174] 動く時代
Name: 伝説の超浪人◆37b417bc ID:5424a8a7
Date: 2011/08/03 00:32
硝煙が辺りに満ちようとする前に、弾丸が空気を切り裂いていく。

その弾丸はダミーの戦車を数機撃破していく。普通であったらマシンガンやガトリングガンから出ていると思うだろう。

だがそれは否だ。

開かれた胸部に内蔵されているガトリング砲から、硝煙が噴き出ている。

その機体の頭部は、デスサイズヘルに酷似していた。違うところがあるとすれば、黒ではなく赤が塗られているところか。いや、頭部だけではなく、その機体は赤と白の2色に彩られていた。

その頭部を左上を飛行しているダミーの戦闘機に向けると同時に、左腕に接続しているガトリングガン2丁で破壊していく。だがこの武器からは先ほどのように硝煙は出ない。なぜならば、このガトリングガンはビームを放っているからだ。

戦闘機が破壊されたのを確認する間もなく、少し離れたところにある自動砲台から放たれた砲弾を最小限の動きで避ける。バクン!と開いた肩部の装甲と脚部に接続されているミサイルポッドから、かなりの数のミサイルが吐き出され、自動砲台を破壊していく。

さらに別方向から来るミサイルも、人間で言えば首元にあるマシンキャノンと頭部バルカンで撃ち落としていく。

普通の技術者であったら、よくもまぁ1機にこれほどの数の武装を搭載できたものだと感心するが、それと同時に機動性が下がって接近戦はこなせないだろうと思うに違いない。

しかしあのドクターたちが作った機体がそんな単純であるはずが無い。

撃ち落としたミサイルの煙幕から、戦闘機が飛び込んでくる。そこで赤い機体がとった行動は、右腕に収納されていたガンダニュウム合金製ナイフで真っ二つにするというものだった。

見れば何の変哲もないナイフだが、ガンダニュウム合金製であるために、通常のISのナイフとはケタ違いの耐久力と切れ味を誇っているのだ。

そしてもう1機突撃してきた戦闘機を切り裂くと、ブザーが鳴り響いた。このブザーは終了の合図である。

「どうだアイオリア、ガンダムヘビーアームズは?」
「……良い機体だ」

ドクトルSの言葉に、一言で返したのはガンダムヘビーアームズのパイロットに選ばれたアイオリア・バーガンである。

機体を膝立ちの状態にし、バックパック部分が開きアイオリアはそこから地面へと降りる。

彼の容姿は、青髪で鋭い眼つき、引き締まった肉体とまさしく戦士の様な男であった。しかし彼の特徴は容姿ではなく、むしろ性格面であり。

「おうアイオリア!どうだった、新しい自分の相棒の乗り心地はよ?」
「……さっきも言った通りだ」
「んだよ、つれねぇな~。暗い、暗いぞ!」
「………」

そう、彼は無口なのだ。必要なこと以外のお喋りはほとんど行わないアイオリアに、話しかけているディルムッドは大げさに手を広げる。

「騒がしい貴様よりはマシだろう」

その声はディルムッドの後ろから発せられた。ディルムッドはその声の人物を見るまでもなく、声を張り上げる。

「てめぇ、年下の癖に生意気だぞ!書文!」
「俺より弱い傭兵に払う敬意などないな」
「何ぃ!?」

書文と呼ばれた男は、黒髪を首元からお下げを垂らしている。顔つき自体は整っているが、目つきは鋭く、雰囲気も相まって野性味を感じさせるものであった。彼はアルトロンガンダムのパイロットである。

「やろうってのか!?」「やれるものならな」「上等だぁ!あっちでやるぞ!」と言い争いながら、2人はエレベーターで上の階に行ってしまった。

実はこれ、龍 書文が来てから繰り返し行われている風景であり、周りの者たちは「ああ、またやってるよ」ぐらいにしか思っていない。

「ディルムッドのやつも悪気は無いんだ、許してやってくれアイオリア」

横からひょっこりやってきたブラッドの言葉に、アイオリアは頷いた。アイオリアも悪気が無いことは十分わかっているらしい。それを確認したブラッドは薄く笑みを浮かべる。

「しかし、私も含めてパイロットは癖の強い者たちが集まったものだ。まぁそうでなくては、あの機体は乗りこなせないということだろうがな」

ブラッドの言う通り、アイオリアは単なる兵士ではない。ブラッドが表のエースパイロットだとしたら、彼は裏のエースと呼べるほどの腕前を持っている。しかし彼は一般人にはまるで名前が知られていない。何故か?

理由としては、彼の経歴にある。彼は戦争時に上官の命令に逆らい、部隊を生き残らせたというのが始まりであった。

その上官は部下から無能扱いされていたが、それでも命令違反には変わりない。普通なら軍法会議の上に銃殺刑なのだが、彼の腕前は殺すには惜しいものであった。故に上層部がとったのは彼を常に最前線に送るといったものであった。

彼は常に血と硝煙が香る戦場を駆け巡り、そしてその度に生還してきた。例え、彼以外の部隊の者が戦死したとしても。

故に彼は彼に直接会ったことのない味方から怖れられ、あだ名は「吸血鬼」と呼ばれた。これは味方の血を啜って生還したのではないか、という噂から付けられたものであった。また彼が無口で反論しないことが、より信憑性が高まってしまった原因とも言える。

しかし一度だけ戦場を共にしたことがあるブラッドは、彼の噂など気にはしていなかった。故にこうしてフレンドリーに話しかけているのだ。

「ドクトルS、少し左腕の反応が重い。どうにかならないか?」
「それは制御のパワーをオートにしているからだろうな。お前がマニュアルに設定すればある程度は解消するが、手間が増えるぞ?」
「かまわん。反応が重いほうが問題だ」

アイオリアはそう言うとヘビーアームズに接続しているコンピューターで早速データをいじる。

ガンダムヘビーアームズは右腕にはナイフだけだが、左腕のビームガトリングガンのせいで、左右のバランスが悪いのだ。そのための姿勢制御のパワー配分を今ドクトルSと一緒にアイオリアは書き換えている。

「やれやれ、ディルムッドもアイオリアぐらい熱心だといいんじゃがのぅ」
「プロフェッサーG」

頭を掻きながらブラッドの元にやってきたのは、キノコ頭が特徴のプロフェッサーGだ。

「しかし奴も暇があれば手伝っていますが?」
「お主を助けるために未完成のデスサイズヘルを動かしたんじゃ、あれぐらいでは足りんわい。全く、ワシの芸術品であるデスサイズヘルを傷つけるとは情けないやつじゃ」
「いや、あれは私が迂闊だったのです……申し訳ない」
「全くじゃな」

先日ブラッドが襲撃された際に未完成のデスサイズヘルで出撃したばかりか、わずかとはいえ傷をつけて帰ってきたのが発覚すると、ディルムッドはネチネチとプロフェッサーGに叱られたのである。

ディルムッドは怒られてムシャクシャしているところにアルトロンのパイロットで年下の龍 書文がユーコンに到着したので、憂さ晴らしと実力を判断するために拳法の達人という龍 書文に素手の勝負を挑んでボロ負けした。

それから先ほどのように憎まれ口をお互いに叩きながら、素手の勝負を繰り返しているというわけである。もちろん言うまでもなく、ディルムッドの全敗である。

何かと良いことが無いディルムッドであったが、アメリカにとってデスサイズヘルの活躍は待機状態の廃止を推し進めるのに一役買っているし、未完成でありながら他国の第3世代型と互角以上の闘いを行えたことで、ガンダムを元にした量産機の開発の話も推し進められることになったのだ。アメリカとしてはウハウハである。

ガンダムを元にした量産機の話は進められているが、ユーコンのみで作らせるのか、それとも元となる1機が完成したら他の企業にもデータを渡して量産させるかは、未だ決まっていない。

しかし元になる機体は、データだけだが決まりつつある。それはガンダムヘビーアームズだ。

この機体はアメリカの銃社会を最も顕わしており、また他の機体は接近戦に特化しているものが多く、量産には向かないだろうという判断からだった。(トールギスに至っては論外である)

とはいえ量産機はガンダム4機が完成してからの製造であるので、今は机上のものである。

「そう言えば最近ドクターJの姿をあまり見ませんが、どちらにいらっしゃるのです?」
「あやつには、ある物を作ってもらっていてな。それで部屋に籠っていることが多いんじゃよ」
「そうですか。一体何を?」
「それは出来てからのお楽しみじゃな」
「おーい、爺ども、ちょっと来てくれんかー?」

2人が話していると、奥の部屋からドクターJの声が響く。噂をすれば何とやらだ。

「すまんが呼ばれているんでな、行かせてもらうぞ」
「あ、はい。どうぞ」

プロフェッサーGはそう言うと、部屋に向かっていく。いや彼だけではなく、他の爺様たちも向かっていく。

「一体、何をやっているんだ……?」

疑問に思うブラッド。だがそれを忘れさせるような情報が他の科学者から聞かされる。ガンダニュウム合金が開発されたという情報が。

●  ●  ●

10年前、白騎士事件からISの軍事利用が始まった。しかしISはその破壊力も勿論だが本当に怖れられたのは個人が携帯でき、隠密行動を可能とするステルス機能などを複数備えていることであった。

もしこれらが敵国に刺客として送られれば、通常兵器では対処できないために他のISが駆けつけるまでに甚大な被害を被ることになってしまう。

その危険性から各国は民間的にはスポーツとしての利用を進め、一方で自国で開発したISの性能を各国に見せつけることで牽制をはかることとなった。

そのときに生まれたのが、ISに関する条約<アラスカ条約>である。この名の通り、ISにおける会議はアラスカで行われることになっている。

理由としては、アラスカ自体がIS出現前には大国では無かったことが上げられる。ISを開発したのは日本出身の篠ノ之束博士であるが、彼女は技術を公開したのは日本だけでなく世界各国であったため、日本が有利に立つことはなかった。

またISコアが世界各国に程よく分配され(やはり当時の強国が普通の国よりも多くのISコアを所有することにはなったが)、各国のパワーバランスが均等化され、常任理事国の意味はほぼ無くなりつつあった。

そこで常任理事国以外の国が、それら以外の国で会議を開いて、条約を締結することを強く望んだ。それがアラスカ条約の始まりである。

アラスカ条約はISに関する一切を取り決めているので、その項目の数は凄まじい物になるが、実際の会議は早々行われることはない。よくて数カ月に1回程度である。

だがここ暫く、会議の回数は劇的に増えていた。

原因はトールギスという男性用ISと、ブラッド・ゴーレンと織斑一夏という2人の男性パイロットのせいである。

彼らは多くの男性(全て、ではない)が待ち望んでいた者ではあったが、初めての事例だったために扱いのノウハウが存在していなかった。

本来ならば公平性から見て男性パイロットが一国家に所属するというのは、所属している国家以外の国家には避けたい事態である。

しかしブラッド・ゴーレンは世に出てきたときには既に“アメリカ”の英雄に成りつつあった。世論の力が、彼をアメリカから引き離すという行動を起こさせなかったのである。

しかしもう1人の男性パイロットである織斑一夏はそうではない。出現当初、彼はブラッド・ゴーレンとは違い唯の学生であった。(彼の関係者を見れば、決して唯の学生ではないのだが、彼自身の力で言えば当て嵌まる)

また彼の国籍の日本が強く言える国でなかったため、織斑一夏が今フリーとしてIS学園に入れられている。

無論これはどの国家に所属させるか決定するまでの時間稼ぎであった。しかしそれは未だに決定には至っておらず、会議は繰り返されていた。

しかし、今日の会議は少しいつもとは様子が異なっていた。

「これは先日、防犯カメラが捉えた映像です」

アメリカの国防長官が会議場に現れた巨大モニターを指さす。そこに映し出されたのはブルーに彩られたISが長銃で街を破壊している様子であった。

ザワ……ザワ……と会場が騒ぎ出す。とはいえ彼らの顎は決して鋭くとがっていないので安心してほしい。

このような大々的な襲撃はIS出現以降、あまり例が無いものであり、それ故の反応であった。

「この機体は街を襲撃し、更には我が国に誇るパイロット、ブラッド・ゴーレンを街中で襲撃したのです」

場面が変わり、その機体が何かと戦っている様子が映し出される。もう一方の機体の姿は巧妙に映っていなかった。

「ブラッド・ゴーレンによると襲撃したISは小型自律兵器を用いたという情報でした。・……小型自律兵器、たしかビットと呼ばれる兵器はイギリスでしか開発されていなかったはずですが?」
「そのようなことは我が国は全く関与しておりません」
「では、この映像はどう説明されるのですか?……もし弁明が無い場合は、こちらとしてもそれなりの態度に出なければならないのですが……?」

そうだ、そうだなどと言った他国の者たちが騒ぎたてる。それを受けているイギリスの外務大臣の表情は変わらないが、顔色は少しずつ悪くなっていくという器用なことをしていた。

そして、その様子を見ていたある人物がこう呟いた。

「あまり良い役者ではないな。彼も、彼らも」

そう呟いた男性は鮮やかな金髪をオールバックにし、貴族の様な軍服を身に纏っていた。そう、彼はトレーズ・クシュリナーダその人であった。

「良い役者ではない……ですか?」

隣にいたトレーズの言葉を繰り返した女性―カティ―は美しい金髪を持ち、モデルの様なスタイルを貴族の様な軍服で身を包んでいた。普段の彼女の目はどこか戦士を思わせるものがあるが、トレーズの前にいるときの彼女はそれとは正反対の穏やかな目をしていた。

彼女こそ、かつてパーティーでトレーズと剣を交えて、今はトレーズの秘書になっている女性である。

「今回の襲撃の一件でISの待機状態を廃止させようとする動きが強まってきているのは君も知っているはずだ。そのためにアメリカは各国に協力を仰いでいるのだが……今の彼では何かあることが誰にでもわかってしまう。もう少し上手い人物を送ってきてほしいものだ」

ふぅ、とトレーズは軽くため息をつく。実際の所アメリカの外務大臣はそこまで上手い男ではなかったが、トレーズの要求が高すぎるというのもあった。

「しかしサクラにしては随分と数が多いようですが……」
「今世界はアメリカ……いや、エス・チャイルド財団を中心に回っていると言っていい。だから少しでも彼らに顔を売っておこうと考えている者が多いのだろう。人は強いものに支配されることに喜びすら感じるのだからな」

実際彼らの思惑はトレーズの言う通りであった。南米やオーストラリアといった国々が主だって味方をしている。

沈黙を守っているのはヨーロッパ各国とアジア勢だ。アジアの場合、下手に動いてトレーズが所属しているロームフェラ財団に悪い印象を与えたくはないし、かといって完全にアメリカ側につくのも考え物である。

ヨーロッパ側は更に分かりやすく、ロームフェラ財団の顔色を気にしてのことだ。しかし彼らはイギリスを助けるつもりはない。理由としては単純にメリットがないからなのであるが。

「……確かにこの襲撃したISは我が国の物ですが、この機体は奪取されたものであるため、今まで行方知れずだったのです」

ふざけるな、そんな言い分が通用すると思っているのか!などと言った声がイギリスに投げかけられる。

「では聞きますが、強奪されたというのならどこにされたというのです?」
「恐らくは、亡国企業<ファントム・タスク>です」

イギリスの言葉にまた会場がザワつく。

亡国企業はその掴みどころのなさから、多くの国で怖れられてきた。だがこの言葉が本当であれば、初めて映像記録に奴らの正体を残せたかもしれないのだ。

だがしかし、それは犯罪組織が国を崩壊させうる兵器を所持していることも意味していた。

「証拠は無いにも関わらず、彼らと断定するのですか?」
「だがそんなことができる組織といえば、彼らしか考えられません」

毅然としたイギリスの態度であったが、周りの者たちはそれを更に批判した。それはそうだろう、国の力をたかが犯罪組織に奪われたのだ。彼らの批判ももっともである。

だがアメリカの国防長官は手を上げて、彼らの批判の声を封じ、自らの口を開いた。

「皆さん、もしこれが本当ならば非常に不味い事態です。本来兵器、それも戦略兵器というものは厳重な管理の元、様々な条件をクリアして初めて使用が可能となるものであります。だが現在のISについてはどうでしょう?能力があるとはいえ、精神も未熟な20にも満たない子供に預け、しかも使うタイミングは本人の意思次第!こんなものが兵器であっていいはずがない!」

アメリカの国防長官は大きな音を立てる。彼の拳がテーブルを強く打ったのだ。

「ですから我々は提案します。ここにISコアの待機状態を解除するためのISコアを書き換える技術を提供することを!そして、それを提供するのは……」
「我々、ロームフェラ財団が行います。とはいえ、現時点では待機状態を解除する程度の技術しかお渡しできませんが……」

そう言って、トレーズは手を胸に当てて、痛ましそうな態度を見せる。まるで自分の能力が足りなかったことを悔やむように。

だが会議場は揺れた。ISコアの解析、国が10年続けても出来なかった技術を提供すると言った彼らの言葉に、各国は動揺を隠せなかった。

そもそも大衆受けが良いとはいえ、アクセサリーになる兵器を子供に持たせること自体、各国上層部は良く思っていなかったのだ。またアメリカの上層部……ここで言えばエス・チャイルド財団のスタンリーがそういうことを嫌っていたため、ISの待機状態を廃止しようという声が高まっていた。

しかしいざ提供するとなると、ISコアの解析が完全に終わっているアメリカにとってその技術を全て世に出すことになることを怖れ、躊躇する意見も出始めた。(アラスカ条約によって各国はISに関する技術を全て発表しなければならず、もし待機状態の解除以外の技術も提供しろと言われた際全て出さなければいけない可能性があった)

しかしそこでトレーズが話を持ちかけたのである。

『我々は待機状態の解除だけですが解析に成功しまして、それを利用されてはどうでしょうか?』

この提案はアメリカにとって渡りに船であった。もちろんタダで行われるわけもない。

ここでエス・チャイルド財団に恩を売っておけば、宇宙で開発されたガンダニュウム合金などがより多く提供される。またロームフェラ財団の技術が各国のものよりも一歩二歩先に行っていることを証明できることにもなり、さらに2つの財団の結びつきがより強い事を証明することにも繋がるのだ。

そして両者の意見が一致し、こうして提供する話へとなっていったのだ。

いくつかの国が躊躇いを見せたが、大体の国は賛成の意思を見せ、技術を提供する流れとなった。もちろん今すぐに提供するわけではなく、後日各国の技術者が集まることになっている。

その後いくつかの議題を済ませ、イギリスは多大な賠償金をアメリカに支払う形となり、その日の会議は解散となった。

会議場を出て、専用のシャトルに秘書のカティと共にトレーズは乗り込んだ。シャトルは青く彩られ、ボディにはライオンの紋様が描かれていた。ついでにこのシャトル、普通のシャトルと同じ大きさなのだが、今回トレーズとカティの2人しか乗っていなかったりする。

トレーズはカティと向かい合って座っており、彼の傍に置いてあるテーブルには赤ワインの入ったワイングラスがあった。

すでに離陸を済ませ、安定したシャトルの中でトレーズはワインの香りを嗜んだ後、一口含んだ。

「しかしトレーズ様、よろしかったのですか?」
「何かね、カティ?」
「ISコアについてです。既に我々は解析と書き換えを“全て”終わらせているどころか、既にISコアの複製まで始めているというのに、何故あのような提案をアメリカに持ちかけたのですか?あれではトレーズ様がエス・チャイルド財団の下にいるように取られてしまいます」

会議で見せたあの痛ましげな表情は、演技であった。本当にトレーズがあそこまでしか技術を持ち合わせていないことを、彼らに印象付けるために行ったのだ。

事前にそれを知っていても、カティは明らかに不満気な表情を浮かべていた。自分の敬愛する上司が有象無象に侮られるなど、有ってはならないといったものであった。

そんな部下の様子を見て、トレーズは薄く笑みを浮かべる。

「まだ私が表舞台に立つ時ではないよ。侮られるならばそれの方が都合がいい……それに戦力を完全に揃えるまでは、彼女に気付かれるわけにいかないのだ」
「彼女とは……篠ノ之束ですか?」
「そうだ。ISコアのブラックボックス、そしてトールギスの一件で理解したよ。彼女は人の行く末を遮る存在だと」
「行く末を……ですか?」

カティはトレーズのことを敬愛している。だが彼の考えを完璧に理解しているというには、ほど遠かった。しかし彼女でも分かっていることがある。

―――彼は、人間(ひと)を愛していることを。

と、そこでシャトルに備えてある電話が鳴る。これが鳴るということは、トレーズの耳に入れるほど情報であるということを意味していた。カティはその電話をすぐに取った。

「カティだ……何、そうか。……ではすぐに持ちこめ。詳しい指示は追って伝える」

そう言って受話器を置くと、カティはトレーズに向き直る。

「トレーズ様、たった今ガンダニュウム合金が完成したという報告が入りました。近日中に搬入予定とのことです」
「ほぉ……思っていたよりも早かったようだ。それで量はどれくらいなのかね?」
「はい、通常のISが8機は余裕で製造できるほどだそうです」

最初に製造した分にしては、この配分は多いといえた。この配分を決定したのは、恐らくエス・チャイルド財団の党首スタンリー・チャイルドであろうとトレーズは考えている。

「スタンリー・チャイルド代表は中々思い切りの良い人物のようだ。そうだな……6機分のガンダニュウム合金はあの機体に回して、残りの分は量産機にする予定の機体に回しておいてくれたまえ」
「量産機……“スコーピオ”に回すのですね?」
「あれは一部にしかガンダニュウム合金を使わないからな。その程度で足りるだろう」
「はっ、ではそのように通達しておきます」

カティの言葉に頷くと、トレーズは背もたれに体を預けて、目を瞑る。

今日の会議で、ISはファッションではなく純粋な兵器としての形を取り戻すだろう。トレーズがわざわざあんな茶番に乗ったのも、そうした狙いがあったからだ。

人は人として闘うからこそ美しい。そして死を厭わない兵士の姿こそ、人のあるべき姿だとトレーズは考える。今の闘いを知らないパイロットなど、彼にとっては論外であった。

「これで時代はほんの少しだが動き出すか……」

トレーズはワインを目の前に掲げる。その液体に映った自身の顔を覗き込み、ワインを口に含んだ。





おまけ
「で、出来たのか?」
「もちろんじゃ。見つからないように一からISコアを作るのは少々面倒じゃったがな」

ドクターJは右手に持っている球体を掲げる。大きさ的には、フットサルに使うボールぐらいだ。ISコアにしては大きすぎるともいってもいい。

「しかしトレーズが言っていた『ウイングゼロが必要だ』というのは、恐らくゼロシステムのことだろう。これの中にはゼロシステムがあるが、使いこなせる奴はいるのか?」
「使うことが無いように祈るだけじゃな。それにウイングゼロを使うことになったら、ツインバスターライフルの威力が強すぎて、絶対防御など軽々と貫通するじゃろうからな。」

ウイングガンダムを作らなかったのはそこにあった。バスターライフルはガンダムの中でも隔絶した威力を誇っており、ツインバスターライフルに至っては100万人が居住しているコロニーを一撃で破壊したのだ。もしISに向かって撃ったとしたら、絶対防御を軽々と打ち破るだろうことは分かっていた。故に作らなかったのだ。

絶対防御はシールドエネルギーを極端に消費することでその密度を高め、パイロットの死亡を回避するというものだ。だがそれはISコアをいじっていない通常のISの出力に限っての話であって、それを遥かに超える出力の攻撃をぶつければ、絶対防御を貫くことができるのだ。

「ウイングゼロはトレーズと、このISコアを作った者に対しての抑止力というわけか」
「そういうことだ。できれば、そうならなければ良いのだがな……」

あのドクターJたちでさえ躊躇うほどの兵器。彼らの視線の先には、骨組みだけで10m近い物体があった。




[27174] 学園と砂男
Name: 伝説の超浪人◆37b417bc ID:5424a8a7
Date: 2011/08/07 15:45
日本にあるIS学園、そこは世界で唯一のIS関係者育成学校である。

そんなIS学園だが、今日はいつもと様子が違っていた。

「ねぇ、アンナ・マリーちゃんがいないけど何かあったの?風邪でも引いた?」
「あー、それなんだけどねぇ……」

1年1組。いろんな意味で学園の話題を集めるクラスで、クラスメイトであるアンナ・マリー(アメリカ国籍)がいないことに気づき、少女はアンナ・マリーのルームメイトに話しかけるが、ルームメイトの子も酷く答え辛そうにしていた。

そして答える前に、予令が鳴り響き女性が入室してくる。

「席につけー。SHRを始める……と言いたいところだが、今日は全校生徒に伝達しなければいけないことがある。混乱するだろうから伝達は各クラスで、1時間目を潰して行う」

そう言ったのは、このクラスの担任で長い黒髪を首の後ろで結んでいる女性、織斑千冬だ。彼女こそ世界最強のISパイロット『ブリュンヒルデ』の称号を持つ女性であり、またかなりの美人であったことが彼女の人気が現役を引退した今でも根強い原因である。

また世界で2番目に出現した男性ISパイロットである織斑一夏の姉でもある。24歳、未婚。

「まず1つ。昨日限りでアメリカ国籍のアンナ・マリーが退学になった。いや、この場合は辞めざるを得なかったというべきか……理由としてはアメリカが支援金を打ち切ったためだ」

教室がざわめく。突然クラスメイトが退学になったのだ、その反応は当然といえた。

「な、何でですか!アンナが何かしたんですか!?」

仲が良かったのだろう。1人の少女が声を張り上げる。だが千冬はそれを冷静に対処した。

「いや違う。アメリカ政府の回答は『新型開発と男性パイロットのために資金が必要なため、我々アメリカ政府はIS学園から撤退するものである』ということらしい。つまりアンナ・マリーだけでなく、アメリカ国籍を持つ学園の生徒は全員帰国となった」
「そ……そんなのありか!?アメリカは何考えてんだ!?」
「落ち着け、織斑」

パカン、と千冬は声を上げた自分の弟―織斑一夏―の頭を出席簿で叩く。とはいえそれは軽くやったもので、一夏自体はほとんど痛くなかった。彼女も今回の件には思うところがあったためであろう。

IS学園の土地や経営は日本持ちということになっているが、その全てを一国のみの資金で賄えるはずがない。

戦略兵器であるISを複数持ち、そのための維持費や整備代。またそれらと学園を守るためのセキュリティーや、万が一のときのためのシェルターやISの戦闘にも耐えきれるアリーナ、また生徒たちが快適に暮らすための各種設備など……世界中どこを探しても、これほどの設備を持つ施設はIS学園以外存在しないであろう。

正直これほどのものを全て一国で賄うのはきつすぎる。そこで生徒側に授業料を負担してもらっているのだが(代表候補生・織斑一夏は無料)、その費用は一般人が見たら目が飛び出るほどお高い。

そこで各生徒の国籍である国が授業料のほとんどを負担してくれることで、一般庶民の出の子供でも問題なく通うことができるぐらいの授業料になるのだ。

だが逆に言えば国が支援金を打ち切れば、ほとんどの生徒は帰国を余儀なくされることになる……ということだ。

「恐らくだが、トールギスの量産機か全く別の新型を開発するためにこういった判断を下したのではないかと考えられる。だが、今日の本題はそこではない」

まだあるのか……と生徒はざわつく。何人かの少女はアメリカの決定に怒りを覚えているようで、震えている者がいた。

「織斑、オルコット、デュノア、ボーデヴィッヒ。お前たち専用機持ちのISから待機状態を解除されることが先日アラスカ条約で決定した。いや、専用機だけでなく世界中全てのISにだ」
「なっ!?」

ガタンと席を立つ金髪をロールにした少女……セシリア・オルコットが声を上げる。いや、彼女だけではない。

「先生!それってどういうことですか!?」
「ISコアはいじれないはずです!」
「そうだよ、どうなってんだよ千冬姉!?」

次々に生徒たちが抗議や質問の嵐を千冬に投げかける。副担任で眼鏡ロリ巨乳である山田真耶が収めようとするが全く効果が無く、彼女は若干涙目である。

「黙れッッ!!」

ズドンッ、と黒板に拳を叩きこんだ千冬の一喝で、少女たちの喧騒は収まった。それどころか、千冬の一喝で震えている少女もいるくらいだ。

「……こうなることがわかっていたから、全校集会で話すことが取り止められたんだ。私だって今回の決定はまだ信じられん部分がある。……質問のある者は挙手をしろ」

そう言った途端、クラスの全員が手を上げた。はぁ、と千冬は腰に手を当てて溜息をつく。分かり切っていた光景だが、実際に見ると溜息もつきたくなるというものだ。

「え~、じゃあまず佐藤からだ」
「どうしてそのような決定が下されたんですか?何か切っ掛けがあったと思うんですけど?」
「うむ……まず今回の条約の発端となったのは、アメリカのブラッド・ゴーレンが街で女性と2人きりのときに、所属不明のISに襲撃されるという事件だった。そのISは撃退できたそうだが、そのISが使っていた武装と言うのがまだイギリスでしか開発されていない小型自律兵器<ビット>だったそうだ」
「……その機体名はBT2号機<サイレント・ゼフィルス>ですね?」

セシリアが怒りで震えるような声で答える。良く見ると、膝の上に置かれている手が強く握りすぎて白くなっている。

「そうだ。イギリスも開発直後、亡国企業に奪取されたことを認めた」

セシリアは苦虫をつぶしたような表情を見せる。自国の不始末がこのような事件を生みだしてしまったことに腹立たしくもあり、恥ずかしくもあった。

「しかしそれだけでは理由としては少し弱い。決定打はトールギスにある」
「トールギス?トールギスって、白式以外の男の機体の……」

この一夏の言葉は、全く正しくない。この言い方では白式が先に開発されたかのような言い方だ。

それにトールギスは一応“誰でも”乗れる機体であるが(もっともよほどの人間でない限りまず死ぬが)白式自体はただのISだ。

トールギスは機体が特別だが、一夏は「ISコア書き換え無し」でISに乗れる人物であり、両者は特別の方向性が全く異なるのだ。

「そのトールギスだが……あの機体は一部だがISコアの解析に成功していて、待機状態は存在していないらしい。『ISの恐ろしさは戦闘能力もそうだが、最も恐ろしいのはステルス関係だ。そしてこれは各国家に取り返しのつかない損害を与えかねない、その良い例が先の襲撃事件である。それ故に、トールギスのように待機状態を解除するための技術を各国家に伝えたいと考えております』……これが発表された理由だ」

その千冬の言葉は、少しでもISを学んでいる者にとっては衝撃的であった。ISコアの解析は不可能である……それはISを学ぶ者にとって常識である。いや、常識で“あった”という方がこれからは正しいのだ。

しかし普通なら苦労して解析して得られた技術は秘匿するのが当たり前のはずなのに、こうもあっさりと世間に公表したことが少女たち(+一夏)を二重に驚かせた。

「教官「織斑先生だ」……失礼いたしました。織斑先生、どの人物が計画を推し進めたのかご存知ですか?」

そう発言したのは無造作に腰まで伸ばされた銀髪を持ち、左眼を本格的な眼帯で覆っている冷たい雰囲気を持つ少女、ラウラ・ボーデヴィッヒだ。

彼女の姿は決して厨二病ではない。彼女はドイツ軍のIS配備特殊部隊「シュヴァルツェ・ハーゼ」隊長であり、階級は少佐である。

彼女はある特殊な理由により左眼にハイパーセンサーの補助になるナノマシンが埋め込まれているため、普段は眼帯で隠してある。

千冬を教官と呼ぶのは、昔千冬がドイツ軍のIS配備特殊部隊「シュヴァルツェ・ハーゼ」の指導を行ったためである。彼女は千冬のおかげで部隊一のISパイロットになり、それ以来千冬に親しみをこめて「教官」と呼んでいるのだ。

「知っている。実は技術を提供したのはアメリカではなく、ロームフェラ財団だそうだ。そしてそれを行ったのはトレーズ・クシュリナーダだそうだ」
「トレーズ様が……!?」

セシリアは自分が崇拝しているトレーズの名前が出たことに驚くと同時に……

「さすがですわトレーズ様……ISコアの解析もなされていたなんて……!!」

なぜかセシリアの周りにバラが咲き乱れるように見えて、周りの少女たちは目を擦った。

千冬は静めるためトリップしているセシリアにチョークを投げようとしたのだが、何故か周りのバラで防がれるような気がしたので止めた。具体的に言えば「エレガントでは無いですわ」とか言われて弾き落とされそうな、そんな感じ。

「あの男か……」

ラウラは渋い表情を浮かべる。ヨーロッパに置いて経済を始めとしたあらゆる分野で強力な影響力を持つロームフェラ財団の中で、ここ数年凄まじいカリスマ性を持った男の名前はラウラも知っていた。

彼を崇拝している者が多い中(セシリアは自室に等身大トレーズポスターをベッドの壁に貼っていたりする)、その得体の知れなさから警戒する者も少数ながら存在していた。

その得体の知れなさから、ラウラは自身の部下に彼の周りを調査させるという選択肢を消した。それに何故かは知らないが、そんなことを仕出かしたら何か恐ろしいものが出てきそうな予感がしたのだ。

「(それを日本では“触らぬ……教官に祟りなし”と言うのだったか?)」

千冬に聞かれたらとんでもないことになりそうな諺を内心思っているラウラを余所に、千冬は次の生徒を当てた。

「あの~、その解除っていつ行われるんですか?学園の人たちだけでやるんですか?」

そう発言したのは中性的な顔立ちで、金髪を首の後ろで束ねているシャルロット・デュノアだ。彼女もいろいろ訳有りの生徒だが、クラス内では中々の人気者である。

「いや、外部の人間が学園内にやってきて行うことになっている。専用機持ちはそれぞれ在籍している国の技術者たちが学園までやってくるということだ。オルコットだったらイギリス、デュノアならフランス、織斑なら日本といった具合にな。訓練機は日本が全面的に行うことになっている」
「そ、それはいつですか!?」

ガタンと席を立ちながら慌てているシャルロットを見て、千冬は「ああ」と何かに思い至ったようだ。

「専用機は今日の5日後からフランス、イギリス、中国、ドイツ、ロシア、日本の順に行うことになっている。だからデュノア、お前は今日から4日後に男子の制服を着ろ。一応対外的には“男子生徒”として通っているのだからな、解除が終わるまでは男子制服でいるように」
「は、はい!ありがとうございます!」

シャルロット・デュノアは少女であるが、最初のころは男子生徒として編入してきた。その理由は一夏と白式のデータを盗んで自分の父が社長を務めるフランスのデュノア社に送るためであった。

デュノア社は第3世代型ISの開発に遅れており、一度トールギスの襲撃に参加したのだが、あっさり返り討ちにあってしまい、それならばと織斑一夏と白式のデータを奪取する方向にチェンジしたのだ。

しかし学園内で彼に近づくには、女のままでは苦労するだろう。あ、そうだ!それなら男の子に変装させて近づけさせればいいんじゃない?……といった感じで、社長の愛人の子であるシャルロットを男に仕立て上げ、一夏に接触させたというわけだ。

接触までは成功したのだが、一夏のズボラな癖とシャルロットの迂闊な行動で変装していたことがバレてしまい、その後一夏の説得によりシャルロットは学園内では少女で過ごすことを選んだのだ。

しかしこの事は本国のデュノア社も与り知らぬことであり、もし今回バレたりしたのならば、本国に強制送還→刑務所行きは確実なので、シャルロットの焦りも当然といえた。

シャルロットのデータ奪取云々を知っているのは一夏と千冬ぐらいなので、周りの少女たちはシャルロットの焦りように不思議そうな表情を浮かべていた。

「解除の詳しい日時は追って伝える。他に質問は?」
「はい。トールギスが今回の理由というのはわかりました。けど皆の口ぶりからするとトールギスって強いみたいですけど、そんなに強いんですか?」

一夏のその質問に、教室は静まり返った。一夏は内心「え?何これ?」と思っていると、千冬のげんこつが一夏の脳天に直撃した。

「織斑……まさか一度も見たことが無いのか?」
「って~……ちょうどそのとき自分の周りがゴタゴタしてたから、見てなかったんですよ……」

トールギスが初めて人目に晒された時はちょうど受験勉強の真っ最中であったし、ユーコンが幾度も襲撃に合っていたときは、世界で二番目に現れた男性のISパイロットと判明した一夏の元に様々な人間が押し掛けてきていた。

とはいってもトールギスの闘いを見る時間はあったのだが、どこか流行に疎い一夏は自ら進んで見るという行為をしなかったというのが大きな要因であった。

「ちょうど良い……そこの馬鹿のこともあるし、トールギスの戦闘を今から見ることにする。山田先生、頼む」
「はい、分かりました」
「何人かは知っていると思うが、今から流す映像はトールギスが世界で初めて確認された無人機3体と交戦したときのものだ。織斑、ちょうどお前が前に闘ったあの無人機だ」
「あれか……」

時期的に言えば一夏が無人機と戦ったのはトールギスより後である。その時一夏は2組の鳳鈴音とアリーナで戦っている最中で、結果から言えば一夏、鈴音、セシリアの3人がかりで1体の無人機を撃破した。そのときの無人機の強さは、一夏1人で倒せと言われたらきついと思うぐらい強かった。

だが今一夏が見ているトールギスの戦闘は、無人機を圧倒していた。

無人機の強力なビーム砲をその驚異の運動性で避け切り、無人機が接近戦をすればその腕を桃色の刃で切り落としていた。

最後の方は2体の無人機に抱きつかれて動きを封じられたかと思ったら、背中の大型バーニアを全開にして2体を振り落とし、瞬く間に3体を桃色の刃で撃破し、破壊した。

衝撃だった。一夏は無人機と戦ったとき、相手は1機なのにも関わらず鈴音と2人がかりでも近接攻撃を当てることができなかった。

なのにトールギスはたった1機だけで3体の無人機を接近戦で撃破してしまった。知らず、一夏の手はきつく握られ、汗をかいていた。

「この無人機の性能は第3世代型ISを操る代表候補生に勝るとも劣らんほどだ。だがトールギスはそれを遥かに上回る性能を有している。また特殊な兵装が無い代わりに基本性能をただひたすらに高めてあるそのコンセプトは、万能機に相応しいということから、一部の専門家では第3世代型ではなく第4世代型ではないかという話も出ている」

第3世代型ISは操縦者のイメージ・インターフェイスを利用した特殊兵器の実装をコンセプトにしている。

それに対して第4世代型ISはパッケージ換装を必要としない万能機という現在机上の空論のものである。

この考え方で行くと確かにトールギスは第4世代型に当てはまるのであるが、爺様たちはそんなことは全く考えていなかったので、ぶっちゃけて言うとどの世代にも当てはまらないのが正解だ。

もちろんそんなことはIS学園の人間は全く知らないので、正解に辿り着くはずもない。

「だがアメリカが発表していない以上、そんな論争に意味はないがな」

フッ、と鼻で笑う千冬。彼女は気にするべきは性能であって、世代に当て嵌めることではないと考えている。こうしてサバサバ物事を考えられるのは彼女の長所である。

「だがトールギスが既存のISと最も違うものというのは……どうした、山田先生?」

山田真耶は先ほどから何かしきりに気にしているので、千冬はつい声をかける。だが彼女から聞かされたニュースは、それこそ一大事だった。

「その、トールギスを開発したユーコンが新型のISを発表したという情報が入りまして……しかもその発表のついでに自国の第3世代型IS<ファング・クエイク>と戦闘をしている映像が世界に配信されています」
「何だと?映像はこちらに回せるか?」
「はい!」

そして映し出された映像は、もう決着が着く寸前であった。

●  ●  ●
曲刀という武器がある。中東あたりに見られる武器で、形は平仮名の<ら>の長い方に似ているといえばわかってもらえるだろうか?

この武器は叩き潰すというよりは、斬るという使い方で用いられる。叩き潰すという印象が強いが、本来は斬るという方法のほうが正しい。よく勘違いしている者がいるから困ったものである。

だが曲刀という武器を現代で見かけることはまずない。が、今ユーコンの新型と戦っているアメリカ国家代表のイーリス・コーリングにとってそれは例外だった。

虎模様の第3世代型IS<ファング・クエイク>はイーリスがパイロットを勤める最新鋭機である。「安定性と稼働効率」を第一に目指したその機体は他国の第3世代型を上回っているとイーリスは自負していた。

ファング・クエイクは接近戦を主体にしており、拳を使って闘うのが特徴だ。だが今その自慢の拳は破壊され、様々な箇所が砕かれていた。

最初は敵がビームバルカンで正確な射撃を行ってきたが、イーリスは得意の接近戦で潰そうと接近した。もちろんイーリスも敵のバックパックに曲刀<ヒートショーテル>が2本背負っていることに気づいていたが、自分が接近戦には自信があるし、敵は6mと大型だ、懐に飛び込めばこちらが有利だと踏んだのだ。

だが敵の動きは予想を超えていた。振るわれる2刀の曲刀のスピードは凄まじく、防ぐことは愚策だと思わせるほどだ。

だがその隙をついてイーリスは右拳を振るった。が相手は曲刀を右拳に合わせるように振るう。そして結果は……右拳は砕かれ、曲刀は無事だった。

砕かれていく装甲の欠片が舞い散る。その中でイーリスは自分の機体に強い不信感を抱いてしまった。

「(どうして、こうまで差がある?)」

「安定性と稼働率」というコンセプトは兵器にとって重要だ。だがそれは最新鋭機の、それもワンオフ機で掲げるようなコンセプトではない。ワンオフ機は基本的開発されたばかりの兵装やシステムなどコスト度外視のものを搭載させ、その機体のグレートダウンと「安定性と稼働率」が一般的な量産機だ。まぁビルゴはそれに当てはまらなかったが。

つまるところ、パイロット抜きにすれば兵器は性能の勝負である。「安定性と稼働率」というコンセプトはISの特性を考えると“使用が難しい及びエネルギーを馬鹿喰いする兵器”は使えないことになる。そうなると<ファング・クエイク>は基本性能で勝負するということになってしまうのだ。

だが<フェング・クエイク>の前にいるユーコンの新型<ガンダムサンドロック>はパワーもスピードも、基本性能そのものが<ファング・クエイク>よりも遥か上をいっていた。

仕方ないのだ。<ファング・クエイク>はISコアをいじっていないため出力的には他のISと変わらないのに対して、ガンダムサンドロックは無駄な機能を省いて純粋な基本性能を大幅に高めている上で特徴を持たせているのだ。

「安定性と稼働率」のため一発逆転の兵装を搭載できず、両機とも得意とするのは接近戦。もう、結果は見えていた。

サンドロックは2刀の曲刀を肩口から背中まで大きく振りかぶる。

プッピガン!

振り下ろした曲刀はけたたましい音と共に<ファング・クエイク>の装甲を粉々に、破壊した。絶対防御を発動したイーリスは気絶し、彼女の体は地面に落ちる。それと同時に会場は沸いた。

『勝―――利!!シオン・オリバ選手、国家代表イーリス選手を圧倒しての勝利です!早速ヒーローインタビューを行いたいと思います』

その言葉と共にガンダムサンドロックのコックピットが開き、出てきた男に女性から歓声が上がった。

柔らかく美しい金髪に、まるで女性のように見える顔立ち。細身であるが締まっている体はまるで物語の中から出てきた理想の王子のようであった。そのシオンに実況はマイクを向ける。

『おめでとうございます!どうでしたか、トールギスに続く新型は?』
「ええ、とても素晴らしい性能です。これが僕の愛機になると考えると、少し恐縮してしまいますね」

にこやかに笑いながらコメントをするシオンの姿を見て、控室の方でニヤリと笑いを浮かべている人物がいた。――――ブラッド・ゴーレンである。

「ああは言ってるが、相当浮かれているな。シオンのやつ」
「元々性能差があったからな。当然じゃ」
「もうワシ等は行くぞ。少し寄る所があるんでな」

返事もそこそこに、爺様たち5人は会場を出ようとする。だがブラッドは彼らが今日行く予定の場所はここしか聞いていない。

「どちらに行かれるのです?」
「いや、ワシ等だけしか呼ばれていないのでな。お前はついてこんでいいぞ」
「それにお前はサンドロックが勝ったときのためのトールギスでのパフォーマンスがあるだろう?早く行け」
「………わかりました」

確かに今日はサンドロックが勝ったときに、トールギスとサンドロックは共に周囲を飛び回るパフォーマンスを行う予定であった。

これは新型の発表と共に、襲撃者をあぶり出すという目論見もあった。なので会場の近くではデスサイズヘルがステルスをかけて、ずっと待機していた。少しも動けず、長い間待機し続けるデスサイズヘルの中で、ディルムッドが「……不幸だ」と呟いていたのは誰も知らない。

サンドロックとトールギスを運んできたトラックに乗って爺様たち5人はそのまま会場を後にした。

「仕方ない……行くとするか」

ブラッドとて思うところは色々ある。本当ならこの事を誰かに伝えるべきなのだろうが、ブラッドの『勘』が放っておけ、と囁くのだ。そしてその『勘』をブラッドは信じることにした。

「私の勘は外れたことがあまりないからな」

そういって彼はトールギスに搭乗した。





おまけ

関係者以外は近づくことも出来ない場所がアメリカにはある。そう、巨大戦艦リーブラの残骸がある場所である。

そこへ2台のトラックが関門に近づいていった。

「止まれー!トラックから全員降りろ、1人1人チェックする!」

そして2台のトラックから降りてきたのは5人の老人であった。

警備員はその面子に眉を顰めたが、彼らがユーコンの中でもトップクラスの人物だと判断されるとすんなりと通された。

「上手くいったの。昔よりは動きやすいわぃ」
「確かにな。さて、ビルゴの部品と核融合炉を奪うとするか」
「さよう、ウイングゼロのためにな………」

そして彼らのトラックはリーブラ内部に入っていく。彼らも少しずつ動きを見せ始めていた。






後書き

遅れてすいません!テストマジやばだったんで……あの腐れ教授め。
今回の話に伴い『戦乱の予感』での無人機の撃破したシーンを絶対防御発動から→大破に変更したいと思います。申し訳ないですが了承していただきたいです。




[27174] VS銀の福音
Name: 伝説の超浪人◆37b417bc ID:5424a8a7
Date: 2011/08/07 15:43
ガンダムサンドロックがアメリカ国家代表イーリスの<ファング・クエイク>に勝利したという事実はアメリカ国内に影響をもたらしていた。

その影響を一番受けているのがアメリカの上層部にある2つの勢力だ。1つは今かなりの勢力を有している男性IS支持派と、そしてもう1つは女性IS支持派である。

ここ最近女性IS支持派はトールギスの台頭により徐々に力を失い始めていたのだが、今回の一件のせいでその力を著しく失ってしまった。

ISとの適正を調べ、特殊な訓練を積み重ね、そして実力と何故か容姿が揃って初めて国家代表候補生に選ばれる。そしてそこから候補生同士との競争を勝ち抜いて国家代表の座に座ることができる………と言うのが国家代表になるまでの方法だ。

しかしそうまでなった国家代表が、新型とはいえ搭乗時間の少ない男に完璧に敗北した。

これからはもう女性パイロットは必要ないのではないのか?そう国民に思わせるには十分なものだった。

そしてこの考えは国民の間に多く浸透し、以前のように女尊男卑の考えに凝り固まっている人々の数は急速に減っていった。今も女尊男卑を主張するのは傲慢な女性であるという認識が強くなってきている。

だがここで女性IS支持派が引きさがってしまっては、今までISにより恩恵を受けていた者たち(特に後ろめたいことをやっていた者)はどうなるかわかったものではない。その者たちは地位が下がるのも勿論嫌がったが、何より報復行為を強く怖れ始めていた。

そこで彼らは1つの案を思いついた。こんな状況を作り出したトールギスを、皆が見ている中女性の操るISで撃破すれば男性IS支持派の勢力を大きく削れるのではないか、と。

だが国家代表の操るISも敗北してしまったのに、トールギスに勝てる者なんているのか?と言う声も当然上がった。

そんな中、1人がこう呟いた。

『イスラエルとの合同開発の第3世代型で軍用IS<銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)>ならいけるのではないですか?』

おお、と声が上がる。確かに軍用ならば一般のISよりも性能が戦闘に特化している。軍用として開発されていないトールギスよりも戦闘力が高いのではないか……そう彼らは考えた。

もちろんその中でトールギスの出鱈目なスペックを知っていた者が「そう安易に考えるべきではない」と忠告したのだが、「ではこのまま引き下がれというのか?」と聞かれてしまい黙るしかなかった。

もうアメリカ国内では、彼らは後が無い状況にまで追い込まれていたのだ。このまま引き下がるくらいならばやれることをやっておく。

そう言えばカッコよく聞こえるが、所詮彼らは今の地位にしがみ付きたいだけである。まぁそれも人としては普通の反応なのかもしれない。

そういった思惑から男性IS支持派に話を持ちかけ、また彼らもトールギスと銀の福音を闘わせるという条件を飲んだ。

彼らからしてもここでアメリカ国内で最後に残った女性ISを叩いておけば、自分たちの地位は確固たるものにできるという思惑からであった。もちろんそうでない人間もいるが、やはり人間余裕ができてくると欲が出てくるものである。

しかし実際に戦うのは彼らではなく、現場の人間だ。そう言った意味ではいくらアメリカの英雄になりつつあるブラッドや国家代表の者たちも、指令を出す彼らからしてみれば一兵卒でしかないのだ。

そんなことがあってトールギスVS銀の福音というカードが決定した。

「けどさぁ、それって完全に利権絡みだよなぁ。ブラッドの旦那もついてないぜ」
「仕方ないさ、上層部に振り回されるのは軍にいた時もあったからな。慣れたくはないが、慣れてしまうものさ。釈然としないがな」

もちろん上層部の様々な思惑があってこの対決が実現したことはブラッド自身分かっていたが、別段断る理由もないし受けることにした。

まぁこの対決で勝てば女尊男卑の空気を完全に払拭できるであろうことは確かなので、ぜひ受けるべきだという声が多かったことも後押しの1つであった。

「そろそろ軍の迎えの輸送艇がくる時間なんですが………」
「あれじゃねぇか?」

シオンが頻りに時計を気にしていると、ディルムッドが空に向かって指をさす。

その方向から青い輸送艇が2機ユーコンに着陸した。この青い輸送艇はISの待機状態解除に伴い開発された高速輸送艇である。高速輸送艇であるためトールギス級のサイズのISは3機ほどしか搭載出来ないが、その代わり最高速度はマッハを超えるほどである。

「クラウス中尉、着艦致しました。トールギスの輸送はお任せ下さい、ブラッド・ゴーレン大尉」
「私はもう大尉ではないよ、クラウス中尉。ではハワイまでの輸送、よろしく頼む」
「は!おまかせください!」

それほど若いというわけでもなさそうだが、ブラッドよりも幾分か若いクラウス中尉は若干上ずった声でブラッドと挨拶を交わしていた。

見送りに来ていたディルムッドとシオンも彼の様子に苦笑いを浮かべながらも、少し言葉を交わして、トールギスの積み込みが終わった高速輸送艇に乗り込んだクラウス中尉とブラッドを見送る。

「勝ってこいよ、ブラッドの旦那!」
「勝ったらお祝いしましょう!」
「ああ、行ってくる!」

発進した高速輸送艇の姿は短い間で見えなくなった。しばらくするともう1つの高速輸送艇に2人は目を向ける。

「ちぇ、今回俺はお留守番かよ。せっかくなら行きたかったぜ」
「バカンスに行くわけじゃないんですから……僕も顔が知られてますから行くわけには行きませんし、一緒にお留守番してましょう」
「あ~あ、あいつらはいいよなぁ。もしかしたら自分の機体を盛大にお披露目出来るかも知れねぇんだからよ」

頭の後ろで腕を組んだディルムッドは溜息をつく。いっつも俺は裏方役なのに……と内心愚痴を零してもいた。

「今回は我慢して下さい、ディルムッド」
「ちっ」

それを知ってか知らずか、にこやかに窘めるシオンであった。

●  ●  ●

高速輸送艇内で、操縦するクラウス中尉の後ろの席でブラッドはリラックスしていた。といってもこの高速輸送艇、実はマッハを超える速度が出せる代わりに一般人ではかなりきついGがかかるせいで訓練した軍人以外には乗りづらいという欠点があった。

だがそこはトールギスのパイロット、これぐらいのGではもう屁でもないくらい体が慣れてしまっていたため、こうしてリラックスできているのだ。

今回模擬戦が行われる場所は銀の福音の開発場所でもあるハワイで行われることになっている。そのためこうして高速輸送艇で移動しているわけなのだ。

「しかしクラウス中尉、なぜ士官である君がこの仕事に就いているのだ?普通はもっと下の者が行うのではないのか?」
「いえ、それは違います。ブラッド大尉は私や多くの軍人の憧れです。貴方を送迎する権利を皆で争ったのですよ?あなたの元部下であるカーネル少佐まで参加したんですから」
「何?カーネルが?……そうか、あいつが少佐とな……」

懐かしい部下の名前を久しぶりに聞いて、少し思い出し笑いをしてしまいそうになってしまった。

「皆で争った結果、こうして私がブラッド大尉を送迎できる権利を勝ち取ったわけです。昨日は緊張してよく眠れませんでしたよ」
「それは少し言い過ぎではないか?今まで上げた功績はトールギスだからこそできたものが多いからな。私だけの力じゃないよ」
「いえ、そんなことはありません」

決して強く言ったわけではない。だが彼の言葉は有無を言わせない何かがあった。

「私は女が別に嫌いなわけではありませんでした、女にも色んな人がいますから。でもただISが使えるという1点だけで男が女に劣っているという考えが、酷く嫌でした。どんな分野でも優れた男がいれば優れた女もいるというのに………」
「………」
「だからブラッド大尉がISを動かせてくれたおかげで、“今の”当たり前の状態から以前の様などんな分野でも性別に関係なく凄い人がいるという風に認識できる状態に戻りつつあるのが嬉しいのです」
「………そうだな」
「すみません、無礼な口を訊いてしまって………お許しください」
「いや、気にしていない。むしろ良い話が聞けたと思うよ」

2人は軽く笑い合う。それから彼らはいろんな話をした。最初は態度が硬かったクラウス中尉も、ブラッドと話しているうちにその態度は軟化していった。

「……ではその女性と結婚する予定なのか?」
「したいとは思うのですが、こればっかりは相手次第ですから………あ、実は昔彼女と一緒にブラッド大尉の喫茶店に訪れたことがあるのですよ?」
「何?それは本当か?」
「はい。といっても2、3回程度なので顔を覚えてもらっているとは思っていません。あなたの淹れてくれたコーヒーはとてもおいしかったです」
「そう言ってくれると嬉しいな」

トールギスに乗る前は喫茶店を営んでいた彼の淹れるコーヒーは、中々評判が良かった。もっとも今は仲間に淹れるときしか腕を振る機会がないのだが。

「でもこういう任務の途中で恋人の話をする兵士は、碌な目に合わないってよく聞きますよね」
「甘さ……とでもいうのか?」
「かもしれません。ブラッド大尉にはそういう方はいらっしゃらないのですか?」
「いる……と言いたいところだがな。この前私のせいで相手に怖い思いをさせてしまった……私にそう言える権利はないよ」
「それは、もしやこの前の……」

少し陰りのある表情を見せたブラッドに声をかけようとしたその時、通信を知らせるアラームが鳴り響いた。

「こちら1番艇、クラウス中尉。これは……カーネル少佐!」

自身の上司の姿がモニターに映ると、クラウス中尉は慌てて敬礼をとった。

『うむ、緊急事態だ。たった今、ハワイで最終調整を行っていた銀の福音が暴走し、日本海域に向かっているという報告があった』
「それは……「詳しく頼む、カーネル」」
『こ、これはブラッド大尉殿、お久しぶりです』

カーネルの言葉を聞いたブラッドは身を乗り出してクラウス中尉の横に身を寄せる。かつて自身の上司であったブラッドの姿を見たカーネルは慌てて敬礼をした。

「久しぶりだ……と言いたいところだが、今は情報の方が先だ」
『はい。実は十数分前にハワイ沖で最終調整を行っていた銀の福音が突如暴走し、パイロットとの通信も遮断され、ハワイ沖を脱出したのです。衛星からの情報によると銀の福音は最高時速450kmほどで日本海域に向かっている模様です。またその先にあるのが現在臨海学校のために移動しているIS学園の生徒・教員がいる場所だそうです』
「確かIS学園は一度無人機に襲撃されたという報告があったはずだが、またなのか」
『そのようです』

ちっ、とブラッドは舌打ちをした。何でも日本で唯一ISを扱える男、織斑一夏が入学してからIS学園は行事のたびにトラブルに見舞われているらしい。

彼が厄介事を呼び寄せているに違いないと誰かが話していたのを思い出したブラッドは、まさかこんなタイミングで来ると思っていなかった。それ故の舌打ちだった。

しかし彼に憤りを感じたところで事態は何も変わらない。自分のやるべきことを見つけるべく、ブラッドはさらにカーネルに尋ねた。

「で、対応はどうするつもりだ?」
『ここからではアメリカ軍では対応できませんので、IS学園に指令を送り銀の福音の回収又は撃破を行う予定です』
「……ダメだな。クラウス中尉、計算機を貸してもらうぞ」
「あ、はい」

そういうとブラッドはひたすら計算を始めた。残った2人はブラッドが何をやっているのかまるでわからなかった。

1分ほどでブラッドの指が止まる。そしてブラッドが口を開いた。

「この高速輸送船でF-3042ポイントまで行って、その後トールギスで最大速度を出して追えばギリギリIS学園の者たちがいるところで銀の福音を捉える事が出来るはずだ。そのデータを送る。上層部に通達を」
『りょ、了解!』

有無を言わせないブラッドの物言いに、カーネルは昔を思い出した。昔からブラッドはこうと決めるとそれを貫き通す男であったことを。だからこそ当時若輩ながら国家を代表するエースパイロットであったし、皆の信頼を集めていたのだと。

だからカーネルは反対することなく、そのデータをそのまま上層部に送った。普通なら無茶な作戦だが、ブラッドならできる……そういった信頼から判断したのだ。

「しかし……計算上では間に合いますが、トールギスにかかる負担は相当なものですよ?」
「構わん、ISをこのまま放置すれば都市の1つや2つは消えてなくなる可能性も十分にある。自身の機体の暴走を止められないパイロットなどどうでもいいが、罪のない民間人を巻き込むわけにはいかん」

IS学園はISを唯一学ぶことのできる機関ではあるが、所詮いるのは碌な実戦経験のないヒヨっ子がほとんどだ。一部の例外は専用機持ちと教員ぐらいのものだろう。そういった者たちに任せきりにするということをブラッドは良しとしなかった。

そして銀の福音のパイロットは軍人だ。軍人が招いたミスを専門機関とはいえ学生に対処させることは元軍人のブラッドにとって恥以外の何物でもなかった。

「だが今回の件……私の出撃が許可されてもしなくても、女性IS支持派はもうダメだろうな」
「何故です?」
「もしこのまま待機だとしたら、我が国で最後に残った女性のISでは最新型である第3世代型ISが暴走し、中立扱いのIS学園に被害を及ぼすのだ……彼らのメンツは丸つぶれだろう。もし私が出撃して内々に処理したとしても、女性IS支持派に今回の責任を押し付けて男性IS支持派の独壇場になるだろう。男性IS支持派からしたら理想的な展開だろうな」
「なるほど」

しかしそれだけに今回は不審な点が多すぎる。

「だが今回の暴走、男性IS支持派が仕組んだものだとしたらあからさま過ぎる。このまま指令が下されなければ真っ先に疑われるだろう。それならば最初からトールギスとの模擬戦など組まなければいいのだ」

そう……ただ女性IS支持派の権力を地に落とすだけならば、模擬戦など組まずに暴走させればいいだけの話なのだ。それなのにわざわざこのタイミングでやるというのは、ぜひ疑ってくださいと言っているようなものだ。

そう、どこかの誰かの言葉を借りるならば「それはエレガントではない」ということだ。

では今回の暴走が男性IS支持派が仕組んだものでないとしたら、考えられることは1つ。

「つまり今回の暴走は第3者が仕組んだ可能性もあると……?」
「あくまで可能性の話だがな」

第3者の場合、何の意味があって暴走させたのかが現段階では全くわからない。それに何故IS学園の者たちが臨海学校をしている方向にタイミングよく行くのかも不明だ。しかもIS学園の者たちと銀の福音が接触する時間が日本では昼という非常にタイミングの良い時間なのだ。

「(犯人はIS学園に関係ある者か……?)」

IS学園のタイムスケジュールを理解して、しかもハワイからやってくるのだから迎撃準備する時間は十分に取れる。

「(まさかとは思うが……)」

これではまるで誰かに“実戦経験”を積ませるにはまたとない条件だ。

「(いや、考えすぎだな……)」

こんなことを考えてしまった自分にブラッドは苦笑した。もし本当にこんなことを行った人物がいたとしたら、そんな人間は狂っているとしか思えない。旨みがほとんどないのに、国家指名手配犯になりかねないであろう罪を犯すなど、常人では考えられない。

『ブラッド大尉、上層部から許可が下りました。そのままブラッド大尉の提案した作戦で銀の福音と接触・交戦しできればISコアを回収とのことです。銀の福音のパイロットの生死に関わらず……だそうです』

その指令は……と口にしそうになったブラッドだが、止めた。上層部にとって優先順位はパイロットよりもISコアの方が高いことは、世情から考えて当然のことだった。替えの効くパイロットと、数に限りのあるISコア……比べるべくもなかった。

「………了解した、直ちに作戦行動に入る。それとカーネル、私はもう大尉ではない……そんなに畏まらなくてもいい」
『そんな寂しいこと言わないでください。私にとって貴方はいつまでも上司なのです……作戦の成功を祈ります』
「……まかせておけ」

ニヤリと不敵な笑みを浮かべたブラッドの表情を見たカーネルも不敵な笑みを浮かべる。その光景は10年前の出撃の時を思い出させた。

通信が切れると、ブラッドはクラウス中尉に向き直る。

「私はトールギスに乗りこんで待機する。目標ポイントになったらカウントを頼む」
「了解です!全速力で行きますよ」
「頼んだぞ?」
「お任せ下さい!」

ブラッドがトールギスに乗り込むと、クラウス中尉は操縦桿を強く握りしめる。

「飛ばしますよ!!」

その言葉と同時に高速輸送艇のブースターが今までよりも大きく火を噴いた。風を切り裂く音と共に目標ポイントへ急行したのだった。

●  ●  ●

IS学園が臨海学校の際利用している旅館の一番奥にある宴会用の大座敷・風花の間では専用機持ち全員と教師陣が集められていた。

アメリカから銀の福音の追跡及び撃墜という特命任務レベルAが下された。これは最重要軍事機密に当たるもので、情報の漏洩だけでも2年の監視がつけられるほどのものである。

そこに国際指名手配犯である篠ノ之束も加わり、織斑一夏と束が持ってきた第4世代型IS<紅椿>を受け取ったばかりの篠ノ之箒の両名で任務に当たろうとした、そのときまた新たな命令が下された。

「織斑先生、アメリカからの追加指令です……これは!」
「どうした、読め山田先生」

驚いている山田真耶を訝しげに見ながらも、織斑千冬は読み上げるように命令する。

「それが……『貴官らの任務を銀の福音の撃破から足止めに変更、トールギスが到着するまでの時間を稼ぐこと』だそうです」
「何?ということはトールギスがこちらに向かってきているということか?」
「そ、そのようです」

今アメリカ最高のエースであるトールギスが向かってきている。その事実に一番興奮したのは……国際指名手配犯である篠ノ之束であった。

「すっご~い、トールギスがこっちにやってくるんだー。これはぜひ見学に行かないとー!」
「やめろ」

だがそこで千冬のチョップが束の頭に振り落とされる。「ひどいよ~、ちーちゃ~ん」などと言いながらベタベタと千冬にくっつく束を見て皆少し呆れた表情を浮かべていた。

当たり前だ。国際指名手配犯がアメリカ所属機の前に姿を現すということは、ぜひ捕まえてくださいと言っているようなものだ。

ではなぜ今ここで捕まえないのか?それはこの場を指揮している織斑千冬が篠ノ之束の唯一の友人であるからだ。

友人故に今こうして篠ノ之束を自由に行動させ、アメリカの作戦に関与させている。明らかにこれは犯罪に近い行為であるが、誰も千冬に逆らえないという環境がこれを許していた。

「指令は変更されたが、銀の福音に追いつける機体は少ない。だから織斑・篠ノ之の両名で作戦は行う。以上だ、作戦準備に移れ!」
「「「はい!」」」

その言葉を切っ掛けにそれぞれ任務に取りかかる。だがその中で任務の中核に選ばれた篠ノ之箒は1人憤りを感じていた。

「(何故だ!私と一夏と2人だけでも事足りるというのに、何故わざわざ他人に譲らなければならんのだ!?)」

彼女は今まで専用機を持っていなかったために想い人である織斑一夏の隣で戦うことができなかった。

しかし幼い頃一夏と自分を別れさせた原因を作った自身の姉の束から、この場にいる専用機持ちの機体の性能を遥かに上回る第4世代型IS<紅椿>を自身の専用機として得たことでようやく一夏の隣で戦うことができると喜んでいた。

それなのに土壇場になってただの足止め役になれ、などと命令が下されたことに彼女は酷く腹を立てた。

今まで他の専用機持ちに後れを取っていたのは、自分が専用機を持っていなかったからだ。しかも今自分が持っているのは世界初の第4世代型IS。一夏と組めばどんな敵も相手ではないと、このときの彼女はそう信じて疑わなかった。

いざとなったら自分で戦って、一夏も守ってやる。そう彼女は決心していた。

要するに彼女は浮かれていた。初めて専用機を持ち、しかもそれは世界初の最新鋭機で、しかも他の誰でもない自分だけが一夏の背中を任されたことに。

当然そのことは他の人間も見破られており、千冬や一夏が注意するが、彼女は態度を改めなかった。このとき一夏が強く言わなかったのも原因の1つだった。彼も何度か専用機で戦ったが所詮それは訓練レベル。実戦の空気を感じたことの彼では真剣に注意することはできるはずもなかった。

そんな中始まる作戦。紅椿の性能に驚く一夏だったが、そんな思いも直ぐに吹き飛ぶことになる。そう、直ぐ近くを銀の福音が飛行していたのだ。

一夏の白式の零落白夜を発動させ、そのままイグニション・ブーストを用いて接近する。

行ける。そう一夏が思った瞬間、銀の福音は急上昇し、間合いを外した。

「なっ!?」
「一夏、もう一度だ!」

箒が一夏を急かすが、一夏は強い違和感を覚えた。

そう、銀の福音がこちらを全く意識していないような、そんな印象を受けた。

「何をやっている一夏!早く攻撃を……「待て箒!」なんだ!?」
「何かあっちの方から来る!」
「何だと?レーダーに反応はないが……!?」

そう言った箒の目にも何かが接近してくるのが確認できた。そのシルエットを間違える者はいないだろう。

「あれは……」
「トールギス!」

あっという間に接近を果たしたトールギスは銀の福音と対峙する。銀の福音はまるでトールギスを待っていたかのように、銀色の頭部の視線はトールギスに向けられていた。まるで一夏と箒は“最初から”いなかったかのように。

「間に合ったか……銀の福音のパイロット、直ちに投降しろ。貴公のやっていることは反逆行為である、今すぐ投降すれば罪は軽くなるよう私から進言しよう。返答はどうか?」
「敵機確認。<銀の鐘>始動、排除開始」

銀色の翼が広がる。スラスターでもあるそれは砲口と一体になっており、銀の福音の最大の特徴でもある。その砲口からトールギスに向けて無数の光弾を発射した。

「最近は話を聞かない者が多すぎるな!」

そう軽口を叩きながら、ブラッドは急上昇して全弾回避する。

「落とさせてもらうぞ!」

そう言うと同時にD・B・Gを銀の福音に向けて放つ。だが敵も然るもの。D・B・Gの砲撃をその機動性で避け切り、反撃をしっかりとしてくる。

「やるな……だがそうこなくてはな!」

止まったかと思いきや、すぐさま急加速。フェイントを織り交ぜ、スピードの強弱を使い的を絞らせないその動きは、両者とも決定打を許さなかった。

だが元々加速性、反応速度共にトールギスの方が上であり、加えてトールギスがさらに動きを複雑にしていくことで掠り当たりしていた銀の福音の攻撃も完全に回避され始めていた。

対して銀の福音は慣性制御機能によって非常に滑らかな機動を行うことができるが、それはトールギスに比べれば予測しやすいものであった。


「ぐおおぉぉ!」

無論そんな機動を行うトールギスの中にいるブラッドの体にかかる負担は相当なものだ。だがそれを耐えてこそのトールギスである。そう思っている彼はその機動を止めることはない。

「すげぇ……」

広範囲に放たれる無数の光弾をその驚異の機動性で回避し、徐々にD・B・Gを当ててきているトールギスの姿に一夏は見惚れていた。

自身なら一対一では間違いなく銀の福音に攻撃を当てられないと感じている一夏にとって、単騎で銀の福音を圧倒し始めているトールギスの姿は男のとしての何かを刺激されるようだ。

だが箒はそうではなかった。

「私は……」
「箒?」
「私はやれるのだ!この紅椿で!!」
「箒!?」

箒は紅椿の武装である空裂を振るった。これは空裂を振るった範囲に三日月状の赤いビームが飛んでいくものだ。

箒は自身では銀の福音を捉えたと思ったその攻撃は、紙一重に避けられた。

だがその避けた機体は、トールギスだった。

「何だと!?何をやっている!?」

箒が放った攻撃は既に銀の福音が通り過ぎていた場所であり、その後を追っていたトールギスに当たりそうになったのだ。

箒が違う、と否定の声を上げる前に、一瞬動きの止まったトールギスに砲撃が集中する。

「ちい!」

ブラッドはシールドで光弾を防ぐ。だがその光弾は着弾すると爆発するものであり、それによって足止めされてしまう。

今はまだ問題ないが、このまま受け続けたら、装甲がもたない。

「うおぉぉー!」

ブラッドがそう考えた矢先、その声と共に銀の福音に突っ込む機体があった。織斑一夏だ。

一夏が動いたのは頭で考えた行動ではない。そう、体が勝手に動いたのだ。

「やらせるかぁー!」

零落白夜を最大出力で振りかぶる。が真っすぐ突っ込んで正直に振りかぶったその一撃は、ほんの少し機体を動かした銀の福音に簡単に避けられた。

次の瞬間、一夏は無数の光弾を浴び、爆発によって銀の福音との距離が開いてしまった。

「一夏ぁ!!」

しかしそれとほぼ同時に銀の福音に衝撃が走る。

一夏に攻撃が集中した瞬間、攻撃から解放されたトールギスがシールドを構えながら、銀の福音にスラスターを全開にした体当たりをぶつけたのだ。

「おおぉぉぉー!!」

吹き飛ばされた銀の福音の体勢が整う前に、D・B・Gが数発捉える。

爆発を起こして銀の福音が海に落ちる。D・B・Gを油断なく構えるトールギスだった。がしばらくしても上がってこないのを見て、ようやく構えを解いた。

その後ブラッドは自身を助けてくれた少年の様子を見に行く。幸い落とされたわけではあさそうだ。

「無事か?少年」
「あ、はい。大分シールドエネルギーは削られましたが、問題ないです」
「そうか、ならいい………ところで、君は何故あのようなことをした」

ブラッドはもう一方の人物……篠ノ之箒に視線を向ける。

「………」

だが彼女は俯いて一言も喋らなかった。その様子にブラッドは舌打ちをし、本国へ作戦終了と銀の福音の回収の要請をしようと、通信を開こうとした。

だが次の瞬間、海が割れた。







あとがき
蛮刀の記述は申し訳ありませんでしたッッ!!!
これからサンドロックの武器はこれから蛮刀から→曲刀(ヒートショーテル)に変更いたします。皆、許して下さい!!

あとこれは非常にどうでもいいことなんですがもしこれがアニメになったら、なんて妄想した結果、こんな感じになりました。

OPはJust-communicationで。機体は後期バージョンなのに、っていう突っ込みはなしwww

ヒイロの手隠し部分はブラッドに、リリーナの位置はヒヨリに変更。トレーズ閣下はそのまま。

ウイングガンダムの位置は一夏に変更。トールギスに腕を切り落とされて、雪羅の荷電粒子砲を放つけど、量産機含めた全機に避けられるラスト。

EDはSUPER∞STREAMで。

走る人たち?爺様たち5人に決まってるだろう?

ところでそろそろ表板にいってもいいですかね?よかったら「事は全てエレガントに運べ」という書き込みをしてください!




[27174] 龍と重腕の力
Name: 伝説の超浪人◆37b417bc ID:5424a8a7
Date: 2011/08/28 17:45
注意!今回のお話は原作ISを重視する人には嫌な話です。それでも……了解という人はご覧ください。


篠ノ之箒の人生は姉に振り回されたものであったといえるかも知れない。

幼少のころから明らかに異常な知性を持っていて、対人関係も碌に築けなかった姉は大人から畏怖を集め、子供からは異常者としか映らなかった。

そんな姉の妹……箒にはそういうレッテルが常に付き纏っていた。

箒はそんな姉と別の方向で差をつけたかったのか、祖父が教えている武術をやり始めた。その武術は箒にとって性に合っていたのか、毎日修行を積むようになっていた。

しかし同世代の子供の中でそこまで武術にのめり込む者は周りにはいなかったし、元々姉のせいで周りに人がいなかったが、抜き始めた力と生来の人付き合いの下手さが相まって、彼女はさらに孤立していった。

そんな折りに出会ったのが、姉の束の唯一の友人の弟であるという織斑一夏だった。姉に友人ができたということにはとても驚いたが、姉のことには極力触れないようにしたかったので、あまり考えないようにした。

姉の友人の弟ということで少し心配したが、接してみると彼自体は普通の人だった。が同世代の子と上手く接することが出来ない箒は、一夏とは挨拶の他には少ししか会話できない日々が続いた。

そんな日々が続いたとき、少し事件があった。箒が気にいっていたリボンが同世代の男子に馬鹿にされた際、一夏が庇ったのだ。

箒には今まで両親以外には味方いなかった。けれど同世代の男子で、しかもカッコイイ子が味方になってくれた。

幼い少女が一夏を好きになる理由は単純ではあったが、子供が好きになる切っ掛けなんてそんなものなのかもしれない。

その後色々問題になったが、一夏と箒の距離がこの1件で縮まったことは確かで。それ以降2人はよく遊ぶようになった。

しかし元々の性格と姉が作りだした環境のせいで感情が上手く表現できなかった箒は、一夏の前ではあまり楽しそうではなく、嫌々付き合っているようにも見えなくなかった。

ツンデレ、といえば聞こえはいいのだろうが相手に伝わらなければ、本当に箒は機嫌が悪いんだろうなと相手は受け取ってしまう。ましてや相手は他人の気持ちを察することが異常に下手な一夏ことだ。箒は常に不機嫌であると当時の彼は感じ取ってしまっていた。

そんな風に相手に印象付けていることを知らない箒であったが、彼との日々は楽しいものであった。

だがそんな日々もまた姉の手によって壊された。

白騎士事件。篠ノ之束が12カ国にハッキングし、彼女が開発したISにより引き起こされた事件は人的被害こそほとんどなかったものの、ミサイル2341発以上のミサイルが発射され、その約半数をIS「白騎士」が迎撃した上、それを見て「白騎士」を捕獲もしくは撃破しようと各国が送り込んだ大量の戦闘機や戦艦などの軍事兵器の大半をISによって破壊された事件である。

これにより人的被害はともかく破壊された兵器によって金銭面において途方もなく消費する結果となった。

日本にとって幸いだったのは、ISを開発したのが篠ノ之束個人であったためにその金額の返済を一手に引き受けなくてよかったことである。

しかしながらその失った金は様々なところから補充するしかなく、それに関わった者たちの束への怒りは推して測るものだった。

また決定的だったのはその事件後、篠ノ之束がISコアのみを476個作ったところで姿を消したことであった。それによって彼女の行方とISに関する技術を保有していること(だろうという予測)、白騎士事件の共犯の容疑で家族は拘束された。

この流れはある意味当然であった。まず彼女は家族以外に交流があるのは織斑千冬と一夏のみであったことから、彼女の行方を知っているとしたら家族とその2人のみだろうという判断からだ。

ISに関する技術と白騎士事件の共犯の容疑も上記に示した通りで、家族がもっとも知っている確率が高いであろうことから拘束されたのだ。

平和だった家族は父・母・箒とそれぞれ気軽に会いに行けないような場所に1人1人隔離された。このとき箒は一夏と父と母と別れ、待っていたのは毎日行われる尋問であった。

この時の尋問は催眠系はともかく、薬物や拷問などは一切行われなかった。ここは日本政府の優しさだったのだろう。

しかしそれを抜きにしても、当時小学生の箒にとって尋問は恐ろしいものであったことには変わりなかった。想像して欲しい。小学生の自分に対して強面のオジサマたちが自分の周りを囲んで、毎日まるで知らない知識に関して聞かれることを。それも大嫌いな姉が作りだした物のことで。

尋問が終わって家に帰ってもいるのは監視兼お手伝いの者しかおらず、慰めてくれるであろう父や母は遠く離れた土地で会うことも、電話することも見張られて不可能だった。

政府の意向によって各地を転々とする日々が続き、疑いが晴れようやく尋問が行われなくなり学校に行けるようになっても彼女を待っていたのは安息ではなかった。

当然のように付いている監視の上に、あの大事件を起こした者の妹ということで他の子供たちから避けられる日々。

もちろん関係なく接しようとしてくれる者もいたのだが、しばらく尋問を受けていた箒は人との会話をすることに恐怖を抱いていたため、碌に対応できなかった。

人と触れ合いたい……でも人は怖い。そんな矛盾した思いを抱きながら、彼女は日々を重ねていった。

人に接しなければ、人付き合いが上手くなるはずもない。だからIS学園に無理やり入れさせられてから再会した一夏にも上手く接することができようはずもなかった。

6年。ようやく一夏に出会えたが、彼は周りからも特別扱いされていて、彼の隣で戦える者は専用機持ちになっていた。

違う。彼の隣は私なのだ。

その思いを実現すべく、卑怯だと分かっていても大嫌いな姉を利用して自分も彼女たちと同じように専用機を持つことができた。

ようやく、ようやく一夏の隣に立って彼と共に戦えると思っていたのに、それを邪魔したトールギスが憎かった。

しかも横入りしたトールギスはいつまで経っても銀の福音を倒すことができていなかった。

だからあのような行為に出てしまったのだ。いつまでも倒せないのならば、私がやってやる……そんな思いを抱きながら。

要するに彼女は感情を爆発させてしまったタイミングが非常に悪かっただけだ。

決して彼女だけが悪いのではない。普段から彼女自身のIS操縦技術のレベルを教師たちが理解させていれば、束が紅椿を持ってこなければ、千冬が出撃メンバーに選ばなければ、彼女が普段から一夏の周りを囲っている専用機持ちに“劣等感”を感じていなかったら、こんなことにはならなかった。

様々な要素が重なり合って、こういった事態を生みだしてしまった。だが彼女の感傷は突如終わりを迎える。

緑色の球状のエネルギーによって海を割られていく光景が、そうさせた。

●  ●  ●

「あれは……!?」

ブラッドは突如海を球状のエネルギーが割る光景を見て、驚きの声を上げる。確かに倒したはずの銀の福音が動いたこともそうだが、それにしてもこの光景は異常だった。

だが次の瞬間球状のエネルギーが弾け、全方位にエネルギー弾として広がった。その数は先ほど比べ物にならず、まさに避ける隙間もないほどであった。

「散れ!」

ブラッドは口で2人に注意を促しながら、回避行動をしつつシールドを構えた。

が、数が多すぎたのと不意打ちだったのが不味かった。機体そのものはそれほど当たらなかったが、D・B・Gに数発当たってしまい、D・B・Gは爆散した。

「ちぃッ!」

D・B・Gを失うということはトールギスにとって大きなマイナスであった。というのも通常のISは拡張領域によって武器を予備として召喚できるようになっている。

しかしトールギス他ガンダムたちは拡張領域がないため、元から搭載している武器が破壊されると替えが効かないというデメリットが発生するのだ。ここがトールギスらが通常のISに劣っている部分といえた。

今の時点でトールギスに残っている遠距離武器は爆裂弾だけだが、これは1発限りの装備であるため、早々使うことは出来ない。

故にトールギスが選んだのはビームサーベルだった。桃色のビームサーベルを斜めに構える。

「(しかし、接近するのは難しいか……)」

銀の福音は機械であった翼がエネルギー体のものになっており、外観も多少変化している。先ほどの攻撃を見るに、攻撃力と攻撃範囲と連射能力が上がっていると考えて間違いない。ただでさえ接近しづらかったが余計に難しくなったのだ、トールギス1機だけでは難しい。

もう1機仲間がいれば十分接近は可能なのだが、今この場にいるのは学生が2人。しかも2人とも背を預けるには不安が残る。

だが悩んでいる時間は無い。今のブラッドに出来るのは接近戦しかない。

「いくぞ!」
「お、俺も!」

大型スラスターを全開にしたトールギスに遅れて、一夏が後を追う。

視界を埋め尽くすような光弾がトールギスと白式を襲う。

2機がそれぞれ別の方向から襲撃をかけることによって1機に放たれる光弾の数は減ると思ったブラッドだが、実際は変形後と大して変わらないほどの数だった。

しかしそれならば一応接近することはできる。トールギスはビームサーベルを振りかぶりながら、横をすり抜けるように斬りかかる。

「ちぃ!」

が銀の福音は後ろに下がるだけで、その攻撃を避けた。そう、銀の福音は接近用武器を持たないため、接近されたら避けるという1択しかないのだ。選択肢がないというのは不利に思えるが、行動を起こす際迷いが生まれないため、早く動くことができるという利点があるのだ。

銀の福音は回避と同時にスラスターとして使ってない部分の翼から光弾を吐き出す。それをトールギスが回避する間に、間合いを開ける。

「おおぉぉー!」

その銀の福音に雄叫びを上げながら一夏は雪片弐型を振り下ろすが、やはり同様に避けられる。同時に光弾を数発被弾する。

「くぅ、どうすれば………あ!」
「何をやっている!?」

突如一夏が銀の福音に背を向けて海面へと加速する。敵である銀の福音に背を向ける行為に、ブラッドは思わず声を上げてしまった。

ISといえど完璧に安全な兵器ではない。もし空中数千メートルでISが解除されて生身で海に落下した場合、まず間違いなく死ぬからだ。

これは「不殺」を掲げている自由なパイロットが空中の敵MSを部位破壊した後、その破壊されたMSが海に落ちて爆発しているのと同じだよ……とは決して思っちゃいけない。

銀の福音はトールギスを牽制しながらも、一夏に攻撃を集中させていく。だが肝心の一夏は避けずにその場に留まり雪片弐型で光弾を弾いていた。

明らかに効率の悪い対処方法を取っている一夏の考えを、ブラッドは直ぐに察した。

一夏の後ろに船があるのだ。しかもあまり大きくない代物だ。

ここ一帯はIS学園教師が封鎖しているはずにも関わらず、船が紛れ込んでいる。つまりそのことから導き出される答えは……。

「密漁船か……!」

しかしいくら密漁船とはいえ、ISに搭載されたレーダーならそうそう見逃すことはない。よほど相手が上手かったのかもしれないが、いくらなんでもこのタイミングで来るのは酷過ぎる。

ブラッドは即座に一夏の援護に向かうが、光弾のせいで中々進まない。

一夏の武器は接近戦用の武器1つだけで、光弾を捌き切れるわけもなく、もう既に船は沈む寸前であった。

「くそ、もうエネルギーが……!」

それどころか白式のエネルギーは切れる寸前で、ここにきてようやく自分のミスで茫然としていた箒が気づく。

「一夏ぁ!!」

その声と共に、彼方から大量のミサイルが銀の福音に振り注いだ。

銀の福音は咄嗟にミサイルを迎撃ながら回避行動をとるが、数発被弾し爆炎に包まれる。

「こちら03、援護する」

皆がその声の方向を確認すると、そこにいるのは赤白の機体と緑の機体だった。攻撃したのは赤白の機体なのだろう、肩にあるミサイルポッドのハッチを閉じるのが確認された。

「貴様ともあろうものが、手間取りすぎだな」
「すまない、少し予想外のことがあってな」

今度の声は緑色の機体から発せられた。棘がある言い方だが、ブラッドは普通に受け答えしている。彼がそういった喋り方だと承知しているからだ。

駆けつけた2体のISで赤白の方はガンダムヘビーアームズ、緑色の機体はアルトロンガンダムと言った。

「新しいISだと!?教師陣は何をしていた!」
「そ、それが今調べてみたんですが未確認機はレーダーに反応していなくて……目視以外にあの2機を確認する方法がありません……」
「バカな……ステルスモードでもないのに反応しないだと……?」

一方彼らの機体のことを一切聞いていないIS学園側は慌てていた。新たに現れた2機の未確認機はアメリカから何も情報も入っていない、正真正銘謎の機体なのだ。しかもその頭部はあの先日発表されたガンダムサンドロックにそっくりなのだ、驚くなと言う方が無理である。

彼女たちは知らぬことであったが、ガンダニュウム合金の特性として電波を吸収するというものがあり、ステルスの効果があるのだ。ステルスモードと違い、姿そのものは透明化などしておらず、条約には触れないものであった。

「あれが敵だな?」

千冬たちの思惑など知らないアルトロンガンダムのパイロット「龍 書文」はブラッドに確認を取る。

「ああ、中々面倒な武装を持っているぞ」
「関係ない。敵は倒せば済む話だッッ!!」

腰部から白い棒の様なものを取り出すと、その両端から三又のビームが形成される。ツインビームトライデントを右手で何度も激しく回転させながら、右腰の後ろで構えた。

「いくぞッッ!」
「援護する」

ヘビーアームズのビームガトリングが凄まじい勢いで銀の福音にうねりを上げる。それと同時にスラスターを全開にして、アルトロンは銀の福音に突っ込んでいく。

ビームを回避するために回避行動に入った方向を先読みし、アルトロンはツインビームトライデントで2、3回銀の福音を突く。

その全てを避けた銀の福音だが、最後の横払いを胸部に受け、吹き飛ばされる。咄嗟に体勢を立て直し、アルトロンの後ろに回り込むが、それはミスだった。

2連装ビームキャノン。アルトロンに装備されている武装は多関節アームにより背後への攻撃も可能にしており、その威力も競技用のISとは一線を画くものである。

2連装ビームキャノンから放たれた2本の緑色のビームは、銀の福音の右足の膝から下を破壊した。

「はぁ!」

体勢を崩した銀の福音は咄嗟に体を捻った。それが功を奏したのだろう、真上からやってきたトールギスの斬撃を脳天に食らうことなく、翼を切り落とされただけで済んだのだから。

だが銀の福音に息を突く暇はない。直後に突っ込んできたアルトロンに向かって、光弾を集中させる。

巻き起こる爆発。そこで一瞬銀の福音は動きが止まってしまった。

それが銀の福音と中のパイロットの運命を決定づけてしまったのかもしれない。

爆発の中から出現した、双頭の龍。龍の顎に酷似したドラゴンハングが斬られていない方の翼と胴体を捉えた。

ドラゴンハングには貫通して破壊する攻撃と、龍の顎の部分で締めつけて破壊する攻撃の2つがある。

今までのISにはドラゴンハングのような拘束し、締め付けることもできる武器は存在してなかった。なぜならば締め付けるということは相手のシールドエネルギーを消耗させ、絶対防御を発動させ、エネルギーが切れてもなお締め続けることができるからだ。

銀の福音の胴体の装甲は既に砕ける寸前で、スパークが舞い散る。

「失せろッ!」

その言葉と共に、龍の顎は完全に閉じた。爆散する銀の福音の周りに舞い散る破片も、又銀色であった。

「え……?」

一夏の茫然とした声が辺りに響く。舞い散る銀の破片の中に人の姿は確認できなかった。

「死んだ……死んだのか……?」

安全と思われていたISの戦闘。だが目の前に映っているのは、粉々になった銀の福音の破片だけであった。

「敵機の撃破確認。任務完了」
「ふん……所詮この程度か」

淡々と言うアイオリアとくだらなかったかのように呟く書文に、一夏は信じられなかった。

「あんたたちは「待て、少年」なんだよ!」
「お前たち、来るぞ……新手だ」
「え?」

激昂する一夏の言葉を遮ったブラッドの言葉を証明したのは、千冬の通信であった。

『織斑、篠ノ之!南西からお前たちに無人機15機向かっている。そちらに配置していた教員は撃墜されてしまっている!他の者を寄こすまで耐えろ!』

その言葉を証明するように、センサーで南西の方向から15もの機体が確認できる。

「少年、君はもうエネルギーがほとんどないだろう。一時撤退しろ。そこの君もだ」
「いや、俺は「私はできます!」箒……」
「いや、しかしだな……」
「その辺にしておけ、来たぞ」

アイオリアの言葉通り、敵機をハイパーセンサーで確認できる。そして先に仕掛けたのも無人機側であった。15機から放たれるビームはかなりの数だ。

「……この場合、少数に対して多数が集中砲火を浴びせるという選択も悪くなかったが……」

ビームがいったん止んだ瞬間にヘビーアームズの両肩・両脚のミサイルポッドと胸部の装甲が開き、ビームガトリング・両肩のマシンキャノンとバルカンも起動させる。

「一か所に密集するべきではなかった」

ヘビーアームズは全ての火器を一斉に発射した。その光景はもはや1機の機動兵器で行えるものではなく、敵の視界に映るのは射撃の雨であった。

第2世代型を上回る機動性を持つ無人機<ゴーレムⅠ>であるが、密集していたのもあって避け切れない機体が多かった。

爆発するゴーレムⅠの爆発の中から、生き残りのゴーレムⅠがヘビーアームズに接近する。だがその数は6機まで減っていた。

「無人機程度で……このアルトロンを舐めるなぁ!!」

飛来するビームを避けながら、2機のゴーレムⅠの間に入ってドラゴンハングを左右に伸ばし、2機の腹部を貫通させ爆発させる。

「おおおぉぉぉー!」

トールギスはすれ違いざまに1体のゴーレムⅠの腹部を切り裂いて爆散させ、もう1体も懐に飛び込んで脳天から体の中心にビームサーベルを突きたてる。ゴーレムⅠの爆発に巻き込まれる前にトールギスは離脱した。

「………」

近づくゴーレムⅠに対してヘビーアームズは火器を起動させずに右腕に装備しているアーミーナイフを起動させる。この距離では火器を起動させると隙が生まれやすく、懐に飛び込まれた場合対処出来ないからだ。

殴りつけようとするゴーレムⅠの腕を切り落とし、背後に回る。

「はぁっ!」

各部に内蔵されたアポジモーターを使い、まるでコマのように回転しながら背中を何度も斬りつける。

右手を天に掲げ、いわゆる決めポーズを取った瞬間ゴーレムⅠは爆散した。

「私だって、私だって……!」

エネルギーがほとんど残っていない一夏は囮に専念し、箒が攻撃に専念する。がまだ紅椿に慣れていないどころか、闘いの素人である彼女に効果的な動きができるはずもなく、紅椿の性能でゴリ押ししているといった戦い方であった。

が紅椿の性能は通常のISの中では間違いなくトップであり、数撃当たり頭から血を流しながらも、箒はゴーレムⅠを串刺しにし爆散させた。

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ………」

6機あったゴーレムⅠは瞬く間に消滅した。この速度は以前IS学園を襲撃した時のものと比べば、信じられないほど速かった。

「増援は……今のところないようだな」

ブラッドの呟きの通り、しばらく待機していても敵の増援はなかった。その後ようやくIS学園の教員が駆けつけてくる。彼女らが遅いというのもあったが、ブラッドたちの撃墜速度も異常であったためだ。

「これで作戦終了だな。すまないが君たちの作戦本部に行きたいのだが」
「何故です?」

ブラッドは教員の1人にそう伝えると、彼女は少し緊張しながらも強い口調で返す。IS学園は中立であるから、そう易々と国家に所属している機体を入れさせるわけにはいけないと考えたからだ。

「今回の作戦でそちらの指揮官に話がある。事と次第によっては上に報告しなければならないからな」

だがブラッドの言葉の端々にある怒りが、彼女……いやIS学園の者たちを黙らせた。

●  ●  ●

IS学園の生徒たちは宿泊している旅館の部屋で待機と言うことになっている。というのも現在教員と専用機持ちが行っている作戦は決して外部に漏れてはならないため、関係のない生徒を隔離するためだ。

「ねぇ、何か外うるさくない?」
「じゃあちょっと見てみよっと」
「や、やめなよ~」

部屋に待機していた少女たちは、外が何やらうるさいことに気づき戸を少し開けて覗く。

「嘘!あれって!」
「トールギスだー!」

外には着地したばかりのトールギスとアルトロン、ヘビーアームズなどの姿があった。初めて生で見たトールギスに、少女たちは興奮していた。注意するべき教員は今回の作戦で出払っているため、注意する者はいなかった。

しかし1人の少女が眉を顰め、疑問の声を上げる。

「ねぇ、トールギスの横にいる2機って見たことないよね?」
「本当だ。でもあの2機って何かガンダムサンドロックに似てない?」
「確か何かこの前頭が禿げてる専門家がTVで言ってたけど『目が二つあってアンテナが生えていれば全部ガンダム』なんだって。だからその2機もガンダムなんじゃないかなぁ?」
「そんな単純でいいの!?」

と彼女たちの会話を余所に、ブラッドたちはISから降りずに司令官である織斑千冬に会っていた。

「軍事企業ユーコン社専属パイロットのブラッド・ゴーレンだ。今回の作戦への協力感謝する」
「こちらこそ感謝します。私はIS学園教師で今回作戦の指揮を取らせてもらった織斑千冬です。こちらの方に用があると窺ったのですが」

普通機体は降りて挨拶を交わすものだが、今回ブラッドは降りる気がしなかった。それにトールギスを見知らぬ者の前で空けておくわけにはいかないからだ。

「はい。今回の作戦、彼女と少年のみ出撃していましたが他にパイロットがいなかったわけではないでしょう。何故あの2人だけだったのです?彼女に至っては私を誤射しそうになったのにだ」

ブラッドは要するに「あの程度の腕の者をわざわざ寄こすな」と言っているのだ。これほど教員の者がいて、まさか他に適任者がいなかったというわけではあるまい。

「銀の福音は超高速機だ。だから最新鋭機を持っている専用機の中でも特に高速戦を行える機体を選んだら、この2人となった」

この言い分も別におかしくはない。だがそれは機体だけの話であって、中のパイロットの能力に関しては何も言っていないのだ。

それに高速戦闘を行えないにしても、援護用の機体を出撃させてもいいはずだ。

「では聞くが、彼女の機体は未登録のものだった。通常IS学園に所属している専用機持ちの機体データは登録されているはず……どういうことか説明していただきたい」
「……それは」
「そこの女、名は篠ノ之箒だな?」

千冬が答える前にアルトロンから声が放たれた。箒は「あ、そうだが……」と面喰いながらも頷いた。アメリカ所属のはずなのに、日本人の一般生徒である箒の名前を知っていることは有り得ないと思っていたからだ。

「そこの女は国家代表候補生ではないはずだ。大方姉の篠ノ之束の力でも借りて専用機を用意させたのだろう。女がやりそうなことだ」
「な……何で……」
「それは本当か!」

書文の言葉を証明するように、反応してしまった箒を見て、ブラッドが声を荒げる。それが本当なら彼女はいつでも国際指名手配犯の篠ノ之束と連絡を取ることができ、尚且つごく最近束と会っていることになる。

「は、はい……」
「いつだ。いつ篠ノ之束に会った?」

ブラッドの剣幕に一人の教師がつい答えてしまった。それを舌打ちしたい気分で見ていた千冬であるが、そうするわけにはいかなかった。

「昨日です……」
「……ちっ。……だがそうなると貴様たちは篠ノ之束を秘匿していたということになるな。何か弁解があるなら聞こう」

口調が荒くなってきた彼への質問に恐る恐る答える教師。さすがに隠し通すわけにいかなくなったからか、千冬は1歩前に出る。

「だが報告する前に今回の作戦が伝えられた。余計な混乱を避けるために上には報告していなかったのだ。そこは分かってほしい」
「なるほど。犯罪者を匿い、その犯罪者が作った新型に未熟な妹を乗せて作戦に行い、危うく失敗しそうになったということか。素晴らしい指揮官殿だな」
「貴様!」

ブラッドの物言いに千冬を慕っているラウラが声を張り上げる。いや彼女だけでなく、教師陣も彼を鋭く睨んでいた。多かれ少なかれ、彼女たちの中で織斑千冬は特別なのだ。この反応もごく普通のことだ。

「……くだらん。俺は戻らせてもらう」

アルトロンはそう言うと背中を向ける。そしてこう言った。

「闘いに仲良しごっこを持ち込む……所詮、女ということだ」
「「「!!!」」」

その書文の言い様は、彼女たちを激怒させるには十分であった。しかし反論する前にアルトロンは空へ消えていった。

「……ブラッド。篠ノ之束が近くにいるのならお前の武装がない今、この場に続けるのは得策ではない。帰還するぞ」
「……了解だ。このことは上に報告させてもらうぞ」

本当なら色々言いたいことがあった。しかしブラッドは今ギリギリのところで怒りを抑えているのだ。これ以上この場にいたら怒りを抑え込める自信が無かった。

2機はアルトロンに続くように空に消えていく。その後その場に残ったのは、彼女たちのトールギスたちへの憤りだった。

周りの者たちが愚痴を言い合う中、織斑千冬は空を見て呟いた。

「……仲良しごっこか、言い返せんな」



[27174] 彼女の分岐点
Name: 伝説の超浪人◆37b417bc ID:5424a8a7
Date: 2011/09/19 23:33
「あ、待った待った!」
「はい、いいですよ」
「くぅ、その余裕な感じが憎いぜ!」

ユーコン社の休憩室でシオンとディルムッドはチェスを楽しんでいた。まぁ会話からしてどちらが強いのかはまる分かりであるが。

「で、結局あの事件の後、問題になった嬢ちゃんたちってどうなったんだ?俺はまだ聞いてねぇんだ」
「ああ、あの銀の福音の時のことですか。実はですね……」

シオンによると銀の福音暴走事件は、発表していないガンダムが2機もあったので本来なら秘匿しておきたかったのだが、紅椿の存在のおかげで事件自体は発表せざるを得なかったという。

詳しく調査していくにつれ分かったことだが、妹である篠ノ之箒は臨海学校以前に篠ノ之束に連絡を取り、自身の専用機の製作を依頼したらしい。その後の臨海学校で紅椿を授与し、僅か数時間で銀の福音の任務に当たったという報告が入っている。

「篠ノ之束にいつでも連絡が取れるというのと、勝手にIS……しかも第4世代型を使用したということでIS学園の夏休み一杯は日本の特殊施設に拘束されるそうです。ガンダムのせいで世界中の性能競争が激しくなっているところに第4世代型ISですし、篠ノ之束の妹というのが大きかったようですが」
「しかしその姉が妹を取り返そうとしたりするのは考えなかったのか?」

違法研究をしていた研究所が人的被害ゼロで破壊されたという事件が過去に何度か起こっていた。確定ではないが、犯人の足取りが全く掴めないことから容疑者に篠ノ之束が挙がっている。

そのことと、彼女が今までやってきたことを考えると妹を助けようと襲撃してくる可能性があるのだ。

「もちろん考えましたよ?でもそこで妹さんを助けたところで、妹さんはもうIS学園にいるどころか、普通に生きることすらできないでしょう。つまり妹さんのことを考えれば助けにくることはできない……ということです」
「なるほどなぁ」

もし束が襲撃をかけて箒を救ったとしても助けた後はどうするのか?という話になるのだ。もちろん襲撃される可能性もゼロではないが、箒が束に連絡することができることを見落としていた日本に責任を取らせるため、日本で箒を拘束することとなったのだ。

「んで紅椿のデータは取れたのか?まさかそのままその妹に乗せるわけないんだろ?」

だがシオンはそれに対して、首を横に振った。

「それが……篠ノ之束はトラップを仕掛けていたみたいで、今までの書き換え技術だと書き換えができないんですよ。しかもパーソナルデータも書き換えができないようにしてあるので、事実上紅椿は篠ノ之箒以外搭乗することができないようになってまして……」
「おいおい……それじゃ紅椿だけ待機状態ありの、本当の意味で『篠ノ之箒の専用機』ってことかよ」
「そういうことです」

第4世代型ISということでロームフェラ財団とアメリカを除いた各国が紅椿の書き換え(という建前のデータ収集)を行ってたのだが、篠ノ之束が仕掛けていたトラップにより今までの技術が通用しなかったのだ。

その後あらゆる試みが試されたのだが結果は変わらず、お手上げの状態に陥ってしまった。

箒はその解除方法を知っているかもしれないという疑いもかけられており、彼女にとっては良い迷惑である。

しかし使えないとはいっても第4世代型ISに使われている技術は喉から手が出るほど欲しいものであり、一国に預けるという話はどこも受け入れられず、IS学園に封印という形を取った。

解除できる可能性のあるアメリカやロームフェラ財団は、この件に関わるつもりはないので(関わっても旨みが無いとも言える)、今のところ解除する目処は立っていない。

「ところで、ブラッドの旦那が怒ってたIS学園の指揮官の女……織斑千冬だっけ?そいつの処分はどうなったんだ?」
「それですか……向こう数カ月間IS学園から外出禁止、減給とIS学園においての指揮権の剥奪と外部への通信の禁止程度です」

それに対してディルムッドは眉を顰める。

「おい、そりゃ随分軽いじゃねぇか。ほとんどお咎めなしって言ってるようなものじゃねぇか」
「そういう意見もあったんですけどね……あの作戦は結果的には成功でしたし、味方の被害はトールギスの武器が破壊された程度でしたから、あまり厳しい罰を与えるのはいかがなものかという声が非常に多かったみたいで……」

そう、ブラッドやガンダムパイロットたちは織斑千冬の指揮能力に不満を持っていたし、事実そういう意見も出たが、作戦は成功していたというのが重要だった。

確かに織斑千冬は篠ノ之束を匿い、新型機とはいえ慣熟訓練もやっていない未熟なパイロットと腕に不安が残るパイロットを使い作戦を実行したという指揮能力に疑問を持つような行いをしたが、作戦は無事成功したのだ。

アメリカやロームフェラ財団は男性ISに切り替えようとしているが、他国では切り替えられるほどの技術が確立されていないため、まだまだ女性ISが主流なのだ。女性にとってもはや神格化されつつある織斑千冬を作戦が成功したのにも関わらず罰してしまった場合、女性たちからの反発は目に見えていた。

現在ISの待機状態が解除されたとはいえ、専用機持ちがISを使う場合かなり簡単に許可が下りてしまう。そこのあたりはやはり今までの弊害が出ている。

それによって専用機持ちが反逆しかねないという可能性があるのだ、他国ではあまり女性を刺激するような事態は避けたいのである。

しかし何も無し、というのもまた有り得ない。そこで妥協案として今回の処罰が決定されたのだが、やはり不満が残る者が非常に多く出る結果となった。

「まぁ仕方ねぇのかもしれねぇけどよ、納得はいかないよな。でもあの戦闘のおかげでヘビーアームズの戦闘データもとれたし、量産機の開発がそろそろ始まるんだろ?」
「はい、<サーペント>ですね?それに関してはアメリカの主要な企業がそれぞれ分担して部品を作ることになりました。いつまでもユーコンだけが作る状況を続けるわけにはいきませんからね……まぁ博士たちが開発した量産機用のISコア複製なんかの重要部品はユーコンが引き受けることになりますが」

ドクターJたちによってISコア複製も成功し、戦闘データもようやくとれたことからヘビーアームズの武装を受け継ぐ形になるサーペントが開発される目処がたった。

シオンが言った通り、重要な部品以外はアメリカ各地にある大企業が行うことになっている。こうすることでIS産業を発展させる狙いもあるのだ。

この一件でヘビーアームズの機体性能は公表されたが、アルトロンは公表されず、両パイロットも公表されなかった。

関係ないアルトロンは公表する意味が無いし、両パイロットの経歴は少々不味いものがあるので、一般市民に見せることはできない……それ故の処置だった。

よって銀の福音のパイロットを殺害した人物と言うのは公開されておらず、パイロットの家族は政府に反発しているが、政府の圧力によりその声も抑え込まれている。

綺麗事ではやっていけないのだ。

「ようやく、大きな一歩が踏み出せるってわけか」
「そうです……ようやくです。あ、チェックメイトです」
「……ああ!?待った待った!やり直しだ!」
「ダメです」

ニッコリ笑ったシオンを見て、コイツはドSなんじゃないかと思うディルムッドだった。

●  ●  ●

IS学園の生徒たちは普通の高校生よりも早い夏休みへと入っていた。それと言うのも1年生が臨海学校にて当たった任務に原因があるというのだが、軍の最重要機密に当たるとかで生徒に説明はなかった。

ともあれ事件に関係ない生徒には早く夏休みが訪れるのは嬉しいことだ。大体の生徒は喜んで受け入れた。ほとんどの生徒は帰国し、夏休みを堪能していた。がそうでない生徒も存在した……そう、国家代表候補生である。

IS学園は元々新型機のデータを蓄積させ、自国にデータを送る場というのが目的である。しかし自国に帰ってからは細かい調整などもあるので、国家代表候補生は忙しいというわけだ。

「ようやく一息つけましたわね……」

彼女――セシリア・オルコット――もイギリスの代表候補生として責務を果たしていた。帰国した彼女は休むことなく、機体の調整、新装備など様々なデータ収集を行っていた。

加えて彼女は両親が他界しているため、オルコット家のあらゆる面を管理しなければならなくてはならず(国家代表候補生のおかげで国家からの多大なバックアップがあるが)彼女の同世代の子が同じ目にあったならば、とてもこなせないほどのものであった。

まだ予定は入っていたが、今ようやく夏休みに入ってから初めて休みを得る事が出来たのだ。

「あら、そう言えばチェルシーさんはどこに行ったのかしら?」

チェルシー・ブランケットは彼女のメイドであるが、1つ年上の友人でもある。セシリアの両親が死んでから貴族であるオルコット家では親戚らが遺産を狙っている中で、チェルシーはオルコット家の中でセシリアが信頼のおける人物と言ってよかった。

「失礼いたします」

ノックが数回部屋に響くと、1人のメイドが入室してきた。容姿は茶髪のショートカットで、整った顔立ちは美少女と言ってよかった。

「あら、チェルシーさん。どちらに行ってましたの?」
「実は先ほど屋敷の方に手紙が来まして、それを受け取っていたのです」
「手紙ですか?どちらからですか?」

時期が時期だけに、パーティーの招待というわけでもないだろう。不思議に思ったセシリアはチェルシーに尋ねた。

「宛名は……ロームフェラ財団からとなっております」
「ロームフェラ財団から?余計にわかりませんわ……………ブッ!?」

セシリアは丁寧に封を破り、手紙を読んでいくと段々表情が渋くなっていく。だが、最後の文を見た途端思わず噴き出してしまった。

「どうしたのですお嬢さま、何と書かれていたのですか?」
「……3日後にルクセンブルク城にお越しください。貴公ととても重要な話がしたい……トレーズ・クシュリナーダ、と書かれていますわ」
「ト、トレーズ閣下からのお手紙だったのですか」

いつも冷静なチェルシーも、さすがにこの手紙の送り主を聞くと驚きを隠せなかった。

「もしかしてお嬢さまがトレーズ閣下の御眼鏡にとまったとか、そういったものなのではないでしょうか……?」

トレーズ・クシュリナーダはあれだけ絶大な人気を誇りながらも、女性関係はまるで聞かれない。聞くとしたら側近の女性がとてつもなく美人である、という話程度だ。

色恋沙汰を持ち込むチェルシーに、セシリアは首を振って否定した。

「それはないでしょう、私はあの御方と直接話したことはありませんから……ああチェルシーさん、3日後の予定は全部キャンセルしてくださいな。格好はドレスがいいかしら、いやそれよりもまずエステに行かなくてはいけませんね。さぁさぁ、今から衣装やら色々やることが増えてしまいましたわ、急ぎませんと」

セシリアは口調と表情こそ普通であったが、部屋をスキップしながら出て行った。

「……どう考えても浮かれていますね、はぁ……」

とはいえチェルシーとてドキドキしているのだ、直接招待されたセシリアの気持ちは自分より遥かに上なのは当然であった。

「しかし、本当にどんな要件なのかしら……?」

わざわざ電話も使わず手紙などという古臭い手段を使って、それでも要件の内容を明かさないとなると……。

「何だか若干臭いですわね」

近頃ロームフェラ財団での金回りが良くなっているとも聞いているチェルシーは、ちょっと裏があるような……そんな気もしていた。

●  ●  ●

手紙を受け取ってから3日後、セシリアとチェルシーはトレーズからの使いの者が操縦するシャトルでルクセンブルグまで行き、ルクセンブルグ城の敷地に入ると馬車で城へと向かっていた。

「美しい景色ですわね……ここもロームフェラ財団の所有地なのですか?」
「はい。今ご覧になられている景色は全てそうです」

セシリアの向かい側に座るロームフェラ財団私兵団の軍服を着ている男は、柔らかい表情でしかし馴れ馴れしくないよう接していた。

「失礼ですが、何故トレーズ様が私を呼ばれたのか理由をご存知ですか?」
「申し訳ございません、閣下からはただお連れするようにとしか聞かされておりませんので……」
「いえ……ただお聞きしたかっただけですので、御気になさらないでくださいな」

その会話をセシリアの横で聞いていたチェルシーはいくらか驚いていた。

今までのセシリアならば今は亡き父親のこともあって男性相手にはきつく接するのが普通であったのだが、IS学園から帰って来てからそういった態度では無くなっていた。

「(学園にいる唯一の男子生徒の方のおかげでしょうか……まぁ恐らくそうでしょう)」

とはいえ、それは良い変化だ。セシリアの両親が他界している今、オルコット家当主はセシリアなのだ。いちいち男性に会う度刺々しい態度をとっていたら、周りの人間の評判は下がるだけだ。そう言った意味で今のセシリアは以前よりも良い状態であるといえた。

兵士の男は口調こそ畏まったものだが、性格は気さくなのだろう。それから3人は何度も話をしているうちにルクセンブルグ城に着いてしまった。

セシリアたちが馬車から降りると、待っていたのは軍服を纏った金髪美女であった。

セシリアも金髪ではあるが、彼女はまだ少女といえる。だが目の前の女性は目つきも鋭く雰囲気もどこか戦士を感じさせ、完成された大人であった。

「ようこそおいでくださいました、セシリア・オルコット様。ここからは私が案内させていただきます」

しかし彼女の声は雰囲気と裏腹に、透き通るような声だった。彼女は美しい、と言う言葉がよく似合う女性だ。

「あなたは……?」
「申し遅れました……私はトレーズ閣下の秘書を務めさせていただいております、カティと申します」

では、私の後ろに着いてきてください。そう言って彼女はセシリアとチェルシーの2人と兵士を1人連れて巨大な門を開けた。

門の向こう側に広がる空間は煌びやかなものであったが、決して息苦しさを感じさせるものではなく、するりと心に入り込むような美しさを誇っていた。

セシリアは装飾のセンスに感心していると、カティは突きあたりの部屋のドアを開ける。

「失礼ですが、お連れの御方はこの部屋でお待ちしてもらえますでしょうか?」
「はい、畏まりました。それではお嬢さま、失礼します」
「はい、わかりましたわ」

チェルシーは指示に従い、後ろについていた軍人と共にセシリアに一礼してから部屋へと入った。カティには彼女らの雰囲気が主従というにはかなり親しいということが今の行動でわかる。

「仲が良いのですね」と声をかけそうになったカティだが、結局言わなかった。今優先すべきは彼女をトレーズの元へ連れて行くことであり、余計なお喋りをしているわけにはいかない……彼女はそう判断した。

「ではセシリア様、ご案内します。こちらへ」

カティの後ろに付いて廊下を歩いて行くと、そこから庭が見えた。花や木が人工的に整えられた庭の横に、射撃場もある。そして廊下と庭の間にある柱には鳥籠が吊るされてあった。誰かが飼っているのだろうか?

今日は雲ひとつない青空だけあって、世界が少しずつ変わろうとしている中この場所だけは何も変わらない、平和そのものの美しさのようにセシリアは感じた。

と感じたのは良いものの、トレーズの部屋に近づく度セシリアの動きが段々ギクシャクしてくるのは御愛嬌である。

何度か階段を上り、廊下を渡るとカティが立ち止まり、セシリアに向き直る。

「こちらがトレーズ閣下のおられる執務室です。よろしいですか?」
「は、はい!大丈夫ですわ」

若干声が裏返っていたが良いと判断したのだろう、カティは頷いてドアを数回ノックした。

「トレーズ閣下、セシリア・オルコット様をお連れしました」
「入りたまえ」

セシリアは固まった。開けられたドアの向こうにいたその人は……自身が憧れ、いや崇拝に近い感情を抱いていたトレーズが数メートル手前にいる事が信じられなかったのだ。

「一度パーティーで見はしたが、こうして話すのは初めてだな。ようこそ、セシリア嬢」
「は、はい!御目にかかれて光栄ですわ、トレーズ様。セシリア・オルコットでございます」

声をかけられてようやく自分が茫然としていたことに気づいたセシリアは、慌ててスカートの両端を摘まみあげ、お辞儀をする。

「(ああああ、私としたことが何たる無作法を~!?恥ずかしすぎて死にそうですわ!)」

第一印象が大事だというのに、緊張で声が裏返るわ、作法は上手く出来ないわでもう散々であった。もうセシリアは泣きたい気持ちでいっぱいだった。

「楽にしたまえ、セシリア嬢。本来ならばこちらから行かねばならない要件であったのだが……セシリア嬢には苦労をかけた」
「いえ!こちらから出向くのは当然です。トレーズ様に足を運ばせるなど、もっての他ですわ!」
「そう言ってくれるとありがたい。まずは席につくといい、客人に立たせたままでは失礼というものだ」
「え!?しかしトレーズ様と同じ席につくなど……!」

慌てるセシリアの横で、普通の人には気づかない程度だが眉を顰めているカティがセシリアのための椅子を用意し、彼女のための紅茶も準備する。

無論カティの様子が変わっていることに気づいているトレーズであったが、彼は何も言わず薄らと微笑んでいるだけであった。

「(こ、これは座らなければいけないですわね!そうです、これ以上断っては無礼ですわ!)」

と自分の中で納得して、セシリアはゆっくりと慌てず優雅に席に着いた。まぁ言葉では否定したが、本当は嬉しくて緊張しっぱなしというのが本当の所であった。

セシリアが席に座ると、トレーズはカティが淹れた紅茶を口に含む。飲んでいるときに閉じられていた眼をゆっくりと開けて、カティの方に視線を送る。

「カティ……君の淹れた紅茶は相変わらず素晴らしい」
「は、身に余る光栄ですトレーズ閣下」

セシリアも続いて紅茶を飲むと、その味に驚いた。チェルシーの淹れた紅茶も美味しいが、これはそれを遥かに上回るものだ。

「とても美味しいです、カティさん」
「ありがとうございます、セシリア様」

セシリアが聞いた話によるとこのカティという女性、国家代表の座を蹴ってトレーズの秘書になったという。つまりはISの操縦はもちろん、生身の戦闘力もあるということになる。

それに加えてトレーズの秘書を務められるほど有能で、しかもこの美貌。女としてはちょっと嫉妬も感じるというものだ。

「(いるところにはいるんですわね……こういう完璧な人というのは)」

目つきが少し鋭いというところ以外はほとんど隙なんかないんじゃないか、セシリアはジッとカティを見つめる。

「何か御用でしょうか、セシリア様?」
「い、いえ……何でも御出来になって、素晴らしい方と思っただけですわ」
「……ありがとうございます、セシリア様」

そう言われたのが予想外だったのか、少しキョトンとしたカティだったが、少し笑みを浮かべながら礼を述べた。

その笑みは女のセシリアでもドキッとするもので、思わず顔が赤くなりそうだった。

「(不覚ですわ……やはりこの方はトレーズ様とそういう関係なのでしょうか?)」

セシリアはカティとトレーズが男女の関係なんじゃないかと紅茶を飲みながら考える。直ぐにそういった男女の事に想像を膨らませてしまうのは、10代の学生らしい思考ともいえた。そういった意味ではセシリアもまだまだ子供なのだろう。

「さて……一息ついたところで、本題に入りたい。よろしいかな、セシリア嬢?」
「はい」

ついに話される本題に、セシリアは身を固くした。まさか先の銀の福音のときのことなのだろうか……とセシリアは頭の中でいくつかシミュレートをする。

「セシリア嬢もロームフェラ財団には私兵団があることは知っているだろう。その私兵団がある計画の元、新たな名が付けられることになった。その名をスペシャルズという」
「スペシャルズ……ですか」

だがトレーズの言葉は予想を裏切るものであり、セシリアは話の展開が読めなかった。

「ロームフェラ財団の権限の元、あらゆる方面で融通がきく組織となる。無論その中にISの部隊も存在する」

そう言ってトレーズは一口紅茶を口に含んだ。

「セシリア嬢、君をそこの部隊の一員として迎え入れたい。私の部下にならないか?」
「………………え?」

セシリアは数秒間茫然とした。言葉自体は理解できる。しかし内容があまりに予想外過ぎていて、実感できないのだ。トレーズがそんな言葉を自分に対して言ってくれるとしたら、妄想でしかないはずなのだ。

だが現実にトレーズから「部下にならないか?」と言われたのだ。セシリアの頭の中で何度も何度もその言葉が駆け巡り、数秒経ってようやく正気に戻った。

「不満だったかな?」
「ととととんでもないですわ!身に余る光栄です!……ですが、私の様な者でよろしいのですか?私よりも強い代表候補生はIS学園にも存在しますのに……」

トレーズの言葉に慌てて返すセシリアだったが、徐々に言葉が萎んでいった。

セシリアはIS学園での専用機持ち同士の成績だと、下位である。無論一夏に対しては勝率が良いが、他のラウラ・シャルロット・鈴に対しては負けがこんでいる。

そんな自分が、崇拝するトレーズの部下になるには力量不足なのではないか?そんな考えが頭を過り、口から出てしまっていた。

「確かに君は他の代表候補生と比べると成績があまり良いとはいえないな。だが君の機体であるブルー・ティアーズは武装の実験機の意味合いが強い……あれでは戦闘用とはいえないな」
「え……?」
「セシリア嬢……確かに有能な兵士は必要だ。だが兵士に真に必要なものは能力ではない……何だと思うかな、セシリア嬢?」
「……忠実であること、でしょうか?」

セシリアにはわからなかった……この答えも半ば当てずっぽうである。有能な兵士というのは、指揮官ならば欲しいに違いない。しかし、トレーズはそうではないと言ったのだ。

セシリアの答えを聞いたトレーズは席を立ち、窓を見て薄らと笑みを浮かべた。その笑みは、何か懐かしいものを思い出しているような……そんな雰囲気だ。

「ある少年たち……そして我が永遠の友がそうであった。彼らは故郷に裏切られ、幾度も敗北しても尚立ち上がり戦い続けた。彼らは能力的にも素晴らしい兵士だったが、私が惹かれたのは彼らの“戦う姿勢”だ」
「戦う姿勢……」
「死を厭わない兵士……その姿勢こそが正しい人間の正しい戦い方だと思う。例え死してもその兵士の魂は気高く輝き、人々の心に感動を与えるのだ。セシリア嬢、君は家名を守るために幾度も敗北しながらも戦い続け、今こうして国家代表候補生という地位についている。その姿勢こそが兵士として必要なものなのだ」

セシリアはかつてない衝撃を受けていた。そして少し前までの自分を恥じていた。

国家代表候補生になる前は、何度も挫折しながらも歯を食いしばって歩み続け、今の地位を手に入れた。だが手に入れてからの自分は今まで自分の努力を馬鹿にしてきた者を罵倒し、それが肥大化して自分より能力の低いものを罵倒していたのだ。

セシリアは国家代表候補生になってからは、自分が嫌いだった者たちと同じになっていた。そのことをトレーズの言葉で気づけたのだ。

声に出したかった……自分はそんな評価してもらえる人間ではないと。だが同時に、そんな自分を評価してくれたトレーズに対して心から礼を述べ、この話を受けたかった。

しかしセシリアはそう簡単に答えを出せない立場だった。彼女は国家代表候補生になっていることで国家からオルコット家のサポートをうけているからこそ、未成年の彼女でも家名を守ることができている。

「君が家名のことを気にしているのならば、私の部下になればロームフェラ財団が支援しよう。国家代表候補生はあまり長い期間はできまい……ロームフェラ財団ならば国家代表候補生よりも長く支援を受けられる」

だがトレーズの言葉はセシリアの憂いも断ち切るものだった。

「トレーズ様……私は……」

しかしセシリアは承諾出来なかった。家名を守るという意味では、もう国家代表候補生を続ける必要はない。しかし彼女には、最後に1つだけ心残りがあった。

「(一夏さん……私は……)」
「しかしこれだけのことだ……即断はできないだろう。2週間。それまでに返答してもらいたい」
「……はい。必ず、お返事致します」

●  ●  ●

トレーズは窓からセシリアたちが帰るところを眺めている。その後ろではカティが眉を顰めていた。

「トレーズ様、何故彼女に対して便宜を図るのです?そこまでする必要はないと思われますが」
「彼女は必要だよ。いや……正確に言えば女性のISパイロットが、だがね」
「腕の問題ではない、ということですか」
「ふ……」

トレーズはそれ以上語らなかった。だが先ほどの答えで合っているだろうことは、彼の反応でわかる。

これはカティの考えだが、恐らく男女混合の部隊にすることで今まであった女尊男卑の壁を緩和させる狙いがあるのだろう。

狙いはわかる。だがしかし、あんな小娘に気を使うトレーズの姿を見ているカティの心中は穏やかでなかった。

第一セシリアのあの態度が気に入らなかった。トレーズ直々勧誘を濁した返事で、この場を後にしたあの態度が。

「(小娘が……)」

カティはその美しい仮面の下で、激しく毒づいていた。



[27174] ドキドキ☆学園探検!
Name: 伝説の超浪人◆37b417bc ID:5424a8a7
Date: 2011/10/01 23:04
※今回の話は突っ込みどころ満載ですし、一部キャラクターがおかしいですがこれはフィクションです。小説を見るときは適度な距離に離れて、部屋を明るくして見てね!


日本時間にして深夜。ほとんどの人が眠りに就いているその時間に、IS学園にほど近い海から人影が現れた。月明りしかない海岸では、その人物は良く見えない。だがお下げをしている、黒い服を着た人物のようだ。

濡れた体をそのままに、その人物はそこから歩いて離れていった。見るからに怪しかったが、誰もいないその場所で、その人物を咎める人はいなかった。

●  ●  ●

「あー、またハメ技かよ!?卑怯だぞ弾!」
「ばーか、勝てばいいんだよ!」

場所は五反田食堂2階、五反田弾の自室。その部屋の主である赤髪とバンダナが特徴の五反田弾と共に一夏は格闘ゲームで仲良く遊んでいた。

一夏も普通の高校生と同様に夏休みを満喫していた。もっとも姉や幼馴染が政府から色々と制限を受けている中、こうして自分は遊んでいていいのだろうか?と思っている。しかし千冬が悩んでいた一夏に「思いっきり遊んで来い」と言ったため、彼はそれを律儀に守っている。

一夏が浮かない顔をしているのは弾も分かっていたが、一夏が言わない以上突っ込むべきではないのだろう。そう彼は考えて、触れずにただ遊んでいた。

「お、あれってトールギスのプラモか?」

一夏が見つけた机の上に飾られたケースの中にあるプラモデルは、一夏が臨海学校で出会ったトールギスだった。あの事件のことは今も心に引っかかっている一夏にとって、トールギスの姿を見ると少し複雑な気持ちになる。

「どうだ、すげーだろ!?あまりの売れ行きで再販してもすぐに売り切れるから、今ネットオークションだと大体3~4倍の値が付くんだぜ?」

日本の玩具業界はトールギスの人気に目をつけ、1/30サイズのトールギスを発売した。精巧な作りで組み立て後は様々なアクションが可能であり、ちっちゃいブラッドも付いて御値段5000円。子供にも手が出せる値段は、様々な年齢層に受けが良く凄まじい売れ行きで大人気商品だ。

「おお、本物のトールギスに似ているな、これ!」
「だろ!……ん?その言い方だと、お前トールギスに会ったことがあるみたいじゃないか」
「あー……、一応会ったことはあるぞ?」
「マジか、お前ブラッド・ゴーレンに会ったのかよ!?サインとか持ってねぇの!?」
「あああああ~、ゆ、揺らすな~!」

弾は興奮したまま一夏の肩を掴んで揺さぶった。あまりの揺さぶりに、一夏の頭は激しく揺れまくった。

「おお、悪い悪い。……で、どうなんだ?」
「実はな……そのときは軍の機密とかで、話せないんだ。話すとお前に監視が付くんだけど……」
「話すな!監視なんかつきたくねぇ!……てかお前、そんなやばいもんに関わってんのかよ」
「まぁそういう学校らしいしな。他の子が戦うぐらいだったら、俺が戦うさ。皆を守るためにな」
「……そうか。頑張れよ」
「おう」

弾は一夏の言葉に腑に落ちなかったが、そのまま口に出すことはなかった。一夏がそのまま弾の言葉を疑いなく呑み込んだために、そこで話は終わった。

「(軍の任務つったら死ぬことも有り得るはずなのに……なんでこんな平然としてんだ、こいつ?)」

弾から見た一夏は、まるで戦いを怖れていないような口ぶりだ。死の危険性があるはずなのに、何か軽い頼みごとを頼まれたかのような気やすさを感じた。

少なくとも弾には、それが不自然に感じた。

「……まぁ、良い時間だし飯でも食おうぜ。今の時間なら下で喰っても迷惑じゃないだろ」
「そうだな。久しぶりに厳さんの料理も食べたいしな!」

しかし弾は自分の考えすぎかと思い話題を変え、一夏と共に下の階にある食堂へと足を運んだ。

五反田食堂はいうなれば昔ながらの食堂でありながら、少々変わったメニューがある人気店だ。調理はもっぱら弾の祖父である厳が担当し、店員は弾・母の蓮・妹の蘭である。一夏も中学時代から何度も世話になっており、常連の1人でもあった。

厳と蓮に挨拶した一夏は食堂を見渡す。御昼時には少し早い時間だったためか、客はまばらであり大きな席も空いていた。

「ここでいいか。お前何食べる?」
「そうだな……あれ?」

メニューを決めようとしたその時、戸が開いた。

「すいませーん……ってああ、お姉さん、俺の席はあいつらと同席でいいかな?」
「あら、あなた弾の御友達?どうぞどうぞ」

入ってきた男は人懐っこい笑みを浮かべて蓮に話しかけると、蓮は嬉しそうに弾の席に案内した。

「なぁ、あの人知り合いか?」
「……いや、全然知らない人だ」
「席、隣いいか?いやー、有名人に会えるなんてついてるな俺!」

弾も一夏も知らないその人物は、にこやかに笑みを浮かべながら弾の隣に座った。2人ともお互いの顔を見合って、不思議そうな表情を見せる。

「有名人?それってこいつのことですよね?」
「織斑一夏っていったら、外国でも相当有名だぜ?なんせ史上2人目の男性ISパイロットなんだからな。少し話してみたかったんだよな……ああ、俺はデュオってんだ、よろしく」

弾が一夏を指さすのを見て頷いたその男は自身をデュオと名乗った。茶髪のお下げを黒い帽子から垂れ流し、服は全身黒で統一されていた。どこか修道服にも見える服だ。

「は、はぁ……よろしく……」

一夏はデュオが席に着いた時、実はかなり警戒していた。自分は狙われる立場なのだと千冬に何度か言われていたため、急にやってきたこの男はそうなのではないかと思っていた。しかしこの明るさは、一夏が抱いていた刺客像と何か違うのだ。毒気を抜かれた……とも言えたが。

「IS学園に男1人でいるって聞いたけどよ……やっぱり女がいっぱい言い寄ってくんのか?」
「ああ、いや……そんなことはないですよ?言い寄ってくるというか皆男が珍しいってだけで面白がっているだけだし、マッサージとか直ぐ頼んでくるんですよ?玩具みたいなもんです」

一夏の横で弾が怪しげに眉を顰めているのを見てディオという男は「本当か?」と弾にアイコンタクトをすると、弾は「多分違うでしょう」と送った。

「でもよ、仲の良い女もいるんだろ?彼女とかいねぇのか?」
「いないですよ。寝ぼけて俺のベットに入ってくる子もいますけど、その子はちょっと世間知らずだし……俺にISの操縦を何人かが教えてくれる子もいますけど、それは親切心だと思いますし。実際スパルタなんですよ、その子たち」

その言葉を聞いたデュオは隣の弾の肩に手を回し、顔を寄せて一夏に聞こえないよう小声で話しかける。

「おい、これマジで言ってんのか?どう考えても言い寄られてんじゃねぇか」
「ダメっすよ、こいつ中学時代からこんな感じですから。明らかに告白どころかプロポーズに近いことを言われてもスルーしたやつですから……しかもその子のことは仲の良い女友達と思ってるらしいっす」
「そりゃあ重症だな……」
「俺の妹もあいつに惚れてるんですけど全然気づいてもらえなくて、妹だけが空回りしてるのを見てると悲しくなってくるっす……」
「元気出せ……」

デュオがポンポンと弾の肩を叩き、何か泣きそうな表情をしている弾の様子を一夏は不思議そうに見ていた。

今の話で何か言っちゃいけない所でもあったのだろうかと一夏は考える。まぁ一緒に風呂に入ったり、キスされたりもしたがそんなことは言わなくてもいいだろうと思っていた……あれは事情があるし、男は俺しかいないからああいうことが起こったのだろうぐらいにしか、一夏は考えていなかった。

その後弾はデュオに何か惹かれるもの(貧乏くじ)を感じたのか、急激に仲良くなり、その席は盛り上がった。一夏もその様子を見て警戒する必要もないと判断したのか、しばらく経つと友達の様な感覚で接していた。

「やっぱり訓練は大変か?」
「そうですね……やることがいっぱいあって大変です。まぁ俺の周りは代表候補生が多いので色々教えてもらえるから、そこが救いですね」
「良かった、俺入学しなくて」

ははは、と3人の笑い声が響く。

「(まぁ、コイツの話は本当だろうな。動きが完全に素人だしな……正直初見だとコイツがパイロットだとは思わないだろ)」

デュオ……否、ガンダムデスサイズヘルのパイロットであるディルムッド・フォーラーはそう内心呟いた。一夏の動作は彼から見たら隙だらけだし、拳銃も所持しているようには見えない。殺そうと思えばいつでも殺せる人間だ。

今回ディルムッドが一夏と接触できたのは、本当に偶然だった。そもそもディルムッドが日本に来た目的は、一夏とは全く関係ない。大体、貴重な人材である一夏がこんな普通の食堂にいるとは誰も思わないだろう。

「(まぁ何カ月か前までは普通の学生だったらしいし、仕方ないか)」

まぁそもそも学生だった一夏と、幼少のころから戦い続けてきたディルムッドでは差があって当たり前だ。比べる方が間違っているのだ。

「(ブラッドの旦那も腕はともかく、度胸は良いって言ってたしな……)さて、俺はそもそも御暇させてもらうぜ。少し用事があるんでな」

ブラッドは一夏の度胸の良さを買っていた。接近戦用の武器しかないにも関わらず、躊躇なく銀の福音に向かっていったのは中々出来る事じゃないということでだ。

「え?もう言っちゃうんですか?」
「ああ、ちょいと仕事でな。人使いが荒いんだ、ひでぇとこだよ」

ディルムッドの哀愁を感じさせる表情に、2人は苦笑いするしかなかった。

「た、大変なんですね……」
「ああ……じゃあな2人とも。またいつか会おうぜ」
「はい、また!」

背を向けながら手をひらひらと振り、ディルムッドは五反田食堂を出て行った。無論代金は払っていってだが。

「あれ?でもあの人働いてるってことはいくつだ?」
「………大学生くらいにしか見えないけどなぁ」

気さくで良い人物ではあるのだろうが、ほとんど同い年にしか見えないというのが、2人の共通意見だった。

●  ●  ●

「ぐぁ!」
「がは……」

作業服の男2人が倒れていく。いや倒されたというのが正しい、この目の前の男によって。

「悪ぃな、服も借りるぜ?」

倒した男……ディルムッドは片方の男の作業服を奪い取って着ると男たちを縛り上げて放置した。そのまま男たちが乗る予定だった運搬用のトラックを始動させ、目的地へ向かう。

ディルムッドが一夏たちと出会ってから3日が経った。この3日間何をやっていたかといえば、上の方から依頼された“IS学園侵入及び調査”のための下調べをしていたのだ。

IS学園は中立であるし、またその印象を保つためにも極力政府などの意向を受けないようにしている。

今回の銀の福音の件でIS学園を調査しようという話も出たのだが、上記の理由によりそれは撤回された。がそれに納得できない国もある……そう、アメリカだ。

自国でコアを含む量産型ISを製造できるアメリカにとって、好き勝手にやる篠ノ之束はもう抹殺したい存在なのだ。世界中いくら探しても彼女の姿は見つからないことから(もっとも見つけた国が彼女を独占したいがために、他の国に伝えないということも考えられるが)、彼女がIS学園にいる可能性があるのでは?と考えたのだ。

銀の福音の件といい、以前学園が無人機が襲撃された件といい、いずれの件も襲撃のタイミングが良すぎていた。まるで最初から仕組まれていたかのように。

また以前からIS学園の責任者や3年生でロシア代表である更識楯無が得体の知れない動きをしているという報告もあるし、織斑千冬が篠ノ之束と親友同士であるというのも調査の一因であった。

何も無ければ無いでいいし、もし何かあったのならば十分に叩く要因となりうる。だがこの作戦は非公式の物であるため正規の軍人は使えないし、やたらな傭兵では捕まってしまうのがオチだ。

そこで非常に腕の良い傭兵でもあり、隠密に長けたガンダムを使えるディルムッドに白羽の矢がたったのだ。

「あーあ、俺だけいっつもこんな役回りだよな……別に英雄にはなりたかないけどよ」

もちろん報酬の支払いはかなりのものだが、正直世界でも有数の警備を誇る学園に生身で潜入するなんて依頼は普通の傭兵は受けないだろう。今まで潜入した者たちはいたが、いずれもIS有りだった。

2日に一度、学園内へ食材を運搬するトラックが正門を通る。もちろん門を通る際はIDカードと証明写真を照らし合わせて必要がある。それをしない場合、即座に拘束されしかるべき処置を施される。

溜息を浮きながら、しばらく運転しているとIS学園の正門に辿り着いた。

「止まってください。IDカードと証明写真の提示をお願いします……ってあれ?見たこと無い顔だね、新人さん?」
「へへ、そうなんですよ。日本での就職は中々外人には厳しくてね……」
「そう言う話、よく聞きますよ……確認できました。どうぞ、頑張ってください」
「ありがとう、頑張ってくるさ」

門の警備員が窓から身を乗り出して、ディルムッドを見ると不思議そうな表情を浮かべる。そんな警備員と2~3会話を交わして、IDカードと証明写真が正規のものと確認されるとトラックは無事通過した。

「……しかし、随分簡単に入れたな」

ディルムッドにはこの警備は些か拍子抜けだった。もっと厳しくチェックするのかと思ったが、こうも緩いとは思わなかった。

もちろんIDカードや証明写真はこの3日でハッキングなどを応用して作ったバリバリの偽造である。彼はこういったことを昔からやっていたため、得意分野であった。

「さてと、行くか」

トラックを停めて、荷物の運搬をすることなくディルムッドは作業着のまま荷物袋を担いで校舎内に侵入した。

人の気配は校舎内にほとんどなく、織斑一夏に聞いた通りほとんどの生徒が帰省しているらしい。帰ってないのは家に居たくないか、訳有りの生徒だけだろう。

人気のない廊下を、全く足音を立てずに駆け足で抜けていく。学園内の地図は各国に公表されているため、アメリカで全て記憶してある。しかし今回調査するところは“地図に無い場所”なのだ。

故に最初に向かう場所は学園内にある指令室である。そこならば“地図に無い場所”の詳細もあるだろう。

「でね~、あそこのケーキ屋のチーズケーキ超おいしいの!」
「嘘!?それ知らなかった!」

ディルムッドから見えない方向から女性の声が聞こえる。そのまま彼女たちはディルムッドがいた場所を通っていった。

「……ん?」
「どうしたの?」
「……いや、気のせいだと思う」
「そっか……じゃ行こ!」

片方の女性はなんとなく変な感じがして左右を見たが、特に何もなかったのでそのまま2人は歩き去っていった。

それを確認すると、廊下の天井の窪んでいて普通では見えないところからディルムッドが落ちてきた。

「ちょっとビックリしちまったぜ。そこそこ勘は良いみたいだな……ここのやつら」

そう言いながらディルムッドは廊下を駆けていくと、指令室に辿り着いた。そのドアはロックナンバーの入力が必要なのだが、ディルムッドは荷物袋から四角い物体を取り出して入力部分に貼り付けた。

数秒後、四角い物体は小さな音ともに爆発し、扉が開かれた。中に入ったディルムッドはそのまま指令室のコンピューターを操作し始める。

「学園が所持しているISはここでロックを外せる許可が出せるのか……お、あったあった!……地下室か!」

目的の物を見つけたディルムッドは、そのまま部屋を出ようとして、咄嗟に足をとめた。

「おっと、忘れるところだった。プレゼントもおいていかないとな?」

荷物袋からまたも四角い箱を取り出し、机の下に取り付ける。それを済ますとさっさと部屋を抜けて、地下室へと向かった。

地下室に行くまでに色々あるかな……と思っていたディルムッドだが、少し行く道が普通の人にはわかりにくかっただけで彼にとっては余裕だった。

「お、ここだな?……ってさっきと同じセキュリティかよ……ズボラだな、おい」

そう言いながら先ほどの指令室と同じ方法で、侵入できた。あまりに簡単にいくことに逆に警戒心を強めながら、そのまま調査を始める。

「コイツは……無人機の残骸か?確か政府の報告書には全機撃破だったはず……しかも、コア付きとはな」

傍にあったコンピューターでコアや機体情報を抽出する。睨んだ通りコアは今までの無人機と同じ未登録のものであった。が、その中で気になるデータがあった。

「暮桜……?新型……じゃないな、確かコイツは織斑千冬の機体だったはずだ。……こっちか」

以前織斑千冬が使っていたIS<暮桜>のデータが何故かここに入っていた。勘で隣の扉を開くとそこにはISコアと作成途中の装甲と武装があり、明らかにそれは新たなISをここで製造している証拠だった。

「ビンゴ!しかし無断でIS製造なんて正気か?……けど、ここは隠すにはうってつけの場所だしな」

以前の織斑千冬の機体を製造しているということは、これは織斑千冬の機体と見ていいだろう。

教師陣など多くの者たちからは慕われている織斑千冬にとってIS学園は、政府の調査は入らず整備も世界で有数であるため、秘密裏に製造するにはまたとない土地である。

その後念入りに調査したが他の物は見つからなかったため、ディルムッドは無人機と暮桜ISコアを2つ懐に入れた。

「さて、後はデータを全部消して、破壊するか」

コンピューター内のデータを全て消した後、ディルムッドは荷物袋から今までよりも大きい物体を取り出す。

「超リモコン爆弾~~!……なんちゃってな。よっと……ここでいいか……ん?」
「あれ、これって……」
「やば」

扉の向こうから人の声が聞こえた瞬間、ディルムッドは天井の隅に張り付いた。部屋の異常に気がついた女性は走って部屋に入り、驚愕した。さらにもう1人いたらしく、その女性も驚愕していた。

「どういうこと!ここにあったコアがなくなってる!?真耶、他に何か異常なところはない!?」
「こっちも、データが消えてます!しかも暮桜のほうのコアまで!」
「嘘!それっ……」

真耶に振り返ろうとした女性の声は続かなかった。後ろに降りてきたディルムッドが彼女の後頭部を強打し、気絶させたからだ。

「どうしたんで……!?」

振りかえった真耶の腹部を強打し、彼女の意識を断った。

「やれやれ、このままだと爆発に巻き込んじまうな……それじゃ後味悪りぃか」

別に助ける必要はないのだが意味もなく殺す必要もないと思ったディルムッドは、2人を爆発範囲の外に連れ出して、そっと壁に置いた……その瞬間だった。

「あなた!そこで何やってるの!?」
「言う訳……ねぇだろ!!」
「きゃあ!」

見つかった瞬間ディルムッドは倒した女教師が持っていた物を投げつけ、縮こまった女性に近寄り蹴飛ばした。蹴飛ばした彼女に目もくれず、ディルムッドは階段を駆け上る。

「くぅ……『侵入者発見!作業服を着た男が教師2人を暴行し、地下室から逃亡!至急応援を!』」
「……ちっ、変に親切心なんか出すんじゃなかったぜ!」

あの2人を助けていたから、こんな無様に見つかってしまったのだ。自分の甘さに少し苛立ちながらも、彼は駆ける。

「見つけた!撃てぇ!」
「おいおい、いきなりかよ!」

数人の女教師はディルムッドを見つけた途端、マシンガンと拳銃を一斉掃射した。ディルムッドは懐から44マグナムを取り出し壁に隠れながら応戦するが、如何せん数が違いすぎる。

仕方が無いので、ディルムッドはポケットから手榴弾を取り出しながら、ピンを外して投げた。

「そらよ!」

起こる爆発。悲鳴と煙が巻き起こっている間に、急いで廊下を駆ける。少し廊下を駆けていると、彼は背中に冷たいものを感じた瞬間、咄嗟に後ろに飛んだ。

「侵入者め、ここまでだ」
「てめぇは……織斑千冬か!?」
「はぁ!」

日本刀を持ったスーツの女性――織斑千冬――の手がブレた。少なくとも普通の人間の目にはそうとしか見えないだろう。その証拠に、歴戦のディルムッドの目に映ったのは一筋の線だった。

「うぉ!」

避けれたのは普段書文と戦ったからだろう。そうでなければ腕の1本位は持っていかれた一撃だった。

「やるな……だが!」

しかし千冬はそれを気にするどころか、喜喜として連続して斬りつけてくる。反撃するどころか、避けることも難しいそれをディルムッドはなんとか避け続ける。

「コイツ!」

咄嗟に後ろに飛んだディルムッドは、急所に向けて数発弾丸を撃ち込んだ。

「効かんぞ!」

だが千冬は日本刀を激しく回転させることで、弾丸を全て叩き落とした。その証拠に、切り裂かれた弾丸が千冬の前に転がっている。

「……あんた、ホントに人間?」

童帝が良く用いるその技を、千冬は完全に使いこなしている。さすがに、ISの武器を生身で使えるだけはある。というかISに乗る必要があるのか、という疑問はあるが。

「ふ……女性に失礼な男だ」

油断なく千冬は構える。が、彼女はディルムッドの次の一言で動揺した。

「おっと……俺を殺してもいいが、あんたの弟も死ぬぜ?」
「な!」
「なんてな!」

動揺した千冬に荷物袋をぶつけた瞬間、閃光が弾ける。眼が眩んだ千冬の目が元に戻ったその時には、既にディルムッドの姿は無かった。

「あの男……!ISは出せんのかぁ!!」

その叫び声を遠くで聞いたディルムッドは、ポケットからスイッチを取り出す。

「それは防がせてもらうぜ、千冬ちゃん」

スイッチを押した瞬間、校舎に爆発音が響いた。それにより噴煙が廊下まで浸食し、学園側はさらに混乱した。

「どこが爆破された!?」
「し、指令室と地下の方で爆破が起こったらしく、今詳細を調べているところで……」
「指令室だと!それではISが出せん!」

千冬は近くにいた教師の肩を捕まえて問いただすと、その事実に歯軋りをする。

指令室はISのロックを外すことができる。兵器であるISは普段倉庫にしまってあるが、触るだけで直ぐに使えるなんてことは兵器としてはあってはならない。そこで指令室からロックを解除することで、初めて使用が可能となる。そのために一般生徒はISを使う際、かなりの量の書類を出さなければならないのだが。

逆に言えば指令室を破壊されると、手動でロックを外すしかなくなるのだが、それにはかなり時間がかかる。ディルムッドはこれを狙って爆弾を仕掛けたのだ。

「後はずらかるだけだぜ!」

乗ってきたトラックに乗り込み、アクセル全開で門まで突っ切る。守衛は学園の異変に気付き門の守りを固め弾丸の雨を質量のあるトラックに向けるが、それに構うことなくトラックは門を突き破った。

「出せるISはないのか!」
「修理中の量産機があったので、それならば他のものよりも早く出られますが……」
「ならそれで出ろ!私は出れんが、奴をこのまま逃がすわけにはいかん!」

千冬は普段見せない怒りの感情を露わにしていた。地下の秘密を見られたのもそうだが一夏を人質に取られたと思い、まんまと騙された自分に腹が立っているのだ。その怒りを発散するように、壁に拳を叩き付けた。

その頃ディルムッドは、アクセル全開で公道を走っていた。暴走車であるそれは無論警察に見つかっており、只今デッドヒート中だった。

「俺のテクは半端じゃないぜぇー!」

それにしてもこのディルムッド、ノリノリである。もう少し走れば、目的の海岸に着く。だがそこでサイドミラーに何かが映った。

「そこのトラック、止まれぇ!」

サイドミラーに映った物、それは学園から量産機であるラファール・リヴァイヴが追跡してきたものだった。

「止まれって言って止まる馬鹿がいるか」

そう言うとディルムッドは更にスピードを上げる。それを確認したラファール・リヴァイヴのパイロットはアサルトライフルを構えた。

「止まれぇ!止まらんと撃つ!」

しかしパイロットは撃つことを躊躇っていた。犯人は捕まえなければならないし、IS同士の戦闘は今まで何度もこなしてきたが、『生身の人間』を撃ったことはないからだ。もし直撃したら結果など目に見えている……それが引き金を引けない理由だった。

だがそうしている間にもトラックは海岸へ近付いていく。

「ええい、ままよ!」

彼女はトラックの後ろのタイヤを狙った。そこならば直接人を殺すことなく犯人を確保できるからと考えての攻撃なのだが、蛇行運転したトラックに何度か避けられた。

「当たれぇ!」

そう叫んだライフルの弾は確かにトラックに当たった。トラックの後部に火がついたが、そのまま止まることなくガードレールを突き破り、海に落下した。

海に落ちたトラックは数秒後爆発が起こり、海から噴煙が巻き起こった。

「え……わ、私……!?」

捕えるはずが、殺してしまった。その事実に、彼女は震えていた。だが警察はそれ以上に驚いていた……パイロットの後ろに現れた、黒い霞の様なものに。

「きゃあああ!!」

パイロットの背中に突然衝撃が走った。各種センサーが正常に働いている中、完全なる不意打ち。絶対防御が発動したその一撃は彼女を死に至らしめることはなかったが、気絶させるには十分すぎるものだった。

「(こっちは死にそうになったんだ、殺さないだけでもラッキーだったと思ってくれや)」

黒い霞の正体……海の中に隠していたデスサイズヘルの中で人を喰った様な笑みを浮かべたディルムッドは、ジャマーを発動させたまま空の彼方に消えていった。

この襲撃事件によって幸いにも死者は出なかったが、怪我人は少なからず出た。しかし爆破以外の被害を報告しては重罪であるISコアの不法所持が世間に明るみになってしまう。

それを怖れたIS学園は日本政府と協力し、事件自体を闇に葬ることにした。日本はIS学園の失態は自国のイメージダウンになるから、ということで協力した。先の紅椿の件が尾を引いているとも言えており、無論IS学園は日本政府にはISコアを所持していたことを伝えることはなかった。

●  ●  ●

IS学園が襲撃される1日前、一夏が自宅にいる時にインターホンが鳴り響いた。

「はーい……って、セシリアじゃないか?どうしたんだ?」
「……御機嫌よう一夏さん。お時間、ありますか?」
「……ああ、今暇だったんだ。入ってくれ」

突然訪れたセシリアの表情は暗いものであり、さすがの一夏の何かあると感じて彼女を家に招き入れた。

紅茶と菓子を出しテーブルに着いた2人だが、セシリアは俯いたままだった。

「どうしたんだよセシリア、何かあったのか?」
「………もし、ですよ?」

小さな声だったが、セシリアは言葉を発した。何か思い詰めたような、そんな雰囲気だ。

「もし私が学園からいなくなるとしたら、一夏さんはどう思いますか?」
「は!?学園を辞めるのか!?」
「い、いえ、例えばの話しです。それで……どうですか?」

セシリアのひとまずほっとした一夏だが、セシリアの表情を見てはいい加減に答える事はできないだろうと強く感じた。

「やっぱり辞めて欲しくねぇよ、友達には傍にいてほしいからな。セシリアだけじゃなくて箒も鈴もシャルロットもラウラも、皆一緒に仲良くやっていきたいよ」
「………………………そう、ですか」

一夏は自分の素直な気持ちを話したつもりだった。もちろんセシリアが喜んでくれると思っていたのだが、より暗い表情になってしまったことに一夏は不思議そうな表情を見せた。

「……今日はありがとうございました、今日は御暇させていただきます」
「え?まだ来たばっかりじゃないか?」
「……この後用事がありますので、それではごきげんよう」
「ああ……またな、セシリア」

よくわからないといった表情を見せる一夏を残し、セシリアは玄関を出て行った。それから少し歩いて、一夏の家の方向に振り返る。

「………本当に、あなたらしい返事でしたわ」

頬を伝う滴が地面に落ちると、彼女はもう二度と振り返ることはなかった。






後書き
次回番外編やるかもしれないですけど、ありですかトレーズ様?




[27174] 番外のお話(本編とは全く関係ありませんよ!)
Name: 伝説の超浪人◆37b417bc ID:5424a8a7
Date: 2011/12/12 00:00
注意!このお話は本編とは全く関係ありません。ただ作者の妄想のみで構成されたものです。いやこの時期コイツいねーだろ、とか元のキャラじゃなきゃ嫌だ………そんなのばっかです。というより、テンプレ要素満載です。
それと飛ばし飛ばしで書きます。

そんなの嫌だい!って言う人は戻るを押してね!

織斑一夏は頭を悩ませていた。偶然動かせてしまったISのために女子しかいないIS学園に入学することになってしまい、四方から女子に見られるという苦行を味わっているからだ。

しかし1つ救いがあった。男は自分1人ではない、隣の席にもう1人の男子が座っているのだ。

「(でもめっちゃ話ずれぇ………)」

東洋系であろう顔立ちは整っており美少年といってよかったが、目を瞑って腕を組んで静かに座っている姿はかなり近寄りがたいオーラがあった。現に彼に話しかけたが、1言2言で終わってしまった。

もう一度声をかけようとしたその時、担任の教師であろう女性と続いて男性が入ってきた。

「って千冬姉!?何でここに!?」
「それはここで教師をしているからだ。久しぶりだな、一夏……それと、ここでは織斑先生と呼べ、いいな?」
「あ、うん……」

軽く笑みを浮かべる千冬を見て、一夏は見惚れてしまった。我に返った一夏は赤くなってしまった顔を左右に振って頬を叩く。

「私が担任の織斑千冬だ。1年間で諸君を1人前に育てるのが仕事だ。私の指示には全て『はい』と答えてもらう。そしてこっちが副担任で男性で3人目の……」

千冬が振り返った方向にいる男性は長く薄い金髪を腰辺りで切り揃えており、長身で鍛えられた肉体を黒いスーツが包んでいた。そして何より、彼は凄まじいまでの美形であった。

「ゼクス・マーキスという、専用ISはトールギスⅢだ。1年間よろしく頼む」
『きゃあああぁぁー!イケメンよ!それも凄いレベルの!』
『背高ーい!かっこいいー!!』
『私たちついてるぅ!!』

千冬の際も女子たちは騒いだが、ゼクスの時もそれに匹敵するほどだった。そんな中、一人の女生徒が手を高く上げ、とある質問をした。

「ところでゼクス先生は御幾つですかぁ?」
「20歳だ」

ゼクスの答えに一瞬、クラス全体が固まった。そして起こる爆音。

「「「「「「ええええぇぇーーー!!?」」」」」」

嘘だのありえないだの、千冬様より年上だと思っただの、彼女たちは言いたい放題であった。

「本当のことなのだが……」

少し肩を落として落ち込んでいるゼクスに、千冬は肩に手を置いて首を横に振った。その気づかいにゼクスはホロリとした。

ついでに歳のことを言った生徒は千冬にしっかりチェックされていることを知る由もない。

そして生徒たちは自己紹介をやらされた。一夏はもう1人の男子の自己紹介を、心待ちにし、そして彼の番がやってきた。

「ヒイロ・ユイです。よろしく」

そして彼は席に座った。正直一夏としては「え?」と言いたい心境であった。もっとも彼も対して変わらないものだったのだが。

「……ヒイロ、貴様もう少しなんとかならんのか?」
「お前には関係ない……ゼクス」

呆れ気味に言うゼクスに、ヒイロは切って捨てた。教師を呼び捨てにしているが、どこか入り込めない2人の間に、注意できる者はいなかった。

休み時間。ほとんどの女子がヒイロと一夏を遠目に眺める中、一夏はヒイロに近づく。

「俺、織斑一夏っていうんだ。2人しか男がいないんだ、仲良くやろうぜ」
「………ああ」
「(あ、愛想のないやつだな……腹でも痛いのか?)なぁ…「一夏、話がある」お前は、箒……」

ヒイロは一夏をちらりと見て、一言だけ呟いた。調子が悪いのか、と一夏が声をかけようとしたが幼馴染の箒に呼ばれ、そのまま屋上へと向かって行った。

IS学園の一部の者はヒイロとゼクスが全く別の居場所から来た者たちで、自身のISを所持していることを承知している。ヒイロはウイングガンダムゼロを、ゼクスはトールギスⅢを所持している。

彼らがIS学園に入ったわけは、保護の他にデータ収集のために所属している。彼らの機体は未知の技術が多く、一国でデータ収集すれば独占される恐れがある。公平性を保つために、IS学園でとり行うことになった。

しかし実際の両機の性能を見た教師陣は固まった。

「な、なんなの……あの武装の威力……」
「出鱈目じゃない……」

運動性、反応速度共に有り得ないほどのレベルであったが、一番飛び抜けているのは武装であった。

バリアを最大強度に設定したはずにも関わらず、一瞬ももたず極太のビームは虚空に消えていった。原因はウイングゼロのツインバスターライフルと、トールギスⅢの最大出力のメガキャノンである。

こんなものを生徒同士のIS戦闘に使えるわけがない。

「ヒイロ・ユイ。生徒同士のIS戦闘では原則としてツインバスターライフルを使用禁止とする。またそちらの機体は順来のISの出力を遥かに超えている……そのため戦闘の際、貴様の機体が機能停止しなくても一定のダメージを受けた時点でこちらが敗北を勧告する。それでいいな?」
「了解した」

千冬が言った様な方法でなくては、勝負にならないだろう。というよりその2つの武器は使用禁止にしなければバリアを貫通するのだから、客席や校舎に直撃してしまう。それによる被害は考えたくもない。

基本的にマシンキャノンとビームサーベルだけでウイングゼロは戦うことになる。だが彼女たちは武装にばかり目を奪われていて気づかなかった。ウイングゼロの真の特徴である『ゼロシステム』に。

テストも終わり、ヒイロの寮の部屋で共に暮らす人間がゼクスだということを除けば、1日目は特に問題なく終了した。

しかしそう上手くいかないのが学校生活というものである。

「納得がいきませんわ!」

激しく机を叩いて立ちあがった女生徒―セシリア・オルコット―はクラス代表の選出に納得がいかなかった。自身が嫌いな男がクラス代表というのも気に入らないが、国家代表候補生の自分より劣る者が自身の上に立つということが許せなかった。彼女にはそう思えるだけの実力とプライドがあるのだ。

彼女は先ほども一夏とヒイロに話しかけ、高圧的に接した。……もっとも答えていたのは一夏で、ヒイロは全く相手にしていなかったが。

「極東の猿と無口で無愛想で無鉄砲な男がクラス代表になるなど、このセシリア・オルコットには耐えられませんわ!大体、こんな後進国で暮らさなければいけないこと自体、私にとっては苦痛で……!」
「イギリスだって大したお国自慢ないだろ。世界一不味い料理で何年覇者だよ」
「(ああいう物言いをする者はどこにでもいるものだな。国家代表候補生といっても年相応ということか)」

当然そう言われれば言い合いになるのは当たり前である。ゼクスは自分が士官学校に行っているときにも同じような者がいたことを思い出し、彼女の性格を見定めていた。

決闘するところまで話が進んだところで、目を瞑っていたヒイロに千冬が声をかけた。

「ヒイロ・ユイ、お前も参加しろ。代表候補生と戦ういい機会だ、やっておけ」
「彼も専用機持ち……!?」
「……了解した」

驚くセシリアに対して、淡々とヒイロは頷いた。それを聞いたゼクスは千冬の耳元に近づく。

「よろしいのですか?ウイングゼロの性能データは取り切れていませんが」
「模擬戦をやらせた方がよりいいデータがとれるだろう。それに先の操縦でヒイロ・ユイの実力はある程度把握した。高慢ちきな小娘の鼻をくじいてやる相手としては適任だろう?」
「……なるほど、確かにそうですな」

ニヤリと笑い合う2人はとても息が合っていた。それを見て面白くない顔をする弟がいたが。

ということで数日に渡り3人でクラス代表決定戦を行うことが決まり、教師2人は廊下に出る。廊下を歩きながら、ゼクスは隣にいる千冬に話しかける。

「織斑教諭は中々に弟君想いですな。しかしそれでヒイロを当てるとは、少し厳しいとも言えますが?」
「………言うな」

少し意地の悪い笑みを浮かべたゼクスの言葉に対して、千冬は少し頬を染めた。

●  ●  ●

そして数日後、先に行われたセシリアと一夏の戦闘はセシリアの勝利で終わった。そして次はヒイロとセシリアとの戦闘である。

先にアリーナで待機していたセシリアは、驚きの表情を見せる。生身でアリーナに入ってきたヒイロの体が光に包まれると、その姿を変えた。その姿は通常のISの倍以上のおおきさであり、青と白で彩られた体と純白の翼を持つものになった。それは、まるで天使そのものだった。

「天使とは、随分ロマンチックですのね。ですが、手加減しませんわよ?」
「敵機確認。排除開始」

戦闘開始のブザーが鳴ったと同時にセシリアは引き金を引く。が、既にウイングゼロはセシリアの真上まで上昇していた。

「早い!?」
「落ちろ」

肩部のマシンキャノンがセシリアのブルーティアーズに降り注ぐ。激しい銃弾の嵐は回避するまでの僅かに食らった間だけで、シールドエネルギーを瞬く間に減らした。

「出鱈目な!……なっ!?」

通常のISよりサイズが大きいためか、そのマシンキャノンの威力は通常のISの火力を遥かに超えていた。がそれよりもセシリアが驚いたのは、辛くも逃れたセシリアのすぐそばでウイングゼロがビームサーベルを振り上げているところだったからだ。

「くぅ!」

瞬間加速で咄嗟に離脱したセシリアだが、振り下ろされたビームサーベルを完全に避けることはできず、スターライトMrⅡごと右前腕が切り落とされた。

だが後退しながらセシリアはブルーティアーズを展開し、ウイングゼロに全機射出する。それとほぼ同時にウイングゼロの中のヒイロの周囲が黄色の光に覆われた。

「戦術レベル、効果最大確認……」

ウイングゼロはその加速性をもって瞬時に後方に間合いを広げ、ブルーティアーズはそれに追随する。だがブルーティアーズはセシリアの精神波でコントロールするものであり、ウイングゼロの凄まじい速度に追随するためにほとんど真っすぐに機動させてしまった。

「な……!」

そのブルーティアーズの機動を予測し、マシンキャノンで撃ち落とした。その直後突っ込んできたウイングゼロの斬撃を接近用武器のインターセプターで受けようとしたが、一瞬も持たず装甲が切り裂かれ、セシリアは地面に叩きつけられた。

『しょ、勝者、ヒイロ・ユイ!』

あまりの圧倒的な内容に会場は騒然とし、それは教師陣も同じであった。いや、ただ1人そうでなかった者がいた。

「す、すげぇ……ヒイロってあんなに強かったのかよ……」
「ふ、当然だ。奴はガンダムのパイロットだからな」

一夏の言葉に、ゼクスは誇った顔でそう言い放つ。その視線の先にはウイングゼロがあった。

ついでに一夏はヒイロに瞬殺だった。

●  ●  ●

クラス代表はセシリアとヒイロが辞退したため、繰り上げで一夏になった。そしてその一夏の幼馴染で転校生である鳳鈴員が2組の代表となり、2人ともクラス代表同士として闘うこととなった。ついでに「シェンロン」という機体名に反応した2人がいたが、パイロットを見て興味を失ったようだ。

「ヒイロ、俺にISの操縦を教えてくれ!」

セシリアと箒の扱きに耐えきれなくなった一夏はヒイロに泣き付いてきた。が、一夏には見えない位置からヒイロに鋭い視線を送る2人組がいた。

「……俺は人に教えたことはない。あの2人の方が、適任だろう……おそらく」
「え、ちょっと待ってくれヒイロ!って、うお!」

瞬間、一夏の両肩に手が置かれる。その圧力は、肩が潰れそうな勢いだ。

「あら、どこに行かれるのですか?」
「私との訓練が先だろう?」
「ま、待ってくれ!アッーーーー!?」

スタスタと歩き去っていくヒイロは、決して後ろを振り返らなかった。珍しく、早歩きであった。

「さすがの奴でも、苦手なものはあったか……」

壁に背を預けて一部始終を見ていたゼクスは、そう漏らしたとか。

一夏と鈴の対決は無人機の乱入により決着はつかなかった。なお無人機の捕獲は外部から閉ざされたシールドのみをウイングゼロが破壊し、空いたその一瞬でトールギスⅢが無人機に飛び込みヒートロッドで行動不能にさせたというものだった。

さて、そんな事件も終わるとヒイロのクラスに新しい仲間が増えることになった。いわゆる転校生である。しかし、それが問題だった。

「シャルル・デュノアです。よろしくお願いします」
「………」

教室の女子は沸き上がった。1人は数少ない男子……しかも金髪のイケメンである。男子は皆顔立ちは整っていたがいかんせん1人が無愛想……というより表情にほとんど変化が無いので、あんまり受けはよくなかった。そんな中、にこやかなイケメンが増えるのである。女子は大出を振って歓迎した。

しかしもう1人は銀髪で美しい容姿を持っているがヒイロに負けず劣らず無愛想のようで、未だに一言も喋らなかった。

「ラウラ、自己紹介をしろ」
「はっ、織斑教官」

明らかに軍隊出身であろう口調と体捌きは、クラスメイトを戸惑わせ、相も変わらない行動に千冬は頭を抱えた。

「……教官ではない、織斑先生と呼べ」
「失礼しました織斑先生………ラウラ・ボーデヴィッヒだ」
「「「「「(あ、これなんかデジャブだ)」」」」」

クラスメイトたちは彼女の自己紹介の仕方に既視感を覚え、その当の本人はラウラを見つめるだけであった。

自己紹介を終えた2人はゼクスに席に着くように言われる。笑顔を振りまきながら席に向かうシャルルに続くように、ラウラも動き出した。

そのときラウラはちょうど一夏の隣を通る形になる。先ほどからラウラにじっと見られていた一夏は、ラウラが通る時彼女の顔が自分に近づいてきたことに驚いた。

ラウラの小さな唇が一夏の耳元に限りなく近づき、周りに聞こえないほど小さな、しかしはっきりとした声で言い放った。

「お前を殺す」

デデン!

一夏の頭の中で衝撃が走った時には、もう彼女は離れていた。

「な、なんなんだ、一体………」

混乱する一夏。その横で「むぅ」と呟いている少年がいたとか。

ついでにお昼の話。

「なぁヒイロ、それってカロリーメイトだよな?何味だ?」
「……フルーツ味だ、食うか?」
「おう!俺もフルーツ派なんだ!」
「私はチーズ派だな」
「私はチョコレート派ですわ!」
「僕も!」
「お前らどっから出てきた!!」

そして遠く離れた席で、ラウラが一言。

「やはり兵士はフルーツ派だな」


終わり!




もう一個おまけ!最近テイルズにはまっていたもので……シンフォニアやった後はジアビスを見て思ったこと……ルークにヴァンとは別に良い師匠がいれば、ああにはならなかったんじゃないかという妄想から生まれたSS

―機動武闘伝ジアビス―

とある兵士から子供を取り返したフードを被った男が兵士から締めあげた場所、キムラスカのファブレ公爵家までやって来ていた。

彼が抱えている子供を見た公爵家の者たちが、彼を連行し事情を聞き出した。フードを取った彼の姿は銀色に近い髪をお下げにしており、口髭と鋭い眼光を燈した老人でありながら、凄まじい体つきであった。

「そなたが我が息子ルークを抱えていた理由はわかった。そなたの名を聞きたい」
「ワシの名は……東方不敗、またの名をマスター・アジア」

それから彼はルークの御世話役……否、師匠として彼に接することとなった。

「痛いよ~……もういやだよぉ……」
「男児足る者そう簡単に涙するものではないぞ、ルーク。それに痛みを伴わなぬ成長なんてものはないのだ……見よ」

東方不敗は腕の服を捲る。すると多くの傷が腕に刻まれており、ルークは眼を見開いた。

「師匠……痛くないの?」
「確かに痛かった……しかしそれよりも強くなったときの喜びに比べればなんてことはない」
「……ほんと?」
「もちろんだ」

そのときの東方不敗の笑顔はルークにとって眩しくて。それから彼は涙を見せる事はほとんどなくなっていった。

また勉強も家庭教師ではなく、東方不敗が教えてることとなっている。自身もこの世界の勉強ができるし、一石二鳥であったからだ。だがルークは勉強嫌いで、ある日師匠にこう言った。

「師匠、俺勉強したくないですよ……しても意味ないんじゃ……」
「そんなことはないぞ、ルーク。武闘家とはただ力が強いだけではいかんのだ……相手を思いやり、敬意を持つことが重要なのだ。心が無い力など、ただの暴力にすぎん」
「でも、それと勉強と何が関係あるんですか?……それに、皆俺が知らないことを聞くと、馬鹿にした目で見てくるんです」

沈んだ表情で語るルークに、東方不敗は「そんなことはないぞ」と言いながら肩に手を置く。

「相手を思いやることは自分で相手……物を考えるということだ。そして物を考えるには知識が必要だ……だからこそ人はあらゆることを学び、成長していくのだ。そのために勉強が必要なのだ。良く覚えておくのだルーク『聞くは一時の恥、知らぬは一生の恥』これはワシの故郷の言葉だ」
「でも……」
「なぁに、ワシとて知らぬことはある、お前より年上だがな。何か聞きたいときは呼べ、ワシも一緒に聞いてやろう」
「……はい!!」

ルークの父親であるファブレ公爵はルークにあまり接しない日々を送り、母であるシュザンヌは体が弱いため長くルークに接することができなかった。使用人もルークに対しては主人として一歩引いた態度であるため、常にルークと対等以上に接することができるのは東方不敗と、時折屋敷にやってくるヴァン・グランツだけであった。

そこで東方不敗は時折ルークを修行と称して屋敷の外……つまり自然を体験させていた。ルークに、外の世界を見させるために。

「すげぇ……これが、海……」
「どうだルーク、美しいだろう」
「はい……すごいです……」
「外の世界は大きい……お前が見ている世界はほんの一部だ。お前は多くのことを見て学ぶのだ、そして大きく1人前の武闘家になれ……以前教えた通り、その拳で己の歩んできた道を、魂を伝えられるようにな」
「はい!!」

打ち出された2人の拳は鈍い音と衝撃を辺りに響かせた。

もちろん激しい修行も繰り返される。ルークの母であるシュザンヌが見たら卒倒するような光景を繰り広げながら。

「拳の1つ1つに気を込めるのだ!そんなことでは、流派・東方不敗を極めるなど夢のまた夢ぇ!!」
「ぐあぁぁ!」

蹴り飛ばされたルークは地面を転がる。だが即座にルークに白い布が飛んできたのを、咄嗟にルークは避けた。布は地面を抉った、普通なら信じられない破壊力だ。

「隙を見せるなルーク!敵は長々と待ってはくれんぞぉ!」
「はいぃぃ!」

東方不敗はルークが見切れるか見切れないか程度の激しい拳の連撃を繰り出し、ルークはいくつか捌いたが全てを捌き切れずに吹き飛ばされた。

「……容赦ないなぁ東方先生。あの人に生身で勝てる奴なんているのか?」

遠くの方で見守っていたのはルークの親友兼使用人であるガイである。彼はファブレ公爵に復讐しようと考えていた男であるが、今はルークのおかげで復讐する気はかなりなくなった。

しかし決行したところで彼が相手では勝てそうにないな……と考えていたり。現にガイの剣の師匠であるペールも「やるだけ無駄ですな」と言ったそうな。

そして東方不敗とルークが出会って7年、物語は動き出す。東方不敗が買い物に出かけている最中、公爵家に来ていたヴァンがティア・グランツという少女に襲撃された際ヴァンを庇ったルークが彼女と共に遥か彼方へ吹き飛ばされた。

それから物語は加速していく。

「辻馬車は使いたくねぇよ……こうして旅ができるなら、自分の足でやってみたいと思ってたんだ」
「でも早く戻らなければ……」
「けど金がないんだろ?……行くぞ」
「……はぁ」

エンゲーブにやってきたルークたちは、食料泥棒が最近出没しているという話を行方不明中だった導師イオンと共に聞く。

その導師イオンがチーグルの森に入っていくのを見たルークたちは後をつけ、その話の中ライガクイーンと対峙することになった。

「ルーク!」
「手を出すな。こいつは俺が倒す!……ライガクイーン、お前が強靭な爪を持つというのなら俺は黄金の指ぃ!」

ルークが顔の前に掲げた右手が光り輝く。イオンも、ティアもこのような技は見たことがなかった。いや、当然だ。なぜならば……。

「必ぃっ殺!シャァイニング・フィンガァァーーーー!!!」

流派・東方不敗の流れを組むルークだからこそできる技なのだから!

「グガガァァーーー!!!」

沈むライガクイーン。だがまだ息があった。

「なぜ止めを刺さないの?」
「無理に殺す必要はないだろ……それにこんな強いやつとは、もう一度戦いからな」

ライガクイーンは勝者……つまりルークの説得に応じ、別の森に移動した。その後ジェイドらに戦艦タルタロスに保護という形で連行されることとなった。

しかしその後タルタロスが襲撃され、迎撃のためにルークは甲板で兵士と魔物を殺さずに素手で倒したところに、六神将・烈風のシンクと対峙した。

「はあぁぁ、無影脚!!」
「くぅ、こいつ……がぁ!」

速すぎて何本も足があるように見える蹴撃が、ルークの体を捉える。外の世界で初めて会った自分と同等以上の敵。

六神将に捕えられタルタロスから運ばされそうになったイオンに迫る影。その影は上半身を動かさず、下半身のみを消えるような速さで動かし六神将に接近した。

接近に気づいた六神将が1人、魔弾のリグレットが譜銃で狙撃するが影は消えるような早さで回避する。

影は回避しつつ、周りの兵たちを倒していく。錬度の高い兵のはずなのだが、反応も出来ていない。

「何だこいつ!?」
「はいやぁぁーー!!」

譜銃が打ち出した弾丸は影が出した白い布が弾き返され、リグレットは拳の一撃で沈んだ。

「イオン!無事だったか……そいつは誰だ?」
「この方は僕を助けてくれまして……あの、御名前を教えてくださいますか?」
「……ルーク、まだ気づかんのか?」
「そ、その声は!師匠!!」

フードを被った男はルークに話しかけた途端、木の上に飛んだ。そしてフードが外れる。

「喝ッ!答えよルーク!流派!東方不敗はッ!!」
「王者の風よ!」
「全新!」
「系列!」
「「天破侠ぉ乱!!」」
「「見よ!東方は紅く燃えているぅ!!」」

激しい拳のぶつけ合いから、拳を重ねた後ろの方に炎の幻覚が見える。これが流派・東方不敗の挨拶である!

無論周りの者たちはポカンとした表情を浮かべている。やった当の本人たちに至ってはとても嬉しそうに笑みを浮かべ合っていた。

合流した東方不敗を連れてカイツールにやってきて色々あったが、魔物の群れは師弟の合体技・超級覇王電影弾でまとめてぶっ飛ばし、特にルークに何かされることもなく事件は解決した。

そしてスコアに従い、ルークは親善大使に任命されアクゼリュスに向かうことになった。ヴァンに共に亡命するように誘われたが、ルークはその場で頷かなかった。彼の言葉にどこか、納得できなかったからだ。

攫われたイオン。口ではそっけなく言うルークにパーティのメンバーは反発しかけるが、居そうな場所を調べる際には率先して行く姿に、彼らは口を閉ざした。

瘴気に包まれたアクゼリュスで彼らは市民たちを避難させている中、仲間と相談しルークは単独でイオンを捜索することになった。そして最深部で倒れているイオンとヴァンを発見した。

「ルーク、来てはいけません……ヴァンに近づいては!」
「なんでだよイオン。ヴァンさん……あなたは何かッ!?」
「惜しい……実に惜しい。お前がこのまま私を信用していれば事は上手く運んだものを……」

顔を踏みつけられるルーク。そしてパッセージリングを破壊する鮮血のアッシュ……いや、オリジナルルーク。

そしてヴァンから明かされるレプリカという事実。師匠の次に信頼していたヴァンに裏切られた事実に、闇雲に向かって行くルークの一撃をヴァンはさらに上回る一撃で彼を倒した。

ユリアシティで治療をしながら、どうしたらヴァンを撃ち倒せるか悩むルーク。そこでティアを助けて一緒に落ちてきた東方不敗に新たな刀を渡される。そう、普通では何も斬ることができない錆びついた刀を。

「水のように静かなる心……それが明鏡止水。ルークよ、それができたとき、お前はその刀を使いこなせるようになるであろう」

世界を救うために世界を駆けまわりながら修業を続けるルーク。多くの人たちと出会い、多くの別れを経験し彼は成長していく。

「愚かなレプリカルーク、貴様程度が私を阻むことなど出来ん」
「ヴァン……あんたは間違っている!」
「何?」
「あんたはスコアに縛られない世界を作ろうとした……だがそのために関係ない人々を殺してしまっては、あんたもスコアに縛られた奴らと何も変わりはしない!共に生き続ける人々を抹殺しての理想郷など……愚の骨頂!!」
「……ならばお前が正しいか私が正しいか、決着をつけてくれるわぁ!!」
「おぉう!流派・東方不敗の名に賭けて!!!」

そして激突する金色に輝く2人。そして彼らの取る未来は……

END







あとがき
……後半誰かマジで書いてくれませんかねぇ(チラッ
色々今回遅れてすいません……しかもこの後試験があるので、更新はしばらくできないです!ごめんなさい!
後申し訳ないのですが、アンチなどのタグを付ける場合は次回の本編更新の際付けさせていただきます。それと感想も次回にまとめてさせていただきます……本当にごめんなさい!!!
あとついでに前の話って消したほうがいいですか?実はあってもなくても物語にはたいして影響が無いものなので……



[27174] 無人機の驚異
Name: 伝説の超浪人◆37b417bc ID:5424a8a7
Date: 2012/03/04 01:22
日本の近くにあるであろう島の地下。一人の少女がそこに訪れていた。少女は黒髪を揺らせながら、自動扉の前に立つ。

「失礼します」

少女が自動扉を通ると、とてつもなく大きな部屋の中心にウサ耳をつけている美しい女性が待ち構えていた。

「おや、時間通りだね~エムは。久しぶり~」
「お久しぶりです、束様」


エムと言われたその少女は、畏まった態度で篠ノ之束に接する。もし亡国企業のスコールが見ていたら、目を疑うだろう、彼女のこんな姿など普段の態度からは全く想像できないからだ。

「早速だけど、エムのあのポンコツ機体はどんな感じ?素直な感想でいいよ?」
「ダメですね。正直な話、試験用の域を出ない機体で対1には向かないかと。それに接近戦のほうが私は得意ですから」

この会話を奪取されたイギリスが聞けば怒り狂うだろうが、エムからしたら素直な感想である。どうしても試験機の側面が強く出ているブルー・ティアーズ型では、同等以上の性能をもつ機体と戦闘するには些か不利であることは確かであった。

射撃戦もこなせるエムであるが、本来は接近戦を得意とするエムにとって、今の機体のコンセプトは合わないのだ。

「まぁそうだよね。ちーちゃんのクローンである君は接近戦が得意に決まってるしねぇ……まぁ専用機とかいいながらパイロットに合わせた機体なんてあんまりないし」
「……束様」

エムは声色こそ変わらないものの、ほんの少し怒気を滲ませる。だが束にとってそれは何の意味もない。

「謝んないよ?ホントのことだし。君がいくらちーちゃんの妹を主張しても、君がちーちゃんのクローンであることは変わりないからね……そんな君にこの機体データを見せよう!」

束は後ろにある巨大なスクリーンに何機かの機体データを写し出す。そのデータをエムは先ほどの怒りも忘れて食い入るように見た。

「こっちの機体は接近戦に特化した武装が多いですね。それにこっちは……ビットを搭載した万能型と………新型のゴーレムのデータですか」
「“君たち”用に2種類用意してるんだ。まぁ好みで選んでいいんだけどね」
「この新型ゴーレム……今までより遥かに強力ですね。まだ実戦で使用してないようですが……」
「“これから”使うのさ♪」

束が口元を鋭角に上げる不気味な笑みを浮かべるのを見て、エムは少しゾクリと体を震わせた。

「箒ちゃんをあんな目にあわせてたんだからね……ホントは全戦力で潰したいところだけど、今は『戦艦』の完成が最優先だし」

正直な話、篠ノ之箒の話は亡国企業の情報網から聞いていたが正直あんたのせいだろう……とエムは内心呟いた。だがその次の言葉にエムは柄にもなく興奮してしまった。

「!……ではもうすぐできるのですか?」
「後2カ月ってとこかな、楽しみにしててね♪」
「はい!」

大きな力を手にする前に興奮するのは、人として普通のことであった。


●  ●  ●


「何?ガンダニュウム合金を輸送していた輸送機が襲撃された?」

トールギスの整備を手伝っていたブラッドはシオンに呼ばれ会議室に集まると、そんなことが伝えられた。シオンは頷いて話を続ける。

「はい、そうなんです。コックピットは無傷だったのでパイロットは無事だったのですが……貨物のガンダニュウム合金は全て無くなっていました」
「何か手掛かりになる物は?」
「パイロットが『黒いISを見た』と言っていましたので、それを元に今調査を続けてますが、まだ詳しいことはわかっていないそうです」
「黒いIS?だが襲うだけなら別にISを使う必要はないな」
「そうですね。ISは国家によって全然違いますから、特定しやすいですし。まぁ新型という可能性もあるので、直ぐに特定できるとは言えませんが」

シオンが言った通り新型ならばともかく各国家には独自のISがあり、『黒い』だけでもかなり特定することができる。しかもトールギスやガンダムのような全身装甲でないものがほとんどであるため、襲撃した人物の特定も行える可能性もあるのだ。

そのリスクを考えればISなどを用いずに通常兵器を用いた方がよほどローリスクというものだ。

「ま、おそらくこちらを誘き出す罠じゃろうな」
「些か露骨過ぎてセンスが足りんな」
「ドクター方もそうお考えですか」

イーヒッヒッヒ、と笑いながら御馴染みの5人組が入室してくる。ブラッドもドクターJが言った通り罠の可能性を考えていたが、それにしては少し露骨過ぎて逆に疑っていたところだ。

「罠であったとしても、ガンダニュウム合金をこれ以上強奪されるわけにはいかないだろう」
「アイオリアの言う通り、このまま放っておくわけにはいかないということで護衛に僕たちの機体のうちのどれかをつけてほしいという要請がありましたが……」
「わざわざ護衛をつけるなんて『運んでます~』って言ってるようなもんじゃねぇか。まぁ護衛をつけるなら最低2機は確実だな」
「そうなるな」

頭を掻きながら呆れたように言うディルムッドの言う通り、罠だった場合2機で当たればよほどの数でない限り撃退可能だろう。それほどの戦力が今の6機にはある。

「輸送は明日行われます。メンバーはどうします?」
「………俺とシオンで良いだろう。それがバランスがとれている」
「珍しいじゃねぇかアイオリア、お前がそんなに喋るなんてよ」

一呼吸おいて、彼は明後日の方向を向く。何かを睨みつけるように、目を細めながら。

「危険な匂いがする……からだな」

不思議と、その言葉を否定するものは誰もいなかった。

●  ●  ●

翌日輸送船の護衛にヘビーアームズとサンドロックが付くことになり、早朝には既に2機は移動していた。

2機は輸送船の上空を飛び、堂々と姿を見せている。

敢えて罠にかかってやろうという、来るならかかってこい。強者の余裕を見せつけるように、2機のガンダムは空を飛んでいた。

「しかし模擬戦ではなく、こうして任務で空を飛ぶというのは懐かしいですね」
「……ああ」

軍人として輸送ではなく戦闘を行うために空を飛ぶという行為は、今の世の軍人が羨むものである。しかしそれでもアイオリアの声に喜びの感情を見出すことはできなかった。

センサーにまだ何の反応もない。まだ必要以上に警戒する段階ではないし、普通の人がみれば今のアイオリアの様子は気を張り過ぎだろう、と笑い飛ばすレベルだ。だが相方であるシオンは何も言わない。分かっているから、言わないのだ。

しばらく何もないまま飛行していると、大きな市街地が目の前に広がっていた。普通襲撃のセオリーとしては救援が直ぐに来ないであろう土地を選んでくるものだ。しかしセオリーは無視されたときにこそ効果がある、とも言える。

肌が泡立った、と感じたその瞬間アイオリアは機体を右にずらした。そして元いた場所に桃色のビームが過ぎ去っていった。ビームが通った後に桃色に煌めく粒子が残り、美しい光景を生みだしていた。

「……15機程度か?」
「もう少し多いですね。しかも新型もいます」

突然攻撃をされたというのに、2人はまるで慌てていなかった。むしろ冷静に眼前に次々とステルスを解いて現れる敵機を見据えている。

目の前に現れた黒い機体は予想通りといえば予想通りのゴーレムⅠだった。だがそれだけでなく、ゴーレムⅠの後方に女性のプロポーションに機械をつけた様な機体が数機浮かんでいた。察するにゴーレムⅠの発展機と見て良いだろう。

「……少し梃子摺るかもな」
「ですね」

そう言いながらアイオリアは肩のミサイルポッドを開放し、ミサイルの雨を降らせる。

1~2機巻き込まれ、回避した機体の目の前には既にヒートショーテルを振り上げているサンドロックの姿があった。そしてその機体は爆散した。

「敵がこの数で終われば楽なんですけどね……」

そんなことは有り得ないだろうな、とシオンは自身の経験からその考えを一蹴した。

シオンの予想は当たった、が外れたともいえる。彼の予想は自らに降りかかるものであって、他人に降りかかるものではなかった。

「08研究所と12研究所が黒いISに襲撃されているという報告が入りました!このままではサーペントの開発に大きく支障をきたします!」

本社で待機していたブラッドたちに入った報告は、彼らの眉を顰めさせるのには十分だった。

サーペントは量産もしくは書き換えたISコアを用いた量産型ISだ。重要なISコアや難しい部品は<ユーコン>で製造されるが、その他の部品は他会社と共に行われていた。

アメリカ、いや世界を代表する量産機になるであろうサーペントの量産を急がせたい上層部は、<ユーコン>だけでなく他のアメリカの兵器会社と共同開発することで配備を早めたかった。

これは他会社がユーコンの技術を吸収したいという思惑があり、それぞれの会社に通じている上層部の人間が働いたことで実現したという話である。

無論量産を急がせたいというのが大前提であったし、それ自体に異論を唱えるものは非常に少なかった。

もちろん重要な部品の情報も得たかったが、それ以外の部品の情報でも他会社にとっては有益なものだ。

通常のISの出力を上回るビーム兵器、火器管制、装甲の概念を覆すほどの性能を持つガンダニュウム合金と、その製造過程で生み出されたネオ・チタニュウム合金。さらに重武装と重装甲でありながら現存するIS以上の機動性を誇る運動性。

これらのどれ1つとっても非常に魅力的なのは疑いようが無く、この共同開発に多くの企業が名乗りをあげ、それぞれの開発研究・製造所を○○研究所とした。

これによって既に数体はロールアウトしており、大規模な配備が出来るかどうかの矢先に今の事態に陥った……というわけである。

今の状態でサーペントに防衛させることも不可能ではないが、貴重な機体をここで敵の手に渡すわけにもいかないし、肝心のパイロットがまだ実戦投入させるほどの腕前に達していないという問題があった。

そうなると必然的に防衛に回るのはガンダムやトールギスになるということだが、ユーコン本社を完全に留守にするわけにもいかない。故に1体ずつ現場に向かわせることになる。

「俺が行くぜ」「俺が行く」

同時に名乗りを上げたのが龍とディルムッドで、2人は至近距離で睨みあっている。

「しかしそうなるとここを含めて3ヶ所に1体ずつということになりますが……」
「仕方ないじゃろう。敵の狙いがはっきりしない以上、放っておくわけにもいくまい。早く行けお前たち」
「了解っと!」

ディルムッドは明るく、龍は黙って愛機がある場所に走っていく。

少ししてデスサイズヘルは姿を消したまま、アルトロンはそのまま出撃していく。あの2機の速度ならば大して時間もかからずに現場に到着できるだろう。その2ヶ所にいる敵の数も大したことはない。

「……しかし敵の攻撃が散漫すぎます。ガンダムの捕獲にしては少なすぎますし……」
「もし予想が正しければ、もう少し時間がたてばわかるだろうな」
「それは?」
「3ヶ所の襲撃は全部囮という可能性のことだ」




そしてちょうどその頃。

「これを被ればよろしいのですか?束様」
「そうそう、これはあるシステムの簡易版でね、ゴーレムちゃんたちの命令を細かくすることが出来るんだよー。これでゴーレムちゃんたちの統率がとれて戦力が倍!ドン!ってわけなのさ」

ただし、と束はエムに付け加える。

「簡易版とはいえ、システムに『呑み込まれないように』注意してね?下手したら凄いことになっちゃうからー」
「……わかりました。ですがそうならないためのコツはないのですか?」
「そうだねー……意識を強く持って、惑わされないようにとしか言えないね」
「はぁ……わかりました」

あまりに抽象的なアドバイスに文句を言いたいエムであったが、目の前の人物に何かを求めても無駄だろうと判断し、大人しくあらゆるところに配線がついた機械仕掛けの帽子をかぶった。

「さぁ、耐えきれるかな?トールギス?」

口元を鋭く上げた、不気味な笑いを浮かべながら束はそう呟いた。




ユーコン内に激しい警戒音が響きわたる。それに少し遅れてオペレーターが声を荒げて報告した。

「敵機です!数は……ゴーレムⅠ30!未確認機が10!大部隊です!」
「なるほど、これが本命ということか」
「何冷静に言ってるんですか!?」

プロフェッサーGの言い方にオペレーターは非難の声を上げる。彼は普段彼らに接しておらず耐性ができていないからこその対応なのだが、他の者はいつものことなので特に反応はない。

「他の者が戻ってくるまで時間がかかるじゃろう。それまで持ちこたえろ」
「了解です。あの程度では私の命の見積もりが足りないことを証明していきますよ」

ブラッドはそう言いながらトールギスに乗り込む。空へ射出されたトールギスの眼前に広がるのは、黒であった。黒に彩られた全身装甲の無機質さが、不気味さを感じさせる。

「ぐぅぅっ!」

ゴーレムから放たれた桃色のビームは、トールギスが元いた場所を過ぎていく。
瞬時にバーニアを吹かせたトールギスはパイロットの身体に負担をかけながら、追撃のビームをも避けていく

上下左右、急停止と急加速を繰り返す。そうでなければ直撃を受けているであろうビームの弾幕がゴーレムたちによって作られている。

トールギスこそ傷ついていないものの、中のブラッドは殺人的な加速に体が少しずつ傷ついていく。だがそれを無視し、D.B.Gから放たれるビームがゴーレムⅠを貫いていく。

「次!」

スラスターを吹かすことでトールギスを半回転させ、D.B.Gで再びゴーレムⅠを爆散させる。その後左側にいる敵機をシールド裏に搭載されている爆裂弾で数機纏めて撃墜する。

「後何機だ!?」

上空から下にいるゴーレムらを狙い撃ちし、撃破させる。そして次でようやくブラッドは奥の方にいる新型ゴーレムに狙いを定める。今まで狙わなかったのは奥の方にいたため狙いづらいというのもあったし、先ほどからほとんど動く気配もなく不気味で攻撃しにくかったという理由だった。

とりあえず一発ビームを放つ。これがもし外れたとしても、次のを撃つ算段は既にブラッドの頭の中で付いている。――――――だが予想を上回る事態というのは危険な時ほどあるものだ。

新型ゴーレムの左肩から銀色の球体が3つ、機体の前面に展開する。3つの球体はそれぞれを電磁波の様なもので繋がっているように見えて、そこへD.B.Gのビームが直撃し―――――ビームを消滅させた。

「なんだと!?」

今までに有り得ない現象を前に驚愕しながら、ブラッドは2、3度と他の新型ゴーレムにビームを放つが、他の機体も同様に球体を展開し完全に防ぐ。

そのまま防ぎながら、新型ゴーレムは大きなビーム砲になっている右腕をトールギスに向けて、ゴーレムⅠより強力なビームを放った。

強力であるビームの弾幕に当たるまいと回避を繰り返すトールギスだが、ゴーレムⅠのビームが背部に直撃し、爆発する。

「ちぃっ!」

多勢に無勢とはまさにこの事を言うのだろう。出鱈目なスペックを持つトールギスでさえ、徐々に追い込まれている。

このままではいずれトールギスがやられる、そう思う者がいても不思議ではない。

「まだ他のガンダムは来れないのか!?」
「まだ敵機の掃討ができておらず、まだ時間がかかると………」

他のガンダムたちは相手をしている敵機の数こそ少ないが、苦戦していた。

それというのもそれぞれが戦闘を行っているのは市街地である。ゴーレムらのビームが市街地に撃たれないように機体の位置は常に気を配らなくてはならず、機動の際も下から攻めることはできず、常に上空から攻めるしかない。

しかもゴーレムらはどういう訳か、今までと違い距離を取って射撃のみしか行わず、新型ゴーレムの数が少ないとはいえ新装備によって遠距離攻撃では決定的なダメージが与えられないのだ。

「あの装備はプラネイト・ディフェンサーと同じ原理か?」
「おそらくそうじゃろうな。あの装備と数ではトールギスでは些か厳しいじゃろう」
「ただ気になるのは、あの無人機の戦闘起動が以前より合理的になっているのが気になるのぅ。戦闘データを蓄積したせいか、もしくは………」
「直接誰かが指令しているか、だな」

かつてH教授が生みだした忌まわしいシステムを応用したゼクスのように、またそれに対抗したカトル・ラバーバ・ウィナーのように。

「やはりこのシステムはすごいねー。かなり応用が効くし、ゴーレムたちの戦闘効率も随分上がったし。まぁ問題はあるみたいだけど」

束は横目でチラリと指令を出し続けているエムを観察する。普段クールな彼女からは想像できないほど唸り声をあげ、汗を滴らせながら指令を送り続けている。その様子は何かに必死に耐えているようであった。

エムが何に耐えているかは、束自身『経験』しているから十分わかっている。それでも彼女はまだ止めようとしない。むしろ楽しそうにその様子を観察していた。

「やれる時間は後もう少しってところかな。ふふっ」

トールギスに対して新型ゴーレムはその場から動かず、ただ射撃を繰り返す。相手の攻撃を防御出来る上に一方的に攻撃を加えられるというのは、単純だが非常に強力で効率もいい戦法である。その戦法に、トールギスは苦戦していた。

「しまった!」

そしてついにD.B.Gにビームが当たり、爆散する。これでトールギスは唯一の遠距離武器が無くなったことになる。だがそれでもゴーレムは攻撃の手を緩める事はない。無人機故に油断もなく、慈悲もない。

「だがここで引くわけにはいかんのだ!!」

咆哮と共にビームサーベルを抜き、全速力をもってゴーレムに突進していく。すれ違いざまに数体のゴーレムⅠの胴体を切り裂く。

ビームの嵐に肩や足が掠り当たりしながら新型ゴーレムの懐に飛び込み、袈裟切りで1機、突きで2機目を葬る。だが既に他の新型ゴーレムは既に距離を取っており、ビームをトールギスに浴びせた。

シールドで防ぎつつ、バーニアを吹かして後退する。

――――――しかしそこで1本のビームが、トールギスの大型バーニアを破壊した。

「ぐあぁっ!」

激しい爆発が大型バーニアで起こり、姿勢が維持できなくなったトールギスは地面へと落下した。片方の大型バーニアがやられてしまっては、もう今までの様な機動を行うことは不可能である。

しかもステルスが解かれ現れる増援の数機のゴーレムが、地面に着地しトールギスに銃口を向けた。

武装もなく、満足に動くこともできない。結末は1つのみだ。

「ここまでか……」

先ほど地面に落下したためか、ブラッドの頭部から血が頬を伝って流れていた。だが彼は何でもないかのように、目を閉じながらうすら笑いを浮かべていた。

「いや……残っている武器もあったな」

その武器を使うことに躊躇ったのは一瞬であった。するとブラッドの周りが赤くなり、警報を鳴らす。―――――最終手段である、自爆装置の警報だからだ。

即座に自爆はしないようセットしたが、それでもあまり長い時間でないことは確かだ。

自爆することに悔いが無いといえば嘘になる。スイッチを押した瞬間、多くの事が頭をよぎった。仲間たちのこと、ドクターたちのこと、元の部下のこと、買ったばかりの本や後で食べようと思っていた冷凍ストロベリー、応援している野球チームのその後――――――そして、彼女のこと。

だがそこでドクターJの顔が映ったモニターが現れる。

「まだ死ぬには少し早いなブラッド。今から新しい機体を出す。それに乗れ、死ぬならそれに乗ってから死ぬんじゃな」
「新しい機体……!?その機体の名は?」
「その名は……ウイングゼロじゃ」

つづく





あとがき

更新が遅れるは、話は短いはで最悪ですが、一応更新です。今回短いのはキリがよかった、というのもあります。さて、次はある意味でISキャラ……まぁほとんどオリキャラみたいなものです……が大活躍です
新型ゴーレムのことですが、ゴーレムⅢのことです。いくつか装備を変えたりしたのはご了承ください。
一夏たちもそろそろ大幅パワーアップさせなければ……
自爆の時間はカトルの時を参考にしてくださいね
トールギスやられんのはえー……とか思うかもしれませんが、ここから物語のスピードを上げたいため……ということに……



[27174] ゼロの幻惑
Name: 伝説の超浪人◆ccba877d ID:b0c450af
Date: 2012/03/31 15:33
「ウイングゼロ……!?それが新しいガンダムの名前……!」
「ウイングゼロを上に射出する。トールギスから降りろ」
「了解……!」

無人機に囲まれている中生身で降りる、というのはさすがのブラッドでもほんの少し躊躇った。

だがここで躊躇っていても殺されるだけだ。ブラッドはコックピットを開放し、そのまま射出地点へと走り出した。

「生身でゴーレムの前に飛び出すなんて無謀というか、命知らずというか……エム、攻撃目標をあの男に……ってありゃりゃ」

束はブラッドの行動に呆れながら、エムに声をかけた。が肝心のエムは頭を抱えながら激しく痙攣していた。素人目に見ても彼女が危険な状態であることは、明白であった。

「これ以上やると飲まれて暴走するか、心がぶっ壊れちゃうね~。ここでエムが壊れるのは不味いし、外そうっと」

頭部の機械を外すと、エムはその場に倒れ動かなくなった。息があることから、単に気絶しているだけと束は判断した。

「くーちゃん、くーちゃん!エムを解放しておいてー!……さて、性能は落ちるけどそのまま戦闘続行だね」

別の部屋から現れた、12歳くらいの少女であろうか。銀髪を腰まである長い三つ網にしている。彼女は頷くと、エムを別の部屋へと運んだ。

束の命令変更にゴーレムたちの眼の部分が何度か赤く点滅し、ビーム砲をブラッドへ向ける。

それとほぼ同時であろうか、地面からトリコロールカラーの機体が膝立ちの状態で出現した。

トールギスも今膝立ちの状態であるが、それよりも1回り以上大きく見える。ISとしては破格のサイズで、もはやISといっていいのか判断に困るほどであった。

だが乗り込む前に、どう考えてもゴーレムのビーム砲がブラッドを捉えるだろう。事実、もうビーム砲にエネルギーがチャージされていることを示すように黄色く発行していた。

「南無三!」

ブラッドは覚悟して、走りながらそう呟いた。ゴーレムのビームが大気を燃やしながらブラッドへと迫る。だが、それが直撃することはなかった。

「トールギス……!?何故だ、誰も乗っていないはずだ……!」

トールギスが盾を構えながら、ブラッドを守るようにビームの射線上に立ちはだかった。ビームの嵐の前でも主人を守るように、トールギスは立ち続けた。

「こんなこともあろうかとプログラムしておいたのは正解だったようだな」
「未熟なパイロットを持つと苦労するというもんじゃな」

トールギスが無人で立てたのはH教授がコックピットシステムに簡易的な自立行動プログラムを搭載していたためである。

無論これは簡易的なものでありいくつか細工してあるため、他の技術者たちがこれからMDのようなシステムを作り出すことはまずできないであろう。

「すまないトールギス……不甲斐無い私を許してくれ……」

悲しみを滲ませながら、ブラッドはウイングゼロのコックピットに乗り込む。トールギスやガンダムの様な今までの機体と異なるコックピットであり、内部は球体のようであった。

そしてブラッドがウイングゼロに乗り込んだ瞬間、トールギスから閃光が溢れ大爆発を起こした。数機のゴーレムが巻き込まれトールギスと共に消滅し、その爆風にウイングゼロも巻き込まれた。

「あらら、巻き込まれちゃったよ…………って、マジ?」

呆れた風にモニターを見ていた束は、爆風が晴れた後の光景を見て間の抜けた声を出してしまった。

「トールギスよ……お前の無念は、私の手で払わせてもらう。見ていてくれ……」

無傷であった。ゴーレムが跡形もなく吹き飛んだ爆発に巻き込まれても尚、その装甲は美しいままであった。

ウイングゼロは白を基本とし、胸部は青、腹部は赤で彩られていた。大きな特徴といえば、大きな白色のウイングバインダーと、左腕を覆うシールド、そして巨大な2つのライフルだ。

その巨大なライフル―――ツインバスターライフルを目の前のゴーレムらに構える。そして引き金を引いた。

ツインバスターライフルの銃口からは考えられないほど、巨大……いや、そんな言葉が生ぬるいほどの極太の黄色い閃光が発射される。プラズマ波を纏ったビームは、十数機のゴーレムを呑み込み消滅させた。

そう、新型装備を展開していたゴーレムさえも塵一つ残さず消滅させたのだ。新装備を展開させても、1秒も持ちこたえる事が出来ずに、破壊されたのだ。

「……………………嘘ぉん」

束は眼を見開いて、冷や汗を流す。有り得ない。今までのガンダムの性能から言っても、考えられないほどの威力だ。いや、あのサイズであの威力など不可能のはずだ。

束の手が震える。凄まじい、という言葉すら陳腐に感じるほどの威力を見た恐怖で震えているのか……それともその技術を見て興奮しているのか。それは彼女にしか分からない。

残ったゴーレムらはビーム砲を構え、接近しながら撃ち始めた。明らかに離れているにも関わらず、接近戦をするためなのか左腕からサーベルを展開させる機体もある。先ほどと違い乱雑な動きだ。

ブラッドはウイングゼロのウイングバインダーとブースターを同時に吹かせ、ビームを回避した。その機動性はトールギスに乗っていたブラッドでさえも驚くものであった。

「素晴らしい……この反応速度……!」

ウイングゼロはブラッドの思う通りに、まるで考えるだけで機体がついてくるかのような反応速度で戦場を飛び交う。

ビームもゴーレムもウイングゼロに追いつくことが出来ない。明らかに、トールギスの機動性を超えるものだ。

その異常とも言える機動性にも関わらず、ブラッドは体に何の異常も感じていなかった。否、そんなことよりウイングゼロの圧倒的な性能に心奪われていたのだ。

ゴーレムは攻撃を当てるどころか、センサー・アイがウイングゼロを常に捉えることすらできない状態で、ウイングゼロはゴーレムらが密集する中心へと飛び込む。ツインバスターライフルの連結部分から光が漏れ、2つに分かれたバスターライフルを180度左右に広げた。

「この戦闘能力!!!」

バスターライフルから先ほどより細いとはいえ、極太の黄色いビームが発射される。そしてウイングゼロごと回ることでビームも回り、周囲のゴーレムを呑み込んでいく。ビームに呑み込まれたゴーレムは例外なく爆発し消滅した。

「素晴らしい……なんという性能なのだ!残りはたった5機のみか」

あまりの性能にブラッドの口角が上がる――――――瞬間、体が黄色の閃光に包まれた気がした。

「何だ……!?」

今まで簡単に避わしていたゴーレムのビーム。そのはずにも関わらず、右腕に当たり、右腕が消滅した。

「ぐぁ!」

背部にも直撃し、バランスが崩れる――――――次の瞬間、コックピットにビームが直撃し、ブラッドの肉体を焼き尽くした。

「うおあぁぁぁぁ―――――――――――――――!!!」

だが次の瞬間には、元のままであった。

死んでいない。確かに自身の肉体が焼き尽くされたと感じたはずなのに、肉体が確かに存在していた。汗が全身を滴る感触が非常に生々しかった。

「なんだ、今のは………っちぃ!」

連結させておいたツインバスターライフルを接近してきたゴーレムに向ける。ゴーレムが格闘戦に持ち込む前に、ツインバスターライフルを最大出力で発射する。

無論ゴーレムはビームに呑み込まれ消滅した。しかしそのビームはゴーレムを消滅させても威力が衰えず、遠く離れた町の中心へ着弾した。

ドーム状に爆発する黄色い閃光。町の人々がビームによって吹き飛ばされ、消滅する。ブラッドの眼には呑み込まれていく人々の死に様がハッキリと見えた、見えてしまった。

有り得ない、有るはずが無い。こんなに遠く離れているのに一人一人の顔がしっかりと確認できることなど、有るはずが無い。そして、その内の一人と眼があった。

「わああああああああああああ!!!!」

だがまたしても違う。引き金を引いてもいないし、残りのゴーレムの数は5機のままだ。汗が顎先から大量に滴っていた。

「いったい何なのだ、これは!?」

だがもう目の前でゴーレムがビーム刃を展開させた左腕を、ウイングゼロのコックピットに叩きつけようとしていた。

突きささるビーム刃がブラッドの体を貫通し、絶し尽くしがたい痛みと共にブラッドの体を消滅させた。

「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ――――――――――――――――――――!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

しかし刺されていない。むしろウイングゼロのビームサーベルがゴーレムを串刺しにしていた。

「はぁ……はぁ……はぁ……」

崩れ落ちるゴーレム。粗い息遣いが、コックピットの中で響く。気づくと残っていたはずの5機のゴーレムが全て消えていた。

ブラッドは覚えていなかった。どうやって残りの5機を倒していたのかを。

「あれは、なんだ?いや、私は何と戦っていたのだ?……………敵だ。私の、敵を倒していたんだ」

そうだ、自分は敵を倒していたんだ。自身に近づく武器を持った者、自身の命を弄ぶもの、戦いを引き起こすもの。

その全てが敵だ。そのブラッドの眼は、黄色く輝いていた。

『龍 書文だ。その機体はなんだ、パイロットはどうした?返事をしろ』

ブラッドの眼に映ったのは救援に来たアルトロンガンダム……否、蛇の様な恐ろしい龍が自身に牙を向け呑み込もうとしているものだった。

「貴様も私の敵だ――――――――――――――――――!!!」
『何だと!?』

ツインバスターライフルの最大出力をアルトロンガンダムに向けて発射した。間一髪で、胴体部分への直撃は避けた龍だが、左腕の部分がビームによって消失した。そしてそのビームは遠く離れた野原に着弾し、全てを焼き尽くした。

胴体に龍の体があるためアルトロンの左腕をやられた程度ではパイロット的には問題が無いのだ。しかしそれは肉体面だけの話である。

「確かにさっきの声はブラッドのものだった、だが今のは……!?」

見たこともないガンダム。有り得ない攻撃力。そして味方からの攻撃。取り乱したところを一度も見せたことが無い龍でさえ、目に見えて混乱していた。

「違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う!!!私の敵は、私の敵はァァ―――!!」

ブラッドの叫び声が響き渡る。するとウイングゼロは明後日の方向へ飛び出し、そのまま変形を始めた。

鳥のような形態へと変形したウイングゼロは、そのまま遥か彼方へ飛び去ってしまった。

「い、一体どうなっているんだ……?」

龍のその言葉は、ユーコン社で戦いを見守っていた者たちの心情を代弁しているものであった。科学者5人を除いて。


●  ●  ●

ルクセンブルグ基地。ロームフェラ財団のIS部隊『スペシャルズ』の本拠地としてこの基地が使われていた。部隊が発足して、IS部隊の訓練は主にこの基地で行われている。

その食堂でスペシャルズの軍服を纏った金髪の少女は食堂内を見渡す。自分と同じ軍服を着た者たちの中で、どちらかといえば若い世代が多く見えた。それに男性の方が多いが、女性も少なくなかった。

軍隊、としては珍しいのではないのだろうか?基本的にどこの国の軍もIS部隊は必ず存在するが、配備数の少なさから規模は小さく整備班など様々なものがあっても決して規模は大きいものでなかった(もちろん重要性が非常に高いものであったとしてもだ)

自分以外に女性がいる事に少し安堵した少女。そこへ後ろから肩を叩かれた。

「きゃっ!?」
「おお?」

声をはしたなくあげてしまったことを少し恥じながら、後ろを向くと赤みがかった茶髪のショートカットの少女が驚いていた。

「ごめんごめんセシリア!そんなに驚くとは思ってなくてね!」
「キャラさん!だから後ろから声をかけるのをやめてくださいって言ってるではありませんか!」
「甘いよセシリア!兵士たるもの、いつも気を張ってないと!」
「はぁ……」

金髪の少女―――セシリア・オルコット―――は溜息をついた。いくら言っても目の前のキャラはその癖を直してくれないのだ。

セシリアはイギリスにいる際、キャラのことを何度かメディアで見たことがあった。フランスの代表候補生で自分より1つ年上で美人でありながら高い実力と社交性で人気が高いと聞いている。ちょっとスキンシップが過剰なところがタマに傷であるが。

「そういえばあなたは何故こちらに?あなたは上手くいけばフランスの代表になれるかもしれないという噂も聞いていましたが……?」
「ああ~、それね……」

セシリアが尋ねると今まで明るく話していた彼女が明後日の方向を向き、遠くを見るような眼をする。まずいことを聞かれた、というよりは思いだしているような仕草だった。

「あ……失礼いたしましたわ。言いづらいことでしたなら別に……」
「いや、そう言うことじゃないんだけどね。なんて言うか、今のフランス政府が信用できないっていうか、やばい感じなんだよね。特にデュノア社との関連がさ」
「やばい、ですか……」

デュノア社、といえば心当たりがある。というかつい最近までそこの社長の娘と一緒に学園生活を送ってきたのだ。当たり前である。

「IS学園に行ってたなら知ってると思うけど、シャルル・デュノアってうち(フランス)の代表候補生が在籍してるでしょ?でも私たちにはそんな子がいるなんて知らされてなかったんだよね~」
「それは……」
「有り得ない話でしょ?自分の国の代表候補生の名前を知らされてないなんて……しかもそれが男のIS操縦者なんだから、余計だよ。まぁ時期的にトールギスやガンダムが出てきてそっちに集中したってのもあるかもしれないけど、それでも全く噂も聞かないなんておかしいでしょ?」
「確かに……他国のことならともかく、自国でそれは有り得ませんわ」
「でしょ?」

シャルル、否シャルロット・デュノアが男装して一夏に近づいたことはシャルロット本人から聞かされていた。彼女の話の内容に憤りを覚えたし、彼女の味方になってあげようと思いもした。あのときはその場のノリで言ってしまった様な感じが大いにあったが。

しかしよくよく考えてみれば、いくら一夏のデータを手に入れたいからと言って専用機を持たせ代表候補生として学園に入学するには、デュノア社だけでは不可能だ。必ず国家の査察が入るに決まっている。

そうなると考えられるのは……

「政府関係者が敢えて見逃した、ということでしょうか?」
「もしくは政府が主導で行ったか、の2択だろうね。かなりのハイリスク・ハイリターンには間違いないだろうけど、正直そこまでやるかって感じだね」

キャラは腰に手を当てて大きくため息をつく。セシリアにも溜息をつきたい気持ちはよく分かる。いくら利益に繋がるからといって、少女を利用するなどとあってはならないことだ。

真偽のほどはわからないが、そういう噂話は何もないところでは出ない。少なくとも政府がそういったことと何らかの可能性がある、ということだ。下手をすれば国際社会から追い出される事態でもあり、キャラの判断はある意味正しいともいえた。

「それでこちらに所属することにしたのですか?」
「まぁ大体そんなとこかな?それに正直な話、代表候補生なんかやれる期間なんかあんまないし、それだったら条件が良い方を選ぶよ。セシリアもそうなんでしょ?第3世代ISを任された代表候補生がこっちにくるからにはさ」
「………それもあります。けれどそれだけではありません。私はあの閣下の下で働きたいと思ったから、こちらに来ました」

セシリアは一夏と会った後、1日経ってからロームフェラ財団にスペシャルズへ参加することを告げた。

セシリアは一夏に会った後、悲しみを感じていたがどこかでこうなることはわかっていたような気はしていたのだ。一夏は確かに優しい……がその優しさは異性に対するものではなく、友人のものであると薄々は分かっていた。

あれだけ異性に囲まれた環境でアピールされているのにも関わらず、一向に彼が特定の誰かと仲良くするということがなかった。

それが原因かはわからないが、クラスメイトが神聖な学び舎で一夏と他の男とのいやらしい本を書いていたのを見てしまった記憶がある。

彼の傍にいたいという気持ちは今でもないわけではない。だが現実に世界は変わりつつあるのだ。それになんとなくというよりは多くの人が感じているであろうこと……これから大きな出来事が起きるという予感が、彼女を突き動かしたのだ。

「革命の気配は、己で察しろ……ということでしょうか?」
「う~ん、中々深い言葉だね……確かに、私も感じているよ。何かが大きく変わるだろうって予感をね。だから私もここにいるんだよね」
「良いか悪いか、別ですけれどね……」
「全くだね」

そのまま2人で昼食を取り、ISの訓練をするために倉庫へと向かう。倉庫には多くの人間が動き回っており、その理由は倉庫内に直立しているスペシャルズのIS<スコーピオ>によるものだ。

「やっぱり今までISに関わってきた身からすると、スコーピオは凄く違和感があるというか力強さを感じるよね!」
「確かに……今までの設計とは大きく異なりますから仕方ないでしょう。ですがこの機体からは『騎士』のようなイメージがあります」

スペシャルズで開発されたIS<スコーピオ>はその名の通り蠍をイメージした全身装甲のISである。

全長6mでトールギスやガンダムと同程度のサイズである。ガンダニュウム合金をコックピット周辺とビームサーベルとビームライフルを兼用しているビームベイオネット、A.S.プラネイトディフェンサーという大型ビームシールドに使っており、他の装甲部分にはネオチタニュウム合金を用いている。

非常にごつい外見であり、外見だけで言えばガンダムより遥かに威圧感を相手に与えるであろう。

しかし外見に反して武装は少なく、ビームベイオネットと頭部バルカンとマイクロミサイル、両腕の袖口部分にビームガン兼用ビームサーベル、蠍の尻尾にあたる部分に多関節の二連装ビームキャノンを搭載している。がどれも距離を選ばない戦いができ、万能機として運用できる機体である。

このIS<スコーピオ>はトレーズ以外誰も知らぬことであるが、元々のスコーピオからいくつかの変更点がある。

まず生産性向上とサイズの関係性のため、可変機構が失われている。その可変機構が失われたため、可変時に機能する武装であったヒートロッドは多関節の二連装ビームキャノンに変更された。

スコーピオの設計自体トレーズ主導の元に行われていたが、二連装ビームキャノンを取り付けることをトレーズが強く望んだという逸話がある。

その理由はトレーズしか与り知らぬことである。彼がその武装に1人の少年……いや自身の親友を思い浮かべ、敬意を込めて作らせたのかもしれない。

また袖口部分に補助武器としてビームガン兼用ビームサーベルを両腕に1つずつ装備している。これはビームベイオネットが破壊された場合、本機の戦闘能力が著しく低下するため、それをカバーするために新しく設計されたものである。

本来のスコーピオは本機より武装は少ないのだが、それはモビルドールとして運用されることが前提としてツバロフ技師長の設計により製造されたものであり、有人機……それもISの操縦に関して錬度が低い兵が多いスペシャルズに宛がう機体としては不足であったために補助武装を多くするという処置を取ったのだ。

「しかし私としては接近戦用の武装が多いのが少し気になりますわね……」
「セシリアは射撃の方が得意だからね。でも今までのISと違って接近戦用の武装を召喚するためのイメージとか必要ないし、大丈夫でしょ?」
「はい……恥ずかしながら……」

従来のISの武装はパイロットのイメージにより召喚・補充されるものであったが、その召喚スピードはパイロットによってバラつきがあった。しかしスコーピオはそういったことは無くなるので、苦手だったパイロットにとっては優位に働くようになる。

「あ、そろそろ訓練の時間だね!行こう!」
「そうですね、もし当たったら勝たせてもらいますよ?」
「望むところだよ!」

訓練は実機によるものと生身のものがある。ISは肉体の延長上という捉え方もあり、肉体面の強化と並行して操縦訓練も行っている。

意欲向上のために隊員同士の模擬戦の結果で番付を行っており、セシリアとキャラはトップ10に入っている。やはり今までの経験の差から実機での番付は男性よりも女性が上位にいることが多い。

今日は実機の訓練である。実機では様々な訓練をした後、最後に模擬戦を行うこととなっている。そして今日の模擬戦の1戦目はトップ10の内の2人の男女であった。セシリアやキャラと互角以上の腕前を持つ者たちである。セシリアはキャラと模擬戦を行うこととなっており、3戦目である。

「では両名、直ちに機体へ搭乗せよ!」
「「はっ!」」

女パイロットと男パイロットは敬礼をし、そのまま2人はスコーピオへ乗り込む。トレーズの意向からか、このスコーピオはISスーツを着なくても乗れるようになっており、緊急時であったならば軍服を着たまま搭乗出来るようになっていた。

2機は訓練場へバーニアを吹かし、着地する。既に2機とも武器は構えていた。だがそこへ許可していない3機目のスコーピオが2機より離れた場所へ着地した。

「おい、誰だあれは!許可を出していないぞ!あのパイロットに通信を開け」
「はい。通信繋がりました……あ、あの……」
「どうした……し、失礼いたしました!!は、はい!直ぐに!」

通信兵がうろたえているので教官は覗きこんだが、すぐに敬礼している。その様子から、スコーピオに乗っている人物は階級が高いのだろうと予測できる。

「階級が上なのは間違いないだろうけど……」
「でもそれにしては随分慌てていたようですが……」

セシリアたちの疑問を余所に、教官はモニターの人物の言う通りに行動し、出撃したパイロットたちに通信を繋げる。

「両名に伝達する。模擬戦の内容を変更し、貴様たちで目標のスコーピオを撃破せよ。これは命令である」
「は、了解しました!」
「了解です!」

と、返事はしたものの、内心2人は困惑していた。先ほどの教官の態度からして、当初の予定には無かったものなのだろう。しかし彼らは軍人である以上、こなす他ない。

「やるしかないわね」
「その通りだ。私が前に出る、援護を頼む!」
「了解!」

後方のスコーピオが敵スコーピオにマイクロミサイルを一斉に発射する。これは回避運動を促すためのものであり、これで仕留められるとは思ってもいない。敵機の回避先にもう1機のスコーピオが接近しつつ、ビームベイオネットからビームを放った。

しかし敵機を捉える事はできなかった。マイクロミサイルもビームも難なく回避している。その機動は危うさはなく、むしろ美しさもあった。

「少なくとも互角以上か……!?」

後方から2種類のビームが絶え間なく敵機へ放たれている。ビームベイオネットと二連装ビームキャノンを同時に使っているのだろう。敵機に当たりこそしていないが、確実に動ける範囲を狭めている。

そこへ男パイロットはビームを放っているのだが、それでも見切られている。引き金を引く瞬間にはもうその場にはいないのだ。

「早い!だが……いや、来る!」

敵機は先読みされているかのような回避から一変して、二連装ビームキャノンを頭部の上へ多間接を曲げてビームを放ち、ビームベイオネットからビームサーベルを展開させ接近し始めた。

「接近戦なら容易くいけると思うな!」

男パイロットも同じような形で二連装ビームキャノンで牽制をしながら、ビームサーベルを展開させ突撃する。待ち構えていては機体性能が互角な分、勢いがある方がパワー勝ちするであろうという判断からだ。

男パイロットはそのままビームサーベルを振り上げた。このタイミングならば敵機のビームサーベルが右手をぶら下げるように構えている以上、相手はシールドで防ぐかビームサーベル同士のつばぜり合いになるであろうと判断したからである。

「がぁっ!?」

しかしそのどちらも実現することは無く、男パイロットは大きな衝撃で意識が飛ばされかけた。男パイロットがビームサーベルを振り上げた瞬間、敵機はさらにブースターを吹かせ、その勢いのまま左肩で体当たりを行ったのだ。

体勢が崩れた機会を見逃すはずもなく、敵機はビームサーベルをコックピットに当てる。

もちろん模擬戦用なので本当にビームが出ているわけではなく、行動不能になった際に鳴るブザーで撃破を知らせることになっている。

これほど早く僚機が撃破されたことに数瞬うろたえたが、後方のスコーピオはビームでの弾幕を張り、接近をさせないつもりでいた。

しかし敵機はその弾幕すら掻い潜り、二連装ビームキャノンで牽制しつつ接近を果たした。

ビームサーベル同士の激突。押し合いになるかと思えたが、女パイロットは一歩後ろに下がり、横薙ぎに振るった。

「上手い!」

キャラのその言葉に多くの人間が賛同する。セオリーにない行動を行った彼女の攻撃は、下手なパイロットならば決まっていただろう。

だが敵機はそれを読んでいたのか、ブースターを吹かし上空で避け、そのまま蹴りをかました。

「ぐぅ!?」

仰向けに倒れたスコーピオにビームサーベルが突きつけられ、撃破のブザーが鳴る。2対1の戦いは、圧倒的差で決着がつくこととなった。

そうなると当然勝ったほうのパイロットの正体が知りたくなるもの。しかも2人の方は腕の良いパイロットであるし、他のトップ10もセシリアたちと同じ場所で観戦していたので、誰だか見当がつかなかった。

「セシリアは誰だかわかる?私はわかんない!」
「そんな断言されましても……私にも見当がつきませんわ」
「静まれ!全員、モニターに注視しろ!」

周りの者たちもセシリアたちと同じく謎のパイロットの正体について話し合っていたが、教官の一声で静まりかえった。

『このような形で試してすまなかった。君たちの実力を肌で感じたかったために、この様な形を取らせてもらったのだ』

モニターに映ったのは薄い金髪をオールバックにし、気品に溢れた顔立ちと2つに分かれた眉毛に軍服を身に纏ったトレーズ・クシュリナーダその人であった。

「トレーズ閣下だ……」
「トレーズ閣下だったのか……」
「トレーズ様……」

そう言った驚きの声がセシリアたちの周りから聞こえてくる。彼女も当然驚いていたが。

『戦いはセオリー通りにはいかないものだ。それは私の戦い方で理解してくれたと思う。その未知の敵の情報をいかに引き出し、勝利に導くかは君たちに懸かっている。無駄死にはしてはならない、少しでも相手の情報を引き出すのだ……後の兵士のために!』
「「「「「後の兵士のために!!」」」」」

その彼らの声に満足したのか、トレーズは薄く笑みを浮かべる。

『では諸君、健闘を祈る』

ブツン、とモニターが切れる。それと同時にトレーズはコックピットから出て、コックピットハッチに捕まりながら、外の風を受けていた。軍服のマントが風ではためいている。

「五飛、君は今の私を罵るだろうな………だがこれも必要なことなのだ。変えるための必要悪なのだ………」

トレーズのその表情は、どこか悲しげであった。


~~おまけ~~

とある国の兵器会社の社長は頭を悩ませていた。デスク上に置いたパソコンのデータを見たせいである。

「このままでは我が社の存続が危うくなる……あいつはいつまで経っても肝心な情報を寄こさんし……」

IS産業で利益を増やしてきた彼の会社だが、第3世代型ISの開発が詰まっており、他の大会社よりも一歩も二歩も遅れが出ていた。

しかもその第3世代型ISでさえアメリカの新型ISには性能で劣っているのだ。彼の会社は時代の流れに乗り遅れていると言っても過言ではなかった。

そこへ数回ドアをノックする音が彼の耳に入ってきた。人が頭を悩ませているときに……と内心愚痴を零しながら、入室を許可した。

「入れ」
「失礼いたします。社長、お知らせしたいことがあるのですが……」
「何だ?何か新しい開発でもあったのか?」
「いえ、そうではないのですが……実は――――――」

入室してきた秘書の語られた言葉に、彼は興奮を隠せなかった。今まで悩んでいた問題も、全て解決できる鍵が手に入ったかもしれない報告であったからだ。

「直ぐに案内しろ!ほんの少しでも情報を漏らすな、これは我が社の命運が懸かっているのだからな!」
「畏まりました」

彼は笑顔であった。がそれは酷く欲にまみれた、汚いものであった。

「待っていろ、ガンダム……!」



[27174] 欲望と照れる黒ウサギ
Name: 伝説の超浪人◆ccba877d ID:b0c450af
Date: 2012/09/09 13:45
フランス国内最大の軍事企業デュノア社。都市部から少し離れた場所に本社があり、工場・研究所などもまとめてあるため間違いなくフランスでは最大規模の軍事企業である。

デュノア社は10年前に突如出現した機動兵器ISにおける産業により大きく拡大を果たした軍事企業である。ある意味で成り上がりに近い企業ではあったので、色々と黒い噂も絶えないことでも有名であった。

――――が、噂は噂のままで、表沙汰にはなってはいない。

しかしながら肝心のISの方は第2世代型IS以降の開発が滞っており、米国で開発されている新世代ともいえるISはもちろん、第3世代型すら開発の目処が立っていないのが現状であった。

これをなんとか打開するためにあらゆる手段・開発が行われた。秘密裏にだが社長の隠し子をも利用しての策だったのだが、結局主だった成果を上げることがないまま時が過ぎていく……そう思われた矢先、デュノア社は思わぬ拾い物を手に入れることとなる。

そしてそれは本社でもほとんど知る者のない地下の格納庫に運び込まれ、徹底した統制を行い「拾い物」を解析していた。

その地下格納庫に2人の男女が入ってくる。よほど地位の高い人間なのだろう、地下格納庫で作業をしていた作業服の者たちとは違い、見るからに高級品と分かるスーツ姿で地下格納庫を悠然と歩いている。

そして2人は解析していた拾い物の前で一旦止まる。拾い物は10mほどの大きさで、見るものを威圧するかのような特徴的な外観であった。まるで物語の中に出てくるロボットの外観そのままなそれは、その筋の者が見たら興奮するようなデザインである。

「……やはりこうして見ると、とてもISには見えんな」
「はい、社長。ですがISに間違いないようです」

社長と言われた男の一見冷静そうな声は興奮を隠しきれないのか、注意して聞くとどこか上擦っているようである。

その男は硬そうな癖っ毛の薄い金髪が首の後ろ辺りまで伸ばされており、ゴムで1本に纏めている。20代で通りそうな容姿の男だが、実際の年齢は40代手前である。

彼の名はヴァン・デュノア。彼こそデュノア社の現社長であり、シャルロット・デュノアの実父であり、技術者でもある男だ。

彼の容姿はIS学園に所属している生徒ならこう思うだろう。

『シャルロット・デュノアにそっくりだ!』と。まるでシャルロットの男装姿をそのまま成長させたような容姿を持つ男、それがヴァン・デュノアである。

選ばれた数人のスタッフが解析したデータを、秘書らしき女性が手持ちのコンピューターを操作し隣に立っているヴァンに見せる。

「形式番号XXXG-00W0 名称はウイングガンダムゼロ 装甲はガンダニュウム合金と言われるもので間違いないと思われます。全長10.2m 重量4.88tで、出力は今までのISとは比べられないほど高く、段違いです」
「動力はISコアだけではないんだな?」
「はい、恐らく……核と思われます。しかも核分裂よりも上の出力であるようです」
「ということは……核融合か」

核融合は未だ実験室レベルでしか成功しておらず、実用化には程遠い代物である……というのが常識であるはずなのだ。

しかしデータを見るとどう考えても核分裂ではなく核融合でしか得られない数値を示している。

10mほどの機動兵器に搭載できるほどのサイズの核融合炉を完成させたという事実だけでも動力をISコアにほとんどを頼り切っている現状を覆しうる技術である。

ISコアのみの動力の出力を競技用に設定しているとはいえ、シールドバリアーと大出力ビーム兵器を併用すると長時間戦闘できないのが今のISの現状である。これらの燃費の悪さは技術者たちにしてみれば非常に頭の痛い問題である。燃費の悪さでもっとも顕著な機体といえば織斑一夏の<白式>であろう。

「………」

ヴァンは秘書から受け取ったデータを険しい表情で操作し続ける。操作している指先はどこか粗さがあるように秘書には感じられた。

その原因は秘書にもなんとなく理解できる。今まで自分たちが開発に後れをとっていた
次世代機のデータの数値よりも遥かに高ければそうもなろう。実際秘書自身ウイングゼロのデータを見たときは研究班に何度も確認してしまったほどである。

「……基本性能がデタラメだな。このツイン・バスターライフルに目が奪われがちになってしまうが、それ抜きでも現状のISを破壊するにはお釣りがくる性能だ」

ここでドクターJたちと篠ノ之束の違いが表れたといえる。もしこのウイングゼロを造ったのが束ならば数日でヴァンたちに解析されることはありえないであろう。彼女は身内以外には超が付くほどの秘密主義だからだ。

しかしドクターJたちは機体自体に解析できぬようロックをかけるということはあまりしていなかった。

A.C.ではヒイロを始めたガンダムパイロットたち自身に整備をやらせるためにもロックはかけていなかったし、奪われようとした際はパイロット自身に自爆するよう訓練させ、実際にやらせていたからだ(とはいえ自爆して10m以上の高さから地面に叩きつけられても死ななかったり、自爆前に機体から降りたり、姉の様な存在に拳で殴られ思いとどまったり、自爆すらできなかったり、そもそも自爆する気なんてなかったりする5人だったが)

また敵側もガンダムを悪しき象徴として解析するどころか射撃の的にした後ほったらかしにしたり、海に沈んでいるにも関わらず無視したりと散々な扱いであった。

しかしこの世界でのガンダムの重要性はかつての比ではない。機密性で言えば、束の方がドクターJたちよりも優れていると言えよう。

「同感です。ですが私はこの数値が信じられません。武装に関してはほとんど全てが一撃で絶対防御を貫いてパイロットごと消滅させることができます。これでは競技では使用ができませ……」
「何を言っているんだ、お前は?」

ヴァンは心底呆れているような視線を秘書に向ける。秘書はその視線にビクリと体を震わせて、言葉を切ってしまった。

少しおびえた様子の秘書からデータへと目を移したヴァンはそのまま言葉を紡ぐ。

「これはそういう機体ではない。明らかに……戦闘用、いや『戦争用』というべき代物であることは間違いないだろう。しかし……このコックピット部分のデータはなんだ?ISコアの自己進化ではないようだが?」
「……あ、はい。それは未だ解析中ですが、今までに判明しているISの機能とは全く別物のようです。もしかしたら何らかの演算機能ではないか、という意見もある程度しか現状では……」
「演算機能か……」

ISコアは自己進化・最適化が備わっているのは常識であるが、これが量産に向いていない機能でもある。ISコアの絶対数が少ない故にあまり問題になってはいないが、パイロットに最適化し、かつ勝手に自己進化する機体など安定した供給と性能を必要とされる量産機には不要なものであるからだ。

しかしウイングゼロにはそれがないらしく、代わりに何らかの演算機能があるのだが、まだそれが何かはわかっていない。

ISコアの容量を演算機能はかなり取っており、これが無くなっている2つの代わり……という考え方もできなくはないが、恐らく違うだろうとヴァンは考える。

わざわざ無くした2つの機能の代わりを新たに造るのは効率の面を考えれば有り得ないだろう。ならばそれ以上の機能を備えていると考えるのが普通だ。

「(現段階でわからないとなると、戦闘時に何らかの作用が働く可能性があるか……?)」

ヴァンの中ではウイングゼロ時間をかけて解析するという選択肢はあまり考えていない。

ヴァンとてウイングゼロほどの性能を造れる国など1国しかないことくらいはわかっている。回収される前にできる限り調べ上げるつもりでいた。

「それでパイロットはどうしている?何か吐いたか?」
「いえ、まだです。ひたすら黙秘を貫いています。自白剤を使用しますか?」
「いや、やめておけ。彼は非常に優れたパイロットだ……自白剤などで壊してしまうのはこちらとしても避けたい。いくらでも利用価値はある」
「畏まりました」

ウイングゼロと共に回収したパイロットは地下に閉じ込め情報を吐かそうとしているのだが、中々に強情で一向に口を閉ざしたままだ。

自白剤など薬物を使えば一発で吐くのだが、後遺症が出る可能性がある。やることはやっているのだが、徹底的にやろうとしないヴァンのやり方に秘書は少し生温いと感じていた。

「まだ戦闘時……実際に稼働した際の戦闘データは取っていないな?」
「はい。データを回収する際のパイロットは如何致しますか?いくつか候補はこちらに……」

秘書が見せようとしたデータをヴァンは手で押し留める。

「いや、女はいらん。男でなければダメだ……候補は私が決めておく。」

もし量産が成功すればパイロットは女だけには限らなくなる。そういった理由でデータ採取には男を使うつもりでいた。

――――ヴァンの建前は、であるが。

「それにデータを取るための手配などもしなくてはならんから数日はかかるだろう。それまでに決定しておく。時間稼ぎに役人どもの目を逸らさなければならんからな……では諸君、引き続き解析を頼む!」
「「「「は!」」」」

打った鐘が響くようにヴァンに返答する研究者たち。ウイングゼロがどういうものか、どういう経由で入手したか知っている上で協力している彼らだが半ば嬉々としてやっているように見える。世間一般の人としての感性は疑われるが、研究者としては正しい反応かもしれない。

ヴァンは研究者たちの反応に薄く笑みを浮かべ、それと同時に役人を騙す算段を立てながら秘書を伴い地上に戻っていった。

●  ●  ●

ブーツの踵が廊下を打ち、甲高い音が響く。どこか薄暗い、黒を基調とした施設は子供なら少し怖がってしまうだろう……悪の組織みたいな場所に見えなくもない。

そんな場所を歩いているのは、場所に似つかわしくない小柄な銀髪の少女だ。着る服が年相応の物ならば非常の際立つであろう整った顔立ちをしている少女だが、物々しい黒の眼帯と硬い表情、そして身に纏っている黒い軍服のせいで威圧感があり違和感が拭えなかった。

少女は廊下の奥にある大きな黒の扉を勢いよく両手で開ける。すると広い部屋が眼前に広がり、そこには10人近くの女性たちが2列に整列していた。

『おかえりなさいませ、ボーデヴィッヒ隊長!』

少女――ラウラ・ボーデヴィッヒ――が入室すると10人近くの女性たちは一斉に敬礼を返す。それにラウラは同じく敬礼で返す。

「今帰った。皆、よく留守を守ってくれた」
『はっ!』

<黒ウサギ部隊> ドイツ軍のIS専門部隊であり、平均年齢が10代後半という低年齢部隊である。ISのドイツ代表は別にいるが、それは競技用であり<黒ウサギ部隊>こそ本命の部隊である。

しかし実はこの<黒ウサギ部隊>の名前の由来がわかっていない。一説ではラウラのウサギっぽさから取ったのでは?という意見もあるのだが、その名を付けたのが高官の軍人――しかもおっさん――だったらドン引きである。

クシュン、と可愛らしいくしゃみが目の部分を機械で改造しているのが特徴の非常に厳しい顔つきの軍人から発せられた。

「どこかの女性が噂してるのか……?だがこのシュトロハイムはうろたえないッ、ドイツ軍人はうろたえないッ!」

フッフッフ、と厳つい軍人が笑う姿は不気味そのものだった。

ところ変わってラウラたちのいる部屋。隊員の者たちは皆、隊長との話に花を咲かせていた。

「クラリッサ、あちらでも世話になったな。礼を言う」
「礼には及びませんボーデヴィッヒ隊長!隊長と隊長の嫁がくっつくのならば安いものです」

そう答えたのは副隊長のクラリッサ。隊長のラウラと隊長の嫁である織斑一夏をくっつけるために様々な(間違った)知識を駆使しラウラを(混乱に)導く良き副隊長である。

「クラリッサのアドバイス通り、やはり水着は買って正解だった……嫁が褒めてくれたんだ!」
「ど、どんな風にですか!教えてください!」
「私も私も!隊長、お願いします!!」

ラウラの言葉に反応するように隊員たちがラウラにすり寄ってくる。集まった隊員たちはラウラの次の言葉を待つように目を輝かせている。

「そ、その……かわいいって、似合ってるって言ってくれたんだ……」
『キタ――――――――!!!!』

大騒ぎである。しかも非常に感情に乏しく他者に排他的だったラウラが、ほんのり赤く染めた表情で一夏のことを語る姿に皆やられていた。

――――これが副隊長の語っていた『萌え』なのだと!!

歓喜の声を上げながら悶える者や、叫ぶ者、ネタが出来た!と興奮する者など反応も様々だ。ついでにクラリッサは鼻血を出しながらシタリ顔で頷いている。

ラウラも皆の反応に気を良くしたのか、一夏との触れ合いの日々を若干脚色して皆に語ると、さらに場は荒れた。

ちなみにこの部隊、ラウラがIS学園に行く前までラウラと隊員との間には非常溝があり、和気藹々としたのはラウラが一夏と仲良くし始めてからである。

そういった意味で一夏は彼女らの仲を取り持ったとも言える。

興奮し切って静かになり始めた頃、真面目な顔つきになったラウラが隊員を見渡す。

「さて、真面目な話に戻すぞ。私が戻ってきたのは新型装備の関係で間違いないな?」
「は!開発部の方から新型ビーム兵器各種の試験を行うように言われています。本来ならば私の機体が武装関係を担当するのですが、状況が少々複雑になっておりますので……」
「……ガンダムと無人機のせいか?」
「どちらかと言えば無人機を警戒していると思われます。無人機は数・規模共に不明なままで、今までの襲撃からもガンダムらを目の敵にしていることくらいにしかわかっていませんが、IS学園にも攻め込んだこともあっていつどの国が襲われても不思議ではありません」

特徴的な外見をもつガンダムらの所属は分かり切っているし、あれほどの機体を造り出すのは他では難しい故に、常にアメリカの動向を警戒しておけばガンダムへの対応策は一応取れる。

しかし一体一体の戦闘力はガンダムらに劣るとはいえ、通常のISの戦闘力を上回る無人機は数も不明であるし、どの組織が動かしているかも全く掴めていない。故に新型装備又は機体性能向上を早急に図る必要があったのだが、具体的に動き始めたのは少し遅れてからのことだった。

軍の上層部というのは楽観的であることが多い、と言うのはよくある話だが今回も例に漏れなかった。元々ISコアは限られているし、機体を生みだすのにも時間も金もかかるので国レベルの組織でなければ満足な数は揃えられない……といった考えからである。

ドイツの世界一の科学力で潰すべきだッ!と主張した者もいたが、人は楽観的な意見に流れやすいという例にもれずそのまま決定することとなる。

――――しかしそれは先日までの話である。とある事件のせいで、ドイツ軍は貴重な戦力であるラウラを緊急で呼び戻す必要があった。

「それで呑気に武装試験というわけか?私のシュヴァルツェア・レーゲンの特殊兵装の改良を施した方がよほど有意義だと思うがな」
「隊長のシュヴァルツェア・レーゲンの停止結界は今のところあれが限界のようです。しかもパイロットの資質と極度の集中力が必要ですから、隊長以外に扱える者は今の我が軍には……」
「仕方ないとは言え、歯痒いな」

シュヴァルツェア・レーゲンの停止結界は極度の集中力を用いて手をかざし、自機の前方の数mしか発動できない代物だ。使い方によっては非常に強力な能力だが、範囲が狭いのでブルーティアーズのようなオールレンジ攻撃などは防ぎきれないところや、集中できない状況に追い込まれると使用できなくなるという欠点もあった。

そこで停止結界の改良は難しいが、新型武装を搭載することで戦闘力の向上を図ろうという狙いだ。

「ですが隊長、新型武装に関しては早急に行うようにと通達されています」
「何?それは何故だ?」
「まだ確証はないのですが、アメリカの各所に無人機が襲撃したという情報を先日入手しまして……アメリカの被害状況はわかっていないのですが、無人機は全て破壊したとのことです。ですが……」

ラウラの預かり知らぬ情報に眉をしかめ、クラリッサの言い淀む様子に違和感を覚える。

「何かまずいことでもあったのか?」
「いえ……その、ユーコン社でも大規模な戦闘が行われたようですが……一瞬で山が一つ吹き飛んだという報告がありまして……」
「……それは本当か?いったいどんな兵器でそうなる?」
「何かまでは……黄色い閃光を見たという話が噂されている程度で……」

一瞬で山を吹き飛ばすことができる兵器はあるにはあるが、核だとしたら自国で使う国はどこもないだろう。それにISが運用され始めてからは、IS以外の兵器はさほど重要視されておらず、旧来のまま発展していない状況であった。

「……まさかとは思うが、上層部はISでやったなどと考えているのか?有り得ん」
「ですが今のアメリカを恐れている考えが多く、一刻も早く対抗できる新型兵器を、とのことで……」
「だからこんな学校がある中途半端な時期に私を戻した、というわけか……それでどんな武装なんだ?」

シュヴァルツェア・レーゲンの射撃武装は大型レールカノンしかなく、銀の福音での戦闘ではその取り回しの悪さからほぼ命中しなかった

プラズマ収束ビーム砲。増設したジェネレーターとISコアのエネルギーから強力なビームを発射する代物で、本来なら両肩に展開される装備であるが急遽製造されたので大型レールカノンと同様に右肩のみに搭載されることとなる。

他にも脚部にミサイルポッドなども取りつけるつもりであるが、あまり武装を過多に搭載してしまうと機体バランスが損なわれてしまうので、実際に運用してから搭載するかの有無を決定する予定である。

「他にもいくつか装備があるので、時間はかかりますが……」
「嫁のところに戻るのが遅れてしまうな……」

ラウラははぁ、と溜息をつく。その仕草は敬愛する織斑千冬そっくりであった。

世界は変わろうとしている―――――決して良い方向とは限らないが。

●  ●  ●

「ウイングゼロのパイロットは私がやろう」
「しゃ、社長……本気ですか!?」
「冗談でこんなことは言わん。これほどのものを下の者にまかせっきりというのは少しな」

数日後、秘書を連れて地下へやってきたヴァンの言い分は技術者たちを驚かせた。確かにヴァンも技術者としてISに関わってきたが専属の者たちと比べれば遥かに短い時間であったし、貴重なパイロットをワガママで決められてしまうことに、反発心を抱かざるをえなかった。

しかし彼らは所詮ヴァンの部下に過ぎず、彼の決定に逆らうことはなかった。それにヴァンにテストパイロットをやらせなかったとしても、他に誰を乗せるのか?と聞かれれば直ぐに返答出来る者はいない。

男で技術的に理解でき体力的にも乗りこなせる者が適任なのだが、勤めている技術者たちでは体力的に不足している。そう言った意味ではヴァンの方が体力があるといえた。

ウイングゼロは専用のISスーツはなく、極端な話で言えば薄着にすれば搭乗はOKである。搭乗のためパンツ一丁になったヴァンがウイングゼロのコックピットに入り込む。

ウイングゼロのコックピット内は足をつける下部分が平らなこと以外は球体となっている。手や足に様々なセンサーや機械類を接続させているが、一番の特徴はフルフェイスの頭部センサーをつけることだろう。

「こうも通常のISと何もかも違うと、なんだか不安になるな」

ヴァンの呟いた言葉にセッティングしていた技術者はハハハ、と軽く笑い返す。

「危険であれば直ぐに中断するようお願いします。まだ解析しきれてはおりませんので……」
「言われんでもわかっている。解析するためにやるのだからな」

ヴァンはそう言いながらコックピットを閉め、技術者たちに退避するように指示を飛ばす。すばやく機材などを片づけ技術者たちが退避していくのを確認すると、管制室にいた者たちは外界からの視線をシャットダウンしているアリーナを起動させウイングゼロのために用意したターゲットをセッティングする。

今回の試験は実際に機体を動かした際のデータを取るもので、いくつかのプログラムをこなした後、最終的に1機のISと戦闘を行うことになっている。

闘う際武装にあまりにも差があると一撃で勝負がつくので、ウイングゼロの武装は通常ISよりも少し上程度の出力に設定していた。無論パイロットの方で出力調整こそできるものの、ISにおける戦闘が今回初めてのヴァンにそこまでやることを強いるのは酷というものである。

シールドの裏にツイン・バスターライフルを取りつけて、アリーナ方向へ機体を向け少し屈ませる。

「よし、ウイングガンダムゼロ。ヴァン・デュノア出る!」

IS用のカタパルトは使えないのでそのままブースターを吹かせアリーナへ飛ぶ。いや、ヴァンの感覚からしたら、飛ぶというより『吹っ飛ぶ』ようであった。

「ぬおぉぉ!」

慌ててスラスターを吹かせて旋回し壁に激突するのを避け、中央に滞空するウイングゼロ。その様子を管制室にいた者たちはほっとすると同時に、かなりの不安を覚えるが止められないのでそのまま続行するしかない。

『社長、準備はよろしいですか?』
「ああ」
『では、開始してください』

開始の言葉と共に空中に現れたホログラムの球体。その球体の中央には数字が記されており、それらは複雑にアリーナ内に配置されていた。数字の順番に通過する機動テストだ。

「いくぞ!」

ヴァンはウイングゼロのブースターを吹かせて、1の数字の球体を通過する。瞬時にスラスターをほんの少し吹かせ正確に2の数字を通過する。

次々と数字を通過するその姿は国家代表レベルのISパイロットからすれば無駄があるように見えるかも知れないが、初めて操縦した者には決して見えないだろう。

「反応が早すぎる……!?」

ほんの少し動かしただけで敏感すぎるほど動くウイングゼロであったが、何故か動き方がヴァンの頭の中で理解出来ることができる。

しかも時間が経つごとに段々と動きに鋭さが増していくのが目に見える。もはや素人どころではなく、熟練者に迫る勢いだ。

『状況終了。次のテストを行います』
「凄い機動性だな。あっという間に終わらせたぞ」
「やはり桁違いだな。大幅に記録を縮めたぞ」
「だがヴァン社長の操縦技術、高すぎないか?」

ウイングゼロから蓄積されたデータを見て次々に呟く技術者たち。しかし彼らはここで見逃している部分があった。元々のISコアにあった機能に近いもののためである。

そうとは知らずテストを続けるウイングゼロは武装のビームサーベル(超弱)とマシンキャノンでダミー風船を破壊していく。

ヴァンの目には目標のダミー風船だけでなく、あらゆる情報が記されている。本来なら混乱しそうなほどであるが、何故か冷静に処理できていた。

マシンキャノンの威力が強すぎてアリーナを穴だらけにしているが、シールド部分にはぶつけていないので破壊するまでには至っていない。

「これで最後!」

ほとんど無駄弾を使わず、ダミー風船を破壊し、最後の1つはビームサーベルで切り裂いた。

『状況終了。次は模擬選を行います。敵機はラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡです』
「了解した」

ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡはデュノア社の最新鋭機であり、代表候補生のシャルロット・デュノアの専用機でもある機体である。もちろんISコアはデュノア社に預けられている物の1つである。

パイロットは少し訳ありの者で、特に口の堅い者を選んでいる。というより口外しようとした場合、処理するだけであるが。

開始のブザーが鳴り響くと同時に両手に出現させたアサルトライフルをウイングゼロにばら撒く。

ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡの優れているところは搭載量の多さであり、20以上の装備を呼び出すことができる。つまり状況に応じて武器を使い分けることができ、弾切れを起こすことが少ないことを示している。

しかしウイングゼロに当たるどころか、追尾するように飛行しながらでも後をついて行くのが精いっぱいのようだ。

「振り切れんか!」

マシンキャノンをばら撒くが、掠りあたりで落とすまでには至らない。ウイングゼロとラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡの性能はかけ離れているのも関わらず、普通に戦えてしまっている現状が示す答えは、パイロットの原因があることは誰の目にも明らかである。

ミサイルランチャーで叩き落とそうとするが、避けつつ避けきれない分はシールドで防ぐ。さすがに傷一つないが、未だに普通に戦ってしまっている事実にヴァンは苛立ちを感じていた。

「違う違う!ウイングゼロ、お前の力はこんなものではないだろう!見せてみろぉ!!」

―――――そのときであった。彼の周りの空間が黄色い閃光で覆われたのは。

バズーカを発射したラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡの攻撃を避け切れず、吸い込まれるようにコックピットに直撃し、彼の身を焼いた。

「はッ!?」

いや、そうではない。槍の一撃でコックピットごと突き刺された筈だ。いや、アサルトライフルでハチの巣にされた?

痛みも確かにある、殺された感覚も確かにある。ただ多くの経験が、どれが現実か判別できないほどリアルだった。

「あああ!!!」

このままでは殺される未来しかない。ビームサーベルの出力を通常時に戻し、ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡに突貫する。

突然動きの変わったウイングゼロに弾幕を張るが、まるでミサイルの動きをすべて読んでいるかのように最小限の動きで避ける。避け終わったと同時に懐に入っていたウイングゼロは、回避行動をとらせる前に右腕を切り落とした。

「ぐあああ!!!」

ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡのパイロットの絶叫がアリーナ中に響く。それでも回避行動を怠っていないのはさすがである。だがその回避場所にウイングゼロはツイン・バスターライフルを向けていた。

彼女が見た最後の光景は、黄色い閃光だった。






あとがき
非常に御待たせしました!!!!
いろいろ学校やら何やらでいろいろありまして……しかも超が付くほど今回の話は難産でした。
しかも原作は続きが絶望的だからこちらで考えるしかないっていう……ほとんど伏線回収してないから、勝手に考えるしかないっていう。
それと感想でウイングゼロの大きさを間違えている方がいましたが、設定集とか作るべきなんでしょうか?個人的には作る必要はないと思っているのですが、どうでしょうか?

正確にはラウラの停止結界の名称はAICですが、会話的にこちらにさせてもらいました。



[27174] 飲み込まれる男
Name: 伝説の超浪人◆ccba877d ID:b0c450af
Date: 2012/11/08 23:53
「状況を知らせ!」
「11から32区画が大破、他にも多大な被害が出ています!アリーナもほぼ破壊されました!」
「ウイングゼロ急上昇!外部へ飛び出しました!」
「ヴァン社長お止まり下さい!」

阿鼻叫喚であった。ウイングゼロが放ったツイン・バスターライフルはアリーナの耐久力を無きが如く破壊し、本社の一部を崩壊させていた。

その破壊した張本人であるウイングゼロのパイロットであるヴァン・デュノアとは通信が取れなくなっていた。いや、正確に言えば通信は取れている……がパイロットが応答できない、といった方が正しいだろう。

「私は今何をやったんだ!?何を………ッ!!」

ヴァンは今自分が何をやっているのか、現実味を持つことができなかった。

例えて言うならば、まるで悪夢を見ているかのようである。

だが……これこそ自分が“やりたかった”ことではないのか?

「バカなッ!」

ヴァンは口に出して、その考えを否定する。しかしそれは彼自身の倫理観から出たものであって、本人の欲求はどうであるのか、彼自身にもわからなかった。

「ウイングゼロを捕えろ!パイロットは錯乱している!ミサイルの照準合わせ!」
「しかし、それでは社長が……!?」

その命令の内容に若い技術員は慌てるが、命令を下した男は顔を顰め、苦痛であるかのように言葉を発する。

「確かに危険ではあるが、ウイングセロの装甲は桁外れだ。多少の攻撃では破壊されん!まずウイングゼロを一刻も早く止める事が重要だ!」
「……了解しました!ミサイル、照準!」
「(よし……これならば……)」

先ほどまで苦痛の表情を浮かべていた男は誰からも見られていないことを確認すると、薄気味悪い笑みを浮かべていた。

「(このまま上手くいけばヴァンを都合よく葬ることもできるかもしれん。もしできなかったとしてもこれほどの失態だ、社長の地位を維持することはできまい)」

男はヴァンの今の経営手段に反発している上層部から構成されるグループの者の部下であり、彼自身もその考えに賛同していた。

ヴァンは元々技術畑からの出身であったが、前社長の娘と結婚したため今の社長という地位に納まった男である。

実力ではなく女にとりいって地位を得るようなやり方をする男を快く受け入れる者がいるはずがなかったが、彼自身が社長に就いてから第一世代・第二世代型ISのスタンダードを基くほどの機体を生みだし、業績は鰻上がりに伸びていった。

そのおかげか当初非常に強かった反発の声が収まり、その代わりに賛同の声を得るようになっていた。

しかしそれは上手く行っていたときの話である。ここ最近の経営不振で鳴りを潜めていた反発していた勢力が強くなりだしていた。ただでさえ第三世代型が製造出来ずに悩んでいたところに、さらなる高性能機が現れたのだから焦るのも当然である。

その一刻も早く事態を好転させたい反発勢力にとって、ヴァンがテストパイロットを勤めるという今回の件は渡りに船であった。

そういった事情があるにも関わらずテストパイロットを志願してしまったヴァンは、未知への探求心に負けてしまったということだろう。こういったところはやはり技術畑出身と言えるだろう。

「ミサイル斉射!」
「ヴァン社長、お許しください!」

技術員はボルガノ博士を殺したキ○ガイヒーロー的な台詞を吐きながら、ウイングゼロ目掛けてミサイルの発射ボタンを割りと躊躇い無く押した。

ウイングゼロから見れば正面を覆い尽くすほどのミサイルが迫る。

通常のISより遥かに高い防御能力を持ったウイングゼロでも、全段直撃すれば少なからずダメージは与えられる“はず”である。

しかしここで一つの要素を男は忘れていた。もしパイロットがミサイルの大軍を捌けるほどの技量を持ち合わせていたら、どうなるのか?

無論今日初めてISに乗ったヴァンの素のままの技量ならば絶対に不可能だろう。

――――だがそれを覆すものが存在していた。

ミサイルの爆発が空を色どり、紅い花を咲かせているようであった。直撃を確信した男は次の指示を飛ばそうとして――――表情が凍る。

爆発の煙を振り払うように超加速で飛び出してきたほぼ無傷のウイングゼロの姿に、男は背筋に氷柱を入れられたような感覚に襲われた。

「バカな、無傷だと!?あれほどの弾幕を避け切ったというのか!?」

驚愕する男に向かってツイン・バスターライフルを構えるが、横から来るラファール・リヴァイヴ・カスタムのアサルトライフルを後退しつつ避ける。

「は、速い!」

デュノア社にもう一機配備されているISが本社を破壊したウイングゼロを抑えるために撃ち続けるが、ISのパイロットの目が追いつけないほどの動きを見せる。

「あ、あれが初めて操縦した者の動きなのか!」
「脳波、脳内物質共に異常な数値を示しています!通常では有り得ない数値です!」

元々ISには戦闘時に極度の興奮や混乱しないよう、戦闘時でも平常時と同様の脳内物質の分泌量にコントロールするシステムがある。

そのせいで最初の方は気を配っていなかったが、今のヴァンの脳内物質は平常時とは真逆……およそ通常放出することのできないほどの量の脳内物質が確認された。身体機能もめちゃくちゃに高めるほどの量である。

元々の反応速度を大幅に超え、凄まじい身体能力を手に入れた世界でもトップクラスのパイロット……それが今のヴァン・デュノアであった。

「ははは!」

低出力のツイン・バスターライフルがラファール・リヴァイヴ・カスタムの装甲をパイロットごと溶かし、消滅させる。

「う、うわ!く、崩れ」

その爆発の余波は指令室の一部も破壊し、男を含めた数人の技術員が瓦礫の下敷きになった。

これでデュノア社に存在する兵器ではウイングゼロに対抗することはできなくなった。敵影無し、状況クリア。

「はっははははーッ!あーっははは――――!!!」

ヴァンは狂ったように笑う。外部マイクをオンにして、その笑い声を周辺に聞かせるように笑い続けた。

「俺の邪魔をするからさ!あはははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!」

いつもは冷静と言われている男が気が狂ったように笑い続ける。自身で大きくした会社を自身で半壊させたのにも関わらず、まるで何も見えていないようであった。

そもそもデュノア社はヴァンが社長に着いてから急成長しフランスを代表する軍事企業になったにも関わらず、元々いた古株の幹部たちから各国に後れを取っている責任を押し付けられていた。

彼の根回しや若い部下たちの尽力によって、どうにか今日までうまくやれてこれたが成績が下がっていくことを止めることはかなわず、古株やスポンサー……つまりは老人たちがチクチクと嫌がらせをしてくるのだ。

良い時は蜜に群がるように擦り寄り、悪くなれば嫌みと余計な口出しを挟む。もはや自身の地位しか考えていない老人たちの姿は、間違いなく老害であった。

それだけではなくパイロットや整備士にはIS学園卒業生の女性も多くIS学園の生活が
原因かどうかわからないが、大体がプライドが高くエリート意識の強い者が多い。

同僚の男性の言うことを聞かず、わざわざ上司が出て言わなくてはいけないような女性社員もいることは、悩みの種の一つであった(無論そうでない社員もいるが)

それに加えて―――これは自業自得であるが―――自身の隠し子の存在が出てきたことが彼の心に多大なストレスを与えていた。

昔の女との間にできた子供が彼の母親が死んでから唯一の身寄りであるヴァンの所へやって来てから、妻と揉め家庭が上手くいかなくなり、家庭の問題を片づけていたら次は企業の業績が落ちていった。

まさに踏んだり蹴ったりな状況で、彼のストレスは頂点に達していた。

「……このウイングゼロは敵の動きを教えてくれる何かがある。時折見る幻覚と何か関係しているのか……?」

しかしどう見ても狂っているようにしか見えないヴァンの脳内では、ウイングゼロの他のISにはないシステムに対して思考を巡らせていた。

これほど建物を破壊し、敵パイロットや社員を殺しておきながら何も感じていない……いや路傍の石を蹴飛ばした後ぐらいの感覚に近いヴァンの精神は、人を一度も殺したことが無い彼としては明らかに異常である。

「もっと多くの戦闘データが必要だな、そうすればより具体的に解析することができるはずだ。素人の私がこれほど闘えるパイロットになれるのだ、完全に解析できて造ることができれば……」

技術を物にするために、自分の科学者としての探求心……好奇心を満たすために、強大な力を振るうため―――――もっと多くの血が必要なのだ。

「とすれば、国家所属のISと戦う必要があるな、誘き出すか………んっ!?」

ヴァンが思案する前に、コックピットが黄色い光に包まれる。

――――首都からやってきたラファール・リヴァイヴ・カスタム4機がウイングゼロを包囲し、様々な装備を同時に叩きこむ。爆炎の中無傷のウイングゼロが4機を追撃する。

「……何だ今の映像は、あんなものは見たことが……センサーに反応?」

わずか一瞬の映像であったが、思い当たる節のないものに首を傾げる。が、それとほぼ同時にセンサーが4つの機影をキャッチしていた。

そう、今見た映像の通り、4機のラファール・リヴァイヴ・カスタムである。

「そこのIS……なっ!ガンダム!?」
「馬鹿な、何故ガンダムが我がフランスに!?」
「しかも大きい……!ISの3倍はあるぞ!」

ラファール・リヴァイヴ・カスタムのパイロットたちは警告しようとしたが、あるはずのないガンダムの姿に驚きを隠せない。しかも今までのガンダムよりも一回り、二回り大型なのだ、驚くなという方が無理である。

「……いいタイミングだな」
「何を言っている?大人しく武器を捨てて投降しろ。デュノア社破壊について聞かせてもらう!」
「もし従わないというのなら、こちらには撃墜許可も下りている。命の保証は無い」
「……従えば命は助けてくれるのか」

その言葉を聞いたラファール・リヴァイヴ・カスタムのパイロットはニヤリと笑みを浮かべる。未確認のガンダムに乗っていても、数で囲まれれば投降してしまう。

不抜けたパイロットだ、と表情にアリアリと浮かべていた。

「ああ、命の保証はしよう。貴様が大人しく投降すればな」
「――――だが断る」
「!?」
「せっかく貴様らで実戦データが取れるのに、投降するわけがない――――からかっただけだ」
「貴様ぁ……!」

ウイングゼロは全身装甲のためパイロットの表情はわからない。だがどう考えても侮蔑の表情を浮かべているのは感覚で理解できた。

「先に撃ちたまえ。それともこちらから仕掛けないと応戦できないか?」

驕りにしても調子に乗り過ぎだ。4人とも全く同じ感想で、怒りのボルテージは一気に上がった。

「なら望み通り……」
「「「落ちろぉ!」」」

一気に四方へ展開したラファール・リヴァイヴ・カスタム4機はそれぞれの火器を出現し、ウイングゼロへ放った。アサルトライフル、ガトリングガン、ミサイルポッドなど多様な火器で逃げ道を塞ぐ。

しかしバーニアとスラスターを巧みに使うことで、ほぼ被弾することなく少しだけあった隙から飛び出た。

「かかった!」

それこそ狙い。3機はバズーカ、シュツルム・ファウスト、グレネードランチャーで追撃する。

見事な連携ではあるが、ウイングゼロを崩すまでには至らない。急上昇しても尚追尾してくるのをマシンキャノンで撃ち落とす。

動きが止まりツイン・バスターライフルを向けられようとしている3機のパイロットの表情に恐れを含ませながら笑みが浮かびあがる。

「その首、もらったぁ!」

ウイングゼロの上空から攻撃に参加していなかった残りの1機が、灰色の鱗殻(グレー・スケール)を構えながら急加速をかける。

灰色の鱗殻(グレー・スケール)はラファール・リヴァイヴ・カスタムのシールド裏に搭載されている69口径のパイルバンカーであり、リボルバー機構により炸薬交換による連続打撃が可能な代物である。

第二世代の武装ではあるが当たれば第三世代を破壊できるほどの威力を持っている、まさしく切り札だ。

未だ反応していないウイングゼロの頭部に、確実に命中することを確信した瞬間であった。

「なぁ……!?」

首を僅かに逸らす。360度見えるとはいえ、初めて乗った人間がまるで武道の達人のように僅かなタイミングのズレもなく完璧に避けることは絶対に不可能であるにも関わらず、ヴァンはそれをやってのけた。

そのまま体を反転させ、シールドでその機体を弾き飛ばす。元々機体のサイズが違う上にパワー差もあるので、ただそれだけでラファール・リヴァイヴ・カスタムのシールドエネルギーを大きく削られてしまう。

「あれを避けた……!?」
「まだよ!もう一度……!」

その言葉を続けさせないかのように、ツイン・バスターライフルの両手で持ち始める。

ツイン・バスターライフルの中央……接合部分が光り輝き、2丁のバスターライフルに分離する。そのまま彼女らに向けて、両方のバスターライフルを発射する。

軽く1機以上は呑み込める大きさの黄色いビームが4機に降り注ぐ。

言葉を交わす余裕もなく、全速力で散開した4機。幸い損傷せず4機とも避ける事が出来たが、その中央にウイングゼロが既に両腕を左右に180度広げた状態で存在した。

まずい、と感じた瞬間に4機は四方に散っていく。がそれを意に介さず、ウイングゼロはそのままツイン・バスターライフルを発射する。

180度展開したツイン・バスターライフルから発射された極太のビームが伸び、1機を呑み込む。

その様子を3機は見守ることなく、ウイングゼロ自身が回転することで放出され続けているビームも回転し3機を呑み込んだ。

「ふ、ふふふふ、はははははははははははははははははははは!」

なんと脆いことか。世界を変え、価値観をも変えたISがこんなにも脆い相手とは彼自身驚きだ。

しかも今の相手はフランス代表らを含めたメンバーであったにも関わらずなのにだ。

「だがもっとだ、もっとウイングゼロを知るには足りない。もっと相手が必要だ」

自身の会社の惨状には目もくれず、ヴァンはそのまま国外へと飛び出した。その目は黄色に光り輝いたままであった。

●  ●  ●

時間はヴァンがウイングゼロに搭乗する少し前にまで戻る。

デュノア社の本社は巨大な施設である。昔からある兵器企業というわけではなく、IS産業で大きく栄えたため、業界では所謂‘成り上がり’と揶揄されていた。

とはいえフランス一の兵器企業であることは間違いない。社員でも一般のものでは施設の全てを把握しておらず、全貌を把握している者は極一部と言われていた。

その理由は単に施設が大きいから、というわけではない。一般社員が行く機会がほとんどない地下や立ち入り禁止区域が存在し立ち入る事が出来ないからだ

では何故立ち入ることができないのか?

簡単だ。見せる事が出来ないからである。特に普通の感性を持った、普通の社員に見せる事が。

ウイングゼロが保管されている場所とはまた違う地下の一室。堅牢な扉に閉ざされた部屋は、特別な機器を用いない限り通常入室することは困難であろう。しかも扉の前には武装した男が2名直立した姿勢で待機している。

その2名以外誰も存在しない廊下に、ヒールの音が木霊する。スーツを着こなした女性が扉に近づく。

「身分証の提示を」
「はい。毎回やるのもどうかしらねぇ……」

門番はその女性の姿を確認すると同時に敬礼し、確認のために身分証をチェックする。

義務付けられているとはいえ、毎回同じことを繰り返される女性は敬礼を返しつつ身分証を渡した。溜息を吐きたくなるが、規則なので仕方が無い。

むしろ部屋の中にある「もの」を考慮すれば緩い位なのだが、面倒なことを繰り返すというのは人間飽きが来るものだ。

「どうぞ」
「はいはい」

女性は面倒くさいのか、門番の言葉に手をヒラヒラさせつつぞんざいに答えながら部屋の中に入る。

一言で言えば、そこは白い部屋であった。しかしその部屋を綺麗だという感想を持つものはいないだろう。

原因は一つしかない。部屋の奥に磔になっている上半身裸になっている金髪の男性のせいだ。顔や上半身には痛々しい傷が数多くあり、長い金髪と俯いた顔のせいで表情を窺うことはできない。

「起きろ。いつまでも寝ているな」
「……寝かせたのは貴様たちだろう?」

寝ていたと思われていた男は女性の顔を見ると不機嫌そうに顔を顰める。それを聞いて女性は鼻で笑う。

「貴様が減らず口を叩かずにさっさと洗いざらい喋れば、寝るようなことにならないのよ」
「……そういう物言いだから、余計喋らないとは思わないのか?」
「立場が違う。貴様と私は対等ではないわ」
「……御しがたいな」
「口では何とでも言えるわ。ブラッド・ゴーレン?」


言葉はまだしも、態度は傲慢という言葉が当てはまる女だ。ブラッド個人としてはとても気に入らない女であったが、今この時は女のほうが圧倒的に有利な立場であることは間違いない。

磔にされていて指を少し動かせる程度で、体は散々痛めつけられたために体力もほとんど残っていない。お手上げの状況とはまさにこのことである。

「誰がウイングゼロを造ったのか、コックピットにあるシステムはなんなのか、とりあえず知っていることを洗いざらい喋ればもう少し待遇は良くなると思うけど?」
「……だから知らんと言っている……ぐっ!」
「だから、それは通用しないって言ってるでしょ?」

鞭で頬を叩かれたブラッドは横目で女性を見るだけだ。睨みつけるわけでもなく、ただ見るだけだ。

「……喋った方が楽だと思うけどねっ!」

うめき声と鞭の音だけが部屋に響く。その音が少しだけ扉の前の警備の耳にも届く。

「……俺ならとっくに折れてるね。なんであそこまで耐えられるんだか」
「俺なら金出してもやってもらうね。あんな美人にヤってもらえるなら、尚更だぜ」
「お前、ドMだったのか………」

しかしそれも長く続くことは無かった。突如凄まじい爆発音が響いたのと同時に、立っていられないほどの振動と共に部屋が崩れた。

「きゃあっ!」

その振動で転んで頭を打った女性は、額から血が流れる。崩れた壁のおかげで拘束が外れ自由になったブラッドは転んでいる女性の頭を蹴り飛ばして気を失わせた。

そしてそのまま扉のすぐそばの壁に張り付く。恐らく警備の2人が急いで入ってくるだろうと予測してのことだ。

「大丈夫ですか!?」
「頭から血が!」
「(予想通りすぎるな!)」

2人とも拳銃を構えたまま入室してきたが、倒れている女性に一瞬気を取られブラッドの気配に気づいていない。そのまま背後から両手を組み合わせてハンマーのように警備員の頭を思い切り打ちのめす。

「がっ!?」
「貴様!?」
「遅い!」

もう一人が倒れる仲間に気づいたが、ブラッドは既に懐に潜り込んでおり、右アッパーで顎を捉える。

そのまま相手の崩れ落ちる体勢を利用しての左背足での回し蹴りは、警備員を典型的な脳振騰の症状を作りだし、終わらせた。

「くぅ……やはりきついな、一刻も早く脱出しなければ」

そう言いながら警備員の拳銃を奪い取り、警戒しつつ廊下に出る。廊下も部屋と同様に罅が入り、崩れている部分も多々ある。

「外に出なければならんが、脱出するための足をどこで手に入れるかが問題だな……」

ブラッドがいた部屋は地下でも奥の方であったため直ぐに人に会うことは無かったが、この会社から脱出するには一度地上にでなくてはならない。

地上に出るには恐らく人に見つかるだろう。例えそうでなかったとしても移動手段を見つける時間もかかってしまう。

「気が重いが、やるしかないな……」

ダメージの残る体に鞭を打ちながら、素早く壁際を駆け足で走り抜ける。しばらくすると声が小さく聞こえてくる。ブラッドは足を止め身を屈める。

「一体何が起こっている!報告はまだか!?」
「げ、原因はまだわかりません!地下としかまだ……」
「ええい、速く突入するぞ!」
「お待ちください!まだ上からの指示が出ていませんので、これ以上は……」
「(あちらも事態が掴めていない……ということはやはり脱出のチャンスは今しかないな)」

近くの階段では他の警備員に間違いなく鉢合わせするだろうと考え、遠くの非常階段から急いで地上へと向かう。

「(階段を抜けた。後は乗り物を探せば……)」
「おい、そこの!止まれ!」
「ちぃ!」

地上に出たまでは良かったが、出た途端警備員らしき者に見つかってしまう。ブラッドはわき目も振らず走りだした。

「止まれ!止まらんと撃つぞ!」

止まってたまるか、と内心呟きながら全速力で駆け抜けていくブラッド。その背に向けて、警備員は銃を掃射し始める。

ジグザグに駆け抜けていく横を銃弾が掠めていく。そして右肩に焼けるような痛みが走った。

「くぅ!?」

右肩を撃ち抜かれたらしい。左手で右肩を押さえながら速度を緩めず走り抜ける。

「あれだ!」

駐車場に出たブラッドは、縺れながら一瞬で利用できそうな車を探し、それを見つけた。車のキーが刺さりっぱなしの不用心な車だ。

彼は気づいていなかったが、判断能力と思考速度が以前より増していた。運の強さがとてつもなく強いのも確かだが、彼がここまでほぼ迷わず来れたのもそれが大きかった。

急いでエンジンを回し急発進させた。トランクや窓ガラスに銃弾が突きぬけていくのを肌で感じながら飛ばしていく。ガラスや銃弾が肌を掠め傷つけてたとしても、ただアクセルを全開にするだけだ。

いつの間にか脇腹からも血が流れていたせいか、少し視界がぼやけてきたようだ。

「こんなところで……!」

その直後、爆音が耳に響く。1機のISが空を舞っている、ウイングゼロの姿がデュノア社から見える。

「ウイングゼロ!?一体誰が……ぐぅ!?」

痛みで視界がぼやける。散々拷問で痛めつけられたせいもあって、もう限界に近かった。

ウイングゼロがデュノア社の近くで破壊を行ったせいか、追ってがないことに気づいたブラッドは近くに見えた病院のマークへ向かって飛ばしていく。

「ここに駆けこめば……」

停止するように病院の係員が手振り身振りをしているが、それを無視して入口手前で車を止める。

もう歩く気力も残っていないのか、フラつきながら病院の扉を抜ける。

「ブ、ブラッドさん……!?」

どこかで聞いたような声が、ブラッドの耳に聞こえた瞬間、彼の意識は消え失せた。



[27174] 初の共同作戦
Name: 伝説の超浪人◆ccba877d ID:b0c450af
Date: 2013/04/07 23:37
「くそ!本当に1機できやがった!」
「なめやがって……!」

数機のISによる弾幕。ミサイル、マシンガン……様々な攻撃の激しさの中でも、その機体は全く動じることはない。通常のISならばとっくにシールドエネルギーが枯渇し、戦闘不能になるほどの弾幕にも関わらずに。

だがそこでバズーカから放たれる一撃を受け、白の全身装甲の機体はようやく吹き飛ばされる。

「や、やった!倒したぞ!」
「ざまぁみろ!たった1機で何ができるっていうんだ!」

白煙を出しながら少しずつ落下していく様子に、企業を防衛していたISのパイロットたちは歓声を上げた。その敵の性能を聞いていた彼女らにとって、嬉しい誤算であったからだ。

「喜ぶな!まだ完全停止したわけではない!このまま一気に押し込―――」

隊長機が喜ぶ隊員を戒めるために張り上げた声が止まる。いや、止まってしまったのだ。

体勢を崩していた機体が巨大な二つに連結された銃口―――ツイン・バスターライフル――をこちらに向けて構えていたのだから。

「これでは、足りんな……」

「総員散開しろ!」脳内でそのセリフを上げようと決めた、その思考が隊長機のパイロットの最後だった。

二つの銃口から発射されたプラズマ波を纏った極太のビームは、数機のISを呑み込み企業もろとも全てを吹き飛ばした。

爆発が黄色のドーム状に広がる中、残ったのはたった1機のみ。

「まだだ……まだデータが足りない……」

その様子を確認し終えたと同時に、戦闘機に近い形に変形し、その場から消え失せた。

● ● ●

「ですから……IS学園特記事項にある通り、学園に在籍している生徒への干渉は例え国家であろうとも不可能です。お引き取り下さい」
「君は事の重要性をわかっているのか?彼女は重要参考人なのだぞ?」

IS学園の校門の前で言い合いを続けている2つの集団がある。片方はIS学園の教師陣と学園長で、もう片方はスーツに身を固めた白人の集団である。

ある生徒の引き渡しの要求をする白人集団に対し、IS学園側は頑なに拒否し続けていた。

「……事件が起こった当時、彼女はIS学園から外出していません。彼女は無実です、お帰り下さい」
「事は急を要するのです。悠長なことは言ってられないのですよ?」
「それでもです。お引き取り下さい」
「………わかりました。ですがこのままで済むと思わないことです」

捨て台詞を吐きながら去っていく白人集団を見届けると、IS学園側は安心したように溜息をつく。

だがそれも仕方ないといえるだろう。何せ引き渡しの要求を迫ってきた集団はフランス政府から派遣されてきた者たちだからだ。特記事項に国家の干渉を受けない、とは言ってもやはり実際に断るとなると緊張してしまうのは当然であった。

その引き渡しの要求を受けた生徒というのは、数日前壊滅した企業の社長であり、また実行犯でもあるヴァン・デュノアの娘であるシャルロット・デュノアだ。

「でも……本当にシャルの親父の声なのか?」

そのシャルロット・デュノアに声をかける顔立ちの整った少年――織斑一夏――の言葉に、シャルロットは少し俯きながらも頷いた。

彼らが見ているのは何度もニュースでも流れている犯行声明文の「1つ」で、これはスウェーデンのIS企業の破壊予告である。

犯行声明文は直接襲撃される企業に届けられる。これ自体は恨みを買っている企業ならば珍しくもない。しかしこの犯行声明文は加工されていない肉声がそのまま送りつけられてきたのだ。そう、ヴァン・デュノアそのものの肉声が。

その後予告通りに襲撃され、「企業もろとも」ISを壊滅させられてしまった。それも、たった一撃で。

その時の映像は瞬く間に世界中に広まり、凄まじい波紋を起こしている。

10m以上の新型ガンダムの一撃は文字通りISと企業の建物と土地を更地に変えた。その威力はISの域を超えたものであると人々に示し、犯行声明文と戦闘時の音声は間違いなくヴァン・デュノア本人であることを証明していた。

そして人々は常軌を逸した彼の犯行と、新型ガンダムの性能に恐怖した。

ISが出現して10年。表沙汰になってないものはあれど、ISの一般的な認知は「安全な兵器」というものであった。不可解な基地襲撃や工場襲撃などはこの10年いくつか例があったが、死傷者は出ていなかった。

そのせいで今回の事件はより異常性が強調されてしまったとも言える。
文字通りパイロットを死から助けるはずの絶対防御が貫かれ、多くの人間の命を吹き飛ばす新型ガンダムの性能と、人殺しを「データ」といって淡々と行えるパイロットの異常性に対し、人々が恐怖を抱くのはとても自然なものであった。

しかもこの他に数カ国のISが壊滅に追い込まれている。まさにヨーロッパは危機に陥っていた。

「うん……でも、父さんはなんであんなことを……」

シャルロットにとってヴァンは最低な父親という認識ではあった。がしかしここまでやる男だとは思っていなかったのだ、大量殺戮という人の禁忌を犯すような真似をするなど。

あれだけ大勢の人を殺しておいて、淡々と言葉を発するヴァンにシャルは恐れを感じたが、それ以上に違和感を感じていた。

「父さんはパイロットなんて出来ないはずなのに、なんであんなに操縦できてるんだろう……?」

ヴァン自身の企業とスウェーデンの企業。その2つの企業を今まで一度も操縦したことが無いはずのヴァンが操縦し、たった1機で壊滅させるほどの性能を持つガンダム。

素人がISを少し動かすくらいならばできるかもしれないが、初戦闘であれほどの結果を残すことは不可能だ。それは初戦での織斑一夏が良い例だろう。

「………あんなすげえガンダムだからじゃないか?普通じゃねぇよ、あんなの………」

その一夏が言うとおり、普通ならば単なる性能差で勝てたと思うだろう。しかしシャルロットはそうは思えなかった。まるで戦闘を補助してくれるようなシステムがあるかのような、そんな違和感が付きまとう。

「………確かに、私の第4世代の赤椿などでは比較にならん性能だ。止められるISなんているのか?」

今まで後ろで黙っていた篠ノ之箒が新型ガンダムと自身のISである第4世代型IS赤椿との性能差を考えると、その紅椿より世代が劣る他国のISではまず対抗はできないのではないかと考えていた。

しかしあのガンダムとヴァンは誰かが止めなければ止まらないだろう。目的はいまいち把握できていないが、どちらにしろ破壊を振りまいているのには変わりない。

だが新型ガンダムに匹敵する性能を持つISが現状無い故、防衛することは至難の業であった。……仮に匹敵するISがあったとしても、どこの国が持つかにもよるが「大人」の事情で参戦できないことは大いにあり得るが。

「……これからどうなっちゃうんだろうね。セシリアもラウラもいなくなっちゃって……」
「わかんねぇ。俺たちにも何かできることがあれば……」
「………」

セシリアは学校を退学し、ラウラは原隊に復帰した。ほかのIS持ちは未だ学園に残っているが、それがいつまで続くかはわからない。その不安を隠せずに、口に出してしまう。

その横で箒は1人考えていた。これほどの大事件が起こり、世界が大きく変わろうとしている今、自身の姉・束が黙っているわけはないはずだ。

「(しかしいくら姉さんでもあれには対抗できないだろう……それにうちの学園もあの修学旅行の事件で外部から連絡を取るのは難しいはず。私や一夏、千冬さんをどうこうすることは……)」

そんな箒の不安をよそに、トイレに向かっていた織斑千冬は廊下で変な物を見つけた。

「……ん?なんだぁ?」

コロコロ転がる緑色の球体。どうやら機械のようだが、見たことのない物である。つい変な声が出てしまい、誰か見ていないかと周りを確認する。

「うん、誰もいなかったか……ゴホン……で、こいつはなんなんだ?」

少し恥ずかしそうに頬を染めながら、緑色の球体を上から覗き込む。すると球体はピタリと動きが止まり、クルリとその場で回転した。

「ハロッ!ゲンキカ、ゲンキカ!」
「おわ、なんだこれは!」

その球体はくりくりとした黒い瞳に波線の口と横の丸いカバーがパカパカと開閉しながら声を発したことに、千冬はビクリと驚いてしまう。

「ハロッ、ハロッ!」
「ほぅ……お前はハロというのか?うん、これはこれで……なんというか、かわい……じゃない!愛嬌があるな!うん!」

自分の言葉を否定するようにまた声を大きくしてしまった千冬は、辺りを確認して溜息を吐いた。

「しかしこいつは誰かの私物か……?全く……」

そんなことを言っていても、ハロを抱き上げてニヤついていては何の説得力もない。しかもちょっと持って帰ろうか、いやこれは生徒の物だしいかんいかん……なんて思っていては尚更である。

「お前の持ち主は誰だ?というか言葉はわかるのか?」
「ハロッ、チフユ、ツイテコイ!」
「ん?それは私の名前だぞ、っておい!どこに行くんだ!」

千冬の腕から飛び出し、廊下をポヨンポヨン跳ねるハロの後を千冬は慌てて追いかけた。

「ついてこいという意味か……?」

しばらくハロの後をついて行くと、普段使われることのない非常階段の入り口の前に到着した。するとハロの口から何やらコード類が出て、非常階段の入り口を開けて外に出てしまった。

「……器用な奴だな、こいつは」

誰もいない非常階段の踊り場でハロは静止していた。ということはここに呼び出したかったのだろう。しかし、何もない……当然だが。

「なんとなく、いやな予感がしてきたな……」
「チフユ、コレミロ、ミロ!」
「いったい何を……!?」

どうにも振り回されているような気がしてきた千冬だが、ハロに声を掛けられて振り返る。
すると映写機のようにハロの目から映し出されるその映像に千冬は言葉を失った。

その映像はやっぱり悪い予感が当たった、と内心後悔させるのには十分すぎるものであった。


●  ●  ●

今では重要性が薄れてしまっているが、ヨーロッパの各国で構成されている欧州連合では第3世代IS開発<第三次イグニッションプラン>次期主力機の選定が行われており、トライアルに参加中なのはイギリスのティアーズ型・ドイツのレーゲン型・イタリアのテンペストⅡ型の3つであった。

しかし参加中の機体がその3つであって、他国も第3世代型ISを製造しているのは当たり前の話である。

特殊武装が特徴の第3世代であるが、ハマれば強さを発揮するが扱いにくいというのが大体の評価であった。

ポーランドの第3世代型IS<ハンブラ>
通常のISより多くのスラスターを搭載し装甲を軽量化することで高機動性を確保し、武装も背部ビーム砲、腕部ビームガン兼用ビームサーベル、フェダーインライフル、そして最大の特徴である海ヘビである。

この海ヘビはバーニヤ付きの巻尺のような構造になっており、敵MSへ巻きつけた後に高圧電流を流して電子機器にダメージを与え、パイロットを気絶させるという凶悪な武装である。しかしこの武装が特に言及されたことはない。

ISは一応スポーツとして運用されていたが、以前から中国の甲龍の武装である<龍砲>もパイロットに直接衝撃を与えることができると甲龍のパイロット自身が言明していたことは確認されている。

敵パイロットを一瞬で殺害するような武装でなければ、特に禁止されるわけではないのだ     (そうでなければ白式の零絡白夜が使えるはずもない)

故に敵パイロットにダメージを与えることができる武装も含め、防御能力が低いことを除けば、<ハンブラ>は完成度の高い機体といえた。

そのせいで次のターゲットとして狙われてしまったのだ。ご丁寧に加工なしの肉声で犯行声明を送り付けられることによって。

「一体どうすればいいのだ……<ハンブラ>と交戦させなければ街を壊滅させるなどと、こんなふざけた要求を叩きつけおって!」
「しかし何を目的としているのか、検討がつきません。ヴァン・デュノアのデュノア社は既に壊滅しています。あの新型ガンダムの補給もままならないかと……」
「それに本当にパイロットはヴァン・デュノアなのですか?彼の声を利用している別の人物という可能性も……」

ヴァンの犯行声明にポーランド政府上層部は荒れていた。次のターゲットが自分たちの国のISである事実に、皆多くの意見を出してはいたが、根本的な感情は1つであった。そう、新型ガンダムに対する恐怖である。

そこで2回ほど、手を叩く音が響く。中央の目立つ席に座っていた初老の男性が席を立って行ったその行為は、皆を鎮めるものであった。

「静かにしたまえ。今我々がすべきことは新型ガンダムの行動目的ではない……どう食い止めるかだ。違うかね?」
「まぁ……それは」
「確かに………」

彼の言葉でようやく落ち着きを取り戻した皆の様子を見て、彼は一つ頷く。

「我が国のISは全部で何機だね?」
「は。全部で5機です。そのうち第3世代IS<ハンブラ>が3機、残りの2機は第2世代ISとなっております」
「フランスは6機、スウェーデンは5機だったか……」
「ですがその両国は第3世代型ISは存在していませんでした。その点ではまだ我々のほうが戦力が上かと」
「(大した差にはならんとは思うがな……)」

内心そう溜息をつく。どう考えても、あの新型ガンダムの前には第3世代ISが増えたところで他紙になるとは思えないのだ。あのガンダムより性能が劣るはずの他のガンダムでさえ、第3世代ISを上回っているのだから。

ISが出現して以降、ISに対抗できないということで他の軍事兵器は縮小されている。つまりどういうことかといえば、ISにはISで対抗するしかなく、できない場合は負けるのみである(ISの配備数が国によりバラツキがあるため、少ない国は不利でしかないが)

今まで壊滅された国々は1カ国ずつで対応してきた。ならば数を揃えて応戦するしかない。

「やはり、共同作戦しかあるまい……」
「!」
「では、隣国であるチェコとドイツ、スロバキア、リトアニアとの共同作戦ですね?」
「ああ。それしかないだろう……このままでは壊滅するのを待つだけだ」

本来なら共同作戦など有り得ない。ISコアが有限であるため、どんな事態になってもおかしくはない。共同した仲間が味方とは限らないのだ。

しかしこのままではISコアもろとも全滅する事態になるのは目に見えている。ならば1つ2つの犠牲で済むのなら安い話だ。

それに元々IS自体配備数が少ないため、対抗できるほど数が無い国はドイツのように10機も所有している国と共同した方がまだ勝機が見えるというものだ。

もっとも新型ガンダムの性能に及び腰になり、共同作戦にGOサインを出したのがこの4国だけであった。

「(しかしロームフェラ財団はどういうつもりだ?未だに何の返答もないとは……傍観を決め込むつもりか?)」

未だ全貌を明らかにはしていないがロームフェラ財団に優秀なパイロットを引き抜かれていることから、彼らがIS部隊を所持しているであろうことは国家上層部ならば誰しも察するところである。

それを当てにしてロームフェラ財団に救援を求める国はいくつも存在していたが、未だどの国も明確な回答を得ていなかった。

一説ではロームフェラ財団が新型ガンダムを裏で操り、ISが綺麗さっぱりなくなったヨーロッパを自分たちの部隊で支配するのではないかという、何の証拠もない噂まで囁かれているほどだ。

「当てに出来ん戦力をいつまでも待つわけにはいかんか……」
「はい?」
「いや、何でもない。よし、各国に連絡を取れ!直ぐに部隊を集結させるぞ。解散!」

慌ただしくそれぞれの仕事場に向かう者もいれば、何人かと聞こえないように会話をしている者もいる。

その光景は一つにまとまっているようにはとても見えず、彼は溜息を吐いた。

こんなときでさえ、一国の長たる我々が一丸となって行動できないというのは嘆かわしい。本気で彼はそう思った。

●  ●  ●

「共同作戦とはな……銀の福音戦以来だな」

輸送艇の中、ポツリと銀の髪に黒い眼帯が映える少女――ラウラ・ボーデヴィッヒ――が呟いた。

国に戻って新型装備のテストをしていると、あっという間に祖国の危機に発展するかもしれない事態に陥っている。ラウラからすれば久々の軍事作戦だ。

作戦前で覇気はある。しかしラウラ・ボーデヴィッヒ隊長は作戦前だというのにどこか以前より丸くなった……様な気がする、というのは全ての黒ウサギ部隊隊員が思ったことだ。

数カ月だけだが、学園生活というぬるま湯に使ったせいだろうか?

「ご不満ですか、隊長?」

それを隊員がわざと別の意味で捉えるように声をかけたのが、最年長で副隊長のクラリッサである。色んな意味で真っすぐな隊長の代わりに腹芸をこなすのが彼女の仕事だ。

「いや、悔しいがあの新型ガンダムは一国で相手取るには危険すぎる。上層部のこの判断は賢明だろう……シュトロハイム少将の反対していた気持ちも分かるがな」

クラリッサの言葉をそのままの意味で受け取ったラウラはそう言葉を零した。

「世界一の技術力を持つ我々だけで戦うべきだァーッ!!」といった者も存在したが、共同作戦を組むという意見に押し切られてしまった。

「しかしあれほどの破壊力を知っていながら、命令は『出来れば捕獲』だからな。恐れ入る」
「戦場はポーランドで自分たちに直接被害が来ることはないからでしょう。自分たちの都合で世界が動いていると思っているのでしょうか?」
「だとしたら、おめでたいな」

上層部による命令は現場をまるでわかっていない、という言葉に尽きた。自分たちは安全な場所で、自分たちに一番利益が来るような命令を下す。人間は悲観的な考えより、楽観的な考えに流れてしまうのは癖なのか、唯の現実逃避なのか。

しかし軍としては命令を下されたら、それに従わなければならない。それが軍人としての勤めである。

「……今回の作戦で第3世代型はポーランドと我々だけか?」
「はっ。そのようです。レーゲン型とハンブラ、他は第2世代型と聞いております」
「確かハンブラのパイロットは……」
「はい。凄腕と聞いております」

そうか……と呟いて、ラウラは思案する。確かに自分も腕に自信はあるし、自分の部下たちも腕が立つ。しかし性能差、というのは非常に大きい。

性能差が戦力の決定的な差ではない、と軍人ならば聞いたことがあるだろう。しかしそれは性能差があってもそれを覆せるほどパイロットの技量に差があればの話だ。悪く言えばエースパイロットにのみ許される発言であろう。

しかし何度データを見てもウイングゼロのパイロットは素人ではない。出鱈目な性能に目を奪われがちになってしまうが、反応速度が尋常ではないことが分かる。データ解析班からは、人間の反応速度を超えているとまで言わせるほどだ。

戦いにおいて敵を知ることは必要不可欠である。しかしそれを知れば知るほど、恐怖が生まれてくる。現に隊員の何人かは戸惑いを見せている者もいる。

その戸惑いを抱きつつ、輸送艇はポーランドの襲撃予告地点へ到着した。

出迎えたのは、金髪のオールバックと野獣の様な目の女が先頭で待ち構えていた。彼女が隊長なのだろう。

「ドイツ軍<黒ウサギ部隊>所属、ラウラ・ボーデヴィッヒ少佐だ。よろしく頼む」
「へへぇ……あんたが‘ドイツの冷水’かい?案外可愛らしいお嬢ちゃんじゃないか」

口元はニタリと笑っているが、目は注意深くラウラを観察している。狡猾な女だ。

言動は気に食わんが注意すべき女だな、とラウラは目の前の女をそう評価した。

「ポーランド軍ヤーザ・ゲーブル大尉だ。期待してるぜ」

ヤーザは詳しい作戦の説明は私の上官からあるからよ、と言い残してその場を後にした。

今のヤーザの態度は黒ウサギ部隊の神経を逆なでするのには十分だったようで、こそこそと愚痴を言い合っているのがラウラの耳にも入る。

そのすぐ後に辞めるようクラリッサが叱りつけるが、もちろん建前だけだ。本音を言えばラウラも少し苛立ちを覚えている。

その後合流してくる他部隊と挨拶を交わし、作戦会議となる。とはいってもこちらは防衛戦で、敵は1機のみ。それほど細かい説明は無い。

まず新型ガンダムがどこから来ても良いように、企業の周りを360度包囲するようISを配置する。このとき、密集隊形にならないように位置を取らなければならない。

また交戦になったときも密集隊形にならないよう注意し、攻撃を仕掛ける必要がある。

できれば動きを封じるためシュヴァルツェア・レーゲンのAICで足止めしてからの集中砲火か、ハンブラの海ヘビでパイロットだけを殺すかのどちらかを行いたい……という意見も出た。

これが難しい、というのは誰にでもわかる。AICはシュヴァルツェア・レーゲンの数m前しか効果範囲が無いし、海ヘビはそれより遥かに長いが、新型ガンダムの機動性を前にして捉えきれるかどうかは正直分からない。

だがしかし、勝てるチャンスはそれらを行った時であろう。やれるか?ではない、やるしかないのだ。

『全部隊、所定の位置に配備完了』
『襲撃予告時間まで、あと15分』
『敵はレーダーに反応しない!熱源探知と目視を駆使しろ!』

襲撃予告時間まで残り僅か。やはり死も有り得る本物の戦場だからか、震える部下もいることにラウラは気づいた。

ISが開発されてから10年。絶対防御という安全な揺り籠は、今度の敵には全く意味は無い。

ただの兵器の有るべき姿に戻っただけだ。

――――ならば、隊長として私がやれることをやるだけだ。

ラウラは黒ウサギ部隊全員に通信を開く。1人で戦うのではなく、皆で戦う。それをラウラは学んで帰ってきたのだ。

「……今回の敵は、恐らく人類史上最強の敵だろう。お前たちが今抱いている気持はよく分かるつもりだ。
だが我らは部隊だ!決して1人で戦うのではない!例え性能差があろうとも、我らが1つになれば敵などいない!我ら黒ウサギ部隊の力を見せつけるぞ!!!」
「「「「YA―――ッ!」」」」

響き渡る雄叫び。戦いとは無関係な、青く澄んだ空から高速で何かがやってくる。

―――――戦いが、始まろうとしていた。





次回予告的な~

怪我から目覚めたブラッドは意外な人物に助けられるが、機体を失った彼は失意の中にいた。
一方、万全な状態で新型ガンダムを向かい撃つラウラたちはガンダムの圧倒的な性能に翻弄され続ける。次々と味方が消えていく中、ラウラが見たものはまたしてもガンダムだった。

新機動戦記爺様たち、乱入 第19話

その名はエピオン





あとがき
………もう何回謝ればいいのか、わからないほど更新ができませんでした………誠に申し訳ありません!というより、待ってくれた人はいるのだろうか?

それと前回素で感想返し忘れてました……本当にごめんなさい!!!!

最新話更新です。友達に「このSSってトレーズでもってるようなもんだよね」と面と向かって言われて少しへこんだ作者です。まぁその通りなんですけどね!!

しかし次回予告的なやつはいると思います?90年代の予告ってネタばらしなものが多い多い……Gガンダムなんか特に(笑)



[27174] 進撃のガンダム
Name: 伝説の超浪人◆37b417bc ID:5424a8a7
Date: 2013/05/11 23:31
『11時の方向、熱源探知!高速で接近中!』
『モニター確認』
『映像、出ます!』

白を基調としたトリコロールカラーの戦闘機が人型へと変形していく。全てが人型へと戻り、緑の丸いコックピットブロックが光り輝いた。

もはやそれは人々の恐怖を煽るものでしかない。

「ガンダムのパイロット、直ちに機体を降りて投降しろ。さまもなければ撃墜する!」

一番階級の高いラウラが投降勧告を行う。むろんこれは軍人としての責務であって、やらなくてはならないからやっているだけだ。本心は別であるのは言うまでもない。

「ずいぶんと予定より多いが、むしろちょうどいい……その方が見せてくれるだろうからな」
「(見せる……?一体……?)」

最後の見せるという言葉に、ラウラは引っかかりを感じた。それが見たいだけのために、今までの惨劇を起こしたというのか?

いや、とラウラは思考を切り替える。理由などどうでもいい、自分は軍人としての役目を果たすだけだ。――――それに、個人的にガンダムは嫌いだからだ。

「全機!攻撃開始!!」

一か所に固まらず、今までの戦闘でツインバスターライフルの直径から数機分入いらないような位置から攻撃を開始する。

「各機散開!ついてこい、ラム、ケル!」
「了解!」
「了解です、隊長!」

ヤーザの声に各機が散らばり、ヤーザの後ろに同じハンブラのパイロットであるラム・ケルが続く。その機動はブースターの光の尾が彗星の様に伸びていくようだ。その機動と行うと共に背部ビームキャノンを展開させて連射する。

対するウイングゼロは肩のサブスラスターなどで銃火器から放たれる死の線を軽く避けていく。まるで雨の中を傘もささずにはしゃぐ子供の様な軽快さだ。

「そうだ、もっとだ……もっと来い!」
「ライフルを集中的に狙え!」

ヴァンの挑発とも取れる言動に動じることなく、ラウラは命令を下す。ツインバスターライフルは強力無比である故に、それを失えば遠距離での攻撃力を著しく低下させることができる。当然と言えば当然の命令だ。

だが元々の性能差のせいで完璧に攻撃を封じることは非常に難しい。

この場にいるどの機体よりも高い推力が、ウイングゼロのウイングバインダーから白い光となって放出される。

『は、速い!?』

それはこの場にいるパイロットのほとんどの視線を振り切るほどのものであった。そのまま上空に位置取った体勢で、ウイングゼロはツインバスターライフルを発射する。

斜め地上に向けて撃たれた閃光は2機のISを飲み込む。

ISが配備されてから戦死者を出したことが無い彼女たちは、仲間だった者たちが死んでいく様を見せつけられ悲しみを叫ぶ。

もちろん全員ではない。だがそれは圧倒的な隙であった。

だがしかし――――ヴァンはそれを眺めていただけだ。そう、ただその様子を眺めていただけで、止まっていたのだ。

「正気かぁ?!」

その声はウイングゼロの後ろからであった。青一色で染められた機体を駆る女、ヤーザがビームサーベルを振りかざしているのをようやくヴァンは認識する。

「なにぃ!?」

しかし驚いたのはヤーザだ。攻撃されたと認識されてからのウイングゼロの反応速度は尋常ではなかった。

振り返りながらシールドでガードすることにより、ビームサーベルの斬撃を防ぎ切る。シールドもガンダニュウム合金でできているそれは、ビームサーベルの焼け跡さえもつくことはない。

「このパワーは……っ!」

あらゆる面でハンブラを上回るウイングセロの圧倒的なパワーは一瞬で均衡を崩す。

「そらぁ!」

しかしその崩れた瞬間、傾いた体勢を利用してウイングゼロの頭部に蹴りをかました。あえて蹴ることでピンチを脱したのだ。

少し体勢を崩したウイングゼロへ追い打ちとして放たれる第2世代型ISの収束誘導弾は、後退しながらマシンキャノンをばら撒くことで撃ち落とされていく。

そして爆発。白煙がウイングゼロを包み込み、破壊されたかどうかが確認できない。普通のISならば撃破するには過剰な攻撃であったのだが。

「効いたか……?いや、全機回避だ!!」

一瞬の判断の後に出されたラウラの指示に、同じ部隊の者と勘の良いパイロットは急速に回避行動を取った。

瞬間、黄色のビームが2体のISを捉え消し去る。また命が消え去った。白煙から出現したライフルを構えているウイングゼロは無傷であった。

「まさか誘導弾を全部避け切るとは……!?」
「化け物め……!?」

想像以上の戦闘力を誇るウイングゼロに戦慄するパイロットたち。

ラウラもこのままの戦闘を続けていては万が一にも勝ち目は無いと悟る。全滅は避けられないだろう……自力に差があり過ぎるのだ。

「(もっとも危険なところに活路がある……そうですよね、織斑教官)」

手段は選んでいられない。ラウラは強攻策を取る他ないと判断した。

「……突撃する。各機、援護しろ」
「危険です隊長!単騎で特攻など!」

副官のクラリッサはラウラに制止の言葉を投げかける。だがラウラはより一層眉を吊り上げた。

「特攻ではない!これは勝利のための……!」

フルブースト。言葉を最後まで紡ぐ事無く、ラウラはウイングゼロへ突撃する。

ラウラの意図を汲み、ラウラの道を作るために各機から放たれる絶え間ない弾幕の中、ウイングゼロは被弾無く、ツインバスターライフルを低出力で連射することで1機2機と冷静に撃墜していく。

「そうだ、私をもっと追いつめてみろ……!」

ヴァンは自分に言い聞かせるように、コックピット内でそう呟いた。

ウイングゼロの戦闘能力の高さは武器や機体性能だけではない。もっとも大きな点はISコアの未解析部分にある戦闘予測システムであろう事は、ヴァンもいくつかの戦闘で掴んでいた。

戦闘時に発動するそのシステムは直接パイロットの脳に作用し、相手の動きを見せてくれると共に、もう1つ特殊なことが発生する。

「パイロットがある一定の段階まで戦闘を続けると“あれ”が起こるはずだ……!」

パイロットの周辺が黄色く輝くとき、ウイングゼロは戦闘に全く関係ない幻の様なものを見せるのだ。それを何度か体験はしているが、未だに全貌は掴めていない。

だがもう少しで理解できそうなところまでヴァンはきていた。

だからシステムが発動するまで戦闘を続ける必要があった。そのためならば何を犠牲にしたとしても、もう彼は何も気にしていない。あるのは解析したいという欲求だけだ。

ヴァンは突撃するラウラへツインバスターライフルを、最大出力では無いにしろIS1機は呑み込めるほどの大きさのビームを発射する。

「なんとぉー!!」

ラウラの行動はほぼ野生の勘に近かった。回避行動と共に、左肩に搭載されたプラズマレール砲が発射された反動でビームのプラズマ波のみ右肩に掠っただけですんだのだ。

右肩に搭載されたレールカノンは完全に破壊されたが他は無傷であり、既にそこはラウラの距離だ。

そう、ラウラの専用機で第3世代型ISシュヴァルツア・レーゲンの最大の特徴である停止結界<AIC>の範囲内だ。

「止まれぇー!!!」
「何!?」

ここで初めてヴァンが驚愕の声を上げることとなる。

接近したラウラの頭をシールドの先で貫こうとした、その数cm手前でウイングゼロはその動きを止めた。否、“止められた”のだ。

「撃てぇー!!」

ラウラは命令を叫ぶ。

現存する通常のISならば、残っているIS部隊の砲撃の直撃を食らっても、絶対防御で生き残ることができる。

このまま攻撃を集中させれば、余波でも間違いなくラウラは戦闘不能になるだろう。だが死ぬことは無い。ただISのエネルギーが0になり、ISが解除されて生身になるだけだ。

故に手加減なし。文字通り、全力で全てのISは攻撃をウイングゼロに集中させた。

連続する凄まじい爆音。ウイングゼロとラウラが火球に包まれ、瞬く間に広がっていく。

攻撃が数秒続くと、ラウラが爆発の煙から地面へと落下し始めるのが確認された。すると黒ウサギ隊の1機が救出に行き、ラウラをキャッチした。

「すまない、助かった……」
「いえ、お怪我が無くて幸いでした」

幸い、ラウラに大きな怪我はないようだ。1分近く続いた砲撃の煙はウイングゼロの位置が確認できなくなるほどであり、全てのISはようやく攻撃を停止した。

「これならば例えガンダムといえど……」
「ああ、終わりだな……」

だがラウラはどこか引っかかっていた。

自身を納得させる理由は持っていない。説明はできないが、引っかかっていたのだ。

煙が徐々に晴れていく。晴れていくたびに、その場にいるISパイロットたちは一部を除いて顔を青ざめ、震えだす。

「どうやらウイングゼロの装甲に対しては過小評価だったようだな」

―――無傷だった。

口元を釣り上げ、ヴァンはそう呟いた。そう、ウイングゼロはほぼ無傷の状態でその場に佇んでいたのだ。

確実に葬れるであろう攻撃を加えたのにも関わらず、全く通用しなかった事実はパイロットたちの心を挫くのには十分すぎるほどであった。

「気を抜きすぎだなぁ、ガンダム!!」

瞬間、ヴァンのコックピット内が黄色く光る。

その直後、右後方から迫る海ヘビの先端部分を肩のスラスターを吹かせることで避ける。

がしかし、右足に別の海ヘビが絡みつき、一瞬だが動きが止まったところで右腕・左腕と別の機体からの海ヘビが絡みつく。

「海ヘビの電撃を味わいなぁ!」

3体のハンブラから電撃が流れる。電子機器はもちろんのこと、パイロットを直接殺すにはうってつけの武装である。

「終わりだな、ガンダム!」
「機体はそのまま、パイロットには死んでもらう!」
「がぁぁあああー!!!」

ラム・ケル2人の言葉と共にヴァンの絶叫が響き渡る。いくらガンダムの装甲が強靭であろうとパイロットは生身の人間。

しかも元々ヴァンは特に鍛えたわけでもない素人、普通のパイロットより殺すのは簡単だろう。

再度ヴァンの周囲が黄色く光りだす。だがこれは未来が見えたわけではなく、ヴァン自身の脳に変化が起こっていた。

何故ISを操縦したことも無く、碌に体も鍛えていないヴァンがトールギスを超える性能のウイングゼロを操縦できるのか他の人物にはわかっていなかった。

トールギスの時点でパイロットに過剰な負荷を与え死に至らしめる性能を誇っていたが、ウイングゼロは全ての点において遥かに超える性能を持っていた。

優れた身体能力を持つブラッドも最初は病院送りになったトールギスよりも上であるにも関わらず、ヴァンは何度も戦闘を重ねても怪我らしい怪我は無い。

ではウイングゼロにはパイロットを保護するためのセーフティな機能が付いているのか? ヴァン自身そのような安全機能を含めて、あの黄色く光る不可思議な現象が起こるものと考えていた。

だが爺様5人たちは全く逆のコンセプトをウイングゼロのシステムに搭載していたのだ。そう、ヴァンやブラッドが翻弄されたシステム。その名は――――

――――Z.E.R.O.System(ゼロシステム) 戦闘状況下におけるあらゆる情報を即時演算し、パイロットの脳に直接フィードバックするコクピットシステムの通称である。

普通、人間は生活している際自身の6割ほどの身体能力しか発揮していないが、このシステムは脳内物質をコントロールすることによって身体能力を劇的に高める事が出来る。

これによりウイングゼロの操縦の際に起こる急加速・急旋回時の衝撃などの緩和をすることで、通常パイロットにできない機体制御を可能とするものである。

また先ほど説明した通り、戦闘時のあらゆる情報・未来予測がパイロットの脳に直接叩きこまれるシステムであり、それは文字通り“全ての”未来が強制的に見せられるのだ。

そう、今この時、ヴァンは自身が死んでいく姿までも未来予測という幻覚をはっきりと感覚がある状態で見せられているのだ。

―――――そして、当然のごとく彼は絶叫した。

「あああああああぁぁぁぁぁぁーーーーーー!!!!」

どこまでが現実でどこまでが幻なのか、彼にも判断が付かない。だが確かなのは、このままでは死ぬ未来しか見えないことだけであった。

「離れろぉーー!!」

ウイングゼロは自身に搭載されたバーニア、スラスターなどの推進システムをフル稼働させる。本来の身体能力のヴァンならばとっくの昔に感電死していてもおかしくないのだが、ゼロシステムにより身体能力が劇的に向上されたヴァンは堪え切り、動かすことができた。

その強化されたヴァンとウイングゼロの圧倒的な推力と機体のパワーに、海ヘビは千切れ3機は吹き飛ばされた。

「ぬおぉ!」
「うわ!」
「ぬぅ!」

3機が吹き飛ばされた後、ウイングゼロのコックピット内はより強く黄色く輝きだす。今までで最高の輝きであり、ヴァンは自身の周りの動きが全て予測し把握しているかのような感覚に陥った。

「広がっていく、私の意識が広がっていくぞ!そして見えるぞ!貴様たちが死んでいく未来までもがな!」
「ほざくなー!!」

突撃する黒ウサギ隊の近接攻撃に、いつの間にかツインバスターライフルをシールド裏に接続したことで空いた右マニュピレーター(右手)に、肩に内蔵されたビームサーベルを持たせ胴をすれ違いざまに切り裂いた。

「でやぁぁー!」

振りかぶってからの右袈裟切りに、返しての胴薙ぎ。たったそれだけであるが瞬く間に2機を火球に変える。

「遅い、遅いなぁ!」

撃っても撃っても、まるで先読みされているかの如く最小限の動きで避けられ、緑色に輝くビームサーベルで肉体を貫かれていく。

もはやパイロットたちにとってウイングゼロは機械の形をした悪魔以外の何物でもなかった。

「く、来るな、来るなー!!!」

恐怖一色しかない叫び声と共に撃たれる銃器。だがそれも何も意味はなく、彼女の命はビームサーベルで断たれた。

「もう少し、もう少しだ!」

シールド裏に接続されたツインバスターライフルを、この戦闘で初めて最大出力で発射される。ウイングゼロへの恐怖で今までの様な編隊機動ができておらず固まっていた2ケタに近い数のISは閃光に飲まれ、粉々に散っていった。

「こいつは、さすがにやべぇな……」

ヤーザら3人は生き残っていたが、背中に冷や汗を大量に浮かばせていた。このままでは殺されるのを待つだけだ……そのことはこの場にいる誰もが感じていた。

「これで終わりだ!!」

叫びながら最大出力で放とうとツインバスターライフルを構えた、その瞬間であった。

その場にいる全機のレーダーに反応したのは、11時の方向。高速で接近する機体を捉えていた。

「高速熱源体、接近!」
「バカな、新手か!?」

飛来するのは赤紫色を基調とした機体だ。左腕に小型のシールドと、そこから伸びる鞭のようなものが、唯一見える武装であった。その色合いと後ろの1対の羽が、まるで悪魔のような風貌をイメージさせる。

だが最大の特徴は、全身装甲にしてツインアイとV字アンテナのフェイス――――まさしく、ガンダムそのものだった。

「あれは……ガンダム、なのか?」
「データにない未登録の機体です!」

混乱する兵士たち。新たなガンダムは敵なのか、それとも味方なのか?その中にヴァンも含まれていたが、彼は次の瞬間、またしてもウイングゼロに幻覚を見せられることとなる。

「うおあぁぁあ!」

いや、それは幻覚ではないのかもしれない。何故なら、それで見たものは全て自分の死であったのだから。目の前のガンダムによって。

「はぁ……はぁ……何者だ……何者なんだ、貴様は!?」
「我が名は、トレーズ・クシュリナーダ。各国からの要請により援軍に参った」
「トレーズ・クシュリナーダだと……!?ならばそのガンダムは……!?」

場は騒然とした。アメリカでしか開発できないと思われていたガンダムを、ヨーロッパ貴族で構成されているロームフェラ財団幹部の彼が搭乗して戦場に現れたのだ。

しかもウイングゼロと同等のサイズの新型ガンダム。もう後が無い状況で、まさしく救いの手そのものだった。

「君に未来は無い。それはゼロが見せてくれたはずだ」
「だ、黙れ!私は栄光をつかむ!ここで死ぬはずが無いんだー!!」

先ほど見た幻覚は間違いなくヴァン自身が目の前のガンダムに殺されるものだった。だが彼はその幻覚を頭から振り払うように叫ぶ。

誰がどう見ても、追い詰められているようにしか見えなかった。

シールド裏に接続したツインバスターライフルを新型ガンダム<ガンダムエピオン>に向かって最大出力で発射する。

「トレーズ・クシュリナーダ、参る!」

だがその攻撃を危なげなく回避したトレーズは、腰部から抜刀した荒々しく緑に輝くビームソードを右手に構えつつブースターを吹かせ、ウイングゼロへ突撃する。

左腕に搭載されている小型シールドから伸びているヒートロッドが複雑な動きをしながら、ウイングゼロの左腕―――正確にはツインバスターライフル―――に巻き付く。

ウイングゼロの圧倒的なパワーを持ってしても、エピオンのヒートロッドには耐えきれず、あっさりとツインバスターライフルを明後日の方向に放り投げられてしまった。

少なくとも互角以上のパワーを持っていることは明らか。多数の死傷者を出してもウイングゼロからツインバスターライフルを放すことができなかったIS部隊の者たちは、その光景を茫然と見ていた。

ライフルを簡単に奪われたことに驚きつつも、肩に搭載されているマシンキャノンを掃射する。それをウイングゼロと同等以上の速度で避けながら、エピオンはビームソードを振り上げて斬りかかり、ウイングゼロのビームサーベルと衝突した。

「くぅ!」
「………」

辺りに迸るビーム粒子が、2機をより強く照らし出す。2機のパワーはまさしく拮抗していた。

両者は同時に鍔迫り合いを解き、再び斬りかかる。突き・袈裟切り・唐竹・横薙ぎとウイングゼロが果敢に攻めるが、ほとんどの攻撃をビームソードで往なされるか、紙一重で避けられてしまっていた。

だがエピオンの攻撃も、同じように当たらない。だがそれでも、余裕の無さで言えばウイングゼロの方が無かった。何故ならばヴァンが見た先ほどの幻覚もこのような状況から殺されたからだ。

自分はこのまま先ほどの幻覚通り……否、奴の筋書き通りに殺されてしまうのではないか?ヴァンは先ほどからその考えを頭の中で何度も巡らせていた。

まさしく、ヴァンは精神的に追い詰められていた。

「何故、貴様がガンダムに乗っているのだ!どうして私の邪魔をする!?もう少しで……もう少しでこのガンダムは完全に私の物になるはずなのだ、それを何故!?」

ヴァンの頭の中を様々な事が過る。もう少しでこのガンダムを解析し、世界一の企業と科学者の名誉を欲しいままに出来るはずなのに。あんなイカれた女が造った兵器に頼ることなく、世界を背負ってたてるのに。

第一このガンダムには相手の動きが予測できるようなシステムがあるはずにも関わらず、目の前のガンダムは互角以上に戦っていることがそもそもおかしいのだ。まるで―――

「そうか!その機体にもこの機体と同じシステムが!!」
「その通りだ。だがこのシステムは安易に勝者を作りだしてしまうものだ……ヴァン・デュノア、君にその機体はふさわしくない」
「――――!」

その言葉を聞いたヴァンは激昂する。完全に見下されているのだ……このウイングゼロに乗った自分が、誰よりも強いはずの自分が!

「だが君のおかげで世界が動くのだ……今まで力を持てなかった弱者が強者に立ち向かい、強者は恐怖から守るために戦うことによって」
「………!まさか、この私を利用したのか!?」

おかしいとは思っていた。このウイングゼロに対抗できる機体を擁しながら、今まで表舞台に出なかったことが。

これだけ殺戮を繰り広げたウイングゼロが人々の、少なくとも犠牲となった女性たちの反発を呼ぶことは間違いない。

つまり量産ができなかったISのおかげで戦争はなくなっていたが、そのISがまた新たな戦乱を呼ぶことになるのだ。それも、かつてない大規模の戦乱を。

エピオンがトレーズに見せた未来も、これから発生するものだったのだ。つまり彼も以前とは違い、生きる未来があるのだ。

そして、ヴァンには逆の運命が待っている。それをヴァンは頭のどこかで理解しながら、否定し続けていた。

「私が負けるはずが無い!こんなシステムに、私が負けるはずが無いのだ!」
「はぁあ!」

両者は同じく武器を振り上げて、衝突する。だが次の瞬間、ウイングゼロは体勢を崩していしまった。

「なっ!?」

鍔迫り合いをしていたエピオンが、衝突した一瞬後に半身になったことでウイングゼロの力を横へ逃がし、体勢を崩させたのだ。

その体勢を利用してエピオンは蹴りを腹部に叩きこんで吹き飛ばす。この一連の動きは、中のパイロットの生身の実力があったからこそできたものである。

吹き飛ばされたウイングゼロはすぐさまスラスターで体勢を立て直した瞬間、コックピットに赤熱したヒートロッドを叩きこんだ。

「うおあああぁぁーっ!!?」

断末魔の声と共に、ウイングゼロは地面に落下していく。

「(私は……ミレア……)」

叩きつけられる直前、ヴァンが見た最後の光景はウイングゼロが見せた未来と同じく、エピオンが自分を見降ろし佇む光景と金髪の女性が微笑んでいる表情に向かって手を伸ばして終わった。

「ヴァン・デュノア、君は良い役者だった………これで時代は変わる………」

トレーズは動かなくなったウイングゼロから目を離し、虚空を見上げる。その視線はどこか悲しみを含んでいるかのようであった。

エピオンが見せた未来。それは戦乱が起きる事を予知していたものだった。

ヴァン・デュノア撃破から数日後、ヴァン撃破と共に発表されたロームフェラ財団のIS部隊<スペシャルズ>は波乱を呼んだ。

国家に属さない私設組織が圧倒的戦力を持つ。それは世界のバランスを崩すことになる……そう危惧する者は世界中で非常に多かった。

日に日に高まる、新型を含めた男性IS支持者と従来のIS支持者の対立。しかし専門家の中で「こんなに速く対立が加速するのは不可解である」と意見した者がいたが、彼は数日後消息不明となっている。

一部ではこの対立を煽っている者たちがいるのでは?と考えられていたが、それも公になることは無い。

「上手く対立は進んでいるようです。これならば、織斑千冬と篠ノ之束が接触する日も近いでしょう」
「レティ、良い仕事をしてくれる。ところで彼はどうしているかね?」
「はっ、護衛もついており、順調に回復しているようです」

大きなプールの様な、幻想的とも言える風呂に浸かるトレーズは嬉しそうであった。その横で佇んでいるレティは、ほんの少し頬が薄紅色に染まっている。

「次のバスタイムには、バラのエッセンスを頼む」
「は、畏まりました」

決戦は、近い。




後書き!
はい、また1ヶ月以上かかっちゃいましたね!もう何度目の土下座でしょうか!
文字数の関係で、ブラッドさんは次回には必ず出ます。というか、戦闘がこんなに長く書けるとは思ってませんでした……が、才能が欲しいです。

さて本編で説明できなかったことを1つ。ヴァンの体はこの話が始まる頃には既にボロボロでした、とだけ。だから後れをとった感じです。
というか、あんなにドーピングされたら先に体が終わる気がする。

ついでに脳内物質でドーピングすると聞いて、イメージしたのは幽☆遊☆白書の神谷先生(ドクター)です。分からない人は、仙泉編を見よう!


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