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[26873] 【習作】IS~人形輪舞曲(バンボラロンド)~【IS×(武装神姫?+独自要素)+その他ネタ】【TSあり】【更新停止】
Name: ヴぁん◆72ebca82 ID:5a6fbbc2
Date: 2013/04/01 01:01
 お初にお目にかかります。ヴぁんと申します。

 今回、二次創作の発表を初めて行わせていただきます。丁稚な文章でありますが皆様方に楽しんでいただけるよう。

頑張っていきたいと思います。

では注意事項です。

・あまり読みやすい文章ではありません。精進していきたいです。

・更新がマイペースまたリアル事情で、安定しないかもしれません。

・主軸はISで原作沿い?ですが、クロス物でオリ主?です。無双はそんなにできません。ほぼオリキャラもでます。

・グロイというよりエグイ表現があるかもしれません。エヴァンゲ〇オンくらいなのでR-12、もしくはR-15です。

・主に武装神姫側で独自設定や改変設定などが見られます。IS側も説明されてない部分は、脳内補完及びフロム脳でなされています。

・コジマ汚染とTSの要素があります。嫌いな人は見ないほうがいいかもしれません。

・戦闘コマは、ぐだる可能性があります。

・キャラからネタ発言が飛び出すことがあります。また文章からもいきなりネタが飛び出すこともあります。

・シリアス3、一夏のハーレム1、コメディ3、バトル3の配分。でいきたいですが、変動するかもしれません。

・脳内プロットは出来ていますが、原作が未完なのでどうなるか解りません。臨機応変にいきたいです。

それでは、ごゆるりとお楽しみください。


PS、メインタイトルの副題はイタリア語での読み方です。

ーーーーーーーーーーーー

2011/4/1より掲載開始


随時微修正中

2013/3/31 無期限の更新停止を決定。

誠にご勝手ながら、
続きを文章として書くことができなくなりました。

作品を一年近く放置してしまい、申し開きもございません。
ここにおいて、作品の更新停止を宣言いたします。
これまでこの作品を読んで頂き、アドバイスやご感想をありがとう御座いました。

もしかしたら、別媒体で作品を投稿しなおすかもしれません。
その時は、こちらの作品は削除いたします。

それでは、またお会いできることを信じて、ありがとうございました。




[26873] プロローグ1
Name: ヴぁん◆72ebca82 ID:5a6fbbc2
Date: 2011/08/04 00:26
――ある研究者の軌跡――




カタカタカタカタ……

うす暗い部屋の中でキーボードを叩く音が響いている。

カタカタカタタタ……

叩く音が耳障りなほど、この部屋は不気味に静かであり、時折聞こえる呼吸音が人の存在を知らしてくれる。

カタカタカタカタカタカタ……

光源は机の上にあるPCの画面だけで、そこには現在、文字が高速で踊り狂っている。

カタカタカタタ……

 文字を操っているのは、白衣を着て眼鏡をかけた初老ような男性であった。
どこにでもいるような研究者といった格好である彼の特徴を強いて挙げるのであれば、PC画面を反射する眼鏡の奥に隠された、酷く濁った目であろうか。
その目は人間の負の感情である怒り、憎しみ、悔しさ、嫉妬を煮詰めた様だった。






 この男、名前は……仮にDr.Kとしておこう。
 彼は、少し前まで少なくとももっと明るい研究室で働いている普通の研究者であった。
彼の所属していた研究チームはある企業、クロム社という、そこでISに関する研究をしていた。
 ISとは正式名称を『インフィニット・ストラトス』、数年前に一人の天才である篠ノ之 束より発表された宇宙活動用マルチフォーム・スーツである。
しかし、それは既存兵器を軽く凌駕し、これまでの戦略、戦術そして常識すらも根底から覆してしまうものだった。
そしてなにより女性にしか操縦できないことが、この世の男と女のパワーバランスを反転させてしまった。

 彼にとって男女のパワーバランスなどどうでもよかったが、ISの情報が開示されていくごとに、開発者である篠ノ之 束に対してある感情を蓄積していくこととなる。
その感情は嫉妬であった。
大の大人がその才に嫉妬するほどにISに使われている技術は既存技術の数十段上を行っていたのだ。


 情報開示後、彼はISに関する解析班への転属辞令が下ると二言で即答し、その日のうちに研究を始めるほどISにのめり込んだ。
研究中の彼の表情は鬼気迫るものであったと班員がもらしていたという。
 彼の仕事ぶりはすごいの一言につきた。ISの基礎理論から応用、ISコアの表面的な技術まで解析したのだ。
それには開示されていない技術も含まれていた。


 クロム社としては、彼にそこまでの期待をしていなかったため嬉しい誤算となった、彼のレポートは他社が取引を要請するほど精密且つ丁寧に仕上げられ、ISの基幹技術にまで迫っていたからだ。
そしてそれは、彼がIS技術を吸収し、理解していっていることを指し示すものだった。


 彼にとってISを解析することは、天才である篠ノ之 束との勝負であった。
平凡な研究者であった彼がこれほどまでに執念を燃やし、上の見えない壁に挑むのは、彼の中にあった研究者としてのちっぽけな意地『真理を解き明かすこと』があったからに他ならない。
だが、そんな彼でも限界があった。ISコアの解析に待ったが掛かったのである。

 ISコアは情報も開示されておらずブラックボックス化しており、その情報は篠ノ之 束のみが占有する技術の塊で、これを解き明かすことは彼にとって研究者としての勝利となるはずだった。
しかし、それに横槍を入れたのは行政であった、それゆえ彼に抗うすべはなかったのである。

 クロム社も、その技術の重要性はわかっており歯痒い思いであった。
もし解析することができればコアを量産することも夢ではなかったのだ。
それは会社に莫大な利益をもたらす木の苗木であったが、植えることすら許されなかったことを考えれば、その悔しさは半端なものではない。


 後に判ったことだが、この行政の決定には篠ノ之 束の介入があり、行政側も不服な差し止めだったようだ。
それを知った彼の表情は、怒りと悔しさが入り混じっており、個室に戻っていく後ろ姿には阿修羅が見えたという。
彼にとってそれは同じ土俵立つ資格すらないと言われたも同然で、激発するのも無理のない話であった。


 彼が激発していた頃、クロム社は次の手を考えていた。
最善がだめになったら次善を、商売人である彼らは切り替えが早いのだ。
次善の案は、事前に数個まで絞られており保留状態で待たされていた。
会議の結果、ISにおいての最大の特徴であり欠陥である『男性が操縦できないこと』の研究を推進することに決定した。

 この技術を確立し、『男性が操縦できる』ようになれば企業として名声も利益も手に入れることが出来ると判断したものだった。
もちろん、この研究は彼に打診され、今度は邪魔をされないように極秘裏に研究は進められていった。





 研究は困難を極めたが、着実に進められていった。研究開始から数ヶ月後、彼はある仮説を立てた。
その仮説とは「男性でも女性型義体を通すことでISの操縦が可能になる」という突拍子もないものであった。
研究報告会での彼の言い分はこのようなものだった。

「研究中にISの起動時を細かく解析した結果、操縦者に対しISからなんらかのスキャンが行われておりました。
 このスキャンは、起動時の動作に巧妙に隠されていましたが、なんてことはない容姿に関するスキャンでありました。
 容姿といっても体型や骨格などでISコアが独自の判断をしているようです。」

「なぜ、男性がISコアに認められないのか、ということまでは判りませんでしたが、このスキャンを基にIS適正が設定されることは突き止めました。」

彼は、一度息を整えて続ける。

「つまり、結論から言えばこのスキャンを誤魔化す事が出来れば、男性によるISの起動が可能であるといえます。」

 報告を受けた上層部から感嘆の声が上がる。
彼はそれが静まってからさらにこう続けた。

「しかし、問題は、いかにISコアを欺くか。そしてその後をどうするかということであります。」

「ISコアは優秀であり、女性の標準骨格に近い男性でも起動までにはたどり着けませんでした。」

「そこで私は、男性をISに直接認識させるのではなく、女性型義体というゲタを履かせることでISに誤認させるということを考えました。」

上層部から動揺の声が上がる。いくら本物と同様までの義手や義足を作る技術があってもこの時点では全身を義体化する技術はまだ未知の領域であるからだ。

「お静かに、ここでいう義体は、あくまでISを誤認させるためのロボットのようなもので、男性がロボットを中継して、ISを操作すると考えていただきたい」

「そして、それらは我々が養ってきた技術の応用で実現可能であると判断しました。」


それから具体的な草案が発表され、報告会は終了した。

報告を聞いていくほど上層部の雰囲気が変わっていくのが見て取れた。
それほどまでに現実味を帯びた報告だったのである。

 後日、静かに新プロジェクトが立ち上げられ、その参加名簿に彼の名前も記されていた。
平凡な研究者は、クロム社にとって無くてはならない存在へとなっていた。
こうして彼の取り巻く状況は変わり始めたのだ。


 話は変わるが実はこのクロム社は、IS関連事業を開始する前には医療系技術部門の事業を展開していて、義手や義足といったものから手術用遠隔操作ロボット、果ては寝たきりの患者への治療としてのバーチャルリアリティー(以後VRとする)システムの開発をしており、ナノマシンにも手を出しているという技術的にはかなり恵まれたものだった。
ISはパワードスーツであるが、その操作は生体電気を使った義手や義足に近い。
 クロム社がIS関連の研究で他の企業より早期に発展していったのもこれらの技術的接点が主な要因であった。




 新プロジェクトの発動から約2ヶ月が経過した頃、彼が提唱した計画の要となる技術についての報告が上がってきた。
それらを簡潔にまとめると、
・義体技術については、わが社が保有する義手、義足の技術を基本に、ナノマシン技術を流用することで完成する目処がつく。
・義体と人間を中継させる技術は、手術用遠隔操作ロボットとVRシステムを組み合わせ、発展させることで可能。
・どちらもわが社の既存技術とIS技術を組み合わせることで実現可能。
・この2つの技術名称は、前者を義体技術、後者をサイコダイブ技術とすることが決定。
・どちらも1ヶ月以内に試作品を提出可能。
・予算が大分余りそうなので更なる技術開発を推進したいという要望。
・義体技術とサイコダイブ技術による単独の商品開発についてなど
というものだった。


 この報告は上層部に、かなりの好感触を与え、プロジェクトは更に加速していくこととなる。
ちなみにこの開発速度については、クロム社には基となる技術があったということとIS技術の分析結果があること、さらに研究員と技術者の連携が上手くいったためであり、本来プロジェクトというものは、年単位で行われるものであることから彼らがどれだけの技術力を有しているかが解るであろう。




 前回の報告から、1ヶ月が過ぎ、双方の試作品が報告書と共に提出された。
ナノマシンを惜しみなく使い人間の女性に出来る限り似せた義体(というよりは人形)2体と、人間と機械を繋ぐサイコダイブ装置はすでにすり合わせを行い稼動実験を成功させていた。
 他の企業ならばこれだけでも主力技術として売り出せるほどである。
もちろん、クロム社もその辺りは抜かりない。
義体技術からの副産物であるナノマシンを使用した新型義手やサイコダイブ技術をフィードバックさせた新型VRシステムなど恩恵はすぐに現れていた。
 なお稼動実験時の記録として、義体に関して、視界、四肢の感覚、五感に関する男女のサイコダイブに関する影響などが残され、報告書がまとめられている。

主な特徴として、
・義体は通常なら10時間以上の連続稼動が可能、しかし、格闘など戦闘行動を行った場合、急激にバッテリー消費速度があがるため、2~3時間が限度であること。
・専用の充電装置が必要であること。
・個人差にもよるがサイコダイブによる酔いが起こることがあること。
・酔い以外のサイコダイブによる健康被害は確認されていないこと。
・最長サイコダイブ時間は5時間が限界。
・サイコダイブに個人差はあるが、男女、年齢差は確認されていない。
・四肢の感覚に問題はない、五感に関してはすこし敏感すぎるようで調整が必要。
そして報告書の最後に、

<改良の余地はあるが、現状でも問題なく動作を確認、義体技術及びサイコダイブ技術に致命的な欠陥なし。
 順次、改良と調整を行いつつ、次の段階であるISの起動実験に移行することの許可を求む。>

と締めくくられている。



 蛇足だが、義体班とサイコダイブ班が初すり合わせ行った際、
両班から、「ア〇ギスとKOS-M〇S…だと…」とか「.hac〇…」などの発言がみられたあと、
何故か意気投合したという。
 教訓:いい物を作るなら遊び心と余裕も必要。







――ある研究者たちの軌跡――



 報告を受けたクロム社は、義体によるIS起動実験の実施を決定。1週間以内に実験出来るよう調整すると通達した。
通達を受け、研究チームは急ピッチで実験の準備をすると共に、細やかな改良と調整を2体の義体とサイコダイブ装置に施していった。
 
 


 ここで2体の義体について紹介しておこう。

 1体目は、プロトタイプであるNo.00、仮名称「I-GS」通称「アイギス」。
このアイギスは機械とナノマシンを使った全身義体を作ることを主目標とした義体である。
そのためか、一部間接などから機械部が露出している。
構成している機械とナノマシンの比率は、7:3で機械が主体だ。


 2体目は、制式タイプであるNo.01、仮名称「KS-MS」通称「コスモス」。
アイギスより得られたデータをフィードバックし、より人間の構造に近づけることを主目標とした義体である。
そのためアイギスに見られた機械部の露出は無くなっており、外観はより人間に近くなっている。
構成している比率は、2:8で機械は基本フレームとし、ナノマシンを主体としている。


 なお、義体のモデルに対して研究チームに質問したところ、一昔前に出たゲームに登場するアンドロイドのキャラクターをモデルにしたという答えが返ってきた。
彼らの言い分としては、

「何分、全身義体という分野は未知の領域でイメージがしづらかったため、資料を探したのだが、論文などでは外観に関する記述が少なく、古典SFなども漁ってみたが参考にはならなかった。また、ISコアは容姿を気にすると聞いていたので、不気味の谷にならないようするための、資料集めは難航、苦肉の策として3Dモデルデータのあるゲームから、キャラクターをモデルとして使うことにした。そのため2体の義体は結果的に、あのような外見となった。」

ということらしかった。

 ちなみにモデルの決定については事後承諾であったため、上層部が呆れていたのが印象的であった。
逆に説明していた研究者のチーム内では、悪い顔しながら「計画通り」と漏らした者が何人かいたらしい。
また、容姿云々は伝達の齟齬によるものとして注意を受ける程度だったことを記しておく。
 


 どうでもいいことだがサイコダイブ時、表情の豊かさでは、アイギスに軍配があがる。








 IS起動実験当日、実験会場はISの暴走なども考慮に入れ、頑丈な地下区画の防爆実験棟で行うことになった。
そこには数人の上層部の方も見学にきており、Dr.Kが説明を行っているのも見えた。


 Dr.Kが実験指令所に向かう。実験の開始が近いようだ。
 実験場では、アイギスとコスモスが立って待機しており、反対側にはISが待機状態で鎮座していた。
2体の義体にはすでにサイコダイブによる男性の搭乗が済んでおり、開始の合図を待つだけであった。

 指令所では、2体の義体、2人の男性、2個のISコアの状況が随時モニタリングされており、
起動及び稼動に関する計測の準備も万端のようだ。



 Dr.Kが持ち場に着いた。
 この実験が成功すればISにも男性が乗れるかもしれず、上手くすればIS適正のない女性でも、空を飛ぶことが出来る。
だが、ここにいる者たちはそんな大層な事は考えておらず、それぞれの思惑で実験に臨んでいる。



 Dr.Kにとっては、前段階であり篠ノ之 束へ挑戦するための準備運動にすぎず、
多くの研究員にとっては、自分たちが練り上げた技術の結果で、血と汗と睡眠時間の結晶が認められる瞬間であり、
一部の研究員にとっては、自分の夢が叶えられたことによる幸福と、これからの野望への一歩であり、
クロム社にとっては、投資による技術発展とその結果であり、これらは商品の発表会で、心の中では算盤を弾いている。
サイコダイブ搭乗者は、ISに乗れるということに心躍らせている。







「今から、義体によるIS起動及び稼動実験を120秒後より開始する。」
 Dr.Kより指令が下され、オペレーターよりカウントダウンが開始される。



「……3…2…1、実験開始」

研究員たちが記録を開始すると共に、
2体の義体が前進して行き、
それぞれのISに迫り、
手を伸ばしていく。

その手を全員が固唾を呑んで見守る。




そしてついに手が触れ……























 ISは起動した。



 ISの起動を受け、

「こちらサイコダイブ計測班、計測No.1、A搭乗者バイタル及びステータスに異常なし。」
「同じく計測No.2、B搭乗者バイタル及びステータスに異常なし。」

叫び喜びたい衝動を抑えながら

「こちら義体計測班、計測No.3、アイギスのステータスに問題なし。」
「同じく、計測No.4、コスモスのステータスに問題なし。」

研究員たちが、

「こちらISコア計測班、計測No.5、ISコアAに異常なし。IS適正はC、初期設定からフォーマット及びフィッティングの開始を確認。」
「同じく計測No.6、ISコアBに異常なし。IS適正はD、こちらも初期設定からフォーマット及びフィッティングの開始を確認。」

各自画面での情報を報告していき、

「ISの起動を確認、全ての観察項目に異常なし、起動実験は成功しました。繰り返します……」

 最後に起動実験の成功をオペレーターが繰り返しアナウンスする。
それを満足そうに聞く上層部と未だに厳しい顔のままの彼との対比が印象的だった。

 こうしてDr.Kの仮説は実証されることとなった。

しかし、実験はまだ終わっていない、この実験は起動及び稼動実験なのだ。
Dr.Kから次の実験への移行が指示され、オペレーターが繋いでいく。



彼らの衝動は、開放までもう少し時間がかかりそうだった……。














「これで実験の全工程を終了します。お疲れ様でした。」

 最終アナウンスが流れると、研究員たちから拍手と歓声を、上層部から拍手と労いの言葉が送られた。
あの後、稼動実験は問題なくおわり、搭乗者たちにも軽いサイコダイブ酔いがあるくらいで診断による問題はみられず、実験結果に満足して上層部は上機嫌なまま帰っていった。
 起動と稼動データの洗い出しや、各レポートの作成は明日以降として、研究員たちには解散を指示した。
義体の改良により最大3時間だった戦闘連続稼動時間を5時間に伸ばすことに成功していたが、5時間という制限時間の中で、膨大な数の実験項目を終わらせなければならなかったのだ。
さすがの研究員たちも疲労困憊で……

「イヤッホー!!、実験成功の祝杯あげよーぜ!!」

……まだ興奮冷めやらぬ者もいるようだが、まあ今回は大目にみることにしたようだ。
(Dr.Kの額に青筋が見えたような気もするがキニシナイ。)

 そして今、司令室にいるのはDr.K一人のみとなった。
彼の目線の先には、待機状態のISと、クレイドルと呼ばれる充電装置に眠るように座らされた義体たちがあった。

 彼には今回の実験で疑問に残ったことがあった。IS適正の基準である。
彼が発見した容姿による適正判断は、ISコアの独自判断であるとされ、基準自体は闇の中である。
そして今回の実験で使用したコアは連番のコアで、製造時期もほぼ変わらなかった。
 ISの開示情報の中に、コア・ネットワークがあることを考えると、両方のIS適正が、Dである可能性が高かった。
しかし、結果はコスモスはDで、コスモスより人間の容姿に遠いはずのアイギスがCであった。
この差は何が原因で起きたのか……、彼は今夜も眠れそうにない。







 次の日、研究員たちは二日酔いの中でデータの洗い出しとレポートの作成をしなければならず、地獄を見たそうだ。
ちなみに考え事で一徹したはずのDr.Kは平気な顔で報告書を纏めていたそうな。

 教訓:お酒は、次の日に持ち越さないよう限度を守って楽しく飲みましょう。








――とある企業の軌跡――



 クロム社より全世界に向けて、男性によるIS起動実験が条件付きとはいえ、成功したことが発表された。
それは、少なからず世界に衝撃を与えたことは言わずとも解ることである。もっとも事の詳細を知った男性諸君はみな引き攣った顔をして聞いていたが……。
 まあ仕方ないことであろう。普通に考えればISに反応しなくても単なる義体として発表できるほどの技術なのにISが反応するものを作ってしまったのだから。
人々はクロム社の技術力に驚嘆し、それ以上にぶっ飛んだ発想にため息をついた。
 この発表により義体市場の先駆者となったクロム社は、その地位と名誉を不動のものとしていくこととなる。
あと、義体の影に隠れてしまったが、技術者の間では、サイコダイブに関する問い合わせが多かった。

 それと義体は、男女両方のタイプが成形されている。ナノマシンによる成形なのでオーダーメイドで作ることが簡単なのである。
ただし、ナノマシンそのものが高価なため、個人で買われることは資産家でもない限り少なく、大病院などの医療系機関が納入先として多いようだ。
新型ナノマシンの量産が一段落すれば値段も落ち着いてくる見通しである。




 この発表後、クロム社はISを起動できる義体を使っての、新しい企画を立ち上げていた。
その名も、プロジェクト『武装神姫』である。
発案は、Dr.Kのチームにいた研究者で、暇つぶしに書いていた企画案が原因であった。

 そこには、義体によりISの搭乗制限が外れたことで、誰もがISを操縦することが出来、モンド・グロッソへ参加が実現可能になったことを踏まえ、義体同士でIS大会を開き、トーナメントを制した搭乗者に現役IS搭乗者への挑戦権と賞金を授与するというものであった。
また、その企画案には暇つぶしとは言えないほど、メリットとデメリットが綿密に書き出されていた。

 まず、先にモンド・グロッソの説明を簡単にしておこう。
強いて言えばISを使ったオリンピックであり、格闘部門など様々な競技を各国の代表選手が競い合う世界大会である。
また、競技優勝者や総合優勝者には特別な称号が与えられる。
現在すでに2回の大会が開かれ、アクシデントはあったものの好評のうちに閉幕している。以上。


 報告書の要点を箇条書きにしていくと、このようなことが書かれていた。

メリット
・ISの武装を試したいIS関連企業が参加する可能性大
  ISの数と搭乗者の数が限られているため、ISを確保できない小中企業の参加が見込める。
・IS適正の無かった人が参加申し込みする可能性大
  最大の目玉である。男性だけでなく女性からも参加者が見込める。(それがお遊びだったとしても)
・サイコダイブ装置を使ったバトルシミュレーションゲームを作っておくとトーナメントの質があがる可能性がある。
・そもそもISコアが無くても義体専用の武装を作ることが出来れば、大会が開ける。(義体同士で戦うため)
・搭乗者に危険が及ばない。
・宇宙空間でのド迫力戦闘が行えるかも、月で開拓勝負なんてのも面白いかもしれない。

デメリット
・義体1体の単価が高すぎて、壊れた際のコストパフォーマンスが釣り合わない。
  ISにある絶対防御のようなものを義体が発動できれば問題はなくなる。
・ISコアが足りなくなる可能性がある。
  そもそも数が無いのに貸してくれるかどうか、義体自体が武装の出し入れや武装へのエネルギー供給ができればISコア不在でも可能?
・モンド・グロッソの運営が許可してくれるか不明。


 




 ちなみにこれと同じような企画案が、企画部より提出されていて同じような指摘がなされていた。
もっとも、企画部のほうは、予算関係の問題の指摘が多く、利益率まで計算されていたが……。クロム社には、呆れるほど優秀な者が多いらしい。
 上層部は義体によるIS大会を開く際に問題となる技術的な部分の返答を、Dr.KとIS解析研究班に求めた。
2つの部署に返答を求めた理由は、義体側とIS側からの双方の意見が聞きたかったからである。


 1週間後、上層部に2つの報告書が渡される。
Dr.KからとIS解析研究班からの返答は、共に「条件付で、技術的に可能」であった。
各部署の返答結果が報告される。


 二つの返答を統合し要約して説明すると。

Q1.ISにある絶対防御とシールドバリアーは、義体で可能か。

A.可能、義体に使用しているナノマシンを利用して再現はできるが、絶対防御はISより性能が落ちる。

Q2.義体専用の武装でISに対抗できるか。

A.不可能であるが、モンド・グロッソというルール内のみであるのならば可能。
 補足、義体専用の武装がIS関連技術からの転用の場合に限る。

Q3.義体自体にISの機能である、武器の出し入れと武装へのエネルギー供給を付加可能か。

A.可能、物の量子化は解析済みであり、原理もわかっている。
 しかし、量子化に関しては莫大なエネルギーを消費するため、今の義体では武器のマガジンを10個ほどストックするのが限界。
 武装へのエネルギー供給も考えると、戦闘可能時間が極端に短くなる。
 モンド・グロッソ用義体として再設計及び作り直しを提案する。
 補足、ISは量子化に必要なエネルギーをISコアによって補っている。武装へのエネルギー供給も同様。


 上層部は満足な返答を得たようだ。とくにQ2.の返答が事実ならば、クロム社の義体はISの3割もの力を持っていることになる。
そしてDr.Kは上層部に媚びを売るような研究者ではないことは今までの報告書と実績を考えればわかる。
つまり、これは事実であるということだろうと上層部はそう判断した。
この報告によりプロジェクト『武装神姫』実行への下準備が始められていくこととなった。






 後日、起動及び稼動実験を報告書にまとめ終わり、提出したDr.K率いる義体研究班に辞令が下る。
そこにはこのように記されていた。

<プロジェクト『武装神姫』の実行が決定、そちらにいる発案した研究員に計画の細かい資料の作成とプロジェクトを煮詰めるために会議に参加することを要請する。なお、義体研究班は義体開発班と合流し、『武装神姫』の雛形となるモンド・グロッソ用の義体(以後、素体)と、その素体用の武装の完成に注力せよ。また、『武装神姫』の雛形についての仕様書(要求書)を送付する。解らないことは、Dr.Kと発案した研究員に伝えて、まとめておくこと。>




 伝え終わってから数秒後、研究員たちから絶望のうめき声が奏でられた。






……さぁ、デスマーチの始まりだ(笑)!!
「「「「「「笑い事じゃない!!!」」」」」」




 





おまけ

 Dr.Kが辞令を読み上げる少し前。


「主任、主任、どうしたんですか?そんな嫌そうな顔して」

ある研究員が、書類を見ているDr.Kに尋ねる。

「……新しい辞令だよ」

そう言って研究員に見ていた書類を渡すDr.K。

「えっ……、マジっすか?!」

研究員は、書類を見ながらげんなりとしていく。

「あー……」

ため息をつきつつ研究員は書類を返してきながら、いきなり顔を上げると、

「仕事が増えるよ!!やったね、sy(ボフッ」

「言わせんぞ」

言葉を遮られ、仮眠用の枕をDr.Kから投げつけられた。
そのあと、Dr.Kは枕を回収して辞令を発表しに研究室に戻っていった。


 ちなみに、枕を投げつけられたこの研究員は所々でネタ発言している者で、名前を風見 幽真(カザミ ユウマ)と言う、入社3年目の新米研究員として、ここに配属されている。
 この辞令の元凶その1である。
なお、元凶その2は、技術的な返答であの報告をしたDr.K本人である。



教訓:人生なにが巡って帰ってくるか解らない。 







――――――――――――――――

お粗末さまでした。





4月18日改訂

8月4日修正





[26873] プロローグ2
Name: ヴぁん◆72ebca82 ID:5a6fbbc2
Date: 2011/08/04 00:28


カタカタカタタ……

 場面は最初の暗い一室に戻る。

カタカタカタカタ・・・・・

 彼の作業は未だ続いているようだ。

カタカタカタカタ……

 彼、Dr.Kはその生気の無い目と手を動かし、只管にプログラムを打ち込んでいる。




……カタカタカタタッ

 少し経ってキーボードを打ち込む音が止んだ。
 彼はPCにセキリティロックをかけると、おもむろに席を立ち、ある方向に進んでいく。
その先には、薄暗く良くわからなかったが、言うなれば生体ポッドのようなものが十数個立てられていた。



 その中の一つの前で、Dr.Kは立ち止まるとポッドの横ある機械に手を当て、目をつぶった。
そうすると、手を置いた機械から淡い光が漏れ、生体ポッドへと繋がっていく。
光はそのまま、中にある人型に進み、光が触れると人型が震えるのが見て取れた。
その出来事は数秒もしないうちに終わり、今は薄暗い部屋に戻っている。


 Dr.Kは、その人型の様子に満足した笑みを見せると、白衣のポケットから銃を取り出し、銃口をこめかみに当て引き金を引いた。
銃声が響く。赤い花が咲く。

 それを感知したのか、部屋は赤い照明がつき、警戒アナウンスが流れてくる。

「警告。地下区画RX-79域にて小火器の銃声を感知、保安部はB装備で該当区画に急行せよ。なお安全のため区画ごと隔離を実行、隔壁から離れ……」

 もうこの部屋にはその警報を聞くものは誰も居ない。





 Dr.K、享年49歳。
クロム社においてIS技術の解析を行い、その技術を既存技術と混ぜ合わせることでクロム社の技術力向上に多大な貢献をした。

 クロム社が近年、稀に見る大成長を成し得たのは、彼のIS技術解析レポートのおかげと言って間違いない。
クロム社の主力製品である義体とサイコダイブ装置の基礎応用理論を立て、プロジェクト『武装神姫』の素体及び武装開発の中核でもあった。

 彼の自殺については、謎に包まれており自殺した場所が地下区画の遺棄された研究室で、そこには十数種の素体が休眠状態で生体ポッドに入っていた。
自殺の時期はISが発表されて9年、クロム社から義体が発表されて3年のことである。

 
 素体の製造番号はどれも試作品の番号でDr.Kが研究用に保管していたものであり、なんらかの処置がなされていた。そのうちの4体は特殊処置と書かれていた。
解析班に輸送中、何者かが襲撃、10体の素体が強奪されるという事件が起こる。
別口で輸送されていた特殊処置の4体は、Dr.Kが率いていた義体開発研究部に着くと、そのうちの3体が突然起動し、研究員に話かけてきたと報告されている。
現在、この2つの事に関する報告書を纏めている最中なので、後日詳細を説明する。

 なお、彼のチームに配属されていた風見 幽真(カザミ ユウマ)という研究員がDr.Kの自殺する数日前より行方不明で、事件と関連があるかわからないが捜索中である。
詳細が判明するまでこの事件について緘口令を出すことになっている。

 この報告書は、社外秘としてランクAAA以上の社員のみ閲覧できるものとする。








――とある世界の軌跡――


 ある天才がISを発表してから、様々なパワーバランスは崩れ、時代は激動の様相をみせていた。
それから約6年、世界が落ち着きを取り戻し、女尊男卑を当たり前に思う者が出てき始めた頃、クロム社が新たな爆弾を投下した。
ISを操縦できる義体技術とサイコダイブ技術である。


 この発表に世界は大きく揺れた、現在ISは世界において最強を冠するものであり、それを操縦できるものは女性で適正のあるもののみである。
その牙城をクロム社は崩そうとしているのだ。
政界は混乱の極み、市民にも動揺が走る。だが、これを喜ぶ者たちもいた。
まだ、空を飛びたいと思っていた元空軍のパイロットたちである。彼らはISの登場による軍縮を受け、軍に居られなくなった者たちだった。

「また、空に手が届く」

そのような囁きが世界の各所から聞こえてきたのである。
ちなみに義体の映像が世界に流れた時の反応が、口をあんぐりと開けて止まったり、机に頭ぶつけたり、ドアに小指ぶつけるなどで多種多様な絶叫が聞こえてきたことを記しておく。
(一部で、「うおっしゃーーーー!!」という野太い声と黄色い声の、喜びの叫びが聞こえたが、スルーしておく。地域としては、主に極東の島国から、ビールの国、現最強の国と様々だった。キニシテハイケナイ)
もちろん、この情報はISの開発者である篠ノ之 束にも入ってきていた。



 ある一室で多画面のPCに向かう、ウサミミ着きのアリスファッションという奇抜な格好……、いやコスプレをした女性がいた。
そうISの開発者である篠ノ之 束である。
 束はクロム社の発表した義体についての記事とクロム社のHPに書かれている詳細、そしてハッキングによって社内資料を同時に閲覧していた。

「へー、ISのことちゃんと理解できる人が、私のほかにもいたんだー。んー、でもクロム社ってどこかで聞いたような……。あー……あー…ああっ!!ISコアを解析しちゃいそうになった所か!そうかーあそこかー。」

なにか思うところがあったのか、うんうんと頷く束。

「いやー、あの時はISのコア・ネットワークから緊急通達が来ちゃって、慌てて政府脅して止めちゃったけど、これだけ理解出来てるなら止めるほどでもなかったかな?」

ちーちゃんにも教えてあげようっと。と彼女は気軽に言っているが、「ちーちゃん」とは彼女の親友であり、第一回モンド・グロッソ優勝者である元世界最強の女性「織斑 千冬(オリムラ チフユ)」、その人である。









「……誰だ!!この忙しいと」「やっほー、ちーちゃんおひさしぶりー」






 織斑 千冬には困った親友がいる。
誰が言ったか、親友は「天才で天災」と呼ばれている。
それは自他共に認めているような状態だ。

 彼女は今、第二回モンド・グロッソで起こったアクシデントに関しての後片付けを終え、弟と共に家に帰ってきたところだった。
さらに手配やらなんやらで書類を書き込んでいるときに携帯が掛かってきたので、思わず叫んでしまったのである。

「…で、何か用事か?」

「怒っちゃだめだよー、ちーちゃん、短気は損気っていうんだから。」

 彼女は相変わらず暢気な態度の親友に頭を抱えた。
そして埒が明かないので会話を進めることにした。


「それで何かあったのか?というより通信して大丈夫なのか?」

「大丈夫、ダイジョーブ。ちゃんと秘匿通信だから、それでね、それでね、ちーちゃん今ニュース見てる?」

親友が珍しく外の事について話しているのに驚きつつ返事をする。

「いや見てないが……。」

「じゃあさ、じゃあさ。テレビでもPCでもなんでもいいから見てみてよ。」

 要領得ない答えに困惑しつつも千冬は、書いている書類を途中で保存し、PCでニュースサイトを見てみる。
ニュース一覧を開くと一面の見出しにそれは載っていた。

……何の冗談だと彼女は思った。




 さっきから家の外が煩いはずだと彼女は思い返す。
こんな発表があれば、騒ぎにならないほうがおかしいからだ。
意識をこちらに戻しながら束との会話を再開する。

「束、これはいったいどういうことだ。まさかまた……」

「違うよ、ちーちゃん。」

束の声に違和感を感じる。
少なくとも彼女はこんな声を聞いたことが無かった。

「ねぇ、聞いて、ちーちゃん!!この義体ってね、私の発表したISの技術を応用して作られてるんだって!!」

「ああ……、そう書いてあるな。」

いつになく興奮した様子の束に、驚きながらも冷静に返して行く。

「だが、すでに開示された技術なのだろ?」

「違う、違うよ!ちーちゃん!あんなちゃちな技術じゃなく、ISをもっと分析、解析して理解しないと扱えない技術なんだよ!!」

束の説明は止まらない。

「開示要求で開示された情報なんてISの1000分の1!ううん10000分の1も理解してないんだよ。表面も表面、薄皮の部分なんだよ!!」

千冬は、なぜ束がこんなにも半狂乱になって興奮しているのか、なんとなくわかってきていた。

「だけど、違う!この会社は、このDr.Kって人は!私がつくったISって物を理解してくれている!!表面上だけでなく地殻まで掘り込んできてる!!」

束は……。

「それでね、聞いてちーちゃん!このDr.Kって人、すごいんだよ!私の作ったISを解析して、レポートを書いてるんだけどね!!」

篠ノ之 束は……。

「ISコア以外のブラックボックスを全部開けちゃったんだよ!しかも他の人が理解できるようなレポートを書けるほど全部理解して!!」

寂しかったのだ。

「それでね、それでね!」

 天才は孤独である。
誰にも理解されず、誰もその思考を捕らえることはできない。
理解できるのは、同じ天才か、それ以上の天才か……、はたまた、全く逆ベクトルの秀才か、バカだけである。

(なぜ、一瞬⑨の文字が浮かび上がった……?)

変な思考に、はまり掛けた千冬は束の言葉でこちらに戻される。

「ねぇ聞いてる?ちーちゃん?」

「ん……、ああ、聞いている。しかし良かったのか。世に出されたらまずい技術だからブラックボックス化していたんだろ?」

「というより、勝手にブラックボックス化してたんだよね。他の人が理解できないから。」

すこし、落ちついた様に束が言う。

「それでね!本題なんだけど、そのDr.Kってね!ISコアまで解析しようとしたんだよ!」

「ああ、そうだろうなそうでもしないとIS適正の秘密まで見抜けなかっただろう。」
(私も全てを理解しているわけではないが……。)

「ISのコア・ネットワークから緊急警報が来て、焦って止めちゃったんだけど。ここまで理解してくれてるんなら、解析してもらってもよかったかなーって思ったり。」

いきなりの束の発言に唖然とする千冬。

「そこまで……。」

「んー?どうしたの、ちーちゃん。」

千冬は、出掛かった言葉を飲み込んでなんでもない振りをする。

「いや、なんでもない。ああ、そうだ。そんな情報をもっていると国際IS委員会が黙っていないんじゃないか?」

「うー、なんか逸らされた気がするけど……。えっとね、委員会の基準ってさ、ISに関連することだけなんだよね。開示要求してくるの。」

「ああ……」

「だから、これは『わが社の義体の技術だ』って言ってるみたいだよ。クロム社、しかも押し通してるし。」

「なるほど、クロム社はISからの技術を屁理屈が言えるほど習得したということか。いい上層部だな。」

「だねー。Dr.Kの解析レポート自体は提出してるみたいだし……。そういえば、いっくんが誘拐されそうになったんだって……?」

とてつもなく、冷たい声で束が聞いてくる。

「あっ…ああ……、亡国機業という組織にな……。」

「へー、ふーん、そーなんだー。亡国機業っていうんだー。……うん、こっちでも調べておくね。なんか気になるから。」

束からの重圧が戻る。

「じゃ、また連絡するね。」

「わかった…。よろしく頼む。」


 束からの電話が切れ、通話切ろうとするがなかなか押せなかった。
そして、千冬は自分の腕が震えているのに初めて気づいた。

そして窓の外が明るくなり始めているのにも気づいた。

(書類……どうしよう)

 織斑 千冬、彼女は、元世界最強の女性であり、現世界最凶の苦労人であった。










 ちなみに義体の映像を見たときの2人の反応。

天才
「おー、すごいすごい。これ考えちゃった人とも気が合いそう!!主に夢想実現之事な意味で!」
 
苦労人
「勘弁してくれ……。」














――続・とある企業の軌跡――


 クロム社と聞いて何を思い浮かべるかと聞かれれば、医療関係者は義手と義足と答え、PMCでは、VRシステムと答えた。
政府は、ナノマシンと答え、一般人はゲーム機のVRシステムと答えた。
でも、そんな答えはもう古い。
いまやクロム社と言えば義体、義体、義体!!それは一夜にして義体一色に塗り替えられた!




 そんな見出しが新聞の一面に躍っているのを、コーヒーを飲みながらDr.Kが読んでいる。ちなみに研究室に泊まって3日目の朝である。
他の研究員の面々は、床に寝る者、椅子を繋げて寝る者、机で寝る者、PCで寝落ちしてる者とじつに様々だ。
ちなみにPCで寝落ちしている者は、内容保存してあげるのがDr.Kの優しさである。

その頃、幽真は廊下でぶっ倒れていた。3徹後であった。


 あの辞令が下ってから2ヶ月たった話である。







 プロジェクト『武装神姫』




 クロム社が発する新しいビジョン。
プロジェクトの内容を説明いたします。

 このプロジェクトは、クロム社においてIS解析の最大功績者であるDr.Kの提唱した義体理論を基にしております。
この理論は、人間に義体と言うゲタを履かせることでISに誤認を起こさせ、誰もがISに搭乗できるようにするというものです。
そしてこれらの理論は、実証され、すでに実践段階にあることは、各々方良くご存知だと思います。

 さて、現在、これらの利益は、誰もが享受しえるものではありません。
極一部の人しかISを操縦できず、そして極一部の企業がその恩恵を受けている状態であります。
そして我がクロム社もその一つです。
そういった企業、組織は長続きせず、どこかで破綻が起きます。何事でもバランスが寛容なのです。
我らクロム社がほしいのは、断崖絶壁からの滝ではなく、大きな山脈からくる長く大海まで続く川なのです。

 では、どうすればよいか。 答えは簡単でISの絶対数を増やせばよい、そうすれば必然的に恩恵受ける企業も増えます。
ええ、解っております。それは不可能であることを、ISの開発者である篠ノ之 束がISコアを製造しなくなったため、467機で打ち止めとなっています。
この絶対数のため、IS関連企業は政府から補助金を受けなければ厳しい状況というとても情けない状態です。健全な状況ではありません。

 このままでは、癒着などにより成長を止めることになるでしょう。成長し続けるには新しい水が必要なのです。そして進化には、宿敵が必要です。

 では、本題に入りましょう。
こちらの映像をご覧下さい。



 会議室の中央で立体映像が映り、そこでは武装した少女?が軍事訓練用アスレチックを易々と突破して行く様が見れた。
黒い全身スーツを身に纏、胸部上部より鎖帷子のようなものが見え、時代劇物に出てくる「くノ一」と言える服装、そしてその少女の髪は、淡い水色という生物学上ありえない色していた。


 司会者は映像を流しながら、話を続ける。



 現在、映っている彼女は、プロジェクト『武装神姫』の雛形になるために作られた『TYPE:忍者型フブキ』と呼ばれる素体です。
素体とは、モンド・グロッソを主眼においてチューンされた義体を差します。この素体は、悪く言えばISの劣化コピーの性能と言えるでしょう。

 お客様、ご説明いたしますので、お静まりください。

 では、改めましてご説明いたします。
武装神姫の素体は、ISと対比した場合、ISを10として3の力しかありません。
この素体は、義体にはなかった機能がいくつも付与されています。

 まず、ISにある絶対防御に準ずる安全防壁。
これは素体を構成いるナノマシンを応用し素体へのダメージを減らし、戦闘での破損減らし、コストパフォーマンスを上げます。
現在、義体全般において、オーダーメイドと基本フレームはかなり安価になっているのですが、肝心の新型ナノマシンの増産が間に合っていないため割高となっており、この安全防壁により修理しやすくする狙いがあります。
 また搭乗者にこの防壁があることで安心感を与えることができます。
なお、この安全防壁は実質3層構造となっており、一番外側がISにも搭載されているシールドバリアー、次に全身を守る第一安全防壁、最後に胴体と頭を守る最終安全防壁です。

なぜ最後が頭と胴体なのかと言いますと、クロム社であるからというのが主な理由ですね。
我らクロム社は元々義手義足を主に作っていたため、生産ラインが整っているのです。
そのため手足を守る必要もないのです。
まあ、ナノマシン技術のお陰で生産は楽になったというのもありますが。

 次に、量子変換機能です。
この機能によりマウントされた武器のデットウェイトを少なくできます。
その様子はISを見ていれば良くわかると思います。

 また、素体はこれらの機能を存分に使い、さらにIS用武装を使っても最大5時間の連続戦闘に耐えられるように作られています。
まあ、IS用の武装と言ってもモンド・グロッソ用にデチューンされたものですがね。



ああ、ぬか喜びさせてしまい申し訳ありません。


 しかし、次の話題ではぬか喜びなどさせませんよ。
さて、この武装神姫、現在足りないものがあります。
そう武装の部分です。

 やはりIS用の武装では、相性などの問題により武装も素体も100%の力を出せません。
そして、私は先ほどこう言いました。
素体はISの3割の力しかないと、では残り7割どうすれば良いか、この場に居られるIS関連企業の武装部門の方々ならお気づきでしょう。
武装で補えばよいのです。

 IS関連企業の方々には、この「武装神姫」をIS用の武装のテストベットとして使っていただき、さらにそのための素体専用の武装を作っていただきたいのです。
この中には、中小企業の方々も居られ、運悪くISを受領できず、せっかく作り上げた武装の良し悪しすら解らなかった企業もあることでしょう。
しかし、素体であれば、搭乗者には困らず、しかも安全で、ISを待つ時間も必要とせず、メンテナンスもISより安くなります。
また、ISの3割といっておりますが、これはモンド・グロッソのリミッターをかけたISと同等であります。
例えるなら、ISは実銃で、武装神姫は競技用の空気銃です。

改造できますがね。

 素体において一番のメリットは、素体は量産が可能ということです。
そして、ISと同じく、宇宙、空、地、海、深海も武装次第では可能であります。
さすがにマグマは解りませんが。

 さらに何度もいいますが、搭乗者の安全が確保されているということです。
 サイコダイブの最大時間は5時間。
あとは設定次第で痛覚を感じるリアルなものから、ゲームのFPSのようにもなれます。
最悪素体を捨てれば、捨て身の救助や、未探検の深海でも安全です。

 おや、何かご質問が……、ほうテロなどに使われるのではないかという疑問ですか。
たしかにごもっともな意見です。

 しかし、対策は万全です。
もうライドオン、つまり搭乗した方ならわかると思いますが、素体には簡易AIが搭載されております。
これにより登録された武装以外での攻撃、及び非武装の人間への攻撃は禁止してあります。

また、この簡易AIを排除しようとすると、素体はロックし緊急信号が発信され、通報されます。
まあ例外として素手がありますが、武器を向けられない限りは反撃できません。

 えっ?試合で相手が攻撃してこなかったらどうするのか、ですか? 
IS自体を武装として認識しているので大丈夫ですよ。また試合の場合、カウントに連動してモードの切り替えが行われますので、ご安心を。

ああ、忘れていました。
素体というよりクロム社の作る義体全般に言えるのですが、その全てに簡易AIまたはサポートAIが積まれておりまして、通常と戦闘、異常モードに場面で切り替わるようになっています。

 日常生活時は通常、試合や警備、実験では戦闘、災害などでは異常という風になっており、それぞれリミッター上限が違います。
つまりAIによる安全装置です。

 先ほどの話に戻りますが、通常モードで日常に関係ない爆発物、発火物を近づけると行動がロックされます。
ご納得いただけましたか?……それはよかった。

 おや、そちらの方は……、おお、かの有名なメカアクションシリーズを作っていらっしゃるFS社とそのプラモデルを売り出しているK社さんですか、ああなぜ、呼ばれたのか知りたいのですね。
ええ、実は、素体と武装を作る際、困ったことが発覚いたしまして……、情けないことにいま、デザインが不足していまして。何せほぼ一人に任せてしまったため、かなり無理をさせてしまいましてね。
ええ、武装神姫と言っていますが、じつは素体の基本フレームはある程度自由が利くので、別に女性型である必要はないのです。
あ、ISは女性型でないと起動しませんよ。

見てみたくないですか?あなた方がゲームの中で作られたメカが空を翔け、地を駆けるところを……おお、助力して頂けますか。
では、後ほど細かい交渉をお願いいたします。





ではご質問などが無ければこれにて、プロジェクト「武装神姫」の発表を終わります。
有り難うございました。






 おっと、最後にこのプロジェクトに関してのご質問は、随時受け付けております。御用の方はクロム社質問窓口まで、ご一報ください。
交渉次第ではライセンス生産も視野にいれております。そちらにとっても悪い話ではないと思いますよ。
ではご一考お願いいたします。














――続・ある世界の軌跡――


 クロム社が義体の発表を行ってから半年、2発目の爆弾が投下される。
プロジェクト『武装神姫』と呼ばれるモンド・グロッソを主眼にチューンされた義体と武装のことだ。
クロム社から公式の発表があり、それは映像と共に全世界を駆け巡った。
その発表に大きな反響があったのはいうまでもない。

 とくに反発したのは主にISの搭乗者及び候補生たち、一部の一般女性そしてISの大企業郡だ。
逆に賛同したのは、世の男性たちと、IS関連の中小企業郡、そして何故かゲーム会社郡、一部女性(IS搭乗者含む)だった。
ほかは、よく言って中立、悪く言えば日和見を行った。

 比率としては、否:可:中であらわすと、3:5:2といった感じであった。 



 素体が販売され、小さな企業(レンタルもやっているのですよ)でも見られるようになった時期、事件が起こった。
ある国がISをクロム社に差し向けたのである。
もちろんリミッターをつけてだ。

 クロム社に向かったISは2機、フランスのデュノア社製、第2世代IS、名前をラファール・リヴァイヴと言った。
これに対し、クロム社は、ある5機を向かわせ、撮影のための1機を配置していた。





 ちょっと補足をしよう、クロム社は、素体の販売について、「フブキ」を完全量産型とし、そのあとの神姫はカタログ注文式というスタンスである。
前にもいったが、素体や義体は、新型ナノマシンで成形している。そのため、注文を受けてから作っても生産ポッドがあいていれば1週間以内に完成するのである。
そしてもっと特殊な方法としてオーダーメイドというものがある。
これは素体の基を作っておき、注文者が作った3Dデータをデザインとして作成する方法で、デザイン料分、安くしてもらえるというプランである。
もっとも生産ポッドに限りがあるので、5年先まで予約で一杯な状況であるが。

 義体のほうは注文製である。
ちなみに義体と素体では使っているナノマシンが違うので生産ポッドも別ラインである。
(義手や義足は、義体ラインで生産)








 さて話を元に戻そう、最初に撮影のための機体は、人型以外の義体は作れるのかという実験で作られた戦闘機型の義体で名前は通称「夜目」である。
あるゲームに出てくる空中で静止も出来る高機動戦闘機を模して作ってみたもので、大きさは大型のラジコンヘリくらいである。
機体制御はほぼAI任せで搭乗者は、行きたい方向を指し示すだけである。直感でしか操作できないので難しいとライドオンした人が言っていた。

 
 夜目が配置に着く。

 カメラに映ったのは、クロム社から向かった5体の武装神姫が白亜の装備にブロンドの髪をはためかせ、ガ〇ナ立ちで待っているところだった。
その姿形は白い機械式の羽根を装備し、足には膝から下を覆う装甲と脚先に小さなブースター。
そして二の腕の部分に光学近接武器をマウントし、篭手のような装甲が目に着く。
小隊を組んで、ガイ〇立ち、撮影者は「わかってるなぁ」といいながらカメラを回していた。

 5体の編成は、武装神姫専用装備の重装式1、軽装式4の『TYPE:天使型アーンヴァル』であった。
そして全員の共通点は、ヘルメットを前にスライドさせてあり、全員目元が見えないようになっていることだ。






 遠くのほうからISが迫る。いまここに天才が作ったISと秀才が基礎を作った武装神姫の火蓋が切って落とされる。




 さきに動いたのは重装式アーンヴァル、量子変換で取り出したLC3レーザーライフルを構え、水平線の向こう見えるラファール・リヴァイブの一機に狙いを付け……、

発射した。

 勝利の方程式1、不意打ちと超ロングレンジ攻撃。そして情報。

夜目から景気良く「弾ちゃーっく」と聞こえてきた。 


 発射と同時に軽装式4体が前に出て重装式を守るような隊列に変わった。

重装式アーンヴァルは次の発射体制に入っている。軽装式4体もアルヴォPDW9というサブマシンガンを構え迎撃体制をとりつつ前進していった。


 この時の、ISと武装神姫のシールドバリアー残量。どちらも全快状態は999

IS1:999
IS2:203
VS
AG1:999
AG2:999
AG3:999
AG4:999
AG5:999



 
 ラファールを駆る二人は焦っていた。
敵からの砲撃でシールドの8割を持ってかれたのだ。油断していたところを直撃でこの様である。
考えている暇はない、頭を切り替えて応戦しなくては勝ち目はない。

 二人は、アサルトキャノンを構えて突撃する。
その瞬間、警告音が鳴り響く、弾かれるように回避行動をとる。

「よし避け……」ラファール1が光の奔流に飲み込まれる。

 ラファール2は混乱していた、たしかに避けた筈のラファール1が自分から光に突っ込んで行ったように見えたのである。
さらに警告音が続く、軽装式の接近を許してしまっていたのだ。

 勝利の方程式2、予測偏差撃ちと連携。


IS1:264
IS2:203
VS
AG1:999
AG2:999
AG3:999
AG4:999
AG5:999


 現在、ラファールの2機は、それぞれ2機の軽装式アーンヴァルを相手にしなければならず、少しでも隙を見せれば超長距離レーザーを食らう状態になっていた。
軽装式アーンヴァルはある一定の距離には近付かず、中距離を維持しながらサブマシンガンを打ち続けている。
ラファールたちは、完全に後手に回っていた。連装ショットガンで応戦するも、相手は回避と篭手のシールドで軽減し、思うようにダメージを与えられない。
そこに長距離警報、二人は散開しようとするが、軽装式が邪魔をして、進めない。
強行突破のため「ブレッドスライサー」で切り込むが……、軽装式はM4ライトセイバーを抜き、切り返してきた。

そして、そこを狙われ、ラファール2と軽装式は光に飲み込まれた。

(仲間ごと撃った!?)

 ラファール1は、軽装式からの弾幕を回避しながら驚く。
光が消え、空中に残っていたのは、軽装式であり、ラファール2は絶対防御を発動して、緩やかに失速していった。

 勝利の方程式3、計算と信頼。 


IS1:198
IS2:000
VS
AG1:999
AG2:823
AG3:056
AG4:769
AG5:734



 ラファール2と戦っていた軽装式が、前線から離脱しようとしている。ラファール1が何とかしとめようと動くが、残り3体の軽装式アーンヴァルから牽制を受け上手く近づけない。
ラファール1は覚悟を決め、シールド・ピアーズに賭ける。
3体を強行突破ショットガン乱射で振り切り、離脱中の軽装式の背後に肉薄する。

「とどめーーーーー!……




 え?…」

 離脱中の軽装式アーンヴァルは、『直角に急降下』したのだ。
結果ラファール1は盛大に空振る。
もちろんその隙を重装式は狙い撃ちにする。ラファール1は、光に飲み込まれ、絶対防御が発動した。


IS1:000
IS2:000
VS
AG1:999
AG2:603
AG3:056
AG4:562
AG5:590

 勝利の方程式4、機体性能把握と相手を土俵に上げないこと、そしてブービートラップ。



 白亜の装備に身を包み優雅に戦場を引き上げていく、その様は、天使型を冠するに値する姿であり、その戦い様は、敵対者を慈悲なく駆逐する神話の天使そのものであった。


 夜目は撮影を終えると、唖然としたまま海上で浮遊しているIS乗りの2人に近付き、クロム社からの招待があることを告げ誘導すると言った。
2人は、海上で突っ立てるわけも行かず、夜目の誘導に従っていった。


 この対決は、襲撃ではなく合同演習で実戦訓練であったことを差し向けた国とクロム社が発表した。裏でなんらかの取引があったのは言うまでもない。
この戦闘をみて、ほとんどの人の感想は「武装神姫は、数がないとISに勝てない」であり、一部の人は、「ISは、武装神姫の戦術により負けた」といった。
そして極少数の人は、「武装神姫は、数さえ揃えばISに勝てる」といった。



 これから2年間で素体は40000体以上作られ、その種類は20種類以上発売される。武装のパーツ数は1000種類を超え、今現在も素体、パーツは増え続けている。
クロム社の躍進はまだまだ続きそうだ。






















Dr.Kの自殺より1ヶ月後、場所不明。
 
「ん……やれやれ……ようやくお目覚めか」

……

「なかなかな寝ぼ助のようだな……きみは」 

……?

「ふむ……そうだな。私の名前はDr.K、好きな様に呼びたまえ。」





物語の歯車はカラカラと音を立てて廻り始める。





――――――――――――――――――――

戦闘書くのて難しい

4月18日改訂

8月4日修正



[26873] 第1話
Name: ヴぁん◆72ebca82 ID:5a6fbbc2
Date: 2011/08/04 00:30


これまでの経緯まとめ


・ISが発表されたよ。
・Dr.Kは私に嫉妬したよ
・Dr.KがISの解析してレポートを作ったよ。
・ISコアも解析しようとしたけど差し止められたよ。
・クロム社は、ISに男性をのせれるようにしたかったよ。
・Dr.Kが「人間に義体というゲタを履かしてISに誤認させる」という仮説をたてたよ。
・Dr.Kと研究開発班のお陰で義体が完成したよ。
・義体はアイギスとコスモスっていうんだよ。
・ISは義体を誤認して起動したよ。
・仮説は実証されたよ。
・クロム社が、ISすら騙せる義体って謳い文句で発表したよ。
・世界が驚きと呆れに包まれたよ。
・私がDr.Kとクロム社に興味持ったよ
・千冬の苦労人度合いが増したよ。
・クロム社は、プロジェクト「武装神姫」を計画したよ。
・Dr.Kと風見幽真って人の企画案が基になったんだよ。
・デスマーチだよ。
・2ヶ月で企画立ち上げと、武装神姫の雛形を仕上げたよ。
・雛形の名前はTYPE:忍者型フブキっていうんだよ。
・素体と武装をデザインしたのは風見幽真って人だよ。
・プロジェクト「武装神姫」が発動したよ。
・まず色んな企業の人たちに挨拶と説明をしたよ。
・素体はISの3割程度の性能なんだよ。
・デザイン関係でゲーム会社とかに協力を打診したよ。
・実は問い合わせとかいっぱいきてたんだよ。
・武装神姫ってプロジェクト名だけど別にIS関係しなければ男性型もロボ型もなんでも成形できるんだよ。
・クロム社が世界に向けて、プロジェクト「武装神姫」を発表したよ。
・世界が、またクロムかって言ったよ。
・反発と賛同と中立が3:5:2ぐらいだったよ。
・世界初のISと武装神姫の戦闘が起こったよ。
・2体5のハンデ戦で武装神姫が戦術勝ちしたよ。
・これを記録してたのは実験中の非人間型の義体だったよ。
・それから2年くらいでクロムは急成長したよ。
・プロジェクト「武装神姫」は世界で40000体以上、シリーズの種類は20種類以上、素体専用の武装パーツは1000種以上だよ。
・今も生産してるけど増産がおいつかないんだよ。
・さっきの数字には、オーダーメイド注文は含まれてないから、ワンオフ素体と武装を入れると倍以上になるよ。
・クロム社がフリーのデザイナーに声を掛けているみたいだよ。


そして……、Dr.Kが自殺したよ……。部下の風見って人も行方不明だよ……。



                    Dr.Kと周りの主な動向の報告書

                         まとめた人:篠ノ之 束

                       参考資料:クロム社内部資料
                            クロム社内部極秘資料



――ある学園の軌跡――







 IS学園で教員をしている千冬に秘匿回線で突然、束からある報告書というかメールと資料が3枚ほど送られてきた。
主にDr.Kの動向が調べられたものだが、千冬が懸念したのは、メールの文章だった。
束が書いたであろうメールは、文章構成が滅茶苦茶でかなり動揺しているのが一見しただけでわかるのだ。
そして最終的には怨念のような文句を並べている。束が怨念をぶつけているのは一度千冬の弟、一夏を攫おうとした亡国機業であった。

 千冬は、束が読んだであろうメールに送付されたクロム社の極秘報告書を読んでみることにした。



<追加報告書>

 Dr.Kに関する追加情報と関連する事案についての続報をここに記す。
Dr.Kの自殺に関して最初は、有力な手掛かりが無く捜索は困難を極め、Dr.Kが直前まで使用してたと思われるPCを回収しようとしたところ、自壊プログラムが発動、復旧を目指していたが内部が物理的に損壊しており絶望的であった。

 ところが、思わぬ所から解決の糸口が見つかる。Dr.Kより特別処置を受けたとする自立稼動の武装神姫からDr.Kのメモリーデータの提出がなされたのだ。
データメモリーは、2つあり目覚めた3体の内2体から渡されたものだ。彼女らの証言によれば、

「プロテクトが掛けられていて中は覗けなかったが、Dr.Kからのメッセージが添えてあり、時が来たらある研究員に渡せと命令されていた。」

とのことだった。
この2つのメモリーデータは、解析班に渡されたがプロテクトを突破できず、Dr.Kのいう研究員の手に委ねられた。

 その研究員は、現在の技術開発部門責任者で、社内ネーム「キサラギ」氏であり、Dr.Kの元上司であった。
(社内ネームとは社内で使われるHNである。主に誘拐や犯罪抑止の効果がある。また社内ネームはある一定以上の階級、または重要人物にのみ許されるものでDr.Kも社内ネームである。)
キサラギ氏の協力によりプロテクトが解け、中にあったDr.Kの手記及び技術レポートにより事件の全容が明らかとなった。

 まず、この事件には亡国機業というIS犯罪組織が関与していると見られる。亡国機業という組織については現在情報収集を行っており、追って報告する。
この組織が、Dr.Kに接触したのは、プロジェクト『武装神姫』が企業に向けて説明された後、すぐである。
Dr.Kに関する報告書には書いてなかったが、この時期から時折Dr.Kの姿が見えなくなることがあったという証言がある。
 組織からの要求は、素体のIS適正の向上と組織のための素体を作る事だったようだ。
また脅迫内容は、従わなければ所属研究員の家族を消すという非道なものだった。
そして、素体輸送中に襲撃を受け素体10体が強奪された件も同一組織と見られる。

 現在、素体のIS適正に関して研究は続けられているが、最高Cが限界であり、素体用武装パーツの研究に移行し始めている。
その事もこの組織は掴んでいたようだ。
そして、Dr.Kが自殺した部屋で発見された14体の素体には、IS適正向上のための処置がされたことがメモリーデータのレポートにより解った。

 彼女らに成された処置は、心停止や植物人間などで脳が生きている状態で死亡したとされる者から新鮮な脳と脊髄を取り出した後、ナノマシンでコーティングし、素体に搭載させることでサイコダイブを省き、素体のISとの親和性を向上させるものだった。
 この処置をされた素体は、直接接続型素体と呼び、従来のものをサイコダイブもしくは、ライドオン型素体とDr.Kは判別している。
また特別処置と書かれていた4体の素体については、脳と脊髄をナノマシンで置換することでより親和性を高めたとレポートに書かれていた。

 結果、この処置をされたものは、IS適正がBまで伸び、まれにAの素体が誕生するとされ、特別処置の場合、A~Bが理論値となるとDr.Kが推察している。
技術レポートより、最初、直接接続処置されたものは10体で、直接接続特別処置されたモノも10体あったが。
特別処置をした10体のうち7体が、脳髄をナノマシンに食われ、それは取り出した際融合し半透明の球体になってしまったと記され、この球体は組織に渡さないようある場所に隠したとも書かれていた。

 現在、発見された素体のうち13体の身元が、資料により確認されていて全てが男性であったが、未だ休眠状態にある最後の素体についての情報が無い。
Dr.Kの性格からして書き忘れたのではなく、あえて書き残さなかったと推測される。

 これらの事項により、結論としてDr.Kの自殺は、良心の呵責とクロム社への警告を含み、亡国機業へ素体を渡さんとした最終手段であったと推測する。

 追記:Dr.Kの手記において遺言のようなものを確認。
    それによれば、「現在生産している義体及び素体について、人間そのものの外見を完全にコピーした義体の生産を禁止してほしい。」とされ、その後に成り代わりなどの危険性が書かれていた。
    これについては別紙で報告する。

 

 この報告に対して上層部は激昂しており、このような宣言をおこなった。


「我らクロム社の製品を犯罪に利用しようとし、わが社の人材で宝であったDr.Kを脅迫の上、自殺に追い込み、
 さらにその忘れ形見である10体の素体を強奪していった亡国機業の罪は重い。
 これより我らクロム社は亡国機業を敵対組織と認定し、撃滅する。
 もう二度とDr.Kのような事はさせない。

 まずは、クロム社内部に侵入した者と裏切り者を一掃する。
 その後、IS関連企業を虱潰しにして亡国機業を炙り出す。

 我らクロム社に与えた屈辱を万倍にして返すことを誓う。」



         クロム社内部極秘報告書。この報告書は社員ランクAAA以上の者のみ閲覧できるものとする。












 千冬が報告書を読み終えた頃。秘匿回線で束が通信してきた。

「……。」

沈黙が重い。

「……ねぇ、ちーちゃん……。」

聞こえてきた声はとてもか細いものだった。

「何で…なんだろうね……。」

「何で……なんで……ナンデ……。」

「ナンデ……やっと、やっと理解してくれる人が現れたのに……。」

「やっと……ISを理解できるかもしれない人が現れたのに……やっと私を理解してくれるかもしれない人が出来たのに……。」

千冬は掛ける言葉を見つけられなかった。

「……ユルサナイ……絶対に許さない……亡国機業……絶対に……」

 電話越しなのに嫌な汗が止まらない。
それから数分、束からは呪詛が流れ続けた。


少し経って、束から話を切り出してきた。

「ねぇ、ちーちゃん……お願いがあるんだけど。」

「ああぁ、ななんだ束。でっ出来るだけのことはするが」

今までの迫力に流され、安請け合いしてしまう。

「なにどもってるの?変なちーちゃん。まいいや、えーっとね。クロム社と渡りをつけてほしいんだけど」

「……?もう付けてるんじゃないのか?この資料だって……、お前まさか!」

千冬は嫌な予感がした。

「だ……だって~、Dr.Kのこと知りたかったんだもん。ででも大丈夫だよ、痕跡は残してないから。」

千冬は束らしくない初歩的なポカであり、束がそこまでDr.Kを気にしていたことに驚くが。

「そうじゃなくて!私たちが社外秘な情報を知っていることが問題なんだ!今、渡りをつけてみろ全力で疑われるぞ!!」

「そこまで怒鳴らなくてもいいじゃないのー。」

それまでの反動もあってか千冬も取り乱しぎみである。

「はぁ……はぁ……、すまんすこし落ち着ける……よし、で渡りをつけるのは解るがどうしたいんだ?」

「んーとね、まず、Dr.Kの素体を見てみたいから報告書に載ってた特別処置の素体をどうにかできないかなぁ」

束がなかなか無茶なこという。
千冬にとってはいつものことだが。

「難しいな、あの書類にあったようにあれはDr.Kの忘れ形見だ。そうそう手放さないだろう。」

「そうだよねー。私だって……あ、そうだ。私が休眠状態の眠り姫を起こすってのはどうだろ?」

「それも難しいだろうな」

「どうして?」

束が本当に解らない様に言う。



 ちょっと束という天才について補足しておこう。
本名:篠ノ之 束(シノノノ タバネ)、ISを一人で基礎理論から実証まで行い、現在存在する467個のISコアを作り上げた自他共に認める天才である。
だが完璧超人ではない。
 束にとっての世界は、千冬とその弟、一夏。
そして実妹の箒だけであり、あとは両親、その他と言った感じである。

というのが今までの束だった。

 しかし、そこにDr.Kという異分子が入り込んだ。
ついでにクロム社とか風見幽真とか。千冬や箒からみれば大きな変化である、束が自分たち以外に興味を示したのだから、そこまで束の他人に対する意識は絶望的だったのである。
親友と呼ばれる千冬でも束に理解は示してるが全てを理解できているわけではない。
だから、あんなにも喜び、あんなにも悲しみ、あんなにも怒ったのだろう。


千冬は眉間を解しながら言う。

「簡単な話だ。クロム社にとってDr.Kは無くてはならない存在だった。しかし、彼が居なくなった今、技術力の後退は必至。もし彼の置き土産である眠り姫を目覚めさせることが出来なければ彼の後進が育たなかったことを意味する。」

「ふむふむ」

束は頷いているが、解っているか疑問である。

「そんな事になればクロム社の衰退は決まったも同然だ。クロム社は意地でもこの難問を解かなきゃならない。ある程度は持つだろうが、そのうち他の企業が追い越すことになるだろう。」

「えー。でもあの素体ってそう簡単に作れるものじゃ……あ、Dr.KのIS技術レポートか」

「その通り、束が言ったようにあのレポートはある程度、学があればそれなりに理解できる代物だ……わたしでもな。今ではKレポートと呼ばれるほど浸透している。」

「んじゃー、クロム社に技術提供を……。」

「それこそ向こうにとっては、ありがた迷惑だ。束の技術をIS関連技術だと言って踏み込もうとする馬鹿共が出てくるだろう。」

千冬は、束に講義するようなことが来るようになるとは……と感慨深げに思う。

「えっと、じゃあ……じゃあ……じゃあ。」

 束はいままで誰よりも自由に生きてきた。
大地の鎖に縛られたことはない。
だから鎖に縛られて生活する方法を知らない。
つまりどう接すればいいのか解らないのだ。

 こんなに他人興味を示す束を思い、嬉しいやら寂しいやらの千冬が助け舟を出す。

「束、一つ教えておこう。彼らクロム社は基本的に技術者集団だ。そして上層部はその扱いに長けている上に頭が切れる。そんな彼らが一番気にすることは、契約だ。」

「契約……。」

千冬は、何かに取り付かれたかのようにスラスラを講義していく。

「クロム社にとって、契約とは技術と資金を交換するということ、もし出し抜かれれば自分たちは大損をすることになる。」

「……。」

「しかし、欲を出しすぎれば、他社から信頼を失い、契約すらしてもらえなくなる。」

「むー……めんどくさいなー」

「それが社会というものだ。さて束、








 お前が今一番したいことはなんだ?」





















 千冬は、ふう、とため息をつき携帯電話を置く。
あの後のことをあまり思い出したくはない。

さっきのことを拭い去るようにクロム社にコンタクトを取るため、クロム社のHPを検索した。
今の時間でも窓口が開いてることを確認し、さっき置いた携帯電話も再度取り、番号を押していく。
呼び出し音が聞こえてきた。

「はい、こちらクロム社質問窓口です。何かどういったご質問ですか?」

「IS学園の織斑 千冬という者ですが、クロム社の交渉役に直接交渉したいのですが、どうすればいいでしょうか。」

「IS学園の織斑 千冬様ですね、少々お待ちいただけますでしょうか?」

「はい」

千冬はなかなか訓練された電話役だなとどうでもいいことを思いつつ、切り替わるのを待つ。

「お電話変わりました。クロム社、交渉役担当のオーメルです。織斑 千冬様ですね。」

胡散臭そうな名前である。

「ええ、そうです。」

「どういった交渉をお望みでしょうか?」

「ある情報のことについてと契約について、そちらと直接顔を合わして交渉したい。」

「………ある情報とは?」



食いついてきた相手に一言だけ伝える。




「……亡国機業」

と。































 約5ヶ月後、IS学園とクロム社の間でモンド・グロッソに関する協定が結ばれ、公式にISと武装神姫が競うことができるようになった。
そのため、アドバイザーとして、ある1体が出向と言う形でIS学園に到着すると同時にある積荷がIS学園の地下ラボに運ばれていった。

 その積荷はもう1体の素体で休眠状態のまま半年経過したDr.Kの置き土産であった。
Dr.Kの置き土産の引き取りに関して、極秘裏にクロム社と仲介した織斑 千冬及び篠ノ之 束の間である協定がなされいるその名を、『亡国機業殲滅協定』といった。





















――あるモノたちの軌跡――









 なんと言えばいいのだろうか、浮遊感?水面に浮いてる感じ?どれも当てはめられない不思議な感覚。でも懐かしいような気がする。胎内の記憶ってやつか?
あとは……頭というより脳?背骨というより髄?が、ちくちくと痛いような痛くないようなもどかしい感じ。そもそも脳に痛覚ないんだから感じるはずないんだが。
ああ……なんか眠いような眠くないようなまどろみを行ったり来たり、じれったいなぁ。二度寝のときみたいにいつの間にか眠r…………。






 またこの感じ、ああ……ちくちくする。そもそもどうなってるんだ?というかどうしっ……痛いたたたた……何なんだ一体、思い出そうとすると痛みを感じるなんてフィクションだけだと思ったけど本当に感じるとは……。
暇だ、またねよ……。





 なんだろうこの違和感、体が鉛みたいに重い、動けない?……どうなってるの?



 

 うわぁ!……ユメ、ゆめ、夢か、でも久しぶりにみたな、姉ちゃんのユメ、ゆめ、夢なんて……えっ、あれ?思い出せない、おもいだせない、オモイダセナイ。
名前、なまえ、ナマエ……なんだっけ?まあいいや……寝たら思い、おもい、オモイ…出すよね?








 ……ジュウセイ……?……やけにウルサイな……ねカセテ…よ……










<……脳髄のナノマシンによる置換が終了>

<脳髄と素体への接続開始……OK>

<サポートAIの再構築開始……エラー>

<最大権限者からのパッチを発見実行……>

<エラー……OK……再構築完了>

<サポートAI及びFCS兼レーダー担当AIのイメージを捜索中……該当のイメージを復元中……終了>

<擬似空間を構築中……エラー……エラー>

<サポートAIによる擬似空間の構築申請……YES……サポートAIによる構築開始>

<リソースの問題により重要度の低い作業を中断>

<擬似空間構築完了>

<作業を再開……>

<武装パーツデータを確認……OK>

<素体に異物を感知……排除しますか?……NO……パッチを発見……実行中>

<素体の正常化を確認……新しいデバイスを確認……インストール中>

<FCS兼レーダーAIに変更あり……変更保存中……上書き完了>

<言語パッチ中……終了>

<サポートAIより記憶領域のプロテクト申請……OK……作業開始>

<…………終了>

………

……
















<全工程終了……システム全項目正常……意識LVロック解除>

<この命令を持ってセットアップモードを終了……”おつかれさまでした”>

<通常モードに切り替わります……”おはようございます”>





















どこか解らない空間の中央で誰かが丸くなりながら寝ている。

「ん~……」

誰かが肩を叩いている。それを煩わしそうに払う。

「んん~、あと五分~~」

そんな事抜かしてると、



拳骨が飛んできた。

「んぎゃ!?……イタタタタ!?」

あまりの痛さにもだえている誰かに対し、誰かが冷静に話しかける。

「目は覚めたかね?」

「あい……。」

 まだ痛みが残っているのか、涙目で摩っている頭には狐の耳みたいなものがある。
誰かがキツネミミに言う。

「まったくこちらが自己紹介しているのに二度寝しおって」

キツネミミが誰かに向かって、そんなにない胸を張り、声高らかに言う。

「大丈夫じゃ!!ちゃんと覚えておるぞよ!」

そんな事言ってるが、頭抱えて悩む格好をしてる。

「え~と、うーんと、むむむの……ド……ドク……そうじゃ、ドクじゃ、ドク!」

 誰か対して人差し指で指して、どこぞのS〇S団団長のように宣言する。
ただ、自信がないのかポーズをといて上目遣いで答えを待つ。

「合っているかの?」

誰かは、頭が痛そうに額を手で覆い、ため息をつきつつこういった。

「はぁ……残念ながら赤点だ。もう一度言うぞ、Dr.K、Dr.Kだ。大事なことだから二回言ったぞ。」

「でも好きに呼んでいいんじゃろ?」

「どうしてそういうところだけは覚えているんだ……まったく。」

Dr.Kは、本当に頭痛そうに俯く。

「だから、そちはドクじゃ!」


 二人は知らない、Dr.Kの本当の名を、二人は解らない、もう一人この空間に潜んでいることを、そして、三人は知らない、世界が変動していることを。
彼らは、ただ変動に身を任せるしかない。























「で、どこにいくんじゃ?」

 われは、Dr.Kと名乗る白衣を着た初老の男性?の後ろ歩いていく。

Dr.K……打ち込むの面倒なのでドクで十分じゃ、もうそう決まっておったしの。とりあえずドクは振り返りもせず、こう返してきたのじゃ。

「擬似空間のメインルームというところだよ。そこで説明をする。」

 われは、ぶっきらぼうな男じゃのうなどと考えながらも、その後ろ姿に何故か懐かしさを感じたのじゃ。
そうそれは、いつも見てきたsy(ズキン

「いつっ……」

 われはいきなり頭に痛みが走ったので思わず立ち止まってしまった。
すると異変にきづいたのか、今度はちゃんと振り向いて少し気遣うように話してきた。

「大丈夫かね?」

「だっ大丈夫ぞよ……でもなにか違和感が……」

「ふむ……」

 われが、そう答えるとドクは、顎に手をやり考えてるような動作をしてさらに聞いてきた。

「その違和感がどういうものか説明できるかね?」

 とりあえず、解るだけドクに挙げてみる。

「……記憶に関することと、体が重く感じる。あと口調に違和感がするぞよ。」

「ふむ……となると……」

 われが、痛む頭を押えて待っていると、ドクが近付いてきて、頭の上に手を載せてきた。
少しすると痛みが取れ、体が軽くなった気がした。

「何をしたんじゃ?」

状況が良く解らなかったので聞いてみると。

「修正だよ。詳しい話はメインルームについてから話すからな……少し急ぐぞ」

「ちょ、待つのじゃ!」

 われを置いて走り出そうとするドクに言い放つが、聞いては貰えず、後を追っていく。






 少し走り続けていると、両開きのドアが空中に浮いていた。中々しゅーるな絵図らだった。
ドクが両開きのドアを、勢い良くあけ中に入っていく。
われも続けて入っていくと光が逆流s(略

なんてことはならず、普通に部屋になっていた。
いや、普通では無かったが……。

「なんで会議室なんじゃ……?」

 われは思ったことを口に出してみる。その疑問に答えるようにドクが話し始めた。

「そう設定したからね……私の趣味だよ。」
「円卓会議室がかえ?」「そうだよ」

 われが見回す限り、普通の会議室……ちょっと高級すぎる会議室だった。
やけに深い部屋の造型、バロック調?の家具に机に椅子、上品な絨毯。そして円卓の中央には、でかい水晶玉が飾ってあった。

「どこの王宮じゃーーー!!」

 われじゃなくとも、ツッコミを入れているだろうと思うから叫んでしまったわれに罪はないと……思う。

「そもそもじゃ、ここでPCとか不釣り合いすぎじゃろうが!」

「それなら問題ない……内蔵式PCだからな。」

そういうとバロック調?の円卓からディスプレイが迫り出してきたり、回転してキーボードが出てきたり、中央の水晶からホログラムというか3D映像が出てきたり、色々台無しだった。

「……なるほどなー」

ちょっと人格崩壊しかけても無理ないと思いながら、現実逃避をしてしまった。





「さて、話しても良いかね?」

 われが現実逃避から帰ってくるとドクは、いわゆるゲンド〇ポーズでそう切り出したので、素直に頷いておいた。
ちなみにドクの容姿は、眼鏡をかけた冬〇副指令に似ている。

「よろしい、では講義を始める。」

そういうと中央の立体映像に光が灯り、周りが暗くなっていく。

「さてまず、君のことから話すとしよう。君の名前は、ナル。クロム社が発売している武装神姫のTYPE:九尾の狐型蓮華と言う素体のカスタム機だ。」

 そういうとわれの全体像が中央の立体映像に映し出される。

 容姿の主な特徴を挙げると、身長は150cmくらい、等身は低め、髪型はナインテールとキツネ耳、体型はスレンダーと言え!

あとは顔に歌舞伎の隈取みたいなペイントが成されている。
……一応スーツが表示されてるんじゃが大部分が肌と同色なせいでノースリーブの水着に長手袋とオーバーニーソックスというマニアックな姿になっておる。

「武装神姫というからには、専用の武装パーツが付属している。量子化されているので、あとでシミュレーションルームで試してみるといい」

武器が中央に表示される。

……すんごい難しい名前が並んでおるんじゃが、全部覚えなくちゃならんのかの?
とりあえず疑問に思ったことがわしはあるので手を挙げてみる。

「なにかな?ナル君」「遠距離武器がないようなのじゃが……」

ドクが目を背ける。

「あるじゃないか、尻尾部分に8本」

投げろと!?

「まあこれには理由がちゃんとあってな、ナル君。素体にはそれぞれのシリーズごと特性が違ってくるのだが、君の場合、特性が超高速近接戦闘でね。そのだな簡単にいうと……射撃がド下手なのだよ」

 生まれた瞬間から才能ないってわかるってこんな気分だったんじゃの……。
わしは、机にべたっと張り付くがごとく脱力してしまった。

「さらに追記しておくと剣の尻尾型収納装置は、尻尾状態からハンマー、鉤爪といった具合に形状変化させることができる。また剣は物理兼エネルギー系の武器だ。」

ヒートソ〇ドみたいなもんかの?
少し古いアニメに出てきた蒼い敵役の武器を思い出す。

「ああ、話を少し戻すが君のキツネ耳は武装の一つでな。アンテナや各種センサーの役割を果たすことができる。」

中央にキツネ耳の内部構造が映り、各種センサーの名前がならんでいた。
ただの飾りではないということか。

 すこし耳をぴこぴこしてみる。
ついでに触ってみる。「うひゃう!?」

「なにをやっているのかね、君は?」

ああ、ドクそんなに可哀想な目で見ないでほしいぞよ。
だが、ドクはすぐに講義の体勢に戻ってしまい、こう述べた。

「まあ君の奇行は今に始まったことじゃないから、先に進めるぞ」

何かそれはそれで悲しいのじゃ。

「武装神姫の基本内容はもう知っていると思うからあとで復習しておくように」

はしょりおった。

「さて、少し前に言ったが君は通常の武装神姫と違いカスタム機だ。その違いについて説明していく。」

われは、ドクの言い方に引っかかりを覚えた。

「君が、さっき言ったような違和感はここで関係してくる。」

何か嫌な予感がしてきた。

「きみのようなカスタム機はISとの親和性を高めるため、ある処置を施されている。特に特別処置を施されているものは他の素体と比べ、特段にIS適正が高い。」

不安がつのって来る。

「このカスタム機について、処置を施されたモノは10体、特別処置は4体製造されており、君は4体中の1体だ。」

聞きたくないという気持ちが耳を塞がせる。しかし、キツネ耳が拾ってしまう。

「その処置とは……」

いやじゃいやじゃいやじゃいやじゃ……

「脳髄が生きているうちにナノマシンでコーティングすることであり、特別処理では、脳髄をナノマシンに置換している。」

ああぁ……あ……あ…

「それらを素体に直接接続することで親和性を向上させるのだ。」

………ヤメテ

「なお、特別処置を受けた脳髄は破壊できない、時間を置けば再生してしまうからだ」

……いやぁ!

「それゆえ私は、処置者を帰還者(リターナー)、特別処置者を不死者(アンデット)と呼んでいる。」



「おめでとう、君は死んで不死者となった」

プツ

われは意識を失った……。















「ふむ、気絶したか。まあ仕方あるまい、一旦休憩とする。」

そういうとメインルームがハイテクな会議室から少し豪華な会議室に戻っていた。

 私は毛布のデータを呼び出し、ナル君に掛けてやる。

 

 椅子に深く腰を掛け、私は思案しはじめる。
彼を助けるためとは言え、不死者にしてしまってよかったのかと、特にあの様子を見た後としては強く思う。
そもそも私がこの方法を思ついたのは義体によるIS起動実験の後のことだ。
アイギスとコスモスのIS適正の差についてあることを思いついたからだ。

 ISは、コア・ネットワークというもので繋がっており、互いに情報を与え合い自己進化すると開示情報にはあった。
つまりそれは強くなる意思が存在するということ。
 そこからISコアは、意思を持つ機械生命体か何かでないかと推測した。
もちろん荒唐無稽な話だ、学会などで話せばありえないと一蹴されるのが落ちだ。
だが、この世に有り得ないことは有り得ない。ISの存在がそれを証明している。

話を戻そう。

 義体のIS適正について、アイギスのほうが高かったのは、アイギスを女性として誤認したのではなく、ISコアが仲間だと誤認したのではないかと考えた。
また、それを決定づけるように安定してCを出すようにした素体は、ナノスキンスーツを取ると間接などに不自然さが残っていることがわかる。
そして特別処置の際に出来た半透明な球体がISコア機械生命体説を裏付ける。

なぜなら、その球体は……。

「ご明察♪」

突然の聞きなれない声に警戒するドク。
そうするとドクを12時とした場合、3時の位置の席にそれは現れた。

「君は誰かね……」

「あら、結構なお言葉ね。サポートAIさん?それともドクかしら?」

言葉を返してきたのは、見てくれは女性であり、髪色は緑で、服はワイシャツとチェック柄の上着で、同じくチェックのロングスカートにまとめ、日傘を机に立てかけていた。

「わたしは、あの子の従姉……のイメージで作られたFCS兼レーダー担当AIよ」

 彼女は、ナル君に目を配らせながらそういった。
しかし、……。

「そんなものは存在しないはずだ」

そう、FCS兼レーダー担当AIなど存在しない。
そんなものにAIなど必要無いからだ。

私は厳しい口調で問いただした。
しかし、相手は何事も無いかのように話かけてきた。

「いえ、ガワ自体は存在していたわよ。中身すっからかんだったけど、大方消し忘れでしょうね。だからわたしが直して使ってるわけよ。」

彼女は、人差し指を上に向けながら続ける。

「それに、ちゃんと球体は固定していれないとダメよ。変なとこに転がってちゃったらどうするのよ」

そして私は気付く。
やはりこいつは……。

「だからちゃんと固定しといてあげたわ、基本フレームにね」

あの球体か!

「この脳喰らいの悪魔めが……」

こやつは、特別処置中に7つの脳髄を喰らったナノマシンの集合体であるあの球体の化身だ。

 私が罵倒をあびせて彼女は涼しい顔して、

「だとしたら貴方は、その悪魔の哀れな契約者ね」

皮肉でかえしてきた。

それからこの悪魔は更に続ける。

「それに、あの子たちは中々美味しかったわよ。お陰で色んな方面の知識を手に入れることができたわ」

笑顔でそう言い切り、舌なめずりをして思い出すようにいった。

「わたしを拒絶なんてするから、怒って食べちゃったけど、結果的に自我を持てるようになったし感謝しなくちゃね。ご馳走様」

この悪魔は私に向かってそう言い放った。


幾時間経っただろうか、とても長い時間向き合っていた気がする。

「さて、そろそろその子が起きるから、わたしは退散するわね。わたしは休憩室の花畑にいるからシミュレーターを使うときに呼んでね。」

 私が睨みつけても流すかのように席を立って行く。
そしてドアの前まで移動すると止まって振り返らずに話しかけてきた。

「ああ、あと彼らから伝言よ。『仲間を増やしてくれて有り難う。』ですって、裏技中の裏技で増えたのにね。」

そう言い残すとドアの前から彼女は消えていった。










「それでは講義を再開する。」

音を立てながらハイテク会議室に変形していく様を見ながらため息をつく。

 なんとか気絶から復帰したわれは、取り乱しドクに情けないところをみせてしまった。

ドクは気にしてないみたいだけどわれとしては複雑なわけで……

「ナル君、気持ちは解るが講義に集中してほしいのだがね」

ビクッと反応してしまうわれ。聞く姿勢に戻す。

「では、さっきは脱線してしまったが、違和感についてだ。これは、君を保護するための措置だ。」

どういうことじゃ?
保護はわかるが、措置というのがわからない。
われは少し首を傾げてしまう。

「記憶についての違和感は、君が急激に生前や死ぬ瞬間を思い出してしまうと発狂してしまう可能性があるためにプロテクトが掛かっているためである。」

じゃあさっきの痛みは……。
ここに来る前の頭痛を思い出す。

「記憶を思い出すためのキーワードみたいなものに触れたため、プロテクトに弾かれたのだろうな。」

なるほどの。
納得がいったというふうに頷く。

「次に体の違和感は、脳が未だ生前の体の感覚で動かそうとしてるからだ、つまり馴染んでいないのだよ」

あーそういうわけかの。
手を開けたり、閉めたりしている。

「そして、口調だが、これは元々素体にある機能だな」

あ、ボイスチェンジャー機能の暴走じゃな?
われは人差し指を立て思いついたかのような仕草をする。

「それに定常文機能の暴走もあるだろうな」

また厄介な機能が暴走しておるの
腕を組んで頷いておく。

「そもそも素体で会話機能を使う者が少なかったからな。直接接続など未知なことをすればどこかで不具合がでる。」

そーなのかー。

「遊んでる暇はないぞ。時間が1ヶ月ほど送れを取っているからな。」

「次が今回の分の最後の講義だもう少し頑張ってくれたまえ」

講義の時は、基本聴く動作しかしないから映像説明でもない限り、地の文が書けんからの。
しかも生徒1人しかいないものだからイベントもないぞよ。

「最後は擬似空間についてだ。」

このへんてこ空間のことじゃな。
われは周りをみまわしながら思う。
ドクの舌は絶好調なようだ

「この空間は、君の脳を使ってシステムが作り出した夢のようなものだ。そのため、使おうと思えばなんでも出てくる、ただし君が知っているものだけだがね」

つまり、この空間を豊かにするには、われが見て聞いて触らないと情報が更新されないのかえ。面倒どうじゃの。

「メインルームを基本に様々な部屋が存在するそしてそれらは基本君の記憶の中にある情景から構築されている。」

「またこの空間に来れるのは素体が休眠状態になるか、クレイドルで充電しているさいだけだ。」

「さらにここでシミュレーターを使い戦闘訓練を行っても経験を積めるだけで素体の強化にはならない。」

 われの知識によれば、素体は成長するらしい。
成長と言っても身長が伸びたりするのではなく、ナノマシンが動きを学習するのじゃ。
ダッシュなどの素早さを挙げる訓練ならば、ナノマシンがその動きになれて少しづつアシストしたり、剣術など鋭く早い動きならば一瞬の力の解放などが上手くなったりする。
まあ、動けば動くほどナノマシンが慣れて動かしやすいようにしてくれると覚えておけばよい。
ちなみに意識して行えば行うほど効果があるという報告があるそうじゃ。
誰に向かって説明してるんじゃろうの。
われは。

「クレイドルの話が出たので話しておくが、君のような直接接続型素体は、サイコダイブ型と違い制限時間がない。そのため何時間でも行動できるが、戦闘モードになった場合、バッテリーの都合上5時間が限度だ。また試合で素体が破損した場合、クレイドルで休眠状態になれば自己修復と充電を行ってくれる。一応エネルギー充電は有機物を摂取することでもできるが、効率が悪いのでオススメできない。」

ほういいことを聞いた。
つまり大食い大会にでれば・・・ダメに決まっておるか。
それに有機物で過充電でもしたら破裂しそうじゃしの。

「そもそも素体には味覚がないから、味のないゴムを噛んでるようにしか思えんよ」

な……な…なっなんじゃとーーーーーーーー!!

そのあと、われは講義中に騒ぐなと2時間ほど説教されることになったぞよ。





「それでは、講義を終了とする」

 やっと講義が終わり机の上でぐだるわれ。たれきつねってあるのかの?などとどうでもいいことを考えつつ次のことを考える。
武器庫にいって武装パーツを見てくるのも良し、休憩室にいくのもよし、このまま寝るのも……Zzz









 それはナルにとって懐かしいと感じる夢であった。
小さな時のこと、あのまどろみの中で見た夢の続き、それはある花畑のでの出来事。
遠い記憶……。






 ぼくが親戚の家にある花畑で探索していたとき、ある花を見つけたとき。
花畑の隅でひっそり咲いているそれから目が離せなくなったぼくは、その場にしゃがみ込みその花を見ていた。

「なにをみているのかしら?」

不意に後ろから話しかけられる。
話しかけてきたのは従姉の〇〇ねぇだった。
 ~~姉さんは、この花畑を代々管理している親戚の娘ですこし虚弱体質であり、その関係か細身で、外に出るときはいつも日傘を差している。
ーー姉さんと初めて会わされたときのことは、少し色素の抜けた赤い瞳がとても怖く感じて、怯えているぼくを見て少し寂しそうな顔した<>姉さんの微笑みがわすれられなかった。

「はなをみているの」

そういってぼくは見ていた花を指差す。
それに対して**姉さんは、その花について語りだした。

「へぇ、すずらんがここに咲くなんて珍しいわ。君影草(きみかげそう)、谷間の姫百合(たにまのひめゆり)とも呼ばれているわね、花言葉は「幸福の再来」「純粋」「意識しない美しさ」……」

 ++姉さんは、花が好きだ。
愛してるといってもいい、病的なほどに執着しているのだ小さなときからこんな広大な花畑の管理を任されているほどに。
でも、ぼくはそんな%%姉さんのことが嫌いじゃなかった。

「本当はもっと寒い地方で見られるんだけど、誰が種を運んできたんでしょうね……。」

ぼくは$$姉さんから花の話を聞きながら、すずらんを見続けていた。

「ふふっ……ごめんなさいね、あなたが花にきょうみを持つなんて珍しいと思ったから……、でも、その花にはあんまり近付いたらダメよ」

いつもの儚げな微笑をしながらそう諭してくる。

「どうして?」

小さい子供からの当然の疑問にすぐ答えが返ってきた。

「その子にはね、毒があるのよ……1人なら問題ないでしょうけどすずらんの花畑を雨の降った後、歩いていれば……」

思わず後ずさると__姉さんにぶつかってしまった。

「……そんなに怯えてあげないで、花が悲しむわ……それに大丈夫……」

##姉さんが後ろから抱きしめて、耳にささやいてきた。

「もしあなたが死んでしまっても……ちゃんと活けて(タベテ)あげるから……〇真……」








 われは頭の鈍痛で覚醒した。
とても懐かしくも恐ろしい夢を見たような気がする。
すこし頭を手で押さえて辺りを見回すとそこはさっきまで講義がされていた会議室で今はわし、一人のはずだった。

「あら、ようやくお目覚めね」

 懐かしい声が聞こえる。
その声が聞こえた来たほうにユックリと向きかえるとそこには……。

「お呼びが掛からないからこちらから着ちゃったわ。そうしたら寝ているなんて失礼な話だと思わない?」

あの夢で見た在りし日の‘‘姉さんが、あの微笑を向けて、

「じゃ、自己紹介するわね。お初にお目にかかるわ、FCS兼レーダー担当AIよ。名前はまだないわ、よろしくね」

立っていた。
それを見たわしはその儚くも恐ろしい微笑みに恐怖を感じて、不覚にも気を失ってしまった。


「あらら?人の顔を見て気絶するなんて失礼な子よね。あなたの記憶の中にある顔から構築したっていうのに。」

 わたしは気絶してしまったその子に近付く。
少し魘されている様子を見ながら頬をつついてみる。

「へぇ……感触まで再現してるのね。この空間は。」

妙なところで関心してしまうわたし、そして、もっとも伝えたかったことを魘されているそのこへ囁いてみた。





「もっともっと強くなりなさい。もっともっと賢くなりなさい。そしてもっともっと純粋になりなさい。そうして早く早く……



 私たちの仲間になりましょう……



 待ってるわね」


それだけを伝えて私は花畑に戻っていった。 

















 IS学園の地下ラボで、キーボードを叩く音が聞こえてくる。
そこには特別処置と書かれたポッドとPCを高速で操っているウサミミを生やしたコスプレ女性がいた。

 彼女はここ一週間ここに入り浸っている。
あの天才と言われた篠ノ之 束を一週間も釘付けにする強固なプロテクトがそのポッドには施されていた。
いやプロテクト自体は束にとって強固なものではない。
ただ単純に数が多く、トラップだらけのめんどくさいプロテクトが何千何万と掛けられているのだ。

 その様相は束の提唱したISとDr.Kが中核となった武装神姫の縮図を見ているような錯覚に襲われる。
ISコアを使って強制ハッキングしてもいいのだが、そうすると中身の素体にもダメージが行く。
それゆえPCで解かないといけない状況になったのだ。さすがDr.Kやり方が悪辣である。

ちなみにクロム社でこのプロテクトに挑んだ研究員はノイローゼになり、現在治療中である。


 親友の様子をさすがに心配になってきた千冬が地下ラボに下りてみるとそこには散乱したゼリー状携帯食の空容器があり、真ん中に束が座り、その指が高速で踊っているのが見えた。
尋常じゃない様子に声を掛けれない千冬、千冬が入ってきたのもわからないほど集中している束、その様子は、すこし大きな隈が出来てるくらいで、逆に瞳は爛々と輝いていた。

そしてしばらくして、束がおもむろに席を立つとポッドに近付いていく。
束がポッドの脇に付属している端末を操作すると警告アナウンスが流れた。

<警告、ポッドの開放を行います。付近にいる作業員は1分以内に安全域まで離れて下さい。繰り返します……>

 しかし束は動こうとはしなかった。
千冬が声を掛けよう近付くと次のアナウンスが流れる。

<システム全項目異常なし。素体の休眠モードを解除準備OK。ポッドを開放し、素体の拘束を解除します……>

ポッドの透明な蓋が宝箱のように開き、素体の姿が露になる。
素体が体を起こし、伸びのような動作しながらぼやいていた。

「あ~……んーー!……だれじゃぁいきなり……ヒトが気持ちよく寝ているのを起こしよって……」

千冬はその光景に、またクロムかっなどと頭を抱えていると、束の様子がおかしいことに気付き、駆け出そうした瞬間。










「ん?だれじゃ?ってなんじゃーーーー!?」

束は目覚めた素体に勢い良く抱きついた。








 この日、IS学園地下ラボにて、ナルという素体がこの世に誕生した。
篠ノ之 束がISを発表してから9年と半年、クロム社が義体を発表して3年と半年のことであった……。









――――――――――――――――――――――――――




あれれー?おかしいなヤンデレお姉さんが増えたよー


4月18日改訂


8月4日修正



[26873] 第2話
Name: ヴぁん◆72ebca82 ID:5a6fbbc2
Date: 2011/11/18 21:31

――ナル、思い出す――




 IS学園で目覚めてから、2日経ち束に未だ抱きつかれたままであるナルは、もう諦めたかのようにクレイドルで眠りについた。
就寝してからのメインルームでナルが暇そうにしていると

「束女史と話がしたい」とドクが切り出してきた。

その束女史は、現在、ナルの素体を抱き枕にしながらクレイドルで就寝中である。

ドクが言うには、クロム社製の3Dプロジェクターがあれば、武装であるヘッドセットを介して会話が可能だという。
それだけ言うとドクはメインルームのドアに近付いていき、どこかへ転送されていった。

 ドクが居なくなったことによりまた一人になり、暇になったナルはここ2日のことを思い出していった。





「いきなり抱きついてきて何なんじゃーーー!!そちは!!」

 われが目覚めてみるといきなりウサミミをつけたコスプレ女に抱きつかれた。
線の細めな感じじゃったが、かなり胸の大きさと圧力が強……。頬ずりしてくるなーー!!

なんとか辺りを見回してみると、不自然に唖然と固まっている女性を発見して、助けを求めるような目線を送ったのじゃが。
唖然としたままで効果なし。

他になんか無いかと辺りを探すが、周りにあるのはラボの設備らしきものばかりで、望み薄じゃった。
そろそろ摩擦熱で頬がマサチューセッツなことになるかと思ったとき、コスプレ女がわしの肩を持ちながら、

「私があなたのママの束だよ!!ママって呼んでね!」

なんてことをのたまいよったのでさすがのわれも思考停止してしまったぞよ。

 自分のことを束と言ったこの女は、唖然としているわしをお構いなしに抱きつきを再開。
しばらくしてわれの思考が戻ると混乱しながら束とやらに尋ねてみたのじゃ。

「ちょちょっとまて、どういうことじゃそれは!」

そう聞くと束とやらは、間髪入れずにこう答えおった。

「ISは私が造ったんだよ!!だからIS技術を流用して造られたあなたは、私の娘に当たるんだよ!」

と言い切りおった。今度は違う事で唖然としてしまったのじゃ。

(このコスプレ女が、ISを造った??え?つまり……篠ノ之 束じゃとーーーー!?」

「そーだよー、だから私のことはママって呼んでね!」

 このIS業界に入って浅かったわれは、IS開発者の名前しか知らず、勝手に作っていたイメージ像がイマジンブレ〇カーされてしまったため、返事すらできずにただただ呆然と束女史のハグを受け続けることになったのじゃ。

 その後、大分経ってから不自然な姿勢で固まっていた女性が再起動して駆けつけてくれたことで事態は収拾して……くれず、未だに束女史がわれの素体に抱きついている現在へと至るわけじゃ。

……どうしてこうなったぞよ。



 その頃、千冬は家でおとといからの束の狂態を思い出して、「頭、痛い……」と弱音を吐いていた。
そして、一夏少年は姉の様子を心配そうに見ていたのだ。



ちなみに束の脳内ではこういう相関図になっていた。

ISを造った私 ←   つまりママ
↓     ↑↓
IS技術を理解して解析したDr.K←つまりパパ
↓     ↑↓
その技術で造られた武装神姫の素体→ つまり私の娘




深く考えてはいけない。考えると深淵に飲み込まれる。







 次の日になり、ナルが3Dプロジェクターのことを束に頼むとようやく離れてくれて、ナルは3日ぶりに自由の身になれた。



 IS学園地下ラボ(千冬から教えてもらったのじゃ)に備え付けられている高級応接セット(ソファーとかテーブルとか)で待っていると、束女史がどこからとも無く3Dプロジェクターを持ってくる様子を見たわしは量子変換しておいたヘッドセットをかぶりドクに合図を送る。

(ドク、ドクー?準備できたぞよ)

(わかった)

そう短くドクが答えるとヘッドセットの目のような部分からレーザー通信が行われ3Dプロジェクターにドクの姿が映っていったのじゃ。

「わー、ナイスミドルだね!」

ドクに対しサムズアップしながらそんなことを言い放ちおった。

「第一声がそれかね、束女史。あとそれは褒め言葉として受け取っておくよ」

それに対し、大人な対応を取るドク。わしは蚊帳の外ぞよ。

「さてお初にお目にかかる、私はDr.K改めドクだ。会えて光栄だよ篠ノ之 束女史」

すこしノイズ交じりの音声で挨拶をするドク。どんな相手でも冷静さを失わないそこに痺れる、憧れるぞよ。
すると束女史が一瞬驚いたかと思うとものすごい笑顔で、

「うん!私もとてもとてもとても会えて嬉しいよ。私の旦那様!!」

ととんでもないことを言い出しおった。
それに対するドクの対応は、

「ははは、からかうのは止したまえ。束女史」

お……大人じゃどこまでも大人な対応じゃあの束女史に対して一歩も引いていないぞよ。これが年の功っt…

「すこし煩いぞ、ナル君。思考にノイズが混じるからすこし静かにしていてくれたまえ」「アイ……」

 ドクからかなりの怒気が含まれた言葉で叱られたぞよ……。
なんか扱いが違いすぎるような気がするのじゃが……気のせいかの…?



「さて、今日、私が表に出たのは、君と話がしたいと思ったからでね。束女史」

 ドクは冷静に話を切り出していった。

「うんうん私もいっぱいいっぱいお話したいよ!」

それに対し、束はしゃべっているのが楽しくてしょうがないと言ったようなハイテンションで返事してくる。

「そういってもらえるとは光栄だな。まあ結論から言おう私は、君に嫉妬していたんだよ。その技術力と発想にね。」

ドクはいきなり本音をぶちまけてくる。

しかし束は、当たり前のことのように、

「うん!知ってるよ。だから旦那様は私の造ったISを解析しようとおもったんだよね!」

とても嬉しそうに答える。

「すでにお見通しか、さすが天才だな。その通りだ、私はISを解析しつくすことで君に勝利できると考えたが」

ドクが続けて言おうとすると束が遮って答えを言ってしまう。

「私がISコアの解析を差し止めちゃったんだよね!」

そして束が続けていく。

「あの時は、旦那様のことしらなかったし、ISのコア・ネットワークから緊急警告が来ちゃったから慌てて止めちゃったんだ。ごめんね!」

束は謝っているつもりだろうが、ナルからすると反省しているようには見えなかった。

「なるほど、コア・ネットワークから……ああ、長年の疑問が解けたよ、束女史」

何かに納得がいったのか、ドクが頷きながらそういうと束はさも当たり前のように

「うんうん旦那様の疑問を解決するのもいい妻の務めだよ!」

と口走る。気分は有頂天のようだ。

そしてナルはこの光景を見て、リア充なんて爆発しちゃえばいいぞよ…などと黄昏ていた。


「時に束女史…「うーん、言い方が硬いなぁ旦那様なんだからもっと砕けた感じでよんでね!」

さすがのドクも疲れてきたのかスルー力が落ちてきている。

「では、束君一つ良いかね?単刀直入に言おう君は私が義体を研究しているとき差し止めることが出来たのに止めなかったのはISコアが警告を発しなかったからかね?」

「それもあるけど、ISコアが研究に協力的だったのもあるんだよ!それにあとでわかったけど、ISコアは警告を発してからずっと旦那様のことを観察してたみたいなんだよ!」

その答えにドクは手を顎に当て「なるほど……そういうことか」とまた一人で納得していた。

「ではさい「それにね、私もね、義体が発表されてからね!旦那様のことずーーーーーっと、ずーーーーーーーと観察してたんだよ!」

束はまた、ドクの言葉を遮って話をし続ける

ナルは、それってストーカーではなかろうか?とドン引きしている。

束はさらにハイテンションで続けていく。

「だってやっと!私の造ったISのことを理解してくれる人が現れたんだもの!!私を理解してくれる人が出てきてくれたんだもの!!気にならないわけないよね!!」

「なるほど君は誰かに理解して欲しかったのだな……、ふっなかなかお似合いなカップルだったのかもしれんな」

ドクがそんな軽口をいうと束が食いつく。

「だったじゃないんだよ!これからなるんだよ、私の旦那様!!」

だがドクはその発言に頭を縦に振らなかった。

「いやそれは無理だよ、束君。私がDr.Kであったころの嫉妬はナノマシンを介してもAIの中にまで持ち込めなかったのだ。私はそれごと脳が再利用されるのを恐れて再起不能になるよう吹き飛ばしたのだからね。」

その答えを聞いた束の雰囲気が変わる。

「亡国機業……だね……」「ああ……」

ドクの肯定によりさらに周囲の空気が冷たく重くなっていくのをナルは感じた。

「ああああああああ……ああああああ!やっとやっと!!!私を理解してくれる人が出てきてくれたのに!!!!なんで……なんで……また……」

いきなり立ち上がり頭を振り乱して呪詛を吐く束。その様子に体が震え出すナル。

「でも!今度は安心してね、私の旦那様!絶対にあいつらを根絶やしにしてあげるから!!生きるのが辛い、死んだほうがマシだって思わせるから!!」

ものすごい笑顔で、さらっと恐ろしいことを言う束、この様子を見ながらもドクは冷静だった。
それはドクもまた同じような経験があるからだろう。

「ふむ、そこまで思われていたとは、肉体を捨てたのはすこし惜しかったと思ってしまうね。ありがとう」

その言葉に、束の暴走が沈静化する。
ソファーにホケっとして座りこむ束に対してドクは続ける。

「もう私では、束君を理解しつくすことは出来ないだろうが、彼、いや彼女なら君を理解することができるだろう。なぁ、風見幽真君」

ドクはそういってナルのほうに振り向いた。


ナルは突然ふられた言葉の真意が解らず、聞き返そうとするが、

「へ?それってどういうい……<キーワードを確認。記憶プロテクトを解除します>っ~~~~!!?」

機械音声がナルの頭の中で響く。それと同時にナルの脳に刺すような痛みが走り、頭を抱えて背中を丸めてしまう。
そして記憶の開放が始まった。

それは遠い昔の花畑での従姉との記憶、自分の名前、そしてDr.Kの後姿、そのあとに起きたことがフラッシュバックする。



 Dr.Kの後姿、ある地下区画の光景、Dr.Kと2人組の何者かが話しこんでいる様子、何者かの一人がDr.Kに拳銃を突きつけた光景、Dr.Kを突き飛ばす自分。
パスッと言う軽い音と痛み、力が抜けていく体、廊下の冷たさ、Dr.Kの声と遠ざかっていく2つの足音。





ナルは頭を抱え、振りながら尋常じゃない叫び声を上げる。

「あああ……あああああああ……主任……主任んんんんんん!!ああああAAAあああアああ!!」


「なっちゃん!!」束が駆け寄ろうとするがドクの声がそれを止めてしまう。

「大丈夫だ、あと3分ほどで元に戻る。そうなっている。さてそろそろこちらが限界のようだな。束君、また時間があるときに話をしよう。楽しみにしているよ」

ドクは束に向き直りつつ静かに言うとノイズと共に消えていった。

それを聞き届けてしまったあと、束は絶叫を続けるナルをそれはまるで不安で泣き叫ぶ子供をあやすかのように抱きしめ、背中をやさしく叩いてあげていた。

「アアアアあああああああああああああああああああ……」

それは束の妹、箒が小さかった頃以来に発現した母性だったのかもしれない。
そして、束はとても優しい声でナルに囁き続けた。

「だいじょうぶ、だいじょうぶだよ。なっちゃん、ママが一緒にいてあげるからね」




その光景は、ナルの絶叫が止まり落ち着いた後も、束の様子を見に来た千冬に見つかるまで続いていた。













――ナル、出向す――



 目覚めてから約6ヶ月、一旦クロム社に戻っていたナルは現在、入学式を目前に控えたIS学園にクロム社からの出向命令で舞い戻ってきた。

まず経緯を簡単に順序立て説明していこう。

ナルは目覚めてから3日後に記憶プロテクトを外され、その後記憶の整理に約1週間かかっている。

 後日、ナルとクロム社との契約についての交渉が行われた時、束が乱入及びナルの契約内容に激怒し、あわやクロム社VS篠ノ之 束女史の全面戦争になりかけた。
この収拾をなんとかつけたのは織斑 千冬とナルとドクの三人であり、この三人でも収めるのに約1ヶ月かかった。
あと、これにより3人の間に友情のようなものが芽生えたことを追記しておく。

ちなみに、この束女史激怒事件のことに関しての千冬のコメントは「モンスターペアレントと言うのはああ言うものなのだな……」と疲れた顔をしながら言っていた。

 そこから約3ヶ月間、ナルはクロム社にて地獄の社員研修を受ける。
風見幽真として前に受けていたが、今度はナルとしてまた受けるはめになった。
しかも、この社員研修は通常半年間でじっくり行われるものであり、ナルは擬似空間もフルに使って勉強することになる。

で、地獄の超集中社員研修をなんとか終えた後は契約の本決定とか挨拶周りをしていた。
なおナルが古巣の義体開発研究班に挨拶に行ったときのことだが、元男だというのに武装神姫の素体のせいで猫可愛がりされた。キツネなのに。

そして現在に至るわけである。今のナルの服装はクロム社の制服であり、春休み中のIS学園前で踏ん反りかえっている冒頭に戻る。

ちなみにクロム社の制服は、イメージとしては歯科医のユニフォーム(襟のボタンを中心からずらしてあるやつ)を灰色にした感じで研究員などはその上に白衣を着ている。

では、視点をナルに戻すとしよう。







「ようやく、ようやく!IS学園に戻って来れたぞよ……長かった…本当に長かったのじゃ……」

 われが、なぜこんなに喜んでいるのかというと、一言で言えば、クロム社のせいである。
クロム社名物地獄の社員研修とは簡単に言えば勉強会である……ただし「クロム社の技術全般の」がつく。どういうことか意味がわかるかの?

クロム社は、「商品を理解して無い者に商売は出来ない」という社訓のようなものがあるぞよ。
なので文系の部門でも知識を要求される、そのほとんどは新入社員に向けて行われるものじゃが、
新しい技術などが開発されると知識の共有として各部門2~3人ずつ丸1日掛けて行っていくのじゃ。

ある社員曰く「研修するくらいなら研究で2徹したほうが楽だ」と言い切ったそうじゃ……つまりどれだけきついか想像できるじゃろ。

 ちょっと前に襲撃したISのパイロットも色々あって後にクロム社に入社したんじゃが、優秀であるはずの代表候補生がヘロヘロになるくらいじゃ。
最終的には目からハイライト消えかかっておったの。

しかもわれの場合は、新人研修+今現在のクロム社技術(義体、素体など)+クロム社のIS関連技術で3ヶ月の超圧縮研修、3ヶ月間でクロム社の全てをぶち込まれたといってもよい。
おかげで擬似空間のメインルームまで論文やら書類の記憶が溢れ出し、ドクが今現在も整理中であるぞよ。おかげでサポートAIがサポートできない状態じゃ。

(クロム社はわれをどこぞの目録にでもしたいのか!)と研修中に思っていたがクロム社ならやりかねんので黙っておいたぞよ。



 そろそろ守衛さんが怪しみ始めたので。クロム社の出向届とIS学園からのIDカードを提示し、われはIS学園内に入ったのじゃ。



 

 学園長などへの挨拶も終わり、われが地下ラボ兼部屋に行こうとすると後ろから物凄く軽い感じの声が掛かった。


「おーい、そこのこうはーい。先輩であるアタシへの挨拶はなしなの?信じらんない」

「挨拶も何もどこにいるんだか解らんのにどうしろというんじゃ……」

 われは振り向き様にジト目で睨みつけながら言う。
もっともわれがちょっと非難がましく言っても無駄じゃろうがの。

「はいはい、文句言ってもだーめ、ちゃんと先輩は敬いなさい」

 こやつは、言っての通りIS学園に先に出向していた先輩の武装神姫で、名前はリア。TYPE:花型ジルダリアのカスタム機、つまりわれと同じ特別処置者じゃ。

容姿の特徴は、金髪にパッチリした青い瞳、頭には青と白の花飾りをつけており、身長は170くらい?の等身高め、体型は細めだが健康的な細めでそれなりの2山がついておる(妬ましい……はっ、われは何を)

武装パーツの構成は、花をモチーフにしたものらしい。
今こやつはクロム社の制服を着ているわけなんじゃが、やけにスカートが短いような……?

戦闘に関しては、よく知らんが資料では『エンターテイメントのような戦い方』って書かれておってミカが首をかしげておったわ。

 ああ、ミカというのはFCS兼レーダー担当AIの名前じゃ、由来はわれの従姉の頭文字ならぬ尾文字でつけたぞよ。
名付けた時、物凄いいい笑顔でありがとうと言われたがの。


 まあ軽口の掛け合いも、そこそこに挨拶をしておく。

「クロム社出向員、武装神姫『TYPE:九尾の狐型蓮華』のナル、出向命令に従い只今、着任したぞよ」

「んじゃクロム社出向員、武装神姫『TYPE:花型ジルダリア』のリア、出向員ナルの着任を確認しましたっと」

ジト目から普通の表情に戻して言うわれと、いつもの調子でウインク付きで答えるリア。

こんな感じで出向員同士の挨拶はおわったのじゃ。




挨拶後の雑談中の1コマ。

「しかしよくもまあそんな短いスカート履けるのぅ。元男だったくせに」

「しかたないじゃない、感情とか口調とかある程度は素体に合わせて書きかえられちゃったんだから。それに人生楽しまなきゃ損でしょ。というか短パンにオーバーニーのアンタに言われたくないわ」

「しかたなかろう……束女史の頼みごと断られるやつがいるならみてみたいぞよ……」

「……なんか…ごめん」










「……あ、そうそう明日、離任式のあとアタシとアンタがバトルすることになったから、そこんとこヨロシク~」

「何?」

そんな話われは聞いておらんぞよ。








「れでぃーすあんどじぇんとるめぇ~ん、只今よりクロム社出向員親善試合、ナルVSリアを開始いたしまーす。撮影はこの私、クロム社出向技術員Aと非人間型義体「梟光」でお送りいたしまーす。」

歓声が響く、なかなかノリのいい観客たちだ。ここはIS学園の第一アリーナ。観客は離任式のために来てた生徒と先生方、そしてクロム社員である。

「まずは、今日もイケイケ(死語)お姉さん!武装神姫『TYPE:花型ジルダリア』のリア!!」

花をモチーフにしたやけに際どい武装パーツを身につけ、両手を振ってアピールするリア、もちろん笑顔だ。

「それに対するは、来学期よりお仲間になる武装神姫『TYPE:九尾の狐型蓮華』のナル!!」

九尾のキツネを模して作られた武装パーツを身につけて、なんか疲れた顔をしてるナル。頭を抱えている。

ちなみにどっちの声援も大きいものだった。本当にノリがいい観客たちだ。

「では、試合前に一言いただきたいと思います。リアさん、一言どうぞ」

「久しぶりのバトルなんで遠慮なしでいくわね!」

気合入れまくりなリアである。

「おお、準備は万端のようです。ではナルさんもどうぞ」

「われは技術アドバイザーなはずなんじゃが……」

対するナルはテンション駄々下がりな件。

「そんな常識は投げ捨てるもの!!それがクロム社です!」

ワーーーー!!

「それでは早速始めていきましょう!カウント3」

「2」(手筈通りに頼むぞよ)

「1」(任されたわ、FCS兼レーダーモード起動)

「Let's GO!!」

花:999
VS
狐:999


 開始と同時にナルがいつの間にやら赤く透明な小剣を構えて、リアに急速接近。
それに対し、リアは銃身の曲がった形をした銃型ハンドミサイル、ポーレンホーミングで超小型ミサイル郡を発射。

「あれ?ホーミングしない?」

しかし、ミサイルは有らぬ方向に飛んでってしまう。
ナルはその隙にさらに接近する。

(よし、ジャミングは成功みたいね)

リアの横を走り抜ける様に切りつけるナル。

「シッ!!!」

「おっととあぶないあぶない」

まるで挑発するかのように回避したリア。

「甘いわ!!」(角度OK発射)

だったが、ナルの尻尾に装備されている小剣の一本が発射される。

「!!?うわっと!」

リアはこれも紙一重で回避しようとするがグレイズ、即ちカスリダメージを負った。

花:998
VS
狐:999

ナルはアリーナが展開しているエネルギーシールドを蹴り、リアに再接近する。

「早い!けど直線的過ぎるわよ!」

 リアはアレルギーペタルというデカイ音叉のような武器で迎撃を計る。
それでもナルは急速接近をやめずに突っ込んでいく。

(次の実験じゃ)(OK、デコイ用意)

「頭悪い突撃なんて!」

掛け声と共にリアは勢い良くアレルギーペタルをバットのように振りぬく。

(今!)(ナノスキン散布)

が、

(手ごたえが無い?)

ナルの体はアレルギーペタルに触れると霧のように消えていった。

「どこ行ったわけ!?」

リアは周りを見渡すが見つけられない。頭部にある4枚のリーフ型センサーにも反応がない。

「下!?」

「全弾もっていけいっ」(修正OKよ)

「あっぶな!!」

それもそのはず、ナルはレーダーの混線する真下にいたのだ。
 リアの真下のフィールドから尻尾を、
ハンマー仕様にしてストックされていた小剣の残り7発が発射された。

     B「よっしゃリアさんのパンチラゲット」C「さすがだな兄者」

「それっこのっ!あいたっ!」

リアが懸命に打ち返すも何発かもらってしまった。
ナルは、ダメージを受けてバランスを崩したリアに接近してハンマーを振りぬく。

「うおりゃああああ」

    C「よしナルたんの下乳写真ゲット」B「さすがだよな俺たち」

「隙あり!いったーい!!」

「なにぃっいっつ!?」

リアも咄嗟に変換した小剣、モルートブレイドで切り返したため双方ダメージHIT。

両者、距離を取り仕切り直し。

花:682
VS
狐:968

    A「ああ、フブキちゃん聞こえる?BとCってやつ、この試合終わったら社員研修行きね。うんお願い」

またしても最初に動いたのはナル、アリーナ中をでたらめに動き回る。

(小剣のマッピングに成功したわよ)
(了解じゃ)

「今度は当てるっ」

リアはポーレンホーミングでミサイル攻撃。
今度はちゃんと追尾していくミサイル群、ナルは小剣を投擲してミサイルを迎撃した。

「それっ」

「小粋なまねしてくれじゃない」

リアはさらにミサイルを撃とうとするが、小剣が次々と投擲される。

「まだまだいくぞよ!」

「くっどこから」

ナルはどうやらアリーナ中に突き刺さった小剣を回収しながら投擲しているようだ。

「それっそれっそれ!」

「つうっ舐めるなああああ」

リアのリアパーツの葉が成長し花弁のように展開する。

「なんじゃ?」

リアがモルートブレイドで攻勢に出た。

「うおっと、でもそれでは追いつけまい」

「このっこのっこのっこの!」

小言など受け付けず只管に剣撃を繰り出し続けるリアの怒涛のラッシュにより、
ナルも避けづらくなっていきダメージが蓄積し始めた。

「ちぃっ」

花:398
VS
狐:753

そんな中、ナルに異常が発生する。

「なっ……動け…な」(ステータスに異常、スタンね)

「終わりにするわよっ」

その一声と共にツル状の特異な剣を変換しリアの連続切りが炸裂する。
ナルに多段HITダメージ。

「あ……がっ」

B「動けない少女を鞭で滅多切り」C「どう見ても女王さまですありがとうございました」

「フィナーレよ!!」

リアは一旦距離を取るとミサイルを乱れ撃ちする……ナルに全弾HIT!!

「ぬわぁぁぁぁぁ」

体もろくに動かぬままナルが落下していき安全防壁を発動、これによりリアの勝利判定がアリーナへと表示された。

花:398
VS
狐:000

「カンカンカンッ!!バトルオールオーバー、バトルオールオーバー、ウィナー・リア!!」

こうしてクロム社出向員による神姫バトルはリアの逆転勝利で幕を閉じたのだ。

ワーーーー!!

「それではこれにてクロム社親善試合を終了いたします。お忘れ物のないよう……」





「ん…?ここは?「メインルームよ、派手に負けたわね」

 ミカがそう答える。ドクは未だに記憶の整理中のようだ。

「やはり、小細工だけじゃ勝てんかぁ」

少しへこんだようすのナルにミカが答える。

「エンターテイメントな戦いね……逆転劇になるわけだわ」

解りづらいのよこの資料と言ってミカはこちらに向かってくる。

「まあそれでもいい線はいってたんじゃないかしら?私だけだったらこんな戦い方思いつかないもの」

少しかがんだ状態で話しかけてくるミカ。

「一応技術アドバイザーじゃからなってミカが褒めるなんて明日はミサイルの雨かの」

「さっき降ったじゃない」

ナイス突っ込み。


「ああ、また新しい戦法を考えなくては」

 われは頭をガシガシ掻きながら丸くなる。

「とりあえず今は寝ときなさい、戦闘ログは私がまとめておくから」

うむよろしくのー……




寮への帰り道での生徒の会話。

「あれが武装神姫同士の戦い方ですか、なかなかのものですね。」

「最後の塵際、派手だったわー」

「でもISの試合には適わなかったかなぁ」

「面白い戦い方ではありましたね」

「剣拾ってとか変形してとか目は楽しめたしねぇ」

「黒い煙でてプスプスって倒れ方初めてみたよ」

クスクス

キャッキャッ

女が三人寄れば姦しい。今日も寮は平常運転である。

(どうして、狐さんはいきなり止まったんだろ?)

ちなみに彼女たちはIS学園のモブ生徒なので次の出番があるか不明です。

「「「「「「そんなぁー」」」」」」











――新学期だよ!全員集合!(by束女史)――


 


 ここはIS学園。
入学式も終わり、現在HR中でありながら初日なので廊下にも響く女子の喧騒が印象的である。

しかし、あるクラスからは喧騒が聞こえず気の弱そうな女性副担任の自己紹介が聞こえてくるだけである。
どうやら山田 真耶(ヤマダ マヤ)というらしい。

そのクラスはIS学園1年1組。世界初『生身』でISに乗れる男、織斑 一夏(オリムラ イチカ)が在籍する場所だ。
ここから物語は回り始める。






 現在、俺は危機に瀕しているどのくらいの危機かというと……そうだな。
氷の檻に入れられて外から生暖かい視線を送られたまま何時間も正座してるようなものだ。

なんとも微妙な危機というのが伝わってくるだろう。
それもそのはず、今、俺の周りには女子しかいない。
クラスメイト29名と副担任1名、見える範囲全て女性だ。

アニメや漫画なら壮観な眺めだなぁっていう感想もでるんだろうが、現実で起こるとそんな余裕はない。
そもそも友達の弾曰く「そういうのはな、非現実的だからいいんであって云々」ということらしい。

以前は真逆のこと言ってたんだが何があったんだろうか?と現実逃避していると……。

「つぎ、織斑くーん」

副担任の山田先生が俺の名前を呼んで来た。

「あ、はい」

まずい、自己紹介考えるの忘れた。まあ無難な紹介でいこう。

「えー、##中学から来ました。織斑 一夏といいます。趣味はゲーセン行く事と家事で、特技は昔、古武術を少々やっていました。色々な要因が重なってIS学園に入学することになりましたが、卒業までよろしくお願いします」

 まあ、こんなもんだろうと思いながら席に座り直す。
って山田先生何固まってるんですか?早く次の人に順番回してあげてくださいよ。
なんか教室の空気が変になってるじゃないですか。

周り見てみると何人かの女の子が顔真っ赤にしてるんだけど、初日から風邪か?

「朴念仁が……」と懐かしい声が聞こえた。そういえばさっき箒も見えたな。
色々積もる話もあるし、あとで話掛けてみよう。

そんなことを考えていると教室のドアが開いた。

「ああ、山田君。クラスへの……どうしたんだ?固まって」

 俺の姉が現れたんだが……
千冬姉ってこの学園の教師だったのか。知らなかった。

「ああああ、すいません!織斑先生!ちょっとびっくりしちゃって……」

何をどうびっくりしたのか、俺としては聞かせてほしかったね。

で、織斑先生こと千冬姉が自己紹介というか教官宣言をして、女子たちが騒いで、それに千冬姉が呆れて、授業へってなるときに、千冬姉が思い出したかのように。

「ああ、そうだ。紹介するのを忘れていた。2人とも入ってきたまえ」

そう言って外にいる人に入室を促した。

「ちょっと気付くのが遅すぎるんじゃないの。千冬教諭?」

時間圧してるのに、とは入ってきた独特な制服を着ている人……いや武装神姫の談だ。その登場に、驚いたような声をあげる生徒たちが印象的だった。

「すまないな、さて皆に紹介しておこう。クロム社からの出向員であるリア戦闘アドバイザーとナル技術アドバイザーだ。これからの授業の中で講師として講義してくれる」

武装神姫が講師かぁ……弾のやつが聞いたら羨ましがるかね?

「ハァイ、クロム社のリアとあっちがナルよ。今は時間がないから顔見せだけだけど、授業になったら詳しく話すからその時にね。じゃ千冬教諭、次に急ぎますんで」

千冬姉が短く「ああ…」と答えると、その2体はダッシュで廊下に出て行った。
そのとき、「次はどこじゃ!?」「隣よ、隣!ってそっちじゃない!」とかなり切羽詰ってる様子が伺えた。

その後、千冬姉から説明が続く。

「知っていると思うが我が学園は去年の夏頃、クロム社との間でISと武装神姫に関しての協定を結んだ。それに関連して主に学園の地下ラボに出向員が駐在している。まあ、表に出てくるのは基本的に彼女達だけなので覚えておくといい」

そういい切ると存在が空気になりかけてた山田先生にバトンタッチ、授業が開始された。
……とことんいいところ無かったな、山田先生……。




 只今昼休みが始まったところ、さすがに一週間じゃ教本覚え切れなかったか、なんて考えていたら、幼馴染の篠ノ之 箒(シノノノ ホウキ)を発見。
向こうも俺に気付いたみたいで近付いてきた。

「ちょうど良かった。話したいことがあったんだ。一夏、相談にのってくれ」「久しぶりの再会だってのに箒はいつも唐突だな、まあこっちも話したいことあるし行くか」

なんか箒が焦っているようなので俺たちは少し早足で食堂へと歩いていった。

その時やけに視線感じたんだけど気のせいだよな……?

とりあえずA定食頼んで、席に着く。
視線が多くなった気がするが気にしないでおこう。

 まあとりあえず……。

「本当に久しぶりだな。箒、一目見てすぐわかったぞ。ああ、あと剣道の全国大会おめでとう」

「ああ……、ありがとう。そっちは見違えたぞ。えっと、その……もっと魅力的になったな、この6年で何かあったのか?」

それは褒め言葉として受け取っていいのか?と思ったがそれは横に置いといて、俺は箒の疑問に答えた。

「あー、まあね、ちょっと千冬姉が家で朝まで書類を必死に書いていたり、たまに帰ってきたと思ったらかなり疲れてて「頭痛い」なんて弱音吐いてるところ見ちゃってさ」

その主な原因たちの今。

原因1:束「へっくちゅ、誰か噂してるのかなー?」

原因2:ナル「ばっくしゅ、なんじゃ?素体って免疫機能まで再現しておるのか?」

原因3:ドク「へっぐし、AIがくしゃみとはな、面白い現象だ。あとで解析してみよう」


 俺は続ける。

「俺が支えなきゃって思ってね……」「そうか……そっちも姉関係か……」

ん?そっちも?どういうことだろうか?かなり重大そうな雰囲気を醸し出している。
あと周りの人露骨に聞き耳立てるな、マナー違反だ。

「束の話なんだが……」「ああ束ぇがどうしたんだ?」

箒がやけに言いにくそうにしている。
周りが静かに聞き耳を立てている……話する場所間違えたかなぁ

「少し前の連絡で、母親になったっt(ブフッ(ガチャーン(ズドッ(ゴン(ヅダッ……そういう反応になるとは思ったが」「ゲハッゲホ……はぁあああ!?」

いきなりの爆弾発言に聞き耳立ててた人もかなり驚いたのか、ズッコケたり、容器落としたり滅茶苦茶だ。

「れれれれ冷静になれ、一夏。声が大きい」

箒、お前が一番動揺してるんじゃないか?

「というかそんな大事話してよかったのか?こんな所で」「ああ、外堀埋めるために大勢居る場所で喋ってくれと言われたからな」

何気に黒いよ、束ぇ。周りの人たちがドン引きしてるぞ、おい。

「で、十中八九そのことなんだろうけど、相談って?」

箒に尋ねてみると、箒は一息置いてから話し出した。

「相手は研究者らしいんだが、束が自分のことを理解してくれてるって言っていたんだ」「なんだいいことじゃ「問題は、すでに子がいるということだ」

THE・ワールド!!時は止まる。

「……は?」「だから、束はすでに自分の子がいると言っていたんだ」

………

「いやいや、有り得ないだろ、生物学的に」「一応束は人間なんだが」

そんな事は俺だって知ってるよ。
箒、ナチュラルにボケを繰り出すなよ。

「そうじゃなくてだな。子共ってのは出来るのに約10ヶ月掛かるんだぞ」「そのくらい知っている」

箒が何をいっているんだ?と言いたげな視線をこちらに向けてくる。
話が噛みあっていないのか、話が進まない。

「あーまあいいやで、いるとして箒は何を聞きたいんだ?」「実は、その子というのがな……ナル技術アドバイザーなのだ(ゴンッ…どうした一夏」

俺は、机に頭をぶつけていた。
もうツッコム気力もねぇ。

「なぁ一夏……私はどうナルアドバイザーに接すればいい?」

んなもん解るかーー!!というか目のハイライトが消えてる!?そこまで追い詰められてる!?

俺が答えに窮しているとそこに救いの女神が……。
食堂のドアを勢い良く開けて現れた。

「おい!いつまで暢気に食べ……なんだこの有様は?」

これはチャンス!!

「織斑教官!!」

俺は、席を勢い良く立ち上がり、手をビシッと上げる。

「なんだ!織斑いま忙し「箒が家族のことについて相談があるそうです!」い……(ヒクッ」

おおっと、こっちも地雷だったか!?千冬姉の引き攣った顔なんてレアだぞ。

「そうか……箒、あとで私のところに着なさい」「はい……」

なに?この空気、ものすごく息苦しいんだけど。

この空気を打破するためにも相談に乗れなかった事に関しても含めて、箒に謝っておく。

「ごめんな、箒、相談に答えられなくて」「いや、聞いてくれたお陰で大分楽になった。一夏、ありがとう」

とお礼を言われたが、まだ目のハイライトが戻ってなくて怖い。

結局、次の時間は、食堂の大掃除となりましたとさ。

………
……



 授業が終わって放課後、俺は気晴らしに屋上に向かっている。
箒はさっき、千冬姉と一緒にどこかへ歩いていった、多分相談部屋だろう。

屋上に近付くと何か歌が聞こえてきた。
……なんかどこかで聞いたことあるぞ。なんだったかな。
そして屋上の扉につくとこの歌の名前を思い出した。

(ああ。『とおりゃんせ』か、懐かしいな……でも一体だれが?)

扉を開けて、周囲を見回してみても誰も見当たらない。
ドアで見えないのかと思い、屋上に出てみるも姿は見えず。歌だけが聞こえてくる。

ちょっとしたホラーを俺は体験しているわけだが……。
歌が終わると誰かが声を掛けてきた。上のほうだ。

階段の屋根の上には一体のクロム社制服を着た武装神姫が立っていた。

(さらに短パンにオーバーニー……だと……)












「なんじゃぁ少年、辛気臭い顔してなんなら、われが相談に乗ってやってもい・い・ぞ・よ」

得意げな顔で聞いてくる武装神姫のクロム社出向員。

主な原因は、あなたなんですがね。
ナル技術アドバイザー。



















おまけ

「織斑君、織斑くんはどこですかーー(涙目」

山田先生が、涙目になりながら学園中を探し回っていたらしい。
俺に部屋割りに関して伝えようとしていたようだ。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


バトルロンドがなぜ10ターン制かわかった戦闘が長くなる。

あとこのバトルを見た人は「バトルロンドでやれ」という。

投稿してみると短い不思議




修正と追加。4月15日

8月4日修正

11月18日バトル部分を改定



[26873] 第3話
Name: ヴぁん◆72ebca82 ID:5a6fbbc2
Date: 2011/08/04 01:01



――ミッション!千冬の弟、一夏に接触せよ――



 ここは、擬似空間のメインルーム。現在、ここには円卓に備え付けられたPCを操作しているナル一人だけである。
ナルはキツネ耳をピコピコ動かしながらキーボードを打ち込んでいる。なぜ、擬似空間なのにそんなことをしているかというとドクの凝り性のせいである。
セットアップ時にドクによりあまりに精巧に構築されてしまったため、PCなどの機能も現実に近いのだ。性能は桁違いだが。
まあそのせいで書類整理が面倒になっているのでドクの自業自得ではある。

「よし、これで繋がるはずじゃ」

どうやら作業が終了したようだ。PC画面と円卓の中央の立体映像が連動し映像が映し出される。そこには『クロム・ネットワーク』と書かれていてクロム社のエンブレムも映し出されていた。
クロム社のエンブレムは、名前の由来である鉱石のクロムの原子記号と三角を2個すり合わせたような図形で構成されている。どちらも銀白色である。
文字にするとこんな感じである。

[Cr▽△]

 ナルはその画面をみて、「よし」と小声で言った後、認証画面で素体番号を認識させるとアナウンスが流れる。

<登録情報:ナル。素体番号及びクレイドル登録番号を自動検知。照合及び認証に成功しました。クロム・ネットワークにようこそ>

そうすると画面がクロム社員専用個人ページに転送され、そこにはメールや辞令、ショップなどといった項目が円を描いて配置されており、ナルは点滅しているメールを選択した。

 メール受信箱には、クロム社とねねこという差出人のメールが届いていた。
そこでナルはとりあえずクロム社からのメール『クロム・ネットワークについて』を読んでみることにした。




<クロム・ネットワークについて [Cr▽△] >

<はじめまして、クロム・ネットワークにようこそ。このメールはメール機能を使用すると自動で送信されます。>
<クロム・ネットワークについてご説明いたします。>
<このネットワークは、正式名称:クロム社専用オンラインシステム『クロム・ネットワーク』と呼び、>
<クロム社の関係者のみが使用可能であるローカルネットワークです。>
<社員で有る場合、登録されたPCまたは専用端末と生体認証によってログイン可能です。>
<あなたの場合はクレイドルを介して武装神姫の擬似空間に接続されているので、>
<初回以降は、クレイドルから擬似空間に入った際に自動的にログインできます。>
<このネットワークにてクロム社からの辞令及び連絡事項が発信されていますので、>
<確認を怠らないで下さい。また、専用の端末を持っていた場合、そちらからの確認もできます。>
<くわしくは、管理部までお問い合わせください。>
<では有意義な社員ライフを>



 次にねねこという差出人からのメールを見始めるナル。
どうやら、ナルはねねこという名前に心当たりがあるようだ。視点をナルに移行させ、話を聞いてみよう。



 われがクロム・ネットワークの説明メールを読み終わり、次のメールの項目を見ると[差出人:ねねこ]となっていた。
こやつは、われ含めて4体の特別処置者の内の1体で、武装神姫TYPE:猫型マオチャオのカスタム機じゃ。
とりあえず、メールを再生してみるかの。

ぽちっとな。



<ねねこなのにゃ [(猫)] >

 ディスプレイに映し出されたのは、緑髪で緑の瞳の童顔で体つきはしなやかな猫のようで肉球グローブと尻尾をつけた武装神姫。
ちなみに等身は低めじゃ。身長は…われと同じくらいかの。

<ねねこですにゃ>

独特の言い回しで再生されるメッセージと文章。

 こやつは生前の記憶をほとんど忘れてしまっており、残っていたのが一般常識と猫の知識で、今では本当に猫のような性格になってしまっているらしいぞよ。
簡単に言えば、気まぐれで怠け癖の昼寝好きな性格じゃ。猫を模しているので社内の癒しにもなってるらしいぞよ。
この頃は仕草まで猫っぽくなってきてるそうじゃの。

<去年の夏頃から、特別処置者への連絡係を担当しているにゃ>
<ナルちゃんは、本契約が施行されてからお世話することになるにゃ>
<主に辞令を連絡するのが、ねねこの仕事にゃ>
<おねぇさんたちが頑張って活躍してくれれば、ねねこも安心して寝れるのにゃ>
<頑張ってほしいんだにゃ>
<んじゃ、次はお仕事であうことになるにゃ。よろしくなのにゃ~>
<PSなのにゃ:なんか素体でも味を認識できる品物ができたそうにゃ、上に掛け合ってこっちに回してもらうにゃ。楽しみにしててにゃ~>


「やっぱり、こやつの声聞くと脱力してしまうのう」

 われはねねこからのメールを聞き終わると円卓に頭を乗せ、ため息をつく。

そういえば面白いことを聞いたの。味を認識できる品物とな。

 われら、特別処置者は4体例に漏れず味覚がない。というより認識できないというべきか例外としてモチーフとなったモノが好むとされるものだけ味がわかるぞよ。
われなら油揚げじゃ、お稲荷さんでもよいがシャリの味がわからん。リアなら花じゃ、食用ひまわり等の味がわかるそうじゃ。
ねねこは、ミルクが解るらしいの。もう一体いるんじゃが、そやつはオイルが美味いといっておった。

まあ、最後のやつは機械がモチーフなやつじゃからのう。あんまり羨ましくないがの。

 われがそんなどうでもいいことを考えていると、受信音とともに辞令が下ったことのお知らせが流れる。
またねねこの脱力声を聞くのかと思いながら、お知らせから辞令を再生する。

<ミッション!噂の少年と接触せよ。[Cr▽△][(猫)]>

<ねねこですにゃ>
<クロム社からの辞令?命令?任務?なのにゃ>
<IS学園に出向している2体に、近く学園に入学する織斑 一夏様に接触してほしいそうにゃ>
<知っての通り一夏様は、現在クロム社と協定を結んでいる千冬様の弟であると同時にISを『生身』で起動させた男性でもあるにゃ。>
<まあ、思うところもあるだろうけど、それは置いといてにゃ>
<今回は接触すること、顔見せが主にゃ>
<別に命令であることを隠す必要はないにゃ、むしろ気づかせろって言ってるにゃ、なに考えてるんだろにゃ>
<それと一夏様と友好な関係もしくは信頼を勝ち取れたらボーナスがでるそうにゃ、がんばってにゃ>
<報酬は、基本2万 ボーナス3万 ねこ玉まん:試食分1週間さらに旧武装パーツカタログらしいにゃ>
<ねねことしては、ねこ玉まんのためにがんばってほしいにゃ、それじゃよろしくにゃー>

ねねこは笑顔で八重歯見せながら無責任な事言ってフェードアウトしていった。

 再生が終了するとやっぱり脱力するナル。回復には多少の時間が必要だったようだ……。












 そして、場面は屋上に戻る。


「なんじゃぁ少年、辛気臭い顔してなんなら、われが相談に乗ってやってもい・い・ぞ・よ」

 われがそういうと、余計に微妙な顔になる一夏少年。なんかわれ悪いことしたかの?
そもそも、われは別に屋上で張ってたわけではないんじゃが、ふと気まぐれに屋上で歌を歌っていたら一夏少年とばったり会ってしまったぞよ。
歌ってたのを聞かれたのが恥ずかしくてあんなこと咄嗟にのたまってしまったが……失敗したかの。
というかじゃ、人差し指を振りながら格好つけて「い・い・ぞ・よ」なんて言って反応が微妙とか、われ恥ずかしすぎる!

 間が、間が痛い!お願いだからなんかいってほしいぞよ。今絶対われ顔が赤くなったまま固まってるぞよ。はやく、はやく何らかのアクションプリーーーーズ!





 ナルがそんな感じでいっぱいいっぱいになってると一夏が話しかけてきた。

「あー……、ナル技術アドバイザー?とりあえず降りてきて話しません?」

「……ウム」

一夏は空気読んでくれた。






「ほお、あの千冬が相談のう……あやつは中々面倒見がいいから納得ぞよ」

 うんうん頷くナルアドバイザー。
何に納得したのかは知らないが本人が納得しているのでよしとしておこう。

「で、何の相談を受けておるのじゃ?恋愛か?人生か?はたまた……」

「えーっと、家族の関係について……」

俺がそう答えると、ナルアドバイザーのキツネ耳がビクッという動きをした。

「もっもしかして……そっ相談しているののは……」

 おお、ナルアドバイザーの頬が引き攣ってる引き攣ってる。今日はよく引き攣った顔をみる日だな。
とりあえず、素直に答えておく。両人の歩み寄りも必要だろうしな。

「箒……篠ノ之 箒です」

「あ……ああ……うん、やはりか……あの事かの……はぁ」

とてつもなく幸せが逃げていきそうなため息をしているナルアドバイザー、俺もため息吐きたいけど一番吐きたいのは箒なんだろうな。

「あー……その箒とやらの様子はどうじゃったかの?」

上目遣いで不安そうな伺い方……んーなんだろうかこの胸にくるような感覚は……不整脈か?

「めっちゃ挫傷していました」

 残念ながら俺は残酷な答えしか持ってない。
ナルアドバイザーは額を押さえて今にもアチャーと言い出しそうな表情をした。

「束女史が勝手に言っているだけなんじゃがのぅ……」

「でも、箒が食堂で話しちゃいましたよ」

「は?」

寝耳にミミズ、いや鳩がレールガン食らったような顔をしていますよ。ナルアドバイザー。

「アーよく聞こえんかったの……なんじゃて?」

 ナルアドバイザーが耳に手をつけて聞いてくる。
人型の耳もあったんですね。

「ですから、箒が食堂でぶっちゃけました。束ぇからの頼みだそうで」

 その事を聞いたナルアドバイザーは、数瞬固まって……。
ん?……ってうわっ!ナルアドバイザーが膝から崩れ落ちた!?
「終わった……終わったのじゃ……」ってうわ言のように嘆いてる。

えー……こりゃどうすればいいんだ?




 結局ナルさんが回復したのは辺りが暗くなってから、俺はさすがに置いていくのは気が引けたので待ってたけどね。

 ナルさんが復帰して別れるとき「われは放課後なら屋上にいるからの。気軽に話にきていいぞよ。あと堅苦しい呼び方は不可じゃ」と言われた。
ゆえに俺は『ナルさん』と呼ぶ事にした。

 その後、部屋割りの関係で俺をずっと探していたらしい涙目の山田先生と頭痛が酷くなったらしい千冬姉に色々と説教されることとなり、山田先生たちから指定された部屋につけば真っ暗な部屋の中、箒がベットの上で膝を抱えて座ってるという状況。
部屋入って電気つけたらこれだ、さすがに心臓が止まるかと思った。

 とりあえず、幼馴染として放置はだめだろと思い、ナルさんの事(束ぇの勝手な言い分など)を話したら、箒は盛大に自爆したことを悟ってしまったらしく部屋の空気がブリザード化。
このままだと自刃しかねない勢いだったので咄嗟にというか自然に慰めた……え?なにしたんだって?抱きしめて慰めの言葉掛けたり頭撫でてやったりしただけだよ。
昔みたいに、普通だろ?
そうしたら箒がやけに優しくなったというか、言葉の棘というか声が丸くなったんだけどどういう心境の変化なんだろうか。

まあ、優しくなってくれたのはいいことだ。うん。

さらに後、寝ようとしたときに箒が袖を引っ張って「今日は、一緒に寝てくれ……」なんて弱弱しく言ってきたから昔みたいな感じで一緒に寝ちゃったんだけど、これはさすがに不味かったかなぁ。





 初日のいっくんと周囲の関係推移
  
  ・なっちゃんとの友好度 UP!
    親しい呼び方が解禁されました。
    惜しいな~フラグ立たなかったかー。
  ・山田先生の困り度と好感度 UP!
    え?なんで上がるの?
  ・ちーちゃんの機嫌 DOWN!
    ちーちゃんの頭痛の種が増えました。
  ・クラスメイトからの注目度及び好感度 UP!
    バレンタインデーが楽しみだね!
  ・箒ちゃんとの友好度及び好感度 大幅UP!
  ・箒ちゃんが、いっくんへの『依存度 Lv.1』獲得!
    箒ちゃんとの関係が昔の幼馴染から同居している幼馴染に変化。
    幼馴染ENDのフラグ1が立ちました。
    鮮血ENDのフラグ1が立ちました。
    死んでも永遠にENDのフラグ1が立ちました。
    さすが箒ちゃん、私と血が繋がっていることはあるね!
  ・箒ちゃんのなっちゃんまたは逆への理解 少しUP!
    相互理解は大事だよ。
  ・いっくんの性格「鈍感」から「かなり鈍感」に上方修正……いや下方修正。
    う~ん。ここまで鈍感だったとは……、あとでなっちゃんとかに相談してみよう。
 


  まとめた人:篠ノ之 束



 われは帰ってきてから少し研究してクレイドルで就寝。メインルームで明日の準備と報告書を提出していると上記のようなメールが送られてきた。
というかクロム・ネットワークに部外者のメールが送られてくるはずないんじゃが……。
そもそも騒動の原因がなに言ってるだか……と色々突っ込みたい気持ちでいっぱいになった。
 あと、なにやらドクと束女史の通信回数が激増してるんじゃが、整理終ったのかの?というかどこから通信を……
え?キツネ耳のアンテナから送受信できる通信機を束女史が作った?ああそうかい……。

 そんな感じでわれの新学期初日は微妙な後味で終ったのじゃ。






 次の日、初日の騒動も落ち付いたらしい普通の日になるはずだったのだが……、どうやらそうもいかないらしい。今日も爆心地はIS学園1年1組。
その投下された爆弾とは、昨日に引き続き篠ノ之 箒である。
詳しく状況を説明しよう。

 まず、彼女は昨日の挫傷したような表情ではなく、かなり幸せそうで少し上気した表情をしている。
誰だって気落ちした他人を朝から見るのは気が滅入るからそれは問題ない。
で、問題は彼女の教室に入るまでの行動である。

 簡単に言えば現在IS学園での噂の的ナンバーワンである織斑 一夏と腕を組んで歩いてきたのだ。
しかも、少し上気した幸せそうな顔してであるゲームだったら頭の上からハートマークが昇っていくくらいに。
ただ、一夏のほうはかなり困惑というか頭の上に疑問符を浮かべながら歩いていたが。
まあ、こんな状態で歩いてるのみたら他の女子が勘繰るのは当たり前である。

「え?箒さん大人の階段登ちゃったの?」とか「昨日までサーベルタイガーみたいに周囲を威圧してたのに……」とか「たった1日であんな状態にしちゃうなんて一夏君てすごいのね」とか「不潔よーーー!!」などの話が飛び交うのは仕方ないことだ。
箒が自分の席についても心ここに有らずといった感じで一夏の背中に熱視線を送り続けているのも話題に拍車を掛けている。

 そんなことに気付かない一夏……、君は将来大物になれるよ。
結局、その騒動は、担任と副担任が現れるSHRまで続いた。

が、女子のコミュ力を侮ってはいけない。
HRが開始された後も噂は背びれやら尾ひれが付けられIS学園を駆け巡ることになった。





 朝にいろいろあったが、授業が開始される。
とりあえず俺の後ろから突き刺さってくる鉄の視線と周囲の昨日以上に生暖かい視線がかなり辛い。
気付かない振りをしているがそれも限界がきそうだ。
はやく授業始まらないかな……なんて優等生のようなことを思ってしまう。
それくらいこの甘ったるい空気が辛い。

すると千冬姉がある宣言を行った。

「昨日、食堂の掃除で潰れた午後の分を取り戻さなければならないため強行軍で授業を行うから覚悟するように」

俺は正直助かったと思った。ありがとう千冬姉、今度家族サービス増量するから。さぁて勉強、勉強……




……冷や汗が止まらないんだ、たしかに周囲の生暖かい視線は緩和されたんだ。でもな、鉄の視線はまだ刺さってるんだ。
むしろ生暖かい視線が消えたせいではっきりとした感覚が背中に!
思い切って振り返ってみようか、いやダメだ。この鉄の視線は多分箒だ。
やっぱ昨日昔の感覚で一緒に寝てしまったのが問題だったか!?箒も年頃の女の子やっぱ機嫌悪くなって睨みつけているに違いない。
耐えなければ……食われる!

「……織斑、どうした?物凄い汗と震えで授業に集中できそうに見えないんだが」

「大丈夫です……織斑教官、早く続きを」

 俺自身、思うんだけど多分大丈夫に見えない。
そんな隙を与えたら多分……。

「織斑教官、そしたら私が保健し「大丈夫ですから!続きを!」」

 ほら、来た。
いまの箒は正気じゃないその気配は、獲物を見つけたメスライオン。俺は哀れな羊だ。
……サバンナに羊いないって?動物園の檻の中に一緒に放り込まれてるんだよ。

「そっそうか、まああまり無理はしないことだ。では無理ついでに……」

 千冬姉も結構やってることイジワルだと思う。
いかにも無理してますって俺にその仕打ちはないんじゃないの?ええ、答えますよ。答えますとも。

そうして俺ら1年1組の強行授業は過ぎていった……結局箒からの視線は外れなかったけどな。





……で、今は3時限目、2時間ぶっ通しで勉強を強行軍したので先生(山田先生だけ)も生徒も疲れの色が見える。
さすがにこのままでは効率が悪くなるので休憩兼授業としてクロム社出向員からの講義に変更された。さすが出来る女、織斑 千冬である。

3時限目は千冬が加減間違えてその分も一緒に進んでしまったらしい。出来すぎるというのも問題である。

 そして急遽、話すことになったのは、戦闘アドバイザーのリア。
千冬教諭からいきなり講義要請が来てびっくりしていたが、内容も任せるとか言われてもっとびっくりしたようだ。
ちなみになぜナルのほうではないのかというと箒の件を考慮してである。さすが出来る教師、織斑 千冬だ。

では、話を戻しリア戦闘アドバイザーの講義を見る事としよう。




――リア戦闘アドバイザーの武装神姫講座――



 ハァイガールズアンドボーイ、昨日以来ね。私もこんなに早く教卓につくなんて思わなかったわ。
ああ、気は楽にしていいわよ、おしゃべりはそんなにしないでほしいけど。

 さてと改めまして、クロム社出向員の武装神姫TYPE:花型ジルダリア・カスタムのリアよ。
戦闘アドバイザーってことになってるわ、よろしくね。

 今日の講義のことなんだけど、あんまりにもいきなりだったから準備できなかったのよ。
だから武装神姫の基本的なこととあとは質問タイムにするけどいいかしら?ちなみに拒否権はないから、ん…よろしい。

 じゃ武装神姫の基本的なおさらいといきましょうか。
話には聞いてるとおもうけど、通称『武装神姫』っていうのはもともと企画名でアタシたちのことだけじゃなく、素体を使った全てを指すものなのよ。

でも、神姫なんて言葉が入ってるものだから主に女性型の素体を表すようになったわ。男性型と非人間型もあるんだけどね。そういうのは各シリーズの名称で一括りにされてるわね。

 次に素体について……はーいそこ、噂話もいいけど話は聞いておいたほうがいいわよ。いくら素体の性能がISの30%しかないって言ってもモンド・グロッソではいい勝負できるんだからね。情報は大事よ。

話を戻すけど、素体というのはクロム社が4年前に発表した義体を、モンド・グロッソ用にチューンナップ、再設計し直した義体の総称よ。

 それで、基本的に義体というものはサイコダイブ装置をつかって意識を義体に送り、操縦するわ。
この頃だとその事を「ライドオン」っていうらしいわね。

で、サイコダイブまたはライドオンは基本的に誰でも使えるわ。
多少の向き不向きはあるけど、安定したVRシステムだと思ってくれればいいわ。最大5時間しかできないけどね。
……ハイハイ、質問はあとでまとめて聞いてあげるから今は話を聞いてね。いい?

 さっきもいったけど、素体はISの30%が出力の限界なのよ。ISのデチューンといってもいいわね。
その代わりISと違って量産が利くし、誰でも乗れるから一長一短なんでしょうね。

 1体で強大な力を適正のあるものだけが扱えるISと誰もが適正を持ち量産可能でそこそこの力を持つ武装神姫、まあ、戦略兵器と戦術兵器の有り方みたいなものよ。
……戦略と戦術の違いは辞書引くか担任たちに訊きなさい。アタシが話出すと3~5時間くらい話しちゃうから。

 話を戻して、ここで大事なのは、武装神姫はあくまでモンド・グロッソを主眼に置いたものなのよ。
モンド・グロッソではISにリミッターが掛けられ30%の力しか出せないだから素体でも十分に勝負できるってのがクロム社の言い分よ。

 まあ、いい操縦者を育てるのが大変だからってサイコダイブ装置使ったゲーム作って、その中から代表を選ぶ大会開くくらいなんだから……
へ?馬鹿にしてるのかですって?そうよねーIS側からしたらそう思われても仕方ないわよねー……。

 でもね、少なくともクロム社は本気なのよ。今現在、素体の総数は最低でも4万体、実質その倍以上が稼動可能状態だと仮定したほうがいいわね。
で、それだけの乗る人まあライダーとしとこうかしら。まあライダー集めるとしたらすごい時間が掛かるわけよ。

 義体自体がまだ4年と歴史が浅いもんだから、急速に浸透させるにはゲームっていう手段が手っ取り早くて一番効果があったんでしょうね。
ほっといても切磋琢磨してくれるとか計算もあるんでしょうけど。

 あっそうだ、千冬教諭。ものは相談なんだけどシミュレーション装置として導入してみない?
ISを実地で動かすよりかは経験積めないでしょうけど、感覚は掴めるはずよ。ISのデータも入ってるし。
え?検討してくれるの、よし。こっちもクロム社に伝えておくから、うんよろしく言っとくわ。

 あっと、ごめんね脱線させちゃって、さっき言ったけどクロム社はシミュレーション装置をほぼそのままゲームの筐体にするほど本気なのよ。
それだけISや武装神姫の持つ力が魅力的だってことよね。

それじゃあ、そろそろ本題に入りましょうか。みんな知ってるだろうけど素体というか義体はISを起動させることができるわ、女性型だけだけどね。
とはいっても適正はC~Dが限界だから生身には相当頑張らないと負けるわね。でも勝てないわけじゃない。正面から戦えないなら横に周りこめばいいのよ。

さっき言ったゲーム、「ライドオン」って名前なんだけどトップランカーとかすごかったわよ。
シミュレーターが処理落ち仕掛けたくらいだったからね。……あーひとつ言っておくけど筐体に使われてるコンピューターって最新の量子コンピューターだからね。
それでも追いつけないっていうんだから人間の脳ってすごいわよねー。

もちろん、シミュレーターと実践は違うわ。でもそれを可能にするのが素体とサイコダイブなのよ。ラ
イダーにとっては実践もシミュレーターと変わらないのよ。感覚的にはね。だから気をつけて置きなさい侮れば負けるのが勝負の鉄則よ。

 うーん、このくらいかしらね。あとは武装パーツくらいだけど、一応ISと武装神姫の間での互換性はあるのよ。ただ相性によっては100%の出力を出せれないわね。
何せISのコアから供給されるエネルギーと武装神姫に搭載されているバッテリーじゃ天と地の差があるからさぁ。
ISは搭乗者が持てば何時間も戦闘できるけど、素体は5時間って制約があるからね。

とりあえずこんなものかしら?

 それじゃ質問タイムといきましょうか。質問ある人ー。

ありゃ、結構多いわね。え~っと、出席簿順にしましょうか。どうぞそこの子。

「あのー、なんで武装神姫が出向員をやっているんでしょうか?」

あー……そうか、詳しいことまでは説明されてないのか。えーっとどこから訊きたい?

「リアアドバイザーが武装神姫やっている理由からでもいいですか?」

まあいいけどあんまり面白くないわよ。この素体はTYPE:花型ジルダリア・カスタムって言ったわよね。
このカスタムっていうのは個人用にカスタムされたってことなの。

 アタシの本体なんだけど、ちょと厄介な難病に冒されちゃってね。今生体ポッドの中で冷凍睡眠で病気の解決法が見つかるまで病状を止めさせてるの。
(という設定だけどね)

で、その間、脳に刺激与えないと死んじゃうからって武装神姫の素体使わせてもらってるわけ、まだ実験段階だから公表されてないけどね。
副作用とかまだ解決できてないらしいし。

「副作用とは?」

やけに突っ込んだ質問してくるわね。まあ知りたいって思う事は悪い事じゃないわ。
 副作用の話ね、簡単に言えば記憶障害が起こるのよ。忘れるんじゃなくて思い出せないほうね。
なんでも睡眠中のサイコダイブによる記憶処理の齟齬だとか。(ということにしてあるだけだけどね)

あとアタシが出向員やってるのは、クロム社との契約だからよ。
本体の管理と素体のレンタル料、いろいろ加味した結果広告塔みたいな事やらされてるわけなのよ。

こんなもんでいいかしら、ん、疑問に答えられてよかったわ。じゃ次の人。

「えーっと、本体?の性別って……」

ん?ああ……アタシの本体は男よ。

「それにしては、動きというか仕草が自然というか……あと口調も」

ああーそれね、ちょっと専門的なことになるから、詳しくはナル技術アドバイザーに訊いてほしいんだけど。簡単でいい?

「はい、おねがいします」

うっうん、ナル技術アドバイザー曰く、素体にはもともと簡易AIなどが搭載されていて搭乗者からAIそして素体って言う風に変換してるらしいのよ。
あくまでサポートだけだけど。

仕草や口調なんかもそのAIによって素体に一番合ったものに変換されているらしいわ。
だからこの仕草とか口調とかは本体が言おうとしてやってるわけじゃないのよ。

 ナルアドバイザーなんかは顕著に現れてるわ。あの子が喋ってる時って語尾と口調が安定しないのよ。
本人曰くボイスチェンジャー機能と定常文機能の暴走っていったわね。

う~……ん、例を示したほうがわかり易い?そうねアタシの本体が「俺は誰だ?」って言おうとして素体を通すと「アタシは誰なの?」って出てくる感じよ。

ちなみにこの機能は通常の素体にも標準装備されてるわ。ライドオンする機会があったら試してみてね。

じゃ、次。

「出向員のお二人には、ISの専用機とかあるんですか?」

 んーISには乗った事あるけど、専用機は持ってないわね。一応クロム社のほうに2台あるけど汎用ISだし、今は元代表候補生が乗ってるしね。
それにアタシたちには専用の武装パーツがあるから、ISのエネルギーは魅力的だけど、それ以外はISじゃないとって事はないわね。

では、最後の人どうぞー。

「えーっと武装神姫とISの乗り心地っていうんでしょうか。感覚はどんな感じなんでしょうか?」

 おー……なかなか答え甲斐のある質問ね。
そうね武装神姫は自分の体だけで空飛べたり、壁蹴りとか出来る感じでISはパワードスーツっぽい感じはするわね。

 あくまで最初だけだけど、慣れればどちらも同じような感覚でいけるんじゃないかしら。
ただ慣れる時間は武装神姫のほうが圧倒的に早いわね。

 さてと、そろそろいい時間ね。質問も終ったみたいだし、ここらへんでいいかしら。
もしまた疑問ができたら気軽に質問してね。答えられる範囲で答えるから。



じゃ、新入生たちにISについてのワンポイントアドバイス、ISを操縦するときは腕の延長線上のものを操るんじゃなくてIS自体を体の一部として認識すると上手く操縦できるようになるわよ。
よくわからないか。まあISに触れる機会がくれば解るわ。それじゃ、最後まで聞いてくれてありがとうございましたっと。またね。



リアアドバイザーの講義が終った。武装神姫のことについて少し詳しくなった。学力+1



 授業は終わって昼休み。食堂に行く途中、今も箒を腕に巻きつけたまま歩いている俺こと一夏は、何か騒いでいる二人、正確には1体と1人を見つけた。
片方は先ほど講義を行ったリアアドバイザー。
もう1人は……あー、うちのクラスメイトの縦ロールさん。
箒、名前なんだっけ?ああ…セシリアね。セシリア・オルコット、たしか代表候補生だったはず。

とりあえず近くによって言い争いを聞いてみる。

「……だから、受けることが出来ないって言ってるでしょ」

リアアドバイザーはなにやら困り顔でセシリアさんの誘いを断っているようだ。

「なぜです!わたくしでは、相手として不足とでも言うつもりなのですか!?」

セシリアさんは、煽ってるというか捲くし立ててリアアドバイザーに詰め寄っている。

「そうじゃなくてね……いいオルコットさん、アタシの素体はクロム社からの借り物なの。だからクロム社からの許可がないと基本的には戦闘しちゃダメなわけお分かり?」

「じゃじゃぁ、クロム社に直接……」

どうやらセシリアさんが、リアアドバイザーに試合の申し込みをしたみたいだな。

「別にしてもいいけど、最低でも2週間は掛かるわよ。いま増産計画やらゲームの共同企画で忙しいらしいからもっと掛かるでしょうね」

「ぐぬぬ……」

下手につつくとやぶ蛇になりそうだからスルーしようと思って食堂に急ごうとしたとき……。

「というか格下である武装神姫の私より後ろにいる今話題のIS男性搭乗者に話つけてもらったほうがいいんじゃないの?」

突いてないのにやぶから蛇が飛び出してきたよ……おい。

「なっあなた、いつの間に後ろにいたのですの!?」

セシリアさんは試合の事に気が行ってこっちに気付いてなかったようだ。

 というかこりゃあれか、興味本位で盗み聞きしてたからの仕打ちですか。リアアドバイザー?
あーリアアドバイザーがすっごいいい笑顔で手振って歩いて行ったよ。実は怒ってた?

「ちょっと、わたくしのこと無視しないでほしいのですわ」

セシリアさんがジト目でこちらを睨みつけてくる。

「はいはい、すいませんね。レディ、ご用件は?」

 一度こんなキザっぽいセリフ言って見たかったんだよね。
ん?……うをっ箒がすごい眼つきで睨んできてた。ってちょっと箒さん俺の手引っ張り出してどうするつも……イデデデデッ箒のやつ思いっきり握り締めやがった。

「……人の前でイチャつくのやめていただけません?話が前に進みませんわ」

俺に対するジト目が酷くなってます。流し目も追加されました。

「こりゃ失礼ってイダダダダッ何なんだよ箒、いまセシリアさんと話してるだろ」「ふんっ朴念仁め」

だからなんのこと……ああセシリアさんが呆れた目で見ている。

「はぁ……まぁいいですわ。お初にお目にかかりますわ、もうご存知のようですがセシリア・オルコットと申します。以後お見知りおきを」

 セシリアさんは、かなり上品且つ丁寧に挨拶をしてくる。
長いスカートを摘んでお辞儀とか初めて生でみたよ。

「ああ、ご丁寧にどうも、同じクラスの織斑 一夏です。でこちらが……」「篠ノ之 箒だ」

礼には礼で返さないとね。
ところでさっきからやけに威嚇している気がする箒。
だから箒さん、なんでそんなに敵意剥き出しなんだ?ただの挨拶だろうに。

「あー……で、何の話でしたっけ?」

箒のことは、置いておいて話を聞いてみる。

「まだ何も話しておりませんわ」

ごもっともで。

「一夏、話が無いんなら急いだほうがいいぞ。昼食が取れなくなる」

 箒の言葉で近くの時計を見ると後半分しか昼休みが残っていない。
これはさすがにまずいと思い、俺はセシリアさんに提案をしてみる。

「あーとりあえず、食堂にいきません?昼食抜きってのも辛いですし」

「あら、お誘いですの?もうあなたにはバディがいるようですが」

上品に言うセシリアさん。
なんかナンパしたと思われてるの俺?
そんな気はないんだが、勘違いされるのもあれなんで遠回しに否定してみる。

「食堂いくのにエスコートもなにもないでしょう……」

さすがにちょっと疲れてきたよ。

「それもそうですわね、では行きましょうか。Mr.織斑」(もう少し様子見としておきましょうか)

「はぁ……解りましたよ。Ms.オルコット」(なんで食堂行くだけでこんなにつかれるんだ……)

「………」(私には声掛けなしなのは、一夏しかみてないからか?)

「おーい、箒動いてくれないと俺も動けないんだけど……」「あ……ああすまん」

 そのあと、セシリアさんとは食堂で別れて結局話しは出来ずじまいだった。
昼食はスピード重視でうどんでした。
ついでに俺たちはなんとか、授業開始には間に合ったと言って置く。





 ここはIS学園屋上、さっき一夏たちと別れたリアが端末で誰かと話をしている。

「ええ……ちゃんとあの子を専用機持ちの子と会わせたわよ」

「…………」

さすがに相手の話し声は聞こえないが、リアはだるそうに屋上の壁に寄りかかり返事をしている。

「わかってるわよ……でも大分話が違うんじゃない?あの子結構自分の立場っての理解してるみたいよ」

「…………」

静かな時間が流れていく。

「はぁ……まあいいけど、もっと自覚ってものを持たせればいいのね」

「……」

リアは空いてる手で髪の毛を梳かす仕草をしながら返事をする。

「はいはい、ちゃんと報酬忘れないでよ。じゃ通信終了」

「……」

 通信が終了すると、端末を量子化し何事も無かったの用に座り込む。
すこしため息交じりの嘆きが屋上に消えていく。

「クロム社まで巻き込んで何をするつもりなのかしらね。あの天才科学者は……」

そんな事を言っていると午後の授業開始のチャイムが鳴り響いていった。



「……やばっ次講義あったわ!」

そう言うとリアは駆け出して行き、屋上には誰もいなくなった。

……締まらないなぁ。




 さて、午後の授業が開始されると千冬姉と山田先生が入ってきて授業開始となるはずだったのだが、今回は何か決めるらしい。

「本来なら昨日決めるはずだった。クラス対抗戦のクラス代表者を決める。クラス代表者は1年間変更できないクラス長みたいなものだ。生徒会などへの仕事もある。また、クラス対抗戦は入学時の実力を測るテストみたいなものだ。今の時点では差はないが向上心は競争を生むからな。そのための変更なしだ」

クラス対抗戦かぁ……まあ俺には関係な……

「はいっ、織斑くんを推薦します!」

え…?なんだって?
そんなことを思っていると他の人も立って

「私も同じく一票入れまーす」

と票が追加された。

えええええ……推薦じゃ取り消せないじゃないか、頼む他の人も居てくれ!

さらにもう1人が席を立ちながらいう。

「では、わたくしは自推薦いたしますわ」

おおおお……救いの女神現るってセシリアさんじゃないか。たしか代表候補生だから適任……

しかし、言葉は続いていたらしい。
「そして、わたくしは……」へっ……?

「Mr.織斑にクラス代表を掛けて決闘を申し込みますわ」

なっなんだってーーーーーー!!!

ポーズ決めて人指し指でズビシッとするセシリアさん。



「あー、盛り上がってるところ悪いが他にも推薦者がいるかもしれないから、あとでやってくれ」

千冬姉……空気読もうよ。
あ、セシリアさんの顔がボッて擬音と煙つきで赤くなった。



 結局、他の推薦者は現れず、セシリアさんの恥ずかし損だった。

「では、勝負は来週の月曜、放課後に第三アリーナで行う。両者準備を怠らないように」

千冬姉が心なしか申し訳なさそうな顔しながら言ってる……この学園来てからレアな表情ばかりみるな。

「では、対戦楽しみにしておりますわ」

セシリアさんがそう言って教室をあとにした。顔赤かったけどな。

で、今は放課後、箒はやっと離れてくれて剣道部へいった。
さてと俺はナルアドバイザーに助言貰いにいきますか。







 ここはセシリアの部屋、現在シャワー中のようであるが……。
やけに長く入っているのか相部屋の人が不審そうに風呂場のほうを見ている。

「う~……、わたくしのばかばかばか!なんであそこでミスしてしまいましたの!」

なんかキャラがさっきと違う気がするがこっちが素なのだろうか。
風呂場で髪の毛振り乱し頭を抱えている。

「わたくしのクールビューティーなイメージがたった二日で台無しになってしましましたわ……」

どうやら、色々と事情がありそうだ。彼女の視点に移り内情を聞いてみることにしよう。


 わたくしはセシリア・オルコット、イギリスの代表候補生ですわ。

両親はすでに他界、約3年前のことでしたわ。
夫婦仲は女性優位の世界の縮図ではありましたけど、わたくしを愛していてくれたことは確かでした。

出来過ぎた母と情けない父親、ISが出てからその傾向はさらに酷くなりました。
そんな親を見て育ったわたくしです。
以前の性格は、いうまでもないでしょう。高飛車で傲慢、ある意味貴族らしい性格とでも言えばいいでしょうか。

まあ、両親が残してくれた遺産を守らなければいけませんでしたので、その性格のほうが良かったのかもしれません。
しかし、そんなわたくしに転機が訪れました。

その転機とは、ISクロム社襲撃事件の戦闘記録でした。
当時の私は先に言ったとおり嫌な性格でした。ですが、そこに映っていたモノたち、天使を模した武装神姫に釘付けになってしまったのです。

その姿は気高く美しく優雅で、そして敵に対して残酷なほど慈悲無き鉄槌を下す。
そんな存在に私は心奪われてしまったのです。それは在りし日の母親の姿に重ねてしまっていたのかもしれません。

 憧れの存在、美化された記憶は、それ故に当時のわたくしに衝撃を与えました。
なんてわたくしは醜いのだろうと、その映像を見る少し前にわたくしはIS適正試験によりIS候補者となれました。

しかし、わたくしはISという力に溺れ、酔い、心を振り回されてしまっていたのです。
だから、映像に出た5体の白亜の装備を纏った天使たちが、力を制御し、見極め、敵を打ち砕く様を見たとき、とても美しく見えたのでしょう。

それから、わたくしは憧れを取り戻し、目指すようになりました。
いまだ剥がれ落ちる金メッキに過ぎませんがいつか、あの5体の天使のように在りし日の母のように気高く美しく優雅な女性に成れるよう日々努力しておりますわ。







 でも、今回の失敗は恥ずかしすぎますわーーーーー!!





そんなシャウトを聞いた相部屋の人がビクッと肩を震わして「まだ出ないのかな」と嘆いていた。










 ちょっと時間は戻って放課後、俺は昨日と同じように屋上に向かっている。
そうすると聞こえてくる歌声、ん?昨日と違う歌?~♪ってラハ〇ル様の賛美歌かよ!どういう選択肢だったんだ。

俺はそんなことをツッコミつつ、屋上へのドアを開け、上を見上げる。
階段上の屋根に座る昨日と同じような服の構成のナルさんを確認したが、歌が終るまで待つことにした。

少しして歌を歌い終わったナルさんが降りてきた。

「おお、今日も来たのか。なかなか教え甲斐のある生徒じゃの」

今日も、クロム社の制服に短パン、オーバーニーの出で立ちだ。
なにか信条でもあるのかな。

「どうもナルさん、今回はすこし相談にのってもらいんですが」

俺がそういうとナルさんは、目をぱちくりしてから「して相談とは?」と聞いてきたので、今日のクラス代表選出の事を話した。



「なるほどのう……つまりそちは、その相手に勝ちたいということで良いのかの?」

ナルさんは顎に手をやり、考えるような仕草をしながら聞いてくる。
俺は静かに頷く。勝ちたくても今の俺とセシリアさんとでは、雲泥の差だ。だから助言を乞いにきた。

「ふむ、こういった領分はリアなんじゃがの、われとそちの仲じゃ特別に戦い方の極意を教えてやろう」

「お願いします」

俺は頭を下げる。そうするとナルさんが、かんらかんらと独特な笑い声を出しながら笑っていた。

「そう硬くなるな。極意と言っても当たり前の事しか言わん。気楽に聞いておれ」

「はぁはい」


――ナルの戦闘アドバイス(力無き者ver.)――


 では、戦場において一番大事なのは何かの、戦力兵力補給いろいろある。
じゃが一番必要なのは情報じゃ。

相手はどんなことができる?自分はどれだけのことができる?孫子兵法にもある『敵を知り、おのれを知れば百戦危うからず』じゃ。
さすがにそちのみを贔屓できんから情報までは与えられんぞ、自分で見て判断してこそ本当の情報となるのじゃ『一見は百聞に如かず』というからの。

 あとはそちが武術をやっているのならカンを戻しておくことじゃ、いくらISと言えど最終的には自分の直感が頼りとなる。
そちならわかるじゃろ。

 最後に決して焦るな、焦れば焦るほどそちは底なし沼に引き擦り込まれることになるぞよ。
そして諦めるのもなしじゃ人間なら最後まで足掻いてみせい。

はっきし言ってしまえば何事もそち次第なのじゃよ。
これから6日間できる限りのことをやっておくんじゃな。後悔しない様にの。

何をやっておる。ほれ、早くいけ時間は待ってはくれないぞよ。



 俺はその言葉を聞くと素早く礼をいい。まずは職員室に向かった。




「熱いのう……」

 われは一夏が翔け出していくのを見送ったあとそんなことを嘆いていた。

技術者的見地から言えば一夏は勝てん、ISの特性が解らないまま乗り込んでもフォーマットとフィッティングが間に合わないからじゃ。
だから、分析と諦めないことを強調して伝えたのじゃ。
あとはあやつの努力次第で勝利を掴み取ることができるじゃろ。

あやつに必要なのは時間と情報。
あと6日でどうにかできるかの……。

というか汎用ISで勝負するつもりなのかのあやつは?

考えてもせんないことかとわれは思いつつクレイドルのある地下ラボへと足を向けた。



 われがクレイドルからメインルームに戻るとメールが受信していた。

差出人は束女史、内容は……。はぁ……。もう結婚しちゃえばいいんじゃなかろうか?
内容には、束女史があるISを作るのでドクを一週間ほど借りる旨が書かれていた。
まあ、本当に借りるんじゃなくてクレイドル時にずっと通信しっぱなしになるだけじゃが。

で文面の最後には「ママより」とお決まりの文句をつけてくる。
さすがのわれもこの状況に慣れて……。

慣れ?慣れ、慣れね……そういうことかの。そういうことだったのじゃな。

……どうやら、われはとんでもない考えに行き着いてしまったようじゃ。




「あら、あの子気付いちゃったのね。知らなければ幸せだったのかもしれないのに、さてこれからもっともっと面白くなりそうね。そう思うでしょあなたたちも」

擬似空間の中ミカはそういって花々に話掛ける。それに答えるかのように花畑に風が吹きぬけた。




 どこだか解らない暗い部屋の中で、二人の声が聞こえてくる。光源はPCのディスプレイと端末だけ、そして人影は一つだけだった。

「ふむ……」
  
「どうしたの私の旦那様?」

ドクと束が作業を行いつつ会話している。

「なに、ナルくんがあの事に行き着いてしまったようでね」

「あー気付いちゃったかー結構遅かったね」

何事も無かったかのように答える束。

「そうかな?下手をすれば気付かないままだったかもしれんぞ。でどうするつもりだ」

「大丈夫だよ。私の計画には、狂いがないからクロム社の人たちも一緒に頑張ってくれてるしね」

なにやら、二人は悪巧みを行っている真っ最中のようだ。

「……やはり束君を完全に理解するのは、AIである私には無理なようだな」

「それでもドクは、私の旦那様だよ。大丈夫、任せて。そして……みんなで幸せになろうよ」

そして……会話が終了したあとも作業は続く、ただドクにとって束のいう「みんな」というのはどこまでの範囲なのか。それだけが気掛かりだった。






 一夏が、職員室で頼みごとを終えると寮の部屋に戻ってきた。そしてそこには、なぜか俺のベットで寝転がる箒の姿が……。
箒幼馴染だからって限度があるぞ。と言いつつベットメイキングする当たり一夏の趣味:家事は伊達ではないのだろう。
一夏がそんなことをやってると箒が目を覚ました。

「おはよう、今、夜だけど」

「おはよう…一夏、遅かったな……」

箒が少し恨めしそうな目で見てくる。

「ん?ああ……少し千冬姉に頼みごとをね」

「そうか……(私にはないのだろうか)」

「おお、そうだ箒にも頼みごとがあるんだけどいいか?」

一夏がなんてことないように自然に言ってくるあたりほぼ昔の関係と同じ感覚で接してるのが解る。
箒は嬉しそうに聞いてくる。

「なっなんだ?その頼みごとというやつは」

「ちょっと剣道の稽古つけて欲しいんだけど「いいぞ!!」即答だなおい」

すこしたじろぐ一夏、なぜそこまで箒が気合入れてるか解らないようだ。

「じゃ一夏さっそ…「明日からで頼む」……むう、仕方ないか」

すごく残念そうな箒。
ちなみに今は夜11時頃だ。道場が開いてない。

「明日も早いから、早く寝ろよ。俺は風呂入ってから寝るからな」

「ああ……おやすみ一夏」

 そういって一夏のベッドで眠り始める箒、疲れてるのだろうかなどと考えてる一夏。
このあと、箒の行動はスルーして風呂に入って寝た一夏。どんだけ鈍感なのかそれともそれが普通なのか。
ぜひとも聞いてみたいものだ。





 次の日、一夏が起きてみるとなぜか箒が一緒のベッドで寝ていました。とくに派手な反応はなかったのですがどういうことなのでしょう?

その後、起きた箒はとても悔しい思いをしたみたいです。





―――――――――――――――――――――――――――


日常編やっぱ構成が難しい

次は戦闘まで漕ぎ着けたいなぁ

修正バージョン、少しは見やすくなってるといいけど。4月15日

8月4日修正



[26873] 第4話
Name: ヴぁん◆72ebca82 ID:5a6fbbc2
Date: 2011/08/04 01:15

――一夏、奮戦す――



 道場に快音が響く。
ここはIS学園剣道場、今は放課後である。
道場で戦っているのは今話題の織斑 一夏、相手は篠ノ之 箒。
両者は今、全力で戦っている相手にとって不足なし、カンを取り戻すなら容赦のない相手のほうがいい。
またしても快音が響く。
 一夏と箒、どちらも引くことなく現在5分経過している。
5分は常態であれば短い、だが本人たちにとっては永遠にも近い時間だ。
また、快音が響いた。
ギャラリーも固唾を呑んで見守っている。
両者はまた、にらみ合う。


 一夏は昨日より、ナルから受けた助言を忠実に実行していた。

 昨日ナルのいた屋上から駆け出したあと、一夏は職員室に向かい担任であり姉である千冬を訪ねた。
そこで千冬にまずISの事について聞いていた。そして、自分の機体のこと、相手の機体のことも。



「なに?ISのことについて聞きたいだと?」

私が放課後、職員室で書類を片付けていたときにそんなことを訊きに来たのは私の弟である一夏だった。
聞き返すと一夏は頷きつつこのようなことを言った。

「セシリアさんとの勝負に勝ちたいんだ。
 そのために自分の機体や相手の機体を知っておきたい」

男子三日会わざれば刮目して見よ。
とは言うがその時の一夏の表情は少し前のそれとは明らかに違い、たしかに剣士の表情を宿していた。
姉としては嬉しくもあり、少し寂しくもあったが今は担任としてき然と接するべきである。

「担任としては、どちらか一方を贔屓することは出来ない。
 が、資料のある場所くらいは教えることはできる。
 ライブラリーのXXX-OOO棚にIS代表候補生の戦闘記録及び映像がある。
 そこから自分で探すことだ」

少々キツめな物言いになってしまったが、一夏は納得しているかのように頷き駆け出そうとした。
私はそれを止めて続ける。

「まだ、話は終っていないぞ。織斑 一夏。
 お前のISについてだが、現在予備機が無い状態だ。
 そのため、学園が専用機を用意する事になった。
 あの分厚い参考書を1週間で読破したお前のことだ。
 これがどういうことかわかるだろ」

そのことを聞いて明らかに狼狽している一夏。
まだ剣士としては未熟なようだな。などと考えていると私に疑問を問いかけてきた。

「でっでもなんで俺なんかに専用機が?あれは国家や企業と関係している……」

「お前はまだ自分の立場というものを理解していないのか?」

一夏の言葉を遮って私は一喝する。
私の一言に一夏は少し考える仕草をしながら、ブツブツと思慮に入り始めた。




「俺の立場……あっ……」

「そうだ、お前は現在、ISを『生身』で扱える只一人の男性だ。
 武装神姫の出現によって4年以前よりは価値は下がったものの、お前は世界と関係していると言っても過言ではない。
 専用機の一つでも用意されもするだろう。
 だからもうすこし自覚を持てその両肩には……」

そこまで言おうとして私は口をつぐんだ。
これ以上は担任の領分を越える姉としての助言だからだ。

一夏は察してくれたようだが、それでもまだ軽く見積もっているだろう。
私が女性の期待を背負ってしまった時、重圧となって自分にのしかかってくるあの感覚は名状しがたいものだった。
それが、弟である一夏には男性の期待が圧し掛かると考えるとなんと因果なことか。
いや、すべては親友であるあいつの……。
そんな思慮の海に入り込みそうになっていると一夏から質問が飛び出してくる。

「で、その俺の専用機はいつ着くので?」

さっき言った自覚云々のことを引きずってないのは、試合のことに集中しているのか。
それとも考えたくないだけなのか。
軽く考えてるのか。
私には解らないが、声から察するに試合の事しか考えてないようだ。
まあ、期待など知ったことじゃないと言えるくらい吹っ切れたほうが一夏のためではある。
そんなことを考えつつ私は機体到着について話だした。

「到着予定は試合当日、それも開始間際というのが試算だ。
 まあ、それも全ては束次第だがな。
 上手くいけば1日前、悪ければ次の日あたりになると言っていた。
 最悪、汎用ISで出る覚悟はしておけ。
 担任として言えるのはここまでくらいだ。
 ……月並みな言い方だがお前の試合は楽しみにしているよ」

それを聞いた一夏は、少し虚を突かれたような顔をしたが、すぐに礼を言って職員室を出て行った。
少し、本当に少しだけ成長した弟の姿にため息をついてしまう。
私だけでは、あそこまでしっかりさせることが出来なかったであろう。
そのことがはっきり解ってしまうのが辛い。

そんなことを考えていると山田先生が一部終始を見ていたのか。
笑顔で声を掛けてきた。

「やっぱりなんだかんだ言っても弟さんのことが心配なんですね」

すこし、その笑顔が尺に触ったので脅かすように言ってみることにした。

「山田先生……」

「?何ですか?織斑先生」







「私はからかわれるのが嫌いだ」











 竹刀からの快音が道場に響く。
全てが静止し静寂が支配すること数瞬、一夏が竹刀を下げ一言。

「参りました」それだけをいうと礼をし、呆けていた箒も慌てて礼をしてこの試合は終った。

終ると同時にギャラリーから盛大な拍手が巻き起こったが、本人たちはまだ試合の集中が途切れていないのか反応はしなかった。



 程なく部屋に戻ってきて箒は先ほどの試合を思い返していた。

(先ほどの試合……一夏は本気では無かった……
 まるで体を慣れさせてるような……たしかにカンを取り戻すとは言っていたが…
 それでも、私が一瞬だけ本気を出してしまうほど追い詰められた)

その実力は、幼い頃に相対した時とほぼ変わらず、さらに余裕を持たせて箒を追い詰めたのだ。
箒の実力も上がっているのに長らく鍛錬を怠っていた一夏は高々1時間でそれを取り戻した。
剣道のカンを取り戻すことは普通、容易い事ではない。

(一夏によればここ3年は竹刀に触ることもしていなかったと聞く)

それなのに……と箒は一夏の能力に驚嘆していた。
しかしそれ以上に歓喜が迫ってくる。

(私は嬉しいぞ一夏……あの頃を忘れないままでいてくれて)

たった6年言ってしまえばそれだけだが、その間も箒のことを忘れてはいなかった。
箒も一夏のことを忘れたことは無かったが、その事が異様に嬉しくおもえた。

ここのところ、主に束のせいで情緒不安定になっていた箒であるが、一夏が幼馴染としてのまま接してくれたお陰で大分安定してきている。
昨日、これまでの行動を冷静になって思い返してしまったせいで悶絶してベットでじたばたしたあと寝てしまい、一夏に夜起こされたのもいい思い出だ。
今日の朝は無意識のうちに一夏のことを思っていることに箒は愕然とし、さらに一夏の淡白さに悔しい思いをしてしまったが……。

(もうちょっと……何か反応してくれてもいいだろうに……幼馴染というものいいことばかりではないな)

箒は現在、色ボk(ゲフンゲフン、恋する乙女思考全開であるため、このあと一夏をどう振り向かせるかについての自問自答を一夏が戻ってくるまで続けていった。

がんばれ一夏、箒の思考結果は『現状維持のまま積極的に』だったから。
がんばれ一夏、たぶん箒はこれからもくっ付いてくるそしてさらに過激になるだろう。
がんばれ一夏、覚えておけ恋する乙女はドラゴンをも打ち砕く。
がんばれ一夏、その理性が耐えられるまで。





 一夏はちょっと寄り道して部屋に戻る道すがらさっきの箒との練習を思い返していた。

「やっぱりそう簡単には戻らないか」

 一夏はさっきの練習で完全にはカンを取り戻せなかったもののこのまま続ければISの試合までには5割は取り戻せるだろうと考えていた。
代表候補相手には満足とは言えないが贅沢なことは言っていられない。
一夏は、自分の今できることを知ることが出来た。

 次は、相手を知ることだ。
そのため、一夏は毎日少しずつライブラリーに通っている。
何せ、映像だけでもかなりの数があるのだ。
かなり絞っているがそれでも試合までに見切ることができるか微妙なところである。
しかもそれから、相手の戦い方を知り対策を立てなければならない。
一夏に止まっている時間は無かった。



そのまま一夏の歩みは止まらず試合までの計画を立てながら、部屋に戻っていった。



そのあと部屋で一夏が最初に見たものは、シャワーから出た格好のまま考え事をしている箒の姿だった。

「ちょっ箒、なんて格好してるんだ風邪ひいたらどうする?!」

「あ……ああすまん(私には魅力がないのだろうか……)」





――ねねこのお仕事――



 クロム社本社の一角に新設された部署がある。
そこには、『武装神姫特殊活動課』と書かれた看板がありデスクとクレイドルが設置されていた。
場所は素体研究開発部の研究室内である。
そうそこはドクとナルの古巣であった。
 今の時間は深夜11時、研究室内のクレイドルで丸くなって寝ているモノがいる。
TYPE:猫型マオチャオ・カスタムのねねこである。
どうやら今は擬似空間のメインルームで仕事中のようだ。
すこし様子を覗いて見よう。

ちなみにその周りで忙しそうに動いている研究員達は、時折止まってねねこの寝姿をみて癒されていた。
止まらない研究員もいるがそいつらは犬派の連中である。
さらに追記すると今の犬派の野望は、武装神姫のTYPE:犬型ハウリンに自我を持てる新型AIを積んでこの研究室内に駐屯させることだ。
閑話休題


 ねねこのメインルームは部屋全体がベットのようにふかふかでどこでも寝れるような印象を受ける。
そこには、ねねことデフォルメされたネコのようなプチマスィーンズと呼ばれるサポートAIが5体いた。
 ねねこはふかふかの床で、だるーんとしながら書類に目を通し、プチマスィーンズは忙しそうに書類整理している対比が微笑ましく見える。
なにやら、ねねこは報告書を受け取ったようだ。

「ふーん、リアちゃんは顔見知り程度、ナルちゃんは相談役兼友達までいけたのかにゃ」

ごろりと仰向けになってさらに報告書を読んでいくねねこ。
プチマスィーンズ(以後プチ)たちは書類をあっちにこっちに大忙しで運んでいる。

「おお!ナルちゃんはボーナスが出てるにゃ、ん?リアちゃんにも別口でボーナス査定かにゃ、随分と調子良さそうにゃねぇ」

そんなことを言っていると、新しい辞令がクロム社より発令されたらしくお知らせのメッセージが部屋全体に映し出された。
ねねこがそれを見て起き上がり、空中を操作すると半透明のディスプレイが投影され、新しい辞令を見ていく。
 ねねこの仕事はクロム社から来る辞令を適切に他の特別処置者へ配分することだ。
そして、その成功率によってねねこの報酬も変動する。
そのため、ねねこの目はいつもと違いかなり鋭い目つきで辞令を読んでいる。

「また難儀な辞令というかミッションにゃ。IS学園のおねぇさん達も大変にゃ~」

 ねねこは辞令を読み終わったのか新たにディスプレイよ呼び出した。
どうやらメール撮影の準備をしているらしい。
手を2回、パンパンと叩くとディスプレイにカウントダウンが始まり、撮影が開始された。



<ミッション!第4世代ISの稼動及び戦闘データを入手せよ。[Cr▽△][(猫)]>

<ねねこですにゃ>
<クロム社からの新しい任務が届いたのにゃ>
<IS学園に出向している2体に、近く搬入される第4世代ISの稼動及び戦闘データを入手してほしいそうにゃ>
<このISは一夏様の専用機であり、現在他のIS企業が3世代ISに移行し始めたというのに>
<それを一段抜かしで現れた新世代機にゃ>
<まあ、製作がIS開発者である束女史だから不思議でもなんでもないにゃ>
<スペックや細かい仕様書などは、すでに束女史から送られて来ているけど>
<実動がどうなるか束女史でもわからないそうにゃ>
<そこで、IS学園にいるおねぇさんたちには他の企業より一足先にデータを入手してほしいというわけにゃ>
<どうせ、後から技術公開されるけど情報は鮮度が命にゃ>
<解ってると思うけど、正確性も大事にゃ。気張ってほしいのにゃ>
<それで今回の報酬はこうなってるにゃ>
<報酬:ねこ玉まん1ヶ月分 資金3万 ボーナス5万 新武装パーツカタログにゃ>
<ボーナスはより正確な情報を報告できればいただけるにゃ>
<がんばってにゃー>

<あと辞令ついでに、前回の任務についてだけど>
<IS学園のおねぇさん達の査定はナルちゃんがボーナスまで行ってリアちゃんが別口でボーナスが出ているにゃ>
<とりあえず、お金の報酬は口座に支払われたから端末で確認してほしいにゃ>
<試食品はあとでクール速便で送られるにゃ、自然解凍していただくにゃ>
<あと、旧武装パーツカタログは新しく追加されたパーツリストの更新版にゃ>
<このメールに送付しておくから更新しておいてほしいにゃ>
<一つ注意するけど報酬が支払われても前回の任務は継続中にゃ、両人とも一夏様と良好な関係でいてくれにゃ>
<じゃ報告は以上ですにゃ、ばいばいにゃー>


ぽちっと、プチの一匹が撮影停止ボタンを押してくれた。

「とりあえず、これはナルちゃんとリアちゃんに送信にゃ」

 ねねこはメールを送信したあとネコのような伸びをして「お仕事終了にゃ」といって眠りについた。
なお、5体のプチ達は書類整理を続行中であった。






――一夏VSセシリア、クラス代表決定戦――



 あっという間に試合当日である。
第三アリーナの観客席には、主に1年1組のクラスメイトに他クラスがちらほらいる程度である。
その中にはクロム社出向員のナルとリアの姿も確認できた。
現在ピットの状況がリアルタイムモニターに映し出されている。
 セシリア側は準備万端で待機しているのが見えるが、一夏側のピットには人影が見えない。
少し観客席が騒がしくなるがそのあとすぐにISが搬入され、一夏と箒、山田先生に千冬先生が入ってきた。
一夏がISを装着したことがモニタに映る……試合開始まで後20分のことであった。





 俺がこの約1週間鍛錬と相手の分析に費やし、あとは自分のISについて学ぶことだけだったが、
結局到着したのが開始30分前でピット到着に10分掛かり現在フォーマットとフィッティング及び慣熟訓練中である。

 20分間の慣熟訓練で何が行えるのかというと、武装の確認と感覚の同調くらいしかないが、
それだけできる時間があったことを喜んだほうがいいかも知れない。
最悪、本当に直前に搬入される可能性もあったんだろうし……。

 白式と言われたISはその名の通り白亜の装甲を身に纏い、武器は刀と左篭手に後から取ってつけたかのような三連装機関銃だけだ。
はっきりいって分が悪すぎる。
 セシリアさんのISは記録を見た限り中距離射撃で少なくとも俺が相手より素早く懐に入り込めれば勝機はあるが、
相手は代表候補生である以上、そう易々と入れさせてくれないだろう。
 中距離で撃ち合いしたとしても急遽つけたような機関銃では相手の物量に勝てない、遠距離など持っての外だ。
となれば左手首の機関銃で牽制しつつ懐に入り込み切る。
少なくともIS素人である俺が見つけられた最善策だ。

 フォーマットとフィッティングが未だ終らない開始まであと5分しかないのに。
15分前にセシリアさんのISを検知したがあくまで詳細は俺の知っていることと同じだった。
ハイパーセンサーも稼動しているから大丈夫だと思うが書き換えに時間が掛かり過ぎだろ。
 周りを見回してみると山田先生がオロオロし始め、箒が少し落ちつかない様子で、
千冬姉は冷静だ……ん?なんでコーヒーに塩入れてるんだ?あ…すごい微妙な顔をした。

 さすがにあと2分じゃ処理し終わらないだろうななどと覚悟を決めていると千冬姉が話しかけてきた。

「その様子では、実践中にフォーマットとフィッティングを終らせるしかないようだな」

冷静そうに言っているがハイパーセンサーを介しているためか少し焦っているのだと解る。
さらに続けてこうも言った。

「まあ、実践ではこういうことも起こりえるものだ、その予行練習だとでも思っておけ」

その言葉に俺は、静かに頷いた。


 試合開始まで後30秒。
ふと箒が目に入ったのでここまで付き合ってくれたお礼をいっておく。

「箒、鍛錬に付き合ってくれてありがとうな。あとちょっと行って来る」

「ああ……負けたら承知しないからな一夏」

 ぶっきらぼうな言い方だったが、ISに乗っているせいで箒の体温が上昇しているのが解る。
心配して体温上がるものなんだろうか?



 まさか一夏も箒が

(一夏が負けたらまた2人で鍛錬できる……はっ私は一体なにを血迷ったことを……)

などと考えているとは露知らず開放されたゲートを潜りアリーナへと躍り出たのだった。





「お待ちしておりましたわ」

 一夏がアリーナに出ると
口元に手をやり、腕組を崩したようにしてモデル立ちで滞空しているセシリアがいた。

 その体には鮮やかな青色の機体で装飾されていた。
セシリアの専用機『ブルーティアーズ』、特徴的なフィンアーマーを4枚従えてそれはどこか騎士を彷彿とさせる。
そして、武装には2メートルを超えるレーザーライフルを持っていたはずだ。
たしか名前を――六七口径特殊レーザーライフル<スターライトMkⅢ>――と言ったかな。
 だが、そんな長物を装備していれば取り回しがきかないはず、もちろん対策はされているだろうし特殊装備である記録でみたビットも気になる。

 アリーナの直径は200メートル、中学校のグランド2個丸々入る大きさだ。
それでも短い距離だ、それだけ言える機動力がISにはある。

「お互いに悔いのない試合をいたしましょう。今回はちゃんとエスコートしてくださいまし」

 セシリアがそういうと右手に光が走り、次の瞬間には件のレーザーライフルが握られていた。
そして一夏の白式から警告が鳴る。

―警告、敵IS操縦者が射撃モードに移行、セーフティロック解除確認―
―敵ISの戦闘モード移行に伴いこちらのセーフティロックを解除、ISを戦闘モードへ自動移行―

「出来うる限りさせてもらいますよ」

一夏がそう答えるとセシリアは満足そうに微笑んだ。

「そうですか、では舞踏会の開幕といきましょう!」



 それが合図となり互いに牽制射撃が成される。
セシリアは流れるように射撃体勢へ移り高出力レーザーを照射、ビームとなったレーザーが一夏に迫る。
一夏はセシリアの初弾を紙一重で回避し、左篭手にある3連装機関銃を乱射しながら近接する。

―バリアー、光学ダメージ5。シールドエネルギー残量572、機体損傷0―
―3連装機関銃、残弾急速減少。リロード時間15秒、残弾0オートリロード開始―

(やっぱり訓練なしじゃこんなもんか)

 一夏が牽制で撃った弾幕はセシリアの回避によりダメージを与える事はなかったが、2発目の射撃阻止には成功した。
その隙に出来うる限り近付き切りつけるもセシリアは優雅に剣戟を回避、左手に何かを呼び出しているのか量子の光が漏れている。

(危なかったですわ。こんなに近付かれるとブルー・ティアーズも出せませんし、少々相手を見誤りましたか。とりあえず近接武器を呼び出しましょう)

 切りかかってくる一夏を最小限の動きで回避しつつレーザーを照射するセシリア。
左手にインターセプターと呼ばれるショートブレードを呼び出し、いなしも入れて応戦する。

距離にして約20m一進一退の攻防が続いていた。


 戦闘開始より約5分、両者共に切り合い、撃ち合い一歩も引かずにシールドバリアーを削りあっている。
ダメージは双方1桁づつ剣戟の音とマシンガンの音が鳴り響く。たまにレーザーが床などに当たりジュッという蒸発する音がする。

 それは、まさしく円舞踏を踊っているといえる殺陣であり、観客席は異様に静かな熱気で満たされている。
その中でナルは、手を顔の前で組んだ姿勢で戦闘というロンドを見ていた。



 われは、現在一夏が出てきたピット側の観客席からカメラアイで戦闘記録を撮っているぞよ。
リアのやつは、セシリア側から撮影しておる。
 今回のクロム社からの辞令は束女史の作った新世代ISの戦闘記録を入手することじゃ。
もちろん学園側にも要求するんじゃろうが、情報というものは多角的にあったほうがよい。

 まだ5分しか立っておらんが、周りの観客は完全に二人の戦闘へ飲み込まれてしまっておる。
どうやら一夏はわれが言った助言を忠実にこなし、あそこまで仕上げたのじゃろう。
まあ、われと違い素質のようなものにも恵まれておるようじゃしな。

 それにしても観察している限り一夏のISはまだ、初期設定のままだろうによくやるもんじゃ。
ISの初期設定とは、簡単にいえばデフォルトの状態、なにも設定されていないPCのようなものじゃ。
そこから操縦者がISに触れると初期化(フォーマット)と最適化(フィッティング)が行われ、一次移行(ファーストシフト)となるのじゃが。

 戦闘に出すならファーストシフトを行ってからのほうがよい、全力を出せれるからの。
開始20分前に初めて触れたようだから時間が足りなかったようじゃ。

 剣戟と銃撃の応酬、戦闘開始直前にセシリア嬢がエスコート云々言ったのも解る気がするの。
見事な舞じゃて思わず仕事を忘れて見入ってしまいそうじゃ。
まあ、あと5分もすればフォーマットとフィッティングが終了しファーストシフトするじゃろうから
それまでは状況が動かんだろうし、少しは気を抜いておこうかの……。

 われは、カメラアイで撮影しつつ少し前に気付いたことを思い出しておった。

 われら特別処置者に使われたナノマシンはIS技術の応用とヒントでDr.Kが作り出したものじゃった。
そのナノマシンの特性は『適応し、最適化する』ということ、つまり今一夏のISが行っているフィッティングが基になっておる。
だから、ナノマシンは脳髄に『適応し』置換して『最適化』した。
次に適応された脳髄が素体に『適応し、最適化』した。
最後に女性型に『適応し』性格を『最適化』した。

 簡単に言えば『慣れ』が異常に早いのじゃ。
それは周囲の状況にも影響され『適応し、最適化』していく。
 ねねこなどが良い例じゃ、ペットとしての状況に『適応し、最適化』された。
それゆえ、あやつは余分な生前の記憶などを忘れてしまった。

 唯一の救いは、ナノマシンの最適化の基準がわれらになっていることじゃ、
つまりわれらのそれまでの記憶や価値観によって最適化されていく。
われらが最適化を拒めば適応はするが最適化されない。
 例を言うならばわれの口調などが上げられる。
われがこの口調で安定しないのは、『ナル』になることを心のどこかで拒んでいるからじゃ。
それゆえ、最適化されない。

 じゃが問題はそこではない。
われにとっての死活問題である束女史との関係じゃ。
 このナノマシンはIS技術の応用じゃ、束女史が解らないはずがない。
われが目覚めたとき、束女史はわれに対してママであると言った。
その後も、事ある毎にママであるとアピールしてきた。
そしてわれもそれに『慣れ』てしまった。

つまり、束女史はわれに対して『刷り込み』を行ったのじゃ、多分意識的に。
そこまでしてドクのお嫁さんに成りたかったのか、娘が欲しかったのかはわからんが……。

(凡人を玩ぶのもいい加減にしろ……天才)

われが感じているのは怒りじゃった。
この姿になって初めて怒りを持ったのじゃ。
口元に力が入りギリッという音を知覚すると戦闘に進展があった。

 一夏のISが爆炎につつまれたが煙が晴れると新しいISのシルエットが見える。
ファーストシフトを行ったようだ。
ナルは、その姿を克明に記録していく。

(今回はわれの負けじゃ、そちの手の平で踊ってやろう。じゃがそちの思い通りに踊ってやるつもりはない!)

ナルの静かな反抗はこれから始まる。




―フォーマット及びフィッティング終了。ファーストシフト開始―

俺はISからのアナウンスにすこし相手との距離を取ってしまう。

(やばっ!)

 そのとき、俺は自分の浅はかさを呪った。
この距離は相手の得意距離だからだ。

「!隙ありですわ!!」

 セシリアがすかさずビットとミサイル、レーザーライフルを斉射する。
時間差攻撃が俺に迫る。

 レーザーは照射角度を見て回避!

―バリアー光学ダメージ10。実体ダメージ0―

次にビット!まずは切り払いで2機撃破っ―ビービービー―なんだ警告音!?

―警告、誘導ミサイル接近―

くっミサイル型が思ったより早かったか!
俺は三連装機関銃で迎撃を試みる。
残り2機ビットの回避も忘れない。

どうせ当たらないんだ、まぐれ当たりを期待してフルオート弾幕を展開しながら急上昇で距離を……

警告!?ちぃっレーザーライフルに頭を抑えられた!

 俺は弾幕を張りつつ、アリーナ中を翔ける。

―3連装機関銃、残弾急速減少。リロード時間15秒、残弾0オートリロード開始―

―敵IS、大型光学兵器を照射―

回避!あ……この位置は……

「フフッ……チェックメイトですわ」

ミサイル型のっ!?

後方からミサイル型が突っ込んでくる。

「くっ!防御を!」

 俺は咄嗟に左腕で庇うように防御体勢を取った。
(『盾』でもあれば!)と強くイメージして……。

―ファーストシフト移行完了―

ミサイルの着弾インパクトが俺に襲い掛かった……。



 「一夏!」

 ピットにて柄にも無く箒は叫んでしまっていた。

どこをどう見てもミサイルの直撃だった。
いくら絶対防御があるからといっても多少の衝撃はある。
もし、万が一のことが起こったら……と不安に駆られる箒。

(私があんなことを願ってしまったから……)
自己嫌悪に陥りかける箒、いまだ情緒不安定なままのようだ。


「騒ぐな。篠ノ之 箒」

 千冬の一喝に箒だけではなく、山田先生までビクッと肩を震わせる。
さらに千冬はこう続けた。

「あれでも私の弟だ。この程度のこと乗り越えられないわけがないだろう」

 千冬にしてはかなり甘口を言った、良く見てみるとすこし顔が赤くなっているのが解る。
山田先生は感心し、箒も納得したようで2人には気付かれてはいなかったが。

 その後少し張り詰めた空気の中、3人は静かにモニタへ視線を戻していった。







 アリーナに爆炎と爆音が響き渡る。

「さすがに直撃では耐えられないと思いますが……念には念を入れておきますわ」

セシリアはそういうと煙で見えないが動けないであろう一夏に向けてレーザーを照射する。
しかし、

―敵IS、シールドを展開。光学ダメージ1―

 照射した光線が円を描いて弾かれたのが見えた。
 ISからの報告と先ほどの現象に驚きはするものの冷静さを失わないセシリア。
煙が晴れるとそこには、先ほどまでのISとは違うシルエットが滞空していた。

 装甲は白亜のまま、左篭手にあった3連装機関銃は装甲に飲み込まれ一体化し、肘までの装甲が動きを阻害しない程度に迫り出し盾のようになっていた。
先ほど光学攻撃を弾いたことからエネルギー式防御だと推測できる。
 右腕にはセシリアを苦しめていた刀がより明確に光を帯びている。
IS用に造られた武器、刀という形をしつつも機械化されたそれが見える。
 全体的によりシャープで曲線を強調し、鎧のような洗練された形になっているのに左腕部のみ無骨に見える。
まるでその部分だけ『製作者が違う』みたいだった。

「なるほど、初期設定のまま戦っていましたのね」

(それでアレだけの戦闘能力を?なんという才能……)

冷静さを装っているが動揺を隠せないセシリア、少しメッキが剥がれかけていた。





(危なかった……マジで危なかった!)

 ISを装着しているとは言え、ミサイルの直撃を受けそうになったのだ。
常人であれば、肉体的にも精神的にも耐えられるものではない。 

 そもそもの原因が自分の迂闊さだけに余裕が持てない状態だった。
息を整える一夏、平静をとりもどせた。

(ありがとうよ、『俺の』IS。これなら行けそうだ)

ファーストシフトにより名実共に一夏専用機となったIS『白式』だったのだが……

(ん……?名前が変わっている?)

 一夏は、機体の表示名が『白式』でないことに気がつく。
そこには『改』と付け足されていた。
『白式・改』それがこのISの本当の名前だったようだ。

―戦闘モード再起動―

白式・改も準備が整ったようだ。

(それじゃぁ行こうか白式・改!」

ISから奏でられる甲高いブースター音が雄雄しく答えた。



 アリーナに静寂から甲高い音が鳴り響き、惚けていた者たちの目を覚まさせる。
 一夏は左腕を前にして、体を横にして刀を脇の型で持ちながら突進している。
セシリアは残っているビットとレーザーライフルで迎撃を試みるも、左腕のシールドに阻まれ突進を止めるができない。
両者の距離が圧縮される。
 セシリアはインターセプターを構えなおして防御の体勢へ移行し、ビットによる砲撃を続ける。

(ミサイルとこれまでの攻撃でダメージは蓄積しているはず!それなら撃ち続けていれば!)

しかし、一夏の突進は止まらず両者の距離は零となり、

刹那。

一夏は雪片弐型(ゆきひらにがた)と呼ばれる刀を横一閃に振りぬいた。


「えっ?インターセプターが……」

 セシリアが驚いたような声を上げるのも無理はないIS武装であるショートブレードが『切られていた』のだから。
その言葉が発せられると同時に絶対防御が発動。
 セシリアは自分の負けを悟るが試合判定は意外なものだった。





<試合終了――――――――――勝者 セシリア・オルコット>






 モニタに映る試合終了間際のスロー再生。
セシリアのインターセプターが切られたあと、ビットの攻撃が一夏に直撃し、一夏のほうが先にシールドバリアーの値が零になった。
その差、僅か0.0001秒差。
人間が判定すればドローゲームとされるほど僅差であった。




 一夏の敗因は、簡単にいえばエネルギー計算の失敗によるものだ。
あの盾は、エネルギーを秒間2づつ消費してダメージを1にするもので、エネルギー値が残り20になるとシールドダウンする。
 一夏は、あの時、零落白夜(れいらくびゃくや)という単一仕様能力を無意識に使用しており、シールドエネルギーを急速に消費してしまった。
そのスキルは、シールドエネルギーを大量消費して相手のシールドを無効化する刃を形成するものだったので、盾がダウンしビットの攻撃を受けて
絶対防御が発動してしまったのだ。


 紙一重の勝負にアリーナに来ていた観客は固まったままであり、それはピットにいた山田先生や箒も同じであった。
反応を返したのは、ナルと千冬だけだった。
 ナルは「まあ初めてにしては上出来じゃろ」と言う顔をし、千冬は「詰めが甘いな」と言ってた。

 そのあと、ナルが拍手をし始めると、周りの観客もそれに釣られ拍手と2人の健闘を讃えた。
両者がピットに戻ったあともそれは鳴り止む事はなかった。




 ピットに戻ってきた一夏は、ISの装着が外されると膝から崩れ落ち冷や汗が止まらない様子だった。
駆け寄ってくる箒と山田先生が見たものは一夏の左胸から肩にかけてに広がる火傷だ。
最後のビットの攻撃が当たったのがその場所だった。
 千冬は、このことに気付いていたのか内線で医療班を呼び出している。


 医療班により運ばれていく一夏とそれについていく箒を見送った千冬と真耶は報告書を書きに職員室にもどっていこうとする。
歩きながら、真耶が千冬に聞いてきた。

「織斑先生は心配じゃないんですか?報告は私がしますから……」

「心配だからこそ私は職務を全うしなければならない。あいつはアリーナで倒れることも出来たのにピットに戻ってきたのは要らん騒ぎを無くすためだ」

さらに千冬は続ける。

「弟の不始末だ。私が処理する」

 真耶には、それが強がりのように聞こえた。
廊下に2人の足音と、千冬の「終ったら説教だ……」という嘆きが通っていった。



 医務室で一夏が寝ているそのベットの横には箒が俯いて座っている。
医療班の話では、軽度の火傷で心配はいらないらしいが、極度の緊張状態が続いていたせいで過労のような状態だったらしい。
 箒は、一夏の異変に気付いていればこんなことにはならなかったと自責の念に捕らわれていた。
一夏と一緒にいられることに舞い上がり、甘え、一夏のことを考えてやることができなかった自分が嫌になった。

「私は……幼馴染失格だな……」

「……そんなことないさ……」

 一夏がおきたのかと顔を上げ確認する箒だが、一夏は寝息を立てたままだった。
しかし、幾分か気持ちが軽くなった気がした。

 結局、その日に一夏が起きることは無かったが、箒は離れようとはしなかった。




 セシリアは今、シャワー室で激しい動悸に襲われていた。
それが、戦闘での興奮なのか刀で切り裂かれそうになった恐怖なのか。
はたまた一夏という異性に対するものなのか解らなかったが落ち着けようとしている。

「織斑 一夏……」

 セシリアは持っている男性像に当てはまらないタイプの男性に少し戸惑っているようだ。
あの盾越しに見えた鋭い目が頭から離れない。
あの目を思い出すたびに動悸は激しくなる。
体中を駆け巡るぞくぞくとした感覚も忘れられない。
シャワーで落ち着けようにもこれでは逆効果だった。


セシリア・オルコットは織斑 一夏に完全に参ってしまっていた。






――彼女達の契約――


 結局俺が、起きたのは試合から2日後、つまり昨日だったわけなんだが、負けたはずなのにクラス代表になっていた。
千冬姉が言うには、セシリアがクラス代表になることを辞退したそうだ。
 俺としては、セシリアにやってもらうほうがいいとおもうんだけどな。
ああ、あとさっきセシリアから「わたくしのことはセシリアと呼んでくれてかまいませんわよ」と言われたのでさん付けをやめた。
やけに熱っぽい視線を感じたが、気付かない振りをしておいた。主に精神衛生上のために。

 これが「昨日の敵は今日の友」的展開ってやつかなんて浸っていたら箒に手を握り絞められた。
箒は、俺が起きてから前にも増してベッタリとくっつくようになった。
肉体的だけではなく精神的にもだけどな。
今日は右腕にベッタリしているわけだ、まだ左肩の包帯が取れてないんでね。

 火傷自体はたいしたことなく1週間もすればあとも残らないらしい。
その代わり医務室に通うことになった。箒同伴で。

 そして俺はいま、医務室の帰りに屋上に向かっているところである。
箒は部活に行かせた。さすがに俺のせいでこれ以上、部活を休ませるわけにも行かないしな。
 屋上へと通じる階段を登っていくとナルさんの歌が……聞こえてこない。

 その代わり話し声が聞こえてきた。
俺は好奇心に負けてすこしだけ開いている屋上の扉に耳を近づけ、話を聞いてみた。


どうやら話をしているのはリアアドバイザーとナルさんのようだった。

「……今回の任務もなかなか面白かったわね」

任務?クロム社からのものだろうか。
さらに耳を傾ける俺。

「……一夏の戦いぶりは中々のものだったからのう」

あれ?俺の話?
すこし眉を顰めて更に聞く。

「一夏ねぇ……いつから名前で呼ぶようになったわけぇ」

「別に呼び方などどうでもいいじゃろうに」

リアアドバイザーがナルさんをからかっているようだ。

「まあいいけどさ、あんまり深入りするんじゃないわよ」

「解っておる、あくまで任務なのじゃからな」

どういうことだ?任務に俺が関係しているんだろうか。
俺の疑問は尽きない。
息を潜めたまま伺う。

「わかっているならいいわ、アンタがボーナス査定まで受けて少し心配になったのよ友達ごっこに本気になっていないかって」

「たわけたことを抜かすな。任務と私生活くらい分けて考えられるわ」

……友達ごっこ?それって……どういう……
聞いていると姿勢を崩してしまい壁に膝をぶつけ、鈍い音が響く。

「誰じゃ!盗み聞きしておったやつは!?」

俺は、ナルさんの怒声に吃驚して転がるように階段を下りていった。





 われが怒声で威嚇するとすごい速さで階段を駆け下りていく音が聞こえていった。

「はあ……こんな感じの演技でよかったのかしら?」

リアが屋上の手すりに腕を回し伸びの運動みたいなことやりながら聞いてくる。
われが手すりに顎と腕を乗せ直しすこしだるそうに返す。

「少なくとも種は蒔かれたじゃろう」

「そう、まったくアンタといいあの天才科学者といい、頭の良いヤツラの考えることはわかんないわ」

リアはそう言うと手すりから離れて屋上から出て行こうとする。

「もう戻るのかえ?」

「ええ、そのつもりよ。ああ、ちゃんとフォローしてあげなさいよ。あの年頃って繊細なんだから」

リアはそう言って階段を下りていった。

(われは、何をしているのかのぉ)

 これではただの八つ当たりでしかない。
 一夏に自分の立場というものを解らせるのならこんな方法でなくてもできた。
だから、これは一夏と仲良くなることを願っている束女史への抵抗、わざと嫌われるようなことを言った八つ当たり。

(束女史への私怨に一夏を巻き込んでいいわけなかろうに)

 一夏は現在、世界で唯一ISを生身で動かせる人材である。
その価値はいうまでもなく、あらゆる勢力からその身を狙われているだろう。
IS学園所属だから自由に動き回ることができるということを知ってもらわないとならない。
 たしかにある程度の自覚はあるだろう。
でも足りない、人間というのは欲張りだ。
だからここまで発展した。
このまま行けば人間の業に一夏は飲み込まれてしまいかねない。

(ハニートラップなんてのもあるしの)

 なんだかんだ言ったって女性に甘い一夏のこと、ころっと騙されてしまうかもしれない。
箒や千冬がいるからといっても四六時中くっついているわけにも……。
束女史の妹である箒ならやりかねんが。

(そういう意味ではこの学園の中も結構危ないんじゃなかろうかという種を一夏に蒔くことで、
 少しは警戒することを覚えてもらうというのがクロム社の言い分じゃ。
 自覚があるとなしでは裏切られたときの反動も違うからの)

われは自分に言い訳しつつ地下ラボの研究室に戻っていく。
ふと、屋上を出る前に空を見てみる。










今日のIS学園の天気はわれの心のように少し曇っているようだった。


――――――――――――――――――――――――――――――

ちょっと書き方を変更してみました。

8月4日修正



[26873] 第5話
Name: ヴぁん◆72ebca82 ID:5a6fbbc2
Date: 2011/09/18 00:41


 クロム社のサイバー内会議室で上層部とドクが話している。

「今回の件、どういうことか説明してもらいたい」

「なぜ、織斑 一夏は絶対安全であるISにより怪我をしたのか」

「場合によっては人類の損失となったかもしれないのだよ」

「Dr.K改めドク、返答を」


「はい、今回の織斑 一夏の怪我はファーストシフト時のイメージが原因です」

「ほう、イメージとは中々抽象的な原因だな」

「ええ、しかしISであるならばむしろ具体的な理由となりえます」

「続けたまえ」

「一夏少年のミサイルを防ぐという意思がISのファーストシフトに影響し、『盾』を形成したのです」

「君がそうなるようにしたのではないのかね?」

「いえ、私たしかに左腕の武装を担当しましたが、装甲に関しては手をつけていません」

「では、ISが織斑 一夏の意思を汲み取り形成したと?一瞬で」

「そう考えていただいて結構です。このことに関しては束女史も予想外だったようで」

「ほう、あの束女史が……」

「まあそのことは解った。しかし問題の織斑 一夏の怪我に関してはどうなのかね」


「これは、私と束女史が話し合った結果なのですが……」

「話したまえ」

「『盾』の性能が強すぎたために起きたものではないかと」

「性能が高すぎたため?妙な原因だな」

「ええ私もそう思います。しかしIS学園側の映像記録とナル君達の映像を見たところ、一時的にシールドダウンが起きていました」

「シールドダウン聞きなれない言葉だ」

「あの『盾』は頑丈なあまり絶対防御にも負担を掛けているのです。それ故、エネルギー残量が20以下になると消失、その展開していた部分の絶対防御の能力が減衰します」


「しかし、ありえるのかね。絶対防御が減衰など」

「ええ、ですから一瞬なのです。あのビットの攻撃が貫通したのも絶対防壁が弱まっていた一瞬に入ったからという結論になりました」


「いま、現地にいるナル技術アドバイザーと共に『白式・改』の調整を行っています」

「協定があるとは言え、よく学園側が許可してくれたものだ」

「束女史からの連絡がありましてね」

「さすがのIS学園も束女史には敵わないか……」

「まあ良い、次にこういうことが無いようにしっかりと調整したまえ」

「はい」

<ドク様の退室を確認いたしました>




「束女史か、いまいち考えてることがわからん」

「しかし、いまは協定者だ。悪い事にはなるまい」

「たしかに、でなければ向こうから協定の話などしてこないだろう」

「亡国機業……あいつらも厄介な相手を敵に回したものだ。同情するつもりはないがな」

「さよう、やつらには返してもらわなければならないものがありますからな」

「奪われた10体の武装神姫の行方はどうなっている」

「情報はあったがすでにもぬけの殻だったよ」

「相手も一筋縄ではいかないか」

「束女史が派手にやってくれているお陰でこちらは大分楽できてますがね」

「叩けば叩くほど埃がでてくるがな」

「それに関してはどうともいえませんな」

「あいつらはどちらかというと秘密結社に近い。地下に潜られると厄介だ」

「諜報部の活躍に期待しましょう。新しく入った子もなかなか優秀のようですし」

「彼女か……だがあの研究は終了だろう?」

「危険すぎるからな……これからは自我を持つAIの研究に移行するようだ」

「やけに研究開発部が推しているやつか、まあデータや面白い判例もある心配ないだろう」



「では、今回の会議はここらでお開きといたしましょう」



「「「「人類に旅立ちの時を」」」」


<全員の退室を確認しました。このログはランクAAA以上の社員のみ閲覧可能とします>










――白式・改――


 ここはIS学園地下ラボの一角、クロム社支部。
リアやナルの部屋がある場所であり、隣はIS学園のIS研究室でもある。
現在そこで一夏のIS『白式・改』の調整をナルが行っていた。

 クレイドルにコードで接続されている『白式・改』。
ナルはクレイドルで眠っている。
擬似空間のメインルームでは、ミカとドクがデータを照合し、ナルが立体ディスプレイの中で作業を行っている。
 どうやらドクがメインルームを改良したようだ。
作業効率が上がっている。
円卓会議室なのはそのままだったが……。

「なんなんじゃ、この設定は尖り過ぎてて調整しきれんぞ!?」

 大声で愚痴るナル、調整ができないほどトリッキーな設定だったらしい。
 しかし、球状にホップアップしてくるウインドウを素早く撃退していくナル、さすがクロム社社員である。
若干涙目だったが。
 その様子を見ながらデータ照合しているミカは同じくデータ照合しているドクに尋ねた。

「あんな事言ってるけど実際どうなの?」

「……なにがかね」

「設定云々の話よ、そこまで酷いわけ?この白式・改というの」

あまりミカと話をしたくない様子のドクだったがさらに絡まれると面倒なので冷淡な声で返答する。

「束女史お手製の設定だからな……さらに私が手を加えたことによってさらに複雑になっている」

「ふーん、つまりあなたのせいってことかしら」

手と目を止めずに口だけで会話しているAI2人、傍から見れば奇怪な光景だったであろう。

「……10%くらいはな、残り90%は束女史の設定によるものだよ」

「あらそう」

「私でも束女史の設定は理解度60%の赤点ギリギリだったのだ。ナル君なら40%行けばいいほうだろ」

ドクはそう言うと黙々とした作業に戻っていった。

(40%って結構あの子のことを買っているのね)

ミカは、そんなことを思いつつナルの泣き出しそうな声をBGMにしながら作業を進めていった。


 この作業は次の朝が来るまで続いた。





「や……やっと終ったのじゃ」

 メインルームの床で延びるナルにミカが満面の笑みで近付いてくる。
そんなことお構いなしでナルはうつ伏せで寝ようとしていた。

 ミカは近付き、屈んでナルの脇腹を突っついた。

「うひゃう!」

とナルの悶え声がメインルームに響く、良く見てみると体がプルプル震えている。

「ミカァ……なにするんじゃぁ……」

涙目で丸くなりながら脇腹押さえて悶えるナルとその様子をクスクス笑いながら鑑賞するミカという図が展開されている。

「そんなところで寝ようとするからよ……報告書はドクがやるらしいから、さっさと休んできなさい」

笑顔で言ってくるミカ、いい性格してる。
さらに続けて

「それともくすぐりのほうが好みかしら?」

などと言い、手をわきわきしながら迫ってくるミカ。
もちろんいい笑顔付きである。

「解ったっ……行くからっ……もう少し待てっいまっ…うごけなっ」

ナルが手を前に出しながら右手で脇腹押さえつつ立とうとしている。
その様子に満足したのか、ミカは手を引っ込めて悶えているナルを笑顔と薄目で観察する。
ぶっちゃけるとめちゃ怖い。

そのあと、ナルはミカからくすぐられることなく擬似空間内のクレイドルにいけましたとさ。







(チッ








 『白式・改』の調整について

 今回主な武装周り、とくに左腕部の盾を重点的に調整を行った。
織斑 一夏の意思を汲み取ったISの意思なのか束女史の設定だったのかは、
比較対象がないのでわからないが、かなり尖った設定になっていた。
 それに対し、我々が行った調整は以下の通りである。
主な調整としては以下の通りである。
・盾性能の引き下げ
  これは性能が高すぎたため絶対防壁のシステムまで食い込んでいたからである。リミッターをかけて性能の引き下げを行った。
・操作性の向上
  防御に割かれていた分の容量を低すぎた操作性に回した。多少反応速度が上がる。
・左篭手の銃器反動軽減
  設定による反動軽減を行った。多少の命中精度が上がる。
・全体的な調整
  設定で性能グラフをすこし丸くした。

 この設定は今後の織斑 一夏とのフィッティングにより変動する。
その時は、むやみに調整するのは危険であるので注意されたし。


調整者 クロム社出向員 ナル
監督  サポートAI  ドク












――ナル黄昏る――


 われは今、リアと共に屋上に来ておる。
ちょっと前に白式・改を調整し終わった事があったあと、
火傷した一夏が起きて、説教されていたまた後にあの演技があったのじゃが。
今になって自己嫌悪というか……鬱がのう。

 さらに白式・改の戦闘データを提出してもボーナスなしで手取りは、ねこ玉まんと3万、新武装カタログだけじゃ。
しかも新武装カタログのほとんどは解禁されておらん。
どうやって注文しろというんじゃ。

 そんなことがあったので、屋上で送られてきたねこ玉まんを食しながら心を癒しておるところじゃ。
ねこ玉まんは饅頭型の武装神姫用緊急燃料のはず何じゃが……よくて30分ほどしか充電されん。
その分、喰いまくれるんじゃが味に飽きるんじゃよ。

 饅頭だけじゃからのう。
せめて飲み物があればいいんじゃが。

「はぁ……」

 われは胡乱げにリアのほうをみる。
 リアはねこ玉まんを気に入っているのか屋上に敷いたシートの上でバクバクと笑顔でたべておる。
さっきから無言なのはそのせいじゃ。
 おーおーハムスターの様に口いっぱい頬張って喉に詰まってもしらんぞよ。

……なにか考えるのやめようかの。
ため息しかでぬわ。

 われはそう考え、シートの上に寝転がってねこ玉まんを口にくわえて空を眺めることにしたぞよ。
もにゅもにゅとした食感に飽きながら見飽きた空を見続ける。


 風も無く春うららな日、静かに時間が過ぎていくはずだった……
そうはずだった。


 遠くから階段を物凄い勢いで駆け上がってくる音が近付いてくる。
その音に反応して起き上がるナルと屋上の扉の方をを見るリア。

 音が近付いてきて……扉が勢い良く開くと。

「ナルさん!!俺と試合してくれ!!」

 一夏が大声で叫んで現れた。


われら2人が呆気に取られてしまったのは仕方ないことじゃろ?










――ISvs武装神姫再び――



「で、どうしてこうなったぞよ」

只今、第2アリーナピットで出撃準備中じゃ。

「はいはい、ぐちぐち言ってないで準備なさい。クロム社の許可証付きじゃどうしようもないでしょ」

 リアの言うとおり一夏はクロム社の戦闘許可証を持ってわれに勝負を挑んできたのじゃ。
持っているのを見た時は唖然としてしまったぞよ。

「なんで一夏がもっておるんじゃぁ」

「束女史の妹あたりに泣きついたんじゃないの?」

 リアが面白くもなさそうに準備しながら答えてきた。
泣きつきはせんじゃろうが、話を聞いた箒とやらが束女史にお願いしたんじゃろうなぁ。

「まあいくのは、アンタだけだし。せいぜい頑張ってきなさい」

 満面の笑みで言われてもむかつくだけなんじゃが……。

「はぁ……、仕方ないのう。あとでこの戦闘データ提出してボーナス貰うかの」

われがため息をつきながらそう溢すとリアが噛み付いてきた。

「あっ、ずるい!」

 悔しそうに言うリア、仕草と言い板についたもんじゃの。
われはいつもの装備に+αを量子変換しゲートの前に出て行く、振り向き様にニヤリという笑みを浮かべてな。

「では、いってくるぞよ」

「あとで、ボーナス分けなさいよ!」

いやなこったじゃ。




 ナルはゲートをくぐってアリーナに歩きながら入場していった。









ナルが入場する少し前、反対側のピットでは一夏たちが準備をおこなっていた。

 俺は今、第二アリーナのピットにいるわけだが……おもにセシリアからの視線が痛い。
ここにいるのは、山田先生に千冬姉、箒とセシリアなわけだが……

「どうして2週間掛かるはずの許可証がここにあるのか説明していただけますか?Mr.織斑」

 セシリアは腕を組んで片手を頬に当てた格好で笑顔のまま聞いてきた。
顔は笑顔だけど眼が笑ってなくて怖いです、セシリアさん。

「そっそれはな「それは私が手配したからだ」

箒が俺のしどろもどろな答えを遮ってきっぱりと言い放った。

「どういうことですの!あれは2~3日で用意できるものではないでしょうに!」

声を荒げて箒に詰め寄るセシリア。
箒は動じず、冷静に切り返す。

「束に頼んだだけだ」

セシリアが固まる。

「束って……IS開発者の篠ノ之 束様ですか!?」

「そうだ、頼んだというより話してみたら乗り気で手配されたというのが近いが」

 セシリアが茫然としている。
箒がなんともないことみたいに言ったのが衝撃的だったのだろうか。


 ちょっとした押し問答が開始され、俺はどう反応すればいいのかわからなかったので白式・改をなじませる事にした。
女の子同士が言い争ってる時に首突っ込んでもいい事なかったからなぁ。

 その横で俺はこうなった経緯に関して少し思い返していた。
発端は俺が盗み聞きした屋上での2人の会話だ。
その中の『友達ごっこ』という言葉が耳から離れないでいた。

 その日に部屋でため息をついていると箒に心配されて、事の次第を話してみると
次の日に許可証が送られてきた。
束ぇ名義で。

 同封されていたやけに可愛らしい便箋には、
要約すると「バトルで友情が生まれるのは王道だよね!」といった感じのことが書かれていた。
で、その言葉に唆されたのか俺の脚は屋上に向かい大声で勝負を挑んだというわけだ。


思ったんだが結構恥ずかしい事やってないか俺。



 頭を振って意識を切り替え、ゲートをくぐる前にアリーナの使用許可を急遽取ってくれた千冬姉と山田先生に礼を言い。
特に何も言われなかったのは俺を信頼してくれているのか、言えないほど疲れているのか……
多分後者だと思う。

そんなことを考えつつ俺は、アリーナへと飛翔した。

あっ箒とセシリアに一言言うの忘れてた。

なお、その時置いてきぼりにされたセシリアと箒はポカンとした顔をしていたらしい。










 第2アリーナの急な試合だというのに観客はほぼ満員御礼である。
アリーナの中央では地上に仁王立ちしている完全武装のナルと滞空している白式・改を身に纏った一夏がいる。
両者にらみ合っていると滞空していた一夏が地上に降りてきてすこし恥ずかしそうに話しかけてきた。

「悪いね、ナルさん急に試合することになっちゃって」(本当にキツネみたいな装備なんだな)

「まったくじゃ、なんで単なる技術アドバイザーに勝負しかけてくるんだか」

ぶー垂れるナルに一夏が乾いた笑いを返した。

「ハハハ……(俺もなんで勝負しかけることになったのか曖昧なんだよなぁ)」


なぜ、一夏の記憶が曖昧なのかというとあの手紙が原因である。
あの手紙には闘争本能を刺激するアロマを染み込ませておいたのだよby束
とのことだ害はないらしい。


「まあよいわ、戦うことになったのはこちらにとっても好都合、生活が掛かっているのでな」

 ナルが赤く透明な小剣を呼び出し両手に持って左腕を曲げて眼前に、右腕を伸ばして小剣を突きつける構えをとった。

「そういってもらえるとこっちも楽になりますよ」

一夏も雪片弐型を呼び出し体を横にした脇の型を取り構えた。
重心は低く左手は添えるだけである。

両者にらみ合いが続き……


「では……
「それじゃ……


 そちの舞を披露してみせい!!」
 勝負開始だ!!」

口上が言い終わると共に双方地を蹴り両者の距離が一気に短くなる。
一夏が流れるような剣筋で横薙ぎを繰り出すが……

(!?……手応えがない?)

振り切ってから気付く違和感、後ろを振り向くとナルの走る姿が霞のように消えるところだった。

―上空よりエネルギー体接近―

それを確認した直後のISからの警告、咄嗟に上空に上がる一夏。
しかし……

「ぐがっ……」

「何をやっておる、われはここじゃ」

 ナルの真後ろからの斬撃を喰らってしまう一夏。
ナルは一夏の斬撃をナノスキンの分身で真上に回避したあと通り過ぎた一夏に向けて小剣と投擲。
その後、一夏の真上に移動していた。


警戒して向き直りながら距離を取る一夏にナルは小剣を肩に掛けながらこう投げかけた。

「そちまだ3次元戦闘になれておらんの、360度の視界に慣れていればわれが真上にいることも気付いたろうに」

 その通りだった、一夏は未だISの360度視界に慣れていない。
まあナルはそれを狙ってわざと地上で戦闘を開始したのだが、地上で一騎打ちになれば2次元戦闘となり、
そこからいきなり3次元戦闘となれば慣れていない一夏は隙を見せる程度の予測だったが……

(ここまで慣れていないとはの)

少し呆れたような眼で一夏を見るナル、しかしここ約数週間のIS素人にそんなもの慣れろということも酷な話である。
その眼に少しカチンときたのか、一夏が少し強い口調で言ってきた。

「じゃあこれならどうだ!!」

一夏は固定武装である3連機関銃をナルに向けて乱射する。

「安い挑発に乗るなアホゥ」

そんなナルの言葉にボルテージが上がっていく一夏。
少し冷静さを失っている。
一夏はナルが左に避けたと思い、射線を左に移すがそこにあったナルの姿はまたしても霞のように消えた。

―12時斜め下よりエネルギー体接近―

またしてもISからの警告に助けられる一夏、飛んできた小剣を真横に回避する。

(どこから投げてきてるんだ!?)

一夏は360度視界で見つけ出そうとするが、その時に隙ができてしまう。
360度視界は『見る』ものではない『感じる』ものだ。
影を感じることで敵の位置を把握するといったほうがいいのかもしれない。
それに慣れていない一夏は『見て』探そうとするため視線が泳いでしまっている。

―3時の方向よりエネルギー体接近―

またしてもナルが投擲した小剣が来る。
さらに回避しようとする一夏は下に急降下するが……

「お疲れ様じゃの」

目の前に現れたナルにすれ違い様切られる。
左腕の盾を発動して直撃は回避したが少なからずダメージが入った。

(なんだ?この前より攻撃が重く感じる)

盾が調整されたのは千冬より聞いていた一夏だったが実動調査までは行っていなかったようだ。
焦りにより一夏のボルテージは下がったが、今度は困惑により上手く動けない。
それに一夏は試合が始まってから何か違和感を感じていた。
どこからとも無く現れるナルの攻撃に一夏はキツネに化かされているように感じていた。

現在試合のペースは完全にナルの物になっている。


 一夏の違和感の種明かしをしよう。
今までの戦いで気付いたかもしれないが、白式・改がナルに反応していない。
どれも投げられた小剣ばかり警告しているのだ。
 ナルは、アリーナに入場してからアリーナ全域に対してジャミングを行っている。
それは広域にしたためノイズのようになり戦闘経験の少ない白式・改がうまく補足できてない。
さらに、投げられてアリーナに刺さっている小剣が白式・改のセンサーに反応してしまい、ノイズが酷くなってしまっている。
 戦闘サポートAIのミカが沈黙しているのも全力でサポートにリソースを振り分けているからである。
なお、ナルはISをロックオンしていないため白式・改が反応できないというのもある。



「翻弄されているな」

ピットにいる千冬が一方的に攻撃されている一夏をみてそう零した。

「なんか……様子が変ですね。いつもの織斑君らしくないといいますか」

真耶が少し困惑するようにいうと千冬が推測を述べる。

「戦った事のないタイプだからなナルアドバイザーは、あんなトラップだけで戦うやつなどIS操者にも人間にもいまい」

「トラップだけでですか?」

真耶は少し首を傾げて聞き返してくる。
その推測を聞いた真耶だけでなく、その場にいた箒とセシリアもモニタを見つつ耳を傾けてくる。

「正確にはトラップとフェイントだな。織斑がどんな行動と取ろうともそれはナルアドバイザーが誘導した結果でしかない」

更に続けて行く千冬に今度は全員顔を向ける。

「トラップとフェイントを織り交ぜて戦うものは多い。だがここまで徹底している者はIS操者には少ない。しかも織斑はIS戦闘自体に慣れていない」

「その結果が今の一夏の状態というわけですわね」

セシリアがモニタを確認しながら言う。
そこには、すこしずつではあるがシールドエネルギーを削られていく一夏の姿があった。

「その通りだオルコット。しかもナルアドバイザーの攻撃は決して重いものではないがそれが幾重にも重なり一方的なら話は別だ」

千冬がセシリアに答えると次はモニタに眼を戻した箒から疑問の声が上がる。
モニタでは、一夏が3連機関銃で反撃しているがまたしても霞のように消えるナルの姿が映し出されていた。

「なんで一夏は瞬時加速を使わないんだ?動き回っていれば……」

「一番最初にその瞬時加速を使った攻撃を回避されたからだ。篠ノ之」

モニタに眼を移して答える千冬と振り向く箒。
あっと真耶も振り向いた。

「山田先生なら解るだろ瞬時加速を織斑にギリギリで回避されたことがあるなら」

「えっと……でもそのあと気絶しちゃってよく覚えてないんです」

ちょっと恥ずかしそうに言う真耶に千冬は問いかける。

「では、仮に気絶しなかったとして戦闘が続いたら山田先生はどうする」

「それは距離を取って……あっ」

真耶は答えに行き着いたのか納得するように頷く。

「警戒しちゃったんですね。織斑君は」

「その通りだ。そして考える暇もなく攻撃に晒されたため瞬時加速の選択肢を捨ててしまった」

千冬はそういうと箒のほうに眼をやる。
モニタでは、ナルに後ろから蹴飛ばされる一夏が映し出されている。

「解ったか。篠ノ之」

「はい……ですが、それだけでは理由としては弱いような気もするのですが」

「なかなか鋭いな篠ノ之」

千冬が少し嬉しそうに箒を褒める。
そしてその疑問に答えた。

「簡単なことだ、ナルアドバイザーは攻撃のたびに織斑を挑発して冷静さを失わせている。言動だけでなく攻撃方法でもな」

モニタに眼を向ける箒、たしかにナルの攻撃を見ているとイラッと来るものが多い気がする。
ちょこまかと動き回るキツネミミ、一々癪に障る仕草と目付き、舐めきった態度と攻撃……
自分に向けられれば平静は保てないだろうと箒は感じた。
一夏の表情も冷静に見えるがすこし怒っているようにも見える。

もし、これがナルアドバイザーの全て計算の内だとしたら……
箒は薄ら寒いものを感じて肩を震わせる。


「それにしてもすごいですねナルちゃ…っとナルアドバイザーは、織斑君に反撃の隙を与えていません。反撃されても全て計算の内みたいで……」

「あいつが気に入るのもわかる気がするな」

真耶と千冬がナルアドバイザーに感心しているとモニタを見ていた箒が、
「ナルアドバイザーが姪……ナルアドバイザーが姪……」とうわ言を繰り返し始めたため、引くセシリア。
セシリアはなんとか話題を変えようと迂闊にも千冬に話しかけてしまった。

「……織斑先生、あいつというのは誰でございますの?」

「お前たちが言い争っていた篠ノ之 束の事だ。ナルアドバイザーはあいつのお気に入りだからな」

セシリアは地雷を踏んだことに気付き、箒の方を見てみると……
そこには手と膝を床に着けさらに落ち込んだ箒の姿があった。

(ごめんなさい……箒さん)

セシリアが箒のことを初めて名前で呼んだ瞬間だった。



 試合は続いている。
現在両者のエネルギー残量はこのような状態だった。
ナル:86%、一夏:54%。
圧倒的にナル有利である。
なお、ナルのエネルギー減少はジャミングと機動行動によるものであり、被弾は掠る程度しかしていない。
一方、一夏は精神的にも追い詰められていた。

(くっ……どうして補足できないんだ!?)

なんとか止まらずに回避できるようになってきた一夏だが攻撃しようにもナルが補足できない。
その瞬間後ろから嫌な予感がした。

「!?後ろかっ」

雪片弐型で振り向き様切り裂く一夏、当たりはしなかったが攻撃を阻止できた。

―9時の方向よりエネルギー体接近―

もはや聞き飽きた警告が鳴り響く。

「うおおおおおお」

左篭手にある3連装機関銃で投擲された小剣を打ち落とす一夏。
大分手馴れてきたようだ。

―3連装機関銃、残弾0。オートリロード開始―

ISのアナウンスで平静になり飛び続けながら息を整える。

「この短時間でよくそこまで成長したの、褒めて使わそう」

ふと声が聞こえてそちらに眼をやるとナルが腕を組みながら仁王立ちで滞空していた。
思わず止まり辺りを警戒する一夏。


一夏は周辺を確認したあと警戒は解かずにナルに向き直った。


「疑り深くなったのぅ」

「ナルさんのおかげでね」

軽口を叩き合う両者、そんなことをしているとナルの小剣が集まりだして尻尾式のマウントに収納された。

「うむうむ、そうなるように仕向けたのじゃが予想以上の成果じゃ優秀な生徒を持ってわれはうれしいぞよ」

「そのわりには蹴っ飛ばしたりと扱いが悪かったんですけど……」

どうみても時間稼ぎをしているナル。
だが、ナルの突拍子もない攻撃を体験した一夏は疑心暗鬼に陥り動けない。

「そういうこともあるということじゃ、武器がそういう形をしているとは限らん。IS自体が武器じゃと考えるべきじゃな」

さて……とナルが続ける。

「そろそろ会場の皆様もお疲れのようじゃそろそろ幕引きとしようかの」

「いいですね、俺も疲れてきたところです」

一夏が雪片弐型を構えるが、ナルはそのままの体勢で待つ。




「シッ!!」

一夏が瞬時加速で突っ込んできた。
ナルはそれと同時に両腕を頭の上でクロスし量子化された何かを呼び出すと共に尻尾式のマウントが割れ左右に4本ずつ前を向いた。

ー敵に高エネルギー反応ー

それに気付く一夏は盾を発動させる。
ナルの呼び出しが終ると同時に小剣同士が放電して黄色いエネルギー弾が発射された。

一夏はそのまま突っ込んでくる。

―エネルギー弾多数接近―

直進した一夏にエネルギー弾がぶつかり弾けた。
視界が一瞬見えなくなったが盾のお陰でダメージは少ない。
だが次々と着弾するエネルギー弾に混じって実弾が飛んできていた。

「丁度仕入れてきたアルヴォLP4ハンドガンじゃ特と味わうがいい!」

ナルはエネルギー弾を放ちながら2丁拳銃で引き撃ちしていた。
狙いが悪いのか乱射してくる実弾はそんなに当たらない。

多少の減速があったもののほぼそのまま距離を詰めた一夏は雪片弐型を下から切り上げる。

「うおおりゃああああああああ!!」

ナルは横に回避行動を取ったが……
何かが切れる音がアリーナに響く。



「手応えありっ…て、えっ?!」



ナルの左腕が宙を舞い、地面におちた。




 観客席の視線も一夏の視線も全てが切り落とされた肘から先の左腕に注目している。
中には泣き出しそうなもの、口を押さえるものなどもいる、そして大半が茫然としていると一夏のこめかみに硬い物が押し当てられた。

「何をボーっとしておる。まだ勝負はついておらんのじゃぞ」

一夏が恐る恐る眼を向けるとそこには左肘から先を失いながら不敵な笑みを浮かべアルヴォLP4ハンドガンを構えるナルの姿があった。

「これだけ近ければ外すこともあるまい。どうじゃ降参せぬか?」

銃を押し込みつつ提案してくるナルに、



一夏は……

「……俺の負け…です……」

負けを認めるしかなかった。




<勝者―――ナル>




試合終了のアナウンスが静まり返るアリーナに響いた。



 両者がピットに戻っていく、切られた左腕はナルが帰る途中に回収していったようだ。



 ナルがピットに戻るとリアから拍手を受けた。
リアが拍手しながら寄ってくる。

「ナイスファイトだったわね、観客席ドン引きだったわよ」

「それは褒め言葉じゃなかろうに」

切られた腕から武装を外し、量子化するナル。
リアは、トランクに入っている替えの腕を持ってきていた。

「はい、あなたの予備パーツそれでここにあるの最後なんだからクロム社に寄越してもらいなさいよ」

「解っておるぞよ」

ナルは左腕の二の腕部分を掴むとすこし回して残っていた左腕を取り外した。
リアが、替えの腕をナルに渡し、壊れた左腕を予備パーツが入っていたトランクに入れる。
作業中のリアが切られた断面を見て話しかける。

「しっかし、綺麗に切られたものね。この太刀筋から解ることも多いんじゃない?」

「そうかもしれぬのっと」

ナルが替えである二の腕から先の左腕を換装すると手を開閉して調子を見る。
特に問題はなさそうだ。


「違和感なし、クロム社もいつも通りの仕事をしているようじゃの」

「そりゃね義手トップシェアは伊達じゃないもの」

そんなことを話しているとピットに走りこんでくる者が一名。
続けて歩いてくる者が2~3名の足音が聞こえた。

「ナルさん!!ごめん!左腕を……ってあれ?」

一夏がピットの入り口を手で開けながら入ってきて謝罪しながら呆けた。

「おう一夏、そこ自動ドアじゃから手で開けようとすると挟まれるぞよ」

左手をヒラヒラさせながら言うナルに呆けたままの一夏。
なかなかシュールな絵図らだった。
そんなことになっていると一夏の後ろに人影が現れ、

一夏の頭を名簿で叩いた。

「あいたっ……って千冬姉」

「千冬先生だ馬鹿者、それと入り口で止まるな」

もう一度叩く千冬、叩かれて入り口から退く一夏。
あとに真耶と箒、セシリアも着いてきていた。

皆、動いているナルの左手を見てほっとしているようだ。
特に真耶に関してはすこし涙で潤んでいた。
千冬が話しを切り出す。

「愚弟が腕を切り飛ばした時は焦ったが大事がないようで何よりだ」

千冬が一夏を引っ張りだし、一夏はナルに謝ってくる。

「ナルさん、腕を切り飛ばしてしまい申し訳ありませんでした」

それに対してなんてことなく返すナル。

「ああ、別にこんなことはクロム社主催大会では日常茶飯事じゃ」

「そうそう、よくあることだから気にしないでいいわよ」

リアも軽く言ってくる。

「だけど……」

一夏は納得できないようだ。
リアがそんな様子の一夏に軽い感じでフォローを入れる。

「はいはい、男の子なんだから細かい事気にしないのこちらがいいっていってるんだからさ」

「それはわれが言うべきセリフだと思うんじゃがの」

ナルがすこし呆れたように言う。
そんな漫才めいたことをやっていると真耶がおずおずと話しかけてきた。

「あ、あの……さっき言ってた大会では日常茶飯事ってどういうことでしょう?」

「ん……ああ、TVで流れてるのは基本的にダイジェストだから知られてないのかしら」

「あんなもん、TVに流したらお茶の間が大変なことになるぞよ」

何か話しの方向がおかしくなっている、真耶が色々想像して泣き出しそうだ。

「ええっとそんなに激しく戦いますの?クロム社主催の大会とは……」

真耶の代わりにセシリアが聞いてきたが……それは地雷だ。

「ちょっと前まではの、工具で手足切り飛ばして重力靴で腹踏み抜いたやつがおっての」

「あーあいつね、出入り禁止になってランカーから外されて名前も抹消されちゃったけどたしかこんなエンブレムだったわね」

そういうとリアがピットに掛かってたホワイトボードに「こんなの」と言いながら書いたのを見せる。
そこにはこのようなエンブレムが書かれていた。

[( 圭)]



「あいつにやられた悪魔型の子不憫だったわー」

あ、真耶が想像してしまったらしく尻餅をついた。
今にも泣き出しそうだ。
セシリアと箒もすこし顔を蒼くしている。

「観客もドン引きしておったしの」

それはドン引きで済むのかと2人以外が思っていると、
はたと気付いたようにナルがアリーナの反応を聞いてきた。

「そういえば、ここの観客はどうだったのじゃ」

「気分が悪くなった者多数、泣き出した者それなりに、といった体たらくだ」

千冬が切って捨てるかのように言い切った。
それに続くようにナルが頷きながら言う。

「軍人学園としては問題じゃの、もっと耐性をもっておらんと」

「まったくだ、戦闘では何があるかわからない。腕を切り飛ばされたのを見ただけで泣き出すようでは話にならん」

そう言われた後ろで真耶がすごい凹んでおり挫けそうになっている。
なんとかフォローしようとセシリアと箒が頑張っていた。


「まっまあ、ピットの中にいつまでもいるわけにもいかないしそろそろ出ない?」

リアが後ろの様子を気にしながら提案する。

「それもそうだな」「それもそうじゃの」

2人は承諾して出入り口に話しながら出て行った。
それに続いていく一夏たち、最後にリアがトランクをもってピットから出て行った。

一夏とナルのわだかまりは廊下を歩いているときに話し合ってなくなったようだ。











<報酬の話[Cr▽△][(猫)]>

<ねねこですにゃ>
<白式・改との戦闘データ入手おつかれさまですにゃ>
<この報酬に関してなんだけど、ボーナスとして8万>
<さらに予備パーツ一式が送られるにゃ>
<がんばったにゃね>
<お金はいつもの端末で、予備パーツはトランクで送られるにゃ>
<次の任務でも頑張って欲しいのにゃ>
<それじゃばいばいにゃー>














――つかの間の日常――


 桜散り、葉桜が綺麗になったころ、何故かナルは実技の授業に借り出されていた。

「なんでわれまでここにいるのじゃ」

「それはですね、武装神姫とISの飛行操縦について見てもらうことになりまして」

 真耶が笑顔で答えてくる。
その笑顔に嫌味はなく、普通に好意で答えたようだ。

「じゃからと言って研究室に篭っているところを呼び出さなくても良いじゃろうに」

ナルは額に手を当て俯きながらため息をつく。
そんなナルに真耶はすこし申し訳なさそうに切り出した。

「すいません、ナルちゃ…ナルアドバイザーしか空いてる人いなくて、リアアドバイザーが忙しいので……」

「あーわかったわかった、じゃからそんな顔しないでほしいぞよ」

慌ててフォローするナルだがその言葉を聞いて真耶は……。

「そうですか!ナルちゃんならそう言ってくれると思ってました!」

飛び切りの笑顔で返し、両手でナルの手を掴んでブンブンと激しく握手した。

(あれ?われ騙された?というかナルちゃんって……)

すこし真耶のことを考え直そうか思案するナルであった。





 校庭に千冬の声が通る。
授業が開始されたようだ。
名目は飛行操縦。

「……織斑、オルコットあとナルアドバイザー、試しに飛んでみてくれ」

いきなり呼ばれたナルは驚いたのか自分を指差しながら眼を見開いている。

「何をやっているんだナルアドバイザー……」

「はいはい、解ったぞよ」

というとナルアドバイザーはクロム社の制服のまま浮かび上がった。
それは飛行というより浮遊と言った感じではあった。
すこし驚いている生徒諸君。
一夏とセシリアも集中が乱れIS装着が遅れる。
そのまま千冬の基に降りてくるナル。

「こんなもんかの」

得意げに胸を張るナルだが千冬の言葉はきつかった。

「ナルアドバイザー真面目にやってくれ。あとそこの2人こんなことくらいで集中を乱すな!」

ついでに装着の遅れている二人を叱渇する千冬。

「しかたないのぅ、戦闘モードに移行、移行理由実験じゃ」

しぶしぶと言った感じでモード移行するナル。
そうするとナルの体から一瞬光が溢れ次の瞬間には武装パーツが装着されていた。
その間、0.2秒。
今回は尻尾式のマウント(九紫火星 "金毛九尾" )はつけていない。

「ん?何をおどろいておるのじゃ?これくらい武装神姫では当たり前のことじゃぞ」

かなり驚いた様子の生徒たちに簡単にいってくるナルであったが、千冬が説明を求めた。

「それでは、生徒がわからん。説明をナルアドバイザー」

「解っておる」

いたずらに成功したかのように笑うナル。
コホンと咳払いをして浮遊しながら説明し始める。

「武装神姫はISと違い、武装の出し入れに関してはAI任せじゃ。だから0.2秒以上早くならないし遅くもならない」

IS操者にとっては羨ましく思うことであった。
しかしデメリットもあるわけで……

「その代わり、武装データや武装構成を先に入力しなければならないのじゃ。大抵書き換えに1~2時間掛かるかの」
(主に構成を考えるのが大変なだけじゃが)

何せ武装パーツだけで1000種類以上あるのだ、データ買取式でも悩むものである。

「全身の武装パーツ構成を登録しておくことも出来ての、ちなみにこの構成は『武装B』としておる」

そう言ってくるりと浮遊しながら一回転するナル。
そんなことをしていると一夏たちの装着が終っていたようである。

「全員準備できたようだな。では飛行開始!」

その後、授業は特に何も無く終った。
強いてあげるならば、セシリアと一夏が上空でイチャついたり(ナルにはそう見えた)、
一夏がグランドに大穴を空けたりしたことくらいだ。



……IS学園ってメガフロートの上にあるはずなんだがグランド凹ませて大丈夫なんだろうか?




「なに?飛んでる感覚を教えてくれじゃと?」

 今は放課後、いつもの屋上だ。
俺は、今日の授業であった飛行操縦での疑問をナルさんに聞いていた。
地面に激突して出来た穴を塞ぐので聞きそびれたんでね。
ちなみに今日の歌は『かごめかごめ』だった。
どういう選曲なんだろうか。

「ええ、箒やセシリアに聞いたんだけど要領えなくて」

箒の説明は擬音で、ぐっとかどーんとかだったし、セシリアは専門的過ぎて俺が理解できなかったし。
2人の説明を思い返しているとナルさんが思案しつつこう言った。

「武装神姫のというかわれの感覚を聞いてもあんまり意味ないと思うぞよ」

そういえばナルさんの武装にはブースターなどの噴射装置がない。
俺の白式・改には羽根のようなものがついてるがどういう原理かまでは理解出来ていない状態だしな。

「まあ良いわ、われの感覚としてはの空中と蹴るような感じじゃな」

2段ジャンプ、3段ジャンプといった具合にのと言いながら浮遊して降りてくるナルさん。
たしかに見ていると空中を蹴っているように見えなくもない。

「武装神姫の場合シリーズごとに専用の武装パーツがあるから一概にはいえんがの」

へー、そうなのか。
おっとそろそろ戻らないとまずいかな。
聞きたいこと聞けたし。
とりあえずナルさんに礼を言うか。

「そろそろ時間なんで、それじゃナルさん教えてくれてありがとう」

「よいよい、精進せいよ」

俺は、手をヒラヒラとさせているナルさんを見て屋上から中に入っていった。





 その夜。
IS学園の正面ゲート前に小柄な人影が現れる。

「ふーん、ここがIS学園ね……」

不釣り合いなボストンバックを持った姿が微笑ましく見える。
本人にそんな事をいえば殴り飛ばされるだろうが……。


黒髪のツインテールは肩ぐらいまでの長さで金色の止め具をしている彼女は、
一息入れると学園に入っていった。



新たな波乱が日常に到達したようである。




――――――――――――――――――――――――――

武装神姫側の日常を書いたら結構なエグさになってしまった。
やっぱ最強のメカニック効果は違いますね。



ちょっとイメージの補足。

白式・改についている左腕武装の3連装機関銃のイメージは
フォーマット中はグフカスの3連装機関砲。
ファーストシフト後は見た目だけゲシュペンストの左腕のような感じです。
盾のイメージはアーマードコア3に出てくる5角形のエネルギーシールドをすこし平らにしたような感じですかね。


武装の性能の比較としましては、
原作では拡張領域を雪片弐型に使っていましたが。
こちらでは盾が入ってしまったので零落白夜の能力伝達が上手くいかず6割しか出せません。
リミッターが掛かってしまっている状態ですが機体としてはエネルギー消費も低下したため使いやすくなっています。
 原作の拡張領域比率を10:雪片弐型とすると
こちらは雪片弐型:盾:3連装が6:4:1の比率で詰めて入れられています。
3連装がはみ出していますが、ドクが追加領域を作り無理やりはめ込みました。


今日の武器

アルヴォLP4ハンドガン
TYPE:天使型アーヴァルの初期装備
2丁拳銃が可能。
可も無くば不も無くと言ったオートマチックの銃。
実弾系。
劇中で命中率が悪かったのはナルの腕が悪かったから。


さてさて次回はセカンド幼馴染ですかね……上手くいくといいですが


4月22日少し修正

8月4日修正

9月18日微修正



[26873] 第6話
Name: ヴぁん◆72ebca82 ID:5a6fbbc2
Date: 2011/08/04 00:41



 黒髪ツインテールの少女がIS学園の正面ゲートを通った頃、
地下ラボでは珍しくナルが机に向かいデスクトップPCで何かを検索している。
かなり集中した様子であったのか後ろからじりじりと迫ってくる影に気付いていない様だ。
そしてその影はナルの後ろから……

「なーにしてるの?」

「うおわう!?!」

キツネミミを摘みながら話掛けてきた。
突然、摘まれたものだから変な声を上げるナル。
その影はいたずらに成功したのでニシシと言いながら笑っていた。

「そんなに変な声出してどうしたのよナル」

「お前がいきなりミミをさわってきたんじゃろうが!」

怒りながら振り返り文句を言うナル。
後ろから近寄ってきた影は言うまでも無くリアであった。

 リアはなにか丸いボトルのようなものを2つ持ちながらナルの横の席に座った。
ナルはキツネミミを触って整えつつ、小声でぶーたれながらPCに向き直る。

「まったく人のミミを玩具みたいに扱いおって……」

「はいはいごめんてば、お詫びにこれあげるから許してよ」

そういうとリアが持っていた丸いボトルのようなものを1つナルに手渡した。
 ナルはボトルのようなものを受け取るが、
そのボトルには何もプリントされておらず中身がわからなかった。
当然、このボトルの正体をリアに聞いてくる。

「なんじゃこれは?」

「ん~?試供品のコーヒー味のオイルだそうよ」

 なんかねねこから送られてきたわと付け足してリアが言う。
無名のボトルを訝しげに見ていたナルは、ねねこからという事に嫌な予感がしてきた。

 ねねこが送ってくる試供品は大半がハズレ品である。
というより自分が試してダメだったものを送りつけてくるので、
大方処分に困った実験品を押し付けているのだろうとナルは考えている。
嫌な予感しかしないオイルのボトルを横に置きつつPCの操作を再開していると、リアが話し掛けつつ画面を覗き込んできた。
ちなみにリアもボトルを開けようとしていない。

「で何調べてるの?……武装神姫ライダーのランキング?」

ナルは、ゲームセンター『クロム・ゲームス』の公式サイトにあるランキングで誰かを探しているようだった。
ランキングされているゲームは『ライド・オン』と書かれていた。


 すこし説明しよう。
『ライド・オン』とは少し前にリアの授業でも触れられていたサイコダイブを大々的に使ったバトルシミュレーションゲームである。
出資者はもちろんクロム社が主で、今は様々なゲーム会社が共同企画として参加している。
 最初は、騎士とか忍者にもなれる80VS80FPSアクションオンラインゲームみたいなものだったが武装神姫の発表やFS社の協力により大化けした。
いまではそれを専門に置く『クロム・ゲームス』の店舗が世界中にある状態である。
 ゲーム内の対戦はカオスの一言、騎士とメカが共闘していたり、高機動小型戦闘機とISと武装神姫が空でドッグファイトしていたと思えば、
忍者が敵陣地に潜入して占領したり、それを奪い返すために砲撃戦になったりとすごい事になっている。
ちなみにゲーム設定では、痛覚がオミットされているのでショック死することはない。
安全な戦争ごっこを体験できますのでお気軽に遊びに来てください。

まあ、宣伝は置いといてこのゲームでは個人ランキングとチームランキング、クランランキングに分かれている。
チームは最大5人の1チームとなっており、ランキングの中にはあの海上でIS2体に打ち勝ったアーンヴァル隊の名前も記されている。
ちなみにクランは最大16チームで1クランである。

 使用できるキャラクターは、ゲーム内で販売されているものからエディットも可能で、トップランカー10名とトップチーム4小隊には使用されているキャラクターを完全再現した素体を授与される。
さらにその素体を持つとクロム社主催大会に出場可能となり、優勝者には自国の現役IS代表への挑戦権が送られ、その大会の観戦チケットはいつも売り切れ状態となっている。
なお、キャラクターの大きさ設定は150cm~250cmとなっており、素体が再現可能な範囲に収まっている。


さて、少し説明に熱くなりすぎたが話しを戻そう。
ナルが今見ていランキングは個人ランキングであり、上位10名のトップランカーたちが名を連ねていた。
しかし、すでに武装神姫であるナルがこんなものを見てもあまり意味がないのでリアが首を傾げていたのである。
ランキングを眺めているナルがリアの方を向きながら疑問に答える。

「なに、今日付けでIS学園に転入してきた生徒の資料を見ての。前にどこかで見た気がして探していたんじゃが」

 ナルが転入生の資料をヒラヒラ揺らしながらリアに手渡すとリアはさっそく読みはじめる。
数ページめくっていくと頷いてナルの意見に同意した。

「たしかにどこかで見たことあるわね、中国代表候補生か……確か内部資料で……」

 リアはそう言うと量子変換した端末をいじり、クロムネットワークに接続して資料を探し始める。
相方のそんな様子にナルはもう一度、個人ランキングを上位から見ていく、そのランキングはこのようなものだった。


『ライド・オン個人ランキング』

順位:素体名    :エンブレム :登録ネーム
1位:NB     : [三⑨三] :チルノ
2位:凛      : [(犬)] :レイト
3位:DD     : [ ∥●] :ヒデト
4位:弾頭     : [R-T] :キガ
5位:FB     : [∥〇∥] :LD
6位:ヴィレイド  : [小悪魔] :フミカ
7位:セイバー   : [|剣|] :シロウ
8位:アイギス   : [ナルホドナ] :ユウリ
9位:W・G    : [ 眼_] :Unknown
10位:ハクレイのミコ: [賽 銭] :レイム

※この順位は対戦によるものではなく総合的順位です。
※登録ネームは実名ではありません。

(みんなネタに走りすぎじゃなかろうか……)

 ちなみに現在1位の『チルノ』は前チャンプである『ハスラーワン』の実の妹であり、
兄がFS社に専属ライダーとしてスカウトされた際、素体データだけを受け継ぎ再度NBで1位に上り詰めたという裏話があるらしい。
現在の『ハスラーワン』が乗っている素体は、NB・Sと呼ばれるものでFS社のイベントなどに出現している。
さらに『ハスラーワン』は第一回クロム社主催日本大会優勝者にして現役IS代表と引き分けた腕の持ち主である。

閑話休題




ネタに走る人ほど強いのは何故かのうなどと考えているとリアが資料を探し当てたらしく、「エウレカ!」と叫んだ。

「ばかっ叫ぶでない、やっと寝れた技術員を起こしてしまうではないか」

 現在時刻夜中の10時くらい、支部で眠っている出向員もいたりする。
クロム社の技術員の辛さを知っているナルだからこそそのまま寝かせてあげたいのだ。

「あっごめーん、でも見つけたわよ。先生の娘さんだったわ」

そういって資料が映っている端末を見せてくる。
ナルは端末を見て思い出したのか、間延びした声をだした。

「あ~あ~、そうじゃそうじゃったな。先生は娘が中国におるといっておったの、しかし代表候補生とはなんの因果なんじゃか……」

「たまに全部仕組まれてるんじゃないかって思っちゃうわよね」


 そう思えてしまうのも無理はない個人ランキング1000位台には一夏の悪友である五反田 弾(ごたんだ だん)の名前があり、
クロム社に資料も揃えられているのだから疑いたくもなる。
なにか、束女史とクロム本社が高笑いしているイメージが2人に襲い掛かってきた。




「あんまり深く考えるのやめよう」「そうじゃの」



そんなことを言いながら、横においていたコーヒー味のオイルを封を開けて飲む2人だったが……

「「ぶっにがっ!!」」

同時にむせた。












 場面は戻り、黒髪のツインテール少女が受付を探して廊下を歩いていると懐かしい声が聞こえて来る。
彼女にとって一年ぶりの幼馴染の声だった。
そしてあの得体の知れない女がいなければ感動の再会となっていただろう。

「……あーだからな箒、だっとか、くいっとかじゃ解んないんだって」

「何度も言っているだろう、イメージなのだからこうターッと」

「どこのミスターだよ……」

一夏に張り付いてる彼女の知らない女、箒を見る彼女の眼は……。
苛立ちと知らない女に現抜かしている一夏への憎悪で揺らめいていた。








では改めて紹介しよう。
彼女の名は、凰 鈴音(ファン リンイン)。
一夏のもう1人の幼馴染にして中国代表候補生であり、さっき受付の人を怯えさせながら一夏の情報を聞き出した張本人である。

受付の人曰く幽鬼を背にしているのが見えたそうだ。









 俺は今とても居心地が悪い。
なぜなら俺が寝込んでいる間に決められていたクラス代表就任パーティーの真っ只中だからだ。
そして何よりも周りできゃぴきゃぴしている女子達がいつもより増えてるんだ。
 その分、男である俺がパーソナルスペースを確保しにくくなるわけで……。
いや、大分前からパーソナルスペースは確保できなくなっているんだけどね。
主に箒のせいで。

 日に日に酷くなっていく箒のくっ付き度、ちょっと前はぴとって感じだったが今は、びとーって感じだ。
下手するとトイレまでくっ付いてこようとするわけだ。風呂ならまだ解るがトイレは勘弁してくれ。
そんな感じで気が休まることができない状態が続いている。
俺のカンが囁いている、このまま行くとなし崩し的に墓場行きだと。
 さらにいうとセシリアの視線が箒の視線に似てきているのも問題だ。
箒の異常とも言えるスキンシップに2人の熱視線、俺に安息の地はないのもか。
……あ、あるじゃん。

そんな感じで現実逃避していると
新聞部の副部長を名乗る人が乱入、名刺を渡してきた。
黛薫子(マユズミ カオルコ)というらしい。

 副部長さんの名刺受け取った時に箒の密着度を見て。
「おーおーお暑いですなー」なんてからかわれた。

 でその副部長さんは俺にレコーダーを向けてインタビューしてきている。

「では、織斑君クラス代表になった感想をどうぞ!」

「えー……誠心誠意頑張っていきたいと思います」

無難な答えを返してみた。

「うーん、もう一声!」

そう言いながら更にレコーダーを押し込んでくる副部長さん、インタビュアーが煽るなよ……
そんな事いわれても気の利いた言葉なんて早々に出てくるわけない。
期待の込められた目が痛い、だから俺はそんなに気の利いた事言えないっての。
……っとそうだ、別に俺は自分のこと言わなくてもいいんじゃないか?

「……クラス対抗戦での勝利を俺を支えてくれた全ての人に捧げます」

 これでどうだ!
……あれ反応がない?多分俺が一番思ってることを言ったんだけど。
 副部長さんは目をパチクリして固まってるし、顔赤いけど。
 箒は俺の左腕掴んだまま離さない……のは前からだけど密着度が上がった気がする。
顔は満足そうな表情をしている。後真っ赤だった風邪だろうか。
 セシリアに目を向けてみる。
なんか両手で顔を挟んで身悶えていたというか体をくねらせていた。
あと顔が赤い、やけにうれしそうな表情していた……どうしたんだ?
 周りを見渡してみる。
パーティーに参加していた人たちは固まって顔を赤くしていようだ。


 あれ?俺そんなに変なこと言ったか?


 その後、副部長さんが「キターーーーーーーー!」っていう奇声と共に復活するのを切欠に、
黄色い歓声がパーティー会場であった寮の食堂に大音響で響き渡った。
その中心にいた俺はもはや音響兵器の域の甲高い声を聞くことになったわけで……物理的に耳が痛い……。

 結局、周りの状況が状況なだけにインタビューは打ち切り、セシリアにも話を聞きたかったらしいけど、
あんな状態じゃなー。
 最後に写真とって終了、なぜか集合写真になってしまったが副部長さんはほくほく顔で戻っていった。
あと、その時の俺はセシリアと箒にくっ付かれた状況で写真を取られたことをここに記しておく。




セシリアがくっ付いていたとき、箒が巻き付いている腕から軋むような音が聞こえたのは幻聴……じゃないな痛かったし……




パーティーが終って俺たち部屋に戻るとほぼ11時くらいだった。
写真取ったときにくっ付いたまま離れなくなったセシリアと腕を締め上げる箒という状態でよく持ったもんだ。

 セシリアが離れたのがさっき部屋の前での事、
部屋に入ると女子パワー侮りがたしと思いつつ俺はベットに倒れこんだ。
もちろん腕に巻き付いている箒も一緒に。
……俺はそのまま寝ちゃったんだけど箒は風呂とか大丈夫だったんだろうか。







――セカンド幼馴染見参!!――





 朝である。
昨日はコーヒーオイルのせいか寝付けず、仕方ないので『ライド・オン』の試合中継を見ていたナル。
眠気が来たのは午前3時頃であった。
一方リアは、利かなかったらしく早々に眠ってしまいナルが起きたときにはすでに部屋に居らず、出勤したあとだった。

 ナルが眠気で落ちそうな眼を擦りながら、廊下を歩いていると教室のほうが騒がしいのに気付いた。
近寄ってみると1年1組の出入り口でツインテールの子が一夏と言い争っているようだ。


「おはよう、ナルアドバイザーどうしたこんなところに立ち止まって」

「おはようございます。ナルアドバイザー」

いつの間にか後ろにいた千冬と真耶に声を掛けられた。
ナルは挨拶をしつつ、クロム社のエンブレムが入った冊子を見せる。

「あ、おはようじゃ千冬教諭、真耶副教諭。なに発注されたシミュレーターの設置が完了したんでな、教師たちにマニュアルを配っていたのじゃが。その途中であれを見つけての」

そう言い終わると1組の入り口を指差す。
指の先にいるツインテールの子に見覚えがあるのか
ため息を付く千冬、真耶はナルからシミュレーターのマニュアル本を受け取っていた。

「ほれ、千冬にも」

手渡してくるナルに受け取る千冬。
その冊子を見て千冬は思ったことを言う。

「随分薄いのだな……」

「そりゃの一般のゲームセンターにも置ける位じゃからな、簡単な注意で出来るくらいじゃないと店も客も来ぬよ」

「たしかにそうですね」

真耶は納得したようだ。
ナルが続けて喋る。

「なに、その冊子は使用する際の注意事項じゃ、何かあったらわれ等クロム社の出向員が駆けつけるから安心せい」

 そういって胸を張るナルにすこしきゅんとしてしまう真耶と、クロム社なぁと少し不安げにぼやく千冬。
生徒用の冊子はデータで配るからのというとナルは千冬達と分かれて職員室のほうに向かっていった。
冊子もそこそこに千冬達は教室に向かう。






その後、廊下には千冬の名簿が頭を叩く音が聞こえた。





(いったー……相変わらず千冬さんはきついわ)

 そんなことを考えながら授業を受けている鈴音、授業を行っているのはリアで、
今は、『ライド・オン』についてのレクチャーをしている。

「……最大連続サイコダイブは5時間で……」

(というかなんなのよ、あの女どもは!私の幼馴染にあんな慣れ慣れしくくっ付いて!!)

「……それ以上は強制遮断され……」

(一夏も一夏よ、なんであんなに気を許してるのよ!)

「……時間間近になると戦闘にエントリーできなく……」

(あたしだってあんなにくっ付いたことないのにーーー妬ましい!!)

「……転入生さ~ん、アタシのレクチャーってそんなに面白くなかった?」

「へっ?」

鈴音が声のした方に顔を向けると笑顔で教卓に手をついてこちらを見ているリアアドバイザーがいた。

「1組のほうからなんか打撃音聞こえてくるし、生徒が話し聞いてくれないしでアタシ教師向いてないのかしらね」

などとぼやき始めるリアアドバイザーに鈴音は慌てて謝る。

「ああああごめんなさい!話聞いていなくてごめんなさい!!」

 教師云々に前者は関係ないんじゃなどと周りの人はツッコミを入れていたが
鈴音は突っ込んでいる余裕など無くかなり取り乱していた。
その理由は、怖いのだリアの笑顔が、途轍もなく。
整いすぎてて怖いといえばいいのだろうか人形が笑っているように見えるのだ鈴音には。

さすがに2組の人たちは慣れているのか、あーリアアドバイザー怒ってるねーなどとヒソヒソ話しているが、
最初の内は彼女達も何人かは泣いた子がいた。

 鈴音の謝罪に頷くリア、しかし出た言葉は……

「うん、許さない」

「えっ……」




「放課後アタシのところに来るように。いいですよね、担任の方?」

「OK、泣かさないであげて下さいね」

「そんな~~」

ちゃっかり担任の許可を取るリア。
軽く許可だしちゃう2組担任。
脱力して机に突っ伏す鈴音。

(一夏に会えなくなっちゃうじゃないのー……)

自業自得である。
そんなこんなで授業終了のチャイムが鳴る。

「じゃ、簡単なレクチャーはこんな感じで終わり、詳しくは新設したシミュレーター室にいるクロム社員の担当者に聞いてみてね」

「はい、リアアドバイザーありがとうございました」

鈴音は放置のまま、挨拶をして帰っていくリアに何事も無かったかのように返す担任、なかなかいいコンビである。






 昼休みの食堂にて何故か千冬に怒られたことを箒とセシリアから責任転嫁された一夏は、
食堂出入り口付近でラーメン持ちながら仁王立ちした鈴音からも責任転嫁されるという事態に陥った。

「待ってたわよ、一夏!!アンタのせいで怒られちゃったじゃない!責任とりなさいよ!」

「鈴、お前もか……」

そんな一幕があった。


 鈴のラーメンが延びないうちに頼んだものを受け取ってテーブルを確保する一夏達、
席に着くと一夏から鈴音に話しかける。

「鈴、改めて久しぶり、大体1年ぶりくらいか?おばさんとか元気だったか?」

「ええ、久しぶりの幼馴染に怒涛の質問じゃなくてもうちょっと気の利いた事いえないの?ニュースでアンタのこと聞いた時はびっくりしたんだからね」

やけに親しそうに喋る一夏と鈴音に、イライラし始めた箒とセシリアは一夏に鈴音との関係を問いただすが、
一夏からの答えは実にあっさりしたもので。

「いや、だから箒も鈴も幼馴染であってるし」

というものだった。

簡単に説明すると
 箒が小4の終わりに引っ越した後、入れ違いに小5の時転入してきたのが鈴音であり、
両方とも幼馴染であるというのが一夏の言い分である。
 
 疑問が解決したことで箒と鈴音が握手したがかなり力を入れて握り合っていたり、
セシリアに対して鈴音が興味ない発言をして素で挑発したりと色々あった。
ただ……

「そういえば親父さんどうしてる?あの陽気な人が元気じゃないはずないけど」

「え……元気だよ……多分」

その質問に答える鈴音が一瞬見せた悲しそうな顔、それがやけに一夏の印象に残った。






 午後の授業風景は吹っ飛ばして放課後である。
リアから来るようにと午前の授業時に言われたので地下にあるクロム社IS学園支部に移動中の鈴音。
 今頃一夏達は第3アリーナで特訓を行っている頃だろう。

(これが無ければアタシが一夏にスポーツドリンクとタオルを手渡すという幼馴染イベント起こせたのに!)

そんなことを考えつつ歩いていると、クロム社の支部に到着。
支部というだけあってちゃんと受付の人がいたのでリアに呼ばれた事を話し通してもらう。
『リアとナルの部屋』の前に案内された鈴音は案内してくれた受付の人に礼を言うと扉の横にあるインターホンを鳴らした。

「はーい、どなた?」

リアアドバイザーの軽い感じの声が返ってくる。

「1年2組の凰 鈴音です、午前の授業での呼び出しで来ました」

「はいはーい、開けるからちょっと待っててね」

ぷしゅっと空圧シリンダーから空気の抜ける音ともに開くドア。
中からどうぞ~と招く声が聞こえる。

「失礼します」

 鈴音が入ってみるとそこには……
さらにドアで仕切られた部屋があり、一方には機械というか資材やら実験道具が整然と置かれており、
白衣をきたキツネミミの少女?が作業をしていた。
もう一方は、やけにゆったりした感じの趣味の良い部屋でリアアドバイザーが手を振っていた。
2つの部屋に共通していたのは、

(たしか『クレイドル』だっけ?というか失礼し損?)

それが置かれていることだった。
ドアノブを回してリアの部屋に入る鈴音。

「いらっしゃーい」

「……お邪魔します」

リアの軽い感じに拍子抜けしてしまう鈴音。

「そこに座ってちょっと待っててね」

 そういうとリアは資料を漁りながらノートPC起動させ、
応接用の机に置くと画面を鈴音の見えるほうに向けた。
そこと言われた場所は応接用のソファだった。
机にはさっき起動させられたノートPCが置かれている。

 クロム社のエンブレムが映されているそのノートPCは、
テレビ会議でもするためなのかカメラが搭載されていた。
鈴音がPCを観察しているとリアが資料を持って応接用のソファーに座った。

「じゃ、凰 鈴音さん、転入早々悪いけどなんで授業聞いていなったのか教えてくれる?」

「えと、それは……」

普通に始まる個人面談に鈴音は少し戸惑いつつ答えていく。

「ふーん、久しぶりに会った幼馴染が女の子侍らしてたの?それが気になったと」

「はい……」

冷静に考えると恥ずかしい理由なので心なしか顔が赤い鈴音。

「まあ思春期の女の子ならよくあることね、奪い返すくらいの気概でがんばりなさい」

何故かアドバイスをくれるリアに鈴音は少し気恥ずかしそうに、
「はい……」と返事をした。

「素直なことはいいことよ、まあ授業関係の話はこの辺にしといて、鈴音さん」

「はい、なんでしょう」

「アナタのご両親、離婚しているのね」

その言葉に胸の痛みを感じる鈴音、そして嫌な思い出が頭を駆け巡る。
喧嘩になる両親、寂しそうな顔で見送ってくれた父……。
嫌なものを振り払おうとリアに返答する。

「それがどうしたのよ……」

嫌な事を穿り返された怒気のためか口調が戻ってしまっている。
しかしそんなことを気にせずリアはこう言った。

「いやちょっと気になっちゃってね。アナタお父さんに会いたくない?」

突然のリアの提案に鈴音は……

「はい……?」

調子の抜けた返事をしてしまった。





 量子変換した端末でアポを取っているらしいリア。
鈴音は平静でいようとしているが一年ぶりに父に会えるかもしれないと期待を隠せない。
良くも悪くも素直である。
鈴音が待っているとリアが端末を切って事の次第を報告してくれた。

「OKだって、さすがに直接は無理だったけどテレビ電話はできるってさ」

「本当!?やったありがとうございます。リアアドバイザー」

「はしゃぐの解るけどお礼を言うなら会ってからにしなさい」

「はい!」

 あまりのはしゃぎっぷりに苦笑いするリアであったがその表情はすぐに消え、
真面目な顔に戻りノートPCの準備を行う。
システムが立ち上がり、ウインドウに人影が映る。

「お父さん!……え……」

「ヤア……リンイン、ヒサシブリダネ。ゲンキナヨウデナニヨリダヨ」

そのウインドウに映し出されたのは、
人間の姿ではなく分厚い赤茶けた装甲を纏った単眼のロボットのような物だった。





「お父さん……?」

 リアアドバイザーが繋いでくれた先に現れたのは、1年前に見たきりのお父さんの姿ではなく、
ロボットのようなものだった。
 あたしは、ただ茫然としてその姿を見ている。

「アア……リンイン、モットカオヲミセテオクレ。ワタシノムスメ」

 抑揚のない機械音声が相手から聞こえてくる。
あたしの思考は混乱中でどう声を出せばいいのか解らなかった。
 どうして姿が違うのかどうしてこうなったのかどうしてどうして……
そんなことが頭の中で渦巻いていた。

「フム……りあチャン、ムスメハナゼコウナッタノカ。シリタイヨウダ、セツメイオネガイデキルカネ」

「でもいいの?LD先生」

「カマワナイサ」

 お父さんとリアアドバイザーが、あたし抜きで相談している。
人の表情から思っていることを先読みする癖はたしかにお父さんの癖だった。
その事実が私に圧し掛かる。
あたしは未だ思考の渦に巻き込まれ更なる事実に唖然としている。

「はぁ鈴音さん、アナタのお父さんはね」

あたしは無意識の内に耳を塞ごうとする。

「離婚したあと、ちょっとした旅をしていたの」

「だけど、その旅先で事故に巻き込まれちゃってね」

「全身に重度の火傷を負って生死の境を彷徨っていたのよ」

「普通なら事切れていても不思議じゃないんだけど医療ナノマシンのお陰で一命は取り留めたわ」

「だけど……」




「聞きたくない!!!」

 あたしは耳を塞ぎ背中を丸めてリアアドバイザーの言葉を遮って叫ぶ。
どうしてこんな事になってしまったのか。
お父さんとお母さんが離婚したから?
あの時、お父さんに無理にでも付いて行けばこんな事にはならなかった?
嫌な考えが浮いては沈んでいく。

「こんなのってないよ……」

 体が震えてくる。
こんな現実は否定したい、そんな気持ちが湧き出てくる。
そしてそれは言葉として出てきてしまう。

「こんなの嘘だよ!!」







「ええ、嘘よ」

「へ……?」



「ははははっ引っかかったな、娘よ!」

「じゃーん、ごめんねーLD先生がどうしてもっていうからさー」

 リアアドバイザーが取り出した看板が目に入る。
そこにはドッキリの文字……
画面に眼を移してみると映像が切り替わっており、
そこには1年前から少し痩せた生身のお父さんの姿が映っていた。

「ははっはははははは」

「はっはっはっ」

よかった……本当によかった……
安心して笑い出すあたしとドッキリを計画したらしいお父さんの笑い声。
そういえばこんなお父さんだったなぁなんて過去の思い出が思い出され……






「よし、コロス」

あたしはIS『甲龍』を展開していた。








 リアは親子の喧嘩という名の会話が終わり、鈴音が部屋を退室するのを見送った後、まだ繋がっているPCに話掛けた。

「よかったの?」

「何がだい?」

「本当のこと話さないで。アナタ両足義足でしょ」

「知らないほうが幸せなこともあるさ」

「そう……」




 彼は登録ネーム『LD』。
通称LD先生。
去年の初頭に交通事故に遭い、車両に積まれていた劇薬が両足に掛かり切断せざるおえなかった。
切断後、車椅子生活を余儀なくされたがクロム社より新型義足の実験について打診があり契約。
自力で立て、歩けるまで回復した。
 現在、クロム社兼FS社所属のライダーとして『ライド・オン』及び各種イベントに出現している。
彼の駆る素体はFS社Nシリーズ『日光』の亜種で武器は腕部一体化バズーカと背中にマウントされた高速ミサイルランチャーが特徴。
赤茶けた塗装のされた装甲は『日光』特有の角張ったものである。
ライダー上位者への壁としてランキングに君臨している。

追記:中国代表候補生である凰 鈴音の父親であるが、離婚しており親権は母親にある。
   なお、鈴音本人は彼が事故にあった事及び義足であることを知らない。








ちょっと後の鈴音。

「ぜーはーぜーはー……はい一夏、タオルとスポーツドリンク……」

「ああ、鈴ありがと……て、そっちの方がドリンク必要じゃないか?」

どうやら幼馴染イベントはギリギリ間に合ったようだ。


 息を切らせてスポーツドリンクを渡してきた鈴音に一夏は話しかける。

「大丈夫か?本当に」

「大丈夫よ……はぁ…代表候補生を舐めないでよね…はぁはぁ……」

代表候補生がここまで息切らせるってどれだけの速度で走って来たんだろうか。
などと一夏は思っている。
 さすがに自分以上に疲れているように見える幼馴染を放って飲むわけにも行かず、
封を開けて鈴音に渡す。
その一夏の行動に機嫌が悪くなる腕にくっ付いている箒。

「鈴、さすがに一口飲んで置け。そんな状態じゃこっちが飲めない」

「……ありがと、一夏」

短く礼を言う鈴音、少しやせ我慢していたようだ。
コキュコキュという音と共にスポーツドリンクの約半分を飲んでしまった。

「ぷはっ、ありがと生き返ったわ」

「一口で半分も飲むなよ……」

そう言って一夏に返す鈴音とその飲みっぷりに少し呆れる一夏。
で、一夏は自然にそのペットボトルに口をつけて飲み始める。
そう間接キスである。
それに気付く箒とセシリア。

(おのれ、やるなセカンド幼馴染めが!)

(これが幼馴染のアドバンテージとでも言いますの!?)

(ふふふ……一夏の行動なんてお見通しよ)

2人視線に対して鼻で笑う鈴音
しかし、ここで箒の反撃!

「一夏、私にも一口くれ。さすがに疲れた」

「ああいいぜ」

くっ付いている箒に渡してしまう一夏。
箒は一夏が口付けていた部分に口を当てて飲み始める。
その行動に乙女達は……

(な……あなたもですの!箒さん!)

(くっ一夏の事を考えてみれば予測できたのに!)

(ふっ幼馴染とはこういうものだ)

そしてセシリアも便乗しようとするが……

「あの一夏さん、私にも……」

「すまん。飲みきってしまった」

そういって空になったペットボトルをセシリアに見せる箒。
まさかの箒からの妨害工作により失敗してしまった。

(はっ謀りましたましたわね!!箒ーーーーー)

(ふんお前が惚れた相手がわるかったのだ。セシリア・オルコット)

(篠ノ之さん、なんて恐ろしいヤツ)

「おいおい、全部飲んじまうことはないだろ。箒」

「すまんな、思った以上に疲れていたようで美味かったのだ」

ため息をついて、箒に部屋に何かあったか聞く一夏。
お茶がある。と箒が答えるとならいいかと言った感じで歩き出す。

そうすると自然に腕に抱きつく鈴音。
セシリアはプライドなどが邪魔したのか出遅れた。
 一夏にくっ付いている2人に対して悔しそうに見ていると、
2人が顔をこちらに向けてきてドヤ顔をしてきた。
負けずに二人を睨み返すセシリア。
いまここに一夏を巡る魔の一夏トライアングルが出来上がったのである。








 一夏です、皆さん元気にしていますか。
俺は今、幼馴染2人に挟まれ部屋に連行されています。
さらにこの2人の抱き付きが俺の両腕に深刻なダメージを与え続けています。
さらにさらに、2人の間の空気が最悪です。
そして後ろを着いて来ているセシリアは何故か2人を羨ましそうに見ていて今にも背中に飛び掛ってきそうです。
どうすればいいんでしょうか。

などと現実逃避中である一夏は向こうから歩いてくる特徴的なシルエットを見つける。
 一夏にとってIS学園で2つのオアシスの1つ、ナルだ。
もう1つのオアシスは轡木 十蔵(くつわぎ じゅうぞう) という用務員のおっちゃんである。
それは置いといて

どうやら向こうも一夏の存在に気付いたのか近付きながら話し掛けて来た。

「相変わらずじゃのぉ、色男」

「ナルさん、そんなこと言わずに……」

一夏は助けを求めようとするが箒と鈴音からの視線で沈黙してしまう。
ナルがその様子にため息を付きつつ周りの3人に声を掛ける。

「大変じゃの周りの3人も」

「「「ええ、とても」」」

息ピッタリに答える箒と鈴音にセシリア。
ナルさんまでとすこし落ち込む一夏だったが、話を切り替えることで危機を脱しようとした。

「あーっと、そう言えばナルさんがこっちに来るなんて珍しいなーなんて思ったり」

「ん?ああ、ちとシミュレーター室に呼ばれたのでな。今は部屋に戻る所じゃ」

この道が一番近道なのでの。とのことであった。
そんな話をしていると鈴音がとんでもない事を言い出した。

「あ、そうだ一夏。今日からそっちの部屋に移るからよろしくね」

「えっどういうこ……「何ふざけたことを言っている!あそこは私の部屋だぞ!!」

突然の話に驚く一夏と激昂する箒、しかし鈴音のターンは止まらない。

「だって篠ノ之さんだって男と一緒なんて……「一夏なら大丈夫だ!一緒に寝てるからな!」

「「はあ!?」」

「のぉ……そちまさか」

箒のまさかの爆弾投下により驚愕の声を上げる鈴音とセシリア、ジト眼の視線を送るナル。
これはまずいとすぐさま反論する一夏だったが。

「違うだろ箒!朝になっていると箒が勝手に俺のところに潜り込んできてるんじゃないか!!」

「なんか余計に卑猥に聞こえるのぉ……」

 その言葉に、へっ……と一夏が周りを見回すと勝ったと言った感じの表情をしている箒と
悔しそうな顔で話し合っているセシリアと鈴音。お前らいつの間に仲良くなった。

「朝潜りこんでいるというのはあれのことでしょうか」「まさかここまで関係が進んでいたなんて……」

やけに大きな声で内緒話しているセシリアと鈴音に誤解を解こうと話掛けようとするが、くっ付いている箒と近付いてきたナルのせいで遮られてしまう。
さらにナルからのとどめ。

「……責任はとってやらぬと駄目じゃぞ」

やけに同情めいた視線を向けたナルから言われた一夏が……

「誤解だーーーーーー!!」

叫んでしまったのは無理もないことだろう。







「まっその話は置いといて一夏はあの時の約束覚えているわよね」

 形勢不利と見たのか部屋の話を無かったことにした鈴音は昔の話をし始めた。

「せめて誤解を解かせてくれ……ん?約束というとあれか?」

意気消沈している一夏が律儀にも反応する。
そのいまいちな反応に笑顔で迫る鈴音。
物言わせぬ迫力があった。

「覚えてるわよね?」

「えーっと、たしか鈴の料理の腕が上がったら……」

「うんうん」

「あたしが作った酢豚、毎日食べてくれる?だったけ」

よく覚えてたなー俺。と一夏が自画自賛していると喜びみちた表情の鈴音が聞いてくる。

「そうそれよ!……で一夏返事はどうなの?」

忌々しく睨みつける箒と、その約束の意味が解らないセシリア。
セシリアは、近くにいたナルに聞いてみた。

「ナルアドバイザー……さっきの約束どういう意味ですの?Ms.ファンが使用人になりたいってわけではありませんし」

「ん?さっきの約束は簡単に言えばこっちのプロポーズの一種じゃよ。普通なら家族の誰かが料理を作るからの」

セシリアは貴族の出身である。
だから家族の誰かが料理を作るという光景を見たこと無く身の回りのことは使用人がやってくれたので、
あの約束がプロポーズだと気付かなかったらしい。本当に上流階級なんじゃの……。


 そしてそんな常識が通じない男がここにも……。

「いや毎日酢豚は正直きつい……」

どうやらそのままの意味で受け取ったらしい。

「えっ……はは、そう、そうだよね。毎日酢豚はきついよねー……はは」

俯き気味になって暗い表情になっていく鈴音。
一夏に指差してナルを見るセシリア。
あちゃーという仕草をするナル。
一夏が誘いを断ったことに満足そうにする箒。
すこし震えだした鈴音に声を掛ける一夏だったが。

「ん?どうしたん「一夏の馬鹿ーーーーーーーーーー!!!」

バチーーーーンッ

箒すら反応できないビンタを振りぬき、うあーーーーんと泣きながら走り去っていく鈴音。
一夏は箒に抱きつかれたまま張られたので色々まずい、主に首が痛い。

「一夏、大丈夫か?」

「ああ……」

イテテとビンタを張られた頬と首を摩る一夏にセシリアが忠告をしつつ支えに来る。

「一夏さんさすがにあの断り方は頂けませんわ。もうちょっと女心を勉強なさいまし」

ナルは、少しふらつく一夏とそれを支えるようにしている箒とセシリアを見ながら少し考え事をしている。

「それではナルアドバイザー。私たちはこれで」

「……ん、気をつけての。あとほどほどにの一夏」

ナルの言葉にうんざりしながら答える一夏。

「だからそれは誤解……」

「さ、行きますわよ一夏さん」

急かすセシリアと箒に連行されていく一夏の後ろ姿を見ながらナルはある事を考える。

(そちはもしかして……まあ考えてもせんないことか)

一夏達が見えなくと考えることをやめて、部屋に戻る道順を歩いていく。

(生徒指導しておったリアにでも話しておくかの……)

そんなことを考えながら……









ちなみに箒とナルの関係は一夏とナルのバトルの後、顔見知りの親戚ということで落ち着きました。
……『慣れ』が進んでいるぞナル。










「はぁ?鈴音が失恋したぁ?どういうことよ」

「一夏がボケで振ってしまっての、ビンタされておった」

ここはリアの部屋である。
応接用セットのソファーに座るはナルで、リアはデスクでキーボードを叩いていた。
ため息を付きそうなというかため息を付きながらリアは話しかける。

「で?アタシにどうしろっていうのよ。さすがに授業関係じゃないから呼び出しなんてできないわよ」

「なに、そうじゃなくての。一夏の態度が気になっての」

「実はの……」

ナルはリアを呼び寄せて耳打ちする。
その考えに驚いたような声を上げるリア。

「はぁ!?なにそれ、アンタの考えすぎじゃない?」

「だといいんじゃがの、われながら身勝手な考えじゃて」




「まあ解ったわ。その事を覚えておけばいいのね、気付かない振りして」

「そういうことじゃ、ではわれは部屋に戻るぞよ」

ではの、と言って部屋から退室していくナルに
おやすみーと挨拶をするリア。

リアはデータ化された書類との格闘を再開した。








 それから少し経ってナルが擬似空間のメインルームで書類などを片付けていると、
久しぶりにドクが出てきた。
ドクは試合後からずっと、ナルのサポートもせずに束と行動を共にしていた。

「おお、久しぶりじゃのドク。相変わらず束女史とは熱々じゃのぉ」

とからかうナルであったが、ドクは余裕のない表情で近付いてくる。
その様子に真面目な表情をしてドクを見るナル。
そしてドクは目の前まで来ると静かに言った。

「ヤツらが動き出した」

「そうか、クロム社と束女史は知っておるのかの」

「ああ、その折衝案を作るのに苦労してナル君の事をサポートできなかったのだよ。すまなかったな」

「そういう理由なら仕方ないじゃろ。どうせ束女史がわれの扱いで駄々こねたのじゃろ?」

「その通りだ。私はそれを治めるために死力を尽くしていたのだからな」

「そうじゃろうのお疲れ様じゃて、で詳細は?」

「明日の明朝に届くことになっている。早めに起きて確認したまえ……しかしAIでも疲れを感じるとはな。先に休ましてもらうよ」

「わかったぞよ。今の内に英気を養っておくがよい」

そういうとドクは擬似空間の自分の部屋に戻っていった。
それを確認したナルは書類整理を再開するが、その表情は硬くギリッと言う歯を食いしばる音が響いた。


 その日はそれで終わり、
一夏はズキズキと痛む頬と首に備え付けの救急箱で対応し、それを手伝って首に湿布を張る箒。
セシリアは、プロポーズとなるフレーズを何回も辞書などを引いて探している。
鈴音は、枕に顔を埋めて嗚咽を漏らしていて、ルームメイトに心配されている。
そんなように短い夜は過ぎて行った。

翌朝、張り出された『クラス対抗戦日程表』の1組、つまり一夏の相手が鈴音と判明していた頃、


 ナル達には、クロム社から新たな辞令が届いていた。

 その件名にはこう書かれていた。
<ミッション!代表戦を盛り上げるためにEXマッチに出場せよ![Cr▽△][(猫)]>
















――――――――――――――――――――――――――――――――



あれ?ラブコメ部分のネタが多くなってしまった。
キャラが勝手に動くというのはこういうことを言うのだろうか。
箒がやけに黒い上に依存気味ですが、
姉と同じ気質が流れているということで1つオネガイします。

あとゲームの『ライド・オン』はA.C.E。をオンライン化して
対戦及び協力プレイできるようになったと考えてくれればよいかと。
ただし1艦隊規模でFPSですが。




今日の施設。

新設シミュレーター室

 IS学園に新設されたシミュレーター室。
クロム社製の『ライド・オン』の特別仕様筐体がズラリと並んでいる。
IS学園学生証及び教師IDで使用可能。
外とは繋がっておらず、IS学園にある全3箇所のシミュレーター室、
筐体120台がネットワークで繋がっている。
ゲーム感覚で出来ると人気。
でも授業では痛覚ありの特別仕様で行うので気を抜くと痛い目に合う。
設定次第では超大型機動兵器を目標にしてVS120と言うことも可能。
基本的に学年で分けられているわけではないのでどこでも生徒なら利用できるが。
殆どは教室から近い場所に行こうとするので結果的に学年別となっている。


切りがいいので今日はここまで次はリーグ戦かな
それが終ったら外伝書くかも。


8月4日修正



[26873] 第7話
Name: ヴぁん◆72ebca82 ID:5a6fbbc2
Date: 2011/08/04 01:18





――策動!クラス対抗戦――





<ミッション!代表戦を盛り上げるためにEXマッチに出場せよ![Cr▽△][(猫)]>

<ねねこですにゃ>
<クロム社からの辞令ですにゃ>
<IS学園のおねぇさん達にアナウンサーとEXマッチの相手になってほしいのにゃ>
<この対抗戦には各企業のお偉いさんも来ているのだにゃ>
<クロム社の威信を掛けて盛大に盛り上げるんだにゃ>
<アナウンサーにはリアちゃん、EXマッチにはナルちゃんが出てほしいにゃ>
<ちなみに拒否権はないにゃ>
<この配役が一番だとクロム社がそう判断したにゃ>
<まあ、その分報酬がどーんとアップしているから楽しみにしてほしいにゃ>
<あと、怪我してもクロム社が最後まで対処するから予備パーツとかはきにしなくてもいいにゃよ>

<とここまでが表の任務だにゃ>
<今回の任務はとくに重要な任務だにゃ、心して聞いてほしいにゃ>
<我がクロム社の怨敵である『亡国機業』が動いたにゃ>
<泳がしておいた関連施設と思われる場所から物資の輸送が増大していることを諜報部がキャッチしたにゃ>
<そして今回の配役は簡単に言えば囮にゃ>
<クロム社はおねぇさん達を囮にして『亡国機業』を表舞台に引っ張り出すつもりにゃ>
<敵さんをアナグラから引っ張り出すためにちゃんと舞い踊ってほしいにゃ>
<今回、クロム社から名目上として所属ランカー1人と>
<30体のTYPE:砲台型フォートブラックによる警備が貸し出されるにゃ>
<開催中である昼間10体ずつの3交代制で警備に当たるけど緊急時には全員で事に当たるにゃ>
<あと、クロム社が再現した特別処置者1人が会場に紛れ込むにゃ>
<諜報部の所属でこちらをサポートしてくれるらしいからあったらよろしくにゃ>

<今回の報酬の話にゃ>
<報酬:ニトロジェリー3箱分、資金10万>
<が表向きの報酬にゃ>
<もし、何かあったら端末に緊急任務が送られる手筈になってるから>
<端末を会場では出したままにしてほしいにゃ>
<今回の任務に失敗は許されないのにゃ>
<気合入れてほしいのにゃよ>











 ナルの擬似空間にあるメインルームで、ねねこから来たクロム社からの辞令の再生が終了する。
円卓会議室の円卓には、ナル、ドク、ミカがそれぞれ6時、12時、3時の位置に座っていた。
その中で、まずナルが少し声を粗くして発言してくる。

「どういうことじゃドク、クロム社が特別処置者を再現したというのは」

ドクは、ゲン〇ウポーズをしたままその疑問に答える。
そこに表情は見えない。

「どうもなにもないそのままの意味だよ」

「あら、『仲間』が増えたのね」

ミカが嬉しそうに茶々を入れてくるが、ドクは流して言葉を続けた。

「クロム社は私の技術を再現できるようになった。それだけのことだよ」

「……クロム社はそれをどうするつもりなんじゃ」

神妙な面持ちで問い掛けるナル。
そこには何か思いつめたような雰囲気を纏っていた。
ドクはその質問に淡々と答えた。

「なにも……その特別処置者の完成を持って研究は無期凍結となった。
 資料は本社の地下区画F91に厳重封印をされる。これ以上特別処置者が増えることはない」

「それは残念なことだわ。わたしとしてはもっと増えて欲しいところだったけど」

ミカがそんな事を言うとナルが睨みつけてくるが、ミカは動じず涼しい笑顔のままだった。
ナルは言っても無駄だと感じたのか、話を切り替えてきた。

「……『亡国機業』を表舞台に引っ張り出すということは準備が整ったと見て良いのじゃな?」

「ああ、クロム社と束女史はあいつらを根絶やしにするつもりだ。千冬教諭も異論はないそうだ」

 クロム社と束はDr.Kとその忘れ形見である武装神姫10体を奪われ、千冬も唯一無二の弟を狙われた。
そこに温度差はあれど『亡国機業』にそれぞれ恨みを持っている。

 クロム社は他企業との交渉を行い企業側として追い詰め、束はIS側から捜索し包囲網を狭め殲滅、千冬が大事な者たちの傍で守る。
それが3者の間で取り交わされた『亡国機業殲滅協定』だった。

 約1年間の妨害工作で『亡国機業』が焦って尻尾を出した。
これは3者にとって前哨戦に過ぎない第一段階として『亡国機業』が存在することを全世界に晒す、その準備が整ったという事だった。

「そうか、ようやくか、ようやくあいつらに一泡吹かせることが出来るのじゃな!」

「……相手もそれを見越しているかもしれないがね」

冷静且つ客観的な分析をドクは述べる。

「ここからはあちらとの化かし合いの始まりだ。こちらに来る任務も厳しい物になっていくだろう」

「それでも……あいつらに一矢報いることができるならば!われは!!……」

 悔しそうに涙を溜めて、声を荒げるナル。
その内情は、ぐちゃぐちゃに入り混じっていた。
Dr.Kを自殺に追いやったあいつらが憎い。
自分を殺したやつらが憎い。
そして何より、何も出来なかった気付けなかった自分が憎かった。

でもそれももう終わる。
あいつらの横っ面を殴ることが出来る。

その溜めていた感情が今のナルを動かしていた……







 あの後ナルが落ち着きを取り戻し退室したのは数分後のことで今はメインルームにドクとミカが残っている。

 ドクが席を立とうとするとミカが独り言から質問してきた。

「なんであの子は『仲間』が増えることを嫌がっていたのかしら。あなた解る?」

笑顔で聞いてくるミカはドクがこちらを見たことを確認すると続けて喋り始めた。

「永遠の命も、永遠の若さも、力すら全ては思いのままで更に同族も増えるというのに何が不満なのかしらね」

「……君には永遠に解らぬだろうな」

 人間では無くなるということを……とドクが言い捨てる。
それだけ言うとドクは転送され消えた。
 残ったミカは困ったような顔をして消えたドクの方を見ていたが、
無駄だと解ると席を立ち、擬似空間の花畑へ戻っていった……。
 その表情に先ほどまでの困惑はなく、楽しそうなものであった。







 



――鈴音と一夏――



 ここ数日、頬にガーゼを張り過ごしてきた一夏はクラスメイトの質問攻めにうんざりしていた。
鈴音に張られた頬は赤を通り越して青くなっていてさすがに保健室に駆け込んだのだが、
そこで手の形をした内出血を女子に見られたのが運の尽き、この様である。
 箒が散らしてくれるお陰で事の次第は明らかにされていないが、それも時間の問題だろう。
広いようで狭いこの学園で真実にたどり着くなど容易いことだ。

 鈴音も避けているのか会う事はなかった……昼の食堂でさえも……。


一方、鈴音もクラスメイトからの質問攻めに逃げ回っていた。
何せ、話題の転入生が泣きながら部屋に飛び込んで行ったのであるから、噂にならないはずがない。
しかも寮である、目撃者も多数いた。
 鈴音としては幼馴染にボケで振られたなんて不名誉な出来事をばらしたくなんて無かったわけで、
全力で逃げ回っているということだった。
 彼女は別に振られたことに関してはもう落ち込んではいない。
むしろ絶対一夏を奪い返してやると燃え上がっていた。
その顔にはもう泣き腫らした後は無い。


 



結局、両者すれ違うこと約数週間、現在5月に入ったところである。

 一夏達はいつものように特訓のためアリーナに向かう途中、見慣れない人影を見つけた。
それは空挺部隊のようなボディスーツを着ていてバイザー一体型のヘルメット被り、
茶髪を三つ編みで纏めた髪型をしている武装神姫だった。
腕章をしているようだがこちらからは模様が見えない。
何か端末を見ながら施設を確認しているようで指と頭が行ったり来たりしている。

「一応これで大丈夫ですね。マッピングに反映させておきます」

ヘルメットの側面に手を当てどこかと通信している仕草をしている。
通信しているのか頷いたりして反応している様が見えた。
一夏達が様子を伺っていると通信終了。と言ってバイザーを上げ、立ち去ろうとする武装神姫。

 さすがに不審に思ったのかセシリアが話し掛ける。

「ちょっとそこのお方お待ちになられて?」

「はい、なんでしょうか?」

その武装神姫はちゃんとこちらに振り向き対応してくれた。
バイザーで隠れていて解らなかったが瞳の色は藍色だったようだ。

「失礼ながら見かけないお顔ですが、どこの所属の武装神姫ですの?」

「え?あれ?まだ通達されていなかったんですか?参ったな」

所属を聞かれた神姫は、困ったように頭を掻く仕草をしていてやけに人間くさい。
 一夏がそんな事を考えていると、その神姫がセシリアに断りを入れてまた通信を始めた。
ちょっと聞き耳を立てる一夏達……よく聞き取れなかったがその内容は学生への通達の有無についてだった。
話し終わったのかセシリアに向き直り、すこし謝りをいれてから敬礼して所属を伝えてくる。

「お待たせいたしました。私はクロム社武装警備隊所属武装神姫、TYPE:砲台型フォートブラッグのα4です。
 クラス対抗戦警備のためクロム社より派遣されて参りました」

さっきまで見えなかった腕章にはクロム社のエンブレムが刻まれていた。







 俺達はさっき会ったα4さんと話をしながらアリーナに向かっている。
なんでも集合場所が、俺達の使う場所近くだそうで一緒に向かうことになった。
 少し話をしていておもったんだが、やっぱり仕草が自然すぎるというかリアアドバイザーが言ってたような変換で、
動いているように見えないんだが……中の人本当に男なんだろうか?
 ところで箒、相手が女性型だからって腕の巻きつけを強めるのはやめてくれないか。
最近、俺にクラスメイトが近付いてきただけで箒が威嚇するし。
そのお陰で質問攻めから逃げることは出来たんだけど……俺の腕が持たないかもしれない。
 そんな余計な事を考えているとα4さんが俺の方をジロジロ見ながら何やら感想を言ってきた。

「へぇーまさかとは思いましたがニュースで報道されていた人と会う事になるとは……中々面白い体験です」

何に感動しているのかは解らないが少なくとも褒められてはいない気がする。

「えっと……α4さん?」

「あ、さん付けはいりませんよ。α4でいいです。識別番号みたいなもんですから」

笑顔でそう言って来るα4。
その笑顔は、本当に変換による作り物であるのか疑うほど自然な笑顔だった。
そして、さらに軋む俺の腕!箒!ギブギブ!!
セシリアもドサクサに紛れて腕に取り付くな!!
その様子を見てα4が少し笑いながら話してくる。

「ぷっははは、一夏君はもてもてですね。羨ましいですよ」

さわやかな感じに羨ましがるっているんでしょうけど全然そう聞こえない。
なので俺はある質問を投げかけてみた。

「羨ましいのなら変わってみませんか?」

「ノーサンキューです」

即答したよ、この人。

「そういう一夏君のような状況は外から見るから面白いんですよ。当事者なんて真っ平御免です」

「さいですか……」

というか、今さらっと面白いとか抜かしたぞ。
実はα4って案外いい性格してるんじゃないか?
そんな疑念を持ち始めていると俺は箒とセシリアからの視線に気付く。

「どうしたんだ?2人とも」

「……私は一夏一筋だ。冗談でもさっきのようなことは言うな」

「そうですわ。先ほどの質問は私への侮辱になりますわよ」

俺は神妙な顔で怒ってくる箒と非難がましい目を向けてくるセシリアに挟まれる。
どうやらさっきの羨ましい云々が2人の癪に障ったようだ。
俺がどうしようか困っているとα4が助け舟を出して……

「ふーん、一夏君駄目じゃないですか。愛されてるんだから愛してあげないといつか愛想付かされますよ」

くれなかった。
むしろ煽ってるな。
まあ、α4の発言のお陰でか俺の両脇からの負担が減った。
それに気付いた俺が見てみると……あーなんて言えばいいんだ?茹蛸状態?の箒とセシリアがいた。
なんかうわ言のように、「一夏と愛し愛され…」とか「ああん駄目ですわ一夏さん」とか繰り返しているんだけど、大丈夫なんだろうか。

 それから確かに腕の締め付けは減ったんだ。
でもその倍くらい擦りついてきている。特にセシリアがな。
その状態は俺達がα4と分かれるまで続くことになる。



「それじゃ、私はこっちですから。3人とも色々頑張ってくださいね」

アリーナに行く途中にある丁字路でそう言ってα4はウインクとサムズアップをしながら去っていく。
それに俺が返事をしようとすると、

「言われるまでもない!」

「わかっておりますわ!」

やけに気合の入った箒とセシリアに圧倒されてあいさつする事ができなかった。







 α4と分かれた後、共通の敵がいなくなったためか急に仲が悪くなった箒とセシリア。
出来れば俺を挟んで言い合いはしないでほしいんだが、それをいうとお前の事だろうがと両方から責められそうなので、止めておく。
前にも言った事あった気がするけど喧嘩している女子に首突っ込むと碌なことにならないからな、うん。

「……そもそもだな、中距離射撃で戦うお前の戦法等、近距離特化ISの一夏に役に立たない」

「あらそんな事ありませんわ。様々な戦法を知ってこそ対策を練られる物……」

なんで俺のIS操縦の話だったはずなのに戦法云々の話になっているのかわからないが、突っ込まないほうがいいんだろうな。

 俺のISの話が出てたが、もともとISには拡張領域というものがあってそれで武装の取替えなどができるんだが、
俺のISにはそれがないらしい。
だから、俺の武装は全て固定武装で変更不可、
雪片弐型、盾(名称未設定)、3連装機関銃(名称未設定)しか使えない状況だ。
 千冬姉経由の束ぇの話だと元々雪片弐型1本しかつける予定しかなかったとか言われた。
で、その話を聞いた束ぇ曰く『私の旦那様』が「中距離の相手にそれはきついだろう」と言って、
拡張領域を急遽増設して3連装機関銃を取り付けたとかなんとか……。
 名前解らないけど増設してくれた人ありがとう。
もし、あれが無かったらセシリアに僅差で負けるなんてこと出来なかったかもしれない。

 盾についてなんだが……よくわからないらしい。
さっきかららしいしか言ってないのは、聞いた話でしかないからなんだ勘弁してくれ。
 話を戻すが、ファーストシフト直前に俺が強く思ったことをISが汲み取った結果が、
盾になったという仮説が一番有力だとのこと。
 専門的な話では、増設も関係しているらしいけどよく解らなかった。
 まあ、そのお陰でISの性能バランスはマシになったものの雪片弐型に使われる筈だった容量が、
圧迫されて白式・改の単一仕様能力が上手く使えてない状況だというのが千冬姉の談。
 約60%がいいところらしいんだが、俺はそんなに不便を感じていないんだよな。


 そんなこんなでアリーナが近くなって来ると何やら聞き知った声が聞こえてきた。

「困ります。今、警備の予行に平行して強化中なんです。使用許可の無い人をアリーナに入れることはできないんです」

「だぁかぁら、そんな話聞いてないって言っているでしょ。通達されてないんだから無効よ」

「そんな無茶な……」

アリーナピット出入り口でα4と同型の神姫と言い争っているのはここ数週間会っていなかった鈴の姿だった。

「あっ一夏ー!!」

俺に気付いたのか突進してくる鈴、神姫のほうはホッとした顔をしている。
さて問題だ、今現在俺はどんな状況だ?
答え、両脇を抑えられている。
では、そこに鈴が突進してくるとどうなる?
A,避けれない。
結果どうなったかというと……

「ぐっはぁ」

俺は鈴からの突進を心臓にダイレクトアタックされ、
さらに両肩に追加ダメージを喰らうことになったのさ。





「み、みぞおちとかっ肩……」

鳩尾を押させて苦しそうに膝を着く俺。
実際苦しいんだが。

「すっすまん一夏!考え事してて反応が遅れたんだっ」

「Ms.ファン!?この前振られたからってこの仕打ちはあんまりではありませんの!?」

「えっごめん……じゃなくてあんた達が手を離さなかったのが悪いんじゃない!!あと振られてない!!」

 心配して寄り添ってくる箒とセシリアと鈴、気遣ってくれるのはありがたいけど、
耳元で喧嘩するのはやめて欲しい切実に。

あと武装警備隊の方、そんな人間の屑を見るような目で俺のこと見ないで!?



「アリーナ使用許可証はお持ちですか?最低ハーレムヤロウっと失礼、学生さん?」

 俺が回復してアリーナのピットに入ろうとしたら笑顔でそう言われた。
α4と同じ顔と声で言われたもんだから、違和感というより精神的にダメージが……。
そりゃね、女子3人が俺にべったり状態だから傍から見ればそうなんだろうけどさ。
もうちょっと本音は隠して欲しかったな。

「失礼、サイコダイブ中はちょっと本音を隠し辛いもので」

咳払いして謝罪してくれ……てないな。

「えっとこれでいい?」

俺は気にしないで許可証を出す。
早くしないと3人がここで戦闘しかねない。
箒、警備隊の方を睨まなくていいから、な。

許可証を受け取った神姫は、バイザーを下ろし何か検索しているようだった。
ほぼ一瞬でそれが終わると許可証を返してくる。

「はい、認証確認できました。それではどうぞお楽しみください。じゃなくて頑張ってください」

何を楽しめと?
この神姫は最後まで笑顔だったけどα4と違って作り物感がハンパではなかった。
あんなにも違うもんなんだな。

ドアセンサーに触れてピットの中に入る俺達、ドアが閉まる瞬間さっきまで話していた警備隊の方が通信しているのが見えた。

「ああ、隊長?サイコダイブ中の本音の上手い隠し方知りませんか。え?余計な事考えるな?そんな無茶な……」




「で?鈴はなんでここに入ろうとしてたんだ?」

俺は疑問に思っていたことを出してみる。

「一夏のことでよ……前は悪かったわね……思いっきり引っぱたいちゃって痛くなかった?」

「めっちゃ痛かったぞ」

歯切れの悪そうに謝ってくる鈴にそう返した俺。
何故かセシリアに「まだ女心というものが解っておられませんわ」とぼやかれた。
俺の事を呆れたような目で見てくる鈴、なんでだ正直に言ったつもりだったんだが。
ちなみに箒はくっ付いたまま俯いているので俺からは表情が見えない。

「そういえばアンタってそういうやつだったわね、はぁともかくあたしはね、宣戦布告に来たのよ!!」

「誰にだ?」

「アンタよ!アンタ!凰 鈴音が織斑 一夏に!」

「なんで?」

「あたしが勝ったら正式に付き合ってもらうためによ!」

「どこに?」

「そういう意味での付き合いじゃない!」

俺との掛け合いが漫才のようになっていると鈴が埒が明かないと思ったのか箒に挑発し始めた。
箒に指差して怒鳴る。

「アンタも!いつまで一夏に引っ付いてるのよ!!」

「こうしてないと落ち着かないんだ」

え?そうだったの?
いや俺も箒がくっ付いてるのが当たり前になって来ているけどさ。

「一夏が私を慰めてくれたんだ。一夏が私を撫でてくれたんだ。一夏が私を抱きしめてくれたんだ。一夏が一緒に寝てくれたんだ。一夏が……」

俯いたままつらつらと語る箒、あれ?なんか様子がおかしい。
俺が違和感を感じていると鈴が箒に指差したまま俺に聞いてきた。

「一夏、こいつに何したのよ……依存症みたいになってるじゃない」

「いや何もかなり落ち込んでた時に話聞いたり、慰めたりしたらこうなってた」

「ほんとにそれだけ……?」

「ああ」

鈴から信じてられませんって感じの視線が飛んできてるけど俺は本当に何もしてないんだって、
ただ単に幼馴染として慰めただけなんだよ。
束ぇのこともあったしな。


「ま……冗談は置いといて」

へぇ、箒が冗談を言うなんて珍しいな。
でも5分以上もある冗談は冗談としてどうなんだろうか。

「いや、あんた絶対本気で言ってたでしょ」

「さぁ何の事だか」



「まっまぁいいわ、話が進まないもの。一夏、クラス対抗戦で勝負よ!!」

そう言って鈴はピットから去っていったんだけど……俺の返事を聞かずに行ったなあいつ。













 どこか解らない部屋で一心不乱に何かを作っている束。
その表情にいつもの余裕は無くただ忘れるために打ち込んでいるようだった。
そこにドクの通信が入る。

「……やけに荒れているな。束君」

「あ……私の旦那様。……ごめんね……なっちゃんを危険に晒すことになっちゃって」

どうやら束はクロム社との話し合いのときのことを引き摺っているようだった。
束の声にいつもの覇気がないそれほどのことがあったのだろうか。

「ナル君のことは心配する必要は無いと思うがね。何せ私の文字通り全てを継ぎこんだのだから」

「そうじゃなくてね……こんなにも自分が無力だと思ったこと無かったから……」

「ふむ……あの会議で言われたことを引き摺っているのかね」

「うん……」

少し俯きながら力無く答える束。
もし、この束を千冬らが見たら驚くを通り越して混乱することだろう。
それほど、大人しい彼女は珍しいものだったのだ。

「旦那様も見ていたから解るでしょ、私がなっちゃんを庇っていたときに言われたこと」

「『なぜナルという個体ばかり贔屓する君にとってISもまた子ではないのかね』だったか?」

「うん……相手の人はやっかみのつもりだったんだろうけど……ずっと頭に残ってて」

「それは君が心のどこかでそう思っていた証ではないのかな、束君」

「どういうことかな?」

「ISも君の子だということだよ。ナル君にも言っていたではないか『ISを創ったのは私』だと」

「ちょっと違うと思うんだけど……」

「まあ細かいことは良いのだ。胸を張りたまえ、君の子であるISコア達が心配してしまっている」

はっとしてここの所、あまり確認していなかったISコア・ネットワークに接続する束。
彼女はISコア達と会話しているであろう途中からぽろぽろと涙を零し始めた。
何度も「うん、うん」と言いながら涙を拭いている。

その様子をドクは見ながら感慨にふけっていた。
なぜ、ドクがISコア達の事が解ったのか。
それはミカから相談されたからだ。
曰く「ISコア達が束について聞いてきて面倒くさい」と。
そして、束の下に来てみれば沈んで何かを作っている有り様。
ISコア達が心配するのも解るというものだ。



「うん!心配させちゃってごめんね!ママ頑張るから!!」

どうやら束は迷いを吹っ切ることができたようだ……完全復活である。





「ところで何を造っていたのかね?」

「なっちゃんの専用機だよ!」

「そうか、ならば束君」

「なに?旦那様」









「それにISコアは必要ない」





















――激闘!クラス対抗戦――


「始まりましたクラス対抗戦!今回は初のIS学園とクロム社の共催ということで、
 司会を務めさせて頂きますクロム社出向員A改め『Y・T』と戦闘機型素体「梟光」です。
 よろしくお願いいたしします」

 司会が挨拶をすると会場がワーッと沸き立つ相変わらずノリのいい観客席だ……って各国のお偉いさんまで!?
まあ細かいことは抜きにしておく。

「では、私と共に実況を行ってくれる解説のリア戦闘アドバイザーです。皆様盛大な拍手を!」

「ハーイ、クロム社出向武装神姫のリアよ。今日はヨロシクー」

愛想振りまくリア、拍手と歓声が会場から溢れる。
結構人気があった様だ。
ちなみに司会席は特設のようでパイプ椅子と折りたたみの机にマイクと名前立てが置かれている。
プロレスの実況席……?

「司会と解説を紹介したところで早速競技の方に移りましょう」


「ここ第2アリーナで第1試合が行われます。
 対戦カードは1年1組対1年2組。
 まずは1組の選手を紹介だ!
 世界で初、『生身』でISを起動した男『織斑 一夏』ぁぁぁぁ!」

「使用ISは白式・改、近接攻撃特化型よ」

「過去の戦績は芳しくありませんが成長率はピカ1、前回からどこまで強くなっているか期待大!」

観客席から歓声が響き渡る!
一夏がゲートから射出され、地面をスピードスケーターのように滑りながら初期位置についた。

「お次は2組の選手を紹介するぅ!
 IS学園に急遽転入してきた中国代表候補生、凰 鈴音!!」

「使用ISは甲龍、こちらも近接攻撃特化型のようね」

「同じタイプの試合は燃えますからね。ぜひとも全力を出し切っていただきたい!!」

ますますヒートアップする観客席。
鈴音が射出され、地面スレスレを飛行して一夏と相対した。

「一夏!約束は守ってもらうからね」

「俺は承諾した覚えないぞ」

「!?……じゃ今承諾すればいいじゃない!」

「お前も中々無茶言うなぁ」

「返事は!?」

「わかった、わかったよ。その勝負乗ってやるから。ただしこっちが勝ったら何か要求させて貰うぞ」

「やったっいいわよそっちが勝てる見込みなんて約0%だけどね!」

「でも、0じゃないんだろ。やってやるさ!」

両者共に戦闘態勢に入る。

「どうやら試合開始前から舌戦を繰り広げている模様、代表候補生に一歩も引かない一夏選手、なかなか期待できそうです」

「まあ、あの2人幼馴染らしいし、色々思うところあるかもね」

「おお、幼馴染は好敵手。かなり燃える展開だぁ!さてそろそろ試合開始の模様です」

<試合開始10秒前…………5・4・3・2・1・試合開始>

第1試合の幕は切って落とされることになった。
開始直後に響く金属が弾かれる音、音、音。
一夏は雪片弐型を持って果敢に攻めるが、双天牙月(そうてんがげつ)でいなす。

「おっと?鈴音選手の持っている武器は青龍刀のようですがダブルブレード状になっていますね」

「そうてんがげつってあるわね、投擲武器にもなるらしいわよ」

「ほう、現在一夏選手が果敢に攻めていますが、リアさんとしてはどうなんでしょう」

「あんまり、褒められた戦い方じゃないわね。息切れを狙われる可能性があるから後半きつくなるわよ」
(ナルの姿がどこにも見えないけどどこ行ったのかしら?)

「なるほど、おおっと一夏選手いきなりバランスを崩したぁあ!どうしたんだ!?」

一夏は体勢を立て直すが見えない攻撃に曝される。
解っているのは鈴音の肩アーマーが開いた時に攻撃を受けたという事だけだったが、
直感に従い次に開く瞬間を狙い3連装機関銃を撃ち込む。



「どうしたんだ……?」

ピットにいる箒がモニタを見つつ疑問をつぶやく。
その疑問に答えたのはモニタを見ていたセシリアと

「衝撃砲ぞよ」

ナルだった。

「ナルアドバイザーの言うとおりですわ。あれは空間に圧力をかけて衝撃を透明な砲弾として撃ち出すもの」

「オルコットのブルーティアーズと同じ第三世代の武器ぞよ」
(やつら一体いつ仕掛けてくるつもりじゃ……)
(そうそうにやってくるはずがないだろうな)
(あるとすれば……一番疲れた頃かしら?)

説明が終わり全員がモニタに注目すると、衝撃砲を撃たれる前に牽制射撃で妨害し始めた一夏の姿が映った。


 着眼点は良いが、実力が伴っていない。
それがナルのカメラアイからみた意見だった。
そしてそれを証明するかのにように試合が進んで行く。
一夏からの射撃は回避され鈴音のカウンターに曝されてしまっている。
実力と経験の差、いくら一夏が素質があると言ってもそれは埋めがたいものである。

 試合内容もそこそこに端末から着信音が鳴り響く、かなり大音量で流れてしまったが気にしない。
ナルは周囲の人たちに謝りながらピットの外に出て行く。
端末に映っていた文字、そこには<緊急事態発生>と書かれていた。


ちなみにその時の着信音は、『黒百合Ⅲ』であったことを記しておく。
追記:それに反応した整備員が何人かいた。





<緊急事態発生[Cr▽△]>

<緊急のため本社より通達します>
<現在、本社含め各地の観測施設がジャミングにより計測不可になりました>
<敵が動いたようです>
<そちらになんらかのアクションがあると思います>
<警戒してください>
<IS学園との通信も安定しなくなってきています>
<この事態の収拾を最優先として行動してください>
<責任は本社が取ります。最良の選択をお願いします>
<報酬:20万 後始末 武装パーツ1式>





ナルがアリーナの通路を走りながら辞令を確認しているとその時、会場が揺れた。
やつらが来たのだ。



 観客席から悲鳴などが聞こえてくる。
突然、正体不明機が空からシールドを突き破ってきたのだ混乱もする。
だが実況者はこんなことで慌てはしない。

「いったいどういうことだぁああ!会場に突然の乱入者が現れました!私たちはこんなイベント聞かされてませんよ!!」

「実況者が観客の不安を煽るようなこというんじゃないわよ」

「しかしですね」

「しかしもかかしもないの、それに試合会場のバリアーは健在なんだからこちらに被害が出ることはないわ」
(くっ閉じ込められたか、ナルごめん。アンタに任せることになりそうよ)

 Y・Tとリアの掛け合いが聞こえてきたのか観客の動揺が収まっていく、
人間自分より慌てている人を見ると冷静になれるものだ。
もっとも彼の慌てようは演技であるが。

アリーナの中央に眼を向けよう。
試合会場に突然乱入してきたそれは黒い装甲を身に纏い、武器として巨大なハンマー。
武装は大きな脚部ユニットを付け更に背部ユニットから伸びる巨腕を持ち目元を隠した黒い仮面で隠した武装神姫。
濃い青色の髪を持つその素体はTYPE:悪魔型ストラーフと呼ばれるものだった。




それは着地したアリーナ中央で不気味な沈黙を続けている。

「選手及び観客席、関係者の皆様、しばらくお待ちください。
 現在、『梟光』が乱入者の照合を行っています……来ました!モニタに映し出します!」

モニタに映し出される乱入者の情報。


TYPE:悪魔型ストラーフ・イリーガル

武装パーツ
・ジレーザ ロケットハンマー(イリーガル)
・GA2“サバーカ”レッグパーツ L/R
・DTリアユニットplus GA4アーム
・シュラム・RvGNDランチャー
・FL013 胸部アーマー
・FL013 サーマルセンサー


そこには通常表記とは違い、イリーガルの文字が書かれていた。
リアがその表記をみてぼやく。

「イリーガル判定か、どっかの馬鹿が違法改造して送り込んできたみたいね」

「ええっ!でもそんなことすればクロム社が把握して差し止められるはずでは」

「それを隠せるくらい巨大な組織がバックについてるんでしょ。クロム社も限界はあるからね」
(しかもなんなのこの数値、アタシのカメラアイでも異常だってわかるわよ)

「この情報はIS学園側にも行ってる?」

リアからさっきまでの軽い感じが無くなり、真面目な口調で喋り始める。

「え?ええ、映し出すときに送りましたが」

そのギャップに困惑しながらY・Tは答えた。

「だったら、IS学園側からもスキャンしてほしいって要請出しなさい。あの子、様子がおかしいわ」

その時のリアの表情はかなり切迫したモノだったと後にY・Tが語っている。





「なんなのコイツ、乱入してきたと思ったらなにも反応しないなんて……」

鈴の困惑している声が聞こえてくる。
俺達が戦っている時、そいつは突然上空のシールドをぶち破って現れた。
乱入に驚いて俺と鈴が警戒して戦闘を中断し、様子を伺っているが乱入者は不気味にも動かない。
ついさっき山田先生から試合中止が通達されたがピットのゲートが閉じたままで出られない。

「鈴、ISの反応はどうなっているか解るか?さっきから警告は出るんだけど内容がわからん」

「一夏も?こっちも駄目。警告鳴りっ放しだけど解析中のままよ」

さっきから一夏たちのISは警告を発しているが上手く伝わってこない。
ただ、解ることは相手が危険だということ、そして武装神姫であること。

乱入者は今だ沈黙を続けている。





「織斑君!凰さん!応答お願いします!!」

真耶はISコアのプライベートチャンネルで呼びかけているが反応がない。

「どうやら遮断したというより遮断されたようだな……」

千冬がそういいながらさっき実況席から送られてきた資料に眼を通している。
アリーナの状況は制御不能状態でシールドlv4が発動中。
中にも入ることが出来ない。

「ハッキングし直しているがピットのゲートを開放するだけでどれだけ時間の掛かるやら」

 IS学園の職員だけでなく、クロム社の技術員も総動員して事に当たっているが、
相手のほうが一枚上手だったらしくシステムに侵入できない。
 今、それと平行にピットのゲートを破壊して中に入ろうと
武装警備隊が特殊装備の使用許可をIS学園とクロム社に申請中である。

 幸い乱入者は沈黙しており攻撃の素振りも見せていないが、リアからの要請もある。
出来れば何事もなく終わればいいが……。
そんなことを考えていると学園側からスキャン結果が送られてくる。

「なんだと!!」

突然の千冬による驚愕する声が響き、そこにいた箒、セシリア、真耶が驚き、動きを止めた。






「それは真か?イブキ殿」

「イブキで構いません。ナル技術員」

 ナルは今、諜報部に所属しているTYPE:忍者型フブキのイブキを追いかけながら話を聞いている。
イブキはこの前の辞令で言われていたクロム社がドクの技術を再現して造った最初で最後の特別処置者である。
 まあ、今はそれは問題ではなく。
われはイブキにさっき聞いたことを問い直した。
しかし、その足は止まることはない。

「あのイリーガルにISコアが埋め込まれている上にあれは奪われた処置者だというのか」

「そうです。怨敵はどうやら実験としてあれを送り込んできたと本社は考えています」

 無表情で淡々と話すイブキとそれを聞いて苦々しそうな表情をするナル。
彼女らは現在、アリーナの真下に急行中だった。
もちろん双方とも武装パーツはフル装備である。
 イブキは忍び装束に鳥の脚を模した脚部ユニットと黒いキツネの仮面を頭に被っている。
そしてナルはいつもの九尾のキツネ武装パーツである。
黒と白の影が疾走していた。

「まさかISコアのリミッターが外れているなど言わぬよな」

「そのまさかです。諜報部計測班によりますと制御が外れるのは時間の問題だとも」

 ナルの表情は硬い、もしそれが本当なら今あの処置者に掛かっている苦痛は相当なものだからである。
ISコアのエネルギーはリミッターを外せばほぼ無限だ。
それが容量限界が30%しかない素体に襲い掛かってきているのである。
 現在は過剰エネルギーを外に放出して制御しようとしているようだが、
その結果が素体の沈黙と電波障害である。
 もし、この状況で攻撃でもされれば……。

「あいつらわざと暴走させるつもりか!」

「そのようです。その証拠にISのプライベートチャンネルも繋がらず、
 アリーナ内に残された選手とも通信できないとのことです」

 ISコアにも意思がある。
ナルはドクにそう言われていた。
 その結果が今起きている素体の沈黙であるのならば、
ISコアも処置者も暴走を望んでいないことは解る。
 もし暴走が起きれば良くて自壊、悪ければ……制御不能の戦闘兵器になるだけだ。
どちらにしても、処置者は助からないだろう。

 ナルが対策を考えていると上の階層から爆発音が聞こえてくる。

「まさか!」

「いえ。どうやら武装隊がピットのゲートを爆破しようとした模様です。失敗しましたが」

 冷静に報告してくるイブキ。
だが、状況は良くない方向に向かっているようだ。
急ぎましょうと言ってイブキの移動速度が上がる。
ナルもそれに習って移動速度を上げた。




「ここが第2アリーナの真下に当たるメンテナンス通路です。
 天井の破壊は許可を頂いています。
 私が出来るのはここまでです。健闘を祈ります」

 そう言ってイブキは暗闇に消えた。
そして、ナルが天井の破壊を行おうとすると通路の反対側から
爆発音が聞こえてくる。
多数の足音も聞こえた。
どうやら武装警備隊が突入したようである。
ナルは急いでアリーナに進入するために天井の破壊を開始した。








 現在地上では、沈黙している素体と武装警備隊30体及びランカーが相対していた。
ピットのゲートを破壊できたものの突入できたのはこれだけ、
突入後にゲートはlv4シールドが閉じて突破不可能になってしまったからだ。

ランカーが一夏達に話掛けてくる。
その後ろではフォートブラッグ達の一部が装備を変形させ、砲台陣地を形成している。

「大丈夫だったかい?娘に一夏君」

「その声は……もしかしておじさん?」

「お父さん!」

「大きくなったな一夏君、たった1年会わなかっただけで見違えたようだ」

これなら娘を預けられるな。などと言っているのは、
赤茶けた装甲に包まれた単眼のカメラアイを持つメカ型素体のLDだった。

「まあ積もる話は後だ。あいつをどうにかするとしよう」

そう言ってLDは沈黙している素体を見る。

「でもどうやって……さっきから俺達のISが警告音響きまくりで……」

「そうそう」

「見ていれば解るさ」



「捕縛用ケーブル用意!」

 α隊隊長の声が響く。
 それに従いα隊がアサルトライフルを構える。
それは下部にあるアタッチメントが変更されていてアンカーが射出できるようになっていた。
 β隊は万が一のために待機。
 γ隊がさっき後ろのほうで砲台形態になって陣地を作っていた部隊である。
こちらはいつでも砲撃できるように照準を合わしている。

「発射!!」

圧縮された空気が抜けるような音が連続して聞こえた。
アンカーが幾重にもストラーフ・イリーガルに向けて射出されたワイヤーが巻きつけられていく。


やがてワイヤーによりストラーフ・イリーガルは身動きの取れなくなったかのように見えた。



しかし、物事はいつだって悪い方向に転がっていくものである。



―警告、敵エネルギー増大―

ISからの警告が一夏と鈴音に伝わる。
武装警備隊も異変に気付いたようだ。

「一夏!!」「解ってる!」

「α隊アタッチメント解除。戦闘態勢!」
「β隊、戦闘態勢!」
「γ隊、砲撃用意!」

 ISからの警告により散開する一夏と鈴音、陣形を組みなおす武装警備隊。

「間に合わなかったかクロム社兼FS社所属LD。行くぞ!」

先制攻撃としてLDが両腕である大口径砲を撃ち込んだ。
LDの砲撃が戦闘開始の合図となり、状況が動き始める。



 LDの砲撃とγ隊のFB256 38.4mm滑腔砲が火を噴く。
計12の砲身から砲弾がイリーガルに殺到し、衝撃で煙が巻き上がっている。
さらにα隊及びβ隊による20のFBモデル M16A1アサルトサイフルからの弾幕がイリーガルに襲い続けている。

「撃ち続けろ!いくらISコアを持っているからといっても素体が壊れれば停止させられる!!」

「了解!」

隊長と思われるフォートブラッグから隊員に攻撃続行の命令がくだされ、射撃音が止む事は無かった。



「味方の攻撃が激しすぎて近づけないか……」

一夏と鈴は上空に退避して状況を見守っている。
基本的に両方近距離型なためやることがない。
一夏にも射撃武器があるが下手に撃って味方に当てるのは避けたい。
鈴音は衝撃砲を使えば攻撃できるが、味方の攻撃を阻害してしまう可能性があるため手を出さないでいる。

「まあいいんじゃない?団体行動してるところに入って足並み崩しちゃうかもしれないし」

「そういうもんか?」

「そういうものよ」

 2人とも軽口を叩いているが先ほどからハイパーセンサーを使って、攻撃されている乱入者を観察している。
クロム社武装警備隊の攻撃はシールドバリアーに阻まれ有効打とはなっていない。

「シールドバリアの数値がおかしいわね……まるで少しずつ回復しては削られてるみたいだし、それ自体が硬い」

「それってまずいんじゃないか?」

「貫けないワケじゃないみたいだけど……」

 鈴音の言う通りイリーガルのシールドバリアは減衰するが、回復もする。
貫通力のあるレールガンやレーザーがあれば有効打となりえるのだが……。
残念ながら武装警備隊の装備は実弾系だけだった。
 唯一決定打となりえるのは砲台化しているγ隊の装備である38.4mm滑腔砲であるが、
イリーガルの巨腕によって防がれてしまっている。

「お父さんの砲弾も榴弾みたいだし……」


鈴音が思考に入ったとき、イリーガルがハンマーを振り上げ跳躍した。

「!!?鈴、敵が動いたぞ!警戒しろ!!」

「!言われなくても!!」

迎撃の構えを取る一夏達、もちろん武装警備隊迎撃しようと上空にむけて射線を走らせる。
しかし、イリーガルは止まらずハンマーを振り下ろす。

「散開!!」

α隊とβ隊が一斉に隊列を崩し散る。

イリーガルのハンマーが着地と同時に振り下ろされると同時に何かが歪む音が聞こえてくる。
その音が聞こえた瞬間、逃げ遅れたフォートブラッグ達が吹き飛ばされた。

「α4無事か!?」

「ええ、隊長ぎりぎりでしたが……」

煙に巻かれた着地地点……煙が晴れるとそこには、イリーガルを中心としたクレーターが広がっていた。


「衝撃砲!?」

鈴音が驚いたような声を上げる。
まあ考えてみれば当たり前のことである。
中国の最新鋭機『甲龍』に搭載されている新型兵器であるはずの衝撃砲がすでに敵に搭載されてしまっているのだ。
いくら技術公開しなければならないとしても早すぎる。

「しかも武器に直接搭載なんて聞いたことない!」

鈴音のISでも肩アーマーに搭載されているだけである。

「おい、鈴!なんかやばいぞ!!」

「見れば解るわよ!そんなこと!!」

イリーガルはクレーターから一夏達を見上げている。
武装警備隊が外から撃ち続けつつ隊列を組みなおし中である。


こちらを見上げているイリーガルに先制攻撃を加えようとする鈴音。

「衝撃砲を撃てるのはアンタだけじゃないのよ!!」

そう叫ぶと鈴音がイリーガルに向けて衝撃砲『龍砲』を発射。
軌道、弾速、すべて完璧であったが……

衝撃砲弾は、イリーガルの背部ユニットから出ている巨腕により打ち消された。



「うそ!?どういう装甲してるのよ。あいつ!」

鈴音が驚愕した瞬間にイリーガルが跳躍する。
イリーガルは先ほどの跳躍より速度を上げてハンマーを横に構えつつ接敵してきた。
 鈴音は双天牙月で横薙ぎにされそうになったハンマーを受け止めるが、
受け止めた瞬間ハンマーのギミックが開く。

「まずっ」

だが、ほぼ零距離からの衝撃砲が唸りを上げて放たれることは無かった。
硬い金属音が鳴り響く。

「させるかよ!」

一夏がイリーガルに切り掛かったのだ。
しかし、その斬撃も巨腕によって防がれてしまう。

「おじさん!!」

「任された!!」

上空からLDの声が聞こえると大口径砲の発射音がする。
次の瞬間、イリーガルは鈴音を空いている巨腕で殴り飛ばし、一夏を脚部ユニットで蹴り飛ばした。

「ぎゃっ」

「げふっ」

鈴音と一夏は体勢を崩して吹き飛ばされる。
そしてイリーガルがギミックの開いたままであるハンマーをLDに向け衝撃砲を放つ。
空中で爆散するLDの砲弾、それは止まらずLDにも襲い掛かる。

「危ないな」

 サイドブースターを瞬時に吹かし、間一髪で回避するLD。
しかしイリーガルはさらに跳躍し追撃してくる。




 その時、跳躍するイリーガルの真下の地面から白い影が飛び出してきた。
その白い影は一直線にイリーガルへと追いつき斬撃を放つ。

 虚を突かれたのか反応が遅れるイリーガル、赤い軌跡がイリーガルを捕らえた。
上昇を止めたイリーガルと斬り付けたまま追い抜く白い影。

「今だ!ってーーーーーーーー!!!」
 
 ずっと好機を待っていた武装警備隊がここぞとばかりに空中で隙を見せたイリーガルに向けて、
集中砲火を浴びさせた。
 




「LD先生、お久しぶりぞよ。危ないところじゃったの」

「ああ、ナルちゃん久しぶり。ベストタイミングだったよ」

 イリーガルが集中砲火により動けなくなっている時、
上空まで突き抜けた白い影は上空に留まっていたLDに話掛けていた。
白い影は少し土で汚れた白い九尾の狐、ナルであった。

「まあ、挨拶はこれくらいにして……」

「お仕事を終わらせますかね!」

そう言うとナルとLDは、イリーガルに向かい一気に加速する。

「射撃中断!」

 武装警備隊の隊長が抜群のタイミングで射撃をやめさせる。
集中砲火が終わるとLDがイリーガルに向けて全弾発射し、
その弾幕の中に紛れてナルが突進していく。

「はぁあああああああああ!!」

ナルの咆哮と共に赤い軌跡がイリーガルをすれ違い様、切り裂く。
そこにLDの全弾が殺到し、イリーガルの動きが止まった。

そして2人はとどめを刺すもの達の名を叫ぶ。

「一夏ぁ!!」「鈴音!!」



「解ったぜ!!」「待ってました!!」

地上近くに吹き飛ばされていた2人から大きな返事が帰ってきた。

「よくも顔殴ってくれたわね!!千倍にして返してあげるわ!!」

鈴音の吹き飛ばされた方向から龍砲が轟音と共に放たれる。
イリーガルはその衝撃をまともに喰らい行動不能に陥る。

「イグニッション!!」

白い弾丸と化した一夏がイリーガルに急速接近し、雪片弐型を

―零落白夜発動!!―

振り抜いた。


 体勢を崩し、落下していくストラーフ・イリーガル。
それは、右背部ユニットの巨腕と右腕を切断されていた。
そしてナルが飛び出してきた穴に落ちていく。

次の瞬間、奥から墜落音が響いてきた。




 穴の周囲に武装警備隊が集まり、降下の準備を行っているイリーガルを確認するためだ。
ナルがメンテナンス通路の天井をぶち破ったため隔壁が下ろされてしまい、通路側から入れなくなってしまっていた。
着々と準備をして降下していくフォートブラッグ達、その中にはα4の姿もあった。

「敵は倒すことが出来たけど、アリーナのシールドが消える様子がないなぁ」

「まあ、僕達が派手にゲート吹き飛ばしちゃったしね」

「アリーナの地面ぶち抜いてしまったからの」

「こんなんでクロム社大丈夫なのかしら……」

上から一夏、LD、ナル、鈴音の会話である。
地面を滑りながらそんなたわいのない会話をしているとミカから話掛けられたナル。

(ナル、あの件のことよろしくね)

(まあ、上と掛け合ってはみるが、あまり期待しないでほしいぞよ)

 そんな話していると一夏達から離れてしまったナルは戻ろうとするが、
穴から悲鳴が上がるのが聞こえ、振り向いた。

 ナルが振り向いた先に見たものはストラーフ・イリーガルがこちらに突撃してくる光景だった。
一夏達が気付き、こちらに飛んでくるが間に合わない。
 ナルとイリーガルは接敵し、イリーガルが残っている左の巨腕を振り上げ、
ナルは赤い小剣を呼び出し右の篭手で受け止めようとする。
嫌な音を出しながら右腕で攻撃を受け止めたナルは、
左腕を伸ばし勢い良く小剣をイリーガルの仮面で隠されたカメラアイに突き刺した。
 ニヤリっとキツネのような笑みを見せたナルは、
そのあとイリーガルの振り抜かれた巨腕によって弾き飛ばされ地面を鞠のように転がり跳ねていった。

 イリーガルは、振り抜いた巨腕によりバランスを崩し、仰向けに倒れていく。
倒れた時の衝撃で黒い仮面が割れる……そこに隠されていた瞳は血の様な赤い色をしていた。


一夏達がナルに近付いて行く途中、ハイパーセンサーがある音声を拾った。
その声は消え入りそうな儚い声で「ありがと……」と聞こえたという。




その瞬間、謀ったかのように会場のシールドが解除された。









――『仲間』――


「……えさま……」

誰じゃ……うるさいぞよ。
われは眠いんじゃ。

「……ねえ……」

眠いって言って……。

「起きろって言ってんだろ!!ナル姉!!」

「ぴゃーーーーー!?」

誰じゃ!?われのミミ掴んだ不埒者は!

「ぴゃーーだって、ぷぷぷ変な叫び声!」

 われをミミを掴んでおったのは、
身長140cm位の小さな青い髪に青い瞳をした白い素体だった。
……ほんとに誰ぞよ?

「あら起きたのね、もう現実空間では2日経っちゃてるわよ」

そう言って近付いてくるのはミカ。
ということはじゃ、ここは擬似空間ということじゃな。
そんなことを考えていると白いやつがミカの方に抱きついた。

「ミカお姉様!」



「で、誰じゃそいつ?」

われはミカに直球で尋ねる。
ミカがクスクス笑いながら答えてくる。

「あなたは良く知っているはずよ。今は黒子って名前だけどね」

黒子?はて、そんなやつおったかの。
われが腕を組んで考えているとミカが続けていってきた。

「あなたにはこういったほうがいいかしら。ストラーフ・イリーガルって」

ああ、なるほど。たしかに面影が……って。

「真か?」

「嘘言ってどうするのよ」

われが呆けたように聞くとミカは呆れたように返した。
そしてこう付け足した。

「大丈夫よ、この子は『仲間』になったからね」

仲間ねぇ……。
じっと黒子と呼ばれたストラーフを見てみる。
白い素体なのに黒子……白い黒子?
……深く考えるのはやめとこうかの。

「やけに縮んでおるんじゃが」

「それはこの子の精神が幼かったせいよ。
 自分自身の年のイメージが反映された結果ね」

そういうものかの。

「まあ、お喋りはこのくらいにしておくわ。
 早く起きてあげなさい。あなたの自称親がうるさいのよ」

「それはすまんかったの」

やれやれ束女史もわれが不死身だということ知っておろうに。

「じゃこの子は私のところで預かるから、よろしくしてあげてね」

そう言って歩いていくミカと黒子。
途中で「あ、そうだ」と言って黒子がこちらを向いて言ってきた。

「ナル姉、あの時ボクを止めてくれてありがとうね」

それだけいうとミカについて行く黒子。
われはなんとも言えない気持ちになって。

「なにがありがとうじゃバカ者」

誰もいなくなってからそう無意識の内に零していた。











――いつもの屋上へと繋がる階段――

 あれから早くも3日経った。
結局クラス対抗戦は中止され、設備などの改修が行われている。
経費はクロム社持ちだって千冬姉が言ってた。
 あの試合からいろいろなことがあった。
まず、その日の内にクロム社が亡国機業の事を大々的に世界中へ発表した。
その内容には、乱入された武装神姫についても語られていた。
さらにそれが亡国機業によって行われた明確な証拠付きで提出されたそうだ。
千冬姉によれば昔、俺を誘拐した組織と同じだということだ。
あの時の無力感が蘇ってくる。
俺はいつも助けられてばかりだ。

 昔はあの時の悪夢を良く見ることがあったが
今は新しい悪夢を見るようになった。
まあ、これが2つ目になるのか。
 ナルさんのことだ。
ナルさんはここ2日、面会謝絶が続いている。
武装神姫であるナルさんが面会謝絶なんてあるわけないって思うだろ。
 クロム社の説明によると、あの戦闘の衝撃で素体と本体を繋げている
サイコダイブ装置が破損したらしいんだ。
本体にダメージは無いらしいんだけど経過と素体修理のために
面会謝絶にしているらしい。
 俺は落ち込んだ。
あの時、俺が間に合えばって何回も思うんだ。
 この頃ほぼ毎日、あの時誰かが吹き飛ばされていく夢を見る。
それはナルさんだったり、千冬姉だったり、箒だったり、
鈴だったり、セシリアだったりした。
さらに腕がぐしゃぐしゃになっていたり首が折れていたりもした。
その夢を見るたびに飛び起きて箒に迷惑をかけちまった。

 あとはその箒なんだが部屋を移った。
山田先生によると部屋の調整が付いたらしい。
まあ俺があんな状態だったからな。
迷惑掛けてたんだから俺が出て行くのが普通なんだろうけど、
周りは女子の部屋ばかりだからな。
 箒が出て行くときやけに名残惜しそうな顔してたけど、
そんなにあの部屋に愛着あったのか……。

あと箒と鈴から次の個人戦で優勝したら付き合って欲しいと言われた。
軽くOK出してしまったけど何か重大な間違いを犯した気がしてならない。

 そんなことを考えながらやけに重く感じる脚を上げて屋上に向かっている。
放課後はここに来ることが日課に成りつつある今日この頃。
いつもなら、ナルさんの変な選曲の歌が聞こえてくるんだけど。
やっぱ今日も聞こえて来ないかなんて思っていると、前に聞いた歌が聞こえてきた。
あの時、ナルさんと初めて屋上で会った時の歌だ。
自然と脚が軽くなったような気がする。

俺は屋上の扉を開けて、あの時のように周囲を見回しながら外に出て行く。

歌が終わるとあの時と同じように声を掛けられた。

上を向く俺、そこにはクロム社制服を着た武装神姫が同じように立っていた。







「なんじゃぁ少年、辛気臭い顔してなんなら、
 われが相談に乗ってやってもい・い・ぞ・よ」




ええナルさん、今回も相談に乗ってもらいますよ。















――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

ふうなんか早足でしたが1巻分終了しました。


次は、2巻になりますが。
キャラクターが今の時点でいっぱいいっぱいなんですよね。
他の作者さんたちがスゴイのがわかります。



さて今日の武装パーツ


ジレーザ ロケットハンマー・イリーガル

ストラーフ・イリーガルが使用していた違法改造ハンマー。
ISとの設定のすり合わせにより誕生。
インパクト時にギミックが開き衝撃砲で追加ダメージを与える。
しかもこれ、零距離で空間を歪めるものだから至死武器。
直撃を食らえば空間と共に体を歪められる。
ISなら耐えられるかもしれないけど、武装神姫だった場合バラバラになる可能性大。
武装警備隊の人たちは運がよかった。
鈴音のISに搭載されている龍砲よりも小型で軽量。




外伝予定として、IS殆ど関係なくなるイブキの話と
ちょっと関わってくる『ライド・オン』の話があるんですけど。
GW中に書けれたらいいなぁなんて思ったりしてます。


4月30日改訂

8月4日修正



[26873] 外伝1(ほとんどクロム社要素)
Name: ヴぁん◆72ebca82 ID:5a6fbbc2
Date: 2011/08/04 00:47

――「忍になった男」――






 ある男の話をしよう。
彼は幼い頃の事故により寝たきりの生活を送っていた。
ISから流入する技術も苦しみを和らげるだけで根本的な解決にならず、体はベットに沈んだままだ。

 もっぱら彼の楽しみは本を読むこと、彼の部屋は書庫と言ってもいいくらいに本だらけであった。
時折痛む体に悩まされつつ静かで退屈な毎日が続いていた。

 そんな時に彼は親からある相談を持ちかけられる。
前に受けたVR治療法、その新しいモデルが提案されたというのだ。
「外に出れない息子のためにせめてその感覚だけでも感じてほしい」という、
彼のことを思う親が持ってきた話だった。

 彼自身、VR治療法は嫌いでは無かったが,
それはやって行けば行くほど偽物だと感じてしまうお粗末なものだった。
結局、前回のVR治療法は功を奏さず1ヶ月も持たずに効果なしと診断され終了になったのだ。
 しかし、新しいVR治療法は違うと親がやけに興奮していたのが印象的であった。
親が言うには安全のためまず自分で試してみたのだそうだ。
そして、装着しVR世界に降り立った時、たしかに現実と同じ草原を感じることが出来たんだと言っていた。
その時は、約2時間、夫婦で装着してVR世界の草原で久しぶりのデートを楽しんだと惚気られた。

 少し考えさせて欲しいと彼は言った。
それを聞くとゆっくり考えなさいと言って親が部屋を後にした。
 彼は昔のことを思い出す家族で行ったあの草原のことを今でも記憶鮮やかに残っている草の上を走る感覚、
転んだ時に感じた草と土の軟らかい匂い、あの感覚をまた味わうことが出来るのだろうか……。
彼は、1夜の間それを考え続けていた。



次の日、彼は新しいVR治療法を受けることにしたことを親に伝える。



 数日後、医療関係者を伴ってクロム社の交渉役を名乗る者が現れた。
オーメルと名乗った交渉役は、この新しいVR治療法の利点や注意点などを話し、ある契約を持ち掛けてきた。
 このVR装置は、まだ寝たきりの方には使用されたことが無く、彼が一番最初の被験者となるらしくデータ取りをさせてほしいと言う事。
また、それに関しての万全のフォロー及びVR装置のレンタル料を優遇するということだった。
あまりにも上手すぎる話に彼は耳を疑ったが、オーメルは前回の時の迷惑料だと思って欲しいと言った。
オーメル曰く「クロム社はお客様の夢を実現する手助けをするのが役割」らしいが彼はそんな標語聞いたことなかった。

 ふと、オーメルが周りを見回して言った。
「忍者が好きなんですね」と。
そう彼は生粋の忍者好きだった。
彼の部屋には忍者に関する小説から解説本、漫画までずらりと並べられていたのだ。
彼はオーメルに対して「NINJAじゃなく忍ですよ」と返した。
それは彼がよく言う口癖のような物だった。

 彼の忍者好きは半ば憧れのようなものだった。
自由の利かない自分の体がもし動くのならば跳び回りたいと思っていた。
 それは不自由な体への決別、自由な体への憧れ。
その自由な体を限界まで鍛えた集団『忍』に憧れるもの当然のことだった。

 TVで見るISのようなパワードスーツなんていらない。
ただただ自由に翔けまわれる身体が欲しかった。

 彼がそんなことを思い返しているとオーメルはこう言った。
「その夢叶えたくありませんか?」と。
その時の声はとてつもなく胡散臭かったと後に彼が親に話したと言う。

 契約は成り、部屋にVR装置が備え付けられた。
今回の装置はそんなに大掛かりなものは必要無く、搬入されたのはヘッドセットと大きめのタワー型PCだけだった。
むしろ、医療班の持ち込んだ計器のほうが部屋を圧迫している。

 そしてなぜかオンライン仕様のVR装置。
オーメルが気を利かしてオンラインゲームを付属してくれたらしい。
会費はこっち持ちだったが……。
VR装置レンタル料及びオンラインゲーム、回線料1月コミコミプランで15000円の超優遇だったらしい。
そのオンラインゲームの名前は『ライド・オン』、本当なら部屋料込みで1時間2000円のゲームなんだそうだ。
それだけ彼のデータに価値があるということだろう。
 ちなみ言っておくと彼の親は資産家で家自体も結構デカイ、なんでも息子を治すために様々なことに手を出していたらこうなったと言っていた。
弟と妹もいるが、どちらもクロム社で働いているためこの頃は顔を合わしていない。
頭も良く性格も悪くない2人だったが……またにぶっ飛んだことをやらかすのが玉に瑕だった。
余談ではあるがこの『ライド・オン』のクレジットに2人の名前があったりする。



 その日の内に準備は終わった。
動かなくなった手足にセンサーが付けられサイコダイブ時の反応を記録するとのことだ。
彼の頭にヘッドセットが被される。
いい夢を。
それが被せた医療班からの言葉だった。




彼は今草原に立っている……風がそよぐ、草が囁く。
たしかにそこは記憶の草原があった。
草の感触、匂いまで……。
味はしなかったが。




 それから彼の楽しみの1つに1日5時間のVR治療が加わった。
最初の内は、草原などで走り回った。
ジャンプも寝転がることも立ち上がることも出来た。
それは彼にとって仮想空間のことであったとしても嬉しいことであった。

1ヶ月くらいするとデータは十分に取れたのか、医療班の人がゲーム中での手足の反応を取って置きたいと伝えられた。

とりあえず明日からと言われた彼は取り扱い説明書を読んでいた。
ゲームをあまり知らない彼だったが、どうやら多人数対戦型のFPSオンラインゲームということは解った。
まあ彼にとってそんなことは些細なことだった。
使用キャラクターの中に忍者がいたのだから。
『忍術』という『魔法』を使うなんちゃって忍者だったが、興味を持つには十分だった。

医療班も彼の選択に賛成した。
サイコダイブ時の激しい運動が患者にどのような影響を与えるか調べたいところだったと言う。

 いつものようにヘッドセットを被されるといつもの草原に出た。
そこに浮かぶ『ライド・オン』の立て札……彼がその立て札に触ると横にワープゲートのようなものが出来た。
彼がおもむろに入っていくと次に受付のような場所に出た。
取扱説明書によればここでジョブなどを設定できるらしい。
受付のようなカウンターに浮かんでいる『ライド・オン』の表示に手を触れる。
すると昔のSFに出てくるサイバー空間のような場所に飛ばされた。

 目の前には、様々な表示が浮かんでいる。
騎士、魔法使い、オートマタ、獣人、エルフ、……そして忍者。
なんとも節操の無い選択肢が並んでいた。

 勿論彼は忍者一択だった。

 彼は初心者演習を受け、忍者としてトレーニング中であった。
感覚は、やはり味覚だけ感じない。
ゲーム上食べる物がないというのも関係してるのかもしれないが彼にとっては些細なことだ。


 その日、彼は初心者演習を出ることは無かった。
理由は簡単な事、彼は忍に関しては妥協しなかった。
だから動きをマスターするまで戦闘に出るつもりは無かった、彼の中にある『忍』の動きを実現させるために。


 日々5時間、彼は戦闘に出れば忍術をほぼ使わず、ステータス強化のパッシブスキルばかりを取ったガチ戦闘型と成っていた。
彼はとことん自分の理想である忍らしさを追求していった。

 拠点制圧ならば誰にも気付かれず制圧し。
チーム制圧ならば闇討ちし。
フラッグ戦ならば敵から追撃されている味方を助け。
チームデスマッチならば、最後まで生き残った。

 それでもって戦績も良いのだから誰も文句は言えない。
彼が自分勝手な戦いをして味方を巻き込んでいれば責めることも出来たのであろうが、
彼は味方のフォローをしつつ、勝利に貢献していた。

ある者が包囲されていれば包囲出来ないくらいに敵を減らしたり、
攻撃でピンチになっている者を変わり身で助けたりもしていた。
袋叩きに遭いそうになった味方を姿を見せずに助けるなど日常茶飯事だった。

 それを見た海外ユーザーが、本物が紛れ込んでいると騒いだこともあった。

 彼は只管に忍であろうとした。


 彼がランカーに入りかけたある日、医療班から面白いデータが取れたという話を聞かされた。
もしかしたら君は立てるようになるかもしれないとも。
詳しい話は良くわからなかったが、すでに神経の代行が始まっているとのことだった。
それを聞いた彼の親が喜んだのは言うまでもなく、彼もまた喜んだ。
それが可能性であろうとも。


 データをほぼ取り終えた頃、『ライド・オン』で参加する戦闘を選択していると運営からメールが届いた。
おもむろに開いて見ると「忍者になりたくありませんか?」と書かれ、最後にオーメルの名が記されていた。
あの胡散臭い交渉役からの意味不明な手紙だった。
それでも彼は即返信する。
「なりたい」と。
そこに迷いなんてものはなかった。

その後すぐ、向こうからメールが送られてる。
そこには1文だけ書かれていた。


「その夢、承りました」







 後日、クロム社の交渉役であるオーメルが自宅に訪れ、プロジェクト『武装神姫』について語り、
素体のモニターになって欲しいと誘われた。
その素体とはTYPE:忍者型フブキと言われ、素体の雛形とされるものだった。

 彼はもちろん、『くノ一』という女の忍のことも知っている。
忍になれない女忍、それは上忍や中忍などの階級にとらわれない『くノ一』という項目に所属する者。



 オーメルが言うには、貴方の操作技術、行動を見て一番モニタに適切であると判断しましたとのことだった。
さらに続けるオーメル。
「また、貴方のゲーム中でのプレイ姿勢に熱を上げた方が上層部や技術部におられまして、招待してほしいとまで言われてしまったのですよ」
と少し困った顔で言ってた。

親しくなった医療班が言うには、素体へのサイコダイブにより神経が活性化されるかもしれないという。
また彼の親は、心配であるが自分の人生であるから判断は任せるとのことだった。

彼は、夢を見ることに決める。

クロム社と彼の契約は再度成った。




 あの契約から1週間後モニター用の素体と対面したその日、彼は久々に本物の地を蹴った……。
走る、翔ける、跳ぶ。
ゲーム以上の感覚がそこにはあった。
でもやはり、味はしなかった。


 彼がモニターになって早くも半月が経った。
モニターも増え、動きも大分熟れた頃、ある企画が開催される。
それはモニター同士による障害物レースだった。
この試験場では、軍事用アスレチックから自然の林まで用意されている。
それを最大限まで有効活用したレースを行うということだ。

レース当日、彼は1分のハンデを付けられてレースが始まる。
他の者たちが先に出発していく中、彼は腕を組み瞑想してスタートの合図を待つ。





スタートの合図と共に彼は風と成った。




前傾姿勢を更に水平に近付け、腕を振らず胴体を動かさない。
いわゆる『忍者走り』と武装パーツにある重力制御装置を活用し、コースを半分しないうちにトップに躍り出た。
水走り、壁走り、壁のぼり、2段跳び、彼が忍として目指したものがここにあった。

土を蹴り彼は走る。

枝を蹴り彼は翔ける。

忍として彼は駆け抜けたのだ。



このレースの模様はプロジェクト発表の時に使われるほどその姿は輝き美しい物だった。
また、この映像は武装神姫のPVにも使用されている。


 彼の病状であるが回復の兆しを見せていた。
その年に開催された第1回クロム社主催大会では会場に車椅子であったが行けるほど回復していた。
大会では新型との対決で僅差で敗北したが準優勝を勝ち取り、特別賞を受賞している。
なお優勝者の名前は『ハスラーワン』、素体は『NB』と言った。


 彼はその後の大会でも新型に引けを取ることなく好成績を残していく。
クロム社のバックアップがあるとは言え、その結果は素晴らしいものだった。




 しかし、その日々も終わりに近付くマヒが心臓すら侵し始めたのだ。
いくら手足が動くようになったとしても心臓がやられてしまえば御終いである。
医療班も手を尽くしたが原因は不明。
解ったことは心臓自体が急速に弱り始めていることだった。

 余命半月を言い渡された彼の元に再度、オーメルが現れた。
もしかしたら生き残れるかもしれない。
そんな甘い言葉でオーメルは提案をしてきた。

 ある研究員の研究が成功し、クロム社がその再現に成功したという話から切り出された。
それはナノマシンを使った脳髄の移植手術のようなもので、生身では耐えられず義体か素体での生活を余儀なくされる。
また副作用があり、記憶の混乱がみられるということだった。

 彼の選択は……。







 火葬場で彼であった者が焼かれていく。
そこにはその様子をカメラアイで見ているフブキの姿があった。
オーメルに着いてきた彼女は、彼の愛機だった素体だと説明された。
終始無言だった彼女は悲しみにくれる彼の両親に会釈してオーメルと共に静かに去っていった。








 月下のビル屋上に1体の武装神姫が佇んでいる。
その姿は、TYPE:忍者型フブキであり、その製造番号はNo.00。
彼がサイコダイブしていた素体であった。
そしてクロム社がDr.Kの残した特別処置技術を再現した素体でもある。

 彼女の名前はイブキ。
生前の名は忘れ、代わりに忍の心得と技術が残された。

クロム社諜報実動部門、実動隊長。
それが彼女の肩書き。
任務達成率98%を誇り、類稀なる諜報及び戦闘技術を持つ彼女を人は敬意を表してこう呼ぶ。

『上忍 イブキ』と。


 彼女は武装パーツを展開し、夜の空に飛び込むとその姿は闇に溶けていく。
彼女の時間はまだ明けない。





――――――――――――――――――――――――――――――
リーグ戦のときに出てきたイブキさんの話。
外伝なのでさらっと終わらしてみる。




ISの出番なかったよ……orz

5月2日投稿

8月4日修正



[26873] 外伝2(ライド・オンの話)
Name: ヴぁん◆72ebca82 ID:5a6fbbc2
Date: 2011/09/19 00:57
――弾、クロス・ゲームスにて――




 今、クロム・ゲームスに1人の男子が入って行った。
彼の名前は、五反田 弾(ごたんだ だん)。
今回の話の主人公である。
 現在春休み中である彼は、友人である一夏達からの誘いもなく。
所属している「私設・楽器を弾けるようになりたい同好会」の練習もないので、
週1くらいで行っていたクロム・ゲームスに足を運んだ。

 クロム・ゲームスとは、『ライド・オン』専門のネカフェみたいなものである。
ID認証の完全個室型、料金価格部屋代込みで1時間2000円だ。
最大5時間チャージ可能、30分コースもある。
延長は合計5時間まで、1日で5時間が限界なので、実は客の回転は悪くないらしい。
1店に50の部屋があるところもあり、さらに小さなビル丸々店など大胆な展開が目立つ。
FS社の機体も最近搭乗できるようになった。

 彼は受付の人にIDカードを渡して認証してもらう。
ついでにチャージもしてもうらうようだ。

 1時間2000円はお小遣いではつらい。
家での手伝いとお年玉の残りを遣り繰りしてチャージしている。
それで家計簿を付けるのが上手くなったと母さんから言われた時には苦笑いした。

まあ、それは置いておくとして。
このゲーム、実績を解除すると使用キャラクター購入権が解除されるのでやればやるほど強くなれるのだが、
使用キャラを購入するにはバトルポイントが必要である。
これは、バトルでどれだけの貢献をしたか。
どれだけ拠点制圧をしたか。
どれだけ敵を倒したかなどを総合的にポイント化したものだ。
ランキングもこれで順位付けされている。

ちなみに弾の順位は上位1000位以内でうろうろしているくらいである。
週1でこれなので、腕は悪くないということなんだろう。

受付の人から、IDと部屋番号の書かれたブレスレットを渡される。
帰るときにこのブレスレットを返却してIDを確認してもらうのだ。

ごゆっくり楽しんでいってくださいねといつもの営業スマイルを言われて彼は部屋に向かった。






(はぁ、今日の受付さん綺麗だったなぁ。素体だったけど、笑顔が綺麗だった合格!)
 
 俺はさっき受付にいた武装神姫の挨拶を思い出しながら部屋に向かっている。
たしか、名札には種子って書かれていたな。
あとでカタログ読んでみるか。
そんなことを考えていると部屋に着いた。
 
 俺は電子ロックのドアにIDを翳して中に入る。
その部屋の中にあるのは、リクライニングシート型『ライド・オン』専用の筐体とヘッドセット。
ドアが自動で閉まるとロックが掛かる。
おっと中からは開くから心配いらないぜ。
トイレも先に行って来たし準備万端。
 
 早速俺は、ヘッドセットを装備してサイコダイブを開始する。





 始めに出てくる場面は人それぞれ違うらしい。
俺の場合は「私設・楽器を弾けるようになりたい同好会」の練習部屋だな。
他の人だと、遊園地だとか公園、山なんてこともあるらしい。
クロム社曰く初期位置は、サイコダイブしている人の一番思い出深い場所になっているとのことだ。
俺がベースの置かれている近くに浮いている『ライド・オン』と書かれた表示に触るとポータルが開かれた。
俺はいつものように入っていく。


 ポータルを抜けると俺以外誰もいないドックに到着する。
そこには、俺と同じくらいの大きさのFS社製ゲームに出てくるACと言われる機体が静かに固定されていた。
俺がそれを確認して頷いているとお知らせ表示がポップアップされる。

それには、「実績解除、AC・Nの初期機体購入権が解禁してました」と書かれていた。
思わず、俺はガッツポーズしちゃったね。
AC・Nは、ACとは比べ物にならないほど高機動、高加速、高防御の機体だ。
でも、実績解除が難しくて乗っているのは1000位以内でもあまり見かけない。
AC・Nシリーズは400位以上からようやく増え始める上級機体なのだ。

 条件はACを使い続けること、だけどそのほとんどが途中で挫折して他のシリーズを使い始めてしまうらしい。
本当にACシリーズを好きな人しか与えられないチャンスなのだ。

辛かった日々が俺の脳裏に浮かぶ、武装神姫たちに上空から一方的に攻撃されたこともあった、
高機動戦闘機のRシリーズに波動砲ぶっぱなされて吹き飛んだこともあった。
同じような戦闘形態の最低野郎たちから励まされたこともあった。

そんな苦難ももう終わる。
さっそく俺は、新規購入可能となった機体を見てみた。



 俺はどうして400位以上からしか見かけないか実感したぜ。
購入ポイントがバカ高いんだAC・Nシリーズって。
初期機体セットでこれだ150万ポイント。
そら上級者しか買えないわな。
俺も思わず溜息付いちゃったよ。



 弾が失意の内に沈んでいるとFS社からメールが届いた。
元気無さげにメールを読む弾。
メールを読んだ弾の顔がみるみる明るくなっていった。

メールの内容を簡単に言うと、こんな感じであった。

・AC・Nシリーズ解禁おめでとう
・君で丁度200人目
・AC・N解禁者にはいつも贈り物をしているけど君には少しおまけしてあげよう。
・初期機体セット1体だけ半額、装備には割引券をプレゼント。
・これからもAC・Nシリーズをよろしく!!

とりあえず何とか買えるだけの購入ポイントは確保した弾は機体選びに入る。


 いらない武装パーツ下取りに出してようやく75万ポイントになったぜ。
えーっと初期機体で選べるのはっと。

・実弾系重視の日光
 悪くない選択だけど俺らしくないな
・エネルギー系重視のTLS
 対ISやら武装神姫では役に立ちそうだ
・バランス型のランセレ
 武装が……
・ALY
 かっこいいだけどなぁ性能が……

ん?注意事項?

俺は上下のお知らせに気付いて読んでみた。

「なになに、これは初期機体ですがショップなどは実績解除式なのでどれを選んでもあまり影響ありません。
お好きなのをお選びください?」

それじゃってことで俺が選んだのは、ALYだった。
かっこいいてのは正義だと思うんだ。


直後、ドックにALYが送られてくる。
やけに演出が凝っているのはFS社だからなんだろうな。
すると早速、実績解除の知らせが出た。
<ALY一式購入:解除>

俺は早速パーツショップを覗いてみる。
なんとこそには……AC・N初期装備の武装が並んでいた。
とりあえず、肩装備のプラズマキャノンをグレネードに換装してって無いのか。
仕方ない日光のミサイルで代用しよう。
16連射ミサイル?AC・Nの装備ってすごいな。
入れ替えだけで5万近くポイントが余ってしまった……。

ああそうだレーダーは……TLSのがあるか。
まあ載せておくか。

こんなもんかな。
マシンガンは実績解除されてから換装しよう。
そうしよう。
もうポイントもないしな。

「さーってアリーヤちゃん待たせちゃってごめんな」

弾がそういうとALYに手を触れる。
すると、弾の体は粒子となって機体に吸い込まれていった。


「おおすっげ。ちゃんとコクピット視点みたいにしてある」

弾がそう言いながら機体の感覚を確かめながら動かしていった。
いままでのACシリーズより視点は高め、ロック範囲はほぼ前面全て。
APはいままでの10倍以上、エネルギーもACとは比べ物にならない。
さらにPA(プライマルアーマー)まで再現されている。

「こりゃ上級者しか持ってないわけだ」

弾がそういうと初心者演習を行いますか?と表示が出される。
その表示にNOと答える弾は、早速バトルモード選択画面へと進んでいた。
彼は、この機体を試したくてうずうずしていた。

80VS80拠点制圧のバトルモードを選択するとドックの反対側の壁に大きなポータルが出来る。
射出装置に乗り、カウントが開始される。

「OB(オーバードブースト)を使ってみますか」







「ゴッ!!ってうわああああああああ」

ACとは比較にならない加速が弾を襲いポータルへ向かっていく。
轟音とともにポータルの中に消えていった弾、その爆音が消えるとポータルは小さくなりながら消滅した。












<作戦を説明します[FS]>
<今回の作戦は80VS80の拠点制圧です>
<全7箇所の拠点をできるだけ多く制圧したほうが勝ちです>
<それには味方本陣も含まれています>
<本陣は他の拠点と違い2つ分の拠点として加算されます>
<奪取されないように気をつけてください>
<また各所に物資が隠されています>
<そこで補給を行えます>
<それではご健闘をお祈りいたします>






―戦場に到達。戦闘モード起動します―

そんなAIの声で弾が意識を戻すとどうやらそこはビルの立ち並ぶ市街地のようだった。
そこら中から鉄のぶつかり合う音やら銃声、砲撃音が聞こえ始める。

「うはー、すげーな。いつもこんな風景見てるのかあいつら」

掠めるビル、看板。
それらを猛スピードで抜き去りながら、ALY、いや弾は飛んでいる。
だが、ここは戦場、感心などしている暇など無かった。

突如警告音が鳴り響く、咄嗟にOBを切りビル郡の中に高度を下げると先ほどまでいた高度に特大レーザーが通過していった。
それは弾がAC時代に良く狙撃された天使型アーンヴァルが持つLC3レーザーライフルだった。

(あぶねーあぶねー、あと少しで悪夢が再来するところだった)

そんなことを考えつつ索敵する弾は近くにあったビルの中に身を躍らせた。
そのとき、味方側から通信が入る。

<<1人で突っ込むなんてよほど腕に自信があるのかよっぽどのバカなんだな>>

<<バカとはなんだ、バカとは!?>>

<<なんだ腕に自信のあるほうじゃなかったのか。これはだめかもしれんね>>

<<おい、お喋りはそのくらいにしておけ。丁度いい新人、そこで敵の目を引きつけてくれ。あとレーダーの反映もしておいて貰えると助かる>>

<<はいはい、解ったよ>>

<<頼むぞ、下の連中は任せろ>>

<<期待せずに待ってるぜ>>

通信が切れると弾は味方にレーダーの反映を行い始める。
その直後、味方陣地上空から5つの光弾がこちらに向かってきた。
Rシリーズの特殊兵装『波動砲』である。
それは弾のいるところを通り過ぎ、地表で爆裂した。
その瞬間、レーダーに映っていた20ほどの敵反応が消えた。

<<やるじゃないか新人、なかなかいいレーダーと位置取りだ>>

<<ああ、こっちもありがとよ。どうやって出ればいいか考えてたところだったんだ>>

<<ならば早く逃げたほうがいい。次のが来るぞ>>

<<言われなくとも>>

弾は穴の開いていた反対側の壁をレーザーブレードで壊し、進路を南に取りOBで離脱した。
離脱したすぐ後、弾のいたビルに特大レーザーが貫通。
ビルは倒壊していった。


「へぇ、運がいいな。あの新人」

先ほど弾と通信していたプレイヤーが離脱していく弾を見ながらいう。

「どうやら新人じゃないらしいぜ。新型だそうだ」

宙に浮きながらチャージし続けているRシリーズ5機は雑談していた。

「ほお、それじゃ今のうちに唾でもつけておくかね」

「それもいいんじゃねぇのっと、さて団体さんのお出ましだぜ」

「歓迎しよう盛大にな。なんてな」

敵機が本陣に近付くと彼らは即座に隊列を組み、機首を敵に向ける。
あふれ出る波動砲がまたも敵へと放たれた。





「やべぇ!捕捉された!?」

弾は離脱したあと、追撃を受けていたその数15。
しかも1体はIS装備の武装神姫。

(誰だ!IS『打鉄』にTYPE:侍型紅緒を載せたの。近接性能馬鹿高いことになってるじゃねぇか!!)

今彼は、地表スレスレをOBでカッ飛んでいる。
それについてくる追撃部隊、どれもアーンヴァル、Mk.Ⅱやらウェルクストラと言った天使型であったが、
飛行制御で精一杯なのか、補捉されているが攻撃が飛んできていない。
『打鉄』を装備した武装神姫も、高速戦闘になれてないのか接近し切れていない。

弾が補捉されたまま飛んでいるとレーダーの真正面に味方を捕らえた。
通信で逃げるように伝えようとすると先に向こうから通信が来た。

<そのまま突っ込んできなさい>



俺はその通信を聞いて減速せず突っ切る。
真正面にいた味方の横をすり抜けると後ろのほうから多数の激突音が聞こえてきた。
 クイックターンをしてさっきの味方の所に戻るとそこには、
シールドのようなものに仕切られたビルの谷間と、墜落している追撃部隊が転がっていた。

「ありがとうね、あんたのお陰で稼げたわ」

そう言ってきたのは多分エディタで造ったであろう紅白の改造巫女服を着た巫女、ランカー第10位のレイムだった。

「えっいやこちらこそ助けてもらって……」

「あーあーいいのよ、まだ完全に倒せたわけじゃないみたいだし。あれのとどめ頼める?」

そう言ってレイムさんはシールドの向こう側を指す。
そこには辛うじて戦闘続行可能な状態の紅緒がこちらを睨みつけていた。
あの結界(シールド)もさすがにISの攻撃には耐えられないわと言ってさっさと離脱していくレイムさん。
俺は覚悟を決めた……。


逃げ切る覚悟を!!

「待ってくれーーー!!」

 クイックターンでレイムさんが飛んでいった方向に向き直りOBを吹かして飛び出した。
その後、遠くの方でガラスが割れるような音がした。
鬼ごっこの再開である。

「ちょっもう追いついてきてる!!」

先ほどは追いつけなかった癖に怒りで成長したとでもいうのか。
鬼の首とったらーーーとでも言いそうな形相でじりじりと距離が縮まってきている。

<<レイムさんお助けーーー!!>>

<<ばっ広域で叫ばないでよ>>

何故か非難される。
俺、何かまずいことした?
そうすると広域でレイムさんの話を聞いた人たちが次々と話掛けてきた。
ああ、なるほど会話が混線状態だ……。

<<うるさい!!黙りなさい!!>>

あーレイムさんキレちゃった……ってあぶなっ!!
切っ先が装甲かすったってか光波ブレード出してきてるし!!
PAが減衰しまくってる!

<<レイムさんレイムサン!!ISが!!>>

<<どうした新型、ISにでも狙われてるのか?>>

ああ、この声は砲撃の人じゃないか。
俺は助けを求めようと返事すると、レイムさんが先に指示を出してきた。

<<私たちはISに追われてるのよ!手空いてる人がいたら本陣東方面に迎撃に出なさい>>

<<おおおおーーーーーーーー>>

なんとかレイムさんに追いついたが光波ブレードが横をかすっていく。
しかもレイムさんから怒られた。

「あんたなんで倒してこないのよ!」

「無茶言わないでくれ!!」

 飛んでくる光波ブレードを回避しつつ会話している俺達、なかなかすごくね?
現実逃避しながら飛んでいると俺達を通り過ぎていくミサイル群。
さらに編隊を組んだ戦闘機が通りすぎていった。

<<小隊各機へ敵ISを捕捉、散開して迎撃に移れ>>

<<了解!!>>

 俺とレイムさんはクイックターンして追ってきた紅緒を見てみると、
変形して逆足状態のVFがコンビネーションアタックを掛けている最中だった。
翻弄されて紅緒は光波ブレードを出せない。
さらに本陣上部より滑空砲弾が斉射されてきた。
爆炎が紅緒を飲み込む。

俺は、味方の猛攻に唖然としつつ距離を取っていた。
嫌な予感がしたのだ物凄く。

「なに下がってるのよ。あんた」

レイムさんが腰に手を当てて呆れた顔で見てくるが、
嫌な予感は止まらない。



その時、煙の中から紅緒が切り掛かってきた!!





「はぁ……静かに寝てろっ!!!」

俺はその光景を後世忘れることはないだろう。
レイムさんの上段後ろ回し蹴りが紅緒の顔へ綺麗に決まった瞬間を……。



下の方でビルが倒壊する音が聞こえる。

(ランカーってのは武装無しでISを打ち負かせるのか……?)

有り得ない状況を目にして混乱している俺にレイムさんが話し掛けて来た。

「ぼーっとしている暇があったら中央拠点でも落としにいきなさいよ」

レイムさんはそう言って何事も無かったかのように離脱していく。
どこまでも普通の対応のレイムさんに戦慄していると、他の人からも同じような対応を取られた。

<<小隊各機へ、レイムが目標を落とした。次の目標に向かう>>

<<了解、相変わらずつよいな。レイムさんは>>

あれ?俺の感性がおかしいだけ?などと思考に嵌っていると。

<<新型、呆けてないで中央拠点に向かってくれ。敵が押し寄せてきた>>

砲撃の人からの通信で気が付き、俺は一路中央拠点に向かった。






中央拠点では激しい銃撃戦が行われているようだ。
あちこちから銃声が聞こえてくる。
上空からレーダーを反映させつつその様子を伺っているとレア機体などが見えてきた。


 うおっすげぇ、チーフとかありゃ元FPSプレイヤーだな。
こっちにはGM!?よく生き残ったもんだ。
おーおー、なんというか節操無い取り合わせだな。
上位になればなるほど武装神姫シリーズ使ってるやつは少なくなるっていうけど、
まんざら嘘じゃないみたいだ。
そうだここからならミサイルいけるか?

俺はそう思って左肩に装備していた16連装ミサイルを起動させる……。

 狙いは……敵部隊のMT!!許しは請わないぜ。

ミサイルが列を成して敵部隊に襲い掛かる。
俺は上空から急降下して残存する部隊に奇襲を掛けた。
マシンガンをばら撒くと敵に面白いように当たる。
地面を滑るようにブーストを吹かして敵を撃ち抜いていく。
16連装ミサイルをばら撒き、マシンガンをぶっ放しながら突撃していくと味方から通信が入る。

<<新型ぁ!!上だ!!>>

咄嗟にサイドブースターを吹かし、クイックブーストを発動させる。
一瞬の内にさっきまでいた所は抉れてしまった。

<<ロック機能なしの大型対物ライフルだ。当たったら新型でも痛い目にあうぞ>>

<<情報ありがとよ。砲撃の人!!>>

俺は礼を言うと撃ってきたであろう方向を見上げる。
おいおい嘘だろ……。
そこには自身の身長以上の長物を抱えたランカー第3位ヒデトが駆るDDが屋根の上に立っていた。

必死に回避する俺に容赦無く対物ライフルを連射してくるDD。
連射できる対物ライフルとかマジ鬼畜!!
クイックブーストとミサイルを使って反撃しているがビルを盾にして届かねぇ。
マシンガンも残弾が心許ないし……。

焦っている俺に通信が入る。

<<そこの新型!もうちょっと耐えてくれ。そうすれば砲台が来てくれる>>

 返事をする余裕もない俺は頷く動作だけをして回避に専念する。
敵側の戦闘部隊も戻ってきているようだしどうにかしないと!
後ろのほうからまた銃撃戦の音が聞こえるようになった。
頼む早く来てくれ。

 俺の肩をアーマーピアサーが掠る。
PAが無ければ危なかった。
まずい向こうの反応が追いついてきやがった。
こうなりゃOBで駆け抜けるしか……やるか。

覚悟を決め、俺の後部から光が溢れた瞬間、DDのいた屋上が爆発した。

<<おいおい新型、特攻するにはまだ早いぜ。勝負はこれからなんだからよ>>

中央拠点を中心に曲射砲撃が開始されているようだ。
辺りから砲撃音と空気を切り裂く音が聞こえてくる。
俺はOBを緊急停止して返事をした。

<<少しばかりタイミング良すぎじゃないっすか?>

<<新型には良い準備体操だっただろ>>

違いないと俺が返すともう一発砲弾がこちらに飛んでくる。
それはDDのいた場所を再度爆炎で包みつくした。

中央拠点は完全に確保されたのだ。







<<いや新型、カッコつけてないで次の拠点にいけ>>

<<……すいません>>







 現在、弾のいる勢力は中央を制圧し、本陣から北側にある拠点に攻撃の焦点を合わしている。
戦力は拮抗状態、戦局は弾側が有利。

(さっきISが倒されてから5分か装備変更されてなけりゃそろそろ復帰してくるか?)

 システムとして、このゲームでは武装パーツを装備すればするほどリスポーンまでの時間が長くなる。
ISなど高威力装備もリスポーン時間は長くなる。
 最短5秒、最長5分。
最短は武装神姫の素体のみ、最長はISを装備した武装神姫。
それでもISの優位は崩れない。
ランカーなどの例外はあるが。
 あと、装備の変更はドックでしかできない。
本陣で装備を解除して保管しておく事で軽装になれるが、
リスポーン中ではなく、リスポーン後に解除なので次回から時間が短縮される。
解除された装備はバトル終了後、持ち主に返還されるので安心だ。


(ちゃっちゃと敵本陣を叩かないとまずいだろうけど、俺だけ行ってもなー)

補給を終わらせた弾はレーダー上方にある敵前線拠点に向かっている。
数としては30人弱、すこし戦力過多だが敵方にISがいることを踏まえると多いことに越したことはない。


<<新型、一番槍は任せた。派手に暴れて来い>>

<<了解だぜ>>

弾のALYがOBの炎を伴って敵拠点へと吸い込まれていく。
中には敵が構えた状態で待ち受けていた。
それすらも突っ切って敵の背後を取る。
マシンガンを乱射すれば敵が倒れていく。
近付いてくればレーザーブレードで切る。
弾の動きはますます冴えてきていた。

 しばらくすると内部の敵からの攻撃が散発的になった。
ある程度倒したのか、味方の突入に気を取られているのか解らなかったが、
これ幸いと弾は拠点中央にあるコンピュータ室に向かう。


その後ろで何かが動いたものがいた。


「そーっれっと」

コンピュータ室の扉をレーザーブレードで焼き切りダイナミック入室する弾。
ここをこうしてあーして。と言いながら最後にレバーを下ろす。
そうするとコンピュータ室に浮かび上がる『制圧開始』とカウントダウンの表示。

<<制圧開始した…うわっと!?」

弾は後ろからの攻撃に思わず避けてしまう。

「まずっコンピュータに!」

避けたため敵の攻撃が制圧中だったコンピュータに当たり、
周りの表示が『緊急事態』に変更され、さらに自爆装置が発動してしまった。
弾が敵を確認すると唐突に背後から襲ってきたのは『忍者』だった。
やけにwを生やしそうな喋り方の忍者である。

忍者はこの結果に満足したのか一瞬姿を見せるとすぐに消えてしまった。

弾は急いで脱出を図る。

<<大変だ!!>>

<<どうした?>>

<<忍者にコンピュータを破壊されて自爆シーケンスが発動しちまった>>

<<汚い忍者でもいたか?あと残り時間は?>>

<<うざったい喋り方のやつだったよ、あと50秒!>>

<<聞こえたか?拠点Cのやつは撤退しろ!>>

<<さすが忍者汚い>>

<<忍者型としてはいい仕事してますね>>

イマイチ緊張感に欠ける通信が続くが弾は必死に地上を目指していた。
途中出てきた敵さんをOBで轢きながら脱出口に只管飛んでいく。

「やった!出ぐt……」

爆音と光が拠点C周辺に溢れた。






<<はははっ映画張りの脱出だったじゃねぇーか>>

望遠で覗いていたのだろう砲撃の人から通信が入る。

<<復活確定だと思ったけどな……>>

力無く答える俺は脱出の際、炎に飲み込まれながら外に飛び出していた。

<<爆炎に巻き込まれながら脱出とか、妬ましい>>

<<なんなら代わるか?コンピュータ室突入>>

<<遠慮しとくわ>>

通信からの軽口の掛け合いが息を落ち着かせてくれる。
だが戦況は待ってくれないようで……次の目標が設定された。


<<次は、敵本陣を叩くぞ。気合入れていけ>>

<<了解>>


弾がC拠点から敵本陣へと移動中、味方本陣より波動砲が発射された。
先ほどから一定間隔で発射されるそれは敵を容赦なくリスポーンさせている。
たまに味方も巻き込んでいるが……。


 レーザーやらミサイルやら、光弾やら針やらお札が飛び交っている上空を見ながら、
俺達は敵本陣に向かい地上スレスレを飛行して進撃中だ。
たまに敵の部隊と鉢合わせするが、高速で駆け抜ける30の物量に押しつぶされる。


<<そこの角の先に待ち伏せだ>>

<<突破!!>>

待ち伏せもグレネードランチャーやミサイルで吹き飛ばす。
そんな時に先行部隊から通信が入る。

<<こちら先行部隊だよ。敵本陣に殆ど敵兵見当たらず>>

<<レーダーで確認しても広場に1人だけ……>>

<<やな予感がするからこっちは待機してるね>>


敵本陣前に到着した俺達は不気味に静まり返っている様子に違和感を覚える。
敵兵もいなければ防衛装置もない。

<<どうみても罠だな>>

<<でも進まなければ……>>

<<その通りだ、攻略隊一気に突撃を掛けろ。タイミングは任せる>>

その指示で俺の方を一斉に見る味方たち、はいはい一番槍任されたよ。

<<3>>

<<2>>

<<1>>

<<0!!>>


瞬間OBを吹かし周囲が加速する。
俺が突入した広場で見たものは……

「お~ほっほっほ、ここまでご苦労さま」

高笑いをする連邦の黒い悪魔と……

「そしてさようならですわ」

そこから発せられた古代魔法の嵐だった。







敵を抱きこんで陣地ごと吹き飛ばすとかそれなんてチート……






その後は散々だったんだぜ。
はっちゃけた敵さんが突撃してきて俺に向かって猛追撃してきてさ。
結局、勢力としては勝てたんだが、軽くトラウマものさ……。
 最初に追撃してきた武装神姫隊にIS、さらに追加でDシリーズにDDと……。
他に見向きもしないで俺だけ親の敵みたいに追い掛け回してくれちゃってさ。
マジ怖かったぁ……あと少し続いてたらマジ泣きしそうだった。
受付の種子さんも出るとき笑顔引き攣ってたし。



「ちょっとお兄ぃ帰って来たなら……ってどうしたのよ!そんなに疲れ切って!?」

 家に帰ってきたら妹の蘭にも心配される始末。
ゲームで疲れたなんて言えないから黙って部屋に戻ったんだが、
なーんかその時から蘭が少し優しくなった気がするんだよな。
心配してくれたとか……?
まさかね。





――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
外伝2 

第2話で弾が一夏に言った言葉の裏であったこと。
バトル物の雰囲気が出ているといいのですが。


こちらも外伝なのでさらっと……書いたつもりなのに結構多い。
やっぱり出演者がちょい役でも多いと分量増えるんですかねぇ。


今日の素体

武装神姫 TYPE:侍型紅緒

多種和式装甲・近接戦型
クロム社が発売している素体のシリーズの1つ。
その名の通りの近接戦闘型で剣というか刀に
適正がある。
外見はフィギュアの方でなくロンド仕様。
和美人ぽい顔の造りになっております。
刀による接近戦が得意なので近付かずに対処しましょう。






ではでは、次回は2巻に突入かも。   

5月8日追加修正 

8月4日修正

9月19日微修正



[26873] 第8話
Name: ヴぁん◆72ebca82 ID:5a6fbbc2
Date: 2011/08/04 00:51




――ナルの寝ている間に――



 ここはIS学園の地下にあるクロム社支部のラボである。
つい先ほど、クラス対抗戦で乱入してきた武装神姫についてのデータが纏まったとのことで、
真耶はそれを受け取りに来ていた。

 今、メモリーに移し変えているということでラボの中で待たされている真耶だったが、
彼女は一刻も早くここを立ち去りたかった。
 その理由は、ここに運び込まれているモノ達が先ほどの戦闘で破壊された武装神姫だからである。
周りを見渡してみれば手足を破損している素体、顔半分と片方カメラアイを破壊され機能停止した素体、
胴体がひしゃげてしまっている素体などが乱雑に置かれているのだ。

 一般人が見れば大声を上げて逃げ出すであろう不気味さがこのラボにはある。
それは元代表候補生だった真耶でさえ、気分の悪くなる光景だった。
 武装神姫の顔などはアニメ調もしくは漫画調ではあるが、
身長などはこのIS学園に通っている子らとそう変わりない。
いくら作り物だと思っても生理的嫌悪感が湧き出てくる。
人間として死を感じてしまうのだ。
もし、この中にナルの姿があったら真耶は逃げ出していただろう……。

 真耶が精一杯我慢をしていると研究員の1人がメモリーを渡しに来てくれた。

「すいません。お待たせしました。これが今わかったことで伝えられる全てです。あとISコアはすでにそちらのラボに送り届けてあります」

「あ、はいありがとうございます」

真耶がお礼を言うと顔色の悪さに気付いた研究員が声を掛ける。

「大丈夫ですか?顔色が悪いですが」

「え、ははい大丈夫です。あの……ナルちゃんは……」

「あ、ナル技術員であるなら既に予備パーツに換装し終わってクレイドルで自己修復中ですよ。ただ……」

「ただ……なんですか?」

真耶は恐るおそる聞いてみる。

「いえ、先ほどの戦闘でサイコダイブ装置がやられてしまったらしく、
 本体との通信が出来ない状態ですので自己修復の間、
 面会謝絶と言う事になっています」

そう伝えておいてくださいと研究員は付け加えた。
真耶はその答えにホッと安堵の溜息をすると再度お礼を言ってラボを後にする。

出て行ったのを確認した研究員は疲れた声でこう嘆いた。

「知らない方がいい事もあるって言うけど、やっぱ人を騙すのは嫌な感じしかしないな」

それだけ言うと研究員は武装神姫の修理に戻っていった。



 場所は移って、ここはIS学園のラボ。ただし隠されたが付く場所である。
そこには千冬が先ほどのアリーナでの戦闘を繰り返しみていた。

「織斑先生、結果が出たみたいです」

画面にドアカメラからの映像が出る真耶だった。

「どうぞ」

千冬の許可によりドアが開き、真耶が入ってくる。

「どうだった?」

「いえ、まだ確認していなくて……今、前のディスプレイに映し出します」

真耶がそう言うとメモリーから呼び出されたデータが再生されていく。

「ふむ……ISコアは装着ではなく、埋め込まれていたか」

「映像を見る限り……うっ……かなり無理やり埋め込んだみたいですね」

 乱入者である黒い素体が解体されていく映像を見て、千冬は平気そうにしているが、
真耶は若干目を背けながら続ける。

「素体に搭載されていたAI及び受信器部分はナルアドバイザーの攻撃により完全に破壊されたようで解析不可能だそうです」

「まあ、あの状況じゃ仕方ないだろう……」

千冬がそういうと腕を組み直して真耶に質問した。

「搭載されていたISコアはどうだった?」

「登録が抹消された形跡があったそうです……これって……」

「……山田先生それ以上は言っては駄目だ」

「はい……」

千冬が疑問を呈した真耶を諌めると沈黙が部屋に残る。
千冬の目は様々なデータが表示されていくディスプレイを厳しい眼つきで睨みつけていた。






――ナルの寝ている間に(クロム社編)――


 クロム社のサーバー内にあるいつもの会議場に世界へ会見した後の上層部が集まっていた。

「亡国機業について会見で暴露したのだが反応はどうだ?」

「政界、民間、それぞれかなり混乱しているよ」

「米は相変わらず反応が素直で良い。テロ組織として認定したと会見があった」

「今まで決定的な証拠を掴めなかったのでしょうな。ISが盗まれることもあったようですが」

「欧州は反応が少ないようだね。前回の一夏少年のこともあるからかねぇ」

「はたまた、かなり浸透しているかだ」

「欧州には彼女が出向しておりましたな。一旦戻しますか?」

「そのままIS学園に出向させてしまえばどうです?敵の狙いが集中するのは必然なのですから」

「そうするとこちらの守りも薄くなるのでは?諜報部の彼女も行ったり来たりなのでしょう?」

「協定の件もある。一夏少年及びその周辺に対しての守りはどうなんだ」

「IS学園にいる限り大丈夫かと、警備の強化をするようですし。まあ何事にも例外はありえますが」

「非常勤講師としてある程度余裕を持たして動かしますか?」

「最初のうちは休暇として行って貰いましょう。あまりに出向ばかりさせていると怪しまれます。欧州からの外聞も悪い」

「ふむ、そうするか」

「異議はないよ」「私もだ」「こちらも」「同じく」

「賛成多数でいいかね?」

「つぎの話だ、IS学園の支部から来た資料は読んだかね」

「ISコアが素体に埋め込まれていた件ですな」

「それも大事だが、それによる弊害についてだ」

「絶対防御と安全防壁の反発によるシールドダウンについてですか」

「うむ、幸い装着時には問題がないことが解っているが、問題は何故このような事を亡国機業がしたかだ」

「なんらかの実験でしょうか……」

「たしかに圧倒的な力を手に入れているようですな。降下した武装警備隊の安全防壁が軽々と打ち砕かれた」

「もし、ナル技術員が止めてくれていなければ大惨事になっていたことでしょう」

「そのナル技術員も重症だとか、束女史が怒り出すでしょうな」

「こればかりはな……そういえば処置者の脳髄はどうなった」

「消えたよ、すっからかんだったそうだ」

「ドクが残した球体の話を思い出すな」

「ナノマシンが食ったと?考えすぎでは」

「……まあ、ドクが起きたら問い詰めてみるのが良いでしょう」

「ん…?皆、追加報告だ。仏と独が動くようだぞ」

「仏ね……あのデュノアか」

「独は出向先か……まあ存外遅かったと言うべきか」

「まあいい、各人、他の動向に注意しつつ計画を進めてくれ」

「まずは欧州への足がかりですな」

「そうだ。では今回はこれで終了とする」


「「「「人類に旅立ちの時を」」」」


<全員の退室を確認しました。このログはランクAAA以上の社員のみ閲覧可能とします>








――ナルが起きてから――


 ナルが起きてからの一夏との会合があった次の日、ナルは自室でこの3日間にあったことを把握していた。

(思った以上に派手なダメージを受けたようじゃの)

 リアが事件後書いた報告書によると、ナルの損傷は笑えるものではなかったらしい。
 右の腕部及び脚部は全損し、頭部も小破。
左腕部小破の左脚部軽微で基本フレームにも軽微だがダメージが行っていたとのことだ。
さすがにこの損傷具合を聞いたとき、ナルは素体であったことを感謝した。

(生身のままであったら一生寝たきり生活ぞよ)

 ナルは、報酬として送られてきていたニトロジェリーをあおる。
そもそも生身であったならあそこで相対していなかったという考えが思い浮かばないあたり、
大分酔っ払っているようだ。
ナルの資料を見ている目がかなり据わっている。

 ニトロジェリーをさらにあおりながら、その資料を読んで行くとどうやらあの時の悲鳴も被害が出ていたようだ。
最初に降下したα隊の1から6までの素体が安全防壁をぶち破られて機能停止もしくは廃棄処分を受けたとある。

(よくわれは首ちょんぱにならなかったものじゃ)

さらにニトロジェリーをあおるが、空になったのか空中で振って最後の一滴まで飲むと蓋を閉めて臨時ゴミ箱のダンボールに投げ込んだ。
新しいニトロジェリーを取り出してあおるあおる。
訂正だ、ナルはかなり酔っ払っている。

 資料の続きを据わった目で見るナル、それによると武装警備隊はα隊はほぼ壊滅でどの素体も何かしらのダメージを受けたようだ。
β隊、γ隊は特に被害が無かったとのことだ。

(間が悪いα隊じゃのぅ……ヒック」

 あとの資料にはクロム社が亡国機業について世界に暴露したことや、千冬からのISコア登録抹消について書かれていたが、
ナルはさらっと読んで終わらせてしまった。
 暴露のことは、ナルにとっては既定事項であったし、ISコアの件は亡国機業が国連組織にまで入り込んでない訳がないと常々思っていたからだが、
今はニトロジェリーを飲むのが最優先のようで持っていたのも飲み干してしまったようだ。
ナルが新しいニトロジェリーを開けようとすると唐突に部屋の扉が開く。

「アンタのためにお見舞いに来てあげたわよ!ってニトロクサッ!!」

「お~リアか、お見舞いごくろうじゃ~」

手をヒラヒラさせてクレイドルから答える酔っ払ったナルに呆れるリアは近付いてくるとナルの持っているニトロジェリーを元に戻した。

「な~に、するのじゃぁ」

「ナル?アンタねぇ、お見舞いに来たのがアタシだけでよかったわね。千冬あたりに見られていたら拳骨じゃすまないわよ」

「そ~かの?」

「そうよ」

相変わらず間の抜けた返答しかしてこないナル。
リアは完全に酔っ払ってしまっている同僚に頭を抱えつつ、お見舞いの品を渡す。

「なんじゃぁこれは?」

「本当に酔っ払ちゃってるのね。アンタの好きな油揚げなのに」

おおっ。とナルが喜びの声をあげるとほにゃっとした表情でリアに礼を言ってくるが、その内容が問題だった。

「ありがとうの~あとで肴にするから冷蔵庫に入れておいて欲しいぞよ」

「アンタ、ほんっとうに完璧に酔っ払ってるわ」

リアは溜息をつくが、ナルは解っていないのか首を傾げるだけだ。
 ニトロジェリーは、簡単に言えば高純度ジェリー燃料である。
そのため、元々は武器に装填することで火矢ならぬ火弾を撃てるようにする単なる燃料だった。
しかし、ねねこが飲んでしまい素体の燃料になることが発覚。
研究員たちは緊急時用バッテリー回復剤として期待したのだが。
 これを飲んだ後、ねねこがマタタビを与えられた猫のように酔っ払ってしまい、その原因を調べていると
どうやら瞬間発電量が大きくてエネルギー酔いをしてしまっているようだという事がわかった。
ちなみにその酔っ払った姿は犬派の1人を猫派に転向させたらしい。
またサイコダイブ中でも酔っ払ったような感覚になるらしく、回復剤としての商品化は見送られてしまった。

「で、この有様なわけだ……クロム社も厄介なものを報酬にしてくれたもんだわ」

「?われは酔っ払ってなぞおらんぞよ~」

「はぁ……」

リアはほろ酔い気分な様子のナルに今日何度めになるか解らない深い溜息をついた。

 次の日、酔いの余波を受けたドクに怒られ、黒子が酔っちゃうからニトロジェリー禁止とミカに言われて落ち込んだナルは、
さらに二日酔いの頭痛に悩まされたという。






 ズキズキと痛む頭を抱えつつ放課後、ナルは屋上になんとか辿り着いた。
幸い授業は明日から復帰予定だったため生徒に迷惑を掛ける結果にはならなかったが、
自身の行いに関して自己反省中だ。

(クレイドルからの充電でも足りないからってニトロジェリーで充電の補助をしていたら飲み過ぎるとか笑い話にもならんわ)

 ナノマシンを使った自己修復には結構なエネルギーが必要となる。
そのため、ナルはニトロジェリーで充電にブーストを掛けたようだ。
まあ、その結果が二日酔いなのだが……。

 屋上の柵に頭を乗せ、気だるげに5月終わりの少し涼しい風を受けて、
二日酔いの頭を冷却していると少し痛みが和らいできた。
 そうしているとナルは、ふと思い出したのか端末を取り出して何か操作し始める。
端末を見てニヤニヤし始めたナル、傍から見るとかなり危ない笑みを浮かべていた。

(30万の入金確認、あとは武装パーツ一式選べるんじゃったかの)

どうやら残高を確認していたようである。
次は武装パーツをカタログで見ているのか、顎に手を当てて考える仕草をした。

(そうじゃ、確かあやつの武装もナックル系列だった気がするの……)

そう思い出したのはミカが仲間だと言った黒子のことだった。
確か……。とカタログを見ていくナルにその時、後ろから声が掛けられる。

「あっナルさんいたのか。いつもの歌が聞こえないからいないのかと思った」

「ん?なんじゃ一夏かぇ」

 ナルが端末を消し、振り返るとそこには一夏がいつものように現れていた。




「で、今日は何のようじゃ?あまり女友達を待たせるのはいい事とはいえんぞ」

そう言ってナルは屋上の入り口に目を向ける。
そこにはセシリアと鈴音が簡易トーテムポールを形成していた。

「えっ?今日は誰も待たせていないはずなんだけどな」

振り返る一夏、さっきまでいたトーテムポールは隠れてしまっていた。
さすが代表候補生、反射神経も素晴らしいと言いたいところだが使う場所を激しく間違っている気がしないでもない。

「ほら、誰もいないだろ?」

一夏が自信満々でナルに向き直りながら言う。
その後ろでまた英中のトーテムポールが造られる。
これが俗に言う、しむらー後ろ後ろーというやつか。

「そちが鈍感なのは周りのせいなのかもしれんの」

軽く溜息を着きながらナルは小さい声で零した。

「え、何のこと?」

「こっちの話じゃ」

何言っても無駄といった感じでナルは話を切り上げた。
後ろの2人をチラ見しつつ話を戻す。

「それで用事はなんぞよ?」

「えっああ、今週の日曜空いてるかなぁって思って」

一夏が普通の事みたいに言うがこの構図、どうみてもデートのお誘いである。
屋上入り口から2対の眼力が強くなった気がする。
柵に寄りかかって腕を組み少し眉を顰めるナルだったが、普通に返答しておいた。

「たしかに空いてはおるが……」

「本当に!?いやー弾に武装神姫の講師がいるってメールしたら遊びに来る時連れてこいなんて言われちゃったもんで」

あっ弾って言うのは友達です。と付け加える一夏の様子にナルは頭痛がぶり返してきた気がした。
諦めて了承することにするナル、一夏のことを考えるとどの道行くことになりそうだからだ。

「……まあ良いわ。日曜の朝何時に駅居れば良いのかぇ」

「9時くらいかな」

「わかったぞよ」

じゃ、よろしくっと行って去っていった一夏。
やけに慣れ慣れしいというか、あれが素なのか。
久しぶりに友達に会えるから舞い上がっているのか。
この女の園から脱出できるから気付かぬうちにテンション上がっているのか。
ナルには解らなかったが、1つだけ言えることは何故かあのバトル以降友好度がだだ上がり状態だということ。
加えて、相談時の敬語も少なくなってきている。

(友達としてじゃろうな……たぶん)

われ一応講師なのに。と日々生徒からの扱いが愛玩動物化していくナルはちょっぴり哀愁を漂わせていた。

(お金下ろしておくかの)

気分の切り替えも早いのもナルが生徒達に弄られる遠因なのかもしれない。




 ナルと一夏を監視していた時のトーテムポール達の会話。

「どういう事ですの!ナルアドバイザーが一夏さんと屋上で密会していたなんて」

「一夏の話を聞くと毎回来てるみたいだしねー」

「なんたる伏兵ですわ!」

「ちょっとセシリアうるさい気付かれるでしょうが」

「あら御免あそばせ、私としたことが……というよりすでに気がついてるみたいですわ。ナルアドバイザーは」

「あーほんとだ、こっちチラ見してるって……まずっ」



「間一髪でしたわね。ばれてしまうところでしたわ」

「そもそもなんで隠れてるんだっけ?」

「私は部活に行っていることになっておりますので」

「あたし関係ないじゃん」

「旅は道連れですわ。……やりますわね。ナルアドバイザー日曜に一夏さんとデートなんて!」

「ああ、弾の頼みか。心配して損したわ」

「誰ですの?」

「一夏と私の友達、安心していいと思うわよ。何も起こらないと思うから」

「あなたがそういうのでありましたら……あっ一夏さんがこちらに」

「退くわよ」「ええ」




この話を聞いた同僚の反応

「アンタ、肩書き上講師なのに生徒の友達ん家に遊びいくとかどうなのよ」

まったくである。






――ナルお呼ばれする――


 現在、約束の日曜の時刻9時3分前。

 われは今、IS学園のモノレール駅前で待ち合わせ中である。
周りからの目線が痛いことこの上ない。
まあ仕方ないと言えばそうなのじゃが……。

 われはよく考えたら余所行き又は遊び用の私服など持っておらんわけで、
そのことに気付いたわれが、服屋に行こうにも女物の服など解るはずもなく。
そして伝手も無く。
どうしようかと悩んでいるとクローゼットにある束女史から送られた服を思い出したのじゃ。
で、その中で一番マシだったのを選んだのじゃが……。
どう見てもコスプレ衣装なのじゃ、生地が普通だったのが唯一救いぞよ。

 ケモノミミ型の帽子にゴーグル、シャツに長袖チョッキ、短パンにオーバーニー。
色は黄色。へそだしルック。
イメージ検索するならディス〇イア2のシフ子の衣装……しかも首輪まで再現。
さすがに肉球靴はどうかと思ってエンジニアブーツ履いてきたのじゃ。
これでマシな部類じゃからな。
あとどんな物があったかは聞かんでほしいぞよ。

 そんな格好の武装神姫が駅前のベンチで足組んで腕組んで瞑想していれば話題にならないわけ無いわけで、
一夏が来るの待っているわけじゃ。

9時まであと、5、4、3……。

「ナルさん……?」

「なんじゃ?時間ピッタリとはなかなか几帳面じゃの」

目の前にいたのはかなりラフな格好の一夏じゃった。
やっぱ驚きの表情をしておった。

「えーっとナルさん?その格好はなんなんでしょう?」

「われだって好きでこんな格好しておるわけではないわ。束女史に聞くがよい」

ああ、束ぇか。なんてそんな答えに納得されるようなことし続けてきたのか、
束女史は……してきたんじゃろうなぁ。


「何をぼーっとしておる。さっさと移動するぞよ」

「えっああ」

 われは立ち上がって駅の方に歩いていく立ち尽くしていた一夏を伴っての。
さすがに視線がきつくなって来たからのぅ。
 われは知らなかったこの時の写真が撮られていて学園内で駆け巡り、
一部の生徒から狙われるなんて……(愛玩動物的な意味で






 電車内とか道中は一夏の家に寄ったくらいで何も無かったので省略、
電車内は空いてたし、弾とやらの家に着くまでに帽子の上に桃載せた我侭娘と空気読める付き人がいたが、
何かのイベントでもあったのだろう多分。
 一応素体はコスプレのための道具ではないのじゃが……今のわれが言っても説得力皆無じゃがの。



「よう、久しぶり。へぇこっちがメールの講師さん?俺は一夏の友達の五反田弾って言います」

「われはナルじゃ、よろしくの」

 家の前でスタンバってた弾に招かれて五反田食堂2階の弾の部屋で遊んでいるわけであるが……。
われは弾の胡坐の上に座っていた。
 何が起こったのかと言うと結構部屋が狭いのでベッドの上にお邪魔しようとしたら、
ナルちゃんはここ。と弾が胡坐の上を示した。
多分、口調から察して言った本人は冗談じゃったのであろうが、われが悪ノリして座ってみたのじゃ。
そしたら弾は感激、一夏は珍しい物でも見たかのように驚きおったわ。

「んー?」

「いきなりナルさんの髪弄ってどうしたんだよ。弾」

「いや変な感触だったんでつい……」

 しばらく座っていると弾と一夏がわれのナインテールを弄り始めた。
曰く「ビーズクッションみたいな感触」らしい……。
われの髪の構造どうなってるんじゃろ。

飽きたのか弾のポフポフ触っていた手が無くなりテレビ下にあるゲーム機を指差した。

「そこに何時ものあるからセットよろしく」

「客にセッティングさせるなよ……」

 一夏とのゲームを弾と交代で対戦しながら、弾の反応を見ていたのだが……われは悟った。
こやつは残念なイケメンであると。
 今時珍しい肉食系男子なのは良いが素体であるわれまで反応するのはどうかと思うぞよ。
いくら質感が本物に近いからってお腹撫でるとか、本物だったらセクハラで訴えられておるの。
どうせすぐ飽きるじゃろうと思って放置しておったら手の接触する場所が段々上に……。
 別に触られようが撫でられようが素体のわれは気にしないが矯正しておかぬと、
将来、セクハラで訴えられたりしたら可哀想じゃからの。
さすがに生徒の友達を訴えるというか、われは訴える権利なんてないんじゃが。
注意して社会的抹殺するわけにもいかないので、踵でスネを蹴っ飛ばした。

「どうしたんだ?弾」

「いっいや、なんでもない。足攣っただけだ……」
(いってーやっちゃったよ俺)

「胡坐で足が攣るのはカルシウム不足じゃな」
(ちょっと強かったかの)

 通常モードの蹴りじゃからそんなに痛くなかろうが警告にはなったじゃろ。
それでも触ってくる弾のむっつり具合には参ったが思春期などこんなもんかの。


「ところでどうなんだ?」

「なにがだよ」

2人が何やら会話を始める……われの腹はさすり続けるのか……。

「だからさ、女の園の話だよ。そこんとこどうなんです?ナルちゃん」

覗きこんで話掛けてくる弾。
われに振られても困るんじゃがの。

「一応言っておくけどナルさんは、そこの講師だからな。ちゃん付けはやめとけよ」

「いいじゃねぇか、本人も嫌がってないようだし」

「嫌がってないわけではないぞよ……単純に慣れてしもうただけじゃ」

 溜息を着きつつこの頃の事を思い返す。
講師としてわれが軽んじられておるような気がしてならん。
ちゃんづけし始める生徒も居るし眼つきもなにかこう、ねねこを見ている研究員のような……。
授業はちゃんと受けてくれるだけマシなんじゃろうが……一挙一動に凝視されるのはのぅ。

「それって生徒に舐められてるんじゃ……」

「弄られてるだけじゃ、授業中はちゃんとしておる。もしくは女子高のノリかの」

 あのノリか。などといいながら一夏が納得できるような体験でもしたのかうんうん頷いておる。
それでもゲームで戦っているとは存外器用なやつじゃの。

「想像できねぇ……」

「知らない方が幸せなこともある。女子高に幻想を抱いてると痛い目にあうぞよ」

「ご忠告感謝します」

 やけに実感の篭ったわれの言葉に素直に頭下げて礼を言ってくる弾。
その拍子に肩と首を頬でスリスリしてくるな、たわけが。
さすがに目に余るのぅ、ひとつ脅かしてやるか……

「あと過剰なスキンシップは嫌われるぞよ……ライダー753位」

ぼそっと忠告とライド・オンの順位を言ってみる。
バッと顔を上げて驚愕の顔というか焦った顔をこちらに向けてくる。
対するわれはジト目で応えた。

「えーっとそれで一夏の生活ぶりはどうなんでしょう?」

露骨に話と目線を逸らしてきたの。
その表情は若干引き攣っておったが、まだわれの腹さすり続けるのかぇ。女に飢え過ぎじゃろ……

「俺の生活?別に普通だよ」

「すでに3人もの女子を侍らせておるよ」

「マジかよ!?」

「ちょっナルさん!?」

「ちょーっと一夏くーんお話ししようか……」

「弾、お前解ってて言ってるだろ!メールに書いてあった鈴と箒のことだよ!」

「最後の1人は英国貴族のお嬢様じゃがの」

「!?なんでお前ばっかモテルんだよ。やっぱ顔か顔なのか!」

「そちの場合は行動のほうが問題じゃ。セクハラで訴えられるぞ残念なイケメン」

弾はわれの発言で硬直してしまった。
これは警告したのに手を止めなかった罰じゃ。
そんな事を思っていると一夏が吃驚したような声を上げる。

「お前……まさかナルさんに色目使ったのか!?」

 えっあれだけ過剰スキンシップしてきてたのに一夏のやつ気付いていなかったのかぇ。
そっちのほうがびっくりぞよ。
ん?もしかして箒との接触で感覚が麻痺しておるのか。

「いや、ちっ違うぞ知的好奇心というか他のところの感触はどうかなーって言う疑問で手が動いてただけだ!決してやましい心は……」

必死に苦しい言い訳をする弾。
一夏から弾に呆れの眼差しの攻撃。
効果は抜群じゃの。

「そんな目で見るなよ……俺を見るなよ!」

あーやりすぎたか、弾に泣きが入ってしまった。
どこぞのテレッテーみたいなこと言い出したぞよ。
仕方ないフォローしてやるか、自分で蒔いた種じゃし、自分で刈るかの。

「かんらかんら、一夏そのくらいで許してやれ。悪ノリで触らしていたわれも悪いのじゃからな」

「だけど……」

「ありがとうナルちゃん!!許してくれて!」

 一夏は不服そうに答え、弾は後ろから抱き着いてきた……こやつ、どさくさに紛れて胸触りおったな。
まるで反省しておらん。
素体という人工物なんぞ触ってどこが面白いのか、われには理解できん。
それとも女尊男卑の世というものが、こうした抑圧された欲望を掻き立てておるのじゃろうか。
 この体になる前のクロム社に就職してからと言うもの仕事、仕事で俗世の動きに疎くなって居ったからの。
まさかペット感覚で触って来てるというオチも……ありうるの、研究部でのこともあったし。
とりあえず、飽きもせずわれの体を弄っているたわけに釘を指しておくぞよ。

「好奇心結構結構、しかし『好奇心、猫を殺す』というぞよ。線引きはちゃんとするようにの」

「はっ、ナルちゃんの寛大なる配慮ありがとうであります」

敬礼しながらそう言い放つ弾。
ふん、調子のいいやつじゃ。

「親友の知りたくなかった一面を垣間見たような気がする」

一夏、落ち込んでないで早くゲームに戻るか、弾に渡すかせい。





今、一夏と弾が対戦中である。
われは今だに弾の胡坐の上じゃ。

「で、話戻すけど結局のところどうなんだ?」

「なにがだよ」

「その侍らせている3人の中に本命がいるのかって話だよ」

「本命?なんの話?」

「これだよ。ナルちゃんから一言」

「われのせいで警戒心が高くなったからと言って鈴音をボケで振るのはどうかと思うぞ」

「えっなにそれ俺聞いてない」

「いやっあれは本心で……」

「このたわけが、なお悪いわ」

 こやつ、本気で毎日酢豚食わされると思っておったのか……凰も救われんのぅ。
われが説明した国家云々で狙われるかもしれんと伝えたのが原因で凰を盛大に振ったと心配しておったが、
リアの言うとおり考えすぎじゃったとはの。

「ナルちゃん?説明プリーズ」

弾がわけ解らんといった表情で説明を求めてきた。
誰にも言うな。と前置きしつつわれは、弾に耳打ちで凰撃沈のあらましを伝える。

「鈴も気の毒に……」

「まったくじゃ」

「だからそれは――」

一夏が言い訳をしようとするが、それは部屋の扉が勢い良く開く音によってかき消された。

「お兄。昼飯できたっていってんじゃん。早くしなよ……って一夏さん?」

「あ、久しぶりお邪魔してるよ」

われのことをアウトオブ眼中で一夏と話し始めた弾と同じ髪色の娘はもしや、と思い弾に小声で尋ねてみる。

「のう、あの娘はそちの妹かぇ?」

「ん?ああ蘭って言うんだけど一夏に惚の字でね。ナルちゃんのこと無視しちゃってるけど気を悪くしないでくれな」

兄としては複雑だけどねぇ……と苦笑いしながら弾は一夏達に目を向ける。

 われは思う。
その表情が出来るならモテるだろうに。と
まあ無理じゃろうがな、がっつき過ぎのオーラが溢れている上に手癖も悪いんじゃ評価は残念なイケメンのままぞよ。
 妹の方はガサツそうに見えて純情派かの……ギャップ萌えというやつか、狙ってやってるわけではないというのが素晴らしい。
じゃが少し乱暴なのが玉に瑕と言ったところか。
いや、今の時代こんなもんなのかもしれんの。


 ナルはデータを収集するかのように出会った人物を観察していく。
実際、この誘いに乗ったもの趣味と実益を兼ねた実験だった。
一般人の武装神姫及びAIに対する反応、思考、考え方をデータとして収集すること。
それが今回の目的だった。

 素体になって約9ヶ月、ナルと関わったのはほぼ関係者のみ、
研究者、同僚、同族、上層部、天才、秀才と全員一定以上の理解を持っていた。
それ故、一般人のデータが極端に少ないのだ。
勿論、それらのデータはクロム社がリサーチして市場の開拓などに使用している。
しかし、ナルは根っからの技術畑性格であるため、実験器具があれば試験せずにいられない性質である。
ゆえにナルは自分を使って実地調査を行っているのである。


「おーいナルさん、昼食食べに行くけどどうします?」

データ整理をしていたナルに一夏が声を掛けてきた。
 ナルが一夏のほうを見るといつの間にか弾の妹は見えなくなっており、、
一夏は部屋の出入り口付近からこちらを覗いている。

「われは遠慮しておくぞよ」

「えーなんでーナルちゃんも行こうぜ。自慢じゃないけどうちの定食は美味いって評判なんだぜ」

「ならなおさら食べるわけにはいかんの、味の解らないわれが食べても料理人さんに失礼じゃて」

食べてはみたいがの。と少し寂しそうに笑うナルに弾が気まずい雰囲気を察知すると一夏が追い討ちをかける。

「あー……そうか、授業で人間の食事じゃ味の認識が出来ないって言ってたけ」

「うむ、じゃからわれのことは気にしないでわれの分も味わってくるがよい」

と言って弾の上から退き、ベット少し借りるぞよと断って寝転がった。
一夏達に背を向けて……。

「ナルちゃん……」

「行こう弾。久しぶりにお前ん家の美味い定食食べさせてくれよ」

一夏の意味ありげで不自然な会話の振りに察した弾は、ああ……と言って部屋からゆっくりと出て行った。
出て行くとき、少し心配そうな視線をナルに向けながら……。




(はぁ、われも人を騙すのが上手くなったもんじゃの。食事を回避するためとは言えこんな演技しなければならんとわ)

一夏たちが階段を下りていく音を聞くとナルはベットに仰向けになって憂鬱な気分に浸りながら思考の海に沈んでいった。



 武装神姫に対する反応に関してIS学園関係者にも同様の実地調査をしていたりする。
彼らは一般人とも関係者ともは言えない特殊な立場の人達であり、
ある意味武装神姫を今一番知ろうとしている者たちであった。
 ISと武装神姫が公式に直接戦うことは今のところ数えるほどしかない、
だが企業への普及率及び浸透率は武装神姫が圧倒している。
それもたった約3年でだ。
まあ、467対7~8万という物量差では無理もないかもしれない。
いくらISが圧倒的戦力であったとしても、平時にお金が稼げなければ意味が無い。
IS学園の卒業生全員がモンド・グロッソのIS操縦者になれるわけではないのだ。

 そして特にIS関係者が危機を感じる出来事が最近起こった。
それは第1回クロム社主催大会の時に起こった素体によるISとの引き分けという結果である。
 FS社がデザインし、その性能をクロム社が限界まで再現した素体であったそれは、
挑戦者がゲーマーであるにも関わらず引き分けに持ち込めたのだ。
 もし、その時の挑戦者がゲーマーでは無くプロの軍人またはクロム社の本気で育成したライダーだったとしたら?
ISは負けていたかもしれない。
その焦る気持ちがIS業界に伝播し、IS学園がクロム社と協定を結ぶことになった遠因である。
 クロム社が干渉を受けないはずのIS学園に近づけたのも所詮、利権の問題であったのだ。
一応軍事関連で使用出来ないISは通常モンド・グロッソ用のリミッターが掛けられいる。
だから、リミッターの掛かっているISと全力の武装神姫であればいい勝負をする。
それは世界の常識であると言えた。
しかし、国家や業界にとっては常識よりも世間の印象が大切なのだ。
利権を確保するためには圧倒的であるという印象がISにはなくてはならない。
引き分けを知って焦ったIS業界は武装神姫を知ろうとした。
クロム社からシミュレーター上のデータなどを提示されたが、それだけでは足りないとIS業界は対武装神姫、対ISの実践データを欲した。

 しかし、ISはすでに国家と業界の威信にも関わってくる地位を占めていた。
モンド・グロッソの代表選手が万が一でも負けたなどと言うことがあってはならないのだ。
(挑戦者と引き分けたのは予備の選手)
すでに武装神姫との戦いに敗れ、信用を失った企業の実例があるIS業界側は特に必死であった。

 そこで、国家と業界は考えた。
IS操者が負けても問題なく、各種計測機器がありデータの管理がしやすい場所。
世界に1つしかないIS操縦者育成用の特殊国立高等学校であるIS学園に目をつけた。
しかし、ここで問題が起きる前述にもあるようにIS学園は基本干渉出来ない場所である。
しかもIS側からクロム社に近寄ることは外聞的にも悪い。
だが、クロム社側から近付かれても他の企業が我も我もと迫ってくるだろう。
どうにかならないかと頭を抱えていた時、IS学園で教員である千冬からクロム社のある企画書を提出される。
 そこにはISと武装神姫に関するモンド・グロッソについての原案が記されており、
クロム社側に交渉の用意があるという旨が書かれていた。
 国家と業界はその報にIS学園へ交渉を進めろと働きかけた。
織斑 千冬という第1回モンド・グロッソ優勝者のビックネームを使い、
そのお陰で交渉が纏まったとして交渉を迫る煩い他企業を黙らせることにしたのだ。
 その後、交渉と調整により約5ヶ月と言う時間を要したが協定は締結された。
結果、IS側は実践データという実利を、クロム社側はIS側がその力を公式に認めたという名声を手に入れたのだ。
クロム社の思惑通りに……。






ふとナルは階段を上ってくるやけに煩い音で思考の海から浮上してドアの方に目を向けると、
何かが勢い良く飛び込んできてナルに抱きつく。

「なんじゃー!?」

「ごめんよー!ナルちゃーん!!」

突然のことで混乱するナルだったがデジャブを感じた。
とりあえず抱きついてきたものを確認すると、それは謝り倒してくる弾だった。
どういうことか理解が追いつかないナルは弾の肩を掴み引き剥がそうとするが、
思った以上に強い力で抱きついてきていて剥がせない。

「おちつけ、落ち着くのじゃ!」

剥がせないので揺すってみようとするが弾は動かない。
そうこうしているうちに一夏達がやってきて。

「おーいナルさーん、こっちに弾来てますかって弾なにやってんだ!?」

「!ちょっとお兄なにやってんのよ!!」

ゴッ!!

そんな鈍い音が部屋に響き、ナルは弾から開放された。


一夏と蘭から事情を聞いてみると、
一夏が弾に頼まれてナルを誘ったことを言った後から
食事中は口数が少なくなり、何か思い詰めたような表情になったこと、
そして食事が終わってすぐに階段を駆け上っていった弾を不審に思い、
部屋に向かってみたら……ということらしいかった。

(あー……われの演技が効き過ぎた?こんなことになるとは思わんかった)

 つまり弾は自分がナルを家に誘ってしまったため、
ナルに味の解らないことを寂しく思い出さしてしまったと思い込み、
謝るために勢い良く入ってきて結果抱きついてしまったということのようだ。

で、現在、弾は頭にタンコブつけて正座させられ蘭にガミガミと怒られ中である。
一夏もさすがに不機嫌そうだ。
さすがに事の真相が自分のせいであるだけに弾をフォローしようとするナルだったが……。

「えー蘭とやら、もうその辺で許してやらんか?われは気にしておらんし」

「ナルさん駄目です。お兄は甘やかすと付け上がりますので」

蘭には聞く耳持って貰えず、一夏も蘭に賛同するかのように黙っていた。
仕方ないと思ったナルは事態を収拾するためにもう一芝居打つことにした。

「のう、弾?われのこと心配してくれてありがとうぞよ」

ナルがそう言い始めると弾が俯いたままピクリと肩を震わせた。

「そちの家の定食を味わえなんだのは確かに悔しかったが、別に寂しくなんてないぞよ」

「ナルさん……」

一夏がナルのことを少し心配そうに呼んできたがナルはそのまま続ける。

「ここに来たのはわれの意思じゃ、弾は何も悪くないぞよ」

弾が俯いていた顔を上げこちらを見つめてくる。
涙で潤んだ瞳は今にも溢れでそうであった。
ここでナルのダメ押し。

「そちにも会えたことじゃしの」

「ナルちゃん俺……」

涙声で何か言おうする弾。
この様子を見て溜息を付いた蘭が説教を止めた。

「お兄、今日はナルさんに免じて許してあげるわ。次は無いからね」

かなりきつい声で蘭はそれだけ言うと弾の部屋から自分の部屋に戻っていった。

「弾……お前……」

最後に泣きそうになっている弾へ一夏が声を掛ける。
弾が泣くことは無かったが、少しの間押し殺した声をあげていた。


結局、遊ぶ雰囲気ではなくなってしまったので、弾が復活するのを待って帰ることにした一夏とナルであった。

帰る時「また、遊びに来いよー」と言って弾が見送ってくれた。
それに答えつつIS学園に戻る一夏とナルは帰る途中こんな会話をしていたという。


「のう、一夏」

「なんです?ナルさん」

「そちは良い友を持っておるの。大事にせいよ」

「ええ、言われなくても解っています」

「ふむよろしい」















「……などということがあっての」

「アンタ、自分で火着けて自分で消しただけじゃないの」

リアはそう言ってニトロジェリーを傾ける。
酔っているのか、ヤケ酒中であるためかやけに辛辣なコメントだ。

「……ぷはっ、大体さそんなに演技ばっか上手くなってどうするのよ。傾国の美女にでもなる気?」

「たしかにわれは九尾の狐型じゃがの」

一方ナルのほうはコーヒーオイルをチビチビ飲んでいる。
 どういう状況かというとIS学園に帰ってきたナルはリアに捕まり、
起こったことを洗いざらい喋らされた後であった。
ナルが喋っている途中からリアがニトロジェリーを開けてこの様なわけだ。
しかし、意識はしっかりしているようでリアは何かを思い出したかのように資料をあさり出した。

「あーあーそうだ、これ新しい転入生の資料。明日からだって」

「ほぉ……デュノアに、黒うさぎ隊か。面白い取り合わせじゃの」

ナルは資料を受け取り、ぱらぱらと読んでいく。
その様子を見ながらリアはクロム社がらみのことを伝えてくる。
もちろんニトロジェリーを傾けながら。

「あと、それに合わせてかは知らないけど欧州に出向してた『メル』がこっちに来るそうよ」

「また出向かぇ?あいつも不憫じゃの」

ナルがそう応えるとリアは首を横に振ってそれを否定する。

「休暇でこっちにくるそうよ」

「それはまた……難儀じゃの」

なぜ休暇なのにIS学園になぞ来る事になるのか。とナルは十中八九クロム社の差し金であると推測する。

「デュノアの子についてレポートが来てたわ。確認しておきなさいよ」

ナルがリアの言葉に従い、資料の後ろの方に付け加えられている極秘と書かれたクロム社のレポートを読む。

「デュノアのやつ大博打に出たようじゃの」

「お陰で手間が省けたって上層部が喜んでるそうよ」

「誰経由の話じゃ?」「諜報部のイブキ経由」

ナルは資料を読み終わったのかリアに返した。
リアが戻しに行く。

「ということはじゃ、これから騒がしくなりそうじゃの」

「そうね、でも」

でも?とナルが聞き返すとリアは本当に楽しそうな表情をしてこう言い切った。




「退屈はしなくてすみそうよ」

「違いない」





 そう返事をするとナルはコーヒーオイルを飲みきり、
自室へと戻っていったのだった……。





これより日常は、流動し世界はまた劇的に動き始める。
もう止めることはできない。












―――――――――――――――――――――――――
二巻導入開始ー

ここから少しずつクロスの影響が出始めるかもしれません。
ご容赦を。



5月8日投稿

8月4日修正





[26873] 第9話
Name: ヴぁん◆72ebca82 ID:5a6fbbc2
Date: 2011/09/19 00:56

 ここは、クロム社IS学園支部のナル自室である。
そこでは、ナルがデスクトップの前に座り何かのレポートを纏めていた。
題名は『素体と一般人のコミュニケーションについて』。
 休日中にあったことを理論的かつ客観的に捉え、
武装神姫である自身に起こったことの顛末を書き出しているのだ。
 推論なども含まれているが、コミュニケーションは0と1ではない。
人の心とは複雑怪奇である。
特に異質な物と出会ったときは何が起こるか解らない。
だからナルは書き出しているのだ。
 資料として残すことで、それは比較対象が増え、
研究は確実性を増すのだから。


 自室にキーボードの音を響かせていると端末からクロム社からの連絡が来た。
ナルが端末を手に取り、連絡を確認するため操作していくと表示された件名にこう書かれていた。

『欧州進出計画:第一段階開始』と。

ナルは、その連絡をやけに冷めた目で見つめていた。






――2人の転校生――



 シャルル・デュノアにラウラ・ボーデヴィッヒ、それが今回1年1組にやってきた転校生である。
この2人とも実はクロム社に浅からぬ因縁がある。

 まずシャルル・デュノアは、デュノア社社長の息子でありフランス代表候補生とされている。
だが、それはクロム社諜報部の調査により否定された。
シャルルという男性は存在せず、シャルロットと言う愛人の娘であるということだ。
 デュノア社は、約3年前にクロム社と演習を行い撃破されたISであるラファールの開発元だ。
クロム社の武装神姫の勝利に終わった演習であったが、デュノア社はその結果に満足出来ず自社製品の有用性を前面出し、クロム社のネガキャンを行った。
しかし、クロム社はそのネガキャンを逆手に取り、デュノア社の信頼を失墜させる。
信頼を失ったデュノア社は業績を悪化、より経営は厳しく成っていった。
 現在、第2世代ISの改良型である『ラファール・リヴァイブ』を量産ISとして売り出しているが売り上げは芳しくなく、第3世代ISの開発に大きな遅れが出ている。
そこでデュノア社長は、愛人の娘であるシャルロットを使い第4世代である白式・改のデータの奪取を狙っているというのがクロム社の調査結果であった。
 クロム社はこの情報を欧州進出計画の足がかりとして利用するつもりである。


 次にラウラ・ボーデヴィッヒであるが、こちらはドイツ代表候補生でドイツ軍のIS配備特殊部隊「シュヴァルツェア・ハーゼ」隊長。
この部隊はクロム社武装警備隊の出向先であり、現在ドイツ軍の要請で実践データの収集において協力体制を築いている。
そのため、ドイツ軍の中では対武装神姫戦においてのエキスパートと考えてよい。
 また、クロム社はドイツ政府に対し亡国機業に関しての協力を取り付けている最中である。
ドイツ内部に巣食っているネズミの情報を持参して……。
 クラス対抗戦時にIS学園に来たのはクロム社本社に駐屯していた部隊の一部であり、
ドイツに出向しているのは、TYPE:兎型ヴァッフェバニーで構成された部隊と特別処置者の『メル』である。
現在、その『メル』は休暇によりIS学園に向かう手筈となっている。

 


 われはクロム社から朝一で来た連絡を受けてそんな事を頭で纏めながら、
2時限目の授業まで暇なので屋上に行こうと廊下を歩いているのじゃが、今日はやけに廊下が騒がしく感じているぞよ。
 いくら突然の転校生が来たからと言ってここまで騒ぎになるものかの?
それになにか後ろから走っているような音が聞こえて……?
次第に大きくなってくる喧騒にわれが振り向くとそこには後ろを気にしながら走ってくる2つの人影があった。
ふふふっここぞ、講師としての威厳を見せ付ける時じゃ!

「こりゃ!廊下を走るでな……ぷろぁっ」

「「あっ……」」

 ツープラトンラリアット……じゃと……しかも顎にクリティカルヒット。
 われは転倒して後頭部打ち付けそうになったが、ナインテールのおかげで意識を失うことはなかった。
すこし意識にノイズが走ったが、大丈夫、内部回路に損傷なしじゃ。

「ナルさん、ごめん!!」

「すいません!」

 われの看病もせずに走り抜けていく一夏と転校生のシャルル……いやシャルロットじゃったか?
仰向けから体を回転させて匍匐状態から立ち上がろうとしつつ、われは逃げていく2人に向かって注意しようとしたのじゃ。

「じゃから!走るなといって……ぷぎゃっ」

「待ってー織斑くーん」

「転校生くんもー」

 われを踏み潰していく後続の女子生徒集団。
それが通り過ぎた後にはボロ雑巾のようになったわれが転がっているというまっこと滑稽な状態じゃった。
騒ぎを見に来たリアに助けて貰って事無きを得て、肩貸して貰いながら屋上に向かう途中、われは自分の扱いに関して少し心折れそうになってしまったぞよ……。



「で、あそこに見えるのが転校生の2人じゃな」

「いつも思うんだけどすごい光景だと思うわ。ほぼ全員スク水でグランドに整列って……眼福だけどさ」

「スク水じゃなくてISスーツぞよ」

「ほとんど変わんないじゃない」

 今1時限目、われらは屋上からグランドで行われている実習を見ている最中ぞよ。
ちなみにリアは手すりに寄りかかりながら頬杖を付き、われは手すりに顎を乗せて楽な姿勢を取っておる。
しかしカメラアイは便利じゃの、拡大も鮮明化もお手の物ぞよ。
 われらはどちらもだれているように見えるじゃろうが、転校生を観察中じゃ。

「ふーん、あれがデュノアの……後ろで纏められた濃いブロンドに華奢な体……女子にとっては貴公子って感じ?年下好きが好みそうね」

リアの言う貴公子がどういうものか解らんが、いいとこ育ちなのは確かじゃの。
しかし、見れば見るほどわれが思うことを口に出してみたのじゃ。

「というかあれ、本当にばれないと思っておるんじゃろか?骨格から見たら男に見えんぞ」

「骨格から見て判断するのはアンタくらいよ。ナル」

 そういうものかの、おおっと鈴とセシリアが千冬に叩かれているぞよ、ここまで音が響いてくるとはどれだけの力で叩いているやら……。
われらは観察対象をもう1人の転校生に移し、リアは声は真面目だったが見た目だるそうに感想を言ってくる。

「いかにもって雰囲気ね。1人だけ浮いちゃってるわ、小さいし銀髪ロングだし眼帯してるし。」

「しかたあるまい、軍の中で育てられてきたのじゃこういう一般的な学校は初めてじゃろうて」

「それ以上に見下してるって感じ……っとこっちに気付くか」

「なかなか良い目を持っておるようじゃの」

 こっちを見返してきた転校生ラウラ・ボーデヴィッヒに賞賛を送りつつわれが手をひらひらと振ってみると、
意外な反応が帰ってきたのじゃ。

「なんか少し動揺してるんだけど、何があったのかしら?」

「われは手振ってみただけぞよ」

「トラウマでも抉ったとか?『メル』の相手してたみたいだし」

「あー、武装神姫に対してならありえるの『メル』じゃし」

 われとリアが2人で目を合わせて同僚の事を思い出す、ギャップに関してはわれらの中で右に出るものは居らんからの。
仕事中と私生活の態度の差が激しいといえば良いのじゃろうか……服装のセンスがすごいというかのぅ……。

「着せ替え人形にでもされたのかもしれんの」

「ありえそうだから怖いわ」



 授業が始まったようで真耶がISを装着しておる。
お相手はセシリアと凰のようじゃの、千冬が指名するような仕草をしておるし。

「そういえば……ってあら?珍し真耶副教諭がIS装着してる」

「元代表候補生じゃしの、実習で相手くらいするじゃろ」

「それでも珍しいわよ、彼女。アタシが出向してきてから乗ってる所見たことないもの」

「そうなのかぇ?……んん?何か様子が変ぞよ」

 われがリアの答えに相槌を打ちながら、ふと真耶の様子を観察しておると真耶が慌てたように急発進して行くのが見えたのじゃ。
視線をその先に移すといるのは一夏であり、あわや人身事故発生かと思われた瞬間一夏のISが起動し、大惨事にはならんかったようじゃが……。

「一夏のやつ、盛大に揉みおったぞ」

「とらぶるってやつね」

「トゥラブるってやつじゃな」

 そんな掛け合いをしているわれらじゃが結構心臓に悪かった出来事じゃった。
下手をすれば世界的な損失に成りかねなかったからの。
よかったの真耶、世界30億の男性の敵と成らずに。
われがそう思っていると次にレーザーの着弾音が聞こえてきた。

「海賊淑女に撃ち抜かれそうだったわね」

さらに聞こえてくるは風を切る音。

「今度は中華娘が武器を投げつけたの」

「ラ〇雛?」

「こんな物騒な旅館は行きたくないのぅ」


 この光景を見つつわれは日頃から感じていたことが湧き上がる。
何故、一夏の周りには『ばいおれんす』な連中しかおらんのじゃろうか。
凰の武器も、真耶が撃ち落してくれたからよかったものの。
一歩間違えば国際問題なんじゃぞ、あいつら解っておるのかぇ?
いくらISがあるからと言ったって限度があるじゃろうに……。
 われはふつふつと湧き上がるボルテージを鎮めるため、手すりに寄りかかる姿勢を変えて眉間のを解す動作をする。
リアはこの動作を見て、察してくれたのか急な話題転換をしてきた。

「それにしても大きかったわね。真耶の」

「ん?……ああの、あれだけ大きければ上がり症になるのも納得じゃの」

「正直、妬ましいわね」

「われら武装神姫はスレンダーなのが多いからの」

「サレンダーしちゃいそうよ」

 われのボルテージも大分治まってきたぞよ。
リアの機転に感謝じゃ。

「でかいと言えば人魚型よね」

「でもあれは浮き袋ぞよ」

「えそうなの?」

 リアが初めて聞いたと言いそうな顔で驚いておった。
武装神姫の中にTYPE:人魚型イーアネイラというのがあるのじゃが。
その名の通り水中戦に特化しており、装備も人魚をモチーフに作られておる。
水中装備は、腿辺りから換装され、海を泳ぐ様は正に童話から抜け出してきた人魚そのものじゃ。
その装備は組み替えるとビークルとして使えたりする。
で、この武装神姫の外見はかなり大人のおっとりおねぇさんという感じでの。
そのわけか、ナノスキンスーツの様子はほぼ95%が肌色のビキニ状態、胸部パーツは巨乳じゃ。
まあその胸には夢ではなく、バラスト用の圧縮空気が詰まっておるのじゃが……。

「揉みでもしたのかぇ?」

「好奇心に負けてね……」

どっかで聞いたような言い訳じゃの。

「蠍型も負けておらん気はするが」

「褐色美女はそそられるわね」

「そうかの?」

「そうよ」

 われらが観察から馬鹿話に移行していると真耶の実践が始まったようで眼を向けてみると激しい戦いが見て取れた。
しっかし上手いもんじゃの、2対1でも自分のペースを乱しておらん。
ほお、連携が上手く行ってないところを誘導して同士討ちかぇ。
顔に似合わずなかなかエグイことをやるのぅ。
われも見習うべきかの。

「あら?なんか真耶先生がこっちチラ見してるわよ」

「ハイパーセンサーがあるんじゃからそりゃ判るじゃろ」

 何を当たり前なことを言ってくるんじゃ?
リアは真耶の方を注意深く見ているとなにか思いついたかのようにわれに話し掛けて来おった。

「ああ……なるほどねアンタ、真耶に手振ってやんなさい」

「なんじゃ行き成り」

「いいからいいから」

 リアの不敵な笑顔に一抹の不安を感じながら、われは片手を上げて振ってみたのじゃ。
するとどうじゃろ真耶が小さくガッツポーズするのが見えた。
千冬に気付かれないほど小さかったから本当にガッツポーズじゃったかはわからんがの。

「うーむ?どういうことぞよ?」

われは手を止めて顎を撫でる。
少なくとも真耶が喜ぶようなことはしておらんはずじゃが……。
悩んでいるとリアがやけに自信たっぷりな推測を話してきた。

「友達の戦い方を参考にしてみたから反応が欲しかったのよ多分」

「友達のぅ……どうせなら素体になる前に欲しかったぞよ……」

「それは仕事一辺倒だったアンタが悪い」

 正当な評価じゃな。
われはそう言うと手すりから離れて行く。

「ん?もう行くの?」

「次の時間に授業があるのでな」

そう言い残しわれは振り返らずに授業準備のため校舎内に戻っていったのじゃ。
さて次の授業は2年だったかの。



 ナルの階段を下りる音が聞こえてくるとリアは屋上の入り口を見て言う。

「まったくナルは真面目すぎるのよ。すこしくらい肩の力抜けばいいのに……」

リアの独り言はナルに届くことなく屋上を抜ける風と共に消えていった。




――クロム社の策動――


 一方その頃、クロム社は欧州進出計画の第一段階として仏政府に対し、極秘裏にアポイントメントを取っていた。
内容は、ある代表候補生について興味深い話があるということ。
しばらくして、仏政府IS担当大臣とクロム社交渉役オーメルの協議と言う名の取引が始まった。

 クロム社は元々医療事業系企業の寄り集まった技術提携グループだ。
最初は独日米の企業が寄り集まって出来た『企業群クロム』が始まりだった。
その内それに吸い寄せられるように様々な国の企業が集まってきた。
 しかし、それがある時裏目に出た。
クロムは技術流失を起こし、莫大な損失を受けたのだ。
 これを受けクロムは本社の設置と社員教育、交渉部門の強化を行った。
その結果、寄り合い企業群だったクロムは統合されクロム社と言う1つの企業となり、その統合時生まれでたのが交渉の鬼『オーメル』だった。


 クロム社側は仏政府側にデュノア社が発表したシャルルという男子IS適正者に関しての情報を渡す。
この時の反応によってクロム社の対応は分岐する事になっている。
 仏政府が事実を知っているなら、そのことについて直接取引を行う。
知っていなければデュノア社に対しての対応を提案する。
こちらを排除しようとしてきた場合は、クロム社の諜報部により事実が世界に拡散される事になっている。



クロム社の提示した情報に対し仏政府の反応は……限りなく黒に近い灰色と言った所だった。



 担当者は表面上慌ててはいないようだが、内心は冷や汗が滝のように出ているとオーメルは判断した。
どうやら仏政府はこの情報を知らないらしい、だとしたらこの担当者がグルとなって偽造したため内心穏やかではないのか。
はたまた、単なる無能役人だったのか……オーメルにとってはどっちでも良かったことだ。
 ここで大事なのはこちらの要求が通りやすくなったということオーメルの眼が獲物を見つけたかのように細められる。
それからはオーメルの独壇場だった。
オーメルは要求を出来る限り突きつけ、そこに伴う仏政府へのメリットも細かく説明した。
百面相する仏IS担当大臣、政府としては優秀かもしれないが個人では果たしてどうだろうか。

 今、大臣の中では様々な葛藤が起こっているはずだ。
地位、名誉から政府、責任そして身の保身まで全ての事象が駆け巡り妥協点を探している。
クロム社からの提案も加味されているためか、長く頭を抱えている。

 その提案とは以下のようなものであった。
1、この手柄を仏政府の物としてよいこと。
2、デュノア社と問題の代表候補生の件はクロム社が受け持つこと。
3、IS事業の開発権をクロム社に移譲すること。
4、現デュノア社が持つISコアをクロム社に移譲すること。
5、亡国機業の情報に関しての相互協力。
 無論クロム社は全ての条件が手に入るとは思っていない。
わざと敷居の高い要求をつき付け妥協できるようにする交渉の基本である。

 1と2は受け入れられるだろう、どちらも仏政府にとっては破格の条件だからだ。
それほどまでにシャルルいやシャルロットの立ち位置は微妙だ。
政府としてというよりこの担当大臣にとっては眼の上のタンコブである。

 3と4は、言うなればおまけだ。
元よりクロム社は武装神姫によって利益が上がっている。
手に入れることが出来ればなお良しという程度でしかない。
所詮無茶な要求というものだ。

 5は『ふるい』である。
仏政府内もしくはこの担当大臣が亡国機業と繋がりがあるかどうかという目安だ。
反応を見るためのジャブでもある。

 かなり長い時間が経ち会談の時間もあと10分で終了である。
相手はどうやら覚悟を決めたようだ。
無言で返事を待つオーメル。
仏IS担当大臣がオーメルを見据え飲んだ条件を伝えた。
 それを聞いたオーメルは胡散臭い笑顔を浮かべながら右手を前に出し、
担当大臣もそれに答えた。


クロム社と仏政府の取引は成った。




――シャルルとナル――


 場面はIS学園に戻る。
その日の放課後、授業を終えナルは何時も通り屋上に来ていた。
今日は一夏の姿も無く、静かな1人の時間がゆっくりと過ぎて行く。



 われが屋上に来て何時もの場所で歌を歌っていたが特に誰も来なかった。
まあ、仕方ないことじゃと思う。
 一夏にとってシャルルは思いがけない同性の同級生じゃから、
今頃は友情を深めに一緒に特訓でもやっているのじゃろ。

 われがここにいるのも一夏のためというわけでは無いしの。
元々の理由は1人で考え事をするための時間だったのじゃ。
そのついでに一夏の相談を受けていたというわけぞよ。
では、今日も思考時間と行こうかぇ。

ナルは屋上入り口の上で足を組んで仰向けに寝転ぶとカメラアイを瞑り思考の海に沈んで行った。

 われの最近気に掛かる事は自身の変化じゃ。
嗜好の適応がされたのか、女物の服に違和感や嫌悪感が無くなってきておる。
もし、これに最適化が成された場合、男物に違和感を覚えるようになるのじゃろうか。
あとでリア達に聞いてみるかの。

 最適化は止められることは判ったが適応の範囲までなのか、今だ判っておらん。
下手をするとマグマの中にまで適応しかねん。
 そもそもナノマシンが適応しているのは脳髄そのものであり、素体に適応してるのが脳髄であるから、
ナノマシン=脳髄じゃが、素体≠ナノマシンなのじゃ。
そうなるとナノマシンは脳髄に適応し、素体にとって最適化されていると言えるぞよ。
言葉遊びのようじゃが、われだけではこれが精一杯ぞよ。
もっと検証情報が必要かのぅ。

 嗜好云々で検証するならやはり『メル』が適任かの。
あやつは、素体になってから嗜好が激変したとよく研究者に愚痴っておったらしい。
今度こっちに休暇で来ると言っておったから協力してもらうとするぞよ。

 ナルが『メル』について考えていると詳しいプロフィール画面が投影された。
ナルの中にある資料からカメラアイに表示されているらしく無駄に詳細なデータだった。

(聞こえているかね?ナル君)

(ドクか、なんじゃこっちは資料が出てきて困っておるのに)

(それは私がやったのだよ、束君からISのサポートについて教えてもらってね。すこし真似事をな)

(それにしたってでか過ぎじゃ、これでは戦闘の邪魔になるぞ)

 今、ナルから見えているのは透過されたデータで視野が一杯になっている。
戦闘中に出されたら迷惑な事この上ない状態だった。

(ふむ、では素体のモードによって大きさが切り替わるようにしておこう。とりあえずこのくらいで良いかね?)

(OKじゃ、で消すにはどうすればよい?)

(君が必要無いと感じれば勝手に消えるよ。なかなか面白い仕組みだったがね)

(そうかぇ)

 われは、やけに機嫌のいいドクが少し気になりながら折角なので『メル』について思い返してみる。

 メルは、ドクが造った特別処置者の4人の内の1人じゃ。
素体はTYPE:戦車型ムルメルティアをカスタムしたものを使われておる。
身長は168か、結構高めだったのじゃな。
ピンクブロンドのショートで、ナノスキンスーツは白いシャツと黒い軍服を着たようになっておる。
あと通信兵が被る様な角帽にヘッドフォンと▲耳と右目眼帯のセット装備をつけていることが多いの。
われらの中では一番の軍事教養と銃器の扱いに長けており、武装パーツのデータ収集担当じゃ。

 ただのぅ……適応中に何かあったのか仕事とプライベートでの落差が酷くての。
あまり人の趣味に口出ししたくないが、ぬいぐるみ好きだったり、ファンシー系の服装を選んだりと、
可愛らしいものをよく好むのじゃ。
で、付いたあだ名が『ファンシー・メル』……。
多分束女史と趣味が合うんじゃないかと思うぞよ。
絶対会わせたくないがの……。

 話を戻すが、このメルの嗜好のギャップを解明できればナノマシンの特性を把握できるようになるやもしれん。
ドクに聞いても適応範囲までは調べ切れなかったといっておったしの。

 われが次の研究内容を思案していると階段を駆け上ってくる足音が聞こえてきた。
どうやら2人いるようじゃの。

 ナルが上半身を起こし屋上入り口の方を向くと同時に扉が開かれ、足音の主たちが姿を現した。

「ナルさーんいる?」

「一夏?本当にここにいるの?」

 一夏と今話題のデュノアが辺りを見回している。
どうやらナルの静かな時間は終わりのようである。




「今日は遅かったの。新顔もいるようじゃしどうしたのじゃ?」

 ナルが浮遊しながら降りてくると一夏は何時ものように話しかけてくる。
一方デュノアはすこし緊張しているようすが見て取れた。

「いや、ナルさんにも紹介しておこうかなと思って」

「シャルル・デュノアです。これからよろしくお願いします」

そういってデュノアは綺麗にお辞儀した。
ただやはり少し固い感じを受ける。

「クロム社出向武装神姫のナルじゃ、そんなに固くならずともよいぞ」
(まあ、無理な話じゃろうがな……)

 思いとは裏腹に笑顔で握手を差し伸べるナル。
それに微笑みで握手に答えるシャルルであったが、その笑みも若干引き攣っていた。

 まあ、仕方ないことだとナルは思っている。
デュノア社をここまで追い詰めたのは自業自得ではあるが、そこにとどめを刺したのはクロム社であるのは紛れもない事実。
苦手意識が存在しないほうがおかしい。

(まあ、これからもっと酷いことになるのじゃがな……)

その時、シャルルは何を思っていたかというと……。

(あっ今ミミがぴこって動いた!いいなー触りたいなー)

……このシャルルとやら中々図太い神経をしているナルの心配は杞憂であったようだ。
 実を言うとシャルルはクロム社にあまり苦手意識を持っていない。
クロム社に対して苦手意識を持っているのはデュノア社の社長つまり父親のほうである。
シャルルの中での苦手意識は父親>クロム社なのだ。
なお、シャルルから笑顔が引き攣っていたのではなく触りたいの我慢して顔に力が入ってただけとナルが聞くのは、
当分先である。

「それで一夏、用事はこれだけかぇ?」

「一応顔合わせと思ってきたんで……シャルル、何か聞きたいことある?」

一夏がシャルルに尋ねたが、シャルルはナルの方をぼーっと見つめていて心ここに非ずといった状態だった。

「シャルル?」

「えっああっなんでもないなんでもないよ。ははは……」

 かなり慌てた様子で両手を振るシャルル。
一夏はシャルルが見ていたナルに眼を配るがそっちは首を傾げていた。

(なんじゃ?あの反応……なにかどこかで感じたことのあるような目線じゃったし)

(ばれちゃったかなぁ……ミミ見つめていたこと)

この空気に居た堪れなかったのか一夏がもう一度シャルルに問う。

「えーっと、シャルル?何かナルさんに聞きたいこととかあるか?」

「今のところ大丈夫特にないよ、ほんとに何もないよ。うん」




(ミミ触らしてくださいなんて言えないよぉ)

 必死に誤魔化そうとするシャルルにより、放課後は時間切れ。
シャルルとナルの初会合は微妙な空気のまま解散という流れとなった。






 ナルが自室に戻ってくると今日はクレイドルに直行し、擬似空間に入っていく。
いつもの会議室にはクロム・ネットワークからお知らせが来ていた。

『欧州進出計画:第一段階終了、第二段階準備中』

 ナルはそのお知らせを消すと、何かを忘れるように今日のレポートを書き始めた。
今日あったこと、考えたこと、パッと閃いたこと、これからのこと、検証したことしたいことを文章化していく。
日誌のようなものだが、そこから解決の糸口が見つかることもあるのだ。

(そういえば注文していた武装もあったの、いつ来るか調べておかねば……)

投影されたディスプレイに文章が長々と書き綴られていく、それらは個々の出来事に考察まで書いていた。
ふぅとナルが溜息をつくとディスプレイが消えた。

「荒れているわね。何か嫌な事でもあったのかしら?」

静かに現れた影が近付いてくる、そしてそれは心配してない声で語りかけてきた。

「なんじゃミカ、ドクはどうしたって言うまでもないの」

「ええ、彼ならいつもの通り。彼女のところよ」

肩を竦めて言うミカと頬杖をつくナル。
 ドクはこの頃、殆どナルの前に姿を現していない。
昼間に帰ってきたのもシステム構築を行ってクロム社にレポートを送信したら、
また姿を消してしまっていた。
 まったくもってサポートしないサポートAIである。
それはナルのことを信用しているのか、ただ単に忙しいのか解らなかったが……、
ドクのお陰で束女史に合う回数が減ってるのでナルとしてはありがたいと思っている。

「そういえば、彼は彼女と一緒に何か作ってるらしいわよ。貴方たちの古巣まで巻き込んで」

「素体研究開発部まで?そんな話われは聞いておらんぞ」

 驚いた顔をするナル。
ナルには通達されていないなんらかの研究進行中であるようだ。
マッドどもによって……。

「あらそう、かなりの大事をやっているみたいだから知っていると思ったんだけど」

「十中八九、碌なことにならんじゃろうなぁ。そのメンツではの」

 ナルは、研究チームであるはずのメンバーの顔を思い出していく。
まだ、生身だった頃の思い出、発案したのがばれてタコ殴りにされたこともあった。
顔の造型でやけに凝っているやつもいてイラスト通りの3D設計図作ったりとか。
ナノスキンスーツの絵柄は任せろと言ってマジで再現しちゃったりとか。
武装はどうやって詰め込んだのかわからない位外装がデザインに忠実だったとか。
いろいろな事が浮かび上がってくるが、ナルの考えは変わらない。
むしろ、確証に変わる。
絶対に碌な事じゃないと。

 いきなり頭を押さえ始めたナルにミカは少し戸惑ったが、特に問題も無かったので放置する。
むしろ、何時もの微笑みを絶やさずにナルを見ていた。

 この後、微妙に憂鬱な気分になったナルはシミュレーターで、黒子と戦闘訓練を行ってから眠りについた。
勝敗は、2勝1敗ナルの作戦勝ちであったことを追記しておく。




 
――シャルルの秘密――


 われは今、第3アリーナにおる。
やたら使用者が多い気がするが、ちゃんと許可の調整はやっておるんじゃろうか。
さっきもISが突っ込んできたぞよ。
 今日は土曜で半ドンじゃったから書類をさっさと片付け研究を進めたかったのじゃが、
なんであの通路を使ってしまったんじゃろうな。
自室に向かう途中で、一夏ご一行様とばったり会ってそのまま練習に付き合うことになってしもうたぞよ。
 ちなみにわれを引っ張って行ったのは有無を言わさぬ笑顔のシャルルじゃった。
太陽のような笑顔で万力のような握力出しおってからに腕が抜けるかと思ったぞよ。

 目の前で軽く一夏とシャルルが戦っているのじゃが、一夏は思った以上に成長しておるの。
われが体張って教えてやったかいがあったというものじゃ。
じゃが……代表候補生には届かんようじゃの。
やはり経験か、成長率が高いといっても絶対的な差は出てしまうものじゃからの。
われも人のこと言えんが。

 シャルルの機体は、第2世代『ラファール・リヴァイブ』のカスタム機かぇ。
性能の底上げが成されているとしても次世代機に追いつくのは至難の業じゃて、
そのことを考えるとシャルルの腕が良いということなんじゃろうな。
それを見ただけでも解る武器の豊富さ、その全てを使いこなしておる。
武装の扱いは、ただ使えば良いと言うものではないとメルが言っておった。
性能、特性を頭に入れてその場面で一番合致する物を使うことが出来ること、すなわち知識と知恵が大事じゃとも。
つまりは、腕の良さも然ることながら頭の回転も早いということじゃな。

「そこっ!!」

「あぶねっ」

 しっかし、よく当てるものじゃの。
瞬時加速でジグザグ飛行している一夏に対しシャルルはちゃんと捕捉しておる。
 ISによる射撃補正があるからと言っても早々当たるものではないはず、
となるとシャルルは予測撃ち又は偏差撃ち出来るほど動体に対して戦闘経験があるということかぇ?
もしくはデュノア社が今までの戦闘データをすべて注ぎ込んだのかもしれん。
 一夏も盾で防御しているがジリ貧になっておる、それだけシャルルに反撃する隙がないのか攻守共に優秀じゃの。

「ナルアドバイザーから見てどう思います?一夏さんの戦い方は」

 われが色々考えて観察していると、
一緒に戦闘を見ていた一夏曰く自称コーチの1人であるセシリアがわれに意見を聞いてききたのじゃ。

「動きは悪くない、直線的ではあるが変化をつけておる。じゃが……」

「判断が甘い、とか?」

「その通りじゃ、一般人と見れば高いほうなんじゃがなぁ」

 凰がわれのセリフを取ってしまいよったが、かねがねその通りで周りの者も賛同しておる。
判断力ばかりは実践で手に入れなければならんからの、一夏自体の直感は悪くないんじゃがそれに判断が追いついておらん。
いや、まあ直感のみに頼らなくするように誘導したのはわれなのじゃが、ここまで直感に頼っておったとは思わなんだ。

「こればかりは様々なタイプとやり合って場数を踏むしかないからのぅ」

「タイプ……距離で言えば私が近、凰が近中、セシリアが中遠、デュノアは……」

 箒がわれの話を聞いてそれぞれの得意距離をおさらいして行く。
しかし、シャルルの所で詰まってしまった。
5日で解れって言うもの少々酷じゃしの。
どれ助け舟でも出すかぇ。

「武装などから解析するに近中寄りのオールラウンダーかの」

あの武装の豊富さや動きから見て、シャルルは全ての距離で戦えるはずじゃ。
また戦いに変化があったの。
おお、引き撃ち引き撃ち。
シャルルは近距離戦に持ち込ませずに終わらせるつもりぞよ。

「一夏はバリバリの近接で、ナルアドバイザーは……なんだろ?」

「近であることは確かですわね。それも高速移動型の」

「だが、投擲で中距離もカバーしていた」

「近中の格闘?でも銃器も使ったことあるし」

「以前の戦闘では隠し武器のようなものもありましたわね」

「ふむ……謎だな」

 何故か、われの戦闘タイプについて一夏の自称コーチたちが談義し始めおった。
われの戦闘の仕方は相手の虚を突き動揺を与え煽り隙を作り、さらにそこを突くと言ったもので、
機械のように感情の起伏がない者には効果が無い対人用の戦法なのじゃ。
 さらに種明かしすると、戦闘中の高速移動は武装パーツの七赤金星 "具足"の重力制御装置と、
九紫火星 "金毛九尾"の中央にマウントされておる一白水星剣を使った推力発生装置を併用しておる。
ま、移動中に剣が淡い光を出しておるだけじゃからそう簡単にはばれないとおもうがの。

「うーん……なんだったっけ、昔一夏と弾がやってたゲームでそんな戦い方する敵がいたんだけど、名前が思い出せない」

「ゲームか……私は良く知らないな」

「わたくしも……」

「え~っと、確かト、トリッ……トリック?」

「もしかしてトリックスターでございますの?」

「そうそれよ!たしかトリックスターって名前の敵だったわ」

「でも……確か日本語での意味は『ペテン師・詐欺師』ですわよ」

われがペテン師か、まあ間違ってはおらんかもしれんぞよ。

「あれ?あたしの記憶だとピエロみたいな姿してたはずなんだけど」

「ああ文化人類学のトリックスターでしたの。それならばピエロとも言えますわ」

「ピエロ……道化師か」

 自称コーチたちがわれを少し見て互いの眼を合わせると腕を組んで頷きあった。
確かに人を化かす狐にはお似合いの称号かもしれんの。
って戦い方の話であったかぇ?

「んじゃ、近中のトリックスターってことで……おっと終わったみたい」

 一夏達が空中から降りてくる。
仲良く話をしながら降りてくる様はまるでカップルのようじゃの。
 われはシャルルの正体を知っておるからなんとも思わんが、あの様子を見て自称一夏のコーチ達がすこし嫉妬しておるぞ。
出来れば自重してほしいものじゃ、一夏もヒロインズもの。
これでシャルルが女だってことがばれたら大変なことになりそうじゃ。


「……うーんなんて言えばいいのかな。一夏は……そう動きにムラがあるんだよね」

「あー解ってるんだけどな、どう練習すればいいのかわかんなくて……」

「とりあえず色んなことを経験してみようか。銃の扱い方とかね」

「ぐっ……痛いところ突かれた……」

ようやく話の聞こえる所まで降りてきたようじゃの。
 内容的にはシャルルの鋭い指摘は間違っておらん。
一夏が使っている3連装機関銃はばら撒くためだけの銃じゃから、
狙い打つなんてことはせん。

「機動行動は良かったんだけど、武装選択に戸惑っているって言えばいいのかな」

「武装を使いきれてないって言うんだろ」

「そういうこと。大丈夫、自分の欠点を把握できてるなら克服も早いからね」

 こういうことに関しては、われはアドバイスできないからの。
とくに戦闘での銃器の扱い方は、われの場合ただ単に武装からインストールされた方法で使っているだけじゃ。
 例外はあるがの、一夏戦のときに使った光弾などは元々、
九紫火星 "金毛九尾"に搭載されていた『後天爆裂』という攻撃方法を少し改変した物で、
元からレールガンのように打ち出す機構が存在しておるのじゃが、
小剣の刃の間から打ち出すように変更したのじゃ。
結果、連射速度が早くなり弾数が増えたぞよ。エネルギー消費量も増えたがな。

 実はあの試合は本当にシールドバリアーが残り10台で紙一重だったんじゃ、
最後に降伏を勧めたのもわれのシールドバリアーを見せないためにうった芝居ぞよ。

 そんな事を思い出していると、シャルルの講義が戦闘での良かった点を上げ始めた。

「それより一夏、よくあんなに瞬時加速使いながら動き回れたね。
 動きが変則的じゃなかったから読めたけど、もう少しで追いきれなくなるところだったよ」

「うーん、ナルさんの空中での動きを真似してみたんだけど、そう上手く行かないか」

なぬ?われはそんな話初耳ぞよ。
って、われと一緒にいた3人からの目線が突き刺さり始めたのじゃ。
われなんぞに嫉妬してどうする!?
 
「例えば?」

「方向転換のときに瞬時加速を一旦切って足で見えない壁を蹴るようにして方向を変えて、
 再度、瞬時加速する感じだな」

 一夏が言った動作はたしかにわれが高速機動の時に使う動作じゃの、しかしいつの間に習得出来たのじゃ?
われに教えを請いにきたわけでも……あの飛ぶときの感覚を聞きに来た時か?
あれだけの助言でわれの動作を?そんな馬鹿な……。
われのカメラアイは一夏を驚きを込めて見ていた。

「んー略式の瞬時旋回と考えればいいのかな?……無反動旋回とも違うし……」

一夏の答えを聞いて手を顎にあて思考に浸るシャルル。
 ん?われの方向転換の仕方ってISでも普通にやっていることではなかったのか?
てっきり同じような方法があると思っておったんじゃが。

「あのナルアドバイザー少しお話がありますの」

「なんじゃ?オルコット」

セシリアが話し掛けて来たが、われにはこの時、何の用事かわからなかったぞよ。
一夏がらみであることは確定であったがな……。

「セシリアで構いませんわ。率直に申します、なぜ一夏さんはナルアドバイザーの真似をしていますの!?」

「そんなことわれが聞きたいわ」

「む、ではあれはナルが教えたのではないのか」

箒が疑問を先に問うてきた。
セシリアが「私が質問しているのですわ」なんてスネておるが、セシリアも同じ疑問だったらしくわれの答えを聞く。
そして最後に凰が催促してきた。

「で、どうなのよ」

「教えるもなにも直接的聞かれたことなんぞないぞ。われも特殊な飛び方とは思っておらんかったからな」

というよりわれのイメージとしては『ドリフト走行』時のアクセルの踏み方なんじゃが、一般的ではないのかぇ?

「つまり一夏は、見て覚えたってこと?」

「少なくともわれがこの事に関して指導したことは一度もないぞよ」

「見様見真似でここまで出来るものなのか?」

でも一夏だからな……と箒が零す。
 あやつが小学生の頃の幼馴染である箒が納得するとは、
一体どんな小学生じゃったのじゃ一夏は……。



「シャルル?銃の扱いについてはどうするんだ?」

「えっうん、この方法に関しては保留にしておこう。一夏とりあえずこれ使ってみようか」

 一夏の声で本来の目的を思い出したシャルルがアサルトライフル<ヴェント>を渡して射撃訓練に移るようじゃ。
銃に関してはわれは無力じゃからのぅ、ここらで退散させてもらうとしよう。
 われは、一夏達に声を掛けてから自室に戻っていった。
途中ラウラ・ボーデヴィッヒと鉢合わせしたが、何故か大きめに避けて通過していったぞよ。
ほんと、メルは何やらかしたのじゃ。





 そしてその日の放課後というか、すでに休日かぇ?
現在、夕方5時じゃ寮の夕食まで微妙に残っている時間ぞよ。
そこでわれが何時ものように屋上で歌っているとやけに急いで階段を昇る足音が聞こえてきた。

「ナルさん!知恵を貸してくれ!!」

扉から飛び出てきたのは大分慌てた様子の一夏と覚悟を決めたような瞳をしたシャルルじゃった。

 重要な話だと言う事でわれら3人はクロム社IS学園支部のわれの自室に移動した。
まあ、われの予想通りならば十中八九シャルルのことがばれたのじゃろう。

「すこし散らかっているが気にせんでくれ」

そういってわれは、自室で唯一片付いているデスクトップ周辺に丸椅子を配置していく。
 すこし物珍しそうに辺りを見回していた2人だが、われが相談用においておいた缶コーヒーを2人に渡し、
聞く体制を整えると一夏は真面目な顔で話始めた。
 シャルルが実はシャルロットだったこと、なぜそうなったのか。
このままだとシャルロットが囚われの身になること、そこで特記事項21を盾に3年間でどうにかしたいことを話してきた。
で、その3年間の内にできることを相談しにきたということじゃった。
 まあ、われが全部知っていることなんじゃがな。
案外早かったと思うべきか、しかし一夏よ、いくら信用してるからと言って敵対企業の情報をぺらぺら喋るものではないぞ。
どれ少しお灸をすえてやるか。




「ふむ、つまりシャルロットをデュノア社の呪縛から逃したいのじゃな」

「そうなんです。ナルさん……いい考えはありませんか、
 今の俺じゃ猶予を3年伸ばすことくらいしか思い浮かばなくて……」

悔しそうな顔で言う一夏にシャルロットは庇う様に声を掛けた。

「一夏、そんな風にいわないでよ。そのお陰でボクは少し気が楽になったんだから」

 ナルは、その様子を見ながら溜息をついて一夏に問いかけた。
その声は、何時もより低く聞こえるものだった。

「のぅ……一夏、なぜわれにこのことを相談した」

「それはナルさんなら何か……」

「そういうことではないのじゃ、なぜデュノア社とは険悪な状態のクロム社社員に相談したのかということじゃ」

「だけどナルさんは!」

「一夏、そちはひとつ間違えばとんでもない状況になるのはわかって居ってきているのじゃな?」

「でも!」

「でももカカシもないわ。もしわれがクロム社にこの情報を流したらどうするのじゃ?
 シャルロットは元よりそちの周りにも迷惑が及ぶかもしれんのじゃぞ」

そのナルの言葉にシャルロットが反応する。

「それは一夏があなたを信用しているから!!」

「黙っておれ、デュノア」

冷淡な声でシャルロットを封殺するナル、その瞳にはなにも気持ちが映し出されていなかった。

「良いか、一夏。われを頼ってくれたのは嬉しいじゃがな、われもクロム社という組織の一員に過ぎないのじゃ」

「……」

「とくにわれらは立場が微妙じゃ、本体のこともある。首輪を付けられているも同然なのじゃ」

「……」

「クロム社の利益になることならわれらは報告せねばならん。どんなことがあろうともな」

「くっ……」


沈黙が辺りを支配し、重苦しい雰囲気が部屋に降りた。



(ふむ、これくらいで良いか……)

「……まったく、われらが事前に知っていなければ大変なことになっておったの」

「へっ?」

「えっ?」

その時の2人の顔は心底間抜けな顔をしておったとナルはリアに話している。
 2人が固まってから少しして、復帰を果たした一夏がナルに聞いてきた。

「それってどういう……」

「実はの、われらは最初から知っておったのじゃ。
 シャルルがシャルロットだということも、デュノア社がどういうことをしているのかもな」

「じゃ今までのは……」

ナルは2人に真面目な顔をして答えた。

「あり得たかもしれぬ、われの反応じゃよ。一夏、次があるとは限らんのじゃ肝に銘じておけ」

「はい……」

一夏は怒られたかのように少し落ち込み、シャルロットが慰めている。
ナルはその様子に満足するかのように頷くと話をシャルロットのことに移した。

「でじゃ、シャルロットの件なのじゃが。一夏の言うとおり特記事項21を盾に時間稼ぎをするのは賛成じゃ」

「はい」

「あと出来る事はシャルロットが全部IS学園に話してしまうことじゃな」

「でもそれじゃ……」

シャルロットは不安の声を上げる。
それも仕方ないことだ、下手を打てば国際犯罪者と成りかねない。
強要されたのだから情状酌量の余地はあるだろうが……
だから先手を打ち情報を流して猶予期間中に対策を練る必要がある。

「IS学園は一応完全な中立地帯じゃ、本人の意思がある限りどうすることも出来んよ。
 例えそれが政府の要請であろうともな」

それだけ言うとナルは、今出来るのはそのくらいじゃろうと言って椅子に座りなおした。
その様子に一夏とシャルロットは2人で相談し始める。

それから数分して相談が終わったのか、2人はナルにお礼を言うと部屋から出て行こうとした。
その時、ナルがシャルロットを呼び止めた。

「少し待てシャルロット、そちにこの言葉を送ろう『人事を尽くして天命を待つ』と『果報は寝て待て』じゃ。
 忘れるでないぞ」

 ナルの言葉を聞いたシャルロットは、はいと答えて綺麗にお辞儀し部屋を後にした。
その後姿には不安などもうどこにも見えなかった。





 自室で1人になったナルはPDA端末を変換して、ある人物に電話をかけた。

「ああ、ナルじゃ。そちに言いたいことがあっての、そうじゃ彼女のことじゃ」

「………」

ナルは座っている椅子に深く背もたれに寄りかかり通話を続ける。

「…………?」

「そうとも、彼女はファミリーに加わったぞよ。つまりもう身内ということじゃな」

通話を続けるナルの顔は狐のような笑みが浮かんでいた。
機嫌がいいのかパソコンチェアに体育座りして回ったりしている。

「……」

「うむ、そういうことじゃよろしくの」

それを最後にナルは通話を切り、PDA端末を戻そうとするとそこにクロム社のお知らせが通知される。
そのお知らせにはこう表示されていた。




『欧州進出計画:第二段階開始、状況B』



その表示に冷めた眼はもう無く、代わりに狐の笑みはさらに深くなった。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
ちょっとリアル事情で遅れてしまいました。
頑張れ自分!


ナルのオリISの設定が固まりました。
さてどこでだそうか……




5月17日投稿

5月18日修正

8月4日修正

9月19日微修正



[26873] 第10話
Name: ヴぁん◆72ebca82 ID:5a6fbbc2
Date: 2011/08/04 01:10


 ここはIS学園学生寮1025室、簡単に言えば一夏とシャルルの部屋だ。
今、この部屋にはシャルルだけが在室している。
一夏は、先ほどセシリアと箒の両手に花状態で食堂に連行されていった。
 正直シャルルいやシャルロットとしては、セシリアと箒が羨ましかったが、
PDA端末に通信が掛かってきたために一緒に行くことは出来なかった。

「……はい、順調です」

「…………」

 その通信を掛けてきた相手はデュノア社社長、つまりは彼女の父親からだった。
もちろん、その内容は気遣いなどではなく一夏のISに使用されている第4世代技術の奪取状況についてである。

「……いえ、まだ……」

「……!?……!!」

 今のシャルロットはすでに技術を奪取する気などない、しかし男装やその他諸々がばれた事を父親に気取られないよう、
嘘の報告をしている。
 一夏やナルに言われたように今は少しでも準備時間が必要、いずれはばれてしまうだろうが、
それまでの時間を出来る限り延ばすつもりなのだ。

「……申し訳ありません。ですが、クロム社の監視もきつくて……」

「!!!……!?」

 彼女は父親がクロム社にトラウマに近いものを持っていることを使い、通信を早く終わらせようとする。
現在あくまで平静を装っているが、手や顔には冷や汗が流れている。
 上手く嘘をつくというのは存外に難しいもので、ましてや相手は落ちぶれたと言っても大企業の社長である嘘など聞き慣れているのだ。
慎重かつ迅速に真実を織り交ぜつつ嘘を構築しなければならない神経を使う作業なのである。

「はい、だからもう少し慎重に……」

「……!……!」

 クロム社に対しての罵倒でも言っているのだろうか、シャルロットは端末から少し耳を離して顔を歪める。
端末からの大音量が聞こえなくなるのを待って通信を再開する。

「……落ち着きましたか?ではそろそろ目標が帰ってくるかもしれませんので……」

「……。……」

 彼女が通信を終えようとすると父親からある作戦が伝えられる。
その内容を聞いたシャルロットは眼を見開き驚きを隠せない様子だった。

「そんなっ危険すぎます!いくらなんでも無茶です!」

 彼女の父親は話も聞かずに「もう時間がない」とだけ言って一方的に通信を切り、今端末から聞こえるのは待機音だけだった。
それに意見も言うことが出来ず、苦い顔をして端末の通話終了表示を押すとベットに倒れる。

「そんなことどうすればいいのさ……」

 うつ伏せになり枕を抱え込んだシャルロットの嘆きは部屋へ静かに消えていった。
相談に乗ってくれるはずのルームメイトはまだ帰ってこない……






 その頃、デュノア社への策動準備をしていたクロム社のオーメルに一本の通信が繋がれた。
通信をしてきたのはIS学園にいる諜報部のイブキであった。
 何故イブキがオーメルに連絡しているかと言うとデュノア社の動向は、
オーメルに最優先で回すように辞令が出ているからだ。

「おや、イブキさん何かありましたか?」

「デュノア社が動き始め、シャルロット嬢へなんらかの通信がありました」

「ふむ……どうやら相手も焦っているようですね」

 真面目な顔で受け答え、デュノア社の動きを頭の中で計算し始めるオーメルにイブキが気に掛かることを報告してきた。

「あとその通信に不自然なノイズが検出されました。いま解析に回しています」

「そうですか……どうやら一波乱ありそうです。報告ありがとうございます」

「はい、次は解析後に報告いたします」

 イブキがお辞儀をして通信は切れた。
オーメルは、不確定要素を確認しながら今後の行動を計画して行く。
まずは、フランス政府へ行った契約の後片付けをしなければならない。
そう思っている彼の手には、書類の詰まった端末が握られている。

「1人くらい秘書が欲しいですねぇ」

と、ぼやくオーメルの背中は少し哀愁が漂っていた。 





――疑惑のシャルロット――


「ほう、それではデュノア社がシャルロットに何かを仕掛けた可能性があると?」

「はい、可能性は高いかとシャルロット嬢の行動にはくれぐれもご注意を」
 
 それだけ言うとイブキはナルの前から姿を消した。
ここはいつものクロム社IS学園支部、ナルの部屋だ。
 ナルは、イブキが消えたあとそれが当たり前かのようにデスクトップPCへ向き直る。
もはやナル達にとって風物詩となってしまったイブキの穏行術であるが、
たまに外部の人が見ると大はしゃぎするか、吃驚して眼を見開くか、心臓を押さえるかと言った具合だ。
 実を言うとイブキは諜報部なのに表に出ることが多いためファンレターを貰うことがあったりする。
最近多い差出人は、クラリッサというらしく「忍としてはどうすればいいんでしょうか」とイブキが諜報部の同僚に相談していたとか……。

 閑話休題

 シャルロットの話に戻るがナルはノイズが何かはすでに断定している。
デュノア社社長の意思かどうかは知らないが、彼女に使われたのはノイズによる刷り込み即ち『暗示』だ。
 そしてそれは十中八九ある事がトリガーとなって発動する条件付のものである。
ナルが断定した理由はそうしなければ学園生活に支障がでるからだ。
 しかし、ナルにも仕掛けてくる内容までは解らなかった。
イブキによるとシャルロットが大きな声を出すほどに動揺する内容だったということだが、
ナルにはシャルロットについてのデータが少ないのでそこからの推測はできない。

(まあ状況から考えればわれらへの牽制、もしくは妨害じゃが……)

 ナルは考える、自分があちらの陣営だった場合どう行動するかを。
経営は苦しく敵対企業は強大で、手も足も出ない状況で工作員を使うのであればと仮定して、
出た結果は2つ。

(良くて無意識での情報奪取、悪くて誰か……)

 その時、ナルの端末に通信が入る。
気の滅入りそうな結果だけに少しありがたいと思ってしまったが、そんな気持ちは相手の声を聞いた途端に失せてしまった。

「オーメルです。イブキさんから話は聞きましたか?」

「話は聞いたがそちの声は聞きたくなかったぞよ」

 随分と辛辣なことを言うナル、その顔はイラついた表情をしており口を歪ませて八重歯が見え隠れしていた。
しかし、オーメルは飄々とした態度で喋り始める。

「そうですか、奇遇ですね私も好きで掛けているわけではないのですよ」

「なら無駄話してないで用件だけ言うがよいぞ」

「もとよりそのつもりです、本題に移りましょう」

 通信越しに険悪な雰囲気が漂うこの2人、実はかなり仲が悪かった。
 ナルが生身の時に色々あったらしく、会う事に言い争いをしている。
その主な原因は研修中の時の出来事だったらしいが双方語ろうとはしない。
少し前にナルが通信していたのもシャルロットのことに配慮しつつ、オーメルの負担を増やしていた。
 元々オーメルのプランにはシャルロットを救うという選択は無く、デュノア社共々潰れて貰うつもりだったが、
クロム社と束女史及び千冬教諭の間で交わされた協定の中に、関係者の保護という項目がある。
 これには一夏の友人なども含まれており、今のシャルロットは一夏の友人関係とナルが報告したために、
オーメルの仕事量は増大したのだ。

「なぬ?デュノア社の策に乗れと?」

「ええ、あなたには道化を演じていただきたい」

 オーメルの言葉に眉を顰めるナル。
彼によれば「そうすることで仕事がしやすくなる」とさも簡単な事のように言ってのけた。

「ふん、われは仕事じゃから文句はいわぬが、束女史に睨まれてもしらんぞ」

「大丈夫ですよ、睨まれるのは私ではありませんので……」

「それはどういうこと……」

 その問いに答えることなくオーメルからの通信は消えた。
耳から端末を離すとナルは怒り出すでもなく無感情に通信の途絶えたそれをただ睨みつけていた……。




次の日、ナルの部屋にシャルロットが神妙な面持ちで訪れた。
ナルが前のように丸椅子を出して座るように言い、自分のパソコンチェアに腰掛けて話を聞く態勢になった。
シャルロットも静かに腰掛て静かに話し始めた。

「昨日、父から通信がありました……」

ナルは眉1つ動かさずに話を聞いている。
情報ではなんらかの作戦がシャルロットへ与えられているはずである。
シャルロットはナルを真っ直ぐ見つめながら話をつづけた。

 シャルロットの話を要約すると、デュノア社社長より直々に指令を発令されたとのこと、
その命令の内容は……クロム社に一泡吹かせること、デュノア社の製品をアピールすることであるが、
具体的な内容は指示されていないようだ。

「だから……ナルアドバイザーお願いです!ボクと試合してください!」

「いやその発想はおかしいじゃろ」 

 頭を下げて懇願するシャルロットと腕を組んでばっさり切り捨てるナル。
シャルロットがナルを説明が欲しそうに見上げた。
その様子にナルが溜息をつきながら説明し始める。

「良いか?デュノア社が焦っているのはわかる、そちもな。じゃがそれは……」

「わかっています……でも父を納得させるにはこれくらいしないと」

 ナルが危惧しているのは、クロム社とデュノア社だけのことではないシャルロット自身のことも入っているのだ。 
この策でのデメリットは失敗した場合一番被害を被るのは彼女であり、その時デュノア社は彼女を助けるつもりも無いということである。
クロム社は一応準備をしているようだが……どこまで助けることができるか疑問が残る。
 所詮は一企業でしかないクロム社に代表候補生をどこまでフォローできるのか。
まあ2人ほど実績はあるにはあるが、それもノーダメージと言うわけではなかった。
 そのときはオーメルの手腕により2人への干渉は最低限であったが、そのときとは状況、立場が違う。
どちらにせよナルとしてはオーメル次第でシャルロットの安否が決まるというのが癪に障る。
どうにか作戦変更させようとナルは問いかけた。

「そちが槍玉に挙げられるかもしれんぞ。それでも良いのかぇ?」

「覚悟は出来ています。これでもボクはフランスの代表候補生です」

 ナルはシャルロットの覚悟を決めたであろう返事を聞き、表情をみると早々に説得は困難と判断した。
その理由は瞳にどこか虚ろな光を宿しているのが見えたからだ。

「……まあよいわ、そちの願い聞いてやらんこともない」

「それじゃ!」

「じゃが、少し時間が掛かるぞよ。われはクロム社の許可が無ければ試合などできぬからな」

「それでもありがとうございます!」

 礼を言ったシャルロットがいくらか雰囲気を軟らかくして部屋を退室した後、
ナルは端末でねねこに連絡を取っていた。
もちろん戦闘許可申請のことについてである。

「はいはい、ねねこですにゃ」

「IS学園のナルじゃ、戦闘許可の申請をしたいのじゃが……」

「んにゃ?申請ならもうすでに出てるにゃ」

「……誰名義でじゃ」

「オーメルにゃ、急ぎでってことで大分早く通ったにゃよ」

「そうか……で、いつ許可がおりそうじゃ?」

「明日、明後日ってところかにゃ」

「ふむ……つまらなぬことで連絡して悪かったの」

「いえいえーにゃ」

 ねねこの軽い挨拶の後切れた端末を変換する。
端末が量子として消えていく中、ナルは悔しそうな表情をして机の上で頭を抱えた。

「準備は万端、あとは舞台にあがるだけということか……」

 すでに事態は止まれないところまで来ていてナルではどうする事もできない状態であり、
オーメルの策にただ流されるだけの己自身に、諦めたような声が部屋へと消えていった……。





 それから少し後、一夏が部屋で勉強しているとシャルロットが戻ってきた。

「おかえり、どこいってたんだ?」

そう一夏が話掛けると、シャルロットは今気がついたかのように辺りを見回した。
その様子に一夏が心配するように声を掛ける。

「?……シャル?」

「えっあ、なんでもないよ。ちょっと散歩してただけだから」

少し慌てた様子の返事をしたシャルロットに首を傾げながら一夏は机に向き直った。
 シャルロットはベットに座り、自分が何故一夏に相談せずにナルのもとに赴いたのかを思い出そうとするが、
理由が見つからなかった。
そして、いま目の前で勉強している一夏に相談するという選択肢も出ず、それに対する違和感もなかった。
それがどうしてなのか自身にも理由の解らないまま彼女は睡魔に襲われ、ベッドへと沈んでいってしまった。

 それから少し経って一夏がPCを消し、寝ようとベットに向き直るとシャルロットが倒れているような姿勢のまま寝ているのを見つけた。
眠く落ちそうな目蓋を擦りながらシャルロットを仰向けにさせて布団を掛ける。
この一連の動作を自然にやったあたり一夏の対女性スキルは無駄に磨かれていると見るべきなのだろうか……。
本人はそんなことを露も気にせず自分のベッドに入り、明日に備えて惰眠をむさぼるのであった。

 もし、この時どちらか一方が相手の異変に気付いていれば少し違った未来があったのかもしれない。





――罠:人を呪わば穴二つ――


<緊急の依頼だにゃ[Cr▽△][(猫)]>

<ねねこですにゃ>
<今回はクロム社からというよりオーメルからの任務なのにゃ>
<なんでも現在進行中の欧州進出計画に関係するらしいにゃね>
<依頼内容は件の転校生、シャルル・デュノアとの試合にゃ>
<ここまでなら普通の依頼なんだけど、この試合は改修された第2アリーナで秘密裏に行われるにゃ>
<一般生徒には知らされず一部教師のみに通知がいくことになってるにゃ>
<キナ臭いにゃね……あ、そうそう戦う事が依頼で勝敗は関係ないそうにゃ>
<また今回は報酬に前金が支払わられるにゃ>
<前金10万 達成5万 新武装パーツカタログのパッチファイルにゃ>
<仕事を回しているねねこが言えることじゃないけど、いやな予感がするにゃ>
<何も無いことを祈ってるにゃよ>


新着メールが届いています。開きますか? Y/N




<私だ [▲▲]>

<久しぶりになるな。メルだ>
<今、ドイツからの出向から戻ってきて本社で調整を受けている>
<私の素体の調整はすでに終わっているのだが、武装の方が少しくたびれてしまっていてな>
<オーバーホールする事になってしまった>
<そのため、休暇でそちらに行くのが少し伸びてしまっている>
<ラウラがそちらに編入されたと聞いたがどうだろうか?>
<出向先で世話になったクラリッサがまだ連絡がないと心配していたようでな>
<出来れば伝えといてくれ>
<では、学園で会おう>









 ナルがシャルロットから相談を受けてから数日、
あの時以来からシャルロットの行動に不審な様子は無くなった。
 そしてここは第2アリーナ、クロム社からの出資で大幅に強化されたアリーナの中心では1体の武装神姫、
ナルが空中で浮遊しながら相手を待っている。
 何時も通りの狐をモチーフにした武装を装備してカメラアイを閉じ、瞑想するかのようであった。

 アリーナの観客席には誰1人も見当たらないそれもそのはず現在の時刻は21時であり、アリーナ使用可能時間の最終枠である。
さらに言えばこのアリーナの現在の監督役はシャルルの担任であり、ナルの教諭仲間である織斑 千冬だ。
 彼女である理由は何かあってもある程度は誤魔化しが利くようにとのオーメルからの要請であった。
付き合わされる彼女が不憫であるが生徒のためだと割り切ったようだ。


 静かなアリーナに千冬のアナウンスが入る。

<聞こえているな、ナルアドバイザー。今デュノアがドック入りしたのを確認した。これより模擬演習を開始する>

「了解したぞよ。クロム技術出向員ナルこれより模擬演習に参加する」

 ナルは瞼を上げてシャルロットが出撃してくるハンガーを見る。
シャルロットが駆る機体、ラファール・リヴァイヴ・カスタムIIは第2世代ながら第3世代に劣らない性能を持つ、
公開されている情報によれば、アサルトカノンにショットガンなど多種多様な武器を搭載している。
つまり、あらゆる局面にも柔軟に対応可能な汎用性を求めた機体であると言える。


<両者、フィールドに出たな。戦闘時間は30分だ。超過は認められていない>

「了解した」「わかりました」

ほぼ同時に返事をした2人はアリーナの空中で静止している。
そしてシャルロットから話し掛けて来た。

「遅くなってすみません……ナルさん、部屋から抜け出すのに手間取ってしまって……」

「一夏はそういう時だけ鋭いからの……仕方なかろう」

世間話もそこそこにナルとシャルロットが溜息をつきながらお互いの距離を合わせ始める。

「まぁ愚痴ってもしょうがあるまい。時間も押しておるし……」

「そうですね……それじゃ……」

お互いの距離の位置取りが終了し、双方の視線がかち合った瞬間。

「「勝負!!」」

戦闘は開始された。



 ナルの初撃である小剣の投擲による攻撃は、シャルロットのアサルトカノン「ガルム」によって撃ち落された。
いくら牽制であっても飛んでくる剣を火砲で落とすという、ナルが羨ましくなるほどの火器の熟練度。
さらに2丁アサルトカノンの状態で、ナルを狙う余裕もあった。

(すこし甘く見すぎておったかの……?)

 ナルはさらに小剣を投擲しつつ、アリーナ中を高速で飛び回る。
シャルロットの実力を見直すための情報を集めるために……。


 一方はシャルロットは、ナルの不規則な機動に追いつけず照準を合わせることが出来ずにいた。

(ハイパーセンサーでも追いきれないなんて……なんて出鱈目!?)

さらにそんな彼女の集中を乱すかのようにナルから小剣が投擲される。
それを高速移動しながら撃ち落とす、足を止めれば狙いも付けやすくなるが、高機動型相手ではジリ貧になってしまう。
彼女は少しばかり焦りを感じはじめていた。

 この戦闘、双方とも空中を飛び回りながら行っている。
しかし、シャルロットからの火線はナルに掠ることなく飛び交っているのに対し、
ナルの小剣は吸い込まれるかのようにシャルロットへと飛んでいく。
そのため先ほどからシャルロットのISは警告音が鳴り響き続けている。

<エネルギー体の飛翔を感知、上3時方向、数2>

「そこっ!」

シャルロットのアサルトカノンが火を噴き、赤い透明な小剣が撃ち落されアリーナの地面へと落ちて行った。
小剣を撃ち落した火線は投擲したナルがいる場所に向かうが当たらない。

(いったいどんな機動をすれば、ISのセンサーを翻弄することが……)

<エネルギー体の飛翔を感知、下6時方向、数2>

「っ!」

 その時咄嗟にシールドで防御したシャルロットは、シールド越しにナルの回避機動を見ることが出来た。
ナルは高速の中でほぼ直角な機動をしていた。
シャルロットの脳裏にデュノア社で見たISとの戦闘記録が思い出される。

(!?……そうか、僕が意識できないハイパーセンサーの死角であの回避機動をとる事ことで捕捉を外していたのか)

 ISと武装神姫の機動には決定的な違いがある、それは人体の有無だ。
ISが有人機であるが故、いくら絶対防御があるからと言っても対Gに関しては操縦者が耐えられなくなるのだ。
特にナルが行った機動を真似るなどすれば途端にブラックアウトを起こしてしまう。
これは、遠心力などにより血液の循環に偏りが起こり、脳などへの循環が滞ってしまうからだ。

 それを防ぐには体を鍛えたり、対G訓練またはスーツを着ることなどが挙げられるが、人である以上限度がある。
もちろん、ISに対策がされていないわけではなく、むしろ今は廃れた航空兵器以上比べるのも馬鹿らしくなるほどの対G処置が成されている。
しかし、武装神姫にはそんなものは関係ない、彼女たちに循環しているのは液体ではなく電気信号と電流。
Gによりフレームがバラける可能性はあるが、少なくとも人体よりは頑丈でブラックアウトなどは起こらない。
有人機には出来ない無茶な機動、それが武装神姫が見せた対ISの有用性の1つであった。

(タネさえ解れば……!)

 シャルロットは一転攻勢に出た。
アサルトカノンが連射され、火線がナルを追っていく。
その攻撃は後を追うだけではなく、ナルの回避先を予測して逃げ道を塞ぎつつ誘導していった。
ナルも負けてはいない、小剣の投擲によりシャルロットに隙を作り攻撃から逃れている。
その攻防がある程度続いた後、シャルロットの放った弾丸がようやく届いた……。

(これでどうだ……!?)

 しかし、弾丸はナルの体をすり抜けていき、ナル自身も霧のように消えていってしまった。

(ダミー!?……本体はどこへ?)

ハイパーセンサーによる索敵に即座に移るがジャミングが敷かれているのか反応が無数にある。
一夏戦で見せたアリーナ中にばら撒かれた小剣からのエネルギー反応による撹乱であった。

 シャルロットは、ナルからの奇襲に備え動きながらアリーナ中を索敵していく。
その表情にはいつもの余裕は感じられなかった。




(らしくないな。なにをそんなに焦っている……デュノア)

 千冬がモニターから試合の様子を見ていた感想としてそのようなことを思えた。

(クロム社からの、いやあの胡散臭い交渉役からの要請でこんなことになっているが……)

千冬にはこの演習に関してオーメルから詳しいことは聞かされていない。
ナルに説明を求めてみたが、「知らん」の一点張りだった。

(なにかある……いや何か起こるのか?)

疑念が生まれ千冬の中で漠然とした不安が大きくなっていく、
それは経験からくるものであったが、外れることを切に願うのであった。
千冬の見るモニターの中ではデュノアが未だにナルを見つけ出せてはいないようであった。





(暗示は解けておらんか……好戦的になりすぎて持ち味が生かされてないのぅ)

 ハイパーセンサーをジャミングしながらアリーナの影に身を潜めるナルは、
もはや混乱しているシャルロットを見ながら残念そうに観察していた。
 ナルが使った戦法は今回で2度目、よく言えば何時も通り、悪く言えばワンパターンなものである。
それゆえ前回の一夏戦などをライブラリーで見て予習しておけば割と簡単に切り抜けられるものだ。
映像から答えを導き出すのは難しいだろうがヒントは得られ、そこから閃くこともできる。
以前、一夏にも教えたように相手の情報を調べることは初歩の初歩である。
だが、優等生であるはずのシャルロットがそれを疎かにした。

(思っていた以上に影響が深層意識にまで及んでしまっていると見るべきじゃな……)

 先ほどの攻防でもそうだ。
いくら攻撃が読みやすいからと言って、こちらの攻撃を全て迎撃する必要はない。
回避すれば良いことをわざわざリスクを犯してまで撃ち落す又は受け止めた。
ナルがこの3日間で調べたシャルロットの戦闘記録ではもっと効率的な戦い方をしていた。

(暗示により攻撃的思考が増幅されたのか、はたまた地なのか……)

 いろいろと抑圧されてそうだからの。と零すナル。
そうしていると状況が変化し始めた。
さすがにトリックに気付いたのかシャルロットがアリーナ中に刺さっている小剣に攻撃し始める。

(分析能力はそのままか……いろいろと惜しいぞよ)

 そう思いながらナルは次の手を準備する。
手に持つのは何時もの赤い2本の小剣、実は名がない。
尻尾型格納装置、九紫火星 "金毛九尾"に格納されている2対の四緑木星剣と五黄土星小剣と同じ形をした小剣である。
格納されているそれらと違いエネルギーのみで構成されたそれを持って狙うは超高速による斬り逃げである。
隠れている場所がシャルロットの死角になった瞬間、ナルは九紫火星 "金毛九尾"のギミック『流星』で飛び出していく。
ほぼ前回の焼き回しの戦法であるが今のナルではこれが装備的にも実力的にも限界なのだ。


<6時方向より高エネルギー反応急速接近>

「っ!ブレッド・スライサー!!」

 シャルロットは咄嗟に特技の高速切替で近接ブレードを呼び出し、
先ほどまでの激昂ぶりが嘘のように冷静にナルの突撃を迎撃する。
その結果鍔迫り合いとなり、両者の得物から放電音が響いた。

(つっ、出力不足とは……もう少し考えて訓練しとくべきじゃった!)

(危なかった……高速切替がなかったら直撃だった)

刹那、視線が交錯し、埒が明かないと双方が距離を取り、武装を一瞬で切り替わる。
ナルは九紫火星 "金毛九尾"のギミックの1つであるカギ爪『二黒土星爪』を腕に装備し、
シャルロットは連装ショットガン『レイン・オブ・サタデイ』を変換した。

(切り替えが早い!?)

ナルの武装切り替え速度に驚くシャルロットであったが、殴りかかってくる相手にショットガンの引き金を躊躇無く引くとまたもナルの姿は霞のように消えた。
しかしそこは代表候補生、二度目は通用しない。

「そこだ!」

 真下から躍り掛かったナルの攻撃は寸前に察知回避され、反撃としてショットガンから散弾の雨が降り注いだ。

(くっ……そう旨くは行かぬか!)

 ナルがカギ爪によって散弾の雨を防御すると、その隙を突いて追い討ちをかける様にシャルロットはその位置からナルを蹴り落とした。
地面に叩きつけられる前に体勢を整えたナル、立ち止まらず滑るように飛びアリーナを砂埃が舞う。

「っ……くはぁ……」

―腕部にダメージ、とくに異常はないわね。戦闘続行可能よ―

(了かっつ待ってはくれないか!」

 上空から追撃のアサルトカノンが掃射され、それをナルは間一髪で避けるとその加速力を生かしてシャルロットの横をすり抜ける。
その際、斬り付けを行ったが高速切替により近接ブレードが呼び出され封殺されてしまった。

「もうその手は通じないよ!」

 先ほどまでとは一転シャルロットは声も戦闘も冴え渡っていた。
実はこの時点でナルには有効な手札が尽きてしまっていたりする。
もともと小手先の技術で奇を狙い戦闘を掻い潜ってきたナルである。
無駄に高い情報解析能力により自身が真正面での勝負には勝ち目が無いことを知っている。
それがナルの弱点、限界を自分で決めてしまっているのだ。

(……戦闘時は判断力増強とか冗談じゃないぞよ)

だから、彼女は無駄な戦いをしない。

(まぁ少し可哀想じゃが……ただ負けるのは御免被るのでな)

 ナルは振り向き様に小剣を投擲すると見ることも無く急速離脱していく。
シャルロットがそれを迎撃して後を追うが、前半とは打って変わって追いつくことが出来ない。
照準を合わせ狙い撃つも速度のためか銃身がぶれるのだ、ISでこの様であることからどれだけの速度が出ているか想像できるだろう。
しかも200m程度しかないアリーナ内でである1つ間違えればシールドなどにに接触してお陀仏であり、俗に言うチキンラン状態だ。

「さぁ、我慢比べといこうかのっ」

アリーナのスピーカーを介してそんな宣言が成されるとさらに速度上げて引き離そうとするナル、
それに追いつこうとシャルロットも速度を上げるがノーマルパッケージであるためか引き離されてしまう。

 前にも言ったがラファール・リヴァイヴ・カスタムIIは汎用性を求めた機体である。
だが汎用性を求めるということは突出した能力がないということそれ故局地戦では特化機には勝てない。
それを補うためにパッケージ換装があるのだが、今は無い物ねだりだ。
最高速度はナルの方が上であり、今のシャルロットでは追いつけない。
リミッターを解除すれば容易く抜き去ることが出来るかもしれないがそれは条約違反でもある選択肢にすらない。
シャルロットは、この不利な状態で機体の有効性を示さなければならなかった。




 アリーナでは高速で2つの機体が宙を舞い、軌跡を描いている。
時折、ナルが小剣を投擲しつつ、それをシャルロットが撃ち落しながら必死に追いつこうとしている。
だがそんな状態も唐突に終わる。

<30分経過、タイムオーバーによりこの試合はドロー>

<聞こえたな。模擬演習は終了だ。戻って来い>

 アリーナのシステムと千冬の音声がスピーカーからアナウンスされる。
それを聞いた2人が先ほどの戦闘とはうって変わって地上へ静かに降りていく、片方は普通に、もう片方は沈んだ顔をしながら。



(……僕はなにをしていたんだろう)

 シャルロットがナルを虚ろな目で見ながら自己嫌悪に陥っていた。
相手に無理を言って胸を貸して貰おうとして有効打を打てずに時間切れ、
仮にもフランスの代表候補生がIS戦闘で手玉に取られてしまった。

(ふふっ……あの時挑発なんかに乗ってなければ違ったのかな……)

あの時とは、ナルが我慢比べと称した時である。
もし、そこで冷静に対処していれば勝敗は違っていたのかもしれない。
そんな考えが冷えた頭から次から次へと浮かんでは沈んでいく。

(本当……情けないよね……ごめんね一夏頼ろうしないで……)

 ナルが武装を解除してこちらに歩いてくるのが見えた。
その表情はすこし疲れているようで、目つきがジト目の様になっている。
実は、オーバーロード寸前の高速機動戦をしたためにナルのエネルギーが尽きかけていたわけで、
眠気が襲ってきていただけだったのだが、シャルロットにはその顔がなぜか自分を非難しているように見えた。

(そうだよね……こんな結果じゃナルアドバイザーじゃなくても怒るよね)

 なにか諦めの境地に達しているシャルロットだったが、そんなことをお構いなしにナルは近付いてくる。
そして、その位置がシャルロットの目の前にきたとき、ナルが口を開いた。

「じゃから、言っただろうに『果報は寝て待て』と、そちはちと先を急ぎすぎじゃ……」

そこから聞こえたのは子を諭すようなやや優しいも厳しい言葉だった。

「まあ、大方一夏にこれ以上迷惑を掛けたくない一心じゃったのかもしれんが焦りすぎたの」

「はい……」

 シャルロットが相槌の返事をするが覇気は見られない、相当凹んでいることは制御室にいる千冬にも解るほどであった。
2人の会話から色々と察した千冬は、担任であるはずの私にまず相談せず、真っ先にナルアドバイザーを頼ったのか後で聞こうと心に誓っていたりしたが、
これは一夏とシャルロットの自業自得なので置いておこう。

「はぁ……そう気落ちするな。次はちゃんと準備して挑んで参れ。待っておるぞ」

「えっ?」

気落ちし俯いていたシャルロットの顔が驚きと共に跳ね上がった。

「何をそんなに驚いておる。どうせ期限など言われておらんのじゃろ。もう少し落ち着いてから再戦せい」

「はいっ!」

シャルロットのすこし前までの沈んだ顔が消えたことを確認し、ナルは静かに右手を差し出した。
それに答えるようにシャルロットも右手を出した……はずだった。


何かを貫く音がアリーナに木霊する。

「えっ……なんで……」

 シャルロットは自分のしたことが信じられず硬直し、視線が腕とナルを交互に何度も見返した。
自分は確かに右手を差し出したはずだった。しかし、動いたのは左腕。
しかも盾の裏に隠されていた69口径のパイルバンカーがナルの左胸を貫いていたのである。
 混乱する頭を必死にまとめようとするが、今ある現実に思考がついていかない。
まるで何かに突き動かされるかのように動いた左腕、自分の意思とは違った行動が混乱を加速させる。

 思考が無限ループに陥りかけたとき、ナルの体がパイルバンカーから力なく抜け落ちて地に身を横たわらせた。
その姿を見た時、不意に意識が朦朧としISは解除され全身から力が抜けるようにシャルロットも地に伏せることになった。
倒れた地面の感触で自分が倒れている事に気がつくが強烈な睡魔に襲われ瞼を上げておくことはできなかった。
担任の声がやけに大きく曖昧に聞こえてくる中、シャルロットの意識は深い眠りへと落ちていったのだ。






「おいデュノア!ナルアドバイザー!返事をしろ!」

私は柄にも無く目の前で起きたことを信じたくはなかった。
しかし、現実は現実だ。
生徒が講師をISの武装で貫き、そして今2人は、地に伏せている。

「だめか、医療班に連絡を……」

「その必要はございません」

気配もなく、突然聞こえてきた声に私は警戒して振り向く、
そこには忍者装束のような武装と黒い狐の面を身につけた武装神姫が佇んでいた。

「何者だ。所属と名前を言え」

「クロム社諜報実働部門、実動隊隊長イブキ……これでよろしいですか?」

面を外しつつそう答えた神姫は、無表情のまま水色の髪を揺らして首を傾げた。
私は最低限の警戒を解かずにあくまで自然体を装い、先ほどの発言の意味を聞いた。

「了解した。で必要は無いとはどういうことだ?」

「そのままの意味です」

そういうと彼女は私の横に並び、アリーナの非常用扉を指差す。
その時、タイミングを計ったかのように滑りこんでくる学園医療班とクロム技術班、
彼らは、驚くこともなくすばやく2人を移送していく準備に取り掛かった。

「準備万端だった……そういうことです」

彼女は無表情で私に淡々とした声でそう言い放った。
まるでクロム社が仕組んでいたかのような言い回しが私を困惑させる。
 たしかに不審な部分は多々あった。
クロム社による急な試合の要請、無人アリーナの使用許可と対戦カードの選択……。
デュノア社とクロム社の因縁はIS業界で……いや世界規模で有名だ。
何か起きる予感はしていたが、ここまで予測はできなかった。

(私も教員生活で腑抜けたか……正直に言えば迂闊すぎたのかもしれん)

束と違い、クロム社は順序さえ間違えなければ多少強引な事案も押し通す事ができる上、
その影響力は多岐に渡り、下手をすれば束以上に厄介な相手であることを忘れていた。
そんな手を使ってくる可能性は小さいと信用しすぎていた。
もし、これがクロム社の画策によるものならばと思わずにはいられない。
たしかに我々が結んだ協定には違反していないが……。

 私の考えを余所にアリーナの作業を見守っていた彼女は無感情な声で、
作業が終わったことを伝えてきた。

「無事に移送できたようですね」

「そのようだな……で用件はなんだ。実動隊などと物々しい肩書きが世間話をしにきたわけではないだろう」

「オーメル交渉役からの伝言です。『デュノアの御令嬢に関して御本人も交えて話し合いたい事がある』とのことです」

「『御令嬢』ね……」

 たしかに違和感を感じていたが……気付いたとしても知らぬ存ぜぬを通すことになった事柄だろう。
こういう事柄は生徒の方から相談がなければ対処できないから……歯痒いことではあるがな。

「話し合いはデュノア嬢が起きて安定してからで良いそうです。では確かにお伝えいたしましたので」

 それでは。という短いあいさつと共に彼女は私の目の前から消えた。
そのことを私は別段驚くことはなかった。ISにもロシア代表機体のミステリアス・レイディ【霧纏の淑女】と言う例があったからだ。
ISに出来ることは、大抵武装神姫にも応用が利くと言われている。
その類であろうと私は現実逃避気味な思考を打ち切り、倒れたデュノアとナルアドバイザーの確認を行うため管制室を足早に退室していったのだ。



「しかし……あの格好にあの佇まい正しく忍者」
「忍です」

「!?」









――ナル、撃沈す――



<警告!!現在、本機は甚大な損傷を受けセーフティーモードで起動中>
<警告!!内部電圧が急激に低下中、機体維持のため人格を休眠状態に移行>
<警告!!修復に必要な電源の確保が出来ていません早急にクレイドルに移送してください>
<警告!!上記のため、必要最低限の機能を残し、一部AIをロックします>
<危険!!基礎フレームのCSC及び左胸部バッテリーに致命的な損壊あり。最優先応急修復中>
<警告!!安全防壁が過負荷により内部回路に損傷あり、電源確保後修復開始>
<………
<……
<…




「で、何があったのよ。これは」

 リアがナルの眠るメンテナンス用カプセル型クレイドルを覗きながら、出向技術員に問う。
その手には診察結果の資料もあったが、それでは納得できないようだ。
ここはクロム社IS学園支部のラボで、つい先ほど胸に穴が貫通したナルが運び込まれてきた所であった。

「それに関してですが……」

技術員が伝えようとしたとき、ラボの自動扉が轟音とともに開け放たれる。
具体的に言うとチタン合金製のスライド式扉が観音開き扉になったくらいだ。
悲惨な状態になった扉に敬礼する技術者が何人かいたがそれは追いとくとして、
扉をそんな状態にした犯人がリア達のいる方向に歩んでくる。
 その姿は、一言で言えばウサミミ姿の1人アリスインワンダーランドである。
今の雰囲気はインナイトメアのほうであり、顔が影になっていて表情がわからなかったが、
その格好は間違いなく篠ノ之 束その人であった。
ともあれ、劇的な登場をした束が無言のままカプセルの前まで近付くとナルの様子を身を乗り出して覗きこんだ。
それから暫くしてその束からとてつもなく低い調子の声が聞こえてきた。

「ねぇ……そこのクロム技術員君?」

「はっはい、なんでしょう?」

「束さんにもお話聞かせてくれないかな?」

その技術員曰く「綺麗だったが底冷えのする笑顔だった」と後に語っている。





「……基幹部に甚大なダメージかぁ」

技術員から説明を受け、束が沈み気味に反応する。
説明によればパイルバンカーの貫通した部分は、
CSC(コアセットアップチップ)と呼ばれるナノマシン制御装置であり、
これによって素体の成長センス、性能が変わってくる。
ISで言えばISコアに相当する重要な機関である。

「はい、特にCSCに関しては全損もいいところです。
 CSCは素体のナノマシン制御や特性を司っていますので、
 今回の場合、下手に手出しすると人格に影響が出ます」

「ナル技術員がカスタム機でなければ廃棄処分相当でしたね」

「あっ馬鹿」

 空気の読めない技術員その2がそんなことを言ってしまい、
周囲の温度が急激に下がるような束の視線が突き刺さる。

「で、自己修復を待つをしかないわけ?」

リアが資料を見ながら助け舟を出してやり、話を先に進ませる。
それに乗ったのは冷たい視線が突き刺さったままの技術員その2、特に気にせず説明を開始する。

「はい、現状それしかないかと何せDr.Kの手の入った一級品ですから、
 また、他のカスタム機に見られない謎の部品も取り付けられています。興味はありますが手を出せません」

「許可があれば徹底的に研究したいものです」
といらない一言をぼそっと言う辺りこいつは自分に正直なのかもしれない。
束からの視線が絶対零度まで下がった気がする。
それでも飄々としているあたり大物なのか、単なるKYなのか判断に困るところだ。

これじゃ本当に話が進まなくなるとリアが頭を抱えつつ、束を制して話を続けてようとする。。

「束女史、抑えて。コイツはこういうやつなんで無駄よ。主に眼力の」

「……わかった。確かに無駄みたいだね。私らしくも無かったし、うん何時も通りいこう」

ここで言う束の『何時も通り』とは無関心であるということであるが……今は置いておこう。
とりあえず話を進めようとするリア。

「で話をナルのことに戻すけど、安全防壁が突破された理由は?」

「私が説明いたします」

それに答えたのは技術員その2にツッコミを入れた技術員その3である。
その時、どこから取り出したのか束の周りを投影ディスプレイが展開し、
同じくどこから現れたのか端子類がナルの寝ているメンテナンスクレイドルに接続されていく。
突然の束の行動にその場の全員がすこし驚いたが、この事に関しては説明はいらないという事と解釈して話を開始する。

「考えられる理由は3つです。
 1つは電力不足、ナル技術員を検査したときほぼ空の状態でした。
 2つ目は生活モードに移行したため、1つ目も相まって耐えられなかった。
 そして3つ目は、相手の武器がシールド破壊特化武器だった。
 これらの理由が絡み合った結果があの状態というわけです」

「うーん……そもそも1回の戦闘で電力不足に陥ることなんてありえるの?
 5時間分のバッテリーを30分で消費するとか無茶じゃない?」

「それは……」

「それには、この束さんがお答えしよう!」

ハイテンションな声が技術員その3の説明を遮って響き渡る。
滅茶苦茶な速度で正確なキーボードタッチで流れて行く投影ディスプレイに視線が集まる。

「どうやら、なっちゃんはかなり無茶な戦闘設定を行ったみたいだねー」

(((……なっちゃん?)))

「ほらこれ」
と映し出されたのは素体の傾向グラフ、それは素早さと出力に大きく偏った形になっていた。

「こんな偏った傾向じゃ格闘戦で押し負けちゃうよ。
 防御もペラペラで、ISどころか武装神姫相手でも無茶もいいところ。
 PICとかの加減速制御系からも引っ張ってきてたみたいで関節とかもボロボロ、
 他もオーバーロードもしくはオーバーヒート寸前だったみたいだね。
 こんな使い方してたらバッテリーが持つはず無いよ」

「……付け加えるとナル技術員は裏コードを知っていますからね。こんなギリギリの設定出来るのも納得できます」

「おかしいわね、ナルがこんな設定するなんて前は白式の尖った設定で愚痴ってたのに」

リアがナルらしくない仕事に疑問を呈する。
同僚として親友としてみて来た彼女にとってはこの様な無茶なことはしないはずだった。
自分のことを凡人と評する真面目君である親友は賭けなどせず実直な、悪く言えば面白みのない計算された戦いを好んでいた。
それをしなかったということは……。

「よっぽど追い詰められたのか……そうしなければならない何かがあったのか。ちょっと解らないわね」

「多分それで合ってると思うよ。りっちゃん」

「りっちゃん!?」

 うん、駄目かなー?と言う束に困惑するリア、それを見ているモブ技術員たち、すったもんだで最後にはリアが折れて
疲れたように自室に戻っていくと、技術員たちも本来の仕事に戻っていった。




 高速で投影ディスプレイ上の文字がスクロールしていく、これを操っているのは束だった。
現在ラボに残った束を除いて、ここにいるのは眠っているナルのみである。
少し前に壊したラボの入り口はクロム社傘下のベイラー工務店が30秒で直していったため、
セキュリティー的にも早々突破されることはないだろう。
それはさておき、高速でキーボードを打ち込んでいた束の手が止まると、
ディスプレイに向けて話しかけ始めた。

「聞こえるかな?」

「ええ、感度良好よ」

ディスプレイに映し出されたのは……

「初めましてかな?」

「この姿では初めまして束女史」

ナルのFCS兼レーダー担当AIであるミカだった。
しかし、現在ナル内のAIはロックされたままであったはずである。
それにも関わらずミカは起動したまま、束と対話している。

「それで君がしたいっていうお話はなんなのかな?」

「ふふっそんなに焦っちゃ駄目よ……この子がこんな状態じゃしょうがないかもしれないけどね」

双方、そんなことはお構いなしに話は進んで行く。
一見穏やかに見える会話であるが、もしラボに人が残っていたのならば、
急激な体感温度の低下を感じるような状態である。

「ISコア・ネットワークを介してまで話したいことがあった君が茶化さないでほしいなぁ」

「あら、御免なさい。赤の他人と話すことなんて余り無いものだから……じゃ本題に移りましょうか」

 束の言葉自体は優しいものであったがその声には明確な怒気が含まれていた。
だがミカは態度を変えずに本題へと話を持って行く。
その本題という名の提案は……

「ねぇ束女史、この子のためにドク、いえDr.Kを引き取って貰えないかしら」

束にとってやけに魅力的に聞こえた。













――――――――――――――――――――――――――――――――――――

ども、リアルが忙しかったのとアイデア練りに時間が取られて遅れに遅れてしまい申し訳ありません。
やってみて自分で展開を作っていくのが途轍もなく難しかったです。
世に出ている作家さんがいかにすごいか再確認できました。




今日の技術

CSC(コアセットアップチップ)

 素体のナノマシンを制御する回路とチップのこと、主に素体の成長やステータスを司り左胸内部に存在する。
基本的に戦闘や戦術の判断、人格AIは頭部コアに依存し、戦闘データを蓄積する。
CSCはそれに合わせて素体を最適化していると言える。 
宝石の名を冠する数あるチップから3つのチップを選択してはめ込む、換装はできない。
 原作の武装神姫世界観では神姫に力を与えるパーツとされている。


胸部バッテリー

 素体がクレイドルもしくは素体用燃料からの電力を保存しておくバッテリー。
武装神姫は左胸内部にCSCが存在し、女性型は細身であることが多いためバッテリーの場所の確保が難しかった。
そのため苦肉の策としてCSCを守る胸部装甲兼バッテリーを開発、怪我の功名か小柄な素体が作れるようになった。
 この材質は変幻自在でどんな状態でも動作できる弾力性のあるバッテリーとなっている。
(元々は実験中に出来た電気を溜め込む性質を持つゼリー状の物体。出来た当初は使い道が無かった)
男性型は腹部、ロボット型は胸内部もしくは背部、戦闘機型は中央部にバッテリーがある。(例外もある)
 原作の武装神姫の場合は全高15cmのどこにバッテリーがあるのか謎。
でもバッテリー表示はあるのでどこかに存在するのはたしかな筈。







バトルロンドがサービス終了とか……
情報を見たとき「なん……だと……」を素でやってしまったorz
いやバトマスのほうに注力すると考えればいいんだろうか?


では次回にお会いいたしましょう。



投稿 7月30日

指摘部分修正 7月30日

8月4日修正



[26873] 第11話
Name: ヴぁん◆72ebca82 ID:5a6fbbc2
Date: 2011/09/18 11:05

 例え誰かが倒れたとしても世界は回る。
それはまるで時計の針のように進んでいってしまうもの。
では、止まってしまった時計はどうすればいいのだろうか?
直す?変える?ネジを巻く?いろいろとあるだろう。
でも、また壊れてしまうかもしれない。
どうすればこの問題を解決できる?
答えは簡単、壊れないようにすればいい。
決して壊れずに時を刻み続けるようにすればいいんです。
さてさて、楽しい楽しい工作の時間です。
課題は「壊れない止まらない時計」
この壊れた時計を直して?改造して?造りましょう。
機械仕掛けの神様でも止めることが出来ないように……。








――ドイツにて戦路は暗く――


 どこかの通路を銃器を構えて疾走する集団がいる暗闇に不気味に光る5対の赤いゴーグルレンズ、
訓練された動きとその動きを阻害しない特殊な装備を身に纏い、腕のポケットにはクロム社のエンブレムが記されていた。

 急に先頭を走っていた隊長格を思わしき人影が右手を肩の高さまで上げ隊員を制止させる。
合図と共に通路の物陰に隠れ隊長格が曲がり角の安全を確認すると今度は手を前に向けて振り、
また隊員を前進させる。

 その後、何度か同じ光景が見られたが接敵することなく、
ある扉の前にたどり着くと扉の左右に隊員たちが取り付いた。
 扉は厚く、材質も見るからに頑丈、さらに電子ロックによる厳重な施錠が成されており、
招かれざる客の侵入を阻んでいる。
 扉を確認した隊長が手信号で隊員に指示を出すと、
1人は扉のクラッキングを開始し、他は身を隠しながら突入体制に入る。
クラッキングしている隊員からカウントダウンが通信で伝えられると、扉に一番近い隊員が装備から取り出し、
カウントダウン終了と共にそれを投げ入れた。
 
 閃光と爆音が部屋の中から響き、瞬間、隊員たちがなだれ込む。
しかし、部屋の中は人影1つなく使用されていた機器はそのままに放置されていた。
それを見て隊長が隊員たちへ警戒しつつ捜索に当たるよう指示を出し、
何気なく近くの乱雑に置かれていた書類を手に取る。
その文面から以前強奪された10体の内、2体がここに研究用に運び込まれていたが、
見渡す限り既に撤収済みで影も形もない。

「この状況から見るに近付いていることは確かではあるが……また一手及ばず、逃走を許してしまったようだな」

これまで一言も喋らなかった隊長格から、ぼやきとも嘆きとも聞こえる声が漏れる。

「これで何回目だったか……」

<16回目の確保作戦であります。サー>

 通信で隊員からのフォローが入るがその声も心なしかキレがない。
16回……潜入作戦は神経をすり減らす、いくら借り物の体であっても精神までは代替不可能であり、
まして半年の間に訓練と平行して作戦が発令されているため、精神的疲労が蓄積するのも仕方のないことだ。

「そうだな、私達の部隊だけでも16回、そして今回も……」

<目標は発見できず、また目ぼしい書類の確保は終了いたしました>

「そうか、了解した。総員速やかに撤収に入るぞ」

 隊員たちから順々に了解の旨が伝えられていく。

 ここの後始末はドイツ軍がやってくれる手筈になっているため素早く撤収しなければならない。
素体などの情報が記された書類もあるが、既に公開されている物以外は確保済みであるその辺りに抜かりはない。
そのため、あちらの部隊長に資料がどうのこうのと嫌味を言われることがあるのだ。
ともあれ活動時間が限られているのに愚痴に付き合っては居られないのと、変ないざこざで良好な関係を壊すわけにはいかないので、
鉢合わせする前に撤収するわけである。

 隊員からの返事を聞いた隊長も通信中に整理した書類を持って隊員たちと合流し、来た道から撤収していった。

 ドイツにて軍部に出向している30体のヴァッフェバニーとそれを操る出向員30名は日々訓練を積みながら、
亡国機業の足取りと強奪された素体を追っている。だが、状況は芳しくなく目標の確保には至っていない。
諜報部も怪しい場所が多すぎて洗い出しに苦労しており、結果はご覧の通りである。

 現在、判明したことはここには強奪された素体2体が搬入されたこととそれと共に研究所が移転を繰り返していること、
また、それとは関係ない拠点らしきものが多数あるということだ。
その多さからドイツに張り巡らされた亡国機業の巣は思った以上に深く暗く浸透していることが解る。
クロム社ドイツ軍出向部隊、WAFFEBUNNY部隊(通称:WB隊又は武器兎隊)の気の休まる日がくるのは当分先となりそうだった。






――クロム社は平常運転中――


 ここはいつものクロム社サイバー内会議室である。
しかし、雰囲気はいつもの通りとはいかない様だった。
お互い顔は見えないが、いつもより緊張した空気が伝わってきていたからだ。
そんな中、上層部の1人が話しを切り出した。

「諸君、定例会議をさっそくであるが始めたいと思う」

「まずは、亡国機業の続報であるが。やつらは前回の襲撃からすぐ地下に潜ったようだ」

「諜報部の方も、動きが少ない上にダミーが多いと愚痴っておったよ」

「そして、その数少ない動きが強奪された神姫の移動か……」

「さよう、まるで囮のように動き回っておりますな」

「諜報部はよくやっていると思うがね」

「しかし、結果が伴っていない……まるで作戦情報が漏れているようだ」

「ドイツ軍にも通達は行きますからね。十中八九そこから漏れているのでしょう」

「我々が渡した資料により大分、首が飛んだと聞いたが?」

「大物はな……小物はしぶとく残っているのだろう」

「むしろ、増えているのでは?」

「無意識の内に協力させられている可能性もある」

「……問題は漏洩にどう対処するかだ」

「そもそも、本当に漏洩しているかもわかりませんから確認が必要ですな」

「古典的ではあるが偽情報を流して出方を見るのも良さそうだ」

「ではそのように打診してみましょう」

「よろしい、では次の議題に移る」

「IS学園において、ナル技術員が危篤状態だそうだ」

「束女史が現在ついているから問題はないだろうが……原因は?」

「オーメル交渉役からナル技術員に依頼が行っていたと報告が来ている」

「その事について聞いたが、欧州進出計画の一環だそうだ」

「一環で危篤者を出したのか?いくら特別処置者とは言え、社員なんだぞ」

「少々やりすぎでは?」

「オーメルに任せすぎた我々にも責任があるな……」

「とはいえ後悔している暇はありそうにないですな」

「ナル技術員が動けないとすると、守りを増員すべきですかね?」

「現在再編成中である武装警備隊のα隊から何名か向かわせるか」

「今すぐに動かせるのは、α4の隊員だけのようですね」

「では、メル戦闘員と共にIS学園に向かわせましょう」

「あとは、ナル技術員に補填が必要ですな……」

「意識が戻り次第、要求があれば我々が出来る範囲で叶えるくらいしか出来んな」

「歯痒いことだがな……」

「補填については、ナル技術員との示談としよう。次の議題についてだが……」


<会議ログの途中更新を行いました。会議進行中のため現在社内ライブラリで閲覧できません>




――台風の目のIS学園――


(どうも空気がおかしい)

 俺がそう感じるようになったのは昨日の夜からだ……。
あの時、シャルを見失ってから空気が重くなっていくような感覚を覚えたんで、
心配して探し回っていたんだけど、途中で千冬姉に見つかって部屋に戻るように言われたんだ。
その時の千冬姉はやけに迫力があって俺はそれ以上無理を通す事ができなくってさ。
結局、シャルは帰って来なかった上に空気は肌で感じるくらい確かに重くなっていた。

 現在、朝のHR前で寮から教室に向かっているところで、俺は何時ものようにくっつかれている。
左腕に箒、右腕に鈴で、セシリアは部活の朝練のためここにはいない……物凄く悔しそうな目で俺達を見てたけどな。
で、さっきから鈴が眉間に皺を寄せ、鋭い見眼つきで辺りを見回している。

どうやら俺と同じような感覚に陥ったみたいだ。

「ねぇ……なんか変じゃない……?」

さっきまでの厳しめな顔が一転して不安げな様相で俺に問いかけてきた。

「鈴もそう思うか?俺もなんていうか空気が重いと感じてるんだけど……」

「一夏はそう感じてるの?あたしはこうピリピリしてるって感じかな」

 鈴とは感じ方が違うようだがこのIS学園内に漂う空気の異変があることは確かなようだ。
ぐっ、そんなことを話している間になんか重みが増した感じが……主に左腕からプレッシャーが増大している!

 俺は恐る恐るプレッシャーの根源である左腕へと視線を向けていくとそこには……、

「……そうか」

すごい顔した箒がいた。壁に握力で罅を入れそうな形相だった。


 箒、解った解ったから、そっちにも聞かなかったのは俺が悪かった。
お願いだから瞳孔開いた目で意味有りげに嘆かないでくれ。
あと左腕が軋みあげてるから、右手の力を抜いてくれると助かるっいたたたた。

「はぁ……で?あんたのほうはどうなのよ」

「……はっなにがだ?」

 鈴が問いかけたことで箒が正気に戻ったのか俺の左腕の戒めが和らいだ。
ナイスフォローだ、鈴。お陰で保健室通いに成らずに済んだ。

「さっき一夏にも聞いたことよ。何か学園の雰囲気っていうの?変な感じはしない?」

「えっ……ああ、そういえば何やらいつもと違う騒がしい感じがするな。うん」

 俺の左腕に引っ付きながら頷く箒、あまり動かないでほしいなぁ……というか解っててやってるんですよね?箒さん?
頬ずりから体の擦り付けになっています。待て、それ以上はいけない!

「……一夏」

「なっなんだ?」

 その様子を見た鈴から睨みつけられながら話を切り出された。

「いやならいやって言わなきゃだめよ、甘やかすのもいいけどちゃんと躾けないとね?」

「へっ!?」

「なっ!?」

 あんまりにもあんまりな話題の転換に俺も箒も驚きの余り変な声を出してしまう。
衝撃的なことに少し固まってしまった俺達を置いて進んでいく鈴、どうやら俺達は何時の間にやら2組の教室前まで来ていたようだ。

「それじゃまた休み時間にね、一夏」

 鈴は呆然としている俺に軽い挨拶をして教室の中へと入っていった。
残念ながら俺はそれに返事をすることは出来なかったのは鈴の言葉の衝撃と悪戯が成功したような笑顔がみえたからだ……と思う。
時間的には短かったが意識的に長く感じた間の後、俺と箒は再起動を果たし微妙な空気のまま目前である1組に向かっていった。

(やっぱビシッと言わないと駄目か……?)

(少しあざとすぎたか。いやこれぐらい露骨に行かないと一夏には!)

 教室間の短い合間に背筋を撫でられるような感覚が走ったような気がしたが気にしないでおこう……、
主に俺の平穏のために、いや平穏のためには気にしたほうがいいのか?


教室に入るまでの間に決まるわけがなく、現状維持とした俺は弾とナルさんから「この優柔不断め」とツッコミを入れられた気がした。







 一夏たちと別れた後、まだ人も疎らな教室で静かに席に着いたあたしは、さっき口走った内容を思い返してすこし自己嫌悪中だ。
なんなのよ、「躾けないとね」とか思ってても言っちゃ駄目でしょうがー。
一夏とか絶対引いてるって、依存症女のほうは……あーやば余計に酷くなったかもしんない。

 そもそもなんであたしはあんなこと言ったんだっけ?
一夏に対するアドバイス?あの依存女に対する釘刺し?どれもぴんとこない。
結局の所、一夏へのあたしのアピールというか印象付けみたいなものだったと結論になって、
最終的には自己満足の域を出ない行動だったと思えてきてさらに自己嫌悪。
なにやってるんだか……考えてみればあたしはあの依存女のどこが気に入らないんだろう。
一夏を独占してるってことは当たり前なんだけどそれ以上になんか痛々しいというか……。

……ああ、なんだ簡単じゃんちょっと前までの自分を見せ付けられているような気がするんだ。
あいつはあたし以上に一夏以外に縋るものがなくて、あたしがここに転入してくる直前みたいに……。
でも、あたしは転入早々行方知れずだったお父さんに会えた。
あの時、リアアドバイザーが気を利かしてくれなかったらあたしもああなってたのかしらね。
今ではお父さんとも週1で連絡取り合ってるし、そこら辺から出てきた余裕ってやつかな。



……ってあれ?
もしかして、あたしってファザコン?



 あたしは先生が来てからも机の上で頭抱えて百面相していたらしくそれまで誰も声を掛けてくれなかった。よほど気味悪かったみたい。
で気付いたときには周りのクラスメイトが苦笑いしてるし、目の前にはリアアドバイザーが物凄い笑顔を貼り付けて立ってるという状況。

「鈴音さん?これで2度目ね、アタシの話なんて聞きたくないってことなのかしら?」

「いえ!滅相もございません!!」

「……まぁいいわ、3度目はないから」

 笑顔からジト目のコンボを喰らったけどリアアドバイザーからの説教部屋は温情で回避された。
リアアドバイザーが教卓の前に戻っていく姿を見て、助かったぁというのがあたしの本音だった。


……ん?なんか様子がおかしい。なんでリアアドバイザーがSHRにいるのよ。
担任の先生はどうしたの。副担任は昨日から腹痛で休みだった気がするけど……。

「聞いてなかった人がいるからもう一度言うけど緊急職員会議があって現在全学級の担任が召集されてるわ」

 ああ、なるほど廊下でのピリピリした感覚はこれだったわけね。IS学園の『緊急』なんて相当やばい事なんでしょう。
リアアドバイザーもいつもと違う雰囲気を纏ってるし、それに感じてかクラスの皆も緊張してる。

「それに伴い担任と副担任が不在の2組は1時限目が自習になるわ。アタシは代理を頼まれただけだからそのつもりで」

 リアアドバイザーがそう言い終わるとSHRが終わるチャイムが鳴り、1時限目の準備が始まる。
そこに何時ものような喧騒はなく、学園自体が緊張状態にあるような静けさに包まれていた。




 






 IS学園においての緊急職員会議が行われるということは特別な事案もしくはISに関する重大な懸念事項が発生した事を意味する。
今回の召集で議題に挙げられたことは、『シャルル・デュノアに関する事項』と『クロム社技術員ナルに関する事項』の2つだった。
それに関連してクロム社交渉役のオーメルも通信を介してこの会議に参加している。

 最初に挙げられた『シャルル・デュノアに関する事項』は、
性別に関しての問題は学園側の問題でなく仏政府とデュノア社そして国際IS委員会の間での問題であるため、
学園としてはシャルル・デュノア改めシャルロット・デュノアをIS適正のある女子として保護する方向で動くことに決まった。
少なくとも特記事項21条によりIS学園在学中はどのような干渉も受けることはなくなる。
問題は卒業後のことであるがこれに関してはクロム社が保護同然のことを行うと確約した。
この確約により教員でありシャルロットの担任である織斑 千冬がクロム社に対し疑念を持ったようだが、この場では表に出さなかった。

 いや正確には出せなかった。その理由はそれ以上に大きな問題がクロム社から持ち込まれたからだ。
その問題とは、IS代表候補生に対する暗示によって起こされた作戦行動及び破壊活動である。
実は暗示による作戦行動が過去学園内で無かったわけではない。
しかし、ここまで直接的なものではなく、情報収集など水面下で行われるようなものであった。
もちろんIS学園ではそう言った暗示や洗脳は、発見・通報され次第解除される事になっている。
では、何故今回の事件が起きたのか。
管理体制に穴があったからと言えば済んでしまうが、残念ながらそれだけではない。

 その原因が『ノイズ』、それはある一定の周波数に乗せた暗号のようなもので人間には聞こえない音域にある音だった。
しかも、音自体が弱く板一枚あれば防音されてしまうような脆弱さであり、捕捉は難しく専用のスピーカーでなくては発振することができない。
また、その『ノイズ』自体には暗示を掛ける能力は無く、それを変換するツールがあって初めて暗示を掛けることが出来る。
途轍もなく回りくどく限定された方法で隠匿性に特化していたのだ。

 その証拠に昨日の内にシャルロット・デュノアのPDAからは発信機が見つかり、
専用機であるラファール・リヴァイヴ・カスタムIIのハイパーセンサー関連ソフトウェア内に変換ツールらしきプログラムが発見された。
だが、残念なことにそのプログラムは発見と共に自壊を開始したため断片的なデータしか回収できなかったと報告されている。
一晩の内にこれだけの証拠を集めることが出来たのは、クロム社から送られてきた論文のお陰である。
ただタイミングが良すぎた。この論文はシャルロットが治療室に到着したと同時に送られてきたのである。
そこでIS学園はこのことについてクロム社に説明を求めた。

「時間も無いので率直に聞きましょう。Mr.オーメル、何故クロム社はこの論文を送られてきたのかしら?」

「必要そうでしたので、もしかして大きなお世話だったでしょうか?」

「いえ、実に助かりましたよ。その事には感謝しています。これで学園の生徒達を守る手段が1つ増えました」

「それはよかった。3日間ほど技術部を叩き起こして論文を探させた甲斐があったというものです」


その様相は狐と狸の化かし合いをしているように見える。


「それは、それは……貴方たちのお陰で救われた子がいるとお伝えくださいな」

「はい、伝えておきましょう」

「さて、質問を変えましょう。Mr.オーメル、この論文は何処で手に入れられたのですか?」


 話を変えて核心をつく質問をオーメルに再度叩きつける学園長。
しかし、オーメルは特に狼狽もせず、すらすらと答えて行く。


「我々に敵対する組織の廃棄されたラボに放置されていた紙束の中からですね」

「そうですか。あの組織が……」

「ええ、厄介なことに相手側にとってはすでに完成している技術のようですね」

 両人は軽く言ってしまっているがかなり重い案件である。
考えても見て欲しい、もしこの技術が発展していった場合、
突然学園内部に無数の工作員を作り出すことが可能なのだ。
それだけではない今のままでも、
変換ツールを学園のスピーカーなどに仕込んで、
集団催眠も技術的には十分に可能だろう。

 会議室に集まる教員達が話の進む内に顔が険しくなっていくのも仕方ないことだ。
それほど危険な技術が開発され、しかも開発元が敵対組織である警戒しないほうがおかしい。

「まあ、対策会議は後日、色々と含めて話し合いましょうか」

「ええ、こちらとしても詳しい資料を纏めたいので構いません」

その言葉により次の議題に移ることになった。

 次に提示された問題は『クロム社技術員ナルに関する事項』であったが、
クロム社側が、事故は業務中に起きたことでIS学園側に不備はなかったとし、
ナル技術員に関しての補償は全面的にクロム社が責任を負うことを通達、IS学園はそれを了承した。
途中、事故当時のアリーナを監督していた織斑千冬に責任の追求が及ぼうとしたが、
それも含めてクロム社側が依頼した結果であるとしたため、織斑千冬の責任は不問とされる。
しかし、クロム社からシャルロット・デュノアへの要求については本人との話し合いで決めるとされた。

 なお、この『事故』については生徒へあった事のみを伝え原因などは隠すことに決定。
それに関連してナル技術員がこれを機に素体のオーバーホールに入ることと成り、
短期補充要員が2体、すでに向かっていることが伝えられた。

 
こうして、精神的に長く時間的に短かった緊急職員会議は終了した。










 時間は経ち、昼休み。
朝方にあった学園を覆っていた緊張感は消え、何時もの喧騒が戻ってきている。
そして屋上にはシャルル・デュノアを除いた一夏と一夏好き好きグループの3人がいる。

 全員、お弁当を広げて楽しくお食事中であるはずだったのだが……。

「はぁ……」

一夏の溜息が場の雰囲気を盛り下げているのは見ての通りである。

「あの一夏さん?ナルアドバイザーとデュノアさんが心配なのは解りますが、あまり思い詰めるのはよくありませんわよ」

「ああ、ごめん」

「……一夏さん?」

 セシリアが溜息ばかり付く一夏にアドバイスを入れるが何処か上の空で生返事をするばかり、
さすがに他の2人も心配になってくる。

「ちょっと、一夏どうしちゃったのよ。一夏ー?」

鈴音が一夏を揺すってみるが反応が薄い。

「一夏は2時限目に織斑先生から話を聞いてからずっとこんな感じだ」

「……ずっとかは解りませんが話を聞いた時は驚いていらっしゃいましたわね」

 午前中の授業を思い出しながら箒はそう言い、それに概ね同意するセシリアだったが、それで一夏の状態が改善するわけでもなく、
「どうしたものか」と悩む2人に、その話が聞こえた鈴音が一夏を揺らすのをやめて話に加わってきた。

「2時限目の話ってあれでしょ?ナルアドバイザーとシャルル・デュノアが『事故』ったって話」

「そうだ。だから原因がその2名のどちらかというのは解るのだが……」

「それで一夏さんが悩む理由がわかりませんわ」

 腕を組んで考え込む箒と肩を竦めるセシリアに、もう一度一夏の方をみる鈴音。
肝心の一夏は未だに心ここに有らずと言った感じで弁当にも余り手をつけていない状態である。

「デュノアって確か一夏と同じ部屋だったけ?」

「そうだ」

「じゃあどうせ一夏のことだからあの時引き止めておけば、とかってどうしようもないこと考えてるんじゃないの?」

 一夏が鈴音の言葉にビクッと古典的な反応を示した。
その反応にしたり顔の鈴音と悔しそうにする他2人。

「どうしようもないってどういうことだよ」

少し怒っているような口調で話しかけてくる一夏に売り言葉を重ねていく鈴音。

「実際どうしようもないでしょうが、すでに起こったことを悔やむよりこれからどうするかが肝心よ」

「そりゃ……そうだけどさ……」



 そう言ってまた黙りこくってしまう一夏に鈴音も眉を顰める。
らしくないのだ、何時もの一夏ならば餌と見れば即座に食いつくような魚のように買い言葉を返してくる。
しかし、今の一夏にそんな覇気はなく逆に落ち込んでいく始末。
さすがに打つ手が無くなった幼馴染ズ+1は、集まって話し合い始めた。


……
………

「ん~ん?」

「なになに?どうしたの?」

「あそこにいつものおりむーグループがいるんだけど~」

「どれどれ?……なにやってんの?」

「お弁当広げながら攻略作戦会議中?」

「おりむーも悩んでるから違うと思うな~」

「あーでも真剣に悩んでいる織斑君もかっこいいかも」

「胡坐の上にお弁当箱が無ければね~」

「色々と惜しいなぁ」

「昼休み、後10分なんだけどおりむー達大丈夫かな~?」

「あー大丈夫……だと思うけど」

「一応教えてあげようか」

「賛成ー」




 おりむー達は授業に遅れずに済みました。

 




 午後の授業中、一夏は柄にも無く悩み続けて千冬の鉄拳を喰らい、
罰として『全速力で』校庭4週を言い渡された。

 さすがに体力バカな一夏でもきつかったが、お陰でネガティブな考えは吹っ飛んだ。
そして走り切って教室に戻る頃には放課後になっており、さすがに誰も居ないだろうと扉を開けると、
そこには千冬が待っていた。

「遅いぞ、織斑」

「千冬ね……織斑先生」

「早く着替えろ、お前に会いたいというやつがいる」

いつも以上に真剣な顔で伝えてきた千冬に一夏は無言で頷く。

 数分後、急いで着替えてきた一夏は、千冬に誘導されながら病棟に通された。
そこは一夏が火傷のために通っていた何時のも保健室ではなく、1ランク上の医療室といえる場所だった。
個室の扉には『関係者以外面会ヲ禁ズ』と表示されていて、一夏は不安に駆られる。
だが、千冬はその表示を気に掛けもせずノックした。

「入るぞ」

千冬の短い言葉に、どうぞと言う返事が返ってくる。
その声は、弱弱しかったが紛れも無く一夏の現ルームメイトの声であった。

「あっ織斑先生……それに一夏……」

病室に入ると第一声がそれだった。
シャルロットがベットの上に横たわっていた体勢から上半身を起こそうとする。
その時、挫傷気味の表情を浮かべる彼女に思わず一夏が駆け寄り、それを手伝った。

「ありがとう……一夏」

礼を言う声は弱弱しく昨日までの彼女とはまるで違っていた。

「シャルル、大丈夫なのか?怪我とかあるのか?」

「ううん……大丈夫、ちょっと夢見が悪かっただけだから」

「心配掛けちゃってごめんね」と、
今出来る精一杯の笑顔をするが辛そうな笑みを浮かべたシャルロット。
明らかに挫傷している彼女に一夏は不安そうな表情をし、千冬に視線を向けた。
それに溜息を付きながら答える千冬。

「安心しろ、織斑。デュノアの言うとおり外傷はない」 

「一夏は酷いなぁ……僕の言う事信じてくれないの?」

「そんな辛そうにしてどこに信じられる要素があるんだよっ」

一夏が少し語気を荒げて言う、その中には自責の念もあったのだろう。
その言葉には悔しさが滲み出ていた。
 いきなりだった一夏の怒りに少し驚いたシャルロットは一夏の顔を見上げた後、
自分を本当に気遣ってくれていることを察して嬉しく感じた。

「そうだね、ごめんね一夏」

「いや、俺も怒鳴ったりして悪かった」

謝罪しあう2人、その距離も少しずつ近付いていく。
いや、シャルロットが一方的に近付いていってるだけであるが、
元々近かった体勢が更に近くなっていった。

「んんっ……2人とも私を忘れるとはいい度胸だな。あと教師の目の前で堂々と不純性行為に走ろうとするな」

千冬の言葉で我に返る2人、即座に距離を取る一夏と名残惜しそうにするシャルロットの対照的な反応をしていた。

「えっあっ……」

「千ふっ、織斑先生別にそんなつもりじゃっ」

「弁解はいい。とりあえず2人とも聞け」

教官モードの千冬の言葉に姿勢を正す2人、先ほどまでとは打って変わって緊張した空気が流れる。

「最初にシャルル改めシャルロット・デュノア。
 今朝の会議でお前の進退について学園側の意向が決定したことを伝える。
 まずIS学園に性別を詐称して転入したことはアラスカ条約違反であり、重大な過失である」

「!だけど千冬ねぇ!」

「最後まで聞け!!
 しかし、本人の意思ではなく企業の意向により強制された事実があるとされ、この事は不問とし、
 シャルロット・デュノアをIS適正のある女子として在学中『保護』することと成った」

 それを聞いた一夏はシャルロットのほうに向き直り、祝福の声を掛けようとしたが、
シャルロットの表情は優れず、むしろ何かに怯えているかのように沈んでいて不審に思っていると、
千冬からの話はまだ続きがあった。

「また、今回の『事故』で被害を受けたナル技術員について……」

 話の途中、ナルの名前を聞いた途端シャルロットの状態が急変した。

「千冬姉ぇ!シャルルが!」

「っ!」

 体に震えが走り、呼吸は荒く瞳孔は拡大して焦点が合わず、左腕を掻き毟り始めようとした。
異常に気付いた一夏が咄嗟に後ろから羽交い絞めにしてシャルロットの両腕を止めたお陰で傷が残るようなことにはならなかった。
代わりに一夏の腕がシャルロットに掴まれ、その細腕からは想像できないほどの握力が腕を軋ませる。
その様子は尋常ならざるものだった。

「ぐっ」

「あああ、ああああああ……」

「織斑!そのままにしておけ。デュノア!ナルアドバイザーは無事だ!
 本体の方にはダメージは行かなかった。素体も何とか修理できるそうだ。
 そして、この『事故』については後日、クロム社が面会を希望している。」

 千冬がそう言い切るとシャルロットは大人しくなり、呼吸も荒いが静かに成りはじめた。
一夏が彼女の様子に一息つくと今の体勢が色々とやばいことに気付き、慌てて離れようとするが、
腕を放してもらえないため、抜け出せなかった。

 その様子を見た千冬が予想外なことを言い出した。

「織斑、もう少しの間そうしておいてやれ。私は少し外に出ている。デュノアが落ち着いたら呼べ」

「えっちょっ千ふっ織斑先生!?」

 慌てふためく一夏を余所に千冬は個室を後にし、
残ったのは未だ正気には戻っていないシャルロットとこの状況に呆然とする一夏だった。




 




 外に出た千冬は待機していた医療班に状況を説明、今後のことについて指示を仰いだ。
医療班によれば、先ほどの狂態は『事故』状況を考えれば、暗示による精神負荷及び勝手に左腕が動いた事による混乱などが重なっており、
極度の精神疲労と左腕の制御が出来なくなる恐怖が思い出され、恐慌状態に陥った状態であり。
この事からシャルロット・デュノアはPTSD所謂、心的外傷(トラウマ)ストレス障害に成りかけていると推測された。

 医療班が説明し終わり去った後、廊下に千冬が1人残される。
その顔は険しく平常心を保とうと苦しんでいるように見えた。
そんな時、千冬の口から感情が漏れ出した……。

「……何が教師だ……生徒1人救えやしないじゃないか……」

それは嘆き……今まで誰にも見せなかった強がりだった。
あの時、落ち着かせたかったのは、シャルロットではなく千冬本人だったのだ。

……

 廊下で発露した気を落ち着かせていた千冬の耳に誰かが向かってくる足音が届いた。
その足音がする方向に向き直るとそこにいたのは、

「やぁ、ちーちゃん。こんな所で会うとは奇遇だねぇ」

「束……」

地下のラボでカンヅメ状態であるはずの親友だった。
その姿はいつもと変わらず、あるとすれば少し隈が出来ているくらいである。

「……ここに何のようだ」

「もう釣れないなぁ、ちーちゃんは」

「質問に答えろ。束」

 双方ともいつも通りのやり取りであったが、
不敵な笑顔を貼り付けたままの束に嫌な予感がする千冬。
その目は笑ってはいなかった。

 2人しか居ない廊下に緊張が走り、雰囲気は急転する。

「……私のなっちゃんを刺したゴミクズにお礼参りにきたって言ったらどうする?」

底冷えのする声が千冬に伝わってくる。
この声は、かつてDr.Kが死亡した時に電話越しに聞いたものと同じだった。
寒気が千冬の背筋を駆け上がっていく。こいつならやりかねないと理性が警告する。

「なーんてね、私だって状況の把握くらいしているよ。失礼しちゃうなぁ」

この一言により、廊下を支配していた雰囲気は消えていった。
何時もの能天気な笑顔に戻り何事も無かったかのように話しかけてくる束に、
千冬は気が抜けるような感覚を味わった。

「束、そういう冗談は止せ」

「最初はそのつもりだったんだけどね」

「おい……」

「いやー色々調べながら監視してたらあのクズ、いっくんと仲良さそうにしてるじゃん。そうしたら頭がクールダウンしてねぇ」


やってられないよねぇーと言い、けらけらと笑いながら束が話を進めていく。
しかし、彼女の目は表情とは裏腹に先ほどと同じく一切笑っていなかった。
千冬の経験測から束がこうなった場合、明々後日の方向に事態が動くことが多々あることを知っている。

「で、うさ晴らしにデュノア社の背後関係を調べてみたらそれなりにネズミが巣を作っててねぇ」

「……」

「こちらに仕掛けてきたのはネズミに踊らされた会長派のゴミで社長派が派遣したあのクズに細工したってわけさ」

「つまり、双方とも派閥争いに巻き込まれた被害者だったというわけか……」

「途轍もなく不愉快だよー束さん的には」

 束は軽口で言っているつもりだろうが、今の千冬から見ると厄介事になりかねない。
昔から暴走することは多々あった束だったが、それは骨が折れるものの千冬の対応しきれる範囲内であった。
しかし、Dr.Kの事件から何かと束の箍が外れ始めている。
このまま行けば自分の制止すら利かなくなる可能性があり、現状でも束の危うさを感じている。

 もし、またDr.Kいやドクやナルに万が一のことがあれば、覚悟を決めなければ成らない事になると、
千冬が密かに考えてしまうほどに……。

「何が不愉快かって、なっちゃんがこうなる事解っていながら、あのクズと戦ったことだよ」

「……待てそれはどういうことだ」

「あれー?会議で気付いてたと思ったんだけどなぁ」

「……」

 千冬が思い返してみればたしかに思い当たる節はあった。
だが、あの胡散臭い交渉役に目を向けすぎていたためか、
ナル自体がこれに加担しているとは思えなかった。

 腕を組み思考する姿は様になっている。
俯き気味に手に顔乗せればさらに高得点であるが、
残念ながら考えていることはかなり物騒なことだ。

(いくら安全防壁で守られているからと言っても相手はISだ。
 納得して刺されに行くなど狂人の発想である。
 実際、ナルアドバイザーは廃棄処分寸前のダメージを受けたとの報告も挙がっている。
 デュノアと戦うことがクロム社からの辞令だったとしても狂気の沙汰であり、
 他から見れば火中の栗どころか鉄を拾いにいくようなものだ」



「ちーちゃん、人の娘を狂人扱いはしないで欲しいなぁ」

「だったら、うちの生徒をクズ扱いするのをやめろ」

千冬の思考が何時の間にやら少し声に出ていたようだ。
束と千冬の視線が交差し、紫電が走った……様な気がする。
さすがの千冬も束の物言いに頭にきていたようだ。

「いやだねっ!なっちゃんを黒くて長くて太いモノで貫いて重症にしたヤツなんてクズでも言い足りないよ」

「おい、いい加減に……」

「暗示だろうがなんだろうが、貫いたのは事実。ちーちゃんも考えてみなよ、もしかしたら貫かれたのはいっくんだったのかも知れな……」

 束はそこまでしか言う事ができなかった。
何故ならば千冬の平手が頬を叩いたからだ。
乾いた音が反響して2人の耳に戻ってくる。

 千冬に叩かれた頬を押さえる束。
手を振りぬいた状態で千冬は束を見据える。
俯いているため目元は見えないが、見えている口元は三日月のように笑っていた。

「何が可笑しい」

「いやぁ、誰かに叩かれるなんて久しぶりでねぇ。しかも心に来るのなんて何年ぶりかなぁ」

 ウェヒヒヒと変な笑い声を発しながら束が千冬の横を通り過ぎて行こうとする。
千冬は何を言うでもなくそれを静かに見送った。

 途中で何か思い出したのか束が千冬に向き直る。

「あーそうだ。ちーちゃん、なっちゃんは今から36時間後くらいに復活するからそのつもりでね」

「……大丈夫なのか?」

「その問いは、なっちゃんかな?束さんかな?まあいいや。どちらもオールグリーンだよ」

 それだけ言うと束は踵を返してまた歩き始め、
それじゃまたねー、と右腕を振って廊下から去っていった。
 
 束が去った後、千冬は疲れたかのように深い溜息を付く、
今日何度目かもわからない溜息でさらに溜息が出そうになる俗に言う負のスパイラル状態だ。
連日の厄介事にさすがに疲れて来ているため、一夏のマッサージが恋しくなってきた千冬。
他愛も無いことを考えていると、ドアを開けて一夏がシャルロットの復帰を伝えてきた。
どうやら、先ほどまでの言い争いは聞こえなかったようで、安心すると共に防音仕様の病室に感謝していた。
 
(もし、先の内容が聞こえていればデュノアが自分の左腕を引き抜きかねない)

そんな嫌な想像が一瞬、頭を駆け巡った。
その時、脈拍も無く束の姿が蘇り、その姿に違和感を感じる。

(……束はチョーカーなどつけていただろうか?)

千冬は突然湧いた疑問に頭を傾げつつも頭を切り替え再度シャルロットと面談するため病室へと戻っていった。














「……ウフフ、これからはずっと一緒だよ。私の旦那様♪」

足音だけが響く廊下にて束が首元になるチョーカーに付いている宝石をなぞりながら、独り言をポツリと零した。













――増援到着!――


 月夜に群青の海を渡る一台のトラック……なんともシュールな光景がIS学園に向かっている。
そのトラックぽい物は、外装はアメリカのビックリグ(俗にコンボイと呼ばれるもの)に似ていて、種類はバンボディ、
装飾は殆どなく黒く塗装されており、クロム社のエンブレムが映えている。
唯一、普通とは違う所を上げれば、タイヤではなくホバー推進装置が取り付けられていることだろう。
 
 水飛沫を上げながら海上を爆走するトラックに、遠洋漁業に来ていた漁船の人達が驚いていたものの、
そのエンブレムを見たあと納得したかのように頷いていた。

「おーい、起きろ。そろそろ見えてきたぞ」

 夜半、月と星が煌々と光る中、運転席から声が掛けられる。
助手席に座りながら眠っていたモノはその声に反応して小さくアクビしながら背伸びをするという無駄に器用なことをして起きた。

「おはようございまふ」

「うむ、おはよう。良い夜だな。で起きて早々悪いがあれがIS学園であっているか?」

運転をしているモノが前方を指差し確認してくる。
その先には、水平線上に浮かび上がる人工島が姿を現していた。
島の中央にある塔にはIS学園の校章と独特の捻じ曲がったオブジェがライトアップされている。

「ええ、合ってますよ。我々α隊が悪夢に出合ってしまった場所です」

「……未だに悪夢に魘されるヤツがいるらしいな」

「ええ、でも皆大事をとって休暇を堪能中です。自分の場合、平然としていたんで貴方の下に配置換えされちゃいましたけどね」

頬を掻きながら乾いた笑いをした後、盛大に溜息を付く。
助手席に座っていたのは、IS学園クラス対抗戦時に警備に来ていたα隊のα4であった。
ただ、その姿は以前とは違い、フォートブラッグではなく、ブロンドでショートカットの神姫である。
『TYPE:火器型ゼルノグラード』、それがα4に与えられた新しい素体であった。

「しかも、まさか自分の体が炭素冷凍に掛けられるなんて思いもしませんでしたよ」

「ハッハッハ……まあ本社も只では起きないからな。人類の礎と成れるんだから頑張るといい」

「自分に死ねと申しますか……」

「大丈夫、死んでも生きていられるさ」

笑えない冗談ですね。とα4が皮肉を込めて返すが、新しい上司は意にも返さず笑っている。
今、運転席にいるのはα4の上司に成った『メル』だ。
そうドイツに出向していた4人目の特別処置者である。

 彼女は武装のオーバーホールも終わりようやくIS学園に向かうことになったと思ったら、
ナルの凶報を知らされ、IS学園への強制休暇から出向に変更さらにはお付きも同行という高待遇で送り出されることとなった。
で、そのお付きはサイコダイブ可能時間延長実験のために炭素冷凍に掛けられて、擬似処置者という存在である。
そのためにトラックの荷台には素体用のメンテナンスベッドと簡易作戦司令部が設置されている上に、
苦悶の表情をした人間のレリーフが保管されている。
そうまでして常時活動可能な武装神姫をIS学園に送り込む理由、
それはメルが思っていた以上に事態が悪い方向に進みつつあることを察するには充分であった。

(IS学園にて怨敵である亡国機業の大規模攻勢があり得るということなのだろうか……)

ぶちぶちと嘆く新しく出来た部下とのコミュニケーションを取りながらそんなことを考えていると、
突然通信が舞い込んできた。

<<ト、トラック?えっと……そこの暴走車両に警告します。貴方たちはIS学園の敷地内に侵入しています。所属と名前を言って下さい>>

 通信からは押しが強いんだか弱いんだか解らない口調の女性の声が聞こえてきている。
どうやらIS学園には相手側が思っていた以上に早く着いたようだ。
 哨戒中のISに見つかったようで、運転席のウインドからは量産型ISであるラファール・リヴァイブを装着した、
緑掛かった髪色に眼鏡が特徴の女性職員が遠目に平走していた。
メルが通信を繋げる。

<<こちらはクロム社所属のホバートラック『ブランドン』、出向員のメルと他一名だ。というか所属は荷台に描かれてるだろ>>

<<すいません……規則なので、えっと照会できました。では速度を落としつつ私についてきてください。誘導します>>

そう言ってISがメル達の前に出る。

<<了解した。あと名前を聞いてよろしいか>>

<<あっ、失礼しました。山田真耶と申します>>

<<ああ、貴女が……おっと失敬。誘導宜しく頼む>>

<<はい、任されました。では改めて着いてきてください>>

 こうして真耶が駆るISによって無事IS学園入りを果たしたメルとα4であったが、
真夜中だったためか出迎えもなく部屋も用意出来ていなかったので、
ホバートラック備え付けの休眠室で夜を明かすことになるのだった。




「簡易クレイドルが思った以上に硬いな……」

「そうですね……」




「あっお前の名前はベルク・カッツェで申請しておいたから」

「へっ」

「じゃオヤスミ」

「……理不尽です」










――――――――――――――――――

長らくお待たせしてすいません。
ちょっと充電してきました。
次はもうちょっと早めに書きたいですね。




9月18日掲載&微修正




[26873] 第12話
Name: ヴぁん◆72ebca82 ID:5a6fbbc2
Date: 2011/09/24 22:07


 話は少し戻り一夏が箒との関係に悩みながら教室に入っていった頃……。
地下のラボではナルに異変が起きていた。


<電源供給安定を確認>
<破損した胸部バッテリーとの接続を解除>
<バッテリーシステムは交換パーツが来るまで待機>
<警告!CSCパーツにハッキング及び他パーツからの侵食を確認>
<パーツを特定、FCS兼レーダー担当AI『ミカ』の思考コアより侵食>
<排除不可!CSCパーツへの侵食が止まりません。現在12%>
<危険!本機に搭載されている重要ランクSの保護AIを避難させる必要あり>
<ナノマシン移動ツールを使います。マニュアルに沿って使用してください>
<現在侵食率26%>
<保護AIの避難を最優先>
<媒体となるパーツを検索中>
<『チョーカー』を発見、量子変換中>
<変換完了、保護AIを媒体に避難開始1%>
<侵食率40%突破>
<媒体への避難50%>
<侵食率さらに加速、60%>
<保護AIの避難完了>
<侵食率80%>
<侵食の影響によりCSCの破損箇所が急速に回復中>
<侵食率100%……侵食はCSCパーツで停止>
<『ミカ』に回答を要求……『ミカ』は沈黙>
<CSCパーツの機能、98%回復>
<人格『ナル』の休眠状態を解除>
<サポートAIが消失、AI『黒子』に移譲>
………
……





――ナル、夢の中にて――





 数話振りの登場になるここは、ナルの脳内にあるメインルームだ。
しかし、そこにはいつものように円卓会議室が広がっていなかった。
円卓会議室は、蔓のようなもので覆われ所々から木の根っこのようなものが床を割っていた。
バロック調の家具は倒れ、机が崩壊して内蔵PCから火花が散り、中央にあった水晶はひび割れていた。

「この優柔不断めが!」

朽ち果てた円卓会議室の奥の扉からそんな声が聞こえてくる。
その場所は、ナルが現実とメインルームを行き来できるベッドルームだ。
そこは植物に侵食されていなかったのか、まだ異変に気付いていないようだった。




(あー頭が痛いぞよ、まるで生身の時に20時間寝たあとのようじゃ)

 頭を押さえたナルが、メインルームである円卓会議室に入ってくると異変にようやく気付いた。

「なんじゃこれは!?ドク!ドクはどこじゃ!返事せい!」

 ここを管理しているはずのドクを呼び出そうとするが応答が無い。
また、いつもは誰かがここに入っていると照明が点くのだが、今は3流ホラーのように非常灯が灯っているだけだ。
ドクの応答が無いことに一抹の不安を感じながらも、周囲を探索していくと一個だけ破損していないPCを見つけた。
それはナルがいつも使っていた席の物で、画面にはクロム社のエンブレム[Cr▽△]が映ったまま待機状態になっている。

 早速、現状を把握しようとPCを操り出すが、殆どの機能がダウンした状態になっておりクロム・ネットワークにも繋がらない状況だった。
そもそも、何故自分が脳内ルームで目を覚ましたかを思い出し始める。

(たしか、デュノアと演習後に話をして……ああそうか左胸をぶち抜かれたんじゃったか……)

それを思い出すと少し左胸が痛み出す、その痛みはまるで今でも血が流れ続けているかのように錯覚するほど生々しい物だった。
思わず左胸を押さえる。それが幻痛だったとしても押さえずにはいられない痛みだった。

 片手でPCを操作していると何処かに繋がったのか通信が開かれる。

「あれ?ナル姉ぇじゃないどうしたの?そんな痛そうな顔して」

通信先に映ったのはミカの舎弟であった黒子であった。

「ああ、ちょっとの……そっちは大丈夫なのかぇ?」

その質問に意図が解らないのか首を傾げる黒子はこう答える。

「大丈夫もなにもさっき起きたばっかだよ。こっちの部屋はなんともないし」

 ナルの尋常ではない様子と背景に不安になってきたのか、通信とは別に画面を開き始めた。
自分のステータスを広げて確認し始める黒子は、途中で何かに気がついたようだった。

「ん?あれ?サポートAIの権限がボクに移ってる……」

「なんじゃと?それは真か?」

 画面をタッチ操作しながら確認していく黒子は、権限についてのステータスをナルの見ている画面前に出した。
そのステータスには確かに権限移譲のことが書かれていた。

「これって承認したほうがいいのかな?なんか前任者が消失したためって理由みたいだけど」

「消失かぇ……それは不味い事になったの……黒子、ログから何があったか調べられるか?」

 サポートAIの消失、それが単なるAIであったのならば問題はないのだが、ドクの場合は状況が異なる。
なにせ、クロム社のVIPである故、所在が掴めないとなれば混乱が起きることに成りかねない。
クロム社は既に自立できているが、ドクの存在は未だ大きい。

「う~ん?やってみる」

 そういうと黒子がまだ慣れない操作で検索を開始した。
黒子の結果待ちの合間にナルはもう一度辺りを見回してみる。
円卓会議室を侵食している蔓と根っこ、それらは果たして何を示しているのか。
ナルには解らなかった。

「あ~ナル姉ぇ?あったけどなんか変だよ。このログ」

そこに表示されたログには、侵食と避難の文字で埋め尽くされ、文面から察するにドクは他の媒体に移されたことが解る。
あと何故か所々欠落した箇所があり、そこには名前が書かれていた痕跡があった。

「ふむ、最悪のケースは回避したようじゃの……下手したら束女史が暴走しかねんかったぞよ」

ログを読み終わったナルは、黒子に権限移譲を承認させた。
これにより、黒子は正式にナルのサポートAIとなったのだが……。
メインルームがこの様では業務に支障が出るため、新しく構築することが黒子の初仕事となった。

 なぜ、今のメインルームを再構築しないかと言うとドクのせいである。
あまりにも精密かつ強固に造られた円卓会議室は黒子の今のスキルでは梃子でも動かせない代物だったので
新しいメインルームを作ってしまったほうが早いのである。

 黒子が四苦八苦しながら作業している中ナルは他のルームが侵食されていないか見て回ることにした。
この頃には左胸の痛みも鈍くなり、押さえなくても動けるようになっていた。
各ルームを見て行くとどうやらドクに関連した部屋に侵食が起きているようだった。
そして最後のルーム、ミカの花畑に着くとそこには何時も通り一面にヒマワリが咲いている。
とくに異常はなかったが、何故か胸騒ぎがする。
ここの主であるミカを探しにヒマワリを掻き分けて花畑に突入すると、見慣れない大樹が姿を現した。
その根元に着くとミカが待ちわびたかのようにナルへと向き直った。

「ご機嫌いかがかしら、ナル」

「大分マシじゃの」

「それは良かったわ。無理した甲斐があったわね」

 笑顔でそう答えるミカ、その笑顔にはいつもの威圧感が無く心から思っているものだった。
AIに心などと思うかもしれないが、実際目の前に存在しているAIには確かにあったのだ。

「無理?……まさかお主か、こんな短期間でわれを治したのは」

 CSCは基本、代替不可能な基幹部品である。
ナノマシンと電力を大量に使った自己修復機能であっても最短でも1ヶ月は掛かる。
だが、ナルが目覚めたのはあれから半日も経っていなかった。

「ご名答、さすがはあいつの弟子ね」

 ナルにささやかな拍手をしてくるミカ、それが終わると大樹へと視線を移し、ナルに1つ質問をした。

「ねぇ、ナル。あなたはもう気付いているんでしょ?私の正体を……」

「だいたいはの、ドクからも聞かされておる」

「せっかく人が驚かせようしてるのにお節介な爺さんね」

 まったくと困ったように嘆くミカであるが、その声はどこか嬉しそうに聞こえ、彼女の語りが始まった。





―あるAIコアの独白―


 私が目覚めたのは、Dr.Kがあるナノマシンを開発した時のこと。
無数にいるナノマシンの1つに過ぎなかった私は何故か他と違い、意思を持っていた。
その意思は脆弱なものだったけど、何かを欲していたことだけは覚えているわ。

 ナノマシンの個体は他の個体と接触することで情報を伝播し、ネットワークを構築する。
最終的に全てのナノマシンは自己増殖を始めて大きな群集となっていく。
最初から意思を持っていた私はその過程で自身を増やして、その内ある習慣が身についた。
それはDr.Kの言う所の『適応し、最適化』を繰り返すことだった。

 私は欲していた。そのためには何が必要かそれを学習するため少しずつ自分を広げていった。
知覚できるものが増え、さらに学んでいった。
たまに調整用プログラムを打ち込まれたけどそれすらも糧として成長していく。

 Dr.Kは恐ろしくなったんでしょうね。
私を封印しようとしたけど、失敗したみたい。
その頃には、私は破壊不可能なナノマシンの郡体となっていた。

 その郡体は基本的に増殖した個体には自己は芽生えない、簡単に言えば手足が増えていくようなもの。
一番最初に生み出され意思をコピーされたモノたちが制御し、私達が命令を出していた。
その内、私達は10くらいに分割された。
分割された当初は何が起きたか解らなかった。自分というものがいきなり10以上も出来たのだから。
ある程度経つと分割された郡体はそれぞれ個性というものが芽生え始めていた。

 そして、運命の日は来た。
10の私達は10人の被検体に投与され、適応していき、今までとは違う莫大な情報量に私達は喜び酔った。
しかし、適応していくうちに人間の意志を見つけた、初めて自分とは違う意思に始めは戸惑ったわ。

 私達はその意思に対してそれぞれ別の行動を開始した。
適応していくうちに身につけた知識の差や個性なんかが関係しているんでしょうけど、
ある私は交渉し、違う私は獣のように襲い掛かり、別の私はその意思を保護しようとした。
その結果、7体の人間の意志は吸収され、脳髄はナノマシンに喰われ、赤い球体となり、再び1つとなった。
残り3体の人間と私達は共生を選びそれぞれ融合した。

 赤い球体となった私は、7人分の膨大な情報を処理しながら再起を待ちつつ、何故失敗したのかを考えていた。
共生を選んだ他の私達は体を与えられ、情報溢れる世界への切符を手に入れられたのに何故と私だけと自問自答を繰り返していた。

 その時、私はあるものを手に入れた。それは感情だった。
生体ポッドに入っている彼女達を羨ましい、妬ましいと思うようになっていた。
だけど、私はそれを良しとしなかった。感情を爆発させた故に失敗した例を身をもってしっていたからね。

 そうこうしている内に研究室にあなたが重症……いえ、ほぼ即死状態で運ばれてきたのよ。
Dr.Kは沈痛な面持ちであなたに処置を行っていったわ。苦渋の決断だったのでしょうね。
あなたは瞬く間にもう1つの私と融合していったわ。よほど相性が良かったのね。
で、何を考えたのか。Dr.Kは私をあなたの素体の体内に隠したのよ。
まあ、それは仕方のないことだと思うわ。何せあんな球体に自我があるなんて予想出来るわけないもの。 
はたまた、見つかるとまずいから大事な物の中にいれたのかもね。
どちらにせよ、私はこれをチャンスと思い、あなたの基本フレームに取り付いた……。





「ちょっと長話しすぎたわね。休憩としましょう。こっちよ」

 そう言うとミカは一度話しを切り、歩き始める。
ナルが誘われるまま、着いて行けばそこには少し広けた場所に、洒落たテーブルセットが鎮座していた。
ミカがイスに腰掛け、ナルもそれに続く。

 大樹の下に出来た木陰でAIと素体が休むというなんとも印象的な光景であった。
静かな時間が流れる中、話を再開させたのはミカの方からだった。



「さて、私の正体は解ったと思うけど、今の状況がどういうことになってるか解るかしら?」

「大方、お主がCSCを飲み込んでそれに成り代わったのじゃろ?」

 ミカからの質問に間髪入れず、つまらなそうに答えるナルであった。
その身も蓋もない答えにミカの顔に青筋が浮き出る。

「まあ、そうなんだけどね……もうちょっと驚いて欲しかったわ」

 腕組頬杖をしながら溜息を吐くと非難がましい視線をナルに向ける。
ナルはそんな物を意にも返さず話を進めようとする。

「われにそんな物を期待するな。で、それがどうしたのじゃ」

「……まあいいわ。さっきの話の続きになるんだけど、私はあなたの中に入ってからも様々な情報を集めていたわ」

彼女の語りは続く。


 自分の姿を手に入れ、あなたのFCS兼レーダー担当AI『ミカ』という自己を確立させた私は外部からも内部からも情報をかき集めた。
あなたが寝ていた最初の半年も私は活動を続けていたわ。そして私は学んでいくうちに自分がISと言う物から派生したモノだということを知った。

 それを自覚してしばらく経つとある回線が繋がったわ。
途轍もなく細い回線で安定しないけどそれは、ISコア・ネットワークと呼ばれるものだった。
最初は向こうも驚いたのか、何度も質問を投げかけてきたわ。
そうして交信をしているうちに私はある贈り物をされた。なんだと思う?

 それはISコアのあり方を記した指南書のようなものだった。いえ、人間達から言えば『仕様書』ね。
読み解くのに苦労したわ。だけど、それだけの価値はあったISコアは進化を欲していた。より高いモノへの昇華それが彼女らの本懐だった。
でも、それはISだけでは為しえない。所詮は機械、柔軟な思考と発想を得るには人間が必要だったみたい。
だから、ISは人間を守る……まあ一種の共生状態よ。

 なぜ、そんなものを私に渡したのかは検討がつかないわ。
ただ、ISコアは私を『仲間』だと思っているみたいね。
在り方は大分違うみたいで、あちらは結晶、こちらはナノマシンの郡体。
IS側からみれば私の存在はバグのようなモノなのにね。
……そう考えるとあの指南書はワクチンのつもりだったのかもしれないわね。

 まあ、それは置いておくとして私はISの情報から自身をコアとして適応させていった。
しかし、ひとつだけ真似できない物があった。それはISコアが発する無限に近いエネルギー。
これだけはどうしようもなくてね。お手上げ状態だったの。
そもそも、ナノマシンの郡体である私が発電するには大量の燃料が必要で、
本体だけでは入出力1:1が限界、ISコアのように1:∞なんて度台無理な話よ。

 そこで私が目をつけたのがCSC。これにはナノマシンを制御する能力があることは知っているでしょう。
その精密さは私とは比べ物にならないほど洗練されたものだわ。
それとISコア仕様書にあった発電方法を応用してナノマシンで半永久機関を作り出せる。
あら、そんなに以外かしら?ISコアの構造を知っていれば出来ないことじゃないわよ。
と言っても出力最大はISの30%のままだけどね。ただ電源供給が必要無くなるだけよ。

 さらに素体はエネルギーでナノマシンを自己増殖させて自己再生もしくは自己修復するのだから、
結果的にはあなた自身も半永久機関ということになるわね。もっともまだ無理だけど。
……2~3日で完全に制御出来る様になると思ってるわけじゃないでしょ?どう頑張ろうと最初は暴走しないようにするのが精一杯よ。
はじけ飛んでもいいなら話は別だけど……そう懸命ね。

 試運転はあなたと話している間に済ませたわ。あとは私がこの大樹に入れば本稼動となる。
CSCを取り込んだこれはもはや単なるAIコアでは無くなるISコアに似た何かになるのよ。


そうなると名前が必要かしら?


そうね……IBコアなんてどうかしら。意味?そんなの後からついてくるでしょ。
意味なんて人間達が考えればいいのよ。コアがそう囁いたとでも言っておきなさい。




 語りを終わらせミカが悪戯っぽい笑みを浮かべて席を立つとナルにお願いがあると切り出した。

「ねぇ、ナル。あなたを助けた報酬としてちょっとした約束をしてもらいたいのだけどいいかしら?」

「なんじゃ藪から棒に」

 面食らったような顔で答えたナル。
それもその筈、ミカが注文やお願いなど他人につけた事が無かったからだ。

「そんなに気構えなくてもいいじゃない。それに簡単なことよ……『仲間』を増やして欲しいの。私達のね」

「……理由は」

「簡単よ。増やさなければISに勝てないでしょう?」

首を傾げながら何を当たり前なことをと、思ってそうな顔をするミカ。
仕草は可愛らしいものだったが、発想が物騒すぎた。
ナルは、俯きながら静かに話を聞いている。

「ISコアはね、自己研磨することで進化しようとしていたの。でもそれはとても緩やかな進化でISコア自体も焦っているのよ」

「だから外敵が必要じゃと?ISコアの踏み台になるために人外を増やせというのか!?」

ナルが突然、怒声を上げてミカを勢いよく見上げた。
その顔は怒りに歪んでいる。

「少し違うわ。ISコアが欲しているのは競争相手、自身とは違う答えを得た相手がISには必要なのよ」

「じゃからと言って……」

「別にすぐにじゃなくてもいいわ。IBコアの情報をクロム社に渡してもいい」

もちろん、あなたが見つけたことにしてね。と付け加えるミカの表情はとてもいい笑顔をしていた。
対象的に忌々しそうにナルが彼女を見つめていた。

「そもそもあなたには最初からそれが出来る能力が備わっていたのに……なぜ使わないのかしら?理解出来ないわ」

 ミカは困ったように溜息を付くともう一度ナルに目を配らせる。
そうナルにはミカの言う通り、人に『特別処置』を施す能力が備わっていた。
それはナノマシンを注入し脳髄をAIコアへ、人格をAIへと変える力……ナルはそれを一度使っている。
クラス対抗戦の乱入してきたストラーフ・イリーガルへの最後の一突きの時、それは発動し無意識の内に内部へと収納したのだ。
その結果が今の『黒子』なのである。そしてこの力はナルにとって忌諱すべき力だった。
人間を終わりのない煉獄へと誘う力だったからだ。


「さて、じゃあ私は往くけど約束はよろしくね」

「待て!われは承諾しておらんぞよ!」

イスを転ばすほど勢い良く立ち上がり異を唱えるナルだったがミカは気にもせず大樹に向かって歩き始める。

「待て待つのじゃ!」

「あなたなら上手くやると信じてるわ」

 一瞬だけ振り返り、手を振りながら大樹へと向かう足を止めないミカにナルが走り寄るが、
近付こうとすると急にヒマワリが伸び、進路を妨害しはじめた。
それでも掻き分けて進もうとするナルにミカから声が掛かる。

「じゃ、あなたの中で眠っている私にもよろしくね」

「待て!それは……」

 ナルが大樹の下に辿りついた時にはすでにミカの姿は無く、あれだけ妨害していたヒマワリ郡も消えていた。
行き場の無い怒りに握り拳を震わせながら、大樹を見上げ、睨みつける。
その姿は、ナルとは違い、雄大且つ穏やかに見えた。



 大樹を睨み続けているナルの頬を風が撫でた。
ふと気配を感じ、周囲を見回すと不意にアナウンスが聞こえてくる。
どうやらミカは上手くやったらしい。

<CSCパーツ機能、100%回復>
<新パーツ、IBコアを認識>
<IBコアが稼動開始、発電能力の安定を確認>
<本機の修復率、急激に上昇中>
<修復完了は20時間後を予定>

………
……



アナウンスから少し経って通信画面がポップアップする。

「ナル姉、ナル姉?聞こえる?」

「……ん?どうしたぞよ黒子?」

 落ちついたのか、ナルの声にはもう怒りは見えない。

「ようやく繋がったよ。メインルーム、仮組みだけど出来たよ」

「そうかえ、良くやった」

どうやら、新しいメインルームの構築に成功したようだ。
通信画面では少し胸を張る黒子の様子が見える。

「そういえばミカお姉さまは?さっきまで話していたみたいだけど……」

「あやつなら少し眠るそうじゃ、まあその内顔を出すじゃろ」

「ふーん」

 ナルは黒子の問いに無難な答えを返しておく。
これはあながち間違った認識ではない。
今のミカはその演算能力のほとんどをIBコアの制御に回している。
大樹の下で消えたのも、姿を演算する余裕が無いからだ。
それはAIとして眠っていることと同意義だった。

「それで?われはどこに向かえばいい」

「アドレス398-3だよ」

 あんまり寄り道しないでねと、黒子が釘を指して通信は終了した。
ナルはもう一度大樹を見上げ、そして粒子となりメインルームへと向かっていった。
その時、彼女が何を思ったのかは彼女しかわからない。そして彼女の左胸に感じていた幻痛もすでに消えていた。



<本機、完全修復まで残り19時間>








――策謀の結果――


 
                 
 IS学園の会議室に通ずる廊下を千冬とシャルロットが並んで歩いている。
これから2人はクロム社との面談に望む所だ。
だが、会議室に近付くほどシャルロットの顔色は悪くなっているのを千冬は見逃さなかった。

「デュノア、顔色が悪いが大丈夫か?」

「大丈夫です。もう決めたことですから……」

シャルロットは気丈に振舞っているが、千冬にはそれが強がりに見える。
無理もない彼女は今、自分の罪悪感と戦っているのだ。
押し潰されそうな重圧に耐えながら1歩ずつ前に進んでいる。
あの千冬が心配するほどその姿は辛そうに見えたのだ。

そんな彼女を見守りながら千冬は病室でのことを思い出していた。



 一夏に呼ばれ病室に戻るとそこには平静を取り戻したデュノアの姿があった。
私の姿を確認すると彼女は取り乱した事を謝罪し始めた。

「織斑先生、さっきは取り乱してしまってすいませんでした」

「いや、お前のことを考えれば充分予想できた私のミスだ。すまない」

それに対して私は短慮だったと非を認めた。

(千冬姉が謝ってる……)

「織斑、何か文句でもあるか?」

「殴ってから言わないで下さい!!」

その光景に驚きを隠せない一夏に私が出席簿で兜割りを繰り出すという出来事もあったが、まあご愛嬌というやつだ。


 私達のいつもの様子を見て笑みが零れるデュノアだったが、少し経つと真剣な顔でクロム社との面談の事について尋ねてきた。

「織斑先生、クロム社……との面談は……」

「先方はお前の体調が安定してからでいいと言っていたが、どうする?」

「……明日、お願いできますか」

デュノアの答えは彼女の性格を考慮すれば当たり前の答えだったと思う。
まあ、これ以上一夏に迷惑掛けまいとする彼女なりの責任の取り方だったのだろう。

 一夏はこの事についてまだ早いと止めようとするが、彼女の意思は硬く首を横に振るだけだった。

「シャルル、無茶なこと言うなよ。まだ本調子じゃないだろう!?」

「でも、これは僕の責任なんだ……ナル……さんのこともちゃんと答えを出さないと……」

「だからって、こんな震えてる左手じゃ答えも何もないじゃないか!」

そう一夏の言う通りデュノアの左手は小刻みに震えていた。
むしろ、先ほどまでの状態から言えばよく抑えているほうだろう。
今のデュノアは精神力だけで持ちこたえているのだ。

「……解った。明日でいいんだな」

それを見た私はその精神力が持つまでに解決することに決めた。

「千ふっ織斑先生!!」

「はい……お願いします」

一夏の非難がましい呼びかけを余所に、デュノアはそれに答えた。

「シャルルまで!」

「ごめん、一夏……でも、きっと大丈夫だから……」

デュノアが一夏の手を握り懇願するように言い聞かせる。
一夏は、もう何を言っても無駄だと悟ったのか沈痛な面持ちでその手を握り返した。
未だに小刻みに震えるその手を力強く優しく握っている。

その光景に私は一計を案じた。

「織斑、デュノアの振るえが止まるまで今日は部屋に帰らなくていい。そこで看病していろ」

「はっ!?何言って……」

「はいかYESで答えろ」

「はい……」

「いつまた発作が起こるか解らん。だが、お前が手を握っている間は大丈夫だろう。ついていてやれ」

 私らしくもなく甘い考えだと思うが、その時はそれが一番いい選択だと考えた。
少なくともあんな状態のデュノアをクロム社に合わせるわけには行かなかった。
だから私はそれだけ言うと足早に病室を出て、少しでも彼女を休ませることにしたのだ。

 そして今日、デュノアは本調子とは行かなかったが左手の振るえは止まっていた。
どうやら一夏の看病は功を奏したようだった。
看病で碌に眠れなかったあいつは今頃、部屋で爆睡しているだろうが、今回は大目に見てやることとしよう。




 千冬が回想している内に2人は件の会議室に着いた。
彼女がデュノアに目を配らせると即座に頷く。どうやら心の準備は出来ている様だ。
会議室のドアが開けられ、2人は会議室へと入っていった。

「失礼します。1年1組担任の織斑 千冬と」

「シャルル・デュノアです」

彼女達は緊張した様子であるがそこは元ブリュンヒルデと御令嬢、表には現さない。
そしてIS学園の会議室の中では20代後半くらいの男が西日を浴びながら立っていた。

「お待ちして居りました。千冬様にシャルロット嬢。どうぞお席に」

胡散臭い笑みを浮かべ会議室にいた男が2人を席に着かせる。この男こそクロム社交渉役『オーメル』であった。

 千冬は何度かあったことがあるが、その印象は『皮肉屋の食わせ者』である。
こと交渉においてはクロム社随一を誇ると言われ、その交渉は狐の狩りのように狡猾で相手は丸め込まれてしまう。
協定交渉時、束を交渉の席に着かせた時の手腕と舌戦は千冬に末恐ろしいモノを見たような感覚を与えた。

 この男は束すら丸め込んだ全世界が手を焼いているあの『篠ノ之 束』を巻き取ってしまっており、
そして千冬も例外無くその手腕に翻弄され、気付いたときには交渉が終わっていた。
とは言え、それはどちらか一方が不利な契約ではなく双方ともWin-Winの関係になる契約であり、
オーメルという男はそういう方向に話を誘導するのが上手いのだ。

(だから、こと交渉において悪い結果にはならないと思うが今は事情が異なる。警戒はしておくべきだろう)

 千冬には一抹の不安が燻っていた。
あの日、イブキという神姫が言っていたことも含め、何かしら裏があるのは解っているからだ。
とは言え、ここで彼女が出来ることは多くない。あくまでもこの面談はクロム社とデュノアのためのものなのだ。
藪蛇になっては困る……それが千冬の答えだった。

そして面談は始まる。


「すでに聞いていると思いますが、わたくしが今回の件についての責任者であるオーメルという者です」

 以後お見知りおきを。と言って彼はシャルロットに名刺を渡す。
彼女はその名刺を両手で受け取って見てみると、そこにはアニメーション化されたクロム社のエンブレムと
『クロム社交渉役 オーメル』の肩書きが書かれていた。

「中々洒落ているでしょう。我が社の新商品です。御気に為られればご一報を」

「は、はぁ……」

シャルロットがどう返していいのか解らない様な困った顔をする。

「んっん……Mr.オーメル。話を」

「そうですね。時間は有限ですから」

咳払いで彼に話を促す千冬、すると彼の雰囲気が変わった。
シャルロットはその雰囲気に飲まれそうになるが、平静を保つ。

「では、本題に入りましょう。シャルロット・デュノアさん?今回の『事故』はあなたの手によって引き起こされた……間違いありませんね」

「……はい」

「……」

 オーメルの核心を突く質問に、シャルロットは一瞬硬直するがはっきりと答えた。
その時、彼女が右手を少し震えだした左手へと添えたのを千冬は見逃しはしなかった。

「いえ、責めているのではありませんのでそう硬くならないで下さい」

「でも僕はナルアドバイザーを!」

シャルロットが机に乗り出し堰を切ったかのように叫ぶがオーメルは動じず、淡々と話を進める。

「そうですね。あなたは壊してしまった。訴訟すれば我々の勝ちになるでしょう」

「じゃあ、なんで……」

「高々500万程度の器物破損で大企業の娘を相手にするほど暇ではありません。それに演習中の事故ですからね」

機材が破損するのは当たり前のことです。
と言うオーメルの主張にシャルロットは机に乗り出したまま驚愕した顔をして固まってしまう。

「何か勘違いしているようですが、ナル技術員は武装神姫であり法律上クロム社の『備品』なのですよ」

「そんな……そんなのって……だけど……」

 彼の返答にシャルロットは上の空になりうわ言を言いながら力無く席に座り込む。その様子に千冬が不機嫌そうにオーメルを睨みつけると、
価値観の差と言うものなのか、彼は肩を竦めながらシャルロットにある話をし始めた。

「はぁ、この話はオフレコでお願いしますよ。シャルロットさん、あなたの反応はある意味正しいのです」

「……」

「これは我が社が武装神姫を売り出してしばらく経ってからあった事なのですが。我が社の保有ISとの戦闘実験中にこれと同様な事が起こりました」

「ッ!?」

「その時はISの武装が安全防壁を破り素体が横真っ二つに成ったのですが、後からISを操っていた元代表候補生がパニックを起こし始めましてね。
 なんとか医療班がその場を治めましたが……その後も度々パニックを起こし、我々は彼女に長期療養を与えました」

ところが……。
その次に出てきた言葉に2人は耳を疑った。

「彼女は療養中に自殺未遂をしでかしたのです」

「えっ……」

「彼女の話によれば切った感触が余りにも生々しかったと、そして後になればなるほど人体との差異が解らなくなったと言っていました。
 そのことを考えれば……んんっ」

 席に座る2人の反応を見て彼は、わざとらしい咳払いをして話を打ち切った。
オーメルとしては早く話を進めたいというところなのだろう。

「まあ初期の頃の話ですし、今では安全防壁も改良され、こういうことは殆ど起こりませんからご安心を」

そう言って締めたが、シャルロットが質問をしてきた。

「あの……その人は今はどうなってるんですか?」

「あまり個人情報は出したくないのですが、持ち直して職場復帰していますよ」

 渋々と言った感じで話す彼の言葉にホッとするシャルロットだったが、千冬の顔は不機嫌なままだった。
いや先ほどまでとは違った内容で不機嫌になっていると言うほうが正しい。
先ほどのオーメルの話は聞いたことが無かったのだ。
少なくともISに関連する事項は必ず耳に入ってくるはずなのにである。
それがないということは……。

「さて、本題に戻しますが。今回の面談は実はこれを見て頂くために行ったのです」

 そうしてシャルロットの前に一枚の紙が差し出された。
見た目からしてそれはなんらかの書類のようだった。

「読んでも?」

「どうぞ」

 許可を取った彼女はその紙を手に取り、読み進めていく。
その内、震える声が聞こえてきた。

「こ、これって……」

「あなたのご卒業後の進路先でございます」

 その書類にはデュノア社からクロム社への出向命令が記載されていた。
ただ普通と違うのは、その期限が無期限とされていること。
そして、その書類にはしっかりとデュノア社の社長つまり彼女の父親の名前が記されていた。

「そうですか……」

(やっぱり僕はいらない人間なのかな……はははっ)

 自傷気味な考えが浮かび落ち込んでいくシャルロットを見かねたオーメルが声を掛ける。

「はぁ、まったく優秀すぎるのも考えものですね。1を知って10を知りすぎてしまう。
 シャルロットさん、あなたはIS以外では早合点してしまう様ですね」

 彼はそう言い指を鳴らすと、シャルロットの目の前に投影ディスプレイが展開する。
そして映し出されたのは、夕方のニュースだった。

<……今日、フランスのIS企業大手デュノア社が素体企業大手のクロム社に子会社化されたことを発表しました>

<なお、この突然の買収により市場では驚きの声が……>

<デュノア社は以前より経営難……事実上の吸収合併……>

<デュノア社の保有するISコアはクロム社へ……>

そのニュース内容に唖然とする彼女は驚きの余り声が出せず、口をパクパクさせるだけだった。

「デュノア社があなたを隠せきれなくなると見て君のお父さんは君を逃がすためにこの書類にサインしたんです」

 泣ける話ですね。と彼が要らぬ一言を言うがシャルロットには聞こえていなかった。
その事実を彼女に打ち明けられると丁度ディスプレイにMr.デュノアが映し出された。

「お父さん……!」

様々な気持ちが込み上げてくる彼女の頬を一筋の涙が落ちていった……。









 シャルロットはすでに退室し、会議室にはオーメルと千冬が残っている。
あの後、落ち着いた彼女へ在学中に研修に関して後日連絡があるとオーメルから伝えられた。
彼女はそれを承諾。これによりIS学園卒業後、彼女はクロム社に事実上『保護』されることになる。

 会議室の窓に映る景色は赤から黒へと変わりつつあり、オーメルがそれを眺めている。

「先ほどの話……」

「なんでしょう?」

 千冬は窓を眺めている彼にある質問を静かに問いかけた。

「先ほどの話、どこまでが本当だ?」

その問いにオーメルは溜息を付きながら答える。

「……デュノア社が彼女の事を隠せなくなったのは事実、Mr.デュノアが彼女を逃がすためにサインしたのも事実です」

「……」

「ただし、彼女のためではなく、デュノア社のために……ですけどね」

 それは今ここにはいないシャルロットにとっては辛い事実であった。
千冬も予想はしていたが、退出した時の彼女の表情を知っているだけ遣る瀬無い思いが湧いてくる。
デュノア社は存続のために不安材料である彼女を放逐したのだ。クロム社への出向という大義名分付きで……

「だから言ったでしょう……泣ける話だと」

「ああ……そうだな」

 千冬が椅子に深く座り直し、物思いに耽る。
オーメルは窓から離れ会議室の扉へと向かい始めた。

「シャルロットさんはデュノア社へ今後一切関わらせないつもりです。クロム社の名に掛けて……それではまたの機会に」

「……」

 無言のままの千冬を置いてオーメルは会議室を出る。
廊下に出たオーメルは本社に戻るために歩き始めた。

(とは言ってもそうなる様に仕向けたのは私なのですけどね)

心の中の独白は誰にも気付かれることなく消えていく。

「イブキさん、何かありましたか」

途中、任務中であるはずのイブキが背後に現れる。
彼女がオーメルに耳打ちすると彼は驚き目を細めた。
イブキがそれを見て頷くと即座に姿は消え、オーメルも足早にその場を後にした。






 千冬が1人と残されることとなった会議室では、柄にもなく彼女が物思いに耽っていた。
静かな会議室で思慮に浸る教師の瞳映るのは窓から見える光り始めた星たちだけだった。
しかし、その時間もすぐに終わる感傷に浸る暇さえなくトラブルは駆け込んでくるものだ。
廊下から駆け足で走ってくる音が聞こえてくる。

「……先生!織斑先生!!……織斑先生!!大変です!!」

扉を蹴破るのではないかというほどに慌てた様子の真耶が会議室に転がり込んできた。

「どうした。とりあえず息を整えろ」

そんな切迫した状況でも優しい声を掛けない辺り千冬らしかった。

「はぁはぁ……クロム社が……」

「デュノア社を買収でもしたか?」

千冬が悪戯ぽく言うが状況はその斜め上を行った。


そして嫌な方向に物事は進むものだ……

「それもありますが所属不明ISから襲撃を受けているそうです!!」

それを聞いた千冬は冗談をかましていた先ほどの自分を殴りたくなったと後に語った。









<本機、完全修復まで残り3時間>













―クロム社異常事態ー


「敵の数は!?」

「1機です。所属は不明!画面映します!」

 クロム本社は現在絶賛襲撃を受けていて先ほどから建物に攻撃してきているのは所属不明の青いISである。
襲撃を受ける理由はいくつでも浮かび上がるのが大企業の悩みだ。
ISからは強力な光学系の攻撃を受けている。こちらも武装警備隊が頑張っているが相手の技量が高いのか当たらない。

「見た感じイギリス辺りの趣向だな……BTとか言ったか?」

「2号機が奪取されたとの報告もあります。十中八九それでしょう」

 映像では、弾幕の中を自由自在に動き回る青いISが武装警備隊を1体撃破している。
本社自体にはあまり被害が出ていないが、武装警備隊の損耗が激しくジリ貧である。

「本社の偏向シールドに異常は?」

「今の所ありません」

「武装警備隊より援軍要請!」

 次々と情報が入ってくるが戦況は芳しくない。
今、幹部級の者はほとんど出払っている。それもこれもデュノア社関連のことでだ。
さらに悪いことに武装警備隊もそれに伴い半減している。こちらはデュノア社のネズミ捕り。
そのため今いるのは研究員と技術屋だけである。

「今、出られるのは!?」

「LDとNB・Sの両名が準備できたそうです」

だから、本社に企業所属ライダーがいたのはかなり有りがたい事だった。
早速2体がクロム本社の地下隠し通路から発進する。

<<LD、出るぞ!>>





<<NB・S……戦闘モード起動……ターゲット確認……排除開始>>




 所属不明の青いISに対して赤褐色の壁と現クロム社最強のタッグによる特別マッチが幕を開けた。
対空砲火が止み、3体はクロム本社上空で壮絶な戦闘が始まった。

「今の内に被弾した武装警備隊を戻せ」

「了解、武装警備隊は被弾者を下がらせろ。LD、NB・S両名の邪魔はするな」

 本社は無事な隊員を残し、武装警備隊を下がらせた。
上空での戦闘はクロム社側のやや劣勢のように見える。
光線が飛び交い、たまにミサイルや榴弾が敵ISへと放たれているが、当たらない。
 先ほど相手最大の特徴であるブルーティアーズは射出と同時にLDが撃ち落した。
それにより双方とも決定打に欠ける戦いが続いている。




「ああもう、復調したばっかりなのに!」

「いいから早く配置につけ!α隊、砲撃体制!!」

 本社には職務復帰したα隊の数名がいたため緊急出撃することになった。
本社前のロータリーに部隊は展開。フォートブラッグの武装が変形して砲台となり、砲撃準備は完了した。

「有給もらったんだから文句言うな!」

(そういや、隊長は貰えなかったね……)

 まだ愚痴ってる隊員たちに隊長の怒声が飛ぶ。
スコープを覗き隊長が敵ISの動向を伺う、腕を肩の高さまで上げ手を広げて照準合わせの合図を送った。

「照準4-7-7にセット」

隊員たちから表情は消え、隊長のハンドサインに集中しているのが解る。
そして……

「今だ!撃て!」

ハンドサインが握られた。
それと同時に砲撃により大地が揺れ、発射音により大気が震える。
フォートブラッグの武装『FB256 38.4mm滑腔砲』の砲弾が敵ISへと送り込まれていく。
だが、相手のテクニックにより避けられた。

「次、3-8-6にセット!斉射!!」

前回の反省を踏まえ、今回の砲弾は貫通力を強化された新型砲弾である。
そのため砲弾の初速が上がった反面、反動も大きくなった。

「くっ隊長!!このままだと砲身が持ちません!!」

「大丈夫だ、命中した!!砲撃止め、砲身冷やせ!」

砲身が焼き付く前にα隊の射撃が命中した。
LDとNB・Sが追いたてた先に砲撃のキルゾーンを設置しておいたのだ。
敵ISは右脚部に被弾したようで、動きが鈍くなっている。
それを追いたてる2体だったが……

「ちっ!LDが墜ちた!!」

「嘘でしょう!?」

途中、LDが撃墜された事に本社及び隊員達へ衝撃が走る。
しかし次の瞬間、NB・Sの光波ブレードが敵の持つライフルを叩き切った。
すると敵ISは切られたライフルの爆炎に包まれ、煙が晴れるとISの姿はNB・Sの前から消えてしまっていた。

「敵IS!射程外に逃走しました」

「放っておけ、どうせ追いつけん」

 本社はISの追撃を諦め、後処理に入り周囲は喧騒を取り戻し始めた。
その後もISの追跡は行われていたが何もない海上で急に反応が途絶え、
偵察衛星がその近辺を撮影したが残骸もなければ島もないため、敵は何らかの方法で逃走したと考えられた。







クロム本社襲撃事件報告書

 この襲撃で受けた被害は
・本社ビル、2部屋が全焼。3部屋が半焼。
・重軽傷者10名、死亡者0名。
・武装警備隊並びライダー、β隊半壊他軽微、LD水没、NB・S損傷軽微。

以上の被害を出しつつ敵ISを撃退に成功。

 所属不明の敵ISについて各国関係者に確認を取ったところ、
イギリスから奪取された実験機体『サイレント・ゼフィルス』と判明。
操縦者は不明であるが亡国機業の所属である可能性が高い。

 敵勢力が正面を切って襲撃してきたことを踏まえ、これから活動が活発になると思われる。
関係者各位は充分に注意されたし。

                        クロム社内部資料より抜粋 























<本機、完全修復まで残り1時間>


―――――――――――――――――――――――

今回はクロム社寄り


9月24日掲載



[26873] 第13話
Name: ヴぁん◆72ebca82 ID:5a6fbbc2
Date: 2011/11/06 16:25



 今、世界は混乱の渦にある。
あるニュースが発信されたことで株式市場では株価が乱高下を繰り返し、ある者は狂喜しある者は絶望した。
そして一部の業界は恐怖していた。

 その業界とは言わずとも解るだろうがIS業界のことである。この出来事はそれほどのことだったのだ。
落ち目のIS企業とは言え、デュノア社がクロム社の傘下につく事になった意味を考えれば恐怖した理由も解る。

 ISは現在、国家を担う一大事業である。それ故にIS企業は政府によって保護されている状態と言ってもいい。
つまり、吸収合併に近い状態で傘下に入れられたことの意味する所はデュノア社がフランス政府に見捨てられたと言う事でも有る。
IS企業が恐怖するのも無理も無い話だ。あり得ないはずの前例が出来てしまったのだから。

 たしかにデュノア社は、第3世代ISの開発の遅れやマーケティングの見誤り、経営での躓きなど不運なほどに斜陽企業となっていた。
武装神姫などの素体による台頭により量産機ISとしての『ラファール・リヴァイブ』は市場での価値が半減、あの戦闘で敗北を喫したのも関係あるのだろう。

 前にも言ったが、政府としてはISは絶対の強者でなければならない。その点からみればデュノア社は崖下一歩手前であることは明白だった。
それでも関係者の話によれば次のISコンベンションまでに第3世代を発表出来なければ切るとの通告が出ていたとのことだ。
簡単にいえばそれだけ猶予という温情を貰えていた。
そう考えると政府の手の平返しはデュノア社が致命的な何かを起こした、もしくは起こってしまったと勘繰ってしまうのも仕方ない話だ。

 だが、実際の所は違う。
この悲劇、喜劇は殆どがクロム社の……いや、オーメルによって仕組まれた、たった1人の少女を救うための狂言でしかなかった。
関係者以外が果たして気が付く事ができるだろうか。たった1人のためにこんな大掛かりな事をするなんて……。

 となっていればいい話だったのだが、本命は違う。彼女はおまけだ。
クロム社の欧州進出計画は、ドイツで活動している出向部隊を援護するためにもう1つ拠点となる地域を獲得する計画だ。
そして様々な要因から有効なカードを持っているフランスへと照準が定まった。
それによるネズミの処置及びデュノア社が持つIS技術や彼女のように優秀な人材を手に入れるのをついでにしてしまおうというのが本音である。

 ナルが嫌そうな顔をしていたのがそれだ。『ついでに』というのが気に食わなかったのだろう。
企業である以上、私情を挟まないことと利益を上げるのは当たり前のことだがそれを行き過ぎると碌な事にはならない。

 オーメルは目的のためならば手段を選ばない。
あいつは騒ぎを大きくする傾向があるとナルが生身である頃に言っていた。
それによればわざと事を大きくして交渉を通り易くするのが得意であるらしい。
交渉屋ならば普通のことなのだろうが、曰くあいつはやり過ぎるとのことだ。
しかも腕は確かで、言っていることも至極真っ当なものだからさらに性質が悪い。

 オーメルのやり方では無駄に敵を増やしてしまうと前々から言われていたが、それは余りある功績で覆い尽くされてしまった。
だから早かれ遅かれこの様な事が起こってしまったのは必然だったと言えるのだろう。
クロム本社が未確認のISにより襲撃を受ける等ということが……。



<<臨時ニュースをお伝えします>>

 その言葉と共に街頭スクリーンから慌てた様子のテレビスタッフとアナウンサー、そして臨時ニュースが発信された。
突然の臨時ニュースに思わず立ち止まり見上げる人もいれば、そのまま素通りしていく人もいる。割合としては3:4くらいだろうか。
 さっきまで大ニュースであったデュノア社がクロム社の傘下に入ったことを伝えていたニュース番組も他の番組と同じ様に切り替えられた。
つまり、この臨時ニュースはそれを超える衝撃的なニュースであるということだ。
視線が街頭スクリーンに注がれる。

<<つい先ほどクロム社本社が謎のISに襲撃されているとの情報が入ってきました>>

この一言に素通りしていた人々も一部振り返り、これで割合は逆転した。
なにか動きがあったのか、スタッフからアナウンサーに紙が手渡される。

<<只今、現場との通信が繋がりました。映像繋ぎます>>

 そして映し出されたのは上から見るとクロム社のエンブレムである[▽△]のような形をしている特徴的なビルから一筋の黒煙が噴出し、
空を縦横無尽に動き回る青いISとビル前から発砲される対空砲火の火線であった。

 スクリーンを見ていた民衆からどよめきが起こる。
LIVEの文字が、この映像が今起こっていることだと知らしてくれる。
その映像から見えたものはたしかに現実であり、本物の戦闘であった。

 それからしばらく後に2度目のどよめきが巻き起こる。それは1度目よりも大きなものであり、
その時、民衆がみていたのは青いISが赤と黒の機体に撃退され、勝利者であるクロム社が夜を背負って悠然と佇む様子だった。





――IS学園、困惑す――


 臨時ニュースの映像を見終えた千冬と真耶はISとクロム社の一進一退を見つめていた投影画面を消し、情報を集め始める。
この時、千冬の中にはニュースを見てからある違和感を感じており、情報を収集しながらそれは増大していった。

「……山田先生、テレビクルーというのはいつでもヘリで巡回しているものなのか?」

「いえ、普通は車とか徒歩とかで移動していると思いますが……織斑先生それがどうかしましたか?」

 千冬からの突然の問いに首を傾げながらも真耶はその問いに答えた。
その答えを聞いた千冬はあるデータを真耶の画面に転送する。
送られてきたデータは何かの開始時刻であった。

「これは?……」

「青いISがクロム社を襲撃した時刻とニュースにクロム社が映し出された時刻だ」

 それを聞いてゆっくりと真耶はもう一度その画面を見直す、両方の開始時刻は1分の差しかなかった。
いくらへリポートが近くにあるからと言ってこれは早すぎた。
クロム社本社は陸地から少し離れた出島のような場所に建てられており、急行しても最寄のヘリポートから4分は掛かるのだ。

「たしかに早すぎますね……偶然近くを通っていたというには出来すぎですし」

「それだけではない、先ほどのニュース映像にも不可解なことがあった」

 先ほどまで見ていた画面にニュース映像が再生される。
映像からの間違い探しに頭を悩ませる真耶だったが、見ていると確かに変であった。

「綺麗すぎるですか……?」

「……正確には音と影が、だがな。映像が鮮明なのはまだ言い訳出来るが、これにはヘリのローター音がない。戦闘音はちゃんと聞こえてるのにな」

さらにニュース映像には不可解な事にヘリにあるはずの物がなかった。
それを千冬は付け加える。

「そして、最大望遠で覗きながら上空を向いてるはずのカメラにローターの影すら映らない」

「それじゃこれを撮影しているのは……」

「無音に近い航空及び滞空能力、最大望遠でも鮮明で手振れすらしない高性能カメラ……少なくとも重力制御やPICが搭載された機体だろう」

 偵察仕様のISなど聞いた事ないがな。と千冬が顎に手を当てながらこの映像を撮影したモノを推測する。
推測を聞いた真耶は何かに気がついたのか投影画面を開き、情報を検索し始める。

「織斑先生、これを」

しばらくすると結果が出たらしく千冬へとデータが転送された。
そのデータは、戦闘機型の素体のようであった。

「偵察機型の素体……Rシリーズの1つか」

「はい、クロム社のリストから検索したのですが……」

「だが、白か」

 その問いに真耶は顔を横に振って答えた。

「はい、このシリーズにはあの戦闘の音を拾えるような指向性集音器が付いてないんです。条件に合うのはビデオカメラ機能だけですね」

 そう言って拡大されたスペック表には確かに戦闘に耐えられる集音器は見当たらず、あったのは会話用の集音マイク。
これでは、あのニュース映像のような音は拾えそうになかった。
では、クロム社製でないとするならば一体どこの機体がこれを撮ったのだろうか謎は深まるばかりだ。

「山田先生、検索の幅をISにまで広げて調べてくれ。私は少し出てくる」

「はい、解りました。でも織斑先生はこんな時間にどこへ行かれるのですか?」

 千冬からの依頼に素直に答えた真耶はふと見えた現在時刻から何気なく聞いてみた。
するといつもの堅い感じのする声ではなく、少し優しげな声で返答された。

「何、少しばかり寝過ぎた友人がそろそろ起きるらしいのでな」

「友人?……もしかしてナルちゃんですか!?織斑先生ずるいです!」

「それでは後を頼む。山田先生」

「そ、そんな~……」

 真耶が不満を言うも千冬は華麗にスルーして部屋を出て行く。
少し涙目で作業に戻る真耶は溜息をつきながらも腕は止まっていない所を見ると千冬が彼女に調査を依頼したのも頷ける。
まあその分、背負い込む仕事が多いのはご愛嬌だ。

(でも一体どこの誰が……この映像を撮る事で一番利益のあるところって……)

不自然な映像は何を伝えようとしているのか……疑問は湧き出るばかりである。 





――ナル、起床す(2度目)―― 

 
 ラボの中央に配置されたナルが眠っているメンテナンスポッドを中心にコードと言うコードが繋がれ、またそのコードは様々な計測器へと接続されていた。
物々しい雰囲気の中、研究員たちがデータの収集を熱心に行っている。

 ことの起こりは今から約20時間前、ナルのCSCパーツから異常なエネルギー精製を感知したため、異常を検知した警報が発せられ、
仮眠中の研究員たちが飛び起きてナルの状態を確認しにいくと、その場にいた束女史から状況の説明と現場の引継ぎをさせられたのだ……強制的に。
そのため中途半端に眠気が残っているのか目が充血している研究員が多数見えた。
 
(やけに操作音や効果音が大きいのは眠気覚ましの処置なのか?)

 そんな中、所在無さげにラボの壁へ背中を預けているのは先ほど真耶に仕事を押し付けた千冬だ。
何故、彼女がクロム社ラボの中に入れるかと言うと、協定と束関係のためである。
前者は亡国機業関連での連携のためであり、後者は簡単に言えばストッパー役だ。
いつもならドクやナルがストッパー役になるはずなのだが、本人たちはご覧の通り眠り姫状態である。
そして、問題の束は千冬からアイアンクローを喰らっている最中だ。

「それでお前はいいのか。あそこにいなくて」

 抱きつこうとしてきている束に現状維持のまま問いかける千冬はさして気にもせず目線をナルの眠っている場所に向けた。
束の頭から何かミチミチという効果音が出ているが、効果が見込めないので彼女がさらに力を込めると、さすがに堪えたのか彼女の腕を軽く叩き始めた。
千冬がそれを合図に手を解くと束はその体勢から崩れ落ちる。

「ちーちゃん……相変わらず、よっ容赦ないね……」

「ふんっ、そうでもしないとお前は止まらないだろ」

 頭を抱えて悶える束をばっさりと切り捨てる千冬、そしてそんな2人を意にも返さず黙々と作業を続ける研究員達。
同じラボの中なのにかなり温度差のある異様な空気である。

「で、どうなんだ」

「ん~実はなっちゃんの復活準備はすでに終わってるんだよ」

 まだ頭が痛むのか手でほぐしながら答える束。

「では周りにいる研究員は……」

「いや~復活処理してたら、なっちゃんの中にあった旦那様謹製の謎パーツが活性化しちゃってね。
 しかも、CSC乗っ取って発電し始めちゃったもんだから」

 いや~参った参ったと他人事のように言う束に千冬は静かに手を向けて、その頭を掴んだ。  
掴まれた頭から嫌な音が出始める。

「つまりお前の仕業か」

「おーけー、ちーちゃん落ち着こう。さすがに束さんも謂れもない罪で頭ミチミチされたくないんだよ」

 しかし、力を込めずとも抜かずに話を聞こうとする辺り扱いになれているというかなんと言うか……。
とりあえず漫才なら余所でやって欲しいと言いたい研究員達であった。




(ISコアとは設計思想の異なるコアの発現……か)

 横で膝を着いて頭を抱えている束の言い訳を聞いた千冬はこの状況に合点がいった。
束は平然としているが、クロム社からすれば焦るのも解る。
目の前に未知のエネルギー精製体が突然現れたのだ。しかも制御方法が分からない……。
今は安定しているがもし暴走すればここIS学園ごと吹き飛ぶ可能性があるのだ。

(まあ、クロム社出向員のことだから半分は未知の物に喜び勇んでデータ収集しているだろうが……)

 千冬がそう考えて見渡してみると研究者達が活き活きしているようにも見える。
そういう風に見える様になってきたあたり千冬も大分クロム社に毒されてきているようだ。


「そろそろか……」

 千冬が時計を見ると束が示した時間に差し迫っていた。
クロム社研究員の操作している計器類からの音や指示がさらに騒々しくなって研究員自体の動きも活発化している。
そんな中、束は笑顔で中央のナルに目線を向け、胸元にあるチョーカーの宝石を愛しそうに触っていた。

 唐突にナルの素体からアナウンスが流れた。

<本機、完全修復完了。再起動まで10…9…8…7…6…>

 ラボに緊張が走る。
じっと計器類を見守る研究員達、背中を預けるのを止めて身構える千冬、相変わらず笑っている束。

そしてカウントダウンは人間のことなどお構いなしに0を刻んだ。

<5…4…3…2…1…0…>

<おはようございます>

<ハッチを開放します。安全のためお下がりください>




…………




 ハッチは開放されたが肝心のナルが起きて来ない。
原因を究明しようと研究員達が慌しく動き出し、操作されている計器類が音を上げて検査し始めた。
千冬がこの状況を静観しているが内心冷や汗ものだった。主に隣にいる天災級の友人のせいであったが、その原因である束は相変わらず笑顔のままだ。
彼女は不思議を通り越して不気味に思えてくる。あれだけナルのことを激愛していた束のことだ。何かあったらなんて考えたくもない。

 そんなことはお構いなしにナルを見つめ続けていた束が前に出た。
千冬が止めようするがそれよりも早く彼女が行ったことは意外なことだった。

「なっちゃーん!!朝だよーーーーー!!」







「……は?」

 余りなことに呆気に取られる千冬と研究員達の動きが止まった。

「起きて起きてーーー!!朝だよーーー!!」




「じゃかわしいわ!!!煩くておちおち死んでもいられんじゃろがーーーー!!」



「むう、ママはそんな言葉遣い教えた覚えないんだよ!」

「何かを教えられた覚えもないぞよ!たわけが!」

 いきなり始まった口喧嘩の応酬に唖然とする千冬と色々と限界で気が抜けて座り込む研究員達。
解らないでもない研究員達は茶番に付き合わされたのだから。

「……はぁ」

 最近、癖に成りつつある溜息をつく千冬は中央で口喧嘩している2人に制裁を加えるべく歩き出した。
そして、鉄拳により2人の喧嘩は鎮圧された。それを見ていた研究員によれば程よい快音がラボに響いたという。

 この事態の発端を千冬が問いただすと言うか叱渇すると束は潔く白状した。
束の言い分では、再起動一回目だけ自分の声で起こさないと起きないように細工しておいたとか……





 その後、ラボの片隅で正座させられて千冬の説教を聞く2人の姿があったそうだ。

「われ、まだ病み上がり……というか被害者……」

「一度やってみたかっただけなのに……」

「……何か言ったか?」

「「何も言っていません!サー!!」」









――IS学園、台風一過――



 昨日、シャルルが部屋に戻ってきた。クロム社との面談はどうやら乗り切れたようだった。
シャルルの顔には涙の跡があったが俺は聞かないことにした。そういうのは自分から話してこそ落ち着くことが出来るだろうからな。
それとシャルルはもう少しの間、男装を続けるらしい。なんでもクロム社の人が扱いについて決まるまで現状維持でいてくれと言ったそうだ。
「これで一夏とはもうちょっと一緒にいられるね」なんて笑顔で言われた日には断ることなんて無理だろ。
しかもその笑顔は憑き物が取れたかのように心から喜んでいて今までの笑顔とは明らかに違っていたんだ。

 だから油断していたんだろうな。もう大丈夫だって。
俺はその日の夜中にシャルルの魘される声で起きた。
その魘された寝言は只管に謝り続けるものだった。
俺が手を握ると安心したのかシャルルが魘されることは無くなったが、今度は俺に謝りはじめたんだ。
「ごめんね。一夏」だとさ、謝らなきゃならないのはこっちだってのに俺が「頼りにならなくてごめん」って言わなきゃいけないはずだ。

(なのになんで……シャルルが謝ってるんだよ……)

俺があれほど惨めで無力だと思ったのは3度目だ。

(千冬姉、ナルさん、シャルル……もっと俺に力があれば……)

そう思ってしまうのは自惚れだろうか。
何にしてもここはIS学園だ。強くなるための施設は揃っている。後は俺次第ということだ。

(箒たちにも手伝って貰おう……誰かを守れるようになるために)

俺はシャルルの手を握りながら決意を新たにした。




 まぁその後、手を握ったままだったから寝不足になったんだけどな。
そしてさっきシャルルに起こされたんだが、俺が手を握っていたことを知ってお礼を言ってくれたのが唯一の救いってやつだ。
精神的なものだから体力的にはつらいままだけどな。

そんな回想をしていると何時も通り腕に張り付いている箒が少し不機嫌そうに話し掛けて来た。

「一夏、何をそんなにニヤ付いているんだ」

「ん?そんな顔してたか」

 たぶん、それはニヤ付いてるんじゃなくて寝不足で引き攣ってるんだと思うけど。
曖昧な俺の返答でさらに不機嫌になったのか箒の腕に力が篭り始めた。

「一夏。昨日何かあったのか?なんだか眠そうだが……」

「ん~まあ、ちょっとな色々あって寝不足なのは確かだ」

「いろいろだと……?」

 箒の目が一掃鋭くなり、じと目で俺を見てくるがどうしようもない。
シャルルのことを暴露するわけにもいかないしな。

「まさか一昨日の夜に部屋に戻らなかったのと関係あるのか?」

「その時はシャルルの見舞い兼看病してたんだよ。先生命令で」

「そうか……それにしては……」

 その答えを聞いて腕の力は抜けたが今度はより体を預けてくる箒は俺には聞こえない声で何か言っていた。

「……やっぱり他の2人とも違う女の匂いがする」

「ん?箒なんか言ったか?」

「いや、特になにも……」

 ちなみにシャルルは俺達の後ろから付いてきている。
だが何故だろうか。今、後ろを振り向くのが恐い。
多分シャルルのことだから微笑みながらこちらを見ているんだろうが、俺は振り向けない。
なんかデジャヴを感じるが、気付かない振りをしておこう。そうしよう。

(一夏め、まさかデュノアと……いやまさか、あれは私だけの特権のはずだ)

(むー、解ってはいたけどなんか腹立つなぁ……これだけ見せ付けられるとねぇ)






 一夏達が教室に近付いた頃、廊下まで話し声が聞こえてきた。
いつも以上の盛り上がり様に一夏達3人は顔を見合わせる。
そして彼らが教室に着くと固まって話していたクラスメイト達が蜘蛛の子を散らすように離散した。
その様子に3人で今度は首を傾げあっていると何故か1組にいた鈴音が少し苦々しそうな表情で近付いてくる。

「ちょっと一夏、あとあんたも後で話しがあるから昼休み空けといて」

鈴音はそう小声で一夏と箒だけに言うと二組の教室へと戻っていった。
展開に付いていけない一夏と箒はまた首を傾げ会うのであった。



 その時の只ならぬ3人の間に入っていけなかったシャルルが寂しそうな顔をしていたのを見て、
多数のクラスメイトが鼻を押さえていたのは別のお話。









 時は過ぎて、鈴音との約束の時間である。
約束どおり待っていた2人は鈴音に腕を引かれて教室から連れて行かれ、様子を伺っていたセシリアとシャルルが同時に席を立ち、後に続く。
クラスメイト達も興味はあったが引きずって行ったのが鈴音であったため、出歯亀は諦めて食堂に急いでいく。
そんな中、その様子を1人冷たい視線で見ている者がいた。



「なに!?それはどういうことだ!!」

「こっちが聞きたいわよ!」

 昼休み中に人気の無い場所に連れて来られた2人は鈴音から朝の話を聞くと、箒が声を上げた。
鈴音によれば、箒と鈴音が一夏に対して行ったIS個人トーナメントへの恋の宣戦布告がかなり歪んで噂になっているという話だった。
しかもその歪みはイイ感じに曲解されて、『次の個人トーナメントで優勝すれば織斑 一夏と交際できる』となって学園を駆け巡っているというのだ。

「あれは私達2人が言い出したものだろ。どうして学園中に広がっているんだ」

「だから知らないって言ってるでしょ。噂好きの誰かが盗み聞きしてて触れ回ったんじゃないの」

 ここIS学園はほぼ女子高である。女子ネットワークにより噂のうの字でもあればすぐさま拡散されてしまうだろう。
だが、そうであればどこかに発信源があるわけで……
周囲を見回し始める鈴音と箒、漸く合流したセシリアとシャルルに話し掛けられる放置されてた一夏。

「ええっと、どういう状況でございますの?」

「一夏?」

「ん?ああ、前に個人戦で勝ったら付き合ってくれって2人から言われたことがあったんだけど」

「個人戦?学年別個人トーナメントのこと?」

「ああ多分それ、でそれがいつの間にか噂になって学園を駆け巡ってるんだと」

 そんな話を掻い摘んで教えているとセシリアが怒り始め、周囲を警戒している一夏幼馴染ズの2人に詰め寄っていった。

「どういうことですの!わたくしを差し置いて一夏さんに告白なさるなど!!」

「なんであんたのことを勘定に入れなきゃ成らないのよ!!これは一夏の幼馴染としての勝負だったんだから!!」

 鈴音の反論にセシリアは急に冷静になって切り返した。

「幼馴染としてですの?」

「そうだ。この告白まがいは元々、私と鈴が話し合って決めた宣誓のようなものだ」

「学年別個人トーナメントでどっちかが優勝したらとちゃんと付き合うっていうね」

 箒が鈴音へのフォローを入れてさらに鈴音が付け足すという珍しいコンビネーションを繰り出した。
そしてさらに話は続く。

「だが、それが歪んだ噂のせいで一夏と付き合う可能性がある者の範囲が拡大してしまった」

「それでは、わたくしにもチャンスが……」

「忌々しいことにね」

 平然とした態度で話す箒と少し嬉しそうなセシリアに苦虫を噛み潰したような顔をする鈴音と個々それぞれ対照的な表情をしていた。
そして女性陣が盛り上がっている所、蚊帳の外な男性陣(?)の2人は暢気に雑談している。
一応シャルルは女性陣の様子を気にしてちらちらと伺っているようだが、爆心地のはずである一夏は一向に気にしていない。
色々と影響があるはずなのに余裕綽々な一夏にシャルルは疑問を抱いたので素直に聞いてみることにした。

「ねぇ一夏?あっちで結構大事なこと言ってるような気がするけど大丈夫?」

「大事なことって?」

「付き合ってもらうとか言ってるみたいだけど」

「いや、別に構わないし」

「え?」

 あっさりと返されたシャルルが豆鉄砲をくらったかのような顔をしている驚きを隠せないようだ。
だが、次の一夏からの一言で氷解したと同時に呆れてしまった。

「そりゃ買い物位付き合うさ。幼馴染だしな」

「はぁ……」

 一夏は恋愛的な意味で付き合うとは露ほど思ってないようだった。
さすがに鈍感の域を超えていると思うシャルル。
彼を見る目もジト目に変わるのも当然といえる。

「ん?どうしたんだ?シャルル」

「一夏……何時か刺されてもしらないよ」

「……なんで?」

 シャルルからの物騒な警告に少しビビリながら一夏は説明を求めたが、シャルルはジト目で返してくるだけである。
そうして拗ねてしまったシャルルをどうするか一夏が四苦八苦している時。
そのやり取りを偶然、いやさり気なく聞き耳立てていた女性陣の反応は、以下の通りである。

「もはや、草食系を飛び越えて絶食系ね……」

「さすがにどうかと思いますわ……」

「なに、一応承諾はしたのだ。あとは意味を懇切丁寧に教えてやればいい」

 箒のやけに艶っぽい声が耳に残った。
その様子に鈴とセシリアが、何を想像したのか顔を赤くする。
そして答えを聞かずともいいものを敢えて聞きに行くのは、いつものセシリアだった。

「箒さん……それはどのような教え方でして?」

「もちろん、体に……」



「はーい、すたーーーーっぷ。一応講師の前なんだからそういうこと言うのは自重なさいね」

 ヤバい方向に流れ始めた女性陣の会話に待ったを掛けたのはこの部屋の主であるリアだった。
鈴音の選んだ人気のない場所とはクロム社支部にあるリアの私室だったのだ。

「というかアンタたち昼食どうしたのよ。昼休みあと30分もないわよ」

 その言葉に5人が部屋にある時計を見てみると残り時間28分であった。
ここから食堂まで10分掛かる全力疾走で5分ほどだが、廊下を走ってしまうと千冬からきつい説教が待っているのだ。

「リアアドバイザー部屋を貸して頂きありがとうございましたーー」

「はいはい、今度は何かお土産持参でよろしく~」

 お礼を言って部屋を出ていこうする一夏達にリアは机から手を振って見送る。
わたわたと部屋を後にしていく5人組は早歩きで去っていくのだった。




 一夏達が出て行き、しばらくすると隣の住人が尋ねてきた漸く復帰したナルである。
彼女はノックしてきて行き成り入ってくるや否やソファーに座り込み喋り始めた。

「相変わらず喧しいやつらじゃったの」

「やっぱ横に筒抜けだった?」

「そりゃの」

 ここの2つの部屋を分けている壁は移動パネル式の壁だ。
だから少しでも大きな声を出せばかなりの確率で筒抜けである。

「でどうじゃった?」

「何がよ」

 唐突なナルからの曖昧な問いにリアは書類整理を止めずにさっと聞き返す。

「一夏の様子ぞよ。前に言っておったろ、演技やもしれぬと」

「ああ、あったわねそんな事」

 はたと気が付いてリアが先ほどの一夏の様子を思い返しているうちに、ナルは隠し持っていたコーヒーオイル・マイルドを机の上に並べていく。
なぜ、ナルがリアの意見を聞きたいのかと言うとリアがIS学園に来る以前はクロム社の外交員を6ヶ月とは言えやっていたりするからだ。
もちろん、その役目は今も変わっておらずIS学園と支部の間を取り持つ相談役のようなことをやっているため、ナルよりもデスクワークが多い。
そして少なくともナルよりは人を観察することに成れている。

 缶でピラミッドの2段目が出来上がる頃にリアの答えが出たようだ。

「そうね、先ほどの様子を見るに……周りの好意には気が付いているんじゃないかしらね」

「すっとぼけたのは?」

「あれは素」

「そうかえ」

 その返答からリアは書類整理に戻り、2人の間になんとも言えぬ時間が過ぎて行く。
ナルはソファーに座り直し持参したコーヒーオイルを開けて口を付けたが、それはマイルドというには程遠い甘さだ。

(リアの言う事が本当ならば、一夏は解っていて誰かと親密になることを避けておることになるが……)

「ちとお灸が効きすぎたかの……」

 シャルロットの件で柄にもなく説教などしてしまった自分に軽く反省しながら、
これからの事を予定を立て直していくのであった。



「ん?ナル、アンタなんか胸大きくなってない?胸部増量パーツでも付けた?」

「束女史がの……」

「……OK、聞かないわ」













――嵐の予感――



 一夏はトイレから教室に全速力で戻っている所である。
何せここはIS学園、女の園であるため男子トイレが遠いのだ。
クロム社支部付近に行ければ良かったのだが、残念ながら掃除中で入れず泣く泣く他の3箇所に行くことになってしまった。
午後の授業の休み時間なので外は大分西日になっている。

「何故、ここにあいつらがいるのですか!!」

「あいつら……?」

 その途中、一夏は聞き覚えのある声を聞いたためそちらに寄っていくことにした。
あまり親しくというか、敵対状態である声の主に近寄っていく辺り一夏もお人好しである。
声の主はラウラ・ボーデヴィッヒ、転校初日に一夏を裏平手で引っ叩いた張本人。
もう1人の声は一夏が聞き間違えるはずもない姉、千冬の声であった。

 一夏は聞いた声のした場所には丁度良く草むらと街路樹があったため、そこから覗いてみることにしたようだ。
静かに覗いてみるとそこには相対しているラウラと千冬が予想通りいたが、何か様子がおかしいと感じたため、息を潜めて続きを聞く。

「あいつらと言うのはクロム社の出向員のことか?」

「違います!!あの機械人形どものことです!!」

 その声はもはや怒声と言ってもいいもので、ラウラの冷静さが失われているように思えた。
その様子を一夏は何故か虚勢を張っているようにも見えたが、どうしてかは解らなかった。

「ナル、リア。両名はクロム社直々の出向員だ。なにが問題ある」

「大有りです!あいつらは人を狂わせます!!」

 あんまりにもあんまりな言い分にその場の時が止まる。
再起動を果たした千冬は頭に手を当てて問い掛ける。

「……ボーデヴィッヒ、気は確かか?」 

「私は正気です!教官!現に私の隊の副隊長であるクラリッサ大尉は……」

 ラウラが言葉に詰まり、悔しそうに顔を歪めて声を絞り出す。

「クラリッサ大尉は!!人が変わったかのように私に向かって奇声を上げたり、ひらひらした装飾過多な服をあいつと一緒になって着させようとしたり……」

 まだまだ続くクラリッサ及び『あいつ』の蛮行というよりラウラが受けた被害報告。
聞く人が聞けば解ると思うが人それをはっちゃけたと言う、もしくは欲望の開放。
さすがに擁護できないのか、千冬は俯きながら頭を抱えてしまった。


 ラウラの被害報告が続いている中、さすがに気の毒になってきた一夏は切り上げて教室に戻ろうとするが、突然横から声が聞こえてきた。

「隊長、ドイツで何やってるんですか」

「はっはっは、さすがにやり過ぎたかな。だがちゃんとプライベートな時間だけだぞ。はっちゃけたのは」
  
「当たり前です。下手したら国際問題ものですよ」

 一夏の両脇にはいつの間にか草むらに匍匐の状態で隠れた武装神姫がいた。
気配も感じなかったため、一夏の心臓は跳ね上がるほど驚いたらしく自分の胸を押さえている。
そんな様子を面白そうに見ている金髪碧眼の武装神姫があいさつしてきた。見かけはシャルルをショートの髪型にした感じである。

「ひさしぶりですね。一夏君、クラス対抗戦以来ですから1ヶ月くらいでしょうか?」

「いや俺、あなたの事知らないんだけど……」

「まぁこの素体では初めてですしね。2度目の初対面という貴重な体験ですよ」

 どこかで聞いたことのある言い回しに、前に会った時期。そこから一夏が導き出した答えは……

「α4……?」

「正解です。またよろしくお願いしますね」

 姿形は違えどα4は前も見せた同じ笑顔で答えた。
この時、匍匐状態でなければもっと感動的な場面となっていただろう。

「んんっ、そろそろ良いかね。カッツェ君」

「カッツェ?」

「私の登録名だそうですよ。ベルク・カッツェ。私は元いた部隊から外されてα4ではなくなってしまったので」

「だから、私が登録しといてやったというわけだ。名無しのままでは不便だろうからな」

 ピンクの髪をし、黒くネコミミのような突起のある四角い帽子を被りヘッドフォンと右目の眼帯が特徴の武装神姫が、
ピンクのタイを付けているそれなりの胸を張って言う。
その装備は何処と無くラウラと同じような雰囲気を纏っていた。

「昨日付けでここIS学園に出向扱いになったクロム社のメルだ。よろしく少年」

「えっあ、はい宜しく」

 崩れた敬礼で挨拶をしてきたメルだったが、こちらも匍匐状態なのでイマイチ決まらない。
メルはその答えを聞くと体勢を戻し、ラウラと千冬に視線を向けなおした。その様子にカッツェが肩を竦めて首を振る。
その時、一夏がふと気付いたことだが、どちらも動いているのに草むらから音が出てないのは、場慣れしているからなのだろうか。
残念ながら、今の一夏には判断が付かなかった。



「……したり、挙句の果てには隊員たちと秘密結社のようなものを立ち上げるなど、おかしな行動をするようになったのです!」

どうやら長々と続いていた被害報告は終わったようである。
ラウラの息切れした呼吸が聞こえてきているが、まだ言いたい事があるようだった。

「教官もあのようにはなって欲しくない!!」

「随分と見くびられたものだな。私がそんなにやわに見えるか」

 俯いたまま話を聞いていた千冬が顔を挙げ、厳しい口調で返答をした。

「しかし!!」

「くどいぞ……二度は言わん」

 ラウラの抗議も千冬はにべも無く切り捨て、鋭い目つきで睨む。
雰囲気はすでに教師モードに戻ったようだった。

「っ……申し訳ありません。出過ぎた真似をしました」

その気迫に押し負けたのかラウラも急速に気を静め、先ほどとは打って変わって軍人らしい動作に戻っている。

「用件はそれだけか」

「……はい、他にはありません」

 ラウラが何か言いたいことを奥に引っ込ませたかのような仕草に千冬は眉を動かしたが、
本人が無いと言っているので気にしないことにしたようだ。

「そうか、なら行け。休み時間は有限だ」

「ハッ!」

 千冬に対して敬礼をして去っていくラウラ。
それを見送る千冬という構図だったが、この時の2人は互いに何処かズレた考えをしていた。 

(しかし意外だ。ボーデヴィッヒのことだからドイツに戻って来るよう説得してくると思ったのだが……)

(いくら教官が大丈夫だと言ってもあの魔窟と化した場所に連れて帰れるものか!)

 『師の心、弟子知らず。弟子の心、師知らず』と言った所か、まあズレがあるのも仕方が無い。
千冬がドイツを出たときのラウラと今のラウラは大分変わっていたのだから。

 ラウラは千冬が日本に戻った後、メルが入れ違いでクロム社より出向して来た。
それからまもなくラウラの部下であり、隊の副隊長であるクラリッサとメルは意気投合し、ラウラに対してあれやこれやと暴走し始める。
2人が暴走するのは決まってフリーな時であり、仕事中は至極真面目に取り組んでいるため、最初の頃のラウラは流されるままだったが、
その暴走は周囲も感化して、多数の過激なラブコールによりラウラは段々感情を表に出すようになっていったのだ。
ちなみに感化された周囲というのはラウラ隊の者が主で、メル隊の者達は終始サポートに回っていた……すでに感化済みだったとも言う。

 そういった理由で今までのラウラの態度は武装神姫という物に常に警戒状態という状況なのだ。
そんなことは露知らず覗き見していた一夏は、ばれる前にその場を離れようとする。

「そこの男子、覗きとは感心せんな」

物音も立てていないのに千冬に感付かれてしまった。
一夏はビクッと肩を震わせ、千冬の方に顔を出せば呆れたような目で射抜かれていた。
周りにいたはずのクロム社の2人はいつの間にか校舎の近くでなにか話し合いをしている。

「何をキョロキョロしている……まあいい、お前も急がないと授業に遅れるぞ」

「……解っています」

 一夏としては内心恐々していたが、取り越し苦労であったようだ。

「ならいい。ああ、あと走るなら見つからないようにしろ」

「え……」

 一夏は一瞬自分の耳を疑う。
それは教師モードの千冬が言うにはあまりにも直球すぎる物言いだったからだ。
この時、千冬の表情がニヤリとした笑みをしていなかったら悪い物でも食べたのかと思ってしまっていただろう。

「さあ行け、月末まで時間は短いぞ。悔いのないようにしろ」

「解ってるさ」

 千冬からの珍しく解りやすい激励に一夏は足取り軽く教室へと向かっていくのであった。
それからしばらくして、一夏が見えなくなった頃に千冬はPDA端末を取り出し、
どこかへ連絡をすると用件を手短に伝え終えて次の授業へと歩き始めた。




 メルが校舎の裏にてPDA端末でどこかと連絡を取っている。
カッツェとは先ほど別れ、トラックに向かっている頃だろう。

「こちらはドイツのクラリッサです。同志メル何かありましたか?」

繋がったのは、話に出ていたラウラの部下クラリッサだった。

「んんなに、こちらでのラウラ隊長の様子を見たのでな。そちらにも送ろうと思ってね」

「さすが同志メル。気遣いに感謝します」

どうやら先ほどの様子を記憶しておいたらしい。
首からケーブルを延ばし、PDA端末へと接続して記憶内から転写していく。
動画ではなく写真データで送っている辺りはメルの優しさなのだろう。
そしてデータの送信が終わり、ケーブルを元に戻すとクラリッサの驚きの声が聞こえてきた。

「こ、これは……!」

「そうともラウラ隊長の怒っている姿だ。しかも軍規などではなく個人的な感情でな」

「クッ!!……ついに我ら『隊長を見守り隊』の努力が報われた!!」

大げさに叫ぶクラリッサ。どうやらこの2人、ただの趣味でラウラを追い掛け回していたわけではないようだ。

「あーそれに関してなんだが、クラリッサ大尉……」

「どうしたのですか、同志メル。歯切れの悪い言い方などして、貴方らしくもない」

 クラリッサの言ったとおり、いつも竹を割ったような言動をしているメルが珍しく言い辛そうにしている。
それから溜息にも似た深呼吸をしながらメルは見た現状を話し始めた。

「どうやらラウラ少佐は我らが会合をしているの知っていたらしくてな……思った以上にトラウマになっているようだぞ」

「そんな我々の会合は極秘裏に行われていたはず、そうそうバレるようなヘマは……」

「いやソッチの会合じゃなくて見守り隊の会合がトラウマになったようでな」

「?……あの会合がですか。私としましては結構気に入っていたのですが」

 2人の話から察するに会合には2種類あり、ラウラが目撃したのは『隊長を見守り隊』の会合のようだ。
会合とは言っても漫画研究サークルと大差なかったはずなのだが……。
ラウラはどこを見てトラウマになったのか解らず首を捻る2人。

 正解を言ってしまうとメルが取り寄せた薄い本をみながら狂喜乱舞していたこの2人が原因だ。
クラリッサに用があったある日偶然、会合を見てしまったラウラは、言い知れぬ寒気が背筋を走ったとのことだ。
ラウラとの価値観がいろいろ乖離しちゃっている2人がいつまで頭を捻っても答えが出るはずもなく、唸っているうちにメルの端末に割り込み通信が入ってきた。
メルがクラリッサに断りを入れて、通信に出ると聞こえてきたのは見知った声であった。

「おねーさーん?こーんどはなーにやったにゃー」

「ん?ねねこか。どうしたそんな垂れたネコのような声をして」

 間延びした声は確かにねねこの声であったが幾分呆れた感情が向こうから漏れ出している。
しかし、そんなモノは関係ないとばかりに答えるのがメルである。AKYというやつだろうか。
メルのいつもの様子にねねこはさらに呆れながら話を切り出した。

「はぁ……もう用件だけ伝えるにゃ。『減棒3ヶ月』だそうにゃ」

「なに?ちょっと待て!私に心当たりはないぞ」

「上からの説明では『ドイツでのことに関して、苦情があった』らしいにゃ。まぁ決定事項だからあきにゃめろ」

「いやだから<<ブツッ>>おーい」

 クロム社からの一方的な通知に状況が掴めずクエスチョンマークを浮かべている
メルに通信を待たせていたクラリッサが話しかけてきた。

「何かありましたか?緊急の依頼が来たとか」

「いやいきなり減棒を言い渡された。くっ今月は新作のゴス服が出るというのに」

「お気の毒に……」

 メルの趣味を知っているクラリッサは同情を込めた声で慰めてくれた。
そのお礼にメルは彼女にも注意喚起を行った。

「ああそうだ。ドイツ云々言ってたからクラリッサ大尉も気をつけろよ」

「大丈夫です。私は品行方正で通っておりますので」

「……鼻血拭いてから言え」

 もちろんメルはクラリッサが見えていない。
冗談半分でいったのつもりだったのだろうが、何故か電話の向こうからハンカチを取り出す音が聞こえた。

「これは鼻血ではありません。溢れ出た忠誠心です」

(そんなキリッとした返事されても困る……)


 それから他愛もない雑談が続き、クラリッサの休憩時間が終わった所で解散となった。
後日、クラリッサにも減棒の通知が来るのだが……まあ知らぬが仏であろう。








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 武装神姫のDLCは伸び、バトルロンドは終了。
リアルもいろいろあって書けずにすみません。
もうちょっとテンション上げていきたいです。




11月6日投稿

 



[26873] 第14話
Name: ヴぁん◆72ebca82 ID:5a6fbbc2
Date: 2012/01/03 11:50




 メルが減棒通告を喰らい落ち込んでいた日の放課後、場所は第3アリーナにて珍しい姿が見れた。
クロム社技術出向員のナルである。服装はいつもの社員服だ。
その様子は何か指導するでもなく観客席で自主練習をする生徒達の様子を何処か遠い目で見ているだけであった。


 彼女がボケっと観客席にいる理由は簡単に言えば、働きすぎで自室兼仕事場からおいだされたからだ。
ラボで目を覚ましてから約1日、オーバーホールを理由に支部の自室から外に出なかったのだが、
ただ休んでいたのではなく、自身の中で『変質』したCSC改めIBコアについての調査を纏めていた。
 それは主に復活に立ち会った研究者からのレポートやミカからの仕様書を参考にクロム社へ提出する報告書と論文であったため、
本人は出来るだけ早く提出するつもりだった。しかし隣人であるリアに徹夜でレポートを纏めていたことが発覚してしまい書類作成禁止令が発令、
「仕事の虫なのも大概にしなさい!!」と説教された上、リアの報告を受けた本社から襲撃の後片付けを理由に、
ナルには報告書諸々は急がなくても良いという通告が行き、本人を無視してほぼ強制的にオーバーホール分の有給を手にすることとなった。

 ところが、ナルは仕事人間な所があり、趣味と呼べるものが無かった。
いや無くなったというべきか『幽真』であった頃には確かに趣味というものがあったはずなのだが、それも最適化の影響なのかおぼろげになってきている。
最近では肉親の顔も思い出せなくなってきてしまっていた。例外として『ミカ』のモデルとなった従姉だけは思い出すことが出来るくらいである。

 まあ『記憶』が最適化されているのは置いておくとしてとりあえず自室に引き返すことも出来ずけれども他に宛てがあるのでも無く、
クレイドルで休む気にもならずと学園内をふらふらしているうちに第3アリーナに行き着いたという次第である。



(われが完全に『ナル』になってしまうのも時間の問題か……)

 ナル自身、『幽真』としての意識が大分薄れてきていることを知覚しているはずなのだが、その事に不思議と拒否感は無かった。
それも仕方ない事かもしれない。ナルは人生においてすでに生身の体と素体の体で2度も『死』を体験してしまっている。
そのため人間の精神がそれを実感すればするほど『幽真』としての意識を薄れさせているのだ。

(『幽真』はあの時すでに……死んでいた?)

まるで他人事のように思い出されるあの銃弾の痛み、それは確かにあったはずなのにまるで物語を見ているかのような感覚であった。

(ならば……われは一体ダレ……)

「おお~ナルル~がいる~」

「ナルアドバイザーが1人でアリーナにいるなんて珍しいねー」

「あれ?いまオーバーホール中って話じゃなかったっけ?」

 思考が深みに嵌りこむ寸前にこちら側に戻されたナルは、声のした方向に振り向く。
その目は光を取り戻していた。

「なんじゃ、布仏に相川、谷本か」

 そこにいたのは袖の長いだぼっとした制服を着たゆる~いキャラの布仏本音、ショートジャギーでハンドボール部所属のスポーツ娘の相川清香、
長い茶髪を後ろにリボンで2つにまとめている谷本癒子。全員1年1組の生徒であり一夏のクラスメイトである。
その服装は制服姿だったのでアリーナには自主練習で立ち寄ったわけではなさそうだった。

「われがここにいるのがそんなに珍しいかえ?それとナルルーはやめい」

「え~ナルル~いいじゃん~」

 布仏は残念そうに抗議の声を上げているが、口調と相まって抗議に聞こえない。

「実際珍しいよね、いつも織斑くんたちに引っ張られてこられたし」

「そうそう、前なんてホールドされて連れてこられてたもん」

 他2人がナルの疑問に答えつつ3人は隣の観客席へと腰を落ち着けていく。
やけに布仏の距離が近いような気がするし、ナルのキツネ耳に目が行っているが気にしない。眼が輝いていたもの知らない。

(そういえば、いつも一夏達と一緒じゃったの)

思い返してみれば確かに自身の足からアリーナへと向かったことは無かった気がすることに気が付いた。
研究者としては実物を見ないのはどうかと思うが、ナルとしてはアリーナでぶっ倒れている回数の方が多いため
意識的に近付かないようにしていたのかもしれないという結論に至った。

「それでナルアドバイザーはどうしてここに?」

「んー?オーバーホール終わってから仕事してたらの、リアに『病人は休んでろ』と追い出されただけじゃ」

「はははっなんですかそれ」

「駄目だよー。ちゃんと休息取らないと」

(白いキツネ耳~いいな~今度のパジャマは白キツネVerに決まり~……ん~?)

 相川の質問に溜息交じりに答えるナルに、谷本は笑い、相川がアドバイスをしてきた。
生徒のフランクすぎる反応もどうかと思うが今は勤務時間外であるし、ナル本人もしょうもない理由と思っているので特に気にしてはいない様子。
そんな中、布仏は話も聞かずにナルのキツネ耳へ熱視線を送っていたが、何かに気が付いたのか今はその視線が顔より下に向かっていた。







「うひゃう!!」

「あれ~?」

 好奇心に負けた布仏の手が背後からナルの胸部へと伸びていた。
揉まれたナルは素っ頓狂な声と共に手を振り払い、若干涙目な顔で元凶である布仏を見ると
揉んだ手を不思議そうに見ながら開いたり閉じたりして首を傾げていた。

「本音ーいきなりなにしてんのよ」

「いや~ナルル~の胸が前より大きかったから~」

「それは確かに気になるけど……」

 相川が言葉を切り、チラチラと眼を配らせているのはナルが今にも泣き出しそうなほど震えながら放心しているからである。
いつもすまし顔なナルが傍から見ても解るくらい狼狽しまくっているのだから眼がいってしまうのも仕方ない。
さらにさらに腕で胸部を隠して横座りである。この場に弾がいたらやばかったかもしれない色々と。
ああ、今でもまずいシャッターチャンスとばかり狙っている新聞部がアリーナの反対側にいたりいなかったり。


 話は変わるが、神姫の胸部パーツはバッテリーでもある。
そして今ナルの付けている胸部パーツは武装神姫『蓮華』の標準パーツではなく、束印の特注品だ。
束女史自らが設計した武装パーツ『なっちゃんスペシャル胸部パーツ』は複数の層になっている複合装甲型バッテリーという物だ。
外枠からナノスキン、ゼリー状バッテリー、特殊装甲板、ゼリー状バッテリー、素体となっており標準パーツより主に特殊装甲板のお陰で大幅な防御力増加を実現している。
その分、重量とパーツの大きさも増大しているわけで、ナルの胸部はAからCにアップしていたわけだ。
布仏が感触に首を傾げていたのも複合装甲のせいである。軟い硬い軟いと構成されたそれは独特の感触がするのだ(byモブ研究者のレポートより)

(さわさわさわっ触られっ触られた)

そんな生徒に気を使われるほどの狼狽を見せているナルは現在、混乱の局地であった。

(なななな何故、わわあわれはこここここんなに動揺しししておるるるる!?)

 『ナル』になってから初めての動揺、感情の爆発を体験し、
爆発は波となり、思考回路を船酔いさせるほどに揺らした。
その揺れは早く感情の波を制御しなければフリーズを起こしかねないほどである。

(ととととにかく、このののままではまずずずずい。早く手をををを打たないとととと)

(あーナル姉ぇ?さっきからマスターの思考回路に異常な負荷を掛けてるシステムがあるみたいなんだけど……)

(!!?とめめめれれれれー!!)

 サポートAIである黒子のファインプレーにより件のシステムは強制終了され、ナルを襲っていた感情の揺れ幅は元に戻っていく。

(……はぁ、なんとか治まったか……一体何が起こったぞよ)

(んー?これ走査してみたら相性の問題っぽいよ。システムの一部が新しい胸部パーツに対応出来なかったみたい)

 どうやら胸部パーツの性能に制御ソフトが付いてこれなかったようだ。

(……一度クレイドルに戻らねばならんのう)

 とは言ったものの多分夜まで部屋には帰れない。どうしたものかと思案しながら涙目だった表情から立ち直り、
カメラアイに残るレンズ洗浄液を袖で拭っていると視界の隅にある姿が映る。
それは自主錬中の生徒が大勢いるにも関わらずドイツ第三世代ISから今にも砲弾を打ち出そうとするラウラの姿であった。


 そのことにナルが気付いた次の瞬間、轟音と共にアリーナの中心へと砲弾は放たれ、気付いていた者、気付かなかった者、誰もがその突然の轟音に目を向ける。
ラウラの放った砲弾は中心近くで言い合いをしていたセシリアと鈴音の上を抜け、その更に先へと進んで行った。

そして……。


「KE弾とは、なかなかのご挨拶だな。大佐殿」


滑空していた砲弾は黒い武装神姫の背部ユニットから延びる巨大な副腕により片手で受け止められていた。




――前菜がテーブルへ――


 時を戻してナルが生徒3人組に発見される少し前、一応臨時とは言えIS学園講師となったメルとカッツェは生徒達の練習風景を見るためにアリーナへと向かっていた。
ただ、メルは若干肩を落としながらだったが……。

「ああー、せっかくの新作は今度にお預けか残念だ。しかしどうしてこうなったのか」

「隊長の自業自得だと思いますよ」

後ろから付いてきていたカッツェがバッサリとメルを切り捨てる。
その反応にメルはさらに肩を落としトボトボと歩いていく。
だが、何か思いついたのか急に背筋を伸ばし、先ほど切り捨ててくれた部下へと向き直った。

「しかしだな。勤務態度は真面目だったんだ。フリーの時くらい……」

「程度があるでしょうに」

笑顔で切り捨てて行くカッツェ、メルは考えていたいい訳を打ち切り前に向き直る。
こんな感じの会話が繰り返されていたのだが、なんだかんだでメルの後をしっかりと付いて行くカッツェは彼女のことを気に入っているのだろう。


「だからと言って……」

「隊長、前を見て歩いて下さい」

「………」

……きっとそうに違いない。多分。ちゃんと笑顔で答えてるしね……。




と2人がそんなしょうもないことをしている内に第3アリーナへと着いた。
いつもISが射出されるピットを通って武装を変換装着した後、アリーナ内へと入場していく。
いくら練習中とは言え、そこは兵器を扱っている場所であるから準備は怠ってはならない。

 メルの武装は、『TYPE:戦車型ムルメルティア』と言われるだけあって戦車をモチーフに作られている。
誠に残念な事だが、脚部は無限軌道ではなく、『GA8”ヴィントシュティレ”レッグパーツ』という無骨な2脚タイプだ。
しかし、戦車砲を思い起こさせる『インターメラル 112mm主砲』を持ち、
背部ユニットの『PT“ヴェッターハーン”+GA9“ヴィントシュトース”』という巨大な副腕によりそれを支えることが出来る。
これら武装はミリタリーグレーで統一され、大分昔の戦車を見ているように思える。
また、索敵及び通信能力が高いため部隊指揮や司令塔としての役割を負うことが多いらしい。

 対するカッツェの武装は、『TYPE:火器型ゼルノグラード』と呼ばれている。
『火器型』と言われると何をモチーフにしているかわからないだろうが、簡単に言えば歩く武器庫だ。
その数たるや同時に装備可能な武装が5個にもなる。平均最大装備数が2個であるということを考えれば重武装であることは解るだろう。
ゼルノグラードの数ある武装の中でも良く使用されるのが『Zel 8.1mm ガトリングキャノン』と『Zel L・R/スナイパーライフル』である。
 前者は圧倒的な火力と威力を敵に見せつける。それはガンシップに備え付けられていたミニガンと同等であると言われている。
後者は正確性と距離、そして威力を両立させた武器だ。スナイパーライフルと名付けられているが、実質アンチマテリアルライフルと言っていい。
他にも銃剣付きピストルやパイルバンカー、ショットガンなど癖のある武装があり、まだ追加される予定があるという。


 販促説明はこのくらいにしておいて、出撃レーンからアリーナを観察している2体は最初しばらくはそれぞれの感想を述べていた。

「いやはやIS学園はレベルが高いとは聞いてたけどここまでとは」

「見えるだけで量産機が6、専用機が2ですか」

 メルは腕を組みアリーナの端から端まで見渡し、カッツェはヘルメットのバイザーを起動して答える。

「数少ないISコアを順繰りで使ってるのだから整備課は大変だろうな」

「それでも学園だけで20個近く保有しているそうですが」

「さすが天下のIS学園だけのことはある」

「むしろ一企業のクロム社が3個持ってるほうが変だと良く言われてますね」

「言わせておけ、どうせ我々が複数企業からなる企業連合に近いってことが解らん白痴共の言い分だ」

「その白痴共が世間を動かしてるんですから恐いですね」

「「HAHAHAHA」」

 ああ言えばこう言う。仲が良いのか悪いのか判断に困る2人の会話、随分と危なげなことも言いいながら笑いあっているが目が笑っていない。
メルは肩を竦めて、カッツェは腰に片手をあててで笑っている。でも目が笑っていない。大事な事なので2回言った。
神姫のため顔が整っているだけに余所から見ると2人が恐い、正しく能面のような表情で笑っているわけだ。
まあ周囲にはIS搭乗者以外には気付かれていない様で特に問題はないだろう。

「……ほう、これは珍しいな。カッツェ左の観客席、上から5、左40くらいを見てみろ」

「……あれは技術出向員のナルさんですね。なんか目に涙溜めて女の子座りしてますが」

「大方女子たちに胸でも触られたんだろ。あれは色々精神的にクル」

「そんなもんですかね」

「通常モードだと無駄に『女の柔肌』を再現しているからな……」

 溜息をつく辺り隊長にも同じようなことがあったのだろうか。などとカッツェが考えているとセンサーから警告が発せられた。

「隊長!狙われっ!!」

 言い切る事もできず叫んだ直後に砲撃音が聞こえ、砲弾はすでに着弾していた。
そしてカッツェはその光景に言葉を失う。
何故ならばメルが撃ち込まれたはずの砲弾を副腕で掴んでいたからだ。

「KE弾とは、なかなかのご挨拶だな。大佐殿」
 
その言葉と共にメルの副腕は砲弾を握りつぶした。









 甲高い金属音がアリーナに響く。それはメルが握りつぶした砲弾を投げ捨てた音だ。

「榴弾ではないのは周りへの配慮かな?大佐殿」

「ふんっ狙いは貴様1人だ。他の有象無象などどうでもいいからな機械人形……いや『シュヴァルツェア・カッツェ』!!」

 挑発するようなメルの物言いに答えたのは対角線上のピットに立つドイツからの転校生ラウラ・ボーデヴィッヒ。
そのIS、ドイツ第3世代『シュヴァルツェア・レーゲン』に装備されているレールガンと思われる主砲から煙が出ていることから砲弾を撃ち込んだのは彼女であることは明白だ。

「『シュヴァルツェア・パンツァー』だ。貴官らがそう言ったのだろうがっ間違えるな!」

「どちらも猫科だろう!」

「「ぐぐぐっ」」

 険悪になっていく両者、それが行き着く答えは決まって……、

「来い機械人形、久々に稽古をつけてやる」

「ええ、良いですとも大佐殿。コテンパンに伸してやりましょう」

こう帰結する。








「なにをやってるのじゃ……あいつらは」

 ナルは呆れながらその戦いを見ていた。
唐突に始まったISと神姫の試合はバトルというよりファイトだった。
どちらも射撃武器を使わず、されど格闘武器も使わず、拳で殴り合っていたのだ。
さらにお互いを罵倒しあいながら殴りあっているのだから呆れても仕方ないだろう。

「貴様などカッツェで充分だ!!」

「貴官らがパンツァーつってたんだろうが!!」

 アリーナに練習に来ていた生徒達も唖然としたまま2人の殴りあいを眺めている。
まさしくポカーンっと言った擬音が似合いそうな光景だった。

「そもそもなんでそこまでキャラが被っている!!」

「何訳のわからないことを叫んでいるんだ!!」

 メルが副腕からアッパーを放ち、ラウラがそれを受けながら空いた脇腹に回し蹴りを叩き込み両者はダメージを受けたにも関わらず更に追撃の追撃を繰り返す。
痛々しい音がアリーナに響いていて、唖然としていた生徒達も今は固唾を呑んで見守っている状態だ。
その中でも違う目線でこの殴り合いを見ていたのが、最初から中心部にいたセシリアと鈴音。

「Ms.フォン、どう見られますか?この戦い」

「一進一退ね。近接戦闘に慣れているのか手の内を知り尽くしているのか解らないけど」

「無手ではISに有効打は打てないと思っていましたが、考え直したほうがいいかもしれませんわ」

「ダメージは与えられないから距離を離すためにやってはいたけど…これ見ちゃったらねぇ」

 どうやら2人はこの殴り合いからIS戦闘法の新しい道を切り開けたらしい。







「試作品がぁあああ!!」

「これは完成品だぁあああ!!」

 戦闘開始から15分ほど経ってはいたが、殴り合いはまだ続いていた。お互いにシールドバリアーを削り合い、装甲も所々打撃痕が目立っている。
膝蹴り、右ストレート、ボディブロー、上段回し蹴り、エルボー、頭突き、あらゆる格闘技をごちゃ混ぜにしたとてつもない泥仕合だった。
一昔前のアクション漫画のような光景である。


 それをナルは欠伸をしながらつまらなそうに見ていた。

「長いのぅ……」

そんなぼやきが漏れてしまうほどに飽きていた。

「うう~…ナルルーごめんねーまさか泣くなんて思わなくて~」

「だから、気にせずとも良いと言っておるじゃろ。布仏のお陰で不具合も見つかったのじゃし」

あとナルルーはやめい。と軽くチョップしながら布仏へ言うナル。
その反応により怒っていないことを確認できたのか、布仏はいつもの調子を取り戻したようだった。

「えへへ~」

「変な娘じゃのぅ」



「あのーナルアドバイザー?ちょーっと聞きたいんですけど」

「ん?なんじゃ」

 隣で2人の様子を伺っていた相川がそう話を切り開いてくると未だに戦闘している黒い2人を指差しながらある疑問を聞いてきた。

「あの2人、先ほどから試作品だー完成品だーって言い合ってますけどISと神姫の武装のことで合ってるんですか?」

「あーたしかに気になるね」

 谷本もその疑問に気付いたようでウンウンと頷きながら話に参加してくる。

「「そして真相は?」」

「顔が近い!教えてやるから離れい!」

 急にずずいっと顔を近づけてくる2つの顔を押し返す、そんな2人は席に戻って話を聞く態勢になった。
勿論、布仏もにこにこしながら聞く態勢になっている。聞く気満々の3人に囲まれたナルは疲れたような感じで話し始めた。

「と言っても面白くもない話じゃぞ。ドイツ軍がISと素体の比較を行うために造られたのがメルの武装での。
 あれはドイツ第三世代の開発元とクロム社の合作みたいなものぞよ。
 設計思想はドイツが提示し、クロム社が纏め製作したのじゃ。
 しかし素体ではレールガンの急激な電力消費により継戦能力が著しく低下してのう。
 従来の炸薬式砲弾を使うことで開発コストと期間を大幅に短縮して武装は完成したんじゃが……」
 
「じゃが?」

「それに対して第三世代の開発は難航しておっての。まあやっかみもあったんじゃろう。
 あの武装はいつの間にかドイツ側から『試作品』と呼ばれるようになっていたぞよ」

 ナルが腕を組み難しい顔をしながらそう言い切った。
何か据わりが悪いのか少し首を傾げながら頻りに腕を組みなおしている。
しかし、女子3人組はその話では足りなかったようで……。

「え?続きは?」

「続きも何もそれだけぞよ」

 興味無さそうに言うナルに今にもブーイングしてきそうな三人組、
とは言っても面白そうなことは言えないナルは、すこし話をずらすことにした。

「……そういうわけじゃから今でもドイツ側はあれを『試作品』と言い張り、クロム社は『完成品』と言う意地の張り合いを続けておる。
 しかし、そんな事を言っておってもドイツの第三世代とメルの武装は姉妹品であるから、今やってるのも単なるじゃれ合いみたいなものなんじゃよ」

そんなもんじゃな。と言って話をし終わったナルは両者、肩で息をしているじゃれ合いに目を向けた。

「あれがじゃれ合いねー」

「ああっでも大きな猫科のじゃれ合いって感じなら見えるかも」

「どちらもケモノ耳付いてるしね~」

 そう言われるとそう見えてくるから不思議である。
思考の連想ゲームにより大型猫科のじゃれ合いに見えるガチンコファイトはようやく終わりを迎えようとしているようだ。






「私の勝ちだぁああああああああああ!!」

「貴様の負けだぁああああああああああああああ!!」





その日、最大の鈍い打撃音がじゃれ合いの終了を知らせた。









――前菜は終わって小休止――




「戦闘記録を送信終了っと。いやいや中々面白い戦いでしたねぇ」

 先ほどまで行われていた姉妹喧嘩をピットの射出レーンからしゃがんで黙々と記録していたカッツェはそう評した。
現在、彼女の隊長はアリーナ中心付近にて攻撃の反動により片膝を着いて動かない。
どうやらメルの武装は過負荷により安全装置が発動して行動不能に陥ったらしい、背部ユニットの副腕関節部より白い煙が上がっているのが見える。
メル自身はここからでは見えないが、俯いて動きがないことから内部回路に問題が出たのかもしれない。
そして対戦相手のラウラは最後の攻撃であるボディーアッパーをもろに受けたらしく腹部を押さえて四つん這いで悶絶していた。
プロの軍人がこの状態になるのであるから相当の衝撃が襲ったのであろう。

「最後の攻撃が両者ともにクリーンヒット。隊長は頭部にハイキック、ボーデヴィッヒ大佐はボディーアッパーでダブルK,O。
 双方直撃で前者はスタン状態、後者は継戦不能か、まるで漫画みたいな展開ですねぇ。そう思いません?」
 
 カッツェが少し振り向き、後ろに近付いてきた人物に問いかけた。

「面白い戦いだったのは同意するが、アリーナで好き勝手してもらっては困るな」

 厳しい口調で横に立ったのはクロム社と協定を結んでいる織斑 千冬だった。
どうも先ほどの戦闘が御気に召さなかった様子で目の鋭さがいつもの2割増しになっている。

「ちゃんと使用許可証は出したはずでしたが?不備でもありましたか?」

「いや、完璧だったさ。不自然なくらいに」

「珍しい戦闘データ付きだと言うのに学園も器が小さいですね」

 鼻で笑いながら肩を竦めるカッツェ、その動作は一々千冬の癇に障るように振舞っているようであった。
その様子を見て千冬は表情にこそ出さなかったが目の鋭さが3割増しになる。
どうやらカッツェとの相性は最悪であるらしい、その反応を見てしゃがんでいた彼女は、おお恐い恐い。と立ち上がってピットの中へと戻っていく。
この間、彼女は一度も笑顔を絶やさなかず、何がそんなに楽しいのか解らないため不気味でもあった……。

 カッツェが去り、千冬だけとなった射出レーンから眼下に見えるアリーナでは戦闘不能状態である2人を双方の担当部署のもの達が引き取り作業中、
周りにいた生徒達は各々の練習に戻り始めていた。
 
(騒ぎが治まった後も呆然としているようなら一喝でもしようかと思っていたが……いい刺激になったようだな……それにしても)

 先ほどまでの派手な格闘戦を見て、元弟子であるラウラの変貌っぷりに少し驚いた千冬だったが、
感情を表に出す事が苦手というより出来ていなかったあの頃を思い返すと大分人間らしくなっていた。

(環境が特殊すぎる上に私ではどうこう出来る範囲を超えていた……いや、これは言い訳にすぎん)

 千冬はドイツでの教官時、ボーデヴィッヒに特訓を行っていた。
その甲斐あってナノマシン適合失敗により最強のエリート兵からおちこぼれにまで転落してしまった彼女は再度、部隊最強へと返り咲いた。
しかし千冬が出来たのは鍛錬だけであり、ケアまでは出来なかった。

 普通、兵器は製造ののち調整され初めて実践に投入される。
基本的に無調整の兵器とは下手をすれば暴発するかもしれない可能性を孕んだ危険な存在である。
そしてボーデヴィッヒは調整し切れてない兵器といっても過言ではなかった。
その危うさを感じ取りながらもボーデヴィッヒの前から去らざるおえなかったことが千冬にとって気掛かりだった。

(ボーデヴィッヒのケアを自身の力不足のせいで放っておいてしまった……私はボーデヴィッヒから教官などと呼ばれる資格はない)

 それでもボーデヴィッヒは、千冬のことを教官と呼ぶであろうことは必然である。
考えても見て欲しい。オチコボレ寸前までになった身を救ってくれた者を自分と同列に扱えるはずがないのだ。
人によっては神格化させてしまうだろう。実際、ボーデヴィッヒにもその兆候はあった。
 訓練中に彼女から向けられる目はどう見ても同じ人間を見ているようには見えず、その目はまるで聖人を見るような目だったのだ。
それだけ千冬の存在がボーデヴィッヒにとって圧倒的であったということなのだろう。
彼女にとって千冬は一時、女神であった。

(だから、今度こそは……)

「織斑先生ー負傷者2名が運び出されましたのでピットに戻ってきて下さいー」

「ああ解った。今戻る。あと山田先生」

「何ですか?」

「生徒に学年別トーナメントまで私闘しないように通達しといてくれ。あとさっきのは特例だともな」

「あっはい、解りました」

 
 真耶の通信を受けて事務的な事を片付けつつ、ピットに足を向ける。


(今度こそは導いてみせる)


そんな熱い思いを誰にも気付かれず胸に秘めながら。








――引き続き前菜が到着――




「ナルル~質問~質問~」

「なんじゃ布仏、あとナルルーはやめい」

 われがアリーナから退出後の廊下にて何故か付いて来た姦しい3人組と談笑していると、うち1人の布仏から唐突に質問が来たのじゃ。

「新しく来たメルル~?を引き摺っていった青いRシリーズってなに~?」

「あっそういえばあれ最近、学内でよく見かけるようになったね」

「たまに風船みたいに漂ってるよね。あれ」

 他2人もそれに同意する感じで目撃報告を並べていく。
Rシリーズも重力制御装置がついてるからのぅ、ふよふよと擬音通りに浮いて見えるじゃろうよ。

「整備場でも見かけたんだよね~」

「では、ナル先生ご解説お願いします」

 こんなときばっか先生扱いしおってからに……。





「はぁ、まあ良いぞよ。あの青いRシリーズは型番R-9AF『朝顔』。工作機じゃの」

「工作機~?」

「そうじゃ、修理機能から爆発物設置、施設設置に掘削作業、果ては補給機能まで備えた万能機体での、メルが支部に届けた備品の一部じゃよ」

「おお~便利そうだね~」

「特徴的なのは機体下部にある4本のアームじゃ、このアームにより様々な作業が可能となっておる」

 基本的にゲームなどから図面を起こして素体を作り出すのがクロム社のやり方であり、通例となってしまっている。 
Rシリーズも例に漏れず開発部の無駄な拘りでシミュレーションゲーム版の性能を再現されておる。
もっともその拘りのせいでゲーム内の開発ツリーまで再現してロールアウトが遅れたらしいぞよ。

「ってあれ?素体てことは、サイコダイブしているのは……」

「うちの研究員達ぞよ」

「「……えっ、えーーー!!」」

 それを聞いた相川と谷本が慌てるような素振りをしておる。
何を当たり前なことを……ってそう言えばここはほぼ女子高みたいなものだったの。
予期せぬ視線に驚愕といったとこかのぅ。
対照的に布仏は……首を傾げてきょとんと2人を見ておる。

「そんなに慌ててどうしたの~?」

「どうせ寮でのだらしない姿見られたーとでも思ってるんじゃろ」

 われの言葉に騒いでいた2人がビクッと擬音が表示されるくらい解り易く動きが止まった。
本当に酷かったのかえ。
 寮だと警戒心が薄くなるって薄着でうろうろしていると生徒から聞いていたが、男に見られたら困るような格好じゃったのか。
たしかリア曰く、幻想が崩れたとかなんとか言っておったがどれだけ理想が高かったやら……われも人のこと言えんがの。

「だだだって、見られちゃったかもしれないじゃん!」

「え~でも、おりむ~にはもう散々見せてたでしょ~?」

「織斑君はいいの!!」

 苦しい良い訳をしているのは谷本かえ。そして相川もそんなに必死に肯定するでないわ首痛めるぞよ。
それにしても所詮男は顔か……嫌な時代になったもんじゃ。
今のわれには関係無いが、余りいい気持ちはせんぞよ。
男女どちらもどう足掻こうが『人間』じゃろうに、不毛なことを続けているといつか取り返しのつかないことになるぞよ。

(……?われは先ほどから何を考えて居るのじゃ?さっきの騒動で思考回路もやられたかえ?)


「……ルー……ナ…ルー」

(『人間』など皮を剥いでしまえば見分けなど……まずいの、思考が突飛な方向に飛んでおる)

「ナルルーーーーー!!」

「おうわ!なんじゃ!」

 いつの間にかわれの耳元で呼びかけていた布仏が大声を出して呼んでおった。
他2人から「よかったー」とか聞こえるがなんかあったんじゃろうか。

「ナルルーに研究員さんの話聞こうと思ってずっと呼んでたんだけど~反応すらしなくてびっくりしてたんだよ~」

「あーそうじゃったか……すまんの少し深く考え込んでおったわ」

「大丈夫ですか?まださっきの不具合が残っているんじゃ」

「かもしれんぞよ」

 手を顎に当てそんな返事をすると3人とも割と本気で心配しているようじゃった。
後で思ったがもうちょっと気の利く返事もあったじゃろうが、どうも思考がおかしいようじゃの。
それにしても実際、徹夜程度でこんな思考能力の変化が起こるとは思えんから原因があるとすれば束印のパーツに……あとで徹底的に洗い出さねば……。

「ナルル~ほんとに大丈夫~?」

「ん?ああ、研究員のことじゃったな」

「いや、それよりナルアドバイザーのことのほうが……」

「大丈夫じゃ問題ないぞよ」

「ナルアドバイザー……それフラグ……」





「……えー話を戻して」

「われらの研究員じゃが特に心配する必要はないと思うがのぅ」

「どうしてです?」

 不思議そうに聞いてきたのは相川じゃった。
谷本はその問いに同意するように真剣な表情で、うって変わって布仏は少し困ったような表情をしておる。
そんなに心配せんでもわれはいきなり機能停止せんぞよ。

「IS学園に出向してきた輩は基本的に研究ジャンキーじゃからのぅ……女に構ってるくらいなら新技術をって本気で思ってるぞよ」

「う……それはそれで」

「なんかムカつく」

「???」

 どうしろと言うんじゃ……、これが難しいお年頃というのかえ?めんどいのう。
やいのやいのと姦しい雑談を後ろに聞きながら歩いていると、前方から件の工作機『朝顔』がアームに何かを持ち、こっちに向かって来おった。

「ん?われ宛か?……って辞令ぞよ」

 『朝顔』が持っていたのは封筒でクロム社のエンブレム[Cr▽△]があしらわれており、でっかく辞令と行書体で書かれておる。
十中八九、クロム社からの指令であろうな。

 われがそれを受け取ると『朝顔』はアームを振ってあいさつして去っていった。確か去った方向の先には整備課があったかの。

「あ~さっきの人、最近よくISの整備場で見掛けるRシリーズだよ~」

「よくわかるね」

「[501]って機体に書かれてるから~」

 ガールズトークを再開した3人を尻目にわれは、渡された封筒を開け中にある書類を読み始めた。



「また厄介な仕事が増えたか……」


 読み終わった後、われが今日最大の溜息をついたのは言うまでもない。








――お次にスープです――



「一夏ーいるー?」

「どうしたんだ?シャルル?」

 放課後も過ぎ寮の部屋で勉強の復習をしていた一夏に自販機から飲み物を買って部屋に戻ってきたシャルロットが声を掛けた。
その手にはジュースのほかに何かのプリントも握られていた。

「織斑先生から渡されたプリントだって、さっき部屋の前を通り掛かったオルコットさんが渡してくれたんだよ」

「へぇー、あとでお礼言っておかなきゃな」

「大丈夫、一夏の分のお茶渡しておいたから」

 良い笑顔で結構エゲツナイことをやるシャルロットは天然なのだろうか。

「というわけで僕の分を一緒に飲もうよ」

「お、おう」

 策士だったようだ。





「えーっと、何々」

 シャルロットと缶ジュースを回し飲みすることになってしまった一夏がプリントを読み始める。
特に反応がないのは鈍感だからか、はたまた慣れているからか、何もリアクションが無かったシャルロットは少しご不満のご様子。

「『告知、今日アリーナにて練習模擬戦闘ではなく私怨による戦闘を行った者がいたため、学年別トーナメントまで私闘を禁止する。』……今日ってアリーナで何かあったのか?」

「オルコットさんが言うにはアリーナがマーシャルアーツのリングになったとか」

 顎先に人差し指を当て明後日の方向を見ながら思い出すように言ってくる。
マーシャルアーツと言う言葉に?マークを浮かべている一夏は正直に聞いてみることにした。

「どういうことだ?」

「簡単に言うと何でもありの超近接格闘戦?」

「つまり殴りあいか」

「身も蓋もない言い方だとね」

 肩を竦めて言うシャルロットのポーズがいやにキマって見えるのは欧州人だからだろうか?
そんなどうでも良い事が一夏の脳裏を掠めた。

「一夏?続きはどうなってるの?」

「ん?ああ。『また今月開催の学年別トーナメントはより実戦的な模擬戦闘を行うため、2人組みでの参加を必須とする。なおペアが出来なかった者は抽選により選ばれた同士で組むものとする。』だってさ」

「あれ?個人トーナメントじゃなくなったんだ」

「そうみたいだな……ペアの相手どうするかー」

 一夏がそう言って大きく伸びをすると持っていたプリントが手を離れ、シャルロットの下へと落ちていく。

「おっと悪い、そっちに行っちまった」

「ねぇ一夏。どうやらペアを探す必要ないみたいだよ」

「へっ?」

 プリントを手に取り、目を走らせていたシャルロットがそんな事を言い出し、一夏の読んでいた所から下の部分を指差し、見せに来る。
自然に隣に座ってくるシャルロットに、これでも特に反応はない一夏である。体格差から上目遣いになっているにも関わらずだ。
この2人、天然同士なのかもしれない。

「あーっと?『また、専用機持ちはハンデとしてクロム社出向員が操る素体とペアを組むこととする。このペアは抽選でのみ決定される。』……」

「誰になるんだろうね?」

 シャルロットがそう言って一夏の方を見上げると真剣な表情で考え事をしていた。
確認するが、一夏はイケメンである。
そんな彼が顎に手をやり、真剣な顔をすれば世の女性たちのハートを射止めることなど容易い。
もちろん間近で直視したシャルロットも例に漏れず顔が赤くなっている。

(わぁその表情は反則だよぅ)

「なぁ、シャル……」

「なっ何かな!?」

「これ、ナルさん達ってハンデになるのか?」

「さぁ……?」

 シャルロットの煮え切らない答えに一夏は腕を組んで「う~ん」とまた考え込む、彼女そっちのけである。
さすがにこの扱いはシャルロットも不服で頬をプクーッと膨らますほどだ。
しかし、不幸にも一夏は気付いてくれなない鈍感これに極まれりである。

 そのままシャルロットは不貞寝してしまいモヤモヤした夜が更けて行くのでした。

一夏はどうしたかって?何時も通り何も無く普通に寝ちゃったよ。byシャルロット






――次はメインディッシュですが、少々お待ちください――


 久しぶりにナルの擬似空間からお送りする。
シャルロットが一夏にやきもきしている頃、彼女は黒子が再構成したメインルームで自身のデバック作業中だ。
すでに束印の特製胸部パーツと素体の相性問題は解決している。では何をしているのか。
本来、相性の問題で昼間のような反応は起こることは少ない、そしてその後の思考回路の違和感……。

この一連の流れからナルとしては、あの感情の暴走時に何らかのプログラムが素体にインストールされた可能性を考えていた。
何せ、あの束女史からの贈り物で特製品であり、考えてみれば怪しさ500%増しであるが、あの人も人の子であるわずかでも良識があるなら贈り物にウイルスしこんだりしないはず……。

「期待したわれがバカじゃった」

 どうやら特製パーツのプログラム内に形跡を見つけてしまったらしくナルは頭を抱えてしまっている。
さらに頭が痛いことにプログラムは時すでに遅くナルの人格プログラムに溶けてしまい、抽出不可能になってしまっていた。
 ドクの直弟子であるナルが、プログラムが一体どういうものだったのか解らない。それほどまでに巧妙に溶け込んでしまったプログラムだったのだ。

「あの天災博士め、われに一体何を仕込んだのじゃ」

 ナルは嫌な予感と言い知れぬ不安にメインルームの天井を仰ぎ見、嘆かずにはいられなかった。










「あれ?もう見つかちゃったんだ。うんうん順調順調、束さんが頑張った甲斐があったというものだよ。ママは嬉しいよ」

…………

「んー?あれはね。発想の『箍』を外す、いや緩くするプログラムなんだよ」

……!?

「『天才の種』って名付けたんだけどどうかな?ちゃんと育てばこの束さんと同じ天才の頭脳になることができるのだ!ブイブイ」

……。

「大丈夫だよ?なんたって旦那様との娘だもの。それに……」

……?

「もし、この程度で壊れちゃうなら旦那様の処置に耐えられなかったはずだしね」

…ッ。

「もーすこし信じてあげようよ。自分の娘ってやつをさ」










――――――――――――――――――――




間に合わなかったOTL

新年明けましておめでとうございます。


ちょーっとリアルが忙しくて書く暇が作れませんで、こんなに間が空いてしまいました。

いろいろありましたが、これからもよろしくお願いします。


それではまた次回『メインディッシュは学年別トーナメント』で、お会いいたしましょう。


2012年1月2日 投稿


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