ずっと昔。
ボクは遥か彼方の世界からここに来た。
ボクは私になり、私はボクになった。
私は得た。
死を司る眼とすべき義務を。
好奇心、恐怖、不安
私はオリジナルの劣化。
ゲルトルート・バルクホルンの皮を被ったニセモノ。
けど努力すれば私はオリジナルなれる。
そう信じて月日は流れた。
でも―――
こんなはずじゃなかったのに。
こんな結果が出るなんて。
どうして?
私のせい。
私がニセモノにすぎないから。
私のせいだ――――。
※ ※ ※
『きゃあぁぁぁ~~!!』
『旋回が遅ーい!』
1944年、夏。
ブリタニアに拠点を置く第501統合戦闘航空団基地上空で悲鳴と罵声が響いていた。
阻止気球と呼ばれ、本来の用途ならば爆撃機の侵入を防ぐバリケードだが。
この日は設置された気球の間を飛ぶのが訓練として利用している。
「ねえ、トゥルーデ。宮藤さんは初飛行にも拘らずネウロイと戦えたと坂本少佐が言ってたわよね。」
「ミーナ、現実逃避は良くないぞ。
我々の眼に映るものは軍曹がクソ高い気球につっ込み、次々と壊してしているシーンだ。」
『きゃあああ!!』
『宮藤ぃ~!!』
あ、爆発した。
「・・・宮藤さん、坂本少佐と一緒に飛んでいるから理解しているはずよね。」
「それより気球一基あたり、30~40ポンド。それが全滅、予算を考えなければ。」
「・・・・はぁ」
年上の哀愁と色っぽさが合わさったため息をつく。
そんな風にしているとただでさえ年上な雰囲気がヘタをすると20代以上に見えてしま・・・。
「バルクホルン大尉、何か変な事を想像したのでは?」
「いや、別に。ミーナがきれいだな―と思っただけだ。」
ベツニ、ホントウニオモッテマセンヨ―。
『宮藤ィ~』
『あうう、坂本さんごめんなさい』
・・・・・・。
『まあいい飛べただけでも上出来だ、明日からびしばし行くから覚悟しておけ。』
『は、はーい』
欧州から見て遥か極東から来た新人、宮藤芳佳軍曹。
栗毛の髪に、女らしさよりも可愛らしい容姿で思わず抱きしめたくなりそうだ。
そして似ている。
『さっさと風呂にでも入ってこーい。』
「わかりました坂本さん」
『うむ、行って来い。』
「はい!」
クリスに
「ま、こんなものだろう。
請求の件についてはミーナ中佐殿に任せた。うまくごまかしてくれ。」
そう言い滑走路を後にする。
後ろから「貴女も少しは捻りなさい、トゥルーデ!」と聞こえたが無視する。
「にしし・・逆の意味で撃墜王だね。ねえねえ大尉あれ使えるの?」
格納庫へ戻る途中で、
同じく滑走路で宮藤芳佳の飛行を見ていたルッキーニが話しかけてきた。
「使い物にするのが私らの仕事だ。そうだろ、ルッキーニ少尉?」
そうだよね、
にゃはは。とルッキーニは笑う。
いつもと変わらない子供らしい笑顔。
心が汚れた私にはまぶしいな、なんて思ってしまいそうな。
「あーそうそうバルクホルン大尉――。」
「何か?」
一体何を言い出すつもりだこのお子様は。
「あんまり過去を気にしたら死んじゃうよ?」
・・・どういうことだ?
「大尉の顔、
はじめて来た時の表情をしていたから。」
・・・・・。
「あの顔、あたしでも分るよ。
死に急いでいる人だってことぐらいは。」
じゃあね~と言って彼女は去って行った。
「はは・・・。」
なるほど、ここの居心地が良すぎたわけか
どうやら私は少しばかりぬるま湯に浸かっていたらしい。
忘れていた。
あの戦場を、あの最前線を。
そうさ、記憶から消そうとしていた。
私がオリジナルでないからあの子を死なせた。
あの子だけじゃない。
オレより年下の子たちもたくさん死なせた。
そして言われた。
「子供を返して」
「人殺し、無能指揮官。」
ああそうさ。
私は本来のゲルトルート・バルクホルンではないからな。
だから預かっていた中隊を自分を除き全滅させた。
※ ※ ※
1939年末。
わが軍は東欧から始まったネウロイの攻勢でついに東プロイセンまで『転進』した。
かつて『中央軍集団』と名乗っていた組織は壊滅して『北方軍集団』へと改名を余儀なくされた。
そして守るべき国民。
未だ避難民も完全に逃げ切れておらず、
様々な困難の中、陸海空軍が総力を挙げて避難支援を行っている。
もっとも、それでも戦線は押され気味で10日も持たないだろう。
ただ、強いて逆に良い点といえば。
「戦線から本土に近付いてきたから補給が楽になったか。」
「トゥルーデ、最近それを敗北主義者の言葉。と言うらしいわよ。」
ついブラックジョークを呟いたら隣にいたミーナに注意された。
「いくらウィッチでも小うるさい番犬(憲兵)に睨まれるわよ。」
「大丈夫だ、問題ない。ここにはミーナを除けば二人っきりだからな。」
「あら?貴女もしかして伯爵の同類・・。」
「アレと一緒にするな」
ちょっと席を離れたミーナ。
正直、いや本当にアレと一緒にされたくないね。
新人に訓練するとか言ってセクハラし放題で百合百合な奴なんて特に。
「ま、それより私と何人かが撤退命令が来たわ。」
急に戦場でもいるような雰囲気を出すミーナ。
これは・・・よくない命令でも来たんだな。
「どこへ?」
「ガリア国境よ」
ガリアだと?
「先に撤退するのか。」
「正確には再編成、エーリカも含めて。
ここ数日は私たちの活躍でだいぶ余裕があるから今のうちに、というわけらしいわ。」
たしか<原作>では
ミーナ、エーリカ、私、バルクホルンは大戦前半からずっと一緒だったとか。
まあ、統合戦闘団結成前の過去については不明確だからなんともいえないな。
しかし、妙だ。
普通こういうのは部隊単位で行うものだが。
「私は後方で再編成した部隊を率いるためよ、ほら、私の固有魔法は指揮官向けだから。
あと、エーリカも後方で再編成した部隊の教官役としてのよ。ああ見えてもこの部隊一のエースだから。」
苦笑するミーナ。
うん、気持ちはわかる。
何時もはぐうたらなロリ娘が「教官殿!」なんて呼ばれる身分は似合わないにも程がある。
けどさあ、
「問題は前線の戦力が大きく下がることなんだが。」
「ええ、その点については上層部を信じるしかないわ。」
大丈夫か?
自分は不安で不安でしかたないが。
それにミーナが抜けると今この第52戦闘航空団第2飛行隊の指揮官は・・・。
「そして私が抜けた後の指揮官は貴女しかいない。」
「・・・・・・・・・。」
だろうな。
現在この部隊で一番偉いのは大尉のミーナ。
んで次に偉いのは中尉の階級持ちである私ことバルクホルンだ。
「ふふ、不安そうね。」
「当たり前だろ、ミーナ。」
指揮官とは部下の命を文字通り預かる立場にある。
果たして私に10代そこらの少女たちの命を10人以上も預かることができるだろうか。
その責任を全うできるだろうか。
「だ~め」
「あう?」
鼻を抓まれた。
てか、顔が近い近い!?
生温かい息やらなにやらかかって心臓が色々まずい。
「貴女って人はそうやってすぐマイナスの思考に走るのはよくないクセよ。」
人の気持ちを読んですぐさまフォローする。
ほんと、この娘さんにはかなわないなぁ・・。
「善処いたします。」
「それでよろしい。」
うんうんと納得するミーナ先生。
やっぱこの子は年の割に大人びいていて、
「何か言ったかしらん?」
「ナンデモゴザイマセンヨー。」
やめよう。
歳の事を指摘するのは色々マズイ。
「でもね、貴女ならできるはずよ。
これまで50機近くのネウロイを撃墜したのは貴女の才能によるもの。
そして小隊長として実戦を過ごしてきたトゥルーデならそろそろ中隊長を任せてもいいころよ。」
ギュ、と私の両手を握る。
例えるならば我が子に言いかけるように。
「だから自信を持ちなさい、トゥルーデならできる。」
前世も合わせればおじさんと言われて可笑しくない精神年齢だけど、
10代半ばの少女にこうして励まされるとはなぁ、ほんとかなわないよ。
でも分ったよ。
そして、
「・・・ありがとう。」
「そう、それでよろしい。任せたわよ。」
その責任をきっかり果たしてみせるよ。
そうでないと『元』男がすたるしな。
「明日の昼には転進するからそれ以降は指揮権は貴女に譲ります。」
「おい、さっき撤退とか言ってなかったか?」
「うふふ、正確には『転進命令』よ。」
「ミーナ、嘘ついたな」
「別に嘘はついてないわ。」
※ ※ ※
視点:ミーナ 1939年
東プロイセンの朝は遅い。
地理的にバルト海にめんして北極圏に近いためである。
季節は冬、ゆえにいつもよりさらに朝日は遅い。
仮設飛行場には白い靄がかかり視界は極めて悪かったが、そんな場所に10名ほどの少女たちが並んでいた。
「頑張ってねトゥ・・いえバルクホルン中尉。」
「ああ、まかせろ。」
ミーナはついプライベートでの呼び名を口にしてしまうが、すぐに直す。
「補給の請求書の書き方は?戦闘報告書の書き方もちゃんとメモしたわよね?」
「ヴィルケ少佐殿、そここまで言われるとまるでお母さんですね。」
「私はまだ10代ですッ!」
対する戦友ことトゥルーデは冗談を口にできるほどリラックスしているらしい。
これは良い傾向だ、こうして余裕を持てる精神状況は指揮官として相応しいあり方だ。
突然、飛行隊の指揮を任されて(本来2~3個中隊だが実態は1個中隊のみ)
なおいつもと変わらぬのは、この子やっぱり器が大きい人なのかしらとミーナは思った。
「失礼いたしました。
しかし、実際少佐殿は将来いい奥さんになると思いますよ。」
「・・・・・・ッ!!」
からかいが混ざった笑みをトゥルーデは浮かべる。
この場合相手の旦那はあの幼馴染を暗に指している。
感情の抑制は身に付けた交渉術として基本中の基本だがいかせん又動揺してしまった。
自分とあの人との関係が「おでこにキス」する程度の初な関係を知られているせいだ。
それもなぜか「初めから知っていた」ようで過去に眼の前の人物に何度からかわれたことやら。
「いい加減にしないと上官侮辱罪で軍法会議にかけますよ、中尉。」
「おお、怖い怖い」
でも、こうして冗談を言い、からかい合ったりできる関係はすばらしいと思う。
軍隊という組織はどうも冗談が通じない人間が特にわが軍、カールスラント軍には多すぎる。
それを考慮すると彼女は一般的なユーモア精神があって悪くない。
「ねーねー
その百合の花が咲きそうな会話劇はいいからさ~早く出発しようよ~。」
誰がどこぞの伯爵か!
と突っ込みを心の中でしつつミーナはその声に我にかえる。
「ごほん、ハルトマン少尉
そうでしたね、そろそろ離陸時刻でしたね、感謝します。」
「あ、そっか。
ミーナは整備士の『あの人』が好きだから健全だっけ。」
「別に が・・・あ。」
ユーモア精神があって悪くない、と言ったが前言撤回。
どうして周りの人物はこうも人様を弄ることに情熱をあげる人物が多いのか。
他の子たちはニヤニヤと生温かく見守っている。
離れの格納庫でも今までの会話が聞こえたのか整備士たちが若い整備師をタネに盛り上がっている。
「ハルトマン少尉・・・。」
「ひっ!!?」
ああ、もう今日は朝から厄日だ。
※ ※ ※
視点:バルクホルン 1944年
ああくそ
昼間にあんな事を思い出したから懐かしい夢を見た。
厳しくも楽しかった戦地での思い出。
多くの仲間たちと一緒に人類の敵に立ち向かっていた希望に溢れた日々の欠片を。
ミーナがまだ初でからかうと赤くなったり、エーリカが相変わらず茶化しては怒られたり。
初めて部隊を任されて不安ながらも実は興奮して、皆に祝福されたこと。
そして気付かなかった。
ずっと殺し合いをネウロイとしていたのに
死なんてものは意外と速く来るものということを。
「首がいてぇ・・・。」
戦闘待機所のソファーで寝てしまったようだ。
おかげで首が痛いし背中やらが痛い。
後、喉が渇いたから紅茶かコーヒーはないだろうか。
「はい、よく寝ていたわねどうぞ。」
「んん、どうも」
ミーナか、気がきくな。
熱すぎずほどほどの温度を保つ紅茶。
いいね、喉が渇いた時は温めに限るよ。
「さっきまで同じく寝ていた自分が
人の事を言えないけど、珍しいわね。貴女、昼過ぎからずっと寝ていたのいよ。」
「そうか?」
マグカップに入った紅茶をグビグビ飲みながら答える。
うむ、だとすると宮藤の訓練を見た後待機所に入ってからずっと寝ていたことになる。
まずった、ネウロイの襲撃に備えて即応体制がモットーなのに寝てしまうとは。
「ミーナすまん、どうやら最近私はたるんでいるようだ。」
「はいはい、次からは気を付けてくださいね大尉。」
ニコニコと応答するミーナ。
相変わらずのお母さん気質である。
姉御肌、ではないな。しつけられる子供の気分と言い。
「でもね、」
「ふが」
ぎゅっ、と頭ごと抱きしめられた。
同性でも脳内物質を刺激する香りがダイレクトに伝わり顔いっぱいに広がる。
今こそ同性だからよかったが、これがもし男性のままなら下半身がエラいことになっただろう。
・・・すこーし、ぱんt、ズボンが湿ってる気がするのは気のせいだろう。
「貴女は優しすぎるし、
頑張りすぎるからこうして休んでしまうのは無理もないことよ。」
「いやいや、私はちゃんと睡眠を取っているのに寝てしまったのは不注意によるものだ。」
そうだ
三食全てが温食で屋根つきの部屋で寝れるここブリタニア。
1940年代の最前線と比較すれば天国のようなものである。
「違うわ、そういう意味じゃない。」
何が言いたいのか?
肉体的疲労以外のことだろうか?
「忘れることも生き残るための技能。
『アレ』は貴女のせいじゃない、戦力の移動を判断した上層部よ。」
・・・鋭すぎるぞこの娘。
自分があの事を再度気にしていているのに感づくとは。
「宮藤さん、似ていたわよね。」
「あ、ああ」
ミーナの指摘に頷くほかなかった。
私は妹、今は亡きクリスティアーネ・バルクホルンを宮藤に重ねて見ていた。
一度「忘れる」ことで今日まで生きながらえてきたが
ここでクリスに良く似た宮藤が来たことでクリスを連想させて
部隊壊滅と身内を死なせたのを思い出した私にミーナは危機感を覚えているらしい。
「絶対に、自暴自棄になっては、駄目。」
「そんなの、わかっている」
理性は理解できている、しかたがないと。
けど感情は許さない、お前の責任だと攻め立てる。
あの当時私は感情にゆだね、懲罰的処置を黙って受け入れた。
空から下ろされ、慣れない地上戦では進んで幾度も命を投げ捨てるような真似をしてきた。
「そう、覚えておいて
もう二度と私の目の前で戦友や知り合いが消えるのはいやだから。」
僅か10センチそこらの距離からミーナは見下ろす。
慈愛に満ちた眼と表情、体が密着して心臓の鼓動が聞こえる。
満たされる感覚、人に飢えていたのかもしれない。
ああ、くそ。この後どういえばいいのかわからない。
苦手だ、こういうのは。
「保証はできないが努力する。」
最低な返事だ。
この馬鹿野郎、いや女郎。
ここは大ボラを噴いてでも安心させるべきなのに。
「まったく、本当に最低な返事ね。」
言葉こそ予想通りだが、
ミーナは何故か先ほどまでの暗い雰囲気がなくなる。
「貴女って人は・・・っと、そろそろ夕食の時間ね。」
壁に掛けられた時計に視線が向く。
釣られて見るとたしかにその時間帯で、外もだいぶ暗くなった。
「暗い話はここで終わり!
さあ、気分を変えていきましょ。」
スッ、と立ち上がり手を差し出す。
ああ、そうかそういうことね。
食事で間を置き、一度気分を変えろと。
はは、そうだな暗い話や思考はここで区切ろう。
私が抱える物は解決したわけではないけど皆に見せるわけにはいかないし。
「ああ、そうしよう。」
「ええ、そうしましょう。」
彼女の手を握り立ち上がる。
「ミーナ」
「何?」
まだ言ってなかった。
「ありがとう」
「どういたしまして」
ちょっとだけ楽になった、ありがとう。