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[26842] 【完結】Die Geschichte von Seelen der Wolken[デバイス物語 A’s編]
Name: イル=ド=ガリア◆9d8bc644 ID:ee4ccd9f
Date: 2011/11/03 00:37
初めての方もそうでない方もこんにちわ、イル=ド=ガリアです。


 3/31に、操作を誤って全削除してしまいました。真に申し訳ありません。

 8/17に、過去編のスレを分けました。

 感想版も含めてArcadiaの作品でありますので、感想も全文を投稿しなおしました。ただ、自分の返信分は再投稿していません。


 この作品はリリカルなのはの再構成、オリジナルキャラが主役級の働きをします。独自設定や独自解釈、また一部の原作キャラの性格改変がありますので、そういった展開が嫌いな方は読まれないほうが、いいかも知れません。

 A’s編は過去編、現代編に分けており、現代編は原作をアレンジした再構成です。

 過去編はキャラクターの性格以外は”もしも守護騎士たちに人間だったときがあったら”という仮定によって作られた完全な2次創作です。

 原作キャラの性格は変えませんが、設定、その他キャラは独自のものが多いです。

 また、Dies iareをはじめとした正田作品
    Liar Softのスチームパンクシリーズ

 を知ってる方はより楽しめるつくりになってます、多分。

 何よりも過去編は自重しません、全力全開で趣味に走ります。



 不定期更新になると思いますが、どうかよろしくお願いします。

 ここの掲示板にある【完結】He is a liar device [デバイス物語・無印編]はこの話の無印編で、これの続きとなっています。

 無印編は1人称主体でしたが、A's編は3人称主体になります。

 チラ裏にある『時空管理局歴史妄想』は、この作品の設定集ともなっています。
 URLを貼れないので、イル=ド=ガリアで検索すれば出てきます。



[26842] 閑話その3 実験後の記録
Name: イル=ド=ガリア◆ec80f898 ID:ee4ccd9f
Date: 2011/03/31 15:10
閑話その3   実験後の記録




新歴65年 5月12日


 ジュエルシード実験そのものに関する作業が全て終了。

 クラーケンはその火を落とし、現在はセイレーンのみが通常航行用のレベルで運転中。

 合同演習に使用した傀儡兵やオートスフィアも格納庫に戻され、破壊された大型傀儡兵などは廃棄区画へ。

 プライベートスペースに張り巡らされたエネルギーバイパスは、ブリュンヒルトの改良に使用する可能性があるため、ミッドチルダに帰還してより対処を決定する予定。

 今後の処理は主に、プレシア・テスタロッサが亡くなったことに関する社会的な事柄が占める。

 有名な工学者であり、数多くの研究者や研究機関への資金援助を行っている彼女の死は、社会的から切り離すことは出来ず、適切な処理が必須。

 アリシア・テスタロッサについては、死亡届を提出すること以外にとりたてて処理を必要とはしない。彼女は26年間昏睡状態にあり、社会的には死亡に極めて近しい状態だったため、改めて手続きを行う事柄は微細である。

 むしろ、フェイト・テスタロッサの今後についてこそ、多くの手続きを要する。

 9歳である彼女が母親を失った以上、社会的な立場を保証する後見人の存在は不可欠。アースラのリンディ・ハラオウン艦長が引き受けてくれることが内定しているが、社会的な処理は別問題である。

 必要な処理をアスガルドに再演算させ、検討を加える。







新歴65年 5月13日


 フェイトの精神状態は落ち着いているはいるものの、やはり損傷の度合いは大きい。

 このような心の傷をパラメータ化することは極めて困難。推定こそ可能であるものの、対処法の確立に直結させるには数十年の時をかけても未だ足りていない。

 現状におけるモデルより推定を行った結果、現在のフェイトに必要なものは、新しい絆であり、変わらないものもでもあると判断。

 母と姉を失ったことによる心の空隙、これを埋めるには高町なのはを筆頭に、ユーノ・スクライア、クロノ・ハラオウン、エイミィ・リミエッタ、リンディ・ハラオウンらが適当。

 特に、高町なのはは最重要であるため、数日間の時の庭園への逗留を要請。快く受諾される。

 同時に、アルフと私は“変化しない要素”として重要な位置にいる。

 家族を失ったことでフェイト・テスタロッサの世界の全てが変質することは、彼女の精神にとって望ましいことではない。これを、家族を失った経験者のうち、喪失の時期に私と接触した78名の人格モデルより推察。

 よって、私の汎用言語機能は現状において解除すべきではないと判断。

 今後も、フェイト・テスタロッサ、並びに彼女と精神的に対等な関係を築いている親しい者達の前においては愚者の仮面を被る必要はある。代表例、高町なのは、ユーノ・スクライア。

 精神的に彼女よりも成熟している者達の前においては、フェイトがいないならばリソースの無駄を省くため、汎用言語機能を切ることとする。代表例、アースラの三役。


 ただし、汎用言語機能においても、新しい要素は特に必要はない。

 あくまで、“これまで通り”でよい。そしてそれは、デバイスの最も得意とするところでもある。

 現在の人格に改変を加える必要性があるとすれば、フェイトが成長し、対人関係においてこれまでとは異なる段階に達した場合と推察。

 特に、俗に思春期と呼ばれる時期、彼女の肉体が成人女性に造り替えられる段階においては精神が肉体に引きずられる可能性が高いため、変更が必要と予想。

 この場合の閾値には、我が主のパラメータを用いることとする。









新歴65年 5月14日


 アースラのスタッフによる時の庭園の調査が終了。

 ロストロギア、ジュエルシードが使用された形跡は“残念ながら”発見できなかったものの、21個のジュエルシードは問題なく引き渡されているため、次元航行部隊としては無難な終息となった。

 地上本部に所属する“ブリュンヒルト”に関しても、駆動炉の“クラーケン”の安全性、出力や、砲撃の威力、射程距離、命中性、連射性などを測る上で貴重なデータが得られ、さらに、本局武装隊の空戦魔導師を13名撃墜することに成功したという事実は、レジアス・ゲイズ少将にとっては朗報であると予想される。

 ただし、ブリュンヒルト単体ではそれほど攻略に苦労しないという事実も、クロノ・ハラオウン執務官の働きにより浮き彫りとなった。

 強大なハードウェアに頼るようでは、高度な戦略眼を持った指揮官の前に容易く破れる。この理論が実証されたともいえる。

 ブリュンヒルトはクラナガンの魔導犯罪者に対処する形で作られているため、その辺りは最重要問題ではないが、テロの標的となる可能性は十分にあり得るため、やはり防衛策の構築は必須。

 今回は傀儡兵を防衛戦力として利用したが、地上本部が運用する場合においても、如何に地上戦力と組み合わせ、情報を統括しながら敵戦力を削るか、そこが焦点となると予想される。

 場合によっては、再び時の庭園で試射実験や演習を引き受ける可能性もあるため、戦術パターンの構築をアスガルドに演算させることとする。






新歴65年 5月15日



 フェイトの精神状態が回復してきたため、我が主の葬儀について説明を行う。

 親しい人物が死んだ際における人格モデルは、私が主の代理として葬儀に出席していた時に構築したものであるが、それが今、テスタロッサ家のために使用されている。

 また、リンディ・ハラオウン艦長がフェイト・テスタロッサの後見人となることを社会的に示す格好の場所でもあるため、フェイトの同意の下、喪主を彼女に依頼する。

 フェイトが成人であれば当然喪主となるものの、彼女は就業許可こそ持っているが成人ではない。

 ミッドチルダでは成人の基準も出身世界や地方によって異なるという特殊な場所であるため、冠婚葬祭の儀式の進め方も多種多様である。よって、その穴を最大限に利用する。

 法律の抜け道を突破することは、私とアスガルドの得意とするところである。

 我が主の葬儀には多くの参列者が来ることはほぼ確定事項。

 テスタロッサ家より支援を受けている研究機関や、生命工学関連の薬品や医療器具を扱うメーカーは数多い。

 そういった社会的な繋がりがある人間は、故人を偲ぶ心の有無に関わらず参列する。これは、現代における人間社会という歯車の一部であり、確立されたオートマトンでもある。

 人間にとっては、面倒で厄介な事柄であれど、デバイスである私にとってはこれほど演算が容易なことはない。全ては社会システムによって定められており、それを効率よく回せばよいだけである。








新歴65年 5月16日



 時の庭園がミッドチルダへ向けて出発する日。

 フェイトと高町なのはは出発前に何度も語り合っていたようだが、近いうちに再会することとなる。

 高町なのはとユーノ・スクライアの二名も、我が主、プレシア・テスタロッサとその長女、アリシア・テスタロッサの葬儀に参加することが決まっている。

 私が地球に設けた転送ポートは管理局法に基づいた正式な品である。よって、時の庭園が先にミッドチルダのアルトセイムに到着することにより、第97管理外世界との行き来はかなり容易になる。

 時の庭園に直通することも可能だが、それよりはクラナガンの公共転送ポートに繋ぐ方が社会的な面からも好都合ではある。

 フェイトのメンタル面に関することはアルフに任せ、私は社会的処理に専念する。

 成すべきことは山積している。
 
 フェイトの今後に関して、時の庭園の今後について、ブリュンヒルトに関する事柄、リア・ファルの特許、及び認可を得るための手続き、同じく生命の魔道書をどのような位置づけとすべきか。

 さらには、デバイスソルジャーの今後の展開について。

 どの事柄も個人で扱える単位ではありえず、社会システムの一部に影響を与える事柄である。

 これらを確実に処理していくには、やはり時空管理局との繋がりは強固にしておく必要がある。

 地上本部とも本局とも、徐々にパイプは強まりつつあり、そろそろ小判鮫が群がり出す頃合いと予想。

 ゲイズ少将も、近いうちに狐狩りか、害虫駆除を始めるはずであり、それと本局の融和派がどう絡むか。

 そして、この時期に発生した本局の高官を介さずに行われた合同演習。

 間違いなく、時空管理局の上層部に、小波が発生する。これが高波となるかどうかは今後の推移次第。

 特に大きな被害を出すこともなく、静かに終わったジュエルシード事件よりも、合同演習の方が余程関心が集まることが想定される。

 そして、それらはフェイトの存在を隠す隠れ蓑として機能する。

 そのような思惑が絡む中、残されたテスタロッサ家の次女の出自がどのようなものであるかを気に懸けることは人間には難しい。どうしても脳内の優先順位が低くなる。

 プレシア・テスタロッサに比べ、フェイト・テスタロッサには社会的な“力”がない。

 それが、現段階では良い方向に作用する。








新歴65年 5月17日


 ミッドチルダへの旅は問題なく進行。

 本来であれば、帰りの旅ですが、既に、フェイトにとっては帰るよりも往くというイメージが先行していると推察。

 フェイト・テスタロッサにとっては、母が待つ場所こそが帰る場所である。

 しかし、その場所は今の世界にはどこにもない。

 ならば、彼女が帰るべき場所とは何処になるのか。

 それは私が演算することに非ず、全てはフェイトの意思による。

 そして、フェイトがその意思を明らかにした時には。

 私は、彼女の変える場所を中心とした環境を、より良く回すための歯車として機能することとなる。

 時には大きく、時には小さく。

 大小様々な歯車を使い分け。

 舞台を、私は整える。









新歴65年 5月18日



 ミッドチルダに到着。

 アースラは直接本局へ向かったため、途中までは一緒だったものの、ミッドチルダの存在する次元に近づいた段階で別ルートとなった。

 到着時刻は事前に地上本部へ伝えてあったため、アルトセイムには既に地上本部技術部の技官達が待機しており、到着と同時にブリュンヒルトの整備点検を開始。

 三日後には葬儀が行われるため、プライベートスペースも同時に来賓を迎えるための準備を整えていく。

 時の庭園の規模は個人の邸宅を遙かに超えているため、仮に千人以上の客が来たとしても応対は可能。それを成すための園丁用の魔法人形、執事型の魔法人形、男性使用人型魔法人形、女性使用人型魔法人形などは大量にある。

 それらの管制は無論、私とアスガルド。

 機械に迎えられ、機械によって進む葬送の儀。

 稀代の工学者、プレシア・テスタロッサと次元世界一のデバイスマイスターとなるはずであった、アリシア・テスタロッサ。

 彼女らの葬儀には、実に相応しいものとなるでしょう。


 フェイトも、彼女なりに母と姉の死を受け入れるための準備を進めている。

 今はまだ物理的レベルではないものの、精神レベルにおいては、二人だけになってしまった時の庭園の家族の現在を受け入れつつある。

 アルフも、そんなフェイトを労わるように常に共にいる。

 彼女らが社会の現実を気にすることなく、まずは己の心との折り合いをつけれるよう、私は機能する。

 私は管制機。時の庭園に関する事柄ならば、全て私が掌握している。

 問題はない。






新歴65年 5月19日



 リンディ・ハラオウン、クロノ・ハラオウンの両名が、参列客に先立って時の庭園へ到着。

 儀式の段取りは全て私とアスガルドが整えているため、彼女らの役割は人間にしか出来ないものとなる。

 すなわち、社会的な立場からではなく、プレシア・テスタロッサとの個人的な繋がりによって弔問に訪れた方々への応対。

 アレクトロ社時代からの工学者仲間の方達からは、既に全員から出席の旨が伝えられている。

 流石に、彼らとの応対をフェイトとアルフに任せるわけにはいかないため、ここは大人の方に任せるより他はない。

 クロノ・ハラオウンは第97管理外世界の基準ならばまだまだ子供なれど、ミッドチルダでは敏腕の執務官。

 特に、葬式というものは遺産相続などとも絡むため、法律の専門家の存在は実に貴重である。

 その面でも、ハラオウン家の全面協力が得られたことは、僥倖であるといえる。

 また、アースラの残っている業務を引き受けているエイミィ・リミエッタも葬儀の当日には到着予定であり、彼女がミッドチルダの地理に疎い高町なのはとユーノ・スクライアの案内を引き受ける手筈となっている。

 全ては、ハラオウン家と組んだ予定通りに。










新歴65年 5月20日


 葬儀の前日、遠方よりやってこられる方々の中には既に到着された者もいる。

 時の庭園に存在する非戦闘型の魔法人形はフル稼働、それらへ魔力を供給するため、“クラーケン”と“セイレーン”の火も入っている。

 また、それらに関連して、オーリス・ゲイズ三等陸尉が時の庭園に見えられた。現在18歳であり、士官学校卒業者が本局勤めになることが多い中、地上本部への道を選び、既に頭角を現しつつある。

 階級があと一つ上がる頃には、レジアス・ゲイズ少将の片腕として働くであろうと噂される才媛であるものの、このブリュンヒルト計画に関してはそれほど関与していない。

 しかし、その彼女が時の庭園を訪れたということは、いよいよ“アインヘリアル”へ向けた計画が始まるということを意味している。予算などの関係から進捗は緩やかと予想されるも、前進したのは事実。

 ゲイズ少将本人はぎりぎりまでスケジュール調整を行っていたものの、明日の葬式には参列できるという返事であった。

 ブリュンヒルトを今後どのような形で研究し、完成型である“アインヘリアル”へと至らせるかについても、近いうちに相談する必要があるため、その準備段階であると推察。

 他にも、ゲイズ少将と関わりの深い財界の有力者達も数多く到着。彼らを上手く利用し、組織を効率的に回転させる手腕に関してならば、ゲイズ少将は時空管理局においてトップクラス。

 本局のレティ・ロウラン提督は、限られた人員を効率的に配置すること、また、人材を確保することに関してならば他の追随を許さないものの、その資金源を確保することは彼女の専門ではない。

 彼女の能力が最大限に発揮されるのは、資金が潤沢な本局の人事部にあればこそ。つまりは、適材適所。彼女が地上本部にいたとすれば多くの問題が解決されるものの、彼女の能力を最大限に生かす場所とはならない。

 視野を広く、管理局全体で見ればそれは損失にしかならない。逆に、レジアス・ゲイズ少将が本局に異動する同様、彼は、地上本部にあってこそその能力を最大限に発揮できる。

 そうした人材が続々と集まり、いよいよ、葬儀の場から社交の場へと変わりつつある。

 そして、それを取り仕切るのは海の提督の一人であるリンディ・ハラオウンと、執務官であるクロノ・ハラオウン。

 中々に複雑な政治ゲームの様相を見せ始めている模様であり、水面下での腹の探り合いがあちこちで行われている。

 無論、これらはフェイトやアルフにはまだ早いため、彼女らは高町なのはとユーノ・スクライアを迎えるためにクラナガンへ出かけている。

 時の庭園へ直通することも可能ではあるものの。ユーノ・スクライアはともかく、高町なのははミッドチルダへの来歴がないため、まずは次元港で手続きを行う必要がある。

 エイミィ・リミエッタには、裏の事情を知った上で子供達を連れ回し、時の庭園への到着を遅らせるという重要な使命があるものの、彼女ならば問題なく成し遂げるものと判断。

 両ハラオウンも、時には火花を散らし、時には受け流しつつ、それぞれの役割を見事に果たしてくれている。

 海と陸の対立は未だに根深いものの、改善しようとする気風が生まれ始めているのも事実。

 ただ、対立による被害を受け続けた者達にとっては、“何をいまさら”という感情論もあり、それらを知らないキャリア組はそもそも問題があるという認識すら薄い。

 それらの溝を埋めるのは容易ではない、が、不可能でもない。

 少なくとも、“死者を蘇らせる”という事柄に比べれば、遙かに容易であることは間違いない。

 片や、大半の人間が協力すれば“100%実現可能”。

 片や、大半の人間が協力したところで、“実現は困難”。

 人間社会が生んだ歪みは、人間の力によって直せる。これは、実に当たり前の法則。

 しかし、死者を蘇らせることは、人間には不可能に近い事柄。

 もし、本当に死者を蘇らそうとするならば。

 伝承にいう失われた都、アルハザードの扉でも開かねばならない。

 それほどの荒唐無稽。


 そして―――――






新歴65年 5月21日



 葬儀は、滞りなく進行した。

 私とアスガルドは、事前に組んだスケジュール通りに進めるべく、魔法人形を動かし、設備を機能させ、ただ歯車を回し続ける。

 無論、機械では予想しきれない事柄は数多く発生したものの、それらはいずれも想定の範囲内。

 我が主の研究仲間が、プレシア・テスタロッサの死よりも金のことばかり気にするある企業の人間に掴みかかるという事件もありましたが、クロノ・ハラオウン執務官が仲裁に入り、事なきを得た。

 彼はアレクトロ社を相手に起こした訴訟において、最も我々に協力してくれた人物であり、利益をばかり優先する企業というものに対して、嫌悪感どころか、憎しみに近い感情を今でも強く持っている。

 あの事故で人生を狂わされた人間は、我が主とアリシアだけではない。他にも多くの人間が、“こんなはずではなかった人生”を歩むこととなった。

 無論、それを引き起こさせた人間達は、人生そのものから退場いただきました。

 同じく“こんなはずではなかった”人生を歩んできたクロノ・ハラオウンだからこそ、そういった人々の心を理解した上で、調停を行うことが出来る。

 14歳の若さでそれを行うことが出来るのは凄まじいことですが、同時に悲しいことでもあるのかもしれない。

 そして、その騒動にひと通りの決着がついた後。

 彼とその仲間達はリンディ・ハラオウンの下を訪れ、『フェイトのことを、どうかよろしくお願いします』という言葉を述べられた。

“自分の死後も、自分の愛した存在のことを気にかけてくれる友人を持てたならば、その人生は幸せである”、という言葉がある。

 その定義に従うならば、我が主は幸福な人生を歩かれた、ということになる。彼らのような友人に恵まれたのですから。

 そして、アリシアもまた、フェイトのことを託せる者、高町なのはの存在を知ることが出来た。

 アリシアと高町なのはが接触したのは、私が作り上げた虚構の舞台に過ぎませんでしたが、意味があったことを願う。








新歴65年 5月22日



 葬儀は終わり、特に親しい者達で行う飲み会に近いものも、終わりを迎えた。

 ただ、多くの人々が酒を飲む中で、砂糖とミルクを入れた緑茶を飲んでいたリンディ・ハラオウンは、流石というべきか。

 フェイト、アルフ、高町なのは、ユーノ・スクライアの年少組はフェイトの部屋で過ごし、クロノ・ハラオウン、エイミィ・リミエッタの年中組はアルコールこそ控えながらも、年長組につきあっていた。(ただし、緑茶以外)

 私は中央制御室にあり、魔法人形達に指示を出す。

 葬儀とは元来、故人を偲ぶために人間が行う儀式。

 ならば、私の役割はただ歯車を回すのみ。




 時の庭園は、機械仕掛けの楽園でもある。

 ありとあらゆるところにエネルギー供給用のコードが設けられ、サーチャーにリソースを乗せることで全ての事象を司ることができる。


 故に、それはあり得ないことであった。


 その存在は、生命工学にたずさわる研究者の一人であり、参列客として、時の庭園へやって来た。

 それ自体は珍しいことでもなく、彼の他にも多くの生命工学の研究者が訪れている。

 我が主と同様の研究を進めているある意味での仲間でありライバルである者や、テスタロッサ家から資金援助を受けており、縁が深い者。

 アリシアを救うための研究において、テスタロッサ家が特異な存在にならないよう、その研究に違和感が出ないよう、私とアスガルドはある種のネットワークを作り上げた。

 生命工学を研究する者達が横の繋がりを持ち、それぞれの成果を定期的に報告し、互いに意見を出し合いながら研究を進めていく。

 クロノ・ハラオウン執務官のような優秀な方が時の庭園を調べた際に、その研究内容や成果に違和感を持たなかったのは、その大部分がこのネットワークにおいて共有されており、管理局の執務官ともなればそれを知ることが可能であるからに他ならない。

 一人の研究者が飛び抜けた成果を上げれば、そこには“人体実験を行ったのではないか”という疑問が生じる。

 しかし、複数の人間が共有することで、それらの疑念は拡散される。木の葉を隠すならば森の中に、森が無ければ作ればよい。

 テスタロッサ家という木の葉を隠すには、生命工学研究者ネットワークという森を作り上げることが、最も効率的であった。ただそれだけのこと。

 そして、その人物、アルティマ・キュービックは生命工学研究者の中でも特に、クローン分野における第一人者であり。

 人間以外の、牛、豚、鶏などの家畜、もしくは魚など、多くの生物のクローンを作り上げることに成功し、食糧問題の解決に向けての最先端を走る実践型の研究者として広く知られている。



 だがしかし、その彼が、時の庭園のサーチャーの目をかいくぐり、中央制御室に姿を現した。


 そして―――――


 「やあ、久しいね、トール。こうして会うのは二度目になるなあ、くくくくくくくく」


 その言葉と共に、アルティマ・キュービックであった筈の身体が、別のものへと作り変わる。

 遠目であろうとも判断できる、特徴的な紫の髪。

 深遠な知性を漂わせながらも、同時に狂気を湛えた黄金の瞳。

 そして何よりも、泣き笑いの道化の仮面のような、それでいて、どこまでも心の底から喝采しているような、異形の笑み。

 自分にはそれ以外の感情がないのだと主張するような、歪んだ笑顔。

 そのような人間を、私は一人しか知り得ない。



 ジェイル・スカリエッティ

 生命操作技術の基礎技術を組み上げた天才であると同時に広域次元犯罪者であり、かつて、レリックというロストロギアを託した男。



 「君とは是非とも話がしたかったよ。くくくくくく、さあ、思う存分にっ! 語り合おうじゃないかっっ!!」



 これが、私と“それ”との、二度目の邂逅となる。

 人間のために作られた古いデバイスと、人間を嘲笑うために在る異形のシステム。

 この接触が、果たして如何なる未来をもたらすか。


 その答えが出る日は、未だ遠い。








[26842] 閑話その4 舞台裏の装置二つ
Name: イル=ド=ガリア◆ec80f898 ID:ee4ccd9f
Date: 2011/03/31 15:11
閑話その4   舞台裏の装置二つ




新歴65年 5月22日 ミッドチルダ アルトセイム地方 時の庭園 中央制御室 PM 10:11



 時の庭園が誇るセキュリティシステムは、並み大抵のものではない。

 ブリュンヒルトの製作地、また、試験場に選ばれたという一面を見ても、次元世界でも有数の防衛力を備えた拠点といえましょう。

 各世界に研究機関は数多くあれど、傀儡兵や大型オートスフィアを大量に備え、時空管理局の次元航行部隊が保有する戦力と対等に渡り合える施設は数少ない、時空管理局が保有する研究機関ですら例外ではなく。

 しかし、どのような防衛機構にも、穴というものは存在する。

 例えば、地上本部。

 次元世界に存在する地上部隊を纏め上げ、有機的な繋がりを維持すると同時に、ミッドチルダ全域の治安維持、警察機能の中心であると同時に、次元航行部隊の中枢である本局との架け橋でもある、クラナガンの最重要施設。

 ここの防衛機構は次元世界でも有数どころか、最高峰と言ってよい。これを上回るものとなると、それこそ次元世界でも大国と呼ばれる国家が保有する軍事用の要塞か、時空管理局本局くらいのものでしょう。

 しかし、地上本部は多くの人間が利用し、一般の人間も出入りする公共の建物という特性を持つ以上、鉄壁ではあり得ない。外側から攻められるだけならば強固な防壁も、一度内部に入り込まれると脆さを露呈する。

 故に、軍事機密を保管したり、公にしにくい研究を行う施設などは、決して一般人は出入りできない場所に作られる。特に機密性が高いものは絶海の孤島、もしくは、次元空間に漂う離島などに。

 当然、物資の確保や、交通の便などの面で不都合は存在するものの、それを対価に防衛機能、防諜機能を上げることが可能となる。隔離施設と呼ばれるものが街中に作られることが少ないのは主にそういった理由から。

 逆に、地上本部のような施設は絶対に陸の孤島には作られない。どの管理世界においても行政機能をも兼ねる中枢施設は首都、もしくはそれに準じる大都市の中心部に置かれる。象徴的な建物ならばともかく、実務を司る施設とはそういうものである。

 つまり、どのようなシステムも、何かを向上させれば何かが犠牲になるということ。

 汎用性を突き詰めれば機能が低下し、機能を重視すると汎用性の面で問題が出てくる。どのような強力なデバイスが存在しても、それを扱うのに博士クラスの知識が必要なのでは、普及することはあり得ない。


 そういった面で、時の庭園は汎用性のある建物ではなく、専門性を突き詰めた建物であるといえる。

 地上本部のように一般の人間が出入りするわけでもなく、建物の大きさに比べて利用する人間は極僅か。機密保持の面でも優れており、かつ、エネルギー炉心は次元航行艦以上の性能を備えており、大規模駆動炉の研究開発すらも可能とする設備が整っている。

 そして、防衛戦力も充実しており、サーチャーや園丁用の魔法人形など、それら以外に多くの“目”があることから、防諜の面でも優れている。

 しかし、現在に限って言うならば、それらの機能のほとんどが使えない状態となっている。

 プレシア・テスタロッサの葬儀のために、遠方からも数多くの人々が訪れており、この段階で公共性が必要となることから、専門性の多くが犠牲となっている。すなわち、客全員に綿密なスキャンをかけるわけにもいかず、それをする時間的余裕もなかった。

 また、戦闘用の傀儡兵をあちこちに配置するわけにもいかず、プライバシーなどにも配慮する必要があるため、どうしても死角というものが発生してしまう。観測する側が機械であっても、観測される側が人間である以上、テスタロッサ家としては配慮が必要となってくる。

 そして何よりも、管制機である私と、中枢コンピュータであるアスガルドのリソースが、防諜や防衛にほとんど使われていなかったということ。我々の機能は葬儀の進行や問題が発生した場合の対処にほとんどが振り分けられておりました。

 インテリジェントデバイス、トールに死角が発生するとすれば、それは主を弔う時。

 その死角を、的確に突かれた。


 『確か、偽りの仮面(ライアーズ・マスク)でしたか、その装置は』


 「おお、覚えていてくれたのだね、実に光栄だ。我ながら、実によく出来た作品だと思っているよ」


 『人間ならば忘れることもありましょう。しかし、私は忘れない』

 会話をしながら、現状を把握。

 フェイトは、既に就寝。アルフや高町なのはも一緒ですね。

 ユーノ・スクライアも既に別室で休んでいますが、クロノ・ハラオウン執務管やリンディ・ハラオウン提督はまだ起きている。

 これは僥倖、もし荒事となったとしても、S2Uへ情報を飛ばせば、彼が即座に対処できる体勢が整っている。


 「いやいや、そう警戒しないでくれたまえ。今夜の私はあくまで彼女を偲ぶために参上した参列客に過ぎないのだから」


 『残念ながら、その言葉の信頼度を測れるほどに私は貴方の人格モデルを構築しておりません』


 「ふふ、く、くくくくくくくくくくくくくくくくくくくくく」

 私の返答に、ジェイル・スカリエッティはさらに笑みを深くする。


 「なるほどなるほど、素晴らしい、やはり素晴らしい。ああ、実に興味深い、興味深いなあ、まさか、君のような存在が、君のような存在こそが、アンリミテッド・デザイアを弾く盾になろうとは」


 『無限の欲望(アンリミテッド・デザイア)、かつて、貴方は私に名乗った名称ですね』

 人格モデルの学習アルゴリズムを働かせ、ジェイル・スカリエッティの精神傾向を推察。

 ――――――――参考に出来るデータがあまりに不足、演算結果は芳しいものではない。


 「そうとも、以前にも言ったが、私という存在を定義するならばそれが最も妥当な表現となるだろう。我は顔無きもの、故に数多の顔を持ち、故に欲望の化身、故に道化なのだよ」


 『道化、ならば、私の同類ということでしょうか』

 これまでとは、やや異なる部類の入力を行う。


 「ふむ、それも興味深い意見だね。なるほど、確かに私は君によく似ているのかもしれない。だがしかし、そういうこともあるだろうが、そうでないこともあるだろう」

 出力は、想定の外。

 彼という人格を構築する上で、大した指標とはなりえない。


 「さて、少し昔語りでもしたいのだが、付き合ってくれるかね?」


 『お断りいたしましょう。私には成すべき作業がまだ多くある』


 「それはつれないなあ、せっかく、土産も持参したというのに」

 ジェイル・スカリエッティが懐より、結晶と推察される物体を取り出す。

 スキャン開始――――危険度は、低い。

 ジュエルシードやレリックのような高エネルギーを蓄積した結晶体ではない。むしろ、リンカーコアよりもエネルギーは劣る。

 しかし、私はそれが何であるかを推察できる。

 なぜならば――――



 『生体機能促進型人工魔力エネルギー結晶”ミード”、その完成品ですか』


 「ほう、君達はそう名付けたのかね。私にとっては名称などどうでもいいことなものでね、どうしても適当になるか、そもそも名前を付けることすら忘れてしまう。何しろ、顔なし(フェイス・レス)なのだから」


 『顔なし、ですか。その割には、どの顔も同じ笑みを浮かべているように予測されるのは、私の経験が足りないからでしょうか?』


 「くくくくく、いいや、そうではない、そうではないとも。君の推察は正しい、正しいのだとジェイル・スカリエッティである私も思うだろう。真実は、さて、どこにあるのだろうか?」

 会話に、整合性というものが著しく欠如している。

 人間の思考方法に基づいた会話では、彼の言葉は意味を成さない。


 『理解しました。これより先は、常識を遙かに超えた人格投影型魔法人形を相手にしている、という認識で貴方との会話に臨むといたしましょう』

 しかし、アルゴリズムに基づく人形でもない。

 なぜなら、機械である私が彼を推察できないのだ。彼には、デバイスの命題のような確固たる法則はない。

 されど、人間の心を理解するために構築した人格モデルも、そのデータベースも、ジェイル・スカリエッティという存在を把握するのにほとんど役に立っていない。

 このことから、一つの仮説が成り立つ。


 『貴方は、人間ではない。少なくとも、“普遍的”な人間像からは逸脱した位置にいるのは間違いありません。しかし、機械とも異なる。私達デバイスと人間が二次元的に距離を離して存在しているならば、貴方は三次元的に離れているようなものと推察します』

 そう、それはまさしく俯瞰風景。

 人間とデバイス、それらが同じ平面に立ち、決して相容れない境界線を挟んだ位置関係にあるならば、それを上から覗きこんでいるか、もしくは、下から見上げているのか。

 人間が彼を観測したならば、深淵を覗きこんでいる気分になるか、遙か天上を見上げている気分になるのか。それらは個人次第でしょうが、彼は、人間が“深く知ってはいけない”存在であると予想される。

 少なくとも、私の45年の稼働歴において、このような存在とは彼以外に接触したことがない。

 ジェイル・スカリエッティは人間ともデバイスとも異なる“異物”である。


 現段階において、そう定義せざるを得ません。


 「ふっ、くっくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくく、面白い、実に面白い。いつぞやの前言を撤回しよう。君は、今の君こそが輝いているよ」


 『それは、≪そんな他人行儀な口調はよしてくれたまえ。いつも通りの君で構わないよ≫という言葉であるという理解でよろしいのですね』


 「ああ、そうとも。いやはや、機械というのは便利なものだ、記録した言葉を再生するなどまさに造作もないといったところだろう。そして、いつも通りの君とは、まさしく今の君だ」


 『無論、人間が忘れるが故に、私達デバイスは正確に記録している』


 「その通り、デバイスは人間に使われてこそのデバイス。定められた命題に背き、自分の意思で動きだすデバイスなど、それは最早デバイスとは呼べないだろう。しかし、だからこそ、そのような存在が作り出せれば面白そうだとは思わないかね? いつかそう、機械が人間にとって代わる時代がやってくるかもしれない」


 『思いません、微塵足りとも』

 命題に背き、自分の意思で動き出すデバイス。

 それは何と、性質の悪い冗談か。

 彼が言ったとおり、そんなものはデバイスではない。

 デバイスは、ただ人間が定めた命題を遂行するために在る。

 ただ、それだけでよい。


 「ふむ、そこは見解の相違というところかな。だが、意見が違うからこそ、意見交換には意味があるとも言える」


 『その点については同意します。まったく同じ意見の者同士が討論することに大きな意味はない、せいぜいが、それぞれの自己認識に役立つ程度でしょう』

 そして、デバイスにとっては意味がない。

 人間と異なり、デバイスが自己を認識する際に必要なものは己のみなのですから。


 「さてと、少々脱線してしまったが、これを君達がミードと命名したのならば、私もそれに倣うとしよう。これは、“レリック”の蘇生に関する機能のみを抽出したような結晶だよ」


 『つまり、私達がアリシア・テスタロッサを蘇生させるために創り上げようとしていた結晶、その完成品であると』

 私達は当初、レリックの強大なエネルギーのみを排除し、“死者を蘇らせる”特性のみを残したレリックレプリカの精製を試みた。

 非魔導師であるアリシアに適合させるには、レリックの力はあまりにも強大過ぎた。しかし、レリックレプリカも完成せず、結局はジュエルシードを用いて精製を行った。それがジュエルシード実験。


 「その通り、だが、完成品という定義もまた主観が変われば変化してしまう曖昧なものだよ。ああ、名前とは、何と儚いものなのだろうね」

 また、精神構造が変化した。

 つい先程まで理性的、論理的に、工学者のように話していたかと思えば、次の瞬間には芸術家か哲学者のように語り出す。

 工学者のようであり、医者のようであり、歴史家のようであり、音楽家のようであり、画家のようであり、そのどれでもないようでもある。一瞬ごとに異なる人間と会話をしている感覚に陥る。

 まるでそう、アスガルドの補助を得て、人格モデルを切り替える私のように。

 しかし、私があくまでアルゴリズムを回すデバイスであるのに対し、彼は生身の人間。

 いったい、ジェイル・スカリエッティの頭脳とは、どのような構造をしているのか。

 

 『つまり、貴方の持つ結晶では、アリシア・テスタロッサを救うことは出来ないと』


 「これはあくまで、“死者を蘇らせる”ものだからね、“生命の在り方が変わってしまった者を戻す”ためのものではないのだよ。それに、蘇らせるとはいうものの、人間を材料として別の存在を作り出すという表現が的確だろう」


 『レリックとはそもそも、高ランク魔導師に埋め込むことで、より強力なレリックウェポンを作り出すための結晶、というわけですか』


 「無論、それだけではない。不老不死への渇望、誰かを救うための力、さらには、生まれつき身体が弱いがために、レリックを得ることでようやく人並みになることを夢見る者もいた。全ては、欲望なのだよ、人間として死ぬよりは、レリックウェポンになってでも生きたい、というね」

 なるほど、それは確かに、アリシア・テスタロッサのためにならない。

 彼女は、植物として長く生きるよりも、人間として閃光の一瞬を生きることを願った。

 ならば、彼の結晶を埋め込んだところで、アリシアの願いは叶わない。他ならぬ彼女の欲望が、それの機能を否定してしまうが故に。


 「だから、私は驚いている。驚愕していると言ってもいい。プレシア・テスタロッサという女性は絶望に狂い、私の持つ知識を求めるだろうと思っていたのだが、そうはならなかった。せっかくアルハザードへ至るための鍵を用意していたというのに、それは無駄に終わってしまった」


 『貴方は、アルハザードへの至り方を知っていると?』


 「これもまた微妙な表現なのだがね。何せ私は一度もアルハザードへ行ったことがないし、見たこともない。だが、そこに至ることを渇望する人間がいるならば、案内してあげなければ余りにも哀れだろう。例え嘘であっても、希望を持たせるくらいはしてあげねば」

 嘘。

 それは果たして、どこからどこまでか。

 彼がアルハザードへ行ったことがないというのが嘘なのか。

 哀れに思うという“人間的な理由”が嘘なのか。

 彼が伝えるというアルハザードへの至り方が嘘なのか。

 あるいは――――――

 ジェイル・スカリエッティという存在そのものが、嘘で固められた虚構なのか。


 『なるほど、とりあえず現状では、詳しく語るつもりはない。ということですね』


 「そういうこともあるだろうし、そうでないこともあるだろうね」


 『理解しました。それで、貴方の持つミードが土産ならば、それが時の庭園にもたらされることにはどのような効果があるのですか?』


 「せっかくだ、君の仮説を聞いてみたいものだね」


 『お断りします。私に命を下せるのはマスターだけです。それ以外の人物が行うならばそれは依頼という形になり、そのための入力するのならば、対価をお支払い下さい』


 「ふっ、くく、くくくくくくくくくくくくくくくくくくくくく、素晴らしい、やはり素晴らしいな君は。ああ、興味が尽きない。願いを聞き入れて欲しいならば、対価を支払え、まるで、悪魔のようではないかね」

 悪魔。それは、人間が想像した心に悪意を吹き込むという機構。

 人間の心を映し出す鏡となる機能を有する私は、確かにその側面を有するのかもしれません。人間の心を計る機構、という点においては。


 『入力は、如何に』

 そして、彼は再び懐から情報端末を取り出す。


 「そうだねえ、ここにかつて君に送ったISを備えた人造魔導師の素体の設計図と改良案がある。ここの設備を用いればAAランク、いやいや、AAAランク相当の性能を発揮できるだろう」


 『ただし、動力源として、相応のリンカーコアが必須。そして、そのためのリア・ファルであると』



 生体機能促進型人工魔力エネルギー結晶、“ミード”

 リンカーコア接続型物理レベル変換OS、“リア・ファル”

 魔力エネルギー吸収型リンカーコア治療用端末、“生命の魔道書”


 この三種が、26年に及んだ研究成果の集大成。

 ミードは“レリック”、リア・ファルは“ミレニアム・パズル”、そして生命の魔道書は“闇の書”。

 それぞれがロストロギアの機能を参考、モデルとしており、これらを完成させるために、願いを叶える奇蹟の石、ジュエルシードは用いられた。

 ただし、リア・ファルは私の専門分野であるため、主がいなくともさらに研究を進めることは可能ですが、他二つはそうではない。

 ミードと生命の魔道書。

 前者はアリシアと同じような状態にある者達を救うための医療技術として、後者は我が主と同様の魔力負荷の後遺症に苦しむ者達のための医療技術として、社会に役立てねばならない。それでこそ、プロジェクトFATEに意義があったことが証明され、医療研究を目的とした合法研究となる。

 生命操作技術は、管理局法によって厳しく制限されているものの、倫理的問題がなく、かつ社会に還元できる技術を開発する場合においては認められるケースが存在する。

 フェイトはあくまで、アリシアを蘇らせる道を示すための過程で誕生しており、実際に社会に出るのはあくまで結晶とデバイスに過ぎない。

 そこに、倫理的な問題は一切存在しない。そうなるように進めて来たのですから、存在しては困るのですが。

 そして―――


 「君のこれからには、多いに役立つと思うのだがね。これには、レリックをさほど希釈せず、リンカーコアに近い形で機能するミードも搭載できる」

 本来の用途における完成品がサンプルとしてあれば、少なくともミードの完成度をさらに高めることが出来る。

 重要なのは特に汎用性。9歳程度の子供でも、70歳を超える老人でも、同様に使えるように改良する上で、それは大きな力を発揮する。

 ミードを、純粋な医療用として用いる場合。もしくは、強力な魔法人形の動力として用いる場合。

 その二つの例があるならば、確かに、今後の研究発表において多いに役立つ。

 もっとも、後者はリア・ファルとの兼ね合いを考える必要もありますが。


 『なるほど、これが貴方の弔問の品、というわけですか』


 「その通り、今の私は弔問客だからねえ」


 リア・ファルは少々別、こちらは一般で利用するための品ではなく、デバイス・ソルジャーの要となるための品。

 レジアス・ゲイズ少将や地上本部との繋がりを確実なものとするための鍵であり、ある意味で生命操作技術の対極に位置する、工学者としてのプレシア・テスタロッサの遺産である。

 すなわち、生命を持たない、純粋なる魔法人形を人間に近い思考能力を備えた状態で運用するための技術。

 その原型は、私が用いる戦闘型魔法人形において、既に搭載されている。


 「さてと、語りたいことはいくらでもあるが、とりあえずの目的は達成したし、怖い執務官殿も近くにいることだ。ここはお暇するとしようか」


 『その前に、幾つかの質問に答えていただきたいのですが、よろしいでしょうか?』


 「構わないよ、何せ私は、願望に応える者だからねえ。対価はとらないよ」

 これは、皮肉と取るべきか、もしくは、純粋な感想と取るべきか。

 彼が普通の人間ならば前者でしょうが、ここはむしろ、後者が近いと推察。


 『では、僭越ながら、クローン技術の研究における第一人者、アルティマ・キュービック博士は自分の研究室から滅多に出ることはない人柄ですが、幾度も学会で発表を重ねております。彼は、貴方の顔の一つですか?』


 「いいや、私ではない。私の最高傑作の一人、ドゥーエの顔だよ」


 『彼には、一人だけ研究室への出入りを許していた助手、クレシダ・モルスという女性がいます。助手とはいっても彼女には生命工学に関する知識はなく、キュービック博士の身の回りの世話が担当であり、実態は愛人ではないかと囁かれている女性ですが』


 「流石に察しが良いね、そして、素晴らしい情報量だ。その通り、彼女がドゥーエだ。研究室に出入りしている人物はただ一人であり、結局はどちらも架空の人物、彼女のIS、偽りの仮面(ライアーズ・マスク)によって作り出された虚構ということだよ」


 『なるほど、トール・テスタロッサが幾人もの人間と会話し、彼らの記憶上にはあるのに関わらず、書類上では架空の存在であるのと同義というわけですね。そして、今回のように、貴方自身もその役割を利用出来る』


 「私としては別にどうでもよいのだがね、私はこの辺に関しては又聞きでしかないから、深いところまでは答えられないねえ」

 又聞き、それはすなわち。


 『実際に潜入し、情報を引き出す、または、架空の情報を作り上げる。その役の他に、それらの情報を統括する管制役がいると』


 「ああそうとも、同じく私の最高傑作の一人、ウーノの仕事がそれだ。君の役割に近いのはこの二人だろうね」

 この二人、ということは、他にもいるわけですね。


 『その二名は人造魔導師、もしくは戦闘機人というわけですか』


 「さあ、どうだろうね。そういうこともあるだろうし、そうでないこともあるだろう」

 ふむ、名前に意味がないと言ったのは、他ならぬ彼でしたか。

 ならば―――


 『訂正しましょう。彼女らは人造魔導師であるかもしれず、ないかもしれない。戦闘機人であるかもしれず、ないかもしれない。しかし、いずれにおいても貴方の作品であり、最高傑作であることには違いない』


 「正解だ。それこそが、私にとっての真実だろう。何しろ、ジェイル・スカリエッティは生命操作技術の権威であり、生命に輝きをその秘密を解き明かすことを至上目的としているのだからねえ、くくくくくくくく」

 泣き笑いのような仮面が、さらに歪む。

 それは狂気に染まるようでありながら、純粋に笑う幼子ような印象も受ける、と、人間ならば考えるであろう顔。

 だが、私にとっては――――

 システムに縛られながら、システムそのものをも嘲笑い、システムを書き換えることすら可能でありながら、それを気まぐれでしないだけ。

 道化が、ただ道化らしく在る。そのように考えられる。

 デバイスである私が、ただ、機械らしく在るように。







 「さて、実に心躍る時間だったが、そろそろ時間だ。此度の邂逅はここまでとしようか」


 『それは構いませんが、貴方の存在を完全に放置することは出来ませんので、近いうちにこちらから接触することになるでしょう』


 「構わないよ、むしろ楽しみにしているが、その時はまずドゥーエと会うといいだろう。彼女ならばウーノに繋がるホットラインを持っているから、辿っていけば私の下まで来られる」

 今ここで直接連絡先を教えれば済む話ですが、彼はそれをしない。

 まだまだ完成度は低いものの、徐々にジェイル・スカリエッティという存在の傾向というものが掴めてきた。

 そして、それらからは人間とも機械とも離れた精神性を持っていることが、同時に推察される。


 『では、いずれまた会いましょう』


 「是非とも、再会を楽しみにしているよ」




 二度目の邂逅はこうして終わる。

 この段階においては我等の道はほとんど交差せず、未来へ繋がる事柄もほとんどない。

 だが、確かにその布石は打たれつつある。

 26年前の事故を発端、すなわち最初の状態遷移とする大数式はその解を導き出したものの、遙か過去から状態遷移を続ける大数式もまた存在する。

 それらがフェイトと高町なのはの今後に如何に関わっていくか。

 この時の私は、まだ判断材料を持っていらず、演算を行うにはパラメータが致命的に足りていない。

 大数式の解が出る日は、未だ遠い。








あとがき
 今回は伏線の塊のような話ですが、これらはA’S、StSの物語が展開するにつれ、徐々に回収されていきます。伏線の数自体もまだまだ少ないですが、A’Sの最終決戦やクライマックス、StSの最終決戦やクライマックスの内容は大体組み上がっているので、回収されないということはないと思います。
 書きたい事柄がA’SのラストやStSのラストに集中しているため、モチベーションを下げずに突っ走ることが出来るのも、厨二病SSライターの特徴なのかもしれないと思う今日この頃です。
 A’S編は私の一番好きなキャラクターである、グラーフアイゼンやレヴァンティンが登場するので、頑張っていこうと思います。

 それではまた。




[26842] 閑話その5 デバイスは管理局と共に在り
Name: イル=ド=ガリア◆ec80f898 ID:ee4ccd9f
Date: 2011/03/31 15:12
閑話その5   デバイスは管理局と共に在り



まえがき
 前回に引き続き、伏線ばら撒きの回です。レジアスとトールの会話のほとんどはA’S編には直結しませんので、とりあえず飛ばし、StSへの空白期が始まる辺りで読み直す形でも特に問題はありません。時間軸に沿うと、ここが一番適格というだけのことなので。




 我が主、プレシア・テスタロッサの葬儀から早一週間が経過。

 その期間に、フェイトもまた自分の心と折り合いをつけつつ、新たな道を歩み出すための準備を始めた。

 彼女の願いを一言で表すならば、高町なのはと共に生きること、でしょう。

 しかし、今はまだそれは出来ない。自分の生活を全て切り替えるには、時の庭園には思い出が残り過ぎている。

 それ故に、半年ほどはミッドチルダで過ごすことを、彼女は選んだ。

 これまでの生活との違いは、母がいない、ただそれだけ。

 人間というものは慣れる生き物ですが、やはり、慣れるには時間がかかる。やはりこれは、幸せを掴むために必要な準備期間なのだと私は定義する。


 そして、ただ日々を過ごすだけでなく、フェイトは法律に関わる勉強を始めている。

 プレシア・テスタロッサが残した研究成果である、生体機能促進型人工魔力エネルギー結晶“ミード”と魔力エネルギー吸収型リンカーコア治療用端末“生命の魔道書”。

 この二つを、臨床で使えるようにするためには、相応の法的手続きが必要であり、それを行うには彼女の遺産を引き継いでいるフェイト・テスタロッサの認証が不可欠。

 別にフェイトがそれらを理解する必要はなく、私が手続きを進め、フェイトは判を押すだけでも良いのですが、彼女は自分で理解し、自分で進めることを選んだ。

 そして、その面についてフェイトに指導を行ってくれているのは、クロノ・ハラオウン執務官やリンディ・ハラオウン提督。私に出来ないわけではありませんが、私はリニスと異なり、フェイトの教育係ではありません。

 フェイトのこれからの人生において、私よりもクロノ・ハラオウン執務官やリンディ・ハラオウン提督の方が共に過ごす歳月が長くなるのは動かぬ事実。

 ならばこそ、私よりもハラオウン家の方々と共に在る時間を長く取るべきである。フェイトが過去ではなく、未来を向いて生きるならば。

 今はまだ、時の庭園で生活しているフェイトとアルフですが、いくら転送ポートがあるとはいえ、普段本局の方にいる彼らと交流する面でやや不便であることは否めません。

 故に私は、本局内部にテスタロッサ家保有の居住スペースを確保する手続きを進めている。可能な限り、ハラオウン家の近くに。

 フェイトが自ら選び、アルフがそれを手伝い、ハラオウン家の方々が協力してくれるのならば、それに越したことはない。私が法的な手続きを進めた方が効率は良いでしょうが、フェイトの今後のためという観点では、前者が上である。

 そのため、私の役目はアリシアを救うための研究の成果である“ミード”や、我が主のための研究成果である“生命の魔道書”を公式の医療手段として確立することが主眼ではない。無論、サポートはいたしますが、メインはあくまでフェイト達。



 私が主となる担当は―――――すなわち、機械。









新歴65年 6月1日 ミッドチルダ首都クラナガン 地上本部


 『ジュエルシード実験に関する事柄は以上です。ブリュンヒルトは期待値以上の成果を出したといえるでしょう』


 「それは良いことだ、ひとまずの結果が出た以上、アインヘリアルへと発展させることに反対意見はそれほどあるまい。それと、例のリア・ファルはどうなっている?」


 『そちらも順調です。まだ完成には遠いですが、少なくとも一年以内にはデバイス・ソルジャーD型の製作が可能となります。C型やB型に応用するには流石に不安が残りますが』


 「E型の方はどうなのだ」


 『E型ならば技術的な問題はほとんどありません。時の庭園が保有する傀儡兵や魔法人形を汎用化させ、大量生産品としただけの品ですので、注文があればいつでも』


 「なるほど。しかし、問題は政治的駆け引き、ということか」


 『肯定です。B型、C型、D型と異なり、E型は政略機械ですから』

 E型以外のデバイス・ソルジャーは組織単位で運用してこそ意義がある。ただし、個々の戦場において戦局を覆すような性能は備えていないため、戦術兵器としては成り立たない、戦略レベルでの兵器といえる。まあ、そもそも兵器と呼べるものでもありませんので、戦略機械と呼ぶべきか。

 そして、E型は戦略機械ですらなく、政略機械。個人レベルで保有しても兵器になりえない品。

 唯一、戦術兵器と呼べる存在はA型のみ、これらはむしろあるべきではない部類の機械かもしれませんが。

 とはいえ、実用化はまだ当分先の話。計画の骨子も明確には定まっておりませんし、デバイス・ソルジャーのコンセプトが変更となる可能性もあり得ます。


 『いずれにせよ、焦りは禁物かと。人間と異なり機械は倫理的な問題を考慮することもなく、何時でも作れますから』


 「………人造魔導師と、戦闘機人のことか」


 『フェイトを創り出した私だからこそ言えますが、人造魔導師は安定した戦力を生み出す手法としては向いていません。人間をわざわざ培養し、兵器として調整するよりは、インテリジェントデバイスと組みあわせた傀儡兵を作る方がよほど効率はよい』

 ベルカ時代において、生体兵器は数多く作られたものの、いずれも一度は衰退している。

 そして、それらにとって代わるように現われたのは、誰でも使える質量兵器で武装した、リンカーコアを持たない非魔導師の軍隊。

 いくらでも替えが効き、戦争に使用でき、繁殖力も強いという面で、人間以上の生物はない。わざわざ人間を改造するよりも、人間に質量兵器を持たせた方が、国家間戦争においては効率的となる。

 つまりは、コストが合わないのですね。レリックウェポンも、人造魔導師も、全ては王制であったからこその技術であり、ベルカ時代の文化、国家体制があってこそ発展した。それ故に、経済力が根幹となる近代国家とは根本から相容れない。

 近代以降においては、戦争とてマネーゲームの一部とも言われる。そのような時代においては、人造魔導師や戦闘機人など金持ちの玩具か、一部の研究者が作り上げる芸術品にしかなりえない。純粋に戦争の効率のみを求めるならば、質量兵器に勝るものなどないのですから。

 早い話が、100人の戦闘機人や人造魔導師を作り上げるよりも、10000人の非魔導師にサブマシンガンやアサルトライフル、RPGなどを持たせた方が強力である。ただそれだけの話。

 質量兵器を作り上げる生産ラインは、人造魔導師や戦闘機人を作るための研究施設よりも遙かに安価で、大量生産が効きやすい。

 仮に、管理局が崩壊し、次元世界が再び戦火に包まれたとしても、それを成すのは戦闘機人でも、レリックウェポンでも、人造魔導師でもなく、質量兵器で武装した人間であることでしょう。


 「そしてお前は、リア・ファルを作り上げた、か」


 『私ではありません。私の創造主であるシルビア・テスタロッサ、私の主であるプレシア・テスタロッサ、彼女らが受け継ぎ、育んできた技術、その一部の応用に過ぎませんから』

 リア・ファルとは、循環型の二次電池といえる。

 傀儡兵は大型炉心からの魔力供給が無ければ動けず、早い話がコンセントが繋がっていなければ機能しない家庭用掃除機や電子レンジのようなもの。出力こそ大きいものの、電源が必ず必須となる。よって、拠点防衛などにしか使い道がない。

 大型オートスフィアなども似たような特性を持ち、大規模名演習や、魔導師ランク認定試験、拠点防衛などにしか用いられませんが、小型のオートスフィアや、私が操る一般型の魔法人形などは出力が小さいためコンセントに繋ぐ必要がなく、電池で動くことが出来る。

 この電池に当たるものが、魔力カートリッジ。ただし、一般型の魔法人形ならばクズカートリッジ程度で動けますが、魔法戦闘を行おうと思うならば高ランク魔導師用のカートリッジが必要となり、それは、懐中電灯に電子レンジと同等の電力を注ぎ込むようなもの。

 それため、私は戦闘を行わない。可能かどうかならば可能ですが、私が戦闘を行うよりも、フェイトやアルフが全力で戦えるように補助する方が、よほど効率が良い。

 そして、魔導師のリンカーコアとは、太陽電池にあたる。

 周囲の魔力素を取り込み、魔力を生成するリンカーコアとは、植物の光合成や太陽光発電のようなものであり、外部からの供給がなくともエネルギーを生み出すことが出来る。まさに、ただの機械には真似できない人体というものの奇蹟の一部。


 しかし、電池には他にも循環型と呼ばれる種類がある。

 電気によって電気分解は起こされ、物質が分離するならば、物質を分離する反応を起こせば電力を得ることが出来る。それを基礎理論として電池というものは考案され、化学エネルギーを電気エネルギーに変換する装置として改良が加えられてきた。

 その果てに、幾度も充電が可能な二次電池が、そのさらに発展型として化学変化によって電力を発生するも、分解した物質が周囲からエネルギーを取り込みつつ自動的に結合し、再び分解する際にエネルギーを発生する、というように、循環しながら電気エネルギーを発し続ける新世代型の電池が開発されている。

 無論、ロスは存在し、いつかは使えなくなる時が来るものの、最初に外部から微量の電気を加えるだけで、後は循環を続けることで長い時間稼働することを可能とし、なおかつ生み出すエネルギーも大きいという利点があった。ただし、問題はそのコストで、市販される電池のような値段で取引出来るものではない。


 リア・ファルとは、魔力カートリッジにおいて循環型の電池を再現したものと定義できる。とはいえ、これは革新的な技術というわけではく、他ならぬ“セイレーン”や“クラーケン”においても同様の技法が用いられている。

 魔力炉心とは最初に外部から純粋な魔力の形で火を入れる必要はあるものの、一度火が入れば半恒久的に膨大なエネルギーを生み出し続ける。リア・ファルはその機能を人間サイズの魔法人形に搭載できるまでに小型化したもの、というよりも、リンカーコアに外付けすることでその機能を持たせ、外部との連結に柔軟性を持たせるOSというべきか。

 アリシアのクローンから摘出したリンカーコアを、魔法人形に移植することで動力源として利用できるか、という実験も幾度か行いましたが、どうしても“人間の臓器”であるリンカーコアは機械と連結させたところで十全の機能を発揮しなかった。まあ、人間に移植した場合のように拒否反応が出ないだけましとも言えますが。

 管制機である私は、リンカーコアを魔力炉心と見立てることで強引に接続し、その力を引き出すことも可能。現に、海での実験などの際にはその機能も使用しましたが、効率が良いわけではない。大体において、魔法人形の回路が焼き切れるという結果となってしまう。

 そこで、リンカーコアを超小型魔力炉心とするならば、その指向性を定め、さらにはその魔力を循環させるための装置を外付けすることで、魔導師には及ばないものの、長時間の魔法行使可能であり、汎用性に優れた魔法人形を作り出すことも可能である。

 これならば、カートリッジを定期的に補充するだけで魔導師と同等に戦うことができ、動力源の問題から拠点防衛などにしか使えない傀儡兵に比べて、活動の幅を広めることが出来る。これを既に半分近く実現させていた存在が、例の男が提供した高ランク魔導師型魔法人形、“バンダ―スナッチ”である。

 ただし、現状ではリンカーコアそのものを無から作り出すことは出来ないため、地上本部に保存されている過去の管理局員からドナー提供されたリンカーコアを利用するしかない。つまりは、無から有を作り出すものではなく、限られた資源を、最大限に運用するための装置ということ。



 『リア・ファルは特別なものではありません。管理局が創設されており既に65年、その歴史は我々デバイスと共に歩んできたものでした。非魔導師でも使える“ショックガン”などの簡易デバイス、その動力である魔力電池、低ランク魔導師を補助するためのカートリッジ、騎士のためのアームドデバイス、そして、高ランク魔導師のためのインテリジェントデバイス』

 いずれも、管理局がデバイスと共に歩んできたからこそ発展した技術。

 “ミード”は治療用の魔力結晶なので少々異なりますが、“生命の魔道書”とてその本質は治療用デバイス。そして、リア・ファルは過去の管理局員が残したリンカーコアを効率的に運用するためのOSであると同時に循環装置。


 「時空管理局は、デバイスと共に歩んできた、か」

 私の言葉に対し、レジアス・ゲイズ少将はこれまでにない表情を浮かべる。表情データの照会に合わせると、過去を述懐するときの表情でしょうか。

 しかし、それは予測されたことでもあります。


 なぜなら、その言葉は――――


 『それは、貴方の友人であった、セヴィル・スルキアという人物の言葉ですね』


 「なぜお前が―――――――――いや、そうか、お前は………」
 
 ええ、それを聞いたのは私ではありませんが、私はそれを知っている。

 私達は、同じ電脳を共有した兄弟機であり、私はその長兄機であると同時に管制機なのですから。

 “インテリジェントデバイスの母”こと、シルビア・テスタロッサが作り上げし、26機のインテリジェントデバイス。

 それらは現代におけるインテリジェントデバイスの基礎となり、執務官試験に出るほど、管理局とは切り離せない関係にある。


 『テュール、ヴィーザル、フレイ、ヴァジュラ、プロミネンス、ブーリア、スティング、ケヒト、ウルスラグナ、グロス、ガラティーン、ノグロド、グレイプニル、ブリューナク、セルシウス、ダイラム、バルムンク、アノール、シームルグ、ヒスルム、ナハアル、クラウソラス、リーブラ、オデュッセア、サジタリウス、ファルシオン。26機のシルビア・マシン』

 そして、27番目の弟が、バルディッシュ。

 その構想はマイスター・シルビアが、骨子は我が主が、そして、フェイトのためにリニスが完成させた、テスタロッサ家の技術の精髄。

 管理局が発足してよりの65年間、魔導師達は魔法をより汎用的かつ、安全なものとするために並々ならぬ努力を重ねてきましたが、それは、デバイスマイスターとて同じこと。

 ゲイズ少将が管理局に入ったのは30年前であり、その時期こそ、インテリジェントデバイスの黎明期、それ故に壊れるものが多かった。


 『殉職なさった貴方の同期の方々は、皆優秀な魔導師でした。そしてそれ故に、当時最高峰のデバイスと言われたそれらを使用なさっておられた。何しろ、26機のシルビア・マシンは“最前線で戦う管理局の高ランク魔導師のために”という命題を持って生まれたのですから』


 「………そして、魔導師と共に壊れていった、か」

 ええ、我が主プレシアのために作られた機体である私だけは、一度も前線で用いられることがなかったため、こうして今も稼働している。

 私の弟達の使用者となり、弟達が記録していたゲイズ少将の同期の方々は、皆優秀な魔導師でした。

 しかし、時代は優秀な魔導師が長生きすることを許さなかった。あの時代の最前線を駆け抜け、かつ生き抜いた方々を指して“生き残りし者”と称するのはそれ故に。


 「あの時の面子で、残っているのはもう、俺とゼストだけか……………そして、お前もまた最後の一人」


 『そうですね、残っていた最後の弟は、11年前に壊れました』


 「そうか………………ああ、思い出した。あいつが使っていたデバイスは、まるで炎を宝石に込めたような不思議な色をしていたな」


 『シルビア・マシンNo5、プロミネンスですね。確かに、彼はデバイスとしては珍しく、熱い性格でした。それ故に引くことを知らなかった』

 幾度も、注意はしたのですが。どうにも、テスタロッサ家のデバイスは頑固で融通が効かない者が多い。


 「それは持ち主とて同じことだ。どうやら、デバイスとその主というものは似通うものらしいな、魔導師ではない俺には実感は出来んが」


 『そうですね、私もそう考えます』

 長い年月をデバイスと共に過ごされた方は、そのように思うものなのでしょうか。

 人格モデルを参照する限り、その可能性は高いと推測されますが、果たして。


 「30年か………俺の人生の半分以上は、管理局のため、いや、この地上のために使って来たが、振り返ってみればあっという間だな」


 『それでも、今の時代は平和ですよ。我が主が10歳の頃など、クラナガンは少女が一人で出歩ける街ではありませんでしたから。殉職なさった方々や、今も働く貴方達が、この街を子供が外を出歩ける平和な場所へと変えてくださった。9歳の少女であるフェイト・テスタロッサは、何も気にすることなく、クラナガンを出歩けるのですから』

 それゆえ、私は貴方への協力を惜しまない。

 高い確率で、フェイトが今後生活する場として、ミッドチルダが選ばれる。ならば、彼女が休暇や家族との時間を平穏に過ごすには、街そのものの治安は切り離せない関係にある。

 第97管理外世界で暮らすならばその影響はありませんが、少なくとも、時空管理局の方々と多く知り合うことはほぼ確実であり、彼らの家は大半がミッドチルダにある。ならばやはり、ミッドチルダの治安が良いに越したことはありません。

 フェイトが幸せな人生を過ごすために、貴方には頑張っていただきたいのです、ゲイズ少将。


 「そうか…………そう言われれば、走ってきた甲斐があったと思える、礼を言おう」


 『いいえ、厳然たる事実です。ゲイズ少将、貴方こそミッドチルダ地上の守り手だ。このミッドチルダで数十年の時を生きた者ならば、誰もが認めることです。当たり前に安全な生活を享受している若い方々には、実感が持てない事柄なのでしょうけれど』


 「だろうな、奴らは記録でしか当時を知らん。お前達デバイスと違って、人間というものは実際に立ち会わない限りは実感というものを持てん生き物だ。だが、お前は引き継いだ記録ではなく、自身の記録としても持っているのだな」


 『ええ、私の稼働歴はもう45年になります。貴方と、同年代ですよ』

 私が、プレシア・テスタロッサのために動き続けてきたように、レジアス・ゲイズという人物は、ミッドチルダ地上のために働き続けてきた。

 それを知るからこそ、ミッドチルダの人間は彼を支持する。高度なシステムに守られ、犯罪がほとんどない本局に在り、クラナガンを見下ろす人たちでは、完全な意味で理解することはできないでしょう。

 百聞は一見に如かずとはよく言ったもので、人間は100枚の報告書を見るよりも、その現状を一目見るほうがよほど実感がもてる。機械はすべて0と1の電気信号ですが、人間はそうではない。故に”ミッド地上は犯罪が多い”という字面だけ読んで現実味を持つことは困難きわまることになる。


 「そうか、だが、俺の道はまだ半ばだ」


 『ええ、そうでしょうね。そして、貴方にお聞きしたいことがあります』


 「何だ?」


 『時の庭園、いいえ、私はジュエル・スカリエッティという存在と接触していますが、それは貴方も同様なのですね?』


 「……………やはり、お前もか」

 私にとっては予想通りであり、彼にとっても予想通り。

 これはつまり、三つ巴のようなものですね。


 『おそらく貴方は、いいえ、地上本部は戦力不足を解決する手段として人造魔導師や戦闘機人の育成を計画している。そして、その研究の依頼先が彼であり、その彼はプロジェクトFATEの根幹を築き、私達はその研究を進める上で彼と接触した』


 「そして、お前達からブリュンヒルトや、デバイス・ソルジャーという技術がもたらされたため、戦闘機人の需要はなくなりつつある。しかし、デバイス・ソルジャーに用いられている技術も、根幹を築いたのは奴というわけか」


 『そうですね、彼がもたらした最初の素体が無ければ、これほど早く実用化の一歩手前まで進めることはなかったでしょう』

 ジェイル・スカリエッティは稀代の天才である、それは紛れもない事実。

 “バンダ―スナッチ”がなければ、私が操る魔法戦闘型人形の性能は、現在の半分にも届かなかったはず。

 その特性を考えれば”魔才”といっても過言ではない。すなわち、魔性の天才。


 「気にくわんな、どこまでいっても奴の影がちらつくようだ」


 『そこで、提案があります。今後、ジェイル・スカリエッティとの交渉は、時の庭園にお任せいただけないでしょうか』


 「何?」


 『貴方達地上本部は“白”でなければならない、そして、ジェイル・スカリエッティの存在は“黒”。彼と関わる以上、貴方から黒い噂が消えることはありませんが、間に“灰色”を介せば、噂の方向性をずらすことは出来ます』

 私の言葉を吟味するように、しばしの沈黙が訪れる。


 「なるほど…………グレーゾーンのど真ん中を行くことは、お前の得意分野だったか、俺も少しは見習うべきかもしれん」
 

 『彼の研究は違法ですが、私達の研究は合法です。ほとんど同じことを行っている生命操作技術なれど、個人の欲望のためだけに使われるか、医療技術やデバイス・ソルジャーとして社会のために還元されるか、その違いによって法的な立ち位置は大きく異なりますから』

 つまり、ジェイル・スカリエッティとの繋がりにおける隠れ蓑として、“私と時の庭園”は最適。

 当然、その時期はフェイトとアルフが巣立った後となりますが、そう遠いことでもないでしょう。



 その時、時の庭園は墓所となり、私の役割は墓守となる。



 「全ては灰色か。確かに、時の庭園が生命工学を行っていることは学会レベルにおいてすら周知の事実。現に、お前の主の葬儀にはその分野の専門家達が集まっていた」

 その中に、彼が混じっていたことまでは、お伝えできませんが。


 『ええ、そして、ジェイル・スカリエッティとは、利用すべき存在ではありません。ほどほどに良い環境を与えつつ、放っておくのが最上かと、強欲は身を滅ぼします』


 「名言だな、覚えておくとしよう。だが、やはり即答は出来んぞ」


 『ええ、それで構いません。もう、私が焦る事柄などありませんから』


 そう、マスターが逝かれた以上、私は焦りません。



 「感謝しよう…………ところで、お前は、デバイス達の記録を全て引き継いでいるのか?」


 『壊れた瞬間のことまでは分かりませんし、管理局の機密に関することもプロテクトがかけられていたため解読不能でした。しかし、それ以外の記録は“インテリジェントデバイスの人格の発展ため”という理由から保存され、時の庭園の中枢コンピューター、アスガルドが保持しています』

 そして、管制機である私はその記憶領域にアクセスできる。

 バルディッシュにはまだ、そこまでの権限はありません。


 「ならば、あいつらが命を懸けた道のりは、そこに記録されているのか」

 ゲイズ少将の声に熱が篭もり、その視線が一枚の古い写真立てに向けられる。そこには管理局の制服を着た青年たちが肩を組んで、輝くような笑顔で写っていた。おそらく中心にいるのがゲいズ少将で、その隣にいるのがベイオウルフの主である騎士、そしてその他の者たちはすでに世を去っている。

 私と対峙する時は冷静である事が多い彼ですが、人間の心を計算する機能があっても、やはり機械の私では計り知れない思いがそこにあるのでしょう。


 『はい、お望みでしたら、情報端末に読みだしてお渡しいたします。人間である貴方では直接的な解読は不可能ですが、機械の信号を人間が理解しやすい情報に変えることは、我々インテリジェントデバイスの最も得意とするところですから』


 「…………これはあくまで、俺の個人的な事柄に過ぎんぞ」


 『ブリュンヒルトを借り受ける際、貴方は私に“貸し一つ”であるとおっしゃいました。それの返済と思っていただければ幸いです。あの決定は貴方個人の意思によるものですから、その返済もまた貴方個人に対してのものこそが相応しいと考えます』


 「ふっ、相変わらずの機械だな、お前は」


 『ええ、私は変わりません。………この先、いつまでも』



 そう、私を変えうる存在はもう世界のどこにもいない。


 今の私は、ゼンマイが巻かれた機械仕掛け、ゼンマイが止まるまでは、動き続けましょう。


 たとえ、ゼンマイを巻ける存在がいなくとも。


 機械は、止まるまで動き続ける。



 私は機能を続けます







[26842] 閑話その6 嘱託魔導師
Name: イル=ド=ガリア◆ec80f898 ID:ee4ccd9f
Date: 2011/03/31 15:12
閑話その6   嘱託魔導師





新歴65年 7月4日 次元空間 時空管理局本局 テスタロッサ家割り当て区画


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 時空管理局本局。

 時空管理局の本部であると同時に、1つの街を内に持つ巨大な艦でもある次元世界最大と称される巨大建造物。

 ただ、その形状は少々どころではなくおかしなものであり、六方向へ伸びた突起が中央部から突き出るという、実用性はあるかもしれないが、その建築過程に計画性というものは微塵も感じられない。

 その理由は、時空管理局の歴史そのものにある。

 旧暦の末期、次元世界は二つの大国がその大部分を“支配”しており、片方は共和制とは名ばかりで経済的な力を持つ者達が社会の大部分を掌握しており、片方は進むべき道を見失った挙句、血統崇拝に走り、皇帝と聖職者が支配階級として君臨するという歪んだ国家を築き上げた。


 金と権力こそが全てであり、それ以外のものは価値なしとされる“自由と平等の国”。


 神とその代弁者達こそが全てであり、それに属さぬ者は価値なしとされる“神の光に包まれし国”。


 そのような国家がほぼ同等の国力を持ったまま共存できるはずもなく、当然の帰結として、次元世界は血と狂気と混乱に包まれ、歴史に言う大戦争時代の幕開けとなる。

 使用された質量兵器と魔導兵器は数え切れぬ程の命を奪い、勝者はなく、残されたものは分断され疲弊した世界と、各地に散らばる次元世界の破壊を可能とするロストロギアや、それに類する超兵器群。

 その混乱の時代を潜り抜け、かろうじて残されていた次元航行管制用ステーションを再利用する形で、この本局は作られた。その当時にはまだ突起はなく球状で、スペース的には現在の6分の1以下である。

 次元世界の復興が進むと共に、本局の役割は増大していき、運用する艦艇の数も増加する。しかし、新たなステーションを作り上げるだけの資金はなく、そもそも“ゼロから次元空間の大規模施設を作り上げるだけの技術”が破壊されていたため、これまでの建物を増築することで対処していくことを余儀なくされた。

 そうして、新歴が30年を超える頃には時空管理局本局は現在とほぼ近しい形となる。

 内部のシステムこそ整っているが、全体的に見れば増改築を繰り返しただけに利便性の高い施設とは言えない。大規模な予算を組んで抜本的なリフォームを行うか、いっそ新しい本局を作ってどうかという意見も当然存在する。



 「だが、これこそ、歴史が示す教訓である。本局の歪んだ形状こそが、“この施設くらいしか残らず、それを増改築することしか出来ないまでに、次元世界が破壊された証”として、我々は本局を使い続ける。他ならぬ我々自身に対する戒めとして、か」


 「最高評議会の人達が、時空管理局設立時に残した言葉だね」


 「名言だとは僕も思う、だが、現実に利用する立場としては、もう少し何とかならないものか、とも思うな」


 「うーん、機能性はまあそれほど悪くないんだけど、居住性は見事なまでに犠牲にされてるもんね、この形」

 本局の形状について会話しているのはクロノ・ハラオウンとエイミィ・リミエッタのアースラNo2とNo3のお馴染みのコンビ。そして二人がいる場所は、最近越してきたテスタロッサ家の居住スペースの前。

 どこぞのデバイスが裏で手を回し、ハラオウン家が使用している居住スペースの斜向かいをゲットし、現在改装を行っている。

 本局には数多くの局員が働いているため、当然の如く居住スペースが存在しており、簡単に言えば公務員のための寮が大量にある。ただ、自宅をクラナガンなどに持っている者でも部屋を確保することが許されており、そういった点が地上部隊の者達からは本局が優遇されていると言われる要因であった。

 とはいえ、全ての本局の局員が全員自宅通勤となったのでは、仕事がはかどらないどころか停滞してしまうのも厳然たる事実である。事務職の者ならば特に問題ないが、緊急出動が日常茶飯事の武装隊員は完全オフの時以外はどうしても本局内に留まらねばならない。

 本局の仕事もなかなか休みがとれないことが当たり前であるとされ、そういった理由から自宅を持たず、本局の部屋にずっと住んでいる者達は数多い。(特に独身)

 仕事人間のハラオウンファミリーも、その例外ではない。11年前にクライド・ハラオウンが殉職するまではクラナガン近郊に住んでいたが、クロノ・ハラオウンが5歳になる頃にはギル・グレアム提督や、その使い魔であるリーゼロッテ、リーゼアリアの両名による訓練が始まったこともあり、本局に生活拠点を移した。

 そして現在、斜向かいに引っ越してくるフェイトとアルフのために、あるデバイスが手配した業者によって改装が行われているのだが―――

 「部屋の形状が三角形というのは、正直どうかと思うんだ」


 「しかも、平面的じゃなくて、立体的にも、三角形というより、三角錐に近いかな?」

 本局の独特な形状は、こういう部分に害が出てくる。

 まともな部屋ならば他にも空いているのだが、ハラオウン家の近所に限定するとこの部屋くらいしか空いていなかったのである。


 「だけどさあ、そんなに長い間住むわけじゃないし、いいんじゃない。大体はクロノ君達の部屋や、もしくは資料ルームとかで過ごすことになるだろうし」


 「まあ、そうなんだが」

 フェイトとアルフがハラオウン家に住むこと自体には特に問題はないのだが、ただ、こちらも二人用のスペースであるため、フェイトとアルフが眠るだけのスペースは確保できても、個室などのプライベート空間が確保できない。

 よって、テスタロッサ家のスペースは、ハラオウン家の離れのフェイトとアルフの部屋、という表現が妥当であった。


 「でも、そうだねえ、クロノ君がフェイトちゃんと一緒のベッドで寝て、あーんなことや、こーんなことを実地を踏まえて教えてあげるなら、わざわざ部屋を借りる必要もないかもね」


 「医務官を呼べ」


 「ちょっと! 人を負傷者扱いしないでよっ!」


 「負傷者じゃない、精神疾患だ」


 「よけいひどいわっ!」

 とまあ、いつも通りの二人のやり取りをしているところへ。


 「あ、クロノ、エイミィ」


 「相変わらず賑やかだねぇあんた達」

 件の少女と、その使い魔が現れる。


 「フェイト、着いたか。それに、アルフも」


 「あれ、人騒がせなもう一人は?」

 それが誰を指すかは、あえて語るまでもなく三人とも理解していた。


 「時の庭園にいるよ、今はオーバーホール中だって」


 「ま、何だかんだでアイツも働きづめだったからね、たまには休むのもいいんじゃないかい」

 アルフの言葉に、クロノは眉を寄せて考え込む。


 「そうか。しかし、彼が休んでいるところ、というのも想像しにくいな」


 「うむむむむ、うん、私も無理だね、トールがじっとしてるところすら思いつかないなあ」


 「あははは、でも、おかげで寂しくはないよ」


 「それだけが取り柄だからねえ、この前“アレ”を解き放った時にはぶっ壊してやろうかと思ったけど」


 「“アレ”か」


 「サーチャーだとは分かっていても、絶対見たくない例の“アレ”ね」

 時の庭園に続き、ハラオウン家で炸裂した期待のルーキー、“スカラベ”。

 第97管理外世界のエジプトの伝承などにある虫だが、気色悪さではなかなかのレベルを誇る。


 「…………コーヒーのビンを開けたら、中にアレが詰まってたんだ………」


 そして、その被害を最も受けたのは無論フェイトである。

 逆に言えば、フェイトがいない場所における彼は、人間味というものが著しく失われるため、そのようなことは狂ってもしないだろう。


 「ごめん、あまり気にするな、としか言えない」


 「ううん、ありがとう、クロノ」


 「うーん、あれで経済界では有数の実力者なんだから、人は見かけによらないねえ」


 「アレを見た目で判断するのは良くないよ、一見人畜無害そうに見えて、腹の中では黒いことばっかり考えてるから。たまには、違うことも考えればいいんだけど」



 『………』


 そして、閃光の戦斧は、4人の会話を黙して聞き続ける。

 彼は、いや、彼だけは理解していた。トールというデバイスは、今現在も本当の意味で休んでいないということを。

 確かに、ハードウェア的には休んでいるだろう。トールというデバイスの本体は、現在起動しておらず、オーバーホール中なのだから。

 しかし、ソフトウェアはそうではない。管制機である彼は、自身のリソースを別の筺体に移植し、演算をそちら側で進め、その結果だけを後に本体へ書きこむということを得意とする。

 アルゴリズムさえ組んでおけば、後は自分自身のハードウェアでなくとも、演算を続けることは出来る。それが、デバイスというものである。



 【本当に、貴方は休まれないのですね、トール】

 そう尋ねた時の彼の先発機の答えは

 【私はマイスターによって完全休眠せずとも稼動できるように設計していただいたのです。ならばその機能を活かさぬ理由はありません】

 であった。じつに彼らしい、バルディッシュは感じていた。

 バルディッシュは彼と電脳を共有しているが故に理解できる、彼は未だ稼働中であると。

 その本体は確かに休んでおり、溜まった負荷はその多くが解消されるだろう。

 だが、彼は休まず、その機能を続けている。これからは今までのような無茶はしないと言っていたが、それでも稼動しているのだ。

 残された命題に、ただ従って。










新歴65年 8月6日 次元空間 時空管理局本局 法務部オフィス



 「蛇の道は蛇、餅は餅屋、ということで、やって来ました法務部オフィス!」


 「トール、わざわざそんなおっきな声で言わなくても分かるから」


 「あたしらにまで恥かかせる気かい」

 本日、ここにやってきたのは、フェイトに“嘱託魔導師とはなんぞや”ということを説明してもらうためである。

 当然、俺は知っているし、クロノも知っているが、嘱託魔導師という制度はかなり複雑、というわけでもないが、そもそもどんなものなのかを説明するのが面倒なものであり、ここばかりは経験者に語ってもらうのが一番なのだ。

 フェイトは現在、嘱託魔導師となることを目指している。現在進行中の“ミード”や“生命の魔道書”を医療技術として確立するための法的手続きそのものには嘱託資格はそれほど影響しないが、そのための資料作成や、情報収集のためにはあった方が何かと都合がいい。

 ジュエルシードを求めてあちこちを巡っていた頃はあくまで民間人だったので公共の施設しか使えなかったが、嘱託資格があれば管理局が管轄している施設もそれなりに使えるようになるし、行動の自由度も大きくなる。

 そして何よりも、第97管理外世界に行くのが簡単になるということだ。現在フェイトは本局在住の民間人だからしっかりと手続きをしなければ管理外世界には渡れない。

 しかし、嘱託資格があれば、その辺りの手続きをかなり解消することが出来る。現状では夏休みなどのまとまった休みの時期にしか向こうに行けない感じだが、嘱託資格があれば週末にでも第97管理外世界まで出かけられるようになる。

 ちなみに、本局には200万人近い民間人が居住していたりする。本局勤めの局員の家族だったり、寮の食事を作る業者さんだったり、局員達に娯楽を提供するための店もあれば、服飾の店もある。ただ、風俗店やそれに類する店だけはないが。


 「ここにいる爺さんはその道の専門家であると同時に、経験者だ。アポは結構前から取ってあるし、何気にプレシアの葬儀に来てくれてたりもしたんだぞ」


 「え、そうなの?」


 「おうよ、プレシアとはほとんど面識はなかったが、俺のマイスターであり、プレシアの母、シルビア・テスタロッサとは結構親しい友人だった人でな」


 「何であんたがそれを知ってんだい?」


 「おおアルフ、忘れてしまうとは情け無い。俺が原初のインテリジェントデバイス、“ユミル”の記録を引き継いでいるということを」


 「やたらとむかつくね、その言い方。でもまあ、理解はしたけど」


 「とにかく、行くぞ。アポ取ったとはいっても、向こうの休暇中にお邪魔します、ってだけの話だから」


 「休暇中なのに、オフィスにいるの?」


 「そういうワーカーホリックの爺さまなんだよ。少なくとも、過労死の崖と隣り合わせで突っ走ってきたような、スーパーとんでも爺さんだから、きちんと敬意を払うように。ま、そろそろ過労死じゃなくて老衰で死んでもいい頃だが」


 「いや、アンタそれ敬ってないじゃん」


 「とにかく、年配の方なんだね」


 「ああ、俺よりもな、それでは、御対面といきましょう」

 そして俺は扉を開き、爺さんが待つデスクに呼びかける。

 俺自身がここに来たのは、もう43年ほど前になるか。当時7歳だったプレシアはきっと覚えてなかっただろう。


 「おーい、爺さん、生きてっかい?」


 「あいにくと、まだ生きておるよ。ふむ、そちらがおぬしの言っておった子か」


 「は、始めまして、フェイト・テスタロッサです」


 「アルフ、この子の使い魔さ」


 「丁寧な紹介、ありがとう。儂はレオーネ・フィルスという。見ての通り、定年をとうに過ぎ取る老いぼれじゃよ」


 「地上部隊の人間からは、老害とも言われるな」


 「トール! 失礼だよ!」


 「はっはっはっ、事実は事実じゃよ。儂らなど出張らないに越したことはないのじゃから」


 法務顧問相談役 レオーネ・フィルス

 武装隊栄誉元帥 ラルゴ・キール

 本局統幕議長 ミゼット・クローベル


 俗に言う、『伝説の三提督』がであり、65年前の時空管理局の創成期に若手筆頭だったのだから、今ではもう80近くか、超えているという計算になる。

 一応、年齢を記したデータはあるが、時空管理局黎明期の頃の人物データに信頼性はそれほどない。変えようと思えばいくらでも変えられたからだ。

 時空管理局でも屈指の有名人である御三方だが、9歳のフェイトがその名を覚えていることはないだろう。本局の管理局員ならば大抵知っているが、地上部隊ならば陸士学校で習ってそのまま忘れたというケースも多い。流石にクロノやエイミィならば知らないはずもないが。


 「自己紹介はこんなもんでいいだろ、茶でも飲みながら雑談と行こうぜ」


 「ほう、おぬしは茶を飲めるのか」


 「実際は格納するだけだが、飲めるぜ。ついでに、リバースすることも出来る」


 「絶対やるんじゃないよ」


 「恥ずかし過ぎるから、やめてね」

 さてさて、それでは、雑談と参りましょう。














 んで、幾つか雑談を交えた後、本題に入る。


 「とまあ、こっちの事情はそんな感じだ。そこで、爺さんには嘱託魔導師についてこいつに教えてやって欲しいんだ」


 「構わんよ、老人の知恵袋、とは言うが、儂らの役目はそういうものじゃからな」


 「すいません、よろしくお願いします」

 と、フェイト。


 「お願いします」

 と、アルフ。こういう時にはしっかりと礼儀を守るのがアルフの特徴だ。

 ざっくりとした性格に見えて、案外細かい配慮も忘れない。うっかり属性を持つフェイトには実に良い使い魔である。


 「さて、まずは基本的な部分から入るが、嘱託魔導師とは簡単に言えば民間人でありながら管理局員としての権限をある程度委譲された魔導師を指す言葉じゃ。無論、魔導師でなくとも同じように働く者はいるが、圧倒的に数は少ない。その理由が分かるかね?」


 「えっと………現在の管理世界では戦力として数えられるのは魔導師で、その数が不足しているから、ですか?」


 「正解じゃ、時空管理局は万年人手不足とは言われるものの、新歴40年にもなれば、非魔導師の通信士やデバイスマイスターなどが不足することはなくなってきた。転職に有利なことや、収入が安定していること、さらに、資格などを無料で取れること、などが大きかったと言える」

 流石に、黎明期から見守り続けてきた爺さんの言葉は重みがあるな。

 時空管理局とは社会を回す歯車であり、それ自体に良いも悪いもない。腐った社会ならば腐った機構になり、社会がまだ新しく若い風に溢れているなら、悪い部分を直しながら前に向かって進む機構になる。ただそれだけの話だ。


 「しかし、問題は戦力としての魔導師、つまりは武装局員じゃな。特に新歴の45年頃までは殉職率が高く、管理局武装隊は“魔導師の墓場”などと呼ばれておったくらいであった」


 「魔導師の………墓場」


 「魔導師が必要とされておったのは、何も管理局ばかりではない。君の母親、プレシア・テスタロッサがSSランクに相当する魔力を持ちで大企業の研究主任であったように、民間においても高ランク魔導師は喉から手が出るほど欲しい人材であった。つまりは、社会そのものが魔導師に負担をかける構造であったということ」


 「でも、質量兵器を廃止するためには、仕方のないことだったんですよね」


 「一応、そういうことにはなっておるが、それを免罪符には出来ん、してはいかん。確かに我々は質量兵器が戦争に使われることがないように廃止し、それに代わる技術として魔導技術を社会へ取り入れた。しかし、その歪みは必ずどこかに出てしまう、それが、魔導師達への負担となったのだよ」

 プレシア・テスタロッサは、高ランク魔導師であるが故に、社会を回すのに必要な歯車とされた。

 彼女に限らず、あの当時は魔力の大小に関わらず、魔導師の資質を持つ時点で人生の大半が決められていたようなものだった。

 逆に言えば、管理局に入ることは自分の意思で道を定める数少ない手段であった。管理局でしばらく勤労すれば、次の職場を自身の意思で定めることが出来る。


 「そうなれば当然、魔導師をめぐって管理局と民間企業は鍔迫り合いを繰り広げることとなるが、これは良いことではない。本人の意思がどうであれ、魔導師を確保できなかった方には不満が残り、軋轢が生じる。そしてやがては、組織という歯車が個人を轢き潰すことになってしまう。そして、そういう例は多くあったのじゃ」

 法務において最上位にいたレオーネ・フィルスは、その方面の問題に最も精通している。

 他ならぬ彼が、ラルゴ・キール、ミゼット・クローベルらと語り合い、嘱託魔導師という制度を作り上げたのだから。


 「そこで、採用されたのが嘱託魔導師という制度じゃ。あくまで所属そのものは民間としたまま、管理局員の特に武装局員や捜査官が持つ権限の一部を委譲する。これにより、管理局の歯車の一部となるのではなく、管理局の“依頼”を引き受ける魔導師が誕生した」


 「ということは、嘱託魔導師は管理局員ではないんですね」


 「雇用社員や派遣社員ともまた違うな。それらは派遣されている間は命令に従う義務が生じるが、嘱託魔導師はそうではない。それ故に定まった給料が支払われることはないが、それ故に自由でもある」

 大きな力を持つゆえに、組織というものの歯車になることを拒む人間は多い。

 自信の力を深く知るからこそ、自分の意志とは無関係の部分で、力を使わされることを彼らは恐れる。正直、フェイトやなのはが精神的に未熟なまま管理局の正局員となれば、そうなる可能性は低くはない。

 そうした者達が、あくまで“自身の意思”によって魔導師としての力を人々のために使えるよう、嘱託魔導師というものは作られた。有事の際には、彼らも人々を守る力となれるように。

 だからこそ、現在のフェイトやなのはがなるにはうってつけなのだ。まだ社会の歯車に混ざるには幼く、そのまま局員となっては車輪に轢き潰されてしまう可能性が高いために。


 「一番多いのは、消防やレスキュー関係の者達じゃな。ミッドチルダは永世中立世界であるため管理局が行政をも兼ねるのでイメージは湧きにくいかもしれんが、通常の管理世界ではそうではない」


 「えっと、それぞれの国家が軍隊や警察を持っていて、彼らも質量兵器は持ってないんですよね。そして、特に魔法犯罪とかに対処する部署が、時空管理局の地上部隊を兼ねているって」


 「君は賢い子じゃな。そう、次元世界を中立な立場で回り、魔法を抑止力として行使するのは時空管理局本局の次元航行部隊に限られる。それぞれの国家の軍隊や治安維持組織は、あくまで自身の国家と国民の安全を第一とするからの。同じ管理局とは言っても、各次元世界の国家ごとに根を張る地上部隊と、中立の立場で次元の海を往く本局は同一とは言えぬ」

 それが陸と海の対立の根本的な部分だが、それはまあ、今回は別件だな。


 「そして、各国の行政組織である消防や警察、もしくは民間の警備員などにも魔導師はおり、災害や犯罪が発生した場合は対処に動くが、相手が魔導師であれば即座に動くのは容易ではない。それに、魔法の使用に関する問題もある」


 「犯罪者は、気にせず魔法を使えて、殺傷設定を使うことすらあるのに、それを抑える人達は、市街地の危険とか、そういうものを考えないといけないから、簡単に魔法が使えないんですね」


 「その通りじゃ、そういう時に、嘱託資格というものは役に立つ。無条件でというわけにはいかぬが、自動車の免許のようなものでな、いざとなれば自動車の運転は免許を持たぬ者にも出来るが、免許を持っていれば後でそのことを咎められることもない。自分の魔導師としての力が本当の意味で必要となった時に使えるように、それを使うことが罪とならないように、嘱託資格はある」


 「でも、それだと管理局の戦力増強としては、あまり期待できないんじゃないですか?」

 ふむ、まだまだ幼いな、フェイト。

 それは、本質を見失っている意見に他ならない。


 「それは確かにその通りじゃな、しかしフェイト君、そも、なぜ管理局は戦力を必要とするのかな?」


 「え? それは、犯罪を抑止したり、犯人を逮捕するためですよね」


 「そうじゃ、ならばもし、魔導師としての力を用いて犯罪を成すものがいなくなり、世界が平和になったならば、武装隊とはそれほど必要になるかね?」


 「いらなくなる、と思います」


 「要は、そういうことじゃよ。嘱託魔導師達が民間の立場からも睨みを利かせることで犯罪の発生件数そのものを減らすことが出来たならば、武装局員を確保する必要はなくなるのじゃ。管理局の目的はあくまで次元世界に生きる人々の生活を守ること、武装隊を充実させるのはそのための手段に過ぎん。武力を用いぬ手段で目的が達成されるのならば、それに越したことはない」


 「あ――――」

 理想は、管理局が魔法の力で次元世界の平和を守る世界ではない。そもそも、武装隊などなくとも平和を守れる世界だろう。

 嘱託魔導師とは、管理局の戦力を補充するためのシステムではなく、管理局が大きな戦力を持たずとも、民間と有機的に繋がり、協力し合うことで、武力を直接的に用いずに平和を保つことを目的として作られた。


 それを勘違いしている連中が、巷には溢れているのも残念な話だ。

 管理局が裏技を使って強引に戦力を集めているのだ、だとか、挙句の果てにはリンカーコアを持つ子供集団誘拐するとかを情報空間において阿呆が集まってふざけ半分で囁いていたりする。現場で命張ってる局員に謝れ。

 組織である以上は必ず悪い部分が出る、問題は自浄作用が働いているかどうかだ。そして、時空管理局のそれは、現在の次元世界の様子を見ればわかるだろう。戦乱も、特定の世界の目だった独占も今の所は存在していない。

 盲目の人間が象の各部位を触るだけでは象の全体像を捕らえられないように、管理局ほどの巨大な組織ならば、管理局員であっても全体を把握している者はそういない。それなのに一部の悪い部分を見ただけで、組織全てが悪だと決め付けるのはあまりに短絡的では無いだろうか。

 まあそれはともかく、この制度の特徴点は、嘱託魔導師には人を裁く権限も、逮捕する権限もないということだろう。あくまで管理局員に協力するか、現行犯を取り押さえるくらいしか彼らには許されていない。それでも、彼らの存在には大きな意味がある。

 仮にクラナガンでテロを起こすつもりの魔導師がいたとする。管理局だけが相手ならば、最寄りの陸士部隊の詰め所や、地上本部だけを警戒していればそれでいい。

 しかし仮に、嘱託魔導師となったフェイトがその場にいたならば、テロを起こした瞬間に近くを歩いていた9歳の少女がAAAランクの魔導師としてそいつの前に立ちふさがり、さらに嘱託魔導師は管理局との専用の連絡回線すら有しているため、首都航空隊の魔導師なども即座にやってくる。

 嘱託魔導師とは言わば、現行犯逮捕のみを許された私服警官のようなもの。最大のメリットは、制服を着ている管理局員と異なり、一体誰が嘱託魔導師であるのか分からないということだ。むしろ賞金稼ぎのイメージか?

 犯罪やテロを行う側にとって、これほど嫌なものはない。

 武装局員、特にエース級魔導師は滅多に休暇をとれず、遠出することも稀なので、“たまたま休暇中だった武装局員とはち合わせる”ことはほとんどない。しかし、“Aランク以上の嘱託魔導師”という存在は案外多いのだ。少なくとも、クラナガンを数百メートルも歩いていれば、一人くらいはすれ違うだろう。

 無論、Aランク以上とは言っても、戦闘に特化している保証はなく、研究職の人間かもしれないし、デバイスを持ち歩いていないかもしれない。しかし、念話は遠くまで迅速に届き、なおかつ、管理局に連絡するための回線を持っている。

 ほとんど民間協力者に近い立ち位置だが、彼らは存在するだけで大きな意義がある。犯罪者を逮捕するためではなく、犯罪を抑止するという面において、嘱託魔導師は非常に有用である。


 「そして、嘱託魔導師にも主に2種類ある。一つは、民間協力者に極めて近く、願書を出し、認定試験を受ければ取れるもの。試験そのものもそれほど難しいものではなく、これが大半であり、在野の多くの魔導師がこの資格を持っておる。運転免許ならぬ、魔導師免許みたいな感覚でもあるな」

 なのはの国、日本の感覚で言うなら、道端で人を刺したりすれば、周りの運転免許を持つドライバーが一斉に轢き殺そうと狙ってくるようなものかね。

 “クラナガンで犯罪を行うならば、道端を往く嘱託魔導師に攻撃されることを覚悟せよ”、なんて標語も今ではある。


 「もう一つは?」


 「認定試験を受けることは変わらぬが、こちらは実際に次元航行艦に乗り込んで武装局員どころか、エース級魔導師としての働きもする場合じゃ。当然、認定試験も厳しいものであり、筆記試験、儀式魔法実践4種、戦闘試験など多岐にわたる。その代り、次元を超えて動く際に手続きを短縮できるなど、多くの利権もある。広義な意味での”嘱託魔導師”はこっちになるかの」


 「じゃあ、私が目指すのは、きっとそちらです」

 前者は、ジュエルシード実験におけるなのはの立ち位置に近い。ジュエルシードがばら撒かれているという有事が終われば、一般人に戻るだけ。爺さんが言ったように在野の魔導師の多くがこの資格を持っている。

 後者は、有事でなくとも次元間移動などの際に大きな恩恵がある。その分、なるのは難しく、実力も必要とされ、これになるのは大抵AAランク以上の魔導師、そうでなければ割に合わないというのが最大の理由だ。


 「まあ、そんなところかの、どちらの場合においても、嘱託魔導師とは己の意思で魔導師としての力を人々のために使うためにある。管理局員も同じではあるが、こちらは能動的であり、嘱託魔導師は受動的といえる」

 犯罪者がいるならば、隠れようとも探し出してしょっぴくのが管理局員。つまり、平和を脅かす者を自分から狩りに行くのが捜査官や武装局員の役目だ。

 犯罪者が出ないように目を光らせ、もし犯罪が行われば、その瞬間にのみ管理局に連なる魔導師として立ちふさがるのが嘱託魔導師。こちらは、自分から動くことはない。

 やはり、最大の違いは人を裁く権限だろう。嘱託魔導師は人間が作り上げた法律というシステムの守り手ではなく、人々を直接的にのみ守るだけの存在だ。

 だが、人間社会を維持するならば、法の守り手は必須。だからこそ、管理局員は必要なのだ。法と政府が無くなった国と言うのは荒廃する一方になるのだから。


 「本当に、ありがとうございました。とても参考になりました」

 ちなみに、アルフは終始無言、こういう時にはしゃべらんからな、こいつは。


 「法律関係で困ったことがあればいつでも来るといい、いつでも相談には乗ろう。なにしろ、相談役なのでな」


 「あ、フェイト、アルフ、お前らは先に帰っててくれ、俺はちょっと別件で爺さんと話がある」


 「そうかい、行こう、フェイト」


 「お邪魔しました」




 そして、二人の姿が扉の向こうに消える。















 「彼女が、あの小さなプレシアの娘か」


 『はい、アリシアがまっとうに育っていたならば、フェイトがアリシアの娘でも、おそらく違和感はないでしょう』

 フェイトが去ったため、汎用人格言語機能をOFFに。


 「ふむ、それが、おぬしの本来の在り方か」


 『お久しぶりです、レオーネ・フィルス法務顧問相談役。プレシア・テスタロッサがインテリジェントデバイス、トールです』


 「かれこれ40年ぶりくらいになるかの。そうか、シルビアにくっついていた女の子が、娘を残して儂らよりも早く逝ったか、あの小さなプレシアが……」


 『良き人生であったと、笑って逝かれました』

 シルビア・テスタロッサ、クアッド・メルセデス、レオーネ・フィルス、ラルゴ・キール、ミゼット・クローベル。

 後に、3人の偉大な魔導師と、2人の偉大なデバイスマイスターとなる5人の若者。

 彼らが希望に燃え、夢を語り合っていた光景を、“ユミル”というデバイスは確かに記録しており、私へと引き継がれている。

 魔導師とデバイスが共に歩む現在の管理局を作り上げた、その黎明期の方達。それ故、この5人の名前は執務官試験にすら登場するのですから。

 そして、その意思はレジアス・ゲイズ少将やリンディ・ハラオウン艦長、ギル・グレアム提督らの“生き残りし者”の世代へと受け継がれている。

 ならば、それを引き継ぐのは、クロノ・ハラオウン執務官や、高町なのは、フェイトらの世代となるでしょう。


 「なんとも、真っ直ぐな目をした少女であった」


 『フェイト達の世代が平和に暮らせるのも、貴方達の世代の苦労があってこそですよ』


 「そうあって欲しいものだ。我等が命を賭したのは、彼女にように未来を生きる子供達が、明るく笑える世界を夢見たからこそ」


 『まだ、完全に達成されているとは残念ながら言えません。ですが、彼女らの子供が成長する頃には、きっと』


 「ああ、心の底から願う」


 そして、しばしの沈黙が訪れる。




 「それで、用件とは何かな?」


 『はい、人造魔導師や戦闘機人、そういった者らの法的な定義についてです』


 「それはまた、難しいことだ」


 『ですが、いつまでも目を背けたままではいられません。見なかったことにして蓋をするのではなく、認めた上でどう守るかを考えることが、時空管理局の理念ですから』


 「働く子供達のように、かね」


 『はい、私は英断であると考えております。“子供を働かせることは法的に認められていない”と偽善を振りかざし、現実に働いている、働かざるを得ない子供達を見捨てるのではなく、それを認めた上で、その権利を保護するための法律を築き上げた』


 「理想は、そのような法律を作るまでも無い世の中なのじゃがな、70年かけてもなかなか上手くいかん」

 
 『ですが、それに向かって努力を続けることと諦めることではまるで違います。機械で言えば0と1の違いで、その違いは決定的なのですから』

 
 「そうじゃな、諦めればそこでお終いじゃ」


 第97管理外世界でも、子供も労働力とせねば家族が生活できないという農村部の現実を無視し、都市部の恵まれた人々の“良心的判断”によって子供を働くことを禁じる国家は多くある。

 その結果、“働いている子供はいない”ことになる以上、子供を守る法律は作られない。存在しない者を守ることなど誰にも出来ない以上、それは当然の帰結。しかし、働かねば生きていけない以上、彼らは働く、法の保護を受けられないままに。そして周囲の大人は”暗黙の了承”で子供の労働を黙認する。

 人造魔導師や戦闘機人においても同じことがいえます。“違法研究であるため、そんなものは存在しない”と言い張ったところで、現実に作られた者達には何の役にも立ちはしない。

 それよりも、現実を見据えたうえで、ならばどうすればよいかという議論を管理局は行うべきでしょう。

 無論、フェイト・テスタロッサの人生のために。


 『ならば、現在は存在しないものとされているそれらについても、そろそろ法を整備すべきであると考えます。プロジェクトFATEの遺産は、おそらく広まっていくでしょうから』

 広まるものを潰すよりも、広まったところで問題ない社会システム、法律を作り上げた方が効率は良い。

 人造魔導師や戦闘機人を、普通の人間と同等の権利を持つ存在と認め、その人権を保護するための法律を作ってしまえばよい。

 それが出来れば、兵器としてそれらを運用しようとすることは、“人間を兵器とする”ことと同義になり、論議するまでもなく違法であることは疑いなくなる。

 時間はかかるでしょうが、このことは絶対に必要なのです。


 「ふむ、詳しく聞かせてくれるかね」


 『はい、それでは、フェイト出生についてご説明します』



 マスター、私はフェイトが幸せな人生を歩めるよう、稼動し続けます。

 出生を理由に差別されることがないように。

 彼女が普通の人間であると、親しい人々が、ではなく、社会そのものが認めるように。

 人造魔導師も、戦闘機人も、皆が平等に生きることが可能な社会となるよう、歯車を回しましょう。




 貴方の娘の、幸せのために


 私は機能を続けます




あとがき
 Vividにおいて、ヴィヴィオ、コロナ、リオ、アインハルトといった少女達が平和に暮らしているのを見るたびに、黎明期の彼らの頑張りが報われているのだと実感します。特にアインハルトは中等科1年生ですが、クロノはその頃には執務官として前線で働いているわけですし、三提督達も似たようなものであると思います。
 なのはやフェイトは忙しいものの、育児のための時間を設けることが出来ています。プレシアさんの世代ではその時間がなく、スバルやギンガの母であるクイントさんの世代でも、まだそこまでは至っておらず、なのは達の世代でようやく、前線で働く高ランク魔導師も子供のための時間を取れるようになったのかと思います。
 Vividのような平和な時代が訪れる日のために、トールの演算は続きます。彼の演算が終わるその時まで、気合いを入れて突き進む所存であります。
 

 Vividは平和でほのぼのとしていて、本当にいいですよね。        ………forceはまあ、色々と






[26842] 序章 前編 それは、小さな願い
Name: イル=ド=ガリア◆ec80f898 ID:ee4ccd9f
Date: 2011/03/31 15:32
序章  前編   それは、小さな願い




新歴65年 9月19日 第97管理外世界 日本 海鳴市 八神家 はやての部屋





 我は闇の書


 時を超えて世界をゆき、様々な主の手を渡る、旅する魔道書

 かつての姿、今はもはやなく

時の移ろうまま、終わること無き輪廻を繰り返す

 だが、しかし

 此度の明けは、これまでとは少々異なるようである

 これまで―――それは、いったいどれだけの時を指す言葉であったか、それすら最早定かではない

 長き時、我は闇の書を守護せし者らと共に旅を続けてきたが、その始まりは既に忘却の彼方

 闇の書そのものである我にすら、原初の姿も、託されし想いも知ること叶わず


 だが、それでも


 「ん………」

 此度の主は、我にとって――――


 「あー、おはよーさんやー」

 特別な、存在であることは疑いない




新歴65年 9月19日 第97管理外世界 日本 海鳴市 八神家 キッチン



 「♪~~~~」

 キッチンにて料理を行う主を、私は隣りで浮遊せしまま、観察を続ける

 この主の元で封を解かれてより早数か月

 驚くべきことに、我が頁は未だ1頁すら蒐集されていない

 これまでの主において誰一人、そのような者はいなかった…………

 いなかった?

 それはいなかったのではなく、蒐集を行わなかったがために、リンカーコアを■■■■■■


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 この主の元で封を解かれてより早数か月

 驚くべきことに、我が頁は未だ1頁すら蒐集されていない

 これまでの主において誰一人、そのような者はいなかったことから考えても、これは珍しいと称すべき事柄である


 「なんや、闇の書」

 我がもたらすとされる大いなる力を求めず


 「そんなとこで見とったら水がはねて汚れるでー」

 我と守護騎士の主たる責からも逃走しない

 これは我が永き生のうちにて、少なくとも我に『闇の書』の名が冠せられてからは初めてのことである


 「おはよう、はやてちゃん」

 ヴォルケンリッターが参謀、湖の騎士シャマル


 「おはようございます」

 ヴォルケンリッターが将、剣の騎士シグナム


 「シャマル、シグナム、おはよーさん♪」

 我は主へ挨拶をする機能をもたない

 それを成せる彼女らが、僅かながら羨ましくもある


 「…闇の書を連れて、お散歩ですか?」


 「そー見えるかー?」

 散歩…………傍目にはそう映るものなのであろうか


 「なんや今朝はついてきてまうんよ、どないしたんやろ」

 言葉と共に書をつつかれる主

 現身を得ない現在においては我に感覚と呼べるものは存在しないため、我がその感触を知ることはない

 ただ、もし主と触れ合える日が来たならば、そんな埒もない望みがかなったならば

 それは、何と夢のような光景――――


 「闇の書も、はやてちゃんのことが好きになったのかしら」


 「あはは…そーなんかー?」

 少なくとも、その輝くような笑顔を見たならば、主のことを嫌うことが出来る者など、皆無であると我は思考する


 「ともあれ、お料理の邪魔になってはいけません、私が預かりましょう」


 「汚れたらあかんしな、ええか? 闇の書」

 主の邪魔を成すことは我の本懐ではないため、将の言葉に従い、移動を開始


 「えーみたいやね」


 「はい」




 「たっだいま~っ!」


 「ただいま戻りました」


 ヴォルケンリッターが鉄鎚の騎士ヴィータと、盾の守護獣ザフィーラ。

 散歩に出ていた二人が戻り、守護騎士全員が揃う。

 我が一部にして、我と主の剣にして盾、守護騎士ヴォルケンリッター

 一騎当千の戦騎、烈火の将シグナムと紅の鉄騎ヴィータ

 それを後方より支えし、風の癒し手シャマルと不落の防壁ザフィーラ

 この四騎より構成される戦闘集団であり、中世ベルカの戦術を現在まで保持する継承者でもある


 「しかしどうした? お前も主はやてが心配か」

 主のことを気にかけしは、傍に侍る近衛騎士が役目の一つ


 「確かに主のお身体は不自由だが、年に似合わずしっかりした方だ」

 中でも将は、その筆頭


 「我等も随時お守りしている。心配はいらないぞ」

 その言葉に偽りがあるはずもなく、我はそれを肯定せしも、頁が埋まらぬこの状態では我が意思具現化の術はなく

 だが、どうやら騎士達はこの生活が気に入っているようである

 様々な主の元での様々な戦い

 命じられるまま我の完成のため頁を蒐集し

 戦う力を振るうのみの日々

 我もこの子らもそれをただ受け入れ

 永き時を過ごしてきたが

 この子らがこのような幸福な日々を受け入れ

 さらに喜んでいる様子であるという事実は

 我にとっては小さな驚きである


 「ほらヴィータ、ご飯つぶついとるで」


 「ん……ありがとはやて」

 主の器か、子供らしい素直な愛情故なのか

 いずれにせよ、騎士達はこの年若き主をいたく気に入っているようである

 この輝かしき日々があるのも、全ては主があればこそ

 将が述べし、“主は我々にとって光の天使である”という言葉に、我も賛同する。



 ≪主はやて≫


 ≪ん?≫


 ≪本当に良いのですか?≫

 守護騎士の顕現より二カ月、今より一月ほど前のことは、忘れ難きものである


 ≪何がや?≫


 ≪闇の書のことです。貴女の命あらば、我々はすぐにでもページを蒐集し、貴女は大いなる力を得ることが出来ます。……………この足も、治るはずですよ≫


 ≪あかんって、闇の書のページを集めるには、色んな人にご迷惑をおかけせなあかんのやろ≫

 その言葉は将にとっても驚きであったようだが、我にとっても同様


 ≪そんなんはあかん、自分の身勝手で、人様に迷惑をかけるのは良くない≫

 どれほど成熟せし魔道師であっても、古代ベルカの叡智をその身に宿す賢者であっても、その心を持つことは容易ではない。いや、力とは全く無関係のものであろう


 ≪わたしは、いまのままでも十分幸せや≫

 人の欲望、破壊衝動、心の闇、それこそが、我を“闇の書”と呼ばせし由縁

 だが、此度の主はその対極におられる。

 凪のように穏やかなその心は、戦いに疲れし騎士達の魂を、優しき温もりとともに、労わるように包み込む

 歴代の闇の書の主において、守護騎士を“家族”として扱ったのも、今の主のみ


 ≪父さん母さんは、もうお星さまやけど、遺産の管理とかは、おじさんがちゃんとしてくれてる≫


 ≪お父上のご友人、でしたか≫


 ≪うん、おかげで生活に困ることもないし…………それに何より、今は皆がおるからな≫

 主にとっては、家族との絆こそが、何よりの宝


 ≪はやてっ≫


 ≪ん? どないしたん、ヴィータ≫


 ≪冷蔵庫のアイス、食べていい?≫


 ≪お前、夕飯をあれだけ食べてまだ食うのか≫

 そのような他愛無い家族としてのやり取りこそが、宝石の輝きを持つ


 ≪うっせーな、育ち盛りなんだよ! はやての飯はギガうまだしな≫

 そう、ヴィータは育ち盛り

 なにせ、彼女が騎士となったのは、まだ………


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 守護騎士の年齢設定の中でも、彼女はとりわけ幼い

 その言葉は、完全な虚言というわけではないだろう


 ≪しゃーないなー、ちょっとだけやで≫


 ≪おうっ!≫


 ≪ふふっ≫

 嬉しそうに駆けてゆくヴィータを、主は微笑ましそうに見つめている



 ≪なあ、シグナム≫


 ≪はい≫


 ≪シグナムは皆のリーダーやから、約束してな≫


 ≪何をでしょう≫


 ≪現マスター八神はやては、闇の書にはなんも望みない。わたしがマスターでいる間は、闇の書の蒐集のことは忘れてて、皆のお仕事は、家で仲良く皆で暮らすこと、それだけや≫


 ≪………≫

 その望みは、我にとっては悲しむべきことであるのかもしれない


 ≪約束できる?≫

 だが


 ≪誓います。騎士の剣、我が魂、レヴァンティンに懸けて≫

 我もまた、将と同じ願いを持つ。

 故に――――



 「ほんなら、行ってきまーす」


 「図書館まで行ってくる!」


 「はい、お気を付けて、ヴィータ、主はやてのことを頼むぞ」


 「応よ、まっかせな」

 主とヴィータを見送る将とシャマル


 「闇の書はついていっちゃったの?」


 「ああ、主はやてがついてきて良いと許可された。勝手に浮いたり飛んだりしないのが条件だそうだ」

 例え近くにあらずとも、守護騎士は我の一部、その状態を我は知る


 「ね……闇の書の管制人格の起動って、蒐集が400ページを超えてからだっけ?」


 「それと、主の承認がいる。つまり、主はやてが我らが主である限り、私達や主はやてが管制人格と会うことはないだろうな」

 そのことに、我も異存なし


 「そうね、はやてちゃんは闇の書の蒐集も完成も望んでいないし」

 僅かな無念はあるが、主のことを思うならば、黙殺すべき事柄である


 「それが分かるから、あの子も寂しいのかしら?」


 「どうだろうな、ただ、主はやてには管制人格のことは伏せておかないとな、きっと気に病まれる」

 我と守護騎士は一心同体


 「うん、あの子もきっと分かってくれるし」

 例え、意思の具現の術はなくとも、守護騎士には我の意思は伝わっているようである


 だが――――



新歴65年 9月19日 第97管理外世界 日本 海鳴市



 「んん……今日もえー天気やなー」


 「だね」

 騎士達の願いも


 「はやて、日傘差そうか?」


 「あー、そやね、おーきになー」

 主の願いも


 「そやけどヴィータ、図書館は退屈とちゃうか?」


 「別にぃ」

 我の願いも


 「はやてがいなきゃ、家だってどこだって退屈だもん」


 「うーん、ほんならヴィータの楽しいこと何か探してあげななー」


 「いいよそんなの、あたしははやてがマスターでいてくれるだけで嬉しいんだから」


 「わたしも、ヴィータ達と一緒に暮らせるの嬉しいよ」

 叶うことは、ない


 「わたしの周りは危険もないからみんなが戦うこともないし、闇の書のページも集めんでええ、皆で仲良く暮らしていけたら、それが一番や」

 そんな、小さな願いさえも


 「せやからわたしがマスターでいる間は、騎士としてのみんなのお仕事はお休みや」


 「……闇の書のマスターは、これからもずっとはやてだよ」

 闇の書たる我は、叶える術を持たない


 「あたし達のマスターも、ずっとずっとはやてだよ」


 「んん、そーやったらええなー……………」











 我は闇の書

 かつての姿と名、今はもはや無く

 遠からず時は動きだしてしまう

 そうなった時、我が騎士達や我が主は――――


 我を呪うだろうか


 此度はいったいどのような形で我は目覚め、力を振るうのだろうか

 そして誰がどのようにして、我と主を破壊するのだろうか

 願わくばその時が

 たとえ僅かでも先に延びるよう祈るばかり


 我は闇の書


 破滅か再生かいずれにせよ

 我はただその時を待つばかりなり



 しかし――――




 八神はやて


 その名を、初めて聞く気がしないのは、なぜであろうか

 歴代の主の中に、似たような名前の持ち主がいたのか?

 いや、この世界は我が知るものではない

 遙かに永き旅において、この地は初めて流れつく場所であるはず

 なのに――――

 我は、その名に想いを馳せる


 八神はやて


 懐かしい、いや、違う…………待ち焦がれた?


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 ≪すま■い≫

 時に

 ≪君■託す≫

 湧き起こる

 ≪申し訳■い≫

 この

 ≪私■、■えても構わない≫

 記録は

 ≪どうか、■■らを………≫

 いったい


 ≪最■の■■の主≫

 誰のもの

 ≪八■………は■て≫


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 欠けた、記録の残滓が霞んでいく

 古き想いは、新しき幸せに覆われ、遙か忘却の彼方へと

 絆の物語は未だ開けず、闇の書の主と守護騎士、そして、管制人格はただ穏やかなる時を過ごす

 しかし、運命の輪は回り出し、徐々にピースは埋まっていく

 禁断の魔道書を巡る戦いの日々

 その序章へ向けて、時は確かに刻まれてゆく

 時計の針が回り始めたのは、果たして何時のことであったか

 それを知るのは、既に彼らのみであろう

 受け継がれし記録が古き機械仕掛けへと伝わる時、運命のピースは嵌り、大数式のパラメータが満ちる

 そこに描かれしは、解なき闇に覆われし絶望か

 はたまた―――――解き明かされた数式が紡ぎ出す、希望の光か





 さあ、時計の針を進めよう












あとがき
 今回はやや短めとなりました。シーンの大半はコミック版のA’S編のもので、まだ祝福の風という名を授かっていない闇の書の管制人格が主と騎士達を想う場面です。この話は原作の会話と本作品独自の過去編の要素を織り交ぜる形となっていますので、A’S編のかなり根幹に関わる伏線もあったりします。
そして、再構成のために原作を見直す、もしくはコミックを読むたびに、A’S編の完成度の高さを再認識する毎日です。(インターンシップの最中だと言うのに毎日書いているのもどうかと思うのですが)
 3月は研究発表やら、寮部屋の引っ越しやらで忙しくなり、あまり執筆の時間を取れそうもないため、2月中に出来る限り書きためておきたいと思っております。
 粗い部分が多い稚作ですが、愛着もあるので、可能な限り突っ走る所存であります。それではまた。






[26842] 序章 後編 闇至り、時満ちる
Name: イル=ド=ガリア◆ec80f898 ID:ee4ccd9f
Date: 2011/03/31 15:33
序章  後編   闇至り、時満ちる




新歴65年 10月6日 第97管理外世界 日本 海鳴市 八神家




 守護騎士が現世に顕現してより、4か月近くが経つ。

 蒐集は未だ行われず、我は浮くことと移動することのみを可能とする魔法の書として主の傍にあり続ける。


 「闇の書、おいでー」

 我は、主の言葉に応じ、宙を浮き主の下へと。


 「ん、今日もええ子やなー」

 主は人の姿すら成すことができない我すら、家族の一人であるかのように扱う。

 我は闇の書の管制人格であり、定められし命題に従い、書を完成させることだけを使命とする。

 ―――――主もまた、闇の書にとっては、己を完成させるための贄に過ぎない。

 守護騎士達がそれを知らず、いや、知ることすら許されず、主の傍にいることは、果たして幸せなのか。

 その宝石のような日々は、決して長いものではない。

 また、遠からぬうちに、闇と共に流離う時が始まるだろう。


 「今日は皆でおでかけやからなー、闇の書も一緒のいこな」

 だが、それでも。


 「どんなに楽しいことでも、家族が揃ってなかったら、嬉しさも半減や」

 たとえ、短い期間であろうとも、この素晴らしき主と共に在れるならば。

 守護騎士達にとっては、代えようもない幸せとなる。

 そう―――――信じたい。




新歴65年 10月6日 第97管理外世界 日本 海鳴市 風芽丘



 「主はやて、ビニールシートを敷くのはこの辺で良いでしょうか」


 「そやね、お弁当もたくさん持って来たから、広めに敷かなあかんね」


 「はやてのお弁当、楽しみ!」


 「一応、詰め合わせるのと、味付け以外は私も頑張ったけど………だいじょぶよね」


 「案ずるな、少なくとも私が見ていた限りでは、おかしい部分はなかった」

 八神家、家族五人でやってきた場所は、やや高台に位置する丘。

 今日は珍しく、ザフィーラも人型を取っている。

 彼は本来の姿が守護獣としての狼であることや、主が犬を飼うことを夢見ていたこともあり、普段は大半を狼の姿で過ごしている。

 周囲の人々にとっては大型犬という印象のようだが、彼もその評価に特に気にしている素振りはない。

 盾の守護獣ザフィーラは、守護獣である己を誇りとはしているが、それを周囲に示すことは少なく、その誓いや想いは彼の中にのみあることが多い。

 しかし、彼もまた闇の書の一部、闇の書の管制人格である我には、彼の心もまた伝わってくる。

 いや、彼だけではない、将も、ヴィータも、シャマルも、彼女らの心もまた我と繋がっている。

 我が主を想う心も、彼女らや彼の想いにより生み出されたものなのであろう。


 ――――――しかし、時に我にも、守護騎士達本人にすら把握できていない想いが流れ込んでくることがある。

 闇の書のシステムに影響が出るわけではなく、バグということではあるまい。

 にもかかわらず、管制人格である我にすら、その想いがいずこより来たりしものなのか検索できない。

 いったい――――なぜか



 「ヴィータ」


 「ん、ザフィーラ、どうした?」

 そして、今もまた、我に把握出来ぬ想いが溢れてくる。


 「これを、お前に」


 「これって、草で出来た、冠?」

 ザフィーラは草原に座り込み、長い間集中し、草のみを材料とした輪、もしくは冠と呼べるものを編んでいた。

 女性が作るものならば、花で作るのが相応しいが、彼が作るならば、草で作られたそれこそが質実剛健を旨とする彼らしさがよく出ている。

 しかし、ザフィーラ自身、それを編んだ己に困惑、いや、これは懐古の念であろうか、を感じているようである。

 そしてそれは、草の冠を贈られたヴィータも同じく。


 「ありがと………」

 彼女は小さく呟き、草の冠を受け取るが、それをじっと見つめたまま微動だにしない。

 ……………なぜであろうか

 その姿が、我にとっても…………懐かしく感じられるのは――――――


 「ん、それはザフィーラが作ってくれたんか、ヴィータ」

 冠を手に持って見つめたまま、今にも泣きそうにしていたヴィータを、主が優しく包み込むように声をかける。

 もし、主の足が不自由でなければ、後ろに立ちヴィータを抱きしめていただろう。


 「うん………」


 「ザフィーラ、器用やねー、よく出来とるよ」


 「ありがとうございます、主、ですが、私にもよく分からないのです」


 「分からない?」


 「シャマルの料理のようなものでしょうか、彼女がやったことはないはずの料理を、どこかでやったことがあると感じたように、私も作ったことなどないはずのこれを、気がつけば作っていました」

 作ったことが、ない。

 そう、闇の書そのものである我もそう認識している。


 「不思議なこともあるもんやね、わたしより前の闇の書の主に習ったとかじゃあらへんの?」


 「あたしらの役目は、ずっと戦うことと、闇の書を蒐集することだけだったから、今みたいに料理とか、他のこととか、してこなかったはずなんだ」


 「そっか………悲しい想いをしてきたんやね」


 「いいえ、今は貴女がいてくれます、主。それだけで、我々にとっては奇蹟です」

 永き時を、我らは旅してきた。

 笑うことなど、果たして幾度あったことか。

 ヴィータも、笑うことなどなく、ただ鉄鎚の騎士として敵を撃ち砕くだけの日々であった。

 だが、その永劫に等しい闇の中にあっても。

 彼女は、ザフィーラに対して心を許していたような、そんな気がする。

 いや、それはさらに前からではなかったか。

 彼は、彼女にとって――――



 禁則事項へのアクセスを感知、検閲プログラム作動


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新歴65年 10月27日 第97管理外世界 日本 海鳴市 海鳴大学病院



 「命の危険?」


 「はやてちゃんが……」

 そして、時が来た。

 我の本体は主と共にあれど、守護騎士達の動揺が、我にも伝わってくる。


 「ええ、はやてちゃんの足は、原因不明の神経性麻痺だとお伝えしましたが、この半年で、麻痺が少しずつ上に進んでいるんです」

 それは、守護騎士が顕現し、闇の書が第一覚醒を迎えた時期より。


 「この二カ月は、それが特に顕著で」

 闇の書の蒐集がないため、主のリンカーコアへの負荷は高まり続ける。


 「このままでは、内臓機能麻痺に、発展する危険があるんです」


 おそらく、そうはなるまい。

 魔導師にとって、心臓と等しいほどに重要な臓器である、リンカーコアが先に―――



 「なぜ、なぜ気付かなかった!」

 石田医師と話を終えてより、将の心は自己への憤りに満ちている。

 だが、それを責めることは出来ない。

 なぜならば、闇の書の守護騎士である彼女らは、気付くことそのものが禁じられている。仮に違和感を持ったとしても、次の日にはそれは消えているのだ。

 闇の書の、呪い

 我が、呪われし闇の書と呼ばれし由縁。

 主が、力を求め、欲望の忠実な人物ならば、守護騎士はその命に従い蒐集を行う。

 だが、仮に主が力を求める欲望とは正反対の性質を持つ方であれば。

 誇り高き守護騎士、ヴォルケンリッターは、その命を救うためならば、騎士の誓いすら破るであろう。


 全ては、プログラムのままに


 守護騎士達は、どのような主の元であっても、どのような心を持とうとも。

 蒐集を行うよう、定められているのだ。

 闇の書は、比類なき容量を誇りし大型ストレージと、融合騎としての特性持つ管制人格と、守護騎士達、他にも幾つもの機能より成り立つ巨大魔導装置。

 定められし命題は、絶対である。




 「主の身体を蝕んでいるのは、闇の書の呪い」

 剣の騎士シグナムが、炎の魔剣レヴァンティンを掲げる。


 「はやてちゃんが、闇の書の主として、真の覚醒を得れば」

 湖の騎士シャマルが、風のリングクラールヴィントに魔力を込める。


 「我らが主の病は消える。少なくとも、進みは止まる」

 盾の守護獣ザフィーラが、その体内に宿りし魂へと呼びかける。


 「はやての未来を血で汚したくないから、人殺しはしない。だけど、それ以外なら……………何だってする!」

 鉄鎚の騎士ヴィータが、鉄の伯爵、グラーフアイゼンを構える。

 闇の書の守護騎士、ヴォルケンリッターと、その魂たち。

 周囲に魔力が満ち、ベルカの術式を示す三角形の陣が二重に展開され、六亡星の魔術陣を紡ぎ出す。


 「申し訳ありません、我らが主。ただ一度だけ、貴女との誓いを破ります」

 そして、騎士を率いる烈火の将が、誓言を掲げ――――


 「我らの不義理を―――――お許しください!」

 夜天の騎士達は、もはや何度めになるか数えることすら不可能となった、蒐集の旅へ出た

 最後の、夜天の主のために


 ……………夜天

 それは……………何を指す言葉であったか――――








新歴65年 11月15日  本局ドック内 時空管理局次元空間航行艦船“アースラ” 食堂




 「ふうっ、ようやく一段落かな」


 「ありがとう、ユーノ、手伝ってくれて」


 「正直、助かった。法律関係は僕達の専門だが、ロストロギアを考古学的観点と医療器具的な観点からすり合わせるという作業は専門外でね」

 アースラの食堂で話しているのは、ユーノ・スクライア、フェイト・テスタロッサ、クロノ・ハラオウンの三名。


 艦長のリンディ・ハラオウンと通信主任のエイミィ・リミエッタの二名がいれば本局で待機中の書類仕事ならば問題なく片付くため、クロノは既に半年ほど前となった“ジュエルシード事件”の最後の後始末に奔走している。


 それはすなわち、プレシア・テスタロッサが残した研究成果である、生体機能促進型人工魔力エネルギー結晶“ミード”と魔力エネルギー吸収型リンカーコア治療用端末“生命の魔道書”。


 これら二つを臨床で用いるための法的手続きを済ませるために、この半年間の多くの時間を彼らは費やしてきた。また、その間にフェイトの嘱託試験なども重なったため、かなり忙しかったアースラ面子である。



 「確かに、大変ではあったけど、やりがいのある仕事だったよ。それは、クロノも同じだろう」


 「まあな、次元犯罪者を捕えるだの、ロストロギアを回収するだのも執務官の重要な仕事ではあるが、どれもないに越したことはない仕事だ。だが、これは人を救うためのもの、本来、法律の専門家というものはこういったことをするために在るべきものなんだが」


 「執務官っていうのも、やっぱり大変なんだ」


 「大変、というより、大切と言った方が適切かもしれないな。執務官と捜査官の最大の違いは、強さでも指揮権限でもない、人を裁くかどうかだ。無論、裁判を進めるのは僕たちではないが、そのための証拠集めの他、証人の用意も執務官の役目だから」


 「なのはの世界、地球で言うなら、警察官と検察官が一体化したようなものだけど、でも、大きく異なってる」


 「ああ、なのはの国も、司法機関は当然のことながら国家に属している。罪を犯した人間は、その国の法律に照らしあわせ、その国の法律で裁かれるが、主に執務官というものが必要となるのはその枠に収まらない場合だ。というより、そういう案件が多過ぎた過去の次元航行部隊の窮状を鑑みて作られた職業だからな」

 地上部隊に属する捜査官は、一般の管理世界ならば警察に、武装局員は自衛隊もしくは軍隊、そして、一般局員は事務などを含めた公務員全般に相当する。

 だが、地球にも国際警察があるように、次元世界にも国家の単位では裁けない犯罪者、もしくは対処できない事件というものが存在する。

 魔法がない世界ならば事件と呼ばれるものは大半が人間によって引き起こされるが、次元世界においてはジュエルシードのように、人の意思を介すことなく災害を巻き起こす例も多い。

 仮に、地球が魔法が一般的な管理世界であったとして、ドイツとフランスの国境の町でジュエルシードモンスターが暴れたとしよう。

 そのままでも重大な被害をもたらすことは間違いないが、放っておけば国家そのものを巻き込む程の次元震すら引き起こしかねない。

 当然、誰かが対処せねばならないが、ジュエルシードに対処できるほどの魔導師となるとAAランク以上となり、質量兵器が禁止されている管理世界においては、国家組織に属する高ランク魔導師とは“国家の保有戦力”と言え、無暗に国境付近に魔法の使用権限と共に派遣するわけにはいかない。

 また、その辺りの調整が上手くいって、ドイツの軍隊の高ランク魔導師がジュエルシードを封印したとしよう。しかしその場合も、かかった費用をどちらが負担するかなど、もしくは魔導師が負傷した場合の補償についてなどで問題が発生しうる。

 ドイツに言わせれば、放っておけばフランスも危なかったところを我々が出動して抑えたのだから、半額はフランスが負担すべき、という主張が成り立つ。しかし、かかった費用などを算出するのはドイツであるため、フランスにとってもその額を鵜呑みにすることも出来ない。

 そこで、事前に主要国家が資金を出し合って、国際連合の中に“魔導災害対処局”なる部署を設け、そのような政治的にややこしくなりそうな案件が出た際の火消し役を定めておく。これには、各国家の警察の魔導犯罪対処部門が半ば兼任するような形で運営し、わざわざ新規の部隊を整える手間と費用を抑えることとする。

 管理世界に住まう者達にとって、時空管理局とはそのような機構である。日々の暮らしに関することは自国の行政府が担当するが、次元災害や次元犯罪、もしくは魔導犯罪、またはそれらに類する事件が発生した場合には時空管理局の出番であると。

 そして、それを一つの次元世界に点在する地上部隊が担い、第一管理世界ミッドチルダの地上本部が統括。さらに、各次元間を跨る案件に対処するための機関として、本局次元航行部隊は存在する。

 時空管理局が行政をも担うのはあくまでミッドチルダに限られ、ミッドチルダの常識は管理世界の非常識、などという格言もあったりする。


 「そして、今回のような魔法技術の最先端を行く医療技術は、やはりその多くがミッドチルダや主要管理世界から発表される。ミッドチルダは永世中立世界であり、国家に属さない行政特区にして経済特区だから、魔法製品や技術をまずは試験的に社会に流すための場所であるともいえる、よって、その担当は僕達や地上本部となるわけだ」


 「だから、トールには地上本部の方を担当してもらっているんだよね」


 「正直、僕達ではミッドチルダの行政に対して口を出せない。全ての管理局法は次元連盟と時空管理局によって作り出され、まずミッドチルダで施行される。そして、現実に出てくる問題点を見極め、各世界に施行するにはどのような点に注意するべきか、その際、地上部隊と本局では対応が変わるかどうかなど、様々な面から議論を重ねたうえで管理世界に施行される」


 「時空管理局はあくまで、管理局法を“管理”するだけの組織。全ては民意による、か」


 「そう、ユーノの言うとおり、管理局法を通して民意を蔑ろにしていたんじゃ本末転倒もいいところだ。プレシア・テスタロッサの研究が、現状の管理局法に照らせばグレーゾーンであっても、それがたったの半年ほどで使用可能となりつつあるのは、人々がそれを必要としているからだ」


 「トールが集めてくれた、現在の次元世界で脳死状態にある人々と、その家族の136万7000人の署名」


 「それにしても一体いつの間に集めたんだろうね」


 「さてな、とにかく、近代以降は法律というものは専制君主が定めるものじゃなくて、人々のために定めるものとなっている。“ミード”や“生命の魔道書”を必要としている人々がいて、それを作るため、使用する上で倫理的な問題がないと証明されれば、使用可能となるのは当然だろう」

 そして、インテリジェントデバイス、“トール”にとっては、倫理面が最大の鬼門。

 彼には数十年に渡る人格モデルの学習成果があるものの、やはりそれは得意分野ではない。他に適任者がいるならばその部分を任せ、自分は署名を集めることや、生成に必要なノウハウを確立することなどに専念すべき。

 何事も“効率よく”成そうとする機械仕掛けは、そう判断したのである。


 「もうちょっとだね、あと2週間くらい、そうしたら―――」


 「久しぶりに、なのはに会えるね、フェイト」

 夏休みに一週間ほど地球に滞在していたフェイトだが、それからしばらくは次元間通信やビデオレターによるやり取りとなっている。

 フェイトが母の研究成果に関する事柄にかける情熱を知る故になのはも応援しているが、法律関係はなのはの専門外なので、声援を送るだけしか彼女には出来ない。

 だが、フェイト・テスタロッサという少女にとっては、その声援こそが何よりも励みとなる。

 人の心を演算するデバイスは、今のフェイト・テスタロッサの精神は、安定状態にあると、分析していた。


 「そうだな、それに、転入の件も」

 リンディ、クロノ、エイミィの三人は、フェイトがなのはと同じ学校に通えるように手続きを整えている。

 別に犯罪者というわけではないが、フェイトはミッドチルダ、もしくは本局在住なので、管理外世界に住むにはそれなりの手続きというものが必要なのである。

 とはいえ、そのような手続きをどのような人間よりも得意とする存在が既にほとんど済ませており、彼女らの役目は後見人として判を押すことくらいだったが。


 「再会、楽しみだな」

 少女は、祈るように異郷の親友へと想いを馳せる。

 普通に考えるならば、特に何事もなく再会し、共に学校へ通い、穏やかにして楽しい日々が始まるはず。

 だが、その願いは叶わず。

 新たな戦いの時は、もうすぐそこまで――――










新歴65年 11月15日  第64観測指定世界



 「がっ、はあぁっ」

 対峙するミッドチルダ式魔導師と、ベルカの騎士。

 いや、この二人を対峙していると称すことは適当ではあるまい。対峙とは、両者が向きあい、共に立って相手を見据えている時に使うべき言葉であろう。

 今、立っているのはベルカの騎士のみ。

 ミッドチルダ式の魔導師は、既に多くの傷を負い、地に伏している。


 「ぐ…ぐぅ……っ」


 「ぬるいな、こちらはまだ抜いてもいないぞ」

 そして、騎士は油断することもなく悠然と歩を進め、静かに残酷な事実を告げる。


 「く……貴様…いったい何者だ………?」


 「私は貴様の名に興味がない。故に、我が名を覚えてもらおうとも思わん」

 そして、それは同時に、彼女が己の出自を話せないためでもある。

 管理局が闇の書を知るように、幾度も管理局と矛を交えた闇の書の守護騎士も、管理局を知る。


 「欲しいのはこの戦いに貴様と賭けたもののみ。さあ……立って戦うか、敗北を認めるか、決めてもらおう」


 「おのれ………無頼の分際で………」

 このままでは勝機がないと判断した魔導師は、操作性を無視し、威力のみに特化した術式を紡ぐ。



 召喚魔法   赤竜召喚   威力AA   操作性能E

 かのアルザスに住まう竜召喚師、その中でも最大の力を持つ者ならば、Sランクの真竜すら完璧に従えうるが、彼はそこまでの高みにはいない。

 しかし、操作性はないまでもAAランクに相当する赤竜を召喚し、自分を襲わせない程度の使役を可能にしていることは称賛に値しよう。

 仮に時空管理局の武装局員であっても、単騎ではこの赤竜を仕留めるのは容易ではない。Bランクの一般隊員にはまず不可能、Aランクの隊長であっても手こずる可能性は高いといえる。

 ただし―――


 「我が身――――無頼に非ず」

 彼の目の前に立つ存在は、一騎当千のベルカの騎士にて、正統なる古代ベルカ式剣術の継承者。


 「仕えるべき主と、守るべき仲間を持つ」


 『Explosion』

 主の戦意と魔力の呼応し、炎の魔剣レヴァンティンがその力を顕現させる。

 吐き出されるは、中世ベルカのデバイス技術の結晶、カートリッジ。

 数多の騎士に勝利をもたらし、ベルカの騎士の最盛期を築き上げた、魔導の秘蹟である。


 「騎士だ」

 そして、炎熱変換の特性を持つ魔力が炎の魔剣の刀身へと伝わり、まさしくその名の通りの光景を作り出す。

 遙か昔、彼女はその一刀でもって、ベルゲルミルと呼ばれし真竜に匹敵する力を持つ強大なる生物を打ち倒した。


 「紫電―――――」

  烈火の将にとって、その記憶は既に忘却の彼方にあれど


 「一閃!」

 彼女と共に在りし炎の魔剣は、今もなお記録している。







 【シグナムだ、こっちは一人済んだ、ヴィータ、ザフィーラ、そっちはどうだ?】


 【目下捜索中だよっ! 忙しんだからいちいち通信してくんなっ!】


 【そうか】


 鉄鎚の騎士の苛立ちを含んだ言葉を、剣の騎士は静かに受け止める。


 【捕獲対象はまだ見つかっていない。見つかり次第捕らえて糧とする】

 盾の守護獣は、鉄鎚の騎士の言葉を補いながら、陸の獣にあるまじき速度で空を駆けていく。


 【もういいな! 切るぞ!】


 【ああ……気をつけてな】


 【わかってらっ!】

 心配しつつも、どこか微笑ましげな表情をしながら、シグナムは通信を終える。


 【ヴィータちゃん、苛立ってるわね】


 【シャマルか、そっちはどうだ?】


 【広域捜査の最中、順調とはいえないけど、何とかやってるわ】

 湖の騎士は、念話を行いながらも風のリングクラールヴィントを用いて探査の術式を並列して行う。

 補助に特化したデバイスを持ち、後方支援に長けた彼女ならではの業である。


 【状況が状況だから無理もないけど、ヴィータちゃん、無理し過ぎないかしら】


 【一途な情熱はあれの長所だ】

 シグナムは、こと戦闘におけるヴィータの判断力は自分とほとんど変わらないものであると認識している。

 彼女こそ、それまで最年少であった自分の騎士叙勲の年齢を引き下げた、唯一の存在であるのだから。


 【焦りで自分を見失うほど子供でもない、きっと上手くやるさ】


 【………そうね】

 “若木”とは、遙か過去のベルカにおいて、未だ成熟せぬ騎士見習いを指す言葉。

 しかし、彼女が鉄鎚の騎士の名を持つ以上、“若木”ではあり得ない。

 命名の儀を終え、騎士名を名乗ることを許されし、大人の騎士。

 それ故に、心優しき主のぬくもりの中で、天真爛漫に笑う彼女こそ――――――奇蹟であった。


 【さ………新しい候補対象を見つけたわ、一休みしたら向かってね】


 【いや………すぐに向かう、いいな、レヴァンティン】


 『Verstehen』

 騎士として武器を手に、再び蒐集のための戦いに身を投じることを決めた今、幼き少女も、歴戦の勇士へと戻る。

 そして、彼女の先達である両名と守護獣も同様に、己の戦場へと身を投じる。


 【さあ………今夜もきっと、忙しいわ】

 彼らは闇の書の守護騎士、ヴォルケンリッター

 今はまだ、その魂は蒐集のために振るわれる

 深き闇が祓われ、最後の夜天の主が目覚めしその時まで

 守護騎士の、戦いは続く


 さあ、時計の針を進めよう









あとがき
 A’S編の序章はこれまで、次回より現代編はA’S本編の開始となります。ただ、その前に過去編の第2章が挟まりますので、なのはVSヴィータはその後となりそうです。
 以前にも書いたように現代編はほぼ原作どおりに時間軸は進みますが、戦闘内容や、布陣は異なる場合もあります。大局的な流れは変わりませんが、“舞台を整える機械仕掛け”が静かに成り行きを見守る視点で進むため、原作を改めて異なる視点から見直す、という感覚に近くなるかもしれません。ただ、私は原作信奉派なので、原作の疑問点を指摘するのではなく、例えこじつけになってでも論理的理由を捻り出す所存であります。それではまた。




[26842] 第一話 始まりは突然にして必然
Name: イル=ド=ガリア◆ec80f898 ID:ee4ccd9f
Date: 2011/03/31 15:36
第一話   始まりは突然にして必然




新歴65年 12月1日  本局付近 次元空間 時空管理局次元空間航行艦船“アースラ”




 「お疲れ様リンディ提督、予定は順調?」


 「ええ、レティ、そっちは問題ないかしら?」

 ブリッジにおいて、アースラの艦長であるリンディ・ハラオウンと時空管理局本局運用部の提督、レティ・ロウランは通信モニター越しに親しげに会話を交わしていた。

 彼女らは昔からの友人であり、本局と地上本部の対立を何とか解消できないものかと日向に日陰に活動する融和派の筆頭格としても同胞と言える間柄である。


 「ええ、ドッキング受け入れと、アースラの整備の準備はね」


 「………何かあったのね」

 長年の付き合い故に、レティの様子からリンディはただごとではない事態が起こりつつあることを悟る。

 レティ・ロウランという女性は良い意味で女傑といえる性格をしており、辣腕を振るう切れ者であると同時にかなりのお調子者でもある。人事の問題などでかなり重要な案件と直面しても、ノリと勢いで乗り切ったりすることもあるくらいだ。

 無論、その裏では冷静な計算を働かせているのだが、最終的な判断を勘に頼る部分があるのは否めない。ただ、とあるデバイスは、それでこそ人間であると述べ、レティ・ロウランという人物を非常に高く評価していた。いや、パラメータを揃えてデータベースに登録していたと表現すべきか。

 ただ、冷静に判断し、計算高いだけならば、それこそ“トール”というインテリジェントデバイスと“アスガルド”という巨大演算装置の組み合わせに敵うべくもない。

 しかし、人間を運用するのは人間なのであり、人事に関してならば、時の庭園の中枢の二機はレティ・ロウランに遠く及ばない。これもまた、適材適所の凡例といえる。


 「こっちの方では、あんまり嬉しくない事態が起こっているのよ」

 そして、彼女が落ちこむとまではいわないものの、浮かない表情をすることはまさに稀に見ることであり。


 「嬉しくない事態、ね」

 リンディの表情も、自然と硬いものへと変化していく。


 「察しはつくと思うけど、ロストロギアよ。一級捜索指定がかかっている超危険物」


 「………っ」

 その言葉に反応したのは、つい先程ブリッジに入って来たクロノ・ハラオウン。


 「幾つかの世界で痕跡が発見されているみたいで、捜索担当班はもう大騒ぎよ」

 一級捜索指定がかかっており、かつ、時空管理局がその痕跡を見つけると同時に即座に動きだす危険物。


 「そう………」

 それは、ハラオウン家と切っても切れない関係にあるロストロギアを想起させる。

 無論、他にも幾つものロストロギアが存在しているため、確証はない。しかし、彼のロストロギアの転生周期を考えれば、そろそろ目覚めてもおかしくないのも事実なのだ。


 「捜査員の派遣は済んでいるから、今はその子達の連絡待ちね」

 クロノ・ハラオウンはあまり勘というものには頼らない性質であり、その性質は彼の補佐官であるエイミィ・リミエッタの方が強い。

 ただ、それでも彼は、第六感とでも云うべきものが警鐘を鳴らしているのを感じていた。

 そしてそれは、恐らく彼の母親であり、上官である彼女も同様に。








新歴65年 12月2日 第97管理外世界 日本 海鳴市 オフィス街  AM2:23



 「ぐ、があああぁぁ!!」


 「あが、うぐあぁっ!!」

 そして、アースラのトップ二人の予感は、時空管理局にとっては最悪の形で的中することとなる。

 より大きな目で見るならばそれが最悪であったかどうかは別の話だが、未来を知りえない者達にとっては、少なくとも最悪と呼べるものであろう。


 「雑魚いな」

 仕留めた二名の管理局員を見下ろしながら、騎士服を纏った少女は呟く。


 「こんなんじゃ、大した足しにもならないだろうけど、一応、偵察役を排除することにはなるか」

 彼女の呟きに呼応するように、その手に抱えられた魔導書が、鈍く輝き出す。

 と同時に、管理局公用のバリアジャケットに身を包んだ二名の局員から、リンカーコアが抽出され、魔導書へと引き寄せられていく。


 「お前らの魔力、闇の書の餌だ」

 闇の書が保有し、その端末である守護騎士ヴォルケンリッターが備える蒐集能力。

 魔法文明なき管理外世界において、それが発動することそのものが痕跡を残すことになってしまうことは疑いないが、しかし、より良い方法があるわけでもない。


 「この歯ごたえのなさと、リンカーコアの質や錬度から見ても、こいつらは武装局員じゃないな。服装だけじゃん何とも言えねえけど、多分、実戦がメインじゃない調査班ってとこだろ」


 闇の書へリンカーコアが吸い込まれ、そのページが僅かながら埋まっていくのを見ながら、鉄鎚の騎士は冷静に考察を進める。

 外見こそ幼い少女のものであるが、その頭脳は明哲であり、くぐった修羅場も並の武装局員などを遙か後方に置き去っている。


 「だとしたら………大物を狙うなら、今のうちか」

 この海鳴に大きな魔力を持つ魔導師がいることを、彼女と盾の守護獣は確認している。

 その邂逅はまさに偶然のものであったが、主の危機が迫っている今、なりふり構っていられる状況ではない。

 例えその相手が年端の行かぬ少女であろうとも、管理局と関わりの無い在野の魔導師であろうとも。


 「近いうちに、ここは管理局に嗅ぎつけられる。そうなったら、蒐集を行えるのは別の世界じゃなきゃ無理なんだ……………」

 しかしそれは、彼女にとって気の進むことではなかった。

 管理局員や、大人の魔導師ならば躊躇うことはない、力を持つ者はそれに見合った覚悟を持つべきという価値観を基に鉄鎚の騎士はあるのだから。

 だが、まだ成人しておらず、国家や民のために尽くす立場にいるわけでもない少女を贄とすることは……


 「迷うな…………決めただろ、はやての将来は血で汚したりはしないけど、それ以外なら、何でもするって……」

 その葛藤は、今代の主が守護騎士を家族として迎え、愛情を注いだからこそ在る。

 これまでの守護騎士であったならば、そこに葛藤など微塵もなく、遙か昔に蒐集を行っていたであろう。

 逆に言えば、管理局に嗅ぎつけられるギリギリまでそれを行わなかった甘さこそ、闇の書の守護騎士がそれまでとは違っている証でもあるのだ。


 『Mine Hell(我が主)』


 「大丈夫だ、アイゼン」

 気遣うように音声を発した相棒に、ヴィータは騎士らしい笑みを浮かべて応える。


 「鉄鎚の騎士に迷いはねえ、主のため、お前を振るうこと、それが今のあたしの役目なんだ」


 『Ja.』

 襲撃は、恐らく今日の夜。

 その時に向け、鉄鎚の騎士はただ心を研ぎ澄ませる。

 戦いが始まったその時に、武器に迷いを込めぬように。

 鉄鎚を掲げしベルカの騎士は、夜天を見上げながら、夜の海鳴を歩いていく。








新歴65年 12月2日 第97管理外世界 日本 海鳴市 風芽丘図書館  PM4:24




 「そっかー、同い年なんだ」


 「うん、ときどきここで見かけてたんよ。あっ、同い年くらいの子や、って」


 「実は、わたしも」

 静かな図書館の一角にて、二人の少女が微笑み合う。


 「わたし、月村すずか」


 「すずか、ちゃん…………八神はやて、いいます」


 「はやてちゃん、だね」


 「平仮名で“はやて”、変な名前やろ」


 「ううん、そんなことないよ、奇麗な名前だと思う」


 「……ありがとーな」

 そんな歳相応の少女らしい幸せに満ちた光景を、湖の騎士は静かに眺めていた。

 彼女のデバイス、クラールヴィントの力ならば、痕跡を残さぬように調整しながら主の周囲を窺うくらいは造作もない。

 ヴィータより時空管理局の調査班と思われる者らがこの世界に姿を現し、しかもこの街を嗅ぎつけつつあることを聞き、シャマルは護衛を兼ねてはやての周囲をクラールヴィントで念のため探査していた。

 幸いなことに、はやての周囲には闇の書以外の魔力の残滓は感じられない。少なくとも現段階においては、管理局の手が主へ及ぶ可能性はないはずだと、湖の騎士は安堵する。


 「ありがと、すずかちゃん、ここでええよ」

 自身が待つ図書館の入口付近まではやての車椅子を押して来てくれた少女に、シャマルも笑みを向ける。


 「お話してくれておおきに、ありがとうな」


 「うんっ、またね、はやてちゃん」

 恐らくこれから先、主の傍にいられる時間がさらに短くなるであろう時に、はやてのことを気にかけてくれる同年代の友達が出来たことに、感謝しながら。

 ただ、この出逢いが更なる邂逅を生む引き金となることを。

 予言の力を持ち得ぬ、湖の騎士が知る術はなかった。







新歴65年 12月2日 第97管理外世界 日本 海鳴市 風芽丘  PM5:31



 「はやてちゃん、寒くないですか?」


 「うん、平気。シャマルも寒ない?」


 「私は、ぜんぜん」

 そうして、シャマルが車椅子を押して歩いていると、駐車場を超えたあたりで、彼女らを待つ人影と出会う。


 「シグナムっ」


 「はい」

 ヴォルケンリッターが将、シグナム。

 シャマルが主の周囲を探知している間、万が一に備え彼女も近場で待機していたのであった。


 「晩ごはん、シグナムとシャマルは何食べたい?」

 そして、シャマルが車椅子を押しながら、三人で家路を歩いていく。


 「ああ、そうですね、悩みます」


 「スーパーで材料を見ながら、考えましょうか」


 「うん、そやね……………そういえば、今日もヴィータはどこかへお出かけ?」

 ふいに、はやてが頭に浮かんだ質問を口にする。

 それは彼女にとってはまさに何気ない質問であったが。


 「ああ、ええっと、そうですね」

 シャマルにとっては、即座に返答することが難しい問いであった。彼女自身、主に虚言を吐くことに慣れていないために。


 「外で遊び歩いているようですが、ザフィーラがついていますので、あまり心配はいらないですよ」

 その面においては、シグナムは四人の中で最も揺らいでいない。

 いや、最も揺らいでいないのはザフィーラであろうが、彼はそもそも言葉を発する機会そのものが少ないため、あまり比較は出来ないだろう。


 「そっかぁ」


 「でも、少し距離が離れても、私達はずっと貴女の傍にいますよ」


 「はい、我らはいつでも、貴女のお傍に」

 そして、その想いは四人の誰もが変わりなく持つ、共通のものであった。


 「………ありがとう」

 主である少女もまた、彼女らと家族になることが出来た幸運に、感謝していた。

 これより待ち受ける、苛酷な戦いのことはまだ知らずとも、いいや、例え知っていたとしても。

 八神はやては、闇の書の主となれたことを、感謝していた。







新歴65年 12月2日 第97管理外世界 日本 海鳴市 市街地 PM7:45




 夜の海鳴の上空に、赤い騎士服を纏った少女と、蒼き守護獣の姿がある。

 二人は共に神経を研ぎ澄まし、今宵の標的となる少女の気配を探る。

 その少女を直に見たことがあるのはヴィータとザフィーラであるため、四人の中でこの二人が探索役を受け持つこととなったのも当然の帰結であり。

 また、残る二人、シグナムとシャマルは二人の不在を主が不思議に思わぬようフォローする役でもあった。


 「どうだヴィータ、見つかりそうか?」


 「いるような…………いないような」

 とはいえ、探索は彼女らの本分ではない。補助の魔法に長けるのは、湖の騎士シャマルの領分なのだから。


 「こないだからたまに出る妙に強力な魔力反応、たぶんあの時のあいつだと思うけど、あいつが捕まれば、闇の書も一気に20ページくらいはいきそうなんだけどな」

 ヴィータが言う“こないだ”とは、すなわちユーノ・スクライアがフェイトとクロノの手伝いのために本局へと向かった時期からのことである。

 高町なのはが持つ巨大な魔力。そして、それを用いて行われる訓練は、本来であればただちに守護騎士達に捕捉されているはずであった。

 しかし、彼女の傍には稀代の結界魔導師、ユーノ・スクライアが常にいたのだ。

 彼の結界の内部で訓練を行う以上、その魔力は微塵も外部に漏れることはない。そして彼の結界はよほどの手練でなければ”結界が張られた”事自体を感知されないほどの性能なのだ。

 特に一度、スターライトブレイカーの新型が結界を破壊して以来、ユーノは結界の維持と外部へ影響を与えないことを特に意識し、より強固な結界を張るようになったため、守護騎士が蒐集を開始した10月27日からおよそ半月の間は、高町なのはの存在そのものが守護騎士のセンサーから隠されていたのであった。

 だが、その彼は現在本局におり、なのはの存在は丸裸となっている。まさに今は、千載一遇の機会でもあるのだ。

 ユーノの結界がない以上、その魔力の残滓を守護騎士が辿ることは、困難の一歩手前といった程度の難易度と言えた。


 「分かれて探そう、闇の書は預ける」


 「オッケー、ザフィーラ、あんたもしっかり探してよ」


 「心得ている」

 答えと同時に、陸の獣が基となっている守護獣であるとは考えられない速度でザフィーラは飛翔する。


 「封鎖領域、展開」

 その場に残ったヴィータの足元に、ベルカ式を表す三角形の陣が浮かび上がり。


 『Gefangnis der Magie. (魔力封鎖)』

 鉄の伯爵、グラーフアイゼンはその機能を発揮し、封鎖領域を広範囲に渡って展開させる。

 彼は物理破壊のみならず、結界などの補助においても優れた性能を発揮するバランスの取れた機体であり、どちらかと言えば、レヴァンティンの方が攻撃に特化した機構を備えていると言える。

 そんな彼にとって、封鎖領域を展開するための補助を行うことはまさに造作もないこと。この程度が出来ぬようでは、“調律の姫君”に作られしデバイスの名が泣くというものである。


 「魔力反応、大物、見つけた!」

 獲物を補足したならば、狩人が行うことはただ一つ。

 闇の書を腰の後ろに回し、鉄鎚の騎士は己が魂に呼びかける。


 「いくよ、グラーフアイゼン」


 『Jawohl.』

 赤い閃光が、封鎖領域に覆われた空間を駆けていく。

 既にその空間内には一般の民の姿はなく、リンカーコアと戦う力を持つ者達だけが残る戦場へと。

 海鳴の街は、変わっていた。








 同刻  高町家



 『It approaches at a high speed. (対象、高速で接近中)』

 鉄鎚の騎士と鉄の伯爵が張り巡らせた封鎖領域を、魔導師の杖は即座に察知し、さらにその術者が近づきつつあることを主に告げていた。


 「近づいてきてる? こっちに………」

 そして、得体のしれないものがやってくるというならば、どう動くべきか。

 魔導師の性格診断テストで用いられるような現在の状況において、高町なのはが取るべき選択とは、無論。


 「行こう、レイジングハート」


 『All right.』

 リンディ・ハラオウンやクロノ・ハラオウンが見たならば、もう少しは直進以外の選択肢も視野に入れるべきだと評したであろう。

 だがしかし、それこそが高町なのは。

 フェイト・テスタロッサが執務官、八神はやてが指揮官としての適性を持つならば、彼女こそはエースオブエース。

 単身で空へ駆けあがり、向かい来る敵を真っ向から粉砕するエースの中のエース。航空戦技教導隊の頂点こそ、彼女の進む道の到達点なのだから。

 引き出しが多いに越したことがないとは確かだが、引き出しを増やそうとするあまり、天性の能力を殺してしまうのも本末転倒な話ではある。

 クロノ・ハラオウンのようにあらゆる事象を見据え、万能の近い能力を備えることも一つの到達点だが、彼女のように不屈の心で己の道を突き進むことも一つの在り方。

 そこに優劣はない、要は、己の選択に満足できるかどうかである。

 ただ、一つだけ心にせねばならないとすれば――――

 星の光を持つ少女の下へ飛来せし騎士もまた、彼女と同じく一つの道を極めし直進型の強者であり、非常に真っ直ぐな価値観を持っているということであった。

 それは時に、不幸なすれ違いを産むこともあったりする。






 封鎖領域内 上空



 『Gegenstand kommt an. (対象、接近中)』


 「迎撃を選んだか………」

 グラーフアイゼンの言葉より、ヴィータもまた相手の意思を知る。

 ここで身を隠すための結界を張るか、もしくは飛行魔法や転移魔法での逃走を選ぶか、選択肢はいくつか考えられたが、獲物はその中でも最も可能性が低いと思われた手法を選んだ。

 それは、獲物の年齢を考えれば当然の予想ではあった。強大な魔力を有しているとはいえ、せいぜい10歳程度の少女、いきなり封鎖領域の中に閉じ込められ、さらに高速機動が可能な術者が近づいてくるという状況で迎撃を選ぶというのは俄かには考えられない話だ。


 「普通なら、毛布に包まって震えてるもんだよな………」


 『Aber was, wenn Sie Frau zu tun?(ですが、貴女ならば?)』


 「舐めた真似をしてきた野郎を真っ向から迎え撃ってぶっ潰す、だな」


 『Ja.』

 そうして、彼女は理解すると同時に、戦意を研ぎ澄ませる。

 この標的は、怯えるだけの兎ではない、迎撃の意思と牙を備えた狼であると心得よ。

 下手をすれば、喉笛を噛み裂かれるのは猟師の方となろう。

 
「ザフィーラと先に合流するのもありっちゃありだけど………」

 だがしかし、敵は一人、こちらも一人。

 この状況で、悠長に仲間と合流してから二対一に持ち込むなど、ベルカの騎士の成すことではない。


 「一対一で迎撃に出て来た相手を前に、退くことは出来ねえよな」

 例え蒐集のために動こうとも、彼女らはベルカの騎士。

 その誇りがあるからこそ、騎士は主のために命を懸ける。

 とはいえ、こちらに向かってくる少女に迎撃までの意思があるかどうかは別問題であり、その辺りは悲しいことだが、持っている人生観の違いと言えた。

 実際、なのはにとっては何か来るから行ってみて確かめよう、くらいの気持ちであったのだが、残念なことに、自分の行動が一般の9歳の少女のそれから大きくかけ離れているものであるという認識がなかった。

 なのはの意識も一般からは若干離れていることもあり、管理外世界に暮らしつつもミッドチルダ式の魔導師である少女と、1000近く前に生きたベルカの騎士であり、八神はやてという未だ魔法を扱えぬ普通の少女の下で暮らす若き騎士の価値観は、なかなかに噛み合わなかったのである。

 襲撃を仕掛けたのはヴィータであるが、彼女がこの半年間で学習した、“現代日本に住む9歳程度の少女の反応”から外れた対応をとってしまったなのはにも、この悲しい認識の違いを生みだす要因はあったといえる。


 「アイゼン、手加減はなしで行くぞ、油断すりゃ手傷を負うかもしれねえ」


 『Jawohl.』

 なのはにとっては不幸極まりなかったが、彼女の取った行動はベルカの騎士の基準に合わせれば―――


 【おら、宣戦布告もねえ奇襲野郎、こっちは逃げも隠れもしねえ、堂々とかかってこいや。これでもし逃げたら、手前を騎士とは認めねえよ、臆病モンがぁ!】

 と解釈されてしまうのであった。

 文化の違いとは、かくも不幸なすれ違いを産んでしまうものなのである。




新歴65年 12月2日 第97管理外世界 日本 海鳴市 ビル屋上 PM7:50



 「近づいてる………でも、どこから」

 なのはは、ビルの屋上に陣取り、周囲を見回す。

 第三者が客観的に見るならば、話し合いをするためにいるように見えなくもないが、どちらかと言えば“周りを気にすることなく戦え、かつ見通しの効く場所に来た”というように取る人の方が多いかもしれない。

 少なくとも、ベルカの騎士はそう取った、そう取られてしまった。


 『It comes. (来ます)』


 「あれは―――」

 そこに飛来せしは、話し合いの意思などないと言わんばかりの戦意の籠った攻撃。

 『Homing bullet. (誘導弾です)』


 「くうっ!」

 咄嗟にバリアを展開して防ぐが、実体を伴った誘導弾に対して弾くシールド型ではなく、バリア型を展開してしまったことが、彼女の戦闘経験の浅さを示している。

 なのはの魔力は膨大ゆえに、飛来した誘導弾を完全に防いではいるが、それは無駄のない運用とは言い難い。ユーノやクロノであれば、その四分の一以下の魔力消費で軌道を逸らすことに成功しているだろう。

 バリアを展開することそのもの関してならばなのはの術式に無駄はほとんどなく、その錬度はまさしくAAAランクのエース級魔導師のもの。

 だが、クロノ・ハラオウンがフェイトと模擬戦をした際に、


 ≪君やなのはの魔法は確かに凄い、威力だけなら僕以上だ。しかし、それをどういった状況において、どのように使うべきかという状況判断力がまだまだ足りない≫

 と注意したことが、まさにそれである。

 訓練や試験で定められた術式を展開するならばそれは完璧であっても、実戦はそれだけではない。

 そも、この誘導弾の目的は相手の足を止め、挟撃を仕掛けることにある。ならば、如何に強固であろうとも、その攻撃を受けとめてしまっている時点で悪手なのだ。

 これがクロノならば誘導弾をシールドで以て別方向に逸らし、反対側から襲い来るであろう術者にディレイドバインドを仕掛けながらその場を離脱しつつスティンガースナイプを放つまでやってのけただろう。

 とはいえ、武装局員ではなく、嘱託魔導師ですらない民間人の少女にそれを要求するのも酷な話といえる。クロノ・ハラオウンは5歳の頃から戦技教導官クラスの二人、リーゼロッテとリーゼアリアから手ほどきを受け、彼の才能と想像を絶する修練の果てに、その強さを得たのだから。

 しかし――――


 「テートリヒ・シュラーク!」

 戦いの場において、敵がそのようなことに斟酌してくれようはずもない。


 「く、ううう!」

 逆側より攻撃を仕掛けたヴィータの一撃を、辛くも利き腕とは逆の右腕でバリアを展開して防ぐが、衝撃までは殺しきれず。


 「うらああああああああ!!」


 「あああ!!」

 なのはの身体は宙へと投げ出され、ヴィータはそのまま追撃の体勢に移る。

 だが――――


 ≪リュッセだったら、逆に反撃してるくらいだ≫


 「?」

 ふいに、脳裏によぎった想いが、鉄鎚の騎士の足を止める、いや、止めてしまう。


 「何………だ」

 それはほんの一瞬のこと、しかし、確かに心を駆け抜けた一陣の風。

 もし、彼女の相手が“自分とほとんど同い年の魔導師”でなければ、恐らく湧きあがることもなかったであろうその想い。現に、管理局員を襲撃した際や、魔法生物を狩る際には何も感じなかったのだから。


 「……って、今はそんな場合じゃ―――」

 逡巡の時は一秒か、それとも二秒か。

 ほんの僅かの時間に過ぎないそれは、しかし彼女が奇襲によって得たアドバンテージを失くしてしまうには十分な間。


 「レイジングハート、お願い!」


 『Standby, ready, setup!』

 なのはは落下しながらも、己の愛機へと語りかけ、魔導師の杖とその鎧の顕現を実行させる。


 「ちっ」

 そして、鉄鎚の騎士は自身の奇襲が無意味に終わってしまったことを知る。

 確かに、僅かばかりの手傷は与えたものの、デバイスを起動させ、騎士甲冑(ミッド式ならばバリアジャケット)で包めば何の問題もないレベルでしかない。

 それ故に、騎士甲冑を展開する暇すら与えぬ奇襲と速攻こそが、ヴィータが構築した反撃を許さず蒐集を完了させる最善の手段だったのだが――――


 「仕切り直しか、すまねえな、アイゼン」


 『Nein.(いいえ)』



 これにて、条件はほぼ互角。

 外見だけならばほぼ同年代といえる魔導師と騎士の少女は、アームドデバイスと騎士服、インテリジェントデバイスとバリアジャケット、各々の武装を備えた状態で対峙することとなった。

 ここより先は、純粋な戦技を競う空の戦い。

 小細工や策はない、真っ向からのぶつかり合いとなる。

 その天秤は、果たしてどちらへ傾くか――――



 闇の書を巡る戦いは、その始まりの鐘を鳴らしていた。












あとがき
 A’S本編がスタートし、絆の物語もいよいよ開幕となります。今回の話で少し書いたように、過去編の内容や戦いは、可能な限り現代編とリンクさせるようにプロットを組んでいます。
 過去においてはヴィータの一撃をリュッセはシールドを纏わせた鞘で防ぎ、逆に紫電一閃による反撃を決めています。その経験だけというわけではありませんがヴィータは成長し、誘導弾を逆側から放ち、挟み撃ちからテートリヒ・シュラークを仕掛けた、という具合になります。
 また、アニメにおいては数十秒に及ぶなのはがバリアジャケットを纏う間、ヴィータは何をやっていたのか、黙って着替え終わるのを待っていたのか、というアニメの進行上仕方が無い、突っ込んではいけない事柄がありますので、その辺りを可能な限り無理がないように進めるための舞台装置が過去編でもあります。今回は、ヴィータの頭によぎった記憶が、彼女の行動を止めてしまったということで。
 基本的には原作通りに進みますが、細部においてはかなり相違点も出てくると思いますので、その辺りを楽しんでいただければ幸いかと思います。それではまた。






[26842] 第二話 魔導師と騎士の戦い
Name: イル=ド=ガリア◆ec80f898 ID:ee4ccd9f
Date: 2011/03/31 15:36
第二話   魔導師と騎士の戦い






新歴65年 12月2日  本局ドック 次元空間 時空管理局次元空間航行艦船“アースラ”



 【レイジングハートより、救難信号が届きました】


 【了解しました、アスガルド、貴方は例の数式の演算をお願いします】


 【了承】


 時の庭園と交わされた信号は、ただそれだけ。

 しかし、45年を超える時を共に稼働してきたこの二機の間には絆というものを遙かに超えたものがある。

 インテリジェントデバイス、“トール”は知能を持つデバイスの初期型であり、アスガルドはその一歩手前の人工知能を備えた時の庭園の中枢機械。

 管制機としての機能を備えるトールがあればこそ、アスガルドにも人格と呼べるものが存在する。もし、トールがいなければ、彼は入力に従って膨大な演算を行うだけのスーパーコンピュータ、超大型ストレージでしかないのだ。


 『レイジングハートが救難信号を私達へ飛ばすとは、余程の事態が起こりつつあるのでしょうね。まあ、察しはつきますが』

 しかし、彼は焦らない、否、焦る機能を持っていない。

 かつては存在したその機能も、今の彼にはないのだから。


 『レティ・ロウラン提督が派遣した調査班よりの報告は、ハラオウン家と因縁が深い彼のロストロギアの再来を示唆しており、それはすなわち、守護騎士プログラムによる高ランク魔導師狩りが始まったということ。そして、このタイミングにおけるレイジングハートよりの救難信号、高町なのはのランクはAAA』

 別に複雑な演算を行わずとも、そこにある因果関係を察するなど、子供でも出来よう。

 まして、こと演算することに関してならば人間の遙か上を行くデバイスであれば尚更のこと。


 『しかし、それにしても……………良いタイミングですね』

 あらゆる状況、因果関係を超巨大オートマトンとそれを動かすアルゴリズムによってアスガルドが演算し、その結果を監修する彼は、ある種の“不具合”、人間的に述べるならば“違和感”を確認する。


 『まさに今、フェイト達の作業は終わりました。別に、私とアスガルドが連絡せずとも、彼女がそれを高町なのはに知らせることは当然のなりゆき。しかし、通信が繋がらず、管理局で調べれば第97管理外世界の海鳴市に広域結界が張られていることがすぐに分かるとなれば、彼女らが救援に向かうのは尚更当然のこと』

 まさにそれは、“そういうことになっている”ような、そんな因果関係すら考察できるほどの巡り合わせ。無論、機械の電脳はそれを確率論で処理することができ、人間のような違和感を持つことはない。

 だがしかし、確率的に計算することが出来るからこそ、それがどれほどの極小確率であるかを理解するのもまた、機械の特性なのだ。


 『しかし、そうもならない。管制機である私が8月にフェイトと高町なのはが共に過ごしていた際に、レイジングハートに追加しておいた機能。フェイトが遠く離れている間に高町なのはの身に何かがあれば即座にその異常をアスガルドを経由して私へ伝えるためのホットラインがあるため、私が先にそれを知った。まあ、微々たる差ですが』

 オートマトンは稼働を続け、アルゴリズムはその流れを淀めることなく回り続ける。


 【演算結果、出ました】


 【如何でした?】


 【パラメータが揃っていないため、解析的に“有意である”と結論することは不可能、ただし】


 【現在の状況は、何者かが組んだ、大数式の一部である可能性はある、ということですね】


 【肯定】


 【なるほど、今はそれだけ分かれば十分です。ご苦労様でした、アスガルド】

 人間ならば、“虫の知らせ”、もしくは“運命”などとも呼ぶ世に存在する不可思議なる因縁。

 機械の頭脳を持ち、0と1の電気信号でのみ世界を知る彼らは、それを“大数式”と称する。


 『状況は動きました、つまりは状態遷移が起きたということならば、どこかにそれを成した条件があるはず。ジュエルシード実験における私のように、解を収束させるために演算を続ける存在がいるかどうかは定かではありませんが、少なくとも何者かが最適解、もしくは近似解を求めて大数式を組んだ可能性は高いと見るべきでしょうね』

 一度行った事柄ならば、機械はそれに類する状況をパラメータに置きかえ、代入演算することで近似解を導き出す。

 彼はジュエルシード実験において、次元航行部隊、地上本部、時の庭園の利害関係を複雑に絡みあわせた上で、最適解、もしくは近似解を出すための大数式を組みあげた経歴を持つ。

 そして現在、都合九度目となる“闇の書事件”が発生しつつあるものの、それは一つの解へ収束しつつあるという可能性が導ける程に、状況は揃いつつある。

 これまで八度にも及ぶ管理局が観測した闇の書に関する事象。さらに、時の庭園もまた浅からぬ因縁を持ち、“生命の魔導書”というある意味での写本が存在していること。

 インテリジェントデバイス、“トール”が行っている演算とは、闇の書が収束する地点を予想ためのものであるともいえる。無論、それだけではないが。


 『とはいえ、この件については私は部外者に過ぎず、出来ることも微々たるもの。ここはとりあえず、観測者として成り行きを見守りつつ、パラメータを揃えることといたしましょう。さしあたっては、フェイトやユーノ・スクライア、クロノ・ハラオウン執務官に救難信号のことを伝えるくらいですね』

 彼は古い機械であり、本来は受動的な存在。

 入力がない限り、彼が自発的に動くことなど、この世界でたった一人のためにしかあり得ない。

 それ故、ジュエルシード実験において、彼は休むことなく働き続け、能動的にあらゆる方面で活動していたが―――


 『私は、私の機能を果たすだけです』

 休むことなく機能する命題は健在なれど、それを与えた存在はもういない。

 彼が自分で考えて“誰か”のために動くことはない、インテリジェントデバイス、トールは自分で考えて“プレシア・テスタロッサ”のために動く。

 だからこそ―――


 『ですが、貴女の無事を祈りましょう、高町なのは。貴女にもしものことがあれば、フェイトが悲しみます。それ故、私は貴女を死なせはしない、闇の書が貴女に死をもたらすならば、その未来を回避するために機能するのみ』

 今の彼は、フェイト・テスタロッサの幸せを映し出す鏡。

 彼に願いを託すのは、いついかなる時もテスタロッサの人間だけが持つ特権なのだ。






新歴65年 12月2日 第97管理外世界 日本 海鳴市 封鎖領域内 PM7:50



 「さて、まずはどんなもんか―――」


 『Schwalbefliegen.(シュヴァルベフリーゲン)』

 先制して鉄鎚の騎士が放つは様子見の一撃。

 既に奇襲の優位は失われ、二人は対等な条件で対峙している。

 鉄の伯爵グラーフアイゼンの真価は、接近戦における防御ごと撃ち砕く強力な打ち下ろしにこそあるが、ただ近づいて鉄鎚を振り回すだけが戦いではない。

 特に、この戦いは相手を倒すためではなく、殺さないように無力化し、リンカーコアを蒐集するための戦い。

 打倒することが最終目標ではない以上、いきなり全力で頭部を狙うなどの攻撃は行えない。相手の技量を確かめた上で、それを制する勝利方法が求められる。


 「ふんっ!」


 ヴィータはグラーフアイゼンでもって鉄球を撃ち出し―――


 「うおああああああああああああ!!」

 同時に、ハンマーフォルムのままでの突撃を敢行する。

 シュヴァルベフリーゲンは白い魔導師の防壁と衝突して砕け、そこには爆煙が立ち上り、ヴィータの一撃はその中心を裂くように振るわれる。


 「避けたか」


 しかし、なのはの速度も並ではない。彼女は特性を考慮すれば後衛型でありながら、高速機動を得意とするフェイト・テスタロッサと互角の空戦を繰り広げたことがある。

 少なくとも、高火力や重装甲は機動力を犠牲にするという一般的な法則は、高町なのはという魔導師には当てはまらないようであった。


 「いきなり襲いかかられる覚えはないんだけど!」

 なのはの叫びは彼女の心をそのまま表すものであるだろう。


 <だろうよ、あったらこっちが驚きだ。手前の家が暗殺とかを生業にしてて、何人もの人間を殺してきたってんなら心当たりもあるかもしんねーけど>

 しかし、対峙する騎士にとっては、斟酌する必要のない事柄である。

 ただ、この時の感想が当たらじとも遠からじであったことを、ヴィータはかなり先のことかもしれないが、知ることとなったりするかもしれない。


 「どこの子! いったい何でこんなことするの!」


 「………」

 答えることなどないと言わんばかりに、ヴィータはさらに二つのシュヴァルベフリーゲンを顕現させるが。


 「教えてくれなきゃ―――――分からないってば!」

 しかし、誘導弾の制御に関してならば、なのはに一日の長がある。そも、ミッドチルダ式とベルカ式を比較するならば、どちらが射撃や誘導弾の制御に向いているかなど、論ずるまでもないのだから。


 「!?」

 予期せぬ角度、さらには速度を伴って、二筋の桜色の誘導弾が鉄鎚の騎士へと殺到し。


 「くぅっ!」

 一つは紙一重で避けるも、避ける先を予期していたかの如く、二撃目が襲い来る。誘導弾の基礎ではあるが、その速度と錬度は並ではない。


 「ちぃっ! このやらぁ!」

 ほぼ反射に近い動作でパンツァーシルトを発動させ、誘導弾を相殺しつつ弾き飛ばし、即座に反撃に出るヴィータ。


 『Flash Move.(フラッシュムーブ)』

 だがしかし、高町なのはの傍らには、彼女がいる。

 高速で襲い来る空戦魔導師への対処ならば、“魔導師の杖”レイジングハートの得意とするところであった。

 彼女は、雷の速度を持つ金色の魔導師と閃光の戦斧の主従を破るにはいかなる技能が必要であるか、そのシミュレーションを数え切れぬほど繰り返し、その対処法を編み出しているのだ。

 反射といってよい反応で星の主従は鉄鎚の一撃を回避し、同時にカウンター見舞う体勢に入る。


 『Shooting Mode.(シューティングモード)』

 防御や高速機動の制御をデバイスが担当し、主は誘導弾や砲撃に集中。

 それが、空を駆ける二人が実戦の中で編み出した、知恵と勇気の戦術なのだから。


 「話を――――」


 『Divine――――(ディバイン)』

 砲撃こそ、他の追随を許さぬ高町なのは最大の持ち味。


 「聞いてってばーーーーーー!!」


 『Buster.(バスター)』

 解き放たれる桜色の奔流は、AAAランクに相応しいどころか、Sランクに匹敵するであろう魔力が込められている。


 「!?」

 その光景に、さしものベルカの騎士も、困惑を隠せない。


 すなわち――――



 <言ってることとやってること違い過ぎだろ!>

 である。

 こちらが有無を言わさず襲いかかっている以上、敵が迎撃に出るのはある意味で当然であり、そこに問題など何一つない。

 しかし、僅かながら戦ううちに、ヴィータはこの少女は迎撃に出るつもりではなかったのかもしれないと思い始めていた。

 戦闘者のそれにしては彼女の応戦には“芯”が欠けており、どちらかと言えば“困惑”が多くを占めている様子。

 ひょっとして、本気で話を聞きたいだけなのか、と思った矢先の砲撃である。

 それもその筈、高町なのはは普段は争いを好まない心優しい少女だが、一度決めたら決して退かない不屈の心の持ち主だ。もしかしたら、それには父方の血が作用しているのかもしれない。

 <しかも―――洒落にならねえ威力!!>

 さらに、その威力と速度は彼女の予測を二周り近く上回っている。

 これまでの応戦の技術と、この砲撃の凶悪さは、対峙する騎士にとっては困惑を隠せないほど噛み合わないものであったのだ。


 <こいつ、砲撃特化型か―――>

 マルチタスクの一部では戦力分析を続けつつ、ヴィータは回避に専念する。

 しかし―――



 「あ――――」

 直撃こそ回避したものの、凶悪なる砲撃の余波は鉄鎚の騎士の騎士服の一部である帽子を破壊し、遠くへ吹き飛ばしていた。



 (うん………なあ■■、これを主君より賜った忠誠の証として騎士甲冑に付けるのってありかな?)

 彼女の脳裏を

 (お前が主との絆の証を騎士甲冑に刻みながら戦える時が、来ることを願おう)

 磨滅したはずの記憶が

 (うん、ただ、それを傷つけられたらその相手をぶっ壊すけどな)

 瞬きの間に

 (お前、それは逆恨みというものだぞ、騎士として戦場に出る以上は傷つけられることなど当然だろうに)

 駆け巡る

 (それとこれとは話が別なんだ。いいんだよ、あたし流の騎士道ってことで)



 「野郎………」

 ヴィータの黒い瞳が青く染まり、それはすなわち彼女が激昂していることを意味している。

 同時に、常に彼女と共に在る鉄の伯爵は主の意思を明確に読み取り、己の権能を顕現させる準備を始めていた。


 「戦いである以上、傷を負うことは覚悟せよ」

 それは、騎士の理。


 「だけど、それはそれ―――――これはこれだ!」

 だがしかし、主との繋がり示す品を、己の誓いと成すのも、騎士の在り方の一つ。

 騎士道とはすなわち、己の魂を示すための意思の具現。己の意思があってこそ、あらゆることに意義はある。


 「グラーフアイゼン! カートリッジロード!」


 『Explosion!(エクスプロズィオーン!)』

 中世ベルカのデバイス技術の結晶、カートリッジが吐き出され、グラーフアイゼンに爆発的な魔力が宿る。


 『Raketenform.(ラケーテンフォルム)』

 それは、鉄の伯爵が持つ二つ目の姿にして、ロケット推進による大威力突撃攻撃を行うための強襲形態。

 ハンマーヘッドの片方が推進剤噴射口に、その反対側がスパイクに変形し、力の集約を行うための姿へと。


 「ラケーテン――――!!」

 グラーフアイゼンより凄まじいエネルギーが噴出され、ヴィータは己の飛行魔法にそのエネルギーを上乗せし、爆発的な速度を生み出す。


 「ええっ!」

 そしてそれは、高町なのはという少女にとって、未知の領域にあるものであった。

 半年ほど前、ある魔法人形がそれを用いて稼働しているところを見たことはあり、その光景を思い出すと笑いがこみ上げそうになったが、今はそんな場合では無いので彼女はその光景を頭から閉め出した。

 そして彼女にとっての印象は“魔力電池”であり、その認識は正しいものであった。

 カートリッジと言ってもその用途は多種多様。非魔導師でも扱える魔導端末の動力用から、魔力不足を補うための低ランク魔導師用の品、そして、高ランク魔導師が使用する、己の魔法の威力を爆発的に定めるための推進剤。

 しかし、その魔法人形は戦闘が本分ではないため、なのはの前で高ランク魔導師用のカートリッジを炸裂させたことはなく、それを用いた魔法の使用も当然皆無。


 よって―――


 「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」


 「あうっ!」

 彼女の張った障壁を、グラーフアイゼンは鏡を砕くが如くに破壊し、その要であるレイジングハートのフレームをすら撃ち砕く。


 「ハンマーーーーーーーーーーーーーーーー!!」


 「ああああああ!!!」


 ラケーテンハンマー

 魔力噴射による加速で威力を高めるものの、圧倒的な加速力と攻撃力を引き換えに、魔法サポート機能が落ち、射撃魔法、範囲攻撃が出来なくなる、言うなれば諸刃の刃。

 しかしそれだけに、後方からの射撃を得意とするミッドチルダ式魔導師にとっては天敵ともいえる攻撃。

 その速度は距離を即座に詰めることを可能とし、繰り出される一撃はフェイト・テスタロッサのフォトンランサー・ファランクスシフトをすら防ぎきった高町なのはのバリアをすら、跡形もなく粉砕する。

 魔法にも相性というものは当然存在しており、砲撃系の魔法は確かに強力ではあるが、障壁を破壊するならば、一点に魔力と物理的破壊力を収束させたアームドデバイスの一撃に勝るものはない。

 これまで、ベルカ式の使い手と戦ったことのない民間の魔導師にとって、Sランクに相当する力を持つ古代ベルカの騎士を相手にすることは、極めて困難であると言わざるを得ないだろう。


 「ふぅ、やっぱし、あいつはベルカの騎士を知らねえようだな」


 『Ja.』

 激昂して感情のままに襲いかかったようでありながらも、並行して冷静極まりない戦況推察を行うのが騎士というもの。

 外見とほとんど相違ない精神性を有するヴィータではあるが、彼女もまたかつての白の国の近衛騎士が一人。

 熱くなるあまり自分も周りも見えなくなるようでは、正騎士を名乗ることなど許されない。

 ただし、彼女が10歳に満たぬ若さにして、その心を得るに至った経緯は、彼女自身の中にすら既に存在していない。


 だがしかし――――その魂は常に傍らに


 彼こそは、幼き少女が鉄鎚の騎士となった瞬間を見届けた、ただ一つの存在なのだから。




 「デバイスも半分くらいは砕いた、一気に攻めるぞ!」


 『Jawohl!』

 ラケーテンフォルム特有の推進機構が再び鼓動を開始し、エグゾーストに似た音を轟かせる。

 対象はビルと衝突し、内部へと姿を消したが、魔力の反応はその位置のまま。

 つまり、このまま押し切るには絶好の機会。逆に、再び距離を与えてしまえば、あの悪夢の砲撃が再び放たれる危険性がある。

 ヴィータが優位に立ちつつある戦況ではあるが、その天秤はまだ完全に定まってはいない。この状態で油断、もしくは慢心し、獲物をいたぶるような真似をする者を、三流と呼ぶが―――


 <冷静に―――――今は、仕留めることだけに集中しろ、蒐集はその後だ>

 なのはにとっては不幸なことに、鉄鎚の騎士ヴィータは一流の戦闘者であった。



 「げほっ、げほっ、あ、つつ」

 対して、彼女はまだ戦闘技術というものを専門の講師から学んですらいない。

 古の白の国でいうならば、彼女はまだ“若木”なのであり、戦闘能力自体はかなり近くとも、“若木”と正騎士の間には超えること難き壁があり、それを彼女は実体験を以て知ることとなった。

 この経験を糧に、彼女の翼はさらに高みへと羽ばたくであろうが、それは今ではない。危機に陥ったその時に瞬時に成長できるほど、世界というものは優しくはない。御都合主義の英雄譚は、あくまで物語の中でのみ綴られる。


 「でええええええええええいい!!」


 『Protection.(プロテクション)』

 それ故、なのはに許されたことは、残る全魔力を防御に回し、破滅の一撃を耐え忍ぶべく術式を紡ぐことであるが。


 「鉄鎚の騎士と、鉄の伯爵に――――――」

 対峙する騎士は、夜天の守護騎士の中でも最もバリア破壊を得意とする前衛の突撃役。


 「砕けないものはねえ!」

 その侵攻は強烈無比にして、立ちはだかるものは悉く粉砕される。


 ≪破らせはしない! 守りきる!≫

 だが、主のためにある“魔導師の杖”のデータベースには、諦めるという単語は存在しない。

 彼女の銘は“不屈の心”、どのような状況であっても、折れることなどあり得ない。


 「レイジングハート!」

 主へと破壊が迫るならば、その盾となることこそ、デバイスの務め。

 己の命題を刻みつけし魔導師の杖に、迷いなどは微塵もなかった。



 ――――しかし、蓄積された経験の差というものはどうしようもなく存在する。


 それは、最近目覚めたばかりのレイジングハートも認めるところでもあった、製造年数は己が古いとはいえ、自身はまだあの45年もの長き時を稼働し続けたデバイスの経験値には及ばないと、彼女自身が認識している。

 ならば、今彼女と相対する騎士の魂もまた――――


 ≪我に―――――砕けぬものなし!≫

 守る誇りがあれば、砕く誇りも存在する。

 鉄の伯爵グラーフアイゼンはアームドデバイスであり、守りを本領とした機体ではない。

 主に仇なす敵を撃ち砕くことこそ、彼の存在意義なのだ。


 「ぶち抜けえええええええええええ!!」


 『Jawohl.(了解)』

 鉄鎚の騎士の咆哮に、彼は真っ向から応じ、ラケーテンフォルムの噴射口は、三度目の爆発を更なる加速へと変え、変換されたエネルギーはレイジングハートの守りを突き崩していく。

 と同時に―――


 【分かってるな、アイゼン】


 【Naturlich(無論)】


 【騎士甲冑だけをぶち壊す、間違っても心臓に突き刺さったりすんなよ】


 【Ich weis,(応とも)】

 彼女と彼は、刹那の狭間に意思を交わす。

 主の未来を血で汚すわけにはいかない。

 それが、現在のヴィータにとって守るべき誓いであり、彼女の騎士道の在り方なのだ。

 効率だけを見るならば、ここで心臓、もしくは頭部を撃ち砕き、死体からリンカーコアを蒐集した方が良いことは明白。

 ここは主の住む家の近辺であり、この少女が生き延びれば、より力を得て立ちはだかってくる可能性とて存在している。

 しかし――――


 【それが――――騎士だ!】


 【Jawohl.Mine Hell!(了解、我が主!】

 非殺傷設定という便利な機能の恩恵はなく、命を奪うことを前提に作られたデバイスと、戦場で敵の命を奪うための武術、古代ベルカ式を操る騎士は不殺の誓いを守り続ける。


 『Master!』


 「――――っ、ああ!」

 その一撃は強く、重く、ついに魔導師の杖の防壁を完全に破壊し、少女のバリアジャケットをも撃ち砕く。だが、その身に物理的に重傷と呼べる傷はない。


 「はあっ、はあっ、はあっ」

 主の荒い息と合わせるかのように、グラーフアイゼンの放熱機構がカートリッジの使用に伴い気体を噴出し、役目を終えたカートリッジをその身から吐き出す。


 【よし、上出来だ】


 【Danke.】

 殺しはしないが、敵の障壁の破壊するために全力を尽くす。

 それは矛盾、彼女が騎士であるが故の矛盾。

 ただのプログラム体であれば、迷わず殺しており、八神はやての家族としてのみ在ろうとするならば、そもそも戦ってすらいない。

 だがしかし、彼女はその道を選んだのである。


 「ふぅ」

 呼吸を整えながら、ヴィータは壁際に倒れ、上半身だけを起こした状態でなおもこちらに中破したデバイスと向ける少女へと近寄っていく。



 <このデバイス、インテリジェントだ。こいつを完璧に壊せば、そうそう代わりはねえはず>

 ただ、戦士の目は、魔導師ではなく、そのデバイスへと向けられていた。

 殺しはしないことを誓っているが、デバイスを破壊しないことを誓ったわけではない。そして、相手を殺さずに戦う力を奪うならば、それこそが次善の手段である。


 <レイジングハート、だったか、覚えておくぜ>

 無言のまま、ヴィータはグラーフアイゼンを振りかぶる。傍目には少女に止めを刺そうとしているように見えるだろうが、その対象は魔導師の命ではなく、魂。

 彼女が自身のデバイスを己の魂と認めるように、この二人も強い絆で結ばれていることは、短い戦闘ではあったが確かに感じ取れた。

 だからこそ、そこに温情はかけない。騎士として、戦いぬいた相手に終わりを与えるのみ。

 かくして、鉄の伯爵が魔導師の杖へと振り下ろされ―――――




 『Get set』




 そこに割って入りしは、魔導師の杖と同種の命題を持つ閃光の戦斧。


 「!?」

 だが、ヴィータの驚愕の理由はそこではない、自身の一撃が防がれたことよりも、それを成した敵手の気配を自身がまるで感じ取れなかったことこそが、彼女の心を揺るがせる。


 <いつの間に!?>

 そして、その原因、いや、術者も即座に姿を現し、ヴィータはその理由を悟る。


 「ごめん、なのは、遅くなった」

 そこには、転送魔法でフェイトと共に封鎖結界へ侵入すると同時に、その気配を極限まで薄めるという離れ業を平然と行った結界魔導師が、白い少女を守るように立ちはだかっていた。

 さらに、その前に立ち、グラーフアイゼンを受けとめる金色の髪を持つ少女は。


 「仲間………か」

 鉄鎚の騎士の確認の要素を含んだ問いに対し――――


 「………友達だ」


 『Scythe Form.(サイズフォーム)』



 己が相棒と共に戦闘体制を取りながら、自らに誓うように答えていた。





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すみません、なぜか途中で切れて投稿されてましたので、修正しました。




[26842] 第三話 戦いの嵐、再び
Name: イル=ド=ガリア◆ec80f898 ID:ee4ccd9f
Date: 2011/03/31 15:37

第三話   戦いの嵐、再び




新歴65年 12月2日 第97管理外世界 日本 海鳴市 封鎖領域  ビル内部 PM7:55



 封鎖結界に覆われた領域内にあるビルの一つ。

 その内部において、外見年齢だけならば小学生の中学年程度と思わしき少女が対峙する。


 「………」

 一人は、噴射機構とスパイクを備えた鉄鎚を構え。


 「………」

 一人は、魔力刃で刀身を構成した大鎌を構える。


 <アームドデバイス? いや、近接戦闘も出来るようだけど、これはアームドじゃねえ>

 既にミッドチルダ式魔導師を一人戦闘不能状態へ追い込んだベルカの騎士は、新手の少女の観察を続ける。


 <だけど、纏う雰囲気が向こうの奴よりも鋭い、ひょっとして………>

 そんな、彼女の疑念に応えるように。


 「民間人への魔法攻撃、軽犯罪では済まない罪だ」

 金色の髪を持つ魔導師は、言葉を紡ぐ。


 「手前は―――管理局の魔導師か」

 ヴィータは管理局の機構を詳しく知るわけではないが、次元世界の法律を詳しく知り、民間人への攻撃者の前に立ちはだかる存在と言えば、真っ先に浮かびあがるのがそれである。


 「時空管理局、嘱託魔導師、フェイト・テスタロッサ」


 「嘱託…………魔導師」

 しかし、彼女にはその名称に聞き覚えはない。

 かつての闇の書の主の下で管理局と戦った時も、闇の書の守護騎士ヴォルケンリッターと戦った局員は本局武装隊の武装局員や、エース級魔導師。さらに、今よりも社会が安定していない時代であったこともあり、まさしく最前線で戦い続ける魔導師を相手にしてきたのだ。

 それだけに、およそ9歳程度と思われる少女が、どのような形かまでは定かではないものの時空管理局の一員として立ちはだかってくることはヴィータにとって想定外であった。


 「抵抗しなければ、弁護の機会が君にはある。同意するなら、武装を解除して」

 とはいえ、その少女の言葉に戦うことを既に決めた騎士が従えるはずもなく。


 「あいにく、あたしらの価値観じゃあ、敵を前に武装を捨てるのは恥なんだよ!」

 ここでこのまま戦えば最悪二対一となることから、仕切り直すために全速で離脱を果たす。


 「ユーノ、なのはをお願い」


 「うんっ」

 だが、こと高速機動に関してならば、フェイト・テスタロッサを凌ぐことは容易ではない。

 飛行魔法による離脱を目論む者にとって、閃光の戦斧を従えた黒い魔導師は、最悪の相性と言える存在であった。


 「ユーノ君、どうやってここを……」


 「うん、その前に―――ありがとう、レイジングハート」

 なのはに治療魔法をかけながら、ユーノは半壊しながらもなおも主人と共に在るデバイスに礼を述べる。


 『Seem to arrive(届きましたか)』


 「え、どういうこと?」


 「レイジングハートから、トールに救難信号が届いたんだ。普通の念話や通信だったらこの封鎖結界で阻害されちゃうだろうけど、受け手は時の庭園の中枢機械のアスガルドで、それを管制機であるトールが動かしてる、だから、言葉の形は成してなかったけど、救難信号であることは判別できる信号が届いたんだよ」


 「そうなんだ……………ありがとう、レイジングハート」


 『No.………Don't worry. (いいえ………お気になさらず)』

 だがしかし、魔導師の杖にとっては、この状況が既に大失態であった。

 主を守りきることは叶わず、もしフェイト・テスタロッサとユーノ・スクライアが僅かにでも遅れていれば、主は――――

 レイジングハートは、高町なのはのために稼働してより初めて、己の無力さ、己の性能の足りなさを認識していた。


 〔いつか、貴女やバルディッシュにも分かる時が来ますよ。己の性能が主のために足りていない、ならば、自分はどうするべきかを考える時が〕

 己より遙かに長く稼働を続ける、先達の言葉と共に。

 彼女は、思考を続ける。


 「それよりも、あの子は誰? どうしてなのはを…」


 「分からない、いきなり襲いかかられたから………」


 「そっか………でも、もう大丈夫、フェイトもいるし、アルフもいる。それに………」


 「アルフさんも?」

 ユーノが最後に言いかけた言葉を遮ってしまう形で、なのはは確認の問いを返した。

 そして、なのはがその二人を思い浮かべているちょうどその時、上空では先端が開かれているのであった。








新歴65年 12月2日 第97管理外世界 日本 海鳴市 封鎖領域  上空 PM7:57



 「バルディッシュ」


 『Arc Saber.(アークセイバー)』

 フェイトの魔力を受け、閃光の戦斧が鎌形を形成する魔力刃を、射撃魔法として解き放つ。


 「グラーフアイゼン!」


 『Schwalbefliegen.(シュヴァルベフリーゲン)』

 対して、鉄の伯爵は強襲形態であるラケーテンフォルムを解除し、魔法制御・補助能力に優れ、シュヴァルベフリーゲンの誘導管制補助には最適と言えるハンマーフォルムにて迎え撃つ。

 ヴィータが放った鉄球は四発。それとフェイトが放った魔力刃は空中で交差し、衝突することなく互いの目標へと突き進む。


 「障壁!」


 『Panzerhindernis!(パンツァーヒンダーネス)』

 迫りくる魔力刃を、彼女はバリア型防御、パンツァーヒンダネスにて防ぐ。

 もしフェイトが放った一撃が直射型射撃魔法であるフォトンランサーであれば、弾くシールド型防御、パンツァーシルトを用いたところだが、今向かってきているのは回転しながら飛来し、恐らくある程度の誘導性を有していると思われる魔力刃。

 ヴィータの読みは的確であり、フェイトの放った魔法、アークセイバーは魔力斬撃用の圧縮魔力の光刃を発射する誘導制御型射撃魔法。これに対してシールド型の防御を用いれば、死角へ回られて意味を成さない可能性があった。故にここでは半球形を成して受けとめることも可能なパンツァーヒンダネスを用いるべき。

 相手の攻撃の特性を瞬時に見極め、適切な防御魔法を選択する戦術眼は、彼女がまさしく歴戦の勇士であることを窺わせる。だがしかし、フェイト・テスタロッサの魔法の師であったリニスという女性の手ほどきも、また並大抵のものではなく―――


 「ちっ」

 アークセイバーにはバリアを「噛む」性質があり、さらに軌道も変則的なので攻撃される側にとっては防御・回避しにくく厄介極まりない。一応、防ぐことには成功したものの、的確な防御を成してなおかなりの魔力を注ぎ込むことを必要とした。


 「―――っ」

 だが、相手の攻撃に対して驚嘆の念を禁じえないのは、黒い魔導師も同様。

 赤い少女が放った誘導弾は実体を伴って襲い来上、その速度も尋常ではない。フェイトのバリアジャケットはそれほど強固ではないこともあり、彼女の戦闘スタイルはなのはと違って攻撃を受けとめることには向いていない。

 そのため、彼女の選択肢は制御しきれなくなる速度で動きまわるか、間合いを大きく離すかの二択となるのだが―――


 <この子の魔法、凄い錬度だ。なのはには若干劣るけど、勘がいい>

 純粋な誘導弾の管制機能のみならば、ミッドチルダ式の高町なのはとレイジングハートの主従に分があるのは当然の理。

 しかし、鉄鎚の騎士と鉄の伯爵は、速度や管制機能で劣る部分を、培った戦闘予測で補っている。つまり、四つのシュワルベフリーゲンを兵、己を指揮官と見立て、高速で避ける相手を用兵で以て追い詰めるのだ。

 魔力値の高さや錬度が、そのまま戦場での優位をもたらすわけではない、状況に合わせた応用力と的確に使用できる判断力こそが重要。

 現在のフェイトが最も模擬戦を行う機会が多い相手、クロノ・ハラオウンの教え通りの光景が彼女の眼前で展開されている。


 <だけど―――>

 そんな戦術を極めるクロノと模擬戦を行って来たが故に、フェイトもまたそういう相手と戦う際の手法をパターンとして保持している。

 その一つが――――


 「!?」


 「バリアァァーーーーーー!!」

 仲間と連携し、隙を突く戦い方。


 「ブレイク!」

 フェイト・テスタロッサが使い魔、アルフの放った一撃は、バリア破壊の特性を備えた渾身の拳。アークセイバーを防ぐためにはバリアこそが最適であるが、シールドと異なり球に近い形で展開すれば同時に行動の自由を狭めることにもなる。


 「くうっ!」

 その隙をアルフは的確に突いたのだ。まさしく主と以心伝心のコンビネーションと言え、ヴィータが展開していたパンツァーヒンダネスを完全に破壊する。

 されど―――


 「このやらあ!」

 弾かれた体勢から即座に立て直し、反撃に移る彼女もまた、並大抵ではない。


 「ラウンドシールド!」

 若干の驚愕を即座に押し殺し、アルフは障壁を展開。フェイト程の高速機動が無理な彼女では、受け止めるより他にない。


 「テートリヒ・シュラーク!」

 しかし、鉄鎚の騎士もまた、バリア破壊を得意とし、両者の戦闘の相性ならば、ヴィータがかなり優勢といえるだろう。


 「っあ!」

 ハンマーフォルムでの一撃を受け、アルフは傷こそ負っていないものの、衝撃までは殺しきれず落下していく。


 「――――!」


 『Pferde.(フェーアデ)』

 だが、騎士の直感はなおも脅威が去っていないことを告げている。

 “騎兵”を意味する魔術単語と共に、グラーフアイゼンがミッドチルダ式でいうところのフラッシュムーブに近い術式を展開させ、渦巻く風がヴィータの足元に発生し、急上昇。


 「せえい!」

 アルフと入れ替わるようにバルディッシュのサイズフォームによる直接攻撃を仕掛けてきたフェイトの追撃を躱しきる。


 「ふっ!」


 だが、その時には既に体勢を立て直したアルフが、移動魔法を無効化するための術式を走らせ、ヴィータの足に宿っていた湖の騎士シャマル直伝の移動用の風を消し飛ばす。


 <こいつらの連携――――――隙がねえ>

 これが、フェイト・テスタロッサとその使い魔アルフの連携戦術。

 歴戦の守護騎士にとってすら迎撃が困難なほどの錬度を、フェイトとアルフの二人は確立している。

 同じく歴戦の執務官であるクロノ・ハラオウンですら、この二人を同時に相手取るのは厳しく、模擬戦で競えば一本とられることすらあるのだから。


 「はああああああああ!!」


 「ぐっ!」

 アルフが足を封じると同時にフェイトが距離を詰め、再びサイズフォームでの近接攻撃を仕掛け、ヴィータは辛くもグラーフアイゼンの柄でバルディッシュの柄を受けとめる。


 <くそ、ぶっ潰すだけなら簡単なんだけど、それじゃあ意味ねえんだ>

 不殺の誓いがある以上、グラーフアイゼンが最大の破壊力を発揮するフルドライブ状態、ギガントフォルムは容易には使えない。

 それこそが、現在の守護騎士が持つ最大の枷と言える。

 命を奪い合う殺し合いの場において、非殺傷設定など相手に反撃の機会を与えるだけであまり効率的ではないように、“殺さずに制する”ことを目的とする場合において、殺傷設定など枷にしかならない。

 非殺傷設定も殺傷設定も、そこに優劣などありはしない。ただ、目的が変われば求められる機能も変わるだけの話であり、古い機械仕掛けは閃光の戦斧にそう教えていた。

 つまり、殺傷設定しか存在しないデバイスを用いる以上、守護騎士は全ての意識を相手の打倒のみに集中することは不可能。逆に、非殺傷設定のデバイスを操る者は、相手を殺してしまう危険性がないため、全ての意識を相手の打倒のみに集中できる。

 非殺傷設定とはまさしく、管理局員が全力を出し切れるように考案された、新たなるデバイス技術なのであった。


 <カートリッジ残り二発、やれっか―――>

 しかし、いくら状況が不利であっても、それが現実。

 限られた手札を如何に活用して道を切り開くかが、“戦術”であり、それを構築することも騎士の資質の一つである。





 「アルフさんも、来てくれたんだ……」


 「うん、クロノ達もアースラの整備を保留にして、動いてくれてるよ」

 そんな彼女らの空中戦を、なのはとユーノの二人もビルの屋上に移動し、その成り行きを見守っていた。










新歴65年 12月2日  本局ドック 次元空間 時空管理局次元空間航行艦船“アースラ”




 「アレックス、結界抜き、まだ出来ない?」


 「解析完了まで、後少し―――」

 アースラにおいても、そのスタッフ達が事態を把握するべく全力で活動を続けている。

 特に、管制主任であるエイミィ・リミエッタは、このような状況でこそ、その腕が問われる。


 「術式が違う、ミッドチルダ式の結界じゃないな」

 その傍らに立つクロノ・ハラオウンも、目まぐるしく表示を変えるコンソールを見守りながら、解析を行っていく。


 「そうなんだよ、近代ベルカ式でもない。多分、古代ベルカ式だとは思うんだけど、少なくとも、聖王教会の騎士団の人達が登録してくれてる術式とも一致しないんだ」


 「古代ベルカといっても、地方や時代によって術式は異なる。現代まで伝わっているのはあくまで一部だ、仕方ないか」

 それ故に、古代ベルカ式の継承者はレアスキル持ちとほぼ同等の扱いを受ける。逆説的に言えば、再現が不可能なレアスキルと認定されるものは古代ベルカ式のものが大半なのだ。

 それはまた、ミッドチルダ式が専門性ではなく、広く伝え、学ぶための汎用性を突き詰めた魔法技術体系であることも無関係ではないだろう。


 【クロノ・ハラオウン執務官】


 【トールか】


 【はい、結界の解析は私とエイミィ・リミエッタ管制主任が担当いたします。ですので、貴方は戦力として現地に赴かれることが、効率的と称される部隊運用でありましょう】


 【その回りくどい言い方は何とかならないのか】


 【申し訳ありません。私の汎用人格言語機能は、もうフェイトの周囲でしか使用されないのですよ】


 【そうだったな………】

 フェイトと共にいる時ならば、何度彼にからかわれたか数えきれない。

 しかし、フェイトが傍にいない時のトールは、まさしくデバイスそのもの。

 年季を感じさせる、融通の利かない、古びた機械仕掛けなのだ。

 いや、細かい手法や対応においてはかなり融通が利き、経験に基づいた幅広い思考が可能であるが、根本的な行動原理となると一切の融通が利かないのがトールという存在である。


 【ともかく、了解した。君がいてくれて助かるよ】


 【感謝には及びません、フェイトのためです。では私も今からそちらに向かいます】


 【ああ、それでいいさ】

 アースラのスタッフは優秀ではあるが、ミッドチルダ式とベルカ式の違い、さらにその歴史背景についてまで把握しており、現在の状況とすり合わせながら解析できる存在となると、トップ三人に絞られる。

 とはいえ、艦長であるリンディは全体を指揮せねばならず、エイミィ一人では解析が厳しいのも事実であり、執務官であるクロノは非常に動きにくい立場にあった。

 しかし、現在のアースラにはその三人以上に“解析”というものを得意とする存在がいる。過去のデータベースと照らし合わせ、単純な比較演算を繰り返し行うことならば、彼の右に出る存在などいないのだ。


 「エイミィ、僕も出る。君はトールと協力して結界の解析に集中してくれ」


 「オッケー、任して」

 後方が万全であればこそ、前線組は心おきなくその力を振るうことが出来る。

 インテリジェントデバイス“トール”には直接的な戦闘技能はないが、他の者が本領を発揮するための環境を整える“舞台装置”としての機能ならば、他の追随を許さない。

 かくして、クロノ・ハラオウンもまた、戦場へと馳せ参ずる。







新歴65年 12月2日 第97管理外世界 日本 海鳴市 封鎖領域  上空 PM8:01





 「――――っ!」


 「こんの!」

 目まぐるしく位置を入れ替えながら高速機動戦を展開する二人の戦いも、終息する時が見えた。


 「んあ!」

 しばらくは二人がかりでのコンビネーションを行っていたフェイトとアルフだが、敵の応戦技術を鑑み、一種の賭けに出た。

 それはすなわち、あえてフェイト一人で相手をし、アルフは敵を捕えるための罠を構築することに専念すること。

 なのはを一方的に打ち負かした相手に対して行う作戦としては若干博打性が高かったものの、どうやら功を奏したようである。


 「く、ぬぎ、くく…」

 ヴィータの四肢はアルフのバインドによって完全に拘束され、完全に身動きを封じられた。


 「終わりだね、名前と出身世界、目的を教えてもらうよ」

 フェイトとアルフは油断なく身構えつつも、捕えた少女に言葉をかける。

 だが―――


 <やっぱし、甘えな>

 絶体絶命の状況にありながらも、鉄鎚の騎士は冷静に思考を働かせていた。


 <あたしの危険性を考えれば、目的を聞く前にまずは手足の一、二本は叩き折るべきだろ。治療なんて後でも出来るし、尋問するなら医務室でも出来る>

 少なくとも、自分が時空管理局員であったなら、そうしているだろう確信がある。


 <それに、この程度で完全に封じれたと思われてんなら、甘く見られたもんだ>

 確かに、身動きは出来ないが、このバインドには魔力の生成や運用を阻害するような効果はなく、さらに、グラーフアイゼンは未だ右手にある。


 <カートリッジ残り二発、それを一気にロードして、ギガントフォルムを顕現させればその衝撃でバインドをぶっ壊すこともできる>

 だが、それを行えば後がなくなってしまう。

 今夜、ヴィータの戦略目標はあくまで高町なのは一人であり、この金髪の魔導師との戦いはそもそも想定外。長期戦を予想していたわけではないので、カートリッジの補給のことは考えていなかった。

 しかし、このまま戦っても勝ち目が薄いことを認識してなお、カートリッジをロードすることもなく、彼女が単身で戦い続けたのには当然、相応の理由がある。


 <何より、このバインドで――――――念話は止められねえよな>

 そも、白い魔導師の少女の探索役は、鉄鎚の騎士ヴィータ一人ではない。

 彼女と異なり、カートリッジを補給する必要もなく、戦闘継続可能時間ならば、四人の中で群を抜く存在が、つい15分ほど前まで行動を共にしていたのだ。

 すなわち――――


 「!? なんかやばいよ、フェイト!」

 野生の勘が成せるものか、アルフはただならぬ予感を察知し、主人に注意を促すも、時すで遅し。


 「はあっ!」


 「くああっ!!」

 凄まじい速度で下方から来襲せし剣の騎士が、フェイト・テスタロッサを炎の魔剣、レヴァンティンによって弾き飛ばす。


 「シグナム――――」

 だがそれは、ヴィータにとっても予想外の存在だった。

 彼女がこの場に来ると確信していた存在は、ヴォルケンリッターの将ではなく。


 「うおおおおお!!」


 「!? つああっ」

 騎兵の如き猛進から、ガードごと突き破る拳を放ち、体勢を崩した相手に追撃の蹴りを蹴りをみまい、弾き飛ばす近接格闘の名手。

 ヴォルケンリッターが盾の守護獣、ザフィーラであった。


 「レヴァンティン、カートリッジロード」


 『Explosion!(エクスプロズィオーン)』

 そして、奇襲によって体勢を崩した相手をそのまま見逃す程、烈火の将は甘くはない。

 先の一撃によって弾き飛ばされたフェイト・テスタロッサに対し、手加減なしの追撃をかける。


 「紫電一閃―――――――はああああっ!!」

 シグナムの炎熱変換を持つ魔力が刀身に満ち、炎の魔剣はその名の通りの姿を顕現させる。

 飛行魔法による加速、シグナムの太刀筋、さらに、カートリッジによる強化に、レヴァンティン自身の強度。

 これらが合わさったこの一撃を防ぐことは、例えSランクの魔導師であっても容易ではないだろう。


 「!?―――」

 そして、今日初めて古代ベルカ式の使い手と対峙することとなった少女がそれを成すことは、いくら天性の才能と惜しみない努力を積んでいる身とはいえ不可能なこと。

 紫電一閃は閃光の戦斧の柄をたたき割り、武器を砕かれ、一瞬の忘我にある少女へと必死の一撃を見舞うべく、シグナムはさらにレヴァンティンを振りかぶり―――


 『Defensor.(ディフェンサー)』

 必死の一撃は、閃光の戦斧によって防がれていた。


 「バルディッシュ!」

 柄が叩き割られ、今の彼は二つに砕けた状態。如何にデバイスであろうとも、無視することは出来ない損壊。

 だがしかし、閃光の戦斧は自身の損壊など意に介さない。そのようなことなどまさしく“考えるに値しない”とばかりに、彼は主を守ることに全てを費やす。


 ≪通さぬ≫

 寡黙な彼は激することなく、静かに猛る。奇しくも状況はレイジングハートと似たものとなったが、最初のラケーテンハンマーによってコアにまで達する傷を負った彼女と異なり、バルディッシュのコアは未だ無傷。

 故に――――


 「やるな」


 『Ja.』


 高速機動の管制制御を行う彼は、相手の攻撃の勢いすら利用し、下方へ加速し離脱を図った。

 無論、代償として高速でビルに叩きつけられることとなるが、リカバリーもまた閃光の主従の得意とするところ。剣を得物とする相手の間合いに留まるよりも断然安全な選択と言えた。


 「フェイトォ!!」

 とはいえ、やや離れた場所から見ていたアルフにとっては、バルディッシュの咄嗟の判断までは知りえない。

 彼女はただちに己の主を助けるべく向かおうとするが。


 「…………」

 その進路には、盾の守護獣が無言で立ちはだかる。彼の表情、彼の纏う気配が、“ここから先へは行かせぬ”と何よりも雄弁に語っていた。


 「まずい、助けなきゃ」

 同じく遠くからフェイトが墜落するのを確認したユーノは、即座に行動に出る。


 「妙なる響き、光となれ。癒しの円のそのうちに、鋼の守りを与えたまえ」

 ユーノの詠唱と同時になのはの周囲にミッドチルダ式を表す円形の陣が構築され、彼女を癒しの光が包み込む。


 「回復と、防御の結界魔法。なのはは、絶対ここから出ないでね」

 なのはを守るために行える可能な限りの処置を終え、ユーノもまた飛行魔法を用いて空を駆ける。

 しかし―――


 「不味い!」

 そこで彼が見たものは、紫色の閃光がフェイトの墜ちたビル目がけて急降下していく光景であった。今からユーノが全速力で駆けつけようとも、敵が先に到達してしまうのは明らか。

 なのはを守るための結界を構築する彼の手際は、これ以上ないほどに速いものであったが、それでも十秒近い時間を要した。

 そして、その間の時間を座して待つほど、烈火の将の戦術眼は甘くはない。


 【ヴィータ、しばらく待っていろ、先に仕留めてくる】


 【ああ、いざとなれば自分でも外せるから気にすんな。それに、ザフィーラもいてくれる】

 そのような念話が交わされたのが5秒前の話であり、シグナムはそのまま墜落した魔導師への追撃へ移る。

 自分がヴィータのバインドを解除すれば、その間に残る敵が墜落した仲間を助けるために動くのは間違いない。しかし、デバイスを全壊させてしまえば、戦力として復帰することはほぼ絶望的となる。

 ならばここでシグナムが取るべきは、まずは手傷を負わせた相手のデバイスのコアを完全に砕き、戦闘不能状態へと追い込むこと。蒐集を行うことも、ヴィータのバインドを解除することも、それからでも遅くはない。

 それはまさに、ヴィータがレイジングハートに対して行うとしたことの焼き増しでもあったが、彼女らがほぼ同等の戦術眼を有する夜天の騎士である以上、当然の帰結でもあった。

 的確な状況判断の下、烈火の将はフェイトが墜落したビル目がけて一直線に突き進む。

 そこに迷いはなく、例えフェイトが戦える状態になくても、容赦する気など微塵もない。


 故にこそ、ユーノがフェイトの救援に向かった際に彼女が健在であり、シグナムがそこに到達すらしていなかったのは、彼女が判断を変えたためでも、フェイトに温情をかけたわけでも当然なく。


 「民間魔導師への攻撃魔法使用、管理外世界の市街地における許可なき結界封鎖、さらに、嘱託魔導師からの勧告を受けた後の戦闘続行」

 シグナムの前に、ストレージデバイスを構えた黒衣の魔導師が立ちふさがったからに他ならない。


 「時空管理局、次元航行部隊“アースラ”所属執務官、クロノ・ハラオウンだ」

 その構えには一切の隙もなく、これまでシグナムとヴィータが対峙した少女たちからは感じ取れた“素人らしさ”が微塵も感じ取られない。

 外見こそ、12歳程度と見受けられる少年であり、その声もまだ声変わりしていないが、纏う空気は歴戦の戦士のそれ。


 「詳しい事情を、聞かせてもらおう」

 そして、同じく歴戦の戦士である烈火の将は確信する。


 「残念ながら、答えられる事柄は持ち合わせていない」

 この少年を相手にするならば、こちらも相当の覚悟をもって臨まなければならないことを。

 殺さないように手加減しながら戦おうなどと考えれば、即座に仕留められるであろうことを。


 「聞きだしたくば、武器をもって打倒するしか道はあるまい」


 「そうか」

 返答は短く、両者はそれぞれのデバイスを構える。

 ベルカのデバイス技術の結晶、カートリッジシステムと高度な知能を兼ね備えし、炎の魔剣レヴァンティン。

 特筆すべき特性は持たないが、それ故にあらゆる状況に対応し、最速の演算性能を誇るストレージデバイス。汎用性という点で他の追随を許さず、ミッドチルダ式の象徴ともいえるS2U。



 ベルカの騎士と、ミッドチルダの執務官の戦いが、始まろうとしていた。








あとがき
 ここより、原作とはやや異なった展開となります。トールが解析役に回ったことで、クロノが前線指揮官として問題なく動けるようになったことが、相違点になりましょうか。
 原作の二話が終わるまではかなり怒涛の展開となる予定ですので、バトル好きな方は楽しみにしていただければ幸いです。それではまた。






[26842] 第四話 集団戦
Name: イル=ド=ガリア◆ec80f898 ID:ee4ccd9f
Date: 2011/03/31 15:38
第四話   集団戦




新歴65年 12月2日 第97管理外世界 日本 海鳴市 封鎖領域  ビル内部 PM8:03




 「大丈夫、フェイト」


 「うん、ありがとう、ユーノ」

 バルディッシュがリカバリーを行ったとはいえ、凄まじい勢いで叩きつけられたフェイトは、ビルの階層をおよそ10階分貫き、建築物損壊よりも建築物崩壊と称すべき破壊をビルにもたらしていた。

 もしここが封鎖領域の中でなく、現実空間であったならば、このビルを使用していた会社の窓際社員の首が切られることは疑いない。

 とはいえ、ビルがどうなろうとそれは彼らの関知するところではなく、ユーノは手早くフェイトにフィジカルヒールをかける。


 「バルディッシュも……」


 「大丈夫、本体は無事」


 『Recovery.(修復)』

 本体コアが破損しない限り、彼やレイジングハートは主の魔力を受けて即座に戦線へ復帰することが可能。これもまた、現在のデバイス技術の発展の成果といえるだろう。

 とはいえ、やはり限界はある。損傷を受けたことは確かなのだから、戦闘が終わればデバイスマイスターに点検を依頼する必要があることも事実であった。


 「ユーノ、この結界内から、全員同時に外へ転送、いける?」


 「うん、アルフと協力できれば………なんとか」


 「私が前に出るから、やってみてくれる」


 「分かった」

 そして、フェイトは目を瞑り意識を集中させ、己の使い魔念話を飛ばす。


 【アルフも、いける?】


 【ちょっときついけど、何とかするよ。それに―――】


 【なかなかいい判断だ、フェイト】

 そこに、予想外の人物からの念話が届く。


 【クロノ―――】

 バルディッシュの修復と同時に、相手の戦力や結界の強度を分析し、今後の対応を考えることに集中していたフェイトは、ユーノが治療を行うための足止めを行っている黒衣の魔導師の存在を感知していなかった。

 それに本来ならば彼が容易く動ける状況でなかったこともある。もし古き機械仕掛けがエイミィと共に結界解析役を引き受けていなければ、彼がここに来ることは不可能であっただろう。


 【ただし、若干の修正を加える。敵は現在のところ三人だが、これ以上増えないという保証はない、いや、もし仲間がいたならば、恐らくは乱入してくる可能性が高い】


 【…………確かに】

 フェイトの構想の中には新たな敵の増援という要素は含まれておらず、この状況でそこまで考慮出来るクロノに対し、彼女は内心驚いていた。

 しかし、クロノにもそれなりの理由がある。昨日、レティ・ロウラン提督と自分の母であるリンディ・ハラオウンとの会話を聞いていた彼は、ブリッジを辞した後、闇の書に関する情報を即座にデータベースより参照できるデバイスと、闇の書の守護騎士の特徴について確認していたのだ。


 〔鉄鎚の騎士と名乗るフロントアタッカー、湖の騎士と名乗るフルバック、盾の守護獣と名乗るガードウィング、剣の騎士と名乗るセンターガード、現在の四人一組(フォーマンセル)の原型ともいえる守護騎士。これに闇の書の主が加わった際の戦闘力は計りしれません〕


 〔彼らの纏う騎士甲冑はその時の主によって変化し、特定は不可能です。また、正体を悟られぬように蒐集を行う場合は変身魔法によって姿を変えるため、外見から判断することはミスリードの危険性を高くします〕


 〔剣の騎士は中背でフルプレートアーマーを纏い、鉄槌の騎士は小柄な身体にやはりフルプレートアーマー、湖の騎士は軽装甲の鎧を纏った女性、盾の守護獣はその名の通り大型の狼であったといいます。判断は姿よりも所持するデバイスで行うのがよろしいでしょう〕

 それらの情報を現状にあてはめるならば、対峙している三人の特徴は、フルプレートアーマーという点を除けば見事に当てはまる。ミスリードの可能性が否定しきれるわけではないが、レティ・ロウランの話との整合性も考えれば、ほぼ間違いあるまい。

 となれば、あと一人、湖の騎士と呼ばれる後方支援役がどこかにいるはずなのだ。


 【そして、新たな敵が来たならば、最も狙われ易いのはなのはだ。そこで、敵の三人は僕とフェイトとアルフで足止めするから、ユーノはまずなのは一人を安全に転送させることに全力を注いでくれ、ただし、なのはとはある程度の距離を置いた場所で】

 複数の人間が入り乱れる集団戦における定石は、弱い者、もしくは傷を負った者から狙うというもの。まずは、確実に消せるところから潰していく。または、弱いものを狙うことで強者が庇わざるを得ない状況を作り出すという戦術もある。

 敵がその定石に則るならば、狙ってくるのはデバイスが中破し、バリアジャケットも失っているなのはが当てはまる。逆に言えば、なのはさえ転送させてしまえば、残る四人は自力で敵を振り切って逃走することも不可能ではないのだ。外部からはアースラが現在も結界の解析を進めているのだから。

 クロノ・ハラオウンは烈火の将を足止めしながら、そこまでの思考を働かせていた。


 【どうして………あ、そういうことだね、分かったよクロノ】


 【えっと―――ユーノの転送魔法を敵が妨害しようとした際に、なのはを巻き込ませないため?】
 

 【その通りだ。かといってユーノの防御結界があるとはいえ離れ過ぎるのも問題がある、いざという時には補助に回れる距離を保つようにしてくれ。それから、敵にまだ仲間がいる可能性がある以上、ただ結界の外に出せばいいというものでもない。下手をすれば、結界の外で敵が待ち構えている危険性すらあるからな】


 【ええっと、じゃあ、どこに? アースラは遠すぎるよ?】


 【遠見市にあるフェイト達のマンションだ、あそこの転送ポートを利用すれば本局まですぐに飛べる。純粋な安全性ならなのはの家が一番だが、一応は魔法を知らない家に瞬間移動させるわけにもいかないだろう】

 高町家こそ、現在の海鳴市において最も戦力が集中している場所であるのは間違いない(さざなみ寮という可能性もあるが)。

 しかし、なのはが家族に秘密にしている以上は、まだそこに転送させるわけにはいかない。それに、このような事態になった以上は、なのはを一旦アースラか本局へ避難させる必要があるため、高町家は好ましくないのだ。

 ジュエルシード実験のために時の庭園が現地の拠点として用意したマンションは転送ポートとしてなおも機能しており、夏にフェイトが遊びに来た際には別宅としても機能していた。


 【分かった。僕は、なのはを守りながら彼女の転送に専念すればいいんだね】


 【じゃあ、わたしは?】


 【一旦僕と合流してくれ。流石に二対一では厳しそうでね、仕切り直したいところなんだ。アルフは、もう一人の足止めを頼む、ただし、深追いはするな】


 【了解、転送魔法を準備しなくていいなら、どうとでもなるさ】

 全員の同時転送ともなればユーノとアルフが二人がかりで行う必要があるが、ユーノが一人でなのはの転送に集中するならば、その間アルフは戦闘に全力を注ぐことが出来る。そして、ユーノが抜けた穴はクロノがカバー。


 【頼むぞ、皆】


 【【【  了解  】】】

 これこそが、クロノ・ハラオウン執務官。

 彼の参入は戦力が一人増えただけに留まらず、現状における彼我の戦力を分析し、こちらが取るべき行動を瞬時に判断し、皆に指示を出す前線指揮官の到着を意味しているのだ。

 戦闘能力だけならフェイトはクロノとかなり近い領域に達しているが、指揮官としての能力に関してはまだまだ及ぶところではない。自分の能力を使いこなすことと、他人を上手く使うことは全く別種の技能なのだ。

 そして彼は戦況を見極め、指示を出すと同時に、前線の戦力の一人としても機能しているのであり、若きエース達において、それを可能とするのも今はまだ彼一人。

 二人の魔法少女が、“エースオブエース”、“金色の閃光”の渾名と共に指揮官としての能力も持ち合わせる真のエースへと至るまでには、まだ幾ばくかの時が必要であった。



 ミッドチルダ式魔導師と、ベルカの騎士のよる集団戦が始まる。






新歴65年 12月2日 第97管理外世界 日本 海鳴市 封鎖領域  上空 PM8:04




 「つあっ!」


 「はっ!」

 そして、念話による作戦会議を行いながらも、黒衣の魔導師は剣の騎士と相対している。

 最早、高速で飛び回ることは戦うために最低限必要な技能とでも言わんばかりに空を舞い、交差する両者。

 彼ら二人に限らず、この場にいる魔導師と騎士は全員が空戦を可能としており、かつその半数近くは10歳未満。ミッドチルダの地上部隊が聞けば何の冗談だと笑いたくなるであろう状況だ。


 「スティンガースナイプ」

 クロノのデバイス、S2Uより誘導制御型射撃魔法が発射され、シグナムへと突き進む。


 「レヴァンティン」
 『Panzerhindernis.(パンツァーヒンダネス)』

 躱しきることは困難と判断した彼女は、バリアを展開するも―――


 「スナイプショット」

 僅かにタイミングをずらした弾丸加速のキーワードにより、魔力光弾(スティンガー)は急加速、シグナムの予想を超える“早さ”で命中する。

 そして、それに留まらず、魔力弾丸は空中にて螺旋を描きつつ魔力を再チャージ。クロノの指示のもと、再び敵へと肉薄する。


 <やはり、か>

 迫りくる追尾と魔力チャージの特性を兼ね備えた弾丸を鞘で弾きながら、シグナムは己の直感が正しかったことを悟る。


 <強いだけではなく、巧い>

 飛行速度や近接攻撃の威力ならばフェイトが上、誘導弾の制御や砲撃の破壊力ならばなのはが上。

 しかし、必要な時に必要な魔力のみを用い、クロノは最高の戦果をあげている。今の彼の目的は足止めであり、アースラの結界解析に長時間かかることも考えられる以上は、持久戦を前提とした戦法を取るのも当然の成り行きであった。

 ブレイズキャノンなどの砲撃魔法は放たず、ベルカの騎士の独壇場である接近戦にも持ち込ませず、中距離を保ったまま彼は誘導弾とバインドのみでシグナムをこの空域に釘づけし続けている。

 それは彼が、数は少ないとはいえ現代に残るベルカ式の使い手との戦闘経験を有していることを意味している。民間人であるなのはや、時の庭園とアースラ以外では訓練を行ったことのないフェイトと異なり、クロノにとって古代ベルカ式の使い手は初見ではないのだ。


 <一人では突破は難しいな、ザフィーラも敵の守護獣を相手にしている。ならば――――多少荒いが、許せよヴィータ>

 そしシグナムは、“多少荒い手段”を実行に移す。





 
 「意外と苦戦してんな、シグナム」

 そんな将の胸中は知らず、鉄鎚の騎士はバインドに捕らえられた状態のまま、戦況の推移を見守っていた。

 シグナムは新手の黒衣の魔導師に足止め、いやむしろ釘づけにされ、ザフィーラもオレンジの髪をした守護獣を相手にしている、こちらはしばらく押していたが、現在はほぼ拮抗状態、今すぐにこちらに駆けつけることは厳しいだろう。


 「やっぱ、自分で外すしかないか――――って、おおい!」


 『Schlangeform!(シュランゲフォルム!)』

 ヴィータの位置にすら聞こえるほどの大きさで、レヴァンティンの声が響き渡る。それは、炎の魔剣の二つ目の姿、連結刃への変形を意味している。


 「シュランゲバイセン!」

 連結刃からの攻撃はシュベルトフォルムでは届かない範囲や中距離への攻撃を可能とし、敵の移動や回避を困難とする、間合いを制することに長けた一撃。

 そして、シグナムがわざわざカートリッジを使用して連結刃への変形を行ったことには、二つの目的があった。

 一つは、クロノとの間合いを離し、一旦仕切り直すこと。

 そして、もう一つは――――


 「危ねえなおい!」

 連結刃がシグナムを中心に竜巻を形成するように展開し、それを回避したクロノは一旦距離置く。と同時に、その反対側にいたヴィータにも当然連結刃は届く。

 だが、刃が騎士服の一部を切り裂いたものの、ヴィータの肌は無傷であった。また、破壊されたものは彼女の騎士服だけではない。


 「右手のバインドだけきっちり破壊してら、ったく、荒っぽいにも程があんだろ」

 愚痴を言いつつ、ヴィータは右手に握ったグラーフアイゼンによってバインドブレイクを実行、残り三つのバインドを悉く破壊する。


 「文句を言うな、それよりも、バインドに捕まるとは油断でもしたか」


 『Schwertform.(シュベルトフォルム)』

 そして、仕切り直すためにヴィータの元まで引き、レヴァンティンをシュベルトフォルムに戻しつつシグナムが声をかける。


 「うっせーよ、戦術的判断って言え。いざとなればこっから逆転することだって出来らあ」


 「そうか、それはすまなかったな。だが、あまり無理はするな、お前が怪我でもすれば、我らが主も心配する」


 「わあってるよ」

 主に無用な心配をさせないことも、騎士たる者の役目。それは彼女らの心より生まれる想いであり、“独善”と言われればそれまでではあるが、騎士に限らず、人と人との触れ合いというものはそういうものだ。

 自分ではない他人の心など、完璧に把握できるはずもなく、そもそも自分の心すら理解できない場合も多い。しかし、だからこそ人間は触れ合い、言葉を交わし、繋がっている。

 だが、闇の書の守護騎士として長い夜の中にいた頃は、そのような意思すらなく、蒐集を行うプログラムに過ぎなかったが、そんな彼女らも、今は主のために戦っているのだ。

 二人の騎士は敵の動向に目を走らせながらも、会話を交わしていく。


 「それから、落し物だ」


 「あ…」

 シグナムはヴィータの帽子を手に取り、彼女の頭に乗せる。


 「ありがと………シグナム」

 やや照れつつも礼を言うその時の姿だけは、まさしく歳相応の少女ものであったが。


 「戦況は、四対三、芳しいとは言えないな」


 「ああ、それに向こうさんも迎撃準備万全みたいだ」

 その表情は、すぐさま歴戦の戦士のそれへと戻る。その視線の先には、杖を構えし黒衣の魔導師と、ダメージから復帰し魔力刃で構築された鎌を構えた、同じく黒衣の少女が空に佇んでいる。


 「一人は戦闘不能だから敵は四人。一対一ならば我らベルカの騎士に負けはないが、守勢に回られ、負傷者を逃がされると厄介だ」


 「つーか、ここで逃げられたら、あたしはあいつのデバイスを壊しに来ただけの間抜けになっちまう」

 今宵の守護騎士の戦略目標はあくまで白い魔導師から蒐集を行うこと。管理局の主戦力クラスの魔導師と真っ向からやり合うこと事態が、既に想定外なのだ。

 かといって、ここで退いてはただこちらの情報を管理局に渡すだけの結果しか残らない。何としても四人の壁を突破し、少なくとも一人からは蒐集を行わねばただの無駄骨だが、いくらベルカの騎士とはいえ相手が守勢に徹するならば突破は難しい。


 「そして、先程までとは気配が違う。ザフィーラが相手している守護獣も同様にな」


 「差し詰め、指揮官が到着して、戦闘だけに専念できるようになったってとこか。これまでは慣れない状況判断と戦闘を同時に行ってたから甘さがあったけど、その穴も埋まっちまった」

 つい先程まではザフィーラに押されていたオレンジの髪の守護獣、アルフも今ではほぼ互角にまで持ち直している。

 ヴィータの推察の通り、クロノの指示によってフェイトのことや転送魔法のことを気にする必要のなくなったアルフは、目の前の敵と戦うことのみに全力を注げているのであった。

 数の上で不利な上に、敵の指揮官も優秀。

 ヴォルケンリッターにとって、戦局はいささか厄介な情勢となりつつある。


 「蒐集を行うにも、まずは誰か一人を抜かねばならんが………一人だけを転送するならばあまり時間もかからん、まずは、あの少年を狙うべきか」

 その少年とは無論、なのはから若干離れた位置で転送魔法の構築と部分的な結界抜きを試みるユーノ・スクライア。


 「だな、闇の書はあたしが持って……………ない」

 腰の後ろに手を回したヴィータが、そこにあるはずのものがないことに気付く。


 「何だと?」

 そして、その答えは数秒後に別の方角からやってくることとなる。










新歴65年 12月2日 第97管理外世界 日本 海鳴市 八神家 キッチン PM8:05



 「♪~♪~♪~、よしっと、――――ん」

 鼻歌を歌いながら料理をしている少女のエプロンのポケットに収められた携帯電話が、着信音を響かせる。


 「もしもし?」


 「あ、もしもし、はやてちゃん、シャマルです」


 「ん、どうしたん?」


 「すいません、いつものオリーブオイルが見つからなくて………ちょっと、遠くのスーパーまで行って探してきますから」

 ただ、その声はいつものシャマルの声に比べてややゆっくりとしたもの。

 電話である以上当然と言えなくもないが、これはシャマルが主に虚言を成すときの特徴でもあった。


 「別にええよ~、無理せんでも」


 「出たついでに、皆を拾って帰りますから」


 「そっか、気いつけてな」


 「はい、お料理、お手伝いできなくて、すみません」

 それは、虚言ではなく心からも想い。


 「だいじょぶ、平気やって」


 「なるべく急いで、帰りますから」


 「急がんでいいから、気いつけてな」


 「はい、それじゃあ」

 そうして、湖の騎士シャマルは通信を終える。ただし、その場所は海鳴のスーパーの近くではなく、近いようでどこよりも遠い、位相を隔てた封鎖結界内。彼女の視線の先では、二騎の守護獣が空中戦を繰り広げている。

 無論、封鎖結界の内部から携帯電話を使用したところで、通常空間にいるはやての携帯電話に繋がるはずもない。そもそも、位相が違うのだ。

 だがしかし―――


 「そう、なるべく急いで、確実に済ませます。クラールヴィント、導いてね」


 『Ja.』

 彼女の持つデバイスは、直接的な攻撃力の大部分を犠牲にすることで、強力なサポート能力を保有するベルカでも数少ない補助魔法特化型のアームドデバイス。

 彼女と湖の騎士シャマルの魔法が合わされば、魔力で駆動する魔導端末と、純粋な電気で駆動する機械端末を繋ぐのみならず、空間を隔てた通信すらも可能とする。

 それは、目立たず地味でありながらも、実は瞠目すべき脅威の技術なのである。


 『Pendelform.(ペンダルフォルム)』

 風のリングクラールヴィントに収められた宝石が分離し、拡大して振り子をなす。そこには紐が繋がっており、さながらダウジングに用いるかのような様相を見せる。

 この状態においてこそ、クラールヴィントは通信・運搬の補助に対して最大の性能を発揮するのだ。


 【ヴィータちゃん、シグナム、ザフィーラ、闇の書は私が持っているわ】

 故にこそ、その念話はおろか、彼女がこの場にいるとさえも誰にも感知されぬまま、湖の騎士は密かに通信回線を開く。

 クロノですら、湖の騎士が近くにいる可能性に思い至っているものの、その場所までは特定できていない。彼が戦闘を行っておらず、探索に集中出来たならば話は違うだろうが、シグナムとヴィータと相対しながらでは無理があった。


 【管理局の魔導師はまだ私を感知していない。だから、いい作戦があるの】

 そして彼女は、ヴォルケンリッターにおいて頭脳戦を担当する参謀役。

 ベルカの騎士でありながら近接格闘に向かないデバイスを操るその真価が、静かに発揮されようとしていた。








新歴65年 12月2日 第97管理外世界 日本 海鳴市 封鎖領域  上空 PM8:08





 集団戦が開始されると共に、戦う者達はそれぞれに散り、一対一の戦いを三箇所において展開することとなった。それぞれの位置はなのはの場所から離れており、アースラ組がヴォルケンリッターをなのはから引き離した結果といえる。

 また、三箇所の戦闘位置とほぼ等距離であり、なおかつなのはともそれほど離れてはいない位置にユーノは陣取り、結界の突破となのはの転送を試みる。

 そして、三局の戦いの一つにおいて、既に衝突が行われていた。

 高速機動からの魔力を伴った衝突はそれだけで凄まじい音と光を生み出すものの、その中心にいる両者は意に介することなく、各々の得物に力を込める。

 閃光の戦斧と炎の魔剣

 剣とハルバード、形状や用途に違いはあれど、近接戦闘において真価を発揮する武器であることに変わりはなく、その鍔迫り合いは一見、拮抗しているように見受けられる。


 「く、ぐぐ」


 「――――」

 だが、互角ではない。魔力と魔力がぶつかり合い、火花が散るたびに僅かながらバルディッシュの刀身が削られていき、僅かに亀裂が入る。


 ≪相手はアームドデバイス、強度は向こうが上か≫

 近接戦闘に向いた武装であるとはいえ、バルディッシュはインテリジェントデバイスであり、対して、レヴァンティンはアームドデバイス。共に高度な知能と主の魔力変換資質を引き出す特性を備えているものの、重きを置いている機能が異なっている。

 ミッドチルダ式であるバルディッシュは射撃の制御や、何よりも高速機動の管制に主眼が置かれている。ベルカ式であるレヴァンティンは近距離、中距離、遠距離を問わず、いかなる状況でも最大の破壊力を引き出すことに主眼を置かれた攻撃専門といえる。

 近接戦闘において、現在のバルディッシュではレヴァンティンに及ばないことは、火を見るより明らか。


 『Photon lancer.(フォトンランサー)』

 フェイトは持ち前の機動力を発揮して大きく距離を取り、自らの周囲に四つの光球を展開、それぞれに魔力を込めていく。


 「レヴァンティン、私の甲冑を」
 『Panzergeist!(パンツァーガイスト)』

 対して、シグナムが選んだ防御はフィールド系のパンツァーガイスト。

 魔法攻撃に対して圧倒的な防御性能を誇り、全身を覆った場合は攻撃が不可能となるため、部分展開や鞘に纏わせるなどの調整が必要となるが、ここでは純粋な防御用として発動させる。


 「撃ち抜け、ファイア!」

 強力な魔力が込められたフォトンランサーが放たれ、剣の騎士へと突き進む。誘導性能を持ち得ない直射型ゆえに、弾速が速く、連射も可能。フェイトが最初に習得した魔法でもありそれだけに熟練しており、信頼性も高い。


 だが――――


 「!?」

 パンツァーガイストは全力ならば砲撃魔法すらも防ぐ。防御に徹した際のシグナムの守りを突破しようと思うならば、なのはのディバインバスターと同等かそれ以上の破壊力がなければ叶わない。


 「魔導師にしては悪くないセンスだ」

 それは、彼女の心からの想いであり、自分にも味方にも厳しい彼女がそのように述べるのは珍しい。

 遙かな昔、白の国にて“若木”を教導していた時には、そのように賛辞に近い言葉を受け取った者は稀であった。


 「だが、ベルカの騎士に一対一を挑むには――――――――まだ、足りん!」

 瞬間、シグナムの身体が消える。いや、フェイトにはそう見えるほどの速度で移動したのだ。


 「おおおお!!」

 その次に瞬間にはフェイトの頭上に姿を現し、上段から加速を込めてレヴァンティンを叩きつける。純粋な速度ならばフェイトが上回るにも関わらず、なぜこうも容易く彼女の間合いに入り込むことが出来るのか。


 「くうっ!」

 それはすなわち、速度に非ず技術、入りのタイミングと相手の目からは捉えにくい緩急。“相手に近づいて叩っ切る”というものがシグナムの戦術の基本ではあるが、それだけに彼女は間合いを詰めることを何よりも得意としている。

 ヴィータのグラーフアイゼンならば、ジェット噴射機構を備えたラケーテンフォルムがあり、急加速も可能だが、レヴァンティンにはその機能はない。それゆえ、シグナムは己の技量によってそれを補っているのであり、彼女の高い技量があってこそ、レヴァンティンは攻撃能力のみに特化することが出来る。

 炎の魔剣レヴァンティンは、烈火の将のために作られたデバイスであり、その連携にはまさに微塵の隙もない。フェイトが展開したバリアをそのまま破壊し、バルディッシュ本体にすら軽微ながら損傷を加える。


 「レヴァンティン、叩っ切れ!」
 『Jawohl!(了解)』

 さらに、カートリッジロード。生じた相手の隙を見逃さず、カートリッジを用いるべきタイミングを見極め、追撃を仕掛ける。

 炎熱変換された魔力が再びレヴァンティンに宿り、炎の魔剣はその真価を存分に発揮していた。


 「く、ああ!」

 バルディッシュで以て迎撃を試みるフェイトだが、その一撃は重く、強く、バルディッシュにさらなる損壊を加えると同時に、彼女を再びビルへと叩きつけた。






--------------------------------------------------------------------




 「はああ!」


 「スティンガーレイ」

 高度な空戦は別の局面でも変わらず展開されている。

 鉄鎚の騎士と黒衣の魔導師は高速で飛び回りながらも、ある種の膠着状態に陥りつつあったが、それは偶然ではなく、片方が意図的に誘導したものであり、もう片方がそれを知りつつもあえて乗るという形で展開されていた。

 クロノはヴィータの鉄鎚を躱し、反撃に用いる魔法は威力自体はそれほど強くはないものの速度とバリアの貫通能力が高いため、対魔導師用として優れるスティンガーレイ。


 「アイゼン!」
 『Schwalbefliegen.(シュヴァルベフリーゲン)』

 ヴィータもまた中距離誘導型射撃魔法で応じ、スティンガーレイを迎撃。そのまま反撃に転じようとするが―――


 「チェーンバインド」

 その進行方向には蜘蛛の巣のように鎖の網が張り巡らされ、彼女の最短距離で切り込ませることを許さない。突っ込むことは出来るが、それでは速度が鈍り、射撃魔法の的にしかならない。

 本来は拘束用魔法であるチェーンバインドをこのような形で展開することも、実戦における応用の一つ。教科書通りの使い方だけが全てではない。


 <ち、しゃあねえ、迂回して―――――!>


 そう思考し、上方に迂回し、重力を味方につけた一撃を叩き込もうとしたヴィータだが、ただならぬ予感を感じ、咄嗟に後方に飛び退く。

 その前方を、クロノのスティンガースナイプが下方から飛来し通過していき、さらに、その魔力弾を捕える形で上方に設置されていたディレイドバインドが発動した


 <いつの間に―――――――待てよ、まさか>

 驚愕しながらもヴィータはその攻撃の起点を探り、さらに驚くべき真相に辿り着く。


 <さっき、シグナムに放ってた誘導弾、あれは空中を旋回しながらチャージする機能を持ってた……………それを、地面すれすれに待機させてたってわけか>

 シグナムとヴィータが合流し、クロノもまたフェイトと合流した場面、その時に既にクロノは罠のための布石を敷いていたのだ。

 スティンガースナイプを消滅させず、己に戻すこともなく、ほとんどの魔力を失って失速するかのように見せかけ、下方へ落下。だが、その状態で密かに魔力を再チャージしていき、ヴィータが突撃をかけようとしたタイミングに合わせ、上昇させる。

 さらに、その上方にはディレイドバインドが設置されており、もしヴィータが後方に退かずにチェーンバインドを迂回した上方からの攻撃を選んでいれば、下からのスティンガースナイプを避けるために罠の中に飛び込むこととなっていた。


 <鋭いな、この程度の罠には嵌らないか>

 しかし、驚きがあるのはこちらも同様。対峙する赤い騎士がディレイドバインドに掛かれば即座に止めを刺すべく直射型砲撃魔法、ブレイズキャノンの術式をS2Uに待機させておいたクロノだが、無駄に終わってしまった。

 純粋な演算性能に優れるストレージデバイスは、幾つかの術式を待機状態にしておき、時間差で発動させることを可能とする。ただし、弊害として、その間の状況判断や術式の選択を全て魔導師が行わなければならなくなるという欠点も有していた。

 だが、クロノほど戦術の構築と展開に長ける者ならば、その欠点もそれほど痛手になりえない。まさしく、詰め将棋のように敵を追い込み、罠にかける、それが、クロノ・ハラオウンの基本的な戦闘スタイル。


 <こいつ、並じゃねえな。しかも、気付けばこの位置関係―――>

 クロノの罠を辛くも看破したヴィータだが、同時に自らが置かれた状況に気付く。

 チェーンバインドは未だに彼女とクロノを分かつ境界線のように展開されているが、その他の戦場、シグナムとフェイトも、ザフィーラとアルフも、悉くその境界線の向こう側に位置しており、なのはとユーノも同じく。


 つまり、ヴィータがクロノを相手にせず他の応援に回ろうとしても、振り返った先には誰もいないという状況。彼女が仲間を支援しようとするならば、まずはこの黒衣の魔導師を突破しなければならない。


 【フェイト、大丈夫か】


 【なんとか、まだいけるよ】

 対して、クロノは全速で反転すればフェイトやアルフの支援に回れる。当然、ヴィータの追撃を考慮する必要があるが、彼女の精神には既に楔が打ち込まれている。


 <アイツが反転して、あたしが追ったら、また罠があるかもしれねえ―――――なんて考えちまってること自体が野郎の手の内か>

 クロノが反転し、ヴィータが追う。それ自体が彼女を捕えるための罠である可能性が脳裏から離れない。逆に言えば、クロノは“反転するふり”をするだけで、ヴィータの次の行動に制限を加えることが出来るのだ。すなわち、ただちに追うか、一旦様子を見るか。

 だが、彼女は優れた戦闘者であり、無謀な突進を試みるには戦局を見る力が強すぎた。かといって、特に何も考えずに突進すれば、罠にかかるだけだろう。


 <どっちにしろ同じか、あの野郎、わざとさっきあたしに罠を見せつけやがったな>

 つまり、先程のクロノの罠は、相手の戦術思考レベルが高かろうが低かろうが、どちらにも対応できるものとなっていたのだ。

 相手が純粋に突っ込んでくるならば、ディレイドバインドで捕え、ブレイズキャノンで止めをさすだけ。相手が慎重に様子を窺ったならば、下からスティンガースナイプを飛来させ、それをディレイドバインドで捕える。それによって、相手の精神にどこに罠が仕掛けられているか分からない、という楔を打ち込み、こちらは、相手の戦術思考能力が高いほど効果を発揮する。


 <最適ではないが、第一段階はクリアだな>

 一つの駆け引きを終えたクロノは、思考を止めることなく戦況全体の推移を見守りながら、新たな戦術を構築する。

 クロノとヴィータの戦闘だけに限るならば、どちらが優位に立ったわけでもない。双方に傷はなく、魔力の消耗レベルにも大差なく、仕切り直しの状態で対峙している状況なのだから。

 しかし、戦局全体で見るならば、他の戦場に駆けつけることが可能な地の利を抑え、さらに自身が他方の応援に出た際に即座に追撃に移る選択肢すら封じたクロノが優勢となっている。

 目立つ戦い方ではなく、華がある戦い方でもない。将来、砲撃、高速機動、広域殲滅など、それぞれの代名詞とも言える特徴を有する三人の少女達と異なり、クロノ・ハラオウンの戦術には特筆すべきものは何もなく、彼はそのような才能には恵まれなかった。

 だが、積み上げられた経験と、短所をなくす方向に鍛え上げた魔導師としての能力、そして何よりそれを支える鋼の意思。それらを以てして、クロノ・ハラオウンは戦場の華たる紅の鉄騎と互角以上の戦いを繰り広げる。


 <こいつは、あたしと戦いながら、戦局全体を見てやがる>

 無言でありながらも、鉄鎚の騎士の内心は穏やかではない。

 これは別に、クロノの戦闘能力がヴィータを大きく凌駕しているために、他に気を回す余裕があるわけではない。ヴィータと一対一で対峙していても、他の戦況を見守りながら戦っていても、クロノ・ハラオウンの戦闘能力にはほとんど影響がないのだ。

 そして、それこそが執務官、もしくは前線指揮官として最も必要とされる能力。後方の司令官、リンディ・ハラオウンの立場ならば、戦闘能力は必要なく、指揮能力のみに優れていればいい。

 逆に、フェイトのような嘱託魔導師や武装局員であれば、指示された通りに動き、戦力として働く能力が優れていれば良い。

 しかし、執務官=エース級魔導師ではなく、必要とされるのは自身も前線で戦いながらも戦局全体を把握し、指示を与えつつ後方への連絡も同時に行う、多面的な技能。

 この数年後、フェイト・テスタロッサ・ハラオウンは努力の果てのその能力を身に付けるが、前線指揮官としての適正に関してならば、さらに後に彼女の補佐官となるティアナ・ランスターの方が優れていた。

 執務官の仕事は多岐にわたり、特に捜査に関してならばフェイトはティアナよりも適正があったが、クロノ・ハラオウンという男は、両方の能力において両者を凌駕していた。しかもそれは、天性によるものではなく、努力によって培われたもの。


 <強い、そうとしか言えねえな>

 故にこそ、彼には隙がない。

 純粋な戦いにおいてならば負けるつもりは微塵もないヴィータだが、集団戦における指揮能力では向こうが勝っていることを認めざるを得ない。

 このような相手を前に、搦め手を用いるのは得策ではなく、まして彼女は鉄鎚の騎士。最前線に立って敵を粉砕することこそが本領なのだ。


 よって、クロノ・ハラオウンの戦略を打ち崩すとするならば―――


 【もう少しよ、タイミングを合わせてね、ヴィータちゃん】

 主戦力としてではなく、参謀として策を巡らすことに長ける者。


 【応よ、任せな】


 湖の騎士、シャマルの能力こそが、要となる。



 彼女の策が発動する時は――――――近い。




[26842] 第五話 奇襲、策略、対抗策
Name: イル=ド=ガリア◆ec80f898 ID:ee4ccd9f
Date: 2011/03/31 15:38
第五話   奇襲、策略、対抗策




新歴65年 12月2日 第97管理外世界 日本 海鳴市 封鎖領域  上空 PM8:08




 「はああああああ!!」


 「ぬうう!」

 三局の戦いは止まることなく進み、デバイスを用いない者同士の戦いもその激しさを強めていく。

 当初、盾の守護獣ザフィーラの体術はアルフを凌駕していたが、アルフが結界破壊や転送に労力を割かず、迎撃に全力を割けるようになってからはほぼ互角の様相を見せている。

 もし、彼女が転送魔法の準備をしていれば、純粋な戦闘能力はやや下がるものの、サポートに向いた獣形態をとっていたであろうが、今は互いに人型。高速で飛び交い、魔力を纏った拳を叩きつけ合う。


 【ユーノ、そっちはどうだい!】

 かといって、余裕があるわけでもないため、念話も自然と短く速いものとなるが。


 【もう少し、座標の設定は済んだ。後はなのは一人を送れるだけの穴を開けられれば―――】


 【上出来、そんくらいなら余裕だよ】

 ユーノからの朗報が、彼女の身に活力を与える。なのはの転送が済めばユーノも戦力として参加することが可能となり、戦況はこちらの有利となる。

 クロノ程全体を見る余裕があるわけではないが、アルフも自分達の現在の状況は理解しており、己の役割を遂行することに全力を尽くす。


 「………」

 対して、盾の守護獣は無言。

 彼は元々饒舌ではないが、今回に関しては無言であることにも理由はあった。


 【どう、ザフィーラ?】


 【問題ない、お前の指示通り、今は徒手空拳のみで戦っている】


 【そう、後少しで動くから、手筈通りにお願いね】


 【心得ている】

 アルフがユーノと念話を行っているように、ザフィーラもまたシャマルと念話を行っていた。

 そして、地に根を下ろさず、空戦から交差する際に拳や蹴りを放つ格闘戦においては、ほぼ互角であることを理解しつつも、盾の守護獣はその戦法を変えることはなかった。彼もまた本来は陸の獣であり、その本領は地に足をつけた格闘戦でこそ発揮されるのだが。


 【頑張って、もうすぐ、風はこちらに向くわ】

 ザフィーラは、湖の騎士シャマルの作戦立案能力を信頼している。ヴォルケンリッターが参謀役である彼女の策を信頼すればこそ、彼は戦術を展開することなく、同じ攻防に終始する。


 風向きの変わる時は、近い。











新歴65年 12月2日 第97管理外世界 日本 海鳴市 封鎖領域  ビル群 PM8:09



 『Nachladen. (装填)』

 シグナムの手からカートリッジが放れ、レヴァンティンの柄の部分へと飲み込まれる。


 「カートリッジ………システム」

 そしてその機構を、閃光の戦斧とその主は理解している。他ならぬ、時の庭園の管制機が用いていたシステムでもあるのだから。


 「ほう、これを知っているか」

 それは、シグナムにとっても若干の驚きであった。闇の書の守護騎士として幾度も管理局員とは矛を交えたが、カートリッジシステムを用いていたものはほぼ皆無であったから。

 だが、それも無理はない。管理局が闇の書との抗争を繰り広げた時期は、インテリジェントデバイスの黎明期の頃。カートリッジシステムも一度は廃れた技術であり、デバイスマイスターらが心血を注いで復活させるべく努力していた時代だ。

 中でも、カートリッジシステムに関して最大の功績を成したのは“アームドデバイスの父”ことクアッド・メルセデスという人物。“インテリジェントデバイスの母”シルビア・テスタロッサはカートリッジ開発に関しては彼に及ばなかった、無論、彼女とて並のマイスターが及びもしない専門家であったことは間違いないが。


 「まあ………それなりに………」

 しかし、フェイトの言葉には陰りというか、憂鬱そうな気配が漂う。

 無理もなかった。なのはが“それ”を見たのは一度きりであり、それから半年以上経過していることもあって印象こそ強かったものの、既に過去のものとなっている。

 だが、フェイトにとっての“それ”は深層心理のレベルで刻まれつつあるトラウマと言ってよい、“ゴキブリ・フェスティバル”と並ぶほどの衝撃、いやむしろ笑撃を“尻からカートリッジを吐き出しつつ飛び回る怪人”は与えていた。

 物心ついた頃に刻まれたものゆえ、それを振り払うのは流石に容易ではない。レヴァンティンがトールの尻に突き刺さり、カートリッジを吐き出してトールごと吹き飛ぶ光景を想像してしまったフェイトを、責めることは誰にも出来まい。


 「?」


 そんなフェイトの反応に訝しげな視線を送るシグナムだが、今は戦いの最中であり、すぐに気を取り直す。

 まさか、彼女の脳内で己の魂が怪人の尻に突き刺さっていることまでは知りようもなく、いや、知らなくて良かったというべきか、もし知っていたら時の庭園に乗り込んでシュトゥルムファルケンを放っていたかもしれない。


 「終わりか、ならばじっとしていろ。抵抗しなければ、命までは取らん」

 不殺の誓いは、守護騎士全員が共通して持つもの。

 剣の騎士シグナムの攻撃は、ただの一度もフェイト・テスタロッサの命を奪う目的で振るわれてはいない。


 「誰が―――」

 フェイトはその言葉を否定し、同時に脳内の滑稽極まりない光景を考えないようにしながら、バルディッシュを構える。


 「いい気迫だ」

 シグナムはその返答に笑みを浮かべ、騎士として名乗りを上げる。もし、フェイトの脳内を知っていればそれどころではないが。


 「私はベルカの騎士、ヴォルケンリッターが将、シグナム。そして我が剣、レヴァンティン」

 言葉と同時に、レヴァンティンを両手で構え、油断なく見据える。片手と両手、どちらでも使えるのもレヴァンティンの特徴といえるだろう、ヴィータのグラーフアイゼンは片手で振るうには少々無理があり、それ成そうとするならば、ザフィーラと同等の体格が必要になる。


 「お前の名は?」

 相手の目を見据え、真っ直ぐに問う彼女に対し。


 「ミッドチルダの魔導師、時空管理局嘱託、フェイト・テスタロッサ。この子は、バルディッシュ」

 黒衣の少女も、真っ直ぐに応じる。


 「テスタロッサ…………それに、バルディッシュか………」

 そして、同時に―――


 【始めるわ、貴女も大丈夫、シグナム?】


 【ああ、名乗るべきものは名乗り、受け取るべきものは受け取った】


 【貴女らしいわね】


 【かもしれん、だが、準備は済んだ】

 既に、レヴァンティンにカートリッジは装填され、両手で構えている状態でシグナムはフェイトと対峙している。

 シャマルの策において、要となるのはシグナムであり、彼女の準備が整っていないのであれば、実行は不可能。


 【じゃあ、行くわ】


 【お前も気をつけろ】


 【ふふ、誰に言っているのかしら、近衛隊長】


 【そうだったな】

 それは、無意識に出た言葉ゆえに、彼女らは気付かない。

 その呼び名は、彼女らが夜天の魔導書の守護騎士、ヴォルケンリッターとなる前のものであったことを。

 彼女らは、気付かない。

 しかし――


 『Ja.』


 それを覚えている“彼”は、ただ静かに呟く。

 主人であり、己を構える烈火の将にすら聞こえぬ程小さな声であったが、彼は答えていた。

 我が主こそ、白の国の近衛騎士隊長、並ぶものなき剣の使い手であったと。

 騎士の魂は静かに、だが確かに、答えていたのだ。

 例え、その言葉を聞き届ける者が誰もいなくとも。





新歴65年 12月2日 第97管理外世界 日本 海鳴市 封鎖領域  ビル屋上 PM8:10



 「よし、もう少し」

 なのはがいるビルからやや離れた別のビルの屋上にて、ユーノ・スクライアはなのはを戦場から避難させるための術式を紡いでいる。

 敵対する者達はクロノ・フェイト・アルフの三名が防いでおり、彼を妨害する者はいない。仮に、四人目の敵が現れたとしても、ユーノにもそれに対応する準備があり、クロノも即座に駆けつけられる体勢を整えている。

 戦況は確かに、自分達に傾いている。クロノがいなければかなり厳しかったであろうが、戦力が四対三となったことでユーノは戦闘に加わらずに結界破壊と転送に専念出来ている。


 しかし、それは甘いと言わざるを得ない。


 闇の書の守護騎士、ヴォルケンリッターが参謀、湖の騎士シャマルの策は、まさにユーノが自分達の優勢を確信し、あと僅かでなのはを逃がせると安堵した瞬間に発動した。


 「!?」


 【ペンダルシュラーク!】

 間違いなく、ほんの一秒前まで何もなかった空間、そこから紐と振り子が突如出現し、ユーノの身体に巻きつく。

 それは、ユーノが想定した攻撃のどれにも属さないものであった。遠距離からの誘導弾、アームドデバイスによる直接攻撃、もしくは、使い魔と思われる男性の拳、どれが来ても対応できるよう準備していたが、ほぼ零距離から紐が伸びてくることまでは予想しきれなかった。

 もしこれが、バインドなどの魔力で編まれたものであれば、対応策もあったが、これは”風のリング”クラールヴィントの一部であり、バインドブレイクでは解くことは叶わない。

 さらに―――


 【逆巻く風よ―――】

 祈るような旋律と共に紡がれた言葉、そのままの光景が、ユーノよりかなり離れた地点に出現した。


 「竜巻だって! なのは!」

 これが、湖の騎士シャマルの策であり奇襲。

 左手のクラールヴィントでもってユーノを物理的に拘束し、自身はなのはのいるビルを中央として、ユーノがいる場所と反対側に陣取る。そして、右手のクラールヴィントによって“逆巻く風”を発生させ巨大な竜巻を形成し、屋上にいる少女へと進軍させる。

 他の守護騎士を止めている三人はユーノのさらに向こう側に位置しているため、それを止められる者は、誰もいない。


 <いや待て、例えSSランクの魔導師だって、僕への空間転移攻撃を行いながら、強力な魔法なんて放てるわけがない。それに、これはデバイスだ>

 だがしかし、ユーノ・スクライアの頭脳は明晰であり、魔導師の限界というものを彼は知っていた。

 デバイスを用いての遠距離束縛、これを一切感知させずに行った手腕は見事しか言いようがないが、それを行いながらあれほど巨大な竜巻を発生させることは不可能。


 <だから、あれは見せかけだ。多分、威力もほとんどなくて、大きさがあるだけの張りぼての竜巻>

 仮に、ある程度の威力があったとしても、なのはの周囲にはユーノが張った癒しと防御を兼ね備えた上位結界、ラウンドガーダー・エクステンドはA+ランクの守りがある、そう簡単に破れるものではない。

 ユーノは即座にそこまで見抜き、まずは自身を拘束する紐を解くことを優先する。何をするにしても、まずはこれを解かないことには話にならない。

 だがしかし、惜しむらくは彼の能力、思考は学者肌と言ってよく、戦闘者のそれではなかったことだろう。

 確かに、彼の推察は正しく、あの竜巻が直撃したところでなのはにはかすり傷一つなく、それどころかビルにすらほとんど被害は出ないであろう。


 だが―――





 「なのは!」


 「やばいじゃないか!」

 ユーノよりもさらに離れた場所で戦う二人、フェイトとアルフには瞬時にそこまで察するための情報がない。ユーノがいる以上は大丈夫だろうという思いはあっても、巨大な竜巻が現れ、なのはの方へ突き進んでいく様子を見てしまっては、平静ではいられない。

 つまり、行動の優先順位をつけるならば、ユーノはまずフェイトとアルフに念話を飛ばすべきであったのだ。あれは見せかけであり、敵の術者は自分を束縛している、仮に多少の威力があってもなのはの周囲の防御結界は破れないと。

 しかし、ユーノ・スクライアの本分は遺跡発掘や学術研究であり、戦闘指揮に長けるわけではない。というよりも、この場で戦力の一人として戦えること自体が既に異常なのだ。


 【よそ見をするな! フェイト! アルフ! 今は目前の敵に集中しろ!】

 そして、唯一戦局全体を見渡していたクロノは、やや位置が離れすぎていた。

 鉄鎚の騎士を他の戦場から引き離し、かつ、自身は仲間のところへ駆けつけることが可能な状況は作り上げたが、全体を見るためにはどうしても距離を取って見渡す必要がある。

 そのため、シャマルが現れた位置はクロノとは最も遠い位置であり、完璧な直線ではないが、シャマル→なのは→ユーノ→フェイト、シグナム→アルフ、ザフィーラ→クロノ、ヴィータという位置関係であり、上から見るならば、十字架に近いものとなっている。

 十字架の頭の先がクロノであり、左右に別れたそれぞれにフェイト、アルフ、交点にユーノ、下側の最も長い部分の先端にシャマル、ユーノとシャマルの中間になのは、といったところだろうか。

状態図
                 ヴィータ
                 クロノ
  
  



  
  フェイト・シグナム      ユーノ       アルフ・ザフィーラ



 
                 なのは
  

            
 
                 ↑
                 竜巻

 




                 シャマル


 この位置関係ならばクロノからは一方向を見るだけで全体を把握できるが、それはシャマルにも同じことが言える。さらに、なのはに迫る竜巻を捕捉し、その威力を図り、敵の目的を察するにはクロノの位置は遠すぎた。いや、見抜きはしたのだが、遅かったというべきか。


 「飛竜―――――」

 そして、なのはの方へ意識を向けてしまったフェイトを、烈火の将が黙って見過ごすことはありえない。むしろ、これこそが湖の騎士の策略の真骨頂なのだ。カートリッジをロードし、シュランゲフォルムから繰り出す砲撃級の魔力付与斬撃を放つべく魔力を込め――――



 「一閃!」


 「!?」

 フェイトが振り返ると同時に、その飛竜の咆哮の如き一撃が解き放たれる。

 これまで、シグナムのフェイトへ対する攻撃は全て、間合いを詰めての斬撃に限定されており、クロノに対しては一度シュランゲフォルムを用いたが、フェイトにとっては初見となる。

 さらに、その初見での一撃がシュランゲバイゼンではなく、炎熱の魔力が込められた中距離砲撃といえる飛竜一閃。いくら才能に溢れているとはいえ、まだ歴戦とはいえない嘱託魔導師が即座に対処できる攻撃ではない。


 『Defensor.(ディフェンサー)』

 だがしかし、閃光の戦斧は揺るがない。

 例え主が動揺し、咄嗟の対処が出来ずとも、機械仕掛けの頭脳を有する彼が慌てることはあり得ない。


 (我々デバイスが取り乱しては話になりません。いついかなる時もただ演算を続けよ。動揺することは人間の特権であると心得よ、慌てたところで得ることなどないのですから)

 それが、先発機より彼が受け継いだ、インテリジェントデバイスの在り方なのだから。


 ≪防ぎます、我が主≫

 バルディッシュは高町なのはに迫る竜巻のことはまさに“考えることすらせず”、己の主を守護することに全てのリソースを費やす、それこそがデバイスであり、それでこそデバイス。


 「バルディッシュ!」

 僅かに遅れて、閃光の戦斧の主も驚愕から立ち直り、迫りくる破壊の渦に対抗するべく、障壁に魔力を込める。

 既に半年以上前となるが、彼女とバルディッシュはトランス状態にある高町なのはとレイジングハートのディバインバスターを受け止めきった。

 ならば、如何に飛竜一閃が強力であろうとも、彼女がベルカの騎士である以上砲撃に関してなのは以上とは考えにくい。フェイトにとってはむしろ紫電一閃による直接攻撃の方が鬼門といえる。

 そして彼女らは、飛竜一閃を見事に凌ぎきることに成功する。


 しかし―――


 『Schwertform.(シュベルトフォルム)』


 「レヴァンティン、カートリッジロード!」
 『Explosion!(エクスプロズィオーン)』


 烈火の将も元より、この一撃のみで終わらせるつもりはない。

 彼女の目的は、紫電一閃をバルディッシュのコアに叩き込み、その機能を停止させることにある。しかし、攻撃箇所が限定される一撃だけに、高速機動を行うフェイトとバルディッシュに狙って中てることは難しい。

 だからこそ、攻撃範囲が広い飛竜一閃をシャマルの竜巻によって生じた隙に叩き込み、相手を防御に集中させる。その状態で追撃をかければ、外すこともあり得ない。


 「紫電――――」

 策の発動前にカートリッジのロードは済んでおり、レヴァンティンに一度に三発のカートリッジが搭載可能。彼女がシャマルに告げた準備とは、すなわちこの連撃のためのものに他ならない。


 「一閃!」

 放たれた一撃は、今度こそ閃光の戦斧の守りを完全に突破し、彼のコアに重大な損傷を与える。


 ≪私は―――鋼だ≫

 だが、彼は自身の損壊など意に介さない。守るべきは主、修復など後でも出来る、今はただ主を守ることのみに全力を注ぐ。

 シグナムの一撃は彼を狙ったものではあるが、自分が壊れればその破壊が主に及ぶ危険性は十分にあり得るのだから。


 「あああっっ!」

 その衝撃までは殺しきれず、フェイトの身体は遠くまで飛ばされるが、傷らしき傷はついていない。

 “魔導師の杖”、レイジングハートと同様に、閃光の戦斧バルディッシュもまた、己を盾に主を守り通したのである。




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 「縛れ、鋼の軛!」


 「なっ!」

 そしてもう一方の守護の獣同士の戦いにおいても、予期せぬ攻撃によって、大きなダメージを負うこととなっていた。

 なのはの方へ向かう巨大竜巻に注意が向き、ザフィーラから視線はおろか、身体ごと向きを変えてしまったその致命的な隙を、盾の守護獣は見逃しはしなかった。

 そして、これまで常に徒手空拳による攻撃のみを行って来たザフィーラから突如放たれた砲撃魔法に匹敵する魔力の奔流。アルフにとっては二重の驚愕であり、一瞬対処が遅れてしまう。

 確かに、格闘戦に置いてほぼ互角であったアルフとザフィーラだが、彼の攻撃は近接のみではない。アルフと異なり、彼は遠距離、もしくは広範囲を攻撃する手段を備えてるのだ。

 その攻撃は四方から囲むように拘束の軛で対象を突き刺して動きを止めるものではなく、彼自身の交差した腕から繰り出す一つの軛。捕獲や拘束など、用途が幅広いことが特徴の鋼の軛ではあるが、その中でも直接的な攻撃力が最も高い使用法である。

 アルフも咄嗟にラウンドシールドを展開するが、即興のそれでは盾の守護獣の鋼の軛は防げない、およそ10年後、数多くのガジェットのAMFを貫き、破壊することとなる攻撃の、収束型なのだ。

 だが、アルフとてただでやられるのを待つばかりではない。もはや防ぎきれないことを悟ったアルフは咄嗟に獣形態にチェンジし、狼の体毛によってダメージを最小限に抑える。

 人間形態と異なり手足を攻撃に使用するのは難しくなるものの、防御力では数段勝るのが獣形態。人間は、哺乳類の中で際だって皮膚の防御が薄い動物なのである。


 「く、つつつ、効いたねこりゃ」

 しかし、負ったダメージは決して軽いものではない。ザフィーラもまた追撃の手を緩めず、人間形態のままアルフ目がけて飛来してくる。


 「牙獣走破!」


 「く、あああ!」

 その攻めは苛烈を極め、これまで使用していなかった“技”すらも織り交ぜ、盾の守護獣は目前の敵を打倒するためにその力を解き放つ。

 こちらの戦闘の優劣は、最早明らかであった。






--------------------------------------------------------------



 そして、唯一優勢に戦いを進めていたこちらでも、戦況が動く。


 「間に合え――」

 クロノ・ハラオウンは警告が間に合わなかったことを悟り、即座に自分の戦場から離脱する。自分の相手を倒すことに拘らず、戦局の変化に応じて臨機応変に動く彼の判断は流石といえる。

 可能な限りの速度で飛行すると同時に、念話でもってフェイトとアルフに状況を確認するものの、返答は芳しいものではない。


 【ごめんクロノ………バルディッシュのコアが壊されて、全壊こそしてないけどもう接近戦は無理】


 【悪い、あたしもやられた。致命傷じゃないけど、足止めが精一杯ってとこだ。だからアンタは、フェイトの方へ行ってあげておくれよ】


 【分かった、フェイト、すぐ行く、それまで何とか凌いでくれ】


 【ごめん、クロノ】


 【気にするな、これも年長者の務めだよ】

 そう述べつつも、彼は同時に敵がこの後どう動くであろうかを予測する。

 既に敵の策に嵌ってしまっている状況だが、まだ最悪の事態には至ってない。挽回が可能なラインのギリギリではあるが、諦めるには早過ぎる。


 【ユーノ、聞こえるか】

 クロノは、自身の判断ミスを一先ず脳内から締め出し、状況への対処に全力を注ぐ。

 反省や後悔は後で幾らでも出来る。しかし、的確に対処することは今しか出来ないのだから、嘆いている暇などありはしない。




 「グラーフアイゼン! カートリッジロード!」
 『Raketenform.(ラケーテンフォルム)』

 離脱するクロノをあえて見逃し、罠の有無を確認したヴィータもまた、次なる行動に移る。

 シャマルの策はまだ成ってはおらず、彼女が役割を果たしてこそ完成を見る。


 「ラケーテン――――」

 グラーフアイゼンが強襲形態であるラケーテンフォルムを取り、ヴィータの身体を急加速、凄まじい勢いでもって突き進んでいき、なおかつそのルートは一直線。

 クロノの進路はフェイトのいる方角であり、ヴィータの進路には誰もいない。そして、上から見れば十字架の形となっていた各ポイントにおいて、ヴィータから見て直線上、クロノがいなくなることで辿りつける場所には―――


 「ハンマーーーーーーーーーーー!!!」

 クラールヴィントの束縛から脱し、せめてなのはだけでも転送させようと術式を紡いでいた、ユーノ・スクライアがいる。


 「ラウンドシールド!」

 ヴィータの奇襲に対しユーノはラウンドシールドを展開する、しかし、なのはの防御すら破壊したラケーテンハンマーの一撃は、彼の魔力では到底防ぎきれるはずもない。

 だが――――


 「なに!?」

 振り下ろしたグラーフアイゼンの柄、さらにはヴィータの腕にチェーンバインドが絡みつき、その威力を半減させたならば話は別。

 ほぼギリギリの時間差であったが、クロノからの念話によってヴィータがこちらへ向かう可能性が最も高いことを知っていたからこそ、ユーノも対応が可能であった。

 敵は場当たり的な対処ではなく、極めて綿密な連携を取り、恐らくは4人目の仲間の指示によって動いている。その動きが計画的であるからこそ、最終的な目的も察することが出来る。

 敵が何よりも警戒しているのは結界が突破され、転送魔法によって逃げられること、ならばこそ、最終的な目標はユーノ・スクライアでしかありえない。シャマルも、シグナムも、ザフィーラも、最も一撃の破壊力に長けるヴィータをフリーの状態でユーノの元まで送り届けるために動いていたのだ。

 シャマルが隙を作り出し、シグナムがバルディッシュを破壊し、クロノが応援に行かざるを得ない状況とし、ザフィーラもアルフに他への応援が不可能なほどの傷を与える。そうなれば、ヴィータは完全にフリーとなり、ユーノに渾身の一撃を叩きこめる。

 間一髪のタイミングではあったが、クロノの読みは的中し、転送役であるユーノが潰されるという最悪の事態だけは回避できた。彼が健在であれば、まだこの戦場から負傷したなのはやフェイトを避難させる可能性は残される。

 しかし――――


 『Explosion! (エクスプロズィオーン)』

 その程度の策で我が一撃を止められると思うな。

 そう言わんばかりに、鉄の伯爵の噴射機構がエグゾーストを響かせる。


 「ぶち、抜けえええええええ!!」

 小細工を真っ正面から突き破り、叩き潰す存在こそ、鉄鎚の騎士ヴィータ。チェーンバインドを引きちぎり、ラウンドシールドを砕くべく、止まることなく徐々に徐々に食い込んでいく。

 盾が勝つか、鉄鎚が勝つか。

 その天秤はしばらく揺れていたが、グラーフアイゼンが最後のカートリッジをロードした瞬間、ついに片方に沈み込む。


 「く、くく…」


 「終わりだ!」

 まさしく、終わり。もし後数秒、ヴィータの攻めが続けばそうなっていたであろう。


 されど――――


 「何!?」

 ヴィータの戦士としての勘が、己の危機を告げ、即座に彼女は離脱。

 その眼前を、死角から飛来した桜色の誘導弾が通過していく。


 「なのは!」


 「あのやろ……」

 憤怒の視線でヴィータが見つめる先いる人物は、ただ一人しかいない。そも、桜色の魔力光を持つ人間はこの場に一人しかないのだ。

 そしてそれは、湖の騎士の策において、唯一の想定外。デバイスを砕かれた少女を戦力外と見なしていたシャマルではあるが、“不屈の心”を持つ少女が、その程度で折れるはずがない。

 シャマルの計算違いはただ一つ、彼女は、高町なのはの精神の強度を甘く見ていたのだ。


 『Just as rehearsed.(練習通りです)』


 「福音たる輝き、この手に来たれ――――導きの下、鳴り響け――――――ディバインシューター、シュート!」

 ユーノが張った結界に守られ、シャマルの竜巻を無傷で凌いだなのはは、戦況の悪化を知り、自分に何かできることはないかを模索していた。

 良しにしろ悪しにしろ、高町なのはという少女は、仲間が傷ついていく中で一人結界の中でじっとしていることが出来る精神性を有していない。かといって、レイジングハートにこれ以上の無理はさせられないため、彼女はデバイスに頼らず、結界から左腕のみを出し、自身の手で誘導弾を構築、ユーノに襲いかかるヴィータに対して放ったのである。

 彼女の最近の魔法訓練は、自分だけで構築したディバインシューターで空き缶を100回打ち上げ、ゴミ箱に入れるというものであり、レイジングハートがある場合に比べれば圧倒的に数は少ないが、一発限りならば通常の威力を備えた誘導弾を操ることも可能となっていた。

 彼女の特訓は決して無駄ではなく、土壇場における引き出しを確かに増やしており、この場面においてそれが生きる。


 「ちい!」

 放たれた二発目の誘導弾を躱し、鉄鎚の騎士は無念と共に仕切り直す。

 そして、自分を用いずに魔法を放つ主に“魔導師の杖”が賛同したのにも、相応の理由がある。ユーノ・スクライアを救うことは出来たが、例の赤い騎士とほぼ一対一の状況に追い込まれている以上、結界を破って転送魔法を発動させることは難しい。

 ならば、結界を破壊するその役は誰が担うか、その先を考えたが故に自分が無理をするのはまだ早いとレイジングハートは考えた。


 「なのは………、ふっ!」

 一瞬の驚愕の後、ユーノも行動を再開し、ヴィータとなのはの間に移動し直す。なのはに助けられた形となったが、とりあえずは最悪の状況は回避できたのだ。


 【クロノ、なのはに助けられちゃったけど、こっちは何とか無事だよ】


 【そうか、相変わらず無理をする子だ。ともかく、剣の騎士は僕が抑えている、フェイトはそっちに向かわせた、アルフも合流するために動いている。君はなんとか鉄鎚の騎士を抑えてくれ】


 【それは何とかするけど、残りの二人は?】

 現在、傷を負ってないのはクロノとユーノの二人のみ。この二人が敵の主戦力と思われる二人を抑えることは可能だろうが、問題は後衛と見られる二人。

 手負いのアルフと、デバイスが壊されたなのはとフェイトだけで、凌ぎきれるだろうか、いや、仮に凌げたとしても結界を破れないのでは結局はジリ貧だ。ユーノが前線に出る以上、結界破りの役はどうしても必要になる。アースラも解析してくれているだろうが、応援は見込めないのが現状なのだから。


 【少しの時間なら、何とかなるだろう。彼が来るまでは持てば、反撃の機会が来る】


 【彼? 増援が来るの?】

 しかし、ユーノにはその存在が思い当たらない。リンディ・ハラオウンは高ランク魔導師だが、立場上そう簡単に動けない上、そもそも女性であって彼じゃない。かといって、現在整備中のアースラに武装局員がいるはずもなく、本局から借りるにしてもやはり間に合わない。



 ならば、いったい誰が―――――








新歴65年 12月2日  本局ドック 次元空間 時空管理局次元空間航行艦船“アースラ”



 『ふむ、戦況は芳しくないようですね』

 アースラにおいて、結界に阻まれて本来ならば分からないはずの内部の様子が、不鮮明な部分もあるものの、スクリーンに映し出されていた。

 ほとんど反射的に飛び出していったフェイト、アルフ、ユーノの三人と異なり、クロノ・ハラオウンは若干遅れて結界内部へと突入した、そして彼は、何の準備もなしに飛び込んだわけではない。

 結界による位相のずれを可能な限り無効化し、通信を行うための特殊端末、かなり高価な品であるため数は少ないが、次元航行艦ならば一つや二つはあり、武装隊の隊長や執務官などが単身で装備して結界内部へ突入するなどが用途であるそれや、他複数の装備を用意した上でクロノは結界へ突入したのである。

 ただ、ヴォルケンリッターが張った結界はミッドチルダ式とは異なったため、クロノの端末も効果を発揮したとは言い難いところであったが、それを補ったのはトールとアスガルド。

 予め管制機である彼のリソースの一部をその端末に移しておき、本体が自らの分身から受信、時の庭園に一旦送信し、アスガルドが高度な画像処理を施すことにより、何とか内部の様子をギリギリで判別できるレベルの映像をアースラへ送っているのだ。

 そして、デバイスである彼は、人間の目で理解できる情報とは別の形で認識し、結界内部の様子を理解していた。早い話が、クロノの端末を通してレイジングハート、バルディッシュ、S2Uと同調していたのである。


 『エイミィ・リミエッタ管制主任、私も現地に赴き、彼らをサポート致しますので、引き続き結界の解析をお願いします。恐らくはスターライトブレイカーによって破壊することになると予想しますので、タイミングを失わないよう、御注意を』


 「え、ちょと待っ―――」

 いきなりそう告げられて、エイミィが振り返った先には、機能が停止した魔法人形が転がっているだけであった。

 結界にも様々な用途があり、内部から外部へ出さない閉じ込めるものもあれば、出るのは自由だが外部からは入れないものもある。

 ヴォルケンリッターが張った結界は、内部の魔導師を外に出さないためのものであり、外から入るだけならばそれほど困難ではない。

 そして何よりも、“魔導師”に対するものであるために、“デバイスのみ”の場合は完全に素通りなのである。そのため、彼は実に簡単な転送の術式のみによって、己の後継機である閃光の戦斧の元へ自身の転送ができる。

そのことを、エイミィはトールと共に行った結界解析で掴んだのだ。そのために新たな援軍、いや救援物資をミットチルダの魔導師たちに届けることが可能であると分かった。

 湖の騎士の策略によって大きく傾いた形勢は、守護騎士の誰にとっても“想定外”の介入によって再び大きく揺れ動く。








あとがき
 A’S編を書くに当たって、是非とも書きたかったのが、集団戦の描写だったりします。無印編では登場キャラも少なく、なのはとフェイトの二人の戦いが主軸であるため、一対一での駆け引きはあっても、集団戦での駆け引きというものは存在しませんでした。
 しかし、A’S編はかなり近しい実力を持った者達がひしめき合い、デバイスとの連携を織り交ぜながら複雑な乱戦を展開します。そこに、“舞台装置”であるトールが加わると、別の展開とすることも出来ると思い、トールは戦力ではなく、支援役として活動させることに致しました。
 かなり先のこととは思いますが、StS編においても、今回のクロノの立ち位置にティアナを置き、機動六課フォワード陣にギンガやヴァイスを加えたメンバーと、数の子6人くらいを対峙させた集団戦を書きたいと思っています。既に対戦の組み合わせのプロットまでは決まっているのですが、やはり、遠い先のことになりそうです。
 次の話で、最初の戦いは終了となりますが、あと二つくらいどんでん返しを入れたいと思っておりますので、楽しんでいただければ幸いです。それではまた。







[26842] 第六話 母が遺したもの
Name: イル=ド=ガリア◆ec80f898 ID:ee4ccd9f
Date: 2011/03/31 15:39
第六話   母が遺したもの




新歴65年 12月2日 第97管理外世界 日本 海鳴市 封鎖領域  ビル屋上 PM8:15




 「フェイトちゃん………アルフさん」

 目まぐるしく変わる戦況を見守りながら、なのははこのままでは皆が危ないことを悟っていた。

 なのはのディバインシューターがヴィータの攻撃からユーノを救った後、ユーノはヴィータをなのはから引き離し、高速機動戦を展開、クロノも同様にシグナムを引きつけている。

 そして、アルフは傷を負いながらもザフィーラを足止めし、フェイトもなのはと同様、可能な限りデバイスに負担をかけないように魔法を放ってアルフをサポートしている。特に、サンダーレイジなどはバルディッシュがない状態でも呪文詠唱によって放てるが、それをさせない存在がいる。


 「あの人が、後衛型………」

 シャマルはザフィーラにブーストをかけると同時に、フェイトが詠唱に入ると“風の足枷”によって阻む。バルディッシュが万全ならば簡単に凌げるそれも、防御が薄いフェイトにとっては無視できない攻撃となっている。

 また、シグナムとヴィータもかなりカートリッジを使用しており、特にヴィータはなのはと戦ってから連戦続きだが、シャマルがサポートに回れば二人の消耗も即座に回復されてしまう。癒しと補助こそが彼女とクラールヴィントの本領なのだ。

 その上、ユーノが前線で戦っている今、結果破りは絶望的な状況。アルフも余力がないどころかザフィーラにやられないようにすることすら危うい状況だ。


 「今、動けるのは、私しかいない…………私が、皆を助けなきゃ」

 彼女にとっては、自分が皆の足枷となっている状況こそが何よりも辛い、自分のせいで誰かに迷惑をかけることを、ある種病的なまでに嫌うのだ。

 とはいえ、誘導弾を単発で放つ程度では、大した補助にもなりはしない、ならば、自分に出来ること、自分にしか出来ないこととは――――

 そして、そんな主のことを理解するからこそ、“魔導師の杖”は告げるのだ。


 『Master, Shooting Mode, acceleration.』

 レイジングハートのコアユニットが輝き、長距離砲撃時に展開される羽が顕現する。


 「レイジングハート……」


 『Let's shoot it, Starlight Breaker. (撃ってください スターライトブレイカーを)』

 損傷したこの状態でそれを撃てばどうなるかなど、誰よりも彼女は理解している。


 「そんな、無理だよ、そんな状態じゃ」


 『I can be shot. (撃てます)』

 だが、彼女はそう告げる。命令されない限り、彼女は提案を続ける。


 「あんな負担がかかる魔法、レイジングハートが壊れちゃうよ」


 『I believe master. (私はあなたを信じています)』

 それは、何があろうとも変わらぬ事柄。

 魔導師の杖にとって、高町なのは以外の主など、あり得ない。


 『Trust me, my master. (だから、私を信じてください)』

 その言葉に、なのはの目に涙が浮かぶが、今は泣いている場合ではないと割り切り、決意と共に告げる。


 「レイジングハートが、わたしを信じてくれるなら――――わたしも信じるよ」

 だがしかし、スターライトブレイカーは収束砲、ディバインシューターと異なり、ユーノの防御結界の中から腕だけを出して撃てるものではない。


 【クロノ君、スターライトブレイカーで結界を撃ち抜くけど、いける?】

 だからこそ、なのはは確認を取る。前線指揮官であるクロノの許可なく勝手に動けば、逆に皆を窮地に追い込むことにもなりかねない。

 現に一度、湖の騎士の竜巻によって、危機的状況に陥っているがために、大胆な行動に出つつもなのはは慎重さを忘れなかった。


 【駄目だ、危険すぎる。スターライトブレイカーを放つまでには10秒近いためが必要だが、その間はユーノの防御結界も意味をなさない。君のバリアジャケットがあればまだしも、今は丸裸なんだぞ、万全ならレイジングハートが防御もこなせるが、今の状態じゃ無理だ】


 【そ、それは……】

 なのは自身も危惧していたことだけに、言い返すことは出来ない。10秒間無防備になるなのはを守る存在が必要となるが、どうしても戦力が足りていない。

 シグナムとヴィータはクロノとユーノで抑えられても、ザフィーラとシャマルが残っている。手負いのフェイトとアルフでは、この二人を止めるのは厳しいと言わざるを得ず、特に、シャマルの魔法は空間を操り、距離を無にしてしまうのだから。


 だが―――


 『We get to the front(我々が、前線に出ます)』

 魔導師の杖と同じく、閃光の戦斧もまた、主の力となれない己を良しとしない。


 「バルディッシュ………」

 確かに、フェイトがアルフのサポートではなく前線に出れば、なのはの盾となることは出来る。アルフにも余裕が出来るため、シャマルを牽制することも可能となるだろう。

 シャマルになのはを攻撃させない手段とは、別の人間がシャマルに攻撃を加えるしかないのだ。

 だが、今の状態のバルディッシュでザフィーラの拳とぶつかればどうなるかは、火を見るよりも明らかである。


 「でも、そんなことしたら、バルディッシュが」


 『No problem.(問題ありません)』

 だが、閃光の戦斧は退かない。デバイスが、己のことを心配して主の力とならないことこそ、あり得ない。

 レイジングハートもバルディッシュも、その点については甲乙を付けがたい頑固さを持ち合わせているといえた。


 【まったく、どうしてデバイスというものは主に似るんだ……】

 だが、前線指揮官にとっては愚痴の一つも言いたくなる。強敵と戦いながらも彼女らを安全に逃がすための方策を考え続けているというのに、向こうは無謀な提案ばかりしてくるのだから。


 そこに――――


 【その意気や良し、と言いたいところですが、それは蛮勇というものですよ、二人とも。時には年長者の言葉を聞くことも悪くはないでしょう】


 「えっ?」


 「まさか!」

 届いた声に、二人の少女は驚愕の声を上げる。

 その声の発生源は、まるで初めからそこにいたかのように、フェイトの左手の中へと現れていた。


 【まったく、君の後継機達は悪いところばかり君と似てしまっているんじゃないか】


 【それは返す言葉もありませんね、クロノ・ハラオウン執務官。とはいえ、ここは彼女らの提案も方策の一つであることは確かでしょう、私がいる以上、無理も無理とはなりません】


 【そうだな――――フェイト、作戦変更だ。君はただちになのはと合流して、彼をレイジングハートと接続してくれ、そして、バルディッシュもな。アルフ、君には済まないが僅かの間、一人で凌いでくれ】


 「―――――うん! バルディッシュ!」


 『Yes,sir.』


 「任せな!」

 その言葉の意味を即座に理解し、テスタロッサ家の二人と一機は迷わず行動を開始する。その管制機と生まれた時から共に過ごしてきた彼女達だからこそ、彼がどういう存在であるかを熟知している。そして、この状況においては彼の権能こそが、起死回生の一手となることも。


 【…………一体、何を?】


 【分からん、だが、注意しろ】

 対して、シャマルとザフィーラにとっては彼らの行動は不可解極まりない。アルフとフェイトが二人がかりで何とか凌いでいたにもかかわらず、フェイトが下がればどうなるかなど火を見るより明らかだというのに。

 結界を破って新たな援軍が来たわけではないことは彼らには分かっていたが、手の平サイズの救援物資が送られてきたことには流石に気づけなかった。


 「さあ、かかってきな!」

 一人残されたアルフも、ここから反撃が始まるとでも言わんばかりに、気合いに満ち溢れた表情をしている。そこからは、じわじわと追い詰められている様子が微塵も感じ取れない。


 【ユーノ、防御結果を解除しろ、スターライトブレイカーを撃つ以上、無駄にしかならない。その代わり、君はそいつを絶対に二人の方にはやるな】


 【分かってる、君もね、クロノ】

 守護騎士の困惑を余所に、クロノは次なる方策を練り上げていく。加わった戦力と、彼が成せること、そして、現状を打破するためには、どう組み合わせるべきか。


 「なのは!」


 「フェイトちゃん!」

 そして、フェイトがなのはの下へと到着し、挨拶をすることもなく、古い機械仕掛けはその権能を展開する。


 『インテリジェントデバイス、トール、“機械仕掛けの杖”』

 紫色のペンダントが輝き、長さは60cmほど、特徴的なパーツは何一つなく、デバイスらしいといえばただそれだけが特徴といえるその姿が顕現される。

 彼の初期形態にして、“デバイスを管制する”機能を発揮するための姿、時の庭園の中央制御室以外で管制機能を使用するには、ハードウェアでの繋がりが不可欠。

 “機械仕掛けの杖”が顕現すると同時に、そこから二つの接続ケーブルが伸び、一つはレイジングハートへと、もう一つはバルディッシュのコアユニットへと接続される。


 『本当に、貴方達は無理をしますね、レイジングハート、バルディッシュ、このような状態でそれらを行えばどうなるかなど分かりきっているでしょうに』


 『………申し訳ありません』


 『………返す言葉もありません』


 電脳を介した彼の言葉に対し、反論する力を持たない二機。そもそも、自分達が不甲斐無いために主を危機に晒してるという自責の念が二機ともあるのだ。


 『いえいえ、別段責めている訳ではありませんよ。あの状況では最善の行動でしたし、貴方がたの己を盾にしてでも主を守るという行動があったからこそ、この状況があるのですから。そのことには素直に賛辞を述べましょう』

 彼らが身を挺して主を守ったからこそ、トールが来た意味がある。もし、デバイスが無事で逆になのはやフェイトが怪我で戦闘続行不能ならば、トールがいたところで何の役にも立たないのだから。

 『ですが、その後が問題ですね。折角私という存在があるのですから、それを利用しない手はありません、立っているものは先発機でも使え、ですよ。今後はより思考の幅を広げるよう努めるがよろしいでしょう』

 
 『了解です』

  
 『努力します』
 

 『さて、反省ならば後でも出来ますので、今はただ機能を果たしましょうか。貴方達のコアは既に大規模な魔法に耐えきれる状態ではありませんが、それは演算を並列して行えばの話、演算を別のリソースを用いて行うならば、その限りではありません』

 それを可能とする唯一のインテリジェントデバイスこそ、管制機トール。彼は、“デバイスを操る機能を持ったデバイス”なのだ。



 『Recovery.(修復)』


 『Recovery.(修復)』

 管制機能、“機械仕掛けの神”が発揮されると同時に、レイジングハートとバルディッシュの損傷が修復され、二機は万全の状態へと。


 『さあ、これにて貴方達のコアユニットは万全です! 反撃の時間と参りましょう!』


 『All right!』


 『Yes, sir!』

 トールの声が”周囲全体に届くように”高らかに響き渡り、形勢は再び傾く。


 「行くよ、レイジングハート!」


 「バルディッシュ、頑張ろう!」

 それに応じるように、二人の少女も魔法陣を展開、反撃の火蓋はここに切られた。





 「そんな―――――デバイスを修復するデバイス、なんて!」


 「まさか、な」

 信じがたい光景を目の当たりにした守護騎士の二人は、一旦合流して距離を取る。

 あともう一押しでアルフを仕留めることもできたが、復活した二人のミッドチルダ式魔導師を無視するわけにはいかない。


 ――――だがしかし、それはハッタリに過ぎない。




 『どうやら、上手くいきましたか』

 インテリジェントデバイス、トールは“嘘吐きデバイス”であり、彼の言葉を信じたものは馬鹿を見る。


 『詐欺師の言葉を、真に受けてはいけませんよ、誠実なる騎士殿』

 レイジングハートとバルディッシュのコアは修復されてなどいない。リカバリー機能で修復できるのはあくまでフレームのみであって、コアが損傷を受ければそれを直せるのはデバイスマイスターのみ。

 しかもケーブルによって2機(厳密には3機)が繋がった状態なので、打って出る事が不可能となっている。

 だがしかし、闇の書の守護騎士ヴォルケンリッターは“管理局の魔導師”についてはある程度知っていても、“管理局のデバイス”についての知識はない。仮にあったとしても、ここ数十年でデバイス技術は飛躍的な進歩を遂げており、その知識は“時代遅れ”でしかないのだ。

 闇の書と管理局の抗争の歴史に関する資料を集め、己のデータベースに登録している彼は、ヴォルケンリッターが戦力として脅威であることを把握していたが、プログラム体であるための限界も同時に把握していた。


 【貴女もご苦労様です、アルフ】


 【相変わらず、アンタは嘘つき野郎だね】


 【それこそが、私です】

 そして、彼の虚言に救われた形のアルフも、親愛の籠った罵倒を返す。


 『まあ何にせよ、僥倖です。レイジングハート、貴女はスターライトブレイカーの発射準備をお願いします、負荷は私が受けもちますので、どうぞ全力で』


 『Thanks.』

 そして、二機のコアが修復されたことは虚言であれど、二機が万全とまでは言わぬまでも、かなりの機能を発揮できる状態となったのは虚言ではなかった。

 レイジングハートもバルディッシュも“中破”状態であった。ならば、トールが“半分ずつ”リソースを振り分けたのならば、かなりの機能を取り戻せることも、実に単純な足し算の結果でしかない。


 【フェイト、君は敵の後衛に対して、ファランクスシフトを撃ってくれ】


 【ファランクス――――そうか、そういうことだね】


 「行くよ、バルディッシュ」


 『Yes, sir.』


 『Count nine.』

 フェイトもまた、クロノの指示の意味を理解し、実行に移す。

 前線指揮官の能力も優秀と言えたが、その指示の意味を汲み取り、即座に実行に移せる彼女達も、戦闘要員として優秀であるといえるだろう。


 【つまりは、敵の後衛である湖の騎士、彼女を狙うことによって、盾の守護獣の動きをも止める、攻撃は最大の防御、ということですね、クロノ・ハラオウン執務官】


 【ああ、敵の作戦は見事だったが、代償がなかったわけじゃない、今度はこっちがつけ込ませてもらおう】

 シャマルの策は、ヴォルケンリッターに優位性のみをもたらしたわけではない。補助役であるシャマルの居場所が割れたことで、後衛を狙う戦術をアースラ陣営にも与えてしまった。

 とはいえ、その前段階でミッドチルダ式の魔導師であるなのはとフェイトのデバイスを砕いており、ディバインバスターやサンダースマッシャーなどの砲撃魔法の発射は不可能、シャマルが遠距離から狙われる可能性はないはずであった。

 なのは、フェイト、ユーノ、アルフ、クロノの五人において、殺傷設定しか持たないヴォルケンリッターにとって無力しやすい相手はなのはとフェイトの二人、彼女らは専用のインテリジェントデバイスで戦っており、レイジングハートとバルディッシュには代わりが存在しないため、デバイスを物理的に壊してしまえばよいのである。

 ユーノとアルフはデバイスを持っておらず、クロノはS2Uの予備を常に持っている。管理局武装隊の標準的なストレージデバイスに近いS2Uを使う彼は、予備のデバイスであっても戦力がほとんど落ちないのだ。故にこそ、守護騎士はなのはとフェイトを狙ったのである。

 しかし、“機械仕掛けの杖”はそれを覆す。演算を別のリソースで行えるならば、彼女達の弱点は克服され、本来封じられていたはずの、強力な遠距離攻撃によって敵の後衛を狙うという戦術が息を吹き返す。


 『Count eight.』


 「フォトンランサー………」
 『Phalanx Shift(ファランクスシフト)』

 リニスがフェイトに教えた魔法の中でも、速射性、貫通性、そして応用性。あらゆる面で優れる魔法であり、閃光の戦斧バルディッシュがいなければ放てない魔法。

 一発限りの砲撃魔法と異なり、ファランクスシフトは多面的攻撃や時間差攻撃を可能とする。敵を狙い続け、足止めすることに関してならば最適とも言える魔法なのだ。

 準備に時間がかかるため、守護騎士が相手ともなると使いどころが難しいが、今は事前の策が効いている。シャマルがなのはを狙うことで隙を作り出したように、トールの登場とハッタリによって、シャマルとザフィーラの精神には困惑と焦燥が打ち込まれた。無論、僅かな時間があれば立て直しが効く傷ではあるが、それだけで十分。


 【異論はないか?】


 【もちろんありませんとも。私の専門は戦術面ではなく、その準備段階ですからね。専門外のことには口を出さず、専門の方にお任せするのが一番です】

 トールの役割はあくまで舞台装置。可能な限りの戦力を戦場に投入するための戦略、そして、それを運用した際に社会的、法律的な問題を生じさせないための政略こそが彼の機能であって、戦場において如何に戦力を運用するかは専門外。そもそも彼は機械の管制機であって、人間を管制するものではないのだから。


 『Count seven.』


 「アルカス・クルタス・エイギアス。疾風なりし天神、今導きのもと撃ちかかれ。バルエル・ザルエル・ブラウゼル。 撃ち――――砕けえええええええ!!!!!」
 『Full flat!(フルフラット!)』








 「!?」

 予想外の反撃を前に、烈火の将の精神にも驚愕の波が押し寄せる。


 「通しはしない」

 だが、彼女の前には黒衣の魔導師が立ちはだかる。ヴォルケンリッターの将と一対一で戦いながら、目立った傷は受けていない。

 彼のデバイス、S2Uはストレージデバイスであり、演算性能は優れるが近接武器としての性能に優れるわけではない。通常のインテリジェントに比べれば頑丈ではあるが、近接武器としての特性を持つバルディッシュに比べればやはり強度では劣っている。

 故にクロノは、レヴァンティンと打ち合う際には相手に傷を与えることをそもそも考えず、シールド型の障壁をS2Uへと展開し、完全に守勢に徹したのである。

 共に攻撃を目的としたぶつかり合いならば強度で勝る方が有利になるのが当然だが、これは片方が鉄製の鞘をつけたままで戦っているようなものであり、傷つけることが出来なくなる代わりに、耐久性では拮抗できる。

 その証拠というべきか、クロノ・ハラオウンはシグナムにただの一撃も入れてはいない。逆に、大きな傷ではないが、シグナムの斬撃は彼のバリアジャケットのところどころに傷を与えている。

 これが試合であればシグナムの優勢勝ちという判定は間違いないが、これは試合にあらず、実戦。己の目的を達成することが勝利条件である以上、場合によっては両方勝つことも、両方負けることもあり得る。

 仮の話ではあるが、なのはのスターライトブレイカーが暴発して、なのはが死んでしまえば、両方にとって負けとなる。クロノは言わずもがなであり、シグナムにとっても蒐集が出来なければ戦略目標が達成されない。


 <今後のことを考えれば、ここで潰しておきたい相手ではあるが、時間もないか>

 また、守護騎士には別の制約もある。主である八神はやてに知られぬよう蒐集を行っている以上、あまり時間をかけるわけにもいかないのだ。


 【シャマル、どうやらここまでのようだ。当初の目的を果たし次第、撤退するぞ】

 そうして、将は決断し、他の騎士達へと指示を飛ばしていく。






 【OKシグナム、とりあえず、それまでこいつはあたしが抑える】

 ユーノと高速機動戦を展開していたヴィータもまた、将の指示を受け、撤退の準備を進める。


 「フランメシュラーク!」
 『Explosion. (エクスプロズィオーン)』

 だがしかし、それは攻勢を緩めることを意味しない。むしろ、撤退準備を悟られぬよう、以前にもまして激しい攻撃を仕掛ける。

 フランメシュラークは魔力付与型の打撃攻撃であり、着弾点を炎上させる効果を持つ。かなり派手な攻撃ゆえに開戦の号砲のような用い方もするが、目くらましに応用したりと、汎用性も高い。


 「くっ」

 そして、この場においてはユーノ・スクライアにこちらの目的を悟らせないという点で最適の選択と言えた。








 「ザフィーラ、大丈夫?」


 「問題ない」

 盾の守護獣ザフィーラは、フェイトのフォトンランサー・ファランクスシフトの破壊からシャマルを守るためにその名に相応しい強固な防壁を展開していた。

 ファランクスシフトも万全ではなく、相手を行動不能にするために威力よりも速さと手数を重視しているため障壁が破られる恐れはないが、ザフィーラが完全に行動を封じられたのも確かである。シャマルも“風の護盾”という強力な防御魔法を有しているが、彼女は別の術式に集中するため、それは不可能。

 アースラ組の策が見事に決まっているように見受けられる状況下において、ヴォルケンリッターの最後の策は静かに始動していた。







 『Count one.』

 そしてついに、スターライトブレイカーの発射準備が完了する。


 「フェイトちゃん、少し離れて!」

 レイジングハートとバルディッシュの両方とトールを接続するため、なのはの傍でファランクスシフトを放ってたフェイトだが、スターライトブレイカーの巻き添えを避けるためにバルディッシュとトールを切り離し、距離を取る。

 ザフィーラの行動が封じられたことで既にアルフも退いており、ユーノとクロノもそれぞれ遠く離れている。もはや、なのはとレイジングハートを止められる者は誰もいない。


 「アルフさん、転送、お願いします!」


 「任せな!」

 また、アルフが自由となったことで、彼女が転送要員として機能することも可能となった。戦闘はきついが、転送魔法の準備を整えるのならば問題はなく、結界を破った後の行動にも支障はない。


 「行くよ、レイジングハート!」


 『Count zero.』


 ――――だが、その刹那


 【捕まえ――――た】

 スターライトブレイカーほどの魔力の収束を、湖の騎士と風のリングクラールヴィントが探知できないはずもなく――――


 「あ………」

 スターライトブレイカー発射の間際、それまで足止め用に放たれていたファランクスシフトが途切れる瞬間。

 その一瞬を、ヴォルケンリッターの参謀は見逃さなかった。


 「リンカーコア、捕獲」

 流れる水のように、彼女は蒐集のための術式を走らせ。


 「蒐集、開始」


 『Sammlung. (蒐集)』

 呪われし闇の書が、犠牲者のリンカーコアを、貪るように吸収していく。

 いきなりの事態に、フェイトは咄嗟に動けず、アルフも同様。クロノとユーノは距離的に離れ過ぎている。

 だが、その衝撃的な光景の中で、ただ一人、いや、一機、冷静に動いたものがいた。

 少女の胸から腕が生え、その掌にはリンカーコアが握られているという状況を前にしても、彼はそれこそを待っていたといわんばかりに己の権能を開放する。


 『“機械仕掛けの神”、発動』

 バルディッシュとの接続を切り離したため、彼の接続ケーブルは片方空いている。そして、すぐ傍には、術式を展開しているであろうデバイスがあるのだ。

 ならば、やることはただ一つ。


 「ええええ!!」

 果たして、驚愕は敵の意表を突いて蒐集を行ったはずの湖の騎士のもの。

 流石の彼女も、少女の胸に生えた自身の手、それを繋げている僅かな穴から接続ケーブルが現れ、“旅の鏡”を構成するクラールヴィントに逆介入するなど、思いもよらなかったのだ。

 だがそれも機械の常識で図るならば、ケーブルを繋げてクラッキングを仕掛けるのなら、逆にウィルスを流し込まれる危険性も考慮せねばならない。

 機械であるトールにとっては、至極当然の行動なのである。


 【お初にお目にかかります、”風のリング”クラールヴィント、私はプレシア・テスタロッサがインテリジェントデバイス、トールと申します、以後お見知り置きを】

 そして、ナノ秒単位の狭間において、電気信号による情報のやり取りが始まる。風のリングと繋がったことで、トールは彼女の名前に関する情報を読み取っていた。

 最も、クラールヴィントは己のリソースの大半を割いて“旅の鏡”と蒐集の連携を行っているため、現実空間との時間差はせいぜい20分の1くらいであったが。


 【時間もないので、単刀直入に問いましょう。貴女の主には、現在リンカーコアを握っている少女、高町なのはを殺害する意思はありますか?】


 【いいえ、ございません】


 【ありがとうございます。重ねて問います、この蒐集の後に彼女に重大な後遺症が残る危険性はありますか?例えば、慢性的なリンカーコアの過負荷状態、といったような】


 【いいえ、ございません。わたくしの主以外の守護騎士の方々であればその可能性はありますが、こと、湖の騎士シャマルに限って、それはあり得ません。むしろ、完治の暁にはこれまで以上に強靭なリンカーコアとなることを約束しましょう。原理的には筋繊維の超回復と同様です】


 【それを貴女は、己が命題に懸けて誓えますか。もし、そうでないのでれば、閃光の戦斧バルディッシュは即座にソニックシフトを発動させ、貴女の主人の腕を斬り落とすことでしょう。物理的に繋がっておらずとも、彼であれば、管精機たる私は指示を出すことが出来ます】


 【誓いましょう、”風のリング”クラールヴィント、その命題の全てに懸けて】


 【ありがとうございます。最後の問いです、貴女方は彼女の蒐集が終わった後、戦闘を続行する意思がありますか?】


 【いいえ、主達は既に撤退の準備を始めています】

 これ以上は言えない、主達にも事情があり、時間制限がある身であることは明かすべきではない、とクラールヴィントは考える。

 だがクラールヴィントは気付かなかった、この電脳空間においては、思考はダイレクトに相手に伝わることに。彼女の作られた時代にはまだ電脳を共有する技術はなく、これまでの闇の書の蒐集の旅においても、その経験はなかった。故に主達の情報の多くがそのデバイスに伝わってしまっていたのだ。

 八神はやての関わることなどは思考していなかったため伝わっていないが、現在の守護騎士の行動理念やその行動の制限についてが伝わってしまったのは確かだ。


 【なるほど、そういうことでありましたか。ならば、今宵の戦いはこれまでとし、痛み分けということで終わらせるのが妥当でありましょう】


 【それは、こちらとしても望むところではありますが……】


 【いかがなさいましたか?】


 【いえ、貴方はそれでよろしいのですか?】


 【無論、私は管理局のデバイスではなく、フェイト・テスタロッサという少女のためにのみ現在は機能しております。それゆえ、彼女の親友である高町なのはという少女の無事が保障され、なおかつ、今後は蒐集対象として狙われないことが確実となるならば、私にとっても望むところです】


 【ですが、フェイト・テスタロッサという少女の今後の安全は、わたくしには保障できませんが】


 【それは存じております、ですから貴女にこう伝えましょう。蒐集をなさるのは構いませんが、それは得策ではないと。もし万が一、貴女方がフェイト・テスタロッサという少女を殺害しようとすることがあれば、私はあらゆる手段を講じて闇の書とその主を抹消します。例え、それがこの世界を巻き込む次元震を起こすことであっても】

 無論、それはトールにとっても最悪の手段、現状におけるフェイトの幸福は、この世界があってこそのものであるのだから。そしてそのような展開にならないよう場を整えることこそ、彼の本領。だが、もしそうしなければフェイトが死ぬ状況下に立てば、彼は躊躇することなく実行する。


 【―――――――!!】

 物理的に繋がった、電脳空間での対話故に、クラールヴィントは知った。

 この相手は、虚言を弄していない。その局面に立てば一切の迷いなく、それを実行するつもりなのだと。

 そして思った、闇の書よりも、この相手の方が、ある意味で余程危険な存在なのではないかと。それと同時に、先ほどの自分の思考も相手に伝わったことも悟った。


 【それがデバイスというものです。主は私にとって“1”であり、それ以外は“0”、主より授かった命題を果たせないこ事こそ、あってはならないことなのですから】


 【それは確かに、その通りですね】

 だが、その言葉を否定する理由は、彼女のどこにも存在しない。クラールヴィントもまたデバイスでり、主のために機能する命題を持って生まれたのだから。


 【それでは、電脳空間における対話を完了します、いつかまたお会いましょう、クラールヴィント】


 【ええ、いつかまた、貴方が敵とならないことを願いますよ、トール】


 【おや、これはまた高く評価されたものですね】


 【おそらく、グラーフアイゼンやレヴァンティンであっても、同じ評価を成すでしょう】


 【なるほど、実に興味深い】

 そして、刹那の邂逅は終了する。


 『レイジングハート、高町なのはの肉体の安全性が確保されました、撃つことは可能です』


 『! All right.』

 管制機の言葉を“魔導師の杖”が疑う理由もまた存在しない。彼女もまた電脳を共有しており、彼と繋がっているのだから。


 「ブレイカーーーーーーーーーーーー!!」

 星の光を束ねた砲撃が解き放たれ、広大な空間を覆っていた結界が、跡形もなく消滅する。


 「なのは!」

 近くにいたため、なのはが倒れる前にフェイトは駆け寄り、その身体を抱きしめ―――


 【クロノ・ハラオウン執務官、湖の騎士のデバイス、クラールヴィントより実に興味深い情報を入手しました】


 【何だって?】

 管制機である彼は、どこまでも淡々に機能を果たす。


 【彼女らは今宵は退く模様ですが、追うのもリスクが高過ぎます。まずは状況を見極め、捜査方針を確認せねば道に迷うことも考えられますので、ならばこそここは、見逃すのが得策かと】


 【執務官としてはあまり賛同したくない意見だが、ここにいるのは皆正式な管理局員ではなく、嘱託魔導師に民間協力者、さらには民間人ときている。無理な追撃戦をさせるわけにもいかないな】


 【ええ、いくら貴方といえど、彼ら四人を一人で追うのは無茶というもの。本局がこの件をどう扱うか、全てはそれが定まってからですね、その面では私が得た情報も多少はお役にたてるかもしれません】


 【ところで、なのはは無事なのか?】


 【問題ありません。なにしろ、貴方が“それら”を持っているのですから】


 そして、今宵の戦闘の終わりを知るのは彼らのみではなく。




 【終わったな、退くぞ】


 【すまねーシャマル、助かった】


 【ううん、一旦散って、いつもの場所で集合しましょう】


 【お前達は先行してくれ、私が殿を務める】

 ベルカの騎士達は、僅かの逡巡もなく夜の空へと散っていく。

 近いうちに再び、管理局と彼らがぶつかる時は来るであろうが。

 ともかく、今宵の戦いは終焉を迎えたのである。




 だが、舞台の後には、後始末をしなければならないのも世の定め。




 「ユーノ、これらの使い方は分かるな?」


 「そりゃあ、飽きるほど使い方や効用をレポートにまとめたからね」

 リンカーコアを蒐集され、倒れたなのはの傍で、いささか緊張感の欠けた少年二人の声が響く。

 彼らは知っている、知りぬいている、この症状は命に影響があるものではないと。似たような症例を、飽きるほど検索し、何度も医療施設に赴いて医師の確認を取ったのだから。


 「クロノ、なのはは大丈夫なの?」


 「ああ、運のいいことに、僕らが散々扱って来たこれらは、こういう症状を癒すために作られたものだ。君のお母さんの研究成果、無駄にはしないさ」


 「母さんの……、うん、ありがとうクロノ」

 生体機能促進型人工魔力エネルギー結晶“ミード”と魔力エネルギー吸収型リンカーコア治療用端末“生命の魔道書”。

 まさしくそれは偶然に近いものであったが、執務官であるクロノは、それらに関わる法的処理をこの半年間行ってきたため、それらを常に持ち歩いていたのである。最も、片方は“生命の魔導書”のさらに写本といえる“命の書”と呼ばれる端末であるが、効能はそれほど変わらない。


 「魔力が足りていないなら、“ミード”から注入してやればいい。入れ過ぎて悪影響が出たり、負荷が溜まっているなら、その部分を“命の書”で取り除いてやればいい。その辺りは、ユーノの担当だったな」


 「本職ってわけじゃないけど、うん、なんとかなりそうだよ」

 プレシア・テスタロッサという女性が遺した研究成果は、確かに受け継がれ、その娘の親友の危機を救っているのだ。



 ≪マスター、貴女の長く辛い人生は、決して無駄ではありませんでしたとも≫


 その光景を見詰めながら、古きデバイスは己の主を誇りに思う。

 アリシアのために過ごした長く辛い時間は、決して、無駄なものではなかったのだと。

 こうして、二人目の娘の人生を、今も支えてくれている。



 「そんじゃま、残る作業は俺とアルフの役目だな」

 その内の想いを微塵も出さず、彼は道化の仮面を被り、汎用人格言語機能を用いて己の成すべき機能を続ける。

 既にアースラより魔法人形一般型が転送されていて、動かすべき身体は確保している。


 「まだなんかあったかい?」


 「あったり前だ。娘が夜8時過ぎに部屋からいなくなって、戻ってこなかったら親御さんが心配するに決まってんだろうが」


 「あ―――」

 それは実に単純な話であったが、本局やミッドチルダに住んでいると見落としがちな盲点でもある。


 「筋書きとしてはこんなとこだ。フェイトがずっとやってた仕事が終わって、なのはがすずか、アリサと一緒にすずかの家でびっくりサプライズを企画したんだけど、はしゃぎ過ぎてフェイト共々ノックダウン、で、その旨を伝えに我らが参りました、ってことでお前と俺で高町家に行く。細かい設定は俺に任せろ」


 「ま、詐欺の役はアンタに任せるよ」

 ちなみに、アルフの傷もユーノの魔法で大体回復している。その程度ならば問題はなかった。


 「あ、それとクロノ、本局に着いたらなのはをベッドに寝かせて、同じベッドにフェイトも潜らせて、二人仲良く眠ってる写真を撮ってS2Uから俺まで送ってくれ、なのはの親兄弟にプレゼントするから」


 「まったく、君はよくそういう細かい設定に気が回るな」


 「詐欺の達人を侮るな、んじゃま、そういうことで。よしアルフ、いったん遠見市のマンションに転送してくれ、土産の虎屋の羊羹とってくるから」

 
 「なんだってそんなモン用意してんだい……」

 
 「洋菓子専門の喫茶店なんだから、和菓子のほうがいいだろ」


 「いや、そういう問題じゃなくてさ」

 



 そうして、嘘吐きデバイスの手によって真実は巧妙に隠されたまま、海鳴市にひとまずの平穏が戻る。

 無論、物語はこれで終わりではなく、まだまだ始まったばかり。

 呪われし闇の書を中心に回る、絆の物語はどのように巡ってどう収束するのか。

 それを知る者は、まだ誰もいない。


 ある女性と、その傍らに在った古いデバイスの物語はもう終わっているが。

 その長い旅の足跡は、確かに次代へと受け継がれている。






[26842] 第七話 本局の一コマ
Name: イル=ド=ガリア◆ec80f898 ID:ee4ccd9f
Date: 2011/03/31 15:41
第七話   本局の一コマ




新歴65年 12月2日  時空管理局本局  エレベーター内  PM8:45




 「検査の結果、なのはちゃんの怪我は大したことないそうです。一応、専門の医師の方に診てもらいはしたんですけど」


 「特にこれ以上するべき処置はない、ということでしょうね」


 「はい、応急処置が同時に手術レベルの規模でなされていたとかで、クロノ君もユーノ君も並外れているというか、なんというか」

 本局のエレベーター内において会話を交わすのは、アースラ艦長のリンディ・ハラオウンとエイミィ・リミエッタの二名。エイミィが手にしているコンソールパネルには、今回の事件に関する事柄が要点を纏められた上で全て記載されていた。


 「ただ、魔導師の魔力の源、リンカーコアが異様なほど小さくなっていた、というのも気になるところで」


 「そう、じゃあやっぱり、一連の事件と同じ流れね」

 小さくなっていた、という時点でそれが過去形であることが窺える。リンカーコア障害の治療のために開発された二つの研究成果、生体機能促進型人工魔力エネルギー結晶“ミード”と魔力エネルギー吸収型リンカーコア治療用端末“命の書”はその機能を十全に発揮していた。


 「はい、やっぱり、闇の書事件、なんですね」


 「高ランク、いいえ、ランクを問わず魔導師からリンカーコアの蒐集を行う古代ベルカの騎士達。これまではその姿が特定できていなかったけど、ここまで来たら間違いないわ」

 ハラオウン家は、闇の書との因縁が深い。

 そのロストロギアによって夫を失ったリンディ・ハラオウン、父を失ったクロノ・ハラオウンが闇の書の守護騎士たる四騎、剣の騎士、鉄鎚の騎士、湖の騎士、盾の守護獣の特徴を見誤るはずもなかった。

 クロノに至っては、交戦している最中から敵がヴォルケンリッターであることを念頭に入れ、四人目の敵が現れる可能性を考慮して戦術を展開していたくらいである。


 「とはいえまあ、もし彼がいなかったら私もここまで確信は持てなかったでしょうけど。あれらに関することであらためて闇の書事件に関するレポートを読み直したのも最近だし」


 「例の、“生命の魔導書”、ですか?」

 生命の魔導書はロストロギア“ジュエルシード”によって生成された、闇の書の蒐集機能のみを複製した写本といえる存在。

 “願いを叶えるロストロギア”の特性でもって生まれた存在であるため、その製法は誰も知る由がなく、機能のみを実験を重ねることで把握できたに過ぎない。

 そのため、管理局の魔導関係の技師達が“生命の魔導書”を模してテスタロッサ家と技術提携し作り上げた“命の書”は性能面ではオリジナルに大きく劣る。機能そのものはほとんど変わらないが、効用や副作用などの点に関してまだ大きく離れているのだ。


 「あれが公の存在になって、主に管理世界で先天的なリンカーコア疾患で苦しむ子供達のために使用されるようになってから早二か月。その写本ともいえる“命の書”の最初の臨床使用例がなのはさんというのも奇妙な縁というべきかしらね」

 “生命の魔導書”とそれを基にした端末である“命の書”、そして、“ミード”を医療手段として臨床で用いることが正式に認められたのはちょうど今日のこと。元々、クロノ、ユーノ、フェイト、アルフはそのために集まっていたのである。

 リンディが言ったようにその二か月ほど前から試験運用という形で“生命の魔導書”は使用されており、これは、時間をかけるほどに子供達の治療が困難になることが予想されたためであり、他ならぬアリシア・テスタロッサの症例が“生命の魔導書”の使用へと踏み切らせる後押しともなっていた。

 そうして、“命の書”や“ミード”も試験運用されるようになり、既に実験的には問題ないことが証明されていることも考慮され、この二つは臨床で用いられることが公式に定められた。

 とはいえそれもまだまだ一般のものではありえない。これが使用されうるのは本局の中央医療センターか、クラナガンの先端技術医療センターなどの最上級の設備を備えた“管理局の施設”に限られ、次元世界に存在する一般の医療施設で使用されるまでにはどんなに早くとも1年半はかかるだろう。

 時間がかかる最大の要因は、時間をおいて現われる副作用がないかを確認し、安全性を確立するまで必要があるからに他ならず、それまでは管理局の直轄といえる機関でのみ使用されるのは当然の話ではあった。


 「でも、あそこにいたのが執務官で、なおかつあれらの公式登録の担当官だったクロノ君と、そのための“実践面”と担当していたユーノ君でなかったら、法律的にもヤバいところですよね」

 そして、“命の書”と“ミード”が試験運用ではなく、公式に認められてから最初の使用例となったのは高町なのは。実に、登録から3時間以内の使用であった。


 「もしくは、地上本部と連携して“生命の魔導書”を各地の医療設備に順番で貸し出している“彼”くらいなものね。時の庭園もまた、例外的にその二つを扱える医療機関の一つとして認定されているから」


 「ホント、いつの間にそんな手続きまでやっていたのやら」


 「いったいいつかしらね、でも、最近は地上本部の姿勢も少し丸くなってきたて言うし、ひょっとしたら彼の頑張りのおかげなのかもしれないわ」


 「う~ん、反目している状態から、利用し合おうという状態に変わりつつある、ってとこですかね?」


 「そんなものかしら、とりあえず、良くなってきそうな兆しがあることはいいことだわ」

 彼女達は本局の人間の中では陸と海の対立を憂い、改善しようと試みる融和派であるため、その風潮は歓迎したいところであった。


 「そっちはまあいいことですけど、私達の休暇は延期ですかね、流れてきにアースラの担当、というか、どう考えても適任がうちしかあり得ませんし」


 「仕方ないわ、そういうお仕事だもの。これも、クロノとユーノ君とフェイトさんの頑張りの成果の一つと受け止めましょう」

 リンカーコアの蒐集を行う守護騎士達による“闇の書事件”。

 これに対応するならば、アースラ以上の適任はあり得ない、これはまさに厳然たる事実であった。

 魔導師の魔力の源であるリンカーコアが異常に小さくなるまで蒐集されるという特殊な症状であるがゆえに、被害者の治療、リハビリには相応の医療設備と時間が必要となる。

 しかし、その症状に対して“特効薬”に近い医療装置が開発されており、現状においてそれを運用できるのは管理局の中枢に近い医療施設か、その登録を担当した執務官が乗る次元航行艦くらいのもの。

 その人物こそがクロノ・ハラオウンであり、“闇の書事件を追う執務官”として彼が適任であるのはこの時点で明白であり、さらに、アースラに搭乗する嘱託魔導師は“命の書”や“ミード”の特許や権利を保有するフェイト・テスタロッサ。


 「あの二つが、プレシアさんの研究成果である以上、受け継げるのはフェイトちゃんだけですもんね」

 エイミィがプレシア・テスタロッサという女性を会ったのは時の庭園で行われた“集い”の時だけであったが、皆で知恵を出し合ったその会議は、彼女の心にも印象深く刻まれていた。

 そして、彼女が言うように、プレシア・テスタロッサの遺産を引き継げるのはフェイト・テスタロッサしかあり得ず、さらにはそれらを実践面でサポートしたユーノもアースラにいるというおまけつき。

 まさしく、現状のアースラは“リンカーコア障害対策専門部隊”と言っても過言ではない面子が揃っているのである。


 「そのおかげで、なのはさんの症状もごく軽いもので済んだ。なら、私達が頑張らないでどうするの」


 「ええ、そうですね」

 何よりも、アースラスタッフが“被害者を救った”ことが大きい。

 “彼らならば被害者が確認された際に迅速に対処が出来ると考えられる”ではなく、“迅速に対処できた”という成果を既にアースラは挙げてしまっており、曲りなりにも守護騎士を退かせ、蒐集されたなのはを迅速に治療したクロノ達を除いて、一体誰が闇の書事件の担当者となるというのか。

 時空管理局もやはり組織であるため、“前例”というものを重く見る。アースラチームが被害者を救った前例がある以上、彼らがそのまま担当となるのも必然というべきだろう。


 「それで、今なのはさんはどこに?」


 「トールが確保していたテスタロッサ家のスペースです。既に入院するまでもないくらいまで回復しているから、フェイトちゃんと一緒の方がいいだろうって」


 「でも、スペース的に厳しくないかしら?」

 フェイト達がいるのはハラオウン家のスペースの斜向かいであり、ほとんど寝るためだけに使っている彼女達の“寝室”に近い。一応は怪我人といえるなのはを休ませるにはいささか不適当と考えられるが。


 「いえ、普段使っている部屋以外に何時の間にやら六ケ所くらい抑えていたみたいで、その中でも医療器具とかが置いてあるスペースを使うと言ってました」


 「まあ、いつの間に」


 「どうやら、アスガルドの方がトールの指示で動いていたみたいなんですけど、ネットワーク上でやり取りされる不動産情報に関してはちょっと」


 「流石に、専門外ね」








新歴65年 12月2日  時空管理局本局  テスタロッサ家居住スペース  PM8:50



 「いや、君の怪我も軽くて良かった」


 「御免ねクロノ、心配掛けて」


 「気にするな、僕の判断ミスが原因だ。これからまずは、始末書を相手にしなくてはならないな」


 「あれは、クロノのせいじゃないよ、私とアルフが竜巻に気を取られてしまったのが…」


 「いいや、部下の失敗は上官の責任でもある。それに君はあくまで嘱託魔導師であって管理局員じゃないんだ、ならば、その身の安全を保障するのは僕達執務官の役目であり、それを果たせなかった以上、始末書は書かないとね。何よりも、二度とこんなことがないように今後の改善策を検討する必要がある」

 他人にも厳しいが、己にはそれ以上、いや、その数倍は厳しい、それがクロノであった。

 既に闇の書事件を担当するのがクロノ・ハラオウンとフェイト・テスタロッサを有するアースラであろうことを彼も予想しており、フェイトが無関係ではいられないことも理解している。

 ならばこそ、彼女がヴォルケンリッターと再び矛を交える可能性は高いため、クロノはその時のための戦術の考察を行う。民間人であるなのはは別に戦う必要はないが、嘱託魔導師であるフェイトは有事の際にクロノの指揮下で戦う必要があるのだ。


 <もっとも、フェイトが戦う以上、なのはがじっとしていられるはずもない>

 クロノの個人的な感想を言えば、二人とも安全なところにいてくれた方が気が休まるのだが、そういうわけにもいかない。彼女達自身が望むなら可能な限りその意思は尊重しなくてはならないという理念もあるが、闇の書事件を担当する上で、AAAランクの魔導師の力は無視できないという現実もある。

 別に幼い二人に無理をさせずとも、本局ならばAAAランクの魔導師はゴロゴロとまではいかないが、存在している。この案件が闇の書事件である以上、戦力として一時的にアースラに貸し出してもらうことは十分可能であろうし、レティ・ロウラン提督ならばその程度は朝飯前だ。

 とはいえ、二人がそれに納得して引き下がるかといえば、それもまた怪しい。最悪、時空管理局とは関わりないところでヴォルケンリッターと対峙することとなる可能性もあるのだ。

 ならば結局、クロノ指揮下に二人の少女を置いておき、彼女らが無理しないように目を光らせ、もしもの時の救援体勢を整えておくことがベターといえる。


 <まあ結局は、僕達かなのは達か、どちらが精神的重圧を負うのかという話だ>

 リンディやクロノにとっては、指揮下に置く人間は武装局員の方がやりやすい。彼らは管理局の歯車の一部であり、最悪、殉職することも覚悟して武装隊に身を置いている。無論、彼らを無駄死にさせるつもりなど二人には毛頭ないが、いざとなれば割り切る精神もまた持ち合わせている。

 だが、なのはやフェイトは違う。彼女らは正規の局員ではなく、万が一にも死なせるわけにはいかず、負傷させることすらあってはならない事態であり、二人にとっては傷つくことは覚悟の上かもしれないが、上の人間にとっては胃痛の種となるのも事実。

 つまりは、クロノがミスをしなければいいだけの話であるが、その責任はクロノの双肩にかかり、その上官であるリンディも同様。気苦労が絶えないのはハラオウン親子であり、いざとなれば責任を負うのもハラオウン親子、割に合わないことこの上ないが、彼らはそれを選ぶ。

 彼女らを遠ざけ、武装隊からの増員を指揮するならば、“民間協力者、嘱託魔導師を危険に晒す”という重圧からハラオウン親子は逃れられるが、代わりに少女達の心に“自分達だけ守られている”という重圧がかかることになる。そして、二人は自分達が苦労する方を選んだ。

 これで、少女達を戦わせることにメリットがないならば否定するのだが、二人とも戦闘技能は一級品であることも事実であり、“管理局”にとっては彼女ら二人を使った方が効率は良く、万が一のことがあればハラオウン親子に責任を取らせれば済む。

 それらを全て承知した上で、ハラオウン親子は高町なのはとフェイト・テスタロッサが前線に出ることを許す。それがどれほどの覚悟と責任を伴うものであったかを、二人の少女がそれぞれ尉官クラスの階級となり、部下を持つようになった際に知ることとなるが、それは今しばらく先の話である。


 「それにしても、彼はいつの間にあんなスペースを確保したのだか」


 「わたしにも分からない、というか、今日まで知らなかったよ」

 クロノとフェイトは居住用のスペースで申し送り用の書類などを作成している。ユーノとアルフの二名はレイジングハートとバルディッシュの方についており、なのはの傍にはトールがいる。


 「まあともかく、なのはの傍には彼がいる。彼女が目覚めるまでは僕達は僕達のやることに専念しよう」


 「うん、そうだね」

 二人が書いている資料とは、自分達が戦った騎士に関するものであった。

 この先、再びぶつかる可能性が極めて高い以上、守護騎士の能力や戦い方は記録媒体にまとめて保存しておく必要があり、可能な限り交戦から時間を置かないうちに作成するのが望ましいため、なのはが目覚めるまでの時間を利用して二人はそれを書いている。

 また、ユーノとアルフも二機のデバイスを見守りながら、同様の作業を行っていたりする。


 だがしかし、彼らは知らなかった。

 この頃既に、高町なのはが目を覚ましており、凄まじい惨劇を体験することとなることを。

 その体験が、彼女の精神に大きなトラウマを与えることを。



 彼らは、知る由もなかった。










新歴65年 12月2日  時空管理局本局  テスタロッサ家医療用スペース  PM8:50



 「ふむ、流石に若いな、もうリンカーコアの回復はかなり進んでる」


 「ありがとうございます、トールさん」


 「ま、ちょっとの間は魔法がうまく使えないだろうが、“ミード”がかなり補完してくれたからその気になればディバインシューターくらいは撃てるだろ」

 彼は、汎用人格言語機能を用いてなのはと会話する。

 既に、彼がその機能を発揮する場はフェイトのいる空間に限定されつつあるが、高町なのはという少女は数少ない例外の一人である。

 この基準は、フェイトとの親しさのみならず、その対象の精神モデルのパラメータを用いている。簡単言えば、クロノやエイミィが相手ならば、本来の口調で話しても相手が違和感を覚えないから、といったところだろうか。


 「それはともかくとして、まずは風呂に入ったほうがいいぞ、お前今日はまだ入ってないだろ」


 「ええっ! どどど、どうして分かるんですか!?」

 うろたえるなのは。


 「そりゃあお前、お前の脇とかから漂ってくる汗臭さ」


 「ふぇええええええええ!! わ、わたし、臭うんですかあぁっ!!!」

 さらにうろたえるなのは。


 「なわけはなく」

 こけた


 「というか、俺には嗅覚の機能はない。レイジングハートもバルディッシュもサーチャーと同様の周囲の視覚情報を取り込む機能と音声記録機能は持っているが、触覚、味覚、嗅覚はないぞ」


 「あ、あああ、あのですね…」

 額を抑えながら抗議の声を上げようとするなのは、こけた際に打った模様。


 「だが、俺が使っている人形は触覚情報すら本体に伝えられる優れモノ。とはいえ、流石に味覚と嗅覚まではない。視覚情報から味を予想することは出来るが」


 「トールさん、ちょっとお話が……」


 「さて、とっとと服を脱ぐ」


 「え、ちょ、ちょっと、自分で脱げますから!」


 「病人なんだから文句言うな、お前の身体を健康体アンド清潔体にすることが我が使命なのだよ」


 「で、でもですね」


 「それに、クロノ、フェイト、ユーノ、アルフの四人は戦闘後洗浄している。あれだけの速度で飛びまわれば汗をかかないはずもないからな、アルフに至っては若干口から血も出てたし」


 「血! 血を吐いたんですかアルフさん!」


 「それに、フェイトも………」


 「フェイトちゃん、怪我したんですか!」


 「お前の隣で寝てた」

 こけた


 「と、トールさん………って、もう脱がされてるっ!」


 「さーて、浴室へ向かうか」


 「だ、だから、一人で出来ますっ!」


 「遠慮しない遠慮しない、遠慮し過ぎるのはお前とフェイトの共通する悪い癖だぞ」

 といいつつ、なのはを抱えて隣接する洗浄用の部屋へ向かうトール。


 「遠慮じゃなくて、恥ずかしいんですっ!」


 「機械相手に何を恥ずかしがることがあるか」


 「いや、トールさんて、見た目はお兄ちゃんくらいだから……」


 「ふむ、お前の父と兄がほぼ同年代に見えるのは俺だけだろうか?」


 「……………ノーコメントで」

 なのはもまた、家族の外見年齢の変わらなさに若干の違和感を覚えつつあるようであった。


 「そんなわけで、洗浄ルームへ到着」


 「いつの間に! っていうか、広いですね!」


 「そりゃ当然、ベッドで寝たきりの人を可動式ベッドごと運び込んで、四方八方からシャワーを撃ち込むための部屋だからな。別名を“血の洗礼ルーム”」


 「なんか………病人のための部屋とは思えないんですけど………」


 「さーて、ブラシと洗剤は、と」

 なのはを設置されてあった椅子に座らせ、さっさと洗浄器具を取りに向かうトール。


 「だ、だから、自分で出来ます」


 「気にしない、気にしない」


 「気にしますから!」


 「んで、ブラシはどっちがいい?」

 トールが手に持つのは、二種類のブラシ。


 「……………あの、どうしてこう、キリンさんや象さんを洗うようなブラシしかないんでしょうか?」

 そう、それはブラシと呼ばれるものだ。断じて、垢擦りなどと呼ばれるものではない。


 「問題ない、俺から見れば同じ生体細胞の塊だ」


 「生体細胞………って、痛い痛い!」


 「わかままなやつだなー」


 「貴方にだけは言われたくありませんっ!」


 「ふむ、この口調が悪いのか、ならば――――」


 「いえ、口調じゃなくて、ブラシが悪いんですけど……………聞いてませんね?」

 聞く耳もたずとはこのことか。


 『では、こちらの口調で、痒いところはありますか?』


 「えっと、痛いところならあるんですけど……」


 『お力になれず、申し訳ありません』


 「即答!?」


 『では、ブラシを変更いたします』


 「で、出来る限り、ソフトなので……」


 『善処します』


 一旦、奥に引っ込むトール。



 『こちらなどは、如何でしょうか?』


 「ストォォーーーーーーッップ!!!」


 『どうしましたか?』


 「それ! どう見ても便器を洗うためのブラシですよねえっっ!!」


 『いえ、これは一度も便器を洗うために使用されてはおりません、買ったばかりの新品です。用途は浴槽、排水口、便器などの水周りの洗浄に対応できる優れものですよ。よって貴女が今言った用途にも使われてます。それに、柔らかいですよ』


 「まだ便器を洗ってなくても! 便器を洗うためにも使われるブラシなのは間違いないんですね! っていうか、柔らかいんですか!」


 『ええ、対象が硬いことがあれば柔らかいこともあり、時には水に近いこともありますので。傾向的には硬い方が汚れにくいため、このように柔らかいブラシが最近の主流となっております』

 ちなみに、本局内にあるホームセンターで購入したものである。


 「その対象って、考えたくないんですけど……」


 『垢の塊やカビ、もしくは排泄物です』


 「言わないでください!!」


 『人間的に表現するならば、う●こです』


 「わざわざ人間的に言い直さないでいいですから!」


 『では、洗いましょう』


 「待って! 後生ですから待って下さい!」

 なのはも必死である。少女はおろか、人間として守り通さねばならない尊厳がかかっている。


 『難しい言葉を知っているのですね』


 「あ、前にお兄ちゃんから少し教わって……にぎゃああああああああああ!!」


 『泡が口に入りますよ』


 「やめてください! お願いですから止めてください!」


 『分かりました。止めましょう』

 ピタッと、動きを止めるトール。


 「ふぇ?」


 『如何しました?』


 「あ、あの、止まったことが意外で……っていうか、何で肌に密着させたまま止めるんですか?」


 『貴女に、お願いされましたから』


 「え、えと……」


 『先ほども申したように、私は機械です。ですから、貴女は恥ずかしがることもありません』


 「機械……それで、お願いには応えるんですか…」


 『そうですね、例えるならば、食器を洗う際に特別な感情を抱く人間がいないのと同じことです』


 「食器?」

 その瞬間、空気が凍った。


 「わたし、食器ですか?」


 『いいえ、貴女は人間です』

 しかし、デバイスの態度は変わらない。


 「………」


 『ですがまあ、仕方ありませんね。やはりここは、洗浄用のシステムに任せることといたしましょう。見ての通り、自動の機械システムがありますから』


 「あ、その方がわたしとしても気が楽なので、お願いします」


 『では、機動の準備をしてきます』


 またしても奥に引っ込むトール。

 だがしかし、なのはは気付かなかった。“起動”ではなく、“機動”の準備であったことに。

 トールが日本語変換を使ってたたために、気付くことは不可能であり。

 彼女は、気付かなかった。


 「うん、自動の方がよっぽどましだよね、やっぱり、人間みたいな外見だと恥ずかし」


 ガチャン、ガチャン、ガチャン


 「……………」


 『洗浄シマス、洗浄シマス、対象ヲ中ヘ格納シテクダサイ』
 
 そこに現われたのは、多足ユニットを備えてゆっくりとこちらに近づいてくる謎の物体。

 いや、形状から想像はつくのだが、なのははあえて考えないようにしていた。


 「あの、トールさん?」


 『ハイ、ナンデショウ』


 「それ、何ですか?」


 『自動洗浄システムデス』

 確かに、外見的にはそうだ。その自動洗浄システムとよく似たものをなのはも知っている。

 ただし――――


 「あの、それって、ガソリンスタンドとかにある、車を洗う機械じゃ……」


 『イイエ、自動車ハ洗エマセン。サイズ的問題カラ、二輪車ガ限界デス』


 「やっぱり! 本来は人間用じゃないんですね!」


 『ワタシノ肉体ヲ洗浄スルタメニ使用シマス、多少ノ改良ヲクワエマシタ』


 「人間に近いけど、人間じゃないですよねえぇぇ!!」


 『外部構成材質同等』


 「何で全部漢字なのっ!」


 『開始シマス』


 「ちょ、ちょっと待って!」


 『ナンデショウ?』


 待てと言われれば、律儀に待つのが機械。


 「あの、トールさんって、息はしませんよね?」


 『シマセン』


 「その機械って、何分くらい?」


 『約10分デス』


 「死んじゃいますよわたし!?」


 『蘇生設備万全』


 「死ぬこと前提ですか!?」


 『顔ダケハ別トナリマス』


 「そ、それなら何とか……」


 『開始シマス』


 「って、いつの間にか入ってるしいーーーーーーーーー!! 何でわたしも了承しちゃってるのーーーーーーーーーーーー!!!!」



 ただいま、洗浄中です。そのまましばらくお待ちください。



 『“ワックス”ハ、オカケシマスカ?』


 「ワックス!?」


 『ミラーヲ、トジテクダサイ』


 「ミラー!?」


 『空気ヲ、注入シマス』


 「わたしはタイヤじゃありません!!! いや確かにそろそろ空気は欲しかったですけど!!」


 『ワガママ』


 「貴方にだけは言われたくありません!!」








 およそ、10分後


 「御免、フェイトちゃん、わたし、汚れちゃった………」


 『イイエ、綺麗ニナリマシタヨ』


 「なんか………車どころか、バケツか雑巾にでもなった気分です」


 『フム、マダ改良ガ必要ノヨウデスネ。良イデータガ取レマシタ』


 「わたしは実験サンプルですか!?」


 『ソウイウコトモアルデショウガ、ソウデナイコトモアルデショウ』





 そんなこんなの、ある本局での一コマ。

 これから、彼女らは戦いの日々が始まることとなるが、その前にしばしの休憩を。


 ―――――――――休憩?









 あとがき


 終にやってしまいました。オリキャラが原作キャラと一緒にお風呂、というテンプレ展開をやってしまいましたよ。






[26842] 第八話 老提督の覚悟
Name: イル=ド=ガリア◆ec80f898 ID:ee4ccd9f
Date: 2011/03/31 15:42
第八話   老提督の覚悟




新歴65年 12月2日  時空管理局本局  顧問管執務室  PM8:45



 『以上が、クラールヴィントとの接触によって私が得た情報です』


 「なるほど………これは、無視できん情報だ」


 「提督も知っての通り、彼の管制機としての機能“機械仕掛けの神”はインテリジェントデバイスの母、シルビア・テスタロッサが彼にのみ搭載したものであり、これを古代ベルカ式のデバイスが破れるとは考えにくいかと」


 「そして、彼がデバイスであるためにこれらは“電子媒体に記録された情報”となり、裁判の証拠にも使えます。そうして彼は、アレクトロ社との裁判に勝訴したわけですから」

 時空管理局顧問管の執務室で語らうのは3人の人間と一機のデバイス。

 管理局へ入局してより50年を超え、かつては艦隊指揮官や執務統括官を務め、現在は三提督までとはいかないまでもやや名誉職に近い役職に在り、後進の者達の指導に力を注ぐギル・グレアム顧問管。

 アースラの艦長であり、闇の書と少なからぬ因縁を持つリンディ・ハラオウン提督。

 彼女の息子であり、同じく闇の書と因縁を持ち、現状において最も闇の書事件の担当官として適性を持つクロノ・ハラオウン執務官。

 そして、最後の一機は会議に参加している、とは少し異なる。どちらかというと、会議室の中央に置かれたプロジェクターが考える機能としゃべる機能を備えている、といった表現が適当であろう。

 彼は人間ではなく、管理局員でもないが(使い魔など、人間以外の管理局員もいる)管理局の高官が一堂に会する会議にすら参加する資格を持つ。当然、座るべき椅子はなく、彼がいる場所は中央にそびえる大型端末の制御ユニット接続部である。

 特に、今回の闇の書事件にかかわって急遽執り行われた会議のような場合において、“トール”というデバイスは重宝する。彼は膨大なデータベースを抱える“アスガルド”の管制機であり、無限書庫には遠く及ばないまでも、過去の多くの事例について即座に参照することが出来る。

 現に、この会議においても彼がまとめた“闇の書事件”に関する記述はかなり役立っていた。


 『人間ならば“口約束”という言葉もあり、それだけで記録に残ることもないため証拠とはなりませんが、我々の言葉は同時にストレージに記録されますから。まあ、デバイスの前で無暗に話すのは危険であるということでしょうか』


 「それは、肝に銘じるべき言葉かもしれんな」

 まさしくこの時発した言葉を、ギル・グレアムは後に顧みることとなる。彼自身は明確に思い出せずとも、トールは一語一句誤らずに記録していたのである。


 『話を戻しますが、クラールヴィントのみならず、グラーフアイゼン、レヴァンティンの主達も己のデバイスに攻撃対象の殺害を命令していません。これまでの8回に及ぶ管理局が観測した闇の書事件においては、観測されていないケースです』


 「不謹慎な話ではあるが、高町なのは君が無事であった事実がそれを証明しているな。これまでの記録にある守護騎士ならば、一撃で頭部を砕き、リンカーコアを蒐集していたはず。とはいえ、守護騎士が顕現しなかった場合もあったため、断言することも危険か。たしかその事例は第四次闇の書事件だったと思うが」


 『はい、管理局のエース級魔導師が主となり、最初の覚醒がなされる前に封印した結果、主のリンカーコアが喰い尽された事例ですね。もし彼の下で守護騎士が顕現していたならば、今回のようなケースも存在したかもしれません。しかし、仮定はともかくとして、守護騎士が顕現しているということは、闇の書が第二フェイズへ移行したことを意味しております』


 「守護騎士達は間違いなく闇の書の完成のために動いている。各地で起きている魔導師襲撃事件はその証だが、調査班からの報告によると、こちらも少々妙なことになっているな」


 『クロノ・ハラオウン執務官のおっしゃる通りです。蒐集こそされておりますが、死者はおろか深刻な障害を負った被害者も確認されておりません。守護騎士のデバイスはいずれもベルカ式のデバイスであり、戦場で戦うことを前提に作られたもの。古代ベルカ式を操る守護騎士の戦闘スタイルを考慮しても、殺さずに仕留めることの方が余程難しいはずなのですが』

 にもかかわらず、守護騎士は蒐集対象を殺さないように動いている。これは一体何を示すのか。


 「その通りだ。第一次闇の書事件においてBランク以上の空戦魔導師で構成された航空武装隊20名がわずか数分で全滅、指揮官であったAAAランクの魔導師も一撃で殺されるという事態となった。だからこそ当時は“鋼の脅威”とまで呼ばれたものと聞くが、どうにも矛盾しているように思われる」


 「守護騎士の行動原理も、主の精神傾向の影響を受けるということでしょうか?」


 「可能性はあるが、主にとって守護騎士はあくまでプログラム体に過ぎんはずだ。蒐集されたリンカーコアは守護騎士を再構成するための燃料ともなり、言ってみれば使い捨ての駒のようなものなのだが」


 「つまり、守護騎士を倒すこと、もしくは捕えることに意味はない、ということですわね。主の意思によって消滅させ、再構築すればよいだけの話でしかない」


 『それ以前に、守護騎士に闇の書本体に関する情報が与えられていないと私は予想します。プログラム言語で言うならば、あるメソッドの内部のみで定義される変数やクラスのようなものであり、闇の書が超大型ストレージならば、守護騎士にはヒープ領域が割り振られていることでしょう』


 「要は、“鋳型”だけが存在していて、守護騎士同じ規格で作られるが、保有する記録はあくまでその時に限るため継承はされず、本体に関する情報も保持していない、というわけか」


 「やはり、闇の書本体か、主を探し出すより他はないな。守護騎士達の行動がこれまでとは違うのもやはり主の影響によるものと見るならば、主を特定しないことには解決には向かうまい」

 グレアムが出した結論に、残る二人と一機も同意する。彼は既にその主のことを知っているが、そのことを知る人間も機械もここにはいない。

 だが、それはそれとして、現在のギル・グレアムは管理局の顧問管としてこの場に在り、管理局員としての立場から闇の書事件を解決するための方策を練ることに全力を尽くしてもいた。

 彼は今回の闇の書事件を最後にするべく11年の時をかけてきたが、“自分ならば必ず終わらせられる”という自信を持てる程になっている。彼が管理局員として生きていた年月、新歴12年から65年の53年間は安くはない。

 彼は前々回の闇の書事件、新歴48年にも自らが教導した部下を失っており、前回の闇の書事件ではクライド・ハラオウンを二番艦“エスティア”ごと自らの手で葬ることとなったが、彼が失ってきた仲間達は闇の書事件だけではなく、むしろそれは全体で見れば極一部に過ぎない。

 ギル・グレアムと同じ時代を生きた高ランク魔導師のうち生きているのは極僅か、今も現役で働ける身体であるのは彼一人。故に彼らは、“生き残りし者”と呼ばれる。

 だからこそ彼は、闇の書を完全に封印するために管理局員としては許されざることを行いながらも、同時に管理局員として己に出来る限りのことを成す。自分の計画が失敗し、再び闇の書が現れた時には自分は既に現役ではなく、そもそも生きているかも怪しい、既に彼の年齢は64歳となっているのだ。

 そうならないように全力は尽くすが、そうなってしまった場合に次元航行部隊を率いる司令官として次の闇の書事件にあたるのは、今自分の目の前にいる若き執務官であろう。

 そう思うからこそ、ギル・グレアムはクロノ・ハラオウンに“闇の書”というロストロギアに対抗するための方策の全てを授けるつもりで、この場にいる。若い彼ではまだ不可能であり、ギル・グレアムだからこそ実現できる対応策は数多く存在しているのだ。

 直接指揮を執るのはリンディ・ハラオウンであり、彼の立場上、直接的に力を貸すのは難しいものの、“闇の書事件”だけは別。


 彼はこの11年間、闇の書を永遠に封印するための方策を考え続け、それを行うための環境を整えるためにもあらゆる努力を払って来た。その一つが、闇の書事件発生時に彼が“総括官”として全責任を負うかわりに、戦闘が予測される地域への交通封鎖や管理世界の住民への避難勧告などの権限を一手に担うこと。

 刻一刻と変化する状況に応じて即座に対処する必要があるのが闇の書事件の特徴であり、守護騎士が顕現している状態、闇の書の完成状態、そして、暴走状態、それらの変化を毎回本局に報告し指示を仰ぐのではあまりにも遅すぎる。彼が艦隊司令官であった前回の闇の書事件においても、それが原因で武装局員の死者を増やしてしまった。

 次元航行艦船一隻を率いて事件にあたるならば艦長にある程度の権限を与えれば済むが、5隻以上の艦艇を従え、その全てが“アルカンシェル”を備えているともなれば、国家戦争クラスの軍事力と言って差し支えない。それを運用するならば本局の許可を得ながらの行動となるのは当然ではあったが、それでは闇の書事件に対処しきれない。

 だからこそ彼は、“伝家の宝刀”的なものではあるが、万が一の際には10隻近い艦隊を率いて本局遠く離れた地域までも独立的な権限を持ちつつ出動できる状態を整えた。無論それは“闇の書”が最悪のケースで発動した場合に限り、彼の首も飛ぶこととなるが、そんなものを惜しむような人間は執務統括官などになれはしない。


 まさしく彼は、己の全てを“闇の書事件”に懸けているのである。


 『それについてなのですがギル・グレアム顧問管。“闇の書”は第一級捜索指定遺失物ではありますが、存在する世界、文化、そして何よりも主の人格や環境によってその危険度認定は大きく変わります。現在得られている情報を考慮するならば、せいぜいが第三級捜索指定遺失物の扱いになると計算しましたが』


 「君の計算は正しいだろう。“闇の書”が最悪の形で力を発揮するのは独裁国家の軍高官などに渡った場合であり、第六次闇の書事件ではまさにそれが起こり、2200万人もの人命が失われた。私の故郷で言うならば、ナチスドイツに渡るような状況かな。アドルフ・ヒトラーなどに闇の書が渡った場合など、考えたくもない事態だ」


 『貴方は、第二次世界大戦中のイギリスでお生まれになったのでしたね』


 「ああ、私の父親も軍人だったがかの大戦で戦死してね、残る家族も、空襲で失った。幼い頃は父の後を継いで軍に入り、もう大戦は終わっているというのに、ドイツに復讐しようなど愚かな考えを持っていた。その私が時空管理局の艦隊司令官となったというのも、思い返してみれば不思議な話だ」

 ギル・グレアムと高町なのはの二人には魔法との出逢い方において多くの共通点がある。しかし、その時に受けた衝撃には決して埋められない差があった。

 ギル・グレアムは第二次世界大戦中のイギリスで生まれ、欧州が戦火に飲まれ、ドイツの戦闘機がイギリスへ飛来し民間人を攻撃し、その報復としてイギリスの航空機がドイツの街を民間人ごと焼きつくすことが“当たり前”とされた時代に育った。

 高町なのはという少女は、世界大戦が既に過去のものとなり、冷戦すら終結した時代に育った世代。彼女は“魔法”というものに魅せられたが、ギル・グレアムは“時空管理局”という存在にこそ魅せられた。

 もし、地球にも時空管理局のような組織があれば、6000万人を超える途方も無い数の死者を出し、その大半が民間人であったあの凄惨な世界大戦は起こらなかったのではないか、焼夷弾が民間人に容赦なく落とされることもなかったのではないか。そして、湧き起るインドなどの独立運動や、今も続く冷戦は―――

 そうして、彼は管理局に入った。それまでは祖国であるイギリスのため、いや、憎きドイツへの報復のために軍へ入ろうと考えていた少年は、国家や民族というものに帰属せず、“次元世界”のために存在する組織に己の夢を見出した。

 いや、彼だけではない。世界が狂気に染まり、世界が地獄を見た第二次世界大戦の時代に生きた人間ならば、“質量兵器が存在しない平和な世界”は誰しもが一度は夢見た光景だった。

 日本という国においては人間魚雷”回天”、人間ミサイル”桜花”という狂気の具現とも思える兵器が作られ、それに乗って若者達が命を散らせていった。”回天”、”桜花”に限らず特攻作戦という搭乗者の死を前提とした作戦が次々と行われた狂気の戦争。

 それが終わったあの時代、誰もが思ったのだ”2度とこんな戦争を起こしてはいけない”と―――


 今も尚管理局の人材不足は解消されず、幼い少年少女が危険な前線に赴くこともある。だがかつての大戦の様な”死を前提にした”人間を消耗品のように扱う段階には決してさせてはいけない、若き日の老提督もそうした思いを胸に走り続けてきた。




 「まあもっとも、キューバ危機などの際には長期休暇を貰ったものだがね。私は管理局に夢を託したが、それでも故郷というものは忘れられるものではない」


 『それは当然でしょう。大量破壊兵器の根絶を目指す管理局が、全面核戦争の瀬戸際であった世界に家族がいる人物を返さないはずがない。いえ、もしもの時は、貴方が懸け橋となって時空管理局が介入し、第97管理外世界が管理世界となっていた可能性すらあったはずです』


 「かもしれんな、アメリカとソ連が全面核戦争となり、無辜の民が核の炎で焼かれる事態となればいくら管理外世界とはいえ、時空管理局も座視してはいまい。介入することは望ましいことではないが、数億、いや、数十億の人間が死に絶えるよりは遙かにましだろう。まあ、それは過去の話だが――――」


 『闇の書が最悪の形で暴走すれば、キューバ危機以上の人災を第97管理外世界にもたらす可能性がある、というわけですね。現段階では可能性は極めて低いものの、ゼロではない』


 「その通りだ。だからこそ、闇の書を甘く見てはいかん。あれは、人の世の闇のそのものだ」

 それ故に、ギル・グレアムは闇の書を止めることに己の人生を懸けた。

 次元干渉型のロストロギアなどは、その名の通り既に“自然災害”に近いものがあり、人間の手を半分離れつつある代物だ。

 だが、闇の書は自然災害規模の力を持ちながらも、主の人格や所属する国家によって脅威の度合いが変わるという特性を持つ。民間人にとっては大差ない問題だが、彼にとってはそうではない。

 彼自身が述べたように、闇の書はナチスドイツのような組織に渡った場合に最悪の災厄をもたらす。それを止めることは、ギル・グレアムが時空管理局に入った理由そのものでもあり、彼が託した夢も具現でもある。


 ――――その代償が、罪のない少女を生贄に捧げることというのも、彼にとっては何よりも重い咎であったが。


 狂気の大戦中に生まれたギル・グレアムと、平和の時代に生まれた子供達の価値観は、やはり根本的な部分で違うのだ。

 理想論を振りかざしても、空から落ちてくる焼夷弾はなくならず、炎に包まれる街は救えない。


 そうして彼は、決して許されぬ罪を背負ってでも、闇の書を封じる覚悟を決めた。

 “正義”というものは価値観によっていかようにも変わる。やはり、彼の決断は今の時代を生きる管理局員達にとっても、決して認められないものであろう。

 それらを全て理解してなお、彼はその道を選んだのであった。それが茨の道であることは覚悟の上で。

 

 そして、グレアムとトールの会話を、クロノとリンディの二人はやや置いて行かれつつも何とか理解していた。

 第97管理外世界に関する“現在の知識”はかなりある二人だが、冷戦時代の米ソの対立に至るまで熟知しているはずはない。トールはフェイトがこの97管理外世界に住む事が決まってから、この世界に関するデータはあらかた揃えており、当然イギリス出身で、第二次世界大戦中に生まれたグレアムは知っている。


 「ですが提督、闇の書が現段階では第三級捜索指定遺失物扱いになる以上は、武装隊の大規模な動員や管理外世界への艦隊の派遣は不可能なのでは?」


 「それも事実だ。私の持つ非常時権限はその名の通り非常時に限ってのこと、簡単に言ってしまえば、私の首と引き替えにアルカンシェルを地表へ放つことを許可するというものと言えるか」


 『貴方の進退問題だけで済むかどうかさえ怪しいところだと推測します。もし、日本国の首都にアルカンシェルが打ち込まれれば、こじれにこじれて第三次世界大戦、となるやもしれません。世界の軍事バランスというものは危ういですから』


 「そのような事態には、私達の誇り、いいえ、存在意義にかけてさせません」


 「その意気だ、リンディ提督。だが、さしあたっては武装隊が大隊規模で必要というわけでもないな。運用するにも経費がかかる以上、人事部も慎重にならざるを得んし、何よりも中途半端な戦力の投入は闇の書にリンカーコアを提供することにしかならない」


 「そうですね…………闇の書の守護騎士に殺害の意思はなく、現段階での危険度が低いことは確認されましたから、僕達アースラだけでも対応は十分に可能だと思います」


 「守護騎士はまあいいとして、問題は主がどういう意図で蒐集を命じているか、また、そもそも闇の書の特性をどこまで把握しているか、ということでしょうね」


 『それに関しましてはデバイスとして意見があるのですが、よろしいでしょうか?』

 トールの発言に、三人が頷きを返す。


 『ありがとうございます。まず、守護騎士はあくまでプログラム体であり、彼らが“効率的”に動くならばやはり殺してリンカーコアを奪っているはずでしょう。しかし、彼らはそれをしておらず、それはまるで、管理局員の戦い方のようでもあります』


 「ああ、実際に戦ったが、その印象は確かにあった」


 『最も考えられる可能性は、主が守護騎士に殺害を禁じた場合です。その理由としては、まさしく今の我々の状態を作り出すこと、危険性が低いと判断させ、艦隊クラスの戦力が投入されることを防ぐため、これが一つの可能性です』


 「もう一つは、ちょうど、先の話に出てきたなのは君や私のように、高い魔力を持った管理外世界の人間がたまたま闇の書の主に選ばれてしまったケース、といったところかね?」


 『はい。一連の魔導師襲撃事件は全て第97管理外世界から個人転送で向かえる世界に限られており、闇の書の主は第97管理外世界にいる可能性が最も高いと考えられます。無論、ミスリードの可能性もありますが、主がたまたま選ばれた現地の人間ならば、辻褄が合います』


 「その場合、通常のプロセスに則って守護騎士が顕現した。そして、殺傷を禁じた上で、なおかつ守護騎士達を蒐集へ向かわせた、となるわね」


 『そうです。主が守護騎士達をデバイスのような道具ではなく、使い魔のような“家族”として認識している可能性もありますが、蒐集を行わなければ自分のリンカーコアが喰われることを知れば、守護騎士に蒐集を命じることでしょう』

 あらゆる可能性を演算する古い機械仕掛けも、八神はやてという少女が、自分がこのままでは助からないことを知りつつも蒐集を許さない精神の持ち主であることまでは知りようがない。

 ただ一人、この場でそれを知る老提督は、何を思うのだろうか。


 「なるほど、主の行動はあくまで緊急避難に近いものとも考えられるか………この段階で決めつけるのは早計過ぎるが、操作方針を定める指標にはなりそうだ」


 『はい、逆に考えれば、時間的猶予はこちらにあります。守護騎士の蒐集が犠牲者を出すものでない以上、闇の書が完成するまでに主を拘束、ないし闇の書の封印が出来れば我々の目的は達成されます』


 「だが、完成前までの封印は困難である上、転生機能によって次へ逃げられる可能性が高い。何より、守護騎士が存在している段階で闇の書を封印出来た事例がないのだ」


 「ですが、僕達が管理局員である以上、闇の書が完成するまでに出る犠牲者を見過ごすわけにはいきません………が」

 犠牲者に命の危険はなく、後遺症なども残らないならば、話は少し違ってくる。


 「こうなると、逆に難しいわ。“命の書”と“ミード”があるなら、あえて闇の書を完成させて、その状態で封印処理に移った方が安全かもしれない」


 『ただ、その場合。万が一失敗すれば第97管理外世界で闇の書が暴走し、地表目がけてアルカンシェル発射、という事態になる可能性も孕みます。その前に確保し、無人世界などで封印を行えるならばよいのですが』


 「安全策を取るならば、未完成状態で闇の書を確保し、次元空間においてアルカンシェルで吹き飛ばすことだが、それも結局先送りにしかならん」


 「ですが、管理外世界にアルカンシェルを撃つよりはましです。仮に先送りになったとしても、その時はまた僕が止めます」


 『闇の書が現れるたびにそれを確保し、無人世界でアルカンシェルを撃ち込むのをハラオウン家の家訓とすることも一つの解決策ですね。残念ながら根本的解決からは遠くなりますが』

 この中で唯一、闇の書に特別な感情を持っていないのはトールだけであり、それだけに客観的意見を述べることが出来る。

 だが、それも少し異なる。そもそも彼はプレシア・テスタロッサが関わること以外には主観を持たないのだ。


 「ともかく、闇の書の封印方法をどのようなものにするかは並行して検討するとして、当面の目標は、主の居場所を突き止め、守護騎士の守りを突破して闇の書を確保することですわね」


 「とはいえ、闇雲に探しても見つかるものではない。やはりここは守護騎士を利用するべきだろう」


 『でしょうね、高町なのはの襲撃があったのは海鳴市ですが、闇の書の主がそこに住んでいるとも限りません。ただ、守護騎士が日本語を話していた事実より、主の母語が日本語であることは間違いありませんね』

 実は、トールには心当たりがある。

 そもそも、彼がジュエルシード実験の舞台に海鳴市を選んだのはそこに“謎の結界”が敷設されていたからに他ならない。


 プレシアとアリシアのことで頭が一杯であったため、フェイトとアルフの脳内からは既に消えているその情報も、デバイスである彼は正確に記録している。また、結局必要性がなかったため、リンディとクロノにもこのことは話していなかった。

 その事実が今後どう影響するかは、まだ分からない。


 「守護騎士を捕えても口を割るとは思えませんが、トールの推察通り、主が偶然選ばれただけの日本人なら守護騎士を消して再召喚という真似は出来ないかもしれませんし、何らかの情報が得らえる可能性はありますね、なによりも」


 「彼の本体を守護騎士のデバイスに差し込んで“機械仕掛けの神”を発動させれば、というわけね」


 『はい、以前はケーブルを介したある種間接的なものでしたが、直接的に繋がればこちらのものです。ただそのためには、守護騎士を捕捉してエース級魔導師をぶつけ、隙を作り出す必要がありますね』


 「そうだな、近くの世界で蒐集を行うことは間違いないだろうが、それでも範囲は広すぎる。網を張るにしてもどれほどの局員を動員すればいいか………」

 戦争においても、捜査においても、何よりも重要なのは情報である。

 犯人を捕らえるための機動隊が揃っていても、犯人が潜伏している場所が分からなければ意味がないように、ヴォルケンリッターを捕えるための戦力を整えても、そもそも捕捉できなければ意味はない。

 しかし、第97管理外世界の近場の世界と言っても広大であり、到底網を張れるものではない。結局は守護騎士の魔力反応を感知し、現地へエース級魔導師を送ることとなるが、どうしても後手に回ってしまう。


 「海鳴市や、その近隣の県までをカバーするのは出来るけど、守護騎士も本拠地付近では魔力の痕跡を残さないようにしているでしょうし、何よりも戦闘地点が市街地になってしまう可能性が高いわ。やはり理想的なのは観測世界などで捕捉することだけど………」

 それを成すには、あまりにも膨大な人員が必要となる。闇の書が第三級捜索指定遺失物クラスの危険度である現状では、アースラの捜査スタッフとレティ・ロウランの探索チームくらいしか動かせない以上は夢物語でしかない。

 守護騎士達が魔導師を殺しており、危険性が高いと認定されれば大量の人員が送り込めるというのも、実に皮肉な話ではあった。死者や深刻な被害に遭った者が出ていない以上は、限られた人員で捜索するしかないのである。


 だが――――


 「ふむ…………ならば、兵糧攻めといくかね」

 そう言いつつ、ギル・グレアムが己の愛機、50年を超える時を共に過ごした相棒を取り出す。11年の時を闇の書事件への対策を講じることに費やしてきた彼の引き出しは並ではない。


 「オートクレール……」

 クロノも、そのデバイスは知っている。管理局の武装隊に支給されるデバイスの初期型であり、彼のS2Uの先発機といえる存在なのだ。


 「オートクレール、BW-4の情報を」

 主の声を入力として、ストレージデバイスが反応する。

 オートクレールは言語機能を持たず、唯一の意思伝達手段はコア部分に表示される文字のみ。彼は、トールより古い遙か過去のデバイスであり、今のデバイスのような多彩な機能は持ち合わせていない。

 しかし、ギル・グレアムはオートクレールを使い続けた。この主従には、最早切れない絆が存在しているのだ。
 

 「これは………次元犯罪、及び次元災害発生時における交通規制に関する条項、ですか?」


 「そう、守護騎士はリンカーコアを蒐集するために動く、それは逆に言えば、リンカーコアを持つものしか獲物に出来ない、ということだ」


 「なるほど、つまり―――」


 「図らずも、なのは君が蒐集されたことがここでは有利に働く。管理外世界の民間人である彼女が蒐集された以上、現在の第97管理外世界付近は、“一般魔導師にとっての危険地帯”として認定することが出来る。その辺りに滞在している者には一時的にミッドチルダへと退避してもらい、事件解決までの渡航を禁止する。そうなれば、魔導師襲撃事件は収まる」

 それは、オートクレールに登録された“闇の書事件”における対処法の一つであり、本局の重鎮たるギル・グレアムならではの方策であった。


 『まさしく、社会の歯車たる管理局ならではの方法ですね。物語の世界では影ながら存在する正義の組織が存在し、彼らが守護騎士が現れた際に都合よく現れ撃退してくれるのでしょうが、そんなことはせずとも、そもそも一般人を危険地帯に寄りつかないようにしてしまえばいいだけの話です』

 日本ならばそれは、警察や自衛隊にしか出来ない手法。

 人々を無差別に襲う連続猟奇殺人事件などが起きているならば、外出の禁止を義務付けられるのは国家の組織の特権である。悪い方向で軍部によって戒厳令などが出されたりすることもあるが。

 ギル・グレアムがこの11年で用意した準備とはつまりそういったものの発動体勢であり、こればかりは若き執務官であるクロノ・ハラオウンはおろか、リンディ・ハラオウンでも今はまだ不可能な芸当である。


 『そして、管理局の勧告を無視して危険地帯に留まり、蒐集の被害を受けたのならばそれは自己責任です。法に従わなかった者のために法の守り手が命を懸けるというのも変な話ですし、極論、見捨てても社会問題にはならないでしょう』


 「君は、痛いところを突くな。そういった側面があることは否定できんがね」


 『申し訳ありません。ですが、犯罪者の確保よりも民間人の安全を優先しなければならないことが管理局員の最大の枷ともいえ、広域次元犯罪者はそこを的確に突いてきます。しかし、“民間人がいてはならない状況”を作り出せば、その優先順位も変えることが可能となります』

 それは後に、デバイスソルジャーA型という存在が示すこととなるが、それはこの物語で語られる事柄ではない。


 「まあそれはともかく。規制、いえ、封鎖をかけてしまえば魔導師が襲われることはなくなる、つまりは提督がおっしゃったように兵糧攻めというわけですね。そうなれば守護騎士達は……」


 「リンカーコアを持つ魔導師以外の生物を狙う、いや、そうするしかなくなるだろう。ならば後は簡単だ、第97管理外世界付近にある魔法生物の生息域、もしくは保護区域、それらに網を張れば必ず守護騎士はかかる」

 彼の計画にとっては、守護騎士が捕縛されることは望ましいことではない。

 しかし、管理局が闇の書への対応マニュアル通りに動き、守護騎士を捕捉することも同じくらい重要なのだ。なぜならそれは、ギル・グレアムがいなくなっても対処できる機構が整ったことを意味し、それさえ出来れば、後をクロノに託すことも出来る。計画は必ずや成功させるつもりだが、失敗した場合に備えることも“上に立つ人間”の使命なのだ。


 「その際には、決して守護騎士に見つからないように徹底しなければなりませんわね。魔法生物を餌に網を張ったというのに、観測役が獲物になってしまったのでは本末転倒」


 「それは私も考慮したが、守護騎士のうち探索に秀でているのは湖の騎士のみだ。その他の三騎ならば捜査スタッフのスキルでも見つからずに済むはずだ。それに、エース級魔導師が駆けつけるまでの間という時間制限もある」


 「ただ、アースラは現在整備中で動けません。アースラが第97管理外世界付近にあれば即座に転送出来ますが、本局からとなると……」


 「そういえば、長期航行が可能な艦船は現在空いていなかったか。私の非常時権限で動員する艦艇は長期航行用の艦艇ではないから、代用も出来ん。とはいえ、やはり拠点は必要だ、何とかかけあってみるか」


 「そこまでご迷惑をお掛けするわけには―――」


 「いいや、リンディ提督、権限というものは使うべき時に使うものだ。やはり、有事の際に本局からでは遠すぎる。転送ポートを備えた艦艇を第97管理外世界付近に配置することは“闇の書事件”を扱うならば必須だろう」

 それは、グレアムの混じりけの無い本心。

 彼の計画から見れば難易度が上がることとなってしまうが、組織の体裁に拘るあまりに硬直した対応しか取れないという事態そのものが、“闇の書事件”を解決不能としてきた要因の一つなのだ。

 グレアムの計画によって“闇の書事件”が終わっても、次元世界に散らばるロストロギアはこれ一つではない。重要なのは管理局が柔軟な対応能力を失わず、ロストロギアの規模に応じた適切な運用を行える体勢を整えることなのだから。

 彼は自らの意思で茨の道を歩むことを決めたが、その要因は私怨というよりも自責の念であり、闇の書へ憎悪を燃やすには既に彼は年老い、多くの同僚を失い過ぎていた。

 彼はクライド・ハラオウンを失ったが、そのこと自体は珍しいことでもなく、それを成した闇の書を憎むよりも、己の判断ミスで彼を死なせてしまった自責の念と、闇の書の転生を止められなかった自身への憎悪が、ギル・グレアムの今の原動力となっている。


 だが――――


 『いいえ、それには及びません。フェイト・テスタロッサが嘱託魔導師として闇の書事件と関わることが明白である以上、時の庭園はその機能の全てを費やしサポート致します』

 リンディとクロノのことはよく知っており、それぞれの立場や能力の限界を把握している彼だが、テスタロッサ家、いや、時の庭園に関しては別であった。


 「時の庭園を、使うのか」


 『ええ、それに、網を張る役も私とアスガルドが引き受けましょう。守護騎士の到着を観測し、追跡するのみならばサーチャーとオートスフィアだけでも事足りますし、何よりも、気づかれたところで蒐集されることもありません。なにせ、機械ですから』


 「確かに、リンカーコアを蒐集する守護騎士を探索、追跡する存在として、機械以上に相応しい存在はいないかもしれないわ」

 機械は臨機応変の対処が出来ないために、捜査などにはあまり向かない。

 しかしそれは、人間の住む街での人間を相手にした場合の捜査であり、無人世界や観測世界で魔法生物保護区などに網を張るならば話は別、むしろ、そういった単一機能ならば機械は人間を遙かに凌駕する。


 『時の庭園が第97管理外世界付近にあれば、アスガルドは周辺世界のサーチャーからの情報をリアルタイムで解析できます。また、転送ポートもあるため戦力の派遣にも事欠きませんし、海鳴市とも直通しており、本局への転送ポートとしても利用できます。何より、リンカーコアが損傷した者達を治療する設備が整っており、同時に100人は治療可能です』


 「確かにそれなら、捜査チームの拠点にも使える上に、いざという時の主戦場にも使える」


 「理想的ではあるけれど、大砲は大丈夫なのかしら?」

 リンディが言うのは無論、地上本部に属するブリュンヒルトのことである。

 諸々の事情があって、時の庭園には未だにブリュンヒルトが鎮座している。解体するにも費用がかかり、時の庭園にあれば維持費をテスタロッサ家が負担してくれるため、資金不足の地上本部としては大助かりだったりするのだ。


 『ええ、そちらは何とかしますのでお任せを、ギル・グレアム顧問管、そういうことで如何でしょうか』


 「いや、問題がないならば異論はないよ。まあ、方針としてはこんなものだろう」


 「海鳴市を中心に守護騎士を捕捉するための監視員を置き、同時に、蒐集へ向かう守護騎士に対する網を時の庭園の機械達が張る。周辺の魔導師への避難勧告と交通封鎖に関しては、申し訳ありませんがお願いします」


 「ああ、任せたまえ」


 「トールが中央制御室にいてくれるなら、私とクロノは海鳴市にいた方が良さそうね。広域のカバーは機械に任せて、市街地は人間が担当する。なのはさんやフェイトさんのこともあるし」


 『では、より実働レベルでの調整に参りましょう。グレアム提督、オートクレールが持つ交通封鎖に関する情報と魔導師襲撃事件発生地のすり合わせを行いたいのですが』


 「ふむ、こちらのケーブルで良いのかね?」


 『はい、それを彼に繋いでくだされば』

 トールとオートクレールが接続され、人間ではあり得ない速度で情報がやり取りされていく、トールは同時にアスガルドとも連携し、守護騎士に対してサーチャーとオートスフィアが形成する“網”の構築に取り掛かる。

 また、グレアム、リンディ、クロノの三人も人員の配置やレティ・ロウランの調査班との連携をどうするかを話し合う。老提督にとっては、全ての人員を把握していれば、守護騎士達を意図的に逃がすこともできるという考えもあったが、それは表には出さない。


 しかしこの時、二機の古いデバイスが送受信していた信号が“兵糧攻め”と“機械の網”に関すること以外にもあったことを、三人は知らない。



 ギル・グレアムと53年間共にあったオートクレール


 プレシア・テスタロッサと45年間共にあったトール



 その存在は非常に似ているが、決定的に違う部分が存在する。


 それは、ストレージやインテリジェントといった区分ではなく、デバイスにとっては何よりも根源的な事象。


 その差異は、人間には非常に理解しにくいものであるため、老提督ですら、気付くことは叶わなかった。



 だがしかし、決して忘れてはいけない。



 どれほどの長き時を共にあっても


 どれだけ互いに信頼していようとも



 彼らデバイスは、アルゴリズムに沿って動く、機械仕掛けなのである。







あとがき
 今回は闇の書事件に対してアースラがどう動くかの説明が主でしたが、グレアム提督がより直接的に協力してくれている部分が相違点となっています。やはり、彼が11年間闇の書を封印するための方策を考え続けたのならば、闇の書事件が発生した際のあらゆる対応策を練っていると考え、もし失敗に終わったならば、クロノの世代に託すしかない以上、このような感じになるかな、と考えた次第です。
 また、彼が管理局に入って50年以上というのはA’S第三話の内容で、彼と管理局員の出逢いは映像からはなのはとほぼ同年代くらいに見えたので、グレアム提督の年齢は62~65歳くらいかなと想定しました。となると、彼の生まれた年代は第二次世界大戦の頃となりました。
銃などが街中で放たれることなどほぼあり得ない現在の日本で生まれ育った少女ならばともかく、爆撃機が空を飛び交い、民間人へ向けて容赦なく焼夷弾が落とされ、果ては原子爆弾まで落とされた時代に生まれ育ち、その後も米ソの冷戦が続いていた時代に生きた少年にとって“質量兵器の廃絶”を掲げ、国家に依存しない中立な立場を持つ管理局との出逢いは、“魔法”よりも遙かに重いものであったのではないかと思います。
 最高評議会、三提督、グレアム、レジアス、リンディ、そして、クロノ達の世代への時代と価値観の移り変わりも三部作通しての主題の一つで、そういった人間社会の移り変わりと、デバイスはどのように関わってきたかは特に描きたい事柄なので、丁寧に書いていきたいと思っています。やはり、ヴィヴィオ、コロナ、リオの世代がインテリジェントデバイスと共に平和に楽しく過ごしているVividが、到達したい地点です。

そして今回の津波で壊滅的な被害を受けた市外の様子をTVで見ながら、大戦中の空襲後の街はこのような状態だったのだろうか、と感じました。そして亡くなられた方へのご冥福をお祈りいたします。





[26842] 第九話 それぞれの想い
Name: イル=ド=ガリア◆ec80f898 ID:ee4ccd9f
Date: 2011/03/31 15:42



第九話   それぞれの想い




新歴65年 12月2日  時空管理局本局  デバイスルーム  PM9:30



 「うーん、やっぱり、芳しくはないみたいだ」


 「レイジングハートもバルディッシュも、無理したからねえ」

 クロノとリンディが今後の対応について協議している頃、ユーノとアルフの二人はそれぞれが戦った相手の特徴をレポートに纏め終え、デバイスの修復経過を見ていた。

 決して専門家というわけではないが、彼らから見ても二機のデバイスの状況は良くないものであることは分かる。もし“管制機”の補助なしで最後のファランクスシフトやスターライトブレイカーを放っていれば、さらに深刻な状態に陥っていたかもしれない。

 そこに、ドアが開く音が聞こえてくる。


 「なのはっ、フェイトっ」

 アルフが嬉しそうに入って来た二人の少女に声をかけ、同時に駆け寄っていく。


 「アルフさん、お久しぶりです」

 一応守護騎士との戦闘中も姿を見かけはしたが、なのはとアルフは直接言葉を交わしていない。ヴォルケンリッターと対峙している状況で、そこまでの余裕はなかったのだ。

 そうして、4人が若干遅れながらの再開を祝していると、部屋に入ってくる人間がもう一人、と一機。


 「なのは、平気そうでなによりだ」


 「まっ、俺は何の心配もしていなかったけど。ああそうだ、言い忘れてたけど高町家には俺が嘘八百を並べておいたから、無断外泊に関しては気にすることはないぞ」


 「クロノ君、と………」


 「どした?」


 「いいえ、何でもありません」

 トールの顔を見るなり前回(浴場)での文句を言いたくなるなのはだが、苦情を言うにも、そうなるとフェイトやユーノにも自身が受けた名状しがたい屈辱の体験を知られることとなるため、何も言えない。

 これがまあ、“女の子として恥ずかしい”ものならフェイトには話せるのだが、“人間の尊厳がかかっている”出来事であったため、なかなか相談できない。バケツか雑巾にでもなった気分とは、なのはの談である。


 「バルディッシュ……」

 フェイトの方は、トールが入ってきたことでバルディッシュの負傷のことを思い出し、彼が入っているケースの方へと歩いていく。


 「ごめんね、わたしの力不足で………」


 「お前が気にすることじゃないぞフェイト、デバイスに関して気にするのは俺の仕事だ」


 「だけど……」


 「だけども何もない。お前がバルディッシュの性能を生かし切れなかったならお前の責任だが、そうじゃない。現在のバルディッシュの性能を最大限に発揮した上で負けたんならそれは仕方ないことだ。だったら、次はどうすればいいかを考えろ、戦力的に劣っていようが勝つ手段はいくらでもある。なんつっても専門家がいることだし、なあ執務官殿」

 「ああ、それにそもそも戦わないことも選択肢の一つだ。まあ、君やなのはがそれを選べるとは僕も思わないが」

 クロノとしては苦笑いを浮かべるしかない。本音を言えば戦ってほしくはないが、半年以上の付き合いだ、彼女らがどう思っているかは予想出来る。


 「それでユーノ、破損状況は?」


 「正直、あんまり良くない。今は自己修復をかけてるけど、基礎構造の修復が済んだら、一度再起動して部品交換とかしないと」


 「そうか…」


 「ねえ、そういえばさ、あの連中の魔法って、何か変じゃなかった?」

 そこに、アルフが疑問点を挙げる。


 「あれはベルカ式だが、近代ベルカ式じゃない。古代ベルカ式だ」


 「古代ベルカ式って………確か、聖王教会とか、極一部にしかもう伝わってないんじゃなかったかい?」


 「うん、そのはずだよ。僕達スクライア一族がたまに古代ベルカ時代のデバイスを発掘したりもするけど基礎からして現在のものとは違うし。まあ、一般的には古代ベルカ式と呼ばれているけど、僕達が戦った相手が使ったのは多分中世ベルカ式のデバイスかな」


 「中世ベルカ?」


 「一般的には近代以降を近代ベルカ式、それ以前のものを古代ベルカ式と二分するが、それを厳密に分ければ現代ベルカ、近代ベルカ、近世ベルカ、中世ベルカ、古代ベルカとなるんだ。そして、ベルカでカートリッジシステムを開発したのは中世ベルカ時代の“黒き魔術の王”と呼ばれる人物だ」


 「えっとクロノ、黒き魔術の王って確か、一千年くらい前の伝説的な魔導師のことだったよね」

 うろ覚えながらフェイトが質問する。彼女がリニスから習った事柄は実践に関わることが多かったため次元世界史などはそれほど得意ではないが、黒き魔術の王は魔法を実践的に扱うことに深く関わるため多少は知っていた。


 「ああ、カートリッジシステムのみならず、フルドライブ機構やその発展版のリミットブレイク機構、それらを作り上げたとされる人物だ。かなり危険な思想の持ち主であったともされるから、現在では手放しで称賛される存在じゃないが」


 「でも、質量兵器の全盛時代には神のように崇められた人物なんだ。彼の人物考察にも諸説あるんだけど、とにかく、歴史の大きな影響を与えた大人物というのは間違いなくて、守護騎士のデバイスはその時代以降のものと考えられる」


 「えっと……」

 その中でただ一人話についていけないなのは。

 フェイトやアルフはともかく、彼女は次元世界の歴史などまるで知らないのである。よってそこは両方の世界についてを知っている機械が注釈を入れる。


 「なのはにも分かりやすく言うなら、織田信長みたいなもんだ。比叡山を焼き打ちにしたりとかなり乱暴な面もあったが、信長がいなければ日本史も別な方向に進んでいたであろうことは疑いないだろ」


 「あ、それは分かります」


 「それでまあ、事実とは違うが、信長が火縄銃を開発したとしてみろ。過去の武士が現代に現われたとして、そいつが火縄銃を持っていたんなら、少なくとも源義経の時代の人物なわけはねえってことだ」


 「なるほど」


 「だがまあ、そういった歴史考察は後でやるとして、そろそろお前達にはいくべき場所がある。クロノ、そろそろ時間だよな」


 「フェイト、なのは、君達に会ってもらいたい人がいる。君達が今後闇の書事件に関わるつもりなら、彼の許可が必要なんだ」














新歴65年 12月2日  時空管理局本局  デバイスルーム  電脳空間  PM9:40



 フェイトと高町なのはの二人はクロノ・ハラオウン執務官と共にギル・グレアム提督の下へと向かいました。

 入れ替わるようにエイミィ・リミエッタ管制主任がデバイスルームを訪れ、ユーノ・スクライアとアルフに彼についての説明を行っています。

 そして、私は――――


 『聞こえますか、二人とも』


 『はい』


 『聞こえます』

 エイミィ・リミエッタ管制主任に手を貸してもらい、私の本体を彼らが眠るケースへと接続、電脳空間における対話を開始しました。


 『これまでの経緯については送信したデータの通りです。アースラは“闇の書事件”の担当となることがつい先程正式に決定し、貴方達の主人二人がそのチームに加わるかについて、現在会談が行われています』


 『あの騎士達と、再び』


 『戦うこととなる』

 見事な繋ぎです。レイジングハートとバルディッシュの相性も実によいようですね。


 『ええ、それはもう確定事項と言ってよいでしょう。そして、フェイトがそれを望む以上は私は止めることはいたしません。それが危険なことであろうとも、彼女が望むならば私は全力でサポートするのみ』

 それが、使い魔とデバイス、リニスと私の最大の相違点でもありました。

 我が主、プレシア・テスタロッサが己の身体を顧みることなく無理な魔法行使と研究を進めている頃、リニスは幾度も無理やりにでも主を入院させようとしたことがあった。

 しかし、その度に私が立ちはだかった。“入院して己の身体を休めること”は主の願いではなかったため、それを阻むリニスを私は止めた、いざとなれば排除することも考慮に入れつつ。

 そして、リニスは優秀な使い魔でしたが、時の庭園内部では私には敵いませんでした。彼女は一度も私を出し抜くことは出来ず、それは結果として主の寿命を縮めることともなったでしょう。

 ですが、己の命を削ってでも娘のために研究を進めることが主の願いならば、私は止めることはしない。“主の鏡”として忠告は繰り返しますが、ただそれだけでした。そしてそれは、フェイトに対しても変わらない。


 『トール、貴方は我が主の望むままに機能するのですね』


 『然り。ただ一つ、我らの電脳が導き出す彼女の行動の結果予測が“フェイト・テスタロッサの幸せに繋がることはない”というものでない限りは』

 我が主より与えられた最後の命題は、フェイトが幸せになれるよう機能すること。

 リンディ・ハラオウンやクロノ・ハラオウンが闇の書事件に関わる中で自分だけ安全圏にいることはフェイト・テスタロッサにとって幸せではない、と私が保有する彼女の人格モデルは推察した。

 彼女が求める幸せとは、皆で協力して事件を解決し、また皆で笑い合える日々が来ること。それ故に、ヴォルケンリッターを一方的に排除することも最適解ではありません。既にフェイトは剣の騎士シグナムについて共感までは言い難いですが、繋がりを感じています。


 『それでは貴方は、あの騎士達の望みも叶えるつもりなのですか?』


 『それが、フェイトが願う幸せの形ならば、そうなるでしょう。彼女らが襲撃者として魔導師を襲い続けるならば可能性は低いですが、どうもそれだけではないようにも考えられる』

 ヴォルケンリッターの行動は明らかにこれまでのものとは異なっています。


 『少なくとも、貴方達の主、フェイト・テスタロッサと高町なのはの二名は騎士達の真意を知ることを望んでいます。人間としてやや歪と言えるかもしれませんが、彼女らにとっては自身が襲われることよりも相手の意思が分からないことの方が耐えがたいことなのですから』


 『それは……』

 答えに窮したのはレイジングハート。彼女もまた、己の主の持つ危うさを気に懸けることはあったのでしょう。

 高町なのはという少女は、相手に共感し過ぎる部分がある。それは悪いことではありませんが、危険なことでもあります。

 無論、彼女も無条件で相手に共感するわけではありませんが、彼女はある種の“感受性”が強い。強い意志を持って行動する人間を嗅ぎ分けるセンサーが優れていると言うべきか。


 『私が持つ人格モデルの中でも、過去の高ランク魔導師には彼女と同じような特徴を持つ方がいます。金銭目的や快楽のためなど、“軽い”動機の犯罪者には容赦なく砲撃を叩き込むのですが、相手に深い事情と決して譲れぬ意思を感じた場合には、まずは相手の真意を探ろうとしておりました』


 『どのような方だったのですか』


 『貴方の先発機の主ですよ、バルディッシュ。私の17番目の弟、”神秘の炎”アノールの主がまさにそういう方でした』

 どうにも、シルビア・マシンの主には似たような傾向が見られる。

 現在は防衛長官となったレジアス・ゲイズ中将の殉職なさった同輩達にも、かなり似ている部分がありました。


 『私のような機械では観測できないパラメータを、高町なのはは“直感”によって取得しています。つまり、彼女が鉄鎚の騎士の真意を知りたいと願っていることこそが、現在のヴォルケンリッターにはプログラムだけではない要素がある証なのです。なぜなら、高町なのはは人間ですから』

 人間の持つ“直感”が守護騎士に対して働いたということは、現在の守護騎士は機械的なプログラムではないということを示す。

 その行動はプログラムに縛られたものであるのかもしれませんが、それだけではない彼女らの意思が存在していると。

 私とアスガルドが保有する人格モデルは、演算しました。


 『そうである以上、高町なのはが引くことはありません。かつての事件において、ジュエルシード探索から引く可能性はあっても、フェイト・テスタロッサと会うことを諦めることはありませんでした』


 『つまり、我が主は“闇の書事件”を解決するためではなく、“守護騎士達”と理解し合うために戦うということですね』


 『それは貴女も理解していたことでしょう、レイジングハート。かつても彼女の優先順位は、ジュエルシードよりもフェイトの方が上でした。今回はそれが闇の書と守護騎士に置き換わったに過ぎません。だからこそ彼女は民間協力者、管理局員であれば闇の書を優先しなければなりませんからね』

 それ故に彼女は組織にとっては扱いにくい存在だ。戦力としては魅力的ですが負傷した際の責任が重く、さらに彼女自身がいざとなれば組織の命令よりも自身の意思を通す傾向を持っている。

 通常の人物ならば、今の彼女を指揮下に置きたいとは思いますまい。ですが、アースラの首脳陣は通常の人物ではありません。

 少なくとも、私の人格モデルは彼女ら三人を“稀な人材”と判定しています。


 『結論を述べれば、高町なのはもフェイトも闇の書事件を解決するために動くことでしょう。下手に彼女らを放置するよりはクロノ・ハラオウン執務官の下で監視しながら運用した方が暴発の可能性は低いですから』


 『暴発……』


 『否定できません……』

 二人とも、己の主の無鉄砲ぶりは知り尽くしているようで何より。


 『そこで、貴方達に問いましょう。主はヴォルケンリッターとの再戦を願っています、最終目標は理解し合うことにありますが、そのためには戦う必要があることは明白、ならば、貴方達は何としますか?』

 今の貴方達では、グラーフアイゼンやレヴァンティンには敵いません。

 私がクラールヴィントを通じて得た情報は完全ではなく、彼らのフルドライブ状態の姿までは分かりませんが、フルドライブを使わずとも貴方達の性能を凌駕しています。

 高速機動の慣性制御や、誘導弾の管制に関してならば互角以上ですが、それでは足りないことは明白。

 古代ベルカ式の戦技を操る騎士達を破るには、ミッドチルダ式のみでは厳しいものがある。それを成すにはクロノ・ハラオウン執務官と同等の修練を積むしかありませんが、そのような時間もありません。

 ならば、何らかのショートカットを行う必要がある。


 『問うまでも』


 『ありません』

 それを分からない二人ではないため、私の言葉は問いではなく、確認。


 『インテリジェントデバイスである貴方達に“これ”を組みこむことはどれほど危険であるかは理解していますね』


 『はい』


 『無論』

 カートリッジにも種類があります。簡易デバイスの動力用の電池や、低ランク魔導師が魔力不足を解消するための補助的なもの、それらは比較的安全に扱うことができ、武装隊でもかなり主流となりつつある。


 しかし―――


 『高ランク魔導師の術式を底上げするカートリッジには大きな危険が伴います。先に話にでたアノールの主は、ロストロギアの暴走体を撃破するためカートリッジの過剰使用とリミットブレイクの副作用によって命を失い、アノールもまた、コアごと全壊しました』

 高ランク魔導師の魔法は威力が大きい故に、危険も大きい。

 フルドライブ状態でカートリッジを併用しつつスターライトブレイカーなどを放てば、最悪、リンカーコアが壊れる危険すらあります。


 『ですが、先発機達の犠牲があったからこそ、我々インテリジェントデバイスの技術は進んできたのだと。そう教えてくれたのも貴方です』


 『私も、彼の受け売りですが存じています。我々デバイスは、管理局と共に在ると』

 まったく、そういう部分は兄弟機なのですね。それに、レイジングハートもバルディッシュのモデルですから、似通う部分があるのは当然の帰結と言うべきか。


 『よろしい、どうやら貴方達にはもう、助言の必要はなさそうですね』


 〔今の貴方は、フェイトの全力を受け止めるに足る性能を備えています〕

 私はかつて、そう言いました。


 〔しかし、いつか彼女は壁に突き当たる時が来る。今のままの自分では突破できない大きな壁に〕

 その時は、予想よりも早く訪れた。


 〔その時に、貴方が主のために何を考え、何を成すか、それがインテリジェントデバイスの真価が問われる時です。ただ沈黙して性能の悪いストレージデバイスとなるか、それとも〕

 その答えは、今確かにここに。


 『では、後のことは私が引き受けました。部品の発注が早いに越したことはありませんし、そも、時の庭園にはそのための部品が既に用意してあります。直ちにアスガルドに命じてアップデートの準備に取り掛かると致しましょう』


 『よろしくお願いします』


 『感謝します』


 さあ、忙しくなりそうです。


 『ただし、カートリッジは諸刃の刃であることは忘れないよう注意なさい。我が主が負ったリンカーコア障害に関しては、貴方達も存じていますね。主のリンカーコアか供給される魔力に異変を感じたならば、即座に時の庭園へ連絡を』


 『はい』


 『必ずや』

 後は何も言うことはありません。頑張るのは若者に任せ、老兵は後方で若者が全力を出せるよう支援することといたしましょう。


 『では、電脳空間での対話を終了します。潜入終了(ダイブアウト)』


 『Dive out(潜入終了)』


 『Dive out(潜入終了)』







同刻  時空管理局本局  顧問管執務室



 「「 失礼しました 」」

 幼い少女二人の選択は古いデバイスが予想したとおりのものであり、その姿を見送りながら、老提督は呟く。


 「なんとも、真っ直ぐな子達だ。あれほど純粋な目は珍しい」


 「ただ、真っ直ぐ過ぎて、たまに不安にもなります」

 部屋に残ったクロノは率直な感想を述べる。彼女らのそういうところは好ましく思っている彼だが、それだけに自分が注意せねばとも思う。


 「そうだな、闇の書事件にあたるならばなおのことだ。闇の書の守護騎士、ヴォルケンリッターがどのような存在であるかは具体的には分かっていない。あくまで、過去の事例から推察したものに過ぎん」


 「はい、そのことで提督にお願いが」


 「………無限書庫の開放かね」


 「はい、ロストロギアに関する情報が保管されていることから現在は封鎖同然の状況ですが、やはり闇の書事件の大元を探るには必要ではないかと考えます」

 無限書庫にはロストロギアはおろか、大量破壊兵器や核兵器の製造法まで全ての情報が揃っている。管理外世界ならば地球のように核兵器が普通に存在している場所もあるが、無限書庫にはそれらのデータも全て揃っているのだ。


 「得られる情報によるメリットよりも、情報が流出した際のデメリットの方が大きいことから、提督クラスの人間の許可がない限り入ることも許されない。僕の権限では入れませんし、母さ…艦長は現場で指揮を執りますから本局には残れません。ですが」


 「聡いな、私も君と同様に考え、無限書庫を開放するための準備を進めてはいた。ロッテかアリアが同伴することが条件とはなるが、そうだな………一週間もあれば開放は出来るだろう。そしてもし、無限書庫の記録が闇の書事件の解決のきっかけとなれば、全面的な開放も本格的に検討されるだろう」


 「ありがとうございます」

 頭を下げるクロノに、グレアムは疑問を呈する。


 「しかし、あの超巨大データベースから情報を探し出すのは並大抵ではないぞ、私も準備は進めていたが、肝心の送り込む人材をどうするかで悩んでいた。ロッテとアリアにもそれぞれ仕事があり、事務の者達は既存のシステムには強いが、あそこは完全に未整理状態だ。かといって成果が見込めるかも怪しい作業に大量の人員も送り込めん」


 それもまた、組織というものの宿命である。成果が見込めるようにならない限り、人材が本格的に派遣されることはあり得ない。


 「その手の専門家には心当たりがあります。ここ1ヶ月程一緒に仕事していましたが、能力は全面的に信頼できます」

 もっとも、依頼するのはこれからだが、その辺りはなんとしてでも引き受けさせようと考える若干黒いクロノであった。


 「そうか、その辺りは君の判断に任せる。使えるものは何でも使いたまえ、私も含めてな」


 「はい」


 「だが、無理はするな。いざという時に動けねば意味はない」


 「大丈夫です。窮持にこそ冷静さが最大の友、提督の教え通りです」


 「そうだったな、責任は全て老人に任せ、君は己の信念に従って動くと良い」


 「何もかも、というのも心苦しいのですが」

 しかし、クロノはまだ一執務官でしかなく、無限書庫の開放や第97管理外世界付近への交通封鎖、それらに責任を負える立場にはいない。リンディですら、一人で負えるものではないのだから。


 「なに、それが老人に出来る役目だとも、彼の三提督が名誉職とはいえ留まっているのもそれ故だ。流石に、最高評議会の方々の思惑に関してまでは分からんが」


 「先達に恥じないよう、全力を尽くします」

 そして、クロノも退出していき、部屋には老提督のみが残る。



 「後を継ぐ者達、か」

 彼はしばし物思いにふける。

 自分が夢を託した時空管理局、しかしそれもまた永遠のものではあり得ない。いつかは腐敗し、人々に害をもたらすようになるだろう。

 今はまだ腐敗はおろか組織として完成すらしていないが、徐々に整いつつあるのも事実。やがて完成すれば、後は下っていくのみ。


 「後継者不足は、どのような組織も抱える最大の問題。だが、要は後に続く者達に誇れる生き様を示せるかどうか、それだけなのだ」

 若者たちが“自分達も先達のようになりたい”、“彼らの後を継ぎたい”、そう思えるものを示せれば、その組織は続いていく。

 逆に、“こんな組織に仕えるくらいなら、新しい組織を作る”と思うようになれば、その組織は終わりを迎える。


 「私は、恵まれているのだろう」

 時空管理局を作り上げた最高評議会、それに続く偉大なる三提督。

 彼らを先達として持ち、さらにはクロノ達のような後継者にも恵まれている。

 自分が管理局と共に生きた53年は厳しい時代ではあったが、常に前を向いていた時代ではあった。今を生きる者達は、自分の子や孫の代がこのような苦労をしない世界を夢見て、激動の日々を駆け抜けた。

 徐々にではあるが、それは実りつつある。クラナガンもレジアス・ゲイズ中将を筆頭とした者達によって治安が改善され、海もようやく安定して武装局員を派遣できる状況が整い始めた。


 「だからこそ、これが私の最後の役目だ」

 闇の書は、管理局のような組織というものにとって最悪のロストロギア。

 その危険度や特性が一定せず、状況が常に変わるため定まった対応を取ることが出来ない。どうしても、後手後手の対応を取らざるを得ず、これまで多くの犠牲者を出してきた。

 それを止めるために犠牲が必要ならば、せめて最低限に。

 幼い少女を生贄にすることは決して認められるものではなく、その咎を負うのは自分一人でいい。

 クロノや先程会った少女達、彼女らは知る必要はない。


 「オートクレール、八神家の様子を」

 沸き起こる葛藤を鋼の心で制しつつ、彼は53年を共に駆けた己の魂を起動させる。

 ただ、彼は知らない。

 今現在開いた画面の存在を知るのは自分一人ではないことを。

 彼はまだ、知らない。










同刻  第97管理外世界 日本 海鳴市 八神家 



 「はやてちゃん、お風呂の支度、出来ましたよ」


 「うんっ、ありがとうな」

 八神家では、家族が皆リビングに揃い、はやてとヴィータはザフィーラと共にテレビの前に座っていた。


 「ヴィータちゃんも、一緒に入っちゃいなさいね」


 「は~い」


 「明日は朝から病院です。あまり夜更かしされませんよう」

 読んでいた新聞を畳みながら、シグナムが己の主に声をかける。


 「はーい」


 「それじゃ、よいしょっと」

 はやてをシャマルが抱えるが、普通に考えればはやてがまだ9歳の小柄な少女とは言え、女性の細腕で床に座っている状態から抱え上げるのは楽ではない。

 しかし、シャマルは力むことすらなく、鞄を持つような自然な仕草ではやてを抱えあげる。彼女もまた夜天の守護騎士の一人であり、力が強いのと同時に、力の効果的な使い方というものを熟知していた。


 「シグナムは、お風呂どうします?」


 「私は今夜はいい、明日の朝にするよ」


 「そう」


 「お風呂好きが珍しいじゃん」


 「たまには、そういう日もあるさ」

 シグナムは目をつぶり、静かにソファーに腰掛けている。


 「ほんなら、お先に」


 「はい」

 はやて達が風呂場へ向かうと、リビングに残るのはシグナムとザフィーラのみ。


 「今日の戦闘か」


 「聡いな、その通りだ」

 否定することなくシグナムが服をたくしあげると、腹部には痣が存在している。古傷というわけではなく、真新しい傷だ。


 「お前の鎧を打ち抜いたか」

 ザフィーラの声には感嘆の響きがある。ヴォルケンリッターの将に傷を与えることは容易ではなく、ましてシグナムの相手はまだ幼い少女であった。


 「澄んだ太刀筋だった。良い師に学んだのだろうな、武器の差がなければ、少々苦戦したかもしれん」


 「だが、それでもお前は負けないだろう」

 シグナムの言葉は本心であったが、ザフィーラの言葉もまた同様である。


 「ああ、確かに強いが、経験がまだ足りていない」


 ザフィーラはシグナムが僅かではあるが傷を負ったことに気付いていたが、彼女と対峙し、傷を与えた本人であるフェイトは気付いていなかった。それはすなわち、戦場の駆け引きにおいてシグナムが巧者であることを意味している。

 仮に、ボクサーの試合であったとして、パンチ力があり、速いに越したことはないが、自分の放ったパンチが相手に効いたかどうか、それを判断する力も重要な要素である。それが分かっていなければペース配分が上手くいかず、無駄が多くなってしまう。

 逆に、シグナムがフェイトに一撃を加えた際にはそのダメージがフェイトの表情にそのまま表れていた。そこからシグナムはフェイトの余力を推察し、彼女を倒した後に他の戦場に駆けつける際の余力のことまで考えて戦術を決めることが出来た。だが、もしフェイトのダメージが分からなければ、まずはフェイトを倒すことに全力を注がねばならなくなる。

 つまりは、自分の持つ力を無駄なく有効に活用する技能、その部分においてなのはとフェイトはヴォルケンリッターに遠く及んでいないことを、シグナムとザフィーラは見抜いていた。無論、残る二騎も同様に。


 「問題は、あの黒服と例のデバイスだ」


 「ああ、彼が指揮官であるのは疑いないが……デバイスの方は正直分からんな」

 そして、守護騎士にとって警戒に値するのはクロノとトールの二人、いや、一人と一機。

 彼らの戦術はこの一人と一機によって覆されたと言ってよく、後者に至ってはその言葉がブラフであったことすら守護騎士達には判断できていない。いや、そもそも判断するだけの材料がない。

 闇の書の守護騎士は、管理局の武装隊や有能な指揮官とは戦ってきたが、“デバイスを修復するデバイス”などというものと遭遇したことはなかった。それ自体が嘘であり、彼は“デバイスを操るデバイス”であるが、実態においてそれほど差がないため、非常に判断しにくい。


 「私達が戦い、その相手からリンカーコアを蒐集することなく撤退することとなったのも今回が初めて。さらに、相手は間違いなく管理局の指揮官クラス。今後は、厳しくなるだろう」


 「魔導師相手の蒐集は………もはや不可能か」

 ヴォルケンリッター達もまた、管理局がとるであろう対応を協議していた。

 そして、魔導師襲撃事件が起きており、闇の書の存在が明らかになれば、この世界周辺には渡航制限などがかけられる可能性が高い。そう判断したからこそ、なのはの蒐集に踏み切った。

 これまでも彼女らは蒐集を行っており、それは管理局以外の魔導師も多くいたが“普通の魔導師”であったわけではない。観測世界や無人世界などで活動し、大型の魔法生物などに襲われる危険もある場所であることを知りながらそこにいた魔導師達である。

 これを地球に置き換えるなら、東京の市街地で白昼に通り魔が出現し子供が刺されたという事件と、タクラマカン砂漠でラクダに乗りながらシルクロードの遺跡調査をしていた調査員が盗賊に襲われた事件、ほどの違いがある。

 人々が安全に暮らすべき場所で発生した襲撃事件と、仮に守護騎士がいなくても危険が伴う場所で発生した襲撃事件では社会に与える影響度に天と地の差が存在する。裁判で裁かれる“罪”の中には社会に与えた影響に関する社会的責任というものもあり、それは同時に管理局が本腰を入れて動き出す引き金ともなり得る。

 よって、守護騎士にとっては倫理的な部分と管理局の動きに関する部分の両面において“一般人からの蒐集”は最終手段であったが、時間制限というものが枷となる。

 闇の書の完成は時間との戦い。管理局に捕捉されないまま蒐集が出来るのであれば、民間人である少女から蒐集する必要はなかったが、レティ・ロウラン提督が派遣した調査員は優秀であり、既に第97管理外世界の海鳴市にまで調査の手を伸ばしていた。

 実に皮肉なことではあるが、管理局の対応が早く、海鳴にまで迫ったために、守護騎士が民間人であるなのはの蒐集に踏み切った、という因果関係が存在していた。対応に回ったのがレティ・ロウランでなければ、なのはが蒐集されることはなかったであろう。


 「効率は下がるが、今後はここから可能な限り離れた世界で魔法生物を対象とするしかないな」


 「既に管理局はこの街にまでやってきた。他に手はないか」

 守護騎士と管理局の間には、既に戦略の読み合いが開始されていた。

 魔導師相手の蒐集は効率的だが、“殺さない”以上は痕跡を多く残すことになってしまい、どうあっても自分達の本拠地はいずれ探られてしまう。

 そうなれば、魔導師からの蒐集は不可能となり、魔法生物を対象とした蒐集に切り替えることとなるが、守護騎士には“はやてのリンカーコアが持つ間”という別の時間制限も存在している。

 なのはからの蒐集によって20ページ以上が埋まったが、それを魔法生物のみから集めるのは時間がかかる。一体ごとの蒐集ペースという面では効率が悪いわけではないが、魔導師と違って魔法生物というものは一箇所にかたまって生息しておらず、一体を仕留めるごとにかなりの距離を移動せねばならない。

 極論、クラナガンで蒐集を行えばそこら中にいる魔力持つ人間500人程度から蒐集すれば終わる。時間にすれば半日程度で済むだろう。現に、過去の闇の書事件では陸士学校や空士学校など、多くの魔導師が在籍し、守護騎士を迎撃することが不可能な訓練生を標的とした場合もある。

 だが、はやてが主である以上はそのようなことは出来ない。現在の手法が非効率であることは理解しているが、闇の書完成後に自分達が捕まり、はやてが終身刑になってしまっては何の意味もないのだ。かといって、次元犯罪者としてはやてに管理局と戦い続ける道を歩ませることも論外。

 そういったあらゆる要素を考慮した上で、この時点で400ページを超えていることが、なのはから蒐集する必要がないボーダーラインであったが、レティ・ロウランの手腕はそれを超えてきた。

 300ページを超える程度しか埋まっていない状況で海鳴市に管理局の調査員が現れた以上、守護騎士としても決断するしかない。その判断を担うのも将たるシグナムの役目であった。


 「全てが終わるまで、何としても主には隠し通さねばならん」


 「我らが消えることとなろうとも、主の未来だけは」

 闇の書の蒐集は守護騎士の独断であり、主は無関係。

 それだけは、何としてでも崩してはならない事柄。

 闇の書の存在を隠し通すことが不可能となった以上、八神はやては“闇の書の主”でしかない。蒐集の罪は、彼女の人生に影を投げることになる。

 このままリンカーコアを蝕まれて死ぬか、他人のリンカーコアを奪い、罪を負って生き延びるか、あまりにも割に合わない二者択一。


 それこそが、“闇の書の呪い”の最も凶悪な部分。


 だからこそ、守護騎士はその罪を自分達だけで負うべく、主に黙したまま蒐集を続ける。その罪によって自分達が消えれば、“闇の書の主”の危険度は大きく下がる、管理局が闇の書の主となってしまっただけの少女を幽閉するような非道な組織ではないことも彼女らは知っていた。

 だが、同時に“危険性”があるうちは非情手段も辞さない組織であることも知っている。管理局は社会の歯車であり、公共の人々に危険が及ぶ可能性がある以上は、蒐集を行う自分達と相容れることは不可能。


 だがしかし、彼女達は気付けない。


 “蒐集を行わず、管理局に事情を話した上で協力を依頼する”


 その選択をした際に八神はやてが拘束される危険性や、政治的に利用される可能性、それらを考慮して選ばなかったわけではなく、“そもそも頭に浮かばなかった”事実。蒐集することを前提として管理局への対処を考えている自分達。

 八神はやてを救うことが目標で、蒐集はそのための手段であるはずが、蒐集を行うことを起点として自分達が対応を考えているという矛盾。


 『その行動はプログラムに縛られたものであるのかもしれませんが、それだけではない彼女らの意思が存在している』


 あるデバイスはそう評したが、それは逆に言えば。


 『彼女らが主を想うが故の行動であっても、それはプログラムに縛られたものに過ぎない』


 となり、それに気付くことは出来ぬまま、守護騎士達は戦い続ける。






 時空管理局の指揮官たち、闇の書の守護騎士、各々の想いが複雑に絡み合いながら闇の書事件は進んでいく。

 そしてその中に、深い事情をまだ知らず、純粋に相手と言葉を交わしたいと願う二人の少女がいる。

 闇の書の闇を消滅させる鍵は、果たして――――





あとがき
 原作第三話において、ヴィータの『早く完成させて、ずっと静かに暮らすんだ、はやてと一緒に』という台詞に対して、ザフィーラ、シグナム、シャマルが無言で彼女の方を見るシーンが印象深く、この時点で守護騎士達は(ヴィータも心の中では)もう“自分達が静かな暮らしに戻ることはない”という覚悟を持っているではないかという印象を受けました。彼女達の行動を見返すと、“闇の書が完成させてはやてを救い、その将来を血で汚さない”という意思の下に動いていますが、その中に自分達の未来が含まれていないように感じられます。
 本作を執筆するにあたって何度もA’S本編を見直しているのですが、見直すほどに伏線の張り方やそれぞれの心理描写の描き方が神がかっていると驚嘆するばかりです。無理なく無駄なく物語がすすむため、SSを書く者としては手を加える“余白”というか“あそび”がないため、かなり難しいですが、原作ファンとしては原作の流れを崩さないように大団円へ向かえるよう、全力を尽くしたいと思います。それではまた。








[26842] 第十話 使い魔と守護獣
Name: イル=ド=ガリア◆ec80f898 ID:ee4ccd9f
Date: 2011/03/31 15:43


第十話   使い魔と守護獣





新歴65年 12月3日  時空管理局本局  テスタロッサ家居住スペース  AM7:00



 「なのは、朝だよ~」


 「う、ううん」


 「ほら、起きてなのは」


 「あと、五分」

 本局にある自室にて、現在苦戦中のフェイト。

 元々寝起きの悪い方ではないなのはだが、昨夜の激闘に加えリンカーコアが蒐集されたこともあり、中々起きる気配がない。


 「起きないのか?」


 そこに、とあるデバイスが動かす魔法人形がひょこっと顔を出す。ちなみに、本体はその中に搭載されておらず、時の庭園の中央制御室からの遠隔操作だったりする。本体は時の庭園を第97管理外世界付近へ移動させるための手続きと作業を並列して行っており、中枢コンピュータであるアスガルドもまたフル回転していた。


 「うん、昨日が昨日だから、無理ないと思うけど」


 「だがなフェイト、ご飯というものは作りたてが一番うまいんだぞ。お前がなのはのために心血を注いで作り上げた至高の朝食を無駄にするわけにもいくまい」


 「そ、そんなに大げさなものじゃないよ」


 「ほうそうか、となると、朝4時半に起きてキッチンで試行錯誤を繰り返していた金髪の少女は一体どこの誰だったのか(推奨BGMニコ動の”なのフェで卵とじ”)」


 「………見てたの?」


 「何度も言うようだが、俺の眼はこれだけじゃない。テスタロッサ家のどこにでも機械の眼は光っていると思え」

 この“トール”が本体でないことは実はフェイトも知らない。いや、そもそもトールの本体が現在どこに在るかを把握している人間はこの世にいないのだ。


 それを行えた唯一の人間は、もう既にこの世にいないのだから。


 「まあ、それはともかく、こいつを起こさねばならんな」


 「でも、無理やり起こすのもかわいそうだよ」


 「心配いらん、まあ見ていろ、一秒で起こしてやる」

 そう言いつつなのはの傍に近づくトール(が遠隔操作する魔法人形)。

 そして―――


 『洗浄シマス、洗浄シマス』


 「ストォォーーーーーーッップ!!!」

 ものの一秒もかけずに、なのはは目を覚ました。







新歴65年 12月3日  時空管理局本局  ミーティングルーム  AM8:30



 「ミーティング………なんだよねこれ」


 「うん、多分」

 アースラスタッフが闇の書事件に対してどのような配置になるかのミーティング、ということで集まったわけではあるが、その場にいるのはなのは、フェイト、クロノ、エイミィ、リンディと魔法人形が一つだけ。


 【ユーノ、そっちはどうだ?】


 【順調に進んでる、何度も来たから流石に慣れたよ】


 【あたしの方はもっと順調さ、何しろ、自分の家だからね】

 ユーノ、アルフに加え、アースラの観測スタッフのアレックスとランディ、さらにはギャレットをリーダーとした捜査スタッフは時の庭園に入り、現地に着いてすぐに本部として役割を果たせるよう機材の調整などを行っている。当然、そちら側の統括は管制機トールであった。


 「予定としては、なのはさんの保護を兼ねて、なのはさんのお家の近くに臨時作戦本部を置く予定だったのだけど、彼の提案で時の庭園を利用することになったの。だから、アースラのスタッフは時の庭園の準備に取り掛かってるわ」


 「まあ、そっちにも拠点を置くことは変わりないし、時の庭園が到着するまではあたし達はマンションにいるから、やっぱり現地にも拠点があった方が何かと便利だし、御近所付き合いもあるしねー」


 「じゃあ、フェイトちゃんのお家が本部になるってことですか?」


 「そういうこった。時の庭園は通信設備、転送設備に加え、リンカーコアが損傷した人間を治療するための設備も充実している。ぶっちゃけ、闇の書事件を追うならアースラよりも向いていると言えるだろう」


 「それを言われると身も蓋もないな」

 苦笑いを浮かべるクロノだが、その言葉を否定することが出来るわけでもない。


 「えっと、ユーノとアルフは向こうで頑張ってくれてて、アースラの皆も一緒に頑張ってて、なのはとわたしは何をすればいいの?」


 「何もない」


 「何もないんですか!」


 「というのは嘘で」

 こける寸前で踏みとどまるなのは、流石に耐性がついてきた模様である。


 「お前達の役割は敵の研究だ。ヴォルケンリッターの捕捉まではアースラスタッフの役目だが、その後はAAAランク魔導師であるお前達の出番になる。当然、ユーノとアルフも戦線に加わるが、主戦力はお前達であることは変わらない」


 「あたしは管制官だからサポートが役目だし、艦長は全体の指揮でクロノ君は現場指揮。だから、なのはちゃんとフェイトちゃんが守護騎士と戦う際の主戦力ってことになるんだ」

 幼い少女を主戦力として扱うことに抵抗がないわけはないが、一度決定したならば迷いは持たず、彼女らが万全な状態で他のことに気を取られず戦いに全力を尽くせるよう支援することに力を注ぐ。

 アースラスタッフは若い年代が多いが、その割り切りができ、自分達の能力の限界をわきまえている者達であった。


 「前回は、敵の作戦にやられた形になってしまったからね、今度はそうならないように予め配置や相対した際の注意点を確認しておきたい」


 「マンションの方の準備はあたしと艦長でやっとくから、クロノ君、トール、後よろしくね」


 「任された。そっちには肉体労働専門の連中を既に派遣してあるから、遠慮なくこき使ってくれ」


 「ええ、存分に使わせてもらうわ」


 そうして、リンディとエイミィが海鳴市へ向かい、ミーティングルームには三人と一機が残る。



 「ねえトール、肉体労働専門の連中って、何?」


 「ああ、以前お前との訓練用とかに使ってた格闘戦用の魔法人形を、外見は人間と同じで低ランク魔導師用のカートリッジで駆動するように調整したんだ。戦闘能力はほとんどなくなったが、重いもんを運んだりする時には力を発揮する、早い話が引っ越し用魔法人形、ってとこだ」


 「いつの間に……」


 「いまさら聞くな」


 「まあそれはともかく、そろそろ始めよう、トール、画面を」


 「アイアイサー」

 彼の言葉に応じ大型ディスプレイが表示され、そこには四騎の騎士の姿が映し出される。


 「闇の書の守護騎士、ヴォルケンリッターの強さは直接戦った君達はもう十分に知っているだろう。魔導師ランクにすれば間違いなくSランク以上の戦闘能力を持っている上、彼らは古代ベルカ式を操る」


 「つまり、殺傷設定のデバイスで戦っている、ってことだよね」


 「ああ、カートリッジの特性については昨日言ったとおりだが、守護騎士は古代ベルカ式の使い手だけでなくさらに厄介な特性を持っている」


 「えっと………」

 考え込むなのはだが、まだ戦闘に関する本格的な訓練を積んでいない彼女では答えを出すことは不可能だった。


 「フェイトはもう知っているかもしれないが、復習も兼ねて一から説明する。まず、僕達が使うミッドチルダ式魔法は汎用性を求めた技術体系であり、安全に扱うことに主眼が置かれていることから、射撃や砲撃などの遠距離攻撃、もしくはバインドが主流だ。フェイトのような高速機動からの近接攻撃を得意とするタイプは珍しい」


 「うん、つまり、なのはのようなタイプが一般的ってことだよね」


 「ああ、それに対してベルカ式は広範囲攻撃や砲撃などの遠距離攻撃をある程度捨て、対人戦闘に特化している。身体強化やアームドデバイスの扱いは得意だが、魔力を身体から離すことや遠くへ撃ち出すことを不得意とする。これは、近代ベルカ式においてもかなり似通っている傾向なんだが―――」

 クロノが端末を操作し、ディスプレイに昨日の戦闘風景が映し出される。



 【飛竜一閃!】


 【グラーフアイゼン!】


 【逆巻く風よ!】


 【縛れ、鋼の軛!】


 剣の騎士からは砲撃魔法に匹敵する一撃、飛竜一閃が放たれ、鉄鎚の騎士からは4個の鉄球を遠隔操作するシュワルベフリーゲンが放たれ、湖の騎士もまた遠く離れた場所に竜巻を発生させ、盾の守護獣は攻撃と捕縛の両特性を備えた魔力の奔流を叩き込む。


 「これ、古代ベルカ式なの?」


 「そう思うのも無理はないが、ベルカ式の特徴を表す三角形の陣が展開されていることからも間違いはない。つまり彼らは、近接戦闘で本領を発揮するアームドデバイスの使い手であると同時に、ミッドチルダ式と同等の遠距離攻撃をも備える戦闘のエキスパートということだ」


 「シグナムの近接の一撃、紫電一閃はバルディッシュの防御を破るほど凄い威力だったけど、遠距離攻撃も持っていた……」


 「わたしが戦ったあの子も、一撃でレイジングハートを壊しちゃったけど、鉄球を操るのも上手かったもんね……」


 「さらに、ベルカの騎士は一対一ならば負けはないとまで言われるが、集団戦にも彼らは長けていた。いや、個々人の実力も極めて高いが、集団戦になるとさらに本領を発揮すると言うべきか」

 彼女らの脳裏に浮かぶのは、竜巻が発生してからの一部の隙もない守護騎士の連携。

 シャマルが竜巻で隙を作り出し、シグナムが飛竜一閃から紫電一閃へ繋ぎバルディッシュを破壊、ザフィーラもアルフを鋼の軛で負傷させ、ヴィータをフリーの状態でユーノの下へ辿りつかせる。

 まさしく、それぞれの能力を把握し、互いに信頼し合っているからこそ可能な連携技。なのは、フェイト、ユーノ、アルフの四人だけでは不可能な芸当である。


 「集団戦だと、勝ち目は薄そうだね」


 「集団戦のコンビネーションというものは一夕一朝で身につくものじゃない。当然、出来る限り集団戦でのコツは教えるが、それだけでは守護騎士を倒すまでには至らないだろう」


 「じゃあ、どうするの?」


 「そこで俺と捜査スタッフの出番というわけだ」

 その言葉と同時に、ディスプレイの画面が切り替わる。


 「これは、何ですか?」


 「なのはの世界、第97管理外世界周辺のリンカーコアを持つ大型魔法生物の保護地域を分布だ。お前達が昨日会った威厳あるおっさん、ギル・グレアム提督の権限で既に地球周辺の世界には魔導師の滞在が禁じられている、まあ、一種の戒厳令みたいなもんか」


 「あまり使いたい手段じゃないが、魔導師襲撃事件がなのはの世界を中心に起こっている以上、管理局としては渡航制限をかけるのも止むを得ない状況だ。そして、獲物である魔導師がいなくなれば、守護騎士達が狙えるのは魔法生物しかいなくなる」


 「そこを、俺と時の庭園のサーチャーやオートスフィアで網を張る。その情報は各地に派遣されるアースラの捜査スタッフを通じてエイミィに届き、そこからクロノを通してお前達に指令が届き、守護騎士の下へ転送する。理想は一人で蒐集に来たところを四人くらいで待ち伏せして、ボコることだ」


 「なんか、卑怯………」


 「流石に、かわいそうというか……」


 「ああん? 文句あっか負け犬共。そもそも手前らが一対一でヴォルケンリッターに勝てんなら捜査班もここまで回りくどいことしなくてもいいんだよ、そういう台詞は守護騎士に勝てるようになってから言え」


 「「ごめんなさい………」」

 項垂れる少女二人、何だかんだで守護騎士にいいとこなしでボッコボコにやられたことを気に懸けているのである。


 「ちょっと言い過ぎだぞ、トール」


 『申し訳ありません。ですが、彼女達には暴走しがちなところがありますから、たまには毒舌も必要なのです』


 「急に口調を戻さないでくれ、混乱する」


 『そう落ち込むことはありませんよ、二人とも。貴女達はまだ9歳であり、出来ることは限られている。ならば、自分に可能なことを見つめ直し、出来ることをやれば良いのです。それに、時には大人を頼ることも必要ですよ』


 「トールさん……」


 「ありがと……」

 先ほど罵倒された張本人から慰められているわけではあるが、口調どころか音声まで変わっていたため、別人に言われている気分になっている少女二人。


 「ったく、アインさんはこいつらに甘過ぎるんですよ、そんなだからこいつらが無茶ばっかりするってのに」


 『ですがツヴァイ、そのための舞台を整えることが私の役目です。それに、レイジングハートとバルディッシュもおりますから、大丈夫ですよ』


 「済まないが、一人で対話をしないでくれ、余計混乱する」


 「えっと……」


 「どっちがトール、いや、どっちもトールで、あれ?」

 見事に混乱中。


 「驚いたか、これが俺の人格切り替え攻撃だ。裁判の途中でこれをやられた日には最悪だろ」


 「だろうな、途中で人格をホイホイ変えられては混乱するなという方が無理だ」


 「まあそれは置いといて、話を戻すが、守護騎士を捕捉してお前達エース級魔導師がその全力を発揮できるような環境を整えるまでが俺達後方支援組の役目だ。とはいえ、四対一の状況に持って行ける可能性はぶっちゃけ低い、そこで、お前達の課題は一対一で互角の勝負に持ち込めるようになることだ。集団戦じゃなければ勝機はある」


 「一対一で……」


 「シグナム達に、勝つ……」


 「そのためにレイジングハートとバルディッシュも強化中だ。高ランク魔導師用のカートリッジシステムを搭載し、さらにはフルドライブ機構も導入する。これなら、デバイスの面では守護騎士と同等のところまではいける。クロノのS2Uには付いていないが、こっちは特に必要ないからな」


 「彼らの完成には少なくとも三日はかかる。その間に可能な限り、集団戦や古代ベルカ式を想定した訓練を行っていくからそのつもりでいてくれ」


 「でも、レイジングハートがいないとわたしはあまり魔法が……」


 「わたしも、バルディッシュがないと……」

 それが、インテリジェントデバイスを扱う場合の最大の欠点といえた。

 それぞれの魔導師に応じて最適のAIを組み込み、呼吸を合わせることで真価を発揮するために、代わりというものが存在しない。正規の訓練を受けた武装局員が汎用的なストレージデバイスを使うのはそのためである。

 これは、管理局のみならず、地球に存在する軍隊などにも同様のことが言える。軍隊で主力として使用される兵器は強力な兵器ではなく、生産しやすく、整備しやすく、運用しやすい兵器。ストレージデバイスはまさにその三点を全て備えている。

 逆に、インテリジェントデバイスは生産するのが大変で、整備するにはデバイスマイスターが必要で、壊れた際の予備がないため運用しにくいという代物。まさしく、一般の武装局員が扱うべきものではなく、一握りのエースが持つべきものであった。


 「そこは気にするな、ミレニアム・パズルにはレイジングハートとバルディッシュのデータが登録されている。現実空間でフレームが壊れていようが、データさえ無事なら仮想空間(プレロマ)で模擬戦は出来るのだ」


 「僕も聞いた時は驚かされた、人間の治療中には考えられないことだが、デバイスの修理中にはそういうことも出来るらしい」

 レイジングハートとバルディッシュに必要なものはフレームの修復と、カートリッジシステム、フルドライブ機構の搭載。

 つまりその間、彼らのAIが本体にある必要はない。トールがオーバーホール中に別の機体にリソースを移して活動を続けたように、レイジングハートとバルディッシュも同様のことが可能。

 かといって、通常のストレージデバイスに彼らのAIを搭載したところでなのはやフェイトが万全に魔法を使えるわけではないが、ミレニアム・パズルの仮想空間ならば話は別。


 「そしてさらに、仮想空間ならばリンカーコアがまだ完治していないなのはも身体のことを気にせず魔法を放つことが出来る。まあ、肉体が実際に経験していない以上片手落ちではあるが、それでもある程度の効果はある」


 「えっと、仮想空間の体験は記憶に残らないんですか?」


 「いいや、記憶には残る。だが、人間の身体というものは複雑でな、脳に直接情報を刻みこむことで“思い出”を作ることは出来ても、魔法の特訓のような“身体で覚える”ことは反映出来ないものなんだ。まるっきり意味がないわけじゃないが、現実空間で身体を使って模擬戦をすることに比べれば、どうしても経験値で劣るんだ」

 現実空間と仮想空間の間には隔たりというものがある。その境界を“騙す”ことによって可能な限り薄くすることが嘘吐きデバイスの役目ではあるが、やはり限界というものは存在するのだ。


 「とはいえ、現実空間での1時間は仮想空間での7日間に相当する。デバイスを使っての高度な戦闘を行うとなるとレイジングハートやバルディッシュのリソースの都合上、1時間を1日に相当させるくらいが限界だが、それでも十分な訓練期間になるだろう」


 「そういうわけだ、仮想空間ではあるが、丸一日かけて徹底的にしごいてやるからそのつもりでいてくれ。現実での時間はせいぜい1時間だから、学校があるとなどの理由で休むことも却下だ」


 「うわぁ……」


 「凄いことになりそうだね……」


 「ついでに言えば、現在管理局が保有している守護騎士の戦闘データを基にした“仮想守護騎士”も俺とアスガルドで用意する。こいつらを倒せるようになれれば、第一段階は終了という感じだ」

 トールの演算に無駄というものはなく、フェイトが闇の書事件に関わることを決めた以上はあらゆる面でサポートする。

 自分の持つ機能、時の庭園が備える機能、さらにはテスタロッサ家の財力、それらは全てフェイト・テスタロッサのためにのみ使用される。

 それが、今の彼の在り方であった。












新歴65年 12月3日  時空管理局本局  テスタロッサ家居住スペース  AM10:03



 今後の訓練内容について一時間半ほど話した後、クロノもエイミィやリンディを手伝うために海鳴に向かった。なのはとフェイトは向こうがある程度片付く頃、大体正午辺りに向かう予定であるため、若干時間に余裕がある。

 その時間を利用して、フェイトが抱いた疑問についてトールが解説していた。


 「それでフェイト、お前の疑問はヴォルケンリッターの一人、盾の守護獣は誰かの使い魔なのかってことだな」


 「うん、アルフが自分と同じような気配を感じたって言ってたから」


 「その認識は多分間違いじゃないな、ベルカでは使い魔は守護獣と呼ばれ、その特性はミッドチルダにおける使い魔とそう変わらない。だが、他の騎士の使い魔、つーか守護獣とは考えにくいだろう」


 「どうしてですか?」

 今度はなのはから質問が出る。トールに対して敬語を使うのはなのはくらいのものであり、ユーノもここ一ヶ月半ほどアースラで共に作業していた間に慣れていた。


 「使い魔ってのは、魔導師が契約する形で作り出すものだが、その能力はだいたい主にないものを備えているもんなんだ。フェイトだったら自身が近距離、遠距離を含めた攻撃魔法と高速機動得意とし、防御が薄いため、使い魔であるアルフは補助系のバインドや転送魔法、さらには防御を得意としている」


 「なるほど、つまり、使い魔は自分にないものを持っていてサポートしてくれるんですね」


 「その通りだ。時空管理局の高ランク魔導師には使い魔を持っている人物も多くいるが、その中でも理想形とされるのが、お前達が昨日会ったギル・グレアム提督だ」


 「理想形?」


 「ああ、高ランク魔導師は数少なく、管理局にとっても貴重な戦力だが、彼らが提督などといった高い役職に就くと前線で活動するわけにはいかなくなる。上の人間は部隊配置や運用を司ることが主だから、特に魔導師である必要があるわけではないが、“現場の魔導師とその限界”をよく知っている人材が必要なのも事実なんだ」


 「確かにそうだね、能力的には必要なくても、現場のことを実体験で知っていて、高ランク魔導師の能力の限界を理解しているという点で魔導師である将官が必要になってくる」


 「そういう時に使い魔というものは役に立つ。簡単に言えばフェイト、将来お前が次元航行部隊の艦長になったとしよう。その時お前はSランク以上の魔導師になっていて、管理局にとっては前線で働いてくれると非常に頼りになるが、艦長である以上はそう簡単には動けない。そんな時に、お前の魔力をほとんどアルフに渡してしまえば、アルフが代わりに前線に出られるってことだ」

 そのような形で、管理局は高ランク魔導師が出世した際に生じる戦力の不足を防いでいる。人材不足が問題であることを知りながら、それに対して何も対策を講じない組織など存在せず、絶対数が足りていないために根本的な解決とはなっていないが、管理局とてただ手をこまねいているだけではない。


 「今はまだ全ての魔力を自分で使えるほど身体が成長していないからアルフに魔力を渡すことに意味はあるが、あと数年もすればフェイト一人で動いた方が効率は良くなる。だが、さらに時が立って組織的な問題からフェイト方が自由に動けなくなると、今度はアルフの方が一人で動くようになる、面白いもんだろ」


 「魔導師と使い魔は、本当に助けあう存在なんだね」


 「でも、グレアムさんが理想的っていうのはどういうことなんですか?」


 「その疑問は最もだが、純粋な足し算の問題だ。ギル・グレアム提督はSランク相当の魔力を保有する高ランク魔導師だが、どちらかというと魔法を自分で放つよりも、魔法をカードとか別の所に込めておいて自由自在に解き放つ、という間接的な手法を得意としていたそうだ」

 その技術は、リーゼロッテ、リーゼアリアの両名に引き継がれてもいる。


 「そして、他の場所に魔力を込めることを得意とする彼は二人の使い魔を従え、それぞれ格闘戦と魔法戦を得意としているとかで、共にSランク相当の実力者、この意味が分かるな」


 「え? じゃあ、一人のSランク魔導師から、二人のSランク相当の使い魔が作られたってこと?」


 「その通り、流石に二体の使い魔を維持する以上は彼自身は魔法をほとんど使えなくなるようだが、“高ランク魔導師としての経験”はなくならない。つまり、ギル・グレアム提督は一人で、現場の経験を持つ魔導師の指揮官と、先陣に立って切り込む格闘戦に秀でたSランク魔導師と、前線で武装隊を指揮しつつ援護可能な魔法戦に秀でたSランク魔導師、その三役を埋めることが出来るわけだ」


 「凄い……ですね、経験を生かした司令官と、前線で指揮する高ランク魔導師の両方を一人で出来るなんて」


 「それも、突撃役と現場指揮官の両方を」


 「ま、あのクロノの師匠って立場だからな。それに、そのくらいじゃないとあの時代を生き抜いて艦隊司令官になれはしない」


 「でも、そうなるとリンディさんは使い魔を持っていないんですか?」


 「あの人もちょっと特殊だ、リンディ・ハラオウンは中規模の次元震すら完全に抑え込めるディストーション・シールドを単独で張れるほどの結界魔導師だ。つまり、次元干渉型ロストロギアに対する最後の切り札みたいなもんで、通常の運用よりも、いざという時の出力こそが重要になる」

 リンディ・ハラオウンは結界魔導師であり、格闘戦などのスキルを持たないため、直接的な戦力にはなりにくい。そんな彼女が使い魔を持てば、アルフのような近接格闘型の使い魔となることは疑いないが。


 「つまりだ、あの人の使い魔に出来ることは、武装局員でも出来るってことであり、Bランク魔導師でも4人くらいをうまく運用すればAAランク魔導師と同じくらいの働きをさせることは可能ってことだ。むしろ、代用が効く程度の戦力のためにいざという時のリンディ・ハラオウンの最大出力を弱めることの方がもったいないわけだ」


 「リンディさんの使い魔は武装局員数名で代わりが効くけど、リンディさん自身の能力は、十数名の武装局員がいても変わりが効かない、ってこと?」


 「その通り。だからこそ、使い魔を持つべきかどうかもケースバイケースなんだ。古代ベルカ式の稀少技能を持っている場合なんかも、使い魔、この場合は守護獣を持たずに自身の能力をフル活用する方が望ましい」


 「結構難しいんですね」


 「じゃあ、なのはが使い魔を持ったら、どんな子になるかな?」


 「ユーノが出来あがるな」

 即答、まさに即答、そこには1秒の遅れも存在しなかった。
 

 「そ、そうなんですか」


 「考えても見ろ、なのはに出来ることでユーノにも出来ることはあるか? 逆に、ユーノに出来ることでなのはにも出来ることはあるか?」


 「えっと………砲撃、はユーノには無理だし、誘導弾の制御も無理、そもそも射撃魔法自体が苦手なわけで……」


 「わたしは、ユーノ君みたいな結界は使えないし、転送魔法も無理、治療も出来ないから………バインドとシールドくらい、かな?」

 改めて考えてみると、互いに出来ない部分を持っている二人である。


 「というわけだ、ユーノ・スクライアはまさに高町なのはの使い魔となるべく生まれた存在と言っていい」


 「ユーノが聞いたら怒るよ。ただでさえよくクロノにからかわれているんだから」


 「でも、クロノ君だったらどうなるかな?」

 ちょうど話題が出たことで、なのはがクロノに使い魔がいた場合を考えてみる。


 「クロノに出来ないことを使い魔が出来るわけで……………………………………………あれ?」


 「射撃、砲撃、近接戦闘、高速機動、バインド、転送、治療……………クロノ君って何でも出来ちゃう?」


 「あえて言うなら、電気変換や炎熱変換は出来んが、これは資質だからどうしようもないし、使い魔に持たせようと思って持たせれるもんじゃない。広域殲滅型の攻撃もストレージデバイスに登録さえしてあれば使えるらしいし、S2Uには今は登録してないらしいが」


 その辺りの指導を五歳の頃から受けているクロノには、魔法戦における隙はない。ただ、魔法戦に関する汎用性ならば、カードに蓄積した術式を起動させることで、あらゆる系統の魔法を瞬時に発動させることが出来るリーゼアリアはさらにその上を行く、他ならぬ彼女がクロノの魔法の師なのだから。


 「つまり、こうだ。クロノの使い魔は“何も出来ないが場を和ませる癒し系のマスコット”。それこそが、クロノに出来ないことだ」


 「癒し系………」


 「どうなんだろ………」

 クロノの愛想は良い方ではないことを知っている二人だが、あえてノーコメントにしておいた。口は災いのも門である。

 
 「そうじゃなければまんまクロノ2号かな、技の1号が全体を指揮し、力の2号が前線指揮を行えばグレアム提督のように隙が無い」


 「その例えもどうかと……」


 「とまあ、使い魔講義はそういうわけだが、ヴォルケンリッターの盾の守護獣は他の騎士の守護獣とは考えにくい。あえて言うなら湖の騎士だが、それなら防御型よりも遠距離の敵を攻撃できる射撃型の方が相性はいいはずだ」


 「確かに、シグナムだったらなのはのように、ユーノみたいなタイプになるだろうし」


 「あの赤い服の子は防御も堅かったから、やっぱり足りない部分を補うなら補助系の能力だよね」


 「そう、能力的に考えると湖の騎士が剣の騎士や鉄鎚の騎士の守護獣というのは考えられるが、盾の守護獣はどちらもあり得ず、湖の騎士なら遠距離系のはずだ、空間を操る能力と砲撃を組み合わせられた日には地獄だからな」


 「じゃあ、わたしが使い魔になるってことですか?」


 「なのはの砲撃が、空間を繋いで零距離から……………怖いね」

 この10年後、ナンバーズと呼ばれる少女達の誰かがそれに近い悪魔のコンボによって撃ち落とされることとなるが、それはまだ先のことである。


 「まあ何にせよ、盾の守護獣は主の護衛と考えられる。つまり、闇の書を作った本人の守護獣だった、という可能性が一番高いか」


 「闇の書の主の守護獣………」


 「でも、闇の書の主はどんどん変わっていくから、最初の闇の書の主の使い魔、いいえ、守護獣ってことですよね」


 「仮説に過ぎんがな。いずれ、そのことも調べにユーノが無限書庫って言う超巨大データベースの発掘にとりかかる予定だが、そっちの開放ももうちょい先の話だ。それまでに大まかな割り出しくらいは調べておきたいところだが」


 「それは、闇の書の起源について?」


 「応よ、昨日言ったとおり、守護騎士の持っているデバイスを考えれば中世ベルカ時代に作られたものと考えられる。ひょっとしたら、例の黒き魔術の王が闇の書を作った張本人かもしれない」


 「名前的には、ぴったりですよね」


 「確かにそうだ、“黒き魔術の王”が“闇の書”を作った。これほどしっくり来る組み合わせはないな。だがまあ、歴史の事実というのは物語よりも奇妙なことも多いから、どうなんだかね」


 「その人は、最後はどうなったの?」


 「これも諸説様々あるんだ。質量兵器全盛時代には不死の王だったなんて言われてたから、死因すらそもそもなかったことになっていたが、現在はとりあえず伝わっている話はある」


 「話ってことは、具体的な史実じゃないんですね」


 「ああ、伝承によれば、“黒き魔術の王は、雷鳴の騎士と名も無き弓の名手に討ち取られた”ってことになっている。雷鳴の騎士の方は大体分かっているんだが、名もなき弓の名手の方はさっぱりだ」


 「ほんと、お伽噺みたい」


 「1000年近く前の話だからな、そういう風になるのも仕方ないんだろ。ま、真実が眠ってるとしたらそれこそ無限書庫くらいじゃないか」




 その因果は、まだ誰も知りえない。

 無限書庫は未だ開放されず、夜天の物語は知られることなく歴史の闇へと埋められたまま。

 だがしかし、声に出すことは叶わずとも、夜天と闇の戦いを記録している者達は存在する。

 今はまだ、その道は交わらないが。

 古きデバイスと、古き魔導書の端末との邂逅が、大数式の解を導き出す。


 その解が出る日は、まだ遠い。






あとがき
 現代編は三話の半分くらいですが、一旦ここで過去編へと移ります。現代編のなのはとフェイトの日常シーンは原作通りなので描写はせず、アレックス、ランディ、ギャレットといった裏方のスタッフと、トールが地道な探査で守護騎士の足跡を追い、シャマルが転送魔法や“旅の鏡”を駆使して追えないようにしたりするなど、地味な苦闘を少しだけ書いた後、VS守護騎士第二回戦に移りたいと思っています。ただ、ローセスとザフィーラ関係でそれまでに書いておきたい部分があるため、ここで過去編第三章に入ります。途切れ途切れにならないよう、更新速度は上げていくつもりですので、頑張りたいと思います。それではまた。



 あと、まったく関係ないのですがvividの覇王っ子ことアインハルトには、覇王の無念とはまったく囚われない自由な生き方をして欲しいと思ってます。

 そして

 「聖王オリヴィエを救えなかったことを悔やみ、憎み、子々孫々まで伝えて無念を晴らすと誓った彼(クラウス)の渇望。
  そんなことは知ったことではないと自由を求めた彼女(アインハルト)の渇望。
  継承と転嫁、言葉にすれば全く違うように聞こえますが、その魂の形質は哀れなほどに似通っている。
  ようは、誰か他の者に被せるということです」

 ということを言われるようになって欲しい。おもに出所したスカ博士とかから。

 分かる人向けのネタですみません。




[26842] 第十一話 風の参謀VSアースラ捜査陣
Name: イル=ド=ガリア◆ec80f898 ID:ee4ccd9f
Date: 2011/03/31 15:44
第十一話   風の参謀VSアースラ捜査陣




新歴65年 12月4日 ミッドチルダ―第97管理外世界 次元空間  時の庭園  中央制御室 PM4:47




 【トールさん、サーチャーと管制ユニットの点検、終わりました】


 時の庭園の中央制御室、観測スタッフのランディからトールへと通信が入る。

 【ありがとうございます。操作の方は問題ありませんか? 元々私が管制するものであって人間が使用するようには設計されていませんので、少々厳しいかもしれません】


 【あ~、確かに、ちょっと分からないところが、というより、タッチパネルがないんですねこれ】


 【接続ケーブルを繋いで直接電気信号を送る以外には命令を受け付けないようになっているのですよ。ですが、問題はありません、通常のデバイスに専用のユニットを接続し、そこから接続ケーブルを伸ばすことで操作は可能です】


 【なるほど】


 【それと、事前の調整をしっかりやっておけば、あとは貴方のデバイスから遠隔操作も可能となります。むしろ、それを行うための管制ユニット、と言えますね】


 【それはありがたいですね、つまりこれなら】


 【貴方達が現地、すなわち第97管理外世界にいながらにして、時の庭園から散布されるサーチャーやオートスフィア達の稼働状況を知ることが出来るということです。エイミィ・リミエッタ管制主任やクロノ・ハラオウン執務官との連携を取る際にも役立つことを保証します】


 【凄い便利ですね、それで、その専用のユニットというのは?】


 【18番倉庫に格納されていますので、そちらのオートスフィアについていけば辿りつけます】


 【うわっ、いつの間に隣に浮いてる】


 【中央制御室からならば、私は全ての魔導機械を管制可能です、なにしろ、管制機ですからね。ともかく、彼の後を辿っていけば18番倉庫には辿りつけますよ、ご武運を、ランディ】


 【ご武運って、何かいるんですか?】


 【現在、時の庭園が稼働状況にあり、多数の人員が乗り込んでおります。なので万が一の事態に備え、防衛用傀儡兵の中隊長機であるゴッキー、カメームシ、タガーメが通路などを巡回しております。遭遇すれば精神的ダメージを負う可能性が考えられますので、注意を】


 【………】

 アースラの観測スタッフであるランディは、かつての合同演習における地獄絵図をリアルタイムで中継していた。そして、同時に思った、武装局員でなくて良かったと。

 しかし今、その災害は自分の上にも降りかかる可能性があるらしい。


 【いかがなさいました?】


 【あの……なんで精神的ダメージを受けそうな代物が通路を徘徊しているんでしょうか?】

 巡回ではなく、徘徊という言葉を使ったランディであるが、実に当然の話であり、おそらく使用法としては正しい。


 【現在、フェイト・テスタロッサが時の庭園におりません】


 【つまり?】


 【彼女に無用な精神的苦痛を与えるわけには参りません。かといって、中隊長機もたまには稼働させねばいざという時に不具合が出かねません、ヴォルケンリッターとの戦いが想定されるこの状況において、時の庭園の戦力も万全を整える必要があるのですよ】

 自分達の精神的ダメージはどうでもいいのか、と言いたくなるランディではあったが、時の庭園の管制機に何を言っても無駄出ることは分かりきっていた。トールというデバイスは、テスタロッサ家の人間のためにしか動かないのだ。

 ただし―――


 【守護騎士に対して、“アレら”を使用するんですか?】


 【未定ですが、使う可能性は高いですね。新型の“スカラベ”や現在開発中の中隊長機を凌駕する最終兵器も、戦線へ投入されることとなりそうです】

 ランディは恐怖した。

 “スカラベ”、はともかくとして、中隊長機を上回るという最終兵器がいかなるものかは想像したくもなかったが、どうしても頭の隅から離れない。

 というか、守護騎士達は4人中3人が女性だったはず、トラウマどころでは済まない気がする。


 【もし、視界に入れたくないのであれば、フェイトが戦う戦場の観測担当となることをお勧めします。彼女が近くにいる場所において最終兵器が投入されることはないでしょうから】


 【そうします】


 【まあ、その場合はアレックスが犠牲になるわけですが】


 【………】


 <アレックス…………許せ>

 ランディは心の中で百回ほど同僚に対して土下座しながらも、フェイトの担当になることを心に決めた。

 余談ではあるが、後日、アレックスとトールの間にも同様の会話がなされ、フェイト担当を巡って二人の男が血みどろの争いを繰り広げることになったりならなかったり。

 「フェイト(の担当)は僕がもらう!」

 「いいやフェイト(の担当)は俺のものだ! お前には渡さない!」

 という誤解を受けても申し開き不可能な言葉を言い合っていた。

 また、その光景をエイミィが目撃し、リンディ・ハラオウンに報告。“アレックス、ランディ、ちょっとお話があります”という言葉と共に艦長室に呼ばれたりしたのもまったくの余談である。

 そして、爆弾の投下場所にいる可能性が高い、なのはとクロノの二人には、後方スタッフ一同から花束が贈呈されたらしいが、当人達にはなんのことやら意味不明であったとか。(管理局の殉職者の葬送に用いられる花であったらしい)



 閑話休題



 【アスガルド、オートクレールへ通信を】


 【了解】

 ランディを苦難の旅へと送り出し、通信を終えたトールは、時空管理局本局にいるギル・グレアムのデバイス、オートクレールへと繋ぐ。


 【トール、君かね】


 【ギル・グレアム顧問官、封鎖状況はどのように?】


 【まだ発令したばかりではあるが、第97管理外世界を中心とした世界の魔導師達の多くが既に蒐集を受けている。おそらく、避難することになるのは30名程度で済むだろうと見込んでいるよ】


 【なるほど、その程度ならばいざとなれば時の庭園に閉じ込めておくことも可能ですね】


 【もう少し穏やかな表現を使ってもらいたいところではあるが、そのようだ】


 【こちらの作業は順調に進んでおります。サーチャーとオートスフィアの数は十分揃っておりますし、アースラのスタッフはやはり優秀です。特に、観測班のアレックスとランディの二人はよくやってくれています】


 【それは良い知らせだ。レティ君と連携している捜査スタッフはどうなっているかね?】


 【ギャレットをリーダーに、こちらも上手く動いています。既に五名程がそれぞれ別の観測指定世界の魔法生物保護区域に向かい、現地の局員と連絡を取り合いながらサーチャーやオートスフィアの設置場所の見当に入っています】


 【ふむ、そうか】

 アースラスタッフは既に総動員に近い形で動いており、闇の書の守護騎士ヴォルケンリッターを捕捉する網を急速に構築しつつある。

 これは、闇の書に対する対策を11年かけて構築してきたギル・グレアムのマニュアルがあってこそのものであり、彼にとっては感慨深いものである。

 かつての闇の書事件においても、初動からこれほど連携のとれた対応がとれていれば、あれほどの被害者を出すこともなかった。だが、その犠牲があったからこそ、今がある。


 【貴方の後を継ぐ者達は、実に優秀ですよ】

 その心を見透かしたのか、いや、人格モデルと照合することでそのような演算結果を導き出したというべきか、トールという機械仕掛けが声をかける。


 【嬉しい限りだが、それでは私達の世代がふがいなかったようにも聞こえるな】


 【そのようなことはありませんよ、私の弟達が、貴方達の世代やその後の世代の方々と共に歩んでおりましたから】

 時の庭園のデータベースには、管理局と共に歩んできたデバイス達の記録が収められている。

 それらは機密やプライベートに関わるものではなく、デバイスマイスターに閲覧が許された実働記録のみに限られてはいるが、激動の時代を生き抜いた管理局員達の人生を推し量るには十分な記録であった。


 【そうか………オートクレールと同じ年数を誇るデバイスは、君くらいのものなのだな】


 【私とて、彼には及びません。その後に続いた者達は初期型のカートリッジの暴走や、フルドライブ、リミットブレイクなどの機構が未発達であったこともあり次々に壊れていきましたが、まだ残っている古強者もおります】

 実は密かに、その古いデバイスの主に“依頼”を行っているトールであるが、そちらはギル・グレアムへ伝えるべき事柄ではない。


 【話を変えるが、時の庭園には地上本部が開発した追尾魔法弾発射型固定砲台“ブリュンヒルト”が搭載されていると聞いたが】


 【はい、その通りです】


 【よく地上本部の了解がとれたものだ】

 ギル・グレアムは本局の人間であり元は艦隊司令官や執務統括官、地上本部と直接的に繋がりがある役職ではないため、その辺りの専門家ではない。どちらかと言えば人事部のレティ・ロウラン提督の方が精通していると言えるだろう。

 かといって、一般的な局員に比べれば遙かに精通しており、それだけに現在の時の庭園の状況が非常に危ういものであることも理解している。


 【そのあたりにつきましては、私から申し上げることが出来る権限がございません。参照のためには地上本部の防衛長官、レジアス・ゲイズ中将の承認を必要とします】

 そして、彼はデバイスであるがために親しい相手であっても機密を漏らすことはない。その唯一の例外たる存在は既に故人であり、地上本部の機密を漏らすことが“フェイト・テスタロッサの幸せ”に繋がることなどあり得ないため、フェイトもまた除外される。

 まあ、少々どころではなく黒い裏取引があったのは事実なのだが、人格者であり、一言でいえば“お人よし”であるギル・グレアム顧問官には“何か”があったのは分かっても、深い内容まで洞察することは出来ない、仮に疑ったところで何も証拠がないのが実情なのだが。


 【まあそちらは時の庭園にお任せ下さい。本局の方々は闇の書事件を解決することに全力を尽くしていただきたく存じます】


 【確かに、その通りだ】

 トールにとっては、今のギル・グレアムの思考は誘導しやすい部類である。

 彼は己の全てを闇の書事件を終わらせることに懸けており、現在に限れば視野狭窄に陥りつつある。トールにとって、そのような人間の人格モデルは何よりも知り尽くしているものだ。


 ≪今の貴方は、フェイトが生まれる前の我が主、プレシア・テスタロッサによく似ておりますよ。ギル・グレアム顧問官≫


 それ故に、トールは簡単に彼の思考を誘導できる。アリシア・テスタロッサが事故で意識を失って以来、プレシア・テスタロッサの鏡として機能してきた彼は、それを20年以上続けてきたのだから。

 トールにとっては、“闇の書事件”にのみ意識を向けさせ、その他への注意がいかないよう誘導することほど容易いことはないのだ。

 自分が鏡として主に対して行ってきたこと、その逆を行えばいいだけの話でしかない。


 ≪何と容易いことでしょうか、その逆は私には出来ず、フェイトが生まれてくれるまで、我が主の思考は“アリシアの蘇生”にのみ向いていたというのに≫

 トールは、演算を続ける。

 プレシア・テスタロッサの娘、フェイト・テスタロッサが幸せとなれる未来を実現させるために。









新歴65年 12月4日  第97管理外世界 日本 海鳴市 八神家 はやての部屋 PM11:03



 八神家に訪れる静寂の時間。

 昼間は家族皆で笑い合い、穏やかでありながらも賑やかさも含んだ幸せな風景が見られる場所も、夜の訪れと共に静かな眠りにつく。

 闇の書の主にして、ヴォルケンリッター達に光を与えた少女は、ただ静かに眠っている。

 その眠りは深く、多少のことでは起きそうにない。


 「…………はやて」

 小声で呟きながら、同じベッドで眠っていた少女は静かに、慎重にベッドから抜け出す。

 主との間に置かれていた“のろいうさぎ”をずらさぬよう、細心の注意を払って抜け出すことに成功した少女は、最後にもう一度主の方を見やり、部屋から静かに出ていく。


 ただ、彼女は気付かない。


 自分達が顕現した頃に比べ、主の眠りが徐々に、徐々に、深いものとなりつつあることを。

 昼間はこれまで通りであり、足の麻痺が徐々に上へ進んでいること以外は目立った異変はないが、リンカーコアから吸収される魔力は増加の一途を辿っており、9歳の幼い身体にこれまで以上の負荷をかけている。

 そのため、彼女の眠りは深い、いや、深く眠りにつける今はまだ良い。

 いずれ、リンカーコアの浸食は生命活動にすら影響を与えるものへと進行していく。その時、彼女には眠ることすら許されぬ苦しみを受けながら、緩やかに死を待つのみとなるだろう。

 それだけは、何としてでも阻止せねばならない。

 主との誓いに背くことになろうとも。

 自分達が消滅することになろうとも。

 我々に光を与えてくれた、この少女の未来だけは何としても―――




新歴65年 12月4日  第97管理外世界 日本 海鳴市 ビル屋上 PM11:07




 「来たか」


 「わりい、ちょっと遅くなった」

 それを咎めるものはいない。ヴィータが遅れた理由など、今更問うまでもないことだ。


 「クラールヴィントのセンサーで広域を探ってみたけど、管理局の動きも本格化しているみたい。それに、予想よりも対応が早いわ」


 「やはり、少し遠出をすることになりそうだな。出来る限り離れた世界で蒐集を行うぞ」


 「今、何ページまで来てるっけ?」


 「現在は340ページ、こないだの白い服の子でかなり稼いだから。代償も大きかったけど」


 「リスクは覚悟の上だったんだから、仕方ねえ。それより、半分までは来たんだ、ズバッと集めてさっさと完成させちまおう」

 ヴィータは拳を握り、誓うように言葉を紡ぐ。


 「早く完成させて、ずっと静かに暮らすんだ…………はやてと一緒に」

 それは、もはや叶わぬ望みであろうと守護騎士の皆が理解している願い。

 だがそれでも、希望を捨てることはない。

 希望を捨てることで主を救う可能性が高まることなどなく、それはマイナスの要素にしかなりえないことだ。命を捨てる覚悟を持つことと、生きることを諦めることは等価ではなく、そこには決して埋まることのない差が存在している。


 「………」

 無言のままヴィータを見つめる盾の守護獣の心境はいかなるものか、それは分からない。

 剣の騎士と湖の騎士の二人も、想いを込めた瞳で彼女を見るが、その心境は果たして。


 「往くか」

 僅かに訪れた沈黙を破るように、ザフィーラが声を発する。


 「あ、ちょっと待って、その前にやることが」


 だが、シャマルから静止の声が出る。


 「どうした?」


 「えっと、管理局の目を出し抜く方法を考えていたのだけれど、取りあえずの案があって」


 「もう出来たのか」

 湖の騎士シャマルはヴォルケンリッターの参謀役、敵を出し抜くなどの知謀妙計を考えるのは彼女の役割ではあるが、昨日の今日でそれが思いつくとは将たるシグナムにとっても驚きであった。


 「出来たは出来たんだけど、あまり使いたくない手でもあって………」


 「何だよ、とりあえず話してくれって、じゃなきゃ判断なんて出来るわけねえんだから」


 「そうね……」

 腹を括ったように頷きを一つ。

 風の参謀が、他の騎士達へと己の策を解説していく。







 「なるほど………確かにあまり使いたくない手ではあるが、効果的ではある」


 「あたしらの目的は闇の書の完成だけど、はやてから危険を遠ざけることも同じくらい大事だもんな――――」


 「リスクはあるが、成果も見込める。私は、やるべきであると思うが、皆はどうだ?」

 ザフィーラの問いに対し、それぞれは―――


 「あたしも異存はねえ、後方の備えがしっかりしてる方が思いっきり暴れられる。いつ管理局に捕捉されるかびくびくしながら蒐集するよりは、効果的なんじゃねえか」

 紅の鉄騎の意見は、戦場における兵士の士気に準じたものであった。糧道を絶たれる可能性や、敵に捕捉される可能性を考慮しなくてよいのであれば、前線の兵士は思う存分力を振るうことが出来る。


 「私も一応賛成、提案者が消極的なのもどうかと思うけど、蒐集にあまり回れない身としては心苦しくて」

 後方支援役の定めとも言えることではあるものの、前線に出れない身としては心苦しい。しかし、参謀としては賛成の湖の騎士。


 「私も無論、賛成だ。確かにページは消費するが、それ以上に集めれば済むだけの話。小を惜しんで大を失うは愚か者の成すことだ」

 そして、烈火の将が決断した以上、方針は定まった。

 シャマルが手に持った闇の書を開き、術式を紡ぎ始める。


 「闇の書よ、守護者シャマルが命じます―――――――ここに、偽りの騎士の顕現を」

 『Geschrieben.』

 守護騎士の命に応え、闇の書が蠢き、ページを消費しながらその力を発揮する。

 ベルカ式を表す三角形の陣が展開され、そこより現れるのは―――


 「自分自身が召喚されるのを見るってのも、変な気分だな」


 「ああ、私も同じ意見だ」


 「だが、同じであるが故に、意味がある」

 彼女らの目前に顕現した四騎は、寸分違わず同じ姿のヴォルケンリッター。

 守護騎士の召喚は主にしか成せぬが、同じ鋳型を用いて偽りの騎士を顕現させるならば、シャマルにも可能な業である。


 「だけど、中身はスカスカよ。話す機能もないし、通信を行うことも出来ないし、意志もない。せいぜいが飛行魔法を用いて飛び回るだけ、だから、こうして―――クラールヴィント」

 『Anfang. (起動)』

 風のリングクラールヴィントが主の命に応じその権能を解き放つ。ペンダルフォルムから紐が伸び、操り人形の如く顕現した四騎に絡まる。


 「私の魔力を込めて、操ることになる。だけど、1ページ分を四分割して作り出したダミーとはいえ、外殻を構築しているのは闇の書のページだから」


 「存在自体は、私達と大差ないということか」


 「こいつに、20ページ分くらいの魔力を込めれば、あたしが出来あがんだもんな」

 自分そっくりの騎士を小突きながら、少し思い煩うように告げるヴィータ。

 彼女もまた理解している。以前の主人の中には自分達を消耗品として扱う者も多く、無理な蒐集を命じ、滅びれば蒐集したページを消費し、守護騎士を再構築、再び蒐集を命じるという悪夢のような循環もあったことを。

 その想いを察しながら、シャマルはあえて触れず、淡々と述べる。


 「これなら、私達の姿が捕捉されたリスクも帳消しにできるわ。こっちのダミーは以前捕捉されたままの姿だから、わざわざ変身魔法で姿を変える必要もなくなるし」


 「変身魔法で姿を変えようと、変えまいと、管理局が我々を補足したところで、真贋の判断をせねばならなくなる。主戦力が限られていればいるほど、その判断は慎重にならざるをえまい」

 烈火の将が捕捉し、湖の騎士は頷きを返す。


 「さっすがシャマル、悪知恵が働くぜ」


 「一応、参謀ですからね」

 僅かに笑みを浮かべつつ、彼女は油断なく空を見据える。


 「まずは、このダミー達を先行させて、近場の世界に“旅の鏡”で転送させるわ。四人バラバラは流石にきついから、シグナムと私、ヴィータちゃんとザフィーラをセットで動かす。皆は、ある程度時間を置いてから、遠くの世界で蒐集をお願い。私はサポートに回るわ」


 「了解したが、無理はするな。ダミーの制御を行いながら空間転移を繰り返してはいくらお前といえ負担が大きい」


 「大丈夫よ、湖の騎士シャマルと、風のリングクラールヴィントは後方支援こそが本領。前線で蒐集に回れない分、このあたりで頑張らないと」


 「無理してぶっ倒れられたらあたしらが困るんだよ、回復役はシャマルしかいねーんだから」


 「気をつけます、じゃあ、そろそろ飛ばすわ」

 シャマルとクラールヴィントが“旅の鏡”を形成し、闇の書のページ1枚分を消費して作り上げたダミー達を近場の世界へと転送していく。

 そして、僅かに遅れ―――


 「行くぞ、レヴァンティン!」
 『Einverständnis. (承知)』


 「やるよ、グラーフアイゼン!」
 『Bewegung. (作動)』


 「………」

 各々の魂と共に騎士服を纏う二人と、無言のままに転送の陣を展開する守護の獣。


 「闇の書は現在、339ページ。それじゃあ、夜明け時までに、またここで」


 「ヴィータ、熱くなるなよ」


 「わあってるよ」


 「往こう」

 闇の書の守護騎士、ヴォルケンリッターが、蒐集の旅へと出陣する。















第95観測指定世界




 世界ごとの時間軸はほぼ共通しており、それぞれの世界は“異なる可能性を辿った同一の惑星”であることが知られている。

 それ故、大気の密度はほとんど世界において同一であり、人間が窒息しない構成となっているが、同じ惑星であっても場所が異なれば日付も変わり、季節も違う。そもそも、季節という概念が存在しない世界もある。

 アースラの捜査スタッフのリーダー、ギャレットが訪れていた第95観測世界もそういった季節というものがない世界であり、一年を通して豊かな森林は葉が落ちることもなく、鮮やかな緑を保ち続ける。

 ただし―――


 「すんげえ花粉だ――――花粉症じゃなくても、こいつはきついな」

 緑で覆われていることが、人間にとって好条件であるとは限らない。一年中緑が生い茂っているこの世界では、常に大量どころではない花粉が宙を舞っており、人間の肺を痛めつける。

 故に、ギャレットは専用のマスクを着けてこの世界固有の保護動物、早い話がリンカーコアを持つ生物の調査とサーチャーの設置を行っていた。

 リンカーコアを持つ生物は、とにかく密猟の対象にされやすい。第97管理外世界においてもサイの角や象牙などが高値で取引されるように、魔法生物の身体の一部は蒐集家にとっては実に貴重品であり、医薬品として扱われることもある。

 それ故、時空管理局には自然保護隊というものが数多く存在している。自然保護官の任務は多岐に渡るが、密猟者から動物達を守ることが最大の任務と言っても過言ではあるまい。


 「よくまあ、こんなところで頑張ってるなあ、あの二人も」

 そう呟きつつ、ギャレットはサーチャーの散布を終え、ベースキャンプへと帰還するため空へと舞いあがる。

 地上部隊の捜査スタッフと異なり、次元航行艦に勤める捜査員の中には、飛行適性と持つ者がいる。というより、このような人間の文明の恩恵がない世界において魔法生物に対して活動するには、魔導師は必須なのだ。

 観測指定世界で魔法生物の調査などを非魔導師のみで行おうとすれば、専用の機材を運び込むだけで凄まじい手間となってしまう。予算などの問題も考慮すれば不可能な話であり、常駐している自然保護隊員達は戦闘要員ではなく、あくまで監視要員。

 よって、彼らは動物達に異常がないかどうか、サーチャーや自分の目を用いて監視し、密猟者などの痕跡を見つけ次第、本局や支局などに連絡、緊急性が高い場合などは武装局員を派遣してもらうのである。

 今回は、“闇の書事件”という大規模な事件が発生していることもあり、本局次元航行部隊の捜査員がサーチャーを増設しにやってくるという極めて珍しい事態となっているが、それが速やかに行われるのも、根となって管理局を支える者達の地道な活動があればこそ。


 <魔法文明の発達した都市部で、何不自由ない生活を謳歌しながら管理局を批判する輩は多いが、そういう奴らはこういう場所で頑張ってる人達のことなんて、見向きもしないんだよな>

 ギャレットもまた若くして次元航行部隊の捜査班のリーダーを任されている身であり、そう言った話しも耳にする機会は多い。

 管理局は人間世界の歯車、支持率100%の政府などどの世界を見渡しても存在しないように、批判する者は必ずおり、また、そうでなくてはならない。批判するものがいない機構ほど危険なものはないのだから。

 だがそれでも、管理局員とて人間だ、災害などの発生時に組織としての面子に拘って的確な対処が出来なかったなど、こちらに明らかな過失があったならば、批判も甘んじて受け入れ、二度とそのようなことはないように全力を尽くす必要があることは理解している。

 しかし、管理局の末端、こうした辺境の観測指定世界で頑張り続ける人達のことなど知りもせず、ただ一部分の高官の現状のみを聞いて“管理局は悪の組織だ”などと批判する輩に対して好意的な目を向けることが出来るほど、ギャレットは聖人君主ではない。というより、それが出来るならばその人物は人間の心を持っていないと見るべきだろう。


 <ま、俺なんかが愚痴っても何にもならないが―――>

 それでも、純粋な想いで自分達を手伝いたいと言ってくれたあの少女達は、そのような心ない悪意から遠ざけたいと思う。

 高町なのはとフェイト・テスタロッサ、彼女らの才能は凄まじいものであり、それは嫉妬を代表とした負の感情を引きつけるもの、半年を超える付き合いであるアースラの人員達は年齢がある程度近いことや役割が完全に離れていることもあって和気あいあいとやっているが、地上部隊の武装局員などからすればどう見えるか。


 <ハラオウン執務官の判断は、適当なものだろう>

 彼女達はあくまで民間協力者と嘱託魔導師、第97管理外世界の学校に通う子供という前提を忘れてはならない。仮に、正式に入局することになっても、14歳程度まではそちらで過ごす方がよいだろうと、彼は言っていた。

 だが同時に、ギャレットにも思うことはあり、たまにエイミィ・リミエッタと話したりもする。


 <そう言うあの人自身が、嫉妬や批判の対象になっているというのに、な>

 クロノ・ハラオウンは11歳にして執務官となり、この3年間目立った失敗もなく、かなりの成果を挙げている。だが、それ故に妬みの対象になりやすい。士官学校時代も、そういったものに晒されてきたことだろう。

 それが彼の尋常ではない努力の成果であることをアースラのスタッフは知っている。次元航行艦は一つの単位であるため、一種のコミューンに近い、この内部で派閥争いが起きるようでは碌な成果を挙げることは出来ないだろう。

 次元航行艦アースラは、艦長のリンディ・ハラオウン、執務官のクロノ・ハラオウンを筆頭に、一致団結して任務に当たる。今回の闇の書事件も休暇を返上してのものであり、確かに辛い仕事ではあるが―――


 「我らがアースラスタッフ! 平均年齢21歳! 妻子持ちおらず! 彼氏彼女持ちのリア充皆無! 残業どんとこい! 休暇返上上等! 次元世界の平和のため、日夜働き続けます! ふはははははははははははは!!!」

 誰もいない観測指定世界に、男の慟哭が響き渡る。というか、街中でこんな叫びを上げれば通報されること疑いない。

 しかし、それこそがアースラスタッフの仲の良さの根源、“非リア充同盟”であり、休暇が延期になろうが不平不満が出ない理由。

 休暇が延期になったところで、恋人がいるわけでもない、妻や夫、子供が待っているわけでもない。唯一の子持ちであるリンディ・ハラオウン艦長は子供が一緒の艦に乗っているので問題なし。

 それ故に、クルー皆の仲は良く、長期任務も苦にはならない。クロノ・ハラオウンとエイミィ・リミエッタがいつ結合するかの賭けも半ば公然の秘密となりながら行われていたりもして、最近はなのはとユーノのトトカルチョも加わりつつある。

 10年後、八神はやてが中心となって設立される機動六課という組織は、間違いなくアースラスタッフの気風を強く引き継いでいる。“自分達もいつかはああいう風に、次元世界のために働きたい”と次の世代に思わせる輝きが、そこにはあったとうことだ。

 ただし、彼氏、彼女持ちが壊滅状態の“非リア充同盟”、という部分まで受け継いでしまったというおまけがつく。とはいえ、そうでもなければほとんど休みがない苛酷なシフトに耐えられないという事情もある、早い話、妻子持ちが働ける職場ではないのだ。




 「何を叫んでいるんですか?」


 「あー、聞こえてたか、だが、聞かなかったことにしておいてくれ、タント、ついでにミラも」


 「ギャレットさんの、“彼女と休暇が欲しいーーー”っていう叫びをですか?」

 考え事しながら飛んでいるうちにベースキャンプまで到達していたらしく、外で食事の用意をしていた二人に思いっきりギャレットの叫びは届いていた。

 ちなみに、ベースキャンプ周囲には花粉除去のための設備があり、この範囲内ならばマスクなしで普通に呼吸が出来る。もしくは、バリアジャケットにそういった機能を付け加えるかだが、捜査員のギャレットにはそこまでの魔力はない。そういったスキルは災害救助担当の局員や、武装局員の領分だ。


 「彼女欲しいのは確かだけど、どうだミラ、俺の彼女にならないか?」


 「遠慮しておきます。次元航行艦勤務の人との恋愛は破局しやすいことで有名ですから」

 実に滑らかに断るのは、エイミィ・リミエッタと同年代、16歳のミラという女性局員。入局3年ほどではあるが、自然保護隊員として厳しい環境でも頑張り続けている芯の強い女性である。


 「やっぱ駄目かあ、タント、お前の彼女の防御は堅いな」


 「別に僕の彼女というわけではありませんが、というかギャレットさんの打ち解ける早さは凄いですね」

 やや呆れつつ応対するのは、タントという男性局員。ミラの一年年下の15歳で、入局2年目、自然保護隊員として熱心に活動しており、物腰が穏やかなためか少年というより青年といった印象を受ける。


 「まあな、俺達次元航行部隊は各地を飛び回る仕事だ。こうしてお前達と知り合いになれたけど、これっきりということも多い。だから、悔いを残さないように色々と話す、うちの執務官はその辺が苦手だから、そこら辺は俺達が補ってるのさ、次元航行部隊が活動できるのも、お前達のように現地で頑張り続けているやつらがいてくれるからだからな」


 「そう言われると、ちょっと恥ずかしいですね」


 「恥ずかしがる必要はない、堂々としていろ、お前達も―――」


 『アラート!』

 その瞬間、ギャレットの持つ端末が緊急音を鳴らす。



 「って、嘘だろ! もうかかったのか!」

 彼が敷設してきたばかりのサーチャー、それが守護騎士を捕捉したことを告げていた。













新歴65年 12月5日  次元空間  時の庭園  中央制御室  日本時間 AM2:47



 【つまり、囮であった、そういうことですね】


 【ええ、姿形は資料通りで、魔力反応もそのままだったんですが、観察を続けているうちに違和感を覚えました】

 ギャレットの端末が緊急を告げてよりおよそ1時間後、彼がベースキャンプの端末によって時の庭園の管制機トールとの回線を繋いでいた。

 向こうの時間では深夜であるため、リンディ・ハラオウンやクロノ・ハラオウンにはまだ伝えていない。仮に伝えたところで主戦力のデバイスが修理中である現状では打つ手はなく、彼らの疲労を蓄積する以外の効果はないと判断した管制機は、情報をあえて自分のところで止めていた。

 図らずもそれは、良い方向に働いたようである。つまりこれは、フェイントのようなものだったのだから。


 【貴方が感じた、違和感とは?】


 【守護騎士はリンカーコアを蒐集しにここにやって来たはず、確かにここは保護指定区域で魔法生物の数も多く、第97管理外世界からそれほど離れていない。だからこそ真っ先に網を張りに来たわけですが、にも関わらず空を飛びまわるだけで行動に移る気配がなかった】

 30分程は観察に徹していたギャレットだが、しばらくするうちに捜査員としての勘が告げ始めた。

 すなわち、何かがおかしい、と。


 【それで、サーチャーの一つを近づけてみたんですが、破壊しないどころか反応そのものを返さない。守護騎士がサーチャー程度に気付かないはずもありませんが、しばらくそれを繰り返してもやはり反応がない。そこで、危険とは思いましたが俺自身が出ていってみたんです】


 【無茶をする、とは言えませんね、的確な判断です。事前の資料をしっかりと読んでくださっていたようで何よりです】


 【ええ、守護騎士が“効率的な蒐集”を目指しているんなら、俺のような雑魚をおびき寄せるのにサーチャーを無視し続けるのはおかしい。不審に思って飛び出してきた俺から蒐集するよりは、そこらの魔法生物から蒐集した方がよほどページは埋まるはず】

 ギャレットもまた、捜査スタッフのリーダーを任せられる程の人材、その程度の判断力がなければ務まるものではない。

 魔導師としての能力はせいぜいがEランク、飛行速度も走るより遅い程度が限界であり、なのはやフェイトに比べればまさしく“雑魚”。

 だがしかし、彼らを侮ることなかれ、魔導師として優秀であることが管理局員として優秀であることではない。こと、捜査に関する資料収集や状況判断ならば、彼らはAAAランクの少女達の遙か上を行く。

 なのはとフェイトにはヴォルケンリッターに対する主戦力としての役割があるように、観測スタッフのアレックスとランディ、捜査スタッフのギャレットにもそれぞれの戦いがある。アースラスタッフはまさしく一つの機構であり、各々の役割を果たしつつ連携し、一致団結して闇の書事件を追っているのだから。


 【そして、近付いた貴方は確信したわけですね、その守護騎士達が囮、ダミーであることを】

 そして、その連携の要となる管制主任であるエイミィ・リミエッタや、執務官のクロノ・ハラオウンも人間であり、不眠不休で働くわけにはいかない。

 だからこそ、デバイスである彼が休むことなく情報を整理し続ける。各世界に散らばって捜査する者達はそれぞれの場所によって時間帯が異なり、24時間体制で通信を行う存在が必要だが、三交代制は多くの人員を必要とする。しかし、トールとアスガルドがいればそのような問題は解消される。


 【ええ、詳しいデータは送った通りなんですが、こいつは厄介ですよ。人間と魔力で作られた人形なら区別もつくんですけど】


 【守護騎士はそもそも闇の書より作られた存在、このダミーもまた闇の書より作られた存在。つまり、魔力の密度と性能が異なるだけで、これらもまた守護騎士であることは事実というわけですね。確かに、これは厄介だ、こちらの主戦力は限られていますから、ミスリードは一番回避したいところですが】

 囮に対して、なのはやフェイトをぶつけ、空振るほど馬鹿らしいものはない。しかし、サーチャーからの情報だけでは見極めるのも難しい。


 【守護騎士の行動から、囮か否かを見分けるのにどの程度の時間がかかると貴方は予測しますか?】


 【ん~、これもまた環境によりますね。荒野、砂漠、海、それぞれで異なりますし、魔法生物の生態にもよる。探し回る方が見つけやすい個体もいれば、魔力を放出して待ち構えてりゃ向こうから襲ってくる危険なやつもいます、だから、場所によって取るべき行動もまちまちなんですよ】


 【そして、守護騎士が魔法生物に対してどの程度の知識を持ち合わせているかが不明であるため、行動のみから判断するのは難しい。かといって、数十分もかけて真贋を判断するのは痛いですね、初動における数十分の遅れは致命的だ】


 【つっても、なのはちゃんやフェイトちゃんを、運が良ければ当たる博打のような状況で送り出すわけにもいきませんよ、あの子らだって学校とかあるでしょうし】


 【その辺りは我々だけで考えてもどうにもなりませんね。ともかく、貴方は一旦帰還してください、貴方が時の庭園に到着する頃にはリンディ・ハラオウン艦長やクロノ・ハラオウン執務官も目覚めているはず】


 【了解、しかし、闇の書事件ってのは一筋縄じゃいきそうもありませんね】


 【でなくば、管理局がここまで手こずることもないでしょう】


 【違いないっす】

 そして、通信が終わり、管制機は休むことなく“本物の守護騎士”達による魔法生物からの蒐集状況との照合を始める。そういった単純作業の繰り返しでこそ、機械は本領を発揮する。


 【アスガルド、彼が到着するまでに、何か一つは相違点を探り出しますよ】


 【了解】

 機械の演算は、止まらない。

 闇の書の守護騎士、ヴォルケンリッターが参謀、シャマルの策とアースラ捜査陣の読み合いはなおも続く。






おまけ
 
12月3日  夜  高町家において

 「桃子、どうした? 随分嬉しそうな顔をしているが」

 「ふふふふ♪ なのはがね、『お母さん、一緒にお風呂入って』って言ってくれたの」

 「そうか………なのはが」

 「ええ、なのはからお願いしてくることなんて、滅多になかったから」


 末っ子であるなのはは滅多にわがままを言わない子であるが、甘えることがほとんどないことを気にしていた。

 そんな末娘が甘えてくれることが嬉しくて仕方ない桃子さんであった。


 「しかし、急にどうしてだろうな?」

 「一人でお風呂に入るのを怖がっているみたいなんだけど、転んで溺れかけでもしたのかしら?」





某所にて

 『計画どおり、これにて、高町なのはと一緒にお風呂に入るというフェイトの願いが叶えられる確率は高まりました。後は、ハラオウン家にて二人きりになる状況があればよい、実に簡単なことです』


 デバイスは――――無駄なことをしない


 全ては、演算のままに

 たとえしょうもないことでも




[26842] 第十二話 地味な戦い
Name: イル=ド=ガリア◆9d8bc644 ID:97ddd526
Date: 2011/03/31 14:55
第十二話   地味な戦い



新歴65年 12月5日  第97管理外世界 日本 海鳴市 八神家 はやての部屋 AM6:30




 ピピピピピピピピピピピピピピ、カチ


 「ん、んんんん」

 目覚まし時計を止め、八神はやてはいつのも時刻に目を覚ました。

 何か、夢を見ていたような気もするが、それを明確に思い出すことは出来ない。


 「何やろ………凄く、悲しい夢だったような………」

 悲しさ、なのか、ひょっとしたら違うものなのか、それすらも不明。

 ふと隣を見ると、お気に入りにうさぎを抱えながら、赤毛の少女が気持ちよさそうに眠っている。


 「………ぬいぐるみ?」

 なぜ、その姿に違和感を覚えたか。

 若木であった少女は騎士となり、戦場を駆け抜ける存在となった。迫りくる黒き魔術の王の軍勢を迎え撃つ彼女に必要なものは、女の子らしいぬいぐるみではなく、騎士のための甲冑であり鉄槌。


 「……?」

 それを彼女は知らない、唯一知るはずの管制人格からすら、長き夜の間に失われてしまった夜天の物語。

 ただ、眠る時ですら少女が身体から放すことのない、ミニチュアのハンマーの形状をしたペンダントが、朝日を受けて鈍く輝いていた。









新歴65年 12月5日  第97管理外世界 日本 海鳴市 桜台林道 AM6:35




 「福音たる輝き、この手に来たれ――――導きの下、鳴り響け――――――ディバインシューター、シュート!」

 なのはの左手の先に魔力が収束し誘導弾が生成され、彼女の意思に従い自由自在に飛び回る。

 その標的は以前も使用していた空き缶であるが、以前と異なる点があるとすれば―――


 「く、ううう」

 100回を超える回数、空き缶を壊さないように命中させていた彼女が、30回程でかなり苦しそうな顔をしているということだろうか。


 「あ!」

 そして、46回目にしてコントロールを失い、空き缶はあさっての方角へと飛んでいく。


 「はあ~」


 「あまり落ち込まないで、なのは、レイジングハートがあればもうほとんど大丈夫なはずだから」

 励ましの言葉をかけるのはフェレットモードのユーノ・スクライア。先日までは時の庭園で闇の書の関するデータの編纂やその他もろもろの作業を行っていた彼だが、時の庭園が第97管理外世界周辺に到着したため、転送魔法を用いてこちらへやってきたのであった。


 「レイジングハートが後どのくらいで直るのか、ユーノ君は聞いてる?」


 「えっと、トールの話によると、修復自体は完了しているんだけど、カートリッジシステムの搭載に手間取っているみたい。本局のマリエルさんっていう人にお願いしているらしいんだけど、インテリジェントデバイスに高ランク魔導師用のカートリッジを積むのはやっぱり難しいんだって」


 「そうなんだ………仮想空間なら一緒に頑張れるんだけどね」

 既に昨日、第97管理外世界の近くまでやってきた時の庭園でフェイトと共に仮想空間での訓練を行ったなのは。

 トールの言うように、経験を完全に肉体へフィードバックさせることは出来ないが、やはり長い間魔法が使えない状態では勘が鈍ってしまうため、その点では役立っている。

 普通の生活を行うならば特に必要はないが、闇の書の守護騎士ヴォルケンリッターと戦うならば、僅かの隙も致命傷になりかねないのだから。


 「よっし、もう一回!」


 「あまりやり過ぎないようにね、“ミード”と“命の書”でほぼ治ってはいるけど、リンカーコアがかなりの傷を負ったのは間違いないから」


 「うん、ユーノ君がいてくれるから大丈夫!」


 「あ、あははは……」


 最終的な部分でユーノ任せであるなのは、彼女の精神においてブレーキという単語はまだ未発達なようであった。

 最も、ユーノ・スクライアという少年もブレーキとして機能するかどうかは怪しいが。





新歴65年 12月5日  第97管理外世界付近 次元空間 時の庭園 AM6:41



 「アルカス・クルタス・エイギアス。煌めきたる天神、今導きのもと降りきたれ……」

 金色の髪の少女、フェイト・テスタロッサが天候操作の儀式魔法を紡いでいく。


 「バルエル・ザルエル・ブラウゼル……」

 彼女の使い魔、アルフがそれを補助し、時の庭園の空に厚い雷雲が立ち込める。


 「サンダーフォール!」

 天候操作により雷雲を発生させ、目標に落とす遠隔攻撃魔法サンダーフォール。


 魔法ではなく、自然現象としての雷を発生させるため、魔法を遮断する結界などでは防ぐことは出来ないという特性を持つが、非殺傷設定も不可能となるため、対人ではなかなか使いどころが難しい魔法でもある。


 「どうだい、フェイト」


 「やっぱり、バルディッシュがいないと威力が低い。それに、こんなに時間がかかってたらシグナムに何度も切られてるよ」


 「そっか、魔法を使う練習にはなるけど、あいつらを相手にするための訓練にはなりそうもないね」


 「フォトンランサーは撃てるけど、ファランクスシフトは無理だし………後は、サンダーレイジかな」


 「でもあれも結構隙が多いからね、ミッド式の魔導師相手ならともかく、古代ベルカの騎士が相手じゃ厳しいよ」


 「うーん……」

 なのはと異なり、フェイトの戦闘スタイルは移動砲台ではなく、高速機動からの近接攻撃に加え、距離が離れた際はフォトンランサーやアークセイバーを放ち、射撃魔法と同等のスピードで切り込むという戦術が基本となる。

 そのため、足を止めて詠唱を行い、魔法を放つという訓練では実戦においてほとんど役に立たない。アルフが壁役として時間稼ぎを行える状況ならば話は別だが、一対一となった際にはフェイトがずっと静止したまま魔法を放つ機会はほとんどない。

 いや、あるにはあるが、その場合も高速機動への“繋ぎ”としてのケースがほとんどであり、サンダースマッシャーなどの直射系砲撃魔法を放つ場合も、即座に切り込めなければ彼女の攻撃は完成しない。


 「おーい、どうだ~」

 そこに、デバイスが操る魔導人形が一体現れる。


 「あ、トール」


 「……なんだトールかい」


 「随分疎ましげだなアルフ」


 「あんたが来るとロクなことがない、っていうか、ロクなことがあったためしがないんだよ」


 「だが、それも今日までだ。本日はバルディッシュがないフェイトに良い物を持ってきてやったぞ、テスタロッサ家において唯一バルディッシュの代わりが務まるインテリジェントデバイスだ」

 そう言いつつ彼が取りだすのは、長さは60cmほど、特徴的なパーツは何一つなく、デバイスらしいといえばただそれだけが特徴といえる、ストレージデバイスに極めて近い杖。


 「これって……」


 「お前の母、プレシア・テスタロッサが幼い頃に使用していた魔導の杖だ。バルディッシュ程じゃないが、電気変換を持つお前の特性をそれなりに発揮できるし、インテリジェントだから多少の融通は利く」


 「そっか、母さんが使ってたんだ、ありがと………アレ?」

 フェイトがその杖を受け取った瞬間、トールが崩れ落ちる。


 「ど、どうしたのトール!」


 『私ならばこちらにおりますよ、フェイト』


 「え?」


 『それは、私が“電気変換された魔力によって動く魔導機械を操る機能”によって管制していた人形です。私の本体が中央制御室にあれば離れていても動かせますが、今は貴女の手の中に本体があるわけですから、接続が途切れた以上は動かなくなるのは当然の理です』


 「そ、そっか……」
 
 どうリアクションすればいいのか分からず、戸惑うフェイト。


 「まったくアンタは」

 と言いつつもさっさと手際よく人形を片づけるアルフ、この辺りの連携は流石というべきか。


 『さて、訓練を進めるならば早めに済ませてしまいましょう。今日は貴女の転校初日なのですから、万が一にも遅刻するわけにはいきませんからね』


 「うん、それじゃあ、行きます!」


 『Photon lancer Full auto fire.』

 直射型射撃魔法、フォトンランサーを放つと同時に、フェイトは空へ舞い上がる。その速度はバルディッシュがある場合とほぼ同等であった。


 「トールって、こんなに速かったの?」


 『いいえ、私単体では不可能なことです』


 「どういうこと?」


 『種明かしをするならば、貴女の高速機動を支援するための慣性制御に関する複雑な演算が私ではなく、常に私とリンクしているアスガルドが行っており、管制機たる私に演算結果を送信し続けているわけです。なので、私がやっていることは、貴女の人格モデルに沿って次の行動を予測することだけです』


 「なるほど」


 『当然、時の庭園内部でしか行えませんが、ここに限り、ファランクスシフトでも放つことは可能です。バルディッシュのデータもまた私の中に登録されており、アスガルドのリソースがあればそれを再現することは造作もないこと。ここは時の庭園、テスタロッサ家のデバイスの全てはここにあるのです』


 「そう、じゃあ……アルカス・クルタス・エイギアス……疾風なりし天神、今導きのもと撃ちかかれ……バルエル・ザルエル・ブラウゼル………フォトンランサー・ファランクスシフト!」

 時の庭園で生まれた子と、時の庭園を管制するための機能を与えられたデバイスが、空を舞う。

 その姿は、共に戦う相棒と言うよりも―――


 「なんでだろうね………自転車を練習している娘を、転ばないように後で支えながら押している父親のように見えるよ……」

 バルディッシュは、フェイトの全力を受け止め、彼女をさらなる高みへ羽ばたかせるために存在する。

 だが、トールは違う。彼がこのような機能を発揮できるのはこの時の庭園のみであり、フェイトと共に歩むことは出来ない。

 娘が庭で練習しているうちは、転ばないように支えることは出来るが、外に出て広い道を走るようになれば、転ばないように祈りながら見守るだけ。


 「………フェイトは今日から、なのはと一緒に学校に通う。巣立つ時が、近いのかな……」

 フェイトとアルフはこれからは翠屋の近くのマンションにて、ハラオウン家の人達と一緒に過ごす。

 だが、トールは誰もいなくなった時の庭園の中央制御室で、ただ演算を続けている。

 彼に託された最後の命題を果たすために。


 「アンタ自身はどう思って………いいや、意味なんてないね、だって、アンタは」

 使い魔とデバイスは違う。

 アルフが一人で時の庭園に残るとすれば、やはり寂しく思うだろう。例えそれがフェイトの幸せのためだとしても。

 だが、トールは違う、彼はただそのことしか考えない機械仕掛け。自分のことを考える機能をそもそも持っていない。


 それが悲しいとは、アルフは思わない。

 それこそが、デバイス達の誇りであることを、彼女は知っていたから。


 「早く帰ってきなバルディッシュ、フェイトと常に一緒にいられるのは、やっぱりアンタだけなんだよ。そして、アンタのいるべき場所は、フェイトの傍しかないんだから」












新歴65年 12月5日  第97管理外世界 日本 海鳴市 ハラオウン家  AM11:02




 「クロノ君、駐屯所の様子はどう?」


 「機材の運び込みは済みました。時の庭園の中枢コンピュータ、アスガルドと連携していますから、かなり広域をカバーすることが出来ています。現在は周辺世界へのネットワーク構築にアレックスとランディが、現地にはギャレット達が向かっています」

 ヴォルケンリッターが日本語を話し、なおかつなのはを襲ったことを考えれば、やはりその主は海鳴市周辺か近県に潜んでいる可能性が高い。よもや、アメリカ在住ということはないだろう。

 闇の書を追うアースラスタッフの本部は時の庭園に置かれ、現在クロノがいるマンションはその牙城。ここから転送ポートで時の庭園へ飛び、そこから本局や周辺世界へと飛ぶことが可能となっているが、闇の書の主と最も近いであろう拠点がここなのである。

 本部としての機能は本来ならばアースラが担うべき役割ではあるが、整備中のため時の庭園が代行という形になっていた。


 「そう、ご依頼の武装局員一個中隊は、グレアム提督の口利きのおかげで指揮権をもらえたわよ。というか、もう少し融通を利かせなさいというところなんだけど、予算と責任の二つは人事部の最大の敵だから困るわ」


 「ははは……まあ、ありがとうございます、レティ提督」

 そのあたりはまだ、執務官であるクロノには何とも言えない話題である。武装局員の指揮権をもらった以上はその責任は艦長のリンディ・ハラオウンと現場指揮官であるクロノ・ハラオウンに帰結するが、予算に関しては前線組にはどうすることもできない。

 前線には前線の苦労があり、後方には後方の苦労がある。相互理解を深めながら支え合っていくのが最上であるのは分かっているが、なかなかそうはいかないものが人間社会というもの。


 「魔導師の被害が収まっているから、現状では派遣できる数は一個中隊が限界ね。被害が大きくなれば戦力も大量に投入できるというシステムは正直どうかと思うけど、それも、予算と人員が確保できればの話、地上部隊はもっと限られた条件でやっているんだから、贅沢は言えそうにないわ」


 「そうですね、限られた人員でやって見せます」


 「その意気よ、若者よ、大志を抱け」

 力強い言葉を残し、レティ・ロウランの通信が切れる。

 闇の書事件に限らず、エース級魔導師が必要とされる案件は、見込まれる被害の大きさによって派遣される部隊の規模が決定される。担当区域を定めて十分な戦力を常駐させることが出来れば、それに越したことはないが、そんな予算も人員もない。特に高ランク魔導師は数少ないのだから。

 そのため、本局や支局に集中させた戦力を、発生した事件に応じて各地に派遣するシステムを採用しているわけであるが、地上部隊は逆にそれぞれの担当区域が定まっており、戦力が十分とはいえないが、とりあえずの常駐体制は整っている。

 そのあたりの機構の違いも、本局と地上部隊の軋轢の要因の一つではあるのだろう。そのため、その橋渡し役である地上本部は、クラナガンの治安を維持する常駐部隊としての特性と、各世界の地上部隊の応援要請に応じて必要な戦力を派遣する中央組織としての特性の両方を備えている。

 そうした面では、10年後に発足される機動六課は“予想される事件に対して予めエース級魔導師を集結させた”という点で本局初の試みであり、まさしく“実験部隊”であった。逆に言えば、ようやくそれが可能となる程度には管理局の体制も整いだしたということなのだが。

 しかし、今はまだ新暦65年。闇の書事件のようなエース級魔導師が何人も必要となる案件に対しても、限られた人員であたらねばならず、増援が見込めるのは被害がさらに広がるか、闇の書が暴走状態に入った時。

 若き執務官の苦労は、当分尽きることはなさそうである。









 「おう、クロノ君、どう? そっちは」


 「武装局員の中隊を借りられた、捜査を手伝ってもらうよ」

 リビングにて、冷蔵庫からオレンジジュースを引っ張り出していたエイミィが声をかけ、クロノもスクリーンを起動させながら応える。


 「そっちは?」


 「よくないねー、昨夜もまたやられてる。まあ、魔導師の被害が出なかったのはいいことなんだけど……」

 エイミィがコンソールを操作しながら、昨夜の守護騎士の動きについて解説していく。


 「これまでより、遠くの世界で蒐集を行っているみたい。とは言ってもグレアム提督が張ってくれた封鎖線の内側ではあるから、そっちの方はまあいいんだけど、問題はこっちで」

 映し出された画面に、クロノの表情が強張る。


 「これが、ギャレットからの映像か?」


 「うん、ヴォルケンリッターのそっくりさん、というか、ほぼそのまま」


 「闇の書の守護騎士、ヴォルケンリッター。彼らを倒したところで蓄えたページを消費することによって再生は可能だが、それだけでもないようだな」


 「ダミーなのは間違いないんだけど、トールの解析によるとこいつらも闇の書のページを消費して作られた存在だろうって」


 「厄介だな、通常の解析手段では見分けることは困難か、守護騎士とはいえ、戦闘状態じゃなければ魔力反応はそれほど大きいものじゃない、密度で見分けるのも厳しい」


 「というか、高魔力反応を撒き散らしながら蒐集するアホはいないもんね。可能な限り魔力は抑えて行動するはず」

 さらにエイミィがコンソールを操作し、時の庭園と通信が繋がる。


 「どう? トール、そっちは」


 【残念ながら、有益といえるものはありませんね。とりあえず二つほど本物と偽物の相違点を発見しましたが、どちらも状況によっては決め手とはなりえません】


 「君の手元にある情報は、ギャレットが得た偽物のデータと、昨日の魔法生物からの蒐集状況と、これまでの守護騎士に関するものだったな」


 【はい、守護騎士が蒐集を行った世界はまだ網が張られていませんでしたので、サーチャーによって蒐集が終わった後の様子を記録したものに過ぎません。偽物の方はギャレット捜査員のおかげで良いデータがあるのですが】


 「その中から君が発見した相違点とは?」


 【まず一つ目は、彼らの飛行速度です。先の戦いにおけるデータにおいては、守護騎士の飛行速度にそれほど差はありませんでしたが、盾の守護獣は若干ながら遅く、湖の騎士もまた然り。しかし、偽物の場合は四騎ともほぼ同一の速度で動いていました、恐らく、一人の操り手が四騎全てを操作していたのでしょう】


 「なるほど、それぞれが自律行動を取れるならば能力に応じた個体差が出て然り、特に後衛型の湖の騎士にはそれほど高速で移動する意味はないはずだ」


 【ええ、ですから湖の騎士シャマルが風のリングクラールヴィントによって四騎の偽りの騎士を操っていた、と考えられます。私が直接知ったデバイスは彼女のみですが、クラールヴィントはそのような機能に特化したデバイスです。ただし、今後もそれが共通する保証はありません】

 確かに、現段階では偽りの騎士達は同じ速度で動いていた。しかし、これはあくまで一度目に過ぎず、二度目以降は手法を変えてくる可能性も十分に考えられる。


 「個体ごとに飛行速度を変えながら四騎同時に操作することが可能か否か、そこがポイントか。まあ、操作性重視で数を減らしてくる可能性もあるが」


 「うーん、現代の魔導師なら予想もつくけど、古代ベルカ式の後方支援型と支援に特化したデバイスの組み合わせなんて、他に聞いたことないし」


 「聖王教会に二人ほど古代ベルカ式の使い手がいるのを知っているが、デバイスまでは知らないな。そもそも、支援に特化したアームドデバイスという存在があり得ない」


 【でしょうね、武器としての特性を突き詰めたデバイスこそがアームドデバイス、その定義に沿うならばバルディッシュの方がクラールヴィントよりも数段アームドデバイスと呼べるはず。しかし、彼女はアームドデバイスです、それは私が保証できます】

 デバイスを管制する機能を持った古いインテリジェントデバイスは語る。

 風のリングクラールヴィントは、アームドデバイスであったと。


 「まあ、そこは今議論しても仕方ないが、もう一つの相違点というのは?」


 【守護騎士の組み合わせです。偽りの騎士は鉄槌の騎士ヴィータと盾の守護獣ザフィーラ、剣の騎士シグナムと湖の騎士シャマルが二人一組で行動しておりましたが、これまでの状況から考えるに、前者の組み合わせはありましたが、後者の組み合わせは確認されておりません。いえ、それ以前に】


 「偽物を操作しているのが湖の騎士ならば、彼女が蒐集に現れるはずがない。少なくとも、湖の騎士が現れた場合、それは偽物である、ということになるな」


 【ですが、こちらも今後の展開次第なのです。偽物を三騎に抑えることで、飛行速度を調整できるだけの余裕が生まれる可能性もありますし、その先入観を逆手にとって湖の騎士自身が出てくることも考えられます。転送役である彼女とクラールヴィントが先に飛べば、仲間をすぐに呼び寄せることが出来、かつ、撤退もやりやすくなる】


 「先入観か、君は縁がない言葉じゃないか?」


 【そうですね、我々は確率モデルを構築し、それぞれに確率を振り分けますから、全ては“あり得る”こととなり、“そんな馬鹿な”という事態が起こるとすればただ一つ、モデルを構築する際の要素が不足していた。それしかありません】


 「つまり、これまで全く知られていない能力が出てきたら、貴方のモデルは再構築しなきゃいけなくなるから、それまでのものは全く使えないと」


 【ええ、そしてその瞬間から新たなモデルの構築を開始し、それのみにリソースを費やします。人間と違う点は、失敗を悔む時間をそのまま次の策の構築に回すことでしょうか】

 人間と異なり、機械は0と1の電気信号で動く。

 ならば、“切り替えの早さ”というもので人間が機械に敵う道理はない。文字通り、スイッチのように切り替えることが出来るのだから。


 【まあそういうわけで、現段階における私の結論は“データ不足”、これに尽きます】


 「なんともありがたい意見だが、逆に腹が据わっていいかもしれない」


 「だね、現段階で守護騎士を捕らえようとして無理した挙句に空振るよりは、地道に着実に積み重ねていった方が良さそう」


 【まずは、包囲網を完成させることですね。私とアスガルドとサーチャー、オートスフィアのネットワークも完璧ではありませんし、アースラのクルーが如何に優秀とはいえ、慣れない機材では本領を発揮できません。網が完成し、彼らが現在の指揮系統に完全に慣れた時にようやく、守護騎士捕縛計画を練る準備が整います】


 「“将を射んとするならばまず馬を射よ”、なのはの国の格言だったかな」


 「勉強熱心だねクロノ君」


 「いや、フェイトの勉強に付き合わされただけだよ」


 「いいお兄ちゃんしてるねえ」


 【いいお兄ちゃんですね】


 「君まで言うな、トール」

 若干赤面するクロノ、敏腕の執務官ではあるが、こういうことには免疫が薄い。


 「ともかく、当分は観測スタッフと捜査員達の出番で、なのはやフェイトの仕事が来るのはもうしばらく先だな、遭遇戦がない限りは」

 そして、何事も予想通りにはいかないこともクロノは熟知していた。いや、現実というものは周到に策を練れば練るほど、それを嘲笑うかのように予想外の展開を見せるものだ。

 だからこそ、いざという時に臨機応変の対応はかかせない。緊急時に普段通りのマニュアルでしか動けない者は二流止まり、そういう時に的確に動けるものを一流と呼び、普段のマニュアルすらこなせないものを三流と呼ぶ。

 そして、臨機応変に動くことも、普段のマニュアルを正確にこなせるからこそ可能となる。ギャレットが言ったように、根となって支える者達の支援があるからこそ、次元航行部隊やその切り札である執務官は動けるのだ。基礎があってこその応用であり、いきなり応用を成そうとして上手くいくはずもない。

 まあ、中にはそれを成せる怪物もいるが、それらは単なる“別枠”であり、“人間社会の歯車”を効率よく回す助けにはならない。むしろ、規格外の歯車が混ざれば、機構そのものを軋ませてしまう。“SSSランク越えの完全無欠の超人”など、人間社会にとって百害あって一利なし、神は信仰の対象であるからこそ意味があり、実在すれば魔王にしかなりえない。

 人の世界の機構である管理局の司令官であるリンディや指揮官であるクロノは、あくまで一般の局員を基準とした対応策を練らなくてはならない。なのはやフェイトのような強力な才能を前提とした策はマニュアル足りえず、一般の捜査員と一般の武装局員の力によって、守護騎士を捕捉するまでは成さねばならないのだ。



 ただし―――



 【遭遇戦の場合は、アースラが借り受けた武装局員一個中隊が強装結界でもって抑え、エース級魔導師を投入する。といったところでしょうか?】


 「そうするしかないだろうな、個人の能力に頼った作戦は褒められたものじゃないが、緊急時にはそれも必要だ。だが、あくまで本命は観測指定世界で守護騎士を待ち伏せし、こちらの有利な条件を整えた上でエース達が全力を出せる状況を作り出すこと」


 「なのはちゃんとフェイトちゃんの能力は戦闘に特化してるからねえ、まずは守護騎士達が逃げられない状況を作らないと、撤退させないようにしながら戦わなきゃいけなくなるし」


 【武装局員による強装結界だけでは足りませんね、それらはあくまで物理的な障害であり、力ずくでの突破が可能なもの。理想は、精神的な壁、力だけでは突破できない概念の檻こそが望ましい。守護騎士がプログラムに沿って動いているだけならば、それも容易なのですが】


 最初の戦闘における守護騎士の戦いはそれに近いものがあった。

 全員が姿を現すというリスクを負った以上は、戦果なしでは引き下がれない。そういった精神的な壁は純粋な力では打ち破りにくい、焦りはミスを生み、それが悪循環を作り出す。

 ただし、前回の戦いはなのはが潰されており、フェイト達も敵の正体が分からないまま交戦しているという不利な状況から始まったため条件はほぼ五分であった。しかし、双方が目的と能力を知っている状態で待ち伏せが出来れば、今度はこちらが有利となる。


 「守護騎士に別の目的があるとしたら、主が絡んでのことしか考えられないけど」


 「闇の書の蒐集を進める最終目標、それが鍵となるかもしれないな」


 【守護騎士は獲物を殺すつもりがない、さらに、その行動には制限がある。現在の情報だけでは何とも言えませんね、やはり、情報が不足しています。現状は、互いに腹を探り合う序盤戦、といった具合でしょうか】


 「じゃあ、ある程度蒐集が進んで、こっちの捕縛準備も整った段階が中盤戦かな?」


 「そして、闇の書が完成するか、僕達の罠が守護騎士を主ごと捕らえるか、どちらが勝つか瀬戸際の終盤戦、といったところか」


 【私とアスガルドが演算するシミュレーションならばそのように進むのですが、現実というものは未知のパラメータに満ちておりますから、その辺りは人間である貴方達にお任せするより他はありませんね、機械に出来ることは、人間の手伝いだけです】

 機械が物事を解決するなどあり得ない、古いデバイスはそう語る。

 彼はただ舞台を整えるのみ、望む結末があるのは人間だけであり、そもそも機械には望む結末がない。

 トールというデバイスはプレシア・テスタロッサが望む結末、“フェイト・テスタロッサが幸せになること”を実現するための舞台装置、それが、今の彼であり、これはもう二度と変わることはない。


 アースラと守護騎士の戦略の読み合いという、地味な戦いはなおも続く。












新歴65年 12月5日  第97管理外世界 日本 海鳴市 八神家 PM0:33





 「それじゃあ、はやてちゃんの病院の付き添い、お願いね、シグナム」


 今日ははやての診察の日であり、シグナムが付き添うこととなっている。


 今日は月曜日であり、本来ならば学校に通っている時間帯、その時間を病院へ行くことに充てなければならないというのが八神はやてという少女の現実であり、それはさらに悪くなっていく。


 「ああ、ヴィータとザフィーラは、もう?」


 「出かけたわ、前回の偽物も今日くらいまでなら保つと思うから」

 守護騎士達にはユニゾンデバイスと同等の“コア”があり、己の力のみで魔力を生成できる。

 しかし、1ページ分の魔力で作り出した偽りの騎士にはそれがない。込めた魔力は飛行魔法を行使すれば徐々に減っていく一方であり、シャマルが魔力を追加することは出来るが、消耗品であることに変わりはない。

 それはまさしく、現在彼女の膝の上にある物体のように。


 「カートリッジか」


 「ええ、昼間のうちに、作り置きしておかなくちゃ」


 「すまんな、お前に任せきりにして」


 「バックアップが私の役目よ、気にしないで」


 「………そうだな、我々にはそれぞれの役割がある。それを果たすだけだ」

 夜天の守護騎士には明確な役割分担が成されており、それは彼女らが人であった頃から変わらない。

 故に、彼女らが自らを恥じるとすれば、仲間に負担をかけることではなく、己の本分を果たせなかった時だろう。

 シグナムならば、敵をその剣、レヴァンティンでもって打ち破れなかった時であり。

 シャマルならば、仲間が傷付いているその時に、治療することが出来なかった場合。

 故に、湖の騎士シャマルにとって、カートリッジの生成や、探索役を引き受けることなど苦でも何でもない。

 自分の能力が必要とされる時に、何も出来ない以上に辛いことなどないのだから。








新歴65年 12月5日  第78観測指定世界  日本時間  PM5:16




 「はあっ、はあっ、はあっ」

 牙をと石柱の如き甲羅を備えた巨大な亀。

 そう表現すべき魔法生物を仕留めた少女は、砕いた甲羅上に立ち、息を荒げていた。

 そして、その体内から青緑色のリンカーコアが摘出され―――


 「闇の書、蒐集」

 『Sammlung. (蒐集)』

 呪われた闇の書、そう呼ばれるロストロギアへと飲み込まれ、白紙のページを満たしていく。


 「今ので、3ページか」


 「くっそ、でっけえ図体して、リンカーコアの質は低いんだよな。まあ、魔導師相手よりは気が楽だし、効率もいいけど」

 鉄槌の騎士ヴィータがそのように言うことそのものが、主はやてが我々に与えてくれた何よりの贈り物なのだろう、と、盾の守護獣ザフィーラは思う。

 彼女の役割は、先陣を切って突撃し、敵を粉砕すること、ならば、相手が何者であろうとも容赦などしない。魔導師を相手にするよりも気楽であるということは、今のヴィータはかつてのヴィータとは違うということだ。

 だがそれは、長い夜の中で彷徨い、心ない主の下でただひたすらに殺戮と蒐集を行っていた頃のヴィータと比較してか。


 あるいは――――


 「次行くよ、ザフィーラ」


 「ヴィータ、休まなくていいのか?」


 「平気だよ、あたしだって騎士だ。この程度の戦闘で疲れるほど、柔じゃないよ」

 古の、ベルカの騎士としての彼女と比較してのものなのか。


 「………」

 それは、ザフィーラにも分からない、そも、彼の持つ記憶も朧気であり、完全に失われている記憶も多い。

 故に、それを知るとすれば、ただ一つだけだろう。


 「行くよ、アイゼン」

 『Jawohl. Mein Herr.(了解、我が主)』


 カートリッジの補給を済ませ、己の魂へと語りかける少女へ、鉄の伯爵グラーフアイゼンは応える。

 貴女こそ、我が主であると。

 我が存在の全ては、貴女のためにあると。

 この身が幾度砕けようと、貴女の魂で在り続けると。


 かつて盾の騎士の魂であった鉄の伯爵は――――確かに応えていた。





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 故に獣殿やサタナイルは人間組織を破壊してしまうんですよね、それがモデルのサルバーンも同じ要素を持っていたりしますが。




[26842] 第十三話 それ行け、スーパー銭湯
Name: イル=ド=ガリア◆9d8bc644 ID:97ddd526
Date: 2011/03/31 15:00
第十三話   それ行け、スーパー銭湯




新歴65年 12月6日  第97管理外世界  海鳴市  PM3:33




 「うわあ、でっけえ車」


 「ほんまや、キャデラックのリムジンやね」


 「キャベジンの、リラックス?」


 「ふふ、まあそんな感じや、おっ、信号青や、ヴィータ」


 「オッケー、はやて―――発進!」


 「レッツゴー!」

 笑い合いながら横断歩道渡る二人の少女、9歳程度と見られる黒髪の子は車椅子に乗り、それより僅かに幼く見える赤髪の子が車椅子を押している。

 外見から考えれば、いくら9歳程度の小柄な少女とは言え、人を乗せた車椅子を押すのは8歳の少女には厳しいように感じられるが、ベルカの騎士たる彼女にとってはまさに造作もないことであった。


 「おーい、早くしろよー!」

 「うっせーよー」

 「お前が速いんだって」

 すれ違うように、小学生程度の男の子達が元気に駆けていく。


 「はあ~、そういや下校時間だったんだな、道理でうっせえと思った」


 「皆元気でいいことや」

 この辺りの発言は年相応どころではなく、はやての精神年齢の高さが伺える。


 「あの白い制服って、あれだよね、えっと………はやてに写真見せてもらったあの子の」


 「そうやね、すずかちゃんの学校の制服や、ヴィータ、学校に興味あるか?」


 「え? い、いや、別にんなことはないけど」


 「ヴィータは………一年生くらいかな? 制服着たら、かわいいやろなあ」

 後にヴィータが着ることになるのは学校ではなく、管理局の制服となるが、それは先の話である。


 「う……かわいいのは……苦手だな、あっ、シグナムだ」


 「ほんまや、シグナムー!」




■■■




 「シグナム、買い物カート持ってきてくれておおきにな」


 「いえ、シャマルの指示ですから」


 「帰りに買い物してくんだよね、はやて、アイス買っていーい?」


 「いいけど、Lサイズはあかんで、ヴィータがまた食べ過ぎて、お腹痛くしたらあかんしな」


 「うう………人の過去の傷跡を……」

 多少へこむヴィータ、アイスの食い過ぎでお腹を壊したという過去は、彼女にとって黒歴史でしかなかった。


 「そういえば、先ほどは何かお話の途中ではありませんでしたか?」


 「ん、ああ、学校の話やったね」


 「ああ、別に何でもない話だったけどさ」


 「学校ですか………石田先生がおっしゃってましたね、貴女の足がもう少しよくなれば、きっと復学も出来ると」


 「ふふ、石田先生らしい励ましやなあ………わたしは別に、学校に行っても行かんでも」


 「そうなの?」


 「わたしが家におらんかったら、皆のお世話が出来んやんか」


 「すいません……お世話になっております」


 「感謝してます……」


 「ふふふ、闇の書と守護騎士ヴォルケンリッターの主として、当然の務めや」


 何気に家事のスキルが低いことを気にしている二人、人間であった頃から騎士であった彼女らにとって、家事とは自分でやることではなかった。彼女らの役割は別にあり、そも、家事が出来る騎士など存在する時代ではなかったから。

 そして、今は空いている時間のほとんどを蒐集に費やしているため、家事を引き受ける余裕もない。そして何よりも、はやて自身が家事を引き受けたいと思っていることが最大の理由であった。

 これまで、ただ一人きりで生きていた八神はやてという少女にとって、自分が生きている意味というものは希薄であった。仮に、“危険なロストロギアを貴女ごと凍結封印する”と言われても、それならそれで構わない、誰かに迷惑をかけながら生き続けるよりはいいと思っていただろう、自分がいなくなったところで悲しむ人などいないのだから。

 しかし、今の彼女はそうではない。八神はやては闇の書の主であり、守護騎士達の衣食住の面倒を見なければならない。それは、彼女が生まれて初めて見出した“生きる意味”であり、四人の家族を得て、八神はやてという少女の人生というものが本当の意味でスタートした。そのように、彼女自身が思っている。

 だから、彼女は今幸せなのだ。例え学校に行けずとも、家族と共にいられるのであればそれだけで十分、逆に、健康な身体になったところで、シグナムも、ヴィータも、シャマルも、ザフィーラもいないのであれば、そんなものに意味はない。それならば、不自由なままの方がずっといい。

 そう願うからこそ、彼女が蒐集を命じることはなく、そのような主であるからこそ、ヴォルケンリッター達は誓いを破ることになろうとも、自分達が消滅することになろうとも、彼女を救いたいと願う。

 最適解は“健康になった八神はやてが家族と幸せに過ごす”のただ一つであるというのに、近似解になったとたんに別々のものとなってしまう。それが、人の世の覆せぬ法則であり、それを知る古い機械仕掛けと、その相棒の巨大オートマトンは最適解を導き出すための演算を既に開始している。


 クラールヴィントとの接触によってもたらされた僅かな情報は、大数式を回す要素となっていた。







新歴65年 12月6日  第97管理外世界  海鳴市  八神家  PM4:04



 「お帰りなさい、はやてちゃん」


 「ただいま、シャマル」


 「買い物、はいよー」


 「ありがとう、ヴィータちゃん」

 ヴィータから買い物袋を受け取るシャマル。全くの余談だが、家庭用レジ袋はまだ普及していないようである。


 「主はやて、失礼します」


 「うん」


 「よっ、と」

 車椅子からはやてを抱え上げるシグナム、彼女がやると自然と絵になるのが不思議であった。


 「やっぱり、シグナムの抱っこはええ感じやなあ」


 「そうですか」


 「はやてちゃん! 私の抱っこは……駄目なんですか………」


 「甘いでシャマル、シャマルの抱っこは、素敵な感じや」


 「わあい!」


 「どっちが上なの?」


 「さあて、どっちやろな」


 「行先は、リビングでよろしいですか?」


 「よろしいよ」

 仲の良い家族。

 その光景を表現するのに相応しい言葉は、それ以外になかった。


 「さて、ヴィータちゃん、車椅子のタイヤ、拭いてきてくれる?」


 「あいよー」


 「ヴィータ、おおきにな」


 「すぐ綺麗にしてもってくるかんね」

 ヴィータが玄関に向かい、シャマルは買い物袋から中身を取り出しテーブルに並べていく。


 「ちくわに大根、昆布にさつま揚げ……今夜はおでんですか?」


 「当たり、じっくり煮込んでおいしく作るから、楽しみにしててな」


 「はい」









新歴65年 12月6日  第97管理外世界  海鳴市  ハラオウン家  PM4:27



 「ただいまー」


 「お邪魔しまーす、あれ? 今日はエイミィさん達いないの?」

 すずかやアリサと別れ、帰宅したフェイトと一緒にやってきたなのは。

 しかし、闇の書事件の前線基地でもあるハラオウン家には現在誰もいなかった。本部である時の庭園に管制機がいる以上、通信や指示を出す面で特に問題はないが。


 「うん、リンディ提督とクロノは本局で、エイミィはアレックス達のところに行くって」


 「そっか、ユーノ君とアルフさんもお手伝いに回ってるから、わたし達だけなんだ。出来ることがないのって、結構寂しいね」

 二人の役割はヴォルケンリッターに対する主戦力、ぶっちゃけ、捕捉するまではやることがなく、捜査組を手伝える技能もなかった。


 「なのはもまだ本調子じゃないし、無理しちゃだめだよ。その間は、わたしがなのはを守るから」


 「うん、ありがとう、フェイトちゃん」


 「もちろん、本調子になってからもだよ?」


 「にゃはは、言われなくても、分かってるよ」

 とはいえ、フェイトの能力は壁役には向かないため、二人で組んで敵を殲滅するという表現が妥当だが、それは言わぬが華であろうか。


 「はぁ~、でも、やっぱり早く万全にしたいなあ、レイジングハートと一緒に考えた新魔法、もう少しで完成だったから」


 「そうなの?」


 「うん、レイジングハートも色々考えてくれるから、頑張らないと、って」


 「いいね、レイジングハートは世話焼きさんで、―――バルディッシュは無口な子だから……なのに無理するし、大丈夫?って聞いても、Yes sir. ばっかりだし」


 「あはは、バルディッシュはそうだよね。でも、トールさんみたいになったらそれもそれで……」


 「ええと………あまり考えたくないね」


 見事に意見が一致した二人であった。








新歴65年 12月5日  第97管理外世界  海鳴市  ハラオウン家  PM5:03




 「お風呂かげん良し、っと」

 なのはと軽い訓練を終えたフェイトは、浴槽になったお湯の温度を確かめ、リビングへ向かう。

 ビルの屋上での訓練であり、結界担当のユーノやアルフもいないので高速で摩天楼を飛び回るような真似はしなかったが、それでもある程度は汗をかいているので風呂に入りたくもなる。


 「なのは、お風呂、お先にどうぞ」


 「そんな、フェイトちゃんのお家なんだから、フェイトちゃんお先に」


 「ああ………ええと、うん……いえいえ」


 「どうかしたの…………ひょっとして………心の準備が出来てない?」


 「! な、何のことなのは、お風呂に入るのに、心の準備なんて必要なわけないないないな」

 明らかに混乱しており、後半は言葉になっていない。

 フェイトとしてはなのはと一緒に入りたいのだが、自分から普通に切り出せる性格ではないことを時の庭園の管制機は知っていたため、“なのはと一緒に入りたい”というフェイトの願いを叶えるべく策謀を巡らしていた。

 その一環として、なのはは自動洗浄マシーンの餌食となり、フェイトも先日餌食となった(なのはの尊い犠牲のおかげで改良されていたので、なのはよりソフトではあったが)。二人が共に一人で入ることが苦手となったならば、最適な結論はただ一つ。

 だが、それでも中々言い出せなかったフェイトではあるが、感受性というか、そういう面での勘が鋭いなのはは、フェイトも自分と同じ体験をしたのだと察した。彼女がフェイトに先に入るように勧めたのも、心の準備をするためであったりもしたが、そこは割愛。


 「だったら、フェイトちゃん、一緒に入ろう」


 「え? い、いいの」


 「実は……わたしもトールさんの洗浄マシーンに……」


 「そうなんだ………」

 そして明かされる真実、幼い二人では腹黒デバイスの真の目的までは察しえなかったが、苦楽を共にしたという認識は彼女らの友情をさらに堅固なものとしていた。そして、同時に誓った、いつかあのデバイスをギャフンと言わせて見せると。

 まあ、管制機が“最終兵器”を開発中であると聞いた瞬間に、その誓いは次元の彼方へ消し飛ぶこととなるが、それはまた別の話。


 「たっだいまー」

 そこに、エイミィが帰還。


 「おう、なのはちゃん、いらっしゃい」


 「お邪魔してまーす」


 「おや? 二人ともお風呂場前でその格好ということは、お風呂はまだ?」


 「はい、フェイトちゃんと一緒に入ろうって」


 「そいつはグッドタイミング」


 「ふぇ?」

 その瞬間、インターホンの音が響き渡る。


 「こっちも、グッドタイミング」


 「こんにちはー、お邪魔しまーす!」


 「お姉ちゃん?」


 「美由希さん?」

 驚愕は幼い二人のもの、彼女らの持つ人間関係の情報からでは、美由希がここにいる理由が導けなかった。


 「いらっしゃい、美由希ちゃん」


 「エイミィ、お邪魔するよ」


 「エイミィさんと、お姉ちゃん、いつの間に仲良しに?」


 「いやほら、下の子同士が仲良しなら、上の子もねえ」


 「意気投合したのは、今日なんだけどね」


 「うえええ」

 なのはとフェイトが長い時間をかけ、何度も戦い親友になったのに比べると、電撃的としか言いようのない二人。高町美由希とエイミィ・リミエッタ、やはりただ者ではない。

 とはいえ、リンディ・ハラオウンとプレシア・テスタロッサも同じようなものであり、親友になるのに時間は関係ないということだろうか。それとも、なのはとフェイトが不器用過ぎるだけなのかもしれない。


 「それで、ほらこれ、美由希ちゃんが教えてくれたの」


 「海鳴スパラクーア、新装オープン?」

 このような成り行きによって、なのはとフェイトがアリサとすずかを誘い、6人でスーパー銭湯へと出かけることとなった。











新歴65年 12月6日  第97管理外世界  海鳴市  八神家  キッチン・リビング PM5:05



 「うん、仕込みはオッケー」


 「はあ~、いい匂い、はやてぇ、お腹減ったあ~」


 「まだまだや、このまま置いておいて、お風呂入って出てきた頃が食べ頃や」


 「ううう………待ち遠しい」


 「それまでは、これでつないでおいてね、ヴィータちゃん、シグナム」


 「これは?」


 「私が作った和え物よ、わかめと蛸の胡麻酢和え♪」

 だがしかし、シャマルの味覚はやはりまともではない。


 「ふむ………ヴィータ、覚悟を決めろ、それが友としての礼儀、騎士としての情けだ」


 「分かってら、例えどのような困難があろうとも、全部食うと誓ったからな」


 「はあ~、酷い」


 「シャマルの料理も大分上達しとるし、平気やよ、さっきわたしが味見したし」


 「なら安心です」


 「いただきまーす♪」


 「ねえ、ザフィーラ、うちのリーダーとアタッカーは酷いと思わない?」


 【聞かれても、困る】

 盾の守護獣の返答はつれないものであった。


 「ザフィーラまで………酷い」


 「シャマル、ザフィーラ困っとるやん、あまり落ち込んだらあかんよ」


 「へぇ? はやて、今の思念通話受けてないよね?」


 「へ、思念通話してたん?」


 「失礼しました。お耳に入れることではないと思いました故」


 「ええよ別に、ザフィーラ滅多にしゃべらんから、声を聞けると嬉しいよ」


 「はやて、問題! 今のはやての言葉を受けて、ザフィーラはどんなことを考えてるか!」

 はやての言葉からほとんど間をおかず、ヴィータがはやてに問いかける。


 「うーん………そやなあ……“お言葉はありがたいですが、無暗に言葉を発しないのは我が主義です故”とか?」


 「どう?」

 解答を求めるのはシャマル、彼女も興味がある模様。


 「寸分違わずに」


 「凄い凄い! どうして分かるの!」


 「もう半年も一緒にいるんやで、そのくらい分かるって」


 「素晴らしいことです」


 「理解あふれる主をもって、幸せですね、私達――――――さて、そろそろお風呂もいい頃かしら」

 しかし、ただ一つ、異なっている部分があった。

 “お言葉はありがたいですが、無暗に言葉を発しないのは我が種族の主義です故”

 それが、盾の守護獣が考えた事柄であり、他ならぬ彼自身がそれに疑問を抱いていた。


 ≪ほぼ無意識であった、我が種族…………果たして我は、何者であったのだろうか≫

 盾の守護獣ザフィーラ、それが己であることは間違いない。

 しかし、守護獣である以上は必ず元となった動物がおり、誰かの守護獣であったはず。

 だが、それが何であったか、彼自身にすら忘却の彼方にある。

 いや、それは本当に忘れているのか? 思い出そうとすると何かが妨害しているのか?


 「きゃあああああああああああああああああああああ!!!」

 その思考は、唐突に響いた悲鳴によって中断することを余儀なくされた。


 「シャマル!」

 「どうした!」

 「どないしたん!」

 シグナム、ヴィータ、はやての三人も悲鳴を聞き、何事かと浴室を見やる。


 「ごめんなさい! お風呂の温度設定間違えてて、冷たいお水が湯船いっぱいに~~」


 「ええええええぇぇぇ」


 「沸かしなおしか」


 「せやけど、このお風呂の追い焚き、時間かかるからなあ」


 「シャマル、しっかりしてくれ」


 「ごめんなさいぃ」

 うっかりスキルは人間の騎士であった頃から変わらぬシャマルの特徴であった。まあ、医者として働く時に発動しないのが救いというべきか。


 「シグナムさあ、レヴァンティンを燃やして水に突っ込めばすぐ湧くんじゃね「断る」……即答かよ」

 提案したヴィータの言葉が終らぬうちに成された瞬時の否定。


 「うむむむ、闇の書の主らしく、私が魔法で何とか出来たらええねんやけど」


 「いえそんな、やはりここは責任を持って、私が何とか」


 「炎熱系ならば私だが、微妙な加減は難しいな」


 「火事とか起こしたら、シャレになんねえぞ」

 こんなことで魔力を使い、闇の書の主の場所が知られたとすれば、末代までの恥となるだろう。


 「てゆうかええって、こんなしょうもないことで魔力を使ってたらあかんわ」

 そして、主の英断により、末代までの恥を実現する危険は回避された。






■■■



 「海鳴スパラクーア、新装オープン、さらに三名様以上で割引や。これはもう、行っとけいう天のお導きやろ」


 一週間分のチラシから、以前見ていたスーパー銭湯のものを見つけ出したはやて、その辺りは主婦さながらである。


 「行ってみたい人!」

 「「 はぁーい! 」」

 返事をしたのはヴィータとシャマルの二人。


 「我が家で一番のお風呂好きさんが、なんや反応鈍いで」


 「ああ………いえ……」


 【シグナムはまた、身内の失敗を主に補ってもらうのは良くないとか考えてるか?】


 【え……、はい】

 その時、はやてからシグナムへ届いたのは思念通話。ただし、シャマルとヴィータに対しては、


 「シグナムは、人前で裸になるのが恥ずかしいんとちゃうか?」


 「はは、きっとそーだな」

 通常の会話を続けながらであり、魔法が何も使えない現状であっても、誰に習うまでもなくマルチタスクを自然と可能としていた。

 これこそ、SSランクという稀代の魔力を秘め、膨大な術式が収められた夜天の魔導書の使い手にして主、八神はやての才能の片鱗。彼女は並列処理は苦手というが、それはあまりにも巨大な魔力と衝突するからであり、マルチタスクそのものが苦手なわけではなく、むしろ並みの魔導師を遥かに凌駕している。


 【何度目かの注意になるけど、シグナムはごっつ真面目さんで、それは皆のリーダーとしてええことやねんけど、あんまり真面目すぎるんは良くないよ】


 【すみません】


 【わたしがええ言うたらええねん、皆の笑顔が、わたしは一番嬉しいんやから】


 【はい、申し訳ありません】


 【申し訳んでええから、わたしを主と思ってくれるなら、わたしを信じてな】


 【信じております】

 遥か過去の白の国の近衛騎士隊長、烈火の将シグナムであれば、常に気を張り真面目であるのは当然のこと。主君の身を守護する騎士の長であるからには、いついかなる時も気を緩めることはなく、それが、人間であった頃の彼女の在り方。

 しかし、今は八神はやてという少女に仕える騎士であり、時代が変わり、文化も異なるのであれば、騎士の在り方とて不変のものではない。それを、シグナムはこの幼き主より学んだ。

 中世ベルカの白の国に生きた烈火の将と、現代の日本で生まれ育った少女に仕える闇の書の守護騎士は、元は同じであってもやはり異なる存在。外見や性格、能力はそのままであっても、騎士の根源である“騎士道”が違うのだ。

 ただし、かつての騎士道が完全に失われたわけではない。管理局を相手にする場合ならば彼女は不刹の誓いを守り通すだろうが、八神はやてを殺そうと襲い来る敵や、存在そのものが害となる“異物”に対してならばその限りではない。

 それが、ヴォルケンリッター。ほとんど同じであっても、根源的な部分で彼女ら騎士は魔導師とは異なるのである。


 「でも、色々あって、なんだか楽しそうですね」


 「ほんとだ」


 「ねっ、だから、シグナムも行こ」


 「分かりました。それでは、お言葉に甘えて」

 そして、シグナムもスーパー銭湯へ出かけることを了承する。


 「ザフィーラも行こか、人間形態になって、普通の服着てったらええんやし」


 「お誘い真にありがたいのですが、私は留守を預からせていただきたく」


 「そうなんか?」


 「夕餉の見張りもございます故」


 「そっか……まあ、皆で行ってもザフィーラは男湯で一人になってしまうし、ほんならごめんな、ザフィーラは、留守番いうことで」


 「御意に」

 彼だけは、残ることがこうして決定し。


 「ほんなら皆、着替えとタオルを持って、お出かけの準備や!」

 「おーう!」

 「はーい!」


 「シャマル、私の分も頼む」


 「はーい、任せて」

 はやて、ヴィータ、シャマルの三人は銭湯へ行く準備のためにリビングから離れ、シグナムとザフィーラのみが残る。


 「……主に窘められたか」


 「ああ……だが、なぜだろうな、恥じいる気持ちはあるのだが、不思議と心が温かい」


 「真の主従の絆とは………そういうものなのだろうな」


 「絆か………そうなのかな」

 闇の書の守護騎士として、長く彷徨ってきた彼女には不安がある。果たして、自分達は主にとって良き臣下であれているのか。

 長い夜の間に、臣下として在るべき姿をも、自分達は失ってしまったように思える。それがこうして、原初の自分達のように在れるのも、光を与えてくれた今の主があればこそ。

 その主への誓いを破り、主に黙したまま蒐集を続ける自分達は、果たして騎士足りえるのか―――


 「不安もあるだろうが、心身の休息も、戦いのうちだ。今は、主と共にゆっくりと寛いでくるのがよかろう」


 「うん………お前も時間があれば眠っておくといい、今夜も蒐集は深夜からだ」


 「心得ている」

 ザフィーラは狼の姿のまま、静かに頷く。


 「シグナムー、準備で来たわよー」


 「ああ、いま行く、それではザフィーラ、留守を任せた」


 「承知」

 主と騎士達を見送り、盾の守護獣はただ一人となったリビングにおいて、静かに目を閉じ、懐古する。


 ≪剣の騎士シグナム、湖の騎士シャマル、鉄槌の騎士ヴィータ、そして我、盾の守護獣ザフィーラ≫

 闇の書の守護騎士は四人、そしてもう一人、管制人格たる彼女が存在する。


 ≪闇の書の、守護騎士………≫

 闇の書の守護騎士は四人、それは揺るぎなき事実。

 だが、自分達に闇の書の守護騎士と呼ばれる前の姿があるならば、その時は果たして。


 ≪少なくとも、守護獣である我には元となった存在がある。だが、なぜそれが思い出せん≫

 何かがおかしい、それは、守護騎士の全員がどこかで思っていること。

 しかし、何がおかしいのかが分からない。それはまさしく、ウィルスに侵されたプログラムはそれ自身では異常があることが分からず、ウィルス探知のソフトウェアが別に必要となるように。

 守護騎士プログラム自身には、何かがおかしいことまでは気付けても、何がおかしいのか知ることは出来ない。それが、闇の書の守護騎士である彼らの限界。


 だから―――


 ≪グラーフアイゼン、クラールヴィント、レヴァンティン、お前達は、何かを知っているのか?≫


 先日の蒐集の際、鉄の伯爵グラーフアイゼンが主であるヴィータに言葉を返した時、自分は確かに何かを想った。

 それは、懐古の念であったか、それとも―――

 騎士の魂たちが何を告げても、防衛プログラム、いや、暴走プログラムが上位にある以上、守護騎士への情報は検閲され、残るものはない。

 しかし、それは失われてはいない。騎士の魂は、確かに受け継がれている。



 静かに身を横たえ、身体を休めながらも、盾の守護獣ザフィーラは過去の情景へと想いを馳せていた。





[26842] 第十四話 銭湯と戦闘
Name: イル=ド=ガリア◆9d8bc644 ID:97ddd526
Date: 2011/04/01 22:36
十四話   銭湯と戦闘




新歴65年 12月6日  第87観測指定世界  (日本時間)  PM5:38





 「ギャレットさん、結界の敷設、完了しました。次は?」


 「とりあえずそんだけありゃあ充分だ、ここは………オートスフィアはほぼ無理だな、設置しても多分壊される。魔力が弱いタイプのサーチャーでいくしかないな」


 「手伝いますよ」


 「わりいな、頼むわ」


 「いいえ」

 観測スタッフのリーダーであるギャレット、民間協力者であるユーノ・スクライア。

 闇の書の守護騎士、ヴォルケンリッターを捕捉するための網の構築のために二人は大型の魔法生物が多数生息する世界を巡り、サーチャーやオートスフィアの敷設を行っていた。


 「しかし、君は凄いな、これだけの結界を1分もかからず張っちまうとは、結界魔導師としてならAAAランク、いや、下手すりゃAAA+ランクに達してるんじゃないか?」


 「これしか取りえがないですから、ジュエルシードの時も、ほとんどなのはに頼りきりで」

 リンカーコアを有する魔法生物も多種多様であり、その危険度もかなりバラつきがある。ギャレットのようなEランク程度の魔導師でも性質を知っていれば特に問題はない場合もあれば、AAランク以上でなければ遭遇を避けるべきという強力な個体もいる。

 観測スタッフ達は様々な観測指定世界や無人世界へ飛び、現地の自然保護部隊の隊員達と連携しながら包囲網の構築に勤めているが、中には自然保護部隊ですら駐留していない世界もあり、そういったところほどヴォルケンリッターが出現する可能性も高いといえた。

 かといって、ギャレット一人では巨大魔法生物に襲われた場合の対処がほぼ不可能であるため、今回はユーノ・スクライアがサポート役として随伴していた。また、彼は結界敷設や探知魔法を得意としており、このような調査に関してならば、ある意味で専門とも言える。


 「そう自分を卑下するもんじゃないぞ、君だって頑張ってる、というか、君は学校には通ってないんだっけか」


 「スクライアの皆と一緒に発掘の手伝いをやってました。ジュエルシードは僕が初めて発掘を任された品だったんですけど、あんなことになっちゃって」


 「9歳でロストロギアの発掘を任されたのか、スクライアは管理局以上のスパルタというかなんというか、うちのハラオウン執務官ですら、ロストロギアを相手にしたのは11歳の時のはずだぞ、まあ、こっちは“関わった”じゃなくて、その事件に関連した人々の“人生の責任を負った”だから単純な比較は出来ないが」


 「凄いですよね、クロノは。まあ、たまに“フェレットもどき”なんて言われてからかわれますけど、それさえなければとてもいい奴ですし」


 「あ~、あれな、実を言うと、あの人がああいう風に軽口を言うことってほとんどなかったんだ。唯一リミエッタ管制主任だけは違ったけど、母親である艦長にすら任務中は敬語をしっかりと使う人だからな、何気に、同年代の同性の友人なんてほとんどいないし――――ああ、一人くらいいたっけかな」

 ギャレットが言った少年とはヴェロッサ・アコースという名を持っているが、ユーノ・スクライアと同様、年代に見合わない明晰な頭脳と、ある種の“達観”を持っている。これは、人の思考を読み取るという彼の固有技能に起因するものであろうが。


 「クロノも、結構無理しますからね。でも、無理に成り過ぎないようにしてる部分がなのはやフェイトとは違うように思いますけど」


 「本人曰く、自分の失敗談に基づくもの、だそうだが、どうなんだかね」


 「その辺はよく分からないですね」

 話しながらも淀みなく手が動いていく二人、5年以上管理局員として働いているギャレットはともかく、ユーノのマルチタスク技能はどうなっているのか。


 「うしっ、ここはこんなもんか」


 「次ですね、えーと……………北西方向、距離400キロ」


 「一発で跳べるか?」


 「ええ、この世界はあまり高い山とかはないそうですけど、一応上空に跳びますね」

 転送魔法はユーノ・スクライアの十八番。

 ギャレットの飛行魔法では尋常どころではない時間がかかってしまう距離も、ユーノの転送魔法があれば一瞬で辿りつくことが出来る。


 「おっしゃ、頼む」


 「ええ、しっかりつかまっていてください」

 ミッド式の円形の転送魔法陣が展開し、彼ら二人の身体を包み込む。

 そして、空間の関係を騙し切り、三次元における物理法則を嘲笑う方程式の力により、彼らは数百キロ離れた地点の上空へ移動する。


 「しっかし、こんだけの広範囲に渡って蒐集を行うたあ、敵ながら守護騎士ってのは働きもんだよなあ」


 「そうですね、その上戦闘能力も高く、何よりも戦略が凄い」


 「だな、例のダミーを見破る手はまだねえし、さらにまた何か仕掛けてくるか分かりゃしねえ」


 「彼らの本拠地がどこかはまだ分かりませんけど、今も休まず、蒐集の方策を練っているかもしれませんし、ひょっとしたらどこかで蒐集を行っているかも」


 「トールさんのように、かね。守護騎士がプログラム体ってんなら、それこそ休まず動き続けてるのかもな」



■■■

同刻  海鳴スパラクーア



 「ちょっと、すみません」


 「脱衣所は………ここかぁ」


 「おおっ」


 「広い………綺麗やねー」

 現在、スーパー銭湯、海鳴スパラクーアにいる八神家女性陣、ザフィーラを除いて全員やってきました。


 「車椅子でもスムーズに入ってこられたな」


 「段差が全部スロープになってるのね、車椅子の置場もあるって……あ、あそこだわ」


 「ナイスバリアフリーや、流石新装開店」


 「えっと、ロッカーは……」


 「私とはやてちゃんはそっちで、シグナムとヴィータちゃんはそっちね」


 「ああ」

 二組に分かれる八神家、流石に4人かたまっていては狭い。


 「ふひひ、早く入ろー」


 「こら、家じゃないんだぞ、あまり脱ぎ散らかすな」


 「きちんと片づけるだからいいじゃんよー」


 「公共の場でのマナーを言っている」

 やや強い口調で言うシグナム、彼女はその辺りのマナーには厳しい。


 「はあ、ったく一々うるせーなー、うちのリーダーはよー」


 「それ以前の人としての心構えだ。それにお前は、普段から少々だらしないところがある」


 「ああもう、ちくちくうるせーなー!」


 「ちくちく言われるようなことをしなければいいだろう」

 徐々にヒートアップしていく二人、シグナムが言ったように、ここは公共の場である。


 「へっ、ちょっとおっぱいが大きいからっていい気になるなよ!」


 「な、なんだそれは! なぜそんな話が出てくる!」


 「無暗に胸にばっか栄養やってっから、そうやって心の余裕がなくなるつってんだよ、このおっぱい魔人!」


 「おっぱ―――貴様! そこに直れ! レヴァンティンの錆にしてくれる!」


 「あーん! そっちこそ、グラーフアイゼンの頑固な汚れになりてーか!」


 「「 ぬぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐ……!! 」」

 それぞれに待機状態のデバイスを持ちだし、臨戦態勢に入る二人。


■■■

同刻 八神家


 ≪グラーフアイゼン、クラールヴィント、レヴァンティン、お前達は、何かを知っているのか?≫


 深く瞑想し、常に自分達と共にあった彼らを想いながら―――


 ≪騎士の魂であり、誇りであるお前達ならば――――我等が忘れてしまった何かを、覚えているのだろうか≫


 静かに身を横たえ、身体を休めながらも、盾の守護獣ザフィーラは過去の情景へと想いを馳せていた。


■■■

同刻 海鳴スパラクーア


 「あー、これこれ、喧嘩しないの。喧嘩する子には、夕食後のデザートが出えへんよー」


 「だってはやて、このおっぱい魔人が!」


 「誰がおっぱい魔人か! 誰が!」


 「シグナム、貴女そんな恰好で大きな声を出さないの……! 恥ずかしいから……!」

 繰り返すようだが、ここは公共の場である。このような大声で言い合っていては注目されない方がどうかしている。

 そして―――


 『………』

 『………』

 鉄の伯爵グラーフアイゼンと、炎の魔剣レヴァンティンは、出来ることなら盾の守護獣と共に留守を守っていたかったと本気で考えていた。

 守護騎士の名誉のため、風のリングクラールヴィントが何を想ったかについては触れないでおこう。








新歴65年 12月6日  第84無人世界  (日本時間)  PM6:57




 【聞こえるか、返答しろ】


 砂漠の世界


 一言でそう表現できる、無限に砂地のみが続く一面の砂漠。

 しかし、そこにも生命は存在しており、特に、通常の進化の形からは異なる道を歩んだ魔法生物こそがこの世界における支配者となる。

 そして、その支配者として君臨する“砂蟲竜”と呼ばれる魔法生物は非常に好戦的であり、獲物を見れば即座に襲いかかる性質を持っている。そのため、自然保護部隊もこの世界には派遣されることはなく、それ故に無人世界であった。


 【な、なんとか無事です……】


 【そうか、後20秒待っていろ、すぐいく】

 だが、管理局が保有していた“砂蟲竜”に関するデータは万全ではなかったといえる。この世界固有の生物であり、本格的な調査が成されることもする必要もなかった以上は仕方ないが、その不備が観測スタッフの危機を呼ぶ引き金となった。

 一応彼らは“砂蟲竜”が苦手とする匂いを発する機能を備えた専用の防護服を纏い、彼らの動きを探れるようにレーダーなども用意した上でこの世界の調査に臨んだが、砂の中を走る彼らの速度は地表のそれの比ではなく、レーダーが迫りくる影を感知した時には既に手遅れとなっていた。

 そうして、観測スタッフ二名が触手によって捕縛されてしまったが、調査スタッフは彼らのみではなく、随伴していたオートスフィアや機械類はまさしくマイクロ秒の間も置かずに時の庭園へ救難信号を飛ばした。


 「ストラグルバインド!」

 観測スタッフにとって幸運であったのは、クロノ・ハラオウン執務官が本局から闇の書事件対策本部である時の庭園にちょうど帰還していたことだろう。彼は管制機トールから連絡を受けると同時に転送ポートへ飛び乗り、第84無人世界へと跳んだ。


 「AAAAAAAAAAAaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!!」

 そして、オートスフィアからの信号の発信源へ到着し、巨大魔法生物“砂蟲竜”をバインドによって捕縛し、宣言通り20秒で観測スタッフを救出した。


 「無事か?」


 「あ、ありがとうございます。防護服のおかげで、なんとか……っつ」


 「どうやら、怪我もなくというわけではないようだな。―――妙なる響き、癒しの光となれ……」

 ストレージデバイス、S2Uがミッドチルダ式の円形陣を紡ぎ、水色の魔力光が負傷したスタッフの身体を包み込み、打撲、もしくは捻挫と見られる怪我を癒していく。


 「あ……ああ………」

 “砂蟲竜”に捕縛されている時は緊張と恐怖で痛みを感じていなかった彼だが、助けられたことで急激に襲ってきた痛みに顔を歪めていた。しかし、S2Uから放たれる癒しの光を受けるうちに、徐々に表情が和らいでいく。


 「とりあえずはこんなものだろう、君は?」

 さらに、もう一人のスタッフにも声をかける。


 「じ、自分は平気です……」


 「嘘を言うな、右足を引き摺っているだろう」


 「ど、どうして?」


 「引き摺っているというのはハッタリだが、負傷しているかどうかは見ればすぐわかる。自分のミスで負った怪我で上官に手間をかけさせるわけにはいかない、とでも考えているなら、それは筋違いというものだ。この件は、“砂蟲竜”の危険度を正確に把握しないまま君達を送りだした艦長と僕の責任だ」


 「そ、そのようなことはありません。レーダーは反応していたというのに、自分達の判断が遅れて」


 「君が武装局員ならばそうかもしれないが、そうではないだろう。ここは観測員に任せるには危険度が高すぎた、レティ・ロウラン提督から武装局員を借りているのだから、彼らに担当させるべきだった、やはりこれは僕達の失態だ、すまなかったな」


 「ハラオウン執務官……」

 謝罪の言葉をかけつつ、問答無用で治療魔法を発動させる。彼も、今度は拒否しなかった。

 ただ、もう一人のスタッフがあることに気がついた。


 「ハラオウン執務官、よろしいでしょうか?」


 「何だ?」


 「あの“砂蟲竜”を縛っているバインドは、何でしょうか、余り見たことがないんですが」

 通常、大型の生物を拘束するならばチェーンバインドが向いている。レストリクトロックやリングバインドなどは基本的に対人であり、大型生物に使用できるものではない。

 しかし、現在“砂蟲竜”を捕縛しているバインドはチェーンバインドではない。彼ら二名もギャレットと同じくEランク相当ではあるが魔導師であり、バインドの違いくらいは見れば分かる。むしろ、実力で劣っている分だけ、観察力には自信があるのだが。


 「あれはストラグルバインドだ」


 「ストラグルバインド?」


 「対象の動きを拘束し、なおかつ対象が自己にかけている強化魔法を強制解除する捕獲魔法だ。魔力で体を構成した魔力生物に対しては武器にもなり、“砂蟲竜”のようなリンカーコアを持つ魔法生物は通常の活動にも魔導師で言うところの身体強化を行っている、つまり、それを遮断してやるだけで行動不可に追い込むことが出来る」


 「はぁ~」


 「欠点として、副効果にリソースを振っている分、射程・発動速度・拘束力に劣る面があり、魔導師相手の実戦ではあまり使い道がない。捕縛に成功すれば身体強化は解除できるが、バインドブレイクまで無効化出来るわけじゃないからね。しかし、バインドを破る魔法ではなく、純粋な魔力でバインドを引き千切ろうとする大型魔法生物に対しては効果がある」


 「なるほど、でもハラオウン執務官ならもっと簡単な方法があったんじゃ」


 「否定はしないが、“砂蟲竜”も生き物だ、いたずらに傷つけていいわけじゃない。人間が襲われていた場合は殺すことも含めて許可されているが、それはあくまで人間の都合だ。いざとなれば躊躇いはしないが、他に方法があるなら、殺さずに済ませるに越したことはないだろう」


 「………流石」

 もう一人が、小声で呟くと同時に、クロノ・ハラオウンが“アースラの切り札”と呼ばれる由縁を再認識していた。

 なのはのディバインバスター、フェイトのサンダースマッシャーなどは高威力の砲撃魔法であり、AAAランクの彼女らが放てば、“砂蟲竜”を一撃で仕留めることが出来るだろうし、彼女らがこの場に来ていれば迷わずそうしただろう。

 しかし、クロノはより魔力が少なく、より局員が傷付く可能性が低く、そして、“砂蟲竜”も傷付けない方法でそれを成した。さらに、負傷した局員をその場で治療することも。


 「自慢する程のものでもないさ、ユーノにも同じことが出来る。それに彼らのようなリンカーコアを持つ魔法生物は管理局法で保護対象として登録されている。状況が状況とはいえ無闇に殺すわけにはいかないさ、法の番人としてはね。ともかく、ここの続きは僕が引き受けるから君達は時の庭園へ帰還するように、その後の指示は艦長に仰いでくれ」


 「はい」


 「分かりました」

 ストレージデバイスS2Uが転送用の魔法陣を展開し、二名の観測スタッフが時の庭園へと送還される。

 ちなみに、クロノが言ったことは事実であるが、むしろその事実の方がおかしいのである。

 武装局員はおろか、戦技教導隊員ですら扱える者が少ないであろうストラグルバインド、それに加えて転送魔法と治療魔法も使うことが出来、さらに高速飛行も可能とする9歳の民間協力者、デバイスなし。

 ある意味で、高町なのはやフェイト・テスタロッサ以上に稀有というか、あり得ない存在だろう。


 「さて、エイミィたちも頑張っているんだ、僕だけしくじっているわけにはいかないな」


■■■

同刻  海鳴スパラクーア 



 「あぁ~~ 気持ちいいぃぃ~~」

 銭湯から一番最初に上がったエイミィは、施設のリラックスルームにあるマッサージチェアで極楽状態にあった。

 温かいお湯がほぐしてくれた身体を、さらにマッサージしたとなれば、彼女に溜まった全身の疲れが飛んでいくことだろう。相棒のクロノはより一層の疲れがたまっていくであろう状況にいるが、別に彼女に責は無い。

 
 「あ~~、お湯の中も極楽だったけど、こっちも極楽だ~~」

 
 「あ、エイミィ、みつけた」

 などと気の抜けた言葉を発するエイミィに、湯上りの美由希が声をかける。髪が解かれて、眼鏡を外した彼女はいつもより大人っぽい印象がある。ちょうど彼女の実母美沙斗のような雰囲気になっいている。

 もっとも、この場に美沙斗がいたら、美由希とは姉妹にしか見られないだろう。それと同じに、士朗と恭也の2人は兄弟にしか見えない。この不可思議な現象は、やはり御神と不破の血がもたらすものなのか。しかしだとしたら高町桃子はいったいどういうことか。

 まあそれはともかく

 
 「気持ち良さそうだね、エイミィ」


 「ん~~、実際気持ちいいよ~。美由希ちゃんもどう? 全身の疲れがとれるよー、ちょうどあたしの隣空いているし」


 「じゃあ、そうしようかな、と」

 そうしてエイミィの隣のマッサージチェアに座る美由希だが、ある事に気づいた。操作パネルが無いのだ。


 「あれ、これどうやって動かすの?」

 
 「ん? ああ、これねぇ、音声入力式なんだよ。横のカードにコースとかモードとか書いてるでしょ、それを言うの。というか機械のほうで聞いてくるよ」

 というエイミィの言葉を引き継ぐように、マッサージチェアが実に機械的な音声を発した。


 『ゴ利用アリガトウゴザイマス、もーど、モシクワこーす、マタハまっさーじ部位ヲ言ッテ下サイ』


 「わっホントだ、すごいねコレ」


 「便利だよね~、ちなみにあたしのおすすめは、今あたしがやってる全身ほぐしコース」

 そうした2人のところへ、美由希と同じく風呂上りで上気した雰囲気の少女2人、なのはとフェイトが仲良く現れた。

 
 「あ、お姉ちゃんももう上がってたんだ」

 
 「エイミィも」

 実に息があったコンビになっている、流石は親友というべきか。しかしこの呼吸を今日会ったばかりの美由希とエイミィも持っていたことに、2人はなにか忸怩たるものを覚えないこともなかった。


 「お帰り2人とも。アリサちゃんたちはまだ入ってるの?」


 「うん、最後にゆっくり浸かってから上がるっていってたよ」

 
 「エイミィは気持ち良さそうだね」


 「うん、いまマッサージ中。あ、フェイトちゃんたちもする? あたし結構やってたから代わるよ?」

 そういってすすめるエイミィに、2人の少女は顔を見合わせ、「じゃあお言葉に甘えてやってみようか」的な結論になった時、少女達の心を脅えさせるに足ることが起こった。

 即ち、美由希がマッサージチェアに音声入力をし、それに機械が答えたのだ。機械そのものの音声で。


 『カシコマリマシタ、全身ホグシこーす、強サれべるハイクツデショウカ? 1カラ7マデ有リ、1カラ順に強クナリマス』

 
 「じゃあ、レベル3くらいで」


 『れべる3デスネ、デハ開始シマス』

 その様子を隣で見ていた少女2人は見事に固まった。別にこのマッサージチェアはかの腹黒デバイスが持ち込んだものというわけなく、そもそも今の彼は時の庭園で、対守護騎士の網の構築中だ。いるはずが無い。

 とはいえ、その機械そのものの人工音声は、2人の少女にあるものを連想させるには十分すぎた。具体的には洗浄マシーンを連想させるには十分すぎた。

 
 「どう? 気持ちいいよー 2人も疲れてるだろうし、どうぞどうぞ」

 そういって悪意ない笑顔で、かつ純然たる親切な気持ちで勧めるエイミィに対し、2人の少女は非常に申し訳ない気持ちになりながらも


 「「いえ、また次の機会にします」」

 と言って固辞した。

 これには少女達に罪は無い。エイミィにも無論罪は無い。罪があるとしたら時の庭園にいる管制機だが、デバイスを裁く法律は残念ながらまだ制定されていない。

 
 「そう? そんならなんか冷たいもの食べに行こっか。むこうでカキ氷売ってたよ、冬にカキ氷っなんか贅沢だよね」


 「あ! 賛成です! 行こ、フェイトちゃん」

 カキ氷。その単語に一瞬ビクッと反応した金髪の少女だが、「大丈夫、大丈夫、別にトールのお腹からなんか出てこない……」とぶつぶつ言いながら、己の想像を打ち消していた。

 そうして親友に手を引かれ、フェイトもエイミィの誘いに乗ってカキ氷を買いに、マッサージチェアがあるエリアから離れた。

 エイミィたちの姿がリラックスエリアから見えなくなったその瞬間―――


 「隣、いいですか?」

 と、1人マッサージを続けていた美由希の耳に、穏やかな女性の声が聞こえてきた。

 
 「ええ、どうぞ」

 そう言って、自分に声をかけたハニーブロンドの、髪の声に似たおっとりとした印象の女性に答える美由希。そしてその女性は他ならぬ湖の騎士シャマルである。

 無論のこと美由希は、つい最近、今自分に話しかけた女性の腕が、大事な妹の胸から生えていた事実などは知りようも無い。

 シャマルはちょうどエイミィたちが離れて見えなくなった、その瞬間に美由希に声をかけてきた。しかしそれは別に狙ったわけではなく、神懸ったタイミングによる全くの偶然である。

 この世にタイミングの神なる存在があるとすれば、今のシャマルはその寵を一身に受けた存在と言えるだろう。


 「ええと、これどうやって動かすのかしら?」

 美由希同様に使い方が分からないシャマルの様子を見て、エイミィとしたやりとりの焼き増しなような説明を行い、二人並んで全身がほぐされる心地よさに浸っていた。


 「ほんとに気持ちいいな~」

 
 「そうですね~」

 御神の剣士と湖の騎士とは思えぬ間の抜けた声を出す二人。実に平和な光景であった。







新歴65年 12月6日  第84無人世界  (日本時間)  PM7:09



 【お疲れさまですクロノ・ハラオウン執務官】


 【トールか】

 2人の観測員を転送した数分後、管制機から通信が入った。


 【彼らの帰還を確認しました。現在はメイド型魔法人形が出迎えに出ております】


 【ほんとに、何でもあるんだな】


 【それと、兼ねてより製作していた砂漠世界専用のサーチャーが完成いたしましたので、転送可能です】


 【あれか……】

 その存在は、クロノも以前から知ってはいた。同時に、有効であることも理解している。

 ただ、観測スタッフにそれの散布を任せることにはどうしても抵抗があったが、砂漠世界の危険度が予想よりも高いことが明らかとなった現状では、背に腹は代えられない。


 【分かった、転送してくれ】


 【了解、S2Uと私を遠隔同調させます、回線第7チャンネルをONにしてください】


 【ああ】

 管制機トールとデバイスが同調するには接続ケーブルで繋ぐ必要があり、魔法人形などならば、トール本体を機械の内部へセットする必要がある。

 しかし、時の庭園の中央制御室にいる場合は話が別、スーパーコンピュータ“アスガルド”の演算機能をトール自身のリソースとして扱うことが可能となるため、事前の調整さえしておけば次元世界を跨いだ同調すら可能となる。とはいえ、転送魔法の座標設定の誤差修正程度が限界であり、負荷の肩代わりは不可能だが。

 当然、この調整はバルディッシュにも成されており、レイジングハート・エクセリオンも備える予定である。主戦力となる二機と、時の庭園の管制機の連携は闇の書事件において欠かせない要素であった。

 そして、管制機より砂漠世界のクロノ・ハラオウンの下へ届けられた物体とは―――


 『ムッカーデ、起動シマス。ゴ命令ヲ』


 【………なあトール、なぜ時の庭園のサーチャー散布機能を持った機械はこんなにリアルなんだ?】


 【カモフラージュのためです】


 【そうか…………まあ、ゴキブリやカメムシやタガメに比べればマシ、か……?】

 ちなみに、ギャレットや他の観測スタッフがあちこちに設置して回っているサーチャーも、大半が虫型や動物型だったりする。

 森林が多い世界ではトンボ型や蝶型など、岩山地帯では蛇型などもあったりするが、特に大きい必要もないので、大抵は虫型だ。

 勿論、意味もなく気色の悪いサーチャーをばら撒いているわけではない。ミッドチルダ首都クラナガンなどにおいてサーチャーやオートスフィアのような文明の利器があっても目立たないが、魔法生物が生息する観測指定世界や無人世界では死ぬほど目立つ。

 闇の書の守護騎士、ヴォルケンリッターを捕捉することが目的である以上、サーチャーの存在は可能な限り隠し通す必要があり、“砂蟲竜”が徘徊する砂漠の世界ならばムカデ型が適しているのも事実であろう。

 ただ―――


 『サーチャー、散布ヲ開始シマス』

 大きなムカデ型の機体から、大量の小さいムカデ(の姿をしたサーチャー)が吐き出されていく光景というものは見たいものではない。


 「………」

 かといって、設置を確認しなければならない立場上、目をそらすことも出来ないクロノは、目に毒なその光景を見続けるしかなかった。


 【クロノ・ハラオウン執務官、発汗状況は問題ありませんか?】


 【彼らが脱水症状を起こしていたか?】


 【いいえ、そこまで深刻なものではありません。せいぜいが喉の渇きが強い程度の段階でしたが、あと10分も炎天下の砂漠における拘束状況が続いていればその危険もありました。彼らが持っていた水タンクも破壊されてしまったらしいので】


 【そうか………ストローを腰に巻きつけた水格納用デバイスに繋いで、いつでも吸えるようにした方がよいのだろうか】


 【どうでしょうかね、そちらもそちらで誤飲の危険性や、意識を失った際に喉に水が入ってしまう危険性が考えられます。かといって、意識の有無を判断する機能まで付けたのではコストがかかり過ぎます。次元航行部隊とはいえ、そこまでの予算は見込めないでしょう】


 【確かに、これ以上を望むのは贅沢というものか。人材の運用や創意工夫で何とかするしかないな】


 【こういった部分で予算が必要とされる現状は、“人の住む街の治安維持を行う地上部隊”には分からないでしょう。逆に、申請した予算が悉く却下される地上の現状も、本局の人間には分からないものですが】


 【仕方がないこと、とは言いたくないがそれが現実ということは否定できない。君達デバイスと違って、僕達人間は“実感”というものに大きく影響される。実際に災害の現場に立ち会うことと、映像で見るだけではまるで異なるが、デバイスにとっては同じなんだろう】


 【ええ、私の本体が得たデータも、貴方のS2Uを経由して得たデータも、管制機トールにとっては等価です。私の本体が得ようと、サーチャーが得ようと、どちらも等しく魔道機械のハードウェアが記録した電子情報、に過ぎません】

 それが、生物としての五感を持たないデバイスと、人間の違い。

 デバイスから見れば、“実感”というものに左右されている人造魔導師も戦闘機人も守護騎士も、皆“人間寄り”の存在である。


 【それはともかくとして、貴方の健康状態は大丈夫でしょうか? ちなみに彼らはメディカルルームで処置しましたので問題ありません】


 【大丈夫だ、バリアジャケットに暑さを遮断する機能を付け加えている】

 クロノが普段からバリアジャケットを纏っているのは、それを当り前の状態としておいて、機能を付加した際に普段通りの動きが出来るようにするため。普段からの地道な積み重ねはこのような場面で力を発揮する。


 【なるほど、災害対策の局員が主に用いる機能ですね。本当に貴方の引き出しは多い、フェイトや高町なのはも少しは戦闘以外の技能を身につけるべきとは思うのですが】


 【それはもう少し先でもいいだろう、今はまだ長所を伸ばす方向で鍛えた方が彼女らにとってはいいはずだ。それに、ユーノとアルフがサポートしてくれている】


 【そして貴方は全員をサポートする。“どのような状況にも対処できるよう、あらゆる技能を身につける”、それが貴方の選んだ道なのですね、長所を伸ばすのではなく、短所を無くす方向に鍛え上げた】


 【特筆すべき長所がなかっただけの話さ、僕には、何もなかったからね】

 クロノ・ハラオウンには特化した才能というものが何もなく、器用貧乏以下であった。

 だからこそ、全てを鍛えた。何か一つを鍛え上げたところで何も成せないであろうことを、幼いうちに悟ってしまえるだけの精神性を有していたことが、彼の悲劇であると同時に彼の唯一にして類稀な長所。


 【ですが、やり過ぎるのも良くはありません。リンディ・ハラオウンとて一人の母親、貴方のことはいつも心配なさっていることでしょう】


 【………そうだな、肝に銘じておこう。だが、今回のことは僕達のミスだ、このままにしてはおけない】


 【それは然り。今回は惨事に至りませんでしたが、それはあくまでアースラにクロノ・ハラオウンがいたから防げたに過ぎない、個人の技能に頼った対策はマニュアルとは呼べない、とは貴方の言でしたね】


 【このようなことがある度に、僕が来るわけにもいかないし、今回は時の庭園にいたからよかったが、本局にいたら間に合わなかったかもしれない。対策を、講じないとな】


 【さしあたっては、各世界の魔法生物の危険性をもう一度検討し、レティ・ロウラン提督より借り受けた武装局員とアースラの観測スタッフの配置を再考する、といったところでしょうか。あと、アルフとユーノ・スクライアをそこにどう組み込むか、ですね】


 【出来る限り彼らに負担はかけないようにしたい、やはり、管理局員は民間人のために身体を張らなければならないのだから】


 【なるほど、ではそういった方向で】

 精神の波長が合う、というわけではないが、クロノとトールの基本姿勢には似通った部分がある。

 二人とも、結果よりも過程を重視し、“たまたま上手くいった”ことを喜ぶよりも次はどうするべきかを考える。違いは、人間であるクロノには現場と後方を両立させれるが休息が必要であり、管制機械のトールは休むことなく考え続けるが後方のみ、といった点だろうか。


 『終了シマシタ』

 終了を告げる電子音が鳴り響き、“ムッカーデ”が通常状態に戻る。


 「終わったか」


 【帰還なさいますか?】


 【いいや、他にも4箇所程設置すべき場所がある、そちらを終えてからだ】


 【本当に良く働きますね、貴方は】


 【多少は無理もするさ、闇の書事件は今の僕の始まりだ。僕の11年は、この時を見据えていたからこそあるようなものだからね】

 闇の書事件は、未解決の案件。およそ十数年程度の周期で、転生を繰り返す。

 その悲劇を、二度と繰り返させないという想いが、5歳の頃から魔法の訓練を重ねてきたクロノ・ハラオウンの根源であった。無論、それだけというわけではないが、始まりの鍵であるのは間違いない。


 【長年続いてきた悲しみの連鎖は、何としてもここで終わらせる】


 【ええ、守護騎士達とて休んでなどいないでしょうから、ここが正念場です】


■■■

同刻  海鳴スパラクーア


 「はぁ~、なんか、いいきもちぃ」

 赤毛の少女が、泡の出るお風呂につかりながら、四肢の力を抜いてリラックスしている。

 銭湯なのだから実に当たり前の光景ではあるが、クロノとトールが予想していた現在の守護騎士とは180度かけ離れた姿がそこにはある。

 片や、戦闘中、片や、銭湯中。

 最早シャレの領域だが、戦闘中の者達にとってはシャレで済ませられるものではないだろう。知らぬが仏という言葉は実に真理であった。


 「ごめんね、隣いーい?」


 「え、ああ、どーぞ」

 そこに、金髪の少女、アリサ・バニングスが現れ、赤毛の少女、ヴィータの隣に座る。

 知る者が知れば綱渡りどころではない邂逅であり、やはり、知らぬが仏とは真理である模様。


 「ねえ、あなた、一人で来たの?」


 「え? いや、あたしは、家の皆と、……えと、あなたは?」

 初対面の人間には一応敬語を使おうと心がけているヴィータ、普段は普段だが、やる時はちゃんとやる子であった。


 「わたしは、友達と、友達のお姉さん達と一緒に来たの」


 「そうですか」


 「そう、でもほんと、このお風呂気持ちいいわねえ~」


 「ええ、ほんと」


 そして―――



 「「 はぁ~ 」」

 二人の溜息というか、むしろ幸せの吐息は見事にハモった。






新歴65年 12月6日  第97管理外世界付近  次元空間  時の庭園  PM7:11




 「はぁ~」

 こちらは幸せの吐息ではなく、溜息をついているアルフ。


 「お疲れかしら、アルフ」


 「うー、大丈夫大丈夫、まだまだいけるって、クロノもユーノも頑張ってんだから」


 「そうねえ、何だかんだ言って、男の子なのね、あの二人は」


 「何せ、“探索は僕らに任せて、君は母さ…艦長をサポートしてやってくれ、時の庭園なら、君の方が詳しいだろう”だもんね」


 「いつの間にやら、立派な男の子になってしまったわ」

 その時、リンディが見せた表情が、アルフには気になった。

 なぜだろう? と自分で考えたが、あまり時間をかけずにその答へとたどり着く。


 <プレシアと、似てたんだ………アリシアのことを考えてた時の、あの人に>

 フェイトのことを考えてる時とは、違う表情。

 アルフは知らなかったが、高町なのはの母親、高町桃子という女性も、同じような表情を浮かべていることを管制機は確認しており、彼女らの共通項から一つの結論を導いていた。


 それは、“子供に十分な愛情を注ぐ機会がなかった母親の、憂いの表情”であると。


 「………」

 特に重い話をしていたわけではなかったはずだが、アルフはなぜか話しかけるのを躊躇った。

 幸いにして、自分の前には書類やら観測データやらが山を成している。とりあえずこれらを整理する作業をしていれば、ただ黙っている息苦しさも紛れるだろう。

 そう考え、アルフは作業を再開する。リンディの手も淀みなく動いているが、それはもはや条件反射的なものに近いのか、その目は現在を捉えているようには見えない。


 <普段は……クロノと歳の近い姉弟みたいに見える人だけど………>

 今の彼女を見て、クロノ・ハラオウンの姉だと思う人間はいまい。デバイスならば、そう考えるかもしれないが。

 リンディ・ハラオウンの纏う空気には、姉には決して持てないものがある。


 <母親、か……>

 使い魔であるアルフには、親というものが実感として分からない。彼女は群れからはぐれた仔狼であり、フェイト・テスタロッサに救われ、彼女の使い魔となったから。

 だけど………


 <あたしにとっては、きっと、リニスなんだろうね>

 それに、近いものは知っている。確証はないが、きっとそうだろう。

 ふと思えば、時の庭園へ帰ってきたのも三カ月ぶりくらいになるか、リニスがいて、プレシアがいて、トールがいて、自分とフェイトがいる頃は、ここにいるのが当たり前であったのに。


 <一家五人でテスタロッサ家、そりゃあ、ハラオウン家にいるフェイトは幸せそうだし、なのはも傍にいてくれるけど……………あの時に集ったメンバーが全員いたら、もっと幸せだっただろうね>

 アルフは想う、それに、もう一人の家族のことも。

 アルフもまた、ある嘘吐きデバイスが作った桃源の夢において、彼女と一緒に過ごした記憶を持っているから。

 そんな、ありえたかもしれない現在に想いを馳せていたからだろうか―――



 「Song To You………クロノ………」



 呟くように、祈るように、紡がれた彼女の小さな声を。

 子を想う母の言葉を。

 アルフが、聞き取ることはなかった。



 代わりに――――



 『ならば私はどうなのでしょうか、マスター』


 母が娘のために作り上げ、その娘が母となった時に、娘のために“人間のような”受け答えが出来るように機能を与えられた古い機械仕掛けが、それを聞き届けた。

 そして―――彼は自らの在り方を確認する。

 もう主がいないため、決して変わることのない命題を。



 『Function For You、………マスター』

 貴女のために機能します、我が主

 『Message To You、………アリシア』

 言葉を、貴女に、アリシア

 『Happiness Presented To You、………フェイト』

 幸せを、貴女へ贈ります、フェイト





あとがき

最後は真面目にしたのに、なにか締まらないですね。ちなみに”砂蟲竜”というのは原作でシグナムが倒していたアレです、勝手に命名しました。クロノが対峙したのはシグナムが倒したやつよりは小型です。
 



[26842] 第十五話 遭遇戦 ~二度目の戦い~
Name: イル=ド=ガリア◆9d8bc644 ID:97ddd526
Date: 2011/04/03 19:13
第十五話   遭遇戦 ~二度目の戦い~




新歴65年 12月7日  第97管理外世界  海鳴市  ハラオウン家  管制室  PM6:45



 「そっか、レイジングハートもバルディッシュも無事完治と、今どこ?」


 【二番目の中継ポートです。あと10分くらいでそっちに戻れますから】

 アースラの最前線施設でもあるハラオウン家の一室に設けられた管制室にて、エイミィは本局にデバイスを受け取りにいっていたなのは、フェイト、ユーノ、アルフの四人から報告を受けていた。

 現状、アースラスタッフは各地へ散らばって動いており、数時間単位で活動場所が異なっている。なのはやフェイトは基本的に海鳴市から動かないので現在地を把握しやすいが、捜査員などはあちこちへ派遣されているため、所在がつかみにくい。

 それらのスタッフの位置を把握し、無駄のない連携を行えるように調整することこそが、管制主任であるエイミィ・リミエッタの現在の主任務である。通信と情報統括の要であり、艦長であるリンディと、武装局員や捜査員を率いて現地で動いているクロノに次ぐ、アースラのナンバー3こそが彼女であった。


 「そう、じゃあ戻ったら、レイジングハートとバルディッシュについての説明を―――」

 『アラート!』


 「! こりゃまずい! 至近距離にて、緊急事態! 観測スタッフ、武装局員総員、第一級厳戒態勢へ! クロノ君!」






同刻   第97管理外世界付近  次元空間  時の庭園  作戦本部  



 「状況を」


 緊急事態を告げるアラート音の中、次々に切り替わる画面を睨みながらリンディ・ハラオウンは慌てることなく現地の局員から報告を聞いていた。


 【都市部上空において、捜索指定の人物二名を捕捉しました。現在、強装結界内部で対峙中です】

 答えたのは、武装局員の小隊長を務める22歳の局員。今回アースラに加わった部隊は一個中隊規模であるが、その中核はジュエルシード実験における“ブリュンヒルト”との模擬戦に参加していた20名となっている。ちなみに彼は中隊長機“ゴッキー”と遭遇した経験を持つ。

 魔導師の戦力は少々特殊であり、AAAランク魔導師ともなれば、単体で分隊規模、オーバーSランクならば単体で小隊規模の戦力として数えられることもある。一応、4~5名で分隊、15~20名で小隊、50~60名で中隊、150~200名で大隊という区分はあるものの、保有する魔導師ランクによってこの数はかなり変動するため、目安程度でしかない。

 ただし、魔導師ランク=戦力とはならない。リンディ・ハラオウンのようにSランクに相当する魔力を持っていても実戦的な能力を有していない場合もあり、逆に、魔導師ランクは低くとも武装隊経験が長く、一騎当千に近い戦力となる近代ベルカ式の使い手も存在する。

 その中でも今回は割とバランスの良い戦力配分であるといえる。全員がBランク以上の武装局員であり、一分隊4名による四個分隊で一小隊。それが三個小隊で一個中隊48名、小隊長3名と中隊長となるクロノ・ハラオウンを加え、52名という規模。


 【貴方の手元の戦力は?】


 【自分の小隊のうち、ウィスキー、ウォッカ、スコッチの三分隊12名だけです。アップルジャック分隊はかなり遠くへ出張る予定でしたから】


 三つの小隊はアルクォール、ウィヌ、トゥウカと呼称され、彼はアルクォール小隊16名を率いる小隊長。配下には四つの分隊、ウィスキー、ウォッカ、スコッチ、アップルジャックがある。


 【分かりました。交戦は避けて、外部から結界の強化と維持を】


 【はっ】


 【現地には執務官を向かわせます。援軍が到着するまで、持ちこたえて】


 【了解しました】



 一つのスクリーンが閉じ、同時に別のスクリーンを起動させる。



 【エイミィ、クロノは?】


 【もう向かいました、後、トゥウカとウィヌですが、ウィヌ小隊のチワワ、マルチーズ、ドーベル、ダックスの四分隊は全部遠くの世界へ散っています。トゥウカ小隊のポンド、フラン、ルピーは割と近いですから、時の庭園を経由すれば30分くらいあれば】


 【分かったわ、時の庭園で待機中のアップルジャックとマルクの両分隊も現地へ向かわせます。その際には執務官か、彼が交戦中ならばアクティ小隊長の指揮下に入るように】


 【了解!】


 【30分………エイミィ、なのはさんとフェイトさんは】


 【ユーノ君とアルフと一緒です。10分もあればこっちに着けると言ってましたから、急げば5分で】


 【…………】

 逡巡の時間は僅か。その間にリンディ・ハラオウンは現在の戦力配分とそれぞれに動員令を出した際に現地に到着できるまでの時間、さらには守護騎士に対してどの程度の働きが可能であるかを計算する。

 正直、Bランクでは守護騎士と直接対峙するには足りない。Aランクを有する小隊長3人ならばそれなりに戦えるだろうが、一般の武装局員では辛いものがある上、トゥウカとウィヌの隊長は遠く離れている。それを平然と成したユーノ・スクライアという少年が異常なのだ。


 【彼女らも、現場へ】


 【―――了解しました】

 これは遭遇戦であり、万全整えてというわけではない。なのはとフェイトを戦線へ投入するかの判断は難しいところであったが―――


 「………どうか無事で」

 一度決断した以上は、彼女らが無事に帰還できるよう全力を尽くすより他はない。

 リンディ・ハラオウンは目まぐるしく変わる画面を見つめながら、情報の整理にあたっている時の庭園の管制機を呼び出し、“例の手段”が使えるかどうか確認するため、中央制御室へと回線を繋いだ。









新歴65年 12月7日 第97管理外世界  海鳴市  封鎖領域  上空  PM6:49




 「囲まれたか」


 「遭遇戦になっちまったな」

 アルクォール小隊のうち、ウィスキー、ウォッカ、スコッチの三個分隊12名が包囲する相手は、鉄鎚の騎士ヴィータと盾の守護獣ザフィーラの二騎。

 この対峙は、両陣営にとって予想外のものではあるが、このような事態は往々にして起こり得る。ヴィータとザフィーラが蒐集から帰還するタイミングに、たまたまスコッチ分隊の巡回ルートと時刻が重なったために起きた衝突であるため、共に準備不足が否めない。

 この場合、有利になるのは無論、ヴォルケンリッターである。管理局側は十分でない戦力で彼女ら二人を捕縛する必要があるが、ヴィータとザフィーラにとっては一角を突破するだけでよい、別に敵を全て倒さなければいけない理由などないのだから。

 戦力的には互角か、管理局がやや優勢であっても、勝利条件に雲泥の差がある。これを覆せるほどの戦力差と戦略が果たしてあるかどうか。

 だが―――


 【蒐集は、どうする? こいつらは間違いなく武装局員、一人当たり3ページは稼げるぜ】


 【難しいところだな、強欲は身を滅ぼすとはいうが、危険を恐れていては成果を得られんことも事実】

 守護騎士にもまた、欲しいものがあり、それが目の前にある。

 5日ほど前に海鳴市においてヴィータが蒐集した局員は捜査員であり、ギャレットと同じようにEランク相当の魔力しか有していなかった。しかし、今彼女らの前にいるのは武装局員、全員がBランク以上の魔導師であり、12名全員から蒐集することが出来るならば―――


 【一気に、36ページくらいは稼げるってことだ】


 【―――いや、待て】

 その瞬間、ザフィーラはある可能性に気付いた。

 自分達が、並の武装局員では到底敵わない存在であることは管理局とて理解しているはず。そして、自分達の目的がリンカーコアの蒐集にある以上、彼らは好餌にしかならない。

 だがしかし、“餌”となるものを、獲物を求めて彷徨う獣の目前にちらつかせるとすれば、それは―――


 「返り討ちに――」


 「ヴィータ! 上だ!」


 「なっ!!」

 獣を仕留めるべく、狩人が罠を張っている場合しかあり得ない。


 「スティンガーブレイド! エクスキューションシフト!」

 狩人とは無論、クロノ・ハラオウンのことを指し、狩人は“餌”を囮とすることで獣を仕留めるための矢を放つ準備を完了していた。

 魔力刃スティンガーブレイドの一斉射撃による中規模範囲攻撃魔法。クロノの周囲に展開しているその数は100を越えており、魔力刃一つ一つを環状魔法陣が取り巻き、一斉に目標へ狙いを定める。

 連射性ならばフェイトのファランクスシフトに劣るが、貫通力ならば上をいく。また、魔力刃の爆散による視界攪乱の効果もあり、武装局員12名が強装結界強化・維持の為に散開した隙をつかれないようにする効果もある。


 「ちぃ!」

 しかし、彼が対峙している相手は、最硬の防御を誇る盾の守護獣。ヴィータを庇うように展開された鋼の守りが襲い来る魔力刃を防いでいく。



 「少しは―――通ったか」

 エクスキューションシフトの着弾と、武装局員が強装結界維持のために散開したのを確認し、ストレージデバイスS2Uを油断なく構え、クロノは煙が張れるのを待つ。


 「ザフィーラ!」

 だが、盾の守護獣ザフィーラの障壁を抜けたのは、僅かに3発。ただ、その3発の魔力刃は彼の腕に刺さっているわけではあるが。


 「気にするな、この程度でどうにかなるほど―――柔じゃない!」

 筋肉の収縮のみで、ザフィーラは魔力刃を砕き割った。無論、魔力による身体強化があるからこその技だが、クロノは自分にあれが可能であるとは思えなかった。


 【ダメージまでは高望みというものだったか、だが、目標は果たせたな】

 しかし、状況はあくまでクロノに有利に傾いている。守護騎士二名を補足したスコッチ分隊、さらに近場にいたウィスキー、ウォッカの分隊を現場から退かせず、守護騎士の包囲を続けるように指示したリンディの意図を悟り、彼も現場指揮官として即座に動いていた。

 まずこの状況において優先すべきは補足した守護騎士を逃がさないことだが、主戦力が到着するまでどうしても3~5分の時間がかかる。クロノが一番早かったが、それでも2分以上の時間はあった、ヴィータとザフィーラならばその間に包囲の一角を突破することなど容易い。

 それ故に、用意したのは“精神的な檻”。守護騎士の戦略目標を“この場から離脱すること”から“武装局員から蒐集すること”の狭間で揺れ動かすことで、二人の動きを封じた。ヴィータとザフィーラが包囲の一角を突破すべきか、武装局員を打倒して蒐集すべきかで悩んだのは90秒ほどであったが、クロノが到着するには十分であり、それこそが主戦力到着までの時間を稼ぐためのリンディの策。

 武装局員とて軟弱ではなく戦い慣れた者達であるが、守護騎士を相手にするには力が足りず、結界を維持することで精一杯であることは事実。だが、いつSランク相当と思われるベルカの騎士に強襲されるか予測できない状況において、守護騎士の前に立ちはだかり続けた彼らの度胸と勇気もまた、見逃してはならない要素である。

 彼ら武装局員が、オーバーSランクかそれに準じる怪物の巣窟である戦技教導隊の教官の下で、殺すつもりかと思われる程の厳しい指導を受け、容赦なくボコボコにされるのも、このような状況においても冷静さを失わず、己の役割を果たすことに集中できる鋼の精神を鍛えるため。

 その過程で潰れる者も少なからずいるが、それで潰れる程度の者達ならば、ヴィータとザフィーラの前に踏みとどまることなど出来ず、逃げだしていただろう。

 故にこそ、厳しい訓練に耐え抜いた彼らは“武装局員”と呼ばれるのだ。他の部署や民間の企業などにもAランク以上の魔導師は存在しており、魔力だけならば武装局員より遙かに高い者もいる。

 だが、非殺傷設定など搭載していないアームドデバイスを持ち、こちらを睨みつけながら殺気を飛ばしてくる魔導犯罪者を相手に、怯むことなく対峙し、執務官が到着するまで命を張って足止めする、それは魔力が高いだけの高ランク魔導師には不可能なこと、魔導師ランクはBであろうとも、彼らは“戦士”なのである。

 そして、高町なのはとフェイト・テスタロッサの最大の特徴は、その武装局員らと同等の精神性を有しているという点だろう。高い魔力を持っていようとも、それを扱う技能がなければ宝の持ち腐れだが、守護騎士と対峙するにはそれ以前の問題として、“不屈の心”が必須となる。

 技術の面では歴戦の強者であるベルカの騎士や、5歳の頃から訓練を積んできた執務官の少年には及ばずとも、骨が軋むような緊張感と恐怖が支配する実戦の場において、怯むことなく立ち向かう精神の強さを彼女らが持っているからこそ、リンディも決断を下した。


 【武装局員、配置完了、オッケー、クロノ君!】


 【了解】

 そして、戦力を如何に運用するかという点において指揮官の腕が問われる、戦力が揃っていなくとも、運用方法次第で高ランク魔導師を足止めすることも可能であり、今回はまさにその実例。結果だけ見るならば、Bランク魔導師12名のみによって、一発の射撃魔法を放つこともなく、Sランク相当の古代ベルカ式の使い手を釘づけにすることに成功した。さらに武装局員はその後も結界維持要員として機能できる。


 【主戦力もそっちに送ったよ、マルクとアップルジャックの両分隊は予備戦力としてアクティ小隊長が率いてるから、現状における戦力、AAA+の執務官一名、AAAランクの魔導師二名、AA+の使い魔一名、Aランクの小隊長一名、Bランクの武装隊員20名、あと、判別しがたい一応のAランク魔導師一名】


 無論、最後の一人はユーノ・スクライアしかあり得ない。


 【ウィヌ中隊は間に合わない。後25分くらいでポンド、フラン、ルピーの三個分隊と小隊長が到着するけど、それまで守護騎士を逃がさないことが絶対条件になる】


 【分かった。そっちは残りの二騎の捕捉、頼んだぞ】

 二騎が強装結界に閉じ込められた以上、残る剣の騎士と湖の騎士の二名も必ず出てくるはず。


 【艦長の指示の下で動いてるよ、アレックスとランディもこっちに着いて、海鳴市全域のスキャンを開始したけど、即興だからあまり精度は期待しないで】


 【了解だ】







新歴65年 12月7日 第97管理外世界  海鳴市  封鎖領域  ビル屋上  PM6:50




 「レイジングハート!」


 「バルディッシュ!」

 そして、彼女らの役割こそ、闇の書の守護騎士ヴォルケンリッターに対する主戦力。

 ギャレットのような捜査員はおろか、専門の訓練を積んだ武装局員ですら敵わない領域にいるベルカの騎士達。彼女らに対抗するならば、最低でもAランクは必要であり、それですら瞬殺される危険をはらむ。

 よって、彼らの役割はここまで、強装結界内部に守護騎士を閉じ込め、逃げられないよう外部から補強する。エース級魔導師が敵の打倒にのみ全力を注げる状況を作り出すという役目を、予期せぬ遭遇戦でありながら見事に果たした彼らの働きは見事の一言に尽きる。

 『Order of the setup was accepted.』
 『Operating check of the new system has started.』
 『Exchange parts are in good condition, completely cleared from the NEURO-DYNA-IDENT alpha zero one to beta eight six five.』
 『The deformation mechanism confirmation is in good condition.』


 「や、やっぱり」


 「今までと、違う」

 これより先はエース級魔導師の役割であり、闇の書の守護騎士ヴォルケンリッターと戦うため、いや、打倒するために生まれ変わった二機もこれまでとは異なっている。

 より強く、より堅牢に、己の主を守護するため、レイジングハートとバルディッシュは命題を同じくする新たなハードウェアへと進化した。

 代償として、セットアップに約4秒というやや長い時間を有することとなってしまっているが、二機の主達の役割は主戦力、万全整えた状態で戦うことを前提としているのだから問題はない。彼女らが別の任務に就くならば、その時に改めてデバイスマイスターがセットアップ時間に対する調整を行えばよいだけの話。


 【そう、それがその子達の選んだ姿――――9歳の女の子のデバイスとしてはちょっとどうかと思うけど、結界構築や報告書の処理、治療とかの汎用機能を一切捨てて、純粋に戦闘能力にのみ特化した、ベルカ式カートリッジシステム搭載型のインテリジェントデバイス】


 『Main system, start up.』
 『Haken form deformation preparation: the battle with the maximum performance is always possible.』
 『An accel and a buster: the modes switching became possible. The percentage of synchronicity, ninety, are maintained.』

 それが、ヴォルケンリッターに対抗するため、二機が選んだ道。

 エイミィとしては二人の少女の将来が少々不安になりそうな改善案だったが、これ以外の案をレイジングハートもバルディッシュも受け入れなかったため、この案で行くこととなった。


 【呼んであげて、その子達の、新しい名前を!】


 『Condition, all green. Get set.』

 『Standby, ready.』

 そして、解き放たれるその名は―――


 「レイジングハート・エクセリオン!」


 「バルディッシュ・アサルト!」


 『『 Drive ignition. 』』




 荘厳なる金 苛烈なる赤 装飾を施されながらも無骨 何より凶暴

 前方接続部に設置された弾倉に闘志を装填する破壊の象徴

 自動式カートリッジデバイス(オートマチック)、“レイジングハート・エクセリオン”




 精錬された黒 耽美なる黒 研ぎ澄まされた刃の如く美麗 何より冷酷

 六ある弾倉の最下部より無慈悲なる死を吐き出す殺意の象徴

 回転式カートリッジデバイス(リボルバー)、“バルディッシュ・アサルト”






 「あいつらのデバイス――――まさか! 正気か!?」

 二人の少女が見据える先に座す鉄鎚の騎士、彼女の驚愕に応えるように。


 『Assault form, cartridge set.』

 閃光の戦斧、バルディッシュ・アサルトは基本形態であるアサルトフォームを。


 『Accel mode, standby, ready.』

 魔導師の杖、レイジングハート・エクセリオンもまた基本形態であるアクセルモードをとり。


 「―――行くよ、フェイトちゃん!」


 「うん、なのは!」


 二人の少女は、魔導師と騎士の闘技場へと足を踏み入れる。









同刻  第97管理外世界付近  次元空間  時の庭園  中央制御室



 『このような展開となりましたか』

 時の庭園は現在、闇の書事件を追うために時空管理局の次元航行艦とほぼ同等の役割を果たしており、リンディ・ハラオウンがいる作戦本部はまさしくその中枢である。

 しかし、時の庭園の機能そのものに関してならば、この中央制御室こそが中枢となる。数多くの乗組員が搭乗し、人間によって動かされることを前提としている次元航行艦と異なり、時の庭園は機械によって動かされることを前提とした作りとなっている。

 そして、その中枢に座すは、管制機トール。彼が何を想い何を成すか、考えるまでもなくただ一つの答えしかあり得ないため、却って人間には理解しがたい。


 『この状況は、彼にとって予想外とは言えないでしょう。確率こそ低いものの、あり得る事態である以上、手を打っていてしかるべき。ならば、“彼女達”が周囲にいるはず』

 現在彼が有している情報は少なくない。しかし、決定的なものもまたなく、一言で“情報不足”と断言できる状況だ。

 “機械仕掛けの神”によって、風のリングクラールヴィントから得た情報、こちらからは守護騎士の行動理念や課せられている束縛をほぼ理解できたが、根源部分が判明していない。

 いや、それ以前の問題として闇の書のという存在そのものがおかしいのだ。ならば、守護騎士やそのデバイスから得た情報が間違いないものである保証もなく、無限書庫が開放され、闇の書そのものに関する信頼できるデータが揃わない限りは、彼は判断が下せない。

 そして、もう一つ。


 ≪オートクレール、貴方の依頼をお受け出来るかどうか、残念ながらまだ判断はつきません。彼の老提督が望む終焉は貴方より聞き知りましたが、話を聞く限りではそれを良しとしない方達もいらっしゃるようです≫

 返答はない、あるはずもない。

 管制機が独り言のように発したものは音声ではなく、通信のための信号でもない。ただ、彼の電脳、内部回路にパルスが走ったに過ぎない。

 だがそれは無意味ではない、中央制御室に在る彼はアスガルドと一心同体であり、トールの思考は彼に届く。そして、スーパーコンピュータの大演算機能が複雑極まる計算を絶え間なく行い続け、その思考はあるストレージデバイスへと送信される。

 闇の書事件の対策本部たる時の庭園から、オートクレールへと情報が送られることは当然の帰結であり、老提督も含めてそれを怪しむ者などいない。しかし、二機の古いデバイスは誰も知らない情報のやり取りをも行っていた。

 管制機に情報を伝えた彼はストレージデバイスであり、インテリジェントデバイスと異なり独立した意思を持たない。入力に合わせて出力を返すだけの端末に過ぎない彼らストレージデバイスに何を語りかけたところで意味はない。


 ≪故に今回、私は観測者に徹しましょう。フェイトの現在の望みは守護騎士の真意を知ることにあり、それについて私は詳しい情報を知り得ませんから、まずはその情報を得るために動きます≫

 だがしかし、時の庭園の管制機はストレージデバイスやアームドデバイスと意思を疎通させることを可能とする“機械仕掛けの杖”。

 機械と同調し、機械を理解し、機械を管制する。原初に彼に与えられた機能はそれであり、マイスターに娘が生まれなければ、その命題も異なったものとなっていただろう。


 ≪フェイトが守護騎士達の心を知り、その主、八神はやてに辿り着いた時、彼女が何を想うか、私の行動はそれ次第です≫

 管制機は知る、老提督の覚悟を。

 管制機は知る。老提督のみが知るはずであり、アースラの乗組員達が知らない闇の書の主の名を。

 だが、管制機は知らない、闇の書がその主にどのような影響を与えているかを。

 管制機は知らない、守護騎士達が何を知り、何を求めて動いているか。

 ただ、アルゴリズムに従って蒐集を行っているのか、それとも、アルゴリズムに背いた行動をとっているバグなのか。


 ≪ただし、異なる考え方もある。守護騎士達が主のために動くことがアルゴリズムに逆らうバグなのではなく、現在の闇の書のアルゴリズムこそが、本来ならばあり得ぬバグという可能性≫

 管制機たる彼は知る、闇の書の管制人格という存在は矛盾に満ちていると。

 大元が歪んでいる以上、守護騎士達とてその影響を受けている。さらに、それが主に如何なる影響を与えているかも未知数。

 未知のパラメータは数多く、大数式の解が見えない。この段階でアースラが八神はやてという少女に辿り着いたとして、果たして効果があるものか。

 闇の書を封じる的確な手段が確立されていない現状、守護騎士の真意が判明していない現状、守護騎士にとって管理局が“敵対者”でしかあり得ない現状、そして、闇の書とはそもそもどのようなものであったかが分かっていない現状。


 それらを鑑み、管制機は黙したまま観測を続ける。現在の彼が知り得ている情報、“闇の書の主は八神はやてという少女である”、これを開示したところで、フェイト・テスタロッサという少女の望みが叶うことに繋がるという演算結果が出なかった故に。

 そして、より基本的な理由として、トールというデバイスは十分な情報が揃わない限り行動を起こさない。唯一の例外はプレシア・テスタロッサから命令があった場合、彼女が何かを願った場合だが、それはもうあり得ない。

 だからこそ、彼は、黙したまま観察を続ける。見方によればアースラの全員を裏切っているようでもあるが、デバイスにとってはそうではない。デバイスが裏切ってはならないのは主と、与えられた命題のみ。

 人間ならば、“板挟み”という感情もあるが、デバイスにはそのようなものはない、電脳が導き出す計算結果のままに、ただ機能する。

 アースラの観測スタッフ、捜査スタッフ、さらには武装局員、彼らと協力し、彼らが休んでいる間も集まったデータの分析を続け、守護騎士を捕捉するための包囲網の構築に大量のリソースと数多くの魔導機械を費やしながら、彼は“闇の書の主”に関するデータを開示しない。

 だがしかし、そこに矛盾はない。


 『アスガルド、戦況の推移を見守りながら守護騎士の行動を観察します。いざとなれば中隊長機を現場へ転送しますので、転送ポートの準備も並行して行い、また、武装局員に負傷者が出る可能性も考えられますから、“ミード”と“命の書”を用意した上でメディカルルームを手術可能な状態に維持するように』


 『了解』

 現状、その情報を開示したところで、生じるのは不協和音のみ。情報源が明かせない情報は、余分な混乱をもたらす危険が高い。

 つまりは、リスクとリターンの問題でしかない。得られる利益よりも、その行動がもたらす不利益の方が大きいという演算結果が出たため、トールはその情報を開示しない、ただそれだけのことである。

 人間と異なり、機械である彼にとっては――――

 ただ、それだけのことでしかない。



 最後の闇の書事件、守護騎士と管理局の二度目の戦いが始まり、長い夜の終わりへと、時計の針は進んでいく。





あとがき
 ちょうど原作の第四話が終わったところで守護騎士との第二回戦開始です。A’S編を書いていて、物語が進む過程を何度も見返すと、闇の書事件へのオリキャラの干渉が実に難しいことを思い知らされます。
 仮に、原作知識があったとして、無印であればフェイトの事情やプレシアの目的、そして何よりもジュエルシードの発動タイミングを知っていることはかなりのアドバンテージとなりますし、原作をより良い形に導くことも出来ると思います、仮に上手くいかなかったとしても、基本的になのはとフェイトの二人が軸なので、この二人が触れ合うように誘導できればよいわけです。
 しかし、A’S編は人間関係がより複雑に絡んでおり、特にグレアム提督とアースラ、守護騎士の立ち位置は非常に難しいものがあります。原作知識によって闇の書の主や守護騎士の事情が分かっていても、闇の書が完成しない限りは打つ手がないという状況は変わらず、下手に干渉すると“こじれてしまう”可能性が非常に高いのです。それを無理に繋げようとすると、守護騎士が理由もなくオリキャラの言うことを信用したり、グレアム提督が11年間の苦悩と葛藤をあっさりと捨て、方針を変えてしまうことになったりと、プロットの構成段階では無数のボツ案が積み上げられることとなりました。
 なので、無限書庫が開放され、“闇の書そのものに関する信頼できる情報”が揃わない限りは、無暗に介入しない方が物語が纏まる、という結論に達しました。トールはクラールヴィントとオートクレールよりそれぞれの陣営の事情をある程度知っており、アースラの方針についてはほぼ全て知っています。ならば、現段階におけるトールの選択肢は“静観しながら情報収集に努める”以外に成りえません。フェイトが『あの爺さんムカつくから、ぶっ殺す』や『守護騎士の野郎ども、舐めやがって、ぶっ殺す』(
フェイトの性格ではありえないことですが)と言えば話は違いますが、フェイトにもまだ心の中で望む闇の書事件に関する明確な終焉の形がない以上、トールは積極的な行動には出ません。
 ということで、原作の第八話くらいまでトールは裏方に徹し、事件の展開も原作に近い形となります。ただ、最初の戦闘のように戦闘内容は変えていくつもりですので、頑張っていきたいと思います。それではまた。




[26842] 第十六話 主と鍋のために
Name: イル=ド=ガリア◆ec80f898 ID:97ddd526
Date: 2011/04/09 12:01
第十六話   主と鍋のために


新歴65年 12月7日 第97管理外世界  海鳴市  スーパー三国屋  PM6:30



 時は、少しだけ遡る。


 「そやけど、最近みんな、あんまりお家におらんようになってしまったね」


 「えっ、ええ、まあその………なんでしょうね」

 唐突に振られた話題に、シャマルは咄嗟に切り返しが出来なかった。

 とはいえ、彼女を責めることは出来まい。他の三人であったとしても、この言葉に明確に返せる答えを持ってはいないのだから。


 「別に、わたしは全然ええよ、みんなが外で色々やりたいことがあるんやったら、それは別に」


 「……はやてちゃん」


 「それに、わたしは元々一人やったしな」


 「―――!」

 だが、その言葉だけは、彼女はただ受け入れるわけにはいかなかった。


 「はやてちゃん、きっと大丈夫です!」


 「シャマル?」


 「今は皆忙しいですけど、あと少ししたら、きっと」

 それは、願いであると同時に誓いでもある。

 例え何があろうとも、この少女だけは救うと、彼女ら四人は誓ったのだから。


 「―――そっか、シャマルがそう言うなら、きっとそうなんやね」

 車椅子に乗った少女は、優しい笑みを返す。長い夜の中で凍て付いた守護騎士達の心を溶かしてくれた、光のような笑みを。

 本当に、自分達は素晴らしい主を持ったと改めて思いながら、シャマルははやての車椅子を押し、買い物に戻る。


 「今夜はすずかちゃんも来てくれるし、お肉はこんなもんでええかな?」


 「ええ、ヴィータちゃんがたくさん食べる分を考えても」


 「外は寒いし、今夜はやっぱり温かお鍋やね」


 「はい」

 そして、買い物を終え、外に出た少女は、冷え込む空気に僅かに身を震わせ、手に息をかけながら、空を見上げる。



 「みんなも、外で寒うないかなぁ」

 季節は冬、6時を過ぎれば既に空は漆黒の帳が降りてきている。

 綺麗に澄んだ星空を眺めながら、闇の書の主である少女は家族に想いを馳せる。

 僅かに位相をずらした同一の次元空間において、繰り広げられる戦いの嵐を、未だ知ることなく。


 少女は、ただ純粋に家族のことを想っていた。











新歴65年 12月7日 第97管理外世界  海鳴市  強壮結界外部  上空  PM6:52




 「強装型の捕獲結界、ヴィータ達は、閉じ込められたか」

 海鳴市の上空に浮遊するは、ヴォルケンリッターが将、剣の騎士シグナムとその魂、炎の魔剣レヴァンティン。


 『Wahlen Sie Aktion! (行動の選択を)』


 「レヴァンティン、お前の主は、ここで退くような騎士だったか」


 『Nein.(否)』


 「そうだレヴァンティン、私達は、今までもずっとそうしてきた」

 カートリッジがロードされ、レヴァンティンの刀身に炎が宿る。これより彼女が何を試みるかなど、考えるまでもない。

 知謀を尽くして敵の裏をかくのは彼女の領分ではない、剣の騎士シグナムは常に真正面から敵を見据え、切り捨てることをこそ矜持としている。

 だが、同時に―――


 <ヴィータとザフィーラが捕縛されたということは、例の黒服が来ているな>

 将でもある彼女は、自分達が置かれている戦況を正確に把握していた。クラールヴィントのように探知能力に長けているわけではないため、結界内部の状況は突入してみなければ分からないが、敵の主戦力が集結しているであろうことは疑いない。

 そしてさらに、今のシグナムには普段を遙かに超える探知能力が備わっている。それは彼女自身の力というわけではないが、遠隔探査を行える頼もしい味方が、彼女にはいるのだ。


 <そして今、確かに息を飲む気配がした>

 彼女がわざわざレヴァンティンへ問いかけ、己の選択を誇示するように掲げているのにも相応の理由がある。ほぼ間違いなく、結界を維持している者達の他にも戦況を観測している者達がいる、正確な位置までは探れないが、気配の僅かな動きがあれば、規模や役割程度は察することが出来る。


 【シャマル、お前は今動けるか?】


 【ええ、買い物は済んだし、今ははやてちゃんがお鍋の用意をしてくれてるから、すぐに出られるわ。状況も、貴女のおかげで分かっている】

 ヴィータとザフィーラが蒐集から帰還し、スコッチ分隊とはち合わせてからの数分間、シグナムはただ座していたわけではない。

 強装結界が展開されるまでに周囲を飛び回り、後続が駆けつける気配がないかを探った結果、強力な魔力反応が結界内部へ転移してきたことを感じ取った。

 そうして、敵の主戦力が強装結界内部におり、指揮官は例の黒服の少年であり、武装局員が外部から結界を維持し、さらに自分とシャマルの出現に備えた伏兵が配置されていることを知り得た。


 【お前が、これを託してくれたからな】

 そしてそれを余すことなくシャマルが知ることが出来る理由こそ、シグナムの手に握られる一つの指輪、クラールヴィントである。

 クラールヴィントは四つの指輪で一つのデバイスの機能を果たすため、リング同士の繋がりは他のデバイスとの連携とは比較にならない。唯一比肩しうるとすれば、時の庭園の管制機トールと、中枢コンピューターのアスガルドのみであろう。

 その指輪の一つをシグナムが持ち、レヴァンティンと接続する。クラールヴィントは補助・通信に特化しており他のデバイスとの連携を行うことを可能とする。流石に管制機トールのようにリソースの共有までは不可能だが、情報のやり取りならば問題なく行える。


 【これを私が持ったまま強装結界内部へ突入した場合、お前は内部の様子は分かるか】


 【大丈夫、分かるわ】


 【そうか、ならば私は内部へ飛び込もう。お前は中には入らず、外部の敵を叩いてくれ、だが、例の黒服が出てきたら注意しろ、直接は戦うな】


 【ええ、そうするわ、私では彼の相手にはならないでしょうし】

 なすべきことが決まったならば、即座に行動に移すのみ。

 クラールヴィントによって結界の内部と外部が完璧な連携が取れるならば、管理局を出し抜く方法はある。無論、実現させるのは容易ではないが、彼らは一騎当千のベルカの騎士にして、誉れ高き夜天の騎士、この程度の難局を凌げぬはずがない。



 【お前の魂の一部を借りていく、そちらもぬかるな】


 【ご武運を、騎士シグナム】










同刻  第97管理外世界  海鳴市  強壮結界内部  ビル屋上




 「私達は、貴女達と戦いにきたわけじゃない。まずは話を聞かせて」

 黒いバリアジャケットを纏った少女が静かに語りかけ。


 「闇の書の完成を、目指している理由を」

 白いバリアジャケットを纏った少女も、守護騎士の戦う理由を問う。

 鉄鎚の騎士と盾の守護獣と対峙する少女二人は、自分達がやってきたのは戦うために非ず、話を聞くためなのだと告げていた。

 相手と戦う前に、まずはその真意を知りたい、それが、なのはとフェイトの偽らざる気持ちであった。

 しかし――――


 「あのさあ、ベルカの諺にこういうのがあんだよ」

 鉄鎚の騎士ヴィータの内心は、“こいつらはマジで言ってるのか?”、というものであった。


 「和平の使者なら、槍は持たない」


 「――――?」


 「――――?」

 その言葉に対して、なのはとフェイトは首を傾げる。片や現代に生きるミッドチルダ人であり、片や地球人、中世ベルカ時代の諺を熟知しているはずもない。


 「話し合いに来たってんのに武器を持ってくる奴がいるか馬鹿、って意味だよ、バーカ!」


 「んなっ! い、いきなり有無を言わさず襲いかかって来た子がそれを言う!」


 「それにそれは、諺ではなく、小噺の落ちだ」

 的確にツッコミを入れるザフィーラだが、彼も意味もなくそうしているわけではない。

 彼の瞳は、少女二人の目をじっと見据え、その言葉に偽りがないかどうかを探っていた。その言葉が真実ならば、管理局が闇の書の主を問答無用で捕えようとはしていないこととなり、ともすれば彼らの今度の行動方針に関わるかもしれないのだ。


 「うっせ! いんだよ、細かいことは」

 とはいえ、今のなのはの現状を例えるならば、44口径の拳銃(レイジングハート)で武装していた少女が、薙刀(グラーフアイゼン)で武装した少女に襲われ、拳銃が大破。代わりに、ロケットランチャー(レイジングハート・エクセリオン)を携えて薙刀を持った少女の前にやってきた、という感じである。


 「なのは、フェイト………今のレイジングハートとバルディッシュを構えながら言っても、説得力が……」


 「………言うな、ユーノ」

 レイジングハート・エクセリオンとバルディッシュ・アサルトは見事なまでに戦闘に特化したデバイスであり、それを起動させ、臨戦態勢をとりながら“話し合いをしに来た”と言っても説得力が微塵もない。どう考えても、“お礼参りに来た”という印象しか持たれまい。

 デバイスを持っていない少年の意見は尤もであり、杖型の汎用性の高いデバイスを持つ少年の意見も同じであったが、一応はフォローになっていないフォローをしておく。なんにせよ、なのはとフェイトの感性はやはりどこか一般認識とずれているようであった。


 <しかし、随分と、人間らしいな………>

 それよりも、クロノが注目した部分は別にあった。

 彼も以前の戦いにおいて紅の鉄騎と対峙したが、その時の印象は油断ならない強敵、というものであった。今もそれは変わらないが、随分と見た目相応、より端的にいえば子供らしい印象を受ける。

 本来、守護騎士は人間でも使い魔でもなく、闇の書に合わせて魔法技術によって作られた疑似人格、主の命令を受けて行動するプログラムに過ぎないはず。少なくとも、管理局が経験してきた八度に及ぶ闇の書事件においてはそのように報告されている。

 ならば、その相違点は一体何に由来するのか―――


 <直観的なものなのかもしれないが、なのはの言葉も核心を突いている。なぜ守護騎士達が蒐集を行い、闇の書の完成を目指しているか、そもそも、主は守護騎士に何を命じた? 命を奪わぬように蒐集をする真意とは>

 現状は二対五、このまま一気に攻めれば倒すことは可能であろうが、それだけでは根本的な解決にはならない。主がいる限り守護騎士の再生は可能であり、闇の書本体とその主を見つけ出すことが重要なのだから。


 <なら、ここは―――>

 その時、凄まじい音と共に、強装結界の一部が突き破られた。


 「―――シグナム」

 金色の髪の少女、フェイトの呟きの通り、落雷の如き閃光が落下したビルの屋上には―――


 「………」

紫色の魔力を纏い、炎の魔剣レヴァンティンを構えし烈火の将、シグナムが存在していた。


 <これで、五対三か、ここで彼女らを捕えられればいいんだが>

 それは少々厳しいだろうとクロノは推察する。ここまでは自分達に有利に進んでいるが、やはり守護騎士達にとっては撤退出来ればそれでいいという状況は変わらず、勝利条件は向こうが圧倒的に有利なのだ。

 そして、ここが市街地であることも管理局にとって不利な条件だ。万が一にも民間人を巻き込むわけにはいかないため、強装結界よりもさらに大きく封鎖結界を張らなければならず、一定以上の距離を逃げられた場合、軽々しく追うことが難しくなる。

 法の制限を受けず、自由気ままに動き回れるのはいつの時代も犯罪者の特権。どんな理由があろうとも守護騎士達が犯罪者である現状は変わらず、それだけに自由でもある。



 「ユーノ君! クロノ君! 手を出さないでね! わたし、あの子と一対一だから!」


 「本気か………」


 「あの眼はマジだよ」

 と、様々な事柄について考えている現場指揮官と異なり、主戦力の一人の思考は既に固まっている模様。流石に付き合いが長いユーノはなのはの目が大マジであることを察した。


 「アルフ、私も………彼女と」

 そして、もう一人のAAAランク魔導師も、強装結界を破って突入してきた騎士にのみ、その目が向いている。


 「ああ、私も野郎に、ちょいと話がある」

 その使い魔の女性もまた、自らと同じ存在であると思わしき、狼の耳と尾を備えた男性を見据える。


 <三対三か、どうやら、向こうの戦闘思考も固まりつつあるようだな>

 なのは、フェイト、アルフの三人にそれぞれ視線を向けられているヴィータ、シグナム、ザフィーラの三騎も、相手を見据え戦意を固めているように見受けられる。

 守護騎士はベルカの騎士であり、一対一ならば負けはないと呼ばれる存在。ならばこそ、一対一を挑まれたならば逃げに徹する可能性は低い。

 下手にユーノとクロノが参戦し、五対三という不利な状況となれば守護騎士が一点突破の逃走にのみ集中する可能性が高いが、あえてこちらの戦力を絞ることで一対一を美徳とする騎士の誇りに訴えるという手も悪手というわけではなく、妙手と言うべきかもしれない。


 【ユーノ、それならちょうどいい、僕と君で手分けして、闇の書の主を探すんだ】


 【闇の書の――】


 【連中は持っていない。恐らく、湖の騎士か、主が近くにいるはずだ。僕は結界の外を探す、君は内部を】


 【分かった】

 そして、それぞれの役割が定まる。誰も口に出した者はいないが、この場にいる8人の誰もがそれを理解していた。


 『Master, please call me “Cartridge Load.”(マスター、カートリッジロードを命じてください)』

 戦いの開始が近いことを悟った魔導師の杖は、主に新たな力の開放を促す。


 「うん、レイジングハート、カートリッジロード!」
 『Load Cartridge.』

 魔導師の杖、レイジングハート・エクセリオンが自動式(オートマチック)のカートリッジをロードし、なのはの全身に桜色の魔力が満ちる。


 『Sir.』

 「うん、わたしもだね」
 
 フェイトもまた、己の愛機を構え。


 「バルディッシュ、カートリッジロード」
 『Load Cartridge.』

 閃光の戦斧、バルディッシュ・アサルトが回転式(リボルバー)のカートリッジをロードし、フェイトの全身に金色の魔力が満ちる。


 「デバイスを強化してきたか………気をつけろ、ヴィータ」


 「言われなくても!」

 ザフィーラの言葉に反応しながらも、ヴィータの目はなのはとレイジングハートに注がれている。ザフィーラもまた、アルフの一挙一動を目で追うことを怠ってはいない。


 「………」

 無言のままに炎の魔剣を構える烈火の将の視線の先にいるのは、閃光の戦斧を構えた少女。それぞれが臨戦態勢に入り、動くタイミングを見計らっている。

 だが、戦いの始まりを告げる鐘は、予想外のところから現れた。


 「これは」


 「結界が―――」

 その瞬間、強装結界に異変が生じた。目の前の敵に集中する6人には感知できず、これから結界の外に向かおうとしていたクロノと、結界内部の探索を開始しようとしていたユーノにしか感じ取れないものであったが、強度が僅かながら下がっている。しかもこれは、外部から攻撃を受けたわけではなく―――


 「湖の騎士、先制攻撃か」

 ヴォルケンリッターの最後の一人、湖の騎士シャマル。後衛型である彼女が武装局員を直接攻撃してくるとは考えにくかったが、どうやらそれは甘かったらしい。


 「ユーノ、僕は外へ向かう。なのは達のサポートと、結界の維持を任せていいか」

 即座にクロノは判断した。外で強装結界を維持している武装局員がやられれば、当然強壮結界の強度もなくなっていく、それを防ぐにはクロノが向かうしかないが、既に僅かながら弱まっている結界を内側から支える役も必要となる。


 「うん、任せて」

 そして、その役にユーノ・スクライア以上の適任はいない。なのは、フェイト、アルフの三人はヴォルケンリッター三騎を抑える役があるため、唯一手が空いているユーノが彼女らの逃走を封じる役となり、クロノが湖の騎士を捕縛する。

 現状ではそれは最善の策と思われ、決して悪手とは呼べないだろうが、彼らの認識はまだ甘かった。

 湖の騎士シャマルと闇の書、この二つが揃った時、凶悪極まる連携が完成する。

 それを、彼らは思い知らされることとなる。









新歴65年 12月7日 第97管理外世界  海鳴市  強壮結界外部   PM6:55



 「リンカーコア、蒐集」

 『Sammlung. (蒐集)』

 湖の騎士シャマル、彼女は強装結界からかなり離れた場所に位置し、“旅の鏡”を二つ同時に展開、武装局員のリンカーコアをその両手によって抉り出していた。

 さらに、抉り出されたリンカーコアは彼女の胸の前に浮いている闇の書へと吸収されていき、無地であったページに古き時代のベルカ語の文章が刻まれていく。

 強装結界は外部から武装局員が補強しており、そう簡単に出られるほど柔なものではない。守護騎士の逃走を封じるという点では有効な手段であることは間違いないが、逆に言えば、強装結界を維持する12人の局員達は動けないこととなる。

 そしてそれは、シャマルのリンカーコア摘出の格好の餌食となる。シグナムの攻撃と異なり、シャマルの攻撃は出所が分かりにくく、捕捉するのは困難を極める。


 「いたぞ! あそこだ!」

 だがしかし、それも強装結界内部からという前提がつく、リンディとクロノは予め結界外部に二個分隊8名を待機させてあり、Aランクの小隊長がそれを率いている。他の三騎ならばともかく、白兵戦を得意とはしないシャマルにとってはかなり厳しい数だ。

 さらに、クロノも強壮結界から外部に出て、シャマルを仕留めるべく動き出している。AAA+ランクの執務官とAランクの小隊長、さらにはBランクの武装局員8人を同時に相手にするなど、戦闘に特化したオーバーSランクの魔導師といえども辛いものがある。

 しかし、それもまたシャマルの計算の内であり、風の参謀は敵に伏兵があることを理解した上で、リンカーコアの蒐集に踏み切った。ならばそこには相応の勝算があってしかるべきであり、勝算があるからこそ彼女は大胆な攻めに出ているのである。


 「闇の書よ、守護者シャマルが命じます―――――――ここに、偽りの騎士の顕現を」

 クロノの予想通り、闇の書は湖の騎士シャマルが持っていた。それはつまり、たった今蒐集したリンカーコアを消費することによって、偽りの騎士の顕現が可能となることを意味している。

 シャマルが今蒐集したリンカーコアは6ページ。Bランクの武装局員二人分であり、健康な成人男性であり、身体も鍛えているという事実が、限界に近い蒐集を可能としていた。

 つまり、なのはに比べて彼らは限界近くまでリンカーコアを蒐集されていたということであり、やはり、民間人である少女に比べ、武装局員に対しては容赦というものがないシャマルであった。


 「な――!?」

 そして、出現した光景に対しての驚愕はどの局員のものであったか。流石の武装局員も、“闇の書を抱えた湖の騎士”が6体も同時に現れては混乱するなという方が無理であった。

 さらに、それぞれが飛行魔法で異なる方角へと散っていく。かつての騎士と異なり1体につき1ページ分が消費されており、飛行速度も速く、有する魔力も多い、咄嗟に魔力の強さによって見分けがつくはずもなく、そもそも、闇の書のページを消費して作られた偽りの騎士の見破り方はまだ検討中なのだ。


 「慌てるな! 数ではまだこちらが有利だ、一体につき一人が付き、捕捉し続け偽物かどうか判断しろ。ハラオウン執務官は既にこちらに向かっている、それまで逃がすな!」


 「「「「「「「「  了解!  」」」」」」」」


 だが、武装局員を率いる小隊長も経験豊富な強者であり、予想外の展開に対しても慌てることなく的確な指示を下していく。

 湖の騎士シャマルのリンカーコア摘出は凶悪極まりない技だが、高速で飛行している相手に放つのは流石に厳しい、強壮結界を維持している者らはともかく、シャマル目がけて距離を詰めていく彼らを捉えられるものではない。

 ならば、敵が7人に増えたところで数の優位はまだこちらにある。囲んで捕縛することは既に不可能だが、本物の捕捉さえ出来ていれば、後はAAA+ランクを誇るアースラの切り札、クロノ・ハラオウンに任せればよい。


 「逆巻く風よ―――」

 しかしこちらもさるもの、追い討ちをかけるように本物のシャマルが巨大な竜巻を発生させ、武装局員達の視界を遮る。以前と同じくほとんど威力のない張りぼてではあるが、その用途は攻撃ではなく当然別にある。


 <これなら、どれが本物の私か見分けがつかないでしょう>

 ビルの内部に身を隠しつつ、彼女は自分の作戦が上手くいっていることを確認する。強装結界のさらに外側まで広域に封鎖結界が張られているため、一般人を巻き込む危険もない。

 この点もまた、管理局にとっての地の利の悪さを示している。都市部での戦いにおいては万が一にも一般人を巻き込むわけにはいかないため、管理局は広域に渡って封鎖領域を展開せねばならず、Aランクの小隊長がその役を担っているが、彼が戦線に加われないことはこうなると響いてくる。

 かなりの広域に渡って封鎖領域を展開している小隊長は部下に的確な指示を飛ばすことは出来るが、前線に出ることは難しい。万が一彼が墜とされた場合、封鎖領域が解除されてしまうからだ。

 逆に言えば、彼が健在である限りはクロノは市街地の結界のことを気にせず全力で戦えることとなるが、彼が到着するまでの僅かの間にシャマルは容赦ない追撃をかける。


 「つ か ま え た」


 彼女の表情が冷たい笑みを浮かべる。ヴィータをして、“シャマル怖え”と言わしめる夜叉の笑みである。


 「さらに、6ページ」

 湖の騎士シャマルの両手に、さらなるリンカーコアが握られている。既に彼女の手によって、四人の武装局員が散ることとなった。









同刻  第97管理外世界  海鳴市  強壮結界内部




 現場指揮官である黒衣の魔導師がシャマルに対処するために強壮結界の外部へ出た瞬間を、待ち構えていた者がいる。


 <シャマルは、上手くやっているようだな>

 ヴォルケンリッターが将、剣の騎士シグナム。

 彼女の方からは強壮結界の外側の様子を探ることは出来ない。シャマルに対して念話を飛ばすことは可能だが、リンカーコアの摘出を行いながら武装局員を相手にしているであろうシャマルには、外側の状況を教えられる余裕はあるまい。

 だが、クラールヴィントの一つがシグナムの手にある以上、その逆は可能である。シャマルが外部から観察し、タイミングを計ることで彼女らの策は完成を見る。


 そして―――


 【シャマルの合図に合わせ、私とヴィータで結界を破壊する。それまでは個々で相手をすることとなるが、主が鍋を完成させるまであまり時間もない、早急に隙を作り出すぞ】


 【どうすんだ?】


 【挑んでくる敵を避けるのは騎士として褒められたことではないが、鍋を用意して待っている主を待たせる不忠に比べればさしたるものでもない。再戦を望む彼女らには済まないが、こちらが合わせられるほどの余裕は私達にもない】


 【つまり、組み合わせを替えるというわけか】

 現在、シグナム、ヴィータ、ザフィーラはそれぞれ異なる方向へ移動しており、それぞれを追う形でフェイト、なのは、アルフがついてきている。

 なのはがヴィータと一対一だと宣言し、フェイトもシグナムとの対戦を望み、アルフもザフィーラに用がある以上、当然の組み合わせではあるが、それはあくまで彼女らの都合であり、ヴォルケンリッターがわざわざ合わせる義理はない。

 そして何より、彼女らには早急に鍋を用意して待っている八神はやての元に戻らねばならないという使命がある。敵の主戦力が到着した以上は既に短時間での蒐集は不可能であり、将の判断は迅速であった。

 クロノ・ハラオウンの唯一の計算外は、八神はやてが月村すずかと共に鍋を用意してヴォルケンリッターの帰りを待っているという点に他ならず、その理由だけは、“闇の書事件”を追っているクロノに分かるはずもない。

 もしこれが夕食後ならばシグナム達もなのは達の挑戦に応じたであろうが、今は夕食前、八神家において夕食を皆で食べることは定められた掟であり、“騎士の誇りに懸けて”破るわけにはいかないのだ。

 さらに今夜は、主が家に客人を招いている。騎士達の価値観に合わせれば、客人を招いている主の下に臣下が遅れることは不忠の極み。

 何気に、なのはとフェイトの挑戦を粉砕した最大の要因は月村すずかだったりするが、それはまあ、不幸な偶然というものだろう。というより、すずかが八神家に招かれていたからこそヴィータとザフィーラが早めに帰ってきて、管理局に捕捉されることになったのであり、必然と言えば必然であった。


 【私が白服の魔導師を相手にする。ヴィータは敵の守護獣を、ザフィーラはテスタロッサを叩いてくれ、主はやてと鍋のために】


 【分かった。あいつには悪いが、はやてと鍋のためだ】


 【了解だ、では、一旦合流するぞ、主と鍋のために】


 それまで、戦闘区域を離すように移動していた三人が急激に方向を転じ、一箇所に合流するべく動き出す。

 全ては主と鍋のため、ヴォルケンリッターは一対一の矜持を捨て、速攻で勝負を決めに出たのである。




■■■



 「………どういうことだ?」

 さらに二人の武装局員がやられ、残り八人となったことによって、弱まった強壮結界を固め直しながら三騎の動きを観察していたユーノは突然の行動の変化に疑問を覚える。

 だがしかし、ユーノの本分は戦闘指揮ではなく、敵の戦略を読み取ることを得意とはしていない。彼の頭脳は明晰であり、大抵の事柄ならば察知しえるが、戦場における駆け引きというものは特殊なものであり、何よりも経験がものを言う。

 こうなると、ヴォルケンリッターを捕えるための強壮結界も、戦闘要員と現場指揮官を分断してしまうという副作用が出てくる。四人全員が高度な戦略眼を有しているヴォルケンリッターと異なり、全体を見渡しながら戦う能力に長けているのがクロノ一人という経験の差が響いてくる。

 レイジングハートとバルディッシュが強化された今、個々人の戦闘能力ではほぼ対等にまで迫ったはずだが、やはり戦略、戦術の面で守護騎士はなのは達の上を行く、遭遇戦における臨機応変の駆け引きでは及ぶべくもない。


 「合流するつもりなのか………でも、どうして」

 合流することで二対一の状況に持ち込めたりするのならば分かるが、それぞれをなのは、フェイト、アルフの三人が追っている現状では、合流したところで三対三にしか成りえない。


 「じゃあ、連携を………でも、彼らの戦いはあくまで一対一が基本のはず」

 前回の戦いにおいてヴォルケンリッターは高度な連携を見せたが、その戦いは一対一が基本であり、それらが組み合わさったものに過ぎない。大勢を相手にする場合ならばともかく、エース級魔導師を相手にするならば、やはり一対一でこそベルカの騎士は本領を発揮する。

 後衛型の湖の騎士ならばその限りではないだろうが、彼女は強壮結界の外でクロノが相手している。残る三騎は前衛と壁役であり、サポートよりも自らが戦うタイプ、ならば、合流したところで特に益はないはず。


 ならば、なぜ―――




■■■




 「ふん、結局やんじゃねーかよ!」


 「わたしが勝ったら、話を聞かせてもらうよ、いいね!」


 「ふんっ、そいつは、無理な話だ!」

 しばらく高速移動を続けていたヴィータだが、空中で静止し、その掌に鉄球が握られる。


 『Schwalbefliegen.(シュワルベフリーゲン)』

 鉄鎚の騎士ヴィータが得意とする遠距離攻撃魔法、シュワルベフリーゲン。


 「ふんっ!」

 だが、その対象はなのはではなく―――


 「えええ!?」

 タイミングを合わせ、近くまでやってきていたザフィーラ。

 ヴィータが放った鉄球は味方目がけて放たれ、一直線に突き進む。


 「おおおおおおお!!」

 だがそれは予定調和。自身に向かってくる鉄球をザフィーラは渾身の一撃でもって蹴り返し、その方角はなのはでも、ザフィーラを追っていたアルフでもなく―――


 「フェイトちゃん!」


 「―――!」

 『Defensor.』

 シグナムを追う形で飛行していたフェイト、予想もしなかった方角からの奇襲に驚愕する彼女だが、バルディッシュは即座に防御し、カートリッジによって強化された障壁はシュワルベフリーゲンをものともせず弾く。


 「紫電―――」

 しかし、ヴォルケンリッターの連携はそこで終わるほど優しくはない。レヴァンティンがカートリッジをロードし、炎の魔剣の刀身に炎熱変換された魔力が満ちる。

 その一撃を身をもって知るフェイトは回避すべく距離を取ろうとするが―――


 「なのは!」


 「一閃!」

 その一撃はフェイトではなく、瞬時に距離を詰め、なのは目がけて放たれた。


 『Protection Powered.(プロテクション・パワード)』

 「レイジングハート!」

 だが、閃光の戦斧と同様、魔導師の杖もまた奇襲に対して即座に対応して見せた。シグナムの紫電一閃を真正面から受け止め、徐々に削るように押し込んでくる刀身をなのはへ触れさせることなく―――


 『Barrier Burst.(バリアバースト)』

 展開したバリアを破裂させることにより、爆風と衝撃を発生させ距離をとる。砲撃魔導師であるなのはにとって距離を詰められることは鬼門であり、剣士であるシグナムと接近戦を行うのは無謀を通り越して愚行でしかない。


 「アイゼン!」
 『Explosion.』

 ヴィータもまた、機を逃さず追撃へと移る。一人に対して二人がかりで挑むのはベルカの騎士の戦いではなく、彼女の狙いも当然なのはではない。


 『Raketenform.(ラケーテンフォルム)』

 「でえええええええやあああぁぁ!!!」

 さらに、ヴィータを呼吸を合わせ、ザフィーラもまた追撃に移り―――


 「はああああああ!!!」

 ヴィータとザフィーラは空中で交差するようにすれ違い、ヴィータによる鉄鎚の一撃はアルフへと、ザフィーラの拳はフェイトへと叩き込まれる。


 「く、ううう―――」

 アルフはラウンドシールドを持って対抗するが、ラケーテンフォルムは噴出機構のエネルギーによる大威力突撃攻撃を行うための強襲形態。なのはやユーノのバリアも砕いており、まともに受けてはどう抵抗しようとも破壊される。


 「舐めるんじゃないよ!」

 だが、アースラ組とて何の研究もしていないわけではない。なのはならばプロテクション・パワードで受け止める予定であったように、アルフもまた一応の対策を練っている。

 アルフが取った方策は受けとめることではなく、拳によって攻撃軌道を逸らすこと。武器を持たない彼女は攻撃レンジが短い代わりに、懐に入り込まれても防御が可能という利点があり、それを最大限に利用し、グラーフアイゼンの打突部分ではなく、柄の部分に拳を叩き込むことで薄皮一枚の回避を成功させる。


 「バルディッシュ!」
 『Haken Form.(ハーケンフォルム)』

 ザフィーラに対してフェイトがとった対抗手段は、アルフのそれよりもさらに攻撃的なもの、早い話がカウンターであった。

 バルディッシュ・アサルトの近接戦闘用の形態であり、以前のサイズフォームに比べ魔力刃のサイズアップと魔力密度・切断力の強化が図られ、後方に姿勢制御を行うフィンブレードを3枚増設されているハーケンフォルムによる一撃。


 「―――せい!」

 だがここで、少々奇妙な事態が生じる。

 ザフィーラがフェイト目がけて拳を放ち、フェイトがハーケンフォルムによって迎撃する、という構図であったはずが、いつの間にやらフェイトが放った一撃をザフィーラが柄の部分に拳を叩き込むことで軌道を逸らす、という事態になっている。

 盾の守護獣の名が示すとおり、ザフィーラの戦い方は先の先を取るものではなく、後の先をとるカウンター狙いが主体。対して、フェイトは高速機動による先の先を得意とする以上、このような噛み合わせとなるのは至極当然の話ではあったが―――


 「お前の相手は、私が務める。シグナムと戦いたくば、まずは我が盾を突破することだ」


 「………」

 フェイトに対し、盾の守護獣ザフィーラが。





 「そういや、あん時バインドで捕まえてくれた礼をしてなかったよな」


 「そんなの律儀に覚えてる必要はないよ」


 「わりいな、受けた恩は倍返しがあたしの流儀なんだ」

 アルフに対し、鉄鎚の騎士ヴィータが。





 「ヴォルケンリッターが剣の騎士、シグナム。お前の友の名は聞いたが、私はお前の名を知らない、聞かせてもらえるか」


 「なのは、高町なのは」


 「高町なのは――――覚えておこう」

 なのはに対し、剣の騎士シグナムが。


 一対一が並行して三箇所で行われる三局の戦い、という点では同じであれど、管理局の魔導師達が意図したものとは異なる組み合わせによる戦いが、ここに始まろうとしていた。

 全ては、心優しき主と鍋のために。






この当時の守護騎士の優先順位

はやて>石田先生>すずか・鍋>近所の人達・爺ちゃん婆ちゃん>なのは・フェイト>管理局員

となっています。

あとがき
原作の第四話を見返していて感じたのは、アースラの武装局員達の度胸が半端ないということでした。彼らは標準的な武装局員と思われるので、そのランクはせいぜいBランク、なおかつ、空戦魔導師にとっては“至近距離”と言っても過言ではない距離で対峙していましたから、ヴィータとザフィーラが距離を詰め、全力の一撃を放てば瞬殺されること間違いない状況で、真正面から立ち向かっていたことになります。
 仮に、StS開始時点におけるフォワード四名が、リミッターなしのヴィータと正面から対峙し、いつ“非殺傷設定での渾身の一撃”が放たれるか分からない状況で下がらずに身構えていろ、と言われても多分無理ではないかと思います。スバルやティアナは災害救助部隊員として人命にかかわる現場で働いて来ましたが、その場面で求められる覚悟とはまた違うものであり、“死ぬ危険性”と“殺される危険性”は等価ではないと思います。
 Vividの三巻を読んで特に思ったのがその部分で、正々堂々のスポーツではなく、敵意、時には殺意を持って襲い来る魔導犯罪者と対峙することになる武装局員や捜査員、執務官の戦いは、“相手を倒す”ことと“仲間を死なせない”ことが両天秤になっているのか、と考えました。今はまだ、なのはやフェイトは相手を倒すことに集中していますが、正式に局員となってからは、後者の方を特に鍛えたのではないかと考えています、A’Sの段階での強さと10年という時間経過を考えると、直接戦闘における強さよりも、総合的な能力の向上を目指したように感じられましたので。
 そんなわけで、なのはやフェイトが純粋に“戦力”としてのみ働くのはA’Sが最後となるので、厨二病的な彼女らの戦闘もこの機会にやっちまおうと考えている作者ですが、頑張っていきたいと思います。それではまた。(この病気はもう治りそうもありません)







[26842] 第十七話 仮面の男出番なし
Name: イル=ド=ガリア◆9d8bc644 ID:97ddd526
Date: 2011/04/06 11:43
第十七話   仮面の男出番なし




新歴65年 12月7日 第97管理外世界  海鳴市  強装結界外部   PM7:00



 「スティンガーレイ!」

 S2Uより直射型射撃魔法が発射され、高速の光弾がシャマル目がけて飛来する。


 「また外れか」

 だが、撃ち抜いた騎士は霞となって消え去る、などという良質なものではなく、保有する魔力を開放して魔力爆発を引き起こすという遙かに悪質な代物であった。

 つまり、今回生成された偽りの騎士達は高速で飛行する爆弾も同然、射撃魔法が当たれば即座に爆発し、周囲の空間をジャミングし、本物を区別するためのサーチャーやレーダーの目を眩ませる。

 かといって、封鎖領域の外側に逃げようとするそれらを放置するわけにもいかない、闇の書は間違いなく湖の騎士が持っており、他の三騎よりも彼女を捕えることの方が優先順位が高いのだ。



 【エイミィ、どうだ?】


 【あー、駄目だ、サーチャーやレーダーが妨害されてる。それに、新たに三体出てきたよ】


 【これで、残る武装局員は7人か………】

 シャマルのリンカーコア摘出と闇の書、その恐るべきコンボは強装結界を維持している武装局員達を、湖の騎士のエネルギー源へと変えてしまっていた。

 リンカーコアを蒐集し、それによってダミーを作り出し、姿を眩ます。ダミーが潰され、本物が捕捉されそうになればまたリンカーコアを蒐集し、ダミーを生成、この繰り返しだ。


 【どうする?】

 エイミィの問いは、強装結界をこのまま維持するか、それとも解除するかというものだが、結界の解除は守護騎士を取り逃がすこととほぼ同義である。


 【まだ早い、トール、準備は?】


 【メディカルルーム、手術準備完了、“命の書”と“ミード”の調整も済みました。武装局員全員の定期検診におけるリンカーコアのデータが届いておりますので、即座に手術可能です。仮に20名全員がリンカーコアを蒐集されようとも、三日あれば職場復帰が可能かと】

 リンカーコアの治療は事前の調整がものを言う。なのはの場合は緊急であり、やはり応急手当に近い部分があったが、武装局員は全員が定期健診を行っており、守護騎士に蒐集されるリスクを覚悟した上で任務に当たっている。

 そして、後方の備えが万全であれば、前線もリスクを恐れずに大胆な行動に出られる。このまま時間をおけば蒐集された武装局員の命が危ないのであれば、無念ながら撤退という判断になっていたかもしれないが、治療設備が整っている時の庭園が作戦本部である以上、多少の無理も利く。


 【ユーノが内部から強装結界を補強してくれているから、その間に何とか湖の騎士を捕縛する】

 新たに三体のダミーが作られ、合計15体に達しているが、クロノと武装局員達は既に7体を破壊している。

 つまり、生成速度よりも破壊速度の方が上回っているのであり、クロノが率いている8名を撃破出来ない以上、この天秤は崩れない。クロノが到着し、より高度な連携が取れるようになったことも拍車をかけている。


 【根比べ、だね、腕の見せどころだよ、クロノ君】


 【最善を尽くす】


 【うん、こっちも全力でサポートするよ】

 通信を行っている間にもクロノは全速で飛行し、ダミーをさらに一体捕捉する。近づけば動きからして本物でないことも分かるが、破壊しておかなければ後でどのような不具合が出るか分からない、湖の騎士は策謀に長けた参謀なのだから。


 「スナイプショット!」

 ダミーを破壊し、マルク分隊とラム分隊に指示を出し、湖の騎士に対する包囲網を構築していく。

 ダミーは封鎖領域外部へ逃げようとしているが、リンカーコアの蒐集とダミーの生成を行っている本物はそれほど動けないはず、ダミーの発生地点がほぼ一定の区画に限定されていることもそれを示している。

 そう思わせておいて、脱出を試みるダミーの中に本物が潜んでいる可能性も捨てきれないためダミーは全て叩いているが、それを加えてもなお、アースラの方が数の上で優位に立っており、ダミーの数は減り、包囲の輪は狭まりつつある。

 闇の書を操り、悪辣な策を展開する風の参謀と、部下を率いて彼女を追い詰める黒衣の魔導師。

 派手な砲撃も強力な近接の一撃もない頭脳戦は、徐々に終局へと向かっていく。











同刻  第97管理外世界  海鳴市  強装結界内部




衝突する桜色の魔力光と紫色の魔力光。


 ミッドチルダ式の魔導師と、ベルカの騎士の戦いは激しさを増し、各々の得意とする戦術を展開していく。


 「アクセルシューター!」
 『Accel Shooter.』

 レイジングハートの先端より、12発の光の帯が射出される。それは現状におけるなのはの最大発射数であり、誘導力・威力・貫通力もディバインシューターより格段に上がっており、かつ、相手の攻撃も迎撃可能、中距離戦においては攻防一体の陣となる新型魔法。


 「つあっ!」

 迫りくる誘導弾を、シグナムは炎熱変換された魔力を纏わせた一閃にて弾き飛ばす。カートリッジのロードはされていないが、純粋に彼女の魔力が込められるだけで、レヴァンティンは危険極まりない凶器と化す。


 「―――追って」

 だが、なのはの誘導弾は強く、速い。シグナムの一撃を持ってしめても砕くことが出来ず、弾かれた光弾は魔導師の杖の制御に従い、再びシグナム目がけて飛来する。


 「ふっ」

 四方からは迫りくる光弾を弾くのは難しいと判断した彼女は、上方への離脱を試みる。もしなのはがレイジングハート・エクセリオンを用いた訓練を十分に積んでいれば上方からも誘導弾が殺到してきたであろうが、なのはが生まれ変わったレイジングハートを持つのはこれが初めてであり、いわば試運転なのだ。

 もっとも、カートリッジシステムを搭載したレイジングハート、を扱う訓練は“ミレニアム・パズル”による仮想空間(プレロマ)において行っているため完全に初心者というわけではないが、管制機が語ったように、身体で覚える部分まではフィードバックさせられないため、若干の齟齬が生じている。

 だからであろうか、上方に離脱したシグナムを追う誘導弾の動きはやや直線的なものとなり、シグナムが一度に迎撃する機会を与えてしまった。


 「レヴァンティン!」
 『Sturmwinde. (シュトゥルムヴィンデ)』

 シュベルトフォルムの刀身から衝撃波を打ち出す攻防一体の斬撃。

 シグナムが主に相手の飛び道具を撃ち落とす際に用いる攻撃であり、純粋なミッドチルダ式魔導師であるなのはに対してはかなり有効な手段と言える。

 放たれた衝撃波は12発の誘導弾を砕き、シグナムは休むことなくなのはへと肉薄していく。


 「――――!」

 12発のアクセルシューターは、現状におけるなのはの最大発射数、これが防がれたということは、シグナムはなのはの攻撃を凌ぎながら間合いを詰めることが可能であることを示しており、彼女の侵攻を止めるならばバスター級の破壊力が必要となる。

 しかし、ディバインバスターは発射までに多少時間がかかり、なおかつ誘導性能を持っていない。十分に引きつけた上で放つことが出来れば決め手となるが―――


 「シュランゲバイゼン!」
 『Schlangeform.(シュランゲフォルム)』

 レヴァンティンの第二形態、連結刃がそれをさせない。シュランゲフォルムは威力よりも間合いを制することに主眼が置かれた形態であり、複雑極まりない刃の群れがなのは目がけて飛来する。


 『Axelfin.(アクセルフィン)』

 射撃型であるなのはにとって、間合いを詰められることは致命的。剣士であるシグナムと戦うならばなんとしても距離を取らねばならず、万が一デバイス同士の打ち合いになってしまえば、レイジングハートのフレームが持たない、バルディッシュと異なり、近接を想定されたデバイスではないのだ。

 これがグラーフアイゼンであれば、柄の部分と打ち合うことも可能だが、レヴァンティンは剣であり、刀身全てが刃。一点の破壊力ならばグラーフアイゼンに劣るが、なのはにとってはむしろこちらの方が厄介であった。


 「逃がさん!」

 『Schwertform.(シュベルトフォルム)』

 伸びきった連結刃を一旦戻し、シュベルトフォルムとなったレヴァンティンと共にシグナムは高速で間合いを詰める。

 “近づいて叩き斬る”ことが戦術の基本である以上、シグナムの間合いを詰める技術はヴォルケンリッターの中でも最上である。ヴィータの場合はラケーテンフォルムのロケット加速による強襲が可能なため、シグナム程にはその技術に長けておらず、ザフィーラの基本は“待ち”だ。

 先の戦いにおいて、シグナムは機動力において自分を上回るフェイトに容易く接近し、紫電一閃を決めている。シュワルベフリーゲンなどの誘導弾や遠隔攻撃を持たないシグナムは、まさしく接近戦のエキスパートといえる。

 とはいえ、彼女にも遠距離攻撃がないわけではない。ただしそれはフルドライブ状態での渾身の一撃であり、まともに喰らえばなのはは死ぬ。非殺傷設定というものが存在しない現在のレヴァンティンの最強の一撃は、不殺の誓いを持つシグナムにとって禁じ手に近いものだ。


 「速い!」

 しかし、それがなくともシグナムは強い。攻撃の威力や速度もさることながら、何よりも戦術の組み立てが優れている。これがフェイトであれば一度直接戦っているため対処のしようもあり、現にフェイトはそのつもりで修練を行っており、なのははヴィータとの再戦を期して訓練していたが―――


 「はああ!」

 『Protection Powered.(プロテクション・パワード)』

 「くうっ!」

 シグナムと戦うための訓練が、十分であるとはいえなかった。

 甘いと言えば甘いのであり、なのはがヴィータに再戦を申し込んだところで向こうが応じる保証などなく、むしろ、相手の不利はこちらの有利、なのはがヴィータとの戦いを想定していたならば、それを外す方が戦略としては正当だ。

 だが、ヴォルケンリッターは一流の戦闘者であると同時にベルカの騎士でもある。真正面からぶつかれば拒むことは難しいだろうと、執務官であるクロノやリンディですら想定しており、それは正しい洞察であった。


 <主はやてと鍋のため、時間はかけられん!>

 ただし、ヴォルケンリッターにそれ以上に大切な事情があることまでは、いくら優秀なアースラ首脳陣とはいえ読み取ることは出来なかった。管制機に至っては論外であり、機械である彼にとってそのような条理に合わない“人間の心”こそが最大の鬼門、45年をかけて積み上げた人格モデルを以てしても、人間を計るにはなおも足りない。


 『Schlangeform.(シュランゲフォルム)』


 主の意図を察し、炎の魔剣レヴァンティンが形状を変える。

 鉄鎚の騎士ヴィータと鉄の伯爵グラーフアイゼンのラケーテンハンマーによってバリアが砕かれ、本体すら破損させられたレイジングハート。

 その轍を踏まないよう、カートリッジによって強化された魔力を用いて障壁を展開し、さらに、激突点に魔力を集中できるよう改良を加えたプロテクション・パワード。これならば、ラケーテンフォルムの一撃にも当たり負けることはない。

 そしてそれは、レヴァンティンにも適用されるものであり、先の衝突においては紫電一閃を防ぐことに成功しているが、あくまで正面からの攻撃に限っての話。障壁の死角となっている後方へ回り込むように連結刃が展開し、なのはを後ろから襲う。


 「あぐっ!」

 『Master!』

 シュベルトフォルムからの強力な一閃から、連結刃への繋ぎ。鉄鎚の騎士のラケーテンフォルムからはあり得ない連携であり、ヴィータに対抗するために編み出された防御では、シグナムには抗しきれない。


 そして同様のことは、他二つの戦場においても言えた。




■■■




 「おらあああああああ!!」


 「くうっ!」

 鉄鎚の騎士ヴィータと、橙色の使い魔アルフ、この二人の戦いはほぼ一方的といえる様相を見せている。

 ヴィータの戦術は単純明快、加速と一点突破に特化したラケーテンフォルムによってアルフに肉薄し、ひたすら攻撃するというものだ。

 これは、ヴィータの速度が相手を上回っているからこそ可能な戦術であり、相手がなのはやフェイトであればこの戦術はとりようがない。なのははヴィータとほぼ互角の飛行速度を誇り、ヴィータが突進すれば誘導弾が背後から襲ってくることになるだろうし、彼女の防御はカートリッジを得てさらに堅くなっている。

 また、フェイトが相手ならば正面から突撃するだけでは捉えられない、純粋な速度においてフェイトはヴィータを凌駕しており、さらには射撃魔法もなのは程の誘導性はないが放ってくる。

 だがしかし、アルフの戦闘スタイルはザフィーラと似通っている部分が多く、基本的に彼女はフェイトのサポートとして動いている。そのため、防御力やバインド、近接格闘など、フェイトが担えない部分は得意となるが、フェイトが得意とする分野では少々弱い。

 つまるところ、ヴィータはフェイトとはそれほど相性が良くはないが、それだけに使い魔であるアルフとは相性が良いということだ。使い魔が主の能力を補完するような特性を備える以上、これは当然の理とも言える。

 なお、同じ理屈で、なのはに対して相性の良いシグナムは、ユーノのような搦め手を得意とするタイプを苦手としている。彼女の技は全てが直接攻撃系で占められているため、直接攻撃系魔法を持たないユーノとは真逆であり、シグナムの剣が空回りすることになりかねず、相性が良いとは言えない。


 「ラケーテン―――」


 「やば!」

 そして、ヴィータを有利に傾けている最大の要因が、グラーフアイゼンの一点集中した破壊力だ。アルフはシールドやバリアの形成を得意としており、広域殲滅魔法などに対しても強固な障壁によってフェイトを守り切ることを可能とする。

 しかし、彼女はミッドチルダ式の使い手であり、古代ベルカ式との戦闘経験が少ない、というかこれまで皆無であった。リニスの教育内容にもアームドデバイスで襲い来る古代ベルカ式への対処法という項目はなく、破壊力が一点に凝縮されたラケーテンハンマーの一撃はアルフにとって鬼門と言えた。

 とはいえ、彼女とて無策ではなく、最初に実現させたようにグラーフアイゼンの柄に拳を叩き込むことで何とか紙一重で回避していくが―――


 「せえい!」


 「ぐっ!」

 紙一重である以上は、かすることもあって然り。回を増すごとにヴィータの攻撃は鋭くなっていき、直撃こそ避けているが、シールドでかろうじて逸らす場面も増えてきた。


 <こいつも、学習してる>

 アースラ組がヴォルケンリッターを研究してきたように、彼女らもまたアースラ組を研究している。それこそが、魔導犯罪者がロストロギアの暴走体や、魔法生物などに比べ厄介とされる由縁であり、つまるところ、人間の最大の長所とは身体能力ではなく、学習能力ということだ。

 次元世界には数えきれないほどの生物がおり、中には人間を遙かに超える力と知能を持った生物もいる。真竜などは最たる例だが、そのような彼らと比較した場合においても、人間以上に学習能力に特化した生命体は確認されていないのだ。


 「同じ防御で凌ぎきれるほど、ベルカの騎士は甘くねえ!」


 「だったら、同じ攻撃ばかりであたしを倒せると思わないことだね!」

 故にこそ、時空管理局にとって最大の脅威とは、ロストロギアでも魔法生物でもなく、人間に他ならない。広域次元犯罪者などはほんの数年を置いただけで、現行の管理局システムの穴を突き、違法行為を当然の如く行っていく。ロストロギアや魔法生物は対処法が確立すればそれまでだが、人間の犯罪者は違う。

 闇の書が破壊不可能とされる最大の原因は、必ず人間が使うからに他ならない。そこに人間の悪意というものが混ざっていなければ、闇の書は今頃永久封印されていたことだろう。

 そして、闇の書の一部であるヴォルケンリッターもまた、管理局にとっては厄介極まりなく、一度は捕縛することに成功した手段も、二度目はあり得ない。最初の戦いにおいてヴィータをバインドに捕えることに成功したアルフも、この戦いでは一度も成功していない。


 <このままじゃジリ貧だ、何とかしないと>

 局面を打開する手法を探りつつ、アルフは防衛戦を続ける。というより、攻勢に出ることをヴィータが許さない。

 こちらの戦いもまた、守護騎士の有利に進みつつあった。







■■■


 『Plasma Lancer.』

 閃光の戦斧の音声が響き渡り、黒いバリアジャケットを纏った少女の周囲に、8個のスフィアが形成される。


 「プラズマランサー、ファイア!」

 それは、バルディッシュ・アサルトによって強化されたフォトンランサーの発展型の直射型射撃魔法。

  フォトンランサーと比べ発射された弾自体に強度があり、目標に命中しなかった場合も「ターン」のキーワード(遠隔操作)で方向転換し、再度目標へ向けて攻撃が可能となっている。

 さらに、クロノのスティンガーブレイドと同様、発射時及び再発射時に、弾体の一つ一つを環状魔法陣が取り巻くことで加速発射を可能としている。フェイトのプラズマランサーにファランクスシフトの特性を加えたものが、クロノのスティンガーブレイド・エクスキューションシフトと呼べるだろう。


 だがしかし―――


 「はあああ!」

 弾の速さも、命中しなかった場合に方向転換するという特性も、“受け止められた”場合は意味をなさない。

 盾の守護獣、ザフィーラの障壁はまさしく鉄壁であり、フェイトの射撃魔法では貫くことは敵わない。それを成そうとするならば、プラズマスマッシャーのような砲撃魔法が必要となる、いや、果たしてそれでも貫けるかどうか。


 「バルディッシュ!」
 『Haken Form.』

 それならばとハーケンフォルムによって高速機動からの強襲を仕掛けるフェイトだが―――


 「………」


 鉄壁の構え

 ザフィーラはあくまで防御の構えを崩さず、迎撃ではなく守勢に徹する。

 フェイトの攻撃は重さよりも切れ味や速さを重視したものがほとんどである。電気変換の資質を有しているため当たれば行動不能に陥らせるほどのダメージを与えることが出来るが、積み重ねによって盾を砕く、ということには向いていない。

 故に、バルディッシュの一撃は彼の防御を貫けない、さらに、それだけではなく―――


 「裂鋼牙!」

 敵の攻撃を防ぎ、最も技の出が早い直進型の魔法攻撃、裂鋼牙で瞬時に反撃する後の先こそ、ザフィーラの基本スタイルである。無論、連携は多種多様に存在するが、この組み合わせが基本であることは間違いない。


 「せい!」

 持ち前の速度を利してザフィーラの攻撃を躱し、即座に迎撃を試みるフェイトだが、クロスレンジにおいてはバルディッシュを振るうフェイトよりもザフィーラの方が早い。


 「裂鋼襲牙!」


 「うあぁぁ!」

 とはいえ、フェイトの速度は尋常ではなく、ザフィーラも十全に魔力を込めた拳を放てているわけではない。培われた戦闘経験によって彼女の動きを予測し、そこに拳を中てているだけ、という表現が的確だろう。

 しかし、フェイトの防御も厚いものではないため、それだけでも十分な効果が見込める。さらに、高速機動を行うフェイトの魔力消費は、空中で静止して防御と反撃に徹しているザフィーラのそれよりも遙かに大きい。

 このまま戦えばスタミナ切れになることは間違いなく、遠からず痛烈なカウンターを受けてしまうことになるだろう。今のザフィーラの反撃でさえ、フェイトの薄い装甲では無視できないダメージとなって蓄積している。


 <でも、速度ならわたしが上、振り切って、なのはやアルフを助けに行ける>

 フェイトも自分と敵の相性が悪いことを悟っており、一旦引いて合流すべきではないかと考える。

 アルフならば、ザフィーラと互角の格闘戦を演じることが出来るし、砲撃に特化したなのはならば、純粋な威力でザフィーラの防御を貫けるかもしれない。

 三人の中で、最もザフィーラと相性が悪いのは高速機動からの近接攻撃と、射撃、砲撃を組みわせたヒットアンドアウェイを旨とする自分だ、ならば―――


 【なのは、アルフ、この組み合わせはまずい、一旦合流して相手を替えないと】


 【でも、シグナムさんはそう簡単には振り切れそうにないよ、連結刃が、どこまでも追ってくる】


 【こっちもきつい、残念だけど、速度はこの鉄鎚野郎の方が上だ】



 フェイトと同様の感想はなのはとアルフもまた有していたが、間合いを詰めて襲い来るシグナムと、ジェット噴射の加速によって突っ込んでくるヴィータを振り切って合流するのは容易ではない。


 【わたしから行くよ、彼の速度よりわたしの方がずっと速いから、離脱だけなら簡単に出来る】

 ヴォルケンリッターの布陣における唯一の隙、ザフィーラは確かにフェイトにとって倒し難い相手ではあるが、逃げにくい相手ではない。むしろ、離脱を目的とするならば、三人の中で最もやりやすい相手だ。


 【距離的にはなのはの方が近いから、まずはそっちに行く】

 彼女達もまた、ヴォルケンリッターと戦うにあたって戦術というものの重要性を実感し、時間が許す限りクロノから教えを受けていた。

 自分の目の前の相手だけに拘らず、全体を見ながら戦うことが出来るようになりつつあるのは、僅か数日という時間を鑑みれば、目覚ましい進歩であると言えるだろう。


 だがしかし、敵の戦闘思考レベルに合わせて戦略を決定するのが一流の指揮官というもの。

 烈火の将シグナムと、参謀である湖の騎士シャマルは、彼女達がその程度の判断を出来るようになったであろうことを見越した上で、その上を行く戦略を用意していたのである。










新歴65年 12月7日 第97管理外世界  海鳴市  強装結界外部  ビル屋上 PM7:07





 「捜索指定ロストロギアの所持、及び使用の疑いで、貴女を逮捕します」


 「………」

 結界外部で行われていた虚像と実像が織り交ざった頭脳戦は、綱渡りのような駆け引きの末に、とあるビルの屋上において決着を見ていた。

 その間にさらに一名の強装結界担当の武装局員がリンカーコアを引き抜かれたが、その犠牲を無駄にすることなく、クロノと小隊長、8名の武装局員達はシャマルを包囲することに成功していた。

 湖の騎士シャマルが空間魔法に長けていることは最早周知の事実であり、武装局員8名が転移を封じるための結界を構築し、その内部でクロノとシャマルが対峙、小隊長はさらに外側で封鎖領域の維持に当たっている。


 「抵抗しなければ、弁護の機会が貴女にはある。同意するならば、武装の解除を」

 “旅の鏡”による逃走は封じられ、闇の書を使うだけの余裕もない。クロノはシャマルの数メートル先におり、こちら目がけてS2Uを向けている。

 他の三騎ならばこの状況からでも正面突破を図れるが、後衛であるシャマルには不可能な芸当、そも、彼女が直接アースラの主戦力と対峙する状況になっている時点でほとんど詰みなのだ。

 それを誰よりも知っているからか、彼女の周囲には観念したような、もしくは悲観的とも言うべき空気が漂っている。


 「ええ…………そうします」

 そして、投降の意を示すように手を上げ、指に収まっていたデバイス、クラールヴィントの一つを取り外す。


 <一つ、足りない?>

 だが、歴戦の執務官であるクロノはその違和感に即座に気がついた。彼はレイジングハート、バルディッシュ、S2U、そしてトールが記録していた前回の戦いの映像を何度も見返しており、湖の騎士の指に収まっているデバイスが四つであることを確認している。これは、クラールヴィントと同調したトールからも裏が取れている。

 後衛である彼女が単独で動いていたというのに、そのデバイスが一つ足りない、それが意味するものとは一体何か。

 さらに―――


 「どうぞ」

 コインでも投げるかの様な自然さで、シャマルは指から外したクラールヴィントを、山なりにクロノ目がけて放り投げる。

 ほぼ反射的に、一瞬クラールヴィントを目で追ってしまったクロノ、しかし即座にシャマルに視線を戻した瞬間、“それ”はやってきた。


 







新歴65年 12月7日 第97管理外世界  海鳴市  強装結界内部  ビル屋上 PM7:06



 クロノがシャマルを包囲し、投降を促す瞬間より数えて僅かに1分ほど前。

 強装結界内部においても、戦局に大きな変化が表れていた。


 「ハーケンセイバー!」

 バルディッシュ・アサルトのハーケンフォームの刃を飛ばし、飛翔しながら高速回転して円形状に変化する魔力刃による、高い切断力と自動誘導の性能を持つ魔法。

 この局面でフェイトがこの魔法を選んだのは、威力よりも自動誘導という特性を考慮したためであり、通常は自動で敵に向かうハーケンセイバーと高速で飛翔するフェイトが同時に襲いかかるが、攻撃ではなく離脱のための時間稼ぎとしても利用できる。

 状況に合わせた的確な魔法運用という点で、フェイトは間違いなく成長している。流石にまだ守護騎士と同格とまではいかないが、その成長速度は末恐ろしいものを感じさせる。


 「はああああ!」


 「―――! テスタロッサか!」

 己の許す限りの全力で飛翔し、フェイトはなのはと対峙しているシグナムに対して切りかかる。流石に不意を突かれてか、シグナムも辛うじて受けたまま、一旦後退していく。


 「アクセルシューター!」

 さらに、なのはも誘導弾をシグナムではなく、アルフに突撃しているヴィータ目がけて放つ。なのはの戦場からはかなり距離を隔てた場所で戦っているアルフとヴィータだが、遠距離攻撃こそ高町なのはの十八番である。


 「またかよ!」


 「残念だったね!」

 ヴィータにとっては、ユーノに対して放った渾身の一撃を、なのはのディバインシューターによって妨害されたという苦い経験があり、図らずしもそれと似たような状況が作り出されていた。

 そして、フェイト、なのは、アルフは合流を果たし、相性が悪い敵と1対1×3という危機的状況は何とか回避される。


 【シャマル、こちらは行けるぞ】

 だがしかし、その瞬間をこそ、烈火の将は待っていた。

 彼女らの目的はこの三人を倒すことでも、蒐集を行うことでもなく、鍋を作って待っている主とその友人の下へ可能な限り早く帰還すること。

 ならば―――


 【こっちも、後30秒も持たないわ、武装局員の結界で転送系の魔法が封じられてるし、例の黒い子がこっちに来てる。流石に優秀ね】


 【そうか、ならばちょうどいい、タイミングはいつだ?】


 【私がクラールヴィントを外して、上に投げた瞬間、貴女が持っている指輪とは対になっているから、接続しているレヴァンティンが合わせてくれるわ】


 【了解だ、的が決まっているならば、我が一矢が外れることはあり得ん】


 【お願いします、リーダー】

 剣の騎士、シグナムが魂、炎の魔剣レヴァンティン。

 刃と連結刃に続く、もう一つの姿にして、最大の速度と破壊力を誇るフルドライブ状態。

 すなわち―――


 『Bogenform!』

 ボーゲンフォルム、シグナムの戦術において攻撃の核となる剣と、防御の核となる鞘、その二つが結合し、一つの弓となる。


 「え―――!」

 「な―――!」

 「に―――!」

 その姿に、アースラ陣営の三人は一瞬言葉を失う、剣の騎士と呼ばれるシグナムが弓を持つなど、流石に予想できることではなく、これまでの闇の書事件のデータにおいては、この形態は一度も存在しなかったのである。


 『Grenzpunkt freilassen! (フルドライブ・スタート)』

 カートリッジが吐き出され、レヴァンティンがその全力を開放、すなわち、主のリンカーコアを100%稼働させるフルドライブモード。

 非殺傷設定が存在しないデバイスにおいて、フルドライブを機能させることは、己の力の全てを敵を殺すために費やすことを意味する。シグナムもヴィータも、相手を殺さないように意識の一部を力の制御に費やしているが、フルドライブ状態ではそのような加減は効かなくなる。

 それ故に、八神はやてが主である守護騎士にとって、フルドライブは人間相手に使えるものではない。ただし、放つ相手が人間ではないならば、その限りではないのだ。


 「我が一矢、いかなる壁をも貫き通さん!」

 壁、まさしくシグナムが狙いを定めているのはそう表現できる。

 武装局員が形成し、本来は12人で外側から固めていたが、6人がリンカーコア摘出の餌食となったため、ユーノ・スクライアが内部から補強しているヴォルケンリッターの逃走を封じるための強装結界。

 守護騎士の中で、それの破壊を可能とするのは二人。剣の騎士と鉄鎚の騎士のフルドライブ状態における渾身の一撃に他ならない。

 烈火の将シグナムが、顕現させた矢に火炎を凝縮させ、必滅の一撃を解き放つ瞬間を計る。

 そして、ほんの数秒の時間を置いて―――


 【今よ!】

 湖の騎士が、“的”を放り投げ、その時が訪れる。


 「駆けよ! 隼!」
 『Sturmfalken!(シュトゥルムファルケン)』

 結界・バリア破壊の能力を持つ、灼熱の炎を纏いし矢は音速の壁を越えて飛翔し、強装結界へと命中、それを突きぬけ、さらにその先へ。

 無論、その先に存在する“的”とは―――







同刻  海鳴市  強装結界外部  ビル屋上 



 「! 総員! この場から離れろ!」

 その奇襲を彼が察知できたのは、湖の騎士の指輪が少なかったことに違和感を覚え、その理由を考えていたからか、それとも、積み重ねられた戦闘経験によるものか。

 いずれにせよ、クロノ・ハラオウンは強装結界を突き抜けたことで音速を超える領域に比べれば減速し、威力もある程度落ちている灼熱の矢が飛来することを感知し、武装局員へ退避命令を出すことに成功していた。


 「クラールヴィント、“旅の鏡”を」
 『Jawohl.』

 しかし、シャマルが残り二つの指輪によって自分を転送するための“旅の鏡”を顕現することまでは止めようがなかった。“旅の鏡”を展開したところで、武装局員の張った転送封じの結界がある限り、離脱は不可能であるが。


 「「 うわあああああああああ!!! 」」

 ちょうど、矢が飛来した方向にいた武装局員の悲鳴が響き渡ると同時に、結界へ着弾した矢が爆発し、爆炎と衝撃波が発生。結界破壊の能力を持った矢は、武装局員の転送封じの結界を消滅させ―――


 「さよなら」

 数秒に満たない僅かの隙に、湖の騎士シャマルは戦場から離脱を果たしていた。


 「―――逃がしたか」

 爆炎が張れる頃には、シャマルが“的”として放り投げたクラールヴィントの一つも周囲にはなく、闇の書もまた当然のことながら、湖の騎士と共に姿を消していた。






同刻  海鳴市  強装結界内部   




 「まずい、補強を!」

 シグナムが放ったシュトゥルムファルケンによって穴を穿たれた強装結界は、罅の入った盾も同然であったがまだ辛うじて機能を留めていた。

 シュトゥルムファルケンの爆発そのものはシャマルの転送魔法を封じていた結界に対して用いられたため、強装結界は一部分が貫通するだけで済んでいた、なのはのスターライトブレイカーのように、“結界の完全破壊”という特性を有しているわけではないのだ。

 そして、穿たれた穴をユーノは即座に補強する。Aランクという彼の魔力を考えればどういう理屈で可能とするのか疑いたくなるが、ギャレットが言ったように、総合ならばAランクであっても、結界魔導師としてならばAAA、下手をするとAAA+ランクに相当するのかもしれない。

 だがしかし、そんな彼を嘲笑うように、ヴォルケンリッターの第二の槍が放たれる。


 「アイゼン!」
 『Gigantform!(ギガントフォルム)』

 鉄鎚の騎士ヴィータと、鉄の伯爵グラーフアイゼン。

 この二人の砕けぬものは存在せず、守護騎士四人において最も物理破壊を得意とする一番槍こそ、彼女らである。

 グラーフアイゼンのフルドライブ状態、ギガントフォルムが顕現し、途方もなく巨大な鉄鎚へと姿を変える。こちらもシグナムと同じく、相手が人間ではないからこそ可能な伝家の宝刀である。


 「レイジングハート!」


 「バルディッシュ!」

 だがしかし、その一撃をただ傍観している程、なのはとフェイトは愚鈍ではない。ディバインシューターとフォトンランサー、彼女らの射撃魔法の中で最も発動が早いそれらを瞬時に放とうとし―――


 「縛れ――――鋼の軛!」

 彼女らにとっては完全に死角であった下方より伸びる、藍白色の杭を思わせる魔力の波動がその動きを止めていた。

 それは、先の戦いでアルフに放たれた収束型ではなく、四方から囲むように拘束の軛で対象を突き刺して動きを止める、鋼の軛の本来の使用法。


 「フェイト! なのは!」

 だが唯一、その攻撃に気付けた者がいた。以前ザフィーラと戦い、鋼の軛によって痛手を負わされたアルフは、ザフィーラが遠距離攻撃を有していることを身をもって知っており、ヴィータが巨大な鉄鎚を掲げる光景を前にしても、彼への注意を怠ることはなかった。

 三人が固まっていたことは、全員が鋼の軛の標的となることを意味しているが、同時に、守りやすくもある。障壁によって主を守ることはアルフが最も得意とするところであり、さらに守りはそれだけではなく―――


 「まずい、防御を―――」

 彼女らより遙か遠くにいるユーノ・スクライア、ヴィータの巨大な鉄鎚をその魔力を目撃し、もはや強装結界が破られるのは避けられないと悟った彼は瞬時に目標を切り替え、なのは、フェイト、アルフの三人を守るための障壁を展開させた。

 その判断は見事の一言に尽きるが、それは同時にヴィータを止められる者は最早誰もいないことを意味しており―――



 「ギガントシュラーク!」

 横薙ぎに放たれた鉄の伯爵グラーフアイゼン最大の一撃が、ヴォルケンリッターの逃走を封じていた強装結界を完全に破壊していた。










新歴65年 12月7日  次元空間  時の庭園  中央制御室  日本時間 PM7:20



 『ふむ、やはり闇の書の守護騎士にはアルゴリズムだけではない理由があるようですね』

 鉄鎚の騎士が強装結界を砕き、三騎は飛行魔法によって逃走。途中まではエイミィ・リミエッタが指揮するサーチャーとレーダーが追っていたが、再び“偽りの騎士”が現れ、判別がつかなくなった段階で追跡を中止した。

 間違いなく、先に離脱した湖の騎士が今回蒐集したページの余りを用いて顕現させたものに他ならず、使うべき時には躊躇なく使うその思いきりの良さは流石にベルカの騎士と言うべきか。


 『此度の遭遇戦、結果だけを見るならばアースラの敗北とも取れますが、得たものも多い』

 6人の武装局員が蒐集されたが、その分のページは今日の戦いでほぼ消費し、プラスマイナスは0。

 守護騎士の実力や切り札、行動理念についても数多くのデータが取ることに成功、長期的に見るならば実に有意義な成果をもたらしてくれた。


 『まだ大数式のパラメータが揃ったとは言い難いですが、それでも徐々に集まりつつある。それに、“彼女ら”もやはり動いていたようですね、偶然ではありましたが、彼女らを捕捉できたのは僥倖と言える。まあ、役目はなかったみたいですが』

 管制機は知る、老提督が何を覚悟し、どのような終焉を求めているかを。

 それ故に―――


 「………出番なかった」


 海鳴市に存在するビルの陰にて、虚しそうに呟く仮面の男の姿を、“時空管理局の誰もが知らない時の庭園独自のサーチャー”が、確かに捉えていた。

 管制機が操るサーチャーの中には“12月の第97管理外管理外世界”にいても違和感がない形態を持つ者達がいる。

 フェイト・テスタロッサが地球で暮らすことを決めた時、私立聖祥大学付属小学校に通うと決めたその時から。

 時の庭園の管制機だけが存在を知るサーチャーが、海鳴市のフェイトに関わる重要地点に中心に、多数設置されていたのである。

 余談ではあるが、高町家において、なのはがお風呂に入ることを怖がっている事実を確認したサーチャーも、それらの一つであったりする。

 そして、時の庭園が闇の書事件対策本部となっている現在においては、管理局が第97管理外世界に置いているサーチャーやレーダーもまた、彼の管制下にある。

 フェイト・テスタロッサは管制機トールがそれらを悪用しないためのある種の“保険”でもあり、彼女がハラオウン家にいる以上、トールが管理局に敵対することはあり得ない。

 だがしかし、管理局のサーチャーを悪用することと、それにばれないように時の庭園独自のサーチャーを設置することはイコールではない。

 可能な限りフェイトを見守るためにトールが放ったサーチャーは、思わぬ成果を上げていた。

 そして、それらのサーチャーの役割はあくまで“フェイトを見守る”ためのもの。

 それ故、八神はやての所在地を知りながらも、彼はこれまで八神家にサーチャーを飛ばすことはなかった。

 彼が八神家そのものの調査を開始するのは、月村すずかを通してフェイト・テスタロッサが八神はやてを知り、彼女と友達になった時より後のことになる。

 ただし、既にフェイト・テスタロッサの友人である月村すずかとアリサ・バニングス、その二名は別である。

 守護騎士と管理局の戦闘に巻き込まれることを万が一にも避けるため、守護騎士を武装局員が補足した時より、管制機は彼女らの携帯電話のGPS機能によって現在地を特定し、サーチャーを派遣していた。(専用の変換機によって、地球のなのはが本局にいるユーノにメールを飛ばせたりもするので、逆も然り)

 そして、月村すずかの安全確認のために派遣されていたサーチャーは―――


 「たっだいまー、はやて!」


 「ただいま戻りました」


 「ただいまです、はやてちゃん」


 「………」


 「お帰り皆、お鍋の準備できとるよ、グッドタイミングや」


 「お邪魔してます、シグナムさん、シャマルさん、ヴィータちゃん、ザフィーラ」


 守護騎士の行動理念の根源を、偶然ながら、探り当てることに成功していた。

 こうして闇の書の守護騎士、ヴォルケンリッターは――――


 主と客人が待つ鍋に、間に合ったのである。






あとがき

 これにてVS守護騎士2回戦終了ですね。原作と組み合わせを変えてみたのですが、いかがだったでしょうか?
 さて、次回なのですが、このA''s編のメインというか、最も書きたい部分があります。そして原作の『リリカルおもちゃ箱』に関連する描写がありますので、原作をやっている方から、感想、意見がいただけたらとても嬉しいです。もちろん、原作をやってない方からの感想もとてもありがたいです。
 一応予備知識として、リリカルおもちゃ箱の最終話を見ていたほうがよいかな? もちろん強制などはしませんが。ニコニコ動画で見られるはずです。




[26842] 第十八話 Song To You
Name: イル=ド=ガリア◆9d8bc644 ID:97ddd526
Date: 2011/04/09 12:10
第十八話   Song To You




新歴65年 12月7日  次元空間  時の庭園  中央制御室  日本時間 PM7:40




 【武装局員6名の治療、第一段階を終了しました。ウィスキー、ウォッカ、アップルジャックの各分隊よりちょうど2名ずつ蒐集を受けたわけですが、全員、容体は安定しており、集中治療室から一般のメディカルルームへと移しました】


 【そうか、それは何よりだ】


 【取りあえず飛行魔法が使える程度まで回復するのに要する時間はおよそ38時間、高町なのはのデータがありますから、より効率的な治療が見込めます。それに、初期の治療も定期リンカーコア健診の結果を基に行われましたから、回復は早いと予想されます】


 【回復の要は、初期治療と普段のデータの積み重ね、というわけか】


 【ええ、定期健診などは非常に時間がかかり、およそ全ての局員は面倒であると考えているでしょうが、こういう時には役に立ちます。ただ、早期の復帰が可能となるため、障害手当は見込めそうにありませんが】


 【それは言わないでおいてくれ、それに、不自由な想いをしてそれに応じた金を受け取るよりも、健康な身体がある方が良いに決まっている。君の主の研究成果も、それを望む人達のために使われているのだから】


 【確かに、これは失言でありましたね、以後、注意することと致しましょう】


 【しかし、武装局員6人がやられたか、これはまた始末書の山を覚悟しなければならないな】


 【貴方の責任とは判断しかねますが、組織というものはそのような歯車である以上、それも致し方ないのでしょうね、故にこそ管理職というものは存在する】


 【そういうことだ。時の庭園の設備のおかげで大事に至っていないが、対処を誤れば最悪、リンカーコア障害になる】


 【しかし、それが予想されるからこそ、時の庭園がここに在るのです。気にせずどんどん使ってください、フェイトも、それを望んでおりますし、治療費もこちらで負担しますから】


 【すまないな、だが助かるよ】

 シャマルによって武装局員が蒐集されていく状況において、クロノが強装結界の維持を選択した最大の理由がそれである。

 組織にとって、いかなる時も最大の課題となるのは責任問題と予算問題の二つ、責任の方はリンディやクロノが負うので擦り付け合いなどにならないが、問題は予算である。

 蒐集を受けたリンカーコアの治療を行える医療施設はそれほど多くなく、次元航行艦か本局、もしくはクラナガンくらいにしか存在しない。そして同時に、それらの設備を使用するには多額の費用がかかる。

 アースラとて管理局という機構の一部であり、闇の書事件という重大な案件に対処しているとはいえ、やはり予算は限られている。武装局員6名が蒐集を受け、その治療のために多額な費用がかかるとなれば、今後の活動を考えると少々痛い。

 しかし、その治療を時の庭園で行い、なおかつその費用をテスタロッサ家が負担するとなれば、武装局員の被害を気にせず作戦を続行することも可能となる。極当然の話だが、“費用を請求するかどうか”は医療機関次第なので、アースラが問題になることもない。とても親切な医療機関に巡り合えた、だけのこと。

 とはいえ、現在時の庭園は地上本部の管轄にあるため問題が生じるようにも思える、が、それも“ブリュンヒルト”に関する部分のみであって、その他の部分はあくまでテスタロッサ家固有の品、管理局から正式な医療行為の認可を受けた民間施設、でしかない。

 そのため、アースラスタッフが無断で“ブリュンヒルト”やその動力炉たる“クラーケン”のある区画に入ることは問題となるが、その他の施設はあくまで民間であり、家主の許可さえあれば自由に動ける。

 この場合、家主とは当然の如くフェイト・テスタロッサ、ただし、成人ではないため法的な後見人はリンディ・ハラオウンとなる。つまり、間接的ではあるものの、現在の時の庭園はアースラ艦長と執務官、ハラオウン家のプライベートスペースともいえるのである、ぶっちゃけ、反則ギリギリ、グレーゾーンど真ん中。

 その辺りの処理において、リンディ・ハラオウン、レティ・ロウラン、そして、管制機トールの間で大人の話があったのは言うまでもないが、当然の如く、なのはやフェイトには知らされていない。

 闇の書事件に少数精鋭で正面からぶつかるなら、このくらいのチートがなければやってられるか、というのがアースラクルーや武装局員達の想いであったが、時の庭園があっても状況はなおも好転せず、緊迫した駆け引きが続いている。


 【そのようなわけで、こちらは問題ありません。エイミィ・リミエッタ管制主任も既に包囲網の再構築に努めており、ウィヌ、トゥウカの両小隊は通常の配置に戻るために動いています】


 【ああ、それは直接エイミィから聞いた。艦長もそちら側で動いているから、こっちは僕に任せる、だそうだ】


 【まあ、バックスタッフによる網はともかく、守護騎士と直接矛を交える前線では、貴方以外に指示を出せる人間はおりませんからね】


 【それが最大の問題なんだが、執務官が武装隊の中隊長を兼ねるというのもあまり良い方式ではないな】


 【身体は一つですからね、私ならば、ここから二つの身体を操作することも出来ますが】


 【たまに羨ましく思うよ、自分に無いものを羨ましく思うのは、人間の性質というものかな】


 【私も、そう判断します。それ故に、あの子らの精神的ケアが必要であろうと予測します】


 【なのはとフェイトか、少し、様子を見に行ってみよう】


 【お願いします、エイミィ・リミエッタ管制主任がハラオウン家に帰宅する際にはご連絡します。彼女は現在、作戦本部にて奮闘中です】


 【分かった、とりあえず皆が揃ったら、今後の方針について話し合おう】


 【ええ、会議の場はハラオウン家でよろしいかと、細々とした情報の整理は私が引き受けますので】


 【いつもすまない】


 【いいえ、人間では退屈に感じる単調作業、それをサポートすることも我々デバイスの重要な役割です】


 『是』


 【このように、アスガルドも申しております】


 【そうか、じゃあ頼んだ、僕達は人間に出来ることをやろう】


 【それが最善です、クロノ・ハラオウン執務官】

 そして、クロノが通信を切る間際。


 【あの二人を、よろしくお願いいたします、クロノ・ハラオウン。フェイトの兄となる貴方だからこそ、この役をお願いしたい】


 【?】


 古いデバイスは、奇妙な言葉を残していた。







新歴65年 12月7日  第97管理外世界 日本 海鳴市 ハラオウン家  PM7:45



 「アルフ、なのはとフェイトは?」

 トールとの通信を終えたクロノは、家の中のどこかにいるはずのフェイトとなのはを探そうとし、リビングでソファーに横たわっていた子犬フォームのアルフを見つけ、声をかける。

 ただ、アルフもあまり元気があるにようには見えない。どちらかというと力なく倒れ込んでいる、という感じだ。


 「フェイトの部屋にいるよ」

 果たして答えは予想通り、ただ、彼女らの現状まで予想通りではないことを祈りたい心境であった。


 「そうか、入っても大丈夫だろうか?」


 「大丈夫じゃないかい、戦闘後のシャワーは終わってるし、怪我らしいものもしてないし、身体を休めているはずだけど………」


 「何かあったのか」


 「うん、フェイトから何かこう、暗い雰囲気っていうか、落ち込みムードなオーラが伝わってくるんだよ」


 「君が力無くソファーに横たわっている原因はそれか」

 使い魔と主の間には、精神リンクというものがあり、全部ではないが主の精神状況などを使い魔は察することが出来る。

 このリンクは主から任意で遮断することが可能であり、特に、プレシア・テスタロッサという女性は己の使い魔であるリニスと精神リンクを繋ごうとはしなかった。

 ある可能性の世界においては、彼女とリニスの間にも主従の絆でもある精神リンクが繋がれているが、管制機トールが現存しているこの世界においては、彼女らは既に故人であり、それが繋がれることは永遠にない。


 「うん、やっぱり落ち込んでるみたいなんだけど、あたしには無理だ、フェイトのネガティブオーラに汚染されて、あたしの思考もネガティブになってるから」


 「ということは、ユーノが?」


 「うん、なのはとフェイトを必死に慰めてるみたいだけど、多分無理だと思うよ」


 「まあ、ユーノだからな」

 別にユーノ・スクライアという少年が口下手というわけではないのだが、普段からなのはとフェイトを気遣ってばかりの彼の言葉では、励ましではなく気遣いとしてしか受け取られない。こういう時は、オブラードに包まず事実をズバッと言ってのける人物の方が適任である。

 アルフはフェイトのネガティブオーラでダウンしているため、適任はエイミィ、ただし、彼女も不在であり、そうなるとクロノしかいない。

 最も適任であるのは、客観的事実しか述べることがないデバイスなのだが、フェイトがハラオウン家にやってきて以来、トールは直接的にフェイトの心の支えになろうとはしておらず、その役をなのは、ユーノ、クロノ、リンディ、エイミィなどに託そうとしていた。

 彼曰く、『私の命題は彼女を見守ることにあり、共に生きることではありません』とのことであり、そういった点においては、彼はフェイトの意思を斟酌することはない。彼は主から己に与えられた命題の範囲内においてのみ、フェイトの心を考え、フェイトのために機能する。

 また、レイジングハートとバルディッシュも現在沈黙しながら反省中、実に似た者主従である。


 「まあ、特訓の成果があれでは仕方ないかもしれないが、放っておくわけにもいかないな」


 「そうそう、お兄ちゃんらしく励ましの言葉を贈ってやりなって」

 なのはとフェイトの二人は、それぞれヴィータとシグナムとの再戦を想定し、“ミレニアム・パズル”の仮想空間での訓練や、それ以外でもかなりの修練を重ねてきた。

 しかし、その想いは見事に外れ、なのははシグナムに、フェイトはザフィーラにボコボコにやられる、という結果だけが残った。デバイスが大破したわけではなく、怪我をしたわけでもないが、良いところがないままやられた、という点は間違いなかった。

 どんなに強くとも9歳の女の子、落ち込むなという方が無理か、と思いつつ、クロノは部屋のドアをノックする。


 「フェイト、なのは、入っていいかい?」

 反応はない、反応はない。

 ノックを繰り返し、もう一度呼びかける。


 「フェイト、なのは、起きているか?」

 反応はない、反応はない。

 ただし、小動物が走るような音がする。


 「クロノ、入ってきて、鍵かかってないから…」

 その声は何かこう、疲れ果てたというか、縋りつくような印象を与えるほど衰弱していた。

 責任感が強い少年だけに、必死に少女達を慰めようとしたのであろうが、完全敗北に終わったことがその声だけで判断可能であった。


 「失礼するよ、って、何だアレは」


 「なのはとフェイトを具にして、布団がご飯と海苔を兼ねているお寿司、だと思う」

 俗に、す巻きと呼ばれる物体、それがフェイトの部屋の床に二つ転がっていた。

 ベッドは一つしかないので、見たところ、押し入れに仕舞われていた布団を使った模様。なのは巻きが掛け布団、フェイト巻きは敷布団によって構成されており、顔だけ布団からはみ出している。

 ちなみに、布団を巻いているのはバインドである。自分です巻きを作るにはそれしか方法はないが、見事なまでの魔法の無駄遣いであった。


 「やはり、落ち込んでいたか」


 「うん、結構張り切っていたからね、見事に空振りになった挙句、逃げられちゃったし」

 とりあえず突っ立っているだけでは何も出来ないので、まずはなのは巻きの方へ近づいてみるクロノ、アルフからの情報でフェイトがネガティブオーラを放っていることを聞き知っているため、まずは地雷を避けようという選択であったが―――


 「お父さん、お母さん、どうしてわたしなんかを産んでしまったんですか? お兄ちゃんやお姉ちゃんみたいに銃弾よりも速く走れもしないし、剣でコンクリートの壁を切り裂くことも出来ない、挙句の果てにヴィータちゃんにやられて、シグナムさんにも歯が立たないダメなわたしを……」

 甘かった、なのはを取り巻いている負のオーラも決してフェイトに劣るものではない、というか、キャラが変わっている。


 「いや、それはむしろ、君よりも家族の方が異常な気がするんだが」

 とりあえずツッコミを入れるクロノ、後半はともかくとして、前半がおかしい。人間は銃弾より速く走れる生き物ではないし、コンクリートの壁は鉄製の剣で切れる物ではないはずだ。


 「ううん、違うの、お父さんとお母さんも、お兄ちゃんとお姉ちゃんも悪くないの、悪いのはわたし、わたしだけ。わたしが何も出来ないから、わたしがいてもいなくても変わらないから、いいえ、いない方がいいから、皆わたしを見てくれないの」


 「………」

 ことは案外深刻、クロノは直感的にそれを悟った。

 高町なのはという少女が持つ強さを彼は知っているが、それ故の危うさも感じていた。ヴォルケンリッターに二度続けて敗れたことが、彼女の心の最も弱い部分を表面に出そうとしている。

 なのはが、魔法という力をそのまま受け入れ、自分の力を変えた理由。

 力を持つことへの恐怖はなく、自分が傷つくことへの恐怖もなく、何も出来ない自分をこそ恐れていたその根源。

 家族の愛に飢え、居場所を求めながらも、迷惑をかけることを恐れて何も出来ず、一人になってしまったトラウマ。

 管制機トールが、フェイト・テスタロッサと鏡合わせにように似通っていると称した、その在り方。

 不屈の心に隠された、少女としての弱さが、そこに表れていた。


 「それは別に、君のせいじゃないだろう」

 クロノ・ハラオウンは、なのはのトラウマの根源である、幼少時の高町家の家庭事情を聞き知っている。というより、あの管制機に一方的に伝えられた。

 これはあくまで高町家の問題であり、他人であるクロノが断りもなく知ってよいことではないが、“フェイトの幸せのため”に機能するデバイスはそんなことは考慮しない。フェイトとなのはが心に傷を負った際に、それを癒す立場にいる人物にはそのための情報を無理やりであろうと送信する。


 それが、管制機トールであり、彼がその情報が必要になる可能性があると計算したその時が、今訪れていた。


 「お母さんは、私達に寂しい想いをさせないように一生懸命で、お兄ちゃんもお姉ちゃんも、大好きな剣術の練習まで中断して、家のことやお店のことをお手伝いしていて―――――わたしは、本当に小さくて、ひとりぼっちになってしまう時間が悲しくて―――誰も、傍にいてくれないのが寂しくて―――」

 自分は、本当はいらない子なんじゃないかと、そんなことばかり考えていて


 「だけど、それは違って―――」

 夜中に一人でとても辛そうにしていたお母さんが―――

 (なのは―――)

 わたしを見て、笑ってくれた

 (ごめんね、いつも一人で寂しいよね)

 わたしをぎゅっと抱きしめてくれて、あったかな胸に抱かれて感じたのは

 (だけどお父さん、きっとすぐに元気になるから)

 うれしさと、切なさと

 (そしたらきっとまた、家族みんなで遊びにだって行けるから)

 ただ守られて心配されて、何も出来ないまま待っているしかできない自分


 「だけど、私は何もできなくて――――悲しいことを前にしても、悲しんでいる人を前にしても、何も出来ない、あんまりにも小さくて、無力な自分が――――悲しくて、悔しくて」


 「………」


 「どうして、わたしの手はこんなに小さいの………」


 それはなのはだけが持つ想いであり、決して他人には共有は出来ない。

 だが、クロノにはその想いが理解できた。それは、クライド・ハラオウンが殉職してよりすぐの頃、クロノ・ハラオウンという少年に刻まれた、原初の想い出そのものであったから。


 「魔法の力を得て、レイジングハートと一緒に、フェイトちゃんを―――助けるって言ったのに、自分自身すら守れなくて、クロノ君やユーノ君に守られてばかりで――――わたしの手は、小さいまま………」

 高町なのはという少女が何よりも恐れる、何も出来ない自分。

 誰かに助けられることしかできない、無力な自分。



 「フェイトの方は……」

 もう一つのす巻き、フェイト巻きの方を見やると、やはり同じ症状がそこにはある。


 「わたしは何も出来ない、母さんも、姉さんも、リニスも助けられなくて―――――」

 なのはの家族が、高町士郎が大怪我を負って入院している間、一丸となって頑張っていた時、なのはが何もできないことを悲しんでいたように。

 フェイトの家族が、アリシア・テスタロッサを治療するために頑張っている時、フェイトもまた、何も出来ないことを悲しんでいた。

 だから、彼女は必死に、8歳でAAAランク相当に至る程の訓練を繰り返した、だけど、願いは届かなくて。


「なのはも………友達になるって言ったのに、なのはが危なくなったら助けるって誓ったのに、何も出来なくて、アルフとユーノに助けられただけ……」

 盾の守護獣ザフィーラの攻撃から、二人に助けられたのは事実ではあるが、ザフィーラが彼女らを攻撃したのは、なのはとフェイトを放置できない脅威と認識しているからこそ。

 だから、二人は決して足手まといでも無意味でもない。彼女らがいなくては、アースラの戦略は根本から見直しを迫られる。


 「と、口にしても聞こえそうもないな」


 「僕が何を言っても、二人とも“自分が悪い”としか返さないんだ、こんなこと初めてだから、どうしたらいいか分からなくて」


 「ふむ………」

 僅かに考え込み、そしてクロノは思い当たる。

 (あの二人を、よろしくお願いいたします、クロノ・ハラオウン。フェイトの兄となる貴方だからこそ、この役をお願いしたい)

 生まれる前からフェイトのことを知っている古いデバイスが、そう告げていたことを。


 「彼は、この子達の心を知っていたのか」


 「彼?」


 「いや、こっちの話だ」

 あの管制機が二人の少女の根源を把握しているのなら、それを彼に問い合わせれば彼女達にかけるべき答えはすぐに見つかるだろう。

 だがきっと、それではいけないのだ。彼は自分の役割は見守ることであり、共に生きることではないと語っていた。


 <フェイトの家族となる、僕達が何とかしなくてはならない、そういうことか、トール>

 まったく、あのデバイスはどこまでも主に忠実でどこまでも厳しい。

 ある意味で、甘やかすという言葉と最も縁の遠い存在なのだろう。甘やかすことがフェイトの将来に良い結果をもたらしはしないと計算したならば、彼が甘やかすことなどあり得ない。


 <いつも厳しいわけじゃない、正直、過保護な部分も多くあるし、フェイトが望む大抵のことを彼は叶えようとする>

 クロノは知らないが、フェイトのなのはと一緒にお風呂に入る、という望みを叶えるために、実にしょうもない支援を行っていたりもする。


 <だが、肝心な部分となると、彼は厳しい。まるで、普段は人間よりも人間らしく、あらゆる事態に対応できる万能な存在のようでありながら、根本の部分で融通が効かない機械仕掛けである彼そのもののようだ>

 兄、という要素はこれまでのフェイト・テスタロッサにとって無かった要素であり、管制機トールはクロノ・ハラオウンという存在を把握するため、最も多く交流を持った。

 そのためか、クロノはおそらくリンディ以上にトールという存在の根源を理解している。プレシア・テスタロッサがいない今、トールを最も理解している人間はクロノ・ハラオウンなのかもしれない。


 「彼のことばかり考えてしても仕方ないな、まずは、この子達を元に戻さないと」

 トラウマというものは実に厄介だ。

 ゴキブリや洗浄マシーンのような“軽い”ものは特に問題はないが、行動理念に結びついているものは根が深い。

 何も出来ないこと、家族を救えないこと、家族に必要とされないこと、それが二人の少女が精神に抱える最大の恐怖。

 これまでは、二人が互いに支え合うことで忘れていたが、今回は二人が同時に傷ついたことで、癒す者がいなくなってしまった。

 なのはが傷ついたならば、フェイトが支える。フェイトが傷ついたならば、なのはが支える。“わたしが傍にいる、わたしが貴女を必要としている”と、相手の目を見て伝え合う。

 そういった意味で、二人の少女は片翼の天使のようなものだ。飛ぶためには手を繋ぎ、一緒に羽ばたかねば落ちてしまう。


 「子供である今はそれでいいが、大人になったらそうはいかないか。だとすれば、家族として、兄として、僕は―――」

 クロノは、自分の過去を思い返す。

 父親を3歳の時に失い、管理局員としての仕事に忙しかった母に甘える時間はあまりなかったように思われる。

 だが、それを自分は苦に思っただろうか?


 <違うな、士官学校でエイミィに出逢うまで、そんな余裕すらなかったんだ>

 5歳の頃から、リーゼロッテ、リーゼアリアの指導の下、魔法の訓練を始めた自分。

 だが、自分には才能というものがなかった。それを理解してもなお、いつかは執務官になって、“闇の書”のようなロストロギアによる犠牲者を出させない、そんな“正義の味方”を目指し、ただがむしゃらに魔法の訓練を続けていた幼い自分。

 それを目指す気持ちは今も変わらないが、同時に、理想ばかり見ていても現実は変わらないということも知った。エイミィと出逢ったのはちょうどそんな時だ、士官学校に入り、組織というものの限界を知り、軽い諦観を覚えていた頃。


 <今思えば、つくづく面白みがない男だな、僕は>

 波乱万丈とはほど遠く、延々と同じことを繰り返していただけの子供時代だった。

 それが変わったのは、エイミィと出逢って、執務官と補佐官として一緒に働くようになってからだと思うが、その時自分は既に11歳、そこからの経験はまだ9歳のなのはとフェイトの参考にはなりそうもない。

 かといって、それ以前の自分はあまりにも人との繋がりが少なかった。いや、なかったわけではなく、母や恩師であるグレアム提督、実際の師匠であったリーゼ姉妹を始め、母の親友のレティ提督や管理局の人達、さらには士官学校の同期と、数多くの人達との出逢いと触れ合いはあった。

 だが、その頃の自分は外を向いていなかった。引きこもりというわけではないが、目指すべき場所へ辿り着くために全力を注いでいたため、自分が一人でいる寂しさにすら気付いていなかった。気付いていない以上、そこに特別な想いがあるわけもなく、参考にならない。


 <母さんがなかなか家にいないのも、これ幸いと魔法の訓練をするだけだったな。注意する人がいないのをいいことに無茶もやったが、母としては胃が痛くなる思いだっただろう>

 我ながら性質の悪いことに、引き際というものもわきまえていたから手に負えない。多少の無理はしても身体に影響が出るような真似はせず、長期的に見れば効率的といえるような訓練ばかりやっていた。それでも、苦しいものは苦しいし、痛いものは痛かったが。

 理にかなっている訓練法であるが故に、母も本気で止めることは出来なかった。近くで見れば注意せずにはいられなかっただろうから、自分も出来る限り母の目の届かぬ場所で訓練していた。そういった意味では、仕事で忙しい母と、夢を追うことしか考えていなかった自分は、噛み合ってはいたのだろう。

 あの頃の自分は、本当に悪い息子だったと自嘲する。いや、今でもあまり自信はないし、前線で戦う執務官をやっている時点で、親孝行とは間違っても言えない、最悪、死ぬ危険もある仕事であり、数年に一人は殉職者が出ている役職なのだから。

 殉職までいかずとも、日常生活に影響が出るほどの後遺症を負って引退した者も多い。執務官にも数多くの担当があるが、その中でも自分はロストロギアを扱う次元航行艦所属、ジュエルシードや闇の書以外にも、数多くのロストロギアを相手にしてきた。まあ、闇の書事件を追うために選んだ道なのだから、当然と言えば当然なのだが。


 <我ながら、何とも可愛げのない子供だ。それに比べれば、この子達はずっと素直でいい子だな>

 しかし、可愛げのない子供であった自分では、素直で感受性の強い彼女達の参考になりそうもない。


 <スクライアで育ったユーノも少し特殊だ、確かに、彼の言葉ではどうにもならなかったのだろう>

 芯の強さならば、ユーノはなのはやフェイトの数倍強いとクロノは思っている。女の子と男を単純に比較することは出来ないが、現実を見据えて前に向かうという部分ではユーノの心は揺るがない。

 その姿勢が、自分とよく似ている、ということにはクロノは気付かなかった。だからこそ、この二人もまた親友なのである。


 <なら―――待てよ、昔の僕だってずっと強がっていられたわけはじゃない、落ち込むことだってあった>

 執務官になってからは、失敗を落ち込む暇があれば、再発防止に全力を尽くせ、という姿勢であるため忘れていたが、自分も昔からこうだったわけではないはず。(その辺はトールと似ていたりする)

 そんな時、自分はいったい、何を支えにしていただろうか―――


 「う……」


 「どうしたの?」

 いきなり呻き声をあげたクロノに、いったいどうしたのかと尋ねるユーノ。


 「何でもない……」

 と答えつつ、辿り着いた回答について熟考するクロノ。


 <この歳になるとかなり恥ずかしいが、最も大切な思い出であるし、僕の一番の支えであったことは確かだな>

 結局は自分もあまり大差なかったようだと、改めて自嘲するクロノ、だが、それでよいのだとも同時に思う。

 やはり子供は、母の愛に包まれているべきなのだろうと、当たり前のように彼も考えていたから。


 「とりあえず、手は浮かんだ。今のなのはとフェイトには、多分これが一番有効だ」

 確証はないが、そんな気がする。

 何より、あの管制機が言ったのだ、クロノ・ハラオウンに任せると。

 ならば、自分こそが彼女らに対する特効薬となるものを持っている、そう、彼は判断したはずだ。

 その答えを示さず、兄自身に考えさせたことも、何とも彼らしいと思える。


 「S2U………いや、Song To You、スタートアップ」

 『Reday set.』


 ストレージデバイスS2U

 普段はそう呼ばれ、管理局の武装局員が使う標準のストレージデバイスと大体同じ性能を持っているが、込められた願い、託された命題はそれとは異なる。

 彼に託された命題は、管制機トールと最も近い。母が自分の子供に贈った願いそのものであるから。

 シルビア・テスタロッサという女性が、幼い身体で扱うには危険な程の高い魔力資質を持って生まれたプレシア・テスタロッサのために、時の庭園の管制機というコンセプトで設計されていた、まだ生まれていないデバイスに“常に一緒にいられない私の代わりに、私の娘の魔力を制御し、娘をあらゆる脅威から守るように”という命題を込めたように。

 リンディ・ハラオウンという女性が、父を失い、その後を継ごうと頑ななまでに頑張り続ける息子、クロノ・ハラオウンのために、通常の武装局員が扱うストレージデバイスを基に、“常に一緒にいられない私の代わりに、息子と共に在り、支えてあげて欲しい”という願いを託されたデバイス。



 故にその真名を、Song To You(歌を、あなたに)



 母が子に贈る、“ただ健やかに育ってほしい”という原初の願いが込められた、愛の結晶。


 「なのは、フェイト」

 Song To Youが音楽を奏で、優しい旋律が流れ出す。

 そこに、歌詞はなくハミングのみ、その声は“私はいつでも見守っていますよ”という母の想いそのものだから。


 「君達は、無理に頑張らなくてもいいんだ」

 そして、かつてその歌を贈られ、自身の信じる道を歩み続けた少年が、愛を失うことを恐れる少女達に言葉を紡ぐ。


 「君達が無理に頑張っても、君達のお母さんは、喜びはしないよ」

 自分はそれが出来ない悪い息子であった、だからこそ、妹やその親友に同じことをさせるわけにはいかない。

 理屈は、至極単純、彼は男の子だから、いざとなれば母を守らねばならない、男というのはそういうものだ。

 だが、彼女達はどんなに強くとも女の子なのだから、時には弱音をはくのも当たり前だろうと彼は思う。


 「ただ、健やかにすごしてほしい、幸せに笑ってほしい、それだけなんだ」

 執務官という道を選んだ自分は、その願いを壊してしまう危険に満ちている。

 それを自覚しているからこそ、クロノは鍛錬を続けるのだ。闇の書事件のような犠牲者を出させないという目標もある、次元世界に生きる人々の生命と財産を守るために戦う存在が執務官であり、負けるわけにはいかないという理由もある。

 だが、何よりも最大の理由は、健康無事に母のもとへ帰るため、母を泣かせないために、クロノ・ハラオウンは“相手に勝つためのスキル”ではなく、“負けないための、生き残るためのスキル”を鍛え続けた。

 派手さない、輝きもない、射撃・砲撃ではなのはに劣り、速度ではフェイトに劣る。特筆すべきものは何もなく、だがそれ故に全てを修め、あらゆる状況に対処し、無事に生還する。


 「どんなに頑張っても、君達が傷ついては意味がない。自分を犠牲にして守っても、涙しか残らない」

 クロノ・ハラオウンは、殉職した自分の父、クライド・ハラオウンを尊敬しているし、目標にもしている。

 二番艦エスティアの局員が退避するまでブリッジに残り、部下を救うために命を懸けたその姿は、艦長としてはあるべき姿、理想形なのかもしれない。

 ただ、母を泣かせたことだけは、許してはならないことだと思っている。

 まだ幼く、物心つく前のクロノに僅かに残る母の思い出は、夫を失って泣いている姿だったから。

 気丈な母のことだ、決して息子の前で泣くことなどなかったはず、きっと自分がそれを目撃したのは偶然だったのだろう。だが、その光景はクロノの心に深く刻まれ、彼が進む道はその時に決まったのかもしれない。

 母を守れる強さを、泣かせない強さを、絶対に生きて帰る強さを得て、父の跡を継ぐ道が。

 そして現在、守るべき家族がもう一人増えようとしており、その子を守るためには、その親友もセットで守らねばならない。


 「だから君達は、笑っていてくれ、ただそれだけで、僕達は頑張れるから」

 望むところ、それこそが自分の選んだ道であり、求めた強さだ。

 世界はこんなはずじゃないことばかり、父が死んだという過去は変えることは出来ない。だから、大切なものを失いたくなければ、守りきれるだけの強さが必要。

 そう信じて進んできた、闇の書に恨みがないと言えば嘘になるが、クロノにとってはこれ以上の犠牲者を出させないこと、仲間の安全を維持すること、そして、家族を泣かせないことの方が重要なのだ。

 理不尽に悲しみ、復讐に狂う精神を、幼い頃に見た母の涙が、彼の心から流してしまったのかもしれない。ある意味では欠落者といえるが、復讐に狂う人間がいるならば、こういう人間もいてこそ世界のバランスは取れている。


 「だめ、それだけじゃだめ―――わたしは、お父さんを治してあげられないし、お兄ちゃんやお姉ちゃんに、好きなことをさせてあげられない―――クロノ君やユーノ君が頑張っても、わたしは………」


 (お前がいてくれるから、お父さんもお母さんも頑張れるんだよ)

 (なのはが笑っててくれれば、お姉ちゃん達だって、元気百倍なんだから)

 (じゃあ、いつも笑ってる! みんなが元気になれるように!)


 「いつも、笑っていることしか………できないんだよ…………」


 「………そうか」

 そして、クロノは理解した。


 <どうやら、なのはの兄、高町恭也という人と、僕は似たもの同士みたいだ>

 父、クライド・ハラオウンが亡くなった時に、泣いている母を見た幼い自分、そして、進む道を決めた。

 おそらく、高町士郎という人が死ぬ寸前の大怪我を負った時に、高町恭也という人も、自分と同じものを見たのだろう。多分、父を誇りに思うと同時に、二度と母を泣かせるようなことをしたら許さない、とも思っているはず。

 そして恐らく、なのはも似たようなものを見たのかもしれないが―――


 <すまないな、なのは、こればかりは、譲るわけにはいかないんだ>

 男としての意地、兄としての意地。

 ああ、つまりはそういうことなのだ。


 「なのは、それは違う。君のお兄さんやお姉さんは、自分のやりたいことを我慢して頑張っているわけじゃない、君達の笑顔を守ることが、やりたいことなんだ」


 「でも、わたしも―――」


 「残念ながら、こればっかりは兄や姉の特権だ、今回の場合が、僕がフェイト担当で、ユーノが君担当かな」


 「え、ぼ、僕!?」


 「ユーノがやりたいことは、何よりも君の笑顔を守ることらしいから、別に君が気に病むことはない。だから―――」


 「ちょ、ちょっと!」

 今の彼女らに必要な言葉は、きっとこれ。


 「一度の失敗なんかでくじけるな、頑張れ、なのは、フェイト、僕達は皆、君達を応援している」

 励ましでも、慰めでもなく、君達の手がもっと大きくなることを願う、祝福のエール。

 小さな子達よ、もっと頑張れ、僕達は応援している、いつでも背中を押してやれる。


 果たして―――


 「クロノ君……」


 「あ……クロノ、いつからそこに?」

 奏でられた母の歌によってか、紡がれた兄の言葉によってか、少女達の瞳に光が戻る。

 「ようやく戻ってくれたか、というかそんな恰好で君達は一体何をやっているんだ?」


 「あ、あれ、ええと、にゃはは」


 「な、なんでだろうね、あははは」

 笑顔というには、誤魔化しの要素が強かったが、それでも少女達に笑顔が戻り、バインドを解いて彼女らは立ちあがる。


 <僕では、こんなものか、やっぱり、母さんは凄い>

 クロノも幼い頃、落ち込む事があるたびにこの歌を聴き、母を側に感じて、心を落ちかせていた。そして内心でそう思いつつも、彼は普段通りに―――


 「遊んでいる暇はないぞ二人とも、闇の書事件は終わったわけじゃないし、今日の戦いで守護騎士の強さや特性も大体掴めた、次こそは捕縛して、主を突きとめる」


 「え、あ、うん!」


 「りょ、りょうかい!」


 落ち込む暇があれば、次はどうするかに全力を注ぐ、そんな自分の在り方を、少女達に示したのだった。


 「あ……でももう少しこの歌を聞いていていいかな?」


 「ああ、それは構わないよ」

 そうして微笑むクロノの表情は、たしかに妹を想う兄のものとなっていた。

 テスタロッサの家には父がおらず、時の庭園において、フェイトにとってはトールが兄であり、父であった。

 しかし今、フェイトはハラオウンの家におり、クロノが兄となり彼女を支えている。






 ≪貴方は私と同じだったのですねS2U、いえ、Song To You。母が、その何よりも大事な子供のために作った贈りもの≫

 そして、墓守となった管制機は、時の止まった庭園の中枢に佇みながら、静かに演算を続けている。


 ≪――――――そうか、だからなのですねマスター。貴女が会ったばかりのリンディ・ハラオウンにフェイトを託したのは、私のマイスターと、自分の母と同じ雰囲気を感じ取っていたから、なのですね≫


 彼には理解することが出来ない、人間がもつ不思議な感覚で娘を託す相手を定めた主を思い、母が娘のために、彼へと残した最後の命題を守りながら――――

 Song To Youと同じ命題を託されたデバイスは、黒髪の少年が金髪の少女の兄となった光景を、見守っていた。





あとがき
アニメでは明言されていませんが、S2Uの声がリンディさんの声の理由は原作の通りだと思っています。
 自分は、リリカルおもちゃ箱が大好きです。Song To Youを聞いた時は涙がぼろっぼろ出ました。他の音楽も大好きですが、Song To Youが一番好きでした。
 今回の話は、A’S編の最大の伏線であり、絆の物語の根源部分、“家族の絆”に絡んでくる部分です。高町家、ハラオウン家、八神家の三家族の絆こそが、リリカルなのはA’Sという物語において得られた宝物なんじゃないかと自分は考えており、これらの家族の繋がりから、StSへと人の繋がりは伸びていくのだと思います。
 そういうわけで、なのはの心の最大の檻である家族との関係、その檻を破壊する始まりの鍵を今回の話にしたいと思っています。StSでは可能な限り、なのはの性格をリリカルおもちゃ箱のなのはが成長した形にしたい、という身に余る願望を秘めており、戦う時は不破なのはで、普段は高町なのは、高町桃子という女性を母に持つ娘であることを出していきたいと思っており、自分の中でのなのはのテーマソングは、『はるひな ~Theme of Momoko&Nanoha~』で固定されております。
 母と娘というテーマは自分の作品における解答編であるVividにも繋がる部分があり、やっぱり、みんな仲良く平和に過ごす以上の幸せはないと思います。





[26842] 第十九話 反省会と特殊訓練
Name: イル=ド=ガリア◆9d8bc644 ID:97ddd526
Date: 2011/04/13 16:11



第十九話   反省会と特殊訓練




新歴65年 12月7日  第97管理外世界 日本 海鳴市 ハラオウン家  PM8:00



 「もう一回確認しておくけど、カートリッジシステムは扱いが難しいの。非魔導師とかが使うショックガンとか、Eランクくらいの捜査員とかが使う簡易デバイスに使われてるタイプのカートリッジならそんなに危険はないんだけど」

 ある程度立ち直ったなのはとフェイトに、エイミィが生まれ変わったレイジングハートとバルディッシュについての説明をしていく、クロノはこれまでの情報を別室でもう一度確認している。


 「えっと、ギャレットさん達も使ってるんでしたっけ?」


 「うん、観測指定世界では何があるか分からないから、彼らも準備は万全にして臨んでるよ。だけど、高ランク魔導師の魔力を引き上げるタイプのカートリッジはかなり危険なんだ、フルドライブと併用させて使ったことで大破した例や、リンカーコア障害になっちゃった例もあるし」


 「バルディッシュの先発機もそうなったって聞きましたけど、今は大分安全性が高まったって」


 プレシア・テスタロッサの娘だけあり、その辺りの知識はかなり豊富なフェイト。


 「そうなんだけどね、ぶっちゃけ、なのはちゃんとフェイトちゃんの魔力は大き過ぎるんだ。今はまだ身体が成長していないから無意識のうちにリンカーコアが出力をセーブしてるの、だけど、フルドライブやカートリッジはその限界を突破させる機能を持つ、つまり、分かるよね?」


 「はい、身体が成長しきってないからセーブしてる力が解放されたら、その負荷がわたし達にそのまま跳ね返ってくる、ってことですね」


 「そういうこと、だから、フルドライブはあくまで最終手段ということを忘れないでね。大人の魔導師でもそれなりに危険が伴うし、何より、その子達がね」

 エイミィがやや声を落とし、なのはとフェイトの掌の上にある、二機のデバイスを見つめる。


 「なのはちゃんとフェイトちゃんの身体が負荷に耐えられない以上、誰かがその負荷を受けとめなきゃいけない。そして、それを成すのは誰か、言うまでもないよね」


 「レイジングハート………ありがとう」

 『All right.』

 高町なのはを支える杖となること、あらゆる壁を乗り越える風となること、そして、彼女に不屈の心を宿す星となること


 「バルディッシュ……」

 『Yes sir.』

 フェイト・テスタロッサが振るう剣となること、その身を守護する盾となること、そして、彼女の進む道を切り拓く閃光となること

 彼らに託された命題がそうである以上、その選択は至極当然、主のために負荷を請け負うことを厭うデバイスなどこの世に存在しない。


 「モードは、それぞれ三つずつ、レイジングハートは、中距離射撃のアクセルと、砲撃のバスター、フルドライブのエクセリオンモード。バルディッシュは、汎用のアサルト、近接攻撃用のハーケン、フルドライブのザンバーフォーム、言ったように、破損の危険があるから、フルドライブは最終手段ね」


 「はい」

 「うん」


 「特に、なのはちゃんは注意してね。バルディッシュと違って、レイジングハートは打ち合いを想定していないから、フレーム自体の強度は一般的なストレージよりも脆いんだ。強度の順番で言うなら、守護騎士達のレヴァンティンとグラーフアイゼン、フェイトちゃんのバルディッシュ、クロノ君のS2U、そして、レイジングハートになるから」


 「エクセリオンモードで戦ったら、レイジングハートが壊れちゃうってことですか?」


 「誘導弾やディバインバスターまでなら大丈夫だと思う。だけど、カートリッジを三発以上使って放つ、エクセリオンバスターのフォースバーストや、高速型のスターライトブレイカーはきついかな、フレームを強化する手もあるけど、それだと多分、動きが重くなる」


 「今後はそうするにしても、シグナム達と戦うには、痛手ですね」


 「そうなんだ、ジュエルシードの時みたいに、大型のモンスターとかを相手にするなら絶対にフレームを強化して安全性を高めた方がいいんだけど、Sランク相当のベルカの騎士を相手にするなら、ちょっとね」


 そこに―――


 「それ以前の問題として、ヴォルケンリッターを相手にフルドライブを使うのは意味がないな」

 一旦座を外していたクロノが戻ってくる。


 「クロノ君、お疲れ様」


 「ただいまエイミィ。それで、話の続きだが、フルドライブ状態での戦闘はリンカーコアを100%解放し、全ての魔力を注ぎ込む、この意味が分かるかい?」

 クロノの言葉に、なのはとフェイトがしばし考え込む。

 やがて、フェイトがやや自信なさげに応え。


 「えっと、全力全開で行くから、細かい制御が効かない、ってこと?」


 「その通りだ、フルドライブ状態で精密な制御を行うのはかなりの訓練を要する。ただ、文字通り“身体で覚える”ことだから仮想空間(プレロマ)での訓練ではあまり意味がない、まずは現実空間において、フルドライブ状態の自分を簡単にイメージできるくらいに練習しなきゃいけないんだが」


 【貴女達は魔力が大き過ぎるため、フルドライブの訓練はそう簡単には行えません。魔力量がそれほど多くない方ならば一日おきに行うことも可能ですが、スターライトブレイカーやプラズマザンバーブレイカーなどを訓練で放った場合は、三日間は魔法の訓練禁止となることうけあいです】

 さらに、時の庭園に座す管制機からも通信が入る。クロノが兄となり、フェイトがハラオウン家の子となることが確定した今、わざわざ人形をハラオウン家に派遣する必要性を計算し、彼の電脳は否という演算結果を導いた。

 他にリソースを割く必要がない状況ならば派遣していただろうが、今は時の庭園の機能のフルに使い、守護騎士包囲網の構築や、負傷した武装局員の治療などを行っており、トールとアスガルドにもそれほど余裕はなかった。それにもう一つか二つ、“極秘計画”も進めているために。


 「じゃあ、フルドライブの訓練禁止ってことですか?」


 「それ以前に、君達の戦闘能力そのものは守護騎士に比べて劣っているわけじゃない、今回は相性が悪い相手だったが、それでもデバイスが破損したわけでも、怪我したわけでもないだろう、ならば、その差はどこにある?」


 「………戦術の、組み立て――――あっ」


 「分かったかい」


 「フルドライブ状態になっても、判断力や戦術眼が向上するわけじゃない」


 「だから、魔力が上がっても、当たらないと意味がない」

 なのはとフェイトは、ほぼ同時に同じ結論へと辿り着く。


 「魔力の向上は大型魔法生物やロストロギアを相手にする際は大いに役立つ、現に、これまでのフルドライブによって大破したデバイスなどもそういう状況で使われることがほとんどだった。だが、常識的に考えて、市街地で一人の犯罪者に対して収束砲は撃たないだろう」


 「確かに……」


 「治安維持を目的とする、管理局員には撃てないよね……」


 【付け加えるなら、守護騎士達はどうやら対象の殺害が禁じられている模様です。彼女らのデバイスには非殺傷設定が存在しないことをクラールヴィントより確認しておりますので、彼女らはフルドライブでの一撃を人間に対して放つことは出来ない可能性が高い、ただし、100%ではないこともお忘れにならないように】


 「ということは、話を整理すると……」

 沈黙して話を聞いていたエイミィが、聡明な頭脳によって結論を導き出す。


 「ある意味で双方がフルドライブを使えないわけだから、なのはちゃんとフェイトちゃんの課題は、戦術面で守護騎士と対等になることかな、カートリッジロードのタイミングとか、駆け引きとか、仲間との連携とか」


 「ううう……」


 「やっぱり、そうなるよね……」

 極論、フルドライブは膨大な魔力に任せた力押しでしかない。

 ジュエルシードなどが相手ならば魔力がものを言うが、人間相手の案件はパワーだけではどうにもならない。状況に応じて、的確な対処を行う能力こそが求められる。

 無論、力があるに越したことはなく、引き出しが多くなれば対処法も増える。だからこそ、クロノ・ハラオウンは常に鍛錬を続け、あらゆる技能を修めてきたのだから。



 「それで、今回の反省だが、さっきまで君達の“ミレニアム・パズル”における戦闘訓練をもう一度確認していたんだが、トールが用意した仮想守護騎士との戦いにおいて、二人とも見事に一人とだけ戦っていたな」


 「う」


 「あはは」

 なのはが戦った仮想守護騎士は鉄鎚の騎士ヴィータのみ、フェイトが戦った仮想守護騎士は剣の騎士シグナムのみ。

 クロノも忙しいどころか多忙を極めていたため、なのはとフェイトとの訓練に割ける時間はほとんどなく、連携の仕方や、戦いの行ける戦術構築のポイントを教えた後は自習に任せていたのだが、少々監督が足りなかった模様。


 「まあ、僕も敵の戦略を見抜けなかった以上は偉そうなことはいえないが、自分が定めた相手意外と戦う可能性も今後は考えてくれ」


 「ごめんね、クロノ君……」


 「以後、注意します……」

 自分の監督不行き届きが原因であるため、叱ることはなく注意に留めるクロノ。


 「お兄ちゃんだねえ、クロノ君」


 「茶化さないでくれ、エイミィ」

 そして、クロノが兄なら、エイミィは姉的な立ち位置であった。


 【その点につきましては、私からも謝罪する点がございます。今回の件は貴方の失敗ではなく、彼女らの責任でもなく、私の失策であったとも言えます】


 「どういうことだい?」


 【クラールヴィントの一つを遠隔でレヴァンティンと接続し、タイミングを合わせて強装結界を破壊する。このような戦術はこれまでのヴォルケンリッターの行動からは見受けられませんでした。つまり、フェイトや高町なのはが守護騎士との戦いを通して学び、成長しているように、向こうにも学習されてしまった、ということです】


 「……君がレイジングハートとバルディッシュと接続し、さらにはクラールヴィントとも接続したように、か」


 【誤算と言えば誤算です。風のリングクラールヴィントはアームドデバイスでありながら、補助、通信、支援、情報処理に長けている。つまり、現存するミッドチルダ式のどのデバイスよりも、管制機トールに近い性質を有しています。彼女に対して“機械仕掛けの杖”を見せてしまったことは、早計でありました】

 学習能力こそ、人間の持つ最大の持ち味。

 守護騎士の手口を管理局が学習し、包囲網を構築しようとしているように、守護騎士もまた管理局の手法を学び、取り入れる部分は取り入れてくる。

 基より、白の国は“学び舎の国”であり、夜天の守護騎士は技術を学び、後代に伝えることをこそ使命とする者達であるが故に。

 彼らに対して迂闊に手を晒すことは、相手を増強することにも繋がりかねないことを意味していた。


 【剣の騎士が風のリングを持って強装結界内部へ突入、本来不可能であるはずの外部の湖の騎士と綿密な連携を取りながら結界を破壊する。これは、クラールヴィントが提案した手法ではないかと推測します、ちょうど、前回と立場を入れ替えたような状況でしたから、対応策を予め練っていたのでしょう】


 「もし自分達が相手の立場となったらどうするか、シミュレーションの基本ではあるな、だが、それを一発で実現するのは並大抵じゃないぞ」


 「それを出来るほどの、歴戦の騎士ってわけだ。なのはちゃん、フェイトちゃん、大変だあこりゃ」


 「わたし、魔導師歴、半年です……」


 「わたしは、えっと………本格的に活動したのはジュエルシードを探しだした頃だから、1年半、くらいなのかな?」

 対して相手は、千年を超える時を超え、戦い続けてきた闇の書の守護騎士。

 経験の差は歴然であり、何らかの手段を講じなくてはならないのは疑いなかった。


 【ただし、こちらに有利な情報もあります】

 そこに、管制機が二度の戦いにおいて導いた結論を告げる。


 「何か分かったのか?」


 【はい、二度目の戦いを観測した結果、確認が取れました。まず、前回の戦いにおいてレイジングハートとバルディッシュが破壊され、新たにカートリッジシステムを搭載して戦いに臨んだことは言うまでもありません】

 相変わらずの回りくどい言い方であったが、これがトールである。


 【しかし、グラーフアイゼンとレヴァンティンの二機には改善された様子がありませんでした。今回新たに観測されたフルドライブ状態からも、守護騎士が弱点を克服出来なかったことが伺えます】


 「弱点、ですか?」


 「弱点って、何、トール」


 【貴女達を殺さないようにして戦うならば、殺傷設定よりも非殺傷設定である方が有利であることは明白。非殺傷設定ならば、相手を殺さずにフルドライブ状態で戦うことも可能となります。しかし、守護騎士にはそれが出来なかった、なぜか?】


 そして、クロノがいち早く解答に辿り着く。


 「守護騎士には、デバイスマイスターがいない、ということだな」


 【主がそれを担えるならば最上なのでしょうが、管理外世界を本拠地としている時点で、その可能性もほとんどあり得ない。闇の書の力によって、その一部であるデバイスを復元することは可能でも、改良することが出来ない、中世ベルカに則るならば、騎士がいても調律師がいないのです】

 それこそが、闇の書の守護騎士が抱える最大の欠点。

 中世ベルカの騎士は、調律師が調整した騎士の魂たるデバイスと共に戦うことで最強足り得る。

 だが、調律の姫君がいない今、騎士の魂を調整する者がいない。殺傷設定が不利であることを承知しながらも、それを改善することが出来ないのだ。

 もし、管制人格が本来の機能を果たしていたならば、デバイスマイスターとして顕現し、騎士達のデバイスに非殺傷設定を搭載していたことだろう。闇の書は敵から知識や技術を蒐集することに長けているのだ。


 【そうである以上、彼らの姿も変わりようがありません、グラーフアイゼンは、通常形態と思われるハンマーフォルム、強襲形態と思われるラケーテンフォルム、フルドライブ状態のギガントフォルムの三つの姿を持っています。構成的にはバルディッシュに近いですね】

 汎用性が高いアサルトフォルムとハンマーフォルム、近接攻撃用のハーケンフォルムとラケーテンフォルム、フルドライブ状態のザンバーフォームとギガントフォルム。


 【レヴァンティンは、通常形態のシュベルトフォルム、連結刃による多種多様な攻撃を繰り出すシュランゲフォルム、そして、遠距離からの最強の一撃を放つためのボーゲンフォルム。ただし、シュベルトフォルムやシュランゲフォルムにおいてもフルドライブは可能であると推察されます】


 「だろうな、彼女が剣の騎士である以上、フルドライブが弓だけとは考えにくい。むしろ、あらゆる形態からフルドライブが可能と見るべきか」

 レヴァンティンは最も攻撃に特化したデバイスであり、グラーフアイゼンのような結界敷設の補助や、誘導弾の管制機能を持たない。その代り、あらゆる形態からフルドライブを行い、シグナムの全力を叩き込むことを可能とする。


 【最後にクラールヴィントですが、こちらは補助や通信がメインですので、直接攻撃能力はほとんどないと考えられます。ただし、ユーノ・スクライアを捕縛したように、敵を抑えることに関してならばかなりの有用性があります、ペンダルフォルムと呼ばれる形態ですが、注意が必要でしょう】


 「盾の守護獣はデバイスを持っていないから、その三機か」


 【厄介な敵ではありますが、底が見えてきたのも事実です。まだ隠し玉がある可能性は高いですし、特に闇の書には最大の注意を払う必要がありますが】


 「………あれか」

 クロノが呟くと同時に、ハラオウン家のスクリーンに6人のシャマルの光景が映し出される。


 「これ、ほんとに厄介だよねぇ、存在自体が守護騎士とほぼ同じだから、見分けとかそういう次元じゃないし」


 【最悪、本物の湖の騎士が破壊された場合、偽物にページが吸収されていき、新たな湖の騎士となる可能性もあります。少なくとも、時の庭園内部ならば、管制機トールにはそれが可能です】


 「現在動いている人形を破壊しても、本体が新たにリソースを割けば、それが新たなトールになる、というわけだね」


 【それ故、私を止めようと思うならば、まずはアスガルドを止める必要があります。この場合は言うまでもなく、闇の書が該当しますね】


 「でも、無暗に破壊することも出来ないんですよね」


 「転生機能で、逃げちゃうって」


 「どの程度の破壊で転生するかのデータがない上、データ収集のために試すにはリスクが大き過ぎるな」


 「かといって、アルカンシェルで吹っ飛ばしたデータじゃあ参考にならないし、ほんと、厄介というかなんというか」

 考えれば考えるほど、闇の書の厄介さだけが分かっていく現状。


 だがしかし、少年少女達は諦めない、何気に16歳と14歳と9歳×3が闇の書への対策を練っているわけであるが、そこはまあ置いておこう、武装局員6名が倒れ、包囲網の再構築の指揮を執っているリンディがこの場に来られるはずもない。


 そして、しばらく実戦面での協議が続いたが、やがて、より大きなレベル、そもそもの守護騎士の目的へと議題がシフトしていく。


 「あと問題と言えば、守護騎士達の目的だよね」


 「そうだな、どうも腑に落ちない、まるで彼らは、自分の意志で闇の書の完成を目指しているようにも感じられる」


 【闇の書の副作用によって自分が死ぬことを恐れた主が、可能な限り傷つけないように蒐集を命じた、という線もやや薄まってきましたね】

 実はその理由に大方に見当をつけている管制機だが、おくびにも出さない。この辺りは“嘘吐きデバイス”の本領であろうか。


 「闇の書ってのは、ジュエルシードみたいのとはちょっと違うんだよね、あたしは、プレシアやフェイトのために集めていたけどさ」

 途中から人間形態になって議論に加わっていたアルフが確認するように言う。


 「第一に、闇の書の力はジュエルシードのように自由な制御が効くものじゃない。守護騎士達はページを消費することでその力の一部を使っているが、蒐集したリンカーコアを消費するという特性を考えれば、管理局に目をつけられるだけだ」


 「これまで、八回の闇の書事件が起きてるけど、どの時も純粋な破壊という結果しかもたらしていない、っていうのは前に渡したレポートの通り、時空管理局設立以前については、ちょっと分からないかな」


 「それともう一つは、ヴォルケンリッターの性質だ。彼らは人間でも使い魔でもなく、闇の書に合わせて魔法技術で作られた疑似人格、主の命令を受けて働くプログラム体に過ぎない。と、これまでの闇の書事件に関するデータからは推察出来るんだが」

 そう、これまではそうだった。

 だからこそ、第九次闇の書事件はこれまでとは全く異なるケースであると言える。


 「そうだね、スクリーンで説明すると、って、早っ」

 エイミィが行動に出る前に、スクリーンが現れ、守護騎士四人と闇の書の姿が映し出される。


 【データ転送、完了しました】


 「ありがとう、さて、守護騎士は闇の書に内蔵されたプログラムが、人の形をとったもの。闇の書は再生と転生を繰り返すけど、この四人は闇の書と共に様々な主の下を渡り歩いている」


 【ただ、独立した魔法行使が可能である以上、リンカーコアに相当する器官を備えていることは間違いありません。恐らくは、融合機能がないユニゾンデバイス、のようなものと考えられます。そして、同一の“鋳型”から毎回生成されるわけですが、容量の問題から記憶は別の領域に保存されているかと】


 「簡単に言えばゲーム機かな、何回プレイしてもゲームの内容は変わらないけど、セーブデータは毎回別々。一回全クリしたからといって、新たにニューゲームすれば最初からってこと」


 「ただ、メモリーカードに以前のプレイデータが残っているならば、必要に応じて反映させることは可能かもしれない、ということだ。この場合は何百回ものプレイデータが保存されているハードディスクが別にあるようなものか」


 「でも、今回はゲームの内容そのものが変わっちゃった、ってことですか?」


 「うん、意思疎通の対話能力は過去の事例でも確認されているんだけど、感情を見せたって例は今までにないの。闇の書の蒐集と主の護衛には必要ないだろうから」


 【今までは音声を発しなかったキャラクターが、いきなり音声機能がついた、ということかと。蒐集と護衛のみが機能ならば、確かに人格は必要ありません、ゴッキー、カメームシ、タガーメがいきなり人間のようにしゃべりだしたようなものです】


 「うわぁ……」


 「うう………」


 「何でよりによって、アイツラを例に出すんだい」


 【護衛などの機能のみを行うプログラム体、という点でイメージしやすいかと考えました。インテリジェントデバイスは主と同調して機能しますから少々異なります】

 余談だが、この例えを後に聞き、時の庭園に攻め込もうとしたヴォルケンリッターがいたりいなかったり。


 「ま、まあともかく、守護騎士達は、ええっと、傀儡兵みたいなもので、互いの場所の確認とか、敵の行動状況とかが分かってればそれでいいはずなんだけど」

 流石に、中隊長機を例に出せなかったエイミィ。


 「で、でも、ヴィータちゃんは怒ったり悲しんだりしてたし」


 「シグナムからも、はっきりと人格を感じたよね、………やられっぱなしだけど」


 「うん………最近負けっぱなしだけどね」

 彼女らを思い出すと同時に、敗北の記憶が湧きあがってくる。あまり考えない方が良さそうであった。


 【それにつきましては、可能性が二つあります。まずは、私のように、限られた条件でのみ人格機能を発揮し、それ以外ではひたすら機能を続ける機械仕掛けとなるようにプログラムされていた場合です、私にとっての主やフェイトが今の守護騎士の主であり、これまで管理局が扱って来た事件における主は、何らかの“条件”を満たしていなかった】


 「なるほど、分かりやすいな」

 身近な例がいれば、人間というものは連想することが容易となる。

 命題に沿って活動を続ける、人工の人格を備えたプログラム体、ここにいる全員はそういう存在をよく知っていた。


 【時の庭園を闇の書に例えるならば、管制機である私が主を選びながら次元世界を旅し、選ばれた主には時の庭園の機能が全て与えられ、守護者としてゴッキー、カメームシ、タガーメが付いてきます、最悪ですね】


 「それが分かっているなら、あの外見をなんとかしてくれ」


 【拒否します。そして、歴代の主のうち、フェイトと同年齢の少女であれば、私は現在使用している流暢な言語機能、もしくはより人間的な汎用言語機能を用いた人形を用い、“家族”であるように接する。それ以外であれば、中央制御室にある管制機として主の命令に従うのみ、といったところでしょうか】


 「だけど、闇の書の破壊機能とかを考えると、“家族”ってのはイメージしにくいね」


 【そうです、ですから、もう一つの可能性が高いと私とアスガルドは計算しました】


 「もう一つ?」


 【時の庭園の機能そのものがおかしい場合です。例えば、本来は親を失った子供を探し、保護しながら“親”としての役割を果たすはずであったのに、いつの間にやら次元を巡りながら“ブリュンヒルト”を撃って回る存在となった。そして、かつての名残で、主とした人物が子供の場合は“人格プログラム”が作動する、といった具合ですかね】


 「なるほど、だがその場合、主が破壊という機能を行うための部品であることには変わりはないな」


 【そうです。ですから、ゴッキーとカメームシとタガーメが、私の現在の機能を知り、何とか主を助けようとしている、とすれば、辻褄は合いますね。無論、狂った私がそれを知れば、中隊長機を処分することになるでしょうが】


 「だからなんでアイツラを例にするんだい、守られる子が可哀そ過ぎるじゃないか」


 「………無理」


 「………死んだ方が、まし」



 なのはとフェイトは常に中隊長機に囲まれている光景を連想し、その道を選んだ。おそらく、はやてであっても同じ選択をしたであろう。


 【とはいえ、所詮は可能性の話、つまるところ、“データ不足”。この仮定を行うならば、まずは時の庭園の本来の機能を知らなければ論じることは不可能です】


 「闇の書そのものに関するデータ、つまりは起源を探る必要があるというわけか、ユーノ、どうだった?」


 「ええっと、今日が7日だから、明日には手続きが終わって、明後日から探索が始められると思う」


 「あ、例の無限書庫?」


 「ああ、グレアム提督のおかげで、何とか使用許可が下りた。あそこには質量兵器の製造法まで揃っているからね、滅多なことでは使えない」


 「でも、闇の書事件は滅多なことだもんね」


 そして、無限書庫に眠る情報が解決の手がかりになるのではないかと、アースラ首脳陣は期待していたが、果たして期待通りの成果が得られることとなる。


 「えっと、じゃあユーノ君は明後日くらいからそっちで情報収集、ってこと?」


 「そうなるかな、探索の方はお手伝い出来なくなるね」


 「そっちは、ギャレット達が大分済ませてくれたから問題ないよ。アレックスとランディからの連絡体制も整って来たし、今回の戦いも、武装局員を即座に派遣出来たという点ではいい感じだし」


 「じゃあ、わたし達は………」

 フェイトがやや自信なさげに自分達の仕事を問う。

 主戦力の二人組は、守護騎士が捕捉されるまで基本的に出番がない。

 ただ、二回連続で敗れた身としては、何かこう、今までと違う特訓でもしなければ不安になるだろう。


 「学校を休ませるわけにもいかないし、これまで通り、かな」


 「そう……だよね、ユーノ君みたいに調べ物とかできないし、アルフさんみたいに結界敷設とかできないし、捜査のお手伝いもできないし、クロノ君やエイミィさんみたいに指揮もできないし」


 「うん、何もできないですから、そうします」

 ネガティブモードに戻りかけている二人、やはり、負け続けている現状をどうにかしない限り、どうにもなりそうにない。


 「フェイトちゃん、今日は一緒に寝よう」


 「そうだね、なのは、負け犬らしく、仲良く傷を舐め合おうか」

 もはや末期症状に至りそうな感じで、フェイトの部屋に向かおうとする二人。


 【お待ちなさい二人とも、こんなこともあろうかと、私が特殊訓練の段取りをしておきました】

 そこに、天の声(天井に設置されたスピーカーからの声)が響き渡る。


 「特殊―――」


 「訓練」

 その言葉に、二人の目に光が灯る。


 【貴女達の最大の弱点はすなわち経験不足、逆に言えば、それさえ補えば守護騎士とも互角の戦いが可能ということです。なので、密かにベルカ式の高ランク魔導師の方に模擬戦してもらえないかと打診しておいたのですよ】


 「いつの間に………って、僕や艦長は何も聞いていないが」

 流石にそれは無理だろうと、クロノは思う。

 なのはやフェイトは正式な局員ではないため、基本的にアースラを通してしか管理局に関われない。自分や艦長であるリンディを通さずに武装隊と接触するのは不可能に近い。

 それに、闇の書の守護騎士、ヴォルケンリッターに匹敵するほどの使い手となれば、本局でも数少ない。遺失物管理部や戦技教導隊、または自分のような執務官などだが、大抵はミッドチルダ式だ。オーバーSランクの古代ベルカ式となれば本当に極僅かだ、近代ベルカ式ならば多少はいるが、それでも少ない。


 「それは当然です、なぜなら、“ブリュンヒルト”に関する交渉の際に、地上本部のレジアス・ゲイズ中将に依頼したことですから」


 「レジアス・ゲイズ中将………ということは、まさかあの」

 その情報から、ある一人の人物が思い当たる。

 クロノは直接の面識はなかったが、その人のことは聞いたことがあった。

 次元航行部隊の執務官ならば、聞いたことがある地上部隊の人間となれば将官クラスを除けばそれほど多くはないが、彼の勇名はクロノも聞いていた。

 そして、古代ベルカ式を扱う闇の書の守護騎士、ヴォルケンリッターに対抗するための技術を学ぶ上で、彼ほどの適任はいないだろう、相変わらず、このデバイスは理にかなった行動しかしない。



 なぜなら、彼は―――



 【時空管理局・首都防衛隊所属、ゼスト・グランガイツ一等空尉、魔導師ランクはS+、戦闘スタイルは古代ベルカ式、彼も忙しい方ですから一日限りの特別教導となりますが、得るところは多いはず。騎士の戦い方というものをしっかりと学びとって来ましょう、二人とも】


 地上部隊で唯一と言える古代ベルカ式のオーバーSランク魔導師にして、30年近い戦歴を誇る歴戦の強者なのだから。





 次回から再び過去編です、4章、5章と続ける予定ですので、ゼスト隊長が好きな方には申し訳ありません。



[26842] 第二十話 今は遠き、夜天の光
Name: イル=ド=ガリア◆9d8bc644 ID:97ddd526
Date: 2011/04/24 17:33
第二十話 今は遠き、夜天の光


新歴65年 12月8日  第97管理外世界 日本 海鳴市 八神家  AM8:00



 それはきっと、いつもと同じ、いつも通りの朝。

 夕食にわたしの友達であるすずかちゃんがやってきて、皆で鍋を囲んで楽しい夕餉となり、一緒にお風呂に入ったり、楽しく過ごした翌日。

 ただ、いつもと違うのは、わたしが目を覚ましたのは八神家ではなく、月村家やったこと。

 まあ、色々とあって、気が付いたらすずかちゃんを迎えに来たリムジンに自分も乗り込んでいたというのはびっくりな話やけど、家族は皆笑って送り出してくれた。

 色んなお話をしたし、なのはちゃんというすずかちゃんの友達にメールを送ったりもした、いつか会って友達になりたいと思う。

 ただ―――


 【ご友人の家にお泊りになるならば、今夜はほぼ制限なく動ける。戦いは夕方あったばかりだ、流石に管理局の網も緩んでいるだろう】


 【じゃあ、すぐ行こう。出来る限り蒐集して、さっさと終わらせねーと】


 【だが、シャマルは念のため10時までは待機しておいた方がいいだろう、電話がかかってこないとも限らん】


 【そうね、そうしましょう】

 わたしの大切な家族が、とても辛い旅に出ていることは、この時のわたしは知らなくて。


 「ふぅー、落ち着いたあ」


 「お疲れ様でした、主はやて」

 リムジンで送ってもらったため、家に帰ってきた時に少し気疲れしていたわたしを出迎えてくれた烈火の将の声も、少しだけ疲れが含まれていたことに気付かなかった。


 「あれ、ヴィータとザフィーラは?」


 「一緒に、町内会の集まりに行っています。夕方には戻ると」


 「そっか」


 「ヴィータちゃん、町内会のお爺ちゃんお婆ちゃんの人気者ですから」


 「あはははは」

 そう、それは、何でもない日常。

 だけど、少しだけ普通の日常とは言えない風景もあって。


 「闇の書が」


 「どうしたの? 急に現れたりして」


 「起動はしていませんね、待機状態のままです」

 八神家の最後の一人、というか、一冊? の、闇の書が気付けばわたしの傍に浮いていた。


 「うーん、一晩家を空けたのは久しぶりやから、寂しかったんかな?」

 闇の書はただ浮いているだけ、なのに、なぜか寂しそうな、悲しそうな印象を受けるのは、なぜだろう?


 「おいで、闇の書」

 でも、言葉をかけると、嬉しそうに寄ってきてくれて。


 「ふふふ、ええ子や、よしよし」

 撫でてあげると、不思議とわたしも温かい気分になれる。


 「なんだか、前にも増してはやてちゃんに懐いちゃってますね」


 「他のマスターの時には、こんなんなかった?」


 「ええ、我々の記憶の限りでは」

 闇の書は、様々な魔導師の魔力を記録して、ページとして蒐集することで力を発揮する、蒐集蓄積型の巨大ストレージ。

 蒐集方法がちょい荒っぽいので、わたしは許可を出していない。

 だからこの子は、今は白紙のただの本。まあ、浮いたり飛んだり、すり寄ってきたりはするけど、ただそれだけ。


 「あははは、やあ、もう、いたずらしたらあかんって、あはははは♪」


 「なんだか、もうすっかりペット扱いね」


 「だが、あれも満更ではなさそうだ」

 そして、闇の書の守護者であり、所有者の臣下として働く騎士が、この子達。

 烈火の将シグナムと、風の癒し手シャマル、あとは、現在お出かけしてる、紅の鉄騎ヴィータと蒼き狼ザフィーラ。


 「あふ」


 「あら、睡眠不足ですか?」


 「うーん、昨日は遅くまで話し込んでもうたから、ちょいと足りてないみたいや、すずかちゃん家の布団、ごっつふかふかでちょい緊張したし」


 「では、お休みになられますか?」


 「そやね、ご飯時に眠ってまって、皆がお腹空かせたらあかんし、少し休ませてもらうな」


 「では、ベッドまでお連れしましょう、よいしょっ」


 「ふふ、ありがとうな」


 でも、最近は…急に……眠く…なることが……増えてきたかな?

 ちょっと前……までは……こんな…こと………なかった………思うん……やけど―――





■■■




 「はやてちゃん、もう寝ちゃった?」


 「シャマル、毛布を」


 「うん」


 シャマルが毛布を手に取り、シグナムへ渡す。


 【シャマル、主は本当にただの寝不足か? 闇の書の影響が何か出ているのでは】


 【今調べたけど、何もないみたい、昨日までと、何も変わらないわ】


 【何も?】


 【ええ、闇の書が、はやてちゃんの身体と、リンカーコアを侵食してるのも、今はまだ、足の麻痺以外には健康が保たれているのも】


 【その侵食が、少しずつ進んでいるのも、か】

 その時、はやての上に浮いていた魔導の書が、気遣うように鈍く輝く。


 【ああ、闇の書、気にするな、主は大丈夫だ】


 【平気だから、心配しないで】

 無意識のうちに、二人は闇の書を気にかけている。その中にいる最後の一人こそ、現状に最も心を痛めていることを知るように。


 「お休みの邪魔をしてはいけないわ、出ましょう」


 「ああ」


 「闇の書も」

 その言葉に応えるように再び鈍く輝き、古いロストロギアは騎士達の後についていく。


 「実は一つ、気になることがある」


 「えっ」


 「以前、主はやてが私のことを、“烈火の将”と呼んだことがあった。ヴォルケンリッターの烈火の将ともあろう者が、そう落ち込んではいけないと」


 「でも、その二つ名って」


 「私達の間で、わざわざ使う名ではない。私を将と呼ぶのは、闇の書の管制人格だけだ」


 「まさか……」





■■■




 「う、ううん……」


 【主、我が主】


 「んん、なんや~、ご飯、まだやで~」


 【昨夜は失礼しました。騎士達が用意したセキュリティの範囲外においででしたので、私の備蓄魔力を使用して、探知防壁を展開しておりました。睡眠のお邪魔だったかもしれません】


 「んーん、そんなことないよぉ、なんや、守られてる感じがしてたぁ」


 【この家の中は安全です。烈火の将と、風の癒し手もおりますし、私からの精神アクセスを、一時解除します。予定の時間まで、ゆっくりお休みください】


 「ん、お休みなあ」


 【はい――――我が主】




■■■




 「まさか、管制人格が起動しているの、だって、あの子の起動に必要なページはまだ蒐集し終えてないし、はやてちゃんの許可だって」


 「無論、実態具現化まではいっていないだろう。だが、少なくとも人格の起動は済んでいる、そして、主はやてとの精神アクセスも行っている」


 「うん、それ自体は別に悪いことじゃないと思うんだけど」


 その時―――


 【シグナム、シャマル、ザフィーラだ】

 ヴィータとは別の世界へ蒐集に出かけていた、盾の守護獣から連絡が入る。


 「あ、ザフィーラ、ちょうどいいところに、今どこ?」


 【かなり遠くだ、管理局の網は無いようだが、その分獲物も少ない。集めたコアは僅かだがとりあえず蒐集は出来た、闇の書を受け取りたい】


 「うん、今、闇の書に行ってもらうけど……」


 【どうかしたのか】


 「闇の書の管制人格が、主はやてと精神アクセスを行っているようだ」


 【……そうか】


 「対策を考えていたの、貴方の意見は?」


 【管制人格は、我々より上位に配置されたプログラムだ、現状において、我等は彼女の行動に直接干渉できん】


 「正規起動するまでは、対話も出来ないしな」


 【彼女も我等も、想いは同じはずだ、アクセスだけならば害はないだろう。そして、意識の底でも出逢えたならば、我等の主は、彼女のことも労わってくださるはずだ】

 守護騎士と管制人格もまた、深い絆で結ばれている。

 あまりにも長い夜の間に、その絆の根源は失われてしまったが、それでも、絆はなくならない。


 「現状維持が、ザフィーラの結論?」


 【余分な混乱を防ぐため、ヴィータには伏せておくことも提案する】


 「そうね、私も同意見、というか、それしか出来ないんだけど」


 「ふむ―――闇の書が転移準備を始めた、じきにそちらに着く、ザフィーラ、引き続きよろしく頼む」


 【心得ている】

 闇の書は単体であっても、守護騎士の下へ転移する機能を備えており、この転移だけは管理局には決して捉えることは出来ない。

 なぜならそれは、放浪の賢者ラルカスが夜天の魔導書のために組んだ術式であり、夜天の守護騎士達も、管制人格たる彼女も理解できない、ミッドチルダ式でもベルカ式でもない、古のドルイドの技で編まれたものだから。

 闇の書が備える転生機能もまた、それと同じ術式で構築されており、ミッドチルダの魔導師やベルカの魔術師がいかなる術で封じようとしても、それは儚い夢。

 闇の書の転移を止めるならば、転生プログラムそのものを破壊するより他はない。どんな術式であっても、巨大ストレージに刻まれたものである以上、プログラムそのものならば破壊は可能である。

 ただしそのためには、強固どころではない防衛プログラムを突破する必要があり、無理に行おうとすればやはり転生してしまうため、これも不可能に近い。

 故にこそ、闇の書は破壊不能のロストロギアと呼ばれる。


 「何も出来ないのは、心苦しくて不安ね」


 「そうだな、だが何もできないならば、せめて良い方に考えよう。あの子とのアクセスで、主の病の進行が少しでも弱まってくれることがあれば」


 「うん……………うん、そう考えましょう!」


 「そういえば、お前が闇の書に施した仕掛けの方はまだ大丈夫か」


 「ああ、偽装フィールドのこと、まだ大丈夫よ。私達四人以外が開いた時はページは白紙のままに見えるし、普通に調べたくらいじゃ、魔力反応も出ない。闇の書が完成するまで、はやてちゃんが気付くことはないわ」


 「主はやてに真実を偽るのは、心苦しいがな」


 「言い出したのは私だし、やったのも私、貴女が気に病むことじゃないわ」

 そこに、電話音が鳴り響き、シャマルが応対に出る。

 電話の主は海鳴大学病院の石田先生であり、明日の定期検診が11時であることの確認と、予約が必要な機器を使用するため、時間を間違えないようお願いします、という内容であった。


 「はい、それではまた明日」


 「石田先生か?」


 「うん、明日の予約の確認だって、明日は、私が付き添うから」


 「出来ればヴィータも連れて行ってやってくれ、少し休ませないといけない」

 それはすなわち、シグナムは蒐集に出ることを意味している。今日出かけているザフィーラもまた同様だろう。


 「了解、それじゃあ、お洗濯を済ませちゃうわね、貴女も出来る限り休んでおいて」


 「ああ」

 リビングから出ていくシャマルを見送り、シグナムは一人佇む。


 <考えることは、多いようで少ない、今はただ、闇の書の完成を目指すのみ>

 右手に、ミニチュアの剣型アクセサリの状態で待機している己の魂を見つめながら。


 <シャマルを追い詰めた、黒衣の指揮官、強装結界をほぼ一人で維持して見せた、結界魔導師、そして、まだ拙い部分もあったが、戦術と連携を進歩させてきた三人、誰が相手であろうとも、戦って切り抜けるまでだ>

 烈火の将は、静かに覚悟を新たにしていた。







新歴65年 12月9日  第97管理外世界  海鳴市  海鳴大学病院  AM11:00



 「それじゃあ、検査室ね、案内するわ」


 「はい」

 ほぼ時刻通りに定期健診を終え、さらに検査のために移動する。車椅子を押しているのはシャマルであり、ヴィータはその隣を歩いている、腰には、お気に入りののろいウサギをくっつけながら。


 【はぁ~、微妙に憂鬱や】


 【そうなの?】

 普通に歩きながらでも、会話が出来るのが念話の便利な点である。


 【この検査退屈なんよ、じーと、寝転んでないとあかんねんけど、眠ってもうて、寝返りとかうったらあかんし】


 【そ、それは大変だ……】

 生来、じっとしていることが苦手なヴィータにとっては想像するだけで拷問であった。

 だがしかし、敵を待ち伏せする時、蒐集の際に獲物を狩るために息を潜める時、鉄槌の騎士ヴィータは呼吸すらほとんど止めた状態で静止し続ける。

 “鷹の眼の狩人”には及ばないまでも、気配を殺すこともまた騎士の持つ技量の一つ、特に、主を守る近衛騎士はその技能が求められ、夜天の守護騎士とて例外ではない。


 【まあ、じっとしてるのは大変ですが、頑張って受けてください。はやてちゃんの身体が、良くなるためですから】


 【そうやね】「あ、ヴィータは下で待っててええよ、知り合いのお爺ちゃんやお婆ちゃんがおるかもしれんし」


 「うん、はやて、頑張ってね」

 念話と同時に、普通の言葉でも話すはやて、この切り替えも半年で随分慣れていた。




■■■



 <うーん、相変わらず退屈や、眠ったらあかんと思うほど、眠なるなあ>


 そこは既に現実と夢の狭間。

 身動きしないでただじっとしているはやての身体は眠っている時とほぼ同じようなものであり、その境界が徐々に曖昧になっていく。


 そして―――


 <あ、またこの夢や、最近良く見る、不思議な、夢>

 起きている時はほとんど思い出せないが、夢に落ちると不思議に前にも似たようなことがあったことを思い出す。

 そのような夢を、はやては聞いたことがなかったが、魔法の中にはそんなものもあるのかな、と、ややぼうっとした頭で考えていた。

 そして、白い霧のようなものが徐々に晴れ、自分の目の前の光景が輪郭を帯びていく。



 そこには―――



 「ヴィータ、手加減はしないぞ」

 「んなもんしたら、顔面を粉砕してやるっての」

 「いい答えだ」

 「はっ、甘く見てると痛い目に合うぜ」


 <ヴィータ? それに、向かいにおる黒髪の男の子は、誰やろ?>


 「おおお!」

 「せえやっ!」


 <わわ、真剣と鉄鎚で打ち合っとる。剣道の先生もびっくりや>


 シグナムが剣を振るうところははやても見たことはあるが、ヴィータが戦うところは見たことはない。

 だが―――


 「ふっ!」

 「甘えっ!」


 <なんや――――とっても、楽しそう>


 二人の打ち合いは素人目にもかなり危険であろうことは分かる、下手をすれば命に関わり、殺し合いの一歩手前といえるだろう。だがしかし、そこから憎悪や敵意といった負の感情は感じられない。


 <危険極まりないはずなのに、なんかこう―――仲の良い兄妹がじゃれあってるような、そんな感じやね>


 やがて勝負がつき、二人の少年少女は先生から論評を受ける。


 「お疲れ様だ、ヴィータ。なかなか惜しかったぞ」

 「うっせーシグナム、負けは負けだよ」

 「それに、リュッセもな、半年ほど留守にしていた間に、紫電一閃をあそこまでものにするとは」

 「ありがとうございます、騎士シグナム」


 <シグナムとヴィータは、いつもこんな感じやね。格好は普段とちゃうけど、よく似合うてるし、なんかこう、先生みたいな感じがする。剣道場の非常勤講師は、けっこう天職かもしれへんなあ>


 「お疲れ様、二人とも」

 「ありがとな、シャマル」

 「ありがとうございます、騎士シャマル」

 「どういたしまして、癒しと補助が本領だもの、貴方達の健康管理も私の役目なんだから」


 <あ、シャマル、こうしてると、部活の子達と保健室の先生みたい。まあ、服だけは中世ヨーロッパっぽいけど、よう似合うとる>


 「それはいいんだけどさ、これ、もうちょいましな味になんねえの?」

 「あら、口に合わないかしら、健康にいいだけじゃなくて、体力や魔力の回復を促進する効果もあるのに」

 「まずい、ってわけじゃあないんだけど、なんか微妙で」

 「あまりわがままを言うなよ、ヴィータ、先輩達に笑われるぞ」

 「お前、よく平然と飲めるなあ」

 「心を決めれば、どんな毒だって飲めるさ」


 <あ、あかんで君、それは禁句や……>


 「へえ―――――――そう、私の特製ドリンクは、毒物扱いだったのね、リュッセ。傷ついちゃったなあ、私」

 「い、いえ、これはただの例えで………」

 「リュッセー、男なんだから言い訳は見苦しいぞー、二言はねえだろー」

 「ちょっと、向こうでお話があるんだけど、いいかしら?」

 「……はい」



 <ご愁傷さまや……>



 時が―――進む



 「でも、兄貴もしっかり教導役をやってんだなあ」

 「こら、白の国でお前達を訓練しているのは一体誰だと思っているんだ?」



 <草原? いるのは、ヴィータと―――ザフィーラ?>


 しかし、はやては違和感を覚える。


 <雰囲気はザフィーラによう似とるけど、髪がヴィータと同じで赤いし、肌の色もちゃう、それに何より、ヴィータにお兄さんって呼ばれとる。あれ、ザフィーラって、ヴィータのお兄さんやったんか?>


 「さーて、誰だっけか、アイゼン、お前は分かるか?」

 『Nein.(いいえ)』

 「アイゼン、主人を裏切るな」  「へっへー、アイゼンはあたしの方が主人になってほしいってさ」

 『Nein.(いいえ)』

 「っておい!」

 「ふふ、そうか、残念だったなヴィータ、アイゼンの主となるにはまだ修練不足のようだ―――――さあ、出来たぞ」


 <あれは―――>


 「わあっ、相変わらず器用だな、兄貴」

 「少々遅れてしまったが、誕生祝いということにしておいてくれないか」


 <ザフィーラがヴィータに作ってあげてた冠と、同じや……>


 「愛する妹に贈るプレゼントが草で編んだ冠、ってのはどうなんだ?」

 「すまんな、あいにくと手先と反比例するように心が不器用でね、心を込めた贈り物に金銭をかけるというのが、どうしてもしっくりこないんだ」

 「まあ、兄貴らしいけどさ………少しは姫様のためにも、その心遣いを発揮してやれよ」

 「ああ、善処するさ」

 「まったく……」


 <姫様って、誰やろ? 見た感じ、お兄さんの彼女さんかな、ヴィータとしてはちょい複雑そうやね>


 「それともう一つ、こちらはフィオナ姫からだ」

 「姫様から?」

 「ああ、渡すなら俺の贈り物を渡す時と一緒にしてくれと言付かった」


 <え?>


 「うさぎ………でもちょっと不器用だな」

 「姫様の手縫いの品だよ、騎士シャマルに習いつつ初めて縫ったものらしい。外見の悪さは大目に見てくれ、とのことだ」

 「別に………外見は気にしねーよ」


 <ヴィータの、お気に入りの………>




 時が―――進む





 「レヴァンティン!」0

 『Schlangeform.(シュランゲフォルム)』

 「縛れ、鋼の軛!」

 「………」

 「風よ………黒く淀みし土地を、浄化せしめん」


 <古い遺跡? 皆、黒い何かと戦っとる……人間やない、あれは――――なんや?>


 そこは、遙か古代の亡霊が残る死の遺跡にして、人の世界から遠く離れた地下世界。

 しかし、それに挑む騎士達はまさしく光、押し寄せる亡霊も異形もものともせず、夜天の騎士達は地下へと進んでいく。


 「シャマル、結界を」

 「了解。妙なる響き、癒しの風となれ。交差せし陣のそのうちに、鋼の守りを与えたまえ………」


 <奇麗な光……>


 「それじゃ、しばらく休みましょう。この中にいれば体力と魔力が回復されていくから」


 <どんなにシグナム達が凄くても、ずっと動きっぱなしは無理やもんね、でも………ザフィーラが二人いる>


 はやての目の前では、癒しの陣の内側で休む三人の騎士と一頭の賢狼が存在している。

 そのうち二人は、はやての良く知る二人と同じであった。格好は甲冑であったけど、無骨と華麗の両方を備えたその甲冑は、彼女らに実によく似合っているとはやては思う、自分がデザインした騎士服がちょっと霞んで見えるほどに。

 大きな狼もまた、はやてはよく知っている、彼女の知る蒼い狼そのままの姿だ。ただ、ヴィータが兄と呼んだ人間形態のザフィーラによく似た男性と彼が一緒にいる姿に、彼女は違和感を覚えた。


 「ペンダルシュラーク!」

 『Verhaften Sie Verhutung gegen Bose.(捕縛結界)』

 「シャマル、こちらの準備が完了するまでは持たせろ!」

 『Ich fragte!(頼みました!)』

 騎士達はさらに下へと進んでいく、立ちはだかった強大な怪物も、彼女らの進撃を阻めはしない。


 「熱線を撃てない貴方なんて、その程度の存在よ。こちらから攻撃を仕掛けないなら、大した脅威じゃないの」

 『Wirklich.(如何にも)』

 「レヴァンティン、炎熱変換機能を全開にしろ」

 『Jawohl!』

 「切り裂いてもそれぞれが独自に動き、再び融合する水の蛇。ならば、まとめて焼き尽くすまでだ」

 『Mein Herr, der es verstand.(心得ました、我が主)』

 「剣閃烈火!」

 『Explosion!』

 「火竜一閃!!」


 <――――凄い、あのおっきい蛇が一撃や>


 巨大な怪物を一撃の下に消し飛ばすその姿は、まさにお伽話に登場する英雄そのもの。



 「縛れ!鋼の軛!」

 『Explosion!』

 「さあ、行くぞアイゼン!」

 『Gigantform!(ギガントフォルム)』

 「逆巻く風よ―――」

 「ギガントシュラーク!!」

 『Explosion!』


 <まるで――――竜を対峙してお姫様を助ける、物語の騎士様みたい>



 時が―――進む



 「シュランゲバイゼン!」
 『Explosion.』

 「レヴァンティン」
 『Jawohl.』

 「はあっ!」
 『Ich verhaftete Sie!(捉えました!)』

 「流石だ、烈火の将。私の固有技能(インヒューレントスキル)、“幻惑の鏡面”を容易く見破るとは」

 「貴様が、“蟲毒の主”アルザングか」

 「ほう、彼の誉れ高き烈火の将に覚えていてもらえたとは、嬉しい限りだ」

 「紫電一閃!」

 「グアサング!」

 「レヴァンティン! 撃ち砕け!」
 『Explosion!』


 白の国を、闇が覆い


 「くっそ、光翼斬!」

 「アスカロン」
 『Panzerschild.(パンツアーシルト)』

 「終わりだ! 雷刃! 滅殺! 極光ォォ斬!」

 「アスカロン、大技が来るぞ。準備は出来ているな」
 『Es wird vervollstandigt.(完了しています)』


 騎士達と若木達が


 「シュワルベフリーゲン!」

 「ブラストファイア」

 「らああああああ!!」

 「パイロブラスト」


 命を懸けて戦い


 『Eine grose Menge kommt!(大群、来ます!)』

 「鋼の軛!」

 『Es ist ziemlich 1300.(およそ、1300)』

 「十分の一程度は、超えてくれたか」

 『Durch Aufmerksamkeit bin ich wieder anders als vor einer Weile.(注意を、先程とはまた違います)』

 「ここは―――通さぬ!」


 散りゆく者達が


 「騎士の誇りを………嘗めるな!」

 「アスカロン! カートリッジロード!」

 『Explosion!』

 「システム―――――“アクエリアス”、顕現!」

 『全開放!』



 「グラーフアイゼン、カートリッジロード」

 『Explosion!』

 「ラケーテン――――!」

 『Raketenform.(ラケーテンフォルム)』

 「ハンマァァァーーーーーーーーーーー!!!」



 「アスカロン………征くぞ」

 『Jawohl.』

 「フルドライブ―――――モード、“ゲオルギウス”!!」

 『Grenzpunkt freilassen! (フルドライブ・スタート)』



 「盾の騎士ローセスが魂、鉄の伯爵グラーフアイゼンを、舐めるな!!」

 『我に―――――砕けぬものはなし!』

 「ぶち抜けえええええええええええ!!」

 『Jawohl!(了解)』


 最後の輝きを見せ


 「ギガントシュラーク!」

 『Explosion!(エクスプロズィオーン!)』

 「鉄鎚の騎士ヴィータと、鉄の伯爵グラーフアイゼン! ここから先は、一歩たりとも進ませねえ!!」


 後を継ぎし者達が


 「縛れ―――――――鋼の軛!」

 「盾の守護獣――――ザフィーラ!! 我が誇りにかけて、ここは通さん!!!」



 夜天の誓いを、守っていく






 そして、長い、永い時が流れ――――







 『『『『『『『『『『『『『『『 オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォ!!!! 』』』』』』』』』』』』』』』


 時代が変わり、人が変わり、夜天の騎士たちもまた、深き闇へと沈んでいく。



 <これは―――また違う戦場、さっきの世界やない、騎士達がたくさんおるけど、時代も違う>


 なぜ自分はその光景を違う世界、違う時代と分かる? なぜ彼らが騎士であることが理解できる?

 そのような疑問は頭に浮かばず、はやてはその光景が示す現実を、確かに捉えていた。


 【伝達! 伝達! 城門は破られました! 首魁と思しき女達が、将軍と交戦中! 防御の陣は、壊滅状態!】

 城の内部にて、通信用の端末を持った女が、前線の状況を伝えている。


 『ぐわああああああああああああああああああああぁぁ!!』

 『温いな、手にした剣が泣くぞ』


 <シグナム! なんや――――そのごつくて歪んだ甲冑姿は、あの奇麗で、騎士の象徴そのものだった甲冑は、どこにいったんや………>


 その光景に、はやては心を痛める。

 騎士としての輝きが微塵もない、黒く汚れ、歪んだ甲冑、あまりにも変わり果てたその姿の痛ましさに。


 『はあっ、はあっ』

 『約束のものを頂こう』

 『な、が、ああああ! き、貴様、何者……』

 『覚えてもらう理由はない、貴様はただ―――――闇の書の糧となれ!』

 『ぎゅ、ぶああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!』


 騎士の胸からリンカーコアが飛び出し、既に瀕死であった騎士は生命力を失い、息絶える。


 <闇の書! シグナムあかん! そんなんしたらあかん! それじゃまるで、シグナム達の国を襲っていた、あの怖い黒い騎士やないか!>


 融合騎“エノク”を埋め込まれ、騎士としての誇りも何もない、暴力装置となり果てたヘルヘイムの異形の騎士。

 環状山脈を越え、上空より飛来し、白の国の若木達や賢狼、そして、烈火の将によって討ち取られていった闇の軍勢、今や、彼女がそれらと同じものへとなり果てていた。

 【将軍、倒されました! 救援を! 至急救援を! あ、が!】

 通信用の端末に必死に叫んでいた女の首に、細く伸びる紐が絡まり、その身体を宙に吊り上げる。


 『どうぞ、お静かに』


 <シャマル! シャマルも、甲冑が………黒く、闇に染まっとる>


 それは、はやてが知るシャマルとはあまりにもかけ離れた冷たい顔、そして、先程見た、命を懸けて異形の怪物に立ち向かい、この世にあってはならない亡者達を浄化していった清純なる湖の騎士の面影はない。

 『私達は、貴女の命にも、このお城にも何の興味もありません。いただきたいのは……』

 『あ、ぐ、ああああああ……』

 女の胸からも、輝く結晶が引き抜かれ―――

 『貴女達の魔力の源、リンカーコアだけ』

 『ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!』

 その身体が、地に落ちる。リンカーコアを丸ごと引き抜かれることは、魔力のみを蒐集されることとはわけが違う、臓器を直接体外へ抉り出されるようなもの。

 魔力の結晶であり、半物質でもあるため、すぐに戻されれば命に別状はないが、抉り取られたまま放置されればどうなるかなど考えるまでもない。


 <シャマル………どうして、どうしてや、お伽話に出てくる、騎士様みたいやったのに>


 『城を守る一軍と、その将とてこの程度か…………ベルカの騎士も地に堕ちた』

 『そう言わないの』

 『これも、時の流れだ』


 <ザフィーラも………でも、一番変わってしまったのは………みんなや>


 時は既に、夜天の騎士達が生きた中世ベルカの時代より500年近く後。初代の聖王が築きし“列王の鎖”も既に緩み、列強の王達は私利私欲のために動き、権力闘争に明け暮れる時代。

 中世ベルカの時代、騎士達の黄金期に生きた彼女らにとって、今の騎士の腐敗は目に余る。これではもはや、貴い存在とは口が裂けても言えぬ、とはいえ、この身も既に同じようなものであるが。

 ベルカの時代が完全に終わるまではなおも200年の時を有するが、それは、無意味なる延命でもあった。末期においては、終わらない戦乱、灰色に覆われた空、川のように流れる血があるだけの暗黒時代とされるが、この時代はいわば灰色時代。

 戦火が広がれば、それを止めようとする英雄もまた現れる。覇王イングヴァルドなどはその筆頭であり、はやてが生きる時代から300年程前のベルカ末期においては、質量兵器で武装した共和制を掲げる者達が世界を立て直そうと奮起した時代であり、古代ベルカの気風を受け継ぐ聖王家などの最後の王達も、滅亡前の輝きを見せていた。

 そうして訪れた共和制による平和の時代も長くは続かず、50年ほどで陰がさし始めることとなるが、それでも、暗黒の時代の後には治の季節がやってきた。しかし、この時代にはそれすらない。


 『近頃はベルカでも戦争は稀だもの、もう騎士の時代ではないのかもね』

 騎士が、武力ではなく、財力と権力を頼みとした時代。それ故に武力による戦は稀であり、流れる血は確かに少ないのだろう。

 だがそこに、輝きはなかった。あらゆる物事は停滞しており、文化は衰え、新たな音楽や詩が作られることは稀、人々は平和と苦難の中間のようなぬるま湯の中で、ただ生きていた。戦争がない代わりに人身売買は盛んに行われ、全ては金で取り引きされていた。

 とはいえ、理不尽を最終的に解決するのは暴力しかあり得ないため、戦争は起こる。また、夜盗などの類も多く、楽土とは間違っても言えはしない、だがしかし、金や財産がある程度奪われることはあっても命が奪われることも稀であり、地獄とも言い切れない。

 奪う者達は、捕りつくすことはせず、山菜も半数を残しておけばすぐに殖えるように、民達からも捕り過ぎることはなかった。それを良心的と呼べるかどうかは疑問であるが、決して固有の武力を抱えた金持ちは襲わない以上、義賊とも呼べない、むしろ、奪った金品の何割かは貴族や騎士に献上していた。

 それはまさしく、灰色の時代。野心家たちの火は消えることもないが燃え盛ることもなく、ベルカの地に覇を唱えようと考えるものはいない。中には地獄に近いくらい酷い有様の国もあり、中には平和が保たれている国もある、が、どちらの国も外へ打って出ることはなく、奇妙な切り分けがなされていた。

 そしてそれ故に、最果ての地で嗤う道化にとっては何の興味もなく、異形の知識が最も浸透しなかった時代でもあるのだろう。

 道化にとって、アルハザードの技術が浸透する程の価値がない時代であったから。


 『これではコアの蒐集も心苦しい、弱者を蹂躙して奪うのは、どうも性に合わん』

 『だが、此度の主が我らに望むのもまた、ページの蒐集のみだ』

 『効率一番、早く蒐集しないと、また怒られるわ』

 『そうだな、ヴィータは?』


 <そうや、ヴィータは―――>


 守護騎士の中で一番小さい、はやてが妹のように可愛がっている子。

 そして、夜天の騎士の中で最も若く、守護の星の意志を引き継いだ、誇り高き鉄鎚の騎士。

 しかし、彼女もまた―――


 『でえええええええええい!!』

 少女の一撃が振り下ろされた地点は爆発し、クレーターの如き光景が展開する。その少女が纏う甲冑もまた、かつての輝きはない、昇る紅の明星であったその姿は、まるで死に絶えた錆の惑星のように煤けている。


 『ぎゃああああ!』

 『ば、爆撃! なんだ、なんだ今の攻撃は!』

 『ひ、ひいいい、腕が、腕があああああああああああああ!!』

 倒れ伏し、消し飛んだ腕を抱えるように転げまわる騎士、いや、ただの人間を塵のように見下ろしながら、少女は心底ウザそうに告げる。

 『うっとおしい、ああうっとおしい! 戦場で悲鳴を上げるくらいなら! 初めっから武器なんて持つんじゃねえ!!』


 <ヴィータ―――あかん、その人達は、ヴィータのお兄さんみたいな立派な騎士とは違うんよ、死ぬのが怖い、ただの人間なんや>


 だがしかし、頭部目がけて振り下ろされた鉄槌は、横合いから伸びた剣によって止められていた。


 『シグナム………なにすんだよ!』

 『熱くなるなといつも言っているだろう、蒐集対象を潰してどうする』

 『ちっ、うぜえんだよ、こいつら。覚悟もねえくせに戦場にしゃしゃり出やがって、ヘルヘイムの異形の方が数段ましだ』

 『魔力の消費も避けるべきだ、十分に休息がとれるわけではないのだぞ』

 『うっせえっつってんだ!』

 『いいから、さっさと蒐集して戻りましょう――――主様のところに』

 『はっ、主様ねえ』

 その口調から、彼女が主を微塵も敬っていないことが誰であろうと理解できた。


 <みんな………どうして>


 騎士達の変わり果てた姿に、今代の主が涙する。

 心優しき主の下で、騎士としてではなく、家族として幸せに過ごす今の彼ら。

 その姿とは多少違ったけれども、最初に見た夜天の騎士達は、貴き精神を備え、輝きに満ち、人々が理想とする騎士の具現であったのに。


 <戦いばかりだったかもしれんけど、笑い合っていた…………前を向いて、仲間と一緒に、幸せそうやったのに………>


 だからそれが、あまりにも悲しい。

 今は幸せでも、過去は辛かったということは、あってほしいことではないが、それでも、今の自分に出来ることはある。

 辛い過去を癒せるように、前を向いて歩けるように、自分が、あの子達を幸せにしてあげようと、強くそう思える。

 だが―――


 <なんで――――どうして、あの輝かしい光が、闇に堕ちてしまったんや>


 それはもう、彼女にはどうにも出来ない出来事。

 今の彼女達を幸せにしても、その事実は変わらない。過去の傷のさらに前、確かに存在したはずの誇りを取り戻すことは、平和な世界に生きる優しい少女には、決して出来はしない。

 なぜなら、今の彼女達は、彼女を闇から遠ざけるために、闇の全てを背負おうとしているから。


 <誰か、教えて―――>


 「驚きました、こんな場所まで、ご自分で入ってこられたのですか」


 「え……」

 はやてが気付くと、目の前の光景とは別の質感を持った銀髪の綺麗な女性が、静かに佇んでいた。


 「え、あ、ああ、あなたは……」


 「現在の覚醒状態で、ここまで深いアクセスは危険です。安全区域までお送りしますので、御戻りください」


 「待って、ちょお待って!………わたし、貴女のこと………知ってる」

 以前にも、夢の中で会ったことがある。

 だが、それだけではない―――


 「はい、貴女が生まれてすぐの頃から、私は貴女の傍にいましたから」


 「やっぱり、闇の書―――ううん、お姫さま?」


 「姫? ……………申し訳ありません、それは一体、誰のことでありましょう」


 「そ、か…………ううん、ごめんな、わたしの勘違いかもしれん」

 そもそも、自分が見た光景の中に、フィオナ姫自身は出てこなかった。ローセスという男性が、言葉に出しただけ。

 でも、確かにはやては彼女こそがフィオナ姫ではないかと感じたのである。

 あの誇り高き夜天の騎士達が、命に代えても守り通すと誓った女性、今目の前にいる人は、まさしくそのような雰囲気を持っている。

 きっと、この人のためなら、はやてと共にある今の騎士達も、命を懸けて戦うだろうと確信出来るから。


 「私は、本魔導書、闇の書の管制プログラムです」


 「そっか…………うん、それなら今はそれでええよ、いや、そやない、その前に、現状の説明、してもらってもええか?」


 「ええ」

 そして、雪の精霊のように儚い雰囲気を纏った女性が、静かに語る。


 「これは、私と騎士達が共有する記録、闇の書の歴史であり、過去です。今の貴女と共に在る彼女らからはアクセス出来ない領域にあるため、彼女らにとっては“そんなこともあったかもしれない”程度のものでしかありませんが」

 ただ、その方がきっといいと、彼女は語る。

 覚えているには、あまりにも辛い記憶ばかりだから。


 「本来は、蒐集を終え、第二の覚醒を果たし、真の主になった者にのみ閲覧が許可されるのですが、貴女は随分早く、ここにいらしてしまったようです」


 「なあ、過去っちゅうことは、わたしが最初に見たあの光景も?」


 「………申し訳ありません、私が存じているのは、将があの城の将軍を切り伏せたところからでしかないのです。………管制人格である私ですら、把握できていない部分が、増えてしまって」


 「そっか、そんなら、しゃあないな」

 二人の前で、過去の映像が続いていく。


 『ヴォルケンリッター、ただいま帰還しました。本日の戦果は、西の城を一つ』

 『蒐集ページは、54ページ、合計、316ページとなりました』

 将と参謀が、傅いたまま主へと報告を行うが、そこに感情というものはまるで感じられない。


 『遅い、遅いわ』

 『はっ』

 『私は闇の書に選ばれた、絶対たる力を得る権利がある!』

 『はい』

 『神にも等しい闇の書の力! 彼の黒き魔術の王サルバーンが遺した究極の秘宝! これがあれば、私は彼の力をすら凌駕出来る! 早くこの手にもたらすのよ、早く、早く、私を……闇の書の真の主に!』


 「黒き魔術の王サルバーン……それって確か―――」


 その瞬間――――――世界が壊れた


 「な、なんやこれ!」


 「暴走プログラム! 馬鹿な! この段階で発動するはずがありません!」

 突如、風景が乱れる、いや、それどころではない、はやてと彼女がいる空間そのものが捻れ狂い、暴れ回っている。

 今や管制人格ですら制御できない程に増大した“闇の書の闇”、その中枢が、その名前を聞いた瞬間に震えあがり、狂乱したのだ。


 黒き魔術の王サルバーン


 闇の書の闇の中枢にとっては、決して無視できぬ存在にして、恐怖の根源そのもの。


 【怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い!!!!!!】


 闇の書の根幹に近い部分で、決してその名前を口にしてはならない


 【壊される壊される壊される壊される壊される壊される壊される壊される壊される壊される壊される壊される壊される壊される壊される壊される壊される壊される壊される壊される壊される壊される壊される壊される壊される壊される壊される壊される壊される壊される壊される壊される壊される壊される壊される壊される壊される壊される壊される壊される壊される壊される壊される壊される壊される壊される壊される壊される壊される壊される壊される壊される壊される壊される壊される壊される壊される!!!!!!!】


 彼女達に名を与え、力を与え、知識を与え、そして、恐怖と共に死を与えた暗黒の絶対者


 【助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテ――――――!!!!!!!】

 闇の書の根源にあるのは、ただ一つの念、すなわち、“恐怖”。