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[27020] 型月物語 【短編集】 その5投稿しました
Name: 鈴木ダイキチ◆a80a0449 ID:b4f3b2d5
Date: 2011/11/10 11:47
ごあいさつ

はじめまして、あるいはこんにちは、鈴木ダイキチと申します。

以前からTYPE-MOON作品の二次創作のアイデアをいくつか持っていたのですが、どうにも形にならず諦めかけていました。

他の板で長編作品を書いていることもあってこっちでは無理かと思っていたのですが、最近になって短編のアイデアがぽこぽこと湧き出てきたのでそれを思いつくままに形にしようなどと考えてこの型月物語を立ち上げてしまいました。

この型月物語は私が思いつくままの型月世界のショートストーリーをそのまま書いていくので各話の関連性は(ほとんど)ありません。

作品の内容も、ギャグ作品からシリアス、ハードボイルド、あるいは恋愛ものと完全にバラバラになるでしょう。

基本的に1話完結の物語を頭の中で形になった順に書いていく予定です。

完全に不定期の更新になりますのでどうか気長にお待ち下さい。


2011/4/6  鈴木ダイキチ
 
 
2011/4/6 その1を投稿

2011/4/19  その2を投稿 

2011/5/5   その3を投稿

2011/5/28  その4を投稿

2011/7/28 その5を投稿

2011/11/10 にじファンにも投稿をはじめました



[27020] その1「路地裏の宴」
Name: 鈴木ダイキチ◆a80a0449 ID:b4f3b2d5
Date: 2011/04/06 22:03
その1「路地裏の宴」


「唐突な切り出しですが、我々の生活は文化的観点から見て問題があると思われます」

「ほえ?」

「どこがだ?シオン?」

シオン・エルトラム・アトラシアのその発言に、二人の同居人は“ハテ?”とした表情で聞き返した。
だがそれも当然だろう。
彼女たちの友人にして路地裏同盟の実質的リーダーでもあるシオンの口から、よりにもよって“文化的”などという言葉が出て来るのがまずおかしい。

本来彼女は人類が生み出した“科学(錬金術)と文明(発明ともいう)”の発展に自分の魂さえも売り渡すほど、骨の髄まで錬金術師であるがしかし、同時に“文化的”なる概念や発想は1ミリグラム程の存在価値も認めない人間であった筈なのだ。
それが証拠に彼女…シオンはこの三咲町の主とも言うべき旧家である遠野家の地下にそこのメイドである琥珀と共同で個人レベルとしては非常識な規模の研究施設を持っているにも関わらず、自分の生活空間はといえば同じ三咲町の路地裏で友人たちと三人で段ボールハウスに住んでいる有様なのだ。

そんな彼女が一体どんな心境の変化…いや、もしかしたら吸血衝動を抑えきれなくなって乱心を…などと心配する二人に対してシオンは説明を始めた。

「つまり衣食住の“食”についてです。 我々の食生活はあまりにも現代の堕落した食文化の影響を受け過ぎていると思われます」

この三人の食生活……事情を知っている人間が聞けば視線を逸らして溜息をつき、知らない人間が聞けばその悲惨さに思わず涙をこぼすであろうそれは、今更言うまでもなく“文明人の食事”とは言えないものであった…

その一例として、彼女たち路地裏同盟の三人目のメンバーであるリーズバイフェ・ストリンドバリが加わった際に開かれた歓迎パーティーのメニューをここに紹介しよう。
 
 
大根の切れ端、魚の骨(尾頭付き)、フライドチキンの骨(だけ)、コンビニ弁当の残り、1ヶ月前のおにぎり、飲み残しの缶ジュースやお茶、品質保証のない輸血パック……
 
 
当時まだ新顔であったリーズが『これってどーゆー罰ゲーム?』と言ったのは無理もない話であろう。
まあその後、遠野家の計らいでリーズバイフェの弦楽演奏家としての技術を活かす場を与えられ、生活環境はかなり改善はされたのだが…

「しかし、その食の内容は殆んど全てが安物のコンビニ食という有様です! 果してこのような文化的に貧しい食事を毎日繰り返していていいのでしょうか!?」

拳を握り締めて力説するシオンに路地裏同盟一の常識家である弓塚さつきが、おそるおそる反論する。

「あの~シオン? 言いたい事は判るんだけど…今の食事をもっとマシなものにしよう…って言うんだよね? でもどうやったら今よりいい食事が食べられると思う?」

そのさつきの言葉にリーズも頷きながら付け加える。

「さつきの言う通りだよ、シオン。 食生活を豊かにしてくれるのは私としては有難い限りだが、それをやれば君の研究室のレンタル料金がまた滞納…という事になるんじゃないのかい?」

シオンが琥珀と共同で使用している研究室は遠野家の地下にあり、当然のこととして家主である遠野秋葉に部屋のレンタル料を毎月支払わなければならないのだがリーズの参入で収入が安定するまではそれすら滞っていたのが現実であり、従って彼女たちの生活資金は常にギリギリの状態を維持するのがやっとであったのだ。
…まあ、シオンが研究費の一部をカットすれば問題は解決するのだが…そんな事はさつきもリーズも期待はしていなかった。

現実問題として食費が無ければ話にならない…その指摘を受けたシオンは平然と答える。

「問題ありません。 食材の調達に関しては私にアテがありますし、食材の貯蔵に関してもオシリス改に低温庫と冷凍庫を地下に作るよう指示しましたので」

「え~っ、ホントに?」

「いつの間に…流石だなあ…」

「重要なのは食材の種類とメニューの内容です…さつき、リーズ、貴方たちはどんなメニューを望みますか?」

「えっと…それじゃあ私はフルーツサラダが食べたいかなあ…」

「そうだな…私は肉の種類や品質はともかく、たまには大きめのステーキを食べてみたいんだが…」

それぞれに控え目な(?)希望を口にする二人の友人にシオンはにこやかに笑って保障する。

「その程度なら問題ありません、さっそく明日のメニューにそれらの品目を入れましょう」

「え~~っ、ホント、やった~~~!」

「ステーキかあ…久しぶりだなあ…」

シオンの返事に喜色満面の二人だったがリーズがふと、ある事に気付き指摘する。

「…それはそうとシオン、その…料理は誰が作るんだ?」

「あ~そうだね、私もお料理出来ることは出来るけど、ステーキとか作ったことないし…」

困惑する二人に対し、シオンは安心させるかのように言った。

「さつき、リーズ、この私を誰だと思っているのですか?」

「うん?」「ほえ?」

「私はこう見えてもアトラス院の錬金術師なのですよ? 料理くらい出来なくてどうしますか」

「えと…錬金術って料理とかも習うの?」

「…そんな話は聞いた事がないけどな?」

…それはそうだろう、誰も錬金術師と料理人がイコールだなどと考える者などいない。
だがシオンは平然としてこう言ったのだった。

「いいですか二人とも、料理とはレシピに沿って…即ち厳密な設計の下に決められた一定の手順によって作られるものなのです」

「えーと…」「うん、確かに…」

「従って、定められたレシピを正確に実行すれば『料理』という物体が作製できるのです」
 
 
…それは何か違う。
頭の中で同時にそう思ったさつきとリーズであったが、口に出して言ったりはしなかった…言っても多分ムダだからだ。

「それでは私は食材の調達の件で少し出かけてきますから、後はよろしくお願いしますさつき、リーズ」

「わかった」「いってらっしゃい」
 
 
 
シオンが出かけた後、不安そうな表情でさつきがリーズに尋ねる。

「ねえ、リーズさん…食材ってそんなに簡単に手に入るのかな?」

「さあ? だがシオンがああ言っている以上、アテがあるのは確かだろうね。 それより気になるのは…」

「うん…どうして急に食生活の改善なんて思い始めたんだろうね?」

「さあ…どうしてだろう?」

美味い食事が食べられる…そのことに目が眩んで大事なことを聞き忘れたのではないか?
そんな不安に駆られるさつきとリーズであった。
 
 
 
 
そしてその翌日…

「え…と、シオン?」

「何ですかさつき?」

「これが…食材なの?」

「はい、もちろんです」

「その…だな、シオン…これはそもそも“食べられる”モノなのか?」

「当然です。 この私が食べられもしない物を『食材』として調達するとでも思うのですか?」

「いや…その…ははは…」

シオンが調達して来た『食材』を目の当りにしたさつきとリーズは思わず目まいを起こしそうになっていた。

「これは…どう見ても…」

「うん、間違いなくこれは…」

「「サボテンだよね…」」

異口同音にそう呟く二人にシオンは笑顔で頷いた。

「よくわかりましたね二人とも、そうですこれが我々の食生活を改善する『究極のサボテン』です」

「あ…あはは…」

「は…ははは…またこんなオチか…」

そう彼女たちの目の前に置かれた大量の『食材』とは、全身に棘を生やした砂漠の植物…『サボテン』であった。
 
 
「うう~~~せっかく美味しい料理が食べられるかもって思ってたのに~~~」

「味の方は…諦めるしかないか…」

サボテンは確かに食材として使用できる種類の物もあるが、その味はというと…サラダはともかく、ステーキにした場合ははっきり言って美味くはないのであった。
それがこんなに大量にあったところであまり嬉しくないのは当然だろう。

色々不安はあったにせよあまりに予想を超える悲惨な現実に落ち込む二人であったが、シオンは違っていた。

「さつき、リーズ、心配はいりませんよ? 言った筈ですよこれは『究極のサボテン』です、と」

「え?」「究極…って?」

思わず問い返す二人の友人にシオンはお約束の説明を開始する。

「このサボテンは私とドクター(琥珀)の研究の結果生まれた『究極の食用サボテン』なのです。 その種類は大きく分けて野菜タイプと果物タイプ、そして食肉タイプの3種類です」

「へえ~そうなんだ~~~」

「サボテンも植物だから、野菜や果物のタイプというのはまだ解るが…食肉タイプというのはどんな物なんだ?」

「それは食べた時のお楽しみです。 …さて、それではさっそく料理に取り掛かりましょうか」

「そうだね、じゃあ私も手伝うよシオン」

「うん、私は何をすればいいのかな?」

「ではリーズはそのサボテンのトゲを抜いて下さい、それとさつきは私のお手伝いを」

「わかった、やろう」「うん、がんばろうね」

こうしてサボテン料理に取り掛かった三人だったが、その結果は…
 
 
 
「美味い…美味いぞ~~~~っ!!!」

「美味しい~~~っ!!」

「当然です、計算通りの美味さですね」

琥珀謹製のレシピに従って、料理というより化学実験のような慎重さと精密さを極めた作業の結果出来た料理を口にした三人は、その美味さに大満足の歓声を上げていた。

野菜サラダにしたサボテンはシャキシャキとした歯応えと水気たっぷりの野菜そのものだし、ステーキにしたサボテンはその繊維質の食感と肉汁のほとばしる味わいは、淡白ではあったが間違いなく肉の味がしていた。
そしてデザートのサボテンの味はまるでパイナップルのような味のするフルーツサラダそのものであった。

「おいしいね~~リーズさん」

「ああ…こんな美味い料理は以前に遠野家で夕食を御馳走になって以来だな」

「そうですね…このサボテンの処分計画は成功といっていいでしょう…」

「え?なに?サボテンの…なに計画?」

「な!なんでもありません! それよりさつき、明日は何が食べたいですか?」

ぼそっと呟いたシオンの言葉をさつきが聞き返すと、彼女は大慌てで話題を逸らした。

「あ、え~~っと…明日は炒め物かなあ?」

「それもいいな、それじゃあシチューのような物はその後にした方がいいだろう」

「ほっ…わかりました、今夜にでも琥珀にレシピを貰ってきます」

「わあ~~い、たのしみだなあ~~~」

「ああ…まったくだ」

無邪気に喜ぶ二人の笑顔に何故かシオンは申し訳なさそうな顔をしていた。
 
 
 
 
 
 
「琥珀、あの忌々しいサボテンの処分は大丈夫なの?」

遠野家の当主、遠野秋葉が自分の使用人に危険物の処理が済んだかを聞いていた。

「はい~~秋葉様、あの子たちは全部シオンさんに引き取ってもらいました~~」

「そう…シオンには少し気の毒だけど、でもこれであの子もあなたの口車に乗ったらどうなるかをしっかり学習したでしょうね」

「ええ~~~、それってわたくしが悪いってことですか~~~? 秋葉様ひどいです~~~」

「あ・な・た・は・ま・だ・わ・かっ・て・な・い・よ・う・ね・!」

「いた・いたたたた………ギニャ~~~~~ッ!!!」

万力のような力でウメボシを極められた琥珀の悲鳴が遠野家に響き渡っているが…その理由は数日前に遡る。

研究室や植物園で自分たちの趣味の研究にいそしんでいた琥珀とシオンは、偶然に新種のサボテンが生まれた事を知り、それを増殖して実験材料にしようとしていた。
その研究の過程でこのサボテンが食用として優れた特性を持つことと、一定以上の温度ではまるで動物のように動き回ることが出来るという驚異的な特性を持つことも判明した。

そしてその行動力を把握するために琥珀の提案で遠野邸の中で放し飼いにしたところ…

「よりにもよって屋敷の中を駆けずり回り、私や兄さんのベッドの中に逃げ込んで暖を取ろうとするなんて…まったく身の程を知らないのは育て主の貴女に似たのかしらね琥珀?」

「いだだだだ…あきはさま~~~~おゆるしを~~~~~」

「…口が利けるようではまだまだ足りないようね」

無慈悲な遠野家の当主の両手がお茶目で無責任な使用人の米神をさらにきつく締め上げる。

「ひいいいい~~~~~っ!!」

…遠野邸に今日もまた化学のサーヴァントこと琥珀さんの悲鳴が響くのであった。
 
 
 
 
 
とどのつまりシオンが用意した食材とはこの秋葉の機嫌を損ねた結果、処分を言い渡され琥珀に押し付けられたサボテンたちであったのだが、それが路地裏同盟の三人にとって幸運だったのか不運だったのか…
事情を知らないさつきとリーズは明日のメニューに心を躍らせ、シオンは恥ずかしくて事情を言えない心苦しさを埋め合わせるためか、秋葉に絞り尽くされた琥珀をエーテライトで尋問して新たなメニューを入手するのだった。

災い転じて福と為す…この言葉が妥当かどうかは判らないが、路地裏の美食の宴は当分の間続きそうであった。
 
 
 
その1終り




[27020] その2「未来視の少女と正義の味方(前)」
Name: 鈴木ダイキチ◆a80a0449 ID:b4f3b2d5
Date: 2011/05/05 20:25
その2「未来視の少女と正義の味方(前)」


「あの…すいません」

「え? もしかしてオレ?」

その日、冬木の街中で衛宮士郎はふいに声をかけられ振り向くと、相手は彼が知らない同世代の少女であった。

「はい、あの…貴方はこの街の人ですか?」

「うん、そうだけど…あ、もしかして君は余所から来た人なのかな?」

「はい、私はこの冬木市に家のお使いで来ていたんですけど…」

「そうか…あ、それじゃひょっとして道がわからないとか…」

「あ!いえ、違います! もう用事は終わったんですけど…その」

「うん、何? どうしたの?」

何故か口ごもる少女に、士郎は親切に声をかける。
事情はわからないがこの子は真剣な目をしている…そう感じた士郎は彼女が言い出すのを辛抱強く待つのだった。
 
 
 
 
 
「あのビルが…崩壊する?」

「はい、そして…貴方がそれに巻き込まれます」

喫茶店のブラインドの向こうに見える新築のビル『シュライン・冬木』を見ながらその少女『瀬尾静音』は士郎にそう告げた。

「瀬尾さん…だったっけ、君はどうしてそれがわかるんだ?」

自分の突拍子もない言葉を笑う様子もなく、むしろ真剣な表情で聞いてくる士郎の様子に静音は逆に聞き返した。

「あの…私の話を信じてくれるんですか?」

今まで殆んど唯一の例外を除けば自分の“未来視”を信じてくれる人などいなかったのに…
そんな静音の心の声が聞こえた訳ではないだろうが、士郎は静かな笑顔で彼女に言った。

「うん、君は嘘をついてるようには見えないし、それにオレも色々と人に信じて貰えないような体験をしてるしね」

「そうなんですか…あ、それでどうして私が未来がわかるかというと…」

そして静音は話し始めた。 自分の持つ“未来視”の能力とそれによって“視た”士郎の未来について…
 
 
 
 
 
「…そうか、それでオレに声をかけてくれたのか」

静音の話を聞き終えた士郎は納得した様子でそう言った。

「はい、ですからあのビルには近付かない方がいいです…」

「うん、ありがとう瀬尾さん」

「い、いえ…でもよかった、私の話を信じてくれる人で」

「ああ確かにね、普通の人間はあまりそんなこと信じないだろうし…でも瀬尾さん、今まで君の話を信じてくれた人って誰もいなかったのかな?」

「あ、いえ実は以前に一人だけいたんです。 それでその人のおかげで私は自分の“未来視”をあまり嫌いにならずに済んだんです…(失恋と引き換えだったけど)」

「そうか…よかったな」

そう言ってにこっと笑った士郎の顔に一瞬どきっとした静音であった。

「あ、あの、それじゃ私はこれで失礼します。 衛宮くん、でしたよねどうかくれぐれも気をつけて下さいね」

「うん、それじゃ」
 
 
 
静音を見送った後、衛宮士郎は彼女と出会った場所に戻っていた。

「放っておく訳にはいかないよな…」

そう言って『シュライン・冬木』を見上げた士郎は、その瞳に決意の光を灯していた。
 
 
 
 
 
 
「…ということがあったそうです」

数日後、冬木市で視た未来の映像について知り合いである瀬尾静音から聞いた黒桐幹也は自分の勤め先の事務所で雇い主の蒼崎橙子にその話をしていた。

「ほお~う、あのビルが倒壊ねえ? そりゃあ一大事だな」

ふざけているようで目が笑っていない所長の様子が幹也は気になって質問した。

「あの、橙子さん? あのビルってもしかして橙子さんが…」

「ああそうだ、私が設計を担当した」

蒼崎橙子は本来芸術家…人形師であるが、その他にも建築士(設計・デザイン担当が主)としての肩書も持っている。
もっとも彼女のデザインする建築物には時々不可解な怪奇現象が付いて(憑いて?)いるために、ごく一部の業界関係者からは“蒼崎物件”などと呼ばれてもいた。

「あのビルはかなり良い報酬で引き受けたものだからな、それなりに頑丈な造りにした筈だが…」

「けどあの子の“未来視”は本物ですしね…」

「ふむ…黒桐、少し調べてみてくれ。 もし本当にそんな事になったら事務所は大赤字でお前の給料を出せなくなるかも知れんからな」

「…2か月前から貰っていませんけど」

「うむ、さらに深刻な事態になる事は何としても回避しなければならんからな」

「はいはい…」

傍若無人な所長命令を受けて、黒桐幹也は調査に取り掛かるのだった。
 
 
 
 
その頃…

「…アンタわ~~~~~!!」

「ま、待て!遠坂!話を聞いてくれ!!」

「…シロウ、話を聞くのはあなたです!」

「セ、セイバー…お前まで」

「せ~ん~ぱ~い~……」

「桜!落ち着け!黒くなるのだけはやめてくれ~~~!!」

衛宮士郎は周囲の女性陣に締め上げられていた。
彼がそうなったのにはある意味自業自得だったのだが…

事の起りは穂群の黒豹こと蒔寺楓が駅前に出来た新築のショッピングビルの前で何やら不審な行動を取る衛宮士郎を見かけ、それを仲良し二人と同族嫌悪の対象である美綴綾子に語ったのが発端であった。
例によってたちまち彼女たち4人の脳内で妄想的に変換された事象は、衛宮士郎が分不相応にハーレム状態な現状とブラウニーとしての存在価値しかない(?)自分の将来に苦悩した挙げ句、テロ行為に走ろうとしている…という意味不明な結論に達したのである。

さらにそれを物陰で聞いていたバイト帰りのライダーが、衛宮邸に戻った後で一部始終を桜に報告したのがきっかけで武家屋敷が崩壊するのではないかと思われる程の大騒動の後、半死半生の士郎がようやく白状した結果が現在の状況であった。

「…大体な遠坂、あの蒔寺の戯言を本気にしたのはお前たちだろうが」

「うっ、うるさいわね!元はと言えばアンタが私たちに黙ってバカやってたのがいけないんでしょうが!」

「凛の言う通りですシロウ! 何故最初に言ってくれなかったのですか!」

「クスクス…センパイはそんなにわたしたちの事が信用できないんですね…」

三者三様の恐ろしいオーラを発しながら迫りくるその恐怖に衛宮士郎は殆んど涙目であった。
何故こんな可憐な美少女たち三人に迫られているのに死ぬほどの恐怖とプレッシャーを感じなければならないのか…それは衛宮士郎が正義の味方(つまり唯のバカと凛は言う)であるからだ。
 
 
 
「…つまりこういうことね、このあいだ冬木の駅前で未来視の能力を持った女の子に自分が新築されたばかりのビルの崩壊に巻き込まれると告げられたあんたは、よりにもよってそのビルに通い詰めてその崩壊の原因を探り出来るなら阻止しようとしていたと…衛宮君、アンタやっぱりバカでしょ!!!

仁王立ちになってそう言い切った遠坂凛に対してなにか反論しようとした士郎だったが、その前にセイバーの説教が来た。

「シロウ!あなたはこの私を何だと思っているのです!! そのような危険な場所に行く以上、この私を連れていかなくてどうするのですか!?」

いやだからお前を必要とするような事態を招かないためにそこへ行ってたんだって…などとは口に出しては言えない士郎の背後から桜の声が忍び寄る。

「先輩…やっぱり力づくで閉じ込めておかないと危ない事をするのを止めないんですね…そうなんですね?」

いや桜、お願いだからそれだけはやめてくれ…そう言いたいのに何故か言った瞬間に全てが終わるような気がして士郎は何も言えなかった。
元々自分がこの三人に勝つ方法などあり得なかったのだ…そう心の中で呟いて、理不尽な説教に耐える衛宮士郎であった。
 
 
「…それで、その倒壊の原因とかは掴めたの?」

散々士郎を嬲り物に(本人達は説教だと主張している)した後、ようやく気持ちを落ち着けた凛たちは士郎から問題のビル『シュライン・冬木』の調査結果を聞いていた。

「ああ、それなんだけどな…どうも意図的な欠陥建築らしいんだよあのビルは」

「ふうん?」「意図的…ですか?」「え…それって…」

意外な言葉に驚く三人(凛だけは別?)に士郎は、自分がそのビルに通い詰めて行った調査結果を語り始めた。

「あのビルがどうして崩壊するのか、もしかしたら欠陥構造とかがあるのかもって思ったんだ。  それでビルに通って構造解析をやってたんだけど…」

そう、士郎が『シュライン・冬木』の中で不審な行動を取っていた理由はビルの構造に欠陥があるかどうかをトレースして確認していたためだったのだ。
…傍目に見れば確かに怪しさ大爆発だったに違いない。

「で? 設計ミスとか見つかったの衛宮君?」

「いや設計上の問題とかはなかったけど、その替わり建築の際にとんでもない悪戯を仕込んであるみたいだなあのビルには」

「悪戯…とは?」

「あのビルの柱の幾つかのポイントに故意に脆い部分を作ってあるんだ。 普通は大丈夫だろうけどもしも地震とかがあったらとんでもない大惨事になるかもな」

「そんな…誰がそんな事を…」

「判らないけど…このままじゃ不味いだろうなあのビル」

「…ねえ、衛宮君」

「ん? 何だ遠坂?」

「そのビルの構造と悪戯の場所、図面に描ける?」

「出来るけど…どうしてさ?」

「いいからやんなさい! 晩御飯は私と桜で作るからその間にね」

突然の命令だったが、遠坂凛の理不尽な命令にはいつも理由があることを知っていた士郎は不平の言葉を口にしながら作業に取り掛かるのだった。
 
 
 
 
「これを見て何かわかるのか、遠坂?」

夕食の後、自分が書いたビルの構造とその弱点を記した図面を見せた士郎は、凛に向かってそう尋ねた。

「…そうね、これって魔術師が絡んでる可能性が大ね」

「本当か!?」

「ええ、多分間違いないでしょうね」

「何故判るのですか、凛?」

二人の質問に凛は、士郎の作成した図面の上に線を描きながら説明する。

「衛宮君が見つけた構造上の弱点は、ここと…ここと…ここ…そして次に…ここも…全部でひいふうみい………なな…八か所ね。 これをこうして線で繋ぐと…ほら、こうして立体的な俯瞰視点でビルの構造を見れば判るでしょ?」

「え~と、遠坂? これってまるで螺旋みたいに見えるんだけど…」

「確かに捻じれた螺旋状の線ですね…凛、これに何か意味があるのですか?」

「そうね、あまり知られていない殆んどマイナーと言ってもいい種類の術だけど…こういった建物の中に立体的な魔方陣を仕込んで様々な魔術を行う例があるのよ…でもこれは多分魔術を行う為じゃなくて、魔術によってこのビルを崩壊させるのが目的だと思うわね」

「そんな…一体なんのためにそんなこと…それにその未来視の子が言ってたって言う衛宮先輩が巻き込まれるって…」

「桜、心配するなって。 オレはこの通りピンピンしてるだろ?」

「え~み~や~く~ん? アンタまだ解ってないみたいねえ~~~~!!」

「な…何がだよ遠坂?」

自分を心配する桜を宥めようとしたのはいいが、その言い草が凛の怒りに油を注いだことに理解できず、あたふたとしてしまう士郎であった。

そんな士郎の様子を“これはダメだ”という顔で見ていた凛は溜息一つついた後、説明を開始する。

「いい衛宮君、そもそもその瀬尾っていう女の子の未来視だけど『観測』じゃなくて『予測』だって言ってたわよね?」

「ああ、確かそう言ってたな…けどそれがどうしたんだ?」

「予測の未来視っていうのはね、本来魔力でもなければ超能力でもないの。 人間の脳が持っている演算能力が奇形的に発達した謂わば『超推理』とでもいうべきものね」

「超推理? つまり…凄い名探偵みたいなものなのか?」

「ええそうね、ただ普通名探偵と呼ばれる人が推理するのはすでに起こってしまった事件の真相を状況や証拠品から推理するんだけど、この予測の未来視というのは自分の周囲の人間や状況を観察し無意識の内に推理力を働かせることで未来に起きる出来事を予想してしまうものなのよ」

「それは凄いですね、例えるなら士郎が買ってきた買い物の中身を見るだけで今夜の晩御飯の中身を言い当てるようなものですか?」

「…まあ、そんなものかしらね」(セイバーの食いっぷりは予想するまでもないけどね…)

食いしん王セイバーのややピントがズレた例え話に曖昧に頷きながら遠坂凛は再び説明を開始した。

「だからその瀬尾って子がアンタがビルの崩壊に巻き込まれるのを予知したのなら、丁度その時アンタとそのビル、そしてビル崩壊の原因の3つを全て見てる筈なのよ」

「崩壊の原因って…だってあれは俺みたいに解析する手段を持たなきゃ見えないだろ?」

「原因といってもこの場合はビルの中身じゃなくて犯人のことよ。 多分衛宮君とその子がいたあのビルの前かその周辺にビルに仕掛けを施した犯人もいた筈なの」

「あの…どうして判るんですか遠坂先輩?」

「だって予知じゃなくて予測…つまり“推理”だもの。  現場に被害者の少年A(つまりこのバカ士郎)と犯人の両方がいて、それを基に無意識の超推理を働かせたからその結論が出た筈なの」
 
 
予測の未来視はその能力者が予測の材料となる情報を認識することで初めて有効に機能するものだ。
そしてビルの異常を測り得ない以上その場に犯人がいて、その様子を無意識に観察することで未来の惨劇を予測した筈…

さらに言えば士郎がそこに巻き込まれるという未来も彼女の無意識の観察眼が危険を教えれば逆にそこへ飛び込んで行く事を見通した結果得た推論であり、矛盾するようだが瀬尾静音が衛宮士郎に危険を知らせることで衛宮士郎があのビルに入り浸り、その挙げ句にビルの崩壊に巻き込まれるという予測を頭の中で算出してそれを士郎に告げた結果が現在の状況なのだろう……
それが遠坂凛の解説であり、彼女が怒っている理由は結局のところ士郎が踏み込まなくてもよかったはずの危険に自分から首を突っ込んだことにあったのである。

推論とその結果の行動の順番が逆に思えるが、未来予知とはそういうものなのだ。
 
 
「ちょっと待て遠坂、それじゃあの時あそこに犯人がいたっていうのか?」

「だから~さっきからそう言ってるでしょ? いい加減その出来の悪い頭をなんとかしなさい!」

「うぐっ……」

「凛、それは言い過ぎです。 シロウは決して頭が悪い訳ではありません、ニブイだけです」

「ぐはあっ……」

「遠坂先輩もセイバーさんも酷いです! バカでニブいのが衛宮先輩のいいところなのに……先輩?どうしたんですか?」

「……いいんだ…どうせ…おれなんて…うううっ(泣)」

「…桜、アンタのがトドメだったわね」

「そのようですね…」

愛すべき同居人たちに言われた台詞に打ちのめされた士郎は、ただその場に蹲って涙を堪えるしかなかった…
 
 
 
 
「…で? 一体これからどうする気なの?」

士郎が海底から浮上するのを待って凛が質問したが、士郎の答えは決まっていた。

「とにかくあの脆い部分を何とかしなきゃ、夜間にでも俺があのビルに忍び込んで強化魔術で応急処置を施すのが……おい、どうして三人ともそんな怖い顔をしてるんだよ?」

「決まってるでしょ衛宮君…アンタが救いようのない大バカだからよ!!!!」

解っていた事ではあるが自分の危険を全く考慮しない士郎の発言にとうとう凛の堪忍袋の緒が切れて、大声で怒鳴りつけながら魔術刻印を光らせた。

「ちょ…待てっ! 遠坂! 落ち着け!落ち着いてくれ!!」

慌てて凛を宥めようとする士郎であったが、彼女の怒りはそう簡単には収まらず約20分の時間を無意味な問答に費やすことになるのであった。
 
 
 
 
「はあ…それじゃいいわね、まず私が色々調べてみるからそれまであのビルには近寄っちゃダメよ?」

茶の間を揺るがす大口論(と言っても一方的に士郎がお説教を受けただけだが)の後、今後の方針について凛が士郎たちに言い聞かせていた。

「けど遠坂、そんなに時間をかけて大丈夫か? お前の話が本当ならあのビルは埋め込まれた魔方陣を使用するだけで崩壊するんだろ?」

「確かにそれは一大事ですね…万一に備えて私が護衛としてシロウと共にあのビルに入って、強化を行ってみるという手もあると思いますが?」

「その必要はないわ、何故ってあの魔方陣を起動させるには月齢が関係してるから次の満月までは大丈夫よ」

魔術は自然や星の運行する力を利用する事が常だが、この術は月の運行に大きく関わっているのがその理由だと凛は説明した。

「次の満月って…5日後じゃないか」

「そう、だからそれまでに調べられるだけの事を調べてそれでも他に方法が無ければ衛宮君に建物の強化をやってもらって、私があのビルの何処かにある筈の起爆点となる魔方陣を見つけ出してそれを消してしまうから…いいわね」

「…わかった、じゃあその時はセイバーにも手伝ってもらうか」

「わかりましたシロウ、凛、ではその際には私が二人を護ります」

「そうね、頼んだわよセイバー」

「はい、任せてください」

「先輩もセイバーさんも気をつけてくださいね」

「ああ、大丈夫だ桜。 ただなあ…解らないことがあるんだよな」

「あら、なあに衛宮君?」

「なんでその犯人はそんな回りくどいやり方でビルを破壊とかしようとしてるんだ? 爆弾とかを使わずに。 それにそもそもどうしてあのビルを爆破しなきゃならないんだ?」

「さあね? 頭のイカレた魔術師のすることだとしてもビルの破壊自体に何の意味があるのかは全く解らないわね…多分その犯人にしか意味のない行為なのかもね」

「犯人にしか意味のない行為…か」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
…もうすぐだ。

もうすぐ術式が完成する。

そうすればこのビルはまるで積木細工のように崩壊するだろう。

ざまあみろ…

この私をコケにした報いがもうすぐお前に降りかかるのだ。

もうすぐ…

満月の夜に……
 
 
 
 
 
 
 
「お前にしては時間がかかったな黒桐?」

三日後、調査から帰った幹也に向かって無責任な上司が無責任な台詞を吐いた。

「ええ…どうもしっくりと来なくて」

「ふうん?」

「多分この人が疑わしいんじゃないかと思うんですけど…でももう死んでる筈なんですよ」

「ほ~お、まあ死人が化けて出たり祟ったりすることが別に珍しい訳ではないが…ふん、成程こいつか」

幹也の差し出した報告書に目を通した橙子は口元を歪めて吐き捨てる。

「やっぱり知ってるんですか?」

「ああ、ちょっとした因縁があってな…まだ蠢き廻っていたか

「?」

「…だが待てよ? たしかその未来視の子がビルの前で未来を視たのは昼間だった筈だな?」

「ええ、そうですけど…それが何か?」

「おかしいな、だとすると……黒桐、他に疑わしい人間はいなかったのか?」

「そうですね、疑わしいかどうかはともかく気になる人が一人いました」

「そいつのことも調べたんだな?」

「はい、一応」

そう言って幹也が取り出したもう一枚の報告書に目を通した蒼崎橙子は、その口元にアルカイックな微笑みを浮かべながら自分の思考の中に沈んでいった。

まるで魔女が獲物の品定めをするかのように…

 
 
 
後篇に続く




[27020] その3「未来視の少女と正義の味方(後)」
Name: 鈴木ダイキチ◆a80a0449 ID:b4f3b2d5
Date: 2011/05/05 21:58


その3「未来視の少女と正義の味方(後)」

黒桐幹也は冬木市を訪れていた。
彼の目的は知人の予知した未来に関する調査、そして出来るならばその防止である。
上司の蒼崎橙子からは“調査だけで深入りはするな”と言われていたが…

「それにしても……これはどういう事なのかな?」

幹也は自分の調べた結果出て来た内容の矛盾に悩んでいた。
この冬木の駅前に新築されたビル『シュライン・冬木』に関する調査でビルの倒壊を望むような人間というのは一人しかいなかった。

そしてその男は2年程前に火事で死亡している筈である。

もっとも彼にその調査を命じた橙子は別段驚いた様子もなく、“まだ死んでいなかった…いや、滅びていなかっただけだろう”と言うだけでそれ以上の説明はしてくれなかった。
そして彼女は幹也が見つけたもう一人の人物について追加の調査を命じたのだった。

「とりあえず“彼”の家を訪ねてみようかな…」

そう呟いて幹也は目的の家へと向かった。
 
 
 
 
 
「どうやらこれは士郎とセイバーに一肌脱いでもらうしかないようね」

衛宮邸の茶の間に集まった面子に向かって遠坂凛はそう言った。
あれから4日、凛の意見に従ってビルの破壊を目論む何者かについて調べてきた士郎たちだったが結局のところ詳しい事はわからず、これ以上時間を無駄に出来ないと考えた彼らは最後の手段を取る事にしていた。

「それじゃあ今夜にでもあのビルで作業を行うわよ、いいわね?」

「承知しました、凛」

「ああ、任せておけ遠坂」

「それとライダー、あんたはビルの周辺を警戒して頂戴。 もしこれを仕掛けてる魔術師が現れたら取り押さえたいしね」

「わかりました凛、確かにそれは私の仕事ですね」
 
 
「あの、衛宮先輩…お客様みたいなんですけど」

それぞれの役割分担を確認して話を終えようとした時、桜が来客を知らせに来た。
 
 
「初めまして、黒桐と言います。 君が衛宮君ですか?」

「はい、そうですけど…あの、どうしてオレを?」

いきなり自分を訪ねて来た見知らぬ男に訝しげな顔で訊ねた士郎だったが、相手の話を聞いて納得したのだった。
 
 
 
「そうですか、あの子の知り合いだったんですか…」

「うん、僕も静音ちゃんの話を聞いて心配でね。 それにあのビルはウチの事務所の所長が設計したものだから上司の命令という事もあって色々と調べたんだ」

「あのビルの設計を? お宅の所長さんて…」

「うん、蒼崎橙子っていうんだけどね」

「何ですってえ~~~~!!!!!」
 
 
その名前を聞いたとたんに大声で叫んだ凛だった。

「と…遠坂? 一体どうしたんだ?」

「あの…遠坂先輩?」

「凛、大声で叫ぶのははしたないですよ」

「セイバーの言う通りです凛、少しは落ち着いて下さい」

「あ…あはは…もしかして君たちもウチの所長の同類なのかな?」

そう言った幹也に凛は凄まじい視線を向ける。

「…それがどういう意味か分かって言ってるのよね?」

「うん、一応は」

「…………ダメだこりゃ、完全に士郎の同類だわ」

「おい遠坂、それはどういう意味だよ?」

「そのまんまの意味よ」

のほほんとした幹也の反応にがっくりと肩を落として呟いた凛の言葉に士郎が文句を言うが、凛の反応はにべもなく、他の三人も同様であった。

「成程…確かにそのように見えますね」

「この異常なまでの鈍感さは確かにシロウと同じ種類の人間でしょう」

「…そうみたいですね」

「お前らなあ……」

残念ながら士郎の抗議を受け付ける者はその場にはいなかった。
 
 
 
「あのそれで…オレに聞きたい事ってなんですか?」

ひとしきり女性陣に嬲られた後、改めて士郎は幹也に来訪の目的を聞いた。

「うん、それなんだけどね…ちょっとこの写真を見てくれないかな?」

そう言って幹也は懐から一枚の写真を取り出した。

「この人がどうかしましたか?」

「見たことないかな? あのビルの近くでこの人を」

「え?」

「静音ちゃんの話から推測すると君とあの子が出会ったあの場所にこの人がいた可能性が高いと思うんだけど…」

「ちょっと待ってください! …それじゃまさかこの写真の人がビルを壊そうとしていると?」

「ああ、やっぱり君たちも気付いていたんだね。 いや、それがちょっと複雑でね…疑わしい人は他にいるんだけど、所長が言うにはその人昼間は外に出られないらしいんだ」

「昼間は?」

「うん、しかも僕が調べた限りではその人は3年以上前に死んでいる筈なんだよ」

「ふ~ん、死んでいる筈で昼間は外に出られない……か」

「遠坂? 何か心当たりでもあるのか?」

どこか納得したような凛の声に士郎が尋ねる。

「まあね…もっともあの人形師が関わってるとなると半端なモノじゃないかな…」

「おい遠坂、わかるように言ってくれ」

「あ~そうね…説明するのは面倒なんだけどな」

「凛…それでは話になりません」

呆れたようなセイバーの言葉にしょうがないと言ってメガネをかけて説明モードに入ろうとした凛だったが…

「え~と、黒桐さんでしたっけ? 私の顔に何か付いてます?」

自分の顔をじっと見ている黒桐に気付いて問い質す。

「あ…いや、何というか…ウチの所長に雰囲気が似ているなって思って…」

びきっ

その瞬間、士郎は何かがひび割れる音が聞こえたような気がした。

「イマ、ナンテオッシャッタノカシラ?」

その凛の声にその場の全員が言葉を失った。
何故ならば凛の背中から何かのオーラが立ち上っていたからである。
だが残念なことに幹也にはそれが読めなかった。

「え~と、だからウチの所長の蒼崎橙子さんに君が似てるって…」
 
 
「ふざけんじゃないわよ! 何で私があんな封印指定のアブナイ女と似てなきゃいけないのよ!! アンタやっぱり士郎の同類でしょ! 一体どこ見てそんなこと言ってんのよ!?」
 
 
突然凄まじい大音量で喚き始めた遠坂凛を宥めるために、その場の一同が結束して事態に対処した事はいうまでもなかった…
 
 
 
 
 
 
もう少し…あと少しだ。
月が満ちればあの結界が発動し、そして…あのビルが崩壊する。

その男は夜の闇の中でその時をひたすら待ち続けていた。
かつて自分が人間の魔術師であった時の仇敵…自分の事を路傍の石程にも気に留めなかった女への復讐のために。
 
 
…そうだ、そのためにこのビルを破壊する…このビルがバラバラになって崩壊させるための術式をビルの建築時に仕込んだのだ。
既に術式を起動する魔方陣もビルの屋上に仕掛けてある。
後は時が来るのを…

「見つけたぞ」

その声に男が振り向くと、そこには刀を持った和服の女が立っていた。

「邪魔をする気か…あの女の手先か?」

「いいや…ただの知り合いだ」

「同じことだな……ならば!」

敵とみなしてその女に襲いかかった男は、次の瞬間自分が殺され、いや滅ぼされる事を知覚した。

そしてそのまま男…元魔術師で死徒の意識と存在はこの世から消失したのだった。

男の存在が塵となって消失した後、和服の女…両儀式はぼそりと悪態をついた。

「まったく…橙子といい幹也といい、せっぱつまるまで黙ってるからおれがやっつけ仕事をする羽目になるんだろうが」

…彼女の愚痴を静かに輝く月だけが聞いていた。
 
 
 
 
 
 
2日後、衛宮邸に集まった関係者一同(一般人の静音を除く)に橙子の代理人である幹也が説明をしていた。

「なんというか…信じられないほど俗物的というか、ありきたりな動機だったみたいです」

「その…本当にその男って魔術師で死徒だったの?」

遠坂凛があきれ果てたように幹也に確認する。
だが彼女がそう言ったのも無理はなかった…男の動機があまりにも人間的だったからだ。

「ビルの設計士の選定で負けた怨み…ねえ? 魔術師の発想かそれ?」

他の魔術師が聞いたら“お前が言えた義理か!?”と突っ込まれるであろう衛宮士郎の言葉だったが、幹也は苦笑して頷いた。

「橙子さんの話だとその人は魔術師としても建築士としても二流どまりで、しかも事あるごとに彼女と比べられる事が多くてひどくコンプレックスを感じていたらしいということでした」

「それで自分からわざと死徒になり、死んだふりをして復讐の機会を狙っていた訳ね…でも死徒になっても彼女にはかなわないと知り、せめてその顔に泥を塗るために自分が選定で負けたビルを破壊することで憂さ晴らしを図ったと……情けなくて呆れるわね」

凛がそう言うと周りの全員も何とも言えない顔で頷くのであった。

その結果、幹也の傍で無言のまま茶を啜っている和服の女性『両儀式』に成敗されてしまったらしい(詳しい事は誤魔化された)が、それよりも気になる事があった士郎は幹也に尋ねた。

「それで…もう一人の女性はこれからどうなるんですか?」

「うん、その事だけどね…」
 
 
士郎が言ったもう一人の女性……彼女の存在がそもそもこの一件を彼らに知らせる原因となったのである。
2日前、式が魔術師だった死徒を屠っていた頃、士郎たちは件のビルに潜入して起動前の魔方陣を発見してこれを凛が破壊した。
そしてビルから抜け出した後、付近に潜んでいたライダーによって捕獲された不審な女性と対面したのであった。

「元の地主の娘…ですか」

「そうみたいだね…どうも彼女、理由は不明だけどあの土地を取り返したかったらしいね。 だからその魔術師の言葉にのせられて色々と手伝った…と思っていたんだけどね」

意識を取り戻した彼女を上手く尋問した幹也の説明によれば、その女性は自分から積極的にその男に接触してビルの破壊を勧めたのだという。
そしてもしもそれが上手くいかない時はあのビルに爆発物を仕掛けて崩壊させるつもりだったらしい。

「そんな素人にのせられるなんて…二流どころか三流以下じゃない」

凛がそう言うと何故かライダーが異論を唱えた。

「凛、それは違います。 あの女性はただの素人ではありませんよ」

「…どういう事? ライダー?」

「あの女性を取り押さえる直前、私は彼女と少しだけ話をしました。 その時聞いた彼女の声には相手を従えさせようとする“力”が感じられたのです」

「魔力…いえ、何らかの“能力者”ってことかしら?」

「はい、おそらくは…ですがその人が尋問していた時はもう諦めたのか“力”を感じる事はありませんでしたが」

「そりゃそうでしょうよ、あんたとそこの彼女が傍についていたら多少の能力があった所で無意味だもの…それがわかったんでしょ、きっと」

そう言って凛は式の方に視線を送るが彼女は相変わらず“我関せず”を続けていた。

「まあ、彼女に関しては橙子さんにお願いして、行く末が間違ったものにならないようにしてもらう事にしたから…」

幹也のその説明に凛は何とも言えない表情になった。

「あの人形師が他人の行く末を間違わないように…って、大丈夫なのそれ?」

「あはは…君たちの世界では確かに悪名を轟かせているみたいだからそう思うのは無理ないかもしれないけどね、あの人がやると言った以上は大丈夫だと思うよ。 まあ、心配する気持ちも解らないでもないけど彼女は案外いい人なんだ…君と同じでね」

…幹也のその言葉に、凛は顔を赤くしたり蒼くしたりして暫くの間周囲を引かせることになった。
 
 
「…けど、それにしても仮にも死徒で魔術師の男がそんな人間の能力者にのせられるなんて、やっぱり三流ねそいつ」

照れ隠しのためか、改めてその犯人の死徒をこき下ろす凛に初めて式が関心を示すような表情をした。

「ふうん…似てるな幹也」

「うん、そう思うだろ? 式も」

「…ナンノコトカシラ?」

先日と先程の黒桐発言を思いだした凛が怖い顔でそう言ったのだが…

「何って…アンタがこいつの妹に似てるって話なんだが?」

「え?式?」「…妹さん?」

「ああ、鮮花っていうんだが…照れ屋でそれを隠すのが下手で、しかも惚れた相手を毎日こき下ろしていないと情緒不安定になるという困った女でな」

「なっ!!」

「式、鮮花にいつ好きな人が出来たのさ?」

「…なあセイバー、遠坂がこき下ろしてるのは恋人とかじゃなくてオレだよな?」

「シロウ…貴方はトウフの角に頭をぶつけるべきです」

「あの~両儀さん…その妹さんが好きな人って…もしかして…」

「見ればわかるだろう…そう言うことだ」

「成程…確かにこの二人は似たもの同士のようですね。 そのアザカという少女がどんな人かなんとなくわかるような気がします」

「はあ、なんでさ?」「え~と、あはははは…」

互いに意志の疎通が出来ているようないないようなカオスな空間に、やがて臨界点に達した遠坂凛の罵声が響くのであった。
 
 
 
 
 
 
それからまた数日後…突然手抜き工事が指摘されて、改修工事が始まった『シュライン・冬木』の前に士郎と幹也、そして静音の姿があった。

「これでもうあのビルが崩れる未来はなくなるんですね…」

「ああ、静音ちゃんのお陰だよ」

「そんな! 私はただ視えただけで…幹也さんや衛宮君がやってくれたんですよね、こうなるように…」

「うん、彼がこのビルの中の脆い部分を洗い出して指摘してくれたおかげでこんなに早く改修が始まることになったんだ…本当に彼のお陰でもあるよ」

「でもそれって…あの、まさか衛宮君あなたこのビルに…」

そう言った静音に士郎はにっこり笑って頷いた。

「おかげでこの通りピンピンしてる…本当にありがとう」

その返事に静音は何とも言えない感情を覚えた。

(この人は!  …やっぱり同じなんだ幹也さんと。 だからあの時私はこの人に声をかけてたのかな? うん、きっとそうだ)

「瀬尾さん、君の言う事を信じてくれる人は少ないかも知れないけどさ…でもまた何か見えたらオレに相談してくれないかな? 出来るだけの事はするからさ」

「! どうしてですか? 私のためにそんな…」

突然言われて心の中でドキドキしながら静音は尋ねた。

「君の未来視は本物だろ? でもそう簡単に信じてくれる人は少ない。 でもせっかく視える未来の危険をそのままには出来ないじゃないか…だからだよ」

「あ…そうか、そうですね…あはは…」

なんだか個人的にはがっかりさせるような気がする士郎の言葉に静音は曖昧な返事を返すが…

「あ~なんだ衛宮君、ここにいたんだ」

「シロウ、探しましたよ」

そこにやってきたのはセイバーと凛だった。
 
 
そして突然、静音の視界にある風景が広がった。
 
 
 
赤茶けた大地と空…
無数の剣…
世界の果てを目指す男の後姿…
 
 
 
「静音ちゃん? どうしたの?」

幹也の声で静音は我に返った。

(今の…まさか衛宮君の? そんな…一体どうすれば…この二人がいるから?  …ううん、違う!  あの景色にはこの二人がいなかった…だったら…)
 
 
「あのっ!」
 
 
突然大声で叫んだ静音に驚く一同であったが、次に彼女が取った行動には更に驚かされるのであった。
 
 
 
 
 
 
「…何が見えたんだい? 静音ちゃん?」

士郎たちに見送られて冬木の駅から列車が出発すると、いきなり幹也がそう聞いて来た。

「あ…やっぱり判っちゃいましたか?」

「そりゃあね、あの様子からなら判るよ…それで、彼の未来に何があったの?」

「あの、それがですね…」

そして静音は幹也に話した。
自分が見た異様な風景の事を…
果てしない剣の丘の事を…
世界の果てに向けて歩む未来の士郎の姿を…

「そうか…それで静音ちゃん、あの子たちにそれを話したの?」

あの直後、突然大声で叫んだ静音は、凛とセイバーの二人を連れて士郎と幹也から離れた場所で何やら話しこんでいた。
話が終わって戻ってから二人に何を話していたのか聞かれても、静音も凛たちも女同士の話だと言って教えてはくれなかった。

「いいえ、そんな事は言ってません。 ただ、あの二人に言ったのは『何があっても絶対に士郎君を一人にしてはダメ』という事だけです」

「一人にしてはダメ…か」

「はい、多分あの未来は衛宮君があの二人と離れて一人ぼっちになったからなるものだと思うんです。  だから逆にあの二人が一緒にいれば大丈夫だろうな…ってそう思ったんですけどね」

「そっか、それであの二人はなんて…いや、聞くまでもないか」

「はい、二人ともその事はちゃんと解っているみたいでしたから、私の言った事は本当に余計なおせっかいだったみたいです(笑)」

笑顔でそう言う静音であったが、心の奥には未来視絡みで2度目の失恋を味わうという切ない気持ちも存在していた。
それを紛らわすために列車が自分たちの街の駅に着くまで幹也に甘えまくり、その姿を出迎えた鮮花と式に見られて二人ともに冷や汗をかく事になる未来を静音は視る事ができなかった。

未来視は決して全ての未来を見せる訳ではないのであった。

 
 
 
終り





[27020] その4「湖畔の調べ」
Name: 鈴木ダイキチ◆a80a0449 ID:b4f3b2d5
Date: 2011/05/28 20:35

その4「湖畔の調べ」


「涼しいな…ここは」

木漏れ日の刺す林道の中で私はそう呟いていた。
私の名はリーズバイフェ・ストリンドヴァリ…かつては聖堂教会の騎士であり、この世ならざる魔を倒す事を使命とした主の代行者であった。
だがその使命を果たす中で命を落とし、そして友人である錬金術師シオンによって再びこの世に甦った…
そして今の私は三咲町路地裏同盟の一員として友人であるシオンとさつきを守る事を自身の使命としている身だ。

そんな私が何故三咲町から遠く離れたこの山奥の林道を歩いているのかといえば……原因は我が友、シオンの借金である。
様々な研究開発のために遠野邸の地下研究所をレンタルしているそのレンタル料や研究用の機材、実験材料等の費用は基本的に遠野家が調達してシオンへのツケとなっていく。
そしてそれは次第に私がバイト先で手に入れる金だけでは追いつかない額になろうとしていたのだ。

そんな時、その借金の債権者でありシオンの友人でもある遠野家の当主、遠野秋葉から仕事の依頼が舞い込んだ。
その仕事とは、とある場所にある湖のほとりで楽曲を奏でて欲しい……というものであった。
その報酬がこれまでの借金を全てチャラにする事だと聞いた私は二つ返事で依頼を受けた。
よくよく考えればあまりにも美味過ぎる話であり、当然何がしかの危険を覚悟しなければならないだろうと思っていたのだが…

「ここまで来ても何も起きないとは…却って不気味だな」

目的地の近くまで来ているのに不審な事が何も感じられない…強いて言うならばあまりにも平穏過ぎるというべきか。
いや、平穏というよりも人の気配が全く感じられないのだ。
いくら人里離れた場所とはいえ一応整備された林道の中を歩いているのに、全くと言っていいほど人間の気配というものを感じない…少し不自然ではないだろうか?

そんな事を考えながら歩いていると…

「これはようこそ、お待ちしておりました」

…これは驚いた、突然目の前に人が現れるとは。
私の目の前に40代後半と思われる男性がいた。
ついさっきまで人の気配すらなかった筈が一体何処から…いや、この人は……

「失礼ですがあなたは?」

「私はこの土地の者です。 あなたがいらっしゃるのをここでお待ちしておりました」

「…私が? ですが私はここに来る事を誰にも言ってはおりませんが?」

「はい、ですがあなたはここに音楽の演奏に来られたのでしょう? 私はそれを待っていたのです」

にっこりと笑って男はそう言った…ふむ、これは面白いかも知れないな。
何はともあれこの御仁は私がここに演奏に来るのを待っていた人のようだ。
まあ、背中と肩に大型のチェロのケースを二つも担いでいれば演奏家と思うのが普通…もっとも普通の演奏家はチェロのケースを二つ同時に持ったりはしないだろうが。

「そうですか、それでは貴方はこの近くに住んでおられるのですね?」

「はい、昔はそうでした」

昔は…か。

「さあそれでは御案内します、貴女に演奏をして頂く場所へ」

そう言って彼は私の前を歩き始める…
さて、それでは案内して頂こうか、私の演奏を必要とする場所へ。
 
 
 
 
 
 
「着きました、ここがそうです」

「ほお…これは美しい…」

彼に案内されて目的地の湖に着いた私は、その美しさに思わず見惚れてしまった。
陽の光を映す静かな水面、緑の映える森とそこにそよぐ風…
あたかも一枚の名画を鑑賞しているような気持にさせる場所だ。

「御案内を感謝します、あなたは…」

そう言って私が振り向くと、そこにはもう誰もいなかった。

「やれやれ…御礼を言い損ねてしまったか」

溜息を一つついてから私は夜に備えての準備を始めた。
秋葉の依頼はこの湖のほとりで夜の演奏を行ってほしい…というものだった。
まだ陽は高く、夜までは十分な時間がある。
それまで時間を潰すには…うん、釣りでもしようかな?
予備の弦を木の枝に括りつけて簡単な釣り竿を作り、ピンを折り曲げて作った針に弁当の残り物を餌としてつけて湖に糸を垂らす。

「平和だねえ~~~♪」

静かな湖畔に自分の声だけが流れていく。
まるで世界に自分しか存在していないかのように。
私は陽が暮れるまでその静寂を楽しむことにしたのだった……
 
 
 
 
 
 
「さて、そろそろ始めようか」

陽が暮れ、星の光が空を彩り始めたのを確認した私は持って来た二つのチェロケースの内の一つを開き、今夜の主役となる楽器を取り出した。
ちなみにもう一つのケースの中身は言うまでもなく我が相棒、『聖盾ガマリエル』だ。
人間、いざという時の準備は常にしておくものだろう。

聖盾を傍に置いて楽器を手に息を整える。
ゆっくりと弦をすべらせて楽を奏で始めた…観客のいない無人の湖畔に向けて。

…いや? そうではない、誰かいる。

私の演奏をこの周囲で聞いている者が確かに…

敵意や害意は感じない。

それが誰であれ、私の演奏を邪魔するつもりはないようだ。

いやむしろこの音色に聞き入ってくれているのか……?

だとしたら有難い……依頼とはいえ、やはり観客が一人もいない演奏会では侘し過ぎる。

さあ聴いてくれ私の演奏を…この世ならざる観客たちよ。

夜が明けるまで奏でよう…この湖畔で。
 
 
 
 
 
 
 
 
朝になると観客たちは消えていた。
彼らは一体だれだったのだろう。
大人や子供…それに老人もいたように思える…全員が幽霊だったようだが。
おそらくはかつてこの土地に住み、そして何かの理由で死んでしまった人たちの霊か。
彼らは一晩中、私の演奏する楽曲に聞き入ってくれていた。
その中にはあの案内役の男性もいたような気がする。
彼は…いや、想像しても仕方がない…この土地でかつて何があったかは知らないが、もう全ては終わった事なのだろう。
ただ、ここに住んでいた人々の鎮魂のために私は招かれたのだ。

秋葉に聞けば詳しい事がわかるかも知れないが、そんな気にはなれなかった。
この小さなコンサートの観客たちは私の演奏を喜んでくれた。
それでいいのだ。
願わくば彼らの魂が主の御許に辿りつけますように…それだけだ。

私もいつかは…そう、我が友シオンが人生という名の旅路を終えるその時はこの身もまたその生を終えることになる。
願わくばその時は彼らとまた再会し、そして彼らのために楽を奏でる事ができますように…
そう心の中で祈りながら私はこの湖を後にした。

見上げた空は今日も青い。
さあ帰ろう…路地裏の友人たちのもとへ。
 
 
 
 
 
 
(後日談)

「琥珀、あなたまたおかしな発明の機材を買い込んだわね!?」

「あは~、それはシオンさんが注文した品物です~」

「…シオンにも困ったものね、せっかくリーズさんにお仕事を紹介して借金をチャラにしてあげたのに、また新しいムダ遣いを始めるなんて」

「それですけど秋葉様~、どうしてリーズさんにあんな簡単過ぎるお仕事を紹介したんですか~? あの人に頼むなら他にもお願いしたい事があると思うんですけど~?」

「仕方ないわよ、あんな場所で幽霊にも怯えずに一流の演奏をやってのける図太い神経をした音楽家の知り合いなんて彼女しかいないんだもの」

「あは~、そう言えばそうですね~」

「まあ、あのとんでもなく太っ腹な性格があるからこそシオンの無駄遣いも気にならないんだろうけど…」

「そうですね~♪」

「この分ではまた遠からずリーズさんにひと働きして貰う日がくるでしょうね…」

「あは~あの人のタダ働きでこっちは大助かりですね~~」

「…その割にはこちらが金銭的な損害を被っているような気がしてならないけど?」

「あの、秋葉様…」

「あら、どうしたの翡翠?」

「お掃除をしていたらこんな物が落ちていたので…」

「ふうん…なになに、『秘密兵器ノート』?……“私の考えた超兵器『十六次元観測砲・改』”?……琥珀の協力により遠野邸地下で実験が可能に……相転移反応や超新星爆発等の危険性は軽微……最悪の場合でも遠野家の地下が別の次元に移動する程度で…………こお~~はあ~~くう~~~~~!!!!!

「……姉さんなら逃げました」
 
 
 
その4終り





[27020] その5「シエルさんの憂鬱」
Name: 鈴木ダイキチ◆a80a0449 ID:b4f3b2d5
Date: 2011/07/28 22:06

その5「シエルさんの憂鬱」


近頃、私の扱いがあまりにもひどいと感じています…
まったく、どうして私はイロモノ扱いされてばかりなのでしょう?

自分の存在意義すら忘れ去った色ボケアーパー真祖や、一日中食べているかさもなくば自分の主を竹刀で叩きのめしているだけのニートのクラスに堕ちた元セイバーの英霊と同列に扱われる毎日…
主よ、一体何が原因でこんな評価を受ける羽目になっているのでしょうか…

「それはアレですね、マスターが毎日食べているあの黄色い食べ物の…ぷぎゃあ!」

…どうも最近この「備品」の具合がよくありませんね、飾りの角を取っただけではこのロクでもない性格は矯正出来ないとすればやはりダウンに注文して例の改造キットを取りつけて見ましょうか?

「マ、マスター…一体何をする気ですか…てかイタイイタイイタイですう~~~~~っ!! あ、そこは…そこはらめれすうう~~壊れてしまう~~~くぴっ……」

ふむ、痙攣を起こして悶絶するとはまったく器用な「聖典」です。
一体どんな人格破綻者がこれを作り出したのやら…このふざけた性格と在り様自体が主に対する冒涜でしょうに。
まあ、それは私も同じ事なのですが…
 
 
 
本当は私だってこんな物騒な備品(概念武装)を振り回して不死の怪物を滅して回ってばかりいる生き方は不本意なのです。
出来ればこんなひねくれた性格のアホ精霊が憑いた聖典ではなく、普通の学校の教科書を手に素直で純粋な子供たちに勉強を教える姿を夢見る事だってあるんです。

そう、叶うものなら何処かひなびた山奥の小さな村でひぐらしの鳴き声を聞きながら小さな子供たちの担任教師として平和な生活を…そして何の気兼ねもなくカレーを食べる毎日…

「マスター、なんかよく解らないけどそれは多分死亡フラグでしかも結局カレーばかり食べている変な人…ぐみゅううっ!!」

…一体どうすればこの不良品はまともな言動を覚えるのでしょうね? そもそも人間の言葉を発する以上は多少なりとも常識というものを覚えた代物であるべきでしょうに。
そもそもカレーは全人類のためにお釈迦様が考えた偉大な食べ物ではありませんか。
それを食するのに何の問題があるというのです?

「マスターはそもそも自分の信じている神様が誰なのかも忘れてしまった頭が可哀想な人でした……みぎゃあああああ!!」

記憶力の欠片もないような馬の脳味噌が何を言っているのでしょうね? やはりこの辺のパーツを排除して新しいグレネードを付けて見ましょうか?

「だ!ダメです!そこは…そこのパーツは外れるようには出来てない…いた、イタタタタ!! マスター! そこのパーツはそっちの方には曲がらないですから!!」

まったく、何処をどういじればこの歪んだ仕様はまともになるのでしょう?
自分の持主に対する敬意のカケラすら持ち合わせない不良品を使用し続けなくてはならないこの私の苦労も知らずにこのすっとこどっこいのポンコツは……!

「いだ!いだだだだ!!! マ”、マズダ~~~~!!!!もう止めでぐだざい~~~!!!」

…ふう、まあこんなものですか。
 
 
 
 
「酷いですよ~~マスター、せっかくの整備なのにあれではまるで拷問じゃないですか~~」

「何を言っているのですセブン、整備は念入りにやらないといざという時に困るでしょう?」

「それはそうですけど、マスターの整備は乱暴すぎますよお~~~」

…つくづく我儘な精霊ですね、一体どうすればこんな厚かましい性格の精霊が出来あがるのでしょう?

「大体なんだって絶対曲げられない方に無理矢理曲げようとするんですか~~~」

「決まっているでしょう? もし曲がる筈のない方に曲がったら大変だからその確認のためです」

…ついでにこの不良備品のねじ曲がった性格をどうにかして矯正できないかと試してみた部分もあるのですがね。

「うう~~~、マスターは基本的に乱暴すぎるんですよお~~~ やっぱり毎日毎日カレーばかり食べてるのがいけないんじゃ…ひいっ!!」

「…そうですかセブン、それならまず毎日毎日有機人参ばかりバカ食いしているアナタの食生活から改善してみましょうか?」

「い・いえいえいえいえ!!! その必要はないですマスタ~~~!!! 私は今の食生活に満足していますから~~~!!!!!」

「遠慮しなくてもいいんですよセブン、これから毎日燕麦と牧草だけの健康的なメニューに切り替えて上げますから」

「マスタあ~~~~!! それだけは勘弁してくださいい~~~!!! 燕麦は嫌ですう~~~アレは食べ物じゃなくてただの飼料ですよう~~~(泣)」

…馬が馬の餌を食べて何がおかしいんでしょうね? まあいじめるのはこれくらいにしておきましょうか、また何時かのように家出でもされたら困りますしね。
 
 
 
 
 
 
「さて、それでは整備も終わった事だし…夕食の準備でも始めましょうか」

今夜はどんなカレーがいいでしょう? 洋風、インド風、それともたまには和風のレシピを試してみるのも悪くはないかもしれませんね?

「マスター、やっぱり今日もカレーなんですかあ~~~?」

「…嫌なら貴方は燕麦でもカラス麦でも好きな物を食べればいいでしょう、セブン?」

「そ、それはないですよお~~~、もう勘弁して下さいい~~第一、燕麦とカラス麦は同じ物じゃないですかあ~~~~」

…そう言えばそうでしたね、まあ大した問題ではないでしょう…所詮は馬の胃袋に入る代物ですから

「そうですね…いっそ今夜は豆のカレーにしてみましょうか、小さめの大豆と挽肉、それに玉ねぎをみじん切りにしたものを使ったキーマカレーのアレンジで…」

「…あの~~マスター? そのカレーにニンジンは入っているんでしょうか~?」

「いいえ? 基本的にそれだけで人参とかは入りませんが?」

「そ、それじゃあニンジンは…」

「心配しなくてもちゃんとサラダも付けてあげますよ……燕麦の茎を刻んだものを」

「うわあ~~~ん!!マスターのバカ!!意地悪~~~!!!」

…いけない、ついイジメ過ぎてしまいました。

泣きながら飛び出して行ったけど、どうせ行く先など2つくらいしかありません。
どうせ乾君の所か遠野君のお家でしょう…まったく自分の主人が誰なのかすら覚えられない出来損ないが私の備品とは………案外お似合いなのかも知れませんね。
 
 
あのセブンと組んでから随分になりますが、とにかく手のかかる不良精霊と言うしかありません。
ですがそれでも今日まで色々と厄介な事件を解決して来た相棒である事もまた事実です。
目の前に群をなす無数の死徒を葬り、共に主の御心を代行して来た相棒…
何かと言えば余計な発言で私の心を掻き乱し、二言目にはニンジンを食べたいと言い募る厚かましさ…
それだけ見れば誰もアレが教会の保持している聖典だとは、ましてや死徒を葬るための切り札の一つだなどとは信じられない事でしょう。

なにせあの性格ですからね…
 
 
だけど時々は思います。 あの能天気でしかもひねくれた性格だからこそ、あの子はここまでやってこれたのではないかと…

人の都合によって精霊という生贄にされ、教会の都合によって死徒を葬る概念武装にされた彼女…
もしもあの性格がなかったら、とっくの昔にあの子は壊れてしまっていたかもしれません。

そしてこの私も同じ事なのかもしれません…あの手のかかる不良精霊が傍にいたからこそ、今日まで人がましい心を保てたのではないでしょうか?
もしも自分に付いている(憑いている?)精霊がもっとおとなしい…あるいは無機質な性格だったらどうだったでしょう?
おそらくは心をすり減らした挙げ句、あのネロと同レベルの怪物となり果てていたかもしれません…自業自得と言えばそれまででしょうが。

結果的にあの子の存在が今の私を支えているのかもしれないと思うとなんだかおかしいですね…

…ニンジンくらいは好きに食べさせてやってもいいですかね?
 
 
 
 
 
 
遠野邸、この広い屋敷の庭先で二匹の獣(?)が戯れながら会話を交わしていた。

「…と言う訳で酷いんですよウチのマスターはあ~~~~(泣)」

「……」

「ホントに毎日毎日カレーばっかり食べてばかりで、しかも今日なんかニンジンが入ってないカレーなんですうう~~~」

「……」

「大体、ニンジンが入っていないカレーなんて食べ物の内に入らないですよお~~」

「……」
 
 
 
「…ねえ、兄さん?」

「ん? 何だ秋葉?」

「アレは会話と言えるんですか?」

志貴と秋葉の視線の先には自分の不幸を一方的に捲し立てる馬の幽霊(?)とそれをただ無言で聞いている黒猫少女の姿があった。
見た目だけは何とも可愛らしい人外たちの井戸端会議をこの家の主である遠野秋葉は興味半分、不機嫌半分の表情で見ていた。
そんな妹をどうにかこうにか宥める事に成功した志貴は(馬の幽霊が屋敷に侵入すれば秋葉様がお怒りにならない筈がありません 翡翠・談)穏やかに笑って説明する。

「ああオレも最初は良く解らなかったんだけどさ、あの二人(二匹?)はあれでちゃんと会話が成り立ってるらしいんだ」

「……何ともシュールな関係ですね」

「まあ、どうせもう暫くすれば先輩から問い合わせの電話がかかってくるだろうからそれまでは好きにさせておいても「志貴様、シエル様からお電話です」…ほらね?」

「はあ…もう好きにして下さい。 …ところで翡翠? この騒ぎに琥珀は何処へ行っているのですか?」

いそいそと電話の方に向かう兄を呆れたように見ながらもう一人の使用人の姿が見えない事に気付いた秋葉はその妹に訊ねた。

「…さあ? そう言えば姉さんの姿が見えませんが?」

その言葉を聞いた秋葉の柳眉が吊り上って行くのが翡翠には見えた。

「そう、また何処ぞの地下で悪だくみをしているのかしら… 翡翠、ここをお願いするわね?」

「…かしこまりました」

遠野家は今日も平常運行のようであった。
 
 
 
 
 
 
「それじゃ先輩、オレはこれで…」

「あ、待って下さい遠野君…せっかくですから夕食でも一緒にどうですか?」

怯えるセブンを諭しながらアパートに送って来てくれた来た遠野君に、私は夕食を誘った。

「あ、そう言えばさっきこの子が言ってたニンジンの入っていないカレー…でしたっけ? それを作ってたんですか?」

「ええ、とってもいい出来なんですよ♪ 是非食べて行って欲しいかな~って…」

「くすん…どうせ私はいらない聖典です~~~(涙)」

ようやく帰って来た自分の存在を無視して彼と二人だけの世界を作ろうとしている主人の姿に、セブンがいじけてそう言っていますが…

「セブン、あなたの食事もちゃんと作ってありますよ?」

「…どうせ燕麦の茎を刻んだサラダでしょう? マスターはそういう人ですから」

「ちゃんと有機人参のスティックも付けてありますけど?」

「…え?」

「不満ですか? それなら燕麦の茎だけで…」

「いえいえいえいえいえ!!!!! 不満なんてないです!大満足ですから~~~!!!」

予想外の話に舞い上がるセブンを見ながら遠野君がくすっと笑って私の耳元で囁きました。

「素直じゃないですね先輩、その子が可愛いなら態度で示せばいいのに…」

その言葉に一瞬だけ目を丸くして硬直した後、私はプッと吹き出していた。

「そんなんじゃありません、ただの腐れ縁なんですからこの子とは…それに甘やかすとすぐにつけ上がりますからね、普段は厳しく躾けないとダメなんですよ」

「そうなんですか?」

「ええ、遠野君もあのアーパー猫を甘やかしてばかりではダメですよ? 調子に乗ってどんなバカな真似を始めるかわかった物ではありませんから」

「うわあ…確かに…」

顔を顰めながらも何処か楽しそうな遠野君の様子に内心少しだけ腹を立てながらも、今日のささやかな幸運を逃さないように彼を部屋の中へと押し込む私の顔は自然と緩んでいました。

主よ、願わくば明日もまたこのようなささやかな幸せを得られますように…
 
 
 
 
だが、一時間後にはそのシエルの顔は般若の如く変化する事になったのだが…
遠野邸に押し掛けて翡翠からこの場所の事を聞いて嫉妬に駆られたアルクェイドが強襲してきたからである。
 
 
「よくも私と遠野君の楽しい一時を…覚悟なさい!このアーパー化け猫真祖!!」

「その言葉、そっくり返してやるわよ!この千年カレー女王!!」

「……頼むから二人とも止めてくれ~~」
 
 
…志貴の嘆願の声だけが虚しく響き、今日もまた人外魔境の決戦が三咲町の夜空に繰り広げられるのだった。

 
 
その5終り
 
 
 
 
 
 
【オマケ】

「ふふ…ふふふふふ……出来た…出来ました…これでついに秋葉様すら倒せる秘密兵器、『メカ翡翠ちゃん3DS』の完成です~~これさえ量産出来れば…」

「…量産出来れば?」

「たとえ秋葉様だろうと志貴さんだろうと……って、はい~~~~!?」

「へえ~~~、そうなの? 随分物騒な代物を作ってくれたようねえ~~琥珀?」

「あ・あああああ秋葉様~~~どうしてここにいい~~~?」

「さ~あ? 屋敷の仕事をさぼってこんな所で油を売ってる使用人に教える義理も口もないって以前に言わなかったかしら~?」

「そ、そんなあ…今バレたら今日までの苦労が…」

「…全部水の泡にしてあげるから覚悟なさい!!」

「ひいいいいいい~~~~~~!!!!!」


……以下、音声記録消去。






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