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[27108] 素直クール君と偽クーデレちゃん
Name: 小渕遊羽◆c92906d2 ID:d2134302
Date: 2011/04/10 23:04
「頼むから、そこをどいてくれ」
「いやだ、その頼みは聞けない」
「どうして、こんなことをする」
「それがわたしの使命だからだ」


……なんて、言葉だけ聞けば、まるでこれから死地に向かう主人公を止めるヒロインのような、または悪役になってしまった元仲間が、門番の如く待ち受けているような会話だが、それが自宅の一室――それもベッドの上で女が男に覆いかぶさっている状況だとしたら、当人以外はどういった印象を受けるのだろうか。

しかも、男女の関係は恋人同士などでなく、かと言って夫婦でも友達でもない。

「姉ちゃん、なに人のベッドに勝手に入ってきてんだ。つーか重い」
「いや、最初は寝顔を写メるだけで終わらそうとしたんだが、弟の寝顔を見てたら、こう、我慢できなくなった。あと重いって言うな」
「……このさい写メの件は目を瞑るよ。狙ってるのか知らんけどさ、思いっきり肺の上に乗られてるから苦しいんだよ。ていうか重い」
「むう……この期に及んでまだ重いというか。これでもスタイルには自信があったのに」

言われて、弟はなんとはなしに姉の体を眺めた。
脚は程よい肉付きですらっと長く、つやつやと輝くように滑らかで、まさしく脚線美といえる代物だった。
体型もスレンダーで、出ているところは出ている魅力的な体つきをしていた。そして何より、顔の綺麗さは弟が今まで見てきた中でもトップクラス――いや、トップだった。
特別な手入れも化粧もしていないと言うのに、肌はきめ細やかで潤っている。目は少し切れ長だが、大和撫子然とした、凛々しい美しさがあった。
背中まで届くほどの長い黒髪は、真っ直ぐで艶やかで、いわゆる濡れ烏のような髪質だった。
ただし、今は少しむくれている。

「それは認めるけどさ、流石にきついんだよ。なんか肋骨が砕けそうな気がしてきた」
「そ、そんなに重くはないっ! デリカシーがないぞゆー君には!」
「弟の部屋に忍び込んできて、挙句の果てに俺の上に乗っかるような人に言われたかないです。なに、山賊かなにか?」

微塵も苦しさを感じさせない涼しい顔で、弟――西澤裕輔(ゆー君)は言った。息がしづらいはずだが、まったく乱していない。いきなり上に馬乗りにされたと言うのに、怒る素振りすら見せない。
だが、西澤裕輔は別段クールなわけでも、ドライなわけでもない。ただ、眠かった。

「ところで今何時? 瞼が勝手に下りてくるレベルで眠いんだけど」

西澤裕輔は首だけ動かして時計を見ようとするが、それだけでは見えない位置に時計はあった。

「夜中の三時だ。この時間なら夜更かしのゆー君でも寝ているだろうと思って来たんだ」

自慢するように、姉は言う。

「そりゃ、草木も眠るんだから俺だって寝るだろーよ。そしていい加減どいてください」
「ふふ、拒否する。この格好だと、ちょうど良い具合にわたしのパンツが見えるのだ。どうだ、興奮するか?」

胸の上で大きく股を開いている姉の格好は、確かに弟の視線の真ん前でパンツが見えるようになっていた。
しかし、弟はそんな言葉に殆んど動揺することなく、言い放った。

「……姉ちゃん、スカートのパジャマってあったっけ?」
「ん? あまり聞かないが……ああ!! スカートはいてくるの忘れてた!!」
「……姉ちゃんが馬鹿で助かったよ」

西澤裕輔はもはや姉をどかすことを諦めて、暢気に大口であくびをした。目じりに涙が溜まり、零れそうになる。眠気で拭う気もおきず、西澤裕輔は滲んだ視界でぼんやりと姉を眺めた。
姉は頭を抱えて本気で悔しがっていた。時折、「ああ、パンツも間違えてくまさんだ!」だとか、「ブラ外すの忘れた!」などと、お前それ完璧に最初から夜這いする気まんまんだろ、とツッコミたくなるような独り言が聞こえてきた。
その時、急に苦悩していた姉の動きが止まった。
ん? と西澤裕輔は怪訝な顔で声を出す。すると、姉はいたずらっ子のような笑みを浮かべて聞いてきた。

「助かった、と言うことは、もし見ていたら興奮したということか?」

くつくつと笑う姉は、勝ち誇った顔をしていた。聞いて、西澤裕輔は片眉をあげる。そして、細く長く、息を吐く。なにか反論しようと思い、止めた。眠いのであまり面倒なことになるのは避けたかった。そして何より、否定する意味もなかった。

「ああ、多分ね。興奮してたよ」

西澤裕輔は姉のことが好きだ。シスコンと言われても言い返すことなどできないほど好きだ。だから、正直にそう答えた。ただし、あくまで姉としてだが。

「な、なななな……!」

まさか肯定されるとは思っていなかった姉は、顔を真っ赤にして驚いた。言葉が出てこず、口を金魚のようにパクパクと開いたり閉じたりする。俯き、目を逸らし、ぎゅっと目を閉じてから、ようやく話す。

「ゆ、ゆー君のスケベ! 破廉恥だぞ!」
「自分から襲ってきておいてどの口が言うんだよ!」

そりゃねーよ、と西澤裕輔は口を尖らせた。姉はりんごのように赤い顔を隠すように、手で覆った。責めるのは得意だが、責められるのは苦手な姉にとって、直球でくる西澤裕輔は天敵だった。

「明日早いんだから勘弁してくれよ」
「え、日直かなにかか?」
「日直だから早く行くってのはよく聞くけど、実際は日直の仕事って早朝からやるほど無いよ。部活の朝練があるだけ」

まあ知ってるだろうけど、と付け加えて、西澤裕輔は睫毛で視界が埋もれるほどに目を閉じかける。それでも完全に目を閉じないあたり、付き合いのよさが如実に現れている。

「むっ、部活とわたしのどっちが大事なんだ」と、姉は半ば本気で問い詰めた。
「そんなもん、姉ちゃんのほうが大事に決まってんだろ」なにを当たり前のことを、とでも言うような平然とした表情で、西澤裕輔は即答する。
一瞬、姉の顔が固まる。そして下から筆でなぞるように、熱でどんどんと真っ赤になっていく。熱が脳まで達したとき、姉はぽふんと爆発して目を回した。

「ふ、ふにゃ~~」
「え、え~……。なにこのXb○xのような熱暴走の早さ」




閑話休題。




「さっきから気になってはいるんだけど、俺の寝巻きが大胆に脱がされてる。あと明らかに舐められた跡がある」

西澤裕輔の寝巻きはボタンが全て外されており、胸板から腹筋までが露になっていた。そして、筋肉の線をなぞるようにして、唾液としか思えない液体が重複して線を引いている。

「ふふふ、気になるか? じゃあ今から答えをゆー君の体で実演してやろう」
「いや、別にいzzz……」
「寝た!?」

いい加減胸の上から降りた姉は、ベッドに腰掛けていた。そんなわけで、西澤裕輔は開放された途端、失神するように眠りについた。

「くっ、なんて寝つきのいい弟なんだ……! 寝顔が可愛すぎるぞ」

寝息まで立てて完全に寝入ってしまった西澤裕輔に、姉は顔を近づけた。鼻息が当たるほどの距離で、息を荒げながら腕を伸ばす。そして、腕で後頭部を包むように抱きついた。

「ふふ、寝たということは襲われても良いということだな。だったら、好きなようにさせてもらうぞ」

姉は小さく呟いてから、頭頂部に鼻を擦りつけた。大きく息を吸い、恍惚とした表情で、煙草の煙を吐く様に深く息を吐く。

「ん、ふっ。(シャンプーの匂いに混じって、ゆー君の匂いが……)」

姉は抱きしめる力を強め、顔に胸を押し付けた。むぐ、とうわ言のように声を漏らし、西澤裕輔は直ぐに目を覚ました。
しかし姉は気づかず、独りごちる。

「ゆー君、好き……好き、大好き、もうあれだね結婚したいくらいだから、愛しているといって過言ではないよ」

思わず顔が強張った。苦笑いのように頬を三日月状にして、小さく溜め息を吐く。

(ったく、いつもの凛とした空気はどこにいったんだろうなあ)

穏やかに微笑んで、西澤裕輔はけだるい体を動かした。首筋に顔を移動させていた姉を、クレーンのようにがっちり抱きしめる。抱き枕などより遥かに柔らかく、心地よい感触がする。

「え? ゆー君、え? お、起きて……」

姉は眼を白黒させて、顔を青ざめさせた。自分としては、起きないよう慎重にやっていたのだから、驚くのも無理はないだろう。だが、西澤裕輔は内心「あれで起きないと思っていたのか?」と呆れ返った。
――呆れながら、笑った。

「甘えたいなら、素直にそう言いなって。添い寝ぐらい、いつだってしてあげるから」

そう言って、西澤裕輔は、更にぎゅう、と包み込むように抱擁した。鼻を撫でるような、上品な匂いが漂ってくる。

「……う、あぅ」

姉は言葉を詰まらせて、隠れるように弟の胸にうずまった。赤くなった耳から、湯気が出そうなほど熱くなる。
そして、消え入りそうな声で囁いた。

「ゆー君は、ずるい。いつもいつもそうやって優しくして。そんなことするから、もっともっと好きになってしまうじゃないか」

西澤裕輔は何も言わず、絹のような黒髪に指を通し、櫛のようになでつけた。突っかかることなく、指は髪をすり抜けた。繰り返し、撫でる。

「ゆー君」
「ん?」
「朝練、行っちゃやだ。今日は一緒に登校したい」

子供のように駄々をこねる姉に、西澤裕輔は噴出しそうになった。頬が緩み、胸に暖かい空気がこみ上げてくる。

「わかった。その代わり、これからは急に胸の上に乗るようなことは止めてくれよ?」
「うぐっ……りょ、了解した」

姉はしゅんとして、照れくさそうに布団に潜った。ベッドが軋み、スプリングが反発する。軽い羽毛布団から、姉の顔だけがちょこんと出ていた。
興奮しているのか緊張しているのか、眠そうには到底見えなかった。目を合わせると、吸い込まれそうな瞳が、闇の中でも宝石のように輝いていた。西澤裕輔はもう瞼を開いていることに疲れ、小さくあくびをした。
自分でも、もうすぐ眠りに落ちるであろう事が分かる。その前に、姉の顎を軽く持ち上げ、するべきことをすることにした。

「姉ちゃん、おやすみ」

言い終わると同時に、ちゅ、と啄ばむようにキスをする。唇が触れ合うほんの僅かな時間、二人は息を止めた。そして離れると同時に、西澤裕輔は目を閉じた。
あ、と声が漏れる。

(え? い、今キスされた? ちゅー、ゆー君にちゅーされた! ふにゃああ~~~)

姉も追いかけるように、失神同然で眠りについた。



****************





倫理とか無視した姉弟がいてもよくね? とか思って衝動的に書きました。

好評だったら色々書いていきたいと思っています。









[27108] 素直クール君と偽クーデレちゃん――2
Name: 小渕遊羽◆c92906d2 ID:d2134302
Date: 2011/05/09 22:29
「姉ちゃんってさ、昔から俺のこと好きだなんだって言ってたっけ? いや、自分で言うと自意識過剰な感じで気持ち悪いけどさ」
「うん、わたしが初めてゆー君のことを異性として好きになり始めたのは、小学生のころだ」
「十年近く前だね」
「そう、ある日わたしが怖い犬に吠えられて腰を抜かしていたとき、颯爽とゆー君が手を差し伸べてきて「大丈夫、俺がついてるよ」といってくれた時……」
「あー、そんなこともあったようななかったような」
「……の三日前にアイスを半分分けてくれたとき、この人しかいない、と確信したのだ」
「ああ、流石にそれは想定外だったわ」
「アイスで愛する、といったところだな」
「いや、そんなしてやったりみたいな顔されても」
「おや、手厳しいな。しかし上手いだろう。ふふふ」
「んー、上手くはないけど可愛いよ」
「――っ、そ、そういうことを突然言うな!」
「じゃあ、俺は姉ちゃんのことが好きなので、いまから宣言します。姉ちゃん愛してる」
「なっ……! あああああああ……、あうあうあうあう……」






****************







最早聞き飽きたアラーム音が響き、耳に届いた刹那、西澤裕輔は音を止めた。毎日ルーチンワークのごとく目覚ましを止めていると、鳴る直前に目覚めるように体内時計が設定されるようで、この日も鬱陶しい音を聞くことなく時計を止めることに成功した。
頭を持ち上げ、時間を確認する。無機質なデジタル画面には、六時十五分と表示されていた。
ほぼ無意識に起き上がろうとして、西澤裕輔は違和感を覚えた。
やけに布団の中が暑い。汗をかくほどではないが、布団を蹴ってしまっていた。外の気温が高いから、ということはありえないだろう、なにせそろそろ冬になろうという季節だ。
そも、気温による張り付くような温かさではなく、どこかに熱源があるとしか思えない放射状の暑さだった。

疑問を解消するべく、西澤裕輔は反対方向へと体を向けた。

(……あれ、なんで姉ちゃんがいるんだ?)

ぼんやりとした視界には、自分の姉が気持ち良さそうに寝ている光景が映っていた。鼻と鼻が触れそうなほど近づいているので、寝息が顔にかかる。
寝ぼけた頭で状況を整理しようとするが、低血圧なので如何せん朦朧とし、中々思い出せない。三十秒ほど思考して、西澤裕輔は思いついた。思いついて、落ち着いた。
右手で姉の後頭部を持ち、自分の顔を近づける。そして、「おはよう」と呟いてから、唇と唇をくっつけた。

「んっ…………んむ? ……むううう! んんん~~~~!」

呼吸を止められたことで眠りから覚めた姉は、一瞬で眠気を吹き飛ばした――否、吹き飛ばされた。眠気が無さ過ぎて、逆に夢ではないかと疑いたくなる。
気づいたらキスされていて、至近距離に大好きな弟の顔があって、口の中を舌が蠢いている。それだけの想定外があっという間に頭を駆け抜け、とろけていく。

「ちゅぶ、んちゅ、はん、んぅ……」

締め切られていない蛇口から水滴が落ちるような、湿った音が部屋に響く。お互いの体温が混ざり合い上昇していくような、恍惚とした火照りに表情が緩んでいく。

「ふ~、、ふ~、んぁ……(ど、どうしてゆー君が? ……いや、それよりもこれ、んっ、気持ちよすぎ……)」

姉は突然訪れた幸せを精一杯享受していた。舌を差し出すと、それに絡めるように西澤裕輔が舌を伸ばす。全身を舐られているような、ぞくぞくする快感に、姉は体を震わせた。

「んくっ、むっ……あふ……(あ、ゆー君の唾液が、わ、わたしの中に入って……)」

思考が熱で焼ききれ、脳がとろとろに溶けていく。
西澤裕輔は啄ばむように下唇を吸い、細い姉の腰を強く抱擁する。背中に感じる暖かさが、ただでさえ真っ赤になっている姉の顔の温度を更に上げる。
苦しくなって鼻で息をすると、弟の落ち着く匂いがして、失神してしまいそうだった。

唐突に、西澤裕輔は唇を離した。あ、と声を漏らして、姉は名残惜しそうに去っていく顔を見た。真っ直ぐな瞳と目が合ってしまい、更に朱に染まる。
姉はもうダメになった。もう本当に本当に本当にダメになった。弟のことで頭が一杯になった。

「姉ちゃん……」
「ゆー君……」

二人は互いの名を呼び合い、じっと見詰め合った。姉の瞳は潤んでおり、切なそうな表情からは妖艶な色気が漂っている。すがるように寝巻きをつまみ、熱い吐息をもらす。
そして、おもむろに西澤裕輔が口を開いた。

「朝練ないのに早起きしちゃってだるいから、ちょい寝る。起こしてごめんね」
「……へ?」

姉は口を半開きにして、頭の上にクエスチョンマークを浮かべた。時が止まったように、表情は固まっていた。
え、この子今なんて言った? だるいから寝る? これだけやっておいて?
ふつふつと怒りがこみ上げ、熱が別のものに変わっていく。だが、姉はそれ以上怒れなかった。
一発思い切り殴ってやろうかとも思ったが、可愛い寝顔を見たらそんな気は失せてしまった。
だから、姉は代わりに叫んだ。目に涙を溜めて、声の限りに叫んだ。

「ゆー君の馬鹿あああああああ!!」






****************





「いやー朝練休むと体楽だなー。今日は久しぶりに授業中寝ずに済みそうだよ」

高校に通う男子生徒の殆んどが使っている、大容量のエナメルバッグを掛け直しながら、西澤裕輔は気持ち良さそうに空を見上げた。目を開けていられない程輝く空には、薄い雲がうどんのように引き伸ばされていた。

「ふん、それは良かったじゃないか。勉学に励むのはいいことだからな」

そんな晴れ晴れとした弟とは対照的に、姉は不機嫌そうに鼻を鳴らしてずんずん歩いていく。

「流石は学年主席。俺には到底言えない言葉だよ」
「ゆー君はもっと勉強しなくては駄目だぞ。文系科目以外さっぱりじゃないか」
「文字は好きだけど数字は嫌いなんだよなー。ついでに言えば、太宰は好きだけどカフカは嫌いだ」
「どちらも似たようなものだろう。暗くて狂ってるのは一緒だ」
「いやいや、太宰は変人で、カフカは理不尽だ。そこには結構な違いがあるよ」
「どっちにしろ、わたしが好きなのは夏目漱石だからどうでもいい」

はき捨てるように言って、姉は更に歩く速度を上げた。

「姉ちゃん、そろそろ機嫌直してくれよ。まだ怒ってるのか?」
「別に、なにも怒ってなどいない。ただ朝っぱらから乙女心を傷つけられたのが不快なだけだ」

それを怒ってるって言うんじゃないか? と西澤裕輔は言いかけたが、寸でのところで飲み込み、言葉を変えた。

「俺は笑ってる姉ちゃんの方が、可愛くて好きだけどな」と言って、にやりと西澤裕輔は笑った。
「~~~~!! な、なに言って!」
「本心ですけどなにか?」
「う、うぅぅ~~。……ゆ、ゆー君の意地悪」

唇を尖らせて涙目で見上げてくる姉に、西澤裕輔は白い歯をこぼした。屈託の無い、子供のような楽しそうな笑みに、姉はどきりと鼓動を高鳴らせた。
通行人の殆んど居ない閑散とした道路で、二人は少しだけ歩みを止める。
西澤裕輔は、姉の機嫌が直ったことを確認すると、すっと手を差し出した。姉も、その手を握ろうと恥ずかしそうに手を伸ばす。
二人で出かけるときならともかく、登校時にこの姉弟はあまり手を繋がない。もし繋いだとしても、通学路に入る前には離していた。妙な噂を立てられては困るから、というのが主とした理由だが、単純に恥ずかしかったのだ。だが――

「今日は、どこまで握ってますか?」茶化すように西澤裕輔は言う。
「校門まで、握っていてくれ」目を伏せて、姉は弟との距離を縮めた。肩と肩が触れ合い、胸がきゅーと締めつけられる。

――彼らが手を繋ぐ距離は、日に日に伸びていっていた。






****************






「でな、裕輔ってばわたしのことを「可愛い」だなんて言ってくれたんだぞ。ふふふ、今日は一日中気分が良くなりそうだ」
「……毎日毎日、よくもそんなに惚気られるね。あんたの弟好きは異常だよ」
「ふふ、裕輔が異常に格好いいんだから仕方ないだろう。そういえばこの前も……」
「また始まった……」

胸焼けしたような顔で姉の惚気話を聞いているのは、『時宮渚』という女の子で、彼女は休み時間のたびに姉の話を聞かされていた。なにせ席替えを何度しても隣同士になってしまうので、自然渚は聞き役になるのだ。
良い人、と言うより人が良い渚は、延々と続く姉の話も根気よく聞いていたが、かなり辟易していた。小中高と全て同じクラスで、腐れ縁も腐りきるほど長い付き合いなのだ、いい加減飽き飽きしてしまう。
適当に相槌は打つが、内容までは把握せず、渚はぼんやりと廊下を眺めた。すると、丁度そのタイミングで西澤裕輔が扉を開けて入ってくるのが見えた。

「あれ? 弟君? どしたの」

姉より速く気づいた渚は、首を傾げて尋ねた。驚きと言うより、単純な疑問。噂をすれば、のことわざの通りだった。

「え? ゆーく、おほん……裕輔?」

少し遅れて、姉は急いで扉の方へと顔を向けた。西澤裕輔は机の迷路を通り抜けて、姉の下へと歩く。

「姉ちゃんさ、保健の教科書もってない? 今朝色々あったから忘れちゃったんだよね」

言われて、姉は少し顔を赤らめた。今朝のことを思い出すだけで悶えそうだった。

「あ、ああなるほど。わかった、保健だな」

ごそごそと自分のカバンを漁ると、姉は滑らかな表紙の教科書を取り出し、手渡した。普通の本と、大き目の資料集だ。どちらも特に使いはしないのだが、忘れると怒られてしまうので、授業前には西澤裕輔のような人々がよく廊下を歩いていた。

「ん、ありがと」と礼を言って、西澤裕輔は去ろうとして振り返ったが、一瞬動きを止めて、直ぐに回れ右で姉を見た。「今日は午後の部活休みだけど、一緒に帰る?」

そう言って笑いかけると、姉は嬉しそうに微笑んで顔を輝かせた。

「うん、じゃあ校門で待ってるぞ」

そんな楽しそうな二人のやり取りを見ていた渚は、少しだけ意地悪をしたくなった。
隠れるように立ち上がり、口端を吊り上げながら、西澤裕輔の腕に抱きつく。そして今までの鬱憤を全て晴らそうかと言わんばかりの小悪魔的な笑顔で、頬を寄せた。

「じゃあ、わたしも一緒にいきたいなー♪」
「ん?」
「なっ!!」

唐突な渚の行動に、西澤裕輔は別段狼狽せず、きょとんとした。だが、姉のほうは目に見えて動揺し、ぷるぷると震え始めた。

「な、なにやってるんだ渚!」

むきー! と姉は歯を剥き出しにして猫のように憤るが、渚はそんな怒りなどどこ吹く風といった顔で、さらに体を近づける。髪が首筋にかかり、西澤裕輔は声を上げそうになる。

「なにって、あれよ、デートのお誘い?」
「え、まじすか」

冗談にのっかかるようにして、西澤裕輔も苦笑気味に話を合わせた。それを見た姉は、遂に眼に涙を溜めて渚と反対側の腕に抱きついた。
そして子供がぬいぐるみを抱きしめるように、力いっぱい抱き締めた。

「ゆ、ゆー君はわたしのだ! いくら渚でも許さないぞ!」

大声で駄々をこねるように叫ぶと、姉は西澤裕輔の胸に顔を押し付けた。じわりと、学生服に涙が滲む。焦りすぎて、呼び方も二人っきり用の渾名を使ってしまった。あまりにも幼児退行しすぎな姉に、西澤裕輔と渚は思わず笑ってしまった。
静かに渚は腕を離し、西澤裕輔は赤ん坊をあやす様に優しく頭を撫でた。そして耳元に口を近づけ、はっきりと囁いた。

「大丈夫、俺は姉ちゃんが大好きだから。俺は姉ちゃんのものだから、心配しないで良いよ」
「ふぇぇぇ、ゆー君ぅぅん……」

どうみても年齢が逆に見える光景だったが、姉は撫でられる度に機嫌が良くなっていき、最終的にはいつものように甘えていた。
だが、そんな微笑ましい空気の一方、西澤裕輔はとあることを思い出し、冷や汗を流していた。
それを悟ったのか、渚が目を合わせてきた。

「いやー、仲直り出来てよかったね、って言いたいところだけど、ねえ」
「……ええ、言いたいことはわかりますよ」

開き直って、西澤裕輔は快活に笑った。
そして。
渚はそれに応えるような笑顔で、

「うん。ここ教室なんだけど」

死刑宣告をした。

「……セーブポイントって、どこかにありませんかね?」
「もうゲームオーバーかな」






****************





次回の選択肢

1 もっと甘くする
2 もっとスイートにする
3 もっと糖分をふやす
4 すいません調子に乗りました





[27108] 素直クール君と偽クーデレちゃん――3
Name: 小渕遊羽◆c92906d2 ID:d2134302
Date: 2011/04/25 20:46
金曜日の夜

「デートをしよう」
「……デートですか」
「うん、デートだ」
「日にちは?」
「今度の日曜日だ。一日中遊んですごそうじゃないか。ふふ、楽しみだなぁ、ゆー君とデート。奮発して夜景の綺麗なレストランにでも行こうかな」
「んーそれはいいけどさ、俺はその日に練習試合があるよ。しかもダブルヘッダー」
「え?」
「ついでに言えば、土曜日は終日練習だな」
「…………(プルプル)」
「いや、そんな目に涙溜めて唇噛み締めなくても」
「だ、だってぇ……」
「う~ん、再来週なら空いてっけど」
「やだ、来週がいいんだ」
「そう言われてもなあ、流石に練習試合を休むってのは」
「あう、う~~~……」
「涙目で睨むのを止めてください。揺らぐから」
「うぅ……、わかったよ、残念だが、諦めることにするさ」
「うん、そうしてくれるとありがたいよ。ごめんね、絶対再来週には行くから」
「いや、そもそもわたしが勝手に決めたことだ。気にしなくていい。それじゃ、わたしは風呂にでも入ってくる」
「ああ、うん、いってらっしゃい」

…………

「さて、ケータイはどこにやったっけ? えっと……ああ、あったあった」

プルルルルル

「あ、監督ですか? すいません、来週の日曜日は家族で出かけなければならなくなったので休みます。はい、はい、――じゃあそういうことでお願いします。失礼します」







****************






日曜日。
一般的な日本の学生ならば、必ずと言っていいほどの休みが約束された日。どれだけ寝てもどれだけ遊んでも許される至福の日。
そんな日の午前九時、西澤裕輔は一人駅の前に佇んでいた。近くにベンチがあるが、座ろうとはせず、壁にもたれ掛かっている。いかにも高校生らしいカジュアルなファッションに身を包んだ彼は、高校入学祝いに買って貰った時計をしきりに確認していた。
長針が五分を指したとき、遠くに見覚えのある人影が写った。
だが西澤裕輔はそちらを見ようとはせず、自然な風を装って携帯電話を開き、画面に目をやった。
しばらくそうしていると、

「悪い、待たせたな」

と声がかかった。

「いや、今来たところだよ」

もはや常套句ともベタともいえる台詞を吐き、西澤裕輔は微笑む。伝染するように、姉も赤みがかった顔ではにかむ。

「ふふ、やっぱりいいなこのやりとり」
「姉ちゃんが満足なら、文句はないよ」
「このために待ち合わせにしたからな」
「ハチ公があれば完璧だっただろうね」
「ふふふ、わたしはゆー君の忠犬だぞ」
「じゃあ俺は姉ちゃんを守る番犬だな」
「お手」
「わん」

冗談半分に犬の真似をして手を合わせると、そのまま二人はお互いの手を繋いだ。指の間に指が入り込む、所謂恋人つなぎで駅の構内へと歩き出す。
今日は街まで電車で行き、そこから適当にぶらぶら散策する予定となっていた。はっきり言って予定になってないような気もするが、姉曰く「ゆー君と一緒ならどこでもいい」とのことで、西澤裕輔も納得せざるを得なかった。
切符を買い、改札を抜け、電車を待つ。人はそれほどおらず、閑散としていた。
五分ほどして、目当ての電車が停車した。ドアが開き、二人は乗り込む。車内は微妙に混んでおり、一人なら大丈夫だが、二人分のスペースは空いていなかった。
繋いだ手と反対側の手でつり革を掴み、姉は西澤裕輔に寄りかかった。

「この分だと、巌戸台駅辺りで一気に混みそうだね」
「まあポートアイランド駅はそこから直ぐだし、特に問題はないだろうさ」
「それもそっか」

巌戸台とは、ここ最近開発が進んでいる港街であり、いくつか学生寮があるためか、定食屋やファストフード店が軒を連ねている。
西澤裕輔たちが目指しているのは、そこから少し進んだ辰巳ポートアイランドという所で、新興の人工島だ。中心には竣工の理由ともなった名門の私立校が建っており、多くの学生はモノレールを使って登校している。二人が乗っている電車はその中でも新型で、普通の電車としてもモノレールとしても走行することが出来る優れものだった。

「モノレールで登校ってなんか都会だよね」
「うん、今にリニアで登校する時代が来るかもしれないな」

過ぎ行く景色を何の気なしに眺めていると、風景の動きがゆっくりになり、電車が駅に着いた。
多くの若者や子供たちが乗り込み、車内はあっという間に満員となった。西澤裕輔は少しだけ体を反転させて、姉と向かい合うような形になった。

「相変わらず凄い混み方だな。って痛っ」

詰めようとする人に、西澤裕輔は足を踏まれてしまった。爪を擦るように痛みが走る。

「だ、大丈夫かゆー君」

不安そうな顔で姉は言う。

「ああ、平気平気、ってごふぅ」

電車が揺れた衝撃で、西澤裕輔の横っ腹に誰かのカバンが当たった。角がいいところに入ったせいで、意外と重く、口から空気が漏れる。
その後も人波に揉まれ、西澤裕輔は少しだけ疲れてしまった。

「おかしいな。どうしてこうもゆー君ばかり」

姉は人とぶつかることなんて殆んど無く、息苦しさすら感じずに快適に過ごしていた。西澤裕輔と比べると、その差は歴然だ。

「扉側だからだよ。それだけ」

ああ、と姉は頷く。後ろに人が居るかいないかでは、接触率に大きな違いがあるだろう。だが、それは認めるとしても、明らかにおかしい。どう考えても西澤裕輔ばかりに被害が及んでいる。そう、まるで自分から当たりにいっているような、と姉はそこで気づいた。

「もしかして、わたしをかばって……?」

確信の持てない仮定に、語尾を上げて姉は言う。西澤裕輔は姉とは目を合わせず、小さく笑った。それはまるで、思わず出てきそうになった表情を笑顔で塗りつぶしたような、ぎこちなさだった。

「気のせいだよ。そんなに気が利く弟じゃないよ俺は」

偶然だよ、と言って、西澤裕輔は口をつぐむ。姉はそんな弟の顔を愉快そうに見つめた。どこか座りが悪く、西澤裕輔は瞬きを何度かした。
電車が大きく揺らぎ、姉は西澤裕輔の胸に飛び込んだ。そのまま離れようとせずに、額を胸につけたまま口を開く。

「ゆー君は、昔から嘘を吐くと鼻を掻くんだ。自分では気づいてないのかい?」
「えっ」

ポカンと口を開けて、西澤裕輔は呆然とした。無意識のうちに指を鼻に持っていき、眉を寄せる。
嘘だろ、と言おうとして、姉の肩が小刻みに震えているのが見えた。笑っているのだと分かったときには、もう遅かった。

「ふふ、やっぱり守ってくれてたんだな。嬉しいよ」

苦笑し、西澤裕輔は目を逸らす。

「まさか姉ちゃんに一本取られるとは思わなかった」
「ふふ、ゆー君でも引っかかるんだな。可愛いぞ」
「嬉しくねー」
「たまにはわたしが勝ってもいいだろう」

姉はおかしそうにくつくつと笑って、「それにしても」と言う。

「ゆー君は少しお姉ちゃんの心が分かってないな」
「へ、なにが?」

キョトンとする弟に、「こういうことだよ」と姉は西澤裕輔の背中に手を回した。しっかりと体をくっつけて、密着する。西澤裕輔はわけも分からず、ただつり革を掴んだまま首をかしげた。

「えーと、どうしたん?」
「ふふ、わからないか?」
「すいません、さっぱりわかりません」

お手上げとばかりに苦笑して、西澤裕輔はひとまず姉を抱き返した。
カアッ、と顔を赤くして、姉は頬を胸にすりつけた。呆けて、惚けて、熱のこもった声で姉は言う。

「わたしを守る為にゆー君が離れるくらいなら、多少苦しくてもこうして抱きしめて欲しい。わたしはゆー君と離れてしまうのが、一番嫌なんだ」

とくん、と静かに、それでいて強く西澤裕輔の鼓動が高まった。珍しく恥ずかしそうに頭を掻いて、腕に力を込める。

「……それは、気づけなかった」
「ふふ、そういうところもまた、可愛いよ」
「それは俺の台詞だよ。姉ちゃん可愛すぎる」

そうして、電車が目的地に着くまで、二人はずっと抱き合っていた。


続く。




****************




閑話――


西澤家は比較的裕福な家庭だ。両親は共に海外で活躍するビジネスマンであり、姉弟で暮らしている彼らには過ぎるほどの大金が毎月仕送られている。
家も当然の如く大きく、凝ったつくりをしている。
そんな西澤家の自慢の居間、綺麗に掃除されたフローリングの床の上には、ベッドに変形させることもできる大きなソファーが置いてあった。それはまるで床から生えてきたかのように、見事に部屋と調和した一品だった。

「…………」

ソファーに座りながら、姉はふてくされたように唇を尖らせて、綺麗な足を組んでいた。

「あの、いい加減機嫌直さない?」

近くに置いてある椅子に腰掛けて、西澤裕輔は困ったように笑いかけた。

「ツーン」
「口で言わなくても……」
「ツーン」

聞く耳持たない姉に、西澤裕輔は溜め息をつく。

「ったく、アイス食べられたくらいでそんなにすねないでください」
「……普通に食べられただけなら、こんなに怒りはしない」
「じゃあなんなの?」

多分理由を聞いて欲しいんだろうなあ、などと思いつつ、額を押さえ西澤裕輔は問いかける。

「……幸せのピノ」

ぼそりと、姉は口を動かした。

「はい?」
「あのピノに、幸せのピノが二つも入ってた」
「ああ、そういえばそうだったね。……って、え、まさかそんなことで?」
「そ、そんなこととはなんだ! 滅多にないことなんだぞ! 二つだぞ二つ!」
「うーん、そう言われると確かに悪い気もしてくるけど」
「そうだ。だから謝るくらいじゃ許さないぞ」
「んじゃどうしろと?」
「自分で考えなさい!」

取り付く島の無い姉に、西澤裕輔は耳を丸めるようにいじり、視線を斜めに傾ける。パチン、と耳を弾き、思い立ったように、西澤裕輔は扉を開けて部屋を出た。
閉じられたスライドドアの曇りガラス越しに、シルエットが浮かび上がる。そこでようやく、弱弱しい声で姉は声を掛けた。

「あ、ど、どこいくんだ?」
「ちょっと出かけてくる」

言い捨てて、靴を履いて家から出る。季節柄、外に出ると霧吹きでもかけられたような湿気で、蒸し暑い。エコなのかなんなのか知らないが、西澤裕輔たちの住む町は街灯が少なく、夜は酷く暗い。顔を上げると、いつもより粘度の高く思える夜の闇に、擦れた月が光っているのが見えた。西澤裕輔は顔を上空から道路へと移し、歩き始めた。

その頃、姉は追いかけようとも思ったが、意地がくもの糸のように張り付いて、遂に動くことはなかった。
だが内心は不安で一杯で、胸が張り裂けそうだった。

(ど、どうしよう、わたしがいつまでも怒ってるからゆー君が出てっちゃったのか? き、嫌われた? ゆー君にき、きら……うぅ~~~)

ソファーに顔を埋めて、姉はぽろぽろと涙を流し始めた。いつもなら苦笑いで済ませてくれて、その後は一緒に寝てくれたり、ごめんのキスをしてくれたりしたのに、今日は理由も告げずに外に出て行ってしまった。

(わ、わたし、ゆー君がいないと……。や、やだ、嫌われるなんてやだよぉ……)

血が凍りそうなほど悲しいのに、目だけはじんじんと熱く、涙が溢れ出す。喉の奥で冷たいものが心臓を鷲掴みにしているような、言いようの無い息苦しさが姉を襲った。

「ゆー君、ゆー君、ゆー君……。ふえ、ふえ……ふええええええええええええええん!」

今までに無いほど取り乱して、姉は少女のように泣き声を上げた。
涙で空気がくしゃくしゃに歪められていき、湿っていくようだった。
くしゃくしゃで、ぐしゃぐしゃで、ぐちゃぐちゃな思考だった。
だから、彼女は気づくことが出来なかったのだ。
聞きなれたその足音と、何よりも安心できるその雰囲気に――


「――姉ちゃんは、泣くときと甘えるときにキャラ変わりすぎだよね」


驚きと、それに匹敵する程の喜びが去来し、すぐさま走り出して抱きつきたくなる衝動に駆られる。
だが、これ以上嫌われてしまうのを恐れた姉は、またも動くことが出来なかった。

「ふえ…………ゆ、ゆー君!?」

唐突に、出て行って十分程度で西澤裕輔は帰ってきた。何気なく、普段どおりの柔らかい表情で、顔を濡らしている姉を見た。右手にはコンビニの袋が握られており、カーゴパンツのポケットからは財布が飛び出していた。
完全に見捨てられたと思っていた姉は、夢でも見ているかのように潤んだ瞳で西澤裕輔を見た。

「ど、どーして?」
「どーしたもこーしたも、ただピノを買いに行っただけだけど?」

そう、袋の中では、姉の好きなお菓子とピノが二つ、冷気を放ちながら収められていた。

「じゃ、じゃあわたしを嫌いになった訳じゃないのか?」
「? なにを言ってるのかよくわかんないけど、俺が姉ちゃんを嫌いになることなんてあるわけ無いだろ」

事も無げに、どころではなく、むしろ不機嫌そうに渋い顔をして、さも当然のように西澤裕輔は即答した。

「くだらないこと言ってないで、さっさと食べようぜ。融けちゃったら困るし」

ごそごそと袋の中で手を動かして、目当てのものを取り出すと、西澤裕輔はそれを机の上に置いた。
そしてはにかむように微笑を浮かべて、姉の頭を優しく撫でた。

「勝手に食べちゃってごめん。幸せのピノが入ってるかは分からないけど、代わり買ってきたからさ、一緒に食べよ」

姉はもう我慢が出来なかった。
本当にどうしようも無かった。
どん底の更に下まで落ちかけたところで、一気に救い上げられた。
もう抱きつくより他にするべきことが見つからなかった。

「ゆ、ゆーぐん……、うぇ……うぁぁぁ~~~」
「っと、どしたの? 姉ちゃんが泣き虫なのは知ってるけど、ここまで酷いのは久しぶりだ」
「だ、だっで、だっで~~~」
「あ~、わかった分かったから、もう泣き止んでください。俺は姉ちゃんの泣き顔なんてあんまり見たくないんだからさ」
「うぅぅぅ~~~~」

いつものようにナデナデしてあげても全く泣き止む気配の無い姉に、西澤裕輔は今日何度目かの困り顔を作った。
姉は慰めていればいいとして、このままではアイスが融けてしまう。どうにかして冷蔵庫にしまおうとしても、服をがっちりと握られて、足まで絡められてホールドされているので身動きが取れなかった。
どうやら自分はとんでもないミスをしてしまったらしい。
ぽんぽんと背中をやんわりと叩きながら、西澤裕輔はピノの箱を片手で弄んだ。
もったいないし、今ここで食べてしまおうと思い、蓋を開ける。
その時だった。
綺麗に整頓された六つの好物を見て、西澤裕輔は閃いた。

「なあ姉ちゃん、ちょっと顔上げてくれる?」
「ふぁ?」

言われるがままに、姉は顎を胸に寄りかからせて上を向いた。その目に自分の姿が映っていることを確認して、西澤裕輔はピノを一つ口に放り込んだ。
そして、口端を悪戯っぽく吊り上げて、顔を近づけた。

「はい、あーん」
「――!! んん! んむ、んっ、あふ……、ちゅる、んぅ……」

口移し。と言うより、この場合は文字通り、共食いだ。
ぐちょぐちょと、口内で舌とアイスが動き回り、熱いのか冷たいのかさっぱり分からなくなる。
背中にピリピリとした快感が流れ、漏れる声をさらに妖艶に仕立て上げる。

「んっ、ひゃう……うはぅ、うぐ……ひゅむ」
「む……、っと、食べ終わったか」

舌に感じる冷たさが消え、西澤裕輔は唇を離した。
チョコとバニラで色の付いた唾液が、てらてらと滑って糸を引いていた。
姉と弟。血縁。家族。そんな彼らの倫理はどうしようもなく破綻していて、彼女らの道徳はあっけなく崩壊していて、この世界の常識なんて手も足も出ないほどに、この姉弟の関係は密接に繋がりあっていた。

「ゆーきゅん、ゆーひゅん、ゆ……うむぅ……」
「はい、おかわり」

舌足らずに名前を呼ぶ姉の口に、西澤裕輔は再度ピノを突っ込んだ。
姉の体は完全に弛緩しており、時折指先がピクピクと震える。ぢゅるぢゅると、ぐちゅぐちゅと、西澤裕輔は絶えず口内を蹂躙し、崩れ落ちそうになる姉を支える。

「んぐ、ちゅ、ぷふぁ……。ちゅる、ちゅ、れろ……」

口端からチョコレートを滴らせて、姉は西澤裕輔の唇を舐めた。
耳も首も真っ赤に染まった姉の目は、焦点がまるで合っておらず、おぼろげに西澤裕輔を見つめ続けた。

「残りは十個だけど、ピノと姉ちゃん、どっちが先にとけるかな」

くい、と顎を持ち上げて、西澤裕輔は姉の肌に口付ける。吸い込まれそうになる瞳が、妖しく光り輝き、姉を魅了した。

「ゆー君、お願い。わたしをもっととかして。わたしをゆー君だけのものにして」

うわ言のように、甘い言葉を紡いで、姉は目を瞑った。

「りょーかい。――と言うより、元から姉ちゃんは俺のものだ。誰にも渡す気なんて無いよ」
「うん、ゆー君、大好き……」

**

その日、西澤家からピノがなくなったことは、言うまでも無い。



****************







えーっと、予想以上に反響、というかエロ方面の希望が多かったんですが、すいません、俺には無理です。
そもそもまだ数えるほどしか経験がない、しがない高校生には無理です。
ということで、それならせめて十五禁ぐらいを目指そうと思いこうなりました。
まあ、このくらいの姉弟ならよくいるよね。うん。いるよ。うん。家の近所の磯山君とかこんな感じですよ、うん。

すいません調子に乗りました。




[27108] シスコン君とエロっ娘ちゃんとピュアっ娘ちゃん――1
Name: 小渕遊羽◆c92906d2 ID:d2134302
Date: 2011/05/09 21:42
「いやーコタツってのは良いものだよな」
「そうですね、中でなにやってもばれませんし」
「いや、当事者にはバレバレだから。人のベルトに手をかけてんじゃねーよ」
「もうチャックも下げてます」
「それ以上やったら三日間ほど口聞かないぞ?」
「さあ兄さん、ミカンが食べごろですよ」
「ああ、それはいいけどさ、なんでお前は隣に座ってるんだよ。対面に座れよ」
「対面座位をご希望ですか?」
「お前は外で正座してろバカ」
「放置プレイですか?」
「目を輝かせるんじゃねーよ。どうしてお前はいちいちそっち方面に持って行きたがるんだ」
「持って行くと言えば、いい天気だったので兄さんの布団干しておきました」
「おお、そりゃありがとな」
「ついでに枕も干そうと思ったんですが、シミがついてしまったので今洗ってます」
「は? アイスでも食いながら作業してたのか?」
「いえ、足ではさんだり擦ったり押し付けたりしてたら」
「よぉぉおおし!! アイスだな! うん、アイス以外認めねーよ!」
「どちらかといえばしょっぱいシミですけどね」
「涙の跡だよ涙!! だって俺今既に号泣しそうだもん!! うん、絶対そうだ!」
「ふふ、じゃあ兄さんもわたしと一緒ですね」
「え、なにが?」
「わたしも兄さんの隣にいるだけであそこが涙を」
「撤収ー!! コタツ片付けろォォおおおおおお!!」







****************



part1――夕顔篇


「兄さん、勉強を教えてもらえますか?」

りん、と風鈴のような涼しげな声が、煙に巻かれたようにぼやけて届く。
静かに扉が開かれたかと思うと、そこにはとても見覚えのある顔が、あってはならない場所にあった。

「……なあ妹さん、俺今風呂に入ってるんだけど。この状況で教えられることなんて保健体育しかないんだけど?」
「……それは一緒に入ろうか、ということですか?」
「ちげーよ! なんでそんな遠まわしな口説き文句だと思えるの!?」
「……え、じゃあ直球ですか?」
「投げてねーよ!! 変化球もストレートも投げてねーよ!!」

大きく水しぶきを上げて、兄――桐壺賢木(きりつぼさかき)は怒鳴った。思わず立ち上がりそうになって、裸だと気づき、直ぐにまた風呂へと沈む。
それを見た妹――桐壺夕顔は、何故か余裕たっぷりに頷いた。

「気にしなくても大丈夫ですよ兄さん。兄さんのことなら全部知ってますから」
「待って、さりげなくやばいこと言わないで!? え、ちょ、何、お前俺の戦闘力知ってんの? 俺のネオアームストロングサイクロンジェットアームストロング砲の砲身長知ってんの?」

顔を引き攣らせて、冷や汗を流しながら賢木が尋ねると、夕顔は首肯し、

「弾数と射程距離、破壊力まで知ってます」

自慢げに胸を張って、夕顔は言い放った。

「おィィいいいいいい!! そんなの俺ですらよく知らねーよ!! え、兄妹ってそう言うものなの!?」
「……それは、わたしの事を全部知りたいということですか?」
「だからそんな魔球は投げてねーっつってんだろうがァァあああああ!!」

水面に思い切り腕を叩きつけて、賢木は大口を開けて声を張る。舞い上がったお湯が夕顔にかかり、狙ったかのように胸元が透けてしまう。
ぼんやりと夕顔は自分の胸を眺め、ちらりと兄の顔を見ると、胸元を両手で隠して言った。

「きゃっ、兄さんのエッチ」
「無表情で往年のアニメヒロインの台詞をはくんじゃねーよ。あと脱ぐな。濡らしちゃったのは謝るから脱ぐな」

いつの間にか、夕顔は上着を脱ぎ捨て、今にもスカートを下げようとしていた。制服に着けられたベルトが外され、校則より更に膝下になったスカートの上部で、白い肌が覗いていた。

「大丈夫です。こんなこともあろうかと勝負パンツですから」
「勉強聞きにきたって言ってただろーよ。どんな状況を想定してきたんだお前は」

頭に手を当てて、賢木は息を吐く。濡れた髪の毛が海藻のように手のひらに張り付き、雫が腕を伝っていく。温めのお湯のはずが、何だか熱いな、と賢木は頭を振る。

「あ、そういえばですけど、ちょっと聞いても良いですか?」
「うん? お前が脱衣を途中で取りやめてまで聞くなんて珍しいな。なに?」

少しほっとしながら、賢木は額に張り付いた髪を剥がしていく。そろそろ髪を切るべきかな、と賢木は暢気に思い、夕顔を見る。
夕顔は僅かに目を細めて、殆んど分からない程度の不愉快さを滲ませていた。

「兄さんがさっき電話で話していた相手は、誰ですか?」
「電話?」眉を顰めて、耳を捻る。思い至り、思考をそのまま言葉に乗せる。「ああ、咲子のことか。それがどうかしたか?」
「咲子とは、随分仲の良さそうな呼び方ですね」
「いや、呼び捨てで呼べる女子の一人や二人いないと流石に悲しいだろ」
「……まあいいです。それで、どんなことを話していたんですか」

ずいっ、と詰め寄られたような気がして、賢木はたじろいだ。

「どんなって言われてもな。ただ修学旅行についてのことを聞いただけだぜ?」
「そんなの、男友達に聞けばいいじゃないですか。どうしてわざわざ咲子さんとやらに聞くんですか」

夕顔の声は、喉元に蟠ってよく聞こえなかった。無表情の顔が、いつにも増して冷たく感じる。

「ああ、いや、あいつ修学旅行委員だからさ」

あまりの迫力にどもりながら、賢木は無理やり笑顔を作る。

「じゃあ、別にお付き合いをされている、ということではないんですね?」
「へ? そりゃまあ、あれほどの美人が俺と付き合ってくれるわけ無いだろ。性格も半端ねえし」
「……兄さんは、咲子さんの事が好きなんですか?」

目を伏せて、こちらを見ようとしない夕顔に賢木は首をかしげた。

「いや、そういう感情は全くねえな。つーか、確かに美人だなーとは思うけどさ、お前の方が可愛いぞ?」
「!?」
「まあ美人のベクトルが違うとは言え、俺はお前の方が好みだ」

賢木がそう言うと、夕顔は顔を真っ赤にして風呂場の扉に隠れた。

「そ、そうですか。な、ならいいです」
「なにがいいのか分からないけど、まあ納得してくれたのならよかったよ」

にやにやと幸せそうに頬を緩ませている夕顔を見ると、賢木はそれ以上なにも言えなかった。

(ふふ、兄さんったら、そんなことを言われたら我慢できなくなっちゃうじゃないですか)

もじもじと体をくねらせて、夕顔はまた扉から顔を出した。上気した顔からは、荒い息がはあはあと出ていて、賢木は体を震わせた。

「兄さん」
「な、なに」
「今日、わたし大丈夫な日です」
「よーし、頭が大丈夫じゃ無さそうだから明日病院連れてってやる」
「産婦人科ですか?」
「ショッカーの本部に連れて行ってやろうかこの愚妹が」

この会話先月もやった気がするな、と賢木は頭を痛めた。いい加減周期ごとにボケを入れてくる妹をどうにかしなければ、と思い、賢木は視線を横にずらした。
するとそこでは、夕顔が涎を垂らしながら洗濯機の中を覗いているのが見えた。

「おいコラ。なに勝手に人のパンツを握り締めてるんだ」
「心配しなくても大丈夫です。一晩使ったら返しますから」
「使うってどういうことだよ! っていやいいから! 説明してって意味で言ったんじゃないから!」

実演しようとし始めた妹を必死に制止するが、夕顔はスカートを下ろす手を止めようとしなかった。

「もう駄目です。この体の火照りを治められるのは兄さんしかいません」
「火照ってるなら風呂に入ろうとするんじゃねーよ! ああもう、風呂ぐらいゆっくり入らせてくれ!」
「じゃあ、いっそのことわたしの中に入ると言うのは」
「だーっ!! セクハラ禁止ィィいいいいいいいいい!!」






****************







「お、お兄ちゃん大変です!」
「うん? どしたん?」
「こんなところにゾウがいます!」
「ゾウ? ……ってああ、遊具のことか」
「ゆーぐ?」
「要は作りものって事だよ。あれに乗ったりして遊ぶわけ」
「の、乗ってきていいですか?」
「いいよ、いっといで」

数分後


「なんだか堅かったです……」
「そりゃまあ、金属製だからなあ」
「ネコさんは柔らかかったんですけど」
「というかそもそもゾウって柔らかいのかな?」
「うーん……?」

更に数分後

「お兄ちゃん、あれはなんですか?」
「あれって、ブランコのこと?」
「ぶらんこ?」
「うん、あれに乗って揺れるのが楽しいんだよ」
「乗って揺れる……。なんだか難しそうです」
「じゃあ支えててあげるからさ、乗ってみな」
「や、やってみます」

キーコキーコ……

「おお、全然できてるじゃん」
「…………」
「ってあれ? もしかしてあんまり楽しくない?」
「ふ、ふふ、えへへへへへへ」
「あ、予想以上に楽しそうだ」
「うふふふふ……、あっ……」
「? どうかした?」
「あ、あの、これどうやって降りればいいんですか?」
「ああそっか、初めてじゃ降りるのが怖いよな。――っしょっと」
「んっ……」
「あ、ご、ごめん。抱きかかえられるの嫌だった?」
「……いえ、ブランコ楽しいです」
「そう?」
「降りるときが凄く楽しいです……」
「――?」
「えへへ」









****************






part2――夕霧篇


「ああ、酷い目に遭った」

風呂に入ったばかりだと言うのに、どこか疲れたように腕をだらりと下げて、賢木は居間への扉を開いた。木製の扉が、レールの上を滑らかに滑っていき、涼しい風が体を包みこんだ。
クーラーなどとは違う、自然の風の清涼さ。

「あれ、窓開けた?」
「あ、はい。駄目でしたか?」

問いかけた相手は、夕顔ではなく、賢木のもう一人の妹――桐壺夕霧だった。彼女はソファに深く腰掛けて、バラエティ番組をぼんやりと眺めていた。

「駄目じゃないよ。ここはもう君の家なんだからさ、そんな遠慮しなくていいって」
「あ、はい、すいません」
「いや、だから……まあいいか」

呆れたように苦笑して、賢木もソファに腰掛けた。
夕霧は、賢木や夕顔とは血が繋がっていない。彼女は本当の妹ではなく、養子として最近桐壺家にやってきた少女だった。

「あ、お兄ちゃん、あの……」
「ん、ジュースが欲しい?」
「は、はい」
「アップルとオレンジあるけどどっちが良い? あ、コーラもあるか」
「こーら嫌です……。シュワシュワが……」
「あはは、じゃあアップルジュースにしようか」

夕霧は、四歳の頃から十四歳になるまで、所謂虐待を受けていた。といっても、それは性的なものでも、暴行を加えられたわけでもなく、単純に育児を放棄されていた。
最低限の食事と、物置のような部屋、皆無の愛情。彼女の世界はそれだけだった。
だから彼女には常識と言うものが存在しない。否、偏った常識しか持ち得ない。電化製品なんて見たことがなく、暖かい食事にありつけたこともなく、誰かに甘えたことも無かった。
そんな夕霧にも、二つだけ幸福があった。一つは、桐壺家に引き取られたこと。そしてもう一つは、彼女の精神が強靭だったこと。
夕霧には何も無かったからこそ、純粋で清廉潔白な少女として成長することが出来たのだった。

「あ、そういえば今日はシュークリームがあったんだった」
「しゅーくりむ?」

こてんと頭を肩に乗せて、夕霧は舌足らずにオウム返しした。

「んー、なんつーかこう、パリパリでふわふわで甘いというか、いやまあ、とにかく食べてみれば分かるよ」
「は、はい」

くしゃくしゃになってしまった髪の毛を指で梳きながら、賢木は冷蔵庫を開けた。様々な食品の匂いと冷気が漂ってきて、思わず息を止める。
目当てのものは最上段に置かれており、ライトに照らされている。片手でそれを取ると、もう一方の手でアップルジュースを掴んだ。
コップにするかグラスにするかしばし逡巡し、偶には格好つけよう、と思いグラスにジュースを注ぐ。百パーセントと銘打っているだけあって、りんごの爽やかな香りが火照った体を通り抜けるようだった。

「つーか、入れておいてなんだけどシュークリームとアップルジュースって合うんかな」
「わたし、あっぷるじゅーす好きです」
「そういう問題でもないんだけど……まあいっか」

開けっ放しにしていた冷蔵庫にすぐさまジュースをしまい、扉を閉める。まだ湿気が少ないからか、グラスには水滴はついていない。

「ほい、おまたせ」

食事をするテーブルではなく、居間に置かれた長方形の大きなテーブルに諸々を置くと、賢木はこっそり用意しておいた自分用の缶ジュースの蓋を開けた。
プシュ、と小気味良い音が響き、炭酸が飛び出す。

「あの、それは何ですか?」
「これはコーラとか一緒で、炭酸飲料だよ。夕霧はたしか炭酸無理だったよな?」
「はい、でも……」

言葉を途切らせて、夕霧は賢木の唇に視線を寄せた。そこでは透明の清涼飲料水が流れていくのが見えて、ついつい見つめてしまった。それが飲み物に対する感情なのか、それとも賢木の唇に対するものなのか、夕霧にはまだ分からなかった。

「飲んでみたい?」
「えっ、あの、その……はい」

小動物のように体を縮めて首を縦に動かす夕霧を見て、賢木はくすくすと笑った。

「夕霧は本当可愛いよな」

幸せそうに顔を綻ばせて、賢木は缶を差し出した。

「あ、ありがとうございます」

恥ずかしそうに頬を赤らめて受け取ると、夕霧はちびちびと舐めるように飲み始めた。
だが、やはり炭酸が強かったのか、顔を顰めてすぐさま唇を離した。

「あはは、やっぱりまだ夕霧には早いかな」
「えうぅ……」

返された缶をそのまま口に運び、賢木は残りを飲みきった。ゲップが出そうになるのを堪え、缶をテーブルに置く。
夕霧は名残惜しそうにそれを眺めると、思い返すように唇を舐めた。

「さて、それじゃあお待ちかねのシュークリームだ」
「しゅーくりむ、です」

賢木は切り取り線にそって袋を切ると、シュークリームを食べ易いように押し出した。

「ほい、きっと美味しいから、食べてみな」
「…………」

しかし夕霧は受け取ろうとせず、躊躇うように口を動かしては止めていた。

「食べないの?」

心配そうに賢木は夕霧を見た。

「いえ、あの……、その」
「なに?」
「あ、あーんしてほしい……です」

かああ、と頬を染める夕霧に、賢木はくすりと笑って、優しく頭を撫でた。

「はいよ、そんくらいお安い御用だ」

そう言って、賢木は掴んだままのシュークリームを夕霧の口に持っていった。

「あーん」
「あ、あーん」

はむっ、と唇で挟むようにシュ-クリームに噛み付くと、夕霧はおっかなびっくり口を動かし始めた。パイ皮が破れると、中からクリームがあふれ出し、口端を汚した。
とろとろとした柔らかな甘みが口いっぱいに広がり、食感と交わって喉を通っていく。

「あむあむ……、お、おいしい、です」

クリームやらパイ皮やらで口を汚したまま喋る夕霧を見て、賢木は噛み締めるように笑顔を浮かべて、夕霧を抱き寄せた。

「そっか、そりゃ良かった」

腕に包まれるように、賢木の中にすっぽりと収まった夕霧は、胸に顔を埋めると楽しそうにはにかんだ。
それは十四年間一度もしてこなかった――してこれなかった表情だった。
この顔を見るたびに賢木は思う。この子は、絶対に守りたい、と。心の底から、魂のど真ん中から、そう思う。

「お兄ちゃん」

と、夕霧が囁く。

「ん?」

応えても、夕霧は何も言わなかった。ただいじらしく見つめてくるだけで、なにも言葉を発さない。
不思議そうに、賢木は夕霧を見る。その時、夕霧は理解した。一つの感情が自分の中で生まれたのが、はっきりと分かった。
ああ、そうなんだ、と思う。これがそうなのか、と。何度本を読んでも、どれだけ辞書を引いても分からなかった”それ”は、こんなにも簡単なものだったのか。
気づいたときには、もうそれは言葉に乗っていた。


「わたし……わたし、すっごく幸せです」


それは何気ない台詞だった。使い古された普通の言葉だった。
けれど、それがどれだけ重く、そしてこれ以上ないくらい素晴らしい言葉なのか、賢木には分かっていた。
だからこそ、賢木は思わず噴出してしまった。
なんだそりゃ。心の中で、腹を抱えて笑ってしまっていた。

「シュークリーム、すげえな」

屈託のない笑い声が家の中に響く。
幸福がそのまま音色になったような、美しい調べだ。
シュークリーム買ってきて正解だったなと、ガッツポーズをしたくなった。笑いたくて仕方なかった。
賢木は一口かじって、豪快に咀嚼する。
久しぶりのシュークリームは、いつにも増して格別だった。










****************




ということで、全く新しいシリーズ開始です。
えー、なんでこんなことになったかというと、実は作者はハーレムものが苦手なんです。
だけど同じヒロイン同じ主人公じゃどうしたってネタがなくなってしまうので、いっそのこと別の話つくってオムニバスっぽくしようと思い、こうなりました。もちろんクーデレちゃんの方も進めていくつもりです。
それでは、真のタイトル『○○君と××ちゃん』シリーズ、これからも宜しくお願いいたします。

ps
賢木も倫理とかぶっ壊れてます
あとどんどん甘くするつもりです





[27108] 素直クール君と偽クーデレちゃん――4
Name: 小渕遊羽◆c92906d2 ID:d2134302
Date: 2011/07/22 22:45

01

「うーむ、ここでもないのか。じゃあスタンダードに本棚か?」

とある休日。まだ日も高く、振り注ぐ陽光が眩しい時、姉は弟の部屋に勝手に入った挙句、ごそごそと部屋の中を漁っていた。
もちろん掃除などではなく、荒らしているわけでもなく、とあるものを探していたのだった。

「表紙を取り替えているわけでもない、カバーで隠されているわけでもない、DVDが挟まってもいない」

とあるものとは、男子高校生の大半が所持しているであろう十八禁の本――エロ本であった。
しかし、かれこれ一時間近く探していると言うのに、エロ本どころかグラビアの載っている雑誌すら無かった。

「おかしいな。どれだけセキリュティが完璧でも、流石に見つかりそうなものだが。くそう、あったらそれをネタにいちゃいちゃしてもらおうと思ったのに。」

そもそも無い――という発想に至らないのは……、まあ、男子高校生という生物の生態を鑑みれば、それほど間違ってもいない。
とは言え、いい加減探すことを諦めたのか、姉はごろんとベッドに倒れこみ、枕に顔を埋めた。少しだけ奮発した高級枕は、優しく姉の顔を包み込む。

「――んん? これはなんだ?」

ふと枕から顔を上げると、大きなハードカバーの冊子が置かれていた。アルバムのようにも見えるが、それにしては中の材質が柔らかい。とても巨大な手帳のようだ、と姉は思った。
片手で持ち上げ、ゆっくりと開く。

「これは、日記? ……とアルバムが合体しているのか?」

上半分には、小学生の夏休みの宿題の如く日記用のスペースがあり、下半分には写真を入れるポケットが付いていた。なるほど、よく考えられている。思わず感心してしまう。
恐らく、これは毎日書くようなものではなく、なにか特別なイベントがあった時、文章と写真で思い出を残せるようにしてあるのだろう。

(み、見ちゃ駄目だよな。……い、いや、けど気になるし。ど、どうしよう)

姉の指先が蝶のように動き回り、逡巡する。ページを捲ろうとしては頭を振り、遠ざける。また近づけて、戻す。そんな行為を数度繰り返し、遂に手をかけた。

(お、お姉ちゃんとして弟の状況を把握するのは間違っていない――はず。いじめとかあったらいけないし、したほうがいい――はず!)

うんそうだ、何も変なことは無いんだ、と自分で自分を説得して、恐る恐る真ん中の辺りでページを捲る。すると――

「わ、わたしの写真……!?」

ポケットのなかで大事にしまわれていたのは、姉の――自分自身の写真だった。居間のソファでだらしない顔(姉視点)で寝ている自分が、二枚、写っていた。
いつ撮られたか分からないが、着ている服から察するに去年の秋だろう。
高鳴る鼓動を抑えつつ、日記のほうへと視線を移す。綺麗な字で、寝顔が可愛いだとか、涎を垂らしていて微笑ましいとか、こっそりキスをしただとか書いてあって、読み進めるだけで姉の顔は真っ赤になっていった。

またページを捲る。文化祭の時、友人に撮ってもらったツーショット写真。初詣、ピースをしながら除夜の鐘を突いている写真。昔二人でテーマパークに行った写真。嬉しかったこと、悲しかったこと、そして姉についてのこと。中学生の頃から現在に至るまで、様々な思いが――思い出が、そこには刻まれていた。

(ひゃー……ひゃー! な、なんだこの爆弾~~! う、嬉しすぎて頭がおかしくなりそうだ!)

優しくて、強くて、格好よくて、いつでも甘えさせてくれる、そんな西澤裕輔は完璧で、しかし本心が見えにくいところがあった。決して弱みを見せず、弱音を吐かなかった。からかうように甘い言葉を口にした。だからこそ、その本心が分かったことは、姉にとってこの上なく嬉しかった。
ばたばたとベッドの上で足を動かして、姉は布団を抱きしめた。顔が緩むのを抑えられない。気を抜くと笑い声まで出そうになる。

(はぁう……し、幸せすぎる……)

思わず溜め息を吐いてしまう。吐き出された息は、甘く感じるほどに幸福を孕んでいた。そして、過度の興奮のせいか、姉はいつの間にかそのまま眠ってしまっていた。アルバムを、ベッドの角に立てかけたままで。





02




「部活から帰ってきて、シャワーを浴びて、さあ昼寝でもしよう――と思ったら既に姉ちゃんが寝てた。ってなんだそりゃ」

さして驚きもしないで、西澤裕輔は誰かに説明するかのように独り言を言い、やる気の無いノリツッコミをした。
慣れっことまでは言わないが、姉が自分の布団で寝ているなどと言うのは良くあることなのだ。だから西澤裕輔は動じず、ベッドの縁に腰掛けた。
一緒に寝るわけにもいかないので(起こしてしまうのを避けるためであって、一緒に寝ること自体が駄目なわけではない)、なんとはなしに部屋を眺めてみる。
ふと気づく、机の引き出しが開けられていた。どこか違和感を覚える。本棚の中がやけに乱れていた。

(姉ちゃん、しかいないよな。けど、何の為に?)

隣で気持ち良さそうに寝ている姉を見ながら、西澤裕輔は顎に手をやった――が、

(って、考えるまでもなく、後で聞けばいいか)

早々に考えることを放棄し、西澤裕輔は読みかけの小説の続きを読むことにした。



03



布団が動く音で、西澤裕輔は気づいた。
しおりを挟み、本を閉じる。姉の方に目をやると、薄っすらと瞼を開いているのが見えた。

「あむ、むぅ……」
「おはよ。ようやく起きた?」
「んむ? ん~~? ……ゆー君? どーかしたのか?」

ごしごしと子供のように目を擦る姉を見て、西澤裕輔は苦笑した。どうやら、寝る前の記憶が丸々すっぽ抜けてしまっているようだった。
半開きの目をごしごしと擦る様子は、なんだか小さな女の子のようで、自然、微笑んでいた。

「ったく、勝手に人の部屋に入っておいてそれはないだろ」

言いながら、西澤裕輔は姉を抱き起こし、弛緩して下を向いている顎を持ち上げた。姉はまだ何が起こっているのか分からない様子で、混濁した瞳を西澤裕輔に向けた。可愛い。堪らなく愛しい。歯止めが効かなかった。いや、そもそも止める必要が無かった。

「姉ちゃん、可愛い」

シニカルに笑い、西澤裕輔は軽く啄ばむようなキスをした。そういえば、寝起きにキスをするのはよくないと聞いた気もするが、構わずに何度も唇を重ねていく。
短く、浅く、けれどリズムを刻むように。

「んむ……
「んっ
「ふぅ
「んぅ
「あむ……ちゅ」

唇が触れ合うごとに、粘膜を交換するごとに、姉の頬が朱に染まっていく。瞳は泳ぐどころか溺れるように動き回り、驚きの色を浮かべる。突然キスをすると、目を閉じられないのか、と西澤裕輔は思いながら、なおも口内を蹂躙していく。湿り、くぐもった音が頭に直接響き、背筋を這い回る。

「!?」

突如、西澤裕輔は目を見開く。休憩しようと唇を離した途端、追うように姉が舌を絡ませてきた。いつもはされるがままなので、珍しいことだった。しかも、かなり激しい。まさしく息つく間もない、呼吸を止めようとしているかのような勢いで口内が暴れる。

「ふっ、んぅ、ぢゅる……ふぁっ」

息苦しくなって、西澤裕輔は無理やり唇を引き剥がした。名残惜しそうに、姉が糸を引く舌を眺めていた。

「ふぅ。ど、どうしたの姉ちゃん、今日はやけに積極的だけど」

息を整えつつ、西澤裕輔は戸惑いの目を向ける。

「ふふ、なんでだろうな」

妖艶に笑い、口端から二人の唾液が混ざり合ったものを滴らせて、姉は押し倒すように西澤裕輔に詰め寄る。掴まれた肩はがっちりとホールドされ、痛いぐらいだった。

「あー、なるほど、なんか良いことありましたか……」

引き攣った笑みで、西澤裕輔は額に汗を滲ませた。これほど機嫌がいいのは、半年に一度あるかどうかと言うほどだった。

「そりゃもう、幸せなのが抑え切れないほどにね。んふふ、ゆー君、愛してるぞ。好きで好きで大好きだ。愛の言葉が少ないのが恨めしく思えるほどに。気持ちを伝えきれないのがもどかしいくらいに。誰よりも、ゆー君を愛してる」

至極真面目に、姉は溢れる思いをはき出した。澄んだ瞳に見つめられて、西澤裕輔は、胸のあたりから喉元に、熱いものがこみ上げてくるのを感じ、口を真一文字に閉じた。背中にある空気が、くしゃくしゃに丸められたような気がした。目には見えない、ゆがみを感じた。心臓が熱をもち、奥歯が痺れ、陶酔感を覚える。

「姉ちゃん……」

気がつけば、西澤裕輔は姉を抱きしめていた。腕に力を込めると、体温が混ざり合っていく。太陽の暖かい陽だまりさながらに、心を満たしていく。
この気持ちに、応えなければならない。そう思った。深く、息を吸い込み、抱きしめ返す。

「俺も、姉ちゃんが大好きだよ。昔から今まで、全く変わってない。俺は姉ちゃんのもので、姉ちゃんは俺のものだ」





04





「――なるほど、どうして上機嫌なのかとは思ったけど、まさかあの日記を見ていたとは」

大きな溜め息を吐いて、西澤裕輔は眉間を押さえた。もう少し、置く場所を考えておけばよかった、と後悔する。

「ご、ごめんなさい……」

目を合わせようとはせず、姉はビクビクと体を震わせて俯いた。まるで小動物のようだ。

「ああ、別に怒ってはいないよ。あんな妙なものが置かれてたら、誰だって見たくなるさ」

というか、恥ずかしさでそれどころではなかった。顔が赤くなってないか心配だ。ポーカーフェイスは得意だが、赤くなるのまでは堪えきれない。

「ほ、本当か……? 本当に怒ってない?」

恐る恐る、姉は伏せていた目を上げた。特に何も言っていないのに、既にその目は涙目だった。

「うん――つーか、そんなに怯えちゃってる姉ちゃんを怒るほど、俺はSでもねーさ」

安心させる為に、僅かな笑みを浮かべて、西澤裕輔は外を見た。いつしか太陽は沈んでいて、墨汁を薄めたような空が、窓によって切り取られている。
天気予報では、確かこれから雨だっただろうか。西澤裕輔は、携帯を取り出す。重厚感のある、黒い防水タイプだ。設定してあったので、開いて二回ボタンを押すだけで、天気予報が出た。姉は、突然取り出された携帯を不思議そうに眺めていた。

「メールでも来てたのか?」

純粋な疑問と、話を変えようという狙いを持って、姉は問いかける。

「いや、そうじゃないよ」

頭を小さく振る。

「ただ、明日は雨だな、と思ってさ」
「雨?」
「雨なら、野球部は休みになるんだよ。知らなかった?」
「……それは、知ってるけど」

だからどうしたんだ、とでも言いたげに、姉は小首をかしげる。そんな姉の頬に、西澤裕輔は壊れ物を触るように手を当てた。
ゆっくりと撫で上げ、無邪気に微笑みかける。

「じゃあ、明日は一日二人っきりだ。一緒に昔のアルバムでも見て、ゆっくり過ごそう?」

恥ずかしいついでに、丁度良いさ。そう言って笑う西澤裕輔に、姉は何も言えず、頬に置かれた手に、自身の手を重ねた。温かさと優しさが、確かに伝わってくる。
そして、姉は小さく頷き、西澤裕輔の胸に顔を埋めた。ことり、と音がして、アルバムが倒れた。また、書く事ができたなあ、と西澤裕輔は倒れたアルバムを見ながら、そんなことを思った。


****************






更新が遅れて申し訳ありません。
修学旅行やテストや夏の大会で時間が全く取れませんでした。今も甲子園目指して(あくまで目指すだけです、四回戦ぐらいまでしかいけないと思います)練習中です……。




[27108] お知らせ
Name: 小渕遊羽◆c92906d2 ID:d2134302
Date: 2011/07/22 22:47
作者よりお知らせ、というかお願いです。急ぎで書いておりますので、文章が少しおかしいですがご了承ください。

この作品は見ての通り、すでに相思相愛なカップルを描いている為、一話一話ネタを出すのに手こずっております。
そこで、このカップルに○○なシチュエーションで○○して欲しい、などというものがあったら、ぜひ感想にお書きください。
または、こんな主人公とヒロインでこんな話を、というものでもOKです。例えば、不良と委員長もの、などです。
設定を詳しく書いていただけるとありがたいです。
作者自身、筆の速さは別として、いろいろな話を書きたい気持ちはあるので、遠慮なさらずにどしどし注文お願いいたします。

以下注意書きです。


バッドエンドはあまり得意ではありません

寝取りものはご遠慮ください

M男の話は作者の理解が浅く、書くことが出来ません。

XXXな話はご遠慮ください。15禁までならいけます。

もちろん普通の感想もウエルカムです。出来る限り返信もしたいと思います。

それでは、これからもこの作品をよろしくお願いいたします。


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