「兄、あたし神様になったんだー」と１４歳の妹が俺に言ったのは半年ほど前の、夕食がカレーライスだったときの話だ。なんでも部活（弱小バドミントン部）の帰りに、ほんのり香る神聖っぽい電波的なアレがピコピコピッコーンときて、神様になっちゃった感じらしい。
「神様？　神様ってゴッド？」
「ゴッドに決まってるよ、むしろそれ以外になにがあるの？」
「紙様」
「紙……ってなんか超ぺらぺらっぽくない？」
「そりゃあ紙様なんだからぺらぺらだよ」
「でもあたしぺらぺらじゃないし」
「あ。そっか」
「そうだよ、もう兄はバカだなぁ」
「なんだとぅ」
「あはは、ごめんごめん」
「それで神様になったんなら俺、今日から敬った方がいいのか？　敬語使ったりお供物したりとか」
「いらないよー。あ、でもチョコパイを所望する」
「一日２個まで。ちゃんと朝と夜歯磨けよ」
「ういー」
　とまあこんな感じで家族会議ならぬ兄妹会議は終了。それから半年たった現在でも妹は神様としてのんべんだらりと頑張っている。
　今日はそんな一日を紹介しようと思う。

「ただいまんこー兄」
「おかえりんこー妹……えいさっ！」
　チョッピングアタック！
「ふきゃっ！　な、なにすんのさ兄っ！」
「そんな汚い言葉は使っちゃいけません！」
「え？　なにが汚いの？」
「…………」
　どうやら意味が分からず使っていたらしい。このままずっと分からずにいて欲しい。
「まあいいやお帰り妹」
「なんか釈然としないよ兄。ただいま」
　と、そんな感じで妹は太陽が沈みかけている時間帯に帰ってきた。
「ってどうしたのその格好」
　昨日の夜にしっかりとアイロンをかけたはずの制服は煤にまみれて所々焼けている。まるで火事の現場から逃げ出してきたかのようだ。
「神様のお仕事だよ、もう今日は大変だったんだよー」と妹は靴を脱ぎつつそう言う。
「なんかよくわからんが、神様って大変なんだな」
「うん。今日は地球に降ってくる隕石を打ち返してきました。しかも素手で。休み時間に卓球して遊んでなかったら、打ち返す力加減がわからなかったよー」
「道理で制服がボロボロなわけだ。でもおまえのおかげで今日も世界が平和なんだろ？　偉いぞ妹」
「えへへ、そうかな？」
「そうそう。なでなでしてやるよ」
「反抗期の妹がそう簡単になでなでされてやるわけがないよっ」
「どうどう。はいなでなでー」
　ぽんと頭に手のひらをおいてぐるぐるぐるぐるー。
「ふにゃあー」
　とろけるマイシスター。
　神様でも強がっていても所詮は妹。
　世界中の妹が兄になでなでされると骨抜きにされてしまうのは世界の常識、自明の理なのだ。
　とろけた妹に先に風呂にはいるように促して俺は厨房へ向かい、夕食の準備をする。今日の料理はチンジャオロースに中華風スープ、そしてスティックサラダ。
　妹は年頃の女の子らしく長風呂だから、「兄ーお風呂あがったーご飯ー」と催促してくるまでには料理は完成している。
「すでに準備済みだぞ妹」
　風呂からあがってほかほかっ娘になった妹に俺は親指を立てる。
「おおっ！　流石兄！」
「何てったって神様の兄だからな！」
「じゃあ兄は世界で一番偉いんだ」
「神様より偉い兄か……なんか照れるな」
「学校で自慢できるよっ」
「いや……もうすでに妹っていう自慢できるシスターがいるからなぁ」と俺が言うと、妹は「なんかその言い方気持ち悪いー」と返してきて俺は若干傷つく。
「そ、それで妹よ」
「ん？　なにかな兄」
　野菜スティックをリスのようにぽりぽりぽりとかじるのをやめて、妹は先を促す。
「妹が神様になってから半年経ったわけだが、仕事は慣れてきたか？」
「んーまあねぇ。最初は学校の先生とかがうるさかったけど、最近は学校と神様が両立できてるから何にも言ってこなくなったし」
「そか。やっぱり神様って大変か？」
「そりゃあ神様だもん」
「だもんなー」
「でもだいたい『えいやー』って感じで気合い入れればどうにかなるから大丈夫。基本神様って気合いがあれば何でもできるよー」
「結構アバウトなのか神様」
「アバウトって何だっけ？　『～について』だっけ？　……ん？　どゆこと？」
「……そこら辺は中学生なんだけどなぁ」
「神様中学生、略してかみちゅだね」
「別の作品だろそれ」
「でもあたしも神様中学生だよー」と抗議してくるけど「はいはい」と適当にあしらう。

　こうして今日も妹と俺の一日は終わっていく。俺は神様とかよくわからないけど、妹も楽しそうに神様をやってるからこれでいいんじゃないかと思う。