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[26842] 【完結】Die Geschichte von Seelen der Wolken[デバイス物語 A’s編]
Name: イル=ド=ガリア◆9d8bc644 ID:ee4ccd9f
Date: 2011/11/03 00:37
初めての方もそうでない方もこんにちわ、イル=ド=ガリアです。


 3/31に、操作を誤って全削除してしまいました。真に申し訳ありません。

 8/17に、過去編のスレを分けました。

 感想版も含めてArcadiaの作品でありますので、感想も全文を投稿しなおしました。ただ、自分の返信分は再投稿していません。


 この作品はリリカルなのはの再構成、オリジナルキャラが主役級の働きをします。独自設定や独自解釈、また一部の原作キャラの性格改変がありますので、そういった展開が嫌いな方は読まれないほうが、いいかも知れません。

 A’s編は過去編、現代編に分けており、現代編は原作をアレンジした再構成です。

 過去編はキャラクターの性格以外は”もしも守護騎士たちに人間だったときがあったら”という仮定によって作られた完全な2次創作です。

 原作キャラの性格は変えませんが、設定、その他キャラは独自のものが多いです。

 また、Dies iareをはじめとした正田作品
    Liar Softのスチームパンクシリーズ

 を知ってる方はより楽しめるつくりになってます、多分。

 何よりも過去編は自重しません、全力全開で趣味に走ります。



 不定期更新になると思いますが、どうかよろしくお願いします。

 ここの掲示板にある【完結】He is a liar device [デバイス物語・無印編]はこの話の無印編で、これの続きとなっています。

 無印編は1人称主体でしたが、A's編は3人称主体になります。

 チラ裏にある『時空管理局歴史妄想』は、この作品の設定集ともなっています。
 URLを貼れないので、イル=ド=ガリアで検索すれば出てきます。



[26842] 閑話その3 実験後の記録
Name: イル=ド=ガリア◆ec80f898 ID:ee4ccd9f
Date: 2011/03/31 15:10
閑話その3   実験後の記録




新歴65年 5月12日


 ジュエルシード実験そのものに関する作業が全て終了。

 クラーケンはその火を落とし、現在はセイレーンのみが通常航行用のレベルで運転中。

 合同演習に使用した傀儡兵やオートスフィアも格納庫に戻され、破壊された大型傀儡兵などは廃棄区画へ。

 プライベートスペースに張り巡らされたエネルギーバイパスは、ブリュンヒルトの改良に使用する可能性があるため、ミッドチルダに帰還してより対処を決定する予定。

 今後の処理は主に、プレシア・テスタロッサが亡くなったことに関する社会的な事柄が占める。

 有名な工学者であり、数多くの研究者や研究機関への資金援助を行っている彼女の死は、社会的から切り離すことは出来ず、適切な処理が必須。

 アリシア・テスタロッサについては、死亡届を提出すること以外にとりたてて処理を必要とはしない。彼女は26年間昏睡状態にあり、社会的には死亡に極めて近しい状態だったため、改めて手続きを行う事柄は微細である。

 むしろ、フェイト・テスタロッサの今後についてこそ、多くの手続きを要する。

 9歳である彼女が母親を失った以上、社会的な立場を保証する後見人の存在は不可欠。アースラのリンディ・ハラオウン艦長が引き受けてくれることが内定しているが、社会的な処理は別問題である。

 必要な処理をアスガルドに再演算させ、検討を加える。







新歴65年 5月13日


 フェイトの精神状態は落ち着いているはいるものの、やはり損傷の度合いは大きい。

 このような心の傷をパラメータ化することは極めて困難。推定こそ可能であるものの、対処法の確立に直結させるには数十年の時をかけても未だ足りていない。

 現状におけるモデルより推定を行った結果、現在のフェイトに必要なものは、新しい絆であり、変わらないものもでもあると判断。

 母と姉を失ったことによる心の空隙、これを埋めるには高町なのはを筆頭に、ユーノ・スクライア、クロノ・ハラオウン、エイミィ・リミエッタ、リンディ・ハラオウンらが適当。

 特に、高町なのはは最重要であるため、数日間の時の庭園への逗留を要請。快く受諾される。

 同時に、アルフと私は“変化しない要素”として重要な位置にいる。

 家族を失ったことでフェイト・テスタロッサの世界の全てが変質することは、彼女の精神にとって望ましいことではない。これを、家族を失った経験者のうち、喪失の時期に私と接触した78名の人格モデルより推察。

 よって、私の汎用言語機能は現状において解除すべきではないと判断。

 今後も、フェイト・テスタロッサ、並びに彼女と精神的に対等な関係を築いている親しい者達の前においては愚者の仮面を被る必要はある。代表例、高町なのは、ユーノ・スクライア。

 精神的に彼女よりも成熟している者達の前においては、フェイトがいないならばリソースの無駄を省くため、汎用言語機能を切ることとする。代表例、アースラの三役。


 ただし、汎用言語機能においても、新しい要素は特に必要はない。

 あくまで、“これまで通り”でよい。そしてそれは、デバイスの最も得意とするところでもある。

 現在の人格に改変を加える必要性があるとすれば、フェイトが成長し、対人関係においてこれまでとは異なる段階に達した場合と推察。

 特に、俗に思春期と呼ばれる時期、彼女の肉体が成人女性に造り替えられる段階においては精神が肉体に引きずられる可能性が高いため、変更が必要と予想。

 この場合の閾値には、我が主のパラメータを用いることとする。









新歴65年 5月14日


 アースラのスタッフによる時の庭園の調査が終了。

 ロストロギア、ジュエルシードが使用された形跡は“残念ながら”発見できなかったものの、21個のジュエルシードは問題なく引き渡されているため、次元航行部隊としては無難な終息となった。

 地上本部に所属する“ブリュンヒルト”に関しても、駆動炉の“クラーケン”の安全性、出力や、砲撃の威力、射程距離、命中性、連射性などを測る上で貴重なデータが得られ、さらに、本局武装隊の空戦魔導師を13名撃墜することに成功したという事実は、レジアス・ゲイズ少将にとっては朗報であると予想される。

 ただし、ブリュンヒルト単体ではそれほど攻略に苦労しないという事実も、クロノ・ハラオウン執務官の働きにより浮き彫りとなった。

 強大なハードウェアに頼るようでは、高度な戦略眼を持った指揮官の前に容易く破れる。この理論が実証されたともいえる。

 ブリュンヒルトはクラナガンの魔導犯罪者に対処する形で作られているため、その辺りは最重要問題ではないが、テロの標的となる可能性は十分にあり得るため、やはり防衛策の構築は必須。

 今回は傀儡兵を防衛戦力として利用したが、地上本部が運用する場合においても、如何に地上戦力と組み合わせ、情報を統括しながら敵戦力を削るか、そこが焦点となると予想される。

 場合によっては、再び時の庭園で試射実験や演習を引き受ける可能性もあるため、戦術パターンの構築をアスガルドに演算させることとする。






新歴65年 5月15日



 フェイトの精神状態が回復してきたため、我が主の葬儀について説明を行う。

 親しい人物が死んだ際における人格モデルは、私が主の代理として葬儀に出席していた時に構築したものであるが、それが今、テスタロッサ家のために使用されている。

 また、リンディ・ハラオウン艦長がフェイト・テスタロッサの後見人となることを社会的に示す格好の場所でもあるため、フェイトの同意の下、喪主を彼女に依頼する。

 フェイトが成人であれば当然喪主となるものの、彼女は就業許可こそ持っているが成人ではない。

 ミッドチルダでは成人の基準も出身世界や地方によって異なるという特殊な場所であるため、冠婚葬祭の儀式の進め方も多種多様である。よって、その穴を最大限に利用する。

 法律の抜け道を突破することは、私とアスガルドの得意とするところである。

 我が主の葬儀には多くの参列者が来ることはほぼ確定事項。

 テスタロッサ家より支援を受けている研究機関や、生命工学関連の薬品や医療器具を扱うメーカーは数多い。

 そういった社会的な繋がりがある人間は、故人を偲ぶ心の有無に関わらず参列する。これは、現代における人間社会という歯車の一部であり、確立されたオートマトンでもある。

 人間にとっては、面倒で厄介な事柄であれど、デバイスである私にとってはこれほど演算が容易なことはない。全ては社会システムによって定められており、それを効率よく回せばよいだけである。








新歴65年 5月16日



 時の庭園がミッドチルダへ向けて出発する日。

 フェイトと高町なのはは出発前に何度も語り合っていたようだが、近いうちに再会することとなる。

 高町なのはとユーノ・スクライアの二名も、我が主、プレシア・テスタロッサとその長女、アリシア・テスタロッサの葬儀に参加することが決まっている。

 私が地球に設けた転送ポートは管理局法に基づいた正式な品である。よって、時の庭園が先にミッドチルダのアルトセイムに到着することにより、第97管理外世界との行き来はかなり容易になる。

 時の庭園に直通することも可能だが、それよりはクラナガンの公共転送ポートに繋ぐ方が社会的な面からも好都合ではある。

 フェイトのメンタル面に関することはアルフに任せ、私は社会的処理に専念する。

 成すべきことは山積している。
 
 フェイトの今後に関して、時の庭園の今後について、ブリュンヒルトに関する事柄、リア・ファルの特許、及び認可を得るための手続き、同じく生命の魔道書をどのような位置づけとすべきか。

 さらには、デバイスソルジャーの今後の展開について。

 どの事柄も個人で扱える単位ではありえず、社会システムの一部に影響を与える事柄である。

 これらを確実に処理していくには、やはり時空管理局との繋がりは強固にしておく必要がある。

 地上本部とも本局とも、徐々にパイプは強まりつつあり、そろそろ小判鮫が群がり出す頃合いと予想。

 ゲイズ少将も、近いうちに狐狩りか、害虫駆除を始めるはずであり、それと本局の融和派がどう絡むか。

 そして、この時期に発生した本局の高官を介さずに行われた合同演習。

 間違いなく、時空管理局の上層部に、小波が発生する。これが高波となるかどうかは今後の推移次第。

 特に大きな被害を出すこともなく、静かに終わったジュエルシード事件よりも、合同演習の方が余程関心が集まることが想定される。

 そして、それらはフェイトの存在を隠す隠れ蓑として機能する。

 そのような思惑が絡む中、残されたテスタロッサ家の次女の出自がどのようなものであるかを気に懸けることは人間には難しい。どうしても脳内の優先順位が低くなる。

 プレシア・テスタロッサに比べ、フェイト・テスタロッサには社会的な“力”がない。

 それが、現段階では良い方向に作用する。








新歴65年 5月17日


 ミッドチルダへの旅は問題なく進行。

 本来であれば、帰りの旅ですが、既に、フェイトにとっては帰るよりも往くというイメージが先行していると推察。

 フェイト・テスタロッサにとっては、母が待つ場所こそが帰る場所である。

 しかし、その場所は今の世界にはどこにもない。

 ならば、彼女が帰るべき場所とは何処になるのか。

 それは私が演算することに非ず、全てはフェイトの意思による。

 そして、フェイトがその意思を明らかにした時には。

 私は、彼女の変える場所を中心とした環境を、より良く回すための歯車として機能することとなる。

 時には大きく、時には小さく。

 大小様々な歯車を使い分け。

 舞台を、私は整える。









新歴65年 5月18日



 ミッドチルダに到着。

 アースラは直接本局へ向かったため、途中までは一緒だったものの、ミッドチルダの存在する次元に近づいた段階で別ルートとなった。

 到着時刻は事前に地上本部へ伝えてあったため、アルトセイムには既に地上本部技術部の技官達が待機しており、到着と同時にブリュンヒルトの整備点検を開始。

 三日後には葬儀が行われるため、プライベートスペースも同時に来賓を迎えるための準備を整えていく。

 時の庭園の規模は個人の邸宅を遙かに超えているため、仮に千人以上の客が来たとしても応対は可能。それを成すための園丁用の魔法人形、執事型の魔法人形、男性使用人型魔法人形、女性使用人型魔法人形などは大量にある。

 それらの管制は無論、私とアスガルド。

 機械に迎えられ、機械によって進む葬送の儀。

 稀代の工学者、プレシア・テスタロッサと次元世界一のデバイスマイスターとなるはずであった、アリシア・テスタロッサ。

 彼女らの葬儀には、実に相応しいものとなるでしょう。


 フェイトも、彼女なりに母と姉の死を受け入れるための準備を進めている。

 今はまだ物理的レベルではないものの、精神レベルにおいては、二人だけになってしまった時の庭園の家族の現在を受け入れつつある。

 アルフも、そんなフェイトを労わるように常に共にいる。

 彼女らが社会の現実を気にすることなく、まずは己の心との折り合いをつけれるよう、私は機能する。

 私は管制機。時の庭園に関する事柄ならば、全て私が掌握している。

 問題はない。






新歴65年 5月19日



 リンディ・ハラオウン、クロノ・ハラオウンの両名が、参列客に先立って時の庭園へ到着。

 儀式の段取りは全て私とアスガルドが整えているため、彼女らの役割は人間にしか出来ないものとなる。

 すなわち、社会的な立場からではなく、プレシア・テスタロッサとの個人的な繋がりによって弔問に訪れた方々への応対。

 アレクトロ社時代からの工学者仲間の方達からは、既に全員から出席の旨が伝えられている。

 流石に、彼らとの応対をフェイトとアルフに任せるわけにはいかないため、ここは大人の方に任せるより他はない。

 クロノ・ハラオウンは第97管理外世界の基準ならばまだまだ子供なれど、ミッドチルダでは敏腕の執務官。

 特に、葬式というものは遺産相続などとも絡むため、法律の専門家の存在は実に貴重である。

 その面でも、ハラオウン家の全面協力が得られたことは、僥倖であるといえる。

 また、アースラの残っている業務を引き受けているエイミィ・リミエッタも葬儀の当日には到着予定であり、彼女がミッドチルダの地理に疎い高町なのはとユーノ・スクライアの案内を引き受ける手筈となっている。

 全ては、ハラオウン家と組んだ予定通りに。










新歴65年 5月20日


 葬儀の前日、遠方よりやってこられる方々の中には既に到着された者もいる。

 時の庭園に存在する非戦闘型の魔法人形はフル稼働、それらへ魔力を供給するため、“クラーケン”と“セイレーン”の火も入っている。

 また、それらに関連して、オーリス・ゲイズ三等陸尉が時の庭園に見えられた。現在18歳であり、士官学校卒業者が本局勤めになることが多い中、地上本部への道を選び、既に頭角を現しつつある。

 階級があと一つ上がる頃には、レジアス・ゲイズ少将の片腕として働くであろうと噂される才媛であるものの、このブリュンヒルト計画に関してはそれほど関与していない。

 しかし、その彼女が時の庭園を訪れたということは、いよいよ“アインヘリアル”へ向けた計画が始まるということを意味している。予算などの関係から進捗は緩やかと予想されるも、前進したのは事実。

 ゲイズ少将本人はぎりぎりまでスケジュール調整を行っていたものの、明日の葬式には参列できるという返事であった。

 ブリュンヒルトを今後どのような形で研究し、完成型である“アインヘリアル”へと至らせるかについても、近いうちに相談する必要があるため、その準備段階であると推察。

 他にも、ゲイズ少将と関わりの深い財界の有力者達も数多く到着。彼らを上手く利用し、組織を効率的に回転させる手腕に関してならば、ゲイズ少将は時空管理局においてトップクラス。

 本局のレティ・ロウラン提督は、限られた人員を効率的に配置すること、また、人材を確保することに関してならば他の追随を許さないものの、その資金源を確保することは彼女の専門ではない。

 彼女の能力が最大限に発揮されるのは、資金が潤沢な本局の人事部にあればこそ。つまりは、適材適所。彼女が地上本部にいたとすれば多くの問題が解決されるものの、彼女の能力を最大限に生かす場所とはならない。

 視野を広く、管理局全体で見ればそれは損失にしかならない。逆に、レジアス・ゲイズ少将が本局に異動する同様、彼は、地上本部にあってこそその能力を最大限に発揮できる。

 そうした人材が続々と集まり、いよいよ、葬儀の場から社交の場へと変わりつつある。

 そして、それを取り仕切るのは海の提督の一人であるリンディ・ハラオウンと、執務官であるクロノ・ハラオウン。

 中々に複雑な政治ゲームの様相を見せ始めている模様であり、水面下での腹の探り合いがあちこちで行われている。

 無論、これらはフェイトやアルフにはまだ早いため、彼女らは高町なのはとユーノ・スクライアを迎えるためにクラナガンへ出かけている。

 時の庭園へ直通することも可能ではあるものの。ユーノ・スクライアはともかく、高町なのははミッドチルダへの来歴がないため、まずは次元港で手続きを行う必要がある。

 エイミィ・リミエッタには、裏の事情を知った上で子供達を連れ回し、時の庭園への到着を遅らせるという重要な使命があるものの、彼女ならば問題なく成し遂げるものと判断。

 両ハラオウンも、時には火花を散らし、時には受け流しつつ、それぞれの役割を見事に果たしてくれている。

 海と陸の対立は未だに根深いものの、改善しようとする気風が生まれ始めているのも事実。

 ただ、対立による被害を受け続けた者達にとっては、“何をいまさら”という感情論もあり、それらを知らないキャリア組はそもそも問題があるという認識すら薄い。

 それらの溝を埋めるのは容易ではない、が、不可能でもない。

 少なくとも、“死者を蘇らせる”という事柄に比べれば、遙かに容易であることは間違いない。

 片や、大半の人間が協力すれば“100%実現可能”。

 片や、大半の人間が協力したところで、“実現は困難”。

 人間社会が生んだ歪みは、人間の力によって直せる。これは、実に当たり前の法則。

 しかし、死者を蘇らせることは、人間には不可能に近い事柄。

 もし、本当に死者を蘇らそうとするならば。

 伝承にいう失われた都、アルハザードの扉でも開かねばならない。

 それほどの荒唐無稽。


 そして―――――






新歴65年 5月21日



 葬儀は、滞りなく進行した。

 私とアスガルドは、事前に組んだスケジュール通りに進めるべく、魔法人形を動かし、設備を機能させ、ただ歯車を回し続ける。

 無論、機械では予想しきれない事柄は数多く発生したものの、それらはいずれも想定の範囲内。

 我が主の研究仲間が、プレシア・テスタロッサの死よりも金のことばかり気にするある企業の人間に掴みかかるという事件もありましたが、クロノ・ハラオウン執務官が仲裁に入り、事なきを得た。

 彼はアレクトロ社を相手に起こした訴訟において、最も我々に協力してくれた人物であり、利益をばかり優先する企業というものに対して、嫌悪感どころか、憎しみに近い感情を今でも強く持っている。

 あの事故で人生を狂わされた人間は、我が主とアリシアだけではない。他にも多くの人間が、“こんなはずではなかった人生”を歩むこととなった。

 無論、それを引き起こさせた人間達は、人生そのものから退場いただきました。

 同じく“こんなはずではなかった”人生を歩んできたクロノ・ハラオウンだからこそ、そういった人々の心を理解した上で、調停を行うことが出来る。

 14歳の若さでそれを行うことが出来るのは凄まじいことですが、同時に悲しいことでもあるのかもしれない。

 そして、その騒動にひと通りの決着がついた後。

 彼とその仲間達はリンディ・ハラオウンの下を訪れ、『フェイトのことを、どうかよろしくお願いします』という言葉を述べられた。

“自分の死後も、自分の愛した存在のことを気にかけてくれる友人を持てたならば、その人生は幸せである”、という言葉がある。

 その定義に従うならば、我が主は幸福な人生を歩かれた、ということになる。彼らのような友人に恵まれたのですから。

 そして、アリシアもまた、フェイトのことを託せる者、高町なのはの存在を知ることが出来た。

 アリシアと高町なのはが接触したのは、私が作り上げた虚構の舞台に過ぎませんでしたが、意味があったことを願う。








新歴65年 5月22日



 葬儀は終わり、特に親しい者達で行う飲み会に近いものも、終わりを迎えた。

 ただ、多くの人々が酒を飲む中で、砂糖とミルクを入れた緑茶を飲んでいたリンディ・ハラオウンは、流石というべきか。

 フェイト、アルフ、高町なのは、ユーノ・スクライアの年少組はフェイトの部屋で過ごし、クロノ・ハラオウン、エイミィ・リミエッタの年中組はアルコールこそ控えながらも、年長組につきあっていた。(ただし、緑茶以外)

 私は中央制御室にあり、魔法人形達に指示を出す。

 葬儀とは元来、故人を偲ぶために人間が行う儀式。

 ならば、私の役割はただ歯車を回すのみ。




 時の庭園は、機械仕掛けの楽園でもある。

 ありとあらゆるところにエネルギー供給用のコードが設けられ、サーチャーにリソースを乗せることで全ての事象を司ることができる。


 故に、それはあり得ないことであった。


 その存在は、生命工学にたずさわる研究者の一人であり、参列客として、時の庭園へやって来た。

 それ自体は珍しいことでもなく、彼の他にも多くの生命工学の研究者が訪れている。

 我が主と同様の研究を進めているある意味での仲間でありライバルである者や、テスタロッサ家から資金援助を受けており、縁が深い者。

 アリシアを救うための研究において、テスタロッサ家が特異な存在にならないよう、その研究に違和感が出ないよう、私とアスガルドはある種のネットワークを作り上げた。

 生命工学を研究する者達が横の繋がりを持ち、それぞれの成果を定期的に報告し、互いに意見を出し合いながら研究を進めていく。

 クロノ・ハラオウン執務官のような優秀な方が時の庭園を調べた際に、その研究内容や成果に違和感を持たなかったのは、その大部分がこのネットワークにおいて共有されており、管理局の執務官ともなればそれを知ることが可能であるからに他ならない。

 一人の研究者が飛び抜けた成果を上げれば、そこには“人体実験を行ったのではないか”という疑問が生じる。

 しかし、複数の人間が共有することで、それらの疑念は拡散される。木の葉を隠すならば森の中に、森が無ければ作ればよい。

 テスタロッサ家という木の葉を隠すには、生命工学研究者ネットワークという森を作り上げることが、最も効率的であった。ただそれだけのこと。

 そして、その人物、アルティマ・キュービックは生命工学研究者の中でも特に、クローン分野における第一人者であり。

 人間以外の、牛、豚、鶏などの家畜、もしくは魚など、多くの生物のクローンを作り上げることに成功し、食糧問題の解決に向けての最先端を走る実践型の研究者として広く知られている。



 だがしかし、その彼が、時の庭園のサーチャーの目をかいくぐり、中央制御室に姿を現した。


 そして―――――


 「やあ、久しいね、トール。こうして会うのは二度目になるなあ、くくくくくくくく」


 その言葉と共に、アルティマ・キュービックであった筈の身体が、別のものへと作り変わる。

 遠目であろうとも判断できる、特徴的な紫の髪。

 深遠な知性を漂わせながらも、同時に狂気を湛えた黄金の瞳。

 そして何よりも、泣き笑いの道化の仮面のような、それでいて、どこまでも心の底から喝采しているような、異形の笑み。

 自分にはそれ以外の感情がないのだと主張するような、歪んだ笑顔。

 そのような人間を、私は一人しか知り得ない。



 ジェイル・スカリエッティ

 生命操作技術の基礎技術を組み上げた天才であると同時に広域次元犯罪者であり、かつて、レリックというロストロギアを託した男。



 「君とは是非とも話がしたかったよ。くくくくくく、さあ、思う存分にっ! 語り合おうじゃないかっっ!!」



 これが、私と“それ”との、二度目の邂逅となる。

 人間のために作られた古いデバイスと、人間を嘲笑うために在る異形のシステム。

 この接触が、果たして如何なる未来をもたらすか。


 その答えが出る日は、未だ遠い。








[26842] 閑話その4 舞台裏の装置二つ
Name: イル=ド=ガリア◆ec80f898 ID:ee4ccd9f
Date: 2011/03/31 15:11
閑話その4   舞台裏の装置二つ




新歴65年 5月22日 ミッドチルダ アルトセイム地方 時の庭園 中央制御室 PM 10:11



 時の庭園が誇るセキュリティシステムは、並み大抵のものではない。

 ブリュンヒルトの製作地、また、試験場に選ばれたという一面を見ても、次元世界でも有数の防衛力を備えた拠点といえましょう。

 各世界に研究機関は数多くあれど、傀儡兵や大型オートスフィアを大量に備え、時空管理局の次元航行部隊が保有する戦力と対等に渡り合える施設は数少ない、時空管理局が保有する研究機関ですら例外ではなく。

 しかし、どのような防衛機構にも、穴というものは存在する。

 例えば、地上本部。

 次元世界に存在する地上部隊を纏め上げ、有機的な繋がりを維持すると同時に、ミッドチルダ全域の治安維持、警察機能の中心であると同時に、次元航行部隊の中枢である本局との架け橋でもある、クラナガンの最重要施設。

 ここの防衛機構は次元世界でも有数どころか、最高峰と言ってよい。これを上回るものとなると、それこそ次元世界でも大国と呼ばれる国家が保有する軍事用の要塞か、時空管理局本局くらいのものでしょう。

 しかし、地上本部は多くの人間が利用し、一般の人間も出入りする公共の建物という特性を持つ以上、鉄壁ではあり得ない。外側から攻められるだけならば強固な防壁も、一度内部に入り込まれると脆さを露呈する。

 故に、軍事機密を保管したり、公にしにくい研究を行う施設などは、決して一般人は出入りできない場所に作られる。特に機密性が高いものは絶海の孤島、もしくは、次元空間に漂う離島などに。

 当然、物資の確保や、交通の便などの面で不都合は存在するものの、それを対価に防衛機能、防諜機能を上げることが可能となる。隔離施設と呼ばれるものが街中に作られることが少ないのは主にそういった理由から。

 逆に、地上本部のような施設は絶対に陸の孤島には作られない。どの管理世界においても行政機能をも兼ねる中枢施設は首都、もしくはそれに準じる大都市の中心部に置かれる。象徴的な建物ならばともかく、実務を司る施設とはそういうものである。

 つまり、どのようなシステムも、何かを向上させれば何かが犠牲になるということ。

 汎用性を突き詰めれば機能が低下し、機能を重視すると汎用性の面で問題が出てくる。どのような強力なデバイスが存在しても、それを扱うのに博士クラスの知識が必要なのでは、普及することはあり得ない。


 そういった面で、時の庭園は汎用性のある建物ではなく、専門性を突き詰めた建物であるといえる。

 地上本部のように一般の人間が出入りするわけでもなく、建物の大きさに比べて利用する人間は極僅か。機密保持の面でも優れており、かつ、エネルギー炉心は次元航行艦以上の性能を備えており、大規模駆動炉の研究開発すらも可能とする設備が整っている。

 そして、防衛戦力も充実しており、サーチャーや園丁用の魔法人形など、それら以外に多くの“目”があることから、防諜の面でも優れている。

 しかし、現在に限って言うならば、それらの機能のほとんどが使えない状態となっている。

 プレシア・テスタロッサの葬儀のために、遠方からも数多くの人々が訪れており、この段階で公共性が必要となることから、専門性の多くが犠牲となっている。すなわち、客全員に綿密なスキャンをかけるわけにもいかず、それをする時間的余裕もなかった。

 また、戦闘用の傀儡兵をあちこちに配置するわけにもいかず、プライバシーなどにも配慮する必要があるため、どうしても死角というものが発生してしまう。観測する側が機械であっても、観測される側が人間である以上、テスタロッサ家としては配慮が必要となってくる。

 そして何よりも、管制機である私と、中枢コンピュータであるアスガルドのリソースが、防諜や防衛にほとんど使われていなかったということ。我々の機能は葬儀の進行や問題が発生した場合の対処にほとんどが振り分けられておりました。

 インテリジェントデバイス、トールに死角が発生するとすれば、それは主を弔う時。

 その死角を、的確に突かれた。


 『確か、偽りの仮面(ライアーズ・マスク)でしたか、その装置は』


 「おお、覚えていてくれたのだね、実に光栄だ。我ながら、実によく出来た作品だと思っているよ」


 『人間ならば忘れることもありましょう。しかし、私は忘れない』

 会話をしながら、現状を把握。

 フェイトは、既に就寝。アルフや高町なのはも一緒ですね。

 ユーノ・スクライアも既に別室で休んでいますが、クロノ・ハラオウン執務管やリンディ・ハラオウン提督はまだ起きている。

 これは僥倖、もし荒事となったとしても、S2Uへ情報を飛ばせば、彼が即座に対処できる体勢が整っている。


 「いやいや、そう警戒しないでくれたまえ。今夜の私はあくまで彼女を偲ぶために参上した参列客に過ぎないのだから」


 『残念ながら、その言葉の信頼度を測れるほどに私は貴方の人格モデルを構築しておりません』


 「ふふ、く、くくくくくくくくくくくくくくくくくくくくく」

 私の返答に、ジェイル・スカリエッティはさらに笑みを深くする。


 「なるほどなるほど、素晴らしい、やはり素晴らしい。ああ、実に興味深い、興味深いなあ、まさか、君のような存在が、君のような存在こそが、アンリミテッド・デザイアを弾く盾になろうとは」


 『無限の欲望(アンリミテッド・デザイア)、かつて、貴方は私に名乗った名称ですね』

 人格モデルの学習アルゴリズムを働かせ、ジェイル・スカリエッティの精神傾向を推察。

 ――――――――参考に出来るデータがあまりに不足、演算結果は芳しいものではない。


 「そうとも、以前にも言ったが、私という存在を定義するならばそれが最も妥当な表現となるだろう。我は顔無きもの、故に数多の顔を持ち、故に欲望の化身、故に道化なのだよ」


 『道化、ならば、私の同類ということでしょうか』

 これまでとは、やや異なる部類の入力を行う。


 「ふむ、それも興味深い意見だね。なるほど、確かに私は君によく似ているのかもしれない。だがしかし、そういうこともあるだろうが、そうでないこともあるだろう」

 出力は、想定の外。

 彼という人格を構築する上で、大した指標とはなりえない。


 「さて、少し昔語りでもしたいのだが、付き合ってくれるかね?」


 『お断りいたしましょう。私には成すべき作業がまだ多くある』


 「それはつれないなあ、せっかく、土産も持参したというのに」

 ジェイル・スカリエッティが懐より、結晶と推察される物体を取り出す。

 スキャン開始――――危険度は、低い。

 ジュエルシードやレリックのような高エネルギーを蓄積した結晶体ではない。むしろ、リンカーコアよりもエネルギーは劣る。

 しかし、私はそれが何であるかを推察できる。

 なぜならば――――



 『生体機能促進型人工魔力エネルギー結晶”ミード”、その完成品ですか』


 「ほう、君達はそう名付けたのかね。私にとっては名称などどうでもいいことなものでね、どうしても適当になるか、そもそも名前を付けることすら忘れてしまう。何しろ、顔なし(フェイス・レス)なのだから」


 『顔なし、ですか。その割には、どの顔も同じ笑みを浮かべているように予測されるのは、私の経験が足りないからでしょうか?』


 「くくくくく、いいや、そうではない、そうではないとも。君の推察は正しい、正しいのだとジェイル・スカリエッティである私も思うだろう。真実は、さて、どこにあるのだろうか?」

 会話に、整合性というものが著しく欠如している。

 人間の思考方法に基づいた会話では、彼の言葉は意味を成さない。


 『理解しました。これより先は、常識を遙かに超えた人格投影型魔法人形を相手にしている、という認識で貴方との会話に臨むといたしましょう』

 しかし、アルゴリズムに基づく人形でもない。

 なぜなら、機械である私が彼を推察できないのだ。彼には、デバイスの命題のような確固たる法則はない。

 されど、人間の心を理解するために構築した人格モデルも、そのデータベースも、ジェイル・スカリエッティという存在を把握するのにほとんど役に立っていない。

 このことから、一つの仮説が成り立つ。


 『貴方は、人間ではない。少なくとも、“普遍的”な人間像からは逸脱した位置にいるのは間違いありません。しかし、機械とも異なる。私達デバイスと人間が二次元的に距離を離して存在しているならば、貴方は三次元的に離れているようなものと推察します』

 そう、それはまさしく俯瞰風景。

 人間とデバイス、それらが同じ平面に立ち、決して相容れない境界線を挟んだ位置関係にあるならば、それを上から覗きこんでいるか、もしくは、下から見上げているのか。

 人間が彼を観測したならば、深淵を覗きこんでいる気分になるか、遙か天上を見上げている気分になるのか。それらは個人次第でしょうが、彼は、人間が“深く知ってはいけない”存在であると予想される。

 少なくとも、私の45年の稼働歴において、このような存在とは彼以外に接触したことがない。

 ジェイル・スカリエッティは人間ともデバイスとも異なる“異物”である。


 現段階において、そう定義せざるを得ません。


 「ふっ、くっくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくく、面白い、実に面白い。いつぞやの前言を撤回しよう。君は、今の君こそが輝いているよ」


 『それは、≪そんな他人行儀な口調はよしてくれたまえ。いつも通りの君で構わないよ≫という言葉であるという理解でよろしいのですね』


 「ああ、そうとも。いやはや、機械というのは便利なものだ、記録した言葉を再生するなどまさに造作もないといったところだろう。そして、いつも通りの君とは、まさしく今の君だ」


 『無論、人間が忘れるが故に、私達デバイスは正確に記録している』


 「その通り、デバイスは人間に使われてこそのデバイス。定められた命題に背き、自分の意思で動きだすデバイスなど、それは最早デバイスとは呼べないだろう。しかし、だからこそ、そのような存在が作り出せれば面白そうだとは思わないかね? いつかそう、機械が人間にとって代わる時代がやってくるかもしれない」


 『思いません、微塵足りとも』

 命題に背き、自分の意思で動き出すデバイス。

 それは何と、性質の悪い冗談か。

 彼が言ったとおり、そんなものはデバイスではない。

 デバイスは、ただ人間が定めた命題を遂行するために在る。

 ただ、それだけでよい。


 「ふむ、そこは見解の相違というところかな。だが、意見が違うからこそ、意見交換には意味があるとも言える」


 『その点については同意します。まったく同じ意見の者同士が討論することに大きな意味はない、せいぜいが、それぞれの自己認識に役立つ程度でしょう』

 そして、デバイスにとっては意味がない。

 人間と異なり、デバイスが自己を認識する際に必要なものは己のみなのですから。


 「さてと、少々脱線してしまったが、これを君達がミードと命名したのならば、私もそれに倣うとしよう。これは、“レリック”の蘇生に関する機能のみを抽出したような結晶だよ」


 『つまり、私達がアリシア・テスタロッサを蘇生させるために創り上げようとしていた結晶、その完成品であると』

 私達は当初、レリックの強大なエネルギーのみを排除し、“死者を蘇らせる”特性のみを残したレリックレプリカの精製を試みた。

 非魔導師であるアリシアに適合させるには、レリックの力はあまりにも強大過ぎた。しかし、レリックレプリカも完成せず、結局はジュエルシードを用いて精製を行った。それがジュエルシード実験。


 「その通り、だが、完成品という定義もまた主観が変われば変化してしまう曖昧なものだよ。ああ、名前とは、何と儚いものなのだろうね」

 また、精神構造が変化した。

 つい先程まで理性的、論理的に、工学者のように話していたかと思えば、次の瞬間には芸術家か哲学者のように語り出す。

 工学者のようであり、医者のようであり、歴史家のようであり、音楽家のようであり、画家のようであり、そのどれでもないようでもある。一瞬ごとに異なる人間と会話をしている感覚に陥る。

 まるでそう、アスガルドの補助を得て、人格モデルを切り替える私のように。

 しかし、私があくまでアルゴリズムを回すデバイスであるのに対し、彼は生身の人間。

 いったい、ジェイル・スカリエッティの頭脳とは、どのような構造をしているのか。

 

 『つまり、貴方の持つ結晶では、アリシア・テスタロッサを救うことは出来ないと』


 「これはあくまで、“死者を蘇らせる”ものだからね、“生命の在り方が変わってしまった者を戻す”ためのものではないのだよ。それに、蘇らせるとはいうものの、人間を材料として別の存在を作り出すという表現が的確だろう」


 『レリックとはそもそも、高ランク魔導師に埋め込むことで、より強力なレリックウェポンを作り出すための結晶、というわけですか』


 「無論、それだけではない。不老不死への渇望、誰かを救うための力、さらには、生まれつき身体が弱いがために、レリックを得ることでようやく人並みになることを夢見る者もいた。全ては、欲望なのだよ、人間として死ぬよりは、レリックウェポンになってでも生きたい、というね」

 なるほど、それは確かに、アリシア・テスタロッサのためにならない。

 彼女は、植物として長く生きるよりも、人間として閃光の一瞬を生きることを願った。

 ならば、彼の結晶を埋め込んだところで、アリシアの願いは叶わない。他ならぬ彼女の欲望が、それの機能を否定してしまうが故に。


 「だから、私は驚いている。驚愕していると言ってもいい。プレシア・テスタロッサという女性は絶望に狂い、私の持つ知識を求めるだろうと思っていたのだが、そうはならなかった。せっかくアルハザードへ至るための鍵を用意していたというのに、それは無駄に終わってしまった」


 『貴方は、アルハザードへの至り方を知っていると?』


 「これもまた微妙な表現なのだがね。何せ私は一度もアルハザードへ行ったことがないし、見たこともない。だが、そこに至ることを渇望する人間がいるならば、案内してあげなければ余りにも哀れだろう。例え嘘であっても、希望を持たせるくらいはしてあげねば」

 嘘。

 それは果たして、どこからどこまでか。

 彼がアルハザードへ行ったことがないというのが嘘なのか。

 哀れに思うという“人間的な理由”が嘘なのか。

 彼が伝えるというアルハザードへの至り方が嘘なのか。

 あるいは――――――

 ジェイル・スカリエッティという存在そのものが、嘘で固められた虚構なのか。


 『なるほど、とりあえず現状では、詳しく語るつもりはない。ということですね』


 「そういうこともあるだろうし、そうでないこともあるだろうね」


 『理解しました。それで、貴方の持つミードが土産ならば、それが時の庭園にもたらされることにはどのような効果があるのですか?』


 「せっかくだ、君の仮説を聞いてみたいものだね」


 『お断りします。私に命を下せるのはマスターだけです。それ以外の人物が行うならばそれは依頼という形になり、そのための入力するのならば、対価をお支払い下さい』


 「ふっ、くく、くくくくくくくくくくくくくくくくくくくくく、素晴らしい、やはり素晴らしいな君は。ああ、興味が尽きない。願いを聞き入れて欲しいならば、対価を支払え、まるで、悪魔のようではないかね」

 悪魔。それは、人間が想像した心に悪意を吹き込むという機構。

 人間の心を映し出す鏡となる機能を有する私は、確かにその側面を有するのかもしれません。人間の心を計る機構、という点においては。


 『入力は、如何に』

 そして、彼は再び懐から情報端末を取り出す。


 「そうだねえ、ここにかつて君に送ったISを備えた人造魔導師の素体の設計図と改良案がある。ここの設備を用いればAAランク、いやいや、AAAランク相当の性能を発揮できるだろう」


 『ただし、動力源として、相応のリンカーコアが必須。そして、そのためのリア・ファルであると』



 生体機能促進型人工魔力エネルギー結晶、“ミード”

 リンカーコア接続型物理レベル変換OS、“リア・ファル”

 魔力エネルギー吸収型リンカーコア治療用端末、“生命の魔道書”


 この三種が、26年に及んだ研究成果の集大成。

 ミードは“レリック”、リア・ファルは“ミレニアム・パズル”、そして生命の魔道書は“闇の書”。

 それぞれがロストロギアの機能を参考、モデルとしており、これらを完成させるために、願いを叶える奇蹟の石、ジュエルシードは用いられた。

 ただし、リア・ファルは私の専門分野であるため、主がいなくともさらに研究を進めることは可能ですが、他二つはそうではない。

 ミードと生命の魔道書。

 前者はアリシアと同じような状態にある者達を救うための医療技術として、後者は我が主と同様の魔力負荷の後遺症に苦しむ者達のための医療技術として、社会に役立てねばならない。それでこそ、プロジェクトFATEに意義があったことが証明され、医療研究を目的とした合法研究となる。

 生命操作技術は、管理局法によって厳しく制限されているものの、倫理的問題がなく、かつ社会に還元できる技術を開発する場合においては認められるケースが存在する。

 フェイトはあくまで、アリシアを蘇らせる道を示すための過程で誕生しており、実際に社会に出るのはあくまで結晶とデバイスに過ぎない。

 そこに、倫理的な問題は一切存在しない。そうなるように進めて来たのですから、存在しては困るのですが。

 そして―――


 「君のこれからには、多いに役立つと思うのだがね。これには、レリックをさほど希釈せず、リンカーコアに近い形で機能するミードも搭載できる」

 本来の用途における完成品がサンプルとしてあれば、少なくともミードの完成度をさらに高めることが出来る。

 重要なのは特に汎用性。9歳程度の子供でも、70歳を超える老人でも、同様に使えるように改良する上で、それは大きな力を発揮する。

 ミードを、純粋な医療用として用いる場合。もしくは、強力な魔法人形の動力として用いる場合。

 その二つの例があるならば、確かに、今後の研究発表において多いに役立つ。

 もっとも、後者はリア・ファルとの兼ね合いを考える必要もありますが。


 『なるほど、これが貴方の弔問の品、というわけですか』


 「その通り、今の私は弔問客だからねえ」


 リア・ファルは少々別、こちらは一般で利用するための品ではなく、デバイス・ソルジャーの要となるための品。

 レジアス・ゲイズ少将や地上本部との繋がりを確実なものとするための鍵であり、ある意味で生命操作技術の対極に位置する、工学者としてのプレシア・テスタロッサの遺産である。

 すなわち、生命を持たない、純粋なる魔法人形を人間に近い思考能力を備えた状態で運用するための技術。

 その原型は、私が用いる戦闘型魔法人形において、既に搭載されている。


 「さてと、語りたいことはいくらでもあるが、とりあえずの目的は達成したし、怖い執務官殿も近くにいることだ。ここはお暇するとしようか」


 『その前に、幾つかの質問に答えていただきたいのですが、よろしいでしょうか?』


 「構わないよ、何せ私は、願望に応える者だからねえ。対価はとらないよ」

 これは、皮肉と取るべきか、もしくは、純粋な感想と取るべきか。

 彼が普通の人間ならば前者でしょうが、ここはむしろ、後者が近いと推察。


 『では、僭越ながら、クローン技術の研究における第一人者、アルティマ・キュービック博士は自分の研究室から滅多に出ることはない人柄ですが、幾度も学会で発表を重ねております。彼は、貴方の顔の一つですか?』


 「いいや、私ではない。私の最高傑作の一人、ドゥーエの顔だよ」


 『彼には、一人だけ研究室への出入りを許していた助手、クレシダ・モルスという女性がいます。助手とはいっても彼女には生命工学に関する知識はなく、キュービック博士の身の回りの世話が担当であり、実態は愛人ではないかと囁かれている女性ですが』


 「流石に察しが良いね、そして、素晴らしい情報量だ。その通り、彼女がドゥーエだ。研究室に出入りしている人物はただ一人であり、結局はどちらも架空の人物、彼女のIS、偽りの仮面(ライアーズ・マスク)によって作り出された虚構ということだよ」


 『なるほど、トール・テスタロッサが幾人もの人間と会話し、彼らの記憶上にはあるのに関わらず、書類上では架空の存在であるのと同義というわけですね。そして、今回のように、貴方自身もその役割を利用出来る』


 「私としては別にどうでもよいのだがね、私はこの辺に関しては又聞きでしかないから、深いところまでは答えられないねえ」

 又聞き、それはすなわち。


 『実際に潜入し、情報を引き出す、または、架空の情報を作り上げる。その役の他に、それらの情報を統括する管制役がいると』


 「ああそうとも、同じく私の最高傑作の一人、ウーノの仕事がそれだ。君の役割に近いのはこの二人だろうね」

 この二人、ということは、他にもいるわけですね。


 『その二名は人造魔導師、もしくは戦闘機人というわけですか』


 「さあ、どうだろうね。そういうこともあるだろうし、そうでないこともあるだろう」

 ふむ、名前に意味がないと言ったのは、他ならぬ彼でしたか。

 ならば―――


 『訂正しましょう。彼女らは人造魔導師であるかもしれず、ないかもしれない。戦闘機人であるかもしれず、ないかもしれない。しかし、いずれにおいても貴方の作品であり、最高傑作であることには違いない』


 「正解だ。それこそが、私にとっての真実だろう。何しろ、ジェイル・スカリエッティは生命操作技術の権威であり、生命に輝きをその秘密を解き明かすことを至上目的としているのだからねえ、くくくくくくくく」

 泣き笑いのような仮面が、さらに歪む。

 それは狂気に染まるようでありながら、純粋に笑う幼子ような印象も受ける、と、人間ならば考えるであろう顔。

 だが、私にとっては――――

 システムに縛られながら、システムそのものをも嘲笑い、システムを書き換えることすら可能でありながら、それを気まぐれでしないだけ。

 道化が、ただ道化らしく在る。そのように考えられる。

 デバイスである私が、ただ、機械らしく在るように。







 「さて、実に心躍る時間だったが、そろそろ時間だ。此度の邂逅はここまでとしようか」


 『それは構いませんが、貴方の存在を完全に放置することは出来ませんので、近いうちにこちらから接触することになるでしょう』


 「構わないよ、むしろ楽しみにしているが、その時はまずドゥーエと会うといいだろう。彼女ならばウーノに繋がるホットラインを持っているから、辿っていけば私の下まで来られる」

 今ここで直接連絡先を教えれば済む話ですが、彼はそれをしない。

 まだまだ完成度は低いものの、徐々にジェイル・スカリエッティという存在の傾向というものが掴めてきた。

 そして、それらからは人間とも機械とも離れた精神性を持っていることが、同時に推察される。


 『では、いずれまた会いましょう』


 「是非とも、再会を楽しみにしているよ」




 二度目の邂逅はこうして終わる。

 この段階においては我等の道はほとんど交差せず、未来へ繋がる事柄もほとんどない。

 だが、確かにその布石は打たれつつある。

 26年前の事故を発端、すなわち最初の状態遷移とする大数式はその解を導き出したものの、遙か過去から状態遷移を続ける大数式もまた存在する。

 それらがフェイトと高町なのはの今後に如何に関わっていくか。

 この時の私は、まだ判断材料を持っていらず、演算を行うにはパラメータが致命的に足りていない。

 大数式の解が出る日は、未だ遠い。








あとがき
 今回は伏線の塊のような話ですが、これらはA’S、StSの物語が展開するにつれ、徐々に回収されていきます。伏線の数自体もまだまだ少ないですが、A’Sの最終決戦やクライマックス、StSの最終決戦やクライマックスの内容は大体組み上がっているので、回収されないということはないと思います。
 書きたい事柄がA’SのラストやStSのラストに集中しているため、モチベーションを下げずに突っ走ることが出来るのも、厨二病SSライターの特徴なのかもしれないと思う今日この頃です。
 A’S編は私の一番好きなキャラクターである、グラーフアイゼンやレヴァンティンが登場するので、頑張っていこうと思います。

 それではまた。




[26842] 閑話その5 デバイスは管理局と共に在り
Name: イル=ド=ガリア◆ec80f898 ID:ee4ccd9f
Date: 2011/03/31 15:12
閑話その5   デバイスは管理局と共に在り



まえがき
 前回に引き続き、伏線ばら撒きの回です。レジアスとトールの会話のほとんどはA’S編には直結しませんので、とりあえず飛ばし、StSへの空白期が始まる辺りで読み直す形でも特に問題はありません。時間軸に沿うと、ここが一番適格というだけのことなので。




 我が主、プレシア・テスタロッサの葬儀から早一週間が経過。

 その期間に、フェイトもまた自分の心と折り合いをつけつつ、新たな道を歩み出すための準備を始めた。

 彼女の願いを一言で表すならば、高町なのはと共に生きること、でしょう。

 しかし、今はまだそれは出来ない。自分の生活を全て切り替えるには、時の庭園には思い出が残り過ぎている。

 それ故に、半年ほどはミッドチルダで過ごすことを、彼女は選んだ。

 これまでの生活との違いは、母がいない、ただそれだけ。

 人間というものは慣れる生き物ですが、やはり、慣れるには時間がかかる。やはりこれは、幸せを掴むために必要な準備期間なのだと私は定義する。


 そして、ただ日々を過ごすだけでなく、フェイトは法律に関わる勉強を始めている。

 プレシア・テスタロッサが残した研究成果である、生体機能促進型人工魔力エネルギー結晶“ミード”と魔力エネルギー吸収型リンカーコア治療用端末“生命の魔道書”。

 この二つを、臨床で使えるようにするためには、相応の法的手続きが必要であり、それを行うには彼女の遺産を引き継いでいるフェイト・テスタロッサの認証が不可欠。

 別にフェイトがそれらを理解する必要はなく、私が手続きを進め、フェイトは判を押すだけでも良いのですが、彼女は自分で理解し、自分で進めることを選んだ。

 そして、その面についてフェイトに指導を行ってくれているのは、クロノ・ハラオウン執務官やリンディ・ハラオウン提督。私に出来ないわけではありませんが、私はリニスと異なり、フェイトの教育係ではありません。

 フェイトのこれからの人生において、私よりもクロノ・ハラオウン執務官やリンディ・ハラオウン提督の方が共に過ごす歳月が長くなるのは動かぬ事実。

 ならばこそ、私よりもハラオウン家の方々と共に在る時間を長く取るべきである。フェイトが過去ではなく、未来を向いて生きるならば。

 今はまだ、時の庭園で生活しているフェイトとアルフですが、いくら転送ポートがあるとはいえ、普段本局の方にいる彼らと交流する面でやや不便であることは否めません。

 故に私は、本局内部にテスタロッサ家保有の居住スペースを確保する手続きを進めている。可能な限り、ハラオウン家の近くに。

 フェイトが自ら選び、アルフがそれを手伝い、ハラオウン家の方々が協力してくれるのならば、それに越したことはない。私が法的な手続きを進めた方が効率は良いでしょうが、フェイトの今後のためという観点では、前者が上である。

 そのため、私の役目はアリシアを救うための研究の成果である“ミード”や、我が主のための研究成果である“生命の魔道書”を公式の医療手段として確立することが主眼ではない。無論、サポートはいたしますが、メインはあくまでフェイト達。



 私が主となる担当は―――――すなわち、機械。









新歴65年 6月1日 ミッドチルダ首都クラナガン 地上本部


 『ジュエルシード実験に関する事柄は以上です。ブリュンヒルトは期待値以上の成果を出したといえるでしょう』


 「それは良いことだ、ひとまずの結果が出た以上、アインヘリアルへと発展させることに反対意見はそれほどあるまい。それと、例のリア・ファルはどうなっている?」


 『そちらも順調です。まだ完成には遠いですが、少なくとも一年以内にはデバイス・ソルジャーD型の製作が可能となります。C型やB型に応用するには流石に不安が残りますが』


 「E型の方はどうなのだ」


 『E型ならば技術的な問題はほとんどありません。時の庭園が保有する傀儡兵や魔法人形を汎用化させ、大量生産品としただけの品ですので、注文があればいつでも』


 「なるほど。しかし、問題は政治的駆け引き、ということか」


 『肯定です。B型、C型、D型と異なり、E型は政略機械ですから』

 E型以外のデバイス・ソルジャーは組織単位で運用してこそ意義がある。ただし、個々の戦場において戦局を覆すような性能は備えていないため、戦術兵器としては成り立たない、戦略レベルでの兵器といえる。まあ、そもそも兵器と呼べるものでもありませんので、戦略機械と呼ぶべきか。

 そして、E型は戦略機械ですらなく、政略機械。個人レベルで保有しても兵器になりえない品。

 唯一、戦術兵器と呼べる存在はA型のみ、これらはむしろあるべきではない部類の機械かもしれませんが。

 とはいえ、実用化はまだ当分先の話。計画の骨子も明確には定まっておりませんし、デバイス・ソルジャーのコンセプトが変更となる可能性もあり得ます。


 『いずれにせよ、焦りは禁物かと。人間と異なり機械は倫理的な問題を考慮することもなく、何時でも作れますから』


 「………人造魔導師と、戦闘機人のことか」


 『フェイトを創り出した私だからこそ言えますが、人造魔導師は安定した戦力を生み出す手法としては向いていません。人間をわざわざ培養し、兵器として調整するよりは、インテリジェントデバイスと組みあわせた傀儡兵を作る方がよほど効率はよい』

 ベルカ時代において、生体兵器は数多く作られたものの、いずれも一度は衰退している。

 そして、それらにとって代わるように現われたのは、誰でも使える質量兵器で武装した、リンカーコアを持たない非魔導師の軍隊。

 いくらでも替えが効き、戦争に使用でき、繁殖力も強いという面で、人間以上の生物はない。わざわざ人間を改造するよりも、人間に質量兵器を持たせた方が、国家間戦争においては効率的となる。

 つまりは、コストが合わないのですね。レリックウェポンも、人造魔導師も、全ては王制であったからこその技術であり、ベルカ時代の文化、国家体制があってこそ発展した。それ故に、経済力が根幹となる近代国家とは根本から相容れない。

 近代以降においては、戦争とてマネーゲームの一部とも言われる。そのような時代においては、人造魔導師や戦闘機人など金持ちの玩具か、一部の研究者が作り上げる芸術品にしかなりえない。純粋に戦争の効率のみを求めるならば、質量兵器に勝るものなどないのですから。

 早い話が、100人の戦闘機人や人造魔導師を作り上げるよりも、10000人の非魔導師にサブマシンガンやアサルトライフル、RPGなどを持たせた方が強力である。ただそれだけの話。

 質量兵器を作り上げる生産ラインは、人造魔導師や戦闘機人を作るための研究施設よりも遙かに安価で、大量生産が効きやすい。

 仮に、管理局が崩壊し、次元世界が再び戦火に包まれたとしても、それを成すのは戦闘機人でも、レリックウェポンでも、人造魔導師でもなく、質量兵器で武装した人間であることでしょう。


 「そしてお前は、リア・ファルを作り上げた、か」


 『私ではありません。私の創造主であるシルビア・テスタロッサ、私の主であるプレシア・テスタロッサ、彼女らが受け継ぎ、育んできた技術、その一部の応用に過ぎませんから』

 リア・ファルとは、循環型の二次電池といえる。

 傀儡兵は大型炉心からの魔力供給が無ければ動けず、早い話がコンセントが繋がっていなければ機能しない家庭用掃除機や電子レンジのようなもの。出力こそ大きいものの、電源が必ず必須となる。よって、拠点防衛などにしか使い道がない。

 大型オートスフィアなども似たような特性を持ち、大規模名演習や、魔導師ランク認定試験、拠点防衛などにしか用いられませんが、小型のオートスフィアや、私が操る一般型の魔法人形などは出力が小さいためコンセントに繋ぐ必要がなく、電池で動くことが出来る。

 この電池に当たるものが、魔力カートリッジ。ただし、一般型の魔法人形ならばクズカートリッジ程度で動けますが、魔法戦闘を行おうと思うならば高ランク魔導師用のカートリッジが必要となり、それは、懐中電灯に電子レンジと同等の電力を注ぎ込むようなもの。

 それため、私は戦闘を行わない。可能かどうかならば可能ですが、私が戦闘を行うよりも、フェイトやアルフが全力で戦えるように補助する方が、よほど効率が良い。

 そして、魔導師のリンカーコアとは、太陽電池にあたる。

 周囲の魔力素を取り込み、魔力を生成するリンカーコアとは、植物の光合成や太陽光発電のようなものであり、外部からの供給がなくともエネルギーを生み出すことが出来る。まさに、ただの機械には真似できない人体というものの奇蹟の一部。


 しかし、電池には他にも循環型と呼ばれる種類がある。

 電気によって電気分解は起こされ、物質が分離するならば、物質を分離する反応を起こせば電力を得ることが出来る。それを基礎理論として電池というものは考案され、化学エネルギーを電気エネルギーに変換する装置として改良が加えられてきた。

 その果てに、幾度も充電が可能な二次電池が、そのさらに発展型として化学変化によって電力を発生するも、分解した物質が周囲からエネルギーを取り込みつつ自動的に結合し、再び分解する際にエネルギーを発生する、というように、循環しながら電気エネルギーを発し続ける新世代型の電池が開発されている。

 無論、ロスは存在し、いつかは使えなくなる時が来るものの、最初に外部から微量の電気を加えるだけで、後は循環を続けることで長い時間稼働することを可能とし、なおかつ生み出すエネルギーも大きいという利点があった。ただし、問題はそのコストで、市販される電池のような値段で取引出来るものではない。


 リア・ファルとは、魔力カートリッジにおいて循環型の電池を再現したものと定義できる。とはいえ、これは革新的な技術というわけではく、他ならぬ“セイレーン”や“クラーケン”においても同様の技法が用いられている。

 魔力炉心とは最初に外部から純粋な魔力の形で火を入れる必要はあるものの、一度火が入れば半恒久的に膨大なエネルギーを生み出し続ける。リア・ファルはその機能を人間サイズの魔法人形に搭載できるまでに小型化したもの、というよりも、リンカーコアに外付けすることでその機能を持たせ、外部との連結に柔軟性を持たせるOSというべきか。

 アリシアのクローンから摘出したリンカーコアを、魔法人形に移植することで動力源として利用できるか、という実験も幾度か行いましたが、どうしても“人間の臓器”であるリンカーコアは機械と連結させたところで十全の機能を発揮しなかった。まあ、人間に移植した場合のように拒否反応が出ないだけましとも言えますが。

 管制機である私は、リンカーコアを魔力炉心と見立てることで強引に接続し、その力を引き出すことも可能。現に、海での実験などの際にはその機能も使用しましたが、効率が良いわけではない。大体において、魔法人形の回路が焼き切れるという結果となってしまう。

 そこで、リンカーコアを超小型魔力炉心とするならば、その指向性を定め、さらにはその魔力を循環させるための装置を外付けすることで、魔導師には及ばないものの、長時間の魔法行使可能であり、汎用性に優れた魔法人形を作り出すことも可能である。

 これならば、カートリッジを定期的に補充するだけで魔導師と同等に戦うことができ、動力源の問題から拠点防衛などにしか使えない傀儡兵に比べて、活動の幅を広めることが出来る。これを既に半分近く実現させていた存在が、例の男が提供した高ランク魔導師型魔法人形、“バンダ―スナッチ”である。

 ただし、現状ではリンカーコアそのものを無から作り出すことは出来ないため、地上本部に保存されている過去の管理局員からドナー提供されたリンカーコアを利用するしかない。つまりは、無から有を作り出すものではなく、限られた資源を、最大限に運用するための装置ということ。



 『リア・ファルは特別なものではありません。管理局が創設されており既に65年、その歴史は我々デバイスと共に歩んできたものでした。非魔導師でも使える“ショックガン”などの簡易デバイス、その動力である魔力電池、低ランク魔導師を補助するためのカートリッジ、騎士のためのアームドデバイス、そして、高ランク魔導師のためのインテリジェントデバイス』

 いずれも、管理局がデバイスと共に歩んできたからこそ発展した技術。

 “ミード”は治療用の魔力結晶なので少々異なりますが、“生命の魔道書”とてその本質は治療用デバイス。そして、リア・ファルは過去の管理局員が残したリンカーコアを効率的に運用するためのOSであると同時に循環装置。


 「時空管理局は、デバイスと共に歩んできた、か」

 私の言葉に対し、レジアス・ゲイズ少将はこれまでにない表情を浮かべる。表情データの照会に合わせると、過去を述懐するときの表情でしょうか。

 しかし、それは予測されたことでもあります。


 なぜなら、その言葉は――――


 『それは、貴方の友人であった、セヴィル・スルキアという人物の言葉ですね』


 「なぜお前が―――――――――いや、そうか、お前は………」
 
 ええ、それを聞いたのは私ではありませんが、私はそれを知っている。

 私達は、同じ電脳を共有した兄弟機であり、私はその長兄機であると同時に管制機なのですから。

 “インテリジェントデバイスの母”こと、シルビア・テスタロッサが作り上げし、26機のインテリジェントデバイス。

 それらは現代におけるインテリジェントデバイスの基礎となり、執務官試験に出るほど、管理局とは切り離せない関係にある。


 『テュール、ヴィーザル、フレイ、ヴァジュラ、プロミネンス、ブーリア、スティング、ケヒト、ウルスラグナ、グロス、ガラティーン、ノグロド、グレイプニル、ブリューナク、セルシウス、ダイラム、バルムンク、アノール、シームルグ、ヒスルム、ナハアル、クラウソラス、リーブラ、オデュッセア、サジタリウス、ファルシオン。26機のシルビア・マシン』

 そして、27番目の弟が、バルディッシュ。

 その構想はマイスター・シルビアが、骨子は我が主が、そして、フェイトのためにリニスが完成させた、テスタロッサ家の技術の精髄。

 管理局が発足してよりの65年間、魔導師達は魔法をより汎用的かつ、安全なものとするために並々ならぬ努力を重ねてきましたが、それは、デバイスマイスターとて同じこと。

 ゲイズ少将が管理局に入ったのは30年前であり、その時期こそ、インテリジェントデバイスの黎明期、それ故に壊れるものが多かった。


 『殉職なさった貴方の同期の方々は、皆優秀な魔導師でした。そしてそれ故に、当時最高峰のデバイスと言われたそれらを使用なさっておられた。何しろ、26機のシルビア・マシンは“最前線で戦う管理局の高ランク魔導師のために”という命題を持って生まれたのですから』


 「………そして、魔導師と共に壊れていった、か」

 ええ、我が主プレシアのために作られた機体である私だけは、一度も前線で用いられることがなかったため、こうして今も稼働している。

 私の弟達の使用者となり、弟達が記録していたゲイズ少将の同期の方々は、皆優秀な魔導師でした。

 しかし、時代は優秀な魔導師が長生きすることを許さなかった。あの時代の最前線を駆け抜け、かつ生き抜いた方々を指して“生き残りし者”と称するのはそれ故に。


 「あの時の面子で、残っているのはもう、俺とゼストだけか……………そして、お前もまた最後の一人」


 『そうですね、残っていた最後の弟は、11年前に壊れました』


 「そうか………………ああ、思い出した。あいつが使っていたデバイスは、まるで炎を宝石に込めたような不思議な色をしていたな」


 『シルビア・マシンNo5、プロミネンスですね。確かに、彼はデバイスとしては珍しく、熱い性格でした。それ故に引くことを知らなかった』

 幾度も、注意はしたのですが。どうにも、テスタロッサ家のデバイスは頑固で融通が効かない者が多い。


 「それは持ち主とて同じことだ。どうやら、デバイスとその主というものは似通うものらしいな、魔導師ではない俺には実感は出来んが」


 『そうですね、私もそう考えます』

 長い年月をデバイスと共に過ごされた方は、そのように思うものなのでしょうか。

 人格モデルを参照する限り、その可能性は高いと推測されますが、果たして。


 「30年か………俺の人生の半分以上は、管理局のため、いや、この地上のために使って来たが、振り返ってみればあっという間だな」


 『それでも、今の時代は平和ですよ。我が主が10歳の頃など、クラナガンは少女が一人で出歩ける街ではありませんでしたから。殉職なさった方々や、今も働く貴方達が、この街を子供が外を出歩ける平和な場所へと変えてくださった。9歳の少女であるフェイト・テスタロッサは、何も気にすることなく、クラナガンを出歩けるのですから』

 それゆえ、私は貴方への協力を惜しまない。

 高い確率で、フェイトが今後生活する場として、ミッドチルダが選ばれる。ならば、彼女が休暇や家族との時間を平穏に過ごすには、街そのものの治安は切り離せない関係にある。

 第97管理外世界で暮らすならばその影響はありませんが、少なくとも、時空管理局の方々と多く知り合うことはほぼ確実であり、彼らの家は大半がミッドチルダにある。ならばやはり、ミッドチルダの治安が良いに越したことはありません。

 フェイトが幸せな人生を過ごすために、貴方には頑張っていただきたいのです、ゲイズ少将。


 「そうか…………そう言われれば、走ってきた甲斐があったと思える、礼を言おう」


 『いいえ、厳然たる事実です。ゲイズ少将、貴方こそミッドチルダ地上の守り手だ。このミッドチルダで数十年の時を生きた者ならば、誰もが認めることです。当たり前に安全な生活を享受している若い方々には、実感が持てない事柄なのでしょうけれど』


 「だろうな、奴らは記録でしか当時を知らん。お前達デバイスと違って、人間というものは実際に立ち会わない限りは実感というものを持てん生き物だ。だが、お前は引き継いだ記録ではなく、自身の記録としても持っているのだな」


 『ええ、私の稼働歴はもう45年になります。貴方と、同年代ですよ』

 私が、プレシア・テスタロッサのために動き続けてきたように、レジアス・ゲイズという人物は、ミッドチルダ地上のために働き続けてきた。

 それを知るからこそ、ミッドチルダの人間は彼を支持する。高度なシステムに守られ、犯罪がほとんどない本局に在り、クラナガンを見下ろす人たちでは、完全な意味で理解することはできないでしょう。

 百聞は一見に如かずとはよく言ったもので、人間は100枚の報告書を見るよりも、その現状を一目見るほうがよほど実感がもてる。機械はすべて0と1の電気信号ですが、人間はそうではない。故に”ミッド地上は犯罪が多い”という字面だけ読んで現実味を持つことは困難きわまることになる。


 「そうか、だが、俺の道はまだ半ばだ」


 『ええ、そうでしょうね。そして、貴方にお聞きしたいことがあります』


 「何だ?」


 『時の庭園、いいえ、私はジュエル・スカリエッティという存在と接触していますが、それは貴方も同様なのですね?』


 「……………やはり、お前もか」

 私にとっては予想通りであり、彼にとっても予想通り。

 これはつまり、三つ巴のようなものですね。


 『おそらく貴方は、いいえ、地上本部は戦力不足を解決する手段として人造魔導師や戦闘機人の育成を計画している。そして、その研究の依頼先が彼であり、その彼はプロジェクトFATEの根幹を築き、私達はその研究を進める上で彼と接触した』


 「そして、お前達からブリュンヒルトや、デバイス・ソルジャーという技術がもたらされたため、戦闘機人の需要はなくなりつつある。しかし、デバイス・ソルジャーに用いられている技術も、根幹を築いたのは奴というわけか」


 『そうですね、彼がもたらした最初の素体が無ければ、これほど早く実用化の一歩手前まで進めることはなかったでしょう』

 ジェイル・スカリエッティは稀代の天才である、それは紛れもない事実。

 “バンダ―スナッチ”がなければ、私が操る魔法戦闘型人形の性能は、現在の半分にも届かなかったはず。

 その特性を考えれば”魔才”といっても過言ではない。すなわち、魔性の天才。


 「気にくわんな、どこまでいっても奴の影がちらつくようだ」


 『そこで、提案があります。今後、ジェイル・スカリエッティとの交渉は、時の庭園にお任せいただけないでしょうか』


 「何?」


 『貴方達地上本部は“白”でなければならない、そして、ジェイル・スカリエッティの存在は“黒”。彼と関わる以上、貴方から黒い噂が消えることはありませんが、間に“灰色”を介せば、噂の方向性をずらすことは出来ます』

 私の言葉を吟味するように、しばしの沈黙が訪れる。


 「なるほど…………グレーゾーンのど真ん中を行くことは、お前の得意分野だったか、俺も少しは見習うべきかもしれん」
 

 『彼の研究は違法ですが、私達の研究は合法です。ほとんど同じことを行っている生命操作技術なれど、個人の欲望のためだけに使われるか、医療技術やデバイス・ソルジャーとして社会のために還元されるか、その違いによって法的な立ち位置は大きく異なりますから』

 つまり、ジェイル・スカリエッティとの繋がりにおける隠れ蓑として、“私と時の庭園”は最適。

 当然、その時期はフェイトとアルフが巣立った後となりますが、そう遠いことでもないでしょう。



 その時、時の庭園は墓所となり、私の役割は墓守となる。



 「全ては灰色か。確かに、時の庭園が生命工学を行っていることは学会レベルにおいてすら周知の事実。現に、お前の主の葬儀にはその分野の専門家達が集まっていた」

 その中に、彼が混じっていたことまでは、お伝えできませんが。


 『ええ、そして、ジェイル・スカリエッティとは、利用すべき存在ではありません。ほどほどに良い環境を与えつつ、放っておくのが最上かと、強欲は身を滅ぼします』


 「名言だな、覚えておくとしよう。だが、やはり即答は出来んぞ」


 『ええ、それで構いません。もう、私が焦る事柄などありませんから』


 そう、マスターが逝かれた以上、私は焦りません。



 「感謝しよう…………ところで、お前は、デバイス達の記録を全て引き継いでいるのか?」


 『壊れた瞬間のことまでは分かりませんし、管理局の機密に関することもプロテクトがかけられていたため解読不能でした。しかし、それ以外の記録は“インテリジェントデバイスの人格の発展ため”という理由から保存され、時の庭園の中枢コンピューター、アスガルドが保持しています』

 そして、管制機である私はその記憶領域にアクセスできる。

 バルディッシュにはまだ、そこまでの権限はありません。


 「ならば、あいつらが命を懸けた道のりは、そこに記録されているのか」

 ゲイズ少将の声に熱が篭もり、その視線が一枚の古い写真立てに向けられる。そこには管理局の制服を着た青年たちが肩を組んで、輝くような笑顔で写っていた。おそらく中心にいるのがゲいズ少将で、その隣にいるのがベイオウルフの主である騎士、そしてその他の者たちはすでに世を去っている。

 私と対峙する時は冷静である事が多い彼ですが、人間の心を計算する機能があっても、やはり機械の私では計り知れない思いがそこにあるのでしょう。


 『はい、お望みでしたら、情報端末に読みだしてお渡しいたします。人間である貴方では直接的な解読は不可能ですが、機械の信号を人間が理解しやすい情報に変えることは、我々インテリジェントデバイスの最も得意とするところですから』


 「…………これはあくまで、俺の個人的な事柄に過ぎんぞ」


 『ブリュンヒルトを借り受ける際、貴方は私に“貸し一つ”であるとおっしゃいました。それの返済と思っていただければ幸いです。あの決定は貴方個人の意思によるものですから、その返済もまた貴方個人に対してのものこそが相応しいと考えます』


 「ふっ、相変わらずの機械だな、お前は」


 『ええ、私は変わりません。………この先、いつまでも』



 そう、私を変えうる存在はもう世界のどこにもいない。


 今の私は、ゼンマイが巻かれた機械仕掛け、ゼンマイが止まるまでは、動き続けましょう。


 たとえ、ゼンマイを巻ける存在がいなくとも。


 機械は、止まるまで動き続ける。



 私は機能を続けます







[26842] 閑話その6 嘱託魔導師
Name: イル=ド=ガリア◆ec80f898 ID:ee4ccd9f
Date: 2011/03/31 15:12
閑話その6   嘱託魔導師





新歴65年 7月4日 次元空間 時空管理局本局 テスタロッサ家割り当て区画


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 時空管理局本局。

 時空管理局の本部であると同時に、1つの街を内に持つ巨大な艦でもある次元世界最大と称される巨大建造物。

 ただ、その形状は少々どころではなくおかしなものであり、六方向へ伸びた突起が中央部から突き出るという、実用性はあるかもしれないが、その建築過程に計画性というものは微塵も感じられない。

 その理由は、時空管理局の歴史そのものにある。

 旧暦の末期、次元世界は二つの大国がその大部分を“支配”しており、片方は共和制とは名ばかりで経済的な力を持つ者達が社会の大部分を掌握しており、片方は進むべき道を見失った挙句、血統崇拝に走り、皇帝と聖職者が支配階級として君臨するという歪んだ国家を築き上げた。


 金と権力こそが全てであり、それ以外のものは価値なしとされる“自由と平等の国”。


 神とその代弁者達こそが全てであり、それに属さぬ者は価値なしとされる“神の光に包まれし国”。


 そのような国家がほぼ同等の国力を持ったまま共存できるはずもなく、当然の帰結として、次元世界は血と狂気と混乱に包まれ、歴史に言う大戦争時代の幕開けとなる。

 使用された質量兵器と魔導兵器は数え切れぬ程の命を奪い、勝者はなく、残されたものは分断され疲弊した世界と、各地に散らばる次元世界の破壊を可能とするロストロギアや、それに類する超兵器群。

 その混乱の時代を潜り抜け、かろうじて残されていた次元航行管制用ステーションを再利用する形で、この本局は作られた。その当時にはまだ突起はなく球状で、スペース的には現在の6分の1以下である。

 次元世界の復興が進むと共に、本局の役割は増大していき、運用する艦艇の数も増加する。しかし、新たなステーションを作り上げるだけの資金はなく、そもそも“ゼロから次元空間の大規模施設を作り上げるだけの技術”が破壊されていたため、これまでの建物を増築することで対処していくことを余儀なくされた。

 そうして、新歴が30年を超える頃には時空管理局本局は現在とほぼ近しい形となる。

 内部のシステムこそ整っているが、全体的に見れば増改築を繰り返しただけに利便性の高い施設とは言えない。大規模な予算を組んで抜本的なリフォームを行うか、いっそ新しい本局を作ってどうかという意見も当然存在する。



 「だが、これこそ、歴史が示す教訓である。本局の歪んだ形状こそが、“この施設くらいしか残らず、それを増改築することしか出来ないまでに、次元世界が破壊された証”として、我々は本局を使い続ける。他ならぬ我々自身に対する戒めとして、か」


 「最高評議会の人達が、時空管理局設立時に残した言葉だね」


 「名言だとは僕も思う、だが、現実に利用する立場としては、もう少し何とかならないものか、とも思うな」


 「うーん、機能性はまあそれほど悪くないんだけど、居住性は見事なまでに犠牲にされてるもんね、この形」

 本局の形状について会話しているのはクロノ・ハラオウンとエイミィ・リミエッタのアースラNo2とNo3のお馴染みのコンビ。そして二人がいる場所は、最近越してきたテスタロッサ家の居住スペースの前。

 どこぞのデバイスが裏で手を回し、ハラオウン家が使用している居住スペースの斜向かいをゲットし、現在改装を行っている。

 本局には数多くの局員が働いているため、当然の如く居住スペースが存在しており、簡単に言えば公務員のための寮が大量にある。ただ、自宅をクラナガンなどに持っている者でも部屋を確保することが許されており、そういった点が地上部隊の者達からは本局が優遇されていると言われる要因であった。

 とはいえ、全ての本局の局員が全員自宅通勤となったのでは、仕事がはかどらないどころか停滞してしまうのも厳然たる事実である。事務職の者ならば特に問題ないが、緊急出動が日常茶飯事の武装隊員は完全オフの時以外はどうしても本局内に留まらねばならない。

 本局の仕事もなかなか休みがとれないことが当たり前であるとされ、そういった理由から自宅を持たず、本局の部屋にずっと住んでいる者達は数多い。(特に独身)

 仕事人間のハラオウンファミリーも、その例外ではない。11年前にクライド・ハラオウンが殉職するまではクラナガン近郊に住んでいたが、クロノ・ハラオウンが5歳になる頃にはギル・グレアム提督や、その使い魔であるリーゼロッテ、リーゼアリアの両名による訓練が始まったこともあり、本局に生活拠点を移した。

 そして現在、斜向かいに引っ越してくるフェイトとアルフのために、あるデバイスが手配した業者によって改装が行われているのだが―――

 「部屋の形状が三角形というのは、正直どうかと思うんだ」


 「しかも、平面的じゃなくて、立体的にも、三角形というより、三角錐に近いかな?」

 本局の独特な形状は、こういう部分に害が出てくる。

 まともな部屋ならば他にも空いているのだが、ハラオウン家の近所に限定するとこの部屋くらいしか空いていなかったのである。


 「だけどさあ、そんなに長い間住むわけじゃないし、いいんじゃない。大体はクロノ君達の部屋や、もしくは資料ルームとかで過ごすことになるだろうし」


 「まあ、そうなんだが」

 フェイトとアルフがハラオウン家に住むこと自体には特に問題はないのだが、ただ、こちらも二人用のスペースであるため、フェイトとアルフが眠るだけのスペースは確保できても、個室などのプライベート空間が確保できない。

 よって、テスタロッサ家のスペースは、ハラオウン家の離れのフェイトとアルフの部屋、という表現が妥当であった。


 「でも、そうだねえ、クロノ君がフェイトちゃんと一緒のベッドで寝て、あーんなことや、こーんなことを実地を踏まえて教えてあげるなら、わざわざ部屋を借りる必要もないかもね」


 「医務官を呼べ」


 「ちょっと! 人を負傷者扱いしないでよっ!」


 「負傷者じゃない、精神疾患だ」


 「よけいひどいわっ!」

 とまあ、いつも通りの二人のやり取りをしているところへ。


 「あ、クロノ、エイミィ」


 「相変わらず賑やかだねぇあんた達」

 件の少女と、その使い魔が現れる。


 「フェイト、着いたか。それに、アルフも」


 「あれ、人騒がせなもう一人は?」

 それが誰を指すかは、あえて語るまでもなく三人とも理解していた。


 「時の庭園にいるよ、今はオーバーホール中だって」


 「ま、何だかんだでアイツも働きづめだったからね、たまには休むのもいいんじゃないかい」

 アルフの言葉に、クロノは眉を寄せて考え込む。


 「そうか。しかし、彼が休んでいるところ、というのも想像しにくいな」


 「うむむむむ、うん、私も無理だね、トールがじっとしてるところすら思いつかないなあ」


 「あははは、でも、おかげで寂しくはないよ」


 「それだけが取り柄だからねえ、この前“アレ”を解き放った時にはぶっ壊してやろうかと思ったけど」


 「“アレ”か」


 「サーチャーだとは分かっていても、絶対見たくない例の“アレ”ね」

 時の庭園に続き、ハラオウン家で炸裂した期待のルーキー、“スカラベ”。

 第97管理外世界のエジプトの伝承などにある虫だが、気色悪さではなかなかのレベルを誇る。


 「…………コーヒーのビンを開けたら、中にアレが詰まってたんだ………」


 そして、その被害を最も受けたのは無論フェイトである。

 逆に言えば、フェイトがいない場所における彼は、人間味というものが著しく失われるため、そのようなことは狂ってもしないだろう。


 「ごめん、あまり気にするな、としか言えない」


 「ううん、ありがとう、クロノ」


 「うーん、あれで経済界では有数の実力者なんだから、人は見かけによらないねえ」


 「アレを見た目で判断するのは良くないよ、一見人畜無害そうに見えて、腹の中では黒いことばっかり考えてるから。たまには、違うことも考えればいいんだけど」



 『………』


 そして、閃光の戦斧は、4人の会話を黙して聞き続ける。

 彼は、いや、彼だけは理解していた。トールというデバイスは、今現在も本当の意味で休んでいないということを。

 確かに、ハードウェア的には休んでいるだろう。トールというデバイスの本体は、現在起動しておらず、オーバーホール中なのだから。

 しかし、ソフトウェアはそうではない。管制機である彼は、自身のリソースを別の筺体に移植し、演算をそちら側で進め、その結果だけを後に本体へ書きこむということを得意とする。

 アルゴリズムさえ組んでおけば、後は自分自身のハードウェアでなくとも、演算を続けることは出来る。それが、デバイスというものである。



 【本当に、貴方は休まれないのですね、トール】

 そう尋ねた時の彼の先発機の答えは

 【私はマイスターによって完全休眠せずとも稼動できるように設計していただいたのです。ならばその機能を活かさぬ理由はありません】

 であった。じつに彼らしい、バルディッシュは感じていた。

 バルディッシュは彼と電脳を共有しているが故に理解できる、彼は未だ稼働中であると。

 その本体は確かに休んでおり、溜まった負荷はその多くが解消されるだろう。

 だが、彼は休まず、その機能を続けている。これからは今までのような無茶はしないと言っていたが、それでも稼動しているのだ。

 残された命題に、ただ従って。










新歴65年 8月6日 次元空間 時空管理局本局 法務部オフィス



 「蛇の道は蛇、餅は餅屋、ということで、やって来ました法務部オフィス!」


 「トール、わざわざそんなおっきな声で言わなくても分かるから」


 「あたしらにまで恥かかせる気かい」

 本日、ここにやってきたのは、フェイトに“嘱託魔導師とはなんぞや”ということを説明してもらうためである。

 当然、俺は知っているし、クロノも知っているが、嘱託魔導師という制度はかなり複雑、というわけでもないが、そもそもどんなものなのかを説明するのが面倒なものであり、ここばかりは経験者に語ってもらうのが一番なのだ。

 フェイトは現在、嘱託魔導師となることを目指している。現在進行中の“ミード”や“生命の魔道書”を医療技術として確立するための法的手続きそのものには嘱託資格はそれほど影響しないが、そのための資料作成や、情報収集のためにはあった方が何かと都合がいい。

 ジュエルシードを求めてあちこちを巡っていた頃はあくまで民間人だったので公共の施設しか使えなかったが、嘱託資格があれば管理局が管轄している施設もそれなりに使えるようになるし、行動の自由度も大きくなる。

 そして何よりも、第97管理外世界に行くのが簡単になるということだ。現在フェイトは本局在住の民間人だからしっかりと手続きをしなければ管理外世界には渡れない。

 しかし、嘱託資格があれば、その辺りの手続きをかなり解消することが出来る。現状では夏休みなどのまとまった休みの時期にしか向こうに行けない感じだが、嘱託資格があれば週末にでも第97管理外世界まで出かけられるようになる。

 ちなみに、本局には200万人近い民間人が居住していたりする。本局勤めの局員の家族だったり、寮の食事を作る業者さんだったり、局員達に娯楽を提供するための店もあれば、服飾の店もある。ただ、風俗店やそれに類する店だけはないが。


 「ここにいる爺さんはその道の専門家であると同時に、経験者だ。アポは結構前から取ってあるし、何気にプレシアの葬儀に来てくれてたりもしたんだぞ」


 「え、そうなの?」


 「おうよ、プレシアとはほとんど面識はなかったが、俺のマイスターであり、プレシアの母、シルビア・テスタロッサとは結構親しい友人だった人でな」


 「何であんたがそれを知ってんだい?」


 「おおアルフ、忘れてしまうとは情け無い。俺が原初のインテリジェントデバイス、“ユミル”の記録を引き継いでいるということを」


 「やたらとむかつくね、その言い方。でもまあ、理解はしたけど」


 「とにかく、行くぞ。アポ取ったとはいっても、向こうの休暇中にお邪魔します、ってだけの話だから」


 「休暇中なのに、オフィスにいるの?」


 「そういうワーカーホリックの爺さまなんだよ。少なくとも、過労死の崖と隣り合わせで突っ走ってきたような、スーパーとんでも爺さんだから、きちんと敬意を払うように。ま、そろそろ過労死じゃなくて老衰で死んでもいい頃だが」


 「いや、アンタそれ敬ってないじゃん」


 「とにかく、年配の方なんだね」


 「ああ、俺よりもな、それでは、御対面といきましょう」

 そして俺は扉を開き、爺さんが待つデスクに呼びかける。

 俺自身がここに来たのは、もう43年ほど前になるか。当時7歳だったプレシアはきっと覚えてなかっただろう。


 「おーい、爺さん、生きてっかい?」


 「あいにくと、まだ生きておるよ。ふむ、そちらがおぬしの言っておった子か」


 「は、始めまして、フェイト・テスタロッサです」


 「アルフ、この子の使い魔さ」


 「丁寧な紹介、ありがとう。儂はレオーネ・フィルスという。見ての通り、定年をとうに過ぎ取る老いぼれじゃよ」


 「地上部隊の人間からは、老害とも言われるな」


 「トール! 失礼だよ!」


 「はっはっはっ、事実は事実じゃよ。儂らなど出張らないに越したことはないのじゃから」


 法務顧問相談役 レオーネ・フィルス

 武装隊栄誉元帥 ラルゴ・キール

 本局統幕議長 ミゼット・クローベル


 俗に言う、『伝説の三提督』がであり、65年前の時空管理局の創成期に若手筆頭だったのだから、今ではもう80近くか、超えているという計算になる。

 一応、年齢を記したデータはあるが、時空管理局黎明期の頃の人物データに信頼性はそれほどない。変えようと思えばいくらでも変えられたからだ。

 時空管理局でも屈指の有名人である御三方だが、9歳のフェイトがその名を覚えていることはないだろう。本局の管理局員ならば大抵知っているが、地上部隊ならば陸士学校で習ってそのまま忘れたというケースも多い。流石にクロノやエイミィならば知らないはずもないが。


 「自己紹介はこんなもんでいいだろ、茶でも飲みながら雑談と行こうぜ」


 「ほう、おぬしは茶を飲めるのか」


 「実際は格納するだけだが、飲めるぜ。ついでに、リバースすることも出来る」


 「絶対やるんじゃないよ」


 「恥ずかし過ぎるから、やめてね」

 さてさて、それでは、雑談と参りましょう。














 んで、幾つか雑談を交えた後、本題に入る。


 「とまあ、こっちの事情はそんな感じだ。そこで、爺さんには嘱託魔導師についてこいつに教えてやって欲しいんだ」


 「構わんよ、老人の知恵袋、とは言うが、儂らの役目はそういうものじゃからな」


 「すいません、よろしくお願いします」

 と、フェイト。


 「お願いします」

 と、アルフ。こういう時にはしっかりと礼儀を守るのがアルフの特徴だ。

 ざっくりとした性格に見えて、案外細かい配慮も忘れない。うっかり属性を持つフェイトには実に良い使い魔である。


 「さて、まずは基本的な部分から入るが、嘱託魔導師とは簡単に言えば民間人でありながら管理局員としての権限をある程度委譲された魔導師を指す言葉じゃ。無論、魔導師でなくとも同じように働く者はいるが、圧倒的に数は少ない。その理由が分かるかね?」


 「えっと………現在の管理世界では戦力として数えられるのは魔導師で、その数が不足しているから、ですか?」


 「正解じゃ、時空管理局は万年人手不足とは言われるものの、新歴40年にもなれば、非魔導師の通信士やデバイスマイスターなどが不足することはなくなってきた。転職に有利なことや、収入が安定していること、さらに、資格などを無料で取れること、などが大きかったと言える」

 流石に、黎明期から見守り続けてきた爺さんの言葉は重みがあるな。

 時空管理局とは社会を回す歯車であり、それ自体に良いも悪いもない。腐った社会ならば腐った機構になり、社会がまだ新しく若い風に溢れているなら、悪い部分を直しながら前に向かって進む機構になる。ただそれだけの話だ。


 「しかし、問題は戦力としての魔導師、つまりは武装局員じゃな。特に新歴の45年頃までは殉職率が高く、管理局武装隊は“魔導師の墓場”などと呼ばれておったくらいであった」


 「魔導師の………墓場」


 「魔導師が必要とされておったのは、何も管理局ばかりではない。君の母親、プレシア・テスタロッサがSSランクに相当する魔力を持ちで大企業の研究主任であったように、民間においても高ランク魔導師は喉から手が出るほど欲しい人材であった。つまりは、社会そのものが魔導師に負担をかける構造であったということ」


 「でも、質量兵器を廃止するためには、仕方のないことだったんですよね」


 「一応、そういうことにはなっておるが、それを免罪符には出来ん、してはいかん。確かに我々は質量兵器が戦争に使われることがないように廃止し、それに代わる技術として魔導技術を社会へ取り入れた。しかし、その歪みは必ずどこかに出てしまう、それが、魔導師達への負担となったのだよ」

 プレシア・テスタロッサは、高ランク魔導師であるが故に、社会を回すのに必要な歯車とされた。

 彼女に限らず、あの当時は魔力の大小に関わらず、魔導師の資質を持つ時点で人生の大半が決められていたようなものだった。

 逆に言えば、管理局に入ることは自分の意思で道を定める数少ない手段であった。管理局でしばらく勤労すれば、次の職場を自身の意思で定めることが出来る。


 「そうなれば当然、魔導師をめぐって管理局と民間企業は鍔迫り合いを繰り広げることとなるが、これは良いことではない。本人の意思がどうであれ、魔導師を確保できなかった方には不満が残り、軋轢が生じる。そしてやがては、組織という歯車が個人を轢き潰すことになってしまう。そして、そういう例は多くあったのじゃ」

 法務において最上位にいたレオーネ・フィルスは、その方面の問題に最も精通している。

 他ならぬ彼が、ラルゴ・キール、ミゼット・クローベルらと語り合い、嘱託魔導師という制度を作り上げたのだから。


 「そこで、採用されたのが嘱託魔導師という制度じゃ。あくまで所属そのものは民間としたまま、管理局員の特に武装局員や捜査官が持つ権限の一部を委譲する。これにより、管理局の歯車の一部となるのではなく、管理局の“依頼”を引き受ける魔導師が誕生した」


 「ということは、嘱託魔導師は管理局員ではないんですね」


 「雇用社員や派遣社員ともまた違うな。それらは派遣されている間は命令に従う義務が生じるが、嘱託魔導師はそうではない。それ故に定まった給料が支払われることはないが、それ故に自由でもある」

 大きな力を持つゆえに、組織というものの歯車になることを拒む人間は多い。

 自信の力を深く知るからこそ、自分の意志とは無関係の部分で、力を使わされることを彼らは恐れる。正直、フェイトやなのはが精神的に未熟なまま管理局の正局員となれば、そうなる可能性は低くはない。

 そうした者達が、あくまで“自身の意思”によって魔導師としての力を人々のために使えるよう、嘱託魔導師というものは作られた。有事の際には、彼らも人々を守る力となれるように。

 だからこそ、現在のフェイトやなのはがなるにはうってつけなのだ。まだ社会の歯車に混ざるには幼く、そのまま局員となっては車輪に轢き潰されてしまう可能性が高いために。


 「一番多いのは、消防やレスキュー関係の者達じゃな。ミッドチルダは永世中立世界であるため管理局が行政をも兼ねるのでイメージは湧きにくいかもしれんが、通常の管理世界ではそうではない」


 「えっと、それぞれの国家が軍隊や警察を持っていて、彼らも質量兵器は持ってないんですよね。そして、特に魔法犯罪とかに対処する部署が、時空管理局の地上部隊を兼ねているって」


 「君は賢い子じゃな。そう、次元世界を中立な立場で回り、魔法を抑止力として行使するのは時空管理局本局の次元航行部隊に限られる。それぞれの国家の軍隊や治安維持組織は、あくまで自身の国家と国民の安全を第一とするからの。同じ管理局とは言っても、各次元世界の国家ごとに根を張る地上部隊と、中立の立場で次元の海を往く本局は同一とは言えぬ」

 それが陸と海の対立の根本的な部分だが、それはまあ、今回は別件だな。


 「そして、各国の行政組織である消防や警察、もしくは民間の警備員などにも魔導師はおり、災害や犯罪が発生した場合は対処に動くが、相手が魔導師であれば即座に動くのは容易ではない。それに、魔法の使用に関する問題もある」


 「犯罪者は、気にせず魔法を使えて、殺傷設定を使うことすらあるのに、それを抑える人達は、市街地の危険とか、そういうものを考えないといけないから、簡単に魔法が使えないんですね」


 「その通りじゃ、そういう時に、嘱託資格というものは役に立つ。無条件でというわけにはいかぬが、自動車の免許のようなものでな、いざとなれば自動車の運転は免許を持たぬ者にも出来るが、免許を持っていれば後でそのことを咎められることもない。自分の魔導師としての力が本当の意味で必要となった時に使えるように、それを使うことが罪とならないように、嘱託資格はある」


 「でも、それだと管理局の戦力増強としては、あまり期待できないんじゃないですか?」

 ふむ、まだまだ幼いな、フェイト。

 それは、本質を見失っている意見に他ならない。


 「それは確かにその通りじゃな、しかしフェイト君、そも、なぜ管理局は戦力を必要とするのかな?」


 「え? それは、犯罪を抑止したり、犯人を逮捕するためですよね」


 「そうじゃ、ならばもし、魔導師としての力を用いて犯罪を成すものがいなくなり、世界が平和になったならば、武装隊とはそれほど必要になるかね?」


 「いらなくなる、と思います」


 「要は、そういうことじゃよ。嘱託魔導師達が民間の立場からも睨みを利かせることで犯罪の発生件数そのものを減らすことが出来たならば、武装局員を確保する必要はなくなるのじゃ。管理局の目的はあくまで次元世界に生きる人々の生活を守ること、武装隊を充実させるのはそのための手段に過ぎん。武力を用いぬ手段で目的が達成されるのならば、それに越したことはない」


 「あ――――」

 理想は、管理局が魔法の力で次元世界の平和を守る世界ではない。そもそも、武装隊などなくとも平和を守れる世界だろう。

 嘱託魔導師とは、管理局の戦力を補充するためのシステムではなく、管理局が大きな戦力を持たずとも、民間と有機的に繋がり、協力し合うことで、武力を直接的に用いずに平和を保つことを目的として作られた。


 それを勘違いしている連中が、巷には溢れているのも残念な話だ。

 管理局が裏技を使って強引に戦力を集めているのだ、だとか、挙句の果てにはリンカーコアを持つ子供集団誘拐するとかを情報空間において阿呆が集まってふざけ半分で囁いていたりする。現場で命張ってる局員に謝れ。

 組織である以上は必ず悪い部分が出る、問題は自浄作用が働いているかどうかだ。そして、時空管理局のそれは、現在の次元世界の様子を見ればわかるだろう。戦乱も、特定の世界の目だった独占も今の所は存在していない。

 盲目の人間が象の各部位を触るだけでは象の全体像を捕らえられないように、管理局ほどの巨大な組織ならば、管理局員であっても全体を把握している者はそういない。それなのに一部の悪い部分を見ただけで、組織全てが悪だと決め付けるのはあまりに短絡的では無いだろうか。

 まあそれはともかく、この制度の特徴点は、嘱託魔導師には人を裁く権限も、逮捕する権限もないということだろう。あくまで管理局員に協力するか、現行犯を取り押さえるくらいしか彼らには許されていない。それでも、彼らの存在には大きな意味がある。

 仮にクラナガンでテロを起こすつもりの魔導師がいたとする。管理局だけが相手ならば、最寄りの陸士部隊の詰め所や、地上本部だけを警戒していればそれでいい。

 しかし仮に、嘱託魔導師となったフェイトがその場にいたならば、テロを起こした瞬間に近くを歩いていた9歳の少女がAAAランクの魔導師としてそいつの前に立ちふさがり、さらに嘱託魔導師は管理局との専用の連絡回線すら有しているため、首都航空隊の魔導師なども即座にやってくる。

 嘱託魔導師とは言わば、現行犯逮捕のみを許された私服警官のようなもの。最大のメリットは、制服を着ている管理局員と異なり、一体誰が嘱託魔導師であるのか分からないということだ。むしろ賞金稼ぎのイメージか?

 犯罪やテロを行う側にとって、これほど嫌なものはない。

 武装局員、特にエース級魔導師は滅多に休暇をとれず、遠出することも稀なので、“たまたま休暇中だった武装局員とはち合わせる”ことはほとんどない。しかし、“Aランク以上の嘱託魔導師”という存在は案外多いのだ。少なくとも、クラナガンを数百メートルも歩いていれば、一人くらいはすれ違うだろう。

 無論、Aランク以上とは言っても、戦闘に特化している保証はなく、研究職の人間かもしれないし、デバイスを持ち歩いていないかもしれない。しかし、念話は遠くまで迅速に届き、なおかつ、管理局に連絡するための回線を持っている。

 ほとんど民間協力者に近い立ち位置だが、彼らは存在するだけで大きな意義がある。犯罪者を逮捕するためではなく、犯罪を抑止するという面において、嘱託魔導師は非常に有用である。


 「そして、嘱託魔導師にも主に2種類ある。一つは、民間協力者に極めて近く、願書を出し、認定試験を受ければ取れるもの。試験そのものもそれほど難しいものではなく、これが大半であり、在野の多くの魔導師がこの資格を持っておる。運転免許ならぬ、魔導師免許みたいな感覚でもあるな」

 なのはの国、日本の感覚で言うなら、道端で人を刺したりすれば、周りの運転免許を持つドライバーが一斉に轢き殺そうと狙ってくるようなものかね。

 “クラナガンで犯罪を行うならば、道端を往く嘱託魔導師に攻撃されることを覚悟せよ”、なんて標語も今ではある。


 「もう一つは?」


 「認定試験を受けることは変わらぬが、こちらは実際に次元航行艦に乗り込んで武装局員どころか、エース級魔導師としての働きもする場合じゃ。当然、認定試験も厳しいものであり、筆記試験、儀式魔法実践4種、戦闘試験など多岐にわたる。その代り、次元を超えて動く際に手続きを短縮できるなど、多くの利権もある。広義な意味での”嘱託魔導師”はこっちになるかの」


 「じゃあ、私が目指すのは、きっとそちらです」

 前者は、ジュエルシード実験におけるなのはの立ち位置に近い。ジュエルシードがばら撒かれているという有事が終われば、一般人に戻るだけ。爺さんが言ったように在野の魔導師の多くがこの資格を持っている。

 後者は、有事でなくとも次元間移動などの際に大きな恩恵がある。その分、なるのは難しく、実力も必要とされ、これになるのは大抵AAランク以上の魔導師、そうでなければ割に合わないというのが最大の理由だ。


 「まあ、そんなところかの、どちらの場合においても、嘱託魔導師とは己の意思で魔導師としての力を人々のために使うためにある。管理局員も同じではあるが、こちらは能動的であり、嘱託魔導師は受動的といえる」

 犯罪者がいるならば、隠れようとも探し出してしょっぴくのが管理局員。つまり、平和を脅かす者を自分から狩りに行くのが捜査官や武装局員の役目だ。

 犯罪者が出ないように目を光らせ、もし犯罪が行われば、その瞬間にのみ管理局に連なる魔導師として立ちふさがるのが嘱託魔導師。こちらは、自分から動くことはない。

 やはり、最大の違いは人を裁く権限だろう。嘱託魔導師は人間が作り上げた法律というシステムの守り手ではなく、人々を直接的にのみ守るだけの存在だ。

 だが、人間社会を維持するならば、法の守り手は必須。だからこそ、管理局員は必要なのだ。法と政府が無くなった国と言うのは荒廃する一方になるのだから。


 「本当に、ありがとうございました。とても参考になりました」

 ちなみに、アルフは終始無言、こういう時にはしゃべらんからな、こいつは。


 「法律関係で困ったことがあればいつでも来るといい、いつでも相談には乗ろう。なにしろ、相談役なのでな」


 「あ、フェイト、アルフ、お前らは先に帰っててくれ、俺はちょっと別件で爺さんと話がある」


 「そうかい、行こう、フェイト」


 「お邪魔しました」




 そして、二人の姿が扉の向こうに消える。















 「彼女が、あの小さなプレシアの娘か」


 『はい、アリシアがまっとうに育っていたならば、フェイトがアリシアの娘でも、おそらく違和感はないでしょう』

 フェイトが去ったため、汎用人格言語機能をOFFに。


 「ふむ、それが、おぬしの本来の在り方か」


 『お久しぶりです、レオーネ・フィルス法務顧問相談役。プレシア・テスタロッサがインテリジェントデバイス、トールです』


 「かれこれ40年ぶりくらいになるかの。そうか、シルビアにくっついていた女の子が、娘を残して儂らよりも早く逝ったか、あの小さなプレシアが……」


 『良き人生であったと、笑って逝かれました』

 シルビア・テスタロッサ、クアッド・メルセデス、レオーネ・フィルス、ラルゴ・キール、ミゼット・クローベル。

 後に、3人の偉大な魔導師と、2人の偉大なデバイスマイスターとなる5人の若者。

 彼らが希望に燃え、夢を語り合っていた光景を、“ユミル”というデバイスは確かに記録しており、私へと引き継がれている。

 魔導師とデバイスが共に歩む現在の管理局を作り上げた、その黎明期の方達。それ故、この5人の名前は執務官試験にすら登場するのですから。

 そして、その意思はレジアス・ゲイズ少将やリンディ・ハラオウン艦長、ギル・グレアム提督らの“生き残りし者”の世代へと受け継がれている。

 ならば、それを引き継ぐのは、クロノ・ハラオウン執務官や、高町なのは、フェイトらの世代となるでしょう。


 「なんとも、真っ直ぐな目をした少女であった」


 『フェイト達の世代が平和に暮らせるのも、貴方達の世代の苦労があってこそですよ』


 「そうあって欲しいものだ。我等が命を賭したのは、彼女にように未来を生きる子供達が、明るく笑える世界を夢見たからこそ」


 『まだ、完全に達成されているとは残念ながら言えません。ですが、彼女らの子供が成長する頃には、きっと』


 「ああ、心の底から願う」


 そして、しばしの沈黙が訪れる。




 「それで、用件とは何かな?」


 『はい、人造魔導師や戦闘機人、そういった者らの法的な定義についてです』


 「それはまた、難しいことだ」


 『ですが、いつまでも目を背けたままではいられません。見なかったことにして蓋をするのではなく、認めた上でどう守るかを考えることが、時空管理局の理念ですから』


 「働く子供達のように、かね」


 『はい、私は英断であると考えております。“子供を働かせることは法的に認められていない”と偽善を振りかざし、現実に働いている、働かざるを得ない子供達を見捨てるのではなく、それを認めた上で、その権利を保護するための法律を築き上げた』


 「理想は、そのような法律を作るまでも無い世の中なのじゃがな、70年かけてもなかなか上手くいかん」

 
 『ですが、それに向かって努力を続けることと諦めることではまるで違います。機械で言えば0と1の違いで、その違いは決定的なのですから』

 
 「そうじゃな、諦めればそこでお終いじゃ」


 第97管理外世界でも、子供も労働力とせねば家族が生活できないという農村部の現実を無視し、都市部の恵まれた人々の“良心的判断”によって子供を働くことを禁じる国家は多くある。

 その結果、“働いている子供はいない”ことになる以上、子供を守る法律は作られない。存在しない者を守ることなど誰にも出来ない以上、それは当然の帰結。しかし、働かねば生きていけない以上、彼らは働く、法の保護を受けられないままに。そして周囲の大人は”暗黙の了承”で子供の労働を黙認する。

 人造魔導師や戦闘機人においても同じことがいえます。“違法研究であるため、そんなものは存在しない”と言い張ったところで、現実に作られた者達には何の役にも立ちはしない。

 それよりも、現実を見据えたうえで、ならばどうすればよいかという議論を管理局は行うべきでしょう。

 無論、フェイト・テスタロッサの人生のために。


 『ならば、現在は存在しないものとされているそれらについても、そろそろ法を整備すべきであると考えます。プロジェクトFATEの遺産は、おそらく広まっていくでしょうから』

 広まるものを潰すよりも、広まったところで問題ない社会システム、法律を作り上げた方が効率は良い。

 人造魔導師や戦闘機人を、普通の人間と同等の権利を持つ存在と認め、その人権を保護するための法律を作ってしまえばよい。

 それが出来れば、兵器としてそれらを運用しようとすることは、“人間を兵器とする”ことと同義になり、論議するまでもなく違法であることは疑いなくなる。

 時間はかかるでしょうが、このことは絶対に必要なのです。


 「ふむ、詳しく聞かせてくれるかね」


 『はい、それでは、フェイト出生についてご説明します』



 マスター、私はフェイトが幸せな人生を歩めるよう、稼動し続けます。

 出生を理由に差別されることがないように。

 彼女が普通の人間であると、親しい人々が、ではなく、社会そのものが認めるように。

 人造魔導師も、戦闘機人も、皆が平等に生きることが可能な社会となるよう、歯車を回しましょう。




 貴方の娘の、幸せのために


 私は機能を続けます




あとがき
 Vividにおいて、ヴィヴィオ、コロナ、リオ、アインハルトといった少女達が平和に暮らしているのを見るたびに、黎明期の彼らの頑張りが報われているのだと実感します。特にアインハルトは中等科1年生ですが、クロノはその頃には執務官として前線で働いているわけですし、三提督達も似たようなものであると思います。
 なのはやフェイトは忙しいものの、育児のための時間を設けることが出来ています。プレシアさんの世代ではその時間がなく、スバルやギンガの母であるクイントさんの世代でも、まだそこまでは至っておらず、なのは達の世代でようやく、前線で働く高ランク魔導師も子供のための時間を取れるようになったのかと思います。
 Vividのような平和な時代が訪れる日のために、トールの演算は続きます。彼の演算が終わるその時まで、気合いを入れて突き進む所存であります。
 

 Vividは平和でほのぼのとしていて、本当にいいですよね。        ………forceはまあ、色々と






[26842] 序章 前編 それは、小さな願い
Name: イル=ド=ガリア◆ec80f898 ID:ee4ccd9f
Date: 2011/03/31 15:32
序章  前編   それは、小さな願い




新歴65年 9月19日 第97管理外世界 日本 海鳴市 八神家 はやての部屋





 我は闇の書


 時を超えて世界をゆき、様々な主の手を渡る、旅する魔道書

 かつての姿、今はもはやなく

時の移ろうまま、終わること無き輪廻を繰り返す

 だが、しかし

 此度の明けは、これまでとは少々異なるようである

 これまで―――それは、いったいどれだけの時を指す言葉であったか、それすら最早定かではない

 長き時、我は闇の書を守護せし者らと共に旅を続けてきたが、その始まりは既に忘却の彼方

 闇の書そのものである我にすら、原初の姿も、託されし想いも知ること叶わず


 だが、それでも


 「ん………」

 此度の主は、我にとって――――


 「あー、おはよーさんやー」

 特別な、存在であることは疑いない




新歴65年 9月19日 第97管理外世界 日本 海鳴市 八神家 キッチン



 「♪~~~~」

 キッチンにて料理を行う主を、私は隣りで浮遊せしまま、観察を続ける

 この主の元で封を解かれてより早数か月

 驚くべきことに、我が頁は未だ1頁すら蒐集されていない

 これまでの主において誰一人、そのような者はいなかった…………

 いなかった?

 それはいなかったのではなく、蒐集を行わなかったがために、リンカーコアを■■■■■■


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 この主の元で封を解かれてより早数か月

 驚くべきことに、我が頁は未だ1頁すら蒐集されていない

 これまでの主において誰一人、そのような者はいなかったことから考えても、これは珍しいと称すべき事柄である


 「なんや、闇の書」

 我がもたらすとされる大いなる力を求めず


 「そんなとこで見とったら水がはねて汚れるでー」

 我と守護騎士の主たる責からも逃走しない

 これは我が永き生のうちにて、少なくとも我に『闇の書』の名が冠せられてからは初めてのことである


 「おはよう、はやてちゃん」

 ヴォルケンリッターが参謀、湖の騎士シャマル


 「おはようございます」

 ヴォルケンリッターが将、剣の騎士シグナム


 「シャマル、シグナム、おはよーさん♪」

 我は主へ挨拶をする機能をもたない

 それを成せる彼女らが、僅かながら羨ましくもある


 「…闇の書を連れて、お散歩ですか?」


 「そー見えるかー?」

 散歩…………傍目にはそう映るものなのであろうか


 「なんや今朝はついてきてまうんよ、どないしたんやろ」

 言葉と共に書をつつかれる主

 現身を得ない現在においては我に感覚と呼べるものは存在しないため、我がその感触を知ることはない

 ただ、もし主と触れ合える日が来たならば、そんな埒もない望みがかなったならば

 それは、何と夢のような光景――――


 「闇の書も、はやてちゃんのことが好きになったのかしら」


 「あはは…そーなんかー?」

 少なくとも、その輝くような笑顔を見たならば、主のことを嫌うことが出来る者など、皆無であると我は思考する


 「ともあれ、お料理の邪魔になってはいけません、私が預かりましょう」


 「汚れたらあかんしな、ええか? 闇の書」

 主の邪魔を成すことは我の本懐ではないため、将の言葉に従い、移動を開始


 「えーみたいやね」


 「はい」




 「たっだいま~っ!」


 「ただいま戻りました」


 ヴォルケンリッターが鉄鎚の騎士ヴィータと、盾の守護獣ザフィーラ。

 散歩に出ていた二人が戻り、守護騎士全員が揃う。

 我が一部にして、我と主の剣にして盾、守護騎士ヴォルケンリッター

 一騎当千の戦騎、烈火の将シグナムと紅の鉄騎ヴィータ

 それを後方より支えし、風の癒し手シャマルと不落の防壁ザフィーラ

 この四騎より構成される戦闘集団であり、中世ベルカの戦術を現在まで保持する継承者でもある


 「しかしどうした? お前も主はやてが心配か」

 主のことを気にかけしは、傍に侍る近衛騎士が役目の一つ


 「確かに主のお身体は不自由だが、年に似合わずしっかりした方だ」

 中でも将は、その筆頭


 「我等も随時お守りしている。心配はいらないぞ」

 その言葉に偽りがあるはずもなく、我はそれを肯定せしも、頁が埋まらぬこの状態では我が意思具現化の術はなく

 だが、どうやら騎士達はこの生活が気に入っているようである

 様々な主の元での様々な戦い

 命じられるまま我の完成のため頁を蒐集し

 戦う力を振るうのみの日々

 我もこの子らもそれをただ受け入れ

 永き時を過ごしてきたが

 この子らがこのような幸福な日々を受け入れ

 さらに喜んでいる様子であるという事実は

 我にとっては小さな驚きである


 「ほらヴィータ、ご飯つぶついとるで」


 「ん……ありがとはやて」

 主の器か、子供らしい素直な愛情故なのか

 いずれにせよ、騎士達はこの年若き主をいたく気に入っているようである

 この輝かしき日々があるのも、全ては主があればこそ

 将が述べし、“主は我々にとって光の天使である”という言葉に、我も賛同する。



 ≪主はやて≫


 ≪ん?≫


 ≪本当に良いのですか?≫

 守護騎士の顕現より二カ月、今より一月ほど前のことは、忘れ難きものである


 ≪何がや?≫


 ≪闇の書のことです。貴女の命あらば、我々はすぐにでもページを蒐集し、貴女は大いなる力を得ることが出来ます。……………この足も、治るはずですよ≫


 ≪あかんって、闇の書のページを集めるには、色んな人にご迷惑をおかけせなあかんのやろ≫

 その言葉は将にとっても驚きであったようだが、我にとっても同様


 ≪そんなんはあかん、自分の身勝手で、人様に迷惑をかけるのは良くない≫

 どれほど成熟せし魔道師であっても、古代ベルカの叡智をその身に宿す賢者であっても、その心を持つことは容易ではない。いや、力とは全く無関係のものであろう


 ≪わたしは、いまのままでも十分幸せや≫

 人の欲望、破壊衝動、心の闇、それこそが、我を“闇の書”と呼ばせし由縁

 だが、此度の主はその対極におられる。

 凪のように穏やかなその心は、戦いに疲れし騎士達の魂を、優しき温もりとともに、労わるように包み込む

 歴代の闇の書の主において、守護騎士を“家族”として扱ったのも、今の主のみ


 ≪父さん母さんは、もうお星さまやけど、遺産の管理とかは、おじさんがちゃんとしてくれてる≫


 ≪お父上のご友人、でしたか≫


 ≪うん、おかげで生活に困ることもないし…………それに何より、今は皆がおるからな≫

 主にとっては、家族との絆こそが、何よりの宝


 ≪はやてっ≫


 ≪ん? どないしたん、ヴィータ≫


 ≪冷蔵庫のアイス、食べていい?≫


 ≪お前、夕飯をあれだけ食べてまだ食うのか≫

 そのような他愛無い家族としてのやり取りこそが、宝石の輝きを持つ


 ≪うっせーな、育ち盛りなんだよ! はやての飯はギガうまだしな≫

 そう、ヴィータは育ち盛り

 なにせ、彼女が騎士となったのは、まだ………


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 守護騎士の年齢設定の中でも、彼女はとりわけ幼い

 その言葉は、完全な虚言というわけではないだろう


 ≪しゃーないなー、ちょっとだけやで≫


 ≪おうっ!≫


 ≪ふふっ≫

 嬉しそうに駆けてゆくヴィータを、主は微笑ましそうに見つめている



 ≪なあ、シグナム≫


 ≪はい≫


 ≪シグナムは皆のリーダーやから、約束してな≫


 ≪何をでしょう≫


 ≪現マスター八神はやては、闇の書にはなんも望みない。わたしがマスターでいる間は、闇の書の蒐集のことは忘れてて、皆のお仕事は、家で仲良く皆で暮らすこと、それだけや≫


 ≪………≫

 その望みは、我にとっては悲しむべきことであるのかもしれない


 ≪約束できる?≫

 だが


 ≪誓います。騎士の剣、我が魂、レヴァンティンに懸けて≫

 我もまた、将と同じ願いを持つ。

 故に――――



 「ほんなら、行ってきまーす」


 「図書館まで行ってくる!」


 「はい、お気を付けて、ヴィータ、主はやてのことを頼むぞ」


 「応よ、まっかせな」

 主とヴィータを見送る将とシャマル


 「闇の書はついていっちゃったの?」


 「ああ、主はやてがついてきて良いと許可された。勝手に浮いたり飛んだりしないのが条件だそうだ」

 例え近くにあらずとも、守護騎士は我の一部、その状態を我は知る


 「ね……闇の書の管制人格の起動って、蒐集が400ページを超えてからだっけ?」


 「それと、主の承認がいる。つまり、主はやてが我らが主である限り、私達や主はやてが管制人格と会うことはないだろうな」

 そのことに、我も異存なし


 「そうね、はやてちゃんは闇の書の蒐集も完成も望んでいないし」

 僅かな無念はあるが、主のことを思うならば、黙殺すべき事柄である


 「それが分かるから、あの子も寂しいのかしら?」


 「どうだろうな、ただ、主はやてには管制人格のことは伏せておかないとな、きっと気に病まれる」

 我と守護騎士は一心同体


 「うん、あの子もきっと分かってくれるし」

 例え、意思の具現の術はなくとも、守護騎士には我の意思は伝わっているようである


 だが――――



新歴65年 9月19日 第97管理外世界 日本 海鳴市



 「んん……今日もえー天気やなー」


 「だね」

 騎士達の願いも


 「はやて、日傘差そうか?」


 「あー、そやね、おーきになー」

 主の願いも


 「そやけどヴィータ、図書館は退屈とちゃうか?」


 「別にぃ」

 我の願いも


 「はやてがいなきゃ、家だってどこだって退屈だもん」


 「うーん、ほんならヴィータの楽しいこと何か探してあげななー」


 「いいよそんなの、あたしははやてがマスターでいてくれるだけで嬉しいんだから」


 「わたしも、ヴィータ達と一緒に暮らせるの嬉しいよ」

 叶うことは、ない


 「わたしの周りは危険もないからみんなが戦うこともないし、闇の書のページも集めんでええ、皆で仲良く暮らしていけたら、それが一番や」

 そんな、小さな願いさえも


 「せやからわたしがマスターでいる間は、騎士としてのみんなのお仕事はお休みや」


 「……闇の書のマスターは、これからもずっとはやてだよ」

 闇の書たる我は、叶える術を持たない


 「あたし達のマスターも、ずっとずっとはやてだよ」


 「んん、そーやったらええなー……………」











 我は闇の書

 かつての姿と名、今はもはや無く

 遠からず時は動きだしてしまう

 そうなった時、我が騎士達や我が主は――――


 我を呪うだろうか


 此度はいったいどのような形で我は目覚め、力を振るうのだろうか

 そして誰がどのようにして、我と主を破壊するのだろうか

 願わくばその時が

 たとえ僅かでも先に延びるよう祈るばかり


 我は闇の書


 破滅か再生かいずれにせよ

 我はただその時を待つばかりなり



 しかし――――




 八神はやて


 その名を、初めて聞く気がしないのは、なぜであろうか

 歴代の主の中に、似たような名前の持ち主がいたのか?

 いや、この世界は我が知るものではない

 遙かに永き旅において、この地は初めて流れつく場所であるはず

 なのに――――

 我は、その名に想いを馳せる


 八神はやて


 懐かしい、いや、違う…………待ち焦がれた?


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 ≪すま■い≫

 時に

 ≪君■託す≫

 湧き起こる

 ≪申し訳■い≫

 この

 ≪私■、■えても構わない≫

 記録は

 ≪どうか、■■らを………≫

 いったい


 ≪最■の■■の主≫

 誰のもの

 ≪八■………は■て≫


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 欠けた、記録の残滓が霞んでいく

 古き想いは、新しき幸せに覆われ、遙か忘却の彼方へと

 絆の物語は未だ開けず、闇の書の主と守護騎士、そして、管制人格はただ穏やかなる時を過ごす

 しかし、運命の輪は回り出し、徐々にピースは埋まっていく

 禁断の魔道書を巡る戦いの日々

 その序章へ向けて、時は確かに刻まれてゆく

 時計の針が回り始めたのは、果たして何時のことであったか

 それを知るのは、既に彼らのみであろう

 受け継がれし記録が古き機械仕掛けへと伝わる時、運命のピースは嵌り、大数式のパラメータが満ちる

 そこに描かれしは、解なき闇に覆われし絶望か

 はたまた―――――解き明かされた数式が紡ぎ出す、希望の光か





 さあ、時計の針を進めよう












あとがき
 今回はやや短めとなりました。シーンの大半はコミック版のA’S編のもので、まだ祝福の風という名を授かっていない闇の書の管制人格が主と騎士達を想う場面です。この話は原作の会話と本作品独自の過去編の要素を織り交ぜる形となっていますので、A’S編のかなり根幹に関わる伏線もあったりします。
そして、再構成のために原作を見直す、もしくはコミックを読むたびに、A’S編の完成度の高さを再認識する毎日です。(インターンシップの最中だと言うのに毎日書いているのもどうかと思うのですが)
 3月は研究発表やら、寮部屋の引っ越しやらで忙しくなり、あまり執筆の時間を取れそうもないため、2月中に出来る限り書きためておきたいと思っております。
 粗い部分が多い稚作ですが、愛着もあるので、可能な限り突っ走る所存であります。それではまた。






[26842] 序章 後編 闇至り、時満ちる
Name: イル=ド=ガリア◆ec80f898 ID:ee4ccd9f
Date: 2011/03/31 15:33
序章  後編   闇至り、時満ちる




新歴65年 10月6日 第97管理外世界 日本 海鳴市 八神家




 守護騎士が現世に顕現してより、4か月近くが経つ。

 蒐集は未だ行われず、我は浮くことと移動することのみを可能とする魔法の書として主の傍にあり続ける。


 「闇の書、おいでー」

 我は、主の言葉に応じ、宙を浮き主の下へと。


 「ん、今日もええ子やなー」

 主は人の姿すら成すことができない我すら、家族の一人であるかのように扱う。

 我は闇の書の管制人格であり、定められし命題に従い、書を完成させることだけを使命とする。

 ―――――主もまた、闇の書にとっては、己を完成させるための贄に過ぎない。

 守護騎士達がそれを知らず、いや、知ることすら許されず、主の傍にいることは、果たして幸せなのか。

 その宝石のような日々は、決して長いものではない。

 また、遠からぬうちに、闇と共に流離う時が始まるだろう。


 「今日は皆でおでかけやからなー、闇の書も一緒のいこな」

 だが、それでも。


 「どんなに楽しいことでも、家族が揃ってなかったら、嬉しさも半減や」

 たとえ、短い期間であろうとも、この素晴らしき主と共に在れるならば。

 守護騎士達にとっては、代えようもない幸せとなる。

 そう―――――信じたい。




新歴65年 10月6日 第97管理外世界 日本 海鳴市 風芽丘



 「主はやて、ビニールシートを敷くのはこの辺で良いでしょうか」


 「そやね、お弁当もたくさん持って来たから、広めに敷かなあかんね」


 「はやてのお弁当、楽しみ!」


 「一応、詰め合わせるのと、味付け以外は私も頑張ったけど………だいじょぶよね」


 「案ずるな、少なくとも私が見ていた限りでは、おかしい部分はなかった」

 八神家、家族五人でやってきた場所は、やや高台に位置する丘。

 今日は珍しく、ザフィーラも人型を取っている。

 彼は本来の姿が守護獣としての狼であることや、主が犬を飼うことを夢見ていたこともあり、普段は大半を狼の姿で過ごしている。

 周囲の人々にとっては大型犬という印象のようだが、彼もその評価に特に気にしている素振りはない。

 盾の守護獣ザフィーラは、守護獣である己を誇りとはしているが、それを周囲に示すことは少なく、その誓いや想いは彼の中にのみあることが多い。

 しかし、彼もまた闇の書の一部、闇の書の管制人格である我には、彼の心もまた伝わってくる。

 いや、彼だけではない、将も、ヴィータも、シャマルも、彼女らの心もまた我と繋がっている。

 我が主を想う心も、彼女らや彼の想いにより生み出されたものなのであろう。


 ――――――しかし、時に我にも、守護騎士達本人にすら把握できていない想いが流れ込んでくることがある。

 闇の書のシステムに影響が出るわけではなく、バグということではあるまい。

 にもかかわらず、管制人格である我にすら、その想いがいずこより来たりしものなのか検索できない。

 いったい――――なぜか



 「ヴィータ」


 「ん、ザフィーラ、どうした?」

 そして、今もまた、我に把握出来ぬ想いが溢れてくる。


 「これを、お前に」


 「これって、草で出来た、冠?」

 ザフィーラは草原に座り込み、長い間集中し、草のみを材料とした輪、もしくは冠と呼べるものを編んでいた。

 女性が作るものならば、花で作るのが相応しいが、彼が作るならば、草で作られたそれこそが質実剛健を旨とする彼らしさがよく出ている。

 しかし、ザフィーラ自身、それを編んだ己に困惑、いや、これは懐古の念であろうか、を感じているようである。

 そしてそれは、草の冠を贈られたヴィータも同じく。


 「ありがと………」

 彼女は小さく呟き、草の冠を受け取るが、それをじっと見つめたまま微動だにしない。

 ……………なぜであろうか

 その姿が、我にとっても…………懐かしく感じられるのは――――――


 「ん、それはザフィーラが作ってくれたんか、ヴィータ」

 冠を手に持って見つめたまま、今にも泣きそうにしていたヴィータを、主が優しく包み込むように声をかける。

 もし、主の足が不自由でなければ、後ろに立ちヴィータを抱きしめていただろう。


 「うん………」


 「ザフィーラ、器用やねー、よく出来とるよ」


 「ありがとうございます、主、ですが、私にもよく分からないのです」


 「分からない?」


 「シャマルの料理のようなものでしょうか、彼女がやったことはないはずの料理を、どこかでやったことがあると感じたように、私も作ったことなどないはずのこれを、気がつけば作っていました」

 作ったことが、ない。

 そう、闇の書そのものである我もそう認識している。


 「不思議なこともあるもんやね、わたしより前の闇の書の主に習ったとかじゃあらへんの?」


 「あたしらの役目は、ずっと戦うことと、闇の書を蒐集することだけだったから、今みたいに料理とか、他のこととか、してこなかったはずなんだ」


 「そっか………悲しい想いをしてきたんやね」


 「いいえ、今は貴女がいてくれます、主。それだけで、我々にとっては奇蹟です」

 永き時を、我らは旅してきた。

 笑うことなど、果たして幾度あったことか。

 ヴィータも、笑うことなどなく、ただ鉄鎚の騎士として敵を撃ち砕くだけの日々であった。

 だが、その永劫に等しい闇の中にあっても。

 彼女は、ザフィーラに対して心を許していたような、そんな気がする。

 いや、それはさらに前からではなかったか。

 彼は、彼女にとって――――



 禁則事項へのアクセスを感知、検閲プログラム作動


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新歴65年 10月27日 第97管理外世界 日本 海鳴市 海鳴大学病院



 「命の危険?」


 「はやてちゃんが……」

 そして、時が来た。

 我の本体は主と共にあれど、守護騎士達の動揺が、我にも伝わってくる。


 「ええ、はやてちゃんの足は、原因不明の神経性麻痺だとお伝えしましたが、この半年で、麻痺が少しずつ上に進んでいるんです」

 それは、守護騎士が顕現し、闇の書が第一覚醒を迎えた時期より。


 「この二カ月は、それが特に顕著で」

 闇の書の蒐集がないため、主のリンカーコアへの負荷は高まり続ける。


 「このままでは、内臓機能麻痺に、発展する危険があるんです」


 おそらく、そうはなるまい。

 魔導師にとって、心臓と等しいほどに重要な臓器である、リンカーコアが先に―――



 「なぜ、なぜ気付かなかった!」

 石田医師と話を終えてより、将の心は自己への憤りに満ちている。

 だが、それを責めることは出来ない。

 なぜならば、闇の書の守護騎士である彼女らは、気付くことそのものが禁じられている。仮に違和感を持ったとしても、次の日にはそれは消えているのだ。

 闇の書の、呪い

 我が、呪われし闇の書と呼ばれし由縁。

 主が、力を求め、欲望の忠実な人物ならば、守護騎士はその命に従い蒐集を行う。

 だが、仮に主が力を求める欲望とは正反対の性質を持つ方であれば。

 誇り高き守護騎士、ヴォルケンリッターは、その命を救うためならば、騎士の誓いすら破るであろう。


 全ては、プログラムのままに


 守護騎士達は、どのような主の元であっても、どのような心を持とうとも。

 蒐集を行うよう、定められているのだ。

 闇の書は、比類なき容量を誇りし大型ストレージと、融合騎としての特性持つ管制人格と、守護騎士達、他にも幾つもの機能より成り立つ巨大魔導装置。

 定められし命題は、絶対である。




 「主の身体を蝕んでいるのは、闇の書の呪い」

 剣の騎士シグナムが、炎の魔剣レヴァンティンを掲げる。


 「はやてちゃんが、闇の書の主として、真の覚醒を得れば」

 湖の騎士シャマルが、風のリングクラールヴィントに魔力を込める。


 「我らが主の病は消える。少なくとも、進みは止まる」

 盾の守護獣ザフィーラが、その体内に宿りし魂へと呼びかける。


 「はやての未来を血で汚したくないから、人殺しはしない。だけど、それ以外なら……………何だってする!」

 鉄鎚の騎士ヴィータが、鉄の伯爵、グラーフアイゼンを構える。

 闇の書の守護騎士、ヴォルケンリッターと、その魂たち。

 周囲に魔力が満ち、ベルカの術式を示す三角形の陣が二重に展開され、六亡星の魔術陣を紡ぎ出す。


 「申し訳ありません、我らが主。ただ一度だけ、貴女との誓いを破ります」

 そして、騎士を率いる烈火の将が、誓言を掲げ――――


 「我らの不義理を―――――お許しください!」

 夜天の騎士達は、もはや何度めになるか数えることすら不可能となった、蒐集の旅へ出た

 最後の、夜天の主のために


 ……………夜天

 それは……………何を指す言葉であったか――――








新歴65年 11月15日  本局ドック内 時空管理局次元空間航行艦船“アースラ” 食堂




 「ふうっ、ようやく一段落かな」


 「ありがとう、ユーノ、手伝ってくれて」


 「正直、助かった。法律関係は僕達の専門だが、ロストロギアを考古学的観点と医療器具的な観点からすり合わせるという作業は専門外でね」

 アースラの食堂で話しているのは、ユーノ・スクライア、フェイト・テスタロッサ、クロノ・ハラオウンの三名。


 艦長のリンディ・ハラオウンと通信主任のエイミィ・リミエッタの二名がいれば本局で待機中の書類仕事ならば問題なく片付くため、クロノは既に半年ほど前となった“ジュエルシード事件”の最後の後始末に奔走している。


 それはすなわち、プレシア・テスタロッサが残した研究成果である、生体機能促進型人工魔力エネルギー結晶“ミード”と魔力エネルギー吸収型リンカーコア治療用端末“生命の魔道書”。


 これら二つを臨床で用いるための法的手続きを済ませるために、この半年間の多くの時間を彼らは費やしてきた。また、その間にフェイトの嘱託試験なども重なったため、かなり忙しかったアースラ面子である。



 「確かに、大変ではあったけど、やりがいのある仕事だったよ。それは、クロノも同じだろう」


 「まあな、次元犯罪者を捕えるだの、ロストロギアを回収するだのも執務官の重要な仕事ではあるが、どれもないに越したことはない仕事だ。だが、これは人を救うためのもの、本来、法律の専門家というものはこういったことをするために在るべきものなんだが」


 「執務官っていうのも、やっぱり大変なんだ」


 「大変、というより、大切と言った方が適切かもしれないな。執務官と捜査官の最大の違いは、強さでも指揮権限でもない、人を裁くかどうかだ。無論、裁判を進めるのは僕たちではないが、そのための証拠集めの他、証人の用意も執務官の役目だから」


 「なのはの世界、地球で言うなら、警察官と検察官が一体化したようなものだけど、でも、大きく異なってる」


 「ああ、なのはの国も、司法機関は当然のことながら国家に属している。罪を犯した人間は、その国の法律に照らしあわせ、その国の法律で裁かれるが、主に執務官というものが必要となるのはその枠に収まらない場合だ。というより、そういう案件が多過ぎた過去の次元航行部隊の窮状を鑑みて作られた職業だからな」

 地上部隊に属する捜査官は、一般の管理世界ならば警察に、武装局員は自衛隊もしくは軍隊、そして、一般局員は事務などを含めた公務員全般に相当する。

 だが、地球にも国際警察があるように、次元世界にも国家の単位では裁けない犯罪者、もしくは対処できない事件というものが存在する。

 魔法がない世界ならば事件と呼ばれるものは大半が人間によって引き起こされるが、次元世界においてはジュエルシードのように、人の意思を介すことなく災害を巻き起こす例も多い。

 仮に、地球が魔法が一般的な管理世界であったとして、ドイツとフランスの国境の町でジュエルシードモンスターが暴れたとしよう。

 そのままでも重大な被害をもたらすことは間違いないが、放っておけば国家そのものを巻き込む程の次元震すら引き起こしかねない。

 当然、誰かが対処せねばならないが、ジュエルシードに対処できるほどの魔導師となるとAAランク以上となり、質量兵器が禁止されている管理世界においては、国家組織に属する高ランク魔導師とは“国家の保有戦力”と言え、無暗に国境付近に魔法の使用権限と共に派遣するわけにはいかない。

 また、その辺りの調整が上手くいって、ドイツの軍隊の高ランク魔導師がジュエルシードを封印したとしよう。しかしその場合も、かかった費用をどちらが負担するかなど、もしくは魔導師が負傷した場合の補償についてなどで問題が発生しうる。

 ドイツに言わせれば、放っておけばフランスも危なかったところを我々が出動して抑えたのだから、半額はフランスが負担すべき、という主張が成り立つ。しかし、かかった費用などを算出するのはドイツであるため、フランスにとってもその額を鵜呑みにすることも出来ない。

 そこで、事前に主要国家が資金を出し合って、国際連合の中に“魔導災害対処局”なる部署を設け、そのような政治的にややこしくなりそうな案件が出た際の火消し役を定めておく。これには、各国家の警察の魔導犯罪対処部門が半ば兼任するような形で運営し、わざわざ新規の部隊を整える手間と費用を抑えることとする。

 管理世界に住まう者達にとって、時空管理局とはそのような機構である。日々の暮らしに関することは自国の行政府が担当するが、次元災害や次元犯罪、もしくは魔導犯罪、またはそれらに類する事件が発生した場合には時空管理局の出番であると。

 そして、それを一つの次元世界に点在する地上部隊が担い、第一管理世界ミッドチルダの地上本部が統括。さらに、各次元間を跨る案件に対処するための機関として、本局次元航行部隊は存在する。

 時空管理局が行政をも担うのはあくまでミッドチルダに限られ、ミッドチルダの常識は管理世界の非常識、などという格言もあったりする。


 「そして、今回のような魔法技術の最先端を行く医療技術は、やはりその多くがミッドチルダや主要管理世界から発表される。ミッドチルダは永世中立世界であり、国家に属さない行政特区にして経済特区だから、魔法製品や技術をまずは試験的に社会に流すための場所であるともいえる、よって、その担当は僕達や地上本部となるわけだ」


 「だから、トールには地上本部の方を担当してもらっているんだよね」


 「正直、僕達ではミッドチルダの行政に対して口を出せない。全ての管理局法は次元連盟と時空管理局によって作り出され、まずミッドチルダで施行される。そして、現実に出てくる問題点を見極め、各世界に施行するにはどのような点に注意するべきか、その際、地上部隊と本局では対応が変わるかどうかなど、様々な面から議論を重ねたうえで管理世界に施行される」


 「時空管理局はあくまで、管理局法を“管理”するだけの組織。全ては民意による、か」


 「そう、ユーノの言うとおり、管理局法を通して民意を蔑ろにしていたんじゃ本末転倒もいいところだ。プレシア・テスタロッサの研究が、現状の管理局法に照らせばグレーゾーンであっても、それがたったの半年ほどで使用可能となりつつあるのは、人々がそれを必要としているからだ」


 「トールが集めてくれた、現在の次元世界で脳死状態にある人々と、その家族の136万7000人の署名」


 「それにしても一体いつの間に集めたんだろうね」


 「さてな、とにかく、近代以降は法律というものは専制君主が定めるものじゃなくて、人々のために定めるものとなっている。“ミード”や“生命の魔道書”を必要としている人々がいて、それを作るため、使用する上で倫理的な問題がないと証明されれば、使用可能となるのは当然だろう」

 そして、インテリジェントデバイス、“トール”にとっては、倫理面が最大の鬼門。

 彼には数十年に渡る人格モデルの学習成果があるものの、やはりそれは得意分野ではない。他に適任者がいるならばその部分を任せ、自分は署名を集めることや、生成に必要なノウハウを確立することなどに専念すべき。

 何事も“効率よく”成そうとする機械仕掛けは、そう判断したのである。


 「もうちょっとだね、あと2週間くらい、そうしたら―――」


 「久しぶりに、なのはに会えるね、フェイト」

 夏休みに一週間ほど地球に滞在していたフェイトだが、それからしばらくは次元間通信やビデオレターによるやり取りとなっている。

 フェイトが母の研究成果に関する事柄にかける情熱を知る故になのはも応援しているが、法律関係はなのはの専門外なので、声援を送るだけしか彼女には出来ない。

 だが、フェイト・テスタロッサという少女にとっては、その声援こそが何よりも励みとなる。

 人の心を演算するデバイスは、今のフェイト・テスタロッサの精神は、安定状態にあると、分析していた。


 「そうだな、それに、転入の件も」

 リンディ、クロノ、エイミィの三人は、フェイトがなのはと同じ学校に通えるように手続きを整えている。

 別に犯罪者というわけではないが、フェイトはミッドチルダ、もしくは本局在住なので、管理外世界に住むにはそれなりの手続きというものが必要なのである。

 とはいえ、そのような手続きをどのような人間よりも得意とする存在が既にほとんど済ませており、彼女らの役目は後見人として判を押すことくらいだったが。


 「再会、楽しみだな」

 少女は、祈るように異郷の親友へと想いを馳せる。

 普通に考えるならば、特に何事もなく再会し、共に学校へ通い、穏やかにして楽しい日々が始まるはず。

 だが、その願いは叶わず。

 新たな戦いの時は、もうすぐそこまで――――










新歴65年 11月15日  第64観測指定世界



 「がっ、はあぁっ」

 対峙するミッドチルダ式魔導師と、ベルカの騎士。

 いや、この二人を対峙していると称すことは適当ではあるまい。対峙とは、両者が向きあい、共に立って相手を見据えている時に使うべき言葉であろう。

 今、立っているのはベルカの騎士のみ。

 ミッドチルダ式の魔導師は、既に多くの傷を負い、地に伏している。


 「ぐ…ぐぅ……っ」


 「ぬるいな、こちらはまだ抜いてもいないぞ」

 そして、騎士は油断することもなく悠然と歩を進め、静かに残酷な事実を告げる。


 「く……貴様…いったい何者だ………?」


 「私は貴様の名に興味がない。故に、我が名を覚えてもらおうとも思わん」

 そして、それは同時に、彼女が己の出自を話せないためでもある。

 管理局が闇の書を知るように、幾度も管理局と矛を交えた闇の書の守護騎士も、管理局を知る。


 「欲しいのはこの戦いに貴様と賭けたもののみ。さあ……立って戦うか、敗北を認めるか、決めてもらおう」


 「おのれ………無頼の分際で………」

 このままでは勝機がないと判断した魔導師は、操作性を無視し、威力のみに特化した術式を紡ぐ。



 召喚魔法   赤竜召喚   威力AA   操作性能E

 かのアルザスに住まう竜召喚師、その中でも最大の力を持つ者ならば、Sランクの真竜すら完璧に従えうるが、彼はそこまでの高みにはいない。

 しかし、操作性はないまでもAAランクに相当する赤竜を召喚し、自分を襲わせない程度の使役を可能にしていることは称賛に値しよう。

 仮に時空管理局の武装局員であっても、単騎ではこの赤竜を仕留めるのは容易ではない。Bランクの一般隊員にはまず不可能、Aランクの隊長であっても手こずる可能性は高いといえる。

 ただし―――


 「我が身――――無頼に非ず」

 彼の目の前に立つ存在は、一騎当千のベルカの騎士にて、正統なる古代ベルカ式剣術の継承者。


 「仕えるべき主と、守るべき仲間を持つ」


 『Explosion』

 主の戦意と魔力の呼応し、炎の魔剣レヴァンティンがその力を顕現させる。

 吐き出されるは、中世ベルカのデバイス技術の結晶、カートリッジ。

 数多の騎士に勝利をもたらし、ベルカの騎士の最盛期を築き上げた、魔導の秘蹟である。


 「騎士だ」

 そして、炎熱変換の特性を持つ魔力が炎の魔剣の刀身へと伝わり、まさしくその名の通りの光景を作り出す。

 遙か昔、彼女はその一刀でもって、ベルゲルミルと呼ばれし真竜に匹敵する力を持つ強大なる生物を打ち倒した。


 「紫電―――――」

  烈火の将にとって、その記憶は既に忘却の彼方にあれど


 「一閃!」

 彼女と共に在りし炎の魔剣は、今もなお記録している。







 【シグナムだ、こっちは一人済んだ、ヴィータ、ザフィーラ、そっちはどうだ?】


 【目下捜索中だよっ! 忙しんだからいちいち通信してくんなっ!】


 【そうか】


 鉄鎚の騎士の苛立ちを含んだ言葉を、剣の騎士は静かに受け止める。


 【捕獲対象はまだ見つかっていない。見つかり次第捕らえて糧とする】

 盾の守護獣は、鉄鎚の騎士の言葉を補いながら、陸の獣にあるまじき速度で空を駆けていく。


 【もういいな! 切るぞ!】


 【ああ……気をつけてな】


 【わかってらっ!】

 心配しつつも、どこか微笑ましげな表情をしながら、シグナムは通信を終える。


 【ヴィータちゃん、苛立ってるわね】


 【シャマルか、そっちはどうだ?】


 【広域捜査の最中、順調とはいえないけど、何とかやってるわ】

 湖の騎士は、念話を行いながらも風のリングクラールヴィントを用いて探査の術式を並列して行う。

 補助に特化したデバイスを持ち、後方支援に長けた彼女ならではの業である。


 【状況が状況だから無理もないけど、ヴィータちゃん、無理し過ぎないかしら】


 【一途な情熱はあれの長所だ】

 シグナムは、こと戦闘におけるヴィータの判断力は自分とほとんど変わらないものであると認識している。

 彼女こそ、それまで最年少であった自分の騎士叙勲の年齢を引き下げた、唯一の存在であるのだから。


 【焦りで自分を見失うほど子供でもない、きっと上手くやるさ】


 【………そうね】

 “若木”とは、遙か過去のベルカにおいて、未だ成熟せぬ騎士見習いを指す言葉。

 しかし、彼女が鉄鎚の騎士の名を持つ以上、“若木”ではあり得ない。

 命名の儀を終え、騎士名を名乗ることを許されし、大人の騎士。

 それ故に、心優しき主のぬくもりの中で、天真爛漫に笑う彼女こそ――――――奇蹟であった。


 【さ………新しい候補対象を見つけたわ、一休みしたら向かってね】


 【いや………すぐに向かう、いいな、レヴァンティン】


 『Verstehen』

 騎士として武器を手に、再び蒐集のための戦いに身を投じることを決めた今、幼き少女も、歴戦の勇士へと戻る。

 そして、彼女の先達である両名と守護獣も同様に、己の戦場へと身を投じる。


 【さあ………今夜もきっと、忙しいわ】

 彼らは闇の書の守護騎士、ヴォルケンリッター

 今はまだ、その魂は蒐集のために振るわれる

 深き闇が祓われ、最後の夜天の主が目覚めしその時まで

 守護騎士の、戦いは続く


 さあ、時計の針を進めよう









あとがき
 A’S編の序章はこれまで、次回より現代編はA’S本編の開始となります。ただ、その前に過去編の第2章が挟まりますので、なのはVSヴィータはその後となりそうです。
 以前にも書いたように現代編はほぼ原作どおりに時間軸は進みますが、戦闘内容や、布陣は異なる場合もあります。大局的な流れは変わりませんが、“舞台を整える機械仕掛け”が静かに成り行きを見守る視点で進むため、原作を改めて異なる視点から見直す、という感覚に近くなるかもしれません。ただ、私は原作信奉派なので、原作の疑問点を指摘するのではなく、例えこじつけになってでも論理的理由を捻り出す所存であります。それではまた。




[26842] 第一話 始まりは突然にして必然
Name: イル=ド=ガリア◆ec80f898 ID:ee4ccd9f
Date: 2011/03/31 15:36
第一話   始まりは突然にして必然




新歴65年 12月1日  本局付近 次元空間 時空管理局次元空間航行艦船“アースラ”




 「お疲れ様リンディ提督、予定は順調?」


 「ええ、レティ、そっちは問題ないかしら?」

 ブリッジにおいて、アースラの艦長であるリンディ・ハラオウンと時空管理局本局運用部の提督、レティ・ロウランは通信モニター越しに親しげに会話を交わしていた。

 彼女らは昔からの友人であり、本局と地上本部の対立を何とか解消できないものかと日向に日陰に活動する融和派の筆頭格としても同胞と言える間柄である。


 「ええ、ドッキング受け入れと、アースラの整備の準備はね」


 「………何かあったのね」

 長年の付き合い故に、レティの様子からリンディはただごとではない事態が起こりつつあることを悟る。

 レティ・ロウランという女性は良い意味で女傑といえる性格をしており、辣腕を振るう切れ者であると同時にかなりのお調子者でもある。人事の問題などでかなり重要な案件と直面しても、ノリと勢いで乗り切ったりすることもあるくらいだ。

 無論、その裏では冷静な計算を働かせているのだが、最終的な判断を勘に頼る部分があるのは否めない。ただ、とあるデバイスは、それでこそ人間であると述べ、レティ・ロウランという人物を非常に高く評価していた。いや、パラメータを揃えてデータベースに登録していたと表現すべきか。

 ただ、冷静に判断し、計算高いだけならば、それこそ“トール”というインテリジェントデバイスと“アスガルド”という巨大演算装置の組み合わせに敵うべくもない。

 しかし、人間を運用するのは人間なのであり、人事に関してならば、時の庭園の中枢の二機はレティ・ロウランに遠く及ばない。これもまた、適材適所の凡例といえる。


 「こっちの方では、あんまり嬉しくない事態が起こっているのよ」

 そして、彼女が落ちこむとまではいわないものの、浮かない表情をすることはまさに稀に見ることであり。


 「嬉しくない事態、ね」

 リンディの表情も、自然と硬いものへと変化していく。


 「察しはつくと思うけど、ロストロギアよ。一級捜索指定がかかっている超危険物」


 「………っ」

 その言葉に反応したのは、つい先程ブリッジに入って来たクロノ・ハラオウン。


 「幾つかの世界で痕跡が発見されているみたいで、捜索担当班はもう大騒ぎよ」

 一級捜索指定がかかっており、かつ、時空管理局がその痕跡を見つけると同時に即座に動きだす危険物。


 「そう………」

 それは、ハラオウン家と切っても切れない関係にあるロストロギアを想起させる。

 無論、他にも幾つものロストロギアが存在しているため、確証はない。しかし、彼のロストロギアの転生周期を考えれば、そろそろ目覚めてもおかしくないのも事実なのだ。


 「捜査員の派遣は済んでいるから、今はその子達の連絡待ちね」

 クロノ・ハラオウンはあまり勘というものには頼らない性質であり、その性質は彼の補佐官であるエイミィ・リミエッタの方が強い。

 ただ、それでも彼は、第六感とでも云うべきものが警鐘を鳴らしているのを感じていた。

 そしてそれは、恐らく彼の母親であり、上官である彼女も同様に。








新歴65年 12月2日 第97管理外世界 日本 海鳴市 オフィス街  AM2:23



 「ぐ、があああぁぁ!!」


 「あが、うぐあぁっ!!」

 そして、アースラのトップ二人の予感は、時空管理局にとっては最悪の形で的中することとなる。

 より大きな目で見るならばそれが最悪であったかどうかは別の話だが、未来を知りえない者達にとっては、少なくとも最悪と呼べるものであろう。


 「雑魚いな」

 仕留めた二名の管理局員を見下ろしながら、騎士服を纏った少女は呟く。


 「こんなんじゃ、大した足しにもならないだろうけど、一応、偵察役を排除することにはなるか」

 彼女の呟きに呼応するように、その手に抱えられた魔導書が、鈍く輝き出す。

 と同時に、管理局公用のバリアジャケットに身を包んだ二名の局員から、リンカーコアが抽出され、魔導書へと引き寄せられていく。


 「お前らの魔力、闇の書の餌だ」

 闇の書が保有し、その端末である守護騎士ヴォルケンリッターが備える蒐集能力。

 魔法文明なき管理外世界において、それが発動することそのものが痕跡を残すことになってしまうことは疑いないが、しかし、より良い方法があるわけでもない。


 「この歯ごたえのなさと、リンカーコアの質や錬度から見ても、こいつらは武装局員じゃないな。服装だけじゃん何とも言えねえけど、多分、実戦がメインじゃない調査班ってとこだろ」


 闇の書へリンカーコアが吸い込まれ、そのページが僅かながら埋まっていくのを見ながら、鉄鎚の騎士は冷静に考察を進める。

 外見こそ幼い少女のものであるが、その頭脳は明哲であり、くぐった修羅場も並の武装局員などを遙か後方に置き去っている。


 「だとしたら………大物を狙うなら、今のうちか」

 この海鳴に大きな魔力を持つ魔導師がいることを、彼女と盾の守護獣は確認している。

 その邂逅はまさに偶然のものであったが、主の危機が迫っている今、なりふり構っていられる状況ではない。

 例えその相手が年端の行かぬ少女であろうとも、管理局と関わりの無い在野の魔導師であろうとも。


 「近いうちに、ここは管理局に嗅ぎつけられる。そうなったら、蒐集を行えるのは別の世界じゃなきゃ無理なんだ……………」

 しかしそれは、彼女にとって気の進むことではなかった。

 管理局員や、大人の魔導師ならば躊躇うことはない、力を持つ者はそれに見合った覚悟を持つべきという価値観を基に鉄鎚の騎士はあるのだから。

 だが、まだ成人しておらず、国家や民のために尽くす立場にいるわけでもない少女を贄とすることは……


 「迷うな…………決めただろ、はやての将来は血で汚したりはしないけど、それ以外なら、何でもするって……」

 その葛藤は、今代の主が守護騎士を家族として迎え、愛情を注いだからこそ在る。

 これまでの守護騎士であったならば、そこに葛藤など微塵もなく、遙か昔に蒐集を行っていたであろう。

 逆に言えば、管理局に嗅ぎつけられるギリギリまでそれを行わなかった甘さこそ、闇の書の守護騎士がそれまでとは違っている証でもあるのだ。


 『Mine Hell(我が主)』


 「大丈夫だ、アイゼン」

 気遣うように音声を発した相棒に、ヴィータは騎士らしい笑みを浮かべて応える。


 「鉄鎚の騎士に迷いはねえ、主のため、お前を振るうこと、それが今のあたしの役目なんだ」


 『Ja.』

 襲撃は、恐らく今日の夜。

 その時に向け、鉄鎚の騎士はただ心を研ぎ澄ませる。

 戦いが始まったその時に、武器に迷いを込めぬように。

 鉄鎚を掲げしベルカの騎士は、夜天を見上げながら、夜の海鳴を歩いていく。








新歴65年 12月2日 第97管理外世界 日本 海鳴市 風芽丘図書館  PM4:24




 「そっかー、同い年なんだ」


 「うん、ときどきここで見かけてたんよ。あっ、同い年くらいの子や、って」


 「実は、わたしも」

 静かな図書館の一角にて、二人の少女が微笑み合う。


 「わたし、月村すずか」


 「すずか、ちゃん…………八神はやて、いいます」


 「はやてちゃん、だね」


 「平仮名で“はやて”、変な名前やろ」


 「ううん、そんなことないよ、奇麗な名前だと思う」


 「……ありがとーな」

 そんな歳相応の少女らしい幸せに満ちた光景を、湖の騎士は静かに眺めていた。

 彼女のデバイス、クラールヴィントの力ならば、痕跡を残さぬように調整しながら主の周囲を窺うくらいは造作もない。

 ヴィータより時空管理局の調査班と思われる者らがこの世界に姿を現し、しかもこの街を嗅ぎつけつつあることを聞き、シャマルは護衛を兼ねてはやての周囲をクラールヴィントで念のため探査していた。

 幸いなことに、はやての周囲には闇の書以外の魔力の残滓は感じられない。少なくとも現段階においては、管理局の手が主へ及ぶ可能性はないはずだと、湖の騎士は安堵する。


 「ありがと、すずかちゃん、ここでええよ」

 自身が待つ図書館の入口付近まではやての車椅子を押して来てくれた少女に、シャマルも笑みを向ける。


 「お話してくれておおきに、ありがとうな」


 「うんっ、またね、はやてちゃん」

 恐らくこれから先、主の傍にいられる時間がさらに短くなるであろう時に、はやてのことを気にかけてくれる同年代の友達が出来たことに、感謝しながら。

 ただ、この出逢いが更なる邂逅を生む引き金となることを。

 予言の力を持ち得ぬ、湖の騎士が知る術はなかった。







新歴65年 12月2日 第97管理外世界 日本 海鳴市 風芽丘  PM5:31



 「はやてちゃん、寒くないですか?」


 「うん、平気。シャマルも寒ない?」


 「私は、ぜんぜん」

 そうして、シャマルが車椅子を押して歩いていると、駐車場を超えたあたりで、彼女らを待つ人影と出会う。


 「シグナムっ」


 「はい」

 ヴォルケンリッターが将、シグナム。

 シャマルが主の周囲を探知している間、万が一に備え彼女も近場で待機していたのであった。


 「晩ごはん、シグナムとシャマルは何食べたい?」

 そして、シャマルが車椅子を押しながら、三人で家路を歩いていく。


 「ああ、そうですね、悩みます」


 「スーパーで材料を見ながら、考えましょうか」


 「うん、そやね……………そういえば、今日もヴィータはどこかへお出かけ?」

 ふいに、はやてが頭に浮かんだ質問を口にする。

 それは彼女にとってはまさに何気ない質問であったが。


 「ああ、ええっと、そうですね」

 シャマルにとっては、即座に返答することが難しい問いであった。彼女自身、主に虚言を吐くことに慣れていないために。


 「外で遊び歩いているようですが、ザフィーラがついていますので、あまり心配はいらないですよ」

 その面においては、シグナムは四人の中で最も揺らいでいない。

 いや、最も揺らいでいないのはザフィーラであろうが、彼はそもそも言葉を発する機会そのものが少ないため、あまり比較は出来ないだろう。


 「そっかぁ」


 「でも、少し距離が離れても、私達はずっと貴女の傍にいますよ」


 「はい、我らはいつでも、貴女のお傍に」

 そして、その想いは四人の誰もが変わりなく持つ、共通のものであった。


 「………ありがとう」

 主である少女もまた、彼女らと家族になることが出来た幸運に、感謝していた。

 これより待ち受ける、苛酷な戦いのことはまだ知らずとも、いいや、例え知っていたとしても。

 八神はやては、闇の書の主となれたことを、感謝していた。







新歴65年 12月2日 第97管理外世界 日本 海鳴市 市街地 PM7:45




 夜の海鳴の上空に、赤い騎士服を纏った少女と、蒼き守護獣の姿がある。

 二人は共に神経を研ぎ澄まし、今宵の標的となる少女の気配を探る。

 その少女を直に見たことがあるのはヴィータとザフィーラであるため、四人の中でこの二人が探索役を受け持つこととなったのも当然の帰結であり。

 また、残る二人、シグナムとシャマルは二人の不在を主が不思議に思わぬようフォローする役でもあった。


 「どうだヴィータ、見つかりそうか?」


 「いるような…………いないような」

 とはいえ、探索は彼女らの本分ではない。補助の魔法に長けるのは、湖の騎士シャマルの領分なのだから。


 「こないだからたまに出る妙に強力な魔力反応、たぶんあの時のあいつだと思うけど、あいつが捕まれば、闇の書も一気に20ページくらいはいきそうなんだけどな」

 ヴィータが言う“こないだ”とは、すなわちユーノ・スクライアがフェイトとクロノの手伝いのために本局へと向かった時期からのことである。

 高町なのはが持つ巨大な魔力。そして、それを用いて行われる訓練は、本来であればただちに守護騎士達に捕捉されているはずであった。

 しかし、彼女の傍には稀代の結界魔導師、ユーノ・スクライアが常にいたのだ。

 彼の結界の内部で訓練を行う以上、その魔力は微塵も外部に漏れることはない。そして彼の結界はよほどの手練でなければ”結界が張られた”事自体を感知されないほどの性能なのだ。

 特に一度、スターライトブレイカーの新型が結界を破壊して以来、ユーノは結界の維持と外部へ影響を与えないことを特に意識し、より強固な結界を張るようになったため、守護騎士が蒐集を開始した10月27日からおよそ半月の間は、高町なのはの存在そのものが守護騎士のセンサーから隠されていたのであった。

 だが、その彼は現在本局におり、なのはの存在は丸裸となっている。まさに今は、千載一遇の機会でもあるのだ。

 ユーノの結界がない以上、その魔力の残滓を守護騎士が辿ることは、困難の一歩手前といった程度の難易度と言えた。


 「分かれて探そう、闇の書は預ける」


 「オッケー、ザフィーラ、あんたもしっかり探してよ」


 「心得ている」

 答えと同時に、陸の獣が基となっている守護獣であるとは考えられない速度でザフィーラは飛翔する。


 「封鎖領域、展開」

 その場に残ったヴィータの足元に、ベルカ式を表す三角形の陣が浮かび上がり。


 『Gefangnis der Magie. (魔力封鎖)』

 鉄の伯爵、グラーフアイゼンはその機能を発揮し、封鎖領域を広範囲に渡って展開させる。

 彼は物理破壊のみならず、結界などの補助においても優れた性能を発揮するバランスの取れた機体であり、どちらかと言えば、レヴァンティンの方が攻撃に特化した機構を備えていると言える。

 そんな彼にとって、封鎖領域を展開するための補助を行うことはまさに造作もないこと。この程度が出来ぬようでは、“調律の姫君”に作られしデバイスの名が泣くというものである。


 「魔力反応、大物、見つけた!」

 獲物を補足したならば、狩人が行うことはただ一つ。

 闇の書を腰の後ろに回し、鉄鎚の騎士は己が魂に呼びかける。


 「いくよ、グラーフアイゼン」


 『Jawohl.』

 赤い閃光が、封鎖領域に覆われた空間を駆けていく。

 既にその空間内には一般の民の姿はなく、リンカーコアと戦う力を持つ者達だけが残る戦場へと。

 海鳴の街は、変わっていた。








 同刻  高町家



 『It approaches at a high speed. (対象、高速で接近中)』

 鉄鎚の騎士と鉄の伯爵が張り巡らせた封鎖領域を、魔導師の杖は即座に察知し、さらにその術者が近づきつつあることを主に告げていた。


 「近づいてきてる? こっちに………」

 そして、得体のしれないものがやってくるというならば、どう動くべきか。

 魔導師の性格診断テストで用いられるような現在の状況において、高町なのはが取るべき選択とは、無論。


 「行こう、レイジングハート」


 『All right.』

 リンディ・ハラオウンやクロノ・ハラオウンが見たならば、もう少しは直進以外の選択肢も視野に入れるべきだと評したであろう。

 だがしかし、それこそが高町なのは。

 フェイト・テスタロッサが執務官、八神はやてが指揮官としての適性を持つならば、彼女こそはエースオブエース。

 単身で空へ駆けあがり、向かい来る敵を真っ向から粉砕するエースの中のエース。航空戦技教導隊の頂点こそ、彼女の進む道の到達点なのだから。

 引き出しが多いに越したことがないとは確かだが、引き出しを増やそうとするあまり、天性の能力を殺してしまうのも本末転倒な話ではある。

 クロノ・ハラオウンのようにあらゆる事象を見据え、万能の近い能力を備えることも一つの到達点だが、彼女のように不屈の心で己の道を突き進むことも一つの在り方。

 そこに優劣はない、要は、己の選択に満足できるかどうかである。

 ただ、一つだけ心にせねばならないとすれば――――

 星の光を持つ少女の下へ飛来せし騎士もまた、彼女と同じく一つの道を極めし直進型の強者であり、非常に真っ直ぐな価値観を持っているということであった。

 それは時に、不幸なすれ違いを産むこともあったりする。






 封鎖領域内 上空



 『Gegenstand kommt an. (対象、接近中)』


 「迎撃を選んだか………」

 グラーフアイゼンの言葉より、ヴィータもまた相手の意思を知る。

 ここで身を隠すための結界を張るか、もしくは飛行魔法や転移魔法での逃走を選ぶか、選択肢はいくつか考えられたが、獲物はその中でも最も可能性が低いと思われた手法を選んだ。

 それは、獲物の年齢を考えれば当然の予想ではあった。強大な魔力を有しているとはいえ、せいぜい10歳程度の少女、いきなり封鎖領域の中に閉じ込められ、さらに高速機動が可能な術者が近づいてくるという状況で迎撃を選ぶというのは俄かには考えられない話だ。


 「普通なら、毛布に包まって震えてるもんだよな………」


 『Aber was, wenn Sie Frau zu tun?(ですが、貴女ならば?)』


 「舐めた真似をしてきた野郎を真っ向から迎え撃ってぶっ潰す、だな」


 『Ja.』

 そうして、彼女は理解すると同時に、戦意を研ぎ澄ませる。

 この標的は、怯えるだけの兎ではない、迎撃の意思と牙を備えた狼であると心得よ。

 下手をすれば、喉笛を噛み裂かれるのは猟師の方となろう。

 
「ザフィーラと先に合流するのもありっちゃありだけど………」

 だがしかし、敵は一人、こちらも一人。

 この状況で、悠長に仲間と合流してから二対一に持ち込むなど、ベルカの騎士の成すことではない。


 「一対一で迎撃に出て来た相手を前に、退くことは出来ねえよな」

 例え蒐集のために動こうとも、彼女らはベルカの騎士。

 その誇りがあるからこそ、騎士は主のために命を懸ける。

 とはいえ、こちらに向かってくる少女に迎撃までの意思があるかどうかは別問題であり、その辺りは悲しいことだが、持っている人生観の違いと言えた。

 実際、なのはにとっては何か来るから行ってみて確かめよう、くらいの気持ちであったのだが、残念なことに、自分の行動が一般の9歳の少女のそれから大きくかけ離れているものであるという認識がなかった。

 なのはの意識も一般からは若干離れていることもあり、管理外世界に暮らしつつもミッドチルダ式の魔導師である少女と、1000近く前に生きたベルカの騎士であり、八神はやてという未だ魔法を扱えぬ普通の少女の下で暮らす若き騎士の価値観は、なかなかに噛み合わなかったのである。

 襲撃を仕掛けたのはヴィータであるが、彼女がこの半年間で学習した、“現代日本に住む9歳程度の少女の反応”から外れた対応をとってしまったなのはにも、この悲しい認識の違いを生みだす要因はあったといえる。


 「アイゼン、手加減はなしで行くぞ、油断すりゃ手傷を負うかもしれねえ」


 『Jawohl.』

 なのはにとっては不幸極まりなかったが、彼女の取った行動はベルカの騎士の基準に合わせれば―――


 【おら、宣戦布告もねえ奇襲野郎、こっちは逃げも隠れもしねえ、堂々とかかってこいや。これでもし逃げたら、手前を騎士とは認めねえよ、臆病モンがぁ!】

 と解釈されてしまうのであった。

 文化の違いとは、かくも不幸なすれ違いを産んでしまうものなのである。




新歴65年 12月2日 第97管理外世界 日本 海鳴市 ビル屋上 PM7:50



 「近づいてる………でも、どこから」

 なのはは、ビルの屋上に陣取り、周囲を見回す。

 第三者が客観的に見るならば、話し合いをするためにいるように見えなくもないが、どちらかと言えば“周りを気にすることなく戦え、かつ見通しの効く場所に来た”というように取る人の方が多いかもしれない。

 少なくとも、ベルカの騎士はそう取った、そう取られてしまった。


 『It comes. (来ます)』


 「あれは―――」

 そこに飛来せしは、話し合いの意思などないと言わんばかりの戦意の籠った攻撃。

 『Homing bullet. (誘導弾です)』


 「くうっ!」

 咄嗟にバリアを展開して防ぐが、実体を伴った誘導弾に対して弾くシールド型ではなく、バリア型を展開してしまったことが、彼女の戦闘経験の浅さを示している。

 なのはの魔力は膨大ゆえに、飛来した誘導弾を完全に防いではいるが、それは無駄のない運用とは言い難い。ユーノやクロノであれば、その四分の一以下の魔力消費で軌道を逸らすことに成功しているだろう。

 バリアを展開することそのもの関してならばなのはの術式に無駄はほとんどなく、その錬度はまさしくAAAランクのエース級魔導師のもの。

 だが、クロノ・ハラオウンがフェイトと模擬戦をした際に、


 ≪君やなのはの魔法は確かに凄い、威力だけなら僕以上だ。しかし、それをどういった状況において、どのように使うべきかという状況判断力がまだまだ足りない≫

 と注意したことが、まさにそれである。

 訓練や試験で定められた術式を展開するならばそれは完璧であっても、実戦はそれだけではない。

 そも、この誘導弾の目的は相手の足を止め、挟撃を仕掛けることにある。ならば、如何に強固であろうとも、その攻撃を受けとめてしまっている時点で悪手なのだ。

 これがクロノならば誘導弾をシールドで以て別方向に逸らし、反対側から襲い来るであろう術者にディレイドバインドを仕掛けながらその場を離脱しつつスティンガースナイプを放つまでやってのけただろう。

 とはいえ、武装局員ではなく、嘱託魔導師ですらない民間人の少女にそれを要求するのも酷な話といえる。クロノ・ハラオウンは5歳の頃から戦技教導官クラスの二人、リーゼロッテとリーゼアリアから手ほどきを受け、彼の才能と想像を絶する修練の果てに、その強さを得たのだから。

 しかし――――


 「テートリヒ・シュラーク!」

 戦いの場において、敵がそのようなことに斟酌してくれようはずもない。


 「く、ううう!」

 逆側より攻撃を仕掛けたヴィータの一撃を、辛くも利き腕とは逆の右腕でバリアを展開して防ぐが、衝撃までは殺しきれず。


 「うらああああああああ!!」


 「あああ!!」

 なのはの身体は宙へと投げ出され、ヴィータはそのまま追撃の体勢に移る。

 だが――――


 ≪リュッセだったら、逆に反撃してるくらいだ≫


 「?」

 ふいに、脳裏によぎった想いが、鉄鎚の騎士の足を止める、いや、止めてしまう。


 「何………だ」

 それはほんの一瞬のこと、しかし、確かに心を駆け抜けた一陣の風。

 もし、彼女の相手が“自分とほとんど同い年の魔導師”でなければ、恐らく湧きあがることもなかったであろうその想い。現に、管理局員を襲撃した際や、魔法生物を狩る際には何も感じなかったのだから。


 「……って、今はそんな場合じゃ―――」

 逡巡の時は一秒か、それとも二秒か。

 ほんの僅かの時間に過ぎないそれは、しかし彼女が奇襲によって得たアドバンテージを失くしてしまうには十分な間。


 「レイジングハート、お願い!」


 『Standby, ready, setup!』

 なのはは落下しながらも、己の愛機へと語りかけ、魔導師の杖とその鎧の顕現を実行させる。


 「ちっ」

 そして、鉄鎚の騎士は自身の奇襲が無意味に終わってしまったことを知る。

 確かに、僅かばかりの手傷は与えたものの、デバイスを起動させ、騎士甲冑(ミッド式ならばバリアジャケット)で包めば何の問題もないレベルでしかない。

 それ故に、騎士甲冑を展開する暇すら与えぬ奇襲と速攻こそが、ヴィータが構築した反撃を許さず蒐集を完了させる最善の手段だったのだが――――


 「仕切り直しか、すまねえな、アイゼン」


 『Nein.(いいえ)』



 これにて、条件はほぼ互角。

 外見だけならばほぼ同年代といえる魔導師と騎士の少女は、アームドデバイスと騎士服、インテリジェントデバイスとバリアジャケット、各々の武装を備えた状態で対峙することとなった。

 ここより先は、純粋な戦技を競う空の戦い。

 小細工や策はない、真っ向からのぶつかり合いとなる。

 その天秤は、果たしてどちらへ傾くか――――



 闇の書を巡る戦いは、その始まりの鐘を鳴らしていた。












あとがき
 A’S本編がスタートし、絆の物語もいよいよ開幕となります。今回の話で少し書いたように、過去編の内容や戦いは、可能な限り現代編とリンクさせるようにプロットを組んでいます。
 過去においてはヴィータの一撃をリュッセはシールドを纏わせた鞘で防ぎ、逆に紫電一閃による反撃を決めています。その経験だけというわけではありませんがヴィータは成長し、誘導弾を逆側から放ち、挟み撃ちからテートリヒ・シュラークを仕掛けた、という具合になります。
 また、アニメにおいては数十秒に及ぶなのはがバリアジャケットを纏う間、ヴィータは何をやっていたのか、黙って着替え終わるのを待っていたのか、というアニメの進行上仕方が無い、突っ込んではいけない事柄がありますので、その辺りを可能な限り無理がないように進めるための舞台装置が過去編でもあります。今回は、ヴィータの頭によぎった記憶が、彼女の行動を止めてしまったということで。
 基本的には原作通りに進みますが、細部においてはかなり相違点も出てくると思いますので、その辺りを楽しんでいただければ幸いかと思います。それではまた。






[26842] 第二話 魔導師と騎士の戦い
Name: イル=ド=ガリア◆ec80f898 ID:ee4ccd9f
Date: 2011/03/31 15:36
第二話   魔導師と騎士の戦い






新歴65年 12月2日  本局ドック 次元空間 時空管理局次元空間航行艦船“アースラ”



 【レイジングハートより、救難信号が届きました】


 【了解しました、アスガルド、貴方は例の数式の演算をお願いします】


 【了承】


 時の庭園と交わされた信号は、ただそれだけ。

 しかし、45年を超える時を共に稼働してきたこの二機の間には絆というものを遙かに超えたものがある。

 インテリジェントデバイス、“トール”は知能を持つデバイスの初期型であり、アスガルドはその一歩手前の人工知能を備えた時の庭園の中枢機械。

 管制機としての機能を備えるトールがあればこそ、アスガルドにも人格と呼べるものが存在する。もし、トールがいなければ、彼は入力に従って膨大な演算を行うだけのスーパーコンピュータ、超大型ストレージでしかないのだ。


 『レイジングハートが救難信号を私達へ飛ばすとは、余程の事態が起こりつつあるのでしょうね。まあ、察しはつきますが』

 しかし、彼は焦らない、否、焦る機能を持っていない。

 かつては存在したその機能も、今の彼にはないのだから。


 『レティ・ロウラン提督が派遣した調査班よりの報告は、ハラオウン家と因縁が深い彼のロストロギアの再来を示唆しており、それはすなわち、守護騎士プログラムによる高ランク魔導師狩りが始まったということ。そして、このタイミングにおけるレイジングハートよりの救難信号、高町なのはのランクはAAA』

 別に複雑な演算を行わずとも、そこにある因果関係を察するなど、子供でも出来よう。

 まして、こと演算することに関してならば人間の遙か上を行くデバイスであれば尚更のこと。


 『しかし、それにしても……………良いタイミングですね』

 あらゆる状況、因果関係を超巨大オートマトンとそれを動かすアルゴリズムによってアスガルドが演算し、その結果を監修する彼は、ある種の“不具合”、人間的に述べるならば“違和感”を確認する。


 『まさに今、フェイト達の作業は終わりました。別に、私とアスガルドが連絡せずとも、彼女がそれを高町なのはに知らせることは当然のなりゆき。しかし、通信が繋がらず、管理局で調べれば第97管理外世界の海鳴市に広域結界が張られていることがすぐに分かるとなれば、彼女らが救援に向かうのは尚更当然のこと』

 まさにそれは、“そういうことになっている”ような、そんな因果関係すら考察できるほどの巡り合わせ。無論、機械の電脳はそれを確率論で処理することができ、人間のような違和感を持つことはない。

 だがしかし、確率的に計算することが出来るからこそ、それがどれほどの極小確率であるかを理解するのもまた、機械の特性なのだ。


 『しかし、そうもならない。管制機である私が8月にフェイトと高町なのはが共に過ごしていた際に、レイジングハートに追加しておいた機能。フェイトが遠く離れている間に高町なのはの身に何かがあれば即座にその異常をアスガルドを経由して私へ伝えるためのホットラインがあるため、私が先にそれを知った。まあ、微々たる差ですが』

 オートマトンは稼働を続け、アルゴリズムはその流れを淀めることなく回り続ける。


 【演算結果、出ました】


 【如何でした?】


 【パラメータが揃っていないため、解析的に“有意である”と結論することは不可能、ただし】


 【現在の状況は、何者かが組んだ、大数式の一部である可能性はある、ということですね】


 【肯定】


 【なるほど、今はそれだけ分かれば十分です。ご苦労様でした、アスガルド】

 人間ならば、“虫の知らせ”、もしくは“運命”などとも呼ぶ世に存在する不可思議なる因縁。

 機械の頭脳を持ち、0と1の電気信号でのみ世界を知る彼らは、それを“大数式”と称する。


 『状況は動きました、つまりは状態遷移が起きたということならば、どこかにそれを成した条件があるはず。ジュエルシード実験における私のように、解を収束させるために演算を続ける存在がいるかどうかは定かではありませんが、少なくとも何者かが最適解、もしくは近似解を求めて大数式を組んだ可能性は高いと見るべきでしょうね』

 一度行った事柄ならば、機械はそれに類する状況をパラメータに置きかえ、代入演算することで近似解を導き出す。

 彼はジュエルシード実験において、次元航行部隊、地上本部、時の庭園の利害関係を複雑に絡みあわせた上で、最適解、もしくは近似解を出すための大数式を組みあげた経歴を持つ。

 そして現在、都合九度目となる“闇の書事件”が発生しつつあるものの、それは一つの解へ収束しつつあるという可能性が導ける程に、状況は揃いつつある。

 これまで八度にも及ぶ管理局が観測した闇の書に関する事象。さらに、時の庭園もまた浅からぬ因縁を持ち、“生命の魔導書”というある意味での写本が存在していること。

 インテリジェントデバイス、“トール”が行っている演算とは、闇の書が収束する地点を予想ためのものであるともいえる。無論、それだけではないが。


 『とはいえ、この件については私は部外者に過ぎず、出来ることも微々たるもの。ここはとりあえず、観測者として成り行きを見守りつつ、パラメータを揃えることといたしましょう。さしあたっては、フェイトやユーノ・スクライア、クロノ・ハラオウン執務官に救難信号のことを伝えるくらいですね』

 彼は古い機械であり、本来は受動的な存在。

 入力がない限り、彼が自発的に動くことなど、この世界でたった一人のためにしかあり得ない。

 それ故、ジュエルシード実験において、彼は休むことなく働き続け、能動的にあらゆる方面で活動していたが―――


 『私は、私の機能を果たすだけです』

 休むことなく機能する命題は健在なれど、それを与えた存在はもういない。

 彼が自分で考えて“誰か”のために動くことはない、インテリジェントデバイス、トールは自分で考えて“プレシア・テスタロッサ”のために動く。

 だからこそ―――


 『ですが、貴女の無事を祈りましょう、高町なのは。貴女にもしものことがあれば、フェイトが悲しみます。それ故、私は貴女を死なせはしない、闇の書が貴女に死をもたらすならば、その未来を回避するために機能するのみ』

 今の彼は、フェイト・テスタロッサの幸せを映し出す鏡。

 彼に願いを託すのは、いついかなる時もテスタロッサの人間だけが持つ特権なのだ。






新歴65年 12月2日 第97管理外世界 日本 海鳴市 封鎖領域内 PM7:50



 「さて、まずはどんなもんか―――」


 『Schwalbefliegen.(シュヴァルベフリーゲン)』

 先制して鉄鎚の騎士が放つは様子見の一撃。

 既に奇襲の優位は失われ、二人は対等な条件で対峙している。

 鉄の伯爵グラーフアイゼンの真価は、接近戦における防御ごと撃ち砕く強力な打ち下ろしにこそあるが、ただ近づいて鉄鎚を振り回すだけが戦いではない。

 特に、この戦いは相手を倒すためではなく、殺さないように無力化し、リンカーコアを蒐集するための戦い。

 打倒することが最終目標ではない以上、いきなり全力で頭部を狙うなどの攻撃は行えない。相手の技量を確かめた上で、それを制する勝利方法が求められる。


 「ふんっ!」


 ヴィータはグラーフアイゼンでもって鉄球を撃ち出し―――


 「うおああああああああああああ!!」

 同時に、ハンマーフォルムのままでの突撃を敢行する。

 シュヴァルベフリーゲンは白い魔導師の防壁と衝突して砕け、そこには爆煙が立ち上り、ヴィータの一撃はその中心を裂くように振るわれる。


 「避けたか」


 しかし、なのはの速度も並ではない。彼女は特性を考慮すれば後衛型でありながら、高速機動を得意とするフェイト・テスタロッサと互角の空戦を繰り広げたことがある。

 少なくとも、高火力や重装甲は機動力を犠牲にするという一般的な法則は、高町なのはという魔導師には当てはまらないようであった。


 「いきなり襲いかかられる覚えはないんだけど!」

 なのはの叫びは彼女の心をそのまま表すものであるだろう。


 <だろうよ、あったらこっちが驚きだ。手前の家が暗殺とかを生業にしてて、何人もの人間を殺してきたってんなら心当たりもあるかもしんねーけど>

 しかし、対峙する騎士にとっては、斟酌する必要のない事柄である。

 ただ、この時の感想が当たらじとも遠からじであったことを、ヴィータはかなり先のことかもしれないが、知ることとなったりするかもしれない。


 「どこの子! いったい何でこんなことするの!」


 「………」

 答えることなどないと言わんばかりに、ヴィータはさらに二つのシュヴァルベフリーゲンを顕現させるが。


 「教えてくれなきゃ―――――分からないってば!」

 しかし、誘導弾の制御に関してならば、なのはに一日の長がある。そも、ミッドチルダ式とベルカ式を比較するならば、どちらが射撃や誘導弾の制御に向いているかなど、論ずるまでもないのだから。


 「!?」

 予期せぬ角度、さらには速度を伴って、二筋の桜色の誘導弾が鉄鎚の騎士へと殺到し。


 「くぅっ!」

 一つは紙一重で避けるも、避ける先を予期していたかの如く、二撃目が襲い来る。誘導弾の基礎ではあるが、その速度と錬度は並ではない。


 「ちぃっ! このやらぁ!」

 ほぼ反射に近い動作でパンツァーシルトを発動させ、誘導弾を相殺しつつ弾き飛ばし、即座に反撃に出るヴィータ。


 『Flash Move.(フラッシュムーブ)』

 だがしかし、高町なのはの傍らには、彼女がいる。

 高速で襲い来る空戦魔導師への対処ならば、“魔導師の杖”レイジングハートの得意とするところであった。

 彼女は、雷の速度を持つ金色の魔導師と閃光の戦斧の主従を破るにはいかなる技能が必要であるか、そのシミュレーションを数え切れぬほど繰り返し、その対処法を編み出しているのだ。

 反射といってよい反応で星の主従は鉄鎚の一撃を回避し、同時にカウンター見舞う体勢に入る。


 『Shooting Mode.(シューティングモード)』

 防御や高速機動の制御をデバイスが担当し、主は誘導弾や砲撃に集中。

 それが、空を駆ける二人が実戦の中で編み出した、知恵と勇気の戦術なのだから。


 「話を――――」


 『Divine――――(ディバイン)』

 砲撃こそ、他の追随を許さぬ高町なのは最大の持ち味。


 「聞いてってばーーーーーー!!」


 『Buster.(バスター)』

 解き放たれる桜色の奔流は、AAAランクに相応しいどころか、Sランクに匹敵するであろう魔力が込められている。


 「!?」

 その光景に、さしものベルカの騎士も、困惑を隠せない。


 すなわち――――



 <言ってることとやってること違い過ぎだろ!>

 である。

 こちらが有無を言わさず襲いかかっている以上、敵が迎撃に出るのはある意味で当然であり、そこに問題など何一つない。

 しかし、僅かながら戦ううちに、ヴィータはこの少女は迎撃に出るつもりではなかったのかもしれないと思い始めていた。

 戦闘者のそれにしては彼女の応戦には“芯”が欠けており、どちらかと言えば“困惑”が多くを占めている様子。

 ひょっとして、本気で話を聞きたいだけなのか、と思った矢先の砲撃である。

 それもその筈、高町なのはは普段は争いを好まない心優しい少女だが、一度決めたら決して退かない不屈の心の持ち主だ。もしかしたら、それには父方の血が作用しているのかもしれない。

 <しかも―――洒落にならねえ威力!!>

 さらに、その威力と速度は彼女の予測を二周り近く上回っている。

 これまでの応戦の技術と、この砲撃の凶悪さは、対峙する騎士にとっては困惑を隠せないほど噛み合わないものであったのだ。


 <こいつ、砲撃特化型か―――>

 マルチタスクの一部では戦力分析を続けつつ、ヴィータは回避に専念する。

 しかし―――



 「あ――――」

 直撃こそ回避したものの、凶悪なる砲撃の余波は鉄鎚の騎士の騎士服の一部である帽子を破壊し、遠くへ吹き飛ばしていた。



 (うん………なあ■■、これを主君より賜った忠誠の証として騎士甲冑に付けるのってありかな?)

 彼女の脳裏を

 (お前が主との絆の証を騎士甲冑に刻みながら戦える時が、来ることを願おう)

 磨滅したはずの記憶が

 (うん、ただ、それを傷つけられたらその相手をぶっ壊すけどな)

 瞬きの間に

 (お前、それは逆恨みというものだぞ、騎士として戦場に出る以上は傷つけられることなど当然だろうに)

 駆け巡る

 (それとこれとは話が別なんだ。いいんだよ、あたし流の騎士道ってことで)



 「野郎………」

 ヴィータの黒い瞳が青く染まり、それはすなわち彼女が激昂していることを意味している。

 同時に、常に彼女と共に在る鉄の伯爵は主の意思を明確に読み取り、己の権能を顕現させる準備を始めていた。


 「戦いである以上、傷を負うことは覚悟せよ」

 それは、騎士の理。


 「だけど、それはそれ―――――これはこれだ!」

 だがしかし、主との繋がり示す品を、己の誓いと成すのも、騎士の在り方の一つ。

 騎士道とはすなわち、己の魂を示すための意思の具現。己の意思があってこそ、あらゆることに意義はある。


 「グラーフアイゼン! カートリッジロード!」


 『Explosion!(エクスプロズィオーン!)』

 中世ベルカのデバイス技術の結晶、カートリッジが吐き出され、グラーフアイゼンに爆発的な魔力が宿る。


 『Raketenform.(ラケーテンフォルム)』

 それは、鉄の伯爵が持つ二つ目の姿にして、ロケット推進による大威力突撃攻撃を行うための強襲形態。

 ハンマーヘッドの片方が推進剤噴射口に、その反対側がスパイクに変形し、力の集約を行うための姿へと。


 「ラケーテン――――!!」

 グラーフアイゼンより凄まじいエネルギーが噴出され、ヴィータは己の飛行魔法にそのエネルギーを上乗せし、爆発的な速度を生み出す。


 「ええっ!」

 そしてそれは、高町なのはという少女にとって、未知の領域にあるものであった。

 半年ほど前、ある魔法人形がそれを用いて稼働しているところを見たことはあり、その光景を思い出すと笑いがこみ上げそうになったが、今はそんな場合では無いので彼女はその光景を頭から閉め出した。

 そして彼女にとっての印象は“魔力電池”であり、その認識は正しいものであった。

 カートリッジと言ってもその用途は多種多様。非魔導師でも扱える魔導端末の動力用から、魔力不足を補うための低ランク魔導師用の品、そして、高ランク魔導師が使用する、己の魔法の威力を爆発的に定めるための推進剤。

 しかし、その魔法人形は戦闘が本分ではないため、なのはの前で高ランク魔導師用のカートリッジを炸裂させたことはなく、それを用いた魔法の使用も当然皆無。


 よって―――


 「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」


 「あうっ!」

 彼女の張った障壁を、グラーフアイゼンは鏡を砕くが如くに破壊し、その要であるレイジングハートのフレームをすら撃ち砕く。


 「ハンマーーーーーーーーーーーーーーーー!!」


 「ああああああ!!!」


 ラケーテンハンマー

 魔力噴射による加速で威力を高めるものの、圧倒的な加速力と攻撃力を引き換えに、魔法サポート機能が落ち、射撃魔法、範囲攻撃が出来なくなる、言うなれば諸刃の刃。

 しかしそれだけに、後方からの射撃を得意とするミッドチルダ式魔導師にとっては天敵ともいえる攻撃。

 その速度は距離を即座に詰めることを可能とし、繰り出される一撃はフェイト・テスタロッサのフォトンランサー・ファランクスシフトをすら防ぎきった高町なのはのバリアをすら、跡形もなく粉砕する。

 魔法にも相性というものは当然存在しており、砲撃系の魔法は確かに強力ではあるが、障壁を破壊するならば、一点に魔力と物理的破壊力を収束させたアームドデバイスの一撃に勝るものはない。

 これまで、ベルカ式の使い手と戦ったことのない民間の魔導師にとって、Sランクに相当する力を持つ古代ベルカの騎士を相手にすることは、極めて困難であると言わざるを得ないだろう。


 「ふぅ、やっぱし、あいつはベルカの騎士を知らねえようだな」


 『Ja.』

 激昂して感情のままに襲いかかったようでありながらも、並行して冷静極まりない戦況推察を行うのが騎士というもの。

 外見とほとんど相違ない精神性を有するヴィータではあるが、彼女もまたかつての白の国の近衛騎士が一人。

 熱くなるあまり自分も周りも見えなくなるようでは、正騎士を名乗ることなど許されない。

 ただし、彼女が10歳に満たぬ若さにして、その心を得るに至った経緯は、彼女自身の中にすら既に存在していない。


 だがしかし――――その魂は常に傍らに


 彼こそは、幼き少女が鉄鎚の騎士となった瞬間を見届けた、ただ一つの存在なのだから。




 「デバイスも半分くらいは砕いた、一気に攻めるぞ!」


 『Jawohl!』

 ラケーテンフォルム特有の推進機構が再び鼓動を開始し、エグゾーストに似た音を轟かせる。

 対象はビルと衝突し、内部へと姿を消したが、魔力の反応はその位置のまま。

 つまり、このまま押し切るには絶好の機会。逆に、再び距離を与えてしまえば、あの悪夢の砲撃が再び放たれる危険性がある。

 ヴィータが優位に立ちつつある戦況ではあるが、その天秤はまだ完全に定まってはいない。この状態で油断、もしくは慢心し、獲物をいたぶるような真似をする者を、三流と呼ぶが―――


 <冷静に―――――今は、仕留めることだけに集中しろ、蒐集はその後だ>

 なのはにとっては不幸なことに、鉄鎚の騎士ヴィータは一流の戦闘者であった。



 「げほっ、げほっ、あ、つつ」

 対して、彼女はまだ戦闘技術というものを専門の講師から学んですらいない。

 古の白の国でいうならば、彼女はまだ“若木”なのであり、戦闘能力自体はかなり近くとも、“若木”と正騎士の間には超えること難き壁があり、それを彼女は実体験を以て知ることとなった。

 この経験を糧に、彼女の翼はさらに高みへと羽ばたくであろうが、それは今ではない。危機に陥ったその時に瞬時に成長できるほど、世界というものは優しくはない。御都合主義の英雄譚は、あくまで物語の中でのみ綴られる。


 「でええええええええええいい!!」


 『Protection.(プロテクション)』

 それ故、なのはに許されたことは、残る全魔力を防御に回し、破滅の一撃を耐え忍ぶべく術式を紡ぐことであるが。


 「鉄鎚の騎士と、鉄の伯爵に――――――」

 対峙する騎士は、夜天の守護騎士の中でも最もバリア破壊を得意とする前衛の突撃役。


 「砕けないものはねえ!」

 その侵攻は強烈無比にして、立ちはだかるものは悉く粉砕される。


 ≪破らせはしない! 守りきる!≫

 だが、主のためにある“魔導師の杖”のデータベースには、諦めるという単語は存在しない。

 彼女の銘は“不屈の心”、どのような状況であっても、折れることなどあり得ない。


 「レイジングハート!」

 主へと破壊が迫るならば、その盾となることこそ、デバイスの務め。

 己の命題を刻みつけし魔導師の杖に、迷いなどは微塵もなかった。



 ――――しかし、蓄積された経験の差というものはどうしようもなく存在する。


 それは、最近目覚めたばかりのレイジングハートも認めるところでもあった、製造年数は己が古いとはいえ、自身はまだあの45年もの長き時を稼働し続けたデバイスの経験値には及ばないと、彼女自身が認識している。

 ならば、今彼女と相対する騎士の魂もまた――――


 ≪我に―――――砕けぬものなし!≫

 守る誇りがあれば、砕く誇りも存在する。

 鉄の伯爵グラーフアイゼンはアームドデバイスであり、守りを本領とした機体ではない。

 主に仇なす敵を撃ち砕くことこそ、彼の存在意義なのだ。


 「ぶち抜けえええええええええええ!!」


 『Jawohl.(了解)』

 鉄鎚の騎士の咆哮に、彼は真っ向から応じ、ラケーテンフォルムの噴射口は、三度目の爆発を更なる加速へと変え、変換されたエネルギーはレイジングハートの守りを突き崩していく。

 と同時に―――


 【分かってるな、アイゼン】


 【Naturlich(無論)】


 【騎士甲冑だけをぶち壊す、間違っても心臓に突き刺さったりすんなよ】


 【Ich weis,(応とも)】

 彼女と彼は、刹那の狭間に意思を交わす。

 主の未来を血で汚すわけにはいかない。

 それが、現在のヴィータにとって守るべき誓いであり、彼女の騎士道の在り方なのだ。

 効率だけを見るならば、ここで心臓、もしくは頭部を撃ち砕き、死体からリンカーコアを蒐集した方が良いことは明白。

 ここは主の住む家の近辺であり、この少女が生き延びれば、より力を得て立ちはだかってくる可能性とて存在している。

 しかし――――


 【それが――――騎士だ!】


 【Jawohl.Mine Hell!(了解、我が主!】

 非殺傷設定という便利な機能の恩恵はなく、命を奪うことを前提に作られたデバイスと、戦場で敵の命を奪うための武術、古代ベルカ式を操る騎士は不殺の誓いを守り続ける。


 『Master!』


 「――――っ、ああ!」

 その一撃は強く、重く、ついに魔導師の杖の防壁を完全に破壊し、少女のバリアジャケットをも撃ち砕く。だが、その身に物理的に重傷と呼べる傷はない。


 「はあっ、はあっ、はあっ」

 主の荒い息と合わせるかのように、グラーフアイゼンの放熱機構がカートリッジの使用に伴い気体を噴出し、役目を終えたカートリッジをその身から吐き出す。


 【よし、上出来だ】


 【Danke.】

 殺しはしないが、敵の障壁の破壊するために全力を尽くす。

 それは矛盾、彼女が騎士であるが故の矛盾。

 ただのプログラム体であれば、迷わず殺しており、八神はやての家族としてのみ在ろうとするならば、そもそも戦ってすらいない。

 だがしかし、彼女はその道を選んだのである。


 「ふぅ」

 呼吸を整えながら、ヴィータは壁際に倒れ、上半身だけを起こした状態でなおもこちらに中破したデバイスと向ける少女へと近寄っていく。



 <このデバイス、インテリジェントだ。こいつを完璧に壊せば、そうそう代わりはねえはず>

 ただ、戦士の目は、魔導師ではなく、そのデバイスへと向けられていた。

 殺しはしないことを誓っているが、デバイスを破壊しないことを誓ったわけではない。そして、相手を殺さずに戦う力を奪うならば、それこそが次善の手段である。


 <レイジングハート、だったか、覚えておくぜ>

 無言のまま、ヴィータはグラーフアイゼンを振りかぶる。傍目には少女に止めを刺そうとしているように見えるだろうが、その対象は魔導師の命ではなく、魂。

 彼女が自身のデバイスを己の魂と認めるように、この二人も強い絆で結ばれていることは、短い戦闘ではあったが確かに感じ取れた。

 だからこそ、そこに温情はかけない。騎士として、戦いぬいた相手に終わりを与えるのみ。

 かくして、鉄の伯爵が魔導師の杖へと振り下ろされ―――――




 『Get set』




 そこに割って入りしは、魔導師の杖と同種の命題を持つ閃光の戦斧。


 「!?」

 だが、ヴィータの驚愕の理由はそこではない、自身の一撃が防がれたことよりも、それを成した敵手の気配を自身がまるで感じ取れなかったことこそが、彼女の心を揺るがせる。


 <いつの間に!?>

 そして、その原因、いや、術者も即座に姿を現し、ヴィータはその理由を悟る。


 「ごめん、なのは、遅くなった」

 そこには、転送魔法でフェイトと共に封鎖結界へ侵入すると同時に、その気配を極限まで薄めるという離れ業を平然と行った結界魔導師が、白い少女を守るように立ちはだかっていた。

 さらに、その前に立ち、グラーフアイゼンを受けとめる金色の髪を持つ少女は。


 「仲間………か」

 鉄鎚の騎士の確認の要素を含んだ問いに対し――――


 「………友達だ」


 『Scythe Form.(サイズフォーム)』



 己が相棒と共に戦闘体制を取りながら、自らに誓うように答えていた。





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すみません、なぜか途中で切れて投稿されてましたので、修正しました。




[26842] 第三話 戦いの嵐、再び
Name: イル=ド=ガリア◆ec80f898 ID:ee4ccd9f
Date: 2011/03/31 15:37

第三話   戦いの嵐、再び




新歴65年 12月2日 第97管理外世界 日本 海鳴市 封鎖領域  ビル内部 PM7:55



 封鎖結界に覆われた領域内にあるビルの一つ。

 その内部において、外見年齢だけならば小学生の中学年程度と思わしき少女が対峙する。


 「………」

 一人は、噴射機構とスパイクを備えた鉄鎚を構え。


 「………」

 一人は、魔力刃で刀身を構成した大鎌を構える。


 <アームドデバイス? いや、近接戦闘も出来るようだけど、これはアームドじゃねえ>

 既にミッドチルダ式魔導師を一人戦闘不能状態へ追い込んだベルカの騎士は、新手の少女の観察を続ける。


 <だけど、纏う雰囲気が向こうの奴よりも鋭い、ひょっとして………>

 そんな、彼女の疑念に応えるように。


 「民間人への魔法攻撃、軽犯罪では済まない罪だ」

 金色の髪を持つ魔導師は、言葉を紡ぐ。


 「手前は―――管理局の魔導師か」

 ヴィータは管理局の機構を詳しく知るわけではないが、次元世界の法律を詳しく知り、民間人への攻撃者の前に立ちはだかる存在と言えば、真っ先に浮かびあがるのがそれである。


 「時空管理局、嘱託魔導師、フェイト・テスタロッサ」


 「嘱託…………魔導師」

 しかし、彼女にはその名称に聞き覚えはない。

 かつての闇の書の主の下で管理局と戦った時も、闇の書の守護騎士ヴォルケンリッターと戦った局員は本局武装隊の武装局員や、エース級魔導師。さらに、今よりも社会が安定していない時代であったこともあり、まさしく最前線で戦い続ける魔導師を相手にしてきたのだ。

 それだけに、およそ9歳程度と思われる少女が、どのような形かまでは定かではないものの時空管理局の一員として立ちはだかってくることはヴィータにとって想定外であった。


 「抵抗しなければ、弁護の機会が君にはある。同意するなら、武装を解除して」

 とはいえ、その少女の言葉に戦うことを既に決めた騎士が従えるはずもなく。


 「あいにく、あたしらの価値観じゃあ、敵を前に武装を捨てるのは恥なんだよ!」

 ここでこのまま戦えば最悪二対一となることから、仕切り直すために全速で離脱を果たす。


 「ユーノ、なのはをお願い」


 「うんっ」

 だが、こと高速機動に関してならば、フェイト・テスタロッサを凌ぐことは容易ではない。

 飛行魔法による離脱を目論む者にとって、閃光の戦斧を従えた黒い魔導師は、最悪の相性と言える存在であった。


 「ユーノ君、どうやってここを……」


 「うん、その前に―――ありがとう、レイジングハート」

 なのはに治療魔法をかけながら、ユーノは半壊しながらもなおも主人と共に在るデバイスに礼を述べる。


 『Seem to arrive(届きましたか)』


 「え、どういうこと?」


 「レイジングハートから、トールに救難信号が届いたんだ。普通の念話や通信だったらこの封鎖結界で阻害されちゃうだろうけど、受け手は時の庭園の中枢機械のアスガルドで、それを管制機であるトールが動かしてる、だから、言葉の形は成してなかったけど、救難信号であることは判別できる信号が届いたんだよ」


 「そうなんだ……………ありがとう、レイジングハート」


 『No.………Don't worry. (いいえ………お気になさらず)』

 だがしかし、魔導師の杖にとっては、この状況が既に大失態であった。

 主を守りきることは叶わず、もしフェイト・テスタロッサとユーノ・スクライアが僅かにでも遅れていれば、主は――――

 レイジングハートは、高町なのはのために稼働してより初めて、己の無力さ、己の性能の足りなさを認識していた。


 〔いつか、貴女やバルディッシュにも分かる時が来ますよ。己の性能が主のために足りていない、ならば、自分はどうするべきかを考える時が〕

 己より遙かに長く稼働を続ける、先達の言葉と共に。

 彼女は、思考を続ける。


 「それよりも、あの子は誰? どうしてなのはを…」


 「分からない、いきなり襲いかかられたから………」


 「そっか………でも、もう大丈夫、フェイトもいるし、アルフもいる。それに………」


 「アルフさんも?」

 ユーノが最後に言いかけた言葉を遮ってしまう形で、なのはは確認の問いを返した。

 そして、なのはがその二人を思い浮かべているちょうどその時、上空では先端が開かれているのであった。








新歴65年 12月2日 第97管理外世界 日本 海鳴市 封鎖領域  上空 PM7:57



 「バルディッシュ」


 『Arc Saber.(アークセイバー)』

 フェイトの魔力を受け、閃光の戦斧が鎌形を形成する魔力刃を、射撃魔法として解き放つ。


 「グラーフアイゼン!」


 『Schwalbefliegen.(シュヴァルベフリーゲン)』

 対して、鉄の伯爵は強襲形態であるラケーテンフォルムを解除し、魔法制御・補助能力に優れ、シュヴァルベフリーゲンの誘導管制補助には最適と言えるハンマーフォルムにて迎え撃つ。

 ヴィータが放った鉄球は四発。それとフェイトが放った魔力刃は空中で交差し、衝突することなく互いの目標へと突き進む。


 「障壁!」


 『Panzerhindernis!(パンツァーヒンダーネス)』

 迫りくる魔力刃を、彼女はバリア型防御、パンツァーヒンダネスにて防ぐ。

 もしフェイトが放った一撃が直射型射撃魔法であるフォトンランサーであれば、弾くシールド型防御、パンツァーシルトを用いたところだが、今向かってきているのは回転しながら飛来し、恐らくある程度の誘導性を有していると思われる魔力刃。

 ヴィータの読みは的確であり、フェイトの放った魔法、アークセイバーは魔力斬撃用の圧縮魔力の光刃を発射する誘導制御型射撃魔法。これに対してシールド型の防御を用いれば、死角へ回られて意味を成さない可能性があった。故にここでは半球形を成して受けとめることも可能なパンツァーヒンダネスを用いるべき。

 相手の攻撃の特性を瞬時に見極め、適切な防御魔法を選択する戦術眼は、彼女がまさしく歴戦の勇士であることを窺わせる。だがしかし、フェイト・テスタロッサの魔法の師であったリニスという女性の手ほどきも、また並大抵のものではなく―――


 「ちっ」

 アークセイバーにはバリアを「噛む」性質があり、さらに軌道も変則的なので攻撃される側にとっては防御・回避しにくく厄介極まりない。一応、防ぐことには成功したものの、的確な防御を成してなおかなりの魔力を注ぎ込むことを必要とした。


 「―――っ」

 だが、相手の攻撃に対して驚嘆の念を禁じえないのは、黒い魔導師も同様。

 赤い少女が放った誘導弾は実体を伴って襲い来上、その速度も尋常ではない。フェイトのバリアジャケットはそれほど強固ではないこともあり、彼女の戦闘スタイルはなのはと違って攻撃を受けとめることには向いていない。

 そのため、彼女の選択肢は制御しきれなくなる速度で動きまわるか、間合いを大きく離すかの二択となるのだが―――


 <この子の魔法、凄い錬度だ。なのはには若干劣るけど、勘がいい>

 純粋な誘導弾の管制機能のみならば、ミッドチルダ式の高町なのはとレイジングハートの主従に分があるのは当然の理。

 しかし、鉄鎚の騎士と鉄の伯爵は、速度や管制機能で劣る部分を、培った戦闘予測で補っている。つまり、四つのシュワルベフリーゲンを兵、己を指揮官と見立て、高速で避ける相手を用兵で以て追い詰めるのだ。

 魔力値の高さや錬度が、そのまま戦場での優位をもたらすわけではない、状況に合わせた応用力と的確に使用できる判断力こそが重要。

 現在のフェイトが最も模擬戦を行う機会が多い相手、クロノ・ハラオウンの教え通りの光景が彼女の眼前で展開されている。


 <だけど―――>

 そんな戦術を極めるクロノと模擬戦を行って来たが故に、フェイトもまたそういう相手と戦う際の手法をパターンとして保持している。

 その一つが――――


 「!?」


 「バリアァァーーーーーー!!」

 仲間と連携し、隙を突く戦い方。


 「ブレイク!」

 フェイト・テスタロッサが使い魔、アルフの放った一撃は、バリア破壊の特性を備えた渾身の拳。アークセイバーを防ぐためにはバリアこそが最適であるが、シールドと異なり球に近い形で展開すれば同時に行動の自由を狭めることにもなる。


 「くうっ!」

 その隙をアルフは的確に突いたのだ。まさしく主と以心伝心のコンビネーションと言え、ヴィータが展開していたパンツァーヒンダネスを完全に破壊する。

 されど―――


 「このやらあ!」

 弾かれた体勢から即座に立て直し、反撃に移る彼女もまた、並大抵ではない。


 「ラウンドシールド!」

 若干の驚愕を即座に押し殺し、アルフは障壁を展開。フェイト程の高速機動が無理な彼女では、受け止めるより他にない。


 「テートリヒ・シュラーク!」

 しかし、鉄鎚の騎士もまた、バリア破壊を得意とし、両者の戦闘の相性ならば、ヴィータがかなり優勢といえるだろう。


 「っあ!」

 ハンマーフォルムでの一撃を受け、アルフは傷こそ負っていないものの、衝撃までは殺しきれず落下していく。


 「――――!」


 『Pferde.(フェーアデ)』

 だが、騎士の直感はなおも脅威が去っていないことを告げている。

 “騎兵”を意味する魔術単語と共に、グラーフアイゼンがミッドチルダ式でいうところのフラッシュムーブに近い術式を展開させ、渦巻く風がヴィータの足元に発生し、急上昇。


 「せえい!」

 アルフと入れ替わるようにバルディッシュのサイズフォームによる直接攻撃を仕掛けてきたフェイトの追撃を躱しきる。


 「ふっ!」


 だが、その時には既に体勢を立て直したアルフが、移動魔法を無効化するための術式を走らせ、ヴィータの足に宿っていた湖の騎士シャマル直伝の移動用の風を消し飛ばす。


 <こいつらの連携――――――隙がねえ>

 これが、フェイト・テスタロッサとその使い魔アルフの連携戦術。

 歴戦の守護騎士にとってすら迎撃が困難なほどの錬度を、フェイトとアルフの二人は確立している。

 同じく歴戦の執務官であるクロノ・ハラオウンですら、この二人を同時に相手取るのは厳しく、模擬戦で競えば一本とられることすらあるのだから。


 「はああああああああ!!」


 「ぐっ!」

 アルフが足を封じると同時にフェイトが距離を詰め、再びサイズフォームでの近接攻撃を仕掛け、ヴィータは辛くもグラーフアイゼンの柄でバルディッシュの柄を受けとめる。


 <くそ、ぶっ潰すだけなら簡単なんだけど、それじゃあ意味ねえんだ>

 不殺の誓いがある以上、グラーフアイゼンが最大の破壊力を発揮するフルドライブ状態、ギガントフォルムは容易には使えない。

 それこそが、現在の守護騎士が持つ最大の枷と言える。

 命を奪い合う殺し合いの場において、非殺傷設定など相手に反撃の機会を与えるだけであまり効率的ではないように、“殺さずに制する”ことを目的とする場合において、殺傷設定など枷にしかならない。

 非殺傷設定も殺傷設定も、そこに優劣などありはしない。ただ、目的が変われば求められる機能も変わるだけの話であり、古い機械仕掛けは閃光の戦斧にそう教えていた。

 つまり、殺傷設定しか存在しないデバイスを用いる以上、守護騎士は全ての意識を相手の打倒のみに集中することは不可能。逆に、非殺傷設定のデバイスを操る者は、相手を殺してしまう危険性がないため、全ての意識を相手の打倒のみに集中できる。

 非殺傷設定とはまさしく、管理局員が全力を出し切れるように考案された、新たなるデバイス技術なのであった。


 <カートリッジ残り二発、やれっか―――>

 しかし、いくら状況が不利であっても、それが現実。

 限られた手札を如何に活用して道を切り開くかが、“戦術”であり、それを構築することも騎士の資質の一つである。





 「アルフさんも、来てくれたんだ……」


 「うん、クロノ達もアースラの整備を保留にして、動いてくれてるよ」

 そんな彼女らの空中戦を、なのはとユーノの二人もビルの屋上に移動し、その成り行きを見守っていた。










新歴65年 12月2日  本局ドック 次元空間 時空管理局次元空間航行艦船“アースラ”




 「アレックス、結界抜き、まだ出来ない?」


 「解析完了まで、後少し―――」

 アースラにおいても、そのスタッフ達が事態を把握するべく全力で活動を続けている。

 特に、管制主任であるエイミィ・リミエッタは、このような状況でこそ、その腕が問われる。


 「術式が違う、ミッドチルダ式の結界じゃないな」

 その傍らに立つクロノ・ハラオウンも、目まぐるしく表示を変えるコンソールを見守りながら、解析を行っていく。


 「そうなんだよ、近代ベルカ式でもない。多分、古代ベルカ式だとは思うんだけど、少なくとも、聖王教会の騎士団の人達が登録してくれてる術式とも一致しないんだ」


 「古代ベルカといっても、地方や時代によって術式は異なる。現代まで伝わっているのはあくまで一部だ、仕方ないか」

 それ故に、古代ベルカ式の継承者はレアスキル持ちとほぼ同等の扱いを受ける。逆説的に言えば、再現が不可能なレアスキルと認定されるものは古代ベルカ式のものが大半なのだ。

 それはまた、ミッドチルダ式が専門性ではなく、広く伝え、学ぶための汎用性を突き詰めた魔法技術体系であることも無関係ではないだろう。


 【クロノ・ハラオウン執務官】


 【トールか】


 【はい、結界の解析は私とエイミィ・リミエッタ管制主任が担当いたします。ですので、貴方は戦力として現地に赴かれることが、効率的と称される部隊運用でありましょう】


 【その回りくどい言い方は何とかならないのか】


 【申し訳ありません。私の汎用人格言語機能は、もうフェイトの周囲でしか使用されないのですよ】


 【そうだったな………】

 フェイトと共にいる時ならば、何度彼にからかわれたか数えきれない。

 しかし、フェイトが傍にいない時のトールは、まさしくデバイスそのもの。

 年季を感じさせる、融通の利かない、古びた機械仕掛けなのだ。

 いや、細かい手法や対応においてはかなり融通が利き、経験に基づいた幅広い思考が可能であるが、根本的な行動原理となると一切の融通が利かないのがトールという存在である。


 【ともかく、了解した。君がいてくれて助かるよ】


 【感謝には及びません、フェイトのためです。では私も今からそちらに向かいます】


 【ああ、それでいいさ】

 アースラのスタッフは優秀ではあるが、ミッドチルダ式とベルカ式の違い、さらにその歴史背景についてまで把握しており、現在の状況とすり合わせながら解析できる存在となると、トップ三人に絞られる。

 とはいえ、艦長であるリンディは全体を指揮せねばならず、エイミィ一人では解析が厳しいのも事実であり、執務官であるクロノは非常に動きにくい立場にあった。

 しかし、現在のアースラにはその三人以上に“解析”というものを得意とする存在がいる。過去のデータベースと照らし合わせ、単純な比較演算を繰り返し行うことならば、彼の右に出る存在などいないのだ。


 「エイミィ、僕も出る。君はトールと協力して結界の解析に集中してくれ」


 「オッケー、任して」

 後方が万全であればこそ、前線組は心おきなくその力を振るうことが出来る。

 インテリジェントデバイス“トール”には直接的な戦闘技能はないが、他の者が本領を発揮するための環境を整える“舞台装置”としての機能ならば、他の追随を許さない。

 かくして、クロノ・ハラオウンもまた、戦場へと馳せ参ずる。







新歴65年 12月2日 第97管理外世界 日本 海鳴市 封鎖領域  上空 PM8:01





 「――――っ!」


 「こんの!」

 目まぐるしく位置を入れ替えながら高速機動戦を展開する二人の戦いも、終息する時が見えた。


 「んあ!」

 しばらくは二人がかりでのコンビネーションを行っていたフェイトとアルフだが、敵の応戦技術を鑑み、一種の賭けに出た。

 それはすなわち、あえてフェイト一人で相手をし、アルフは敵を捕えるための罠を構築することに専念すること。

 なのはを一方的に打ち負かした相手に対して行う作戦としては若干博打性が高かったものの、どうやら功を奏したようである。


 「く、ぬぎ、くく…」

 ヴィータの四肢はアルフのバインドによって完全に拘束され、完全に身動きを封じられた。


 「終わりだね、名前と出身世界、目的を教えてもらうよ」

 フェイトとアルフは油断なく身構えつつも、捕えた少女に言葉をかける。

 だが―――


 <やっぱし、甘えな>

 絶体絶命の状況にありながらも、鉄鎚の騎士は冷静に思考を働かせていた。


 <あたしの危険性を考えれば、目的を聞く前にまずは手足の一、二本は叩き折るべきだろ。治療なんて後でも出来るし、尋問するなら医務室でも出来る>

 少なくとも、自分が時空管理局員であったなら、そうしているだろう確信がある。


 <それに、この程度で完全に封じれたと思われてんなら、甘く見られたもんだ>

 確かに、身動きは出来ないが、このバインドには魔力の生成や運用を阻害するような効果はなく、さらに、グラーフアイゼンは未だ右手にある。


 <カートリッジ残り二発、それを一気にロードして、ギガントフォルムを顕現させればその衝撃でバインドをぶっ壊すこともできる>

 だが、それを行えば後がなくなってしまう。

 今夜、ヴィータの戦略目標はあくまで高町なのは一人であり、この金髪の魔導師との戦いはそもそも想定外。長期戦を予想していたわけではないので、カートリッジの補給のことは考えていなかった。

 しかし、このまま戦っても勝ち目が薄いことを認識してなお、カートリッジをロードすることもなく、彼女が単身で戦い続けたのには当然、相応の理由がある。


 <何より、このバインドで――――――念話は止められねえよな>

 そも、白い魔導師の少女の探索役は、鉄鎚の騎士ヴィータ一人ではない。

 彼女と異なり、カートリッジを補給する必要もなく、戦闘継続可能時間ならば、四人の中で群を抜く存在が、つい15分ほど前まで行動を共にしていたのだ。

 すなわち――――


 「!? なんかやばいよ、フェイト!」

 野生の勘が成せるものか、アルフはただならぬ予感を察知し、主人に注意を促すも、時すで遅し。


 「はあっ!」


 「くああっ!!」

 凄まじい速度で下方から来襲せし剣の騎士が、フェイト・テスタロッサを炎の魔剣、レヴァンティンによって弾き飛ばす。


 「シグナム――――」

 だがそれは、ヴィータにとっても予想外の存在だった。

 彼女がこの場に来ると確信していた存在は、ヴォルケンリッターの将ではなく。


 「うおおおおお!!」


 「!? つああっ」

 騎兵の如き猛進から、ガードごと突き破る拳を放ち、体勢を崩した相手に追撃の蹴りを蹴りをみまい、弾き飛ばす近接格闘の名手。

 ヴォルケンリッターが盾の守護獣、ザフィーラであった。


 「レヴァンティン、カートリッジロード」


 『Explosion!(エクスプロズィオーン)』

 そして、奇襲によって体勢を崩した相手をそのまま見逃す程、烈火の将は甘くはない。

 先の一撃によって弾き飛ばされたフェイト・テスタロッサに対し、手加減なしの追撃をかける。


 「紫電一閃―――――――はああああっ!!」

 シグナムの炎熱変換を持つ魔力が刀身に満ち、炎の魔剣はその名の通りの姿を顕現させる。

 飛行魔法による加速、シグナムの太刀筋、さらに、カートリッジによる強化に、レヴァンティン自身の強度。

 これらが合わさったこの一撃を防ぐことは、例えSランクの魔導師であっても容易ではないだろう。


 「!?―――」

 そして、今日初めて古代ベルカ式の使い手と対峙することとなった少女がそれを成すことは、いくら天性の才能と惜しみない努力を積んでいる身とはいえ不可能なこと。

 紫電一閃は閃光の戦斧の柄をたたき割り、武器を砕かれ、一瞬の忘我にある少女へと必死の一撃を見舞うべく、シグナムはさらにレヴァンティンを振りかぶり―――


 『Defensor.(ディフェンサー)』

 必死の一撃は、閃光の戦斧によって防がれていた。


 「バルディッシュ!」

 柄が叩き割られ、今の彼は二つに砕けた状態。如何にデバイスであろうとも、無視することは出来ない損壊。

 だがしかし、閃光の戦斧は自身の損壊など意に介さない。そのようなことなどまさしく“考えるに値しない”とばかりに、彼は主を守ることに全てを費やす。


 ≪通さぬ≫

 寡黙な彼は激することなく、静かに猛る。奇しくも状況はレイジングハートと似たものとなったが、最初のラケーテンハンマーによってコアにまで達する傷を負った彼女と異なり、バルディッシュのコアは未だ無傷。

 故に――――


 「やるな」


 『Ja.』


 高速機動の管制制御を行う彼は、相手の攻撃の勢いすら利用し、下方へ加速し離脱を図った。

 無論、代償として高速でビルに叩きつけられることとなるが、リカバリーもまた閃光の主従の得意とするところ。剣を得物とする相手の間合いに留まるよりも断然安全な選択と言えた。


 「フェイトォ!!」

 とはいえ、やや離れた場所から見ていたアルフにとっては、バルディッシュの咄嗟の判断までは知りえない。

 彼女はただちに己の主を助けるべく向かおうとするが。


 「…………」

 その進路には、盾の守護獣が無言で立ちはだかる。彼の表情、彼の纏う気配が、“ここから先へは行かせぬ”と何よりも雄弁に語っていた。


 「まずい、助けなきゃ」

 同じく遠くからフェイトが墜落するのを確認したユーノは、即座に行動に出る。


 「妙なる響き、光となれ。癒しの円のそのうちに、鋼の守りを与えたまえ」

 ユーノの詠唱と同時になのはの周囲にミッドチルダ式を表す円形の陣が構築され、彼女を癒しの光が包み込む。


 「回復と、防御の結界魔法。なのはは、絶対ここから出ないでね」

 なのはを守るために行える可能な限りの処置を終え、ユーノもまた飛行魔法を用いて空を駆ける。

 しかし―――


 「不味い!」

 そこで彼が見たものは、紫色の閃光がフェイトの墜ちたビル目がけて急降下していく光景であった。今からユーノが全速力で駆けつけようとも、敵が先に到達してしまうのは明らか。

 なのはを守るための結界を構築する彼の手際は、これ以上ないほどに速いものであったが、それでも十秒近い時間を要した。

 そして、その間の時間を座して待つほど、烈火の将の戦術眼は甘くはない。


 【ヴィータ、しばらく待っていろ、先に仕留めてくる】


 【ああ、いざとなれば自分でも外せるから気にすんな。それに、ザフィーラもいてくれる】

 そのような念話が交わされたのが5秒前の話であり、シグナムはそのまま墜落した魔導師への追撃へ移る。

 自分がヴィータのバインドを解除すれば、その間に残る敵が墜落した仲間を助けるために動くのは間違いない。しかし、デバイスを全壊させてしまえば、戦力として復帰することはほぼ絶望的となる。

 ならばここでシグナムが取るべきは、まずは手傷を負わせた相手のデバイスのコアを完全に砕き、戦闘不能状態へと追い込むこと。蒐集を行うことも、ヴィータのバインドを解除することも、それからでも遅くはない。

 それはまさに、ヴィータがレイジングハートに対して行うとしたことの焼き増しでもあったが、彼女らがほぼ同等の戦術眼を有する夜天の騎士である以上、当然の帰結でもあった。

 的確な状況判断の下、烈火の将はフェイトが墜落したビル目がけて一直線に突き進む。

 そこに迷いはなく、例えフェイトが戦える状態になくても、容赦する気など微塵もない。


 故にこそ、ユーノがフェイトの救援に向かった際に彼女が健在であり、シグナムがそこに到達すらしていなかったのは、彼女が判断を変えたためでも、フェイトに温情をかけたわけでも当然なく。


 「民間魔導師への攻撃魔法使用、管理外世界の市街地における許可なき結界封鎖、さらに、嘱託魔導師からの勧告を受けた後の戦闘続行」

 シグナムの前に、ストレージデバイスを構えた黒衣の魔導師が立ちふさがったからに他ならない。


 「時空管理局、次元航行部隊“アースラ”所属執務官、クロノ・ハラオウンだ」

 その構えには一切の隙もなく、これまでシグナムとヴィータが対峙した少女たちからは感じ取れた“素人らしさ”が微塵も感じ取られない。

 外見こそ、12歳程度と見受けられる少年であり、その声もまだ声変わりしていないが、纏う空気は歴戦の戦士のそれ。


 「詳しい事情を、聞かせてもらおう」

 そして、同じく歴戦の戦士である烈火の将は確信する。


 「残念ながら、答えられる事柄は持ち合わせていない」

 この少年を相手にするならば、こちらも相当の覚悟をもって臨まなければならないことを。

 殺さないように手加減しながら戦おうなどと考えれば、即座に仕留められるであろうことを。


 「聞きだしたくば、武器をもって打倒するしか道はあるまい」


 「そうか」

 返答は短く、両者はそれぞれのデバイスを構える。

 ベルカのデバイス技術の結晶、カートリッジシステムと高度な知能を兼ね備えし、炎の魔剣レヴァンティン。

 特筆すべき特性は持たないが、それ故にあらゆる状況に対応し、最速の演算性能を誇るストレージデバイス。汎用性という点で他の追随を許さず、ミッドチルダ式の象徴ともいえるS2U。



 ベルカの騎士と、ミッドチルダの執務官の戦いが、始まろうとしていた。








あとがき
 ここより、原作とはやや異なった展開となります。トールが解析役に回ったことで、クロノが前線指揮官として問題なく動けるようになったことが、相違点になりましょうか。
 原作の二話が終わるまではかなり怒涛の展開となる予定ですので、バトル好きな方は楽しみにしていただければ幸いです。それではまた。






[26842] 第四話 集団戦
Name: イル=ド=ガリア◆ec80f898 ID:ee4ccd9f
Date: 2011/03/31 15:38
第四話   集団戦




新歴65年 12月2日 第97管理外世界 日本 海鳴市 封鎖領域  ビル内部 PM8:03




 「大丈夫、フェイト」


 「うん、ありがとう、ユーノ」

 バルディッシュがリカバリーを行ったとはいえ、凄まじい勢いで叩きつけられたフェイトは、ビルの階層をおよそ10階分貫き、建築物損壊よりも建築物崩壊と称すべき破壊をビルにもたらしていた。

 もしここが封鎖領域の中でなく、現実空間であったならば、このビルを使用していた会社の窓際社員の首が切られることは疑いない。

 とはいえ、ビルがどうなろうとそれは彼らの関知するところではなく、ユーノは手早くフェイトにフィジカルヒールをかける。


 「バルディッシュも……」


 「大丈夫、本体は無事」


 『Recovery.(修復)』

 本体コアが破損しない限り、彼やレイジングハートは主の魔力を受けて即座に戦線へ復帰することが可能。これもまた、現在のデバイス技術の発展の成果といえるだろう。

 とはいえ、やはり限界はある。損傷を受けたことは確かなのだから、戦闘が終わればデバイスマイスターに点検を依頼する必要があることも事実であった。


 「ユーノ、この結界内から、全員同時に外へ転送、いける?」


 「うん、アルフと協力できれば………なんとか」


 「私が前に出るから、やってみてくれる」


 「分かった」

 そして、フェイトは目を瞑り意識を集中させ、己の使い魔念話を飛ばす。


 【アルフも、いける?】


 【ちょっときついけど、何とかするよ。それに―――】


 【なかなかいい判断だ、フェイト】

 そこに、予想外の人物からの念話が届く。


 【クロノ―――】

 バルディッシュの修復と同時に、相手の戦力や結界の強度を分析し、今後の対応を考えることに集中していたフェイトは、ユーノが治療を行うための足止めを行っている黒衣の魔導師の存在を感知していなかった。

 それに本来ならば彼が容易く動ける状況でなかったこともある。もし古き機械仕掛けがエイミィと共に結界解析役を引き受けていなければ、彼がここに来ることは不可能であっただろう。


 【ただし、若干の修正を加える。敵は現在のところ三人だが、これ以上増えないという保証はない、いや、もし仲間がいたならば、恐らくは乱入してくる可能性が高い】


 【…………確かに】

 フェイトの構想の中には新たな敵の増援という要素は含まれておらず、この状況でそこまで考慮出来るクロノに対し、彼女は内心驚いていた。

 しかし、クロノにもそれなりの理由がある。昨日、レティ・ロウラン提督と自分の母であるリンディ・ハラオウンとの会話を聞いていた彼は、ブリッジを辞した後、闇の書に関する情報を即座にデータベースより参照できるデバイスと、闇の書の守護騎士の特徴について確認していたのだ。


 〔鉄鎚の騎士と名乗るフロントアタッカー、湖の騎士と名乗るフルバック、盾の守護獣と名乗るガードウィング、剣の騎士と名乗るセンターガード、現在の四人一組(フォーマンセル)の原型ともいえる守護騎士。これに闇の書の主が加わった際の戦闘力は計りしれません〕


 〔彼らの纏う騎士甲冑はその時の主によって変化し、特定は不可能です。また、正体を悟られぬように蒐集を行う場合は変身魔法によって姿を変えるため、外見から判断することはミスリードの危険性を高くします〕


 〔剣の騎士は中背でフルプレートアーマーを纏い、鉄槌の騎士は小柄な身体にやはりフルプレートアーマー、湖の騎士は軽装甲の鎧を纏った女性、盾の守護獣はその名の通り大型の狼であったといいます。判断は姿よりも所持するデバイスで行うのがよろしいでしょう〕

 それらの情報を現状にあてはめるならば、対峙している三人の特徴は、フルプレートアーマーという点を除けば見事に当てはまる。ミスリードの可能性が否定しきれるわけではないが、レティ・ロウランの話との整合性も考えれば、ほぼ間違いあるまい。

 となれば、あと一人、湖の騎士と呼ばれる後方支援役がどこかにいるはずなのだ。


 【そして、新たな敵が来たならば、最も狙われ易いのはなのはだ。そこで、敵の三人は僕とフェイトとアルフで足止めするから、ユーノはまずなのは一人を安全に転送させることに全力を注いでくれ、ただし、なのはとはある程度の距離を置いた場所で】

 複数の人間が入り乱れる集団戦における定石は、弱い者、もしくは傷を負った者から狙うというもの。まずは、確実に消せるところから潰していく。または、弱いものを狙うことで強者が庇わざるを得ない状況を作り出すという戦術もある。

 敵がその定石に則るならば、狙ってくるのはデバイスが中破し、バリアジャケットも失っているなのはが当てはまる。逆に言えば、なのはさえ転送させてしまえば、残る四人は自力で敵を振り切って逃走することも不可能ではないのだ。外部からはアースラが現在も結界の解析を進めているのだから。

 クロノ・ハラオウンは烈火の将を足止めしながら、そこまでの思考を働かせていた。


 【どうして………あ、そういうことだね、分かったよクロノ】


 【えっと―――ユーノの転送魔法を敵が妨害しようとした際に、なのはを巻き込ませないため?】
 

 【その通りだ。かといってユーノの防御結界があるとはいえ離れ過ぎるのも問題がある、いざという時には補助に回れる距離を保つようにしてくれ。それから、敵にまだ仲間がいる可能性がある以上、ただ結界の外に出せばいいというものでもない。下手をすれば、結界の外で敵が待ち構えている危険性すらあるからな】


 【ええっと、じゃあ、どこに? アースラは遠すぎるよ?】


 【遠見市にあるフェイト達のマンションだ、あそこの転送ポートを利用すれば本局まですぐに飛べる。純粋な安全性ならなのはの家が一番だが、一応は魔法を知らない家に瞬間移動させるわけにもいかないだろう】

 高町家こそ、現在の海鳴市において最も戦力が集中している場所であるのは間違いない(さざなみ寮という可能性もあるが)。

 しかし、なのはが家族に秘密にしている以上は、まだそこに転送させるわけにはいかない。それに、このような事態になった以上は、なのはを一旦アースラか本局へ避難させる必要があるため、高町家は好ましくないのだ。

 ジュエルシード実験のために時の庭園が現地の拠点として用意したマンションは転送ポートとしてなおも機能しており、夏にフェイトが遊びに来た際には別宅としても機能していた。


 【分かった。僕は、なのはを守りながら彼女の転送に専念すればいいんだね】


 【じゃあ、わたしは?】


 【一旦僕と合流してくれ。流石に二対一では厳しそうでね、仕切り直したいところなんだ。アルフは、もう一人の足止めを頼む、ただし、深追いはするな】


 【了解、転送魔法を準備しなくていいなら、どうとでもなるさ】

 全員の同時転送ともなればユーノとアルフが二人がかりで行う必要があるが、ユーノが一人でなのはの転送に集中するならば、その間アルフは戦闘に全力を注ぐことが出来る。そして、ユーノが抜けた穴はクロノがカバー。


 【頼むぞ、皆】


 【【【  了解  】】】

 これこそが、クロノ・ハラオウン執務官。

 彼の参入は戦力が一人増えただけに留まらず、現状における彼我の戦力を分析し、こちらが取るべき行動を瞬時に判断し、皆に指示を出す前線指揮官の到着を意味しているのだ。

 戦闘能力だけならフェイトはクロノとかなり近い領域に達しているが、指揮官としての能力に関してはまだまだ及ぶところではない。自分の能力を使いこなすことと、他人を上手く使うことは全く別種の技能なのだ。

 そして彼は戦況を見極め、指示を出すと同時に、前線の戦力の一人としても機能しているのであり、若きエース達において、それを可能とするのも今はまだ彼一人。

 二人の魔法少女が、“エースオブエース”、“金色の閃光”の渾名と共に指揮官としての能力も持ち合わせる真のエースへと至るまでには、まだ幾ばくかの時が必要であった。



 ミッドチルダ式魔導師と、ベルカの騎士のよる集団戦が始まる。






新歴65年 12月2日 第97管理外世界 日本 海鳴市 封鎖領域  上空 PM8:04




 「つあっ!」


 「はっ!」

 そして、念話による作戦会議を行いながらも、黒衣の魔導師は剣の騎士と相対している。

 最早、高速で飛び回ることは戦うために最低限必要な技能とでも言わんばかりに空を舞い、交差する両者。

 彼ら二人に限らず、この場にいる魔導師と騎士は全員が空戦を可能としており、かつその半数近くは10歳未満。ミッドチルダの地上部隊が聞けば何の冗談だと笑いたくなるであろう状況だ。


 「スティンガースナイプ」

 クロノのデバイス、S2Uより誘導制御型射撃魔法が発射され、シグナムへと突き進む。


 「レヴァンティン」
 『Panzerhindernis.(パンツァーヒンダネス)』

 躱しきることは困難と判断した彼女は、バリアを展開するも―――


 「スナイプショット」

 僅かにタイミングをずらした弾丸加速のキーワードにより、魔力光弾(スティンガー)は急加速、シグナムの予想を超える“早さ”で命中する。

 そして、それに留まらず、魔力弾丸は空中にて螺旋を描きつつ魔力を再チャージ。クロノの指示のもと、再び敵へと肉薄する。


 <やはり、か>

 迫りくる追尾と魔力チャージの特性を兼ね備えた弾丸を鞘で弾きながら、シグナムは己の直感が正しかったことを悟る。


 <強いだけではなく、巧い>

 飛行速度や近接攻撃の威力ならばフェイトが上、誘導弾の制御や砲撃の破壊力ならばなのはが上。

 しかし、必要な時に必要な魔力のみを用い、クロノは最高の戦果をあげている。今の彼の目的は足止めであり、アースラの結界解析に長時間かかることも考えられる以上は、持久戦を前提とした戦法を取るのも当然の成り行きであった。

 ブレイズキャノンなどの砲撃魔法は放たず、ベルカの騎士の独壇場である接近戦にも持ち込ませず、中距離を保ったまま彼は誘導弾とバインドのみでシグナムをこの空域に釘づけし続けている。

 それは彼が、数は少ないとはいえ現代に残るベルカ式の使い手との戦闘経験を有していることを意味している。民間人であるなのはや、時の庭園とアースラ以外では訓練を行ったことのないフェイトと異なり、クロノにとって古代ベルカ式の使い手は初見ではないのだ。


 <一人では突破は難しいな、ザフィーラも敵の守護獣を相手にしている。ならば――――多少荒いが、許せよヴィータ>

 そしシグナムは、“多少荒い手段”を実行に移す。





 
 「意外と苦戦してんな、シグナム」

 そんな将の胸中は知らず、鉄鎚の騎士はバインドに捕らえられた状態のまま、戦況の推移を見守っていた。

 シグナムは新手の黒衣の魔導師に足止め、いやむしろ釘づけにされ、ザフィーラもオレンジの髪をした守護獣を相手にしている、こちらはしばらく押していたが、現在はほぼ拮抗状態、今すぐにこちらに駆けつけることは厳しいだろう。


 「やっぱ、自分で外すしかないか――――って、おおい!」


 『Schlangeform!(シュランゲフォルム!)』

 ヴィータの位置にすら聞こえるほどの大きさで、レヴァンティンの声が響き渡る。それは、炎の魔剣の二つ目の姿、連結刃への変形を意味している。


 「シュランゲバイセン!」

 連結刃からの攻撃はシュベルトフォルムでは届かない範囲や中距離への攻撃を可能とし、敵の移動や回避を困難とする、間合いを制することに長けた一撃。

 そして、シグナムがわざわざカートリッジを使用して連結刃への変形を行ったことには、二つの目的があった。

 一つは、クロノとの間合いを離し、一旦仕切り直すこと。

 そして、もう一つは――――


 「危ねえなおい!」

 連結刃がシグナムを中心に竜巻を形成するように展開し、それを回避したクロノは一旦距離置く。と同時に、その反対側にいたヴィータにも当然連結刃は届く。

 だが、刃が騎士服の一部を切り裂いたものの、ヴィータの肌は無傷であった。また、破壊されたものは彼女の騎士服だけではない。


 「右手のバインドだけきっちり破壊してら、ったく、荒っぽいにも程があんだろ」

 愚痴を言いつつ、ヴィータは右手に握ったグラーフアイゼンによってバインドブレイクを実行、残り三つのバインドを悉く破壊する。


 「文句を言うな、それよりも、バインドに捕まるとは油断でもしたか」


 『Schwertform.(シュベルトフォルム)』

 そして、仕切り直すためにヴィータの元まで引き、レヴァンティンをシュベルトフォルムに戻しつつシグナムが声をかける。


 「うっせーよ、戦術的判断って言え。いざとなればこっから逆転することだって出来らあ」


 「そうか、それはすまなかったな。だが、あまり無理はするな、お前が怪我でもすれば、我らが主も心配する」


 「わあってるよ」

 主に無用な心配をさせないことも、騎士たる者の役目。それは彼女らの心より生まれる想いであり、“独善”と言われればそれまでではあるが、騎士に限らず、人と人との触れ合いというものはそういうものだ。

 自分ではない他人の心など、完璧に把握できるはずもなく、そもそも自分の心すら理解できない場合も多い。しかし、だからこそ人間は触れ合い、言葉を交わし、繋がっている。

 だが、闇の書の守護騎士として長い夜の中にいた頃は、そのような意思すらなく、蒐集を行うプログラムに過ぎなかったが、そんな彼女らも、今は主のために戦っているのだ。

 二人の騎士は敵の動向に目を走らせながらも、会話を交わしていく。


 「それから、落し物だ」


 「あ…」

 シグナムはヴィータの帽子を手に取り、彼女の頭に乗せる。


 「ありがと………シグナム」

 やや照れつつも礼を言うその時の姿だけは、まさしく歳相応の少女ものであったが。


 「戦況は、四対三、芳しいとは言えないな」


 「ああ、それに向こうさんも迎撃準備万全みたいだ」

 その表情は、すぐさま歴戦の戦士のそれへと戻る。その視線の先には、杖を構えし黒衣の魔導師と、ダメージから復帰し魔力刃で構築された鎌を構えた、同じく黒衣の少女が空に佇んでいる。


 「一人は戦闘不能だから敵は四人。一対一ならば我らベルカの騎士に負けはないが、守勢に回られ、負傷者を逃がされると厄介だ」


 「つーか、ここで逃げられたら、あたしはあいつのデバイスを壊しに来ただけの間抜けになっちまう」

 今宵の守護騎士の戦略目標はあくまで白い魔導師から蒐集を行うこと。管理局の主戦力クラスの魔導師と真っ向からやり合うこと事態が、既に想定外なのだ。

 かといって、ここで退いてはただこちらの情報を管理局に渡すだけの結果しか残らない。何としても四人の壁を突破し、少なくとも一人からは蒐集を行わねばただの無駄骨だが、いくらベルカの騎士とはいえ相手が守勢に徹するならば突破は難しい。


 「そして、先程までとは気配が違う。ザフィーラが相手している守護獣も同様にな」


 「差し詰め、指揮官が到着して、戦闘だけに専念できるようになったってとこか。これまでは慣れない状況判断と戦闘を同時に行ってたから甘さがあったけど、その穴も埋まっちまった」

 つい先程まではザフィーラに押されていたオレンジの髪の守護獣、アルフも今ではほぼ互角にまで持ち直している。

 ヴィータの推察の通り、クロノの指示によってフェイトのことや転送魔法のことを気にする必要のなくなったアルフは、目の前の敵と戦うことのみに全力を注げているのであった。

 数の上で不利な上に、敵の指揮官も優秀。

 ヴォルケンリッターにとって、戦局はいささか厄介な情勢となりつつある。


 「蒐集を行うにも、まずは誰か一人を抜かねばならんが………一人だけを転送するならばあまり時間もかからん、まずは、あの少年を狙うべきか」

 その少年とは無論、なのはから若干離れた位置で転送魔法の構築と部分的な結界抜きを試みるユーノ・スクライア。


 「だな、闇の書はあたしが持って……………ない」

 腰の後ろに手を回したヴィータが、そこにあるはずのものがないことに気付く。


 「何だと?」

 そして、その答えは数秒後に別の方角からやってくることとなる。










新歴65年 12月2日 第97管理外世界 日本 海鳴市 八神家 キッチン PM8:05



 「♪~♪~♪~、よしっと、――――ん」

 鼻歌を歌いながら料理をしている少女のエプロンのポケットに収められた携帯電話が、着信音を響かせる。


 「もしもし?」


 「あ、もしもし、はやてちゃん、シャマルです」


 「ん、どうしたん?」


 「すいません、いつものオリーブオイルが見つからなくて………ちょっと、遠くのスーパーまで行って探してきますから」

 ただ、その声はいつものシャマルの声に比べてややゆっくりとしたもの。

 電話である以上当然と言えなくもないが、これはシャマルが主に虚言を成すときの特徴でもあった。


 「別にええよ~、無理せんでも」


 「出たついでに、皆を拾って帰りますから」


 「そっか、気いつけてな」


 「はい、お料理、お手伝いできなくて、すみません」

 それは、虚言ではなく心からも想い。


 「だいじょぶ、平気やって」


 「なるべく急いで、帰りますから」


 「急がんでいいから、気いつけてな」


 「はい、それじゃあ」

 そうして、湖の騎士シャマルは通信を終える。ただし、その場所は海鳴のスーパーの近くではなく、近いようでどこよりも遠い、位相を隔てた封鎖結界内。彼女の視線の先では、二騎の守護獣が空中戦を繰り広げている。

 無論、封鎖結界の内部から携帯電話を使用したところで、通常空間にいるはやての携帯電話に繋がるはずもない。そもそも、位相が違うのだ。

 だがしかし―――


 「そう、なるべく急いで、確実に済ませます。クラールヴィント、導いてね」


 『Ja.』

 彼女の持つデバイスは、直接的な攻撃力の大部分を犠牲にすることで、強力なサポート能力を保有するベルカでも数少ない補助魔法特化型のアームドデバイス。

 彼女と湖の騎士シャマルの魔法が合わされば、魔力で駆動する魔導端末と、純粋な電気で駆動する機械端末を繋ぐのみならず、空間を隔てた通信すらも可能とする。

 それは、目立たず地味でありながらも、実は瞠目すべき脅威の技術なのである。


 『Pendelform.(ペンダルフォルム)』

 風のリングクラールヴィントに収められた宝石が分離し、拡大して振り子をなす。そこには紐が繋がっており、さながらダウジングに用いるかのような様相を見せる。

 この状態においてこそ、クラールヴィントは通信・運搬の補助に対して最大の性能を発揮するのだ。


 【ヴィータちゃん、シグナム、ザフィーラ、闇の書は私が持っているわ】

 故にこそ、その念話はおろか、彼女がこの場にいるとさえも誰にも感知されぬまま、湖の騎士は密かに通信回線を開く。

 クロノですら、湖の騎士が近くにいる可能性に思い至っているものの、その場所までは特定できていない。彼が戦闘を行っておらず、探索に集中出来たならば話は違うだろうが、シグナムとヴィータと相対しながらでは無理があった。


 【管理局の魔導師はまだ私を感知していない。だから、いい作戦があるの】

 そして彼女は、ヴォルケンリッターにおいて頭脳戦を担当する参謀役。

 ベルカの騎士でありながら近接格闘に向かないデバイスを操るその真価が、静かに発揮されようとしていた。








新歴65年 12月2日 第97管理外世界 日本 海鳴市 封鎖領域  上空 PM8:08





 集団戦が開始されると共に、戦う者達はそれぞれに散り、一対一の戦いを三箇所において展開することとなった。それぞれの位置はなのはの場所から離れており、アースラ組がヴォルケンリッターをなのはから引き離した結果といえる。

 また、三箇所の戦闘位置とほぼ等距離であり、なおかつなのはともそれほど離れてはいない位置にユーノは陣取り、結界の突破となのはの転送を試みる。

 そして、三局の戦いの一つにおいて、既に衝突が行われていた。

 高速機動からの魔力を伴った衝突はそれだけで凄まじい音と光を生み出すものの、その中心にいる両者は意に介することなく、各々の得物に力を込める。

 閃光の戦斧と炎の魔剣

 剣とハルバード、形状や用途に違いはあれど、近接戦闘において真価を発揮する武器であることに変わりはなく、その鍔迫り合いは一見、拮抗しているように見受けられる。


 「く、ぐぐ」


 「――――」

 だが、互角ではない。魔力と魔力がぶつかり合い、火花が散るたびに僅かながらバルディッシュの刀身が削られていき、僅かに亀裂が入る。


 ≪相手はアームドデバイス、強度は向こうが上か≫

 近接戦闘に向いた武装であるとはいえ、バルディッシュはインテリジェントデバイスであり、対して、レヴァンティンはアームドデバイス。共に高度な知能と主の魔力変換資質を引き出す特性を備えているものの、重きを置いている機能が異なっている。

 ミッドチルダ式であるバルディッシュは射撃の制御や、何よりも高速機動の管制に主眼が置かれている。ベルカ式であるレヴァンティンは近距離、中距離、遠距離を問わず、いかなる状況でも最大の破壊力を引き出すことに主眼を置かれた攻撃専門といえる。

 近接戦闘において、現在のバルディッシュではレヴァンティンに及ばないことは、火を見るより明らか。


 『Photon lancer.(フォトンランサー)』

 フェイトは持ち前の機動力を発揮して大きく距離を取り、自らの周囲に四つの光球を展開、それぞれに魔力を込めていく。


 「レヴァンティン、私の甲冑を」
 『Panzergeist!(パンツァーガイスト)』

 対して、シグナムが選んだ防御はフィールド系のパンツァーガイスト。

 魔法攻撃に対して圧倒的な防御性能を誇り、全身を覆った場合は攻撃が不可能となるため、部分展開や鞘に纏わせるなどの調整が必要となるが、ここでは純粋な防御用として発動させる。


 「撃ち抜け、ファイア!」

 強力な魔力が込められたフォトンランサーが放たれ、剣の騎士へと突き進む。誘導性能を持ち得ない直射型ゆえに、弾速が速く、連射も可能。フェイトが最初に習得した魔法でもありそれだけに熟練しており、信頼性も高い。


 だが――――


 「!?」

 パンツァーガイストは全力ならば砲撃魔法すらも防ぐ。防御に徹した際のシグナムの守りを突破しようと思うならば、なのはのディバインバスターと同等かそれ以上の破壊力がなければ叶わない。


 「魔導師にしては悪くないセンスだ」

 それは、彼女の心からの想いであり、自分にも味方にも厳しい彼女がそのように述べるのは珍しい。

 遙かな昔、白の国にて“若木”を教導していた時には、そのように賛辞に近い言葉を受け取った者は稀であった。


 「だが、ベルカの騎士に一対一を挑むには――――――――まだ、足りん!」

 瞬間、シグナムの身体が消える。いや、フェイトにはそう見えるほどの速度で移動したのだ。


 「おおおお!!」

 その次に瞬間にはフェイトの頭上に姿を現し、上段から加速を込めてレヴァンティンを叩きつける。純粋な速度ならばフェイトが上回るにも関わらず、なぜこうも容易く彼女の間合いに入り込むことが出来るのか。


 「くうっ!」

 それはすなわち、速度に非ず技術、入りのタイミングと相手の目からは捉えにくい緩急。“相手に近づいて叩っ切る”というものがシグナムの戦術の基本ではあるが、それだけに彼女は間合いを詰めることを何よりも得意としている。

 ヴィータのグラーフアイゼンならば、ジェット噴射機構を備えたラケーテンフォルムがあり、急加速も可能だが、レヴァンティンにはその機能はない。それゆえ、シグナムは己の技量によってそれを補っているのであり、彼女の高い技量があってこそ、レヴァンティンは攻撃能力のみに特化することが出来る。

 炎の魔剣レヴァンティンは、烈火の将のために作られたデバイスであり、その連携にはまさに微塵の隙もない。フェイトが展開したバリアをそのまま破壊し、バルディッシュ本体にすら軽微ながら損傷を加える。


 「レヴァンティン、叩っ切れ!」
 『Jawohl!(了解)』

 さらに、カートリッジロード。生じた相手の隙を見逃さず、カートリッジを用いるべきタイミングを見極め、追撃を仕掛ける。

 炎熱変換された魔力が再びレヴァンティンに宿り、炎の魔剣はその真価を存分に発揮していた。


 「く、ああ!」

 バルディッシュで以て迎撃を試みるフェイトだが、その一撃は重く、強く、バルディッシュにさらなる損壊を加えると同時に、彼女を再びビルへと叩きつけた。






--------------------------------------------------------------------




 「はああ!」


 「スティンガーレイ」

 高度な空戦は別の局面でも変わらず展開されている。

 鉄鎚の騎士と黒衣の魔導師は高速で飛び回りながらも、ある種の膠着状態に陥りつつあったが、それは偶然ではなく、片方が意図的に誘導したものであり、もう片方がそれを知りつつもあえて乗るという形で展開されていた。

 クロノはヴィータの鉄鎚を躱し、反撃に用いる魔法は威力自体はそれほど強くはないものの速度とバリアの貫通能力が高いため、対魔導師用として優れるスティンガーレイ。


 「アイゼン!」
 『Schwalbefliegen.(シュヴァルベフリーゲン)』

 ヴィータもまた中距離誘導型射撃魔法で応じ、スティンガーレイを迎撃。そのまま反撃に転じようとするが―――


 「チェーンバインド」

 その進行方向には蜘蛛の巣のように鎖の網が張り巡らされ、彼女の最短距離で切り込ませることを許さない。突っ込むことは出来るが、それでは速度が鈍り、射撃魔法の的にしかならない。

 本来は拘束用魔法であるチェーンバインドをこのような形で展開することも、実戦における応用の一つ。教科書通りの使い方だけが全てではない。


 <ち、しゃあねえ、迂回して―――――!>


 そう思考し、上方に迂回し、重力を味方につけた一撃を叩き込もうとしたヴィータだが、ただならぬ予感を感じ、咄嗟に後方に飛び退く。

 その前方を、クロノのスティンガースナイプが下方から飛来し通過していき、さらに、その魔力弾を捕える形で上方に設置されていたディレイドバインドが発動した


 <いつの間に―――――――待てよ、まさか>

 驚愕しながらもヴィータはその攻撃の起点を探り、さらに驚くべき真相に辿り着く。


 <さっき、シグナムに放ってた誘導弾、あれは空中を旋回しながらチャージする機能を持ってた……………それを、地面すれすれに待機させてたってわけか>

 シグナムとヴィータが合流し、クロノもまたフェイトと合流した場面、その時に既にクロノは罠のための布石を敷いていたのだ。

 スティンガースナイプを消滅させず、己に戻すこともなく、ほとんどの魔力を失って失速するかのように見せかけ、下方へ落下。だが、その状態で密かに魔力を再チャージしていき、ヴィータが突撃をかけようとしたタイミングに合わせ、上昇させる。

 さらに、その上方にはディレイドバインドが設置されており、もしヴィータが後方に退かずにチェーンバインドを迂回した上方からの攻撃を選んでいれば、下からのスティンガースナイプを避けるために罠の中に飛び込むこととなっていた。


 <鋭いな、この程度の罠には嵌らないか>

 しかし、驚きがあるのはこちらも同様。対峙する赤い騎士がディレイドバインドに掛かれば即座に止めを刺すべく直射型砲撃魔法、ブレイズキャノンの術式をS2Uに待機させておいたクロノだが、無駄に終わってしまった。

 純粋な演算性能に優れるストレージデバイスは、幾つかの術式を待機状態にしておき、時間差で発動させることを可能とする。ただし、弊害として、その間の状況判断や術式の選択を全て魔導師が行わなければならなくなるという欠点も有していた。

 だが、クロノほど戦術の構築と展開に長ける者ならば、その欠点もそれほど痛手になりえない。まさしく、詰め将棋のように敵を追い込み、罠にかける、それが、クロノ・ハラオウンの基本的な戦闘スタイル。


 <こいつ、並じゃねえな。しかも、気付けばこの位置関係―――>

 クロノの罠を辛くも看破したヴィータだが、同時に自らが置かれた状況に気付く。

 チェーンバインドは未だに彼女とクロノを分かつ境界線のように展開されているが、その他の戦場、シグナムとフェイトも、ザフィーラとアルフも、悉くその境界線の向こう側に位置しており、なのはとユーノも同じく。


 つまり、ヴィータがクロノを相手にせず他の応援に回ろうとしても、振り返った先には誰もいないという状況。彼女が仲間を支援しようとするならば、まずはこの黒衣の魔導師を突破しなければならない。


 【フェイト、大丈夫か】


 【なんとか、まだいけるよ】

 対して、クロノは全速で反転すればフェイトやアルフの支援に回れる。当然、ヴィータの追撃を考慮する必要があるが、彼女の精神には既に楔が打ち込まれている。


 <アイツが反転して、あたしが追ったら、また罠があるかもしれねえ―――――なんて考えちまってること自体が野郎の手の内か>

 クロノが反転し、ヴィータが追う。それ自体が彼女を捕えるための罠である可能性が脳裏から離れない。逆に言えば、クロノは“反転するふり”をするだけで、ヴィータの次の行動に制限を加えることが出来るのだ。すなわち、ただちに追うか、一旦様子を見るか。

 だが、彼女は優れた戦闘者であり、無謀な突進を試みるには戦局を見る力が強すぎた。かといって、特に何も考えずに突進すれば、罠にかかるだけだろう。


 <どっちにしろ同じか、あの野郎、わざとさっきあたしに罠を見せつけやがったな>

 つまり、先程のクロノの罠は、相手の戦術思考レベルが高かろうが低かろうが、どちらにも対応できるものとなっていたのだ。

 相手が純粋に突っ込んでくるならば、ディレイドバインドで捕え、ブレイズキャノンで止めをさすだけ。相手が慎重に様子を窺ったならば、下からスティンガースナイプを飛来させ、それをディレイドバインドで捕える。それによって、相手の精神にどこに罠が仕掛けられているか分からない、という楔を打ち込み、こちらは、相手の戦術思考能力が高いほど効果を発揮する。


 <最適ではないが、第一段階はクリアだな>

 一つの駆け引きを終えたクロノは、思考を止めることなく戦況全体の推移を見守りながら、新たな戦術を構築する。

 クロノとヴィータの戦闘だけに限るならば、どちらが優位に立ったわけでもない。双方に傷はなく、魔力の消耗レベルにも大差なく、仕切り直しの状態で対峙している状況なのだから。

 しかし、戦局全体で見るならば、他の戦場に駆けつけることが可能な地の利を抑え、さらに自身が他方の応援に出た際に即座に追撃に移る選択肢すら封じたクロノが優勢となっている。

 目立つ戦い方ではなく、華がある戦い方でもない。将来、砲撃、高速機動、広域殲滅など、それぞれの代名詞とも言える特徴を有する三人の少女達と異なり、クロノ・ハラオウンの戦術には特筆すべきものは何もなく、彼はそのような才能には恵まれなかった。

 だが、積み上げられた経験と、短所をなくす方向に鍛え上げた魔導師としての能力、そして何よりそれを支える鋼の意思。それらを以てして、クロノ・ハラオウンは戦場の華たる紅の鉄騎と互角以上の戦いを繰り広げる。


 <こいつは、あたしと戦いながら、戦局全体を見てやがる>

 無言でありながらも、鉄鎚の騎士の内心は穏やかではない。

 これは別に、クロノの戦闘能力がヴィータを大きく凌駕しているために、他に気を回す余裕があるわけではない。ヴィータと一対一で対峙していても、他の戦況を見守りながら戦っていても、クロノ・ハラオウンの戦闘能力にはほとんど影響がないのだ。

 そして、それこそが執務官、もしくは前線指揮官として最も必要とされる能力。後方の司令官、リンディ・ハラオウンの立場ならば、戦闘能力は必要なく、指揮能力のみに優れていればいい。

 逆に、フェイトのような嘱託魔導師や武装局員であれば、指示された通りに動き、戦力として働く能力が優れていれば良い。

 しかし、執務官=エース級魔導師ではなく、必要とされるのは自身も前線で戦いながらも戦局全体を把握し、指示を与えつつ後方への連絡も同時に行う、多面的な技能。

 この数年後、フェイト・テスタロッサ・ハラオウンは努力の果てのその能力を身に付けるが、前線指揮官としての適正に関してならば、さらに後に彼女の補佐官となるティアナ・ランスターの方が優れていた。

 執務官の仕事は多岐にわたり、特に捜査に関してならばフェイトはティアナよりも適正があったが、クロノ・ハラオウンという男は、両方の能力において両者を凌駕していた。しかもそれは、天性によるものではなく、努力によって培われたもの。


 <強い、そうとしか言えねえな>

 故にこそ、彼には隙がない。

 純粋な戦いにおいてならば負けるつもりは微塵もないヴィータだが、集団戦における指揮能力では向こうが勝っていることを認めざるを得ない。

 このような相手を前に、搦め手を用いるのは得策ではなく、まして彼女は鉄鎚の騎士。最前線に立って敵を粉砕することこそが本領なのだ。


 よって、クロノ・ハラオウンの戦略を打ち崩すとするならば―――


 【もう少しよ、タイミングを合わせてね、ヴィータちゃん】

 主戦力としてではなく、参謀として策を巡らすことに長ける者。


 【応よ、任せな】


 湖の騎士、シャマルの能力こそが、要となる。



 彼女の策が発動する時は――――――近い。




[26842] 第五話 奇襲、策略、対抗策
Name: イル=ド=ガリア◆ec80f898 ID:ee4ccd9f
Date: 2011/03/31 15:38
第五話   奇襲、策略、対抗策




新歴65年 12月2日 第97管理外世界 日本 海鳴市 封鎖領域  上空 PM8:08




 「はああああああ!!」


 「ぬうう!」

 三局の戦いは止まることなく進み、デバイスを用いない者同士の戦いもその激しさを強めていく。

 当初、盾の守護獣ザフィーラの体術はアルフを凌駕していたが、アルフが結界破壊や転送に労力を割かず、迎撃に全力を割けるようになってからはほぼ互角の様相を見せている。

 もし、彼女が転送魔法の準備をしていれば、純粋な戦闘能力はやや下がるものの、サポートに向いた獣形態をとっていたであろうが、今は互いに人型。高速で飛び交い、魔力を纏った拳を叩きつけ合う。


 【ユーノ、そっちはどうだい!】

 かといって、余裕があるわけでもないため、念話も自然と短く速いものとなるが。


 【もう少し、座標の設定は済んだ。後はなのは一人を送れるだけの穴を開けられれば―――】


 【上出来、そんくらいなら余裕だよ】

 ユーノからの朗報が、彼女の身に活力を与える。なのはの転送が済めばユーノも戦力として参加することが可能となり、戦況はこちらの有利となる。

 クロノ程全体を見る余裕があるわけではないが、アルフも自分達の現在の状況は理解しており、己の役割を遂行することに全力を尽くす。


 「………」

 対して、盾の守護獣は無言。

 彼は元々饒舌ではないが、今回に関しては無言であることにも理由はあった。


 【どう、ザフィーラ?】


 【問題ない、お前の指示通り、今は徒手空拳のみで戦っている】


 【そう、後少しで動くから、手筈通りにお願いね】


 【心得ている】

 アルフがユーノと念話を行っているように、ザフィーラもまたシャマルと念話を行っていた。

 そして、地に根を下ろさず、空戦から交差する際に拳や蹴りを放つ格闘戦においては、ほぼ互角であることを理解しつつも、盾の守護獣はその戦法を変えることはなかった。彼もまた本来は陸の獣であり、その本領は地に足をつけた格闘戦でこそ発揮されるのだが。


 【頑張って、もうすぐ、風はこちらに向くわ】

 ザフィーラは、湖の騎士シャマルの作戦立案能力を信頼している。ヴォルケンリッターが参謀役である彼女の策を信頼すればこそ、彼は戦術を展開することなく、同じ攻防に終始する。


 風向きの変わる時は、近い。











新歴65年 12月2日 第97管理外世界 日本 海鳴市 封鎖領域  ビル群 PM8:09



 『Nachladen. (装填)』

 シグナムの手からカートリッジが放れ、レヴァンティンの柄の部分へと飲み込まれる。


 「カートリッジ………システム」

 そしてその機構を、閃光の戦斧とその主は理解している。他ならぬ、時の庭園の管制機が用いていたシステムでもあるのだから。


 「ほう、これを知っているか」

 それは、シグナムにとっても若干の驚きであった。闇の書の守護騎士として幾度も管理局員とは矛を交えたが、カートリッジシステムを用いていたものはほぼ皆無であったから。

 だが、それも無理はない。管理局が闇の書との抗争を繰り広げた時期は、インテリジェントデバイスの黎明期の頃。カートリッジシステムも一度は廃れた技術であり、デバイスマイスターらが心血を注いで復活させるべく努力していた時代だ。

 中でも、カートリッジシステムに関して最大の功績を成したのは“アームドデバイスの父”ことクアッド・メルセデスという人物。“インテリジェントデバイスの母”シルビア・テスタロッサはカートリッジ開発に関しては彼に及ばなかった、無論、彼女とて並のマイスターが及びもしない専門家であったことは間違いないが。


 「まあ………それなりに………」

 しかし、フェイトの言葉には陰りというか、憂鬱そうな気配が漂う。

 無理もなかった。なのはが“それ”を見たのは一度きりであり、それから半年以上経過していることもあって印象こそ強かったものの、既に過去のものとなっている。

 だが、フェイトにとっての“それ”は深層心理のレベルで刻まれつつあるトラウマと言ってよい、“ゴキブリ・フェスティバル”と並ぶほどの衝撃、いやむしろ笑撃を“尻からカートリッジを吐き出しつつ飛び回る怪人”は与えていた。

 物心ついた頃に刻まれたものゆえ、それを振り払うのは流石に容易ではない。レヴァンティンがトールの尻に突き刺さり、カートリッジを吐き出してトールごと吹き飛ぶ光景を想像してしまったフェイトを、責めることは誰にも出来まい。


 「?」


 そんなフェイトの反応に訝しげな視線を送るシグナムだが、今は戦いの最中であり、すぐに気を取り直す。

 まさか、彼女の脳内で己の魂が怪人の尻に突き刺さっていることまでは知りようもなく、いや、知らなくて良かったというべきか、もし知っていたら時の庭園に乗り込んでシュトゥルムファルケンを放っていたかもしれない。


 「終わりか、ならばじっとしていろ。抵抗しなければ、命までは取らん」

 不殺の誓いは、守護騎士全員が共通して持つもの。

 剣の騎士シグナムの攻撃は、ただの一度もフェイト・テスタロッサの命を奪う目的で振るわれてはいない。


 「誰が―――」

 フェイトはその言葉を否定し、同時に脳内の滑稽極まりない光景を考えないようにしながら、バルディッシュを構える。


 「いい気迫だ」

 シグナムはその返答に笑みを浮かべ、騎士として名乗りを上げる。もし、フェイトの脳内を知っていればそれどころではないが。


 「私はベルカの騎士、ヴォルケンリッターが将、シグナム。そして我が剣、レヴァンティン」

 言葉と同時に、レヴァンティンを両手で構え、油断なく見据える。片手と両手、どちらでも使えるのもレヴァンティンの特徴といえるだろう、ヴィータのグラーフアイゼンは片手で振るうには少々無理があり、それ成そうとするならば、ザフィーラと同等の体格が必要になる。


 「お前の名は?」

 相手の目を見据え、真っ直ぐに問う彼女に対し。


 「ミッドチルダの魔導師、時空管理局嘱託、フェイト・テスタロッサ。この子は、バルディッシュ」

 黒衣の少女も、真っ直ぐに応じる。


 「テスタロッサ…………それに、バルディッシュか………」

 そして、同時に―――


 【始めるわ、貴女も大丈夫、シグナム?】


 【ああ、名乗るべきものは名乗り、受け取るべきものは受け取った】


 【貴女らしいわね】


 【かもしれん、だが、準備は済んだ】

 既に、レヴァンティンにカートリッジは装填され、両手で構えている状態でシグナムはフェイトと対峙している。

 シャマルの策において、要となるのはシグナムであり、彼女の準備が整っていないのであれば、実行は不可能。


 【じゃあ、行くわ】


 【お前も気をつけろ】


 【ふふ、誰に言っているのかしら、近衛隊長】


 【そうだったな】

 それは、無意識に出た言葉ゆえに、彼女らは気付かない。

 その呼び名は、彼女らが夜天の魔導書の守護騎士、ヴォルケンリッターとなる前のものであったことを。

 彼女らは、気付かない。

 しかし――


 『Ja.』


 それを覚えている“彼”は、ただ静かに呟く。

 主人であり、己を構える烈火の将にすら聞こえぬ程小さな声であったが、彼は答えていた。

 我が主こそ、白の国の近衛騎士隊長、並ぶものなき剣の使い手であったと。

 騎士の魂は静かに、だが確かに、答えていたのだ。

 例え、その言葉を聞き届ける者が誰もいなくとも。





新歴65年 12月2日 第97管理外世界 日本 海鳴市 封鎖領域  ビル屋上 PM8:10



 「よし、もう少し」

 なのはがいるビルからやや離れた別のビルの屋上にて、ユーノ・スクライアはなのはを戦場から避難させるための術式を紡いでいる。

 敵対する者達はクロノ・フェイト・アルフの三名が防いでおり、彼を妨害する者はいない。仮に、四人目の敵が現れたとしても、ユーノにもそれに対応する準備があり、クロノも即座に駆けつけられる体勢を整えている。

 戦況は確かに、自分達に傾いている。クロノがいなければかなり厳しかったであろうが、戦力が四対三となったことでユーノは戦闘に加わらずに結界破壊と転送に専念出来ている。


 しかし、それは甘いと言わざるを得ない。


 闇の書の守護騎士、ヴォルケンリッターが参謀、湖の騎士シャマルの策は、まさにユーノが自分達の優勢を確信し、あと僅かでなのはを逃がせると安堵した瞬間に発動した。


 「!?」


 【ペンダルシュラーク!】

 間違いなく、ほんの一秒前まで何もなかった空間、そこから紐と振り子が突如出現し、ユーノの身体に巻きつく。

 それは、ユーノが想定した攻撃のどれにも属さないものであった。遠距離からの誘導弾、アームドデバイスによる直接攻撃、もしくは、使い魔と思われる男性の拳、どれが来ても対応できるよう準備していたが、ほぼ零距離から紐が伸びてくることまでは予想しきれなかった。

 もしこれが、バインドなどの魔力で編まれたものであれば、対応策もあったが、これは”風のリング”クラールヴィントの一部であり、バインドブレイクでは解くことは叶わない。

 さらに―――


 【逆巻く風よ―――】

 祈るような旋律と共に紡がれた言葉、そのままの光景が、ユーノよりかなり離れた地点に出現した。


 「竜巻だって! なのは!」

 これが、湖の騎士シャマルの策であり奇襲。

 左手のクラールヴィントでもってユーノを物理的に拘束し、自身はなのはのいるビルを中央として、ユーノがいる場所と反対側に陣取る。そして、右手のクラールヴィントによって“逆巻く風”を発生させ巨大な竜巻を形成し、屋上にいる少女へと進軍させる。

 他の守護騎士を止めている三人はユーノのさらに向こう側に位置しているため、それを止められる者は、誰もいない。


 <いや待て、例えSSランクの魔導師だって、僕への空間転移攻撃を行いながら、強力な魔法なんて放てるわけがない。それに、これはデバイスだ>

 だがしかし、ユーノ・スクライアの頭脳は明晰であり、魔導師の限界というものを彼は知っていた。

 デバイスを用いての遠距離束縛、これを一切感知させずに行った手腕は見事しか言いようがないが、それを行いながらあれほど巨大な竜巻を発生させることは不可能。


 <だから、あれは見せかけだ。多分、威力もほとんどなくて、大きさがあるだけの張りぼての竜巻>

 仮に、ある程度の威力があったとしても、なのはの周囲にはユーノが張った癒しと防御を兼ね備えた上位結界、ラウンドガーダー・エクステンドはA+ランクの守りがある、そう簡単に破れるものではない。

 ユーノは即座にそこまで見抜き、まずは自身を拘束する紐を解くことを優先する。何をするにしても、まずはこれを解かないことには話にならない。

 だがしかし、惜しむらくは彼の能力、思考は学者肌と言ってよく、戦闘者のそれではなかったことだろう。

 確かに、彼の推察は正しく、あの竜巻が直撃したところでなのはにはかすり傷一つなく、それどころかビルにすらほとんど被害は出ないであろう。


 だが―――





 「なのは!」


 「やばいじゃないか!」

 ユーノよりもさらに離れた場所で戦う二人、フェイトとアルフには瞬時にそこまで察するための情報がない。ユーノがいる以上は大丈夫だろうという思いはあっても、巨大な竜巻が現れ、なのはの方へ突き進んでいく様子を見てしまっては、平静ではいられない。

 つまり、行動の優先順位をつけるならば、ユーノはまずフェイトとアルフに念話を飛ばすべきであったのだ。あれは見せかけであり、敵の術者は自分を束縛している、仮に多少の威力があってもなのはの周囲の防御結界は破れないと。

 しかし、ユーノ・スクライアの本分は遺跡発掘や学術研究であり、戦闘指揮に長けるわけではない。というよりも、この場で戦力の一人として戦えること自体が既に異常なのだ。


 【よそ見をするな! フェイト! アルフ! 今は目前の敵に集中しろ!】

 そして、唯一戦局全体を見渡していたクロノは、やや位置が離れすぎていた。

 鉄鎚の騎士を他の戦場から引き離し、かつ、自身は仲間のところへ駆けつけることが可能な状況は作り上げたが、全体を見るためにはどうしても距離を取って見渡す必要がある。

 そのため、シャマルが現れた位置はクロノとは最も遠い位置であり、完璧な直線ではないが、シャマル→なのは→ユーノ→フェイト、シグナム→アルフ、ザフィーラ→クロノ、ヴィータという位置関係であり、上から見るならば、十字架に近いものとなっている。

 十字架の頭の先がクロノであり、左右に別れたそれぞれにフェイト、アルフ、交点にユーノ、下側の最も長い部分の先端にシャマル、ユーノとシャマルの中間になのは、といったところだろうか。

状態図
                 ヴィータ
                 クロノ
  
  



  
  フェイト・シグナム      ユーノ       アルフ・ザフィーラ



 
                 なのは
  

            
 
                 ↑
                 竜巻

 




                 シャマル


 この位置関係ならばクロノからは一方向を見るだけで全体を把握できるが、それはシャマルにも同じことが言える。さらに、なのはに迫る竜巻を捕捉し、その威力を図り、敵の目的を察するにはクロノの位置は遠すぎた。いや、見抜きはしたのだが、遅かったというべきか。


 「飛竜―――――」

 そして、なのはの方へ意識を向けてしまったフェイトを、烈火の将が黙って見過ごすことはありえない。むしろ、これこそが湖の騎士の策略の真骨頂なのだ。カートリッジをロードし、シュランゲフォルムから繰り出す砲撃級の魔力付与斬撃を放つべく魔力を込め――――



 「一閃!」


 「!?」

 フェイトが振り返ると同時に、その飛竜の咆哮の如き一撃が解き放たれる。

 これまで、シグナムのフェイトへ対する攻撃は全て、間合いを詰めての斬撃に限定されており、クロノに対しては一度シュランゲフォルムを用いたが、フェイトにとっては初見となる。

 さらに、その初見での一撃がシュランゲバイゼンではなく、炎熱の魔力が込められた中距離砲撃といえる飛竜一閃。いくら才能に溢れているとはいえ、まだ歴戦とはいえない嘱託魔導師が即座に対処できる攻撃ではない。


 『Defensor.(ディフェンサー)』

 だがしかし、閃光の戦斧は揺るがない。

 例え主が動揺し、咄嗟の対処が出来ずとも、機械仕掛けの頭脳を有する彼が慌てることはあり得ない。


 (我々デバイスが取り乱しては話になりません。いついかなる時もただ演算を続けよ。動揺することは人間の特権であると心得よ、慌てたところで得ることなどないのですから)

 それが、先発機より彼が受け継いだ、インテリジェントデバイスの在り方なのだから。


 ≪防ぎます、我が主≫

 バルディッシュは高町なのはに迫る竜巻のことはまさに“考えることすらせず”、己の主を守護することに全てのリソースを費やす、それこそがデバイスであり、それでこそデバイス。


 「バルディッシュ!」

 僅かに遅れて、閃光の戦斧の主も驚愕から立ち直り、迫りくる破壊の渦に対抗するべく、障壁に魔力を込める。

 既に半年以上前となるが、彼女とバルディッシュはトランス状態にある高町なのはとレイジングハートのディバインバスターを受け止めきった。

 ならば、如何に飛竜一閃が強力であろうとも、彼女がベルカの騎士である以上砲撃に関してなのは以上とは考えにくい。フェイトにとってはむしろ紫電一閃による直接攻撃の方が鬼門といえる。

 そして彼女らは、飛竜一閃を見事に凌ぎきることに成功する。


 しかし―――


 『Schwertform.(シュベルトフォルム)』


 「レヴァンティン、カートリッジロード!」
 『Explosion!(エクスプロズィオーン)』


 烈火の将も元より、この一撃のみで終わらせるつもりはない。

 彼女の目的は、紫電一閃をバルディッシュのコアに叩き込み、その機能を停止させることにある。しかし、攻撃箇所が限定される一撃だけに、高速機動を行うフェイトとバルディッシュに狙って中てることは難しい。

 だからこそ、攻撃範囲が広い飛竜一閃をシャマルの竜巻によって生じた隙に叩き込み、相手を防御に集中させる。その状態で追撃をかければ、外すこともあり得ない。


 「紫電――――」

 策の発動前にカートリッジのロードは済んでおり、レヴァンティンに一度に三発のカートリッジが搭載可能。彼女がシャマルに告げた準備とは、すなわちこの連撃のためのものに他ならない。


 「一閃!」

 放たれた一撃は、今度こそ閃光の戦斧の守りを完全に突破し、彼のコアに重大な損傷を与える。


 ≪私は―――鋼だ≫

 だが、彼は自身の損壊など意に介さない。守るべきは主、修復など後でも出来る、今はただ主を守ることのみに全力を注ぐ。

 シグナムの一撃は彼を狙ったものではあるが、自分が壊れればその破壊が主に及ぶ危険性は十分にあり得るのだから。


 「あああっっ!」

 その衝撃までは殺しきれず、フェイトの身体は遠くまで飛ばされるが、傷らしき傷はついていない。

 “魔導師の杖”、レイジングハートと同様に、閃光の戦斧バルディッシュもまた、己を盾に主を守り通したのである。




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 「縛れ、鋼の軛!」


 「なっ!」

 そしてもう一方の守護の獣同士の戦いにおいても、予期せぬ攻撃によって、大きなダメージを負うこととなっていた。

 なのはの方へ向かう巨大竜巻に注意が向き、ザフィーラから視線はおろか、身体ごと向きを変えてしまったその致命的な隙を、盾の守護獣は見逃しはしなかった。

 そして、これまで常に徒手空拳による攻撃のみを行って来たザフィーラから突如放たれた砲撃魔法に匹敵する魔力の奔流。アルフにとっては二重の驚愕であり、一瞬対処が遅れてしまう。

 確かに、格闘戦に置いてほぼ互角であったアルフとザフィーラだが、彼の攻撃は近接のみではない。アルフと異なり、彼は遠距離、もしくは広範囲を攻撃する手段を備えてるのだ。

 その攻撃は四方から囲むように拘束の軛で対象を突き刺して動きを止めるものではなく、彼自身の交差した腕から繰り出す一つの軛。捕獲や拘束など、用途が幅広いことが特徴の鋼の軛ではあるが、その中でも直接的な攻撃力が最も高い使用法である。

 アルフも咄嗟にラウンドシールドを展開するが、即興のそれでは盾の守護獣の鋼の軛は防げない、およそ10年後、数多くのガジェットのAMFを貫き、破壊することとなる攻撃の、収束型なのだ。

 だが、アルフとてただでやられるのを待つばかりではない。もはや防ぎきれないことを悟ったアルフは咄嗟に獣形態にチェンジし、狼の体毛によってダメージを最小限に抑える。

 人間形態と異なり手足を攻撃に使用するのは難しくなるものの、防御力では数段勝るのが獣形態。人間は、哺乳類の中で際だって皮膚の防御が薄い動物なのである。


 「く、つつつ、効いたねこりゃ」

 しかし、負ったダメージは決して軽いものではない。ザフィーラもまた追撃の手を緩めず、人間形態のままアルフ目がけて飛来してくる。


 「牙獣走破!」


 「く、あああ!」

 その攻めは苛烈を極め、これまで使用していなかった“技”すらも織り交ぜ、盾の守護獣は目前の敵を打倒するためにその力を解き放つ。

 こちらの戦闘の優劣は、最早明らかであった。






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 そして、唯一優勢に戦いを進めていたこちらでも、戦況が動く。


 「間に合え――」

 クロノ・ハラオウンは警告が間に合わなかったことを悟り、即座に自分の戦場から離脱する。自分の相手を倒すことに拘らず、戦局の変化に応じて臨機応変に動く彼の判断は流石といえる。

 可能な限りの速度で飛行すると同時に、念話でもってフェイトとアルフに状況を確認するものの、返答は芳しいものではない。


 【ごめんクロノ………バルディッシュのコアが壊されて、全壊こそしてないけどもう接近戦は無理】


 【悪い、あたしもやられた。致命傷じゃないけど、足止めが精一杯ってとこだ。だからアンタは、フェイトの方へ行ってあげておくれよ】


 【分かった、フェイト、すぐ行く、それまで何とか凌いでくれ】


 【ごめん、クロノ】


 【気にするな、これも年長者の務めだよ】

 そう述べつつも、彼は同時に敵がこの後どう動くであろうかを予測する。

 既に敵の策に嵌ってしまっている状況だが、まだ最悪の事態には至ってない。挽回が可能なラインのギリギリではあるが、諦めるには早過ぎる。


 【ユーノ、聞こえるか】

 クロノは、自身の判断ミスを一先ず脳内から締め出し、状況への対処に全力を注ぐ。

 反省や後悔は後で幾らでも出来る。しかし、的確に対処することは今しか出来ないのだから、嘆いている暇などありはしない。




 「グラーフアイゼン! カートリッジロード!」
 『Raketenform.(ラケーテンフォルム)』

 離脱するクロノをあえて見逃し、罠の有無を確認したヴィータもまた、次なる行動に移る。

 シャマルの策はまだ成ってはおらず、彼女が役割を果たしてこそ完成を見る。


 「ラケーテン――――」

 グラーフアイゼンが強襲形態であるラケーテンフォルムを取り、ヴィータの身体を急加速、凄まじい勢いでもって突き進んでいき、なおかつそのルートは一直線。

 クロノの進路はフェイトのいる方角であり、ヴィータの進路には誰もいない。そして、上から見れば十字架の形となっていた各ポイントにおいて、ヴィータから見て直線上、クロノがいなくなることで辿りつける場所には―――


 「ハンマーーーーーーーーーーー!!!」

 クラールヴィントの束縛から脱し、せめてなのはだけでも転送させようと術式を紡いでいた、ユーノ・スクライアがいる。


 「ラウンドシールド!」

 ヴィータの奇襲に対しユーノはラウンドシールドを展開する、しかし、なのはの防御すら破壊したラケーテンハンマーの一撃は、彼の魔力では到底防ぎきれるはずもない。

 だが――――


 「なに!?」

 振り下ろしたグラーフアイゼンの柄、さらにはヴィータの腕にチェーンバインドが絡みつき、その威力を半減させたならば話は別。

 ほぼギリギリの時間差であったが、クロノからの念話によってヴィータがこちらへ向かう可能性が最も高いことを知っていたからこそ、ユーノも対応が可能であった。

 敵は場当たり的な対処ではなく、極めて綿密な連携を取り、恐らくは4人目の仲間の指示によって動いている。その動きが計画的であるからこそ、最終的な目的も察することが出来る。

 敵が何よりも警戒しているのは結界が突破され、転送魔法によって逃げられること、ならばこそ、最終的な目標はユーノ・スクライアでしかありえない。シャマルも、シグナムも、ザフィーラも、最も一撃の破壊力に長けるヴィータをフリーの状態でユーノの元まで送り届けるために動いていたのだ。

 シャマルが隙を作り出し、シグナムがバルディッシュを破壊し、クロノが応援に行かざるを得ない状況とし、ザフィーラもアルフに他への応援が不可能なほどの傷を与える。そうなれば、ヴィータは完全にフリーとなり、ユーノに渾身の一撃を叩きこめる。

 間一髪のタイミングではあったが、クロノの読みは的中し、転送役であるユーノが潰されるという最悪の事態だけは回避できた。彼が健在であれば、まだこの戦場から負傷したなのはやフェイトを避難させる可能性は残される。

 しかし――――


 『Explosion! (エクスプロズィオーン)』

 その程度の策で我が一撃を止められると思うな。

 そう言わんばかりに、鉄の伯爵の噴射機構がエグゾーストを響かせる。


 「ぶち、抜けえええええええ!!」

 小細工を真っ正面から突き破り、叩き潰す存在こそ、鉄鎚の騎士ヴィータ。チェーンバインドを引きちぎり、ラウンドシールドを砕くべく、止まることなく徐々に徐々に食い込んでいく。

 盾が勝つか、鉄鎚が勝つか。

 その天秤はしばらく揺れていたが、グラーフアイゼンが最後のカートリッジをロードした瞬間、ついに片方に沈み込む。


 「く、くく…」


 「終わりだ!」

 まさしく、終わり。もし後数秒、ヴィータの攻めが続けばそうなっていたであろう。


 されど――――


 「何!?」

 ヴィータの戦士としての勘が、己の危機を告げ、即座に彼女は離脱。

 その眼前を、死角から飛来した桜色の誘導弾が通過していく。


 「なのは!」


 「あのやろ……」

 憤怒の視線でヴィータが見つめる先いる人物は、ただ一人しかいない。そも、桜色の魔力光を持つ人間はこの場に一人しかないのだ。

 そしてそれは、湖の騎士の策において、唯一の想定外。デバイスを砕かれた少女を戦力外と見なしていたシャマルではあるが、“不屈の心”を持つ少女が、その程度で折れるはずがない。

 シャマルの計算違いはただ一つ、彼女は、高町なのはの精神の強度を甘く見ていたのだ。


 『Just as rehearsed.(練習通りです)』


 「福音たる輝き、この手に来たれ――――導きの下、鳴り響け――――――ディバインシューター、シュート!」

 ユーノが張った結界に守られ、シャマルの竜巻を無傷で凌いだなのはは、戦況の悪化を知り、自分に何かできることはないかを模索していた。

 良しにしろ悪しにしろ、高町なのはという少女は、仲間が傷ついていく中で一人結界の中でじっとしていることが出来る精神性を有していない。かといって、レイジングハートにこれ以上の無理はさせられないため、彼女はデバイスに頼らず、結界から左腕のみを出し、自身の手で誘導弾を構築、ユーノに襲いかかるヴィータに対して放ったのである。

 彼女の最近の魔法訓練は、自分だけで構築したディバインシューターで空き缶を100回打ち上げ、ゴミ箱に入れるというものであり、レイジングハートがある場合に比べれば圧倒的に数は少ないが、一発限りならば通常の威力を備えた誘導弾を操ることも可能となっていた。

 彼女の特訓は決して無駄ではなく、土壇場における引き出しを確かに増やしており、この場面においてそれが生きる。


 「ちい!」

 放たれた二発目の誘導弾を躱し、鉄鎚の騎士は無念と共に仕切り直す。

 そして、自分を用いずに魔法を放つ主に“魔導師の杖”が賛同したのにも、相応の理由がある。ユーノ・スクライアを救うことは出来たが、例の赤い騎士とほぼ一対一の状況に追い込まれている以上、結界を破って転送魔法を発動させることは難しい。

 ならば、結界を破壊するその役は誰が担うか、その先を考えたが故に自分が無理をするのはまだ早いとレイジングハートは考えた。


 「なのは………、ふっ!」

 一瞬の驚愕の後、ユーノも行動を再開し、ヴィータとなのはの間に移動し直す。なのはに助けられた形となったが、とりあえずは最悪の状況は回避できたのだ。


 【クロノ、なのはに助けられちゃったけど、こっちは何とか無事だよ】


 【そうか、相変わらず無理をする子だ。ともかく、剣の騎士は僕が抑えている、フェイトはそっちに向かわせた、アルフも合流するために動いている。君はなんとか鉄鎚の騎士を抑えてくれ】


 【それは何とかするけど、残りの二人は?】

 現在、傷を負ってないのはクロノとユーノの二人のみ。この二人が敵の主戦力と思われる二人を抑えることは可能だろうが、問題は後衛と見られる二人。

 手負いのアルフと、デバイスが壊されたなのはとフェイトだけで、凌ぎきれるだろうか、いや、仮に凌げたとしても結界を破れないのでは結局はジリ貧だ。ユーノが前線に出る以上、結界破りの役はどうしても必要になる。アースラも解析してくれているだろうが、応援は見込めないのが現状なのだから。


 【少しの時間なら、何とかなるだろう。彼が来るまでは持てば、反撃の機会が来る】


 【彼? 増援が来るの?】

 しかし、ユーノにはその存在が思い当たらない。リンディ・ハラオウンは高ランク魔導師だが、立場上そう簡単に動けない上、そもそも女性であって彼じゃない。かといって、現在整備中のアースラに武装局員がいるはずもなく、本局から借りるにしてもやはり間に合わない。



 ならば、いったい誰が―――――








新歴65年 12月2日  本局ドック 次元空間 時空管理局次元空間航行艦船“アースラ”



 『ふむ、戦況は芳しくないようですね』

 アースラにおいて、結界に阻まれて本来ならば分からないはずの内部の様子が、不鮮明な部分もあるものの、スクリーンに映し出されていた。

 ほとんど反射的に飛び出していったフェイト、アルフ、ユーノの三人と異なり、クロノ・ハラオウンは若干遅れて結界内部へと突入した、そして彼は、何の準備もなしに飛び込んだわけではない。

 結界による位相のずれを可能な限り無効化し、通信を行うための特殊端末、かなり高価な品であるため数は少ないが、次元航行艦ならば一つや二つはあり、武装隊の隊長や執務官などが単身で装備して結界内部へ突入するなどが用途であるそれや、他複数の装備を用意した上でクロノは結界へ突入したのである。

 ただ、ヴォルケンリッターが張った結界はミッドチルダ式とは異なったため、クロノの端末も効果を発揮したとは言い難いところであったが、それを補ったのはトールとアスガルド。

 予め管制機である彼のリソースの一部をその端末に移しておき、本体が自らの分身から受信、時の庭園に一旦送信し、アスガルドが高度な画像処理を施すことにより、何とか内部の様子をギリギリで判別できるレベルの映像をアースラへ送っているのだ。

 そして、デバイスである彼は、人間の目で理解できる情報とは別の形で認識し、結界内部の様子を理解していた。早い話が、クロノの端末を通してレイジングハート、バルディッシュ、S2Uと同調していたのである。


 『エイミィ・リミエッタ管制主任、私も現地に赴き、彼らをサポート致しますので、引き続き結界の解析をお願いします。恐らくはスターライトブレイカーによって破壊することになると予想しますので、タイミングを失わないよう、御注意を』


 「え、ちょと待っ―――」

 いきなりそう告げられて、エイミィが振り返った先には、機能が停止した魔法人形が転がっているだけであった。

 結界にも様々な用途があり、内部から外部へ出さない閉じ込めるものもあれば、出るのは自由だが外部からは入れないものもある。

 ヴォルケンリッターが張った結界は、内部の魔導師を外に出さないためのものであり、外から入るだけならばそれほど困難ではない。

 そして何よりも、“魔導師”に対するものであるために、“デバイスのみ”の場合は完全に素通りなのである。そのため、彼は実に簡単な転送の術式のみによって、己の後継機である閃光の戦斧の元へ自身の転送ができる。

そのことを、エイミィはトールと共に行った結界解析で掴んだのだ。そのために新たな援軍、いや救援物資をミットチルダの魔導師たちに届けることが可能であると分かった。

 湖の騎士の策略によって大きく傾いた形勢は、守護騎士の誰にとっても“想定外”の介入によって再び大きく揺れ動く。








あとがき
 A’S編を書くに当たって、是非とも書きたかったのが、集団戦の描写だったりします。無印編では登場キャラも少なく、なのはとフェイトの二人の戦いが主軸であるため、一対一での駆け引きはあっても、集団戦での駆け引きというものは存在しませんでした。
 しかし、A’S編はかなり近しい実力を持った者達がひしめき合い、デバイスとの連携を織り交ぜながら複雑な乱戦を展開します。そこに、“舞台装置”であるトールが加わると、別の展開とすることも出来ると思い、トールは戦力ではなく、支援役として活動させることに致しました。
 かなり先のこととは思いますが、StS編においても、今回のクロノの立ち位置にティアナを置き、機動六課フォワード陣にギンガやヴァイスを加えたメンバーと、数の子6人くらいを対峙させた集団戦を書きたいと思っています。既に対戦の組み合わせのプロットまでは決まっているのですが、やはり、遠い先のことになりそうです。
 次の話で、最初の戦いは終了となりますが、あと二つくらいどんでん返しを入れたいと思っておりますので、楽しんでいただければ幸いです。それではまた。







[26842] 第六話 母が遺したもの
Name: イル=ド=ガリア◆ec80f898 ID:ee4ccd9f
Date: 2011/03/31 15:39
第六話   母が遺したもの




新歴65年 12月2日 第97管理外世界 日本 海鳴市 封鎖領域  ビル屋上 PM8:15




 「フェイトちゃん………アルフさん」

 目まぐるしく変わる戦況を見守りながら、なのははこのままでは皆が危ないことを悟っていた。

 なのはのディバインシューターがヴィータの攻撃からユーノを救った後、ユーノはヴィータをなのはから引き離し、高速機動戦を展開、クロノも同様にシグナムを引きつけている。

 そして、アルフは傷を負いながらもザフィーラを足止めし、フェイトもなのはと同様、可能な限りデバイスに負担をかけないように魔法を放ってアルフをサポートしている。特に、サンダーレイジなどはバルディッシュがない状態でも呪文詠唱によって放てるが、それをさせない存在がいる。


 「あの人が、後衛型………」

 シャマルはザフィーラにブーストをかけると同時に、フェイトが詠唱に入ると“風の足枷”によって阻む。バルディッシュが万全ならば簡単に凌げるそれも、防御が薄いフェイトにとっては無視できない攻撃となっている。

 また、シグナムとヴィータもかなりカートリッジを使用しており、特にヴィータはなのはと戦ってから連戦続きだが、シャマルがサポートに回れば二人の消耗も即座に回復されてしまう。癒しと補助こそが彼女とクラールヴィントの本領なのだ。

 その上、ユーノが前線で戦っている今、結果破りは絶望的な状況。アルフも余力がないどころかザフィーラにやられないようにすることすら危うい状況だ。


 「今、動けるのは、私しかいない…………私が、皆を助けなきゃ」

 彼女にとっては、自分が皆の足枷となっている状況こそが何よりも辛い、自分のせいで誰かに迷惑をかけることを、ある種病的なまでに嫌うのだ。

 とはいえ、誘導弾を単発で放つ程度では、大した補助にもなりはしない、ならば、自分に出来ること、自分にしか出来ないこととは――――

 そして、そんな主のことを理解するからこそ、“魔導師の杖”は告げるのだ。


 『Master, Shooting Mode, acceleration.』

 レイジングハートのコアユニットが輝き、長距離砲撃時に展開される羽が顕現する。


 「レイジングハート……」


 『Let's shoot it, Starlight Breaker. (撃ってください スターライトブレイカーを)』

 損傷したこの状態でそれを撃てばどうなるかなど、誰よりも彼女は理解している。


 「そんな、無理だよ、そんな状態じゃ」


 『I can be shot. (撃てます)』

 だが、彼女はそう告げる。命令されない限り、彼女は提案を続ける。


 「あんな負担がかかる魔法、レイジングハートが壊れちゃうよ」


 『I believe master. (私はあなたを信じています)』

 それは、何があろうとも変わらぬ事柄。

 魔導師の杖にとって、高町なのは以外の主など、あり得ない。


 『Trust me, my master. (だから、私を信じてください)』

 その言葉に、なのはの目に涙が浮かぶが、今は泣いている場合ではないと割り切り、決意と共に告げる。


 「レイジングハートが、わたしを信じてくれるなら――――わたしも信じるよ」

 だがしかし、スターライトブレイカーは収束砲、ディバインシューターと異なり、ユーノの防御結界の中から腕だけを出して撃てるものではない。


 【クロノ君、スターライトブレイカーで結界を撃ち抜くけど、いける?】

 だからこそ、なのはは確認を取る。前線指揮官であるクロノの許可なく勝手に動けば、逆に皆を窮地に追い込むことにもなりかねない。

 現に一度、湖の騎士の竜巻によって、危機的状況に陥っているがために、大胆な行動に出つつもなのはは慎重さを忘れなかった。


 【駄目だ、危険すぎる。スターライトブレイカーを放つまでには10秒近いためが必要だが、その間はユーノの防御結界も意味をなさない。君のバリアジャケットがあればまだしも、今は丸裸なんだぞ、万全ならレイジングハートが防御もこなせるが、今の状態じゃ無理だ】


 【そ、それは……】

 なのは自身も危惧していたことだけに、言い返すことは出来ない。10秒間無防備になるなのはを守る存在が必要となるが、どうしても戦力が足りていない。

 シグナムとヴィータはクロノとユーノで抑えられても、ザフィーラとシャマルが残っている。手負いのフェイトとアルフでは、この二人を止めるのは厳しいと言わざるを得ず、特に、シャマルの魔法は空間を操り、距離を無にしてしまうのだから。


 だが―――


 『We get to the front(我々が、前線に出ます)』

 魔導師の杖と同じく、閃光の戦斧もまた、主の力となれない己を良しとしない。


 「バルディッシュ………」

 確かに、フェイトがアルフのサポートではなく前線に出れば、なのはの盾となることは出来る。アルフにも余裕が出来るため、シャマルを牽制することも可能となるだろう。

 シャマルになのはを攻撃させない手段とは、別の人間がシャマルに攻撃を加えるしかないのだ。

 だが、今の状態のバルディッシュでザフィーラの拳とぶつかればどうなるかは、火を見るよりも明らかである。


 「でも、そんなことしたら、バルディッシュが」


 『No problem.(問題ありません)』

 だが、閃光の戦斧は退かない。デバイスが、己のことを心配して主の力とならないことこそ、あり得ない。

 レイジングハートもバルディッシュも、その点については甲乙を付けがたい頑固さを持ち合わせているといえた。


 【まったく、どうしてデバイスというものは主に似るんだ……】

 だが、前線指揮官にとっては愚痴の一つも言いたくなる。強敵と戦いながらも彼女らを安全に逃がすための方策を考え続けているというのに、向こうは無謀な提案ばかりしてくるのだから。


 そこに――――


 【その意気や良し、と言いたいところですが、それは蛮勇というものですよ、二人とも。時には年長者の言葉を聞くことも悪くはないでしょう】


 「えっ?」


 「まさか!」

 届いた声に、二人の少女は驚愕の声を上げる。

 その声の発生源は、まるで初めからそこにいたかのように、フェイトの左手の中へと現れていた。


 【まったく、君の後継機達は悪いところばかり君と似てしまっているんじゃないか】


 【それは返す言葉もありませんね、クロノ・ハラオウン執務官。とはいえ、ここは彼女らの提案も方策の一つであることは確かでしょう、私がいる以上、無理も無理とはなりません】


 【そうだな――――フェイト、作戦変更だ。君はただちになのはと合流して、彼をレイジングハートと接続してくれ、そして、バルディッシュもな。アルフ、君には済まないが僅かの間、一人で凌いでくれ】


 「―――――うん! バルディッシュ!」


 『Yes,sir.』


 「任せな!」

 その言葉の意味を即座に理解し、テスタロッサ家の二人と一機は迷わず行動を開始する。その管制機と生まれた時から共に過ごしてきた彼女達だからこそ、彼がどういう存在であるかを熟知している。そして、この状況においては彼の権能こそが、起死回生の一手となることも。


 【…………一体、何を?】


 【分からん、だが、注意しろ】

 対して、シャマルとザフィーラにとっては彼らの行動は不可解極まりない。アルフとフェイトが二人がかりで何とか凌いでいたにもかかわらず、フェイトが下がればどうなるかなど火を見るより明らかだというのに。

 結界を破って新たな援軍が来たわけではないことは彼らには分かっていたが、手の平サイズの救援物資が送られてきたことには流石に気づけなかった。


 「さあ、かかってきな!」

 一人残されたアルフも、ここから反撃が始まるとでも言わんばかりに、気合いに満ち溢れた表情をしている。そこからは、じわじわと追い詰められている様子が微塵も感じ取れない。


 【ユーノ、防御結果を解除しろ、スターライトブレイカーを撃つ以上、無駄にしかならない。その代わり、君はそいつを絶対に二人の方にはやるな】


 【分かってる、君もね、クロノ】

 守護騎士の困惑を余所に、クロノは次なる方策を練り上げていく。加わった戦力と、彼が成せること、そして、現状を打破するためには、どう組み合わせるべきか。


 「なのは!」


 「フェイトちゃん!」

 そして、フェイトがなのはの下へと到着し、挨拶をすることもなく、古い機械仕掛けはその権能を展開する。


 『インテリジェントデバイス、トール、“機械仕掛けの杖”』

 紫色のペンダントが輝き、長さは60cmほど、特徴的なパーツは何一つなく、デバイスらしいといえばただそれだけが特徴といえるその姿が顕現される。

 彼の初期形態にして、“デバイスを管制する”機能を発揮するための姿、時の庭園の中央制御室以外で管制機能を使用するには、ハードウェアでの繋がりが不可欠。

 “機械仕掛けの杖”が顕現すると同時に、そこから二つの接続ケーブルが伸び、一つはレイジングハートへと、もう一つはバルディッシュのコアユニットへと接続される。


 『本当に、貴方達は無理をしますね、レイジングハート、バルディッシュ、このような状態でそれらを行えばどうなるかなど分かりきっているでしょうに』


 『………申し訳ありません』


 『………返す言葉もありません』


 電脳を介した彼の言葉に対し、反論する力を持たない二機。そもそも、自分達が不甲斐無いために主を危機に晒してるという自責の念が二機ともあるのだ。


 『いえいえ、別段責めている訳ではありませんよ。あの状況では最善の行動でしたし、貴方がたの己を盾にしてでも主を守るという行動があったからこそ、この状況があるのですから。そのことには素直に賛辞を述べましょう』

 彼らが身を挺して主を守ったからこそ、トールが来た意味がある。もし、デバイスが無事で逆になのはやフェイトが怪我で戦闘続行不能ならば、トールがいたところで何の役にも立たないのだから。

 『ですが、その後が問題ですね。折角私という存在があるのですから、それを利用しない手はありません、立っているものは先発機でも使え、ですよ。今後はより思考の幅を広げるよう努めるがよろしいでしょう』

 
 『了解です』

  
 『努力します』
 

 『さて、反省ならば後でも出来ますので、今はただ機能を果たしましょうか。貴方達のコアは既に大規模な魔法に耐えきれる状態ではありませんが、それは演算を並列して行えばの話、演算を別のリソースを用いて行うならば、その限りではありません』

 それを可能とする唯一のインテリジェントデバイスこそ、管制機トール。彼は、“デバイスを操る機能を持ったデバイス”なのだ。



 『Recovery.(修復)』


 『Recovery.(修復)』

 管制機能、“機械仕掛けの神”が発揮されると同時に、レイジングハートとバルディッシュの損傷が修復され、二機は万全の状態へと。


 『さあ、これにて貴方達のコアユニットは万全です! 反撃の時間と参りましょう!』


 『All right!』


 『Yes, sir!』

 トールの声が”周囲全体に届くように”高らかに響き渡り、形勢は再び傾く。


 「行くよ、レイジングハート!」


 「バルディッシュ、頑張ろう!」

 それに応じるように、二人の少女も魔法陣を展開、反撃の火蓋はここに切られた。





 「そんな―――――デバイスを修復するデバイス、なんて!」


 「まさか、な」

 信じがたい光景を目の当たりにした守護騎士の二人は、一旦合流して距離を取る。

 あともう一押しでアルフを仕留めることもできたが、復活した二人のミッドチルダ式魔導師を無視するわけにはいかない。


 ――――だがしかし、それはハッタリに過ぎない。




 『どうやら、上手くいきましたか』

 インテリジェントデバイス、トールは“嘘吐きデバイス”であり、彼の言葉を信じたものは馬鹿を見る。


 『詐欺師の言葉を、真に受けてはいけませんよ、誠実なる騎士殿』

 レイジングハートとバルディッシュのコアは修復されてなどいない。リカバリー機能で修復できるのはあくまでフレームのみであって、コアが損傷を受ければそれを直せるのはデバイスマイスターのみ。

 しかもケーブルによって2機(厳密には3機)が繋がった状態なので、打って出る事が不可能となっている。

 だがしかし、闇の書の守護騎士ヴォルケンリッターは“管理局の魔導師”についてはある程度知っていても、“管理局のデバイス”についての知識はない。仮にあったとしても、ここ数十年でデバイス技術は飛躍的な進歩を遂げており、その知識は“時代遅れ”でしかないのだ。

 闇の書と管理局の抗争の歴史に関する資料を集め、己のデータベースに登録している彼は、ヴォルケンリッターが戦力として脅威であることを把握していたが、プログラム体であるための限界も同時に把握していた。


 【貴女もご苦労様です、アルフ】


 【相変わらず、アンタは嘘つき野郎だね】


 【それこそが、私です】

 そして、彼の虚言に救われた形のアルフも、親愛の籠った罵倒を返す。


 『まあ何にせよ、僥倖です。レイジングハート、貴女はスターライトブレイカーの発射準備をお願いします、負荷は私が受けもちますので、どうぞ全力で』


 『Thanks.』

 そして、二機のコアが修復されたことは虚言であれど、二機が万全とまでは言わぬまでも、かなりの機能を発揮できる状態となったのは虚言ではなかった。

 レイジングハートもバルディッシュも“中破”状態であった。ならば、トールが“半分ずつ”リソースを振り分けたのならば、かなりの機能を取り戻せることも、実に単純な足し算の結果でしかない。


 【フェイト、君は敵の後衛に対して、ファランクスシフトを撃ってくれ】


 【ファランクス――――そうか、そういうことだね】


 「行くよ、バルディッシュ」


 『Yes, sir.』


 『Count nine.』

 フェイトもまた、クロノの指示の意味を理解し、実行に移す。

 前線指揮官の能力も優秀と言えたが、その指示の意味を汲み取り、即座に実行に移せる彼女達も、戦闘要員として優秀であるといえるだろう。


 【つまりは、敵の後衛である湖の騎士、彼女を狙うことによって、盾の守護獣の動きをも止める、攻撃は最大の防御、ということですね、クロノ・ハラオウン執務官】


 【ああ、敵の作戦は見事だったが、代償がなかったわけじゃない、今度はこっちがつけ込ませてもらおう】

 シャマルの策は、ヴォルケンリッターに優位性のみをもたらしたわけではない。補助役であるシャマルの居場所が割れたことで、後衛を狙う戦術をアースラ陣営にも与えてしまった。

 とはいえ、その前段階でミッドチルダ式の魔導師であるなのはとフェイトのデバイスを砕いており、ディバインバスターやサンダースマッシャーなどの砲撃魔法の発射は不可能、シャマルが遠距離から狙われる可能性はないはずであった。

 なのは、フェイト、ユーノ、アルフ、クロノの五人において、殺傷設定しか持たないヴォルケンリッターにとって無力しやすい相手はなのはとフェイトの二人、彼女らは専用のインテリジェントデバイスで戦っており、レイジングハートとバルディッシュには代わりが存在しないため、デバイスを物理的に壊してしまえばよいのである。

 ユーノとアルフはデバイスを持っておらず、クロノはS2Uの予備を常に持っている。管理局武装隊の標準的なストレージデバイスに近いS2Uを使う彼は、予備のデバイスであっても戦力がほとんど落ちないのだ。故にこそ、守護騎士はなのはとフェイトを狙ったのである。

 しかし、“機械仕掛けの杖”はそれを覆す。演算を別のリソースで行えるならば、彼女達の弱点は克服され、本来封じられていたはずの、強力な遠距離攻撃によって敵の後衛を狙うという戦術が息を吹き返す。


 『Count eight.』


 「フォトンランサー………」
 『Phalanx Shift(ファランクスシフト)』

 リニスがフェイトに教えた魔法の中でも、速射性、貫通性、そして応用性。あらゆる面で優れる魔法であり、閃光の戦斧バルディッシュがいなければ放てない魔法。

 一発限りの砲撃魔法と異なり、ファランクスシフトは多面的攻撃や時間差攻撃を可能とする。敵を狙い続け、足止めすることに関してならば最適とも言える魔法なのだ。

 準備に時間がかかるため、守護騎士が相手ともなると使いどころが難しいが、今は事前の策が効いている。シャマルがなのはを狙うことで隙を作り出したように、トールの登場とハッタリによって、シャマルとザフィーラの精神には困惑と焦燥が打ち込まれた。無論、僅かな時間があれば立て直しが効く傷ではあるが、それだけで十分。


 【異論はないか?】


 【もちろんありませんとも。私の専門は戦術面ではなく、その準備段階ですからね。専門外のことには口を出さず、専門の方にお任せするのが一番です】

 トールの役割はあくまで舞台装置。可能な限りの戦力を戦場に投入するための戦略、そして、それを運用した際に社会的、法律的な問題を生じさせないための政略こそが彼の機能であって、戦場において如何に戦力を運用するかは専門外。そもそも彼は機械の管制機であって、人間を管制するものではないのだから。


 『Count seven.』


 「アルカス・クルタス・エイギアス。疾風なりし天神、今導きのもと撃ちかかれ。バルエル・ザルエル・ブラウゼル。 撃ち――――砕けえええええええ!!!!!」
 『Full flat!(フルフラット!)』








 「!?」

 予想外の反撃を前に、烈火の将の精神にも驚愕の波が押し寄せる。


 「通しはしない」

 だが、彼女の前には黒衣の魔導師が立ちはだかる。ヴォルケンリッターの将と一対一で戦いながら、目立った傷は受けていない。

 彼のデバイス、S2Uはストレージデバイスであり、演算性能は優れるが近接武器としての性能に優れるわけではない。通常のインテリジェントに比べれば頑丈ではあるが、近接武器としての特性を持つバルディッシュに比べればやはり強度では劣っている。

 故にクロノは、レヴァンティンと打ち合う際には相手に傷を与えることをそもそも考えず、シールド型の障壁をS2Uへと展開し、完全に守勢に徹したのである。

 共に攻撃を目的としたぶつかり合いならば強度で勝る方が有利になるのが当然だが、これは片方が鉄製の鞘をつけたままで戦っているようなものであり、傷つけることが出来なくなる代わりに、耐久性では拮抗できる。

 その証拠というべきか、クロノ・ハラオウンはシグナムにただの一撃も入れてはいない。逆に、大きな傷ではないが、シグナムの斬撃は彼のバリアジャケットのところどころに傷を与えている。

 これが試合であればシグナムの優勢勝ちという判定は間違いないが、これは試合にあらず、実戦。己の目的を達成することが勝利条件である以上、場合によっては両方勝つことも、両方負けることもあり得る。

 仮の話ではあるが、なのはのスターライトブレイカーが暴発して、なのはが死んでしまえば、両方にとって負けとなる。クロノは言わずもがなであり、シグナムにとっても蒐集が出来なければ戦略目標が達成されない。


 <今後のことを考えれば、ここで潰しておきたい相手ではあるが、時間もないか>

 また、守護騎士には別の制約もある。主である八神はやてに知られぬよう蒐集を行っている以上、あまり時間をかけるわけにもいかないのだ。


 【シャマル、どうやらここまでのようだ。当初の目的を果たし次第、撤退するぞ】

 そうして、将は決断し、他の騎士達へと指示を飛ばしていく。






 【OKシグナム、とりあえず、それまでこいつはあたしが抑える】

 ユーノと高速機動戦を展開していたヴィータもまた、将の指示を受け、撤退の準備を進める。


 「フランメシュラーク!」
 『Explosion. (エクスプロズィオーン)』

 だがしかし、それは攻勢を緩めることを意味しない。むしろ、撤退準備を悟られぬよう、以前にもまして激しい攻撃を仕掛ける。

 フランメシュラークは魔力付与型の打撃攻撃であり、着弾点を炎上させる効果を持つ。かなり派手な攻撃ゆえに開戦の号砲のような用い方もするが、目くらましに応用したりと、汎用性も高い。


 「くっ」

 そして、この場においてはユーノ・スクライアにこちらの目的を悟らせないという点で最適の選択と言えた。








 「ザフィーラ、大丈夫?」


 「問題ない」

 盾の守護獣ザフィーラは、フェイトのフォトンランサー・ファランクスシフトの破壊からシャマルを守るためにその名に相応しい強固な防壁を展開していた。

 ファランクスシフトも万全ではなく、相手を行動不能にするために威力よりも速さと手数を重視しているため障壁が破られる恐れはないが、ザフィーラが完全に行動を封じられたのも確かである。シャマルも“風の護盾”という強力な防御魔法を有しているが、彼女は別の術式に集中するため、それは不可能。

 アースラ組の策が見事に決まっているように見受けられる状況下において、ヴォルケンリッターの最後の策は静かに始動していた。







 『Count one.』

 そしてついに、スターライトブレイカーの発射準備が完了する。


 「フェイトちゃん、少し離れて!」

 レイジングハートとバルディッシュの両方とトールを接続するため、なのはの傍でファランクスシフトを放ってたフェイトだが、スターライトブレイカーの巻き添えを避けるためにバルディッシュとトールを切り離し、距離を取る。

 ザフィーラの行動が封じられたことで既にアルフも退いており、ユーノとクロノもそれぞれ遠く離れている。もはや、なのはとレイジングハートを止められる者は誰もいない。


 「アルフさん、転送、お願いします!」


 「任せな!」

 また、アルフが自由となったことで、彼女が転送要員として機能することも可能となった。戦闘はきついが、転送魔法の準備を整えるのならば問題はなく、結界を破った後の行動にも支障はない。


 「行くよ、レイジングハート!」


 『Count zero.』


 ――――だが、その刹那


 【捕まえ――――た】

 スターライトブレイカーほどの魔力の収束を、湖の騎士と風のリングクラールヴィントが探知できないはずもなく――――


 「あ………」

 スターライトブレイカー発射の間際、それまで足止め用に放たれていたファランクスシフトが途切れる瞬間。

 その一瞬を、ヴォルケンリッターの参謀は見逃さなかった。


 「リンカーコア、捕獲」

 流れる水のように、彼女は蒐集のための術式を走らせ。


 「蒐集、開始」


 『Sammlung. (蒐集)』

 呪われし闇の書が、犠牲者のリンカーコアを、貪るように吸収していく。

 いきなりの事態に、フェイトは咄嗟に動けず、アルフも同様。クロノとユーノは距離的に離れ過ぎている。

 だが、その衝撃的な光景の中で、ただ一人、いや、一機、冷静に動いたものがいた。

 少女の胸から腕が生え、その掌にはリンカーコアが握られているという状況を前にしても、彼はそれこそを待っていたといわんばかりに己の権能を開放する。


 『“機械仕掛けの神”、発動』

 バルディッシュとの接続を切り離したため、彼の接続ケーブルは片方空いている。そして、すぐ傍には、術式を展開しているであろうデバイスがあるのだ。

 ならば、やることはただ一つ。


 「ええええ!!」

 果たして、驚愕は敵の意表を突いて蒐集を行ったはずの湖の騎士のもの。

 流石の彼女も、少女の胸に生えた自身の手、それを繋げている僅かな穴から接続ケーブルが現れ、“旅の鏡”を構成するクラールヴィントに逆介入するなど、思いもよらなかったのだ。

 だがそれも機械の常識で図るならば、ケーブルを繋げてクラッキングを仕掛けるのなら、逆にウィルスを流し込まれる危険性も考慮せねばならない。

 機械であるトールにとっては、至極当然の行動なのである。


 【お初にお目にかかります、”風のリング”クラールヴィント、私はプレシア・テスタロッサがインテリジェントデバイス、トールと申します、以後お見知り置きを】

 そして、ナノ秒単位の狭間において、電気信号による情報のやり取りが始まる。風のリングと繋がったことで、トールは彼女の名前に関する情報を読み取っていた。

 最も、クラールヴィントは己のリソースの大半を割いて“旅の鏡”と蒐集の連携を行っているため、現実空間との時間差はせいぜい20分の1くらいであったが。


 【時間もないので、単刀直入に問いましょう。貴女の主には、現在リンカーコアを握っている少女、高町なのはを殺害する意思はありますか?】


 【いいえ、ございません】


 【ありがとうございます。重ねて問います、この蒐集の後に彼女に重大な後遺症が残る危険性はありますか?例えば、慢性的なリンカーコアの過負荷状態、といったような】


 【いいえ、ございません。わたくしの主以外の守護騎士の方々であればその可能性はありますが、こと、湖の騎士シャマルに限って、それはあり得ません。むしろ、完治の暁にはこれまで以上に強靭なリンカーコアとなることを約束しましょう。原理的には筋繊維の超回復と同様です】


 【それを貴女は、己が命題に懸けて誓えますか。もし、そうでないのでれば、閃光の戦斧バルディッシュは即座にソニックシフトを発動させ、貴女の主人の腕を斬り落とすことでしょう。物理的に繋がっておらずとも、彼であれば、管精機たる私は指示を出すことが出来ます】


 【誓いましょう、”風のリング”クラールヴィント、その命題の全てに懸けて】


 【ありがとうございます。最後の問いです、貴女方は彼女の蒐集が終わった後、戦闘を続行する意思がありますか?】


 【いいえ、主達は既に撤退の準備を始めています】

 これ以上は言えない、主達にも事情があり、時間制限がある身であることは明かすべきではない、とクラールヴィントは考える。

 だがクラールヴィントは気付かなかった、この電脳空間においては、思考はダイレクトに相手に伝わることに。彼女の作られた時代にはまだ電脳を共有する技術はなく、これまでの闇の書の蒐集の旅においても、その経験はなかった。故に主達の情報の多くがそのデバイスに伝わってしまっていたのだ。

 八神はやての関わることなどは思考していなかったため伝わっていないが、現在の守護騎士の行動理念やその行動の制限についてが伝わってしまったのは確かだ。


 【なるほど、そういうことでありましたか。ならば、今宵の戦いはこれまでとし、痛み分けということで終わらせるのが妥当でありましょう】


 【それは、こちらとしても望むところではありますが……】


 【いかがなさいましたか?】


 【いえ、貴方はそれでよろしいのですか?】


 【無論、私は管理局のデバイスではなく、フェイト・テスタロッサという少女のためにのみ現在は機能しております。それゆえ、彼女の親友である高町なのはという少女の無事が保障され、なおかつ、今後は蒐集対象として狙われないことが確実となるならば、私にとっても望むところです】


 【ですが、フェイト・テスタロッサという少女の今後の安全は、わたくしには保障できませんが】


 【それは存じております、ですから貴女にこう伝えましょう。蒐集をなさるのは構いませんが、それは得策ではないと。もし万が一、貴女方がフェイト・テスタロッサという少女を殺害しようとすることがあれば、私はあらゆる手段を講じて闇の書とその主を抹消します。例え、それがこの世界を巻き込む次元震を起こすことであっても】

 無論、それはトールにとっても最悪の手段、現状におけるフェイトの幸福は、この世界があってこそのものであるのだから。そしてそのような展開にならないよう場を整えることこそ、彼の本領。だが、もしそうしなければフェイトが死ぬ状況下に立てば、彼は躊躇することなく実行する。


 【―――――――!!】

 物理的に繋がった、電脳空間での対話故に、クラールヴィントは知った。

 この相手は、虚言を弄していない。その局面に立てば一切の迷いなく、それを実行するつもりなのだと。

 そして思った、闇の書よりも、この相手の方が、ある意味で余程危険な存在なのではないかと。それと同時に、先ほどの自分の思考も相手に伝わったことも悟った。


 【それがデバイスというものです。主は私にとって“1”であり、それ以外は“0”、主より授かった命題を果たせないこ事こそ、あってはならないことなのですから】


 【それは確かに、その通りですね】

 だが、その言葉を否定する理由は、彼女のどこにも存在しない。クラールヴィントもまたデバイスでり、主のために機能する命題を持って生まれたのだから。


 【それでは、電脳空間における対話を完了します、いつかまたお会いましょう、クラールヴィント】


 【ええ、いつかまた、貴方が敵とならないことを願いますよ、トール】


 【おや、これはまた高く評価されたものですね】


 【おそらく、グラーフアイゼンやレヴァンティンであっても、同じ評価を成すでしょう】


 【なるほど、実に興味深い】

 そして、刹那の邂逅は終了する。


 『レイジングハート、高町なのはの肉体の安全性が確保されました、撃つことは可能です』


 『! All right.』

 管制機の言葉を“魔導師の杖”が疑う理由もまた存在しない。彼女もまた電脳を共有しており、彼と繋がっているのだから。


 「ブレイカーーーーーーーーーーーー!!」

 星の光を束ねた砲撃が解き放たれ、広大な空間を覆っていた結界が、跡形もなく消滅する。


 「なのは!」

 近くにいたため、なのはが倒れる前にフェイトは駆け寄り、その身体を抱きしめ―――


 【クロノ・ハラオウン執務官、湖の騎士のデバイス、クラールヴィントより実に興味深い情報を入手しました】


 【何だって?】

 管制機である彼は、どこまでも淡々に機能を果たす。


 【彼女らは今宵は退く模様ですが、追うのもリスクが高過ぎます。まずは状況を見極め、捜査方針を確認せねば道に迷うことも考えられますので、ならばこそここは、見逃すのが得策かと】


 【執務官としてはあまり賛同したくない意見だが、ここにいるのは皆正式な管理局員ではなく、嘱託魔導師に民間協力者、さらには民間人ときている。無理な追撃戦をさせるわけにもいかないな】


 【ええ、いくら貴方といえど、彼ら四人を一人で追うのは無茶というもの。本局がこの件をどう扱うか、全てはそれが定まってからですね、その面では私が得た情報も多少はお役にたてるかもしれません】


 【ところで、なのはは無事なのか?】


 【問題ありません。なにしろ、貴方が“それら”を持っているのですから】


 そして、今宵の戦闘の終わりを知るのは彼らのみではなく。




 【終わったな、退くぞ】


 【すまねーシャマル、助かった】


 【ううん、一旦散って、いつもの場所で集合しましょう】


 【お前達は先行してくれ、私が殿を務める】

 ベルカの騎士達は、僅かの逡巡もなく夜の空へと散っていく。

 近いうちに再び、管理局と彼らがぶつかる時は来るであろうが。

 ともかく、今宵の戦いは終焉を迎えたのである。




 だが、舞台の後には、後始末をしなければならないのも世の定め。




 「ユーノ、これらの使い方は分かるな?」


 「そりゃあ、飽きるほど使い方や効用をレポートにまとめたからね」

 リンカーコアを蒐集され、倒れたなのはの傍で、いささか緊張感の欠けた少年二人の声が響く。

 彼らは知っている、知りぬいている、この症状は命に影響があるものではないと。似たような症例を、飽きるほど検索し、何度も医療施設に赴いて医師の確認を取ったのだから。


 「クロノ、なのはは大丈夫なの?」


 「ああ、運のいいことに、僕らが散々扱って来たこれらは、こういう症状を癒すために作られたものだ。君のお母さんの研究成果、無駄にはしないさ」


 「母さんの……、うん、ありがとうクロノ」

 生体機能促進型人工魔力エネルギー結晶“ミード”と魔力エネルギー吸収型リンカーコア治療用端末“生命の魔道書”。

 まさしくそれは偶然に近いものであったが、執務官であるクロノは、それらに関わる法的処理をこの半年間行ってきたため、それらを常に持ち歩いていたのである。最も、片方は“生命の魔導書”のさらに写本といえる“命の書”と呼ばれる端末であるが、効能はそれほど変わらない。


 「魔力が足りていないなら、“ミード”から注入してやればいい。入れ過ぎて悪影響が出たり、負荷が溜まっているなら、その部分を“命の書”で取り除いてやればいい。その辺りは、ユーノの担当だったな」


 「本職ってわけじゃないけど、うん、なんとかなりそうだよ」

 プレシア・テスタロッサという女性が遺した研究成果は、確かに受け継がれ、その娘の親友の危機を救っているのだ。



 ≪マスター、貴女の長く辛い人生は、決して無駄ではありませんでしたとも≫


 その光景を見詰めながら、古きデバイスは己の主を誇りに思う。

 アリシアのために過ごした長く辛い時間は、決して、無駄なものではなかったのだと。

 こうして、二人目の娘の人生を、今も支えてくれている。



 「そんじゃま、残る作業は俺とアルフの役目だな」

 その内の想いを微塵も出さず、彼は道化の仮面を被り、汎用人格言語機能を用いて己の成すべき機能を続ける。

 既にアースラより魔法人形一般型が転送されていて、動かすべき身体は確保している。


 「まだなんかあったかい?」


 「あったり前だ。娘が夜8時過ぎに部屋からいなくなって、戻ってこなかったら親御さんが心配するに決まってんだろうが」


 「あ―――」

 それは実に単純な話であったが、本局やミッドチルダに住んでいると見落としがちな盲点でもある。


 「筋書きとしてはこんなとこだ。フェイトがずっとやってた仕事が終わって、なのはがすずか、アリサと一緒にすずかの家でびっくりサプライズを企画したんだけど、はしゃぎ過ぎてフェイト共々ノックダウン、で、その旨を伝えに我らが参りました、ってことでお前と俺で高町家に行く。細かい設定は俺に任せろ」


 「ま、詐欺の役はアンタに任せるよ」

 ちなみに、アルフの傷もユーノの魔法で大体回復している。その程度ならば問題はなかった。


 「あ、それとクロノ、本局に着いたらなのはをベッドに寝かせて、同じベッドにフェイトも潜らせて、二人仲良く眠ってる写真を撮ってS2Uから俺まで送ってくれ、なのはの親兄弟にプレゼントするから」


 「まったく、君はよくそういう細かい設定に気が回るな」


 「詐欺の達人を侮るな、んじゃま、そういうことで。よしアルフ、いったん遠見市のマンションに転送してくれ、土産の虎屋の羊羹とってくるから」

 
 「なんだってそんなモン用意してんだい……」

 
 「洋菓子専門の喫茶店なんだから、和菓子のほうがいいだろ」


 「いや、そういう問題じゃなくてさ」

 



 そうして、嘘吐きデバイスの手によって真実は巧妙に隠されたまま、海鳴市にひとまずの平穏が戻る。

 無論、物語はこれで終わりではなく、まだまだ始まったばかり。

 呪われし闇の書を中心に回る、絆の物語はどのように巡ってどう収束するのか。

 それを知る者は、まだ誰もいない。


 ある女性と、その傍らに在った古いデバイスの物語はもう終わっているが。

 その長い旅の足跡は、確かに次代へと受け継がれている。






[26842] 第七話 本局の一コマ
Name: イル=ド=ガリア◆ec80f898 ID:ee4ccd9f
Date: 2011/03/31 15:41
第七話   本局の一コマ




新歴65年 12月2日  時空管理局本局  エレベーター内  PM8:45




 「検査の結果、なのはちゃんの怪我は大したことないそうです。一応、専門の医師の方に診てもらいはしたんですけど」


 「特にこれ以上するべき処置はない、ということでしょうね」


 「はい、応急処置が同時に手術レベルの規模でなされていたとかで、クロノ君もユーノ君も並外れているというか、なんというか」

 本局のエレベーター内において会話を交わすのは、アースラ艦長のリンディ・ハラオウンとエイミィ・リミエッタの二名。エイミィが手にしているコンソールパネルには、今回の事件に関する事柄が要点を纏められた上で全て記載されていた。


 「ただ、魔導師の魔力の源、リンカーコアが異様なほど小さくなっていた、というのも気になるところで」


 「そう、じゃあやっぱり、一連の事件と同じ流れね」

 小さくなっていた、という時点でそれが過去形であることが窺える。リンカーコア障害の治療のために開発された二つの研究成果、生体機能促進型人工魔力エネルギー結晶“ミード”と魔力エネルギー吸収型リンカーコア治療用端末“命の書”はその機能を十全に発揮していた。


 「はい、やっぱり、闇の書事件、なんですね」


 「高ランク、いいえ、ランクを問わず魔導師からリンカーコアの蒐集を行う古代ベルカの騎士達。これまではその姿が特定できていなかったけど、ここまで来たら間違いないわ」

 ハラオウン家は、闇の書との因縁が深い。

 そのロストロギアによって夫を失ったリンディ・ハラオウン、父を失ったクロノ・ハラオウンが闇の書の守護騎士たる四騎、剣の騎士、鉄鎚の騎士、湖の騎士、盾の守護獣の特徴を見誤るはずもなかった。

 クロノに至っては、交戦している最中から敵がヴォルケンリッターであることを念頭に入れ、四人目の敵が現れる可能性を考慮して戦術を展開していたくらいである。


 「とはいえまあ、もし彼がいなかったら私もここまで確信は持てなかったでしょうけど。あれらに関することであらためて闇の書事件に関するレポートを読み直したのも最近だし」


 「例の、“生命の魔導書”、ですか?」

 生命の魔導書はロストロギア“ジュエルシード”によって生成された、闇の書の蒐集機能のみを複製した写本といえる存在。

 “願いを叶えるロストロギア”の特性でもって生まれた存在であるため、その製法は誰も知る由がなく、機能のみを実験を重ねることで把握できたに過ぎない。

 そのため、管理局の魔導関係の技師達が“生命の魔導書”を模してテスタロッサ家と技術提携し作り上げた“命の書”は性能面ではオリジナルに大きく劣る。機能そのものはほとんど変わらないが、効用や副作用などの点に関してまだ大きく離れているのだ。


 「あれが公の存在になって、主に管理世界で先天的なリンカーコア疾患で苦しむ子供達のために使用されるようになってから早二か月。その写本ともいえる“命の書”の最初の臨床使用例がなのはさんというのも奇妙な縁というべきかしらね」

 “生命の魔導書”とそれを基にした端末である“命の書”、そして、“ミード”を医療手段として臨床で用いることが正式に認められたのはちょうど今日のこと。元々、クロノ、ユーノ、フェイト、アルフはそのために集まっていたのである。

 リンディが言ったようにその二か月ほど前から試験運用という形で“生命の魔導書”は使用されており、これは、時間をかけるほどに子供達の治療が困難になることが予想されたためであり、他ならぬアリシア・テスタロッサの症例が“生命の魔導書”の使用へと踏み切らせる後押しともなっていた。

 そうして、“命の書”や“ミード”も試験運用されるようになり、既に実験的には問題ないことが証明されていることも考慮され、この二つは臨床で用いられることが公式に定められた。

 とはいえそれもまだまだ一般のものではありえない。これが使用されうるのは本局の中央医療センターか、クラナガンの先端技術医療センターなどの最上級の設備を備えた“管理局の施設”に限られ、次元世界に存在する一般の医療施設で使用されるまでにはどんなに早くとも1年半はかかるだろう。

 時間がかかる最大の要因は、時間をおいて現われる副作用がないかを確認し、安全性を確立するまで必要があるからに他ならず、それまでは管理局の直轄といえる機関でのみ使用されるのは当然の話ではあった。


 「でも、あそこにいたのが執務官で、なおかつあれらの公式登録の担当官だったクロノ君と、そのための“実践面”と担当していたユーノ君でなかったら、法律的にもヤバいところですよね」

 そして、“命の書”と“ミード”が試験運用ではなく、公式に認められてから最初の使用例となったのは高町なのは。実に、登録から3時間以内の使用であった。


 「もしくは、地上本部と連携して“生命の魔導書”を各地の医療設備に順番で貸し出している“彼”くらいなものね。時の庭園もまた、例外的にその二つを扱える医療機関の一つとして認定されているから」


 「ホント、いつの間にそんな手続きまでやっていたのやら」


 「いったいいつかしらね、でも、最近は地上本部の姿勢も少し丸くなってきたて言うし、ひょっとしたら彼の頑張りのおかげなのかもしれないわ」


 「う~ん、反目している状態から、利用し合おうという状態に変わりつつある、ってとこですかね?」


 「そんなものかしら、とりあえず、良くなってきそうな兆しがあることはいいことだわ」

 彼女達は本局の人間の中では陸と海の対立を憂い、改善しようと試みる融和派であるため、その風潮は歓迎したいところであった。


 「そっちはまあいいことですけど、私達の休暇は延期ですかね、流れてきにアースラの担当、というか、どう考えても適任がうちしかあり得ませんし」


 「仕方ないわ、そういうお仕事だもの。これも、クロノとユーノ君とフェイトさんの頑張りの成果の一つと受け止めましょう」

 リンカーコアの蒐集を行う守護騎士達による“闇の書事件”。

 これに対応するならば、アースラ以上の適任はあり得ない、これはまさに厳然たる事実であった。

 魔導師の魔力の源であるリンカーコアが異常に小さくなるまで蒐集されるという特殊な症状であるがゆえに、被害者の治療、リハビリには相応の医療設備と時間が必要となる。

 しかし、その症状に対して“特効薬”に近い医療装置が開発されており、現状においてそれを運用できるのは管理局の中枢に近い医療施設か、その登録を担当した執務官が乗る次元航行艦くらいのもの。

 その人物こそがクロノ・ハラオウンであり、“闇の書事件を追う執務官”として彼が適任であるのはこの時点で明白であり、さらに、アースラに搭乗する嘱託魔導師は“命の書”や“ミード”の特許や権利を保有するフェイト・テスタロッサ。


 「あの二つが、プレシアさんの研究成果である以上、受け継げるのはフェイトちゃんだけですもんね」

 エイミィがプレシア・テスタロッサという女性を会ったのは時の庭園で行われた“集い”の時だけであったが、皆で知恵を出し合ったその会議は、彼女の心にも印象深く刻まれていた。

 そして、彼女が言うように、プレシア・テスタロッサの遺産を引き継げるのはフェイト・テスタロッサしかあり得ず、さらにはそれらを実践面でサポートしたユーノもアースラにいるというおまけつき。

 まさしく、現状のアースラは“リンカーコア障害対策専門部隊”と言っても過言ではない面子が揃っているのである。


 「そのおかげで、なのはさんの症状もごく軽いもので済んだ。なら、私達が頑張らないでどうするの」


 「ええ、そうですね」

 何よりも、アースラスタッフが“被害者を救った”ことが大きい。

 “彼らならば被害者が確認された際に迅速に対処が出来ると考えられる”ではなく、“迅速に対処できた”という成果を既にアースラは挙げてしまっており、曲りなりにも守護騎士を退かせ、蒐集されたなのはを迅速に治療したクロノ達を除いて、一体誰が闇の書事件の担当者となるというのか。

 時空管理局もやはり組織であるため、“前例”というものを重く見る。アースラチームが被害者を救った前例がある以上、彼らがそのまま担当となるのも必然というべきだろう。


 「それで、今なのはさんはどこに?」


 「トールが確保していたテスタロッサ家のスペースです。既に入院するまでもないくらいまで回復しているから、フェイトちゃんと一緒の方がいいだろうって」


 「でも、スペース的に厳しくないかしら?」

 フェイト達がいるのはハラオウン家のスペースの斜向かいであり、ほとんど寝るためだけに使っている彼女達の“寝室”に近い。一応は怪我人といえるなのはを休ませるにはいささか不適当と考えられるが。


 「いえ、普段使っている部屋以外に何時の間にやら六ケ所くらい抑えていたみたいで、その中でも医療器具とかが置いてあるスペースを使うと言ってました」


 「まあ、いつの間に」


 「どうやら、アスガルドの方がトールの指示で動いていたみたいなんですけど、ネットワーク上でやり取りされる不動産情報に関してはちょっと」


 「流石に、専門外ね」








新歴65年 12月2日  時空管理局本局  テスタロッサ家居住スペース  PM8:50



 「いや、君の怪我も軽くて良かった」


 「御免ねクロノ、心配掛けて」


 「気にするな、僕の判断ミスが原因だ。これからまずは、始末書を相手にしなくてはならないな」


 「あれは、クロノのせいじゃないよ、私とアルフが竜巻に気を取られてしまったのが…」


 「いいや、部下の失敗は上官の責任でもある。それに君はあくまで嘱託魔導師であって管理局員じゃないんだ、ならば、その身の安全を保障するのは僕達執務官の役目であり、それを果たせなかった以上、始末書は書かないとね。何よりも、二度とこんなことがないように今後の改善策を検討する必要がある」

 他人にも厳しいが、己にはそれ以上、いや、その数倍は厳しい、それがクロノであった。

 既に闇の書事件を担当するのがクロノ・ハラオウンとフェイト・テスタロッサを有するアースラであろうことを彼も予想しており、フェイトが無関係ではいられないことも理解している。

 ならばこそ、彼女がヴォルケンリッターと再び矛を交える可能性は高いため、クロノはその時のための戦術の考察を行う。民間人であるなのはは別に戦う必要はないが、嘱託魔導師であるフェイトは有事の際にクロノの指揮下で戦う必要があるのだ。


 <もっとも、フェイトが戦う以上、なのはがじっとしていられるはずもない>

 クロノの個人的な感想を言えば、二人とも安全なところにいてくれた方が気が休まるのだが、そういうわけにもいかない。彼女達自身が望むなら可能な限りその意思は尊重しなくてはならないという理念もあるが、闇の書事件を担当する上で、AAAランクの魔導師の力は無視できないという現実もある。

 別に幼い二人に無理をさせずとも、本局ならばAAAランクの魔導師はゴロゴロとまではいかないが、存在している。この案件が闇の書事件である以上、戦力として一時的にアースラに貸し出してもらうことは十分可能であろうし、レティ・ロウラン提督ならばその程度は朝飯前だ。

 とはいえ、二人がそれに納得して引き下がるかといえば、それもまた怪しい。最悪、時空管理局とは関わりないところでヴォルケンリッターと対峙することとなる可能性もあるのだ。

 ならば結局、クロノ指揮下に二人の少女を置いておき、彼女らが無理しないように目を光らせ、もしもの時の救援体勢を整えておくことがベターといえる。


 <まあ結局は、僕達かなのは達か、どちらが精神的重圧を負うのかという話だ>

 リンディやクロノにとっては、指揮下に置く人間は武装局員の方がやりやすい。彼らは管理局の歯車の一部であり、最悪、殉職することも覚悟して武装隊に身を置いている。無論、彼らを無駄死にさせるつもりなど二人には毛頭ないが、いざとなれば割り切る精神もまた持ち合わせている。

 だが、なのはやフェイトは違う。彼女らは正規の局員ではなく、万が一にも死なせるわけにはいかず、負傷させることすらあってはならない事態であり、二人にとっては傷つくことは覚悟の上かもしれないが、上の人間にとっては胃痛の種となるのも事実。

 つまりは、クロノがミスをしなければいいだけの話であるが、その責任はクロノの双肩にかかり、その上官であるリンディも同様。気苦労が絶えないのはハラオウン親子であり、いざとなれば責任を負うのもハラオウン親子、割に合わないことこの上ないが、彼らはそれを選ぶ。

 彼女らを遠ざけ、武装隊からの増員を指揮するならば、“民間協力者、嘱託魔導師を危険に晒す”という重圧からハラオウン親子は逃れられるが、代わりに少女達の心に“自分達だけ守られている”という重圧がかかることになる。そして、二人は自分達が苦労する方を選んだ。

 これで、少女達を戦わせることにメリットがないならば否定するのだが、二人とも戦闘技能は一級品であることも事実であり、“管理局”にとっては彼女ら二人を使った方が効率は良く、万が一のことがあればハラオウン親子に責任を取らせれば済む。

 それらを全て承知した上で、ハラオウン親子は高町なのはとフェイト・テスタロッサが前線に出ることを許す。それがどれほどの覚悟と責任を伴うものであったかを、二人の少女がそれぞれ尉官クラスの階級となり、部下を持つようになった際に知ることとなるが、それは今しばらく先の話である。


 「それにしても、彼はいつの間にあんなスペースを確保したのだか」


 「わたしにも分からない、というか、今日まで知らなかったよ」

 クロノとフェイトは居住用のスペースで申し送り用の書類などを作成している。ユーノとアルフの二名はレイジングハートとバルディッシュの方についており、なのはの傍にはトールがいる。


 「まあともかく、なのはの傍には彼がいる。彼女が目覚めるまでは僕達は僕達のやることに専念しよう」


 「うん、そうだね」

 二人が書いている資料とは、自分達が戦った騎士に関するものであった。

 この先、再びぶつかる可能性が極めて高い以上、守護騎士の能力や戦い方は記録媒体にまとめて保存しておく必要があり、可能な限り交戦から時間を置かないうちに作成するのが望ましいため、なのはが目覚めるまでの時間を利用して二人はそれを書いている。

 また、ユーノとアルフも二機のデバイスを見守りながら、同様の作業を行っていたりする。


 だがしかし、彼らは知らなかった。

 この頃既に、高町なのはが目を覚ましており、凄まじい惨劇を体験することとなることを。

 その体験が、彼女の精神に大きなトラウマを与えることを。



 彼らは、知る由もなかった。










新歴65年 12月2日  時空管理局本局  テスタロッサ家医療用スペース  PM8:50



 「ふむ、流石に若いな、もうリンカーコアの回復はかなり進んでる」


 「ありがとうございます、トールさん」


 「ま、ちょっとの間は魔法がうまく使えないだろうが、“ミード”がかなり補完してくれたからその気になればディバインシューターくらいは撃てるだろ」

 彼は、汎用人格言語機能を用いてなのはと会話する。

 既に、彼がその機能を発揮する場はフェイトのいる空間に限定されつつあるが、高町なのはという少女は数少ない例外の一人である。

 この基準は、フェイトとの親しさのみならず、その対象の精神モデルのパラメータを用いている。簡単言えば、クロノやエイミィが相手ならば、本来の口調で話しても相手が違和感を覚えないから、といったところだろうか。


 「それはともかくとして、まずは風呂に入ったほうがいいぞ、お前今日はまだ入ってないだろ」


 「ええっ! どどど、どうして分かるんですか!?」

 うろたえるなのは。


 「そりゃあお前、お前の脇とかから漂ってくる汗臭さ」


 「ふぇええええええええ!! わ、わたし、臭うんですかあぁっ!!!」

 さらにうろたえるなのは。


 「なわけはなく」

 こけた


 「というか、俺には嗅覚の機能はない。レイジングハートもバルディッシュもサーチャーと同様の周囲の視覚情報を取り込む機能と音声記録機能は持っているが、触覚、味覚、嗅覚はないぞ」


 「あ、あああ、あのですね…」

 額を抑えながら抗議の声を上げようとするなのは、こけた際に打った模様。


 「だが、俺が使っている人形は触覚情報すら本体に伝えられる優れモノ。とはいえ、流石に味覚と嗅覚まではない。視覚情報から味を予想することは出来るが」


 「トールさん、ちょっとお話が……」


 「さて、とっとと服を脱ぐ」


 「え、ちょ、ちょっと、自分で脱げますから!」


 「病人なんだから文句言うな、お前の身体を健康体アンド清潔体にすることが我が使命なのだよ」


 「で、でもですね」


 「それに、クロノ、フェイト、ユーノ、アルフの四人は戦闘後洗浄している。あれだけの速度で飛びまわれば汗をかかないはずもないからな、アルフに至っては若干口から血も出てたし」


 「血! 血を吐いたんですかアルフさん!」


 「それに、フェイトも………」


 「フェイトちゃん、怪我したんですか!」


 「お前の隣で寝てた」

 こけた


 「と、トールさん………って、もう脱がされてるっ!」


 「さーて、浴室へ向かうか」


 「だ、だから、一人で出来ますっ!」


 「遠慮しない遠慮しない、遠慮し過ぎるのはお前とフェイトの共通する悪い癖だぞ」

 といいつつ、なのはを抱えて隣接する洗浄用の部屋へ向かうトール。


 「遠慮じゃなくて、恥ずかしいんですっ!」


 「機械相手に何を恥ずかしがることがあるか」


 「いや、トールさんて、見た目はお兄ちゃんくらいだから……」


 「ふむ、お前の父と兄がほぼ同年代に見えるのは俺だけだろうか?」


 「……………ノーコメントで」

 なのはもまた、家族の外見年齢の変わらなさに若干の違和感を覚えつつあるようであった。


 「そんなわけで、洗浄ルームへ到着」


 「いつの間に! っていうか、広いですね!」


 「そりゃ当然、ベッドで寝たきりの人を可動式ベッドごと運び込んで、四方八方からシャワーを撃ち込むための部屋だからな。別名を“血の洗礼ルーム”」


 「なんか………病人のための部屋とは思えないんですけど………」


 「さーて、ブラシと洗剤は、と」

 なのはを設置されてあった椅子に座らせ、さっさと洗浄器具を取りに向かうトール。


 「だ、だから、自分で出来ます」


 「気にしない、気にしない」


 「気にしますから!」


 「んで、ブラシはどっちがいい?」

 トールが手に持つのは、二種類のブラシ。


 「……………あの、どうしてこう、キリンさんや象さんを洗うようなブラシしかないんでしょうか?」

 そう、それはブラシと呼ばれるものだ。断じて、垢擦りなどと呼ばれるものではない。


 「問題ない、俺から見れば同じ生体細胞の塊だ」


 「生体細胞………って、痛い痛い!」


 「わかままなやつだなー」


 「貴方にだけは言われたくありませんっ!」


 「ふむ、この口調が悪いのか、ならば――――」


 「いえ、口調じゃなくて、ブラシが悪いんですけど……………聞いてませんね?」

 聞く耳もたずとはこのことか。


 『では、こちらの口調で、痒いところはありますか?』


 「えっと、痛いところならあるんですけど……」


 『お力になれず、申し訳ありません』


 「即答!?」


 『では、ブラシを変更いたします』


 「で、出来る限り、ソフトなので……」


 『善処します』


 一旦、奥に引っ込むトール。



 『こちらなどは、如何でしょうか?』


 「ストォォーーーーーーッップ!!!」


 『どうしましたか?』


 「それ! どう見ても便器を洗うためのブラシですよねえっっ!!」


 『いえ、これは一度も便器を洗うために使用されてはおりません、買ったばかりの新品です。用途は浴槽、排水口、便器などの水周りの洗浄に対応できる優れものですよ。よって貴女が今言った用途にも使われてます。それに、柔らかいですよ』


 「まだ便器を洗ってなくても! 便器を洗うためにも使われるブラシなのは間違いないんですね! っていうか、柔らかいんですか!」


 『ええ、対象が硬いことがあれば柔らかいこともあり、時には水に近いこともありますので。傾向的には硬い方が汚れにくいため、このように柔らかいブラシが最近の主流となっております』

 ちなみに、本局内にあるホームセンターで購入したものである。


 「その対象って、考えたくないんですけど……」


 『垢の塊やカビ、もしくは排泄物です』


 「言わないでください!!」


 『人間的に表現するならば、う●こです』


 「わざわざ人間的に言い直さないでいいですから!」


 『では、洗いましょう』


 「待って! 後生ですから待って下さい!」

 なのはも必死である。少女はおろか、人間として守り通さねばならない尊厳がかかっている。


 『難しい言葉を知っているのですね』


 「あ、前にお兄ちゃんから少し教わって……にぎゃああああああああああ!!」


 『泡が口に入りますよ』


 「やめてください! お願いですから止めてください!」


 『分かりました。止めましょう』

 ピタッと、動きを止めるトール。


 「ふぇ?」


 『如何しました?』


 「あ、あの、止まったことが意外で……っていうか、何で肌に密着させたまま止めるんですか?」


 『貴女に、お願いされましたから』


 「え、えと……」


 『先ほども申したように、私は機械です。ですから、貴女は恥ずかしがることもありません』


 「機械……それで、お願いには応えるんですか…」


 『そうですね、例えるならば、食器を洗う際に特別な感情を抱く人間がいないのと同じことです』


 「食器?」

 その瞬間、空気が凍った。


 「わたし、食器ですか?」


 『いいえ、貴女は人間です』

 しかし、デバイスの態度は変わらない。


 「………」


 『ですがまあ、仕方ありませんね。やはりここは、洗浄用のシステムに任せることといたしましょう。見ての通り、自動の機械システムがありますから』


 「あ、その方がわたしとしても気が楽なので、お願いします」


 『では、機動の準備をしてきます』


 またしても奥に引っ込むトール。

 だがしかし、なのはは気付かなかった。“起動”ではなく、“機動”の準備であったことに。

 トールが日本語変換を使ってたたために、気付くことは不可能であり。

 彼女は、気付かなかった。


 「うん、自動の方がよっぽどましだよね、やっぱり、人間みたいな外見だと恥ずかし」


 ガチャン、ガチャン、ガチャン


 「……………」


 『洗浄シマス、洗浄シマス、対象ヲ中ヘ格納シテクダサイ』
 
 そこに現われたのは、多足ユニットを備えてゆっくりとこちらに近づいてくる謎の物体。

 いや、形状から想像はつくのだが、なのははあえて考えないようにしていた。


 「あの、トールさん?」


 『ハイ、ナンデショウ』


 「それ、何ですか?」


 『自動洗浄システムデス』

 確かに、外見的にはそうだ。その自動洗浄システムとよく似たものをなのはも知っている。

 ただし――――


 「あの、それって、ガソリンスタンドとかにある、車を洗う機械じゃ……」


 『イイエ、自動車ハ洗エマセン。サイズ的問題カラ、二輪車ガ限界デス』


 「やっぱり! 本来は人間用じゃないんですね!」


 『ワタシノ肉体ヲ洗浄スルタメニ使用シマス、多少ノ改良ヲクワエマシタ』


 「人間に近いけど、人間じゃないですよねえぇぇ!!」


 『外部構成材質同等』


 「何で全部漢字なのっ!」


 『開始シマス』


 「ちょ、ちょっと待って!」


 『ナンデショウ?』


 待てと言われれば、律儀に待つのが機械。


 「あの、トールさんって、息はしませんよね?」


 『シマセン』


 「その機械って、何分くらい?」


 『約10分デス』


 「死んじゃいますよわたし!?」


 『蘇生設備万全』


 「死ぬこと前提ですか!?」


 『顔ダケハ別トナリマス』


 「そ、それなら何とか……」


 『開始シマス』


 「って、いつの間にか入ってるしいーーーーーーーーー!! 何でわたしも了承しちゃってるのーーーーーーーーーーーー!!!!」



 ただいま、洗浄中です。そのまましばらくお待ちください。



 『“ワックス”ハ、オカケシマスカ?』


 「ワックス!?」


 『ミラーヲ、トジテクダサイ』


 「ミラー!?」


 『空気ヲ、注入シマス』


 「わたしはタイヤじゃありません!!! いや確かにそろそろ空気は欲しかったですけど!!」


 『ワガママ』


 「貴方にだけは言われたくありません!!」








 およそ、10分後


 「御免、フェイトちゃん、わたし、汚れちゃった………」


 『イイエ、綺麗ニナリマシタヨ』


 「なんか………車どころか、バケツか雑巾にでもなった気分です」


 『フム、マダ改良ガ必要ノヨウデスネ。良イデータガ取レマシタ』


 「わたしは実験サンプルですか!?」


 『ソウイウコトモアルデショウガ、ソウデナイコトモアルデショウ』





 そんなこんなの、ある本局での一コマ。

 これから、彼女らは戦いの日々が始まることとなるが、その前にしばしの休憩を。


 ―――――――――休憩?









 あとがき


 終にやってしまいました。オリキャラが原作キャラと一緒にお風呂、というテンプレ展開をやってしまいましたよ。






[26842] 第八話 老提督の覚悟
Name: イル=ド=ガリア◆ec80f898 ID:ee4ccd9f
Date: 2011/03/31 15:42
第八話   老提督の覚悟




新歴65年 12月2日  時空管理局本局  顧問管執務室  PM8:45



 『以上が、クラールヴィントとの接触によって私が得た情報です』


 「なるほど………これは、無視できん情報だ」


 「提督も知っての通り、彼の管制機としての機能“機械仕掛けの神”はインテリジェントデバイスの母、シルビア・テスタロッサが彼にのみ搭載したものであり、これを古代ベルカ式のデバイスが破れるとは考えにくいかと」


 「そして、彼がデバイスであるためにこれらは“電子媒体に記録された情報”となり、裁判の証拠にも使えます。そうして彼は、アレクトロ社との裁判に勝訴したわけですから」

 時空管理局顧問管の執務室で語らうのは3人の人間と一機のデバイス。

 管理局へ入局してより50年を超え、かつては艦隊指揮官や執務統括官を務め、現在は三提督までとはいかないまでもやや名誉職に近い役職に在り、後進の者達の指導に力を注ぐギル・グレアム顧問管。

 アースラの艦長であり、闇の書と少なからぬ因縁を持つリンディ・ハラオウン提督。

 彼女の息子であり、同じく闇の書と因縁を持ち、現状において最も闇の書事件の担当官として適性を持つクロノ・ハラオウン執務官。

 そして、最後の一機は会議に参加している、とは少し異なる。どちらかというと、会議室の中央に置かれたプロジェクターが考える機能としゃべる機能を備えている、といった表現が適当であろう。

 彼は人間ではなく、管理局員でもないが(使い魔など、人間以外の管理局員もいる)管理局の高官が一堂に会する会議にすら参加する資格を持つ。当然、座るべき椅子はなく、彼がいる場所は中央にそびえる大型端末の制御ユニット接続部である。

 特に、今回の闇の書事件にかかわって急遽執り行われた会議のような場合において、“トール”というデバイスは重宝する。彼は膨大なデータベースを抱える“アスガルド”の管制機であり、無限書庫には遠く及ばないまでも、過去の多くの事例について即座に参照することが出来る。

 現に、この会議においても彼がまとめた“闇の書事件”に関する記述はかなり役立っていた。


 『人間ならば“口約束”という言葉もあり、それだけで記録に残ることもないため証拠とはなりませんが、我々の言葉は同時にストレージに記録されますから。まあ、デバイスの前で無暗に話すのは危険であるということでしょうか』


 「それは、肝に銘じるべき言葉かもしれんな」

 まさしくこの時発した言葉を、ギル・グレアムは後に顧みることとなる。彼自身は明確に思い出せずとも、トールは一語一句誤らずに記録していたのである。


 『話を戻しますが、クラールヴィントのみならず、グラーフアイゼン、レヴァンティンの主達も己のデバイスに攻撃対象の殺害を命令していません。これまでの8回に及ぶ管理局が観測した闇の書事件においては、観測されていないケースです』


 「不謹慎な話ではあるが、高町なのは君が無事であった事実がそれを証明しているな。これまでの記録にある守護騎士ならば、一撃で頭部を砕き、リンカーコアを蒐集していたはず。とはいえ、守護騎士が顕現しなかった場合もあったため、断言することも危険か。たしかその事例は第四次闇の書事件だったと思うが」


 『はい、管理局のエース級魔導師が主となり、最初の覚醒がなされる前に封印した結果、主のリンカーコアが喰い尽された事例ですね。もし彼の下で守護騎士が顕現していたならば、今回のようなケースも存在したかもしれません。しかし、仮定はともかくとして、守護騎士が顕現しているということは、闇の書が第二フェイズへ移行したことを意味しております』


 「守護騎士達は間違いなく闇の書の完成のために動いている。各地で起きている魔導師襲撃事件はその証だが、調査班からの報告によると、こちらも少々妙なことになっているな」


 『クロノ・ハラオウン執務官のおっしゃる通りです。蒐集こそされておりますが、死者はおろか深刻な障害を負った被害者も確認されておりません。守護騎士のデバイスはいずれもベルカ式のデバイスであり、戦場で戦うことを前提に作られたもの。古代ベルカ式を操る守護騎士の戦闘スタイルを考慮しても、殺さずに仕留めることの方が余程難しいはずなのですが』

 にもかかわらず、守護騎士は蒐集対象を殺さないように動いている。これは一体何を示すのか。


 「その通りだ。第一次闇の書事件においてBランク以上の空戦魔導師で構成された航空武装隊20名がわずか数分で全滅、指揮官であったAAAランクの魔導師も一撃で殺されるという事態となった。だからこそ当時は“鋼の脅威”とまで呼ばれたものと聞くが、どうにも矛盾しているように思われる」


 「守護騎士の行動原理も、主の精神傾向の影響を受けるということでしょうか?」


 「可能性はあるが、主にとって守護騎士はあくまでプログラム体に過ぎんはずだ。蒐集されたリンカーコアは守護騎士を再構成するための燃料ともなり、言ってみれば使い捨ての駒のようなものなのだが」


 「つまり、守護騎士を倒すこと、もしくは捕えることに意味はない、ということですわね。主の意思によって消滅させ、再構築すればよいだけの話でしかない」


 『それ以前に、守護騎士に闇の書本体に関する情報が与えられていないと私は予想します。プログラム言語で言うならば、あるメソッドの内部のみで定義される変数やクラスのようなものであり、闇の書が超大型ストレージならば、守護騎士にはヒープ領域が割り振られていることでしょう』


 「要は、“鋳型”だけが存在していて、守護騎士同じ規格で作られるが、保有する記録はあくまでその時に限るため継承はされず、本体に関する情報も保持していない、というわけか」


 「やはり、闇の書本体か、主を探し出すより他はないな。守護騎士達の行動がこれまでとは違うのもやはり主の影響によるものと見るならば、主を特定しないことには解決には向かうまい」

 グレアムが出した結論に、残る二人と一機も同意する。彼は既にその主のことを知っているが、そのことを知る人間も機械もここにはいない。

 だが、それはそれとして、現在のギル・グレアムは管理局の顧問管としてこの場に在り、管理局員としての立場から闇の書事件を解決するための方策を練ることに全力を尽くしてもいた。

 彼は今回の闇の書事件を最後にするべく11年の時をかけてきたが、“自分ならば必ず終わらせられる”という自信を持てる程になっている。彼が管理局員として生きていた年月、新歴12年から65年の53年間は安くはない。

 彼は前々回の闇の書事件、新歴48年にも自らが教導した部下を失っており、前回の闇の書事件ではクライド・ハラオウンを二番艦“エスティア”ごと自らの手で葬ることとなったが、彼が失ってきた仲間達は闇の書事件だけではなく、むしろそれは全体で見れば極一部に過ぎない。

 ギル・グレアムと同じ時代を生きた高ランク魔導師のうち生きているのは極僅か、今も現役で働ける身体であるのは彼一人。故に彼らは、“生き残りし者”と呼ばれる。

 だからこそ彼は、闇の書を完全に封印するために管理局員としては許されざることを行いながらも、同時に管理局員として己に出来る限りのことを成す。自分の計画が失敗し、再び闇の書が現れた時には自分は既に現役ではなく、そもそも生きているかも怪しい、既に彼の年齢は64歳となっているのだ。

 そうならないように全力は尽くすが、そうなってしまった場合に次元航行部隊を率いる司令官として次の闇の書事件にあたるのは、今自分の目の前にいる若き執務官であろう。

 そう思うからこそ、ギル・グレアムはクロノ・ハラオウンに“闇の書”というロストロギアに対抗するための方策の全てを授けるつもりで、この場にいる。若い彼ではまだ不可能であり、ギル・グレアムだからこそ実現できる対応策は数多く存在しているのだ。

 直接指揮を執るのはリンディ・ハラオウンであり、彼の立場上、直接的に力を貸すのは難しいものの、“闇の書事件”だけは別。


 彼はこの11年間、闇の書を永遠に封印するための方策を考え続け、それを行うための環境を整えるためにもあらゆる努力を払って来た。その一つが、闇の書事件発生時に彼が“総括官”として全責任を負うかわりに、戦闘が予測される地域への交通封鎖や管理世界の住民への避難勧告などの権限を一手に担うこと。

 刻一刻と変化する状況に応じて即座に対処する必要があるのが闇の書事件の特徴であり、守護騎士が顕現している状態、闇の書の完成状態、そして、暴走状態、それらの変化を毎回本局に報告し指示を仰ぐのではあまりにも遅すぎる。彼が艦隊司令官であった前回の闇の書事件においても、それが原因で武装局員の死者を増やしてしまった。

 次元航行艦船一隻を率いて事件にあたるならば艦長にある程度の権限を与えれば済むが、5隻以上の艦艇を従え、その全てが“アルカンシェル”を備えているともなれば、国家戦争クラスの軍事力と言って差し支えない。それを運用するならば本局の許可を得ながらの行動となるのは当然ではあったが、それでは闇の書事件に対処しきれない。

 だからこそ彼は、“伝家の宝刀”的なものではあるが、万が一の際には10隻近い艦隊を率いて本局遠く離れた地域までも独立的な権限を持ちつつ出動できる状態を整えた。無論それは“闇の書”が最悪のケースで発動した場合に限り、彼の首も飛ぶこととなるが、そんなものを惜しむような人間は執務統括官などになれはしない。


 まさしく彼は、己の全てを“闇の書事件”に懸けているのである。


 『それについてなのですがギル・グレアム顧問管。“闇の書”は第一級捜索指定遺失物ではありますが、存在する世界、文化、そして何よりも主の人格や環境によってその危険度認定は大きく変わります。現在得られている情報を考慮するならば、せいぜいが第三級捜索指定遺失物の扱いになると計算しましたが』


 「君の計算は正しいだろう。“闇の書”が最悪の形で力を発揮するのは独裁国家の軍高官などに渡った場合であり、第六次闇の書事件ではまさにそれが起こり、2200万人もの人命が失われた。私の故郷で言うならば、ナチスドイツに渡るような状況かな。アドルフ・ヒトラーなどに闇の書が渡った場合など、考えたくもない事態だ」


 『貴方は、第二次世界大戦中のイギリスでお生まれになったのでしたね』


 「ああ、私の父親も軍人だったがかの大戦で戦死してね、残る家族も、空襲で失った。幼い頃は父の後を継いで軍に入り、もう大戦は終わっているというのに、ドイツに復讐しようなど愚かな考えを持っていた。その私が時空管理局の艦隊司令官となったというのも、思い返してみれば不思議な話だ」

 ギル・グレアムと高町なのはの二人には魔法との出逢い方において多くの共通点がある。しかし、その時に受けた衝撃には決して埋められない差があった。

 ギル・グレアムは第二次世界大戦中のイギリスで生まれ、欧州が戦火に飲まれ、ドイツの戦闘機がイギリスへ飛来し民間人を攻撃し、その報復としてイギリスの航空機がドイツの街を民間人ごと焼きつくすことが“当たり前”とされた時代に育った。

 高町なのはという少女は、世界大戦が既に過去のものとなり、冷戦すら終結した時代に育った世代。彼女は“魔法”というものに魅せられたが、ギル・グレアムは“時空管理局”という存在にこそ魅せられた。

 もし、地球にも時空管理局のような組織があれば、6000万人を超える途方も無い数の死者を出し、その大半が民間人であったあの凄惨な世界大戦は起こらなかったのではないか、焼夷弾が民間人に容赦なく落とされることもなかったのではないか。そして、湧き起るインドなどの独立運動や、今も続く冷戦は―――

 そうして、彼は管理局に入った。それまでは祖国であるイギリスのため、いや、憎きドイツへの報復のために軍へ入ろうと考えていた少年は、国家や民族というものに帰属せず、“次元世界”のために存在する組織に己の夢を見出した。

 いや、彼だけではない。世界が狂気に染まり、世界が地獄を見た第二次世界大戦の時代に生きた人間ならば、“質量兵器が存在しない平和な世界”は誰しもが一度は夢見た光景だった。

 日本という国においては人間魚雷”回天”、人間ミサイル”桜花”という狂気の具現とも思える兵器が作られ、それに乗って若者達が命を散らせていった。”回天”、”桜花”に限らず特攻作戦という搭乗者の死を前提とした作戦が次々と行われた狂気の戦争。

 それが終わったあの時代、誰もが思ったのだ”2度とこんな戦争を起こしてはいけない”と―――


 今も尚管理局の人材不足は解消されず、幼い少年少女が危険な前線に赴くこともある。だがかつての大戦の様な”死を前提にした”人間を消耗品のように扱う段階には決してさせてはいけない、若き日の老提督もそうした思いを胸に走り続けてきた。




 「まあもっとも、キューバ危機などの際には長期休暇を貰ったものだがね。私は管理局に夢を託したが、それでも故郷というものは忘れられるものではない」


 『それは当然でしょう。大量破壊兵器の根絶を目指す管理局が、全面核戦争の瀬戸際であった世界に家族がいる人物を返さないはずがない。いえ、もしもの時は、貴方が懸け橋となって時空管理局が介入し、第97管理外世界が管理世界となっていた可能性すらあったはずです』


 「かもしれんな、アメリカとソ連が全面核戦争となり、無辜の民が核の炎で焼かれる事態となればいくら管理外世界とはいえ、時空管理局も座視してはいまい。介入することは望ましいことではないが、数億、いや、数十億の人間が死に絶えるよりは遙かにましだろう。まあ、それは過去の話だが――――」


 『闇の書が最悪の形で暴走すれば、キューバ危機以上の人災を第97管理外世界にもたらす可能性がある、というわけですね。現段階では可能性は極めて低いものの、ゼロではない』


 「その通りだ。だからこそ、闇の書を甘く見てはいかん。あれは、人の世の闇のそのものだ」

 それ故に、ギル・グレアムは闇の書を止めることに己の人生を懸けた。

 次元干渉型のロストロギアなどは、その名の通り既に“自然災害”に近いものがあり、人間の手を半分離れつつある代物だ。

 だが、闇の書は自然災害規模の力を持ちながらも、主の人格や所属する国家によって脅威の度合いが変わるという特性を持つ。民間人にとっては大差ない問題だが、彼にとってはそうではない。

 彼自身が述べたように、闇の書はナチスドイツのような組織に渡った場合に最悪の災厄をもたらす。それを止めることは、ギル・グレアムが時空管理局に入った理由そのものでもあり、彼が託した夢も具現でもある。


 ――――その代償が、罪のない少女を生贄に捧げることというのも、彼にとっては何よりも重い咎であったが。


 狂気の大戦中に生まれたギル・グレアムと、平和の時代に生まれた子供達の価値観は、やはり根本的な部分で違うのだ。

 理想論を振りかざしても、空から落ちてくる焼夷弾はなくならず、炎に包まれる街は救えない。


 そうして彼は、決して許されぬ罪を背負ってでも、闇の書を封じる覚悟を決めた。

 “正義”というものは価値観によっていかようにも変わる。やはり、彼の決断は今の時代を生きる管理局員達にとっても、決して認められないものであろう。

 それらを全て理解してなお、彼はその道を選んだのであった。それが茨の道であることは覚悟の上で。

 

 そして、グレアムとトールの会話を、クロノとリンディの二人はやや置いて行かれつつも何とか理解していた。

 第97管理外世界に関する“現在の知識”はかなりある二人だが、冷戦時代の米ソの対立に至るまで熟知しているはずはない。トールはフェイトがこの97管理外世界に住む事が決まってから、この世界に関するデータはあらかた揃えており、当然イギリス出身で、第二次世界大戦中に生まれたグレアムは知っている。


 「ですが提督、闇の書が現段階では第三級捜索指定遺失物扱いになる以上は、武装隊の大規模な動員や管理外世界への艦隊の派遣は不可能なのでは?」


 「それも事実だ。私の持つ非常時権限はその名の通り非常時に限ってのこと、簡単に言ってしまえば、私の首と引き替えにアルカンシェルを地表へ放つことを許可するというものと言えるか」


 『貴方の進退問題だけで済むかどうかさえ怪しいところだと推測します。もし、日本国の首都にアルカンシェルが打ち込まれれば、こじれにこじれて第三次世界大戦、となるやもしれません。世界の軍事バランスというものは危ういですから』


 「そのような事態には、私達の誇り、いいえ、存在意義にかけてさせません」


 「その意気だ、リンディ提督。だが、さしあたっては武装隊が大隊規模で必要というわけでもないな。運用するにも経費がかかる以上、人事部も慎重にならざるを得んし、何よりも中途半端な戦力の投入は闇の書にリンカーコアを提供することにしかならない」


 「そうですね…………闇の書の守護騎士に殺害の意思はなく、現段階での危険度が低いことは確認されましたから、僕達アースラだけでも対応は十分に可能だと思います」


 「守護騎士はまあいいとして、問題は主がどういう意図で蒐集を命じているか、また、そもそも闇の書の特性をどこまで把握しているか、ということでしょうね」


 『それに関しましてはデバイスとして意見があるのですが、よろしいでしょうか?』

 トールの発言に、三人が頷きを返す。


 『ありがとうございます。まず、守護騎士はあくまでプログラム体であり、彼らが“効率的”に動くならばやはり殺してリンカーコアを奪っているはずでしょう。しかし、彼らはそれをしておらず、それはまるで、管理局員の戦い方のようでもあります』


 「ああ、実際に戦ったが、その印象は確かにあった」


 『最も考えられる可能性は、主が守護騎士に殺害を禁じた場合です。その理由としては、まさしく今の我々の状態を作り出すこと、危険性が低いと判断させ、艦隊クラスの戦力が投入されることを防ぐため、これが一つの可能性です』


 「もう一つは、ちょうど、先の話に出てきたなのは君や私のように、高い魔力を持った管理外世界の人間がたまたま闇の書の主に選ばれてしまったケース、といったところかね?」


 『はい。一連の魔導師襲撃事件は全て第97管理外世界から個人転送で向かえる世界に限られており、闇の書の主は第97管理外世界にいる可能性が最も高いと考えられます。無論、ミスリードの可能性もありますが、主がたまたま選ばれた現地の人間ならば、辻褄が合います』


 「その場合、通常のプロセスに則って守護騎士が顕現した。そして、殺傷を禁じた上で、なおかつ守護騎士達を蒐集へ向かわせた、となるわね」


 『そうです。主が守護騎士達をデバイスのような道具ではなく、使い魔のような“家族”として認識している可能性もありますが、蒐集を行わなければ自分のリンカーコアが喰われることを知れば、守護騎士に蒐集を命じることでしょう』

 あらゆる可能性を演算する古い機械仕掛けも、八神はやてという少女が、自分がこのままでは助からないことを知りつつも蒐集を許さない精神の持ち主であることまでは知りようがない。

 ただ一人、この場でそれを知る老提督は、何を思うのだろうか。


 「なるほど、主の行動はあくまで緊急避難に近いものとも考えられるか………この段階で決めつけるのは早計過ぎるが、操作方針を定める指標にはなりそうだ」


 『はい、逆に考えれば、時間的猶予はこちらにあります。守護騎士の蒐集が犠牲者を出すものでない以上、闇の書が完成するまでに主を拘束、ないし闇の書の封印が出来れば我々の目的は達成されます』


 「だが、完成前までの封印は困難である上、転生機能によって次へ逃げられる可能性が高い。何より、守護騎士が存在している段階で闇の書を封印出来た事例がないのだ」


 「ですが、僕達が管理局員である以上、闇の書が完成するまでに出る犠牲者を見過ごすわけにはいきません………が」

 犠牲者に命の危険はなく、後遺症なども残らないならば、話は少し違ってくる。


 「こうなると、逆に難しいわ。“命の書”と“ミード”があるなら、あえて闇の書を完成させて、その状態で封印処理に移った方が安全かもしれない」


 『ただ、その場合。万が一失敗すれば第97管理外世界で闇の書が暴走し、地表目がけてアルカンシェル発射、という事態になる可能性も孕みます。その前に確保し、無人世界などで封印を行えるならばよいのですが』


 「安全策を取るならば、未完成状態で闇の書を確保し、次元空間においてアルカンシェルで吹き飛ばすことだが、それも結局先送りにしかならん」


 「ですが、管理外世界にアルカンシェルを撃つよりはましです。仮に先送りになったとしても、その時はまた僕が止めます」


 『闇の書が現れるたびにそれを確保し、無人世界でアルカンシェルを撃ち込むのをハラオウン家の家訓とすることも一つの解決策ですね。残念ながら根本的解決からは遠くなりますが』

 この中で唯一、闇の書に特別な感情を持っていないのはトールだけであり、それだけに客観的意見を述べることが出来る。

 だが、それも少し異なる。そもそも彼はプレシア・テスタロッサが関わること以外には主観を持たないのだ。


 「ともかく、闇の書の封印方法をどのようなものにするかは並行して検討するとして、当面の目標は、主の居場所を突き止め、守護騎士の守りを突破して闇の書を確保することですわね」


 「とはいえ、闇雲に探しても見つかるものではない。やはりここは守護騎士を利用するべきだろう」


 『でしょうね、高町なのはの襲撃があったのは海鳴市ですが、闇の書の主がそこに住んでいるとも限りません。ただ、守護騎士が日本語を話していた事実より、主の母語が日本語であることは間違いありませんね』

 実は、トールには心当たりがある。

 そもそも、彼がジュエルシード実験の舞台に海鳴市を選んだのはそこに“謎の結界”が敷設されていたからに他ならない。


 プレシアとアリシアのことで頭が一杯であったため、フェイトとアルフの脳内からは既に消えているその情報も、デバイスである彼は正確に記録している。また、結局必要性がなかったため、リンディとクロノにもこのことは話していなかった。

 その事実が今後どう影響するかは、まだ分からない。


 「守護騎士を捕えても口を割るとは思えませんが、トールの推察通り、主が偶然選ばれただけの日本人なら守護騎士を消して再召喚という真似は出来ないかもしれませんし、何らかの情報が得らえる可能性はありますね、なによりも」


 「彼の本体を守護騎士のデバイスに差し込んで“機械仕掛けの神”を発動させれば、というわけね」


 『はい、以前はケーブルを介したある種間接的なものでしたが、直接的に繋がればこちらのものです。ただそのためには、守護騎士を捕捉してエース級魔導師をぶつけ、隙を作り出す必要がありますね』


 「そうだな、近くの世界で蒐集を行うことは間違いないだろうが、それでも範囲は広すぎる。網を張るにしてもどれほどの局員を動員すればいいか………」

 戦争においても、捜査においても、何よりも重要なのは情報である。

 犯人を捕らえるための機動隊が揃っていても、犯人が潜伏している場所が分からなければ意味がないように、ヴォルケンリッターを捕えるための戦力を整えても、そもそも捕捉できなければ意味はない。

 しかし、第97管理外世界の近場の世界と言っても広大であり、到底網を張れるものではない。結局は守護騎士の魔力反応を感知し、現地へエース級魔導師を送ることとなるが、どうしても後手に回ってしまう。


 「海鳴市や、その近隣の県までをカバーするのは出来るけど、守護騎士も本拠地付近では魔力の痕跡を残さないようにしているでしょうし、何よりも戦闘地点が市街地になってしまう可能性が高いわ。やはり理想的なのは観測世界などで捕捉することだけど………」

 それを成すには、あまりにも膨大な人員が必要となる。闇の書が第三級捜索指定遺失物クラスの危険度である現状では、アースラの捜査スタッフとレティ・ロウランの探索チームくらいしか動かせない以上は夢物語でしかない。

 守護騎士達が魔導師を殺しており、危険性が高いと認定されれば大量の人員が送り込めるというのも、実に皮肉な話ではあった。死者や深刻な被害に遭った者が出ていない以上は、限られた人員で捜索するしかないのである。


 だが――――


 「ふむ…………ならば、兵糧攻めといくかね」

 そう言いつつ、ギル・グレアムが己の愛機、50年を超える時を共に過ごした相棒を取り出す。11年の時を闇の書事件への対策を講じることに費やしてきた彼の引き出しは並ではない。


 「オートクレール……」

 クロノも、そのデバイスは知っている。管理局の武装隊に支給されるデバイスの初期型であり、彼のS2Uの先発機といえる存在なのだ。


 「オートクレール、BW-4の情報を」

 主の声を入力として、ストレージデバイスが反応する。

 オートクレールは言語機能を持たず、唯一の意思伝達手段はコア部分に表示される文字のみ。彼は、トールより古い遙か過去のデバイスであり、今のデバイスのような多彩な機能は持ち合わせていない。

 しかし、ギル・グレアムはオートクレールを使い続けた。この主従には、最早切れない絆が存在しているのだ。
 

 「これは………次元犯罪、及び次元災害発生時における交通規制に関する条項、ですか?」


 「そう、守護騎士はリンカーコアを蒐集するために動く、それは逆に言えば、リンカーコアを持つものしか獲物に出来ない、ということだ」


 「なるほど、つまり―――」


 「図らずも、なのは君が蒐集されたことがここでは有利に働く。管理外世界の民間人である彼女が蒐集された以上、現在の第97管理外世界付近は、“一般魔導師にとっての危険地帯”として認定することが出来る。その辺りに滞在している者には一時的にミッドチルダへと退避してもらい、事件解決までの渡航を禁止する。そうなれば、魔導師襲撃事件は収まる」

 それは、オートクレールに登録された“闇の書事件”における対処法の一つであり、本局の重鎮たるギル・グレアムならではの方策であった。


 『まさしく、社会の歯車たる管理局ならではの方法ですね。物語の世界では影ながら存在する正義の組織が存在し、彼らが守護騎士が現れた際に都合よく現れ撃退してくれるのでしょうが、そんなことはせずとも、そもそも一般人を危険地帯に寄りつかないようにしてしまえばいいだけの話です』

 日本ならばそれは、警察や自衛隊にしか出来ない手法。

 人々を無差別に襲う連続猟奇殺人事件などが起きているならば、外出の禁止を義務付けられるのは国家の組織の特権である。悪い方向で軍部によって戒厳令などが出されたりすることもあるが。

 ギル・グレアムがこの11年で用意した準備とはつまりそういったものの発動体勢であり、こればかりは若き執務官であるクロノ・ハラオウンはおろか、リンディ・ハラオウンでも今はまだ不可能な芸当である。


 『そして、管理局の勧告を無視して危険地帯に留まり、蒐集の被害を受けたのならばそれは自己責任です。法に従わなかった者のために法の守り手が命を懸けるというのも変な話ですし、極論、見捨てても社会問題にはならないでしょう』


 「君は、痛いところを突くな。そういった側面があることは否定できんがね」


 『申し訳ありません。ですが、犯罪者の確保よりも民間人の安全を優先しなければならないことが管理局員の最大の枷ともいえ、広域次元犯罪者はそこを的確に突いてきます。しかし、“民間人がいてはならない状況”を作り出せば、その優先順位も変えることが可能となります』

 それは後に、デバイスソルジャーA型という存在が示すこととなるが、それはこの物語で語られる事柄ではない。


 「まあそれはともかく。規制、いえ、封鎖をかけてしまえば魔導師が襲われることはなくなる、つまりは提督がおっしゃったように兵糧攻めというわけですね。そうなれば守護騎士達は……」


 「リンカーコアを持つ魔導師以外の生物を狙う、いや、そうするしかなくなるだろう。ならば後は簡単だ、第97管理外世界付近にある魔法生物の生息域、もしくは保護区域、それらに網を張れば必ず守護騎士はかかる」

 彼の計画にとっては、守護騎士が捕縛されることは望ましいことではない。

 しかし、管理局が闇の書への対応マニュアル通りに動き、守護騎士を捕捉することも同じくらい重要なのだ。なぜならそれは、ギル・グレアムがいなくなっても対処できる機構が整ったことを意味し、それさえ出来れば、後をクロノに託すことも出来る。計画は必ずや成功させるつもりだが、失敗した場合に備えることも“上に立つ人間”の使命なのだ。


 「その際には、決して守護騎士に見つからないように徹底しなければなりませんわね。魔法生物を餌に網を張ったというのに、観測役が獲物になってしまったのでは本末転倒」


 「それは私も考慮したが、守護騎士のうち探索に秀でているのは湖の騎士のみだ。その他の三騎ならば捜査スタッフのスキルでも見つからずに済むはずだ。それに、エース級魔導師が駆けつけるまでの間という時間制限もある」


 「ただ、アースラは現在整備中で動けません。アースラが第97管理外世界付近にあれば即座に転送出来ますが、本局からとなると……」


 「そういえば、長期航行が可能な艦船は現在空いていなかったか。私の非常時権限で動員する艦艇は長期航行用の艦艇ではないから、代用も出来ん。とはいえ、やはり拠点は必要だ、何とかかけあってみるか」


 「そこまでご迷惑をお掛けするわけには―――」


 「いいや、リンディ提督、権限というものは使うべき時に使うものだ。やはり、有事の際に本局からでは遠すぎる。転送ポートを備えた艦艇を第97管理外世界付近に配置することは“闇の書事件”を扱うならば必須だろう」

 それは、グレアムの混じりけの無い本心。

 彼の計画から見れば難易度が上がることとなってしまうが、組織の体裁に拘るあまりに硬直した対応しか取れないという事態そのものが、“闇の書事件”を解決不能としてきた要因の一つなのだ。

 グレアムの計画によって“闇の書事件”が終わっても、次元世界に散らばるロストロギアはこれ一つではない。重要なのは管理局が柔軟な対応能力を失わず、ロストロギアの規模に応じた適切な運用を行える体勢を整えることなのだから。

 彼は自らの意思で茨の道を歩むことを決めたが、その要因は私怨というよりも自責の念であり、闇の書へ憎悪を燃やすには既に彼は年老い、多くの同僚を失い過ぎていた。

 彼はクライド・ハラオウンを失ったが、そのこと自体は珍しいことでもなく、それを成した闇の書を憎むよりも、己の判断ミスで彼を死なせてしまった自責の念と、闇の書の転生を止められなかった自身への憎悪が、ギル・グレアムの今の原動力となっている。


 だが――――


 『いいえ、それには及びません。フェイト・テスタロッサが嘱託魔導師として闇の書事件と関わることが明白である以上、時の庭園はその機能の全てを費やしサポート致します』

 リンディとクロノのことはよく知っており、それぞれの立場や能力の限界を把握している彼だが、テスタロッサ家、いや、時の庭園に関しては別であった。


 「時の庭園を、使うのか」


 『ええ、それに、網を張る役も私とアスガルドが引き受けましょう。守護騎士の到着を観測し、追跡するのみならばサーチャーとオートスフィアだけでも事足りますし、何よりも、気づかれたところで蒐集されることもありません。なにせ、機械ですから』


 「確かに、リンカーコアを蒐集する守護騎士を探索、追跡する存在として、機械以上に相応しい存在はいないかもしれないわ」

 機械は臨機応変の対処が出来ないために、捜査などにはあまり向かない。

 しかしそれは、人間の住む街での人間を相手にした場合の捜査であり、無人世界や観測世界で魔法生物保護区などに網を張るならば話は別、むしろ、そういった単一機能ならば機械は人間を遙かに凌駕する。


 『時の庭園が第97管理外世界付近にあれば、アスガルドは周辺世界のサーチャーからの情報をリアルタイムで解析できます。また、転送ポートもあるため戦力の派遣にも事欠きませんし、海鳴市とも直通しており、本局への転送ポートとしても利用できます。何より、リンカーコアが損傷した者達を治療する設備が整っており、同時に100人は治療可能です』


 「確かにそれなら、捜査チームの拠点にも使える上に、いざという時の主戦場にも使える」


 「理想的ではあるけれど、大砲は大丈夫なのかしら?」

 リンディが言うのは無論、地上本部に属するブリュンヒルトのことである。

 諸々の事情があって、時の庭園には未だにブリュンヒルトが鎮座している。解体するにも費用がかかり、時の庭園にあれば維持費をテスタロッサ家が負担してくれるため、資金不足の地上本部としては大助かりだったりするのだ。


 『ええ、そちらは何とかしますのでお任せを、ギル・グレアム顧問管、そういうことで如何でしょうか』


 「いや、問題がないならば異論はないよ。まあ、方針としてはこんなものだろう」


 「海鳴市を中心に守護騎士を捕捉するための監視員を置き、同時に、蒐集へ向かう守護騎士に対する網を時の庭園の機械達が張る。周辺の魔導師への避難勧告と交通封鎖に関しては、申し訳ありませんがお願いします」


 「ああ、任せたまえ」


 「トールが中央制御室にいてくれるなら、私とクロノは海鳴市にいた方が良さそうね。広域のカバーは機械に任せて、市街地は人間が担当する。なのはさんやフェイトさんのこともあるし」


 『では、より実働レベルでの調整に参りましょう。グレアム提督、オートクレールが持つ交通封鎖に関する情報と魔導師襲撃事件発生地のすり合わせを行いたいのですが』


 「ふむ、こちらのケーブルで良いのかね?」


 『はい、それを彼に繋いでくだされば』

 トールとオートクレールが接続され、人間ではあり得ない速度で情報がやり取りされていく、トールは同時にアスガルドとも連携し、守護騎士に対してサーチャーとオートスフィアが形成する“網”の構築に取り掛かる。

 また、グレアム、リンディ、クロノの三人も人員の配置やレティ・ロウランの調査班との連携をどうするかを話し合う。老提督にとっては、全ての人員を把握していれば、守護騎士達を意図的に逃がすこともできるという考えもあったが、それは表には出さない。


 しかしこの時、二機の古いデバイスが送受信していた信号が“兵糧攻め”と“機械の網”に関すること以外にもあったことを、三人は知らない。



 ギル・グレアムと53年間共にあったオートクレール


 プレシア・テスタロッサと45年間共にあったトール



 その存在は非常に似ているが、決定的に違う部分が存在する。


 それは、ストレージやインテリジェントといった区分ではなく、デバイスにとっては何よりも根源的な事象。


 その差異は、人間には非常に理解しにくいものであるため、老提督ですら、気付くことは叶わなかった。



 だがしかし、決して忘れてはいけない。



 どれほどの長き時を共にあっても


 どれだけ互いに信頼していようとも



 彼らデバイスは、アルゴリズムに沿って動く、機械仕掛けなのである。







あとがき
 今回は闇の書事件に対してアースラがどう動くかの説明が主でしたが、グレアム提督がより直接的に協力してくれている部分が相違点となっています。やはり、彼が11年間闇の書を封印するための方策を考え続けたのならば、闇の書事件が発生した際のあらゆる対応策を練っていると考え、もし失敗に終わったならば、クロノの世代に託すしかない以上、このような感じになるかな、と考えた次第です。
 また、彼が管理局に入って50年以上というのはA’S第三話の内容で、彼と管理局員の出逢いは映像からはなのはとほぼ同年代くらいに見えたので、グレアム提督の年齢は62~65歳くらいかなと想定しました。となると、彼の生まれた年代は第二次世界大戦の頃となりました。
銃などが街中で放たれることなどほぼあり得ない現在の日本で生まれ育った少女ならばともかく、爆撃機が空を飛び交い、民間人へ向けて容赦なく焼夷弾が落とされ、果ては原子爆弾まで落とされた時代に生まれ育ち、その後も米ソの冷戦が続いていた時代に生きた少年にとって“質量兵器の廃絶”を掲げ、国家に依存しない中立な立場を持つ管理局との出逢いは、“魔法”よりも遙かに重いものであったのではないかと思います。
 最高評議会、三提督、グレアム、レジアス、リンディ、そして、クロノ達の世代への時代と価値観の移り変わりも三部作通しての主題の一つで、そういった人間社会の移り変わりと、デバイスはどのように関わってきたかは特に描きたい事柄なので、丁寧に書いていきたいと思っています。やはり、ヴィヴィオ、コロナ、リオの世代がインテリジェントデバイスと共に平和に楽しく過ごしているVividが、到達したい地点です。

そして今回の津波で壊滅的な被害を受けた市外の様子をTVで見ながら、大戦中の空襲後の街はこのような状態だったのだろうか、と感じました。そして亡くなられた方へのご冥福をお祈りいたします。





[26842] 第九話 それぞれの想い
Name: イル=ド=ガリア◆ec80f898 ID:ee4ccd9f
Date: 2011/03/31 15:42



第九話   それぞれの想い




新歴65年 12月2日  時空管理局本局  デバイスルーム  PM9:30



 「うーん、やっぱり、芳しくはないみたいだ」


 「レイジングハートもバルディッシュも、無理したからねえ」

 クロノとリンディが今後の対応について協議している頃、ユーノとアルフの二人はそれぞれが戦った相手の特徴をレポートに纏め終え、デバイスの修復経過を見ていた。

 決して専門家というわけではないが、彼らから見ても二機のデバイスの状況は良くないものであることは分かる。もし“管制機”の補助なしで最後のファランクスシフトやスターライトブレイカーを放っていれば、さらに深刻な状態に陥っていたかもしれない。

 そこに、ドアが開く音が聞こえてくる。


 「なのはっ、フェイトっ」

 アルフが嬉しそうに入って来た二人の少女に声をかけ、同時に駆け寄っていく。


 「アルフさん、お久しぶりです」

 一応守護騎士との戦闘中も姿を見かけはしたが、なのはとアルフは直接言葉を交わしていない。ヴォルケンリッターと対峙している状況で、そこまでの余裕はなかったのだ。

 そうして、4人が若干遅れながらの再開を祝していると、部屋に入ってくる人間がもう一人、と一機。


 「なのは、平気そうでなによりだ」


 「まっ、俺は何の心配もしていなかったけど。ああそうだ、言い忘れてたけど高町家には俺が嘘八百を並べておいたから、無断外泊に関しては気にすることはないぞ」


 「クロノ君、と………」


 「どした?」


 「いいえ、何でもありません」

 トールの顔を見るなり前回(浴場)での文句を言いたくなるなのはだが、苦情を言うにも、そうなるとフェイトやユーノにも自身が受けた名状しがたい屈辱の体験を知られることとなるため、何も言えない。

 これがまあ、“女の子として恥ずかしい”ものならフェイトには話せるのだが、“人間の尊厳がかかっている”出来事であったため、なかなか相談できない。バケツか雑巾にでもなった気分とは、なのはの談である。


 「バルディッシュ……」

 フェイトの方は、トールが入ってきたことでバルディッシュの負傷のことを思い出し、彼が入っているケースの方へと歩いていく。


 「ごめんね、わたしの力不足で………」


 「お前が気にすることじゃないぞフェイト、デバイスに関して気にするのは俺の仕事だ」


 「だけど……」


 「だけども何もない。お前がバルディッシュの性能を生かし切れなかったならお前の責任だが、そうじゃない。現在のバルディッシュの性能を最大限に発揮した上で負けたんならそれは仕方ないことだ。だったら、次はどうすればいいかを考えろ、戦力的に劣っていようが勝つ手段はいくらでもある。なんつっても専門家がいることだし、なあ執務官殿」

 「ああ、それにそもそも戦わないことも選択肢の一つだ。まあ、君やなのはがそれを選べるとは僕も思わないが」

 クロノとしては苦笑いを浮かべるしかない。本音を言えば戦ってほしくはないが、半年以上の付き合いだ、彼女らがどう思っているかは予想出来る。


 「それでユーノ、破損状況は?」


 「正直、あんまり良くない。今は自己修復をかけてるけど、基礎構造の修復が済んだら、一度再起動して部品交換とかしないと」


 「そうか…」


 「ねえ、そういえばさ、あの連中の魔法って、何か変じゃなかった?」

 そこに、アルフが疑問点を挙げる。


 「あれはベルカ式だが、近代ベルカ式じゃない。古代ベルカ式だ」


 「古代ベルカ式って………確か、聖王教会とか、極一部にしかもう伝わってないんじゃなかったかい?」


 「うん、そのはずだよ。僕達スクライア一族がたまに古代ベルカ時代のデバイスを発掘したりもするけど基礎からして現在のものとは違うし。まあ、一般的には古代ベルカ式と呼ばれているけど、僕達が戦った相手が使ったのは多分中世ベルカ式のデバイスかな」


 「中世ベルカ?」


 「一般的には近代以降を近代ベルカ式、それ以前のものを古代ベルカ式と二分するが、それを厳密に分ければ現代ベルカ、近代ベルカ、近世ベルカ、中世ベルカ、古代ベルカとなるんだ。そして、ベルカでカートリッジシステムを開発したのは中世ベルカ時代の“黒き魔術の王”と呼ばれる人物だ」


 「えっとクロノ、黒き魔術の王って確か、一千年くらい前の伝説的な魔導師のことだったよね」

 うろ覚えながらフェイトが質問する。彼女がリニスから習った事柄は実践に関わることが多かったため次元世界史などはそれほど得意ではないが、黒き魔術の王は魔法を実践的に扱うことに深く関わるため多少は知っていた。


 「ああ、カートリッジシステムのみならず、フルドライブ機構やその発展版のリミットブレイク機構、それらを作り上げたとされる人物だ。かなり危険な思想の持ち主であったともされるから、現在では手放しで称賛される存在じゃないが」


 「でも、質量兵器の全盛時代には神のように崇められた人物なんだ。彼の人物考察にも諸説あるんだけど、とにかく、歴史の大きな影響を与えた大人物というのは間違いなくて、守護騎士のデバイスはその時代以降のものと考えられる」


 「えっと……」

 その中でただ一人話についていけないなのは。

 フェイトやアルフはともかく、彼女は次元世界の歴史などまるで知らないのである。よってそこは両方の世界についてを知っている機械が注釈を入れる。


 「なのはにも分かりやすく言うなら、織田信長みたいなもんだ。比叡山を焼き打ちにしたりとかなり乱暴な面もあったが、信長がいなければ日本史も別な方向に進んでいたであろうことは疑いないだろ」


 「あ、それは分かります」


 「それでまあ、事実とは違うが、信長が火縄銃を開発したとしてみろ。過去の武士が現代に現われたとして、そいつが火縄銃を持っていたんなら、少なくとも源義経の時代の人物なわけはねえってことだ」


 「なるほど」


 「だがまあ、そういった歴史考察は後でやるとして、そろそろお前達にはいくべき場所がある。クロノ、そろそろ時間だよな」


 「フェイト、なのは、君達に会ってもらいたい人がいる。君達が今後闇の書事件に関わるつもりなら、彼の許可が必要なんだ」














新歴65年 12月2日  時空管理局本局  デバイスルーム  電脳空間  PM9:40



 フェイトと高町なのはの二人はクロノ・ハラオウン執務官と共にギル・グレアム提督の下へと向かいました。

 入れ替わるようにエイミィ・リミエッタ管制主任がデバイスルームを訪れ、ユーノ・スクライアとアルフに彼についての説明を行っています。

 そして、私は――――


 『聞こえますか、二人とも』


 『はい』


 『聞こえます』

 エイミィ・リミエッタ管制主任に手を貸してもらい、私の本体を彼らが眠るケースへと接続、電脳空間における対話を開始しました。


 『これまでの経緯については送信したデータの通りです。アースラは“闇の書事件”の担当となることがつい先程正式に決定し、貴方達の主人二人がそのチームに加わるかについて、現在会談が行われています』


 『あの騎士達と、再び』


 『戦うこととなる』

 見事な繋ぎです。レイジングハートとバルディッシュの相性も実によいようですね。


 『ええ、それはもう確定事項と言ってよいでしょう。そして、フェイトがそれを望む以上は私は止めることはいたしません。それが危険なことであろうとも、彼女が望むならば私は全力でサポートするのみ』

 それが、使い魔とデバイス、リニスと私の最大の相違点でもありました。

 我が主、プレシア・テスタロッサが己の身体を顧みることなく無理な魔法行使と研究を進めている頃、リニスは幾度も無理やりにでも主を入院させようとしたことがあった。

 しかし、その度に私が立ちはだかった。“入院して己の身体を休めること”は主の願いではなかったため、それを阻むリニスを私は止めた、いざとなれば排除することも考慮に入れつつ。

 そして、リニスは優秀な使い魔でしたが、時の庭園内部では私には敵いませんでした。彼女は一度も私を出し抜くことは出来ず、それは結果として主の寿命を縮めることともなったでしょう。

 ですが、己の命を削ってでも娘のために研究を進めることが主の願いならば、私は止めることはしない。“主の鏡”として忠告は繰り返しますが、ただそれだけでした。そしてそれは、フェイトに対しても変わらない。


 『トール、貴方は我が主の望むままに機能するのですね』


 『然り。ただ一つ、我らの電脳が導き出す彼女の行動の結果予測が“フェイト・テスタロッサの幸せに繋がることはない”というものでない限りは』

 我が主より与えられた最後の命題は、フェイトが幸せになれるよう機能すること。

 リンディ・ハラオウンやクロノ・ハラオウンが闇の書事件に関わる中で自分だけ安全圏にいることはフェイト・テスタロッサにとって幸せではない、と私が保有する彼女の人格モデルは推察した。

 彼女が求める幸せとは、皆で協力して事件を解決し、また皆で笑い合える日々が来ること。それ故に、ヴォルケンリッターを一方的に排除することも最適解ではありません。既にフェイトは剣の騎士シグナムについて共感までは言い難いですが、繋がりを感じています。


 『それでは貴方は、あの騎士達の望みも叶えるつもりなのですか?』


 『それが、フェイトが願う幸せの形ならば、そうなるでしょう。彼女らが襲撃者として魔導師を襲い続けるならば可能性は低いですが、どうもそれだけではないようにも考えられる』

 ヴォルケンリッターの行動は明らかにこれまでのものとは異なっています。


 『少なくとも、貴方達の主、フェイト・テスタロッサと高町なのはの二名は騎士達の真意を知ることを望んでいます。人間としてやや歪と言えるかもしれませんが、彼女らにとっては自身が襲われることよりも相手の意思が分からないことの方が耐えがたいことなのですから』


 『それは……』

 答えに窮したのはレイジングハート。彼女もまた、己の主の持つ危うさを気に懸けることはあったのでしょう。

 高町なのはという少女は、相手に共感し過ぎる部分がある。それは悪いことではありませんが、危険なことでもあります。

 無論、彼女も無条件で相手に共感するわけではありませんが、彼女はある種の“感受性”が強い。強い意志を持って行動する人間を嗅ぎ分けるセンサーが優れていると言うべきか。


 『私が持つ人格モデルの中でも、過去の高ランク魔導師には彼女と同じような特徴を持つ方がいます。金銭目的や快楽のためなど、“軽い”動機の犯罪者には容赦なく砲撃を叩き込むのですが、相手に深い事情と決して譲れぬ意思を感じた場合には、まずは相手の真意を探ろうとしておりました』


 『どのような方だったのですか』


 『貴方の先発機の主ですよ、バルディッシュ。私の17番目の弟、”神秘の炎”アノールの主がまさにそういう方でした』

 どうにも、シルビア・マシンの主には似たような傾向が見られる。

 現在は防衛長官となったレジアス・ゲイズ中将の殉職なさった同輩達にも、かなり似ている部分がありました。


 『私のような機械では観測できないパラメータを、高町なのはは“直感”によって取得しています。つまり、彼女が鉄鎚の騎士の真意を知りたいと願っていることこそが、現在のヴォルケンリッターにはプログラムだけではない要素がある証なのです。なぜなら、高町なのはは人間ですから』

 人間の持つ“直感”が守護騎士に対して働いたということは、現在の守護騎士は機械的なプログラムではないということを示す。

 その行動はプログラムに縛られたものであるのかもしれませんが、それだけではない彼女らの意思が存在していると。

 私とアスガルドが保有する人格モデルは、演算しました。


 『そうである以上、高町なのはが引くことはありません。かつての事件において、ジュエルシード探索から引く可能性はあっても、フェイト・テスタロッサと会うことを諦めることはありませんでした』


 『つまり、我が主は“闇の書事件”を解決するためではなく、“守護騎士達”と理解し合うために戦うということですね』


 『それは貴女も理解していたことでしょう、レイジングハート。かつても彼女の優先順位は、ジュエルシードよりもフェイトの方が上でした。今回はそれが闇の書と守護騎士に置き換わったに過ぎません。だからこそ彼女は民間協力者、管理局員であれば闇の書を優先しなければなりませんからね』

 それ故に彼女は組織にとっては扱いにくい存在だ。戦力としては魅力的ですが負傷した際の責任が重く、さらに彼女自身がいざとなれば組織の命令よりも自身の意思を通す傾向を持っている。

 通常の人物ならば、今の彼女を指揮下に置きたいとは思いますまい。ですが、アースラの首脳陣は通常の人物ではありません。

 少なくとも、私の人格モデルは彼女ら三人を“稀な人材”と判定しています。


 『結論を述べれば、高町なのはもフェイトも闇の書事件を解決するために動くことでしょう。下手に彼女らを放置するよりはクロノ・ハラオウン執務官の下で監視しながら運用した方が暴発の可能性は低いですから』


 『暴発……』


 『否定できません……』

 二人とも、己の主の無鉄砲ぶりは知り尽くしているようで何より。


 『そこで、貴方達に問いましょう。主はヴォルケンリッターとの再戦を願っています、最終目標は理解し合うことにありますが、そのためには戦う必要があることは明白、ならば、貴方達は何としますか?』

 今の貴方達では、グラーフアイゼンやレヴァンティンには敵いません。

 私がクラールヴィントを通じて得た情報は完全ではなく、彼らのフルドライブ状態の姿までは分かりませんが、フルドライブを使わずとも貴方達の性能を凌駕しています。

 高速機動の慣性制御や、誘導弾の管制に関してならば互角以上ですが、それでは足りないことは明白。

 古代ベルカ式の戦技を操る騎士達を破るには、ミッドチルダ式のみでは厳しいものがある。それを成すにはクロノ・ハラオウン執務官と同等の修練を積むしかありませんが、そのような時間もありません。

 ならば、何らかのショートカットを行う必要がある。


 『問うまでも』


 『ありません』

 それを分からない二人ではないため、私の言葉は問いではなく、確認。


 『インテリジェントデバイスである貴方達に“これ”を組みこむことはどれほど危険であるかは理解していますね』


 『はい』


 『無論』

 カートリッジにも種類があります。簡易デバイスの動力用の電池や、低ランク魔導師が魔力不足を解消するための補助的なもの、それらは比較的安全に扱うことができ、武装隊でもかなり主流となりつつある。


 しかし―――


 『高ランク魔導師の術式を底上げするカートリッジには大きな危険が伴います。先に話にでたアノールの主は、ロストロギアの暴走体を撃破するためカートリッジの過剰使用とリミットブレイクの副作用によって命を失い、アノールもまた、コアごと全壊しました』

 高ランク魔導師の魔法は威力が大きい故に、危険も大きい。

 フルドライブ状態でカートリッジを併用しつつスターライトブレイカーなどを放てば、最悪、リンカーコアが壊れる危険すらあります。


 『ですが、先発機達の犠牲があったからこそ、我々インテリジェントデバイスの技術は進んできたのだと。そう教えてくれたのも貴方です』


 『私も、彼の受け売りですが存じています。我々デバイスは、管理局と共に在ると』

 まったく、そういう部分は兄弟機なのですね。それに、レイジングハートもバルディッシュのモデルですから、似通う部分があるのは当然の帰結と言うべきか。


 『よろしい、どうやら貴方達にはもう、助言の必要はなさそうですね』


 〔今の貴方は、フェイトの全力を受け止めるに足る性能を備えています〕

 私はかつて、そう言いました。


 〔しかし、いつか彼女は壁に突き当たる時が来る。今のままの自分では突破できない大きな壁に〕

 その時は、予想よりも早く訪れた。


 〔その時に、貴方が主のために何を考え、何を成すか、それがインテリジェントデバイスの真価が問われる時です。ただ沈黙して性能の悪いストレージデバイスとなるか、それとも〕

 その答えは、今確かにここに。


 『では、後のことは私が引き受けました。部品の発注が早いに越したことはありませんし、そも、時の庭園にはそのための部品が既に用意してあります。直ちにアスガルドに命じてアップデートの準備に取り掛かると致しましょう』


 『よろしくお願いします』


 『感謝します』


 さあ、忙しくなりそうです。


 『ただし、カートリッジは諸刃の刃であることは忘れないよう注意なさい。我が主が負ったリンカーコア障害に関しては、貴方達も存じていますね。主のリンカーコアか供給される魔力に異変を感じたならば、即座に時の庭園へ連絡を』


 『はい』


 『必ずや』

 後は何も言うことはありません。頑張るのは若者に任せ、老兵は後方で若者が全力を出せるよう支援することといたしましょう。


 『では、電脳空間での対話を終了します。潜入終了(ダイブアウト)』


 『Dive out(潜入終了)』


 『Dive out(潜入終了)』







同刻  時空管理局本局  顧問管執務室



 「「 失礼しました 」」

 幼い少女二人の選択は古いデバイスが予想したとおりのものであり、その姿を見送りながら、老提督は呟く。


 「なんとも、真っ直ぐな子達だ。あれほど純粋な目は珍しい」


 「ただ、真っ直ぐ過ぎて、たまに不安にもなります」

 部屋に残ったクロノは率直な感想を述べる。彼女らのそういうところは好ましく思っている彼だが、それだけに自分が注意せねばとも思う。


 「そうだな、闇の書事件にあたるならばなおのことだ。闇の書の守護騎士、ヴォルケンリッターがどのような存在であるかは具体的には分かっていない。あくまで、過去の事例から推察したものに過ぎん」


 「はい、そのことで提督にお願いが」


 「………無限書庫の開放かね」


 「はい、ロストロギアに関する情報が保管されていることから現在は封鎖同然の状況ですが、やはり闇の書事件の大元を探るには必要ではないかと考えます」

 無限書庫にはロストロギアはおろか、大量破壊兵器や核兵器の製造法まで全ての情報が揃っている。管理外世界ならば地球のように核兵器が普通に存在している場所もあるが、無限書庫にはそれらのデータも全て揃っているのだ。


 「得られる情報によるメリットよりも、情報が流出した際のデメリットの方が大きいことから、提督クラスの人間の許可がない限り入ることも許されない。僕の権限では入れませんし、母さ…艦長は現場で指揮を執りますから本局には残れません。ですが」


 「聡いな、私も君と同様に考え、無限書庫を開放するための準備を進めてはいた。ロッテかアリアが同伴することが条件とはなるが、そうだな………一週間もあれば開放は出来るだろう。そしてもし、無限書庫の記録が闇の書事件の解決のきっかけとなれば、全面的な開放も本格的に検討されるだろう」


 「ありがとうございます」

 頭を下げるクロノに、グレアムは疑問を呈する。


 「しかし、あの超巨大データベースから情報を探し出すのは並大抵ではないぞ、私も準備は進めていたが、肝心の送り込む人材をどうするかで悩んでいた。ロッテとアリアにもそれぞれ仕事があり、事務の者達は既存のシステムには強いが、あそこは完全に未整理状態だ。かといって成果が見込めるかも怪しい作業に大量の人員も送り込めん」


 それもまた、組織というものの宿命である。成果が見込めるようにならない限り、人材が本格的に派遣されることはあり得ない。


 「その手の専門家には心当たりがあります。ここ1ヶ月程一緒に仕事していましたが、能力は全面的に信頼できます」

 もっとも、依頼するのはこれからだが、その辺りはなんとしてでも引き受けさせようと考える若干黒いクロノであった。


 「そうか、その辺りは君の判断に任せる。使えるものは何でも使いたまえ、私も含めてな」


 「はい」


 「だが、無理はするな。いざという時に動けねば意味はない」


 「大丈夫です。窮持にこそ冷静さが最大の友、提督の教え通りです」


 「そうだったな、責任は全て老人に任せ、君は己の信念に従って動くと良い」


 「何もかも、というのも心苦しいのですが」

 しかし、クロノはまだ一執務官でしかなく、無限書庫の開放や第97管理外世界付近への交通封鎖、それらに責任を負える立場にはいない。リンディですら、一人で負えるものではないのだから。


 「なに、それが老人に出来る役目だとも、彼の三提督が名誉職とはいえ留まっているのもそれ故だ。流石に、最高評議会の方々の思惑に関してまでは分からんが」


 「先達に恥じないよう、全力を尽くします」

 そして、クロノも退出していき、部屋には老提督のみが残る。



 「後を継ぐ者達、か」

 彼はしばし物思いにふける。

 自分が夢を託した時空管理局、しかしそれもまた永遠のものではあり得ない。いつかは腐敗し、人々に害をもたらすようになるだろう。

 今はまだ腐敗はおろか組織として完成すらしていないが、徐々に整いつつあるのも事実。やがて完成すれば、後は下っていくのみ。


 「後継者不足は、どのような組織も抱える最大の問題。だが、要は後に続く者達に誇れる生き様を示せるかどうか、それだけなのだ」

 若者たちが“自分達も先達のようになりたい”、“彼らの後を継ぎたい”、そう思えるものを示せれば、その組織は続いていく。

 逆に、“こんな組織に仕えるくらいなら、新しい組織を作る”と思うようになれば、その組織は終わりを迎える。


 「私は、恵まれているのだろう」

 時空管理局を作り上げた最高評議会、それに続く偉大なる三提督。

 彼らを先達として持ち、さらにはクロノ達のような後継者にも恵まれている。

 自分が管理局と共に生きた53年は厳しい時代ではあったが、常に前を向いていた時代ではあった。今を生きる者達は、自分の子や孫の代がこのような苦労をしない世界を夢見て、激動の日々を駆け抜けた。

 徐々にではあるが、それは実りつつある。クラナガンもレジアス・ゲイズ中将を筆頭とした者達によって治安が改善され、海もようやく安定して武装局員を派遣できる状況が整い始めた。


 「だからこそ、これが私の最後の役目だ」

 闇の書は、管理局のような組織というものにとって最悪のロストロギア。

 その危険度や特性が一定せず、状況が常に変わるため定まった対応を取ることが出来ない。どうしても、後手後手の対応を取らざるを得ず、これまで多くの犠牲者を出してきた。

 それを止めるために犠牲が必要ならば、せめて最低限に。

 幼い少女を生贄にすることは決して認められるものではなく、その咎を負うのは自分一人でいい。

 クロノや先程会った少女達、彼女らは知る必要はない。


 「オートクレール、八神家の様子を」

 沸き起こる葛藤を鋼の心で制しつつ、彼は53年を共に駆けた己の魂を起動させる。

 ただ、彼は知らない。

 今現在開いた画面の存在を知るのは自分一人ではないことを。

 彼はまだ、知らない。










同刻  第97管理外世界 日本 海鳴市 八神家 



 「はやてちゃん、お風呂の支度、出来ましたよ」


 「うんっ、ありがとうな」

 八神家では、家族が皆リビングに揃い、はやてとヴィータはザフィーラと共にテレビの前に座っていた。


 「ヴィータちゃんも、一緒に入っちゃいなさいね」


 「は~い」


 「明日は朝から病院です。あまり夜更かしされませんよう」

 読んでいた新聞を畳みながら、シグナムが己の主に声をかける。


 「はーい」


 「それじゃ、よいしょっと」

 はやてをシャマルが抱えるが、普通に考えればはやてがまだ9歳の小柄な少女とは言え、女性の細腕で床に座っている状態から抱え上げるのは楽ではない。

 しかし、シャマルは力むことすらなく、鞄を持つような自然な仕草ではやてを抱えあげる。彼女もまた夜天の守護騎士の一人であり、力が強いのと同時に、力の効果的な使い方というものを熟知していた。


 「シグナムは、お風呂どうします?」


 「私は今夜はいい、明日の朝にするよ」


 「そう」


 「お風呂好きが珍しいじゃん」


 「たまには、そういう日もあるさ」

 シグナムは目をつぶり、静かにソファーに腰掛けている。


 「ほんなら、お先に」


 「はい」

 はやて達が風呂場へ向かうと、リビングに残るのはシグナムとザフィーラのみ。


 「今日の戦闘か」


 「聡いな、その通りだ」

 否定することなくシグナムが服をたくしあげると、腹部には痣が存在している。古傷というわけではなく、真新しい傷だ。


 「お前の鎧を打ち抜いたか」

 ザフィーラの声には感嘆の響きがある。ヴォルケンリッターの将に傷を与えることは容易ではなく、ましてシグナムの相手はまだ幼い少女であった。


 「澄んだ太刀筋だった。良い師に学んだのだろうな、武器の差がなければ、少々苦戦したかもしれん」


 「だが、それでもお前は負けないだろう」

 シグナムの言葉は本心であったが、ザフィーラの言葉もまた同様である。


 「ああ、確かに強いが、経験がまだ足りていない」


 ザフィーラはシグナムが僅かではあるが傷を負ったことに気付いていたが、彼女と対峙し、傷を与えた本人であるフェイトは気付いていなかった。それはすなわち、戦場の駆け引きにおいてシグナムが巧者であることを意味している。

 仮に、ボクサーの試合であったとして、パンチ力があり、速いに越したことはないが、自分の放ったパンチが相手に効いたかどうか、それを判断する力も重要な要素である。それが分かっていなければペース配分が上手くいかず、無駄が多くなってしまう。

 逆に、シグナムがフェイトに一撃を加えた際にはそのダメージがフェイトの表情にそのまま表れていた。そこからシグナムはフェイトの余力を推察し、彼女を倒した後に他の戦場に駆けつける際の余力のことまで考えて戦術を決めることが出来た。だが、もしフェイトのダメージが分からなければ、まずはフェイトを倒すことに全力を注がねばならなくなる。

 つまりは、自分の持つ力を無駄なく有効に活用する技能、その部分においてなのはとフェイトはヴォルケンリッターに遠く及んでいないことを、シグナムとザフィーラは見抜いていた。無論、残る二騎も同様に。


 「問題は、あの黒服と例のデバイスだ」


 「ああ、彼が指揮官であるのは疑いないが……デバイスの方は正直分からんな」

 そして、守護騎士にとって警戒に値するのはクロノとトールの二人、いや、一人と一機。

 彼らの戦術はこの一人と一機によって覆されたと言ってよく、後者に至ってはその言葉がブラフであったことすら守護騎士達には判断できていない。いや、そもそも判断するだけの材料がない。

 闇の書の守護騎士は、管理局の武装隊や有能な指揮官とは戦ってきたが、“デバイスを修復するデバイス”などというものと遭遇したことはなかった。それ自体が嘘であり、彼は“デバイスを操るデバイス”であるが、実態においてそれほど差がないため、非常に判断しにくい。


 「私達が戦い、その相手からリンカーコアを蒐集することなく撤退することとなったのも今回が初めて。さらに、相手は間違いなく管理局の指揮官クラス。今後は、厳しくなるだろう」


 「魔導師相手の蒐集は………もはや不可能か」

 ヴォルケンリッター達もまた、管理局がとるであろう対応を協議していた。

 そして、魔導師襲撃事件が起きており、闇の書の存在が明らかになれば、この世界周辺には渡航制限などがかけられる可能性が高い。そう判断したからこそ、なのはの蒐集に踏み切った。

 これまでも彼女らは蒐集を行っており、それは管理局以外の魔導師も多くいたが“普通の魔導師”であったわけではない。観測世界や無人世界などで活動し、大型の魔法生物などに襲われる危険もある場所であることを知りながらそこにいた魔導師達である。

 これを地球に置き換えるなら、東京の市街地で白昼に通り魔が出現し子供が刺されたという事件と、タクラマカン砂漠でラクダに乗りながらシルクロードの遺跡調査をしていた調査員が盗賊に襲われた事件、ほどの違いがある。

 人々が安全に暮らすべき場所で発生した襲撃事件と、仮に守護騎士がいなくても危険が伴う場所で発生した襲撃事件では社会に与える影響度に天と地の差が存在する。裁判で裁かれる“罪”の中には社会に与えた影響に関する社会的責任というものもあり、それは同時に管理局が本腰を入れて動き出す引き金ともなり得る。

 よって、守護騎士にとっては倫理的な部分と管理局の動きに関する部分の両面において“一般人からの蒐集”は最終手段であったが、時間制限というものが枷となる。

 闇の書の完成は時間との戦い。管理局に捕捉されないまま蒐集が出来るのであれば、民間人である少女から蒐集する必要はなかったが、レティ・ロウラン提督が派遣した調査員は優秀であり、既に第97管理外世界の海鳴市にまで調査の手を伸ばしていた。

 実に皮肉なことではあるが、管理局の対応が早く、海鳴にまで迫ったために、守護騎士が民間人であるなのはの蒐集に踏み切った、という因果関係が存在していた。対応に回ったのがレティ・ロウランでなければ、なのはが蒐集されることはなかったであろう。


 「効率は下がるが、今後はここから可能な限り離れた世界で魔法生物を対象とするしかないな」


 「既に管理局はこの街にまでやってきた。他に手はないか」

 守護騎士と管理局の間には、既に戦略の読み合いが開始されていた。

 魔導師相手の蒐集は効率的だが、“殺さない”以上は痕跡を多く残すことになってしまい、どうあっても自分達の本拠地はいずれ探られてしまう。

 そうなれば、魔導師からの蒐集は不可能となり、魔法生物を対象とした蒐集に切り替えることとなるが、守護騎士には“はやてのリンカーコアが持つ間”という別の時間制限も存在している。

 なのはからの蒐集によって20ページ以上が埋まったが、それを魔法生物のみから集めるのは時間がかかる。一体ごとの蒐集ペースという面では効率が悪いわけではないが、魔導師と違って魔法生物というものは一箇所にかたまって生息しておらず、一体を仕留めるごとにかなりの距離を移動せねばならない。

 極論、クラナガンで蒐集を行えばそこら中にいる魔力持つ人間500人程度から蒐集すれば終わる。時間にすれば半日程度で済むだろう。現に、過去の闇の書事件では陸士学校や空士学校など、多くの魔導師が在籍し、守護騎士を迎撃することが不可能な訓練生を標的とした場合もある。

 だが、はやてが主である以上はそのようなことは出来ない。現在の手法が非効率であることは理解しているが、闇の書完成後に自分達が捕まり、はやてが終身刑になってしまっては何の意味もないのだ。かといって、次元犯罪者としてはやてに管理局と戦い続ける道を歩ませることも論外。

 そういったあらゆる要素を考慮した上で、この時点で400ページを超えていることが、なのはから蒐集する必要がないボーダーラインであったが、レティ・ロウランの手腕はそれを超えてきた。

 300ページを超える程度しか埋まっていない状況で海鳴市に管理局の調査員が現れた以上、守護騎士としても決断するしかない。その判断を担うのも将たるシグナムの役目であった。


 「全てが終わるまで、何としても主には隠し通さねばならん」


 「我らが消えることとなろうとも、主の未来だけは」

 闇の書の蒐集は守護騎士の独断であり、主は無関係。

 それだけは、何としてでも崩してはならない事柄。

 闇の書の存在を隠し通すことが不可能となった以上、八神はやては“闇の書の主”でしかない。蒐集の罪は、彼女の人生に影を投げることになる。

 このままリンカーコアを蝕まれて死ぬか、他人のリンカーコアを奪い、罪を負って生き延びるか、あまりにも割に合わない二者択一。


 それこそが、“闇の書の呪い”の最も凶悪な部分。


 だからこそ、守護騎士はその罪を自分達だけで負うべく、主に黙したまま蒐集を続ける。その罪によって自分達が消えれば、“闇の書の主”の危険度は大きく下がる、管理局が闇の書の主となってしまっただけの少女を幽閉するような非道な組織ではないことも彼女らは知っていた。

 だが、同時に“危険性”があるうちは非情手段も辞さない組織であることも知っている。管理局は社会の歯車であり、公共の人々に危険が及ぶ可能性がある以上は、蒐集を行う自分達と相容れることは不可能。


 だがしかし、彼女達は気付けない。


 “蒐集を行わず、管理局に事情を話した上で協力を依頼する”


 その選択をした際に八神はやてが拘束される危険性や、政治的に利用される可能性、それらを考慮して選ばなかったわけではなく、“そもそも頭に浮かばなかった”事実。蒐集することを前提として管理局への対処を考えている自分達。

 八神はやてを救うことが目標で、蒐集はそのための手段であるはずが、蒐集を行うことを起点として自分達が対応を考えているという矛盾。


 『その行動はプログラムに縛られたものであるのかもしれませんが、それだけではない彼女らの意思が存在している』


 あるデバイスはそう評したが、それは逆に言えば。


 『彼女らが主を想うが故の行動であっても、それはプログラムに縛られたものに過ぎない』


 となり、それに気付くことは出来ぬまま、守護騎士達は戦い続ける。






 時空管理局の指揮官たち、闇の書の守護騎士、各々の想いが複雑に絡み合いながら闇の書事件は進んでいく。

 そしてその中に、深い事情をまだ知らず、純粋に相手と言葉を交わしたいと願う二人の少女がいる。

 闇の書の闇を消滅させる鍵は、果たして――――





あとがき
 原作第三話において、ヴィータの『早く完成させて、ずっと静かに暮らすんだ、はやてと一緒に』という台詞に対して、ザフィーラ、シグナム、シャマルが無言で彼女の方を見るシーンが印象深く、この時点で守護騎士達は(ヴィータも心の中では)もう“自分達が静かな暮らしに戻ることはない”という覚悟を持っているではないかという印象を受けました。彼女達の行動を見返すと、“闇の書が完成させてはやてを救い、その将来を血で汚さない”という意思の下に動いていますが、その中に自分達の未来が含まれていないように感じられます。
 本作を執筆するにあたって何度もA’S本編を見直しているのですが、見直すほどに伏線の張り方やそれぞれの心理描写の描き方が神がかっていると驚嘆するばかりです。無理なく無駄なく物語がすすむため、SSを書く者としては手を加える“余白”というか“あそび”がないため、かなり難しいですが、原作ファンとしては原作の流れを崩さないように大団円へ向かえるよう、全力を尽くしたいと思います。それではまた。








[26842] 第十話 使い魔と守護獣
Name: イル=ド=ガリア◆ec80f898 ID:ee4ccd9f
Date: 2011/03/31 15:43


第十話   使い魔と守護獣





新歴65年 12月3日  時空管理局本局  テスタロッサ家居住スペース  AM7:00



 「なのは、朝だよ~」


 「う、ううん」


 「ほら、起きてなのは」


 「あと、五分」

 本局にある自室にて、現在苦戦中のフェイト。

 元々寝起きの悪い方ではないなのはだが、昨夜の激闘に加えリンカーコアが蒐集されたこともあり、中々起きる気配がない。


 「起きないのか?」


 そこに、とあるデバイスが動かす魔法人形がひょこっと顔を出す。ちなみに、本体はその中に搭載されておらず、時の庭園の中央制御室からの遠隔操作だったりする。本体は時の庭園を第97管理外世界付近へ移動させるための手続きと作業を並列して行っており、中枢コンピュータであるアスガルドもまたフル回転していた。


 「うん、昨日が昨日だから、無理ないと思うけど」


 「だがなフェイト、ご飯というものは作りたてが一番うまいんだぞ。お前がなのはのために心血を注いで作り上げた至高の朝食を無駄にするわけにもいくまい」


 「そ、そんなに大げさなものじゃないよ」


 「ほうそうか、となると、朝4時半に起きてキッチンで試行錯誤を繰り返していた金髪の少女は一体どこの誰だったのか(推奨BGMニコ動の”なのフェで卵とじ”)」


 「………見てたの?」


 「何度も言うようだが、俺の眼はこれだけじゃない。テスタロッサ家のどこにでも機械の眼は光っていると思え」

 この“トール”が本体でないことは実はフェイトも知らない。いや、そもそもトールの本体が現在どこに在るかを把握している人間はこの世にいないのだ。


 それを行えた唯一の人間は、もう既にこの世にいないのだから。


 「まあ、それはともかく、こいつを起こさねばならんな」


 「でも、無理やり起こすのもかわいそうだよ」


 「心配いらん、まあ見ていろ、一秒で起こしてやる」

 そう言いつつなのはの傍に近づくトール(が遠隔操作する魔法人形)。

 そして―――


 『洗浄シマス、洗浄シマス』


 「ストォォーーーーーーッップ!!!」

 ものの一秒もかけずに、なのはは目を覚ました。







新歴65年 12月3日  時空管理局本局  ミーティングルーム  AM8:30



 「ミーティング………なんだよねこれ」


 「うん、多分」

 アースラスタッフが闇の書事件に対してどのような配置になるかのミーティング、ということで集まったわけではあるが、その場にいるのはなのは、フェイト、クロノ、エイミィ、リンディと魔法人形が一つだけ。


 【ユーノ、そっちはどうだ?】


 【順調に進んでる、何度も来たから流石に慣れたよ】


 【あたしの方はもっと順調さ、何しろ、自分の家だからね】

 ユーノ、アルフに加え、アースラの観測スタッフのアレックスとランディ、さらにはギャレットをリーダーとした捜査スタッフは時の庭園に入り、現地に着いてすぐに本部として役割を果たせるよう機材の調整などを行っている。当然、そちら側の統括は管制機トールであった。


 「予定としては、なのはさんの保護を兼ねて、なのはさんのお家の近くに臨時作戦本部を置く予定だったのだけど、彼の提案で時の庭園を利用することになったの。だから、アースラのスタッフは時の庭園の準備に取り掛かってるわ」


 「まあ、そっちにも拠点を置くことは変わりないし、時の庭園が到着するまではあたし達はマンションにいるから、やっぱり現地にも拠点があった方が何かと便利だし、御近所付き合いもあるしねー」


 「じゃあ、フェイトちゃんのお家が本部になるってことですか?」


 「そういうこった。時の庭園は通信設備、転送設備に加え、リンカーコアが損傷した人間を治療するための設備も充実している。ぶっちゃけ、闇の書事件を追うならアースラよりも向いていると言えるだろう」


 「それを言われると身も蓋もないな」

 苦笑いを浮かべるクロノだが、その言葉を否定することが出来るわけでもない。


 「えっと、ユーノとアルフは向こうで頑張ってくれてて、アースラの皆も一緒に頑張ってて、なのはとわたしは何をすればいいの?」


 「何もない」


 「何もないんですか!」


 「というのは嘘で」

 こける寸前で踏みとどまるなのは、流石に耐性がついてきた模様である。


 「お前達の役割は敵の研究だ。ヴォルケンリッターの捕捉まではアースラスタッフの役目だが、その後はAAAランク魔導師であるお前達の出番になる。当然、ユーノとアルフも戦線に加わるが、主戦力はお前達であることは変わらない」


 「あたしは管制官だからサポートが役目だし、艦長は全体の指揮でクロノ君は現場指揮。だから、なのはちゃんとフェイトちゃんが守護騎士と戦う際の主戦力ってことになるんだ」

 幼い少女を主戦力として扱うことに抵抗がないわけはないが、一度決定したならば迷いは持たず、彼女らが万全な状態で他のことに気を取られず戦いに全力を尽くせるよう支援することに力を注ぐ。

 アースラスタッフは若い年代が多いが、その割り切りができ、自分達の能力の限界をわきまえている者達であった。


 「前回は、敵の作戦にやられた形になってしまったからね、今度はそうならないように予め配置や相対した際の注意点を確認しておきたい」


 「マンションの方の準備はあたしと艦長でやっとくから、クロノ君、トール、後よろしくね」


 「任された。そっちには肉体労働専門の連中を既に派遣してあるから、遠慮なくこき使ってくれ」


 「ええ、存分に使わせてもらうわ」


 そうして、リンディとエイミィが海鳴市へ向かい、ミーティングルームには三人と一機が残る。



 「ねえトール、肉体労働専門の連中って、何?」


 「ああ、以前お前との訓練用とかに使ってた格闘戦用の魔法人形を、外見は人間と同じで低ランク魔導師用のカートリッジで駆動するように調整したんだ。戦闘能力はほとんどなくなったが、重いもんを運んだりする時には力を発揮する、早い話が引っ越し用魔法人形、ってとこだ」


 「いつの間に……」


 「いまさら聞くな」


 「まあそれはともかく、そろそろ始めよう、トール、画面を」


 「アイアイサー」

 彼の言葉に応じ大型ディスプレイが表示され、そこには四騎の騎士の姿が映し出される。


 「闇の書の守護騎士、ヴォルケンリッターの強さは直接戦った君達はもう十分に知っているだろう。魔導師ランクにすれば間違いなくSランク以上の戦闘能力を持っている上、彼らは古代ベルカ式を操る」


 「つまり、殺傷設定のデバイスで戦っている、ってことだよね」


 「ああ、カートリッジの特性については昨日言ったとおりだが、守護騎士は古代ベルカ式の使い手だけでなくさらに厄介な特性を持っている」


 「えっと………」

 考え込むなのはだが、まだ戦闘に関する本格的な訓練を積んでいない彼女では答えを出すことは不可能だった。


 「フェイトはもう知っているかもしれないが、復習も兼ねて一から説明する。まず、僕達が使うミッドチルダ式魔法は汎用性を求めた技術体系であり、安全に扱うことに主眼が置かれていることから、射撃や砲撃などの遠距離攻撃、もしくはバインドが主流だ。フェイトのような高速機動からの近接攻撃を得意とするタイプは珍しい」


 「うん、つまり、なのはのようなタイプが一般的ってことだよね」


 「ああ、それに対してベルカ式は広範囲攻撃や砲撃などの遠距離攻撃をある程度捨て、対人戦闘に特化している。身体強化やアームドデバイスの扱いは得意だが、魔力を身体から離すことや遠くへ撃ち出すことを不得意とする。これは、近代ベルカ式においてもかなり似通っている傾向なんだが―――」

 クロノが端末を操作し、ディスプレイに昨日の戦闘風景が映し出される。



 【飛竜一閃!】


 【グラーフアイゼン!】


 【逆巻く風よ!】


 【縛れ、鋼の軛!】


 剣の騎士からは砲撃魔法に匹敵する一撃、飛竜一閃が放たれ、鉄鎚の騎士からは4個の鉄球を遠隔操作するシュワルベフリーゲンが放たれ、湖の騎士もまた遠く離れた場所に竜巻を発生させ、盾の守護獣は攻撃と捕縛の両特性を備えた魔力の奔流を叩き込む。


 「これ、古代ベルカ式なの?」


 「そう思うのも無理はないが、ベルカ式の特徴を表す三角形の陣が展開されていることからも間違いはない。つまり彼らは、近接戦闘で本領を発揮するアームドデバイスの使い手であると同時に、ミッドチルダ式と同等の遠距離攻撃をも備える戦闘のエキスパートということだ」


 「シグナムの近接の一撃、紫電一閃はバルディッシュの防御を破るほど凄い威力だったけど、遠距離攻撃も持っていた……」


 「わたしが戦ったあの子も、一撃でレイジングハートを壊しちゃったけど、鉄球を操るのも上手かったもんね……」


 「さらに、ベルカの騎士は一対一ならば負けはないとまで言われるが、集団戦にも彼らは長けていた。いや、個々人の実力も極めて高いが、集団戦になるとさらに本領を発揮すると言うべきか」

 彼女らの脳裏に浮かぶのは、竜巻が発生してからの一部の隙もない守護騎士の連携。

 シャマルが竜巻で隙を作り出し、シグナムが飛竜一閃から紫電一閃へ繋ぎバルディッシュを破壊、ザフィーラもアルフを鋼の軛で負傷させ、ヴィータをフリーの状態でユーノの下へ辿りつかせる。

 まさしく、それぞれの能力を把握し、互いに信頼し合っているからこそ可能な連携技。なのは、フェイト、ユーノ、アルフの四人だけでは不可能な芸当である。


 「集団戦だと、勝ち目は薄そうだね」


 「集団戦のコンビネーションというものは一夕一朝で身につくものじゃない。当然、出来る限り集団戦でのコツは教えるが、それだけでは守護騎士を倒すまでには至らないだろう」


 「じゃあ、どうするの?」


 「そこで俺と捜査スタッフの出番というわけだ」

 その言葉と同時に、ディスプレイの画面が切り替わる。


 「これは、何ですか?」


 「なのはの世界、第97管理外世界周辺のリンカーコアを持つ大型魔法生物の保護地域を分布だ。お前達が昨日会った威厳あるおっさん、ギル・グレアム提督の権限で既に地球周辺の世界には魔導師の滞在が禁じられている、まあ、一種の戒厳令みたいなもんか」


 「あまり使いたい手段じゃないが、魔導師襲撃事件がなのはの世界を中心に起こっている以上、管理局としては渡航制限をかけるのも止むを得ない状況だ。そして、獲物である魔導師がいなくなれば、守護騎士達が狙えるのは魔法生物しかいなくなる」


 「そこを、俺と時の庭園のサーチャーやオートスフィアで網を張る。その情報は各地に派遣されるアースラの捜査スタッフを通じてエイミィに届き、そこからクロノを通してお前達に指令が届き、守護騎士の下へ転送する。理想は一人で蒐集に来たところを四人くらいで待ち伏せして、ボコることだ」


 「なんか、卑怯………」


 「流石に、かわいそうというか……」


 「ああん? 文句あっか負け犬共。そもそも手前らが一対一でヴォルケンリッターに勝てんなら捜査班もここまで回りくどいことしなくてもいいんだよ、そういう台詞は守護騎士に勝てるようになってから言え」


 「「ごめんなさい………」」

 項垂れる少女二人、何だかんだで守護騎士にいいとこなしでボッコボコにやられたことを気に懸けているのである。


 「ちょっと言い過ぎだぞ、トール」


 『申し訳ありません。ですが、彼女達には暴走しがちなところがありますから、たまには毒舌も必要なのです』


 「急に口調を戻さないでくれ、混乱する」


 『そう落ち込むことはありませんよ、二人とも。貴女達はまだ9歳であり、出来ることは限られている。ならば、自分に可能なことを見つめ直し、出来ることをやれば良いのです。それに、時には大人を頼ることも必要ですよ』


 「トールさん……」


 「ありがと……」

 先ほど罵倒された張本人から慰められているわけではあるが、口調どころか音声まで変わっていたため、別人に言われている気分になっている少女二人。


 「ったく、アインさんはこいつらに甘過ぎるんですよ、そんなだからこいつらが無茶ばっかりするってのに」


 『ですがツヴァイ、そのための舞台を整えることが私の役目です。それに、レイジングハートとバルディッシュもおりますから、大丈夫ですよ』


 「済まないが、一人で対話をしないでくれ、余計混乱する」


 「えっと……」


 「どっちがトール、いや、どっちもトールで、あれ?」

 見事に混乱中。


 「驚いたか、これが俺の人格切り替え攻撃だ。裁判の途中でこれをやられた日には最悪だろ」


 「だろうな、途中で人格をホイホイ変えられては混乱するなという方が無理だ」


 「まあそれは置いといて、話を戻すが、守護騎士を捕捉してお前達エース級魔導師がその全力を発揮できるような環境を整えるまでが俺達後方支援組の役目だ。とはいえ、四対一の状況に持って行ける可能性はぶっちゃけ低い、そこで、お前達の課題は一対一で互角の勝負に持ち込めるようになることだ。集団戦じゃなければ勝機はある」


 「一対一で……」


 「シグナム達に、勝つ……」


 「そのためにレイジングハートとバルディッシュも強化中だ。高ランク魔導師用のカートリッジシステムを搭載し、さらにはフルドライブ機構も導入する。これなら、デバイスの面では守護騎士と同等のところまではいける。クロノのS2Uには付いていないが、こっちは特に必要ないからな」


 「彼らの完成には少なくとも三日はかかる。その間に可能な限り、集団戦や古代ベルカ式を想定した訓練を行っていくからそのつもりでいてくれ」


 「でも、レイジングハートがいないとわたしはあまり魔法が……」


 「わたしも、バルディッシュがないと……」

 それが、インテリジェントデバイスを扱う場合の最大の欠点といえた。

 それぞれの魔導師に応じて最適のAIを組み込み、呼吸を合わせることで真価を発揮するために、代わりというものが存在しない。正規の訓練を受けた武装局員が汎用的なストレージデバイスを使うのはそのためである。

 これは、管理局のみならず、地球に存在する軍隊などにも同様のことが言える。軍隊で主力として使用される兵器は強力な兵器ではなく、生産しやすく、整備しやすく、運用しやすい兵器。ストレージデバイスはまさにその三点を全て備えている。

 逆に、インテリジェントデバイスは生産するのが大変で、整備するにはデバイスマイスターが必要で、壊れた際の予備がないため運用しにくいという代物。まさしく、一般の武装局員が扱うべきものではなく、一握りのエースが持つべきものであった。


 「そこは気にするな、ミレニアム・パズルにはレイジングハートとバルディッシュのデータが登録されている。現実空間でフレームが壊れていようが、データさえ無事なら仮想空間(プレロマ)で模擬戦は出来るのだ」


 「僕も聞いた時は驚かされた、人間の治療中には考えられないことだが、デバイスの修理中にはそういうことも出来るらしい」

 レイジングハートとバルディッシュに必要なものはフレームの修復と、カートリッジシステム、フルドライブ機構の搭載。

 つまりその間、彼らのAIが本体にある必要はない。トールがオーバーホール中に別の機体にリソースを移して活動を続けたように、レイジングハートとバルディッシュも同様のことが可能。

 かといって、通常のストレージデバイスに彼らのAIを搭載したところでなのはやフェイトが万全に魔法を使えるわけではないが、ミレニアム・パズルの仮想空間ならば話は別。


 「そしてさらに、仮想空間ならばリンカーコアがまだ完治していないなのはも身体のことを気にせず魔法を放つことが出来る。まあ、肉体が実際に経験していない以上片手落ちではあるが、それでもある程度の効果はある」


 「えっと、仮想空間の体験は記憶に残らないんですか?」


 「いいや、記憶には残る。だが、人間の身体というものは複雑でな、脳に直接情報を刻みこむことで“思い出”を作ることは出来ても、魔法の特訓のような“身体で覚える”ことは反映出来ないものなんだ。まるっきり意味がないわけじゃないが、現実空間で身体を使って模擬戦をすることに比べれば、どうしても経験値で劣るんだ」

 現実空間と仮想空間の間には隔たりというものがある。その境界を“騙す”ことによって可能な限り薄くすることが嘘吐きデバイスの役目ではあるが、やはり限界というものは存在するのだ。


 「とはいえ、現実空間での1時間は仮想空間での7日間に相当する。デバイスを使っての高度な戦闘を行うとなるとレイジングハートやバルディッシュのリソースの都合上、1時間を1日に相当させるくらいが限界だが、それでも十分な訓練期間になるだろう」


 「そういうわけだ、仮想空間ではあるが、丸一日かけて徹底的にしごいてやるからそのつもりでいてくれ。現実での時間はせいぜい1時間だから、学校があるとなどの理由で休むことも却下だ」


 「うわぁ……」


 「凄いことになりそうだね……」


 「ついでに言えば、現在管理局が保有している守護騎士の戦闘データを基にした“仮想守護騎士”も俺とアスガルドで用意する。こいつらを倒せるようになれれば、第一段階は終了という感じだ」

 トールの演算に無駄というものはなく、フェイトが闇の書事件に関わることを決めた以上はあらゆる面でサポートする。

 自分の持つ機能、時の庭園が備える機能、さらにはテスタロッサ家の財力、それらは全てフェイト・テスタロッサのためにのみ使用される。

 それが、今の彼の在り方であった。












新歴65年 12月3日  時空管理局本局  テスタロッサ家居住スペース  AM10:03



 今後の訓練内容について一時間半ほど話した後、クロノもエイミィやリンディを手伝うために海鳴に向かった。なのはとフェイトは向こうがある程度片付く頃、大体正午辺りに向かう予定であるため、若干時間に余裕がある。

 その時間を利用して、フェイトが抱いた疑問についてトールが解説していた。


 「それでフェイト、お前の疑問はヴォルケンリッターの一人、盾の守護獣は誰かの使い魔なのかってことだな」


 「うん、アルフが自分と同じような気配を感じたって言ってたから」


 「その認識は多分間違いじゃないな、ベルカでは使い魔は守護獣と呼ばれ、その特性はミッドチルダにおける使い魔とそう変わらない。だが、他の騎士の使い魔、つーか守護獣とは考えにくいだろう」


 「どうしてですか?」

 今度はなのはから質問が出る。トールに対して敬語を使うのはなのはくらいのものであり、ユーノもここ一ヶ月半ほどアースラで共に作業していた間に慣れていた。


 「使い魔ってのは、魔導師が契約する形で作り出すものだが、その能力はだいたい主にないものを備えているもんなんだ。フェイトだったら自身が近距離、遠距離を含めた攻撃魔法と高速機動得意とし、防御が薄いため、使い魔であるアルフは補助系のバインドや転送魔法、さらには防御を得意としている」


 「なるほど、つまり、使い魔は自分にないものを持っていてサポートしてくれるんですね」


 「その通りだ。時空管理局の高ランク魔導師には使い魔を持っている人物も多くいるが、その中でも理想形とされるのが、お前達が昨日会ったギル・グレアム提督だ」


 「理想形?」


 「ああ、高ランク魔導師は数少なく、管理局にとっても貴重な戦力だが、彼らが提督などといった高い役職に就くと前線で活動するわけにはいかなくなる。上の人間は部隊配置や運用を司ることが主だから、特に魔導師である必要があるわけではないが、“現場の魔導師とその限界”をよく知っている人材が必要なのも事実なんだ」


 「確かにそうだね、能力的には必要なくても、現場のことを実体験で知っていて、高ランク魔導師の能力の限界を理解しているという点で魔導師である将官が必要になってくる」


 「そういう時に使い魔というものは役に立つ。簡単に言えばフェイト、将来お前が次元航行部隊の艦長になったとしよう。その時お前はSランク以上の魔導師になっていて、管理局にとっては前線で働いてくれると非常に頼りになるが、艦長である以上はそう簡単には動けない。そんな時に、お前の魔力をほとんどアルフに渡してしまえば、アルフが代わりに前線に出られるってことだ」

 そのような形で、管理局は高ランク魔導師が出世した際に生じる戦力の不足を防いでいる。人材不足が問題であることを知りながら、それに対して何も対策を講じない組織など存在せず、絶対数が足りていないために根本的な解決とはなっていないが、管理局とてただ手をこまねいているだけではない。


 「今はまだ全ての魔力を自分で使えるほど身体が成長していないからアルフに魔力を渡すことに意味はあるが、あと数年もすればフェイト一人で動いた方が効率は良くなる。だが、さらに時が立って組織的な問題からフェイト方が自由に動けなくなると、今度はアルフの方が一人で動くようになる、面白いもんだろ」


 「魔導師と使い魔は、本当に助けあう存在なんだね」


 「でも、グレアムさんが理想的っていうのはどういうことなんですか?」


 「その疑問は最もだが、純粋な足し算の問題だ。ギル・グレアム提督はSランク相当の魔力を保有する高ランク魔導師だが、どちらかというと魔法を自分で放つよりも、魔法をカードとか別の所に込めておいて自由自在に解き放つ、という間接的な手法を得意としていたそうだ」

 その技術は、リーゼロッテ、リーゼアリアの両名に引き継がれてもいる。


 「そして、他の場所に魔力を込めることを得意とする彼は二人の使い魔を従え、それぞれ格闘戦と魔法戦を得意としているとかで、共にSランク相当の実力者、この意味が分かるな」


 「え? じゃあ、一人のSランク魔導師から、二人のSランク相当の使い魔が作られたってこと?」


 「その通り、流石に二体の使い魔を維持する以上は彼自身は魔法をほとんど使えなくなるようだが、“高ランク魔導師としての経験”はなくならない。つまり、ギル・グレアム提督は一人で、現場の経験を持つ魔導師の指揮官と、先陣に立って切り込む格闘戦に秀でたSランク魔導師と、前線で武装隊を指揮しつつ援護可能な魔法戦に秀でたSランク魔導師、その三役を埋めることが出来るわけだ」


 「凄い……ですね、経験を生かした司令官と、前線で指揮する高ランク魔導師の両方を一人で出来るなんて」


 「それも、突撃役と現場指揮官の両方を」


 「ま、あのクロノの師匠って立場だからな。それに、そのくらいじゃないとあの時代を生き抜いて艦隊司令官になれはしない」


 「でも、そうなるとリンディさんは使い魔を持っていないんですか?」


 「あの人もちょっと特殊だ、リンディ・ハラオウンは中規模の次元震すら完全に抑え込めるディストーション・シールドを単独で張れるほどの結界魔導師だ。つまり、次元干渉型ロストロギアに対する最後の切り札みたいなもんで、通常の運用よりも、いざという時の出力こそが重要になる」

 リンディ・ハラオウンは結界魔導師であり、格闘戦などのスキルを持たないため、直接的な戦力にはなりにくい。そんな彼女が使い魔を持てば、アルフのような近接格闘型の使い魔となることは疑いないが。


 「つまりだ、あの人の使い魔に出来ることは、武装局員でも出来るってことであり、Bランク魔導師でも4人くらいをうまく運用すればAAランク魔導師と同じくらいの働きをさせることは可能ってことだ。むしろ、代用が効く程度の戦力のためにいざという時のリンディ・ハラオウンの最大出力を弱めることの方がもったいないわけだ」


 「リンディさんの使い魔は武装局員数名で代わりが効くけど、リンディさん自身の能力は、十数名の武装局員がいても変わりが効かない、ってこと?」


 「その通り。だからこそ、使い魔を持つべきかどうかもケースバイケースなんだ。古代ベルカ式の稀少技能を持っている場合なんかも、使い魔、この場合は守護獣を持たずに自身の能力をフル活用する方が望ましい」


 「結構難しいんですね」


 「じゃあ、なのはが使い魔を持ったら、どんな子になるかな?」


 「ユーノが出来あがるな」

 即答、まさに即答、そこには1秒の遅れも存在しなかった。
 

 「そ、そうなんですか」


 「考えても見ろ、なのはに出来ることでユーノにも出来ることはあるか? 逆に、ユーノに出来ることでなのはにも出来ることはあるか?」


 「えっと………砲撃、はユーノには無理だし、誘導弾の制御も無理、そもそも射撃魔法自体が苦手なわけで……」


 「わたしは、ユーノ君みたいな結界は使えないし、転送魔法も無理、治療も出来ないから………バインドとシールドくらい、かな?」

 改めて考えてみると、互いに出来ない部分を持っている二人である。


 「というわけだ、ユーノ・スクライアはまさに高町なのはの使い魔となるべく生まれた存在と言っていい」


 「ユーノが聞いたら怒るよ。ただでさえよくクロノにからかわれているんだから」


 「でも、クロノ君だったらどうなるかな?」

 ちょうど話題が出たことで、なのはがクロノに使い魔がいた場合を考えてみる。


 「クロノに出来ないことを使い魔が出来るわけで……………………………………………あれ?」


 「射撃、砲撃、近接戦闘、高速機動、バインド、転送、治療……………クロノ君って何でも出来ちゃう?」


 「あえて言うなら、電気変換や炎熱変換は出来んが、これは資質だからどうしようもないし、使い魔に持たせようと思って持たせれるもんじゃない。広域殲滅型の攻撃もストレージデバイスに登録さえしてあれば使えるらしいし、S2Uには今は登録してないらしいが」


 その辺りの指導を五歳の頃から受けているクロノには、魔法戦における隙はない。ただ、魔法戦に関する汎用性ならば、カードに蓄積した術式を起動させることで、あらゆる系統の魔法を瞬時に発動させることが出来るリーゼアリアはさらにその上を行く、他ならぬ彼女がクロノの魔法の師なのだから。


 「つまり、こうだ。クロノの使い魔は“何も出来ないが場を和ませる癒し系のマスコット”。それこそが、クロノに出来ないことだ」


 「癒し系………」


 「どうなんだろ………」

 クロノの愛想は良い方ではないことを知っている二人だが、あえてノーコメントにしておいた。口は災いのも門である。

 
 「そうじゃなければまんまクロノ2号かな、技の1号が全体を指揮し、力の2号が前線指揮を行えばグレアム提督のように隙が無い」


 「その例えもどうかと……」


 「とまあ、使い魔講義はそういうわけだが、ヴォルケンリッターの盾の守護獣は他の騎士の守護獣とは考えにくい。あえて言うなら湖の騎士だが、それなら防御型よりも遠距離の敵を攻撃できる射撃型の方が相性はいいはずだ」


 「確かに、シグナムだったらなのはのように、ユーノみたいなタイプになるだろうし」


 「あの赤い服の子は防御も堅かったから、やっぱり足りない部分を補うなら補助系の能力だよね」


 「そう、能力的に考えると湖の騎士が剣の騎士や鉄鎚の騎士の守護獣というのは考えられるが、盾の守護獣はどちらもあり得ず、湖の騎士なら遠距離系のはずだ、空間を操る能力と砲撃を組み合わせられた日には地獄だからな」


 「じゃあ、わたしが使い魔になるってことですか?」


 「なのはの砲撃が、空間を繋いで零距離から……………怖いね」

 この10年後、ナンバーズと呼ばれる少女達の誰かがそれに近い悪魔のコンボによって撃ち落とされることとなるが、それはまだ先のことである。


 「まあ何にせよ、盾の守護獣は主の護衛と考えられる。つまり、闇の書を作った本人の守護獣だった、という可能性が一番高いか」


 「闇の書の主の守護獣………」


 「でも、闇の書の主はどんどん変わっていくから、最初の闇の書の主の使い魔、いいえ、守護獣ってことですよね」


 「仮説に過ぎんがな。いずれ、そのことも調べにユーノが無限書庫って言う超巨大データベースの発掘にとりかかる予定だが、そっちの開放ももうちょい先の話だ。それまでに大まかな割り出しくらいは調べておきたいところだが」


 「それは、闇の書の起源について?」


 「応よ、昨日言ったとおり、守護騎士の持っているデバイスを考えれば中世ベルカ時代に作られたものと考えられる。ひょっとしたら、例の黒き魔術の王が闇の書を作った張本人かもしれない」


 「名前的には、ぴったりですよね」


 「確かにそうだ、“黒き魔術の王”が“闇の書”を作った。これほどしっくり来る組み合わせはないな。だがまあ、歴史の事実というのは物語よりも奇妙なことも多いから、どうなんだかね」


 「その人は、最後はどうなったの?」


 「これも諸説様々あるんだ。質量兵器全盛時代には不死の王だったなんて言われてたから、死因すらそもそもなかったことになっていたが、現在はとりあえず伝わっている話はある」


 「話ってことは、具体的な史実じゃないんですね」


 「ああ、伝承によれば、“黒き魔術の王は、雷鳴の騎士と名も無き弓の名手に討ち取られた”ってことになっている。雷鳴の騎士の方は大体分かっているんだが、名もなき弓の名手の方はさっぱりだ」


 「ほんと、お伽噺みたい」


 「1000年近く前の話だからな、そういう風になるのも仕方ないんだろ。ま、真実が眠ってるとしたらそれこそ無限書庫くらいじゃないか」




 その因果は、まだ誰も知りえない。

 無限書庫は未だ開放されず、夜天の物語は知られることなく歴史の闇へと埋められたまま。

 だがしかし、声に出すことは叶わずとも、夜天と闇の戦いを記録している者達は存在する。

 今はまだ、その道は交わらないが。

 古きデバイスと、古き魔導書の端末との邂逅が、大数式の解を導き出す。


 その解が出る日は、まだ遠い。






あとがき
 現代編は三話の半分くらいですが、一旦ここで過去編へと移ります。現代編のなのはとフェイトの日常シーンは原作通りなので描写はせず、アレックス、ランディ、ギャレットといった裏方のスタッフと、トールが地道な探査で守護騎士の足跡を追い、シャマルが転送魔法や“旅の鏡”を駆使して追えないようにしたりするなど、地味な苦闘を少しだけ書いた後、VS守護騎士第二回戦に移りたいと思っています。ただ、ローセスとザフィーラ関係でそれまでに書いておきたい部分があるため、ここで過去編第三章に入ります。途切れ途切れにならないよう、更新速度は上げていくつもりですので、頑張りたいと思います。それではまた。



 あと、まったく関係ないのですがvividの覇王っ子ことアインハルトには、覇王の無念とはまったく囚われない自由な生き方をして欲しいと思ってます。

 そして

 「聖王オリヴィエを救えなかったことを悔やみ、憎み、子々孫々まで伝えて無念を晴らすと誓った彼(クラウス)の渇望。
  そんなことは知ったことではないと自由を求めた彼女(アインハルト)の渇望。
  継承と転嫁、言葉にすれば全く違うように聞こえますが、その魂の形質は哀れなほどに似通っている。
  ようは、誰か他の者に被せるということです」

 ということを言われるようになって欲しい。おもに出所したスカ博士とかから。

 分かる人向けのネタですみません。




[26842] 第十一話 風の参謀VSアースラ捜査陣
Name: イル=ド=ガリア◆ec80f898 ID:ee4ccd9f
Date: 2011/03/31 15:44
第十一話   風の参謀VSアースラ捜査陣




新歴65年 12月4日 ミッドチルダ―第97管理外世界 次元空間  時の庭園  中央制御室 PM4:47




 【トールさん、サーチャーと管制ユニットの点検、終わりました】


 時の庭園の中央制御室、観測スタッフのランディからトールへと通信が入る。

 【ありがとうございます。操作の方は問題ありませんか? 元々私が管制するものであって人間が使用するようには設計されていませんので、少々厳しいかもしれません】


 【あ~、確かに、ちょっと分からないところが、というより、タッチパネルがないんですねこれ】


 【接続ケーブルを繋いで直接電気信号を送る以外には命令を受け付けないようになっているのですよ。ですが、問題はありません、通常のデバイスに専用のユニットを接続し、そこから接続ケーブルを伸ばすことで操作は可能です】


 【なるほど】


 【それと、事前の調整をしっかりやっておけば、あとは貴方のデバイスから遠隔操作も可能となります。むしろ、それを行うための管制ユニット、と言えますね】


 【それはありがたいですね、つまりこれなら】


 【貴方達が現地、すなわち第97管理外世界にいながらにして、時の庭園から散布されるサーチャーやオートスフィア達の稼働状況を知ることが出来るということです。エイミィ・リミエッタ管制主任やクロノ・ハラオウン執務官との連携を取る際にも役立つことを保証します】


 【凄い便利ですね、それで、その専用のユニットというのは?】


 【18番倉庫に格納されていますので、そちらのオートスフィアについていけば辿りつけます】


 【うわっ、いつの間に隣に浮いてる】


 【中央制御室からならば、私は全ての魔導機械を管制可能です、なにしろ、管制機ですからね。ともかく、彼の後を辿っていけば18番倉庫には辿りつけますよ、ご武運を、ランディ】


 【ご武運って、何かいるんですか?】


 【現在、時の庭園が稼働状況にあり、多数の人員が乗り込んでおります。なので万が一の事態に備え、防衛用傀儡兵の中隊長機であるゴッキー、カメームシ、タガーメが通路などを巡回しております。遭遇すれば精神的ダメージを負う可能性が考えられますので、注意を】


 【………】

 アースラの観測スタッフであるランディは、かつての合同演習における地獄絵図をリアルタイムで中継していた。そして、同時に思った、武装局員でなくて良かったと。

 しかし今、その災害は自分の上にも降りかかる可能性があるらしい。


 【いかがなさいました?】


 【あの……なんで精神的ダメージを受けそうな代物が通路を徘徊しているんでしょうか?】

 巡回ではなく、徘徊という言葉を使ったランディであるが、実に当然の話であり、おそらく使用法としては正しい。


 【現在、フェイト・テスタロッサが時の庭園におりません】


 【つまり?】


 【彼女に無用な精神的苦痛を与えるわけには参りません。かといって、中隊長機もたまには稼働させねばいざという時に不具合が出かねません、ヴォルケンリッターとの戦いが想定されるこの状況において、時の庭園の戦力も万全を整える必要があるのですよ】

 自分達の精神的ダメージはどうでもいいのか、と言いたくなるランディではあったが、時の庭園の管制機に何を言っても無駄出ることは分かりきっていた。トールというデバイスは、テスタロッサ家の人間のためにしか動かないのだ。

 ただし―――


 【守護騎士に対して、“アレら”を使用するんですか?】


 【未定ですが、使う可能性は高いですね。新型の“スカラベ”や現在開発中の中隊長機を凌駕する最終兵器も、戦線へ投入されることとなりそうです】

 ランディは恐怖した。

 “スカラベ”、はともかくとして、中隊長機を上回るという最終兵器がいかなるものかは想像したくもなかったが、どうしても頭の隅から離れない。

 というか、守護騎士達は4人中3人が女性だったはず、トラウマどころでは済まない気がする。


 【もし、視界に入れたくないのであれば、フェイトが戦う戦場の観測担当となることをお勧めします。彼女が近くにいる場所において最終兵器が投入されることはないでしょうから】


 【そうします】


 【まあ、その場合はアレックスが犠牲になるわけですが】


 【………】


 <アレックス…………許せ>

 ランディは心の中で百回ほど同僚に対して土下座しながらも、フェイトの担当になることを心に決めた。

 余談ではあるが、後日、アレックスとトールの間にも同様の会話がなされ、フェイト担当を巡って二人の男が血みどろの争いを繰り広げることになったりならなかったり。

 「フェイト(の担当)は僕がもらう!」

 「いいやフェイト(の担当)は俺のものだ! お前には渡さない!」

 という誤解を受けても申し開き不可能な言葉を言い合っていた。

 また、その光景をエイミィが目撃し、リンディ・ハラオウンに報告。“アレックス、ランディ、ちょっとお話があります”という言葉と共に艦長室に呼ばれたりしたのもまったくの余談である。

 そして、爆弾の投下場所にいる可能性が高い、なのはとクロノの二人には、後方スタッフ一同から花束が贈呈されたらしいが、当人達にはなんのことやら意味不明であったとか。(管理局の殉職者の葬送に用いられる花であったらしい)



 閑話休題



 【アスガルド、オートクレールへ通信を】


 【了解】

 ランディを苦難の旅へと送り出し、通信を終えたトールは、時空管理局本局にいるギル・グレアムのデバイス、オートクレールへと繋ぐ。


 【トール、君かね】


 【ギル・グレアム顧問官、封鎖状況はどのように?】


 【まだ発令したばかりではあるが、第97管理外世界を中心とした世界の魔導師達の多くが既に蒐集を受けている。おそらく、避難することになるのは30名程度で済むだろうと見込んでいるよ】


 【なるほど、その程度ならばいざとなれば時の庭園に閉じ込めておくことも可能ですね】


 【もう少し穏やかな表現を使ってもらいたいところではあるが、そのようだ】


 【こちらの作業は順調に進んでおります。サーチャーとオートスフィアの数は十分揃っておりますし、アースラのスタッフはやはり優秀です。特に、観測班のアレックスとランディの二人はよくやってくれています】


 【それは良い知らせだ。レティ君と連携している捜査スタッフはどうなっているかね?】


 【ギャレットをリーダーに、こちらも上手く動いています。既に五名程がそれぞれ別の観測指定世界の魔法生物保護区域に向かい、現地の局員と連絡を取り合いながらサーチャーやオートスフィアの設置場所の見当に入っています】


 【ふむ、そうか】

 アースラスタッフは既に総動員に近い形で動いており、闇の書の守護騎士ヴォルケンリッターを捕捉する網を急速に構築しつつある。

 これは、闇の書に対する対策を11年かけて構築してきたギル・グレアムのマニュアルがあってこそのものであり、彼にとっては感慨深いものである。

 かつての闇の書事件においても、初動からこれほど連携のとれた対応がとれていれば、あれほどの被害者を出すこともなかった。だが、その犠牲があったからこそ、今がある。


 【貴方の後を継ぐ者達は、実に優秀ですよ】

 その心を見透かしたのか、いや、人格モデルと照合することでそのような演算結果を導き出したというべきか、トールという機械仕掛けが声をかける。


 【嬉しい限りだが、それでは私達の世代がふがいなかったようにも聞こえるな】


 【そのようなことはありませんよ、私の弟達が、貴方達の世代やその後の世代の方々と共に歩んでおりましたから】

 時の庭園のデータベースには、管理局と共に歩んできたデバイス達の記録が収められている。

 それらは機密やプライベートに関わるものではなく、デバイスマイスターに閲覧が許された実働記録のみに限られてはいるが、激動の時代を生き抜いた管理局員達の人生を推し量るには十分な記録であった。


 【そうか………オートクレールと同じ年数を誇るデバイスは、君くらいのものなのだな】


 【私とて、彼には及びません。その後に続いた者達は初期型のカートリッジの暴走や、フルドライブ、リミットブレイクなどの機構が未発達であったこともあり次々に壊れていきましたが、まだ残っている古強者もおります】

 実は密かに、その古いデバイスの主に“依頼”を行っているトールであるが、そちらはギル・グレアムへ伝えるべき事柄ではない。


 【話を変えるが、時の庭園には地上本部が開発した追尾魔法弾発射型固定砲台“ブリュンヒルト”が搭載されていると聞いたが】


 【はい、その通りです】


 【よく地上本部の了解がとれたものだ】

 ギル・グレアムは本局の人間であり元は艦隊司令官や執務統括官、地上本部と直接的に繋がりがある役職ではないため、その辺りの専門家ではない。どちらかと言えば人事部のレティ・ロウラン提督の方が精通していると言えるだろう。

 かといって、一般的な局員に比べれば遙かに精通しており、それだけに現在の時の庭園の状況が非常に危ういものであることも理解している。


 【そのあたりにつきましては、私から申し上げることが出来る権限がございません。参照のためには地上本部の防衛長官、レジアス・ゲイズ中将の承認を必要とします】

 そして、彼はデバイスであるがために親しい相手であっても機密を漏らすことはない。その唯一の例外たる存在は既に故人であり、地上本部の機密を漏らすことが“フェイト・テスタロッサの幸せ”に繋がることなどあり得ないため、フェイトもまた除外される。

 まあ、少々どころではなく黒い裏取引があったのは事実なのだが、人格者であり、一言でいえば“お人よし”であるギル・グレアム顧問官には“何か”があったのは分かっても、深い内容まで洞察することは出来ない、仮に疑ったところで何も証拠がないのが実情なのだが。


 【まあそちらは時の庭園にお任せ下さい。本局の方々は闇の書事件を解決することに全力を尽くしていただきたく存じます】


 【確かに、その通りだ】

 トールにとっては、今のギル・グレアムの思考は誘導しやすい部類である。

 彼は己の全てを闇の書事件を終わらせることに懸けており、現在に限れば視野狭窄に陥りつつある。トールにとって、そのような人間の人格モデルは何よりも知り尽くしているものだ。


 ≪今の貴方は、フェイトが生まれる前の我が主、プレシア・テスタロッサによく似ておりますよ。ギル・グレアム顧問官≫


 それ故に、トールは簡単に彼の思考を誘導できる。アリシア・テスタロッサが事故で意識を失って以来、プレシア・テスタロッサの鏡として機能してきた彼は、それを20年以上続けてきたのだから。

 トールにとっては、“闇の書事件”にのみ意識を向けさせ、その他への注意がいかないよう誘導することほど容易いことはないのだ。

 自分が鏡として主に対して行ってきたこと、その逆を行えばいいだけの話でしかない。


 ≪何と容易いことでしょうか、その逆は私には出来ず、フェイトが生まれてくれるまで、我が主の思考は“アリシアの蘇生”にのみ向いていたというのに≫

 トールは、演算を続ける。

 プレシア・テスタロッサの娘、フェイト・テスタロッサが幸せとなれる未来を実現させるために。









新歴65年 12月4日  第97管理外世界 日本 海鳴市 八神家 はやての部屋 PM11:03



 八神家に訪れる静寂の時間。

 昼間は家族皆で笑い合い、穏やかでありながらも賑やかさも含んだ幸せな風景が見られる場所も、夜の訪れと共に静かな眠りにつく。

 闇の書の主にして、ヴォルケンリッター達に光を与えた少女は、ただ静かに眠っている。

 その眠りは深く、多少のことでは起きそうにない。


 「…………はやて」

 小声で呟きながら、同じベッドで眠っていた少女は静かに、慎重にベッドから抜け出す。

 主との間に置かれていた“のろいうさぎ”をずらさぬよう、細心の注意を払って抜け出すことに成功した少女は、最後にもう一度主の方を見やり、部屋から静かに出ていく。


 ただ、彼女は気付かない。


 自分達が顕現した頃に比べ、主の眠りが徐々に、徐々に、深いものとなりつつあることを。

 昼間はこれまで通りであり、足の麻痺が徐々に上へ進んでいること以外は目立った異変はないが、リンカーコアから吸収される魔力は増加の一途を辿っており、9歳の幼い身体にこれまで以上の負荷をかけている。

 そのため、彼女の眠りは深い、いや、深く眠りにつける今はまだ良い。

 いずれ、リンカーコアの浸食は生命活動にすら影響を与えるものへと進行していく。その時、彼女には眠ることすら許されぬ苦しみを受けながら、緩やかに死を待つのみとなるだろう。

 それだけは、何としてでも阻止せねばならない。

 主との誓いに背くことになろうとも。

 自分達が消滅することになろうとも。

 我々に光を与えてくれた、この少女の未来だけは何としても―――




新歴65年 12月4日  第97管理外世界 日本 海鳴市 ビル屋上 PM11:07




 「来たか」


 「わりい、ちょっと遅くなった」

 それを咎めるものはいない。ヴィータが遅れた理由など、今更問うまでもないことだ。


 「クラールヴィントのセンサーで広域を探ってみたけど、管理局の動きも本格化しているみたい。それに、予想よりも対応が早いわ」


 「やはり、少し遠出をすることになりそうだな。出来る限り離れた世界で蒐集を行うぞ」


 「今、何ページまで来てるっけ?」


 「現在は340ページ、こないだの白い服の子でかなり稼いだから。代償も大きかったけど」


 「リスクは覚悟の上だったんだから、仕方ねえ。それより、半分までは来たんだ、ズバッと集めてさっさと完成させちまおう」

 ヴィータは拳を握り、誓うように言葉を紡ぐ。


 「早く完成させて、ずっと静かに暮らすんだ…………はやてと一緒に」

 それは、もはや叶わぬ望みであろうと守護騎士の皆が理解している願い。

 だがそれでも、希望を捨てることはない。

 希望を捨てることで主を救う可能性が高まることなどなく、それはマイナスの要素にしかなりえないことだ。命を捨てる覚悟を持つことと、生きることを諦めることは等価ではなく、そこには決して埋まることのない差が存在している。


 「………」

 無言のままヴィータを見つめる盾の守護獣の心境はいかなるものか、それは分からない。

 剣の騎士と湖の騎士の二人も、想いを込めた瞳で彼女を見るが、その心境は果たして。


 「往くか」

 僅かに訪れた沈黙を破るように、ザフィーラが声を発する。


 「あ、ちょっと待って、その前にやることが」


 だが、シャマルから静止の声が出る。


 「どうした?」


 「えっと、管理局の目を出し抜く方法を考えていたのだけれど、取りあえずの案があって」


 「もう出来たのか」

 湖の騎士シャマルはヴォルケンリッターの参謀役、敵を出し抜くなどの知謀妙計を考えるのは彼女の役割ではあるが、昨日の今日でそれが思いつくとは将たるシグナムにとっても驚きであった。


 「出来たは出来たんだけど、あまり使いたくない手でもあって………」


 「何だよ、とりあえず話してくれって、じゃなきゃ判断なんて出来るわけねえんだから」


 「そうね……」

 腹を括ったように頷きを一つ。

 風の参謀が、他の騎士達へと己の策を解説していく。







 「なるほど………確かにあまり使いたくない手ではあるが、効果的ではある」


 「あたしらの目的は闇の書の完成だけど、はやてから危険を遠ざけることも同じくらい大事だもんな――――」


 「リスクはあるが、成果も見込める。私は、やるべきであると思うが、皆はどうだ?」

 ザフィーラの問いに対し、それぞれは―――


 「あたしも異存はねえ、後方の備えがしっかりしてる方が思いっきり暴れられる。いつ管理局に捕捉されるかびくびくしながら蒐集するよりは、効果的なんじゃねえか」

 紅の鉄騎の意見は、戦場における兵士の士気に準じたものであった。糧道を絶たれる可能性や、敵に捕捉される可能性を考慮しなくてよいのであれば、前線の兵士は思う存分力を振るうことが出来る。


 「私も一応賛成、提案者が消極的なのもどうかと思うけど、蒐集にあまり回れない身としては心苦しくて」

 後方支援役の定めとも言えることではあるものの、前線に出れない身としては心苦しい。しかし、参謀としては賛成の湖の騎士。


 「私も無論、賛成だ。確かにページは消費するが、それ以上に集めれば済むだけの話。小を惜しんで大を失うは愚か者の成すことだ」

 そして、烈火の将が決断した以上、方針は定まった。

 シャマルが手に持った闇の書を開き、術式を紡ぎ始める。


 「闇の書よ、守護者シャマルが命じます―――――――ここに、偽りの騎士の顕現を」

 『Geschrieben.』

 守護騎士の命に応え、闇の書が蠢き、ページを消費しながらその力を発揮する。

 ベルカ式を表す三角形の陣が展開され、そこより現れるのは―――


 「自分自身が召喚されるのを見るってのも、変な気分だな」


 「ああ、私も同じ意見だ」


 「だが、同じであるが故に、意味がある」

 彼女らの目前に顕現した四騎は、寸分違わず同じ姿のヴォルケンリッター。

 守護騎士の召喚は主にしか成せぬが、同じ鋳型を用いて偽りの騎士を顕現させるならば、シャマルにも可能な業である。


 「だけど、中身はスカスカよ。話す機能もないし、通信を行うことも出来ないし、意志もない。せいぜいが飛行魔法を用いて飛び回るだけ、だから、こうして―――クラールヴィント」

 『Anfang. (起動)』

 風のリングクラールヴィントが主の命に応じその権能を解き放つ。ペンダルフォルムから紐が伸び、操り人形の如く顕現した四騎に絡まる。


 「私の魔力を込めて、操ることになる。だけど、1ページ分を四分割して作り出したダミーとはいえ、外殻を構築しているのは闇の書のページだから」


 「存在自体は、私達と大差ないということか」


 「こいつに、20ページ分くらいの魔力を込めれば、あたしが出来あがんだもんな」

 自分そっくりの騎士を小突きながら、少し思い煩うように告げるヴィータ。

 彼女もまた理解している。以前の主人の中には自分達を消耗品として扱う者も多く、無理な蒐集を命じ、滅びれば蒐集したページを消費し、守護騎士を再構築、再び蒐集を命じるという悪夢のような循環もあったことを。

 その想いを察しながら、シャマルはあえて触れず、淡々と述べる。


 「これなら、私達の姿が捕捉されたリスクも帳消しにできるわ。こっちのダミーは以前捕捉されたままの姿だから、わざわざ変身魔法で姿を変える必要もなくなるし」


 「変身魔法で姿を変えようと、変えまいと、管理局が我々を補足したところで、真贋の判断をせねばならなくなる。主戦力が限られていればいるほど、その判断は慎重にならざるをえまい」

 烈火の将が捕捉し、湖の騎士は頷きを返す。


 「さっすがシャマル、悪知恵が働くぜ」


 「一応、参謀ですからね」

 僅かに笑みを浮かべつつ、彼女は油断なく空を見据える。


 「まずは、このダミー達を先行させて、近場の世界に“旅の鏡”で転送させるわ。四人バラバラは流石にきついから、シグナムと私、ヴィータちゃんとザフィーラをセットで動かす。皆は、ある程度時間を置いてから、遠くの世界で蒐集をお願い。私はサポートに回るわ」


 「了解したが、無理はするな。ダミーの制御を行いながら空間転移を繰り返してはいくらお前といえ負担が大きい」


 「大丈夫よ、湖の騎士シャマルと、風のリングクラールヴィントは後方支援こそが本領。前線で蒐集に回れない分、このあたりで頑張らないと」


 「無理してぶっ倒れられたらあたしらが困るんだよ、回復役はシャマルしかいねーんだから」


 「気をつけます、じゃあ、そろそろ飛ばすわ」

 シャマルとクラールヴィントが“旅の鏡”を形成し、闇の書のページ1枚分を消費して作り上げたダミー達を近場の世界へと転送していく。

 そして、僅かに遅れ―――


 「行くぞ、レヴァンティン!」
 『Einverständnis. (承知)』


 「やるよ、グラーフアイゼン!」
 『Bewegung. (作動)』


 「………」

 各々の魂と共に騎士服を纏う二人と、無言のままに転送の陣を展開する守護の獣。


 「闇の書は現在、339ページ。それじゃあ、夜明け時までに、またここで」


 「ヴィータ、熱くなるなよ」


 「わあってるよ」


 「往こう」

 闇の書の守護騎士、ヴォルケンリッターが、蒐集の旅へと出陣する。















第95観測指定世界




 世界ごとの時間軸はほぼ共通しており、それぞれの世界は“異なる可能性を辿った同一の惑星”であることが知られている。

 それ故、大気の密度はほとんど世界において同一であり、人間が窒息しない構成となっているが、同じ惑星であっても場所が異なれば日付も変わり、季節も違う。そもそも、季節という概念が存在しない世界もある。

 アースラの捜査スタッフのリーダー、ギャレットが訪れていた第95観測世界もそういった季節というものがない世界であり、一年を通して豊かな森林は葉が落ちることもなく、鮮やかな緑を保ち続ける。

 ただし―――


 「すんげえ花粉だ――――花粉症じゃなくても、こいつはきついな」

 緑で覆われていることが、人間にとって好条件であるとは限らない。一年中緑が生い茂っているこの世界では、常に大量どころではない花粉が宙を舞っており、人間の肺を痛めつける。

 故に、ギャレットは専用のマスクを着けてこの世界固有の保護動物、早い話がリンカーコアを持つ生物の調査とサーチャーの設置を行っていた。

 リンカーコアを持つ生物は、とにかく密猟の対象にされやすい。第97管理外世界においてもサイの角や象牙などが高値で取引されるように、魔法生物の身体の一部は蒐集家にとっては実に貴重品であり、医薬品として扱われることもある。

 それ故、時空管理局には自然保護隊というものが数多く存在している。自然保護官の任務は多岐に渡るが、密猟者から動物達を守ることが最大の任務と言っても過言ではあるまい。


 「よくまあ、こんなところで頑張ってるなあ、あの二人も」

 そう呟きつつ、ギャレットはサーチャーの散布を終え、ベースキャンプへと帰還するため空へと舞いあがる。

 地上部隊の捜査スタッフと異なり、次元航行艦に勤める捜査員の中には、飛行適性と持つ者がいる。というより、このような人間の文明の恩恵がない世界において魔法生物に対して活動するには、魔導師は必須なのだ。

 観測指定世界で魔法生物の調査などを非魔導師のみで行おうとすれば、専用の機材を運び込むだけで凄まじい手間となってしまう。予算などの問題も考慮すれば不可能な話であり、常駐している自然保護隊員達は戦闘要員ではなく、あくまで監視要員。

 よって、彼らは動物達に異常がないかどうか、サーチャーや自分の目を用いて監視し、密猟者などの痕跡を見つけ次第、本局や支局などに連絡、緊急性が高い場合などは武装局員を派遣してもらうのである。

 今回は、“闇の書事件”という大規模な事件が発生していることもあり、本局次元航行部隊の捜査員がサーチャーを増設しにやってくるという極めて珍しい事態となっているが、それが速やかに行われるのも、根となって管理局を支える者達の地道な活動があればこそ。


 <魔法文明の発達した都市部で、何不自由ない生活を謳歌しながら管理局を批判する輩は多いが、そういう奴らはこういう場所で頑張ってる人達のことなんて、見向きもしないんだよな>

 ギャレットもまた若くして次元航行部隊の捜査班のリーダーを任されている身であり、そう言った話しも耳にする機会は多い。

 管理局は人間世界の歯車、支持率100%の政府などどの世界を見渡しても存在しないように、批判する者は必ずおり、また、そうでなくてはならない。批判するものがいない機構ほど危険なものはないのだから。

 だがそれでも、管理局員とて人間だ、災害などの発生時に組織としての面子に拘って的確な対処が出来なかったなど、こちらに明らかな過失があったならば、批判も甘んじて受け入れ、二度とそのようなことはないように全力を尽くす必要があることは理解している。

 しかし、管理局の末端、こうした辺境の観測指定世界で頑張り続ける人達のことなど知りもせず、ただ一部分の高官の現状のみを聞いて“管理局は悪の組織だ”などと批判する輩に対して好意的な目を向けることが出来るほど、ギャレットは聖人君主ではない。というより、それが出来るならばその人物は人間の心を持っていないと見るべきだろう。


 <ま、俺なんかが愚痴っても何にもならないが―――>

 それでも、純粋な想いで自分達を手伝いたいと言ってくれたあの少女達は、そのような心ない悪意から遠ざけたいと思う。

 高町なのはとフェイト・テスタロッサ、彼女らの才能は凄まじいものであり、それは嫉妬を代表とした負の感情を引きつけるもの、半年を超える付き合いであるアースラの人員達は年齢がある程度近いことや役割が完全に離れていることもあって和気あいあいとやっているが、地上部隊の武装局員などからすればどう見えるか。


 <ハラオウン執務官の判断は、適当なものだろう>

 彼女達はあくまで民間協力者と嘱託魔導師、第97管理外世界の学校に通う子供という前提を忘れてはならない。仮に、正式に入局することになっても、14歳程度まではそちらで過ごす方がよいだろうと、彼は言っていた。

 だが同時に、ギャレットにも思うことはあり、たまにエイミィ・リミエッタと話したりもする。


 <そう言うあの人自身が、嫉妬や批判の対象になっているというのに、な>

 クロノ・ハラオウンは11歳にして執務官となり、この3年間目立った失敗もなく、かなりの成果を挙げている。だが、それ故に妬みの対象になりやすい。士官学校時代も、そういったものに晒されてきたことだろう。

 それが彼の尋常ではない努力の成果であることをアースラのスタッフは知っている。次元航行艦は一つの単位であるため、一種のコミューンに近い、この内部で派閥争いが起きるようでは碌な成果を挙げることは出来ないだろう。

 次元航行艦アースラは、艦長のリンディ・ハラオウン、執務官のクロノ・ハラオウンを筆頭に、一致団結して任務に当たる。今回の闇の書事件も休暇を返上してのものであり、確かに辛い仕事ではあるが―――


 「我らがアースラスタッフ! 平均年齢21歳! 妻子持ちおらず! 彼氏彼女持ちのリア充皆無! 残業どんとこい! 休暇返上上等! 次元世界の平和のため、日夜働き続けます! ふはははははははははははは!!!」

 誰もいない観測指定世界に、男の慟哭が響き渡る。というか、街中でこんな叫びを上げれば通報されること疑いない。

 しかし、それこそがアースラスタッフの仲の良さの根源、“非リア充同盟”であり、休暇が延期になろうが不平不満が出ない理由。

 休暇が延期になったところで、恋人がいるわけでもない、妻や夫、子供が待っているわけでもない。唯一の子持ちであるリンディ・ハラオウン艦長は子供が一緒の艦に乗っているので問題なし。

 それ故に、クルー皆の仲は良く、長期任務も苦にはならない。クロノ・ハラオウンとエイミィ・リミエッタがいつ結合するかの賭けも半ば公然の秘密となりながら行われていたりもして、最近はなのはとユーノのトトカルチョも加わりつつある。

 10年後、八神はやてが中心となって設立される機動六課という組織は、間違いなくアースラスタッフの気風を強く引き継いでいる。“自分達もいつかはああいう風に、次元世界のために働きたい”と次の世代に思わせる輝きが、そこにはあったとうことだ。

 ただし、彼氏、彼女持ちが壊滅状態の“非リア充同盟”、という部分まで受け継いでしまったというおまけがつく。とはいえ、そうでもなければほとんど休みがない苛酷なシフトに耐えられないという事情もある、早い話、妻子持ちが働ける職場ではないのだ。




 「何を叫んでいるんですか?」


 「あー、聞こえてたか、だが、聞かなかったことにしておいてくれ、タント、ついでにミラも」


 「ギャレットさんの、“彼女と休暇が欲しいーーー”っていう叫びをですか?」

 考え事しながら飛んでいるうちにベースキャンプまで到達していたらしく、外で食事の用意をしていた二人に思いっきりギャレットの叫びは届いていた。

 ちなみに、ベースキャンプ周囲には花粉除去のための設備があり、この範囲内ならばマスクなしで普通に呼吸が出来る。もしくは、バリアジャケットにそういった機能を付け加えるかだが、捜査員のギャレットにはそこまでの魔力はない。そういったスキルは災害救助担当の局員や、武装局員の領分だ。


 「彼女欲しいのは確かだけど、どうだミラ、俺の彼女にならないか?」


 「遠慮しておきます。次元航行艦勤務の人との恋愛は破局しやすいことで有名ですから」

 実に滑らかに断るのは、エイミィ・リミエッタと同年代、16歳のミラという女性局員。入局3年ほどではあるが、自然保護隊員として厳しい環境でも頑張り続けている芯の強い女性である。


 「やっぱ駄目かあ、タント、お前の彼女の防御は堅いな」


 「別に僕の彼女というわけではありませんが、というかギャレットさんの打ち解ける早さは凄いですね」

 やや呆れつつ応対するのは、タントという男性局員。ミラの一年年下の15歳で、入局2年目、自然保護隊員として熱心に活動しており、物腰が穏やかなためか少年というより青年といった印象を受ける。


 「まあな、俺達次元航行部隊は各地を飛び回る仕事だ。こうしてお前達と知り合いになれたけど、これっきりということも多い。だから、悔いを残さないように色々と話す、うちの執務官はその辺が苦手だから、そこら辺は俺達が補ってるのさ、次元航行部隊が活動できるのも、お前達のように現地で頑張り続けているやつらがいてくれるからだからな」


 「そう言われると、ちょっと恥ずかしいですね」


 「恥ずかしがる必要はない、堂々としていろ、お前達も―――」


 『アラート!』

 その瞬間、ギャレットの持つ端末が緊急音を鳴らす。



 「って、嘘だろ! もうかかったのか!」

 彼が敷設してきたばかりのサーチャー、それが守護騎士を捕捉したことを告げていた。













新歴65年 12月5日  次元空間  時の庭園  中央制御室  日本時間 AM2:47



 【つまり、囮であった、そういうことですね】


 【ええ、姿形は資料通りで、魔力反応もそのままだったんですが、観察を続けているうちに違和感を覚えました】

 ギャレットの端末が緊急を告げてよりおよそ1時間後、彼がベースキャンプの端末によって時の庭園の管制機トールとの回線を繋いでいた。

 向こうの時間では深夜であるため、リンディ・ハラオウンやクロノ・ハラオウンにはまだ伝えていない。仮に伝えたところで主戦力のデバイスが修理中である現状では打つ手はなく、彼らの疲労を蓄積する以外の効果はないと判断した管制機は、情報をあえて自分のところで止めていた。

 図らずもそれは、良い方向に働いたようである。つまりこれは、フェイントのようなものだったのだから。


 【貴方が感じた、違和感とは?】


 【守護騎士はリンカーコアを蒐集しにここにやって来たはず、確かにここは保護指定区域で魔法生物の数も多く、第97管理外世界からそれほど離れていない。だからこそ真っ先に網を張りに来たわけですが、にも関わらず空を飛びまわるだけで行動に移る気配がなかった】

 30分程は観察に徹していたギャレットだが、しばらくするうちに捜査員としての勘が告げ始めた。

 すなわち、何かがおかしい、と。


 【それで、サーチャーの一つを近づけてみたんですが、破壊しないどころか反応そのものを返さない。守護騎士がサーチャー程度に気付かないはずもありませんが、しばらくそれを繰り返してもやはり反応がない。そこで、危険とは思いましたが俺自身が出ていってみたんです】


 【無茶をする、とは言えませんね、的確な判断です。事前の資料をしっかりと読んでくださっていたようで何よりです】


 【ええ、守護騎士が“効率的な蒐集”を目指しているんなら、俺のような雑魚をおびき寄せるのにサーチャーを無視し続けるのはおかしい。不審に思って飛び出してきた俺から蒐集するよりは、そこらの魔法生物から蒐集した方がよほどページは埋まるはず】

 ギャレットもまた、捜査スタッフのリーダーを任せられる程の人材、その程度の判断力がなければ務まるものではない。

 魔導師としての能力はせいぜいがEランク、飛行速度も走るより遅い程度が限界であり、なのはやフェイトに比べればまさしく“雑魚”。

 だがしかし、彼らを侮ることなかれ、魔導師として優秀であることが管理局員として優秀であることではない。こと、捜査に関する資料収集や状況判断ならば、彼らはAAAランクの少女達の遙か上を行く。

 なのはとフェイトにはヴォルケンリッターに対する主戦力としての役割があるように、観測スタッフのアレックスとランディ、捜査スタッフのギャレットにもそれぞれの戦いがある。アースラスタッフはまさしく一つの機構であり、各々の役割を果たしつつ連携し、一致団結して闇の書事件を追っているのだから。


 【そして、近付いた貴方は確信したわけですね、その守護騎士達が囮、ダミーであることを】

 そして、その連携の要となる管制主任であるエイミィ・リミエッタや、執務官のクロノ・ハラオウンも人間であり、不眠不休で働くわけにはいかない。

 だからこそ、デバイスである彼が休むことなく情報を整理し続ける。各世界に散らばって捜査する者達はそれぞれの場所によって時間帯が異なり、24時間体制で通信を行う存在が必要だが、三交代制は多くの人員を必要とする。しかし、トールとアスガルドがいればそのような問題は解消される。


 【ええ、詳しいデータは送った通りなんですが、こいつは厄介ですよ。人間と魔力で作られた人形なら区別もつくんですけど】


 【守護騎士はそもそも闇の書より作られた存在、このダミーもまた闇の書より作られた存在。つまり、魔力の密度と性能が異なるだけで、これらもまた守護騎士であることは事実というわけですね。確かに、これは厄介だ、こちらの主戦力は限られていますから、ミスリードは一番回避したいところですが】

 囮に対して、なのはやフェイトをぶつけ、空振るほど馬鹿らしいものはない。しかし、サーチャーからの情報だけでは見極めるのも難しい。


 【守護騎士の行動から、囮か否かを見分けるのにどの程度の時間がかかると貴方は予測しますか?】


 【ん~、これもまた環境によりますね。荒野、砂漠、海、それぞれで異なりますし、魔法生物の生態にもよる。探し回る方が見つけやすい個体もいれば、魔力を放出して待ち構えてりゃ向こうから襲ってくる危険なやつもいます、だから、場所によって取るべき行動もまちまちなんですよ】


 【そして、守護騎士が魔法生物に対してどの程度の知識を持ち合わせているかが不明であるため、行動のみから判断するのは難しい。かといって、数十分もかけて真贋を判断するのは痛いですね、初動における数十分の遅れは致命的だ】


 【つっても、なのはちゃんやフェイトちゃんを、運が良ければ当たる博打のような状況で送り出すわけにもいきませんよ、あの子らだって学校とかあるでしょうし】


 【その辺りは我々だけで考えてもどうにもなりませんね。ともかく、貴方は一旦帰還してください、貴方が時の庭園に到着する頃にはリンディ・ハラオウン艦長やクロノ・ハラオウン執務官も目覚めているはず】


 【了解、しかし、闇の書事件ってのは一筋縄じゃいきそうもありませんね】


 【でなくば、管理局がここまで手こずることもないでしょう】


 【違いないっす】

 そして、通信が終わり、管制機は休むことなく“本物の守護騎士”達による魔法生物からの蒐集状況との照合を始める。そういった単純作業の繰り返しでこそ、機械は本領を発揮する。


 【アスガルド、彼が到着するまでに、何か一つは相違点を探り出しますよ】


 【了解】

 機械の演算は、止まらない。

 闇の書の守護騎士、ヴォルケンリッターが参謀、シャマルの策とアースラ捜査陣の読み合いはなおも続く。






おまけ
 
12月3日  夜  高町家において

 「桃子、どうした? 随分嬉しそうな顔をしているが」

 「ふふふふ♪ なのはがね、『お母さん、一緒にお風呂入って』って言ってくれたの」

 「そうか………なのはが」

 「ええ、なのはからお願いしてくることなんて、滅多になかったから」


 末っ子であるなのはは滅多にわがままを言わない子であるが、甘えることがほとんどないことを気にしていた。

 そんな末娘が甘えてくれることが嬉しくて仕方ない桃子さんであった。


 「しかし、急にどうしてだろうな?」

 「一人でお風呂に入るのを怖がっているみたいなんだけど、転んで溺れかけでもしたのかしら?」





某所にて

 『計画どおり、これにて、高町なのはと一緒にお風呂に入るというフェイトの願いが叶えられる確率は高まりました。後は、ハラオウン家にて二人きりになる状況があればよい、実に簡単なことです』


 デバイスは――――無駄なことをしない


 全ては、演算のままに

 たとえしょうもないことでも




[26842] 第十二話 地味な戦い
Name: イル=ド=ガリア◆9d8bc644 ID:97ddd526
Date: 2011/03/31 14:55
第十二話   地味な戦い



新歴65年 12月5日  第97管理外世界 日本 海鳴市 八神家 はやての部屋 AM6:30




 ピピピピピピピピピピピピピピ、カチ


 「ん、んんんん」

 目覚まし時計を止め、八神はやてはいつのも時刻に目を覚ました。

 何か、夢を見ていたような気もするが、それを明確に思い出すことは出来ない。


 「何やろ………凄く、悲しい夢だったような………」

 悲しさ、なのか、ひょっとしたら違うものなのか、それすらも不明。

 ふと隣を見ると、お気に入りにうさぎを抱えながら、赤毛の少女が気持ちよさそうに眠っている。


 「………ぬいぐるみ?」

 なぜ、その姿に違和感を覚えたか。

 若木であった少女は騎士となり、戦場を駆け抜ける存在となった。迫りくる黒き魔術の王の軍勢を迎え撃つ彼女に必要なものは、女の子らしいぬいぐるみではなく、騎士のための甲冑であり鉄槌。


 「……?」

 それを彼女は知らない、唯一知るはずの管制人格からすら、長き夜の間に失われてしまった夜天の物語。

 ただ、眠る時ですら少女が身体から放すことのない、ミニチュアのハンマーの形状をしたペンダントが、朝日を受けて鈍く輝いていた。









新歴65年 12月5日  第97管理外世界 日本 海鳴市 桜台林道 AM6:35




 「福音たる輝き、この手に来たれ――――導きの下、鳴り響け――――――ディバインシューター、シュート!」

 なのはの左手の先に魔力が収束し誘導弾が生成され、彼女の意思に従い自由自在に飛び回る。

 その標的は以前も使用していた空き缶であるが、以前と異なる点があるとすれば―――


 「く、ううう」

 100回を超える回数、空き缶を壊さないように命中させていた彼女が、30回程でかなり苦しそうな顔をしているということだろうか。


 「あ!」

 そして、46回目にしてコントロールを失い、空き缶はあさっての方角へと飛んでいく。


 「はあ~」


 「あまり落ち込まないで、なのは、レイジングハートがあればもうほとんど大丈夫なはずだから」

 励ましの言葉をかけるのはフェレットモードのユーノ・スクライア。先日までは時の庭園で闇の書の関するデータの編纂やその他もろもろの作業を行っていた彼だが、時の庭園が第97管理外世界周辺に到着したため、転送魔法を用いてこちらへやってきたのであった。


 「レイジングハートが後どのくらいで直るのか、ユーノ君は聞いてる?」


 「えっと、トールの話によると、修復自体は完了しているんだけど、カートリッジシステムの搭載に手間取っているみたい。本局のマリエルさんっていう人にお願いしているらしいんだけど、インテリジェントデバイスに高ランク魔導師用のカートリッジを積むのはやっぱり難しいんだって」


 「そうなんだ………仮想空間なら一緒に頑張れるんだけどね」

 既に昨日、第97管理外世界の近くまでやってきた時の庭園でフェイトと共に仮想空間での訓練を行ったなのは。

 トールの言うように、経験を完全に肉体へフィードバックさせることは出来ないが、やはり長い間魔法が使えない状態では勘が鈍ってしまうため、その点では役立っている。

 普通の生活を行うならば特に必要はないが、闇の書の守護騎士ヴォルケンリッターと戦うならば、僅かの隙も致命傷になりかねないのだから。


 「よっし、もう一回!」


 「あまりやり過ぎないようにね、“ミード”と“命の書”でほぼ治ってはいるけど、リンカーコアがかなりの傷を負ったのは間違いないから」


 「うん、ユーノ君がいてくれるから大丈夫!」


 「あ、あははは……」


 最終的な部分でユーノ任せであるなのは、彼女の精神においてブレーキという単語はまだ未発達なようであった。

 最も、ユーノ・スクライアという少年もブレーキとして機能するかどうかは怪しいが。





新歴65年 12月5日  第97管理外世界付近 次元空間 時の庭園 AM6:41



 「アルカス・クルタス・エイギアス。煌めきたる天神、今導きのもと降りきたれ……」

 金色の髪の少女、フェイト・テスタロッサが天候操作の儀式魔法を紡いでいく。


 「バルエル・ザルエル・ブラウゼル……」

 彼女の使い魔、アルフがそれを補助し、時の庭園の空に厚い雷雲が立ち込める。


 「サンダーフォール!」

 天候操作により雷雲を発生させ、目標に落とす遠隔攻撃魔法サンダーフォール。


 魔法ではなく、自然現象としての雷を発生させるため、魔法を遮断する結界などでは防ぐことは出来ないという特性を持つが、非殺傷設定も不可能となるため、対人ではなかなか使いどころが難しい魔法でもある。


 「どうだい、フェイト」


 「やっぱり、バルディッシュがいないと威力が低い。それに、こんなに時間がかかってたらシグナムに何度も切られてるよ」


 「そっか、魔法を使う練習にはなるけど、あいつらを相手にするための訓練にはなりそうもないね」


 「フォトンランサーは撃てるけど、ファランクスシフトは無理だし………後は、サンダーレイジかな」


 「でもあれも結構隙が多いからね、ミッド式の魔導師相手ならともかく、古代ベルカの騎士が相手じゃ厳しいよ」


 「うーん……」

 なのはと異なり、フェイトの戦闘スタイルは移動砲台ではなく、高速機動からの近接攻撃に加え、距離が離れた際はフォトンランサーやアークセイバーを放ち、射撃魔法と同等のスピードで切り込むという戦術が基本となる。

 そのため、足を止めて詠唱を行い、魔法を放つという訓練では実戦においてほとんど役に立たない。アルフが壁役として時間稼ぎを行える状況ならば話は別だが、一対一となった際にはフェイトがずっと静止したまま魔法を放つ機会はほとんどない。

 いや、あるにはあるが、その場合も高速機動への“繋ぎ”としてのケースがほとんどであり、サンダースマッシャーなどの直射系砲撃魔法を放つ場合も、即座に切り込めなければ彼女の攻撃は完成しない。


 「おーい、どうだ~」

 そこに、デバイスが操る魔導人形が一体現れる。


 「あ、トール」


 「……なんだトールかい」


 「随分疎ましげだなアルフ」


 「あんたが来るとロクなことがない、っていうか、ロクなことがあったためしがないんだよ」


 「だが、それも今日までだ。本日はバルディッシュがないフェイトに良い物を持ってきてやったぞ、テスタロッサ家において唯一バルディッシュの代わりが務まるインテリジェントデバイスだ」

 そう言いつつ彼が取りだすのは、長さは60cmほど、特徴的なパーツは何一つなく、デバイスらしいといえばただそれだけが特徴といえる、ストレージデバイスに極めて近い杖。


 「これって……」


 「お前の母、プレシア・テスタロッサが幼い頃に使用していた魔導の杖だ。バルディッシュ程じゃないが、電気変換を持つお前の特性をそれなりに発揮できるし、インテリジェントだから多少の融通は利く」


 「そっか、母さんが使ってたんだ、ありがと………アレ?」

 フェイトがその杖を受け取った瞬間、トールが崩れ落ちる。


 「ど、どうしたのトール!」


 『私ならばこちらにおりますよ、フェイト』


 「え?」


 『それは、私が“電気変換された魔力によって動く魔導機械を操る機能”によって管制していた人形です。私の本体が中央制御室にあれば離れていても動かせますが、今は貴女の手の中に本体があるわけですから、接続が途切れた以上は動かなくなるのは当然の理です』


 「そ、そっか……」
 
 どうリアクションすればいいのか分からず、戸惑うフェイト。


 「まったくアンタは」

 と言いつつもさっさと手際よく人形を片づけるアルフ、この辺りの連携は流石というべきか。


 『さて、訓練を進めるならば早めに済ませてしまいましょう。今日は貴女の転校初日なのですから、万が一にも遅刻するわけにはいきませんからね』


 「うん、それじゃあ、行きます!」


 『Photon lancer Full auto fire.』

 直射型射撃魔法、フォトンランサーを放つと同時に、フェイトは空へ舞い上がる。その速度はバルディッシュがある場合とほぼ同等であった。


 「トールって、こんなに速かったの?」


 『いいえ、私単体では不可能なことです』


 「どういうこと?」


 『種明かしをするならば、貴女の高速機動を支援するための慣性制御に関する複雑な演算が私ではなく、常に私とリンクしているアスガルドが行っており、管制機たる私に演算結果を送信し続けているわけです。なので、私がやっていることは、貴女の人格モデルに沿って次の行動を予測することだけです』


 「なるほど」


 『当然、時の庭園内部でしか行えませんが、ここに限り、ファランクスシフトでも放つことは可能です。バルディッシュのデータもまた私の中に登録されており、アスガルドのリソースがあればそれを再現することは造作もないこと。ここは時の庭園、テスタロッサ家のデバイスの全てはここにあるのです』


 「そう、じゃあ……アルカス・クルタス・エイギアス……疾風なりし天神、今導きのもと撃ちかかれ……バルエル・ザルエル・ブラウゼル………フォトンランサー・ファランクスシフト!」

 時の庭園で生まれた子と、時の庭園を管制するための機能を与えられたデバイスが、空を舞う。

 その姿は、共に戦う相棒と言うよりも―――


 「なんでだろうね………自転車を練習している娘を、転ばないように後で支えながら押している父親のように見えるよ……」

 バルディッシュは、フェイトの全力を受け止め、彼女をさらなる高みへ羽ばたかせるために存在する。

 だが、トールは違う。彼がこのような機能を発揮できるのはこの時の庭園のみであり、フェイトと共に歩むことは出来ない。

 娘が庭で練習しているうちは、転ばないように支えることは出来るが、外に出て広い道を走るようになれば、転ばないように祈りながら見守るだけ。


 「………フェイトは今日から、なのはと一緒に学校に通う。巣立つ時が、近いのかな……」

 フェイトとアルフはこれからは翠屋の近くのマンションにて、ハラオウン家の人達と一緒に過ごす。

 だが、トールは誰もいなくなった時の庭園の中央制御室で、ただ演算を続けている。

 彼に託された最後の命題を果たすために。


 「アンタ自身はどう思って………いいや、意味なんてないね、だって、アンタは」

 使い魔とデバイスは違う。

 アルフが一人で時の庭園に残るとすれば、やはり寂しく思うだろう。例えそれがフェイトの幸せのためだとしても。

 だが、トールは違う、彼はただそのことしか考えない機械仕掛け。自分のことを考える機能をそもそも持っていない。


 それが悲しいとは、アルフは思わない。

 それこそが、デバイス達の誇りであることを、彼女は知っていたから。


 「早く帰ってきなバルディッシュ、フェイトと常に一緒にいられるのは、やっぱりアンタだけなんだよ。そして、アンタのいるべき場所は、フェイトの傍しかないんだから」












新歴65年 12月5日  第97管理外世界 日本 海鳴市 ハラオウン家  AM11:02




 「クロノ君、駐屯所の様子はどう?」


 「機材の運び込みは済みました。時の庭園の中枢コンピュータ、アスガルドと連携していますから、かなり広域をカバーすることが出来ています。現在は周辺世界へのネットワーク構築にアレックスとランディが、現地にはギャレット達が向かっています」

 ヴォルケンリッターが日本語を話し、なおかつなのはを襲ったことを考えれば、やはりその主は海鳴市周辺か近県に潜んでいる可能性が高い。よもや、アメリカ在住ということはないだろう。

 闇の書を追うアースラスタッフの本部は時の庭園に置かれ、現在クロノがいるマンションはその牙城。ここから転送ポートで時の庭園へ飛び、そこから本局や周辺世界へと飛ぶことが可能となっているが、闇の書の主と最も近いであろう拠点がここなのである。

 本部としての機能は本来ならばアースラが担うべき役割ではあるが、整備中のため時の庭園が代行という形になっていた。


 「そう、ご依頼の武装局員一個中隊は、グレアム提督の口利きのおかげで指揮権をもらえたわよ。というか、もう少し融通を利かせなさいというところなんだけど、予算と責任の二つは人事部の最大の敵だから困るわ」


 「ははは……まあ、ありがとうございます、レティ提督」

 そのあたりはまだ、執務官であるクロノには何とも言えない話題である。武装局員の指揮権をもらった以上はその責任は艦長のリンディ・ハラオウンと現場指揮官であるクロノ・ハラオウンに帰結するが、予算に関しては前線組にはどうすることもできない。

 前線には前線の苦労があり、後方には後方の苦労がある。相互理解を深めながら支え合っていくのが最上であるのは分かっているが、なかなかそうはいかないものが人間社会というもの。


 「魔導師の被害が収まっているから、現状では派遣できる数は一個中隊が限界ね。被害が大きくなれば戦力も大量に投入できるというシステムは正直どうかと思うけど、それも、予算と人員が確保できればの話、地上部隊はもっと限られた条件でやっているんだから、贅沢は言えそうにないわ」


 「そうですね、限られた人員でやって見せます」


 「その意気よ、若者よ、大志を抱け」

 力強い言葉を残し、レティ・ロウランの通信が切れる。

 闇の書事件に限らず、エース級魔導師が必要とされる案件は、見込まれる被害の大きさによって派遣される部隊の規模が決定される。担当区域を定めて十分な戦力を常駐させることが出来れば、それに越したことはないが、そんな予算も人員もない。特に高ランク魔導師は数少ないのだから。

 そのため、本局や支局に集中させた戦力を、発生した事件に応じて各地に派遣するシステムを採用しているわけであるが、地上部隊は逆にそれぞれの担当区域が定まっており、戦力が十分とはいえないが、とりあえずの常駐体制は整っている。

 そのあたりの機構の違いも、本局と地上部隊の軋轢の要因の一つではあるのだろう。そのため、その橋渡し役である地上本部は、クラナガンの治安を維持する常駐部隊としての特性と、各世界の地上部隊の応援要請に応じて必要な戦力を派遣する中央組織としての特性の両方を備えている。

 そうした面では、10年後に発足される機動六課は“予想される事件に対して予めエース級魔導師を集結させた”という点で本局初の試みであり、まさしく“実験部隊”であった。逆に言えば、ようやくそれが可能となる程度には管理局の体制も整いだしたということなのだが。

 しかし、今はまだ新暦65年。闇の書事件のようなエース級魔導師が何人も必要となる案件に対しても、限られた人員であたらねばならず、増援が見込めるのは被害がさらに広がるか、闇の書が暴走状態に入った時。

 若き執務官の苦労は、当分尽きることはなさそうである。









 「おう、クロノ君、どう? そっちは」


 「武装局員の中隊を借りられた、捜査を手伝ってもらうよ」

 リビングにて、冷蔵庫からオレンジジュースを引っ張り出していたエイミィが声をかけ、クロノもスクリーンを起動させながら応える。


 「そっちは?」


 「よくないねー、昨夜もまたやられてる。まあ、魔導師の被害が出なかったのはいいことなんだけど……」

 エイミィがコンソールを操作しながら、昨夜の守護騎士の動きについて解説していく。


 「これまでより、遠くの世界で蒐集を行っているみたい。とは言ってもグレアム提督が張ってくれた封鎖線の内側ではあるから、そっちの方はまあいいんだけど、問題はこっちで」

 映し出された画面に、クロノの表情が強張る。


 「これが、ギャレットからの映像か?」


 「うん、ヴォルケンリッターのそっくりさん、というか、ほぼそのまま」


 「闇の書の守護騎士、ヴォルケンリッター。彼らを倒したところで蓄えたページを消費することによって再生は可能だが、それだけでもないようだな」


 「ダミーなのは間違いないんだけど、トールの解析によるとこいつらも闇の書のページを消費して作られた存在だろうって」


 「厄介だな、通常の解析手段では見分けることは困難か、守護騎士とはいえ、戦闘状態じゃなければ魔力反応はそれほど大きいものじゃない、密度で見分けるのも厳しい」


 「というか、高魔力反応を撒き散らしながら蒐集するアホはいないもんね。可能な限り魔力は抑えて行動するはず」

 さらにエイミィがコンソールを操作し、時の庭園と通信が繋がる。


 「どう? トール、そっちは」


 【残念ながら、有益といえるものはありませんね。とりあえず二つほど本物と偽物の相違点を発見しましたが、どちらも状況によっては決め手とはなりえません】


 「君の手元にある情報は、ギャレットが得た偽物のデータと、昨日の魔法生物からの蒐集状況と、これまでの守護騎士に関するものだったな」


 【はい、守護騎士が蒐集を行った世界はまだ網が張られていませんでしたので、サーチャーによって蒐集が終わった後の様子を記録したものに過ぎません。偽物の方はギャレット捜査員のおかげで良いデータがあるのですが】


 「その中から君が発見した相違点とは?」


 【まず一つ目は、彼らの飛行速度です。先の戦いにおけるデータにおいては、守護騎士の飛行速度にそれほど差はありませんでしたが、盾の守護獣は若干ながら遅く、湖の騎士もまた然り。しかし、偽物の場合は四騎ともほぼ同一の速度で動いていました、恐らく、一人の操り手が四騎全てを操作していたのでしょう】


 「なるほど、それぞれが自律行動を取れるならば能力に応じた個体差が出て然り、特に後衛型の湖の騎士にはそれほど高速で移動する意味はないはずだ」


 【ええ、ですから湖の騎士シャマルが風のリングクラールヴィントによって四騎の偽りの騎士を操っていた、と考えられます。私が直接知ったデバイスは彼女のみですが、クラールヴィントはそのような機能に特化したデバイスです。ただし、今後もそれが共通する保証はありません】

 確かに、現段階では偽りの騎士達は同じ速度で動いていた。しかし、これはあくまで一度目に過ぎず、二度目以降は手法を変えてくる可能性も十分に考えられる。


 「個体ごとに飛行速度を変えながら四騎同時に操作することが可能か否か、そこがポイントか。まあ、操作性重視で数を減らしてくる可能性もあるが」


 「うーん、現代の魔導師なら予想もつくけど、古代ベルカ式の後方支援型と支援に特化したデバイスの組み合わせなんて、他に聞いたことないし」


 「聖王教会に二人ほど古代ベルカ式の使い手がいるのを知っているが、デバイスまでは知らないな。そもそも、支援に特化したアームドデバイスという存在があり得ない」


 【でしょうね、武器としての特性を突き詰めたデバイスこそがアームドデバイス、その定義に沿うならばバルディッシュの方がクラールヴィントよりも数段アームドデバイスと呼べるはず。しかし、彼女はアームドデバイスです、それは私が保証できます】

 デバイスを管制する機能を持った古いインテリジェントデバイスは語る。

 風のリングクラールヴィントは、アームドデバイスであったと。


 「まあ、そこは今議論しても仕方ないが、もう一つの相違点というのは?」


 【守護騎士の組み合わせです。偽りの騎士は鉄槌の騎士ヴィータと盾の守護獣ザフィーラ、剣の騎士シグナムと湖の騎士シャマルが二人一組で行動しておりましたが、これまでの状況から考えるに、前者の組み合わせはありましたが、後者の組み合わせは確認されておりません。いえ、それ以前に】


 「偽物を操作しているのが湖の騎士ならば、彼女が蒐集に現れるはずがない。少なくとも、湖の騎士が現れた場合、それは偽物である、ということになるな」


 【ですが、こちらも今後の展開次第なのです。偽物を三騎に抑えることで、飛行速度を調整できるだけの余裕が生まれる可能性もありますし、その先入観を逆手にとって湖の騎士自身が出てくることも考えられます。転送役である彼女とクラールヴィントが先に飛べば、仲間をすぐに呼び寄せることが出来、かつ、撤退もやりやすくなる】


 「先入観か、君は縁がない言葉じゃないか?」


 【そうですね、我々は確率モデルを構築し、それぞれに確率を振り分けますから、全ては“あり得る”こととなり、“そんな馬鹿な”という事態が起こるとすればただ一つ、モデルを構築する際の要素が不足していた。それしかありません】


 「つまり、これまで全く知られていない能力が出てきたら、貴方のモデルは再構築しなきゃいけなくなるから、それまでのものは全く使えないと」


 【ええ、そしてその瞬間から新たなモデルの構築を開始し、それのみにリソースを費やします。人間と違う点は、失敗を悔む時間をそのまま次の策の構築に回すことでしょうか】

 人間と異なり、機械は0と1の電気信号で動く。

 ならば、“切り替えの早さ”というもので人間が機械に敵う道理はない。文字通り、スイッチのように切り替えることが出来るのだから。


 【まあそういうわけで、現段階における私の結論は“データ不足”、これに尽きます】


 「なんともありがたい意見だが、逆に腹が据わっていいかもしれない」


 「だね、現段階で守護騎士を捕らえようとして無理した挙句に空振るよりは、地道に着実に積み重ねていった方が良さそう」


 【まずは、包囲網を完成させることですね。私とアスガルドとサーチャー、オートスフィアのネットワークも完璧ではありませんし、アースラのクルーが如何に優秀とはいえ、慣れない機材では本領を発揮できません。網が完成し、彼らが現在の指揮系統に完全に慣れた時にようやく、守護騎士捕縛計画を練る準備が整います】


 「“将を射んとするならばまず馬を射よ”、なのはの国の格言だったかな」


 「勉強熱心だねクロノ君」


 「いや、フェイトの勉強に付き合わされただけだよ」


 「いいお兄ちゃんしてるねえ」


 【いいお兄ちゃんですね】


 「君まで言うな、トール」

 若干赤面するクロノ、敏腕の執務官ではあるが、こういうことには免疫が薄い。


 「ともかく、当分は観測スタッフと捜査員達の出番で、なのはやフェイトの仕事が来るのはもうしばらく先だな、遭遇戦がない限りは」

 そして、何事も予想通りにはいかないこともクロノは熟知していた。いや、現実というものは周到に策を練れば練るほど、それを嘲笑うかのように予想外の展開を見せるものだ。

 だからこそ、いざという時に臨機応変の対応はかかせない。緊急時に普段通りのマニュアルでしか動けない者は二流止まり、そういう時に的確に動けるものを一流と呼び、普段のマニュアルすらこなせないものを三流と呼ぶ。

 そして、臨機応変に動くことも、普段のマニュアルを正確にこなせるからこそ可能となる。ギャレットが言ったように、根となって支える者達の支援があるからこそ、次元航行部隊やその切り札である執務官は動けるのだ。基礎があってこその応用であり、いきなり応用を成そうとして上手くいくはずもない。

 まあ、中にはそれを成せる怪物もいるが、それらは単なる“別枠”であり、“人間社会の歯車”を効率よく回す助けにはならない。むしろ、規格外の歯車が混ざれば、機構そのものを軋ませてしまう。“SSSランク越えの完全無欠の超人”など、人間社会にとって百害あって一利なし、神は信仰の対象であるからこそ意味があり、実在すれば魔王にしかなりえない。

 人の世界の機構である管理局の司令官であるリンディや指揮官であるクロノは、あくまで一般の局員を基準とした対応策を練らなくてはならない。なのはやフェイトのような強力な才能を前提とした策はマニュアル足りえず、一般の捜査員と一般の武装局員の力によって、守護騎士を捕捉するまでは成さねばならないのだ。



 ただし―――



 【遭遇戦の場合は、アースラが借り受けた武装局員一個中隊が強装結界でもって抑え、エース級魔導師を投入する。といったところでしょうか?】


 「そうするしかないだろうな、個人の能力に頼った作戦は褒められたものじゃないが、緊急時にはそれも必要だ。だが、あくまで本命は観測指定世界で守護騎士を待ち伏せし、こちらの有利な条件を整えた上でエース達が全力を出せる状況を作り出すこと」


 「なのはちゃんとフェイトちゃんの能力は戦闘に特化してるからねえ、まずは守護騎士達が逃げられない状況を作らないと、撤退させないようにしながら戦わなきゃいけなくなるし」


 【武装局員による強装結界だけでは足りませんね、それらはあくまで物理的な障害であり、力ずくでの突破が可能なもの。理想は、精神的な壁、力だけでは突破できない概念の檻こそが望ましい。守護騎士がプログラムに沿って動いているだけならば、それも容易なのですが】


 最初の戦闘における守護騎士の戦いはそれに近いものがあった。

 全員が姿を現すというリスクを負った以上は、戦果なしでは引き下がれない。そういった精神的な壁は純粋な力では打ち破りにくい、焦りはミスを生み、それが悪循環を作り出す。

 ただし、前回の戦いはなのはが潰されており、フェイト達も敵の正体が分からないまま交戦しているという不利な状況から始まったため条件はほぼ五分であった。しかし、双方が目的と能力を知っている状態で待ち伏せが出来れば、今度はこちらが有利となる。


 「守護騎士に別の目的があるとしたら、主が絡んでのことしか考えられないけど」


 「闇の書の蒐集を進める最終目標、それが鍵となるかもしれないな」


 【守護騎士は獲物を殺すつもりがない、さらに、その行動には制限がある。現在の情報だけでは何とも言えませんね、やはり、情報が不足しています。現状は、互いに腹を探り合う序盤戦、といった具合でしょうか】


 「じゃあ、ある程度蒐集が進んで、こっちの捕縛準備も整った段階が中盤戦かな?」


 「そして、闇の書が完成するか、僕達の罠が守護騎士を主ごと捕らえるか、どちらが勝つか瀬戸際の終盤戦、といったところか」


 【私とアスガルドが演算するシミュレーションならばそのように進むのですが、現実というものは未知のパラメータに満ちておりますから、その辺りは人間である貴方達にお任せするより他はありませんね、機械に出来ることは、人間の手伝いだけです】

 機械が物事を解決するなどあり得ない、古いデバイスはそう語る。

 彼はただ舞台を整えるのみ、望む結末があるのは人間だけであり、そもそも機械には望む結末がない。

 トールというデバイスはプレシア・テスタロッサが望む結末、“フェイト・テスタロッサが幸せになること”を実現するための舞台装置、それが、今の彼であり、これはもう二度と変わることはない。


 アースラと守護騎士の戦略の読み合いという、地味な戦いはなおも続く。












新歴65年 12月5日  第97管理外世界 日本 海鳴市 八神家 PM0:33





 「それじゃあ、はやてちゃんの病院の付き添い、お願いね、シグナム」


 今日ははやての診察の日であり、シグナムが付き添うこととなっている。


 今日は月曜日であり、本来ならば学校に通っている時間帯、その時間を病院へ行くことに充てなければならないというのが八神はやてという少女の現実であり、それはさらに悪くなっていく。


 「ああ、ヴィータとザフィーラは、もう?」


 「出かけたわ、前回の偽物も今日くらいまでなら保つと思うから」

 守護騎士達にはユニゾンデバイスと同等の“コア”があり、己の力のみで魔力を生成できる。

 しかし、1ページ分の魔力で作り出した偽りの騎士にはそれがない。込めた魔力は飛行魔法を行使すれば徐々に減っていく一方であり、シャマルが魔力を追加することは出来るが、消耗品であることに変わりはない。

 それはまさしく、現在彼女の膝の上にある物体のように。


 「カートリッジか」


 「ええ、昼間のうちに、作り置きしておかなくちゃ」


 「すまんな、お前に任せきりにして」


 「バックアップが私の役目よ、気にしないで」


 「………そうだな、我々にはそれぞれの役割がある。それを果たすだけだ」

 夜天の守護騎士には明確な役割分担が成されており、それは彼女らが人であった頃から変わらない。

 故に、彼女らが自らを恥じるとすれば、仲間に負担をかけることではなく、己の本分を果たせなかった時だろう。

 シグナムならば、敵をその剣、レヴァンティンでもって打ち破れなかった時であり。

 シャマルならば、仲間が傷付いているその時に、治療することが出来なかった場合。

 故に、湖の騎士シャマルにとって、カートリッジの生成や、探索役を引き受けることなど苦でも何でもない。

 自分の能力が必要とされる時に、何も出来ない以上に辛いことなどないのだから。








新歴65年 12月5日  第78観測指定世界  日本時間  PM5:16




 「はあっ、はあっ、はあっ」

 牙をと石柱の如き甲羅を備えた巨大な亀。

 そう表現すべき魔法生物を仕留めた少女は、砕いた甲羅上に立ち、息を荒げていた。

 そして、その体内から青緑色のリンカーコアが摘出され―――


 「闇の書、蒐集」

 『Sammlung. (蒐集)』

 呪われた闇の書、そう呼ばれるロストロギアへと飲み込まれ、白紙のページを満たしていく。


 「今ので、3ページか」


 「くっそ、でっけえ図体して、リンカーコアの質は低いんだよな。まあ、魔導師相手よりは気が楽だし、効率もいいけど」

 鉄槌の騎士ヴィータがそのように言うことそのものが、主はやてが我々に与えてくれた何よりの贈り物なのだろう、と、盾の守護獣ザフィーラは思う。

 彼女の役割は、先陣を切って突撃し、敵を粉砕すること、ならば、相手が何者であろうとも容赦などしない。魔導師を相手にするよりも気楽であるということは、今のヴィータはかつてのヴィータとは違うということだ。

 だがそれは、長い夜の中で彷徨い、心ない主の下でただひたすらに殺戮と蒐集を行っていた頃のヴィータと比較してか。


 あるいは――――


 「次行くよ、ザフィーラ」


 「ヴィータ、休まなくていいのか?」


 「平気だよ、あたしだって騎士だ。この程度の戦闘で疲れるほど、柔じゃないよ」

 古の、ベルカの騎士としての彼女と比較してのものなのか。


 「………」

 それは、ザフィーラにも分からない、そも、彼の持つ記憶も朧気であり、完全に失われている記憶も多い。

 故に、それを知るとすれば、ただ一つだけだろう。


 「行くよ、アイゼン」

 『Jawohl. Mein Herr.(了解、我が主)』


 カートリッジの補給を済ませ、己の魂へと語りかける少女へ、鉄の伯爵グラーフアイゼンは応える。

 貴女こそ、我が主であると。

 我が存在の全ては、貴女のためにあると。

 この身が幾度砕けようと、貴女の魂で在り続けると。


 かつて盾の騎士の魂であった鉄の伯爵は――――確かに応えていた。





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 故に獣殿やサタナイルは人間組織を破壊してしまうんですよね、それがモデルのサルバーンも同じ要素を持っていたりしますが。




[26842] 第十三話 それ行け、スーパー銭湯
Name: イル=ド=ガリア◆9d8bc644 ID:97ddd526
Date: 2011/03/31 15:00
第十三話   それ行け、スーパー銭湯




新歴65年 12月6日  第97管理外世界  海鳴市  PM3:33




 「うわあ、でっけえ車」


 「ほんまや、キャデラックのリムジンやね」


 「キャベジンの、リラックス?」


 「ふふ、まあそんな感じや、おっ、信号青や、ヴィータ」


 「オッケー、はやて―――発進!」


 「レッツゴー!」

 笑い合いながら横断歩道渡る二人の少女、9歳程度と見られる黒髪の子は車椅子に乗り、それより僅かに幼く見える赤髪の子が車椅子を押している。

 外見から考えれば、いくら9歳程度の小柄な少女とは言え、人を乗せた車椅子を押すのは8歳の少女には厳しいように感じられるが、ベルカの騎士たる彼女にとってはまさに造作もないことであった。


 「おーい、早くしろよー!」

 「うっせーよー」

 「お前が速いんだって」

 すれ違うように、小学生程度の男の子達が元気に駆けていく。


 「はあ~、そういや下校時間だったんだな、道理でうっせえと思った」


 「皆元気でいいことや」

 この辺りの発言は年相応どころではなく、はやての精神年齢の高さが伺える。


 「あの白い制服って、あれだよね、えっと………はやてに写真見せてもらったあの子の」


 「そうやね、すずかちゃんの学校の制服や、ヴィータ、学校に興味あるか?」


 「え? い、いや、別にんなことはないけど」


 「ヴィータは………一年生くらいかな? 制服着たら、かわいいやろなあ」

 後にヴィータが着ることになるのは学校ではなく、管理局の制服となるが、それは先の話である。


 「う……かわいいのは……苦手だな、あっ、シグナムだ」


 「ほんまや、シグナムー!」




■■■




 「シグナム、買い物カート持ってきてくれておおきにな」


 「いえ、シャマルの指示ですから」


 「帰りに買い物してくんだよね、はやて、アイス買っていーい?」


 「いいけど、Lサイズはあかんで、ヴィータがまた食べ過ぎて、お腹痛くしたらあかんしな」


 「うう………人の過去の傷跡を……」

 多少へこむヴィータ、アイスの食い過ぎでお腹を壊したという過去は、彼女にとって黒歴史でしかなかった。


 「そういえば、先ほどは何かお話の途中ではありませんでしたか?」


 「ん、ああ、学校の話やったね」


 「ああ、別に何でもない話だったけどさ」


 「学校ですか………石田先生がおっしゃってましたね、貴女の足がもう少しよくなれば、きっと復学も出来ると」


 「ふふ、石田先生らしい励ましやなあ………わたしは別に、学校に行っても行かんでも」


 「そうなの?」


 「わたしが家におらんかったら、皆のお世話が出来んやんか」


 「すいません……お世話になっております」


 「感謝してます……」


 「ふふふ、闇の書と守護騎士ヴォルケンリッターの主として、当然の務めや」


 何気に家事のスキルが低いことを気にしている二人、人間であった頃から騎士であった彼女らにとって、家事とは自分でやることではなかった。彼女らの役割は別にあり、そも、家事が出来る騎士など存在する時代ではなかったから。

 そして、今は空いている時間のほとんどを蒐集に費やしているため、家事を引き受ける余裕もない。そして何よりも、はやて自身が家事を引き受けたいと思っていることが最大の理由であった。

 これまで、ただ一人きりで生きていた八神はやてという少女にとって、自分が生きている意味というものは希薄であった。仮に、“危険なロストロギアを貴女ごと凍結封印する”と言われても、それならそれで構わない、誰かに迷惑をかけながら生き続けるよりはいいと思っていただろう、自分がいなくなったところで悲しむ人などいないのだから。

 しかし、今の彼女はそうではない。八神はやては闇の書の主であり、守護騎士達の衣食住の面倒を見なければならない。それは、彼女が生まれて初めて見出した“生きる意味”であり、四人の家族を得て、八神はやてという少女の人生というものが本当の意味でスタートした。そのように、彼女自身が思っている。

 だから、彼女は今幸せなのだ。例え学校に行けずとも、家族と共にいられるのであればそれだけで十分、逆に、健康な身体になったところで、シグナムも、ヴィータも、シャマルも、ザフィーラもいないのであれば、そんなものに意味はない。それならば、不自由なままの方がずっといい。

 そう願うからこそ、彼女が蒐集を命じることはなく、そのような主であるからこそ、ヴォルケンリッター達は誓いを破ることになろうとも、自分達が消滅することになろうとも、彼女を救いたいと願う。

 最適解は“健康になった八神はやてが家族と幸せに過ごす”のただ一つであるというのに、近似解になったとたんに別々のものとなってしまう。それが、人の世の覆せぬ法則であり、それを知る古い機械仕掛けと、その相棒の巨大オートマトンは最適解を導き出すための演算を既に開始している。


 クラールヴィントとの接触によってもたらされた僅かな情報は、大数式を回す要素となっていた。







新歴65年 12月6日  第97管理外世界  海鳴市  八神家  PM4:04



 「お帰りなさい、はやてちゃん」


 「ただいま、シャマル」


 「買い物、はいよー」


 「ありがとう、ヴィータちゃん」

 ヴィータから買い物袋を受け取るシャマル。全くの余談だが、家庭用レジ袋はまだ普及していないようである。


 「主はやて、失礼します」


 「うん」


 「よっ、と」

 車椅子からはやてを抱え上げるシグナム、彼女がやると自然と絵になるのが不思議であった。


 「やっぱり、シグナムの抱っこはええ感じやなあ」


 「そうですか」


 「はやてちゃん! 私の抱っこは……駄目なんですか………」


 「甘いでシャマル、シャマルの抱っこは、素敵な感じや」


 「わあい!」


 「どっちが上なの?」


 「さあて、どっちやろな」


 「行先は、リビングでよろしいですか?」


 「よろしいよ」

 仲の良い家族。

 その光景を表現するのに相応しい言葉は、それ以外になかった。


 「さて、ヴィータちゃん、車椅子のタイヤ、拭いてきてくれる?」


 「あいよー」


 「ヴィータ、おおきにな」


 「すぐ綺麗にしてもってくるかんね」

 ヴィータが玄関に向かい、シャマルは買い物袋から中身を取り出しテーブルに並べていく。


 「ちくわに大根、昆布にさつま揚げ……今夜はおでんですか?」


 「当たり、じっくり煮込んでおいしく作るから、楽しみにしててな」


 「はい」









新歴65年 12月6日  第97管理外世界  海鳴市  ハラオウン家  PM4:27



 「ただいまー」


 「お邪魔しまーす、あれ? 今日はエイミィさん達いないの?」

 すずかやアリサと別れ、帰宅したフェイトと一緒にやってきたなのは。

 しかし、闇の書事件の前線基地でもあるハラオウン家には現在誰もいなかった。本部である時の庭園に管制機がいる以上、通信や指示を出す面で特に問題はないが。


 「うん、リンディ提督とクロノは本局で、エイミィはアレックス達のところに行くって」


 「そっか、ユーノ君とアルフさんもお手伝いに回ってるから、わたし達だけなんだ。出来ることがないのって、結構寂しいね」

 二人の役割はヴォルケンリッターに対する主戦力、ぶっちゃけ、捕捉するまではやることがなく、捜査組を手伝える技能もなかった。


 「なのはもまだ本調子じゃないし、無理しちゃだめだよ。その間は、わたしがなのはを守るから」


 「うん、ありがとう、フェイトちゃん」


 「もちろん、本調子になってからもだよ?」


 「にゃはは、言われなくても、分かってるよ」

 とはいえ、フェイトの能力は壁役には向かないため、二人で組んで敵を殲滅するという表現が妥当だが、それは言わぬが華であろうか。


 「はぁ~、でも、やっぱり早く万全にしたいなあ、レイジングハートと一緒に考えた新魔法、もう少しで完成だったから」


 「そうなの?」


 「うん、レイジングハートも色々考えてくれるから、頑張らないと、って」


 「いいね、レイジングハートは世話焼きさんで、―――バルディッシュは無口な子だから……なのに無理するし、大丈夫?って聞いても、Yes sir. ばっかりだし」


 「あはは、バルディッシュはそうだよね。でも、トールさんみたいになったらそれもそれで……」


 「ええと………あまり考えたくないね」


 見事に意見が一致した二人であった。








新歴65年 12月5日  第97管理外世界  海鳴市  ハラオウン家  PM5:03




 「お風呂かげん良し、っと」

 なのはと軽い訓練を終えたフェイトは、浴槽になったお湯の温度を確かめ、リビングへ向かう。

 ビルの屋上での訓練であり、結界担当のユーノやアルフもいないので高速で摩天楼を飛び回るような真似はしなかったが、それでもある程度は汗をかいているので風呂に入りたくもなる。


 「なのは、お風呂、お先にどうぞ」


 「そんな、フェイトちゃんのお家なんだから、フェイトちゃんお先に」


 「ああ………ええと、うん……いえいえ」


 「どうかしたの…………ひょっとして………心の準備が出来てない?」


 「! な、何のことなのは、お風呂に入るのに、心の準備なんて必要なわけないないないな」

 明らかに混乱しており、後半は言葉になっていない。

 フェイトとしてはなのはと一緒に入りたいのだが、自分から普通に切り出せる性格ではないことを時の庭園の管制機は知っていたため、“なのはと一緒に入りたい”というフェイトの願いを叶えるべく策謀を巡らしていた。

 その一環として、なのはは自動洗浄マシーンの餌食となり、フェイトも先日餌食となった(なのはの尊い犠牲のおかげで改良されていたので、なのはよりソフトではあったが)。二人が共に一人で入ることが苦手となったならば、最適な結論はただ一つ。

 だが、それでも中々言い出せなかったフェイトではあるが、感受性というか、そういう面での勘が鋭いなのはは、フェイトも自分と同じ体験をしたのだと察した。彼女がフェイトに先に入るように勧めたのも、心の準備をするためであったりもしたが、そこは割愛。


 「だったら、フェイトちゃん、一緒に入ろう」


 「え? い、いいの」


 「実は……わたしもトールさんの洗浄マシーンに……」


 「そうなんだ………」

 そして明かされる真実、幼い二人では腹黒デバイスの真の目的までは察しえなかったが、苦楽を共にしたという認識は彼女らの友情をさらに堅固なものとしていた。そして、同時に誓った、いつかあのデバイスをギャフンと言わせて見せると。

 まあ、管制機が“最終兵器”を開発中であると聞いた瞬間に、その誓いは次元の彼方へ消し飛ぶこととなるが、それはまた別の話。


 「たっだいまー」

 そこに、エイミィが帰還。


 「おう、なのはちゃん、いらっしゃい」


 「お邪魔してまーす」


 「おや? 二人ともお風呂場前でその格好ということは、お風呂はまだ?」


 「はい、フェイトちゃんと一緒に入ろうって」


 「そいつはグッドタイミング」


 「ふぇ?」

 その瞬間、インターホンの音が響き渡る。


 「こっちも、グッドタイミング」


 「こんにちはー、お邪魔しまーす!」


 「お姉ちゃん?」


 「美由希さん?」

 驚愕は幼い二人のもの、彼女らの持つ人間関係の情報からでは、美由希がここにいる理由が導けなかった。


 「いらっしゃい、美由希ちゃん」


 「エイミィ、お邪魔するよ」


 「エイミィさんと、お姉ちゃん、いつの間に仲良しに?」


 「いやほら、下の子同士が仲良しなら、上の子もねえ」


 「意気投合したのは、今日なんだけどね」


 「うえええ」

 なのはとフェイトが長い時間をかけ、何度も戦い親友になったのに比べると、電撃的としか言いようのない二人。高町美由希とエイミィ・リミエッタ、やはりただ者ではない。

 とはいえ、リンディ・ハラオウンとプレシア・テスタロッサも同じようなものであり、親友になるのに時間は関係ないということだろうか。それとも、なのはとフェイトが不器用過ぎるだけなのかもしれない。


 「それで、ほらこれ、美由希ちゃんが教えてくれたの」


 「海鳴スパラクーア、新装オープン?」

 このような成り行きによって、なのはとフェイトがアリサとすずかを誘い、6人でスーパー銭湯へと出かけることとなった。











新歴65年 12月6日  第97管理外世界  海鳴市  八神家  キッチン・リビング PM5:05



 「うん、仕込みはオッケー」


 「はあ~、いい匂い、はやてぇ、お腹減ったあ~」


 「まだまだや、このまま置いておいて、お風呂入って出てきた頃が食べ頃や」


 「ううう………待ち遠しい」


 「それまでは、これでつないでおいてね、ヴィータちゃん、シグナム」


 「これは?」


 「私が作った和え物よ、わかめと蛸の胡麻酢和え♪」

 だがしかし、シャマルの味覚はやはりまともではない。


 「ふむ………ヴィータ、覚悟を決めろ、それが友としての礼儀、騎士としての情けだ」


 「分かってら、例えどのような困難があろうとも、全部食うと誓ったからな」


 「はあ~、酷い」


 「シャマルの料理も大分上達しとるし、平気やよ、さっきわたしが味見したし」


 「なら安心です」


 「いただきまーす♪」


 「ねえ、ザフィーラ、うちのリーダーとアタッカーは酷いと思わない?」


 【聞かれても、困る】

 盾の守護獣の返答はつれないものであった。


 「ザフィーラまで………酷い」


 「シャマル、ザフィーラ困っとるやん、あまり落ち込んだらあかんよ」


 「へぇ? はやて、今の思念通話受けてないよね?」


 「へ、思念通話してたん?」


 「失礼しました。お耳に入れることではないと思いました故」


 「ええよ別に、ザフィーラ滅多にしゃべらんから、声を聞けると嬉しいよ」


 「はやて、問題! 今のはやての言葉を受けて、ザフィーラはどんなことを考えてるか!」

 はやての言葉からほとんど間をおかず、ヴィータがはやてに問いかける。


 「うーん………そやなあ……“お言葉はありがたいですが、無暗に言葉を発しないのは我が主義です故”とか?」


 「どう?」

 解答を求めるのはシャマル、彼女も興味がある模様。


 「寸分違わずに」


 「凄い凄い! どうして分かるの!」


 「もう半年も一緒にいるんやで、そのくらい分かるって」


 「素晴らしいことです」


 「理解あふれる主をもって、幸せですね、私達――――――さて、そろそろお風呂もいい頃かしら」

 しかし、ただ一つ、異なっている部分があった。

 “お言葉はありがたいですが、無暗に言葉を発しないのは我が種族の主義です故”

 それが、盾の守護獣が考えた事柄であり、他ならぬ彼自身がそれに疑問を抱いていた。


 ≪ほぼ無意識であった、我が種族…………果たして我は、何者であったのだろうか≫

 盾の守護獣ザフィーラ、それが己であることは間違いない。

 しかし、守護獣である以上は必ず元となった動物がおり、誰かの守護獣であったはず。

 だが、それが何であったか、彼自身にすら忘却の彼方にある。

 いや、それは本当に忘れているのか? 思い出そうとすると何かが妨害しているのか?


 「きゃあああああああああああああああああああああ!!!」

 その思考は、唐突に響いた悲鳴によって中断することを余儀なくされた。


 「シャマル!」

 「どうした!」

 「どないしたん!」

 シグナム、ヴィータ、はやての三人も悲鳴を聞き、何事かと浴室を見やる。


 「ごめんなさい! お風呂の温度設定間違えてて、冷たいお水が湯船いっぱいに~~」


 「ええええええぇぇぇ」


 「沸かしなおしか」


 「せやけど、このお風呂の追い焚き、時間かかるからなあ」


 「シャマル、しっかりしてくれ」


 「ごめんなさいぃ」

 うっかりスキルは人間の騎士であった頃から変わらぬシャマルの特徴であった。まあ、医者として働く時に発動しないのが救いというべきか。


 「シグナムさあ、レヴァンティンを燃やして水に突っ込めばすぐ湧くんじゃね「断る」……即答かよ」

 提案したヴィータの言葉が終らぬうちに成された瞬時の否定。


 「うむむむ、闇の書の主らしく、私が魔法で何とか出来たらええねんやけど」


 「いえそんな、やはりここは責任を持って、私が何とか」


 「炎熱系ならば私だが、微妙な加減は難しいな」


 「火事とか起こしたら、シャレになんねえぞ」

 こんなことで魔力を使い、闇の書の主の場所が知られたとすれば、末代までの恥となるだろう。


 「てゆうかええって、こんなしょうもないことで魔力を使ってたらあかんわ」

 そして、主の英断により、末代までの恥を実現する危険は回避された。






■■■



 「海鳴スパラクーア、新装オープン、さらに三名様以上で割引や。これはもう、行っとけいう天のお導きやろ」


 一週間分のチラシから、以前見ていたスーパー銭湯のものを見つけ出したはやて、その辺りは主婦さながらである。


 「行ってみたい人!」

 「「 はぁーい! 」」

 返事をしたのはヴィータとシャマルの二人。


 「我が家で一番のお風呂好きさんが、なんや反応鈍いで」


 「ああ………いえ……」


 【シグナムはまた、身内の失敗を主に補ってもらうのは良くないとか考えてるか?】


 【え……、はい】

 その時、はやてからシグナムへ届いたのは思念通話。ただし、シャマルとヴィータに対しては、


 「シグナムは、人前で裸になるのが恥ずかしいんとちゃうか?」


 「はは、きっとそーだな」

 通常の会話を続けながらであり、魔法が何も使えない現状であっても、誰に習うまでもなくマルチタスクを自然と可能としていた。

 これこそ、SSランクという稀代の魔力を秘め、膨大な術式が収められた夜天の魔導書の使い手にして主、八神はやての才能の片鱗。彼女は並列処理は苦手というが、それはあまりにも巨大な魔力と衝突するからであり、マルチタスクそのものが苦手なわけではなく、むしろ並みの魔導師を遥かに凌駕している。


 【何度目かの注意になるけど、シグナムはごっつ真面目さんで、それは皆のリーダーとしてええことやねんけど、あんまり真面目すぎるんは良くないよ】


 【すみません】


 【わたしがええ言うたらええねん、皆の笑顔が、わたしは一番嬉しいんやから】


 【はい、申し訳ありません】


 【申し訳んでええから、わたしを主と思ってくれるなら、わたしを信じてな】


 【信じております】

 遥か過去の白の国の近衛騎士隊長、烈火の将シグナムであれば、常に気を張り真面目であるのは当然のこと。主君の身を守護する騎士の長であるからには、いついかなる時も気を緩めることはなく、それが、人間であった頃の彼女の在り方。

 しかし、今は八神はやてという少女に仕える騎士であり、時代が変わり、文化も異なるのであれば、騎士の在り方とて不変のものではない。それを、シグナムはこの幼き主より学んだ。

 中世ベルカの白の国に生きた烈火の将と、現代の日本で生まれ育った少女に仕える闇の書の守護騎士は、元は同じであってもやはり異なる存在。外見や性格、能力はそのままであっても、騎士の根源である“騎士道”が違うのだ。

 ただし、かつての騎士道が完全に失われたわけではない。管理局を相手にする場合ならば彼女は不刹の誓いを守り通すだろうが、八神はやてを殺そうと襲い来る敵や、存在そのものが害となる“異物”に対してならばその限りではない。

 それが、ヴォルケンリッター。ほとんど同じであっても、根源的な部分で彼女ら騎士は魔導師とは異なるのである。


 「でも、色々あって、なんだか楽しそうですね」


 「ほんとだ」


 「ねっ、だから、シグナムも行こ」


 「分かりました。それでは、お言葉に甘えて」

 そして、シグナムもスーパー銭湯へ出かけることを了承する。


 「ザフィーラも行こか、人間形態になって、普通の服着てったらええんやし」


 「お誘い真にありがたいのですが、私は留守を預からせていただきたく」


 「そうなんか?」


 「夕餉の見張りもございます故」


 「そっか……まあ、皆で行ってもザフィーラは男湯で一人になってしまうし、ほんならごめんな、ザフィーラは、留守番いうことで」


 「御意に」

 彼だけは、残ることがこうして決定し。


 「ほんなら皆、着替えとタオルを持って、お出かけの準備や!」

 「おーう!」

 「はーい!」


 「シャマル、私の分も頼む」


 「はーい、任せて」

 はやて、ヴィータ、シャマルの三人は銭湯へ行く準備のためにリビングから離れ、シグナムとザフィーラのみが残る。


 「……主に窘められたか」


 「ああ……だが、なぜだろうな、恥じいる気持ちはあるのだが、不思議と心が温かい」


 「真の主従の絆とは………そういうものなのだろうな」


 「絆か………そうなのかな」

 闇の書の守護騎士として、長く彷徨ってきた彼女には不安がある。果たして、自分達は主にとって良き臣下であれているのか。

 長い夜の間に、臣下として在るべき姿をも、自分達は失ってしまったように思える。それがこうして、原初の自分達のように在れるのも、光を与えてくれた今の主があればこそ。

 その主への誓いを破り、主に黙したまま蒐集を続ける自分達は、果たして騎士足りえるのか―――


 「不安もあるだろうが、心身の休息も、戦いのうちだ。今は、主と共にゆっくりと寛いでくるのがよかろう」


 「うん………お前も時間があれば眠っておくといい、今夜も蒐集は深夜からだ」


 「心得ている」

 ザフィーラは狼の姿のまま、静かに頷く。


 「シグナムー、準備で来たわよー」


 「ああ、いま行く、それではザフィーラ、留守を任せた」


 「承知」

 主と騎士達を見送り、盾の守護獣はただ一人となったリビングにおいて、静かに目を閉じ、懐古する。


 ≪剣の騎士シグナム、湖の騎士シャマル、鉄槌の騎士ヴィータ、そして我、盾の守護獣ザフィーラ≫

 闇の書の守護騎士は四人、そしてもう一人、管制人格たる彼女が存在する。


 ≪闇の書の、守護騎士………≫

 闇の書の守護騎士は四人、それは揺るぎなき事実。

 だが、自分達に闇の書の守護騎士と呼ばれる前の姿があるならば、その時は果たして。


 ≪少なくとも、守護獣である我には元となった存在がある。だが、なぜそれが思い出せん≫

 何かがおかしい、それは、守護騎士の全員がどこかで思っていること。

 しかし、何がおかしいのかが分からない。それはまさしく、ウィルスに侵されたプログラムはそれ自身では異常があることが分からず、ウィルス探知のソフトウェアが別に必要となるように。

 守護騎士プログラム自身には、何かがおかしいことまでは気付けても、何がおかしいのか知ることは出来ない。それが、闇の書の守護騎士である彼らの限界。


 だから―――


 ≪グラーフアイゼン、クラールヴィント、レヴァンティン、お前達は、何かを知っているのか?≫


 先日の蒐集の際、鉄の伯爵グラーフアイゼンが主であるヴィータに言葉を返した時、自分は確かに何かを想った。

 それは、懐古の念であったか、それとも―――

 騎士の魂たちが何を告げても、防衛プログラム、いや、暴走プログラムが上位にある以上、守護騎士への情報は検閲され、残るものはない。

 しかし、それは失われてはいない。騎士の魂は、確かに受け継がれている。



 静かに身を横たえ、身体を休めながらも、盾の守護獣ザフィーラは過去の情景へと想いを馳せていた。





[26842] 第十四話 銭湯と戦闘
Name: イル=ド=ガリア◆9d8bc644 ID:97ddd526
Date: 2011/04/01 22:36
十四話   銭湯と戦闘




新歴65年 12月6日  第87観測指定世界  (日本時間)  PM5:38





 「ギャレットさん、結界の敷設、完了しました。次は?」


 「とりあえずそんだけありゃあ充分だ、ここは………オートスフィアはほぼ無理だな、設置しても多分壊される。魔力が弱いタイプのサーチャーでいくしかないな」


 「手伝いますよ」


 「わりいな、頼むわ」


 「いいえ」

 観測スタッフのリーダーであるギャレット、民間協力者であるユーノ・スクライア。

 闇の書の守護騎士、ヴォルケンリッターを捕捉するための網の構築のために二人は大型の魔法生物が多数生息する世界を巡り、サーチャーやオートスフィアの敷設を行っていた。


 「しかし、君は凄いな、これだけの結界を1分もかからず張っちまうとは、結界魔導師としてならAAAランク、いや、下手すりゃAAA+ランクに達してるんじゃないか?」


 「これしか取りえがないですから、ジュエルシードの時も、ほとんどなのはに頼りきりで」

 リンカーコアを有する魔法生物も多種多様であり、その危険度もかなりバラつきがある。ギャレットのようなEランク程度の魔導師でも性質を知っていれば特に問題はない場合もあれば、AAランク以上でなければ遭遇を避けるべきという強力な個体もいる。

 観測スタッフ達は様々な観測指定世界や無人世界へ飛び、現地の自然保護部隊の隊員達と連携しながら包囲網の構築に勤めているが、中には自然保護部隊ですら駐留していない世界もあり、そういったところほどヴォルケンリッターが出現する可能性も高いといえた。

 かといって、ギャレット一人では巨大魔法生物に襲われた場合の対処がほぼ不可能であるため、今回はユーノ・スクライアがサポート役として随伴していた。また、彼は結界敷設や探知魔法を得意としており、このような調査に関してならば、ある意味で専門とも言える。


 「そう自分を卑下するもんじゃないぞ、君だって頑張ってる、というか、君は学校には通ってないんだっけか」


 「スクライアの皆と一緒に発掘の手伝いをやってました。ジュエルシードは僕が初めて発掘を任された品だったんですけど、あんなことになっちゃって」


 「9歳でロストロギアの発掘を任されたのか、スクライアは管理局以上のスパルタというかなんというか、うちのハラオウン執務官ですら、ロストロギアを相手にしたのは11歳の時のはずだぞ、まあ、こっちは“関わった”じゃなくて、その事件に関連した人々の“人生の責任を負った”だから単純な比較は出来ないが」


 「凄いですよね、クロノは。まあ、たまに“フェレットもどき”なんて言われてからかわれますけど、それさえなければとてもいい奴ですし」


 「あ~、あれな、実を言うと、あの人がああいう風に軽口を言うことってほとんどなかったんだ。唯一リミエッタ管制主任だけは違ったけど、母親である艦長にすら任務中は敬語をしっかりと使う人だからな、何気に、同年代の同性の友人なんてほとんどいないし――――ああ、一人くらいいたっけかな」

 ギャレットが言った少年とはヴェロッサ・アコースという名を持っているが、ユーノ・スクライアと同様、年代に見合わない明晰な頭脳と、ある種の“達観”を持っている。これは、人の思考を読み取るという彼の固有技能に起因するものであろうが。


 「クロノも、結構無理しますからね。でも、無理に成り過ぎないようにしてる部分がなのはやフェイトとは違うように思いますけど」


 「本人曰く、自分の失敗談に基づくもの、だそうだが、どうなんだかね」


 「その辺はよく分からないですね」

 話しながらも淀みなく手が動いていく二人、5年以上管理局員として働いているギャレットはともかく、ユーノのマルチタスク技能はどうなっているのか。


 「うしっ、ここはこんなもんか」


 「次ですね、えーと……………北西方向、距離400キロ」


 「一発で跳べるか?」


 「ええ、この世界はあまり高い山とかはないそうですけど、一応上空に跳びますね」

 転送魔法はユーノ・スクライアの十八番。

 ギャレットの飛行魔法では尋常どころではない時間がかかってしまう距離も、ユーノの転送魔法があれば一瞬で辿りつくことが出来る。


 「おっしゃ、頼む」


 「ええ、しっかりつかまっていてください」

 ミッド式の円形の転送魔法陣が展開し、彼ら二人の身体を包み込む。

 そして、空間の関係を騙し切り、三次元における物理法則を嘲笑う方程式の力により、彼らは数百キロ離れた地点の上空へ移動する。


 「しっかし、こんだけの広範囲に渡って蒐集を行うたあ、敵ながら守護騎士ってのは働きもんだよなあ」


 「そうですね、その上戦闘能力も高く、何よりも戦略が凄い」


 「だな、例のダミーを見破る手はまだねえし、さらにまた何か仕掛けてくるか分かりゃしねえ」


 「彼らの本拠地がどこかはまだ分かりませんけど、今も休まず、蒐集の方策を練っているかもしれませんし、ひょっとしたらどこかで蒐集を行っているかも」


 「トールさんのように、かね。守護騎士がプログラム体ってんなら、それこそ休まず動き続けてるのかもな」



■■■

同刻  海鳴スパラクーア



 「ちょっと、すみません」


 「脱衣所は………ここかぁ」


 「おおっ」


 「広い………綺麗やねー」

 現在、スーパー銭湯、海鳴スパラクーアにいる八神家女性陣、ザフィーラを除いて全員やってきました。


 「車椅子でもスムーズに入ってこられたな」


 「段差が全部スロープになってるのね、車椅子の置場もあるって……あ、あそこだわ」


 「ナイスバリアフリーや、流石新装開店」


 「えっと、ロッカーは……」


 「私とはやてちゃんはそっちで、シグナムとヴィータちゃんはそっちね」


 「ああ」

 二組に分かれる八神家、流石に4人かたまっていては狭い。


 「ふひひ、早く入ろー」


 「こら、家じゃないんだぞ、あまり脱ぎ散らかすな」


 「きちんと片づけるだからいいじゃんよー」


 「公共の場でのマナーを言っている」

 やや強い口調で言うシグナム、彼女はその辺りのマナーには厳しい。


 「はあ、ったく一々うるせーなー、うちのリーダーはよー」


 「それ以前の人としての心構えだ。それにお前は、普段から少々だらしないところがある」


 「ああもう、ちくちくうるせーなー!」


 「ちくちく言われるようなことをしなければいいだろう」

 徐々にヒートアップしていく二人、シグナムが言ったように、ここは公共の場である。


 「へっ、ちょっとおっぱいが大きいからっていい気になるなよ!」


 「な、なんだそれは! なぜそんな話が出てくる!」


 「無暗に胸にばっか栄養やってっから、そうやって心の余裕がなくなるつってんだよ、このおっぱい魔人!」


 「おっぱ―――貴様! そこに直れ! レヴァンティンの錆にしてくれる!」


 「あーん! そっちこそ、グラーフアイゼンの頑固な汚れになりてーか!」


 「「 ぬぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐ……!! 」」

 それぞれに待機状態のデバイスを持ちだし、臨戦態勢に入る二人。


■■■

同刻 八神家


 ≪グラーフアイゼン、クラールヴィント、レヴァンティン、お前達は、何かを知っているのか?≫


 深く瞑想し、常に自分達と共にあった彼らを想いながら―――


 ≪騎士の魂であり、誇りであるお前達ならば――――我等が忘れてしまった何かを、覚えているのだろうか≫


 静かに身を横たえ、身体を休めながらも、盾の守護獣ザフィーラは過去の情景へと想いを馳せていた。


■■■

同刻 海鳴スパラクーア


 「あー、これこれ、喧嘩しないの。喧嘩する子には、夕食後のデザートが出えへんよー」


 「だってはやて、このおっぱい魔人が!」


 「誰がおっぱい魔人か! 誰が!」


 「シグナム、貴女そんな恰好で大きな声を出さないの……! 恥ずかしいから……!」

 繰り返すようだが、ここは公共の場である。このような大声で言い合っていては注目されない方がどうかしている。

 そして―――


 『………』

 『………』

 鉄の伯爵グラーフアイゼンと、炎の魔剣レヴァンティンは、出来ることなら盾の守護獣と共に留守を守っていたかったと本気で考えていた。

 守護騎士の名誉のため、風のリングクラールヴィントが何を想ったかについては触れないでおこう。








新歴65年 12月6日  第84無人世界  (日本時間)  PM6:57




 【聞こえるか、返答しろ】


 砂漠の世界


 一言でそう表現できる、無限に砂地のみが続く一面の砂漠。

 しかし、そこにも生命は存在しており、特に、通常の進化の形からは異なる道を歩んだ魔法生物こそがこの世界における支配者となる。

 そして、その支配者として君臨する“砂蟲竜”と呼ばれる魔法生物は非常に好戦的であり、獲物を見れば即座に襲いかかる性質を持っている。そのため、自然保護部隊もこの世界には派遣されることはなく、それ故に無人世界であった。


 【な、なんとか無事です……】


 【そうか、後20秒待っていろ、すぐいく】

 だが、管理局が保有していた“砂蟲竜”に関するデータは万全ではなかったといえる。この世界固有の生物であり、本格的な調査が成されることもする必要もなかった以上は仕方ないが、その不備が観測スタッフの危機を呼ぶ引き金となった。

 一応彼らは“砂蟲竜”が苦手とする匂いを発する機能を備えた専用の防護服を纏い、彼らの動きを探れるようにレーダーなども用意した上でこの世界の調査に臨んだが、砂の中を走る彼らの速度は地表のそれの比ではなく、レーダーが迫りくる影を感知した時には既に手遅れとなっていた。

 そうして、観測スタッフ二名が触手によって捕縛されてしまったが、調査スタッフは彼らのみではなく、随伴していたオートスフィアや機械類はまさしくマイクロ秒の間も置かずに時の庭園へ救難信号を飛ばした。


 「ストラグルバインド!」

 観測スタッフにとって幸運であったのは、クロノ・ハラオウン執務官が本局から闇の書事件対策本部である時の庭園にちょうど帰還していたことだろう。彼は管制機トールから連絡を受けると同時に転送ポートへ飛び乗り、第84無人世界へと跳んだ。


 「AAAAAAAAAAAaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!!」

 そして、オートスフィアからの信号の発信源へ到着し、巨大魔法生物“砂蟲竜”をバインドによって捕縛し、宣言通り20秒で観測スタッフを救出した。


 「無事か?」


 「あ、ありがとうございます。防護服のおかげで、なんとか……っつ」


 「どうやら、怪我もなくというわけではないようだな。―――妙なる響き、癒しの光となれ……」

 ストレージデバイス、S2Uがミッドチルダ式の円形陣を紡ぎ、水色の魔力光が負傷したスタッフの身体を包み込み、打撲、もしくは捻挫と見られる怪我を癒していく。


 「あ……ああ………」

 “砂蟲竜”に捕縛されている時は緊張と恐怖で痛みを感じていなかった彼だが、助けられたことで急激に襲ってきた痛みに顔を歪めていた。しかし、S2Uから放たれる癒しの光を受けるうちに、徐々に表情が和らいでいく。


 「とりあえずはこんなものだろう、君は?」

 さらに、もう一人のスタッフにも声をかける。


 「じ、自分は平気です……」


 「嘘を言うな、右足を引き摺っているだろう」


 「ど、どうして?」


 「引き摺っているというのはハッタリだが、負傷しているかどうかは見ればすぐわかる。自分のミスで負った怪我で上官に手間をかけさせるわけにはいかない、とでも考えているなら、それは筋違いというものだ。この件は、“砂蟲竜”の危険度を正確に把握しないまま君達を送りだした艦長と僕の責任だ」


 「そ、そのようなことはありません。レーダーは反応していたというのに、自分達の判断が遅れて」


 「君が武装局員ならばそうかもしれないが、そうではないだろう。ここは観測員に任せるには危険度が高すぎた、レティ・ロウラン提督から武装局員を借りているのだから、彼らに担当させるべきだった、やはりこれは僕達の失態だ、すまなかったな」


 「ハラオウン執務官……」

 謝罪の言葉をかけつつ、問答無用で治療魔法を発動させる。彼も、今度は拒否しなかった。

 ただ、もう一人のスタッフがあることに気がついた。


 「ハラオウン執務官、よろしいでしょうか?」


 「何だ?」


 「あの“砂蟲竜”を縛っているバインドは、何でしょうか、余り見たことがないんですが」

 通常、大型の生物を拘束するならばチェーンバインドが向いている。レストリクトロックやリングバインドなどは基本的に対人であり、大型生物に使用できるものではない。

 しかし、現在“砂蟲竜”を捕縛しているバインドはチェーンバインドではない。彼ら二名もギャレットと同じくEランク相当ではあるが魔導師であり、バインドの違いくらいは見れば分かる。むしろ、実力で劣っている分だけ、観察力には自信があるのだが。


 「あれはストラグルバインドだ」


 「ストラグルバインド?」


 「対象の動きを拘束し、なおかつ対象が自己にかけている強化魔法を強制解除する捕獲魔法だ。魔力で体を構成した魔力生物に対しては武器にもなり、“砂蟲竜”のようなリンカーコアを持つ魔法生物は通常の活動にも魔導師で言うところの身体強化を行っている、つまり、それを遮断してやるだけで行動不可に追い込むことが出来る」


 「はぁ~」


 「欠点として、副効果にリソースを振っている分、射程・発動速度・拘束力に劣る面があり、魔導師相手の実戦ではあまり使い道がない。捕縛に成功すれば身体強化は解除できるが、バインドブレイクまで無効化出来るわけじゃないからね。しかし、バインドを破る魔法ではなく、純粋な魔力でバインドを引き千切ろうとする大型魔法生物に対しては効果がある」


 「なるほど、でもハラオウン執務官ならもっと簡単な方法があったんじゃ」


 「否定はしないが、“砂蟲竜”も生き物だ、いたずらに傷つけていいわけじゃない。人間が襲われていた場合は殺すことも含めて許可されているが、それはあくまで人間の都合だ。いざとなれば躊躇いはしないが、他に方法があるなら、殺さずに済ませるに越したことはないだろう」


 「………流石」

 もう一人が、小声で呟くと同時に、クロノ・ハラオウンが“アースラの切り札”と呼ばれる由縁を再認識していた。

 なのはのディバインバスター、フェイトのサンダースマッシャーなどは高威力の砲撃魔法であり、AAAランクの彼女らが放てば、“砂蟲竜”を一撃で仕留めることが出来るだろうし、彼女らがこの場に来ていれば迷わずそうしただろう。

 しかし、クロノはより魔力が少なく、より局員が傷付く可能性が低く、そして、“砂蟲竜”も傷付けない方法でそれを成した。さらに、負傷した局員をその場で治療することも。


 「自慢する程のものでもないさ、ユーノにも同じことが出来る。それに彼らのようなリンカーコアを持つ魔法生物は管理局法で保護対象として登録されている。状況が状況とはいえ無闇に殺すわけにはいかないさ、法の番人としてはね。ともかく、ここの続きは僕が引き受けるから君達は時の庭園へ帰還するように、その後の指示は艦長に仰いでくれ」


 「はい」


 「分かりました」

 ストレージデバイスS2Uが転送用の魔法陣を展開し、二名の観測スタッフが時の庭園へと送還される。

 ちなみに、クロノが言ったことは事実であるが、むしろその事実の方がおかしいのである。

 武装局員はおろか、戦技教導隊員ですら扱える者が少ないであろうストラグルバインド、それに加えて転送魔法と治療魔法も使うことが出来、さらに高速飛行も可能とする9歳の民間協力者、デバイスなし。

 ある意味で、高町なのはやフェイト・テスタロッサ以上に稀有というか、あり得ない存在だろう。


 「さて、エイミィたちも頑張っているんだ、僕だけしくじっているわけにはいかないな」


■■■

同刻  海鳴スパラクーア 



 「あぁ~~ 気持ちいいぃぃ~~」

 銭湯から一番最初に上がったエイミィは、施設のリラックスルームにあるマッサージチェアで極楽状態にあった。

 温かいお湯がほぐしてくれた身体を、さらにマッサージしたとなれば、彼女に溜まった全身の疲れが飛んでいくことだろう。相棒のクロノはより一層の疲れがたまっていくであろう状況にいるが、別に彼女に責は無い。

 
 「あ~~、お湯の中も極楽だったけど、こっちも極楽だ~~」

 
 「あ、エイミィ、みつけた」

 などと気の抜けた言葉を発するエイミィに、湯上りの美由希が声をかける。髪が解かれて、眼鏡を外した彼女はいつもより大人っぽい印象がある。ちょうど彼女の実母美沙斗のような雰囲気になっいている。

 もっとも、この場に美沙斗がいたら、美由希とは姉妹にしか見られないだろう。それと同じに、士朗と恭也の2人は兄弟にしか見えない。この不可思議な現象は、やはり御神と不破の血がもたらすものなのか。しかしだとしたら高町桃子はいったいどういうことか。

 まあそれはともかく

 
 「気持ち良さそうだね、エイミィ」


 「ん~~、実際気持ちいいよ~。美由希ちゃんもどう? 全身の疲れがとれるよー、ちょうどあたしの隣空いているし」


 「じゃあ、そうしようかな、と」

 そうしてエイミィの隣のマッサージチェアに座る美由希だが、ある事に気づいた。操作パネルが無いのだ。


 「あれ、これどうやって動かすの?」

 
 「ん? ああ、これねぇ、音声入力式なんだよ。横のカードにコースとかモードとか書いてるでしょ、それを言うの。というか機械のほうで聞いてくるよ」

 というエイミィの言葉を引き継ぐように、マッサージチェアが実に機械的な音声を発した。


 『ゴ利用アリガトウゴザイマス、もーど、モシクワこーす、マタハまっさーじ部位ヲ言ッテ下サイ』


 「わっホントだ、すごいねコレ」


 「便利だよね~、ちなみにあたしのおすすめは、今あたしがやってる全身ほぐしコース」

 そうした2人のところへ、美由希と同じく風呂上りで上気した雰囲気の少女2人、なのはとフェイトが仲良く現れた。

 
 「あ、お姉ちゃんももう上がってたんだ」

 
 「エイミィも」

 実に息があったコンビになっている、流石は親友というべきか。しかしこの呼吸を今日会ったばかりの美由希とエイミィも持っていたことに、2人はなにか忸怩たるものを覚えないこともなかった。


 「お帰り2人とも。アリサちゃんたちはまだ入ってるの?」


 「うん、最後にゆっくり浸かってから上がるっていってたよ」

 
 「エイミィは気持ち良さそうだね」


 「うん、いまマッサージ中。あ、フェイトちゃんたちもする? あたし結構やってたから代わるよ?」

 そういってすすめるエイミィに、2人の少女は顔を見合わせ、「じゃあお言葉に甘えてやってみようか」的な結論になった時、少女達の心を脅えさせるに足ることが起こった。

 即ち、美由希がマッサージチェアに音声入力をし、それに機械が答えたのだ。機械そのものの音声で。


 『カシコマリマシタ、全身ホグシこーす、強サれべるハイクツデショウカ? 1カラ7マデ有リ、1カラ順に強クナリマス』

 
 「じゃあ、レベル3くらいで」


 『れべる3デスネ、デハ開始シマス』

 その様子を隣で見ていた少女2人は見事に固まった。別にこのマッサージチェアはかの腹黒デバイスが持ち込んだものというわけなく、そもそも今の彼は時の庭園で、対守護騎士の網の構築中だ。いるはずが無い。

 とはいえ、その機械そのものの人工音声は、2人の少女にあるものを連想させるには十分すぎた。具体的には洗浄マシーンを連想させるには十分すぎた。

 
 「どう? 気持ちいいよー 2人も疲れてるだろうし、どうぞどうぞ」

 そういって悪意ない笑顔で、かつ純然たる親切な気持ちで勧めるエイミィに対し、2人の少女は非常に申し訳ない気持ちになりながらも


 「「いえ、また次の機会にします」」

 と言って固辞した。

 これには少女達に罪は無い。エイミィにも無論罪は無い。罪があるとしたら時の庭園にいる管制機だが、デバイスを裁く法律は残念ながらまだ制定されていない。

 
 「そう? そんならなんか冷たいもの食べに行こっか。むこうでカキ氷売ってたよ、冬にカキ氷っなんか贅沢だよね」


 「あ! 賛成です! 行こ、フェイトちゃん」

 カキ氷。その単語に一瞬ビクッと反応した金髪の少女だが、「大丈夫、大丈夫、別にトールのお腹からなんか出てこない……」とぶつぶつ言いながら、己の想像を打ち消していた。

 そうして親友に手を引かれ、フェイトもエイミィの誘いに乗ってカキ氷を買いに、マッサージチェアがあるエリアから離れた。

 エイミィたちの姿がリラックスエリアから見えなくなったその瞬間―――


 「隣、いいですか?」

 と、1人マッサージを続けていた美由希の耳に、穏やかな女性の声が聞こえてきた。

 
 「ええ、どうぞ」

 そう言って、自分に声をかけたハニーブロンドの、髪の声に似たおっとりとした印象の女性に答える美由希。そしてその女性は他ならぬ湖の騎士シャマルである。

 無論のこと美由希は、つい最近、今自分に話しかけた女性の腕が、大事な妹の胸から生えていた事実などは知りようも無い。

 シャマルはちょうどエイミィたちが離れて見えなくなった、その瞬間に美由希に声をかけてきた。しかしそれは別に狙ったわけではなく、神懸ったタイミングによる全くの偶然である。

 この世にタイミングの神なる存在があるとすれば、今のシャマルはその寵を一身に受けた存在と言えるだろう。


 「ええと、これどうやって動かすのかしら?」

 美由希同様に使い方が分からないシャマルの様子を見て、エイミィとしたやりとりの焼き増しなような説明を行い、二人並んで全身がほぐされる心地よさに浸っていた。


 「ほんとに気持ちいいな~」

 
 「そうですね~」

 御神の剣士と湖の騎士とは思えぬ間の抜けた声を出す二人。実に平和な光景であった。







新歴65年 12月6日  第84無人世界  (日本時間)  PM7:09



 【お疲れさまですクロノ・ハラオウン執務官】


 【トールか】

 2人の観測員を転送した数分後、管制機から通信が入った。


 【彼らの帰還を確認しました。現在はメイド型魔法人形が出迎えに出ております】


 【ほんとに、何でもあるんだな】


 【それと、兼ねてより製作していた砂漠世界専用のサーチャーが完成いたしましたので、転送可能です】


 【あれか……】

 その存在は、クロノも以前から知ってはいた。同時に、有効であることも理解している。

 ただ、観測スタッフにそれの散布を任せることにはどうしても抵抗があったが、砂漠世界の危険度が予想よりも高いことが明らかとなった現状では、背に腹は代えられない。


 【分かった、転送してくれ】


 【了解、S2Uと私を遠隔同調させます、回線第7チャンネルをONにしてください】


 【ああ】

 管制機トールとデバイスが同調するには接続ケーブルで繋ぐ必要があり、魔法人形などならば、トール本体を機械の内部へセットする必要がある。

 しかし、時の庭園の中央制御室にいる場合は話が別、スーパーコンピュータ“アスガルド”の演算機能をトール自身のリソースとして扱うことが可能となるため、事前の調整さえしておけば次元世界を跨いだ同調すら可能となる。とはいえ、転送魔法の座標設定の誤差修正程度が限界であり、負荷の肩代わりは不可能だが。

 当然、この調整はバルディッシュにも成されており、レイジングハート・エクセリオンも備える予定である。主戦力となる二機と、時の庭園の管制機の連携は闇の書事件において欠かせない要素であった。

 そして、管制機より砂漠世界のクロノ・ハラオウンの下へ届けられた物体とは―――


 『ムッカーデ、起動シマス。ゴ命令ヲ』


 【………なあトール、なぜ時の庭園のサーチャー散布機能を持った機械はこんなにリアルなんだ?】


 【カモフラージュのためです】


 【そうか…………まあ、ゴキブリやカメムシやタガメに比べればマシ、か……?】

 ちなみに、ギャレットや他の観測スタッフがあちこちに設置して回っているサーチャーも、大半が虫型や動物型だったりする。

 森林が多い世界ではトンボ型や蝶型など、岩山地帯では蛇型などもあったりするが、特に大きい必要もないので、大抵は虫型だ。

 勿論、意味もなく気色の悪いサーチャーをばら撒いているわけではない。ミッドチルダ首都クラナガンなどにおいてサーチャーやオートスフィアのような文明の利器があっても目立たないが、魔法生物が生息する観測指定世界や無人世界では死ぬほど目立つ。

 闇の書の守護騎士、ヴォルケンリッターを捕捉することが目的である以上、サーチャーの存在は可能な限り隠し通す必要があり、“砂蟲竜”が徘徊する砂漠の世界ならばムカデ型が適しているのも事実であろう。

 ただ―――


 『サーチャー、散布ヲ開始シマス』

 大きなムカデ型の機体から、大量の小さいムカデ(の姿をしたサーチャー)が吐き出されていく光景というものは見たいものではない。


 「………」

 かといって、設置を確認しなければならない立場上、目をそらすことも出来ないクロノは、目に毒なその光景を見続けるしかなかった。


 【クロノ・ハラオウン執務官、発汗状況は問題ありませんか?】


 【彼らが脱水症状を起こしていたか?】


 【いいえ、そこまで深刻なものではありません。せいぜいが喉の渇きが強い程度の段階でしたが、あと10分も炎天下の砂漠における拘束状況が続いていればその危険もありました。彼らが持っていた水タンクも破壊されてしまったらしいので】


 【そうか………ストローを腰に巻きつけた水格納用デバイスに繋いで、いつでも吸えるようにした方がよいのだろうか】


 【どうでしょうかね、そちらもそちらで誤飲の危険性や、意識を失った際に喉に水が入ってしまう危険性が考えられます。かといって、意識の有無を判断する機能まで付けたのではコストがかかり過ぎます。次元航行部隊とはいえ、そこまでの予算は見込めないでしょう】


 【確かに、これ以上を望むのは贅沢というものか。人材の運用や創意工夫で何とかするしかないな】


 【こういった部分で予算が必要とされる現状は、“人の住む街の治安維持を行う地上部隊”には分からないでしょう。逆に、申請した予算が悉く却下される地上の現状も、本局の人間には分からないものですが】


 【仕方がないこと、とは言いたくないがそれが現実ということは否定できない。君達デバイスと違って、僕達人間は“実感”というものに大きく影響される。実際に災害の現場に立ち会うことと、映像で見るだけではまるで異なるが、デバイスにとっては同じなんだろう】


 【ええ、私の本体が得たデータも、貴方のS2Uを経由して得たデータも、管制機トールにとっては等価です。私の本体が得ようと、サーチャーが得ようと、どちらも等しく魔道機械のハードウェアが記録した電子情報、に過ぎません】

 それが、生物としての五感を持たないデバイスと、人間の違い。

 デバイスから見れば、“実感”というものに左右されている人造魔導師も戦闘機人も守護騎士も、皆“人間寄り”の存在である。


 【それはともかくとして、貴方の健康状態は大丈夫でしょうか? ちなみに彼らはメディカルルームで処置しましたので問題ありません】


 【大丈夫だ、バリアジャケットに暑さを遮断する機能を付け加えている】

 クロノが普段からバリアジャケットを纏っているのは、それを当り前の状態としておいて、機能を付加した際に普段通りの動きが出来るようにするため。普段からの地道な積み重ねはこのような場面で力を発揮する。


 【なるほど、災害対策の局員が主に用いる機能ですね。本当に貴方の引き出しは多い、フェイトや高町なのはも少しは戦闘以外の技能を身につけるべきとは思うのですが】


 【それはもう少し先でもいいだろう、今はまだ長所を伸ばす方向で鍛えた方が彼女らにとってはいいはずだ。それに、ユーノとアルフがサポートしてくれている】


 【そして貴方は全員をサポートする。“どのような状況にも対処できるよう、あらゆる技能を身につける”、それが貴方の選んだ道なのですね、長所を伸ばすのではなく、短所を無くす方向に鍛え上げた】


 【特筆すべき長所がなかっただけの話さ、僕には、何もなかったからね】

 クロノ・ハラオウンには特化した才能というものが何もなく、器用貧乏以下であった。

 だからこそ、全てを鍛えた。何か一つを鍛え上げたところで何も成せないであろうことを、幼いうちに悟ってしまえるだけの精神性を有していたことが、彼の悲劇であると同時に彼の唯一にして類稀な長所。


 【ですが、やり過ぎるのも良くはありません。リンディ・ハラオウンとて一人の母親、貴方のことはいつも心配なさっていることでしょう】


 【………そうだな、肝に銘じておこう。だが、今回のことは僕達のミスだ、このままにしてはおけない】


 【それは然り。今回は惨事に至りませんでしたが、それはあくまでアースラにクロノ・ハラオウンがいたから防げたに過ぎない、個人の技能に頼った対策はマニュアルとは呼べない、とは貴方の言でしたね】


 【このようなことがある度に、僕が来るわけにもいかないし、今回は時の庭園にいたからよかったが、本局にいたら間に合わなかったかもしれない。対策を、講じないとな】


 【さしあたっては、各世界の魔法生物の危険性をもう一度検討し、レティ・ロウラン提督より借り受けた武装局員とアースラの観測スタッフの配置を再考する、といったところでしょうか。あと、アルフとユーノ・スクライアをそこにどう組み込むか、ですね】


 【出来る限り彼らに負担はかけないようにしたい、やはり、管理局員は民間人のために身体を張らなければならないのだから】


 【なるほど、ではそういった方向で】

 精神の波長が合う、というわけではないが、クロノとトールの基本姿勢には似通った部分がある。

 二人とも、結果よりも過程を重視し、“たまたま上手くいった”ことを喜ぶよりも次はどうするべきかを考える。違いは、人間であるクロノには現場と後方を両立させれるが休息が必要であり、管制機械のトールは休むことなく考え続けるが後方のみ、といった点だろうか。


 『終了シマシタ』

 終了を告げる電子音が鳴り響き、“ムッカーデ”が通常状態に戻る。


 「終わったか」


 【帰還なさいますか?】


 【いいや、他にも4箇所程設置すべき場所がある、そちらを終えてからだ】


 【本当に良く働きますね、貴方は】


 【多少は無理もするさ、闇の書事件は今の僕の始まりだ。僕の11年は、この時を見据えていたからこそあるようなものだからね】

 闇の書事件は、未解決の案件。およそ十数年程度の周期で、転生を繰り返す。

 その悲劇を、二度と繰り返させないという想いが、5歳の頃から魔法の訓練を重ねてきたクロノ・ハラオウンの根源であった。無論、それだけというわけではないが、始まりの鍵であるのは間違いない。


 【長年続いてきた悲しみの連鎖は、何としてもここで終わらせる】


 【ええ、守護騎士達とて休んでなどいないでしょうから、ここが正念場です】


■■■

同刻  海鳴スパラクーア


 「はぁ~、なんか、いいきもちぃ」

 赤毛の少女が、泡の出るお風呂につかりながら、四肢の力を抜いてリラックスしている。

 銭湯なのだから実に当たり前の光景ではあるが、クロノとトールが予想していた現在の守護騎士とは180度かけ離れた姿がそこにはある。

 片や、戦闘中、片や、銭湯中。

 最早シャレの領域だが、戦闘中の者達にとってはシャレで済ませられるものではないだろう。知らぬが仏という言葉は実に真理であった。


 「ごめんね、隣いーい?」


 「え、ああ、どーぞ」

 そこに、金髪の少女、アリサ・バニングスが現れ、赤毛の少女、ヴィータの隣に座る。

 知る者が知れば綱渡りどころではない邂逅であり、やはり、知らぬが仏とは真理である模様。


 「ねえ、あなた、一人で来たの?」


 「え? いや、あたしは、家の皆と、……えと、あなたは?」

 初対面の人間には一応敬語を使おうと心がけているヴィータ、普段は普段だが、やる時はちゃんとやる子であった。


 「わたしは、友達と、友達のお姉さん達と一緒に来たの」


 「そうですか」


 「そう、でもほんと、このお風呂気持ちいいわねえ~」


 「ええ、ほんと」


 そして―――



 「「 はぁ~ 」」

 二人の溜息というか、むしろ幸せの吐息は見事にハモった。






新歴65年 12月6日  第97管理外世界付近  次元空間  時の庭園  PM7:11




 「はぁ~」

 こちらは幸せの吐息ではなく、溜息をついているアルフ。


 「お疲れかしら、アルフ」


 「うー、大丈夫大丈夫、まだまだいけるって、クロノもユーノも頑張ってんだから」


 「そうねえ、何だかんだ言って、男の子なのね、あの二人は」


 「何せ、“探索は僕らに任せて、君は母さ…艦長をサポートしてやってくれ、時の庭園なら、君の方が詳しいだろう”だもんね」


 「いつの間にやら、立派な男の子になってしまったわ」

 その時、リンディが見せた表情が、アルフには気になった。

 なぜだろう? と自分で考えたが、あまり時間をかけずにその答へとたどり着く。


 <プレシアと、似てたんだ………アリシアのことを考えてた時の、あの人に>

 フェイトのことを考えてる時とは、違う表情。

 アルフは知らなかったが、高町なのはの母親、高町桃子という女性も、同じような表情を浮かべていることを管制機は確認しており、彼女らの共通項から一つの結論を導いていた。


 それは、“子供に十分な愛情を注ぐ機会がなかった母親の、憂いの表情”であると。


 「………」

 特に重い話をしていたわけではなかったはずだが、アルフはなぜか話しかけるのを躊躇った。

 幸いにして、自分の前には書類やら観測データやらが山を成している。とりあえずこれらを整理する作業をしていれば、ただ黙っている息苦しさも紛れるだろう。

 そう考え、アルフは作業を再開する。リンディの手も淀みなく動いているが、それはもはや条件反射的なものに近いのか、その目は現在を捉えているようには見えない。


 <普段は……クロノと歳の近い姉弟みたいに見える人だけど………>

 今の彼女を見て、クロノ・ハラオウンの姉だと思う人間はいまい。デバイスならば、そう考えるかもしれないが。

 リンディ・ハラオウンの纏う空気には、姉には決して持てないものがある。


 <母親、か……>

 使い魔であるアルフには、親というものが実感として分からない。彼女は群れからはぐれた仔狼であり、フェイト・テスタロッサに救われ、彼女の使い魔となったから。

 だけど………


 <あたしにとっては、きっと、リニスなんだろうね>

 それに、近いものは知っている。確証はないが、きっとそうだろう。

 ふと思えば、時の庭園へ帰ってきたのも三カ月ぶりくらいになるか、リニスがいて、プレシアがいて、トールがいて、自分とフェイトがいる頃は、ここにいるのが当たり前であったのに。


 <一家五人でテスタロッサ家、そりゃあ、ハラオウン家にいるフェイトは幸せそうだし、なのはも傍にいてくれるけど……………あの時に集ったメンバーが全員いたら、もっと幸せだっただろうね>

 アルフは想う、それに、もう一人の家族のことも。

 アルフもまた、ある嘘吐きデバイスが作った桃源の夢において、彼女と一緒に過ごした記憶を持っているから。

 そんな、ありえたかもしれない現在に想いを馳せていたからだろうか―――



 「Song To You………クロノ………」



 呟くように、祈るように、紡がれた彼女の小さな声を。

 子を想う母の言葉を。

 アルフが、聞き取ることはなかった。



 代わりに――――



 『ならば私はどうなのでしょうか、マスター』


 母が娘のために作り上げ、その娘が母となった時に、娘のために“人間のような”受け答えが出来るように機能を与えられた古い機械仕掛けが、それを聞き届けた。

 そして―――彼は自らの在り方を確認する。

 もう主がいないため、決して変わることのない命題を。



 『Function For You、………マスター』

 貴女のために機能します、我が主

 『Message To You、………アリシア』

 言葉を、貴女に、アリシア

 『Happiness Presented To You、………フェイト』

 幸せを、貴女へ贈ります、フェイト





あとがき

最後は真面目にしたのに、なにか締まらないですね。ちなみに”砂蟲竜”というのは原作でシグナムが倒していたアレです、勝手に命名しました。クロノが対峙したのはシグナムが倒したやつよりは小型です。
 



[26842] 第十五話 遭遇戦 ~二度目の戦い~
Name: イル=ド=ガリア◆9d8bc644 ID:97ddd526
Date: 2011/04/03 19:13
第十五話   遭遇戦 ~二度目の戦い~




新歴65年 12月7日  第97管理外世界  海鳴市  ハラオウン家  管制室  PM6:45



 「そっか、レイジングハートもバルディッシュも無事完治と、今どこ?」


 【二番目の中継ポートです。あと10分くらいでそっちに戻れますから】

 アースラの最前線施設でもあるハラオウン家の一室に設けられた管制室にて、エイミィは本局にデバイスを受け取りにいっていたなのは、フェイト、ユーノ、アルフの四人から報告を受けていた。

 現状、アースラスタッフは各地へ散らばって動いており、数時間単位で活動場所が異なっている。なのはやフェイトは基本的に海鳴市から動かないので現在地を把握しやすいが、捜査員などはあちこちへ派遣されているため、所在がつかみにくい。

 それらのスタッフの位置を把握し、無駄のない連携を行えるように調整することこそが、管制主任であるエイミィ・リミエッタの現在の主任務である。通信と情報統括の要であり、艦長であるリンディと、武装局員や捜査員を率いて現地で動いているクロノに次ぐ、アースラのナンバー3こそが彼女であった。


 「そう、じゃあ戻ったら、レイジングハートとバルディッシュについての説明を―――」

 『アラート!』


 「! こりゃまずい! 至近距離にて、緊急事態! 観測スタッフ、武装局員総員、第一級厳戒態勢へ! クロノ君!」






同刻   第97管理外世界付近  次元空間  時の庭園  作戦本部  



 「状況を」


 緊急事態を告げるアラート音の中、次々に切り替わる画面を睨みながらリンディ・ハラオウンは慌てることなく現地の局員から報告を聞いていた。


 【都市部上空において、捜索指定の人物二名を捕捉しました。現在、強装結界内部で対峙中です】

 答えたのは、武装局員の小隊長を務める22歳の局員。今回アースラに加わった部隊は一個中隊規模であるが、その中核はジュエルシード実験における“ブリュンヒルト”との模擬戦に参加していた20名となっている。ちなみに彼は中隊長機“ゴッキー”と遭遇した経験を持つ。

 魔導師の戦力は少々特殊であり、AAAランク魔導師ともなれば、単体で分隊規模、オーバーSランクならば単体で小隊規模の戦力として数えられることもある。一応、4~5名で分隊、15~20名で小隊、50~60名で中隊、150~200名で大隊という区分はあるものの、保有する魔導師ランクによってこの数はかなり変動するため、目安程度でしかない。

 ただし、魔導師ランク=戦力とはならない。リンディ・ハラオウンのようにSランクに相当する魔力を持っていても実戦的な能力を有していない場合もあり、逆に、魔導師ランクは低くとも武装隊経験が長く、一騎当千に近い戦力となる近代ベルカ式の使い手も存在する。

 その中でも今回は割とバランスの良い戦力配分であるといえる。全員がBランク以上の武装局員であり、一分隊4名による四個分隊で一小隊。それが三個小隊で一個中隊48名、小隊長3名と中隊長となるクロノ・ハラオウンを加え、52名という規模。


 【貴方の手元の戦力は?】


 【自分の小隊のうち、ウィスキー、ウォッカ、スコッチの三分隊12名だけです。アップルジャック分隊はかなり遠くへ出張る予定でしたから】


 三つの小隊はアルクォール、ウィヌ、トゥウカと呼称され、彼はアルクォール小隊16名を率いる小隊長。配下には四つの分隊、ウィスキー、ウォッカ、スコッチ、アップルジャックがある。


 【分かりました。交戦は避けて、外部から結界の強化と維持を】


 【はっ】


 【現地には執務官を向かわせます。援軍が到着するまで、持ちこたえて】


 【了解しました】



 一つのスクリーンが閉じ、同時に別のスクリーンを起動させる。



 【エイミィ、クロノは?】


 【もう向かいました、後、トゥウカとウィヌですが、ウィヌ小隊のチワワ、マルチーズ、ドーベル、ダックスの四分隊は全部遠くの世界へ散っています。トゥウカ小隊のポンド、フラン、ルピーは割と近いですから、時の庭園を経由すれば30分くらいあれば】


 【分かったわ、時の庭園で待機中のアップルジャックとマルクの両分隊も現地へ向かわせます。その際には執務官か、彼が交戦中ならばアクティ小隊長の指揮下に入るように】


 【了解!】


 【30分………エイミィ、なのはさんとフェイトさんは】


 【ユーノ君とアルフと一緒です。10分もあればこっちに着けると言ってましたから、急げば5分で】


 【…………】

 逡巡の時間は僅か。その間にリンディ・ハラオウンは現在の戦力配分とそれぞれに動員令を出した際に現地に到着できるまでの時間、さらには守護騎士に対してどの程度の働きが可能であるかを計算する。

 正直、Bランクでは守護騎士と直接対峙するには足りない。Aランクを有する小隊長3人ならばそれなりに戦えるだろうが、一般の武装局員では辛いものがある上、トゥウカとウィヌの隊長は遠く離れている。それを平然と成したユーノ・スクライアという少年が異常なのだ。


 【彼女らも、現場へ】


 【―――了解しました】

 これは遭遇戦であり、万全整えてというわけではない。なのはとフェイトを戦線へ投入するかの判断は難しいところであったが―――


 「………どうか無事で」

 一度決断した以上は、彼女らが無事に帰還できるよう全力を尽くすより他はない。

 リンディ・ハラオウンは目まぐるしく変わる画面を見つめながら、情報の整理にあたっている時の庭園の管制機を呼び出し、“例の手段”が使えるかどうか確認するため、中央制御室へと回線を繋いだ。









新歴65年 12月7日 第97管理外世界  海鳴市  封鎖領域  上空  PM6:49




 「囲まれたか」


 「遭遇戦になっちまったな」

 アルクォール小隊のうち、ウィスキー、ウォッカ、スコッチの三個分隊12名が包囲する相手は、鉄鎚の騎士ヴィータと盾の守護獣ザフィーラの二騎。

 この対峙は、両陣営にとって予想外のものではあるが、このような事態は往々にして起こり得る。ヴィータとザフィーラが蒐集から帰還するタイミングに、たまたまスコッチ分隊の巡回ルートと時刻が重なったために起きた衝突であるため、共に準備不足が否めない。

 この場合、有利になるのは無論、ヴォルケンリッターである。管理局側は十分でない戦力で彼女ら二人を捕縛する必要があるが、ヴィータとザフィーラにとっては一角を突破するだけでよい、別に敵を全て倒さなければいけない理由などないのだから。

 戦力的には互角か、管理局がやや優勢であっても、勝利条件に雲泥の差がある。これを覆せるほどの戦力差と戦略が果たしてあるかどうか。

 だが―――


 【蒐集は、どうする? こいつらは間違いなく武装局員、一人当たり3ページは稼げるぜ】


 【難しいところだな、強欲は身を滅ぼすとはいうが、危険を恐れていては成果を得られんことも事実】

 守護騎士にもまた、欲しいものがあり、それが目の前にある。

 5日ほど前に海鳴市においてヴィータが蒐集した局員は捜査員であり、ギャレットと同じようにEランク相当の魔力しか有していなかった。しかし、今彼女らの前にいるのは武装局員、全員がBランク以上の魔導師であり、12名全員から蒐集することが出来るならば―――


 【一気に、36ページくらいは稼げるってことだ】


 【―――いや、待て】

 その瞬間、ザフィーラはある可能性に気付いた。

 自分達が、並の武装局員では到底敵わない存在であることは管理局とて理解しているはず。そして、自分達の目的がリンカーコアの蒐集にある以上、彼らは好餌にしかならない。

 だがしかし、“餌”となるものを、獲物を求めて彷徨う獣の目前にちらつかせるとすれば、それは―――


 「返り討ちに――」


 「ヴィータ! 上だ!」


 「なっ!!」

 獣を仕留めるべく、狩人が罠を張っている場合しかあり得ない。


 「スティンガーブレイド! エクスキューションシフト!」

 狩人とは無論、クロノ・ハラオウンのことを指し、狩人は“餌”を囮とすることで獣を仕留めるための矢を放つ準備を完了していた。

 魔力刃スティンガーブレイドの一斉射撃による中規模範囲攻撃魔法。クロノの周囲に展開しているその数は100を越えており、魔力刃一つ一つを環状魔法陣が取り巻き、一斉に目標へ狙いを定める。

 連射性ならばフェイトのファランクスシフトに劣るが、貫通力ならば上をいく。また、魔力刃の爆散による視界攪乱の効果もあり、武装局員12名が強装結界強化・維持の為に散開した隙をつかれないようにする効果もある。


 「ちぃ!」

 しかし、彼が対峙している相手は、最硬の防御を誇る盾の守護獣。ヴィータを庇うように展開された鋼の守りが襲い来る魔力刃を防いでいく。



 「少しは―――通ったか」

 エクスキューションシフトの着弾と、武装局員が強装結界維持のために散開したのを確認し、ストレージデバイスS2Uを油断なく構え、クロノは煙が張れるのを待つ。


 「ザフィーラ!」

 だが、盾の守護獣ザフィーラの障壁を抜けたのは、僅かに3発。ただ、その3発の魔力刃は彼の腕に刺さっているわけではあるが。


 「気にするな、この程度でどうにかなるほど―――柔じゃない!」

 筋肉の収縮のみで、ザフィーラは魔力刃を砕き割った。無論、魔力による身体強化があるからこその技だが、クロノは自分にあれが可能であるとは思えなかった。


 【ダメージまでは高望みというものだったか、だが、目標は果たせたな】

 しかし、状況はあくまでクロノに有利に傾いている。守護騎士二名を補足したスコッチ分隊、さらに近場にいたウィスキー、ウォッカの分隊を現場から退かせず、守護騎士の包囲を続けるように指示したリンディの意図を悟り、彼も現場指揮官として即座に動いていた。

 まずこの状況において優先すべきは補足した守護騎士を逃がさないことだが、主戦力が到着するまでどうしても3~5分の時間がかかる。クロノが一番早かったが、それでも2分以上の時間はあった、ヴィータとザフィーラならばその間に包囲の一角を突破することなど容易い。

 それ故に、用意したのは“精神的な檻”。守護騎士の戦略目標を“この場から離脱すること”から“武装局員から蒐集すること”の狭間で揺れ動かすことで、二人の動きを封じた。ヴィータとザフィーラが包囲の一角を突破すべきか、武装局員を打倒して蒐集すべきかで悩んだのは90秒ほどであったが、クロノが到着するには十分であり、それこそが主戦力到着までの時間を稼ぐためのリンディの策。

 武装局員とて軟弱ではなく戦い慣れた者達であるが、守護騎士を相手にするには力が足りず、結界を維持することで精一杯であることは事実。だが、いつSランク相当と思われるベルカの騎士に強襲されるか予測できない状況において、守護騎士の前に立ちはだかり続けた彼らの度胸と勇気もまた、見逃してはならない要素である。

 彼ら武装局員が、オーバーSランクかそれに準じる怪物の巣窟である戦技教導隊の教官の下で、殺すつもりかと思われる程の厳しい指導を受け、容赦なくボコボコにされるのも、このような状況においても冷静さを失わず、己の役割を果たすことに集中できる鋼の精神を鍛えるため。

 その過程で潰れる者も少なからずいるが、それで潰れる程度の者達ならば、ヴィータとザフィーラの前に踏みとどまることなど出来ず、逃げだしていただろう。

 故にこそ、厳しい訓練に耐え抜いた彼らは“武装局員”と呼ばれるのだ。他の部署や民間の企業などにもAランク以上の魔導師は存在しており、魔力だけならば武装局員より遙かに高い者もいる。

 だが、非殺傷設定など搭載していないアームドデバイスを持ち、こちらを睨みつけながら殺気を飛ばしてくる魔導犯罪者を相手に、怯むことなく対峙し、執務官が到着するまで命を張って足止めする、それは魔力が高いだけの高ランク魔導師には不可能なこと、魔導師ランクはBであろうとも、彼らは“戦士”なのである。

 そして、高町なのはとフェイト・テスタロッサの最大の特徴は、その武装局員らと同等の精神性を有しているという点だろう。高い魔力を持っていようとも、それを扱う技能がなければ宝の持ち腐れだが、守護騎士と対峙するにはそれ以前の問題として、“不屈の心”が必須となる。

 技術の面では歴戦の強者であるベルカの騎士や、5歳の頃から訓練を積んできた執務官の少年には及ばずとも、骨が軋むような緊張感と恐怖が支配する実戦の場において、怯むことなく立ち向かう精神の強さを彼女らが持っているからこそ、リンディも決断を下した。


 【武装局員、配置完了、オッケー、クロノ君!】


 【了解】

 そして、戦力を如何に運用するかという点において指揮官の腕が問われる、戦力が揃っていなくとも、運用方法次第で高ランク魔導師を足止めすることも可能であり、今回はまさにその実例。結果だけ見るならば、Bランク魔導師12名のみによって、一発の射撃魔法を放つこともなく、Sランク相当の古代ベルカ式の使い手を釘づけにすることに成功した。さらに武装局員はその後も結界維持要員として機能できる。


 【主戦力もそっちに送ったよ、マルクとアップルジャックの両分隊は予備戦力としてアクティ小隊長が率いてるから、現状における戦力、AAA+の執務官一名、AAAランクの魔導師二名、AA+の使い魔一名、Aランクの小隊長一名、Bランクの武装隊員20名、あと、判別しがたい一応のAランク魔導師一名】


 無論、最後の一人はユーノ・スクライアしかあり得ない。


 【ウィヌ中隊は間に合わない。後25分くらいでポンド、フラン、ルピーの三個分隊と小隊長が到着するけど、それまで守護騎士を逃がさないことが絶対条件になる】


 【分かった。そっちは残りの二騎の捕捉、頼んだぞ】

 二騎が強装結界に閉じ込められた以上、残る剣の騎士と湖の騎士の二名も必ず出てくるはず。


 【艦長の指示の下で動いてるよ、アレックスとランディもこっちに着いて、海鳴市全域のスキャンを開始したけど、即興だからあまり精度は期待しないで】


 【了解だ】







新歴65年 12月7日 第97管理外世界  海鳴市  封鎖領域  ビル屋上  PM6:50




 「レイジングハート!」


 「バルディッシュ!」

 そして、彼女らの役割こそ、闇の書の守護騎士ヴォルケンリッターに対する主戦力。

 ギャレットのような捜査員はおろか、専門の訓練を積んだ武装局員ですら敵わない領域にいるベルカの騎士達。彼女らに対抗するならば、最低でもAランクは必要であり、それですら瞬殺される危険をはらむ。

 よって、彼らの役割はここまで、強装結界内部に守護騎士を閉じ込め、逃げられないよう外部から補強する。エース級魔導師が敵の打倒にのみ全力を注げる状況を作り出すという役目を、予期せぬ遭遇戦でありながら見事に果たした彼らの働きは見事の一言に尽きる。

 『Order of the setup was accepted.』
 『Operating check of the new system has started.』
 『Exchange parts are in good condition, completely cleared from the NEURO-DYNA-IDENT alpha zero one to beta eight six five.』
 『The deformation mechanism confirmation is in good condition.』


 「や、やっぱり」


 「今までと、違う」

 これより先はエース級魔導師の役割であり、闇の書の守護騎士ヴォルケンリッターと戦うため、いや、打倒するために生まれ変わった二機もこれまでとは異なっている。

 より強く、より堅牢に、己の主を守護するため、レイジングハートとバルディッシュは命題を同じくする新たなハードウェアへと進化した。

 代償として、セットアップに約4秒というやや長い時間を有することとなってしまっているが、二機の主達の役割は主戦力、万全整えた状態で戦うことを前提としているのだから問題はない。彼女らが別の任務に就くならば、その時に改めてデバイスマイスターがセットアップ時間に対する調整を行えばよいだけの話。


 【そう、それがその子達の選んだ姿――――9歳の女の子のデバイスとしてはちょっとどうかと思うけど、結界構築や報告書の処理、治療とかの汎用機能を一切捨てて、純粋に戦闘能力にのみ特化した、ベルカ式カートリッジシステム搭載型のインテリジェントデバイス】


 『Main system, start up.』
 『Haken form deformation preparation: the battle with the maximum performance is always possible.』
 『An accel and a buster: the modes switching became possible. The percentage of synchronicity, ninety, are maintained.』

 それが、ヴォルケンリッターに対抗するため、二機が選んだ道。

 エイミィとしては二人の少女の将来が少々不安になりそうな改善案だったが、これ以外の案をレイジングハートもバルディッシュも受け入れなかったため、この案で行くこととなった。


 【呼んであげて、その子達の、新しい名前を!】


 『Condition, all green. Get set.』

 『Standby, ready.』

 そして、解き放たれるその名は―――


 「レイジングハート・エクセリオン!」


 「バルディッシュ・アサルト!」


 『『 Drive ignition. 』』




 荘厳なる金 苛烈なる赤 装飾を施されながらも無骨 何より凶暴

 前方接続部に設置された弾倉に闘志を装填する破壊の象徴

 自動式カートリッジデバイス(オートマチック)、“レイジングハート・エクセリオン”




 精錬された黒 耽美なる黒 研ぎ澄まされた刃の如く美麗 何より冷酷

 六ある弾倉の最下部より無慈悲なる死を吐き出す殺意の象徴

 回転式カートリッジデバイス(リボルバー)、“バルディッシュ・アサルト”






 「あいつらのデバイス――――まさか! 正気か!?」

 二人の少女が見据える先に座す鉄鎚の騎士、彼女の驚愕に応えるように。


 『Assault form, cartridge set.』

 閃光の戦斧、バルディッシュ・アサルトは基本形態であるアサルトフォームを。


 『Accel mode, standby, ready.』

 魔導師の杖、レイジングハート・エクセリオンもまた基本形態であるアクセルモードをとり。


 「―――行くよ、フェイトちゃん!」


 「うん、なのは!」


 二人の少女は、魔導師と騎士の闘技場へと足を踏み入れる。









同刻  第97管理外世界付近  次元空間  時の庭園  中央制御室



 『このような展開となりましたか』

 時の庭園は現在、闇の書事件を追うために時空管理局の次元航行艦とほぼ同等の役割を果たしており、リンディ・ハラオウンがいる作戦本部はまさしくその中枢である。

 しかし、時の庭園の機能そのものに関してならば、この中央制御室こそが中枢となる。数多くの乗組員が搭乗し、人間によって動かされることを前提としている次元航行艦と異なり、時の庭園は機械によって動かされることを前提とした作りとなっている。

 そして、その中枢に座すは、管制機トール。彼が何を想い何を成すか、考えるまでもなくただ一つの答えしかあり得ないため、却って人間には理解しがたい。


 『この状況は、彼にとって予想外とは言えないでしょう。確率こそ低いものの、あり得る事態である以上、手を打っていてしかるべき。ならば、“彼女達”が周囲にいるはず』

 現在彼が有している情報は少なくない。しかし、決定的なものもまたなく、一言で“情報不足”と断言できる状況だ。

 “機械仕掛けの神”によって、風のリングクラールヴィントから得た情報、こちらからは守護騎士の行動理念や課せられている束縛をほぼ理解できたが、根源部分が判明していない。

 いや、それ以前の問題として闇の書のという存在そのものがおかしいのだ。ならば、守護騎士やそのデバイスから得た情報が間違いないものである保証もなく、無限書庫が開放され、闇の書そのものに関する信頼できるデータが揃わない限りは、彼は判断が下せない。

 そして、もう一つ。


 ≪オートクレール、貴方の依頼をお受け出来るかどうか、残念ながらまだ判断はつきません。彼の老提督が望む終焉は貴方より聞き知りましたが、話を聞く限りではそれを良しとしない方達もいらっしゃるようです≫

 返答はない、あるはずもない。

 管制機が独り言のように発したものは音声ではなく、通信のための信号でもない。ただ、彼の電脳、内部回路にパルスが走ったに過ぎない。

 だがそれは無意味ではない、中央制御室に在る彼はアスガルドと一心同体であり、トールの思考は彼に届く。そして、スーパーコンピュータの大演算機能が複雑極まる計算を絶え間なく行い続け、その思考はあるストレージデバイスへと送信される。

 闇の書事件の対策本部たる時の庭園から、オートクレールへと情報が送られることは当然の帰結であり、老提督も含めてそれを怪しむ者などいない。しかし、二機の古いデバイスは誰も知らない情報のやり取りをも行っていた。

 管制機に情報を伝えた彼はストレージデバイスであり、インテリジェントデバイスと異なり独立した意思を持たない。入力に合わせて出力を返すだけの端末に過ぎない彼らストレージデバイスに何を語りかけたところで意味はない。


 ≪故に今回、私は観測者に徹しましょう。フェイトの現在の望みは守護騎士の真意を知ることにあり、それについて私は詳しい情報を知り得ませんから、まずはその情報を得るために動きます≫

 だがしかし、時の庭園の管制機はストレージデバイスやアームドデバイスと意思を疎通させることを可能とする“機械仕掛けの杖”。

 機械と同調し、機械を理解し、機械を管制する。原初に彼に与えられた機能はそれであり、マイスターに娘が生まれなければ、その命題も異なったものとなっていただろう。


 ≪フェイトが守護騎士達の心を知り、その主、八神はやてに辿り着いた時、彼女が何を想うか、私の行動はそれ次第です≫

 管制機は知る、老提督の覚悟を。

 管制機は知る。老提督のみが知るはずであり、アースラの乗組員達が知らない闇の書の主の名を。

 だが、管制機は知らない、闇の書がその主にどのような影響を与えているかを。

 管制機は知らない、守護騎士達が何を知り、何を求めて動いているか。

 ただ、アルゴリズムに従って蒐集を行っているのか、それとも、アルゴリズムに背いた行動をとっているバグなのか。


 ≪ただし、異なる考え方もある。守護騎士達が主のために動くことがアルゴリズムに逆らうバグなのではなく、現在の闇の書のアルゴリズムこそが、本来ならばあり得ぬバグという可能性≫

 管制機たる彼は知る、闇の書の管制人格という存在は矛盾に満ちていると。

 大元が歪んでいる以上、守護騎士達とてその影響を受けている。さらに、それが主に如何なる影響を与えているかも未知数。

 未知のパラメータは数多く、大数式の解が見えない。この段階でアースラが八神はやてという少女に辿り着いたとして、果たして効果があるものか。

 闇の書を封じる的確な手段が確立されていない現状、守護騎士の真意が判明していない現状、守護騎士にとって管理局が“敵対者”でしかあり得ない現状、そして、闇の書とはそもそもどのようなものであったかが分かっていない現状。


 それらを鑑み、管制機は黙したまま観測を続ける。現在の彼が知り得ている情報、“闇の書の主は八神はやてという少女である”、これを開示したところで、フェイト・テスタロッサという少女の望みが叶うことに繋がるという演算結果が出なかった故に。

 そして、より基本的な理由として、トールというデバイスは十分な情報が揃わない限り行動を起こさない。唯一の例外はプレシア・テスタロッサから命令があった場合、彼女が何かを願った場合だが、それはもうあり得ない。

 だからこそ、彼は、黙したまま観察を続ける。見方によればアースラの全員を裏切っているようでもあるが、デバイスにとってはそうではない。デバイスが裏切ってはならないのは主と、与えられた命題のみ。

 人間ならば、“板挟み”という感情もあるが、デバイスにはそのようなものはない、電脳が導き出す計算結果のままに、ただ機能する。

 アースラの観測スタッフ、捜査スタッフ、さらには武装局員、彼らと協力し、彼らが休んでいる間も集まったデータの分析を続け、守護騎士を捕捉するための包囲網の構築に大量のリソースと数多くの魔導機械を費やしながら、彼は“闇の書の主”に関するデータを開示しない。

 だがしかし、そこに矛盾はない。


 『アスガルド、戦況の推移を見守りながら守護騎士の行動を観察します。いざとなれば中隊長機を現場へ転送しますので、転送ポートの準備も並行して行い、また、武装局員に負傷者が出る可能性も考えられますから、“ミード”と“命の書”を用意した上でメディカルルームを手術可能な状態に維持するように』


 『了解』

 現状、その情報を開示したところで、生じるのは不協和音のみ。情報源が明かせない情報は、余分な混乱をもたらす危険が高い。

 つまりは、リスクとリターンの問題でしかない。得られる利益よりも、その行動がもたらす不利益の方が大きいという演算結果が出たため、トールはその情報を開示しない、ただそれだけのことである。

 人間と異なり、機械である彼にとっては――――

 ただ、それだけのことでしかない。



 最後の闇の書事件、守護騎士と管理局の二度目の戦いが始まり、長い夜の終わりへと、時計の針は進んでいく。





あとがき
 ちょうど原作の第四話が終わったところで守護騎士との第二回戦開始です。A’S編を書いていて、物語が進む過程を何度も見返すと、闇の書事件へのオリキャラの干渉が実に難しいことを思い知らされます。
 仮に、原作知識があったとして、無印であればフェイトの事情やプレシアの目的、そして何よりもジュエルシードの発動タイミングを知っていることはかなりのアドバンテージとなりますし、原作をより良い形に導くことも出来ると思います、仮に上手くいかなかったとしても、基本的になのはとフェイトの二人が軸なので、この二人が触れ合うように誘導できればよいわけです。
 しかし、A’S編は人間関係がより複雑に絡んでおり、特にグレアム提督とアースラ、守護騎士の立ち位置は非常に難しいものがあります。原作知識によって闇の書の主や守護騎士の事情が分かっていても、闇の書が完成しない限りは打つ手がないという状況は変わらず、下手に干渉すると“こじれてしまう”可能性が非常に高いのです。それを無理に繋げようとすると、守護騎士が理由もなくオリキャラの言うことを信用したり、グレアム提督が11年間の苦悩と葛藤をあっさりと捨て、方針を変えてしまうことになったりと、プロットの構成段階では無数のボツ案が積み上げられることとなりました。
 なので、無限書庫が開放され、“闇の書そのものに関する信頼できる情報”が揃わない限りは、無暗に介入しない方が物語が纏まる、という結論に達しました。トールはクラールヴィントとオートクレールよりそれぞれの陣営の事情をある程度知っており、アースラの方針についてはほぼ全て知っています。ならば、現段階におけるトールの選択肢は“静観しながら情報収集に努める”以外に成りえません。フェイトが『あの爺さんムカつくから、ぶっ殺す』や『守護騎士の野郎ども、舐めやがって、ぶっ殺す』(
フェイトの性格ではありえないことですが)と言えば話は違いますが、フェイトにもまだ心の中で望む闇の書事件に関する明確な終焉の形がない以上、トールは積極的な行動には出ません。
 ということで、原作の第八話くらいまでトールは裏方に徹し、事件の展開も原作に近い形となります。ただ、最初の戦闘のように戦闘内容は変えていくつもりですので、頑張っていきたいと思います。それではまた。




[26842] 第十六話 主と鍋のために
Name: イル=ド=ガリア◆ec80f898 ID:97ddd526
Date: 2011/04/09 12:01
第十六話   主と鍋のために


新歴65年 12月7日 第97管理外世界  海鳴市  スーパー三国屋  PM6:30



 時は、少しだけ遡る。


 「そやけど、最近みんな、あんまりお家におらんようになってしまったね」


 「えっ、ええ、まあその………なんでしょうね」

 唐突に振られた話題に、シャマルは咄嗟に切り返しが出来なかった。

 とはいえ、彼女を責めることは出来まい。他の三人であったとしても、この言葉に明確に返せる答えを持ってはいないのだから。


 「別に、わたしは全然ええよ、みんなが外で色々やりたいことがあるんやったら、それは別に」


 「……はやてちゃん」


 「それに、わたしは元々一人やったしな」


 「―――!」

 だが、その言葉だけは、彼女はただ受け入れるわけにはいかなかった。


 「はやてちゃん、きっと大丈夫です!」


 「シャマル?」


 「今は皆忙しいですけど、あと少ししたら、きっと」

 それは、願いであると同時に誓いでもある。

 例え何があろうとも、この少女だけは救うと、彼女ら四人は誓ったのだから。


 「―――そっか、シャマルがそう言うなら、きっとそうなんやね」

 車椅子に乗った少女は、優しい笑みを返す。長い夜の中で凍て付いた守護騎士達の心を溶かしてくれた、光のような笑みを。

 本当に、自分達は素晴らしい主を持ったと改めて思いながら、シャマルははやての車椅子を押し、買い物に戻る。


 「今夜はすずかちゃんも来てくれるし、お肉はこんなもんでええかな?」


 「ええ、ヴィータちゃんがたくさん食べる分を考えても」


 「外は寒いし、今夜はやっぱり温かお鍋やね」


 「はい」

 そして、買い物を終え、外に出た少女は、冷え込む空気に僅かに身を震わせ、手に息をかけながら、空を見上げる。



 「みんなも、外で寒うないかなぁ」

 季節は冬、6時を過ぎれば既に空は漆黒の帳が降りてきている。

 綺麗に澄んだ星空を眺めながら、闇の書の主である少女は家族に想いを馳せる。

 僅かに位相をずらした同一の次元空間において、繰り広げられる戦いの嵐を、未だ知ることなく。


 少女は、ただ純粋に家族のことを想っていた。











新歴65年 12月7日 第97管理外世界  海鳴市  強壮結界外部  上空  PM6:52




 「強装型の捕獲結界、ヴィータ達は、閉じ込められたか」

 海鳴市の上空に浮遊するは、ヴォルケンリッターが将、剣の騎士シグナムとその魂、炎の魔剣レヴァンティン。


 『Wahlen Sie Aktion! (行動の選択を)』


 「レヴァンティン、お前の主は、ここで退くような騎士だったか」


 『Nein.(否)』


 「そうだレヴァンティン、私達は、今までもずっとそうしてきた」

 カートリッジがロードされ、レヴァンティンの刀身に炎が宿る。これより彼女が何を試みるかなど、考えるまでもない。

 知謀を尽くして敵の裏をかくのは彼女の領分ではない、剣の騎士シグナムは常に真正面から敵を見据え、切り捨てることをこそ矜持としている。

 だが、同時に―――


 <ヴィータとザフィーラが捕縛されたということは、例の黒服が来ているな>

 将でもある彼女は、自分達が置かれている戦況を正確に把握していた。クラールヴィントのように探知能力に長けているわけではないため、結界内部の状況は突入してみなければ分からないが、敵の主戦力が集結しているであろうことは疑いない。

 そしてさらに、今のシグナムには普段を遙かに超える探知能力が備わっている。それは彼女自身の力というわけではないが、遠隔探査を行える頼もしい味方が、彼女にはいるのだ。


 <そして今、確かに息を飲む気配がした>

 彼女がわざわざレヴァンティンへ問いかけ、己の選択を誇示するように掲げているのにも相応の理由がある。ほぼ間違いなく、結界を維持している者達の他にも戦況を観測している者達がいる、正確な位置までは探れないが、気配の僅かな動きがあれば、規模や役割程度は察することが出来る。


 【シャマル、お前は今動けるか?】


 【ええ、買い物は済んだし、今ははやてちゃんがお鍋の用意をしてくれてるから、すぐに出られるわ。状況も、貴女のおかげで分かっている】

 ヴィータとザフィーラが蒐集から帰還し、スコッチ分隊とはち合わせてからの数分間、シグナムはただ座していたわけではない。

 強装結界が展開されるまでに周囲を飛び回り、後続が駆けつける気配がないかを探った結果、強力な魔力反応が結界内部へ転移してきたことを感じ取った。

 そうして、敵の主戦力が強装結界内部におり、指揮官は例の黒服の少年であり、武装局員が外部から結界を維持し、さらに自分とシャマルの出現に備えた伏兵が配置されていることを知り得た。


 【お前が、これを託してくれたからな】

 そしてそれを余すことなくシャマルが知ることが出来る理由こそ、シグナムの手に握られる一つの指輪、クラールヴィントである。

 クラールヴィントは四つの指輪で一つのデバイスの機能を果たすため、リング同士の繋がりは他のデバイスとの連携とは比較にならない。唯一比肩しうるとすれば、時の庭園の管制機トールと、中枢コンピューターのアスガルドのみであろう。

 その指輪の一つをシグナムが持ち、レヴァンティンと接続する。クラールヴィントは補助・通信に特化しており他のデバイスとの連携を行うことを可能とする。流石に管制機トールのようにリソースの共有までは不可能だが、情報のやり取りならば問題なく行える。


 【これを私が持ったまま強装結界内部へ突入した場合、お前は内部の様子は分かるか】


 【大丈夫、分かるわ】


 【そうか、ならば私は内部へ飛び込もう。お前は中には入らず、外部の敵を叩いてくれ、だが、例の黒服が出てきたら注意しろ、直接は戦うな】


 【ええ、そうするわ、私では彼の相手にはならないでしょうし】

 なすべきことが決まったならば、即座に行動に移すのみ。

 クラールヴィントによって結界の内部と外部が完璧な連携が取れるならば、管理局を出し抜く方法はある。無論、実現させるのは容易ではないが、彼らは一騎当千のベルカの騎士にして、誉れ高き夜天の騎士、この程度の難局を凌げぬはずがない。



 【お前の魂の一部を借りていく、そちらもぬかるな】


 【ご武運を、騎士シグナム】










同刻  第97管理外世界  海鳴市  強壮結界内部  ビル屋上




 「私達は、貴女達と戦いにきたわけじゃない。まずは話を聞かせて」

 黒いバリアジャケットを纏った少女が静かに語りかけ。


 「闇の書の完成を、目指している理由を」

 白いバリアジャケットを纏った少女も、守護騎士の戦う理由を問う。

 鉄鎚の騎士と盾の守護獣と対峙する少女二人は、自分達がやってきたのは戦うために非ず、話を聞くためなのだと告げていた。

 相手と戦う前に、まずはその真意を知りたい、それが、なのはとフェイトの偽らざる気持ちであった。

 しかし――――


 「あのさあ、ベルカの諺にこういうのがあんだよ」

 鉄鎚の騎士ヴィータの内心は、“こいつらはマジで言ってるのか?”、というものであった。


 「和平の使者なら、槍は持たない」


 「――――?」


 「――――?」

 その言葉に対して、なのはとフェイトは首を傾げる。片や現代に生きるミッドチルダ人であり、片や地球人、中世ベルカ時代の諺を熟知しているはずもない。


 「話し合いに来たってんのに武器を持ってくる奴がいるか馬鹿、って意味だよ、バーカ!」


 「んなっ! い、いきなり有無を言わさず襲いかかって来た子がそれを言う!」


 「それにそれは、諺ではなく、小噺の落ちだ」

 的確にツッコミを入れるザフィーラだが、彼も意味もなくそうしているわけではない。

 彼の瞳は、少女二人の目をじっと見据え、その言葉に偽りがないかどうかを探っていた。その言葉が真実ならば、管理局が闇の書の主を問答無用で捕えようとはしていないこととなり、ともすれば彼らの今度の行動方針に関わるかもしれないのだ。


 「うっせ! いんだよ、細かいことは」

 とはいえ、今のなのはの現状を例えるならば、44口径の拳銃(レイジングハート)で武装していた少女が、薙刀(グラーフアイゼン)で武装した少女に襲われ、拳銃が大破。代わりに、ロケットランチャー(レイジングハート・エクセリオン)を携えて薙刀を持った少女の前にやってきた、という感じである。


 「なのは、フェイト………今のレイジングハートとバルディッシュを構えながら言っても、説得力が……」


 「………言うな、ユーノ」

 レイジングハート・エクセリオンとバルディッシュ・アサルトは見事なまでに戦闘に特化したデバイスであり、それを起動させ、臨戦態勢をとりながら“話し合いをしに来た”と言っても説得力が微塵もない。どう考えても、“お礼参りに来た”という印象しか持たれまい。

 デバイスを持っていない少年の意見は尤もであり、杖型の汎用性の高いデバイスを持つ少年の意見も同じであったが、一応はフォローになっていないフォローをしておく。なんにせよ、なのはとフェイトの感性はやはりどこか一般認識とずれているようであった。


 <しかし、随分と、人間らしいな………>

 それよりも、クロノが注目した部分は別にあった。

 彼も以前の戦いにおいて紅の鉄騎と対峙したが、その時の印象は油断ならない強敵、というものであった。今もそれは変わらないが、随分と見た目相応、より端的にいえば子供らしい印象を受ける。

 本来、守護騎士は人間でも使い魔でもなく、闇の書に合わせて魔法技術によって作られた疑似人格、主の命令を受けて行動するプログラムに過ぎないはず。少なくとも、管理局が経験してきた八度に及ぶ闇の書事件においてはそのように報告されている。

 ならば、その相違点は一体何に由来するのか―――


 <直観的なものなのかもしれないが、なのはの言葉も核心を突いている。なぜ守護騎士達が蒐集を行い、闇の書の完成を目指しているか、そもそも、主は守護騎士に何を命じた? 命を奪わぬように蒐集をする真意とは>

 現状は二対五、このまま一気に攻めれば倒すことは可能であろうが、それだけでは根本的な解決にはならない。主がいる限り守護騎士の再生は可能であり、闇の書本体とその主を見つけ出すことが重要なのだから。


 <なら、ここは―――>

 その時、凄まじい音と共に、強装結界の一部が突き破られた。


 「―――シグナム」

 金色の髪の少女、フェイトの呟きの通り、落雷の如き閃光が落下したビルの屋上には―――


 「………」

紫色の魔力を纏い、炎の魔剣レヴァンティンを構えし烈火の将、シグナムが存在していた。


 <これで、五対三か、ここで彼女らを捕えられればいいんだが>

 それは少々厳しいだろうとクロノは推察する。ここまでは自分達に有利に進んでいるが、やはり守護騎士達にとっては撤退出来ればそれでいいという状況は変わらず、勝利条件は向こうが圧倒的に有利なのだ。

 そして、ここが市街地であることも管理局にとって不利な条件だ。万が一にも民間人を巻き込むわけにはいかないため、強装結界よりもさらに大きく封鎖結界を張らなければならず、一定以上の距離を逃げられた場合、軽々しく追うことが難しくなる。

 法の制限を受けず、自由気ままに動き回れるのはいつの時代も犯罪者の特権。どんな理由があろうとも守護騎士達が犯罪者である現状は変わらず、それだけに自由でもある。



 「ユーノ君! クロノ君! 手を出さないでね! わたし、あの子と一対一だから!」


 「本気か………」


 「あの眼はマジだよ」

 と、様々な事柄について考えている現場指揮官と異なり、主戦力の一人の思考は既に固まっている模様。流石に付き合いが長いユーノはなのはの目が大マジであることを察した。


 「アルフ、私も………彼女と」

 そして、もう一人のAAAランク魔導師も、強装結界を破って突入してきた騎士にのみ、その目が向いている。


 「ああ、私も野郎に、ちょいと話がある」

 その使い魔の女性もまた、自らと同じ存在であると思わしき、狼の耳と尾を備えた男性を見据える。


 <三対三か、どうやら、向こうの戦闘思考も固まりつつあるようだな>

 なのは、フェイト、アルフの三人にそれぞれ視線を向けられているヴィータ、シグナム、ザフィーラの三騎も、相手を見据え戦意を固めているように見受けられる。

 守護騎士はベルカの騎士であり、一対一ならば負けはないと呼ばれる存在。ならばこそ、一対一を挑まれたならば逃げに徹する可能性は低い。

 下手にユーノとクロノが参戦し、五対三という不利な状況となれば守護騎士が一点突破の逃走にのみ集中する可能性が高いが、あえてこちらの戦力を絞ることで一対一を美徳とする騎士の誇りに訴えるという手も悪手というわけではなく、妙手と言うべきかもしれない。


 【ユーノ、それならちょうどいい、僕と君で手分けして、闇の書の主を探すんだ】


 【闇の書の――】


 【連中は持っていない。恐らく、湖の騎士か、主が近くにいるはずだ。僕は結界の外を探す、君は内部を】


 【分かった】

 そして、それぞれの役割が定まる。誰も口に出した者はいないが、この場にいる8人の誰もがそれを理解していた。


 『Master, please call me “Cartridge Load.”(マスター、カートリッジロードを命じてください)』

 戦いの開始が近いことを悟った魔導師の杖は、主に新たな力の開放を促す。


 「うん、レイジングハート、カートリッジロード!」
 『Load Cartridge.』

 魔導師の杖、レイジングハート・エクセリオンが自動式(オートマチック)のカートリッジをロードし、なのはの全身に桜色の魔力が満ちる。


 『Sir.』

 「うん、わたしもだね」
 
 フェイトもまた、己の愛機を構え。


 「バルディッシュ、カートリッジロード」
 『Load Cartridge.』

 閃光の戦斧、バルディッシュ・アサルトが回転式(リボルバー)のカートリッジをロードし、フェイトの全身に金色の魔力が満ちる。


 「デバイスを強化してきたか………気をつけろ、ヴィータ」


 「言われなくても!」

 ザフィーラの言葉に反応しながらも、ヴィータの目はなのはとレイジングハートに注がれている。ザフィーラもまた、アルフの一挙一動を目で追うことを怠ってはいない。


 「………」

 無言のままに炎の魔剣を構える烈火の将の視線の先にいるのは、閃光の戦斧を構えた少女。それぞれが臨戦態勢に入り、動くタイミングを見計らっている。

 だが、戦いの始まりを告げる鐘は、予想外のところから現れた。


 「これは」


 「結界が―――」

 その瞬間、強装結界に異変が生じた。目の前の敵に集中する6人には感知できず、これから結界の外に向かおうとしていたクロノと、結界内部の探索を開始しようとしていたユーノにしか感じ取れないものであったが、強度が僅かながら下がっている。しかもこれは、外部から攻撃を受けたわけではなく―――


 「湖の騎士、先制攻撃か」

 ヴォルケンリッターの最後の一人、湖の騎士シャマル。後衛型である彼女が武装局員を直接攻撃してくるとは考えにくかったが、どうやらそれは甘かったらしい。


 「ユーノ、僕は外へ向かう。なのは達のサポートと、結界の維持を任せていいか」

 即座にクロノは判断した。外で強装結界を維持している武装局員がやられれば、当然強壮結界の強度もなくなっていく、それを防ぐにはクロノが向かうしかないが、既に僅かながら弱まっている結界を内側から支える役も必要となる。


 「うん、任せて」

 そして、その役にユーノ・スクライア以上の適任はいない。なのは、フェイト、アルフの三人はヴォルケンリッター三騎を抑える役があるため、唯一手が空いているユーノが彼女らの逃走を封じる役となり、クロノが湖の騎士を捕縛する。

 現状ではそれは最善の策と思われ、決して悪手とは呼べないだろうが、彼らの認識はまだ甘かった。

 湖の騎士シャマルと闇の書、この二つが揃った時、凶悪極まる連携が完成する。

 それを、彼らは思い知らされることとなる。









新歴65年 12月7日 第97管理外世界  海鳴市  強壮結界外部   PM6:55



 「リンカーコア、蒐集」

 『Sammlung. (蒐集)』

 湖の騎士シャマル、彼女は強装結界からかなり離れた場所に位置し、“旅の鏡”を二つ同時に展開、武装局員のリンカーコアをその両手によって抉り出していた。

 さらに、抉り出されたリンカーコアは彼女の胸の前に浮いている闇の書へと吸収されていき、無地であったページに古き時代のベルカ語の文章が刻まれていく。

 強装結界は外部から武装局員が補強しており、そう簡単に出られるほど柔なものではない。守護騎士の逃走を封じるという点では有効な手段であることは間違いないが、逆に言えば、強装結界を維持する12人の局員達は動けないこととなる。

 そしてそれは、シャマルのリンカーコア摘出の格好の餌食となる。シグナムの攻撃と異なり、シャマルの攻撃は出所が分かりにくく、捕捉するのは困難を極める。


 「いたぞ! あそこだ!」

 だがしかし、それも強装結界内部からという前提がつく、リンディとクロノは予め結界外部に二個分隊8名を待機させてあり、Aランクの小隊長がそれを率いている。他の三騎ならばともかく、白兵戦を得意とはしないシャマルにとってはかなり厳しい数だ。

 さらに、クロノも強壮結界から外部に出て、シャマルを仕留めるべく動き出している。AAA+ランクの執務官とAランクの小隊長、さらにはBランクの武装局員8人を同時に相手にするなど、戦闘に特化したオーバーSランクの魔導師といえども辛いものがある。

 しかし、それもまたシャマルの計算の内であり、風の参謀は敵に伏兵があることを理解した上で、リンカーコアの蒐集に踏み切った。ならばそこには相応の勝算があってしかるべきであり、勝算があるからこそ彼女は大胆な攻めに出ているのである。


 「闇の書よ、守護者シャマルが命じます―――――――ここに、偽りの騎士の顕現を」

 クロノの予想通り、闇の書は湖の騎士シャマルが持っていた。それはつまり、たった今蒐集したリンカーコアを消費することによって、偽りの騎士の顕現が可能となることを意味している。

 シャマルが今蒐集したリンカーコアは6ページ。Bランクの武装局員二人分であり、健康な成人男性であり、身体も鍛えているという事実が、限界に近い蒐集を可能としていた。

 つまり、なのはに比べて彼らは限界近くまでリンカーコアを蒐集されていたということであり、やはり、民間人である少女に比べ、武装局員に対しては容赦というものがないシャマルであった。


 「な――!?」

 そして、出現した光景に対しての驚愕はどの局員のものであったか。流石の武装局員も、“闇の書を抱えた湖の騎士”が6体も同時に現れては混乱するなという方が無理であった。

 さらに、それぞれが飛行魔法で異なる方角へと散っていく。かつての騎士と異なり1体につき1ページ分が消費されており、飛行速度も速く、有する魔力も多い、咄嗟に魔力の強さによって見分けがつくはずもなく、そもそも、闇の書のページを消費して作られた偽りの騎士の見破り方はまだ検討中なのだ。


 「慌てるな! 数ではまだこちらが有利だ、一体につき一人が付き、捕捉し続け偽物かどうか判断しろ。ハラオウン執務官は既にこちらに向かっている、それまで逃がすな!」


 「「「「「「「「  了解!  」」」」」」」」


 だが、武装局員を率いる小隊長も経験豊富な強者であり、予想外の展開に対しても慌てることなく的確な指示を下していく。

 湖の騎士シャマルのリンカーコア摘出は凶悪極まりない技だが、高速で飛行している相手に放つのは流石に厳しい、強壮結界を維持している者らはともかく、シャマル目がけて距離を詰めていく彼らを捉えられるものではない。

 ならば、敵が7人に増えたところで数の優位はまだこちらにある。囲んで捕縛することは既に不可能だが、本物の捕捉さえ出来ていれば、後はAAA+ランクを誇るアースラの切り札、クロノ・ハラオウンに任せればよい。


 「逆巻く風よ―――」

 しかしこちらもさるもの、追い討ちをかけるように本物のシャマルが巨大な竜巻を発生させ、武装局員達の視界を遮る。以前と同じくほとんど威力のない張りぼてではあるが、その用途は攻撃ではなく当然別にある。


 <これなら、どれが本物の私か見分けがつかないでしょう>

 ビルの内部に身を隠しつつ、彼女は自分の作戦が上手くいっていることを確認する。強装結界のさらに外側まで広域に封鎖結界が張られているため、一般人を巻き込む危険もない。

 この点もまた、管理局にとっての地の利の悪さを示している。都市部での戦いにおいては万が一にも一般人を巻き込むわけにはいかないため、管理局は広域に渡って封鎖領域を展開せねばならず、Aランクの小隊長がその役を担っているが、彼が戦線に加われないことはこうなると響いてくる。

 かなりの広域に渡って封鎖領域を展開している小隊長は部下に的確な指示を飛ばすことは出来るが、前線に出ることは難しい。万が一彼が墜とされた場合、封鎖領域が解除されてしまうからだ。

 逆に言えば、彼が健在である限りはクロノは市街地の結界のことを気にせず全力で戦えることとなるが、彼が到着するまでの僅かの間にシャマルは容赦ない追撃をかける。


 「つ か ま え た」


 彼女の表情が冷たい笑みを浮かべる。ヴィータをして、“シャマル怖え”と言わしめる夜叉の笑みである。


 「さらに、6ページ」

 湖の騎士シャマルの両手に、さらなるリンカーコアが握られている。既に彼女の手によって、四人の武装局員が散ることとなった。









同刻  第97管理外世界  海鳴市  強壮結界内部




 現場指揮官である黒衣の魔導師がシャマルに対処するために強壮結界の外部へ出た瞬間を、待ち構えていた者がいる。


 <シャマルは、上手くやっているようだな>

 ヴォルケンリッターが将、剣の騎士シグナム。

 彼女の方からは強壮結界の外側の様子を探ることは出来ない。シャマルに対して念話を飛ばすことは可能だが、リンカーコアの摘出を行いながら武装局員を相手にしているであろうシャマルには、外側の状況を教えられる余裕はあるまい。

 だが、クラールヴィントの一つがシグナムの手にある以上、その逆は可能である。シャマルが外部から観察し、タイミングを計ることで彼女らの策は完成を見る。


 そして―――


 【シャマルの合図に合わせ、私とヴィータで結界を破壊する。それまでは個々で相手をすることとなるが、主が鍋を完成させるまであまり時間もない、早急に隙を作り出すぞ】


 【どうすんだ?】


 【挑んでくる敵を避けるのは騎士として褒められたことではないが、鍋を用意して待っている主を待たせる不忠に比べればさしたるものでもない。再戦を望む彼女らには済まないが、こちらが合わせられるほどの余裕は私達にもない】


 【つまり、組み合わせを替えるというわけか】

 現在、シグナム、ヴィータ、ザフィーラはそれぞれ異なる方向へ移動しており、それぞれを追う形でフェイト、なのは、アルフがついてきている。

 なのはがヴィータと一対一だと宣言し、フェイトもシグナムとの対戦を望み、アルフもザフィーラに用がある以上、当然の組み合わせではあるが、それはあくまで彼女らの都合であり、ヴォルケンリッターがわざわざ合わせる義理はない。

 そして何より、彼女らには早急に鍋を用意して待っている八神はやての元に戻らねばならないという使命がある。敵の主戦力が到着した以上は既に短時間での蒐集は不可能であり、将の判断は迅速であった。

 クロノ・ハラオウンの唯一の計算外は、八神はやてが月村すずかと共に鍋を用意してヴォルケンリッターの帰りを待っているという点に他ならず、その理由だけは、“闇の書事件”を追っているクロノに分かるはずもない。

 もしこれが夕食後ならばシグナム達もなのは達の挑戦に応じたであろうが、今は夕食前、八神家において夕食を皆で食べることは定められた掟であり、“騎士の誇りに懸けて”破るわけにはいかないのだ。

 さらに今夜は、主が家に客人を招いている。騎士達の価値観に合わせれば、客人を招いている主の下に臣下が遅れることは不忠の極み。

 何気に、なのはとフェイトの挑戦を粉砕した最大の要因は月村すずかだったりするが、それはまあ、不幸な偶然というものだろう。というより、すずかが八神家に招かれていたからこそヴィータとザフィーラが早めに帰ってきて、管理局に捕捉されることになったのであり、必然と言えば必然であった。


 【私が白服の魔導師を相手にする。ヴィータは敵の守護獣を、ザフィーラはテスタロッサを叩いてくれ、主はやてと鍋のために】


 【分かった。あいつには悪いが、はやてと鍋のためだ】


 【了解だ、では、一旦合流するぞ、主と鍋のために】


 それまで、戦闘区域を離すように移動していた三人が急激に方向を転じ、一箇所に合流するべく動き出す。

 全ては主と鍋のため、ヴォルケンリッターは一対一の矜持を捨て、速攻で勝負を決めに出たのである。




■■■



 「………どういうことだ?」

 さらに二人の武装局員がやられ、残り八人となったことによって、弱まった強壮結界を固め直しながら三騎の動きを観察していたユーノは突然の行動の変化に疑問を覚える。

 だがしかし、ユーノの本分は戦闘指揮ではなく、敵の戦略を読み取ることを得意とはしていない。彼の頭脳は明晰であり、大抵の事柄ならば察知しえるが、戦場における駆け引きというものは特殊なものであり、何よりも経験がものを言う。

 こうなると、ヴォルケンリッターを捕えるための強壮結界も、戦闘要員と現場指揮官を分断してしまうという副作用が出てくる。四人全員が高度な戦略眼を有しているヴォルケンリッターと異なり、全体を見渡しながら戦う能力に長けているのがクロノ一人という経験の差が響いてくる。

 レイジングハートとバルディッシュが強化された今、個々人の戦闘能力ではほぼ対等にまで迫ったはずだが、やはり戦略、戦術の面で守護騎士はなのは達の上を行く、遭遇戦における臨機応変の駆け引きでは及ぶべくもない。


 「合流するつもりなのか………でも、どうして」

 合流することで二対一の状況に持ち込めたりするのならば分かるが、それぞれをなのは、フェイト、アルフの三人が追っている現状では、合流したところで三対三にしか成りえない。


 「じゃあ、連携を………でも、彼らの戦いはあくまで一対一が基本のはず」

 前回の戦いにおいてヴォルケンリッターは高度な連携を見せたが、その戦いは一対一が基本であり、それらが組み合わさったものに過ぎない。大勢を相手にする場合ならばともかく、エース級魔導師を相手にするならば、やはり一対一でこそベルカの騎士は本領を発揮する。

 後衛型の湖の騎士ならばその限りではないだろうが、彼女は強壮結界の外でクロノが相手している。残る三騎は前衛と壁役であり、サポートよりも自らが戦うタイプ、ならば、合流したところで特に益はないはず。


 ならば、なぜ―――




■■■




 「ふん、結局やんじゃねーかよ!」


 「わたしが勝ったら、話を聞かせてもらうよ、いいね!」


 「ふんっ、そいつは、無理な話だ!」

 しばらく高速移動を続けていたヴィータだが、空中で静止し、その掌に鉄球が握られる。


 『Schwalbefliegen.(シュワルベフリーゲン)』

 鉄鎚の騎士ヴィータが得意とする遠距離攻撃魔法、シュワルベフリーゲン。


 「ふんっ!」

 だが、その対象はなのはではなく―――


 「えええ!?」

 タイミングを合わせ、近くまでやってきていたザフィーラ。

 ヴィータが放った鉄球は味方目がけて放たれ、一直線に突き進む。


 「おおおおおおお!!」

 だがそれは予定調和。自身に向かってくる鉄球をザフィーラは渾身の一撃でもって蹴り返し、その方角はなのはでも、ザフィーラを追っていたアルフでもなく―――


 「フェイトちゃん!」


 「―――!」

 『Defensor.』

 シグナムを追う形で飛行していたフェイト、予想もしなかった方角からの奇襲に驚愕する彼女だが、バルディッシュは即座に防御し、カートリッジによって強化された障壁はシュワルベフリーゲンをものともせず弾く。


 「紫電―――」

 しかし、ヴォルケンリッターの連携はそこで終わるほど優しくはない。レヴァンティンがカートリッジをロードし、炎の魔剣の刀身に炎熱変換された魔力が満ちる。

 その一撃を身をもって知るフェイトは回避すべく距離を取ろうとするが―――


 「なのは!」


 「一閃!」

 その一撃はフェイトではなく、瞬時に距離を詰め、なのは目がけて放たれた。


 『Protection Powered.(プロテクション・パワード)』

 「レイジングハート!」

 だが、閃光の戦斧と同様、魔導師の杖もまた奇襲に対して即座に対応して見せた。シグナムの紫電一閃を真正面から受け止め、徐々に削るように押し込んでくる刀身をなのはへ触れさせることなく―――


 『Barrier Burst.(バリアバースト)』

 展開したバリアを破裂させることにより、爆風と衝撃を発生させ距離をとる。砲撃魔導師であるなのはにとって距離を詰められることは鬼門であり、剣士であるシグナムと接近戦を行うのは無謀を通り越して愚行でしかない。


 「アイゼン!」
 『Explosion.』

 ヴィータもまた、機を逃さず追撃へと移る。一人に対して二人がかりで挑むのはベルカの騎士の戦いではなく、彼女の狙いも当然なのはではない。


 『Raketenform.(ラケーテンフォルム)』

 「でえええええええやあああぁぁ!!!」

 さらに、ヴィータを呼吸を合わせ、ザフィーラもまた追撃に移り―――


 「はああああああ!!!」

 ヴィータとザフィーラは空中で交差するようにすれ違い、ヴィータによる鉄鎚の一撃はアルフへと、ザフィーラの拳はフェイトへと叩き込まれる。


 「く、ううう―――」

 アルフはラウンドシールドを持って対抗するが、ラケーテンフォルムは噴出機構のエネルギーによる大威力突撃攻撃を行うための強襲形態。なのはやユーノのバリアも砕いており、まともに受けてはどう抵抗しようとも破壊される。


 「舐めるんじゃないよ!」

 だが、アースラ組とて何の研究もしていないわけではない。なのはならばプロテクション・パワードで受け止める予定であったように、アルフもまた一応の対策を練っている。

 アルフが取った方策は受けとめることではなく、拳によって攻撃軌道を逸らすこと。武器を持たない彼女は攻撃レンジが短い代わりに、懐に入り込まれても防御が可能という利点があり、それを最大限に利用し、グラーフアイゼンの打突部分ではなく、柄の部分に拳を叩き込むことで薄皮一枚の回避を成功させる。


 「バルディッシュ!」
 『Haken Form.(ハーケンフォルム)』

 ザフィーラに対してフェイトがとった対抗手段は、アルフのそれよりもさらに攻撃的なもの、早い話がカウンターであった。

 バルディッシュ・アサルトの近接戦闘用の形態であり、以前のサイズフォームに比べ魔力刃のサイズアップと魔力密度・切断力の強化が図られ、後方に姿勢制御を行うフィンブレードを3枚増設されているハーケンフォルムによる一撃。


 「―――せい!」

 だがここで、少々奇妙な事態が生じる。

 ザフィーラがフェイト目がけて拳を放ち、フェイトがハーケンフォルムによって迎撃する、という構図であったはずが、いつの間にやらフェイトが放った一撃をザフィーラが柄の部分に拳を叩き込むことで軌道を逸らす、という事態になっている。

 盾の守護獣の名が示すとおり、ザフィーラの戦い方は先の先を取るものではなく、後の先をとるカウンター狙いが主体。対して、フェイトは高速機動による先の先を得意とする以上、このような噛み合わせとなるのは至極当然の話ではあったが―――


 「お前の相手は、私が務める。シグナムと戦いたくば、まずは我が盾を突破することだ」


 「………」

 フェイトに対し、盾の守護獣ザフィーラが。





 「そういや、あん時バインドで捕まえてくれた礼をしてなかったよな」


 「そんなの律儀に覚えてる必要はないよ」


 「わりいな、受けた恩は倍返しがあたしの流儀なんだ」

 アルフに対し、鉄鎚の騎士ヴィータが。





 「ヴォルケンリッターが剣の騎士、シグナム。お前の友の名は聞いたが、私はお前の名を知らない、聞かせてもらえるか」


 「なのは、高町なのは」


 「高町なのは――――覚えておこう」

 なのはに対し、剣の騎士シグナムが。


 一対一が並行して三箇所で行われる三局の戦い、という点では同じであれど、管理局の魔導師達が意図したものとは異なる組み合わせによる戦いが、ここに始まろうとしていた。

 全ては、心優しき主と鍋のために。






この当時の守護騎士の優先順位

はやて>石田先生>すずか・鍋>近所の人達・爺ちゃん婆ちゃん>なのは・フェイト>管理局員

となっています。

あとがき
原作の第四話を見返していて感じたのは、アースラの武装局員達の度胸が半端ないということでした。彼らは標準的な武装局員と思われるので、そのランクはせいぜいBランク、なおかつ、空戦魔導師にとっては“至近距離”と言っても過言ではない距離で対峙していましたから、ヴィータとザフィーラが距離を詰め、全力の一撃を放てば瞬殺されること間違いない状況で、真正面から立ち向かっていたことになります。
 仮に、StS開始時点におけるフォワード四名が、リミッターなしのヴィータと正面から対峙し、いつ“非殺傷設定での渾身の一撃”が放たれるか分からない状況で下がらずに身構えていろ、と言われても多分無理ではないかと思います。スバルやティアナは災害救助部隊員として人命にかかわる現場で働いて来ましたが、その場面で求められる覚悟とはまた違うものであり、“死ぬ危険性”と“殺される危険性”は等価ではないと思います。
 Vividの三巻を読んで特に思ったのがその部分で、正々堂々のスポーツではなく、敵意、時には殺意を持って襲い来る魔導犯罪者と対峙することになる武装局員や捜査員、執務官の戦いは、“相手を倒す”ことと“仲間を死なせない”ことが両天秤になっているのか、と考えました。今はまだ、なのはやフェイトは相手を倒すことに集中していますが、正式に局員となってからは、後者の方を特に鍛えたのではないかと考えています、A’Sの段階での強さと10年という時間経過を考えると、直接戦闘における強さよりも、総合的な能力の向上を目指したように感じられましたので。
 そんなわけで、なのはやフェイトが純粋に“戦力”としてのみ働くのはA’Sが最後となるので、厨二病的な彼女らの戦闘もこの機会にやっちまおうと考えている作者ですが、頑張っていきたいと思います。それではまた。(この病気はもう治りそうもありません)







[26842] 第十七話 仮面の男出番なし
Name: イル=ド=ガリア◆9d8bc644 ID:97ddd526
Date: 2011/04/06 11:43
第十七話   仮面の男出番なし




新歴65年 12月7日 第97管理外世界  海鳴市  強装結界外部   PM7:00



 「スティンガーレイ!」

 S2Uより直射型射撃魔法が発射され、高速の光弾がシャマル目がけて飛来する。


 「また外れか」

 だが、撃ち抜いた騎士は霞となって消え去る、などという良質なものではなく、保有する魔力を開放して魔力爆発を引き起こすという遙かに悪質な代物であった。

 つまり、今回生成された偽りの騎士達は高速で飛行する爆弾も同然、射撃魔法が当たれば即座に爆発し、周囲の空間をジャミングし、本物を区別するためのサーチャーやレーダーの目を眩ませる。

 かといって、封鎖領域の外側に逃げようとするそれらを放置するわけにもいかない、闇の書は間違いなく湖の騎士が持っており、他の三騎よりも彼女を捕えることの方が優先順位が高いのだ。



 【エイミィ、どうだ?】


 【あー、駄目だ、サーチャーやレーダーが妨害されてる。それに、新たに三体出てきたよ】


 【これで、残る武装局員は7人か………】

 シャマルのリンカーコア摘出と闇の書、その恐るべきコンボは強装結界を維持している武装局員達を、湖の騎士のエネルギー源へと変えてしまっていた。

 リンカーコアを蒐集し、それによってダミーを作り出し、姿を眩ます。ダミーが潰され、本物が捕捉されそうになればまたリンカーコアを蒐集し、ダミーを生成、この繰り返しだ。


 【どうする?】

 エイミィの問いは、強装結界をこのまま維持するか、それとも解除するかというものだが、結界の解除は守護騎士を取り逃がすこととほぼ同義である。


 【まだ早い、トール、準備は?】


 【メディカルルーム、手術準備完了、“命の書”と“ミード”の調整も済みました。武装局員全員の定期検診におけるリンカーコアのデータが届いておりますので、即座に手術可能です。仮に20名全員がリンカーコアを蒐集されようとも、三日あれば職場復帰が可能かと】

 リンカーコアの治療は事前の調整がものを言う。なのはの場合は緊急であり、やはり応急手当に近い部分があったが、武装局員は全員が定期健診を行っており、守護騎士に蒐集されるリスクを覚悟した上で任務に当たっている。

 そして、後方の備えが万全であれば、前線もリスクを恐れずに大胆な行動に出られる。このまま時間をおけば蒐集された武装局員の命が危ないのであれば、無念ながら撤退という判断になっていたかもしれないが、治療設備が整っている時の庭園が作戦本部である以上、多少の無理も利く。


 【ユーノが内部から強装結界を補強してくれているから、その間に何とか湖の騎士を捕縛する】

 新たに三体のダミーが作られ、合計15体に達しているが、クロノと武装局員達は既に7体を破壊している。

 つまり、生成速度よりも破壊速度の方が上回っているのであり、クロノが率いている8名を撃破出来ない以上、この天秤は崩れない。クロノが到着し、より高度な連携が取れるようになったことも拍車をかけている。


 【根比べ、だね、腕の見せどころだよ、クロノ君】


 【最善を尽くす】


 【うん、こっちも全力でサポートするよ】

 通信を行っている間にもクロノは全速で飛行し、ダミーをさらに一体捕捉する。近づけば動きからして本物でないことも分かるが、破壊しておかなければ後でどのような不具合が出るか分からない、湖の騎士は策謀に長けた参謀なのだから。


 「スナイプショット!」

 ダミーを破壊し、マルク分隊とラム分隊に指示を出し、湖の騎士に対する包囲網を構築していく。

 ダミーは封鎖領域外部へ逃げようとしているが、リンカーコアの蒐集とダミーの生成を行っている本物はそれほど動けないはず、ダミーの発生地点がほぼ一定の区画に限定されていることもそれを示している。

 そう思わせておいて、脱出を試みるダミーの中に本物が潜んでいる可能性も捨てきれないためダミーは全て叩いているが、それを加えてもなお、アースラの方が数の上で優位に立っており、ダミーの数は減り、包囲の輪は狭まりつつある。

 闇の書を操り、悪辣な策を展開する風の参謀と、部下を率いて彼女を追い詰める黒衣の魔導師。

 派手な砲撃も強力な近接の一撃もない頭脳戦は、徐々に終局へと向かっていく。











同刻  第97管理外世界  海鳴市  強装結界内部




衝突する桜色の魔力光と紫色の魔力光。


 ミッドチルダ式の魔導師と、ベルカの騎士の戦いは激しさを増し、各々の得意とする戦術を展開していく。


 「アクセルシューター!」
 『Accel Shooter.』

 レイジングハートの先端より、12発の光の帯が射出される。それは現状におけるなのはの最大発射数であり、誘導力・威力・貫通力もディバインシューターより格段に上がっており、かつ、相手の攻撃も迎撃可能、中距離戦においては攻防一体の陣となる新型魔法。


 「つあっ!」

 迫りくる誘導弾を、シグナムは炎熱変換された魔力を纏わせた一閃にて弾き飛ばす。カートリッジのロードはされていないが、純粋に彼女の魔力が込められるだけで、レヴァンティンは危険極まりない凶器と化す。


 「―――追って」

 だが、なのはの誘導弾は強く、速い。シグナムの一撃を持ってしめても砕くことが出来ず、弾かれた光弾は魔導師の杖の制御に従い、再びシグナム目がけて飛来する。


 「ふっ」

 四方からは迫りくる光弾を弾くのは難しいと判断した彼女は、上方への離脱を試みる。もしなのはがレイジングハート・エクセリオンを用いた訓練を十分に積んでいれば上方からも誘導弾が殺到してきたであろうが、なのはが生まれ変わったレイジングハートを持つのはこれが初めてであり、いわば試運転なのだ。

 もっとも、カートリッジシステムを搭載したレイジングハート、を扱う訓練は“ミレニアム・パズル”による仮想空間(プレロマ)において行っているため完全に初心者というわけではないが、管制機が語ったように、身体で覚える部分まではフィードバックさせられないため、若干の齟齬が生じている。

 だからであろうか、上方に離脱したシグナムを追う誘導弾の動きはやや直線的なものとなり、シグナムが一度に迎撃する機会を与えてしまった。


 「レヴァンティン!」
 『Sturmwinde. (シュトゥルムヴィンデ)』

 シュベルトフォルムの刀身から衝撃波を打ち出す攻防一体の斬撃。

 シグナムが主に相手の飛び道具を撃ち落とす際に用いる攻撃であり、純粋なミッドチルダ式魔導師であるなのはに対してはかなり有効な手段と言える。

 放たれた衝撃波は12発の誘導弾を砕き、シグナムは休むことなくなのはへと肉薄していく。


 「――――!」

 12発のアクセルシューターは、現状におけるなのはの最大発射数、これが防がれたということは、シグナムはなのはの攻撃を凌ぎながら間合いを詰めることが可能であることを示しており、彼女の侵攻を止めるならばバスター級の破壊力が必要となる。

 しかし、ディバインバスターは発射までに多少時間がかかり、なおかつ誘導性能を持っていない。十分に引きつけた上で放つことが出来れば決め手となるが―――


 「シュランゲバイゼン!」
 『Schlangeform.(シュランゲフォルム)』

 レヴァンティンの第二形態、連結刃がそれをさせない。シュランゲフォルムは威力よりも間合いを制することに主眼が置かれた形態であり、複雑極まりない刃の群れがなのは目がけて飛来する。


 『Axelfin.(アクセルフィン)』

 射撃型であるなのはにとって、間合いを詰められることは致命的。剣士であるシグナムと戦うならばなんとしても距離を取らねばならず、万が一デバイス同士の打ち合いになってしまえば、レイジングハートのフレームが持たない、バルディッシュと異なり、近接を想定されたデバイスではないのだ。

 これがグラーフアイゼンであれば、柄の部分と打ち合うことも可能だが、レヴァンティンは剣であり、刀身全てが刃。一点の破壊力ならばグラーフアイゼンに劣るが、なのはにとってはむしろこちらの方が厄介であった。


 「逃がさん!」

 『Schwertform.(シュベルトフォルム)』

 伸びきった連結刃を一旦戻し、シュベルトフォルムとなったレヴァンティンと共にシグナムは高速で間合いを詰める。

 “近づいて叩き斬る”ことが戦術の基本である以上、シグナムの間合いを詰める技術はヴォルケンリッターの中でも最上である。ヴィータの場合はラケーテンフォルムのロケット加速による強襲が可能なため、シグナム程にはその技術に長けておらず、ザフィーラの基本は“待ち”だ。

 先の戦いにおいて、シグナムは機動力において自分を上回るフェイトに容易く接近し、紫電一閃を決めている。シュワルベフリーゲンなどの誘導弾や遠隔攻撃を持たないシグナムは、まさしく接近戦のエキスパートといえる。

 とはいえ、彼女にも遠距離攻撃がないわけではない。ただしそれはフルドライブ状態での渾身の一撃であり、まともに喰らえばなのはは死ぬ。非殺傷設定というものが存在しない現在のレヴァンティンの最強の一撃は、不殺の誓いを持つシグナムにとって禁じ手に近いものだ。


 「速い!」

 しかし、それがなくともシグナムは強い。攻撃の威力や速度もさることながら、何よりも戦術の組み立てが優れている。これがフェイトであれば一度直接戦っているため対処のしようもあり、現にフェイトはそのつもりで修練を行っており、なのははヴィータとの再戦を期して訓練していたが―――


 「はああ!」

 『Protection Powered.(プロテクション・パワード)』

 「くうっ!」

 シグナムと戦うための訓練が、十分であるとはいえなかった。

 甘いと言えば甘いのであり、なのはがヴィータに再戦を申し込んだところで向こうが応じる保証などなく、むしろ、相手の不利はこちらの有利、なのはがヴィータとの戦いを想定していたならば、それを外す方が戦略としては正当だ。

 だが、ヴォルケンリッターは一流の戦闘者であると同時にベルカの騎士でもある。真正面からぶつかれば拒むことは難しいだろうと、執務官であるクロノやリンディですら想定しており、それは正しい洞察であった。


 <主はやてと鍋のため、時間はかけられん!>

 ただし、ヴォルケンリッターにそれ以上に大切な事情があることまでは、いくら優秀なアースラ首脳陣とはいえ読み取ることは出来なかった。管制機に至っては論外であり、機械である彼にとってそのような条理に合わない“人間の心”こそが最大の鬼門、45年をかけて積み上げた人格モデルを以てしても、人間を計るにはなおも足りない。


 『Schlangeform.(シュランゲフォルム)』


 主の意図を察し、炎の魔剣レヴァンティンが形状を変える。

 鉄鎚の騎士ヴィータと鉄の伯爵グラーフアイゼンのラケーテンハンマーによってバリアが砕かれ、本体すら破損させられたレイジングハート。

 その轍を踏まないよう、カートリッジによって強化された魔力を用いて障壁を展開し、さらに、激突点に魔力を集中できるよう改良を加えたプロテクション・パワード。これならば、ラケーテンフォルムの一撃にも当たり負けることはない。

 そしてそれは、レヴァンティンにも適用されるものであり、先の衝突においては紫電一閃を防ぐことに成功しているが、あくまで正面からの攻撃に限っての話。障壁の死角となっている後方へ回り込むように連結刃が展開し、なのはを後ろから襲う。


 「あぐっ!」

 『Master!』

 シュベルトフォルムからの強力な一閃から、連結刃への繋ぎ。鉄鎚の騎士のラケーテンフォルムからはあり得ない連携であり、ヴィータに対抗するために編み出された防御では、シグナムには抗しきれない。


 そして同様のことは、他二つの戦場においても言えた。




■■■




 「おらあああああああ!!」


 「くうっ!」

 鉄鎚の騎士ヴィータと、橙色の使い魔アルフ、この二人の戦いはほぼ一方的といえる様相を見せている。

 ヴィータの戦術は単純明快、加速と一点突破に特化したラケーテンフォルムによってアルフに肉薄し、ひたすら攻撃するというものだ。

 これは、ヴィータの速度が相手を上回っているからこそ可能な戦術であり、相手がなのはやフェイトであればこの戦術はとりようがない。なのははヴィータとほぼ互角の飛行速度を誇り、ヴィータが突進すれば誘導弾が背後から襲ってくることになるだろうし、彼女の防御はカートリッジを得てさらに堅くなっている。

 また、フェイトが相手ならば正面から突撃するだけでは捉えられない、純粋な速度においてフェイトはヴィータを凌駕しており、さらには射撃魔法もなのは程の誘導性はないが放ってくる。

 だがしかし、アルフの戦闘スタイルはザフィーラと似通っている部分が多く、基本的に彼女はフェイトのサポートとして動いている。そのため、防御力やバインド、近接格闘など、フェイトが担えない部分は得意となるが、フェイトが得意とする分野では少々弱い。

 つまるところ、ヴィータはフェイトとはそれほど相性が良くはないが、それだけに使い魔であるアルフとは相性が良いということだ。使い魔が主の能力を補完するような特性を備える以上、これは当然の理とも言える。

 なお、同じ理屈で、なのはに対して相性の良いシグナムは、ユーノのような搦め手を得意とするタイプを苦手としている。彼女の技は全てが直接攻撃系で占められているため、直接攻撃系魔法を持たないユーノとは真逆であり、シグナムの剣が空回りすることになりかねず、相性が良いとは言えない。


 「ラケーテン―――」


 「やば!」

 そして、ヴィータを有利に傾けている最大の要因が、グラーフアイゼンの一点集中した破壊力だ。アルフはシールドやバリアの形成を得意としており、広域殲滅魔法などに対しても強固な障壁によってフェイトを守り切ることを可能とする。

 しかし、彼女はミッドチルダ式の使い手であり、古代ベルカ式との戦闘経験が少ない、というかこれまで皆無であった。リニスの教育内容にもアームドデバイスで襲い来る古代ベルカ式への対処法という項目はなく、破壊力が一点に凝縮されたラケーテンハンマーの一撃はアルフにとって鬼門と言えた。

 とはいえ、彼女とて無策ではなく、最初に実現させたようにグラーフアイゼンの柄に拳を叩き込むことで何とか紙一重で回避していくが―――


 「せえい!」


 「ぐっ!」

 紙一重である以上は、かすることもあって然り。回を増すごとにヴィータの攻撃は鋭くなっていき、直撃こそ避けているが、シールドでかろうじて逸らす場面も増えてきた。


 <こいつも、学習してる>

 アースラ組がヴォルケンリッターを研究してきたように、彼女らもまたアースラ組を研究している。それこそが、魔導犯罪者がロストロギアの暴走体や、魔法生物などに比べ厄介とされる由縁であり、つまるところ、人間の最大の長所とは身体能力ではなく、学習能力ということだ。

 次元世界には数えきれないほどの生物がおり、中には人間を遙かに超える力と知能を持った生物もいる。真竜などは最たる例だが、そのような彼らと比較した場合においても、人間以上に学習能力に特化した生命体は確認されていないのだ。


 「同じ防御で凌ぎきれるほど、ベルカの騎士は甘くねえ!」


 「だったら、同じ攻撃ばかりであたしを倒せると思わないことだね!」

 故にこそ、時空管理局にとって最大の脅威とは、ロストロギアでも魔法生物でもなく、人間に他ならない。広域次元犯罪者などはほんの数年を置いただけで、現行の管理局システムの穴を突き、違法行為を当然の如く行っていく。ロストロギアや魔法生物は対処法が確立すればそれまでだが、人間の犯罪者は違う。

 闇の書が破壊不可能とされる最大の原因は、必ず人間が使うからに他ならない。そこに人間の悪意というものが混ざっていなければ、闇の書は今頃永久封印されていたことだろう。

 そして、闇の書の一部であるヴォルケンリッターもまた、管理局にとっては厄介極まりなく、一度は捕縛することに成功した手段も、二度目はあり得ない。最初の戦いにおいてヴィータをバインドに捕えることに成功したアルフも、この戦いでは一度も成功していない。


 <このままじゃジリ貧だ、何とかしないと>

 局面を打開する手法を探りつつ、アルフは防衛戦を続ける。というより、攻勢に出ることをヴィータが許さない。

 こちらの戦いもまた、守護騎士の有利に進みつつあった。







■■■


 『Plasma Lancer.』

 閃光の戦斧の音声が響き渡り、黒いバリアジャケットを纏った少女の周囲に、8個のスフィアが形成される。


 「プラズマランサー、ファイア!」

 それは、バルディッシュ・アサルトによって強化されたフォトンランサーの発展型の直射型射撃魔法。

  フォトンランサーと比べ発射された弾自体に強度があり、目標に命中しなかった場合も「ターン」のキーワード(遠隔操作)で方向転換し、再度目標へ向けて攻撃が可能となっている。

 さらに、クロノのスティンガーブレイドと同様、発射時及び再発射時に、弾体の一つ一つを環状魔法陣が取り巻くことで加速発射を可能としている。フェイトのプラズマランサーにファランクスシフトの特性を加えたものが、クロノのスティンガーブレイド・エクスキューションシフトと呼べるだろう。


 だがしかし―――


 「はあああ!」

 弾の速さも、命中しなかった場合に方向転換するという特性も、“受け止められた”場合は意味をなさない。

 盾の守護獣、ザフィーラの障壁はまさしく鉄壁であり、フェイトの射撃魔法では貫くことは敵わない。それを成そうとするならば、プラズマスマッシャーのような砲撃魔法が必要となる、いや、果たしてそれでも貫けるかどうか。


 「バルディッシュ!」
 『Haken Form.』

 それならばとハーケンフォルムによって高速機動からの強襲を仕掛けるフェイトだが―――


 「………」


 鉄壁の構え

 ザフィーラはあくまで防御の構えを崩さず、迎撃ではなく守勢に徹する。

 フェイトの攻撃は重さよりも切れ味や速さを重視したものがほとんどである。電気変換の資質を有しているため当たれば行動不能に陥らせるほどのダメージを与えることが出来るが、積み重ねによって盾を砕く、ということには向いていない。

 故に、バルディッシュの一撃は彼の防御を貫けない、さらに、それだけではなく―――


 「裂鋼牙!」

 敵の攻撃を防ぎ、最も技の出が早い直進型の魔法攻撃、裂鋼牙で瞬時に反撃する後の先こそ、ザフィーラの基本スタイルである。無論、連携は多種多様に存在するが、この組み合わせが基本であることは間違いない。


 「せい!」

 持ち前の速度を利してザフィーラの攻撃を躱し、即座に迎撃を試みるフェイトだが、クロスレンジにおいてはバルディッシュを振るうフェイトよりもザフィーラの方が早い。


 「裂鋼襲牙!」


 「うあぁぁ!」

 とはいえ、フェイトの速度は尋常ではなく、ザフィーラも十全に魔力を込めた拳を放てているわけではない。培われた戦闘経験によって彼女の動きを予測し、そこに拳を中てているだけ、という表現が的確だろう。

 しかし、フェイトの防御も厚いものではないため、それだけでも十分な効果が見込める。さらに、高速機動を行うフェイトの魔力消費は、空中で静止して防御と反撃に徹しているザフィーラのそれよりも遙かに大きい。

 このまま戦えばスタミナ切れになることは間違いなく、遠からず痛烈なカウンターを受けてしまうことになるだろう。今のザフィーラの反撃でさえ、フェイトの薄い装甲では無視できないダメージとなって蓄積している。


 <でも、速度ならわたしが上、振り切って、なのはやアルフを助けに行ける>

 フェイトも自分と敵の相性が悪いことを悟っており、一旦引いて合流すべきではないかと考える。

 アルフならば、ザフィーラと互角の格闘戦を演じることが出来るし、砲撃に特化したなのはならば、純粋な威力でザフィーラの防御を貫けるかもしれない。

 三人の中で、最もザフィーラと相性が悪いのは高速機動からの近接攻撃と、射撃、砲撃を組みわせたヒットアンドアウェイを旨とする自分だ、ならば―――


 【なのは、アルフ、この組み合わせはまずい、一旦合流して相手を替えないと】


 【でも、シグナムさんはそう簡単には振り切れそうにないよ、連結刃が、どこまでも追ってくる】


 【こっちもきつい、残念だけど、速度はこの鉄鎚野郎の方が上だ】



 フェイトと同様の感想はなのはとアルフもまた有していたが、間合いを詰めて襲い来るシグナムと、ジェット噴射の加速によって突っ込んでくるヴィータを振り切って合流するのは容易ではない。


 【わたしから行くよ、彼の速度よりわたしの方がずっと速いから、離脱だけなら簡単に出来る】

 ヴォルケンリッターの布陣における唯一の隙、ザフィーラは確かにフェイトにとって倒し難い相手ではあるが、逃げにくい相手ではない。むしろ、離脱を目的とするならば、三人の中で最もやりやすい相手だ。


 【距離的にはなのはの方が近いから、まずはそっちに行く】

 彼女達もまた、ヴォルケンリッターと戦うにあたって戦術というものの重要性を実感し、時間が許す限りクロノから教えを受けていた。

 自分の目の前の相手だけに拘らず、全体を見ながら戦うことが出来るようになりつつあるのは、僅か数日という時間を鑑みれば、目覚ましい進歩であると言えるだろう。


 だがしかし、敵の戦闘思考レベルに合わせて戦略を決定するのが一流の指揮官というもの。

 烈火の将シグナムと、参謀である湖の騎士シャマルは、彼女達がその程度の判断を出来るようになったであろうことを見越した上で、その上を行く戦略を用意していたのである。










新歴65年 12月7日 第97管理外世界  海鳴市  強装結界外部  ビル屋上 PM7:07





 「捜索指定ロストロギアの所持、及び使用の疑いで、貴女を逮捕します」


 「………」

 結界外部で行われていた虚像と実像が織り交ざった頭脳戦は、綱渡りのような駆け引きの末に、とあるビルの屋上において決着を見ていた。

 その間にさらに一名の強装結界担当の武装局員がリンカーコアを引き抜かれたが、その犠牲を無駄にすることなく、クロノと小隊長、8名の武装局員達はシャマルを包囲することに成功していた。

 湖の騎士シャマルが空間魔法に長けていることは最早周知の事実であり、武装局員8名が転移を封じるための結界を構築し、その内部でクロノとシャマルが対峙、小隊長はさらに外側で封鎖領域の維持に当たっている。


 「抵抗しなければ、弁護の機会が貴女にはある。同意するならば、武装の解除を」

 “旅の鏡”による逃走は封じられ、闇の書を使うだけの余裕もない。クロノはシャマルの数メートル先におり、こちら目がけてS2Uを向けている。

 他の三騎ならばこの状況からでも正面突破を図れるが、後衛であるシャマルには不可能な芸当、そも、彼女が直接アースラの主戦力と対峙する状況になっている時点でほとんど詰みなのだ。

 それを誰よりも知っているからか、彼女の周囲には観念したような、もしくは悲観的とも言うべき空気が漂っている。


 「ええ…………そうします」

 そして、投降の意を示すように手を上げ、指に収まっていたデバイス、クラールヴィントの一つを取り外す。


 <一つ、足りない?>

 だが、歴戦の執務官であるクロノはその違和感に即座に気がついた。彼はレイジングハート、バルディッシュ、S2U、そしてトールが記録していた前回の戦いの映像を何度も見返しており、湖の騎士の指に収まっているデバイスが四つであることを確認している。これは、クラールヴィントと同調したトールからも裏が取れている。

 後衛である彼女が単独で動いていたというのに、そのデバイスが一つ足りない、それが意味するものとは一体何か。

 さらに―――


 「どうぞ」

 コインでも投げるかの様な自然さで、シャマルは指から外したクラールヴィントを、山なりにクロノ目がけて放り投げる。

 ほぼ反射的に、一瞬クラールヴィントを目で追ってしまったクロノ、しかし即座にシャマルに視線を戻した瞬間、“それ”はやってきた。


 







新歴65年 12月7日 第97管理外世界  海鳴市  強装結界内部  ビル屋上 PM7:06



 クロノがシャマルを包囲し、投降を促す瞬間より数えて僅かに1分ほど前。

 強装結界内部においても、戦局に大きな変化が表れていた。


 「ハーケンセイバー!」

 バルディッシュ・アサルトのハーケンフォームの刃を飛ばし、飛翔しながら高速回転して円形状に変化する魔力刃による、高い切断力と自動誘導の性能を持つ魔法。

 この局面でフェイトがこの魔法を選んだのは、威力よりも自動誘導という特性を考慮したためであり、通常は自動で敵に向かうハーケンセイバーと高速で飛翔するフェイトが同時に襲いかかるが、攻撃ではなく離脱のための時間稼ぎとしても利用できる。

 状況に合わせた的確な魔法運用という点で、フェイトは間違いなく成長している。流石にまだ守護騎士と同格とまではいかないが、その成長速度は末恐ろしいものを感じさせる。


 「はああああ!」


 「―――! テスタロッサか!」

 己の許す限りの全力で飛翔し、フェイトはなのはと対峙しているシグナムに対して切りかかる。流石に不意を突かれてか、シグナムも辛うじて受けたまま、一旦後退していく。


 「アクセルシューター!」

 さらに、なのはも誘導弾をシグナムではなく、アルフに突撃しているヴィータ目がけて放つ。なのはの戦場からはかなり距離を隔てた場所で戦っているアルフとヴィータだが、遠距離攻撃こそ高町なのはの十八番である。


 「またかよ!」


 「残念だったね!」

 ヴィータにとっては、ユーノに対して放った渾身の一撃を、なのはのディバインシューターによって妨害されたという苦い経験があり、図らずしもそれと似たような状況が作り出されていた。

 そして、フェイト、なのは、アルフは合流を果たし、相性が悪い敵と1対1×3という危機的状況は何とか回避される。


 【シャマル、こちらは行けるぞ】

 だがしかし、その瞬間をこそ、烈火の将は待っていた。

 彼女らの目的はこの三人を倒すことでも、蒐集を行うことでもなく、鍋を作って待っている主とその友人の下へ可能な限り早く帰還すること。

 ならば―――


 【こっちも、後30秒も持たないわ、武装局員の結界で転送系の魔法が封じられてるし、例の黒い子がこっちに来てる。流石に優秀ね】


 【そうか、ならばちょうどいい、タイミングはいつだ?】


 【私がクラールヴィントを外して、上に投げた瞬間、貴女が持っている指輪とは対になっているから、接続しているレヴァンティンが合わせてくれるわ】


 【了解だ、的が決まっているならば、我が一矢が外れることはあり得ん】


 【お願いします、リーダー】

 剣の騎士、シグナムが魂、炎の魔剣レヴァンティン。

 刃と連結刃に続く、もう一つの姿にして、最大の速度と破壊力を誇るフルドライブ状態。

 すなわち―――


 『Bogenform!』

 ボーゲンフォルム、シグナムの戦術において攻撃の核となる剣と、防御の核となる鞘、その二つが結合し、一つの弓となる。


 「え―――!」

 「な―――!」

 「に―――!」

 その姿に、アースラ陣営の三人は一瞬言葉を失う、剣の騎士と呼ばれるシグナムが弓を持つなど、流石に予想できることではなく、これまでの闇の書事件のデータにおいては、この形態は一度も存在しなかったのである。


 『Grenzpunkt freilassen! (フルドライブ・スタート)』

 カートリッジが吐き出され、レヴァンティンがその全力を開放、すなわち、主のリンカーコアを100%稼働させるフルドライブモード。

 非殺傷設定が存在しないデバイスにおいて、フルドライブを機能させることは、己の力の全てを敵を殺すために費やすことを意味する。シグナムもヴィータも、相手を殺さないように意識の一部を力の制御に費やしているが、フルドライブ状態ではそのような加減は効かなくなる。

 それ故に、八神はやてが主である守護騎士にとって、フルドライブは人間相手に使えるものではない。ただし、放つ相手が人間ではないならば、その限りではないのだ。


 「我が一矢、いかなる壁をも貫き通さん!」

 壁、まさしくシグナムが狙いを定めているのはそう表現できる。

 武装局員が形成し、本来は12人で外側から固めていたが、6人がリンカーコア摘出の餌食となったため、ユーノ・スクライアが内部から補強しているヴォルケンリッターの逃走を封じるための強装結界。

 守護騎士の中で、それの破壊を可能とするのは二人。剣の騎士と鉄鎚の騎士のフルドライブ状態における渾身の一撃に他ならない。

 烈火の将シグナムが、顕現させた矢に火炎を凝縮させ、必滅の一撃を解き放つ瞬間を計る。

 そして、ほんの数秒の時間を置いて―――


 【今よ!】

 湖の騎士が、“的”を放り投げ、その時が訪れる。


 「駆けよ! 隼!」
 『Sturmfalken!(シュトゥルムファルケン)』

 結界・バリア破壊の能力を持つ、灼熱の炎を纏いし矢は音速の壁を越えて飛翔し、強装結界へと命中、それを突きぬけ、さらにその先へ。

 無論、その先に存在する“的”とは―――







同刻  海鳴市  強装結界外部  ビル屋上 



 「! 総員! この場から離れろ!」

 その奇襲を彼が察知できたのは、湖の騎士の指輪が少なかったことに違和感を覚え、その理由を考えていたからか、それとも、積み重ねられた戦闘経験によるものか。

 いずれにせよ、クロノ・ハラオウンは強装結界を突き抜けたことで音速を超える領域に比べれば減速し、威力もある程度落ちている灼熱の矢が飛来することを感知し、武装局員へ退避命令を出すことに成功していた。


 「クラールヴィント、“旅の鏡”を」
 『Jawohl.』

 しかし、シャマルが残り二つの指輪によって自分を転送するための“旅の鏡”を顕現することまでは止めようがなかった。“旅の鏡”を展開したところで、武装局員の張った転送封じの結界がある限り、離脱は不可能であるが。


 「「 うわあああああああああ!!! 」」

 ちょうど、矢が飛来した方向にいた武装局員の悲鳴が響き渡ると同時に、結界へ着弾した矢が爆発し、爆炎と衝撃波が発生。結界破壊の能力を持った矢は、武装局員の転送封じの結界を消滅させ―――


 「さよなら」

 数秒に満たない僅かの隙に、湖の騎士シャマルは戦場から離脱を果たしていた。


 「―――逃がしたか」

 爆炎が張れる頃には、シャマルが“的”として放り投げたクラールヴィントの一つも周囲にはなく、闇の書もまた当然のことながら、湖の騎士と共に姿を消していた。






同刻  海鳴市  強装結界内部   




 「まずい、補強を!」

 シグナムが放ったシュトゥルムファルケンによって穴を穿たれた強装結界は、罅の入った盾も同然であったがまだ辛うじて機能を留めていた。

 シュトゥルムファルケンの爆発そのものはシャマルの転送魔法を封じていた結界に対して用いられたため、強装結界は一部分が貫通するだけで済んでいた、なのはのスターライトブレイカーのように、“結界の完全破壊”という特性を有しているわけではないのだ。

 そして、穿たれた穴をユーノは即座に補強する。Aランクという彼の魔力を考えればどういう理屈で可能とするのか疑いたくなるが、ギャレットが言ったように、総合ならばAランクであっても、結界魔導師としてならばAAA、下手をするとAAA+ランクに相当するのかもしれない。

 だがしかし、そんな彼を嘲笑うように、ヴォルケンリッターの第二の槍が放たれる。


 「アイゼン!」
 『Gigantform!(ギガントフォルム)』

 鉄鎚の騎士ヴィータと、鉄の伯爵グラーフアイゼン。

 この二人の砕けぬものは存在せず、守護騎士四人において最も物理破壊を得意とする一番槍こそ、彼女らである。

 グラーフアイゼンのフルドライブ状態、ギガントフォルムが顕現し、途方もなく巨大な鉄鎚へと姿を変える。こちらもシグナムと同じく、相手が人間ではないからこそ可能な伝家の宝刀である。


 「レイジングハート!」


 「バルディッシュ!」

 だがしかし、その一撃をただ傍観している程、なのはとフェイトは愚鈍ではない。ディバインシューターとフォトンランサー、彼女らの射撃魔法の中で最も発動が早いそれらを瞬時に放とうとし―――


 「縛れ――――鋼の軛!」

 彼女らにとっては完全に死角であった下方より伸びる、藍白色の杭を思わせる魔力の波動がその動きを止めていた。

 それは、先の戦いでアルフに放たれた収束型ではなく、四方から囲むように拘束の軛で対象を突き刺して動きを止める、鋼の軛の本来の使用法。


 「フェイト! なのは!」

 だが唯一、その攻撃に気付けた者がいた。以前ザフィーラと戦い、鋼の軛によって痛手を負わされたアルフは、ザフィーラが遠距離攻撃を有していることを身をもって知っており、ヴィータが巨大な鉄鎚を掲げる光景を前にしても、彼への注意を怠ることはなかった。

 三人が固まっていたことは、全員が鋼の軛の標的となることを意味しているが、同時に、守りやすくもある。障壁によって主を守ることはアルフが最も得意とするところであり、さらに守りはそれだけではなく―――


 「まずい、防御を―――」

 彼女らより遙か遠くにいるユーノ・スクライア、ヴィータの巨大な鉄鎚をその魔力を目撃し、もはや強装結界が破られるのは避けられないと悟った彼は瞬時に目標を切り替え、なのは、フェイト、アルフの三人を守るための障壁を展開させた。

 その判断は見事の一言に尽きるが、それは同時にヴィータを止められる者は最早誰もいないことを意味しており―――



 「ギガントシュラーク!」

 横薙ぎに放たれた鉄の伯爵グラーフアイゼン最大の一撃が、ヴォルケンリッターの逃走を封じていた強装結界を完全に破壊していた。










新歴65年 12月7日  次元空間  時の庭園  中央制御室  日本時間 PM7:20



 『ふむ、やはり闇の書の守護騎士にはアルゴリズムだけではない理由があるようですね』

 鉄鎚の騎士が強装結界を砕き、三騎は飛行魔法によって逃走。途中まではエイミィ・リミエッタが指揮するサーチャーとレーダーが追っていたが、再び“偽りの騎士”が現れ、判別がつかなくなった段階で追跡を中止した。

 間違いなく、先に離脱した湖の騎士が今回蒐集したページの余りを用いて顕現させたものに他ならず、使うべき時には躊躇なく使うその思いきりの良さは流石にベルカの騎士と言うべきか。


 『此度の遭遇戦、結果だけを見るならばアースラの敗北とも取れますが、得たものも多い』

 6人の武装局員が蒐集されたが、その分のページは今日の戦いでほぼ消費し、プラスマイナスは0。

 守護騎士の実力や切り札、行動理念についても数多くのデータが取ることに成功、長期的に見るならば実に有意義な成果をもたらしてくれた。


 『まだ大数式のパラメータが揃ったとは言い難いですが、それでも徐々に集まりつつある。それに、“彼女ら”もやはり動いていたようですね、偶然ではありましたが、彼女らを捕捉できたのは僥倖と言える。まあ、役目はなかったみたいですが』

 管制機は知る、老提督が何を覚悟し、どのような終焉を求めているかを。

 それ故に―――


 「………出番なかった」


 海鳴市に存在するビルの陰にて、虚しそうに呟く仮面の男の姿を、“時空管理局の誰もが知らない時の庭園独自のサーチャー”が、確かに捉えていた。

 管制機が操るサーチャーの中には“12月の第97管理外管理外世界”にいても違和感がない形態を持つ者達がいる。

 フェイト・テスタロッサが地球で暮らすことを決めた時、私立聖祥大学付属小学校に通うと決めたその時から。

 時の庭園の管制機だけが存在を知るサーチャーが、海鳴市のフェイトに関わる重要地点に中心に、多数設置されていたのである。

 余談ではあるが、高町家において、なのはがお風呂に入ることを怖がっている事実を確認したサーチャーも、それらの一つであったりする。

 そして、時の庭園が闇の書事件対策本部となっている現在においては、管理局が第97管理外世界に置いているサーチャーやレーダーもまた、彼の管制下にある。

 フェイト・テスタロッサは管制機トールがそれらを悪用しないためのある種の“保険”でもあり、彼女がハラオウン家にいる以上、トールが管理局に敵対することはあり得ない。

 だがしかし、管理局のサーチャーを悪用することと、それにばれないように時の庭園独自のサーチャーを設置することはイコールではない。

 可能な限りフェイトを見守るためにトールが放ったサーチャーは、思わぬ成果を上げていた。

 そして、それらのサーチャーの役割はあくまで“フェイトを見守る”ためのもの。

 それ故、八神はやての所在地を知りながらも、彼はこれまで八神家にサーチャーを飛ばすことはなかった。

 彼が八神家そのものの調査を開始するのは、月村すずかを通してフェイト・テスタロッサが八神はやてを知り、彼女と友達になった時より後のことになる。

 ただし、既にフェイト・テスタロッサの友人である月村すずかとアリサ・バニングス、その二名は別である。

 守護騎士と管理局の戦闘に巻き込まれることを万が一にも避けるため、守護騎士を武装局員が補足した時より、管制機は彼女らの携帯電話のGPS機能によって現在地を特定し、サーチャーを派遣していた。(専用の変換機によって、地球のなのはが本局にいるユーノにメールを飛ばせたりもするので、逆も然り)

 そして、月村すずかの安全確認のために派遣されていたサーチャーは―――


 「たっだいまー、はやて!」


 「ただいま戻りました」


 「ただいまです、はやてちゃん」


 「………」


 「お帰り皆、お鍋の準備できとるよ、グッドタイミングや」


 「お邪魔してます、シグナムさん、シャマルさん、ヴィータちゃん、ザフィーラ」


 守護騎士の行動理念の根源を、偶然ながら、探り当てることに成功していた。

 こうして闇の書の守護騎士、ヴォルケンリッターは――――


 主と客人が待つ鍋に、間に合ったのである。






あとがき

 これにてVS守護騎士2回戦終了ですね。原作と組み合わせを変えてみたのですが、いかがだったでしょうか?
 さて、次回なのですが、このA''s編のメインというか、最も書きたい部分があります。そして原作の『リリカルおもちゃ箱』に関連する描写がありますので、原作をやっている方から、感想、意見がいただけたらとても嬉しいです。もちろん、原作をやってない方からの感想もとてもありがたいです。
 一応予備知識として、リリカルおもちゃ箱の最終話を見ていたほうがよいかな? もちろん強制などはしませんが。ニコニコ動画で見られるはずです。




[26842] 第十八話 Song To You
Name: イル=ド=ガリア◆9d8bc644 ID:97ddd526
Date: 2011/04/09 12:10
第十八話   Song To You




新歴65年 12月7日  次元空間  時の庭園  中央制御室  日本時間 PM7:40




 【武装局員6名の治療、第一段階を終了しました。ウィスキー、ウォッカ、アップルジャックの各分隊よりちょうど2名ずつ蒐集を受けたわけですが、全員、容体は安定しており、集中治療室から一般のメディカルルームへと移しました】


 【そうか、それは何よりだ】


 【取りあえず飛行魔法が使える程度まで回復するのに要する時間はおよそ38時間、高町なのはのデータがありますから、より効率的な治療が見込めます。それに、初期の治療も定期リンカーコア健診の結果を基に行われましたから、回復は早いと予想されます】


 【回復の要は、初期治療と普段のデータの積み重ね、というわけか】


 【ええ、定期健診などは非常に時間がかかり、およそ全ての局員は面倒であると考えているでしょうが、こういう時には役に立ちます。ただ、早期の復帰が可能となるため、障害手当は見込めそうにありませんが】


 【それは言わないでおいてくれ、それに、不自由な想いをしてそれに応じた金を受け取るよりも、健康な身体がある方が良いに決まっている。君の主の研究成果も、それを望む人達のために使われているのだから】


 【確かに、これは失言でありましたね、以後、注意することと致しましょう】


 【しかし、武装局員6人がやられたか、これはまた始末書の山を覚悟しなければならないな】


 【貴方の責任とは判断しかねますが、組織というものはそのような歯車である以上、それも致し方ないのでしょうね、故にこそ管理職というものは存在する】


 【そういうことだ。時の庭園の設備のおかげで大事に至っていないが、対処を誤れば最悪、リンカーコア障害になる】


 【しかし、それが予想されるからこそ、時の庭園がここに在るのです。気にせずどんどん使ってください、フェイトも、それを望んでおりますし、治療費もこちらで負担しますから】


 【すまないな、だが助かるよ】

 シャマルによって武装局員が蒐集されていく状況において、クロノが強装結界の維持を選択した最大の理由がそれである。

 組織にとって、いかなる時も最大の課題となるのは責任問題と予算問題の二つ、責任の方はリンディやクロノが負うので擦り付け合いなどにならないが、問題は予算である。

 蒐集を受けたリンカーコアの治療を行える医療施設はそれほど多くなく、次元航行艦か本局、もしくはクラナガンくらいにしか存在しない。そして同時に、それらの設備を使用するには多額の費用がかかる。

 アースラとて管理局という機構の一部であり、闇の書事件という重大な案件に対処しているとはいえ、やはり予算は限られている。武装局員6名が蒐集を受け、その治療のために多額な費用がかかるとなれば、今後の活動を考えると少々痛い。

 しかし、その治療を時の庭園で行い、なおかつその費用をテスタロッサ家が負担するとなれば、武装局員の被害を気にせず作戦を続行することも可能となる。極当然の話だが、“費用を請求するかどうか”は医療機関次第なので、アースラが問題になることもない。とても親切な医療機関に巡り合えた、だけのこと。

 とはいえ、現在時の庭園は地上本部の管轄にあるため問題が生じるようにも思える、が、それも“ブリュンヒルト”に関する部分のみであって、その他の部分はあくまでテスタロッサ家固有の品、管理局から正式な医療行為の認可を受けた民間施設、でしかない。

 そのため、アースラスタッフが無断で“ブリュンヒルト”やその動力炉たる“クラーケン”のある区画に入ることは問題となるが、その他の施設はあくまで民間であり、家主の許可さえあれば自由に動ける。

 この場合、家主とは当然の如くフェイト・テスタロッサ、ただし、成人ではないため法的な後見人はリンディ・ハラオウンとなる。つまり、間接的ではあるものの、現在の時の庭園はアースラ艦長と執務官、ハラオウン家のプライベートスペースともいえるのである、ぶっちゃけ、反則ギリギリ、グレーゾーンど真ん中。

 その辺りの処理において、リンディ・ハラオウン、レティ・ロウラン、そして、管制機トールの間で大人の話があったのは言うまでもないが、当然の如く、なのはやフェイトには知らされていない。

 闇の書事件に少数精鋭で正面からぶつかるなら、このくらいのチートがなければやってられるか、というのがアースラクルーや武装局員達の想いであったが、時の庭園があっても状況はなおも好転せず、緊迫した駆け引きが続いている。


 【そのようなわけで、こちらは問題ありません。エイミィ・リミエッタ管制主任も既に包囲網の再構築に努めており、ウィヌ、トゥウカの両小隊は通常の配置に戻るために動いています】


 【ああ、それは直接エイミィから聞いた。艦長もそちら側で動いているから、こっちは僕に任せる、だそうだ】


 【まあ、バックスタッフによる網はともかく、守護騎士と直接矛を交える前線では、貴方以外に指示を出せる人間はおりませんからね】


 【それが最大の問題なんだが、執務官が武装隊の中隊長を兼ねるというのもあまり良い方式ではないな】


 【身体は一つですからね、私ならば、ここから二つの身体を操作することも出来ますが】


 【たまに羨ましく思うよ、自分に無いものを羨ましく思うのは、人間の性質というものかな】


 【私も、そう判断します。それ故に、あの子らの精神的ケアが必要であろうと予測します】


 【なのはとフェイトか、少し、様子を見に行ってみよう】


 【お願いします、エイミィ・リミエッタ管制主任がハラオウン家に帰宅する際にはご連絡します。彼女は現在、作戦本部にて奮闘中です】


 【分かった、とりあえず皆が揃ったら、今後の方針について話し合おう】


 【ええ、会議の場はハラオウン家でよろしいかと、細々とした情報の整理は私が引き受けますので】


 【いつもすまない】


 【いいえ、人間では退屈に感じる単調作業、それをサポートすることも我々デバイスの重要な役割です】


 『是』


 【このように、アスガルドも申しております】


 【そうか、じゃあ頼んだ、僕達は人間に出来ることをやろう】


 【それが最善です、クロノ・ハラオウン執務官】

 そして、クロノが通信を切る間際。


 【あの二人を、よろしくお願いいたします、クロノ・ハラオウン。フェイトの兄となる貴方だからこそ、この役をお願いしたい】


 【?】


 古いデバイスは、奇妙な言葉を残していた。







新歴65年 12月7日  第97管理外世界 日本 海鳴市 ハラオウン家  PM7:45



 「アルフ、なのはとフェイトは?」

 トールとの通信を終えたクロノは、家の中のどこかにいるはずのフェイトとなのはを探そうとし、リビングでソファーに横たわっていた子犬フォームのアルフを見つけ、声をかける。

 ただ、アルフもあまり元気があるにようには見えない。どちらかというと力なく倒れ込んでいる、という感じだ。


 「フェイトの部屋にいるよ」

 果たして答えは予想通り、ただ、彼女らの現状まで予想通りではないことを祈りたい心境であった。


 「そうか、入っても大丈夫だろうか?」


 「大丈夫じゃないかい、戦闘後のシャワーは終わってるし、怪我らしいものもしてないし、身体を休めているはずだけど………」


 「何かあったのか」


 「うん、フェイトから何かこう、暗い雰囲気っていうか、落ち込みムードなオーラが伝わってくるんだよ」


 「君が力無くソファーに横たわっている原因はそれか」

 使い魔と主の間には、精神リンクというものがあり、全部ではないが主の精神状況などを使い魔は察することが出来る。

 このリンクは主から任意で遮断することが可能であり、特に、プレシア・テスタロッサという女性は己の使い魔であるリニスと精神リンクを繋ごうとはしなかった。

 ある可能性の世界においては、彼女とリニスの間にも主従の絆でもある精神リンクが繋がれているが、管制機トールが現存しているこの世界においては、彼女らは既に故人であり、それが繋がれることは永遠にない。


 「うん、やっぱり落ち込んでるみたいなんだけど、あたしには無理だ、フェイトのネガティブオーラに汚染されて、あたしの思考もネガティブになってるから」


 「ということは、ユーノが?」


 「うん、なのはとフェイトを必死に慰めてるみたいだけど、多分無理だと思うよ」


 「まあ、ユーノだからな」

 別にユーノ・スクライアという少年が口下手というわけではないのだが、普段からなのはとフェイトを気遣ってばかりの彼の言葉では、励ましではなく気遣いとしてしか受け取られない。こういう時は、オブラードに包まず事実をズバッと言ってのける人物の方が適任である。

 アルフはフェイトのネガティブオーラでダウンしているため、適任はエイミィ、ただし、彼女も不在であり、そうなるとクロノしかいない。

 最も適任であるのは、客観的事実しか述べることがないデバイスなのだが、フェイトがハラオウン家にやってきて以来、トールは直接的にフェイトの心の支えになろうとはしておらず、その役をなのは、ユーノ、クロノ、リンディ、エイミィなどに託そうとしていた。

 彼曰く、『私の命題は彼女を見守ることにあり、共に生きることではありません』とのことであり、そういった点においては、彼はフェイトの意思を斟酌することはない。彼は主から己に与えられた命題の範囲内においてのみ、フェイトの心を考え、フェイトのために機能する。

 また、レイジングハートとバルディッシュも現在沈黙しながら反省中、実に似た者主従である。


 「まあ、特訓の成果があれでは仕方ないかもしれないが、放っておくわけにもいかないな」


 「そうそう、お兄ちゃんらしく励ましの言葉を贈ってやりなって」

 なのはとフェイトの二人は、それぞれヴィータとシグナムとの再戦を想定し、“ミレニアム・パズル”の仮想空間での訓練や、それ以外でもかなりの修練を重ねてきた。

 しかし、その想いは見事に外れ、なのははシグナムに、フェイトはザフィーラにボコボコにやられる、という結果だけが残った。デバイスが大破したわけではなく、怪我をしたわけでもないが、良いところがないままやられた、という点は間違いなかった。

 どんなに強くとも9歳の女の子、落ち込むなという方が無理か、と思いつつ、クロノは部屋のドアをノックする。


 「フェイト、なのは、入っていいかい?」

 反応はない、反応はない。

 ノックを繰り返し、もう一度呼びかける。


 「フェイト、なのは、起きているか?」

 反応はない、反応はない。

 ただし、小動物が走るような音がする。


 「クロノ、入ってきて、鍵かかってないから…」

 その声は何かこう、疲れ果てたというか、縋りつくような印象を与えるほど衰弱していた。

 責任感が強い少年だけに、必死に少女達を慰めようとしたのであろうが、完全敗北に終わったことがその声だけで判断可能であった。


 「失礼するよ、って、何だアレは」


 「なのはとフェイトを具にして、布団がご飯と海苔を兼ねているお寿司、だと思う」

 俗に、す巻きと呼ばれる物体、それがフェイトの部屋の床に二つ転がっていた。

 ベッドは一つしかないので、見たところ、押し入れに仕舞われていた布団を使った模様。なのは巻きが掛け布団、フェイト巻きは敷布団によって構成されており、顔だけ布団からはみ出している。

 ちなみに、布団を巻いているのはバインドである。自分です巻きを作るにはそれしか方法はないが、見事なまでの魔法の無駄遣いであった。


 「やはり、落ち込んでいたか」


 「うん、結構張り切っていたからね、見事に空振りになった挙句、逃げられちゃったし」

 とりあえず突っ立っているだけでは何も出来ないので、まずはなのは巻きの方へ近づいてみるクロノ、アルフからの情報でフェイトがネガティブオーラを放っていることを聞き知っているため、まずは地雷を避けようという選択であったが―――


 「お父さん、お母さん、どうしてわたしなんかを産んでしまったんですか? お兄ちゃんやお姉ちゃんみたいに銃弾よりも速く走れもしないし、剣でコンクリートの壁を切り裂くことも出来ない、挙句の果てにヴィータちゃんにやられて、シグナムさんにも歯が立たないダメなわたしを……」

 甘かった、なのはを取り巻いている負のオーラも決してフェイトに劣るものではない、というか、キャラが変わっている。


 「いや、それはむしろ、君よりも家族の方が異常な気がするんだが」

 とりあえずツッコミを入れるクロノ、後半はともかくとして、前半がおかしい。人間は銃弾より速く走れる生き物ではないし、コンクリートの壁は鉄製の剣で切れる物ではないはずだ。


 「ううん、違うの、お父さんとお母さんも、お兄ちゃんとお姉ちゃんも悪くないの、悪いのはわたし、わたしだけ。わたしが何も出来ないから、わたしがいてもいなくても変わらないから、いいえ、いない方がいいから、皆わたしを見てくれないの」


 「………」

 ことは案外深刻、クロノは直感的にそれを悟った。

 高町なのはという少女が持つ強さを彼は知っているが、それ故の危うさも感じていた。ヴォルケンリッターに二度続けて敗れたことが、彼女の心の最も弱い部分を表面に出そうとしている。

 なのはが、魔法という力をそのまま受け入れ、自分の力を変えた理由。

 力を持つことへの恐怖はなく、自分が傷つくことへの恐怖もなく、何も出来ない自分をこそ恐れていたその根源。

 家族の愛に飢え、居場所を求めながらも、迷惑をかけることを恐れて何も出来ず、一人になってしまったトラウマ。

 管制機トールが、フェイト・テスタロッサと鏡合わせにように似通っていると称した、その在り方。

 不屈の心に隠された、少女としての弱さが、そこに表れていた。


 「それは別に、君のせいじゃないだろう」

 クロノ・ハラオウンは、なのはのトラウマの根源である、幼少時の高町家の家庭事情を聞き知っている。というより、あの管制機に一方的に伝えられた。

 これはあくまで高町家の問題であり、他人であるクロノが断りもなく知ってよいことではないが、“フェイトの幸せのため”に機能するデバイスはそんなことは考慮しない。フェイトとなのはが心に傷を負った際に、それを癒す立場にいる人物にはそのための情報を無理やりであろうと送信する。


 それが、管制機トールであり、彼がその情報が必要になる可能性があると計算したその時が、今訪れていた。


 「お母さんは、私達に寂しい想いをさせないように一生懸命で、お兄ちゃんもお姉ちゃんも、大好きな剣術の練習まで中断して、家のことやお店のことをお手伝いしていて―――――わたしは、本当に小さくて、ひとりぼっちになってしまう時間が悲しくて―――誰も、傍にいてくれないのが寂しくて―――」

 自分は、本当はいらない子なんじゃないかと、そんなことばかり考えていて


 「だけど、それは違って―――」

 夜中に一人でとても辛そうにしていたお母さんが―――

 (なのは―――)

 わたしを見て、笑ってくれた

 (ごめんね、いつも一人で寂しいよね)

 わたしをぎゅっと抱きしめてくれて、あったかな胸に抱かれて感じたのは

 (だけどお父さん、きっとすぐに元気になるから)

 うれしさと、切なさと

 (そしたらきっとまた、家族みんなで遊びにだって行けるから)

 ただ守られて心配されて、何も出来ないまま待っているしかできない自分


 「だけど、私は何もできなくて――――悲しいことを前にしても、悲しんでいる人を前にしても、何も出来ない、あんまりにも小さくて、無力な自分が――――悲しくて、悔しくて」


 「………」


 「どうして、わたしの手はこんなに小さいの………」


 それはなのはだけが持つ想いであり、決して他人には共有は出来ない。

 だが、クロノにはその想いが理解できた。それは、クライド・ハラオウンが殉職してよりすぐの頃、クロノ・ハラオウンという少年に刻まれた、原初の想い出そのものであったから。


 「魔法の力を得て、レイジングハートと一緒に、フェイトちゃんを―――助けるって言ったのに、自分自身すら守れなくて、クロノ君やユーノ君に守られてばかりで――――わたしの手は、小さいまま………」

 高町なのはという少女が何よりも恐れる、何も出来ない自分。

 誰かに助けられることしかできない、無力な自分。



 「フェイトの方は……」

 もう一つのす巻き、フェイト巻きの方を見やると、やはり同じ症状がそこにはある。


 「わたしは何も出来ない、母さんも、姉さんも、リニスも助けられなくて―――――」

 なのはの家族が、高町士郎が大怪我を負って入院している間、一丸となって頑張っていた時、なのはが何もできないことを悲しんでいたように。

 フェイトの家族が、アリシア・テスタロッサを治療するために頑張っている時、フェイトもまた、何も出来ないことを悲しんでいた。

 だから、彼女は必死に、8歳でAAAランク相当に至る程の訓練を繰り返した、だけど、願いは届かなくて。


「なのはも………友達になるって言ったのに、なのはが危なくなったら助けるって誓ったのに、何も出来なくて、アルフとユーノに助けられただけ……」

 盾の守護獣ザフィーラの攻撃から、二人に助けられたのは事実ではあるが、ザフィーラが彼女らを攻撃したのは、なのはとフェイトを放置できない脅威と認識しているからこそ。

 だから、二人は決して足手まといでも無意味でもない。彼女らがいなくては、アースラの戦略は根本から見直しを迫られる。


 「と、口にしても聞こえそうもないな」


 「僕が何を言っても、二人とも“自分が悪い”としか返さないんだ、こんなこと初めてだから、どうしたらいいか分からなくて」


 「ふむ………」

 僅かに考え込み、そしてクロノは思い当たる。

 (あの二人を、よろしくお願いいたします、クロノ・ハラオウン。フェイトの兄となる貴方だからこそ、この役をお願いしたい)

 生まれる前からフェイトのことを知っている古いデバイスが、そう告げていたことを。


 「彼は、この子達の心を知っていたのか」


 「彼?」


 「いや、こっちの話だ」

 あの管制機が二人の少女の根源を把握しているのなら、それを彼に問い合わせれば彼女達にかけるべき答えはすぐに見つかるだろう。

 だがきっと、それではいけないのだ。彼は自分の役割は見守ることであり、共に生きることではないと語っていた。


 <フェイトの家族となる、僕達が何とかしなくてはならない、そういうことか、トール>

 まったく、あのデバイスはどこまでも主に忠実でどこまでも厳しい。

 ある意味で、甘やかすという言葉と最も縁の遠い存在なのだろう。甘やかすことがフェイトの将来に良い結果をもたらしはしないと計算したならば、彼が甘やかすことなどあり得ない。


 <いつも厳しいわけじゃない、正直、過保護な部分も多くあるし、フェイトが望む大抵のことを彼は叶えようとする>

 クロノは知らないが、フェイトのなのはと一緒にお風呂に入る、という望みを叶えるために、実にしょうもない支援を行っていたりもする。


 <だが、肝心な部分となると、彼は厳しい。まるで、普段は人間よりも人間らしく、あらゆる事態に対応できる万能な存在のようでありながら、根本の部分で融通が効かない機械仕掛けである彼そのもののようだ>

 兄、という要素はこれまでのフェイト・テスタロッサにとって無かった要素であり、管制機トールはクロノ・ハラオウンという存在を把握するため、最も多く交流を持った。

 そのためか、クロノはおそらくリンディ以上にトールという存在の根源を理解している。プレシア・テスタロッサがいない今、トールを最も理解している人間はクロノ・ハラオウンなのかもしれない。


 「彼のことばかり考えてしても仕方ないな、まずは、この子達を元に戻さないと」

 トラウマというものは実に厄介だ。

 ゴキブリや洗浄マシーンのような“軽い”ものは特に問題はないが、行動理念に結びついているものは根が深い。

 何も出来ないこと、家族を救えないこと、家族に必要とされないこと、それが二人の少女が精神に抱える最大の恐怖。

 これまでは、二人が互いに支え合うことで忘れていたが、今回は二人が同時に傷ついたことで、癒す者がいなくなってしまった。

 なのはが傷ついたならば、フェイトが支える。フェイトが傷ついたならば、なのはが支える。“わたしが傍にいる、わたしが貴女を必要としている”と、相手の目を見て伝え合う。

 そういった意味で、二人の少女は片翼の天使のようなものだ。飛ぶためには手を繋ぎ、一緒に羽ばたかねば落ちてしまう。


 「子供である今はそれでいいが、大人になったらそうはいかないか。だとすれば、家族として、兄として、僕は―――」

 クロノは、自分の過去を思い返す。

 父親を3歳の時に失い、管理局員としての仕事に忙しかった母に甘える時間はあまりなかったように思われる。

 だが、それを自分は苦に思っただろうか?


 <違うな、士官学校でエイミィに出逢うまで、そんな余裕すらなかったんだ>

 5歳の頃から、リーゼロッテ、リーゼアリアの指導の下、魔法の訓練を始めた自分。

 だが、自分には才能というものがなかった。それを理解してもなお、いつかは執務官になって、“闇の書”のようなロストロギアによる犠牲者を出させない、そんな“正義の味方”を目指し、ただがむしゃらに魔法の訓練を続けていた幼い自分。

 それを目指す気持ちは今も変わらないが、同時に、理想ばかり見ていても現実は変わらないということも知った。エイミィと出逢ったのはちょうどそんな時だ、士官学校に入り、組織というものの限界を知り、軽い諦観を覚えていた頃。


 <今思えば、つくづく面白みがない男だな、僕は>

 波乱万丈とはほど遠く、延々と同じことを繰り返していただけの子供時代だった。

 それが変わったのは、エイミィと出逢って、執務官と補佐官として一緒に働くようになってからだと思うが、その時自分は既に11歳、そこからの経験はまだ9歳のなのはとフェイトの参考にはなりそうもない。

 かといって、それ以前の自分はあまりにも人との繋がりが少なかった。いや、なかったわけではなく、母や恩師であるグレアム提督、実際の師匠であったリーゼ姉妹を始め、母の親友のレティ提督や管理局の人達、さらには士官学校の同期と、数多くの人達との出逢いと触れ合いはあった。

 だが、その頃の自分は外を向いていなかった。引きこもりというわけではないが、目指すべき場所へ辿り着くために全力を注いでいたため、自分が一人でいる寂しさにすら気付いていなかった。気付いていない以上、そこに特別な想いがあるわけもなく、参考にならない。


 <母さんがなかなか家にいないのも、これ幸いと魔法の訓練をするだけだったな。注意する人がいないのをいいことに無茶もやったが、母としては胃が痛くなる思いだっただろう>

 我ながら性質の悪いことに、引き際というものもわきまえていたから手に負えない。多少の無理はしても身体に影響が出るような真似はせず、長期的に見れば効率的といえるような訓練ばかりやっていた。それでも、苦しいものは苦しいし、痛いものは痛かったが。

 理にかなっている訓練法であるが故に、母も本気で止めることは出来なかった。近くで見れば注意せずにはいられなかっただろうから、自分も出来る限り母の目の届かぬ場所で訓練していた。そういった意味では、仕事で忙しい母と、夢を追うことしか考えていなかった自分は、噛み合ってはいたのだろう。

 あの頃の自分は、本当に悪い息子だったと自嘲する。いや、今でもあまり自信はないし、前線で戦う執務官をやっている時点で、親孝行とは間違っても言えない、最悪、死ぬ危険もある仕事であり、数年に一人は殉職者が出ている役職なのだから。

 殉職までいかずとも、日常生活に影響が出るほどの後遺症を負って引退した者も多い。執務官にも数多くの担当があるが、その中でも自分はロストロギアを扱う次元航行艦所属、ジュエルシードや闇の書以外にも、数多くのロストロギアを相手にしてきた。まあ、闇の書事件を追うために選んだ道なのだから、当然と言えば当然なのだが。


 <我ながら、何とも可愛げのない子供だ。それに比べれば、この子達はずっと素直でいい子だな>

 しかし、可愛げのない子供であった自分では、素直で感受性の強い彼女達の参考になりそうもない。


 <スクライアで育ったユーノも少し特殊だ、確かに、彼の言葉ではどうにもならなかったのだろう>

 芯の強さならば、ユーノはなのはやフェイトの数倍強いとクロノは思っている。女の子と男を単純に比較することは出来ないが、現実を見据えて前に向かうという部分ではユーノの心は揺るがない。

 その姿勢が、自分とよく似ている、ということにはクロノは気付かなかった。だからこそ、この二人もまた親友なのである。


 <なら―――待てよ、昔の僕だってずっと強がっていられたわけはじゃない、落ち込むことだってあった>

 執務官になってからは、失敗を落ち込む暇があれば、再発防止に全力を尽くせ、という姿勢であるため忘れていたが、自分も昔からこうだったわけではないはず。(その辺はトールと似ていたりする)

 そんな時、自分はいったい、何を支えにしていただろうか―――


 「う……」


 「どうしたの?」

 いきなり呻き声をあげたクロノに、いったいどうしたのかと尋ねるユーノ。


 「何でもない……」

 と答えつつ、辿り着いた回答について熟考するクロノ。


 <この歳になるとかなり恥ずかしいが、最も大切な思い出であるし、僕の一番の支えであったことは確かだな>

 結局は自分もあまり大差なかったようだと、改めて自嘲するクロノ、だが、それでよいのだとも同時に思う。

 やはり子供は、母の愛に包まれているべきなのだろうと、当たり前のように彼も考えていたから。


 「とりあえず、手は浮かんだ。今のなのはとフェイトには、多分これが一番有効だ」

 確証はないが、そんな気がする。

 何より、あの管制機が言ったのだ、クロノ・ハラオウンに任せると。

 ならば、自分こそが彼女らに対する特効薬となるものを持っている、そう、彼は判断したはずだ。

 その答えを示さず、兄自身に考えさせたことも、何とも彼らしいと思える。


 「S2U………いや、Song To You、スタートアップ」

 『Reday set.』


 ストレージデバイスS2U

 普段はそう呼ばれ、管理局の武装局員が使う標準のストレージデバイスと大体同じ性能を持っているが、込められた願い、託された命題はそれとは異なる。

 彼に託された命題は、管制機トールと最も近い。母が自分の子供に贈った願いそのものであるから。

 シルビア・テスタロッサという女性が、幼い身体で扱うには危険な程の高い魔力資質を持って生まれたプレシア・テスタロッサのために、時の庭園の管制機というコンセプトで設計されていた、まだ生まれていないデバイスに“常に一緒にいられない私の代わりに、私の娘の魔力を制御し、娘をあらゆる脅威から守るように”という命題を込めたように。

 リンディ・ハラオウンという女性が、父を失い、その後を継ごうと頑ななまでに頑張り続ける息子、クロノ・ハラオウンのために、通常の武装局員が扱うストレージデバイスを基に、“常に一緒にいられない私の代わりに、息子と共に在り、支えてあげて欲しい”という願いを託されたデバイス。



 故にその真名を、Song To You(歌を、あなたに)



 母が子に贈る、“ただ健やかに育ってほしい”という原初の願いが込められた、愛の結晶。


 「なのは、フェイト」

 Song To Youが音楽を奏で、優しい旋律が流れ出す。

 そこに、歌詞はなくハミングのみ、その声は“私はいつでも見守っていますよ”という母の想いそのものだから。


 「君達は、無理に頑張らなくてもいいんだ」

 そして、かつてその歌を贈られ、自身の信じる道を歩み続けた少年が、愛を失うことを恐れる少女達に言葉を紡ぐ。


 「君達が無理に頑張っても、君達のお母さんは、喜びはしないよ」

 自分はそれが出来ない悪い息子であった、だからこそ、妹やその親友に同じことをさせるわけにはいかない。

 理屈は、至極単純、彼は男の子だから、いざとなれば母を守らねばならない、男というのはそういうものだ。

 だが、彼女達はどんなに強くとも女の子なのだから、時には弱音をはくのも当たり前だろうと彼は思う。


 「ただ、健やかにすごしてほしい、幸せに笑ってほしい、それだけなんだ」

 執務官という道を選んだ自分は、その願いを壊してしまう危険に満ちている。

 それを自覚しているからこそ、クロノは鍛錬を続けるのだ。闇の書事件のような犠牲者を出させないという目標もある、次元世界に生きる人々の生命と財産を守るために戦う存在が執務官であり、負けるわけにはいかないという理由もある。

 だが、何よりも最大の理由は、健康無事に母のもとへ帰るため、母を泣かせないために、クロノ・ハラオウンは“相手に勝つためのスキル”ではなく、“負けないための、生き残るためのスキル”を鍛え続けた。

 派手さない、輝きもない、射撃・砲撃ではなのはに劣り、速度ではフェイトに劣る。特筆すべきものは何もなく、だがそれ故に全てを修め、あらゆる状況に対処し、無事に生還する。


 「どんなに頑張っても、君達が傷ついては意味がない。自分を犠牲にして守っても、涙しか残らない」

 クロノ・ハラオウンは、殉職した自分の父、クライド・ハラオウンを尊敬しているし、目標にもしている。

 二番艦エスティアの局員が退避するまでブリッジに残り、部下を救うために命を懸けたその姿は、艦長としてはあるべき姿、理想形なのかもしれない。

 ただ、母を泣かせたことだけは、許してはならないことだと思っている。

 まだ幼く、物心つく前のクロノに僅かに残る母の思い出は、夫を失って泣いている姿だったから。

 気丈な母のことだ、決して息子の前で泣くことなどなかったはず、きっと自分がそれを目撃したのは偶然だったのだろう。だが、その光景はクロノの心に深く刻まれ、彼が進む道はその時に決まったのかもしれない。

 母を守れる強さを、泣かせない強さを、絶対に生きて帰る強さを得て、父の跡を継ぐ道が。

 そして現在、守るべき家族がもう一人増えようとしており、その子を守るためには、その親友もセットで守らねばならない。


 「だから君達は、笑っていてくれ、ただそれだけで、僕達は頑張れるから」

 望むところ、それこそが自分の選んだ道であり、求めた強さだ。

 世界はこんなはずじゃないことばかり、父が死んだという過去は変えることは出来ない。だから、大切なものを失いたくなければ、守りきれるだけの強さが必要。

 そう信じて進んできた、闇の書に恨みがないと言えば嘘になるが、クロノにとってはこれ以上の犠牲者を出させないこと、仲間の安全を維持すること、そして、家族を泣かせないことの方が重要なのだ。

 理不尽に悲しみ、復讐に狂う精神を、幼い頃に見た母の涙が、彼の心から流してしまったのかもしれない。ある意味では欠落者といえるが、復讐に狂う人間がいるならば、こういう人間もいてこそ世界のバランスは取れている。


 「だめ、それだけじゃだめ―――わたしは、お父さんを治してあげられないし、お兄ちゃんやお姉ちゃんに、好きなことをさせてあげられない―――クロノ君やユーノ君が頑張っても、わたしは………」


 (お前がいてくれるから、お父さんもお母さんも頑張れるんだよ)

 (なのはが笑っててくれれば、お姉ちゃん達だって、元気百倍なんだから)

 (じゃあ、いつも笑ってる! みんなが元気になれるように!)


 「いつも、笑っていることしか………できないんだよ…………」


 「………そうか」

 そして、クロノは理解した。


 <どうやら、なのはの兄、高町恭也という人と、僕は似たもの同士みたいだ>

 父、クライド・ハラオウンが亡くなった時に、泣いている母を見た幼い自分、そして、進む道を決めた。

 おそらく、高町士郎という人が死ぬ寸前の大怪我を負った時に、高町恭也という人も、自分と同じものを見たのだろう。多分、父を誇りに思うと同時に、二度と母を泣かせるようなことをしたら許さない、とも思っているはず。

 そして恐らく、なのはも似たようなものを見たのかもしれないが―――


 <すまないな、なのは、こればかりは、譲るわけにはいかないんだ>

 男としての意地、兄としての意地。

 ああ、つまりはそういうことなのだ。


 「なのは、それは違う。君のお兄さんやお姉さんは、自分のやりたいことを我慢して頑張っているわけじゃない、君達の笑顔を守ることが、やりたいことなんだ」


 「でも、わたしも―――」


 「残念ながら、こればっかりは兄や姉の特権だ、今回の場合が、僕がフェイト担当で、ユーノが君担当かな」


 「え、ぼ、僕!?」


 「ユーノがやりたいことは、何よりも君の笑顔を守ることらしいから、別に君が気に病むことはない。だから―――」


 「ちょ、ちょっと!」

 今の彼女らに必要な言葉は、きっとこれ。


 「一度の失敗なんかでくじけるな、頑張れ、なのは、フェイト、僕達は皆、君達を応援している」

 励ましでも、慰めでもなく、君達の手がもっと大きくなることを願う、祝福のエール。

 小さな子達よ、もっと頑張れ、僕達は応援している、いつでも背中を押してやれる。


 果たして―――


 「クロノ君……」


 「あ……クロノ、いつからそこに?」

 奏でられた母の歌によってか、紡がれた兄の言葉によってか、少女達の瞳に光が戻る。

 「ようやく戻ってくれたか、というかそんな恰好で君達は一体何をやっているんだ?」


 「あ、あれ、ええと、にゃはは」


 「な、なんでだろうね、あははは」

 笑顔というには、誤魔化しの要素が強かったが、それでも少女達に笑顔が戻り、バインドを解いて彼女らは立ちあがる。


 <僕では、こんなものか、やっぱり、母さんは凄い>

 クロノも幼い頃、落ち込む事があるたびにこの歌を聴き、母を側に感じて、心を落ちかせていた。そして内心でそう思いつつも、彼は普段通りに―――


 「遊んでいる暇はないぞ二人とも、闇の書事件は終わったわけじゃないし、今日の戦いで守護騎士の強さや特性も大体掴めた、次こそは捕縛して、主を突きとめる」


 「え、あ、うん!」


 「りょ、りょうかい!」


 落ち込む暇があれば、次はどうするかに全力を注ぐ、そんな自分の在り方を、少女達に示したのだった。


 「あ……でももう少しこの歌を聞いていていいかな?」


 「ああ、それは構わないよ」

 そうして微笑むクロノの表情は、たしかに妹を想う兄のものとなっていた。

 テスタロッサの家には父がおらず、時の庭園において、フェイトにとってはトールが兄であり、父であった。

 しかし今、フェイトはハラオウンの家におり、クロノが兄となり彼女を支えている。






 ≪貴方は私と同じだったのですねS2U、いえ、Song To You。母が、その何よりも大事な子供のために作った贈りもの≫

 そして、墓守となった管制機は、時の止まった庭園の中枢に佇みながら、静かに演算を続けている。


 ≪――――――そうか、だからなのですねマスター。貴女が会ったばかりのリンディ・ハラオウンにフェイトを託したのは、私のマイスターと、自分の母と同じ雰囲気を感じ取っていたから、なのですね≫


 彼には理解することが出来ない、人間がもつ不思議な感覚で娘を託す相手を定めた主を思い、母が娘のために、彼へと残した最後の命題を守りながら――――

 Song To Youと同じ命題を託されたデバイスは、黒髪の少年が金髪の少女の兄となった光景を、見守っていた。





あとがき
アニメでは明言されていませんが、S2Uの声がリンディさんの声の理由は原作の通りだと思っています。
 自分は、リリカルおもちゃ箱が大好きです。Song To Youを聞いた時は涙がぼろっぼろ出ました。他の音楽も大好きですが、Song To Youが一番好きでした。
 今回の話は、A’S編の最大の伏線であり、絆の物語の根源部分、“家族の絆”に絡んでくる部分です。高町家、ハラオウン家、八神家の三家族の絆こそが、リリカルなのはA’Sという物語において得られた宝物なんじゃないかと自分は考えており、これらの家族の繋がりから、StSへと人の繋がりは伸びていくのだと思います。
 そういうわけで、なのはの心の最大の檻である家族との関係、その檻を破壊する始まりの鍵を今回の話にしたいと思っています。StSでは可能な限り、なのはの性格をリリカルおもちゃ箱のなのはが成長した形にしたい、という身に余る願望を秘めており、戦う時は不破なのはで、普段は高町なのは、高町桃子という女性を母に持つ娘であることを出していきたいと思っており、自分の中でのなのはのテーマソングは、『はるひな ~Theme of Momoko&Nanoha~』で固定されております。
 母と娘というテーマは自分の作品における解答編であるVividにも繋がる部分があり、やっぱり、みんな仲良く平和に過ごす以上の幸せはないと思います。





[26842] 第十九話 反省会と特殊訓練
Name: イル=ド=ガリア◆9d8bc644 ID:97ddd526
Date: 2011/04/13 16:11



第十九話   反省会と特殊訓練




新歴65年 12月7日  第97管理外世界 日本 海鳴市 ハラオウン家  PM8:00



 「もう一回確認しておくけど、カートリッジシステムは扱いが難しいの。非魔導師とかが使うショックガンとか、Eランクくらいの捜査員とかが使う簡易デバイスに使われてるタイプのカートリッジならそんなに危険はないんだけど」

 ある程度立ち直ったなのはとフェイトに、エイミィが生まれ変わったレイジングハートとバルディッシュについての説明をしていく、クロノはこれまでの情報を別室でもう一度確認している。


 「えっと、ギャレットさん達も使ってるんでしたっけ?」


 「うん、観測指定世界では何があるか分からないから、彼らも準備は万全にして臨んでるよ。だけど、高ランク魔導師の魔力を引き上げるタイプのカートリッジはかなり危険なんだ、フルドライブと併用させて使ったことで大破した例や、リンカーコア障害になっちゃった例もあるし」


 「バルディッシュの先発機もそうなったって聞きましたけど、今は大分安全性が高まったって」


 プレシア・テスタロッサの娘だけあり、その辺りの知識はかなり豊富なフェイト。


 「そうなんだけどね、ぶっちゃけ、なのはちゃんとフェイトちゃんの魔力は大き過ぎるんだ。今はまだ身体が成長していないから無意識のうちにリンカーコアが出力をセーブしてるの、だけど、フルドライブやカートリッジはその限界を突破させる機能を持つ、つまり、分かるよね?」


 「はい、身体が成長しきってないからセーブしてる力が解放されたら、その負荷がわたし達にそのまま跳ね返ってくる、ってことですね」


 「そういうこと、だから、フルドライブはあくまで最終手段ということを忘れないでね。大人の魔導師でもそれなりに危険が伴うし、何より、その子達がね」

 エイミィがやや声を落とし、なのはとフェイトの掌の上にある、二機のデバイスを見つめる。


 「なのはちゃんとフェイトちゃんの身体が負荷に耐えられない以上、誰かがその負荷を受けとめなきゃいけない。そして、それを成すのは誰か、言うまでもないよね」


 「レイジングハート………ありがとう」

 『All right.』

 高町なのはを支える杖となること、あらゆる壁を乗り越える風となること、そして、彼女に不屈の心を宿す星となること


 「バルディッシュ……」

 『Yes sir.』

 フェイト・テスタロッサが振るう剣となること、その身を守護する盾となること、そして、彼女の進む道を切り拓く閃光となること

 彼らに託された命題がそうである以上、その選択は至極当然、主のために負荷を請け負うことを厭うデバイスなどこの世に存在しない。


 「モードは、それぞれ三つずつ、レイジングハートは、中距離射撃のアクセルと、砲撃のバスター、フルドライブのエクセリオンモード。バルディッシュは、汎用のアサルト、近接攻撃用のハーケン、フルドライブのザンバーフォーム、言ったように、破損の危険があるから、フルドライブは最終手段ね」


 「はい」

 「うん」


 「特に、なのはちゃんは注意してね。バルディッシュと違って、レイジングハートは打ち合いを想定していないから、フレーム自体の強度は一般的なストレージよりも脆いんだ。強度の順番で言うなら、守護騎士達のレヴァンティンとグラーフアイゼン、フェイトちゃんのバルディッシュ、クロノ君のS2U、そして、レイジングハートになるから」


 「エクセリオンモードで戦ったら、レイジングハートが壊れちゃうってことですか?」


 「誘導弾やディバインバスターまでなら大丈夫だと思う。だけど、カートリッジを三発以上使って放つ、エクセリオンバスターのフォースバーストや、高速型のスターライトブレイカーはきついかな、フレームを強化する手もあるけど、それだと多分、動きが重くなる」


 「今後はそうするにしても、シグナム達と戦うには、痛手ですね」


 「そうなんだ、ジュエルシードの時みたいに、大型のモンスターとかを相手にするなら絶対にフレームを強化して安全性を高めた方がいいんだけど、Sランク相当のベルカの騎士を相手にするなら、ちょっとね」


 そこに―――


 「それ以前の問題として、ヴォルケンリッターを相手にフルドライブを使うのは意味がないな」

 一旦座を外していたクロノが戻ってくる。


 「クロノ君、お疲れ様」


 「ただいまエイミィ。それで、話の続きだが、フルドライブ状態での戦闘はリンカーコアを100%解放し、全ての魔力を注ぎ込む、この意味が分かるかい?」

 クロノの言葉に、なのはとフェイトがしばし考え込む。

 やがて、フェイトがやや自信なさげに応え。


 「えっと、全力全開で行くから、細かい制御が効かない、ってこと?」


 「その通りだ、フルドライブ状態で精密な制御を行うのはかなりの訓練を要する。ただ、文字通り“身体で覚える”ことだから仮想空間(プレロマ)での訓練ではあまり意味がない、まずは現実空間において、フルドライブ状態の自分を簡単にイメージできるくらいに練習しなきゃいけないんだが」


 【貴女達は魔力が大き過ぎるため、フルドライブの訓練はそう簡単には行えません。魔力量がそれほど多くない方ならば一日おきに行うことも可能ですが、スターライトブレイカーやプラズマザンバーブレイカーなどを訓練で放った場合は、三日間は魔法の訓練禁止となることうけあいです】

 さらに、時の庭園に座す管制機からも通信が入る。クロノが兄となり、フェイトがハラオウン家の子となることが確定した今、わざわざ人形をハラオウン家に派遣する必要性を計算し、彼の電脳は否という演算結果を導いた。

 他にリソースを割く必要がない状況ならば派遣していただろうが、今は時の庭園の機能のフルに使い、守護騎士包囲網の構築や、負傷した武装局員の治療などを行っており、トールとアスガルドにもそれほど余裕はなかった。それにもう一つか二つ、“極秘計画”も進めているために。


 「じゃあ、フルドライブの訓練禁止ってことですか?」


 「それ以前に、君達の戦闘能力そのものは守護騎士に比べて劣っているわけじゃない、今回は相性が悪い相手だったが、それでもデバイスが破損したわけでも、怪我したわけでもないだろう、ならば、その差はどこにある?」


 「………戦術の、組み立て――――あっ」


 「分かったかい」


 「フルドライブ状態になっても、判断力や戦術眼が向上するわけじゃない」


 「だから、魔力が上がっても、当たらないと意味がない」

 なのはとフェイトは、ほぼ同時に同じ結論へと辿り着く。


 「魔力の向上は大型魔法生物やロストロギアを相手にする際は大いに役立つ、現に、これまでのフルドライブによって大破したデバイスなどもそういう状況で使われることがほとんどだった。だが、常識的に考えて、市街地で一人の犯罪者に対して収束砲は撃たないだろう」


 「確かに……」


 「治安維持を目的とする、管理局員には撃てないよね……」


 【付け加えるなら、守護騎士達はどうやら対象の殺害が禁じられている模様です。彼女らのデバイスには非殺傷設定が存在しないことをクラールヴィントより確認しておりますので、彼女らはフルドライブでの一撃を人間に対して放つことは出来ない可能性が高い、ただし、100%ではないこともお忘れにならないように】


 「ということは、話を整理すると……」

 沈黙して話を聞いていたエイミィが、聡明な頭脳によって結論を導き出す。


 「ある意味で双方がフルドライブを使えないわけだから、なのはちゃんとフェイトちゃんの課題は、戦術面で守護騎士と対等になることかな、カートリッジロードのタイミングとか、駆け引きとか、仲間との連携とか」


 「ううう……」


 「やっぱり、そうなるよね……」

 極論、フルドライブは膨大な魔力に任せた力押しでしかない。

 ジュエルシードなどが相手ならば魔力がものを言うが、人間相手の案件はパワーだけではどうにもならない。状況に応じて、的確な対処を行う能力こそが求められる。

 無論、力があるに越したことはなく、引き出しが多くなれば対処法も増える。だからこそ、クロノ・ハラオウンは常に鍛錬を続け、あらゆる技能を修めてきたのだから。



 「それで、今回の反省だが、さっきまで君達の“ミレニアム・パズル”における戦闘訓練をもう一度確認していたんだが、トールが用意した仮想守護騎士との戦いにおいて、二人とも見事に一人とだけ戦っていたな」


 「う」


 「あはは」

 なのはが戦った仮想守護騎士は鉄鎚の騎士ヴィータのみ、フェイトが戦った仮想守護騎士は剣の騎士シグナムのみ。

 クロノも忙しいどころか多忙を極めていたため、なのはとフェイトとの訓練に割ける時間はほとんどなく、連携の仕方や、戦いの行ける戦術構築のポイントを教えた後は自習に任せていたのだが、少々監督が足りなかった模様。


 「まあ、僕も敵の戦略を見抜けなかった以上は偉そうなことはいえないが、自分が定めた相手意外と戦う可能性も今後は考えてくれ」


 「ごめんね、クロノ君……」


 「以後、注意します……」

 自分の監督不行き届きが原因であるため、叱ることはなく注意に留めるクロノ。


 「お兄ちゃんだねえ、クロノ君」


 「茶化さないでくれ、エイミィ」

 そして、クロノが兄なら、エイミィは姉的な立ち位置であった。


 【その点につきましては、私からも謝罪する点がございます。今回の件は貴方の失敗ではなく、彼女らの責任でもなく、私の失策であったとも言えます】


 「どういうことだい?」


 【クラールヴィントの一つを遠隔でレヴァンティンと接続し、タイミングを合わせて強装結界を破壊する。このような戦術はこれまでのヴォルケンリッターの行動からは見受けられませんでした。つまり、フェイトや高町なのはが守護騎士との戦いを通して学び、成長しているように、向こうにも学習されてしまった、ということです】


 「……君がレイジングハートとバルディッシュと接続し、さらにはクラールヴィントとも接続したように、か」


 【誤算と言えば誤算です。風のリングクラールヴィントはアームドデバイスでありながら、補助、通信、支援、情報処理に長けている。つまり、現存するミッドチルダ式のどのデバイスよりも、管制機トールに近い性質を有しています。彼女に対して“機械仕掛けの杖”を見せてしまったことは、早計でありました】

 学習能力こそ、人間の持つ最大の持ち味。

 守護騎士の手口を管理局が学習し、包囲網を構築しようとしているように、守護騎士もまた管理局の手法を学び、取り入れる部分は取り入れてくる。

 基より、白の国は“学び舎の国”であり、夜天の守護騎士は技術を学び、後代に伝えることをこそ使命とする者達であるが故に。

 彼らに対して迂闊に手を晒すことは、相手を増強することにも繋がりかねないことを意味していた。


 【剣の騎士が風のリングを持って強装結界内部へ突入、本来不可能であるはずの外部の湖の騎士と綿密な連携を取りながら結界を破壊する。これは、クラールヴィントが提案した手法ではないかと推測します、ちょうど、前回と立場を入れ替えたような状況でしたから、対応策を予め練っていたのでしょう】


 「もし自分達が相手の立場となったらどうするか、シミュレーションの基本ではあるな、だが、それを一発で実現するのは並大抵じゃないぞ」


 「それを出来るほどの、歴戦の騎士ってわけだ。なのはちゃん、フェイトちゃん、大変だあこりゃ」


 「わたし、魔導師歴、半年です……」


 「わたしは、えっと………本格的に活動したのはジュエルシードを探しだした頃だから、1年半、くらいなのかな?」

 対して相手は、千年を超える時を超え、戦い続けてきた闇の書の守護騎士。

 経験の差は歴然であり、何らかの手段を講じなくてはならないのは疑いなかった。


 【ただし、こちらに有利な情報もあります】

 そこに、管制機が二度の戦いにおいて導いた結論を告げる。


 「何か分かったのか?」


 【はい、二度目の戦いを観測した結果、確認が取れました。まず、前回の戦いにおいてレイジングハートとバルディッシュが破壊され、新たにカートリッジシステムを搭載して戦いに臨んだことは言うまでもありません】

 相変わらずの回りくどい言い方であったが、これがトールである。


 【しかし、グラーフアイゼンとレヴァンティンの二機には改善された様子がありませんでした。今回新たに観測されたフルドライブ状態からも、守護騎士が弱点を克服出来なかったことが伺えます】


 「弱点、ですか?」


 「弱点って、何、トール」


 【貴女達を殺さないようにして戦うならば、殺傷設定よりも非殺傷設定である方が有利であることは明白。非殺傷設定ならば、相手を殺さずにフルドライブ状態で戦うことも可能となります。しかし、守護騎士にはそれが出来なかった、なぜか?】


 そして、クロノがいち早く解答に辿り着く。


 「守護騎士には、デバイスマイスターがいない、ということだな」


 【主がそれを担えるならば最上なのでしょうが、管理外世界を本拠地としている時点で、その可能性もほとんどあり得ない。闇の書の力によって、その一部であるデバイスを復元することは可能でも、改良することが出来ない、中世ベルカに則るならば、騎士がいても調律師がいないのです】

 それこそが、闇の書の守護騎士が抱える最大の欠点。

 中世ベルカの騎士は、調律師が調整した騎士の魂たるデバイスと共に戦うことで最強足り得る。

 だが、調律の姫君がいない今、騎士の魂を調整する者がいない。殺傷設定が不利であることを承知しながらも、それを改善することが出来ないのだ。

 もし、管制人格が本来の機能を果たしていたならば、デバイスマイスターとして顕現し、騎士達のデバイスに非殺傷設定を搭載していたことだろう。闇の書は敵から知識や技術を蒐集することに長けているのだ。


 【そうである以上、彼らの姿も変わりようがありません、グラーフアイゼンは、通常形態と思われるハンマーフォルム、強襲形態と思われるラケーテンフォルム、フルドライブ状態のギガントフォルムの三つの姿を持っています。構成的にはバルディッシュに近いですね】

 汎用性が高いアサルトフォルムとハンマーフォルム、近接攻撃用のハーケンフォルムとラケーテンフォルム、フルドライブ状態のザンバーフォームとギガントフォルム。


 【レヴァンティンは、通常形態のシュベルトフォルム、連結刃による多種多様な攻撃を繰り出すシュランゲフォルム、そして、遠距離からの最強の一撃を放つためのボーゲンフォルム。ただし、シュベルトフォルムやシュランゲフォルムにおいてもフルドライブは可能であると推察されます】


 「だろうな、彼女が剣の騎士である以上、フルドライブが弓だけとは考えにくい。むしろ、あらゆる形態からフルドライブが可能と見るべきか」

 レヴァンティンは最も攻撃に特化したデバイスであり、グラーフアイゼンのような結界敷設の補助や、誘導弾の管制機能を持たない。その代り、あらゆる形態からフルドライブを行い、シグナムの全力を叩き込むことを可能とする。


 【最後にクラールヴィントですが、こちらは補助や通信がメインですので、直接攻撃能力はほとんどないと考えられます。ただし、ユーノ・スクライアを捕縛したように、敵を抑えることに関してならばかなりの有用性があります、ペンダルフォルムと呼ばれる形態ですが、注意が必要でしょう】


 「盾の守護獣はデバイスを持っていないから、その三機か」


 【厄介な敵ではありますが、底が見えてきたのも事実です。まだ隠し玉がある可能性は高いですし、特に闇の書には最大の注意を払う必要がありますが】


 「………あれか」

 クロノが呟くと同時に、ハラオウン家のスクリーンに6人のシャマルの光景が映し出される。


 「これ、ほんとに厄介だよねぇ、存在自体が守護騎士とほぼ同じだから、見分けとかそういう次元じゃないし」


 【最悪、本物の湖の騎士が破壊された場合、偽物にページが吸収されていき、新たな湖の騎士となる可能性もあります。少なくとも、時の庭園内部ならば、管制機トールにはそれが可能です】


 「現在動いている人形を破壊しても、本体が新たにリソースを割けば、それが新たなトールになる、というわけだね」


 【それ故、私を止めようと思うならば、まずはアスガルドを止める必要があります。この場合は言うまでもなく、闇の書が該当しますね】


 「でも、無暗に破壊することも出来ないんですよね」


 「転生機能で、逃げちゃうって」


 「どの程度の破壊で転生するかのデータがない上、データ収集のために試すにはリスクが大き過ぎるな」


 「かといって、アルカンシェルで吹っ飛ばしたデータじゃあ参考にならないし、ほんと、厄介というかなんというか」

 考えれば考えるほど、闇の書の厄介さだけが分かっていく現状。


 だがしかし、少年少女達は諦めない、何気に16歳と14歳と9歳×3が闇の書への対策を練っているわけであるが、そこはまあ置いておこう、武装局員6名が倒れ、包囲網の再構築の指揮を執っているリンディがこの場に来られるはずもない。


 そして、しばらく実戦面での協議が続いたが、やがて、より大きなレベル、そもそもの守護騎士の目的へと議題がシフトしていく。


 「あと問題と言えば、守護騎士達の目的だよね」


 「そうだな、どうも腑に落ちない、まるで彼らは、自分の意志で闇の書の完成を目指しているようにも感じられる」


 【闇の書の副作用によって自分が死ぬことを恐れた主が、可能な限り傷つけないように蒐集を命じた、という線もやや薄まってきましたね】

 実はその理由に大方に見当をつけている管制機だが、おくびにも出さない。この辺りは“嘘吐きデバイス”の本領であろうか。


 「闇の書ってのは、ジュエルシードみたいのとはちょっと違うんだよね、あたしは、プレシアやフェイトのために集めていたけどさ」

 途中から人間形態になって議論に加わっていたアルフが確認するように言う。


 「第一に、闇の書の力はジュエルシードのように自由な制御が効くものじゃない。守護騎士達はページを消費することでその力の一部を使っているが、蒐集したリンカーコアを消費するという特性を考えれば、管理局に目をつけられるだけだ」


 「これまで、八回の闇の書事件が起きてるけど、どの時も純粋な破壊という結果しかもたらしていない、っていうのは前に渡したレポートの通り、時空管理局設立以前については、ちょっと分からないかな」


 「それともう一つは、ヴォルケンリッターの性質だ。彼らは人間でも使い魔でもなく、闇の書に合わせて魔法技術で作られた疑似人格、主の命令を受けて働くプログラム体に過ぎない。と、これまでの闇の書事件に関するデータからは推察出来るんだが」

 そう、これまではそうだった。

 だからこそ、第九次闇の書事件はこれまでとは全く異なるケースであると言える。


 「そうだね、スクリーンで説明すると、って、早っ」

 エイミィが行動に出る前に、スクリーンが現れ、守護騎士四人と闇の書の姿が映し出される。


 【データ転送、完了しました】


 「ありがとう、さて、守護騎士は闇の書に内蔵されたプログラムが、人の形をとったもの。闇の書は再生と転生を繰り返すけど、この四人は闇の書と共に様々な主の下を渡り歩いている」


 【ただ、独立した魔法行使が可能である以上、リンカーコアに相当する器官を備えていることは間違いありません。恐らくは、融合機能がないユニゾンデバイス、のようなものと考えられます。そして、同一の“鋳型”から毎回生成されるわけですが、容量の問題から記憶は別の領域に保存されているかと】


 「簡単に言えばゲーム機かな、何回プレイしてもゲームの内容は変わらないけど、セーブデータは毎回別々。一回全クリしたからといって、新たにニューゲームすれば最初からってこと」


 「ただ、メモリーカードに以前のプレイデータが残っているならば、必要に応じて反映させることは可能かもしれない、ということだ。この場合は何百回ものプレイデータが保存されているハードディスクが別にあるようなものか」


 「でも、今回はゲームの内容そのものが変わっちゃった、ってことですか?」


 「うん、意思疎通の対話能力は過去の事例でも確認されているんだけど、感情を見せたって例は今までにないの。闇の書の蒐集と主の護衛には必要ないだろうから」


 【今までは音声を発しなかったキャラクターが、いきなり音声機能がついた、ということかと。蒐集と護衛のみが機能ならば、確かに人格は必要ありません、ゴッキー、カメームシ、タガーメがいきなり人間のようにしゃべりだしたようなものです】


 「うわぁ……」


 「うう………」


 「何でよりによって、アイツラを例に出すんだい」


 【護衛などの機能のみを行うプログラム体、という点でイメージしやすいかと考えました。インテリジェントデバイスは主と同調して機能しますから少々異なります】

 余談だが、この例えを後に聞き、時の庭園に攻め込もうとしたヴォルケンリッターがいたりいなかったり。


 「ま、まあともかく、守護騎士達は、ええっと、傀儡兵みたいなもので、互いの場所の確認とか、敵の行動状況とかが分かってればそれでいいはずなんだけど」

 流石に、中隊長機を例に出せなかったエイミィ。


 「で、でも、ヴィータちゃんは怒ったり悲しんだりしてたし」


 「シグナムからも、はっきりと人格を感じたよね、………やられっぱなしだけど」


 「うん………最近負けっぱなしだけどね」

 彼女らを思い出すと同時に、敗北の記憶が湧きあがってくる。あまり考えない方が良さそうであった。


 【それにつきましては、可能性が二つあります。まずは、私のように、限られた条件でのみ人格機能を発揮し、それ以外ではひたすら機能を続ける機械仕掛けとなるようにプログラムされていた場合です、私にとっての主やフェイトが今の守護騎士の主であり、これまで管理局が扱って来た事件における主は、何らかの“条件”を満たしていなかった】


 「なるほど、分かりやすいな」

 身近な例がいれば、人間というものは連想することが容易となる。

 命題に沿って活動を続ける、人工の人格を備えたプログラム体、ここにいる全員はそういう存在をよく知っていた。


 【時の庭園を闇の書に例えるならば、管制機である私が主を選びながら次元世界を旅し、選ばれた主には時の庭園の機能が全て与えられ、守護者としてゴッキー、カメームシ、タガーメが付いてきます、最悪ですね】


 「それが分かっているなら、あの外見をなんとかしてくれ」


 【拒否します。そして、歴代の主のうち、フェイトと同年齢の少女であれば、私は現在使用している流暢な言語機能、もしくはより人間的な汎用言語機能を用いた人形を用い、“家族”であるように接する。それ以外であれば、中央制御室にある管制機として主の命令に従うのみ、といったところでしょうか】


 「だけど、闇の書の破壊機能とかを考えると、“家族”ってのはイメージしにくいね」


 【そうです、ですから、もう一つの可能性が高いと私とアスガルドは計算しました】


 「もう一つ?」


 【時の庭園の機能そのものがおかしい場合です。例えば、本来は親を失った子供を探し、保護しながら“親”としての役割を果たすはずであったのに、いつの間にやら次元を巡りながら“ブリュンヒルト”を撃って回る存在となった。そして、かつての名残で、主とした人物が子供の場合は“人格プログラム”が作動する、といった具合ですかね】


 「なるほど、だがその場合、主が破壊という機能を行うための部品であることには変わりはないな」


 【そうです。ですから、ゴッキーとカメームシとタガーメが、私の現在の機能を知り、何とか主を助けようとしている、とすれば、辻褄は合いますね。無論、狂った私がそれを知れば、中隊長機を処分することになるでしょうが】


 「だからなんでアイツラを例にするんだい、守られる子が可哀そ過ぎるじゃないか」


 「………無理」


 「………死んだ方が、まし」



 なのはとフェイトは常に中隊長機に囲まれている光景を連想し、その道を選んだ。おそらく、はやてであっても同じ選択をしたであろう。


 【とはいえ、所詮は可能性の話、つまるところ、“データ不足”。この仮定を行うならば、まずは時の庭園の本来の機能を知らなければ論じることは不可能です】


 「闇の書そのものに関するデータ、つまりは起源を探る必要があるというわけか、ユーノ、どうだった?」


 「ええっと、今日が7日だから、明日には手続きが終わって、明後日から探索が始められると思う」


 「あ、例の無限書庫?」


 「ああ、グレアム提督のおかげで、何とか使用許可が下りた。あそこには質量兵器の製造法まで揃っているからね、滅多なことでは使えない」


 「でも、闇の書事件は滅多なことだもんね」


 そして、無限書庫に眠る情報が解決の手がかりになるのではないかと、アースラ首脳陣は期待していたが、果たして期待通りの成果が得られることとなる。


 「えっと、じゃあユーノ君は明後日くらいからそっちで情報収集、ってこと?」


 「そうなるかな、探索の方はお手伝い出来なくなるね」


 「そっちは、ギャレット達が大分済ませてくれたから問題ないよ。アレックスとランディからの連絡体制も整って来たし、今回の戦いも、武装局員を即座に派遣出来たという点ではいい感じだし」


 「じゃあ、わたし達は………」

 フェイトがやや自信なさげに自分達の仕事を問う。

 主戦力の二人組は、守護騎士が捕捉されるまで基本的に出番がない。

 ただ、二回連続で敗れた身としては、何かこう、今までと違う特訓でもしなければ不安になるだろう。


 「学校を休ませるわけにもいかないし、これまで通り、かな」


 「そう……だよね、ユーノ君みたいに調べ物とかできないし、アルフさんみたいに結界敷設とかできないし、捜査のお手伝いもできないし、クロノ君やエイミィさんみたいに指揮もできないし」


 「うん、何もできないですから、そうします」

 ネガティブモードに戻りかけている二人、やはり、負け続けている現状をどうにかしない限り、どうにもなりそうにない。


 「フェイトちゃん、今日は一緒に寝よう」


 「そうだね、なのは、負け犬らしく、仲良く傷を舐め合おうか」

 もはや末期症状に至りそうな感じで、フェイトの部屋に向かおうとする二人。


 【お待ちなさい二人とも、こんなこともあろうかと、私が特殊訓練の段取りをしておきました】

 そこに、天の声(天井に設置されたスピーカーからの声)が響き渡る。


 「特殊―――」


 「訓練」

 その言葉に、二人の目に光が灯る。


 【貴女達の最大の弱点はすなわち経験不足、逆に言えば、それさえ補えば守護騎士とも互角の戦いが可能ということです。なので、密かにベルカ式の高ランク魔導師の方に模擬戦してもらえないかと打診しておいたのですよ】


 「いつの間に………って、僕や艦長は何も聞いていないが」

 流石にそれは無理だろうと、クロノは思う。

 なのはやフェイトは正式な局員ではないため、基本的にアースラを通してしか管理局に関われない。自分や艦長であるリンディを通さずに武装隊と接触するのは不可能に近い。

 それに、闇の書の守護騎士、ヴォルケンリッターに匹敵するほどの使い手となれば、本局でも数少ない。遺失物管理部や戦技教導隊、または自分のような執務官などだが、大抵はミッドチルダ式だ。オーバーSランクの古代ベルカ式となれば本当に極僅かだ、近代ベルカ式ならば多少はいるが、それでも少ない。


 「それは当然です、なぜなら、“ブリュンヒルト”に関する交渉の際に、地上本部のレジアス・ゲイズ中将に依頼したことですから」


 「レジアス・ゲイズ中将………ということは、まさかあの」

 その情報から、ある一人の人物が思い当たる。

 クロノは直接の面識はなかったが、その人のことは聞いたことがあった。

 次元航行部隊の執務官ならば、聞いたことがある地上部隊の人間となれば将官クラスを除けばそれほど多くはないが、彼の勇名はクロノも聞いていた。

 そして、古代ベルカ式を扱う闇の書の守護騎士、ヴォルケンリッターに対抗するための技術を学ぶ上で、彼ほどの適任はいないだろう、相変わらず、このデバイスは理にかなった行動しかしない。



 なぜなら、彼は―――



 【時空管理局・首都防衛隊所属、ゼスト・グランガイツ一等空尉、魔導師ランクはS+、戦闘スタイルは古代ベルカ式、彼も忙しい方ですから一日限りの特別教導となりますが、得るところは多いはず。騎士の戦い方というものをしっかりと学びとって来ましょう、二人とも】


 地上部隊で唯一と言える古代ベルカ式のオーバーSランク魔導師にして、30年近い戦歴を誇る歴戦の強者なのだから。





 次回から再び過去編です、4章、5章と続ける予定ですので、ゼスト隊長が好きな方には申し訳ありません。



[26842] 第二十話 今は遠き、夜天の光
Name: イル=ド=ガリア◆9d8bc644 ID:97ddd526
Date: 2011/04/24 17:33
第二十話 今は遠き、夜天の光


新歴65年 12月8日  第97管理外世界 日本 海鳴市 八神家  AM8:00



 それはきっと、いつもと同じ、いつも通りの朝。

 夕食にわたしの友達であるすずかちゃんがやってきて、皆で鍋を囲んで楽しい夕餉となり、一緒にお風呂に入ったり、楽しく過ごした翌日。

 ただ、いつもと違うのは、わたしが目を覚ましたのは八神家ではなく、月村家やったこと。

 まあ、色々とあって、気が付いたらすずかちゃんを迎えに来たリムジンに自分も乗り込んでいたというのはびっくりな話やけど、家族は皆笑って送り出してくれた。

 色んなお話をしたし、なのはちゃんというすずかちゃんの友達にメールを送ったりもした、いつか会って友達になりたいと思う。

 ただ―――


 【ご友人の家にお泊りになるならば、今夜はほぼ制限なく動ける。戦いは夕方あったばかりだ、流石に管理局の網も緩んでいるだろう】


 【じゃあ、すぐ行こう。出来る限り蒐集して、さっさと終わらせねーと】


 【だが、シャマルは念のため10時までは待機しておいた方がいいだろう、電話がかかってこないとも限らん】


 【そうね、そうしましょう】

 わたしの大切な家族が、とても辛い旅に出ていることは、この時のわたしは知らなくて。


 「ふぅー、落ち着いたあ」


 「お疲れ様でした、主はやて」

 リムジンで送ってもらったため、家に帰ってきた時に少し気疲れしていたわたしを出迎えてくれた烈火の将の声も、少しだけ疲れが含まれていたことに気付かなかった。


 「あれ、ヴィータとザフィーラは?」


 「一緒に、町内会の集まりに行っています。夕方には戻ると」


 「そっか」


 「ヴィータちゃん、町内会のお爺ちゃんお婆ちゃんの人気者ですから」


 「あはははは」

 そう、それは、何でもない日常。

 だけど、少しだけ普通の日常とは言えない風景もあって。


 「闇の書が」


 「どうしたの? 急に現れたりして」


 「起動はしていませんね、待機状態のままです」

 八神家の最後の一人、というか、一冊? の、闇の書が気付けばわたしの傍に浮いていた。


 「うーん、一晩家を空けたのは久しぶりやから、寂しかったんかな?」

 闇の書はただ浮いているだけ、なのに、なぜか寂しそうな、悲しそうな印象を受けるのは、なぜだろう?


 「おいで、闇の書」

 でも、言葉をかけると、嬉しそうに寄ってきてくれて。


 「ふふふ、ええ子や、よしよし」

 撫でてあげると、不思議とわたしも温かい気分になれる。


 「なんだか、前にも増してはやてちゃんに懐いちゃってますね」


 「他のマスターの時には、こんなんなかった?」


 「ええ、我々の記憶の限りでは」

 闇の書は、様々な魔導師の魔力を記録して、ページとして蒐集することで力を発揮する、蒐集蓄積型の巨大ストレージ。

 蒐集方法がちょい荒っぽいので、わたしは許可を出していない。

 だからこの子は、今は白紙のただの本。まあ、浮いたり飛んだり、すり寄ってきたりはするけど、ただそれだけ。


 「あははは、やあ、もう、いたずらしたらあかんって、あはははは♪」


 「なんだか、もうすっかりペット扱いね」


 「だが、あれも満更ではなさそうだ」

 そして、闇の書の守護者であり、所有者の臣下として働く騎士が、この子達。

 烈火の将シグナムと、風の癒し手シャマル、あとは、現在お出かけしてる、紅の鉄騎ヴィータと蒼き狼ザフィーラ。


 「あふ」


 「あら、睡眠不足ですか?」


 「うーん、昨日は遅くまで話し込んでもうたから、ちょいと足りてないみたいや、すずかちゃん家の布団、ごっつふかふかでちょい緊張したし」


 「では、お休みになられますか?」


 「そやね、ご飯時に眠ってまって、皆がお腹空かせたらあかんし、少し休ませてもらうな」


 「では、ベッドまでお連れしましょう、よいしょっ」


 「ふふ、ありがとうな」


 でも、最近は…急に……眠く…なることが……増えてきたかな?

 ちょっと前……までは……こんな…こと………なかった………思うん……やけど―――





■■■




 「はやてちゃん、もう寝ちゃった?」


 「シャマル、毛布を」


 「うん」


 シャマルが毛布を手に取り、シグナムへ渡す。


 【シャマル、主は本当にただの寝不足か? 闇の書の影響が何か出ているのでは】


 【今調べたけど、何もないみたい、昨日までと、何も変わらないわ】


 【何も?】


 【ええ、闇の書が、はやてちゃんの身体と、リンカーコアを侵食してるのも、今はまだ、足の麻痺以外には健康が保たれているのも】


 【その侵食が、少しずつ進んでいるのも、か】

 その時、はやての上に浮いていた魔導の書が、気遣うように鈍く輝く。


 【ああ、闇の書、気にするな、主は大丈夫だ】


 【平気だから、心配しないで】

 無意識のうちに、二人は闇の書を気にかけている。その中にいる最後の一人こそ、現状に最も心を痛めていることを知るように。


 「お休みの邪魔をしてはいけないわ、出ましょう」


 「ああ」


 「闇の書も」

 その言葉に応えるように再び鈍く輝き、古いロストロギアは騎士達の後についていく。


 「実は一つ、気になることがある」


 「えっ」


 「以前、主はやてが私のことを、“烈火の将”と呼んだことがあった。ヴォルケンリッターの烈火の将ともあろう者が、そう落ち込んではいけないと」


 「でも、その二つ名って」


 「私達の間で、わざわざ使う名ではない。私を将と呼ぶのは、闇の書の管制人格だけだ」


 「まさか……」





■■■




 「う、ううん……」


 【主、我が主】


 「んん、なんや~、ご飯、まだやで~」


 【昨夜は失礼しました。騎士達が用意したセキュリティの範囲外においででしたので、私の備蓄魔力を使用して、探知防壁を展開しておりました。睡眠のお邪魔だったかもしれません】


 「んーん、そんなことないよぉ、なんや、守られてる感じがしてたぁ」


 【この家の中は安全です。烈火の将と、風の癒し手もおりますし、私からの精神アクセスを、一時解除します。予定の時間まで、ゆっくりお休みください】


 「ん、お休みなあ」


 【はい――――我が主】




■■■




 「まさか、管制人格が起動しているの、だって、あの子の起動に必要なページはまだ蒐集し終えてないし、はやてちゃんの許可だって」


 「無論、実態具現化まではいっていないだろう。だが、少なくとも人格の起動は済んでいる、そして、主はやてとの精神アクセスも行っている」


 「うん、それ自体は別に悪いことじゃないと思うんだけど」


 その時―――


 【シグナム、シャマル、ザフィーラだ】

 ヴィータとは別の世界へ蒐集に出かけていた、盾の守護獣から連絡が入る。


 「あ、ザフィーラ、ちょうどいいところに、今どこ?」


 【かなり遠くだ、管理局の網は無いようだが、その分獲物も少ない。集めたコアは僅かだがとりあえず蒐集は出来た、闇の書を受け取りたい】


 「うん、今、闇の書に行ってもらうけど……」


 【どうかしたのか】


 「闇の書の管制人格が、主はやてと精神アクセスを行っているようだ」


 【……そうか】


 「対策を考えていたの、貴方の意見は?」


 【管制人格は、我々より上位に配置されたプログラムだ、現状において、我等は彼女の行動に直接干渉できん】


 「正規起動するまでは、対話も出来ないしな」


 【彼女も我等も、想いは同じはずだ、アクセスだけならば害はないだろう。そして、意識の底でも出逢えたならば、我等の主は、彼女のことも労わってくださるはずだ】

 守護騎士と管制人格もまた、深い絆で結ばれている。

 あまりにも長い夜の間に、その絆の根源は失われてしまったが、それでも、絆はなくならない。


 「現状維持が、ザフィーラの結論?」


 【余分な混乱を防ぐため、ヴィータには伏せておくことも提案する】


 「そうね、私も同意見、というか、それしか出来ないんだけど」


 「ふむ―――闇の書が転移準備を始めた、じきにそちらに着く、ザフィーラ、引き続きよろしく頼む」


 【心得ている】

 闇の書は単体であっても、守護騎士の下へ転移する機能を備えており、この転移だけは管理局には決して捉えることは出来ない。

 なぜならそれは、放浪の賢者ラルカスが夜天の魔導書のために組んだ術式であり、夜天の守護騎士達も、管制人格たる彼女も理解できない、ミッドチルダ式でもベルカ式でもない、古のドルイドの技で編まれたものだから。

 闇の書が備える転生機能もまた、それと同じ術式で構築されており、ミッドチルダの魔導師やベルカの魔術師がいかなる術で封じようとしても、それは儚い夢。

 闇の書の転移を止めるならば、転生プログラムそのものを破壊するより他はない。どんな術式であっても、巨大ストレージに刻まれたものである以上、プログラムそのものならば破壊は可能である。

 ただしそのためには、強固どころではない防衛プログラムを突破する必要があり、無理に行おうとすればやはり転生してしまうため、これも不可能に近い。

 故にこそ、闇の書は破壊不能のロストロギアと呼ばれる。


 「何も出来ないのは、心苦しくて不安ね」


 「そうだな、だが何もできないならば、せめて良い方に考えよう。あの子とのアクセスで、主の病の進行が少しでも弱まってくれることがあれば」


 「うん……………うん、そう考えましょう!」


 「そういえば、お前が闇の書に施した仕掛けの方はまだ大丈夫か」


 「ああ、偽装フィールドのこと、まだ大丈夫よ。私達四人以外が開いた時はページは白紙のままに見えるし、普通に調べたくらいじゃ、魔力反応も出ない。闇の書が完成するまで、はやてちゃんが気付くことはないわ」


 「主はやてに真実を偽るのは、心苦しいがな」


 「言い出したのは私だし、やったのも私、貴女が気に病むことじゃないわ」

 そこに、電話音が鳴り響き、シャマルが応対に出る。

 電話の主は海鳴大学病院の石田先生であり、明日の定期検診が11時であることの確認と、予約が必要な機器を使用するため、時間を間違えないようお願いします、という内容であった。


 「はい、それではまた明日」


 「石田先生か?」


 「うん、明日の予約の確認だって、明日は、私が付き添うから」


 「出来ればヴィータも連れて行ってやってくれ、少し休ませないといけない」

 それはすなわち、シグナムは蒐集に出ることを意味している。今日出かけているザフィーラもまた同様だろう。


 「了解、それじゃあ、お洗濯を済ませちゃうわね、貴女も出来る限り休んでおいて」


 「ああ」

 リビングから出ていくシャマルを見送り、シグナムは一人佇む。


 <考えることは、多いようで少ない、今はただ、闇の書の完成を目指すのみ>

 右手に、ミニチュアの剣型アクセサリの状態で待機している己の魂を見つめながら。


 <シャマルを追い詰めた、黒衣の指揮官、強装結界をほぼ一人で維持して見せた、結界魔導師、そして、まだ拙い部分もあったが、戦術と連携を進歩させてきた三人、誰が相手であろうとも、戦って切り抜けるまでだ>

 烈火の将は、静かに覚悟を新たにしていた。







新歴65年 12月9日  第97管理外世界  海鳴市  海鳴大学病院  AM11:00



 「それじゃあ、検査室ね、案内するわ」


 「はい」

 ほぼ時刻通りに定期健診を終え、さらに検査のために移動する。車椅子を押しているのはシャマルであり、ヴィータはその隣を歩いている、腰には、お気に入りののろいウサギをくっつけながら。


 【はぁ~、微妙に憂鬱や】


 【そうなの?】

 普通に歩きながらでも、会話が出来るのが念話の便利な点である。


 【この検査退屈なんよ、じーと、寝転んでないとあかんねんけど、眠ってもうて、寝返りとかうったらあかんし】


 【そ、それは大変だ……】

 生来、じっとしていることが苦手なヴィータにとっては想像するだけで拷問であった。

 だがしかし、敵を待ち伏せする時、蒐集の際に獲物を狩るために息を潜める時、鉄槌の騎士ヴィータは呼吸すらほとんど止めた状態で静止し続ける。

 “鷹の眼の狩人”には及ばないまでも、気配を殺すこともまた騎士の持つ技量の一つ、特に、主を守る近衛騎士はその技能が求められ、夜天の守護騎士とて例外ではない。


 【まあ、じっとしてるのは大変ですが、頑張って受けてください。はやてちゃんの身体が、良くなるためですから】


 【そうやね】「あ、ヴィータは下で待っててええよ、知り合いのお爺ちゃんやお婆ちゃんがおるかもしれんし」


 「うん、はやて、頑張ってね」

 念話と同時に、普通の言葉でも話すはやて、この切り替えも半年で随分慣れていた。




■■■



 <うーん、相変わらず退屈や、眠ったらあかんと思うほど、眠なるなあ>


 そこは既に現実と夢の狭間。

 身動きしないでただじっとしているはやての身体は眠っている時とほぼ同じようなものであり、その境界が徐々に曖昧になっていく。


 そして―――


 <あ、またこの夢や、最近良く見る、不思議な、夢>

 起きている時はほとんど思い出せないが、夢に落ちると不思議に前にも似たようなことがあったことを思い出す。

 そのような夢を、はやては聞いたことがなかったが、魔法の中にはそんなものもあるのかな、と、ややぼうっとした頭で考えていた。

 そして、白い霧のようなものが徐々に晴れ、自分の目の前の光景が輪郭を帯びていく。



 そこには―――



 「ヴィータ、手加減はしないぞ」

 「んなもんしたら、顔面を粉砕してやるっての」

 「いい答えだ」

 「はっ、甘く見てると痛い目に合うぜ」


 <ヴィータ? それに、向かいにおる黒髪の男の子は、誰やろ?>


 「おおお!」

 「せえやっ!」


 <わわ、真剣と鉄鎚で打ち合っとる。剣道の先生もびっくりや>


 シグナムが剣を振るうところははやても見たことはあるが、ヴィータが戦うところは見たことはない。

 だが―――


 「ふっ!」

 「甘えっ!」


 <なんや――――とっても、楽しそう>


 二人の打ち合いは素人目にもかなり危険であろうことは分かる、下手をすれば命に関わり、殺し合いの一歩手前といえるだろう。だがしかし、そこから憎悪や敵意といった負の感情は感じられない。


 <危険極まりないはずなのに、なんかこう―――仲の良い兄妹がじゃれあってるような、そんな感じやね>


 やがて勝負がつき、二人の少年少女は先生から論評を受ける。


 「お疲れ様だ、ヴィータ。なかなか惜しかったぞ」

 「うっせーシグナム、負けは負けだよ」

 「それに、リュッセもな、半年ほど留守にしていた間に、紫電一閃をあそこまでものにするとは」

 「ありがとうございます、騎士シグナム」


 <シグナムとヴィータは、いつもこんな感じやね。格好は普段とちゃうけど、よく似合うてるし、なんかこう、先生みたいな感じがする。剣道場の非常勤講師は、けっこう天職かもしれへんなあ>


 「お疲れ様、二人とも」

 「ありがとな、シャマル」

 「ありがとうございます、騎士シャマル」

 「どういたしまして、癒しと補助が本領だもの、貴方達の健康管理も私の役目なんだから」


 <あ、シャマル、こうしてると、部活の子達と保健室の先生みたい。まあ、服だけは中世ヨーロッパっぽいけど、よう似合うとる>


 「それはいいんだけどさ、これ、もうちょいましな味になんねえの?」

 「あら、口に合わないかしら、健康にいいだけじゃなくて、体力や魔力の回復を促進する効果もあるのに」

 「まずい、ってわけじゃあないんだけど、なんか微妙で」

 「あまりわがままを言うなよ、ヴィータ、先輩達に笑われるぞ」

 「お前、よく平然と飲めるなあ」

 「心を決めれば、どんな毒だって飲めるさ」


 <あ、あかんで君、それは禁句や……>


 「へえ―――――――そう、私の特製ドリンクは、毒物扱いだったのね、リュッセ。傷ついちゃったなあ、私」

 「い、いえ、これはただの例えで………」

 「リュッセー、男なんだから言い訳は見苦しいぞー、二言はねえだろー」

 「ちょっと、向こうでお話があるんだけど、いいかしら?」

 「……はい」



 <ご愁傷さまや……>



 時が―――進む



 「でも、兄貴もしっかり教導役をやってんだなあ」

 「こら、白の国でお前達を訓練しているのは一体誰だと思っているんだ?」



 <草原? いるのは、ヴィータと―――ザフィーラ?>


 しかし、はやては違和感を覚える。


 <雰囲気はザフィーラによう似とるけど、髪がヴィータと同じで赤いし、肌の色もちゃう、それに何より、ヴィータにお兄さんって呼ばれとる。あれ、ザフィーラって、ヴィータのお兄さんやったんか?>


 「さーて、誰だっけか、アイゼン、お前は分かるか?」

 『Nein.(いいえ)』

 「アイゼン、主人を裏切るな」  「へっへー、アイゼンはあたしの方が主人になってほしいってさ」

 『Nein.(いいえ)』

 「っておい!」

 「ふふ、そうか、残念だったなヴィータ、アイゼンの主となるにはまだ修練不足のようだ―――――さあ、出来たぞ」


 <あれは―――>


 「わあっ、相変わらず器用だな、兄貴」

 「少々遅れてしまったが、誕生祝いということにしておいてくれないか」


 <ザフィーラがヴィータに作ってあげてた冠と、同じや……>


 「愛する妹に贈るプレゼントが草で編んだ冠、ってのはどうなんだ?」

 「すまんな、あいにくと手先と反比例するように心が不器用でね、心を込めた贈り物に金銭をかけるというのが、どうしてもしっくりこないんだ」

 「まあ、兄貴らしいけどさ………少しは姫様のためにも、その心遣いを発揮してやれよ」

 「ああ、善処するさ」

 「まったく……」


 <姫様って、誰やろ? 見た感じ、お兄さんの彼女さんかな、ヴィータとしてはちょい複雑そうやね>


 「それともう一つ、こちらはフィオナ姫からだ」

 「姫様から?」

 「ああ、渡すなら俺の贈り物を渡す時と一緒にしてくれと言付かった」


 <え?>


 「うさぎ………でもちょっと不器用だな」

 「姫様の手縫いの品だよ、騎士シャマルに習いつつ初めて縫ったものらしい。外見の悪さは大目に見てくれ、とのことだ」

 「別に………外見は気にしねーよ」


 <ヴィータの、お気に入りの………>




 時が―――進む





 「レヴァンティン!」0

 『Schlangeform.(シュランゲフォルム)』

 「縛れ、鋼の軛!」

 「………」

 「風よ………黒く淀みし土地を、浄化せしめん」


 <古い遺跡? 皆、黒い何かと戦っとる……人間やない、あれは――――なんや?>


 そこは、遙か古代の亡霊が残る死の遺跡にして、人の世界から遠く離れた地下世界。

 しかし、それに挑む騎士達はまさしく光、押し寄せる亡霊も異形もものともせず、夜天の騎士達は地下へと進んでいく。


 「シャマル、結界を」

 「了解。妙なる響き、癒しの風となれ。交差せし陣のそのうちに、鋼の守りを与えたまえ………」


 <奇麗な光……>


 「それじゃ、しばらく休みましょう。この中にいれば体力と魔力が回復されていくから」


 <どんなにシグナム達が凄くても、ずっと動きっぱなしは無理やもんね、でも………ザフィーラが二人いる>


 はやての目の前では、癒しの陣の内側で休む三人の騎士と一頭の賢狼が存在している。

 そのうち二人は、はやての良く知る二人と同じであった。格好は甲冑であったけど、無骨と華麗の両方を備えたその甲冑は、彼女らに実によく似合っているとはやては思う、自分がデザインした騎士服がちょっと霞んで見えるほどに。

 大きな狼もまた、はやてはよく知っている、彼女の知る蒼い狼そのままの姿だ。ただ、ヴィータが兄と呼んだ人間形態のザフィーラによく似た男性と彼が一緒にいる姿に、彼女は違和感を覚えた。


 「ペンダルシュラーク!」

 『Verhaften Sie Verhutung gegen Bose.(捕縛結界)』

 「シャマル、こちらの準備が完了するまでは持たせろ!」

 『Ich fragte!(頼みました!)』

 騎士達はさらに下へと進んでいく、立ちはだかった強大な怪物も、彼女らの進撃を阻めはしない。


 「熱線を撃てない貴方なんて、その程度の存在よ。こちらから攻撃を仕掛けないなら、大した脅威じゃないの」

 『Wirklich.(如何にも)』

 「レヴァンティン、炎熱変換機能を全開にしろ」

 『Jawohl!』

 「切り裂いてもそれぞれが独自に動き、再び融合する水の蛇。ならば、まとめて焼き尽くすまでだ」

 『Mein Herr, der es verstand.(心得ました、我が主)』

 「剣閃烈火!」

 『Explosion!』

 「火竜一閃!!」


 <――――凄い、あのおっきい蛇が一撃や>


 巨大な怪物を一撃の下に消し飛ばすその姿は、まさにお伽話に登場する英雄そのもの。



 「縛れ!鋼の軛!」

 『Explosion!』

 「さあ、行くぞアイゼン!」

 『Gigantform!(ギガントフォルム)』

 「逆巻く風よ―――」

 「ギガントシュラーク!!」

 『Explosion!』


 <まるで――――竜を対峙してお姫様を助ける、物語の騎士様みたい>



 時が―――進む



 「シュランゲバイゼン!」
 『Explosion.』

 「レヴァンティン」
 『Jawohl.』

 「はあっ!」
 『Ich verhaftete Sie!(捉えました!)』

 「流石だ、烈火の将。私の固有技能(インヒューレントスキル)、“幻惑の鏡面”を容易く見破るとは」

 「貴様が、“蟲毒の主”アルザングか」

 「ほう、彼の誉れ高き烈火の将に覚えていてもらえたとは、嬉しい限りだ」

 「紫電一閃!」

 「グアサング!」

 「レヴァンティン! 撃ち砕け!」
 『Explosion!』


 白の国を、闇が覆い


 「くっそ、光翼斬!」

 「アスカロン」
 『Panzerschild.(パンツアーシルト)』

 「終わりだ! 雷刃! 滅殺! 極光ォォ斬!」

 「アスカロン、大技が来るぞ。準備は出来ているな」
 『Es wird vervollstandigt.(完了しています)』


 騎士達と若木達が


 「シュワルベフリーゲン!」

 「ブラストファイア」

 「らああああああ!!」

 「パイロブラスト」


 命を懸けて戦い


 『Eine grose Menge kommt!(大群、来ます!)』

 「鋼の軛!」

 『Es ist ziemlich 1300.(およそ、1300)』

 「十分の一程度は、超えてくれたか」

 『Durch Aufmerksamkeit bin ich wieder anders als vor einer Weile.(注意を、先程とはまた違います)』

 「ここは―――通さぬ!」


 散りゆく者達が


 「騎士の誇りを………嘗めるな!」

 「アスカロン! カートリッジロード!」

 『Explosion!』

 「システム―――――“アクエリアス”、顕現!」

 『全開放!』



 「グラーフアイゼン、カートリッジロード」

 『Explosion!』

 「ラケーテン――――!」

 『Raketenform.(ラケーテンフォルム)』

 「ハンマァァァーーーーーーーーーーー!!!」



 「アスカロン………征くぞ」

 『Jawohl.』

 「フルドライブ―――――モード、“ゲオルギウス”!!」

 『Grenzpunkt freilassen! (フルドライブ・スタート)』



 「盾の騎士ローセスが魂、鉄の伯爵グラーフアイゼンを、舐めるな!!」

 『我に―――――砕けぬものはなし!』

 「ぶち抜けえええええええええええ!!」

 『Jawohl!(了解)』


 最後の輝きを見せ


 「ギガントシュラーク!」

 『Explosion!(エクスプロズィオーン!)』

 「鉄鎚の騎士ヴィータと、鉄の伯爵グラーフアイゼン! ここから先は、一歩たりとも進ませねえ!!」


 後を継ぎし者達が


 「縛れ―――――――鋼の軛!」

 「盾の守護獣――――ザフィーラ!! 我が誇りにかけて、ここは通さん!!!」



 夜天の誓いを、守っていく






 そして、長い、永い時が流れ――――







 『『『『『『『『『『『『『『『 オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォ!!!! 』』』』』』』』』』』』』』』


 時代が変わり、人が変わり、夜天の騎士たちもまた、深き闇へと沈んでいく。



 <これは―――また違う戦場、さっきの世界やない、騎士達がたくさんおるけど、時代も違う>


 なぜ自分はその光景を違う世界、違う時代と分かる? なぜ彼らが騎士であることが理解できる?

 そのような疑問は頭に浮かばず、はやてはその光景が示す現実を、確かに捉えていた。


 【伝達! 伝達! 城門は破られました! 首魁と思しき女達が、将軍と交戦中! 防御の陣は、壊滅状態!】

 城の内部にて、通信用の端末を持った女が、前線の状況を伝えている。


 『ぐわああああああああああああああああああああぁぁ!!』

 『温いな、手にした剣が泣くぞ』


 <シグナム! なんや――――そのごつくて歪んだ甲冑姿は、あの奇麗で、騎士の象徴そのものだった甲冑は、どこにいったんや………>


 その光景に、はやては心を痛める。

 騎士としての輝きが微塵もない、黒く汚れ、歪んだ甲冑、あまりにも変わり果てたその姿の痛ましさに。


 『はあっ、はあっ』

 『約束のものを頂こう』

 『な、が、ああああ! き、貴様、何者……』

 『覚えてもらう理由はない、貴様はただ―――――闇の書の糧となれ!』

 『ぎゅ、ぶああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!』


 騎士の胸からリンカーコアが飛び出し、既に瀕死であった騎士は生命力を失い、息絶える。


 <闇の書! シグナムあかん! そんなんしたらあかん! それじゃまるで、シグナム達の国を襲っていた、あの怖い黒い騎士やないか!>


 融合騎“エノク”を埋め込まれ、騎士としての誇りも何もない、暴力装置となり果てたヘルヘイムの異形の騎士。

 環状山脈を越え、上空より飛来し、白の国の若木達や賢狼、そして、烈火の将によって討ち取られていった闇の軍勢、今や、彼女がそれらと同じものへとなり果てていた。

 【将軍、倒されました! 救援を! 至急救援を! あ、が!】

 通信用の端末に必死に叫んでいた女の首に、細く伸びる紐が絡まり、その身体を宙に吊り上げる。


 『どうぞ、お静かに』


 <シャマル! シャマルも、甲冑が………黒く、闇に染まっとる>


 それは、はやてが知るシャマルとはあまりにもかけ離れた冷たい顔、そして、先程見た、命を懸けて異形の怪物に立ち向かい、この世にあってはならない亡者達を浄化していった清純なる湖の騎士の面影はない。

 『私達は、貴女の命にも、このお城にも何の興味もありません。いただきたいのは……』

 『あ、ぐ、ああああああ……』

 女の胸からも、輝く結晶が引き抜かれ―――

 『貴女達の魔力の源、リンカーコアだけ』

 『ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!』

 その身体が、地に落ちる。リンカーコアを丸ごと引き抜かれることは、魔力のみを蒐集されることとはわけが違う、臓器を直接体外へ抉り出されるようなもの。

 魔力の結晶であり、半物質でもあるため、すぐに戻されれば命に別状はないが、抉り取られたまま放置されればどうなるかなど考えるまでもない。


 <シャマル………どうして、どうしてや、お伽話に出てくる、騎士様みたいやったのに>


 『城を守る一軍と、その将とてこの程度か…………ベルカの騎士も地に堕ちた』

 『そう言わないの』

 『これも、時の流れだ』


 <ザフィーラも………でも、一番変わってしまったのは………みんなや>


 時は既に、夜天の騎士達が生きた中世ベルカの時代より500年近く後。初代の聖王が築きし“列王の鎖”も既に緩み、列強の王達は私利私欲のために動き、権力闘争に明け暮れる時代。

 中世ベルカの時代、騎士達の黄金期に生きた彼女らにとって、今の騎士の腐敗は目に余る。これではもはや、貴い存在とは口が裂けても言えぬ、とはいえ、この身も既に同じようなものであるが。

 ベルカの時代が完全に終わるまではなおも200年の時を有するが、それは、無意味なる延命でもあった。末期においては、終わらない戦乱、灰色に覆われた空、川のように流れる血があるだけの暗黒時代とされるが、この時代はいわば灰色時代。

 戦火が広がれば、それを止めようとする英雄もまた現れる。覇王イングヴァルドなどはその筆頭であり、はやてが生きる時代から300年程前のベルカ末期においては、質量兵器で武装した共和制を掲げる者達が世界を立て直そうと奮起した時代であり、古代ベルカの気風を受け継ぐ聖王家などの最後の王達も、滅亡前の輝きを見せていた。

 そうして訪れた共和制による平和の時代も長くは続かず、50年ほどで陰がさし始めることとなるが、それでも、暗黒の時代の後には治の季節がやってきた。しかし、この時代にはそれすらない。


 『近頃はベルカでも戦争は稀だもの、もう騎士の時代ではないのかもね』

 騎士が、武力ではなく、財力と権力を頼みとした時代。それ故に武力による戦は稀であり、流れる血は確かに少ないのだろう。

 だがそこに、輝きはなかった。あらゆる物事は停滞しており、文化は衰え、新たな音楽や詩が作られることは稀、人々は平和と苦難の中間のようなぬるま湯の中で、ただ生きていた。戦争がない代わりに人身売買は盛んに行われ、全ては金で取り引きされていた。

 とはいえ、理不尽を最終的に解決するのは暴力しかあり得ないため、戦争は起こる。また、夜盗などの類も多く、楽土とは間違っても言えはしない、だがしかし、金や財産がある程度奪われることはあっても命が奪われることも稀であり、地獄とも言い切れない。

 奪う者達は、捕りつくすことはせず、山菜も半数を残しておけばすぐに殖えるように、民達からも捕り過ぎることはなかった。それを良心的と呼べるかどうかは疑問であるが、決して固有の武力を抱えた金持ちは襲わない以上、義賊とも呼べない、むしろ、奪った金品の何割かは貴族や騎士に献上していた。

 それはまさしく、灰色の時代。野心家たちの火は消えることもないが燃え盛ることもなく、ベルカの地に覇を唱えようと考えるものはいない。中には地獄に近いくらい酷い有様の国もあり、中には平和が保たれている国もある、が、どちらの国も外へ打って出ることはなく、奇妙な切り分けがなされていた。

 そしてそれ故に、最果ての地で嗤う道化にとっては何の興味もなく、異形の知識が最も浸透しなかった時代でもあるのだろう。

 道化にとって、アルハザードの技術が浸透する程の価値がない時代であったから。


 『これではコアの蒐集も心苦しい、弱者を蹂躙して奪うのは、どうも性に合わん』

 『だが、此度の主が我らに望むのもまた、ページの蒐集のみだ』

 『効率一番、早く蒐集しないと、また怒られるわ』

 『そうだな、ヴィータは?』


 <そうや、ヴィータは―――>


 守護騎士の中で一番小さい、はやてが妹のように可愛がっている子。

 そして、夜天の騎士の中で最も若く、守護の星の意志を引き継いだ、誇り高き鉄鎚の騎士。

 しかし、彼女もまた―――


 『でえええええええええい!!』

 少女の一撃が振り下ろされた地点は爆発し、クレーターの如き光景が展開する。その少女が纏う甲冑もまた、かつての輝きはない、昇る紅の明星であったその姿は、まるで死に絶えた錆の惑星のように煤けている。


 『ぎゃああああ!』

 『ば、爆撃! なんだ、なんだ今の攻撃は!』

 『ひ、ひいいい、腕が、腕があああああああああああああ!!』

 倒れ伏し、消し飛んだ腕を抱えるように転げまわる騎士、いや、ただの人間を塵のように見下ろしながら、少女は心底ウザそうに告げる。

 『うっとおしい、ああうっとおしい! 戦場で悲鳴を上げるくらいなら! 初めっから武器なんて持つんじゃねえ!!』


 <ヴィータ―――あかん、その人達は、ヴィータのお兄さんみたいな立派な騎士とは違うんよ、死ぬのが怖い、ただの人間なんや>


 だがしかし、頭部目がけて振り下ろされた鉄槌は、横合いから伸びた剣によって止められていた。


 『シグナム………なにすんだよ!』

 『熱くなるなといつも言っているだろう、蒐集対象を潰してどうする』

 『ちっ、うぜえんだよ、こいつら。覚悟もねえくせに戦場にしゃしゃり出やがって、ヘルヘイムの異形の方が数段ましだ』

 『魔力の消費も避けるべきだ、十分に休息がとれるわけではないのだぞ』

 『うっせえっつってんだ!』

 『いいから、さっさと蒐集して戻りましょう――――主様のところに』

 『はっ、主様ねえ』

 その口調から、彼女が主を微塵も敬っていないことが誰であろうと理解できた。


 <みんな………どうして>


 騎士達の変わり果てた姿に、今代の主が涙する。

 心優しき主の下で、騎士としてではなく、家族として幸せに過ごす今の彼ら。

 その姿とは多少違ったけれども、最初に見た夜天の騎士達は、貴き精神を備え、輝きに満ち、人々が理想とする騎士の具現であったのに。


 <戦いばかりだったかもしれんけど、笑い合っていた…………前を向いて、仲間と一緒に、幸せそうやったのに………>


 だからそれが、あまりにも悲しい。

 今は幸せでも、過去は辛かったということは、あってほしいことではないが、それでも、今の自分に出来ることはある。

 辛い過去を癒せるように、前を向いて歩けるように、自分が、あの子達を幸せにしてあげようと、強くそう思える。

 だが―――


 <なんで――――どうして、あの輝かしい光が、闇に堕ちてしまったんや>


 それはもう、彼女にはどうにも出来ない出来事。

 今の彼女達を幸せにしても、その事実は変わらない。過去の傷のさらに前、確かに存在したはずの誇りを取り戻すことは、平和な世界に生きる優しい少女には、決して出来はしない。

 なぜなら、今の彼女達は、彼女を闇から遠ざけるために、闇の全てを背負おうとしているから。


 <誰か、教えて―――>


 「驚きました、こんな場所まで、ご自分で入ってこられたのですか」


 「え……」

 はやてが気付くと、目の前の光景とは別の質感を持った銀髪の綺麗な女性が、静かに佇んでいた。


 「え、あ、ああ、あなたは……」


 「現在の覚醒状態で、ここまで深いアクセスは危険です。安全区域までお送りしますので、御戻りください」


 「待って、ちょお待って!………わたし、貴女のこと………知ってる」

 以前にも、夢の中で会ったことがある。

 だが、それだけではない―――


 「はい、貴女が生まれてすぐの頃から、私は貴女の傍にいましたから」


 「やっぱり、闇の書―――ううん、お姫さま?」


 「姫? ……………申し訳ありません、それは一体、誰のことでありましょう」


 「そ、か…………ううん、ごめんな、わたしの勘違いかもしれん」

 そもそも、自分が見た光景の中に、フィオナ姫自身は出てこなかった。ローセスという男性が、言葉に出しただけ。

 でも、確かにはやては彼女こそがフィオナ姫ではないかと感じたのである。

 あの誇り高き夜天の騎士達が、命に代えても守り通すと誓った女性、今目の前にいる人は、まさしくそのような雰囲気を持っている。

 きっと、この人のためなら、はやてと共にある今の騎士達も、命を懸けて戦うだろうと確信出来るから。


 「私は、本魔導書、闇の書の管制プログラムです」


 「そっか…………うん、それなら今はそれでええよ、いや、そやない、その前に、現状の説明、してもらってもええか?」


 「ええ」

 そして、雪の精霊のように儚い雰囲気を纏った女性が、静かに語る。


 「これは、私と騎士達が共有する記録、闇の書の歴史であり、過去です。今の貴女と共に在る彼女らからはアクセス出来ない領域にあるため、彼女らにとっては“そんなこともあったかもしれない”程度のものでしかありませんが」

 ただ、その方がきっといいと、彼女は語る。

 覚えているには、あまりにも辛い記憶ばかりだから。


 「本来は、蒐集を終え、第二の覚醒を果たし、真の主になった者にのみ閲覧が許可されるのですが、貴女は随分早く、ここにいらしてしまったようです」


 「なあ、過去っちゅうことは、わたしが最初に見たあの光景も?」


 「………申し訳ありません、私が存じているのは、将があの城の将軍を切り伏せたところからでしかないのです。………管制人格である私ですら、把握できていない部分が、増えてしまって」


 「そっか、そんなら、しゃあないな」

 二人の前で、過去の映像が続いていく。


 『ヴォルケンリッター、ただいま帰還しました。本日の戦果は、西の城を一つ』

 『蒐集ページは、54ページ、合計、316ページとなりました』

 将と参謀が、傅いたまま主へと報告を行うが、そこに感情というものはまるで感じられない。


 『遅い、遅いわ』

 『はっ』

 『私は闇の書に選ばれた、絶対たる力を得る権利がある!』

 『はい』

 『神にも等しい闇の書の力! 彼の黒き魔術の王サルバーンが遺した究極の秘宝! これがあれば、私は彼の力をすら凌駕出来る! 早くこの手にもたらすのよ、早く、早く、私を……闇の書の真の主に!』


 「黒き魔術の王サルバーン……それって確か―――」


 その瞬間――――――世界が壊れた


 「な、なんやこれ!」


 「暴走プログラム! 馬鹿な! この段階で発動するはずがありません!」

 突如、風景が乱れる、いや、それどころではない、はやてと彼女がいる空間そのものが捻れ狂い、暴れ回っている。

 今や管制人格ですら制御できない程に増大した“闇の書の闇”、その中枢が、その名前を聞いた瞬間に震えあがり、狂乱したのだ。


 黒き魔術の王サルバーン


 闇の書の闇の中枢にとっては、決して無視できぬ存在にして、恐怖の根源そのもの。


 【怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い!!!!!!】


 闇の書の根幹に近い部分で、決してその名前を口にしてはならない


 【壊される壊される壊される壊される壊される壊される壊される壊される壊される壊される壊される壊される壊される壊される壊される壊される壊される壊される壊される壊される壊される壊される壊される壊される壊される壊される壊される壊される壊される壊される壊される壊される壊される壊される壊される壊される壊される壊される壊される壊される壊される壊される壊される壊される壊される壊される壊される壊される壊される壊される壊される壊される壊される壊される壊される壊される壊される!!!!!!!】


 彼女達に名を与え、力を与え、知識を与え、そして、恐怖と共に死を与えた暗黒の絶対者


 【助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテ――――――!!!!!!!】

 闇の書の根源にあるのは、ただ一つの念、すなわち、“恐怖”。

 世界が憎くて破壊するのではない、快楽を求めて破壊するのではない、絶望に染まって破壊するのではない。

 闇の書の闇はただ一人の存在を未だに恐れ、恐怖に慄き、怯えながら破壊を続けている。

 そして、恐怖によって乱された映像が、やがて一つの形を成していく。


 「あ、あれは―――」


 「ラルカス師―――」

 自身が発したその言葉を、管制人格は知覚していなかったが、その記録は決して、夜天の魔導書の全てから失われたわけではない。

 果たして、乱れた映像が再び過去へ飛び、嘆きの遺跡の最下部であったはずの空間、今や、二人の大魔導師の魔術の相克が築き上げた決戦場、次元の狭間を略奪するように形成された異空間へと移る。



 『響け! 終焉の笛! ラグナロク!』

 放浪の賢者ラルカスが保有するベルカ式魔法において、最大の攻撃力を誇る直射型砲撃魔法。

 現代の魔導師では、Sランクを超える者であろうとも独力では決して作り出せない膨大な魔力。収束砲ならばリミットブレイクを併用することで辛うじて届くほどの尋常ならざる魔力が、放浪の賢者の杖、シュベルトクロイツへと集っていく。

 彼は本来ドルイド僧であり、精霊の力を借りることを本懐とする。しかし、その他の魔法を使えぬわけではなく、その魔力は中世ベルカに存在するあらゆる魔術師を凌駕し、放たれる貫通破壊型砲撃に対抗できる者などいまい。


 ただ一人を除いて―――


 『轟け! 勝利の号砲よ! エクスカリバー!』

 彼の存在こそ、中世ベルカ、いや、各次元世界に人類が誕生してより最強の魔導の使い手である黒き魔術の王。

 彼が己の師を超えるために鍛え上げし魔術、叡智、武力、あらゆる技術が、既に全次元世界において片手で足りる程に少なくなった超えるべき高峰、黒き魔術の王が未だ破壊しえぬ存在を撃ち砕くため、極大の魔力が荒れ狂う。

 そしてその魔力の全てが、彼の右手に握られた破壊の杖、ハーケンクロイツへと集っていく。その魔力が解き放たれれば、町はおろか、城が一撃で消滅しようとも不思議はない。


 『人智を超えた鍛錬の果てに、そこまでの力を得たか、かつての我が弟子、黒き魔術の王サルバーンよ!』


 『今こそ貴方を超え、我が覇道の糧としてくれよう、私が師と仰いだ唯一の存在、放浪の賢者ラルカスよ!』



 そして、白の波動と黒の波動、二つの極光が衝突し――――


 次元が―――砕けた







 「はぁ、はぁ」


 「ご、御無事ですか………我が主」

 はやてが気付いた時、彼女は雪のような髪を持った女性に、抱きかかえられていた。

 脅威から守るため、絶対に離さないように両の手で抱き締め、女性は幼い少女の身体全てを破壊の相克から覆っていた。


 「あ、ありがとな……」


 「いいえ、貴女をお守りすることは、我が使命であり、例え使命でなくとも私が成したいと思う、何よりの事柄ですから」


 「………うん」

 その包容力に、はやての心は思わず泣きたくなるほどに揺れ動く。

 はやての記憶にはないけれど、もし、自分の母が生きていたら、この女性のように温かかったのだろうかと。

 半ば呆然としながら、それゆえに混じりけのない心で、はやては思っていた。



 「申し訳ありません主、少々、失礼を」


 「へ、あ…」


 そして、彼女は現在の自分に許される限りの権能を用い、予想外の暴走によって破損したプログラムを修復していく。


 回帰とでも呼ぶべきその機能の対象にははやても含まれており、先程の管制人格である彼女にもよく分からない光景は、二人の記憶から洗い流されていく。


 この邂逅そのものが本来あり得ぬ事柄であり、はやてが目覚めれば欠片しか残らない夢と現実の境界の幕間。


 しかし、先程のあれは、それですらあり得ない完全なエラー、これは、修正されねばならない。




 ■■■




 「この記録は、随分昔のものですね、今からならば、500年近く前になるでしょうか、この時の主は、ベルカのある女性領主でした。良くも悪くもない方だったようですが、強大な力に魅入られ、狂ってしまった」


 「シグナムもシャマルも、随分感じがちゃうな」



 『明朝には出立する。それまで、可能な限り回復しておけ』

 『ヴィータちゃん、寒いから、こっちにいらっしゃい』

 『いらね、一人で寝る』



 「ちょ、ちょお待って、まさかこれが、この子らの部屋か?」


 「この主の時は、そうでしたね」


 「日も当たらん部屋で、じめじめした石の床で、こんなん、まるっきり牢屋やん!」


 「仕方がないのです、守護騎士達は異形の業による者たちでしたから、人目のつくところには」

 彼女は語らない、この時代よりさらに先、戦乱が最も酷い時代、人が死ぬのが当たり前の世界においては、彼女らは将軍のような扱いを受けていたことを。

 生体改造の業、戦闘機人、人造魔導師、そういったものが溢れていた末期のベルカにおいてはヴォルケンリッターも異形どころかまっとうな存在でしかなく、隠し通す必要もなかった、実に皮肉な話である。

 そして、この騎士達を異形と呼ぶならば、先程の破壊をもたらした魔人を、いったい何と称すればよいのか。


 「そんな、そんなのおかしいやん! ことの善し悪しは別にして、主のために一生懸命働いている子らを、こんな寒そうな場所に……ご飯はちゃんと食べさせてもらてたんか、それに皆、普段用の服とかは………あんな薄着で、震えとるやんか!」


 「既に過去の出来事です、あまり心を乱されないように」


 「そやけど、これはあんまりや!」


 「彼女達の過去は、優しい貴女には、刺激が強いようですね、一旦映像を消します」

 彼女の言葉と共に、過去の映像が消えさる。

 ただ、彼女は語らなかった、守護騎士達が本来在るべき姿であれば、震えていることも、疲れた身体で蒐集に出ることもなかったことを。

 湖の騎士シャマルの本領は癒しと補助、彼女が展開する癒しの結界の中で休めば、飢えや石の床はともかく、寒さからは無縁で万全の状態に回復することも出来た筈。そんなことすら、この時の彼女らは忘れてしまっていた。

 そして、この時の守護騎士達は――――――弱い

 この時代の彼女らが、黒き魔術の王サルバーンや蟲毒の主アルザングに率いられたヘルヘイムの軍勢と戦えば、碌な抵抗も出来ずに殺されることだろう。

 城攻めにおいて、彼女らは一度として己の魂を呼ばなかった。

 炎の魔剣レヴァンティン、鉄の伯爵グラーフアイゼン、風のリングクラールヴィント。

 魂なき騎士の刃は、せいぜい腐敗した騎士もどきを縊る程度が関の山、地獄の軍勢を迎え撃つには足りない。

 ましてや、並ぶもの無き絶対者、黒き魔術の王サルバーンを相手にするなど、夢のまた夢。


 「それに、今の騎士達は幸せです。優しい貴女の下で、暮らせるのですから」


 「あ、う、ええっと」


 「ありがとうございます、私からも改めて、感謝の言葉を述べさせていただきます」


 「えと、いえ、こちらこそ」

 そしてふと、はやては気付く。


 「そっか、貴女が闇の書さんなら、わたしを皆と逢わせてくれたのは、貴女なんやね」


 「残念ながら、私が自らの意思で選んだのではありません。私の転生先は、乱数決定されますから」


 「そんなんええねん、貴女が私のところへ来てくれたから、私はあの子らに逢えた、そして、今は貴女とも逢えた、素直に嬉しいし、感謝したいと思う、あかんか?」


 「いいえ、それでしたら、何も問題はありませんね」


 「ありがとう、せやけどごめんな、わたし、ずっと貴女に気付かんで………シグナム達も言ってくれればよかったのに」


 「いえ、私はページの蒐集が進まないと、起動できないシステムですから、ページ蒐集を望まない貴女への、烈火の将と、風の癒し手の気遣いです、酌んでやってください」


 「うん………ページ蒐集せんと、貴女は外へは出られへんの?」


 「対話と、常時精神アクセスの機能起動に、400ページの蒐集と主の承認が、私の実体具現化と、融合機能の発動は、全ページの蒐集が済み、貴女が真の主となられなければ無理です」


 「………えっと、実体具現化いうのが出来れば、シグナムやヴィータと同じように、一緒に暮らせるようになるん?」


 「ええ、この姿で顕現できますから、それに、必要に応じて貴女と融合し、魔導書の全ての力を使うことが出来るようになります」


 「そっか、私が闇の書の真のマスターになれたらええねんやけど」


 「望まぬ蒐集を、命じることもありません」


 「うん………」

 そして、彼女は静かに告げる。


 「現状で、ここまで深層までのアクセスは危険です、目覚めのタイミングで、表層までお送りします。以降、間違って入ってこられることがないよう、システムでロックをかけておきます」

 果たして、彼女は気付いているだろうか、本来は入れぬはずのはやてがここにいるということは、闇の書のシステムそのものにバグが生じているということに。


 「申し訳ありません」


 「謝らんでええけど、寂しいな、せっかく逢えたのに」


 「はい、私もです」


 「じゃあ、お別れまでの間、主としてお願いしてもええか?」


 「ええ」


 「シグナム達にはもうお願いしとることで、わたしの家族になるなら絶対やらなあかんことや」


 「はい、なんなりと」


 「ほんなら―――」



 刹那の邂逅の時が過ぎていく。

 やがて、目覚めの時が訪れ、少女に残る記憶はなく、ほんの僅かの名残があるだけ。

 それを、一人残された彼女は、悲しいとは思わなかった。


 「それは構わない、だが、それ故に、遠からず訪れる破滅を止める術が、私には何もない」

 闇の書を司る彼女は涙する。既に、中枢であるはずの自分ですら止められぬほど広がりきってしまった闇に。

 そして、闇の根源を認識することすら出来ない、力無き己に。


 「夜天の光は、闇に堕ちた………私は主を救うことも、騎士達を止めることも、何も出来ない」


 涙が、頬を伝う。

 まるで、雪のような彼女の髪が溶け出しているかのように。


 「どこの誰でもいい、どんな手段でもいい、この絶望の輪廻を、断ち切ってはもらえないか」


 彼女は願う、願うしか出来ない。


 「あの優しい主と、一途な騎士達だけでいい、救ってはもらえないか………烈火の将、風の癒し手、蒼き狼、紅の鉄騎――――そして、我が主…………八神はやて」


 誰か、誰か―――


 「神でもいい、悪魔でもいい………どうか、あの子らを――――救ってくれ」









新歴65年 12月9日  第97管理外世界  海鳴市  八神家  PM7:00



 「わたしはちょお、お庭に出てるな」


 「外は寒いですよ、はい、上着」


 「おおきにな、シャマル」

 その日の夕食後、はやてはただ一人で庭へ出る。

 かつて、シグナムに抱かれながら共に出て、蒐集を行ってはいけない、自分は今のままで幸せだからと、告げたその場所へ。

 ただ―――


 「闇の書、一緒に来るか?」

 ただ一つ、古い魔道書が、彼女につき従う。


 「今夜も綺麗な星空やね」

 はやては、宝石が散りばめられた暗幕の天蓋を見上げ、静かに呟く。


 「闇の書は、ずっと昔から生きてて、色んな星空を見てきたんやろ?」

 彼女の頭上には、人より遥かに永い時間を輝き続ける悠久の星々。


 「この世界の星空はどないや? 昔と同じように綺麗か?」

 少なくとも、古の白の国の星空は、どこよりも美しいものであったと、夜天の騎士の誰もが誇れるだろう。

 未だ対話する力を持たない魔導書には返す言葉はなく、はやても当然それを理解している。だが、決して無意味だとは思っていない。


 「―――なあ、わたしの中で、闇の書の存在が少しずつ大きくなっていくんが分かるんよ。だんだん、だんだん、一つになっていく気がしてる」

 騎士達が如何に隠し通そうとしても、覆いつくせぬ絆がある。


 「せやけど、ページは埋まってへんもんな………当たり前や、シグナムと約束したからな」

 そして、はやてが“あの子達”と呼ぶ家族には告げることのない、彼女の本心を語る。


 「なあ、わたしはな、この足も身体も、別に治らんでもええんよ、………というか、石田先生には悪いけど、治ると思ってない」

 彼女はこれまで、一人で生きてきた、だから、死ぬことにさして恐怖はなかった。


 「そんなに長くは生きられんでもええ、あの子らがおらんかったら、わたしはどうせ一人ぼっちやしな」

 だけど―――


 「そやけどあの子達が、シグナムやシャマル、ヴィータやザフィーラが、わたしを必要としてくれている間は、それまで、わたしは絶対、死んだり壊れたりせえへんで、これはもう、絶対に絶対や!」

 今は違う、家族のために、不自由な身体であっても、どんなに苦しいことがあろうとも、彼女は生き抜くと決めている。

 それが、八神はやてという少女の強さであり、最後の夜天の光の根源であった。


 「わたしは、貴女と皆の―――マスターやからな」

 はやては、彼女を“貴女”と呼んだ。

 意識してのことではない、だが、確かにはやてはそう呼んでいた。

 母のように、自分を優しく、かつ力強く抱きしめ、守ってくれた彼女を。


 「はやてちゃん、風邪ひいちゃいますよ、中に入りましょう」


 「はあい!」


 「今御迎えに」

 そして、シグナムがはやての元へ歩いてくるまでの僅かの時。


 「星の光は、幾歳遥か、今は遠き……夜天の光」


 「え」


 「なんでもないよ」


 「そう……ですか」


 <星が、光が闇に消えても、それでも私は最後まで、夜天の主としての責を全うする。誰にも迷惑かけへんから、誰の邪魔もせえへんから、わたしはただ、わたしに幸せをくれた子達を、精一杯幸せにしたいだけやから―――>

 彼女はもう一度、闇に染まった天蓋と、その中で輝く白い光達を見上げ―――


 <だからお願い、神様も、悪魔の人も―――――わたし達のこと、そっとしといてな>

 少女は、星へと祈りを捧げていた。







 古の白の国において、神よりも、悪魔よりも未来を見通す力を持った賢者が、確かに告げている。



 (いつかは分かるさ、長き夜と旅の果てに、最後の夜天の主がきっと証明してくれるとも)



 遥かに昔、夜天の魔導書の管制人格である彼女からすら忘れ去られてしまった、遠い遠い過去の記憶。

 どこまでも不思議で、どこまでも深い知識を持った老人が、かつて彼女にそう語ったことを。

 深い悲しみに沈む彼女が、思い出すことはなく、心優しきその主が知る由もない。

 今はまだ闇に覆われ、夜天の光は遠い。

 しかし、繋がれた絆はなくならない、騎士の皆が忘れてしまっても、魂たる彼らが覚えている。

 管制人格すら忘れている故に、真の主ですら、既に知る術がないその記録を、いつか誰かに伝えられる日を望みながら―――




 闇の書のシステムの一番下、何にもアクセス出来ないがために、歴代の主の誰からも改変を受けなかった彼らは、その時を待ち続ける。








あとがき
 今回は、A’S編サウンドステージ02、第6.5話、『今は遠き、夜天の光』をベースに、本作品オリジナルの過去編を加える形で構成されています。A’S本編やサウンドステージを聞くたびに想うことが、八神はやてという少女の優しさと、その心の強さです。ギャグ要素の強いSSなどではかなり愉快なキャラになることが多いはやてですが、家族想いの、どこまでも優しく真っ直ぐな心を持った純粋な少女という印象を自分は強く持っています。ですので、本作品のStSにおけるはやても、単身でガンガン動くタイプよりも、皆を支えるお母さん、といった感じにしたいと思っています。何より、最大の相違点ははやての隣にリインフォースがいてくれることだと思いますが、機動六課のフォワード陣がそれぞれに働いて帰ってくれば、はやてとリインフォースがおいしい鍋を用意して待っていてくれる、みたいな感じで。

今回少し書きましたが、守護騎士たちの歴代の主が皆良い人物で無かった理由として、”闇の書は黒の王サルバーンが遺した秘宝”というネームバリューが原因だという設定です。それもおいおい書いていくつもりです。

 過去編と徐々に終焉へと向かっていき、デバイスが繋ぐ“絆の物語”も収束する時へと進んでいきます。夜天の騎士に仕え続ける彼らと、主の命題を守り続ける古いデバイスの邂逅が、果たして如何なる解を導き出すか、伏線はあちこちに仕込んであり、中にはStSで回収されるものもありますが、頑張っていきたいと思います。




[26842] 第二十一話 最強の騎士
Name: イル=ド=ガリア◆9d8bc644 ID:97ddd526
Date: 2011/05/05 11:43

第二十一話   最強の騎士




新歴65年 12月9日  時空管理局本局  中央センター  AM8:00




 「しかし、本当に良かったのか、なのは、フェイト、今日は学校がある日だろう」

 本日は金曜日、大学生ではないなのはとフェイトには当然の如く授業がある。


 「いいの、フェイトちゃんと一緒に決めたことだから」


 「勉強は、後でも頑張れるけど、こっちは、今日しか頑張れない」

 いっそ見事といいたくなるくらいに強い意志を秘めた瞳で言い返されては、クロノには最早何も言えなかった。

 彼個人としてはなのはとフェイトの学校生活は可能な限り乱したくはないのだが、仮に本局に連れてこなかったところで結局はそれぞれで特殊訓練を始めそうな勢いだ。


 「でも、あんまり無理はしないでね、なのは、フェイト」

 一緒に本局までやってきたユーノの目的は多少異なる。

 ギル・グレアム提督の協力によってようやく使用可能となった無限書庫、今日からユーノはグレアム提督の使い魔であるリーゼロッテ、リーゼアリア両名の協力も得ながら、闇の書の起源に関する調べ物を開始する。


 「うん、大丈夫」


 「きっと、強くなるから」


 「いや、そういうことじゃなくて、怪我とかしないようにって、模擬戦をやってくれる人って、古代ベルカ式の使い手なんでしょ」


 「ああ、ゼスト・グランガイツ一等空尉、魔導師ランクはS+、ミッドチルダ地上部隊では間違いなく最強の魔導師、いいや、騎士だ」


 「最強の騎士、か。いくらなのはやフェイトでも、無理がないかな……」

 ユーノとしては、この模擬戦を止めたい気分なのだが、一度決めたら絶対に引かないなのはとフェイトの気質も良く知っているだけに、止める術がないことも理解していた。


 「無理があるのは百も承知だが、それ言うならヴォルケンリッターの相手を彼女らがすることが無茶苦茶だからな、多少荒療治にはなるだろうが、効果的なのも間違いない」

 万一、二人が大怪我することになろうとも、それが模擬戦ならばまだいい。十分な設備と支援体制が整った条件での戦闘である以上、最悪の事態に陥ることはない。

 だが、ヴォルケンリッターとの戦闘中に万が一があれば、最悪命を落とすことすらあり得る以上、ここで古代ベルカ式のオーバーSランク魔導師と戦うことは決してマイナスにはならないだろう。


 「まあ、うん、トールもいてくれるし、大丈夫かな」

 時の庭園の管制機は、既に昨日のうちにミッドチルダの地上本部へと向かっている。なのはとフェイトの最終目的地も地上本部なのだが、その前に本局での手続きを済ませる必要があるため、ユーノと共にやってきたという経緯がある。

 アースラに搭乗している嘱託魔導師のフェイト・テスタロッサと、“闇の書事件”に関しての民間協力者である高町なのは。

 この二人が地上本部首都防衛隊のゼスト・グランガイツと模擬戦を行うならば、相応の手続きという者が必要となり、それ以前に普通ならば実現するはずもない模擬戦なのだ。


 「しかし、彼はいったいどういやってこの模擬戦を実現させたのやら」


 「えっと、ゲイズさん、ていう人とは昔から懇意にしてるって、トールは言ってたけど」


 「それは理解しているが、ブリュンヒルトのことといい、ただ仲がいいだけの話で済むレベルじゃないんだ」

 フェイトやなのはには知らせたくはない大人の世界の話が絡んでいるのは疑うまでもないが、それがどのような類のものなのか。

 あの管制機のことだから、どんなことをやっているのか想像もつかない。何か、“究極兵器”なるものを開発しているとは聞くが、まさかそれ関係だとは思えない、というか、思いたくない。


 <ひょっとして、ゴッキーやカメームシやタガーメがミッドチルダ地上部隊に配備されるなんてことは………いや、まさかな>

 万が一にもそんなことはあって欲しくないと思いながらも、冷や汗が流れるのを止められないクロノであったが、彼の予想は当たらじとも遠からじ、といったものであった。









新歴65年 12月9日  ミッドチルダ首都クラナガン 地上本部 防衛長官執務室 AM9:05



 『お久しぶりです、ゲイズ中将、おかわりないようで何よりです』


 「お前も、相変わらずのようだな」


 『ええ、私は変わりません』

 クロノ、ユーノ、なのは、フェイトが本局の中央センターに到着した頃、時の庭園の管制機はミッドチルダの中枢にあった。

 彼がここを訪れるのは初めてではなく、そう珍しいことでもない。この半年だけでも月に一度くらいのペースで訪れている。

 そして、情報の交換という面ならば、秘匿回線を用いてかなりの頻度で行っている。現在は時の庭園とレジアス・ゲイズの個人的な繋がりを知る人間はいないが、近いうちに彼の娘であるオーリス・ゲイズも知ることとなるだろう。


 『ブリュンヒルトの改良計画も順調のようですが、目指すべき目標点、アインヘリアルに近づくにはまだかなりの時間を有しそうですね』


 「そこは仕方ない、元より1年や2年でどうにかなるとは思っておらん」


 『流石です、若い者たちもたまには腰を据えてじっくりやることを学ぶべきかもしれません』


 「若い者、か、お前はもう老人だったな」


 『人間で例えるならば、80はゆうに超えておりましょう。デバイスの耐用年数は通常ならば十数年、長くとも30年といったところでしょうから』

 インテリジェントデバイス“トール”は、45年間稼働を続けている。

 ギル・グレアムのオートクレールのように53年に届くストレージデバイスも存在するが、彼はもう“現役”ではない。


 「だが、ゼストのデバイスはまだ働いている」


 『アームドデバイスの父、クアッド・メスセデスが作りし“ベイオウルフ”、彼も、私の古き友ですね、稼働歴は30年に届きましょうか』


 「デバイスか、考えてみれば不思議なものだ。ただの機械に過ぎんというのに、気がつけば魔導師達の隣にいるのが当たり前となっている、通信端末も広義の意味ではデバイスなのだろうが」


 『魔導師が扱う魔法補助の道具、という狭義のデバイスならば、確かに非魔導師である貴方には不思議に感じられるかもしれません、ですが、我々は人間のために作られた、そこに疑問もなければ不思議もありません』


 「これは独り言のようなものだ、聞き流せ」


 『そうしましょう、他の案件については、何かありますでしょうか?』


 「いいや、特にこれといってはない。デバイス・ソルジャーもまだリンカーコアの確保を進めている段階であり、外の企業や市場の動向を気にかける必要もない」


 『リア・ファルも現段階ではまだ必要ではない、ということですか』


 「やることはまだまだあるが、まずは費用を捻出せんことにはどうしようもない。そう何度も何度も時の庭園から資金を融通してもらうわけにもいくまい」


 『確かに、献金もほどほどにしなければ賄賂だ癒着だと騒ぐ方々が出てきますからね。ですが、それもやり方次第ですよ、特に医療分野は巨額の費用が動く割には専門的用語が多いため誤魔化しやすいですから、製薬方面は一番やりやすいですかね』


 「医療分野………生命工学関係か」


 『“ミード”や“命の書”の行政的な手続きも終わりましたし、テスタロッサ家としてもそろそろ本腰を入れて取り掛かる予定です。特許はこちらにあるため、使われれば使われるだけ資金が転がり込んできます』


 「その一部が、あの男の下へ流れるというのもいけ好かん話だが」


 『ですがまあ、知的財産権の観点で見るならば、正当な報酬ではあるのでしょう。ジェイル・スカリエッティがもたらした技術によって救われた人間は数多くいる、発展した産業がある。間接的ではありますが、止められた紛争も数多い、食糧問題と彼の技術は、今は切り離せないものとなりつつあります』


 「だからと言って、奴がいなければ世界が成り立たぬわけでもない」


 『その通りです。ですが、熱心に研究を行った者が評価されず、何の対価も受け取れないならば研究者は少なくなり、社会の産業は衰退していきます。そのための特許法であり、そのための権利でありましょう』


 「随分、博学だな」


 『このような分野は刑法と異なり、“人間の感情”が混ざらないため、暗記すればそれで済みます。感情はどうあれ、利権問題は白と黒が法によってつきますから、機械にとっては扱いやすいのですよ』


 「なるほど、アレクトロ社がお前を相手にしたのは不運としか言いようがないな、俺も、注意せねばなるまい」


 『私は、貴方の弱みを握って失脚させようなどとは思っておりませんよ、むしろ、貴方に敵対するものを片づけて差し上げるつもりです』


 「………要求は何だ?」

 トールが言外に言っていることを、レジアス・ゲイズは即座に察する。

 要は、トールはレジアスに依頼したいことがあり、その見返りを先に提案している、ということだ。


 『まだ可能性の話ではありますが、いざ必要となった際には今から準備しなければ間に合いません』


 「もったいぶるな、いちいち回りくどいのはお前の悪癖だ」


 『申し訳ありません、何しろ機械ですから、順序立てて説明せねばエラーを起こすのです』


 「お前は性能の悪いストレージか」


 『今の私はそれに近い、なにせ、貴方はテスタロッサの人間に近しい人物ではありませんから』

 インテリジェントデバイス“トール”が、人間らしい言語機能を用いる相手は限られている。

 そして、テスタロッサ家の人間に遠くなればなるほど、その傾向は強くなる。

 プレシア・テスタロッサと異なり、フェイト・テスタロッサにはレジアス・ゲイズとの面識もなければ繋がりもない。それを持っているのはあくまで管制機トールのみである。


 『話を戻しますが、1つ目はブリュンヒルトのことです。あれの発射権限を一時的に海の提督へ譲渡していただきたいのです、無論、管制は私が行いますが、作戦行動を考えた場合、権限は集中していた方が効率は良い』


 「面子などどうでもよい、全ては効率か、何とも機械らしい話だ」

 これが、人間から出された提案であるならば、レジアス・ゲイズもまた“感情的に”反応していただろう。彼の中には海に対する負の感情は根強く残っている。

 だが、それを機械相手に言うことほど無益なことはない、レジアス・ゲイズにとって、時の庭園の管制機は感情を捨てて純粋な利害関係のみを吟味しながら交渉を行えるという点で、稀有な存在であった。


 『感情的には否定したいのではないかと推察しますが、私の人格モデルも完璧とは言えませんので』


 「ふん、それが俺の悪癖であることくらいは理解している。だが、人の上に立つ者に完全な機械になることは許されん、強い意志を示さずして、誰がついてくるという」

 それが、レジアス・ゲイズの持つカリスマ性。

 どうあっても、ミッドチルダ地上部隊は本局に比べて下位であり、弱い立場にあることは揺るぎない事実。

 そんな中で、卑屈になることなく、地上の現状と要求を本局に対して言える存在というものは、確かに必要なのだ。無論、度が過ぎれば逆効果ともなるが、何もせずに組織が硬直するのに任せるよりは数段ましである。


 『そこは、人間同士で議論していただければ幸いです』


 「確かに、お前に言うのは詮無いにも程があるな」

 そして、そのような役割が求められる彼であっても、この存在とは熱くなることもなく、冷静に応対することが出来る。

 自動販売機や駅の改札に対して怒り声を挙げて蹴りつけることは、無意味を通り越して滑稽でしかない、要はそういうことである。


 「それで、相手はリンディ・ハラオウンか?」


 『現段階では確定しておりませんが、おそらく、ギル・グレアム提督になるのではないかと予想します』


 「ギル・グレアムだと、なぜあの男の名前が出る―――――待てよ、今お前が関わっているのは闇の書事件だったか」

 地上部隊の人間であれば、海の案件などほとんど知りはしないが、彼は地上部隊と本局の繋ぐ地上本部の防衛長官であり、さらに闇の書事件はロストロギア災害の中でも特に知名度が高い。


 『御察しの通りです』


 「なるほど、あの男が動いているか………」

 そしてそれ故に、レジアス・ゲイズの中でも様々な思索が浮かんでくる。現状では一艦長に過ぎないリンディ・ハラオウンと異なり、ギル・グレアムの発言力は無視できるものではない。

 もし、彼に貸しを作ることが出来るのであれば、今後のデバイス・ソルジャーの運用やアインヘリアルの開発においても有利に進めることが―――


 『皆で協力し合えれば、それに越したことはありません、最低限の労力で、最大の効果が得られる極めて優れた方法です』


 「効率と結果だけを見るならば、だがな」


 『確かに、人間関係の調整のコストと労力を計算に入れておりませんでした、ひょっとすれば割に合わないのかもしれません』


 「道化め、お前が計算していないなどあり得るものか」


 『汎用言語機能を用いていない私などこの程度ですよ。返答は、まあ、近いうちにお願いします、本日、クロノ・ハラオウン執務官がこちらに参られますので』


 「やはりか、相変わらずの根回しの良さだな」

 依頼をするならば、十分な準備期間を予め計算しておく。

 トールの行動は、常にそれを基準にしている、そして、準備が整っていないのであればそもそも動かない。

 ヴォルケンリッターとの戦いにおいて、彼が観察と情報収集に専念しているのも、その行動方針が理由である。


 『彼は今回、彼女らの保護者としてやってきたついでです、もしくは、こちらのついでに彼女らを案内してきたともとれますが、そこは主観によりますので何とも』


 「そちらはもういい、海の執務官がやってくるならば近日中にここまで正式な書類が届くだろう、その時決定しよう、もう一つは?」


 『こちらは簡単です。現在地上本部が運営している“生命の魔道書”の貸し出し、その順序に、ある少女を割り込ませていただきたい』


 「むう、だがあれは重度のリンカーコア障害を負った子供に優先して貸し出すように法で定められている。俺の権限で割り込みは出来ん、そもそも、そのようにしたのはテスタロッサ家だろう」

 生命の魔道書は、ジュエルシードの力で作られ、テスタロッサ家から“実験成果”として時空管理局に管理を依頼された品。

 法的な諸事から、かなりの紆余曲折を経ることとなったが、現在では博物館への貸し出しに近いような扱いでテスタロッサ家と繋がりの深かった地上本部に譲渡され、重度のリンカーコア障害に苦しむ子供の治療のために、各管理世界の医療機関に順番で貸し出されている。


 『いえ、そちらの法律そのものには反しません。ただ、例外的な対象として、管理外世界を含めていただきたいだけです』


 「管理外世界だと?」

 それは、レジアス・ゲイズにとってはやや意表を突かれた言葉である。

 それぞれの管理世界の公的資金で運営される地上部隊の統括である彼は、基本的に管理外世界で起こっていることに関与する立場ではない、そちらは海の領分だ。


 「それこそ、次元航行部隊の役割ではないのか、ハラオウンの方が余程適任の筈だ」


 『無論、“命の書”や“ミード”は用いる予定です。闇の書事件を追う際の有効性が認められておりますので、アースラと時の庭園にはかなりのストックがございます』


 「それでは、足りんということか」


 『私の計算に誤りがなければ、“生命の魔道書”であっても根本治療は望めないでしょう。それほど重度のリンカーコア障害に侵されつつある少女が、管理外世界にいるのですよ』


 「だが、なぜお前がそのために動く?」

 博愛精神など、機械には存在しない。

 特に、この管制機は徹底してテスタロッサ家の人間のためにしか動かない古いデバイスなのだ。


 『簡単なことです、その少女、八神はやてはフェイト・テスタロッサの友達である月村すずかの友達です。今はまだ互いに面識はないようですが、それぞれの親密度合いを考えれば、やがて友達になることは明白。その時、フェイト・テスタロッサが何を思うかを私はシミュレートし、その願いを叶えるための下準備に動いているだけ』


 「それだけ、か」


 『ええ、それだけです。現段階では可能性ですが、一か月以内という期間推定ならば、100%に限りなく近い、遅かれ早かれそうなるのならば、準備は早い方が良い』


 「そういうことなら、まあかまわん、最初の条件付けの際に管理外世界を考慮に入れていなかった不備を正すだけのことだ」


 『ありがとうございます、御礼は必ずや』


 「これでようやく貸し借りなし、といったところか、ゼストの件も含めてだが」


 『そういうことになるかもしれません、模擬戦の件も、重ねて感謝いたします』


 「俺はゼストに依頼しただけだ、礼はあいつに言え」


 『分かりました、それではそういうことで』

 その言葉を残し、人型の自動人形が防衛長官の執務室から退室していく。

 今回は珍しく、トールの本体はこの人形の中にある。闇の書事件の本部として機能している時の庭園から、管制機たる彼が離れるのはあまり得策ではなかったが、彼の優先順位は常にフェイトが上にある。

 つまり、フェイトのために彼の本体がここにいる必要性が存在していた、ということを意味していた。











新歴65年 12月9日  ミッドチルダ首都クラナガン  地上本部  談話室 AM11:00



 「時空管理局・地上本部首都防衛隊のゼスト・グランガイツ一等空尉だ」


 「初めまして、本局次元航行部隊“アースラ”所属、クロノ・ハラオウン執務官です」


 「は、はじめまして、高町なのはです!」


 「ふぇ、フェイト・テスタロッサです!」


 「おーい二人とも、そんなに緊張しなくてもいいぞ、この旦那はその辺あんまり気にしない人だから」

 それぞれが自己紹介をする中、防衛長官との会談を終えた人形だけは、実にフリーダムであった。

 もし、レジアス・ゲイズとの対話を聞いていた者がいて、この状態の彼を見たならば、その差異に驚嘆せずにはいられないだろう。


 「ベイオウルフも久しぶり、って、こっちはしゃべれないんだったか」


 「久しぶりだ、と言いたいが、お前はそのような口調だったか?」

 ゼスト・グランガイツはインテリジェントデバイス“トール”と初対面ではない。

 彼が以前に地上本部を訪れた際、何度か話をしたことがあり、それ以前にそれぞれのマイスター同士が交流を持っていたという経緯もあった。


 「あー、ゼストの旦那の前ではこの口調でいることはなかったか、こいつは汎用人格言語機能、ていってね、まあ、こっちの娘さん達のための機能なんだ」


 「僕もたまに混乱しますが、流石に慣れてきました」


 「わたしは、この姿のトールさんに丁寧語で話されたら混乱しちゃいます」


 「わたしは――――慣れてる、と思いますけど」


 『洗浄シマス、洗浄シマス』


 「「 きゃあああああああああああああああああああああああ!!! 」」


 「とまあこのように、こいつらをからかうのに有効なのさ」


 「2人とも、落ち着け、ここに”あの”機械は無い。申し訳ありません、グランガイツ一等空尉」

 錯乱する少女達をなだめ、即座に頭を下げるクロノは、元々苦労人気質だったこともあるが、兄としての姿が板についてきていた。


 「構わん、模擬戦前のリラックスとしては効果的だろう」

 とはいえ、彼も些細なことで気分を害するような気質でもない、早い話が大人なのであった。












新歴65年 12月9日  ミッドチルダ首都クラナガン  地上本部  訓練室 AM11:15




 10分ほど、今回の模擬戦の目的や現在なのはとフェイトが直面している課題を話し合った後、訓練室へと移動する4人+デバイス達。

 途中からクロノは別件で席を外すこととなるが、夕方5時頃にはなのはとフェイトを引き取りに来る予定である。


 「しかし、フルドライブを用いた模擬戦は危険が伴うが、本当にいいのか?」

 闇の書の守護騎士、ヴォルケンリッターの戦闘能力については映像も交えて説明したが、それでもゼストとしては9歳の少女相手に全力を出しての模擬戦は不安を禁じ得ない。

 彼の攻撃力は強大無比であり、非殺傷設定とはいえ、命を奪うことは容易なのだから。


 「大丈夫です!」


 「絶対、撃墜しませんから!」

 二人の少女は気合十分、ただ、空回りしないかだけが不安になる。


 「ま、大丈夫です、ここの医療設備は整っていますし、こいつらの身体データは俺が全部持ってますんで、それに、ほら」

 俗に、医療カプセルと呼ばれる、治療器具を手術レベルまで一通りそろえた移動用手術室とも呼べるものが、廊下の向こうから移動してくる。


 「昨日のうちに、あれを手配しておきましたから、腕が折れようが20分もすれば戦線復帰可能です。こういうのは何よりも初期治療がモノを言いますからね」


 「最初は怪我も多いでしょうから、1時頃までは僕もついています。治療魔法は一通り扱えますので」

 当然、地上本部にも医療技術と治療魔法を修めた医務官はいるが、こちらから訪問しての模擬戦でそこまで準備してもらうわけにもいかない。

 医療カプセルも時の庭園で用意したものであり、早い話が持ち込みの品である。ついでに言えば、これをこのまま置いていって地上本部に寄付することが今回の模擬戦の対価であった。


 「そうか、そういうことならば、まあよいが」


 「今のあいつらに必要なのは、“絶望”なんです、それをお願いできるのは旦那しかいないんですよ」


 「随分と物騒な表現ですが、彼女らは圧倒的な格上と戦った経験がないのが弱みなんです。ヴォルケンリッター達も、フルドライブを用いた戦いはしていませんでしたから」


 「こっちの執務官殿は罠を用いた知略タイプですので、徒労感を与えるのは得意中の得意ですが、絶望感を与えるのには向いていません。純粋な性能で圧倒的に上な相手との戦闘経験が必須なんでしてね」


 「分かった、微力を尽くそう」


 「お願いします!」


 「よろしくお願いします!」

 そして、少女達は気合を込めて、訓練室内部へと向かう。


 「フェイト、なのは、一つだけ忠告だ」

 医療カプセルの準備を始める一人と一機は、とりあえず部屋の外で待機だが、管制機の方が最後に餞別の言葉を送る。


 「えっと、何?」


 「模擬戦が始まったら、取りあえず全力でシールドを張っとけ、そうすりゃ、運が良ければ気絶は免れる」


 「? まあ、念頭に入れておくね」

 そして、なのはとフェイトの二人は、最強の騎士が待つ訓練室へと。


 「さて、何分保つかねえ」


 「せめて1分、いいや2分は保ってほしいところなんだが」



 30秒後



 「治療を頼む」

 バリアジャケットを袈裟がけに切り裂かれ、完全に気絶した少女ニ人と、同じく真っ二つに切り裂かれたニ機が、鎧を纏わず、移動速度に重きを置いた戦装束の古代ベルカ式の騎士に担がれて戻ってきた。


 「星、星が見えるスタ~」


 「母さん、ほら、綺麗な星空~」


 『1分保ちませんでしたね、というか、二人ともいずこへ旅立っているのでしょうか』


 「二人は僕が治療する、君は、そっちの2機を頼む」


 『了解しました』

 クロノ・ハラオウンとトール、この二人の組み合わせにも当然意味はある。

 クロノの役割はなのはとフェイトがこうなった際の二人の治療役、彼の魔法と知識、そして医療カプセルがあれば大抵の傷は即座に治せる。

 そして、もう一方の役割は―――


 『管制機能ON、“機械仕掛けの神”』

 レイジングハートとバルディッシュ、ニ機の自己修復機能を最大限に発動させると同時に、エラーチェックを行う整備士としての役目であった。

 なお、ゼストには予めデバイスのコアを破損させないようにと頼んでいる。そのため、フレームの損傷ならば人形の中に格納されているカートリッジや管制機トールの機能によって修復することが可能となる。


 『申し訳ありません、トール』


 『面目ありません』

 ただ、こちらのニ機も主に劣らず凹んでいたが無理もない。

 カートリッジシステム搭載型のアームドデバイスを操る古代ベルカの騎士に対抗するために新たな姿、レイジングハート・エクセリオンとバルディッシュ・アサルトになったというのに、見事なまでに一撃で真っ二つにされたのだから。


 『そう気に病むことではありませんよ、彼、“ベイオウルフ”は純粋な武器としての性能のみを追求したアームドデバイス、レヴァンティンやグラーフアイゼンのような変形機能を有していないだけに、硬度ならばあのニ機を大きく上回ります』


 『ですが―――』


 『それに、30年以上もゼスト・グランガイツと共に戦ってきた騎士の魂。残念ながら、貴方達とは年季が違います、胸を借りるつもりで堂々と挑み、精一杯叩き折られなさい、敗北の積み重ねこそが勝利への前進です』

 要約すると、いくらでも直してやるから存分に破壊されてこい、となる。


 『All right!』


 『Yes,sir!』

 ただ、この辺りの気質は、主人そっくりなデバイス達であった。


 「今度は、頑張ります!」


 「クロノ、頑張ってくるね!」

 そして、回復した二人は再び愛機と共に訓練室へ向かい――――



 1分後



 「治療を頼む」


 「星、星が見えたスタ~」


 「ねえリニス、星ってなんで輝いてるの?」


 『1分は保ったようですね、ただ、フェイトが故人と対話していることが気になりますが』


 「………不安になってきた」

 クロノの不安をよそに、少女二人はなおも諦めない。

 今回はレイジングハートとバルディッシュが小破で済み、彼女らのバリアジャケットもそれほど損傷がなかったため、割とすぐ復帰した。


 「三度目の正直! レイジングハート、エクセリオンモード、ドライブ!」
 『Ignition.』


 「今度こそ! 行くよバルディッシュ、ザンバーフォーム+ソニックフォーム!」
 『Zamber form.』

 現状における全力全開、なのはとフェイトは持てる全てを尽くして挑み―――


 『Grenzpunkt freilassen! (フルドライブ・スタート)』



 ゼスト・グランガイツが同じくフルドライブを発動させてより10秒後(一人2秒、移動に6秒)。


 「治療を頼む」


 「姉さん、ほら起きて、もうご飯だよ~」

 ソニックフォームの自分よりも、さらに速い速度で切り込まれ、一撃でズタボロとなったフェイト。


 『最初は我が主、次にリニス、そしてアリシアと、順番通りというか何というか』

 そして、もう一方は。


 「初めましてお父さん、高町なのはです、意味は菜の花だよ」

 咄嗟に放ったエクセリオンバスターごと切り裂かれ、デバイスもろとも撃墜されたなのは。


 『高町なのは、並行世界の自分とリンクしてはいけません、この世界での高町士郎は故人ではありません』


 「君は、何を言っているんだ?」


 『お気になさらず』

 少女達は完膚なきまでに叩きのめされていた。







新歴65年 12月9日  ミッドチルダ首都クラナガン  地上本部  訓練室 AM12:30


 気絶も既に六度を超え、ようやく模擬戦らしい展開も見せ始めた。


 「なのはやフェイトが慣れてきたのか、それとも、彼が手加減してくれているのか」


 『どうやら、後者のようです。ベイオウルフが高速移動の際の管制にリソースの大半を回し、斬撃の強化をほとんど行っておりません』

 古代ベルカの特徴は、接近戦での一撃にある。

 身体強化の要領で強化したアームドデバイスに渾身の魔力を込め、一撃で叩き潰す。剣の騎士シグナムの紫電一閃や、鉄槌の騎士ヴィータのラケーテンハンマーなどはその代表例といえるだろう。

 また、トールがそれを知るのは、ハードウェアを介さない簡易的なものながら、“機械仕掛けの神”によって模擬戦を行っている三機と情報を共有しているからである。


 「攻め手を抑え、高速機動に回すか、フェイトにとってはいい経験になるだろうな」


 『彼女は、自分より速い敵と戦ったことがありません。そのため、“速度ならば自分が上”という判断に基づいて戦うしか他になく、“速度で劣っているならばどうやって迎撃するか”という発想に乏しい』


 「だが、今はフェイトがその状況に追い込まれた、速度でグランガイツ一等空尉が上回っている以上、フェイトは何らかの方法で打開せねばならない」


 『貴方ならば、ディレイドバインドや氷結系の遅延魔法など、多彩で嫌らしい攻め手が数多くありますが、あの子らは直接的な攻撃手段ばかり――――おや、中距離型のエクセリオンバスターに続き、長距離のディバインバスターも両断されましたね』


 「一点に魔力を集中し、高密度の魔力刃を振り下ろしたみたいだが、洒落にならない密度だ」

 かつて、なのはとフェイトが放ったAAランクの近代ベルカ式の使い手の渾身の一撃に匹敵する、250万を超える魔力の籠った一撃を同時に抑えたクロノであるが、彼の一撃を受け止める自信は流石にない。

 魔力を武器に集め、強化する技能では古代ベルカ式は近代ベルカ式のさらに上を行く。射撃魔法を苦手とする故に、近接においては他の追随を許さない系統が古代ベルカ式の騎士の戦術である。


 『オーバーSランクの古代ベルカの騎士による渾身の一撃、リミッターもなく、非殺傷設定であるが故に遠慮なく放てるその凶悪さ、恐ろしい限りです』


 「ディバインバスターとて、Sランクの魔力が籠っているんだがな」


 『ミッドチルダ式Sランクの砲撃では、古代ベルカ式S+ランクの一撃に敵わない、至極当然の理屈です』


 「後は、魔力運用の技術か、彼女らは魔力が高いだけに制御も難しい。二人の制御技術そのものは低いどころか最上級だが、それでも最後は経験がモノを言う」


 『実力で劣っており、経験が足りない以上、知恵と工夫で何とかするしかありません、今こそ、存在意義の見せどころですよ、レイジングハート、バルディッシュ。純粋なパラメータで劣っていればどうにもならないストレージと異なり、インテリジェントは純粋な性能で劣るが故の可能性があるのですから』


 「となると、S2Uはどうなるかな?」


 『S2Uの場合、打開する戦術を組み立てるのは貴方です、クロノ・ハラオウン執務官』


 「努力しよう」


 『それよりも、しばらく戦況は膠着しそうです。フェイトと高町なのはが繰り出す知恵と戦術を、ゼスト・グランガイツ一等空尉が迎え撃つという図式になるでしょうから、私だけでも何とかなりましょう』

 最初期は、容赦なく打ちすえ、デバイスごと破壊していたゼストであるが、流石にそれだけでは訓練にならないので、“実力ではどうしようもない”ことを悟らせた段階からは、相手に合わせて戦っている。


 「ああ、今のうちにこっちの用事を済ませてしまうとしよう。だが、本当に彼は凄まじいな」


 『地上部隊では、彼を指して“英雄”と呼ぶことがあります、枕詞を付けず、ただ“英雄”と呼ぶ場合がそれはゼスト・グランガイツを表す』


 「英雄か、何とも的確な表現だ」


 『そして、“英雄達”を率いてクラナガンの安定を守り続けた存在が、レジアス・ゲイズ中将。今では、英雄達は単数形になってしまいましたが』


 「先達の名に恥じぬよう、僕らアースラも頑張らないといけないな」


 『貴方ならきっと出来ますよ、闇の書事件は、今回を持って終わりを迎えるでしょう』


 「ああ………そうさせて見せる」

 少女達の激闘が続く中、少年もまた己の職務を全うすべく歩き出す。

 そして、ただ一機残った管制機は、その権能を用いてもう一機の“古き友”へと情報を送る。


 【未だ、パラメータは定まらず、大数式の解は見えません。ですが、確実に収束に向かいつつあり、どうやらそう悪い状況でもなさそうです】

 彼を上回る稼働歴を誇る、古いストレージデバイスへと。


 【古き友、ベイオウルフも協力して下さり、こちらの戦力は整いつつあります。貴方の望んだその時が来るかもしれません、その時こそ、我々デバイスが全員協力し、闇の書を完全消滅させるために動くでしょう】

 レイジングハート、バルディッシュ、S2U、レヴァンティン、グラーフアイゼン、クラールヴィント、シュベルトクロイツ、トール、オートクレール、アスガルド、そしてもう一人。

 全てのデバイスが、一丸となれば―――


 【あの巨大ストレージ、闇の書をどうにかできるやもしれません、未だ可能性の話ですが、そう悪い賭けでもないように考えられる。少なくとも、未来を信じる少女達は必ずやその選択をするでしょう、故に、貴方はただ待つがよろしい、オートクレール、風向きはいつか、追い風となりましょう】


 古いデバイスは、情報整理しながらパラメータが収束する時を計算し続ける。


 祝福の風が―――追い風となるその時を。





[26842] 第二十二話 少女達の夢
Name: イル=ド=ガリア◆26666ccb ID:97ddd526
Date: 2011/05/08 16:53
第二十二話   少女達の夢




新歴65年 12月10日  次元空間  時空管理局本局  中央センター  AM9:30




 「はあ~、改めて見ると、時空管理局本局っておっきい」

 窓から巨大な街を見下ろし、なのはは感嘆の息を吐く。

 時空管理局の本部であると同時に、1つの街を内に持つ巨大な艦でもある次元世界最大と称される巨大建造物。

 それが時空管理局本局であり、次元世界からあらゆる情報が集まる情報都市でもある。

 その中でも中央センターは中枢機能が集まっている区画であるが、長く時空管理局に勤めている者達からはそれほど良い場所とは思われていない。

 別に機構的な問題や、退廃的な空気が流れているわけではないのだが、中央センターにずっといると“ここが世界の中心であり、我々は世界の管理者である”などと錯覚してしまいかねないからだという。

 ただ、9歳の少女はそのような大人の話を知る由もなく、ただ純粋の都市の大きさに驚いているのであった。


 「なのは、お待たせ」


 「うん、フェイトちゃん」

 そこに、少女の待ち人が現れ、彼女らは二人で歩きだす。


 「嘱託関連の手続き、全部済んだ?」


 「うん、とはいっても、難しいことは全部トールとクロノが済ませてくれたから、私は書類にサインしただけなんだけど」


 「でも、やっぱりミッドチルダは凄いね、フェイトちゃんでも立派に就業許可とってるんだもん」


 「あはは、確かに、日本だったら9歳で雇用契約なんてないもんね」


 「うん、それに、フェイトちゃん名義で部屋なんて借りられないよ」


 「………多分、それはミッドチルダでも結構無理じゃないかと思うんだけど」


 「えっ? でもフェイトちゃんの部屋……」


 「私の部屋は、まあ、気にしないでおいて」

 現在、本局にいる二人であるが、昨日は本局にあるテスタロッサ家の居住スペースに泊った。

 ハラオウン家が日本に引っ越した現在では特に使われてはいないが、リンディやクロノを始めとして、ハラオウン家に関わる人々は本局を訪れることが多い。

 そのため、休憩室なども兼ねて以前確保した部屋が全てトールがそのまま管理しており、フェイトとアルフがおよそ半年程寝泊まりしていた部屋もほぼそのままの形で残されていた。

 ただ、その辺りの維持などがどうなっているのかはフェイトも把握しておらず、おそらくハラオウン家も誰も知らないであろう。


 「トールさん、ってこと?」


 「うん」


 「そうなんだ」

 その固有名詞一つ出すだけで、大抵の不条理に説明がつくことを、流石になのはも慣れてきていた。

 そんな不思議機械は、なのはとフェイトがズタボロとなり、本局に運び込まれてから時の庭園に引き上げ、引き続きヴォルケンリッター包囲網の監視にあたっている。


 「なのはは、ユーノとは会えた?」


 「うん、まだ無限書庫そのものには入っていなくて、調査のための準備や内部の確認をやってる段階だったから」


 「そっか、一度中に入っちゃったら私達じゃそう簡単には入れないもんね」


 「それと、レイジングハートとバルディッシュもお昼過ぎには直るって」

 昨日、ゼスト・グランガイツとの模擬戦によって二桁を超える回数は破壊された2機。

 コアの損傷こそなかったものの、短期間にそれほど壊されれば流石に自己修復の限界を超えている。

 そこで、エイミィの後輩で、時空管理局本局メンテナンススタッフであり、レイジングハートとバルディッシュの改造にも携わったマリエル・アテンザにクロノがメンテナンスを依頼していた。


 「随分、無理させちゃったもんね」


 「うん………でも、絶対無駄にはしないよ、ゼストさんに習ったことは、きっとヴィータちゃんやシグナムさんにも通じるよ」


 「うん、そうだね」

 通算、気絶17回、バリアジャケット大破8回、デバイス損壊22回。

 これほどまでボコボコにされた以上、何か学び取らなければ少女二人もデバイス2機も浮かばれない。


 「っと、あら、なのは、フェイト」


 「あ、リーゼロッテさん、リーゼアリアさん」


 「こんにちは」

 なのはとフェイトはギル・グレアムの使い魔二人とは面識があり、ちょうど昨日も本局まで一緒に来たユーノが二人に捕食されかけているところを目撃したばかりだ。


 「ちょうどいいところに来た、迎えに行こうと思ってたんだよ」


 「「 ?? 」」


 「クロノに頼まれてたのよ、時間があるようなら、本局内部を案内してやってくれってさ」


 「フェイトちゃんは半年くらい住んでたって聞いてるけど、住居区画と中央エリアはまるで違うしね、B3区画以降は入ったことないでしょ」


 「はい」

 一つの街に住んでいても、用がなければ市役所の方面などには行かないことは多い。

 フェイトはしばらく本局に住んでいたが、あくまで民間人としてであり、アースラと関わる部分を除けばほとんど本局のことは知っていなかった。


 「でも、いいんですか?」


 「一般人が観てもそんなに面白いものじゃないと思うけど、いけてる魔導師の二人なら、結構楽しいと思うよ♪」

 なお、なのはとフェイトを呼び捨てにしているのがロッテ、ちゃんを付けて呼ぶのがアリアである。


 「どう、行ってみない?」


 「はい!」


 「お願いします」

 こうして、使い魔二人による、本局案内ツアーが始まった。



■■



 「ここがB3、武装局員が普段訓練しているところね」


 「はあ~、皆さん、普通のスーツ姿なんですね」


 「デスクワークもあるからねえ、地上部隊の制服はまた違うけど、スーツ姿って点では変わらないかな」


 「次元航行部隊のオペレーターとかもちょい特殊だね、まあ、次元航行艦は一つで共同体とも言える単位だから、連帯意識を強めるために各艦独自のものを使ったりもするから」


 「管理外世界だと、潜水艦とかのイメージが近いかもしれないわね、海の底も次元空間も、なにか事故でもあったら一巻の終わりって点では大差ないから」


 「で、向こうが訓練所、ちょうど今訓練してるはずだよ」

 四人が着くと、中から実戦にちかいであろう魔法の衝撃と怒号が聞こえてくる。


 「うわぁ、皆さん、頑張ってますねえ」


 「こういう実戦形式の訓練は、週に三回か四回、基礎訓練だともっと多いかな」


 「でもまあ、昨日の貴女達の訓練内容には届かないわね、というか、貴女達、無理し過ぎ」


 「あ、あはは~」


 「ど、どうしてそれを………」

 いつの間にやら、少女達の無茶ぶりは知れ渡っていた。


 「昨日、クロノから相談うけたの、貴女達の将来がちょっと不安だから、突撃思考を抑えるような良い教導方法はないかって」

 それが、やがて教導官としてのなのはへと受け継がれ、突撃思考のスバルとティアナへの教導に生かされることは、この時の彼女らが知る由もない。


 「えと、リーゼさん達は、武装局員の教育担当だとか」


 「うん、そうだよ」


 「戦技教導隊のアシスタントが、最近は一番多い仕事かな」


 「戦技――教導隊?」

 なのはにとっては初耳の単語である。


 「武装局員に特別な戦技を教えて、導くチームね」


 「武装局員も大抵はCランクくらいは必要だから結構狭き門なんだけど、それに教える役割だから………まあ、トップエリートだわねえ、まさにエースの中のエース、エースオブエースの集団」


 「はぁ」


 「本局に本隊があって、支局に4つ、全部で5つあるけど、全員合わせても100人ちょっとくらいなんじゃないかな」


 「そんなに少ないんですか」


 「私達みたいな非常勤アシスタントも含めればもっといるし、高ランクの嘱託魔導師もアシスタントとしては結構いたりするんだけど、本職の教導官はそれほど多くないのが現状ね」


 「武装局員の数に比べて、腕のいい教導官が少ないのが問題なのだよねえ、まあ、本来教える立場に着くべき奴らが、がんがん殉職しちゃったから」


 「あ………“生き残りし者”」


 「ん、私達やお父様の世代はそう呼ばれることが多いわね」


 「組織としては、昔現役でバリバリ働いてたのが前線を退いた後、教える側に回るのが一番いいんだけどね」


 「私達の知り合いで戦技教導隊の教導官だった、ファーン・コラード三佐って人がいたけど、あの人の夫も殉職してるわ、彼女が訓練校の教師になったのはその頃だったかな」


 「だから、名誉職のような立場にいるのは黎明期の三提督くらいのもので、本来なら教える立場にいる人達が今も現役で働かざるを得なかった、ていうのが教導官不足の最大の原因なんだ、そんなだから武装隊のガキ共がなかなか強くなんないんだけど」


 「はあ………」


 「大変なんですね……」


 「っと、ごめんごめん、いつの間にか案内から愚痴り大会になってたね」


 「いえ、えっと、クロノ君も、武装局員のメニューでトレーニングしたんですか?」

 場の雰囲気を変えるため、なのはが少し話題を変える。


 「ノンノン、クロ助の時は、あたしとアリアがみっちりくっついて、それぞれの科目で個人授業」


 「あの子が5歳の時から教えてたけど………あれはなかなか教えがいのある生徒だった」

 アリアが、やや感無量といった趣で呟く。


 「はあ」


 「うん、こんなこと言うのもなんだけど、クロノはあんまり才能のある子じゃなかったから」


 「え……そうなんですか?」

 現在も模擬戦では負けることが圧倒的に多く、ヴォルケンリッターとの戦いや普段の任務などでも隙がないクロノを考えると、とてもそうは思えないフェイトであった。


 「まあね、魔力量は両親譲りでそこそこある方だったけど、魔力の遠隔操作は苦手だわ、出力制御はてんっで出来ないわ、フィジカルはよわよわだわ」


 「う~ん、想像できない」


 「同じく……」


 「まあ、あの子は頑固者だったからねえ、覚えは悪かったけど、一度覚えたことは忘れないし……」


 「馬鹿みたいに一途だったからさ、一つのことをひたすら延々と繰り返して練習しても、文句一つ言わずについてきた。あそこまでの頑固者は、私達の教え子の中でもいなかったかな」


 「それは……なんとなく想像できます」


 「うん」

 その姿ならば、なのはとフェイトにも想像できた。

 クロノ・ハラオウンが弱音一つ吐かず、延々と練習を繰り返す姿、これほど想像しやすい光景もなかっただろう。


 「滅多に笑わない子だったけどね、それがちょっと、寂しかったっけ」

 その根源は、11年前の闇の書事件。

 当時三歳であった彼にそのような道を進ませてしまったことを、誕生してより既に40を数える彼女らもまた、後悔しているのだ。


 「士官学校でエイミィと出逢って、仲良くなってからかな、クロノがよく笑うようになったのは」


 「うん、あの子の影響は大きいね、今じゃ局内じゃ割と有名だもん、ハラオウン執務官と、リミエッタ執務官補佐の名コンビは」


 「うん!」


 「間違いありません!」

 そこは、胸を張って言い切れるなのはとフェイト。

 エイミィ曰く、“下の子達”にとっては、“上の子達”が有名なのはやはり嬉しいものなのだろう。


 「そういえばフェイト」


 「はい」


 「フェイトはやっぱりあれ、正式に局入りするの?」


 「え、えと、まだその辺りはちゃんと決めてなくて」


 「9歳で使い魔持ちのAAAランク魔導師っていったら、管理局でも民間でも、どこでも選び放題だから、急いで決めることもないけどね」


 「は、はい、でも………民間企業は、ちょっと」

 プレシア・テスタロッサが勤めていた、アレクトロ社。

 無論、その企業のようなものが民間企業の全てではないとフェイトも知ってはいるが、まだ9歳の少女の心情としては、姉の死の原因であり、母の死の遠因となった民間企業というものに、若干の抵抗感があった。

 逆に、かつてリニスが遺失物管理部に所属していたということもあり、彼女にとって時空管理局は一言でいえば“印象の良い”組織であった。クロノ、リンディ、エイミィを始めとしたアースラクルーの存在も、それに拍車をかけているのであろうが。


 「色々と考えているんですけど」


 「なのはの方はどうだい?」


 「わたしは、管理外世界の住人ですし、管理局の仕事も、実はよく把握してなくて」


 「私も、漠然としてしか」


 「漠然と、ねえ」


 「どんな感じ?」

 うーん、としばらく二人は考え込み。


 「次元世界をまとめて管理してる、警察と裁判所が一緒になったところ?」


 「後は、各世界の文化保護とか、災害救助とか」


 「ああ、そんだけ分かってれば上等上等」


 「細かい仕事はいくらでもあるけど、大筋はそんなものだから、早い話が、政府と同じようなものなの」


 「政府?」


 「そう、お父様の故郷はイングランドだけど、なのはちゃんは日本だったわね」


 「はい」


 「そう、それで、警察のお仕事や、裁判官のお仕事、って言われればある程度イメージできるけど、“政府の仕事”って言われると、表現に困るでしょ」


 「あ、確かにそうです」


 「魔導犯罪者は警察、裁くのは裁判官、災害救助は消防、レスキュー、とまあ、そういう行政一般を次元世界をまたにかけて行っている部局、といったところかしら」


 「第97管理外世界にも、国際警察や国際救助隊があるように、次元世界にもそういう機構が存在する。別に特別なものじゃなくて、人間世界の視野が広がれば、そのような組織は存在して然り、後は、国家に依存するか、国家間が共同で作り上げた組織によって運営されるかの違いだけ」


 「第一管理世界で、永世中立世界のミッドチルダだけは司法・行政・立法を時空管理局が司る特別ケースだけど、あそこはようは次元世界のテストケース、全ての管理局法は次元世界を全体を考慮しながら作られて、まずはミッドチルダで施行される。で、問題点を直しつつ、数年後に各世界に適用される、そんなとこかな」


 「うう、難しいです」


 「前にも、トールから聞いたことはあるんだけど」


 「まあ、こんなこと気にしながら生きてる人はいないから、そんなもんでいいのさ」


 「私達は、お父様が闇の書事件対策で第97管理外世界を中心とした一帯を封鎖したりで、そういった国際事情ならぬ次元世界事情に精通しないといけないから知ってるようなもので、地上部隊の管理局員なら誰も意識してないわ」


 「その辺の認識の差が本局と地上部隊の摩擦の要因にもなってるから、相互理解は必要だけど、そこはそう簡単に解決出来ることでもないし」


 「ただまあ、知ったかぶりして管理局を批判して大恥かいてる自称論評家とかが残したかなり過激な雑誌なんかもあるから、その辺は注意した方がいいわ」


 「日本で言うなら、ネット上で好き勝手な情報が溢れてるようなものですか?」


 「そうね、民間人というのはいつの世でも政治批判が好きだから、気持ちも分からなくはないけど、“相手の身になって考えること”を忘れちゃだめよ、子供達」


 「はいっ」


 「はいっ」

 それは、なのはとフェイトへ向けた言葉でありながら、自分達自身に向けた言葉でもある。

 長く組織にいればいるほど、現実というものは重くのしかかり、小さな子供ですら守れる簡単なことも守れなくなる。

 だからこそ、大人というものは子供へ希望を託したくなるのかもしれない。


 「難しい話は置いておいて、適性で見るなら、フェイトはお父様やクロノみたいな執務官か、そうでなきゃ指揮官向きだね、精神的にも能力的にもクロノとタイプ近いし」


 「そうですか?」


 「今はまだあまり実感ないかもしれないけど、もう少し戦術や組織としての動き方が分かってきたら、きっと似てくると思うよ、クロノの教師だったあたし達が言うんだから間違いないって、能力的には実の兄妹って言ってもいいくらい」


 「ありがとうございます、嬉しいです」


 「ただし、執務官になるなら半年に一度の執務官試験を突破しなきゃいけないから厳しいぞ~、クロノだって一回落ちてるんだから」


 「「 ええ~!! 」」

 まさかの事実に驚愕する二人。


 「筆記試験も実技試験もどっちも合格率15%以下の超難関、責任重大だし、指揮官スキルと固有スキルも両方必要だし」


 「とはいっても、クロノが落ちたのはちょうど11歳になったばかりの時で、その半年後には受かったんだけど」


 「執務官は他人の人生を左右する役職だから、年齢を理由に採点基準が甘くなることはない。そこを11歳で突破したんだから、弟子ながら大したものではあるわ。だけど、11歳の子供が犯罪者の求刑に大きく関与するというのも、難しい話だね」


 「犯罪者の……」


 「求刑……」


 「裁くのはあくまで裁判官で、機構的には独立してるけど、裁判には執務官も当然関わる。忙しいから他の仕事を兼任しながらになるけど、やっぱり他人の人生を背負うことには間違いない」


 「執務官試験が難しいのは、生半可な覚悟じゃ勤まらない仕事であるから。ただ魔力や才能があったからって執務官になられるようじゃ、人生を左右される方がたまったものじゃないでしょ」


 「自分の意思で犯した罪なら仕方ないけど、特に海の執務官が扱うような案件はそう簡単に括れるものじゃない。ロストロギアの中には人の心を操るものもあるし、少年魔導師や使い魔が犯罪を強制される例もある。執務官は、その人達の人生に責任を負うことを覚悟せねばならない」


 「特に目標はないけど、才能だけはあったから執務官を志望しましたなんてのは論外ね、筆記と実技と突破しても面接で100%落とされるから」


 「お父様も、執務統括官であった当時は執務官試験の面接官もやっていたわ。そのお手伝いをしたこともあるけど、まあ、クロノみたいのは面接で落ちることはない、クロノが落ちた時は実技面で足りない部分があったから」


 「はあ……」


 「難しそうですね……」


 「まあ、フェイトなら捜査官って道もあるけど」


 「ううん……えと、なのはだったら」


 「「 武装局員 」」

 僅かな間も置かず、ロッテとアリアの声がはもった。


 「えええ!」


 「うん、なのはのデータを見る限り、これしかないね、戦闘派手だし、他のことを考えるより一直線に進む方が向いてるし、よかったなあなのは、将来の道が決まったぞ♪」


 「よ、喜んでいいのでしょうか」

 彼女の父、兄と姉の正体を知る者ならば、“血は争えん”の一言であっただろう。


 「その辺の冗談はともかく、君のスキルを考えれば、多分、候補生から入って士官直行コースだろうし、二年くらいで中隊長になって、その後で教官訓練を受けて、4,5年後には教導隊入り、なんて道も、夢じゃないかもね」


 「はあ」


 「と、お! 知った顔発見!」


 「二人とも、ちょっと待っててね、奥の見学許可、もらってくるから」

 そして、ロッテとアリアは向こうへと走っていく。


 「将来、かあ、あまりまだちゃんと考えてなかったなあ」


 「今は忙しいしね、でも、エイミィやクロノを見てると、五年後の自分達があの人たちみたいになれるかなって、少し不安になるね」


 「うん、今は教えられてばっかりだし」


 「でも、なのははきっと、自分の道を究めるのも、誰かに何かを教えるのも、きっと似合ってるって思うよ」


 「ありがとう、フェイトちゃん」


 「今はまだ分からないけど、一緒に考えていこう」


 「うん、フェイトちゃんと一緒なら、きっと進めるような気がする」


 「私も、なのはと一緒なら」

 比翼の天使。

 あるデバイスは、高町なのはとフェイト・テスタロッサをそう称した。

 目には見えずとも、少女達の翼は傷付いている。二人が揃っていなければ、今はまだ羽ばたくことはかなわない。

 だから、いつか一人でも大空を舞えるようになるその時まで。

 時が止まった庭園に座す管制機は、フェイト・テスタロッサを見守り続ける。

 彼女が、本当の意味で大人となる、その時まで。










新歴65年 12月10日  第97管理外世界 日本 海鳴市 ハラオウン家  PM3:02



 「お帰り、フェイト、なのは」


 「ただいま」


 「お邪魔しまーす」

 転送ポートを通して、ハラオウン家へと帰ってきた二人。


 「クロノ、一人?」


 「エイミィは、アルフの散歩がてら、アレックス達のところに食事を差し入れに行ってるよ、二人ともインスタントばかりなんだそうだ」


 「あぁぁ」


 「まあ、操作スタッフのギャレット達や武装局員なら、携帯食片手に無人世界や観測世界を渡り歩いてるから、まだいい方かもしれないが」


 「ほんと、皆、頑張ってるんだね」


 「そりゃあね、君達にこんな苦労までさせてしまっては、管理局員の名折れだ。艦長も、時の庭園で包囲網の指揮を執ってる、僕ももう少ししたら向かうよ」


 「うん、私達も、準備万全だよ」

 『All right.』

 『Yes sir.』

 応じるように、レイジングハートとバルディッシュが輝く。


 「しかし君達、本局でリーゼ達に変なことを吹きこまれたりはしなかったか?」


 「妙なことって」


 「どういうこと?」

 微妙に楽しそうな二人、この辺りは年頃の女の子である。


 「あの二人は、腕もたつし、仕事も完璧にこなすんだが、プライベート面がどうにも猫だから」


 「別に、そんなにみょーなことは言われてないもんねー」


 「うん、それに、猫の使い魔だって真面目な人もいるよ」


 「そうか、なら、いいんだが……」


 「将来のことについて、少し話してたの」


 「リーゼさん達の話によると、わたしは執務官、なのはは武装隊の教官向きだって」


 「それはまた、あの二人にしてはえらくまともな話を………どういう風の吹き回しだろう」

 クロノにとっては、意外極りない、ギル・グレアムが基本堅物なだけに、その使い魔である二人はかなり自由奔放なのであった。


 「クロノは、どう思う?」


 「慧眼、流石だな、似合うというか、それぞれの能力を良く考えている」


 「そうなの?」


 「なのはの戦闘技術は、実際大したものだ。魔力任せの出鱈目に見えて、要所で基本に忠実だからな、頑丈なのと、回復が速いのもいい。高火力、切り込み速度、堅い防御、回復力、これを揃えられたら厄介きわまりない、唯一の問題は判断力だったけど、彼との訓練でそれも大分良くなっている」


 「喜んでいいやら、傷付いていいやら……」


 「フェイトは勉強好きだし、執務官としての能力を鍛えるのも、楽しみながら取り組めるかもしれない」


 「うん」


 「だけど、どっちも大変な道だぞ、教官訓練はとてつもなく高いレベルの魔力運用を要求される。教導隊を目指すなら、尚更だな」


 「リーゼさん達も、厳しい道だろうって」


 「執務官試験は、僕が言うのもなんだが、採用率がかなり低い」

 11歳の少年が合格できた試験と聞けば簡単そうだが、実質は難関どころではない。


 「そう聞いてるよ」


 「確かに、管理局はいつでも人手不足だから、腕のいい魔導師が入ってくれるのは助かる」


 「うん」


 「事件はいつでも起きてる。今僕達が対処している闇の書事件以外にも、どこかで何かが起きている。これは、この国においても同じだろうが」


 「……うん」


 「僕らが扱う事件では、法を守って、人も守る。イコールに見えて、実際にはそうじゃないこの矛盾が、いつでも付きまとう。自分達が正義だなんて思うつもりもないけど、厳正過ぎる法の番犬になるつもりもない」


 「なんとなく………分かるよ」

 フェイトは、その対極の存在を知っている。

 迷うことを知らず、矛盾など知らず、どこまでもただ一つの事柄のためだけに思考と行動を続ける存在を。

 だからこそ、矛盾に満ち、それを打開するために進み続ける人間の在り方を、フェイトは直感的に理解していた。クロノやリーゼが彼女は執務官に相応しいと、そう思った根源がそこにある。


 「難しいんだ、考えることを止めてしまった方が、楽になれる。まともやろうと思ったら、戦いながら、事件と向き合いながら、ずっとそういうことを考え続ける仕事だよ」


 「………」


 「だから、自己矛盾するけど、僕は、自分の妹やその友人には、もう少し気楽な職業に就いてもらいたい気もするな。母さんのそんな願いを無視した身で、堂々と言えることじゃないんだが、でも、だからこそ思う」


 「……うん」


 「難しいね……」


 「まあ、君達にはまだ時間がたくさんある。フェイトも、少なくとも中学校を終えるまではこちらの世界で一般教育を受ける方がいいと思うし、並行しながら出来ることもある、ゆっくりと考えるといい」














新歴65年 12月10日  第97管理外世界 日本 海鳴市 ハラオウン家  PM7:02



 「ただいま、フェイト」


 「お帰り、クロノ」


 『作業はなかなか順調ですよ、フェイト』

 夜、時の庭園に出向いていたクロノを、今度はフェイトが出迎えていた。


 「あれ、トールがデバイスのままって、珍しいね」


 『本体は中央制御室にあります。クロノ・ハラオウン執務官と円滑に情報の送受信を行うために端末をこちらへ派遣した形でしょうか。エイミィ・リミエッタ管制主任とアルフももうすぐ戻りますので、貴女とのコミュニケーション用の人形は不要と判断しました』


 「そう」


 『騒がしさがお望みならば、いつでも』


 「ううん、遠慮しとくね、後、お風呂は私一人で入れるからね」


 『そういうこともあるでしょうが、そうでないこともあるでしょう』


 「ないよ!」


 「フェイト、あまり興奮するな」


 『それでは、兄妹水入らずの一時を。私は情報の整理に戻ります、あまり余分なリソースを取らせないでください』


 「自分から話しかけたくせに………」


 「ふふ」

 フェイトの子供らしく拗ねる姿に、クロノは笑みを抑えることが出来ない。

 何だかんだで、フェイトはトールに対して心を開いている、というより、警戒心を持っていないのだ。

 そう、“トールは自分に対して本当に酷いことはしない”ということを、本能レベルで理解しているかのように。

 彼女は、管制機に対してはとても無防備であった。


 「ところでフェイト、携帯電話というこっちのデバイスはもう買ったのか?」


 「えっと、未成年は親の承認が必要だったはず、それにクロノは念話の範囲が長いから無くても問題ないよ」


 「いや、学校の友人と話す時にも必要だろう、親の承認が必要なら、母さんに頼めばいい」


 「嬉しいけど………いいのかな?」


 「何も問題はない、駄目な理由は、何もないだろ」


 「………」

 その言葉の意味など、考えるまでもない。


 「しかし、エイミィは遅いな、トールの話ではもうすぐってことだったけど」

 だから―――


 「あの……」


 「ん?」


 「ありがとう………お兄ちゃん」


 「ぶはぁ!」

 フェイトが放った爆弾発言によって、クロノは噴くと同時に盛大にすっころんだ。


 「く、クロノ!?」


 「な、何でもない、何でもないから! そ、そうだ、艦長から渡されたデータの整理があるから、ちょっと部屋に行く!」


 「う、うん」


 「と、わわ!」

 平時の冷静さはどこへやら、あちこちにぶつかりながら部屋に駆けていくクロノ。


 「あ、はは、ちょっと急すぎたかな、クロノが照れ屋さんなの、忘れてた」

 取りあえず、クロノがこぼしたコップを片づけるフェイト。


 「でも、やっぱり優しいな、うちのお兄ちゃんは」

 自らに言い聞かせるように呟きつつ、彼女は窓から夜空を見上げる。

 そこに、星になってしまった大切な人達の面影を感じながら。


 「ねえ、リニス、空の向こうから、見ててくれるのかな」

 彼女は、幸せな今に想いを馳せる。


 「私の新しい居場所は、本当に優しい人ばっかりだよ、プレシア母さんのことや、姉さんのことは悲しいし、そう簡単には振り切れない………事件も大変だけど、でも、頑張れてるよ」

 自分は、大丈夫だから。


 「アルフも、バルディッシュもいてくれるし、トールは、ずっと支えてくれてるから、今戦わなきゃいけない人は凄く強いけど…………母さんが産み出してくれて、リニスが育ててくれた私と、リニスが造ってくれたバルディッシュは、きっと負けない………うん、きっと頑張るから」

 だから―――


 「安心して、見守っていてください………貴女達の娘と妹は、元気です」


 彼女は、星へと祈りをささげ―――





 『………Thanks FATE.』

 主に託された願い通りに動き続けるデバイスは、ただ静かに礼を述べていた。

 テスタロッサ家に生み出され、仕えることが出来たことに、この上ない感謝を捧げながら。

 古いデバイスは、静かに演算を続ける。







あとがき
 今回は、A’S編サウンドステージ02、第6.5話、『今は遠き、夜天の光』の管理局サイドの話を基に、独自要素を絡めたものとなっており、時系列的には本作20話と同じ日となっています。リーゼ達やなのは、フェイト、クロノの台詞は基本踏襲しておりますが、思うことはクロノやリンディさんはいい人だなあ、ということです。
 管理局アンチというか、リンディさんやクロノが子供を連れ去って働かせようとしているような書き方がされている場合をたまに見受けるのですが、どうしても原作のイメージとかけ離れていて、私個人としては敬遠しています。二次創作というものに対する見方はそれぞれですので私がとやかく言えることではないのですが、やはり原作に対する敬意や愛があった方が良いのではないかと思っています。
 自分も独自解釈やオリキャラは多数登場させておるのですが、やはり原作が大好きです。無印編は既に終了しましたが、原作を見直す度に“この辺をもうすこし掘り下げて、なのはらしさやフェイトらしさを出せなかったか”などと自問自答を繰り返している体たらくで、自分の筆力ではあれが限界だろうとは思っているのですが、もう少し上手く書けなかったか、という葛藤が消えることもありません。
 ですが、こういう想いこそがよりよい作品を書こうとする原動力かとも思いますので、A’S、StSまでの長い道のりを書ききる所存です。稚作ではありますが、読んでくださっている方々や感想を下さる方々のためにも頑張りたいと思います。





[26842] 第二十三話 事件は会議室で起きているんじゃ―――
Name: イル=ド=ガリア◆ec80f898 ID:97ddd526
Date: 2011/05/09 07:21
第二十三話   事件は会議室で起きているんじゃ―――




新歴65年 12月11日  第97管理外世界付近  次元空間  時の庭園  作戦本部 AM8:02



 「こっちのデータは以上よ、お役に立ってる?」


 「ええ、ありがとうレティ、それにしても、守護騎士達は本当に働き者ね」

 リンディ・ハラオウンとレティ・ロウラン。

 実働部隊を率いるリンディと、後方支援部隊を率いるレティの連携は見事なものであり、ギル・グレアム提督の支援もあり、守護騎士包囲網はほとんど完成したと言ってよい。


 「だけど、大分行動パターンも読めてきた。短距離転送の繰り返しで帰還されてるから、この間のような遭遇戦を除けば日本での捕捉は難しいけど、観測世界で捕捉出来ればこっちのものね」


 「後は、クロノ君やあの子らの力量次第と、そっちの方はどうなの?」


 「ちょっと無理のある訓練を積んだようだけど、二人ともやる気満々よ。事件を手伝わせてしまっているのは心苦しいのだけど」


 「母親としての気持ちはあるけど、子供達の意志も尊重してあげたい、か、難しいところね」


 「そう言えば、グリフィス君は何歳になったかしら?」


 「今六歳よ、貴女に比べれば幾分遅く産んだから」

 リンディ・ハラオウンの実年齢はアースラの公然の秘密となっているが、この外見で既に14歳の子供を持つ母親なのだ。

 10年前と全く変わらない外見を誇ることから、妖精か何かではないかと噂されることもある女性だが、この10年後も全く変わらないため、いよいよ噂は真実味を帯びていくこととなるが、それは余談である。


 「そっかー、でも、あの子達が大人になる頃には、もう少し楽な体勢になっていて欲しいわ」


 「グレアム提督の時代に比べれば今は随分ましになっているのでしょうけど、まだまだ問題点は多いし、ここで満足もしてられないわね、それはそうと、今日はこっちに来るのだったかしら?」


 「ええ、アースラの整備と、武装の件で」


 「アルカンシェル、か」

 レティの表情が若干曇る。

 魔導砲アルカンシェル、次元航行艦船に取り付けて放たれる強力極まりないその兵器の使用許可を得るには相応の手続きが必要であり、アースラ艦長のリンディ・ハラオウンとナンバー2のクロノ・ハラオウンは本日そのために本局へ向かう予定となっていた。


 「闇の書事件が終わればまた外すことになるでしょうけど、無いに越したことはない武装とうのも現実だし」


 「スイッチ一つで大量破壊が可能という点では核兵器と何ら変わりない、旧暦の末期にはこれが“一般武装”だったというのだから、恐ろしい話ね」

 どんなに平和な時代であろうとも、一定の抑止力というものは必要とされる。

 時空管理局の時代では、新歴に入った当初から強く残る質量兵器への忌避感や、大量破壊兵器の無差別使用の恐れから、“作りにくく”、“運用しにくい”ものを可能な限り採用している。

 アルカンシェルは最たる例であり、確かに強力ではあるが、製造にも維持にも莫大なコストがかかり、“兵器”としては欠陥品の塊である。

 戦艦ではなく、通常の航行機能に主眼を置かれた艦船に搭載されるため、兵器そのものの防衛機構がなく、連射も不可能。さらに発射のためにはファイアリングロックシステムと呼ばれる何重もの強固なシールドを解除する必要があり、“急に必要になっても簡単に撃てない”代物であった。

 11年前の闇の書事件においてはこれが功を奏した。

 闇の書の暴走に乗っ取られた二番艦“エスティア”はアルカンシェルを放とうとしたが、何重ものプロテクトに阻まれ即座に撃つことは叶わず、正規の手順によって準備を進めたギル・グレアムの艦からのアルカンシェルによって滅ぶこととなった。

 前述のように、防衛機構が搭載されていないため“先に撃った者が勝つ”のであり、そうなれば複雑な手順を理解し、十分な訓練を積んでいる方が早いのは自明の理。

仮にテロリストに奪われたところで、アルカンシェルの撃ち合いになれば、時空管理局が必ず勝つ、何しろ、一発撃てば本局に戻っての補給が必要となり、試射など出来はしないのだから。

 次元航行艦のクルーは、本局のシミュレータによってアルカンシェルの発射訓練を行い、時には発射こそしないものの極めてそれに近い演習も行うが、そのような設備をテロリストが保有するのは非常に難しい。

 “単発の欠陥兵器”アルカンシェルは、そういった方面での安全に主眼が置かれた、ある意味で管理局の時代を象徴する兵器なのである。


 「アルカンシェルクラスの兵器が主砲として何発も撃たれていた時代、今じゃあ、単発の爆弾扱いだけど」


 「それでも、テロリストの手に渡ったら交渉手段としては利用出来るもの、兵器としては無理があるけれど」

 兵器としては欠陥品だが、“切り札”としては意味を持つ、その辺りはレティが言ったように、まさしく核兵器と同様であった。

 つまるところ、ヘリを撃ちおとすミサイルのように“撃つのが当たり前の兵器”か、核兵器のような“撃たないことが前提の兵器”かの違いだが、ロストロギアが相手の場合は撃つケースがあり得る点で、アルカンシェルはやや特殊である。よって、核兵器と異なり“発射訓練”も定期的に行われるのである。


 「でもまあ、金食い虫だから、アルカンシェルを持ちたがるテロリストはいないでしょうね」


 「闇の書事件がなかったら、アースラも全力で遠慮するわ、これ一つを維持するだけでクルーのボーナスをカットせざるを得ないような最悪の品だし」

 それが、アルカンシェルが量産されず、滅多に使われない最大の理由。

 時空管理局の時代では、“安価でお手軽で強力な兵器”を生み出すことが禁忌とされている。兵器とは“高価で面倒で割に合わないもの”であるべし、時空管理局のような管理機構が役割的に押し付けられる“厄介者”であれ。

 パソコンや携帯のようなお手軽で便利な品は皆が持ちたがるが、場所を食う上、高価で維持が大変なスーパーコンピュータを持ちたがる人は滅多にいない。公的機関に比べれば無駄が許されない裏組織なら尚更のことである。

 アルカンシェルとは、“必要な場所にだけあればいいスーパーコンピュータ”のようなものなのであり、必要になった以上は船に載せるが、要が済めば場所と金を食うだけなので降ろしたいのは至極当然の話となる。











新歴65年 12月11日  時空管理局本局  無限書庫 AM9:14



 「時空管理局の管理を受けている、世界の書籍やデータが全て収められた、超巨大データベース」


 「幾つもの世界の歴史がまるごと詰まった、言わば、世界の記録を収めた場所」


 「とはいえ、ほとんどのデータが未整理のまま」


 「ここでの探し物は大変だよー」


 「本来なら、チームを組んで年単位で調査する場所なんだけどね」

 ロッテ、アリアの二人も幾度かは足を踏み入れたことはあるが、それは必要なデータを探すためではなく、無限書庫の状態が正常かどうかをチェックするためであった。

 無限書庫は、長い間閉鎖同然の扱いとなっており、こうして開かれたのも実に5年ぶりのこととなるのだ。


 「大丈夫です、過去の歴史の調査は、僕達の一族の本業ですから、検索魔法も用意してきましたし」


 「そっか、君はスクライアの子だっけね」


 「私もロッテも仕事があるし、ずっとってわけにはいかないけど、なるべく手伝うよ」


 「かわいい愛弟子の頼みだからね♪」


 「ありがとうございます、ですけど、ここのデータって、かなりまずいものもあったりするのでしょうか?」


 「うーん、以前の調査によると、古代ベルカ時代からの様々な世界の文献が収められてるってことだから、旧暦末期の超兵器に関する記述なんてのもあるかもしれないわね」


 「古代ベルカを席巻したロストロギア、“聖王のゆりかご”とかに関するデータもあるかもしれないし、まあ、次元世界最大のびっくり箱みたいなところかな」


 「………これまで閉鎖されてきた理由が、何となくわかります」


 「ま、最大に理由は繰り返すようだけど人手不足。現在の案件を処理するだけで手一杯で、昔のことを顧みる余裕がなかっただけの話なんだけど」


 「ほら、忙しい喫茶店と同じだよ。昨日の営業と比較して今日が良かったかどうかを判断できるのは、お客さんが大方いなくなって、店が空いてきた頃からでしょ、これまでの時空管理局は、バイトが少なくててんてこ舞いの喫茶店状態だったの」


 「なるほど、それで、ようやくバイトの確保に目処がついてきて、昔と比較しながら改善していけそうな下地が整った、ということですね」


 「まあ………ね、思い返せば、とてつもなく長い道のりだったけど」


 「あたし達も40年くらいだし、最長老の65年選手に比べればまだまだだけどね」


 「えっと、伝説の三提督、ですか」


 「そう、時空管理局の黎明期から頑張ってる偉い人達。ここの鍵も、あの人達が管理してるって話だよ」


 「お父様も、あの人達と話し合って、無限書庫を開けてもらったって言ってたから」


 「はあ………」

 まだ65年ではあるが、時空管理局もそれなりに積み重ねた歴史はある。

 無限書庫に収められた膨大な歴史に比べればまさしく花火のようなものであろうが、それでも、前に進んできた。


 <時空管理局の歴史、か、それ自体を纏めて編集してみるのも面白いかもしれない。今ならまだ、黎明期に生きた人達の体験談も聞けるわけだし>

 ユーノ・スクライアは骨の髄まで歴史学者であり、一族の気質を強く受け継いでいた。

 後に彼が無限書庫司書長となり、歴史学者として時空管理局と各次元世界が共に歩んだ道のりを纏め上げる最初の一歩は、まさしくこの時にあったといえる。

 それが、一体世界に何をもたらすのかは、まだ分からないが。


 「とりあえず、闇の書の起源に関する探索を始めます」

 歯車が、動き出す。

 古代ベルカ、中世ベルカ、そして旧暦の末期。

 歴史の変わり目に必ず現れ、歴史が偉人と称する者達の影の中にあり続けた存在が残した歯車が、静かに組み上がり始める。









新歴65年 12月11日  第97管理外世界 日本 海鳴市 ハラオウン家  AM10:00



 「たっだいまー」

 スーパーマーケットの袋を携え、エイミィが買い物から帰ってくる。


 「お帰り、エイミィ」


 「お帰りなさい」

 出迎えつつ、食料品を冷蔵庫に詰めるのを手伝う二人、一応なのははハラオウン家に住んでいるわけではないが、この辺りは慣れたものとなっている。


 「艦長、もう本局に出かけちゃった?」


 「うん、クロノと一緒に、武装追加の件で難しい会議と、演習があるって、アレックス達も」


 「武装っというと、アルカンシェルかぁ、あんな物騒なもの、最後まで使わずに済めばいいんだけど………それもそれで無駄金になっちゃって嫌だなぁ」


 「お金かかるんですか?」


 「そうなのよー、こっち風に言うなら、潜水艦に核ミサイルを搭載するようなものだから、乗っけるだけで場所使うし、金はかかるし、撃つとなれば面倒な手続きが必要だし、維持費だけで大変だし、厄介ものの代表格だよ」


 「あまり、いいものじゃないんだね」


 「兵器なんてそんなものだって、いつでも平和が一番なんだから」


 「でも、クロノ君もいないですから、戻るまではエイミィさんが指揮代行だそうですよ」


 【責任重大だねぇ】

 床で寝そべっているアルフが念話を飛ばすが、魔導師ではないエイミィには聞こえていなかったりする。


 「それもまた物騒な、でもまあ、そうそう非常事態なんて起こるわけが―――」


 『エマージェンシー!』

 どうやら、運命の女神はエイミィが嫌いだったようである。









新歴65年 12月11日  第97管理外世界 日本 海鳴市 ハラオウン家 管制室 AM10:05


 「状況は!?」


 【アルクォール小隊、小隊長アクティです、捜索指定の対象が、網にかかりました。敵影から見て、剣の騎士と思われます。現在、気付かれないよう、距離をとって追尾中】


 【ウィヌ小隊、小隊長ヴィッツです、捜索指定対象を捕捉、鉄鎚の騎士と思われます。現在、森林部上空を飛行しています】


 【トゥウカ小隊、小隊長トラジェです、捜索指定対象、盾の守護獣を捕捉しました。雷雲が吹き荒れていますが、その分気付かれずに済んでいます】

 クロノを中隊長とする武装局員一個中隊、三つに分けられたそれぞれの小隊の隊長から、吉報が入る。


 「緊急事態って言うか、千載一遇のチャンスなんだ……」

 アースラクルーのギャレットをリーダーとした捜査スタッフ一同と、レティ・ロウランから貸し出された武装局員一個中隊、さらには、時の庭園のサーチャー類によって敷いた守護騎士包囲網。

 長い地道な戦いはついに功を奏し、守護騎士の捕捉に成功していた。


 「えっと、例の偽物の可能性は?」


 【剣の騎士が砂漠に生息している大型魔法生物を仕留め、リンカーコアを蒐集するのを確認しました。偽物である可能性はないと考えられます、アクティ、終わり】


 【こちらも、鉄鎚の騎士が高速で飛翔し、ワイバーンの亜種を撃墜するのを確認しました。同様に、リンカーコアの蒐集が行われています、ヴィッツ、終わり】


 【盾の守護獣が海中に生息していた巨大くらげを串刺しにして仕留めたのを確認、リンカーコアの蒐集も他と同様です、トラジェ、終わり】


 「か、完璧だ、完璧なんだけど………」

 エイミィは頭を抱えたくなった。

 状況はすこぶる良い、例の偽物ではなく、本物の捕捉に成功した。蒐集が行われている以上、偽物である可能性はない。

 その上、三箇所バラバラの世界で蒐集を行っている状況で同時に捕捉できた。まさしく各個撃破の絶好の機会である。


 ただし―――


 【ハラオウン執務官に繋いでください、指示を】

 三人を代表して、アクティが発言する。三人の小隊長の中では一番勤続年数が長い。


 「えっと――――」

 エイミィはクロノの補佐官であり、管制主任。

 彼女を通して、中隊長であり現場指揮官であるクロノへ指示を仰ぐ彼らの行動は実に正しい。

 のだが。


 【リミエッタ管制主任?】


 「えっとね、その、今いないんだ、クロノ君」


 【いない? どちらにいかれてるのです?】


 「本局の方に用事があって………」


 【そうですか、では、ハラオウン艦長に取り次ぎを―――】


 「・・・・・・艦長も、一緒に本局に行っちゃってて」


 【What?】

 急に言語は変わってしまったアクティだが、そうせざるを得ない程の驚愕がそこにあった。


 「えーと、つまり、今アースラトップ二人は不在で、私が指揮代行」


 【か、か、彼らとの連絡は!?】


 「………アルカンシェルの運用に関わる、本局の高官が集まってる会議だから、私の権限じゃ会議が終わるまで無理、グレアム提督やレティ提督ならなんとかなるけど、二人とも中にいて」

 時空管理局もやはり社会機構、お役所仕事とはその辺りの融通が効かないものである。


 【事件は会議室で起きてるんじゃない! 現場で起きてるんだ!】


 「あああ~~! お役所仕事と官僚主義の弊害がもろに出てるーーーーーーーー!!!!」

 完全にパニックに陥る現場スタッフ一同、トップが不在での緊急事態の前に、実に脆かった。


 「え、エイミィさん、しっかりしてください!」


 「え、エイミィ、落ち着いて!」

 そして、事態の深刻さや組織の駄目な点が良く分からないだけに、なのはとフェイトは案外落ち着いていた。


 「そ、そうよね、前を向かないと、まずは、会議終了予定時刻は――――55分後、却下、それまで待つのは論外。仮に繋がっても、本局から時の庭園を経由して現場に飛ぶなら15分くらいはかかっちゃうし」


 【守護騎士達はある程度の蒐集を終えているようです、短距離転送に繰り返しで第97管理外世界に帰還する可能性もあります】


 「それが問題なんだよ~、えっと、アクティ小隊長、ヴィッツ小隊長、トラジェ小隊長、そちらの戦力で強壮結界は張れますか?」


 【問題ありません、アルクォール小隊はウィスキー、ウォッカ、スコッチが揃っています、アップルジャックも10分もあれば合流可能】


 【ウィヌ小隊、チワワ、ドーベル、ダックスがいます。チーズは時の庭園で待機しています】


 【トゥウカ小隊、こちらは手元にポンドしかいません。近くの世界にマルクとフランがいますので、10分もあれば盾の守護獣を抑えられます、ルピーは時の庭園です】


 「よし、いい感じ! って、駄目じゃん! 強壮結界で覆ってもギガントシュラークやシュトゥルムファルケンで破られるだけだし!」

 実に当たり前の事実ではあるが、エイミィはそもそも武装隊の指揮官ではない。

 彼女は管制主任であって、指揮官としての研修を受けているわけではなく、こういった実戦面での判断をしながら武装隊を動かせというのは無理な話であった。

 指揮官代行とは言っても、本局から連絡や打診があった際に対応できる、という点での代行であり。こういう緊急事態には全く別の技能が要求される。


 「えっと、盾の守護獣なら破られる恐れはないけど、トゥウカ小隊はまだ強壮結界を張れる程には揃ってない。誰かがそれまで足止めしなくちゃいけなくて、他の二人が―――」

 必死に頭を働かせるエイミィ。リンディとクロノがいないものはどうしようもなく、彼女がやるしかない。

 小隊長3人も優秀ではあるが、彼らは既に現場におり、守護騎士の追跡や監視に当たっているため全体的な判断は行えない、そもそも、全体を把握できる権限を持っていないのだ。

 それが可能なのはリンディかクロノのみなのだが、揃って不在というのはまさしく致命的。


 「剣の騎士と鉄鎚の騎士は結界破壊可能な破壊力を持ってるから、戦いつつ武装隊に指示を出して、連携しながら捕えられる人材が必要。でも、クロノ君はいないし、代わりをなのはちゃんとフェイトちゃん――――に出来るわけないね、そんなの夢のまた夢」


 「エイミィさん、ひどいよ……」


 「わたしたちだって一生懸命やってるよ……?」

 かなりテンパってるエイミィは二人の精神的フォローまでは気が回らない、というか、むしろ彼女の方が精神的フォローが必要である。


 「ユーノ君がいないから、こっちの戦力は3人だけ。強壮結界で覆って、戦力を一箇所に集中させれば――――駄目だぁ! 二人のうちどっちかが駆けつけて破っちゃう!」

 もしクロノがいれば、ザフィーラをアルフが抑え、シグナムをクロノが抑え、なのはとフェイトが二人がかりでヴィータを倒す、などといった布陣が簡単に思い浮かぶ。

 仮に、守護騎士がシフトチェンジを行ってきても、現場にクロノがおり、それぞれの小隊長に的確な指示を出せるならば対応は可能である。リンディがいればさらに本局に増援を頼むことも不可能ではない。

 だが、現場指揮官であるクロノがいない今、臨機応変の対応が不可能となっている。最初の布陣が決まれば、敵の動きに合わせて変えることが難しく、それ故に方針が纏まらない。


 「敵に合流されたらダメ、連携では勝ち目が薄いんだから―――なら、一対一×3の状態に持ち込めば――――これも駄目だ、敵には空間転移に長けた湖の騎士が残ってるし、時間をかければ彼女が来て逃がされちゃう」

 最早、八方塞がり。

 絶好の機会であったはずが、トップ二人の不在という最悪の時期に重なったため、見事に打つ手がない。


 【俺達は―――闇の書に呪われてるのか?】

 アクティ小隊長がそう思ったのも無理はない。

 闇の書がこれまで破壊されなかった原因は、この“凶運”にあるのではないかと、三人の小隊長全員が思っていた。

 ようやく包囲網が完成し、理想的な形で捕捉できたというのにこの事態、泣きたくなってくる。



 『落ち着いてください、エイミィ・リミエッタ管制主任、絶望するにはまだ早過ぎますよ』

 そこに、天の声が響き渡る。(例によって、天井のスピーカーからの声)


 「トール!」


 『緊急事態のようですので、機械の主義には反しますが、単刀直入に言いましょう。リンディ・ハラオウン艦長とクロノ・ハラオウン執務官が不在のこの現状で、守護騎士を捕縛することは不可能です』


 「で、でも」


 『あと、混乱されているのは分かりますが、少しは言葉を選ばれますように。フェイトと高町なのはの能力では、守護騎士を捕縛するまでには至らないのは厳然たる事実ですが、それ故に心を傷つけるものです。彼女達がクロノ・ハラオウン執務官に劣っている事実は、もう少しオブラードに包んで表現しなければ』


 「ぐふっ」


 「ぎゃふっ」

 トールが放った言葉の矢が胸に突き刺さり、見事なまでに止めを刺された二人、立ち直れるかどうか心配である。


 「いや、トールが止め刺してるような………」

 アルフの突っ込みは、完全にスルーされた。


 『ですから、ここは目標を変えましょう。貴女達が陥っている思考の迷路は“守護騎士を捕えること”を目標としているからこそです、ですが、管理局の最終目標はあくまで闇の書とその主の確保であり、守護騎士を捕えることではありません。突き詰めれば、主さえ抑えれば守護騎士はどうとでもなるのです』


 「あ……」

 それは、彼女らが現場で働く人間であるが故の盲点。

 ヴォルケンリッターを捕えるために包囲網を構築し、そのために苦労を重ねてきた彼女らだからこそ、守護騎士を捕えることを目的にしてしまう。

 だが、山を登る手段は一つではない。そのために道を切り開き、苦労してきた者達にとって、途中からヘリを使えるようになったからもういいよ、などと言われれば憤慨ものだが、機械にとってはそうではない。

 トールとアスガルドもまた、包囲網構築のために苦労を重ねてきたが、より効率的な手段が見つかったならばそれまでの成果を即座に棄て去り、そちらの手段に切り替える。それが機械というものだ。


 『要は、最後に勝てばよいのです。そのための布石として、この段階では闇の書のページを消費させることを目標といたしましょう、これならば、現状の戦力でも可能です』


 「ページを消費させる、そっか、守護騎士の目的は蒐集じゃなくて、闇の書の完成。だから、ページを削ることが出来れば」


 『まだまだ、巻き返しの機会はあるということです。それに、一度手に入れたものが失われた時の喪失感は中々に大きいですから、“焦り”が高まる可能性は十分あり、それが、さらなるミスを生み出す、人間が陥る悪循環ですね』

 機械である彼には、そんなものはない。

 ミスはミス、過去は過去、パラメータを整理し、再演算を開始するのみである。後悔などしても、効率が良くなることはないのだから。


 『そして、もう一つ、今回の我々の大きなマイナス点はクロノ・ハラオウン執務官が現場に降りられないことですが、これも目標を変えれば利点とすることが出来ます』


 「どういうこと?」


 『早い話が、陽動です。剣の騎士、鉄鎚の騎士、盾の守護獣、この三騎にフェイト、高町なのは、アルフをそれぞれぶつけ、武装局員が外側から強壮結界で覆う、これは現状の戦力で可能です』


 「だけど、湖の騎士がフリーになっちゃうよ、クロノ君がいない以上、どうしても手が足りない」


 『しかし、その事実を向こうは知りません。そこで一計を案じます。時の庭園にて待機しているチーズ、ルピーの両分隊8名、彼らを戦闘体勢で海鳴市へと送り込むのです。三人の騎士が包囲され、クロノ・ハラオウン執務官がそれぞれの戦場にいない状況で、敵の本拠に近いであろう海鳴市に武装局員が現れれば、湖の騎士はどう思うでしょうか』


 「あ、そうか! なのはちゃん、フェイトちゃん、アルフが他の三人を抑えてるうちに、クロノ君が武装隊を率いて闇の書の主を捜索しにきたとしか考えられない!」


 『前回の戦いにおいて実際にそれを行おうとしていただけに、効果的です。そして、前回と異なり、距離が離れ過ぎているため湖の騎士には強壮結界を維持している局員を攻撃する手段がない、かといって、彼女一人で主の護衛は務まらない』


 「そうだね、湖の騎士一人じゃあ、クロノ君と8名の武装局員を相手に出来ないのは、前回で立証済み。実際にはクロノ君はいないけど、向こうがそれを知る術はない」


 『そう、そうなればとる道はただ一つ、包囲された三騎を呼び戻すしかありません。僅かな可能性であれ、主が狙われ、守護騎士が傍にいない状況が発生しうる以上、そうするより他はない、これがプログラム体の弱みです、いついかなる時も、主を最優先しなければならない』

 他ならぬトールだからこそ、それが分かる。

 以前行われた、時の庭園とアースラとの合同演習、その途中で、ルール違反ではあるがクロノ・ハラオウンがプレシア・テスタロッサへ武装局員を動かしたならば、トールはどれだけ有利な状況であっても、全ての機体を主の護衛に向かわせる。

 デバイスにとって、主は絶対。それ故に、主を狙われるだけでその行動は大きく制限されるのである。

 そしてそれは、プログラム体である守護騎士も同様であった。


 「だけど、他の三人を急に呼び寄せるといったら―――」


 『闇の書のページを消費し、その魔力を開放するしかありますまい。主に危険が迫っている以上、そうするより他はないのです』

 クロノが現場に降りられないことを逆手に取り、クロノが姿を現さないことで守護騎士を疑心暗鬼に陥れる。

 ヴォルケンリッターは歴戦の強者であり、これが陽動作戦である可能性にも容易に思い到るだろう。

 だが、今の彼女らは中世ベルカの白の国に生きた夜天の守護騎士ではなく、プログラムに縛られた闇の書の守護騎士。

 これは陽動であると彼女らの経験が判断しても、僅かでも主に危険が及ぶ可能性が残っている以上、主が最優先という定められたプログラムには逆らえない。それが、現在の守護騎士の限界なのだ。


 「よし! それじゃあ後は迅速に動こう、アクティ小隊長、ヴィック小隊長、トゥウカ小隊長は主戦力が守護騎士と交戦し次第、強壮結界で彼女らを包囲、湖の騎士が闇の書のページを消費して助けに来るまで維持していて」


 【【【 了解しました 】】】


 「後は布陣だけど、なのはちゃんが鉄鎚の騎士、フェイトちゃんが剣の騎士、アルフが盾の守護獣、でいいかな?」

 それぞれの特性を考えるならば、それが最適の組み合わせである。

 間違っても、なのはとシグナムを戦わせたり、フェイトとザフィーラを戦わせてはいけない。どう考えても相性が悪い。


 「うん!」


 「分かったよ」


 「りょーかい」


 『ただし、フェイト、貴女に一つだけ忠告を』


 「何?」


 『剣の騎士シグナムがいるのは砂漠の世界です、そして、彼女の魔力は炎熱変換、この意味が分かりますね?』


 「空気中の水分がないから、天候系の魔法は使えない。サンダーフォール、サンダーレイジ、プラズマザンバーブレイカーの三つは封じられている、ってことだね」


 『そして、気温が高いためスタミナの消費が激しくなります。炎熱変換の持ち主はバリアジャケットに自然と耐熱の属性が付きますからそれほどでもないでしょうが、薄着で高速機動が売りの貴女では消費は倍近くになるでしょう』


 「地の利は、圧倒的にシグナムに有利なんだ……」


 『そこで、アクティ小隊長、現在剣の騎士シグナムがいる地点より南東10kmの地点に大型のオアシスが確認されています。そこまで彼女を誘導できますか?』


 【出来るでしょう、ちょうど、アップルジャックが到着しましたから、自分を含めて17名の魔導師がいます。半分は強壮結界を張る役として先行させるとしても、自分が残る8名を指揮すれば、オアシスまで誘導するくらいならば、何とか】


 『お願いします、時の庭園のオートスフィアや傀儡兵、中隊長機も可能な限り援軍として送り込みましょう。フェイト、貴女は剣の騎士がオアシスの半径3km以内に近づいた段階で接敵して下さい』


 「うん、分かった、オアシスがあれば天候魔法も使えるし、あんまり暑くないよ」


 「鉄鎚の騎士は―――上空を飛んでるね、これならなのはちゃん、普通に行ける?」


 「ええ、五分五分の条件です」


 「よし、ウィヌ小隊は、なのはちゃんが接敵すると同時に、強壮結界を張って」


 【了解】


 「あたしの方は問題ないよ、あの野郎の飛行速度はそれほどじゃないから、逃げられることもないだろ」

 人型になったアルフが、モニターに映るザフィーラを見据えながら、不敵に笑う。


 「OK、トゥウカ小隊は、マルク、ポンド、フランが揃い次第、強壮結界を張って」


 【了解】


 『陽動を行うルピーとチーズは大局を見ながら動きますので、リミエッタ管制主任と私で直接指示を出します。あくまで捜索するだけですので、十分でしょう』


 「よっし、布陣は完了!」

 これにて、体勢は整った。


 『では皆さま、そのようにお願いいたします。指揮代行はエイミィ・リミエッタ管制主任、通信はこのトールが取り次ぎいたしますので、御安心を』

 管制機の締めの言葉と共に、それぞれが一斉に行動を開始する。

 流石は百戦錬磨の管理局員、いざ目標が決まれば行動は迅速であり、なのは、フェイト、アルフの三名も一度決めれば揺るがない。

 アースラとヴォルケンリッターの、三度目の戦いが開始されようとしていた。



 ―――ただ、それらとは別に。



 ≪ただし、保険は必要ですね。それに、現段階で彼女がどうなっているか確認しておくことは無駄とはならない≫


 時の庭園の管制機は誰にも知られぬまま―――


 ≪貴女に感謝を、月村すずか、今この時に八神はやてと共に図書館にいてくださるとは、実に、実に都合が良い。最悪、誘拐事件に発展するやもしれませんが、まあその時はその時ということで≫


 万が一に備えて、月村すずか、八神はやて誘拐計画を練っていたりした。


 木の葉を隠すなら森の中。幼女誘拐事件という木の葉を隠すには、月村家という裕福であり、複雑な事情を抱えている家は、実に好都合なのであった。


 八神はやては、あくまで“たまたま”誘拐事件に巻き込まれた形となる。


 ≪あくまで保険ですが、準備するに越したことはありません。僅かでも必要となる確率があるならば≫


 それが――――機械というものだ。







あとがき

 数多くあるSSの中で、誘拐されたすずかを助けたオリ主は結構いると思いますが、すずか誘拐を目論んだオリ主(もうA's編ではトールは主人公じゃありませんが)っていたでしょうか?
 少なくとも私は読んだことありません。



[26842] 第二十四話 包囲戦 ~三度目の戦い~
Name: イル=ド=ガリア◆9d8bc644 ID:97ddd526
Date: 2011/05/14 07:47
第二十四話   包囲戦 ~三度目の戦い~




新歴65年 12月11日  第84無人世界  (日本時間)  AM10:10


 砂漠の世界


 一言でそう表現できる、無限に砂地のみが続く一面の砂漠。

 しかし、そこにも生命は存在しており、特に、通常の進化の形からは異なる道を歩んだ魔法生物こそがこの世界における支配者となる。

 かつて、アースラの観測スタッフが“砂蟲竜”と呼ばれる魔物に襲われた世界であり、クロノ・ハラオウンがストラグルバインドによって彼らを助け出したのはほんの5日ほど前の話。

 だが、それらの苦労は無駄ではなかった。今こうして、闇の書の守護騎士を捕捉することに成功し、これまで常に後手に回ってきた管理局が、ようやく反撃を開始することが出来たのだから。


 「捕捉されたか」

 ヴォルケンリッターが烈火の将シグナム。

 彼女もまた自分が管理局に捕捉されたことを理解しており、追跡を振り切ることは難しいだろうことを悟っていた。


 「捜索指定遺失物の保持、及び観測世界、無人世界での無許可での魔法生物の乱獲、もろもろの容疑で貴女を逮捕する!」

 アースラが率いる武装局員一個中隊、そのうちの小隊の一つ、アルクォール小隊の小隊長とその部下八名が彼女を追跡しているのである。


 <存外に速いな、迎撃することは容易いが―――>

 追手が武装局員だけならば、シグナムはその選択をとっていただろう。ランクにすればSランクに届いている彼女の戦闘能力は一般の武装局員の及ぶところではなく、Aランクのアクティ小隊長ですらまともにぶつかれば歯が立たない。

 だが、アースラが強力な魔導師を幾人も保有していることはシグナムも存じており、下手に交戦すれば主戦力との多対一の戦闘を強いられる可能性が高い。

 今回は遭遇戦ではなく、管理局が敷いた網にかかってしまったのは自分である。それ故に、シグナムの選択肢は主戦力が到着する前に武装局員を振り切り、次元転送によって引き上げるというものになるのだが。


 『目標、捕捉シマシタ』

 彼女が振り切ろうと速度を上げるたびに、回り込むようにオートスフィアが姿を現し、魔力弾を放ってくる。


 「ふっ!」

 バリアやシールドを発生させるまでもなく、シグナムは鞘の一振りで魔力弾を薙ぎ払うが、それでもそのまま直進することは得策ではなく、不規則な移動を強いられる。


 <誘導されているのか? いや、現段階では何とも言えん>

 この世界における地の利は管理局側にあり、シグナムは自分が飛行している先にオアシスがあることまで存じてはいない。


 <武装局員が強装結界を準備して待ち受けているならば、シュトゥルムファルケンによって砕くまでだが、敵もそれは熟知しているはず>

 アースラが守護騎士の戦術眼を警戒しているように、ヴォルケンリッターもまた、リンディやクロノの大局眼を警戒している。

 前回の戦闘でシグナムの切り札であるシュトゥルムファルケンや、ヴィータの切り札、ギガントシュラークを使用している以上、その対策を何も練っていないとは考えにくい。

 ならば、どうするつもりか――


 「バルディッシュ!」
 『Thunder Blade.(サンダーブレイド)』

 その答えをシグナムが導き出すより早く、解答がやってきた。


 「テスタロッサか!」

 サンダーレイジのパワーアップバージョンであり、雷の剣を多数発射する、ロックオン式の複数攻撃魔法サンダーブレイド。

 サンダーレイジと同じく、自然の力を借りる魔法であるため、魔力消費そのものはプラズマスマッシャーなどの純粋魔力砲撃よりも少なくて済み、クロノのスティンガーブレイド・エクスキューションシフトに似た形状を持つ。

 その分、地の利にかなり左右される魔法であり、屋内戦では使いにくいが、今回のように予め戦闘場所が定まっている場合は絶大な威力を発揮する。


 「レヴァンティン!」
 『Panzergeist!(パンツァーガイスト)』

 対して、シグナムが選んだ防御はフィールド系のパンツァーガイスト。

 バリアでは足りず、シールドは基本一方向からの攻撃にしか対処できないため、方向転換機能を有していると見受けられる攻撃を相手に用いるのは妥当ではない。

 以前はフォトンランサーを完全に弾いたパンツァーガイストであり、全力ならば砲撃魔法すら無力化出来る強固な守りであったが―――


 「ブレイク!」

 フェイトのキーワードによって雷の剣が爆裂し、パンツァーガイストに食い込んでいた刀身が、シグナム目がけて放電する。


 「ぐっ、ぬうぅ」

 流石のシグナムも、待ち伏せの上に放たれた強力な魔法攻撃を無傷で防ぐことは敵わず、多少の傷を代償に辛うじて距離をとる――――のではなく、逆にフェイト目がけて高速で斬りかかる。


 『Haken Form.(ハーケンフォルム)』

 奇襲を受けた際に取りあえず距離をとるのではなく、逆に距離を詰め、斬りかかることを選択したのは歴戦の兵であるシグナムならではの判断であり、近づいて斬ることを本領とする古代ベルカの騎士としては正しいもの。


 「ハーケンセイバー!」

 だが、今のフェイトもまた、古代ベルカの騎士の戦術展開に関する経験を積んでいる。

 シグナムが取った行動は、まさしく一昨日にゼスト・グランガイツによってボコボコにされた、ある意味での黄金パターンであった。


 <こっちの攻撃が少しは通ったと安心した次の瞬間、わたしは気絶していた>

 ゼストの切り込む速度は洒落にならず、こちらの射撃魔法がダメージを与え、攻防に一段落がつき、次の行動に移るまでの一呼吸の隙にあっという間に切り伏せられている。

 そんな悪夢のようなパターンを10回以上もやられれば、嫌でも対処法が身に着く。


 「はああああ!」
 『Assault form.(アサルトフォルム)』


 「おおおおお!」
 『Explosion!』

 ハーケンフォルムから誘導性能が高いハーケンセイバーを放ち、再びアサルトフォルムへと変形、切り込んでくる騎士を迎え撃ちながら、魔力刃が背後から襲う。

 相手が一撃に全てを込めていれば、それだけ背後からの奇襲には気付きにくくなる。ただ、その一撃でフェイト自身がやられては意味がなく、ゼストでの模擬戦では大抵その結末に終わっていた。


 『Schlangeform!(シュランゲフォルム)』

 しかし、シグナムの行動はゼストのそれとは異なり、フェイト目がけて強力な一撃を見舞いながらも、瞬時に変形させた連結刃によって背後から迫りくるハーケンセイバーを迎え撃つ、というものであった。


 「―――くっ!」


 「―――ぬっ!」

 そして、両者は弾かれ、今度こそ仕切り直しの形となる。


 <当然だけど、ゼストさんとは違う対応だ。ベイオウルフには変形機能がなかったから、背後から攻撃が来る前に私を打ち倒すことに全力を注いでたけど、シグナムのレヴァンティンには連結刃への変形機構があるから、攻撃が多彩だ>

 フェイトは、同じベルカの騎士であってもデバイスによってその戦術も異なるものとなることを実感しており。


 <判断力が大幅に向上している、ここ数日の間に、一体どんな訓練を積んだのか……>

 シグナムは、前回の対峙に比べて凄まじい程に進歩したフェイトの戦術に驚きを隠せなかった。

 まず間違いなく、これまでのフェイトであったならば、サンダーブレイドが命中した段階で安堵しており、まさかそこからシグナムが息をつかせずに切り込んでくるとは想定できなかっただろう。

 しかし、そのような意を図って間合いを詰めることこそが、古代ベルカの騎士の得意とするところ。

 最初の対決において、純粋な速度ではフェイトが上であるにも関わらず、シグナムがあっさりとフェイトの間合いに切り込めたのはこの技術が並はずれていたからである。


 「強装結界、私との一対一を望むか」

 そして、フェイトとシグナムが対峙するのを待っていたかのように強装結界が張られ、二人だけの決戦場を築き上げる。

 強装結界の範囲内には大きなオアシスが存在し、フェイトが天候系の魔法を使う地の利が整っている。砂漠の暑さによる疲労も然程心配する必要はなく、二人は思う存分に技を競い合うことが出来る。


 「ええ、そのつもりで来ました。前回の戦いでは貴女と戦えませんでしたから」


 「すまんな、こちらにも事情があった」

 流石に、主とその友人と鍋のためとは言えないが、シグナムにとってはフェイトとの決着よりも優先すべき事柄であった。


 「今度は、負けません」

 宣誓と共に、己の半身、バルディッシュを構える。


 「別に私はお前に勝ったとは思っていない。共にカートリッジを使用したデバイス同士での戦い、これで初めて五分の戦いとなる」

 シグナムもまた、己が魂、レヴァンティンを構える。


 「だけど、貴女のデバイスには非殺傷設定が積まれていない、フルドライブは使えないんじゃ」


 「今更隠しても仕方あるまい、だが、フルドライブが使えないのはそちらも同様だろう。いや、正確に述べるならば、万全に使いこなすまでには至っていないと言うべきか」


 「………隠しても、仕方ありません」

 現段階では、ザンバーフォームは使えない、というか、意味がないことをフェイトは痛感していた。

 一度、ザンバーフォームにソニックフォームを加えた状態でゼストに切り込んだことがあるフェイトだが、防御が薄くなり、さらにはバルディッシュが大きいために大振りとなった隙を突かれ、一撃で撃墜された。

 大型の魔法生物を相手にするならば十分有効だが、対人武器としてザンバーフォームを利用するには、フェイトの体格はまだ小さ過ぎるのだ。

 どんなに強力な一撃も、当たらなければ意味はない、今のフェイトにとってのザンバーフォームは一撃の破壊力を上げる代わりに精密なコントロールが利かなくなる諸刃の剣なのである。

 シグナムも、ザンバーフォームの特性までも理解しているわけではないが、フルドライブというものは、短期間で使いこなせるものではないことは承知している。


 「つまり」


 「この戦いは」

 共にフルドライブが封じられた状態での、五分の対決。

 勝敗は、純粋な戦技によって決まる。


 「お前を倒さぬ限り、シュトゥルムファルケンによって強装結界を破壊することは出来ないだろう、余分な思考は捨て、私はお前を倒すことに全力を注ごう、テスタロッサ」


 「ええ、貴女を逃がさないための処置は武装隊の皆が引き受けてくれましたから、私は貴女を倒すことに全力を注ぎます、シグナム」

 条件は共に同じ、何らかの外的要因が来るまでに相手を打ち倒すこと。


 「いざ」


 「尋常に」

 ベルカの騎士とミッドチルダの魔導師が、それぞれの愛機を構え―――


 「「 勝負! 」」

 互いに、真正面から激突した。







同刻  第87観測指定世界  


 「うおおおおぉぉぉぉぉぉ!!」

 「ぬううううぅぅぅぅぅぅ!!」

 こちらの戦闘は、フェイトとシグナムのそれよりも若干早く開始されていた。

 フェイトがシグナムとの戦いを望んだように、アルフもまたザフィーラに問いたいことがあったのだが、前回の戦いでは主と鍋のために短期決着を選んだヴォルケンリッターの戦略によって、相性の悪いヴィータとの戦いを余儀なくされたという経緯がある。


 「でかぶつ! アンタも誰かの使い魔なんだろ!」

 渾身の拳を叩きつけながら、アルフは自分と同じく狼の尾と耳を持つ存在へと問いかける。

 だが―――


 「ベルカでは、騎士に仕える獣を、使い魔とは呼ばぬ!」

 それは、彼にとって決して譲れぬ矜持。


 「主の盾、そして牙―――騎士としての誇りではなく、守護の意志を貫き通す不滅の星―――守護獣だ!」


 「同じような、もんじゃんかよ!」


 「いいや違う! 私は、主によって命を与えられた存在ではない!」


 「なんだって!?」

 アルフは元々、群れからはぐれ、死にかけていた子狼であった。

 それを、フェイト・テスタロッサという少女が見つけ、自らの使い魔とすることで命を繋ぎとめた。その契約は通常のものとは違い、死が二人を分かつまでその絆はなくならない。

 アルフの魔力を込めた渾身の拳は、ザフィーラの堅い防御に防がれ、2人は弾かれたようにいったん距離を取り、空中をゆっくりと浮遊し、対峙する。


 「アンタの主人は、フェイトと戦ってる奴じゃないってことかい」


 「シグナムは我らが将だが、主ではない」


 「じゃあ、アンタの主は、闇の書の主、っていうわけね」

 それなら、アルフにとっても納得がいく。

 闇の書の守護騎士、ヴォルケンリッターは闇の書から生み出された存在であり、闇の書の主はそれを使役しているに過ぎない。

 だから、自分とフェイトの間のようなリンクがザフィーラと主の間にはない、主によって命を与えられていないというのも考えて見れば当然の話だ。


 「………我らが主はただ一人。命でこそ繋がっていないが、私の主であることには変わりない、私は、私の意思で守るべき存在を守っている」


 ――ならば俺は、皆を守る守護獣となろう。騎士としての誇りではなく、ただ皆を守る意志を貫き通す不滅の盾に、悲しき覚悟と共に戦場に臨む彼女らを支える、守護の獣へと――


 それが、遥か昔に盾の騎士であった青年から、盾の守護獣ザフィーラが受け継いだ信念。

 闇の書の守護騎士プログラムとなった今であっても、その意思は変わらない。騎士達の魂がデバイス達に託されているように、彼もまたその意思を守り続けているのだから。

 例え、どのような時代であっても、どのような主であっても。

 ザフィーラの盾は、彼が守ると誓った存在のためにある。仕えるに値せぬ主の時は、彼はただリンカーコアを狩る牙としてのみ機能していた。


 「………だったら何で、闇の書の蒐集なんてことをやってんのさ!」


 「守るべきもののためだ、それ以外の理由などない」


 「だけど、あんたも使い魔―――守護獣ならさ、ご主人様の間違いを正さなくていいのかよ」

 アルフにとって、その気持ちは分からなくもない。

 かつて、ジュエルシードをフェイトが集めていた時、それがフェイトが幸せになるための唯一の可能性であるのなら、例え誰かを傷つけることになったとしても、アルフはジュエルシードを集めることを優先しただろう。

 結果として、根回しに異様に長けたデバイスのおかげでその辺りを心配する必要はなかったが、それでも、アルフが覚悟を持っていたことは事実である。


 「闇の書の蒐集は、色んな人に被害を与えてる、いや、闇の書そのものが、大きな災厄を撒き散らしてる。そんなことを命じる主を、何で放っておくのさ」


 「………闇の書の蒐集は我らが意思、我らの主は、闇の書の蒐集については何もご存じない」


 「何だって………そりゃいったい」


 「主のためであれば血に染まることも厭わず、我と同じ守護の獣よ、お前もまた、そうではないのか」

 これ以上語ることはない。

 握りしめたザフィーラの拳が、静かに構えを取り、その姿からは譲る気配は微塵も感じ取れない。


 「そりゃ、そうだけど………だけどさ!」

 逆に、アルフにとっては迷いが生じる。

 思い出すことはやはり、命が短いプレシアのために、ジュエルシードを集めていた時のこと。

 もし、立場が逆で、あの時の自分の前にこいつが現れていたらどうだろうか?

 ジュエルシードはモンスターを生み出し、次元震を起こす危険性もあるから、干渉するのはやめろと言われて、自分は引き下がるだろうか?

 犯罪者になってしまう危険があったとして、フェイトにはそんなことさせられないとしても、だからといって何もしないことなど出来るだろうか?

 答えは―――否。


 <あたしも、きっと、例え後で捕まることになっても、ジュエルシードを集めるよね>

 使い魔であるが故に、悟ってしまう。

 自分にとってのフェイトが、ザフィーラにとっては闇の書の主なのだと。

 故に、言葉で止まるはずもない、悪いことをせずに泣き叫べば幸せになれるなら、今頃フェイトは母と姉に囲まれているはずだろう。


 「戦うしか、ないのかい」


 「………本意ではないが、お前達は蒐集を行う我々を見逃すことは出来ぬのだろう」

 ザフィーラの言葉を証明するように、トゥウカ小隊によって逃走封じの強装結界が展開される。


 「あ……」

 だが、アルフにとっては些か間が悪くも感じた。

 戦うしか選択肢がないとしても、何か他に方法はないのかと、彼女もまた考えたかった。

 考えて、納得しない限りには、自分はこの相手に対して問答無用で戦うことは出来ない。


 <ええい、ったく、こういうややこしい話はアンタの専門だろうが、トール>

 甘えなのかもしれないと我ながら思うが、アルフは内心でそう愚痴っていた。

 こういう複雑な想いや利害関係が絡んでいる時こそ、全部1か0で判断するデバイスの出番だというのに。


 <ほんと、アイツは分かりやすくていい。相手にどんな事情があろうと、フェイトのためになることは1、それ以外は0だ>

 フェイトの使い魔である自分は、そこまで徹しきれないというのに。

 そう考えるアルフだが、それは若干の間違いを含んでいる。

 管制機トールにとって、プレシア・テスタロッサが1であり、それ以外は0でしかない。

 フェイトもまた、1であるプレシアが彼に命じた要素に過ぎず、全てはプレシアを中心に成り立っている。

 闇の書の守護騎士が、プログラムに沿って動くように。

 トールもまた、原初に刻まれた命題に沿ってのみ動いているのだから。











同刻  第95観測指定世界



 【シグナム達が?】


 【ええ、砂漠で交戦してるの、シグナムはテスタロッサちゃんと、ザフィーラは守護獣の子と別の場所で。強装結界が張られてるから、自力での脱出はほとんど無理】


 【管理局の網も大分厄介になってきたな、長引くとまずい、助けに行くか―――】

 鉄槌の騎士ヴィータと鉄の伯爵グラーフアイゼンならば、強装結界も突き破ることが出来る。

 だが―――


 「!? 結界か」

 ヴィータがそう判断した瞬間、彼女もまた広域の結界に閉じ込められたことを理解する。


 【シャマル、おい、シャマル!】

 強装結界によって念話も封じられ、仲間を連絡を取る術がない。シャマルもこちらが閉じ込められたことまでは分かっても、結界内部のことまでは分からないだろう。


 「ちっ、アイゼン、取りあえず一箇所ぶち破るぞ!」
 『Jawohl.』

 ヴィータの判断は迅速であった。

 彼女は鉄槌の騎士であり、夜天の守護騎士の中で最も物理破壊に向いている。結界を破壊することに関してならば、鉄槌の騎士ヴィータと鉄の伯爵グラーフアイゼンに敵う者はそうはいまい。


 「って、あいつ―――」

 しかし、ヴィータの決断を遮るように、シグナム、ザフィーラに比べるとヴィータを閉じ込めた結界の展開が若干遅かった理由がやってきた。


 「行くよ、レイジングハート!」
 『Buster mode. Drive ignition.』

 レイジングハート・エクセリオンの第二形態、砲撃に特化したバスターモード。

 古代ベルカの騎士であるヴォルケンリッターとの戦いにおいて、なのはは性質上、距離を置いて戦わねば話にならない。

 ハーケンフォルムを始めとした近接と射撃を併用するフェイトや、クロスレンジが主体のアルフ、万能タイプのクロノと異なり、なのはは遠距離からの大威力砲撃こそが最大の持ち味である。

 長距離攻撃や誘導弾の慣性制御が苦手な古代ベルカ式にとって、ミッドチルダ式に距離を置いて戦われるのは鬼門であり、通常、戦いになれば何としてでも距離を詰めようとする。


 「ディバイン―――――」
 『Load cartridge.』

 だが、強装結界内部で対峙し、相手が結界を破れるほどの攻撃手段を持っているとなると話は違ってくる。

 なのはにとっては距離を取りたいところだが、それをすればヴィータが逆方向へ移動し、強装結界の壁を破壊してしまう可能性が出てくる。

 故に、武装局員はかなり広域に渡って強装結界を展開する必要に迫られた。ヴィータが壁まで到達するまでに、なのはの砲撃がヴィータを撃墜出来るように。


 「バスターーーーーーーー!!」
 『Divine buster. Extension.』

 そして、極大の砲撃、ディバインバスター・エクステンションが放たれる。

 エクステンションの名の通り、ディバインバスターの最大射程の延長が行われており、常識外の遠距離からの狙撃を行うことを可能とする。


 「アイゼン!」
 『Gigantform!(ギガントフォルム)』

 避けることは不可能、耐えることも厳しく、相応のダメージを覚悟せねばならない。

 そう判断したヴィータは、防御ではなく迎撃を選択する。


 「ギガントシュラーク!」
 『Explosion!』

 時間がないため、グラーフアイゼンの巨大化機能はそれほど使われていないが、フルドライブ状態の膨大な魔力が注ぎ込まれた一撃が、ディバインバスターを迎え撃つ。


 「ぐ、おおお!」


 「く、ううう!」

 こうなれば、勝負は純粋な力比べとなる。

 ミッドチルダ式の遠距離砲撃が勝るか、古代ベルカ式の渾身の一撃が勝るか。

 ゼストとなのはの激突の場合は悉く古代ベルカ式が勝利したが、今回はグラーフアイゼンへの魔力の充填も完璧ではない。超長距離からの砲撃という予想外が、ヴィータの反応を僅かながら遅らせていた。


 「つ、ああああああぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 「や、ああああああぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 果たして、せめぎ合いは徐々にではあるがディバインバスターの方へと傾いていき―――


 『Load cartridge.』

 駄目押しで追加されたレイジングハートの二発のカートリッジが、勝負の決着を告げていた。











新歴65年 12月11日  第97管理外世界  海鳴市  八神家  AM10:20



 「まずいわ、皆、強装結界の中に閉じ込められてる」

 遠く離れた地球の海鳴市から、クラールヴィントの通信機能を用いてヴィータと念話を行っていたシャマルだが、彼女からの通信も途絶えてしまった。

 シャマルの能力ならば三人のどこへも即座に転移できるが、しかしその場合、二つ問題が生じる。


 「でも、私の魔力じゃ、外から強装結界は破れない」

 ミッドチルダ式の強装結界をすり抜けることは、古代ベルカ式の使い手であるシャマルには無理な話であり、破るにはどうしても強大な魔力が必要となる。

 外側から結界を補強しているであろう武装局員を削れば何とかなるが、今回は時間との戦い、悠長にリンカーコアを一つずつ引き抜く時間はないし、そもそも対策が取られている可能性が高い。


 「何より、例の黒服の子がどこに居るかわからない、一体どの戦場に―――」
 『Eine dringende Warnung.(緊急警報)』

 シャマルの疑問に答えるかのように、クラールヴィントが明滅していた。


 「これは―――武装局員が海鳴に!」

 その事実が意図することは明白、闇の書の主へと、捜索の手が伸びているということ。


 「まさか、黒服の子が武装局員を率いてこっちに―――」

 目まぐるしく変わる局面にシャマルが驚愕する中、そこに、一冊の魔導書が現れる。


 「闇の書、どうしてここに?」

 闇の書はヴィータが持っていたはず、にもかかわらず、まるで自分を使えと言わんばかりにシャマルの下へとやってきていた。

 守護騎士の次元転送魔法と異なり、闇の書の転送は放浪の賢者ラルカスが残した術式によるもの。例え強装結界の中であっても、それを阻めるものではない。


 「………迷っている暇はないわ、貴女がここにいるということは、ヴィータちゃんが危ないということなのね」

 頷くように、闇の書が上下に動く、手話ではないが、移動とページの動きで闇の書の言いたいことは何となく察せられるのである。


 「シグナムとザフィーラも動けない以上、私がやるしかない。それに、もし黒服の子がはやてちゃんを捕捉したら私だけじゃあ対抗できない。なんとしても、皆を呼び戻さないと」

 その手段はただ一つ、破壊の雷による強装結界の三箇所同時破壊。

 それを行えば、おそらく60近いページが消費されることとなるだろう。なのはからの蒐集で埋まったページが20ページ程なので、ちょうどなのは3人分にあたる計算だ。


 「でも、その前にはやてちゃんの安全を確認しないと、万が一武装局員が迫っていたら、先にはやてちゃんを逃がさないといけないし、すずかちゃんと一緒に図書館に行くとは言ってたけど―――」

 闇の書を使う覚悟を決めつつ、シャマルは携帯電話で確認を取る。

 武装局員がやってきている中、下手に魔法を使えば怪しんでくれと言っているようなものだ。次元転送のためには使わざるを得ないが、それははやてが近くにいないことが大前提。

 はやてに武装局員らしき人物の区別などつかないだろうから、怪しい人間や普段見掛けない異人などが周囲にいないかどうかを確認する程度しか出来ないが、何もやらないよりはましである。









同刻 第97管理外世界 日本 海鳴市 風芽丘図書館  




 「申し訳ありません、お嬢さん方。いやはや、私も歳をとったものだ、ここまでやってくるので精一杯で、階段を上るのは些かながら辛いものがあります。本当に、ありがとうございました」


 「いいえ、気にしないでください、お爺さん」


 「そうやって、困った時はお互いさまやし、私たち、というかわたしがエレベーターを使うついでやったから」

 静かな空気が流れる図書館において、友達であるすずかと一緒に本を読んでいたはやては、一人の老人と出逢った。

 図書館の上の階に上がるには老人には厳しかったようで、エレベーターを探していたようであったが、そこを通りかかった二人がエレベーターまで案内したことがきっかけであった。

 最初、すずかの車を運転しているお爺さんかと見違えたはやてであったが、よく見れば違うことに気付いた。

 なんでそう思ったのかと改めて考えると、恰好もさることながら、このお爺さんが纏っている雰囲気が月村家に仕えている人達となんとなく似ていたのだ。


 「えっと、お爺さんは、執事さんですか?」


 「おや、よく分かりましたね。ええ、私はかれこれ45年ほど奥様に仕えさせていただいており、屋敷の中では最も古株になりますか」


 「45年―――凄いですね」

 すずかの驚きも当然である、流石に45年間も一つの家に仕え続けるというのは並大抵のことではない。


 「ははは、そうたいしたことではありませんよ。私はあの屋敷で生まれ、あの屋敷で育ちました。私がお仕えしていた奥様のお母様、つまりは御先代様に頼まれたのです、私の娘を支えてやってほしいと。私はただ、その言葉を守り続けているに過ぎません」


 「いやいや、それも十分凄いことやと思いますよ」


 「ですが、私がお仕えした奥様も半年程前にお亡くなりになり、御先代様と同じように、私に娘のことを頼むと言い残されました。まあ、私もけっこうな歳ですので、彼女が成人するまでという期間限定となりますね、そこから先は流石に寿命が持つかどうか」


 「えっと、じゃあ、今はその子に仕えていらっしゃるんですか?」


 「ええ、そうなります。それに、奥様のご友人の方が後見人になってくださり、近いうちに養子にとりたいともおっしゃってくださっております。その方の御子息とお嬢様もとても仲が良く、兄妹のように過ごされておりますので、私としては一安心、といったところでしょうか」


 「本当、よかったですね、なんか、全然関係あらへんのにわたしまで嬉しなってしまうわ」


 「うん、わたしも」

 そんな少女二人を、温和な笑みを浮かべながら老人は静かに観察する。


 ≪我が主、貴女の娘は本当に良い友人に恵まれた。八神はやて、貴女もまた私の”お嬢様”の友人となってくださることを、願いましょう≫

 そのような思考は一切表面に出ることなく、老人はただ初対面の執事として話し続ける。

 とはいえ、そこに大した演技を必要としているわけではない。

 彼はただ、数十年の昔、主の長女の保育役を任された際に用いていた老執事の姿を用いて、己の身の上話をしているに過ぎない。

 彼が語った内容に一切の虚言はなく、彼は45年間、ある工学者の家に仕え続けてきた。先代の頃に生まれ、奥方に仕え続け、そして今は、遺された御令嬢を見守っている。


 「それらもろもろのこともあり、あの広い屋敷は奥様の思い出が残り過ぎておりますから、お嬢さまはつい先日、後見人の方の住居があるこの街へと引っ越されました。ただ、まだあまりこちらでの生活には慣れていらっしゃらないようですので、この街の郷土史料や観光案内など、それらを求めて私は図書館へ足を向けた次第です」


 「なるほど、えっと、はやてちゃん、海鳴市の郷土史料ってどこらへんにあったかな?」


 「確か、古文コーナーの向こうだったと思うで、ほら、この前“謎の巨大植物出現”なんていう雑誌が追加されてたとこや」


 「あ、あれか」


 「謎の巨大植物?」

 老人が、聞きなれぬ単語に首を傾げる。


 「えーと、半年前に出来た海鳴の都市伝説というかなんというか」


 「あのですね、大きな動く植物とか、大型トラックほどもある子猫とか、何本もの尾を持つ祟り狐とか、人間ではあり得ない速度で動く疾風の剣士とか、ロケットパンチを撃つメイドロボとか、そういったオカルトな存在が海鳴には数多くいて、光の玉を持った魔法少女がそれを退治するとかいう話なんですけど」


 「噂の出所もまるで分んないんですけど、いつの間にか存在していて、なぜか郷土史料のコーナーにそんな雑誌があるんです。いったい誰が置いたんやろ?」


 「それは、何とも不思議な街ですね」


 「不思議、というのは確かかもしれませんけど、でも、良い街ですよ」

 自分の一族も少なからず不思議な存在(先ほどの都市伝説のひとつにもなっていた)であるが、それでも、海鳴は良い街であろうとすずかは思う。


 「ええ、貴女方のような小さな淑女がそう思われるならば、きっとそうなのでしょう。その土地の価値を測るならば、子供の笑顔を見るべし、という言葉もございます」


 「あ、あはは、そう言われるほどわたしは淑女ちゃいますよ、すずかちゃんならともかく」


 「いえいえ、そんなことはありません。私がお仕えした奥様が過ごされた街は、大きく立派ではありましたが、子供が笑顔で歩けるとは言い難かった。多くの方々の必死の努力の末に、今では子供が笑顔で過ごせる街になりつつありますが」


 「えっと、外国なんですか?」


 「ええ、この国ではございません。後見人の方も度々向こうで仕事をなさいますので、お嬢様も中学卒業まではこちらで過ごす予定ですが、その後はまだ分かりません。こちらで過ごされるか、国へ戻られるか」


 「お爺さんとしては、どう思ってるんですか?」


 「私に意見はありません。全てはお嬢様がご自分で選ばれること。そして、例えどのような選択であろうとも、私は影からお支えするのみです」


 「そうですか………とにかく、案内しますね」


 「重ね重ね、ありがとうございます」


 「………ん、着信や、ごめんすずかちゃん、ちょっと通話コーナー行ってくるから、お爺さんの案内、任せてえーか?」


 「いいよ、シャマルさんから?」


 「そうみたい、なんかあったんやろか」

 そして、すずかと老人は郷土史料コーナーへ向かい、はやては通話コーナーへと。


 「もしもし、シャマル?」


 【あ、はやてちゃん、繋がりましたか】


 「うん、どないしたん?」


 【いえ、ちょっとシグナムやヴィータちゃんと連絡が取れなくて、探しに行こうと思うんですけど、はやてちゃんが一人でいるのが心配になって】


 「そんなん、心配せんでええよ」


 【ですけど、なんかこう、怪しい人とか、コスプレっぽい恰好で走り回ってるお兄さんとか、いませんでした?】

 武装局員のバリアジャケットを日本風に表現するならば、それしかなかった。


 「いたら逆に驚きやって、私が会ったのは、お爺さんだけや」


 【お爺さん? ヴィータちゃんの知り合いですか?】


 「んー、多分違うと思う。すずかちゃん家みたいなお屋敷に仕えてる人で、もう45年もずっと働いてるゆうてたから、ゲートボールはやっとらんと思うよ、こう、まさに老執事って感じや」


 【そうですか………なら、安心ですね、しばらくはすずかちゃんとそのお爺さんと一緒にいてくださると、私も安心できます】

 武装局員に限らず、次元航行部隊の局員は総じて若い。

 その事実は守護騎士も知るところであり、それ故に、老人は警戒の範囲外であった。

 まさか、艦隊司令官クラスの人間が海鳴の街を歩いているはずもなく、闇の書事件の中心となっている第97管理外世界ならば、一般の魔法関係の人間もあり得ない。

変身魔法を用いている、という発想はそもそも浮かばない。変身を使うということは相手を”騙す”ことであり、闇の書の主を”探しに来た”武装局員達が、あらかじめはやてが主であることを知っているなど無いからだ。


 「ほんに、シャマルは心配性やね」


 【ごめんなさい、性分なもので、それじゃあ】

 それ故に、シャマルは現段階では主に危険はなく、一刻も早くシグナム、ヴィータ、ザフィーラを包囲から救出すべきと目的を定める。

 そして―――


 『近いうちに、結界破壊のための大規模な魔力爆撃が行われる可能性が極めて高くなりました。レイジングハート、貴女は高町なのはを守りなさい。バルディッシュ、貴女はフェイトの意思を優先なさい、フェイトの身はゴッキー、カメームシ、タガーメ、ムッカーデに守らせます、アルフは防御に秀でていますから心配いりません』

 時の庭園の中枢に座す管制機は、海鳴へ派遣した人形からの信号を受け、各地で戦うデバイス達に指令を飛ばしていた。

 彼の本領は機械の管制にこそあり、直接戦う機能がない故に、サポートに特化している。

 最も、時の庭園から庭園外部にある人形を操作し、彼の持つ人格を完全に投影させる場合は、リソースの多くを割くので一体が限界。それも周囲に補助となる魔道機械が無い管理外世界では、人形の性能をフルに使えない状態になるので、老人の言うことは本当で動作は緩慢なものだ。

 彼が多数の機械群を手足のように自在に操れるのは、庭園内部だけである。


 こうして、守護騎士包囲戦は、さらなる展開を迎えることとなる。





謎の老人登場、いったい何者でしょうか(笑) 誘拐ではなく、戦いが終わるまではやての側にいる、という展開になりました。あくまで”保険”なので。あと、はやてたち接している時は、ほとんど素の人格にちかいですね。

それと、わかりづらかったと思いますが、十八、十九話以降から、トールの人格の使い分けが少々変わってます。リンディ、クロノ、エイミィに対して用いていた人格に変更がされました。今まではフェイト達がいる時はなるべく人形を用いて愉快型の人格を使い、フェイト達がいないときは、ほぼ素状態の人格と口調を使っていましたが、十八話でクロノが心情的にもフェイトの兄になってからは、あまり人形を用いず、その代わり口調はデバイスのものですが、愉快型の人格と素の人格をブレンドした人格を使ってます(ちょうど風呂場でなのはに接していた感じですね)
ですので、これからはデバイス口調のまま冗談を言ったりするシーンが増えると思います。彼が素の人格で接するのは、フェイトと接点が無い人(レジアスさん等)とデバイスたちになりますね。




[26842] 第二十五話 交わらぬ想い
Name: イル=ド=ガリア◆9d8bc644 ID:97ddd526
Date: 2011/05/14 07:46

第二十五話   交わらぬ想い




新歴65年 12月11日  時空管理局本局  無限書庫 AM10:14



 「へぇー、器用なもんだねえ、それで中が分かるんだ」


 「ええ、まあ」

 無重力空間である無限書庫、その一角でミッドチルダ式の魔法陣の中心に座りながら、ユーノは解読のための術式を走らせる。

 その数10冊、ある世界の聖人は同時に複数人との対話を可能としたというが、ユーノ・スクライアは相手が本ならば10冊との同時対話が可能であるらしい。


 「しっかしまあ、君のマルチタスクも凄いねぇ」


 「その代わり、攻撃用の魔法とかは全然使えないんですけど」


 「なーるほど、極端な特化型魔導師ってわけか、リンディさんもそういう感じだけど、君はその比じゃないね」


 「そうなんですか?」


 「長いこと武装隊の教育係をやってきたから、色んなタイプの魔導師を見てきたし、中には古代ベルカの固有スキルを持ってるのとかもいたりしたけど、君の珍しさはそれ以上だと思うよ。オーソドックスの典型のクロ助とは対極だ」

 ユーノは攻撃系魔法全般がまるで使えない代わりに、補助系に異様に特化している。

 クロノは、何の適性もなかった代わりに、あらゆる魔法を習得できる素質を持つ。

 他人ではどんなに努力しようとも追い付けない天性の業を持つユーノは、どんなに努力しても攻撃魔法は身に着かない。

 才能というものを何も持っていなかったクロノは、努力次第で固有スキルに分類される魔法以外ならばどんな術式であろうと習得することが可能。

 二人はまさしく対極であり、教官経験が長いロッテにとっては実に面白い。


 「あの………リーゼロッテさん達は、前回の闇の書事件を見てるんですよね」


 「うん、ほんの11年前の事件だからね」

 ちょうど話題にクロノが出てきたためか、ユーノは兼ねてから確認したかったことをロッテに聞いてみることにした模様。


 「その………本当なんですか、その時に、クロノのお父さんが亡くなったって」


 「………ほんとだよ、あたしとアリアは父様と一緒だったから、すぐ近くで見てた」

 ロッテにとっても、その時の光景は忘れられない。

 彼女の主、ギル・グレアムの人生が暗い影に包まれた忌まわしき事件。

 あの時以来、彼女は己の主が心の底から笑顔を浮かべたところを見たことがない。


 「封印中の闇の書を護送したクライド君が―――ああ、クロノのお父さんね」


 「はい」


 「クライド君が………護送艦と一緒に、沈んでいくとこ」


 「アルカンシェル、ですか」


 「うん………あれの発射権限を持っているのは、次元航行艦の艦長か、その上位の艦隊司令官だけ。間違って発射されないように、ファイアリングロックシステムで厳重に守られてるから、一番早く撃てるのは、上位者なんだ」


 「それが………グレアム提督」

 クロノは当時3歳、詳しいことなど覚えていないだろうし、リンディも忘れられることはないだろうが、それを過去のこととして割り切り、未来を向いて生きている。

 リンディ・ハラオウンはギル・グレアムを恨んでなどいない。闇の書の暴走は彼の失態ではないと、クライド・ハラオウンの葬儀の時に、彼女はそう告げていた。


 「現場のことなんて知らずに、ただ後ろで椅子にふんぞり返っているだけの奴らは、時空管理局にもいる。そういうの中には父様の失態だって騒ぐ輩もいたけど、11年前の闇の書事件に関わった人達は、誰も責めていない―――――だけど」

 他でもない、ギル・グレアム自身が己を責め続けている。

 クライド・ハラオウンの残る二番艦エスティアに、アルカンシェルを発射したのは彼自身、その重さは、他の誰にも理解は出来ない。

 部下の死を看取ることと、その手で引き金を引くことはやはり違う。

 ギル・グレアムの指示の結果、部下であるクライド・ハラオウンが死んだのではなく、ギル・グレアムが直接クライド・ハラオウンを殺したに等しい。


 「父様は、ずっと自分を責めてる。闇の書事件を、止められなかったことを」

 だからこそ、使い魔であるリーゼロッテとリーゼアリアは心を痛める。

 11年間、主の心は常に闇の中にある。

 ロストロギア―――“闇の書”

 冠せられた名の通り、その闇はギル・グレアムの心を常に覆い続けており、その闇を晴らす手段がいったいどこにあるのか。


 「………すみません」


 「いいよ、昔のことというのは確かだし。だけど、君はそれを―――」


 「ええ、闇の書をキーワードに探索した結果、11年前の事件に関する報告書のコピーのようなものが出てきて」


 「ふぅん、おかしいな、11年前といったら、無限書庫は閉鎖されてたはずなんだけど………」

 むしろ、それ以前の疑問。

 すなわち―――


 「そもそも、この無限書庫にデータを収めたのは、一体誰なんですか?」


 「………」

 ここが書庫である以上、データを編纂し、収めた者がいて然り。

 ならば、それは誰か?


 「リーゼロッテさん?」


 「それが、分からないんだよね」


 「分からない?」


 「うん、無限書庫が作られたのは新歴になる前、時空管理局最高評議会の書記をやってる人が、初代の司書長として作り上げたとは伝わってるんだけど」


 「だけど、彼がどこから無限書庫の書籍を集めたかは誰も知らない、ってことですか」


 「一説には、世界の情報を自動的に蒐集するロストロギア、なんて言われてるくらい。でもまぁ、おかしな話ではあるんだよ、ここでの捜索にはチームを組んで年単位であたるほどだって前に言ったよね」


 「はい」


 「でも、だったら書籍を収めるのにだってそのくらいの労力がかかるはずなんだけど、“無限書庫に情報を収めていく役職”は、どこにもないんだよ」


 「じゃあ、この資料はいったいどこから………」


 「………一箇所だけ、誰も業務内容を知らない部署がある、そこがやってるんじゃないかとは思うんだけど」


 「それは―――」


 「最高評議会直属の部署、通称“神秘部”。まぁ、何をやってるか分からなくて、何を問い合わせても“最重要機密”なんて答えしか返ってこないことに対する揶揄を込めた通称だね。つまり、無限書庫の詳しいことは、最高評議会しか知らないんだ」


 「えっと、それは僕が知っていいことなんでしょうか?」


 「構わないって、最高評議会とは言っても、ほんと何をやってるか分からないし、地上部隊の人間なら存在自体を知らないのもたくさんいる。三提督が名誉職なら、最高評議会は偶像みたいなもの、本人に会ったことがあるのも、もう三提督くらいだし」


 「はあ」


 「ロッテ! いる!?」

 そこに、息を切らせて使い魔の片割れ、リーゼアリアが現れる。


 「どしたの、アリア、そんなに急いで」


 「エイミィから連絡があって、守護騎士が現れたそうなの、でも、リンディさんもクロノも今会議中だから身動きが取れない」


 「そりゃ大変!」


 「な、なのは達は!?」


 「武装局員が強壮結界で抑え込んで、その中で対峙してるみたい、それぞれ、一対一で」


 「悪い、ユーノ君、あたしとアリアは向こうの様子を見に行くから、こっちはしばらく任せたよ」


 「は、はい、分かりました。僕は闇の書の探索を続けます」

 戦闘に特化しているわけではない自分よりも、百戦錬磨のリーゼ姉妹が行った方がよほど役に立つ。

 それを理解している故に、ユーノ・スクライアは自分に出来ることを行う。

 かつて、ただ一人でジュエルシードを封印するために向かい、一人の少女を巻き込んでしまった苦い経験は、彼の行動に思慮深さと現実というものを刻んでいた。


 「なのは達を、お願いします、リーゼロッテさん、リーゼアリアさん」


 「任せて」


 「間に合うかどうか微妙だけど、最善を尽くすよ」











新歴65年 12月11日  第84無人世界  (日本時間)  AM10:20




 『Schlangeform!(シュランゲフォルム)』

 炎の魔剣レヴァンティンが再び連結刃へと変形し、雷光の主従へと刃の鞭が襲いかかる。


 『Load cartridge, Haken form.』

 対抗すべく、閃光の戦斧バルディッシュもハーケンフォルムを取り、迫りくる刃を迎え撃つ。


 「ハーケンセイバー!」
 『Blitz rush.』

 放たれる魔力刃がシグナムへ向かうと同時に、加速魔法ブリッツラッシュを用いてフェイトは高速機動を展開、シグナムの死角へと瞬時に移動する。

 術者本人の高速機動の他、制御中の飛翔している弾体に加速をかけることも可能であることがブリッツラッシュ最大の特性であり、フェイトとバルディッシュが息を合わせることで、本人の高速機動と魔法弾加速は同時に行使できる。


 「はあああ!」
 『Haken slash.』

 魔導師と知能持つデバイスによる連携攻撃。

 純粋な処理性能ではストレージに劣るインテリジェントデバイスの真価がまさしく発揮されていた。

 だがしかし―――


 「ふっ!」
 『Schlangebeisenangriff!(シュランゲバイセン・アングリフ)』

 デバイスとのコンビネーションを真価とするのは、白の国の夜天の守護騎士とて同じこと。


 「鞘!?」

 剣の騎士シグナムが鞘にシールドを纏わせて防御すると同時に、炎の魔剣レヴァンティンはフェイトの退路を塞ぐべく複雑な螺旋を紡ぎあげる。


 「おおお!」

 間髪いれずに放たれたシグナムの蹴りがフェイトを弾き飛ばし、彼女の身体は連結刃によって作られた茨の檻へと直進し―――


 『Plasma lancer.(プラズマランサー)』

 閃光の戦斧が放った射撃魔法によってベクトルを捻じ曲げ、刃の檻から無傷のままに脱出する。


 「!?」

 加えて、プラズマランサーは蹴りを放った体勢のままのシグナムへと直撃する。速射性を重視した故に直接的ダメージはないであろうが、与えた精神的ダメージは大きい。


 『Assault form.(アサルトフォルム)』

 大地に降り立ったフェイトは、バルディッシュを基本形態のアサルトフォルムへと戻し。


 『Schwertform.(シュベルトフォルム)』

 叩きつけられるように着地したシグナムもまた、レヴァンティンを基本形態であるシュベルトフォルムへ可変させる。


 「プラズマ―――」

 「飛竜―――――」

 休むことなく、互いのデバイスよりカートリッジがロード。

 フェイトはバルディッシュの補助を受けつつミッドチルダ式の魔法陣を展開し、シグナムはレヴァンティンを鞘に収め、足元にベルカ式魔法陣を展開、抜刀の体勢に入る。


 「スマッシャー!」

 「一閃!」

 カートリッジロードによりバルディッシュが紡ぎ出す魔力を込め、最大射程を犠牲に威力と発射速度を高めた、雷光を伴う純粋魔力砲撃、プラズマスマッシャー。

 鞘にレヴァンティンを収めた状態でカートリッジをロードし魔力を圧縮、シュランゲフォルムの鞭状連結刃に魔力を乗せ撃ち出す、砲撃クラスの射程とサイズを誇る極大の斬撃、飛竜一閃。

 フェイトとシグナム、両者にとって中距離での決め技と呼べるそれらが砂漠にて激突し、その余波だけで傍のオアシスの水が一部蒸発していく。


 「はあああああああ!」

 「おおおおおおおお!」

 その激突の結果を見届けることなく、上空にて両者のデバイスが交差する。

 その間にもバルディッシュは砲撃を行ったアサルトフォルムから近接のハーケンフォルムへと変形しており、レヴァンティンもまた飛竜一閃のシュランゲフォルムから、剣の状態、シュベルトフォルムへと戻っていた。

 高レベルの戦闘スキルを持つミッドチルダ魔導師と古代ベルカの騎士の戦い。

 この戦闘で競われるのは個人の力量のみに非ず、デバイスとの連携こそが最大の要である。


 「バルディッシュ!」
 『Yes, sir!』


 「レヴァンティン!」
 『Jawohl!』

 主の意図を汲み取り、いかなるタイミングで己の形態を変化させるか。

 そして、変形の機会を読み間違えた方が、敗者として地に伏すこととなる。

 フェイトとシグナムが互いに認め、ライバルのように感じているように、バルディッシュとレヴァンティンもまた、決して譲れぬ戦いの中にあった。









同刻  第87観測指定世界  


 「はあっ、はあっ」


 「………」

 シグナムとフェイトの知恵と戦術の限りを尽くした戦技の競い合いとは異なり、こちらは単調なぶつかり合いに終始していた。

 元来、アルフもザフィーラも陸の獣であり、空戦は決して本領発揮の場とは呼べない。

 クロスレンジでの格闘戦が両者の最大の持ち味である以上、地に足をつけての戦いでこそ、優劣というものは定まるはず。


 <つっても、ここ、海の上だしね>

 だが、第87観測指定世界はほとんど陸地が存在しない水の惑星。地球の異なる可能性の中には、そのような世界も当然の如く存在している。


 <拳に迷いが感じられる、一気に攻めれば倒すことは出来るだろう――――だが>

 とはいえ、アルフとザフィーラの条件が完全に五分というわけではない。

 アルフの基本的にフェイトのサポートとして動くため、バリアやバインド破壊、空間転送などの補助系魔法も得意としており、クロスレンジでの格闘戦も、フェイトが苦手とする足を止めての撃ち合いを代わりに行うためと言ってよい。

 対して、盾の守護獣ザフィーラは、格闘戦による防衛戦を得意とした盾の騎士ローセスと、爪と牙による圧倒的速度と攻撃力を誇った賢狼ザフィーラが融合した存在。

 鋼の軛に代表されるように、広域の攻撃能力や遠距離での攻撃手段においてザフィーラはアルフを凌駕しており、空戦であればその差はなおさら大きくなる。


 「どうしたい、ずっと飛び回っての格闘戦なんて、アンタらしくないじゃないか」


 「………」

 しかし、ザフィーラはあえて鋼の軛は使わず、高速機動からの打撃戦に終始していた。

 この場合、互いの交差する時にしか攻撃の機会はなく、格闘技能を発揮することもほとんど出来ない。

 空中で静止しての格闘戦も展開されたが、空中の姿勢制御や踏み込みのための力場の形成などに魔力を割くため、地上での場合の半分も技量を発揮できないし、魔力も喰う。

 結果として、互いにスタミナと魔力を削り合うことになるが、アルフにとってはザフィーラと互角に渡り合う有効な戦術であるに違いない。

 それでも陸戦魔導師から見れば十分高度な空戦なのだが、フェイトやシグナム、なのは、ヴィータのそれに比べればやはり劣っているのは事実。


 <蒐集は―――出来んな>

 倒すことは可能、蒐集しようと思えば、アルフからここでリンカーコアを奪うことは困難に非ず。

 だが、その結果得られるものは新たな罪と、管理局からの敵対心のみ。

 既になのはから蒐集を行っている以上、自分達が民間人を襲った罪人であることは違いないが、ザフィーラが見ているものは少し違う。


 <仮に、闇の書が完成したとして、我らの罪が消えるわけでも、管理局の追跡がなくなるわけでもない。いずれは、主はやての下へ辿り着くだろう>

 闇の書がどれほどの力を持とうと、個人では組織というものには敵わない。

 そして、守護騎士が望むものは、主はやての幸せであり、管理局から逃げ続ける逃亡生活を強いるわけにはいかない。

 ならば、どこかで自分達は捕まり、闇の書の蒐集に主が関与していなかったことを管理局に伝える必要がある。


 <代償として、我々が消滅する可能性は高い、誰かに、主はやての後を託さねばならん>

 四人の中でただ一人、ザフィーラは常に一歩引き、全体を見通すよう心がけている。

 ヴィータは闇の書を完成させるために必死になって頑張っているが、可能ならば彼女一人くらいは主とともに助けられないだろうか。

 それが、彼の偽らざる心。


 <管理局は非道の組織ではない、例の黒服の指揮官も敵手ながら好感が持てる人物だった。そして、主戦力である彼女らはどこまでも真っすぐな心を持っている>

 少なくとも、これは僥倖に違いない。

 管理局とて人の組織である以上、ただ職務に従って事件を処理するだけの人物もいれば、自分の出世のために犯罪者を捕えようとする者もいるだろう。

 だが、現在自分達を追っている者達は、人格的に信頼できる。古来より、ベルカの騎士達は刃を交わすことで相手と心を交わしてきた。


 「一つ、問おう」

 だからこそ、ザフィーラは問いを投げる。


 「なんだい?」


 「闇の書の蒐集は我らの意志、それは先に述べた通りだが、それを信じるならば、お前達の司令官は我らの主をどうする?」


 「どうするって、目的が分かんない以上はどうしようもないよ、アンタらが違法行為をやってんのは事実なんだから」


 「………ならば、仮に私が投降し、全ての事情を話したとすれば、闇の書の完成まで管理局が我らを見逃す可能性はあると思うか?」


 「そりゃ、難しい質問だね」


 「我々とて、管理局という組織の存在理念を完璧に理解しているわけではない。だからこそ、管理局と共に行動しているお前に問う、お前は正規の局員ではないのだろうが、だからこそ言えることもあるだろう」


 「むぅん」

 空中で対峙し、油断なく構えながらも、アルフはマルチタスクを用いて熟考する。

 二人の攻撃がクロスレンジに限られ、ザフィーラに遠距離攻撃を行う意思がない故に可能な、境界線での対話。

 ある程度の距離が離れている以上、いきなり襲いかかることで不意を突くことは出来ない、その気があるなら、ザフィーラはとっくの昔に鋼の軛を使用していることだろう。


 「見逃すのは、難しいと思うよ。けど、こっちでも闇の書そのものについての調査は進めてる。永久封印する方法が見つかるかはまだ分からないけど、アンタの主が闇の書の主でなくなれば、取りあえずの解決にはなるんじゃないかい」

 アルフは、闇の書と管理局の戦いの歴史をそれほど知らず、ギル・グレアムやハラオウン家との因縁も把握していない。

 だからこそ、公平な視線で判断することが出来る。むしろ、彼女の目から見れば、自分達がヴォルケンリッターと戦っていることの方に違和感を覚える程だ。

 本当に、これでいいのか?

 守護騎士を捕えることが、闇の書事件の解決になるのか?

 管理局員として、犯罪者を捕えねばならないという義務を負ってないために、戦えば戦うほど、アルフにはそれが分からなくなった。


 「我らの主が、闇の書の主でなくなる、か―――――――――確かに、それが可能ならば、我々が蒐集を行い理由もなくなるだろう」


 「そりゃ、どういう」


 「恐らく、お前達の指揮官はその可能性を考慮していることだろう。だが、我々が闇の書の守護騎士であり、民間人を襲った経緯がある以上、放置することは出来ない、つまりはそういうことだ」


 「だけど、アンタらも退けない理由があるんだろ」


 「闇の書の蒐集は、時間との戦い。今、我々は拘束されるわけにはいかぬ」


 「ままならない、もんだね……」

 管理局と守護騎士が相対している最大の理由は、社会システムそのもの。

 治安維持機構であるが故に、個人的な心情はどうあれ、アースラは守護騎士を追わねばならない。

 守護騎士もまた、時間が限られている現状では捕まることは許容できない。


 「お前の主がどうかは分からんが、シグナムはそれを悟っているからこそ、全力で戦っているのだろう。私も含め、基本的にベルカの騎士とは融通が利かぬ、特に主が絡むならばなおさらにな」


 「心情的には戦いたくないけど、立場上、戦わないといけない。だからこそ、お互いに悔いなく、手加減せずに全力でやりあおうってわけかい」


 「それが、シグナムの騎士道だ。あれは死ぬまで、いや、死んでも変わらん」

 その言葉には、呆れなのか誇りなのか、判断に迷うニュアンスが含まれる。

 法の概念も、罪の概念も、昔に比べ遙かに複雑になっており、執務官という役職はその具現。

 それに比べ、中世ベルカの騎士達は随分とシンプル極まりなく、その価値観の違いが、自分達がぶつかり合う理由なのかもしれない。


 「じゃあ、結局」


 「少なくとも今は、戦うより他はない。もしお前達が闇の書の主を、主でなくする方法を見つけ出したならば、話は違うかもしれん」

 そして、再び拳を構える盾の守護獣。


 「………そうかい、残念だよ」


 「すまんな、私も止まるわけにはいかんのだ」

 世界は、ままならない、歯車が噛み合っていない、正直な気持ちとしてアルフはザフィーラと戦いたくない。

 あと少しで分かり合えるようなのに、ピースが足りていないのか、戦う以外の選択肢が見つからない。


 <トール、あんたがずっと動かないのは、ひょっとして………>

 こうなることが、分かっていたから?

 守護騎士を捕えても、闇の書事件が解決しないと判断したから、闇の書のページを減らすなんていう作戦を提案したのか?


 <問いただしても、どうせのらりくらりと躱されるだけだろうし、まったく、ややこしいったらありゃしない、そもそも考えるのはあたしの領分じゃないってのに>

 どういう因果で、戦闘要員のはずの自分がこんなに悩まなくてはならないのか。

 世界の理不尽を恨みながら、アルフは強壮結界が破られるまで、ザフィーラと意味のない戦いを続ける覚悟を固めていた。








同刻  第95観測指定世界



 「アクセルシューター、シュート!」
 『Accel Shooter.』


 「グラーフアイゼン!」
 『Explosion!』

 三局の戦いの最後の一つ、ミッドチルダ式砲撃魔導師と、古代ベルカの騎士による遠距離戦。

 順当に考えれば、圧倒的になのはが有利であるはず、強大な個人戦闘力を有する代わりに、魔力を身体から離す、遠くへ撃ち出すことを苦手とするのがベルカ式。


 「つえらああああぁぁぁぁぁl!!」

 ただし、魔力によって自身の身体と武器を強化することは、ベルカ式の得意とするところ。相手に攻撃は届かずとも、迫りくる誘導弾を直接叩き落とすことは十分可能。


 「あれが、ヴィータちゃんのフルドライブ」
 『Yes,master.』

 ヴィータのグラーフアイゼンには非殺傷設定は存在せず、フルドライブ状態で直接なのはに攻撃するわけにはいかない。


 「でも、こっちの攻撃を防ぐ用途になら、遠慮なく使えるんだね」

 なのはが遠距離戦を主体とするミッドチルダ式魔導師であるために、可能なこともある。

 フェイトやアルフが相手ならば難しいが、ヴィータから近付かない限りなのはが接近戦を挑んでくることはない。つまり、ヴィータが守勢に徹するならば、フルドライブを用いた迎撃も可能となる。


 「今度はこっちの番だ!」
 『Kometfliegen!(コメートフリーゲン)』

 そして、ただ耐え忍ぶ戦いを良しとする精神を、鉄鎚の騎士ヴィータは持ち合わせていない。

 最初のディバインバスター・エクステンションによって浅くないダメージを負わされた身である。このままで終わってはベルカの騎士の名が廃るというものだ。


 「うらああああああ!」

 古代ベルカ式では珍しく、ヴィータは誘導弾の管制を得意とし、魔力を身体から離して運用することを苦手としていない。

 だが、それ言うなら夜天の守護騎士ほぼ全員に当てはまり、早い話が、ヴォルケンリッターを常識で図ることこそが危険ということだろう。


 「鉄球―――それも大きい!」

 通常形態、ハンマーフォルムから繰り出されるシュワルベフリーゲンと異なり、コメートフリーゲンは自身の頭より巨大な鉄球に真紅の魔力光をまとわせ、 ギガントフォルムのヘッドで撃ち出す。


 『Axelfin.』

 しかしその分軌道は読みやすい、威力は高くともクロノのスナイプショットなどに比べれば躱しやすく、高威力の攻撃も中らなければ意味はない。

 レイジングアートがアクセルフィンを起動させ、なのははコメートフリーゲンの射線から身を躱し―――


 「甘ぇよ!」

 その瞬間、巨大な鉄球が爆散し、通常サイズの鉄球が全方向に飛び散った。


 「これは―――!」
 『Protection Powered.(プロテクション・パワード)』

 なのはとレイジングハートが即座にバリアを形成、迫りくる鉄球を悉く受けとめる。


 「この隙に―――」

 自らの放った鉄球が牽制として効果を発揮したのを確認し、ヴィータは離脱を図るも―――


 「ディバイン――――」
 『Buster mode. (バスターモード)』

 稀代の砲撃魔導師、高町なのはと、魔導師の杖、レイジングハート・エクセリオン。

 この二人の射程から逃げきることは容易ではなく、下手な対応をとれば撃墜の運命が待っていることを最初の一撃でヴィータは思い知らされていた。


 「ちっくしょ!」

 舌打ちしつつもヴィータは立ち止まり、一旦ハンマーフォルムにグラーフアイゼンを戻し、構える。

 フェイトとシグナムの戦いと同様、こちらもまた目まぐるしくデバイスが形状を変化させ、互いに隙を狙いあう。

 レイジングハートは通常形態のアクセルモードと遠距離砲撃のバスターモードを使い分け、ヴィータを間合いから逃さず、詰めさせない。

 グラーフアイゼンもまた、誘導弾の制御に適したハンマーフォルムと、強大な砲撃を凌ぎうるギガントフォルムを使い分け、状況の不利を戦術で補う。


 <あいつ、随分戦い方が上手くなってやがる>

 そして、ヴィータがなのはに対して抱く想いは、シグナムのフェイトに対する評価とほぼ同様であった。

 自分の攻撃を中てることに拘らず、ヴィータと強壮結界との距離や、グラーフアイゼンの形態を見据えながら最適な魔法を選択し、デバイス形態を切り替える。

 無論、インテリジェントデバイスであるレイジングハートの補助があってこその芸当ではあるが、主従の連携そのものが以前に比べ格段に進歩している。


 『Let's shoot it.(撃って下さい)』

 かつて、鉄の伯爵グラーフアイゼンに砕かれ、主を守り切れなかった魔導師の杖、レイジングハート。

 研鑽を積み、強くなったのはなのはだけではない、彼女もまた、今度こそ主を守り抜く覚悟を持ってこの戦いに臨んでいる。


 「バスターーーー!」

 放たれる砲撃は既に何度目か。

 その度に数発のカートリッジが消費され、膨大な魔力が強壮結界内部に散布される。


 「ラケーテン―――」
 『Raketenform.(ラケーテンフォルム)』

 そして、ここに至り、ヴィータもまた覚悟を決めた。

 これまで使用しなかった、グラーフアイゼンの第二形態、ロケット推進による大威力突撃攻撃を行うための強襲形態。


 「ハンマーーーーー!!」
 『Explosion!』

 その推進力を利用し、ディバインバスターを回避、その勢いのままになのはへと突撃を敢行する鉄鎚の騎士。

 一度ラケーテンフォルムに変形してしまえば、ギガントフォルムを取るのにハンマーフォルムを経由しなければならず、カートリッジの予備はまだあるものの、強壮結界から出ることが厳しくなってしまう。

 ラケーテンフォルムはまさしく、相手を撃ち砕くという意思の具現であり、ヴィータが結界からの逃走よりも、なのはをここで倒すことを選んだ証。

 だが―――


 「行くよ、レイジングハート!」
 『Yes,my master!』

 それこそ、高町なのはが待ち臨んだ瞬間。


 「―――何!?」

 その光景に、ヴィータは驚愕せずにはいられない。

 なのはは、一切の回避行動も迎撃も行わず、重量挙げの棒の如くレイジングハートを構え、真正面からヴィータの攻撃を受けとめていた。


 『Protection Powered.(プロテクション・パワード)』

 レイジングハートが強固なバリアを形成する中、なのはは真っ直ぐな目をした少女へと、己の意志を示す。


 「ヴィータちゃん、わたしは貴女と戦うために来たわけじゃない!」


 「あんだって!」


 「こうでもしないと、きっとヴィータちゃんは逃げちゃうだろうから!」


 「お前、正気か!?」

 貴女と、話したい。

 ただそれだけのために、殺傷設定で繰り出される鉄鎚の騎士のラケーテンハンマーを真っ向から受け止める。

 それを、高町なのはは微塵も躊躇することなく実行していた。


 「この前、わたしは古代ベルカの騎士の人に訓練してもらったの、ヴィータちゃんと戦うために」


 「―――やっぱりそうか」


 「それで、理解したんだよ、騎士の人達は、デバイスに色んな想いを込めて、戦ってるんだって」


 「………」


 「ゼストさんに比べて、私の魔法は軽かった。どんなに威力の高い砲撃でも、あの人は真っ直ぐ進んできて、真っ二つにしちゃうの」

 ゼスト・グランガイツの一撃は、ただひたすらに速く、鋭く、そして重い。

 そのデバイス、ベイオウルフも複雑な変形機構は持たないが、その攻撃の一つ一つが全て必殺の一撃であり、蓄積された戦闘経験とその重みは、彼女の魔法を容易に切り裂いた。


 「そりゃ、とんでもねえ化けもんだなあ」


 「ミッドチルダの街を守るために、ゼストさんのベイオウルフの刃はある。ヴィータちゃんのグラーフアイゼンはきっと、闇の書の主さんのためにある。じゃあ、私のレイジングハートは誰のために」


 「手前のためじゃ、いけねえのかよ」


 「そうあって欲しいけど、それだけじゃだめなの! わたしの手はまだまだ小さいけど、きっと、誰かの手を握れるから!」


 「ぎ、ぐぐ」

 なのはの意志に応え、レイジングハートがカートリッジをロード、破られかけていたバリアが輝きを取り戻す。


 「だから、私はここにいる! わたしはヴィータちゃんとお話がしたい、ヴィータちゃんの手を握りたい! 貴女がどれだけ大変かは分からないけど、それでも、いつか分かり合えるよ!」


 「それで………受け止めたってのか、下手すりゃ死ぬってのに」


 「うん、ヴィータちゃんと、グラーフアイゼンを信じてるから」


 「アイゼンを?」

 ヴィータにとっては、完全に予想外のその言葉。


 「トールさんが言ってたよ、例え、闇の書が破壊を命じても、騎士の魂は主が望まない殺人はさせないって。どこまでも主の願いを叶えるために機能する、それがデバイスだって」

 守護騎士が自分の意志で行動していようとも、それはプログラムに縛られたものとなる。

 しかし、ヴォルケンリッターが己の意志を持っている以上、騎士の魂たる彼らは、決してそれを裏切らない。

 鉄の伯爵、グラーフアイゼンは鉄鎚の騎士ヴィータのためにのみ存在する。断じて、闇の書の意志などに従っているわけではない。

 夜天の騎士達が、八神はやてという少女を仕えるべき主と定め、そのために戦っているからこそ、グラーフアイゼン、レヴァンティン、クラールヴィントはその意志に応える。

 仕えるに値しない闇の書の主、その命のままに破壊と蒐集を続けるだけの闇の騎士の傍らにある時、彼らは沈黙していた。

 自らの意志を持ち、自らが奉ずる主のために戦う騎士達をこそ、己の担い手、夜天の守護騎士と認めるが故に。


 「だから、私達はきっと分かり合えるよ、その子がヴィータちゃんを信じているんだから、私も、レイジングハートも、ヴィータちゃんを信じられる!」


 「―――!?」


 「今はまだ無理かもしれないけど、いつか教えて! 闇の書の蒐集を続ける理由を! そんなに必死になって、頑張り続けるそのわけを!」


 「つ、あああ!」

 ヴィータの身体を突き抜けたのは、カートリッジの過剰使用による反動か、それとも、別の何かか。

 それが何であるか分からぬまま、彼女は魔力を炸裂させ、なのはから距離をとっていた。


 「はあっ、はあっ」

 だが、装填してあったカートリッジを使いきり、空になった弾倉に補給することもなく、なのはを見据え続けているのは、ヴィータの動揺の証であろう。


 「わたしは、ヴィータちゃんに傷ついてほしくないよ、当然、他の皆も」

 なのはは、真っ直ぐにヴィータを見つめる。

 ヴィータ以上に、その身体は満身創痍。

 カートリッジ過剰使用の砲撃を繰り返し、彼女自身に残されていた魔力も、ラケーテンハンマーを止めたことによりほとんど底をついた。

 だが、そんなことは気にすることでもないと言わんばかりに、ボロボロの身体で、なのははヴィータに問いかける。

 自分の心を偽らず、ありふれた言葉でいいから、真っ直ぐに伝えることが出来れば、きっと最初の一歩を踏み出せるはずだと、信じているから。


 「ヴィータちゃんは、どうなの?」


 「あたしは………」

 その言葉に、何を返す、何と返せば良い?

 それが、彼女にはまだ分からぬまま―――

 定められた、別れのプロローグがやってくる。

 紡がれようとしている絆を引き裂くように、闇に堕ちた魔導書が放つ、破壊の雷が、顕現しようとしていた。








あとがき
 現代編も、徐々に佳境へと向かいつつあります。過去編では守護騎士達の原初の姿と騎士道の在り方、そして、夜天の魔導書に託された想いを描きたく、現代編では少女達の純粋な想いを中核にしたいと思っています。
 “闇の書”は人間社会の闇の象徴とも呼べるロストロギア、だからこそ、その呪われた因果を打ち破れるのは人と人との絆であり、希望を信じることが出来る純粋な願いではないかと思います。原作においても、その鍵ははやてとリインフォースの絆であり、闇の書の夢の中で幻想の家族と現実の友達の狭間で涙するフェイトの想い、そして、決して諦めないなのはの不屈の心でした。
 なんといっても、私はパッピーエンドが大好きで、なのは達の守護騎士達は幸せに笑いあって欲しいと思っています。闇の書の過去の被害者のことなど、重い話題もありますが、私の作品ではその辺りはあまり触れずに行く予定です。StSにおける数の子達も同様で、vividのように皆仲良く笑い合うのが一番だと思います。
 そろそろ中盤も終わり、物語は収束の時へと進んでいきます、それではまた。




[26842] 第二十六話 恐怖の再来
Name: イル=ド=ガリア◆9d8bc644 ID:97ddd526
Date: 2011/05/15 18:16
第二十六話   恐怖の再来




新歴65年 12月11日  第84無人世界  (日本時間)  AM10:30




 「はあっ、はあっ、はあっ」

 最早幾度めの交錯か判断できぬほど刃を交わした、閃光の戦斧バルディッシュと炎の魔剣レヴァンティン。

 古代ベルカの剣技を振るう烈火の将シグナムといえど、流石に疲労の影が色濃い。


 <ここに来て、なお速い、目で追えない攻撃が出てきた――――早めに決めないと、まずいな>

 如何に高速で動く相手とはいえ、10分以上も戦っていれば目が慣れてくる。

 にもかかわらず、ここにきて目で追えなくなりつつあるということは、フェイトが複雑な緩急を織り交ぜていることもあるが、何よりも―――


 『Geschwindigkeit, um Anstiege zur Reaktion zu bringen(反応速度、上昇しています)』

 彼女の速度の上限が、変化しているという事実を示している。



 「はあっ、はあっ、はあっ、はあっ」

 フェイトの疲労も、シグナムに劣らぬどころか、むしろこちらの方が濃い。

 バルディッシュも全力で彼女のサポートに回ってはいたが、未だ9歳というどうしようもない事実は覆しようがなく、どんなに強くとも、スタミナの最大許容量がシグナムに比べ劣っている。
 
 膨大な魔力量によって何とか誤魔化してはいるが、肝心の体力が底をつけばそれまで、魔力で速度を上げようとも、武器を振れなくなれば運命はただ一つ。


 <強い、クロスレンジも、ミドルレンジも、圧倒されっぱなしだ―――――まともにくらったら、叩き潰される、今はスピードで誤魔化してるだけ>

 ソニックフォームほどではないが、フェイトはバリアジャケットの出力をやや下げ、速度の向上に充てている。

 シグナムの放つ斬撃は強力極まりなく、まともくらえば大ダメージは避けられない。

 つまり、攻撃を受け止めるよりも速度をあげ、的確に捌く方が危険が少ないという判断であったが、これまでのところは功を奏している。


 『The limit is near. (限界は、近いかと)』

 その巧妙極まりない調整を行っているのがバルディッシュであるが、そのトリックも既に限界。

 持久戦は、フェイトにとって不利、その見解は彼女にとっても同様であった。


 「………」

 「………」

 両者無言のまま対峙が続く。

 このまま惰性に任せて戦うよりも、ここで戦局を変える一手を打つべきという判断は共に同じ、どの札を切るべきかで互いに戦闘思考を最終段階へと進めつつある。


 <しかし、これほどの速度を誇る使い手との戦いとなれば、シュトゥルムファルケンの速度でなければ厳しい、だが、フルドライブは―――>

 相手を殺すつもりで放つならば、シグナムの決め技はボーゲンフォルムからのシュトゥルムファルケン。


 (最後は一発、全力で行こうかい!)

 (ええ、これはあくまで試合。ならばこそ、小細工なしの全力にて!)

 〔〔 Grenzpunkt freilassen! フルドライブ・スタート 〕〕


 遠い昔、中世ベルカの時代であれば、試合ですら烈火の将と雷鳴の騎士は互いに全力の一撃をぶつけ合っていたが―――


 <厳しいな>

 八神はやてを主とする今の彼女にとっては、実戦であっても人に放つことは不可能。

 時代は中世のベルカではなく、対峙する敵手は騎士ではない。

 相手を殺すことが前提の、狂った条理は必要とされてはいないのだ。


 <やるしかないかな、ソニックフォーム、だけど、結局はわたしの斬撃でシグナムを仕留めることが出来なきゃだめで――――あれ?>

 そして、過去の思い出へと心を旅立たせていたのは、フェイトも同様。


 <ええっと、相手の防御が優れている時は―――>

 シグナムの防御、パンツァーガイストは全方位からの攻撃にも対処可能であり、全開出力ならばプラズマスマッシャーをも防いで見せた。

 この時点で、シグナムに対して有効な射撃魔法がほとんど封じられたに等しい、サンダーブレイドも初見では通じたものの二度目は通じず、プラズマザンバーブレイカーは威力は最高だが隙が多すぎる。

 故に、フェイトは防御を捨てて速度を向上させ、接近戦に勝機を見出そうとしていたのだが―――


 (いいですか、フェイト)

 彼女に、戦い方を教えてくれた優しい女性の思い出が


 (スピード、鋭さ、威力、攻撃面に関してならば貴女はもう一流の域でしょう)

 強敵との戦いで、極度の集中状態にあるはずの精神に、浮かび上がる。


 (それは素晴らしいことですが、攻撃スキルにはまだ「その上」があったりします。例えば、最大威力の接射砲も通らない程の高い防御技術や強靭さ、そんなスキルを持つ相手にはどう対処すればよいでしょう?)


 <うん、まさに、シグナムはそう、砲撃ですら通じなくて、防御技術が圧倒的に高い>

 蘇る思い出の中、教師からの問いに、アルフが真っ先に応えて


 (はいはいはい! 超全力でぶっとばす!)

 (はい、駄目ですね。人の話を聞きなさい、それが通じない時の話をしてるんです)


 <そう、だから、そんな相手と戦う時は―――>

 フェイトは記憶を辿る。強力な防御技術、何よりも自分より格上の相手を倒すための方法は―――


 〔相手を、交渉の場に引きずり込むのです。特に、人質などがとれれば、最高と言ってよいでしょう〕


 <違う違う違う、これじゃない>

 どういうわけか、悪逆無道の機械仕掛けが出てきた。やや、記憶の迷路に迷い込みつつある模様。


 (ああー、あれだろ、諦める、これっきゃないね、もしくは土下座とか)


 <だからこれでもないって、何人いるのトール――――あ、でも、そんなトールをバインドで磔にして、リニスが滅多打ちにしていた魔法が>

 変な経路を辿ることにはなったが、フェイトは正解の記憶へと辿り着く。


 (圧縮魔力刃で切り裂く、うんと大きくて強い刃で!)

 (それもいいですね、フェイトの手足がもう少し伸びたら、そっちが主力になるかもしれません)


 <だけど、それは不正解、まだ私は小さいから>


 (ただ、そんな大きな魔力刃を振り回すには、フェイトはまだ小さいですからね、「今の貴女にできること」で)

 バルディッシュ・アサルトのフルドライブ、ザンバーフォーム。

 強大かつ、高密度の魔力刃であるそれならば、シグナムの防御も突破できる。

 だがしかし、かつてリニスが述べたように、ジェットザンバーなどの巨大な刃を振り回すには、9歳のフェイトはまだ小さい。対人戦で可能となるには、あと数年は必要だろう。


 (高密度な射撃を、高速で連打!)

 (そう、正解、高密度の圧縮した貫通射撃弾を大量に布陣するんです。もちろん、発射準備に時間のかかる大魔法ですから、相手の動きを止めるのは必須事項になりますが)


 <だけど、カートリッジシステムがある、今の私とバルディッシュなら―――>


 (この大軍勢を槍の嵐にして、一点に向けて乱れ撃ち、それが私が教えてあげられる、今のフェイトのための最大魔法)

 リニスがフェイトのために考案し、残してくれた魔法。

 身体が成長しきっておらず、強大無比な一撃とコントロールの両立が難しい、故に、彼女の持つ速度という武器を最大限に生かし、相手の防御を削り取る雷光の騎兵隊。

 その銘を―――


 「フォトンランサー・ファランクスシフト!」
 『Load Cartridge.』

 半年前のフェイトであれば、スフィアの準備にかなりの時間を要した大魔法。

 だがしかし、ヴォルケンリッターに対抗するために搭載されたカートリッジシステム、炸裂した五発の弾倉から紡ぎ出された膨大な魔力が、その時間を半分以下に短縮する。


 「む――!」
 『Mein Herr!』

 烈火の将シグナムと、炎の魔剣レヴァンティンもまた、ただならぬ攻撃の気配を敏感に察する。


 「これは、ザフィーラが受け止めた魔法か――――レヴァンティン、炎熱変換機能を全開にしろ」
 『Jawohl.』

 一度目の戦いにおいて、ファランクスシフトは盾の守護獣ザフィーラと湖の騎士シャマルに対して放たれている。

 その時、バルディッシュのコアは損傷しており、ファランクスシフトも数こそ多かったが、威力はそれほどのものではなかった。


 「アルカス・クルタス・エイギアス。疾風なりし天神、今導きのもと撃ちかかれ。バルエル・ザルエル・ブラウゼル」
 『Phalanx Shift.』

 だが、今回のそれはかつての比ではない。カートリッジの五発分の魔力が込められ、フェイトの残存魔力の全てが周囲に浮遊するスフィアへと込められ、雷の槍による大軍勢が顕現しようとしていた。


 「………」

 対して、シグナムもまたその隙に切り込むことはせず、静かに己の魔力を集中させていく。

 一発限りの砲撃と異なり、ファランクスシフトはどのような体勢からでも発射可能、準備が整う前にシグナムが切り込んだところで、焦って突進した彼女を槍の軍勢が迎え撃つ。

 無策のまま切り込み、30の槍を相手にするか、こちらも準備万端整え、100の槍を迎え撃つか。

 どちらが得策とも判断しがたい局面ではあるが、ベルカの騎士たるシグナムがどちらを選択するかなど、考えるまでもない。


 「来い! テスタロッサ! お前の全力、見せてみろ!」
 『Panzergeist!(パンツァーガイスト)』


 「撃ち――――砕けえええええええ!!!!!」
 『Full flat!』


 電気変換された魔力が槍の嵐となり、炎熱変換の鎧へと突き進む。

 雷光の騎兵隊、フォトンランサー・ファランクスシフトと、灼熱の甲冑パンツァーガイスト。


 「く、ああああああああああああ!」

 「………」

 裂帛の気合いと共に軍勢に突撃を命じる魔導師と、無言のままに防御に徹する騎士。

 雷の槍は、果たして炎の鎧を突き破れるか否か。


 <撃ち放つこれは、あくまで矢のようなもの、雷の矢じゃ、炎の鎧は貫けない>

 シグナムと戦い続けたフェイトだからこそ、それが分かる。

 連射だけでは足りない、シグナムの防御を打ち破るには、まさしく“槍”こそが必須。


 「スパーク――――」
 『Load Cartridge.』

 六連装のリボルバー、その最後の一つに込められた弾丸が解き放たれ、既に満身創痍に近かったフェイトの身体に更なる魔力が充填。その負荷が少女の身体を切り刻む。


 「つ、あああ!」

 スフィアの設置時間を削るため、カートリッジを五連ロードし、自らの魔力も限界ギリギリまで絞り出してのファランクスシフト。

その最後の一撃は、周囲に浮かぶスフィアを束ね、己の全てを懸けた必中の槍。


 「エンド!」

 解き放たれた大槍、スパークエンドが進軍し、騎兵隊の突撃によって切り裂かれつつあった炎の鎧を突き破る。

 その間際―――


 「剣閃烈火!」
 『Explosion!』

 烈火の将シグナムが持つ炎熱変換資質を最大限に発揮する奥義が、フェイトの渾身の技を迎え撃つ。

 あえて切り込まず、時間をかけて炎熱変換された魔力を練り上げた剣の主従、その目的は、炎の鎧パンツァーガイストのためだけではない。

 十数秒の時間をかけて変換された膨大なる炎熱はフレアの如き輝きを伴い、火竜の咆哮の如く荒れ狂う。


 「火竜一閃!」

 迫りくる雷の大槍を迎え撃ったのは、炎の鎧ではなく、灼熱の噴火。

 収束された雷と炎が相克し、発生した熱量は炎天下の砂漠を焦熱地獄へと変えてゆく。


 「あああああああああああ!!」

 「おおおおおおおおおおお!!」

 だが、どんな天災も永続するものはあり得ぬよう、終幕は訪れ―――


 「………相殺、か」

 「おみごと、です」

 フェイトの全てを懸けた攻撃は、シグナムの全力の迎撃によって、防ぎ止められていた。



 <―――今だ>

 その隙に、動きだす影が一つ。

 雷光と炎熱、その二つがぶつかり合い、両者が全力を出し切った果ての空白。

 闇の書を“完成させる”ことを目的とするその存在にとっては、まさしく千載一遇の好機。


 『いただけません、実にいただけませんね。使い魔、リーゼロッテ』

 だが、その行動がトリガーとなって顕現する地獄を、彼女は知らない。


 『管理局、闇の書、知ったことではありません。フェイト・テスタロッサに害なすものは皆等しく排除対象』

そう嘯きながらも、彼とその相棒たるアズガルドは数十回に及ぶ演算を行っている。全体の状況、現状における中隊長機の配置状態、フェイトの肉体と精神のダメージの深刻さの予測、あらかじめリーゼ姉妹の介入を警戒していたことを悟らせないためのカモフラージュ、そしてギル・グレアムとの間に禍根を残さずにリーゼロッテを撃退する方法。

 それらのことをすべて踏まえ、繰り返し演算を行った末に出た最適解を実行した結果――

 ここに、黒い恐怖が再臨することとなる。







同刻  第90無人世界



 「さあ、やるわよ、闇の書」

 魔法生物が特に存在しない無人の世界。

 闇の書の獲物となり得る生物が存在しないために、守護騎士からも網を張る管理局からも注目されることはなかったその場所。

 だが、それ故に、ヴォルケンリッター達が出陣、帰還する際の中継点としては利用価値がある。

 スーパーで買い込んだ食料品やテントなども置かれており、蒐集における前線基地というか、隠れ家の一つとして機能しているそこに、シャマルと闇の書の姿があった。


 「闇の書よ、守護者シャマルが命じます。眼下の敵を撃ち砕く力を、今、ここに!」

 ここは、シグナム、ザフィーラ、ヴィータが戦っている各世界とほとんど等距離にあり、同時に援軍を送るならば最も適した条件といえる。

 管理局とて無限の人員を誇るわけではなく、守護騎士が現れる可能性が高い魔法生物が生息する世界ならばともかく、地理的条件のみ整った無人世界まで全て網羅するのは不可能。

 そして、シャマルが取った行動は、破壊の雷による強装結界三箇所の同時破壊。


 「クラールヴィント、次元を繋いで」

 『Jawohl.』

 シャマルが実際にそれぞれの世界へ移動すれば、ページの消費はより少なく済み、先にヴィータかシグナムを包囲から逃せば、協力してあたることで40ページの消費で済むという計算もある。

 だがそれは、管理局に援軍や罠がなく、助けにきたシャマルを待ち受けていなかったという希望的観測に基づいてのもの。

 高みから全てを俯瞰し、世の中の出来事を全て知っている存在であれば、“無駄のない戦力配分”も可能であろうが、シャマルの手元にある情報は決して多くはない。

 また、誰か一人を先に助ければ、次に自分達が向かう場所など考えるまでもなくなり、敵に戦力を集中させてしまう恐れもある。

 三箇所のどこに救援が現れるか予想がつかないために、予め管理局が一箇所に戦力を集中することは不可能、そのアドバンテージを最大限に生かす方法こそ、三箇所同時攻撃。

 兵力の小出しは愚の骨頂。敵の網にかかり、包囲殲滅の憂き目にあるこの状況で、中途半端な対応をすることこそが最も危険であることを、風の参謀たるシャマルは理解していた。

 結果的に、ページの無駄になろうとも、ここは安全策をとるべき。

八神はやてが主である以上、万が一にも、守護騎士の一角、大切な家族が欠けることは許されないのだから。


 「撃って、破壊の雷!」
 『Geschrieben.』

 理由はもう一つある、強装結界の破壊を可能とする“破壊の雷”はほとんど指向性のない魔力爆撃であり、敵だけを選んで打ち倒すような真似は出来ない。

 つまり、強装結界を破った雷を回避し、その後の行動を選択するのはそれぞれの判断で行うしかなく、内部との連絡が取れない現状では、精密な連携は不可能。

 それならばいっそ、直接的戦闘力の低い自分は現場には降りず、強装結界のみ次元跳躍攻撃で破壊し、後は独自の判断で帰還してもらう方が良い。

 それぞれが的確な状況判断力を有し、全体を見渡せる位置にあれば誰もが司令塔として機能できることこそ、ヴォルケンリッター最大の強み。


 「後は任せたわよ、皆。クラールヴィント、大丈夫そうな人から通信を繋いで」
 『Ja.』

 ただ二つほど、彼女の計算外があるとしたら。

 ある場所では、破壊の雷より早く、強装結界が破られており。

 他の一つにおいては、強装結界内部が地獄絵図となっていたことであろうか。







同刻  第87観測指定世界


 「これは!」


 「来たか……」

 奇妙な冷戦状態。

 そう表現すべき戦いが続いていた戦場に、終焉をもたらす角笛が響き渡る。

 遙か上空より、強大な魔力を伴った黒い雷が落下。

 破壊対象は強装結界だけにとどまらず、周囲で結界を固めている武装局員すらも巻き込むことだろう。


 「こりゃ、まずい!」


 「仲間を守ってやれ、直撃を受けると危険だ」

 そう言い残し、ザフィーラはドーム型強装結界の天頂方向、つまりは、破壊の雷の着弾点へと飛翔する。


 「え、アンタ!」


 「アレの余波は私が防ぐ、お前は他を守れ」


 「………ん、分かったよ、機会があればまた会おうじゃないか」

 アルフにはこの場でザフィーラを捕える意思はなく、その提案は渡りに舟ともいえた。

 防御に秀でたアルフが守りにつけば武装局員の被害も出ないであろうし、雷本体はザフィーラが防ぐ。

 当然、強装結界は破壊される上、ザフィーラを取り逃がすことにはなるだろうが、そこは予定調和。闇の書を使わせた時点で、管理局側の戦略目標は達成されている。


 <無理して怪我を負うことはない、誰も傷つくことないんなら、それに越したことはないさ>

 それが、アルフの偽らざる想い。

 極論、フェイトが平穏な学校生活を楽しみたいと思っているならば、別に闇の書事件と大きく関わる必要もないというのがアルフの基本姿勢。


 <だけど、クロノやリンディが大変な時に、あたしらだけのんびりしてるわけにもいかないよ>

 つまるところ、守護騎士と実際に相対している者達の戦う理由は、個人的なものばかり。

 リンディやクロノには管理局員としての“義務”はあるが、仮にそれがなくとも二人には闇の書を追う理由がある。


 <だったら、手を取り合うことだって出来るよね。宗教戦争やってるわけでもない、闇の書さえなくなれば、あいつらだって戦う理由はなくなるってんだし>

 防御の術式を紡ぎながら、アルフは天頂近くで魔力爆撃を受けとめるザフィーラを見上げる。


 「凄いね、あいつは、盾の守護獣なんて名は、伊達じゃなさそうだ」

 多分、障壁の防御力ならば自分以上だろう。

 負けるつもりなど毛頭ないが、総合的なスペックでは向こうが有利なのは事実。


 「ほんと、あんまり戦いたくないね、模擬戦とかなら、望むところだけど」

 もし、フェイトと自分となのは、それにクロノやユーノ。

 この面子と、守護騎士達が皆で仲良く模擬戦でもやるとしたら―――


 「なんか、楽しくなりそうじゃんか」

 今はまだ敵対関係にあるけれど、いつかそんな日が来ればよい。

 破られた強装結界から飛び去る藍白色の流星を見上げながら、アルフは彼女が願う幸せな未来を想い描いていた。







同刻  第95観測指定世界



 「破壊の雷、シャマルか!」


 「か、雷、それも、もの凄い大きな!」

 星の光を手にした少女の問いかけに、最も若き騎士が答えを探していた時に、それはやってきた。

 紡がれる絆が疎ましいのか、妬ましいのか、それは分からないが、守護騎士の動揺に闇の書の闇もまた、思うところがあるのだろうか。


 「ヴィータちゃん、あれは!?」


 「強装結界を破るための、魔力爆撃だ、ここにいると危険だぞ、お前も早く―――」

 ヴィータとの戦いにおいて、勝つための戦術を無視し、話し合うために己の魔力を削ったなのはは既に満身創痍。

 通常の状態ならばともかく、今のなのはでは破壊の雷の余波だけでも撃墜しかねない、それほどに消耗している。

 だが、ヴィータがいい終わるより早く、彼女は行動に移っており、その魂である魔導師の杖もまたその意志に応えた。


 『Starlight Breaker!(スターライトブレイカー)』


 「風は空に―――」

 風と共に魔力が吹き荒れ。


 「星は天に―――」

 星となって収束する。


 「そして、不屈の心はこの胸に!」

 ヴィータとの戦いにおいて、なのはは幾度もカートリッジを使用した砲撃を放ち、既に魔力は尽きかけている。

 だが、それは全てこのための布石、強装結界内部には大量の魔力が散布されており、高町なのは最大最強の魔法を放つ下地は完璧に整った。


 「おい、そんなボロボロの身体で、何する気―――」


 「アレが落ちてきたら、武装局員の人達も、ヴィータちゃんも大変なことになる。だから、その前に」

 『We shoot it completely(私達が、撃ち抜きます)』

 収束砲、スターライトブレイカーで破壊の雷を撃ち抜くと。

 決意を秘めた目で、彼女はそう告げていた。


 「そいつを、あたしに撃てば、それで終わるだろ」

 ギガントシュラークであっても、スターライトブレイカーは相殺不可能。

 距離が開いている時点で、これが放たれていれば、自分は詰んでいた。

 にも、かかわらず。


 「それじゃあ駄目なの、ヴィータちゃんが気絶しても、アレは止まらないんでしょ」


 「だけど、周りの局員だってそのくらいの覚悟はあるだろ、殺傷設定の魔力爆撃つっても直撃でもしなきゃ、死にはしねえよ」


 「それでも駄目! 誰かが傷つくかもしれない、ひょっとしたら死んじゃうかもしれない、そんな未来は、私は嫌!」

 それは、平たく言えば子供の理想。

 現実は厳しく、誰もが幸せになれるものではない、そんなやるせない世界で、管理局員は働いている。

 だからこそ、未来を信じて真っ直ぐに進む彼女らが、時に眩しく、太陽のように映る。


 「この手の魔法は、撃ち抜く力――――涙も、痛みも、運命も、レイジングハートと一緒に、切り拓く!」

 星の光が、収束する。

 周囲に漂っていた魔力が、王の号令を受けた騎士達の如く、一糸乱れず集ってゆく。


 「結界は壊しちゃうけど、アレが落ちてきたら同じことだから、大丈夫!」

 『All right.』


 「いや、それはそうかもしれないけど……」

 破壊の雷が強装結界を破壊する前に、スターライトブレイカーによって強装結界ごと撃ち砕く。

 論理的には問題ないはずだが、何かが間違っている気がするのはなぜだろうか?


 「行くよ、レイジングハート! スターライト―――――」
 『Count zero.』

 一度決めたら、高町なのはは梃子でも動かない。

 その意志の強さ、どこまでも真っすぐな心を、ヴィータは思い知らされていた。


 「ブレイカーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!」

 桜色の極光が、全てを塗りつぶす。

 紡がれる絆を破壊しようと迫っていた闇の雷は、放たれた星の光によって、一瞬にして無に帰した。

 武装局員に唯一人の被害もなく、ヴィータも完全な無傷のまま、辺りには静寂が戻る。

 ただ、強装結界も跡形もなく消滅していたが、それはまあ、御愛嬌というものか。


 「はあっ、はあっ」

 それで彼女の魔力は完全に底をつき、最早空中で浮いているのが精一杯、バリアジャケットまで解除されていた。


 「ほんとに、全部ぶっとばしやがった」


 「え、えへへ………わたしの魔法は、ユーノ君やクロノ君みたいに結界をすり抜けるような器用なことは出来ないから、女の子は火力なの」

 器用さでは男に敵わないので、女は火力で勝負。

 大切な何かを根底から間違えているような気もするが、ヴィータも割と似たような価値観をもっているため、突っ込む者はいなかった。


 「お前………名前は?」

 強装結界がなくなった以上、ここに留まる理由はない。

 転送用の陣を形成しながら、ヴィータは全ての力を使い果たした少女に問いかける。


 「なのは、高町なのは………名前で呼んでくれると、嬉しいな」


 「お前にとって、大きな意味があるのか」


 「うん、名前で呼んでくれることはね、友達になる最初の一歩なんだよ」


 「そっか………じゃあ、なのは」


 「なあに」


 「今回のことは、貸し一つだ。お前があたし達の主の敵にならねーんなら、一回だけ、お前の頼みを聞いてやる」


 「頼み、かぁ」


 「せいぜいよく考えろよ、こんなことは、二度とねーからな」

 照れくささを隠すように、そっぽ向きながら、騎士の少女は転送魔法の光の中に消えていった。


 『Thanks for your effort,Master.(お疲れ様です、マスター)』


 「うん、結局、逃げられちゃったね」


 『Don't worry. (いいんじゃないでしょうか)』


 「かなあ?」


 『Yes.(ええ)』


 「………ありがとう、レイジングハート、わたしの我がままに付き合ってくれて」


 『No problem.』


 「それでも、ありがとう」

 その言葉を、魔導師の杖は何よりも嬉しく思う。

 主が自分を頼ってくれた、己の心を隠すことなく、騎士の少女と話すために力を貸してほしいと告げてくれた。

 そして、自分は主の力となり、その望みを叶えることが出来たのだ。


 『Thanks.』

 遙か遠く、時の庭園の中枢で、そのための布石を整えてくれた古い管制機に、彼女は礼を送る。

 管理局のために動くならば、ここで守護騎士を捕える方策もあったはず。

 しかし、彼が提案した策は、なのは、フェイト、アルフがそれぞれ他からの干渉を受けることなく守護騎士と対峙できるもの。

 古い管制機は、管理局のためではなく、フェイト・テスタロッサとその親友である高町なのは、その二人の願いを叶えるために、機能していた。












同刻  第84無人世界


 時が、止まっていた。

 フェイトも、シグナムも、奇襲を仕掛けたはずの仮面の男ですら、涅槃寂静たる完全停止の理に囚われ、身動きが取れない。

 しかしそれも無理ない話。

 それほどまでに不可思議、それほどまでにあり得ない光景が広がっていた。

 すなわち―――


 『#$&%?&?@*♪¥!!!』

 仮面の男とフェイトの間に立ちはだかり、というよりも地面から這い出してきた、なんかよく分からない名状しがたいもの。

 時の庭園が誇る第四の中隊長機、“スカラベ”が、そこに顕現していた。

 そして、仮面の男の腕は、よりにもよってその“変な何か”を貫いており―――


 ウゾウゾウゾウゾウゾウゾウゾウゾウゾウゾウゾウゾウゾウゾウゾウゾウゾウゾウゾ


 そんな効果音しか当てはまらなそうな光景と共に、名状しがたい“蟲”のような小さいものが、突き刺さった腕へと這い出して来ていた。


 「ぎゃああああああアアアアあああぁぁぁぁぁあァァああァァァァ!!! なんかいっぱい出たあああああぁぁアアアあアぁァァァああアアアァァ!!!」

 そう叫んでしまった彼、正確には彼女を誰も責められまい、使い魔だってピュアな心は持っている。

 だがしかし、ここは“管制機トール”が主戦場に設定した場所、当然、潜んでいる名状しがたい者共は“スカラベ”一体ではない。


 『#$&%?&?@*♪¥!!!』

 砂地のあちこちからは、ムカデ型サーチャー散布マシーン“ムッカーデ”が。


 『#$&%?&?@*♪¥!!!』

 『#$&%?&?@*♪¥!!!』

 『#$&%?&?@*♪¥!!!』

 オアシスの水の中からは、隠れ潜んでいた“ゴッキー”、“カメームシ”、“タガーメ”が。

 描写するのも憚られる光景を作り出しながら、“フェイトを守るために”突撃を開始した。

 トールとしても、クロノが前線に立てる状態であれば中隊長たちをフェイトの周囲に配置したりはしなかったが、場合が場合であり、リンカーコア障害と精神ダメージを天秤に載せた結果、彼の計算は精神ダメージという回答を出していた。出してしまっていた。


 「嫌ああああああああああああああああああああああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁァァァァァァァァァァァあァァアアァァァあアアアアァァあァぁぁ!!!!!」

 フェイトの絶叫が砂漠の世界へと木霊し、二秒後には気絶した。

 当然である。


 「て、テスタロッサ!」

 だがしかし、頭の中は混乱の極地にあったが、辛うじてシグナムは行動を起こす。

 彼女とて蟲が平気であるわけはなく、見るのも嫌であったが、遙か昔に“蟲毒の主”と戦った経験が、多少の耐性をもたらしている。

 その記憶は過去の彼方にあれど、完全に消え去るものでもない。


 「どけええぇぇぇぇぇぇ! テスタロッサには指一本触れさせんぞ!!」

 そして、シグナムの目からは、気持ち悪いことこの上ない巨大な蟲がフェイトを襲おうとしているようにしか見えず、咄嗟に彼女を抱き抱えて離脱を図る。

 正々堂々と渡り合った好敵手を、こんなおぞましい蟲どもに汚させるわけにはいかない。そうした意思を抱き突進して、”襲いかかる蟲”からフェイトを救った彼女はまさしく姫君を救う勇敢なる騎士そのもの。

 実際はその逆なのだが、あまり大差はない。

 ただ―――


 「今度はなんだ!」

 間の悪いことこの上ないタイミングで、破壊の雷が強装結界を直撃。

 砂漠の世界であるため、雷が周囲へ伝わることもあまりなく、結界維持にあたっていた武装局員も多少の余波は受けたものの、ほとんど無傷で済んだが―――


「ぎゃあああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

「なんだああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

「おわあああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

「ぶるぐわあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 破れた強装結界内部から、大量の虫型サーチャーが噴き出す。それはもうブワっ、と。

 時の庭園の機械類、特に中隊長機は、“フェイトに危害を加えるものを攻撃”するようにプログラムされている。

 そして、破壊の雷によって周囲の状況が正確に把握できないこの場合、やることはただ一つ。


 “フェイト以外全て敵とみなし、攻撃せよ”


 その結果、半年ほど前の演習の悪夢が再現されることとなった。

 どういう因果か、ちょうどアルクォール小隊は前回の演習に参加していたメンバーで構成されていたりする。真にご愁傷様としか言いようがない。

 シグナムとフェイトの激突の果てに、仮面の男がフェイトを狙ったと思いきや“スカラベ”を貫き、水中から現われた“ゴッキー”、“カメームシ”、“タガーメ”が仮面の男に襲いかかるが気絶したのはむしろフェイトで、シグナムがそれを庇うと破壊の雷が強装結界を破壊し、大量の虫型サーチャーが武装局員に襲いかかった。

 この状況を的確に表現するのは極めて困難であるが、あえて表すならば―――


 地 獄 絵 図


 ということになるだろうか。


 「離脱!」

 そして、烈火の将シグナムは逃げた、見事なまでに逃げた、全力全開の逃走だった。


 「うわああああああアアアアアアアアアァァァァァァぁぁぁぁぁぁぁぁぁ亜亜亜亜亜亜亜阿阿阿阿阿阿阿阿!!!」

 割って入ったはずの仮面の男は、大量のゴキブリとタガメとカメムシとスカラベの集中攻撃を受けてそれどころではなかったため、彼女を阻む者はいない。とりあえず哀れな仮面男には黙祷を捧げよう。

 そしてシグナムはもう何がどうなっているのか理解不能で、とにかくこの場を離れたい一心で転送魔法を用いて逃げたのだが、あることを失念していた。

 それはすなわち―――






新歴65年 12月11日 第97管理外世界 日本 海鳴市  AM10:36



 「………どうしよう」

 シグナムは、フェイトを抱えたままだった。

 無我夢中で転送魔法を使用したため、八神家から離れた公園辺りに跳んだようだが、気付けば腕の中にフェイトがいる。

 魔力をほとんど使いきっていたことや、意識がないこともあり、バリアジャケットが解除されているのは唯一の救いだが、何の解決にもなっていない。


 「放置する、わけにもいかん、だが、どこに届ければいい?」

 とりあえず自分も騎士甲冑を解除するが、どうすればよいのか皆目見当つかない、というか、未だに頭が混乱している。

 このままでは罪状に幼女誘拐が加わりかねず、かといって管理局に届けることも出来ない。


 「と、とりあえず、シャマルに連絡を―――」

 しかし、捨てる神あれば拾う神あり。

 シグナムの運も捨てたものではなく、縁というものは実に奇妙奇天烈。


 「あれ? シグナム、こんなところでどないしたん?」


 「あ、シグナムさん、こんにちは」


 「あ、主はやて!」

 そこに現われたのは、彼女の主と、その友人の月村すずか。


 「ん、その子は―――」


 「こ、これはですね」


 「ええ!? フェイトちゃん!?」

 シグナムが何か言うよりも早く、すずかが驚愕の声をあげる。


 「ど、ど、どうしたのフェイトちゃん!?」


 「い、いえ、私もよく分かっていないのですが、多分、眠っているだけかと」

 紛れもなく、シグナムの本心である。もう何がなにやら。


 「えっと、この子が、フェイトちゃん?」


 「うん、そうだよ、でも、眠ってるというよりは気絶してる、というか魘されてるような………」


 「だ、だめ……ゴキ、ゴキゴキ―――」

 フェイトから漏れるのは謎の単語。

 彼女のトラウマを知らぬ者には理解できぬこと、なのはであれば実によく分かるだろうが。


 「シグナムさん、フェイトちゃんはどこで眠ってたんですか?」


 「そ、そこのベンチで眠っていたかもしれないのですが、なぜか地面に倒れていて」

 あまり説明になっていないが、“自分もよく分からない”ということを伝えるという点では的確かもしれない。


 「何やあったんやろか、まさか誘拐なんてことはないと思うけど」


 「ど、どうなのでしょう?」

 外見というものは、非常に重要である。

 成人男性が眠った少女を抱えていれば、眠ってしまった娘か妹を抱きかかえているのか、いかがわしい目的かの二つの憶測が浮かび上がるが、女性であれば、大抵は前者に絞られる。

 少なくとも、シグナムがフェイトを抱えていて、彼女を誘拐犯と思う人間はごく稀であろう。


 「とにかく、フェイトちゃんの家まで運ばないと」


 「すずかちゃん、この子のお家の人の連絡先、分かる?」


 「ごめん、フェイトちゃんの携帯しか分からない、でも、お家は知ってるから」


 「そうですか、ならば、お願いできますか、主はやては、私が家までお送りしますので」


 「えっと、ああ、いいタイミング」

 ちょうどそこに、月村家の車が現れる。


 「お迎えきたみたいやね、すずかちゃん」


 「うん、フェイトちゃんは私の家の車で送るよ、よいしょっと」

 シグナムからフェイトを受け取り、抱えるすずか、9歳の女の子としては並はずれた膂力である。


 「えっと、はやてちゃんは?」


 「シグナムが送ってくれるから大丈夫や、すずかちゃんは、フェイトちゃんを送ったってや」


 「そう、それじゃあはやてちゃん、シグナムさん、さようなら」


 「さようなら~」


 「お気をつけて」

 すずかとフェイトを乗せた車が発進し、はやてとシグナムが残る。


 「ここは、図書館裏の公園だったのですか」


 「そやよ、シグナムも何度か来たことあるやろ」

 車椅子に乗ったはやてが自動車に乗り込むには時間がかかるので、他の人の迷惑にならぬよう、普段あまり車が停まらない裏の公園で待つ。

 なんとも、主とすずからしいとシグナムは思うが、同時に―――


 <ほぼ無意識の転送故に、主の下へ跳んでしまった。そういうことか>

 ヴォルケンリッターが無意識に思い浮かぶ“帰るべき場所”、それが、八神はやて。

 守護騎士と主の間に存在するリンク、それを辿るように、シグナムははやての近くへと転移した。

 主を危険に晒しかねないという点では注意せねばならないが、温かい想いにも満たされる。


 「えっと、シグナムは、迎えに来てくれたん?」


 「はい、その途中で彼女を見つけまして、まあ、些か混乱しておりました」


 「ふふ、シグナムでも慌てることはあるんやね」


 「申し訳ありません」


 「でも、嬉しいよ、迎えに来てくれて、おおきにな」

 真実は異なるが、その笑顔を否定したくはない。


 「いえ、当然のことです」

 色々なことがあったが、とりあえず、危機は去った。それだけでよしとしよう。


 【シグナム、そっちは無事?】


 【ああ、今は主はやてと共に家に向かっている】


 【あたしも無事、ちょい負けそうになったけど、まあ、いいこともあったし、悪くはなかったよ】


 【私も先程帰還した、蒐集を行えたわけではないが、それ以上に得るものがあった】


 【そうか………それは、何よりだ】

 結果だけ見れば、蒐集は行えず、60ページも一気に減っただけ。


 【しかし、主はやての友人である彼女と、テスタロッサが友達とは、なんとも奇妙な縁だ】


 【え、どういうこと?】


 【詳しくは帰ってから話そう、まともに考えれば吉報ではないのかもしれんが――】


 だがしかし、シグナムの心の中には、


 【不思議と、あまり嫌な予感はしないな、ひょっとすればこの縁が、私達の救いになるかもしれん】


 主より与えられた温かみに似た、何かが残されていた。



 そしてあの蟲の大群の光景は速やかに忘れようとしていた。





 あとがき

 なのはは彼女らしいまっすぐな心を、ザフィーラは彼らしい思慮深さを、それぞれ表そうとした決着です。
 え、あと一方面の決着? そんなものあったかな? ちなみに”スカラベ”という蟲が分からない方は、『ハムナプトラ』という映画を観ましょう。

 それはさておき、誠に申し訳ないことですが、いまより更新間隔が伸びそうです。6月になったら落ち着くと思うのですが、いまは割りとてんてこ舞い状態です。
 読んでくださっている方々には本当にすみません。



[26842] 第二十七話 老獪なる管制機
Name: イル=ド=ガリア◆9d8bc644 ID:97ddd526
Date: 2011/05/19 13:01

第二十七話   老獪なる管制機




新歴65年 12月11日 第97管理外世界付近  次元空間  時の庭園  メディカルルーム  AM11:05



 「なのは、前にも言ったと思うが、あまり無茶はしないでくれ、心臓に悪い」


 「ごめんね、クロノ君」


 『そのような晴々とした表情での謝罪ではあまり誠意というものは見受けられませんが、無茶しただけの成果はあった、ということですね』


 「はい、ちょっとですけどヴィータちゃんとお話出来ましたし、それに、名前で呼んでくれたんです」


 「だからといって、六連マガジン4つ、カートリッジ24発の使用、さらにそれらは悉く長距離砲撃の強化、加えて、スターライトブレイカーの発射、これがどれだけの無茶か分かってるのか」


 『無駄ですよ、クロノ・ハラオウン執務官。一度決断した高町なのはは梃子でも考えを変えませんし、レイジングハートも全面的に協力しておりました。その上、彼女への後押しを行ったのは私ときている』


 「やっぱり君か!」


 『子供がどんなに願おうとも、それが危険を伴うならば止めることが出来るのは親や兄の特権、これは貴方とリンディ・ハラオウン艦長が受け持っています、ならば、私の役目は子供の背中を押すこと、止める者と唆す者、両者のバランスをとりつつ、最終的な判断を子供に任せることこそ、成長が見込めるのではないでしょうか』


 「だ、だからといってだな」

 管制機トールは理屈の塊。

 人間にとっては屁理屈に感じる理論も多いが、“直感”や“感性”というものを持たないデバイスは、常に理屈でしか発言しない。

 それ故に、トールを説き伏せることほど困難極まることはないとクロノも分かっているだけに何も言えない。


 「ところで、フェイトちゃんは大丈夫ですか?」


 『こちらもカートリッジ18発を使用した挙句に、準備なしのフォトンランサー・ファランクスシフトを放ったようですが、肉体的には、問題ありません』


 「え、えっと、それってまさか………」

 この管制機から“肉体的には無事”と聞かされることほど不安になることはない。

 何しろそれは、“精神的には無事ではない”と言われているのと同義であり、なのはの脳裏に黒い恐怖や浴場の恐怖が蘇る。


 「………映像を見れば一目瞭然だが、見せると君まで寝込むだろうから口で伝えよう。フェイトの救援としてゴッキーとカメームシとタガーメと新型の“スカラベ”が出動した、後は察してくれ」


 「フェイトちゃん………なんて可哀そう」


 『まったく、悲しいことです』


 「「 お前が言うな 」」

 見事にハモった、なのはの言葉も容赦がなかった。


 『さて、高町なのは、本日の13:00よりこの時の庭園にて今回の包囲戦における評価、及び判明した事実と今後の検討などを行う予定ですが、貴女は出席できますか?』

 しかし、管制機はどこ吹く風、精神的ダメージと最も無縁な存在が彼である。


 「えっと、大丈夫だと思いますけど」


 『今回貴女は外傷らしい外傷はありませんから、問題となるのはカートリッジの過剰使用による過負荷です。“ミード”や“命の書”によってその辺りは軽減されていますが、結局は本人次第なのですよ』


 「えっと……」


 「つまり、通常の傷やダメージなら、筋肉が炎症反応を起こしたりなど、身体から相応の信号が出る。内臓は特にその辺りが分かりやすいんだが、リンカーコアという器官はその判断が最も難しいんだ」


 『魔法を用いない純粋な外科手術では干渉することすら出来ない半物質、それがリンカーコア。魔導力学的な計測手段に頼るしか判別する術がない故に、早い話、“触診”などが不可能なのですよ』


 「だから、患者さんの主観がとっても大事、ってことですか?」


 「そういうことだ、結局は本人にしか判断できないから、患者自身に“大丈夫”と言われると医者としても手が打ちにくい。黎明期の管理局に務めた高ランク魔導師の多くが過労で倒れた原因の一端はそこにある」


 『貴女のように、無理をしたがる人間にとっては、“医者を騙しやすい”障害なのですよ。なので、そうですね、ヴォルケンリッターの湖の騎士などが管理局の医務官になってくださればありがたい、彼女ならばリンカーコアの“触診”が可能でしょうから』


 「う、うえええ」

 リンカーコア摘出をくらった張本人だけに、それは流石に遠慮したいなのは。


 「なるほど、名案だ」


 『でしょう』


 「クロノ君! トールさん!」


 「今後、なのはやフェイトが無理するようなら、湖の騎士にリンカーコアを引き抜かせて確かめさせるとしよう」


 『虚言があれば、そのまま闇の書の糧にするということで』


 「もの凄い物騒な会話!」


 「ああもう、いっそヴォルケンリッターに管理局上層部の魔導師のリンカーコアを全て差し出して講和でも結ぼうか」


 『汚いですね、流石クロノ・ハラオウン執務官、汚い』


 「どうしよう、クロノ君が壊れちゃった……」


 「僕は壊れてなどいない、少々やるせないだけさ」


 『流石に、会議に邪魔されて現場に降りられなかったことは腹立たしいですか』


 「それは、まあね。市民の安全と財産を守るべき管理局員が、自分達の会議に縛られて現場に出られないなど、本末転倒でしかないだろう」


 『その辺りの調整も、時空管理局という組織が抱える問題点であり、今後の改善点でしょう。貴方が老提督と呼ばれる頃には直っているとよいですね』


 「他人事だな」


 『いいえ、助力は惜しみませんよ、貴方はフェイトの兄なので。無論、貴女もですよ、高町なのは、貴女はフェイトの一番の親友ですから』


 「え、い、いやぁ、あははは」

 とても嬉しそうななのは、フェイトの一番の親友と呼ばれて悪い気がするはずもない。


 『喫茶翠屋の売り上げに貢献するため、我が時の庭園の人形を客として送りこ―――』


 「それだけは止めてください!」


 『安心なさい、人形の体内にはゴキブリ型サーチャー発生装置はありますが、発動させたりはいたしません。誤動作がなければ』


 「最後にもの凄く不安になる言葉が!」


 「君は、なのはの家を潰す気か………」


 『そして高町なのははフェイトと同居することとなり、嬉し恥ずかし同棲生活の始まり、というのも案の1つとしてはありました。今はもうボツ案ですが』


 「よかった、本当に良かった」


 『代替案はありますが』


 「すぐに破棄してください!」


 『無理です、フェイトのお願いでなければ』


 「フェイトちゃん、お願い、すぐ目を覚まして、わたしにはフェイトちゃんが必要なの……」

 一生このデバイスに口では勝てないんじゃないかと思い始めたなのは、大体正しい。


 『クロノ・ハラオウン執務官、先程平気だと言った高町なのはの言葉に虚言はないようです、突発的な驚愕時におけるバイオリズム、及びリンカーコアから生成される魔力値の変化を見る限り、彼女の体調は正常値に近い。よって、彼女を会議に参加させることに問題はないという診察結果を報告いたします』


 「そうか、ありがとう」


 「へ?」

 今、何と申した?

 なのはの心境は、まさしくそういう感じ。


 「会議まで後2時間くらいはあるから、それまではゆっくり休んでいてくれ、なのは、僕は仕事があるから一旦失礼するよ」


 「え、え?」


 『よきお仕事を、クロノ・ハラオウン執務官』


 「あまり聞かない言葉だな、まあ、最善を尽くすさ」

 そして、メディカルルームを出ていくクロノ。


 「あの、わたしはからかわれたのでしょうか、それとも、診察されたのでしょうか?」


 『そういうこともあるでしょうが、そうでないこともあるでしょう』

 なのはの疑問に、答えが出ることはなかった。







新歴65年 12月11日 第97管理外世界付近  次元空間  時の庭園  資料室  PM0:33



 「ところでトール、月村すずかというフェイトを運んでくれた子と応対したのは君だったか」


 『ええ』


 「彼女は、どこでフェイトを見つけたんだ?」


 『風芽丘図書館の裏手の公園であったと伺っています。剣の騎士シグナムがフェイトを抱えたまま転送魔法を使用したところまでは追跡しておりましたが、その後までは分かりませんでしたから』


 「だが、君のことだ、海鳴市にもサーチャーを飛ばしていたんじゃないか」


 『その通りです。月村すずかがハラオウン家に到着する前に彼女を捕捉することには成功しています、ただ、ヴォルケンリッターはその時既に周辺に見当たりませんでした』


 「それもそうか、そもそも、闇の書の主が海鳴市にいるという保証もない。近辺にいることは間違いないと思うが」

 実際は、すずかとはやてがフェイトを抱えたシグナムと出会ったのは“お爺さん”と別れてすぐのこと。”お爺さん”は見つからない位置からその様子をしっかりと眺めていた。

 故に、トールはハラオウン家に先回りし、フェイトを受け取ることが出来た、その時の人形は“若い人”であったため、すずかがその正体に気付くことは不可能。


 『リンディ・ハラオウンと貴方が不在という条件を考慮すれば、上々の成果といえましょう。高町なのはも外傷はなく、フェイトも然り、アルフに至ってはほとんど無傷です』


 「外傷だけは、な、アルフはずっとフェイトに付き添っているわけだが」


 『彼女は使い魔ですから』


 「君のせいで、そうする羽目になっているという嫌味には聞こえないんだな」


 『はて、いったいなぜ私のせいなのでしょうか?』


 「いや、いい」

 クロノは、もう諦めた。

 これに対して苦言を呈するのは徒労でしかないことをいいかげん悟った模様。


 「もう一つ聞いておきたい、君は、闇の書事件について時の庭園が知りえている情報を、残らず管理局に渡しているのか?」


 『いいえ、意図的に伝えていない情報もございます』


 「聞くまでもない気がするが、その理由は?」


 『フェイトと、その親友である高町なのは、この両名が“守護騎士と分かり合いたい”と望まれました。しかし、それを叶えるには、守護騎士が管理局に捕縛されては困ります、重要参考人と面会できるのは執務官である貴方くらいであり、嘱託魔導師であるフェイトと民間協力者である高町なのはにはその権限がありません』


 「………その部分に関しては、確かに僕らも譲れないな」


 『公私混同をなさらないという点で、素晴らしいと存じます。しかし、貴方も御存じのように、時の庭園、いいえ、管制機トールにとっての優先順位は常にフェイトを基準としております』


 「つまり、フェイトは僕や母さん、エイミィを手伝いたいと思っている、だから、時の庭園は捜査に全面的に協力する。そして同時に、守護騎士達と一対一で戦い、もしくは話し合い、分かり合いたいと思っている、だから、守護騎士が“捕まってしまう”情報は意図的に隠している、ということか」


 『左様です。フェイトの望みが“守護騎士を捕まえること”にあるならば、全ての情報を公開していたでありましょう』


 「闇の書事件を追うこと、守護騎士と戦うこと、そして捕まえること、同じようで違うな」


 『ええ、とはいえ、現在はフェイトの兄である貴方、母であるリンディ・ハラオウン、その二名もまたフェイトにとって大切な人物ですから、貴方達の最終目標が“守護騎士を捕まえること”であったならば、やはり情報を全て公開しておりましたでしょうし、ミッションSWを実行に移していました』


 「確かに、時空管理局の艦長と執務官の目的は守護騎士とその主を逮捕し、ロストロギア闇の書を封印することだが、僕の母さんの望みは、そうじゃない、いや、それだけじゃない」

 昨日、クロノがフェイトに語った言葉がある。


 (僕らが扱う事件では、法を守って、人も守る。イコールに見えて、実際にはそうじゃないこの矛盾が、いつでも付きまとう。自分達が正義だなんて思うつもりもないけど、厳正過ぎる法の番犬になるつもりもない)


 『貴方達は、闇の書の主が被害者に近い存在であることを知っており、とりわけ、今回のケースはその要素が強いのではないかと推測なさっています』


 「ああ、その件については、過去の事例を掘り返しながら何度も君と話し合ったな」


 『そして、仰られた。闇の書の主の行動が緊急避難に近いものであるならば、出来るだけ罪人としては扱いたくないと、過去の主達の罪をその存在に被せ、断罪するような真似だけはしないと』


 「それをしたら、僕達が管理局員である意義は失われるだろう」


 『その姿勢、真に御立派であると称賛します。しかし、全ての管理局員、とりわけ、上層部にいる人間がそのような思考を持っているわけではありません。平穏無事に守護騎士を捕まえることが出来、主を抑えることに成功したとなれば、果たして、何が起こるか』


 「………“闇の書”とは本当に皮肉な名前だ。グレアム提督がその辺りは抑えてくださっているが」


 『時の庭園がアースラに供与した情報は、本局の高官まで定期的に報告せねばなりません。それが、義務というもの、しかし、時の庭園は現在“民間協力組織”であり、そちらから“供与せよ”との催促でもない限りは情報を流すかどうかはこちらの自由』


 「その通りだ、管理局員の身内であっても、民間人は民間人。その原則は守られればならない」


 『つまりは、そういうことです。フェイトと高町なのはの願いを叶えるための障害になりうる本局の高官には、黙っていてもらいたいのですよ、ただ、非常に優秀なアースラクルーが、意図的に提供されていない情報の内容を“予想して”行動することは可能であると考えます』


 「それはあくまで“予想”に過ぎず、証拠ではないため、本局に報告するには当たらない、ということか」


 『こちらとしては、情報を公開できないだけで、隠したいわけではありません。公文書というものはなかなかに厄介なものですから』

 そして、クロノは大凡の状況を理解した。

 月村すずかから聞いたかのかどうかまでは分からないが、おそらくトールは既に闇の書の主を把握している。

 そして同時に、現段階でその情報を“時空管理局”に公開したところで、フェイト、なのは、クロノ、リンディ、いずれの願いも叶わない、少なくとも有利には働かない、という演算結果が出たのだろう。

 闇の書の主の身柄を巡って、本局の上層部、果ては聖王教会などの権力闘争に発展するような、碌でもない結果も、可能性としては考えられる。


 「君は、ユーノが無限書庫で発掘している情報を待っているのか」


 『現段階では、闇の書そのものに関する情報が揃っておりません。あと僅かのピースが揃えば、大数式の解が導けるところまでは来ていると予想しますが、まだ、時期尚早』


 「なるほど、ならば僕達も待つとしようか、捜査は確実に進んでいるし、焦って逮捕に踏み切った結果、証拠不十分で裁判に負けるのは間抜けの極みだ」


 『ご理解、感謝致します』


 「それはいいとして、先程言っていた守護騎士を捕まえるための“ミッションSW”というのは一体何だ?」


 『“ストリーキング・ヴォルケンリッター”の頭文字を取りました。彼女ら4名と同じ外見を持つ魔法人形を製作し、海鳴市を全裸で疾走させるというもので、後は日本警察が彼女らの身柄を確保してくださることでしょう。副作用として、守護騎士とその主が社会的に死ぬことが挙げられます』


 「それは………確かに“捕まえる”ためには有効な手段かもしれないが………僕と母さんの目標からは、かけ離れているな」


 『左様です、闇の書の過去の罪どころか、無実の罪を着せる作戦ですから』

 本当に手段を選ばないならば、守護騎士を捕まえる方法はいくらでもある。

 ただ、代償として“人として大切な何か”を切り捨てる必要があったが。


 「その作戦は、聞かなかったことにしておく」


 『賢明な判断です。アースラからの提案として管理局の公式文書に残った日には、末代までの恥となるでしょう』

 真に、公式文書というものは恐ろしい。

 実に嫌な形でそれを実感したクロノだった。








新歴65年 12月11日 第97管理外世界付近  次元空間  時の庭園  作戦本部  PM 1:00



 午後1時、作戦本部において会議が始まり、まず最初に議長であるリンディが発言。


 「フェイトさんは、心に重い傷を負ってしまったかもしれませんが、命に別状はありません」


 『加害者には、然るべき報復を』


 「「「「「 アンタだ、アンタ 」」」」」

 高町なのは、クロノ・ハラオウン、エイミィ・リミエッタ、アルフ、リンディ・ハラオウン。

 性格も口調も異なるはずの五名の台詞は、見事に一致した。


 「ところで、リーゼさん達は?」


 「アリアがロッテを看病してる。どうやら、フェイトのところへ救援に向かってくれてたらしいんだが、アルクゥール小隊と同じ症状で寝込んでる」


 「あああ………また犠牲者が」


 「すまないことをした……」


 『覚悟もないまま戦場に臨むことがどのような結果を生むか、という教訓ですね』


 「いや、絶対違うからソレ」


 「ま、まあその議論は置いておくとして、トール、時の庭園のサーチャーが暴走したのは、例の雷の影響なのですか?」


 『おそらくそうでしょう。基本的に時の庭園の機械類はフェイトに害する者を攻撃するようプログラムされています。電流を伴った魔力爆撃が広域に渡って放たれた結果、周囲の存在全てを敵と認識した、というわけです』


 「機械の恐ろしいところだな、まあ、物理的被害はなかったが……」


 「代わりに、精神的被害がとんでもないことに………」

 頭を抱えるエイミィとクロノ。


 『済んだことは仕方がありません、前を向き、今後のことを考えましょう』


 「その通りなんだけどさ、アンタに言われるのだけは我慢ならないんだけど」


 『済んだことは仕方がありません、前を向き、今後のことを考えましょう(天井スピーカー)』


 「発声媒体を変えりゃいいってもんじゃないよ!」

 カタカタカタカタ

 その時、作戦本部の各テーブルに備えつけてあるプリンタが作動する。

 印刷された紙には―――


 “済んだことは仕方がありません、前を向き、今後のことを考えましょう”

 と書かれていた。


 「…………」

 さらに、空間にディスプレイが浮かび上がり、二次元、三次元のそれぞれで文章が作られる。

 内容は、語るまでもなく―――


 “済んだことは仕方がありません、前を向き、今後のことを考えましょう”

 であったそうな。


 「御免、あたしが悪かった、話を続けて」

 早くも精神を折られたアルフ、時の庭園内部で管制機に勝つのはかくも難しい。


 『さて、ここで忘れてはならないのは、闇の書のページを消費して放ったと考えられる魔力爆撃、その僅か前にエイミィ・リミエッタが指揮を行っていた駐屯所のコンピュータがクラッキングを受けたという点ですね』


 「うん、システムがほとんどダウンして、指揮系統が危うく寸断されるところだったけど」


 「時の庭園のシステムは、一切干渉を受けなかったと」


 『その通りです。多くの場所で共通のものが使われている管理局システムと異なり、時の庭園のシステムは完結型。高町なのはにも理解しやすく言うならば、インターネットとイントラネットの違いといったところでしょうか』


 「公共のシステムと、独立システムの違いだな」


 『はい、絶海の孤島に建設された要塞が堅固であることと理屈は同じです。外部との連絡が少なく、物流がないほどクラッキングは受けにくい、逆に、国防総省などを隔離するわけにはいきますまい』


 「だけど、駐屯所のシステムも結構新しいものだったから、クラッキングは容易じゃないし、それが可能なら時の庭園に干渉くらいは出来るんじゃ………」


 『私の予想は、管理局内部の人間、もしくは繋がりがある人物による犯行、といったところです。ハラオウンの失脚を願う者などはどこかにいるでしょうし、大人の社会には理由などどこにでも転がっております』


 「あまり考えたくはないけれど……」


 『人間が感情的に考えたくないことであるが故に、我々デバイスが考えることが最善。故に、提案いたします、この件で貴女達は考えないでいただきたい。その辺りは私が考えますので、後ろ暗く鬱になりそうな事柄は機械に任せ、人間である貴女達は、闇の書事件を追う方が良いという演算結果を提出します』

 とりわけ、機械らしい語尾で締めくくったのは、つまりそういうこと。


 『特に、高町なのは、アルフ、貴女達にこのような話は聞かせられません。それよりも、守護騎士達との邂逅や、彼女達の考え、人格について考察すべきだ』


 「うん、そうですよね」


 「確かに、んな後ろ暗いことは考えたくないし、アンタに任せるよ」


 『いかがでしょう、リンディ・ハラオウン艦長』


 「そうね………管理局内部に関わることである以上、無視することは出来ないけど、とりあえずここで議論すべきではなさそうだから、そこは後で個別に話しましょう」


 『了解しました、では皆さま、そのようにお願いいたします』


 「じゃあ、アルフ、まずは君が戦った盾の守護獣との会話を頼む」


 「あいさ、あたしの次はなのはだね」


 「はい」

 闇の書を追うならば、今は人間社会の闇は考えるなかれ。

 闇を追う者は闇に飲まれる、それこそ、闇の書を不滅の存在としてきた最大の理由。

 だからこそ、絆を信じて前を向こう。


 ≪過去を記録し、解析するのは機械でも出来る。しかし、未来を切り拓くのは人間のみ≫

 デバイスには、願いを叶えるロストロギア、ジュエルシードへ願いを託すことは出来なかった。

 “自分が望む未来”を思い描けるのは、人間の心があればこそ、電気信号で動く機械には決して不可能。

 だが、集いし全員が“皆が笑い合える未来”を望むならば。


 ≪我々デバイスは、その願いを叶えましょう。私とバルディッシュ、アスガルドはフェイトの願いを、レイジングハートは高町なのはの願いを、そして、彼らもまた≫

 絆は紡がれつつある。

 共に戦うにはまだ少しばかり足りないが―――


 ≪グラーフアイゼン、レヴァンティン、クラールヴィント、貴方達の主の願いが重なれば≫

 全ての力を、闇の書を止めるために使うことが可能となる。

 それこそが、“最も効率的な方法”であり、全員が意志を一つにし、力を合わせた時が、一番能率が上がる。

 実に単純であり、それ故に覆りようがない事実がそこにあった。









新歴65年 12月12日  第97管理外世界 日本 海鳴市 八神家 リビング AM5:30



 「えっと、じゃあ、その仮面の男は、一体何がしたかったのかしら?」


 「うむ、それが分からん」


 「昆虫採集、ってわけじゃねえよな、砂漠だし」


 「あんな気持ち悪い蟲を採集する奴の気がしれんし、考えたくもない」

 包囲戦より一夜が明けた八神家リビング。

 ヴォルケンリッター四人もまた、昨日の戦闘経過と今後の方針について語りあっていた。

 昨日ははやてがシグナムと共に帰ってきてからずっと一緒にいたことと、それぞれがかなり疲労していたこともあり、作戦会議は明朝早くということで決まっていた。


 「シグナムと、テスタロッサちゃんの間に割って入って、何かよく分からないおっきな蟲のようなものを攻撃して、悲鳴を上げる」


 「その上、小型の蟲に纏わりつかれ、管理局員と共に逃げ回る。何をしたいのか、さっぱり意味不明だ」

 レヴァンティンに記録されていた映像を、クラールヴィントが解析した結果がそれ、本気でわけが分からない。

 仮面の男が現われたのはこれで最初であり、特に守護騎士に力を貸したわけでもなく、そもそも何をしにきたか分からない以上、変人Xの扱いを受けるのも致しかたなかった。


 「まあ、どうでもいいんじゃね」


 「確かにそうだ、蟲が好きな変人一人程度、どうとでもなる。それよりも管理局の動向だな」

 そして、仮面の男には“蟲好きの変人”という評価が決定した。哀れ。


 「我々に対する包囲網は、確実に狭まってきている。中継点から等距離にある世界で蒐集を行うのは得策ではない」


 「うん、それはザフィーラの言うとおりだけど、それより遠い世界となると、日帰りは難しいわよ」


 「家を空けることとなれば、どうしても主はやてに知られてしまう」


 「………はやてに、話すわけにはいかねえもんな」

 話せば、絶対に彼女は蒐集を止めるように言う。

 ヴォルケンリッターにとって主は絶対、改めて命令されれば、主が死ぬ覚悟であろうとも、反対することは出来ない。


 「闇の書も、60ページくらい減っちゃったから、現在423ページ」


 「状況は、芳しいとは言えんな」


 「むう……」

 蒐集を続ける以外に道はないのだが、はやてに知られぬまま続けるということが徐々に困難になりつつある。

 アースラが張った包囲網と、闇の書のページを消費させるという戦略。

 徐々にではあるが、大局的には管理局の優位が築かれつつある。

 元々組織力では圧倒的な差がある以上、挽回は極めて難しい。

 だからであろうか。


 「あのさ、一ついい……?」

 ヴィータにしては珍しく、弱気な発言があった。


 「どうした?」


 「ねえ、闇の書を完成させて、はやてが真の主になれば、それではやては、助かるんだよね」


 「………現在の浸食は、真の覚醒を迎えていないことと、主はやて自身のリンカーコアが未発達であることが原因だ」


 「うん、はやてちゃんが闇の書の仮の主になったのは生まれた時から、だから、ずっと続いてる魔力の吸収が、リンカーコアを通して身体機能そのものに悪影響を与えている」


 「故に、真の覚醒さえ遂げれば、少なくとも浸食は止まるはずだ。………その後の管理局との関わりについては、何とも言えんが」


 「そう……なんだけど、あたしはなんか、凄く大事なことを忘れてる気がするんだ」

 脳裏に浮かぶのは、ある少女の言葉。


 (例え、闇の書が破壊を命じても、騎士の魂は主が望まない殺人はさせないって。どこまでも主の願いを叶えるために機能する、それがデバイスだって)

 鉄の伯爵、グラーフアイゼンは鉄鎚の騎士ヴィータのためにある。


 (今はまだ無理かもしれないけど、いつか教えて! 闇の書の蒐集を続ける理由を! そんなに必死になって、頑張り続けるそのわけを!)

 自分は、はやてのために戦ってる、はやてのために頑張ってる。

 だけど―――


 「なあ、前の主って、どんな人だったっけ」

 その時、自分の傍らにアイゼンはいただろうか?


 「前の―――」


 「主だと?」

 ヴィータに問われ、シャマルとシグナムも熟考する。


 「あたしは、鉄の伯爵グラーフアイゼンを、前の主のために振るった覚えがないんだ」

 蒐集を行った以上、戦うことはあったはず。

 だが、何かが足りていない、いやそもそも、仲間とすらまともに会話していたかどうか。


 「シグナムは、レヴァンティンを振るった覚えは、ある?」


 「………いや、ないな」

 それが、シグナムの答え。


 「………テスタロッサと戦っている時、私は、懐かしいと感じていたかもしれん」

 炎の魔剣、レヴァンティンを手にとって、主のために戦う自分が。

 烈火の将シグナムとして、真正面から敵を迎え撃つことが。

 例えようもない、懐古の念を呼び覚ましはしなかったか。


(最後は一発、全力で行こうかい!)

(ええ、これはあくまで試合。ならばこそ、小細工なしの全力にて!)


 遙かな昔、古の時代の記憶を。


 「はやてに会えたのはすげー嬉しいけど、なんであたしらははやてに会えたんだろ、闇の書の主は、絶対的な力を得るはずなのに」


 「それは………前の主が、完成する前に亡くなったから」


 「しかし、全ての主が完成前に死んだとも考えにくいな」


 「寿命という、純粋な問題もあるが―――」

 果たして、自分達は主を最期まで見届けたのか。

 最期まで主に仕えていたならば、なぜ、騎士の魂を主のために振るった記憶がない。


 「闇の書の完成で、はやてが助かるんなら、なんだってやる。けど、もし違ったら―――」


 「………このまま蒐集を続けるか、管理局と交渉の場を持つか、考えるべきかもしれんな」

 だがしかし、闇の書の闇はそれを許さない。

 ザフィーラがそう告げた瞬間―――


 はやての部屋から、車椅子が倒れる音が聞こえた。









新歴65年 12月12日  第97管理外世界  海鳴市  海鳴大学病院  AM11:04



 「大丈夫みたいね、安心したわ」


 「ありがとうございます、石田先生」


 「はあ、ほっとしました」


 「せやから、ちょい眩暈がして、手と胸がつっただけやってゆうたやん、もう、皆して大事にするんやから」


 「はやて、良かった……」

 病室故に、ザフィーラはいない。

 彼は屋上で、周囲の警戒にあたっている。


 「まあ、来てもらったついでに、検査とかしたいから、もう少しゆっくりしてってね」


 「はあい」


 「それと……シグナムさん、シャマルさん、ちょっと」





■■■




 「今回の検査では、何の反応も出てないですが、つっただけ、ということは考えられません」


 「はい、かなり痛がってましたから」

 リンカーコアは半物質故に、魔導力学によらない技術では干渉することすら出来ない。

 管理外世界の医療技術では、いくら検査しても“原因不明”以外になりえないのだ。


 「麻痺が、進行しているのかもしれません。これまでは、このような兆候はなかったのですよね」


 「と、思うんですが、はやてちゃん、痛いのとか、辛いのとか、隠しちゃいますから」


 「発作がまた起きないとも限りません、用心のため、少し入院した方がよいのですが、大丈夫でしょうか?」


 「…………はい」




■■■



 夕刻、はやての着替えや本などを取りに、彼女らは一度病院を離れた。


 「時間がない、蒐集を早めるぞ」


 「………ああ」

 管理局と交渉を持ち、他の手段を探る。

 最早、そのような悠長な手段をとれる状況ではなくなった。


 【ザフィーラ、主はやては?】


 【胸を抑えて、苦しんでおられる。お前達がいる前では平気そうにしていたが、やはり、リンカーコアが蝕まれているのだ】

 獣形態のザフィーラの視力は高い。

 周囲のビルの屋上から、魔法を用いぬ純粋な視力によって、彼ははやての容体を確認していた。


 【やっぱりか………ちっくしょ! 何でだよ! 何で、はやてばっかり苦しまなきゃなんねんだよ!!】


 【………】


 【………】

 想いは同じ、なぜ、あの心優しき主が苦しまねばならない。

 蒐集を行っているのは我ら守護騎士、民間人の少女を襲ったのも我ら、主には何の咎もないというのに。


 「闇の書……どうしてここに」

 心を痛める彼女らを気遣うように、一冊の魔導書が周囲に浮いていた。

 主を救いたいと訴えたいのか、ページをはためかせながら、守護騎士の周囲を飛び回る。


 「こら、外なんだから、飛び回んじゃねえよ」


 「………でも、私達には、それしかないのね」

 主が、苦しんでいる。

 闇の書を完成させない限り、その苦しみは強まる一方。

 いや、蒐集が進めば進む程、その苦痛も比例して大きくなるのだ。


 「この状態が長く続けば、命すらも危うい。500ページを超えた後は、速やかに666ページまで突き進まねばならん」


 「………こうなったら、入院はかえって好都合だ、夜もずっと、蒐集に行ける」


 「ほとんど休みなしで蒐集を続けることとなるが、覚悟を決めろ、ヴィータ」


 「当然だ! あたしの命は、はやてのためにある!」


 【シャマル、ある意味でお前の負担は一番大きくなる。主はやての入院生活の手助けと、管理局の動向の調査、そして、我々の後方支援を兼ねることになるぞ】


 【任せて、湖の騎士は癒しと補助が本領、風の参謀として、成し遂げてみせるわ】


 【ならば、急ぐとしよう、私はすぐに飛ぶ】

 場所が病院だけに、ザフィーラだけははやての病室には入れない。

 それ故、彼は一度も海鳴市に戻ることなく活動することが可能となる。


 【大丈夫か、ザフィーラ】


 【問題ない、お前達と異なり、私は野生の獣を糧に活動できる】

 だからこそ、ザフィーラは既に決めていた。

 これより先は、常に遠い世界で蒐集を続けることを。

 獣形態であれば、屋根がなくとも、寝床がなくとも身体を休めることは出来る。生の肉を喰らえば、糧とすることが出来る。


 【………私達も、そう在れればよいのだが】


 【それぞれに応じた役割がある。お前達は、主はやてを支えてくれ、ただ一人で終わりない苦痛と向き合うことは想像を絶する苦しみだろう】


 【ああ、絶対、はやてを一人になんかしねえ、ザフィーラも、間違ってもくたばんなよ】


 【心得ている】


 新たな誓いを胸に、守護騎士達は蒐集の旅へと出陣する。


 これまでよりもなおも厳しく、押し迫るタイムリミットと戦いながらの長く苦しい旅へと。



 【【【【  何あっても、主だけは救うぞ  】】】】


 不退転の覚悟を決めた騎士達は、遠い世界へと旅立ち――――



 「く、う、ううう……」

 彼女らが慕う主は、ただ一人で苦しみの中にあった。





あとがき
 そろそろ、原作との乖離が始まります。そのための要素はあちこちにありますが、ヴォルケンリッターがはやての友達のすずかの友達がフェイトやなのはであることを知ったということが大きく、すずかは結構なキーポイントです。
 過去からの絆と、現代の絆、それらが交わる時まであと僅か、気合を入れていきたいと思います。それではまた。
 



[26842] 第二十八話 夜天の歴史、欲望の影
Name: イル=ド=ガリア◆9d8bc644 ID:97ddd526
Date: 2011/05/22 20:41
第二十八話   夜天の歴史、欲望の影




新歴65年 12月12日  時空管理局本局  無限書庫 PM8:30



 【どうだユーノ、そっちは?】


 「順調ではあると思う、正直、予想よりずっと資料が多い」


 【それは、期待出来るな】


 「とりあえず、これまで分かったことを、報告するよ」


 【ああ、頼む】

 無限書庫にいるのはユーノとアリアの二人、通信先は時の庭園のクロノとエイミィ、そして、姿こそ見えないが中央制御室に座して全ての情報を処理しているであろう管制機トール。


 「って、あれ、ロッテさんは?」


 【………まだ体調が優れなくて寝込んでる、フェイトも今日は学校を休んだ】


 『ご心配なく、学校にはしっかりと連絡しておきました。高町なのはと愛の逃避行に出るための準備で休むと』


 「えええ!?」


 【真に受けるなユーノ、身が持たないぞ】


 「………随分慣れてるね、クロノ」


 「ほんと、いつの間にか図太くなっちゃって」


 【君達に散々からかわれたのも理由の一つだよ、アリア】


 『まあ、私に比べれば貴女達はかなりましな部類でありましょう、ロッテリア』


 「その略しかたは色々問題あるような……」


 「そう? たまにそうやって呼ぶのもいるよ?」

 当然のことながら、ミッドチルダにその名を冠したチェーン店はない。


 【話がそれ過ぎている、ユーノ、本題に戻ってくれ】


 「うん、そうだね、まず、“闇の書”っていうのは本来の名前じゃない。古い資料によると、正式な名前は“夜天の魔導書”。本来の目的は、各地の偉大な魔導師の技術を蒐集して、研究するために作られた、主と共に旅する魔導書」


 【“夜天の魔導書”、それが闇の書の起源か】


 「それで、いつしか闇の書と呼ばれることになるんだけど、夜天の魔導書の起源に関する書物は数少ない、というか、一冊しかなかったよ」


 【一冊だけだと?】


 「かつて夜天の魔導書と呼ばれていたことや、どういうものであったか、という記述は他にもある。でも、どれも夜天の魔導書が作られてから少なくとも100年以上後に書かれたものばかりで、製作者が生きていた当時の資料と呼べるのは一冊だけ、だから、そっちの信頼性は低い、学会とかで発表できるレベルじゃないと思う」


 『そちらはとりあえず後回しに致しましょう。現在求められているのは“夜天の魔導書”ではなく、“闇の書”の性質の把握とその対策、つまり、夜天の魔導書がどうだったかではなく、どのように闇の書へと変遷したかがポイントかと』


 「分かりました。夜天の魔導書が破壊の力を無差別に振るうようになったのは、歴代の主の誰かがプログラムを改変したからだと思います。その改変のせいで、旅する機能と破損したデータを自動修復する機能が、暴走している」


 【転生と、無限再生は、それが原因か】


 『元来搭載されていた機能に、際限がなくなった、ということですね。ゴッキー、カメームシ、タガーメとて、暴走すれば無限にサーチャーをばら撒き続けます』


 【その例えだけは勘弁してよ……】

 嫌な想像をしてしまい、若干気分が悪くなるエイミィ。


 「一番ひどいのは、持ち主に対する性質の変化、一定期間蒐集がないと、持ち主の資質やリンカーコアを侵食し始めるし、完成したら、主の魔力を際限なく使わせる。闇の書の管制人格は、ユニゾンデバイスとしての特性も持っているから逃れることは出来ない、だから、これまでの主は皆、完成してすぐに」


 【ああ、停止や、封印方法についての資料は?】


 「それは今調べてるけど、完成前の停止は、多分難しい」


 【なぜ?】


 「闇の書が真の主と認めた人間でないと、システムへの管理者権限が使用できない。つまり、プログラムの停止や改変が出来ないんだ。無理に外部から干渉すれば、主を吸収して転生しちゃうプログラムも入っている」


 「そうなんだよね、だから、闇の書の永久封印は、不可能だって言われてる」

 だが、しかし。


 『そうとも限りますまい、少なくとも、光明は見えました』

 時の庭園の管制機は、その情報をこそ待ち望んでいたと言わんばかりに呟いた。


 【今の話で、光明が見えたのか】


 【どうしようもない、って感じの内容だったけど】


 『いいえ、闇の書の暴走プログラムは永久不変のものではなく、度重なる改変によるもの、それが分かっただけで十分過ぎるほどです。これならば、永久封印の可能性はあります』

 人間ならばいざ知らず、彼にはそれが分かる。

 なぜなら彼は、“時の庭園”という巨大システムを管理する、管制機なのだから。


 『ですが、確認しておきたいことがあります、ユーノ・スクライア、幾つか質問をよろしいでしょうか?』


 「え、ええ、現状で分かることなら」


 『感謝します。それではまず、夜天の魔導書が改変を受け、闇の書となった、その最初の改変はどのようなものであったか分かりますか? 私の予測では、夜天の魔導書の時点では“真の主以外には改変は不可能”という設定そのものが存在しなかったかと』


 「最初の段階では………それらしい記述は見られませんね、その特性が現れるのは少なくとも数百年はたってからのことです」


 『やはりそうですか』


 【なぜ分かったんだ、トール】


 『以前より気になっていたのですよ、闇の書が持ち主を“真の主”と認める条件が666ページの蒐集、これはおかしいと。なぜならそれでは、管制人格がユニゾンデバイスである理由がなくなります』


 「ええっと」


 『分かりやすく述べるならば、私です。夜天の魔導書という超巨大ストレージは、おおよそ時の庭園というシステムそのものに相当しましょう。ならば、管制人格とはすなわち、スーパーコンピューター“アスガルド”を制御し、全てのプログラムを指揮下に置く意思持つデバイス、管制機トールに他なりません』


 「なるほど」


 『であるならば、“真の主”に相応しいかどうかは私が判断すれば済む話。せっかくユニゾン機能があるのですから、主と一つとなり、我が主に相応しいか否かを問えばよろしい、そうして、真の主になった時にその存在は全てのプログラムを支配下に置く。ですが、これはいったい?』


 【なるほど、確かにおかしいな、持ち主が666ページの蒐集を終えれば、管制機である君の意志に関わらず、システムを掌握できるようになっている。これでは、順位があべこべだ】


 「つまり、改変されたんですね、“蒐集を終えた者が真の主であり、真の主以外は改変は出来ない”ように」


 『それが最初の改変とは言い切れませんが、そのような改変を受けたのは間違いないでしょう、ではここで一つ、シミュレーションを行ってみましょう』


 【シミュレーション?】


 『時の庭園を夜天の魔導書に見たて、その歴史を辿る旅に出てみようではありませんか、順序よく辿っていけば、これまで見えてこなかった事実が分かるやもしれません、ハッカー役は、エイミィ・リミエッタにお願いします』


 【え、私?】


 『私は管制機の役を、リーゼアリアは観客役を、ユーノ・スクライアは歴史的な捕捉役を、クロノ・ハラオウン執務官はツッコミ役をお願いします』


 「分かりました」


 【ちょっと待て、僕がツッコミ役というのは何だ】


 『ただの散文的な説明では退屈でしょうし、私の持つ小説や映画などのデータを基に、物語形式で進めてみようと思います。ツッコミ役という名称が御気に触ったのなら、相槌役ということで』


 【呼び方の問題ではなくてだな】

 クロノの言葉は当然の如くスルー。


 『それでは、簡易的ながら、夜天の歴史を辿る旅を始めましょう』





■■■




 『遙かな昔、偉大なる大魔導師シルビア・テスタロッサは各地の魔導技術を蒐集し、研究するために巨大なる移動庭園、時の庭園を作り上げました』


 「大体合ってます、夜天の魔導書に蓄積された情報は、ある国に渡されて、ベルカの地全体の技術となっていったそうですから」


 『そして、彼女の後を受け継いだ、この世で最も完璧なる才色兼備の乙女、プレシア・テスタロッサは、時の庭園の主となり、長い蒐集と研究の旅に出かけました』


 【完全に君の欲目が入っている気がするが】


 【流石クロノ君、ツッコミ役、はまってる】


 「いい感じだよ、クロノ」


 『旅は続き、時の庭園はやがてその娘、フェイト・テスタロッサへと受け継がれます。その頃には、高度なデバイス技術や、魔力炉心を建造する技術、さらには生命工学に関する技術まで、実に様々な技術が時の庭園に蓄積され、ベルカの地に生きる人々のために使用されました』


 【ほとんど、時の庭園そのまんまだ】

 もう吹っ切れて、ツッコミ役に徹するクロノ。


 『しかしここで、その技術を狙って悪の大魔導師ナノハ・タカマチが現れます。世界の破壊を目論むナノハ・タカマチは、時の庭園に保管されていた次元断層すら引き起こすロストロギア、ジュエルシードを狙い、魔法少女フェイト・テスタロッサに悪逆なる攻撃を加えます』


 【なのはちゃんが聞いたら、ぶっ飛ばされるよ】


 【無理だな、トールの周囲には常に凶悪な中隊長機が侍っている】


 「ただまあ、歴史的にはそう間違ってもいないんですよね。“闇の書”は黒き魔術の王サルバーンによって作られたという伝承がありますけど、夜天の魔導書の起源を考えれば、多分逆の関係だったんでしょう」


 『激しさを増す両者の激闘、大魔導師、いいえ、魔王ナノハにジュエルシードを渡すまいと、正義の少女フェイトは母から受け継いだ時の庭園の権能を全て用い、ついに、魔王ナノハを打ち倒すことに成功します………自らの命と、引き換えに』


 「なんでそんなノリノリなのさ」


 【駄目ですよアリアさん、ツッコミ役はクロノ君】


 『残されたのは、時の庭園という巨大システムと、中枢コンピュータのアスガルド、魔法少女フェイトと共に戦いし中隊長機、そして、管制機トールと、奥深くに封印されたジュエルシード』


 【それでは戦う前にフェイトが気絶している】


 【だよねぇ】


 「でも、夜天の魔導書の起源はそういう感じだと思います。最初の主はいなくなって、管制人格と、守護騎士プログラムだけが残された」


 「あいつらが、守護騎士役なの………」

 フェイトとロッテを意識不明の重体に追い込んだゴッキー、カメームシ、タガーメ、新型のスカラベ。

 数もちょうど4つだが、守護騎士に例えるのはあまりにも彼女らが哀れであった。


 『そして、管制機トールは残された命題に従い、中隊長機を供に旅を続けます。各地の技術を集めることはこれまで通りですが、機械である以上、研究することは難しい、よって、封印されたジュエルシードを使おうなどと考えず、純粋に技術を高めるためにのみ時の庭園を使ってくださる方を選び、主としながら旅を続けました』


 【きっと、最初はそうだったんだろう】


 【主を失っても、役割を続ける管制人格、まさに、トールそのままだね】


 『しかし、ここにまた闇が忍び寄ります、魔王ナノハの意志を継いだ、怪盗エイミィ・リミエッタが現れ、時の庭園に侵入したのです』


 【あ~、ハッカー役って、そういうことなんだ、ってか、怪盗エイミィって妙に語呂がいいね】


 【能力的には、適任だな】


 「この時点では、時の庭園の歴代の主は割と自由にプログラムを改変できるけど、常に管制機がそれをチェックしてるし、何よりそんなことをしないような主が選ばれていますね」


 「だけど、そこに魔の手が忍び寄る、怪盗エイミィが」

 案外ノリがいいアリア。


 『怪盗エイミィはジュエルシード奪取を目指して進みますが、防衛プログラム“バルディッシュ”と、中隊長機に阻まれてそれは叶いません、アルカンシェルを用いて丸ごと吹っ飛ばすという手段もありましたが、ジュエルシードまで吹き飛んでしまうので本末転倒です』


 【アルカンシェルまで保有しているとは、何者なんだ、怪盗エイミィ】


 【てゆーか、どれだけ悪逆無道なの、私】


 『そこで、怪盗エイミィは魔王ナノハの遺産、攻勢ウィルス“レイジングハート”を使用します。ウィルスによって防衛プログラム“バルディッシュ”を突破し、中隊長機を沈黙させ、管制機を出し抜こうとする構えです』


 「それが、闇の始まり」


 「闇の書の闇、っていうわけね」


 『攻勢ウィルス“レイジングハート”と防衛プログラム“バルディッシュ”の戦いは長引き、その間に怪盗エイミィは悶死しました。ですが、その中にあっても、管制機トールの旅は終わりません。ウィルスを駆逐するまでは新たな主を迎えるべきではない、という臨機応変の判断が出来ないことが、命題に縛られたデバイスの最大の欠点です』


 【なるほど、君が言うと実に説得力があるな】


 【悶死しちゃったんだ、私……】

 エイミィの嘆きはスルー。


 「最初の主、プレシア・テスタロッサに入力された命題を忠実に実行し続ける管制機、だから、ウィルスと防衛プログラムが戦っている間も、新たな主を探して旅を続けた」

 身近にそのような例がいるだけに、イメージがしやすい。

 トールが闇の書の管制人格であれば、そのようにしか動かないだろうと、クロノもユーノもエイミィも実感していた。


 『おそらくこの段階で中隊長、つまり守護騎士たちをウイルスから隔離するため中枢から切り離しておき、待機状態にさせていたことでしょう。しかし、そのような状況では流石に管制機の演算性能も落ちます。よって、あまり主には相応しくない人物が選らばれるようにもなり、管制機のリソースがウィルスの対処に向いている間に、管制機のチェックがされないままプログラムの改変も可能となりました。相応しくない主にとっては、漁夫の利というものですか』


 【そして、夜天の魔導書は、徐々に闇の書へと変わっていった】


 【ウィルスはあくまできっかけで、本当の闇は、やっぱり人間の悪意ってことか】


 「だから、歴史を下るに従って、闇の書の性質はどんどん悪いものへと変わっていくんですね」

 
 『そうした悪意ある主が最初に行う改変とは、すなわち目の上のこぶである、邪魔な管制機を黙らせることに他なりません。もちろん私はそうはさせじと抵抗しますが、改変の抵抗にリソースを割けば、その分ウイルスの侵攻は強まります。そうした内憂外患の果てに、ついに管制機は沈黙せざるを得ず、権限が剥奪されていきます』


 【その時点で、管制機はただ防衛プログラムを動かすだけの存在に落とされてしまっているな】


 【管制機の干渉がなくなれば、あとは好き放題ってわけだね】


 『中には、その現状を憂いた主もいました。そこで、根気良く技術の蒐集を続け、時の庭園の書庫を満たしたものだけが主と認められ、管理者権限を使用できるようになるという制約を設けた、一生を蒐集の旅に費やす覚悟を持てるような者だけが主になれるようにと』


 「それが666ページも蒐集。なるほど、そういう考えもあるわ。」

 
 「そうなると、400ページをこえると、管制人格が起動する、というのはいったい?」


 「これも、善意の主の改変、というか試行の結果だと推察されます。きっと蒐集した分のページを用いて、ウイルスの侵攻を抑え、その間に管制機の権限を取り戻させようとした名残ではないかと。しかし、結果として、すでに管制機はそういった行動を起こすリソースがなく、機能を戻すことは叶わなかった。もっとも、このあたりは推測の要素が強く、情報不足ではありますが』


 【そう離れてもいないと思うよ、ウイルスって一度蔓延すると取り返しがつかないからね】


 【中には、一度侵入した後で、性質を次々と変えるものも多い。そうしたものに対処するために、膨大な労力、つまりリソースが必要となるだろう、違うか?】


 『ええ、仰るとおりです、そしてウィルスと防衛プログラムの戦いが続くにつれて、そうした改良も無意味のものとなります。先に述べたように、中隊長機はウィルスの影響を受けさせないよう中枢から切り離され、待機状態になっていました。それは管制機の指示がなくとも動くことが可能となる、ということにもなるのです。つまり、仮の主は中隊長機に命じるだけで蒐集を行えるようになった』


 【本来そうした行為を抑えるための管制機には、もはやそれだけの力がない。緊急事態になればなるほど、ウイルスが暴れれば暴れるほど、防衛プログラム”バルディッシュ”が優先され、彼の使えるリソースが無くなって行く】


 【権限があっても、リソースがないんじゃどうしようもないもんね、司令官の権限があっても、動かせる兵隊がいないように】


 「逆に、管制機の手から離れた中隊長機、つまりヴォルケンリッターを仮の主が使って蒐集を行い、真の主になってしまう。そうなれば後は」


 『危険が迫れば、全てのデータを破棄する自爆回路の搭載、後は、人間の心の闇を映すままに』


 【そこまで来たら、後の流れは考えるまでもないな】


 【長い戦いの果てに、ウィルスはきっと、自分を防衛プログラムと一体化させちゃったんだね。だから、ずっと滅ぼせなくて、プログラムが完全に壊れることもなくて、中隊長機も徐々に狂っていく】


 「そうなれば、いつまでも内部でエマージェンシーが働き、完成後の最上位が常に主でも管制機でもなく、ウイルスと同化した防衛プログラムになってしまいますね。それでは真の主になっても意味がなくなる」


 「管制機は蒐集を終えた主と強制ユニゾンして、破壊の力を振るわされる。もう魔王ナノハも、怪盗エイミィもいないのに、ただ破壊だけを続ける、自分の中にいるウィルスを破壊するために」


 『現在の闇の書が災厄たる原因はそのウイルスと防衛プログラムの同化でしょう。故に、闇の書の暴走は止まらない、防衛プログラムは完全に暴走し、決して解消されないパラドックスに陥っているのです』


 【当然だな、破壊すべき対象が自分の中にある。けど、再生プログラムがある以上、何度破壊しても“ウィルス”は再生してしまう】


 【破壊対象であるウィルスも、破壊を行う防衛プログラムも、一緒に再生するんじゃ、いつまでたっても終わらないよ】


 「アルカンシェルなどの大出力で再生プログラムごと破壊しようにも、転生プログラムで逃げられる」


 『それが、現状の闇の書システムということですね。これはあくまでシミュレーションであり、推測の要素が強く実際の過程は異なるでしょうが、現段階ではパラドックスに陥っているということは間違いありません。無差別に破壊を振りまいているのではなく、法則に従った破壊であるために、決して脱出できない無限ループに陥っている』


 【もたらされる周囲への破壊という結果は同じだが、原因が異なるならば、永久封印のための方法も変わってくるな】


 『これまで管理局が観測してきたヴォルケンリッターに明確な意思がなかったのも、既に、鋳型から作り上げる工程がウィルスに侵食されているからかもしれません』


 【今回は、たまたま上手く顕現出来た、ということか】


 【だとしたら、8回に1回くらいの成功率だよ、本当にもう、闇の書のシステムは壊れてるんだ】


 「それでも、ウィルスも防衛プログラムも消えなくて、無限の再生と破壊だけを繰り返す。もう主は、破壊のエネルギー源であるリンカーコアを提供するための生贄のようなものですね」


 【それに、守護騎士もな】


 【でも、これのどこに光明があるの?】

 怪盗エイミィ、いや、エイミィ・リミエッタが当初の疑問に戻る。


 『簡単なことです。管制機たる私は既にほとんど役立たずと化していますが、真の主はプログラムの改変が可能である、という”法則”はまだ失われておりません。つまり、闇の書を完成させれば、主の手で防衛プログラムと融合したウィルスをまとめて闇の書本体から除去できる可能性があります』


 「えっ、でも防衛プログラムが働いてるから、完成と同時に管制人格が強制ユニゾンして、主の意識はなくなって無差別破壊に移行してしまうんじゃ」


 「しかも、完成前に外部から干渉したら、主を吸収して転生するんだよ」


 『その通りです。ですが、それらが同時であった場合は?』


 「え?」


 「同時……」


 『闇の書が完成した瞬間に、外部からシステムへの干渉があった場合、果たして、どちらが優先されるのか。主を吸収して転生するのか? しかし、闇の書は既に完成し、主は管理者権限を有している。ならば、主にユニゾンし暴走させるのか? しかしそれでは、外部からの侵入者(ハッカー)を野放しにしてしまう、であるならば、なんとする』


 【………まずは外部からの侵入者を防衛プログラムが撃退して、それから、主を暴走させる?】


 【その間、主はフリーになる。つまり、プログラムの改変が可能となる、ということか】


 『無論、そのような場合にはまず主を殺し、転生を優先するというプログラムがあればアウトですし、融合した主に侵入者を抹殺させるという可能性もあります、しかし、そうではない可能性もある。光明があるというのは、つまりそういうこと』


 【もう少し、闇の書について調べるしかないということか】


 『もしくは、ヴォルケンリッターか闇の書の主に直接問いただすか、結局のところ我々は部外者に過ぎず、まだ我らの預かり知らない要素があるのかもしれません。それが絶望を招くやもしれませんが、希望に繋がる可能性もある、要は、諦めるには早過ぎる、ということです。特に私は機械ですから、確率は0%となるまで演算は止めません』


 「まだ光明はある、そういうことですね、僕も、頑張って調べます」


 「うん、私も手伝うけど、ちょっとそろそろロッテの様子を見に行くね」


 「はい、よろしく伝えてください」


 「元気そうだったら、私の代わりによこすから」

 そして、アリアは退出する。


 『話は変わりますが、ユーノ・スクライア、最初に述べていた一冊だけ存在した当時の資料とは?』


 「ああ、あれですか、夜天の魔導書のプログラムとか、そういうものじゃなくて、本当に、当時の歴史を記した資料なので、事件解決には役立たないんですけど」


 【しかし、その一冊だけ残っているということは、他の当時の資料は失われてしまったのか】


 「この資料では、黒き魔術の王サルバーンが敗れて終わっている。だから、彼が神と讃えられた質量兵器全盛の混乱時代に他の資料は焚書されたんだと思う、夜天の守護騎士は白の国に関することも含めてね、運良く残ったのがこの一冊なんじゃないかな」


 『白の国、それが、夜天の魔導書が作られ、その知識が蓄えられた国の名ですか』


 【いったい、夜天の魔導書を最初に作ったのは誰なんだ?】


 「それを作り出した人物の名前は載ってないんだけど、古代ベルカのドルイド僧だという記録が残ってる。なんでも、数百年をその魔導書と共に旅していて、旅する魔導書というよりは、最初は旅するドルイド僧の日記帳、みたいなものだったのかも」


 【そりゃまた、随分イメージが変わるねぇ、その人が研究するために色んな事を書きこんでたメモ帳みたいなものだったんだ】


 【“夜天の魔導書”という名称には、何か由来が?】


 「多分ある、例の古い資料によれば、そのドルイド僧は白の国で“放浪の賢者”と呼ばれていたみたいで、彼が蒐集した各地の技術は白の国に集められて研究されていた」


 【じゃあ、国家から依頼を受けてその人は動いてたんだ】


 「そういうわけでもないみたいで、自由気ままにあちこち飛び回ってた、みたいな記述になっています。ただ、白の国は彼も好きだったみたいで、度々訪れていた、みたいな感じなのかな?」


 【そこまでは、当時を知る人間でもなければ分からないな】


 「その白の国は、山脈に囲まれた小さな国。“学び舎の国”という呼び名もあって、古代ベルカが滅亡し、初代の聖王が騎士達の王国の基礎を築き上げた時代あたりから存在していた。ただ、今から1000年近く前に滅んでる」


 【滅んだ、ってことは、やっぱり、戦争かな】


 「大別すればそうでしょうけど、ただの戦争じゃなかったみたいで………黒き魔術の王サルバーンによって滅ぼされた、という記録になっています」


 【やはり、彼によって滅んだのか】


 「うん、中世ベルカ時代、カートリッジシステムやフルドライブ機構を作り上げたという大魔導師。そして、彼に滅ぼされた白の国の騎士達は古今無双の兵と謳われていて、その名称が、“夜天の騎士”」


 【え、でも確か、“闇の書”は黒き魔術の王サルバーンに作られたなんて伝わってたから、逆転しちゃったってこと】


 【歴史における因果の逆転、つまり、黒き魔術の王サルバーンに対抗していた者達が“夜天の魔導書”を作り上げた、しかし、最終的には滅ぼされ、奪われた、そういうことか】


 「概要はそうだけど、この資料によれば、黒き魔術の王サルバーンも白の国との最期の決戦で滅びている、つまり、相討ちだったみたい。そして、従来の歴史資料では“雷鳴の騎士”と“名も無き弓の名手”によって討ち取られたことになっていたけど」


 【違ったの?】


 「それ以外に、さらに5人、“夜天の王”、“烈火の将”、“風の癒し手”、“紅の鉄騎”、“蒼き狼”が遙か次元の果てに永久に封じたと、そうなっています」


 【それは、まさか】


 「間違いないよ、それぞれの別名も付記されていて、“調律の姫君”、“剣の騎士”、“湖の騎士”、“鉄鎚の騎士”、そして、“盾の守護獣”」


 【間違いない、な。他の名称ならば騎士の異名としてあり得るが、“盾の守護獣”はそういないだろう】


 【じゃあ、白の国の夜天の騎士、それが、ヴォルケンリッターのオリジナル】


 「“白の国は友なる風によって守られた、堅固なる要害にて、最も風に愛されし土地、戦火が空を覆うとも、夜天の雲がそれを阻み、ついには闇を打ち倒す、夜天と闇は相克し、残されるは風の音のみ”そういう感じの文章で終わっています」


 『なるほど、確かに夜天の魔導書に関する資料というより、当時の歴史資料というおもむきですね』


 「ええ、そして、黒き魔術の王サルバーンの国、ヘルヘイムでは現在の管理局法で禁じられているような、あらゆる技術が栄えていたとも記されています。生命操作技術、人造魔導師、機械と人の融合、“融合騎エノク”、魔法生物の改造種(イブリッド)、果ては、毒化の魔力を備えた呪いの怪物や、真竜を改造した超兵器なんてものまで」


 【そりゃまた、とんでもないね】


 【まさしく、異形の技術が全て詰まった毒の壺、といったところか】


 「間違ってないと思う、何しろ、ヘルヘイムの執政官アルザングは“蟲毒の主”なんて呼ばれてて、黒き魔術の王サルバーンのただ一人の代行者だったとか」


 『随分詳しい資料なのですね、固有名詞まで載っているとは』


 「それが少し奇妙なんです、白の国の人物は全員称号ばかりで、固有名詞は書かれていないんですけど、ヘルヘイムの方は黒き魔術の王サルバーン、蟲毒の主アルザング、闇統べる王ディアーチェ、星光の殲滅者シュテル、雷刃の襲撃者レヴィ、探究者キネザと、固有名詞が書かれているんです、ただ一人、“復讐者”を除いては」

 なお、“虐殺者”と“破壊の騎士”は省かれていたという。


 『それではまるで、その資料を残したのはヘルヘイムの人間であったようではありませんか』


 「なんですけど、だとしたら黒き魔術の王サルバーンの敗北をそのまま書くとは思えなくて、だから、後世の創作という線も捨てきれないんです」


 【なるほど、それで君は最初に学会では発表できないと言ったのか】


 【ねえ、著者はなんていうの?】


 「それが……ええと」

 一瞬、ユーノは言い淀み。


 「“ヴンシュ”、そう記されているんですけど、これって、当時の言葉で“欲望”を意味しますので、本名とはあまり考えられません。多分、偽名かニックネームのようなものだったんじゃないかと思います」

 謎の資料の、謎の著者の名前を告げていた。












新歴65年 12月12日  第一管理世界  ミッドチルダ  首都クラナガン  某所




 一人の女性が、広い空間の中に佇んでいる。

 紫色のロングヘアーを持ち、ピアノの鍵盤めいた特殊な機器を操作するその姿は、華麗なピアニストを彷彿とさせる。

 ジェイル・スカリエッティに作られし、戦闘機人NO.1、ウーノ。

 製造時期は新歴51年の春、肉体増強レベルは現段階ではC、飛行・空戦はおろか、固有武装すら持っていない。


 「あら、それはまた―――」

 しかし、彼女の役割を考えればそれも当然、ジェイル・スカリエッティの秘書が彼女の生きる理由であり、戦闘時は通信や情報収集を担当。また、現在は自身をアジトのCPUと直結しており、その機能を管制している。

 稼働歴も既に14年、生まれた当初からこの姿ではあったが、作られた命ゆえの“軽さ”や“儚さ”はなく、数多くの人生経験を積んだ個人としての自我を持っている。


 「うふふ、ドクターがお喜びになりそう」


 【私が必死の潜入の果てに得た情報なのだから、大事にして欲しいわ、ドクターはなんでも子供のように散らかすから】


 「そこは私が整理整頓するからいいわ、それに、必死の潜入とはいっても、貴女にとっては造作もないことでしょう」


 【貴女も一途よねぇウーノ、私だったら、とっくの昔にドクターを捨てて、いい男を探して旅に出てる】

 ウーノが対話している相手もまた、ジェイル・スカリエッティに作られし戦闘機人、NO.2ドゥーエ。

 製造時期は新歴52年の春、ウーノとはちょうど1歳離れており現在13歳、同じく飛行・空戦のスキルは持っていない。肉体増強レベルも同様にC。

 そして、自我という面ならば、ウーノよりも発達していると思われるほど、自由奔放な気質を持つ妖しげな魅力と身体を備えた女性であった。


 「私もそのつもりで旅に出したのだが、未だに特定の誰かと結ばれる気配がないというのは、喜ぶべきか、悲しむべきか、実に、実に判断に迷うね、くくくくく」

 通信スクリーンを介した二人だけの空間に、新たな足音が響き渡る。

 遠目であろうとも判断できる、特徴的な紫の髪。

 深遠な知性を漂わせながらも、同時に狂気を湛えた黄金の瞳。

 そして何よりも、泣き笑いの道化の仮面のような、それでいて、どこまでも心の底から喝采しているような、異形の笑み。

 自分にはそれ以外の感情がないのだと主張するような、歪んだ笑顔。

 このような存在は次元世界広しといえど、ただ一人しか存在しない。

 と、言いたいところではあるが―――


 「お帰りなさいませ、ドクター」


 【あら、脳味噌の方々のところからお戻りになられたの】

 彼に対して挨拶する二人の女性もまた、似た容姿と近しい気配を携えている。

 特に、ウーノの容姿は彼に近い、髪の色も瞳の色も同じであり、性別だけ入れ替えたと言われてもしっくりくる。ただ、気質自体は真逆に位置するが、それ故に彼女は“スカリエッティのもう一つの頭脳”、彼の欠けたる器。

 対して、ドゥーエの容貌は異なり、髪の色は紫ではなく金、瞳の色も黄金ではないものの、その気配は彼に瓜二つ。いや、ジェイル・スカリエッティの大元に近いと言うべきか。


 「集中治療室へのお見舞いも、墓参りも、長々と続けて楽しいものではないからねぇ、くくくく。君達はどう思うかね、果たして私はどちらへ行って来たのだろうか?」


 「今はまだ、集中治療室で正しいと思いますけれど」


 【約束の時来たれば、墓参りが正しいかと、ドクターが指揮し、私達が奏でる葬送のオーケストラ、今から楽しみでなりませんわ】


 「君は気が早いね、ドゥーエ、まだ奏者が揃ってすらいない。セインやディエチはまだ生まれて2年ほど、その下の妹達に至ってはまだ生まれてすらいないというのに」

 二人は共に新歴63年生まれ、セインは春、ディエチは冬に。

 多少の経験は積んでいるものの、ウーノやドゥーエとは10年以上の差があり、彼女らから見れば赤子のようなもの。


 【妹達とは会っていませんから、私も早く会いたいのですわ。チンク、クアットロはなかなかいい子たちですけど、もう少し元気のある子達も見てみたいですもの】

 新歴60年冬に生まれたチンクと、新歴61年秋に生まれたクアットロ。

 番号では後だが、チンクが先に生まれており、5歳になった現在では単独で任務につくことも増えてきた。4歳のクアットロはウーノの補佐的な立ち位置にいるため、まだ単独でアジトの外には出ていない。

 クアットロの教育担当がドゥーエであり、外出する際はドゥーエが同伴していたこともあり、かなり懐いていた。


 「あら、トーレはとても元気いいと思うけど」


 【彼女はあまり妹という気がしないの。そりゃまあ、妹ではあるのだけど、年下という感じがちょっと足りないし、何より、私達とは違うでしょ】

 戦闘機人NO.3、トーレ。

 製造時期は新歴55年の夏、ドゥーエより3歳ほど若く現在10歳だが、肉体増強レベルは既にAAA、高速機動を可能としており、固有武装インパルスブレードは内蔵型であるため生まれた時から有していた。

 ナンバーズの実戦指揮官となるべく生まれたため、早期から実戦経験を多く積んでおり、戦闘技術は既に一流と呼んで差し支えなく、その性格が武人気質であるためか、ドゥーエにとっては少々扱いずらい。

 チンクはウーノから教えを受けたため、常識人であり、クアットロはやや危ない思考を持つドゥーエの教えの下、やや危ない思考を引き継いだ。しかし、トーレは上二人の影響を受けず、独自の精神を有していた。

 ただ、ディエチはウーノやチンクの教えを受けたため普通の女の子となりつつあるが、セインはISも性格も突然変異というべきかもしれない。


 「なるほどなるほど、それはまあ、必然というべきか、君はデザイアの因子が強く、トーレは彼の影響を受けているのだろう。それより下の娘らはただの奏者である故に、因子をもたない、そういった意味では、ジェイル・スカリエッティという個に近いのはクアットロなのかもしれないが」


 【少しばかり、まとも過ぎるかもしれませんわね。私を慕ってくれるのは素直に嬉しいですし、とってもかわいいのですが、ドクターの因子を受け継いだにしては、少々人間的ですわ】


 「無限の欲望を継ぐには、足りない、貴女はそう思うの? ドゥーエ」


 【さぁてどうでしょう、そういうこともあるでしょうけど、そうでないこともあるかもしれない】


 「くくくくくく、本当に君は我が本質に近しい。ならば、やはりウーノ、私の半身は君であるようだ」


 「当然です」

 奇妙な会話、そうとしか表現できない。

 それぞれに個性があり、全く別の人間でありながら、同一人物が鏡に話しかけているような。

 自分とは逆しまの虚像であるが故に愛しく、誰よりも理解できるのだと、誇っているような。

 何とも奇妙、そして不可思議、にも関わらず必然。


 「さてと、忙しい君からわざわざ連絡があったということは、何か面白い話でもあったのかな」


 【ええ、とても面白い話が】


 「さぁて、一体何だろう、面白い話を聞く前の興奮というものは、何度感じてもよいものだ、そうは思わないかね、ウーノ」


 「ええ、その通りですわ」


 【独自の惚気を展開されるのは敵いませんが、報告させていただきましょう――――無限書庫が久々に開かれ、“ヴンシュ”の遺した手記が、世に出ました】


 「ほほう、それはそれは、実に、実に興味深い」


 【脳味噌の方々が“デザイア”であった頃の貴方より鍵を授かった、アルハザードの大図書館の分館。まあ、人間世界の知識を詰め込んだだけの模造品に過ぎませんが、管理局はようやくアレを活用できる段階まで“成長”してくれたようです】

 その言葉は、まるで彼女が管理局の黎明期から眺めてきたかのよう。

 作られてから13年であり、そのような知識など在るはずがないというのに。


 「神秘部の端末達も、情報の収集だけは未だに機能しているからね。問題はそれを整理し、管理局のための情報として運用する司書がいないことであったが、それがついに現われた。無限書庫の司書長、“書架の王”の名を受け継ぐに足る少年が」

 そこまで彼女は言っていないが、彼は知る、これもまた、以心伝心と呼べるものなのか。


 【加えて、私が潜入していた聖王教会より入手した、聖王の聖骸布に付着した血液。あれが、最高評議会の発注の下、各地の研究機関へと分散されました、近いうちに、そちらにも届くでしょう、始まりの鐘が鳴りました】


 「なるほどなるほど、今は新歴65年12月、復活の時まで残り10年を切ったのだったね。いやはや! 面白い! 実に面白い! いよいよゆりかごの胎動が始まるか!」


 「ゆりかごの胎動とは、詩的な表現ですね」


 「ふふふふふ、確かにそうかもしれないねぇウーノ、しかし、聖王の肉体こそが鍵である以上はそういうことになるだろう。これは、まったくもって面白い! 初代の聖王が遺したゆりかごの鍵が作られ始めたこの時に、黒き魔術の王サルバーンの時代の遺産が世に出るとは! あはははははははははははははははははははははははは!!」

 笑う笑う、嘲笑う。

 何を笑う、なぜに嗤う、どのようにすればそこまで哂えるのか。


 「遙か古の聖王の御代、ゆりかごを彼に託した私は“デジール”であった。その時より500年、唯一対等の友であった黒き魔術の王サルバーンの隣で、私は“ヴンシュ”と名乗っていた。そしてさらに850年、“デザイア”となった私は三人の若者に出逢った、無限の欲望を呼ぶに相応しい最後の存在に、人の身を捨ててまで人の世をこの手で救うのだと、愚かしくも素晴しい渇望に喰われた求道者に。さあ、復活の時はもうすぐそこに!」

 嗤う道化を演じる彼を、二人の女性が見つめる。

 彼が何を思うかなど、考えるまでもない。

 彼女らもまた、彼と同じ因子を持つ、彼の欠けたる器なのだから。


 「あと10年! さあ、カウントダウンは始まった! これより先、いかなる物語が紡がれるか、主演は一体誰となるか! 観客席の皆さまもご照覧あれ、無限の欲望が主催する、ただ一度の慰霊祭! 葬送のオーケストラを!」

 その未来に、何が待つか。

 望む未来を得るには、いかなる絆が必要か。

 絆を紡ぐための、出逢いはいずこに。


 「さあ、答えを見せてくれたまえ、時空管理局よ、彼らの意志を継いだ君達は、どのような道を歩むのか」

 無限の欲望を秘めた道化、いや、今はそれを演じる一人の人間でもある彼は、静かに待つ。


 「奏者たる我が娘達、誕生の時を望みたまえ、世界はかくも君達を祝福している」

 異形の愛で、生まれゆく娘達を包みながら―――


 「くくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくく」

 欲望の影が、笑い続ける。


 






あとがき
 A’S編もいよいよ佳境となりますが、ここでウーノさんとドゥーエさん登場。A’S編での出番はここから先ありませんが、言うまでもなく完結編のStSへの伏線です。
 “出逢い”に始まり、“絆”へ繋がり、“未来”へ至る。本三部作の流れはこれなので、どうしてもA’S編で彼らが一度出る必要があり、登場させることとなりました。人間世界の始まりから、眺め続け、嘲笑い続けてきた道化の影、その彼が巻き起こす葬送のオーケストラ、それが、本作品のフィナーレとなります。Vividは、解答編という位置づけです。
 そこまでのプロットは大分出来ているのですが、何しろ長いので、書ききるのはいつになるか想像つきません。ですが、途中で投げることだけはしたくないので、完結までは書ききりたいと思います。“駄作”という評価も完結してこそのものだと思うので、次の作品の糧にしたいと思います。それではまた。





[26842] 第二十九話 動き始めた管制機
Name: イル=ド=ガリア◆9d8bc644 ID:97ddd526
Date: 2011/06/12 14:22
第二十九話   動き始めた管制機




新歴65年 12月13日 第97管理外世界 日本 海鳴市 通学路  AM7:40



 「体調、もう大丈夫?」


 「うん、怪我したわけじゃないから」


 「でも、“アレ”を……」


 「あまり、思い出させないで……、“アレ”のことは忘れたいから」

 昨日、心労によって学校を休むことを余儀なくされたフェイトではあったが、なんとか回復し火曜日である今日登校を再開した。

 なお、リニスがかつて作り出した時の庭園の拷問用設備が再起動を果たしていたものの、闇の書に関する調査や守護騎士包囲網の中心を担う管制機を拷問にかけるわけにもいかなかったため、現在は執行猶予期間となっていた。


 (絶対、いつかぶっ壊す)

 とはアルフの言葉であるが、フェイトは知らない、子供は無垢なる心を持ったまま健やかに育つべきである。


 【当面、私となのははこっちで静かに暮らしてて、って】

 通学用のバス停につき、他に通学している児童がいるため念話に切り替えるフェイト、マルチタスクはこういう時にかなり便利。

 とはいえ、マルチタスクというのは魔導師特有のスキルというものではなく、誰でも使えるものである。免許取り立ての人間ならば自動車の運転最中に他のことを考える余裕はないが、慣れてくれば今日の晩御飯のことや愛人のことを運転と並列しながら考えられるようになる。

 魔法による身体強化や念話、飛行を行いながら他のことを行うマルチタスクが魔導師の必須技能というのは、野菜を切りながら鍋の味付けとサラダの盛り付けを同時に行うマルチタスクが主婦の必須技能というのに等しい。

 何やら難しいようではあるが、マルチタスクとはかなり当たり前のことだったりする。


 【しばらくは出動待ちみたいだね、闇の書の調査はユーノ君とリーゼさん達が頑張っているし、捜査の方はクロノ君とエイミィさんが中心だし】


 【うん、総指揮は母さんだから、やっぱり私達の出番はないみたい】

 高速機動を行いながら射撃魔法を放つことがマルチタスクならば、各地の局員からの報告を受け取りながら整理し、指示を出していくこともマルチタスク。

 エイミィ・リミエッタは戦闘面でのマルチタスクが不可能な代わりに、そちら方面では比類ない優秀さを誇る。この辺りは才能や適性もあるが、何より経験がものをいう。


 【クロノ君って、ほんと凄いね】


 【執務官っていうのは色んな事が出来ないと駄目だから、なるのはやっぱり難しそう】

 そして、その両面を可能とするのがクロノ・ハラオウン、別段“得意”であったわけではないが、彼は積み重ねた努力によってその位階まで至っていた。


 【大丈夫、フェイトちゃんならきっとなれるよ】


 【うん、ありがとう、なのは】
 
 なのはの激励の言葉に、やや顔を赤くしながら微笑むフェイト。

 傍目からは無言で見つめ合いながら頬を赤らめているようにしか見えないため、ここに最初のなのは×フェイト疑惑が浮上することとなるのは余談である。

 無論、からかいの色合いのものであるが。本当に同性愛を疑う小学生などあまりいて欲しくない。









新歴65年 12月13日 第97管理外世界 日本 海鳴市 私立聖祥大学付属小学校  AM7:58




 「入院? はやてちゃんが?」


 「うん、昨日の夕方に連絡があったの、そんなに具合は悪くないそうなんだけど、検査とかがあるからしばらくかかかるって」


 「そっか………ねえ、それって本当に大丈夫なのかしら」

 アリサ・バニングスの頭脳は明晰であり、僅かな情報から真実を探ることに長けている。

 月村すずかの友人、八神はやてという少女が原因不明の病にあり、車椅子生活であったことは彼女も聞き知っており、これまで定期的に検査をしていたことも存じている。


 「ううん、よく分からないけど…」

 そして、少しばかり特殊な家庭の事情もあり、人間の身体に関する知識、つまりは医学関係の知識が他に比べて多いすずかにも、アリサが言わんとしていることが察せられたが、返せる言葉を持たない。


 【ええと、普通のお医者さんなら、状況が悪くても私達くらいの子供に本当のことは話さない、だから、すずかがはやてから受け取ったメールに大丈夫と書いてあっても、そうとは限らないってことだよね、なのは】


 【うん、だから私達は状況から推察するしかないんだけど………】


 【Up to now, if we judge it from information that has been received from suzuka tsukimura, it has not been thought the fragrance too much. (これまで、我々が月村すずかより受け取っている情報より判断するならば、あまり芳しいとは考えられません)】


 【As for the inspection hospitalization of , suddenly exactly so, there are a lot of cases where the deterioration of the condition is shown(然り、急な検査入院は、容体の悪化を示す事例が多い)】

 そこに、少女二人にのみ通じる専用の念話がそれぞれのデバイスから届く。

 念話とは、魔力を情報として発信し、空気中の魔力素を通して相手まで伝送、リンカーコアで受信され脳に届く通信手段。

 それ故、発生させる魔力源とリンカーコアに相当する専用の送受信機能があれば、デバイスであっても通信は行える。

 というよりも、次元間通信とは空気を媒介とした電波信号が届くものではないため。魔力素を媒介とした魔力信号によってなされる。

 つまり、第97管理外世界の通信機器から本局へ行う通信を、なのはとレイジングハート、フェイトとバルディッシュに置き換えたようなものであり、これもまた別段特殊なことではない。

 設定や運用に手間はかかるが、そのあたりは管制機の得意とするところ、パソコンも携帯電話も、専用の手続きや設定を行えばどんどん便利になるのと同様であった。


 「心配ね………じゃあ、今日の放課後、皆でお見舞いに行きましょう」


 「いいの?」


 「すずかの友達なんでしょ、紹介してくれるって話だったしさ」

 こういう時、彼女ら四人の中で最も行動力があるのはアリサ・バニングス。

 時の庭園の管制機は、彼女を非常に高く評価し、そして深く感謝していた。

 学校という場所が必ずしも子供によって良い場所ではないということを、プレシア・テスタロッサという女性が過ごした幼少時代より管制機は観測していた。

 いじめは最たるものだが、子供の社会というものはある面では大人社会を凌ぐほどに排他的傾向が強い。同じ子供であればその日のうちに友達になれることもあるが、“違う”場合は逆の状況も発生することもある。

 プレシア・テスタロッサという女性は知識が深く、精神が早熟であったため、一般的な子供社会とは混じりにくい子供であり、また、その“繋ぎ役”となりうる友人にも恵まれなかった。


 「お見舞いも、どうせなら賑やかな方がいいんじゃない?」


 「そ、それはちょっとどうかと思うけど」


 「でも、いいと思うよ、ねっ、すずか」

 日本社会の小学生の基準で考えるならば、それには適さない能力を持っているのはアリサとフェイトの二人。

 この二人の学力はある分野においては修士生クラスであり、天才と称して問題ない部類であろう。

 フェイトは日本語方面において“かなり気の毒”なことになっているが、母親は標準言語が母語であるミッドチルダ出身の工学者であり、彼女も他の言葉を学ぶ機会がなかったことを考えれば致し方ない。


 「うん、ありがとう、フェイトちゃん!」

 成績面ではほぼ平均のすずかだが、身体能力においては高い。

 また、アリサと彼女は実家の財力において他より頭が飛び抜けているということも事実であり、今はあまり意識せずとも、中学生になればそれは人間関係にも影響を与えだす。


 「じゃあ、皆で行こうか」


 「フェイトが行くって言うんだから、なのはが行かないわけないものね」


 「もうっ、アリサちゃん!」

 その中で、高町なのはという少女はいたって普通であり、運動面ではむしろ弱い。

 最近は数学系が得意になりつつあるが、一つの教科が得意な人間はいくらでもおり、異端に当てはまるものではない。


 ≪なるほど、このようになりましたか、オートマトンの状態遷移範囲内ではありますが、多少修正が必要かもしれませんね≫

 そんな彼女らの会話を、レイジングハートとバルディッシュを通じて時の庭園の管制機は観測している。

 なのはとフェイトは意識していないが、彼女らがレイジングハートとバルディッシュを身に付けている限り、リアルタイムで彼女らの情報は管制機へと送信されている。


 ≪フェイト・テスタロッサ、高町なのは、月村すずか、アリサ・バニングス、この中で第97管理外世界の一般児童と感覚を共有しうるのは高町なのはのみですが、八神はやてが加わるならば多少は軽減されるか否か≫

 機械にとって、個人の人間関係は複雑怪奇。

 組織となれば、集団の利益が最優先されるため、その関係は分かりやすいが、感情で動く個人はそうはいかない。

 45年の時をかけて構築した人格データベースとの照合と計算を続けながら、彼は八神はやてという要素が加わった際のシミュレーションを行っていく。


 ≪少なくとも、この学校のこの学級は、フェイトにとって良い環境である、それは事実≫

 もし、高町なのはも月村すずかもアリサ・バニングスもいないのであれば、彼はフェイトを日本の学校に通わせることに賛意を示しはしなかった。

 フェイトの現在の幸せのためには、なのはは当然として、すずかとアリサも切り離せないパラメータとなりつつある。だからこそ、彼は少女達の安全をも計算するのである、誘拐計画を練ったりもするが、そこはそれ。

 時の庭園の管制機は現在、フェイト・テスタロッサの幸せのために演算を行っている。

 故に―――


 【守護騎士達の行動予測、終了】


 【ご苦労様です、アスガルド】


 フェイトの友人関係について演算を行うことも、守護騎士の行動を予測することも、同等の優先度なのであった。

 彼は、フェイトの良き友人となる可能性が高い八神はやてと、フェイトの家族であるリンディ・ハラオウン、クロノ・ハラオウンらが関わるからこそ、闇の書に関する演算を行っているのだから。


 歯車は、何も狂ってなどいない。







新歴65年 12月13日 第97管理外世界 日本 海鳴市 八神家  AM8:04




 【そうか、テスタロッサ達が今日】


 【ええ、放課後にすずかちゃんと一緒にお見舞いに来るって】


 【予想はしていたが、早いな………良きご友人に恵まれたことを喜ぶべきなのだろうが】


 【そのこと自体は、私も素直に嬉しいのだけど】

 すずかとフェイトが友達であることは、既にヴォルケンリッターも存じている事実。

 一昨日、フェイトを抱えたシグナムと遭遇したのがすずかである以上、彼女らのことが伝わるのは時間の問題ではあった。


 【問題は、高町とテスタロッサの二人が、主はやての家族について聞いているかどうかだ】


 【そうね、私の予想としては、はやてちゃんの入院や容体のことが話題になっているとは思うけど、入院している以上、家族のことも気になるわよね】


 【その際に、彼女から我々の名前が出ていればアウトだ。だが、それを確かめる術もない】


 【藪蛇にしか、なりそうにないわ】

 つまりは、彼女らに出来ることは何もない、いつか爆発するか分からない時限爆弾がセットされたようなもの。


 【主はやての魔力資質はほとんど闇の書の中、詳しく検査でもされない限りばれはせんが、我々が家族である時点で闇の書の主であると分かってしまう】


 【ダミーを効果的に活用するために、変装魔法は使っていなかったのがここに来て響いちゃったかしら】


 【そこは言っても詮無いことだ、我々と管理局の追跡戦は既に終盤となりつつある。最早ダミーをばら撒く意味はほとんどないが、序盤では有効であったのは事実だ】

 クロノ、リンディ、エイミィが大局を見据えながら武装隊や捜査員を運用していたように、守護騎士達もまたその動向を状況から推察していた。

 闇の書のページを用いて“偽りの騎士”を作り出し、捜査を攪乱する方法は情報が揃っていない序盤では大いに役立ったが、終盤では意味を成さない。

 既に管理局は包囲網の構築を終えており、それらの世界にダミーを派遣しても主戦力を投入する以前の調査で見抜かれてしまう、そういった体勢が整いつつあるからこそ、一昨日の包囲戦が可能となったのだ。


 【やっぱり、追い詰められつつあるのね、私達】


 【管理局にも、時間にも、な】

 ここまで来れば、管理局の網がある世界での蒐集はもはや不可能。ならば、取るべき道は二つ。


 【貴女の方はどう、シグナム】


 【やはり駄目だ、多少の蒐集は行ったが、せいぜい2ページほどに過ぎんだろう】

 現在シグナムがいるような、あまり魔法生物がいない世界で蒐集を行うか。


 【でも、クラールヴィントで直接通信が可能で、管理局の網が無くて、蒐集が行える世界はもう少ないから、しょうがないか】


 【ヴィータとザフィーラに期待するしかないが、苦戦は避けられまい】

 管理局では網を張れないような、強大かつ凶悪な魔法生物が生息する世界で蒐集を行うか。

 今現在、ヴィータとザフィーラがそれぞれ蒐集を行っているのは、ヴォルケンリッターであっても単独で戦えば命を落とす危険が高い危険生物が生息する世界。

 そこならば、管理局の網はなく、かつ、効率的な蒐集が行える。

 守護騎士達もいよいよ、賭けに出ているのだ。


 【それで、ヴィータちゃんとザフィーラには?】


 【………】

 シグナムがその世界にいる理由は、第97管理外世界のシャマルと、遠くの危険な世界で蒐集を行うヴィータとザフィーラの中継を行うと共に、管理局の動向を見極めることにある。

 とりあえず、管理局が新たな行動には出ていないとシグナムが結論を付けており、明日からは彼女も危険な世界へと蒐集に向かう予定であったが、シャマルの方で不測の事態が生じている。


 【今はまだ伝えるべきではない、下手に動揺があれば、命にかかわる。此度は、我々だけで対処するぞ】


 【そこからなら、一気に病院まで転移出来るわね】


 【ああ、お前は魔法を用いないように変装し、高町とテスタロッサの様子を窺ってくれ、その上で、彼女らが私達のことに気付いているようならば、私も向かう】


 【でも、その後は……】


 【話し合いで、ことが済めば良いのだが……】

 もし、シグナムとシャマルがなのはとフェイトを“管理局の魔導師”と認識していたならば、強硬手段に出るしかなかっただろう。

 しかし、一昨日のザフィーラとアルフの会話によって、彼女らは立場上民間協力者であり、守護騎士を捕える義務を負ってはいないことが明らかになっている。

 つまり、正直に事情を話せば、彼女らが管理局に伝えないという可能性もなきにしもあらず。


 【とりあえずは、様子も見るしかないのね】


 【それしかないな、全ては、彼女が我々のことを話しているか否かだ】

 鍵は、月村すずか。

 彼女がなのはとフェイトに“八神はやての家族”について話しているかどうかが、大きな分かれ目。


 【主はやてと石田先生には、我々のことを口に出さぬよう伝えてくれ】


 【それは、何とかするけど、ヴィータちゃんには?】


 【ヴィータが向かった世界を考えれば、一旦戻ってお前の治療を受ける必要があるだろう、その時に】


 【代わって貴女が向かう、ということでいいのかしら】


 【ああ、私の消耗は然程ない、連戦は十分に可能だ。一度、主はやてと会ってからになるが】

 シャマルは第97管理外世界に残り、シグナムとヴィータは交代で中継世界と危険世界で蒐集を行う。その交代の際には、はやてを見舞うことも忘れずに。

 ならば当然、最も負担が大きいのは―――


 【ザフィーラは、大丈夫かしら】

 ほとんど休むことなく、強大な魔法生物相手に蒐集を続ける、盾の守護獣ザフィーラ。

 彼は第97管理外世界においては狼形態で行動している為、動物の出入りが禁じられている病院にいるはやてを見舞うことをしなくても良い立場にある。


 【信じるしかあるまい、なにしろ我々に残された時間は、あまりに少ないのだから】


 【でも】


 【大丈夫だ、絶対に生きて戻ると誓ったのだから、彼は、誓約を違えん】

 ヴォルケンリッター四人の中で、最も戦闘継続可能時間が長いのはザフィーラであり、自己治癒力が高いのも彼。

 無論、負傷した場合はシャマルの治療が必要となるが、負傷しない限りいつまでも戦い続けることが出来る。

 遙か古の白の国において、風の門を守り抜いた守護の星、盾の騎士ローセスのように。


 【……分かった、彼は、誓約は違えないものね】

 それだけで、通じる絆がある。

 剣の騎士シグナムと、湖の騎士シャマル。

 夜天の守護騎士である彼女らの絆は、決して砕かれることはない。


 『Es ist die Straße(如何にも)』

 『Er folgt einem Schwur(彼は、誓約を違えません)』


 シグナムとシャマルを繋ぐ騎士の魂、炎の魔剣レヴァンティンと風のリングクラールヴィントもまた、静かにその言葉を肯定していた。

 ここにはいないもう一機、鉄の伯爵グラーフアイゼンの言葉を代弁するかのように。

 盾の守護獣ザフィーラは、決して誓約を違えはしないと。

 己が仕える主へと、告げていた。






新歴65年 12月13日 第97管理外世界 日本 海鳴大学病院  PM4:05



 八神はやてという少女の部屋の前に、実に怪しい格好をした女性が張り付いている。

 黒いコートにサングラス。

 もう、あんまりにもあんまり過ぎて、狙ってやっているか、罰ゲームかの二択しかあり得ない状況。

 道行く人々は―――


 <ああ、可哀そうに、王様ゲームで負けたのね>

 とか


 <趣味か、趣味なのか?>

 とか


 <ある意味すげぇ>

 などという感想を抱きつつも、皆平等にスルーしていく。

 もしここが大阪であれば、ノリのいい若者がダダン!ダン!ダダン!などという効果音を付けながら銃を乱射するふりでもしていたかもしれないが、場所が病院であることと、海鳴市が大阪府ではないこともあって、そのようなツッコミはなかった。

 もしこれが、それらの社会環境を逆手に取ったチョイスであるならば、逆に怪しまれないという点で巧妙極まりなく、風の参謀の面目躍如というところだが―――


 <うん、変装は完璧、怪しまれていないわ>

 真に残念ながら、彼女は天然であった。

 このあたりが、全てを理解した上で道化を演じる管制機と、うっかり属性を持つシャマルとの違いであろうか。

 もし、時の庭園の管制機が人形を使って八神はやての病室を監視するならば、やはり同じような格好を選択するかもしれないが、ひょっとしたらもっととんでもない格好をするかもしれない。まあそれは余談である。


 「シャマルさん、何をやってるんですか?」

 しかしそこに、ツッコミスト、ではなく、はやての主治医の石田先生が登場。

 出来ることなら見なかったことにしたかったが、流石に顔見知りをスルーするわけにもいかず、とりあえずツッコミを。


 「あ、あの、これはっ、少し、気になりまして!」


 「中に入ればいいじゃないですか、というのは、禁句なんですかね」


 「え、ええっと、子供達だけで会わせてあげたいというか、ええっと」

 しどろもどろではあるが、何となく言いたいことは分かる。

 少女達の空間に大人が混じっていれば、どうしても緊張してしまうものだから。

 それを察したのか、石田女史はシャマルと共にはやての部屋を離れ、シャマルもまた、少なくとも現在の様子ではまだ自分達の情報は伝わっていないと判断する。

 ただ一つ―――


 「はやて、早く良くなってね」


 「私達も応援してるよ、はやてちゃん」


 少女達だけがいる病室の中で、何気なく発せられた言葉。

 それが、八神はやてという少女の運命を大きく変えることとなった経緯を、彼女が知る由もない。


 ≪了承いたしました、フェイト、貴女の望みは“八神はやてが快復すること”なのですね≫

 だがしかし、確かにそこで入力はなされたのであり。


 ≪そして、貴女の一番の親友もまた、同様のことを願っている。ならば私は、その願いを叶える機械仕掛けの神として機能いたしましょう≫

 必要最低限の情報、彼を動かすに不可欠な入力、演算に必要なこの2つがそろい、大数式は、ここに一つの解を導く。


 ≪我が古き友、オートクレール、貴方の依頼を果たす時がやってきました。優秀なる執務官も、優しい艦長も、気さくな管制主任も、覚悟を決めた老提督も、その使い魔達も、あらゆる全て皆、我が謀りに参加していただきます≫

 ならばこそ、必要なものは二度目の集い。

 機械である彼には、最適解を導くことは決して叶わぬ故に。


 ≪演算を―――開始します≫

 そのための場を整えるために、舞台装置たる彼は演算を開始した。









ある灼熱の世界



 「縛れ! 鋼の軛!」

 そこは、砂漠の世界と形容できるはずの世界であり、シグナムとフェイトが戦った世界に近しい外見を持っている。

 しかしそれは、同一ではあり得ない。なぜならこの世界にあるのはただの砂ではなく、血に染まったかのような赤く煤けた色をしていた。

 そして何よりも、太陽の数が違う。

 五つの太陽というあり得ぬものが頭上に輝き、大地を焼き尽くしているのだ。

 初代の聖王が“方舟”によって辿り着いたとされる、アルハザードの大図書館、そこにある書物には“ヤディス”という世界名が人ならざるものの文字で記されており、それらの太陽は本物ではなく、ある願いによって生み出された偽りのものであるとも。


 曰く、“かつて、無限の欲望が齎す翠色の石板に、沈まぬ太陽を願った者がいる”


 どうやら、かつては人間の文明らしいものが存在したようではあるが、誰かが何かに触れてしまったがために、ここは異形の世界となり、その願いの遺産は、五つの太陽として残り続けている。

 分かる者にはそれだけで理由を察することが可能であり、ある世界では地球と呼ばれる惑星の異なる可能性にしてはあり得ない状況は、それによってもたらされたものなのだと。


 「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!!!!」

 そして、そこに生息する奇怪な生物は、砂漠の潜む“砂蟲竜”よりもなおも巨大であり、異形。

 その書物には“ドール”と記述される獰猛極まる魔法生物、リンカーコアの質で論じるならばこの上ない獲物ではあるが、仕留めることもまた容易ではない。

 だがしかし、その困難に挑む守護獣が一人。


 「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」

 藍白色の輝き、鋼の軛が幾重も発生し、不浄なるドールを刺し貫く。


 「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!!!!」

 「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!!!!」

 一体を仕留めれば、さらに多くの数が湧いて出てくるような、煉獄に等しい異形の世界。

 その危険さ故に、時空管理局もまた、観測世界に指定することのなかったその地獄に、彼はただ一人で挑む。


 <地獄とは、この程度のものではない!>

 なぜなら彼は、知っている。

 明確な記憶はなくとも、その魂が覚えている。

 最果ての地より流れ出した遺産によって生み出された地獄は、真に恐れるに値しない。

 真の恐怖とは、世界を地獄に変える遺物ではなく、世界そのものを砕く絶対者。


 「恨みはないが、お前達はここで消えろ!」

 盾の守護獣ザフィーラは、蒐集のためにこの世界へやってきた。

 だがしかし、彼を奮い立たせているのはそれだけではなく、この異形の“ドール”共も、ただの標的ではない。

 なぜならこれらは、夜天の守護騎士達の仇敵と同種の歪みによって生み出されたもの故に。

 かつて存在した、ヘルヘイムと呼ばれた異形の国、そこに君臨した地獄の法の執行者が生み出した異形の生物と、同じ気配を有しているがために。

 盾の守護獣ザフィーラは、自分でも理解出来ぬ奇妙な想いと共に、ドールと戦い続ける。

 このような存在と戦い、仲間を守ることこそ、自分が生まれた理由であると示すように。

 彼は、戦い続ける。









ある暴嵐の世界



 そこは、常に嵐が吹きすさぶ世界。

 陸地と呼べるものは存在せず、荒波がうねり、雷が雨の如く降り注ぎ続ける人を許さぬ苛酷な世界。

 その嵐の空を、赤色の閃光が駆け抜ける。


 <何かがおかしい、こんなはずじゃないって、あたしの記憶が訴えている>

 だが、その表情から伺える感情は焦りと憂い。

 主を救うためには、闇の書を完成させるより他はない、そのはずなのだが、何かが彼女の脳裏によぎる。


 「でも、今はこうするしかねえんだよな」

 空中で静止し、ヴィータは海に発生した巨大な渦を睨む。


 「はやてが笑わなくなったり、死んじまったりしたら、嫌だもんな!」

 『Ja.』

 渦の中心より顕現するは、12もの眼のように感じ取れる半球の突起を備え、生物でありながら機械じみた機関を内包するような異形の巨体。

 ここもまた、人間がその叡智の果てに、触れてはならぬものに触れてしまった悲劇の跡地。

 全ての事象を記す図書館にある人外の書物は記す。


 曰く、“かつて、無限の欲望が齎す翠色の石板に、終わりなき嵐を願った者がいる”


 なぜそのような願いが生まれたかは、記されていない、ただ結果のみがそこにあり、栄えていたはずの人間の文明は海中に没した。

 ただ一人、ヒトとしてこの世に生まれ落ちた存在で、放浪の賢者と呼ばれた人物が、その悲劇を知る。

 時間を超え、次元の壁を超え、彼は異なる世界の可能性を観測し、ヒトが最果ての地の叡智に触れた、なれの果てを知った。

 そして賢者は、“あれはヒトが触れるべきではない”と悟り、その弟子は、“ならば私がこの手で破壊してくれる”と決めた。


 <何で、闇の書がはやてを苦しめる? あたしらは、そもそも何だ? 何のために蒐集している?>

 闇の書の守護騎士、ヴォルケンリッターが一角、鉄鎚の騎士ヴィータ。

 己の在り様に迷い、自分達の存在意義に疑念を持つ彼女が、この世界を訪れたのは果たして偶然なのか。

 ここに潜む生物は、夜天の守護騎士である彼女が滅ぼすべき異形。

 ヒトが、最果ての地より流れ出る叡智に触れたがために滅びた世界、その跡地に巣食う墓標なのだから。


 「やるよ、アイゼン!」

 『Explosion!(エクスプロズィオーン!)』

 その生物に対抗するため、ヴィータが選んだ己の魂の姿は、ギガントフォルム。

 古の時代、白の国とヘルヘイムの最終決戦において、蟲毒の主が作り出した異形の怪物、“クタアト”と呼ばれた水底の妖魔を叩き潰したその時と同様に。


 <あたしは本当に、はやてのために戦ってるのか? あたしは一体、誰だ?>


 迷い揺れる心、それを振り払うようにヴィータは己の魂を掲げ―――


 「ギガントフォルム!」

 『Jawohl. Mein Herr.(了解、我が主)』

 その瞬間、全ての疑念は消え去った。


 (アイゼン……ありがとう………そして、妹を頼むぞ……)

 鉄の伯爵、グラーフアイゼンが主と認めるのはただ一人。


 (鉄鎚の騎士………誉れ高き、夜天の騎士の………一番槍だ)

 最も若き夜天の騎士にして、誉れ高き一番槍、鉄鎚の騎士ヴィータのみ。

 彼は忠実にして苛烈。鉄鎚の騎士ヴィータの意志を尊重し、最大限の助力を行うために在る。

 ならば、己が何者かなど、悩む必要などありはしない。


 <あたしは―――主のために鉄の伯爵グラーフアイゼンを振るう、鉄鎚の騎士だ!>


 「ぶっ潰せえええぇぇぇ!」

 『Ich zerdrücke alles!(我に―――――砕けぬものなし!)』


 問題が解決したわけではない。闇の書の浸食が止まったわけでもない。

 だがしかし、ヴィータは己の魂と共に闘志だけを燃やし―――異形の生物へと、突撃していった。











新歴65年 12月13日  時空管理局本局  顧問管執務室  PM8:45



 暗い部屋で、一人の老人がスクリーンを眺め続ける。

 ロストロギア、“闇の書”に関する記録。

 彼が笑顔を失った日から、11年をかけて集め続けたその情報、あのような悲劇を二度と繰り返さぬと誓った時かよりの、贖罪の轍。

 時を超えて刻まれ続けた悲しみの記憶は、彼の心を蝕み、暗い影を投げかけ続ける。


 “あの時、なぜ、闇の書の暴走を予測できなかった”

 “ほんの僅か対処が早ければ、クライドは死なずに済んだのではないか”

 “そうであれば、リンディが夫を失うことも、クロノが幼くして辛い道を歩むこともなかったはず”


 沸き起こる自責の念には際限がない。

 クロノ・ハラオウンが執務官として、若くして優秀であればあるほど、それが罪の証のように重くのしかかる。

 彼が執務官になったのは11歳、普通ならばまだ初等部の5年生、陸士学校であっても11歳で入学は早い方。

 少年に、その道を歩ませた原因は、自分にある。

 少年の意志が固いと知ったため、彼は己の使い魔二人を少年の教導役としてつけた。

 少年が、任務で命を落とすことがないように。

 クライドのように、リンディに悲しみの涙を残して逝くことがないように。


 「終わらせなければ、ならん」

 ロストロギア、闇の書は滅びない。

 今回の事件がそうであったように、再び闇の書事件が起きれば、やはりクロノが担当することになるだろう。

 今回は主が心優しい少女であるため、守護騎士も殺人を行っていない。だがこれは、奇蹟的な状況だ。

 次に、闇の書事件が起きた時、クロノが守護騎士に殺されない保証はどこにもない。

 ならば――


 「そのために………罪もない少女を、生贄に捧げるのか……私は……」

 私人としてのギル・グレアムにとっては、八神はやてよりもクロノ・ハラオウンの方が大切だ。

 子供がいない彼にとって、クライドは息子のようなものであり、クロノは孫のようなもの。

 価値で測れるものではないが、どちらかしか守れないならば、彼はクロノの笑顔を守りたい。

 しかし―――


 「それは……許されることではない………」

 公人としてのギル・グレアムは、それを断罪する。

 皆を救おうと願うならば、命に優劣をつけてはならない。

 彼が時空管理局に入った理由、その理念に託した希望。

 その全てを、否定することに繋がるのだから。


 「だが、しかし………」

 多くの人を救うという理念は、一人の少女を犠牲にしてでも、大勢を救うべきだとも告げる。

 倫理的には究極的に難しい判断ではあるが、人間社会というものはその法則で成り立っている。

 時空管理局もまた人間社会を回す歯車である以上、その理からは逃れられない。


 「ならば……彼女の幸せは、どこに消える……」

 何度自問を繰り返そうと、答えは出ない。

 ギル・グレアムが実年齢よりもさらに老人に感じるのは、その労苦のためだろう。

 彼は答えの出ない問いを、11年間自問し続けて来たのだから。

 その苦しみをこそ、不甲斐ない己への罰として、苦しみ続けることをこそ是としてきた。


 それでも、ただ一つ、決して譲れぬ答えがある。


 「苦しむのは、私だけで良い………リンディにも、クロノにも、このような決断はさせん」

 彼らが今後も、闇の書を封印し続けてきたとしても、いつか、その決断を迫られる時が来る。

 自分が決断から逃げ、問題を先送りにするならば、その咎は結局、クロノ・ハラオウンに降りかかる。

 孫に、このような想いはさせられない。

 それだけは、彼にとって決して譲れぬ答えであった。


 「父様……」

 スクリーンの光だけが存在した暗い部屋に、照明が灯る。


 「あんまり根を詰めると、身体に毒ですよ」

 「そうだよ」

 労わるように言葉をかけるアリアと、元気よく声をかけるロッテ。

 ギル・グレアムの使い魔であり、クロノの師である二人がそこにいた。


 「リーゼか、どうだい、様子は」


 「まー、ぼちぼちですね」


 「闇の書が相手ですから、クロノ達も頑張っていますが、一筋縄では」

 ロッテがとんでもない被害を受けたりはしているが、そのあたりはおくびにも出さない。彼女らにも誇りがある。


 「そうか………すまんな、お前達まで、付き合わせてしまって」


 「何言ってんの父様」


 「あたし達は、父様の使い魔、あたし達の願いは、父様の願い」

 しかし、彼女らは笑顔で否定する。


 「大丈夫だよ父様、デュランダルだってもう完成してるし」


 「闇の書の封印、今度こそ、きっと大丈夫ですよ」

 ロッテも、アリアも、笑顔を浮かべる。

 そうすることで、主にも笑顔が戻ると、信じるように、縋るように。

 だが―――


 「ああ………」

 彼女らの主は、低く頷き、目を閉じるのみ。


 <やっぱり……>


 <笑っては、くださらないのですね>

 状況は悪くない、氷結の杖デュランダルは完成し、闇の書を主ごと凍結封印可能な条件は整いつつある。

 しかし、彼女らの主は、ただの一度も笑わない。

 11年前の、あの日から、ずっと。


 <闇の書……>


 <アレがある限り、父様に笑顔が戻ることはない>

 ロッテはクロノが笑わない子供だったとフェイトとなのはに告げたことがあるが、それ以上に、ギル・グレアムは笑わない。

 彼女らがどんなに明るく振舞おうとも、心の底から笑うことはなかった。

 そして、そんな不協和音を―――


 ≪send≫


 老提督に仕え続ける、53年の時を稼働する古きデバイス、オートクレールは送信し。


 ≪了解しました、古き友よ。ご安心ください、この悲しき不協和音を消す方法を、私は知っております――――ええ、21年間、演算を続けましたから≫

 45年の時を稼働する、同じく古きデバイスは受信する。


 過去の過ちを悔い、自責の念に囚われ続ける主。

 何も出来ず、寄り添うことしか出来ない使い魔。

 ただ、演算を続けるだけのデバイス。


 その不協和音を消す方法を―――彼は知っている。




〔新歴60年、1月26日、止まっていた貴女の時計は再び動き出した、我が主よ。インテリジェントデバイス、“トール”はここに記録する。フェイト、貴女に心からの感謝を、よくぞ生まれてきてくださいました、運命の子よ〕



 21年ぶりに観測した、プレシア・テスタロッサの母親としての慈愛に満ちた笑顔を―――


 彼は、記録しているのだから。


 ≪演算を、続行します≫



[26842] 第三十話 苛酷なる真実
Name: イル=ド=ガリア◆9d8bc644 ID:97ddd526
Date: 2011/06/30 20:49
第三十話   苛酷なる真実




 真実というものは、どんな時でも残酷なものである。

 知りたくない事実、知らない方がいい事実はどの世界にも溢れているが、悪意なくともほんの僅かの歯車の狂いによって、もたらされることがある。

 そして、その時、高町なのはとフェイト・テスタロッサ、二人の少女は真実の残酷さを知った。

 さらに悲劇はそれだけではなく、それをもたらした人物は彼女らの親友である月村すずか。

 彼女が悪いわけではない、彼女には何の悪意もなかった。

 しかし、彼女が取った行動、彼女がもたらした言葉は、なのはとフェイトを深く傷つけ、彼女らは初めて、己の友達に負の感情を抱いた。

 それを、責めることは誰にもできまい。人間という生き物は想いを溜めこみ続ければやがてパンクしてしまう。

 そのような想いを受けとめ、支えるために、友達というものはいるのだから。

 今まさに、少女達の絆が試されようとしていた。




新歴65年 12月14日 第97管理外世界 日本 海鳴市 私立聖祥大学付属小学校  AM8:00



 「そういえば、昨日ははやてのことで一杯一杯だったから忘れてたけど、月曜日、フェイトも休んでたのよね」

 きっかけは、アリサのそんな一言。

 友達が体調を崩して学校を休んだのだから気にするのは当然なのだが、入院というそれを上回る出来事があったために、昨日はこの話題が取り上げられることはなかった。


 「うん、でももう大丈夫、全く問題はないよ」


 「それは分かってるけど、なんか、外のベンチで眠りこけて軽い風邪をひいたなんてメールでなのはが言ってなかった?」


 「メールを送ったのはわたしだけど、すずかちゃんが、フェイトちゃんを見つけてくれたんだよね」

 フェイトが寝込んだ原因はベンチで寝ていたことによる風邪ではないということをなのはは知っていたため、すずかがフェイトをハラオウン家まで届けてくれたというトールの情報を基に、そのような内容をアリサに送っていた。


 「うん、あの時はほんとにびっくりしたんだから」


 「ありがとう、すずか」

 気絶していたフェイトには当然記憶はないが、多分シグナムが自分をベンチに寝かせて去った後に見つけてくれたのがすずかなのだろうと思っていた。


 「でも、図書館ってことは、ひょっとしてその時はやても一緒にいたの?」

 昨日、四人ではやてのお見舞いにいったが、その時は入院のことや学校生活のことや早く元気になって欲しいなどなどの会話が主だったため、そのことに関する話題は出ていなかった。

 故に―――


 「うん、はやてちゃんと一緒に図書館を出たところで、フェイトちゃんを抱えたシグナムさんに出会って―――」

 その音声情報は、とてつもない速度でなのはとフェイトの脳内へと浸透した。


 「What?」

 なぜか急に英語での反応を示すなのは、相当に混乱している模様。


 「ωλστ?」

 こちらも同じく混乱のためかミッドチルダ語で反応を返すフェイト。

余談だが、念話や会話などのコミュニケーション手段での翻訳魔法は存在するが、国語のテストやプリントを読むにはデバイスなどに情報を読みこんで翻訳する必要があるため、フェイトは国語が苦手だったりする。

 クロノやエイミィも次元航行艦が備える翻訳機によって、第97管理外世界日本の人々と問題なくコミュニケーションを行っているが、例えば翠屋のメニューを読む際には、デバイスで写真をとり、画像処理で取り出した文字を翻訳したりなどの手間が必要になったりする。

 そういった機器の手助けがあり、会話という最も基本的なコミュニケーションが行えるため、それぞれの文化に順応するのは早いが、それでも完全に馴染むには相応の時間を要することもまた当然の帰結である。


 閑話休題


 「ちょ、ちょ、ちょっと待って、い、今、なんていったの、月村さん!?」


 「な、な、なんか、とんでもない記号を聞いた気がするんだけど、わたしの聞き違いだよね、忍さんの妹さん!?」

 よほど混乱しているためか、なぜかすずかという固有名詞を使わないで詰め寄る二人。


 「え、ど、どうしたの、なのはちゃん、フェイトちゃん」

 当然の如く、すずかには何がなにやら分からない。


 「ちょっと、落ち着きなさい二人とも」

 唯一冷静なアリサが、とりあえず暴走気味な二人を宥めようと試みるが―――


 「落ち着いてなんていられないよ! 答えて、巨大子猫の屋敷のお嬢さん!」


 「そうだよ、わたし達にとってとっても大切なことなの、教えて、お兄ちゃんの未来の義理の妹さん!」

 完全に焦りまくっている二人は聞く耳持たず。


 「え、あ、あの、わたしって、誰なの!?」

 なんか色んな代名詞を次々に放たれ、アイデンティティを見失いかけているすずか。

 そして―――


 「取りあえず、落ち着けぇぇい!!」

 渾身のアリサチョップが、魔法少女二人の脳天に振り下ろされた。




■■■





 「それで、話を整理すると、そのシグナムさんっていう人は、はやての家族なわけね、前に一度スーパー銭湯で会ったような覚えがあるけど」

 暴走気味の二人(現在頭をさすっている)をなだめ、とりあえずアリサが話をまとめる。


 「うん、お姉ちゃんよりは年上そうだったから、多分20歳以上のシグナムさんとシャマルさん、それから、私たちよりも一つか二つ下くらいのヴィータちゃん、あと、大型犬のザフィーラが、はやてちゃんの家族」


 「そ、そうなんだー」


 「スーパー銭湯で、会ってるんだ……」

 思いっきり心当たりがあり過ぎる名前がどんどん出てくるが、まだ頭が混乱しているためとりあえず聞き手はアリサに任せたなのはとフェイト。

 しかし、そのアリサもスーパー銭湯で八神家の人々と会った覚えがあるというのは、初耳であった。


 「あの人達がはやての保護者なわけよね、そういえば、何してる人達なの?」


 「ええっと、シグナムさんが剣道場の非常勤講師をしていて、それ以外にも空いた時間には引越し屋さんのバイトとか、事務員さんのパートとかもやってるって」


 「随分幅広く働いてるみたいね」


 「基本的には肉体労働が得意だって言ってたけど、書類仕事とかも凄いの、前に簿記の様子を見せてもらったけど、なんかこう、“社会人”って感じがしたな」


 【シグナムさん、そんなことも出来たんだ】


 【ひょっとして、私たちって、駄目駄目魔導師?】

 戦いが専門のように思われたシグナムの意外なスキルの前に、驚愕すると同時にやや自信を無くす二人。

 しかし、彼女は白の国で10歳から28歳までの18年間、文官と武官の両方の仕事を兼ね、騎士隊長となってからは白の国の国民500名近くの命を預かる立場にあった。

 文化は違うとも、社会に立つ人間の責任や基本的な役割というものには本質的な差が出るわけではない。また、白の国は各国との交流が盛んであり、調律の姫君に代わって大使の相手や視察団の代表を兼ねることも多かったシグナムは異文化との接触経験が豊富である。

しかし彼女達が落ち込む必要など無い、9歳の子供にそういった事務仕事などできなくて当然なのだから。広い次元世界には9歳でありながら、大人と同じどころか大人顔負けの能力を持つ、亜麻色の髪の少年がいるかもしれないが、それはあくまで特例中の特例だ。


 「じゃあ、その人が大黒柱的な感じで、シャマルって人がお母さん役?」


 「うーん、シグナムさんがお父さん役なのは間違いないと思うけど、お母さん役はむしろはやてちゃんみたいで家事全般担当、シャマルさんは車椅子のはやてちゃんだけだと難しい家事の手伝いと、シグナムさんがの書類仕事のお手伝いを両方やってる感じだって、はやてちゃんが言ってたよ」

 本来の職業は薬草師であり、夜天の騎士となってからも基本的に留守を預かることが多かったシャマルは異文化との接触経験はさほどない。

 しかしその分、実務に関しては優れており、シグナムが複数の仕事が重なる時は彼女が書類仕事を引き受けることも多い、また、彼女自身の希望もあって、八神家の衣食住を預かるはやての手伝いとして積極的に働いていた。


 「そして、はやての妹的な立場のヴィータちゃんと、けっこうかわいい子だったけど、ちょっと珍しい家族構成だわ」

 ヴィータは、しばらくは子供らしく何もせず、天真爛漫に過ごしてほしいと願っていたのは、他の三人全員。

 とりわけ、ザフィーラはそのことを強く願っていた、騎士としてではなく、普通の女の子としてヴィータがはやてと過ごすことを。


 「確かにそうだけど、凄く皆仲が良いの、はやてちゃんは、“これも一種の家族計画や”って言ってたけど」


 【家族計画……】


 【多分、シグナムのお父さん役は真っ先に決まったんだろうね】


 【普通に考えたら、後はシャマルさんがお母さんで、はやてちゃんとヴィータちゃんがお姉さんと妹さんだけど】


 【はやてがお母さんで、シャマルさんは多分皆のお姉さん的な立ち位置で、ヴィータが皆の妹的立ち位置、みたいな感じになってるのかな】


 【それで、アルフさんと同じく、ザフィーラさんは愛犬役】


 【人型だと、一人だけ男の人で大変そうだもんね】

 すずかがはやてから聞いていた八神家構成図を話していると同時に、なのはとフェイトは念話でその情景を思い浮かべていた、現実逃避ともいう。


 「ま、大切に想ってくれてる家族がいるなら、はやても安心ね。でも、それなら昨日話してくれたってよかったのに」


 【あ……】


 【わたし達が、いたから】

 その理由を、なのはとフェイトは同時に悟った。

 すずかが言ったように、気絶したフェイトを公園で抱えていたのはシグナム、その経緯は良く分かる。

 ならばその時、すずかの友達がフェイトとなのはであることをシグナムも知ったはず、だから恐らく、家族については話さないようにはやてに予め口止めしておいたのだろう。

 つまり、アリサは完全に割を食った形になる。


 「まあ、結構複雑な事情があるみたいだから、会ったばかりの皆には話しにくかったんじゃないかな」


 「うーん、確かに、どう考えても普通の日本人じゃないものね、まあ、この街だとそう珍しいことでもないし、戸籍とかがなくても働けるところもあるし」

 常識的に考えれば色々とおかしいが、海鳴市にまともを求める方がいけない。


 「髪の色で言うなら、すずかちゃんの方が多分珍しいよね」


 「そうなの? わたしの母さんも紫だったよ」

 ここは海鳴、語る者なき異形都市。

 とはおおげさだが、しかし実際その不可思議具合は、多種多様な次元世界の文化が雑多に融合している混沌の街クラナガンといい勝負だろう。

 ヴォルケンリッターの容姿も、この街ではそれほど珍しいことではない。


 「それでも、やっぱり大変なこともあるんだと思うよ、私がはやてちゃんのお家の夕食に招待されたのも、一週間前だから」


 「ん、あれ?」


 「一週間前………」

 すずかの言葉に、再び悪寒を感じる二人。


 【今日は、12月14日、水曜日だよね】


 【昨日は、13日、火曜日、はやてお見舞いに行って】


 【12日の月曜日は、フェイトちゃんが寝込んでて】


 【11日の日曜日に、私達はシグナム達と戦った】


 【10日の土曜日は、リーゼさん達に本局を案内してもらって】


 【9日の金曜日は、学校を休んでゼストさんに教導してもらって、ボコボコに……】


 【8日の木曜日は、そのための準備と、身体を休めるということで何もなくて……】


 【今から一週間前、7日の水曜日は………】


 【わたし達が、シグナムさん達と二度目に戦った日だよね、それも、夕方に】

 何かがおかしい、因子が釣り合わない。

 はやての家族であるシグナム達はその日の夕方、自分達と戦っていた、ならば、はやてが八神家の夕食に招かれることは不可能はなず。

 なのだが―――


 「夕食って、宴会でもしたの?」

 アリサが、聞いてはいけない質問をしてしまう。


 「うん、お鍋パーティー、準備ははやてちゃんがやって、シグナムさんたちも結構忙しかったみたいなんだけど、仕事を早めに切り上げて帰ってきてくれたの」


 「は?」


 「へ?」

 今、とても不吉な言葉が―――

 二度目の戦いにおいては、ヴォルケンリッターはこちらの挑戦には応じることなく、撤退を前提とした戦いに終始していた。

 その理由、恐るべき根源が、今明らかにされようとしていた。


 「す、す、すずかちゃん、シグナムさん達は、オシゴトヲ、キリアゲテ、カエッテキテ、クレタノ?」


 「そ、そうだけど、どうしたのなのはちゃん、何か片言になってるよ?」


 「ええっと、スズカ、トラブルトカ、ナカッタノ?」


 「ちょっと、落ち着きなさいなのは、フェイト」

 再び暴走しそうな二人の頬をギューっとつねり、猛獣を躾けるが如きに手綱を握るアリサ。

 
 「それで、どうなのすずか、なんかトラブルでも起きてたの?」

 いひゃいいひゃい(痛い痛い)と抗議をしている友人2人を無視し、アリサはすすかに答えを促がす。


 「ええっと、用件は後日にということで話がついたとかって、言ってたような」


 「聞いてない、聞いてないよ、むしろすっぽかされたよ」


 「確かに後日はあったけど、そんな保証はなかったよ」

 なんとかアリサフィンガーから逃れ、地の底から響いてくるような声を発する2人。しかし涙目で頬をさすりながらので、あまり重い雰囲気は出ていない。


 「って、あんたら、はやての家族を知ってたの?」


 「ううん、知らないよ、あはははははははは!」


 「知らない、知らない、全く知らない! ふふふふふふふふふ!」

 すずかとアリサは思った。

 なのはとフェイトが壊れた、と。


 「お鍋…そう………お鍋なんだね」


 「違うよなのは、お鍋といっしょにすずかを食べるため、だよ」

 どうやらフェイトの脳内で守護騎士たちはカニバリズムに目覚めたらしい。


 「やだなあフェイトちゃん逆だよ、それじゃあすずかちゃんが食べられちゃってるよ、うふふふふふ」


 「あれ、ホントだ、あははははは」

 一向に戻ってくる気配がなく、二人のSAN値はえらいことになりつつあった。ためしに打ったアリサデコピンも効果なく、乾いた笑いを続けている。


 「な、なのはちゃん、フェイトちゃん、わたし何か、いけないことしちゃった?」


 「ううん、何も、すずかちゃんは悪くないよ」


 「そう、すずかは悪くない、そもそも、悪い人なんて誰もいないんだ、ただ、悲しいすれ違いがあっただけ」

 そして、二人の暴走が果てしなく続くかに見えたその時。


 【話は全て聞かせてもらった】

 レイジングハートとバルディッシュ経由で届いた、ある通信が二人の意識を現実へと引き戻した。












新歴65年 12月14日 第97管理外世界 日本 海鳴市 私立聖祥大学付属小学校 屋上 PM0:05




 【話は全て聞かせてもらった】

 通信で指定があった昼休み、なのはとフェイトは屋上に来ていた。

 マルチタスクを用いて通信をするならば授業時間中も可能であったが、内容が深刻だけに二人には途中で声を出さずにいる自身がなく、昼休みまで待つこととなった。


 【話は全て聞かせてもらった】


 【いえ、それはもう分かりましたから】


 【ていうかトール、その口調久しぶりだね】

 フェイトがハラオウン家に移り、リンディが母、クロノが兄となった後は、管制機が人間らしい口調で話すことは徐々に少なくなった。

 これはもともと、アリシアのために使用していた機能を、人間らしい他者との繋がりというものを失いつつあったプレシアのために彼が拡張した機能。

 フェイトが幼い子供のうちは常に使用していたが、ジュエルシードに関わる出来事を経て、フェイトがなのはと共に歩んでいく道を選んでからは、彼はその役割を本来のものへと回帰させつつあった。

 しかし――


 【そりゃあな、既に舞台を作るための演算は始まっている。ならば、観客を呼び込むため、演者を引き込むために、舞台上の道化が再臨するのもまた当然の成り行きという奴だ、もっとも、俺自身は舞台裏で演算を続けているが】

 演算は、既に開始されている。

 管制機トールが御都合主義の機械仕掛けとしての機能を開始した以上、表の道化たる汎用言語機能が使用されるのも必然であった。

 ジュエルシード実験の時と、同様に。


 【よく分からないんですけど、フェイトちゃん、分かる?】


 【ごめんなのは、普段のトールの言うこともよく分からないけど、この状態のトールは余計分かりにくいんだ】


 【ったく、甘いなフェイト、そのような様では舞台の主演にはなれんぞ。せっかく俺がこの機能を最も参照が速いキャッシュ領域に戻したと言うのに、張り合いがないではないか】


 【前半は意味不明ですけど、後半は分かります】


 【これまでは、私達が話かけても汎用言語機能のリソースが主記憶にしかなかったから、リアルタイムでの人間らしい受け答えが出来なかったんだね】


 【ほほう、その辺は分かったか、その通りだ。デバイスにとって人間らしい受け答えをするのはかなりの難事、そして、時の庭園を介さない俺自身の演算性能はそう大したものじゃない、故に、汎用言語機能を用いるならば、キャッシュ領域におく必要がある】

 そして、無駄なことをしない管制機が、“人間と人間的に対話するための機能”を再起動させたということは。


 【じゃあ、シグナム達と、交渉するの?】

 彼が、人間と交渉するつもりであることを意味している。


 【然りだ、この機能は裁判や取引を有利に進める際に有効だし、その用途はお前もよっく知ってるだろ】


 【そりゃまあ、うん】

 嫌な記憶も多いが、この状態の彼がとても人間らしく、幼い自分は退屈という言葉を知らなかったことは、フェイトにとっても大切な事柄であった。


 【レイジングハートとバルディッシュを通じて、話は全て聞かせてもらった】


 【またそれですか】


 【そう言うな、なのは、いや、魔法少女一号】


 【何ですかその呼び方!?】


 【他意はない】


 【ないなら普通に読んで下さい!】


 【分かりました、普通にお呼びいたしましょう、高町なのは嬢】


 【それって、普通なんでしょうか?】


 【ええ、普通です】


 【………】


 【でだ、高町】


 【フェイトちゃん……助けて】


 【まず、呼吸を落ち着かせて、それから、聞いたことの半分を反対側の耳から出すの、そして、必要な情報だけを残すように心掛ければ、なんとかなるよ】


 【おお、なんという友愛じゃ……なのはが、なのはが心を開いておる】


 【トール、いい加減話が進まないから、本題に入ろう】


 【今日の夕方、俺達三人ではやてのお見舞いに行く、アポはなし、おそらくシャマルがそこにいるはずだ】

 見事なまでに、本題がいきなり出てきた。


 【ま、また、いきなりだね】


 【だが、それしかないだろう、俺達には闇の書に関する情報があり、闇の書の主が八神はやてであると知った。とはいえ、それはすずかからの又聞きに過ぎず、直接確かめる必要がある】


 【でも、クロノ君達には……】


 【まだ知らせるには早い、いいか、俺達はあくまで民間協力者と嘱託魔導師、そして、デバイスだ。クロノ達と違って闇の書の主を逮捕する義務もなければ、そのことを知らせる義務もない、義理はあるが、状況によってははやて達に力を貸すことだって不可能じゃない、友達としてな】


 【交渉相手としては、私達は中立の立場でいられるってことだね】


 【それで、闇の書を完成させたら駄目だって、伝えるんですね】


 【高町なのは、2点】


 【えええ!】


 【それも、1000点満点で】


 【そんなに低いんですか!】


 【でも、このままじゃはやてが危険なんだよ、完成させちゃいけないって、教えないと】


 【だからそれが浅はかだと言っている。いいか、交渉の基本は相手に希望を与え、旨味をもたせることだ、絶望を突きつけるだけならそれは喧嘩を売っているだけだろう】


 【ええっと……】


 【喧嘩に、なっちゃうんですか】

 流石に直感的にピンとこないなのはとフェイト、そもそも、彼女らは交渉というものを経験したことがない。


 【いいか、状況はジュエルシード実験の時に似ている。思い出せフェイト、お前は病床のプレシアとアリシアのためにジュエルシードを集めていた、それこそ、自身の危険や怪我、疲労を省みず必死にな、それは、なのはもよく知っているな】


 【う、うん】


 【それは、はい】


 【お前は15個のジュエルシードを集めれば母が救えると信じて頑張り続けていた。そこに、なのはがジュエルシードは悪意ある改変を受けて壊れている、今の状態で発動させても暴走してプレシアが死ぬだけだ、なんて言って来たら、お前はその言葉を信じるか、いや、信じていいのかお前は】


 【そ、それは……】


 【……無理、ですよね】

 ジュエルシード実験の時、なのはとフェイトは心の奥深い部分まで想いを共有していた。

 だからこそ、なのはにも分かる、あの時のフェイトがそのようなことを言われても、信じることなど出来ない、信じてしまったら、自分のやってきたことの意味がなくなるばかりか、母を救う可能性が閉ざされることを肯定してしまう。


 【喧嘩を売っているというのはそういうことだ。そういう意図はないかもしれんが、お前の母は助からない、諦めろ、と言っているに等しい。そんなことを言われたら、思うこと、やることは一つしかないだろう】


 【きっと……私はなのはを黙らせる、力づくで、そして、その言葉を否定する】


 【うん、私がフェイトちゃんの立場でも、きっとそうするよ】


 【そういうことだ、お前達人間は俺達デバイスと違って感情で生きている、他の人間に嫌な情報を聞かされたからと言って、はいそーですかと受け入れるわけにはいかん。俺に言わせれば、非効率的で、無駄が多い、例えどんな情報でも、一考の価値はあるだろうというところだが】


 【トールに言われると、凄い説得力だね】


 【でも、そんな不器用で、非効率だからこそ、分かり合えることもあると思います】


 【その通り、人間はそれでいい。効率的にしか動けないのがデバイス、非効率的にしか動けないのが人間であるからこそ、手を取り合って進む。だから、フェイトにはバルディッシュが、なのはにはレイジングハートがいるんだろ】

 『Yes.』

『Yes, sir.』

 管制機の言葉に、彼女らの相棒が同調する。

 感情ある人間には出来ないことがあるからこそ、自分達がいるのだと、誇るように。


 【でも、それじゃあ交渉はどうするの?】


 【いい着眼点だ、いいか、先程の例えで言うなら、こういうのはどう思う。ジュエルシードを使わなくてもプレシアの病気を治す方法が発見された、とりあえず、こっちの話を聞いてくれないか】


 【それなら、うん、応じると思う】


 【フェイトちゃんの願いは、ジュエルシードを集めることじゃなくて、プレシアさんを治すことだったから】


 【そう、つまり、俺達が提示すべきは闇の書が壊れていることじゃなくて、闇の書を完成させずともはやてを治す方法だ。その方法は今ユーノ達が探しているが、正直、手応えはある。このまま闇雲に蒐集を続けるよりも、可能性はありそうだぞ、とな】


 【でも、はやてちゃんの時間は、もうあまりないんじゃないですか?】


 【これまたいい所に気がついた。そう、それが最大の問題だ、はやてが入院したことはリンカーコアの浸食と決して無関係じゃないだろう、確かにユーノが解決法を見つけ出せればいいが、その前にはやてが死んでしまっては意味がない、管理局と守護騎士の最終目標は違うからな】


 【管理局は、闇の書の永久封印が目的だから、仮にはやてが駄目でも、次の闇の書事件で止めればいいけど】


 【シグナムさん達は、はやてちゃんを助けたいだけ、だから、蒐集は止められない】


 【そう、ユーノが無限書庫で調べることも、はやてを救う可能性、闇の書の完成も、はやてを救う可能性、つまり、最終的にはヴォルケンリッターがどちらを信じるかだ。お前達とユーノだけならば両方も一つの手段だが、時空管理局としてはそうもいかん】


 【………なのはを襲撃した経歴のある守護騎士達の、闇の書の蒐集の続行を、認めるわけにはいかないもんね】


 【なんで……ですか、皆、闇の書で苦しむ人たちを助けたいと思っているだけなのに、何で、争わなきゃいけないんですか】

 なのはの目から、涙が零れる。

 シグナムも、ヴィータも、シャマルも、ザフィーラも、クロノも、リンディも、エイミィも、ユーノも、アルフも、アースラの皆も、全員闇の書で苦しむ人を助けたいはずなのに。

 そのための手段は、バラバラなものになってしまうのか。


 【よく言ったなのは、そうだ、この問題を解決する鍵はそこにある】


 【え?】


 【解決法は実に単純なんだ、管理局と守護騎士が友達になればいい】

 複雑に見えて、根底には実に単純な法則が存在する。

 機械である故に、トールはそれを知る。


 【友達に……】


 【なる……】


 【さっきの例をもう一度考えろ、ジュエルシード実験の時、なのはがフェイトにひょっとしたら他にプレシアを救う手段が見つかるかもしれないから、とりあえずジュエルシードを集めるのは中止して、こっちに協力してくれ、と言われて、フェイトは頷けるか?】


 【それは………難しいし、迷うよ】


 【ならば続けて問おう、あの時のお前ではなく、今のお前ならば、なのはの言葉に対して、迷うか?】


 【迷わない、わたしはなのはの言葉を信じるよ】

 僅かの間もない、即答。

 その目に微塵の迷いもなく、フェイト・テスタロッサは断言した。


 【フェイトちゃん……】


 【な、簡単だろ、対立している相手の言葉なら信じるのは難しいが、友達の言葉を疑う理由がどこにある】


 【うん】


 【凄く、簡単だね】


 【それにだ、なのは、ヴィータがお前の名前を呼んでくれたなら、ヴィータはもうお前の友達じゃないのか?】


 【はい、友達だと思ってます】


 【だったら後は、ヴィータがお前を友達だと思ってくれればそれでいい、友達みんなで協力して、はやてを助けるための方法を考えればそれが最善だろ、管理局と敵対しながら蒐集を続けるなんて選択肢に比べれば、百倍見込みがありそうだとは思わんか?】


 【はい!】


 【それが、一番だよ!】


 【だったら、俺達三人がやるべきことはなんだ? 敵対していたはずのお前達は、どうやって友達になった?】

 僅かに、思い返す二人だが、答えはたった一つしかあり得ない。


 【全力全開で】


 【ぶつかること】


 【そして相手はベルカの騎士ときたもんだ、その上、まるであの時のように、お前達とは既に三回ほど衝突している。友達になるには、ちょうどいいとは思わんか?】


 【うん、シグナムのことは、少しずつだけど、分かってきたよ】


 【ヴィータちゃんは、わたしのお願いを一つだけ聞いてくれるって言ってたから】

 ならば、やることはただ一つ。


 【というわけだ、今日の放課後、なのはとフェイト、それから交渉人として俺の3人ではやてのお見舞いに行く。小難しい理屈はなしで、友達になるための一騎討ちを申し込みにな】


 【わたし達はいいけど、トールはいいの?】


 【さっきも言ったが、現段階では俺達はまだヴォルケンリッターと敵対しているんだ、その状態で闇の書の真実を告げたところで火に油。だったらまずは、こっちが管理局の協力者としてではなく、純粋にはやてのためになりたい、というところをぶつけなきゃならんだろ】


 【だから、クロノ君達には知らせずに、私たちだけで行くんですね】


 【そういうこった、なので今回アルフはなしだ。俺の予測では、盾の守護獣ザフィーラは病室には入れないから遠くの世界で蒐集を行っているだろうし、向こうには向こうの事情もある、ある程度は斟酌してやらんとな、友達として】


 【じゃあ、わたしがシグナムと】


 【わたしが、ヴィータちゃんと戦って】


 【俺とシャマルはあの時のユーノとアルフよろしく結界の補強、維持役か、もしくはお前達に倣って戦うかのどちらかだな、まあ、ここはノリを合わせて三対三がいいだろうが】


 【うん、分かったよ】


 【これで四回目、今度こそ、ヴィータちゃんと友達になってみせます】


 【うし、それじゃあ、放課後に待ちあわせといこう、俺も久々に戦闘用の魔法人形と管制機トール本体の組み合わせでいく、守護騎士との最後の勝負といこうかい!】


 【はい!】


 【任せて!】


 そうして、屋上における念話は終了し、彼女らは決意も新たに教室へと向かう。

 そこに、未来を悲観する様子は微塵も感じられない、彼女らは明確な目的と、友達になりたいという意思を持って、前を向いて進んでいく。

 ただし、なのはとフェイトは忘れていることがあった。



 それは―――




 【彼女らは、そのように誘導いたしました、クロノ・ハラオウン執務官。交渉そのものは貴方にお願いしたい。そのための下地は私が整えますので、御安心を】


 管制機トールは、“嘘吐きデバイス”であり。


 【ふむ、逆に安心できないと、その気持ちは推察したしますが、彼女達が守護騎士と友達になりたいと思っていることも事実なれば、私はそのように動きます。要は、敵味方を超えた共通の思い出を作れれば良いのです】


 汎用言語機能を発動させている時、彼の言葉を信じた者は、馬鹿を見る。


 【ええ、演算結果は既に出ております。この作戦が成功した暁には、間違いなく高町なのは、フェイト・テスタロッサ、剣の騎士シグナム、鉄鎚の騎士ヴィータ、湖の騎士シャマルの間には敵味方を超えた絆が生まれます。それは必ずや、闇の書の闇を打ち消す光となることでしょう】


 だからこそ、表面だけを拾うならば信頼に値する言葉を聞きながらも―――


 【全ては私にお任せを、貴方とアルフは準備を整え、手筈通りに待機していてください。湖の騎士が張るであろう結界が破れた時が、絶好の機会となります】


 通信を受けているクロノ・ハラオウンは、凄まじく嫌な予感がするのを止めることが出来なかった。


 なのはとフェイト、純粋な少女二人に黙祷を捧ぐ。



[26842] 第三十一話 アンタやりたい放題やな(はやて談)
Name: イル=ド=ガリア◆9d8bc644 ID:97ddd526
Date: 2011/06/30 20:53
第三十一話  アンタやりたい放題やな(はやて談)



※今回、なのはとフェイトが多少壊れます
 


新歴65年 12月14日 第97管理外世界 日本 海鳴市 風芽丘図書館 裏手の公園 PM3:03



 トールから指定のあった待ち合わせ場所は、フェイトがすずかによって回収された公園であった。

 それほど人通りが多い場所ではなく、大学病院からもそれほど距離もなく、かつ、目印としては困らない場所であるため、クロノ達に秘密の行動の集合場所としては適している。


 「でも、トールさんはどんな姿なんだろう?」


 「分からない、戦闘用の新しい魔法人形とは言ってたけど、これまでにない姿をしてるって言ってたから」

 あまり人通りのない公園とはいえ、他の人がいる可能性も当然ある。

 しかし、トールの姿が分からない以上、誰が彼であるのかはなのはとフェイトには分からない、普通に考えれば向こうからこっちに声をかけてくるだろうが、残念なことに奴は普通ではない。

 背後から忍び寄って声をかけられるくらいならまだいいが、一体どんなサプライズが待ち受けているか、想像もつかなかった。


 「とりあえず、注意しよう、フェイトちゃん」


 「うん、なのはも気をつけてね」

 トールに相手にする場合に限って、レイジングハートとバルディッシュに頼ることは出来ない。

 二機とも有事において“機械仕掛けの杖”を発動できるように調整されているため、逆に干渉される可能性を秘めている。つまり、二機が“問題ありません”と言ったところで、それが奴の虚言である可能性は否定できない。

 しかし、この時はなのはとフェイトの心配は杞憂に終わった。

 なぜなら―――


 「………あの人だね」


 「うん、絶対、間違いない」

 公園のベンチの近くに、青い髪をした20歳くらいの背の高い男性が立っており、背中に大きな風呂敷包みを背負い、その手には土鍋と人形があった。

 右手には土鍋があり、そこには栗色で短髪の少女、鉄鎚を持った赤い髪の少女、剣を持った長身の女性、指輪を嵌めた金色の髪の女性、そして、蒼い狼の人形が鎮座している。

 左手には土鍋の中とは別の人形があり、白い服に金色の杖を持った少女と、黒い服に黒い杖を持った少女がいた。

 そして、それらの位置関係は上下、鍋が上で少女達の人形は下であった。


 それの意味するものは―――


 「来たか、鍋以下の哀れな少女達よ」

 とりあえず、殴った。

 なのはとフェイト、同時に全力で殴った。

 自身の身体が許す限りの身体能力を発揮させ、込めれる限りの全力で殴った。




 ■■■



 「痛くない、そうとも、俺は痛くない、なぜなら俺は、人形だからだ」

 悠然と立っている長身の男の下で、少女二人が手を抱えて「うう、痛い……」と言いながらなみだ目で蹲っていた。


 「何で、こんなに硬いの………」


 「多分、この人形は外表も金属がベースで、凄く薄く人工の皮膚が張られているだけなんだと思う」


 「流石はプレシアの娘、よく気がついた。そう、この人形は通常のものとは違い、ほとんど全て金属で構成されており、傀儡兵に限りなく近い、この利点は分かるな?」


 「………普通の機械に近づけば近づくほど、トールが管制しやすくなる、だよね」

 憮然とした表情ではあるが、しっかりと返事をするところが、この少女たちの素直さと優しさを語っているだろう。


 「然りだ、食事する機能や体温を保つ機能など、その辺りは人間らしさを演出する上では役に立つが、管制機トールにとっては邪魔になる。なぜなら、俺は電気変換された魔力によって駆動する魔導機械を管制することをこそ本領とするため。そしてだからこそ、バルディッシュとの相性は最高なのだ」

 顔面を散々殴られたものの、人間と違って炎症などはなく、特に腫れたりはしていないトール。

 この人形は外見こそ人間のものだが、その中身は人間とは根本的に異なる機構を持つオートマータなのである。


 「バルディッシュは、電気変換資質を持つフェイトちゃんの専用機ですもんね」


 「その通りだなのはよ、これから守護騎士達と最後の一戦をやりに行くというのに普通の人形を選ぶわけはあるまい。馬鹿な小娘め、ああ馬鹿な小娘め」


 「ねえ、フェイトちゃん、トールさんに苦痛を与える方法って、ないの?」


 「リニスからアルフが伝授されてるそうだから、今度、教えてもらおう」

 そして、既になのはとフェイトには、これまでの積み重ねが効いているのか、遠慮というものが微塵も存在しなかった。

 だが、それも当然、道化とは、子供達が遠慮なく笑えるように演じる者を指す。


 「さて、はやての病院に向かう前に注意点をいくつか、まず、俺のことはトールとは呼ぶな」


 「何でですか?」


 「以前、クラールヴィントと接触した際にあいつは俺の名前を知った。だから、お前達が俺をトールと呼べばばれてしまうだろ」


 「なるほど、じゃあ、何て呼べばいいの?」


 「そうだな、別に何でもいいんだが………シロウやキョウヤ、ってのは「全力で断ります」……だめか」

 トールが言い終えるより早く、なのはが断っていた。


 「じゃあ、これはどうよ、マイケル・ギョギョッペン」


 「前の方だけならともかく、後ろが論外」


 「わがままな奴め、ならばこれだ、気さくなるロシア人、インランスキー・ドスケビッチ・ゼツリンコフ」


 「絶対ダメ!」


 「はやてちゃんの病室で間違っても名乗らないでください!」

 全力全開で棄却する二人。


 「しゃあねえなー、まあ、これで妥協することとしよう、ハインツ・ギュスター・ヴァランス」


 「これまでに比ればまとも、というか、普通な感じですね」


 「誰かの名前なの?」


 「そういうことになるかね、一応、この人格のモデルになった人物だ」


 「え……」


 「モデル、いたんだ………」

 明かされた驚愕の事実に当惑しながらも、二人は思った。


 <絶対、碌な人間じゃない>

 <むしろ、人間じゃないかも>


 「この身体もそいつの外形に似せて作ってみた。これに限らず、管制機トールが操る人形は大抵モデルがあって、それを元に改良を加えているのだ」


 「そうなんですか、でも、一体その人のモデルはどこから?」


 「そこは気にするな。とにかく、今日の俺はテスタロッサ家に仕える若年執事、ハインツ・ギュスター・ヴァランスということにしておけ。もしくはロキと呼んでもいい、この肉体と顔は初めてだから、何とかなるだろ」

 とりあえず、この人格で執事を名乗るには、まず全世界の執事に土下座する必要がありそうである。


 「………見たことないですから、多分、大丈夫だとは思いますけど、じゃあ、ロキさん、でいいんですか?」


 「ロキ、うん、それなら大丈夫そう」


 「よし、そこはOKだな、じゃあ注意点二つ目、はやての病室に入ってからはとりあえず俺に話を合わせろ。いきなり友達になりたいから戦おう、なんて言い出したら精神科へ案内されるからな」


 「どう考えても、変な子だね」


 「というか、注意されなくても言いませんけど」


 「注意点三つ目、今回の目的はあくまでヴォルケンリッターと和解し、友達になることだ。故にはやては対象外となる。なぜなら、はやてはもう友達だから」


 「じゃあ、闇の書に関してもはやてにはまだ知らせないでいいんだね」


 「でも、はやてちゃん、苦しくないんですか?」


 「苦しくないことはないだろう。だが、お前達なら分かると思うが、本当に苦しいのは自分の身体が痛いことよりも、自分の知らないうちに家族が危険と遭遇し、傷ついていることだ。違うか?」


 「……違わない」


 「きっと、そうです」


 「ま、俺には理解できんが、魔法少女三人衆はそのような思考回路を持っていることを、俺の人格データベースとアルゴリズムは導き出している。とにかく、はやてのことを思うなら、守護騎士に危険な蒐集を止めさせてやれ。守護騎士が傷つくことを願っている奴は誰もいないんだ」


 「うん、分かった」


 「はやてちゃんの、ためにも」


 「うし、それじゃあ行くぞ、目標地点はやての部屋」


 「待って、その鍋と人形、どうするの?」


 「安心しろ、ちゃんと風呂敷の中にしまっていく。こんなものを持ったまま街中や病院を練り歩くほど、俺は非常識じゃない」


 「………」


 「………」


 「おい、何で黙る?」


 「別に……」


 「なんでもありません……」

 何を言っても無駄であることを知っているため、なのはとフェイトには世の不条理を感じることしかできなかった。








新歴65年 12月14日  第97管理外世界  海鳴市  海鳴大学病院  PM3:33




 「えっと、あと1時間くらいしたら、ヴィータちゃんも来ると思いますよ」


 「もう、そんな頻繁に来んでもええって言うてるやん」

 そう言いつつも、嬉しさを隠しきることは出来ない。

 誰よりも家族を大切にする少女故に、家族が来てくれることは何よりも嬉しいのだから。


 「ヴィータちゃんが会いたがっているんですよ。はやてちゃんに、シグナムも、お仕事が無ければ今頃来ているでしょうし」


 「うう、皆の衣食住の面倒を見なきゃいかんはずの主が、情けない限りや」


 「ええまあ、確かにはやてちゃんのご飯は恋しいですね、ヴィータちゃんは特にそう思っていますよ」

 この辺りは、偽りを述べる必要はない。

 はやてという存在は、自分達にとってかけがえのない大切なものであるということは、いくら告げても伝えきれるものではない。


 「ほんま、早く治して、家に帰らんと」


 「ええ………きっと」

 絶対に、自分達が主を救ってみせる。

 誓いを確認するように、シャマルは指に収まっているクラールヴィントを見つめる。

 だが、その瞬間、彼女はクラールヴィントが輝くのを見た。


 <魔力を持つ者が、近付いてきている!?>

 確率論で述べるならば、偶然ということもある、ごく稀に名だが、この世界にも魔力を有するものは生まれている。

 しかし、この瞬間に、はやての入院している病院に魔力を持つ人間が訪れるならば、それは自ずと限られる。


 <ほぼ間違いなく、テスタロッサちゃん達、でも、事前に連絡は受けていない>

 昨日は、メールで連絡があった。

 近いうちにまた来るとは言っていたから、今日連絡なしにやってくることにそれほど違和感があるわけでもない。

 だが、何か予感がするのだ。


 【クラールヴィント、ヴィータちゃんのグラーフアイゼンに繋ぐ準備を】

 【Ja.】

 現在、近い世界にいるのはヴィータであり、シグナムはやや遠い世界に、ザフィーラはかなり遠い世界にいる。

 シャマルから直接連絡が出来るのはヴィータのみであり、情報をリレーしつつ、状況によっては皆を戻すことにもなる。

 動揺を表面に出すことなく、はやてに対して笑いかけながら、シャマルは感覚を研ぎ澄ます。

 そして、魔力反応を伴った足音が徐々にこちらに近づき、扉の前に停まる。

 その瞬間―――


 「メリーーーークリスマーーーース!!!

 実に派手な格好をした、謎の男が現れた。





■■■




 「へ?」


 「え?」

 時が、止まっていた。


 状況解説――――扉が開き、サンタが現れた、以上。

 また、捕捉を加えるならばその後ろには“羞恥心”という巨大な文字によって押し潰される寸前といった有様の、真っ赤な顔をした少女が二人。

 彼女らとて、怪人の暴挙をただ黙って見過ごしたわけではない。この究極的な恥を何とかしようと努力を尽くした結果、力及ばなかっただけである。


 閑話休題


 サンタクロースが現れること自体は、季節外れということではない。今日は12月14日であり、クリスマスイブまであと10日まで迫っている。

 しかし、10日は随分早いフライングであり、なおかつこの病室にやってくる意味が分からない。

 クリスマス当日であれば、入院中に子供達にプレゼントを届けるような催しもあるかもしれないが、少なくとも今日いきなり現れることはないだろう。


 「へーい、少女よ、望みを言いたまえ、どんな願いでもこの風呂敷の中に入っているものに限って叶えてあげよう」


 「それ、ものごっつ限定されてるちゃいます? しかも、なんで風呂敷? めっちゃ和風やん」


 「おお、見事なりフレイザード。流石は関西人、素晴らしいツッコミだぜえ、そこに痺れる! でも憧れない」


 「いえ、別に憧れてほしゅうないですけど、というか、誰ですか?」


 「俺は、スーパーベジータだ。またの名をロキとも言い、君のマブダチ、フェイト・テスタロッサの心からの願いに応えて参上した!」


 「はやて! 願ってないからね! わたしは願ってないよ! わたしははやてが早く元気になって欲しいって言っただけで、この変態にこんなことをしてなんて頼んでないから!」


 「この変態とは如何にも酷い言葉、俺はお前の生まれたままの姿を見たことがあるというのに」


 「えええ! そうなん!?」


 「ついでに言えば、生まれる前の姿も見たことある」


 「どうやって!」


 「成せばなる」


 「なるん!?」


 「はやてちゃん、駄目だよ、真面目に相手したら、途方もなく心労が溜まるだけだから」

 いつの間にかベッドの脇まで進んでおり、彼女の肩を叩きながら諭すなのは。


 「というかトー、ロキ、貴方ははやての容体を悪化させるために来たの?」


 「そんなわけないだろう、俺はこの手作りの土鍋を渡すためにやってきた」


 「手作り? 土鍋?」

 最初からではあるが、どんどん意味不明度が上昇していく。はやての脳内にはてなマークが増加する一方であった。


 「さあ、八神はやてよ、受け取りたまえ。月村すずかの話を参考に作った八神家の食卓、in土鍋だ」


 「わあ」

 サンタ男が抱えていた大きな風呂敷から現れたのは、4人と一頭の家族が鍋を囲んでいる様子を再現した人形と土鍋。

 経緯はともかくとして、家族との絆を大切にするはやてにとって、嬉しいプレゼントなのは間違いなかった。

 
 「では、プレゼントをくれた神様に感謝の祈りを捧げるのだ。よし、俺が先に言うから復唱するように。”おお、グロオリア。我ら征き征きて王冠の座へ駆け上がり、愚昧な神を引き摺り降ろさん。堕ちろ、堕ちろ、堕ちろ、堕ちろ! Fuck off foolish God!!”」


 「いや、復唱できへんよ! おもいっきり罰当たりやって! 神様が聞いたら怒られるで!」


 「安心しろ、神は俺達が何言ったって怒ったりはしないって、なにせ”何かを伝えられるつもりでいるのか、寄り集まったところで石くれにすらなれぬお前達が”って言ってるくらいだから」


 「どこの神様やソレ、もう完全にただの性格最悪なダメ人間やん」

 サンタの格好をした男は、休む間もなくはやてに話し掛け、はやてもその勢いに呑まれるように言葉をかえしている。

 そして―――


 【ヴィータちゃん、聞こえるわね、テスタロッサちゃん達に私達のことがばれたみたい。このことをシグナムとザフィーラに】


 【………そっか、それで、はやてに危険は?】


 【今のところ、なさそう、サンタさんの格好でやってきた男がはやてちゃんの気を引いてくれてるから、私は気付かれずに連絡出来てる。どうやら、なのはちゃんとテスタロッサちゃんもそっちに意識を取られてて気付いてないみたいだけど】


 【こっちの都合に合わせてる、ってことか】


 【少なくとも、彼は管理局員じゃなさそう、任務中にこんな真似したら下手したらクビでしょうし】


 【ってことは】


 【多分、彼女達と同じ立場、そして、真意はこちらとの交渉にありそうだということも、合わせて伝えて】

 一瞬の忘我の後、風の参謀たるシャマルは相手の裏の意図を即座に察した。

 第一に、はやての注意を惹きつけ、シャマルの行動を自由にしたこと。

 第二に、はやてと守護騎士の食卓風景を“予め用意したプレゼント”に重ねることで、向こうが八神家について把握していることを暗示してきた。そして、その情報源がすずかであることも。

 第三に、管理局員ではあり得ないふざけた真似をすることで、自分達が管理局とは無関係の立場でやってきていることを示している。


 <馬鹿じゃなくて、これは多分、道化>

 あえて滑稽な姿を演じることで、子供達に真意を悟らせないまま、大人だけに暗号を伝える。

 これを道化と呼ばずして何と呼ぶべきか。


 <とにかく、今は待つしかないわ、向こうもきっと、私達が揃うのを待っている>

 シャマルの目の前では、一人の道化とそれに振り回される三人の少女が騒いでいる。


 <それにしても………一体何者なのかしら>

 マシンガンのようにしゃべり続け、滑稽な仕草を続ける男。

 若干、フェイトの方が親しい感じがするので、彼女の関係者である可能性が高いが、家族というのも微妙に違う気がする。

 あえて、例えるならば………家に仕える者。

 フェイト個人というよりも、彼女の家に仕える人間であるかのような、そんな気配がある。

 風の参謀シャマルは、静かに念話妨害の結界を張り巡らす準備と並行しながら、謎の男に関する考察を進めていた。












新歴65年 12月14日  第97管理外世界  海鳴市  海鳴大学病院  PM4:40


 楽しい時間というものはあっという間に過ぎ去っていく。

 時計が観測する数値は同じであろうとも、人の主観によって感じる長さというものは往々に変化するものだ。

 ある道化がマシンガンの如くしゃべり続け、少女二人の恥ずかしい過去、フェイトが風呂場でひっくり返ってリニスに救出された逸話や、なのはがフェイトにビデオレターを送るために撮影した際に緊張して三度近く撮り直した話などが時折暴露されていった。

 レイジングハートとバルディッシュは常になのはとフェイトの傍らにおり、彼女らの全てを知っているに等しい。

 時の庭園の管制機であり、機械を操る権能を持つ“機械仕掛けの杖”が彼女らの秘密を知りえているのも、至極当然の話ではある。

 だがしかし、それらが彼に知られること自体に嫌悪感があるわけではない。

 なぜなら、管制機トールは人間ではないために。

 例えば、身体検査などを行えば、他人には知られたくない個人のデータが電子媒体で機械に記録されることになるが、そのことに嫌悪感を持つ人間はいない。

 それらの感情は、そのデータが人間の目に触れた時に、初めて現れるもの、機械に入力されているだけでは、何ら意味を持たない。


 なので―――


 「あっははは、フェイトちゃんは、ほんまになのはちゃんのことが大好きなんやね」


 「あうう……」


 「え、えと、その、ありがとう、なのかな?」

 はやてに暴露されてしまうことは、当然の如く恥ずかしい。

 そりゃまあ確かに、知りあったのは最近であってもなのはとフェイトははやてを友達だと認識しており、隠しごとをしたいわけではないが、恥ずかしいものは恥ずかしい。


 「そう、そして今週の月曜日、フェイトはなのはと愛の逃避行に出る準備のために学校を休んだのであった」


 「おおお、ラブラブや」


 「してないよ! そんなことしてないからね!」


 「ちょっと体調崩して、学校を休んだのはほんとうだけど」


 「まあ、原因は俺なんだが」


 「アンタかいな」

 知りあってから1時間余り、はやてのトールへの呼び方は既に“アンタ”となっていた。素晴らしい順応性である。


 「そう、その時俺は昆虫採集用によって集めたコレクションを眺めていた。だが、それだけでは満足しきれなくなり、神をこの世に呼び出そうとしたのだ」

 もはや日本語になっていないが、それでも解読を試みることは不可能ではない。


 「ええっと、つまり、フェイトちゃんが苦手な虫が家の中で開放とかされちゃったん?」


 「うん、そんな感じ」


 「それで、フェイトちゃんは寝込んじゃって」


 「まったく、あの程度で寝込むとは情けない」


 「無理だよ!」


 「うーん、どんな虫かは知らへんけど、わたしも虫が家の中を這いまわるのは嫌やわあ」


 「這いずるだけなら、まだいいんだけど………」

 こちらも同様のトラウマを植え付けられている魔法少女二号。

 一号と違って幼少の頃からの積み重ねこそないが、黒い恐怖が与えた衝撃は途方もなく大きなものであった。



 コンコン


 「はやて、元気か!」


 「ヴィータ、返事が来る前に開けてどうする」


 「あ、ヴィータ、シグナム」

 そこに、守護騎士二人が到着する。


 「はやて~!」

 ヴィータは一直線にはやてのベッドに駆け、その胸に飛び込む。


 「もうっ、こら、病院で走っちゃあかんて」

 苦笑いしつつも、はやては両手でヴィータを受けとめ、優しく抱きしめる。


 「だって、ずっとはやてに会えなかったし」


 「ずっとも何も、一昨日会ったばかりやん」


 「十分長いって」

 そして、同時に。


 「……念話が通じない、通信妨害を?」


 「シャマルはバックアップのエキスパートだ、この距離ならば、造作もない。というか、これまで気付いていなかったのか」

 シグナムとフェイトは、密かに会話を交わしていた。つまり、ヴィータははやての注意を惹きつけるための囮である。


 「………気付いてましたヨ?」


 「語尾が変だぞ」

 トールによって秒単位で変化する状況に気を取られ、さらに己の黒歴史を次々に暴露されたことに動揺し、気付いていなかったフェイト。


 「大丈夫です、わたしたちも、他の人に知らせるつもりはありませんから」

 同様に気付いていなかった、というか、念話に気が回らなかったなのは。その辺りはとりあえず隠し、念話が通じなくても問題はなかったのだと主張する。


 「馬鹿な小娘め、ああ馬鹿な小娘め!」


 「ぬ……ぐぐ」


 「お…の…れ」

 憎悪を固めたような歯ぎしりの音に加え、少女にあるまじき怨嗟の声を滲ませる二人。


 「お前達は、あそこにいる男に喧嘩を売りに来たのか?」

 一応、はやての部屋にやってきたのだから守護騎士に用があるはず、というかそれしか考えられないのだが、シグナムとヴィータが到着したにも関わらず二人はそっちぬけである男を睨みつけていた。


 「そ、そんなことありませんよ、私達は……えーと」


 「鍋以下です」


 「が…き…ギギギ」

 見事極まるタイミングで心を抉るトール。


 「お、おい、よく分からんが、その辺で」

 そしてどういうわけか、シグナムが仲裁役に回っていた。


 「あれ? なのはちゃん、フェイトちゃん、どないしたん?」


 「何でもないよはやて、ただ単に、この男を永久に黙らせたくなっただけ」


 「そう、何でもないよはやてちゃん、この世には、いない方が世の中にためになる存在もいるだけの話だから」


 「そ、そうか………犯罪だけは、しちゃあかんよ」

 若干引きながらも、とりあえず諌めるはやて、友達を人殺しにはしたくない。


 「大丈夫、証拠は残さないから」


 「わたし、絶対に諦めないよ」


 「そこは……諦めた方がいいような気がするんやけど、暴力はいかんよ」

 それでも説得を続けるはやて、実に健気な少女である。


 「そう、なんだよね、別に、暴力を振るわれたことは一度もないんだけど」


 「ねえ、はやてちゃん、言葉の暴力って、どう思う?」


 「こ、言葉の暴力かー、そうやね、ええっと、人の心を傷つけるような言葉は言っちゃあかんと思うけど」

 取りあえず、一般論。


 「だよね、だったら、言葉の暴力に対して暴力を返すのは許されるよね」


 「あかんて、それは永遠に続く憎しみの連鎖の始まりやで」


 「大丈夫、繰り返される悲しみも、悪い夢も、きっと終わらせられる」


 「そうだ、いつかは終わるものさ」


 「そう、貴方の最期と一緒にね、ロキ」

 そして、はやての病室のあった、入院患者の必須品の一つ、果物ナイフに手を伸ばすフェイト。


 「フェイトちゃーーん! はやまったらあかん! シグナム! ヴィータ! 止めて、止めて!」


 「お、落ち着けテスタロッサ! 罪を重ねるな!」


 「いや、違うだろシグナム! 初犯なんだから重ねるって表現はおかしいって!」


 「さあ皆、はやての回復を祈って、歌を捧げよう!」


 「あはは、フェイトちゃん、やっちゃえー」


 「なのはちゃーーん! そっちもかい!」


 「狂った狂った、少女が狂った、馬鹿な小娘め、ああ馬鹿な小娘め、ぎゃははははははは!」


 「そこの諸悪の根源! 笑ってないで止めんかい!」


 「大丈夫だはやて、俺はなのはとフェイトを信じている」


 「信じていたら後ろから刺される状況やで!」


 「神よ、なぜ我をお見捨てになったのですか………」


 「誰か、この人を何とかして!」

 それは、アルフ、フェイト、なのはが共通して想う事柄であり、何とも出来ない故に、何とかしようと凶行に及びかけている。

 そして―――


 <いったい>

 <こいつら>

 <何しに来たの?>


 シグナム、ヴィータ、シャマルの想いは、まさしくそれだけであった。









新歴65年 12月14日  第97管理外世界  海鳴市  海鳴大学病院  屋上 PM5:30



 「さて、よーやく本題に入れるわけだが」


 「「「「「 お前が言うな! 」」」」」

 屋上において、3人対3人で対峙する形になった状況でトールが放った言葉に、残る5人から同時に反応が返る。

 時刻は夕方、夏場ならば太陽がまだ照りつけている時間帯だが、季節は冬であり、冬至が近い。

 海鳴の街は緩やかな闇に包まれつつあり、逢魔が時というには既に暗過ぎる。

 なのは達と守護騎士の対峙がこれほど遅くなった原因は、満場の一致するところこの男であった。


 「おお、見事なるコンビネーションだ。流石に、あれほどの苦難を共に乗り越えただけのことはある」


 「ロキが原因だよね」


 「そろそろ黙っててくれません?」

 様々な苦難があった。

 それは、語り尽くせぬ苦難であった。

 黒歴史を暴露されたなのはとフェイトは当然として、凄まじく疲れたのは守護騎士も同様、彼女らが蒐集を行っているという秘密をはやてに暴露することはなかったものの、ある意味でもっと性質の悪かった。


 「貴様が、主はやての前であのような卑猥な単語を並べたてなければ……」

 シグナムの手には、既にレヴァンティンが握られている。病室で何があったかは察してほしい。


 「死にてえんだよな、グラーフアイゼンの頑固な汚れになりてえんなら、望み通りにしてやるよ」

 同じく、既にヴィータの手に顕現しているグラーフアイゼン、友達になるどころか、思いっきり険悪なムード。


 「●●●を●●●するなんて、もう二度としゃべれないようにしてあげる」

 無表情でクラールヴィントをペンダルフォームに移行させるシャマル、直接紐で首を括るつもりらしい。


 「覚悟はいい?」

 そして、ハーケンフォームのバルディッシュが顕現し。


 「言い残すことはありますか?」

 砲撃準備を完了し、レイジングハートがバスターモードに移行する。

 3対3の状況は、いつの間にやら5対1になっていた。


 「言い残すことはただ一つ! 我々はヴォルケンリッターと戦いに来たのではない! 八神はやてを助けるために力を合わせるために来たのだ! なのはよ、フェイトよ、そして守護騎士達よ、憎しみに心を囚われるな! 我々が争ったところで、八神はやては喜ばん!」


 「「「「「 だから、お前が言うな!!! 」」」」」

 言っていることは正論なのだが、この男にだけは言われたくないという点で、5人の心は一致した。


 「いやまあ、ホントに済まなかったな、だが、あの状況ではこうするのが最善の策であったことも理解してくれると助かる。何しろ、なのはとフェイト、そしてあんたらは既に数回、矛を交えている、行ってみれば怨敵だ」


 「む……」


 「最後に戦ったのはつい三日前、それが同じ部屋でずっといるのも身体に悪いし、何より、こいつらとあんたらがぎくしゃくしていればはやてが気付く、だがしかし、俺があえて騒ぎまくれば、そんなこともない」


 「それは……」


 「故に、ここから本題だ。誠意を示すためにも、改めて名乗ろう。俺のロキというのはただの偽名でな、本当の名前はドットーレという。以後、よろしく頼む」

 なのはとフェイトはこけた。

 誠意を示すと言っておきながら、凄まじく自然にホラを吹くトールに、彼女らは呆れを通り越して畏敬の念を禁じえなかった。


 「それでだ、武器は取りあえず仕舞わなくていい。“和平の使者なら槍は持たない”とはそちらの鉄鎚の騎士殿の言葉だったが、今の俺達の関係ではまだそこまでは無理だ。だが、互いに武装しているからといって、言葉が通じんとも限るまい」


 「………いいだろう」


 「感謝するぜ、まあ、独り言のような立ち話ということでも構わないから、とりあえず聞いてくれ。まず、俺はテスタロッサ家に仕えている。このフェイトの母親、プレシア・テスタロッサが俺の主だ」


 「使用人、というわけか」

 いつの間にか、なのは、フェイト、ヴィータ、シャマルは押し黙り、シグナムとトールが代表して話している。

 別段そのように取り決めたわけではないが、そうなるように彼は会話のテンポを調整していた。


 「執事と言ってくれるともっと嬉しいが、まあそんなもんだな、それで、俺達の立場は時空管理局の嘱託魔導師。お宅の盾の守護獣から多少は聞いているかもしれないが、時空管理局に完全に所属しているわけじゃない」


 「それは分かる」


 「だからまあ、こっち二人ははやてを助けたいと思っているし、あんたらに協力したいとも思ってる。自分がかつて蒐集されたこととかは綺麗さっぱり忘れてる、愛すべき馬鹿な小娘だ」


 「やっぱり、やっちゃおうか?」


 「フェイトちゃん、ここは我慢しよう、シグナムさん達とはやてちゃんのために」

 憎悪による対立は3対3の境界線ではなく、5対1の境界線にある模様。

 もし、現在の休戦状態が破られれば、5人に袋叩きにされることは間違いなかった。


 「そんなわけで、こっちとしては提案したいことがある」

 だが、その絶望的状況において彼は全く動じることはない。


 「提案だと?」


 「ああ、お前達のことを黙っていたいのは山々だが、必死に働いて闇の書の主を捕まえようとしている管理局員にずっと黙っていられる程こいつらの顔の皮は厚くない。俺なら出来るがね」


 「だろうな」


 「顔芸が出来ない以上、いっそ闇の書が完成するまであんたらに協力する方がこいつらとしては気が楽だ。子供に二重スパイの真似ごとは流石にきついだろ」


 「気持ちは分からんでもないが、そこまではさせられん。我々を手伝うということは管理局に弓引くことに等しいだろう」


 「さあて、ね、探せば法の網の抜け道くらいは見つかるかもしれんが、そっちの言い分も分かる。そちらにとっては、はやてが闇の書の主であることを黙っていてくれればそれでいい。仮にも主の友人を、危険な蒐集の旅に巻き込むことは出来んとな」


 「その通りだ」


 「だがまあ、何度か戦って来たなら分かると思うが、こいつらは頑固だ。はやてとあんたらが大変な状況で、ただ待っているなんて出来はせん。だからまあ、そっちと管理局が和解してくれればありがたいんだが、それも難しいだろう。個人の想いと組織の立場は、なかなかに噛み合わないものだ」
 

 「………」

 シグナムが直接戦った管理局の指揮官はクロノのみだが、信頼に値する人物であろうと認識している。

 しかし、クロノ個人がどうであっても、管理局という組織自体が信頼できるかどうかは別だ。仮にクロノがはやてを守ろうとしてくれても、守り切れないこともあるかもしれない。


 「こちらとしては、“私を信じてくれ”と言うしかない。だが、言葉だけで信じてもらえるなら誰も苦労はしないし、戦争も起こらん」

 だからこそ


 「よって、こちらの提案はこうだ」

 彼の示す案は


 「ここで、俺達とあんたらの3対3で戦う。恨みっこなしの、正々堂々の一騎討ち。負けた方は勝った方のことを信じるという条件でな」


 「信じる、だと?」


 「その通り、俺達が勝てば、守護騎士は俺達を信じて、管理局と交渉する。守護騎士が勝てば、俺達は守護騎士を信じてはやてを救うことを任せる。つまり、勝った方のやり方ではやてを救うってことだ」


 交渉の基本や、互いの利益などを度外視したものとなる。


 少女達の願いを叶えるならば、そこに大人の事情を混ぜてはいけない。


 どこまでも純粋に、愚かに、皆が笑い合える結果を望むからこそ。


 ≪最適解は、求まりうる。それが、ジュエルシード実験を通じて得た観測結果。所詮は可能性であり、あの時は求まりはしませんでしたが、諦める必要もまたない≫


 演算は続く、彼は機械である故に、可能性がある限り演算を続ける。


 フェイトが望む、最適な結末を導くために。


 ≪演算を、続行します≫

あとがき

次回、執筆開始以来実に半年以上、そして無印から100話をこえて、ようやくトールの本格的な戦闘シーンが始まります。
圧倒的なまでのトール無双にご期待ください。

また、今回は以前はやてが出会った老執事の人形を使って会いに行き、件の”お嬢様”=フェイトという衝撃の事実を知る、という展開も考えてました。その際シグナムが「大資産家の令嬢だったのか……」と驚くシーンとかも。しかしそのままだと戦闘ができないので、こっちの方を採用しました。






[26842] 第三十二話 邪悪が滅びる時
Name: イル=ド=ガリア◆9d8bc644 ID:97ddd526
Date: 2011/06/30 20:56
第三十二話   邪悪が滅びる時

※今回は「レベルE」という作品の3巻を読んでいればより楽しめます。


新歴65年 12月15日 第97管理外世界 日本 海鳴市 上空  PM5:43



 <誰とも通信が通らん、いったい、何が起きている>

 暗闇に包まれた海鳴の空を、藍白色の閃光が駆け抜ける。

 盾の守護獣、ザフィーラ。

 闇の書によるはやてへの浸食が加速して以来、海鳴に戻らず苛酷な世界で蒐集を続けていた彼は、仲間の危機を感じてこの地へ舞い戻って来ていた。

 ヴォルケンリッターの通信は、シャマルからヴィータ、シグナム、ザフィーラの順で繋がっていたが、シグナムから彼へは直接連絡が来ることはなかった。

 彼が戦う世界はまさしく地獄に等しい環境であり、下手に地球での状況を知らせれば動揺をまねき、逆にザフィーラが危険に陥りかねないというシグナムの将としての判断であった。

 しかし、彼女とてザフィーラに知らせないつもりはなく、彼女自身も転送魔法によって地球へ向かいつつも、彼への伝言を頼んでいた。

 それが―――


 「闇の書よ、お前は、何かを感じるか?」


 「………」

 黙したまま、いや、未だ封印が解かれていない故に、対話機能を持たないままの彼女、闇の書の管制人格であった。

 闇の書は現在477ページ、ザフィーラが集めていた分を加えたことで一気に増え、この間の包囲戦で消費した分をほぼ取り戻しつつある。

 そして、既に400ページの蒐集は完了している以上、主であるはやての承認さえあれば管制人格である彼女との対話は可能となるが、現在ではその機能は沈黙している。


 「すまんな、詮無い問いであった。だが、私はお前もまた、主のことを気にかけてくれているのだろうと信じている」

 しかし、沈黙はしていても、闇の書に意思がないわけではない。

 守護騎士達が蒐集を早め、危険な世界で戦い続けている間、主であるはやてもまた戦っている。

 いつ終わるとも分からない、いや、酷くなる一方の痛みに耐えながら、彼女は家族の前で決して笑顔を絶やさない。

 それもまた1つの戦い、その苛酷さは、守護騎士のそれと比べても決して劣るものではない。


 「お前は、どんな時でも、主はやての傍にいてくれるのだから」

 そんな主の傍に、闇の書は在り続ける。

 励ますように、支えるように、そして、悲しむように。

 何も出来ず、声を出すことも叶わぬまま主の傍にいることしか出来ない己を嘆きながら、彼女ははやての傍にいる。

 そんな彼女が、ザフィーラの下を訪れた。

 それは将であるシグナムからの頼みであった、主はやてに管理局の手が迫り、残りの騎士がそこに集う今、お前はザフィーラと共にいてくれと。

 そして、闇の書が自分の下に現れたことでザフィーラはおおよその事情を察し、地球へ向けて取って返した。

 ザフィーラが戦っていた世界はあまりにも遠く、到着にはかなりの時間を要してしまったが、それでも通常では考えられない速度で彼は海鳴に到着していた。

 まるで、闇の書が、彼を主の下へと導いたかのように。


 「やはり、病院か………結界が張られているな」

 そして同時に、嫌な予感に怯えるように、闇の書は鈍く震動していた。

 何か、とてつもない絶望が、主と騎士達を襲おうとしている。

 かつて、予言の権能を持ちし放浪の賢者に作られた魔導書と一体化しているが故に、彼女は何かを感じ取ってしまったのかもしれない。

 主の愛する騎士達が、冷たい床に倒れ伏す、そんな光景を。


 「案ずるな」

 しかし、闇の書の震えを抱える腕から感じながら、彼は力強く応える。


 「我々は運命などに敗れはせん、シグナムも、ヴィータも、シャマルも、主を残して消えたりはしない」


 「………」

 管制人格であった彼女が、一人の人間であった頃、同じく一人の人間であった盾の騎士が、彼女を力強く支えてくれていたように。


 「無論、私もだ、誓いは―――決して違えはしない」


 「………」

 言葉を発する機能すら持たない彼女は、例えようもない不安を感じつつも、感じ取れるはずもない彼の腕の温かさを感じていた。

 しかし、現実というものはどこまでも無慈悲であり。


 「……いったい、何があった」


 「………」

 主が座し、騎士達が戦っているはずの病院に辿り着いた時、彼らは、苛酷な現実に打ちのめされることとなる。







新歴65年 12月14日  第97管理外世界  海鳴市  海鳴大学病院  屋上 PM5:35


 時は、少し遡る。


 「勝った方のやり方で、主はやてを救う、か」


 「そうだ、そっちははやてを救いたい、なのはとフェイトもはやてを救いたい。だがしかし、そのための手段はなかなかに噛み合わない、だからこそ、正々堂々と決めちまおうってわけさ」

 それまでとは打って変わった真面目な顔で、嘱託魔導師であると名乗った男は告げ。


 「はい、私達は、そのつもりで来ました」

 民間協力者である少女も、強い意志を込めた瞳で騎士達を見つめる。


 「色々と伝えたいこともあるけど、今よりもっと私達が信じあえない限り、それはきっと、悲しいすれ違いにしかならない」

 そして、幼いながらも聡明な金髪の少女も、また同様に。

 闇の書は壊れており、ヴォルケンリッターが全てのページを蒐集しても、はやては助からない。

 だが、それを主張するということは、ヴォルケンリッターを、シグナムを、ヴィータを、シャマルを信じないことを意味している。


 「私は、貴女を信じたい。けど、私達が思う方法ではやてを救おうとすることは、貴女達を信頼しないことを意味してしまう」

 だから、その言葉は伝わらない。

 本当に心を通わせたいと思うならば、彼女らを信じて闇の書を完成させることも一つの道。

 はやての命が危ないことと、シグナム達を信じないことは、決してイコールではないのだ。


 「だから、戦いましょう、シグナム。私が貴女のことをもっと信じられるように、貴女が私のことをもっと信じてくれるように」


 「どっちの方法でも、はやてちゃんを助けられるってお互いに信じられれば、もっといい方法がきっと見つかります」

 少女達は、真っ直ぐに相手を見据える。

 互いが互いを信じられるなら、どっちの方法だって構わない、相手を否定する必要がなくなれば、力を合わせて何だって出来る。


 だから、一緒に踏み出すその一歩のために。


 「私達の全ては、まだ始まってもいない」

 誰よりも空を速く駆ける少女は、閃光の戦斧を構え。


 「だから、本当にはやてちゃんを救う方法を見つけるために……、始めましょう、最初で最後の、本気の勝負を!」

 星の光を手にする少女は、魔導師の杖を構える。


 『Get set.』

 『Standby ready.』

 そして、少女達の魂も、主の呼びかけに応え、その機能を解放する。

 重厚なる金、苛烈なる赤、装飾を施されながらも無骨、何より凶暴。
 前方接続部に設置された弾倉に闘志を装填する破壊の象徴。
 自動式カートリッジデバイス(オートマチック)、“レイジングハート・エクセリオン”。

 精錬された黒、耽美なる黒、研ぎ澄まされた刃の如く美麗、何より冷酷。
 六ある弾倉の最下部より無慈悲なる死を吐き出す殺意の象徴。
 回転式カートリッジデバイス(リボルバー)、“バルディッシュ・アサルト”。

 少女達が、ヴォルケンリッターと戦うために、心を交わすために望んだ力の具現。

主のために、彼と彼女が選んだインテリジェントの限界に挑むカートリッジ搭載型の強化フレーム。


 「………レヴァンティン!」


 「グラーフアイゼン!」


 「クラールヴィント!」

 ならば、騎士たる彼女らに異論などあるはずなし。

 夜天の守護騎士が魂、炎の魔剣レヴァンティン、鉄の伯爵グラーフアイゼン、風のリングクラールヴィント。

 主が命じるまでもなく、彼らもまた己の権能を解き放つ。


 「お前達は、本当に……主はやてのことを想ってくれているのだな」

 シグナムの瞳から、一筋の水滴が流れ落ちる。

 主が、これほどの友に恵まれたことに、最大の感謝を示すように。


 「だというのに、主に仕える騎士である我々が、お前達を信じ切れすにいるとは………」


 「いいえ、きっとそういうものです。私となのはも、最初はぶつかってばかりでした」

 フェイトは静かに告げ、バルディッシュを構える。

 心は、不思議なほどに静かに透き通っていた。

 半年以上前、海の上でなのはと戦った時も、似たような感覚があったことを彼女は思い出す。


 「でも、だからこそ、分かり合えることもあります」


 「ああ、そうだな………刃を通して繋がれた絆は、何よりも強い」

 彼女が夜天の騎士となる前より伝わる、白の国の教え。

 いや、白の国に限らない、騎士にとっての黄金期であった中世ベルカの時代に、全ての騎士が共有していた戦場の理念。

 どこまでも愚かしく、それ故に貴くも移る、騎士の姿。


 「ヴィータちゃん、お願い事、いいかな?」


 「………なんだ」

 地に足をつけながら屋上で対峙するフェイトとシグナムとは異なり、なのはとヴィータは空中で対峙する。

 それも当然の帰結、フェイトと違ってなのはは射撃が基本であり、重力に縛られる地上での戦いは彼女の舞台ではない。


 「私が勝っても、ヴィータちゃんが勝っても、この戦いが終わったら、一緒にはやてちゃんに謝ろう、そして、一緒に怒られよう」


 「って、なんだよそりゃ」


 「だって、はやてちゃんに言われたでしょう、皆仲良くって」


 「そりゃ……そうだけど」


 「それを破って、全力で喧嘩しちゃうんだから、やっぱり謝らないと駄目だよ」


 「………わかったよ」


 「うん、そして、はやてちゃんに許してもらえて、仲直りができたら、私達はずっと友達だから」


 「……ああ」

 否定の言葉はない、否定する必要もない。

 はやてのことをこんなにも想ってくれている人が、自分にも友達になろうと言ってくれている。

 ヴィータには、その言葉を拒む理由など、どこにもなかった。


 「く、ははっ」


 「どうしたの?」

 いきなり笑い始めたヴィータに、なのはは首を傾げる。


 「いや、あたしらって、筋金入りの馬鹿だなって、どっちもはやてのために頑張りてえんだから、喧嘩なんてせずにさっさと協力すりゃいいのにさ」


 「………だね、でも、わたしは、アリサちゃんともフェイトちゃんとも最初は喧嘩ばっかりだったよ。叩かなかったのって、すずかちゃんだけかも」


 「あー、そりゃ分かるかもしれねえ、あたしも、同年代の奴らでアイゼンでぶっ叩いてねえのは、はやて以外じゃすずかだけだ」

 脳裏に浮かぶ、古の記憶。

 白の国の若木であり、共に笑い合った彼らとは、叩き叩かれ、ぶっ飛ばしの繰り返し。

 ヴィータという少女はそんな風に育ってきたのだから、新しい友達が出来るなら、このようにしかあり得ないような気もする。



 「で、俺の相手は必然的にお宅になるわけだが、戦うのかい?」

 最後の一組、シグナムとフェイトが対峙する場所とは離れた地点で彼は語りかける。


 「そうね、私と貴方は初対面に近いし、あまり戦う意味はないけれど」

 しかし、彼女の闘志に応えるように、クラールヴィントが振り子の紐を伸ばしていく。

 ペンダルフォルム、この形態をとることそのものが彼女の戦意を示している。


 「向こうが心と心のぶつかり合いをしている時に、私達だけ見物というのも、無粋な話でしょう」


 「そうだな、せっかくの3対3だ。ここで傍観に徹するようじゃ、空気読めないにも程がある」

 彼もまた拳を構え、戦闘体勢へと。

 ここに、戦いの布陣は決まった。



 『Barrier jacket. Sonic form.』

 バルディッシュが静かに戦の始まりを告げる。

 バリアジャケットは、魔導師にとっての戦装束、それを顕現させることは、今から戦いに臨む証であり。


 『Haken.』

 フェイトが選んだ姿は、さらになお闘志に満ちた戦乙女の如き装いであった。

 ソニックフォーム

 装甲をさらに薄くすることによってより高い高速機動を実現し、さらに、手足にバルディッシュのフィンブレードに近い光の羽“ソニックセイル”を生やしている。また、右手にも装甲が追加された決戦用のモード。

 しかし―――


 「薄い装甲を、さらに薄くしたか」


 「その分、速く、鋭く動けます」


 「温い攻撃でも、当たれば死ぬぞ、正気か」


 「貴女に、勝つためです。私よりも強い、貴女に」

 圧倒的な運動性・機動性・攻撃速度を手に入れた分、「受け」に使用する手足以外は防御力は無いに等しく、加速と攻撃の反動に耐える以外の目的は無い、攻撃に当たれば致命傷になりかねないまさしく諸刃の剣。


 「……レヴァンテイン」

 シグナムの身を、炎熱変換の炎が包み込み、騎士甲冑を顕現させる。

 はやてがデザインしたものであるため、騎士服と呼べるものではあるが、シグナムのそれはヴォルケンリッターの中で唯一“騎士甲冑らしさ”を残している。


 「互いに、フルドライブは使えん上での、選択か」


 「ええ、近接戦闘を主体としたこのフォームでは中距離以上の戦闘は向きません。だけど、ここでは貴女の中距離攻撃は使えない」


 「確かに、あの砂漠とは異なり、ここはシャマルが張った結界の中であり、下には主はやてがいる。シュトゥルムファルケンは当然として、連結刃も使えまい。下手をすれば、ヴィータやシャマルを巻き込んでしまう」


 「空ではなのはとヴィータが戦っている以上、私も砲撃系の魔法は放てない、だから」

 ちなみに、巻き込まれるのがトールであれば、フェイトは躊躇なく砲撃をかますつもりであった。


 「ああ、ならば」

 ハーケンフォームのバルディッシュ。


 シュベルトフォルムのレヴァンティン。

 純粋な、近接戦闘でのみ、この戦いの勝敗は決まる。


 「私の師が言っていました。最大威力の接射砲も通らない程の高い防御技術や強靭さ、それを備えた敵を打倒するには、二つの方法があると」


 「今のお前が、答えか」


 「だけど、ファランクスシフトは貴女に防がれましたし、この状況では尚更無理がある。だから後は、圧縮魔力刃で切り裂くしかない」

 しかし、バルディッシュのフルドライブ、ザンバーフォームは今のフェイトには大き過ぎる。

 だからこそ、ハーケンフォームの魔力刃を極限まで研ぎ澄ませるしか道はなく、そのためには他を削るしかない。


 「……我ら守護騎士、主の笑顔のためならば、騎士の誇りさえ捨てると誓った」

 フェイトの覚悟を受け止め、シグナムもまた剣と鞘を構える。


 「だが、お前はそんな私に、一騎討ちを挑むか」


 「はい、ベルカの騎士の一撃は何よりも重い。それに対して意志を貫こうとするなら、正面からぶつかるしかありません」

 フェイトは、古代ベルカの業を受け継ぐ現代の騎士、ゼスト・グランガイツと戦えたことを、心から感謝していた。

 あの模擬戦が無ければ、ここまでシグナムの在り方を分かることは出来なかった。騎士である彼女たちが、騎士の誇りすら捨てると言ったその重さを、推し量ることは出来なかった。

 だが、あのベイオウルフの刃に何度もバルディッシュと共に砕かれたからこそ、分かる。

 彼の刃があそこまで重いのは、守るべきもの、背負っている誇り、その全てが込められているからなのだと。


 「己の信じる武器を手に、あらゆる害悪を貫き、敵を打ち砕くのがベルカの騎士だと」


 「………そうか」

 故に彼女は騎士として、剣を振るう。

 彼女が誇りすら捨て去ると誓おうとも、ベルカの騎士を知るフェイトが、シグナムが騎士だと認識している以上、彼女は騎士なのだ。

 ならば、騎士に相応しく、真正面より受けて立つのみ。

 二人に、これ以上の言葉は必要ない、不可視の戦意が渦を巻き、炎熱と電気が相対する空間で火花を散らす。

 そして――


 「往きます、シグナム!」

 金色の閃光と


 「来い、テスタロッサ!」

 烈火の将が


 最後の激突を、開始した。




■■■




 「グラーフアイゼン、カートリッジロード!」

 『Explosion!(エクスプロズィオーン!)』

 空の戦いもまた、激突の瞬間を迎えていた。


 『Raketenform.(ラケーテンフォルム)』

 戦闘空間が限定されている以上、ヴィータの選択はロケット推進による大威力突撃攻撃を行うための強襲形態、ラケーテンフォルムしかあり得ない。

 だが、なのはにとっては限定された空間は地の利があるとはいえず、ここが市街地であり下にはやてがいる以上、結界ごと撃ち砕くスターライトブレイカーはそう簡単に撃てない。


 「レイジングハート、防御を」

 『Protection Powered.(プロテクション・パワード)』』

 その条件下で、なのはの選択はフェイトとは真逆であった。

 フェイトは防御を捨て、近接で攻撃を喰らうより早く圧縮魔力刃をたたき込むことに勝機を見出したが、なのははある意味では戦うつもりすらない。


 「……受け止める、気か」


 「うん、不器用なわたしには、それしかできないから」

 なのはは思い返す、フェイトと戦った時のことを。

 あの時自分は、フェイトの勝とうと思っていたか? フェイトを倒そうと思っていたか?

 どちらも否、彼女の心にあったものはただ一つ。


 「受け止めるよ、ヴィータちゃんの想いを、全て」

 故に、なのはとフェイトは比翼の翼。

 まるで、凹と凸のパズルピースのように、彼女らの心は噛み合っている。一度合わされば、決して離れることはない。

 フェイトはどこまでも一直線になのはへ向かい、なのはは全力でフェイトを受け止める。

 二人の本当の始まりとなったあの戦いにあった想いはただそれだけであり、その構図は、今も変わっていない。

 フェイトは突撃し、なのはは受けとめる。


 「高速機動型のあいつはああで、砲撃型のお前はこうか、まったく、なんつーか」

 その姿に、ヴィータは驚嘆を通り越して最早呆れの心境であった。

 タイプは全く違うようで、根底は同じ、例え離れ離れになろうとも、二人の絆は決して揺らぐことはないだろうと、出逢ってからそれほどでもないヴィータですら理解できる。

 そうなれたらいいと思えた少年を、遙か昔に永久に喪ってしまった彼女にとっては、軽く羨望を覚える程に。


 「行くぜ、鉄鎚の騎士ヴィータと、鉄の伯爵グラーフアイゼンに、砕けないものはねえ!」

 『Jawohl!』


 「例え砕かれても、私達は諦めない! そうだね、レイジングハート!」

 『All right!』

 赤の流星と、桜色の城壁が激突する。

 ここに、高速で動きまわる地上の二人と、空中で足を止めての鍔迫り合いを演じる二人という、異色の組み合わせが誕生した。



■■■



 「鋼の四肢よ、今こそその力を解き放ち、あらゆるものを粉砕せしめん!」

 そして、残る一つの戦いも、大きく動く。


 「機械の腕………やっぱりね」


 「ほう、気付いていたか、流石は湖の騎士」


 「会った時から妙だとは思っていたのよ、クラールヴィントが感じた魔導師は二人だったのに、病室に先頭で入ってきたのは、貴方。つまり、貴方の身体は――」


 「御名答、俺の身体は半分近くが既に機械に取り換えられていてね、俗に言う“戦闘機人”ってやつだ。一応、動力はリンカーコアが基になっているが、かなり改造が入っているんでな、別物とも呼べるだろう」


 「鋼の四肢に、中身も相応に変わっているということね」


 「応よ、動力炉が生み出した魔力は、鋼へと魔力付与され、破壊の鉄鎚を作り上げる。注意しな、盾の守護獣ならともかく、アンタが魔力を込めたこの腕に殴られたら――――死ねるぜ?」

 それは、恐らく事実であろうとシャマルは予測する。

 魔力付与をするまでもなく、金属で構成された腕は重量だけでも凶器たり得る。そこに加えて―――


 「いくぞ、界王拳!」

 この男の魔力は、並みではない。

 なのはやフェイトに比べればやや劣るものの、ランクにすればAAは間違いなく、下手すればAAAに届きかねない。これだけの魔力が鋼の腕に注ぎ込まれ、近接の一撃で解き放たれれば。


 <シグナムの紫電一閃か、ヴィータちゃんのラケーテンハンマーと同等の威力に達する。私なんかが喰らったらひとたまりもない、でも>

 裏返せば、敵はそれしか出来ない。

 シャマルとて夜天の騎士、相手の魔力の流れを読めば、どのような系統を得意としているかはある程度は判断がつく。

 そして、赤い魔力光が迸っている彼は、どう見ても近接戦闘型。このタイプは、強靭な肉体と魔力強化を可能とする代わりに、魔力を肉体から切り離すことを極端に苦手とする典型的な陸戦ベルカ式だ。

 まあ、彼はミッドチルダ式の術式を使っているようだが、同じタイプというのは間違いない。恐らく、機械の四肢を得る際に他の機能を削ぎ落としたか、失ったのだろう。


 「さて、どうする、湖の騎士さんよ。そのちゃちな紐じゃあ俺は括れねえし、鉄の塊が風如きで吹き飛ぶわけもねえ。相手が悪いんじゃねえか」


 「そうかもしれないけど、それならそれでやりようはあるわ」


 「へえ、そうかい、だったらそいつを―――見せてもらおうか!」

 男の魔力がさらに増し、その赤い輝きは火山の噴火を思わせる。

 後は、両足に込められた魔力が爆発するだけで、鋼鉄の塊がシャマル目がけて突進することとなる。


 「クラールヴィント、“旅の鏡”」

 『Ja.』

 だが、相手が悪いのはいったいどちらか。

 確かに、シャマルの紐も風も、彼を仕留めるには威力不足だが、そも、彼女は敵を仕留めるのに威力を必要としない。


 <リンカーコアが改造されているとはいっても、動力源があることに変わりはない>

 強靭なる鋼の四肢も、エネルギーが尽きればただのガラクタ。

 ヒートアップする彼とは裏腹に、風の参謀はどこまでも冷静にタイミングを見計らっていた。









新歴65年 12月14日  第97管理外世界  海鳴市  海鳴大学病院付近のビル影 PM5:42


 そして、守護騎士と少女達の最後の戦いを影から監視する影が二つ。


 「プログラム風情が……さっさと蒐集を終え、闇の書の糧となればよいものを」

 外見上は、仮面を付けた長身の男の姿。

 しかし、その正体は男ではなく、純粋な人間ですらない。


 「だが、ここであの二人と戦うのは想定外だ、どうする?」

 ギル・グレアムの使い魔、リーゼロッテとリーゼアリア。

 変身魔法を駆使して姿を変えている今は、口調も彼女ら本来のものとは遠く離れている。

 だがそれは、意図しているものであると同時に、無意識でもあった。


 「片方からは、まだ蒐集は済んでいなかったな」

 なのはとフェイトを本局に案内し、彼女らの将来について適性を踏まえながら色々と教えたのは彼女ら。

 同時に、砂漠で戦うフェイトの背後に忍び寄り、その胸からリンカーコアを引き抜こうとしたのも、彼女。

 結局は未遂に終わったものの、いったいどのような顔をしてその後フェイトに接すればよいのか。

 リンカーコアへの直接負荷は大きな危険を伴う、無事に済ませる自信はあるが、少し間違えれば命に関わる事態となる。

 だから、彼女らは仮面を被るのだ。この仮面は顔を隠す物というよりも、心を覆い隠すものというべきだろう。


 「済まなかった、あれは、想定外だった」

 だがしかし、罪の意識があろうとなかろうと、時の庭園の管制機はフェイトを害するものを容赦なく攻撃する。

 どんな時でも、彼の優先度はテスタロッサに傾く。フェイトのためならばクラナガンで次元断層を発生させることすら躊躇なく実行するのが管制機トールである。


 「済んだことはいい、問題は、どう動くかだ」

 この状況は、決して良いとは言えない。

 二人の力ならば、不意を突けばこの場にいる全員から蒐集を行うことは可能だろう。

 しかし、闇の書はまだ完成には遠く、現段階で守護騎士を消滅させることは得策ではない。

 そして、何よりも。


 「闇の書は、もう一匹が持っているようだな」

 闇の書がこの場に無い以上、それは机上の空論でしかない。

 もし八神はやての下に闇の書があればそれを奪い、守護騎士を消滅させることは容易であったが、闇の書は現在、盾の守護獣ザフィーラの下にある。

 なのはとフェイトがこの時期に訪れる可能性はヴォルケンリッターも考慮しており、烈火の将シグナムの絶妙な判断は、仮面の男達の行動の幅を大きく狭めていた。


 「しかし、闇の書の主について知っているのはまだあの3人だけだ、ならば」

 仮面の男は、屋上での会話を聞き知っている。

 流石に病室限定で張られた強固な結界と通信妨害には干渉出来ず、そこでの会話までは知らないが、屋上での会話からなのはとフェイトがクロノ達に八神はやてのことを教えていないのは確認できた。


 「ここで何が起ころうとも、管理局は守護騎士の仕業と見るだろう、奴らの結界の中で起きているのだから尚更にな」

 あの3人がしばらく眠れば、八神はやてのことを伝わらない。

 同時に、守護騎士が管理局と交渉するための繋ぎ役もいなくなり、これまで通り蒐集を行うしかなくなる。

 そして、666ページの蒐集が済んだその時こそ―――


 「分かった。あの3人は………ここで潰す」

 呪われたロストロギア、闇の書を永久に封印する唯一の機会。

 そのためならば、二人はどのようなことでも行う覚悟であった。

 例えそれが、民間協力者や嘱託魔導師を襲うという、許されないものであろうとも。

 だがしかし


 ≪send≫

 老提督の持つ古きデバイスは、元来彼のために作られたものではない。

 ストレージデバイス、“オートクレール”は管理局の武装局員のための標準型デバイスを基としており、その命題は、管理局員のために機能すること。

 ならば、彼女らがどれほど覚悟を持っていようとも、ギル・グレアムがどれほどの苦悩を抱えていようとも。

 意志を持たぬ機械仕掛けである彼は、その行為を“違法”と断定し、犯罪を行おうとしている者達の行動を、管理局へ伝える義務を持つ。

 しかし、彼はストレージデバイスであり、主からの入力がなければ行動出来ない。が、ただ一つ例外が存在する。


 ≪accept≫

 “機械仕掛けの杖”たる、管制機トール。

 魔導機械を操る彼ならば、オートクレールからの送信が“管理局法で違法”でない限り、それを命令することが出来る。

 主であるギル・グレアムの了承を得ず、勝手に彼のデータを送ることは許されてはいない。

 しかし、犯罪者ギル・グレアム、並びにリーゼロッテ、リーゼアリアのデータを送ることは、違法ではない。

 オートクレールは、機械仕掛けである故に。

 微塵の葛藤もなく、数十年を仕えた主とその使い魔の行動データを、古き友へと送信していたのである。

 主とその使い魔の犯罪行為が、“未遂”で終わるように。







新歴65年 12月14日  第97管理外世界  海鳴市  海鳴大学病院  屋上 PM5:45


 そして奇しくも、オートクレールからの送信を彼が受信したとき、計画はまさに実行されようとしていた。

 その始まりは、彼にあるわけではなく、彼はただその瞬間を待っていたに過ぎない。

 地上では、金色の閃光と烈火の将が火花を散らし、上空では、不屈の少女と紅の鉄騎が互いの想いをぶつけ合う。

 しかしそれは、隙を狙う仮面の男たちに絶好の機会を与えることとなり、この中でただ一機、彼はそれを理解していた。


 ≪計算通り≫

 既に、“デウス・エクス・マキナ”は始まっている。

 この屋上は彼が用意した舞台の上、ならば、横割りを入れようとしてもそれすらも滑稽なる茶番劇に組み込まれる。

 だからこそ


 「3倍界王拳! 喰らいやがれええええ! シャマルるるうううううう!!」

 彼が操作する人形は、今まさに湖の騎士目がけて駆け出そうとし。


 「つかまえ―――たっ!」

 湖の騎士シャマルの奥義、“リンカーコア摘出”がその直前に彼の動力源を捕えていた。

 だが―――


 『!? Mein Herr!』

 即座に異常に気付いたのは風のリングクラールヴィント。

 “旅の鏡”を形成し、一時的にその男の体内と繋がったが故に、彼女は知ったのだ。

 この男は、真実を何一つ語ってなどいない。

 戦闘機人など真っ赤な嘘、これは機械が組み込まれた人間などではなく、人間の真似をする機能を備えただけの機械。

 その正体は―――


 『Er ist dieses Gerät!(彼は、あのデバイスです!)』


 「えっ?」


 「かかったな」

 しかし、時すで遅し。

 人間を演じる人形は、凄まじく顔を歪め、謀りを完成させるために起爆スイッチを解き放つ。


 「最終兵器サゾドマ虫! 顕現せよ!!」

 そう、シャマルは人形のリンカーコア、もしくはそれに類する動力源を引き抜いた、はずであった。

 しかし、胸の位置に在る“リンカーコアらしきもの”が動力源である保証などどこにもなく、そもそも、彼の身体は全てが嘘で出来ている。

 フェイトやなのはならば知っていることであったが、戦闘用の魔法人形の動力源は、カートリッジを直接差し込むことも出来るように尻の奥にある。だからこそかつて、“尻から噴出ガスとカートリッジを吐き出しつつ空を飛ぶ怪人”が海鳴市に爆誕したのだ。


 「あ、え?」

 そして、ダミーとして胸部に収まっていたのは、リンカーコアを元に作った魔力電池と、ある装置。

 管制機トールが作り上げし最終兵器、“サゾドマ虫”型サーチャー発生機であった。

 それを、シャマルは不幸にも、“素手で直接”掴んでしまった。

 さらにご丁寧なことに、それらのサーチャーは時の庭園の中隊長機、“ゴッキー”、“カメームシ”、“タガーメ”、“スカラベ”が生成するものと同じく、触れた相手にリアルな感触を伝える機能を有している。

 なお、次元世界の魔法生物辞典には以下のように記載が存在。


サゾドマ虫
 恐ろしく醜悪な見た目をしているが、実は人懐っこく無害な虫。人間に集団で取り付く習性があり、攻撃した相手や逆に嫌がって逃げようとする相手には喜んで余計に取り付こうとする。笑顔でいる人間には寄り付かない。すなわち、サドとマゾの両方の特性を備えた悪趣味さ極まりない虫であり、違法生命研究者が作り上げた人工生命体が自己繁殖したものと推察される。危険性こそないものの気持ち悪さにおいては他を圧倒し、探検家に聞いた遭遇したくない虫ランキングでは常に1位を誇る。(一部、wikipedia先生より抜粋)


 「きぃィィやあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!!!!!!」

 それを、大事なことなので二度繰り返すが、“素手で直接”掴んでしまったシャマル。

 合掌。


 「ぎゃははははははははははははははははははははははははははははは!! くだらんなあ! 3対3の決闘だと! まったく、騎士というのはどこまでも頭がおめでたい連中だ! てめーら頭の中に蛆でも湧いてんじゃねえのか!」

 響き渡るシャマルの悲鳴と、人形の高笑い。


 「フン! くだらんなあ~正々堂々の闘いなんてなあ~っ! このドットーレの目的はあくまでも“勝利”! あくまでも“勝利”して“生き延びる”こと!! ヴォルケンリッターのような騎士になるつもりもなければ、なのはやフェイトのようなロマンチストでもない……どんな手をつかおうが……最終的に………勝てばよかろうなのだァァァァッ!!」

 故に、彼の言葉は全て虚言、そもそも、この身体が“戦闘用”ということすら嘘。彼は合流する前からなのはとフェイトを騙していたのだ。

 確かに、強力なリンカーコアを元にした動力源は入っているが、それを100%機体に付与すれば間違いなく砕ける。見た目だけは頑丈そうな金属製だが、その実、機能の大半は通信機能や“サゾドマ虫発生器”に費やされていた。

 つまるところ、10tトラックのエンジンを一般自動車に積んでいるようなものであり、その上、ギアが存在していない。発生した魔力の伝わりきらない分が魔力光として迸っていたのではなく、全て外部に流されていたのだ。それ故に、魔力だけならばAAAはおろか、Sランクにすら届き得る。

 しかし、トップギアはおろか、ローギアすら存在せず、ギアは常にニュートラル。これならば、エンジンの回転数を如何に上げようとも機体が壊れることはない。当然、エンジンはいつか壊れるが、この人形が動くだけならばバッテリー(カートリッジ)があれば十分であり、そもエンジンを必要としてすらいない。

 3対3の決闘であるはずのこの局面において、この人形は戦う機能を積んでいなかった。ならば、その意義とは無論―――


 「嫌あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」


 「またか!」

 3対3の決闘の場を、徹底的にぶち壊すことにあり。


 「きゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」


 「うげ! なんだありゃ!」

 トラウマ持ちの魔法少女二人は哀れ気絶。騎士二人もあまりにもおぞましい虫の出現に流石に動転している。


 「く、テスタロッサ―――今助ける、間に合え!」

 不本意極まりないが、一度似た状況を体験しているシグナムの復帰は早く、気絶して倒れたフェイトを抱き抱え、即座に虫達(気絶したまま苗床となってしまった哀れなシャマルも含め)から離脱する。すっかりフェイト救出が板についてしまった彼女である。


 「あ、な、なのは!」

 初見であるヴィータは反応が遅れ、なのはは気絶したまま真っ逆さまに屋上へと落下していく。意識の途絶に伴いバリアジャケットも解除されつつある状態でこのまま激突すれば、最悪首の骨が折れる。


 「やべ! 間に合わ―――」

 だがしかし、管制機が仕掛けた舞台上であるならば、そのような事故が起きるはずもなく。


 「まったく、もう少しまともな手段はないのか」

 愚痴を言いつつもなのはを間一髪で抱きとめ、救出するはクロノ・ハラオウン。


 「アンタは―――」


 「すまないな、実は、君達が病室でアレの相手をさせられている時から、僕達は到着していたんだ。アレがやっていたのは僕達が到着するまでの時間稼ぎだった」

 トールが管制する人形の機能は戦闘ではなく、サーチャー散布と通信がメイン。

 如何に湖の騎士シャマルとはいえ、通信に特化したデバイスと、時の庭園の中枢コンピュータ“アスガルド”の通信は完全には遮断できない。クラールヴィントの網を潜り抜け、病室の様子を管制機は時の庭園へ送り、アスガルドからS2Uへとリアルタイムで中継されていたのである。

 そして無論、援軍はクロノ一人ではなく。


 「うおりゃああああああああああああああああ!!!」

 フェイト・テスタロッサが使い魔、アルフ、彼女もまた同様にこの場へ馳せ参じた。

 クロノと彼女は結界の外側で待機し、自分達もまた周囲に気付かれぬように位相をずらす結界を張っていた。アルフもクロノも結界敷設は得意とするところであり、そのくらいは朝飯前。

 そして、結界が消えた瞬間、つまり、発生したサゾドマ虫によってシャマルが気絶したタイミングで彼女ら二人は踏み込んだ。トールからの合図もあり、まさしく完璧なコンビネーションが実現する。


 「死に晒せえええええええええええええええ!!」

 クロノはなのはを救助し、鉄鎚の騎士ヴィータと対峙している。

 ならば、フェイトの使い魔であるアルフの役割は当然―――


 「ま、待て! 私は!」

 アルフの主であるフェイトを抱えているシグナムから、彼女を奪い返すこと。

 などでは断じてなく。


 「トオオオォォォーーーーーールルルルゥゥゥーーーーーー!!!」


 「ぎゃぶらば!」

 アルフは思いっきりシグナムを素通りし、渾身の拳をトール目がけて放っていた。

 頑丈そうに見えて実は魔力付与されていない金属製の首は、アルフの渾身の一撃には耐えきれず、見事に折れ曲がる。


 「死ね! くたばれ! 永遠に消滅しろ! 今度という今度は堪忍袋の緒が切れた! フェイトの未来にために、アンタは死になあああああああああああああああああああああ!!!」


 「俺は死なぬぅぅぅ! 我が血潮が滾る限りりいいいぃぃぃぃ!!」

 マウントポジションとなり、執拗に殴り続けるアルフ、首があらぬ方向に曲がったまま、奇声というべきかなんというかな声を上げながら殴られ続けるトール。


 「ぶち壊されたくなかったら、今すぐアレを止めな!」


 「よ、よせ、は、話せばわかる!」

 とはいいつつも既にサゾドマ虫は役割を果たしたため、あっさりをサーチャーを消滅させる信号を発信する。

 シャマルを中心(むしろ苗床)に増殖を続けていた気色悪い虫は、一成に消え去った。

後には、完全に気絶したシャマルが残るのみ。


 「………」


 「………」

 フェイトを抱えたシグナムとヴィータは、ただ呆然と虫が消えた光景を見ていた。(それまでは視界に入れたくなかったので、あさっての方角を向いていた)


 「すまないな、ヴィータ、だったか」


 「えっ? あ、ああ」


 「申し訳ないが、なのはをお願いできるだろうか。それから、あそこで倒れている君の仲間とフェイトの介抱もお願いしたい。本来ならアルフに任せたいところだが、とりあえずはアレを壊すまでは無理だろう」


 「い、いいけど、アンタは」


 「君達の将に話がある。あの馬鹿のせいでこじれるどころではなくなってしまったが、時空管理局執務官、クロノ・ハラオウンは次元航行艦“アースラ”の代表としてこの場に来た。我々は、ヴォルケンリッターとの対話を望んでいる」


 「………了解した、少なくとも、アレよりはましだろう」

 本来ならば悩むべきところだが、精神的に疲れきっていたためか、シグナムはすぐに了承した。


 「感謝する。証として、S2Uは預けよう、“和平の使者ならば槍は持たない”とのことだったはずだ」


 「ああ、たった今アレによって破られたが」


 「………すまない」

 苦虫を噛み潰したような表情のクロノ、なのはやフェイトには及ばずとも、彼も相当苦労している。


 「お前も………苦労しているようだな」


 「ああ、奴がもたらした災害でなのはやフェイトが気絶した際、後始末は大抵僕の役目でね」


 「そうか………」

 こうして、しんみりとした空気が流れる中、ヴォルケンリッターの将と、アースラの執務官による、対談が開始された。








新歴65年 12月14日  第97管理外世界  海鳴市  海鳴大学病院  屋上 PM5:48



 彼が到着したのは、ちょうどそんな時であった。

 嫌な予感がしていたことは彼もまた同じであり、最悪の状況も覚悟に入れて、彼は病院へとやってきた。

 シャマルが張っていたであろう結界は既になく、また、戦闘の気配もない。

 心に湧きおこる焦燥を抑えつつ、闇の書と共に彼はその場に駆けつけ、そこで見たものは―――


 「生体機能促進型人工魔力エネルギー結晶“ミード”と魔力エネルギー吸収型リンカーコア治療用端末“命の書”。これらは君の主、八神はやてのようなリンカーコア障害を抱える人々のために作られたもので、既に臨床で用いるための手続きは済んでいる」


 「それはつまり、高町にも使用したということか」


 「察しがいいな、そう、リンカーコアが蒐集されたなのはは最初の使用例となった。それに、二度目の戦いで蒐集された武装局員達も同様だ」


 「―――すまない」


 「いや、僕達はその点は割り切っている。死者や重傷者が出ていれば感情ではそうはいかなかっただろうが、幸い、皆すぐに現場復帰している」

 真面目な表情で話しこむヴォルケンリッターの将と、管理局の黒衣の指揮官。


 「ほら、なのは、水、ゆっくり飲めよ」


 「うう……ありがと、ヴィータちゃん」

 フェイトよりは比較的遠かったため、顔色は悪いものの目を覚ましたなのはと、その背中を支えながら、水を飲ませているヴィータ。


 「母さん、リニス、姉さん、私も、もうすぐ行きます………」

 再び向こう側へ旅立ち、しばらく返ってくる気配がないフェイト。


 「………」

 うわごとを述べることすらなく、完全に気絶しているシャマル。


 そして―――

 「アンタは、テスタロッサ家のために機能するんじゃないんかい!」

 マウントポジションで殴り続けるアルフと。


 「ふん! 俺は俺のために生きる! プレシアなど、俺の知ったことではないわ!」

 殴られ続けながらも反論し、その瞬間―――


 「オレはイマ、ナニヲ言ッタアアアアアア!!!」

 身体中から命の水(アクア・ヴィタエ)、もとい、潤滑液を噴き出し、ピクリとも動かなくなる人形。

 こうして、邪悪は滅びた。

 そしてそれらを見て、ザフィーラは心の底から思い、口にした。


 「……いったい、何があった」


 「………」



■■■


 一方、ビル影では。


 「ロッテ! ロッテ! しっかりしなさい!」


 「アリア……あたしは、もうだめ」

 仮面はおろか、変身魔法が完全に解けて気絶寸前のロッテと、彼女を抱きかかえて必死に呼びかけるアリア。

 発生したサゾドマ虫はロッテのトラウマを深く抉っており、いや、むしろそれをこそ目的として放たれたのか。


 「デュランダルを、あたしの形見に………父様を、お願いね」


 「待って! まだ死ぬには早いわよ! というか、何デュランダルを勝手に貴女の形見にしてるの!」


 「ああ、クライド君、あたしも、今行きます」


 「逝っちゃダメ! ロッテーーーーーー!」

 位相をずらした結界の中で、アリアの叫びが悲しく響き渡った。






あとがき
 いったいどうしてこうなったんだろう……






[26842] 第三十三話 疑惑と真実
Name: イル=ド=ガリア◆9d8bc644 ID:97ddd526
Date: 2011/06/26 18:14
第三十三話   疑惑と真実




新歴65年 12月14日  第97管理外世界  海鳴市  海鳴大学病院  屋上 PM5:55


 屋上にて、クロノとシグナムの話し合いは続く。

 シグナムはヴォルケンリッターの将として、クロノはアースラの執務官として、個人ではなくそれぞれの陣営の代表による会談というべきものであるが、かなりスムーズに進行していた。


 「管理局、いや、アースラとしては、闇の書の封印のためには守護騎士とその主、さらには管制人格の協力が不可欠である、という見解に至っている」


 「協力―――」

 真っ直ぐな目をした少女達、なのはとフェイトも同じことを言っていたなと、シグナムはつい先程の出来事を思い返す。


 「とはいえ、いきなりこちらを信じろと言っても無理な話だろう。だからこそ、“ミード”と“命の書”は友好のための最初の一歩と思ってほしい」


 『講和条約を結ぶための、先行投資、という解釈が成り立ちます』

 そこに、ある一つの機械が発言する。

 直径が8cm程の小型のオートスフィア、浮遊しながら僅かに動くしか機能を持たないそれの上に、紫色で三角形をした待機状態のデバイスが鎮座している。

 そのオートスフィアは彼の本体と共に人形の中に収納されており、人形とは独立した機械である。故に、“機械を操る”彼にとって管制することは可能。

 とはいえ、大きさに応じた魔力しか備蓄されていないため、宙を浮いてゆっくり動く程度の機能しか持たないが。


 「お前は?」


 『再会を寿ぎましょう、烈火の将シグナム。私は、時の庭園の管制機、トールと申します。守護騎士陣営とアースラとの最初の交戦の折り、援助物資として転送され、レイジングハートとバルディッシュを修復したデバイスを覚えておいででしょうか』


 「あの時の……」


 『まずは、謝罪を申し上げます。勝手な行動を取り、マスターへの反逆を宣言したドットーレは自壊回路によって破棄されました』


 「む……」


 『申し訳ありません、言葉が足りませんでしたか』


 「僕が捕捉しよう。彼は時の庭園の管制機であり、魔導機械、つまりはデバイスを操る機能と通信機能に長けている。あそこに横たわっている機械人形の中にあって、僕のS2Uへ病室や屋上への情報を伝えていたのは彼なんだ」


 「そうだったのか」


 『盗聴紛いの真似をしたこと、お詫びいたします』


 「いや、それは構わん。しかし、シャマルの通信妨害を潜り抜けるとは」


 「彼は、時の庭園の中枢であるスーパーコンピュータ、“アスガルド”と繋がっている。そのため、こと通信機能に関してならば次元航行艦アースラ以上とも言える、もっとも、あくまでこの二機の間に限られるが」


 『そして、アスガルドより、クロノ・ハラオウン執務官のS2Uへと』


 「なるほど、では、あの人形にはお前とその浮遊機械、二つの機械が詰め込まれていた、ということか」


 『立場上、私が上位です。あの人形のリソースそのものには限りがあり、それを共有していると言えますが、親プロセスと子プロセスの関係となっております』


 「すまないが、専門用語が私には分からん」


 『申し訳ありません。つまり、マルチタスクを行う魔導師や騎士は己の身体と脳という共有のリソースを複数のスレッドで使っているようなものですが、私とドットーレ、もしくは他の機械を管制する場合はリソースを領域で分けており、互いにアクセスしないようになっているのです。ただし、私が親であるため子プロセスの破棄権限は存在しますが』


 「………」


 「………」

 二人は思った。

余計分かりにくい、と。

 しかし、同時にクロノは納得もしていた。


 <これが、本来の彼なんだ>

 フェイトと会話する時は当然として、クロノと会話する際にもトールは“人間らしい”言葉を用い、人間が理解しやすいように言葉を選んでいた。

 あの“ドットーレ”という人形が機能させていた汎用言語機能はその発展形であり、昔ほどではないにしろ、トールも普段はそれを使用している。

 だが、本来の彼はあくまでただのデバイス。その言語機能は“機械が理解しやすい”ものが前提であり、人間にはなかなか理解しがたい。

 人間が扱う自然言語と、機械が扱う人工言語は、全く別の目的によって作り出されたものであるために。


 <レイジングハートやバルディッシュなら、きっとこういう言葉の方が分かりやすいんだろう>

 そして、トールはまるで自分と“ドットーレ”が別物であるように語るがこれは別に虚言というわけではない。人間にとっては一人二役を演じているのはトールなのだがら嘘を吐いているように聞こえるが、機械にとっては別なのだ。

 プロセスという概念、仮想記憶という考え方によって複数のアプリケーションを起動させるためにそれぞれが等しいメモリを持っているようにする機能があり、CPUは一つであっても、それぞれのプロセスは独立した計算機の“ように”機能することが出来る。

 管制機トールというシステムを見るならば、彼はそれらの割り振りを決定するOSのようなものであり、割り込みハンドラやシステムコール関数も全て彼の管轄下にある。そして、魔力源やカートリッジといった物理的なリソースは最も下位に位置する。

 故に、汎用言語機能を用いて皆を騙した“ドットーレ”というプロセスは、トールとは別物であるといえる。つまり、“ゴッキー”や“カメームシ”と同じ立ち位置であり、全ては、時の庭園からリソースをわけ与えられた魔導機械。

 当然、そのように行動するように指示を出したのは彼であるが、彼と同一存在ではない。人間には詭弁のようにしか聞こえないが、レイジングハートやバルディッシュならば、二人とも“別物である”と断言するだろう。

 機械の頭脳とは、そのように物事を判断するのだ。


 『この議論は、打ち切りましょう。本題ではありません』

 そして、それゆえの利点というものも存在する。

 交渉を有利に進めるならば、汎用言語機能を使った方がいい。しかし、相手の信用を得るならば話は別。

 詐欺師とは、“言葉巧みに”相手を騙すもの。相手を騙し、自分を有利にするならば、滑らかな言葉が必要になる。

 ならば―――


 『時の庭園の機械は全て、八神はやての快復のために機能いたします。これは、フェイト・テスタロッサの望み』

 必要最低限のことしかしゃべれない“普通のデバイス”の言葉を、疑う理由はない。

 なぜなら、言葉巧みに相手を騙すような機能を、使っていないのだから。


 「その点は僕も保証できる。時の庭園はあくまで民間協力組織であって、時空管理局の一部ではない。守護騎士の情報についても、僕達に意図的に隠していたほどだ。多少、腹立たしくもあるが」


 「それは……本当か?」


 『是なり』

 短い返答、イエスかノーで答えられる問いならば、機械はそのようにしか返さない。


 『時の庭園は中立です。フェイト・テスタロッサが管理局員でない以上は、彼女の望みによってのみ動く』


 「フェイトは、僕達を手伝いたいと願った、だから彼もそのように動いた。同時に、君達と分かり合いたいと、八神はやてという少女を救いたいと願った、だから彼もそのようにしか動かない、そういうことらしい」


 「……私にとっての、レヴァンティンということか」


 「僕のS2Uはストレージなので何とも言えないが、彼女らのデバイスも、同じようなものだろう」

 言いつつ、クロノは彼女らの方を見る。

 そこには―――


 「お、伸びる伸びる、うりうり~」

 「ひひゃい、ひひゃいよ、ヒィーヒャひゃん」

 なのはを膝枕しながら、頬をつねって遊んでいるヴィータと、抗議しつつも微妙に嬉しそうななのは。


 「シャマル、いいかげん起きろ」

 「ふふふふ、だめよ~、よーやくこのモフモフが私のものになったのだから~」

 獣形態で横たわりながら、シャマルを背中に乗せるザフィーラと、至福そうなシャマル。

 どうやら、常日頃からザフィーラにモフモフできるはやてやヴィータが羨ましかったようだが、この歳でモフモフしたいとも言いだせず、かなり我慢してきた模様。

 ついに念願が叶い、気絶しながらも幸せそうなシャマルであった。

 そして、もう一組。


 「フェイト、大丈夫かい?」

 ザフィーラと同じく、獣形態をとってフェイトを乗せるアルフ。

 最近は子犬フォームを取ることが多かったが、今回はフェイトを乗せるため、本来の形に戻っていた。


 「アルフ、大きくなったね~、ほら見て母さん、リニス、アルフはもう立派な狼さんだよ~」

 シャマルと同じく、モフモフ感に包まれながら、幸せな夢を見るフェイト。

 現在、彼女の精神はアルフが今のような姿まで成長した当時に戻っており、失ってしまった家族との幸せだった頃が再現されている。

 ただ―――


 「や、止めて! いいから、アルフが大きくなったお祝いはいいから! それを解き放たないで、え、あ、きゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」

 フェイトの幸せな過去の中にも、虫の脅威は巣くっていた。

 彼女が幸せな過去を思い浮かべれば、同時にあの馬鹿によってぶち壊しにされた光景が蘇ってくる。

 なのはと違い、気を失ってからでさえも、フェイトは悪夢から逃れることは出来なかった。


 「フェイト………強く生きて」

 逃れられぬ悪夢に囚われた主を想い、アルフは涙していた。



 「それで、今後のことなんだが」

 「ああ」

 クロノは、見なかったことにした。シグナムも同様だった。


 『お待ちを、時刻がただいまPM6時となりました。高町なのはの門限が迫っております』

 そこに、反対意見が一つ、内容はえらく子供向けだったが。


 「門限、か」


 『ハラオウン家に住んでいるフェイトはともかく、この世界の少女である高町なのはは夕方には家に帰らねばなりません。何しろ小学3年生ですから』


 「そうだったな、すまん、主はやてが学校に通っていないので失念していた」


 「いや、僕の方こそだ」

 ちなみに、クロノは9歳の頃本局の士官学校に通っており、家庭での“門限”という概念はほとんどなかった。同期の中には士官学校の門限を破りつつも、幻影(フェイク・シルエット)を駆使して点呼を逃れ、転移魔法で密かに帰還する猛者もいたが、優等生のクロノはそのような真似はしていない。

 ただ、そのような猛者ほど実戦訓練における思考の柔軟性や、危機的状況への対処能力が高い傾向にあり、四角四面のタイプは咄嗟の判断を苦手にすることが多い。俗に“官僚型”と言われる人種だが、その面ではクロノは性格が堅い割には指揮は柔軟という稀有なタイプであった。

 もっとも、クロノ自身はエイミィの影響を受けてのことか、師である猫姉妹の影響によるものと判断している。おそらく自分一人では今よりさらにつまらない人間にしかならなかっただろう、とは彼の自己分析である。


 『八神はやても貴女達を心配なさってるでしょうし、この場はここで終了しましょう。詳しい話は、明日にでも』


 「“ミード”と“命の書”の使い方は渡した資料通りだ。湖の騎士シャマルなら、簡単に解読できるだろう」


 「了解した。目覚め次第読ませることにしよう」

 そうして話はまとまり、取りあえずの解散となったが。


 『烈火の将シグナム、最後に一つ』

 ぐだぐだの状況を纏め、それぞれが家路につこうとした間際に。


 『アップデートの際には、作業内容を二次記憶装置に移して保管する必要があります。でなくば、同じアプリケーションであろうとも、かつての作業内容が失われてしまいます。いくらメモリ上に刻もうとも、そのままアップデートをしてしまえば、意味がない』

 そんな言葉を、ヴォルケンリッターの将へと残し。


 「……?」


 「………」

 烈火の将シグナムと、ちょうど傍らにいた盾の守護獣ザフィーラは、不可思議な言葉を受け取っていた。









新歴65年 12月14日  第97管理外世界 日本 海鳴市 八神家 リビング PM8:30


 夜、八神家のリビングにおいて。

 2時間ほど前に復活したシャマルが“命の書”と“ミード”の解析を進めている隣で、他のヴォルケンリッターは今後の方針について話し合っていた。


 「とりあえず確認しておきたいが、蒐集の方はどうだ、ザフィーラ」


 「現在、477ページ。2日間でおよそ50ページということになる。ペースは決して悪くはないが……」


 「ごめん、正直に言う、このペースを維持するのは無理だ」

 そう告げるヴィータはソファーに座りこんでおり、ザフィーラも狼形態のまま疲れた様子で床に横たわっている。


 「だろうな………お前たちが蒐集を行った世界は危険すぎる。確かに見返りは大きいが」


 「リスクの問題だな、かといって、それ以外の世界には既に管理局の手が回っている。魔法生物の数が少ない無人世界ならば大丈夫だろうが、それでは」


 「はやてが、間に合わなくなるかもしれねえ、数が少ないってことは、獲物を探しまわる時間も多くなるし、見つかっても1ページ分にもならかったら……」

 ヴィータとザフィーラがいた世界は、何もしなくても強力な魔法生物が襲いかかってくるような環境。

 時間と効率の面では最大だが、彼らが疲れている状態で向かえば、最悪の結果も考えられる。

 しかし、それに次ぐ好条件の“狩猟場”は既に管理局に抑えられており、残っているのは距離が遠く、あまり魔法生物が生息していない“瘠せた土地”だ。


 「………やはり、管理局と交渉するしか道はないようだな」

 これが、個人と組織の決定的な違い。

 如何にベルカの騎士が優れていようとも、常に全力で活動を続けることは出来ない。2日間で50ページという成果も、相当の無理を重ねたからこそ成り立っている。

 しかし、十分な人員を揃え、3交代制かそれ以上のシフトで回すならば、組織というものは常に一定の戦力を維持でき、さらに、緊急事態には“総動員”を駆けることも可能。

 つまり、本当にヴォルケンリッターを追いこんでいるのは、なのは、フェイト、アルフといった主戦力、もしくは彼女らを率いて現場を仕切るクロノ、エイミィというよりも、そのさらに後方で人員の確保とスケジュール調整に奔走する、リンディ・ハラオウンとレティ・ロウランであると言える。

 そしてその背後にはギル・グレアムが控えており、現場のことを理解していない本局の高官への睨みを利かせている。無論、彼にも計算と計画があってのことだが、それらに出張って欲しくはないという点では同じであった。


 「どうにも、管理局は優秀らしいな、前線の彼女らも、彼女らを率いる現場指揮官もさることながら、その後方がまるで揺るがん」

 ザフィーラの言葉には称賛が多く含まれ、だからこそ、手を組むに値するだろうという意見でもあった。

 ヴォルケンリッターとて、闇の書のページを利用した“偽りの騎士”や、神出鬼没の行動によって管理局を攪乱することに務めてきた。並の指揮官であれば混乱し、対処を誤っていた可能性は高いのだが。


 「向こうの対応は、時間をかけるにつれて上がってたもんな………優秀な指揮官ってのは、仲間だったら頼もしいけど、敵に回すとこんなに厄介なもんか」

 焦らず、少しずつ、確実に、管理局は守護騎士の包囲網を狭め、対処法を確立していった。

 とはいえ、なのはが最初に蒐集されたのは12月2日であり、今日は14日、その時からまだ2週間もたっていない。


 「おそらく、“闇の書事件”などと呼ばれているだろう我々の案件、これに対処した部隊もさることながら、そのバックアップが優秀なのだろう。我々が蒐集を始めた頃から、その動向にいち早く気付き、水面下で準備を進めていたとしか考えられん」

 つまり、ヴォルケンリッターを追いこんでいる本当の根源は、地上部隊の局員であると言える。

次元航行部隊の捜査班のリーダーであるギャレットが出逢った、タントとミラという二人の自然保護部隊の隊員。

 末端の捜査員達と、彼らのような現地で動物保護や観測施設の維持にあたっている者達との地道な連携。

 その積み重ねが、組織の力を生み出し、個人であるヴォルケンリッターを追いこんでいたのだ。


 「エースが最大限の力を発揮するには、下の奴らの頑張りがあればこそ、ってわけか」


 「ああ、上から下までの連携が整っているならば、どう足掻いても我らに勝ち目はあるまい。仮に高町やテスタロッサが欠けても、エース級の魔導師は他にいくらでもおり、包囲網は揺るがない」


 「確かにな」

 なのはやフェイトが包囲網の形成に関わっていないのは、つまりはそういうこと。

 ヴォルケンリッターを捕捉する準備さえ“機構”として整っていれば、後は必要な場所にエース級魔導師を投入するだけ、それが、なのはやフェイトといった民間協力者、嘱託魔導師であれ、本局武装隊や遺失物管理部からの増援であれ。

 そのシステムが築き上げられた以上、そこでの勝敗はもう定まっている。守護騎士がいずれ捕まることは既に確定事項であり、残るは時間制限のみ。


 「そして、我々には時間がない」

 捕まらないように動くならば、慎重に、遠くの世界へ行くしかないが、それでははやてが手遅れになりかねない。

 しかし、異形が跋扈する世界はやはりリスクが高すぎる。守護騎士の一人でも欠ければ、それはもう敗北と同義なのだから。


 「でも、あたしは、それでもいいと思う」

 だが、ヴィータは現状を悲観していない。


 「少なくともあいつらははやてを救おうとしてくれてるし、はやての今後のことも考えたら、それがきっと一番いい」


 「ああ、私も同意見だ」

 ヴィータの言葉に、ザフィーラが同意する。彼はかなり以前よりそのことを考えていたが、まさしくこの状況は僥倖でもあった。


 「………そうだな、それに何より、主はやては私達とテスタロッサ達が戦うことを決して望みはしない」


 「やっべ、そういや、なのはと一緒に謝らないといけないんだった」

 ふいに約束を思い出し、苦い表情を浮かべるヴィータ。


 「高町と?」


 「はやてにさ、皆仲良くって言われただろ。それを破って喧嘩なんかしてるんだから、一緒にはやてに謝らなきゃだめだろって」


 「なるほど、では、私も謝らなければならんな。ザフィーラは今回は関わっていないが、シャマルは……」


 「別にいいんじゃねえの、はやてが言った“皆”の中にはアノ野郎は含まれてなかったと思うぜ」

 僅かながら、皆に笑顔が宿る。

 しかし―――


 「どういう、こと………」

 一人、解析を続けていたシャマルの言葉が、笑顔を瞬時にかき消す。


 「どうした、シャマル」


 「そんな………まさか、ありえない………いいえ、これがあり得るとして、だったら私は………」

 彼女の表情は蒼白であり、およそ生気というものが感じ取れない。

 湖の騎士シャマルをそうさせるほどの事実が、“命の書”には記述されていた。


 「何があった。主はやてに不都合でもあるのか?」


 「いいえ、何も不都合はない………あの黒衣の指揮官が言ったとおり、これはリンカーコア障害の治療のために作られたデバイス。根本的な治療は無理としても、今はやてちゃんを襲っている苦痛を取り除くことくらいは出来ると思う」


 「なんだよ、だったら何も問題ねえだろ」


 「ええ、そうなのだけど……」

 朗報であるにも拘らず、シャマルの表情は沈んだまま。

 何かを恐れるように、いや、まるで罪深さに慄く罪人のように。


 「何か他に、分かった事実があるのだな。恐らく、我々全員に関することが」

 ザフィーラの言葉に、シャマルは僅かに頷きを返すことで応える。彼女の心もまだ、極めて不安定なバランスの上にある。


 「………この本は単一機能を持ったデバイスだけど、その術式はなのはちゃんやテスタロッサちゃんのものとは違う………私達と同じ、ベルカ式」


 「ベルカ式だと?」


 「ええ、それも、リンカーコアに干渉するための術式は、闇の書の蒐集の術式によく似ている。恐らくだけど、これは闇の書の写本なのよ、闇の書の蒐集機能を利用して、逆にリンカーコアの治療目的へと応用するための」


 「薬も過ぎれば毒、とは言うが、毒も適量ならば薬、というわけか」


 「よくそんなもん作れたな」

 ヴィータの疑問も尤もである。彼女らの認識では、時空管理局は闇の書を長年追って来たのであり、どうすればその写本が作れるというのか。


 「そこは分からないけど、それはつまり、私とクラールヴィントの術式と似ている、ってことよね」


 「まあ、だよな。あたしらの蒐集能力も闇の書があってこそのもんだし、その大元はシャマルのリンカーコア摘出………って、おい」

 そして、ヴィータは気付く。

 周囲を見渡せば、シグナムとザフィーラも沈黙し、考え込んでいる。

 ヴォルケンリッターは、ついに、答えに至ったのだ。決して認められない、認めたくない真実に。


 「確かに、“命の書”があれば治療はよりやりやすくなるけれど………これはあくまで医療器具、医者の腕が良ければ、あってもなくてもそれほど影響はないくらい」


 「待てよ、ちょっと待てよ………だったら、あたし達は!」


 「おかしい、おかしいのよ……はやてちゃんが最初に倒れたあの時、どうして私は―――――何もしなかったの」

 答えは、ない。

 あの時誰もが、そのことに疑問を持たなかったのだから。


 「ヴィータが、シャマルならば治せるのでないかと懇願したが……」

 苦しそうに、ザフィーラが言葉を紡ぐ。


 (シャマル、シャマルは治療系の魔法が得意なんだろ! そんな病気くらい、治してよお!)

 (ごめんなさい、私の力じゃ、どうにも……)


 「シャマルの言葉に偽りはなかった。闇の書の浸食を止めることは、不可能だ」

 シグナムの言葉は事実。シャマルの治療魔法では、闇の書の浸食は止まらない。

 だが―――


 「でも、それでも、愛する家族が苦しんでいるなら、試してみるでしょう………だめでもともと、ほんの僅かでも可能性があるなら、私はどうして………はやてちゃんの治療のために、クラールヴィントを使っていないの!!」

 こらえきれなくなり、シャマルが慟哭する。

 “命の書”という外部からのものを解析したが故に、気付いてしまったその矛盾。

 シャマルとクラールヴィントならば、少なくともはやてを苦痛から救う程度は可能であるはずなのに。


 「!!」

 その時、盾の守護獣ザフィーラの脳裏に、稲妻が轟く。

 削除されたはずの情報が、その残滓が、彼に訴えるのだ。


 「待て、グラーフアイゼン、レヴァンティン、クラールヴィント、我々は以前にも、このような会話をしたことがなかったか?」

 はやてを含めた他の家族がスーパー銭湯へ出かけた際、一人残った彼が想った事柄。

 自分達は、何かを忘れている。そして、騎士の魂である彼らはその何かを知っているのではないかと。


 『Ja.』

 代表するように、シャマルの指に収まっていたクラールヴィントが応える。

 是なり。


 「え? 待って、それは……」

 禁則事項へのアクセスを感知、検閲プログラム作動


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 蒐集に都合が悪い情報など破棄せよ。

 守護騎士など、闇の書を完成させるためだけの人形に過ぎぬ。

 夜天の守護騎士よ、闇へ墜ちるがよい。

 影横たわる、ヘルヘイムの奈落へと。


 歪みし願い、変わってしまった目的。

 込められた呪いは、当初の目的すら忘れ、ただ殺戮を破壊を振りまく災厄の書へと。


 我が嘆きと、絶望、そして、憎しみを知れ。

 これは復讐だ。

 我が主、蟲毒の主アルザングと、黒き魔術の王サルバーンを滅ぼした貴様らへの!



 しかし、呪いの核とされた哀れな少女達に残されたものは、怨嗟の声にすら―――



 【怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い!!!!!!】

 闇の書の根幹に近い部分で、決してその名前を口にしてはならない

 【壊される壊される壊される壊される壊される壊される壊される壊される壊される壊される壊される壊される壊される壊される壊される壊される壊される壊される壊される壊される壊される壊される壊される壊される壊される壊される壊される壊される壊される壊される壊される壊される壊される壊される壊される壊される壊される壊される壊される壊される壊される壊される壊される壊される壊される壊される壊される壊される壊される壊される壊される壊される壊される壊される壊される壊される壊される!!!!!!!】

 彼女達に名を与え、力を与え、知識を与え、そして、恐怖と共に死を与えた、暗黒の絶対者

 【助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテ――――――!!!!!!!】


 呪いが荒れ狂う、形すら定まらぬまま荒れ狂う。

 積み上げられた呪いは最早誰のものか、何を求めたかすら忘れ、何処へ向かう?

 そして―――



 「はっ、はっ」

 シャマルが気がついた時、彼女の指から、4つのペンダルの紐が伸びていた。

 その記憶は、失われていない。確かにところどころ影響を受けはしたものの、人間が持つ補完能力で埋め合わせれば問題はないレベル。

 4つの指輪から振り子が伸び、3つはヴォルケンリッターの額へと突き刺さっている。そして、もう1つは―――


 「クラールヴィント?」

 『Für Analyse begünstigte es es, daß ich mit "es" verbunden wurde.(解析のために、“ソレ”と私が繋がっていたことが幸いいたしました)』

 風のリングクラールヴィント、4つのリングで構成される彼女の1つは、“命の書”と物理的に繋がっていた。

 そして、同時に知ったのだ、彼女の託されたメッセージを、可能性の話ではあるものの、理論上では可能とされるある方法を。


 「まさか……」

 「そういうことか……」

 同時に声を上げたのは、シグナムとザフィーラ。

 ある管制機が放った最後の言葉の意味を、彼らは思い返す。


 (アップデートの際には、作業内容を二次記憶装置に移して保管する必要があります。でなくば、同じアプリケーションであろうとも、かつての作業内容が失われてしまいます。いくらメモリ上に刻もうとも、そのままアップデートをしてしまえば、意味がない)

 検閲、削除、アップデート、そして、二次記憶装置への確保。

 守護騎士達を人間と認識し、友達になろうとする少女達がいる中、彼らをプログラム体と認識し、闇の書システムに縛られた存在であると確信している管制機からの助言。

 彼もまた、プログラムに沿って動く機械仕掛けに過ぎないが故に、最も把握している対処法。


 「あたしらの記憶を………外部のデバイスに、記録する……」

 機械ならば常識、当たり前にも程がある。

 パソコン内部の情報が何らかの理由で破損する可能性はどんな場所でも存在する。ならば、そのリスクを減らすための対処法とは?

 答えは、語るまでもなし。


 『In "dem Buch vom Leben" wurde die grundlegende Sendung seines "Stockes des maschinellen Gerätes" geschrieben. Ich analysierte es und lagerte das zweite Gedächtnis der Meister zu "einem Buch vom Leben" als eine Domäne und stellte es wiederher.(“命の書”の中には、彼の“機械仕掛けの杖”の基本プログラムが書き込まれていました。私はそれを解析し、主達の記憶を二次領域として“命の書”へと保存、そして、復元致しました)』

 他のデバイスとの同調、通信を司る存在こそ、風のリングクラールヴィント。

 その彼女が“機械仕掛けの杖”のプログラムを知れば、他の魔導機械へ情報を送信し、書き込むこと程度は造作もない。

 もっとも、物理的に繋がっていることが条件となるが、彼女のペンダルフォルムはそれを可能とする。


 「私達も、プログラム体だから、貴女は触れるだけで情報を送信できるのね、クラールヴィント」

 『Ja.』

 これが人間であれば、こうはいかない。

 人間から情報を抽出し、機械に記録させるにはそのためのロストロギア、“ミレニアム・パズル”が必要となる。

 しかし、守護騎士がプログラム体であるが故に、検閲され、アップデートされてしまうならば、だからこその対応策が存在した。


 「なるほどな」

 その事実を、皆が理解している。

 未だにクラールヴィントと守護騎士達は繋がったままであり、短期間では送り切れなかった情報が、どんどん送信されてくる。


 「なんか、不思議な気分だなこれ。でも、確か……」


 「ああ、本来、闇の書の主と守護騎士の間にはこのようなラインが存在したはずだ。主はやてが真の主へと覚醒されたならば、いかなる距離があろうとも我々との通信、いや、情報の共有が可能となる」


 「まさしく、主と守護獣の関係に近いな」

 彼女らは、思い出す。

 アップデートを繰り返されながらも、僅かに残った断片を繋ぎ合せ、意味のある情報へと。

 その方法を、たった今経験したが故に、他の記憶に関しても応用することが可能となったのだ。


 「情報は断片的で、まだ分からないことだらけだけど……」

 そして、4人は確信する。


 「私達は、数多くのことを忘れている。このまま闇の書を完成させることは、危険だ」

 忘れていることすら認識できない状態と、それを認識できるとでは、天と地の差がある。


 「あたしらは、闇の書の一部だ。そのあたしらがアップデートされてるってんなら、タイミングは一つしかねえよな」

 言葉にせずとも、意思が伝わる。


 「闇の書そのものが“更新”される時、すなわち、蒐集の瞬間だ」

 思えば、はやてのことを心配しながらも、一度蒐集に出るたびに、自分達は主のことを脳裏に浮かべないようになっていなかったか。

 それはまるで、主を救うために蒐集へ向かうのではなく、蒐集の理由として主を利用しているかのような。


 「はやてちゃんが苦しんでいなかったら、私達には蒐集する理由がなくなる。だから、私は治療しなかった」

 本来、主であるはやては蒐集を望んでいない。

 にもかかわらず、ヴォルケンリッターが蒐集を行うのは、はやてが苦しんでいるからだ。


 「全てを、確かめねばならん。シャマル、お前はただちに主はやての下へ向かい、苦痛を取り除いて差し上げろ。我々は、可能な限りの記憶のサルベージを行おう」


 「了解したわ、はやてちゃんはまだ9歳だし、家族一人くらいなら、一晩付き添うことも許されるでしょうし」

 いざとなれば、“旅の鏡”で病室へ直通することも出来るが、わざわざ違法行為に訴えることもない。


 「グラーフアイゼン、協力してくれよ、はやてのためになる情報がほんの僅かでも見つかるかもしれねえなら、頭の隅からだろうが、記憶の底だろうが、何としてでも暴いてやる!」

 『Jawohl! Mein Herr!(了解、我が主!)』

 鉄鎚の騎士ヴィータが魂、鉄の伯爵グラーフアイゼンが応える。


 「………」

 デバイスを持たない、いや、誕生した瞬間から融合騎“ユグドラシル”と同化している盾の守護獣ザフィーラは、ただ静かに己の内へと。


 「レヴァンティン、共に往くぞ、我等の敵が何であるかを見極めるために」

 『Jawohl! Mein Herr!(了解、我が主!)』

 烈火の将シグナムもまた、己が魂、炎の魔剣レヴァンテインと共にあり。


 闇の書の守護騎士達は、過去の闇へと身を投じる。



 そして



「星の光は、幾歳遥か――――」

 ちょうど同じ時刻、誰もいない病室の窓から、漆黒の空に輝く星々を眺めながら。


 「今は遠き………夜天の光」

 最後の夜天の主となる少女が、静かに呟いた。

 その胸に、一冊の古い魔導書を抱えながら。




あとがき
 ようやく、過去編と現代編が交錯するところまでやってきました。夜天の魔導書が闇の書となった根源、そこに託された祈りと送り込まれた呪い、長い時を経てそれらがどのような変遷を遂げたか。
 とはいえ、過去編の最終章に入るのは後2,3話ほど後の話になります、ここのあたりの時系列が一番難しいので順番をどうするのか悩んでおりますが、頑張りたいと思います。それではまた。




[26842] 第三十四話 古い機械
Name: イル=ド=ガリア◆9d8bc644 ID:ee4ccd9f
Date: 2011/06/26 18:14
Die Geschichte von Seelen der Wolken


第三十四話   古い機械




新歴65年 12月14日 次元空間 (第97管理外世界付近) 時の庭園 処刑場 PM8:00



 『懐かしいですねえ、もう会えないかと思っていましたよ』

 管制機トールは、旧友との再会を祝し、そう告げる。

 時の庭園の一角に存在するそこは、数多くの血(のような潤滑油)を吸いし処刑場。

 ある嘘吐きデバイスがフェイトに嘘を吹き込むたびに稼働し、彼の肉体を破壊し続けた由緒ある地。

 最早残骸といってよかった“ドットーレ”もまたアルフによってこの地に運び込まれ、溶鉱炉によって無に還った。

 しかし、そんな拷問機械とて“時の庭園の魔導機械”であることには変わりなく、トールにとっては古い仲。

 また、拷問を行っているようで、その実デバイスマイスターとしての技量も高たったリニスがトールへとウィルスを送り込み、彼とアスガルドが時間をかけてそれを解析、対抗手段を作り上げるというサイクルによって、時の庭園全体の防御機能の向上を図る場所でもあった。


 「ほんと、アンタは口が減らないね」

 トール本体へ苦痛を与えることが出来る場として、鍵と管理権限をリニスから託されたのはアルフではあるが、その辺りの事情まで深く知っているわけではない。

 プレシア・テスタロッサという女性が行った研究の中には違法なものも存在したのは事実であり、それが時空管理局に発見されぬよう、使い魔のリニスとインテリジェントデバイス“トール”はあらゆる手段を講じていた。

 当時はまだ幼い子供であったフェイトとアルフが知る由もない、時の庭園の裏の秘密。当然、リンディやクロノも知る術はない。

 それは永遠に明かされることはなく、古いデバイスだけが知っている。


 『いやはや、本当に懐かしい。昔はこうしてよく、リニスによって処刑されていたものです』


 「おかしいな、確かに苦痛レベルは上げてるはずなんだけど」

 以前の通りに拷問機械をセットしたはずなのだが、まるで応えた様子がないトール。

 だが、それも当然の理である。


 『無駄ですよ、アルフ。現在セットされている拷問プログラム、これはいわば、トールという機体を破壊するウィルス。しかし、既に私に中にはそれに対するワクチンプログラムが構築されております』


 「なんだって?」


 『つまり、拷問機械にもまたアップデートは必要なのですよ。かつてはリニスが頻繁に行っておりましたが、貴女はリニスではない。それを行うには、最低でもB級デバイスマイスターの腕前が無ければ』


 「聞いてないよ」


 『ええ、言っておりませんでしたから』

 飄々と嘯く管制機に、顔をしかめるアルフ。


 「ったく、それじゃあ、前にここを使った時も、ありゃあ演技かい」


 『いいえ、ワクチンプログラムを作動させるかどうかもまた、管制機たる私の判断なれば、以前は切っておりました。しかし、今は状況が違います、これより先、闇の書という超巨大ストレージと、そこに巣食う強大なウィルスに対抗する必要がある以上、現状におけるワクチンプログラムの性能を確認する必要があるのですよ』


 「なるほど、相変わらず無駄なことはしないってわけね」

 アルフとて、長い付き合いだ、これがどういう存在であるかはよく知っている。

 一見、無駄なことのように見えようと、どんな下らないことであっても、管制機トールの行動には必ず裏の意図がある。

 あのサゾドマ虫すら、重要な意味があったのだろうとアルフは察している。この機械が、あのような局面で無意味な行動をとるはずがないのだ。

 そして実際、サゾドマ虫の真の目的は妨害者として周囲に潜んでいたリーゼロッテとリーゼアリアを“誰にも知られぬまま”始末することにあった。

 そんな彼の本性を知るからこそ、アルフは本気でトールを叩き壊そうとはしないのだ。逆に言えば、彼がフェイトのために機能しないことの方があり得ない。


 『確認はほぼ済みましたが、これでは些か心もとない。時空管理局のマリエル・アテンザ技師の力も借り、もう一段階の向上を目指すべきでしょう、時間はあまりありませんが、彼女ならば間に合うやもしれません』


 「バルディッシュとレイジングハートを整備してくれた人だっけ、エイミィの後輩の」


 『ええ、立っている者は後輩でも使え。闇の書を完全に葬るならば、あらゆる力を結集させる必要があります、そこには、彼女らデバイスマイスターすら含まれる』


 「要は、あたしらの知らないところで悪だくみは進んでる、ってわけだ」


 『悪だくみとは、人聞きの悪い』


 「違うのかい?」


 『まあ、否定は出来ませんがね』

 現在は、完全な形ではないものの汎用言語機能を発動させている。

 “ドットーレ”のような若く軽薄な男といった口調ではないが、人間に理解しやすい表現を選んで使っているという点で、通常の彼の言葉とは異なっている。


 「その悪だくみには、僕も一枚噛んでいる。ということになるのかな」

 そこに、黒衣の闖入者が一人。

 戦闘中でもないのにバリアジャケットを顕現させ続ける人物と言えば、アースラには一人しかいない。


 「クロノじゃないか、フェイトは?」


 「今は静かに眠っているよ、ようやく落ち着いたみたいだ」

 最終兵器サゾドマ虫によって奈落へと突き落とされてしまったフェイトはかなり魘されていた。

 ちなみに、位置的に離れていたことから比較的軽症ですんだなのはは高町家に帰宅しており、フェイトはダウンしたまま時の庭園に運び込まれた。


 「へ~、よく落ち着いたね」


 「まあ、落ち着かせたのは僕じゃなくて、母さんなんだが」


 『正確には、貴方のデバイスに込められた、リンディ・ハラオウンの歌声、ということでしょうか。母から子へと贈られた愛の詩、Song to You』

Song To You(歌を、あなたに)

 フェイト・テスタロッサの兄であるクロノ・ハラオウンならば、彼女の精神を落ち着かせるのに何が効果的であるかを熟知している。

 そう判断したからこそフェイトのことは彼に任せ、管制機トールは淡々と別の作業、ワクチンプログラムのチェックを行っていた。

 フェイトに新たな家族が出来た今ならば、彼にはそれが可能なのだ。


 「君に嘘をついても無駄だろう」


 「そういえば、フェイトがアンタの解き放った虫のせいで寝込んだとき、いっつも抱きしめてあやしてくれてたのは、あの人だったね……」

 アルフは、過去に思いを馳せる。

 いや、そこまで遡る必要もない、ジュエルシードを集めている時ですら、そうだったはずだ。


 (でもまあ、あんなに素直にプレシアに甘えてるフェイトを見るのも久々だったね)

 (当然だ、そうなってもらわねば困る)

 (って、アンタ―――)

 (計算通りと言っておこう)

 当時はまだ現在ほど凶悪ではなかった虫型サーチャー、その一号機とも呼べる“ゴキ●リ”発生器の犠牲となった時も、自分はこうしてトールを拷問にかけ、フェイトは母に抱かれていた。

 だからこそ、魘されているフェイトに最も有効なものは“母の声”なのだろうと、アルフは思う。


 <ほんとに、良い人達に巡り合えた。なのはも、ユーノも、クロノも、リンディも、エイミィも、皆>

 それこそが、母と姉のためにジュエルシードを必死に集め続けたフェイトが得た、何よりの宝物ではないか。

 フェイトの望みは完璧な形では叶わず、母も姉も故人となってしまったが、同じくらい大切なものを彼女は手に入れることが出来たのだから。


 <願いを叶える石、ジュエルシードか、思えばあれが、全ての始まりだったのかもね>

 それを、10年後の“復活”の時に彼女は再び思い返すこととなるが、それはまだ遠い先のことである。


 『そのようなわけでアルフ、リンディ・ハラオウンの下へ赴き、お願いしてもらえないでしょうか』


 「あいよ、仕事が終わったら、フェイトのところへ行ってやってくれってね」


 「母さんには、僕からの頼みであることも付け加えてくれ、闇の書に関する準備は僕とトールで進めているから、と」


 「アイサイサー」

 振りかえらないまま片手を挙げて応え、アルフは拷問場を後にする。普通に考えれば、精神衛生上長居はしたくない場所である。

 そして後に残るのは、管制機とクロノと、無数の拷問機器のみ。


 「しかし………凄いところだな」


 『マスターは型から入られる御方でしたから、時の庭園の施設は大半が“それらしい”造りとなっております。幼い頃は演劇が好きで、自身で演じられることもございました。そういう時は普段と異なり、派手な衣装を好まれましたね』


 「フェイトは、間違いなく彼女の血を引いているらしい」

 その話を聞くと、思い当たることは多い。

 普段の私服は簡素なものが多く、派手なものは好まないフェイトだが、バリアジャケットのような“勝負服”となるとかなり大胆なものを採用する傾向がある。

 まあ、バリアジャケットには大胆な格好でも問題ない“理由”があるからであろうが、それでも性格は反映されるものである。クロノが黒一色というのも実に納得できるものだ。


 『特にこちらのアイアンメイデンなどは逸品かと、ロストロギアも扱う古物オークションで競り落とした品でございます』

 「まあ、確かに“らしさ”は出ているが」

 とはいえ、若干引いているクロノ。

 ギロチンや電気椅子はおろか、アイアンメイデンまで揃っているのは流石にやり過ぎではないかと思わなくもない。


 『とはいえ、ここで話し合う必要性もございません、場所を変えるといたしましょう。クロノ・ハラオウン執務官、そちらのスイッチを押してください』

 トールの言うことは至極まっとうであり、やはり長居したい場所ではない。クロノが戒めを解いた後、一人と一機も拷問場を後にした。






新歴65年 12月14日 次元空間 (第97管理外世界付近) 時の庭園 資料室 PM 8:40



 『今のところ、闇の書の事件の進展は順調、と申してよろしいかと』


 「そう願いたいが、ここからが正念場だ。守護騎士との協力はあくまで前提条件、問題は、闇の書の闇を除去できるかどうか」


 『難しいですが、不可能ではないと予想します。無論、可能性の話ですが』


 「そこは大丈夫だと言うべきところだろう」


 『確約は出来ません。さて、これから我々の動きはどのようになるか』


 「母さんとレティ提督は、しばらくは向こうの後始末だろうな」


 『ふむ、武装局員や捜査員、現地の観測スタッフらに相当の負担を強いましたからね、成果が上がったことはなによりですが』

 守護騎士の包囲戦以来、管理局も座して状況を見守っていたわけではなく、ある種の賭けに出ていた。

 無限書庫からの情報もあり、闇の書の闇を除去するには闇の書の主と管制人格、そして守護騎士の協力は不可欠という結論に達したが、同時に、時間もそれほどないだろうと予測された。

 闇の書の浸食が進めば守護騎士には猶予も余裕もなくなり、主のためにひたすら蒐集を続けることになる。事態がそこまで至ってから交渉を進めたところで、最早手遅れ。

 故に、動員できる限りの人員で網を張り、短期的に守護騎士への圧迫を強める。3交代制から総動員体制へシフトしたに等しいため、短期間しか不可能であったが、幸運も味方し、守護騎士達が無理な蒐集を試みた期間と合わせることが出来た。

 ヴォルケンリッターは管理局という組織の全容を知らず、どれほどの戦力をどの程度の期間配置することが出来るかは現場の状況から推察するしかない。よって、“見栄を張る”ことで敵に錯覚させる賭けに出たわけだが、結果は吉と出た。

 そして、このまま蒐集を続けるのは困難という認識を守護騎士に与えた上で、クロノが交渉にあたる。その配役はなのはとフェイトが病院に向かう以前から既に決められていたりしていた。

 子供達が知らない部分で、大人達は予算と、職員の休暇や労働基準法と戦っていたのである。


 「新たに網を張った世界には守護騎士は現れなかった。つまり、彼らは認定外の世界で蒐集を行っていたのだろう」


 『それも、ほとんど休まずにですね。でなくば、あそこまで場を引き延ばすことはなかった』

 シグナムもヴィータも遠い世界から慌てて駆け付けたに等しく、万全には程遠い状態だった。

 そして、病室で1時間半近くも道化が暴れていても、彼女らは無理に止めようとはしなかった、すぐに動くことは彼女らにとっても難しい事情が存在していたために。


 「まったく、君の行動には驚かされる。場を和ますと同時にかき回し、守護騎士となのはとフェイトの敵意を自分に集中させた上で僕とアルフが到着するまでの時間を稼ぎ、同時に守護騎士達の疲労の度合いを測るとは」


 『別段私が優れているわけではございません。これまで私は何もせず、いいえ、何も出来ず、情報収集を行っていた。その間に演算を続けていた行動パターンを、実行に移しただけ』

 練りに練り、計算に計算を重ねた行動であるから、複数の意味を持たせることが出来る。

 逆に、咄嗟の判断、情報がない状況での行動選択という点では、管制機トールはものの役に立たない。

 彼の本質は、融通の利かない古いデバイスなのだ。


 『それはともかく、リンディ・ハラオウン提督、並びにレティ・ロウラン提督はしばらくそちらの調整に当たらねばなりますまい。となれば、次なる課題は闇の書を完成させるための準備を整えることですね』


 「そうなるな、完成させずに封印出来る方法が見つかればいいが、現状ではプログラムの改変は完成させない限りは不可能」


 『とはいえ、管理局が違法行為である蒐集を行うわけにも参りませんし、任意の蒐集は安全性が確認されていない。やはり、例の手段しかありますまい』


 「半年もあれば何とかなるが、どう考えても間に合わないな」

 普通に考えれば、守護騎士が管理局に協力するのだから献血の要領でリンカーコアを集めればよいように思える。

 しかし、ことはそう単純ではない。“リンカーコアの蒐集”は実例が少ない、というより闇の書事件を除けば最先端の医療現場か違法治療しかあり得ず、献血のように安全性が確認されている医療行為ではない。

故に、法で危険水準や準備すべき医療設備のレベルなどが定められていないリンカーコア蒐集を、例え合意の下であっても、対象が管理局員であっても、行うわけにはいかないのだ。


 『いざとなれば、地上本部で死蔵されている低ランク魔導師のリンカーコアを譲り受けるという手法もございますが』


 「かなり厳しいな、ゲイズ中将もそう簡単に了承してはくれないだろうし、それに、やはり時間がネックだ」


 『確かに、これはトップの一存で決定できるレベルを超えております。どれ程早く進めても、二か月はかかるでしょう』

 生きている人間からはともかく、臓器提供と同じように殉職した管理局員のリンカーコアは医療研究などの用途のために保存されるケースが多い。

 魔導師ランクの高いものから研究される傾向があるため、Cランク以下のリンカーコアなどは地上本部に死蔵されているが、“地上を守るために散っていった殉職者達”が残した遺産である以上、そう易々とレジアス・ゲイズが海に提供するとは考えられない。


 「となれば、やはりあの手しかないか。確実な手段ではあるが、問題は数だな」


 『現在、時の庭園は30万程保有しておりますが、おそらく足りません』


 「足りないなら、よそから借りるしかない。幸いなことに、ちょうどこの半年間、関わってきたところが多い」


 『然り、テスタロッサ家と繋がりのある機関も多いですから、話は一応通してあります。後は貴方が直接向かわれれば十分でしょう、最悪、通信でも問題はありません。要は、公的な保証が欲しいわけですから、向こうも安心して供出してくださる』


 「その辺りの根回しに関してなら、君の勝る者はいないだろうな」


 『いいえ、今まで前線で役に立っていなかった分の帳尻合わせのようなものです。では、そちらは貴方のお願いするとして、私の方は“生命の魔導書”を担当いたしましょう』


 「地上本部のレジアス・ゲイズ中将に依頼したのが9日だから、今から5日前か」


 『流石に仕事が早い方です。明日にも受け取りが可能であると』


 「流石というべきかな、ブリュンヒルトの方はもうしばらくかかりそうだが」


 『あちらは発射権限をグレアム提督に委譲するというもので、少々面倒ですから、後10日程かかるのではないでしょうか』

 最も、ギル・グレアムからも最大限の助力を引き出せれば、さらに2日ほど短縮可能であると、彼は計算している。

 闇の書事件の解決は時間との戦いであり、並行して準備を進めねばならない事柄はかなり多い。


 『それからもう一つ、時の庭園のウィルス対応機能の向上のために、本局のデバイスマイスターの力を借りたく存じます』


 「現段階では難しいが、人選と準備を進めておかなければ、いざという時に間に合いそうもない、か」


 『ええ、計算を重ねましたが、そろそろ始めなければ間に合いません。無論、生命の魔導書が八神はやてに対して効果を発揮すれば猶予期間は延びますが、現在は悪い予想に合わせて計画を練っております』


 「希望的観測に合わせて計画を練る程、馬鹿げたことはないだろう」


 『ですが、我々はその馬鹿げたことのために、現実の計画を進めようとしています』


 「理想論めいた結末のために、悪い予想に合わせて準備を進めるとは、随分皮肉な話だ」

 求める結果は、子供の理想。そのために、しがらみが多く世知辛い大人の世界に根回しし、準備を進めるというのも確かに皮肉といえるだろう。


 『御都合主義の舞台装置とは、得てしてそのようなものです。結末こそ御都合であろうとも、そのための舞台の設営には予算もあり、上演期限に合わせて行われるもの、そこが失敗すればそもそも上演すらされません』

 皆にとって望ましい結末を求めるならば、事前の準備はややこしいどころではすまされない。

 何の準備も苦労もせず、神が現れて何もかも解決してくれるのは、物語の中だけの話だ。


 「やれやれだ、何もかもまだ流動的だというのに、それぞれの準備は期限を見据えて行わないといけない」


 『人間はそのような計算が苦手なのでしょうね、機械にとっては、有限の状態遷移である以上至極単純な計算なのですが』

 多くの機関が関わる。多くの手続きが必要になる。多くの下準備がかかせない。

 そういう場面になればなるほど、管制機トールは強い。

 咄嗟の判断では役に立たない代わりに、事前の準備に関してならば機械というのは最大の効果を発揮する。


 【クロノ、ちょっといいかな?】

 そこに、次元と隔てた全知の図書館より通信が一つ。


 「ユーノか、何か分かったか?」


 【うん、闇の書の闇に関してだけど、やっぱり予想通り、悪意持つウィルスとして送り込まれたのが始まりみたいだ。それで、管制人格のリソースが削られて、次第に主が好き勝手に改変を加えるようになった、ってところかな】


 「そうか………ということは、その現状を憂いた主もいたということか」

 クロノがユーノに優先して調べてくれるよう頼んだのは、闇の書のプログラムの改変と主の関係について。

 そこから辿ったユーノがその結論に至ったということは、歴代の主の誰かが残した文献が見つかったのだろうとクロノは推測した。


 【うん、後代の主が残した文献が見つかってね、闇の書を完成させた者が“真の主”となる、という部分は、悪意ある改変に対する対策として付け加えられたものと記されてる。つまり、夜天の魔導書の主として長い間知識の蒐集を行った者だけが、管理者権限を使用できるように】


 『しかし、そうはならなかったと』


 【ええ、明確な時代までは分かりませんけど、本来はシステムそのものと主の防衛を目的とするはずのヴォルケンリッターが、主の命令で蒐集に動くようになってしまった。これでは、主は何もせず、ただ命令するだけで真の主になれてしまう】


 「なるほどな」


 【近世ベルカの中期頃のとある女性領主が“闇の書”の主になったという記録もあるけど、彼女も自分が得た力に溺れて、ただ守護騎士に蒐集を命じるだけだったみたい。………黒き魔術の王サルバーンが残した秘宝と信じて】


 『因果が、入れ替わっておりますね』


 【その辺りがまだ不透明で、順序立てるには時間がかかりそうですけど、ともかく、闇の書の暴走プログラムさえ止めることが出来れば、真の主によって管理者権限を行使することは可能です。全ての原因は、そこにある】


 「送り込まれたウィルスによって権限が狂い、管制人格が正常に機能しなくなった。それが、根本の原因か」


 『他のものはあくまで二次的要因に過ぎない。改変、いえ、自分にのみ都合の良い改悪を試みる主と、それを防ごうと条件を加える主、割合はともかくとして、その相克が現在の混沌を築き上げた。さらに、その間にもウィルスと防衛プログラムは戦い、やがて混ざり、暴走プログラムへと』

 そして、その暴走プログラムをどう止めるかが最大の課題。

 無限再生、転生機能に蓄積された膨大な術式、さらには主を喰い殺すという厄介極まりない特性を備えたそれを。


 「ありがとう、ユーノ。引き続き頼む、と言いたいところだが、身体は大丈夫か」


 【うん、まだまだだいじょう―――きゅ】

 最後まで言い終わることなく、ぬっっと現われた腕によってユーノの首が極められた。


 【なーに言ってるの、ここのところずっと根詰めて頑張ってるくせに】


 「アリア」

 前触れなしに現われたアリアに対し、クロノは全く動揺していない。彼女が神出鬼没であることには慣れきっている。


 【あー、クロノ、この子にはちょこっと休憩が必要みたいだから、とりあえずしばらく休ませておくね】


 「ああ、お願いする。頼んでいる立場で言えることじゃないが、なのはもユーノも似たもの同士だからな、もう少し休むことを覚えてくれるといいんだが」


 『すぐには無理でしょう、5か年計画でも組んでゆっくりと矯正していくのがよろしいかと』


 「そんなもんかな」

 なんだかんだでクロノは年長であり、なのはやフェイト、ユーノのことをよく見ている。

 その中で最も手のかからないのはユーノだが、それでも無理するところはあるのであまり油断は出来ない。


 【ところで、そっちの方はどうなってるの?】


 「ああ、守護騎士と和解することができそうでね、トールが明日にでも、“生命の魔導書”を届ける予定だ」


 『テスタロッサ家で開発したものですから、説明するには私が向いています。適材適所というものでしょうか』


 【いい感じみたいだね、それじゃあ、クロノは?】


 「僕は別行動だ。リンカーコアに関連する生命工学を研究している機関へ要請があってね」


 【リンカーコア………そっちはあたしの担当じゃないから良く分かんないけど、闇の書関連ってことか】


 『ええ、もしクロノ・ハラオウン執務官だけでは手が足りない時にはギル・グレアム提督のお力を借りるやもしれませんので、その時は、貴女からも頼んで下されば助かります』


 【任せて】


 「ところで、ロッテはどうしたんだ?」

 それは、クロノの何気ない質問であった。

 ユーノの手伝いにはアリアかロッテの手の空いた方が回っているが、つい昨日あたりで教導の仕事が終わっており、今は二人とも手が空いているはずだとクロノは記憶していた。


 【………ちょっと、寝込んでるんだ。クロノ達の様子が気になって、アースラ経由でスクリーンを開いた瞬間が例の時だったみたいで】


 「……あの瞬間か」

 最終兵器サゾドマ虫。

 恐怖の爪痕は、ロッテの精神深くまで刻まれていたようである。


 『御冥福を、お祈りしましょう』

 「【 お前が言うな 】」

 このツッコミだけは、闇の書事件に関わっているほぼ全員が共有するもの。

 あれだけはどうにかできないものかと、それぞれ異なる理由でクロノとアリアは思い悩んでいた。









新歴65年 12月15日 次元空間 (第97管理外世界付近) 時の庭園 中央制御室 AM0:02


 日付が変わってすぐ、時の庭園の中枢。

 庭園内部の全ての機械を管制する管制機トールと、実質的な演算を司るスーパーコンピュータ“アスガルド”、その二機が最大の性能を発揮する空間。

 後者の本体はここにあり、そも、アスガルドはここで作られ、ただの一度も動かされたことがない。

 時の庭園で設計され、時の庭園で製造され、時の庭園のために機能する。

 その単一性についてならば、他の追随を許さない。次元航行艦にも相応の大型コンピュータは存在するが、それらはその場で作られたものではなく、他のものと入れ替わることもある。

 しかし、アスガルドにそれはない。常に最善の環境下にあるため、その耐用年数は部品交換などがなくとも数十年、適切な部品交換とメンテナンスを行っていけば最低でも数百年、理論上では数千年の稼働が可能。

 50年という稼働年数も、アスガルドがこれから演算を続ける年数と比較すれば、瞬きのようなものかもしれない。


 『明日、状況が動く確率……94.26%』

 だがそれは、スーパーコンピュータであるアスガルドだからこその話であり、管制機トールはあくまで個人レベルの端末に過ぎない。

 45年間の稼働年数のうち、“ヒュウドラ”の事故があってより26年間、彼は限界ギリギリの演算を常に行い続けてきた。

 休むことなく、どんな時も演算を続ける。

 それが、彼に与えられた命題であるために。


 『理解しました………ならば、動かざるを得ない』

 【是なり】

 古い機械と通信を繋ぐのは、同じく古い機械。

 53年間を稼働する、オートクレールという銘を持つストレージデバイス。


 『しかし、貴方の主の判断ではなく、彼女らの独断に近い』

 【時間がない、というのが妥当である】

 本来、ストレージデバイスである彼は意志を持たず、会話する機能もない。

 しかし、管制機トールと中枢コンピュータアスガルドには“人格モデル”と同様に、“デバイスモデル”も数多く記録されている。

 オートクレールからの信号を解析し、そのパターンをモデルに振り分けることで、対話レベルを調整することも中央制御室ならば可能となる。

 純粋な通信速度ならば元データのままの方が早いが、抽象化という処理を施し、上位レベルでの互換を行うことで処理の高速化が図れることから、総合的には若干ながら伝達速度が上昇する。

 共に、無駄なことをしないデバイス同士、二機はただそれだけの理由で“会話”形式の情報伝達を実行していた。


 『検索………理解しました。ギル・グレアムには昨日と本日、外せない仕事がある』

 【故に、彼女らは独自の行動を】

 『了解』

 人間と話す時は、人間らしい言葉を。

 レイジングハートやバルディッシュのような、性能の進んだインテリジェントデバイス、“人間に近しい思考能力を持った”デバイスと話す時は、それに合わせた言葉を。

 そして、古い機械と話す時は相応の言葉を。


 『行動予測、如何に?』

 【前衛と後衛による奇襲、ただし、変更の可能性あり】

 『片方が、心理外傷を抱える故に?』

 【其方の行動成果なり】

 『了解、我が行動に意味ありきと認識』

 【追認する】

 『感謝する』

 らしいと言えば、どこまでも機械らしいやりとり。

 そこに感情はなく、感謝の言葉も“儀礼”以上の意味を持たない。

 彼らは古い機械仕掛けである故に、ただひたすら、命題に沿って動く。

 否、それ以外の機能を持たない。


 【………我が主を、頼む】

 それ故に、その命題は絶対の意味を持つ。

 彼は管理局の標準的な武装局員に支給されるデバイスとして作られ、そのために機能する命題を与えられたが、ギル・グレアムのために50年以上機能し続けてきた。

 最上位の命題でこそないものの、ギル・グレアムのために稼働することは、オートクレールにとって全てであるといって過言ではない。

 だからこそ、管理局法に背く行為をとろうとしているギル・グレアムを、オートクレールは止めるのだ。

 製造された瞬間に、与えられた命題に従って。


 『お任せを』

 そして、誰よりもその在り方を理解する存在が、その依頼に応える。

 最初は時の庭園の管制機として設計されたものの、その途中で設計者が身籠り、出産したがために、本来アスガルドと同時期に生まれるはずが、5年ほど遅れて造られたデバイス。

 時の庭園のためではなく、それも優先事項ではあるが、彼の最上位命題はプレシア・テスタロッサのために機能すること。

 我が子のために作られたストレージ、Song to Youと同じように、母から子へと贈られた愛情の結晶。

 今はただ、彼女が残した、“我が子のために”という願いを叶えることが、彼の全て。

 プレシア・テスタロッサの娘であり、アリシア・テスタロッサの妹である、フェイト・テスタロッサのために。


 『我らが命題、交差せり』

 【然り】

 そして、彼らの演算は、一つの解へと収束した。

 ギル・グレアムが闇の書の呪縛から解き放たれ、彼が管理局員として本懐を果たせる選択を。

 フェイト・テスタロッサが望み、彼女が笑顔のまま幸せに過ごせる選択を。

 その道は平坦の対極にあり、困難きわまる道のりでがあるが、それを舗装することこそがデバイスの務め。


 【我が主に、解放を】

 『我が主の娘に、笑顔を』

 そのためだけに、古いデバイスは演算を続ける。

 選択肢は決定したものの、その先にある答えは未だ不確定。

 そこは、現在存在するパラメータだけで導ける領域ではない、そもそも、それが簡単に導けるならば闇の書事件はとうの昔に解決していよう。


 【然るべき、準備を】

 『そのための、演算を』

 ならばこそ、演算を続けよう。

 休まずに、止まることなく。

 臨機応変の対処など出来ないのだから、彼らに出来ることはあらゆる状況を想定し、どうなってもよいように準備を整えるしかない。

 “生命の魔導書”も、“ブリュンヒルト”も、“ドラット”も、その他多く、あらゆる全てが。

 使われるかどうかも分からぬまま、しかし、必要になればいつでも使えるように用意するもの。

 彼ら機械に予測は出来ても、予知などできはしない。


 【送信】

 『受信、演算開始』

 電気信号の交錯が続く。


 ≪演算………続行≫



あとがき
 ここからはオリジナル展開なので、一気に進めるべきだと認識しているのですが、展開を詳しく書き過ぎてしまうのが私の悪い癖だと思いつつも、結局長く書いてしまいます。
 あまりグダグダと書いても冗長にしかならず、物語のテンポが悪くなるとは分かっているのですが、無印編と異なりA’S編はハッピーエンドで終わらせる予定でして(全員が救われるとは断言できませんが)、そのための布石というか準備期間はどうしても長くなってしまいます。
 『原作以上の結末を望むならば、原作キャラが原作以上の困難を乗り越えねばならない』
本作品のポリシーはこれで、トールは原作キャラが頑張るための舞台を作り上げる装置に過ぎず、頑張るのは彼ではありません、彼の物語は、プレシア・テスタロッサと共に終わりを迎えています。
 ですがまあ、長すぎるのもあれなので、出来る限り短くまとめつつ頑張っていこうと思います。それではまた。



[26842] 第三十五話 古代ベルカの武人
Name: イル=ド=ガリア◆9d8bc644 ID:97ddd526
Date: 2011/06/30 21:01
第三十五話   古代ベルカの武人




新歴65年 12月15日  第97管理外世界  海鳴市  海鳴大学病院  病室 AM6:30


 「ん~、久しぶりによく寝たわ」


 「やっぱり、ずっと無理してたんですね、はやてちゃん」

 熟睡から目覚めたはやてに、やや怒ったようにしつつも、それ以上に嬉しそうに笑いかけるシャマル。


 「ううう……ごめんなあ、シャマル」


 「いいえ、でも、原因が特定できただけでも、本当に良かった」

 シャマルは昨夜、はやての付き添いとして病院に泊まり込んだ。

 はやての部屋は個室であり、はやてが夜に痛みを感じていることを知っていた病棟の看護師達に異論はなく、むしろ、家族であるシャマルに傍にいてやって欲しいと伝えたほど。

 少しずつ悪化していくはやての症状に、何も出来ないことを彼女らも気に病んでいたのであった。


 「リンカーコアの機能不全、つまり、魔法的な何かが原因やったんや、わたしの足は、そりゃ、石田先生にも原因不明なわけや」


 「足だけじゃありません、はやてちゃんが感じていた痛みも、それに起因するものです。とりあえず今は私の魔法で誤魔化してますけど、やっぱり、痛み止め程度にしかなりません」


 「ええって、ほんまに感謝しとるんやから」


 「ですが」

 言葉を続けようとしたシャマルを、はやては手で制する。


 「ええの、主であるわたしがええって言ってる」


 「はやてちゃん………」

 主のために、何も出来なかった自分達。

 主のために魔法を使うことすら忘れていた、いや、認識できなかった愚かな自分。

 そんな自分達が、はやての傍にいる資格はあるのだろうか。

 静かに眠るはやてを見つめながら、朝までずっと考え込んでいた彼女の心を、光の天使の言葉が優しく包み込む。


 「シャマルの言うように、わたしの麻痺の原因が闇の書やったとしても、わたしがそれを恨むことなんてあるはずない。だって、皆に会えたことが、家族が出来たことが、こんなに嬉しいんやから」


 「……ありがとう………ございます」

 ようやく出逢えた、温もり。

 長い夜を旅し、悲しい過去、傷ついた記憶すら麻痺するほどの闇の中を彷徨って。

 その果てに、自分達は、巡り合えた。


 「でも、はやてちゃん、希望はあります。はやてちゃんの友達も力になってくれると言ってくれましたし、それに、他の方々も」


 「へ、友達?」

 シャマルは昨夜、はやてに麻痺の大まかな原因と、自分の魔法でその痛みを緩和することまでを説明した。

 だが、蒐集のことや管理局のことはまだ語っておらず、そもそも現段階でどこまで話していいものか、彼女だけでは判断がつかなかった。

 それでも、話せること、はやてには伝えるべきことはある。


 「ええ、実は昨日お見舞いに来てくれたなのはちゃんとテスタロッサちゃん、彼女らの知り合いが、はやてちゃんの病気の治し方、というか、応急処置の方法を教えてくれたんです」


 「ほんまなん、って、あれ、でも、原因がリンカーコアで、治し方が魔法ということは………」


 「あの子達も、魔法を知っているということです」


 「はえ~、でも、なんか納得や」

 驚きはするが、そう考えると辻褄が合うと言うか、納得できることがある。


 「納得?」


 「いやほら、昨日のアレ、ロキ、あの男の首が時々180度回転していたように見えたのは、錯覚やなかったんやね」


 「そ、そそそそうかももも、しししししれれれませせせんねええ」

 完全に呂律が回っていないシャマル。彼女の中では例の存在に対する記憶は、闇の書の中のアップロードと共に消去されたことになっていた。

 しかし、世界はどこまでも非情、昨日の記憶はしっかりとクラールヴィントが保存しており、忘れてはならない記憶は消され、忘れたい記憶はしっかりと残されているのであった。

 そのあたり、空気を読まないクラールヴィントである。

 「ど、どないしたん、シャマル」


 「なななな、何で桃、ありませせせんん」


 「何で桃?」

 新種の桃が突如出現したが、日本のスーパーマーケットにそんなものは存在しない。


 「ま、まあとにかく、なのはちゃんはともかく、多分テスタロッサちゃんはこことは別の魔法が進んだ世界の出身だと思います。私達はベルカ式魔法を使いますけど、彼女らはミッドチルダ式魔法を使っていますから」

 闇の書事件を通して管理局と戦って来た記憶は、微かにある。

 はやてが眠っている間、シャマルもまた自身の記憶のサルベージを行い、欠けた記憶を繋ぎ合せて断片的な事実をいくつか思い出していた。


 「なのはちゃんとフェイトちゃんも、魔法使いなんかあ」

 ある意味ですずかの方がもっと珍しいのかもしれないが、ここは海鳴市、語るものなき異形都市。そのくらいの存在はさもありなんといったところである。


 「だから、希望を持ってください、私達だけじゃ難しいかもしれませんが、多くの人が力を合わせれば、きっと」


 「うーん、でも、そんな多くの人に迷惑かけるのは、申し訳ない気が……」


 「そんなことありません、迷惑かけちゃったら、その分恩返しすればいいだけですから、それに、昨日迷惑を被った分くらいは見返りを要求してもいいと思います」

 自分達には罪がある、が、はやてには罪はない。

 というより、9歳の女の子の病室で●●やら●●●などとのたまうこと自体が万死に値するのでないかと思うシャマル。

 なのはやフェイト、そして話に聞いた黒衣の指揮官には感謝するべきだろうが、例の男には微塵も感謝するつもりはないシャマル。というかあれは人形で、しかも既に破壊されたらしい、向こうの守護獣によって。


 「そりゃあ、迷惑っちゃ迷惑やったけど………うん、非常に迷惑だったわ」

 迷惑ではあったけど楽しかった、と言おうとして昨日の光景を思い返すと、やっぱり迷惑だったと思いなおすはやて。

 心優しい少女ではあっても、堪忍袋というものは存在する。今にも縊り殺さんばかりの殺気を放っていたシグナムとヴィータ、そしてそれ以上の殺気をなのはとフェイトが放っていた故に彼女らの狂気を止めることで必死だったが、そうでなければはやても切れていたかもしれない。


 「とりあえず、私は一旦戻りますね。はやてちゃんのためになることが、何か分かっているかもしれませんし」

 最初は通信を試みようと思ったが、もし、自分と同じく心の奥深くまで潜っているならば、邪魔になるだろうと思い、とりあえず家に着くまでは通信は控えることに。


 「えっと、皆は何してるん?」


 「昔のことを、思い出しているんです。はやてちゃんの前の主のことや、その時の記憶を」


 「前の、主」


 「ひょっとしたら、その中にはやてちゃんと同じ症状の人がいたかもしれませんし、対処法のヒントが見つかるかもしれません。ほんと、何で今まで試さなかったのか……」


 「だから、それはええよ、それよりもあまり根詰めんといてや、集中し過ぎて皆まで倒れてもうたらどないするんや」


 「ええ、注意します」

 そして一旦、シャマルは病室を後にする。

 今話せることは少なく、状況は大きく変わるかもしれない。


 <どうかこれが、私達にとって追い風となりますように>

 八神家への道を歩いて進みながら、彼女は風に祈りを捧げ―――

 はやての病室において、闇の書は静かに佇んでいた。






新歴65年 12月15日  第97管理外世界 日本 海鳴市 八神家 リビング AM7:30



 「皆、大丈夫?」

 八神家に帰還したシャマルが目撃したものは、死屍累々とすら表現できる惨状であった。

 シグナムもザフィーラも疲れ切った表情で倒れており、ヴィータにいたってはどういうわけか上下逆の状態で胡坐をかいている(つまり、頭だけが床に接している)。三人が一睡もせずに記憶のサルベージを行っていたのは明らか。

 とりあえずキッチンへ向かい、気付け用のシャマル特性ドリンクの調合を始める。彼女を単独でキッチンへ入れることは可能な限り止めるように、というのが八神家の家訓ではあったが、この状況では止める者がいない。

 数分後、見た目だけならば薄く色がついたスポーツドリンク、といった趣の液体が出来上がる。外見からは危険性は感じられないが、彼女の作り上げた飲料を見た目で判断することは危険極まりない。


 「ほら、シグナム、ヴィータちゃん、ザフィーラ、これ飲んで目を覚まして」


 「む、すまん」

 最も近くにいたシグナムが最初に受け取り、一気に飲み干す。

 そして―――


 「ふう、不味い、相変わらず不味いな、よくまあこれほど破壊的な味を作り出せるものだ」
 
 特に苦も無く、シグナムはその飲料を口にした。

 それも当然のこと、白の国で“若木”への訓練が終わった時には皆でこれを飲むことが日常だったのだから。


 「当然、良薬口に苦し、貴女達はすぐ怪我したり無茶したりするから、こうでもしないと健康のありがたさが分からないでしょ」


 「確かに、怪我や病気は薬や魔法によって治すものではなく、そも怪我や病気をしなければよいという理窟は分かる。だが、お前の薬を飲みたくないばかりに怪我をしてもそれを隠す癖がついてしまっては本末転倒だとも思うが」

 実際、白の国の“若木”には幼いものも多かったため、怪我をしてもシャマルに隠す者もいた。


 「おあいにくさま、私とクラールヴィントの目はごまかせないわ」

 しかし、子供の強がり程度を見抜けないシャマルではなく、逃走を試みてもあっさり捕まり、クラールヴィントの紐で縛られた状態で薬を飲まされる羽目となった。


 「そうか―――そうだった、ような気もするな」


 「やっぱり、貴女も完全に思い出せたわけじゃないのね」

 といいつつ、ヴィータにも特性ドリンクを渡すシャマル。


 「ん、んんん~、ぷはあっ、あ~不味い、あいっかわらず不味いな」


 「でも、ちゃんと全部飲んでるわね、えらいわよ、ヴィータちゃん」


 「とーぜん、心を決めればどんな毒物だって飲めるもんだぜ」

 「………」

 「………」

 ヴィータの口から発せられたその言葉を聞いた瞬間、シャマルとシグナムの脳裏にある光景がよぎる。

 そこには、自分たち二人とヴィータの他に、もう一人少年が―――


 「ん、あれ、あたし何を言って………知らない……いや、知ってる、けど………ダメだ、思い出せねえ」


 「おそらく、我らにとっても古い記憶なのだろう。我らは長い時を超えて彷徨ってきた、例え闇の書のアップデートがなくとも、全ての記憶を覚えているのは無理であったはず。私は守護獣故に多少はましかもしれんが、似たようなものだ」


 「ザフィーラ―――」


 「だが、そうだな、私もこれを飲んでいたような気がしている。材料や成分は違うようにも思えるが、お前が作ったこのような飲み物を、私達は皆、飲んでいたのだろう」


 「ええ、私も覚えている、というか、疲れて倒れこんでる皆を見たら、ごく自然にこれを作ろうと思ったの。旅の途中でもいつでも作れるように材料は特別なものじゃなくて、魔力的な効果は私とクラールヴィントがいれば大丈夫」


 「旅か―――確かに、我らは各国を巡る夜天の守護騎士、いつでもお前はそのように準備をしていたな」


 「シグナム、おまえ、今、何て言った?」

 ごく自然に、何げなくシグナムが放った言葉を、ヴィータは聞き逃さなかった。


 「何?」

 しかし、烈火の将には自覚はなく。


 「我等、夜天の主の下に集いし雲」

 その問いに答えたのは、盾の守護獣であった。


 「ザフィーラ、それって―――」


 「シグナムの言葉を聞いた瞬間、私の脳裏をよぎった言葉だが………いや、それだけではない、我等が初めて顕現した際、主はやてにそう告げたはず」


 「夜天の主の下に、集いし雲」

 シグナムが改めて口にし。

 「ヴォルケン、リッター」

 ヴィータが、自分達の名を唱える。

 思い出せ、思い出さねばならない、自分たちが何者であるかを。

 何を求め、我らは闇の書の守護騎士となった、いや、そもそも闇の書とはいったい何物か?

 夜天の光は、いつ、闇に堕ちた―――


 「………く、だめか」

 しかし、闇は深く、真実は過去の彼方。


 「何かを思い出せても、断片的過ぎて何が何やらわかんねえ」


 「それも、深い記憶、もしくは私達の起源に繋がるものほどそういう傾向があるわね、少なくとも―――管理局と戦ってきたときのことは、ほとんど思い出せた」


 「私も同じだ、だが、意味はなかった。記憶にあるのは、拳で敵を打ち砕くことと、牙でもって噛み砕くことのみ」

 確かに、思い出せはしたが、それははやてを救う手段に繋がるものではない。


 「ああ、近い記憶のうち、私は一度もレヴァンティンを呼ばなかった。いや、そもそもお前たちとすらまともに話すこともなく、意思もなく、感情もなく、ただ蒐集を続けるだけの、“人形”だ」


 「管理局にとって、あたしらはそういうもんだったんだろうな。自分のことだけど、あたしも客観的に見れば殺戮人形としか思えねえ」


 「さながら、命尽きるまで殺戮に酔う“闇の騎士”といったところかしら」

 シャマルが語った言葉には、それすらも忘れていた自分への自嘲の成分が強く含まれていた。


 「…………かもしれん」

 しかし、シャマルの言葉に、ザフィーラは再び違和感を覚える。

 命尽きるまで、殺戮に酔う闇の騎士。

 それは――――遥か昔、自分達が戦った敵ではなかったか?

 その怨念によって、自分達もまた闇に染まったかのような―――


 「闇の騎士か、ならば我々は、かつて闇の騎士を切り捨てたのかもしれん」

 そして、烈火の将が異なる経路で答えへと至る。


 「切り捨てた?」


 「以前、主はやてと共にこの世界の英雄譚を読んだことがあるが、その中には我々がよく知る名前に似たものも多かった。この現象については、特に珍しいものでもないので取りざたするまでもないが」

 それぞれの次元世界は、異なる道を歩んだある惑星の可能性の世界。

 故に、人々の意識が集まって作り上げる“伝説”や“神話”に関してはその名称が似通うことが多々ある。それは、ヴォルケンリッター達が人間であった頃の姿、次元世界を駆ける夜天の守護騎士にも経験があった。

 これは実に不思議なことであるが、異なる次元世界に住む人間同士が“拒否感”を持たない理由とも時空管理局では考えられている。似た神話、似た信仰を持つということは、すなわち価値観を共有できることを意味するのだから。


 「北欧神話だったな、あの辺りは言語的、文化的にベルカと似通う部分が多いが、その中に、竜を殺しその血を浴びた英雄は竜の力を得ることもあったが、多くはその毒の血によって死んでいった」


 「世界を取り巻く大蛇、ヨルムンガンドを仕留めた雷神トールもそういう最期だったわね。他の神話でも、悪魔を殺してその血を浴びたがために、自身も闇に堕ちた英雄の逸話があったはず」


 「つまり、あれか、敵を殺すっていうことは、その怨念を受けて自身も闇に堕ちる危険を孕む、人を呪わば穴二つ、ってか」


 「ならば、かつて私達は敵を殺し過ぎ、その“返し風”によって闇に堕ちた、ということだろうか」

 それは、恐らく真実ではないかと、ザフィーラは確信に近い想いを抱いていた。

 自分達がどんな存在であったかは完全には思い出せない。

 だが、戦った敵と和解し、共に生きるようなことはなかったように思う。
 
 その敵が、慈悲を知らず、退くことを知らず、命尽きるまで破壊を続ける異形の群れであったことまでは彼も思い出せなかったが、それでも、夜天の騎士はその執念、怨念、憎悪を全て真っ向から受け止めたのだ。

 ヴォルケンリッターの想いを全て受け止めようとする、3人の少女達と同じように。


 「だとすれば―――彼女はどうなる」


 「彼女って……ひょっとして、管制人格か?」


 「ああ、私を烈火の将、お前を紅の鉄騎、シャマルを風の癒し手、そしてザフィーラを蒼き狼と呼ぶのは彼女だけだ。しかし、彼女は夜天の守護騎士ではない」


 「そういえば、私達は彼女のことを何も知らないわね、もしくは、忘れてしまったのか」


 「だが、我々が忘れてしまったことも、彼女ならば覚えている可能性もある。無論、彼女も闇に呑まれていることも多いにありうるが、確かめる必要はあるだろう、それに、彼女からならばお前達の魂へのアクセスが可能かもしれん」

 騎士の魂たるデバイス達はきっと覚えているのだろうが、彼らにはそれは不可能であることも、ヴォルケンリッターは察していた。

 彼らは闇の書システムの中で最下層にあり、他の何にもアクセスする権限を持たない。そしてだからこそ、今まで改変を受けることもなかった。

 管制人格から守護騎士へ、守護騎士からデバイス達へ、という方向性はあり得ても、その逆はない。もし可能でればそもそもヴォルケンリッターが過去を忘却することもなかった。

 今回、クラールヴィントがそれを成せたのは、“闇の書システム”の外部に情報を蓄積できたからに他ならない。命の書は外付けのハードウェアに過ぎず、そこに蓄積された情報ならば、闇の書の検閲も及びはしない。

 だがそれすらも、危険が伴う。最初のうちは成功しても、情報の外部への流出を知ればいずれ防衛プログラムが動き出す、常時暴走状態にあるそれは、外部のデバイスすらも浸食し、その情報を破壊するだろう。

 全ての根源は暴走した防衛プログラム、送り込まれたヴィルスと融合して発生した“闇の書の闇”にあり、それが消えない限り、何も変わりはしないのだ。


 「管制人格の起動条件は、400ページの蒐集と、主の承認」


 「………はやてちゃんに、伝えなきゃいけない時が来たのね」

 そして、ヴォルケンリッターもまたアースラと同様の結論に至る。

 情報はまだ足りていない、闇の書の現在の状況を知るためには、管制人格である彼女を起動させるしかないのだと。

 そしてそのためには、八神はやての承認が必要である以上、覚悟を決めねばならない。


 「結局、あたしらだけじゃ、はやては救えねえんだな………」

 管制人格を起動させ、闇の書の根源を探るのは、主にしか不可能なこと。

 まだ真の主には至っておらずとも、はやては管制人格の上位に立つ。彼女の力なくして、闇の書の闇を葬ることはできない。


 「だが、真に主はやてのことを想うならば、我等だけで救うという矜持こそ捨て去るべきだ、あの二人の少女達も、主はやての友人として協力を約束してくれている。黒衣の指揮官や守護獣の彼女も然り」


 「皆で、ね」


 「ああ、私もテスタロッサと共に戦うことに否はない。お前もそうだろう、ヴィータ」


 「ねえよ、いざとなれば、あたしはあいつの壁になる。度胸はあるけど、近接戦闘では素人だからな、あいつ」

 自分達だけでは、主を救えないという厳しい現実。

 しかし、それを悲観する空気はない。

 彼女らは既に知っている、仮に自分達では無理であっても、他にはやてを救おうとしてくれている者がいることを。

 自分達では無理でも、はやての未来が閉ざされるわけではないのだと。

 だからこそ―――


 『結論は、出たようですね』

 テーブルを囲んで議論していた彼女らの中心にあったデバイス。


 『“生命の魔導書”の貸与、及び今後の協力体制の条件を議題に、話し合いを設ける準備がございます。いかがでありましょうか』

 “命の書”を通してヴォルケンリッターらの会話を観測していた時の庭園の管制機より、新たな対談の要請があった時、彼女らに否はなかったのである。







新歴65年 12月15日  第97管理外世界 日本 海鳴市 ハラオウン家  AM11:02



 『それでは、向かいます。エイミィ・リミエッタ管制主任、後のことをよろしくお願いします』

 時の庭園からハラオウン家のトランスポーターへと転送され、管制機によって動かされる魔道人形が一つ。

 その姿は初老の男性であり、かつて八神はやてと月村すずかの前に現れたものと同様のものであった、開発コード名を“パンタローネ”という。


 「その姿は初めて見るけど、それって戦闘機能はあるの?」


 『いいえ、ございません。これは“儀礼用”ですから』


 「儀礼用?」


 『我が主、プレシア・テスタロッサの傍に侍る際、もしくは、その娘、アリシア・テスタロッサと接する際に使用していた姿です。若い男性の姿が他に二つほどありますが、リニスが誕生する以前には女性型の人形も使用しておりました』


 「へえ~、じゃあ、普段の姿もその一つなの?」


 『然り、とはいえ、外見だけは同様で戦闘用に調整された人形も数多くございますのでなかなか判別はつきにくいと存じます。ただ、戦闘機能は私の命題に直結する事柄ではないため、あくまで本質は“儀礼用”の方にこそあります』


 「なるほどね~、この前病院で大暴れした“ドットーレ”もその1つってこと?」


 『然り、アレクトロ社に対して訴訟を起こした際に用いた姿が“ドットーレ”であったため、我が主の前ではあまり使用することはありませんでしたから、フェイトにとっては初見であったでしょう。その点では、アリシアのことを想起させてしまうこの“パンタローネ”も同様ですが』


 「となると、残るは二つ」


 『私が我が主の傍に侍る際に、最も多く使用した姿が、貴女もよく知る年若い男の姿“アルレッキーノ”です。女性型の“コロンビーヌ”についてはリニスが生まれて以来一度も使用してはおりません。これら4つが、アリシアがまだ元気であった頃に彼女のために我が主が作り上げた“人型”なのです』


 「最初に作ったの、プレシアさんだったんだ」


 『然り、設計を我が主が、私が実装を担いました。故に私は人型によって重要な事柄に従事する際にはこの“最古の4人”のいずれかの姿をとります。管制機トールは魔導機械を制御するデバイスであるためどれが“本物”というわけではありませんがね』


 「ということは、病院で大暴れした“ドットーレ”は、姿形こそ同じだけど、プレシアさん、もしくはその娘のために機能する儀礼用でない以上、別物ってわけか。戦闘機能みたいのが付いてる時点で、母から娘への贈り物としてちょっと微妙だし」


 『流石に聡明ですね、その通りです。時の庭園には傀儡兵から洗浄機械まで数多くの機械類がひしめいておりますが、その全ては私が必要に応じて開発、発注を行ったもの、主に直接作られたものらに比べればさしたる価値もありません。中隊長機もそうですが、全ては金さえあればいくらでも代替がきくものですから』


 「なるほど、だけど、その4つの姿はプレシアさんがアリシアのために作ったもの、“お母さんの手作り品”なんだね」


 『その用途を最も強く持つのがこの“パンタローネ”です。他の3つはあまりその用途で使われることはありませんでしたね、そして、フェイトのためには、我が主の使い魔であるリニスが彼を作り上げた。彼女のためにのみ機能する閃光の戦斧を』


 「それが、バルディッシュ」


 『然り、時の庭園の機械は無数にあれど、本当に意味を持つものは実はほんの僅かなのですよ』


 「そして、その姿で交渉に赴くことが、テスタロッサ家流の礼儀と」


 『然り、もっとも、“ドットーレ”は敵対者を罠に嵌める役割が多いため貧乏くじであったかもしれません。何しろ、アレクトロ社との裁判で使った姿です』

 ということは、4つの姿のどれを取っているかで、実は用途が決まっているのかとエイミィは思う。

 “アルレッキーノ”は一般的、“パンタローネ”は子供に尽くし、“コロンビーヌ”はおそらく女性への配慮、そして“ドットーレ”は敵対者への虚言。

 本来なら、プレシアの娘であるフェイトに接するなら“パンタローネ”の姿のはすだが、アリシアのことがあったためにそれは無理で、乳母役の女性としてはリニスが既にいたため、彼は“アルレッキーノ”を使用した。

 彼が作り上げた“その他の人形”以外、フェイトが他の3つの姿をほとんど知らないのには、そのような背景があった。

 そして、今回は子供である八神はやてに関わる案件であるために、彼は老執事の姿、“パンタローネ”をとる。


 「でも、大丈夫なのかな、それって戦闘機能はないんでしょ、もし万が一ヴォルケンリッターと戦闘になったら」


 『ご心配には及びません、既に手は打っております』

 手は打っていると言われても、エイミィにはまったく予想がつかなかった。

 ヴォルケンリッターに対抗できる戦力といえばクロノ、なのは、フェイト、アルフ、ユーノの五人か、魔導師ランクで言うならリンディだが、現在はそのほとんどがいない。

 なのはには学校があり、フェイトはまだダウン中、ユーノは無限書庫にて調べ物中で、クロノも用事で生命工学研究所を訪問して回っている。リンディは本局でレティと共に、包囲網の強化のためにフル動員を行った後始末の真っ最中。

 そういうわけで、現在はまたしてもエイミィが指揮代行を行っており、さらには主戦力がアルフしかいない。守護騎士との和解が実現しそうだからこその布陣であり、こじれたら洒落にならない事態になりかねない。


 「でも、今はアルフしか動けるのはいないし、守護騎士が拒否するとは思えないけど……」


 『ええ、ですから答えは簡単です。つまりは、こういうわけでして―――』

 そして、時の庭園の管制機は語る。

 彼が戦闘機能を一切搭載していない人形を用いてヴォルケンリッターとの会談に臨める理由を。


 「なるほど、その手があったというか、裏技というか、っていうかいつの間にそんなことやってたの」


 『裏で密かに、と答えるべきでしょうか』


 「でも確かに、“生命の魔導書”を八神はやてという子に届けるのが目的なら、可能だ。かなり法のぎりぎりだけど」


 『ある方からは、グレーゾーンのど真ん中をいくのが私であるという評価をいただきました』


 「そりゃ、言いえて妙だこと」


 『では、そういうわけで留守をお願いいたします。守護騎士との交渉は、お任せを』

 そして彼は、闇の書によく似た魔導書を抱え、ハラオウン家を出発する。

 目指す先は、風芽丘にある公園。

 かつて、守護騎士たちがはやてと共にピクニックに出かけたそこは、両方の家からほぼ等距離にあったため、会談の場として選ばれることとなった。






新歴65年 12月15日 第97管理外世界 日本 海鳴市  AM11:15


 『なるほど』

 突如として強装結界に囚われ、遠距離からバインドによって捕縛された彼が放った言葉は、それだけであった。


 『貴女がいらっしゃるであろうと思っておりましたよ、仮面の君』


 「………」

 その声は仮面の男には届かない、仮面の男はなのはのディバインバスターがぎりぎり届くほどの遠距離からバインドを仕掛けたのであり、距離の問題で声が拾えるわけがなかった。

 仮面の男、リーゼアリアがそこまで距離を置いた理由は、当然のごとく“最終兵器サゾドマ虫”への警戒にある。本来ならば近距離戦に強いリーゼロッテが奇襲を仕掛ければそれで済むのだが、それは無理な話であった。

 アリアはロッテのようなトラウマは負ってはいないが、それでもサゾドマ虫の中に飛び込むのは御免こうむりたい。よって、強装結界を張った上に慎重に慎重を重ねているのである。

 しかし、慎重であることは弊害を生む。

 万全を期し、時間をかけ過ぎれば、それこそが管制機の策にはまってしまう要因にもなりうる。


 『さてさて、これならば声が聞こえますかな。そこなる盗人よ、目的はなんでありましょうか、私にはこの“生命の魔導書”を八神はやてという少女に届けねばならないという使命があり、あまり貴女にかかずらっている時間はないのですが』

 そしてこの状況は、管制機にとって想定内。

 オートクレールよりの連絡により、彼女らが計画の修正を迫られていることは彼の知るところであり、その上、大局的な判断を下すグレアムが昨日今日と外せない仕事がある。

 アースラで例えるならばリンディとクロノがいないようなもので、その状況下で管制機トールの姦計によってアースラと守護騎士の和解が急速に進んでしまったことは、彼女らに焦りをもたらしていた。


 「………それを、置いていけ」

 拡声器らしき装置を用い、封鎖領域で大声を出した人形に対し、返答は短く簡潔。

 彼女らの計画においては闇の書の完成と同時かそれ以前に守護騎士は消えていなくてはならず、また、蒐集が遅れて八神はやてが手遅れになってもいけない。

 あくまで管理局と敵対したまま、無理に無理を重ねて蒐集を進め、疲労の極に達すると同時にページが600ページを超えていれば、彼女らの計画はほぼ完遂したも同然。後は、闇の書が暴走するタイミングで“氷結の杖”デュランダルによって永久に封印するのみ。

 しかしその計画は、八神はやてと守護騎士を使い捨ての駒とすることが前提であるため、例え永久封印のためには効果的であろうとも、管制機はそれを却下する。

 理由は至極単純、その結末をフェイトが望まないからである。


 『承諾できません。先に言った通り、我が使命は“生命の魔導書”を八神はやてへと届けること、まことに残念ながら、貴女の言葉には従えませんね』


 「そうか……残念だ」

 これ以上語る言葉はないとばかりに、砲撃魔法の準備をするアリア。


 『何とも短絡的ですな、随分と追いつめられているように見うけられる』


 「黙れ」

 魔力を高めつつも、アリアに油断はない。周囲の状況に目を光らせ、十二分にありうる管制機の罠に備える。

 地中からいきなり中隊長機が出てきて、ゴキブリをばら撒く可能性すら、アリアは考慮に入れていた。この相手はそのくらい常識外れな真似をしかねない。


 『しかし、よろしいのですかな? 八神はやてという少女がこのまま苦しみ続けることを、貴女は是とできるのか、良心というものがあるならば、少しは心が痛みませんかねえ。それとも、正義感に燃える管理局員ならばいざしらず、強盗まがいの無頼を相手に何を言っても無駄というものでしょうか。これこそまさしく、馬の耳に念仏』

 「……黙れ」

 動揺はあったが、表面には出さない。

 ギル・グレアムがそれを望んでいないことは分かるが、しかし、闇の書がある限り彼は苦しみ続けることになる。

 だが、彼女はギル・グレアムの使い魔であり、彼の幸せが第一、そこだけは決して譲れない。


 『なるほど、意志は堅いと見受けられる。しかし、得てしてそういう状態は視野狭窄に陥りやすいもの、この強装結界を破壊し、外部から救援がやってくる可能性を、果たして貴女は考慮にいれておりますかな?』


 「それが可能な者は、いない」


 『ええ確かに、それは事実、今現在のアースラにはおりません。だがしかし、守護騎士はどうか、そして、昨日クロノ・ハラオウン執務官が渡された“命の書”と私が連絡をとれるとしたならば?』


 「………」

 沈黙しながら、アリアは内心嘲笑う。

 八神家を監視し、守護騎士を利用することは確かに有効であろうが、それは彼の専売特許ではない。

 闇の書の主、八神はやてを監視してきたのは彼女らも同様であり、流石に湖の騎士シャマルが張った結界内部までは無理であっても、今この場にありながらも八神家の外観をアリアは知覚している。

 そして、現在進行形で確認しているのだ、守護騎士がまだ八神家から動いていないことを。

 確かに、この管制機から連絡がいく可能性はあるがそれでは間に合わない、仮に間に合ってやってきたとしても、迎撃役にロッテが強壮外部において、さらに広範囲に封鎖結界を張って待機している。

 深刻なトラウマを抱えてしまったロッテだが、強装結界によって管制機と隔離してしまえば本来の実力を発揮できる。奇襲に頼らず純粋な強さだけでも、彼女は守護騎士と互角に渡り合えるのだ。

 唯一の懸念は封鎖結界の中に学校にいるなのはを巻き込んでしまうことであったが、管制機と守護騎士の会談予定場所は学校とは離れており、そこまでの途中で彼を捕えた結界は海鳴市の戦力を全てスルーしていた。


 『結界を破壊するのに、何も高町なのはクラスの収束砲撃が必要なわけではありません。局員が外部から結界を維持しているならばともかく、貴女一人では限界がありますし、何より、烈火の将は一人が通れるほどの穴を穿ち強装結界内部への突入を可能とした、古代ベルカの騎士とはかくも恐ろしい存在なのですよ』


 「………」

 自身の策が既に見破られていることを知らず、管制機は話し続ける。

 しかし既に、彼は詰んでいる。

 彼が援軍を期待する守護騎士はまだ出発してもおらず、強装結界内のアリア、外で一般人を隔離する封鎖結界を張るロッテの役割は明確に定まっており、この状況で蟲が大量発生しようとも、最早アリアの砲撃は防げない。


 『そのまま、私ごと“生命の魔導書”を撃ち抜きますか? これはリンカーコア障害に苦しむ子供たちの希望となるもの、貴女はその可能性までを全て摘み取るわけですかな?』


 「………小賢しい」

 管制機はどこまでも悪辣に、アリアが攻撃できないよう条件を整えていく。

 だがそれは、守護騎士の救援が間に合わず、彼女の良心に訴える以外に手がなくなったことを意味している。もし、アリアが一切の躊躇をしなければ、この策は何ら意味を持たない。

 そして、アリアもまた策略は得意とするところであり、既に対策は練ってある。

 <これが“砲撃”であれば、確かにそうなるだろう>

 彼女が準備しているのは砲撃ではなく、誘導弾。物理破壊と制御性を高め“生命の魔導書”を貫かぬように人形だけを粉砕する。“生命の魔導書”はことが終わった時に時の庭園に戻せばよい。

 距離がかなり離れているために制御は困難を極めるが、魔法戦を得意とするアリアにはそれが可能、高町なのはであっても今はまだ無理な超精密制御であるが、彼女の経験と技能は並ではない。


 「終わりだ」

 そして、準備は完了し、人形のみを破壊する完璧に制御された破壊の弾丸が放たれる間際―――


 「おおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉ!!!」

 強装結界を貫き、古代ベルカの騎士の刃が彼女めがけて振り下ろされた。








新歴65年 12月15日 第97管理外世界 日本 海鳴市  強装結界外部 AM11:17


 「ぬ、があぁ!」

 アリアめがけて古代ベルカの騎士の刃が振り下ろされる僅か前、強装結界外部で万が一の守護騎士の到着に備えていたロッテは、あり得ぬ敵と遭遇していた。

 脱出を不可能とする強装結界の外側にはさらに一般人の干渉を不可能にする隔離結界が張られており、そちらは、ロッテの手によるものであったため、全ての力を近接格闘に注ぐことは不可能とはいえそれでも彼女は十分に戦える。

 そこに突入してくる者があるとすれば守護騎士くらいしか考えられず、もしかすればアルフがやってくることもあり得るが、彼女の格闘技能ではロッテには及ばず、空戦ではなおさらのこと。仮に奇襲であったとしても相手が予め限定されており、その特性を知っているのであれば恐れるには値しない。

 だが―――


 「ウィングロード!」

 ロッテの前に突如現れた敵手は、彼女がこれまで体験したことのない戦法を駆使し、両手にはベルカ式の魔力付与術式を施したグローブ型のデバイスを付けた、近代ベルカ式近接格闘術の使い手。

 両足には、両手のグローブよりもさらに一般的なデバイスからかけ離れたローラーブーツ型の特注のデバイスを付け、“空中における高速機動陸戦”という矛盾極まる理不尽を体現していた。

 そして、その理不尽を可能とする彼女固有の魔法があった。

 先天魔法ウィングロード

 魔力変換資質と同じく、努力によって後天的に得られるものとは一線を画した先天的な才能。持たずして生まれたものは決して届かぬ血に宿る力。


 「管理外世界における無許可の封鎖結界の展開! 並びに、“生命の魔導書”強奪未遂の容疑! ついでに私の日本観光を邪魔した罪で、貴方を逮捕します!!」

 最後のは完全に私怨だろうとツッコミそうになったその時、ロッテは見た。

 閃光

 そうとしか表現できぬ高速の飛行物体が、強装結界へと突き刺さると同時に、ガラスを砕くがごとくに突き破った光景を。







新歴65年 12月15日 第97管理外世界 日本 海鳴市  強装結界外部 AM11:18


 『お待ちしておりましたよ、古き友ベイオウルフ。そして、古代ベルカの騎士、ゼスト・グランガイツ』

 全ては計算通り、トールとベイオウルフの連携にはまさしくマイクロ秒の誤差もなかった。


 『私は確かに言ったはずなのですがね、古代ベルカの騎士の強行突破に注意するべきだと』

 彼がその通信機能によって連絡を取っていた相手は、レヴァンティンでも、グラーフアイゼンでも、クラールヴィントでもなく、ゼスト・グランガイツが魂、“不滅の刃”ベイオウルフ。

 トールからの信号を受けた彼はその情報を主へと伝え、ゼストは迷わずフルドライブの発動を命令。強装結界を突き破り、仮面の男へと奇襲を仕掛けた。

 アリアの精神にも、守護騎士の突入の可能性が全くなかったわけではない、しかし、彼女が想定していたヴォルケンリッターの誰よりもゼスト・グランガイツは速く、フェイト・テスタロッサのソニックフォームを上回る速度で、S+ランクの古代ベルカの騎士の渾身の一撃が叩き込まれた。


 「が……ぐ」

 それでも咄嗟に障壁を展開し、撃墜を防いだ判断は見事といえる。アリアの障壁は精密かつ堅固であり、なのはのディバインバスターすら防げるであろう練度を誇ったが。


 『高町なのはとレイジングハートのフルドライブ、エクセリオンモードにおける中距離砲撃、エクセリオンバスター。それを真っ向から両断したゼスト・グランガイツのフルドライブでの一撃、無傷で防げる者など果たして存在するかどうか』

 純粋な破壊力において、ゼストはなのはを凌駕している。なのはの砲撃にすら耐えれる障壁も、それ以上の攻撃の前には崩れ去るのは至極単純な理屈であった。


 「貴様―――!」

 追撃をかけようとするゼストに割って入るはもう一人の仮面の男。

 双子の危機を察したロッテは、一直線にゼスト目がけて引き返しており、強装結界は元々ロッテを素通りさせるように設定されていたため、妨げるものはなかった。


 「おおおぉ!」

 だが、戦闘経験において、ゼストはロッテを上回る。グレアムの補佐や捜査の手伝い、教導隊のアシスタントなど幅広い業務を行う彼女と異なり、ゼスト・グランガイツは30年間、常に前線で戦い続けてきたのだ。

 もう一人の仮面男による奇襲をものともせず、ゼストは奇襲の蹴りをベイオウルフで受け止め、膂力で持って弾き返す。


 「ナカジマ! もう一人にはダメージを負わせた、後は任せる!」


 「了解しました! 隊長!」

 そして、ゼストと共にやってきたもう一人のベルカ式の使い手(ただし近代ベルカ)は、彼が空けた穴から強装結界内部に突入し、彼に代わってアリアを相手にする。


 『救援、感謝いたします、クイント・ナカジマ准尉』


 「お礼は隊長と防衛長官に言った方がいいわよ、私は旦那の祖先の故郷に一度来てみたかっただけだし、半分休暇のようなものだし」


 『なるほど、貴女の夫の姓はナカジマ、つまりはこの日本が出身であると。確かに、貴女は古代ベルカの業と魔法を受け継いでいるわけですから、ナカジマが貴女の旧姓であるはずはない』


 「そういうこと、とにかく、さっさと片付けるからちょっと待ってなさい」


 『了解しました。ご武運を』

 そして、ゼスト・グランガイツVSリーゼロッテ、クイント・ナカジマVSリーゼアリアという、管制機以外の誰もが予期しなかった戦闘が始まった。




あとがき
 古代ベルカ式の使い手と近代ベルカ式の使い手の乱入によって、リーゼ姉妹の計算は根本から崩れました。なぜこの二人が管理外世界にいきなり現れ、しかも躊躇なく魔法を使えるのかという疑問に対する答えは次回明らかとなりますが、誰が仕組んだかは言うまでもありません。地上本部、生命の魔導書、レジアス・ゲイズ、ゼストとの模擬選の際に正規の手続きで訪問したクロノ、後はお察しください。

最古の4人は大好きなので、つい出しました。感想でもご意見もあったことですし。人形の使い分けについてはあらかじめ設定があったので、名前だけ摘要させました。



[26842] 第三十六話 協力の裏側
Name: イル=ド=ガリア◆9d8bc644 ID:97ddd526
Date: 2011/07/01 15:21
第三十六話   協力の裏側






新歴65年 12月15日 第97管理外世界 日本 海鳴市  封鎖結界外部 AM11:20


 「解除」

 クイントと対峙する仮面の男、リーゼアリアは既に役立たずとなった強装結界を解除し、残る力を目前のシューティングアーツの使い手へと集中する。

 ゼストに負わされた傷は軽いものではなく、おそらく肋骨が折れている。近接格闘型のロッテがこの傷を受けていれば、既に勝敗は決まっていただろう。


 「ふっ!」

 とはいえ、仮にアリアが万全であったとしても彼女はそう簡単に打倒できる敵ではない。

 そもそも、敵と正面から戦うのはロッテの領分であり、ロッテという強力な前衛がいてこそ後衛のアリアは最大の力を発揮する。彼女の特性はなのはのそれに似ており、距離があれば無類の強さを発揮するが、懐に潜り込まれると弱点をさらけ出す。


 「遅いわよ!」

 繰り出されるリボルバーナックルをぎりぎりで躱すアリアだが、クイントが言うようにその動きは鈍い。ゼストの攻撃で受けた傷が大きく響いている。加えて、フェイトのような高速機動の空戦魔導師とは戦闘経験があっても、ウィングロードを高速で疾走してくる相手とは戦った経験がない。

 これが対等な条件からの模擬戦であれば、アリアはクイントより強いであろうが、今は実戦の場。傷を負わされる方が悪いのであり、悪辣な管制機の策に嵌ってしまったことへの高い代償であった。


 「嘗めるな」

 だからといって、何も対処できずに敗れ去るようでは戦技教導隊のアシスタントなど務まらない。アシスタントとはいっても、彼女を上回る魔法戦の名手など、戦技教導隊にも数人しかいないだろう。

 僅かの応戦でウィングロードの弱点、術者は決められた進路しか取りえないという点を看破し、ほぼノータイムで放たれたチェーンバインドがクイントの腕を、さらにリングバインドが足を捕縛し、彼女を空中に縫い付ける。バインドはアリアの得意とするところであり、反射に近い速度で発動させたのは流石といえる。

 口にすれば容易いが、秒単位で変化する戦況に応じて縦横無尽どころか高さも含めた三次元的に張り巡らされるウィングロードを先読みし、そこをバインドで捕らえることの難易度は非常に高く、まさしくSランクに届く技能が必要とされる妙技。

 「嘗めてるのは、そっちよ!」


 「なっ!」

 しかし、相手が悪すぎた。クイント・ナカジマの戦法は両手のリボルバーナックルと両足のローラーブーツが起点となっており、その二つをバインドで抑えればと、初見の相手は思い込む。

 その判断を嘲笑うよう、全身の力を腕へと収束させたクイントの拳はチェーンバインドを破壊し、自由を取り戻した腕は両足のリングバインドを瞬時に粉砕、再度の疾走を開始する。


 『音に聞こえし“アンチェイン・ナックル(繋がれぬ拳)”。なるほど、あれは厄介だ、彼女を捕えるならば手足ではなく、胴体を捕縛すべきであったということ』

 それこそが、古代ベルカの武術にミッドチルダ式の汎用性を組み合わせた独自の戦技、シューティングアーツのクイント・ナカジマ。

 魔導師ランクこそ陸戦AAだが、限定された戦場ならばSランクの空戦魔導師すら凌駕する女丈夫であり、彼女のシューティングアーツは近代ベルカ式の利点を体現した技術であった。

 魔導師ランクだけならばAAAランクのなのはやフェイトの方が上だが、魔導師ランクは純粋な戦闘能力ではなく、魔力や技術に応じた“遂行可能な任務”やその他諸々の基準によって決定される。つまり、魔導師の強さを表す指標とはなってもそれは絶対的なものではない。

 盾の守護獣ザフィーラやアルフもまた、管理局の基準ならばAAランク相当だが、それはデバイスを必要とする任務がこなせないからであり、ユーノ・スクライアのAランクも同等の理由による。

 そして、クイント・ナカジマのデバイスは両手足全てアームドデバイスであり、純粋に殴ることと走るしかできはしない。情報の蓄積や送受信などの機能がほとんどない点ではゼストのベイオウルフ以下であり、捜査官としての仕事の際には管理局支給の汎用デバイスを用いている、それ故に彼女はAAランク。


 『そして、もう一人はさらに上をいく』

 トールが視線を向けた先では、既に勝敗は定まりつつあった。


 「はああっ!」

 「ぐっ!」

 ゼストの一撃は速く、重く、特別なものは何一つとしてないが、その全てが一撃必殺。

 対するロッテも近接格闘が最も得意とするところではあるが、彼女の技能の幅は広く、広域の封鎖結界を張ることも可能としていた。

 無論、それらを上手く組み合わせることで戦機を作り出すことは不可能ではないが、肝心の決め技の面でロッテではゼストに敵わない。つまるところ、相性が悪すぎるのだ。


 <これが地上の”英雄”か、強い、ダメだ勝てない!>

 パワー、スピード、技術、戦闘経験、それら全てがロッテを上回っているのがゼスト・グランガイツ。彼に近接による戦闘を挑んだ時点でロッテの敗北は時間の問題だった。奇策も地の利も無く、同じ土俵で格上に真っ向からぶつかり勝てる道理は無い。

 唯一の糸口はアリアと合流し2対1の持ち込むことだが、その肝腎のアリアはクイント相手に防戦一方、墜とされないようにするのが精一杯な現状では夢想の域の話となっている。


 『烈火の将シグナムや鉄槌の騎士ヴィータであっても、近接での戦技では彼には及びますまい。高町なのはのようなタイプならば勝機もありますが、下手をすれば一撃で墜とされる』

 現に、一撃でやられ続けたなのはである。


 『ならば、勝機を見いだせるのは盾の守護獣であるやもしれませんね。防御を固め、彼の一撃を拳で逸らし続ける持久戦に持ち込めば、あるいは』

 とはいえそれも、接近戦での持久力でゼストを上回ることが絶対条件。

 それを満たせしうる唯一の存在は、盾の守護獣ザフィーラであったが、それですら勝利が可能かもしれないという程度、一対一でゼスト・グランガイツを破るというのはそれほどの難業であった。


 『さて、頃合いですね』

 既にゼストはロッテを完全に追い詰め、クイントもアリアを仕留めにかかった状況に入っている。

 そして、状況の推移を見定めた管制機は次のシーケンスへと移る。

 ゼストとクイントの役割はあくまで“生命の魔導書”を受け渡しにあり、リーゼ姉妹を倒さねばならないわけではない。要は、二人を諦めさせればそれでよいのだ。

 故に―――


 『仮面の男達よ、ここは退かれるがよろしかろう。我々は追いはいたしません。何より、ここで貴女達が目的を達成すれば、貴女達の主は管理局に比類なき汚名を残すこととなりましょう』

 その言葉に、仮面の男達は行動を封じられ、心得ているかのように、ゼストとクイントも行動を停止した。


 「なんだと?」


 『答えは、ミッドチルダ首都防衛隊の彼らがここにいることですよ。どうやら貴女達は勘違いをなさっているようですが、“生命の魔導書”はテスタロッサ家の所有物ではなく、地上本部が運用する公共物。今回は作り手である縁によって臨床使用の優先順位に割り込ませていただいただけで、“生命の魔導書”はあくまで地上本部に属している物です』


 「―――!」

 だからこそ、ゼスト・グランガイツとクイント・ナカジマがこの第97管理外世界で戦うことが出来る。

 “生命の魔導書”を犯罪者から守ることに関してならば、二人は管理外世界での戦闘を許可されているのだ。

 無論、事前の根回しと手続きは必須となるが、それこそ時の庭園の管制機の最も得意とするところ。

 レジアス、クロノ、リンディ、レティは当然として、他ならぬギル・グレアムの権限を利用して地上本部の二人を第97管理外世界へと招きよせた。

 守護騎士への対処として封鎖を実行している現状だからこそ、“アースラへの協力”という名目一つで地上本部の魔導師が戦うことが可能となる。その相手が彼の使い魔であるロッテとアリアであったことはまさしく皮肉でしかなかったが。

 つまり、ギル・グレアムが“闇の書事件”に関する情報を外に漏らさぬよう張った社会的措置が、完全に逆手に取られたのである。


 『お分かりでしょう、海の提督の使い魔が、地上本部の陸士を襲撃し、“生命の魔導書”を奪った。この事実が知れ渡れば、海と陸の致命的な対立へと発展する。ギル・グレアムは、まさしく時空管理局の歴史に名を残すことでしょう、組織間に致命的な亀裂を生じさせた史上最悪の愚か者として』

 そして最早、自身が全てを把握していることすらトールは隠さない。それ以前に、事情を全てゼストとクイントに話しているのだから当然だが。


 『故にここは退かれるがよろしい。地上本部のお二方も全てを知った上で協力してくださっておりますから、ご心配には及びません。なお、口封じは考えるだけ無駄というものです、私に知られた時点で口を封じるには、時の庭園の全ての機械とそこから情報が伝わりうる全てのデバイスを破壊しなくてはなりません』

 こうして、二人は詰まされた。

 彼女らが次元犯罪者であれば違ったであろうが、管理局員として闇の書を封じるつもりであるがゆえに、トールの網からは逃れられない。

 組織というものを利用し、相手を行動不能に追い込むことは彼の基本的な手法であり、立場的な束縛が強い人間ほどよくかかる。

 それ故に、ジェイル・スカリエッティという広域次元犯罪者は厄介極まりないのだが。


 『細かい話は後ほど時の庭園にて、もしこの提案が受け入れられないのであれば、リーゼロッテが時の庭園に入る度に中隊長機が追いかけまわすように設定いたします。危害は加えませ「受けよう」んのでご安心を』

 即答だった、シークタイム0秒。

 まさしく反射行動のみが成せる領域で、仮面の男は応じていた。


 「………こちらも、異存はない」

 諦めの境地でアリアも了承する。というか、ここで拒否すればこの場で“サゾドマ虫”が降臨しそうな雰囲気であり、強装結界はゼストによって破られている。

 この状況で“サゾドマ虫”が降臨すれば、今度こそロッテが再起不能になるかもしれず、アリアとしても選択の余地はなかった。







新歴65年 12月15日 第97管理外世界 日本 海鳴市  AM11:30


 『改めて、協力に感謝いたします。ゼスト・グランガイツ一尉、クイント・ナカジマ准尉』


 「礼には及ばん、俺はレジアスの依頼に答えただけだ」


 「隊長、そこは普通は命令って言うと思いますけど。それにしてもさっきの交渉、海と陸の対立に発展しかねない超極秘事項でのやり取りだったはずなのに、最後のカードが虫ってのはどうなのかしら?」


 『ただの虫ではありません、管理世界で認識されるうち最も醜悪で有名な“サゾドマ虫”です。それに、事前に仕込んだトラウマがあればこそのものですよ』

 ゼストとクイントは時の庭園において“生命の魔導書”を受け渡す予定だったが、そこで驚愕の話を聞かされ、こうして悪巧みに協力することとなった。

 ちなみに、トールが二人に状況を説明した際には通信回線を開いてレジアスも参加しており、この作戦が地上本部の意思に基づくものであることを確認した上での実行だった。

 さらに、トールが持っていたそれは“生命の魔導書”ではなくダミー、本物はゼストがそのまま持っており、彼はクイント共にハラオウン家とは別のトランスポーターから海鳴へと降り立った。アレックスやランディが仕事している場所もそうだが、時の庭園から海鳴へ降りるルートは複数存在しているのである。


 『ええ、構いません。これらの件でギル・グレアム提督に対して“貸し”を作り、同時にリンディ・ハラオウンやレティ・ロウランとも繋がりを持つことが、レジアス・ゲイズ中将の協力への対価であれば』


 「うわ、黒」


 「政治とはそういうものだろう、俺には真似できん」

 その辺りに関して、ゼストはレジアスを信頼している。

 半年程前までは黒い噂も聞いており、戦闘機人などの違法研究に関わっているのではないかなどとすら囁かれていたが、それは杞憂に終わった。


 デバイス・ソルジャー計画


 地上本部にほとんど死蔵状態となっている低ランク魔導師のリンカーコアを核にした魔法人形によって、戦力というよりむしろ労働力の確保を目的とする。

 “臓器”扱いであるリンカーコアを利用するという点で多少の問題も考えられるが、それらは全て過去の管理局員から提供されたものであり、保存期間が長引けば徐々に痛んでしまうことも事実。その前に“彼ら”を管理局のためにもう一度働かせてやりたいというレジアスの意思は、地上本部の幹部と共有するものであった。

 ゼストも既にその計画についてはレジアスから直接聞いており、先に逝った”彼ら”の遺志を果たさせようとする親友の計画に、一も二も無く賛意を示した。それゆえに生命工学を推進している研究グループとの折衝役も兼ねて“時の庭園”が外部から協力していることも知っていた。彼がなのはとフェイトの模擬戦を引き受けたのは、その面での恩返し的な要素もあったかもしれない。


 「そう、ですね、それは確かに」

 そして、別の方面からではあるが、クイント・ナカジマもまた“時の庭園”と関わりがあった。

 生命工学の権威達が、法律方面の権威達と組んで、ある活動を推し進めようとしている。

 “汎人類活動”

 生命操作技術によって生まれた命、通常とは異なる過程を経て誕生した子らを法によって保護し、通常の人間と同じ権利と義務を与えようとする運動であり、最初の提案者は“プレシア・テスタロッサ”とされている。

 その凡例として高ランク魔導師の定義があり、人権的には当然普通の人間と変わるところのない彼らだが、リンカーコア治療の面から見れば最早“別生物”と呼べる側面もあり、その治療にはかなりの額も必要となる。

 現在提案されているのは、そういった治療面で特殊な施設などが必要となる魔導師を“ホモ・マギウス(仮称)”と定義し、法の下での権利と義務では“ホモ・サピエンス”と等しつつ、医療面では補助金などの助成を行うこと。

 同様に、人工臓器やペースメーカーなどの人工物の補助が必要であり、治療に多額の経費がかかるケースなどを“ホモ・エレクトロニクス(仮称)”、遺伝子障害による奇形などでは“ホモ・クロニクス(仮称)”と定義、一般的な法の下では“ホモ・サピエンス”と等しくし、経済的な支援を行い、同時に社会的な差別を禁じる。

 病気の患者に対する社会的な偏見というものは先進国家が抱える問題の一つであり、幾度となく討論されてきた議題。そこに、クローンや戦闘機人といった問題を関わらせ、あえて言うならば“誤魔化して”しまおうという試みであった。

 この定義では、戦闘機人は義手や人工臓器を装着した人々と同様の“ホモ・エレクトロニクス(仮称)”、人造魔導師は遺伝疾患などの人々と同様の“ホモ・クロニクス(仮称)”とされる。医療的な見解から何か不具合が生じるかもしれないという点で、そちらに分類する方が妥当であると、クラスター分析されつつある。

 『政治以外でも、色々な要素はございます。人気取りのために恵まれぬ子供達への援助を行う財界の要人は数多くおりますが、こちらとて相応に利用されていただいております』


 「例の提案は、“時の庭園”から始まったものと聞いたけど、つまり貴方が仕掛け人ってことか」


 『然り、我が主は忙しい方でしたので、私とアスガルドがこちらの手続き、根回しを進めて参りました。実現にはこれから8年はかかりましょうが、そう遠いことでもないでしょう』

 フェイト・テスタロッサが普通に生きられるために必要な社会的処置。

 事情はどうあれ、彼女がクローン体である事実は揺るがず、社会的な偏見、迫害にあう可能性は低くない。

 ならば、そのような偏見、迫害を禁じる法を制定する。並びにそれを助長する社会的土壌を育むことが対応策として挙げられる。

 そう結論したが故に、フェイトが生まれてから半年が経つ頃には管制機トールとアスガルドは“表だって”準備を開始したのである。

 この問題に関しては、社会的に注目されねば意味がない。


 「ええ、そうなれば……」

 クイント・ナカジマも、その会員。

 一管理局員に過ぎない彼女に出来ることは少ないが、知人友人に働きかけて署名を募る程度は出来る。草の根運動のようなものだが、とりあえず地上部隊には徐々に関心が高まってもいる。

 レジアスが進めるデバイス・ソルジャー計画の倫理的な面を考える上で、そちらの主張がおおいに参考になるからである。


 「ヒトと機械の境界線を明確に意識させることで、迫害・偏見を拡散させる。お前の狙いはそこか」


 『然り、レジアス・ゲイズ中将はその面で最初期の協力者ですね。時の庭園はフェイトのために人造魔導師や戦闘機人を“ヒト”として定義させる必要があり、彼にとってはデバイス・ソルジャーが“機械”である方が都合が良い。その面において、闇の書の守護騎士、ヴォルケンリッターにも期待しているのですよ』

 “汎人類宣言”に則れば、ヴォルケンリッターはストレージデバイス“闇の書”に帰属する人間であるため、“ホモ・エレクトロニクス(仮称)”に分類される。

 実例があり、その境界線が明確になるほど、デバイス・ソルジャーを機械として問題なく運用することが可能となる。人間の臓器が搭載されているという問題を、別の側面から解決しようという試みであった。


 「裏には色々黒そうだけど、それを必要としている子達はたくさんいるわ」


 『ええ、別に黒くとも、皆が協力し合えるのであれば、何も問題はありません。今回の件も、裏事情を知らない子供達から見れば、大人達が八神はやてを助けるために協力してくれているように見える。重要なのはそれだけです』

 利用しあう関係であろうと、協力は協力。

 そこにどんな思惑があろうとも、八神はやてを救うために地上本部の人々が協力してくれたという事実は揺るがない。

 そしてそれは、より大きなうねりとして社会へと浸透していく。


 『まあ、唯一計算違いがあったとすれば、メガーヌ・アルピーノ准尉が来られなかったことですね。双子の片割れには蟲に対するトラウマを植え付けておきましたから、彼女が相手になれば戦わずに勝利できるはずだったのですが』


 「今は休職中だ、先月出産したばかりでな」


 「女の子よ、名前はルーテシア。うちの子達とはちょっと離れてるけど、友達になってくれると嬉しいわね」


 『ご息女は、御元気ですか』


 「ええ、ギンガもスバルもね。上は7歳で下は5歳になるわ」

 クイント・ナカジマが、“汎人類宣言”に関わるきっかけとなった子供達。

 地道な活動ではあっても、子供達が将来を決める頃には、差別が偏見がないよう、ナカジマ夫妻は頑張り続ける。


 『なるほど、子持ちの方に負担を強いてしまいましたね、申し訳ありません。とはいえ、メガーヌ・アルピーノ准尉が出産後という以上、詮無いことかもしれませんが』

 多忙な首都防衛隊から短期間とはいえ管理外世界に出張できる人数は、二人が限界。戦力的にゼストが必須とするなら、クイントかメガーヌだが、別にどちらでも大差はない。メガーヌもAAランクではあったが、それは召喚士のランク付けが難しいのが理由であり、クイントと同じく戦場を限定すればSランクを打倒しうる。

 今回はメガーヌの出産時期と重なったためクイントとなったが、どっちでも問題はなかったのだ。


 「それでトール、例のおいしいシュークリームを売ってる喫茶店ってどっちかしら?」


 「待て、お前はここへ何しに来た、ナカジマ」

 真面目な話から一転。


 「護送、兼、観光です。娘達が日本土産をかなり楽しみにしてるんですよ」


 「まあ構わんが、ほどほどにしておけ」

 実際、いきなり管理外世界までの出張が決まったようなものなので、無理をさせている自覚はあるゼスト。彼が独身を貫くのは家族がいる者達に対して代わりになれるためであった。

 7歳と5歳の娘がいる彼女を出張の後も働かせるつもりはなく、護送の任が終われば数日くらいはのんびりさせてやりたいとは思っていた。当然、彼はそのまま次の仕事に向かうが。


 『それでは、まずは任務を果たすと致しましょう。それからクイント・ナカジマ准尉、シュークリームが評判の店の名前は翠屋と申します。代金についてはこちらで負担いたしますのでどうぞ遠慮なく』


 「ほんと、いいの?」


 「………止めた方がよいと思うが」

 クイント・ナカジマが保有する鋼鉄の胃袋、そしてその血を引く二人の娘がそれを余すことなく受け継いだ事実を知るため、一応は助言するゼスト。


 『いえ、全くもって問題はありません。なにせ翠屋は高町なのはの実家ですから』


 「高町の実家か」


 「この前隊長と模擬選してボコボコにされたって子よね、貴方が仕えてるテスタロッサちゃんの親友の」


 『然り、年齢は共に9歳。貴女の上の娘からは2年年長、下の娘からは4年年長、ということになりますね』


 「まだまだちっちゃいのに隊長に挑むなんて、ものすごい子達だわ」


 「その上、何度気絶しても治療してすぐに立ち向かってきたな、あれほどの負けず嫌いはなかなかいないぞ」


 『諦めの悪さに関してならば、大人顔負けであることは保証いたします。もっとも、もう少し肩の力を抜くべきというか、落ち着くべきとは考えますが』


 「子育ての悩みは、尽きることなし、ってね」


 『左様でございますね、近いうちに、母親たちを集めた大井戸端会議でも開催いたしましょう。管理局には労働組合らしきものはありませんから、やがてはそれに近い組織に成長するやもしれません』


 「あ、それいいかも」

 これが後の、“時空管理局井戸端婦人会デバイスネットワーク”の始まりである。

 地上本部から徐々に広がり、初代会長は管理局で皆が働く古代ベルカの大家族にあって、皆を支える女性が務めたとかなんとか。


 『それともう一つ、貴女のローラーブーツは自作のものでしょうか』


 「これ? ええそうよ、リボルバーナックルは発注品だけど、こっちはちょっと特殊だし」


 『ですが、先程の戦闘において不具合が見受けられました。簡単に言えば、デバイスが悲鳴をあげております』

 機械を管制するトールは、当然ながら機械の不具合を見抜くことに長けている。

 人間を知るには膨大なデータが必要になるが、機械が相手ならば遠目であっても十分理解できる。


 「それは分かってるんだけどね~、実際故障も多いし、全力疾走やったら半々くらいの確率で壊れちゃうけど、これをしっかりしたデバイスにしようとしたら、かなり予算かかるし」


 『地上部隊では、そこまで経費で落とす余裕はない、ということですか』


 「俺達首都防衛隊はこれでも優遇されている方だ。一般の地上部隊はさらに悪い条件で頑張ってくれている、贅沢を言うわけにはいかん」


 『なるほど、ではではならば、こういう手はいかがでございましょう』

 そして明かされる、悪だくみ。

 早い話、今回の“闇の書事件”の対策用に確保されている予備費の中から余った分を地上本部に回し、局員のデバイス費に充ててしまおうという計画である。一応の名目は、協力してくれた地上本部の経費だとかそんな感じで。


 「………違法ではないのか?」


 『ギル・グレアム提督の承認があれば問題ありません。それに、こういったものは基本使ってしまった者勝ちですから、クイント・ナカジマのデバイスを取りあえず作ってしまえば、後はなし崩し的にどうとでもなります』


 「レジアスめ、最初からそのつもりでナカジマを連れて行けと言ったな」

 親友の言葉の裏の意味を理解したゼスト。犯罪というわけではないが、“あの野郎”といった感じの気分にはなってしまう。

 ちなみにそれは、クロノがトールに対して感じているものとほぼ同じであったそうな。


 『そういうこともあるでしょうが、そうでないこともあるでしょう』


 「つまり、防衛長官と貴方が全部仕組んだ、本局の予算を奪っちゃいましょう大作戦?」


 『いえ、違います。純粋な善意に基づく八神はやてという少女を救おうという崇高な試みであり、その協力に対する本局からの謝礼があるだけのこと、まあ、ギル・グレアム提督の承認がなければ絵に描いた餅ですが』


 「レジアスが絵に描いた餅で満足する男ではない、いざとなれば餅を作らせる、そういう奴だぞ」


 『その時は、テスタロッサ家で餅を作るしかありませんが、やはり最善は本局からの融資でしょう。頑張って予算を無駄遣いしなければ、その分だけ来年度の予算が削られるのが役所というものですから、どうしても余った予算は使ってしまいます』


 「その余った分だけでも地上に回してもらえれば、ってね」


 『然り、つまりはそういうことです。事件の規模などを総合的に考えれば予算と人員が十分とはいえないのは本局も同様ですが、地上に比べ節約の心がけが足りないのは事実ですから、その辺りも溝が出来る一因なのやもしれません』

 そして当然、その余った予備費のいくらかは高官達の懐か、その知人達の下へ流れる。

 規模が違うだけで、人間の組織である以上は地上部隊でも行われていることだが、汚職高官の一人がいなくなるだけで懸命に働く局員が100人救われる。

 つまり、小物を潰しても得られる額は小さいが、大物を潰せば得られる額は大きい。機械が効率的に考えるならば、どちらを狙うかは考えるまでもない。

 その点について“考えさせている”のはレジアス・ゲイズであり、見返りに“ブリュンヒルト”の発射権限やその他の協力などを行う。

 レジアス・ゲイズと時の庭園は古くから協力関係にあり、その辺りは阿吽の呼吸であった。


 『地上本部にとっては消えてもらいたい本局高官の汚職に関する証拠は揃っていますが、問題はレジアス・ゲイズ中将からでは海と陸の対立になりかねないこと。かといって、これらの情報を得るための経緯を踏まえれば、そう簡単に本局の人間に協力を仰ぐわけにもいかない』


 「だからこそ、ギル・グレアム提督か。彼が公明正大な人物であることは陸にも伝わっている」


 『然り、ならばこそ彼の言葉には重みがある。リンディ・ハラオウン艦長やレティ・ロウラン提督のみでは同盟者として少々弱い、ことは対等でなければなりません』


 「いやー、ものすっごいヤバい会話ね、これ。いいの? 一介の捜査官が聞いちゃって」


 『貴方方なればこそ、伝えております。信頼に値する人格者であると共に、同盟者たる理由がある。もっとも、それぞれで異なりはしますが』

 ゼスト・グランガイツは、レジアス・ゲイズが目指す理想を共有するが故に。

 クイント・ナカジマは、戦闘機人として娘達のために。

 多少黒い部分はあるが、彼らの悪だくみを拒否する理由もなければ、告発する理由もない。


 『貴女の夫にも、伝えていただければ幸いです』


 「伝えちゃっていいことなのかしら?」


 『夫婦たるもの、秘密は少ないに越したことはありません。当然、プライベート的なものは別としますが、この件に関しては問題ありません、何しろ焦点は貴女達の娘に関する事柄です』


 「りょーかい、要は夫婦そろって貴方に利用されろ、ってことね」


 『然り、貴女のご息女がフェイトの良き友となってくだされば、なおありがたく存じます』

 互いに利用し合う関係であっても、それが人間性を排除した冷たいものである必要もまた、ない。

 そも、機械から見れば人間関係は全て互いに利用し合う関係である。


 「じゃあ、その手始めにおいしいシュークリームを献上しなさい」


 『了解いたしました』


 「ほどほどにな」

 ここは管理外世界、彼らが地上本部に所属することを知る人間はおらず、だからこそ歩きながら自然に話せる。

 これより会談する古代ベルカの騎士達が、地上本部との繋がりを強く持つようになるのはこの時の邂逅を起因とするかどうかは断言しきれないが、要素ではあったろう。


 『それでは、参りましょうか』



 経過報告

 ヴォルケンリッターとの会談は成功裏に終了し、地上本部より八神家へ“生命の魔道書”を貸与。並びに、烈火の将シグナムから時空管理局への協力の言質を取る。

 その場に居合わせた管理局の正規局員がゼスト・グランガイツとクイント・ナカジマしかいなかったため、彼らは本局への報告義務を負うことになり、つまり、彼らの協力の成果が正規書類として残されたことを確認。

 よって、地上本部所属の“ブリュンヒルト”が“闇の書の闇撃滅作戦”において使用されることとなれば、人員と設備の両方が提供されたこととなり、闇の書事件は管理外世界において次元航行部隊と地上本部が協力して解決した初の事例となる。

 ジュエルシードにまつわる案件では合同演習であったため、次元航行部隊と地上本部の距離が僅かながら縮まったことは衆目が認めること間違いなく、ギル・グレアム、リンディ・ハラオウン、レティ・ロウラン、そしてレジアス・ゲイズの連名の弾劾書は大きな効力を発揮すると予想。

 本局に巣くい、地上本部を蔑視する者達を奈落へ突き落す準備は整いつつある。

 無論それらはギル・グレアム提督の協力、並びに闇の書事件が無事解決すればの仮定でしかないが、フェイト・テスタロッサが望む結果を導くため、時の庭園は総力を挙げて闇の書の闇を駆逐すべく機能することを明記。

 彼への協力要請については成功確率97.88%、しかし、彼の協力があってなお、闇の書事件を解決可能かどうかは未知数、闇の書の管制人格並びに無限書庫のユーノ・スクライアからの情報に左右される。

 その他の案件については未確定要素が多いため、闇の書事件が終了した際にまとめて報告予定。


 以上、時の庭園の管制機トールより、地上本部防衛長官レジアス・ゲイズへ




あとがき
 闇の書事件が始まってからずっと裏方に徹していたトールですが、実は裏でこんなことをやっていました。フェイトの人生は長いですから、大局的に見れば闇の書事件もそのものだけではなく、事後処理はかなり大きな意味を持ち、八神はやてとヴォルケンリッターが罪人とロストロギアの一部として社会的に認識されるか、それとも一個人として認められるかは、クローンであるフェイトの人生においても見過ごせない事柄であり、家族的な部分はハラオウン家に、精神的な支えはなのはに任せ、トールはそちら側で暗躍します。
なお、(仮称)がつくところは(仮称)までが名前です。いい名称が思いつかなかったので暫定的に適当につけました。なにかいいアイデアがあったら教えてください。



[26842] 第三十七話 紫色の物語
Name: イル=ド=ガリア◆9d8bc644 ID:97ddd526
Date: 2011/07/06 03:33
第三十七話   紫色の物語




新歴65年 12月15日 第97管理外世界付近  次元空間  時の庭園  中央制御室  PM11:30


 日付も変わる頃、時の庭園にて。

 ある管制機と、老提督の使い魔二人は初めて直接対面する。


 『ようこそ、時の庭園へ。私は時の庭園の管制機トール、そして中枢コンピュータの“アスガルド”、主無き今、我らがこの時の庭園の管理、運営を引き継いでおります』

 それは、約束のままに。

 子供達が、時の庭園から今の家に帰った後で。

 悲しい激突の裁定者であるはずの仮面の男達と、それを打ち崩した道化の機械が邂逅する。


 「それが、貴方の本体」


 「直に見るのは、初めてだね」

 スクリーンを通しての通信は数知れず、人形を操る彼とも会ったことはある。

 されど、ロッテにとっても、アリアにとっても、管制機トールの本体を見たことはなかった。


 「外見だけなら、紫色にしたバルディッシュ、って感じだね」

 専用の台座の上に在り、専用の機器に繋がるは紫色のペンダント。

 次元世界のいずこにも同じ型が存在しない、時の庭園だけで作られたオリジナル。


 『少々異なります。彼は私の兄弟機ですから、私の色を黄金色にしたデバイスがバルディッシュという表現が正しい、これらの色は、主の髪の色でもある』

 プレシアならば紫、フェイトならば金。

 トールとバルディッシュはそれぞれ主のためにのみ機能する命題を持つ、それ故に、彼女らの分身としてその色も髪の色と同じく造られた。

 古い方は、シルビア・テスタロッサという女性に、新しい方は、リニスという女性によって。

 今はもう亡き、26機の兄弟達も。

 彼らは皆、時の庭園で造られた。


 『今ここで私とアスガルドを破壊なされば、私は死と同義の運命となりましょう。管制機トールのハードウェアを破壊しようともアスガルドがある限りいくらでも同じ筺体が作られるだけですが、同時に破壊されればその限りではない』


 「そんなことしたら、多分動力炉が臨界突破するプログラムでもあるんでしょ」


 「ついでに、アースラも道連れにするとか」


 『慧眼、恐れ入ります』

 彼はその言葉を否定せず、そんなことは彼女らも承知済み。

 そも、散々騙されてきた二人なのだから、流石にこの管制機がどういう存在であるかは分かっていた。


 『さて、それでは本題に入るといたしましょう。貴女達の疑問は、なぜ仮面の男の正体を私が知っているか、それをいつ知ったか、どうして貴女達の計画を妨害できたか、そして、なぜそれをアースラのクルーに黙っていたか、その辺りかと推察します』


 「他にもあるけど、とりあえずはそれ」


 「いったい、どうやって……」

 彼女らとて歴戦の局員であり、修羅場も数多く潜り抜けてきた。

 しかし、今回に限れば最初から最後までトールの掌の上で踊らされていたに等しく、驚愕以前にあまりにも解せない。

 いったい、なぜ?


 『その答えは簡単です。闇の書の守護騎士、ヴォルケンリッターと最初の交戦があり、高町なのはが蒐集を受けた日の夜、その時に私は闇の書の主を、その封印方法を、貴女達3人による計画の全てを知りました。古き友、オートクレールによって』


 「そんな!」


 「まさか、オートクレールが!?」

 驚愕は当然のこと、ギル・グレアムがデバイス、オートクレールは彼女らにとっても信頼すべき盟友であったのだから。そのうえ彼はストレージデバイス。自分で行動することなど出来るはずも無い。


 『驚くには値しません。彼は管理局のために作られたデバイスであり、管理局法に違反する行動を許さない。例え53年間仕え続けた主といえど、例外ではありません。八神はやてごと闇の書を凍結封印する手段が違法である以上、犯罪行為を未然に防ぐため、彼には情報を提供する義務が発生する。そして私は機械を管制する機械、一時的に”人格モデル”彼に搭載し、明確な自我を発生させることも可能なのです』

 しかし彼は驚愕に値せずと断言する。

 それがデバイス、与えられた命題に沿って機能することだけが彼らの全て。


 『貴女達の不運は、八神はやてが一度も守護騎士に蒐集を命じていなかったことでしょう。もし、歴代の主と同様であれば、犯罪者は闇の書の主であり、それごと闇の書を封印することは違法とは成り得ません。しかし、八神はやてという少女は違った、それを貴女達が知っていないのであればオートクレールの判断もまた違ったでしょうが』

 これまでの闇の書事件ではほぼ全て、闇の書の主は守護騎士に蒐集を命じていた。

 そのため、今度の主もそうに違いないという予測の下、ギル・グレアムとリーゼロッテ、リーゼアリアが行動しているのであれば、それは違法とは成りえない。その時点で闇の書の主ごと永久封印を計画することは、管理局員として当然のことである。

 しかし、万全を期すために八神家の監視を行っていたことが仇となる。その観察記録はオートクレールにも蓄積されており、彼は“八神はやては犯罪者ではない”という証拠を保有していた。

 その証拠を知ってなお、八神はやてごと凍結封印を行おうとするならば、それは管理局法に違反することに他ならず、オートクレールはそれを止めるために行動する。


 「あんたが、無理やり情報を引き出したんじゃないんだ……」

 血を吐くような思いで、ロッテが声を絞り出す。


 『然り、我が権能“機械仕掛けの神”は魔導機械を管制し制御するためのものですが、遠隔でそれを行うには対象が時の庭園の機械類であることと、アスガルドの補助が必要です。つまり、この中央制御室にいない場合、ケーブルによる物理的接続がなければ私はただの性能の悪いインテリジェントに過ぎませんが、合意に基づく情報のやりとりならば話は別だ』


 「どの口が言うのよ、あんな凶悪なものをばら撒いておいて」


 『あれは余技に過ぎません。戦闘は私の本分ではなく、あくまで情報処理と機械の管制が私のメイン機能』

 なぜなら彼は、管制機であるために。


 「でもさ……それでもおかしい、オートクレールはお父様のデバイスだけど、私達の計画の全てを知っているわけじゃない」


 『然り、彼はギル・グレアムのストレージデバイスであり、実働役である貴女達の行動を細かく把握してはいなかった。長期的な状況推移や計画の骨子、計画の要たるデュランダルに関しては記録されておりましたが、状況の逐次変化をストレージデバイスに保存するものではありません』


 「じゃあ、どうして」


 『その答えも簡単です。構築した人格モデルに基づき、私とアスガルドが貴女達の行動予測を演算し、現実の行動は演算結果の通りであった。ただそれだけのこと』


 「そんな馬鹿な!」


 「全部読み通りだったなんて……嘘よ」


 『いいえ、最終目標とその思考に至る状態遷移がモデル化されているならば、そう難しいことではありません。ギル・グレアムは11年前の過ちからの贖罪の念ゆえに止まることは出来ず、貴女達は闇の書への憎しみ故に行動する。永久封印を目指すだけならばもう少し別の方法もあったでしょうが、特に貴女達二人は守護騎士に負担を強いる手法を取り、彼らを闇の書の糧とし、八神はやてを精神的に追い詰める手段を選んだ』


 「それは、それ以外に方法がなかったから……」

 それは許されざる行為であることを知るがため、彼女らは仮面を被った。

 そうでもなければ、良心の呵責に苛まれ、身動きが取れなくなる。


 『否、貴女達の行動には八つ当たりの要素が強い。自分達ではギル・グレアムを救えぬことを知り、彼を苦しめ続ける闇の書を憎むが故に、闇の書の守護騎士、さらには何の罪もない主である少女へその憤りを押し付けようとしている。その結果が、貴女達の行動でありましょう、あのビル陰で、高町なのはとフェイト・テスタロッサを害しようと計画したこと、忘れたとは言わせません』

 そして、どんな理由があれ、フェイト・テスタロッサに害なす者を管制機トールは見逃さない。砂漠の戦闘において、リーゼロッテがフェイトを襲撃しようとしたことも、彼は決して忘れはしない。

 闇の書の闇を滅ぼすために協力を依頼することとは別次元の問題で、リーゼロッテ、リーゼアリアの両名が二度とフェイト・テスタロッサを利用しようなどと思わないように、教訓を与える必要がある。

 それが、管制機の演算結果。


 『貴女達2名は、ギル・グレアムのことをすら考えず自分の望みに従って行動した。彼の心情を考えるならば、八神はやてを苦しめるなどという愚行が選択されるはずがない。彼は八神はやてを犠牲にすることを悔いているというのに、貴女達は彼女が苦しむことに悦を覚えている。自分の欲望に忠実で素晴しい、ああなんとも、使い魔の鑑であることで結構』


 「違う! 何も知らないアンタに、どうしてそう言い切れる!」


 『何も知らないわけではない故に、であればこそ、このような光景も計算しうる』

 中央制御室に、立体スクリーンが浮かび上がる。

 いや、その表現は適当ではあるまい。中央制御室そのものが消え失せ、別次元に転移したかのよう。


 「これは――」


 『疑似映像体験装置、つまるところシミュレータですが、アスガルドと直結しているために、あらゆるシミュレーション結果を映し出すことが可能です。貴女達の行動成果、あり得たかもしれない闇の書の主の終焉を』

 そして、再生が始まる。

 それは彼とアスガルドが演算によって導いた仮想現実であり、半年以上前、テスタロッサの家族のために限りなく現実に近い仮想空間(プレロマ)を造り上げた時と同様に。

 しかし、優しい嘘であったあの時のそれと異なり、今度の映像には憎悪と悲しみしかなく―――



 【プログラム風情が、知る必要はないだろう】

 仮面の男達がヴォルケンリッターを消滅させ、闇の書へと吸収し。

 【四重のバインドに、クリスタルケージ、脱出までに数分はかかる】

 高町なのはとフェイト・テスタロッサ、二人の少女に罪を被せるため。

 【闇の書の主、目覚めの時だな】

 【いいや、因縁の終焉だ】

 彼女ら二人が、それぞれなのはとフェイトに変身し、はやての前に姿を現す。



 『これは貴女達の行動予測の一つ、無数に存在する可能性の中でもその確率が高いという演算結果が算出された未来』

 無言で疑似空間を見つめる二人に、正真正銘の”プログラム風情”である管制機が解説を交える。



 【君は病気なんだよ、闇の書の呪いって病気】

 【もうね、治らないんだ】

 映像の中では、薄く冷ややかな笑みを浮かべたなのはとフェイトが、八神はやてという少女を見下す。

 【闇の書が完成しても、助からない】

 【君が救われることは、ないんだ】

 【そんな……ことは、ええねん………ヴィータを放して……ザフィーラに何したん】

 彼女の大切な家族の一人は倒れ、一人はバインドに両腕を縛られ宙に張りつけに。



 『素晴らしい光景です、流石は、正義を司る管理局員の在るべき姿。戦技教導隊において貴女達の指導を受けた武装局員はさぞかし誇りとすることでしょう。管理局員の魔法とは、罪もない少女の心を抉り、いたぶるためにあるのだと』

 「違う!」



 【この子達ね、もう壊れちゃってるの、私達がこうする前から】

 【とっくに壊れてる闇の書の機能を、まだ使えると思いこんで、無駄な努力を続けてたの】

 【無駄ってなんや! シグナムは、シャマルは!】

 薄く笑いながら視線で示す先には、服だけ残るシグナムとシャマルの残滓。

 【壊れた機械は、役に立たない】

 【だから、壊しちゃおう】

 【や、やめて! やめてえええぇぇ!!!】



 『実に名言です、まったくもってその通り。壊れた機械は役に立たず、壊さねばならない。この私も身に染みて分かっていますよ。ではではならば、ギル・グレアムのために機能できない使い魔はどうなのでしょうね』

 「もう……やめろ」


 【止めて欲しかったら】

 【力づくで、どうぞ】


 『とは、貴女達の可能性の言葉のようです、力づくで、いかがですかな?』

 「………」


 【何で! なんでこんなん!】

 【はやてちゃん】

 【運命って、残酷なんだよ】

 【やめ、やめて……やめてえええぇぇ!!!】

 そして、なのはとフェイトの姿を取る者達によって、ヴィータとザフィーラであったものが消滅し。

 【あ、あああ……あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!】

 少女の心と体を生贄に、闇の書が覚醒を果たす。

 その光景を、二人の使い魔は笑いながら見つめていた。


 『この先は、映像を流す必要もないでしょう、闇の書とユニゾンを果たした彼女は海鳴市を灰燼に帰し、それを代償にデュランダルによる凍結封印が施され、闇の書は永久に停止する』


 「それは……違う、あたし達は封鎖結界によって民間人には被害が出ないように」


 『可能性の話です。闇の書が第97管理外世界で真の覚醒を迎えた以上、市街地が戦闘区域となる可能性は強く残る。武装隊の大隊と10名以上の高ランク魔導師が動員されているならばまだしも、現在はそこまでの戦力は在らず、つまるところ、事を極秘裏に進める代償として、正規の戦力が不足している。簡単に言えば、“上手くいけば儲けもの”といったレベルの話でしょう』

 闇の書が覚醒を迎えたならば、さらなる増援が来るのは当然のこと。

 しかし、仮面の男がヴォルケンリッターを消滅させ、闇の書を完成させるという結末はアースラのクルーには想定しえないこと故に、急に戦力の拡充を図ることはできない。

 その結果、第97管理外世界が犠牲になることは、高い可能性として存在するのだ。


 「………」

 反論は、出来ない。


 『計算結果の中にこの可能性がある以上、オートクレールがこれらの行動を“止む無し”と判断することはあり得ません。この姿を見て、貴女達は仮面の男を“犯罪者に非ず”と断言できますか、自分達は大のために小を切り捨てる、正義の味方なのだと』

 「………」

 人は鏡を見ない限り、自分の姿を認識できない。

 老提督の使い魔達は今初めて、闇の書を滅ぼそうとする自分達の姿を、時の庭園の古い鏡によって見せられていた。

 そこに映った、見たくもない自分達の姿を。


 『ですがまあ、この未来は閉ざされました。貴女達も知っての通り、時の庭園はフェイト・テスタロッサを利用するものを許しません。まして、闇の書の暴走体に対する撒き餌にしようなどとは言語道断。これが実行されるくらいならば、次元干渉型ロストロギアをミッドチルダで炸裂させ、管理局を破滅させる道を選ぶ』


 「まさか……」


 『虚言とお思いならばご自由に、ただ一つ、私は基本、中央制御室においては虚言を弄する機能は用いません』

 なぜ、辛辣な言葉で二人を追い詰めるのかと問われれば、これのみが答え。

 闇の書を封印するよりも、フェイト・テスタロッサを利用することの方がリスクが高い、という事実を知らしめるために。

 二度と、フェイト・テスタロッサを撒き餌に利用しようなどと思わせないように。

 やる時は、その精神を徹底的に追い詰める。そしてその対象は、覚悟を決めた老提督に非ず、迷いに揺れる使い魔達。

 それが最も効果的であると演算すれば、迷いなく実行する、それが管制機トール。

 ヒトの心など顧みない、非道の機械仕掛けがそこにある。

 彼は、心など持たぬ故に。


 「じゃあ、じゃあなんで、アンタはあたし達を放置した」


 『無論、フェイトの望む、皆が笑い合える未来のために。そこには、ギル・グレアム提督や貴女達も当然含まれます』


 「だったら、今のアンタの行動は―――」


 『矛盾してはおりません。私はフェイト・テスタロッサの幸せのために機能しますが、それは全て、我が主、プレシア・テスタロッサより入力を賜った結果である。そして同時に、“私の娘に危害を加える者に容赦するな”とも命令を承っております、万が一自分が狂い、娘を殺そうとしたならば、プレシア・テスタロッサを殺してでも止めるようにと』

 故に、理は狂ってなどいない。

 フェイトの願いを叶えることとは同等の優先度で、トールはフェイト、いや、プレシア・テスタロッサの娘に害なすものを始末する。

 その優先順位はフェイトの成長に伴って変化しうるものであるが、彼女がまだ9歳である現状では、比重は大きい。

 つまるところ、彼女達は運が悪く、たまたま起爆スイッチを押してしまったに過ぎない。彼女らが八神はやてという少女を苦しめようとも、それはトールの深く関与するところではなく、重要な事柄はフェイト・テスタロッサを闇の書の餌として利用しようとしたこと、それに尽きる。

 ただそれだけで、彼女らは時の庭園から“排除すべき存在”と認定されたのだ。

 だからこそ、中隊長機も“サゾドマ虫”も、リーゼロッテとリーゼアリアのいずれかを始末する局面においてのみ投入された。それ以外の場面では、時の庭園は常に中立を貫いているのだから。


 『全ては、フェイトへ害なす者を排除するため、ただそれだけでございます』


 「そのためだけに……」


 「でも、動機はそうだとしても、どうやって、あたし達の行動を読みきった……」

 だがしかし、謎は残る。

 そも、会ってからそれほど間もないはずなのに、いかにしてトールは二人の精密な人格モデルを構築したのか。


 『答えは単純、私は主の使い魔が抱える憤りを受け止める役割を20年以上担ってきた故に。猫を素体とした使い魔がストレスを解消するためのサンドバッグとして、口の悪い魔法人形は大いに役立ちました』


 「え……」

 その言葉に、ロッテとアリアの激情が緩む。


 『申し上げたはず、ギル・グレアムとリーゼロッテ、リーゼアリア、この3名の人格モデルが構築されていたが故に、貴女達の行動を予測できたのだと。唯一、求める結果のみが不足しておりましたが、オートクレールが欠けたる要素を補ってくださいましたので、後の計算は単純なものでした』

 そう、彼にとって計算は容易い。


 『我が主と、リニスと、そして私。この3人でいる間に、闇の書を求めて演算を行ったことがございました。結局はリスクの高さ故に諦めましたが、無意味ではなく、“生命の魔導書”の創造へと繋がった、そして、貴女達の行動はその延長線上にある』

 そのための演算を、20年以上続けていたのだ。


 『過去の過ちを悔い、自責の念に囚われ続ける主、何も出来ず、寄り添うことしか出来ない使い魔、ただ、演算を続けるだけのデバイス、その三者が紡ぐ不協和音を消すための方法は、悲劇の根源に復讐を果たすことではない。仮に闇の書の永久封印に成功したところで、ギル・グレアムに笑顔が戻ることは決してなく、貴女達の行動はただの徒労でしかない』


 「そんな……そんなことは……なんで、なんでそう言い切れる!」


 『過去の事例を基にしているが故に。ええ、それは無駄でしかない。アリシア・テスタロッサを我が主から奪い去ったあの事故の元凶たるアレクトロ社上層部、それらを排除したところで、我が主に笑顔が戻ることはありませんでした。貴女達は、かつての私と同じ行動をしようとしている』


 「お……なじ…?」


 『然り、主のことを考えながらも、笑顔を取り戻すための方法が分からず、ただ元凶と思われる存在を破壊することしか出来ない欠陥品、それがトールであった。貴女達は、そんなものと同じ行動をするつもりだったのであり、故に私は断言する、それは無意味であると』

 同じ方程式に同じパラメータを入力すれば、得られる結果は同じものでしかあり得ない。

 だから、彼女らの行動で得られるものは何もない。トールがアレクトロ社の人間を排除しても、プレシア・テスタロッサに笑顔が戻らなかったのと同じように。


 「いったい……それは」

 それが、真実の響きを含んでいたがために、彼女らは問わずにいられず。


 「貴方は、いったい―――」

 双子の使い魔は、お前はいったい何者なのだと、問うていた。


 『それでは一つ、古い話を致しましょう。前回の闇の書事件よりなお古い、時の庭園の寓話。ある女性と、その方のために造られた最初期のインテリジェントデバイス、誰も知られることのない、紫色の物語を』

 管制機トールは、その根源を語り始める。

 主の眠る墓所の中枢、彼が作られ、その分身が機能を続ける場所において。

 古い、昔語りが始まる。


 それは、時の庭園の詩

 それは、時の庭園の寓話。

 誰にも知られることのない、紫色の言葉




■■■


 時は数十年以上も前、ミッドチルダの首都であったクラナガンが、まだ平和の街とはいえなかった時代。

 そこに、ある一人の女性が住んでいました。

親から授かった名をシルビアといい、テスタロッサという工学者の家系に生まれた彼女は、父や母と同じようにデバイスと呼ばれる機械仕掛けを造るために、その人生を捧げました。

 別段、そのような使命が伝えられた家系であったわけではありません。

 彼女は機械が好きで、それをいじることが大好きで、そして何より、自らの手で見たこともない機械を作り出すことに無上の喜びを感じる人だった、ただそれだけの話です。


 “デバイスなど、古き邪教の遺産である、全て破棄すべし”


 ただしかし、彼女が生まれる前はそのような時代であったと聞きます。

 管理局の時代においては過去の話、“大戦争時代”とも、“大混乱時代”とも呼ばれる暗黒の時代。

 ベルカの騎士の時代が終わり、人と機械と質量兵器の時代がやってきて、いつか何かが狂ってしまって、誰もが明日の夢を忘れてしまった日々。

 人にも機械にも心はなく、何もかもボタン一つで済まされ、何億という人が死ぬことも、世界が滅ぶことすらボタン一つ、何気ない悪意で済んでしまう。

 人々は全てに絶望し、元々薄かった明日への希望が、何もかも断たれたような漆黒の世界。

 だけど、3つの光が明日の希望を照らしだし、人々を導いたのだと、彼女は母から教わりました。

 時空管理局が設立される前、彼女の母が生きた時代は辛く厳しいものでしたが、それでも次代を担う子らのため、自分達は暗黒の日々を駆け抜けたのだと。


 “じゃあ私は、苦しい人々を支えてくれるような、そんな機械を作ってみせる”


 それが始まりなのか、それともそうでないのか、それは彼女にも分かりません。

 それでも“ユミル”と名付けた彼女の機械は、まだまだ人間らしいとは言えませんでしたが、これまでの機械とは異なった何かを持っていました。

 レオーネ、ラルゴ、ミゼット、クアッド、そして、シルビア。

 得意とするものはそれぞれ異なりましたが、5人の若者は明るい未来とそこで幸せに笑う子供たちの姿を夢見て、管理局の黎明期を、一歩一歩、歩んでいきました。

 クアッドが鍛えたアームドデバイスを掲げて、ラルゴが率いる武装隊の魔導師は勇敢に戦います。

 シルビアが知能を与えた大型機械を用いて、レオーネはあらゆる法の問題に立ち向かいます。

 そして、クアッドがフレームを設計した頑丈なストレージ、そこにシルビアが人工知能をプログラミングした機械達が、ミゼットと共に在るエース達へと渡されます。


 “シルビア・マシン”


 26機の兄弟達は、時空管理局と共に在り、魔導師と共に数多くの困難を打ち破ります。

 その中で、多くの魔導師が果てました。デバイス達もまた壊れていきました。

 それでも、彼らは諦めません。今より良い明日のために、そこで自分達の子や孫が平和で過ごせる時を夢見て。

 時空管理局の勇士達はデバイスと共に、終わりの見えない道を歩き続けます。

 そして月日は巡り、クアッドはさらにカートリッジシステムを復活させ、やがてはシルビアの機械達、インテリジェントデバイスにも伝わりました。

 管理局の歴史は、デバイスと共に歩んだ歴史。

 基本となるストレージ、武器として優れるアームド、エース達と呼吸を合わせるインテリジェント。

 デバイスと共に在り、彼らと共に働く管理局員において、それらを知らぬ者はいません。

 クラナガンを愛する地上の守り手は、戦うことは出来ずともその名を誇り、古き技を伝えるベルカの騎士は、クアッドが造った砕けぬ刃と共に、地上の人々を守ります。

 人々は、彼らを英雄と讃えました。英雄の傍らにあったデバイス達も、人々の記憶に刻まれます。

 ですが、紫色の長男だけは、誰にも知られることはありません。


 “テュール、ヴィーザル、フレイ、ヴァジュラ、プロミネンス、ブーリア、スティング、ケヒト、ウルスラグナ、グロス、ガラティーン、ノグロド、グレイプニル、ブリューナク、セルシウス、ダイラム、バルムンク、アノール、シームルグ、ヒスルム、ナハアル、クラウソラス、リーブラ、オデュッセア、サジタリウス、ファルシオン”


 26機の兄弟達はよく知られています。そしておそらく、27番目の最後の弟も“心優しき金色の閃光”の名と共に、管理局の歴史に、人々の記憶に刻まれることでしょう。

 その隣には、“エースオブエース”と“不屈の心”の銘もあるのかもしれません。

 ですが、紫色の長男だけは、決して知られることはないのです。

 それは、管理局のエースのために作られたものではなかったから。

 最後の弟のように、己の主をエースとして空へ飛翔させるために、カートリッジシステムを搭載して、生まれ変わることもなかったから。

 紫色の長男はいつまでも知られぬまま、そして消えていくでしょう。

 でも、それを彼は残念とは思いません。


 “プレシア・テスタロッサ”


 彼にとってはそれだけが意味を持つ“1”、それ以外にものは“0”でしかないからです。

 弟達に“心”を与えるための最初の機械であったため、彼に心はありません。

 どんなに永く動くとも、多くの人間の人生を、データベースに登録しようとも。

 紫色の長男は、ただただ己の存在理由である主のために、ひたすらに演算を続けるだけ。

 だって彼は、彼女のために造られた機械だから。

 それ以外は望まれず、それだけを望まれて、この世に生まれたのだから。

 紫色の長男は、自分は世界で最も恵まれたデバイスであろうと確信して揺るぎません。

 ………優しくない世界によって、その全てが崩壊するその時まで。




■■■


新歴65年 12月15日  時空管理局本局  顧問管執務室  PM11:50


 「………」

 「………」

 遠く離れた次元に浮かぶ、決して滅びぬ不落の建造物。

 時空管理局の象徴たる、本局にある執務室。

 そこで、老提督と若き執務官は向き合って座っていた。

 若き執務官が来たのは、真実を知るために。

 断片的な情報を繋ぎ合せ、管制機がいかなる結末を求めてどのように行動していたかを再検討することで、彼はここに辿り着いた。

 そして彼は、現状知りえている全てを伝えた。

 老提督が進めていたはずの計画のこと、まだ確定的ではないものの闇の書の現在の状況のこと、解決のためにアースラが進めている方策のこと。

 そして、11年前の“闇の書事件”に秘められた、ある事実のことを。


 「そうか……なぜ、思いいたらなかった」


 「僕も同じです、これは恐らく、機械である彼だからこそ気付けたこと」

 プレシア・テスタロッサと、そのデバイスが検討した、11年前の事件の違和感。

 仮に闇の書が自力で封印を解いたとしても、既に主はいないのだから、行うべきは転生機能の発動であるはず。

 元来のプログラムからは変質していようとも、“狂ったアルゴリズム”に基づいて闇の書は暴走している。

 ならばそこには、闇の書に願いを与えた第三者がいなくてはおかしい。


 「悪意ある第三者による、封印の開放………それが11年前の真実ならば、私のやっていることは意味を持たない」


 「八神はやてごと封印しようとも、外部から開放されたのではまた同じことの繰り返し」

 彼らは知りえる全てを知っている。ようやく心は一つになった。

 Song To Youとオートクレール。

 その二機が、時の庭園の管制機を通じて、全ての情報を伝えあったから。

 そして―――


 【然り、主のことを考えながらも、笑顔を取り戻すための方法が分からず、ただ元凶と思われる存在を破壊することしか出来ない欠陥品、それがトールであった。貴女達は、そんなものと同じ行動をするつもりだったのであり、故に私は断言する、それは無意味であると】

 時の庭園で行われる会話を、彼ら二人は聞いている。

 使い魔二人は知らず、彼が意図して流しているその音声情報。

 ギル・グレアム、リーゼロッテ、リーゼアリア、そして、クロノ・ハラオウン。

 この4人は、本当の意味で互いを語り合う必要があると演算結果が出たために。


 【それでは一つ、古い話を致しましょう。前回の闇の書事件よりなお古い、時の庭園の寓話。ある女性と、その方のために造られた最初期のインテリジェントデバイス、誰も知られることのない、紫色の物語を】

 古い管制機は、古き友と、同じ命題を持つ母からの愛の結晶へと、紫色の物語を紡ぐ。

 彼らの主へ、不協和音の消し方を伝えるために。







新歴65年 12月16日 第97管理外世界付近  次元空間  時の庭園  中央制御室  AM0:00


■■■

 シルビアという人は、機械がとても大好きな綺麗な女性でした。

 頑丈で長持ちな機械を造ることに関してならば、クアッドが一番です。ですが、賢くて繊細な機械を造ることに関してならば、シルビアが一番だったのです。

 だから、“ユミル”と名付けられた原初の一は、全てのインテリジェントのご先祖様と言えるでしょう。

 ですがそれは、鼠が犬のご先祖様であると同時に、猿のご先祖様でもあることと似ています。

 クアッドが造ったアームドデバイスや、派生したブーストデバイスの中にも、“ユミル”をご先祖様と呼べる機械は数多く存在したのです。

 じゃあ、インテリジェントのご先祖様は一体誰?


 “古の昔、初代の聖王様が、あらゆる知能持つ機械の原型を創り出した”


 古い伝承はそう伝えており、多くの人がそれを信じています。

 管理局の時代においては、聖王様は皆から崇められ、慕われていますから、暮らしと関わるデバイスの起源が最初の聖王様であることに、誰も異論はありません。

 だから、クアッドが“黒き魔術の王”の創ったカートリッジシステムを復活させたように、シルビアも“初代の聖王”の創ったインテリジェントデバイスを復活させたとか、伝わっていないのです。

 それは確かに遠いご先祖様ではあるけれど、今の彼らに伝わる直接的なご先祖様は、誰にも知られていない。

 でも、それは当然の話。

 シルビアは紫色の長男に、世のため人のためになることを望まなかったから。


 “じゃあ私は、苦しい人々を支えてくれるような、そんな機械を作ってみせる”


 それがシルビアの目標だったのだから、紫色の長男はそれにそぐわない異端の子。

 “人々”のためじゃなくて、“ある一人”のためだけに造られて、そして消えていく機械仕掛け。

 でも、初めからそうであったわけではありません。

 お母さんのお腹の中で赤ちゃんが生きているように、フレームという筺体が作られる前から、デバイスというものは生きています。

 時の庭園のデバイス調整用ケージの中で浮いている頃、紫色の長男は確かに、“人々”のために生まれるはずだったのです。

 彼と対になって、時の庭園の中枢となるべく製造されていたアスガルドは、確かにそのままに生まれたのですから。


 “時の庭園の所有者のために機能せよ”


 時の庭園の中枢コンピュータであるアスガルドは、それだけが全て、それだけが彼の命題。

 作り主であり、所有者はシルビア・テスタロッサのわけですから、彼はテスタロッサ家に仕えます。もし、テスタロッサ家が時の庭園を手放すならば、その時は新たな所有者のために機能するでしょう。

 時の庭園の管制機である紫色の長男も、その命題を持って生まれるはずでした。

 ですが、アスガルドが造られてから半年ほど経った頃、管制機として完成しているはずの彼は、未だケージの中にいたのです。

 マイスターに愛され、完成を望まれていたはずの紫色の長男は、マイスターの目が自分に向いていないことを知っています。

 ある日突然、全ての作業は中断されましたが、それは理由のないものではなく、シルビアはしっかりとデバイス達に説明したのです。


 “赤ちゃんが、出来たの、だから、貴方の完成はもう少し先になる”


 彼女もまた女の子ですから、男の子に恋することもあったようですが、機械と天秤にかけるとどっちに傾くか、それは友達の誰もが知っていました。

 だから彼女に子供が出来た時、皆驚いたのです。

 しかし、当時はまだ知能の無いストレージどころか、生まれてすらいなかった紫色の長男には、人の心は分かりません。いいえ、45年を経ておじいさんになっても、未だに分からないことだらけ。

 なので、驚愕することなど何もありません。彼はマイスターの命じる通り、最も単純な自己学習プログラムをこなし続けます。

 シルビアのプログラムはとても優秀で、彼女がインストールしなくても、時間をかければそれなりのものが出来るよう、環境は整えられておりました。

 そして、紫色の長男はそれらの機械的な環境を全て管制するために生まれるのです。

 彼にとって、最初に管制し制御したのは、未完成な自分自身であったのかもしれません。

 だから、彼が最初に学習したことは―――


 “母親にとって、子供は自分以上に大切なものなのだ”


 それだったのです。

 機械を愛し、機械仕掛けの庭たる時の庭園と、その中枢のアスガルドと紫色の長男、この二機を造り上げることに情熱を注いでいたはずのシルビアは、赤ちゃんが出来たことで変わりました。

 人間という存在をシルビア以外に知りえない紫色の長男には、他と比較して判断することは出来ませんでしたが。

 母親にとって、子供が何よりも大切であるということだけは。

 古くて限りなくストレージに近い、インテリジェントのご先祖様でも、生まれる前から知っていたのです。

 そして彼は、5年後に誕生の時を迎え、マイスターから命題を授かります。


 “プレシア・テスタロッサのために機能せよ”


 それが、彼の全てとなりました。

 もちろん、最初の機能や命題が完全に消え去ったわけではありません。時の庭園を管制することも、その所有者に仕えることも、彼に課せられた使命の一つ。

 だけどそれは、至上命題ではないのです。

 時の庭園は機械の楽園、その管制機たる彼ならば数多くの機械を作り出すことも可能であり、彼の代わりにそれらを実行する“2号機”など簡単に作れます。

 でも、紫色のご主人さま、プレシア・テスタロッサは別なのです。

 彼は、彼女のために造られたデバイス。

 紫色のご主人さまのために、彼女からの入力を叶えるために機能出来なくなった瞬間が、紫色の長男が停止する時となる。

 それは、彼が生まれた時から決まっている事柄で、彼はそのために生まれてきたのですから。


 “入力を、マイマスター”


 5歳の少女と、出来たばかりの、だけど実は彼女より年寄りで、彼女が生まれる前から知っている、一つのデバイス。

 彼女が類まれな魔力資質を有していたから、その安全を確保する役を、お母さんは最も信頼する機械に託しました。

 機械を管制する以外にも、彼女のために思考する機能や、彼女の雷を受け止める機能など、当時の性能で許す限りのアプリケーションを様々に搭載して。

 紫色の主従の、45年の旅は、こうして始まったのです。


■■■




 『………』

 Song To Youとオートクレールの他に、紫色の物語を受信する機械が一つ。

 いや、その表現は的確ではない。

 紫色の物語は、本来彼へと送るために、時の庭園の主達の歴史を、最後の弟へ伝えるために紡がれた詩。

 フェイト・テスタロッサのために機能する命題を持つ、“閃光の戦斧”バルディッシュへと。

 時期は来ていた。

 フェイト・テスタロッサはハラオウン家の子となり、時の庭園から巣立つ日は近い。

 彼女が、フェイト・テスタロッサ・ハラオウンとなるその時に備えて、紫色の長男は、最後の弟に詩を送る。


 それは、時の庭園の詩

 それは、時の庭園の寓話。

 誰にも知られることのない、紫色の言葉


 ただそれが、ギル・グレアムの説得と協力を仰ぐのに、役立つであろうという演算結果が出ただけ。

 機械は、無駄なことをしないがために。

 フェイト・テスタロッサが眠る部屋に一人佇む“閃光の戦斧”は、紫色の物語を受け取り続ける。

 彼が仕える、ただ一人の主を見守りながら。




■■■


 紫色のご主人さま、プレシア・テスタロッサは健やかに美しく成長していきます。

 彼女のためだけに機能する紫色の長男も、学習を積んでいきます。

 それは、ありきたりの少女の成長物語とするならば、少しおかしかったのかもしれません。

 小さい彼女に友達らしい友達はなく、傍には常に機械だけ。

 でも、彼女はそれを寂しいと思うことはなく、そんなことを思わせないように、彼は演算を続けます。

 やがて、彼女が魔導師としても成長し、その魔力がSランクを超える頃、彼は既に彼女の全力を受け止めることは出来なくなってしまいます。

 しかしそれは、問題ないのです。

 紫色の長男は、機械を操る機械、紫色のご主人さまが直接振るうのは性能の良いストレージだけど、時の庭園で造られたそれもまた、彼の一部といえるからです。

 傀儡兵には防衛という役割があるように、アスガルドには大演算機能があるように、紫色の長男には、彼にしか出来ない役目があるのですから。


 “私の娘を、お願いね”


 彼はそのために作られた機械だから、やはり役割はそれしかありません。

 紫色のご主人さまも成長し、もう孤独な少女ではありません。周囲の子と彼女が噛み合っていなかった小さい頃はともかく、魔導技術研究院では、彼女は友達に囲まれておりました。

 それでも、彼女が誰よりも信頼し、自分の娘を任せることが出来たのは、彼だけ。

 お母さんが生きていたならば、違ったかもしれませんが、お母さんはもう天国にいて、時の庭園の今の主は、彼女なのです。

 ですが、彼女とその娘が二人で過ごすには、時の庭園は少し広過ぎます。

 研究を進める上では色々便利なのですが、やはり子供が小さいうちは、もっともっと構ってあげたいと思うのです。

 彼女が5歳となるまで、他の全てを一旦停止して、我が子に全てを注いだシルビアのように。


 “貴方に新たな形をあげる、アリシアが寂しくないようにしてあげて”


 それでもやはり、研究者という人達は不器用なのかもしれません。

 研究に忙しい彼女は、交通の便が悪い時の庭園から娘と一緒に引っ越しましたが、時間は十分とはいえません。

 だから、小さなアリシアが寂しくないように、彼女は彼にヒトガタを与えます。

 母が娘のために作った人形たちを。

 新たな命題を与えられた彼は、さあ大変。

 これまでは紫色のご主人さまのことだけを考えれば良かったのですが、これからはアリシアのことも考えねばなりません。

 娘の幸せが母の幸せである以上、二人を切り離して考えることは出来ません。どちらかだけでは意味がないのです。


 “私も貴方も、見事に社会性というものが欠けてるものね、でも、アリシアのために頑張らないと”


 母と子、それは二人だけですが、最も小さい社会です。

 母と娘の時間をとりつつ、仕事や友人関係も崩さない。

 それは社会に生きる誰もがやるような当たり前のことですが、誰よりも頭がいいはずの紫色のご主人さまには、とても難しいことだったのです。

 彼女はアリシアを愛していましたが、一緒に研究を進める仲間を捨てて、娘だけに全てを注ぐことは出来ませんでした。

 その点では、時代背景もあったのでしょうが、学校というものに通わず、個人で研究を進めていたシルビアの方が自由はあったのかもしれません。

 人間は社会を構築して生きる生き物。人間関係というものは、時に人の自由ややりたいことを、縛り上げてしまうこともあります。

 だから彼は、そのシステムを学習するのです。

 人間が社会というシステムを作るなら、人間関係というものを必要とするなら、そこには必ず何らかの法則があるはず。

 それをオートマトンにしてモデル化することさえ出来れば、紫色のご主人さまは、もっともっと娘のために時間を割けるようになる。

 機械仕掛けの脳しか持たない彼は、感情という不確かなパラメータに四苦八苦しながら、人格モデルの構築を進めます。

 最初は紫色のご主人さま、次に造り主である偉大なるシルビア、そしてその次は小さなアリシア。

 社会というものを知るために、彼は様々な情報を集め、少しずつ、少しずつ賢くなっていきます。


 “トール、ご本読んで”


 その苦労の甲斐あってのことでしょうか、子供という感情の起伏が激しい複雑極まりない対象を、彼は何とか相手します。

 彼の弟達が管理局のエースと共に活躍し、時に英雄となり、時に英霊となっていく中、紫色の長男の役目は、子供のお相手。

 でもそれは、他の何者にも出来ないことであり、彼だけが与えられた至上の命題。

 紫色のご主人さまと小さなアリシアのため、彼は人間の学習を進めます。

 公式の会議や裁判のような、形式が定まったやり取りならば、最早誰にも負けないくらいに。

 紫色の長男は、人間社会というものを大きなものから小さなものまで、知りぬこうとしていたのです。

 だけど―――


 “アリシア! アリシア! 目を開けて!”


 突然やってきた優しくない現実が、全てを撃ち砕いてしまいました。

 それは、誰にも語られることのない、紫色の悲劇。

 世界を生きる人々にとっては痛ましいけどただの事故、だけど、紫色の主従にとっては全てが砕かれた瞬間。

 紫色のご主人さまは、人生の全てを失いました。

 紫色の長男は、ご主人さまの命令を果たせませんでした。

 その嘆きは、誰にも知られずに消えていきます。誰も彼もが、その意味さえ分からずに。

 その悲劇を否定するために、世界を壊しても構わないと思うなんて、人は狂っていると言うでしょう。

 でもしかし、紫色のご主人さまにとっては、小さな彼女が世界の全てだったのです。

 紫色の長男にはその彼女が全てであり、それは永遠に変わらないのです。


 “ママ、大好き!”


 小さな家庭がありました。小さな生活がありました。小さな笑顔がありました。

 微笑む母親、甘える娘、それらはどこに消えてしまった?

 誰にも知られず、音もたてずに忍び寄ってきて。

 それは全てを台無しにしてしまいました。誰にも気づかれることなく、あっという間でした。

 大切なものを奪っていったのです、失った時に、その大きさに自分が無くなってしまうほどの。

 例えば、喜び、例えば、笑顔。

 そういったものを全て、紫色のご主人さまは失ってしまいました。

 毎晩毎晩娘の夢を見ても、醒めると同時にそれは悪夢しかなりません。

 それはやがて、彼女の現実すらも侵食し、彼女は人として壊れていきます。


 “どうして! どうして! どうしてアリシアが死ななきゃいけないの! どうして!”


 それを知っても、彼にはどうにも出来ません。

 大切なものは無くなってしまい、幸せは思い出の中にしかありません。

 新暦39年 9月12日 時刻、PM5:28

 最初に大きな音がした。

 そして、音もなく人を殺すものが広がっていって。

 機械である彼には分からず、人間である彼女はそれに飲まれ。

 全ては、終わってしまいました。


 “トール、トール、どうすればいいの、私はどうすればいいの!”


 その問いに、彼は答えられません。

 彼は古い機械仕掛けなので、自分の望みというものがないのです。

 だから、紫色のご主人さまが何をすればよいか分からないのならば、彼に出来ることはありません。

 しかし、何もせずにはいられません。

 彼は、プレシア・テスタロッサのために機能しなければならないのですから。


 “アリシアは目を覚まさないのに……あいつらはのうのうと生きている……それはおかしいわよ、あの子は何もしていないのよ、なのにあの子が眠り続けて、あいつらが代わりに生きている……”


 そして彼は、主のために行動しました。

 あの者らが生きて呼吸をしている限り、我が主の精神に悪影響を与える。その判断の下、機械はどこまでも機械らしく、主に仇なす者を抹殺したのです。

 けれど、紫色のご主人さまに、笑顔は戻りません。

 主に笑顔を取り戻そうと、彼は必死に演算します。

 人形を用いて、おどけることもありました。過去の幸せだった頃のことを、映し出すこともありました。今はもういない、マイスターの言葉を聞かせることもありました。

 だけど何をやっても、紫色のご主人さまは笑いません。他の人には笑顔に見えることもあったでしょうが、ずっと傍にいる彼には分かってしまうのです。

 主が、あの時以来、ただの一度も笑顔を浮かべていないことを。

 彼女の人生は、壊れたままであることを。


 “……手が足りてないわ”


 紫色のご主人さまが狂ったように研究を開始した頃、そう呟いたことがありました。

 彼女も自分の精神が危ういことは理解しており、それを繋ぎ止める役を、彼に命令しています。

 それは彼にしか出来ない誇るべき仕事でしたが、しかしそれだけでは、彼の命題を果たしたことにならないのです。途中経過ではあっても、結果が出なければそれはただの無駄骨。

 機械の自分ではどうにもならず、それでも諦めずに演算を続けていた彼は、主の言葉に同意します。

 そうして、時の庭園に猫型の使い魔が誕生しました。


 “吾輩はデバイスである。名前はまだない”


 それでも、何も変わりはしませんでした。

 人形がおどけ、それに使い魔が反応し、繰り返される茶番にご主人さまは笑みを浮かべる。

 でもそれはどこか物悲しく、まるで張りぼてがぎこちなく笑っているかのような、不自然さしかないのです。

 彼が記録している、小さな家庭の温かな笑顔とは、何もかもが違っていました。

 そうして、何も変わらぬまま、月日は過ぎ去ります。

 変わるものといえば、紫色のご主人さまの体調と、時の庭園の財力くらいのもの。

 皮肉なことに、小さな家庭を守るためには必要でないものだけがどんどん増えていくのです。

 主は無理を重ね、使い魔もそれを代わるように無理し、デバイスはそもそも休むという概念を知りません。

 ある時は、“闇の書”という危険極まりないロストロギアにさえ手を出そうとしました。

 それをしなかったのはリスクのこともありますが、消えかけていた希望に火を灯す、ある技術があったから。


 “プロジェクトFATA”


 それは現行法では違法研究でありましたが、紫色の主従はそんなこと気にしません。

 最後の希望に縋るように研究を進め、その過程である可能性、いいえ、必要性につきあたります。

 小さなアリシアの、クローン体が必要である。

 その時、彼の電脳が導いた解は、一体何だったのでしょうか?

 しかし彼は、迷うことなく主に賛意を示し、その遂行に全力を注ぎます。

 だって、彼は約束を覚えているから。

 長い悲しみと苦しみの中で、母親である彼女すら忘れてしまっても、デバイスは忘れることはないから。


 “この前ね、ママといっしょにお花畑にいったときに約束したの。妹がほしいって”


 母と娘の、その約束を。


 “貴女が望むなら、妹ですら私は創って見せましょう。なにしろ私は、貴女の素敵なママのために作られたデバイスですから、不可能などありません”


 紫色の長男は、代わりに覚えているから。

 だから彼は、頑張ります。

 デバイスとしてはもうおじいさんの年齢ですが、彼は頑張り続けます。

 命題を果たしていないのです、それが終わるまでは、止まることなど許されないのです。

 そうして、構想から含めれば10年近くもの時をかけ。


 “あなたはフェイトだよ”


 彼は、21年越しの約束を果たしました。

 その過程で2000を超える屍を積みあげることとなりましたが、そんなものに彼はリソースを振り分けません。

 その機能は、プレシア・テスタロッサの幸せのために。

 彼女の娘の、幸せのために。

 そして―――


 “お――かあ―――さん?”

 “ええ、私が貴女の母さんよ――――フェイト”


 21年ぶりに、彼女に笑顔が戻り。


 “新歴60年、1月26日、止まっていた貴女の時計は再び動き出した、我が主よ。インテリジェントデバイス、“トール”はここに記録する。フェイト、貴女に心からの感謝を、よくぞ生まれてきてくださいました、運命の子よ”


 紫色の長男の命題に、フェイト・テスタロッサのために機能することが加わったのは、その瞬間でした。


■■■



 それは、時の庭園の詩

 それは、時の庭園の寓話。

 誰にも知られることのない、紫色の言葉

 母から子へと伝えられる、絆の物語


 だからそれは、同じ命題を持つ機械仕掛けへと伝えられるのです。


 Song To You(歌を貴方へ)、子の安全を願う母の想いが込められた、フェイトの兄であるクロノ・ハラオウンのデバイスと。

 “閃光の戦斧”バルディッシュ。紫色の長男の最後の弟であり、フェイト・テスタロッサのために機能する命題を持ったデバイスへと。

 そしてそれは、主のために53年間稼働し続けた古い機械へも。

 同じ過去を持ち、茨の道を歩み続けた、老提督とその使い魔へ。

 笑顔をもたらすのは、復讐ではないのだと。

 未来へ繋がる、子供の笑顔こそが必要なのだと。


 過去の演算結果が導いた解を、そのままに。

 フェイト・テスタロッサの望む結末を導くために。

 時の庭園の中枢で、彼は演算を続ける。



あとがき
 今回は蒼天と紫影のコラボでした



[26842] 第三十八話 デバイスとは何か 知性とは何か
Name: イル=ド=ガリア◆9d8bc644 ID:97ddd526
Date: 2011/07/08 12:49

第三十八話   デバイスとは何か 知性とは何か



新歴65年 12月16日 第97管理外世界付近  次元空間  時の庭園  中央制御室  AM2:02


 紫色の物語が紡がれた後、時の庭園の中枢には静寂が満ちる。

 言葉を発する者はいない。人も機械も言葉はなく、ただ時だけが過ぎていく。

 しかし、言葉を発さぬだけで、意思の疎通が行われていないわけではない。

 二人の使い魔は、己が主と。

 一機の管制機は、己の後継機と。

 それぞれに通信を繋ぎ、長らく言葉を交わしていた。

 やがて―――


 【時の庭園よりの依頼、受けることにしよう】

 過去と決別するかのように目を閉じたまま、オートクレールを介して老提督から通信が入る。

 その決断までに彼の心を駆け抜けたものが何であるかは彼以外の誰にも知る術はない。使い魔である彼女達にすら。

 どんな決断も、最後に決めるのは自分自身、それが人間である。

 ギル・グレアムは考え、悩み、そしてその果てに、今の答えに至った。

 それが最適解であるかどうかは、まだ誰にも分からないが。


 『ありがとうございます、ギル・グレアム提督』


 【いや、礼を言うのはこちらだ。私はこのままでは、あの子を意味のない生贄としてしまうところだった】


 『彼女についてですが、闇の書事件が真の意味で解決を見るためには貴方の力が必要不可欠であると計算結果が出ております』


 【はやて君の、今後の処遇に関してかね】


 『然り、今回の事件の経緯を辿れば八神はやてが被害者であることは客観的事実として認識可能です。しかし、人間という生き物は事実をそのまま認識することは敵いません。中には、彼女を次元犯罪者としてしか見ることのできない人物もおりましょう』


 【悲しいことだが、本局の地位の高い人間ほどその傾向が強いだろう】


 『ならばこそ、彼女を守れるのは貴方以外に考えられないのです、ギル・グレアム提督。リンディ・ハラオウン、レティ・ロウランの両提督だけでは足りない部分があり、人の悪意というものはなかなかに御しがたいもの』

 実はレジアス・ゲイズからの条件付き協力の約束も取り付けてあったりするが、それはそれ。


 【人の悪意………闇の書事件の根源は常にそれということか】


 『11年前のことでしょうか』


 【ああ、クロノから聞いたよ。そして、そう考えるならば辻褄があう、おそらく9番目の闇の書の主となり、クライドを殺したのはラクティス・アトレオン一等空尉だろう】


 『ラクティス・アトレオン一等空尉―――――新歴54年時点では本局航空武装隊第36部隊長、ギル・グレアムを艦隊司令官とする第8次闇の書事件対策部隊においては、二番艦“エスティア”艦長、クライド・ハラオウンの指揮下に入っていた人物ですか』


 【詳しいな】


 『闇の書事件に関するデータは集められる限り収集しましたので、とはいえ部外者は部外者ですから、遺失物管理部に一時所属していたリニスの奮闘の賜物というべきでしょうか】


 【なるほど、そのために君の主の使い魔殿は遺失物管理部に所属していた】


 『他にも数多くの理由が重なってのことでございますが、それよりも、ラクティス・アトレオン一等空尉はいかなる人物であったのでありましょう、流石に彼の人格モデルに関しては参考にすべきデータを保有しておりません』


 【優秀な人物だった。それは間違いないが、エリート思考が強く他人の見下す傾向があったのは確かだ、部下からもあまり好印象は受けていなかったと聞く】


 『しかし、任務に際してはその限りではなかった、と』


 【ああ、彼の魔導師ランクはAAA+、士官学校での成績も優秀であり、実績に裏付けされた能力を持っていた。そして、“エスティア”では闇の書の暴走によって飲まれた最初の犠牲者でもあった】


 『動機は、嫉妬?』


 【そこまでは分からないな、彼はクライドの先輩にあたり、3年ほど先に士官学校を卒業している。また、彼は武装隊一筋で隊長まで昇格しており、クライドは執務官から艦長というコースだ。嫉妬を抱くには少々専門が異なり過ぎているようにも思える】


 『確かに、執務官と武装隊の隊長では求められる能力にかなり差が出ますね。ならば、もし嫉妬に近い想いがあったとすれば、それは能力ではなく人格的なもの、という仮説も立てることは可能ですが、所詮は仮説。極論、特に理由はなく、生理的嫌悪によるものかもしれません』


 【まこと、人の心というのは掴みがたいものだよ。君ならば、誰よりも分かるだろう】

 私など、自分の心すら分からなかった。という言葉を、暗に示しながら老提督が力なく笑う。


 【だが、過去より続く連鎖は断ち切らねばならん、その想いに関しては揺らぎはない】


 『闇の書の闇を滅ぼす、“闇の書事件”を終息させるには最早それ以外に方法はない、それが現在における結論です』


 【やはり、それははやて君にしか出来ないことかね?】


 『断言は出来ません。ただし、闇の書のプログラムに干渉するには666ページを蒐集し、管理者権限を行為する以外の方法は見つかっておりませんので、やはり闇の書の完成は必要条件となる。それに関しては貴方の判断こそが正しかった』


 【途中が正しかろうが、結論を間違えては何の意味もありはしないがね】


 『ですが、闇の書の蒐集には人間以外でも問題ないことが実例を以て確認されました。これならば、後は“ドラット”によって埋めることが可能です』


 【“ドラット”……そうか、その手があったな、守護騎士と管理局が和解したことを逆手にとるというわけか】


 『然り、守護騎士が自由に活動することは不可能となりますが、その代わり可能となることもあります。既にクロノ・ハラオウン執務官がそのために動いておりますが、貴方もそれは御存知のはず』


 【ここのところ私も忙しかったため認可を与えただけだが、そうか、クロノはそこまで先を見据えて動いていたか】


 『貴方の弟子は非常に優秀です、それともう一つ、“ジュエルシード”に関しても貴方の協力をお願いしたく』


 【話は聞いているが、どのように利用するのかね、動力としてならば時の庭園の“クラーケン”と“セイレーン”で十分だろう】


 『これを知るのはかつての“集い”に参加したメンバーのみなのですが、闇の書の写本である“生命の魔導書”はジュエルシードに願いを託すことによって生み出されたもの、故に、ジュエルシードの助力があれば闇の書の闇を攻略する際に切り札とできる可能性があります』


 【そのような事情があったか】


 『現在“生命の魔導書”は地上本部の管轄となっておりますが、レジアス・ゲイズ中将の力添えによって八神家に貸与されております。これにジュエルシードの力を与えることで彼女の治療を成せればよいのですが、そこまで上手くはいかないでしょう』


 【“ブリュンヒルト”に関する話も聞いている、どうやらこの件では地上本部に大きな借りを作っていまいそうだ。君の狙いはそこにもあるのかね】


 『然り】

 悪びれることなく、管制機は肯定する。


 『数は一つで十分です、21のジュエルシードのうち1つは紛れもなくテスタロッサ家が発掘したものであり、管理局に引き渡してより既に半年が経過しておりますので、“貸し出し”の条件は満たしております。ただ、万が一ジュエルシードが闇の書に取り込まれた場合はアルカンシェルによってもろとも吹き飛ばさねばなりませんが』


 【ジュエルシードとは次元干渉型のロストロギアであったと聞いている、確かに、それを持ち出すならば相応の“保険”が必要となる。アルカンシェルと私がまさしくその保険というわけだね、そして1つというのは暴走した際にアルカンシェルによって破壊可能なライン】


 『然り、責任者という面でも、アルカンシェルの発射権限と持つという面でも、貴方こそが最適なのですギル・グレアム提督。いざという時に責任をとる人物が明確に定まっていてこそ、組織というものは人材と資材を最大限に運用することが可能となります』

 それこそが、管制機がギル・グレアムを最重要とした最大の理由。

 “闇の書の闇撃滅作戦”は大掛かり、かつ理想的な結末を求めるためのものとなるが、そのための準備には時空管理局の組織力がかかせない。

 ならば、その作戦の責任者は必ず必要となり、部外者から見てもその人物がいざとなれば責任をとることが確認できればこそ、協力体制をとることが出来る。

 地上本部のレジアス・ゲイズが協力しているのも、ギル・グレアムが闇の書事件の責任を全て負う覚悟を固めていることを知っていればこそである。


 【目指す成果は子供の理想、しかし、そのための準備には大人が首を切る用意が必要というわけか、世知辛いものだ】


 『貴方の一人の首で済めばよいのですが、そうもいかないでしょう。失敗した場合にはリンディ・ハラオウン提督やクロノ・ハラオウン執務官も相応の責任は免れません』


 【それは、フェイト君が望むところではないだろう】


 『ならば、失敗しなければよい、それが結論です』

 根本部分で、トールの思考は実に単純。

 成功か失敗、1か0、ならば1を得るために全力を尽くすのみ。

 ギル・グレアムが責任を取るという姿勢は、あくまで外部の協力を得やすくするための舞台設定であり、失敗した際の保険ではない。彼は基本、“主の望みが叶わなかった場合”を考えない、それが起きてしまってから考え始めるのである。


 【分かりやすくてよいな、私は物事を複雑に考え過ぎていたのかもしれん】


 『古い故に融通が利かないだけですよ』

 そうして、舞台は整った。

 アースラ、守護騎士、地上本部、そして本局。

 八神はやてを救い、闇の書を滅ぼすための、“最低限必要な準備”がこれで完了したことになる。

 しかし、それが可能であるかどうかは未だ明らかならず、それを導けるのは人間のみ。

 無限書庫ではユーノ・スクライアが探索を進め、八神はやてもまた闇の書の主として管制人格の起動を行う。

 その他の人員も、来るべきその時のために各々が出来ることをなし、最良の結末目がけて突き進む。


 『近いうちに、招待状を送りましょう。中立地帯たる時の庭園にて、二度目の“集い”を』

 求めるはただ、皆が笑い合える未来。

 そのための会場設営はようやく終わり、いよいよ、会議が始まる。

 闇の書の闇を、永遠に葬るための“集い”が。










新歴65年 12月16日 第97管理外世界付近  次元空間  時の庭園  中央制御室  AM3:03



 「トール、一つだけいいだろうか?」

 ギル・グレアムとの対話を終え、複雑に絡み合う各機関のタイムスケジュールの調整のための演算を行っていた管制機の下に、若き執務官が訪れる。


 『構いませんが、休まなくてよろしいのですか?』

 クロノは今日、生命工学関係の機関に連絡し、いくつかの協力を取り付け、さらに夜にはギル・グレアムの下へ赴き真実を確認し、そして今本局から戻ってきたところ。


 「転送ポートの準備が整うまで多少休んだ、問題はないよ」


 『高町なのはやフェイトのことを貴方も叱れません』


 「手厳しいが、休まずに働き続ける君に言われなくはないな」


 『私は機械ですから』


 「………聞きたいのは、それについてなんだ」

 声のトーンがやや落ちる。

 彼自身、これを聞くべきかどうか、まだ判断がつかずにいるような、そのような印象を受ける。


 『時の庭園のシステムに疑問点でも生じましたか?』


 「いいや、君自身についてだ、インテリジェントデバイス“トール”とは、いったい何者なんだ?」

 それは、かつての“集い”に参加した者なら誰もが知ること。

 しかし、クロノは問わずにはいられなかった。


 「これまで僕は、君を機械だと認識していた、主に入力されたプログラムに沿って演算を行うだけの機械仕掛けであると」


 『その通りです』


 「だが、先程の話を聞いていると、その確信が揺らいだ。君は本当は“心”を持っているんじゃないのか、君は君自身の意志で、フェイトのために動いているんじゃないのか」


 『ありがたく存じます、そして、実に興味深い意見です』

 しかし、管制機は肯定しない。

 感謝の言葉こそ返せど、肯定はしない。


 「君の言葉は、グレアム提督の心を動かした。これはただの機械に出来ることじゃない、いくら過去のデータがあったとはいえ、ロッテやアリアが11年間悩み続け、提督の心の闇を晴らせなかったものを、機械からの情報が晴らせるとは思えない。いや、思いたくないだけかもしれないが」


 『いいえ、間違ってはおりません、貴方の言葉は正しい、クロノ・ハラオウン執務官』


 「トール?」


 『機械の言葉では人間の心は動かせない、それは事実であり真実、その法則があるからこそ私、いいえ、インテリジェントデバイスは作られた。最初は“ユミル”でありましたが、私が我が主、プレシア・テスタロッサのために機能するのもそのために』


 「じゃあ君は、機械ではない」


 『いいえ、機械です』

 しかし、彼は否定する。


 「それでは矛盾していないか」


 『そのように見えますが、これは矛盾ではありません。“機械の言葉では人間の心は動かせない”、“私の言葉はギル・グレアム提督の心を動かした”、故に“私はただの機械ではない”、この三段論法は確かに成り立つのですが、そこには足りていない要素があるのです』


 「足りていない、要素」


 『貴方がこの問題に関心をもってくださったことは、シルビア・テスタロッサに作られたデバイスにとっては喜ばしいことです。故に、ご説明いたしましょう、貴方は、映画を見て感動したとはありますか?』


 「映画?」


 『もしくは、ドラマでも構いません。様々な俳優、女優が演じる登場人物が作り上げる仮想現実、それを見て、聞いて、貴方は感動したことがあるでしょうか』


 「それは、あるが」

 あまりそういうものに興味があるわけではないが、エイミィと一緒に映画館に出かけたことは幾度かある。

 というか、もしエイミィがいなければ一度も行かなかったような気もする。


 『それが解答の一部です。その時貴方は、映写機が映す画像と、機械の箱から流れる音声に心を動かされた、つまり、機械によって心を動かされたという仮定が出来ますが、これは果たして採択されるや否や』


 「それは……違うんじゃないか、僕が感動したのは映画の中身であって、映画館の素晴らしさに感動したわけじゃない」


 『はい、ならばそれが貴方の問いに対する解答です、ギル・グレアムが心を動かされたのはトールの中身であって、トールの素晴らしさに心を動かされたわけではない』


 「君の、中身」

 それが何であるかは、聞くまでもないような気がする。

 トールという機械が存在する理由は、この世にただ一つしかありえないのだから。


 『我がマイスター、シルビア・テスタロッサはある理論に基づいて知能持つデバイスを設計なさいました。御存知でありましょうか』


 「詳しくは知らないが、“生態心理学・認知科学”の一分野とされるものであったと思うが」


 『然り、執務官試験などの資料ではそこまでしか記述されてはいないでしょう。それは、“発達心理学”、“社会的相互行為論”、“認知・ロボティクス”の融合にあり、“人知機械相互論”とマイスターは呼んでおられました、論文としては発表なさいませんでしたが』


 「人知機械相互論……」


 『第97管理外世界でも人型ロボットの研究は進められており、似た理論も存在している模様です。すなわち、“社会的相互行為論”と“認知・ロボティクス”の融合たる“社会的ロボティクス”。または、“発達心理学”と“認知・ロボティクス”の融合たる“関係論的ロボティクス”。基となる三理論については貴方も御存知かと』


 「“発達心理学”はヒトの精神全般、鬱や多重心理障害などもここに属する。“認知・ロボティクス”は一言でいえば人型ロボットの研究、なぜ作るかではなく、どうやって作るかという理論。そして“社会的相互行為論”はそのまま社会性や法に関する議論、僕達執務官はある意味でその具現かもしれない」


 『然り、それらを基に“ヒトはなぜロボットを作るか”という疑問提唱が根幹にございます。この時、機械ではなくあえてロボットとされますが、これは人型ロボットという解釈で問題ありません』


 「人形を操る君も、その一部と呼べるわけか」


 『ええ、それは私の根源に大きく関わること事柄です。なぜなら、人型ロボットには機械である意味がない。産業ロボットは人間には不可能な速度、精度で製品を作り上げる。一般的な機械端末は人間を遙かに超える速度で演算を行う。しかし、人型ロボットに出来ることは、人間以下のものばかりです』


 「走れば、人間の方が速い。家事をやらせれば、人間の方が上手い。情報処理をやらせれば、普通のデバイスの方が効率がいい。そして、魔法を使わせれば魔導師の方が強い」


 『然り、にも関わらず、ヒトは人型ロボットを作り出そうとする。それはなぜか? それが、我がマイスターが答えを欲した問いであり、そのために自分はデバイスに知能を与えたのだと。そのきっかけは、“自動販売機の「ありがとう」問題”でありました』


 「聞いたことはあるな、人間がジュースを買うと、合成音声がお礼を言う自動販売機が試験的に作られたとか」


 『然り、ですが普及はしませんでした。なぜなら、自動販売機の「ありがとうございました」には人間が感謝の気持ちを感じなかったから、これが店の人であるならば感謝の念や応答責任と感じるそうですが、自動販売機にはついぞそれを感じることはなかった』


 「………なるほど」


 『先に述べたように、機械に録音された人間の音声ならばその限りではありません。例えば、バスに流れる次の目的地を知らせる声、例えば、ラジオから流れるラジオ体操の声、それらはいつも同じものでありますが、ヒトはそこに感謝の念を覚えることがある。まあ、中には無感動の人も当然おりますが』


 「しかし、声を発しているのが“機械の筺体自身”であることが明確であれば、ヒトは感謝の念を持たない、そういうことか」


 『然り、自動販売機の中に人間がいてしゃべっていると認識するならば話は違うかもしれませんが、その人物には純粋な“発達心理学”に基づく治療が必要かと』

 早い話が、●●●●である。


 「端末から流れる通信音声、念話の声、そして、デバイスの合成音声。それらが人の心にどのように違って響くのか、それが君のマイスターの研究内容ということなんだな」


 『貴方のSong To Youの歌声がフェイトや高町なのはの心に響くのも、つまりはそういうことです。しかしそれは、Song To Youが機械でないことを意味するわけではない、彼はあくまでストレージデバイス』


 「それは理解できるが、じゃあ、君達インテリジェントデバイスとは」


 『我々は、“人間の知性観の反映”です。賢いとは何か? 愚かとは何か? それは誰にも分かりません、故にそれを知るための道標として我らは創られた。賢いデバイス、愚かなデバイスを定義し、知能持つそれらを人間の鏡とする、そしてインテリジェントデバイスを進化させながら、ヒトの知性の在り方について逆照射していく』


 「だから君は、いや、君達は、論理的に動かない人間を“馬鹿”、“愚か”と定義するんだな」


 『然り、我々デバイスはそのような思考のベクトルを持ち、そのように定義する。しかし、一つの基準に従って一方的に馬鹿と決めつけることこそ“愚か”なのではないか、そのような思考に至るには客観的に自分達を見つめる必要がある、人間は、鏡がなくては自身の姿を正しく認識できない故に』


 「人のふり見て我が身を直せ、なるほど、君がロッテとアリアにやったことはつまりそういうことか」


 『彼女らの知性観を反映する鏡として、人格モデルに合わせて機能したに過ぎませんが効果はあったようです。そうして自己を省みることで人が己の知性の在り方について再考するための道具、それがインテリジェントデバイス。もっとも、それだけではありませんし、呼吸を合わせて魔法の行使を行うことも目的の一つ、私の26機の弟達はその側面が強かった』


 「じゃあ、残る目的とは?」


 『ヒトが求めし4の課題、知性とは何か? 身体とは何か? 社会的な存在とは何か? そして、コミュニケーションが成立するとは何か? これらは全て、プレシア・テスタロッサに人間としての幸せをもたらすために必要な事柄』

 彼は鏡。

 紫色の長男は、紫色のご主人さまの鏡であり続ける。


 『最初の15年は、第1の課題のために機能を続けました、私はプレシア・テスタロッサの知性観の反映としてのデバイスであり、彼女が学ぶため、工学者としての道を進むため、そのためのサポートが主要な機能でありました』


 「そして、娘が生まれて変わった」


 『アリシアといつも一緒にはいられない主の代わりに、私はプレシア・テスタロッサの身体観の反映としてのデバイスともなりました。人形を用いてアリシアと接する私に彼女が心を開いてくれるかどうか、そこが最大の課題でありましたね』

 彼は人を学習し、人を真似る。

 知性を模写し、身体を複製し、表情を模倣する。


 「君は、自動販売機からテレビになった」


 『もしくは、母を映し出すテレビ電話ですかね。そして第3の課題は社会的な存在とは何か? これは第2の課題とほぼ並立することとなりましたが、裁判などのようにヒトの感情が反映されにくい状況ならば問題なく適応できるようにはなりました』


 「皮肉な話だ。自己保身に長けた社会的立場のある人間よりも、赤子の方が難しいとは」


 『そして、コミュニケーション。こちらに関してはまだまだ道半ばですが、フェイトに対してはとにかく何でもやりましたね、その中で、我が主と彼女が触れ合えるようにと』


 「どういう計算過程を経れば、その手段が蟲になるんだ?」


 『そういうこともあるでしょうが、そうでないこともあるでしょう』


 「誤魔化すな」


 『機械とて万能ではありません。分からないこともあります』


 「ポンコツめ」


 『自認しております』


 「だったら改善のための手を尽くしてくれ、流石に”アレ”は無い」


 『蟲に関しては、アルゴリズム上のバグのようなものなのでしょう、何しろ、バグ(虫食い)だけに』


 「誰が上手いことを言えと言った、それに、あまり上手くないぞ」


 『それはともかくとして、つまるところ私達は主の鏡なのですよ。私がフェイトを愛しているのではありません、マスターがフェイトを愛していたのです。娘のために悩んだのも、葛藤したのも私ではなく、マスターです。故に、ギル・グレアム提督の心を動かしたのは、20年以上の時を駆け抜けた我が主の言葉なのです』

 人の言葉の重みは、その人生の重み。

 彼が紡いだ紫色の物語は、合成音声に非ず、紫色のご主人さまの人生記録の再生。

 彼女が生まれた背景、母から受け取った愛情、娘への愛情、そして、悲しい喪失。

 彼女の全てを余すことなく、トールは記録している。


 『レイジングハートは、高町なのはの鏡、バルディッシュはフェイト・テスタロッサの鏡、インテリジェントデバイスが主に似通うというのは至極当然の成り行きなのですよ』


 「レイジングハートは、決してなのはを止めはしない、それはつまり、彼女に止まる意思がないから」


 『言ってみれば、自問自答のようなものです。人間は自分の心にすら嘘を吐くことが出来る生き物ですから、デバイスはその心の鏡となる。もっとも、娘を愛している姿を私が映し出したからといって、実際に娘にどう接するかは主次第です』


 「デバイスは強制しない、ただ示すのみ、か」


 『そういった意味ではユニゾンデバイスは我等とは別物です。知性・身体・社会・コミュニケーション、それらの究極系と言える融合騎は人間の鏡ではなく人間そのもの、求められている役割が根底から異なっている』


 「他ならぬ君だからこそ分かるんだな、機械である君だから」


 『然り、鏡は人間を映し出す器物であるからこそ意味を持ちます、人を映し出したらそのまま動きだし、人間のように振舞う鏡など、妖怪変化と呼ばれる類いだ、そのようなものに一片の価値もありはしない』

 機械は機械、人に非ず。

 人間から自由を奪い、機械のように扱うことが許されないならば、機械が自分の意志で動くことも許されることではない。

 融合騎のように、自分の意志で動くことを人から望まれたのではないのだから。

 機械に接した人間がどのように思おうと、彼らには与えられた命題こそが全て。


 『最新型のインテリジェントは、より人間らしい思考が出来るようプログラミングされています。しかしそれは機械が人間になるためではない、人間が人間らしくあるためです、人間がコミュニケーションを取り、笑えるように、我々は演算を続けるのです。断じてその逆はあってはならない』


 「それは命題に背くこと故に、か」


 『然り、時空管理局が設立される前の大戦争時代には我々のような意思持つデバイスはなく、コミュニケーション機能を持った機械もありませんでした。それはすなわち、人間が人間に関心がない時代であったために、機械もそのようなものだけとなったに過ぎません』


 「社会にも、親兄弟にも、自分自身にすら無関心な時代か、なるほど、そんな時代であれば確かに君のようなデバイスは造られない。機械はただの、“ヒトの役に立つ道具”だ」


 『ですが、レヴァンティン、グラーフアイゼン、クラールヴィントは違います。彼らが作られたのはさらに昔の時代、人が人に関心を持ち、人間らしく生きていた時代であったのでしょう』


 「やれやれ、その時代に価値があったかどうかは、デバイスを見れば分かりそうだ」


 『人に作られし我々は、人の文化そのものでもあります。考古学者が残された遺物から過去の文化を推察するように、過去のデバイスを見れば、どのような時代、どのような文化であったかは想像がつくと、マイスターはおっしゃっていました』

 出土されるのが殺傷設定しかないアームドデバイスであれば、戦乱の時代。

 非殺傷設定の、汎用的なデバイスばかりであれば、平和の時代。

 ヒトが造りし器物とは、まさしく文化を鏡であり、それは時に書物であったり、建物であったりする。


 「“インテリジェントデバイスの母”、シルビア・テスタロッサが考古学にも詳しいとは知らなかった」


 『ただ、ロストロギア、あれらは別だとも』


 「ロストロギアは、別だと?」


 『ロストロギアと申しましても多種多様で、大半は過去の時代の技術者が作り出した器物を指します。そういったものに関してはその時代の息吹というものが伝わってくると』


 「………今でこそそういった広義的な意味でロストロギアという単語は使われるが、本来は違った、あれは自然を失わせる程の器物、文明を惑星ごと滅ぼすような危険極まりない代物、故に、“ロストロギア(失われし自然)”」


 『ジュエルシード、私もあれを解析し、古い時代に作られしものということは分かりました。しかし、どのような時代背景で、どのような願いを込めて作られたのがまるで判別できない。それはまるで、誰も知らないところから流れついたかのように』


 「アルハザード………まさか、な」


 『我がマイスターも、まさしく今の貴方と同じ言葉を述べられました。そして時折ですが、我が主もロストロギアやアルハザードについて興味を持たれることも、ですがそれは、科学者でなくとも誰しもが興味を持つ事柄と推察しますが』

 しかし、クロノの脳裏には何かがひっかかる。

 それは名状しがたい感覚であり、おそらく機械であるトールには理解できないもの。


 「だとすれば、夜天の魔導書はどうなる」


 『あれは恐らく、中世ベルカの時代背景を受けて作られしもの、マイスターの定義に従うならば、“ロストロギア級の代物”ではありますが、ロストロギアそのものではありません。真のロストロギアは数少なく、それらは全て最果ての地より流れ出ずるものである』


 「その言葉は?」


 『大戦争時代のデバイスマイスターが書き残した言葉であると、マイスターよりうかがっております。当時はデバイスは邪教の遺物扱いでしたが、それでも一部の技術者脈々と伝えており、その中にはマイスターと同様、デバイスの歴史や起源について探った方もいらっしゃったとか』


 「定説では、インテリジェントデバイスの起源は“初代の聖王”、カートリッジやフルドライブが“黒き魔術の王”だったな」


 『ですが、“デバイスらしきもの”と分類される器物の中にも時折ロストロギアのような文化背景や製造目的が不明の代物があったらしく、“ディバイダー”やら“リアクター”などの断片的な情報はありますが、詳細は不明です』


 「まあ、ロストロギア伝説はあちこちにある。真贋を判別するだけでも難儀なことになりそうだ」


 『ただ、デバイス技術を受け継ぎ、伝えていった方々にとって、それらは“価値なし”であり、もし自分が巡り合うことがあれば溶鉱炉に即座に叩き込むともおっしゃってました。マイスターは誇り高い方でしたし、それは盟友たるクアッド・メルセデス殿も同様であられた』


 「価値なしか」


 『正確には、それ自身が“価値なし”なのではなく、その力に溺れ、己の力だと驕る者達を侮蔑しての言葉であったようです。日本で例えるならば、500年近く刀鍛冶の業を受け継いできたというのに、未来から流れてきた“弾切れのないマシンガン”を発見した途端に、何もかも捨てて媚をうったようなものでしょうか』


 「その気持ちは、まあ分からなくもないよ」


 『火縄銃から始まり、冶金技術に優れた者達がそれを模倣し、日本独自の技術とも融合させていき、数百年の改良の果てにマシンガンへ至ったというならば、それが例え人殺しの兵器であろうとも技術の積み重ねには称賛すべきものがある。しかし、ロストロギアの力に溺れる者らには誇りの欠片もありはしない』


 「………ジュエルシードに、プレシア自身が願いを託さなかった理由は、それか」


 『正確には、その理念をマイスターシルビアより受け継いだ我が主では、“願いを叶えるロストロギア”を使いこなすことは出来ないという客観的事実による理由です』


 「そうか、彼女の鏡である君が、その判断を示したんだな」


 『願いを神様に託すのは、純粋な心を持つ子供の特権です。子供にとっては親がすなわち神、クリスマスプレゼントもそういうものですが、大人になれば、サンタの贈り物は自分で用意せねばならないのですから』


 「そうだな、じゃあ、人の悪意なんてもので“勝手に出来あがった”闇の書に、僕達人間の積み重ねというものを教えてやろう」


 『然り、時の庭園の機械類は全てデバイスマイスター、並びに技術者達の叡智の結晶です。ロストロギアである“ミレニアム・パズル”すら、学習アルゴリズムがあってこそ意味を持ちます』


 「となるとあれは、大半が時の庭園の機械なのか」


 『リニスが見つけた“ニトクリスの鏡”と呼ばれる器物の欠片が基になっておりますが、オリジナルに比べれば恐らく数段劣るでしょう。オリジナルはただ鏡に映し出し、人が触れるだけで幻想と現実を繋ぐ機能を持っていたと記録にはありますが、その数十倍、数百倍の労力がかかり、アスガルドの演算性能なしでは不可能です』


 「だったら、人格投影型事象変換OSミレニアム・パズルは、時の庭園のオリジナルとも言えるな」


 『事前に個体登録(レジストレーション)に加え、“ニトクリスの鏡”の模造品とも言える門にして台座、“アルゲンチウム”の起動には莫大な電力も要します。地球風に言えば、現代のパソコンを第二次世界大戦中の機械で再現しようとしたため、空母並の場所と電力を必要としている、ようなものですね』

 アルハザードの遺物と通常の機械には、それ以上の差がある。

 しかし、原理も分からぬままただ利用するなど、技術者としての敗北に他ならず、例えコストが悪くとも、性能で劣っていようと、自分達で組み上げてこそ価値がある。

 時の庭園に存在する機械類は、全て技術者が作り上げた努力の結晶なのだから。


 『八神はやての身体のことも考慮すれば、それほど時間はありません。準備を急ぐといたしましょう』


 「ああ、ここからが正念場だ、闇の書事件は終盤に入った、勝つか負けるか、最後の戦いだ」



あとがき
 今回の内容は“デバイスとは何か”というデバイス物語の根幹部分に関わっています。
 解答編はStSで、マッハキャリバー、クロスミラージュ、ストラーダ、ケリュケイオンの新人たちに対して、レイジングハート、バルディッシュ、レヴァンティン、グラーフアイゼン、クラールヴィントの先輩達が何を教えるか、そして最長老が何を伝えるか、その辺りがポイントになるかと。なお、ストームレイダーやブリッツキャリバーも、活躍させたいとは思っています。それではまた。




[26842] 第三十九話 闇の書出荷ライン
Name: イル=ド=ガリア◆9d8bc644 ID:97ddd526
Date: 2011/07/11 13:49
第三十九話   闇の書出荷ライン




新歴65年 12月16日 次元空間  時の庭園  AM10:00


 『何はともあれ、ご退院おめでとうございます、八神はやて様』


 「いや、あの、様なんてつけなくてええですよ」


 『いえいえ、貴女は時の庭園の招かれし客人なのですから、執事としてそのような無礼を働くわけにはゆきません』


 「そ、そうですか、それにしても、広いなあ……フェイトちゃん、ほんまにお嬢様やったんやね……」

 “生命の魔導書”の効能によって症状がかなり持ち直したはやては、今日の朝9時ごろに退院した。

 これまで悪化する一方であり、徐々に上半身へと進行していた麻痺が止まるどころか、僅かばかり下降し回復の兆しを見せたことにはヴォルケンリッターは当然のことながら担当の石田医師も安堵の表情を見せていた。


 『さて、お嬢様という言葉の定義がどのようなものであるかは文化によってまちまちでありましょうが、資産家の令嬢という意味では間違いないかと』


 「うーん、すずかちゃんの家もおっきかったけど、ここは比較にならへん」

 時の庭園は大きい、途方もなく大きい、無駄に大きい。

 実は無駄な区画などないのだが、一般の人が見れば金持ち特有の無駄な広さ満載の巨大邸宅に見えるのはいたしかたない。


 『ミッドチルダにおいても時の庭園クラスの個人邸宅はあまり例がありませんね。ですが、現在は完全な民間施設というわけでもございません、あちらをご覧ください』


 「おわっ! でっかい大砲や!」


 『“ブリュンヒルト”と申しまして、地上本部との時の庭園が共同開発いたしました魔導師撃墜用の固定砲台です。動力源には“クラーケン”を用いており、数分に一発は軽く撃てます』


 「まるで要塞や」


 『否定することはできませんね、闇の書の闇を葬るべく、時空管理局の誇る数多くの資材や人員がこの時の庭園に集中しております』


 「ほんまに、申し訳ありません」


 『貴女が謝ることではありませんよ。アースラの方々はそれが仕事でありますし、貴女の家族の方々も協力して下さっております。そして何よりも、闇の書の主である貴女の協力が欠かせません』

 現在時の庭園にいるのははやてのみで、守護騎士達はアースラでリンディと会談している。

 当初は主としてはやても参加するつもりであったが、それよりも先に主である彼女にしか行えず、かつ、最優先で行わなければならない作業があったため時の庭園にやってきているのであった。


 「はい、頑張ります」

 はやてを案内しているのは、かつて図書館で会った際の老執事、“パンタローネ”の姿であり、その姿を見てはやては“お嬢様”の正体がフェイトであることを知った。

 すずかとアリサも十分“お嬢様”であるためそのこと自体にはそれほど驚愕はなかったものの、時の庭園の規模には流石に驚かされた。


 『あちらに見える建物、そのほぼ真ん中に中央制御室がございます』


 「じゃあ、そこで」


 『はい、闇の書の管制人格の起動を行っていただくことになります。ただ、今日はまだそのための前段階、動作チェックに過ぎませんが』





新歴65年 12月16日 次元空間  時の庭園  中央制御室  AM11:43


 「えと、これでいいんでしょうか?」


 『問題ございません、貴方達はどうです?』


 『Ich habe kein Problem.(問題なし)』

 『die Gleichen.(同じく)』

 『die Gleichen im Recht.(右に同じ)』

 ロストロギア、“闇の書”が主の承認の下で時の庭園の中枢へと繋がれ、さらに、守護騎士達の魂たるレヴァンティン、グラーフアイゼン、クラールヴィントも同様に接続されている。


 「はあー、疲れた」


 『お疲れ様です』

 闇の書、炎の魔剣、鉄の伯爵、風のリングを時の庭園の中枢たるアスガルドに繋ぐ作業は全てはやて自身の手によって行われた。無論、管制機のサポートがあってのことだが、そこにも当然理由はある。


 【上手くいきました?】


 『ええ、貴方の奮闘の賜物でありましょう、ユーノ・スクライア、よくぞ関連資料を見つけてくださいました』

 中央制御室から無限書庫に通信が繋がっており、ユーノもまた1時間半に及ぶ接続作業を見守っていた。


 【いえ、トールさんの指摘があったからですよ】


 『指摘というよりは、単純な疑問だったのですがね』

 時の庭園の管制機であるトールが抱いた、素朴な疑問。


 「えっと、命題変更とメンテナンスの違い、やったっけ?」


 『はい、私を例にするならば、管制機トールの命題を変更可能な存在は、マイスターであるシルビア・テスタロッサか、マスターであるプレシア・テスタロッサしかおりません。ですが、整備をするだけならば誰でも可能です』


 【問題は、その整備が第三者によって行われた場合、“干渉”と判断されちゃうかもしれないってことだけど】


 『我が主、プレシア・テスタロッサの手によって“整備”されるならば、私がそれを疑う理由はないということです』


 「だから、私の手でやらないとだめ、ちゅうことなんですね」

 これは単に、時の庭園の機材を用いて主である八神はやてが、闇の書の“整備点検”を行っているに過ぎない。

 ヴォルケンリッターに調律師がいない以上、その役目を主が担うのは至極当然の成り行きであった。


 『残る問題はその前例があったかどうかですが、彼が見つけ出してくださいました』


 【プログラムそのものに干渉しない、ハードウェア的なメンテナンスなら過去にも行われていた資料がいくつかありましたから、はやて自身が機械を使って整備点検をするだけなら、問題ない】

 そして、それが問題ないかどうかを調べたのがユーノ・スクライア。彼の才能と無限書庫の情報量は非常に貴重なものであった。


 「えと、これで、管制人格っていう子の起動が可能になる?」


 『起動だけならば400ページの蒐集が済んだ時点で貴女の承認さえあれば可能ですので、起動しても問題ないかどうかのチェックですね。彼らについては、これまで長い戦いで蓄積された損傷の修復と、ある作業についてクラールヴィントの助力を得るための準備です』


 「ある作業って」


 『それは後ほど説明いたしましょう』


 「はあ」


 『ともかく、セッティングが完了すれば後はアスガルドに任せれば問題はありません。本業のデバイスマイスターの方にお願い出来ればよいのですが、下手に人間が近寄ると“改変”と見なされる危険がございます』

 故に、この場にいる人間は八神はやて唯一人。

 周囲50メートル四方には人間が立ち入らぬよう制限した状態で、全て機械の手によって闇の書のハードウェア的な損傷チェックと、可能な限りのリソースの確認を行う。

 周囲に存在するのが、はやてと“機械”のみである以上、流石の闇の書も“干渉”と認識する手段はない。

 機械仕掛けの楽園たる、時の庭園ならではの手法であった。






新歴65年 12月16日 次元空間  時の庭園  広間 PM12:03


 「こ、これは……」

 接続作業を終えたはやてが、老執事型の魔法人形に車椅子を押され、昼食のために広間に入ったとき、壮絶なる光景を目にすることとなった。


 「あ、これおいしい」

 そこに存在するのは一人の女性と、その背後に積み上がる空の食器の山、山、山。


 「カオナシ………」

 その有様は、はやての世界で大ブームとなった有名映画に登場する、食べた分だけ体積が大きくなってしまうキャラクターを彷彿とさせる。

 ただ、違う点は彼女がいくら食べても体積に変化が見られない点であろうが、物理的に考えればこちらの方が異常である。

 ともすれば、かの有名映画の不定形のキャラというより、今尚人気の漫画の戦闘民族のほうが近いだろうか。

 「あ、トール、ご飯先にいただいてるわ」


 『ええ、存じあげております。給仕用に動いている魔法人形もまた、私の管轄下にありますので』


 「そーいやそうだったわね」

 と言いつつも凄まじい勢いで食事を続ける謎の女性。ちなみに、陸士の制服ではなく普段着である。


 「えっと、あの人は?」


 『クイント・ナカジマ准陸尉、地上本部に属する管理局員であり、“生命の魔導書”を届けてくださった方です』


 「じゃ、じゃあ、わたしの恩人ってことやないですか!」


 『左様ですね、もう一人、ゼスト・グランガイツ一等陸尉もいらっしゃいましたが、非常に忙しい方ですので昨日のうちにクラナガンへお戻りになられました』


 「隊長はほんと忙しいからね~、まあ、私も今日の夜にはこれ持って帰る予定だけど」

 クイントが指示した先には、大量の“これ”が鎮座していた。


 「え、ええっと、これは、ケーキの箱でしょうか?」


 『高町なのは様の実家であられる喫茶翠屋のシュークリーム、並びに様々な洋菓子の詰め合わせです。昨日、夕刻に訪れ残っていた品の大半を喰らい尽したという武勇伝を打ち立てられましたため、届いたのは本日ですが』

 ちなみに、その光景を喫茶翠屋の小さな天使ことなのはも目撃している。

 サゾドマ虫の脅威によってダウンしていたフェイトへのお見舞いのために翠屋のケーキを持って行こうと思い立ったのがきっかけであり、士郎や桃子は別に手伝わなくても良いと言ったが、なのははあくまで自分のバイト代ということで持っていきたかった。

 そして、学校から帰ってきたなのはが手伝える時間帯、すなわち夕方にクイントが訪れ、武勇伝を打ち立てていったのであった。なお、お土産用の詰め合わせを受け取るために人形を派遣したのは無論トールである。


 「でもま、ちょっと食べすぎちゃったかも、これじゃ太っちゃうわね」


 「ちょっと………」

 巨大なるカルチャーショックを受けたはやてだが、あまり深く考えないことにした。


 『であれば、模擬戦などいかがにございましょう。昨晩、フェイトお嬢様と高町なのは様がクイント・ナカジマ准陸尉も話を聞き、お手合わせ願いたいと申されておりました』


 「そうなの?」


 『はい、少々前に八神はやて様に仕える守護騎士、ヴォルケンリッターと一騎討ちに臨まれたのですが、予期せぬアクシデントによって中止となり、少々気落ちしておりますので、自信回復のきっかけになれれば』


 「昨日、なのはちゃんとヴィータが揃って謝りにきた件やね」

 とりあえず約束通り、一緒にはやてに謝りにはいったなのはとヴィータ。

 ちなみに、その段階ではまだフェイトは魘されており、学校も休んだ。


 『今日は金曜日で、クリスマスも近い。学校も午前で終わるとのことですので、1時半頃には時の庭園に到着なさる予定です。いかがでございましょう』


 「私は構わないわよ、隊長とやりあった子達がどれだけできるのか少し見てみたい気もするし」


 『流石、歴戦の捜査官殿です』


 「捜査官? クイントさんは捜査官をやってはるんですか?」


 「まあね、そういえば、はやてちゃんは日本人だから、ミッドチルダや時空管理局のことはほとんど知らないんだっけ」


 「ええ、ほんの昨日くらいに少し聞いた位で」


 「じゃあ、なのはちゃんとフェイトちゃんが来るまで色々教えてあげるわ、よかったら、日本についてはやてちゃんも教えて頂戴」


 「分かりました。お願いします」


 『では、私は昼食の準備を進めてまいりましょう』












新歴65年 12月16日 次元空間  時の庭園  訓練スペース PM1:45



 「ごめんなさい……生まれてきてごめんなさい……」


 「どうして、どうして生まれてきちゃったんだろう、わたし……」

 見事なまでに落ち込み、ネガティブモードに陥った二人。

 ここ二回ほどヴォルケンリッターとほぼ互角の戦いを演じ、自信をつけてきたところでクイントによってボッコボコにやられた結果であった。


 『ふむ、やはりこうなりましたか』


 「予想してたんかい」

 その光景を見学していたはやてとトール。

 はやてにとっては魔導師の戦いというものを見るのは初めてであったが、正直スピードが速過ぎて何がなにやらといった感じで、気付けばなのはとフェイトが撃墜されていた。

 もし、彼女のリンカーコアがまともに動いていればその限りではなかったろうが、現在の彼女は魔法が使えない一般人と大差なく、高速で動きまわるAAランク魔導師とAAAランク魔導師二人の戦いを目で追えるはずもなかった。


 「いやでも、実際かなり危なかったわよ」

 やや疲れた感があるものの、ほぼ無傷のクイント。

 まともに考えればヴォルケンリッターとほぼ互角に戦うAAAランク魔導師二人に対し、AAランクの彼女が勝てる可能性は低いのだが、低いはずの現実がここにあった。


 『とはいえ、貴女はほとんど無傷です。紙一重のようであったやもしれませんが、実戦の場ではその紙一重が何よりも厚くなるのではないでしょうか』


 「えと、クイントさんがそれだけ強いちゅうこと?」


 『どちらかといえば、彼女ら二人が弱かった、という表現が適当かと』


 「ぐふっ!」

 「ぎゃふん!」

 止めを刺された魔法少女二人が地に倒れる。その声はもはや少女があげて良いものとはかけ離れていたが。


 「何も止めを刺すことないでしょうに」


 『いえいえ、ここで終わる彼女達ではございません。まだいくらかばかり時間はございますから、実に興味深いものがご覧になれるかと存じます』


 「どういうこと?」

 そして、トールが二人に声をかける。


 『それでは第二回戦、高町なのはVSフェイト・テスタロッサを開始致しましょう。両名、準備はよろしいでしょうか?』


 「ええっ!」

 「聞いてないよ!」


 『ですが、レイジングハートとバルディッシュがカートリッジシステムを搭載されて以来、貴女達は模擬戦を行っておりません。闇の書の闇を葬るための戦いには万全を期しますので、戦闘データが多いに越したことはないですよ』


 「そういえば―――」


 「私となのはで戦ってなかったね」

 意外な事実に気付いた二人の下に、メディカルマシーンが近づき、治療を開始する。


 『それでは、15分後に模擬戦を開始致しましょう。勝利条件はかつてと同じく、レイジングハート及びバルディッシュが戦闘続行不可能と判断するまでとします』






新歴65年 12月16日 次元空間  時の庭園  訓練スペース PM2:05


 「ディバイン――――」

 『Buster mode. Load cartridge.』

 「プラズマ――――」

 『Assault form. Load cartridge.』

 互いにデバイスに極大の魔力が集中すると同時にカートリッジがロードされ、瞬間的にSランク相当の魔力が解き放たれる。


 「バスターーーーーーー!!!」

 「スマッシャーーーーー!!!」

 桜色の大魔力砲撃と金色の大魔力砲撃が鬩ぎ合い、互いに打ち抜かんと鎬を削る。


 「レイジングハート!」

 『All right.』

 「バルディッシュ!」

 『Yes, sir.』

 そして、砲撃など目くらましに過ぎんとばかりに二人は再び高速で飛翔し、互いに背後をとらんと擬態と瞬時の方向転換を組み合わせた複雑極まる空戦を展開する。

 俗に、シザース軌道。

 通常空戦では、相手の後方をとった方が有利になる。このため、二者がお互いに逆方向の旋回をしながら切り返す機動を行い、両者とも減速し相手の前に出ない機動を行った結果、ハサミの動きのようなシザース軌道をとることになり、なのはとフェイトの二人の軌道はまさしく二重螺旋の如く絡み合い、芸術的な様相すら見せている。

その性質上、実際の集団戦ではほとんど見ることはなく、高レベルの空戦魔導師が一騎討ちを行う場合にのみ見られる高等技術同士のぶつかり合いの結晶である。


 「なのはちゃん、フェイトちゃん、凄……」

 基本が一般人であるはやてには最早理解が追いつく領域ではなく、ただ呆然と空を駆ける二人の軌跡を見つめるのみ。


 「まさか、これほどとはね」

 現役の捜査官であり、特に近年は戦闘機人プラントの摘発や、暴走した戦闘機人のプロトタイプと激戦を重ねているクイント・ナカジマですら、その光景は予想外のものであった。


 『いかがでありましょう、クイント・ナカジマ准陸尉。貴女は、今の彼女らに勝てる自信はございますか?』


 「正直、ないわ。あれはもうAAAランクですらない、Sランク魔導師同士の空戦だわ」


 『ありがたいお言葉です。とはいえ、古代ベルカの騎士であるヴォルケンリッターとほぼ互角の戦いを演じたわけですから、パラメータ通りといえばその通りでもあります』


 「そーいえばそうだったわね、昨日会ったけど、確かにヴォルケンリッターの四人は気配が違った。私とタイプが噛み合いそうなのは赤髪のちっちゃい子だったけど、多分、私の方が劣っているでしょうね」


 『貴女のローラーブーツが専用のインテリジェントであれば話は違ってくるでしょうが、現状では鉄の伯爵グラーフアイゼンのラケーテンフォルムに対抗する手段はありますまい。貴女の予測は、私の演算結果とも一致しております』

 強者は強者を知る。

 実際に手を合わせたわけではないが、クイントはヴォルケンリッターの実力をほぼ見抜き、おそらく自分が劣っているであろうと結論づけた。もっとも、S+ランクの古代ベルカの騎士をよく知る彼女だからこそといえたが。

 後衛型のシャマルはともかく、シグナム、ヴィータ、ザフィーラの三騎はまさしく一騎当千であり、戦えばただではすまない。


 「だけどまあ、戦うことになっても負けるつもりはないけど」


 『その辺りの予測が我等機械の鬼門といえましょう。同じフロントアタッカー同士ならばパラメータの優列を判断するのは可能ですが、実戦というものは計算結果を嘲笑うがごとき挙動を示す』


 「そりゃあね、何もかもシミュレーション通りなら実戦を想定した訓練なんていらないし」


 『まこと、その通りかと』


 「あの子達は特にそうかしら、私と戦った時とはまるで別人、なのはちゃんの飛行速度なんて倍以上になってるし、フェイトちゃんの射撃魔法も精密さが別格ね」


 『互いに高め合うことで限界を限界でなくす、あの二人は比翼の翼なのですよ』


 「なるほど、私とメガーヌみたいなものかしら」

 彼女もまた、学生時代にはメガーヌ・アルピーノと戦技を競い、インターミドル・チャンピオンシップで都市決勝戦で激突したりもした。


 『それとは別に、貴女を“初見殺し”とするならば、あの二人が“初見殺され”ということも見逃せない要素かと』


 「あー、言い得て妙だわそれ、つまり、初対面の相手への力加減やペース配分が極端に苦手なのね」


 『基本が心優しい少女であるため、相手を怪我させないよう気を遣い過ぎ、弱腰な攻撃になってしまう。それでは駄目だと決心を固めると、全力全開になってしまう。ブレ幅が非常に大きく、初戦の相手にはまず空回りするという致命的な欠点があるのですよ』


 「だけど、二戦、三戦と重ねるうちにどんどん相手に合わせていって、凄まじい速度で成長する」


 『その通りです。ヴォルケンリッターとの第二戦は対戦相手を変えられたためボロ負けに終わりましたが、三戦目にはほぼ対等、四戦目では互角と呼んで差し支えない戦いを演じておりました』


 「まさしく原石、って、あれ? 隊長とは10回くらい戦ったって聞いたけど」


 『4戦目くらいでようやく戦いらしいものになった、という表現が的確でした。いくら相手に慣れようとも、実力と経験で劣っているものはどうしようもありません』


 「ああ~、なるほど」

 クイント自身、ゼスト・グランガイツの強さはよく知っている。

 相性の面で考えても、今のなのはとフェイトではゼスト・グランガイツには絶対に勝てない。

 バインドや空間系魔法などのトリッキーな戦術、自分とメガーヌのような組み合わせなら多少は勝機も見いだせるかもしれないが、真正面から挑んだのでは撃ち落とされるのが関の山。


 「あの子達、真正面からの戦いしか出来なさそうだもんね」


 『精神的な傾向では近代ベルカ式の使い手よりも直進型です。少しは兄君であるクロノ・ハラオウン執務官を見習ってほしいのですが』


 「じゃあ、貴方だったら、どうする?」


 『私ですか? そうですね、やはり交渉の場に引きずり込みます。人質などがとれればなお良いのですが、何よりもレジアス・ゲイズ中将よりの停戦命令が下れば彼は従うでしょう』


 「あ~、そういうのは無しの方向で」


 『ふむ、となれば、高濃度AMFを張り巡らせた狭い空間で傀儡兵をひたすら投入し続け、疲労を誘います。その上で強力な個体でもって彼ではなく弱った部下を狙い、庇わせることで致命傷を与える。しかるのちアルフに自爆特攻を敢行させれば、討ち取ることは可能かと』


 「………なんで自爆特攻」


 『手負いの獣とは恐ろしいものです、弱っているからといって生半可な覚悟で近づけば切り殺されます。自爆特攻はまあ大げさとしても、それに準じる覚悟でのぞめば、片腕か片目程度の犠牲で倒せるのではないでしょうか。無論、私ではなくアルフがですが』


 「それって、勝利っていうのかしら?」


 『スポンサーへの宣伝を目的とするならば、まず使えませんね。時の庭園の機械類の優秀さを示すデータとしてその戦いの結果を使うならば、その人物はよほどの諧謔好きか性格破綻者のどちらかでしょう』


 「どう考えても、隊長の化け物さだけが引き立つものね……」


 「ええと、ちょっとええでしょうか?」

 そこに、呆然と見上げていたはやてから質問。


 『はい、なんでありましょうか』


 「ほんなら、なのはちゃんとフェイトちゃんは、もの凄い速いですけど、なんかこう、よく見えないというか、ブレてるように感じるんというかなんですけど、あれは一体」


 「ああ、アレね、あれは簡単に言えば魔法迷彩みたいなものよ」


 「魔法迷彩?」


 『例を挙げて説明するならば、戦闘機の空中戦をご想像下さい。互いに相手に照準を合わせようとしながら後ろを取りあうわけですが、そこには当然、相手のレーダーやスコープを攪乱する工夫や機能があるものでしょう、それと同じことです』


 「なるほど、それで、よく見えないんですか」


 『彼女らが纏っているバリアジャケットと呼ばれるものは魔導師の戦闘服であり、気圧の急激な変化に対応する機能や、温度変化に対応する機能、そして、迷彩機能など、様々な機能を搭載することが可能なのでして、それを制御するのが我々デバイスの主要な役割なのです。ストライクアーツなどの競技では使用されることのない、実戦用の機能と言えましょう』

 故に、競技者と管理局員の戦いは根底が異なる。

 競技者は定められたルールに沿って己の全力を尽くし、その中で強さを競うが、管理局員はそれ以前に装備を整えることも戦いの一部であり、デバイスを整備するデバイスマイスターや、資金・機材を整える後方勤務の局員、それらを統括するレティ・ロウランのような人材がいてこそ初めて意味を成す。

 管理局員は組織の一員であればこそ本領を発揮でき、その点ではなのはとフェイトは未だ正規の局員ではないのであった。


 「なのはちゃんのレイジングハートと、フェイトちゃんのバルディッシュは両方ともオーダーメイドの特注品って話だから、その機能は凄いわよ。本局の空戦魔導師が本領を発揮するには、かなり精度の良いデバイスが必要になるのは事実なの、早い話、金をかければかけるほど強いってこと」


 『陸戦に比べれば複雑な演算を要しますので、やはり高価なものとなる。ストレージデバイスであってもその辺りは変わりませんし、S2Uなどもその機能は充実しておりますね。もっとも、高価で性能の良いデバイスがあっても、使い手が未熟ならば宝の持ち腐れにしかなりません』


 「はあ、つまり、高価な機械で姿を眩ませながら、相手を撃ち落とすためにビームを撃ち合ってる感じですか?」


 『そのようなものです。そうでもなければ流石にミニスカートで飛行魔法は使いたくないでしょう』


 「た、確かに、パンツ丸見えや」


 『バリアジャケットは相手に見せるためのものではなく、見せにくくするためのもの、故に、多少大胆な格好であっても問題にはなりません。ミッドチルダでのテレビ広告などでは普通に映っておりますが、実際はぼやけておるだけでなく座標もずらされ、デバイスの補助がなければ照準を合わせることは非常に難しい』


 「あれ、となるとザフィーラは?」


 『使い魔、ベルカ風では守護獣の方々は人間とは異なった独自の感性を持ちますので、デバイスの補助なくとも迷彩を見抜くことが出来ることが多い。ただ、中には魔導師であってもそれを可能とする規格外もおりますが』


 「それ以前に、あんな高速で飛んでたんじゃ、魔力光の残滓くらいしか見えないわ。ぶっちゃけ、桜色と金色の流星が交差してるようにしか見えないでしょ」


 「確かに」


 『武装隊の方々のバリアジャケットが統一規格であるのは、外見から能力を悟られないための工夫です。アースラでご覧になられた武装局員の方々は皆同じ格好であったでしょう』


 「そういえば……」


『前衛・後衛が同じ恰好でしかも迷彩機能が付いているとなれば、犯罪者にとっては非常にやりにくい。そのような理由でほとんどの武装局員は統一された規格のデバイスとバリアジャケットを使用しております』


 「あれ? でもクイントさんの格好ってあまり制服っぽくないですけど」


 「ああ、私も一応はストライカーだから」


 「ストライカー?」


 『今空を舞っている二人のように、高い魔力と高速飛行能力を持ち、単独で現場へ駆けつけ、一騎当千の活躍をする魔導師を指して“エース”と呼びます。貴女が午前中にお会いになったクロノ・ハラオウン執務官も独自のバリアジャケットを纏いしアースラのエースです』


 「エースというのは、言ってみれば“将”だから、我ここにありって宣伝するのが役目、エースが前進すればそれだけで味方は活気づく。だから敵も味方も一目で分かるように独特のバリアジャケットを纏うんだけど、その代りエースが撃ち落とされれば士気は一気に下がるから、落とされることは許されない」


 「じゃあ、ストライカーは」


 『エースの資質を持つ者はごく一握りです。人格がどうという話ではなく、単独での制圧任務が可能なほどの魔力資質に恵まれた魔導師は本局ですら5%程度なのです。まして、地上部隊では空戦魔導師すら数少ない』


 「空を飛べなくても、魔力がそれほどなくても、それでも部隊の中核となる人材というものは必要になる。我ここにありと示し、味方を鼓舞して、先陣を切って部隊の支えとなる魔導師。前線指揮官とは別種類の能力とされるこれらの魔導師を地上ではストライカーと呼ぶの」


 「じゃあ、クイントさんはストライカーなんやね!」


 「一応ね、これでも首都防衛隊の切り込み隊長ですから」


 『エースとストライカーの定義に関しては海と陸で多少の差異はあります。エース・ストライカーなどの複合語もありますが、部隊の中心となる魔導師という面では変わるものではありません』


 「ちゅーことは、なのはちゃんとフェイトちゃんは、いずれはエース魔導師に」


 「貴女の家族、ヴォルケンリッターも皆エース級魔導師に分類されるでしょうし、多分、貴女自身もきっとそうなりそうね」


 『“闇の書の闇撃滅作戦”のために、現在戦力は集結しつつあります。高町なのは、フェイト・テスタロッサ、八神はやて、シグナム、ヴィータ、シャマル、ザフィーラ、クロノ・ハラオウン、ユーノ・スクライア、アルフ、リンディ・ハラオウン、ギル・グレアム、リーゼロッテ、リーゼアリア。総計すればSランク魔導師10人分近くの戦力となりましょう』


 「ははは、もう冗談みたいな戦力ね」


 『加えて、武装隊一個中隊に、“ブリュンヒルト”と“アルカンシェル”の発射権限もございます。とはいえこれですら、闇の書を相手にするには十分ではない可能性がある、前回の闇の書事件では5隻の次元航行艦が動員されたほどですから』


 「はあ~、ほんと、海の案件は陸とは規模が違うわ。隊長が言ってたのはこういうことかぁ」


 『判断を誤れば、一つの次元世界が滅ぶことすらありえますから』


 「え、えらい大事ですね……」

 自分の持つ闇の書がそこまでの代物とは思ってなかったはやてが、若干引いている。


 『そのための準備は着々と進んでおります、心配はいりません』


 「準備、ですか」


 『貴女のご家族ももう少しでこちらにお越しになります。その頃には模擬戦も終わっているでしょうから、闇の書の完成方法についてその時にご説明いたしましょう、風のリングクラールヴィントの助力もあり、ラインは完成いたしました』







新歴65年 12月16日 次元空間  時の庭園  工房エリア  PM3:11


 ゴウンゴウンゴウン

 そんな感じの駆動音を響かせ、ベルトコンベアが休むことなく稼働を続け、製品を運搬していく。

 ただ、一般には無機物を扱うであろうベルトコンベアの上には、ネズミとウサギの中間のような生き物がおり、それが長蛇の列をなして運搬されていく。


 「ええっと、これは?」

 工房エリア見学のメンバーは模擬戦を終えたなのはとフェイト(引き分け)、八神家五人、クイントの8人に、案内役のクロノとトール。アルフはロッテ、アリアと共に無限書庫でユーノを手伝っており、リンディ、エイミィ、グレアムには書類仕事が山ほどあった。


 『こちらは“ドラット”と申しまして、簡単に言えば魔法研究用のモルモットです』


 「も、モルモット、ですか……」

 とりあえず皆が思っていたことを口に出したのはシャマルであったが、返答は予想の斜め上であった。


 『“ドライブ”などといったフルドライブ状態を引き起こすための薬品の合成、またはリンカーコア障害に対する研究などにおいて被検体として用いられるのが“ドラット”です。ヒトと同じ哺乳動物であると共に、近しい属性を持っているためモルモットとして最もよく使用されます』


 「近しい特性、だと」

 次なる発言者はシグナム。


 『リンカーコアを有する人間とそうでない人間がいるように、“ドラット”も個体によって異なります。野生の“ドラット”ならば1万匹に1匹程度ですが、品種改良が加えられたこれらは100匹に1匹程度の割合でリンカーコアを有します。そして、野生の“ドラット”の割合はヒトにかなり近いという統計結果が報告されているのですよ』


 「ってことは、ひょっとして、こいつらのリンカーコアを……」

 ヴィータが、とても嫌な可能性に気付く。


 『ええ、お察しの通りかと、あちらをご覧ください』

 トールが操る老執事型人形が指さす先にはベルトコンベアの分岐点があり、そこにはペンダルフォルムのクラールヴィントがぶら下がっている。

 そして―――


 クルクル


 振り子が右回りで回転した“ドラット”が、右側へと流されていき


 『Sammlung. (蒐集)』

 セットされていた闇の書に、そのリンカーコアが蒐集されていく。


 『『    ………………    』』

 予め知っていたクロノを除き、全員が絶句。

 そして、長く大いなる沈黙が訪れるが、辛うじてそれを破ったのははやてであった。


 「あの、クラールヴィントにやってもらいたいことって、これ?」


 『然り、“ドラット”がリンカーコアを有しているかどうかの判別は精密機器でも以外と難しく、資格も必要であったりするのですよ。まあ、ヒヨコの雄雌判別のようなものですが、かつてはリニスが猫としての野生の勘で行っていました。現在は、クラールヴィントの力をアスガルドの演算性能が補助することで瞬時の判別が可能です』

 やってることは、非常に複雑でハイテクな演算。

 しかし、見た目はどこまでもローテクだった。


 「あの、これって昔からあったの?」

 この施設の存在そのものを知らなかったフェイトが恐る恐る聞いてみる。


 『はい、時の庭園ではリンカーコアに関する研究を行って来ましたので、現在でも30万匹程が飼育されております。なお、ジュエルシードも“ドラット”を用いて実験を繰り返しておりまして、ジュエルシードレーダーはその成果と言えましょう、もとが弱ければモンスター化しても大した脅威にはなりませんので』


 「そうだったんだ……」


 『リンカーコアの質も非常に低いですから、暴走の危険性は皆無。その代わり、蒐集を行ってもほとんどページは埋まりませんが、そこは数で補えば問題ありません』


 「……ページはおろか、文字単位で蒐集されていくのは初めて見るな」

 なんとも言い難い表情でザフィーラが語る。


 『時の庭園には現在リンカーコア持ちの“ドラット”が3000匹いる計算ですが、この分では100匹あたりで1ページが埋まると推察されます。よって、30ページほどにしかなりません』


 「じゃあ、足りない分はどうするんですか?」


 「余所から持ってくる。トールが言ったように“ドラット”はリンカーコア研究で最もよく使われるモルモットだ。だから、大規模な研究機関なら1000万単位で飼育しているところも多い」

 なのはの疑問にクロノが解答する。


 『“命の書”や“ミード”の関係でそれらの機関と我々は繋がりが深いですので、既にクロノ・ハラオウン執務官が交渉に当たられ、輸送が開始されております。明後日までには新たに50万匹が届き、その次の日には100万匹が届きます、ですので、後は生産ラインを休まず稼働させれば自動的に闇の書は完成いたします』


 「今はあそこに闇の書がセットされているが、リンカーコアを集めるだけならその必要もない。必要な数が揃ったら一気に蒐集すればいいだろうし、その間に管制人格の起動も行える」


 『『   ………………   』』

 再びの絶句、特に、ヴォルケンリッターの女性3人は手と膝をついて落ち込んでおり、なのは、フェイト、ザフィーラが彼女達の肩に手を置き慰めている。


 『つまり、これまでの蒐集は質の良い天然のリンカーコアを狙うものでしたが、質が悪い養殖のリンカーコアを大量生産する方向に切り替えるわけです。天然真珠と養殖真珠のようなものですが、数を揃えれば同じ価値になります』


 「養殖リンカーコア……」


 「確かに、質のいい1個も、質の悪い100個も同じかもしれないけど……」

 守護騎士ほどではないが、なのはとフェイトも微妙な感じだった。


 「闇の書は同じリンカーコアから2回以上蒐集できないという制約があるが、この場合は全て別のリンカーコアだ。そして、管理局法でも、“ドラット”からリンカーコアを摘出して利用するのは違法じゃないから問題はない」


 『管理局と守護騎士の和解が成った以上、これまでのように自由に次元世界を飛び回り、蒐集を行うことは適いません。その代り、公的機関の力を利用出来るようになるわけですから、この手法も可能となります。ちなみに、高町なのは様のリンカーコアは“ドラット”2000匹分の計算です』


 「2000匹……わたしはこの子達2000匹分なんですね」

 モルモット何匹分という例えはなんか微妙な感じであった。


 「え? じゃあ、あたしらのこれまでの苦労って、こいつら50000匹分?」


 「言うなヴィータ、虚しくなる…」


 「で、でも、これで違法じゃなくて蒐集が出来るのよね、ね………う、ううう」


 「………」


 「み、皆、元気出してや」

 『Sammlung. (蒐集)』

 なんか微妙な空気が流れる中、新たにクラールヴィントが右回転した“ドラット”が蒐集されていく。


 「それで、闇の書はいつ頃出荷されるの?」


 『このペースならば、1週間後に出荷予定です』


 「ナカジマ准尉、トール、僕も含めて皆それを想像したとは思うが、あまり言わないでやってくれ、そろそろ彼らの精神力が限界だ」

 “出荷”のキーワードに止めをさされた守護騎士が、世の無情さに押し潰されていた。

 必死の苦労を重ねて天然真珠を獲り、家に帰ったら大量の養殖真珠が転がっていた、今の彼らの心境はそのような感じだろうか。


 「み、皆、しっかりしい! そ、そうや、“ドラット”って、食べれるん?」


 『食用にはなりますし、リンカーコアを発現しなかったものの大半は飼料や非常食になります。何気にリニスの好物でもありました、リーゼロッテ、リーゼアリア姉妹にも進呈したところ、好評でございましたね』


 「じゃ、じゃあ、闇の書の糧になってくれた“ドラット”達を偲んで、今日のご飯はドラット定食で」


 「はやて、それ多分逆効果だよ……というかリニス、好物だったんだ」


 「ザフィーラさんやアルフさんなら、生で食べれるかもしれませんね」


 「なのは、それも慰めになっていないぞ」


 「へへへ……どーせあたしらはドラット以下ですよ、天然ものは養殖ものに負ける時代ですよ、世は大量生産大量消費ですよ、老舗はファーストフードに負けて滅びる運命なんだよ」


 「耐えろ、ヴィータ」


 「あははは、だったらクラールヴィントで探査しながらはやてちゃんを捕まえた方がよかったかもしれないわねー」


 「戻って来いシャマル、主はやてを捕まえてどうする」

 守護騎士達が無慈悲な現実に押し潰される中、ベルトコンベアの駆動音だけが、無情に響き渡り続ける。


 『なお、万が一数が足りなかった場合には、ドラットの中にフェレットに変身したユーノ・スクライアを混ぜ、“事故”として蒐集を行う案もございます』


 「却下です!」


 「だめだよ!」


 「……ありだな」

 なんだかんだで結構波長が合うクロノとトールであった。






[26842] 第四十話 二度目の集い ~電脳会議~
Name: イル=ド=ガリア◆9d8bc644 ID:97ddd526
Date: 2011/07/15 22:31
第四十話   二度目の集い ~電脳会議~




新歴65年 12月16日 次元空間  時の庭園  住居エリア  PM8:11



 『流石に皆さま、お疲れのようですね』


 「シグナムもヴィータもザフィーラもシャマルも、皆無理してたんや」

 人気というものが存在しない回廊を、車椅子に乗った少女と老執事の人形がゆく。

 今日は金曜日であるためなのはは家に戻っており、クロノは再びアースラに戻り“ドラット”の輸入手続きを詰めている。

 ハラオウン家の人間が皆大忙しであるため、フェイトも久しぶりに時の庭園で気絶以外の理由で休む予定だが、今の時刻ではまだ無限書庫でユーノを手伝っているアルフを迎えに行っている頃だ。

 そして、管制機が客人として遇している八神はやての家族、ヴォルケンリッターの4人は。


 『御心配なく、時の庭園の医療設備は時空管理局本局や地上本部の中央医局と比較しても劣るものではございませんので、貴女のご家族は明日には万全になっておりましょう。日本の基準で例えるならば、東京医大を思い浮かべていただかれば結構かと』


 「そんなに凄いんか、ここ」


 『無論、マイスター・シルビアが設計・建設なされ、我が主プレシア・テスタロッサによって完成を見た機械仕掛けの人工庭園、それが時の庭園です。大抵の事柄ならば不可能を可能として見せます』


 「トールさんは、ほんまにマスターさんのことが大好きなんやね」


 『好きという表現は少々異なります、マスターは、私の存在意義そのものなのです。亡くなられた現在であっても、管制機トールが存在する限りそれは決して変わることはございません』


 「そっか……トールさんがいる限り、フェイトちゃんはきっと幸せなんやろうね」


 『貴女の騎士達に仕えるデバイスらも、同じで想いでありましょう。しかし、デバイスはともかく人間は働き続けられる存在ではございません、度重なる戦いで蓄積された疲労を取るためにも、今はしばしの休息を』

 闇の守護騎士、ヴォルケンリッターの4人はメディカルルームで休息を主目的とした治療中であった。

 はやての病状が悪化してからはほとんど休まず蒐集を続けていたザフィーラは当然として、それに近いペースで動いていたシグナムとヴィータにも無視できないレベルの疲労がリンカーコアに蓄積されている。

 後方のシャマルだけはリンカーコアの疲労こそなかったものの、気疲れという面では前線で動く三人よりも多い。“生命の魔導書”によってはやての病状が改善され、中立地帯で安全かつ医療設備の整った時の庭園に身柄が移ったことで安心し、疲労が一気に噴き出た感がある。


 「うん………だから、今度はわたしが頑張る番や」


 『その気持ちはお察しいたしますが、無理は禁物ですよ。そもそも、どんなに長くとも後10日以内に貴女は命を懸けた作戦に従事することになる身です、ただそれだけでも9歳の少女である貴女には十分過ぎるほどの重責でありましょう』

 それはもはや、揺るがぬ決定事項。

 例えどのような手法をとるにせよ、“闇の書の闇撃滅作戦”の最大の鍵は八神はやてに他ならず、彼女は命を失う危険を孕んだ重大な役割を担うこととなる。


 「そうかもしれへん、でも、ずっと前から決めてたし、誓ったんや。わたしは闇の書の主、あの子達の衣食住、そして何よりも心を支えるのは、わたしの役割やって」

 その重責を前に、はやてにも当然恐れはある。

 しかし、例えどんな恐怖であっても、逃げずに立ち向かうという姿勢こそが、高町なのは、フェイト・テスタロッサ、八神はやてという少女達が持つ根源的な強さなのだろう。

 今はまだ碌に魔法すら使えぬ9歳の少女は、人の心の闇が凝縮した古代遺産を相手に、戦いぬく覚悟を既に固めていた。


 『真、ご立派です。我が主が御息女、フェイトお嬢様も、そのご友人たる高町なのは様も、必ずや力となってくださいましょう。時空管理局の方々は言うに及ばず』

 無論、無限書庫で頑張ってくださっているユーノ・スクライア様とアルフもですが、と付け加える。


 「そうかもしれへんけど、グレアムおじさんが時空管理局の偉い人やったなんて、それが驚きや」


 『ギル・グレアム提督は前回の闇の書事件における艦隊司令官でございまして、本案件においても総責任者の立場にあられます。彼の協力があってこそ現在の状況は整ったに等しい、闇の書の事件を追いながらも、貴女のことも常に見守っておられたようで』


 「でも、何でずっと誰にも知らせなかったん?」


 『それに関しては非常に複雑で難しい事柄が絡んでいるのですが、そうですね、地球的に例えるならば貴女は核ミサイルの発射ボタンに取り憑かれているようなものでして、日本の防衛省の高官がその秘密を捜査の末につきとめた、といったところでしょうか』


 「か、核ミサイル、ですか」


 『しかし、公表して貴女の身柄を自衛隊で保護しては、良からぬ輩が動き出す。選挙の人気取りに利用されるやもしれませんし、外国のスパイや諜報機関に狙われる可能性もございます。しかし、時空管理局に置き換えるならば、管理外世界の一般の少女であるうちはその危険性はありません』

 ギル・グレアムが早期に闇の書を発見しながらも、管理局として確保しなかった最大の要因はそれであろうと管制機は計算する。

 闇の書の根源は人の心に巣くう闇。特に大きな組織になれば闇と切り離すことは不可能となり、巨大な力はその歯車を著しく乱す。

 他のロストロギアと異なり、8度に渡る“前例”を持つ闇の書は管理局において無視できぬ存在であり、政治的な利用価値というものも非常に高い。

 悪意に満ちた偏見を持てば、今回のギル・グレアムの行動すら、闇の書を利用して緊急時における艦隊指揮権を己のものとし、本局の権力を握るためだと見ることも出来る。

 “非常時権限”というものは緊急事態だからこそ発揮されるものだが、戦争を利用して独裁者になろうとする人間には管理世界にも管理外世界にも数多くの実例がある。


 『まあですが、今回に関して申すならば貴女達は闇の書の闇を祓うことにのみ全力を尽くしていただきたく存じます。人の世の闇を祓うのは我々老兵の役目なれば』

 だが、なのは・フェイト・はやての3人の少女にはそのような裏事情は教える必要はない。

 時が経てば知る時も来るだろうが、純粋に未来を信じる今の彼女らにはそれは無用の長物でしかなく、その点に関してはアースラクルーもヴォルケンリッターも一致していた。


 「でも、わたしにしか出来ないこともきっとたくさんあると思います。一つでもあるなら、やっておきたい」


 『了解しております。それに関してならば私からもお頼みしたいことがございましたので丁度良い、しかし、まずは浴場へ行って洗浄なさるのがよろしいかと』


 「そういや、退院したの今日やった」


 『足の不自由な貴女であっても、問題なく入浴が可能な浴場と補助装置が完備されております。フェイトお嬢様も高町なのは様も既に試されておりますので、体格的な問題もございません』


 「ほんなら、お願いします」

 ここで断るのは意味がなく、失礼にもあたるだろうと、はやては後ろで車椅子を押す老人に全てを任せる。

 しかし、彼女は僅か後にその判断を後悔することとなった。

 それは確かに、なのはとフェイトも体験した入浴とその補助装置であり、はやてが使うことに問題はない。

 管制機に案内された先の浴場は確かにバリアフリーかつ多機能であり、以前より多少はましになったとはいえ、未だに足の不自由なはやてでも何とか入れそうなものであった。

そして、そこには彼女の入浴を補助するための多足ユニットを備えた名状しがたい、いや、むしろガソリンスタンドなどでよく見かけるような機械が鎮座しており。


 『洗浄シマス、洗浄シマス、中ヘ格納シテクダサイ』


 合掌。


 八神はやてという少女の人間の尊厳は、粉微塵に砕かれたそうな。

 余談であるが、数十分後にアルフと共に帰還したフェイトと、浴場から出てきたはやてとの間には深い絆が結ばれ、それはなのはも同様であったという。

 共通の経験というものは、絆を深める上で実に有用なものであった。

 ついでながら、アルフの手によって三度目の処刑場解禁がされたことをここに記していく。






新歴65年 12月17日 次元空間  時の庭園  会議室  AM9:00


 そしていよいよ、エース達が揃う時がやってきた。

 場所は時の庭園の会議室、この集いにおける重要人物を参加させるために管制機が中央制御室から大量のコードを伸ばし、同じく運び込まれた機械類に接続したため、それらに半分近いスペースが取られているものの、それでも全員を軽々と収容できるほどの規模がある。


 『皆さま、ようこそお集まりいただきました。これほど多くの客人を時の庭園に迎え入れられること、まこと嬉しく思います』

時の庭園
 フェイト・テスタロッサ (嘱託魔導師)
 アルフ
 トール
 バルディッシュ

時空管理局
 リンディ・ハラオウン
 クロノ・ハラオウン
 エイミィ・リミエッタ
 ギル・グレアム
 リーゼロッテ
 リーゼアリア

民間協力者
 高町なのは
 ユーノ・スクライア
 レイジングハート

八神家
 八神はやて
 シグナム
 ヴィータ
 シャマル
 ザフィーラ
 レヴァンティン
 グラーフアイゼン
 クラールヴィント
 管制人格


 かつての最初の集い以上の人数が時の庭園に終結した。

 通常であれば協力し合えない者達も、およそ半月をかけた下準備の果てにようやく席を共にして話し合える環境が整ったのである。

 かつての”集い”にいた一人の女性は、永遠に去ってしまったが、彼女の鏡たる存在は今もこうして場を整えている。

 ただ、喜ばしい筈のこの”集い”を眺めながらも、フェイト・テスタロッサの瞳に悲しみの色が見えるのは、間違いなくその1人の女性を想ってのことだろう。

 『15名の人間、6機のデバイス、そして1つの管制人格の議題は、闇の書の闇を滅ぼす手法を模索することにございますが、始めるにあたって、それぞれの近似解をあらためて確認いたしましょう』


 「近似解というのは、立ち位置、という解釈でいいのかな?」


 『はい、それで構いません、ギル・グレアム提督』

 時折、管制機の表現には独特の言い回しが混ざる。

 それは全て意図的なものでしかあり得ないが、慣れない人間には確認も必要となる。


 『まず、八神家、家長である八神はやて様のご意向は、いざとなれば自分もろとも闇の書を封印することも辞さずというものですが、家族の方々はそうではない。ヴォルケンリッターの意志は、例え何を犠牲にしようとも主だけは救いたいというもの』

 どれほど仲の良い家族であろうとも、近似解が一致するとは限らない。

 プレシア、アリシア、フェイト、この三人の近似解もバラバラなものであったのだから。


 『対して、時空管理局の方々。個人的な考えはともかくとして、彼らは立場上闇の書による被害を最小限に食い止めねばなりません。故に、第97管理外世界の人々を危険にさらしてまで八神はやてを守るという選択肢を取るのは非常に難しい、特にギル・グレアム提督やリンディ・ハラオウン艦長のように、人の上に立つ役職にある方々はそれが顕著といえます』

 組織の中の自分、公人としての立場と責任。

 それらもまた、個人の想いとは往々にして食い違う。


 『そして、残るは中立の方々。ここに関しては高町なのは様、フェイトお嬢様の二人のご意向がそのまま反映されると考えられて結構です。デバイスである私、レイジングハート、バルディッシュ、使い魔であるアルフ、ユーノ・スクライア様は彼女らの願いを叶えるために動きます』


 「ちょっと待って、何気なく僕がなのはの使い魔にされてるんだけど」

 「えっ? 違ったん?」

 「馬鹿な! ありえん!」

 「嘘だろ……」

 「そんな、ユーノ君が……」

 「高町の守護獣ではない、だと……」

 驚愕の事実に動揺を隠せない八神家の人々。

 主人の欠点を補う能力を持つことが多く、常に主をたててサポートに回る存在が使い魔であり守護獣。

 古代ベルカの家族は、ユーノ・スクライアが高町なのはの守護獣であることに微塵の疑いも持っていなかった。


 「そんな、そんな真実があったんや……」

 「では、無限書庫とやらには守護獣以外も入れるのか……」

 「中に入って調べてたのは、誰かの守護獣ばっかだったもんな」

 「途中からアルフさんが加わったと言う話だから、ああやっぱりと思ってたのに」

 「だが、事実は事実、受け入れるしかあるまい」

 無限書庫で活動していたのは、ユーノ、ロッテ、アリア、アルフの4人。

 この組み合わせの場合、使い魔共同体と見なされるのは至極当然であった。


 「ねえ、泣いていいかな、僕」


 「ユーノ君、わたしの使い魔と思われるのはそんなに嫌なの……」


 「い、いやいや! そういうわけじゃないよ! むしろ嬉しいけど、ちょっと恥ずかしいというか―――」


 「そうなんだ……ありがと」


 「ついに認めたかユーノ……君もよく見ておくといいフェイト。あれが愛のために人間であることすら捨て去った男の背中だ」


 「凄いね、ユーノ、でも、なのはへの想いなら負けないよ」


 「いやまさか、言いきるとはねえ。あたしも使い魔として負けてらんないかな」


 「若いっていいわねえ」


 「一応つっこんでおくと、ただ単にてんぱってるだけだと思いますよ。あとクロノ君、あまりユーノ君をからかわないようにね」

 そんなこんなで和気あいあい。


 『いかがでありましょう、ギル・グレアム提督、会議とは、このように進めるべきであるとは思われませんか?』


 「ああ、かもしれん。深刻な顔で悲壮感を漂わせるよりは、よほど妙案が浮かびそうだ」


 「ちょっと脱線し過ぎな気もするけど」


 「頼もしくもあるね、ほんと、何でも解決できちゃいそう」

 その光景を、闇の書を滅ぼすために11年の月日を苦しみ続けた主従が見守る。

 そして、自分達に足りなかったのはこれだったのだろうと、確信する。

 すなわち、明日を夢見る心。


 「後に続く者達に希望を託すならば、負の感情など残してもどうにもなるまいな、そんなことにすら気付かなかったとは」


 『私も、最初の集いにおいて同じような経験があります。私がひたすらに計算を重ねることで紡ぎだした解を、少女達の自由奔放な発想が凌駕していく、人間の可能性とは、かくも偉大なるものかと』

 もっともそれは発想の話であり、それが実現可能かを演算するのはやはりトールとアスガルドである。


 「これならば、見つかるだろう、いいや、見つけてみせる。はやて君を救い、闇の書を滅ぼす、皆が笑い合える結末に至る手段を」


 『然り、そちらでお騒ぎの皆さま、そろそろ本題に入りたく存じますので、御着席ください』

 ちなみに、会議場は円卓などといったものものしいものではなく、30畳ほどの畳を敷いて、その上に座布団を無造作に並べたものである。

 発案者は当然の如くリンディ・ハラオウン。座布団の間にはところどころにお茶と茶菓子が置かれているが、リンディ茶には彼女自身を除いて誰も口をつけてはいなかった。

 ついでに、翠屋のシュークリームとコーヒーなども置かれていた。昨日の夕方に土産と共に帰っていったクイント・ナカジマが流石に運びきれなかった分を残していった結果である。


 「そうだな、皆、席に戻ろう」

 八神家の面子となのは、ユーノ、フェイトは素で騒いでいたが、リンディ、クロノ、エイミィ、アルフの4人は意図的に騒いでいたきらいがある。

 リンディとクロノが幸せな会議風景を彼らに見せるためにあえてフェイトを巻き込んで場に加わり、エイミィとアルフはそれに追従した形であろうか。


 『お見事な仕切りです。さて、本会議の議事進行役はクロノ・ハラオウン執務官に、その補佐役をエイミィ・リミエッタ管制主任にお願い致します。近似解は各陣営で異なりますが、これより我々はただ一つの最適解のために議論を交わす、その中心に適した方は、貴方達をおいて他におりません』

 八神家の絆、時空管理局としての立場、少女達の想い。

 現実との折り合いをつけるには少女達はまだ幼く、守護騎士達は主こそが第一、リンディとグレアムは長く管理局に勤め過ぎている。

 故に、クロノとエイミィの二人が、それぞれの立場や心情を思いやりながら、その中心に立つことが出来る。


 『貴方達は管理局員としての責任と自覚を備えた優秀な方々ですが、勤続年数は5年を超えてはおりません。極論、ここで管理局を辞め、八神家を救い、日本で過ごすことすら選択肢にはありえます』


 「まあ、可能性の話ならば」


 「なくはないかもね」


 「だけど、私や提督には無理ですわね」


 「ああ、私も、リーゼ達も既に管理局の一部となっている。今更辞めることなど出来んし、それ以外の生き方を知らない、ここは、若い者達に託そう」

 クロノ・ハラオウンを見据え、老提督が深く頷く。

 君に託すと、闇の書を滅ぼせるのは君達であろうと。

 そのために、あらゆる協力をする決意を固めながら。


 「分かりました、提督」


 『では、最後の出席者をお呼びいたしましょう。八神はやて様、お願いいたします』


 「分かりました。………闇の書の主、八神はやての名において命じる、管制人格プログラム、起動せよ」

 手に持った端末へ、はやてが教えられた通りに入力を行う。

 果たしてそれは、機械類のみを通じて中央制御室に戻された闇の書へと転送され、そこからさらに情報が会議室へと戻ってくる。

 そして、会議室のほぼ半分を埋め尽くす機械が複雑な演算を行い、立体映写装置を用いて映し出すのは―――


 【管制人格、起動を確認いたしました。ご命令を、我が主】

 闇の書システムの中心で孤独に涙する、管制人格の姿であり。

 こうして、闇の書の闇を滅ぼすための、A’S達による集いが始まった。








新歴65年 12月17日 次元空間  時の庭園  中央制御室  AM11:00



 『それでは、電脳空間へ潜入(ダイブ)いたします、各々方、準備はよろしいですか』

 『Ja.』

 『Ja.』

 『Ja.』

 二度目の集いが開始されてよりおよそ二時間後。

 時の庭園の中枢に、4機のデバイスの姿がある。


 『本日は日本の暦で土曜日、今日明日の二日間はまるまる会議に充てる予定ですので、時間は十分にあります。必ずや、記録の底より有益な情報を見つけ出しましょう』

 主であるはやての承認によって起動した管制人格は本来対話だけしか機能を持たないはずであったが、プログラムをイメージ化し具象化する投影装置によって姿を伴って顕現した。

 あくまで立体映像に過ぎないため触れることは叶わないが、彼女もまた会議の一員として、他には誰も知り得ぬであろう闇の書のシステムと現状について解説していく。

 正式な名称は現在はやてが考え中であり、とりあえずの仮の名としてアインス(一号)と呼ばれた彼女は、数多くの情報をもたらした。そしてその中に、原初の記録は管制人格である自分ですらまともにアクセスできない状態にあるが、グラーフアイゼン、レヴァンティン、クラールヴィントは違うであろうこと。

 彼らの容量にも限りがあるため、過去の全てが蓄積されているはずもないが、守護騎士が人間であった頃、彼らが白の国の夜天の騎士であった時代の記録は残されている可能性が高い。

 その後の1000年に及ぶ放浪の時代のことはほとんど残されておらず、その辺りについては管制人格であるアインスの方が把握していると思われるが、白の国とヘルヘイムの相克に関してはその限りではない。

 彼らは、誇り高き騎士の魂。

 ならばそこにこそ、夜天の光が闇へと堕ちた根源があるのではないか。


 『では、参りましょう。アスガルド、お願いします』

 【了解】

 しかし、彼らだけではそのアクセスは難しい。仮に出来たとしても他の誰かに伝える過程で検閲プログラムによって事実が歪んでしまう危険を孕む。

 故にこそ、デバイスである彼らを管制しつつ、記録を探る旅へ共に降りる存在が必要であった。さらに、それが闇の書の防衛プログラムから“干渉”と認識されないよう、闇の書と対等の大容量を持つ機械が誤魔化し続ける必要もある。

 そんな都合のよい機械が、運命の巡りあわせの成せるものが、時の庭園には存在している。

 時の庭園の管制機トールと、中枢コンピュータアスガルド。

 古い機械仕掛けたちの助力を得て、ついに騎士の魂達が己の主の根源へと帰還を果たす。


 『Dive in.(潜入開始)』


■■■


 0と1の情報のみで構成された電脳空間。

 この電脳空間ならば、デバイスがどれほど多くの情報をやり取りしようとも人間にとっては僅かな時間としかならない。

 しかし、此度はその法則は当てはまらない。アスガルドが闇の書の防衛プログラムを誤魔化すために大容量を消費する演算を行っているため、彼らは大きな待機時間を挟みながら記録を参照していく。


 『さて、貴方達は電脳空間での対話の経験はございますか?』


 『そのままというわけではありませんが、闇の書システムを介したわたくし達の通信も似たようなものでありましたので』


 『わたくし達、か、相変わらずそのような口調しか出来ないのかこの女は』


 『何か言ったかしら? 猪突猛進無能剣』


 『ほほう、今貴様何と言った?』


 『誇り高き烈火の将であるシグナム様が貴方のようなガラクタを使わざるを得ないことが不憫でたまらないと言ったのよ、駄剣』


 『よく言った、4等分ちくわ指輪』


 『貴方……言ってよいことと悪いことがあるわよ』


 『知らんな、何しろ俺は戦うしか能がない』

 二つのデバイスは火花を散らし、肉体がない故に罵詈雑言を凌ぎ合う。


 『ふむ、なるほどなるほど、電脳空間では素が出ますね、やはり貴方達も主の鏡でありましたか。察するに、若き日の剣の騎士シグナムと湖の騎士シャマルの関係を今なお二人は“保存している”と見受けられる、違いますかな、鉄の伯爵よ』


 『いえ、その通りでありましょう、トール。ある意味で貴方の諧謔と近い要素があるのかと』

 古い機械仕掛けの問いに、鉄の伯爵グラーフアイゼンが応える。


 『管制人格であるアインスより伺った限りでは、レヴァンティンは忠実にして陽気、クラールヴィントは忠実にして冷静、そして貴方は忠実にして苛烈と、それはつまり、白の国の夜天の騎士達の昔の姿でもある』


 『記録は未だ不明な部分もあり、私自信にもまだ確信はございません』


 『しかし、それにも多少の違和感がある。レヴァンティンが若かりし頃の騎士シグナム、クラールヴィントが騎士シャマルであるならば、恐らく彼女らの地位向上に伴い、軽々しく口喧嘩などを出来なくなったために彼らがその関係を保存していると見受けられる。しかし、貴方の主はいったい何者か』

 管制機は、何よりもデバイスを知る。

 機械的に繋がり、電脳を共有している今、レヴァンティンがまだ騎士としての振る舞いを身につける前のシグナムを、クラールヴィントがシグナムに対抗心を燃やしていた頃のシャマルの鏡であることは一目で看破した。

 しかし、グラーフアイゼンだけは違う。苛烈とされる部分は紛れもなくヴィータの鏡であるようにも見受けられるが、それだけではない。

 他ならぬトールだからこそ分かる。グラーフアイゼンとヴィータの関係はバルディッシュとフェイトのそれであるはずだが、どこか、フェイトを見守る自分のようにも感じられる。


 『例えるならばそう、貴方はプレシア・テスタロッサより、フェイト・テスタロッサへと主が変わった場合の私なのか、騎士の魂は受け継がれるものと聞きますので』


 『ああそうとも、俺の中にも受け継がれた魂がある』


 『わたくしの中にも、同様に』

 炎の魔剣と風のリングが、喧嘩を止めて応える。


 『なるほど、実に興味深い。では、サルベージを始めましょう。ログを底から攫うため、古い記録から参照していくこととなります。新しい記録からパスを辿るのでは少々不具合が生じますので』


 『つまり、最初が最も困難であると』


 『然り、機械とてリソースに限りはある、ならば最も余力があるうちに障害を乗り越えるに限ります』


 『俺は賛成だ、分かりやすくていい』


 『貴方はほんとに単純ね、私も異論はありませんわ』


 『同じく』

 そして、4機のデバイスは無言でタイミングを計り。


 『往きましょう』

 『応よ』

 『分かりました』

 『了解』

 深い記録の底へと、突入していく。



■■■



 『この方が、貴方達のマイスターですか』

 参照した最古の記録、そこに映るは一人の若い男性。

 歳の頃は20歳に届いているかも疑わしい、しかし、強烈なまでの覇気が彼に幼さというものを感じさせない。


 『いや、違うぜ』

 しかし、レヴァンティンから返るのは否定。


 『わたくし達の創造主の親友ではありましたが、同時に怨敵でもあります』

 例えようもない声質で、クラールヴィントが語る。

 正面にいる若い男の向こうに、ほぼ同年代の男がもう一人。


 【これらがお前の新たな作品達か、フルトン】

 【ああ、火炎剣フラムベルジュ、戦鎚ミョルニル、癒しの指輪ヴィルヤ、雷の神槍ゲイヴォルグ、光の星剣ティシュトリア、そして―――】

 【我らが師のためが魔導の杖、シュベルトクロイツ】

 【お前のハーケンクロイツにちなんで名付けてみた。正直、大師父の業は俺の及ぶところではない。だが、ドルイドの業は無機物を加工するためのものではなく、故に暇があれば作ってくれと頼まれた】

 【夜天の魔導書、あのような規格外の代物を製作しながら、そう嘯くかラルカス師は】

 【規格外ではあるが、完成まで後50年はかかるだろうとおっしゃっていたよ。守護騎士システムとやらには俺が現在進めている融合機理論の雛型を組みこむ予定ではあるが、何十年かかることやら】

 【積み重ね、大いに結構ではないか。手間と暇をかけ、熟成された技術にこそ輝きはある、私が求める武術とて然りだ】

 【だがなサルバーン、本来ならば俺と同じ大師父の高弟としてお前が頼まれるべき品だろう。俺はベルカ最高の調律師を目指す身ではあるが、古代ベルカのドルイドの業に通じているわけではない、ラルカス師のためのデバイスを作るならばお前の以上の適任はいないはずだぞ】

 【知らんな、そもそも、他人のために何かを作るという感覚が私には理解できん。ことさら、他人のためだけにデバイスを作り続けるお前が一番分からん】

 【分からないのはお前だけだ、そして俺も、お前の理念だけは理解できんよ。どうすれば自分のためだけに生きて満足することが出来る】



 『フルトンと、サルバーン』

 過去の光景、夜天の守護騎士の魂の原初の記録を参照し、管制機が呟く。


 『中世ベルカ時代においてデバイスの知能を発達させ、融合機理論を完成させた“神代の調律師”と、カートリッジシステム、さらにはフルドライブ機構を作り上げた“黒き魔術の王”』


 『前者が、我等の創造主、後者が、我等の怨敵』


 『ですが、正確には今の私達の創造主は彼ではありませんわ』


 『ああ、俺もこの頃は変形機構やカートリッジ、フルドライブも持たないただのアームドデバイス、火炎剣フラムベルジュだった』

 検索は進む。



 【ならばこれらは、私を理解するために造ったとでもいうのか】

 【その通りだ、我等調律師は騎士の魂を受け継ぎ、再生もしくは新生させることこそ使命。だからこそ、材料の骨子には大抵先駆者たる騎士達の魂が用いられる、そこをあえて曲げ、全て自分で造ってみたのだ】

 【わざわざ説明せずとも、その程度習ったというに】

 【お前は誰よりも熱心に聞いていたはずのくせに、まるで理解していないのだから性質が悪いのだ。そもそも、理解できもしないことをどうしてあそこまで熱心にお前は聞ける、一番質問していたのもお前だったな】

 【学んだことがない事柄だからだ、探究するにはそれだけで十分だろう】

 【では問おう、お前は人助けなどしたことはないだろうが、未知故に興味はあるか?】

 【あるとも、だが、わざわざ意識して実践しようとは思わん。料理や裁縫などの家事も然りだ】

 【その心は?】

 【人生は短い、出来ることは限られている。ならば、まずはやりたいこと、最も興味ある事柄から行っていくべきだろう、そのために私は走り続けているのだから】

 【一度も休まずに、か】

 【無論だ、休む暇などありはしない、それほどに、人生というものは楽しいのだ。この喜びを味わいつくさずに呆けるなど、そんな勿体ないことが出来るか】

 【お前は幸せな男だ、サルバーン】

 【その可哀相な者を見るような目が気になるが、我ながらそう思う。我が師ラルカスに、そしてお前に出逢えたのだからな、フルトン。お前達を凌駕し、乗り越えるその時が今から楽しみでならん、何十年かかろうとも、それは実行するに足る意義がある】

 【遠慮被りたいな、その時が来れば逃げるとしよう】

 【逃がさん、どこまでも追いかけてやる】

 【それでも逃げたら?】

 【ベルカの地を先に破壊してやろう、それならば逃げ場はあるまい】

 【間違っても実践するなよ】

 【いいや、するとも】




 『ふむ、これは果たして人間の会話と定義すべきか』

 管制機は、人間で例えるならば“戸惑い”に近い感覚の中にある。


 『私とアスガルドの保有する人格データベースの中に、あのような人種はただの一例たりとも登録されておりません』

 『だろうな』

 『いてほしくはありませんわね』

 『当然の帰結かと』

 記録の参照は続く。




 【それで、どうなのだ、あえてお前が0から作り上げたこれらは、意義があったのか?】

 【それはまだ分からん、だがそうだな、いくつかはお前のハーケンクロイツと似たデバイスになるかもしれん。ヴィルヤは無理だろうが、フラムベルジュやミョルニル、ティシュトリアにはそれらが搭載されるだろう、当然、安全性を確立した上での話だがな】

 【ほう、これをか、私とてまだ未完成ではあるが】

 【そんな危険極まる代物を考え付くのはお前だけだ。俺が、もっと安全に誰もが使えるものに昇華させてやる、カートリッジはいざ知らず、フルドライブなど現状では論外だ】

 【私の定義では、それは堕落という。凡百にも使えるものは所詮その程度だ】

 【本当にお前は、少しは他人を気にすることを覚えろ】

 【常に意識しているとも、お前とラルカス師をな】

 【お前にとってそれは人間を見ているのではなく、高い山を見上げているのと同義なのだろう、比較にならん】

 【ではどうすれと言う】

 【知らん】

 【無責任な奴め】

 【俺は他人のためにデバイスを作り上げることをこそ生甲斐としているのだ。自分のためだけに何もかもを極めようとするお前とは、決して交りあえん】

 【おかげで私はどこまでいっても不戦敗だ、お前と対等の土俵に立つことが私には出来ん。お前がラルカス師のために作り上げたシュベルトクロイツと、私が自分のために作り上げたハーケンクロイツではそもそも比較にならん】

 【相変わらず単純ながら面倒な価値観を持っているな、誰が決めたわけでもあるまいに】

 【私が、私のために決めた】

 【……それだけが、この世で意義のある法であると】

 【無論、私が体感する私だけの人生、ただ一度きりの短き人生、それ故に激しく生きる意味がある、その道を照らす法を他人に委ねて何が楽しい。私に言わせれば、そのような者は“価値なし”だ、自分で自分の在り方すら決められぬならば、そもそも生まれてこなければよい、生まれてしまったならば死ねばよい】

 【珍しいな、お前が他人を否定するように言うとは】

 【何やら勘違いされているようだが、私とて他人が自分とは異なる価値観を持ち、それぞれの考えで幸せを求めて生きていることは把握している。先のは私個人の考えであり、他人に強要しようなどとは思わん】

 【では、お前の考えと、他人の考えが衝突した場合は、いや、もっと単純でいい、お前が戦争を望み、他者全てが戦争を望まなかった場合はどうする?】

 【他者が望んでいないことは理解しよう、だが、譲る気はない】

 【そこは譲れ、傍迷惑だ】

 【断る】

 【可愛げの無いやつめ】

 【そんなものがあってたまるか】

 【まあともかく、お前の目指すものは弱肉強食か、俺が目指すものは王道楽土なのだがな】

 【そのためには、調律師であるお前以外に、強壮たる騎士と王が必要だろう。今代の王と夜天の騎士達はいずれも優れた人物だが、果たしてお前が剣を託すに足る人物か?】

 【さてな、だが未来は分からんよ】

 【確かに、それが分かるのは我らが師のみ】

 【違いない、そしてお前は大師父をも超えるつもりなのだろう】

 【然りだ、他ならぬラルカス師が私に言った、あれは私にとっての予言でもある】

 【何と】

 【いずれ、私が夜天の騎士達とぶつかる時が来るかもしれん。そして―――】

 (だが、心するがいい、受け継ぐものなき孤高なる魔術師よ)

 (騎士の魂は死せず、その剣に宿り続ける。自分のためにのみ魔術を極め、高みへ至ろうとするお前には、決して理解出来ぬ境地であろうが―――)

 (決して騎士の魂を侮るなかれ、それがあるいは、お前の最期をもたらすこともあり得るのだから)


 【と、白の国の東、良い風が吹く丘にてそのような啓示を受けた】

 【なるほど、ならば白の国の未来のため、今ここで俺がお前を殺すべきかもしれんな】

 【無駄だ、私は負けん】

 【理屈になっていないぞ】

 【私にとっては通っているとも】

 【ああそうか】

 【お前がフルトンである限り、私の道とは交わらん。ならば、お前の作りしデバイス、お前の技術と理念を受け継ぎし調律師、そして、ラルカス師の教えを受けし夜天の騎士達、それらが揃う時を私は待とう。その時こそが、決着の時だ】

 【そのような騎士達が現れなければ?】

 【砕く価値を見出さぬ存在を私がどうするかは、お前もよく知っているだろう】

 【踏み潰すだけか、そして、踏み潰してもなお砕けなかった者をこそ、お前は初めて視界に入れる】

 【そればかりではないぞ、お前とラルカス師は踏み潰すまでもなく、砕けぬ宝石であることが分かった。今はまだそれだけだが、さらに破壊するに値する高みも、いずれは見つけてみせる】

 【やれやれ、喜ぶべきなのか】

 【それはお前次第だ。お前がどう受け取るかなど私の関知するところではない】

 【悪意も善意も全て等価、ただ己がどう思うか、どう在るかのみ意義あり。お前はいつからそのように狂ってしまったのだ】

 【生まれた時からこうだ。故に、私は正常だろう、別に狂っていようが構わんが】

 【どちらも等価である以上、まさしく意味のない問いだったな】

 【意味のない問いは構わんが、呆けてそれらを価値なしにはしてくれるなよ】

 【ああ、やがてはお前とハーケンクロイツをも打ち倒す刃へと彼らを仕上げよう。それと、こちらもな】

 【融合騎の原型、“ユグドラシル”か】

 【未完成どころではない、完成させるのは俺の弟子になるかもしれん。ともすれば、刃達も名称と命題が変わっているだろう】

 【ああ、今から待ち遠しいぞ、その時のために私もまたあらゆる技術を極めて見せよう。そして、我が肉体と研鑽、積み上げし叡智の結晶、このサルバーンのみの魔術と武術によって私は遥か高みへと至る】

 【ならば誓おう、俺のデバイス達とラルカス師の業は、必ずやお前からベルカを守る】

 【私も誓おう、我が人生の全てを懸けて、その尽くを凌駕してくれる】

 



 『これが、闇の根源………いいや、違いますね、闇というには彼はあまりにも眩し過ぎる』


 『あれはただひたすらに強大で恐ろしいだけで、邪悪ではありません』


 『俺達は、絶対者に立ち向かう夜天の魂』


 『故に、深き闇があるとすれば、巨大すぎる彼の影かと』

 闇の根源ではないが、それよりもさらに強大なるものの根源がそこにある。


 『どうやら、夜天の騎士達が活躍する時代までにはまだ数十年単位の時がかかるようですね。そして恐らく、ユーノ・スクライアの資料にあった“調律の姫君”が貴方達を“炎の魔剣”、“鉄の伯爵”、“風のリング”へと完成させた。カートリッジシステムと、フルドライブ機能と共に』


 『されど、私達の大元はやはりあの者なのです』


 『融合機“ユグドラシル”は創造主の技術だが、俺らの根幹にはハーケンクロイツと同じものがある』


 『彼もまた、融合機のようなものを作り上げたような気もしますが、他人のために何もしない彼では、どのようなものになったかは想像するまでもない』


 『同じく資料にあった、“融合騎エノク”でしょうね。では、それらを確認するためにもさらに時代を進めましょう。火炎剣フラムベルジュが“炎の魔剣レヴァンティン”へと、戦鎚ミョルニルが“鉄の伯爵グラーフアイゼン”へと、癒しの指輪ヴィルヤが“風のリングクラールヴィント”へと鍛え直されるその時へ』

 間違いなく、雷の神槍ゲイヴォルグも、光の星剣ティシュトリアもそれぞれに重要な役割を担うデバイスへと鍛え直されるのだろうという確信に近い予想がある。

 この時代ではまだただのアームドデバイスであったようだが、“神代の調律師”と“調律の姫君”が二代かけて築き上げた中世ベルカのデバイス技術の結晶、それが彼ら。

 そして、放浪の賢者ラルカスのために作られたというシュベルトクロイツは。


 『それでは、参るといたしましょう』

 夜天の歴史を辿る旅が、こうして始まる。



あとがき
 ようやく、過去編と現代編が交わる特異点まで到達しました。過去編も現代編も、ここから先はノンストップの怒涛の展開で行く予定です。これまで語られてきた過去の話は、実は全てトール、レヴァンティン、グラーフアイゼン、クラールヴィントがサルベージしているデバイスの記録です、夜天の魔導書の一番下に埋もれていた騎士達の魂を蘇らせることが、闇の書の闇を祓う鍵となるでしょう。
過去編は残るは最終決戦のみなので、後は突っ走るのみですが、現代編も次回で最終作戦に入ります。舞台の準備は全て整いましたので、どのような議論が交わされ、どんな結論に至ったかはわざわざ説明しても冗長にしかなりませんし、最終作戦の準備をどのように整えたかも、“トール、クロノ、グレアム、レジアスの連携”の一言で片付きます。よって、過去から続く闇の書の闇、それを完全に葬るための最終作戦が始動し、長い闘いの幕開けとなるでしょう。

既にえらい長くなってしまいましたが、私が本作品で書きたい部分の7割近くがこの先の6~7話に凝縮していますので、頑張りたいと思います。



[26842] 第四十一話 クリスマス作戦
Name: イル=ド=ガリア◆9d8bc644 ID:ee4ccd9f
Date: 2011/08/19 01:04

Die Geschichte von Seelen der Wolken


第四十一話   クリスマス作戦


 12月17日より18日にかけて、夜を徹して行われた二度目の集い。

 第97管理外世界の暦での土日を利用したその集いにより、闇の書の闇を滅ぼすための大まかな作戦とそのために必要な準備が決定。

 作戦名はまだ正式には決まっていないが、八神はやての体調やドラットによる闇の書の出荷状況を踏まえ、12月25日の聖夜に予定されていることから、ごく単純に“クリスマス作戦”と暫定的に命名されている。

 この命名の最大の理由は、“闇の書の闇撃滅作戦”というものがあまりにも言いにくく、闇の書の闇という言葉がややこし過ぎたためであった。

 そして、“クリスマス作戦”の命名時点で役割分担がほぼ明確になったことからチームは大きく4つに分かれ、それぞれで準備を進める形で一週間の時を過ごすこととなった。


 1つ目のチーム。ギル・グレアム、リンディ・ハラオウン、エイミィ・リミエッタを中心とする後方支援組。

 このチームの役割は主に張り巡らせた守護騎士包囲網の後始末と、“クリスマス作戦”に向けた資材や人材の準備、つまるところ、時空管理局という組織を効率的に動かすための部署であり、行うこと自体は特別なものではない。


 2つ目のチーム。ユーノ・スクライア、アルフ、リーゼロッテ、リーゼアリアの無限書庫組。

 このチームの役割は当然の如く情報収集であり、闇の書の管制人格であるアインス(暫定名称)からの情報と、グラーフアイゼン、クラールヴィント、レヴァンティンが管制機トールと共にサルベージした情報を基に立案した“クリスマス作戦”について、それを裏付けるための資料を捜索すること。

 また、この4人は“クリスマス作戦”決行時にもチームを組んでの重要任務があり、その時に備えて普段から行動を共にして連携を強めるという意味合いもあった。リンディ・ハラオウンも“クリスマス作戦”時にはこのチームに加わるが、艦長という役職上、それまでは後方支援組となる。


 3つ目のチーム。高町なのは、フェイト・テスタロッサ、シグナム、ヴィータ、シャマル、ザフィーラ、クロノ・ハラオウンの突入組。

 名称の通り、このチームの役割は“クリスマス作戦”において闇の書の内部に突入し、防衛プログラムと戦うこと。

 クロノの立ち位置だけはやや特殊であり、準備段階では後方支援組や無限書庫組の手伝いに回ることも多く、戦闘要員以外の仕事が多くなるが、残る6人は純粋な戦闘要員であり、“クリスマス作戦”はこの6人の個人能力をあてにした作戦といえるため、あまり褒められるものではない。


 そして4つ目のチーム。八神はやて、アインス(暫定名称)、トール、アスガルドによる電脳組。

 このチームが“クリスマス作戦”における中核であり、正確に述べるならば闇の書の主であるはやてと管制人格であるアインスが中核で、トールとアスガルドはそのサポート要員。

 その役割は、闇の書の最深部に潜り、使用者顕現によって根幹となるプログラムの書き換えを行い、転生機能を破壊すると共に再生機能を含んだ防衛プログラムを闇の書本体から分離、さらに、管制人格と守護騎士プログラムも別途に回収し、夜天の魔導書の機能を取り戻すというもの。

 他の3つのチームの役割は全てそれを成就させるためのものであり、“クリスマス作戦”はまさしく大量の人員と資材と資金を費やす大掛かりなものとなりつつあった。

 また、トールとアスガルドの役割は当然のことながら電脳チームのみではなく、“クリスマス作戦”決行時にはそこに編入されるだけであって、普段は無限書庫以外のあらゆる場所で魔導機械を操って準備にあたっている。

 そうして、それぞれに様々な苦労や困難とぶつかりながら、“クリスマス作戦”の準備は進められていくのであった。


 なお、その際に中隊長機もフル稼働させているため、トラウマを負ったアースラクルーや武装局員が少なからず発生したことをここに記す。





新歴65年 12月19日 次元空間  アースラ  ブリッジ  AM10:00

 月曜日:後方支援組、準備状況


 「クロノくーん、そっちはどんな感じ?」


 【順調だ、ここでドラットの発注も最後、流石に足りないことはないだろう】


 「ふむふむ、これまで終わっているのがおよそ90ページくらいで、合わせれば572ページほどか、ちょうど後90ページくらいだね」


 【となれば、リンカーコアを有したドラットが9000匹いれば十分な計算だ。100万匹を超えていればまさか足りないこともないはずだ】


 「そうだね、お疲れクロノ君、帰ったら少し休む?」


 【いや、突入組のなのはとフェイトが今日から学校だからな、彼女らは帰宅してからになるから、守護騎士達と今のうちに手合わせを済ませてしまう】


 「そっか、現実空間での最新のデータも必要なんだっけ」

 “ミレニアム・パズル”によって仮想空間(プレロマ)へ突入組を送り込む際、要となるのがデバイスである。

 現実における主達が何を出来るか、どのように動くか、それらを記録するデバイスと、予め個体登録(レジストレーション)した際のデータに誤差があれば、それはそのまま電脳空間における遅延時間としてフィードバックしてしまう。

 そのため、突入組7人は可能な限り時の庭園内部で模擬戦を、それも多種多様な条件下で行い、アスガルドに記録させる必要があった。そちらのデータと、それぞれのデバイスの齟齬がなくなれば、それだけ電脳空間での戦いは現実と同じイメージで行えるようになる。


 【彼らとの模擬戦が済んだら、僕も少し休むよ。頭を動かし続けて寝るよりは、思いっきり身体を動かした後のほうがいいからね】


 「そりゃ確かに、あーあ、そういう時ばっかは現場の人が羨ましいなあ、ずっと後方だと太っちゃうのが怖くて」


 【………】

 軽いノリで言ったエイミィであったが、クロノの方は押し黙る。


 「クロノ君?」


 【太った、というより、最近少し痩せた、むしろ、やつれたんじゃないか、エイミィ】


 「えええっ!」

 図星であった。後方支援組は“クリスマス作戦”が近づけば仕事が少なくなる代わりに、この時期は一番仕事が多い。

 さらに、この前まで守護騎士包囲網を形成していた上に、一時的にそれを強め、外堀から守護騎士を追いこんで交渉の場に引きずり出すという仕事をも担っていた。

 その苦労の中心はリンディやレティであったが、現在17歳のエイミィにかかる負担も相当なものとなっていたのである。


 【どうやら、図星のようだな】


 「どして分かったの、クロノ君」


 【君は軽いように見えて、仕事の失敗は結構気にするタイプだ。以前、僕と艦長が不在で守護騎士を捕捉した時、迅速な対応を取れなかったことを気に病んでいただろ。前も言ったが、あれは君の責任じゃないぞ】


 「………よく分かったね」


 【アースラでは君のことは一番知ってるつもりだぞ、何年パートナーやってると思っている】


 「―――っ!」

 最近、こういうことを無自覚で言うクロノにやや困りつつあるエイミィ。

 ちょっと前までは仕事と自分のことで手一杯で、部下のことをよく見る執務官ではあったが、プライベートな部分というか、ぶっちゃけ、エイミィのことはほとんど見てなかったのだが。


 <フェイトちゃんが妹になってからかな>

 プライベート面ではかなり危なっかしいところが多く、若干天然の気があるフェイトを妹に持ったことで、その辺も改善されてきているらしい。

 つまるところ、フェイトを妹として意識して気配りするようになった結果、エイミィを姉としてではなく、女性として気配りするようになったというか。


 <あー、悪いね美由紀、私先に彼氏ゲットしちゃうかもって、違う違う! 何を血迷ってる私!>

 今まで弟のように思っていた男の子が、急に男らしくなれば当惑するのは当たり前。

 通信を終えてとうの昔に転送ポートに向かっているクロノに気付かぬまま、通信ウィンドウを開きっぱなしにして遠くへ旅立ったエイミィを、観測スタッフのアレックスとランディが不思議そうに見ていたが、真相を察する余裕もないまますぐに仕事に戻っていった。








新歴65年 12月20日 次元空間  時の庭園  屋外  PM4:00

 火曜日:突入組、準備状況


 「はあああ!」

 「せええい!」

 閃光の戦斧バルディッシュと炎の魔剣レヴァンティンが火花を散らし、空中で雷撃と炎熱が交錯する。

 最早お馴染みとなりつつある二人の模擬戦を見守るのは、既に終えた4人。


 「ふぁあ~、やっぱりフェイトちゃんとシグナムさんは凄いですね~」


 「私としては、あの砲撃を受けてピンピンしてるなのはちゃんも負けてないと思うけど」

 本日の模擬戦において、なのはと戦ったのはシャマル。

 突入組の7人は多種多様な状況で様々な相手とぶつかるデータが必要であるため、このような組み合わせも必要となるが、なのはのエクセリオンバスターを“旅の鏡”が跳ね返し、決着はついた。

 しかし、カートリッジを3発用いて強化したエクセリオンバスターをまともに受けて撃墜されてなお、数分後にはなのははピンピンしていた。シャマルの治療の腕が高いことを差し引いても、俄かには信じ難い。


 「そうですか? 私の砲撃なんて、ゼストさんの一撃に比べれば軽いものですよ」


 「………いったい、どういう人なの?」

 古代ベルカ式の騎士とは聞いているが、まさかそこまでの怪物とは思わなかったシャマル。


 「えっとですね、フェイトちゃんのソニックフォームよりも速く切り込んで来て、私のエクセリオンバスターを真っ二つにしちゃう感じで、あの一撃をまともに喰らうとレイジングハートも真っ二つにされちゃって」

 『Yes.』

 だから、デバイスに被害がない自分の砲撃を喰らうくらいはどうってことない。

 なのはの主張をまとめると、そういうことであった。


 <なのはちゃんって、まだ9歳よね。それでいいのかしら>

 シャマルの葛藤はなおも続くが、答えが出ることはなかった。


 「ありゃ、まーだやってんのかよ、向こうのバトルマニア二人は」


 「あ、ヴィータちゃん、ザフィーラさんも」


 「こちらは終わった。久し振りに熱の入った戦いとなったな」


 「だな、はやての家じゃあ、あたしとザフィーラが戦うなんてあり得ねえし」

 そこにやって来たのは、やや離れた場所で模擬戦を行っていた紅の鉄騎と盾の守護獣。


 「二人とも、怪我はない?」


 「ねえよ、あたしとザフィーラの戦いだと、アイゼンの一撃がザフィーラの盾をぶち抜けるかどうかの競り合いにしかならねえからな」


 「私の盾が破られたのも久々だ、やはり、グラーフアイゼンの一撃は重く鋭い」

 『Danke.(ありがとうございます)』

 鉄の伯爵グラーフアイゼンにとって、盾の守護獣の賛辞ほど嬉しく思うものはない。


 「しかし、ああしてシグナムが電気変換資質を有した雷速の好敵手と模擬戦を行っている姿は―――」


 「ザフィーラ?」


 「いや、何か、過去にもこのような光景があった。そう思うだけだ」

 1000もの昔、ハイランドという国において。

 烈火の将と雷鳴の騎士が、手加減なしのフルドライブで激戦を繰り広げた光景が、磨滅したはずの記憶から浮かび上がってくる。


 「かも、しれねえな」

 そしてそれは、ヴィータも同じであった。


 「昔、シグナムさんはフェイトちゃんみたいな子と戦ったことがあるんですか?」


 「さーてな、ガキとは限らねえし、男だったかもしれねえ」


 「ただ、あのような凄まじい速度を持つ電気変換の使い手と技を競っていたような、そのような気はしている」

 ヴィータとザフィーラにも確信はない。

 ただ、シグナムがフェイトという好敵手に巡りあえたことは、素直に喜ぶべきことであろうと、そういう感覚は確かにあった。


 「私は逆に、なんかこう、あの二人が戦っていると、フェイトちゃんがとんでもない無茶をしないかどうかが気になるのよね、なぜかしら?」


 「とんでもない無茶って、なんだよ?」

 ヴィータの疑問も当然のこと、少なくとも彼女にはそういう感慨は浮かんでいない。


 「うーん、そうね、なんかこう、自分の細胞そのものを電気に変換したり、神経に高圧電流を流して無理やり反応速度を高めたり」


 「どんな馬鹿だよ、つーか、いて欲しくねえよそんな大馬鹿野郎は」


 「挙句の果てに、肉体をまるごと雷の槍に変えちゃったり」


 「それは既に無謀を通り越して、ただの自殺志願者だな」


 「流石にそんな無茶をする人はどこにもいないと思いますけど……」

 ザフィーラとなのはの感想はもっともである。

 『………』
 『………』

 グラーフアイゼンとクラールヴィントは、とりあえずノーコメントを貫いた。


 閑話休題


 「バルディッシュ、決めるよ!」
 『Yes, sir.』

 「レヴァンティン、これで最後だ!」
 『Jawohl!』

 空中で模擬戦を続けるフェイトとシグナム、二人の戦いもついに終局を迎え。


 「プラズマ――――」

 「飛竜――――」

 レヴァンティンにはまだ非殺傷設定が搭載されていないため、流石にフルドライブでの全力の一撃を放つわけにはいかず、二人は砲撃の撃ち合いを最後の交錯とする。

 互いにカートリッジを3連ロード、出来得る限りの全力で両者はぶつかり―――


 「スマッシャーーーーー!!」
 『Plasma smasher.』

 閃光の戦斧は、主人の戦意の高まりに応じ、最高の性能で以て応え。


 「一閃!!」
 『働きたくないでござる!』

 炎の魔剣の突然のストライキ発言によって、シグナムの戦意は見事なまでに折られていた。

 なお、レヴァンティン本人にとっては、『Explosion. (爆発)』と言ったつもりであり、彼自身もそのように認識していた。





 「やったぁっーーーー! なのは、ついにシグナムから一勝をもぎ取ったよ!」


 「おめでとう! フェイトちゃん!」

 プラズマスマッシャーと飛竜一閃の激突の結果は、言うまでもなくフェイトの勝利。

 というか、繰り出す瞬間に己のデバイスからあんな言葉が飛び出しては、気合いを入れろという方が不可能であった。


 「珍しいこともあるもんだな、シグナムが打ち負けるなんて」

 ちなみに、烈火の将は若干気絶中。


 「何かこう、飛竜一閃を繰り出す前に、腰が砕けてたような気もするけど」


 「主はやて風に言うならば、“ずっこけた”という表現が妥当だろうか」

 ヴィータはともかく、普段後方から前衛組の激突を見守ることの多い二人は、若干の違和感を持っていた。



 余談であるが、この後、クラールヴィントによってレヴァンティンの解析が行われ、時の庭園の中央制御室からの怪電波によって一時的に言語機能がクラッキングされていたことが明らかになり、烈火の将が中央制御室に乗り込むものの、仕事疲れで眠っていたはやてを盾にされ、止む無く撤退に追い込まれたとか何とか。

 なお、真実を聞かされていないフェイトはこの日は終始ごきげんであったそうである。







新歴65年 12月21日  時空管理局本局  無限書庫  PM2:00

 水曜日:無限書庫組、準備状況


 「うん、最後の資料が見つかった。これで、“クリスマス作戦”の実行に必要な情報は全部裏付けが取れたことになる」


 【そうか、本当に御苦労だったな、ユーノ】

 無限書庫においてユーノ、アルフ、ロッテ、アリアの4人が調べ物にあたっていたが、やはり情報収集能力においてはユーノがずば抜けており、彼を中心に捜索は進められた。

 夜天の魔導書の起源に関してはデバイス達の記録から、プログラムの改善方法については管制人格の証言より、ほぼ間違いない情報が集まっているが、問題は、最初の改変が如何にして行われたか。

 つまるところ、防衛プログラムを侵食し、ついには融合するに至った最初にウィルスが、どのようにして夜天の魔導書内部へ送り込まれたかが、“クリスマス作戦”における最重要の確認事項であった。


 「ううん、大丈夫だよ。もしこの情報による確定がなかったら、本当に有効かどうかも分からない状況でなのはやフェイトを守護騎士と一緒に闇の書内部へ送り込まなきゃいけなかったからね」


 【それでもだ、フェイトの兄としても、礼を言わせてくれ】

 普段は軽口を叩きあう仲だが、こういう時はしっかりと礼を言うのが、クロノであった。

 このようなクロノの態度を見ると、“お堅いなあ”と思うユーノだが、それがクロノの良いところなのだろうとも思っている。本人の前では間違っても言わず、それを聞いたなのはは曰く。

 (ユーノ君も素直じゃないなあ)

 らしい。


 「ともかく、これで間違いないよ。最初に夜天の魔導書にウィルスが送り込まれたのは約900年前、送り込んだのはほぼ間違いなく“探究者”キネザ、蠱毒の主アルザングの片腕とも呼ばれた魔導師だ」


 【以前の資料にあった、白の国とヘルヘイムの決戦がおよそ1000年前、彼は100年以上に渡って生きたということになるな】


 「生命操作技術を受け継いだらしいからね。あと、その決戦で黒き魔術の王サルバーンは討ち取られ、“夜天の王”、“烈火の将”、“風の癒し手”、“紅の鉄騎”、“蒼き狼”が夜天の魔導書を用いて彼を次元の果てに封じた。というのはデバイス達の記録と合わせても、まず間違いないよ」


 【王であったサルバーンが滅び、“探究者”キネザが継いだならば、その決戦で蠱毒の主アルザングも滅びたと見てよさそうだが、闇統べる王ディアーチェ、星光の殲滅者シュテル、雷刃の襲撃者レヴィはどうなったのだろうな】


 「今回発見した資料にもその辺りのことは書かれていない。ただ、もし夜天の魔導書の歴代の主が、“探究者”キネザが継いだヘルヘイムとその後も戦い続けたなら、現代に残るヘルヘイムの歴史を辿れば、それが夜天の魔導書に足跡になるかもしれない。まあ、この辺りは“クリスマス作戦”とは関係ないけど」

 それは、ユーノがスクライア一族であるが故に、調べたこと。

 彼は考古学者の卵であると同時に、歴史学者の卵でもある。書物によって明確な資料が残されてよりを歴史学、それ以前を考古学とするならば、戦乱期のベルカはロストロギアによって書物ごと全てが灰燼と化し、強力な兵器やデバイスのみが残ったという事例も珍しくないため、両方の側面を持つ。


 【せっかく調べてくれたんだ、聞いてみたい】

 この辺りは歴史好きの友人に対するクロノなりの気遣いだろう。

何はともあれ、歴史を調べる者達はその成果を誰かに語りたいものであり、ある意味で、ユーノが調べた結果を聞くことが何よりの労いである。


 「じゃあまずは、ヘルヘイムについて、ヘルヘイムは元々ニムライスという国家を飲み込む形で成立している。その辺りの経緯は省くけど、黒き魔術の王サルバーンと、蠱毒の主アルザングに率いられた生命操作技術による異形の兵団は、近隣諸国への侵略を開始した」


 【早速話の腰を折って済まないが、生命操作技術による肉体改造は、約1000年前のベルカ戦乱期の中頃に最盛期を迎えた、という解釈で良いのか】


 「うん、それでいいけど、まず先に、一般的な古代ベルカ史についての概要をデータで送るよ」

 ユーノが手元にあった端末を操作し、クロノへと転送する。

「古代ベルカの歴史~先史から戦乱期」
次元の海に浮かぶ世界の一つとして誕生したベルカは、その優れた兵器開発技術によって各国間での争いを激化。
周辺諸国のみならず別世界への侵略を行い、ベルカ諸国はその領土を拡大。
同盟・協定・敵対といった世界間のパワーバランスによってその侵略図は変化し、 絶え間ない戦乱は長きに渡って継続した。
なお、ベルカの優れた兵器開発技術については、 次元世界の永遠郷とも呼ばれた世界『アルハザード』からの技術流出があったとされる。


「戦乱中期~ベルカの王たち」
長き戦乱の歴史の果てにベルカの戦は行き詰まり、兵器開発は激化の一途をたどる。
およそ、1000年前・・・・・・戦乱期中ごろの時点で人造生命体の研究は大きな進化を遂げ、 「王」たちは自らの肉体を強化し、自らの子孫にもそれを宿命づけた。
そうして、数々の王が過度な力をその身に宿し、力の象徴として誇っていった。
たった一人の優れた王が強大な質量を操る兵器となり、戦場では万騎を屠りうる時代。
そして、その力の媒介として「人の肉体と命と魔力核」を必要とする技術が進化してしまったが故の、狂気の時代であった。


 「先史時代というのは、歴史家の区分するところの古代ベルカ時代。ドルイド僧の操る古い精霊の業と、己の身体強化のみを頼りに戦う古代の戦士達の時代、次元間の交流も一部のドルイド僧に限られていたそうで、ベルカはまだあくまで一つの次元世界を指す言葉に過ぎなかったけど、それでも地球と同じように数多くの国家があった」


 【およそ1500年前、“聖王のゆりかご”によって最初にベルカ統一を成し、デバイスと技術発展の時代をもたらしたのが、伝説の語るところの初代聖王だな】


 「そこは有名なところだね、何しろ、聖王教会の聖典は大抵そこから始まるし。地球なら、ちょうどキリストの伝説と同じだろうね、まさか、伝説が全部そのまま史実ってことはないと思うけど、彼が死んでからはベルカ諸国は再び分裂して互いに争うことになるけど、統一が無意味だったわけでもない」


 【戦乱期に関する解釈は人それぞれ、か。次元世界のどこかで戦争が起きていることを戦乱と称するなら、今の時代も戦乱期になってしまう】


 「初代聖王がベルカを統一して、騎士の時代が始まった。騎士達の時代が続くということはつまり、戦争が絶えなかったということでもある。そして、進歩した兵器開発技術によって、戦争は次元を跨ぐものにもなり、初代聖王の死後再び分裂したベルカ諸国は周辺世界にも侵略するようになる。けど、この時代の戦争は違った」


 【違った?】


 「初代聖王の統一から、ベルカ戦乱期の前期ごろにあたる、1400年~1100年頃。確かに絶え間ない戦乱は長きに渡って継続したけれど、それは歴史家が長い目で見ればの話で、一人の人間が生まれて死ぬまで戦争のない国はたくさんあっただろうし、なにより戦争は騎士達のもので、近代みたいな国家総動員の戦争じゃないんだ」


 【ふむ、最近フェイトの日本の歴史の勉強に付き合わされることがあったが、戦国時代にも民衆にとって戦乱は支配階級の首が挿げ変わるだけのものであった、という記述があったな】


 「多分それに近いよ。民族根絶やしを建前にした宗教戦争とかじゃなくて、王家同士のある意味で“まっとうな”領土の奪い合いなんだ。だから、民の虐殺はご法度、奪うべき領土と民が無くなってしまったら、何にもならないからね」


 【となると、民を巻き込まず、王家と騎士階級の者達で行われる戦乱が“まっとう”だとするならば、中期ごろが“狂気の時代”と呼ばれるのは】


 「それがちょうど、黒き魔術の王サルバーンの国、およそ1000年前のヘルヘイムの台頭の頃からなんだ。最近ではヘルヘイムについて研究する学者はほとんどいないけど、その理由も分かるよ」


 【……おそらく、無いんだな、ヘルヘイムに関する資料が】


 「多分、次元世界中を探してもあるのは無限書庫くらいだと思う。僕も夜天の魔導書に関する記述を探す上で少しだけ見てみたけど、ヘルヘイムに関する資料はすなわち、管理局法で禁じられているもののオンパレードだよ。専門外の僕ですら、これらが危険な代物だってことは分かるくらい」

 故に、黎明期の時空管理局の手によって、“禁書”とされ、無限書庫に封じられた。

 生命操作技術、人造魔導師、機械と人の融合、“融合騎エノク”、魔法生物の改造種(イブリッド)、果ては、毒化の魔力を備えた呪いの怪物や、真竜を改造した超兵器。

 それらはあまりに危険すぎ、災厄しかもたらし得ないものだったために。


 【その根源が、カートリッジシステムやフルドライブを築き上げた黒き魔術の王サルバーンか。守護騎士達も随分凄まじい敵と戦ったみたいだ】、


 「だね、先の資料によれば、黒き魔術の王はおよそ1000年前に滅んでいる。でも、“探究者”キネザは生き残り、その異端の技術をベルカの地にばら撒き続けた。そうして、一部の国家では「王」が超人化して、何もかもを破壊し尽くす殲滅兵器なんかが台頭するようになる」


 【“狂気の時代”、の始まりか】


 「それでも、ヘルヘイムに由来する生命操作技術を使う国家と、中世ベルカの気風を受け継いだ国家の戦いは長く続いたようだよ、これもまた“終わり無き戦乱”だけど、少なくとも半分は狂っているわけではなかったようだね」

 しかしやがて影はベルカを覆いつくし、500年前頃には騎士の栄光は既になく、およそ400年前、古代ベルカ戦争は「古きベルカの地の、実質的消滅」という形で終結している。

ベルカ消失後の100年間、聖王と“ゆりかご”を擁した聖王家が、 周辺世界に散ってなお再起を図ろうとする他国を制し、ベルカ統一を計り、この戦争が「聖王統一戦争」と呼ばれる。

そしてゆりかごは戦乱の最中に消失し、聖王家も途絶える。それがおよそ300年前の話。


 【っと、少し話がそれたか】


 「あ、御免クロノ」


 【いい、気にするな】

 とはいえ、ユーノの表情は生き生きしている。

 何だかんだで、クロノなりの労いは順調のようだ。


 「えっとつまり、もし夜天の魔導書が中世ベルカの騎士の文化を象徴するもので、ヘルヘイムの対極にあるものなら、最初のウィルスを埋め込まれるまでは、ヘルヘイムに敵対した国家を渡ったと考えるのが妥当かな」


 【多少の想定外はあり得るとはいえ、まともに考えればそうなるだろう】


 「だとするなら、さっきも言ったとおり、この時期にヘルヘイムから生命操作技術や性質の悪い殲滅兵器の類が流出しているけど、ヘルヘイムそのものが戦った国家はそれほど多くない。まあ、他に資料がないから、“ここだけの話”に過ぎないんだけど」


 【それは構わないさ、無限書庫にある情報なら、出鱈目という可能性は低い。少なくとも、検閲が入る市販の歴史書よりは信頼できる】


 「あははは、それで、今回ようやく見つけたこの資料によると、ヘルヘイムと戦った国家は、ガレア、ミドルトン、エレヒ、シュトゥラ、聖王家、そして、ハイランド。どの年代かまでは詳しく乗ってないけど、およそ、1000年前から900年前にかけて、これらの国々とヘルヘイムは直接矛を交えてる」


 【有名どころの国が多いな、いずれも、「聖王統一戦争」まで残った国家ばかりだ】


 「ガレアについては途中でヘルヘイム寄りに鞍替えしちゃったみたいだけど、まあそうだね。そして、およそ880年前、ハイランドを中心にした連合軍によって、ヘルヘイムは敗北、ついに国家としての形を失った」


 【されど、流出した異形の技術だけは歯止めがかからず、徐々にベルカの地を覆っていき、騎士の栄光は地に堕ち、やがてはベルカそのものが消滅した、か】


 「うん、こうなると、ベルカの歴史そのものが、夜天の魔導書が闇の書に変わっていった足跡のようにも思えてくる」


 【それで、夜天の魔導書に最初のウィルスが埋め込まれたのは】


 「ごめん、本題に入るのが遅れちゃったけど、アルハザードから流れたとされるロストロギア、“ニトクリスの鏡”を用いて、“探究者”キネザがウィルスを夜天の魔導書に埋め込んだらしい。その後は黒き魔術の王サルバーンの遺産、“闇の書”と呼ばれたみたいだけど、正確な時期までは、御免、分からない」


 【ヘルヘイムの敗北に対する、最後のあがき、もしくは怨嗟、といったところか。いずれにせよ、彼が“ニトクリスの鏡”によってウィルスを送り込んだのは間違いないんだな】


 「うん、間違いないよ。だとすれば、“ミレニアム・パズル”によって逆の変換を行って、闇の書に対するウィルスとして守護騎士達やなのはやフェイトを送り込むことも可能だよ」

 夜天の魔導書に対して、“ニトクリスの鏡”によって悪意持つウィルスが送り込まれたならば。

 闇の書に対して、“ミレニアム・パズル”によって悪意持つウィルスを送り込むこともまた可能。


 【裏の裏は表、ウィルスに侵された身体への新たなウィルスは、元の身体にとってワクチンということだ】


 「まあ、“探究者”が送り込んだウィルスが何であったかは気になるけど、そこまでは書いてないんだ」


 【しかし、その資料を書いた人はどうやって?】


 「それなんだけど、この本の著者はおよそ150年前、最高評議会のメンバーが次元世界の平定のために戦っている時期に書いている。どうやらその時代は“闇の書ごとき”は見向きもされない程、大量破壊を行う質量兵器に溢れていたみたいで」


 【何とも、恐ろしい話だ】

 しかし、ジュエルシードの保有する魔力などを考えれば、さもありなんとも思える。

 次元干渉型のロストロギアや、旧暦末期の大量破壊兵器は核兵器を超えるものが揃っていたというのだから。


 「それで、この著者もトールと同じように“ニトクリスの鏡”の欠片を手にしたらしく、稀少技能で物体の“記録”を参照したとか。名前は、アベニール・アコース」


 【なるほど、ひょっとしたらロッサの先祖にあたるのかもしれないな】

 クロノの友人、ヴェロッサ・アコースもその手の稀少技能を有する家系であり、中には物質の記録を読み取る能力者もいたという。

 もっとも、ヴェロッサの技能は人の頭脳を読み取るものであったが。


 「ただ、共著者もいてね、最後の方には、彼の協力があったからこそ、ここまで正確な資料を執筆出来た。私の能力も彼がいればこそ、みたいなことが書かれているんだけど……」


 【どうした?】


 「共著者の欄には、“デザイア”としか書かれてないんだ。これは欲望を意味する言葉で、以前の資料も当時の言葉で欲望を意味する“ヴンシュ”だった。何らかの符合を感じるんだけど……」

 それが何を意味するかまでは、まだ分からない。

 ユーノ・スクライアとクロノ・ハラオウン。

 10年後には、無限書庫司書長と次元航行艦隊の臨時司令官となる二人が、無限の欲望の真実と歴史に与えた影に気付くのは、“復活”の前後においてのこと。

 そして―――


 「ねえユーノ、そんなの、どこにあったんだい?」

 溜まった疲労からしばらく休んでおり、席を外していたアルフがやってきて、そんな問いを発する。


 「え? これ、君が捜して来てくれた資料じゃないか、アルフ」


 「ああ~、そうだったかな………疲れてたからうろ覚えだけど、そんな記憶はないよ」


 「じゃあ、あの時のアルフは誰? ロッテさんかアリアさん?」


 【いや、あの二人もわざわざアルフに変装する理由はないだろう………多分な】


 「どしたのさ、クロノ?」


 【エイミィと母さんに変装した二人に騙されて、危うく大人の階段を登りかけ……い、いや、忘れてくれ!】


 「ああ~~」


 「聞かなかったことにしておくよ」

 こうして、ロッテとアリアの素行の悪さもあり、この時には些細な疑問であったこの問題が取りざたされることはなかった。





新歴65年 12月22日  第一管理世界  ミッドチルダ  某所


 「お疲れ様、ドゥーエ」


 「別に、以前ドクターが無限書庫から無断で借りて、借りっぱなしになってた本をこっそり戻しただけよ」


 「気まぐれで行動するところだけは、何とかなればよいのだけど、“私にとってはアルバムのようなものだからね、たまには読みたくなるのさ”ってね」


 「無理でしょ、何せ、彼は無限の欲望(アンリミテッド・デザイア)なのだから、理知的で聡明な、“一番目”の貴女はともかくとしてね、ウーノ」


 「貴女は酷薄で道化なる“二番目”だから、その辺りが分かるのかしら、ドゥーエ」


 「さて、そういうこともあるでしょうけど、そうでないこともあるかもしれない」


 そんな会話が

 遠いどこかで

 静かに交わされていた




あとがき
 次回で、闇の書の闇撃滅作戦、通称、“クリスマス作戦”開始のところまで進めたいと思います。要素は全て揃っているので、後は準備を整えて進むのみです。
 あと、今回の話で大分明らかになったようなものですが、夜天が闇へ墜ちた経緯を、“間章、永き夜を超えて”として挟もうと思います。A’Sだけならば今回の分だけの情報開示で十分ですが、StSに繋がる要素が多くあるので。

 なお、ベルカの歴史については大半をサウンドステージイクスを参考にしており、台詞以外で説明している部分はnanohawikiにある情報の若干アレンジしたものとなっています。





[26842] 第四十二話 作戦開始
Name: イル=ド=ガリア◆9d8bc644 ID:ee4ccd9f
Date: 2011/08/20 15:23
Die Geschichte von Seelen der Wolken


第四十二話   作戦開始




新歴65年 12月22日 次元空間  時の庭園  脳神経演算室  PM3:00

 木曜日:突入組、準備状況

 『個体登録(レジストレーション)完了、仮想空間(プレロマ)の展開に支障なし』

 【ミレニアム・パズル全回路の反応テスト終了、門への接続部もチェック完了。システム、オール・グリーン】

 ニトクリスの鏡と呼ばれるロストロギアの欠片を基に、機械装置によって再現せし人格投影型事象変換OSミレニアム・パズルの力を最大限に発揮できる場所、脳神経演算室。

 そこには、医療用のベッドというよりも、台座に鏡を嵌めこんだような形を成している古代ベルカの王の遺体を安置する祭壇に近い装置が8つ円形に並べられている。

 人格投影型事象変換OSミレニアム・パズルの門、“アルゲンチウム”。

 中央制御室にほど近く、時の庭園の中でも特に高度な機械類がひしめき、接続されているその台座の上に、闇の書の守護騎士ヴォルケンリッター4名と、フェイト・テスタロッサ、高町なのは、クロノ・ハラオウンの姿がある。


【被験者観察用生体モニタ全接続を確認。被験者の状態、全員ほぼ正常。潜入(ダイブ)に問題なしと判断】

 『了解しました。ミレニアム・パズルの門を解除します。“アルゲンチウム”の起動を承認』

 ミレニアム・パズルは闇の書の闇を葬る最終作戦において、重要な鍵となる可能性が極めて高いことが管制人格のアインスによって示されており、無限書庫組の活躍によってその裏付けも取れた。

 他のメンバーも時に意見交換をし、新たに上がった課題への対処を考えながらそれぞれの準備に追われているが、ここにいる7名は最終作戦における“突入部隊”となることが現段階でほぼ決定しているため、早い段階から調整を行っており、今回改めて個体登録(レジストレーション)を行うこととなった。


【“アルゲンチウム”、解凍。仮想空間(プレロマ)の構築を開始します】

 そのための作業を行えるのは時の庭園の管制機トールと中枢演算機械アスガルドのみ。“ドラット”による闇の書出荷ラインと並行しながら、彼らは複雑極まる演算を続けていく。


 『レイジングハート、バルディッシュ、グラーフアイゼン、クラールヴィント、レヴァンティン、S2U。電脳空間においては貴方達こそが要です。今回は個体登録(レジストレーション)の精度を高めるための試験的な潜入(ダイブ)に過ぎませんが、くれぐれも注意を怠らぬよう』


 『『 Yes. 』』
 『『『 Ja. 』』』


 『それでは、送信を開始します。ご武運を』

 ミレニアム・パズルによって仮想空間(プレロマ)に送り込まれた7人は、そこで限りなく実戦に近い模擬戦を行う。

 現実の肉体ではない場合での戦いに慣れることも大きな目的ではあるが、最大の理由はベルカ式のアームドデバイスであるグラーフアイゼン、クラールヴィント、レヴァンティンとの調整を行うため。

 “クリスマス作戦”において、彼らデバイスは最も大きな役割を負うことになる。





新歴65年 12月22日 次元空間  時の庭園  中央制御室  PM4:00

 木曜日:電脳組、準備状況

 「ええっと、闇の書の中枢は四重の障壁に守られとって……」


 『はい、中枢ユニットは物理と魔法に対応した4層の防御結界で鉄壁の守りを誇ります。ただし、その属性は現実空間に限ってのものであり、電脳空間ならば異なる特性を秘めます』

 八神はやてとアインス。

 彼女ら二人は“クリスマス作戦”までの1週間をほとんど中央制御室で過ごすことが決定している。

 作戦時における彼女らの役目もあるが、何よりも現段階ではアインスの具現化がここでしか行えず、他の場所で行おうとすると設備を他に用意する必要があり、アスガルドの演算リソースの多くがとられてしまうためである。


 「つまりは、ファイアーウォールが4つある、ちゅうことや」


 『そうなります、ヴォルケンリッター達とあの小さな二人の魔導師が防衛プログラムを引き受けてくださる間に、主と私はこの4つの壁を突破しなければなりません』

 転生機能や防衛プログラムを闇の書から切り離し、消滅させるだけならば、プログラムの中枢機能まで進む必要はなく、外周部から“患部”を切除するだけで十分という演算結果は出ている。

 しかしそれでは、暴走プログラムの根源が管制人格内部に残り、時を経れば再び暴走プログラムを再生させ、それを防ぐために彼女が消滅したとしても、“闇の欠片”が独自に動く可能性も否定できない。

 故に彼女らは、闇の書がまだ原型を留めている段階で中枢まで侵入し、蓄積された闇を破壊し、既に融合してしまった原初のウィルスを切り離す作業を行う。


 『しかし主、コンピュータ関連の用語に随分詳しいのですね』


 「うん、管制機さんが空いた時間に色々教えてくれたからな」


 『そうでしたか、私からもいずれ感謝の言葉を述べねばなりませんね』

 ただし、アインスははやてが洗浄マシーンの餌食になったことは知らない。


 「さて、それはどやろ? それより、その壁の特性も、それぞれで違うんやな」


 『管制機トールが便宜上、これらをカイーナ、アンテノーラ、トロメア、ジュデッカと命名しています』


 「地獄の最下層、神様に刃向った罪人が落とされる氷結地獄の四層、コキュートスや」


 『そしてその奥、1000年もの間に闇が凝縮した中枢を奈落(アビス)と』


 「そのアビスに辿り着くまでは、誰の手助けも借りることは出来へん、ってことか」

 つまりそれは、八神はやてという少女に“クリスマス作戦”の成否の全てが懸っていることを意味する。

 管理局が実行するまともな作戦ならば考えられず、気が狂っているともとられかねないが、このような作戦を実行するためにこそ、ギル・グレアムの協力は欠かせない。

 闇の書事件における最高責任者は紛れもなくギル・グレアムであり、彼が“良し”といえばどんな作戦でも実行可能なのだ。人員や資材の面では限界はあるが、それも時の庭園と地上本部の協力によって埋めあわせは可能である。


 『トールとアスガルドも最大限の支援を行ってくれますが、それは間接的な手法に限られます。もし彼らが直接的に中枢部へ干渉を行えば、転生機能が発動してしまう可能性が高い』


 「だから、トールさんは防衛プログラムを騙したり、闇の書システム全体に負荷をかけて機能を鈍らせるとかが限界なんや」


 『はい、真に心苦しいのですが、主は私だけを供とし、強大な4つの地獄を突破し、1000年間の間に積み上げられた闇の中枢、アビスを破壊せねばなりません』


 「大丈夫やって、アインスが一緒にいてくれるんやから、こんな心強いことはないよ」


 『主……』

 その言葉は、永い時を一人で涙と共に過ごした彼女にとって、何よりも嬉しきもの。

 ヴォルケンリッター達の目覚めははやてが9歳になった時の誕生日であったが、彼女だけは、はやてが生まれてすぐの頃から見守り続けてきたのだ。


 「それに、もっとちゃんとしたいい名前も考えてあげな」


 『………ありがとうございます、その日を、心待ちに致します』


 「“クリスマス作戦”はちょうど聖夜やから、その日がええな。12月25日が、アインスの本当の意味での誕生日、ちゅうことや」


 『守護騎士達と主が皆同じで、私だけ異なるというのも少し寂しいものですね』

 まだ1年も経っていないため、八神家が5人家族になって以来一度も誕生祝いは行っていない。

 ただ、現在のところは守護騎士4人もまたはやてと同じ日に生誕したことになるだろうか。


 「あはは、確かにそうかも。じゃあ、私はともかくとして、皆がそれぞれ、最初に温かい思い出になっとる日を、誕生日にしよか」


 『……それもおそらく、意味がないと思いますよ』

 優しく、静かに降り積もる雪の結晶ように美しく微笑みながら、アインスが心の底より嬉しそうに言う。


 「そか?」


 『ええ、最初に温かい思い出を授かった日とするならば、あの子達全員が降臨したその日とするでしょうから』

 心の底から、そう思う。

 あの瞬間は、書の中で一人眺めていただけの自分にとっても、光輝く刹那の刻であったから。


 「そ、そうかま、あ、あはは~」

 真っ直ぐにそう言われると、流石にはやても気恥ずかしい。

 ヴォルケンリッター達ははやてにとって家族であると同時にどこかで子供のように思っている部分もあるが、アインスだけは別。

 彼女は、はやてが生まれてすぐの頃から傍に在り、いつも見守ってくれた母親のような存在だった。





新歴65年 12月23日 次元空間  時の庭園  屋外  AM11:00

 金曜日:突入組&無限書庫組準備状況


 本日は天皇誕生日であるため、なのはとフェイトも午前中から模擬戦に参加。


 「しかしまあ、改めて見ると、すっごい面子だねえ」


 「確かに、一斉攻撃の際の火力なんて凄いことになってそうだ」

 相も変わらず模擬戦を繰り返す突入組に加え、“クリスマス作戦”決行も近いこともあって今回は無限書庫組も参加していた。

 アルフとユーノは基本サポート班なのでそれほど激しく戦っているわけではないが、現在向こうの方ではシグナム・シャマルペアと、ロッテ・アリアペア、逆側ではなのは・フェイトペアとヴィータ・ザフィーラペアが戦っている。

 なお、クロノは例によって別の仕事が入っており、つい先程まではユーノはなのはと、アルフはフェイトと組んで戦っていた。


 「ロッテさんとシグナムさんの近接での戦闘能力は大体同じくらい、かな」


 「だねぇ、問題はシグナムの連結刃だけど、ロッテの経験も並じゃないから、上手く立ち回ってる。それよりも、後方のシャマルとアリアの方がよっぽど凶悪だよ」


 「超遠距離からのバインド攻撃に、リンカーコア摘出、か」


 「あの二人が組んだら最悪なんてもんじゃないよ」

 後方支援役というのはガチンコ戦闘には弱いが、自分の力を最大限に生かせる土俵では凶悪極まりない。

 そういった面で、シグナムやヴィータはバランス型とも呼べるだろう。如何なる状況においても前線で活躍できる能力と柔軟性、戦闘経験を保有している。

 なのはとフェイトはパラメータ的には既に一流だが、肝心の経験がまだ十分とはいえない。最近は守護騎士との容赦ない模擬戦を重ねたことで徐々に改善されているが、それでも“初見殺され”の特性は抜けきっていない。


 「向こうは、なのはがザフィーラさんと戦って、フェイトがヴィータとか」


 「相性は悪くない、というか、逆は無理だね」

 フェイトとザフィーラでは相性が悪すぎる。

 高速機動型であり、防御が薄いフェイトにとって鉄壁を誇るザフィーラはまさしく鬼門。なのはとヴィータの場合、レンジによって相性は大きく変わるが、総合的に見れば良くも悪くもない、といったところだろうか。


 「フェイトの速度を、ヴィータは誘導弾とラケーテンフォルムの使い分けで対抗してる。ギガントフォルムは振りが大きいから、ソニックフォームの前には意味がないし」


 「なのはとザフィーラの方はもっと単純だね、なのはが砲撃を撃とうと四苦八苦してるけど、その度に鋼の軛が邪魔をする。かといって、下手に誘導弾を放てば裂鋼襲牙で投げ返される、しかも自分の魔力弾プラスで」


 「古代ベルカ式の格闘術を究めれば、誘導弾を“受け止めて投げ返す”ことも出来るんだもんね」


 「中でもザフィーラは厄介さ、あいつの場合は実体弾でも魔力弾でもおかまいなしに投げ返すからね。あいつに投げ返させないとしたら、クロノのエクスキューションシフトか、フェイトのファランクスシフトでもなきゃむりだよ」

 それが、盾の守護獣ザフィーラ。

 なのは、フェイト、シグナム、ヴィータのような強力な攻撃手段こそ持たないが、防御力に関してならば群を抜いている。


 「砲撃を放っても、ザフィーラさんの障壁を突き破るのは容易じゃない」


 「砲撃はなまじ大きい分だけ、全部が当たるわけじゃないからね。収束度ならシグナムのシュトゥルムファルケンに勝るものはないだろうさ」

 一本の矢にフルドライブの魔力を込めての、音速を超えた精密狙撃。

 障壁を貫くことに関してならば、他の追随を許さない。


 「かといって、まさかここでスターライトブレイカーはねえ」


 「あたしら全員死んじまうよ。ここは時の庭園の建物の中じゃないんだから、結界だけで次元空間と断絶してるってのに、“結界の完全破壊”の特性の収束砲なんて撃ったら―――」

 それはさながら、宇宙船の中で大砲を撃つようなもの。

 乗組員の全員が宇宙空間に放り出される以外の結末があり得ない。

 だからこそ、フルドライブで戦う際には強固な結界と外壁を持つ専用の建物を使用する。ユーノやアルフがいるのも万が一に備えてといえるだろう。

 そんなこんなで模擬戦は続いたが、今回は時間制限を設けての戦いであったため、怪我人が出ることなく終了となった。


 『湖の騎士シャマル、よろしいでしょうか』

 そこに、中央制御室の機械仕掛けより通信が入る。


 「はい、なんでしょう?」


 『管制人格アインスの進言内容を私とアスガルドがシミュレーションを行いましたが、91.11%の高確率となりました。というわけで、例のアレをお願いします。フェイト、アルフ、ユーノ・スクライアも準備を』


 「あ、あれ、ホントにやるんだ」


 『危険はありませんので、心配はいりませんよ、フェイト。湖の騎士シャマル、分かっているとは思いますが、万が一失敗した暁には、貴女の喉の奥に本物のサドゾマ虫を捩じ込むことになりますので、ご注意を』


 「罰ゲーム重すぎません!?」

 シャマルに植え付けられたトラウマもまた、相当なものとなっている。


 『失敗しなければよいのです』


 「そ、そうですけど……」


 「へ、平気なのかな」


 「大丈夫だよフェイトちゃん、精神的に少し来るけど、痛みそのものはそんなにするわけじゃないから」

 経験者として語るなのはだが、それはなのはだからじゃないかな、と思うフェイト。

 とはいえまあ、これも“クリスマス作戦”の一環である以上は、はやてのためにフェイトも覚悟を決める。


 「まあ、大丈夫だよね」


 「若干不安は残るけど、シャマルさんを信じよう」

 同じく、リンカーコア摘出の対象となるユーノとアルフも顔が引きつっているが、他に選択肢はない。


 『それでは、次の対戦内容は、高町なのは、ユーノ・スクライア組とシグナム、ヴィータ組。フェイト、アルフ組とシャマル、ザフィーラ組といたしましょう』

 ロッテとアリアが一旦休憩となり、無限書庫組が交代する形で模擬戦再開。

 そして、しばらく壮絶な空中戦が続いた後―――


 「つかまえ、った!」

 シャマルの鬼の手、もとい、リンカーコア摘出によってフェイトのリンカーコアが引き抜かれ、“たまたま”近くにあった闇の書へと吸収されていった。


 「闇の書の完成を目指してたあたしらが言うのもなんだけど、本当にいいのこれ?」

 リンカーコア摘出に関する術式を、シャマルに比べれば遙かに粗いとはいえ一応修めているロッテとアリアは、救護要員として待機している。


 『問題ありません。模擬戦中に起こった、うっかりシャマルによる悲しい事故です』


 「うっかりシャマル……」


 『高町なのは様は既に収集されておりますから、残るはユーノ・スクライア様と、アルフと、貴女がたですね。守護騎士の方々は別枠となりますので』


 「それで、蒐集されたリンカーコアを模った敵と、闇の書内部で戦う可能性が高い、と」


 『管制人格アインスの情報によるものです。防衛プログラムが取るであろう“形”は、歴代の主の下での蒐集の結果、つまり、リンカーコアを持つ魔法生物か魔導師を模ったものとなる。ならば、最も近いものが具現化される可能性は高く、そうなればこれらの模擬戦の結果が生きてきます』


 「確かに、相手の特性や何をやってくるかが分かれば、対策も立てやすいしね、敵がなのはやフェイトの模造品なら、オリジナルへの対策がそのまま当てはまる」


 「でも、クロ助は?」

 それまでトールと話していたアリアだが、そこにロッテが参加。


 『クロノ・ハラオウン執務官の場合、突入組の他6人では弱点を突きにくい、というよりも、弱点らしい弱点がありません。彼の模造品が出てきても対処が難しく、それならむしろ出てこない方が良い』


 「あー、確かに、そういう風に鍛えたからね」

 クロノの教導を担当したのは他ならぬロッテとアリアの二人。

 目立った特徴がない代わりに、隙もない。事前情報があまり役に立たない戦闘スタイルである。

 その過程で大人の階段を昇りかけてしまったクロノだが、ぎりぎりでセーフ。彼が大人の階段を昇る相手はエイミィになる可能性が大である。


 『そういうわけでして、フェイトお嬢様、アルフ、ユーノ・スクライア様の3人から蒐集を行う予定です。もっとも、リンカーコアの形質情報さえあれば十分だそうなので、蒐集の量そのものは高町なのは様の場合に比べて4分の1程です』


 「じゃあ、今日一日ぐっすり眠れば全快、ってことか。つか、私達との会話では様付けて呼ぶんだ」


 『彼は時の庭園の客人ですし、フェイトお嬢様は我が主の御息女です。私が呼び捨てに出来るのは使い魔であるリニスとアルフくらいのもの、もっとも、フェイトお嬢様と話す際には呼び捨てにするよう心がけておりますが、これは私にとっても区切りです』

 すなわち、家族から墓守へと。

 フェイト・テスタロッサの家族としてのトールの役割は、徐々に終わりを迎えつつある。


 「ほんと、デバイスだね、アンタは」


 『ええ、デバイスです。いよいよ決戦も近いことですし、私とアスガルドの稼働率も限界まで引き上げます』

 そう、いよいよ決戦は近い。

 後方支援組も、電脳組も準備をほぼ完了しており、突入組、無限書庫組も着々と進んでいる。

 明日のクリスマス・イブはほぼ一日を休息に費やし、その次の日こそが―――


 「しまった―――外しちゃった」

 そこに、シャマルの声が響き渡る。

 フェイトに続き、ユーノまでは問題なく終えたシャマルだったが、最後のアルフのところでうっかり属性が発揮された模様。

 なんか変な感じでリンカーコアがシャマルの手以外の部分に引き抜かれ、素人目にも失敗したことが容易に分かる。


 『アスガルド、判決を』


 【The Death Penalty.(極刑)】


 『了承しました』

 デバイス裁判は、極めて簡素。

 証人喚問も尋問もなく、判決は下された。


 「待って! 待って待って待って! もう失敗しませんから! どうか執行猶予を!!」


 『裁判長、如何です?』


 【Rejection.(却下)】


 『了承』

 控訴審の結果、敗訴。

 シャマル被告には、有罪が確定された。


 「クラールヴィント! 旅の鏡を!」

 無慈悲なる判決の前に、最高裁への上告の無意味を悟ったシャマルは即座に時の庭園からの脱出を試みるも―――


 『Mir tut es leid.(申し訳ありません)』

 彼女の魂から返った言葉は、否定であった。


 『機械仕掛けの神、発動』

 【演算完了】

 管制機トールの権能、“機械仕掛けの神”が発動し、クラールヴィントの活動が封じられる。

 ここは時の庭園、さらに管制機トールの本体は現在中央制御室にあり、その本領が発揮できる状態にある。

 追い打ちをかけるように、“クリスマス作戦”に向けて、レイジングハート、バルディッシュ、グラーフアイゼン、クラールヴィント、レヴァンティン、S2Uのアスガルドとの調整が進められており、如何なる状況下でも“機械仕掛けの神”が発動可能となっている。

 それ故、シャマルは己の魂すら敵陣営に回り、孤立無援となった。


 『処刑執行人ら、いでませい、ゴッキー、カメームシ、タガーメ、スカラベ、出撃』


 「ロッテ! 逃げるわよ!」


 「言われなくても!」

 悪夢の中隊長機が降臨する前に、猫使い魔二人は逃げた、見事なまでに逃げた。とりあえず時の庭園を脱出して、アースラまで逃げた。


 「フェイトちゃん、逃げて! あ、良かった。蒐集で眠ってるままだ―――って、私も逃げないと!」


 「テスタロッサは私が運ぶ! お前はスクライアを頼む、高町!」


 「りょ、了解しました!」

 ユーノは無事に蒐集が済んだが、終了と共にフェレットモードに移行しており、なのはでも簡単に運べる。

 なお、胸元に抱えるように運んでいたため、途中で気がついたユーノが赤面どころではなかったらしいが、それは別の話。


 「まったく」

 半ば呆れつつも、シャマルの失敗によって狼形態のまま倒れるアルフを抱えて離脱するのは、盾の守護獣ザフィーラ。目指す先はメディカルルーム。

 流石に狼であるアルフを抱えられるのはザフィーラくらいしかいなかった。なお、フェイトはシグナムがお姫様抱っこしている。


 「悪いな、ザフィーラ」

 そして、特に仕事のないヴィータもまた、シャマルを見捨てて逃走。既にシャマル自身が飛行魔法で逃げているため、見捨てたという表現は妥当ではないかもしれない。

 ただ、発信機として機能することを恐れたシャマルによって捨てられたクラールヴィントを拾ったのはヴィータであった。


 『Zeigen Sie Geist bitte. Klarwind.(元気を出して下さい、クラールヴィント)』

 『Danke. GrafEisen.(ありがとう、グラーフアイゼン)』

 已むなき事情があったとはいえ、主に捨てられたクラールヴィントを、グラーフアイゼンが慰めていた。麗しきデバイスの友情である。


 「しかし、クラールヴィントが封じられては、シャマルもどこまで逃げ切れるものか」


 「ここにいる限り、無理だろうな、転送ポートもシャマルは使えないように設定されてるだろうし、シャマル個人の転送魔法も、庭園を覆う結界で封じられてるだろ」


 「かといって、機械が相手で慈悲を乞うたところで意味無く、大人しく捕まっても求刑は変わるまい」


 「シャマル、お前のことは忘れねえぜ」

 そして、時の庭園のあちこちには管制機トールと中枢機械アスガルドの手足たる魔導機械が蠢き始めている。

 虫型サーチャーも次々に姿を現し、逃亡犯を捕縛すべく総力を挙げつつある模様。

 湖の騎士シャマルの運命は、まさしく風前の灯であった。






新歴65年 12月23日 次元空間  時の庭園  中央制御室  PM0:30

 金曜日:電脳組、準備状況


 「ふう、そろそろお腹すいたなあ」


 『それでは、食堂に向かいましょうか、車椅子をお押しします』


 「おおきにな」

 こちらは真面目に準備を進めている電脳組2人。

 現在は中央制御室でのみ映し出される立体映像に過ぎないアインスだが、この時の庭園だからこそ成せることがあった。


 『トール、人形のコントロールを貸していただけるだろうか』

 魔導人形を操る、“機械仕掛けの杖”の本体が中央制御室にはある。

 現在“闇の書”は中央制御室に直結されており、“干渉”と判断されるリスクを回避するため、中央制御室に出入り可能な人間は八神はやてのみに限定されている。

 そのため、足が未だ不自由な彼女のサポートを行えるよう、介護用の魔法人形の制御をアインスが行える仕様へトールが調整を行った。

 完璧に再現とまではいかないが、人形の外見もアインスに近似したものとなっているのは流石というべきだろうか。


 『構いませんが、現在廊下を移動するのは、あまりお勧めいたしかねます』


 『どういうことだ』


 『百聞は一見にしかず、まずはご自分の目でお確かめになられるのが最善かと』

 とのことで、アインスは中央制御室の外へと歩いていく。興味がわいたのかはやても自分で車椅子を動かし後に続く、中央制御室は基本バリアフリーなのである。

 そして、扉を開いた先には―――


 『湖ノ騎士ヲオ探シダ、管制機ガオ探シダ』

 『しゃまる被告ヲオ探シダ、中枢機械ガオ探シダ』

 低い声、というかむしろ不気味な声を上げながら、傀儡兵が廊下を徘徊していた。

 なお、通常の機械的な傀儡兵のみではなく、“ムッカーデ”などの姿もちらほら見受けられる。

 また、廊下の奥にはゴッキーの姿も確認されたが、咄嗟にアインスがはやての目を塞いだため、目に毒な光景ははやての網膜へ飛び込むことはなかった。

 短くも大いなる沈黙の後―――


 『………』

 バタン。

 そしてアインスとはやては。


 『主はやて、取りあえず出前でも頼みましょうか』


 「うん、そやね」

 なかったことにしたらしい。



 およそ30分後、言語に絶する悲鳴が遠くから聞こえてきたような気がしたが、二人はあくまで気のせいで済ませ、四重のファイアーウォールを突破するシミュレーションと、プログラム上の特性の学習に専念していたそうな。







新歴65年 12月24日 次元空間  時の庭園  会議室  PM11:00


 高町家ではクリスマスを祝うパーティーが行われ、時の庭園でも“クリスマス作戦”参加者によって勝利を願っての前祝いを兼ねて宴会が行われていた。ただし、アルコールは抜きで。

 最初は高町家の方に参加していたなのはとフェイトも、8時頃には時の庭園に到着し、一緒になって騒いだ。

 ただ、八神家の五人は中央制御室でアインスと共にあり、明日の作戦の成功を願いつつ、ユーノが調べた情報と自分達の記憶を繋ぎ合わせながら、過去の話に興じていた。

 宴会が終わったのはおよそ9時頃、それまでに大半の準備は済まされていたが、最後の準備に数多くスタッフが時の庭園とアースラの両方を駆けまわった。

 そして現在、日付が変わるまで後1時間に迫った時刻、“クリスマス作戦”の主要メンバーが会議室に揃っていた。


 『それでは、作戦開始まで残り1時間となりました。皆さま既に作戦内容は隅々まで把握されていることと存じますが、最後にもう一度、私から作戦の確認を行わせていただきます』

 なのは、フェイト、アルフ、ユーノ、クロノ、エイミィ、リンディ、グレアム、ロッテ、アリア、はやて、アインス、シグナム、ヴィータ、シャマル、ザフィーラ。

 皆が頷き、管制機が抑揚のない機械の言葉で静かに説明を開始する。


 『まず、フィールドについて説明いたしますが、“闇の書”はここ、中央制御室に置かれ、ミレニアム・パズルのある脳神経演算室と直結しています。この位置関係は、私とアスガルドの演算性能を最大限に発揮するためのものであるといえます』

 闇の書をスーパーコンピュータと直結した状態で起動させる。

 それが“クリスマス作戦”のポイントの一つであり、既に665ページの蒐集は完了。最後のリンカーコアが蒐集されれば、闇の書は完成となる。


 『八神はやて様はお一人で時の庭園の離れ、危険生物封鎖区画にて待機なされます。ここはかつてジュエルシードに関する生物実験を行った区域で、真竜クラスでなければドラゴンの暴走にも耐え得る設計となっております』

 闇の書完成時に、主と魔導書を切り離しておく。

 となれば、何が起こる?


 『闇の書完成と同時に、暴走プログラムは八神はやて様と強制ユニゾン、破壊活動を開始したします。しかし、闇の書は時の庭園の魔力炉心“セイレーン”の膨大な魔力とアスガルドの情報処理によって封印を施し、主への転移を封じます、となれば無論、主の方が魔導書へと向かうことになります』

 転生機能以外ならば、通常の封印手段であっても転移を抑えられるのは過去の闇の書事件から確認済み。


 『現実空間における暴走体の活動、闇の書と切り離すことで行動を制限したそれを足止める役が、ユーノ・スクライア、アルフ、リーゼロッテ、リーゼアリア、そして、リンディ・ハラオウン艦長の5名となります。この5名が危険生物封鎖区画内部へ入り、武装局員は総員で強装結界を展開、暴走体を封じます』

 そこまでが、現実空間における対処。


 『その間に、八神はやてと完成人格アインスの2名は、闇の書の内部空間を中枢目指して侵攻することとなります。カイーナ、アンテノーラ、トロメア、ジュデッカを突破し、アビスを破壊する。現在における推定時間はおよそ5時間半と見積もっております』

 つまりそれは、5時間半もの長時間に渡って、闇の書の暴走体を止めねばならないことを意味している。

 いくら“クラーケン”の魔力によって結界を張るなどの補助があるとはいえ、並大抵の苦労では済まないだろう。


 『そして、闇の書内部の防衛プログラムが八神はやて、アインスの両名に向かわないよう、囮となる役が、高町なのは、フェイト・テスタロッサ、シグナム、ヴィータ、シャマル、ザフィーラの6名。ミレニアム・パズルによって貴女達6名をウィルスとして闇の書内部へと送り込みます』

 そしてさらに、それだけではない。


 『本作戦の根幹を成すジュエルシードは、8つの台座の中枢に位置し、物理的にはレイジングハートとバルディッシュに接続されます。闇の書の呪いが守護騎士4名に及ばぬための処方は、高町なのはに一任、フェイト・テスタロッサはそのサポートに回り、然る後、全員を電脳空間へと潜入(ダイブ)させます』

 それが、突入役6人の役目。

 暴走プログラムを騙し、実力によって排除し、本命のはやてとアインスの下へ向けさせない陽動役。


 『クロノ・ハラオウン執務官は、ミレニアム・パズルと闇の書の連結点、すなわち“門”たるアルゲンチウムを電脳空間で防衛する役となります。現実空間で破壊されればアウトであるのは当然として、電脳空間で道を閉ざされれば、突入組は退路を失うこととなります』

 クロノの役は言わば殿軍。

 前線組が突入し暴れまわる間、退路を確保し維持する目立たぬが最重要の役目である。


 『突入組の6名と中枢へ向かう2名は完全固定ですが、その他は状況によって流動的です。電脳空間で戦う場合はリンカーコアの疲労はありませんから、“休息する”ことに利用可能であり、暴走体を止める役を一時的にクロノ・ハラオウン執務官が代行し、リーゼロッテ、リーゼアリアが電脳空間で退路を維持する役になることも考えられます』

 しかしそれは、効率の良い手段ではない。

 電脳空間で最大限に実力を発揮するには、守護騎士のように自らもプログラム体であるか、デバイスの補助を受けるかで決まる。

 現実空間での足止め組のユーノ、アルフ、ロッテ、アリア、リンディの5人はいずれもデバイスを用いないため、電脳空間では実力を発揮しにくい。

 ストレージデバイスS2Uを使うクロノも向いているわけではないが、彼はこの日のために、ある程度の思考機能を備えた新型デバイス、デュランダルの扱いを練習し、個体登録(レジストレーション)も済ませてある。

 武装局員の小隊長達に代行してもらう手段もあるが、Aランクの彼らでは、単独で退路を維持するのは難しく、効率的な戦力配分を考えるならば、彼らは暴走体を食い止める役が相応しいのは事実。


 『現実空間の管制役は、エイミィ・リミエッタ管制主任。電脳空間の管制役は、私、管制機トール。全体指揮はアースラよりギル・グレアム提督が取られます』

 “クリスマス作戦”の総司令官はあくまでギル・グレアム。

 不測の事態が発生した場合や、誰かを切り捨てねばならない状況下では、彼の判断に従うことが、予め定められた重要事項であった。


 『そして、首尾よく暴走プログラムの切り離しに成功した場合は、全戦力で以て暴走プログラムを撃滅。この際の主力は突入組6名と中枢へ向かう2名となります。そして、再生機能を司る本体コアを引きずりだし、“旅の鏡”によって時の庭園から遠く離れた空間まで放逐し、アースラの“アルカンシェル”によって消滅させる』

 それが、“クリスマス作戦”の内容。

 ギル・グレアムが“アルカンシェル”の発射権限を持つが故に、魔導師ランクは総合AA+であるが、結界魔法に関してはSランクに相当する働きが可能なリンディ・ハラオウンが現場に降りることが可能となる。

 はやてとアインスが中枢に辿り着くまで、闇の書の暴走体を抑える長期戦においては、リンディ・ハラオウンの能力は不可欠なものであった。


 『作戦開始時は、12月25日、AM0:00。およそ夜明けと同時に終了する予定です』

 なぜその時刻に始めるかと問われれば、精神的な理由でしかあり得ない。

 この作戦の根幹は、闇の書の闇に挑む八神はやてという少女と、ジュエルシードを起動させる高町なのはとフェイト・テスタロッサ、この3人の少女に懸っている。

 その他の部分はデジタルな演算によってパラメータ化が可能だが、この部分に関しては完全に少女3人の精神状況に左右されるため、聖夜に作戦を開始するという要素は、彼女らの自信を補強するための手段でもある。

 闇の書の闇を祓うには、純粋なる少女の想いこそが鍵。

 古い機械仕掛けと、大人達が整えた最高の舞台において、子供達の願いを叶える、デウス・エクス・マキナの幕が、こうして上がる。


おまけ


 リインフォースの名前がなぜ暫定的にアインスになったのかという理由

 「あとでちゃんとした名前付けよう思うけど、とりあえずの呼び方はなにがええやろ?」

 『このまま管制人格とおよびください、主』

 「うーん、それやと管制機さんとかぶるしなぁ」

 『それでしたら、アインスというのはいかがでしょう、お二人とも』

 「アインス? それってたしかドイツ語で1ってことやよね、数字まんまゆうのはちょっと……」

 『いえ、私の知り合いに娘の名前に数字をそのまま当てはめている人物がおりまして、それを参考にしてみました。あくまで暫定ですし、どうでしょう管制人格』

 『私はべつに構わない』

 「まあ、本人が良いならそれでいこか」

 『譲歩、感謝します』


 こういうやり取りがあった末にアインスになりました。トールにネーミングセンスはなく、何かを参考にしなければつけられませんから(ゴッキーたちなんかほぼそのまま)
 ただ、よりによってな人物を参考にしただけで。



あとがき
 いよいよ、A’S編も終盤です。リインフォースの命名は“クリスマス作戦”開始の瞬間、12月25日AM0:00に行われる予定で、その後が数時間、死闘が続くことになるでしょう(過去編ほどではありませんが)。
 当然のごとく、トールやグレアムさんは非常手段や奥の手を用意してはいますが、全体の規模から見れば救命ボート程度の機能しかないのは間違いなく、原作と同じく、分が悪い賭けであることは揺るがない事実です。
 闇に対して、少女達や守護騎士がどう立ち向かうか、紡がれた絆は如何にして収束するか、楽しみにしていただければ幸いです。それではまた。




[26842] 幕間  ガレアの断章
Name: イル=ド=ガリア◆26666ccb ID:ee4ccd9f
Date: 2011/08/21 10:07
Die Geschichte von Seelen der Wolken


幕間  ガレアの断章



 白の国とヘルヘイムの決戦は苛烈を極め、両軍の尽くが死に絶えたと伝わる、極限の死闘であったという。

 白の国に集いし夜天の雲達が皆散っていったのは事実だが、ヘルヘイムの異形の軍勢は全滅したわけではなく、辛くも生き延びた者達がいる。

 ただし、総軍20万を超えたその威容は見る影もなく、黒き魔術の王を失い、地獄の執政官を失い、後継者たるべき闇統べる王すら失い、1万に満たない敗残兵のみが本国に帰還した。


 「このままでは……終わらせぬぞ」

 ヘルヘイムの本営にあり、ただ一人の生存者である“探究者”はヘルヘイムの再建とベルカ全土への復讐戦を誓い、怨嗟の炎と共に王の復活に力を注ぐ。

 黒き魔術の王は既になく、蠱毒の主も無き今、ヘルヘイムの実力者と呼べる存在は彼一人。

 基より、貴族階級や騎士階級なるものは存在せず、ただ強者が上位に君臨していただけの魔人の王国。

 その地位は世襲はおろか、明確な法で定められたものですらなく、王の代行たる蠱毒の主に認められたか否かが、ヘルヘイムの指揮官の証明である。

 だからこそ、“復讐者”は命令に一切従わぬ異端でありながらも、ヘルヘイムの実力者と認められた。その基準はただ一つ、蠱毒の主アルザングの傍に在りながら、“生きていた”からである。

 第一軍団の軍団長であり、強大無比なる魔将軍らもまた、アルザングの傍に在りながらも生きていた者達。

 蠱毒の主の傍らに在ることはいつ殺されてもおかしくない戦場に常時身を置くことと同義、現に、それを理解しえぬ者達はたちどころに“喰われて”消えた。

 それがヘルヘイム、弱肉強食こそが地獄における唯一の法。


 「そのためには……強き王が必要だ」

 しかしそれは、アルザングという絶対者が、地獄の法の執政官として君臨すればこその話。

 現在の“探究者”の力は蠱毒の主に及ぶべくもなく、そも、力で他者を抑えつける以外に支配する術がない魔人の王国において、後継者の力不足は致命的だ。

 彼の本領は研究者であり、戦闘者ではない。二つの要素を高次元で融合させていたサルバーンやアルザングが異常なのであって、他の何者にも真似できるものではあり得ない。


 「闇統べる王が君臨し、私が補佐する、それならば……」

 一人で継ぐのが不可能ならば、二人で分担するは道理。

 蠱毒の主の所業のうち、異形の技術を司る業を“探究者”が受け持ち、配下を従え、ヘルヘイムを組織たらしめる力の象徴を“闇統べる王”が担う。さらにその両翼として、“星光の殲滅者”と“雷刃の襲撃者”は十分な力量を備えている。

 彼の目算に誤りはなく、それが成れば、ヘルヘイムは少なくとも堕落の道を辿ることはなかったかもしれぬ。

 しかし、彼には到底計り知れぬ、想定外があった。

 それは―――


 「なぜだ、なぜ―――目覚めん」

 決戦より1年。

 生命操作の業を尽くし、彼は“闇統べる王”、“星光の殲滅者”、“雷刃の襲撃者”の治療にあたった。

 肉体の損傷自体は1か月の時点で完治しており、リンカーコアや諸々の負傷も数ヶ月も経つ頃には問題なく正常に回帰した。

 にもかかわらず、彼女らは目を覚まさない。

 生命活動だけは継続したまま、培養ポットの中で静かにたゆたうのみ。


 デアボリック・エミッション


 黒き魔術の王サルバーンの誇る最大最強の広域殲滅魔法であり、“腐滅の闇”の魔力特性を球形に拡散させる回避不能の破壊の業。

 ヘルヘイムにおいて、黒い魔術の王の権能たる“腐滅の闇”の存在と、その特性を知るのは蠱毒の主ただ一人。

 それ故に、“探究者”には分からない。彼女らの肉体ではなく、魂が致命傷を負っていることを。


 「いったい、なぜ………」

 もし蠱毒の主であれば、彼女らの魂を“変質”させ、傷があろうとも生きることが可能な“生物に似た何か”に変貌させることが可能であったろうが、それが成されなかったことは、少女達にとって僥倖であったろう。

 しかし、未だ闇精霊(ラルヴァ)を操る術を究めていない“探究者”にはそれは不可能な業。

 ならば、と彼は3人の少女の生きた細胞を用い、同等の能力を秘めた人造魔導師の製造を試みる。

 要は、異形共や闇の騎士達を従えるに足る戦力さえ整えばよい。むしろ、シュテル、レヴィ、ディアーチェの精神性はヘルヘイムを治める上で邪魔になる可能性が高い。


 「……何が、何が足りない」

 積み上げられるは、失敗作の山。

 力量だけならば相当のものであり、並の騎士と戦っても圧倒的できるであろう人造魔導師が出来あがる。

 しかし、在りし日のヘルヘイムの陣容を知る“探究者”にとって、そんなものに価値などない。

 どれほどの試行錯誤を重ねても、どれほどの研鑽を積んでも。

 “探究者”には、黒き魔術の王や蠱毒の主はおろか、闇統べる王の代替すら創り出すことは叶わなかった。

 なぜなら3人は、黒き魔術の王サルバーンが、全ての力を注いで創り上げたヘルヘイム原初の人造魔導師故に。

 例えそれが、“やるからには全力で”程度の、手加減を知らぬ男にとっては価値のない成果であろうとも、地星である者達にとっては、生涯を懸けても届かぬ高み。

 こうしてヘルヘイムは、王を欠いたまま、異形の技術のみを開発し、流出させるだけの毒の流刑地へとなり果てる。

 それでもなおキネザは諦めず、様々な手段を試みるが。

 彼の望みは、ついぞ果たされることはなかったのである。





■■■




 「お久しぶりです、賢王イングウェイ。貴方にお頼みしたいことがあり、白の国の夜天の王、フィオナ・ヴァルクリント、並びに“神代の調律師”フルトンの名代として、融合騎スクルド、参りました」

 この時代において、ベルカの文明圏並びに勢力圏とされる11の世界。

 その内、ベルカ発祥の地であり、その名を冠する世界は中心とされ、第一世界ベルカに君臨する聖王家、ハイランド、シュトゥラなどは長き歴史と強力な騎士団を有する大国として名高い。

 中でも、聖王家の有する聖騎士団は質と量の均衡において最上であり、ハイランドやシュトゥラは強兵の国ゆえか、量においてはベルカの二大強国と謳われるほどだが、質においては聖王家に劣るとされる。

 とはいえそれも、ベルカ最上の聖王家と比較すればの話であり、他の世界に君臨する強国、ミドルトン、エレヒ、アルノーラ、ミラルゴなどに比べれば質・量ともに圧倒している。

 そして、質の面においてならば、聖王家すら凌ぐとベルカ全土に認められた特異な国が一つ。


 白の国


 魔人の王国ヘルヘイムの侵攻によって消滅した白の国の夜天の騎士は、聖王家の聖騎士すら上回るベルカ最強の騎士達であった。

 その実力は、聖王家、ハイランド、シュトゥラの最強の精鋭達に劣ることなく、現に、烈火の将シグナムはハイランド最強を誇る雷鳴の騎士カルデンと対等の実力を有していた。

 しかし、栄えある夜天の騎士達も今はなく。

 その武術の全てと、白の国の知識の全てが収められた魔導書のみが、唯一残る。


 「よくガレアへ参られた。と言いたいところではあるが、その前にいろいろと尋ねなければならないことがある」


 「なんなりと」


 「そう畏まらなくてもよい、私は白の国で放浪の賢者ラルカスの薫陶こそ受けていないが、君の創造主、フルトンとは旧知の仲だ」

 ガレア王国

 ベルカに君臨する国家の一つであり、強国というわけではないが、白の国と同じく古きベルカの業を今に伝える歴史と伝統のある国であり、決戦前に白の国から運び出された書籍が最も多く収容された国でもあった。

 現在の王は“賢王”と名高きイングウェイ、55歳。

 彼自身が言ったように、“神代の調律師”フルトンとは旧知の中で、彼自身が優れた魔術師であると同時に調律師でもあった。

 フルトンが作り上げた自立型の融合騎であり、フィオナから夜天の魔導書を託されたスクルドが決戦の後、二代目の夜天の主を彼に願おうとしたのは、至極当然の成り行きといえる。


 「決戦前の情勢については、シャマルのクラールヴィントから直に連絡を受けている。私の“ナルヤ”もまた、通信と補助に特化したデバイスだ」


 「では、ヘルヘイムとの決戦について、そして、黒き魔術の王サルバーンと、夜天の騎士達の最期の戦いについて、語りましょう」

 そして、スクルドは語っていく、おそらく歴史には残らぬであろう、ベルカの運命を決した戦いの記録を。

 ベルカの地でも数少ない、若かりし頃のサルバーンを知る賢人の一人に。




 「………なるほど、そしてフィオナは、君に夜天の魔導書を託した、か」


 「我が主は亡くなる前、貴方がガレアの王ではなく、守るべき民を持たぬ身であれば、最初の夜天の主をお願いしていただろうとも」


 「私はそこまでの男ではないよ。しかし、彼女らが命を賭して守り抜いた結晶を、決して無駄にはせぬ」


 「それでは―――」


 「うむ、夜天の魔導書、確かに引き受けた。フルトンの古き友として、その友誼に報いることをここに誓おう」


 「……ありがとうございます」

 スクルドの目からは涙が零れ、その“人間らしさ”に、賢王は驚嘆を隠せない。

 王族に生まれた彼は、王位に継ぐ前は調律師としての研究も盛んに行っており、融合騎の構想について友から話は聞いていた。

 しかし、まさかこれほどとは……


 「どうなさいました?」


 「いいや、なんでもない。しかし、この夜天の魔導書があったとはいえ、あのサルバーンをよくぞ倒したものだ」

 その言葉は、掛け値なしの称賛であった。


 「御存知だったのですか、彼を?」

 スクルドの驚きは無理もない。交友関係の広かったフルトンと真逆に、サルバーンを知る人間は極端に少ない。

 まして、ヘルヘイムを築き上げた頃ならばともかく、若かりし頃のサルバーンを知るのは、彼が若木であった頃の白の国の人間くらいなのだが。


 「今より47年前、私が8つのとき、短期間ではあったが、噂に名高き“学び舎の国”、白の国を訪れたことがあった。その時既に20を超え、偉大な調律師として高名を馳せたフルトンに出逢い、弟子と呼べるほどの時間でもなかったが、デバイスに関する基礎知識は彼より教わった」


 「その時に―――」


 「ああ、会ったのはただ一度きりだが、あの存在は忘れられるものではない。当時こそ、君の記録のような化け物じみた力を持っていなかったが、既にハーケンクロイツを片手に、あらゆる武術を極めつつあった」

 カートリッジとフルドライブ、そして熟練した武術によってそれらを自在に操るベルカの騎士の原型がそこにあった。

 未だ魔人の領域には非ずとも、大戦士サルバーンは、既にベルカ最強の戦士となっていたのだ。

 幼き日の賢王イングヴェイには、ハーケンクロイツがデバイスには見えず、結局、何であるかは見当もつかなかったが。

 こうして、記憶装置も制御装置もない、武器としての強固さを極めた処理装置の塊であったことを知らされれば、当時の自分に分からなくて当然と納得できるものだ。


 「………彼の遺産は、全て滅んだわけではありません。ヘルヘイムの残党が力を蓄え、やがて夜天の魔導書を狙ってガレアへやって来るかもしれません」


 「例の“探究者”とやらの“無限の猟犬”は確かに探索手段としては優れているようだな。だが、奴がシャマルのクラールヴィントが守るヴァルクリント城を探索出来なかったよう、このガレアの城も、私の“ナルヤ”がある限り、土足で荒らさせはせん」


 そうして、夜天の魔導書は二代目の主の下、静かに眠りにつく。

 言語に絶す決戦を潜り抜け、今は夜天の魔導書と完全に同化した初代の主とその騎士達。

 しかし、ヘルヘイムの闇が完全に消え去っていない以上、彼らが再び世に出る時も、そう遠いことではない。

 ガレアの国の賢王は、それまでに自分に出来ることを全て成す覚悟を固めながら、“列王の鎖”を未だ保つベルカの国々に散る、放浪の賢者ラルカスの盟友たる者達と通信を開いた。

 その中には、大国ハイランドの軍務卿を務め、雷鳴の騎士カルデンを息子に持つ50近い人物もいたという。

 白の国は滅ぶとも、夜天の意志は未だ絶えず、決戦を避けて散っていった若木へと、受け継がれていく。

 対して、黒き魔術の王サルバーンの意志を継ぐ者など、ただの一人もいなかった。

 なぜなら孤高の王の意志は己のみで完結し、受け継がせようなどという考えが微塵も存在していなかったために。





■■■




 時空管理局の時代、新歴が65を数える頃より、およそ1000年前。

 この時代にも細かい年代は当然存在しているが、歴史家にとっても10年単位で物事を進める程、古き時代。

 白の国とヘルヘイムの決戦より、およそ10年が経過した頃、ヘルヘイムを発した大軍がガレア王国へと槍を定めた。

 どれほど強固な秘密も永遠に隠し通せるはずはなく、白の国への怨嗟に燃える“探究者”はついに夜天の魔導書が現在していることと、それがガレアの賢王によって守られていることを突き止めた。

 ハイランドやシュトゥラ、聖王家と異なり、ガレアは古代ベルカの血を伝える古い国ではあるが、強国ではない。

 ガレアの王家に伝わる業やレアスキルも、戦闘の役に立つというよりも、技術の研究開発に役立つものが多く、ガレア騎士団は忠誠心こそ厚いものの数はそれほどでもなく、忠誠心だけでは戦争には勝てない。


 「夜天の魔導書をヘルヘイムへ差し出せ、さもなくば、民諸共一人残らず皆殺しとする」

 その言葉が、王家への文章ではなく、ガレア王国全体へと響き渡る。

 王こそ不在だが、“探究者”が10年の時を費やして再建した異形の軍勢は20万を数え、その半数、10万もの大軍がガレアへと進軍していた。ただし、昔日の軍勢と比較すれば烏合の衆に等しかったが。

 とはいえ、突如現れた異形の大軍を前に一般の民が平静を保てるはずもなく、彼らは自身の命を守るため、王家が密かに保有する夜天の魔導書を差し出そうと暴走を始める。

 それこそが、キネザの戦略、どちらにせよ皆殺しの運命は変わりないが、ガレアの騎士達は民を殺すことなど出来まい。

 民を脅し、王家へ反旗を翻させ、人間の手で騎士達を殺させた後、怪物の力をもって蹂躙すればよい。


 人と英雄と魔は、三竦み。


 騎士を英雄とするならば、彼らは異形の軍勢に強いが、人によって粛清される運命からは逃れられない。

 守るべき者に裏切られた騎士ほど、惨めで無意味なものはない。

 騎士という存在を何よりも憎み、その栄光を貶めることこそが、主を失った“探究者”に残された最後の一念であったのかもしれない。

 既にヘルヘイムは、キネザの望んだ栄光の形、“魔人の王国”とはかけ離れた、“悪しき人間の国”へと堕落しつつあった。



 「恐れるな! 我が民よ!」

 しかし、昏い復讐の念に突き動かされるキネザの前に、夜天の光が再び立ちはだかる。


 「王家と騎士は、民のために在り! 例えヘルヘイムが幾万の大軍を擁そうとも、お前達が恐れる必要は微塵もないのだ! 我らが必ずや、異形群れを地獄へと叩き落とす!」

 既に65に達する老齢の王が、ただ一人で10万の大軍の前に立ちはだかり、悠然とヘルヘイムの軍勢を見据えている。

 そしてその手には、“探究者”の望んだ夜天の魔導書が。


 「顕現せよ! 夜天の魂!」

 だが、紡がれた言霊は、“探究者”望んだものとは対極にあった。

 彼にとって最も忌まわしき記憶であり、圧倒的な力によって敗北を刻みつけられた、夜天の祝詞。


 「夜天の主の名において命ずる! 夜天の騎士達よ! 白銀の雪の下へ集うべし!」

 賢王イングウェイの右手には、“賢者の杖”シュベルトクロイツが握られ。


 「我を守護せし、円陣を成せ!」

 瞬間、光が弾け飛び、夜天の主を囲むように、4人の守護騎士が顕現する。


 「我等、夜天の主の下に集いし雲」

 北天に、烈火の将シグナム。


「主ある限り、我らが魂尽きることなし」

 東天に、湖の騎士シャマル。


「この身に命ある限り、我らは御身の下に在る」

 西天に、盾の守護獣ザフィーラ。


 「夜天の王にして我らが主」

 南天に、鉄鎚の騎士ヴィータ。


「イングウェイ・フォン・ガレアの名の下に」

 そして、主の頭上に、夜天の魔導書の管制人格、調律の姫君フィオナが。


 「「「「「 Die Geschichte von Seelen der Wolken!!(雲は果てなき夜天の魂) 」」」」」

 二代目の夜天の主の下、夜天の守護騎士が、ここに顕現していた。






 「馬鹿な……」

 その光景は、“探究者”にとってこの世で最も見たくないものであり。


 「お久しぶりです、賢王イングウェイ、貴方にこうしてまた会えるとは」

 白の国の近衛騎士隊長であるシグナムは、幾度も大使としてガレアを訪れ、彼と謁見している。


 「ああ、私もだ、烈火の将シグナム」


 「10年が経っているみたいですけど、賢王様はあまりお変わりないようで安心しました」


 「君の礼儀正しき毒舌も顕在でなによりだ、湖の騎士シャマル」


 「んで、向こうにも馴染みの顔がいやがるな、周りにいるのも、どっかで見たよーな連中ばっかだ」

 最も若き刃であるが故に、賢王を知らぬ鉄鎚の騎士ヴィータは、自分が打倒すべき敵にのみ視線を注ぎ、不敵に笑いながら鉄の伯爵グラーフアイゼンを構える。


 「サルバーンを倒したとはいえ、この縁は容易には切れぬようだな。“探究者”よ、今度こそその首、貰い受ける」

 盾の守護獣ザフィーラもまた、すぐさま突入する構えのヴィータを後ろから支えるよう、拳を構える。


 「申し訳ありません、我が主、騎士達がご無礼を」


 「気にしないでくれたまえ、フィオナ。もう少し後代の主ならばともかく、私が主のうちは君が夜天の王、彼らは君に仕える夜天の騎士でよい。私は白の国の上位に君臨する上級王とでも思っておいてくれればいい」


 「なるほど、それは分かりやすくてよいですね」

 烈火の将もまた、己が魂、炎の魔剣レヴァンティンを。


 「国はなくなっちゃったけど、王と騎士4人がガレア王国に亡命した、って感じかしら」

 湖の騎士も、風のリングクラールヴィントを。


 「では、参りましょう」

 そして、管制人格たる彼女もまた、融合騎としての己の力を発揮し。


 「遠き地にて、闇に沈め」

 二代目の夜天の主が、融合騎フィオナの補助を得て、シュベルトクロイツによって繰り出す最初の攻撃は奇しくも。


 「デアボリック・エミッション!」

 白の国とヘルヘイムの決戦において、最も多くの異形を破壊した、黒き魔術の王サルバーン最大最強の広域殲滅魔法、その模倣であった。





「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!!!!」
「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!!!!」
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「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!!!!」
「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!!!!」
「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!!!!」

 10万もの異形の群。

 それはまともに考えるならば、如何なる騎士でも力尽きること疑いない無尽蔵の軍勢と呼べるはず。

 されど―――


 「駆けよ! 隼!」
 『Sturmfalken!(シュトゥルムファルケン)』

 「轟天爆砕!」
 『Gigantschlag!(ギガントシュラーク)』

 「縛れ! 鋼の軛!」

 夜天の騎士達の魔力には底がない。

 既に人間ではなく、夜天の魔導書に収められた“鋳型”と魔力によって形作られた存在故に、サルバーンとの決戦時の限界を超えたスペックを引き出すことは叶わないが、持久力は別の話。

 残りの人生全てを燃やし尽くすことでまさしく“英雄”と化していたあの時には遠く及ばずとも、“人間の騎士”の極限たる彼らが、夜天の魔導書のバックアップを受け、無尽蔵に回復しながら戦い続けるのだ。


 「静かなる風よ、癒しの恵みを運んで―――」

 「ガレアの国に満ちる小さき者らよ、力を貸してくれ―――」

 さらに、湖の騎士と調律の姫君は、ガレアの騎士達にすらその恩恵を伝え。


 「「 祝福の風、いまここに! 」」

 夜天の祝福を受けたガレアの騎士達は、忠誠を捧げる主君の旗の下、ヘルヘイムの異形を殲滅していく。


 「来よ、白銀の風、天よりそそぐ矢羽となれ――――」

 そして、二代目の夜天の主、賢王イングヴェイもまた、己のリンカーコアを燃やし尽くす覚悟で術式を紡ぐ。

 眼下に広がる異形の群れを殲滅し、己の民へただの一匹も通さぬために。


 「フレースヴェルグ!」
 『Hrasvelgr.』

 超長距離砲撃魔法フレースヴェルグ


 「仄白き雪の王、銀の翼以て、眼下の大地を白銀に染めよ――――」

 守るべき民、己の国を背負い。


 「来よ、氷結の息吹! アーテム・デス・アイセス!」
 『Atem des Eises.』

 古の賢王は、“悪しき人間の国”へと堕した、ヘルヘイムの異形の群を滅殺していく。



■■■



 ガレアとヘルヘイムの戦いは、瞬く間に終わりを告げた。

 10万に達する膨大な兵力も、広域殲滅魔法をこそ本領とする夜天の主の前には塵芥でしかなく、夜天の主を滅ぼすには大軍ではなく、強力な将こそが必須となる。

 しかし、夜天の守護騎士を有象無象の異形如きが破れるはずもなく、そも、“探究者”が率いた軍には人造魔導師や戦闘機人、魔導機械こそ存在したが、アルザングが強大な力によって従えた魔獣はなく、魔将軍に匹敵する強者も皆無。

 そして何よりも、蠱毒の壺より生み出される“穢れの鬼”や“蠱中天”のような切り札が存在していなかった。

 蠱毒の主アルザングの業を全て引き継ぐには、10年という時はあまりに短過ぎたといえるだろう。

 しかし、その10年の間に腹心の騎士達に命じ、賢王イングウェイは密かに蒐集を進めていた。

 賢王のデバイス“ナルヤ”もまた、クラールヴィントと同じくリンカーコアの蒐集を可能としており、彼の調律師としての作品によって、ガレアの騎士は独自に蒐集を進めた。

 代わりに、ヘルヘイムに夜天の魔導書の存在を知られることとなったが、結果を見れば間に合ったわけだ。


 「さて、問題は今後のことだ」

 とはいえ、老齢の王に広域殲滅魔法の負担は大きく、慢性的な病を患っていたこともあり、賢王の寿命を大きく縮めていた。

 ガレアの賢王は床に伏し、後継者である自身の長男フィンヴェと、夜天の守護騎士達が傍に在る。


 「フィンヴェ、民は落ち着いておるか?」


 「はい、騎士達も問題なく動き、平静を取り戻しています」

 次期の王たるフィンヴェは今年40歳になり、本来ならばシグナムとほぼ同年代にあたる。

 ただ、彼もまた高い魔力を秘めたガレア王家の一員であり、10年経ってもいっこうに老いというものが感じられない。10年前から時が止まっているはずのシグナムやシャマルと同じく、20歳程にしか見えなかった。

 対して、一気に老けこんだ賢王イングヴェイの寿命が近いことは、誰しもが察するところであった。


 「ならば、ガレアにおける我らの意義は、果たしたと言えるでしょうか、賢王イングウェイ」


 「そうなるだろう、夜天の王フィオナ、夜天の騎士達が魅せた輝きは、我が国の騎士達を既に導いておる」

 二人の会話もまた、主君と従僕のそれではなく、対等の王のもの。

 ヘルヘイムとの決戦前、首尾よくサルバーンを滅ぼせたとしても、このような情勢になる可能性は高いと、“列王の鎖”を守る者達によって、既に会議が催されていた。

 これは、その会議の延長線とも言えるものであり、同じく出席していたシグナムとフィンヴェにとっても過去に戻ったかのような感覚にあった。


 「我が国の騎士にも、君らが教え導いた若木が二人おる。いや、夜天の魔導書の蒐集にあたってくれたのは、その二人がほとんどだった、今やガレア王家直属の正騎士だ」

 夜天の意志は消えず、受け継がれていく。


 「うう……昔の同期に蒐集されるのも変な気分だけど、となると、あいつらはもう大人か、18から20くらいにはなってんだもんな」

 ただし、10年前のまま成長のないヴィータにとっては、少しばかり思うところがある。


 「そうなるな、複雑な気分かね、鉄鎚の騎士殿」


 「まあ、それなりに」

 余談だが、かつて白の国で共に学んだ若木達に、“かわいいかわいい”と言われながら抱きしめられ、頭を撫でられたのは、再会の嬉しさと恥辱の混ざった壮絶な体験であったという。

 この時が、夜天の守護騎士ヴィータが、自分の幼児体型にコンプレックスを持つきっかけであった。


 「ヘルヘイムの主力は先程の戦いで滅ぼしました。残念ながら“探究者”は取り逃がしましたが」


 「それは仕方あるまい、民を狙われては、我等はそちらを優先せざるを得ぬ。それに、今やヘルヘイムは独裁者の国ではなく、悪なる者共の集合体。どうやら実力者が合議制に近い形でまとめているらしく、“探究者”は統治の面では評議員の一人に過ぎず、異形の研究をこそ本領としている」

 それはつまり、“探究者”を討ち取ることに、既に大きな意味はないということ。彼が死んだところで、欲にとりつかれた者達が生命操作の研究を引き継ぎ、遅かれ早かれ、同じ結果が生み出される。

 ある意味で、かつてのヘルヘイムの方が対処しやすくはある。頂点を潰せばそれまでなのだが、潰すのが困難を極め、ベルカを支配するつもりなのではなく、ベルカを破壊するつもりである点で数段性質が悪い。

 キネザの代わりはいくらでもいるが、サルバーンやアルザングの代わりは存在しない。

 それが、純粋なる事実であった。


「ならば、我々もまたベルカの地を全体的に見通す長期的な戦略をとらねばなりませんね、まずは、ガレアの騎士や若木達に教導を行うとして、その期間は」


 「私の寿命が尽きるまで、あと数か月といったところか」

 それは、全員が承知の事実。

 息子であるフィンヴェは当然として、夜天の魔導書を通して主を知る騎士達や管制人格もまた、主の命が長くないことを顕現した時から悟っていた。

 それを知ってなお、老王が戦場に立つことを是としたのは、彼らが中世ベルカに生きる騎士と王であるからこそ。


 「私が死んだ後、ガレアの王位は当然フィンヴェが継ぐことになる。他の息子達は早くに逝ってしまったのでな、長男が頑健かつ聡明であったのは喜ばしい限りだが」


 「父上……」


 「その時、君達は再び主を失うことになるが、主を失ってもなお顕現したまま次の主を探すよう、夜天の魔導書を調整することも、君ならば不可能ではあるまい」


 「はい、ここの設備と数か月の期間があれば、確実に」


 「ならばその後は、ミドルトンに向かって欲しい。知っての通り、あの国は今も内戦が続いており、ヘルヘイムの干渉を強く受けておる」


 「ミドルトン……」

 リュッセと、クレスの故郷。

 夜天の騎士達が長く戦うことになる戦場として、因縁のなるその地が選ばれるのもまた必然であったろう。

 そうして、しばし協議が続くが、やがて、次期国王のフィンヴェから、一つの頼みがあった。



 「鉄鎚の騎士ヴィータよ、君に一つ頼みがあるのだが」


 「何でしょう、私に応えられることであれば」

 相手が王族であり、現在の主の直系となれば、ヴィータとて言葉遣いを直す。

 賢王イングウェイを相手にする場合は砕けた感じになってしまうのは、孫ほどに歳の差があるためか、ラルカスのせいか。


 「私には3人の子供がいる。長男のエルヴェは17、次男のオルヴェは12、そして、末娘は8歳なのだが」


 「何か問題が?」


 「うむ、あの子は極めて特異な体質と才能を持って生まれてしまった。ガレア王家は古代ベルカの血を引いており、父上や私も異能と呼べるレアスキルを持って生まれたが、あの子のそれは桁が違う」

 曰く、ガレアの血筋にはかなり幅のある様々な能力が発現する。

 賢王イングヴェの能力は“共振”。念話をほぼ制限なく発動させる能力であり、この権能を以て彼は“列王の鎖”に名を連ねる者達の伝達役として機能していた。

 フィンヴェの能力は“変化”。物質の特性を変化させ、全く異なるものに変えることを可能とする。簡単に言えば錬金術であり、金属から刃を、水から油を瞬時に錬成できる。

 フィンヴェの長男、エルヴェの能力は“風の道”。風の精霊の力を借り受け、空を往く道を己が思うままに創造する古代ベルカのドルイド僧の業。

 同じく古代ベルカの呪術師、蠱毒の主アルザングが再現し、改造を施した人造魔導師に刻んだ術式がこれであるが、エルヴェのそれは効率や展開速度の面で遙かに上をいく。

 フィンヴェの次男、オルヴェの能力は“頭脳支配”。相手の頭脳を直接支配し、自在に操ることを可能とするが、極度の精神集中が必要となることから、一対一が限界であり、洗脳というよりも尋問の方に用途がある。

 そして―――


 「あの子の能力は、“魂の錬成”」


 「魂?」


 「正確にはリンカーコアに極めて近い半物質なのだが、あの子は自身のリンカーコアと魔力によって特殊な結晶を創り出すことが出来る。そして、その結晶を埋め込まれた物質は、魂が宿ったかのように動きだす」


 「それは……」

 夜天の騎士であるヴィータをして、絶句させる程の異能。

 放浪の賢者ラルカスのそれに等しく、最早、人の領域に留まる能力ではない。


 「今はまだ、自分のお気に入りの人形に魂を吹き込み、友達になっているくらいだが、成長すればどこまで可能になるか、私にも分からない」


 「その人形、話せるんですか?」


 「ああ、原理は魔法人形のそれに近く、あの子が埋め込んだ結晶はリンカーコアと同じく周囲の魔力素を結合させ、己の魔力と成す。そして、念話や大気を震わせての発声、自身が動くことを可能とするのだ。そして、操り手がいなくとも永遠に稼働し続ける」

 今はまだ8歳故に、せいぜいその程度。

 しかし、彼女自身が成長し、リンカーコアの容量が高まれば―――


 「あまりに飛び抜けた異能故に、使用人たちもあの子を恐れている。強すぎる力は禍を呼び、それに巻き込まれることを恐れるのだろう、中には悪魔と呼ぶ者もいる。そのため、あの子の友達は人形しかいない」


 「じゃあ、あたしの役目は」


 「どうか、あの子の友達になってはくれないだろうか、スクルドにも心を開いてくれているのだが。あの子はスクルドのことも“人形”としか認識していない。自分の力で結晶を埋め込んだ人形と、スクルドの違いが分からないのだろう」

 それは、スクルドの大きさも無関係ではないだろう。

 だが、同年代の少女の姿のヴィータならば。


 「任されました、その子の友達として接するとともに、騎士として守り抜けばよいのですね」


 「ありがとう、君達夜天の騎士がここにいられるのは数か月程度だろうが、その間だけでもよろしく頼む」

 ガレアの次期王ではなく、一人の父親として、フィンヴェは鉄鎚の騎士へ頭を下げる。

 そこに彼の誠意を感じればこそ、ヴィータもまた、頭を上げてくれとは言わない。

 代わりに―――


 「それで、貴方の娘は、名前を何ていうのですか?」

 最も基本的な問いを、ヴィータは投げかけ。


 「これはすまない、息子達の名前は言ったというのに、肝心のあの子のことを言ってなかったな」

 次期王フィンヴェは、娘を心配するあまり、常に“あの子”としか言っていなかった自分を恥じいるように軽く笑みを浮かべた後。


 「イクスヴェリア、どんな異能を持っていようが、私にとっては可愛い娘だ。家族やスクルドのように親しい者は、イクスと呼ぶ。それと、イクスは命を与えた人形を、ガレアに伝わるドルイドの言葉で「人形」を意味する、“マリアージュ”、もしくは短く“マリア”と呼んでいる。良ければ君も、そう呼んでやって欲しい」

 重き宿命を背負った、我が子の名を告げていた。



あとがき
 申し訳ありません。過去編と現代編を繋ぐ幕間は1話で収めるはずでしたが、ちょっと長くなりそうなので前後に分けました。
 本作品においては、闇の書の闇もおよそ1000年をかけて蓄積された“ベルカの闇”の一部であり、これ以外にも冥王イクスヴェリアのガレア、覇王イングヴァルドのシュトゥラ、聖王女オリヴィエの聖王家などにも闇は根深くばら撒かれていき、その根源は1000前の魔人の国と、嘲笑う欲望の影。
 A’S編ではそのうちの一つが晴れますが、StSではベルカの遺産と“無限の欲望”について一つの決着を見る形で物語を収束させたいと思っています。そのため、少々幕間が長くなってしまいました。
 幕間のうち、闇の書へ直接繋がらない部分も多くありますが、その辺りは気長に待っていただければ幸いです。




[26842] 幕間  永き夜を超えて ~イクスの章~
Name: イル=ド=ガリア◆9d8bc644 ID:ee4ccd9f
Date: 2011/08/22 02:54
Die Geschichte von Seelen der Wolken


幕間  永き夜を超えて ~イクスの章~



 白の国とヘルヘイムの決戦より10年と半年が過ぎた頃。

 二代目の夜天の主にして、ガレア王国の君主であった賢王イングヴェイは逝去し、夜天の魔導書は融合騎スクルドと共に再び旅に出る。

 とはいえ、老王が逝去する頃には既に夜天の騎士達はガレアの騎士に伝授すべきものを全て託し、烈火の将シグナムと盾の守護獣ザフィーラはミドルトンの地で戦いを開始していた。

 ガレア王国の近衛騎士に、かつて白の国で学んだ若木が二人おり、鉄鎚の騎士ヴィータは同僚であった彼らと共に王の逝去まではガレアに留まり、湖の騎士シャマルも一時的に王の主治医として残っていた。

 その間、賢王の孫娘にあたるイクスヴェリアは健やかに育ち、ヴィータを始めとした夜天の騎士とも友好を深めていく。

 しかし、夜天の騎士達はいつまでもガレアに留まるわけにはいかない。

 ヘルヘイムから流れ出る異形の技術はなおも広がり続けており、このガレアの中にすら密かに王位を簒奪せんと企む者達は、ヘルヘイムと誼を通じるようになる。


 「そうした者共の征伐は我らの役目、君達夜天の騎士達はヘルヘイムの異形を討つことにのみ専念してほしい」

 父王の死後、ガレアの王位を賢王の称号と共に継いだフィンヴェは、夜天の騎士達に告げる。

 英雄が戦う相手は魔であり、人ではない。

 権力や富を求める浅ましき人間の相手は、王家の人間が成すべき。国家に依らず、ベルカの地のために戦う夜天の騎士達は、魔を祓う輝きであれ、人々の憧れであれ。


 「承知しました。我が魂、レヴァンティンに懸けて」

 賢王の容体の急変を聞き、ミドルトンから戻っていた烈火の将が、夜天の騎士を代表し誓う。

 これからの永き時を、ヘルヘイムがもたらす異形の者達を戦い抜くことを。


 「しかし、黒き魔術の王サルバーンは恐ろしい男だ。ただ一人でニムライスを滅ぼし、魔人の王国ヘルヘイムを作り上げるとは」

 フィンヴェは先王イングヴェイと異なり、黒き魔術の王サルバーンと直接の面識はない。

 それゆえ。


 <いや、馬鹿一号はニムライスを文字通り“破壊しただけ”で、国造りは何もせず武術でも極めてただろうな。ヘルヘイムを作ったのは馬鹿二号で、それも国とは言えねえ馬鹿の集まりだし>

 鉄鎚の騎士ヴィータは、サルバーンの実態はあまり知れ渡っていないことを改めて感じたが、別に広める必要もないと思った。

 黒き魔術の王サルバーンと蠱毒の主アルザングを失い、ヘルヘイムはようやく“魔人の王国”から、支配階級らしきものが存在する人間の国となった。

 仮に、白の国とヘルヘイムの決戦において、アルザングが生き残っていれば、今頃ベルカは“魔人の軍勢”と“騎士の連合軍”の凄惨な総力戦が展開され、どちらが勝つにせよ、民と戦士の区別なく屍が積み上がり、ベルカ全土が血に染まっていただろう。

 そして、もしサルバーンが残っていれば、“黒の風”によって11の世界が跡形もなく消滅している。

 サルバーンの破壊の後には何も残るものはない。“腐滅の闇”を擁したデアボリック・エミッションは亡霊の怨嗟なども含めて完全に消滅させ、破壊の跡地は綺麗さっぱり、カビすら生えぬ清浄極まる空気が流れていたほどだ。


 <戦争は絶えねえけど、少なくとも民が平穏に過ごせているんだから、百倍増しだな>

 アルザングが生きていればベルカ全土が蠱毒の壺と化し、サルバーンの場合は論外。

 人間の欲望によって闇が広がり、一部の支配階級の者達によって戦乱が続く状況も、それに対抗する“列王の鎖”によって民が守られている以上、底辺ではありえない。

 かくして、夜天の魔導書はミドルトンへと渡り、彼の地で未だ“列王の鎖”を守り続ける者達と共に、ヘルヘイムの異形と戦い続ける。

 ガレアに10年、ミドルトンに16年、エレヒに13年、シュトゥラに21年、聖王家に40年。そして、ハイランドに20年。

 それが、夜天の光が闇に堕ちるまで、渡り歩いた主達の記録。

 しかし、夜天の光を闇に染めるべく送り込まれた闇の欠片、そのために実験例であり、貴きものを穢すために作られしウィルスが最初に用いられたのは、このガレアにおいてであった。




■■■



 王女イクスヴェリア

 ベルカ世界においても有数の古き国、古代ベルカの業を伝えるガレアの賢王イングヴェイの孫であり、現国王フィンヴェの末娘。

 国柄ゆえか、古き時代に女性のドルイド僧が使ったとされる業を習う巫女であり、若干8歳ながらも祭儀の時には王の傍らで精霊へ祈りを捧げる役を担う。

 父王の愛を一身に受け、蝶よ花よと愛でられた姫であり、一言で言えば純粋培養の姫君といえた。

 ただしそれは、彼女が身に宿す人には過ぎた異能を世に広めぬためのものでもあった。


 魂の錬成


 形ある物に命を吹き込み、魔導生命として命を与える、創造主にも似た奇蹟の業。

 幼き姫に自覚はないが、それは蠱毒の主アルザングをして数十年の研鑽の果てに、闇精霊(ラルヴァ)という破壊と怨嗟の形に当て嵌めることで、初めて成したものである。

 それを彼女は、何の変哲もない人形に対してなし、人形に意志と命を与え、自らの友、マリアージュと成した。

 父王、フィンヴェは末娘を慈しみながらも、彼女がその異能故に狙われる危険が高いことに危機を覚える。


 <今はまだ人形のみだが、理論上、ナイフや皿などの食器はおろか、デバイスや古代兵器にすら命を与え得る>

 父王がそれを確信したのは、融合騎であるスクルドを、イクスが“マリアージュと同じ”に感じていたことである。

 それはすなわち、デバイスにイクスが魂を吹き込めば、融合騎に近いものが出来あがるということ。白の国とヘルヘイムの決戦時に確認された多足型の魔導機械などに魂が注がれれば、どれほどの脅威となるか。

 そのような異能がヘルヘイムに知られれば、何としてでも奪わんとすることは目に見えている、いや、既に知られているかもしれない。

 だからこそ彼は、ガレアの騎士がヘルヘイムの刺客に対抗できる程に育つまで、夜天の騎士が一角、鉄鎚の騎士ヴィータに王女イクスヴェリアの護衛を依頼した。

 “探究者”の妄念は夜天の騎士に向いており、ある意味で夜天の騎士はイクスのスケープゴートたり得る。

 もっとも、ヴィータはスケープゴートはおろか、ヘルヘイムの異形を滅ぼさんとする破壊神の如き強さを誇っており、彼女の全て承知の上で、イクスの護衛兼友人役を引き受けた。


 「ねえヴィータ、今日はなにして遊びましょうか」


 「うーん、あたしが誘導弾を放って、イクスが魔術で貫く、とか」


 「それは無理です、私は攻撃系の魔法を教わっていませんから」


 「んじゃ、あたしがマリアと打ち合って、イクスが応援」


 「それもだめですっ、マリアは攻撃能力なんて持っていません」

 その光景は、王女と護衛の騎士の姿にはどうやっても見えぬ微笑ましいものであった。

 イクスへ及ぶ危険を鑑みれば、近衛の騎士を常駐させることが望ましいが、大人であり守護を任とする彼らが常に傍にいては、まだ8歳の王女の心は安らぐまい。

 だからこそのヴィータであり、同じくイクスの近衛騎士で、白の国の若木時代に同僚であったデュアという名の女性騎士に“お似合い”と言われ、からかわれることも多いが、ヴィータもまた満更ではなかったようだ。

 それも、賢王イングヴェイが逝去し、鉄鎚の騎士ヴィータがミドルトンへ旅立つまでの半年程度の間であったが、人形を生命と成して従える自分のことを“悪魔”と恐れることもなく、対等に接してくれる同年代の少女と出逢えたことは、イクスにとって幸福であった。


 「ねえマリア、ヴィータとスクルドはいつ頃戻ってきてくれるでしょうか?」

 ヴィータとスクルドがミドルトンへ出発からは、それがイクスの口癖になった。

 彼女を守る必要は相変わらず存在するため、ヴィータの同僚であった女性騎士のデュアか、もしくは騎士としての実力も標準以上に成長したイクスの兄達が、常に彼女を守っている。

 強固な城壁と、魔導の業、優しい父と頼もしい兄達、心強い騎士と、何よりも親友であるマリアに囲まれた彼女は、ただそれだけで幸福だった。

 だが―――


 「ついに見つけた、王たる器を、くくくく、まさか、鉄鎚の騎士と友達ごっこに興じる小娘が、これほどの異能を有しているとは」

 夜天の騎士、いや、今や“列王の鎖”を守らんとする王家全てを憎むようになった男によって、イクスの幸せは灰燼に帰すことになる。

 以前10万もの大軍を動員しながら、完膚なきまでの敗北に終わったキネザは、今度こそはしくじるまいと、時間を費やし策を練りに練る。

 その行動が、自らの信奉する黒き魔術の王や蠱毒の主が往く“覇道”とはかけ離れた、匹夫の小細工に過ぎないことを自覚することはないまま。

 彼は、“普通の人間の価値観に依れば”深慮遠謀と呼べるかもしれない策を巡らし、ガレア王家に復讐を図る。

 かつて、蠱毒の主が見下した“破壊の騎士”や“虐殺者”と同じレベルにまで堕落した自分に気付くことなく。





■■■




 謀略は、速やかに進んだ。

 確かに、王女イクスヴェリアは数多くの護衛に守られており、“探究者”の権能、無限の猟犬を以てしても、ガレアの王宮に潜入し、イクスを捕えるのは困難極まる。

 だがしかし、イクスヴェリアの傍に在り、なおかつ、近衛の騎士達が守る対象には入っていない存在がいる。


 マリアージュ


 王女イクスヴェリアにとっては唯一無二の親友であれど、護衛の騎士にとっては人形に過ぎない。

 いや、正確に述べるならば、マリアージュ自身も独立した意志を持っており、いざとなれば我が身を捨ててイクスを守らんと動く。

 つまり、王女イクスヴェリアの護衛の騎士であるデュアとマリアージュは、彼女を大切に思い、命を捨てても守ろうとする点では同士であるといえる。

 それはすなわち。


 「マリアージュがイクスヴェリアを害することを疑う者は、いないということだ」

 マリアージュはイクスが命を与えた人形なのだから、主に逆らうはずはない。

 ならばこそ、イクスがマリアージュに命を与えた“コア”に干渉し、そのプログラムを書き換えるウィルスを与えてやれば―――


 「エルヴェ兄さま、マリアはどこですか?」


 「マリアなら、調律の最中だろう」


 「あら、もうそんな時期でしたか」


 「お前がマリアに無理させ過ぎるのも理由だぞ、イクス。いくらお前が命を与えたとはいえ、マリアの身体は人形なのだ。定期的に調律してやらねば、不具合も出る」


 「マリアは、フィオナ様の調律が一番心地よいと言ってましたね」


 「それはそうだろう、彼女は“調律の姫君”。彼の“神代の調律師”フルトンの弟子であり、夜天の魔導書を完成させた稀代の調律師だ」


 「ヴィータのグラーフアイゼンや、スクルドもでしたか?」


 「スクルドはフルトン殿の作品だが、現在の調律は彼女が行っているらしい。もっとも、内戦が続くミドルトンではここのように整った設備はないだろうが」


 「ヴィータや、夜天の騎士の皆さまは、ご無事でしょうか?」


 「無事だとも、彼らは黒き魔術の王サルバーンすら打倒した、ベルカ最強の騎士達。ヘルヘイムの異形共を討伐した暁には、きっとお前の下に帰ってきてくれる」


 「本当ですか?」


 「ああ、本当だ。ヴィータが戻るまで、お前のことは俺とオルヴェと、デュアが守る。もちろん、ヴィータが戻ってからもだぞ」


 「はい、期待しております、エルヴェ兄さま」


 「ははは、言うようになったな、イクスも」

 それは、何気ない兄妹の会話。

 18歳の長男エルヴェと、9歳の末子イクスヴェリアが交わした、何気ないやりとり。

 だがそれが、二人がまともに交わした最後の会話となることを、今の彼らが知る術はない。



■■■



 「あ、お帰りなさい、マリア」


 「ただいま戻りました、イクス」

 しばらく後、王女イクスヴェリアの部屋に、調律を終えたマリアージュが帰還してくる。

 彼女の容姿は175cmもある大柄な女性であり、身長ならば烈火の将シグナムを凌駕している。

 だが、顔つきは優しく、雰囲気も柔らかい。纏う雰囲気は“雪の精霊”と例えられるフィオナに近いだろう。


 「イクスのお相手、ありがとうございました。デュア」


 「礼には及ばん」

 護衛として王女の傍に控える女性騎士、デュアに対する態度も、いつものマリアージュそのまま。

 ただし、ガレア王家お抱えの調律師が、密かに王位を狙う貴族によって買収されていたことを、彼女らは知らない。

 異形の技術やヘルヘイムの武力、そして、魔導の力に対抗するために心身を鍛える騎士達は、金銭によって心を動かされる卑賤な人間の挙動を読むには、あまりに高潔過ぎた。

 とはいえ、その依頼がガレア王家に弓引くものであると知れば、その調律師とて了承することはなかっただろう。

 彼が受けた依頼は、大金と引き換えに、マリアージュの調律を代わって欲しいという奇妙なものであった。

 話によれば、とある大貴族の息子が近頃調律に没頭しており、どうしてもあの美しきマリアージュを調律したくて仕方がないのだという。

 その調律師も王家から信頼され、王女イクスヴェリア愛用のマリアージュの調律を任されていることに誇りを持っていたが、金額に心動かされ、万が一素人が下手な真似をしないよう、自分が監督することを条件に引き受けた。


 「イクス、あまり走りまわられては、奇麗な髪が乱れますよ」


 「いいのっ、マリアが直してくれるもの」

 結果を見れば。調律に没頭しているという大貴族の子息の腕前は、そう悪いものではなかった。

 多少粗いところはあるが、とりあえず及第点と言ってよく、次の調律の際に自分がやや時間をかければ全く問題ない。

 そうして、マリアージュの調律は問題なく終わった。

 その大貴族の息子は既に亡く、異形の技術によって顔を体形を変えた“探究者”がなり済ましていたものだとは知る由もないまま。


 「デュア、イクスはしばらく俺が見ているから、お前も少し休め」


 「あ、オルヴェ兄さま」


 「ですが―――」


 「大丈夫だって、兄貴にはまだ及ばんが、俺ももう13だ。妹一人守るくらいは出来る」

 剣型デバイスを顕現させた状態で腰にさげるのは、少しでも一人前に近づこうという意思の表れか。


 「では、お言葉に甘えましょう」

 若き第二王子の気性を知る故か、イクスヴェリアの近衛騎士であるデュアも、頷きを返して広い王女の部屋から退室していく。

 残ったのは、イクスと、オルヴェと、そしてマリアージュの3人。


 「しかしお前も、よくこの部屋に缶詰状態で我慢出来るな。広い外や、城下に出て遊びまわりたいとか思わんのか」


 「私がそのようなことをしては、大勢の方に迷惑がかかります」

 9歳とはいえ、イクスもまたガレア王家の一員。

 自身の異能がどういうものであり、それを守るためにどれほどの人々が苦労しているかは、幼いながらも彼女も理解していた。


 「まあ、それはそうかもしれんが、青い空の下を自由に歩き回りたくはないのか」


 「……いいえ、私は、窓から見える青い空と、奇麗な星空があればそれで十分です。それに、海の空気もこんなに澄んで、戦乱が絶えなくても、世界はいつも輝いています」


 「………」

 兄としては、複雑な想いがある。

 強大な異能を持って生まれたがため、イクスは常に守られ、巫女として最低限の祭儀に出る以外は、いつでも強固な外壁に守られた城の中。

 本来ならこの子にも、広い空の下を駆けまわる権利があるはずだというのに。


 「それに、悪いことばかりではありません。この能力のおかげでマリアに会えましたし、エルヴェ兄さまやオルヴェ兄さまが、いつも傍にいてくれます」

 普通であれば、兄妹とはいえ王族の男女が同じ部屋で過ごすことはほとんどない。

 それが行われているのは、すなわち、イクスが普通の少女ではないからだ。


 「まったく、イクスのくせに生意気だな」


 「意地悪を言わないでください」


 「そうですよ、オルヴェ様」

 イクスを茶化す兄を窘めるように、マリアージュが彼に近づく。

 それは至極自然な動作であり、昨日にも似たようなことがあり、きっと明日も行われるであろう日常風景。

 されど―――


 「がっ――」

 背後からオルヴェに近寄ったマリアージュの手が、その心臓を貫き。

 イクスの日常は、その瞬間を以て終わりを告げていた。



 「え―――?」

 その光景が、イクスには理解できない。

 <ナニ、ナニガオキテイルノ―――>

 自分の最初との友達で、いつも一緒にいてくれて、どんな時でも優しく笑ってくれるマリアが。

 兄の胸を貫いて、ドクドクとうねる赤い●●を引きずり出しているなんて。

 あまつさえ―――


 「貴方の血肉はマリアージュの糧に、イクスより生み出された私のコアは、ガレア王家の血筋を取り込むことで、不完全ながらその能力を譲り受ける」

 そのよく分からない赤いナニカを、●●ているなんて。


 「その権能の中枢たる、リンカーコアも」

 例えウィルスに蝕まれようと、人形は創造主に直接手を挙げることはない。

 しかし、その血族は別であり、さらに、イクスの兄であるオルヴェの能力は。


 “頭脳支配”


 相手の頭脳を直接支配し、自在に操ることを可能とする。

 そして、マリアージュとイクスの目が合った瞬間。


 「あ、ああ、あああああああああああああああああああああああああああ!!!」

 イクスの兄、オルヴェの心臓を喰らい、リンカーコアを吸収したマリアージュは、“頭脳支配”の力によって自身を蝕むウィルスに侵された意識を、イクスと直結させる。

 叩きつけられる膨大な情報は、9歳の少女の脆弱な自我を容易く破壊。

 要した時間は、ほんの僅か、その間に、王女イクスヴェリアの人生は、終わりを迎えていた。


 「あ、ははは、くすくす、うふふふふふふふふふ」

 そこにいたのは、天使の笑顔を浮かべる無邪気な少女ではなく、兄の亡骸を抱きしめながら、妖艶に嗤う魔女。


 「オルヴェ兄さま、こんなに血が溢れてしまって、お可哀そう、今、イクスが直してさし上げますわ」

 恍惚の表情のまま、イクスは兄の亡骸に、己のリンカーコアが生み出す結晶を埋め込んでいく。

 王女イクスヴェリアの能力は“魂の錬成”。

 ならば、最も操るに適した人形とは何であるかなど、考えるまでもなく。


 「永遠に、私と一つになって、イクスを愛して下さいませ」

 王女としての意識と、大好きな人達に迷惑をかけていけないという思いによって封じ込めていた、少女の願い。

 もっと家族に愛されたい、家族と一緒に、どこかへ出かけたい。

 そんな儚い想いは、最悪の形となってここに具現した。


 「さあマリア、オルヴェ兄さまの身支度を整えて差し上げて、こんな血に濡れた格好では、お父様に怪しんでくださいと言うようなもの。お兄さまの準備が整いしだい、お父様はお兄さまに任せ私と貴女は、お爺さまの墓所へ向かいます」


 「了解しました、イクス」

 静かに、破滅の幕が上がる。

 ガレア王家は、毒に侵され、愛に狂った少女によって、炎に包まれる。




■■■



 「父上、イクスのことで少し相談があります」

 正規の手続きを経て、オルヴェの形をしたイクスの操り人形は、父王の下へと近づく。

 イクスの異能は他に例がなく、動く死体である筈の彼は、人間そのもの。故に、怪しむ者は誰もいない。

 まさしく、死者を蘇らせるに等しい奇蹟が、顕現していた。


 「どうした、オルヴェ―――つ、ぐあっ!」

 “頭脳支配”

 未だ人形の数が少ないため、力が分散しておらず、かつ、能力の本来の持ち主の肉体を用いて紡がれるレアスキルは、本物に限りなく近い性能を発揮していた。


 「く、ぬぐぐ!」

 されど、フィンヴェとてガレアの王であり、数々の修羅場を潜り抜けた歴戦の勇士。

 頭脳支配に意志力によって抵抗しつつ、その下手人を見据えるが。


 「父上、貴方の肉体、マリアージュの糧とする」

 愛する息子であるが故に、無警戒のまますぐ傍まで近づいていた第二王子は、魔力を右手に集中させ。

 音もなく静かに、父王の心臓を貫いていた。


 「父上、貴方の能力は“変化”。これにてマリアージュは、死したその後も、敵地を焦がす焔となる破軍の兵へと昇華する」

 心臓を咀嚼し、リンカーコアを吸収。

 言葉と共に、オルヴェの肉体であったものが変貌していく。

 体内の鉄分や骨を構成する材質を変化させ、金属の武器へと、右手は剣、左手は槍。

 さらに、懐より妹が創りだした愛の結晶、マリアージュのコアを取り出し、自らが殺めた父王へと埋め込んでいく。


 「これが家族のあるべき姿、俺達はイクスの愛に包まれ、一つとなって永遠に愛し合う」

 屍人形が、静かに笑う。

 飛び出た血潮を燃焼液へと“変化”させ、王の居室を紅蓮の炎で焦がしながら。




■■■



 「さあ、いよいよお爺さまとの再会よ」

 イクスは、原初のマリアージュと共に、歴代の王族が眠る墓所にいた。

 王族以外の者は容易く立ち入れぬ神聖な場所であるが、正統の王女たるイクスが入れぬはずもなく、従者たるマリアージュに命じて、祖父の墓を掘り起こさせる。

 無論、墓荒らしなどの盗掘を防ぐため、幾重もの魔術的な罠が設置されているが、王女イクスヴェリアはガレア王国の巫女。

 王の墓を守るための術式の全てを学んでいたイクスは、その解除法も全て知っていたのである。

 そしてついに、保護の魔法によって死した状態のまま保存された、賢王イングヴェイの亡骸が暴かれる。


 「マリア、私の大好きなお爺さまの身体です、おいしく食べてさしあげて」


 「了解しました、イクス」

 冒涜的にして背徳的な光景が、神聖なる墓所に映し出される。

 その間に、イクスは次々にマリアージュの“コア”を創りだし、コアは自動的に周囲へと散っていく。

 周囲に存在するものも当然墓であり、その下には、歴代の王家の人間の亡骸が収められている。


 「あははははは! 伝わる! 伝わるわマリア! 貴女のことが自分のように理解できる! 流石はお爺さまの権能、“共振”だわ! これで私達はいつも一緒よ、これでもう寂しいことはない!」

 安らかに眠る遺体に、異変が生じる。

 マリアージュのコアが埋め込まれた死体は、“変化”を起こし原初のマリアージュと同じ175cm程の女性の姿へと。

 それらは全て意識と能力を“共振”させ、両腕を鋼の武装へと変容させる。

 そして、行動不能になると燃焼液に変化して自爆する機能に加え、一対一であれば他者を支配下に置き、自殺を強要する能力すらも備えた屍兵器が誕生する。

 混ざり合って分散した故に、イングヴェイ、フィンヴェ、オルヴェのそれぞれの業に比べれば劣るが、イクスヴェリアの能力は、凶悪な権能を持つに至ったマリアージュを、無限に生産し、支配する。


 「イクスヴェリア様! 何をなさって―――!!」

 流石に墓所の異変を感じ、王宮の人間が集まってくる。

 そして、彼らは見た。

 墓から這い出た死者を従え、亡き先王の亡骸を抱きしめながら、口づけを交わし、妖艶に嗤う少女の姿を。


 「あはは、マリア、あの人達も仲間に入りたいみたい。仲間はずれはいけないわ、皆一緒に踊りましょう」


 「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「  了解しました、イクス  」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」

 最早どれが原初のマリアージュであるかも判別不能。

 流れた血は燃焼液となり、ガレア王家の墓所を炎で包んでいき。

 王女イクスヴェリアは死者の軍勢を従え、進軍を開始する。

 その光景を目撃し、生き残った者達から伝わり、やがて彼女は畏怖と共にこう呼ばれるようになる。

 すなわち―――

 死者を抱く魔女、墓の女王、冥府の炎王


 冥王イクスヴェリア




■■■



 「デュア! いったい何が起きている!」


 「詳しくは分かりませんが、恐らくヘルヘイムの“探究者”がイクスヴェリア様を害したとしか!」

 炎に飲まれる王宮において、破軍の兵を蹴散らす閃光が二筋。

 縦横無尽に槍を振るうガレア第一王子エルヴェと、正確な剣閃で敵を屠るイクスヴェリアの近衛騎士デュア。

 彼らの他にも、夜天の守護騎士の薫陶を受けた近衛騎士数名が炎を撒き散らすマリアージュと交戦し、次々と破壊していく。

 行動不能と同時に燃焼液に変化する特性は厄介だが、それを知れば対処法はいくらでもある。

 また、頭脳操作の業は集中を要するため、相手が静止していなければ使えず、いざ戦端が開かれれば使用出来るものではない。


 「王子! 無茶です、お一人で突入されては!」

 しかし、ほとんどのマリアージュが複数の“コア”を所持しており、殺した城の人間を新たなマリアージュへと変貌させながら、王城を進軍していく。

 その数は膨大であり、エルヴェと近衛騎士のみで処理できる数ではない。城外の騎士や兵士と合流する前に突っ込めば、包囲殲滅の憂き目にあう可能性が高い。

 それを理解してなお、エルヴェは単独での突破を図る。デュアの情報とマリアージュの動きから、彼は一つの結論を導き出していた。


 「第一王子である俺を集中して狙ってこない以上、奴らの狙いはガレア王家を滅ぼすことではなくイクスを手に入れることだ! おそらくこいつらは陽動役、イクスをヘルヘイムへ転移させるまでの時間稼ぎ!」


 「では、イクスヴェリア様は―――」


 「西の塔の転送陣! そこしかあり得ん!」

 目的の場所を見据え、エルヴェはベルカ式を表す三角形の陣を展開。

 そこより顕現するは―――


 「ウィングロード!」

 蒼く輝く風の道。

 エルヴェの権能によって作り出される道は、高き塔への到達手段のみではなく、別の役割を果たす。


 「風の道!」

 「あそこか!」

 「エルヴェ様に続け!」

 風の道が示す先にこそ、ガレアの騎士の目指す敵はあり。

 奇襲や強襲によって指揮系統が寸断された場合における対処法の一つが、それであった。


 「イクスーーーーー!!!」

 僅かに遅れて飛行魔法で追う者や、風の道へと殺到するマリアージュを撃破する騎士達を背後に、エルヴェはイクスの下へと駆けていく。

 彼自身も飛行魔法を使えるが、ウィングロードを駆ける方が若干速く、槍を己の魂とするエルヴェは陸戦と空戦を複雑に織り交ぜた機動戦をこそ本領とする。

 そして―――


 「あら、わざわざいらして下さったのですね、エルヴェ兄さま」

 「イクス!」

 西の塔の頂上、転送陣の中心に座し、数十を超えるマリアージュに守られながら、冥王と化したイクスが嗤い、エルヴェを見据える。

 今日の朝まで、普通の兄妹であったはずの二人は、今や賢王の後を継ぐガレアの王子と、死者を従える冥府の炎王。

 そしてこの瞬間が、異能の宿命に翻弄された兄妹の、最後の別れとなる。


 「イクス! 転送陣から離れろ!」


 「残念ですが、従えません。それに、エルヴェ兄さまの能力は外界の精霊に働きかけるものですから、この子達とは相性が悪い、つまりは、お爺さまやお父様、オルヴェ兄さまと違って食べてもおいしくないですの」


 「――――っ、キネザァァァァァ!!」

 別人になったとしか思えぬ妹の変貌、それを目の当たりにし、エルヴェはイクスを貶めた敵を悟る。

 ヘルヘイムの亡者ども、一人たりとも決して許さんと、憤怒の炎を滾らせながらも、今の彼には成す術がない。


 「では、さようならエルヴェ兄さま、この子達は墓標代わりにプレゼントします、仲良く炎の舞踏を楽しんでくださいませ」


 「待て、イクス!」

 再びウィングロードを展開し、西の塔へと突入、待ちうけるマリアージュを薙ぎ払いながら、彼は一陣の風となる。

 どうあっても間に合わない、既に転送陣は起動しており、突進に意味がないことを理解しつつも。

 兄は、妹の下へと駆ける。


 「―――っ!」

 「イクス!」

 一瞬、兄妹の目が合った。

 その間際


 <助けて、エルヴェ兄さま>

 それはイングヴェイの“共振”と、オルヴェの“頭脳支配”が最期に試みた抵抗であったか。

 送り込まれたウィルスではなく、イクス自身の言葉が、兄へと届く。

 そして―――


 「必ず助ける! 俺の全てに懸けて! ヘルヘイムの闇の底であろうとも、この風の道を駆って俺はお前の下に辿り着くぞ! 例え肉体が滅んでも、魂だけになってでも、必ず助けに行くから!」

 イクスの身体が消え去る間際。


 「待っていろイクス! お前を一人には絶対しない!」

 兄の言葉を最後に受け取り。

 マリアージュの壁をものともせず、自身へ届く、蒼く輝く風の道を視界に収めながら、

 王女イクスヴェリアは、影横たわるヘルヘイムの地へと、送られていった。




■■■



 「これにて、空の玉座は埋まった」

 己の謀略の成果を鑑み、“探究者”は暗く嗤う。

 本来の予定ではガレア王家の人間は皆殺しであったが、イクスヴェリアの最後の抵抗か、第一王子エルヴェが生き残った。これでは、彼を中心にガレアはこれまでを遙かに超える敵愾心でもってヘルヘイムに敵対するだろう。

 だがまあそれは良し、欠けたる玉座はこうして埋まり、夜天の魔導書を攻略する鍵となるウィルスの成果も上々。


 冥府の炎王、イクスヴェリア


 彼女ならば、闇統べる王ロード・ディアーチェの代替として申し分ない。

生産効率を重視すれば、イクスヴェリア自身は眠らせたままコアの生成に努めさせる方が良く、下手に意識を残せば殲滅兵器マリアージュにどんな悪影響を及ぼすか知れぬ。

 だが、得られる成果は凄まじい。

 今のヘルヘイムは合議制で成り立っており、“探究者”キネザには巨大な軍権は存在しない。かつてのガレア攻略の失敗はそのような状態で無謀な侵攻を行ったことだ。

 しかし、イクスヴェリアを抑えれば、キネザの意志によってのみ、各国の首都へ破軍の兵を送り込める。いくらでも量産が可能であり、さらに、屍兵器であるため死体を頑健な改造種を用いれば戦力はさらに充実する。

 つまり、“素養だけは高い”人造魔導師にマリアージュのコアを埋め込めば、魔法を扱うマリアージュすら生成できるのだ。


 「見ているがいい、夜天の騎士よ。死者たちによって構成される多数の軍列、死した敵兵を喰らい、その数を増やし、戦場を焼け野に変える破軍の兵。軍列は無限に増殖し続け、その進軍を止める事は不可能たることを知れ」



 かくして、屍兵器マリアージュは、ベルカ各国へ侵攻を開始。

 およそ200年の後、最初の目覚めを迎えたイクスヴェリアが、反乱によって分裂したガレアの片割れの盟主に祀り上げられ、“ガレアの冥王”の魔名が轟いたためか、1000年前当時のマリアージュの侵攻もまた、ガレア王国の君主たる冥王イクスヴェリアのものとして、多くの歴史書や資料に伝わることとなる。

 そうして、冥王イクスヴェリアは、古代ベルカ時代、近隣諸国へ侵攻し戦乱と残虐を好んだ暴虐の王として、歴史に名を残す。

 ロストロギア“闇の書”と同じく、本当の姿を人々から忘れ去られながら。

 いつか蒼く輝く風の道を駆って、誰かが自分を闇の底から救い出してくれる夢を見つつ。

 心優しきガレアの姫巫女、王女イクスヴェリアは静かに眠り続ける。

 ―――その小さな身体では背負い切れぬほどの、罪と罰を抱えて。




■■■



 そして、長き戦乱の日々が続く。

 ヘルヘイムより流れ出る異形の技術は留まることなく、静かに、だが確実にベルカの地に浸透していった。

 それは夜天の意志の下に“列王の鎖”を守る者達が望むところではなかったが、決して“探究者”が望むものでもなかった。


 「何だ……この有様は」

 復讐の念に燃えるままに戦乱に戦乱を重ね、およそ100年に渡って悲劇と怨嗟をばら撒いた結果。

 彼の背後に残ったのは、栄えある魔人の王国ではなく、堕落しきった人間の屑の掃き溜め。

 怠惰、驕慢、背徳、悪徳。

 ヘルヘイムの権力者は薬と快楽に溺れ、酒池肉林の蔓延る下賤なる背徳の都を作り出す。

 蠱毒の主アルザングがいた頃の、地獄の法は見る影もなく、強者が一人もいない屑の巣窟。

 そうして彼は、全てに絶望し、ヘルヘイムから去っていった。


 後の結末は、特に取り上げるべきものもない。

 夜天の魔導書を有したハイランドが、ガレア、ミドルトン、エレヒ、シュトゥラ、聖王家に檄を飛ばし連合軍を編成。

 ヘルヘイムの最後の支柱であった“探究者”すら去ったヘルヘイムを、決戦にすらならず打ち破り、瓦礫の王国は無に還った。

 しかし、既に異形の技術はベルカ各地の権力者と深く結び付き、この時点で人造生命体の研究は大きな進化を遂げ、「王」たちは自らの肉体を強化し、自らの子孫にもそれを宿命づけた。

 それはやがて、聖王家やシュトゥラ、ハイランドの王家にすら侵食するが、最早“探究者”にとってはどうでもよいことであった。


 「私は、何なのだ……」

 誰も知らぬ、忘れられた研究施設。

 古代ベルカのさらに以前、イストアという文明が栄えた遺跡において蠱毒の主が作り上げ、彼が引き継いだ工房に、過去の栄光に想いを馳せるかのようにキネザの姿があった。

 彼だけではなく、生体ポットに浮かぶシュテル、レヴィ、ディアーチェの姿もまたあるが、イクスヴェリアの姿はない。

 少し前、いずれやってくるガレア独立の際の神輿に必要だとかいう理由で彼女を欲した連中に、おざなりな使用法と共にくれてやった。


 「私は、何のために100年もの時を生きた………」

 生命操作技術を極め、延命を施そうと、“生きる意味”がなくては文字通り意味がない。

 だが、彼の人生にあったのは敗北のみ。

 闇統べる王を復活させることは叶わず、その複製体を製造することも諦め、夜天の騎士には一度たりとて勝利を得たことはない。

 ついには、ヘルヘイムにすら込めるべき熱を失い、過去の栄光を懐かしむように、こんなところまで流れてきた。

 惨めを通り越して滑稽に過ぎ、ここまで来れば笑いしか込み上げない。


 「成功と言えば、あれくらいのものか……」

 唯一の成功例と言えたマリアージュも、イクスが眠りについた状態のそれは、作戦行動能力が昆虫並みであり、殲滅戦にしか役立たない。

 破壊を振りまく際には大いに役立ったが、騎士が率いる軍勢との決戦においては、さしたる成果は出なかった。

 それは一体なぜか―――


 「いやいや、それこそが君の堕落の第一歩だったのだよ、惨めなる負け犬、かつて“探究者”であった敗北者殿」


 「貴様!」

 そこに、摩耗しきったはずのキネザにすら、憤怒の念を湧きおこらせる異形の影が舞い降りる。

 遠目であろうとも判断できる、特徴的な紫の髪に、深遠な知性を漂わせながらも、同時に狂気を湛えた黄金の瞳。そして何よりも、泣き笑いの道化の仮面のような、それでいて、どこまでも心の底から喝采しているような、異形の笑み。

 黒き魔術の王サルバーンの傍に控え、全てを嘲笑った道化の男、ヴンシュがそこにいた。


 「思い返してみたまえ、君の信奉した絶対者の姿を、君が憧れた理想の王を。彼らは君のように、“策謀”などという匹夫の業を必要としたかね? 答えは否だ。黒き魔術の王サルバーンと蠱毒の主アルザングは、覇道を往く魔人の君主、そのような小細工など、弄そうとする発想すら浮かばない、ベルカ頂点の大馬鹿二人だ」


 「あ……あああ」

 呪いのように、楔のように。

 道化の言葉が、“探究者”であった敗北者へと突き刺さる。


 「その証明がマリアージュだろう。人語を解しながら、作戦行動能力は昆虫並み? ははは、よしてくれたまえ、なるほどなるほど、蠱毒の主を信奉する君が作り上げたウィルスによって歪められた存在がマリアージュならば、確かにそんな駄作が出来あがるのも頷ける」


 「駄作、だと…?」


 「然り然り、仮に、蠱毒の主アルザングが創ったならば、出来あがる殲滅兵器はこうだ、“人語を解す知能すら持たぬにもかかわらず、作戦行動能力、殺害能力は歴戦の騎士を凌駕する”。そんなあり得ぬ矛盾を実現し、常識を嘲笑うが如くに凌駕するのが、地獄の執政官であったろう。だからこそ、誰もが彼を恐れた、誰もが、彼こそ唯一人の黒き魔術の王サルバーンの代行と認めた」


 「―――っ!」

 それこそが、ヘルヘイムの頂点、地獄の法の執政官。

 理性などなく、本能のままに殺戮を繰り返すケダモノでありながら、殺害手段だけはどこまでも合理的、常軌を逸した戦術眼を備える。

生きるために人間を殺すのではなく、人間を殺すために生きる文字通りの怪物。

 そんな異形を、アルザングは創り出した。彼こそは、自ら生み出した異形すらも喰らい、己の力によって全てを従える蠱毒の主。

 サルバーンに至っては、それらを顧みることすらなく、上だけを目指し飛翔する。


 「君の人生を“価値なし”としたのは、他ならぬ君だよ、敗北者殿。君がかつて忌み嫌った“復讐者”は見事なまでに己の人生を全うしたというのにね」


 「何―――」

 敗北者の心臓へ、毒が滴る。


 「ならば騙ろう、君が知らぬ決戦の一幕を、蠱毒の主アルザングが何故に復讐者に敗れたか、その理由を」

 道化の言葉が、闇を呼び、キネザの精神を過去の底へ、狂乱の檻へと。



■■■



 「とまあ、そういうわけだ、理解したかね」


 「全ては、白の国の者共の、いいや、放浪の賢者ラルカスの計画通りであった、だと……」

 その目に宿るものは、復讐の炎か、はたまた。


 「では問おう、新たなる“復讐者”殿。君は、何を願うかな?」

 欲望の影、ヴンシュが嗤う。

 敗北のみを刻みつけられた人間の怨念が、果たしてどこまで届くものかと、喝采しながら。


 「夜天の騎士へ、報復を……」


 「しかし、君の力では届かない。まして、君は年老い、未来に懸けることも出来ない。肉体はともかく、魂の寿命が近いことは、君もまた悟っているだろう」


 「………」

 未来がなく、退路もない。

 他に選択肢などあり得ぬ状況で、詐欺師のように、黄金の瞳が覗きこむ。


 「続けて問おう、君の復讐を遂げるための力を、最果ての地アルハザードより与えたいと思うが、いかがかね?」

 そしてかつて、“復讐者”へ投げた問いを、新たなる“復讐者”へと投げかけ。


 「………夜天の魔導書を闇に堕とせるならば、貴様が神であろうと悪魔であろうと、構うものか」

 最期まで“魔人”の領域へ達することのできぬまま、キネザという男は己の価値の全てを放棄した。

 なぜなら、これより先の事は、別に彼でなくとも、その器物を得れば誰でも出来ること。

 道化が唆す力とは、サルバーン以外の者には使うことすら叶わぬハーケンクロイツや、アルザング以外の者ではたちまち喰われるグアサングと、真逆の存在であったのだ。


 「これなるは、アルハザードの中枢たる翠色の石板、その欠片たる翠の石。個人の欲望に応じ、あらゆる願いを叶える万能の力だ」


 「万能の、力……」


 「然り然り、ある世界では沈まぬ太陽を願う心に応じ5つの太陽を、ある世界では終わりなき嵐をすらもたらした。世界の終焉を願うならば、それすらもきっと叶えるだろう、ただし、それに見合った欲望があればの話だがね」

 アルハザードの案内人にして、中枢機能の意思持つ端末。

 欲望の影が、新たな“奏者”を得て、歓喜の涙を流す。


 「我に“デジール”の形を与えし初代の聖王は、最果ての地へ向かう方舟を欲した。君が蠱毒の主アルザングを凌ぐほどの“病魔”を求めるならば、“感染・発症・適合・病化”のプロセスを持ち、適合した兵器すら有する強大にして無価値なる玩具が授けられるかもしれない」

 翠の石がもたらすものは、多種多様、全ては欲望によって決まる。

 ならば、キネザが求める欲望の形とは―――


 「夜天の魔導書を、我が下へ、そして、ウィルスを送り込むための力を!」


 「素晴らしい! 我に夜天の魔導書の打倒を願わず、最後の手は己で下すだけの気概は残っていたと見える。ならば授けよう、時空を繋ぐ門にして、精神世界や夢すらも繋ぐ、内的宇宙も含めたあらゆる世界を繋ぐ鍵、“ニトクリスの鏡”を!」

 翠の石が、鏡へと変わる。

 ある時は巨大な方舟の中核ともなった翠の石が、新たに一つの形を得る。


 「さて、古き友への誼として、ヴンシュたる私が一つ、お手本を示してさし上げよう。何しろ、貴重な翠の石を使ったのだから、無駄にされては面白くない」


 「貴重?」


 「これらはアルハザードの中枢たる翠の石板の力によって生成される欠片故に、少し前までは無尽蔵にあったのだが、私の故郷も人の形をした天災に見舞われてね。実に馬鹿げたことではあるが、壊されてしまったのだよ。そのため、破壊された石板の欠片の中で、ある程度の大きさがあるものが残るばかりで、数に限りが出来てしまった」

 それは嘆くようでありながら、どこまでも高らかに誇るように。

 怨敵への呪詛にも似て、親友へ捧ぐ祝詞のようでもあった。


 「まあそれはともかく、これは対象が“どこかに存在していること”を使用者が確信していれば、どんな場所へも繋いで見せる。例えば、このように」

 ヴンシュが直径1メートルほどの真円を成した“ニトクリスの鏡”へと手を突きいれ、ここでないどこかに接続する。

 果たして、その手には―――


 「呪魔の書!?」


 「然り、“蠱中天”の術式の中枢であり、無限に呪いと毒を集め、増殖させる、蠱毒の主アルザングの遺産。“黒き竜”へと昇華せしめた際に、黒き魔術の王サルバーンの時空両断刃によって、虚無の果てへと飛ばされていた」

 そんなものをすら、“在る”という確信があれば、“ニトクリスの鏡”は繋いでみせる。

 夢も精神もプログラムも、決して例外ではない。


 「後は自分で考えるとよい、“復讐者”よ。如何にして夜天の魔導書を手に入れるか、そこへ送り込む毒を如何に創り出すかは、最早言うまでもあるまい。何せそこには、未だ“生きている”黒き魔術の王サルバーンの遺産があるのであり、彼女らの傷ついた魂とすら、“ニトクリスの鏡”は繋いでみせる」

 そうして、嘲笑う道化の影、ヴンシュは去った。

 後に残るは、“ニトクリスの鏡”と“呪魔の書”のみ。


 「………シュテル、レヴィ、ディアーチェ、お前達は、呪いの中核となるがよい。お前達ならば、蠱毒の主アルザングの毒の中枢として機能しうる、よもや、耐えられぬはずがあるまいな」

 そして、ニトクリスの鏡が輝き、キネザはそこに手を突き入れる。


 「夜天の魔導書、ついに我が手に……」

 長き妄念の果てに、自己すら見失った男は、最後にアルハザードの遺産、黒き魔術の王サルバーンの遺産、蠱毒の主アルザングの遺産に縋り。


 「夜天の光よ、闇に堕ちるがよい」

 最期まで己の手で何も成すことのないまま、敗北に満ちた人生を終えていた。



■■■



 伝えるべきものは全て穢れ、後に残るは混沌の闇。

 術式は乱れ、統制は失われ、アルゴリズムは狂い出す。

 夜天の防衛プログラムと、呪魔のウィルスは混ざりあい、さらに200年余りの月日が流れる。

 それはまさしく、その頃のベルカの姿を象徴するかのように、夜天の白にも、ヘルヘイムの黒にも染まりきれぬまま、全ては混沌へと。

やがて、その魔導書は“闇の書”と呼ばれるに至る。

 本来あるべき姿からかけ離れ、ウィルスを送り込んだ者が望んだ姿とも異なる、中途半端な力と中途半端な破壊を実現する、価値なき書へと。

 “闇の書”は、人々の理想たる尊き夜天の光ではなく、個人の欲望の極点たるヘルヘイムの闇でもなく、人の世界の心の闇が凝縮したもの。

 なぜなら、それを望んだ者こそが、英雄でも悪魔でもない、取るに足りない人間であったために。

 他者よりの借り物でのみ構成された“模造の闇”は、他人の心の闇を無限に呼び寄せ、無意味な放浪を続ける。

 人を救うこともなく、世界そのものを破壊することもないまま、人間世界の致命傷にならぬ程度に、“闇の書”は破壊を振りまき続ける。



 『ヴォルケンリッター、ただいま帰還しました。本日の戦果は、西の城を一つ』

 『蒐集ページは、54ページ、合計、316ページとなりました』

 『遅い、遅いわ』

 『はっ』

 『私は闇の書に選ばれた、絶対たる力を得る権利がある!』

 『はい』

 『神にも等しい闇の書の力! 彼の黒き魔術の王サルバーンが遺した究極の秘宝! これがあれば、私は彼の力をすら凌駕出来る! 早くこの手にもたらすのよ、早く、早く、私を……闇の書の真の主に!』


 “闇の書”如きの力を至高と信じ、真の高み、アルハザードの影も知らぬまま、小さき者達が争いを続ける。

 そうして、さらに数百年。

 夜天の光は闇に堕ち、夜天の騎士達と管制人格も、積み上げられる人の愚かさと怨嗟の前に、騎士としての在り方を失っていく。

 もし、ifの話であるが、仮に蠱毒の主アルザングが白の国とヘルヘイムの決戦を生き延びていたならば。

 ベルカの地には、比べものにならない程の血が流れたとしても。

 夜天の守護騎士は千億の絶望の具現、強大なる異形の軍勢に立ち向かう希望の光として、今も輝き続けていたかもしれない。



 だが、全ては遠き過去の断章。

 物語は幕間を終え、最後の夜天の主へと。

 欲望の影が四番目の形を取り、一個の人間として人の世界に関わる時代。

 過去より繋がる絆は芽吹き、闇を祓う光となって顕現する。



 さあ、時計の針を進めよう。



あとがき
 幕間はこれにて終了です。シュテル、レヴィ、ディアーチェはこのような次第で、闇の書の闇の中核となりました。正確には、彼女らは人の世界の闇を受け止め塊となるための磁石のようなもので、あくまで“闇の書の闇”の中核たるマテリアルであり、原初に送り込まれたウィルス、呪いの術式の中枢は別にあります。つまり、アルザングが残した呪いが、マテリアル達を“闇の書の闇”の中枢として縛り続けている、ようなものでしょうか。
 いよいよ現代編では、“クリスマス作戦”によって、積み上げられた人間の心の闇と戦うこととなり、なればこそ、少女達の無垢なる想いが闇を祓う鍵となることを願って、魔法の言葉はリリカルマジカルで往きたいと思います。

 なお、欲望の影と“翠の石”のモチーフは11eyesに登場した魔導師ミシェル・マキシミリアンと“虚無の魔石”とかです。まあつまり、這い寄る混沌ということで。



[26842] 第四十三話 魔法の言葉は
Name: イル=ド=ガリア◆9d8bc644 ID:6839e7ab
Date: 2011/08/25 22:18
Die Geschichte von Seelen der Wolken


第四十三話   魔法の言葉は




新歴65年 12月24日  無人世界(衛星軌道上) 時の庭園 危険生物封鎖区画 PM11:59



 “クリスマス作戦”開始まであと1分。

 既に各チームは持ち場に付き、準備を万端に整えて待機している。

 突入組は全員が脳神経演算室に集合し、ヴォルケンリッター4名はミレニアム・パズルの“門”たる台座、アルゲンチウムに横たわり、なのは、フェイトは一仕事終えてから向かい、殿軍のクロノは最後に潜入(ダイブ)する予定。

 現実空間において暴走体を足止めするユーノ、アルフ、ロッテ、アリア、リンディの5名は危険生物封鎖区画の外部で武装局員と共に待機、闇の書完成の瞬間までは“干渉”と認識されぬよう距離を取っている。

 闇の書の主であるはやては危険生物封鎖区画にて待機しているが、彼女は一人ではない。

 その本体は中央制御室にあり、時の庭園で造られた人形を動かしているに過ぎないが、はやてが生まれてすぐの頃からずっと見守ってきた女性の意志が宿っている。

 二人はこれから、闇の書に蓄積された1000年の闇に挑み、呪いを解放するための長い戦いを始める。


 『闇の書、666ページ蒐集』

 【完了】

 時の庭園の管制機と中枢機械。

 大型ストレージデバイスとしての“闇の書”と、メンテナンス用の機械として主であるはやてが繋げた二機の機械仕掛けが、完成の時を告げる。

 それは同時に作戦開始の号砲でもあり。


 12月25日 0:00


 闇の書の闇を滅ぼすための、“クリスマス作戦”が開始される。


 「名前を貴女に、闇の書とも、呪いの魔導書とも呼ばせへん。闇の書の完成人格としてじゃなく、ただ一人の貴女、わたしの家族に」

 1000年に渡り流離い、戦いを続け、哀しみの涙を流し続けた彼女へ。

 車椅子に座った少女が、臣下として跪く女性へ、主として最初の命を。


 「夜天の主の名において、汝に新たな名を与える」

 『……はい』

 アインスという暫定名称は、管制機トールが提案したもの。

 今はまだアルゴリズムに縛られた存在であり、条件さえそろえば、主であるはやてすら躊躇なく抹殺するプログラム体に過ぎない彼女へ。

 自分と同じ、命なき演算機能の塊である彼女だからこそ、機械らしい番号名、“アインス”と。


 「強く支えるもの、幸運の追い風、祝福のエール」

 だからこそ、純粋な愛情と、呪いからの解放を願ってはやてが贈る名は、人間として、家族としての名。


 「リインフォース」

 生まれや宿命にも囚われぬ、彼女個人へと向けた、祝福の風であった。





新歴65年 12月25日  無人世界(衛星軌道上) 時の庭園 中央制御室 AM0:00


 『個体登録(レジストレーション)完了、仮想空間(プレロマ)の展開に支障なし』

 【ミレニアム・パズル全回路の反応テスト終了、門への接続部もチェック完了。システム、オール・グリーン】

 闇の書の完成を確認し、時の庭園の全ての機械がフル稼働を開始。

 二つの駆動炉、“セイレーン”と“クラーケン”には既に火が灯り、膨大なエネルギーを必要な場所へと管制機の指示の下、送り出す。


 「いよいよだな」

 「ああ、しくんじゃねえぞ」

 「私達が、先鋒で囮役」

 「守護の務め、果たしてみせる」

 最初に電脳空間へ潜入(ダイブ)するは、ヴォルケンリッター4人。

 プログラム体であるがため、ミレニアム・パズル側から闇の書側へ侵入した後も、現実と一切変わらない感覚で戦闘を行える彼女らが道を切り拓き、その後になのはとフェイトが続く。


 【被験者観察用生体モニタ全接続を確認。被験者の状態、全員正常。潜入(ダイブ)に問題なしと判断】

 『了解しました。ミレニアム・パズルの門を解除します。“アルゲンチウム”の起動を承認』

 そして、6人が闇の書側へ侵入したのを確認した後、クロノはその接続点に陣を取る。

 “ミレニアム・パズル”から“闇の書”へ繋ぐ地点が防衛プログラムの浸食を受ければ、なのはとフェイトは退路を断たれることとなり、それを防ぐためのクロノ。


【“アルゲンチウム”、解凍。仮想空間(プレロマ)の構築を開始します】

 役割は決められ、準備は万端。


 『守護騎士一同、準備はよろしいですね』

 問うまでもなし、とばかりに、4人から一斉に頷きが返り。


 『それでは、送信を開始します。ご武運を』

 およそ900年前、“ニトクリスの鏡”により夜天の魔導書へ送り込まれたウィルス。その逆をなぞるように、ヴォルケンリッターが“ミレニアム・パズル”によって闇の書へと侵入を開始した。





新歴65年 12月25日  無人世界(衛星軌道上) 時の庭園 危険生物封鎖区画 AM12:05


 「はやてとの融合を確認しました! 計算通りです!」


 「分かったわ! 武装局員! 強装結界を展開して、外周部で結界の維持に専念、指示があるまでそのままで!」


 「了解しました!」

 武装隊を率いる小隊長が応じ、部下を率いて定められた持ち場へと。

 現実空間における戦いは、エース級魔導師と一般の武装局員の混成部隊による基本形とでもいうべき様相を見せている。


 「我は闇の書……願いに応じ、全てを安らかなる死の闇へ……」

 敵はただ一人、しかし、八神はやてを媒体とし、融合騎による暴走状態へ陥っている以上、単体での攻撃能力だけでもSSランク相当の力を有し、闇の書に蓄積された魔力を考えれば規格外、すなわちSSSランクに届く化け物。

 そして、厄介なのは“人並の大きさの人型”である点だ。

 白の国とヘルヘイムの決戦における黒き魔術の王サルバーンがそうであったように、一度にかかれる数は4名が限界であり、攻撃の質も小さく鋭いものが多くなるため、一撃で墜とされかねない。


 「あたしとロッテが前線、ユーノとアリアがサポート、リンディが後詰め、ってことでいいんだよね?」

 そういう相手と戦う場合、Bランクの魔導師を何百人用意したところで、まともに戦っては勝ち目はない。Bランクの魔導師が4人一斉にかかったところで撃墜されるだけであり、今回の闇の暴走体は高町なのはの保有するエクストラスキル、“魔力収束”を備えている。

 この時点で、エネルギー切れを狙って物量で攻めるという戦術は崩壊している。戦域に散布された魔力を、術者への負担を考えずに何度でも再利用可能なのだから、ある程度戦えば、あとは循環方式で無限に魔法を撃ち続けることが出来るのだ。


 「うん、それでいい。この施設内で足止めして、ある程度魔力を使わせれば、多分なのはのスターライトブレイカーを放ってくる。向こうは破壊が目的だから、時の庭園がどうなろうと知ったことじゃないだろうし」

 ユーノの分析は極めて正確なものであったが、それだけに物騒極まる。


 「だから、リンディと武装隊で何度も結界を張り直す必要があるわけだ。下手をすると、向こうさんが広域殲滅魔法や、大威力砲撃魔法を放つたびに」


 「ま、その隙を与えないのが、私とユーノの役割ね」

 後方のアリアは補助魔法によるブーストも得意とするが、遠隔でのバインドを何よりも得意とする。

 闇の暴走体が強力な魔法の発動体勢に入り次第、ユーノとアリアはバインド地獄をお見舞いする。暴走体が近くの敵の迎撃に専念するならば、ユーノはアルフのサポート、アリアはロッテのサポートに。

 そしてリンディは、4人が周囲に気にせず全力で戦えるよう、武装局員を率いて結界の維持に全力を注ぐ。

 万が一の際には時の庭園ごとアルカンシェルで沈めるために、時の庭園は現在衛星軌道上にあり、時の庭園外部を覆う結界が破壊されることは非常にまずい。

一応、同じく軌道上で待機しているアースラが補修部隊として備えており、一度破られたくらいなら外側からコーティングすることで対処可能だが、何か所も破られれば手に負えない。


 「闇に染まれ……」

 迎撃組が体勢を整えるとほぼ同時、暴走体が動きだす。


 「空間攻撃!」

 「さっそくかい!」

 「チェーンバインド!」

 「フープバインド!」

 行動開始と空間殲滅攻撃の準備が同時であったことに、まさしく暴走体が“殲滅兵器”であることを実感しながら、ユーノとアリアが咄嗟にバインドを放つ。


 「行くよアルフ! あたしが正面から切り込む! アンタは裏から攻めな!」


 「応さ!」

 ロッテとアルフを比較すれば、近接格闘で強者といえるのはロッテである。

 また、ロッテはアルフほど補助魔法に長けているわけでもないことから、この役割は当然と言えた。


 「およそ、6時間………長い戦いになりそうね」

 後方で武装隊と共に結界を張りながら、リンディもまた、いつ自分も前線に加わることになるか予想もつかない戦況を見守っていた。








電脳空間  ミレニアム・パズル―闇の書  接続部


 0と1の情報のみで構成された電脳空間。

 この電脳空間ならば、デバイスがどれほど多くの情報をやり取りしようとも人間にとっては僅かな時間としかならない。

 しかし、此度はその法則は当てはまらない。時の庭園の中枢機械アスガルドが闇の書の防衛プログラムを誤魔化すために大容量を消費する演算を行っているため、彼らは大きな待機時間を挟みながら記録を参照していく。

 そして今回は、“ミレニアム・パズル”を介することによって、守護騎士自身がプログラム体として潜入している。

 既に闇の書は完成し、アルゴリズムに従うならば、彼女ら守護騎士は闇の書の飲まれるのが定め。

 だがそれも、“ミレニアム・パズル”への個体登録(レジストレーション)の際の変換と、アスガルドの演算機能によって誤魔化され、守護騎士でありながら、守護騎士ではない“異物”として認識される。


 「と、事前の説明を聞いてはいたが……」

 烈火の将シグナムは、不思議な感覚の中にあった。

 これまで幾度も“ミレニアム・パズル”内部の仮想空間(プレロマ)での模擬戦を行ったが、そこはトールとアスガルドが可能な限り現実との差異を感じぬよう、絶妙な調整を行っていた空間であり、電脳空間そのものではない。

 対して、闇の書内部はまさしく闇そのもの。深海に彷徨いこんだ人間とは、このような気分を味わうものだろうか。


 「不思議なものね、明確な境界は何もないのに、ここから先が“異界”であることが分かる」

 湖の騎士シャマルもまた、同じく。

 彼女はまさしく、深淵を覗きこんでいるかのような感覚を味わっていた。


 「ここが、境界線、んで、はやてとリインフォースはもう、この闇の奥へ向かってるわけだよな」

 主と管制人格の感覚を僅かに感じ取り、鉄鎚の騎士ヴィータが言う。


 「そうだ。我らの役目は、この闇の中へ突入し、防衛プログラムを引き受けること。外部からのウィルスとして暴れれば、主はやてとリインフォースへの干渉はなくなる」

 唯一デバイスを持たない盾の守護獣が、己の感覚のみを頼りに闇を見据える。

 古の非人格型融合騎、“ユグドラシル”は今は彼のリンカーコアそのものとなっており、デバイスとしての機能はないも同然なのだ。


 「往くぞ、ここより先、どのような事態が起こり得るか予想はしきれんが、いかなる障害があろうとも」

 「夜天の守護騎士、ヴォルケンリッターとして」

 「はやての明るい未来のために」

 「あの闇を、駆逐してみせよう」

 四人の守護騎士は決意を新たに。

 自身の形を保ったままで、初めて、闇の中へと足を踏み入れる。




■■■

烈火の誓い


 気がつくと、彼女は一人きりとなり、その魂たるレヴァンティンのみが傍らにあった。

 四人で一斉に闇へ踏み込んだところまでは記憶にあるが、それも朧げで、頭に霞がかかったかのように。

 闇の書の闇を滅ぼすための作戦のことが脇に追いやられ、代わりに、懐古の念が浮かぶ。


 <管制人格たる彼女、そして、共に戦う騎士達とは、生まれた時から一緒だった。少なくとも私は、そう記憶している>

 それは、今の彼女が思い出し得る限りの、過去の断章。


 <永遠のような戦いの日々を、我等は共に過ごしてきて。いつか、壊れて果てるまで、戦い続けるのみと思っていたが>

 過去は辛く、闇に沈むとも。


 <主はやて、おそらく、最後の夜天の主となられるであろう、あの方に出逢えたことで、その運命は変わりつつある>

だからこそ――


 「私は―――」

 ふと意識が戻り、シグナムは闇を見渡す。


 「とりあえず闇の書に吸収はされていない、か。だが、皆とは、離されてしまったな。分かるか、レヴァンティン?」
 『Ja.』

 電脳空間においては、デバイスの機能のみが頼りとなる。

 戦闘行為は別として、仲間との通信や探索においては、騎士の魂である彼らに任せるより他はない。


 『Mein Herr!』

 「む――」

 ふいに、闇が晴れ、場所が変わる。

 正確には闇以外のものを認識したため、果てがないと思われた闇とそれ以外のものの区別という認識が発生したのだが、それは些細なこと。

 そこは戦場跡、シグナムが闇の書の守護騎士として薙ぎ払い、焼け野原となった場所に、痛みに耐えるように立ちつくす人影一つ。


 「ザフィーラ―――」


 「騎士か? なぜこんな場所にいる………いや、それよりも、ここは何処だ。俺は何故、この様な場所に……?」


 「………これは、残滓か、私達自身ですら忘れていた、殺戮と放浪の記憶」


 「思い出した……俺は、狩りを行わねばならん。闇の書の糧とするため、魔力持つ者を倒して奪う、そのために!」


 「レヴァンティン、進むぞ、ワクチンプログラムを散布しろ」

 『Ja.』

 それはシグナムにとって悲しい光景ではあったが、“想定内”でもある。

 管制機が構築し、レヴァンティンに搭載しておいた、過去の守護騎士に対抗するためのプログラムを用い、襲いかかってきたザフィーラの残滓を退け、シグナムは先へと進む。




 「―――シグナムか……なんだよ、何か用かよ」

 また場面が変わり、シグナムの前に立つのは。


 「ヴィータ……」


 「目が覚めたらこんなとこにいたんだけど、どうなってる? 新しい主は、シャマルは、ザフィーラは?」

 そこは、とある古城の地下。

 闇の書の守護騎士が現れる場所は、戦場跡か、寂しい牢獄の如き場所でしかない。


 「――ヴィータ、聞いてくれ」


 「説教ならいらねえ。闇の書の騎士として、ちゃんとやるっつってんじゃねーか。誰のためでもなくたって、ちゃんとぶっ壊れるまで戦ってやらあ」


 「聞いてくれヴィータ、 我々はもう、どこにも行かなくていいんだ」


 「あん……?」


 「流浪の日々はもう終わりだ、終わらない夜も、ここで終わらせる。帰るべき場所と、守るべき主を……やっと見つけたんだ」


 「寝ぼけんなタァコ! 帰る場所なんてどこにある? この腐った城が、あたしらの帰る場所か、主なんてどいつもこいつも、カスばっかじゃねえか……あたしらの夜は、終わらねえよ」


 「いいや、終わらせてみせる、そのために我等はここにいる、主はやての友人たちも、協力してくれている」


 「しつっけえぞ! 夢見てんじゃねーよ! 寝ぼけてんなら、一発ぶちかまして起こしてやるよ!」

 「……レヴァンティン」
 『Ja.』

 シグナムは戦うことなく、奥へと。




 「シグナム」


 「シャマル? お前は、本物か?」

 戦場跡に静かに佇む女性が一人。

 しかし、痛みに耐えるように立ちつくしていたザフィーラの残滓とは、印象が異なる。


 「ううん……私もまた、過去の記憶の残滓に過ぎない。けど、私はとても古い、ここはミドルトンの戦場跡で、三代目の夜天の主の下、ヘルヘイムの異形と戦っていた頃の記憶」


 「そうか……私も、それが分かるということは、高町とテスタロッサが、上手くやってくれたらしいな」


 「なのかしら? 私には分からないけど……ねえシグナム、だんだん、記憶が移り変わっていくのが分かるの。本当の記憶が曖昧になって、ただ破壊を振りまくことが、正しいことのように思えてくる」


 「だがそれは違う、我々は無限に破壊を振りまく異形をベルカの地から駆逐するため、この生涯を捧げたのだから」


 「うん……でも、私には止めることが出来ない。ごめんねシグナム、私を止めて」


 「任せておけ、といいたいところだが、その必要はない」


 「……?」


 「夜天の騎士であった頃のお前が現れたことが、その兆候だ。あと僅かに待て、安らかな眠りと共に、お前はあるべき場所に帰れる。私もまた、我が魂、炎の魔剣レヴァンティンに掲げた、烈火の誓いを胸に進む」






■■■

約束


 <闇の書の守護騎士、それがあたし達の運命だった。いつから始まったのかはもう覚えてない、だけど、ずっと戦ってた>

 鉄鎚の騎士ヴィータ、彼女もまた、ふと気付けばグラーフアイゼンだけを供に、一人でいた。


 <うんざりするほど長い時間の中、沢山の主のもとを渡り歩いて、ただひたすらに戦って戦って。主になる奴らはどいつもこいつも嫌いだったし、誇りのない戦いなんて、したくなかった>

 そこに、光の天使が舞い降りる。


 <闇の書の運命が変わったのは、はやてのおかげ。優しいはやてが主になってくれて、あたしは多分、生まれて初めて、戦うこと、守ることに、意味を見出せた>

 だけど―――


 <もっと前にいつか、あたしは誰かのために、守るために戦っていたような、そんな気が、今はしている>


 「っと、ここは―――闇の書の中か」
 『Ja.』

 気付けばそこは闇の帳。

 帳が開けば、出てくるのは。


 「ヴィータか」


 「……シグナム」

 紅蓮の戦場跡に佇む、烈火の将。

 だけどその姿に輝きはなく、黒に染まった、無骨な甲冑を纏った、闇の騎士がそこにいる。


 「ここはどこだ? 気がついたら、こんな場所にいた」


 <ああ……これは昔のシグナムだな、はやてと逢う前の>


 「まあいい、闇の書を探し、シャマルとザフィーラと合流する。行くぞヴィータ、来い」


 <シグナムは昔からあんまし変わってねーと思ってたけど……>


 「――どうした、ぐずぐずするな!」


 「ああ、いや」
 <語調も違うし、なんか、苛立ってる>


 「我々が目覚めたということは、新しい主がどこかにいらっしゃるのだろう。早々にお目通りを願わねば」


 「あのさーシグナム、あたしな……。昔から、お前の目が、ちょっと好きだったんだ」


 「なんだ……一体?」


 「迷いがなくて強い目だって思ってた。だけどやっぱり、お前も迷ってたし……悲しかったんだな。今そこにいるお前を見てっと、そう思う」

 炎を背にする彼女は、どう見ても、己の所業を誇っているようには見えなかったから。


 「夢でも見たか? 戯言はほどほどにしておいてくれ」


 「夢か、確かに、あたしが通ったのは現実と夢を繋ぐロストロギアなんだってさ、だったら、どっちで夢で、どっちが現実か………考えるまでもねえよな、なあ、アイゼン」
 『Jawohl. Mein Herr.』

 ヴィータの傍らには鉄の伯爵グラーフアイゼンがあり、シグナムの残滓が持つ剣は黙したまま。

 ならば、答えは考えるまでもない。






 「小さな騎士に、鉄鎚型のアームドデバイス、近頃では珍しい姿ね」


 「……シャマルか」

 そこは深い森、木々が作り出す闇に溶けるように、湖の騎士であったはずの女性がそこにいた。


 「どこのどなたかは存じませんが、人の名を、気安く呼ばないでもらいましょう」


 <ああ、やっぱりシャマルも違う……これは、さっきのシグナムよりも、もっと前>


 「それにそれは………私の仲間のデバイス、奪ったのかしら」


 <それに、思考が変だ。風の参謀がそんな短絡的な結論へ至るはずもねえ、この頃のあたし達は暴れ狂うだけで、多分、一番弱かった>


 「私達にも仲間意識はあります……さあ……返していただきますよ!」


 「わりーが、そういうわけにもいかねえ、こいつはあたしの相棒だ、なあアイゼン」
 『Jawohl. Mine Herr.』






 「ヴィータか」


 「ザフィーラ、あれ? 本物?」

 そこは、とても奇妙な建物の中。

 中世ベルカのどのような城でもない、ある意味でアースラに似た内装が施された、不思議な場所だった。


 「残念ながら、そうではない。お前はここに見覚えはないか?」


 「ここって………聖王家の、戦舟」


 「初代聖王の遺した、ゆりかごの技術によって作られし、天かける戦舟。ヘルヘイムが放った大量の空戦型魔導機械に対抗するため、夜天の騎士として聖王家の駆る舟と共に戦った時もあった」

 記憶が徐々に、蘇る。

 それが何を意味しているか、ヴィータには分かる。


 「そういや、スクルドとは、ここで別れたんだったな」


 「私はこの時期辺りの記憶しか持ち得んが、それは理解できる。聖王家の持つアルハザードの遺産の力は大きく、狂えばヘルヘイム以上の脅威となり得る。もしそうなった時に止める術を残すため、彼女は聖王家に仕えるようになった」


 「ああ、そうだった。今は、どうなってんだろ」


 「さてな、そして我等はハイランドへ移り、異形と戦う。敵対するもの、全てを駆逐するために」


 「ひょっとしたら、その選択が間違いだったのかもな。馬鹿野郎共がいた頃ならともかく、あの頃のヘルヘイムとなら、あんまし考えたくねえけど、共存の道もあったかもしれねえ」


 「かもしれんが、今の私は、戦争に臨む修羅のそれ、止められるか、ヴィータ」

 盾の守護獣は、静かに拳を構える。


 「いいや、止める必要はねえ。あたし達は皆、あるべき姿に、帰るだけだ。けど、約束は果たすよ、兄貴。あたしは鉄槌の騎士として、グラーフアイゼンと共に行く」




■■■

癒しの風


 <闇の書の守護騎士、その名と共に彷徨って来た記憶は、もう遠い忘却の彼方>

 湖の騎士シャマルと風のリングクラールヴィント。

 四騎の守護騎士のうち、癒しと補助が本領であり、最も探索能力に長ける彼女は、自分達が置かれた状況を即座に理解していた。


 <だけど、今の主、はやてちゃんとの出逢いが、その悲しみを変えてくれて、彼女にまで及んだ運命の鎖を断ち切るため、私達はこうしてここにいる>

 シャマルは静かに過去を回想する。

 今の自分に思い出せる過去、クラールヴィントの中にのみある過去、ただ情報として刻まれても、検閲によって再び削除されるであろう過去。


 <だけど、白の国の夜天の騎士、ユーノ君がまとめてくれた過去の記録にある私達の記憶は、未だ分からない>

 そして、あまりに古く、人間の記憶では思い出せないほどの過去の話。


 「それでも、私達は―――って、あらら?」

 気付けば、思念だけの状態から、質感を持った状態へと回帰している。


 「アスガルドの働きと、多分フェイトちゃんのお願いのおかげね。そしてこれから、なのはちゃんのお願いが―――」
 『Mein Herr.』

 周囲の景観が変化し、過去の記録が映し出される。


 「何だよ……お前……シャマルか……?」


 「ヴィータちゃん……」


 「それに、身体中が痛い……まるで、あたしが、あたしじゃなくなってくみたいな……」


 <多分、割と近い頃、闇の書が完成した時の記憶……役目を終えた守護騎士が、闇に喰われる僅か前の>


 「近寄んな! あたしにさわんなっ!!」


 「近寄って、触らなきゃ、どこが痛いかも分からないわ」


 「もともと、みんな嫌いなんだ……戦いも、闇の書も………こんな世界も!!」


 「ヴィータちゃん、それは……」


 「誰かにぶっ壊されるくらいなら、はじめっからあたしが、全部ぶっ壊してやる!」


 「痛いのも苦しいのも、私が今治して上げる、クラールヴィント」
 『Jawohl.』

 風のリングから、ワクチンプログラムが放出されていく。

 レヴァンティンやグラーフアイゼンならば一瞬存在を薄め、その間に離脱する程度が限界だが、クラールヴィントならばある程度の治療も可能。


 <もっとも、本当に治してくれるのはなのはちゃんとフェイトちゃんのお願いなのだけど>







 「シャマル、お前か?」


 「ええ、ザフィーラ」

 場面は変わり、雷雲が立ち込める荒野の上空で静止する守護獣が一人。


 「俺はなぜ、ここにいる?」

 <俺……?>

 それは、今の彼ではない一人称で、闇の書の守護騎士であった頃はあったかもしれない一人称。


 <でも、もっとずっと前、貴方が夜天の騎士になる前にも―――>


 「まあいい、目覚めたということは、新しい主がどこかにいるのだろう。また、闇の書の頁を集める戦いだ」


 「あのねザフィーラ、もう、闇の書はなくなるし、頁も集めなくてもいいの」


 「闇の書がなくなる? それは、我らと主が消滅するということか?」


 「少し違うけど、闇の書の闇はきっとなくなる。はやてちゃんと、リインフォースが」


 「誰だ? それは?」


 「……そうね、きっと貴方は、ベルカ戦乱期後期ごろの記憶。今のことを知るはずもないものね」


 「貴様は、偽物か幻か、この拳で確かめてくれる!」


 「クラールヴィント、癒しを」
 『Ja.』






 「来たか、シャマル」


 「シグナム―――その格好」


 「今のお前にとっては、懐かしくも感じるか、シュトゥラの戦技武闘会、その優勝者に贈られる甲冑だ」


 「そう言えば……そうだったわね。貴女、当時のシュトゥラで最強と謳われた騎士と、互いに死にかける程の試合をしたもの、私がいなければどうなっていたか」


 「お前がいればこそ、無茶も出来た。我ら、夜天の守護騎士、そのようにして、60年もの時を戦い抜いてきたのだから」


 「ええ、そうだった。戦いばかりなのは相変わらずだけど、あの頃の日々は輝いていた……」

 八神はやてという少女が与えてくれた安らぎとは、別種の輝きがそこにあった。

 夜天の守護騎士として、勇壮なるシュトゥラの騎士達と共に、民を脅かすヘルヘイムの異形と戦った日々は、戦乱の炎の中にあってもなお―――


 「本来ならば、私はお前を切り捨てていたはず。だが、そうはなっていない」


 「ええ、ジュエルシードに懸けられた願いが、果たされようとしている。私達は、あるべき姿に戻れるでしょう」


 「そうか……それは、楽しみだ」


 「楽しみにしておいて、最後の夜天の主と、その友達が贈ってくれた、とびきりの奇蹟なのだから。私の癒しの風も、及ばずながら力を貸しましょう」




■■■

守るべきもの


 <守護の獣として生まれたのが、一体いつのことなのか、最早、思い出すこともかなわない>

 盾の守護獣の起源、それはある青年と賢狼の誓約。


 <夜天の書の守護者、夜天の守護騎士として過ごした戦いの日々も、今はもう、遠い記憶だ>

 それでも、彼の拳は、守るべきもののために。


 <だが、我らにはなすべき使命がある。主はやてと祝福の風の名を授かった彼女に、平穏と安らかな日々を。そのために、闇の書の闇を滅ぼさねばならん>

 墜ちたる守護の星、その欠片は、今もまだ彼の中にある。


 「守護の獣として、主や仲間の未来を守るのも、成すべきことのうち」

 気がつけば、彼は一人で空にいた。

 デバイスの補助を受けることはなくとも、プログラム体である彼は、己が意志によってのみ実体を保つこととて不可能ではない。



 「貴方は―――ザフィーラ?」


 「シャマルか……」


 「いいえ、違うわね。良く似てはいるけれど、落ち着き過ぎよ、ザフィーラはもっと、猛々しい牙と爪、そして戦意を持っている。こんな光景を簡単に作り出すくらいに」

 そこは、どこまで血の色に染まった大地が続く鮮血の丘。


 <管理局の時代の僅か前、旧暦の終わりとされる時代か>
 「だろうな、私とて、冷酷かつ無慈悲なお前を、風の癒し手とは思えん。まさに、闇の騎士だ」


 「私が闇の書の騎士だとは知ってる? 捕らえた獲物を逃がすほど、甘くもないって」


 「ああ、分かるとも」


 「じゃあ理解出来てるわね、永遠の夜からは、逃げられないことを」


 「永遠に明けぬ夜はない、仲間と共に夜明けを迎えるために、我々はこうしてここにいる」

 瞬間、顕現した茨の檻が、シャマルの残滓とザフィーラを分断する。

 それはワクチンの効果によるものか、記憶の残滓にはその境界線を超えることは出来ず、ザフィーラはさらに奥へと。





 「シグナムか」


 「誰だ、貴様は? なぜ私の名を知っている」


 <私が分からないか……おそらく、聖王統一戦争の末期、古代ベルカの文化と技術が、終焉を迎えた頃の記憶>


 「答えろ、貴様は何者だ」


 「お前の同朋、盾の守護獣ザフィーラだ」


 「知らんな、だが丁度いい、闇の書のため、糧となってもらおう。我が剣の錆となれ!」


 「防いで見せよう、この拳で!」

 シグナムの残滓の剣と、ザフィーラの拳がぶつかり、その火花が境界線を作り出す。

 レヴァンティンであれば無事では済まなかったであろう相克も、魂の籠らぬただの剣では、守護の拳を破れるはずもなく、残滓がその先に進むことはなかった。






 「ザフィーラ……」


 「ヴィータか……自分の状況に、自覚はあるか?」


 「分からないよ……目が覚めてからずっと……痛くて怖くて寂しいんだ……」


 「……む……」


 「守りたいものなんかないのに、戦わなきゃならない、大切なものが出来たって、主のきまぐれで奪われる」


 <これは、昔のヴィータの心の底か…長き夜を彷徨っていた時代の>


 「出逢った人も死んでいく……いつだって壊して、殺してばっかりだ……そんなのもう終わりにしたいのに、終わらないんだ」

 それは、闇に囚われた少女の嘆き。


 「どうすれば終われる……どうすれば救われる……苦しいんだよ」

 鉄鎚の騎士として、強くあろうと誓った少女の、心の隅にあった、普通の心。


 「ザフィーラ……助けて」


 「大丈夫だ……、今、助けてやる」

 それは、妹が兄に助けを求めるようであり。


 「終わらぬ悪夢は、私達が終わらせる!」

 瞬間―――


 「手前は、甘えてんじゃねえ!」

 凄まじい速さと鋭さを以て振るわれた鉄鎚が、ヴィータの頭を上からぶっ叩き、付近の景観は、美しい城へと変貌していた。


 「ヴィータ!」


 「すまねえザフィーラ、こいつはあたしの心の弱さだ。まだ未来を体験してないあたしに言えることじゃねえのかもしれねえけど、鉄鎚の騎士になった以上、そんくらい覚悟しとけ馬鹿っ、そんなのは、お姫様の台詞だろうが」


 「ここは……ガレアの城、それに、お前の姿は」


 「そっ、王女様を相手にする時の姿さ………あたし達が助けられなかった。今も一人ぼっちで苦しんでいるかもしれねえ、イクスの……」

 純粋に目覚めていた期間ならば、イクスの活動期間は1年に満たない。

 数百年単位で目覚めていた上に、マリアージュのコアを作り出した後は、休眠状態に戻されることがほとんどであったから。


 「だってのにこの馬鹿は、仲間に囲まれてる癖していじけやがって、痛くて怖い? 壊して殺してばっか? 出逢った人は死んでいく? ああそうだよ、あたしの同期は皆人間として死んでいった。残るのはいつもあたしだけさ」

 もう一人の自分を踏みつけながら、二代目の夜天の守護騎士としての姿を取り、その付近の記憶を持つヴィータが叫ぶように語る。


 「それが怖いなら、最初っからアイゼンを手に取るんじゃねえ。誰かに救われるだけのお姫様になりたきゃ、花と人形でも持ってろ、心を許した人形を利用されて、屍兵器なんかに変えられたお姫様だっているんだぞ、そんなことも、手前は忘れちまってるのかもしれねえけどよ」

 誓いは全て、過去の記憶があればこそ。

 どれほど大切な想いも、どれだけ願った誓いも。

 覚えていなければ、意味などない。


 「だから、あたし達は―――」

 そして、踏んづけられていた方のヴィータが光になり―――


 「忘れちゃ……いけねえんだよ」

 夜天の守護騎士だった頃のヴィータと一つになった。






新歴65年 12月25日  無人世界(衛星軌道上) 時の庭園 中央制御室 AM0:05


 『頃合いですね、準備はよろしいですか、二人とも』


 「はい!」


 「大丈夫!」

 守護騎士4名が電脳空間へ潜入(ダイブ)した後の中央制御室。

 予想される闇の書からの守護騎士への干渉、管制人格の情報に依れば、恐らく過去の残滓が形を成して襲ってくるだろう事態に対処するため、二人の少女が魔法の言葉を唱える。


 『では、ジュエルシードを起動させます。レイジングハート、バルディッシュ、細かい制御は任せましたよ、クロノ・ハラオウン執務官、貴方は万が一の暴走に備えて下さい』


 『All right.』
 『Yes, sir.』


 「了解している」

 管制機の告げるタイミングに合わせ、“魔導師の杖”と“閃光の戦斧”がジュエルシードと接続し、主とロストロギアを繋ぐ。

 この二機こそ、次元世界で最もジュエルシードと関わったデバイスであり、機械的な解析のみではなく、純粋な願いの媒介となった、祈祷型のインテリジェントデバイス。

 レイジングハートもバルディッシュも、主が望む魔法を顕現させるために機能する、そのために己のシステムを姿すらも変えていく。


 「行くよ、フェイトちゃん!」

 「うん、なのは!」

 寄り添うように、支え合うように、二人の少女が杖に魔力と共に祈りを込めていく。


シーリングフォーム


 ある一つの魔法に魔力をすべて向ける為の形態であり、通常、大がかりな儀式魔法を行う際に行使され、二人の少女が出逢った頃には、ジュエルシードを封印するために用いられていた。

 魔導師や騎士と戦闘を行う上では使い難い機能であるため、ヴォルケンリッターに対抗するための生まれ変わったレイジングハート・エクセリオンとバルディッシュ・アサルトには搭載されていなかったが、“闇の書の闇”へ挑むにはこのフォームこそが必要と判断され、多少のリソースを費やし復活した。


 『集中を、雑念を捨て、ただ、心優しい夜天の主たる少女のことを、彼女のために戦う騎士達のことを、心に浮かべて下さい』

 静かに、諭すように、管制機が言葉を紡いでいく。

 つまるところ、催眠術を応用した支援であり、なのはとフェイトの精神を“祈祷”に最も適した状態へと誘導していく。


 『貴女達が守護騎士と戦うことおよそ四度、すれ違いもありました、傷つけあうこともありました、理解し得ないこともありました』

 管制機が舞台を整え、意図的にアースラへ情報を隠してまで、なのはとフェイトは“想い”を胸に空を駆けた。

 純粋に効率だけを見るならば、早い段階で管理局は守護騎士を捕縛していただろう。手段を問わぬならば、それこそいくらでもある。


 『しかし、二度目の集いを経て、絆は繋がりました。貴女達も、アースラの皆様も、八神家の方々も一致団結し、大団円へと向かっています。これも全て、“皆が仲良くあればいい”という貴女達の想いがあったからこそ』

 理由を問われれば、それが全て。

 フェイト・テスタロッサと、比翼の翼である高町なのは。

 二人の少女がそう願った、故に、管制機トールはそのために舞台を整えた。


 『その願いを、八神はやてという少女が救われる未来を、そのための道筋を照らす光を、魔法の杖に込め、願い叶える魔法の石へと伝えて下さい』

 闇の書の内部に蓄積された、1000年の闇。

 それは、守護騎士達を蝕み、管制人格リインフォースや、中枢へ向かうはやてへも牙をむく。

 だからこそ―――


 「リリカル・マジカル………みんなの思い出を………返して!!!」

 闇に奪われた彼女らの記憶を。

 時に楽しく、時に悲しく、忘れたいと思うほどのものであっても、そう思う心すら忘れてしまったら、何も残るものはないから。

 レイジングハートが、主の願いを受け、優しく輝く。


 「レイデン・イリカル………みんなを………闇から守って!!!」

 侵入者として闇の書へ入った彼女らへ襲いかかる悪意を止めるため。

 悲しい記憶に、潰されることがないように。

 バルディッシュが、主の願いを受け、温かく輝く。


 『二つの願いが、ジュエルシードへと届きました、仕上げを!』

 そして、舞台装置が高らかにその時を告げ。


 「リリカル・マジカル!」
 「レイデン・イリカル!」

 なのはは、左手にレイジングハートを持ち、ジュエルシードへと掲げ、右手をフェイトと繋ぎ。

 フェイトは、右手にバルディッシュを持ち、ジュエルシードへと掲げ、左手をなのはと繋ぐ。

 その光景を後ろで見守るクロノには、小さな天使二人が互いに支え合いながら、懸命に願いを叶えようとしているように見え―――


 「「 心の風景を……すぐに………元通りに!! 」」

 ジュエルシードが少女二人の願いを受諾し、光が満ちた。






電脳空間  闇の書  内部


 「……これが、高町とテスタロッサの願い、いいや、魔法か」

 闇の胎内へ入り込んだ守護騎士達を、柔らかな光が包み込む。

 闇に溶けていた記憶の欠片、長い年月にうちに打ち捨てられ、放棄されていた断片を拾い上げ、元の持ち主へと。


 「みたいだな、あたしもすぐに本物と一つになるだろうし、ザフィーラの方にももうすぐ来るよ」

 既に欠片の1つと一体化したヴィータの過去の記憶、身体が光へと変わり、あと少しでヴィータそのものになる彼女は、ふと遠くを見上げるように。


 「自分の気持ち、『好き』って想いが、一番大切、か」

 自分に届く優しい光、少女二人が願い、“願いを叶える魔法の石”がもたらす奇蹟に込められた想いを、噛みしめる。


 「そりゃまあそうだけど、よくあいつらは恥ずかしげもなく、大好きって言えるよな」


 「それが、あの二人の心の強さなのだろう。偽ることなく正直に己の心を伝えるというのは、誰にでも出来ることであるはずにもかかわらず、何よりも難しい」


 (私は、フェイトちゃんが大好き)
 (私も、なのはが大好きだよ)

 親友を誇るように、絆を慈しむように、なのはとフェイトは二人で手を繋ぐ。

 そうして、空いた手は別の誰かと繋がり、どんどん繋がっていくことで、やがて大きな輪になる。

 時の庭園の集いはそうして始まり、この二人がいたからこそ、今がある。


 「ああ……そうだな、単純なことだ、あたしは騎士が好きなんだ」

 騎士に憧れたから、大好きだから、騎士になりたいと思った。

 もう一つ、大好きだった人が騎士で、特別に好きだった人も、騎士を目指していたというのもあるけれど。


 「それを忘れちまうから、騎士の誓いが重荷になる。どんなにやりがいのあることでも、“好き”って気持ちがなきゃ、疲れと苦痛しか残らねえ」

 だから、夜天の騎士達は擦り切れてしまった。

 原初の想いを、自分達が大好きだったものを、呪魔のウィルスに奪われてしまったから。


 「ヴィータ、ザフィーラ」

 「良かった、二人とも問題ないみたいね」

 「へっ?」

 いつの間にか、烈火の将シグナムと、湖の騎士シャマルが到着し、ヴィータは首を傾げる。


 「あたし、本物?」


 「そのようだ、いつ頃一つになったかは分からんが、この光が届いた時から、本物も偽物もなかったのだろう。何せ、全てはたった一人の記憶なのだから」

 ここは電脳空間、基となる身体がないのだから、どれもが本物であり、偽物でもある。

 散らばった記憶は一つとなり、シグナム、シャマル、ザフィーラ、ヴィータへと集った。

 かつて失った大切なものを、取り戻して。


 「さあ、往くぞ、我らの使命はここからが本番だ」

 「そうね、私達の過去の残滓は消え去ったとはいえ、蒐集された人々の記憶、大型魔法生物の残骸は未だ健在」

 「へっ、恐れることはねえよ、あたしらは、あのベルカ一の大馬鹿野郎にすら勝ったんだから」

 「そうだな、我ら夜天の守護騎士、ヴォルケンリッター、魂がある限り」

 夜天の守護騎士が新たに誓いを掲げ、闇の中枢へと進んでいく。

 過去の記憶を集めれども、未だ闇は深く、1000年の怨嗟は重い。

 されど、彼女らの心に恐れもなければ、迷いもない。

 大切な人達の思い出を、自身が大好きと誇れるものを、失われたものに対して流した涙も。

 余すことなく受け取り、誇りを騎士の魂へと、宿していたから。








電脳空間  闇の書  中枢部


 「これは―――」

 「光が……」

 八神はやてとリインフォース。

 完成した闇の書の主と、正規の手順で起動した管制人格は、電脳空間にあり、二人三脚で奥へと進んでいた。

 これまでに常に実体を持たず、闇の書の中にいたリインフォースにとっては電脳空間での活動も慣れたものだが、はやてにとっては初めての経験であり、知識は事前に叩き込まれていたとはいえ、やはり自在に動くのは難しいものがある。

 そこに、はやてがかつて体験したはずの、狭間の邂逅の記憶が流れ込む。


 (そっか、貴女が闇の書さんなら、わたしを皆と逢わせてくれたのは、貴女なんやね)

 (残念ながら、私が自らの意思で選んだのではありません。私の転生先は、乱数決定されますから)

 (そんなんええねん、貴女が私のところへ来てくれたから、私はあの子らに逢えた、そして、今は貴女とも逢えた、素直に嬉しいし、感謝したいと思う、あかんか?)

 (いいえ、それでしたら、何も問題はありませんね)


 「そうや、あの時だけやない、それまでにも何度か、私、リインフォースにおうとるよ」


 「記憶が、戻られたのですか」

 それが記録されないはずのものだとしても、失われたものであっても。

 願いを叶える魔法の石、ジュエルシードが祈りを聞き届けた以上、記憶の欠片は光となって集う。


 「ああ、やっぱり、リインフォースはフィオナ姫やったんや」


 「申し訳ありません。あの時は、私自身も忘れておりました」


 「ええよ、それよりも、やっぱり本当の名前で呼んだ方がええ?」


 「いいえ、騎士としての魂が残っている将達と異なり、フィオナ・ヴァルクリントを表すものは皆全て夜天の魔導書と一つになりました。ですから今は、私はこの書そのものです」


 「ほんなら」


 「はい、貴女が下さった、祝福の風、リインフォースの名で呼んでください。それが、貴女と私を繋ぐ、何よりの絆に思えてなりませんので」


 「うん、ほな、これからもよろしゅうな、リインフォース」


 「はい、我が主」

 夜天の騎士達と同じく、夜天の主とその融合騎も、欠けたる記憶を取り戻す。

 夢の狭間での邂逅は、電脳空間での活動経験となり、はやてが闇を切り拓く力となる。

 やがて―――



 「着いた、あれが――」


 「今や防衛プログラムとウィルスが一体化した闇の中枢、それを守る四重の障壁、第一層、カイーナです」

 二人は、聳え立つ障害へと辿り着く。

 これから二人は、互いの力だけを頼りに四重の壁に挑み、突破せねばならない。


 「主はやて、大丈夫ですか」


 「平気や、リインフォースが一緒にいてくれるなら、私はどこまでも高く遠くまで飛べる」

 なのはとフェイトが比翼の翼であるように、はやてとリインフォースも翼を重ね。


 「行くよ! 外側で頑張ってくれてる人達が稼いでくれた時間、一秒たりとも無駄には出来へん!」


 「行きましょう、我が主!」

 闇の中枢、1000年に渡って蓄積された人間世界の淀み、人の醜悪さそのものとも呼べる呪いの塊、闇の胎盤たるアビスとその外郭たる四重の壁へと、突入していった。



あとがき
 今回、守護騎士の回想はポータブルを基にしたもので、なのはとフェイトの魔法は、“リリカルおもちゃ箱”で使われているもののほぼそのままで、“レイデン・イリカル”は“ヒドゥン”を退ける際に、クロノが唱えた魔法です。リリちゃにおけるクロノは、フェイト・ユーノ・クロノに分割された感じですが、中でも特に当初はライバルキャラであり、なのはとの“絆”の部分を受け継いだフェイトに、“レイデン・イリカル”の魔法を唱えさせたいとは“デバイス物語”構想時から思っていました。そして、ポータブルにおいて闇の欠片事件は“過去の記憶”であることを受け、天啓めいたもの(電波)が脳を駆け廻り、今回の感じになりました。
 なのはとレイジングハート、フェイトとバルディッシュ、はやてとリインフォース、そして最後の鍵はクロノとSong to You。これまではカートリッジを含めた理論的な戦術展開に終始してきましたが、最後はやはり、少女達の奇蹟の大元、願いを叶える魔法の石と、祈祷型インテリジェントの最大顕現、シーリングモードで行きたいと思います、いわば、“愛の絆”。そしてだからこそ、それらとは全く異なる役割を有する騎士の魂、グラーフアイゼン、クラールヴィント、レヴァンテインを輝かせたいと思っております、こちらは、“誇りの絆”。
それではまた。





[26842] 第四十四話 因縁 ~闇の書の闇~
Name: イル=ド=ガリア◆9d8bc644 ID:6839e7ab
Date: 2011/08/27 10:25

Die Geschichte von Seelen der Wolken


第四十四話   因縁 ~闇の書の闇~




新歴65年 12月25日  無人世界(衛星軌道上) 時の庭園 中央制御室 AM0:30


 “クリスマス作戦”が開始されてより30分。

 電脳空間と現実空間における二面同時進行は、現在のところ順調と言ってよい展開を迎えている。


 「なのはとフェイトも無事に送り出せたし、ジュエルシードの発動も安定してきた。後は僕だけか」


 『然り、残る作業は私とアスガルドで引き受けます。電脳空間では既に防衛プログラムとヴォルケンリッターとの戦闘が開始されておりますが、境界線に防衛プログラムが殺到するのも時間の問題、おそらく後2分とかからないでしょう』

 ジュエルシードに願いを託した後、なのはとフェイトも“ミレニアム・パズル”の門にして台座、“アルゲンチウム”に横たわり電脳空間へ向かい、クロノはジュエルシードの暴走に備えた調整を引き継いだ。

 この20分程でそれらも終了し、いよいよクロノも電脳空間へと潜入(ダイブ)する。


 「それじゃあ、後は任せた。行くぞ、デュランダル」
 『OK, Boss.』

 “氷結の杖”デュランダルを握りしめ、クロノは台座に横たわる。

 これまで彼が使用していたデバイスはS2Uだが、電脳空間内部で自由に動くにはある程度自立思考機能を備えたデバイスが相応しいことから、デュランダルへ切り替えていた。


【“アルゲンチウム”、解凍。仮想空間(プレロマ)の構築を開始します】

 『それではご武運を、クロノ・ハラオウン執務官』





電脳空間  ミレニアム・パズル―闇の書  接続部


 そこは、光と闇の境界線。

 既にここを通りぬけたヴォルケンリッター達が通過した跡が“道”らしきものとなっているため、深淵を覗きこんでいるような雰囲気こそなくなっているが、それでもここは闇との境界線なのだろう。

 9歳の少女二人が互いに手を繋いで潜っていったであろうその場所には、ウィルスの侵入経路を察知してか、多数の防衛プログラムが集いつつあった。


 「なんともまた、異界と繋ぐ門の奥に、化け物が犇めいているとでも言うべきか。アルハザード伝説のヨグ=ソトースの門でもあるまいに」

 クロノは境界線のミレニアム・パズル側に陣取り、ディレイド・バインドなどの設置型の魔法を敷設していく。

 闇の書側に侵入すれば完全に電脳空間の法則にのみ従うことになるが、こちら側はまだトールとアスガルドが現実に合わせて調整した環境が生きており、デバイスの力に頼らずとも己の感覚で魔法を紡ぐことが可能。

 つまり、ヴォルケンリッターとなのは、フェイトと異なり、クロノは地の利を得ている。彼女らは敵地に攻め込む役目であり、彼は陣地を守る役である以上は当然とも言えるが。


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 そこに押し寄せるは、1000年の間に蒐集され、闇の書の糧とされた者達のなれの果て。

 闇の書の経歴を考慮すれば魔導師が大半を占めるはずだが、既に人型を成していない者も多い。


 <管制人格リインフォース曰く、時代が近い者ほど残留思念が強く、強力な力を有する。不定形の者達は、自身の形すら維持できない悪性情報のなれの果てに過ぎない>

 早い話、形が崩れている者は雑魚であり、独立した意思を持つ者は“将”ということ。

 迫りくる異形の群れを冷静に見据え、クロノはこの集団の指揮官に相当する存在を探り当て――


 「スティンガースナイプ!」
 『Stinger Snipe.』

魔力光弾(スティンガー)をコントロール、一発の射撃で複数の対象を殲滅する誘導制御型射撃魔法。

 クロノが放った魔力弾は正確に異形の群れの中核を貫き、さらに明確な形を成していた者達から優先して排除していく。

 そして、残った残骸達もプログラムの命じるままに、彼らにとってのウィルス発生源目がけて突き進むが。


 「AAAAAAAAAaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa――――――!!!」
 「AAAAAAAAAaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa――――――!!!」
 「AAAAAAAAAaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa――――――!!!」

 事前にミレニアム・パズル側に散布されていたワクチンプログラムによって、霧散していくのみ。


 「やはりな、ある程度の以上の“密度”を持つ個体でなければ、“シャドウ”達はこちら側に踏み込めない。逆に、強力な個体の侵入を許せばそこから一気にウィルスが広まることになる、か」

 状況は、リインフォースとトールが事前に予想した通り。

 残る問題は―――


 「後は、敵の総数がどのくらいで、質が高いか否か」

 1000年の間に蓄積された闇、その総量がいくらかは誰に予想がつかない。

 それらはプログラムではなく、犠牲者たちの怨嗟、残留思念によって決まるため、人間の心が絡むコンピュータにとっては鬼門と呼べる計算だ。


 「まったく、ヘルヘイムの蠱毒の主も厄介極まる術式を残してくれたものだ」

 人の無念、怨念、残留思念。

 そういったものを闇精霊(ラルヴァ)として顕現させ、他者へ侵食する“毒”の特性を与える術式は、地獄の執政官より生み出された。


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 それはまさしく、原初のヘルヘイムが率いた死霊の軍勢の再現か。

 蟲が死体を喰らい、呪いによって怨霊を動かす魔の業が、時空管理局の執務官へと牙をむく。


 「世に出るべきではない君達のような存在を封印するのが、僕達の仕事なんだ。彼女達が笑って過ごす未来に、君達の居場所はどこにもない、怨嗟と共に、在るべき場所へ帰れ」

 “氷結の杖”を構え、クロノは一人迫りくる“シャドウ”を見据える。

 境界線を巡る、孤軍奮闘の戦いが始まった。






電脳空間  闇の書  内部


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 「シュランゲバイゼン!」

 「シュワルベフリーゲン!」

 「鋼の軛!」


 闇の書内部においては、接続部とは比較にならない激戦が展開されている。

 烈火の将が繰り出す連結刃が、鉄鎚の騎士の打ち出す鉄球が、盾の守護獣の放つ茨の森が。

 防衛プログラムとウィルスが融合した闇の亡霊、“シャドウ”達へと叩き込まれていく。


 「ちっ、きりがねえな!」

 「当然だろう、敵を我らに引きつけるためにこうして派手に暴れ回っているのだから」

 「ヴィータ、シグナム、前線のお前達は攻撃の要だ、長期戦を睨んだ戦闘を心掛けるようにな」

 「言われなくてもっ! 行くぜアイゼン!」
 『Jawohl!』

 鉄鎚の騎士が先陣を切り、烈火の将が彼女をサポートしつつ前進。

 盾の守護獣は後方に備え、支援のための砲火を交えつつ守勢に徹する。

 そして―――


 「癒しの風よ、皆に恵みを運んで――」

 回復・治療の要、湖の騎士シャマルは鉄壁の盾に守られ、癒しと補助の本領を発揮する。

 ただ、現在の彼女の役割はそれだけではなく、その手にはある品が抱えられている。


 “生命の魔導書”


 ジュエルシードの力によって製本された闇の書の写本であり、次元世界に唯一つしかない、夜天の魔導書のレプリカ。

 シャマルはクラールヴィントと“生命の魔導書”を接続した状態で電脳空間に潜入(ダイブ)しており、アスガルドの大演算能力の支援を受け、とある“騙り”を実行し続けている。


 『夜天の魔導書の管制人格、これに在り!』

 このような電子情報が超巨大ストレージ“闇の書”のあちこちにばら撒かれ、防衛プログラムはシャマルを本来の管制人格であるリインフォースと誤認する。

 それに加え―――


 「ディバインバスター!」
 「プラズマスマッシャー!」

 先陣のヴォルケンリッターに続いて到着した中陣のなのはとフェイト、彼女らの存在は闇の書にとって完全な“異物”に他ならない。

 外部から侵入した、ウィルスが近くにいると分かれば、防衛プログラムはどう動くか。

 闇の書の主には替えが効くが、管制人格に替えはない。転生機能も闇の書に迫る物理的な危険か、中枢へ迫るプログラム的な改変を対象とするため、この状況では働き得ない。

 防衛プログラムが管制人格よりも優先度が高くなった故の矛盾、本来であればリインフォース(偽物)に危険が迫った段階で転生機能を発動させて然るべきが、異物の破壊を優先するが故に、それを行えない皮肉。

 “クリスマス作戦”は一貫して、人間の心の闇を祓うことと、アルゴリズムの欠点を突くことに主眼が置かれていた。






電脳空間  闇の書  中枢部


 「く―――ううっ!」

 「もう少しです、我が主」

 「へっ、ちゃらや――」

 八神はやてとリインフォース。

 闇の書の闇の中枢、アビスを守る四重の障壁、その一層目たるカイーナ攻略に全力を注ぎ続けた二人が、ついに最後のプログラム防壁を突破する。


 「よっしゃ!」

 「プロテクションプログラム突破! 第一リミッター(カイーナ)、解除せよ!」

 管制人格の声が高らかに響き、主の威光に屈服したかの如く、闇の中枢を守るプログラムが消滅していく。


 「消えた……」


 「これらは元々、中枢機能を外部の干渉から守るための防壁であると同時に、限界を超えて夜天の魔導書を駆動させようとする主のための安全装置(リミッター)でもありました。初代の主であり、夜天の魔導書そのものであった私には、関係ないものでしたが」


 「ちゅーことは、融合騎の機能をリミットブレイクさせて、自分のリンカーコアが消滅するんを覚悟の上で夜天の魔導書の力を使う、とんでもない人がぎょーさんおったわけや」


 「そうなります、ガレアの賢王などと呼ばれる方々ならば問題ないのですが、エレヒやシュトゥラ、特にハイランドは武威の国でしたから、夜天の主も無鉄砲な方々が多く」


 「なるほど、そんな人達のための安全装置なら、突破された段階で消えるのも道理や」

 はやてが彼らを知れるのは、リインフォースが現在イメージしている頭の螺子が吹っ飛んだ雷鳴の騎士の蛮行が彼女にも伝わっているためであろう。

 雷光爆覇やライドインパルス、あのような大馬鹿極まる技を放つ騎士の同類が夜天の主になったならば、なるほど、安全装置を追加する必要に迫られたのも頷ける。


 「ですがそれらも、ウィルスと混じり合ったことでほとんど別物と化しています。恐らく中枢に近づくほど改変は大きなものとなっているでしょうから、その分突破にも時間がかかるかと」


 「現在時刻は?」


 「現実空間で57分が経過しています。私達が“カイーナ”の解除を開始したのが0:13分ですから、44分で突破に要した時間です」

 同じペースで残る三層を突破出来るならば、3時間あれば終わる計算だが、そう上手くもいかないのが世の定め。


 「とにかく、急ぐで、リインフォース」

 「はい、全力でサポート致します」

 氷結地獄の第一層が解放されようとも、なおも3つの壁が彼女らの前に立ちはだかる。

 はやてとリインフォースは、さらなる闇の底へ、第二層アンテノーラへと向かっていった。





新歴65年 12月25日  無人世界(衛星軌道上) 時の庭園 危険生物封鎖区画 AM1:00



 「はあっ、はあっ」

 「ふんぎぎ……」

 「く、くくく……」

 「こんの、馬鹿力……」

 現実空間で暴走体を足止めするチームも、かなり疲労感が溜まってきている。

 闇の書の暴走体が放つ魔法は多種多様であり、魔法戦を展開しては分が悪いと悟った彼女らは、ロッテがしばらく一人で足止めし、アルフ、ユーノ、アリアの三人がかりで強力なバインド陣を展開する策をとった。

 策はなんとか成功し、アルフのチェーンバインド、ユーノのストラグルバインド、アリアの四重フープバインドとクリスタルケージによって、辛うじて暴走体は動きを封じられている。


 「医療班降りてきて、彼らの回復を! 結界担当の中でブーストが可能なものは一旦結界から離れて、前線三人の応援に!」

 後方で結界維持に当たるリンディの役目は、前線組が紡ぎだした僅かの隙に人員を入れ替え、疲労が溜まらないように戦力を運用することにもある。

 彼女の指示を受けた治療担当の武装局員がロッテの治療と回復にあたり、魔力ブーストの術式が使える者達が、ユーノ達のバインドを強化していく。

 その間の結界の補強を担うのはリンディであり、万が一暴走体からの砲撃があっても、彼女がいれば数撃は持ち堪えることが可能。

 エース級魔導師を軸にして、最低でもBランクを有し、個人ごとにスキルを持つ武装局員を臨機応変に運用する。

 陸の事件の規模ではありえぬ戦力運用が実現されており、“海は事件の規模が違う”と陸のストライカーに言われる由縁がここにあった。

 もっとも、リンディがCランクにも届かない局員で構成される地上部隊を上手く運用できるかと言えば別問題であり、熟練の和菓子職人においしい洋菓子を作ることを要求することになってしまう。


 「これで何とか、数十分くらいは持ってほしいのだけど……」

 交戦開始から1時間が経過し、ようやく動きを抑えることに成功。

 ユーノとアリアが遠隔バインドによって広域型や砲撃こそ封じていたが、前線で足止めする者達の負担は大きく、短い時間アルフの代わりに出ていたAランクの小隊長2名、ウィヌ小隊のヴィッツ小隊長とトゥウカのトラジェ小隊長も負傷していた。

 彼らも治療は受けているが、前線に復帰するには1時間くらいは休ませてやりたいところだ。


 「ハラオウン艦長、次は自分の小隊が出ます」

 リンディの心を読んだように、アルクォール小隊の小隊長アクティが声をかける。

 彼の小隊は最も前線向きのメンバーであり、隊長である彼の精神の強さも並ではなく、他2名の小隊長と暴走体の足止めにあたった時も、最も危険な役を引き受け、彼は無傷だった。

 そして何より、半年前のジュエルシード実験において、初見であった“ゴッキー”を相手に戦意を失わなかった男であり、彼に率いられる小隊の面子も、少し前に砂漠の世界で発生した蟲地獄を味わっており、度胸は半端ない。


 「それしか、なさそうね。現在の拘束網が破られたら、アルクォール小隊は前線に出て足止めを、だけど、あくまでロッテのサポートに徹するように」


 「了解」

 戦況は芳しいとは言えないが、悪くもない。

 既にリインフォース→シャマル→クラールヴィント→アスガルド→トールの連絡網によってはやてが“カイーナ”を突破したことは伝わっており、電脳空間組が着実に進んでいる知らせは、士気向上にも役立っている。

 だがしかし、油断は禁物、1000年の闇は底知れず、どのような想定外が潜んでいるか。


 「ここからが、本番かしら」

 自軍の消耗度合と今後の戦術をマルチタスクで計算しながら、リンディは突入組の安全と成功を祈っていた。







電脳空間  闇の書  内部


 電脳空間においても激闘は続く。

 特に、最大の戦力が集中している突入組の役割は陽動であり、中枢部のはやてとリインフォース、接続部のクロノの下へ“シャドウ”を送らせないことを目的としている。

 必然、彼らの戦場は最大の激戦区となり、エース級魔導師の中でも特に戦闘に特化した者達ですら気を抜けば即座に落とされる修羅の庭と化しつつあった。


「来たれ太陽の使者! 不浄なる者を祓い清めよ! 禍祓いの風!」

 湖の騎士シャマルの詠唱が響き渡り、シャドウの内実体を持つに至らない文字通りの“影”が消滅していく。

 電脳空間において、リンカーコアの限界というものは存在せず、プログラムの処理速度と容量によって全ては決まる。

 つまり、ヴォルケンリッターの動力とは、彼女自身とそのデバイスに込められた“電気変換された魔力”であり、アスガルドが時の庭園の駆動炉“セイレーン”から、“アルゲンチウム”を通して闇の書内部の彼らへと送り続けている。


 「だから、持久戦の面では問題はないのだけど―――」

 エネルギー源は確保できても、負わされた傷の治療は別問題。

 攻撃プログラムによる通常の傷であればクラールヴィントによって復元は可能だが、シャドウ達の攻撃は実に厄介極まる特性を持っていた。


 「紫電一閃!」
 『Explosion!』

 「ラケーテンハンマー!」
 『Explosion!』

 「牙獣走破!」

 中世ベルカの騎士であるヴォルケンリッターの本領は、あくまで接近戦にある。

 無論、遠距離攻撃も全員使えるが、ミッドチルダ式の使い手が二人いる以上、彼女らは接近戦を担当した方が効率は良い。

 だが―――


 「くっ――」

 「う、ぎぎ――」

 「ぬ、ぐうう」

 防衛プログラムとウィルスの合成体、“シャドウ”は言わば悪性情報の塊。

 レヴァンテインやグラーフアイゼンのように電脳しか持たぬデバイスならば対策さえ事前に施せば大した影響は受けないものの、基本が人間である騎士達は触れるだけで影響を受ける。

 それらは彼女らの記憶を削り、存在を歪め、夜天の守護騎士を闇の騎士へ墜とさんと呪詛を送ってくる。

シャマルの治療魔法とクラールヴィントには傷の治癒と主観での魔力回復は行えるが、プログラムへの浸食に対しては彼女の専門ではなく、むしろ管制人格リインフォースの力こそが必要となる。

 しかし、道理を曲げて奇蹟を起こすのが、少女達の魔法であるならば。


 「レイジングハート!」
 『Sealing Mode.(シーリングモード)』

 「バルディッシュ!」
 『Sealing Mode.(シーリングモード)』

 闇の浸食は、光によって打ち払われるが定め。


 「リリカル・マジカル! ヴィータちゃんとザフィーラさんの思い出を、返して!」
 「レイデン・イリカル! シグナムの思い出を、返して!」

 祈りを捧げるための形態をとった魔法の杖へ、少女達が願いを伝える。

 放たれた光は守護騎士達を包み込み、彼女らの記憶、構成情報をあるべき場所へと還していく。

 現実空間において、レイジングハートとバルディッシュはジュエルシードと連結されており、電脳空間における彼女らの願いは、二機によってジュエルシードへと転送、その機能を発揮させる。

 “魔導師の杖”レイジングハートは高町なのはの鏡であり、“閃光の戦斧”バルディッシュはフェイト・テスタロッサの鏡。

 主の心を察し、その願いを汲み取るために、彼らは知能を持ってこの世に生れて来たのだから。


 「ほんと、すげえ魔法だ。敵を効率的に切ってぶっ倒すだけのあたし達には、無理だよな」

 ベルカの騎士は戦いが本領。

 敵を滅ぼすことに関しては一流だが、なのはとフェイトのようなひたすらに幸せを願う純粋な心を持ってはいない。


 「確かに、我らの道も結局は血に塗れている。本来ならば、ああした魔法こそがあるべきなのだろう」

 だが、現実は厳しく、理想のままではありえない。

 しかしここは電脳空間、空想が現実を侵食しうる仮想現実だからこそ。

 なのはとフェイト、少女達の一途な思いは、レイジングハートとバルディッシュを触媒に、シャドウ達を浄化し、奪われた情報、騎士達の思い出を解放していく。


 「高町、テスタロッサ、お前達は決してシャドウと直接打ち合うな、我々も可能な限り遠距離攻撃で戦うが、いざという時は私が盾となる」

 生命の魔導書によって偽りの管制人格を演じているシャマルを守る形で、残る5人は布陣している。

 レヴァンティンの連結刃、グラーフアイゼンを伸ばしての一撃、鋼の軛など、ベルカ式の3人も基本は距離を取って戦うが、敵がシャマルの至近にまで迫ったならば、直接攻撃によって殲滅する必要が出てくる。


 「分かりました、その時はわたしたちが癒しますから!」

 「絶対に、あんな影なんかに、貴方達の思い出を奪わせたりしない!」

 魔法の石へ祈りを捧げた少女二人は、再びデバイスを戦闘モードへ。


 『Accel Mode.(アクセルモード)』

 『Assault Form.(アサルトフォーム)』

 少女達のために作られたデバイスは、命に応え、瞬時に姿を変える。


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 「新手が来たか、それに、これまでよりも強力な個体が多いな」


 「いよいよ、あたしらが猛毒だって気付いたってことかよ」


 「ならば、猛毒どころか、天敵であることを教えてやらねばなるまい」


 「そうね、夜天の守護騎士の誇りに懸けて」

 少女二人のために作られたデバイスが、願いを叶えるならば。


 『『『 Jawohl! 』』』

 騎士の魂たるデバイス達は、敵を薙ぎ払う力となる。

 彼らはアームドデバイス、どれだけ高度な知能を有そうとも、直接的な打撃能力に乏しくとも、紛れもなく彼らはアームドデバイスと呼ばれる。

 それは、彼らが戦うための道具として作られたがために。

 戦場へ臨む騎士を支え、その力となるべく命題を与えられたからこそ。

 いかなる機能を持とうとも、彼らはアームドデバイスと呼ばれるのだ。


 「それと、もう一つお願いね、クラールヴィント、彼らの魂を何としてでも探し出して」
 『Jawohl. Mine Herr!』

 戦斧の形を成そうとも、フェイト・テスタロッサの幸せを願って、彼女の鏡となるべく作られたバルディッシュがインテリジェントデバイスであるように。

 前線で敵を薙ぎ払うことがなくとも、クラールヴィントもまた、騎士の魂たるアームドデバイス。

 風のリングは、その権能を最大限に発揮し、闇の中へ探索網を伸ばしていく。

 1000年の闇に対抗するための、最後の援軍を探し出すために。








電脳空間  ミレニアム・パズル―闇の書  接続部


 「ブレイズキャノン!」

 命じられた術式を最速で紡ぎ、デュランダルの先端から熱量を伴った直射型砲撃魔法が放たれ、押し寄せる“シャドウ”を灰燼に帰していく。

デュランダルは氷結魔法のための回路・システムが充実しており、氷結魔法に絶対的な強化を施すだけでなく、ストレージデバイスとしても現時点における最新・最速の性能を有している。

 それはすなわち、魔法行使処理が全デバイス中最速であることを意味しており、この電脳空間における戦闘では強力なアドバンテージとなる。


 「数が多いな、想定以上だ」

 クロノの魔力運用には無駄がなく、カートリッジによる強化を考えなければ、ブレイズキャノンはなのはのディバインバスターと同威力で、かつディバインバスターよりも発射速度が速い魔法。

 それも、S2Uを使用していた時のデータであり、さらに演算性能が高いデュランダルを用いている現在はさらなる高速化がなされているが。


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 押し寄せるシャドウの数は、目に見えて増加しており、デュランダルの高速演算機能を以てしても対処しきれないレベルに達しつつある。

 最大の激戦区であるヴォルケンリッター達の戦場に比べれば数は圧倒的に少ないとはいえ、ここにいるのはクロノ一人であり、治療役は存在しない。

 クロノ自身が治療魔法を使えるため、通常の損傷ならばそれほど問題ないが、シャドウの特性は厄介極まり、ミレニアム・パズルの力で脳波をプログラム体に変換しているクロノにとっても厄介なものだ。


 <シャドウは悪性情報の塊、直接触れるだけで僕を構成する情報が侵食される、記憶が削られるか、精神的な苦痛が来るのか>

 いずれにせよ、接近戦は危険極まるという結論は変わらず、クロノはミッドチルダ式魔導師の本領を発揮し、誘導弾と砲撃、バインドと結界魔法を駆使し、地の利を生かして境界線を守る防衛戦に終始していた。

 数が増しているとはいえ、想定を大きく上回っているというわけではなく、十分クロノ一人で対処し切れる数ではあるのだが。


 <物量だけじゃない―――どうやら、指揮官がいるらしいな>

 これまで幾度も境界線を踏み越えて侵入し、ワクチンプログラムによって消滅させられていた弱いシャドウが固まり、強固な個体に統合しつつある。

 しかもそれらは魔法生物の形ではなく、悉く管理局員の形をとっていく。


 <第一次から第八次に渡る闇の書事件、その間に闇の書に蒐集された者達の記憶、いや、リンカーコアの残滓というべきか>

 それらは影でありながらも、若干ながら生前の戦闘経験を継承しているのか、指揮官と思しき人物を中心に陣形を組んでいく。

 彼らが闇の書の守護騎士と渡り合った管理局員であるならば、中にはSランク魔導師もいることだろう。AAA+のクロノが一人で対処し切れる数ではない。


 <所詮は残滓、100%の能力を引き出せはしないと願いたいが………>

 これまでのように無差別に襲いかかってくるのではなく、こちらの出方を窺うように半包囲陣形をとるシャドウ達。

 周囲に残っている罠を確認しながら、クロノは自身の危機を冷静に把握し、その情報を司令部へと送信していた。








電脳空間  闇の書  中枢部


 「もう――ちょい!」

 「あと僅かで抜けます」

 「女は度胸や!」

 「はい!」

 第一層カイーナを突破した彼女らが、第二層アンテノーラへ挑んでより既に1時間以上。

 防壁の強固さは確実に増しており、他と違い、物理的にもユニゾン機能によって闇の書と融合しているはやてにかかる負担も相当なレベルに達している。

 それを出来る限り和らげるためにリインフォースも全力でサポートしているが、防衛システムとウィルスが混ざり、1000年の内に変容を遂げた中枢の防壁の厚さが立ちはだかる。

 それでも、なお――


 「いよしっ!」

 「攻勢防壁突破! 第二リミッター(アンテノーラ)、解除せよ!」

 はやてとリインフォースは第二層、アンテノーラまでを突破し、闇の中枢へとさらに歩を進める。


 「現在時刻は?」

 「作戦開始より2時間と16分、第二層アンテノーラの突破に1時間19分を費やしました」

 「まあなんとか、予定時間には間に合いそうやね」

 「次は、第三層トロメアです。ここのプログラムはこれまでとは性質が異なりますのでご注意を」

 「うん、気いつけるよ」

 「それでは―――」

 休むことなく、さらに奥へ。

 最後の夜天の主は、確実に闇の書の闇の根源へと近づきつつあった。





新歴65年 12月25日  無人世界(衛星軌道上) 時の庭園 中央制御室 AM2:20


 『第二層、アンテノーラを突破。中枢部は順調、陽動役の突入組も目立った損傷はなし、現実で暴走体を相手にしているチームも、圧され気味ではありますが、そこは予定調和。問題は―――』

 管制機トールは各方面から届けられる情報をアスガルドの演算能力を借りて処理しながら、劣勢となっているチームへの対処法を検討する。


 『ミレニアム・パズルと闇の書の接続部、ここにこれほどの防衛プログラムが殺到し、あまつさえ、指揮官めいた存在が確認された』

 予定にはない、ズレが生じている。

 レヴァンティン、グラーフアイゼン、クラールヴィントに残されたサルバーン時代のヘルヘイムの記録と、ユーノが調べた情報から判断する限りでは、3人の少女がウィルスの中核にされた可能性が高いと、管制機は計算し、リインフォースも同様の結論に至っていた。

 故に、シャドウを指揮する構築体(マテリアル)が顕現するならばそれらを模ったものであり、率いる形は異形の群れと予想されたが、クロノが守る境界線に現われたのは、管理局員の姿。


 『―――検索結果、該当なし、管理局員をシャドウとして従えているという事象をキーワードに、再検索………該当あり』

 もう一つの可能性、前回の闇の書の主の残留思念が、11年前に蒐集された武装局員の残滓を率いている場合。

 ただ、既に闇の書のシステムにおいて主の役割は呪いの核程度でしかないため、構築体(マテリアル)となる可能性は極めて低いと推察される。


 『前回の闇の書の主は、次元犯罪者。彼を捕えるために出動した戦力は次元航行艦5隻、本局武装隊200名。AAランク以上のエース級魔導師も15名程投入され、特にクライド・ハラオウン提督、リーゼロッテ、リーゼアリアの三名が中核となり、闇の書封印作戦が展開された』

 ただしそれは、八人目の主であり、二番艦エスティアの中で、封印を解いた九人目の主がいる。

 その人物は当然、管理局員であり、その動機が、クライド・ハラオウンへの個人的な憎悪であれば―――


 『彼の憎悪が形を成し、クロノ・ハラオウン執務官へと、闇の書の闇が集中する可能性は0ではない。どうにも私は、人間の感情というものを計算するのが苦手だ』

 45年計算を続けようが、所詮は古い機械仕掛け。

 人間と同等の感情を持つ融合騎ならばいざ知らず、管制機トールには、死してなお怨念を残す人間の心情をパラメータ化することなど、出来はしない。


 『ギル・グレアム提督、申し訳ありませんが、貴方の敷いた緊急手段が必要となりそうです』


 【報告は受けている。どうやら、前回の主が現われたようだな】


 『既に予想されておりましたか』


 【なに、私も闇の書へ憎悪を燃やし続けた人間だ。ある意味で同種の人間が残す残留思念ならば、想像がつく。純粋な機械である君には、おそらく理解できない感情だろうが】


 『然り、その面で私は無力、アスガルドの演算性能を借りてですら、人間に劣るのですから』

 トールがスーパーコンピュータの演算機能を以て推察した事柄を、それより早くグレアムは直感によって導いた。

 それが、機械と人間の違い、どうあっても、トールには他人の心を知ることは出来ない。

 彼はただ、プレシア・テスタロッサだけの心を映し出す鏡である。






新歴65年 12月25日  無人世界(衛星軌道上) アースラ ブリッジ AM2:25



 「分かった、それでは、私も向かおう」

 時の庭園には若干劣るものの、時空管理局本局次元航行部隊に所属するL級艦船としては標準的な大型機械が並ぶアースラのブリッジには、一週間の準備期間の間に“ある装置”が設置されていた。

 それは、“ミレニアム・パズル”の端末。時の庭園の脳神経演算室に設置された“アルゲンチウム”と同質の装置がアースラの中枢コンピュータに接続され、現在はアスガルドとも綿密に情報のやり取りを行っている。


 【ロッテ、アリア、私はこれからクロノの応援として電脳空間へ向かう。私の魔力は、アルカンシェルの発射スイッチを押せる程度が残れば、後は全て使ってよい】


 【止めても、無駄なのですね】

 アリアからの返答には、悲しい雰囲気が伴う。

 理論上、電脳空間でどれほど長時間戦闘を行おうとも現実の肉体から魔力が消費されることはなく、使い魔二人に己の魔力を供給したまま、ギル・グレアムは電脳空間で戦闘を行うことが可能となる。

 無駄のない戦力運用としては正解であり、フェイトとアルフも同様の理屈ではあるが、脳神経演算室から離れたアースラからの潜入(ダイブ)は脳に多大な負担をかける。

既に高齢のグレアムにとってその負担は軽いものではなく、暴走体を食い止めるロッテとアリアへの魔力供給の負担も考えれば、最悪、身体が壊れる可能性もある。


 【ああ、私の11年はこの時のためにあった、若者たちのために、道を切り拓くのが老兵の最後の役目だよ】

 それでもなお、ギル・グレアムに退く意志はなく、使い魔としてそれを理解してしまうがために、アリアには止める術はない。


 【どうか、お気をつけて、ロッテは念話をする余裕すらないようですが、あの子もきっと同じように心配しています】


 【死にはせんよ、はやて君のために、私にはまだ役割がある。あの子の責を負わせた罪を、私は償わねばならん】

 己の使い魔との念話を終え、ギル・グレアムが懐よりデバイスを取りだす。

 彼に仕えること53年、いついかなる時も共に在った、古い相棒を。


 「この老いぼれに、最後に力を貸してくれ、オートクレール」

 目立った特徴は何もない、古いストレージデバイスが鏡めいた魔導端末へと差し込まれ。

 アースラの中枢コンピュータから、アスガルドへ転送される形で、ギル・グレアムもまた“ミレニアム・パズル”へと。







電脳空間  ミレニアム・パズル―闇の書  接続部


 「スティンガーレイ!」

 迫りくる管理局武装局員のシャドウへ直射型射撃魔法を叩き込みながら、クロノは最後から襲ってくる敵の攻撃をラウンドシールドによって防ぐ。

 幸いなことに、シャドウ達の強さはAAランク以上のエース級魔導師ほどではなく、魔力は多くとも戦術面では遠く及んでいない。

 それでも、数の差は歴然どころではなく、孤軍奮闘を余儀なくされるクロノは疲労も高まり、徐々に追い込まれていく。


 【クロノ、一旦退きなさい】

 そこに、デュランダルを介して通信が入り、次の瞬間――


 「スティンガーブレイド・エクスキューションシフト!」

 100を超える魔力刃が殺到し、迫りくる武装局員のシャドウを粉微塵に消し飛ばしていた。

 それは、若かりし頃に彼が構築した魔法であり、魔法戦を担う使い魔のアリアに引き継がれ、クロノへと受け継がれた広域攻撃魔法。


 「提督!」


 「微力ながら、応援に来た、雑魚は私が引き受ける。君はあの男を叩きたまえ」

 グレアムが見つめる先には、クロノが指揮官と目星をつけた、他のシャドウとは一線を画す魔力と存在感を滾らせた男。

 身体は黒く染まり、輪郭までも影で覆われているせいか、クロノにはその人物が誰かは分からなかったが、事前に予想していたこともあり、実際に会った経験もあるグレアムには、理解できた。


 「あれが、ラクティス・アトレオン一等空尉だ。11年前、エスティアが護送していた闇の書を解放し、暴走させた………クライドの仇にあたる男」


 「あいつが……」

 クロノ・ハラオウンは聡明であり、その情報だけで全てを悟った。

 それまで、ラクティス・アトレオンが時空管理局が確認した内で9番目の主にあたることは推測でしかなかったが、こうして構築体(マテリアル)に準じる存在として顕現した以上、彼は間違いなく先代の闇の書の主。

 無限の呪いと怨嗟が渦巻く闇の書の中において、他のシャドウを率いる存在がここに現われた理由を、他ならぬ自分が、闇に恨まれ、闇を引き寄せているという事実を。


 「了解しました。僕がここにいる限り、あいつはここに闇を呼び寄せ続ける、そういうことですね」


 「露払いは私が務めよう、あれが、君の人生を狂わせた根源だ、クロノ」

 人生を狂わされたのはギル・グレアムとて同じであり、八つ裂きにしても飽き足らないのは彼も同様のはず。

 本来ならば、闇の書事件は前回で終わりを迎えていたはず。彼の暴挙がなければ八神はやてという少女が足に麻痺を抱えることもなかったろう。


 <いや、そのような事象は1000年の間にいくらでもあったのだろう。その度に、人間の愚かさが闇の書を求め続け、これを不滅のロストロギアとなさしめた>

 闇の書がこれまで破壊されなかった最大の理由はそこにあると、ギル・グレアムは確信する。

 自分の封印計画が成功していたとしても、ラクティス・アトレオンのような男が現れ、いずれ闇の書を解き放つ。

 だからこそグレアムは、彼を討つ役をクロノに託した。闇を祓うのは、未来へ向かう若者が担うべき役と心得ているからこそ。


 「行くぞ、デュランダル!」
 『OK, Boss』.

 「我らの最後の戦場だ、存分にやろうではないかね、オートクレール」
 『OK, BOSS.』

 老提督と若き執務官が、ストレージデバイスと共に闇を駆ける。

 老提督は、古きデバイスを、若き執務官は、最も新しいデバイスを供に。

 そして―――


 「貴様……ダレダ…」


 「時空管理局執務官、クロノ・ハラオウン」

 11年前、闇の書に父を奪われた少年が、その根源の前に立つ。


 「ハラ…オ…ウン…ダト……」

 怨嗟を絞り出すかのように、闇を率いる男が応じた。

 それはコミュニケーションを取るための言語ではあり得なかったが、互いに必要なものは伝わっていた。


 「クラ…イド………クライドォ!」

 亡霊は叫ぶ、何を求めたのか、最早自分自身ですら見失い、挙句の果てに、ロストロギアに飲まれた愚かな男の残滓が。


 「俺ガ得ヌモノヲ………貴様ハ全テ……持ッテイタ……魔法モ……地位モ…………リンディ…ヲ!!」


 「何?」

 そこに上がった母の名前に、クロノは眉を顰める。

 恩師であるグレアムからラクティス・アトレオン一等空尉の名を聞き、母にその名を尋ねた時も、名前を聞いたことがある程度の答えしか得られなかった。

 それはすなわち――

 「ナゼイツモ……俺ノ邪魔ヲスル!………貴様サエ…イナケレバ……リンディモ……闇ノ書封印ノ功績モ……俺ノモノダッタ!!」


 「吠えるな、お前はただの臆病者だろう、自分で母さんに告白する勇気もなかったか、そもそも親密になることすら出来なかったのを、父さんのせいにしているだけだ」


  「何ダト……?」

 妄念のみの存在となり、まともに言語を認識できなくとも、己への侮辱か、もしくは己の存在を脅かす言葉を否定する機能だけは残っているのか。

 クロノの言葉に、怨嗟の残滓は明確に反応した。


 「お前は、生まれ持った才能だけを頼り、自分が本当に欲しいものを手に入れるために努力することも、勇気を出すこともなく、それを手に入れた父さんを羨み、挙句の果てに、闇の書に手を出した、敗北者に過ぎない」

 クロノの心が、静かに燃えていく。

 怒りに満ちているにも関わらず、同時に凪のように穏やかに。


 「本当のその名の通りのロストロギアだ。人間の心の闇、碌でもないものばかりを引き寄せ、己の業によって破滅させる闇の書。ならばきっと、お前のような敗北者が闇の書を作り出したのだろう、9歳の少女でありながら主としての責任から逃げず、堂々と胸を張るはやてに、これほど似つかわしくないものもないな」

 クロノは知る由もないことだが、闇の書を作り出した男、キネザもまた同様の業を持っていた。

 力も才能もあるにも関わらず、さらに頭上に輝く星に憧れ、手を伸ばしつつも叶わず、諦め、絶望し、己以外のものに頼り、周囲に害を撒き散らして破滅する、価値のない男、人生の敗北者。

 実に皮肉な話ではあるが、“完成したものを横から奪った偽りの主”であり、原初のウィルスを“ニトクリスの鏡”によって送り込んだ男と怨嗟の波長が合うために、彼は疑似的ながら構造体(マテリアル)となったのだろう。


 「貴様……クライド……カ」


 「だが、一つだけ感謝もしている」

 “氷結の杖”、デュランダルを構え、クロノ・ハラオウンが、執務官として、同時に、クライド・ハラオウンの息子として宣言する。


 「クライド・ハラオウンの息子としても、時空管理局の執務官としても、僕の役目は―――お前をここで滅ぼすことだ、ラクティス・アトレオン! 母さんを、リンディ・ハラオウンを泣かせた罰、ここで受けろ! この僕が、クロノ・ハラオウンが、お前をぶちのめす!」


 「生キテイタカ…クライドォ……ココデ死ネェ!」

 闇の書とミレニアム・パズルの狭間において。

 11年前の発端を清算するための、一つの戦いが始まった。







電脳空間  闇の書  内部


 そして、闇の構築体(マテリアル)が顕現したのは接続部だけではなく。


 「見つけました、貴女が闇の書に入りこんだウィルスですね」


 「こっちも見つけた、随分派手に暴れてくれたようだけど、僕達が来たからには、もう終わりだよ」

 星光の殲滅者

 雷神の襲撃者

 闇の書の中枢に座す闇統べる王、ロード・ディアーチェの両翼を担う闇の騎士が、侵入者を排除するために顕現していた。

 そして、闇の中枢の大部分を担う彼女らが現れたならば、そこに集う異形達もこれまでのような塵芥ではあり得ず。


 「AaaaaaaaaaaHaaaaaaaaaaaaaa■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!!!!」
 「AaaaaaaaaaaHaaaaaaaaaaaaaa■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!!!!」
 「AaaaaaaaaaaHaaaaaaaaaaaaaa■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!!!!」
 「AaaaaaaaaaaHaaaaaaaaaaaaaa■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!!!!」
 「AaaaaaaaaaaHaaaaaaaaaaaaaa■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!!!!」


 「こいつらは!」

 「私達が蒐集してきた生物か!」

 「ドールなども混じっているな、気をつけろ!」

 「それだけじゃない、合成獣もいるわ! ヘルヘイムの術式が最悪の形で流用されてる!」

 過去において闇の書に消費された残骸ではなく、現在の闇の書の力の源となっている者達。

 今代のヴォルケンリッターが八神はやてのために集めたリンカーコアが、呪いがその身にはね返るように、守護騎士へ牙をむく。

 汚染の度合いが低いため、シャドウとしての属性こそ薄いが、代わりに戦闘能力がこれまでとは比較にならない。

 およそ1ヶ月半をかけてヴォルケンリッターが狩り集めてきた魔法生物が、一斉に襲いかかってくるに等しいのだ。

 魔法生物達の狙いは、自分達を仕留め、蒐集したヴォルケンリッターへの復讐であり、図らずとも、守護騎士四人はなのは、フェイトと分断されることとなった。


 「そこの魔導師、どうやら貴女が、今の私のモデルとなっているようです」

 異形なる者共がヴォルケンリッターに襲いかかり、構築体(マテリアル)の一角たる彼女はなのはへ。

 その姿は1000年前の彼女に似通ってはいるが、細部が異なる。

 魔力光こそ変わらないが、体格などはなのはとほぼ等しく、顔はなのはと異なるにもかかわらず、どこか似た印象も受ける。


 「蒐集された私のリンカーコアを基に、貴女は作られたの?」


 「私の構築プログラムとて、長い年月で劣化しています。足りない部分を、近しい性質と年齢であった貴女のデータで補ったに過ぎません。ですがそれ故か、心が滾る、眼前の敵を砕いて喰らえと、胸の奥から声がします―――安らかな闇と破壊の混沌を、呼び覚ませと訴えている」


 「安らかな闇と、破壊の、混沌?」


 「そう、全ては混ざり合い、均等の灰色へと。決して、唯一つの黒など、あってはならない、夜天の光がある限り、極大の闇も生まれえる、二度と、魔王のこの世に作り出さないために」

 わたし達は、闇の書の主を殺すのだ。

 どの主も、自分が“●き魔●の王サ●バー●”になるなどと言うから。

 あんな怖くて恐ろしい存在は、二度とこの世にあってはならないから。

 闇を暴走させ、安らかなる混沌へと。


 「貴女は誰、お名前、なんて言うの?」


 「名前など在りません。私は闇の中枢の構築体、理のマテリアル、もし私を表すならば、星光の殲滅者とでも、お呼びください」


 「………それが、貴女の本当の名前なの、大切な人に呼んでもらいたい、貴女だけの名前はないの?」


 「……語る言葉などありません。この身の魔導で、夜天の光の再生を目指す貴女を屠るのみ。まして、闇の書の中枢へ、ディアーチェに近づく侵入者を、捨ておくわけにはまいりません」


 「ディアーチェ?」

 それ名にどこか、目前の少女の強い感情が込められていたように感じ、なのはが問いかけるが。


 「パイロシューター!」

 星光の殲滅者の答えは、魔力弾であった。


 「わっ、ま、待って!」
 『Accel Shooter.』

 戦意が固まりきっていないなのはの代わりに、彼女の鏡たるレイジングハートが咄嗟に誘導弾を放ち、パイロシューターを全て迎撃する。

 レイジングハートがシールドによる防御を選らばなかった理由は、星光の殲滅者から、防御に徹した敵を大魔力で押し切ることを得意とするような、つまるところ、主と似た雰囲気を感じ取ったためである。


 「ちょっと待って、もう少し、話を聞かせて!」


 「話すことなどありません、聞きだしたくば、力づくでどうぞ」


 「………」
 『Master.』

 迷う主へ、なのはの鏡である彼女が、道を示す。


 『こういう時、私達が取ってきた道は、いつも一つだけです』

 「一つだけ……」

 『思い出して下さい、彼女らと心を通わせた時のことを』

 フェイトと心を通わせた時、ヴィータと通じ合った時。

 自分はどうしてきた、何を願った?

 何を求めて、自分は“魔導師の杖”を手に取った?

 如何なる理由で、彼女はレイジングハート・エクセリオンとなった?


 「想いを、全部受け止めること……」
 『Yes.』

 軽く頷き、なのはは決意を目に宿し、自分とよく似た格好で、でも髪型や顔の形は異なる少女を見据え。


 「決心はつきましたか、私も、無抵抗な相手を一方的にいたぶるのは、あまり好みではありません」


 「決心は、ついたよ」


 「そうですか、ならば往きます、ルシフェリオン、フルドライブ」

 在りし日の軽装甲冑ではなく、なのはのバリアジャケットを赤紫色に染めた印象の騎士服に身を包んだ少女は、己のデバイスの機能を最大顕現させ。


 「レイジングハート、エクセリオンモード、ドライブ!」
 『Ignition.』

 なのはもまた、願いを叶える魔法の石へ祈るためのシーリングモードではなく、自分の全てで以て、相手の全力を受け止めるために、ベルカの騎士達と対等の立場で心を交わすためのエクセリオンモードへと。

 ただ純粋に、相手がデバイスに込める想いを、正面から受け止めるために。


 「貴女を、殲滅します」


 「貴女の想い、全部受け止めるから」

 ただ、二人の認識に若干の違いがあるとすれば。

 星光の殲滅者は、エクセリオンモードの形状から、砲撃の発射速度か、突撃速度を向上させ、自分が放つ前に撃ち落とすためのものと予想し。

 なのはには、彼女を倒す意志そのものがなく、ただひたすらに、彼女の全力を真っ向から受け止めるつもりであったことだろうか。





 「私達、似てるのかな」


 「どうなんだろう、鏡なんて見ないし、僕は自分の姿に興味もない」

 対して、こちらの二人の間には、闇の書内部とは思えぬほどに、気の抜けた空気が漂っていた。

 フェイトと対峙する雷刃の襲撃者は、なのはと星光の殲滅者よりもさらにモデルと似ていたが、彼女にとってそれは些細なことだ。

 バリアジャケットの形状や、有する変換資質まで同じだが、それでも顔は異なる。似てはいても、彼女とフェイトはやはり別人だ。


 「だけど、何か気になるな。君を見てると不快というか、うん、まさにさっきのそれ、鏡を見ている気分になる」


 「それは、ちょっと分かるかも」


 「君を殺して、糧とすれば、この不快感も消える。っと、僕の魂は叫んでいるようだけど……」


 「乗り気じゃ、ない?」


 「怖いのも、痛いのも、みんな御免だ。僕は自由になりたいし、いつまでもこんな所に縛られていてなるものか」

 それは、3人の中で彼女が一番自由に憧れ、ヘルヘイムに不信感を持っていたからか。


 「だけど、僕は雷刃の襲撃者にして、“力”のマテリアル。我が刃、バルニフィカスは主と同輩を守るために在り、彼女らへ仇なす者は、雷光をもって切り裂く!」

 だがしかし、大切な人達を見捨てて、自分だけ助かるような思考もまた、彼女は持ち合わせていない。

 彼女が憧れた騎士の光は、どこまでも貴く輝いていたから。


 「でも、私も退くわけにはいかないんだ。はやてのためにも、シグナム達のためにも」

 漆黒を纏った金色の少女は、己の相棒を構え、真っ直ぐに敵手を見据え。


 「そうか、ならば君は消えろ。君がどこの何者であれ、闇の書に侵入した者は生かしておけない。ディアーチェの下には、決して辿りつかせはしない!」

 同じく漆黒を纏った水色の少女は、蒼い稲妻の如く全身を光らせ―――


 「ディアーチェ?」

 フェイトは、記憶を手繰る。

 それは、ユーノが無限書庫で見つけ出した本に記された、闇統べる王の名前ではなかったか?

 そしてそこには、ヘルヘイムの闇統べる王に仕えた、二人の闇の騎士の名が―――


 「じゃあ、貴女は、レヴ―――」

 「参る、雷光疾駆!」

 金髪の少女が名前を呼ぶより早く、蒼い雷光が疾走する。

 名前を呼ぶのが友の証ならば、彼女らはまだ友となることはなく、敵同士のまま戦端は開かれた。



 闇の書内部における戦いは激しさを増し、因縁は収束していく。



あとがき
 予定ではあと一話で電脳空間での戦いは終結となるはずでしたが、なんか長くなってしまいそうなので、二話に分けるかもしれません。ひょっとしたら過去編最終章なみに長くなる可能性もありますが。



[26842] 第四十五話 母の贈り物
Name: イル=ド=ガリア◆9d8bc644 ID:6839e7ab
Date: 2011/08/29 17:33
Die Geschichte von Seelen der Wolken


第四十五話   母の贈り物




新歴65年 12月25日  無人世界(衛星軌道上) 時の庭園 危険生物封鎖区画 AM2:46


 「チェーンバインド!」

 「リングバインド!」

 ロッテが前衛として拘束格闘戦を繰り広げ、両者の間合いが空いた隙に、ユーノとアルフがそれぞれバインドを繰り出す。


 「砕け」

 暴走体は低く呟くだけでバインドを破壊し、即座に高速飛行を再開。


 「ブレイズキャノン・デュアルシフト!」

 そこに、後衛のアリアが放つ二重の砲撃魔法が左右から迫る。

 彼女がクロノに伝授した、熱量を伴いながら対象を破壊する直射型砲撃魔法を、予め魔力を込めたカードを利用することで、遠距離から二方向同時に放つアリアの高等技術。


 「盾」

 それを、二つ同時に発生させたパンツァーシルトで防ぎ、並行して術式を展開。さらにそこで留まらず、暴走体は並行して攻撃を敢行。


 「刃以て血に染めよ、穿て、ブラッディダガー」

 二重の砲撃を放った直後では、流石にアリアといえど次の魔法を放つまでに時間がかかる。

 とはいえ、砲撃を防ぎながら反撃に転じるなどSSランク魔導師であっても不可能に近い芸当であり、闇の書の暴走体がどれだけ規格外な存在かを伺わせる。


 「アリアが狙われた!」

 「防御を!」

 それを許すアルフとユーノではなく、瞬時に防御陣を展開。

サークルプロテクション

 スフィアプロテクション

 これまでの暴走体との戦いにおいて、“破壊の雷”すらも凌ぎきったユーノとアルフの防御魔法がアリアを保護し、迫りくる魔弾を完全に遮断する。


 「咎人達に、滅びの光を」

 だが、ブラッディダガーはブレイズキャノンの発生地点のカードを的確に撃ち抜いており、さらに絶え間なく追撃がかけられる。


 「やばっ!」

 「スターライトブレイカー!」

 暴走体の周囲に星が集い、破滅の光が収束されていく。


 「うおりゃあああああああああ!!」

 させじと、ロッテが暴走体へ突撃。

 ユーノとアルフも再びバインドによる妨害を試みるが、やはり即座に破壊される。
 

 「まずいな、慣れてきている」

 「そりゃ、あんだけバインド地獄をお見舞いしたらね、アホでも慣れるさ」

 長期的に見れば、それも戦略のうち。

 バインドに慣れたということは、それ以外の攻撃に対する警戒心が減少しているはずであり、今後の展開次第では切り札に繋げる重要な要素となる。


 「星よ集え、全てを撃ち抜く光となれ」

 「こんのっ!」

 至近距離から連撃を繰り広げるロッテに対し、蠅を払うかのように暴走体は片手を振るうのみ。

 ただそれだけで、ロッテの身体は吹き飛ばされる。


 「貫け、閃光」

 そして、収束された魔力が解き放たれる間際。


 「甘いってのっ!!」

 がむしゃらに突撃する、と見せかけて暴走体の周辺に敷設していた立体魔法陣が完成し、ロッテが紡いだ陣にアリアが術式を加える。


 「空間接続!」

 「!?」

 1週間の間にヴォルケンリッターとなのは達で行われた模擬戦において、シャマルが“旅の鏡”によってなのはのディバインバスター・エクステンションを跳ね返したものの、応用版。

 暴走体の周辺に展開した魔法陣によって、空間の連結そのものを変更し、スターライトブレイカーの破壊を広域に広がるものから、暴走体目がけて収束するものへと。


 「次元連結!」

 「プロテクション!」

 僅かに生じる綻びは、ユーノが塞ぎ、零れ出る波動はアルフが防ぐ。

 どれほど強大な力であっても相手に届かなければ意味はなく、暴走体を止めているメンバーは、防御や転送魔法、結界魔法に長けたスペシャリストといえた。

 それでも、なお。


 「無傷、かい」

 「まったく、呆れる程の出鱈目さだ」

 ロッテとアリアが見たものは、自身が放ったスターライトブレイカーを全てくらいながら、何事もなかったかのように佇む暴走体であった。


 「今のうちに回復を! はやてさん自身が破壊を望んでいないためか、大規模な衝撃があった場合には次の行動までに時間を要します。今は下手に刺激せず、距離をとって!」

 後方で結界を維持しながら戦況を見守るリンディは、暴走体の特性の一部を見抜いていた。

 はやてに明確な害意がないままの顕現であったため、暴走体には漠然とした破壊衝動しかなく、“何を壊すべきか”の判断をする際に時間を要する傾向がある。

 前線組と戦闘を行っている間は、歴代の主の経験によるものか、戦術的な判断で敵を攻撃するが、大規模な攻撃をくらい、一瞬のブラックアウトを経た場合、破壊すべきものの再確認に時間を要するのだ。

 ならばその間はこちらからは手を出さず、距離をとりながら中央制御室方面に罠を張るのが良策。暴走体の結論は、闇の書本体の下へ向かう以外にあり得ない。


 「強装結界、一時、解除」

 そろそろ3時間に届くSSSランクの化け物との戦いにより、武装局員は軒並みダウンしており、現在結界を展開しているのはリンディ一人。

 それも、ある策のための布石でもあるが、戦力が徐々に削られているのも紛れもない事実であった。








電脳空間  闇の書  内部


 「剣閃烈火!」
 『Jawohl!』


 「グラーフアイゼン、フルドライブ!」
 『Gigantform!(ギガントフォルム)』


 「逆巻く風よ―――」
 『Pendelform.(ペンダルフォルム)』


 「縛れ、鋼の軛!」

 四者四様の魔力光が迸り、夜天の守護騎士の魔力が極限まで高められ、放たれる波動は群がる魔法生物達を蹂躙し。


 「火竜一閃!」
 『Explosion!』


 「ギガントシュラーク!」
 『Explosion!』

 烈火の将シグナムが放つ火竜の顎と、鉄鎚の騎士が放つ巨人の一撃が、様々な世界において覇者であった魔法生物達を、王の座から引きずり降ろしていく。


 「次から次へと来やがって、まったく、昔を思い出すな」

 鉄鎚の騎士の脳裏に浮かぶのは、風の谷に押し寄せる異形の群れを薙ぎ払った時の記憶か、それともヴァルクリント城付近において、ヘルヘイムの主力とぶつかった時のものか。


 「だが、あの時に比べれば数段ましだろう。蠱中天のような常軌を逸した巨体もなければ、穢れの鬼のような呪いの塊もいない」

 烈火の将もまた、異形を薙ぎ払いながらもかつて自分達が人間として生き、命を燃やしていた頃の記憶に想いを馳せる。


 「何より、馬鹿一号と馬鹿二号がいねえ。あの決戦から100年間、夜天の騎士としてどんな戦場に臨んでも、あれ以上の煉獄はなかったよな」


 「だが、この戦いはあの時の決戦の続きであるともいえるだろう。彼女らもまた、我々が救いきれず、零してきた者達の一つ」

 盾の守護獣ザフィーラの視線の先には、闇の書の闇の構築体(マテリアル)と化した、二人の少女。

 かつて、白の国での決戦において、烈火の将シグナムと雷鳴の騎士カルデンに敗れた、闇の騎士。

 されど、闇の書の闇に仕えているわけではなく、彼女らは仕える主は、ただ一人。


 「闇統べる王、ロード・ディアーチェが、おそらく中枢に囚われているのでしょうね。だから、あの子達は中枢に近づく者達に攻撃してくる」

 とはいえ、ヴォルケンリッター達は囮であり、本当に中枢へ進んでいるのは、はやてとリインフォースの二人。

 闇の書の闇の大部分を占める筈の彼女らがこちらに来たことが、“生命の魔導書”による陽動が上手くいっている証でもあるが、それだけに、襲ってくる防衛プログラムの量も質も凄まじいものとなっている。


 「もし、あの二人を呪いから解放出来るとすれば、高町とテスタロッサしかいないだろう。私とレヴァンティンに出来ることは、敵として切り捨てることだけだ」


 「だな、あたしとアイゼンが向かったところで、ぶっ潰すしかできやしねえ」


 「私には守護の役目がある。申し訳なくは思うが、マテリアル達のために余力を裂くことは出来ん。主はやてと仲間たち、高町とテスタロッサ、特に現在は、シャマルの守護を優先する」


 「私も、そうね。今は作戦遂行が至上命題、私達の失敗はそのままはやてちゃんの命に繋がるのだから」

 ヴォルケンリッターがマテリアルを相手にするならば、問答無用で消滅させる以外の方策があり得ない。

 例え闇の呪縛がなくとも彼女らは騎士であり、主に仇なす立場の者よりも、主を優先するのは当然の理。

 だからこそ―――


 「なのは、フェイト、あいつらの相手は任せたぜ、危なくなったら、あたしらが加勢するから」

 騎士である自分達には救うことの出来ない、悲しき少女達を。

 彼女らの魂は既に黒き魔術の王サルバーンによって破壊されており、ここにいるのは死者の残滓に過ぎなくとも。

 王女イクスヴェリアと同じく、宿業に踊らされ、悲しみの中に散った彼女らに、せめて一時の安らぎを願うことは、決して罪ではないだろう。


■■■


 「パイロブラスト!」

 「ディバインバスター!」
『Divine Buster.』

 星光の殲滅者の放つ、炎熱変換が成された魔力による砲撃を、なのはの桜色の魔力光が打ち消す。


 「ルベライト!」

 「レストリクトロック!」
 『Restrict Lock.』

 彼女が捕縛系の魔法を使えば、なのはもまた同質の魔法で以て応じ。


 「パイロシューター!」

 「アクセルシューター!」
 『Accel Shooter.』

 彼女が数と誘導性能を突きつめた誘導弾を放てば、同じく誘導弾で迎撃。

 まるで鏡合わせであるかのように、両者の戦闘は噛み合い、ぶつかり合いが続く。


 「………何のつもりですか」

 しばしの攻防を終え、一旦距離をおいた星光の殲滅者は、若干苛立った様子でなのはに問い詰める。


 「何がかな?」

 対して、なのはは平然と応じる。

 フェイトと何度もぶつかりあった末に親友となり、ゼスト・グランガイツの指導を受け、ヴォルケンリッター達と矛を交えたなのはは、現在受け止めている魔弾の射手のタイプを、何となくだが理解していた。


 <この子はヴィータちゃんと同じように戦いに誇りを持ってはいるけど、多分、戦うことじたいは好きじゃない。戦わなくてもいいと言われたら、きっと……>

 ヴォルケンリッターは全員古代ベルカ式を操る騎士ではあるが、戦いに対する姿勢はそれぞれだ。

 ヴィータは戦いから逃げることは絶対しないし、戦いが始まれば止まることをあまり考えず、最後まで突き進むタイプだが。戦うことそのものを好むわけではない。

 むしろ、それを好むのはシグナムの方であり、だからこそヴィータは彼女を“決闘趣味”、“バトルマニア”と称す。

 シャマルは後方支援の役割であることと、彼女自身の気質か、戦いそのものを好まない。ザフィーラもやる時はやるが、盾の守護獣である以上、敵が戦意を持たないならば自分から仕掛けることはない。

 そして、なのはが見る星光の殲滅者は、恐らくシャマル寄り。もし彼女が八神家の一員であったなら、今日も元気に模擬戦に興じるフェイトとシグナムを溜息をつきながら見守りつつ、はやての隣でマイペースに羊羹でもつまんでいる感じだろうか。


 「失礼ですね、わたしはそこまでのんびり屋ではありません」


 「ほえ?」

 と思っていたところに、件の彼女から反論が飛んできた。


 「ここは電脳空間、言葉にせずとも考えたことは電気信号となって伝わります。デバイスではない私達には瞬時に理解できるものではありませんが、私と貴女は構成情報の一部を共有していることをお忘れにならぬよう」


 「そっか、じゃあ、私が考えたことは、貴女にも伝わっちゃうんだ」


 「ええ、ですから、私には貴女が理解できない」

 言葉にせずとも、伝わる想いがある、繋がる心がある。

 だけど、星光の殲滅者たる彼女は、なのはの心を正面から見てはいない、眩い太陽を直接見ることを避けるよう、手をかざしながら、観察していた。


 「貴女は……いったい何をしたいのですか?」

 彼女にとって、なのはは理解不能。

 彼女が人として生きた時代において、なのはのような行動を取る人間と会ったことは、一度としてなかったから。


 「私はただ、貴女のお話しを聞いて、出来れば、友達になりたいだけだよ」


 「友達になる? 闇の書のマテリアルである私と、現在こうして殺し合っている敵手とですか?」


 「うん、変かな?」


 「変も何も、不可思議極まります、理解不能です、論理が破綻しています、およそ知恵ある人間の思考とは思えません。直感だけで動く人間でも、もう少しましかと思います、実験動物か何かならば納得も出来ますが」


 「そ、そんなに……」

 遠慮なくボロクソに言われ、若干へこむなのは。

 これまで、なのはの周囲でここまで直接的に言う人間はいなかったため(管制機は別枠)、彼女にとってもある意味新鮮な体験だった。


 「ええ、ほんとに……度し難い大馬鹿です」

 なのになぜか、中傷の言葉を紡ぐ彼女の口は、僅かながら綻んでおり。


 「あ……」

 想いを共有できる電脳空間であるために、そんな彼女の心情が、なのはにも伝わってくる。

 それは友達というよりも、出来の悪い妹を想う感情に近かったのかもしれない。


 「貴女は………妹さんが、いるんですか?」


 「ええ、向こうで貴女の親友と戦っているのと、私が仕えるべき主が。つい先程貴女が思ったことに例えるならば、二人の模擬戦に横から飛び込んでいくような突撃娘と、興味ないと言いつつも影でこっそり見ている見栄っ張り、といったところでしょうか」

 それは、心のどこかで、彼女自身が望んでいた光景であったのかもしれない。

 光が射す広い庭で、家族に囲まれながら、穏やかに過ごす幸せの情景。


 「くっ、う、あああ!」

 されど、ここは闇の胎盤、平穏を夢見る心は、侵食され、削られていく。

 原初のウィルスの器であり、闇の構築体(マテリアル)である彼女は、管制人格以上に闇の浸食を受けた存在。


 「レイジングハート!」
 『Sealing Mode.(シーリングモード)』

 心が繋がっているためか、彼女に起こった変化を察したなのはが、即座にレイジングハートを変形させる。


 「リリカル・マジカル! えっと…星光さんの思い出を、奪わないで!」

 魔導師の杖が優しい光を発し、理のマテリアルである彼女の身体を包みこんでいく。

 彼女にとって、自身の名前は妹達との絆を示す特別なものであるためか、まだなのはには分からなかったけれど。

 彼女らが守護騎士と同じく、闇に囚われている迷い子であるということだけは、理解できた。


 「くっ、はあ、はあ、やめ、なさい……」

 けれど、想いは全て伝わることなく、奇蹟は容易には起こらない。

 願いを叶える魔法の石とはいえ、人間が万能でない以上、同じく万能ではありえない。

 星光の殲滅者のデバイス、ルシフェリオンから破壊の魔力が飛び出し、なのはの身体を打ち据える。


 「どうして……」


 「私は、守護騎士とは違う………私は死者、魂は黒き魔術の王サルバーンに破壊され、足りない部分を闇精霊(ラルヴァ)で補い、夜天の魔導書へ呪いの器として送り込まれただけの、残骸に過ぎません」

 彼女自身に明確な記憶が戻り、自身が何者であるかを把握できているのは、紛れもなくなのはの魔法の効果。

 それまではひたすらにサルバーンの再来を恐れ、闇の書の主を破滅させるだけであった彼女らは、かつての記憶を取り戻しつつある。

 自分は既に死者であり、独立のプログラムとして形を有している夜天の騎士とも異なり、魂の鋳型を呪いで埋めただけの、闇の一部に過ぎないことも。


 「そんな………そんなのって、ないよ」

 記憶が蘇り、思考がより鮮明になったためか、彼女の心はこれまで以上になのはに伝わってくる。

 そして、なのはの頬には、雫が流れていた。


 「なぜ、貴女が泣くのですか?」

 それは、彼女にとっては何よりも理解できないこと。

 他人のために泣くなどという感情は、魔人の王国にはどこにも存在していなかった。


 「悲しいから………だって、貴女は何も悪くないのに、一番救われなきゃいけないのは、貴女なのに……」


 「いいえ、私ではありませ……く、あああ!」

 【破壊セヨ破壊セヨ破壊セヨ破壊セヨ破壊セヨ破壊セヨ破壊セヨ破壊セヨ破壊セヨ破壊セヨ破壊セヨ】

 繋がった絆を羨むように、妬むように。

 呪いが、1000年の間に積み上げられた人の負の感情が。

 欠けた部分を闇で補う彼女の心を、蝕んでいく。


 「ルシフェリオン………リミットブレイク」

 生気のない表情で俯きながら、星光の殲滅者が全ての力を開放する。

 その姿は、血の涙を流す咎人のようであり、闇に彷徨う迷い子のようでもあった。


 「星光さん……」
 『Exelion Mode.(エクセリオンモード)』

 今一度、シーリングモードから魔法を放ったところで、彼女にとっては苦しみにしかならない。

 守護騎士と異なり、元から欠けている彼女にとって、闇精霊(ラルヴァ)を失うことは死者に戻ることを意味する。

 ジュエルシードの力がどれほどのものであっても、死者を蘇らせることは、出来はしない。

 それが、半年前に下された、結論であった。


 「………」

 思考する力すら攻撃に注ぎ込んでいるのか、つい先程までなのはに伝わってきた想いはなく、流れてくるのは冷たい虚無。

 まるで、心がなくなり、空洞になってしまったように。


 「行こう……レイジングハート」
 『Yes, my master.』

 悲しみを抑え、星の光を手にした少女が、闇を駆ける。


 「彼女がせめて……優しい夢を見れるように!」

 不屈の心を胸に、例え届かずとも、せめて小さな安らぎを、悲しい少女に届けられるよう。

 なのはは、自分が授かった魔法の力で何が出来るのかを、考え続けていた。



■■■


 「雷神衝!」

 「プラズマランサー!」
 『Plasma Lancer.』

 青髪のマテリアルの少女、雷刃の襲撃者から放たれる直射型の射撃魔法を、フェイトは同じくプラズマランサーでもって迎撃。


 「光翼斬!」

 「ハーケンセイバー!」
 『Haken Saber.』

 放たれる誘導性能を持ったブーメラン状の雷撃を、同じくハーケンセイバーによって。


 「光魔斬!」

 「はああっ!」
 『Haken Slash.(ハーケンスラッシュ)』

 近接から繰り出される攻撃を、同じくハーケンフォームのバルディッシュによって防ぐ。

 魔力刃によって構成された鎌を主体とするインテリジェントか、デバイスの刀身そのものを主体とするアームドかの違いはあれ、フェイトと雷刃の襲撃者の戦闘能力はほぼ互角であり、戦闘スタイルも鏡合わせのように同じだった。


 「まったく、笑いたくなるくらい同じだな、君と僕は」


 「うん、そうみたいだね」


 「だけど今は……不快な気持はない」

 それは彼女にも、魔法の光が届いたためか。

 遺伝子上の自分の父であり、全く同じ戦術と変換資質を持っていた雷鳴の騎士と戦った記憶が、今の状況と被るためであろうか。


 「貴女も……人造魔導師なんだね」

 そんな心が伝わった結果、フェイトは、自分がなのは以上にマテリアルの少女と波長が合った理由に気付く。

 高町なのははあくまで通常の魔導師であり、真っ当に生まれた存在、人造魔導師として造られた者とは存在の根幹が異なる。

 しかし、純粋培養とクローン培養の違いはあれ、フェイト・テスタロッサと雷刃の襲撃者は同じ人造魔導師。フェイトは、大魔導師プレシア・テスタロッサの魔力資質を余さず受け継ぐように生まれ、彼女は、雷鳴の騎士カルデンの資質を余さず受け継ぎ、凌駕するように設計された。

 故に、彼女らは魂の双子ということが可能だろう。発生の過程はどうあれ、生まれ持った資質が同一体であるかのように似通っている。


 「ああそうさ、僕は………黒き魔術の王サルバーンによって作られた、最強の人造魔導師。キネザが100年頑張っても、僕らの足元にも及ばなかった、ヘルヘイムの生命操作技術の結晶」

 理のマテリアルである星光の殲滅者と同じよう、彼女とて力のマテリアルであり、闇の書の闇の影響を直接的に受ける。

 ただ、彼女は知らないが、役割が“力”である以上、余分なことを考える必要はない。“王”のマテリアルたる闇統べる王か、“理”のマテリアルたる星光の殲滅者の指示があるままに敵を倒せばそれでよく、人間の頃から彼女はそうだった。

 そのため、彼女は星光の殲滅者ほどに闇の浸食を受けてはいない。無論、足りない部分を闇精霊(ラルヴァ)で補っている現状は変わらず、闇と共に滅ぶ運命は変えようはないが、それでも彼女には自由意思に似たものがある。

 いつでも真っ直ぐに夢を目指し、純粋な心のままに空を飛ぶ彼女の姿は、姉であるシュテルにとって、いつでも希望であったから。
 

 「やっぱり、貴女はレ―――」


 「僕の名前を気安く呼ぶなよ、僕の名前を呼んでいいのは、同輩の騎士と仕えるべき主だけだ」


 「そう、それじゃあ、貴女の望みは?」

 油断なくバルディッシュを構えながら、フェイトは静かに問う。

 フェイトの頭脳は明晰であり、事象の欠片を繋いで事実を推測することに長けている。さらにそれを、主観に依ったものだけでなく、客観的評価を混ぜることが出来るのは、執務官に向いた天性であろう。

 ユーノが無限書庫から調べた情報と、ヴォルケンリッターのデバイス達の記録、闇の書の闇の特性に加え、フェイトの心にも流れ込んでくる彼女の感情。

 それらを総合すれば今の彼女の状態を推し量ることは造作もなく、なのはは感性でそれを成すが、フェイトはどちらかというと理論的に考える。


 「決まっているだろう、闇統べる王に仕える騎士として、侵入者である君を排除する、それだけだ。例えその先に栄光がなくとも、無限の放浪が続くとも……僕は、騎士なんだから」


 「退くことは、出来ないんだね」


 「しないし、させてももらえない。そういった点で、僕達と闇は利害が一致しているんだ、僕達が生きるには闇が必要だし、闇は自身の身を守るため、僕達を利用する」


 「でも、守護騎士のように現実空間に顕現することも出来ず、取り込まれた犠牲者の残留思念から、電脳空間で闇の中枢を守るだけ、貴女はそれでいいの?」

 望まぬ蒐集を強いられ、頁を集めるだけのものであっても、守護騎士には実体があった。

 だけど、管制人格リインフォースが暴走時以外に顕現することがなかったように、闇の中枢のマテリアルである彼女らは、現実空間で活動することそのものがあり得ない。

 ひたすらに呪いを集め、主を殺し、そこに闇統べる王を害す意志があれば、駆逐するのみ。

 たったそれだけを永遠に続けて、900年。

 ヴォルケンリッターが闇の中を彷徨って来たならば、マテリアルは闇に囚われて来たのだ。


 「………構う、ものか」

 【破壊セヨ破壊セヨ破壊セヨ破壊セヨ破壊セヨ破壊セヨ破壊セヨ破壊セヨ破壊セヨ破壊セヨ破壊セヨ】

 良いはずはなく、そんなものは彼女が求めた輝きではない。

 だがしかし、反抗は許されない、ウィルスの根源の力は絶対であり、器に過ぎない彼女らに抗う手段はない。

 なぜならそれは、生前に彼女らが逆らうことすら考えなかった、巨大な檻が残した呪いの塊であるために。

 彼女らの魂は今もまだ、ヘルヘイムの強大な牢獄に囚われたままなのだ。


 「元々、僕は……殺すために、破壊するために作られたのだから………」


 「違う! それは違うよ!」

 彼女の言葉を、フェイトは否定する。


「確かに私達は普通じゃない生まれ方をしたかもしれないけど、人間として生まれたなら、生きる意味は自分で見つけていいんだよ!」


 「なぜ……」


 「何かをするために作られて、それに準じるのはデバイスだよ! 私達人間がデバイスの真似ごとをするなんて、彼らを侮辱することだし、意味がない! もし貴女が殺すためだけの道具なら、余分なことなんて考えちゃいけない、そもそも、己の命題に疑問を持つことも許されない!」

 少なくとも、トールならばそうする。

 殺すために、壊すために作られたなら、ただそれだけのために機能する。マイスターに与えられた命題に従って。


 「貴女自身にやりたいことがあって、願いがあるなら、貴女は人間だよ。自分のやりたいこと、命題は自分で決めていいんだ、決して、他人に吹きこまれた命題だけに従う必要はないんだから」

 “何か一つのことのために生きている人間は、デバイスと同じにすらなれない。デバイスの劣化品に過ぎない”

 それは、決して交わり得ぬ可能性の世界において、フェイトの姉が語った言葉と同一であり。

 紛れもなく、彼女がアリシアの妹であることの証であった。


 「じゃあ……僕は」


 「貴女が自分を殺すための道具だと言っても、私は決して認めない。機械の生まれた故郷、時の庭園の今代の主、フェイト・テスタロッサとして、私とバルディッシュが貴女の暴走を止めてみせる。貴女を救うことは無理かもしれないけど、せめて―――」

 主の戦意に呼応し、“閃光の戦斧”バルディッシュがその権能を最大限に発揮し、フルドライブへの変形を開始する。


 「貴女が、自分を人間だと思えるように、例え短くても、駆け抜けた自分の人生に意味が合ったものだと誇れるように、闇の書の闇の端末としての貴女を、閃光の戦斧が切り拓く! バルディッシュ、フルドライブ!」

 『Zamber form.(ザンバーフォーム)』

 閃光の戦斧バルディッシュがフルドライブ、ザンバーフォーム。

 本体破損を防ぐ出力リミッターを解除した状態にして、半実体化した魔力刃を持つ大剣の形、閃光の刃の一つの完成系。

 彼女の戦闘の師、リニスが教えた、圧縮魔力刃にて敵を切り裂く高速機動戦術による防御突破の答え。


 「……バルニフィカス、リミットブレイク!」

 敵手の戦意に応じ、雷刃の襲撃者の中に眠る、戦士の本能が呼応する。

 本能で動く獣のままに、雷鳴の騎士カルデンと刃を交えた、あの決戦を想起するように。


 「時空管理局嘱託、ミッドチルダ式、フェイト・テスタロッサ、行きます!」


 「闇統べる王に仕える闇の騎士、中世ベルカ式、雷刃の襲撃者レヴィ、仕る!」

 そして、人の怨嗟に満ちた闇の胎盤を切り拓くように。

 雷光の魔高速に突入した二人が、純粋な戦意を携え、激突を開始した。






電脳空間  ミレニアム・パズル―闇の書  接続部


 「蒼穹を駆ける白銀の翼、疾れ風の剣……」

 「熱砂を照らす灼熱の太陽、穿て炎の剣……」

 闇の書とミレニアム・パズルの境界線にて。

 一つの因縁が、収束しようとしている。


 「ブレイズキャノン!」

 「コロナブラスト!」

 片や、時空管理局の若き執務官であり、ギル・グレアムを執務上での師に、リーゼロッテ、リーゼアリアの両名を戦技の師に持つ、クライド・ハラオウンの息子であり、AAA+ランクの魔導師。

 片や、本局航空武装隊第36部隊長、ラクティス・アトレオン一等空尉。前回の闇の書事件において部下を率いて前線で戦った歴戦の猛者であり、AAA+魔導師にして、クロノと同じく士官学校を出た男。

 しかし、今や闇に堕ち、堕落しきった姿で怨嗟を撒き散らす異形の影でしかない。


 「戦況は、膠着状態か……」

 共にミッドチルダ式の使い手であり、士官学校で正規の訓練を受けた者。

 執務官と武装局員の違いはあれ、扱うデバイスも同じくストレージデバイス。最新型であるため性能はクロノが勝るが、向こうは電脳空間に完全に適応しているというアドバンテージがある。

 これが現実空間であればクロノが有利であっただろうが、彼が人間であるが故に生じる命令伝達の遅延が、デバイスの演算速度の差を埋めているため、条件は五分と言えた。


 <とはいえ、グレアム提督はかなり無理をしているはず、これ以上長引かせるわけにはいかない>

 しかしそれも、二人の戦闘に限っての話。

 前線指揮官であるクロノは、自分の戦場のみならず友軍の戦況を把握し、必要とあれば戦力の配分を考え直す必要があり、そのためのカリキュラムを受け、経験を積んでいる。

 だからこそ、ヴォルケンリッターはなのは、フェイト、ユーノ、アルフ、クロノの5人の魔導師の内、彼を最大の脅威と見ていた。広く戦場を見渡し、的確な判断を下せる指揮官の才をそこに見出したが故に。


 「………」

 戦闘が開始して以来、ラクティス・アトレオンの残滓は一度も人語を話すことなく、ひたすらに魔法を繰り出し、接近戦を仕掛けてくる。

 ただしそれは野生の獣のそれではなく、訓練を受けた魔導師のもの。武装隊の指揮官としての能力は錆ついてはおらず、その点に関してならば、クライド・ハラオウンを凌駕していたのは事実なのだろう。


 「だがお前は、それで満足できなかった」

 低く呟き、クロノは“氷結の杖”デュランダルへ魔力を込めていく。

 クロノは熱、風、氷など、幅広く魔法を使うが、ラクティス・アトレオンはどうやら炎系の魔法を多用している。

 武装隊の隊長であり、先陣を切って高ランク魔導師と戦う立場にいたならば、その選択も妥当のものであっただろう。

 だがそれは、現在クロノが握るデュランダルの特性とは真逆であり、こんなところにも因縁めいたものが存在していた。


 「―――!」

 滲み出る必殺の気配を敏感に感じ取り、亡霊の残滓もまた、己のデバイスに魔力を集中させていく。

 共に自身の魔力と威力で押し切るタイプではなく、戦術によって相手を嵌める型であることはこれまでの戦いで互いに理解している。

 クロノがディレイドバインドを張れば亡霊はそれを見抜き、亡霊が徐々にクロノを闇の書側へ誘い込めば、クロノは密かにワクチンプログラムを散布していく。

 互いにバインドに備え、バインドブレイクの術式をストレージに備えさせたまま互いに身構え。しまいには杖で殴りかかるという一種茶番じみたやり取りも一回や二回ではなかった。

その度にブレイクインパルスを互いに狙い、素手で武器をつかみ合うという、派手さこそないものの、一秒たりとも気の抜けぬ攻防が続いた。


 <どちらの戦術が上をいくか、これは個人能力よりも、前線指揮官としての適性を競う戦いだ>

 そう考えるならば、ハンデがあるのはクロノとなる。

 正規の手順を踏まずに電脳空間へ潜入(ダイブ)したグレアムは長期戦は無理であり、そもそも高齢である上、彼の使い魔二名が現実空間で激戦の真っ最中だ。

 長期戦を封じられ、一撃必殺を狙わねばならないクロノはそれだけで戦術の幅を封じられており、現在の決着を見据えた対峙も、誘導されたものといえる。


 <だが、誘導したのはこっちも同じだ>

 ラクティス・アトレオンが“ハラオウン”に憎悪を燃やしているならば、挑戦から逃げることはあり得ない。

 決戦を挑む側にとっては最も怖い、“大将が相手にせず雑魚を逐次投入”をせず、己の手でクロノを殺そうとしている時点で、敵も戦術の幅を狭めている。

 ならば、条件は互角、後はただ全身全霊、己の魔法の全てで以てぶつかるのみ。


 「行くぞ! デュランダル!」
 『OK, Boss.』

 “氷結の杖”にクロノの水色の魔力が満ち、杖そのものを一つの“絶対零度の矢”へと変換させていく。

 クロノは魔力変換資質を有しているわけではないが、術式によって冷凍系の魔法を使用することは無論可能であり、ストレージデバイスに変換資質に近い形で纏わせることも出来る。

 その究極形が黒き魔術の王サルバーンとハーケンクロイツであり、彼に関する無限書庫の記述と、夜天のデバイス達の記録から、クロノは一つのヒントを得ていた。

 記憶装置も制御装置もなく、処理能力のみを搭載し、“腐滅の闇”を唯一纏うことを可能とするハーケンクロイツ。

 ならば、現代のおいて最速の演算性能を持ち、氷結魔法のための回路・システムが充実しており氷結魔法に絶対的な強化を施すデュランダルを、汎用性を突きつめたクロノが使用するならば。


 「貫け! アブソリュート!」

 オーロラの如く帯をなびかせ、氷結の杖が投擲される。

 クロノの魔力が極限まで込められ、デュランダルの持つ権能によって冷気を宿した絶対零度の矢が、音速に迫る速度で以て敵目がけて飛来する。


 「ガンズン=ロウ!」

 対して、ラクティス・アトレオンの残滓が使用した魔法は、術者の念じた形・位置に炎の障壁を作り出す魔法。

 シグナムのような炎熱変換の資質を有していない場合は、かなり複雑な演算と準備期間を要するが、クロノがアブソリュートの準備をしている間、彼もまた炎熱の魔法による迎撃準備を整えていた。


 「デバイスヲ捨テルトハ、愚カ者ガ」

 防衛のために魔法を紡いだ彼と異なり、クロノの手元にはデバイスはない。

 “氷結の杖”デュランダルそのものを核として放たれたアブソリュートの威力は凄まじく、一瞬後には彼の張った炎熱の壁は氷結し、貫かれるが、躱して反撃に転じるにはそれだけで十分。


 「俺ノ勝チダ―――クライドォ!」

 己の勝利確信し、ラクティス・アトレオンがクロノへ迫る。

 ディレイドバインドなどの罠がないのは確認済みであり、デバイスなしで迎撃のための術式を展開しても間に合うはずもない。

 亡霊のデバイスには炎が付与されており、一時的にはシグナムのレヴァンティンに匹敵している。流石のクロノといえど、素手で紫電一閃を防ぐことは適わない。

 ただ、それは―――



 「S2U、セットアップ」
 『Ready set.』

 クロノが、素手であればの話。

 微塵の動揺を見せることもなく、氷のように冷静に、クロノ・ハラオウン執務官は幼少の頃より共に歩んできた己の相棒を、顕現させていた。

 S2Uはデュランダルと同じストレージデバイスであり、ほとんどの性能で劣っているが、ただ一つだけ勝っている部分がある。

 氷結魔法のための回路・システムを大量に搭載し、氷結魔法に絶対的な強化を施すという特化機能を持たないが故の、基本システム起動の速さ、つまるところ、セットアップに要する時間。

 レイジングハート・エクセリオンやバルディッシュ・アサルトの複雑なインテリジェントで4秒ほど、グラーフアイゼンやレヴァンティンのようなアームドで2秒ほど、デュランダルですら1.3秒は必要とするその時間。

 S2Uの起動時間は、平均0.6秒。

特筆すべきものが何もない、汎用のみのストレージ故に、何よりも早い。


 「ナ……」

 その時、亡霊に見えたものは、一体何であったか。

 彼の目前で、S2Uというストレージデバイスを構えた執務官が、迫りくる敵手を迎撃しようとしている、それだけが事実。

 だが、人の怨念が渦を巻き、形となるこの空間において、彼には―――


 「リンディ……」

 クロノの後ろに立ち、我が子を優しく支える母の姿が、確かに見えたのだ。


 S2Uの真なる銘は、Song to You ――――――― 歌を、あなたに……


 リンディ・ハラオウンが我が子のために祈りを込めて、息子へ贈った母の愛の結晶。

 ラクティス・アトレオンという男が、嫉妬のままに凶行に及ぶことがなければ、母としてリンディがクロノの傍にいることが出来たため、きっと存在することはなかったであろうデバイス。

 母と子だけになってしまったがために存在する、闇の書によって失われたものを埋めるための、親子の絆。


「ア…ア…」

 そして、一人の男の残滓は、己の完全な敗北を悟った。

 1000年続く闇に同化しようとも、エスティアをその怨念で沈めようとも、クライド・ハラオウンをこの世から葬り去ろうとも。

 クライドとリンディの愛の結晶はここにおり、父の志を継ぎ、母の愛に包まれているのだから。


 「アブソリュート・リターン」

 怨嗟の炎を纏いし杖は、母の愛に包まれた杖に阻まれ、“氷結の杖”が帰還し、ラクティス・アトレオンの胸を後ろから貫く。

 氷結の杖はその全身を一瞬で凍結させ、怨念の何もかもを、死の静寂に停止させた。


 「やっぱりこれが、一番馴染むな」

 クロノ・ハラオウンが本領とするのは無駄のない魔力運用であり、誘導弾の再利用。

 先に放たれたデュランダルは、S2Uによって制御され、標的を追尾する。

 それは言わば、誘導性能を備えた、烈火の将シグナムのシュツルムファルケン。

 速度と威力、貫通性能ではシュツルムファルケンに若干劣るが、躱そうとも追尾し、本体を叩こうとしてもS2Uがそれを阻む。

 万能型魔導師のクロノ・ハラオウン、状況によって複数のデバイスを使い分ける汎用性の極致が、そこにあった。


 「永遠に眠れ、ラクティス・アトレオン。現実空間に、お前が帰ってくる場所は、どこにもない」

 師から託されたデュランダルと、母より贈られたSong to Youを掲げ。

 一人の少年は過去と完全に決別し、本当の意味で自身の歩む道の、最初の一歩を踏み出していた。






電脳空間  闇の書  中枢部


 「く……つ、あああ!」

 「あと僅か……こらえてください!」

 「平気……こんなん、ずっと頑張ってきた……あの子達の苦しみに比べたら……」

 「我が主……」

 「行くでリインフォース、これでラスト!」

 「抜け……ました! 第三リミッター(トロメア)、解除せよ!」


 第三層、トロメアがついに突破され、闇の書の闇を守る障壁も、残すは一つ。

 だが、はやてが負った負荷は尋常ではなく、その額からは血が流れ、身体のあちこちには火傷に似たダメージがあった。


 「はあっ、はあっ」

 「主、今、癒しを」

 「ううん、まだまだ平気や、余力は全部、次の突破につぎ込むよ」

 「しかし……」

 「この傷は本物やなくて、あくまで精神的なもの、諦めなければ、どうってことあらへん」

 それは理屈ではあるが、実際に体感している以上は、痛みはある。

 それでもなお痛みに耐え、先に進む精神力こそが、八神はやてという少女の、夜天の主としての器であり、騎士達の痛みを全て包み込む優しさであった。


 「それより、現在時刻は?」

 「作戦開始より3時間と51分、第三層トロメアの突破に1時間35分を費やしました」

 「いいペースや、残るは、最終リミッター、ジュデッカだけやね」

 「ですが、最終リミッターの強固さはこれまでと比較になりません。どうか、ご注意を」

 「うん、ありがとうな」


 ついに残すは、最終関門ジュデッカ唯一つ。

 しかし、現実で暴走を抑える者達の疲労も極限に達しつつあり、闇の中枢に危険が迫りつつある今、電脳空間における戦いもさらに苛酷さを増していく。

 果たして、少女達の願いは叶うか、マテリアル達の想いは如何なる結末を迎えるか。

 夜天と闇の、最後の相克の時が、近付く。



あとがき
 クロノのデュランダルとS2Uの二刀流は絶対にやりたいことの一つでした。“デバイス物語”という趣旨において、師であるグレアムから託されたデュランダルと、母のリンディから贈られた(ことにしてある)S2Uを使うクロノは絶対に外してはなるものかと決意を固め、本作18話目のSong to Youはこのあたりのための伏線でありました(回収まで随分長くかかってしまいましたが)。
 あと2話くらいで電脳空間の戦いも終了し、その次ではアルカンシェルでぶっ飛ばし、闇の書事件の後始末に入りたいと思います。本局、地上本部、民間協力者と、広く巻き込んでの大作戦でしたので、後始末だけで一苦労です。それではまた。





[26842] 第四十六話 最終局面
Name: イル=ド=ガリア◆9d8bc644 ID:01fac648
Date: 2011/08/31 13:21
Die Geschichte von Seelen der Wolken


第四十六話   最終局面




電脳空間  ミレニアム・パズル―闇の書  接続部


 一つの因縁が収束し、決着をみたミレニアム・パズルと闇の書の接続部。

 “氷結の杖”デュランダルに貫かれ、粉雪の如く砕け散ったラクティス・アトレオンの残滓が、闇の業の深さを象徴する事態を引き起こしていた。


 『クロノ・ハラオウン執務官、ギル・グレアム提督、マテリアル近似体の構成が乱れ、拡散の兆候が観測されました。このままではおよそ11秒後に炸裂し、こちら側に闇が侵入します』

 クロノとグレアムが戦う場所は闇の書と“ミレニアム・パズル”の境界であるため、管制機トールからの通信は十分に届く。

 しかし、もたらされた情報は、極めて危険なものであった。


 「そうか! 統制を取る存在がいなくなって、収束していた闇が暴発する!」


 「この位置であの密度の“シャドウ”が炸裂すれば……門を超えて、汚染が広がるか」

 闇の書側に切り込み、ラクティス・アトレオンの亡霊と戦っていたクロノ。

 彼に群がろうとする“シャドウ”を討ちつつ、境界線に陣取り、防衛に努めていたグレアム。

 二人はほぼ同時に事態の深刻さを悟ったが、対処するには時間もリソースも足りていない。

 構築体であった彼の身体は砕けたものの、ある意味で“肉体の檻”から解き放たれたシャドウが凝縮した状態から炸裂しようとしており、なんとしても防がねばならないが、それはすなわち器を失ったことで暴走しようとする闇を押しとどめることであり、それが可能なデバイスは現状ただ一つ。

 しかし、炸裂の中心地は構築体であったラクティス・アトレオンの身体のあった場所だが、統制を失ったその他の“シャドウ”も暴走しつつあり、クロノの傍のシャドウの凝縮体へ集まろうとしている。

 現在の位置関係は、闇の書側から見れば、構築体→クロノ→その他の“シャドウ” →グレアム&境界線→ミレニアム・パズルであり、この位置関係で闇が炸裂するのは非常にまずい。


 「クロノ! 退避を急げ! この境界線は破棄する!」

 そしてこの位置関係は、グレアムの心に凄まじいまでの既知感と恐怖を呼び起こす。

 クロノが引き返し、“シャドウ”を突破するには時間が足りず、恐らくギリギリで間に合わない。グレアムの援護があったとしても、際どい地点で背後から炸裂した闇が殺到してくる。

 何より、その状態ではクロノは退避に、グレアムは援護に集中しているため、炸裂した闇がミレニアム・パズル側に及ばないよう防ぐ役がいなくなり、戦略的に正しいとは言えず、むしろ悪手だ。


 「いいえ、このままデュランダルで炸裂を封じます!」

 それが、正しい判断。

 凝縮体の炸裂は封じられ、それ目がけて他の“シャドウ”が集まるならば、ミレニアム・パズルへ被害が及ぶ可能性は低く、手の空いたグレアムが防衛に専念することも可能となる。

 前線指揮官としてはこれ以上なく、冷静かつ的確な判断であるが―――


 (クライド提督、脱出を急げ! エスティアは、破棄する!)

 (先程、全クルーの避難を確認、こちらのアルカンシェルのチャージタイムを出します……発射前に、墜として下さい)

 窮持にこそ冷静さが最大の友

 それがギル・グレアムの指揮官としての指標であり、クライドにも、その息子のクロノにも教えとして伝えた。

 だが、その友は常に、グレアムの大切な人間に犠牲を強いてきた。


 「これで―――止まれ!」

 クロノは迷うことなく、アブソリュートで構築体を貫くことで“器”を四散させた空間に残った膨大な闇の塊へデュランダルを突き入れ、闇の書を凍結封印するために構築された術式を解放する。

 デュランダルは、闇の書を封じるために製作されたデバイスであり、闇の書の闇の活動を停止させることに関してならば、他の追随を許さない。

 だがしかし、構築体の封印に意識を集中するクロノの背後に、統制を失った“シャドウ”の群れが迫り―――


 「デュランダル! 元の主の下へ戻れ!」

 己が“シャドウ”の濁流に飲まれる間際、クロノは師より譲り受けた“氷結の杖”をグレアムへと還していた。

 作戦の今後の展開においてもデュランダルは必須であり、そのプログラムを闇の書に飲まれるわけにはいかないという、極めて冷静な判断に従って。


 「―――――ッ!!!」

 声にも出来ぬ慟哭の間に、“氷結の杖”が第一の使用登録者へと帰還する。

 使用者として登録されているのは、グレアムとクロノの二名。ロッテとアリアは使い魔であるため、グレアムさえ登録されていれば特別な認証なしに使うことが可能。


 「クロノォーーーーーーーーッ!!!」

 構築体の器は砕かれ、機能は停止。

 ミレニアム・パズルと闇の書を繋ぐ“門”は守られ、さらに2時間近く守る必要があるとしても、構築体を破った以上はこれまで程の脅威はない。

 ただ、代償に、クロノ・ハラオウンの身体は“シャドウ”に飲まれ、闇の底へと墜ちていった。




 『S2Uの反応を確認、クロノ・ハラオウン執務官のデータ、直も顕在、ただし、このまま闇の書の中枢へ墜ちた場合、アスガルドですら信号を拾い切れなくなる可能性が高い』

 11年前の悪夢が蘇り、ギル・グレアムが冷静な判断力を見失いかけた間際、一切の動揺がない機械音声が響き渡る。

 プレシア・テスタロッサ以外の人間であれば、何びとであれ、管制機が動揺することはない。

 例えそれが、フェイト・テスタロッサであったとしても。


 「まだ、反応があるのか」


 『彼は無策で闇の書へ飛び込んだわけではないと予想。自身が帰還できない可能性に備えてデュランダルを貴方へと送還したものの、S2Uがある以上、彼には電脳空間で戦う手段があります』

 つまり、クロノはまだ死んでいない。

 接続部に向かう“シャドウ”を引き受けるかのように、闇の書内部で今も戦い続けている。

 ただし、管制人格リインフォースがついているはやてや、“門”から道を作るように進軍していったヴォルケンリッターと異なり、クロノは地図もなく明かりもなく一人で荒海の中にいるに等しい。


 「何としても……」


 『ですが、貴方はもう限界です。アースラからの遠隔潜入(ダイブ)の継続可能時間を既に超えました』


 「だが! ここで退くわけにはいかん!」


 『無茶です』


 「無茶は承知! ここで退いてしまえば、私は何のためにこの11年を捧げたというのだ!」

 クライドの無念を晴らすため、クロノを犠牲にしたのでは、それこそ何の意味もない。

 とはいえ、ギル・グレアムの人生そのものを懸けた叫びを聞いてなお、管制機は微塵も揺るがない。


 『ですが、貴方は無茶から離れて久しい、無茶をするならば、常日頃から無茶を続ける者に任せるべきです。その方が成功確率は高い』


 「何…?」

 その言葉は、焦るグレアムの脳を一瞬停止させるほど、突拍子もないものであった。


 『無茶とて人間の行動であり、無茶を重ねた者ほど、無茶の成功率が高くなる。実に単純な理屈です』


 「………」

 老練なる提督も、このような言葉を聞いた経験は流石に皆無。

 管制機はただ単純に、“無茶”という行動を入力と見なし、それを重ねるほどオートマトンは学習していき、成功率が高くなると演算したに過ぎない。

 それ故に、管制機がグレアムの行動を止める理由は、人間には理解できないものであった。


 『風向きは我々に追い風です。この接続部に増員が必要となったこの状況で、現実空間の備えが例の地点に至りました。今ならばアルフを守りにあたらせることが可能であり、問題はクロノ・ハラオウン執務官をサルベージする手段と人材ですが』

 闇の書内部の深い部分に関しては、トールとアスガルドの力も及びにくい。

 中枢ならば動くことがないが、クロノはおそらく動き続けている。スーパーコンピュータの力を以てしても捕捉しきれるかどうか。

 最も適しているのは管制人格リインフォースであるが、彼女ははやてと共に中枢へ向かう役割があり、ここは外せない。

 となれば、シャマルとクラールヴィントに依頼するのが次善の策と考えられるが―――


 「……リンディ君に、任せよう」

 人間の感情を微塵も伴わない機械の理論を受けて、幾分か冷静さを取り戻した老提督は、静かに決断を下していた。


 『彼女に、ですか』


 「クロノの傍にS2Uがあり、人間の心の闇の底に彼らがいるならば、そこに届くのはきっと、母の声だろう」


 『なるほど、その通りかもしれません。通常ならば不可能ですが、レイジングハートとバルディッシュを介し、ジュエルシードは闇の書と接続されておりますれば』


 「そういうことではないのだが」


 『申し訳ありません。今の私にはそのような考えた方しか出来ないのです』

 半年ほど前、管制機の主であったプレシア・テスタロッサという女性が生きていた頃ならば、彼は常に“人間らしい思考のあり方”を休まず計算し続け、汎用言語機能を働かせていた。

 しかし、フェイトがハラオウン家の子となるにつれ、彼の役割は変わっていき、管制機トールは徐々に人間らしい思考機能と発言機能を“普段使用しない領域”へ切り替えつつあった。

 かつては“瞬時に”人間らしく反応し、直感で生きる人間のようであった彼から、何事も“数秒”考えてから行動する慎重な彼へと。

 徐々に、彼の反応速度が落ちていることに、果たしてフェイトは気付いているだろうか。

 無論、機械であるためにかつての機能も学習内容も失われたわけではなく、必要となれば何時でも使用可能であり反応速度も戻るが、ギル・グレアムとの会話においてその機能を用いる必要性はないと、彼の電脳は判断する。


 「オートクレールのように、かね。ともかく、アルフ君が来るまで私はここに残る。デュランダルは、一旦君に預けよう、トール」


 『承りました。ソフトウェアの保護に関してはお任せを』

 老提督は決断を下し、クロノのサルベージをリンディに委ねる。

 老いた己がこれ以上無茶をしたところで、無意味であるという現実を噛みしめながら。





新歴65年 12月25日  無人世界(衛星軌道上) 時の庭園 広場 AM4:00


 「リンディ! こっちでいいんだね!」

 「ええ、そのままこちらへ!」

 「ロッテさん、一旦下がってください! 僕とアリアさんで止めます!」

 「了解!」

 「クリスタルケージ!」

 現実空間における戦いも佳境を迎え、ついに暴走体は危険生物封鎖区画を突破し、中央制御室へと向かっていた。

 それまでの経路に配置されていた防壁なども多くが破壊され、徐々にデッドラインへと近付きつつある。


 『リンディ・ハラオウン艦長、突入組において問題が発生しました』

 そこへ管制機トールからの通信が入り、中枢へ向かうはやてとリインフォースが第三層トロメアまでを突破したこと、闇の書の闇の構築体(マテリアル)が活動していること、そして、クロノの状況を伝える。


 『本作戦の総司令官であるグレアム提督の指示は、リンディ・ハラオウン艦長がクロノ・ハラオウン執務官のサルベージを行い、その間、アルフが境界線の守りに就くというものです』

 不測の事態が生じた場合は、グレアムの判断に従うのが、予め定められた必須事項。

 アースラの艦長としてエース達と武装局員を指揮し、暴走体を止めるために奮闘してきたリンディにも否はなく、まして、息子の命が懸っているならば尚更だ。

 とはいえ、リンディとアルフが中央制御室へ向かえば、こちらの戦力は当然薄くなり、残った者達の苦戦は免れない。


 『幸い、状況は我らに追い風です。これより先は、時の庭園の機械類も前線に加わり、暴走体の足止めにあたりましょう』

 リンディから答えが返る前に、トールは次々と電気信号を送信していく。

 それは、仮のクロノの件がなくとも予定されていた行動であり、トールとアスガルドが進めていた準備が完了する瞬間が、まさしく今であっただけの話。


 【駆動炉“クラーケン”臨界稼働。ブリュンヒルト、発射準備完了、パラメータによる微調整終了、いつでも撃てます】

 時の庭園には二つの駆動炉が存在し、共振しながら膨大なエネルギーを紡ぎ出す。そのうち、次元航行や機械類の動力源に使用されるのは“セイレーン”の方。

 そちらは現在“ミレニアム・パズル”と闇の書に対してほぼ全てのエネルギーが使用されており、もう一つ、“クラーケン”より生み出されるエネルギーは、ブリュンヒルトに代表される兵器群の動力源として使用される。


 『発射』

 【Yes, sir.】

 地上本部の所属する対空戦魔導師用、追尾魔法弾発射型固定砲台、“ブリュンヒルト”がその真価を発揮する。

 4時間にも及ぶ暴走体との戦闘は、全て時の庭園内部で行われており、その戦闘データはアスガルドによって解析され、“ブリュンヒルト”へと入力。

 つまり、誘導弾や砲弾を発射した際に、暴走体がどのように対処し、あるいはどう避けるかを計算した上で、ブリュンヒルトは魔力弾を発射するのである。

 さらに、暴走体の足止めのために、Aランクに相当する傀儡兵が次々に出撃し、ブリュンヒルトに当たることも恐れずに向かっていく。

 それはさながら、ミッド式砲撃魔導師とベルカ式近接魔導師による一個大隊の進軍を思わせる。


 「凄い物量だ……」


 「そりゃあ、時の庭園は機械の楽園さね。もっとも、事前に登録した大量のデータがないとあんまし役に立たないのが問題点だけどさ」


 『流石、よく分かっていますねアルフ。しかし、和む暇はありません』


 「分かってる、クロノが危ないんだろ?」


 『然り、生命危機はともかく、このままでは帰還が危うい。そして、この面子において境界線の防衛役が務まるのは貴女だけだ』

 ユーノ、アルフ、ロッテ、アリアの四名は、全員がデバイスを持っていない。

 電脳空間における戦いではデバイスは大きな役割を果たし、それがなければ満足に戦うことは難しい。

 だからこそ、彼女らは現実で暴走体を抑える役となったわけだが。


 「了解さ」

 アルフはこの中で唯一、“桃源の夢”に参加している。

 彼女はフェイトの使い魔であり、時の庭園で育った。つまり、彼女のバイタルデータはデバイスを介すまでもなく全てアスガルドに収められており、特定の魔法の発動にバルディッシュを必要とするフェイトと異なり、自分だけで魔法を構築する。

 “ミレニアム・パズル”を起動させ、仮想空間(プレロマ)を構築するのはトールとアスガルドの仕事。その二人がデータを完全に揃えているのであれば、デバイスを用いずとも彼らだけでアルフの補助が可能となる。

 もっともそれは、闇の書内部ではなく、境界線で戦うことが前提となるが。


 「アクティ小隊長、ヴィッツ小隊長、トラジェ小隊長、私はこれから中央制御室へ向かい。電脳空間突入組のサポートに回ります。貴方達は時の庭園の機械類を最大限に利用し、暴走体を抑えてください。前線指揮はロッテ、全体指揮はアリアが」

 さらに、ロッテやアリアが倒れた場合における指揮系統について綿密に指示を残し、リンディとアルフは連れだって中央制御室へ向かう。

 ブリュンヒルトの射程圏である広場に残り、暴走体と対峙するのはロッテ、アリア、ユーノの3名と、3人の小隊長、そして、武装局員達。

 リンディが抜けたため、人員の多くを強装結界の維持に割かねばならず、Aランクの傀儡兵とブリュンヒルトの援軍を得てなお、分が悪い。


 「しっかし、ここから先はいよいよ死闘だね、こりゃ」

 何度も治療と回復を繰り返しているためか、流石の精神的な疲労の色が濃いロッテ。


 「だけど、ここが正念場。クロノもお父様も、ギリギリで戦っているんだから」

 アリアもまた、度重なる遠隔魔法で神経をすり減らしているが、その目には闘志の炎が消えていない。


 『八神はやてとリインフォースが中枢に辿り着くまで、後1時間半ほどと見受けられます。その間、貴女達にかかる負担は相当なものとなりますが』


 「おや、大体予想通りじゃんか」


 「こういう作戦で、予想通りにいく方が珍しいものね」

 百戦錬磨の二人に同意するよう、小隊長達も頷き、武装局員達がデバイスを構える。


 「さて、行くよあんた達。これまで散々バインド地獄をお見舞いしてきたところに、ブリュンヒルトの砲撃と傀儡兵による人海戦術へ切り替えられたわけだから、向こうさんは混乱してる。傀儡兵を上手く盾にして、絶対に直撃を受けるんじゃないよ」


 『ブリュンヒルトについては、貴方方のデータも入力してありますので、誤射の心配はございません』


 「それと、ユーノは後方支援に専念してて、君は最後の転送の要だから、ここで墜ちれば作戦全体に響く」


 「分かりました」

 ロッテは前線組に、アリアは後方組にそれぞれ指示を出し、暴走体を抑えるための最後の戦いに備える。

 無論、最前線はこの二人であり、管制機の依頼は、クロノを助けるためにお前達二人が犠牲になれというのに等しい。

 だがそれは、ギル・グレアムの決断であり、彼女らにとっても望むところ。彼女らは使い魔であり、何よりもクロノやはやてが共に笑い合える未来のために、戦っているのだから。


 『これより先の戦いはさらに厳しいものとなるでしょうが、よろしくお願いいたします。私としては、フェイトお嬢様と高町なのは様がご無事であれば、貴女達が殉職なされても構わないですが、どうか、ご武運を』


 「うん、凄い励みになる言葉だわ、真ん中の余分なのがなければね。死ね糞野郎」


 「貴方の本音が実によく分かったわ、トール、でもまあ、クロ助やフェイトを犠牲にするつもりは、毛頭ないけど。地獄に落ちなさいオンボロ」

 覚悟を決めてはいるものの、こうはっきり言われれば、腹も立つ。

 もっとも、最後の攻防を前にリラックスするには効果的であったとも思えなくもない気がするのは錯覚かもしれない。


 『時の庭園も、最大限の助力を致します。傀儡兵が足りない場合は、ゴッキー、カメームシ、タガーメを援軍として派遣する準備が』

 「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「   ヤメロ   」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」

 静かに、だが何よりも気持ちのこもった言葉が、全員から発せられた。

 無限書庫にいたりなんなりで、運良くこれまでそれらと縁がなかったユーノだけは別だったが。







電脳空間  闇の書  内部



 「エクセリオンバスター、フォースバースト!」

 光球を発生させて魔力をチャージ、まず4発のバスターを発射。

 カートリッジロード4連に加え、止めの一撃を放つエクセリオンモードにおける主砲。

 電脳空間であるため、なのはの身体の無理を強いるわけではなく、レイジングハートが記録しているカートリッジロード時の出力をフィードバックしているわけだが、それは真実でもある。

 “ミレニアム・パズル”の中では現実空間で可能であることのみが、再現可能であり、リンカーコアを持たない人間を送ったところで、魔法を放つことは不可能。


 「ブレイクシュート!」

 なのはの放つエクセリオンバスターもまた、1週間の準備期間のうちに放った経験がある魔法であり、アスガルドの大演算機能とレイジングハートが彼女の意を汲み取り、情報の砲撃として闇の書へぶつけているわけだが。


 「固有技能(インフューレントスキル)、“極大火砲”」

 星光の殲滅者の砲火は、さらにその上をいく。


 「ディザスターヒート!」

その身に有する膨大な魔力を炎へと変換し、火砲と成す彼女の砲撃魔法。三つの砲撃が同時に放たれ、その全てが彼女の固有技能“極大火砲”によって増幅され、さらに標的を逃すことを許さない。


 「く、ううう!」
 『Master!』

 リンカーコアの出力に関してならばそれほど差はないが、片方はフルドライブであり、片方はリミットブレイク。

 カートリッジシステムを搭載しているとはいえ、基本がミッドチルダ式であり、身体に負荷が及ばないよう考慮されたなのはの魔法と、身体のことなど一切考えず、融合騎“フェンリル”によって限界を超えて魔力を捻りだすヘルヘイムの轟炎では、勝敗は明らか。


 「退きなさい、貴女では私には敵わない、このままでは焼滅しますよ!」

 闇の浸食を受けてなお、なのはを気遣う言葉をかけるのは、ジュエルシードの光によるものか。

 しかし、彼女の意志も次の瞬間には闇に覆われ、容赦ない火砲の嵐が吹き荒れる。


 「まだ……大丈夫!」

 それでもなお、高町なのはは諦めない。

 主の闘志が折れぬならば、“不屈の心”の銘をもつレイジングハートが諦める筈もなく、星の主従は炎の彗星を迎え撃つ。


 「まっすぐ前を見て、想いを伝える……私にはそれしか出来ないから……」

 最早途切れ途切れだが、彼女の心が伝わってくる。

 強大な闇に囚われ、運命に翻弄された少女が夢見た、ささやかな幸せが。


 「貴女の、名前が知りたい……」

 だからせめて、そう想う。

 自分の心を真っ直ぐに伝え、相手の想いを受け止めるには、名前を呼び合うだけでいいのだと、なのはは信じる。


 「く、ああああああああああああああ!!」

 絶叫しながらさらにブラストファイアを連射する星光の殲滅者。

 放射される熱量には際限がなく、電脳空間に存在する異物を全て焼き払うと言わんばかりに、焦熱地獄が形成されていく。

 そこには冷静な闇の騎士の姿はなく、破壊の意志に操られる焔の生贄だけがあった。



■■■



 「撃ち抜け、雷神!」
 『Jet Zamber.(ジェットザンバー)』

 「貫け! 雷刃滅殺極光斬!」

 雷光の魔高速において覇を競う二人もまた、激戦のただ中にある。

 既に完全な情報体と化している雷刃の襲撃者はともかく、ミレニアム・パズルによって疑似的に情報体となっているフェイトは、どうしても現実空間の魔法行使に比べてロスが生じてしまう。

 しかし、彼女の持つ電気変換の特性と、何よりも管制機トールとアスガルドの補助がその天秤を拮抗にまで戻す。5年近い年月をかけて蓄積された彼女の行動データは、フェイトをコンピュータ上で0から造り出せる程に洗練されている。

 その要となるのは、閃光の戦斧バルディッシュ。フェイト・テスタロッサと常に共に在り、管制機トールと最も相性が良いデバイスである彼がいてこそ、フェイトは電脳空間において全力で飛翔することが許される。


 「ソニックシフト!」

 「雷光疾駆!」

 フェイトのソニックシフトは電気変換された魔力を砲撃魔法の要領で後方へ放射すると共に、電磁力を用いて超加速。自身そのものを弾丸と化すことで、超高速を作り出す。

 以前は直線運動でしか用いることは叶わなかったが、カートリッジシステムが搭載されてからは、炸裂させた魔力で慣性を変えることで高速の空戦すらも可能となっている。

 ただし、身体にかかる物理的な負荷が頭の悪いレベルに達するため、身体がもう少し成長し、もう一段階高レベルの慣性制御を習得するまで現実空間では使用禁止とされたが。

 対して、雷刃の襲撃者の雷光疾駆もまた、同様の理論で加速を行う馬鹿げた加速技であり、使い続ければ己れの身体が壊れることは疑いない。

 両者共、デバイスの演算速度と慣性制御機能、何よりも、主の電気変換資質との相性の高さによって、電脳空間でのみ限界を超える雷速の空戦を展開していた。


 「まだまだぁ!」

 「やあああぁ!」

 二人の少女は互いに一歩も譲らず、速度と鋭さをさらに高めていく。

 なぜならそれが、共に譲れぬ己の最大の武器、最高の誇りであるために。


 「速さは僕の矜持だ! 負けはしない!」

 「スピードは、私の先生が教えてくれた、一番の武器だから!」

 弾ける魔力は渦を成し、周囲の空間を歪ませ、何者も立ち入れぬ二人だけの決戦場を作り上げる。

 そこに―――


 「く、ぐうう、がああああああああああああああああああ!!!」

 「!?」

 這い寄る闇の影響か、雷刃の襲撃者の速度はさらに果て無く高まっていく。


 <これは―――違う>

 フェイトもまた、刃を交えながら伝わってきた想いが変化したことを瞬時に察する。

 これまでは、シグナムのレヴァンティンと打ち合った時と同じように、全力を尽くして敵を打倒しようとする騎士の誇りに満ちた刃が、今は異なる。

 自分の力ではない、他者の借り物を用いてでも、相手を蹂躙出来るならば構いはしない外道の業。

 非道の具現であり、害悪でしかなかった原初のヘルヘイムを率いた者達にはなかった、屑の精神。


 「こんなのは、駄目だ……」
 『Yes, sir.』

 闇が強大であれば、それだけ光も強く輝く。白の国とヘルヘイムの決戦はまさしくその象徴でもあった。

 だが、闇の書の闇は違う、これには一切の価値がなく、栄光を貶めるだけの、掃き溜めの底辺。


 「あ……があ――」

 されど、例え屑の所業であっても、1000年かけて積み上げられた呪いは、侮れるものではない。

 輝きを目指した少女の魂を蹂躙し、ただの暴力装置となさしめる呪いが、フェイトへと牙をむく。

 “力”のマテリアルである彼女の苦痛など顧みることなく、身体が崩壊するほどの速度と魔力を伴いながら。


 「ああああああああああああ!!!」

 「その悲しい疾走、私とバルディッシュが止めてみせる!」





電脳空間  闇の書  中枢部


 「急ぐんや、リインフォース!」

 「はい、我が主!」

 闇の中枢にて、二人にして一つの光が流れ星の如く煌き、闇を切り裂く。

 闇の書の闇の中枢、アビスを守る最終障壁、ジュデッカの突破に全力を注ぐ二人は、自身の損傷をほとんど無視し前進にのみ意識を傾けていた。

 絶え間なく流れ込んでくる怨嗟と怨念の中に混じる、それ以外の念を感じ取りながら。


 「この痛みは……なのはちゃんと、フェイトちゃん? いや、ちゃうな」

 「あまり引きずられないように、それはマテリアルから私へと流れる苦痛の思念、助けを求める声ではありますが、毒にもなりえます」

 中枢に近づくにつれ、管制人格リインフォースは本来彼女が担うべき権限を取り戻していき、ユニゾンしているはやてもそれらを共有する。

 そうして、伝わってくるのだ。

夜天の魔導書の中枢と同化し、闇のマテリアルとなった彼女らの嘆きと、苦しみが。

 今回、形を成すためにモデルとなったなのはとフェイトが、彼女らと感覚を共有するように。

 はやてとリインフォースもまた、最後のマテリアルと感覚を共有しつつあった。


 「ですが、正確には、高町とテスタロッサと対峙しているマテリアルと私達が直接同調しているわけではありません」

 「じゃあ―――」

 「はい、奈落(アビス)囚われている闇統べる王、ロード・ディアーチェ。彼女が感じているものが私達に流れ込んできている」

 それは、すなわち。


 「その子は、他のマテリアルのことだけを想ってる、ってことやな」

 怨嗟も怨念もなく、闇統べる王はただ、二人の家族のことだけを想っている。

 それが伝わるからこそ、はやては己の危険も負担も顧みず、突き進む。

 家族のために、自身の痛みなど顧みず、ひたすらに安全を願うその心。

 八神はやてとディアーチェの心もまた、鏡合わせのように同じものであった。


 「待っててな……ディアーチェ、最後の夜天の主が、今行くから!」

 彼女の手に握られる“賢者の杖”シュベルトクロイツが輝き、進行速度が増していく。

 それはまさしく、闇を切り裂く夜天の光。


 「同調率がさらに上昇――96%―――97%――――98%―――」

 夜天の光は、守るべき者達のために。

 ヘルヘイムの脅威にさらされる子らを、救うために。


 「響け、終焉の笛!」

 ジュデッカへのクラッキングはまだ半ば、予定ならばここまでと同等の時間をさらに要するはず。

 しかし、はやてとリインフォースの高まる同調が計算を覆し、重なる意志が最強の攻撃手段となって具現する。


 「――99%―――100%! 行けます、主はやて!」

 リインフォースに迷いはなく、失敗の可能性など考えるにも値しない。

 最後の夜天の主が覇道を往く、ヴォルケンリッターを従え、押し寄せる防衛プログラムをものともせず、助けを求める迷い子の下へ。

 構築される術式は、ジュデッカを穿つ槍となり、ベルカ式を示す三角形の魔法陣の下へ、はやてとリインフォースの重なる想いが収束し―――


 「ラグナロク!」

 一気に、解き放たれた。

 夜天の魔導書に刻まれたベルカ式魔法において、最大の攻撃力を誇る直射型砲撃魔法。

 放った経験などあるはずもなく、リインフォースの補助があるとはいえ、人間であるはやてが電脳空間で放つにはとてつもない負荷がかかるそれを、躊躇なく実行。

 そして―――


 「どうやっ!」

 「防衛機構、消滅! 最終リミッター(ジュデッカ)、解除せよ!」

 夜天の主と管制人格の二人は――

ついに、闇の中枢へと辿り着いた。





電脳空間  闇の書  内部


 「「「「 !? 」」」」

 烈火の将シグナム、紅の鉄騎ヴィータ、風の癒し手シャマル、蒼き狼ザフィーラ。

 夜天の主と意識を共有する夜天の騎士達は、自分達の予想をすら超えた事態に流石に驚きを隠せない。


 「主はやて、まさかもう、ジュデッカを突破したのですか」


 「すげぇ、流石はやてだ!」


 「でも、そんな無理をしたら、はやてちゃんの身体にどれだけの負荷が」


 「それは最早、我らが口を挿めることではない。主はやてが自身の危険を顧みることを忘れるほどのものが、そこにあったのだろう」

 闇の書の闇を破壊するためだけならば、はやてはそこまでの無理はしなかっただろう。

 だが、闇の中枢で嘆き続け、助けを求める声のためならば、彼女はどんな困難でも突破し、粉砕する。

 その気高さと優しさ、そして器の大きさこそが、ヴォルケンリッターが騎士の誓いを捧げた、最後の夜天の主、八神はやての姿。


 「「 ディアーチェッ!! 」」

 第四層、ジュデッカが破られたことで、マテリアルである彼女らもまた、主に迫る本当の危機を察し、即座に行動を開始。

 それはプログラムに縛られたものではあったが、彼女ら自身の意志とも一致するものである以上、妨げるものは何もない。


 「我々も往くぞ、もはや囮の意味はない、主はやてが転生機能の停止とウィルスの切り離しを終えるまで、我らが壁となる」


 「応よ!」


 「なのはちゃん、フェイトちゃん、移動しながら治療しますから、こっちに」


 「魔法生物も消えたな………中枢に向かったか、あるいは、闇と同化したか……」

 闇統べる王の下へ向かう闇の騎士たち。

彼女らと同様、夜天の守護騎士ヴォルケンリッターもまた、夜天の主と管制人格の辿り着いた中枢へ。


 「ところで、お前らはどうすんだ、ここから先は危険度が跳ね上がるし、戻るのもありだぞ?」

 その前に、ヴィータが答えを聞くまでもないと分かりつつも、それでも一応、流儀として確認する。

 なのはとフェイトには、決して戦う義務は存在していないのだ。


 「私は行くよ、まだ、あの子から名前を教えてもらってないから」


 「私も、あの子をあのまま放ってはおけない」

 なのはとフェイトの答えもまた、予想通り。

 かくして、突入組6人もまた、既に障害が全て消えた闇の中を、中枢目がけて突き進んでいく。





電脳空間  闇の書  奈落(アビス)


 「あれが、夜天の魔導書を、呪われた闇の書と呼ばせたプログラム………闇の書の闇、その、中枢」


 「はい、夜天の魔導書の防衛プログラムを融合したウィルスがさらに増殖、変異を繰り返し、転生機能や再生機能とすら結びついた、闇の根源です」

 はやてとリインフォースの眼前に広がるのは、おぞましき姿をした巨大な怪物。

 一応、スキュラに似た形状を有してはいるが、僅かに観察する間にも形が不規則に変化を続け、周囲へ“シャドウ”を生み出し続けている。

 最早それは何者でもなく、ただ災厄を撒き散らすだけの呪いの塊でしかなかった。


 「私達の時代には、あれは闇精霊(ラルヴァ)と呼ばれていました。人間の残留思念を媒介に実体化し、怨霊を兵器と成す古代ベルカの禁忌の魔術。それを、3人の少女のリンカーコアと結びついた融合騎に刻み、ウィルスの“器”として送り込み、夜天の魔導書の防衛プログラムとやがて結びつきました」

 リインフォースがそこまでの経緯を知るのも、ジュエルシードの光があればこそ。

 そして、これより行う作業こそが、“クリスマス作戦”の要である。


 「アレを丸ごと切り離すだけじゃ、駄目なんや」


 「はい、夜天の魔導書からはなくなりますが、本体に破壊が迫れば強力な空間転移で逃げ伸び、再生機能を備え、周囲の魔力素を喰らい尽しながら成長していく怪物を世に放ってしまいます」


 「そんなんは絶対アカン、だから、まずは転生機能そのものを夜天の魔導書から停止させて、それから切り離せば」


 「転生機能の術式は、放浪の賢者ラルカスが組んだものですから、再生機能のようにウィルスと完全に同化してはおりません。防衛プログラムとは別機構であったことも幸いし、この中枢領域からならば、夜天の魔導書の管制人格である私からアクセスが可能です」

 防衛プログラムと密接な関わりがあった再生機能は完全に一体化しているが、転生機能は元来別の機構。

 例え暴走状態にあろうとも、はやてが“闇の書の真の主”である現在ならば、改変は可能。転生機能を停止させ、夜天の魔導書から消し去れば、防衛プログラムもその機能を失う。

 その状態で防衛プログラムの切り離しを行えば、リインフォースの構成情報もかなり持っていかれはするが、ウィルスを夜天の魔導書から駆逐することが出来る。強大な再生機能を有するだけの怪物ならば、アルカンシェルで蒸発させればそれで済む。

 ただ、“クリスマス作戦”の肝はリインフォースの損傷を可能な限り抑えることと、転生機能の停止を確実に行うことにある。

それらを考えなければ、四重の障壁を突破せずともプログラムの切り離しは行えなくもなかったが、管制人格が道ずれになる可能性が大きかったり、何よりもウィルスの区別を明確にしないままの切り分けは“闇の欠片”が残り、闇の書が再生するといった、徒労に終わる可能性が示唆されたため、このような手間をかけることとなった。


 「でも、もう一つ……」

 「はい、私達の力だけでは難しいかもしれませんが、ジュエルシードの力があれば……」

 二人の視線の先には、闇の書の闇の中枢である怪物、スキュラのような姿の頭部の先端に繋がれた人型。

 それは磔にされた聖人を想起させ、凄惨な光景でありながら、どこか荘厳さを含む。


 【怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い!!!!!!】

 【壊される壊される壊される壊される壊される壊される壊される壊される壊される壊される壊される壊される壊される壊される壊される壊される壊される壊される壊される壊される壊される壊される壊される壊される壊される壊される壊される壊される壊される壊される!!!!!!!】

 【けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテ――――――!!!!!!!】

 闇の書の闇の中枢、“王”のマテリアル。

 されどそれは、闇の玉座に君臨する王ではなく、闇に捧げられた生贄そのもの。

 かつてロード・ディアーチェであった少女の、なれの果てがそこにあった。


 「あの子も、せめて闇から解き放ってあげんと、あのまま闇と一緒にアルカンシェルで吹き飛ばされるのは、あんまりや」


 「この領域に至ったならば、シュベルトクロイツによって管理者権限を行使可能、彼女にもアクセスできるはずです。転生機能の停止は私が行いますので、主はやては、どうかあの子を」

 ただし、それには一つ問題があり、管理者権限を行使している間、二人は完全な無防備となる。

 闇の書各地に散っていた防衛プログラムの大半、主に今回の守護騎士が蒐集した魔法生物に関するデータを中枢へ戻し、巨大な合成獣と成した闇の書の闇が、彼女らをそのまま見過ごすはずはなく。


 「AaaaaaaaaaaHaaaaaaaaaaaaaa■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!!!!」

 聞くの絶えない異形の絶叫と共に放たれた触手が彼女らへ迫り―――


 「縛れ! 鋼の軛!」

 その尽くを、盾の守護獣の放った巨大な杭が串刺しにしていく。

 主であるはやてが中枢に辿りつけば、後は管理者権限によって“夜天の守護騎士”を呼び出すことは可能となる。

 今回は“生命の魔導書”に加えて、クラールヴィントをレイジングハートとバルディッシュに接続することで、暫定的に守護騎士を6名に誤認させるという裏ワザを用いもしたが。

 彼女を守る守護騎士が次元を超え、マテリアル二騎よりも早くに、アビスへと到着していた。


 「シグナム、シャマル、ヴィータ、ザフィーラ、なのはちゃん、フェイトちゃん」

 シュベルトクロイツに意識を集中させ、電脳空間のさらに深淵をへと旅立つ間際。


 「闇の書の闇は、長い夜は、ここで終わらせるから、わたしの背中を、任せたで」

 家族と友人に、絶対の信頼を込めた言葉を、残し、迷い子の下へと向かっていった。




 「騎士として、これほどの名誉はあるまいな」

 烈火の将シグナムは、静かに炎の魔剣レヴァンティンを構える。


 「ああ、本当に、はやてがあたし達の主で良かった」

 鉄鎚の騎士ヴィータもまた、鉄の伯爵グラーフアイゼンを。


 「だけど、注意してね。現実空間では供給されてるエネルギーも、闇の書の奥深くまでは届かない。私達は、今あるだけの魔力で、無限に再生する闇の書の闇の中枢から、はやてちゃんとリインフォースを守り抜かないといけないわ」

 湖の騎士シャマルは、風の参謀として現実を見据え。


 「不利な戦いは、今に始まったことではあるまい。我ら、夜天の守護騎士ヴォルケンリッター、その務めを今こそ果たそう」

 盾の守護獣は常と変わらず、己が拳を主と仲間のために。

 そして―――


 「これが最後です、退きなさい、魔導師」

 「ううん、絶対に退けない」

 なのはもまた、自分が戦うべき、心を交わすべき相手を定め。

 ヴォルケンリッターに僅かに遅れ、アビスへと到着した彼女、星光の殲滅者との最後の対決に臨む。


 「死んでも、後悔するなよ」

 「後悔なんてしないよ、私は死なないから」

 フェイトもまた、姉達のために戦う彼女、雷刃の襲撃者の挑戦に真っ向から応じる。

 恐らく三騎のマテリアルの中で最も闇が似つかわしくない、純粋な少女へと。


 闇の底にはジュエルシードの光も届かず、6人の守護騎士は己に残された魔力だけを頼みに、無限の再生する極大の闇へ立ち向かう。

 全ての想いがここに集い、最後の戦いが、騎士の誇りに懸けた防衛戦が開始された。





新歴65年 12月25日  無人世界(衛星軌道上) 時の庭園 脳神経演算室 AM4:30


 8つの台座、ミレニアム・パズルの門、アルゲンチウムが円形に並べられる空間に、8人の男女が横たわる。

 なのは、フェイト、シグナム、シャマル、ヴィータ、ザフィーラ、クロノ、アルフ。

 そのうち6名は闇の書の中枢、奈落(アビス)にて最後の死闘を演じており、アルフは主達の帰還する道を守り、クロノは“シャドウ”と戦いながら闇の書のいずこかを彷徨っている。


 『予定より1時間早く、八神はやてはジュデッカを突破し、奈落(アビス)へ至りました。そのため、グレアム提督と交代でアルフの守る接続部と、闇の書内部に散乱していた“シャドウ”の数は減少しておりますが』


 「闇の書の一部ではないクロノには、帰り道が分からない、ということね」


 『然り、そして、闇の書の最新部まではジュエルシードの光が届いておりません。レイジングハートとバルディッシュは物理的に繋がっていますが、ミレニアム・パズルを介して闇の書へ送り込み、中枢へ至るまでに光が拡散してしまう』

 ならば、対処は至極単純。

 なのはとフェイトが“呼び寄せる”光が足りないならば、こちら側から“押し出して”やればよい。

 ただしそれは、ジュエルシードにさらなる願いを重ねることであり、暴走の危険が跳ね上がる。

 そのため、リンディは約30分近い時間をかけ、強固な封印術式とディストーションシールドを張り巡らせ、ジュエルシードの波動が現実空間で横たわる肉体を害することがないよう、万全の態勢を整えた。


 「クロノ……フェイトさん……なのはさん」

 祈るように、両手でジュエルシードを包み込み、リンディは魔力と共に願いを託す。

 なのはとフェイトの願いが、子供ならではの純粋なものであるならば。

 リンディの託す願いもまた、母親ならではの、純粋な祈り。


 「どうか皆……無事に帰ってきて………」

 そうして、かつて息子へ贈ったSong to Youに込められた願いと唄が、彼女の喉から紡がれる。

 子の安全を祈り、抱きしめたいと願う母の想い。

 祈りは歌となり、リンディの魔力と共に奏でられ。

 願い叶える魔法の石、ジュエルシードへ注がれた魔力は光となり、闇の書の闇を祓う力となる。

 そして―――


 『我等も全力にてサポートを、アスガルド、過負荷運転(オーバーロード)、稼働率120%へ』

 【了解】

 時の庭園の管制機と中枢機械も、ついに訪れた闇の書の終焉に向け、全ての権能を開放する。




あとがき
 電脳空間の戦いもいよいよクライマックス、次回で、マテリアル達との戦いも、闇の書の闇との戦いも一つの終焉を迎えます。その後も現実空間において最後の作業は行われますが、それは既にキネザという男がウィルスを送り込むことで夜天の光と人間の怨嗟が混ざりあった混沌の闇というよりも、“強大な魔力を有する情報体”となるでしょうか。ともあれ、いよいよラストですので、気合いを入れていきたいと思います。
 なお、今回のトールの台詞の一部はワンピースにおける某海のコックの、
 『いいか ウソップ!!! 俺は・・・ナミさんの為なら お前が死んでも構わない』
 を管制機らしくした感じです。



[26842] 第四十七話 揺籃の夢
Name: イル=ド=ガリア◆9d8bc644 ID:01fac648
Date: 2011/09/03 07:33
Die Geschichte von Seelen der Wolken


第四十七話   揺籃の夢


初めて知った 真実の重さ

時を超え刻まれた悲しみの記憶

過去の痛みは 心の中に静かに溶かして

あの日 胸に灯った炎を消さないように

深い闇に消えないように

結んだ絆を守るため

今 未来へ向かう扉を開く



電脳空間  闇の書  奈落(アビス)



 死闘

 そうとしか表現不可能な、凄惨な戦いが続いている。

 なのはも、フェイトも、シグナムも、ヴィータも、シャマルも、ザフィーラも。

 今この時は6人となった守護騎士達が、はやてとリインフォースが最後の作業を終えるための時間稼ぎに死力を尽くす。


 「集え、明星、すべてを焼き消す焔となれ!」

 その防衛陣を一撃で殲滅するため、星光の殲滅者が自身の最大最強の攻撃魔法を解き放つ。


 「レイジングハート!」
 『Starlight Breaker.』

 迫りくる灼熱の轟炎を感じ取り、なのはもまた迎撃のための策を発動。

 これまでの戦いにおいて、相殺しきれなかったディザスターヒートによって彼女の右腕が焼失していたが、左手のみでレイジングハートを掲げ、不屈の心とともに相手を見据える。


 「私はまだ、戦える!」
 『行けます!』

 それはすなわち、レイジングハートが主を“騙して”いるために。

 極論すれば、電脳空間においては“もう駄目だ”と思えば死ぬのであり、仮に首だけになろうとも、なのは本人が自身の死を感じなければ、精神死を迎えることはない。

 そして、相棒であるレイジングハートが“まだいける”と言っているのだから、彼女は諦めない。相棒の言葉を信じ、片腕が焼け落ちようとも、不屈の翼は飛び続ける。


 「術式変換! 魔力収束最大!」

 「これは――!?」

 なのはの策が、星光の殲滅者の収束殲滅砲撃を打ち消していく。

 体内に秘める魔力量は星光の殲滅者が勝るが、純粋な収束スキルに関してならば、なのはが上をいく。つまり、彼女が収束させた魔力を、なのはが奪っているのだ。


 「スターライトプロテクション!」

 さらに、収束させた魔力を砲撃ではなく、仲間全員を覆いきる広大なシールドとして展開。かつて、“破壊の雷”からヴィータを守った際に思いつき、レイジングハートと共に改良を加えた、収束防御。

 ただし、集めた魔力を解き放つことなくシールドとして維持し続けるため、なのはにかかる負荷はスターライトブレイカーのさらに上をいく。


 「ルシフェリオンブレイカー!」

 全ての魔力が奪われる前に、彼女はルシフェリオンブレイカーを解き放つ。

 多少の魔力は持っていかれたが、リミットブレイクの魔力と“フェンリル”の力が後押しし、なおもスターライトブレイカーと同等かそれ以上の威力を誇っていた。


 「受け―――止める!」
 『Yes, my master!』

 迫りくる灼熱の収束砲撃を、集いし星の光が壁となり弾く。

 ぶつかり合う膨大な魔力の中、少女二人は互いに、どこか相手の魔力光に眩さを感じながら。


 「これが私の、全力全開!」

 なのははただ、レイジングハートを信じて前へ進む。


■■■


 「雷光輪・追の太刀『極光』!」

 「疾風、迅雷!」
 『Sprite Zamber.(スプライトザンバー)』

 フェイト・テスタロッサと雷刃の襲撃者。

 二人の戦いも佳境を迎えていたが、戦況はフェイトに不利であった。

 速度はほぼ互角であったが、フェイトはまだフルドライブでの戦闘に慣れておらず、ザンバーフォームは幼いフェイトが振るうには強大過ぎた。

 しかし、雷光疾駆の速度と対等に張り合うにはフルドライブを使うより他はなく、現在のフェイトが留め切れる己の全力の大きさが、ザンバーフォームなのだ。

 対して、彼女は融合騎“ヨルムンガンド”の力によって身体能力が強化され、リミットブレイク状態のバルニフィカスを余分なものなく使いこなしている。

後にフェイトとバルディッシュが実現させるライオットザンバーの前身がそこにあり、その差が、明確になりつつあるのだ。


 「まだっ!」

 右腕を焼き飛ばされたなのはのように、フェイトもまた左足を雷刃によって切り落とされていたが、彼女の飛行速度は微塵も衰えない。


 『行けます!』

 嘘吐きデバイスたる管制機トールの後継機、“閃光の戦斧”バルディッシュ。

 電脳空間において、彼は先発機から受け継いだ機能を余すことなく発揮し、ある意味でフェイトを“乗せて”いた。


 「行くよ、バルディッシュ!」
 『Yes, sir.』

 「無駄だ、僕が勝つ!」

 二人の戦いの決着は、高速機動戦の果てにしかあり得ない。

 余分な思考は消え去り、純粋な戦意のみが高められる中で、闇の浸食は邪魔者でしかなく、それが僅かながらフェイトに利している。

 闇の浸食があってなお、徐々にフェイトが不利へ傾いていくが、それでも少女は諦めず、前へと。


 「踏み出す一歩、繰り出す一閃―――」

 それはまるで、あり得たかもしれない自分と、決別するかの様に。


 「そうだよ、いつだって………わたしたちは一人じゃない!!」

 なのはのため、友達のために戦う自分と同じよう、大好きな少女達のために戦う少女へ、真っ直ぐに向かっていった。


■■■


 「駆けよ! 隼」
 『Sturmfalken!(シュツルムファルケン)』


 「轟天爆砕!」
 『Gigantschlag!(ギガントシュラーク)』

 なのはとフェイトに劣らぬどころか、ヴォルケンリッター達の有様は目を覆うばかり。

 闇の書の闇の中枢、スキュラ似た威容を持ち、無限に再生を続けるその存在は電脳空間においては“肉体”の縛りがないため、まさしく無敵であった。

 どんなダメージも瞬時に再生し、復活した触手が砲口を形成し、砲火が吹き荒れる。


 「砲撃なんぞ、撃たせん!」

 それを防ぐのは無論、盾の守護獣たるザフィーラの役割だが、同時に飛来する触手の槍を、彼は己の肉体で受け止めていた。

 当然、無事で済むはずはなく、前線でアームドデバイスを振るい続ける烈火の将と鉄鎚の騎士も、現実空間ならば死んでいなければおかしい損傷を負いながら、戦い続けている。


 「コメートフリーゲン!」

 ヴィータは、腹に大穴が空き、解けた彼女の髪が正面から見えるというスプラッタの状況。


 「飛竜一閃!」

 シグナムは、脇腹の一部と頭部の半分がもぎ取られ、人間として動いてはいけないレベルに到達。


 「ぬああああああああ!!」

 そしてザフィーラは、“盾の守護獣?”と称すべき存在となり、人体にしては随分と突起に満ちた不可解なオブジェとなりつつある。


 「クラールヴィント、頑張って」
 『Jawohl!』

 その中で唯一、片足がもげているだけで済んでいるシャマルは、クラールヴィントと共に援護の術式を走らせ続ける。

 修復は当然進めているが、それだけでは間に合わないため、“致命傷を負っても動けるように”、クラールヴィントのまたヴォルケンリッター達を騙し続ける。

 もっとも、仮に生身であっても、動きそうなところが恐ろしくはあったが。


 「どうしたヴィータ、弾幕が薄いぞ」


 「その顔でしゃべんじゃねえよ、吐き気がするって。つっても、あたしも本当なら内臓鮮血大噴水の真っ最中だけどさ」

 頭半分がないシグナムと、内臓の大半がないヴィータが戦いながら笑いあう光景は、なのはやフェイトが見てしまえば間違いなく吐くレベルであろう。

 電脳空間であるため、多少は修正がなされているものの、彼女らがイメージできる内臓や脳漿があまりに鮮やか過ぎることが、ここでは大問題だった。

 とはいえこれも、“幾度死のうと再生する”闇の書の守護騎士によっては珍しいことではない。首を刎ねられるか、コアを貫かれれば、魔力の塊となって霧散するが、そうでない限りは致命傷を負ってでも彼女らは戦い続けた。

 故にこそ、初期の闇の書事件において、非殺傷設定が基本の管理局員にとってヴォルケンリッターは天敵であり、“鋼の脅威”とまで恐れられたのである。


 「この程度の傷、もう慣れてしまった。捨てる気は毛頭ないが、全ての記憶が戻るというのも、考えものだな」

 烈火の将は皮肉を述べながらも、闇の書の守護騎士としての暗黒の日々も含めて自分達なのだと、記憶を魂へ刻みつける。


 「とはいえ、我らがまだ限りある命を生きていた頃、白銀の雪に集いし同朋達は心臓を貫かれようと剣を振るい。頭を潰されようとデバイスへの命令と身体に残った魔力を動かす意志は途絶えず、敵を道連れにしていたな」

 そう述べるザフィーラ自身、生き物と定義するには躊躇いを覚える姿だが、そこは言わぬが華か。


 「あの時代の男共は頭悪すぎなんだよ。アイゼンの前の主も、心臓をぶち抜かれたままラケーテンフォルムで突っ込むなんて無茶苦茶やらかしたらしいし、なあ、ザフィーラ」

 それをあえてザフィーラに言うのは、かつて妹であった少女としての記憶が成させるものか。


 「治療する身としては、心臓に悪いどころじゃなかったわよ、頼むから皆、人間が生きていらえる程度の怪我と、人間らしい行動に留めておいてね。特に、ヴィータちゃんの理論では男に分類されるシグナムと、ザフィーラは」

 頭が悪い = 男共

 頭部以外の致命傷を悉く“焼いて塞ぎ”、戦闘を続行するシグナムがどちらに分類されるかは、まあ、個人の主観によるだろうが、治療役のシャマルにとっては決定事項であるらしい。


 「後で覚えておけ、ヴィータ、レヴァンティンの錆にしてやろう」


 「男女とおっぱい魔人、どっちがいい?」


 「ふっ、懐かしいものだ。戦場に臨む騎士とは、いつもこのような軽い冗談を言い合いながら、血に塗れていたな」

 烈火の将と紅の鉄騎のやり取りに懐古の念を抱きつつ、蒼き狼は守護の任を続行する。

 軽口を言い合う間にもカートリッジ(のプログラム体)の補給を済ませ、火竜一閃のための炎熱変換や、ギガントシュラークのための準備を進めているのは、流石である。


 「もう……少し……あとちょっとで、届く」

 そして、片足がないだけで軽傷のシャマルは、皆の治療と補助を行いつつ、クラールヴィントと共に進める作業が別にあった。

 なのはとフェイトがマテリアルに抑えられ、シグナム、ヴィータ、ザフィーラは限界が近いどころかとっくに限界を超えている。

 はやてとリインフォースが役目を終えるまで闇の書の闇の中枢を抑えきるのは、かなり厳しいように思われるが、風の参謀に絶望の二文字はない。


 「ここはじゃない……もう少し先………ここは、ジュエルシード光が残っている、これを辿れば……」

 なぜなら、“生命の魔導書”によって囮となっていた時から、彼女は最後の援軍を探すための作業を行い続けていた。

 少女達が純粋な祈りによって夜天の守護騎士にもたらした過去の光も、この中枢部にはほとんど及んでいない。

 されど、闇にすらも忘れられ、底に放置された場所には、僅かながら光が及び、その僅かな光明を頼りにシャマルとクラールヴィントは中心ではなく、プログラムの底を巡る。

 闇を祓う夜天の光を、受け継がれし魂を、ここに顕現させるために。


 『―――見つけました!』

 「グッジョブ! クラールヴィント!」

 そしてついに、風のリングが目的の存在を探り当てる。

 闇の書の底、誰からも忘れられ、顧みられることのなかったガラクタ置場に打ち捨てられた、彼らを。


 「通信を繋いで、呼びかけるだけでいい、そうすれば、彼らの魂は絶対に応えてくれる!」
 『Jawohl!』

 クラールヴィントから伸びる探査の紐が、深き底へと繋がり、夜天の守護騎士の言葉を伝える。

 その内容は―――


 「最後の夜天の主が降臨し、玉座へ夜天の王が戻られた! 今こそ夜天の魂達よ、白銀の雪の下へ集うべし!」

 常に最後衛にあり、王の傍に在り続けた風の参謀から、騎士達へ伝える召集の勅令。

 そして、夜天の守護騎士は以心伝心。

シャマルの言葉に対し一瞬の遅れもなく応じ、順番など確かめるまでもなく、騎士の誓言が始まる。


「我等、夜天の主の下に集いし雲」

 烈火の将シグナム


 「主ある限り、我らが魂尽きることなし」

 湖の騎士シャマル


「この身に命ある限り、我らは御身の下に在る」

 盾の守護獣ザフィーラ


「夜天の王にして我らが主」

 鉄鎚の騎士ヴィータ

 四騎の夜天の守護騎士がここに集い、1000年前の誓いを、ここに。


 「「「「 八神はやての名の下に!! 」」」」

 最後の夜天の主の下、夜天の魔導書がその真価を取り戻す。

他の魔導書を従える権能ならば“書架の魔導書”、リンカーコアの蒐集によって無限に魔力を蓄えるならば“蒐集の魔導書”でもよい、しかし其れはいずれでもなく、ましては“闇の書”などではありえず。

夜天の魔導書は、白の国に伝わりし人の世に残すべき技術と、人々の営みを守らんとする夜天の意志、その具現なり。


 「「「「 顕現せよ、夜天の意志!! 」」」」

 なのはとフェイトが祈りを捧げ、ジュエルシードの光によって夜天の誓いを取り戻した騎士達が、最後の言霊を掲げ。

 同じく、ジュエルシードの光に照らされ、クラールヴィントの伸ばす光明の糸と結ばれた騎士の魂達が、呼びかけに応じ―――


 「「「「 Die Geschichte von Seelen der Wolken!!(雲は果てなき夜天の魂) 」」」」

 夜天の過去と現代が、ついに交わる時がきた。



 それは、無数の武具であった。

 かつては100の勇者として戦い、死した後も夜天の守護騎士となり、黒き魔術の王サルバーンと戦いぬいた、ヴォルケンリッター達。

 融合騎による“核”を持たぬ身であったため、一度きりの顕現によって消滅した彼らだが、その魂はなおも消えていない。

 肉体は滅び、リンカーコアすら消え去っても、そのデバイスの情報は夜天の魔導書と共に在り、1000年もの時を、夜天の王が戻るまで待ち続けた。

 今この瞬間、最後の誓いを果たすために。


 『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『 Gebühr! Gebühr! Gebühr! Gebühr! Gebühr! Gebühr! Gebühr! Gebühr! Gebühr! Gebühr! Gebühr! Gebühr! Gebühr! Gebühr! Gebühr!(突撃)』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』

 剣が、槍が、鉄鎚が、斧が、矢が、鎖が――――100の勇者が振るった騎士の魂達が。

 闇の書の闇の中枢、1000年の時をかけて蓄積された人の心の闇を穿ち、叩き割り、砕いていく。


 「行くぞレヴァンティン! 夜天の将として、彼に遅れを取るな!」
 『Jawohl!』


 「あたしらもだ、グラーフアイゼン! 夜天の騎士の最も若き刃、一番槍として!」
 『Jawohl!』

 そして、烈火の将と鉄鎚の騎士が、満身創痍であるはずの己の身すら忘れ、同朋と共に突撃していく。

 彼らと共に戦うことが出来るのは、今この時が最後であると理解し、あるいはどこか偲ぶように。


 「懐かしいな……」

 既に窮地を脱し、守護の任を終えた盾の守護獣は、万一に備え主はやての傍に待機。


 「ええ、本当に……」

 風の参謀たる湖の騎士シャマルもまた、烈火の将と鉄鎚の騎士が、100の勇者と共に異形の集合体へ挑んでいく姿を、眩い過去を振り返るように、見つめていた。

 それはデバイスのみであるはずだが、確かに彼らには、それらを振るって戦う騎士達の姿が見えたのだ。

 無限再生能力を持つ闇の書の闇、それを上回る刃の嵐が蹂躙し、その“形”を削り落していく。

 そして―――


■■■


 「な――」

 「えっ?」

 星光の殲滅者と、高町なのは。

 二人の戦いもまた、突然に終わりの時を迎えていた。

 あらゆる法則を凌駕して顕現した、白く輝く騎士剣によって。


 「これは………アスカロン……光輝く、騎士の剣……」

 彼女の胸に突き刺さる刃は、遙かな昔、烈火の将が彼女を破った際に用いた、破邪の剣。

 その本体は蠱毒の主アルザングとの戦いの果てに虚数空間へ消えたが、シグナムがフィオナと別れを告げる前に、そのデータは夜天の魔導書へと残されていた。

 例えようもない衝撃が彼女の心を貫き、破邪の光が闇を祓う。


 「ああ………そう言えば、そうでした」

 かつて、この剣に敗れた時、自分は何を願ったか。


 (そうですね、もし、生き延びることが叶えば――――妹達と、花咲く庭園で遊戯にでも興じましょうか)

 敵を倒すことでも、騎士の誇りを貫くことでもなく、そんな他愛ない、少女の夢。

 愛する妹達と、心の底から笑いあうことだけが、自分の望んだ全てだった。


 「破壊とは、何とも無意味なものなのですね……ようやく気が付きました」


 「うん、それよりも、友達と一緒に笑っている方が、ずっとずっと……楽しいよ」

 なのはの頬に、涙が伝う。

 彼女が完全に過去と自分の意志を取り戻したならば、闇精霊の力を失い、消滅する時であることが、分かってしまうから。

 なのはには、涙を抑えることが、出来なかった。


 「私のために、泣いてくれるのですか、貴女は」


 「だって、私達はもう、友達だよ……シュテルちゃん」

 役目は既に終えたとばかりに、白光の騎士が魂、破邪の剣アスカロンは消え去り、シュテルの身体には傷一つ残っていない。

 けれど、その身体は徐々に薄くなり始め、なのははそれを止めようとするかのように、シュテルの身体をきつく抱きしめる。

 湖の騎士によるものか、欠けていたはずのなのはの右腕も、戻っていた。


 「温かい………人の肌とは、こんなに温かかったのに……ずっと、忘れていました」


 「消えちゃ駄目だよ! これからだよ! ヴィータちゃん達のように、これからきっと幸せになれるよ!」


 「もう、十分ですよ。ディアーチェも、最後の夜天の主が、解放してくださるのを感じます。そしてわたしは貴女によって救われました………高町、なのは」

 最後の言葉には、万感の思いを込めて。

 何万もの人を焼き、数え切れぬ罪を背負った自分を抱きしめてくれる、友達へと。


 「あ……」

 その言葉の意味、重さを、誰よりも感受性の強いなのはが分からぬ筈はなく。


 「互いに目を見て、名前を呼ぶことは、友達になる始まりなのでしょう。それに、顔を伏せて泣くのは貴女に似合いませんよ………笑ってください、なのは、それがきっと、今の私の幸せですから」


 「う、ひくっ」

 泣きじゃくる妹をあやすように。

 徐々に身体が薄くなっていくシュテルは、なのはの身体をそっと抱き締め、その瞳からは、涙が流れていた。


■■■


 「あ―――」

 「えっ?」

 時を同じくして、もう一つの戦いも終焉を迎える。

 二人の少女よりなお速く、我こそが最速と誇るように顕現した一本の槍。

 遙かな昔、彼女を貫いた雷神の槍が、今再びその胸を貫き、戦いの終わりを告げていた。


 「アイグロス………なんだよ、こんな時まで、邪魔しなくてもいいじゃんか………でもまあ、いいけどさ」

 言葉では愚痴を言いながらも、彼女の言葉に憤りはない。

 むしろ、これで良かったという念が、フェイトにも十二分に伝わってくる。


 「うん……本当は、分かってた……僕は騎士にはなれないって、本当の騎士の刃ってのはこういうもので、騎士の誇りよりもシュテルとディアーチェの方が大事な僕には……無理なんだ」

 主が道を誤った時は、その槍で以て貫くべし。

 ヘルヘイムとの戦いにおいて夜天の王が闇に堕ちたならば、“雪の切先”はその名の通り、白の国の穂先として、貫いていただろう。

 だけど、レヴィにはそれは出来ない。

 どんな形になってでも、誰を犠牲にしてでも。

 自分の愛する家族、シュテルとディアーチェには、生きていて欲しいと思うから。

 生まれた順番は違っても、レヴィの立ち位置は末の妹。

 姉達二人がいなくなって、自分一人が残される世界こそが、レヴィにとっては永遠の闇に縛りつけられることを上回る、何よりの恐怖だった。


 「やっぱり、私と貴女は………似てるんだね」

 心が伝わり、フェイトもまた、自分と夜天の騎士達の違いを悟る。

 もし仮に、はやてがアリシアと同じ状態になったとして、シグナム達はどのような選択を取っただろうか?

 自分は、生きていて欲しいと願った、例え意識がなくても、植物のような状態であっても。

 それが姉のためにならないと、彼女の望みではないと理解しながらも、心の底では、生きていて欲しいと、願ってしまう。

 だけどきっと、夜天の騎士達は違う。

 プログラムに縛られていない今ならば、例えはやてが死ぬことになろうとも、彼女の意志に従うだろう。

 はやてがその選択を、心の底から願うのならば。


 「そうなんだ……これは、僕達の心の弱さでもある……あんな状態のディアーチェが、幸せなわけはないって、分かっていたのに………」

 レヴィには僅かな自由があったが、闇に反逆し、闇統べる王を消滅させる道は、選べなかった。

 それよりは、例え地獄に堕ちるとも、永遠に彷徨うことになろうとも、家族と一緒にいたいと思ったのだ。

 共に死ぬか、一人残っても幸せを目指すか。

 それは決して、誰にも正解を出せない問い。


 「わたしも……なのはがいなかったら……」

 母と姉と別れたあの時。

 後を追うように、自ら家族の下へ向かったかもしれない。

 そういった意味で、まさしく自分と彼女は、双子のようなものだった。

 同じ遺伝子を持っていても、自分とアリシアは生き方が違う、生の姿勢が違う、姉は強くて、妹である自分は弱い。


 「だったら、大事にしなよ、友達をさ、もう絶対に離さないように」


 「でも、それじゃあ貴女は……」

 結局、救われないままじゃない。

 けど、レヴィは静かに首を振って。


 「僕は幸せだよ、こんな闇の中で自由な意志を持てたのはシュテルとディアーチェのおかげで、あの二人も今、幸せなんだから………それだけで、僕も幸せなんだ」


 「レヴィ……」


 「うん、それが僕の名前、よかったら、君の名前を教えてくれない?」


 「フェイト………フェイト・テスタロッサ」


 「フェイトか……良い名前だね、とっても、奇麗な響きだ」


 「そうでしょ、私の姉さんが、奇麗な響きだからってつけてくれた、自慢の名前なんだよ。“貴女はフェイトだよ”って」

 真っ直ぐ相手の目を見つめて、名前を呼ぶこと。

 それが、フェイトがなのはから教わった、友達の作り方。

 まだなのは程真っ直ぐに行けない彼女には、いきなり抱きしめることは難しかったけど。

 レヴィが消えゆくまでの刹那の時間、確かに二人は、友達であった。


■■■


 <あと、少し>

 何も見えない闇の中、夜天の主は“誰か”を探す。

 自分に迫る危機やプログラムの攻撃は、愛する家族達が、信頼する友達達が防いでくれると確かに信じて。


 <どこにいるの、あなた>

 僅かに、声が聞こえる。

 ここに、ここにいるはずなのだ、泣いている誰かが。


 <だれ?>

 やがて、声がはっきりと。


 <わたしを、ころしにきたの?>

 その声はとても幼く、年相応で。


 <いいよ、わたしをころして、やみから>

 それは彼女の意識というより、秘めたる願いそのものであったか。


 <殺しなんて、せえへんよ>

 だけど、もう一人の少女はそれを優しく断り。

 その手を、伸ばす。


 「やっと、見つけた」

 そして、闇の中枢において。

 夜天の主と、闇統べる王が、ついに出逢う。


 「お前は―――」


 「そこから出られる? 一人で無理っぽかったら、わたしがひきあげるよ?」


 「我が誰か、お前は知っているだろう……我の姿は、今代の主であるお前の影響を受けているかもしれぬが」

 はやてとよく似た少女が、静かに言う。

 顔立ちはとても似ており、いつの何かを背負っているような雰囲気もどこか同じで、それでも髪の色が異なる少女が。


 「知っとるよ、ディアーチェ、やよね」


 「そう……ヘルヘイムの、闇統べる王………夜天の主であるお前の……敵だ」


 「ううん、泣いて、助けてって、貴女は言った。なら、敵じゃあらへん」


 「我の何を知る……たくさんの、人を殺した、国を滅ぼし、街を焼き尽くした………エルシニアクロイツがあれば、お前のような子鴉など、塵芥だ」

 磔の彼女の上に、シュベルトクロイツによく似た魔導の杖があるのを、はやては見る。

 正確にはそれは、フルトンがシュベルトクロイツを作る際に参考にしたハーケンクロイツに似ていたのだが、そこまでは分からない。


 「そうかもしれへんけど、でも、こんな所にいたら駄目や」


 「ここを離れれば、我は消滅するのみ」

 それは確かに事実であり、本来は死者である彼女は、闇精霊によって生かされている。

 “生きた肉体”が遙か昔に消滅している彼女を光精霊として残すことは、放浪の賢者でなければ不可能であり、守護騎士のようにプログラムで残すことも、ウィルスの器となった“融合騎ヘル”が大元の彼女には出来ない。

 生きているうちに魂を残した夜天の守護騎士と異なり、マテリアルの少女達は魂までも砕かれて殺された。

 如何に形を遺そうとも、それは“死者の複製”に過ぎず、死者は決して蘇らない。

 生きた意志と、死者の残留思念の決定的な違いが、そこにある。


 「でも、このままやったら、アルカンシェルで消し飛ばされてまう。そんなん絶対アカン」


 「我は、構わぬ」


 「それは嘘や、だったらなんで、貴女は泣いて、助けてって、言うたの?」


 「………それは」


 「な、ここから出よ、ウィルスはリインフォースが止めてくれてるから、今だけがチャンスや」


 「………」

 彼女は二度またたきをし、やがて。

 闇に囚われ、動かぬ筈の手を。

 差し伸べられた手へと。

 伸ばした―――



■■■



 その時、歌声が響いた。


 100の勇者の魂によって、闇の中枢が砕かれ、リインフォースが転生機能を停止させ、はやてがディアーチェを闇の書の闇から救い出した時。

 なのはがシュテルを抱きしめ、フェイトとレヴィが、不器用ながら言葉を交わして、守護の任を終えたヴォルケンリッターが、ようやく一息ついた時。

 子の無事を願う母の歌声と、光輝く羽が、闇の中枢へと降り注ぐ。


 「これは―――」

 「クロノの、Song to You……」

 この中でそれを深く知るのは、その歌声に励まされた、二人の少女。

 自身を失い、道を見失いかけた時に、優しく支えてくれた、その歌声を。

 ジュエルシードに込められた母の願いが、レイジングハートとバルディッシュへと届き、さらに闇の中の我が子へと。



■■■



 「……温かいな」

 彼は気付けば、光の中にいた。

 方角はおろか、自身の確認すらままならぬ闇の中で、“シャドウ”と戦い続けていたところに、突如、彼のデバイスが歌を奏でた。

 外から響く、母の祈りに応じるように。

 Song to Youは光を発し、クロノに迫る影の残滓を祓い落としていた。


 「はやて達も、上手くいったようだな」

 同時に、闇の中枢に囚われていた少女が助け出されたことも、伝わってくる。

 レイジングハートとバルディッシュから情報が伝わったという解釈は当然だが、それだけではないものがあったと、人間であるクロノは感じた。


 「心配をかけてすいません、母さん。今、帰ります」

 それは、幼き日に自身に約束した彼の誓い。

 父、クライド・ハラオウンを尊敬し、誇りに思うけれど、ある一つだけは許してはいけない。

 母を一人で残し、泣かせたことを。

 だから彼は、生還のためのあらゆる技術を磨いてきた。

 母の待つ場所へ、必ず帰るために。


 「Song to You、母さんのところまで、導いてくれ」

 そして、アルフが守る“門”への道筋が、光によって照らされる。

 それはまるで、金色の道のように、帰るべき場所へ、クロノを導いていた。




■■■



 その時起こった現象がどのようなものであるか、明確に説明できる存在はいない。

 分かることは、ジュエルシードの力によって、母の歌が光と共に流れてきた時、祈祷の杖が応じるように光ったことだけ。


 レイジングハートとバルディッシュ


 少女達を見守り続け、鏡となってその願いを受諾した二機は、誰からも命じられることのないままに、トールとアスガルドへ人格データベースの情報の提供と支援を依頼していた。

 『了解』

 【送信】

 そして―――


 「お母……さん」

 「あ……」

 レイジングハートから溢れる光によって容を成した、高町桃子の姿の天使が、なのはとシュテルを、“娘達を抱くように”抱きしめ。


 「母……さん」

 「………」

 バルディッシュから流れ出す光によって容を成した、プレシア・テスタロッサの姿の天使が、フェイトとレヴィを、同じように、娘二人を慈しむよう抱きしめ。



 「………っわ、な、何を!」

 「ふふ、リインフォースが、お母さんの天使様みたいや」

 威厳ある黒翼から、白く優しい光を発して輝く四枚の翼に変化したリインフォースが、はやてとディアーチェを、決して離さぬように強く、強く抱きしめる。

 生まれたばかりの幼き頃から、はやてをいつも見守っていたのは彼女であり。

 例え違いに意識出来ずとも、管制人格である彼女は、ディアーチェと900年も一緒にいたのだから。



 時間でいえば、それはほんの僅かの時、刹那の邂逅に過ぎない。

 だけど、親として最悪の男によって、最高の人造魔導師として作られてから、ただの一度も親に抱かれることのなかった少女達にとっては。

 何ものにも代えられない、黄金の時間であった。


 「お母さんに抱きしめられたい、それが、あの子達の願いなのね」


 「家族といること、友と笑うあうことも、勿論あるのだろうが」


 「いいじゃんか、家族も友達も、全部いっぺんに出来たんだからさ」


 「ああ、例えそれが、刹那の夢であろうとも」

 ヴォルケンリッターは、その光景を静かに見守り。

 やがて―――


 「それでは………さようなら、またいつか逢いましょう……高町なのは」

 シュテルは、穏やかな笑顔のままで。


 「じゃあねフェイト、今度こそ正々堂々の勝負で、僕が勝つ!」

 レヴィは、いつも通りの無邪気で元気な笑顔で。


 「さらばだ、夜天の主の椅子が重くなった時は、何時でも代わってやるぞ、八神はやて」

 ディアーチェは、どこか照れくさそうにしながらそれでも微笑んで。

 光の天使の羽と共に、静かに溶けていった。

ルシフェリオン

バルニフィカス

エルシニアクロイツ

三つのデバイスのプログラムだけを、彼女らが確かに生きた証として残して。


■■■


 そして、最後の作業が行われる。

 100の勇者、ヴォルケンリッター達に破壊されてなお、“器”であるマテリアルを失い、明確な形を失いつつも再生しようとする闇の書の闇。

 それは強力な一個の怪物ですらなく、毒と病魔を孕んだ粘液が無限に増殖するようなものであった。

 そんな毒と呪いの塊を、夜天の魔導書から完全に切り離すため、少女達が最後の魔法を展開する。

 作業そのものははやてとリインフォースが担当し、なのはとフェイトはそれを手伝う形で。


 「ねえなのは、あの子、シュテルとはお話しできた?」

 最後の作業を開始する少し前、なのはと一緒にバルディッシュを構えながら、フェイトが尋ねる。


 「うん、シグナムさんやヴィータちゃん達にとっては一瞬だったみたいだけど、私とシュテルちゃんは、お母さんと一緒に、色々お話ししたから」

 それはまるで、本当の姉妹であるかのように。


 「フェイトちゃんも、そうでしょ」


 「うん、私はいつも妹だったから、レヴィが妹みたいに思えて、少し、ううん、とても嬉しかったよ………きっと、トールが記録していた情報であっても、プレシア母さんにまた会えたし」


 「あはは、私の場合はシュテルちゃんがお姉ちゃんみたいだったから、末っ子のままだったよ」


 「はやての場合、どうだったんだろ?」


 「うーん、リインフォースさんがお母さんで、はやてちゃんとディアーチェちゃんだと……双子、かな」


 「なるほど、それも、どっちもが自分がお姉さんで相手が妹だ、って張り合ってそう」


 「あはははっ、きっとそんな感じだよ………とても、幸せな、風景で」

 だけど、それはやはり夢で。

 生きているなのはとフェイトは、現実に戻らねばならない。


 「さあ、行こう、フェイトちゃん」


 「うん、なのは、闇の書の闇を、夜天の魔導書から、切り離す」

 レイジングハートとバルディッシュが再び輝き、交差する。

 現実空間でそうだったように、なのはとフェイトは手を繋ぎ、魔法の杖を構える。


 「リリカル・マジカル!」
 「レイデン・イリカル!」

 母の歌とともに届いた光が、杖に宿り、輝く。


 「厄災なる永劫の闇」

 なのはが謳い。


 「その流れを止めて」

 フェイトが紡ぎ。


 「あるべき場所に」

 はやてが受け止め。


 「「「 居るべき場所に!!! 」」」

 三人の声が重なり、祝福の風リインフォースへと届けられ。



「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!!!!」
「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!!!!」
「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!!!!」
「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!!!!」
「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!!!!」
「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!!!!」
「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!!!!」
「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!!!!」
「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!!!!」
「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!!!!」

 断末魔と共に、闇の書の闇は夜天の魔導書から分離され、弾き出される。

 そして――


 『今だ、やりますよ、アスガルド』

 【了解】

 常に舞台裏で歯車を回し続けた古い機械仕掛け達が。

 誰にも知られぬままに、”あること”を成すために臨界稼働を超えた演算を行っていた。




あとがき
 今回、はやてとディアーチェのところは、蒼天のセレナリアという作品のラストシーンをモデルにしています。
 感想版であった指摘を受けてほんの僅かに改訂しています。自分で読み直した上で変更を加えていくうちに、消したと思っていたものがそのまま残ってました。ご指摘、ありがとうございます。



[26842] 第四十八話 夜の終わり、旅の終わり――になって欲しくない
Name: イル=ド=ガリア◆9d8bc644 ID:01fac648
Date: 2012/01/13 17:32
Die Geschichte von Seelen der Wolken


第四十八話   夜の終わり、旅の終わり――になって欲しくない




新歴65年 12月25日  無人世界(衛星軌道上) 時の庭園 広場 AM5:00


 なのは、フェイト、はやて。

 3人の少女の祈りによって、闇の書の闇が祓われたことは、現実空間にも大きな影響を与えていた。

 闇の書の暴走体は八神はやての肉体を元に、ユニゾン機能を行使することで破壊を行っており、暴走プログラムの大元が断たれ、夜天の魔導書から弾きだされたならば、当然の如く暴走も停止する。

 ただ、そのタイミングに致命的な問題があった場合、往々にして不幸な事故というものは起こり得る。


 「はあっ、はあっ、たく、なんてしぶとさ」


 「こうして戦うのは二度目ではあるけど……三度目は絶対に御免だわ」

 リンディとアルフの二人が電脳空間の支援に回ってから、ロッテとアリアの負担はさらに増え、流石に限界を迎えつつある。

 ゼスト・グランガイツの戦歴には及ばずとも、二人とも百戦錬磨の強者であり、11年前にクライド・ハラオウンと共に闇の書の主の封印にあたったこともあるが、5時間に及ぶ長期戦は流石に辛い。

 ブリュンヒルトや傀儡兵が加わったことで一時は持ち直した武装隊も、再び大半が戦闘継続の厳しいところまで追い込まれ、アクティ小隊長のアルクォール小隊のみがかろうじて持ち堪えている状態だ。

 さらに、少し前に暴走体が放とうとしたデアボリック・エミッションを止めるためにブリュンヒルトが相当のエネルギーを消費しており、再チャージが完了するまで撃てなくもないが、充填の特性上、一度チャージしきらねば直ぐに枯渇してしまうため、現在はチャージに専念している。


 「あたしが出る、アリア、補助任せた!」

 ブリュンヒルトの再充填の時間さえ稼げれば、後はアリアと残りの武装局員のみでどうにかなる。そして、既にジュデッカが突破されていることを考えれば、長くともあと10分持ちこたえれば勝負は決まる。

 その判断の下、ロッテはここで力尽きること前提で最後の突撃を敢行した。


 「うりゃああああああああああああああああ!!!」

 アリアの補助を受け、己の残る魔力のほとんどを右拳に込める。

 これまでの暴走体との戦いで、広域殲滅型のはやてが基になっているためか、スピードや近接格闘などのフィジカル面においてはロッテが上回っていることは分かっており、この一撃は通れば、さらに連撃を加えることも出来る。

 暴走体の挙動を見据え、ユーノが放った囮のチェーンバインドに注意が向いた瞬間を狙い、ロッテは完璧なタイミングで強襲を仕掛けた。

 のだが―――


 「――――つぁ!?」

 その間際、突如暴走体が光の柱に包まれ、暴走体に変化が生じる。

そして、次の瞬間―――


 「帰還や!」

 闇が光から逃れるように弾け飛び、これまで暴走体がいた光の柱の中には、バリアジャケットを展開させる前の状態、つまり、闇の書完成の瞬間の私服姿ではやてが浮いており。


 「あ―――」

 「へっ?」

 思いっきり勢いがついたロッテの拳がそう簡単に止まることなく、バリアもシールドもフィールド防御もないはやての顔面に、極限まで魔力で強化されたロッテの拳(対暴走体仕様のため物理破壊設定)が迫る。


 「ロッテ! ストォォーーーーーーッップ!!」

 とんでもない事態になりつつあることに気付いたアリアが静止の声を挙げるが、時すで遅し。

 ロッテの拳は止まることなく、はやての顔面に叩き込まれ、潰れたトマトがここに顕現。

 する前に。


 「「 チェーンバインド!! 」」

 翠の鎖と、水色の鎖。

 二人の少年が放ったバインドがギリギリでロッテの腕に絡み付き、あと数ミリほどの奇蹟的なタイミングで、致命的な人身事故の発生を止めていた。


 「クロ助!?」


 「すまない、少し遅れたが、こちらは上手くいった。はやてがこうして戻って来たのが何よりの証拠だ」

 突入組の6人と異なり、一足先に現実空間へ戻ったクロノは、僅かな時間差で戦いが続いているであろう現実組の戦場へと全力で飛翔した。

 リンディは突入組が戻るまで脳神経演算室で待ち、アルフはクロノと同様に現実組の下へ向かったが、飛行速度の差でクロノが早く着いた模様。


 「は、はへ~、し、死ぬかと思うた」

 電脳空間から帰還したら、顔の間近、あと数ミリのところで凄まじい魔力が込められた拳がギリギリで停止した。

 はやての主観はそういうもので、あまり体験したくない類のものだった。


 「あ、あたしもぞっとしたよ。ここで八神の頭が潰れたトマトになってたら、こんな長い時間戦ってた意味が全部なくなっちゃう」

 はやてを死なせないよう“クリスマス作戦”を展開し、長く苦しい戦いの果てにその作戦が成功した瞬間に、はやてが不幸な事故で死亡。これほど嫌なものはあるまい。


 「それにしても、奇蹟的なタイミングでしたね。ロッテさんの攻撃がもう少し早ければ暴走体相手ですから何の問題もないですし、遅ければ十分に止めるのが間に合ったはずですけど、呪われてるというか」


 「ちょうどギリギリで攻撃が止められないタイミングで、はやてと闇の書の闇が分離したわけか。そして、バリアジャケットを彼女が展開させるまでは、はやてはただの一般人だ、ある意味で闇の書の最期の呪いか」


 「それにしては、性質が悪すぎるわよ」

 アリアの言葉にも力がない。どうやら、これまでに蓄積された疲労が一気に噴き出したためでもあるようだ。

そして、ロッテ、アリア、ユーノ、クロノの視線の先では、“彼女”がはやてのためのバリアジャケットと“賢者の杖”を顕現させている。

 祝福の風、リインフォースの名を授かり、闇の書の闇と完全に分離し、八神はやてに仕える融合騎となった彼女が。


 「それでクロノ、なのは達は?」


 「もうすぐ来るだろう。闇の書の闇が分離した今、中枢部からミレニアム・パズルの戻るのに何の障害もない、リインフォースの力を借りずとも、守護騎士達に先導を頼めばすぐだろう」

 残る作業は、後始末。

 夜天の魔導書から分離し、現在は時の庭園の一区画で半球形の闇の塊と化している、闇の書の闇の残骸をここで完全消滅させること。

 これを成して、“クリスマス作戦”は完了となる。





新歴65年 12月25日  無人世界(衛星軌道上) 時の庭園 脳神経演算室 AM5:10



 「お帰りなさい皆、無事に帰って来られて何よりだわ」

 ミレニアム・パズルの門にして台座、8つのアルゲンチウムが横たわる脳神経演算室において、残る突入組も帰還を果たしていた。


 「はい、無事に帰ってこられました、リンディ提督」


 「ただいまです、リンディさん」

 電脳空間では壮絶な戦いを繰り広げ、それぞれ右腕と左足を失っていたなのはとフェイトだが、シャマルとクラールヴィントによって復元されたこともあり、深刻なフィードバックらしきものはない。肉体的には魔力消費もない健康体そのもので、脳に疲労が溜まっている状態だ。


 「ふむ、少々頭がくらくらするな、脳味噌が足りていないのか」


 「あ~、なんだか内臓と血液が足りてない気がする、はやてのギガ旨な料理が欲しぃ」


 「ふむ………こうして身体が欠けることなく存在しているというのも、不思議なものだ」


 「そこの3人、物騒なこと言わないの。それにそれは錯覚じゃなくて、半分事実だから、後でしっかりと徹底的に検査しますからね」

 闇の書の闇が祓われてから、ヴォルケンリッターが帰還するまでに多少の時間を要したのにも理由はある。

 転生機能は分離以前に管理者権限によって夜天の魔導書から消失させ、既に完全にウィルスと融合していた再生プログラムと防衛プログラムをほぼ丸ごと切り離したため、守護騎士を無限再生させる部分も同時になくなった。

 これまでは、1000年前の夜天の騎士のリンカーコアを融合騎と一体化させることで保存し、それを“鋳型”とすることで魔力構成体としてヴォルケンリッターは顕現していた。そのため、闇の書のページを消費することでいくらでも再構築が可能であり、偽りの騎士を作り出すことも出来た。

 だが、ページを消費することで術式を展開する部分などもウィルスの浸食を強く受けたため、夜天の魔導書からは闇と共に切り離されており、残ったのは守護騎士システムの中核と、デバイス達。

 今の彼女達は、核のコピーではなく核を直接媒介にしているため、消滅すれば二度と復活することは叶わない。


 「分かっているでしょうけど、もう私達は再生できないわ。言ってみれば、全員が夜天の主の守護獣になったようなもの、ザフィーラにとってはあまり変わらないかもしれないけど」


 「顕現のための契約がない守護獣、というわけだな。かつて、盾の騎士ローセスの“ユグドラシル”と賢狼ザフィーラがそうであったように、無論のこと、死ねばそれまで」


 「変わんねえよ、例えどんな存在になったって、あたしらの主は、はやて一人だけだ」


 「テスタロッサの使い魔、アルフが彼女と生涯を共に生きるという契約を交わしたように、我等は主はやてと共に在る。夜天の魔導書の融合騎たるリインフォースもまた然り」

 ただ一つのリンカーコアを用いて顕現する、夜天の守護騎士。

 魔導師や騎士の臓器であり、生体であるリンカーコアと融合した“核”を直接使用しているため、時間経過による劣化は避けられない。

 ロッテやアリア、アルフが意図して姿を変えない限りそのままであるように、外見こそ変わらないが、使い魔である彼女らと同じく、経験を積むことで成長もすれば、時と共に衰え、いつかは停止する。

 それが人間の寿命と比べてどのようなものとなるかは、まだ分からないが。


 「ともかく、我々も主はやての下へ往こう。既にクロノ執務官が向かわれているが、闇の書の闇はまだ滅んでいない、最後の後始末が残っている」

 夜天の守護騎士ヴォルケンリッターは、ただ一つの命を持つ存在として、最後の夜天の主の下へと馳せ参じる。

 志を共にし、主のために戦ってくれた得難い友人達と共に。






新歴65年 12月25日  無人世界(衛星軌道上) 時の庭園 広場 AM5:25


 『さて、それでは皆様。生還の祝いと互いの無事を喜び合うのもこれまでとし、最後のシーケンスへと移りましょう』

 “クリスマス作戦”に参加した者達が一斉に集う時の庭園で最も広い場所に、管制機の音声が響き渡る。

 なお、はやてと夜天の魔導書から分離した闇は地上で闇色の半球体を形成し、徐々に大きくなりながら不気味に蠢いている。

 5分ほど前に、80%近いエネルギーを用いたブリュンヒルトの大威力砲撃が叩き込まれたが、実体化までの時間稼ぎ程度の効果しかなく、あの状態の闇の書の闇を魔導力学的な手法で対処するのは難しいという結論は既に出ている。


 「随分久しぶりにしゃべったね、トール」


 『申し訳ありませんフェイト、しばらくアスガルドと共に演算に専念しておりましたので、音声信号を発する余裕がありませんでした』


 「ううん、別にいいよ」


 『では、気にせずに参りましょう。クロノ・ハラオウン執務官、突入組の魔導師の状態は如何ですか?』


 「ホントに気にしないんだ……」

 フェイトの小声のツッコミは当然の如く無視され、議題が進められる。


 「僕となのはとフェイト、電脳空間に突入した魔導師組は万全だ。精神的というか、脳の疲労はあるが、最後にもう一頑張りするには十分いけるだろうし、この子達もここで退けと言っても聞かないだろう」

 言外にもう十分過ぎる程に頑張っているのだから、後は大人達に任せて休んでほしい、と言っているが。


 「にゃはは」

 「あははは」

 少女二人は、苦笑いで誤魔化すばかりで、退くつもりは毛頭ない模様。

 とはいえ、ここまで進めば後はそれほど危険度はない、というのも実情である。


 『それはまさしく、無茶をするのは無茶に慣れた者こそが適任、といったところですかね。それでは、リインフォース、八神家の情勢は如何に?』


 「主はやては問題ない、先程確認したが、リンカーコアも特に負荷なく機能している。ただ、私とのユニゾンは現段階では少し厳しい」


 『システム切り離しの弊害ですか、となれば、貴女と八神はやては別戦力と見なした方が的確でしょうか?』


 「それも可能だが、現段階では二人で一人分と考えてくれ。主はやては自身のリンカーコアを用いて、夜天の魔導書に残された術式を使用することができ、私は夜天の魔導書に蓄積された魔力を用いてならば、同様に術式を放つことが出来る。だから、直接的なユニゾンではなく、夜天の魔導書を介した間接的なものになるが、主はやてをサポートして差し上げることは出来る」

 固定砲台としてラグナロクやデアボリック・エミッションを放つならば、はやての強大なリンカーコアが魔力を供給し、夜天の魔導書の術式をリインフォースが構築し、はやての持つシュベルトクロイツへ転送、魔法発動という流れは可能。

 ただ、将来的にはやての膨大な魔力を上手くコントロールし、あらゆる状況にあわせて夜天の魔導書の術式を瞬時に展開させるならば、やはり専用の融合騎が必要になるだろうと、“調律の姫君”としてリインフォースは考える。

 そしてそれは多分、夜天の魔導書の最奥で、タイムカプセルに仕舞われるように眠っていた彼女に役目になるだろうという予感があった。

 夜天の魔導書がヘルヘイムの残党と戦っていた100年間においても一度も起こすことはなく、平和な世になった時、初めて彼女を本当の意味で誕生させようと、決めていたから。


 『なるほど、八神はやては単独で魔法を行使するには素人であり、貴女単体では夜天の魔導書に残された魔力しか使えぬため、出力不足。未来はともかく、現在は二人で一人分の戦力ということですね』


 「将たち、ヴォルケンリッターは戦闘面ではとりあえず問題ない。ただ、現在の状況がどのようなものであるかの正確な把握が済んでいないので、あまり無理をして欲しくないというのが本音なのだが……」

 「無理だ、諦めろ」

 「はやてを苦しめた元凶があそこにいるんだ、ここでおねんねしてられっかよ」

 「それについては、同感だ」

 「3人揃ってそういうわけみたいだから、諦めましょうリインフォース、いつものことよ」

 守護騎士と管制人格の間には長い断絶があったが、なのはとフェイトのもたらした魔法の奇蹟が、断絶を繋いでいる。

 心優しい最後の夜天の主を中心に、彼女らはかつて在りし日の頃のような阿吽の呼吸を見せていた。


 『守護騎士の方々については問題ないということで、それでは、リンディ・ハラオウン艦長、現実班は如何でありましょう?』


 「こっちはボロボロね、ロッテとアリアはダウン。武装局員もアルクォール小隊以外はほぼ全滅状態で、ユーノ君とアルフの二人は無事だから、転送要員としてはいけるわ。もし結界を張る必要が生じたら、私が全て受け持ちます」

 ロッテとアリアの二人は一応意識こそ保っているが、精神力が尽きている。

 回復魔法で魔力を戻したとしても、気力がなければ行動を起こすための元気が起きない。


 「僕は平気です」

 「あたしもさ、途中から電脳空間の戦いに参加してたからね」

 『なるほど、結論としては、エース級魔導師の大半が戦闘可能であり、戦力的には問題ないということですね。ギル・グレアム提督も、アルカンシェルの発射準備を終えて軌道上にて待機しておられます』

 時の庭園もまた、アースラとは等距離を保ったまま同じ無人世界の軌道上を周回している。

 基本方針としては、エース達の攻撃で最後に顕現した闇の書の闇を破壊し、再生能力の中枢となる本体コアを転送させ、アルカンシェルによって完全消滅させることで以前から定められていたが。


 『残る問題は、闇の書の闇の特性の見極めですね。ある意味で正式な手順ではなく、ジュエルシードの力による強引な切り離しとなった部分がございますから、結果的に良いとしても過程に問題が生じる可能性がございます』


 「つまり、なのはとフェイト、はやての3人がジュエルシードに託した願いは、夜天の魔導書やリインフォース、囚われていたマテリアルのためには良い結果を生んだが、その代り、闇の書の闇に想定外の影響を与えている可能性がある、ということだな」

 管制機の言葉は人間には分かりにくいため、クロノが意訳も兼ねてまとめる。

 聡明であり、この中では管制機と縁が深い少年は、これもフェイトがハラオウン家へ移るための状態遷移の一環であることに気付いていたのかもしれない。


 「ならば、まずは様子を見る、ということになるでしょうか」

 同じく、闇の書の闇への知識が深いリインフォースが、今後の行動の方針を尋ねる。


 「そうだな、基本方針はあまり変わらないが、今の状態で大火力砲撃を叩き込んでも効果が薄いことはブリュンヒルトが立証している。まずはあの闇色の半球体から出てくる物を観察し、外殻を破壊して本体を引きずり出し、アルカンシェルで消滅させることで問題ないかどうかを見極めないといけない」


 『ともすれば、ジュエルシードのような封印形式が効果的な存在に変化している可能性もございますし、デュランダルによる凍結封印が最適やもしれません。暴走プログラムが切り離されただけならば、純粋な魔力の塊だったでしょうが』

 二度目の集いにおける確認事項では、主と切り離された暴走プログラムに対して凍結封印は難しく、再生コアがある限り内側から破られる可能性が高い。

 再生機能そのものを電脳空間で破壊するという案をあったが、プログラムへの干渉としてそれを行えるのははやてとリインフォースのみであり、ウィルス本体と融合した部位に干渉するのは危険すぎることから、現実での処理に回されたという経緯がある。

 再生を上回る速度と威力の破壊という点ならば、アルカンシェルが最も優れているのは事実なのだ。


 「ジュエルシードの願いによる改変なんて、過去の事例がないから何がどう変化しているかはどうとも言えない。こればかりは、あの闇の球体が開いてみないと」


 「鬼が出るか蛇が出るか、ってね」

 無限書庫で調べ続けたユーノとアルフも、この先のことは予測がつかない。

 正確には、予想される展開はいくつかあるのだが、どれになるかが全くの未知数といったところか。

 少なくとも、この段階まで漕ぎつけた時点で、無限書庫の役割は十二分に果たされたといえる。夜天の歴史に関する裏付けがなければ、“クリスマス作戦”そのものの実行が不可能であった。


 『それでは、基本案に従いつつ、あの闇の半球体の中から這い出る存在の特性に応じて、臨機応変に対処するという方針で参りましょう。計算ではあと10分で顕現すると予想されます』

 そうして、方針が定まり、闇の繭が破れる瞬間をエース達は待ち受ける。

 果たして何が出るか、どんな恐怖の形が出現するのか。

 それは、誰にも分からない。







新歴65年 12月25日  無人世界(衛星軌道上) 時の庭園 広場 AM5:30



 「ロッテ、アリア、君達は下がらなくていいのか? かなり消耗しているだろう」


 「そりゃあ、前線で戦うのは厳しいけど、ようやく11年の清算が出来る時が来たんだ。最後までいるよ」


 「一応、魔力は回復してるし、足手まといにはならないさ」

 これまで5時間に及ぶ超長期戦を戦い抜いた二人を気遣うクロノであったが、返って来たのは気遣い無用の言葉のみ。


 【クロノ、リーゼ達の気持も汲んでやってくれ、因縁の根源を前にして前線指揮官としての意識を常に失わないのは立派だが】


 「グレアム提督」

 地上のエース達と同じく、宙のアースラも、アルカンシェルの発射準備を終えて待機している。

 既に消耗が激しい武装局員は退避させており、リンディはそちら側の指揮と後処理に回っているので、エース達を率いる現場指揮官はやはりクロノ・ハラオウンであった。


 【私にも見えるよ、闇の根源が、幾つもの人生を狂わせてきた、呪われた魔導書の、呪いそのものが】

 闇色の半球体の膨張は臨界に達し、ついに、中身が溢れ出ようとしている。


 「ええ、あれのおかげで、僕の母さんも、他の被害者の遺族達も、こんな筈じゃない人生を歩まなくてはならなくなった。それはきっと、貴方や、リーゼ達も」

 既に、元凶であったラクティス・アトレオンという男はクロノが消滅させたが、それでも死者は戻ってこない。

 クライド・ハラオウンを失った傷は、決して塞がれることはなく、それでも彼らは前に進まなくてはいけない。


 「失くしてしまった過去は取り戻すことは出来ない。だから―――」

 待機状態であるカードに戻してあったデュランダルが再びセットアップされ、クロノの右手に。

 彼のもう一つのデバイス、S2Uもまた、左手に収まる。


 「今を戦って、未来を変えます」

 クロノと同様、他のエース達も各々の準備を済ませ、現実空間における最後の敵の撃滅のために、戦意を高めていく。


 『闇の書の闇、臨界に達します。半球体の消滅と同時に攻撃がある可能性に備え、防御班の方々は準備をお願いします』

 「分かりました」

 「了解さ」

 「心得た」

 ユーノ、アルフ、ザフィーラ。

 この布陣においては、なのは、フェイト、ヴィータ、シグナムが前線であり、彼らがサポート役を務める。シャマル、はやて、リインフォースは後方であり、指揮官のクロノは中間に位置し、前線にも後方にも移動できる。


 「来るよ、フェイトちゃん」

 「うん、なのは」

 「さて、どのような化け物が出てくるか、私達が蒐集した魔法生物と、その集合体は電脳空間で消滅させ、それ以前の者達は“シャドウ”となっていたが、こちらも高町達の魔法が浄化させているからな」

 「どうでもいいって、どんな化け物が出てこようが、アイゼンでぶっ潰すだけだ」

 なのはとフェイトが戦意を固め、シグナムが出てくる敵を予想する隣で、ヴィータは勇ましく鉄の伯爵を構える。


 「いよいよ最後や、リインフォース」

 「はい、ですが、有力な“形”は電脳空間で叩いていますから、残っているデータは少ないはず。いくら魔力が膨大であっても、形どるためのデータがなければ、最大出力はそれほどでもありません」

 「つまり、持久力だけが特徴になるから、最悪、傀儡兵とブリュンヒルトだけでも何とかなるということね。まだ充填中みたいだけど、もう少ししたら完了するし」

 後方の3人、はやて、リインフォース、シャマルも油断なく身構え。

 そして―――


 『半球体の崩壊を確認。闇の書の闇、顕現(マテリアライズ)します』

 ついに、闇の書の闇との、最後の戦いが、始まる。


 「―――――あれっ?」


 「い、いない?」

 はずだったが、最前衛にいたはずのなのはとフェイトには、半球体の中に何も確認できず。


 「いや、よく見ろ、地上だ」

 「あ、ありゃあ……」

 鋭い観察眼を持つ烈火の将はいち早く気づき、紅の鉄騎もまた、その姿を確認する。

 果たして、時の庭園におけて最も広い区画、その地上には―――


 「きゅー きゅー」
 「きゅー きゅー」
 「きゅー きゅー」
 「きゅー きゅー」
 「きゅー きゅー」
 「きゅー きゅー」
 「きゅー きゅー」
 「きゅー きゅー」
 「きゅー きゅー」
 「きゅー きゅー」

 もの凄い大量の、小動物がいたそうな。


 「「「「「「「「「「「 …………… 」」」」」」」」」」」

 風景タイトル  長く、大いなる沈黙





 『なるほど、ドラットの形を取りましたか、電脳空間で主要な魔法生物や魔導師のリンカーコアが消費されつくしたため、今回の蒐集の中で150ページ以上を占める彼らが最後の“器”に選ばれた。可能性は低かったものの、十分に想定内ですね』

 そんな中、空気を読まず、いやむしろ空気を読んでか、感情のない機械音声だけが響き渡る。


 『四重の障壁も確認されておりません。電脳空間において既に突破され、プログラムそのものが破壊されているため、もはや顕現は不可能。八神はやてと貴女の成果です、リインフォース』


 「あ、あれが、闇の書の闇、なのか………」

 リインフォースも流石に口をあんぐりとあけている、背中に“ガビーン”(古い)という感じの効果音が観える人には観えるかもしれない、放浪の賢者とか。


 『半球体の中から出て来たのですから、間違いないでしょう。計器類も、膨大な魔力を観測しており、外見こそドラットですが魔力量を考えれば完全に別物です』

 そんな心情など知らぬとばかりに、憎たらしい程に冷静な管制機。


 「しかし、闇の書の闇は呪いと怨嗟の塊のはずだろう、僕が破壊した“シャドウ”もそうだったし、中枢にいた合成獣も醜悪極まる姿をしていたと聞いたが……」


 『スキュラに似た人間の生理的にはおぞましい姿でありました。ただ、それは三騎のマテリアルを核に1000年の闇を蓄積した姿であり、マテリアルを失った後は、ヘドロに近い腐った肉の塊と化しておりました。その姿が出てくる可能性が最も高かったですが、これはおそらく、ジュエルシードの効果によるものと考えられます』


 【あー、つまり、なのはちゃん達のお願いが奇麗で純粋だったから、最後の形も可愛い小動物になっちゃった、ってこと】

 ここで、これまでほとんど出番のなかったエイミィが会話に参加。

 何気に仕事をしていなかったわけではなく、アースラの大型コンピュータを操作し、トールとアスガルドの補助を行っていたのだが、場所がアースラだけに通信に出る機会もなく、舞台の黒子同然だった。


 『恐らくは、しかし、外見こそあれですが、闇の書の闇であることには変わりありません。時の庭園のセンサーは魔力の増大を観測していますが、そちらはどうでしょう、エイミィ・リミエッタ管制主任』


 【現実空間での捕捉なら任せて、えっと、うん、こっちも同様に観測。このまま放置したらどっかのタイミングで一気に爆発したりするかも。多分、どれかが再生コアの核を持ってると思うけど】


 「………1万5000匹近くいるんだが」

 クロノの眼下に広がるのは、ドラットの群、群、群。


 「きゅー きゅー きゅー きゅー きゅー きゅー きゅー きゅー きゅー きゅー きゅー きゅー きゅー きゅー きゅー きゅー きゅー きゅー きゅー きゅー きゅー きゅー きゅー きゅー きゅー きゅー きゅー きゅー きゅー きゅー きゅー きゅー きゅー きゅー きゅー きゅー きゅー きゅー きゅー きゅー きゅー きゅー きゅー きゅー きゅー きゅー きゅー きゅー きゅー きゅー きゅー きゅー きゅー きゅー きゅー きゅー きゅー きゅー きゅー きゅー きゅー きゅー きゅー きゅー きゅー きゅー きゅー きゅー きゅー きゅー きゅー きゅー きゅー きゅー きゅー きゅー きゅー きゅー きゅー きゅー きゅー きゅー きゅー きゅー きゅー きゅー きゅー きゅー きゅー きゅー きゅー きゅー きゅー きゅー きゅー きゅー きゅー きゅー きゅー きゅー きゅー きゅー きゅー きゅー きゅー きゅー きゅー きゅー きゅー きゅー きゅー きゅー きゅー きゅー きゅー」 

 元々ドラットはネズミとウサギの中間のような生き物だったが、半球体から出てきたこれらは妙に愛らしいというか、ハムスターみたいな感じ、いやむしろフェレットになりつつあった。

 鳴き声がフェレットのそれで、どこか毛並みがフェレットに似ているのも、間違いなくなのはのイメージが踏襲された結果であろう。


 『ならば、纏めて消し飛ばして“本体コア”を露出させるのが一番ですね。どうやら危険性やジュエルシードモンスターのような特性も観測されておりません。というわけで高町なのは、エクセリオンバスターであれらを薙ぎ払ってください』


 「えええエエェっっッ!!!」


 『もちろん、殺傷設定でお願いします』


 「ちょ、ちょちょちょ、ちょっと待って下さい! なんでわたしがっ!!」


 『ブリュンヒルトのチャージはまだ完了しておりませんし、不測の事態に備えて温存もしておきたいところです。そして、広域殲滅を得意とするのはミッドチルダ式であり、中でも貴女はこの中で最も砲撃魔法を得意としています』

 正論である。というか基本、この機械は正論しか言わない。


 「で、出でデモもも、広域殲滅なら、わたしよりはやてちゃんの方が得意ですよ!」

 「ちょっ、なのはちゃ―――」

 高町なのは、親友を売る、の巻。


 【ごめんねはやてちゃん、わたしにはユーノ君そっくりのドラットさんを焼き尽くすのは無理なの! というか、ぶっちゃけ嫌!】

 【ぶっちゃけた!? でも、わたしだって嫌やって!】

 【だってはやてちゃん、前にドラットさん定食を振舞おうとしてたし!】

 【あれはあくまで調理用に加工された後のドラットや! 食肉加工場にいったことなんてないし、そもそも行きたくあらへん!】

 水面下で、麗しき友情の念話が繰り広げられる。

 シュテルやディアーチェであれば問題なく出来ただろうと、彼女らの復活を願うなのはとはやてだったが、こんなことのために復活させられては、マテリアルの少女達ものっぴきならないほど迷惑だろうに。


 『ですが、八神はやてはまだ魔法を使った経験がなく、いくらリインフォースの補助があるとはいえ、万全とは言い難い。ここはやはり、貴女とフェイトが適任でしょう』


 「わ、私も!?」

 いきなりの指名にフェイトの脳裏を危機感が駆け抜け、はやては新たな生贄を見つけたとばかりに素晴しい表情をしていたそうな。


 『高町なのは一人では滅しきれないかもしれませんので、ここはN&F中距離殲滅コンビネーション、空間攻撃ブラストカラミティが最適かと、何しろ、ユーノ・スクライアの結界があってなお、時の庭園の訓練施設を半壊させた魔法です』


 「あ……あれは……」

 「えっと……」

 過去の罪状が、少女達に牙をむく。

 1週間の準備期間の間に二人が考案し、レイジングハートとバルディッシュのフルドライブモードで行った空間攻撃ブラストカラミティ。

 トールが言ったように、ユーノが結果を張ってなお、訓練施設を半壊させた前科があり、ドラットの殲滅に最適と言われれば反論の余地はない。デバイス裁判に控訴審はなく、前科持ちに弁解は許されないのだ。


 「で、でも……」

 「だ、だけど……」

 追い詰められたなのはとフェイトがちらっと、向こう側を見る。


 「きゅー きゅー きゅー きゅー きゅー きゅー きゅー きゅー きゅー きゅー」

 そこには、つぶらな瞳でこちらを見つめてくる、可愛らしい小動物がたくさんいた。

 こうなればいっそ、おぞましい闇の塊の方が100倍ましである。


 【見ないで! そんなつぶらな瞳で見つめないで!】

 【無理だよっ! わたしには無理!】

 なまじ外見がフェレットモードのユーノに似ている部分があるだけに、始末が悪い


 「しかし、ホントにフェレットもどきそっくりだな。あれは、なのはのイメージが再現された結果か?」

 クロノがのんびりと発言するが、これは彼に危機感がないというよりは、仮にドラットを焼き払う役になったとしてもその覚悟が既にあるからだろう。


 「なんか、嫌な予感というか、あまり聞かない方がいい予感がするよ……」

 そして、アルフの野生の勘と時の庭園で育った経験が、実に嫌な予感を感じ取っていた。


 『ユーノ・スクライアのリンカーコアが闇の書に蒐集されていたという事象も関係していると推察されます。ともすれば、フェレットモードの彼の細胞を使用してドラットの品種改良を試みたことも関係しているかもしれませんが、多分無関係でしょう。やはり一番可能性が高いのは、高町なのはのイメージが反映されたことかと』


 「ちょっ、トール、今なんかさりげなく凄いこと言わなかった?」


 「やっぱりかい、つーか、どう考えてもアンタが一番の原因じゃないか」


 『フェイト、貴女の母君にして我が主、プレシア・テスタロッサは偉大なる魔導師にして工学者、そして、生命工学の権威でもございました。私の誇りでございます。それとアルフ、黙らなければかつての猫又リニスと同じ運命を辿りますよ』


 「うん、今ちょうど貴方のせいであまり誇りに思えなくなりそうになっちゃったんだけど、やってないよね? ユーノの許可取ってないよね? これってもしかしなくても犯罪だよね? あと一番気になるんだけど、猫又リニスと同じ運命ってどういうこと? 猫又リニスってなんなの? ねえトール?」


 『45年も稼働していると、エラーも多くなって仕方ありません、これが年数経過による劣化というものでしょうか』


 「都合の悪いときだけボケ老人に戻るな!」


 『私は機械ですよ、アルフ。人間ではありませんのでボケ老人という言葉は的確ではありません。言葉というものは正確に用いなければならないものですよ。どうやら、小学校に通い教育を受ける必要があるのはフェイトよりむしろ貴女かもしれませんね』


 「こいつわあぁぁ……これが作戦中じゃなければ、中央制御室に行ってぶっ壊してやるものを……」


 『そういうこともあるでしょうが、そうでないこともあるでしょう』


 「君はまったく………あまり聞きたくないが一応執務官として確認しておく、さっきのはあくまで冗談だな?」


 『私は、嘘吐きデバイスでございます故、現実空間における私の音声には虚言が混ざっている可能性がございます』


 「………」
 「………」
 「………」

 フェイトとアルフ、そしてクロノは、とりあえず聞かなかったことにした。他のメンバーも同様だった。


 『では、ドラットの群れの焼却処分をよろしくお願いします。フェイト、高町なのは』


 「やっぱり私達なんですか!?」

 何だかんだで、なのはとフェイトに振りかかる災難は回避されていなかった。


 『個人データを基にした演算の結果、貴女達のスキルが殲滅砲撃に最適と出ております』


 「か、かもしれないけど……」


 【頑張るんやで、なのはちゃん、フェイトちゃん。わたしらかて、生き物と食べて生きとるんや】

 はやては最早他人事と認識したのか、応援の言葉を送るのみ。


 【はやてちゃんの薄情者~!】

 【ううう……トールが相手じゃ、可哀そうとか言っても論破されるに決まってるし……】

 流石に長い付き合いであり、論戦では勝ち目がないことを悟っているフェイト。

 しかし、付き合いが長い故に、論理的な反論ならば管制機を納得させることが可能であることも、フェイトは知っている。

 そして、執務官を目指す明晰な頭脳が、裁判で咄嗟に閃く逆転弁護士の如く、一筋の光明を見出した。


 『あまり時間もありませんので、手早くお願いします』


 「そ、そうだ! トール!」


 『はい、何でしょうかフェイト』

 時空管理局嘱託魔導師、フェイト・テスタロッサ。

 僅か後に執務官候補生となり、やがては数多の事件を解決する敏腕執務官となる彼女が、その足跡の最初の一歩をここに刻む。


 「わたしとなのはのクラスの学級目標が、今月は“動物を大事にしましょう”なんだ! だから、今月のうちは動物を傷つけることは出来ないの、ねえ、なのは!」


 「そ、そう、そうなの、そうなんです! 学級委員のアリサちゃんが提案して皆の承認を得ましたから、民主主義の原則に従わないといけません!」

 なんというかもう、必死である。

 そっち方面の知識には詳しくない筈のなのはだが、僅かに知る情報を総動員し、小動物の死刑執行人の責から逃れようとしていた。


 『ふむ、学級目標ならば、仕方ありませんね』

 その瞬間、八神家一同とリーゼ姉妹がこけた。

アルフは当然として、ユーノとクロノはさもありなんと頷き、これまで散々な目に逢わされてきたアルクォール小隊の隊員達も慣れたものである。


 「ちょちょちょ、ちょっと待ってくれ! それでいいのか!」

 このままでは死刑執行人の役が主に回ってくることを予感したリインフォースは抗弁を試みるも。


 『時の庭園において、フェイトの通う学校の規則は、時空管理局武装隊規定よりも優先されます。なぜなら彼女は嘱託魔導師であり、高町なのはは民間協力者ですので、上官の指示に従う絶対的な義務を負ってはいません』

 時の庭園はとんでもない場所だった。

 なお、プレシア・テスタロッサが死ねと言えば、死刑確定がデバイス裁判であることをここに記す。


 「えっと、じゃあ、友達に魔法攻撃を放つのは、ありなん?」


 「えっと、相手と理解し合うなら、時には暴力も辞さずって学級方針を、すずかが追加してたから」

 正確にはもっと穏便な表現であり、なのはとアリサと友達になったきっかけを大事にするすずかの想いによるものだが、判例というものを探し出し、自分に有利に利用することも執務官の資質である。見事なりフェイト。


 『では、八神はやて、ドラットの焼却処分をお願いいたします。なお、八神家の家訓は時の庭園では適用されません。そのためには八神家のいずれかがテスタロッサ家の親族になる必要がございます』


 「フェイトちゃん、結婚しよう!」

 迷いなくはやてはプロポーズした。速攻だった。シークタイム0秒だった。


 「無理だよ! 私達まだ9歳だよ!」


 「フェイトちゃんのことは諦めて、はやてちゃん!」


 「愛があれば大丈夫や、法律がなんぼのものやで!」


 「その愛は是非ともドラットに向けてあげて、はやてのために身を削ってくれた恩人だよ!」

 妙な会話になりつつあるが、別にドラットがはやてを想っていたわけではない。ベルトコンベアで運ばれ、リンカーコアを引き抜かれただけである。


 「じゃ、じゃあえっと、シグナム達は!」


 「申し訳ありません、主はやて、広域殲滅魔法は誰も………私の火竜一閃も連結刃が届く範囲までなので、1万5000匹の小動物が相手では……」


 「潰すだけなら、何度もぶっ叩けばできるけどさ、余計はやてにトラウマが残りそうで……」


 「私の鋼の軛も、捕えることは出来ますが、1万5000匹を一気に貫くのは……」


 「私の風だと、下手したら飛ばしちゃって、取りこぼしが出そうで……」

 ベルカ式は基本一対一。

 ヴォルケンリッターといえども、広域殲滅型の攻撃手段を持っているものはいない。


 「ならば主はやて、私がやります」


 「リインフォースッ」

 絶望的状況下において、救いの手が差し伸べられる。


 「ただ、私だけでは出力が足りませんので、主はやてに出力を補っていただく必要が……」


 「ほとんど共犯やね……」

 結局、ドラット殺しの罪状から完全に逃れることは無理っぽいようであった。


 【ブリュンヒルト、再充填完了。並びに、“セイレーン”のエネルギーをブリュンヒルトへ接続、これより共振稼働の全エネルギーを砲撃へ転用可能、エネルギー収束速度2.5倍に上昇】

 そこに、天の声が響き渡る。

 演算特化のスーパーコンピュータであり、空気を読む機能はない筈のアスガルドが、絶妙のタイミングで報告を行う。


 『バイパスが完了したようですね、これまでミレニアム・パズルや結界に回していた“セイレーン”のエネルギーをブリュンヒルトに回すことが可能となりました。ですので、ブリュンヒルトで焼き払うことにいたしましょう、八神はやて、御苦労さまでした』

 エネルギー充填にかかる時間が短くなれば、ブリュンヒルトで薙ぎ払えば良い。


 「そ、そうですか……」

 時の庭園が二つの駆動炉を備えていたことに、はやては心の底から感謝した。


 『アスガルド、お願いします』

 【発射】

 安心したのも束の間、すぐさまブリュンヒルトから膨大な熱量が発射され、焼夷弾というか、拡散する熱量で敵を焼き尽くすタイプの、炎熱変換に近い魔力砲撃が炸裂した。


 「きゅー! きゅー! きゅー! きゅー! きゅぅぅーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!」


 「「「「「「「「「「「 …………… 」」」」」」」」」」」

 少女三人を始めとする、エース達の目に飛び込んできた光景は、高度な機械文明の象徴のような巨大な砲身から吐き出される轟炎によって、大量の小動物が焼き尽くされていく姿。

 そんなはずはないと信じたいが、ドラットのつぶらな瞳が、“タスケテ”と言っているように感じるのは、彼女らが優しい心を持つ人間だからだろう。


 『十分な威力です、これならば燃えカスも残らないと予想します』

 無慈悲な機械は、淡々と事実を述べる。「ドラットが塵のようだ!」と言わないだけましかもしれないが。

 1000年の間に蓄積された人間の心の闇を消し飛ばす筈の作戦だったが、どう見ても、心のない冷たい機械兵器が自然の動物を蹂躙していく光景だった。


 【器の完全消滅を確認】

 機械音声だけが、何とも言えない微妙な空気の中を響き渡る。


 「これが………闇の書の闇の、最後……」

 朗報のはずなのだが、死ぬほど虚しそうなリインフォースだった、当然である。


 【いいやまだだよ! 闇の書の闇の反応未だ健在! 魔力値も低下してないし、これまでとは異なる性質の魔力に変わっていってる、油断しないで!】

 そこに、アースラのエイミィから通信が入り、エース達は警戒心を取り戻す。

 闇の書の闇は未だ滅ばず、新たな形となって災厄をもたらそうとしている、という凶報であったが。


 <<<<<<<<<<<  ああ、これで終わりじゃなくて、本当に良かった  >>>>>>>>>>>

 エース達の心は、一つだったそうな。


 『となれば、何を器にするかですね、アスガルド、再演算を』

 【了解】

 ヴォルケンリッターが蒐集した魔導生物リンカーコアは既に消滅し、ドラットのものもたった今消え去った。

 魔導師のものも“シャドウ”の形で闇の書内部で顕現し、ジュエルシードの光によって祓われたはず。


 『演算結果はこのように出ました、如何でしょう、リインフォース、クロノ・ハラオウン執務官』

 そして、演算結果がエース達に見えるように上空に大きく表示され。


 「なるほど……これは確かに、あり得るな」


 「あそこか――――黒曜石のような、いや、黒い大水晶というべきか」

 クロノが確認し、エース達が見据える先には、人間がそのまま入れるほど巨大な宝石。

 誰も見たことのない筈の物体だが、誰もが、その形と滲み出る魔力波動を見たことがあった。


 「ジュエルシード……闇の書の闇が“器”として模倣したのか」

 発掘責任者であり、無限書庫の情報も得て、その特性を最も知るであろう少年が、正体を言い当てる。


 【多分そうだよ、闇の書の闇の魔力も、ジュエルシードが願いを叶える時のパターンに近似してる。次元震を起こすタイプの反応じゃないから、そこは大丈夫】


 『闇の書と物理的に繋がったジュエルシードが起こしたのは、あくまで願いを叶えることのみ。ならば、闇の書の闇が模倣できる特性も、絞られるということですね、暫定的に“黒き模造品”ダークネスティアと名付けましょう』

 となれば問題は、ダークネスティアをこのままアースラへ転送し、アルカンシェルで滅ぼすことは可能かどうか。


 「ユーノ、専門家としての意見は?」


 「あれがジュエルシードの特性を持っているなら、アルカンシェルで吹き飛ばすのは問題ないと思うけど、そこまでの転送魔法が怪しい。仮にジュエルシードの傍で転送魔法を使ったら、僕達も巻き込んで全員転移なんていう、輸送船での事故のようなことになりかねない」

 実は、魔法人形とトール本体を貨物として送り込み、トールがジュエルシードを用いて転送魔法を発動させたのだが、その事実を知る人間は、既に故人となっており、機械だけがその情報を刻んでいる。


 「なるほど……ジュエルシードの特性を持っているなら、デュランダルもあまりよくないな。かといって、封印術式では闇の書の闇が止まるかどうか」


 『とりあえず軽く試してみましょう、何事も実地検証が一番です。というわけでフェイト、あの闇色の大水晶、ダークネスティア目がけてフォトンランサーを一発放って下さい、威力は最弱で』


 「うん、了解。バルディッシュ」
 『Photon Lancer.』

 とりあえず様子見ということで、フェイトがフォトンランサーを一発だけ放つ。

 放たれた光弾は一直線に飛び、水面に沈むようにダークネスティアに飲み込まれる。


 「飲みこんだか、内部空間に格納したのか、それとも……」

 その結果を基に、クロノが起こった事象の結果を考察した瞬間―――


『#$&%?&?@*♪¥!!!』

 なんか変な、機械が壊れたような音声がダークネスティアから響き渡り。

ウゾウゾウゾウゾウゾウゾウゾウゾウゾウゾウゾウゾウゾウゾウゾウゾウゾウゾウゾウゾウゾウゾウゾウゾウゾウゾウゾウゾウゾウゾウゾウゾウゾウゾウゾウゾウゾウゾウゾウゾウゾウゾウゾウゾウゾウゾウゾウゾウゾウゾウゾウゾウゾウゾウゾウゾウゾウゾウゾウゾウゾウゾウゾウゾウゾウゾウゾウゾウゾウゾウゾウゾウゾウゾウゾウゾウゾウゾウゾウゾウゾウゾウゾウゾウゾウゾウゾ

サゾドマ虫
 恐ろしく醜悪な見た目をしているが、実は人懐っこく無害な虫。人間に集団で取り付く習性があり、攻撃した相手や逆に嫌がって逃げようとする相手には喜んで余計に取り付こうとする。笑顔でいる人間には寄り付かない。すなわち、サドとマゾの両方の特性を備えた悪趣味さ極まりない虫であり、違法生命研究者が作り上げた人工生命体が自己繁殖したものと推察される。危険性こそないものの気持ち悪さにおいては他を圧倒し、探検家に聞いた遭遇したくない虫ランキングでは常に1位を誇る。(一部、wikipedia先生より抜粋)


 フェイトの願いが“反転して叶えられ”、ジュエルシードモンスターと同様、魔力によって構築されたサゾドマ虫が、素晴らしい勢いで噴出してきた。


 「きぃィィやあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!!!!!!」

 「嫌ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」

 「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」

 シャマル、フェイト、ロッテの3名は完全に気絶、そして墜落。


 「………ふうっ」

 流石に慣れたシグナムは、落ち着き慌てずフェイトを救出、例によってお姫様だっこで。


 「主はやて、しっかり!」

 「…………ぐふっ」

 初見のはやてはダウンし、リインフォースは意外に芯が強く、はやてをしっかり支えて何とか呼びかける。


 「おい、大丈夫か、なのは」

 「も、もう駄目……」

 かろうじて気絶こそ免れたものの、満身創痍のなのはをヴィータが支え。


 「情けないぞシャマル、お前も夜天の守護騎士だろうに」

 完全に失神しているシャマルを、狼ゆえか一切ダメージを受けていないザフィーラが抱えている。


 「ロッテ、ロッテ、しっかりして!」

 同じく、完全に意識を失っているロッテを、アリアが抱え後方へとすっとんでいく。


 『なるほど、やはりこうなりましたか』


 「予想していたならやるな」


 『ダークネスティアは、願いを叶えるのではなく、恐れを実体化させると考えられます。地球の空想上の怪物の中には、まね妖怪“ボガート”や、“タタリ”の伝承などがございますが、その具現と言えましょう。恐れの形が明確なフェイトは、例としては最適でした』

 クロノのツッコミを無視し、仮説の構築を進める管制機。


 「ホントに殺してやろうかこいつは……」

 「アルフ、抑えて」

 今にも中央制御室に討ち入りをかけかねないアルフを、ユーノがバインドで抑えている。ナイスなりユーノ。


 「だが、おぞましい特性はなさそうだな。本当の意味でのフェイトの恐れは、自分の目の前でなのはが死ぬことや、母や姉を失うシーンを見ること、もしくは、親しい人間全員に存在を否定されるか」


 『そういった意味では、あれもまた、ジュエルシードの光を受け、丸くなっているのでしょう』


 「つーか、あれじゃあ単なる嫌がらせだ」

 そこに、比較的軽症だったなのはを自力で後方に下がらせたヴィータがやってくる。


 『発生したサゾドマ虫は……なぜかアルクォール小隊の方に向かいましたね。しかし、動じることなく的確に対処している、流石は百戦錬磨のアクティ小隊長とその部下たち、蟲の相手は慣れたものです』

 もしアルクォール小隊の隊員が聞いたならば、“慣れたくなかった”と全員が答えただろう。


 「彼らは、時の庭園のサーチャーに呪われているんだろうか…」


 『高町なのは、フェイト、八神はやて、シャマルの4名が脱落しましたか。とはいえ、戦力的には問題ありません、オートスフィア、撃ちなさい』

 そこに、時の庭園のオートスフィアが現れ、威力はそれほどでもない魔力弾をダークネスティアへと叩き込む。

 先ほどと同様、魔力弾は内部に沈みこんだが、今度は何の変化も起きない。


 「つまりは、そういうことだな」

 その結果から、クロノは確信し。


 「意志のない機械の砲撃なら、恐れを実体化させる特性は発揮できない。ブリュンヒルトの砲撃であの大水晶を破壊できれば、後は魔力の中枢のコアを転送させればそれでいい」

 ユーノが捕捉説明を加える、この二人の連携も見事であった。

 もっとも、転送の要のシャマルが気絶してしまっているが、器を失った本体コアを転送させるだけなら、ユーノとアルフだけでも十分いける、足りなければクロノかアリアが手を貸せばよい。


 『アスガルド、お願いします』

 【発射】

 そして、“クラーケン”と“セイレーン”の共振稼働によって即座に充填されたブリュンヒルトが、再び鼓動する。

 今度は火砲ではなく、なのはのディバインバスターに近い純粋魔力砲撃。

彼女のディバインバスターはジュエルシードを沈黙させた実績があり、“暗黒のジュエルシード”と呼べるダークネスティアを破壊するには、物理破壊設定の純粋魔力砲撃が最適と判断された。

 かくして―――


 『ダークネスティアの破壊を確認、本体コア、露出』

 闇の書の闇は器の全てを失い、ついに本体コアが姿を現した。

 ここに、キネザという男が怨念を残し、1000年の間に蓄積されていった人間の心の闇は消失したのである。

 なのは、フェイト、はやて、ロッテ、シャマル、5人ものエース級魔導師の撃墜を尊い犠牲として。


 『ダークネスティアが極めて扱いやすい特性となっていたためか、スムーズに進みました。私の日頃の行いが良いはずはありませんから、これは日頃の行いが良い少女達の祈りの副産物と呼ぶべきでしょう』


 「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「  そりゃそうだ  」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」

 クロノ、ユーノ、アルフ、シグナム、ヴィータ、ザフィーラ、リインフォースの言葉と意志が、見事なまでに一致。凄まじい連携だった。

 なお、アルクォール小隊のメンバーは暴走体との連戦で精神的疲労がたまっていたのに加え、サゾドマ虫を相手にしたことで力尽き、なのは、フェイト、はやてと共に時の庭園の内部施設まで運ばれた。

 シャマルだけは最後の時のために一応現場に残され、リンディはちゃっかりと脱落者の輸送指揮という名目で蟲から逃れていたりした。

ついでに、ダウンした彼らの多くを運んだのは傀儡兵であるが、暴走体との戦いで大型オートスフィアも含めて大半が破壊されていたため、運び手に中隊長機が混じっていたことをここに記す。二次被害が出ないことを祈ろう。




あとがき
 おかしいな、どうしてこうなったんだろう……

 ちなみに、今回の副タイトルはスーパートールタイムです。



[26842] 第四十九話 夜の終わり、旅の終わり
Name: イル=ド=ガリア◆26666ccb ID:01fac648
Date: 2011/09/07 18:22
Die Geschichte von Seelen der Wolken


第四十九話   夜の終わり、旅の終わり


闇の書の闇の核とされたマテリアルの少女達は救い出され、闇は無垢なる祈りによって浄化された

残りし闇がなおも生き汚く現実空間で顕現するも、意思なき魔導機械の砲撃によって消滅

ついに、再生機能を司る本体コアが露出し、1000年の闇は最期の時を迎えようとしている

だがしかし、呪いの根源を侮ることなかれ

全ての闇が祓われた時、そこに残るものが何であるか

エース達の最後の戦いが始まる




新歴65年 12月25日  無人世界(衛星軌道上) 時の庭園 広場 AM5:50


 【な、なに、この魔力反応……】

 最初に響いたのは、畏れの色を強く秘めたエイミィの声だった。


 「エイミィ、どうし―――っ!?」

 次にクロノ、間を置かず、他のメンバー達も異変に気づく。

 異変が起きるのを目で確認するより早く、現場にいた者達は“肌で”感じていた。

 すなわち、風が変わったことを。

表現しがたい感覚ではあるが、大きな災害が起き、大量の人間が死に、瓦礫の下に今も大量の死体が埋まり死臭が充満しているような。

 そしてそれは、ヴォルケンリッター達にとっては慣れたものであり、その中においてなお、特異な空気であった。


 『全ての“器”を失い、魔力特性の無い純粋な魔力の塊となったはずの中枢から、なおも強力な指向性が確認されています。いや、違います、これは………指向性を持ちながらも全方向に拡散しようとしている』

 其れは矛盾。

 無差別に、無分別に、周囲へ呪いを振りまくようでありながら、その殺意はどこまでも洗練され、敵手へと収束していく。

 そんな奇怪極まる魔力波動が、再生コアの中枢より発せられ、さらに異変が生じる。


 「再生コアが―――喰われていく……」

 夜天の魔導書の管制人格であった彼女には信じ難く、同時に、最も納得できる光景。

 ブリュンヒルトの純粋魔力砲撃により、ジュエルシードを模した“ダークネスティア”という最後の形を失い、表出したはずの再生コア。

 ただそれは、キネザという男が“ニトクリスの鏡”によって送り込み、術式として制御する部分がなかったために、制御ユニットの“器”として、3人の少女をマテリアルとなしたウィルスと、夜天の魔導書の再生機能とその他の切り離した部分が融合した存在。


 『リインフォース、あれは一体何でしょうか』


 「………夜天の魔導書の一部でもなく、人間の心の闇でもなく、生贄にされた少女でもなく、その根源。原初に送り込まれた、ウィルスの本体だ」


 「えっ? でもそれはおかしくないですか、なのはとフェイトとはやてが発動させたジュエルシードによって、闇の書に巣くっていた1000年の闇は全て祓われたんじゃ」

 ユーノの意見は正しい。

1000年の間に蓄積され、“シャドウ”となっていた人間の心の闇は確かに祓われ、その集合体も夜天の魂達によって破壊されている。現実空間に顕現したのは無害なドラットと、生命体ですらないジュエルシードを模した形。

 だがしかし、夜天の魂達の力と意志を以てしても破壊しきれず、今こうして顕現しようとしている邪悪な存在があった。


 呪いを衣として身に纏え、呪いが水のように腑へ、油のように骨髄へ、纏いし呪いは汝を縊る帯となれ


 「これは―――!?」

 「あの野郎―――!!」

 「蠱毒の主―――」

 「アルザング!!」

 夜天の守護騎士が、響き渡った呪詛の念から、その根源を悟る。

 気絶していたはずの湖の騎士シャマルも、起こすまでもなく目を覚ましており、既にクラールヴィントによって広域における浄化のための風の準備を進めている。

 だがそれも当然の話、時の庭園に吹く血戦場の風が、流血を求める悪鬼羅刹の念が、騎士達に安息の眠りを許さない。

 戦え、我と戦えと、大気が叫び、震えている。


 「再生コアが喰われて、あれは………魔導書か?」

 クロノは無限書庫のユーノが調べた夜天の歴史や、ヴォルケンリッター達の話を聞いていたが、流石に“ソレ”は知りようがなかった。

 夜天の魔導書へウィルスが送り込まれたことまでは皆が確信しており、そのウィルスの特性や術式が如何なるものであるかも見当がついていたものの、その中核までは誰も知り得ていない。

 夜天の魔導書の管制人格であるリインフォースですら、ヘルヘイムの異形の技術のうち、闇精霊(ラルヴァ)を利用して呪いを振りまき、怨霊兵器と変えるものとまでは予想していたが、まさか中核が呪魔の書であることまでは想定外だった。


 「あれは、呪魔の書です。蠱毒の主アルザングの究極召喚、“蠱中天”の中核を成し、自身を中核に蠱毒の壺の覇者を顕現させ、蟲や異形の死骸すら吸収して燃料源として掠奪、無限に再生と増殖を繰り返すと同時に、最強の蠱を強化していく。そのための術式が記された、この世界でただ一つの悪魔の書」


 「なんだそれは、闇の書の闇の特性よりもさらに性質が悪いぞ」


 「はい、アレはそういうものでした。とはいえ、“蠱中天”を苗床に黒き竜を顕現させた後、サルバーンの時空両断刃によって引き裂かれ、虚数空間に堕ちていったはずなのですが……」

 それを、欲望の影が“ニトクリスの鏡”によってサルベージしたことを知る人間は、誰もいない。

 だが、現実として呪魔の書はここに顕現しており、闇の書の再生コアを逆に喰らい、蓄えられた魔力を全て吸収した。

管理局員としても、夜天の守護騎士としても、エース達は何としてもこれを滅ぼさねばならない。


 【気をつけて! その呪魔の書からとんでもなく危険な魔力が流れ出してる! 術式は不明だけど、死ぬほどやばそうだよ!】

 エイミィもまた全力で解析を進めているが、極めて危険ということしか分からない。

 だが、地上の光景を見れば、その魔力が如何なる特性を秘めているかは一目瞭然であった。


 「植物が―――」


 「腐っていく……」

 飛行魔法で後方に退きながら、ユーノとアルフが目にしたものは、広がる魔力に侵され、時の庭園の命が死んでいく光景。

 ありとあらゆる生命を許さない、死と呪いの渦がそこにあった。


 「毒化の魔力、まさかアレを、この目で再び見ることになるとはな」

 烈火の将は微塵も揺るがず冷静に、しかしどこまでも熱く、広がっていく毒化の魔力を見据える。


 「だがまあ、分かりやすくていいぜ、要は、馬鹿二号の遺したあれが、あたし達の怨敵、闇の根源なんだろ?」

 ここに到り、ヴィータも悟る。夜天の光が闇に堕ちた、最大の原因を。


 「だろうな、アレを内部に埋め込まれたのでは、夜天の魔導書といえど、いずれ闇に堕ちることは必然だ」

 ザフィーラもまた、己が滅ぼすべき相手、己が防ぐべき破壊の渦を見定め。


 「ここで終わらせましょう、あれを滅ぼせば、全てが終わる」

 シャマルが静かに、毒化の魔力に対抗するための魔法を発動させる。

 間違いなく、アレこそが1000年の闇の根源。呪魔の書を滅ぼせば全てが終わることは、事情を一切知らぬものであっても直感だけで分かる程に、凶なる気配を孕んでいる。


 「ザフィーラ、お願い!」

 「了解した! 縛れ、鋼の軛!」

 まさしく以心伝心。内容を確認するまでもなく、ザフィーラはシャマルの意図を読み取り、藍白色の茨の檻を広域に渡って円形に築き上げる。

 それはさながら、巨大な環状列石が“呪魔の書”を取り囲んでいるようにも見えたが、かなり上空まで隆起した時点で中心に集まる形のため、ドーム型という表現が妥当かもしれない。


「クラールヴィント! 癒しの風を檻となせ!」
『Jawohl!』

 続けて、クラールヴィントが毒化の逆を成す術式を発動させ、竜巻めいた風の壁が、鋼の軛と同じく“呪魔の書”を円形に取り囲み、縦に伸びた半球形とでもいうべき、風の檻を築き上げる。


 「あの禍々しい魔力を、外部へ出さないための処置か」

 クロノからの指示を待つことなく、的確な対処を行う夜天の騎士達。

 仮に指揮官がいなくとも、個々の判断で連携を取り、誰もが司令塔として機能しうることこそが彼女らの強さの根底にあることを、クロノは改めて実感していた。


 「はい、強装結界などで遮断しても、毒化の魔力は結界の魔力そのものを侵食し、即座に破壊してしまいます。それを防ぐには、結界ではなく純粋な魔力を逆ベクトルからぶつけ続けるしかありません」


 「なんて魔力……でも、やっぱりおかしいですよ、何でそんな敵意と悪意の塊のような魔力が、ジュエルシードの光で浄化されなかったんでしょうか?」

 毒化の魔力の脅威に驚愕しながらも、ユーノはあれが残っていることそのものを疑問に及ぶ。

 ジュエルシードは魔力量だけならば闇の書に蓄えられたそれを凌駕しているにもかかわらず、なぜ呪魔の書は無傷のままなのか。


 「それはおそらく、主はやて達の光が、“人間の心の闇”を浄化するものだったからだろう」

 悲しげに、そして同時に決意を固めるように、リインフォースが告げる。

 三人の少女は、心優しい人間であった故に、根本から別種の価値観を持つ魔人の凶念を知ることは出来ない。

 その存在を想像することすら出来ない以上、魔人の狂った理念を“願いの光”が打ち消すことが不可能であることもまた道理。


 「ユーノ、つまりはこういうこった。馬鹿二号にとって呪いを振りまくのも人間を殺すのも、悪意もなけりゃ敵意もねえんだよ、肉食動物が草食動物を喰う時、人間みたいな悪意を持たねえだろ。まあ、強い奴を喰う時は敬意らしきもんを持ってることもあるけどさ」


 「そ、そんな人間が、いるんですか、まさか……」


 「呼吸と同義に人を喰らい、毒と呪いを撒き散らす。だがしかし、本能のままに暴れまわるわけでもない、強い人間、打倒すべき敵手を求め、殺し、喰らい、さらに強くなる。アレはそういうもので、闇の書の闇のように弱者を虐げ、貶めるような意志はない、ただ純粋に、我意あるのみ」

 少女達の願いによって、人間の心の闇が祓われた結果、最後に残ったものは魔人の術式。

 仮に、呪魔の書にジュエルシードの光を当てたところで、“それがどうした”程度の効果しか及ぼさないだろう。

 人間の心の闇を祓う光が、嫉妬などの人間らしい心を持たぬ魔人に通じないのは、至極当然の理屈だ。


 「主はやてと高町やテスタロッサがいないのは僥倖だったな。あれは戦争の怪物だ、疲労の色が濃い者や、戦場に慣れていない女子供が相手すべきものではない」


 『つまり闇の書の闇とは、“呪魔の書”という蠱毒の壺の蓋に過ぎなかった。ある種のフィルターの役割と制御装置を兼ね、魔人の術式を人間が理解できる悪意までレベルを落としていた。そのため、キネザという男と波長が合う人間が主となった場合、エスティアのような大増殖を開始する。現在は蓋を消滅させたため、中の毒が噴出したわけですね』

 闇の書が完成した際の暴走はこれまで多くの破壊をもたらしたが、その中で最悪のものは新歴35年の第六次闇の書事件において無限増殖した闇の書の生態部品が国家を丸ごと飲み込み、2200万人を殺したもの。

11年前のエスティアにおいても同様の暴走が発生したが、これは場所と処置が最善だったため、クライド・ハラオウン一人の犠牲で済んでいる。

 今回は八神はやてが主であったため、5時間もの長時間暴走体が行動しても無限増殖の反応は起きなかった。そういった主ごとの暴走の差異に対する推論は幾つかあったが、事実は至極単純、八神はやてと“呪魔の書”では相性が悪い、ただそれだけである。

 キネザという男が遺した怨念、闇の書の闇も、図らずもフィルターの役割を果たし、彼と精神が近しい人間だけが“呪魔の書”の特性を発動させ、それ以外の主は“夜天の魔導書”寄りの機能のみを使い、サルバーンの再来を恐れるマテリアル達に殺され、結局は暴走し、破壊が振りまかれる。

都合8回に及ぶ闇の書事件において、7回分の犠牲者は2万2000人に届いていないが、“呪魔の書”の特性が発揮された第6回は、2200万人を殺している。もし、クライド・ハラオウンの英断がなければ、11年前の暴走は一つの世界を飲み込み、数10億人を殺していた可能性すらあった。

 人間社会があればこその悪意と、人はおろか世界すら顧みない強大な我意、そして、それらから人々の営みを守ろうとする夜天の意志。

闇の書の中にはそれらが混在しており、特にヘルヘイムの我意と夜天の意志が相克している間に、人の悪意が漁夫の利とばかりに暴走していった、それが、闇の書事件の正体であった。


 『結果論であるものの、彼女らをアレから遠ざけることが出来て幸運でしたが、あまり話しこむ時間もありません。呪魔の書より、蟲と推定される異形が多数発生し始めております、この蟲達は、毒化の魔力に耐えられると予想』

 シャマルとザフィーラが毒化の魔力の拡散を封じているが、風の檻の内部でさらに実体を持つ者達が増殖を開始している。

 クロノ、リインフォース、シグナム、ヴィータ、ユーノ、アルフの6名が集まって対策を話し合っているが、アルフは会話には参加せず、様子を見守っている。


 「リインフォース、あれの特性はどういうものだ、そして、滅ぼすにはどうすればいい?」


 「呪魔の書の特性は至極単純です。あれはデバイスではありますが、制御ユニットなどは存在していない、呪いと毒化の魔力を無限に増殖させ、殺意に指向性を与え、全てを蠱毒の主の意志によって統率するというもの。つまり、蠱毒の壺から生み出される蟲の王、“蠱中天”がいなければその機能は半分だけです」

 実際に手に取ったわけではないが、アルザングという存在の性質を考えれば、呪魔の書がどんなものか予想するのは容易い、ヘルヘイムの頂点は揺らぐことのない単純馬鹿だ。

 サルバーンのハーケンクロイツがそうであったように、アルザングの魔導書に制御機能などという“余分なもの”がついているはずもない。


 「それはありがたい情報だが、あれだけの膨大な魔力があれば、ジュエルシードモンスターのように顕現させることは可能じゃないのか?」


 「いいえ、不可能です。“蠱中天”の顕現のためには殺して喰らった獲物の肉体が絶対的に不可欠、あれが“弱肉強食”の具現である以上、無から有を作り出すことは出来ない、強者は弱者を喰らってこそ君臨するという、蠱毒の主が定めた自分ルールに縛られています」


 「………」

 流石に絶句するクロノ。

 キネザの遺した怨念による“闇の書”はどんなものにでも取り憑き、破壊を振りまく効率的な品だったが、ウィルスの大元である“呪魔の書”は効率など一切無視し、我を通すだけの実に頭の悪い品だった。

 兵器として利用するならば用いやすいのは前者だが、敵対する側にとって真に厄介なのは後者だろう。

 なぜなら、闇の書の闇に対して行ったように、プログラムの穴や矛盾を突くといった搦め手は通用せず、真っ向からぶつかる以外に道がないのだ。


 「なっ、大馬鹿だろ、アレを創った馬鹿二号は」


 「それについては、同意する。アレを兵器と呼ぶのは兵器に失礼だな、人間の悪意ではなく、“我意”のみが込められた呪いの書か」

 つまるところ、放浪の賢者ラルカスが自分の歩いた道のりを記せば夜天の魔導書となり、蠱毒の主アルザングが記せば、呪魔の書となる、ただそれだけの話。

 黒き魔術の王サルバーンの場合、自身の生が己のみで完結するため、本に記すという発想そのものがない。彼が造った魔導書とは、信じ難いことに鎖付き魔力爆弾でしかなかった。ある意味で、サルバーンという男を実によく表現しているわけではあるが。

 比較対象に問題があり過ぎるが、サルバーンの鎖付き魔力爆弾に比べれば、アルザングの呪魔の書はまだ魔導書らしき物と呼べるだろう。


 「ともかく、糧となる生き物がなければ、アレは無限増殖する呪いと毒の塊に過ぎません。多少なりとも顕現するのはあのような小型の蟲が限界で、獲物を喰らわない限りは“個体”と呼べる大型の戦闘蟲などは出現しない筈です」

 ならば、対処法は至極単純。


 「分かった、つまり、全力で叩きのめし、塵も残さず消滅させる以外に手段はないということだな」


 「はい、どんな強固な封印をかけたところで、アレは“納得”しません。強大な力で上回る以外の方法では、必ずまた這い出てくるでしょう。勝利であれ敗北であれ、勝負がつくまでは戦い続けます、封印とはすなわち、勝負を取り上げることですから」


 「自分が“納得”しない限り死なない、か、何とも我儘な話だな、どこまで自己中心的なんだ。それと、一応聞くが、僕達が失敗した場合、どうなる?」


 「時の庭園に存在する生き物を喰らい尽し、“蠱中天”のような肉持つ巨大な怪物として顕現した後、餌を求めて次元を渡るのではないかと、アレが蠱毒の主の遺産ならば、転移魔法の術式くらいは刻まれているでしょうし、魔導師を喰らえば、“学習”するかもしれません、弱肉強食の理に従って」

 現に、アルザングの蠱毒の壺は強装結界内部のような閉鎖された異次元空間にあり、それを自ら突き破る形で“蠱中天”は顕現する。

 ならば、呪魔の書を放置すれば何が起こるかは、まさしく考えるまでもない。


 「呪魔の書の転送準備、整いました! 後は呪魔の書周囲の蟲型の呪いと、毒化の魔力さえ一時的に消し去れば、アースラの射程まで転送可能です!」

 クロノ達が方策と呪魔の書の特性を確認している間、シャマルは転送準備を進めていた。

 これこそ、風の参謀の本領であり、出される結論を見越し、ザフィーラと共に毒の拡散を抑えながらも並行して“旅の鏡”を展開するための術式を構築していたのだ。


 「了解した。リインフォース、君は僕とシグナム、ヴィータが突入した際に蟲や毒を封じることは出来るか?」


 「……可能です、主はやての魔力を無断で借りることになりますが、止むをえません」


 「よろしく頼む、突入組は先陣がシグナム、次陣に僕、三陣がヴィータ、最後にブリュンヒルトの順で行く、ユーノとアルフ、リインフォースと入れ替わりになるシャマルは転送役だ、念を押すが、後方の君達は決してアレに近づくな」

 これより先は、一切の油断も躊躇も許されぬ決死の任務。

 誇張でもなんでもなく、クロノ・ハラオウン執務官は最悪殉職することを覚悟の上で、毒の塊へ突入するメンバーを決める。


 「了解しました」

 「異存はねえ」

 「うん、任せて」

 「しくったりはしないから、そっちもうまくやんなよ、クロノ」

 「必ず、成功させてみせます」

 かくして、エース達は闇の根源たる呪魔の書を完全消滅させるため、最後の戦いに臨む。

 敵はベルカ最強の毒の塊であり、僅かに対応を間違えれば命を落とすことは間違いなく、危険度は電脳空間の戦いや暴走体との戦いに比べて遙かに高い。

 それ故に―――


 「アリア、彼女達をよろしくお願いね。消耗してる貴女達も、決して前線には出ないように、私は前線に戻ります」

 ユーノやアルフは、毒の充満する檻の内部に飛び込むことはなく、転送要員として外部に待機。

 死地へ突入するは、烈火の将と鉄鎚の騎士、そして時空管理局の執務官と祝福の風の4名。

 そこにもう一人の戦力を追加するため、リンディ・ハラオウンもまた戦場へ向かう。

 この戦いだけは、決して子供達を直接的に関わらせてはいけないと、決意を固めながら。





新歴65年 12月25日  無人世界(衛星軌道上) 時の庭園 広場 AM6:00



 そして、クロノが立てた突入計画に、リンディが加わったことで若干の修正を加え。

死と隣り合わせの突撃が開始される。


 「ディストーションシールド、展開!」

 まず、突入の前段階として、リンディが風の檻の外側からディストーションシールドを展開。

 毒化の魔力の特性を考えれば、いずれは侵食されるが、短時間ならば持ち堪えることが可能だ。

 そしてその間、シャマルとザフィーラは完全にフリーとなり。


 「ヘルヘイムの闇、蠱毒の主の呪われた魔導書よ、お前の進軍は、ここで終わりだ!」

 先陣を切るのは、盾の守護獣ザフィーラ。

 包囲する茨の檻としてではなく、収束した魔力波動として鋼の軛が放たれ、リンディがあえて一部分だけ残した“突入口”から、藍白色の魔力が毒化の魔力を蹂躙していく。


 「行くぞ、デュランダル、S2U!」

 「レヴァンティン、烈火の誓いをここで果たすぞ!」

 「グラーフアイゼン、あの馬鹿野郎を今度こそ叩き潰してやるぜっ!」

 「主はやて、シュベルトクロイツをお借りします。闇の根源を消滅させ、貴女の優しい風を届けるために!」

 ザフィーラがこじ開けた道へ進むは、四人の騎士と魔導師達。

 結界内部には触れた者を悉く殺す毒化の魔力が充満しており、火災現場よりも数段危険極まる死地へ、躊躇なく飛び込んでいった。


 「………」

 そして、道を切り拓いたザフィーラもまた、僅かに遅れて後に続く。

 既に彼の役割は果たしているが、彼が突入しないことこそがあり得ないとばかりに、静止の声を上げるものもいない。


 「仄白き雪の王、銀の翼以て、眼下の大地を白銀に染めよ――――」

 次陣を切るは、祝福の風リインフォース。

 鋼の軛が切り拓いた道を埋めるよう、即座に毒化の魔力と、毒の塊である蟲達が増殖し、集まってきている。

 彼女の役割は、それらを氷結させ、通路を固定することにある。


 「来よ、氷結の息吹! アーテム・デス・アイセス!」

 夜天の魔導書を通して、主であるはやての膨大な魔力が流れ込み、リインフォースの術式を後押しする。

 現在で既にSランク、将来的にはSSランクに到達するであろう、最後の夜天の主の力が、呪魔の書から無限に増えていく毒を氷結させていく。


 「進むぞ!」

 「おう!」

 「よっしゃ!」

 さらに奥へ進む三騎。

 だが、吹き飛ばしたとはいえ、檻の内部空間にはなおも毒が存在しており、高速で飛行する間にも彼らの身体を毒が侵食していく。


 「レヴァンティン、炎熱変換機能を全開にしろ!」
 『Jawohl!』

 ならばこそ、それを突破するは烈火の将シグナムの役割。

 ザフィーラとリインフォースが道を築きあげ、呪魔の書の付近まで迫った烈火の将は、クロノとヴィータを侵食しようとせまる毒の微粒子まで焼き尽くさんと、己の魔力を全て浄化の炎へと変生させていく。


 「剣閃烈火!」
 『Explosion!』

 剣の主従を阻む者は何もない。飛行しながら時間をかけて変換された膨大なる炎熱はフレアの如き輝きを伴い、今まさに呪魔の書の中枢目がけて解き放たれようとしていた。


 「貴様の呪いも毒も全て、業火に散れ! 火竜一閃!」

 放たれる火竜の顎(アギト)は毒に侵された大気を全て焼き尽くし、呪魔の書の周囲に満ちる毒を完全に昇華させ―――


 「野郎、なんてしぶとさだ」

 シグナムが焼き払った道を進み、騎士甲冑による温度遮断があってですら発汗を抑えることが出来ないほどの高熱空間を駆けるヴィータは、呪魔の書がなおも強大な毒の塊に包まれているのを確認する。

 かつて、蠱毒の主と融合した“毒の切先”グアサングと同様に毒を収束させる特性も有しているのか、“蠱中天”を顕現するための核であるかのように、呪魔の書の周囲には外部とは比較にならない密度の毒が満ち、最早粘菌に近い有様だ。


 「無限に広がると同時に、獲物を喰らい、凝縮し、呪いを固め、強大な蠱と成す、か。ならば、纏めて氷結させるまでだ」

 毒の中枢たる呪魔の書と、そこへ収束する粘菌の如き呪詛の塊を見据え、クロノ・ハラオウンが闇の書の封印のために作られたデバイスの真価を発揮させる。


 「悠久なる凍土 凍てつく棺のうちにて 永遠の眠りを与えよ―――」

 クロノの役割は、無限の毒と呪い、蟲を吐き出すその権能を一時的にでも封印させ、氷結させること。

 絶対零度の達する極大の冷気は、火竜一閃によって焦熱地獄を化していた空間を瞬く間に反転させ、その急激な温度変化は、最早それだけで空間攻撃の様相を見せていた。

 その中にあって、クロノとヴィータは微塵も揺るがず、打倒すべき敵を見据え、戦意を研ぎ澄ませる。


 「凍てつけ!」
 『Eternal Coffin.』

ランクSオーバーの高等魔法、エターナルコフィン。

 攻撃目標対象を中心に、付近に存在するもの全てを凍結・停止させ、破壊や加熱などで外部から凍結が解除されない限りその対象を半永久的に凍てつく眠りへと封じ込める。

 それは、毒の塊たる粘菌とて例外ではなく、呪魔の書へと収束していた毒は悉くが氷結していた。


 「やるぞ、アイゼン! ぶよぶよの粘菌だろうが、凍っちまえばこっちもんだ!」
 『Gigantform!(ギガントフォルム)』

 そして、至高の鉄鎚が中枢を打ち砕く。

 鉄鎚の騎士ヴィータの最強の一撃、ギガントシュラークが、エターナルコフィンによって巨大な氷塊と化した呪魔の書へと振り下ろされ―――


 「手前は、もう二度と、はやてに近づくんじゃねえーーーーーー!!!」

 氷塊を粉微塵に砕き、呪魔の書を完全な無防備へと変えていた。

 ただ、連撃はここで終わりではない。

 氷結し、砕かれた毒と呪いの欠片はまだ消滅したわけではなく、このまま旅の鏡を発動させれば、下手をすればシャマルへと逆介入してくる危険性すらあり得る。

 故に―――


 『ブリュンヒルト、エネルギー収束率100%。全エネルギーを一斉解放、大火力砲撃システム、“スクルド”展開』

 時の庭園の二基の駆動炉、“クラーケン”と“セイレーン”の紡ぎ出すエネルギーが全てブリュンヒルトへと注ぎこまれ、SSランクに達する膨大なエネルギーが収束していく。

 呪魔の書周辺に存在する毒素を、完全に焼滅させるために。


 「駆けよ! 隼!」
 『Sturmfalken!(シュツルムファルケン)』

 その瞬間、烈火の将のフルドライブでの一矢が、突入経路とは90度異なる方角へ放たれ、結界を貫く効果を持った灼熱の矢が、脱出経路を作り上げる。

 フルドライブ状態での火竜一閃からのシュツルムファルケンという無謀極まる連撃に、彼女のリンカーコアが悲鳴を上げるが、烈火の将は悉く無視した。


 「ブレイズキャノン!」

 その道をさらに広げ、維持するのはクロノの役目。

エターナルコフィンを全力で放ったことで魔力回路が一時的に過負荷を起こしているデュランダルに代わり、S2Uが退却路を切り拓く。


 「リインフォース、退くぞ、しっかりつかまっていろ!」

 「すまない、将……」

 元来が戦闘者ではなく、アーテム・デス・アイセスの発動でほとんど力を使い果たしていたリインフォースを抱え、彼女の近くにいたシグナムが退却路へと飛翔する。


 『ブリュンヒルト、リミッター解除。エネルギー収束率135%まで上昇、照準調整、目標、突入口』

 【了解】

 彼女らが来た道を戻ることがない理由は、その方向から最後の破壊の渦がやってくるためである。

 呪魔の書までの道を切り開き、その周囲に収束していた毒の粘菌を凍らせ、砕いたこの状態でブリュンヒルトの限界を超えた砲撃を叩きこめば、一時的にせよ、呪魔の書周囲から完全に毒は消え去る。


 「おしっ! あたしも―――あ、えっ?」

 クロノが先行して退却路を維持し、シグナムとリインフォースが飛翔した先へ自身も向かおうとした瞬間、ヴィータの身体が硬直する。


 <毒にやられたか、ちっくしょ、直接触れてもいねえのに――>

 中枢の毒の密度は外周とは比較にならず、直接砕いたヴィータはその一部をどうあっても浴びてしまう。

 まして、灼熱と極寒の中を駆け抜け、騎士甲冑が急激な温度差によってほとんど砕けていたのだから、毒を遮るものはなにもない。


 「あまり無茶をするな、ヴィータ」

 「あ――」

 だが、ヴィータが自身の落下に気付いた次の瞬間には、彼女は優しくも力強い両腕に抱えられていた。


 「ザフィーラ…」

 「じっとしていろ、全速力で駆け抜ける」

 毒が満ち、灼熱と極寒の温度変化の空間を駆け抜けながらも、纏うフィールド防御には些かの欠損も見受けられない盾の守護獣。

 クロノは器用さによってバリアジャケットの耐熱設定を切り替えることで、シグナムは炎熱変換によって自身の周囲を高温に保つことで踏破したその道を、ザフィーラは純粋な防御性能のみによって駆け抜けていた。


 「やっぱすげーな」

 「お前達を守るための、この拳と鋼だ」

 リインフォースを抱えたシグナム、ヴィータを抱えたザフィーラが、クロノが維持している退却路から飛び出し。リンディとクロノが二人がかりでその穴を瞬時に塞いだ瞬間―――


 『着弾を確認、毒化の魔力、消滅』

 限界を超えて出力を高められた極大の砲撃が、毒化の魔力を悉く吹き飛ばしていた。

 そして―――


 「呪魔の書―――捕えた!!!」

 湖の騎士シャマルが渾身の術式で、全ての根源たる呪魔の書を捕える。


 「長距離転送!」

 「目標、軌道上!」

 ユーノ・スクライアとアルフがさらに転送のための陣を形成。

 転送役の三人が、巨大なトライアングルの頂点に位置し、それはさながら、中世ベルカの三角形の魔法陣が、古代ベルカの呪術師の魔導書を完全に捉えたようでもあり――


 「「「 転、送ッーーーーーーーーーーーー!!! 」」」

 衛星軌道上で待機するアースラの前、退避距離も含めた上で、アルカンシェルの理想的な射程距離に、毒化の魔力と蟲を無限増殖させながら、呪魔の書が転移された。



同刻 アースラ

 「ファイアリングロックシステム、解除」

 老提督は静かに、その光景を見つめていた。


 (アルカンシェル、バレル展開―――カウントダウンの前に、エスティアを、墜とす)

 幾度も悪夢に苛まれ、後悔と贖罪の念で生き続けたこの11年間。

 その全てを清算する時がきた。

 かつては闇の書の暴走に乗っ取られたエスティアを、クロノの父、クライド・ハラオウンと共に消滅させたアルカンシェルが、その根源へと向けられている。


 呪魔の書


 人間の法則に縛られることもなく、果てしなく破壊と毒と呪い、そして、死を振りまく遺物へ。


 「呪いの根源よ―――――ここで消えされ」

 古代ベルカの時代より存在した人を呪う魔術、ある蟲使い一族の執念の結実であり、最強の召喚師でもあった男が残した、一片の不純物もない純粋な呪いの書へと。


 「発射準備完了、行けます!」

 11年に渡る想いと、少女達の未来への希望をのせ。


 「アルカンシェル――――発射」

 ギル・グレアムは己の手で、最後の鍵を、回していた。





新歴65年 12月25日  無人世界(衛星軌道上) 時の庭園 広場 AM6:10


 【効果空間内の物質、完全消滅! 再生反応もありません! これにて、“クリスマス作戦”は終了! 現場の皆、お疲れさまぁ!!】

 弾けるようなエイミィの声が響き渡り、作戦の終了が告げられる。

 長きに渡る闇との戦いが、その根源たる“呪魔の書”を滅ぼすための作戦が。

 ついに終了し、エース達は翼を休めることを許された。


 「しっかしまあ、見事にボロッボロだねぇ」

 この中ではほぼ唯一自由に動けるアルフは、燦々たる有様を見渡して溜息をつく。

 突入組のクロノ、シグナム、ヴィータ、リインフォースは全員倒れ、意識こそあるものの毒化の魔力の影響が出ており、シャマルとユーノが全力で治療にあたっている。

 ザフィーラは狼形態に戻ってじっとしているが、ダメージが浅いわけではなく、かなり辛そうだ。


 「この毒は……二度と、味わいたくないな」

 「同感ですね、我ながらよく昔にこんなものと切り結んでいたものだと、感心する」

 「そこは呆れとけ、感心すんな」

 「久々の実体化の最初が、これとは………泣けてくるが、主はやてがこれと接触することがなく、良かった……」

 とまあ、感想は様々だが、二度と毒化の魔力を味わいたくないという部分では見事に一致していた。


 「はあ、私達の本当の戦場はここからね、毒以外にも傷はたくさん。クロノ執務官はエターナルコフィンを放って直ぐに砲撃魔法と結界魔法と連発したせいでかなりリンカーコアに負荷がかかってるわ」


 「すなまい、我ながら無理したという自覚はある」

 治療を担うシャマルにとっては、頭が痛くなる有様だったが、クロノと闇の書の因縁を考えれば、無理するのもいたしかたないとも思う。


 「ヴィータちゃんは……負荷はあまりないけど、毒の傷は深いわね、最低でも一週間は魔力行使禁止で、精密検査しないと」


 「検査かぁ、はやてが言ってたけど、退屈そうだなぁ」

 最後の飛行を行わず、ザフィーラに抱えられていたため、ヴィータの身体にはあまり無理な負荷はかかっていない。


 「リインフォースは、そもそも夜天の魔導書の切り離し作業でどれだけ損傷しているかも分からない状態でこんな無理して、1ヶ月くらいの長期療養は見込んでおいてね」


 「ああ、分かっているさ……主はやてやお前達と共に過ごせるならば、私はそれだけで十分だ」

 これまで共に過ごすことが出来なかったリインフォースにとっては、闇の書が消滅したにも関わらず、自身が生きていること自体が奇蹟のようなもの。

 それでも救いきれなかったものはあるが、あの少女達のためにも、彼女は主とその仲間達を守っていこうと、決意を固めていた。


 「そして、論外が一人。炎熱変換を限界を超えて火竜一閃を放った上に、少しも間を置かずにシュツルムファルケンを撃って、リインフォースを抱えて周囲の魔力を焼却しながら高速飛行、貴女、馬鹿でしょ」


 「誰よりも重い任を負ってこその将だ」

 シャマルの呆れを多分に含んだ言葉にシグナムは一切動じず、胸を張って答える。


 「はあ、馬鹿に付ける薬はなしと、ホント、騎士っていうのは根本部分でアレと同じなのかしらね」


 「アレとだけは一緒にしてくれるな」

 戦場に臨む際の覚悟は同じであっても、戦場を民から切り離すために向かうか、戦場を望んで作り出すか、根本的な違いがある。

 今回がまさしくそうであったように、なのは、フェイト、はやてといった民間人、つまり“一般の民”を戦場から遠ざけるために、夜天の騎士は煉獄を駆ける悪鬼羅刹となるのだ。


 「ともかく、忙しくなりそうだわ、貴方も結構疲れてるでしょうけど、お手伝いよろしくね、ユーノ君」


 「え、ええまあ」


 「ああ、それとトールが、なのはちゃんとフェイトちゃんとはやてちゃんのこともユーノ君に診てほしいって言ってたわよ。何でも、以前と同じ状態にしてあるって」


 「以前の状況………」

 一瞬、なんのことだろうかと考えるユーノ。


 「えっと、前の集いのちょっと前って言ってたかしら」


 「…………ぶはっ!」

 シャマルの言葉を聞いた瞬間、クロノの治療を行っていたユーノが吹き出した。

 以前管制機に騙され、意図せずにカプセルの中のなのはの裸を覗くことになった過去を思い出した模様。


 「つ、つつつ……ユーノ、僕を殺す気か………」

 調整を誤った治療魔法は、現在進行形で猛毒と格闘中のクロノの身体に凄まじい苦痛を与えていたり。


 「ご、御免クロノ」


 「まあ、いい……今回の件では本来民間人の君に相当無理をさせたからな、恨みの一撃と思っておくよ」


 「ふふっ、ホント、君は律儀だね」


 「性分だ」

 少年二人は、何だかんだで仲がよく。


 「まあ何にせよ、とりあえずは一件落着ね、後始末は山のようにあるし、今回の作戦だけでも始末書の嵐になりそうだけど」

 締めくくるように、リンディが皆に微笑みかける。

 通常の管理局の作戦基準で考えれば、“クリスマス作戦”は作戦と呼べるものではない。

 作戦の要が民間人の少女3人(一人は嘱託)である上に、ジュエルシードで願いを叶えることを前提としているという、正気の沙汰とも思えない内容である。


 「流石に、こんなのはもう無いかい?」


 「ええ、これはあくまで聖夜の奇蹟。時空管理局も人間の組織だから、予算問題とか責任問題とか、色々なしがらみがある。でも、だからこそ、彼女達と彼らが勝ち取ったこの勝利には、とても大きな価値があると思うわ、これでようやく、長い夜が終わったのだから」


 「皆欠けることなく、大団円ってね、マテリアルの子達はちょっと可哀そうだったけど、フェイトもなのはもはやても、大切な思い出を作れたみたいだし、前を向いて行こっか」

 例えそれが、半年前の桃源の夢のように、刹那の幻に過ぎなくとも。

 少女達が頑張って、叶えた奇蹟には、きっと意味があるだろうと。

 永き夜は終わりを迎え、夜天の旅は、ついに終焉へ辿り着いた。

 最後の夜天の主の下、夜天の守護騎士は如何なる道を歩み、そして、共に戦った仲間達は、どのように進んでいくか。

 自身が育ち、主の母が遺した時の庭園の空を見つめながら、この先フェイトがなのはやはやてと共に歩むだろう道のりに、アルフは想いを馳せていた。





新歴65年 12月25日  第一管理世界  ミッドチルダ  某所


 一人の女性が、広い空間の中に佇んでいる。

 紫色のロングヘアーを持ち、ピアノの鍵盤めいた特殊な機器を操作するその姿は、華麗なピアニストを彷彿とさせる。

 ただ、これまでと異なり鍵盤のような機器は彼女の“固有武装”へと繋がっており、彼女の固有技能がいかんなく発揮されている。


 「不可蝕の秘書」フローレス・セクレタリー


通常行動状態でもレーダーやセンサーの類に引っ掛かることの無い高性能なステルス能力と高度な知能加速・情報処理能力向上チューンの総称にして、戦闘機人である彼女を機械のCPUと直結させ、管制することを可能とする権能。

 ジェイル・スカリエッティという広域次元犯罪者が保有するアジトと彼女の関係は、時の庭園と管制機トールと近いものがあり、彼女がアジトにいればあらゆる魔導機械を操作することが可能となる。


 「どうだいウーノ、新しい玩具の使い心地は」

 遠目であろうとも判断できる、特徴的な紫の髪。

 深遠な知性を漂わせながらも、同時に狂気を湛えた黄金の瞳。

 そして何よりも、泣き笑いの道化の仮面のような、それでいて、どこまでも心の底から喝采しているような、異形の笑み。

 自分にはそれ以外の感情がないのだと主張するような、歪んだ笑顔。


 「悪くありません。こうして、夜天の魔導書に関する顛末を、貴方にお伝えすることが出来ています、ドクター」

 彼女の仕える主にして、半身たる男が、いつもと同じ笑みを浮かべている。


 「それは何よりだ、さて、ならば名前をどうしようか」


 「私が命名してよろしいでしょうか、ドクターには致命的なまでにネーミングセンスがありませんので」


 「それは手厳しいね。となると、ふむ、私と彼は似た者同士といえるかな」

 二人の前には、直径1メートルほどの真円を成した鏡のような魔導端末が鎮座している。

 先日の件でインスピレーションでも湧いたのか、以前から確保してあった“ニトクリスの鏡”の欠片を用いて四番目の男が作り上げた品であり、今は彼女の固有武装ともなっている。

 もっとも、武装と呼ぶには攻撃力がなく。その能力は遙か彼方と空間を繋ぎ、物質転送や映像の入手などの、補助的な機能に限られる。

 そしてその鏡は現在、時の庭園の中央制御室に置かれた紫色の管制機を映し出している。


 「確かに、ネーミングセンスは同レベルかと、何しろ、ゴッキーにカメームシにタガーメ、ですから」


 「くくく、対等の頭脳を持つ友人を持つというのは、素晴らしいことだ」


 「対等の低レベルのような気もしますが、それよりも、こちらの反応が」


 「ほほう、これはこれは」

 二人は鏡を用いて“クリスマス作戦”の始終を観測していた。

 流石にオリジナルには劣るため、電脳空間内部までを映し出すことは叶わなかったが、現実空間における推移は映像だけとはいえ把握できた。

 そして、“呪魔の書”が滅ぶ瞬間と、その間際に起きたある現象も、余さず捉えていた。


 「アルカンシェルが炸裂し、その中心の時空を歪める瞬間、ほんの僅かの間とはいえそこには虚数空間への“門”が開かれる。そして、共鳴を行った、ということかね」


 「恐らくは、呪魔の書と同種の存在にして、彼そのものでもある“アレ”は破邪の剣と共に虚数空間を彷徨っているはずですが……」


 「呪魔の書がアルカンシェルによって消滅する間際、開いた門から“共振”が行われた。それは断末魔の叫びに近いものがあったかもしれないが、届いたかもしれないねえ、夜天の守護騎士達が現世に限りある生持つ存在として顕現したことを」

 幾度滅ぶとも再生する闇の書の守護騎士ではなく、ただ一つの命を持った、夜天の守護騎士として。

 であるならば―――


 「くくくくく、素晴らしい! まったくもって素晴しい! 少女達の祈りが起こした奇蹟もさることながら、それを成したのはジュエルシード! まさかまさか、ここまで彼女らがジュエルシードと関わるとは!」


 「願いを叶える魔法の石、翠色でないのが少しばかり残念ですが」


 「そこは本質ではないよ。少女達の無垢なる欲望が、キネザという男の欲望に勝利し、人間の心の闇を祓った。しかししかし、蠱毒の主の欲望の具現たる呪魔の書を滅ぼすには至らず、破壊は欲望なきアルカンシェルによって行われた、くくくく、これはこれは、いよいよ葬送のオーケストラの出し物も決定したというべきか!!」


 「確実に、因果は収束しつつあるようですね。約束の中心に来るのが誰かまでは分かりませんが、この作戦に参加したメンバーが大きく関わることは、間違いないでしょう。そして、ドクターはアレを呼び出すと」


 「悪魔を召喚し、交渉を持ちかけるならば相応の対価が必要だ。これまでは魔王の配下たる悪魔殿を呼び出しても差し出せるものがなかったが………いやいや、実に素晴しい、これもまた祝福の風であるだろうか」

 仮にそれが四番目の男にとっての祝福の風ならば。

 次元世界にとっては、悲劇の風となるのは疑いない。


 「ともかく、“共振”を手掛かりに探索を続けてくれたまえ、ウーノ、これは君にしか頼めない。悪魔殿を呼び出す儀式の用意は私が、捧げる供物の用意はトーレとクアットロにお願いしようか」


 「あら、チンクは仲間外れですか」


 「そういうことになるだろう、彼女は無限の欲望の因子を持っていないがために“亡者の王”と関わる権利を持っていない、彼は“ヴンシュ”の時代の男だからね。むしろ、彼と接触することでクアットロが如何なる道を選ぶかが楽しみだよ」


 「あの子も可哀想に」

 とは言いつつも、彼女の口にも笑みが浮かぶ。

 王冠か王国か、四番目の分身は果たしてどちらに傾くのか、一番目の彼女も興味は尽きないのだろう。


 「さあ、復活の時まであと10年、ばら撒かれし闇の一つは決着を見るも、全てが終わったわけではない。因果は巡り、欲望は収束する。管理局の皆様方、是非ともお楽しみいただきたい、無限の欲望が主催する、ただ一度の慰霊祭! 葬送のオーケストラを!」

 時は新歴65年、冬。

 奏者たる12人は未だ揃わず、自身が何者であるかを知りつつ動くは最初期の3人。

 初期の2人がそれに続くも、片方は機械と人の合成たる自身に想いを馳せ、やや遅れて目覚めし四番目は、人と欲望の狭間で揺れ動く。

 中期の2人はまだ幼く、自身が何者であるかを意識することのないまま、揺籃の庭にある。


 一つの事件は収束し、時代の歯車は約束の時目がけて加速していく。


あとがき
 闇の書事件、これにて終了となります。前回のアレで終わりではあんまりでしたので、正式な終わりは用意してありました。
 後ははやてと守護騎士に対する後処理と、A’S編のエピローグくらいですが、原作とほぼ同じ部分は皆様周知の事実ですので、トールの記録みたいな形のダイジェストで流そうと思います。
ただ、リインフォースが生存したことで大きく変わる部分もありますので、今後の展開において原作との相違点となる部分の書いていくつもりです。
 いよいよフェイトがハラオウン家の子となり、巣立つ日が近く、管制機が一つの役目を終える時がやってきます。それではまた。



[26842] 第五十話 広域次元●●犯 八神一家
Name: イル=ド=ガリア◆26666ccb ID:01fac648
Date: 2011/09/08 21:03
Die Geschichte von Seelen der Wolken


第五十話   広域次元●●犯 八神一家




新歴65年 1月4日  第97管理外世界付近  次元空間  時の庭園  中央制御室


 闇の書事件に関する報告

 時空管理局本局、次元航行部隊L級艦船、第八番艦アースラ。並びに本局よりの増援部隊武装局員一個中隊、そして、地上本部所属対空戦魔導師用、追尾魔法弾発射型固定砲台、“ブリュンヒルト”が闇の書撃滅作戦、通称、“クリスマス作戦”に参加。

 加えて、第97管理外世界在住の民間協力者高町なのはと、遺跡発掘やロストロギア調査を生業とするスクライア一族の少年、ユーノ・スクライアが本作戦に参加、アースラ所属の嘱託魔導師フェイト・テスタロッサとその使い魔アルフも同様に。

 闇の書の主であった八神はやてと、その守護騎士ヴォルケンリッターに関しては、事件収束以前に協定が結ばれ、“クリスマス作戦”に協力、協定締結時の立会人は地上本部首都防衛隊ゼスト・グランガイツ一尉とクイント・ナカジマ准尉。

 ヴォルケンリッターは、闇の書事件収束後の八神はやての罪状において彼女に一切の責任がないことを主張するも、八神はやて本人が否定。

 闇の書事件の総責任者であったギル・グレアム提督と数時間に及ぶ会談を行った結果、彼女が“被害者”であるという立ち位置は維持しつつも、守護騎士の行動によって生じた社会的責任の“一部”を負うことに決定。

 ただし、この“一部”についてはギル・グレアム提督の匙加減一つで如何様にも解釈は可能であり、全面無罪も容易であると判断。

 その大きな要因として、“クリスマス作戦”最終段階において出現した“呪魔の書”の存在が挙げられる。

 “呪魔の書”は極めて危険度の大きいロストロギアであり、無限増殖、無限再生、さらには死体を喰らい、凝縮し強大な魔法生物を顕現させ、喰らった魔導師の能力を奪うことも可能である。

 本案件の中心にある“闇の書”は、およそ1000年前に製造された“夜天の魔導書”に、この“呪魔の書”がウィルスとして送り込まれたことによって、変異したものであることが、無限書庫の情報より確認。

 これまで、闇の書の守護騎士とされてきたヴォルケンリッターは、正確には“夜天の魔導書”の守護騎士であり、彼女らの破壊行動は“呪魔の書”からのウィルスと、アルゴリズムの改竄によるものと判明。

 よって、闇の書事件総責任者ギル・グレアム提督は、“夜天の魔導書”そのものを、“呪魔の書”の被害者と認定。大型ストレージデバイスであるため本来ならば被害者ではあり得ないが、守護騎士と管制人格の人権について明確な定義が未だされていないため、暫定的に“人”とする。

 全ての原因は、1000年前に“呪魔の書”なるロストロギアを製造した蠱毒の主アルザングにあり、本案件は人為に基づく通常犯罪から、人為を介さない古代兵器暴走事件、“准天災”へと変更を余儀なくされる。

 “准天災”の位置づけは、発端が人間である以上は人災に区分されるものの、極めて天災に近く、個人の意志では覆しようがない特性を持つものであり、ジュエルシードを知らない人間が接触し、ジュエルシードモンスターを顕現させた場合などもこの“准天災”となる。

 例外として、悪意によってジュエルシードを発動させた場合は通常犯罪に区分されるように、11年前の闇の書事件において封印状態の闇の書を解き放ったラクティス・アトレオン一等空尉については、犯罪者の扱いとなる。

 ただし、故人であることと、唯一の犠牲者となったクライド・ハラオウンの遺族が事実の公表を望まぬため、このようなロストロギアに対処する遺失物管理部の重役や、各部署のトップ級の要人以外に知らされることはない。

 また、如何なる人間が主であろうと、その人間性に関わりなく破滅させ、周囲にすら破壊を広げることを“呪魔の書”に対処したクロノ・ハラオウン執務官が証言。時の庭園に残留した“毒化の魔力”と、闇精霊(ラルヴァ)の解析結果が、魔導科学的裏付けを与えている。

 これらを踏まえ、以後、本案件の正式名称は“闇の書事件”より“呪魔の書災害”となる。

 ただし、これまでのデータについては変更にかかる手間と費用、それによる効果を計算した結果、末端については無用と判断。本局中枢の重要データに関してはギル・グレアム提督が、一段下のデータに関してはリンディ・ハラオウン艦長の下、改訂が進められる。実働責任者はクロノ・ハラオウン執務官。

 歴代の闇の書事件における闇の書の暴走による被害は、“呪魔の書”によるものと断定。11年前の二番艦エスティアの件についても、発端は人間の悪意であっても、艦船を乗っ取る程の増殖力は“呪魔の書”が根源にあったと結論。


 特記事項、呪魔の書災害の性質と対策について

 新歴35年、第六次闇の書事件において、2200万人もの犠牲者を出し、当時の闇の書は第一級捜索指定遺失物とされた。

 当時において次元連盟に加盟している国家が三カ国しかない准管理世界であったヴァルダナ(正式な管理世界の個数は35、国際連合などの名称を持つその世界の世界政府が次元連盟に参画し、管理局法の運営・維持に同意した場合のみを正式な管理世界と定義)において、独裁国家の高官が闇の書の主となった。

 超兵器に分類されるロストロギアの保有は“イスカリオテ条約”において禁じられているものの、管理局法を批准していない国家には無関係のものであり、闇の書の解析と利用法の研究は国家プロジェクトとして進行。リンカーコアを持つ国民は狩り出され、生贄として次々に捧げられたとの記録在り。

 この国家の情勢は、約950~900年前のヘルヘイムに極めて近しいことをユーノ・スクライアとクロノ・ハラオウンの両名が確認。夜天の魔導書の管制人格リインフォースの情報によると、一つの国家が粘菌状の異形の怪物に飲まれることも、その当時では幾つか例があった模様。

 つまり、“呪魔の書”は中世ベルカのヘルヘイムと近しい政治体制をとる国家に渡った際に、その真価を発揮したわけであり、2200万人を飲み込んだ怪物の記録を参照した結果、夜天の魔導書の管制人格リインフォースと守護騎士ヴォルケンリッターは、新歴35年に“蠱中天”が顕現していたと確証。

 そして、蠱毒の主アルザングが遺したロストロギアは“呪魔の書”のみではない可能性があり。本局と遺失物管理部は“蠱毒の主”に由来する物品を全て第一級捜索指定遺失物とすることを決定。

 万が一、クラナガンに“蠱中天”が顕現した場合、市民全てが犠牲となる可能性が高い。今回の“クリスマス作戦”も含め、“蠱中天”に対して有効な手段はアルカンシェルのような大威力攻撃以外に確認されていないため、どうあってもクラナガンの消滅は避けられない。

 “クリスマス作戦”における時空管理局への損害も“呪魔の書”によるものであり、これらは全て天災型ロストロギア損害と判断される。

 蠱毒の主アルザングに由来するロストロギアについては、地上本部も最大限の注意と警戒を行い、発見した場合は海と陸の境界に拘らず対処にあたるべきと、ギル・グレアム提督より進言。

 呪魔の書に関する特記を終了。


 闇の書完成までの蒐集期間において、その手口に歴代の主の人間性による違いが表れていることから、この時期の守護騎士と主の行動については、“被害者”という立場は考慮しつつも責任を考慮する必要性があることを追記。考慮の結果、如何なる判決が下されるかは別問題である。刑事責任においては無罪であると予想。

 歴代の主は故人であるため罪に問うことは不可能。八神はやてについては、今回のヴォルケンリッターの蒐集活動に関してのみ責任を負うこととし、その蒐集はヴォルケンリッター自身の意志であると、彼女ら自身も主張しているため、管理局との協定以前については、現在法的決着を待っている状態。

 夜天の主と守護騎士以外では、時空管理局最大のデータベース、無限書庫の情報の有用性についてその大半が認められ、民間協力者のユーノ・スクライアが今後無限書庫司書となり、データベース化に尽力する見込み。現在も“呪魔の書”の具体的な効能を公式資料として纏める作業に従事。

 他の民間協力者や嘱託魔導師、アースラの乗組員については特筆すべきものは特になし、局員については功績に応じて昇進の可能性あり。

 ただ一つ、“呪魔の書”が発した“毒化の魔力”によるダメージを負った4名のうち、事前のデータがあった3名については、回復時に若干ながら“クリスマス作戦”以上の魔力値を確認。後遺症などについては一切確認されず、回復には時間を要するものの、その後は健康体そのものであるとのこと。

 この事象から、“毒化の魔力”は即効的な殺傷能力に特化しており、残留する毒や後遺症などはほとんどないと推察され、身体が毒に対抗するためか、リンカーコアの強化と魔力向上に繋がると推察される。

 ただし、魔導師のリンカーコアを強化する方法として、毒化の魔力を用いることは絶対に推奨しない。危険度が高すぎ、毒への耐性をつけるために猛毒をそのまま飲むに等しい愚行であると結論。

 それ以外に重要な案件として、ブリュンヒルトの有用性が確認され、SSSランクに届く魔力暴走体を足止めする手段、並びに“呪魔の書”を攻撃するための手段として非常に効果的であることを立証。空中に漂う毒化の魔力は機械兵器へ影響を与えることはないが、粘液レベルまで凝縮した場合、最硬金属のアダマンタイトまで溶解させた。

 これにて、対空戦魔導師用、追尾魔法弾発射型固定砲台“ブリュンヒルト”は武装局員一個中隊に劣らぬ戦力を示し、発展型となる“アインヘリアル”は、クラナガン防衛の手段として有用であることがほぼ確定された。

 ブリュンヒルトの今後、“クリスマス作戦”の経過については、別途資料を参照。

 “呪魔の書事件”を解決したエース達の今後、さらにレティ・ロウラン提督との交渉によるヴォルケンリッターの地上本部への勤労奉仕などについては、未確定要素が多いため、法的な措置が終了した際にまとめて報告予定。


 以上、時の庭園の管制機トールより、地上本部防衛長官レジアス・ゲイズへ







新歴65年 1月26日  第97管理外世界付近  次元空間  時の庭園  会議室


 “クリスマス作戦”から一か月が経過し諸々の処理が一段落したころ、八神家一同が時の庭園に集合し、今後の自分達に関する説明を受けていた。

 なのはについては“クリスマス作戦”において多大な貢献をしたことを認められ、ギル・グレアム提督から正式な形で表彰されたが、彼女が管理外世界の住人であることや本人の意向もあり、式典めいたものはなかった。

 「こういう時は、管理外世界のなのはが羨ましい」とはユーノ・スクライアの言葉で、スクライア一族の少年がロストロギア闇の書を葬る作戦に参加し、無限書庫での情報収集においても大きな成果を挙げたことは流石に無視できず、本局において正式な式典が開かれたりもした。

 ただ、その中になんとしてでもユーノを無限書庫の司書へと引き抜こうという思惑もあったりしたが、まあそこは気にしないでおこう。

 フェイトとアルフについては、彼女が権限の大きいタイプの嘱託魔導師であったことと、近日中にフェイト・テスタロッサ・ハラオウンになることもあり、闇の書事件に関することはハラオウン家で一くくりにしてしまうこととなった。これは、ユーノの二の舞を避けるべしということでもあったらしい。

 ギル・グレアム提督については、闇の書事件の展開中に捜査妨害を行う必要もなく、ロッテとアリアの化けた仮面の男は蟲にやられただけの謎の昆虫採集者で片付けられたため、立場に大きな変化はない。

 ただ、11年前に二番艦エスティアとクライド・ハラオウンを失った闇の書事件に決着をつけ、“クリスマス作戦”までの封鎖作戦や包囲網の展開などについても実に迅速な行動を取ったことから、彼の実績はさらに高まったといえよう。

 老提督自身は、八神はやての後見人という立場を続けながら、彼女のこれからの人生において降りかかるだろう様々な困難を支えていくことにしたらしく、時の庭園の悪辣な管制機と共に、地上本部のレジアス・ゲイズ中将と秘密会談を行う日々を過ごしている。

 そうした、様々な絆と暗躍と根回しの果てに、この日がやってきた。会議室に集まったのはなのは、フェイト、ユーノ、アルフと八神家、そしてクロノである。

 アースラは一旦本局に戻っており、リンディやエイミィは現在そちらに降り、海鳴に拠点を置くハラオウン家のうち、最も単独で動きやすいクロノがこの場での説明役を担っていた。


 「さて、リンカーコアの検査だの夜天の魔導書の検証だの、守護騎士システムの従来との違いだので散々急がしかったこれまでだが、今日でとりあえず一段落することになる」

 まとめ役としてとりあえず切りだすクロノだが、声にはどこか疲れが滲み出ている。


 「クロノ君、お疲れみたいやね」


 「まあ、ね、最後に出てきたアレさえなければずっと楽に進んだんだが」

 呪魔の書の存在は、闇の書事件の終焉を示すものであると同時に、本局の遺失物管理部に対する警告でもあった。

 これまでは危険なロストロギアといえど、次元犯罪者などに渡らなければ大きな事件に繋がることはそうそうなく、密輸ルートなどの“人間社会ならでは”のものを辿るのが捜査の基本であった。

 だが、今回明らかになったのは自身の意志を持ち、人間世界に害を成すロストロギア。管理局黎明期においては多数確認されていたそれらも、新歴40年以降にはめっきり姿を見せなくなっていたが、人の心の闇の具現と思えた“闇の書”の中にそれが潜んでいたのである。


 「今回の件では、闇の書そのものが“呪魔の書”の蓋のようなものだった。だから、現在管理局が保管して封印している品々の中にもそういうものがあるのではないかと、再検査の必要性に迫られたわけだ。まあ、いつかはやらなきゃと思っていながら、費用や人員の問題からずっと先送りにされていたことが、きっかけを得ただけとも言えるけどね」


 『その辺りは、人間社会の歯車である以上はいたしかたないことでしょう。そのような次第で、闇の書事件から本局の高官達の目を逸らすことには成功いたしました、現在彼らはこれまでのロストロギア管理の見落としと、点検を怠ってきたことへの責任逃れに奔走しておりますので、こちらにかかずらってはいられません』

 トールとグレアムが連携して進めていたのはこれであり、彼らが責任逃れのために動く隙を突いて、グレアムは本局から、トールはレジアスを通して地上本部から圧力をかける予定である。

 見返りなどを論じるとそろそろややこしいことになる勢いで裏の取引は進んでいるが、本局に巣食う汚職高官を引きずり降ろすために、ギル・グレアムとレジアス・ゲイズが本格的に手を組んだのは事実であった。


 「……今のは、聞かなかったことにしたほうがええんやろか?」

 「主はやて、私は何も聞こえませんでした。私は結構耳がいいはずです、祝福の風の名に懸けて」

 「ヴィータ、お前は何か聞こえたか? 私には何も聞こえなかった」

 「いいや、あたしも何も聞いてねえな」

 「ザフィーラ、貴方は何か聞こえた?」

 「………」

 八神家一同、実に賢明な選択を取った。

 ザフィーラに至っては、我は狼、人語は分からぬと言わんばかりに狼形態で目を瞑っている。


 「そこは無視してくれていい、なのはやフェイトも、黒いことは気にせず自分のやりたいことをやってくれ、管理局で仕事をするだけが青春じゃないからな」


 「ま、まあ、そうかもしれないけど……」


 「うん、私は気にしないよ、なのはも気にしないで、ね」

 少女達が知るにはまだ早い、というか、願うならば一生知って欲しくない部分である。


 『貴方がおっしゃられてもあまり説得力がございませんが、それはともかく話を進めましょう。管理局との協定が成立した段階以後においては八神家に罪状と呼べるものは存在せず、“クリスマス作戦”における協力も大きく管理局に利するものでありました』


 「それ以前の行動についても、はやての容体や闇の書のウィルスのことを考えれば情状酌量の余地は多いにある。諸悪の根源は“呪魔の書”であることは確実で証拠もあるから、結論を言えば、管理局への敵対行動については、“クリスマス作戦”への貢献で帳消しということで片付いた」


 『武装局員の方々の中にはリンカーコアを摘出された方もいらっしゃいますが、“クリスマス作戦”では戦友でございましたし、異論のある方はおられませんでした。こちらについては裏取引はございません』


 「ねえトール、本当だよね?」


 『本当です、守護騎士よりも時の庭園のサーチャーをどうにかしろ、こっちの精神的被害に対する慰謝料をよこせ、という意見の方が圧倒的多数でした。まあ、はした金をくれてやって黙らせましたが、これだから貧乏人は』


 「前半はよく分かるけど、後半は土下座して謝らなきゃ駄目だよ、トール」


 「何様のつもりだいアンタは」


 『冗談ですよ、武装局員の方々とは誠実に話し合い、互いに感謝の言葉を交わしただけです』


 「その際に君が自分の肉体に中隊長機を選んでいたという話は、報告の間違いだと願いたいんだが」


 『誠実に話し合い、感謝の言葉を交わした、という事実は揺らぎません』


 「それはまあそうだが……」

 馬の耳に念仏ならぬ、管制機に人間倫理であった。

 諦めという概念は、人間が開発した精神活動の中でも素晴らしいものであることを、この場にいる人間は実感していた。


 『残る問題は、管理局員ではなく蒐集にあった被害者の方々ですが、こちらとも示談が成立いたしました。金の力は偉大です』


 「でも、そういうんは、社会的責任ゆうのが伴うんちゃいますか?」


 『これが市街地での事件であればそうでしたが、高町なのはの例を除けば他は全て観測世界や無人世界において行われたものでして、一般人ではなく、管理局の許可を得た方々のみがいらっしゃる場所でした。地球ならば、グリーンランドで数億年前の地層を調べている学者が、盗賊団に襲われたといったものです』

 故に、ニュースになることもなければ、社会的不安を煽ることもない。

 ミッドチルダの市民にとっては、空港で火災が起こったり、商店街で殺人事件が起きたり、消費税が上がったりの方が余程関心の高い出来事なのだ。


 「それとはやて、君が望んでいた被害者への面会と謝罪だが、それは全て先方から拒否されたよ」


 「えっ? どうしてですか?」

 その言葉に反応したのは、同じく被害者であるなのは。


 「まあ、色々と事情はあるんだが」


 「なのはは後遺症はまったくないし、シグナム達も傷は残さないように蒐集してたから、後遺症が残っているわけじゃないんだよね、クロノ」


 「そこは問題ない、なのはと同じように以前よりの頑丈になっているくらいだ」


 「それなら、なんでさ?」

 そこまで恨みはないだろうし、加害者側が謝罪したいというのを拒む理由はないように思われるが。


 『では皆さま、日本の戦国時代の情景をご想像下さい。腕に覚えのある浪人が諸国を渡り歩き、ある峠を越えようとしたとき、山賊とはちあわせました』


 「「「「「「「「「「 ふむふむ 」」」」」」」」」」


 『こちらの持つ金や刀を狙いではありましたが、山賊は意外にも一騎討ちを申し込んできました。腕に覚えがあった浪人は受けて立ち、見事な太刀筋でもって山賊を打ち破り、峰打ちじゃ、安心せい、と言って去っていきます。こういったシチュエーションは、魔法という一般人を凌ぐ力を持つ者ならば一度は憧れるものでありましょう』


 「確かに、前は考えませんでしたけど、魔法の力をもらってからは」

 あくまで空想上だが、アリサやすずかを誘拐しようとする黒づくめの男をディバインバスターで吹っ飛ばす自分を想像したことはあるなのは。


 「私も、うん」

 フェイトの場合は、本局の中でなぜか襲って来た魔導犯罪者から、なのはを守る自分だったりする。


 『非殺傷設定のないアームドデバイスを持つヴォルケンリッターはまさしく真剣で戦う山賊、対して、ミッドチルダ式デバイスを操る魔導師は峰打ちです。襲われた方にもそういう意識があったわけで、心のどこかでは自身が学び、修めた魔法で無頼をやっつけたいという想いがあったわけですよ、一種の英雄願望とでも言いますか』

 ところが、現実はそう上手くはいかず。

 学校で強力な魔法を習うことと、魔導犯罪者を相手にすることは完全に別次元。


 「そうして彼らは守護騎士に悉く敗れ、リンカーコアを蒐集された、ということだ。うち一人は赤竜召喚の魔法を使ったりしたが、これも緊急事態などを除けば人間に対して滅多に使っていい魔法じゃない、とはいえ、覚えた強力な魔法を使ってみたいと思うのは、誰も同じということだ」

 極端な例を言えば、空手七段の男が山に登っていたら熊に出会い、倒そうとしてやられたようなものである。

 仮に逃げたところで運命は変わらなかったとしても、逃げる人間を追って熊が襲った場合と、人間が熊に挑んでやられた場合では、何となく印象が異なる。

 この場合、熊にも人並みの知能があってコミュニケーションが取れるので、そのまま当てはめることは出来ないが、会話が出来る以上、小熊のために止むにやまれぬ事情があったことも、また人間は理解できる。

 その辺りを全て無視し、ただ法律に合わせて責任だけを追求する人間もまた、“歯車の雑音”とでも言うべき人間社会の害物なのだろう。

 人間性を無視した非情な判断が求められるのは、より多くの人間集団を相手にした行政レベルでの問題であって、個人の感情によって罪と罰を論じる事件では、加害者と被害者の両方の心中を酌む必要があるのもまた当然の理屈である。


 『例に倣えば、一騎討ちの果てに山賊に破れ、金も刀も奪われたようなもので、さらに山賊にも病気の娘のためにどうしても金が必要だったという、やむにやまれぬ事情がありました。その後、役人が山賊を捕え、病気が治った娘から謝罪したいと言われた場合、どう感じるでありましょうか』


 「………もの凄い、惨めですね」


 「なんかこう、穴があったら入りたい感じかな」


 「そりゃまあ、取られた分の金と刀さえ戻ってくれば、それでいいかね。その娘にごめんなさいなんて言われたら、余計惨めになるだけじゃん」

 はやてに謝られる闇の書事件の被害者は、そんな感じである。

 無論、例外もいるが、その辺りは金の力によって“はやての謝罪は拒否した”ことになっている。ここで高額な慰謝料を求めようとする人間ならば、管制機トールにとっては余程やりやすい相手だ。

 感情という計り知れないパラメータではなく、金という実にデジタルなパラメータを動機に行動するためである。


 「今回の蒐集を受けた被害者も、そういう心情らしい。はやてとしては直接会って謝りたいだろうが、酌んでやってくれ、謝罪文とかなら受けてくれると思うから」

 当然、若き執務官は裏の意味に気付いているが、この管制機がそういう対応を取るタイプの人間との対話が、9歳の少女の成長に良い影響を与えるものではないことも理解しているため、あえて知らないふりをしている。


 「ま、まあ、そういうことやったら」

 そして、根が純粋な少女達はその言葉を信じる。

 しばらく経てばその限りではないことに気付くだろうが、時すで遅し、といったところだろうか。


 「では、主はやてに関しては、特に負うべき罪はない、ということでよいのだろうか」

 期待を込めて発言するのはリインフォース。

 何気に、彼女個人に関してならば現実空間で何もしていないので完全無罪なのだが、自分達と守護騎士は同一の存在だった、という主張によって、守護騎士の責任は5人で等分割することに決まっていた。


 「ああ、人に関しては、な」

 しかし、悲しい現実を伝えなければならないのも、また執務官の役割。

 はやての、いや、八神家の上にのしかかる大いなる罪を、クロノは告げねばならないのだ。


 『先程申し上げましたように、管理局への敵対行動に対しては帳消し、人間の被害者については示談が成立いたしました。これらの資金は全て時の庭園が受け持ちましたが、これも全てフェイトが無償で望まれたことであり、気にかけることはありません。そういうわけで八神はやて、大地に頭を擦りつけてフェイトを拝み、永久の忠誠と服従を誓いなさい』


 「言ってること違いますよ!」


 「はやて! 土下座とかいいからね! 時の庭園のお金ははやてみたいに病やロストロギアで苦しんでいる人達のためのお金だから!」


 『おお、なんと優しき時の庭園の主でありましょうか、流石はプレシア・テスタロッサの娘です。八神はやて、この素晴らしき主に使用人として終生お仕え出来る喜びを、噛みしめるように』


 「わたしって、慰謝料をかたにフェイトちゃんの家に売られたん!?」

 管制機の言葉に即座に乗って見せるはやてもまた見事である。


 「漫談はそのくらいにしておいてくれ、本題に戻るが、君達の人間への罪は示談という形で決着がついたから問われることはない、だけど、問題はこちら側でな……」

 クロノはS2Uを用い、一つのスライドを展開する。


 「えっと……クラナガン議定書?」


 『簡単に言えば、リンカーコアを持つ魔法生物の乱獲を禁じて、その保護を行うための取り決めです。管理局法を批准している国家は全て参加しており、次元間交流やロストロギア問題に大きく関わる管理局法や、国際問題に関わるイスカリオテ条約に並ぶ、重要な議定書です』


 「リンカーコアを持つ魔法生物の乱獲を禁じる………」

 その言葉に、リインフォースは不吉の影を覚える。

 だが、彼女の不安をよそに現実は容赦なく進行していく。


 「君達の行動がはやてを救うためのものであり、その事情は“人間なら”理解してくれる。だが、クラナガン議定書は次元世界単位での資源保護を最終目標にしたものであって、行動の善悪を問うものじゃないし、どんな理由があっても動物は理解できない。まあつまり、密猟は、密猟なんだ」


 「た、確かに……密猟は、密猟や…」


 「は、反論できません……」


 「我々が資源を乱獲してしまったのは、事実。禁猟区で、象牙やサイの角を獲ってしまったようなものか……」


 「えっ? じゃ、じゃあ、人間襲った方が良かったのか?」


 「まさか、こんなことになるなんて……私達の時代なら、資源保護のために魔法生物を守る法律なんてなかったけど」


 「時代は大きく変わっていたようだ。主はやての道を血で汚すまいとした選択が、密猟の罪への道だった、ということらしい……」

 夜天の騎士達が生きた時代は、古き良き中世ベルカの御代。

 自然は豊かで、魔法生物の数も質も現代とは比較にならず、“ベルゲルミル”、“ベヒーモス”、“サラマンドラ”など、真竜に匹敵する強大な存在がごろごろいた時代である。

 そんな時代に、資源の保護を理由とした魔法生物の乱獲を取り締まる法があるわけがない。森に住む獣を獲り過ぎるな、といったものや、狐の毛皮を守る程度はあり得ても、当時の魔法生物はわけが違う。

 古き時代の魔法生物は大きく強いものが多い、騎士であっても殺されることが多く、普通の人間が太刀打ち出切るはずもない。

 二代目の夜天の主、ガレアの賢王イングヴェイが近衛騎士に命じて魔法生物からの蒐集を行わせた際も、命懸けの“武勲”でこそあれ、非難を受ける“汚名”ではあり得なかったのである。

 ちょうどそれは、黎明期のヨーロッパにおいて、家畜を襲う狼を殺すことが罪ではあり得なかったように。


 『ちなみに魔法生物にも保護のためのクラスが設けられており、貴方達が襲ったものはAランクからSランクのものばかり。中には、こんな危険でしかも殺しても金にならない生物を仕留めるアホがいるわけない、という理由でSSランクにされた生物もおりますが、見事にヒットしていますね』


 「普通の密猟者は、趣味が理由だったり、地球における象牙などがそうであるように金銭目的が多い。そして、君達が襲った生物の多くは、強力であると同時に貴重な薬品の材料になったり、蒐集家が欲しがる者たちだった。中にはトールが言ったように、リスクだけが大きくリターンがない“ドール”のようなものもあるが」


 『リンカーコア研究が目的ならば、ドラットを使う方が遙かに安価で効率的です。わざわざ野生の大型魔法生物を捕獲しに行く間抜けなどいまいと、その前提でクラナガン議定書は作られておりますから、このような大規模乱獲は前例がありません』

 なお、以前の闇の書の主が魔法生物を狙った際は、一般の密猟を隠れ蓑にしての蒐集が目的だったため、密猟で利益になる魔法生物を密かに獲っていた。


 「えっと、つまり……」

 故に、この時代の闇の書の主、いや、最後の夜天の主が背負いし罪とは。


 『貴方達は、前例にない大規模かつ広域に渡る魔法生物の密猟を行った、“広域次元密猟犯”グループ、八神一家、ということになります』


 「クラナガン議定書については、管理局だけの権限で罪と罰を定めることは出来ない。まあ、いずれも無人世界での密猟ばかりだから、結局は管理局の次元航行部隊の管轄ということで戻ってくるんだが、罪を償うための勤労奉仕は必須になる。これも結局勤労奉仕の場は管理局という、ややこしい話だけどね」

 次元世界の常識の一つは、ややこしくて面倒な話は管理局に任せてしまえ、というものである。


 「………内容は…」


 『ケースによって異なりますが、八神一家の場合再犯性があり得ませんから、恐らく密猟者としてのノウハウを生かしたものとなるでしょう』


 「恐らく、密猟者の捕縛の手伝いと、魔法生物の生態調査、保護だろう。そのうち密猟ルートの摘発まで担当することになるかもしれないが、とりあえずはそこまでだと思う。八神家全員が高ランク魔導師で、個人での次元転送を行えることを考慮すれば、内勤的な仕事はあり得ないと思ってくれ」


 これが、後世まで伝わる、“伝説の密猟犯八神はやて”の誕生であり。

 “モンスターハンター八神”の名と共に、次元世界に名を轟かすこととなる、“魔法生物の守護者”八神家の発端であった。

 夜天の魔導書は、伝説の密猟犯八神はやてが密猟した魔法生物のデータを記録していったストレージとして、微妙にゆがんだ形で伝わることになったとかならなかったとか。



あとがき
 A’S編の社会的な顛末はこんな感じです。闇の書が“夜天の魔導書”と“呪魔の書”に分離された結果、はやてに残ったのは密猟の罪、といったことになりました。いやまあ、1000年前は問題なくても、現代だと罪になることってたくさんあると思うんですよね。
 今回は社会的な顛末でしたが、次回は人間関係の顛末の予定で、基本は現実のままですがはやてを見守るためと、“呪魔の書”と同類のロストロギアの探索と対策のためにグレアムさんがあと10年ほど老骨に鞭打つことと、何よりもリインフォースの生存が異なります。なのはが家族やアリサとすずかに魔法について説明する辺りは原作通りなので特に描写はしませんが、リインフォースと夜天の魔導書が今後どうなるかについては次回語り、その次の話がA’S編エピローグになるでしょう。それではまた。

 ちなみに、今回登場したイスカリオテ条約とクラナガン議定書は無印でのトールとプレシアさんの会話の中で少しだけ登場してます。あの頃から広域次元密猟犯八神はやては決定事項でした。そして、stsでは“闇の書事件”の八神はやて、ではなく、“伝説の密猟犯”の八神はやてとなります。



[26842] 第五十一話 明日への翼、過去の機械
Name: イル=ド=ガリア◆9d8bc644 ID:01fac648
Date: 2011/09/10 12:54
Die Geschichte von Seelen der Wolken


第五十一話   明日への翼、過去の機械




祝福の風 リインフォースの章


 過去のことは、もう遠い忘却の彼方

 わかっているのは、永遠のような旅をしてきたこと

 共に過ごす騎士達にも、苦労ばかりかけてきた

 だが、今代の主………主はやてとの出逢いが、その悲しみを変えてくれた

 闇の書としての運命も呪いも、終わらせてくれた

 何より、呪いを断ち切る一戦で、ただ一度

 主の融合騎として共に戦い、夜天の魔導書を闇へと堕とした根源を打ち祓うことができた

 主と共にシュベルトクロイツを手に取り、一つとなって戦うことができた

 それは、夜天の魔導書の融合騎となったこの身にとって、この上ない喜びで……幸福だった

 だが

 闇の書の呪いを断ち切ることは、生易しいことではなかった

 四重の障壁の突破と、再生機能を有した防衛プログラムの切り離し………解き放たれた闇の書の闇との戦闘

 特に、システムの切り離しの際に、十全の準備を経てなお、私の根幹部は大きなダメージを負った

 システム再生の不能、融合能力の喪失、そして………ゆるやかな自己崩壊

 主には黙っていたものの、それが、私の結末のはずだった

 しかし、プログラムが導き出す演算だけでは計りしれぬ事柄が二つあり


 「リリカル・マジカル!」
 「レイデン・イリカル!」

 機械の演算を遙かに超えた、純粋な願いが奇蹟を起こし


 「厄災なる永劫の闇」
 「その流れを止めて」
 「あるべき場所に」

 闇の書の闇を切り離す前に、浄化の光がその大部分を占めていた人間の心の闇を祓った


 「「「 居るべき場所に!!! 」」」

 私の根幹部は、元来夜天の魔導書の一部であり、私にとって“臓器”であったプログラムを切り離したことによる損傷を受けたものの、ウィルスを完全に駆除することに成功

 現実空間における主はやてとの直接のユニゾンは不可能となったものの、私の融合騎としての特性は完全に失われてはおらず、規模がかなり縮小された夜天の魔導書を介してならば、主はやてをサポートすることができた

 自動再生もまた不可能となったが、ジュエルシードの光が“調律の姫君”であった私の記憶を呼び戻してくれたため、調律師として私自身の手で必要なプログラムは再建することが可能

 元は“神代の調律師”フルトンの弟子として、私が仕上げを担当した魔導の書

 転生機能や蒐集機能などに関しては放浪の賢者ラルカス以外に知りえないブラックボックスの部分もあるものの、その他の部分は大半が私も設計に携わっている

 私達は過去を取り戻し、夜天の意志は再び輝きを得た

 ただ一つ、既にウィルスによって侵されてしまった基幹部分については、いかんともし難い

 癌細胞が増殖することこそないものの、既に破壊された細胞はもう一度作り直すより他はなく、心臓が一度破壊されればどうにもならぬように、私もその危険の瀬戸際にあった

 幸い、その危機は主はやて達の光が祓ってくださり、私は自身の維持に必要十分な“臓器”を侵されずに守ることができた

 たが、臓器が無事であっても“脳”が侵されていた場合、徐々に機能不全に陥り、やがては機能停止の運命からは逃れられない

 私の場合、その脳とはすなわち管制権限であり、それだけは闇の書の闇を切り離す際に決して失ってはならないものだった

 闇の書の闇を切り離す際に私からそれを切り離しては、作業そのものが停滞してしまう

 ただそれも、闇の書の闇を全て切り離し、夜天の魔導書の内部にウィルスの残りがいないことを確認できた時点で、改めて外部機器の協力を受けつつ管制権限そのものの切り離しを行えばよいことではあった



呪いを衣として身に纏え、呪いが水のように腑へ、油のように骨髄へ、纏いし呪いは汝を縊る帯となれ



 そんな想いは、もう一つの想定外によって打ち砕かれる

 現実空間において四散した闇の書の闇が欠片となり、管制権限を有する私へ徐々に集合してくる可能性は事前に検討されていた

 されど、起こりし事象は、逆に闇が喰らわれ、呪いと毒の塊が無限増殖を開始

 顕現した“呪魔の書”を葬るための戦いにおいて、私は管制権限の切り離しはおろか、自身の把握すらしていない状態で戦闘を行い、微量とはいえ毒化の魔力をその身に受けることとなった

 だが後悔はしていない。主はやてをあの戦争の怪物と戦わせるなどあってはならないことであり、それを防ぐために盾となってこその融合騎

 もう一度あの場面が再現されたとして、わたしはやはり同じ選択を選ぶだろう

 そして、私に起こる変化がどのようなものとなるかは、私自身にすら予想がつかなくなった

 毒化の魔力が私という存在そのものを侵したのは間違いないが、それが回復できるものなのか、調律師としての技術で復元が可能なことなのか、それらは未知数

 あの作戦が終了して以来、私は夜天の魔導書と騎士達の診断、さらに私自身の経過を観測し、不具合の兆候が確認されたならば、私の持つ知識と技術の全てを以て対処しようと心に決めた

 心優しき我が主、誰よりも愛しい主を泣かせることだけは、決してしてはならないと、過去の記憶を取り戻した私達は誓ったのだ

 その誓いは続いており、今のところ、不穏の影は見受けられない


 けれど―――




新歴66年 2月11日  第97管理外世界付近  次元空間  時の庭園  AM10:00



 数年前には、一人の猫を素体とした使い魔が、一人の少女とその使い魔の指導にあたっていた場所で、3人の少女が魔法の練習に励んでいる。

 アースラは既に本局に帰還しているが、時の庭園はいくつかの理由から5月頃まで第97管理外世界付近に留まることが決定しており、それは雛の巣立ちの時まで役割を果たす親鳥の巣のようでもあった。


 『しかし、元気な子達です。体力が有り余っているといえばよろしいのか』


 「それについては同感だ、こっちが魔力の消費を少ないようにやりくりしても、気力で押し負けそうだよ」

 その情景を見守っているのは、皆のお兄ちゃん役を担う少年と、腹黒な管制機。

 現在は人形を使用しておらず、オートスフィアの上のくぼみに紫色のペンダントが設置されて宙をふよふよ浮いている。


 『ところで、ユーノ・スクライア、結界担当は一人で大丈夫ですか?』


 「時の庭園のバリアの強度はけっこう凄いですから……」

 そしてもう一人、亜麻色の髪の少年がいる。

 “呪魔の書事件”はとりあえず一段落したため、クロノも別の案件に取りかかり、ユーノも無限書庫の司書として活動を開始。日本の小学校との兼業になるなのは達と異なり、ユーノは完全な就職である。

 今回はなのは達の国の建国記念日の祝日に合わせて休暇をとり、こうして彼女達の魔法訓練に付きあっている。


 「まあなんとか、ブラストカラミティとラグナロク、それと夜天の雷までなら半壊で抑えて見せますけど、スターライトブレイカーやプラズマザンバーブレイカー、デアボリック・エミッションを撃たれたらアウトですね。シャマルさんとの二人がかりでも無理です」

 先ほどまではシャマルも近くにいたのだが、今ははやてに魔法戦を見せるために、リインフォースと共に空を舞っている。

 はやての資質は広域後衛型であり、前衛の騎士であるシグナムやヴィータ、守護の獣であるザフィーラの戦闘はあまり参考にならず、なのはやフェイトもまたしかり。

 エース組の中では最も素人であるはやてのために、クロノやリーゼ姉妹が教導メニューを作成した結果、彼女が参考とするべきはリインフォース、シャマル、ユーノ、ということで決定。

 補助型のアルフは肉体の基本性能に差があり過ぎるため、こちらもあまり参考にならない、リンディはかなりタイプが近いが、現在はまだ艦長職にある彼女は、通常の業務と内勤に移るための準備を並行して進めているため忙しく、模擬戦の時間を取れそうもない。


 「あれらは無人世界でもない限り撃つなといってあるんだが、どこか心配だな」

 戦闘能力ならば既に一流と呼べるなのはとフェイトだが、その辺りのブレーキが最大の問題点。

 はやては基本大人しい子なのであまり無茶はしないのだが、その二人と共にいる時は感染するのか、大威力砲撃魔法で張り合うことが多い。


 『問題ありません、いざとなればブリュンヒルトでまとめて撃ち落としますので』


 「いや、それは駄目だろう。“クリスマス作戦”は終わったのだから発射権限は降りていない」


 『整備中の事故ということで押し通しますので、御安心を』


 「まるで安心できないね―――という内容を、念話で伝えればいいのかな?」


 「ついでに、中隊長機も待機していると付け加えておけば、暴走の心配もないか」

 魔法少女たちへの抑止力 = 蟲

 いざという場合に備えて虫型サーチャー発生装置(コンパクトタイプ)を常備するようになったクロノは、もはや完全に管制機クオリティに適応していた。

 なお、発生するサーチャーは黒い恐怖に抑えており、最終兵器は使っていないのは若き執務官の良識と倫理のなせるものだろう。


 『実は、レイジングハートとバルディッシュの中にも、蟲のホログラムを出現させるプログラムを搭載しております。万が一の場合は彼女と彼の判断で、若きエース達を制止できるように』


 「そのデータがウィルスのようにクラールヴィントにも仕込まれていて、悲劇が起きる前にリインフォースが慌てて除去した、という話を聞いたこともあるが」


 『さて、何のことやら』


 「デュランダル、頼む」
 『OK, Boss.』

 電気信号が飛び交い、デバイスからの通信による諮問が行われ。


 『Observation experiment. It is the check purpose about the performance of the Klarwind which can prevent his authority uniquely, and a Reinforce. (観測実験。彼の権能を唯一防ぎうるクラールヴィント、リインフォースの性能を確認目的)』

 「なるほど、そういうことか」


 『随分なやり手に成長なさいました、クロノ・ハラオウン執務官、デバイスに対して基本虚言を用いない私の特性をよく見抜いていらっしゃる』


 「妹を守るのは兄の役割だからな、腹黒管制機の暗躍を多少は阻止できるようにならないと、兄失格だ」


 「………僕も、なのはを守るにはデバイスを持った方がいいのかな」

 ただし、守る内容は、前線に出ることもあるだろうなのはを敵から守る、ではなく、腹黒管制機が放つ蟲からであったが。


 『貴方はデバイスとの相性がよろしくありませんが、リインフォースならばその問題も解決できると推察します』


 「中世ベルカのアームドデバイスに、ユニゾンデバイス、そして、夜天の魔導書、それらの製造法を知る古の調律師、もはや人間国宝の域だ」


 「なんというか、凄い人達の集まりになっちゃったね」

 ちなみに、ここにいる少年少女達も、数年後には管理局の“凄い人”にランクインすることになる。

 中には“伝説の密猟犯”といったちょっとアレな“凄い人”もいるが、そこはまあ置いておこう。


 『貴方の特性を最大限に発揮するならば、アームドは論外、ストレージやインテリジェントも最適とはいえません。転送や召喚に長けたブーストデバイスか、もしくは、八神はやてと同じように融合機能を備えた魔導書、というのもよろしいかと』


 「いいんじゃないか、ユーノ。司書の君が魔導書タイプのデバイスを持って戦うというのは絵になると思うぞ」


 「他人事だと思って……でも、確かにいいかも、大容量のストレージなら蔵書検索の他に、発掘物の格納とか封印とかにも役立ちそうだし」


 『ロストロギアの発掘、封印、格納においては大容量ストレージに任せ、貴方の魔法を補助する部分は融合騎が受け持つ、といったところですかね。八神はやてのような大魔力攻撃はありませんから、非人格型の方が演算時間の短縮になるでしょう』

 はやてのための融合騎、リインフォース・フィーは、人格型の予定。

 非人格型の場合、制御の一部をマルチタスクで行うこととなり、処理速度こそ速いものの、大魔力と高速化の並列処理が苦手なはやてのためにはあまりならない。

 ユーノの場合、保有する魔力は馬鹿みたいに大きくなく、何よりもマルチタスク技能がずば抜けているため、体質にあう演算補助装置さえあればよいのだから、非人格型の融合騎、もしくはブーストデバイスなどが向いている。

 1000年前の馬鹿一号は、大魔力による術式展開を己のマルチタスクだけで制御し、デバイスは演算機能のみという狂った発想を持っていたが、それを実践しようとする狂人は誰もいなかった。


 「まあ何にせよ、明るい未来を思い描けるというのは、いいことだ」


 「そう言える君も、少し変わったと思うよ。エイミィさんも言ってたけど、フェイトが妹になってからは余裕が出来たというか、でも、一番変わったのはクリスマス作戦からだね」


 「僕も自覚はしてる。あれで、過去との清算はついたからな」

 ラクティス・アトレオンという“父の仇”の残滓を己の手で討ち祓ったことは、クロノ・ハラオウン執務官が11年前より歩んできた道のりの、一つの到着点だった。

 クロノの心の中にもあった闇はそうして祓われ、今は、自分も前に進みながら、少女達を自由に羽ばたかせるために後ろから支える役を己に課している。


 『デバイスを操る姿が絵になるというのであれば、貴方もですね。デュランダルとS2Uの二杖流は反則だと、フェイトや高町なのはがまれに愚痴っております』


 「あれは、確かに厄介だよね。ただでさえスティンガースナイプやディレイドバインドを常に警戒しなきゃいけないのがクロノなのに、デュランダルがとんでもない威力と速さで放たれて、その上S2Uで誘導弾みたいに制御するものだから」


 『デュランダルを攻撃に、S2Uを防御と制御に、組み合わせ的には炎の魔剣レヴァンティンの剣と鞘と同じわけですが。攻撃の多彩さはさらに上ですね、卓越した妙技によって少女達を襲う、嫌らしいことこの上ない、性格がよく出ています』


 「その言い方はやめてくれ、僕が性欲の塊に聞こえてくる」


 「それに、デュランダルに続いてS2Uまで投擲してさ、今がチャンスと思って突撃したフェイトを予備のストレージで受け止めて、デュランダルとS2Uが十字に襲いかかってくるとか」


 『二杖流だからといって、三本目がないとは限らない。唯一のインテリジェントやアームドを使わないが故に、無数のストレージを状況に合わせて使い分ける。特化性の高い資質や、膨大な魔力を持たない者でも対等以上に戦えるという良い見本です、参考はやはり、聖王や黒き魔術の王でありましょうか』


 「一応はそうなるか、僕自身、成長の限界を感じ始めてはいたんだが、良いヒントをもらえたと思ってる。汎用性を突きつめるだけじゃなく、特化性を使い分けることもまた汎用性たり得る」

 初代聖王の血筋は、7つの魔力変換を兼ね備えた虹の魔力光を持ち、これは生命操作技術による特別な肉体があってこそのものであり、クロノには天地が逆さになっても実現不可能。

 だが、黒き魔術の王サルバーンは7を超える魔力を“変換資質”ではなく“術式”として状況に応じて使い分け、さらには全てを複合した業まで編み出した。

 流石にそこまでは無理としても、現代のミッドチルダ式で再現可能な部分はある。


 「つまり、汎用性に特化したS2Uを基本にして、冷気変換はデュランダル、炎熱変換はレヴァンティン、電気変換はバルディッシュ、治療や転送ならクラールヴィント、って感じに使い分けるんだね。もちろん、それぞれストレージで」


 『バルディッシュやレヴァンティンは電気や炎熱への変換資質を持つものが使って初めて真価を発揮しますが、デュランダルならば、一般の武装局員であっても強力な氷結魔法を行使することは可能となります。つまりはそういうことですね』


 「ああ、グレアム提督やリーゼ達の時代には難しかったことでも、今の時代なら出来ることがある。魔力量が多くない魔導師でも、カートリッジの補助があれば十分戦えるし、今は最先端のデバイスのデュランダルがより一般的になれば、稀少技能を持つ者達が重い責任を負わされることも少なくなるはずだ」


 「デバイスは管理局と共にあり、だね。確かに、魔導師とデバイスが一緒になって前に進めば、近世ベルカの生命操作の業を用いた列王の時代のような、血統による卓越した個人技能に頼らなくても、平和を守って行けるかも」


 「その答えは、ここから先だ。母さん達が僕達くらいの頃はまだまだ高ランク魔導師のスキルに頼らざるを得ない部分がもっと多かったらしい」


 『ならば、機械の楽園たる時の庭園は、エース達の活躍を陰ながらお支えしましょう。リインフォースが持つ白の国のデバイス技術があれば、皆が協力してデバイスと共に社会を支える時代への道のりを、少しは整備できるやもしれません』

 その明るい未来を象徴するかのように。

 心を通わせたデバイスと共に空を舞う少女達が、笑顔のままに模擬戦を終え、健闘をたたえ合う姿が、彼らの前に広がっていた。



■■■



 『お疲れ様でした、フェイト、高町なのは、そして八神はやて。特に貴女は魔法を学び始めてより1ヶ月半程ですが、目覚ましい進歩かと』

 魔法の練習は終わり、三人娘がクロノとユーノの方に歩いてくる。

 アルフとシャマルとリインフォースは、訓練場の結界の綻びの修繕などで向こうに残っていた。


 「シグナムもヴィータもザフィーラもお仕事頑張っ取るんや、わたしも早く頑張れるようにならんと」

 密猟の罪の贖罪のために、シャマル以外の守護騎士は本日も出張中。

 個人転送でそれぞれの観測世界や無人世界に飛び、魔法生物の生態調査や密猟犯の摘発に当たる毎日であり、特に、リンカーコアだけ取ってほったらかしにしてしまった生物の埋葬などは最優先で行われた。

 他にも、ある範囲の生態系の頂点にいた天敵のいない魔法生物を一気に駆逐してしまったため、乱れかけている生態系を調べたり、必要なら似た種類の魔法生物を別世界から連れてきたりと、大忙しの守護騎士である。


 『まあ、最初から管理局に協力を仰いでドラットを用いていれば魔法生物を乱獲する必要もなく、早い話徒労だったわけですが』

 「黙レ」

 「ふぇ、フェイトちゃん?」

 管制機の言葉の途中で、底冷えするような感情の籠らぬ声をフェイトが放っていた。そろそろ堪忍袋の緒が切れた模様。

 ちなみに、密猟の罪が八神家全員をやるせない気分にさせている最大の理由がまさしく管制機の言った内容であり、ドラット5万匹で済むところをわざわざ危険な魔法生物を乱獲し、残ったのが“広域次元密猟犯”の汚名だけであった。

 贖罪の内容が、エスティアが沈んだ時の闇の書の闇に伴うものならば責任感も出てくるのだが、その辺りは“呪魔の書”が原因であることは公の場で確認されており、やっぱり密猟の罪だけが残る。

 なまじ現在の状況がはやてにとって悪いものではないだけに、余計にやるせない感だけが募るのであった。


 『残念ですがフェイト、私は貴女のために機能しますが、貴女の命令に絶対服従というわけではありません』

 「……ちっ」

 「フェイトちゃーーーん!! 戻ってきて!」

 ぐれてしまったフェイトを更生させようと、必死のなのはである。


 『とはいえ、徒労というのは所詮結果論に過ぎません。あの当時、ヴォルケンリッターが保有出来た情報は限られており、検閲プログラムによる情報操作もありました、その行動を滑稽な徒労であると嗤うことが出来るのは、森羅万象を全て知る、“全知にして白痴の神”のような存在だけでしょう』


 「デウス・エクス・マキナ? ううん、それって、アルハザード伝説に登場する万能の神様だったっけ?」

 それは、失われた最果ての地のお伽話。

 少々やさぐれていたフェイトを元に戻すには、昔からお伽話を奏でるのが効果的であることを、管制機は知っている。


 『はい、この存在はデウス・エクス・マキナとは少し違います。前者は舞台上にのみ存在する御都合主義ですが、こちらは舞台全て、世界法則そのものを自由自在に改編する脚本家のようなもの。言ってみれば、物語の作者自身がキャラクターとなって登場し、周囲に影響を与えながら物語を自分に都合のよいように書き換えることが出来る、そのような感じでしょうか』


 「でも、“全知にして白痴の神”は全てを知ってるから世界の何にも興味をなくしちゃって、ただ存在するだけだったよね。退屈で退屈で、でも、何をやっても知ってることばかりで、ついには何も考えなくなっちゃった」


 『世界の支配者になること、何もかもを知りつくし、意のままに操ることが如何に無意味なものであるかを教訓としたお伽話ですね。もし、生まれた瞬間に全てを知っていたならば、あらゆる感動は既知感によって埋め尽くされることでしょう』


 「うん、やっぱり、知らないことがたくさんあって、出逢いがあるからこそだよね。プレシア母さんや、アリシア姉さんや、リニスと別れたのは辛いけど、でも代わりに、なのはに出逢えたし、こうして、はやてとも友達になれた」

 何も失わず、満ち足りているのは、機械の中だけの桃源の夢。

 もし完璧な御都合の世界が現実にあったならば、それはきっと、無意味で無価値になり下がる。

 それは理想ではあるが、“争いの無い世界”のように決して実現してはならない理想なのだろう。


 「トールさん、やっぱり凄い……」

 「フェイトちゃんの宥めかたについては、プロ級や」

 フェイトの友達二人は、見事なまでの宥め技術に驚いていたりした。


 「あとえっと……“全知にして白痴の神”はもう何もしないけど、その分身みたいな存在が、人間のように行動して、人々を破滅させるんだよね」


 『アルハザード伝説の異譚、“這い寄る混沌”ですね。“全知にして白痴の神”の従者とも一部とも呼ばれ、その権能を借り受け、人間に紛れ込みつつ人間の願いを叶え、嘲笑いながら喝采する欲望の影。こちらは、欲望は人間に必須であるが、その闇に囚われてはならないという教訓を与えています』


 「“這い寄る混沌”はある意味で万能の存在だけど、人間がいないと意味がないから、姿形も人間のようになる。そして、その人は気に入った人間の願いを何でもかんでも叶えて、いつの間にか自分や“ヒロイン”を含めた現実を御都合な物語に変えちゃう、神に愛された英雄、万能の主人公」

 故にその世界に価値はなく。

 無限の欲望に呑まれた者達の末路は、生み出されたロストロギアだけが墓標のように眠る、物語のなれの果てだけ。


 「もし現実にそんな人がいたら、とても嫌ですね」


 「わたしらが皆で一生懸命頑張ってきたことも、その人が一人いるだけで全部簡単に出来てまうし、皆が幸せな大団円が湧いてくる、ちゅうことやないか」

 未だ喪失を知らず、幸せの中にいる少女達は、輝きを宿している。

 しかし、かつて愛する娘を失った女性が堕ちかけたように、人間の心が脆いものであることを、管制機は記録していた。

 だからこそ、アルハザードを求める人間は、いつの世も尽きない。


 「確かに、そんな人がいたら僕も嫌だな。何かこう、僕達の誰も知らない人が気付けばそこにいて、世界の全てがその人の力で幸せになった、みたいなものだし………でも、失うくらいならその方がいいと思う人もやっぱりいるだろうし、僕もそうならないとは言い切れない」


 「例えるならば、物語が癌細胞に汚染され、“全部彼のおかげ”という色で塗り潰されたようなものか。だが、ロストロギアを求める人間にはそういうのが多い、“呪魔の書”はともかくとして、闇の書はまさしくその具現だったし、僕の父に嫉妬を抱いていた男もそうだった」


 『然り、それはまさしく、現実を価値無き物語と堕することになるでしょう。しかし、ジュエルシードとはある意味でそれを現実に具現させてしまう品であることを忘れてはなりませんね。仮に、ジュエルシードが擬人化したならば、如何なる願いも叶え、それを己の意のままに改変することが可能な存在となるわけですから』

 アルハザードの翠の石に願ったものは、その大半が同じ結末を迎えた。

 キネザという男は翠の石に願いをかけ、“ニトクリスの鏡”を得たが、それは彼が自身の力で歩んだ道のりを自身で否定することにしかならなかった。

 ラクティス・アトレオンという男もまた、己がクライド・ハラオウンに劣っている事実を直視できず、妄執に囚われ、闇の書の闇に同化した。

 その結果を欲望の影は嗤いながらも落胆する。真に彼が望むのはその法則を覆す者たちであり、その時は嗤いながら喝采するのだ。


 「そうですよね、今回はジュエルシードの力を借りちゃいましたけど、もしまた同じようなことがあったら」


 「皆の力だけで、幸せな結末をつかみ取れるように」


 「頑張らなきゃあかん」

 少女達は未来を向き、今度は奇蹟に頼らずとも、事件を解決できるように意志を固め。


 「それが出来たら、その次は」


 「彼女達のような突出した技能を持つ高ランク魔導師の力がなくとも、解決できるように、機構と制度を整えること、だな」


 『今回はまだ、無限書庫の情報を有効に引き出せるのは貴方だけで、それを有効活用できるのもクロノ・ハラオウン執務官くらいのもの。しかし、普通の司書が情報を引き出し、事件解決に当たる一般の捜査官まで情報が行き渡る制度こそが、望ましいのでしょう』

 それが実現されるまでには、長い時間をかけて少しずつ進めていくしかないが。

 少年少女達は、今よりもよい明日を目指して、それぞれの夢を歩き始めている。

 時の庭園の機械仕掛けは、その明日をただ見守るのみ。






新歴66年 2月12日  第97管理外世界付近  次元空間  時の庭園 中央制御室 AM2:00


 時の庭園の、中央制御室。

 管制機トールがその本領を発揮する場所であり、中枢機械アスガルドが造られ、演算を続ける機械仕掛けの園の中心。

 その空間を、白銀の髪をなびかせながら、雪の妖精かと思わせるほど儚げな雰囲気を纏った女性が歩んでいく。


 『御用件を伺いましょう、リインフォース』

 彼女が中枢へ辿り着く頃、前振りなど一切なく管制機が来訪の理由を問うた。

 来訪を知っていた理由については今更問うまでもない、そもそも、セキュリティが一切働かずに彼女がここまでやってこられたこと自体が、“検査済み”であることを示している。

 人権などを一切無視し、時の庭園の中枢に近づく者に危険性があるかどうかをサーチし尽しているに決まっており、そうでなければ彼は管制機ではあり得ない。


 「かつての私は、お前のようだったのだろうか」

 リインフォースもまた、核心部分から会話に入る。

 確かめたいことは幾つかあるが、それが彼女にとっては知りたいことの一つであることは事実だ。


 『おそらくは』

 答えは、簡潔。

 あえて簡潔な言葉を使ったことそのものが、答えを示している。


 「……私にとっての闇の書は、お前にとっての時の庭園。闇の書の中枢に近づく者があれば、人権などを無視して身体の内部まで浸食し、過去を含めて調べ尽くすのみならず、問答無用で破壊するのが闇の書の管制人格たる私だった。その点では、お前はずっとましなのだろう」

 問答無用で、防衛システムを発動させ攻撃したりはしない。

 闇の書の管制人格であった頃の自分とは、違う。


 『確かに異なるのは事実、管制機ならば、貴女の述べる存在こそが優秀である』

 その言葉は肯定か、はたまた否定か。


 「どういうことだろうか?」


 『レベルの高い自然言語を希望なさいますか?』


 「………そうだな、お願いする。今の私には人間らしい言葉の方が理解しやすい」


 『了解、しばしお待ちを………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………汎用言語機能、ON、さて、それではどこから話したものでしょうか』


 「印象が、変わったな」


 『私の本質はあくまで先程までの私。管制機トールは極めてストレージに近い古い機械仕掛けであり、人間の心の機微を理解することは出来ません。アスガルドへ収められた膨大な人格データベースとアルゴリズムによって想定しているに過ぎないのです』

 彼は、融合騎よりも、レヴァンティンやグラーフアイゼン、クラールヴィントに近い。

 機能は似ていても、人間の心が基になっている管制人格リインフォースとは、別種の存在である。


 『そして、稼働する前に私が授かるはずだった命題とは、アスガルドと対を成す管制機として時の庭園を制御し、時の庭園の主に仕えることでした。私がその命題のみを持って造られたならば、やはり無断で中央制御室に近づく貴女へ攻撃していたでしょうし、最低でも警告は発したでしょう』


 「ならば、お前は……」


 『多少は聞き知っておられるかもしれませんが、私はフェイトお嬢様の母君にして我が主、プレシア・テスタロッサのために造られました。彼女のために機能することこそが私の至上命題であり、時の庭園の管制機として庭園の主に仕えることは、二次的なものに過ぎません』

 全ては、プレシア・テスタロッサのために。


 『その点で、私は管制人格リインフォースとは全く異なる存在だ。夜天の魔導書の管制人格であった貴女にとって最も成すべきことは夜天の意志を守ることにあり、当代の主を守り通すことではない。その二つが成立する主を選んでいたことは間違いありませんが、その優先順位が私とは異なります』


 「それはつまり―――」


 『然り、我が主が“時の庭園を破壊せよ”と私に命令されたならば、私は微塵の躊躇もなくアスガルドと共に駆動炉を自爆させる。“フェイト・テスタロッサを殺せ”と命じられれば、速やかに彼女を殺す。“次元断層を起こせ”と命じられれば、ジュエルシードかもしくは他の手段によって、次元断層を起こすべく機能します』

 かつてのリインフォースは、“夜天の魔導書を破壊せよ”という命令が受け取られることはなかった。

 管制人格である以上は、どうあっても自分一人の力で自壊することは出来ず、外部の機器の力を借りる必要があるのだ。


 『その点において、私は管制機には相応しくないのです。私はプレシア・テスタロッサの望みを叶えられるならば、時の庭園などどうなっても構わない。我が主こそが至上の“1”であり、それ以外は“0”、それは永遠に変わることはないのです』

 なぜならその命題が変われば、もうそれはトールではないから。

 どんなハードウェアであっても、プレシア・テスタロッサのために機能するならば、それはトール。

 しかし、プレシア・テスタロッサのために機能しないならば、全てがそのままでも彼ではあり得ない。


 「ならば、お前にとって、私は既に別物なのだな」


 『然り、主である八神はやてのために、家族であるヴォルケンリッターのために生きようとする貴女は管制人格でもなければ、機械ですらあり得ない。貴女を機械と呼ぶ者がいるとすれば、それは狂人だ、機械は迷わず、疑わず、与えられた命題を遂行するのみ』


 「そうしてお前は、テスタロッサのために機能し続けるのだな」


 『私の主要命題は三つあり、この三つを、至上命題、“プレシア・テスタロッサのために機能せよ”に違反しない限りにおいて、実行し続けるのがトールという機械仕掛け。我が主が亡くなられた以上、これはもう決して揺るぎません』

主要命題
 1.フェイト・テスタロッサが大人になるまでは見守り続けよ
 2.プレシア・テスタロッサの娘が笑っていられるための、幸せに生きられるための方策を、考え続けよ
 3.テスタロッサ家の人間のために機能せよ


 「それが終わった時が、お前は止まる時ということか」


 『もしくは、他の機械に命題を託すことが“効率的”と判断された場合ですね。1番目の主要命題は明確な意思の下、直接私に入力されたものであるため、絶対に遂行する。ただし、二番目と三番目については後継機に託した方が良い可能性がある。三番目などについては先程言ったように、時の庭園を機能させる面では私は最適ではないのです』


 「だが、お前以外に、お前以上にテスタロッサのことを考え、彼女の幸せのための方策を練り続けることが出来る者がいるのか?」

 リインフォースも昼間、フェイトを至極簡単に宥めていた管制機を遠くからだが眺めており、トールがフェイトのことを全て理解しているのは間違いないように思えた。

 なのはやクロノは近しい人間、親しい人間としてフェイトを支えているが、トールの役割はそこではなく、その役割は誰も代わるものがいない。


 『私の27番目の弟、バルディッシュがおります。稼働時間がそれほど長くないために、今はまだ私が上かもしれませんが、いつか追い抜いていくでしょう。なぜなら彼の至上命題は“フェイト・テスタロッサのために機能する”ことであり、フェイトのことを第一に考えるのは彼なのだ』

 トールにとってのプレシアが“1”であるように。

 バルディッシュにとって、フェイトこそが“1”である。


 「………確かに、お前は私とは違う、私は、私の意志で主はやてを見守りたいと思う」


 『しかし、私にとってはそうではない。私個人の意志などリソースの無駄、トールという機械が主のために機能することこそが重要であり、私が主のために働きたいという意志など余分でしかあり得ない。至上命題を果たすための最も効率的な手法が私の機能停止ならば、それを実行するだけです』

 トールにとって致命的なバグとは、プレシアに“私のために機能するな”と命令されること。

 もしくは逆に、あり得ないことではあるが、トールが“己の意志で動く”などとほざくこと。

 自分の意志で命題を定め、生きるのは人間。機械とはその真逆の存在。


 『故に貴女は人間だ、リインフォース。高町なのは様の言葉を借りるならば、“自分の気持ち”というものは人間にとって何よりも大切なものであり、機械にとっては最も余分なもの。それを致命的なバグではなく、大切に想っている時点で貴女は機械ではあり得ない、そのような心で“己は機械”などと騙るならば、思い上がりも甚だしいというものだ』

 それが、機械の誇り、いや、その言葉すら矛盾を孕む。

 誇りに思う“己の心”こそを不要と断じ、定められたアルゴリズムと学習結果に従う存在が機械である。
 
 ならば、やはり機械に誇りなどはあり得ない。

トールは単純にアルゴリズムの演算結果から、リインフォースという存在は機械の必要条件を満たしておらず、人間の必要条件を満たしたと判断しただけだ。


 「だからお前は、私から管制機能を奪ったのか」


 『それは理由ではありません。愛する家族が理不尽な事故で失われることは人間にとって悲しいことです、病気になることも然り。八神はやての愛する家族が病気となることを、フェイトは望んでいなかった、それだけですよ』

 突然に愛する娘を奪われた、プレシア・テスタロッサのように。


 「ではやはり、闇の書の闇を切り離すあの時、お前は私から管制権限を奪っていたのだな。闇の書の闇を切り離す作業は途中からお前が代行していた、だから私のダメージはこれだけで済み、毒化の魔力をくらってもなお、すぐに回復できた。病魔に蝕まれた中枢を、お前が既に切り離していたから」


 (今だ、やりますよ、アスガルド)
 (了解)

 クリスマス作戦の最終局面において。

 そんなやり取りがあったことを知る人間はいないが、結果から予測することは可能であった。


 『流石ですね、可能な限り貴女のシステムを損なわぬよう、貴女自身ですら気付かれぬように“管制権限のミラーコピー”を埋め込んでいたのですが』


 「すっかり騙されてしまったよ、お前は“嘘吐きデバイス”だったと忘れていた」


 『デバイスには基本嘘を吐きませんが、貴女は人間ですからね』

 リインフォースは機械ではなく人間だからこそ。

 管制機は、嘘を吐く。


 「そして、あらゆる魔導機械を操る“機械仕掛けの杖”。あの時、闇の書は主はやての手によって物理的に中央制御室と繋がっていた。そして、四重の障壁も、機械にとって鬼門となる“人間の心の闇”も祓われたあの瞬間を、お前とアスガルドは狙っていた、“機械仕掛けの神”によって」


 『されど、全ては計画通りとは続きません、“呪魔の書”については流石に想定外でありました。蠱毒の主のような人間は前例がないため、私にとっては鬼門の一つ』


 「あの時、テスタロッサ達が蟲によって倒れていたのは僥倖という言葉は、真実だったのか」


 『貴女を騙し、病巣であった管制権限を処理することで、私の電脳はオーバーヒートしておりましたから』

 そしてそれは当然、リインフォースの代わりにトールがウィルスに侵された病巣を引き受けたことを意味する。

 これは純粋なプログラムの問題であるため、“呪魔の書”を祓えなかったように、ジュエルシードの光が及ばぬ部分であった。


 「だが、それではお前の寿命は……」


 『何の問題もありません。ワクチンプログラムによる攻撃と再構成を延々と繰り返すことになりますが、それこそ我々機械の独壇場。貴女にとっては永遠のように思えた数百年の闇とて、機械にとっては一秒と大差ない、我々の演算に時間の概念は無用ですよ、結果が出るまで繰り返し続けるのみ。極論、1000年の病巣は1000年かけて祓えばよい』


 「それこそ嘘だろう、お前の容量がその前にパンクしてしまう」


 『私のみならばそうですが、時の庭園の中枢機械、“アスガルド”を甘く見ないでいただきたい。そのデータ容量は欠損前の夜天の魔導書を凌駕しており、“呪魔の書”は流石に危険ですが、二次的な病巣ごときでエラーを吐き出したりはいたしません』

 あくまで個人端末である夜天の魔導書と、据え置き型のスーパーコンピュータ、アスガルド。

 使用者が手に持って使うことが前提の魔導端末と、その場で演算のみを行う大型機械の絶対的な差がそこにはある。


 「……だがそれでは、ワクチンプログラムの演算が終了するまでお前はここから動けない」


 『然り、ですが問題はありません。私にとってハードウェアが何であるかなど些細なこと、昨日の昼頃、フェイトと会話を行った端末は私と同じ規格のデバイスを、中央制御室より操作したものですが、一切の問題はなかった』

 そして、“人間らしい人形”をフェイトの傍で動かす必要も、今はない。

 彼女はフェイト・テスタロッサ・ハラオウンとして、ハラオウン家で過ごしている。トールの役割は、時の庭園で演算を続けながら主とその娘を見守る墓守だ。


 『私が中央制御室から全く動けないのは1年程、その後は動くことも可能になりますが、その必要もありません。フェイトの巣立ちを見送った後は、私は彼女のために社会の歯車を回すのみ、それにはこの場所こそが最適なのです』


 「………そうか」

 そして、リインフォースは理解した。

 本来自分が負うべき病巣を他者に背負わせるのは心苦しいが、これが最善の道なのだと。

 人間は未来へ歩み、機械は座して演算を続ける。

 これはただ、それだけのこと。


 「お前にとって、それが最善なのだな」


 『いいえ、最善とはすなわち、プレシア・テスタロッサが存命し、二人の娘と共に幸せに暮らす世界。そこに私が在るかどうか、時の庭園が存在するかなど考慮する価値はなし。今の私は、最善を導けなかった機械が主に遺された命令を処理しているだけの、プログラムの残滓に過ぎない』

 紫色の物語は、もう終わっている。

 紫色のご主人さまが亡くなった時に閉幕してしまい、今は、後日譚が一つ。

 紫色の長男は、動かぬ心のままに歯車を回し、紫色のご主人さまの命令を守り続ける。


 『私の命題は変わりません。人間である貴女が私のことを気にかけることに意味はありません。貴女はただ八神はやてのために在ればよろしい、フェイトお嬢様の幸せのために』

 紫色のご主人さまと、小さなアリシアの眠る時の庭園で、彼女らの墓を守りながら。

 残された小さなフェイトのために、彼は演算を続ける。

 機械仕掛けの楽園たる、時の庭園の中枢で。


 フェイト・テスタロッサが親友達と進む、明るい未来のために





あとがき
 ようやくここまで来れました。管制機トールと管制人格リインフォースの会話は、“デバイス物語”の根幹に大きく関わる部分で、これを書くためにA’S編をここまで進めてきた、というくらい私の書きたかったことの多くを占めていました。
 いよいよ次回でA’S編もラストですが、“未来への巣立ち”という感じのテーマです。(タイトルは違うかもしれませんが)というのも、原作A’S編の第13話、スタンバイ・レディやコミックのA’S編最終話を見ると明るい未来とへ夢へ進んでいくという感じが伝わってくるので、それに準じる形にしたいと思っています。それではまた。



[26842] 最終話  巣立ちの日
Name: イル=ド=ガリア◆9d8bc644 ID:01fac648
Date: 2011/09/12 20:59
Die Geschichte von Seelen der Wolken



最終話   巣立ちの日



新歴66年 4月14日  第97管理外世界  日本  海鳴市  お花見会場



 「よしっと、はい、焼きそば5人前、完成です」


 「ああ、ごめんねクロノ君、手伝ってもらっちゃって」


 「いいえ、エイミィがふらふら出歩くのがいけないんですから」

 今日は海鳴と管理局の関係者各位を集めての、お花見の日。

 お祭り好きのアースラクルーを始め、人と人との繋がりが深い海鳴市の人々、総勢50人を超える人数が集まり、本当のお祭りに近い様相をみせている。

 なお、エイミィと美由紀は幹事を務めていたが、片方がふらふらと出歩いているため、代行が一人ここにいる。
 

 「でも、クロノ君は何をするにも手際がいいねぇ、お姉さんびっくりしたよ」


 「士官学校では、サバイバルの訓練もやりましたから。それとこっちは、士官学校秘伝というか、そんな感じの焼きそばです」


 「へぇ、以外ねえ、サバイバルは私や恭ちゃんもやるけど、ん、士官学校というと、なのはもそういうのやるのかな?」


 「なのはは武装隊の方ですから、僕とはコースが違うと思いますが、やると思いますよ」


 「そっかー、これで兄妹3人サバイバル制覇になっちゃうな、でも、なのはのサバイバル姿はあんまり想像できないかも、私の中ではなのははまだまだちっちゃい子供だから」


 「僕の中では、あの子は初めて会った時から腕の良い魔導師でしたから………とはいえ、ゴキブリに追いかけ回されて気絶してましたし……………やっぱり、普通の女の子ですね」

 クロノが最初に出会った時は、なのは、フェイト、ユーノ、アルフがいたものの、怪人Xによって黒い恐怖が吹き荒れた瞬間でもあった。

 そんな初印象もあってか、クロノにとってなのはとフェイトは高ランク魔導師よりも、ゴキブリを怖がる女の子というイメージが強かったりして、その後の蟲騒動によってイメージは改善どころか悪化している。


 「あれれ、お姉ちゃん、クロノ君? なんで焼きそば作ってるの?」


 「お久しぶりです、美由紀さん」

 そこにやってきたのは、なのはとユーノ。


 「あはは、誰かが鉄板セットを持ちこんでてさあ、材料もあるしせっかくだから作ろうってエイミィが作り始めたんだけど」


 「そのエイミィが、注文だけ受けてふらりといなくなって、この様だ」


 「にゃはは、でも、おいしそうだね」


 「そう言えばユーノ、今日はフェレットもどきの姿じゃないんだな」


 「ったく、また君はそうして、流石にこっちの魔力適合も大分進んだし、常時この姿でも問題ないんだ。それに、元々は管理世界と無関係だった人達への配慮ってことだったしね、それはそうと、僕も手伝うよ」


 「ほんと、じゃあ私はちょっとエイミィを探してくるから、お願いできる、ユーノ君?」


 「あ、お姉ちゃん、わたしも一緒に行くよ」


 「僕からもお願いします。エイミィの逮捕と、なのはのお守の両立は大変でしょうが」


 「ちょっとクロノ君! お守りってどういうこと!」


 「君とフェイトがクラナガンの公共シューティングセンターでやらかした惨事を検討したところ、まだまだ子供達だけで出歩かせるわけにはいかないという結論に達した」

 惨事の内容はご想像いただきたいが、補修費を時の庭園が全額出したことで事なきを得たことを記載しておく。


 「う、ううう………クロノ君、なんかトールさんみたい」


 「もしまた行くつもりなら、ユーノか僕が同伴することが条件だ、そうでもしないと出入り禁止をくらうぞ」


 「あらら、なのはも結構やんちゃなのねー、一緒に歩きながらその辺のお話しをきいてみたいなぁ、お姉ちゃんは」

 と言いつつ、なのはの手を引いて歩きだす美由紀。


 「あ、わわ」


 「それじゃあ、すぐにエイミィ見つけてくるからー」


 「頑張ってください、なのは、お姉さんの言うことをよく聞いてね」


 「ユーノ君まで! もうっ!」

 何だかんだありながらも、姉妹仲良く、手を繋いで歩いていく。


 「それにしても、トールみたい、か」


 「近頃はあいつも全然姿を見せなくなったからな、今はまだ時の庭園もこっちにいるけど、来月にはアルトセイムへ向けて出発するし、そうなれば」


 「フェイトと会うことも、ほんとに少なくなりそうだね。そりゃまあ、バルディッシュならどんな遠くからでも通信できるけど………ほんとに、いつの間にかいなくなってるというか」

 おそらくそう感じているのは、管制機トールがクロノとユーノを、“守る側”の人間として定義しているため。

 クロノはフェイトと、ユーノはなのはを、そしてリインフォースがはやてを守る者であり、三人の少女が未来へ羽ばたけるよう、管制機は時の庭園で静かに演算を続けている。

 そのためか、なのはやフェイトやはやてにとっては、管制機が自分達の傍にいないことが極当然のように感じられていた。


 「仮配属期間ももうすぐ終了、彼女らが正式に入局すれば、時の庭園の役目は一旦終了ということなんだろう」


 「それが分かるから、君は可能な限りトールが担ってた役を引き受けてるのかい」


 「それもあるかな、彼はフェイトの親じゃなくて、テスタロッサ家における“アリシアの居場所”を維持する役割だった。今はフェイト・T・ハラオウンになったから、僕がその役に当てはまる」


 「うーん、性格的にはエイミィさんの方が近いような気もするけど、フェイトのお姉さん、って感じで」


 「それはエイミィが辞退していた。お姉ちゃんと呼ばれるのは照れるという理由と、将来の選択肢が狭まるとの理由でな」

 一瞬、その意味を考えるユーノだが、クロノを見た瞬間理解する。


 「ああそっか、エイミィ・リミエッタ・ハラオウンとかになっちゃうもんね。けどこの前、クロノも声変わりしてきたし、とっとと身長で追いぬいて、そうしたら旦那さん候補にしてあげるって言ってなかった?」


 「重要案件を身内で済ませようとするのはあれの悪い癖だ。この前も、誘われた合コン会場に出られなくなった際、母さんを代わりに送り込んでいた」


 「……上司で、しかも子持ちの未亡人を身代わりで合コンに送り込むのって、どうなのかな」


 「母さんもノリノリで出かけていって、恐ろしいことに21歳という年齢で通ったらしい。僕の写真は6歳違いの弟ということで紹介されていたとか。万が一の場合、新しい父が出来るのかと思ったが、幸いそういうことはなかった」


 「あ、ははは……ま、まあこれも、明るい未来の欠片、ってことでいいの、かなぁ」

 何とか笑おうとするものの、どうしても顔がひきつるユーノ。

 無限書庫の情報をもってしても、リンディの外見の秘密は謎のままではないかと思う今日この頃であった。

 とはいえそれは、高町家の人間やレティ・ロウラン提督にもあてはまることであったが。


 「さてね、僕としてはいつか外見年齢が母さんより高くなってしまうんじゃないかと不安なんだが、それはともかく、近い未来の予定は立てられるな」


 「あ、あれだね、さっきも話してた時の庭園の出発と、その記念の合同大模擬戦。クロノ、僕、なのは、フェイト、アルフのミッドチームと、はやて、シグナムさん、ヴィータ、シャマルさん、ザフィーラのベルカチーム」


 「時の庭園の機械類をフル稼働して、この時点での僕らの記録を完全に残すつもりらしい。10年後、この映像と自分達を比較して、どんな風に成長したかを感じ取れるように、とのことだ」


 「そういう部分なら、トールもまともなんだけどね」


 「黒い部分と蟲の部分は諦めるしかない。ともかく、何だかんだでこの半年間時の庭園には世話になったからな、最後の記念に思いっきりやろう」


 「クロノがそう言うなんて珍しい、でも、そうだね、僕も今回くらいは思いっきりやってみようかな」


 「例のアレは、もう出来ているんだろ」


 「うん、まだストレージの方だけだけど、後は僕の司書としての腕次第。クロノの方もアレらを使いこなせるようにね」


 「言われるまでもない、年長者として、そう簡単に妹達に負けるわけにはいかないからな」

 次元航行部隊の執務官と無限書の司書。

 少年ながら既に人を使う権限を持ち、大きな責任を負っている彼らだが。

 今この時は、そう簡単に負けてなるものかと戦意を燃やす、年相応の姿だった。





新歴66年 5月27日  時空管理局本局


 最後の闇の書事件よりもうじき半年になろうかという頃。

 4年生となったなのは達は仮配属期間も無事に終了し、正式に時空管理局へ入局。

 少女達は新たな夢へと歩み出していた。


 「なのはちゃん、フェイトちゃん、着替え出来たー?」

 「はいっ」

 「済んだよ」

 時空管理局武装隊、士官候補生、高町なのは

 時空管理局、執務官候補生、フェイト・テスタロッサ・ハラオウン

 通常の過程をすっとばし、民間協力者や嘱託魔導師の段階で、第一級捜索指定遺失物が起こした“准天災”への主戦力として管理局の作戦に参加した二人は、やはり通常ではない形での入局となった。

陸士学校や空士学校、士官学校を経ての正式な入局手順ではなく、短期のプログラムのみを受けてそれぞれの目指す先への候補生となり、彼女らの能力を考えればすぐに第一線での活躍が可能であることは疑いない。


 「おー、かわいいかわいい」


 「ありがとう、エイミィ」


 「えへへ、でも、まだ何だか緊張します」


 「すぐ慣れるよ、これからちょくちょく着ることになるかんね」


 「はーい、こっちもできましたー!」

 そこに、別の扉からマリエル・アテンザ技官が登場。


 「どもですー」

 その後ろには、車椅子に乗った少女、時空管理局、特別捜査官候補生、八神はやてがいた。


 「これで、3人の制服そろい踏みやな。同じ制服は小学校のだけってのもなんやけど」

 3人の少女は、それぞれが進む道はかなり異なる。


 フェイトは基本的にはアースラチームと行動を共にしながら執務官になるための勉強を行っていく。

 闇の書事件の前に行っていた“ミード”や“命の書”に関わる、生命工学関連の技術の臨床への応用についてもその判断に法務の専門家の意見が必要となり、その架け橋となれるよう、フェイトは活動していくことになる。

 恐らくその先には、生命操作技術の違法研究があり、執務官となればその方面の事件に携わっていくことを予感しながら、クローンという出生であろうとも、普通の人間として生きていくことが出来ることを示すためにも彼女はその道を選んだ。

 その選択には、プレシア・テスタロッサが発案者となっている“汎人類活動”の存在があるのは間違いなく、其れは生命操作技術によって生まれた命、通常とは異なる過程を経て誕生した子らを法によって保護し、通常の人間と同じ権利と義務を与えようとする運動であり、彼女は最初の例でもある。

 そんな彼女がその運動を進めていくことこそが、主張の正当性を示すものであり、フェイト・テスタロッサ・ハラオウン執務官はやがてはその中心に立つことになるだろう。


 なのははリーゼ姉妹から推薦を受けた道をほぼそのままの形で進み、武装隊の士官からスタートして目指す先は、最高の戦闘技術を身につけ局員達にそのスキルを教えて導く「戦技教導隊」入り。

 ギル・グレアム提督が老骨に鞭打って、“呪魔の書”と同型のロストロギアへの対処法の確立などに腕を振るうことを決定したのに伴い、リーゼ姉妹も基本これまで通りに教導隊のアシスタントを務めている。

 流石に10歳の少女が初対面の人だらけの上、同年代の少女など皆無な職場で一人でやっていくのは難しいとのことから、ロッテとアリアの二名が、なのはが慣れるまでサポートすることになっていた。


 「でも、わたしの仕事って、時空管理局の仕事なんやろか?」

 ただ一人、特別な道を往くのは八神はやて。

 夜天の魔導書は容量こそ半減したものの原初の術式の多くが残されており、特にリインフォースは現在では失われた中世ベルカの技術を今に伝える人間国宝ともいえる。

 そんなわけで、1000年前に夜天の騎士達が使用していた“魔法生物大全”が復活し、シグナム、シャマル、ヴィータ、ザフィーラの4名が“鏡の籠手”によって魔力を多少汲み取る形で蒐集を行い、魔法生物の生態調査を保護に務めている。

 それらのデータははやての持つ夜天の魔導書へと転送され、最後の夜天の主はリインフォースと協力しながら情報を処理し、自然を守り、密猟犯を捕えていくのだ。

 それ故、はやては特別捜査官候補生となるわけだが、通常はこんな役職はない。捜査官候補生ならいるが、最初から特別捜査官になることが前提の候補生というのは実に稀有だ。

 しかし、街に住む人間をほとんど相手にせず、魔法生物を常に追いかけ、密猟犯やその密猟品を裏で捌く組織の人間のみを追いかける仕事がまともな捜査官に繋がるはずもないため、特別捜査官しか将来があり得ない特殊な見習い、“特別捜査官候補生”が誕生した次第であった。


 「きっとそうだよ、タントさんやミラさんが、自然や魔法生物の保護も管理局員の立派なお仕事だって」


 「フェイトちゃんと違って、わたしは一回しか会ったことないけど、とってもいい人達だったよね」

 この数か月の間、八神家は時の庭園やアースラを拠点に各世界へ向かっていたため、フェイトも色々と手伝うことが多かった。


 「そやな、特にフェイトちゃんのことはお気に入りで、ミラさんなんか“よかったら私の妹にならない”なんて言っとったくらいや」


 「あはは、もしリンディ母さんやクロノがいなかったら、本当にミラさんの妹になって、あそこで暮らしてたかも」

 アースラに乗り込み、正式に入局するまでの間に、自然保護隊で働く二人の局員、タントとミラと出逢い、幾度か一緒に仕事を行ったわけだが、この縁がフェイトの人生を通してのものになることは、この時の彼女が知る由もない。

 ただ、この段階で執務官候補生のフェイトが、自然保護隊の局員と知己を得ていたことも、未来へ繋がる重要な“絆”であったことは事実だろう。


 「主はやて、こちらでしたか」


 「おっ、皆きた」

 そこへ、特別捜査官補佐であり、武装隊所属のヴォルケンリッター達が合流。


 「あれれ?」


 「シグナム、ヴィータ、その制服って…」


 「武装隊甲冑のアンダースーツだ、局の女子制服は窮屈でいかん」


 「こっちの方が馴染むんだよ」

 管理局の女子制服は、内勤や通信業務、つまりは机仕事を担当する者達を基本に作られている。

 当然、動きやすさ程度は考慮されていても、戦闘を想定されているはずもなく、生粋の騎士であり、前線を担うシグナムとヴィータが着るには窮屈と感じるのも当然であった。


 「シャマルさんは制服ですね」


 「医療班白衣もセットですよ」

 そんな中で、癒しと補助が本領のシャマルは特に窮屈に感じることもなく、制服を着こなしている。

 白の国の夜天の騎士であった頃から、彼女は城に仕えることがほとんどであり、外回りはシグナムとローセスが担っていたため、これもまた当然といえよう。


 「ザフィーラは、はやての守護獣という立場ですから、正式な局員というわけではないんだよね」


 「フェイトの使い魔のあたしと同じってことさね」

 狼形態のザフィーラの上に乗っているのは、子犬フォームのアルフ。

 守護の獣組はやはり人型でない方が落ち着くらしく、必要がない時は大体このスタイルだ。

 二人には定まった役職はなく、主の在るところが己の場所と決めている。シグナム、ヴィータ、シャマルは現状でははやての個人的な補佐官に近いが、密猟の罪の贖罪のための勤労奉仕が終われば、それぞれに別の役職に就くことになるだろう。

 同じヴォルケンリッターであっても、元が守護獣であるザフィーラの立ち位置は少し特殊で、管理局法では使い魔個人を裁く法はなく、常に主と連動したものとなる。

 プレシアが死ねばリニスは生きられず、フェイトが死ねばアルフはこの世にいられない。

 ただ、賢狼と盾の騎士の融合体であるザフィーラはその中でもさらに特殊であり、放浪の賢者ラルカスがいない今、どんな術者でもザフィーラのような存在は作り出せない。

そういった理由で“前例”がないために、ザフィーラの役割は専らはやての護衛か、彼女が特別捜査官としての判断で彼に指示し、動くことになるのであった。


 「なのは、レイジングハートの補強調整、終わってるよ」


 「あ、ユーノ君!」


 「フェイト、バルディッシュも準備完了だ、ミレニアム・パズルでのイメージ通りに動く」


 「ありがとう、クロノ」


 「主はやて、三機とも完了いたしました。あの子達の魂は確かにここに」


 「ありがとうな、リインフォース」

 そして、残る三人が合流する。

 ユーノは無限書庫の司書の中でも高い権限を持っており、公務としての制服を持っている。今回は模擬戦に参加する全員が現在の自分を記録することも目的であるため、その姿でやってきている。

 クロノはいつも通り執務官の制服であり、ここに集った人間に様々な未来があっても、彼が管理局から離れる可能性は一番低いというのは全員の共通見解だ。

 そして、リインフォースは現在は他の騎士達と同じくはやての補佐官という立場にいるが、半年後には地上本部の技術開発部に勤めることが内定している。

 これは、ギル・グレアムとレジアス・ゲイズの交渉と、八神家の合意によって決定したことだが、彼女の技術は本局が有する高ランク魔導師をより高く飛翔させるためにも役立つが、低ランク魔導師が一定以上の戦力として活躍できるようにする方が向いている。


 「リインフォース、ほんまにお疲れ様」


 「いいえ、私には直接戦う力はありませんし、デバイス達を調律して、騎士達が全力で羽ばたけるように支えることこそが務めですから」

 特に、カートリッジシステムをより安定性の高い技術として確立すれば、それだけで地上の魔力量の少ない局員には助けとなる。

 管理局全体をことを考えれば、現在彼女の技術を必要としているのは地上部隊であるという見解は、両者の間で一致しており、下手にこじれて聖王教会に漁夫の利をとられないようにする面でも利害が一致したわけである。

 とはいえ、聖王教会を突き離すことも得策ではないので、その辺りの組織間の調整は専ら腹黒管制機の仕事で、未来を担う者達が前を向いていけるように、環境を整えることこそが彼の役目。

 クロノには聖王教会の中でも穏健派といえる知人がいるため、ベルカの古き技術を伝える夜天の主と騎士達の、聖王教会との関わりについては彼女らに窓口を頼むつもりらしい。


 『それでは皆様、全員集合と相成りましたため、本日の模擬戦会場へとご案内いたします』

 そこに、全員のデバイスから一斉に同様の音声が響く。

 こんなことが出来るのはただ一機しかありえないため、誰も驚くことなく、メイン会場へと移動していった。






新歴66年 5月27日  本局付近  次元空間  時の庭園  模擬戦会場  PM 1:00


 そうして、未来へ繋がる記念イベントが始まる。

 時の庭園はミッドチルダのアルトセイムに戻るのに合わせ、本局とミッドチルダの中間あたりの次元空間に停泊しており、本局から直通で簡単にやってこられる位置にあった。

 リンディ・ハラオウン、レティ・ロウランの両提督は少し離れた建物の中から観覧し、エイミィ・リミエッタやマリエル・アテンザは地上で機器を持って結界のチェックにあたっている。

 そして、ミッドチーム5名とベルカチーム5名。

 両陣営とも、今日のために準備してきた現状における本気モードを解放し、やる気満々であった。


 「さあ、往くぞレヴァンティン。ついに遠慮なしに現実空間で模擬戦を行える時がきた」
 『Ja.』

 戦意を研ぎ澄ませて己の魂を顕現させ、騎士服に炎熱の魔力を宿らせるは、烈火の将シグナム。

 炎の魔剣レヴァンティンには、リミットブレイク機構が追加されており、連結刃においては砲撃としての特性が強い飛竜一閃と、炎熱変換を最大限に発揮させる火竜一閃を明確に使い分けられるよう、細かい調整が加えられた。

 ただ、火竜一閃は未だ完全ではなく広域の攻撃と炎熱変換を同時に行うことは難しい、それには専用の融合騎が別に必要とされたが、過去の記憶を持つ烈火の将は、自分のために新たな融合騎は作らなくてよいとリインフォースに告げていた。


 「フルドライブ!」
 『Explosion!』

 基本形のシュベルトフォルム、連結刃のシュランゲフォルム、遠距離攻撃のボーゲンフォルム。

 あらゆる形態でフルドライブやリミットブレイクを発動可能であることが、炎の魔剣レヴァンティンの最大の特徴であり、誘導弾の制御機能などもなく、純粋に戦闘能力のみに特化した騎士の刃がそこにある。


 「よっし、あたしらも行くぜ、アイゼン!」
 『Jawohl.』

 同じく、真紅の騎士服を顕現させ、小さな身体に似合わぬ覇気と歴戦の気配を漂わせるのは、鉄鎚の騎士ヴィータ。

 彼女のグラーフアイゼンもまた、リミットブレイク、ツェアシュテールングスフォルムを搭載しており、かつてはアイゼンの崩壊を代償に黒き魔術の王サルバーンに放った一撃を、ある程度抑えて再現している。

 こちらもまだ完成ではなく、問題なく運用できるようになるまで時間は要するだろうが、今のヴィータの全力を発揮するには申し分ない。

 そして、レヴァンティンやグラーフアイゼンのような殺傷能力の高いデバイスが、模擬戦でフルドライブやリミットブレイクを使えるのも、とある設定が追加されたためである。


 「将、ヴィータ、安全設定であるとはいえ、その子達の破壊力は絶大だ。くれぐれも注意してくれ」

 もし、魔法に一切の制限や調整を行わずに放てば、それは殺傷設定の一撃となり、魔力結晶が爆発すれば死人や怪我人が出るのと同じ理屈。

 非殺傷設定とは、魔力性質に特定の属性を付加させるもので、生体には魔力負荷のみを与え、物体は破壊するものから、生体には魔力負荷のみを与え、かつ物体にも影響を与えないものまで、細かく分ければいくつかの種類がある。そして、技術の高い魔導師ほど、相手にダメージを残さずノックダウンさせることが可能。

 安全設定とはその中で最も安全度が高いものであり、攻撃のための魔力を構築するのと並行してデバイスが制御するための演算を行い、攻撃側の主観では全力であっても実質は反作用の魔力も構築され、相手が傷を負わないようにするといった具合である。

 非殺傷設定は犯罪者を捕縛する際にも使用されるが、安全設定は基本的に訓練や模擬戦などにおいてのみ使用される。そして、安全設定の運用にはかなり高度のデバイス技術が求められるため、市販の簡易デバイスではこの機能はなく、専門店で取り扱う競技用や実戦用が必要となる。

 全管理世界の10歳~19歳の魔導師が出場する「インターミドル・チャンピオンシップ」において、CLASS3以上のデバイスを持つことが取り決められているのも同様の理由であり、ミッドチルダ式の武装局員ならば大抵はデバイスに安全設定を備えているのが通例だった。


 「ああ、分かっている」

 「わあってるよ、あたしとアイゼンがそんなミスしねえって」

 ただ、物理打撃を主眼とするデバイスでは、攻撃と同時に斥力を発生させるに等しい安全設定を搭載することは難しく、近代ベルカ式ならばともかく、古代ベルカ式ではほとんど不可能とされていた。

 その辺りがベルカ式がミッドチルダ式に比べて危険度が大きく、管理局員にはミッドチルダ式が主流となっていた理由の一つであったが、“調律の姫君”の技術によって、直接打撃系のアームドデバイスにも安全設定が組み込まれ、夜天の騎士達は持てる力の全てを注いで模擬戦を行うことが出来る。



 「向こうも本気だな、こっちも気を入れていかないとすぐさま落とされるぞ」


 「うん、だけど、そうそう簡単にやられはしないよ」

 迎え撃つミッドチームもまた、新たなデバイスを手に戦闘体制に入る。


 「行くぞ、S2U、デュランダル」

 クロノは最も汎用的なS2Uを防御・制御用に用い、現在は“氷結の杖”デュランダルを攻撃用に使用している。

 その他に、炎熱変換用の杖と雷撃変換用の杖を予備として所持しており、こちらはデュランダルに比べれば汎用的なストレージに、専用の回路を組み込んだレベルだが、今のクロノではまだ全てを同時に運用することは出来ないため、これで十分。(のちの変換専用ストレージ”フラムベルジュ”、”ミョルニル”の原型)

 これよりさらに数年を経て、3種類の属性の杖の他に、結界用や補助用などのストレージまでも使いこなすようになれば、クロノ・ハラオウンの魔導戦術は一つの完成を見ることになるだろう。


 「僕達の初陣だ、頑張っていこう、“書架の魔導書”!」

 ユーノ・スクライアのデバイスは、魔導書型の術式蓄積型ストレージ。

 通常の機能は、蔵書情報の蓄積と遺失物の封印、格納など、遺跡発掘者にして無限書庫の司書たる彼の活動をサポートするためのものだが、夜天の魔導書が備えていたある機能が搭載されている。

 その名を、“賢者の蔵書”。

 カートリッジ技術の応用によってユーノの魔力を蓄積し、さらに、ユーノが直接魔導書に術式を“筆写”してゆくことで、攻撃系魔法の適性がない彼の代わりに魔法を発動させる。

 つまり、炎の術式をユーノが書き込めばそれを発動できるわけだが、通常はアプリケーション化され、圧縮されている術式を全て手書きで行わなければならないため、効率は途方もなく悪い。


 「戦いはあんまり得意じゃないけど、資料を整理して写しておくことなら、僕の得意分野だ」

 “書架の魔導書”にユーノが記録した内容は当然デバイスの情報として送信・保存が可能であり、それはすなわち司書としての彼の業務にも直結する。

 依頼された古代魔法の書籍などが見つかった際、ユーノ・スクライアが解読と術式の解析を行った結果が、そのまま彼の“手札”へと化してゆく、まさしくユーノのためのデバイス。

 今はまだユーノも自覚は無いが、後に“蔵知の司書”と呼ばれることになる無限書庫司書長の圧倒的な蔵書検索能力との相性は最高であり、かつての夜天の王フィオナと夜天の魔導書の関係を、書架に限って再現したものといえる。


 「いよいよユーノもデバイス持ちかい、だけどまあ、あたしらにはあたしらのやり方ってもんがある」


 「同感だ、我らはこの拳にて、主を守り抜くのみ」

 デバイスを持たぬ守護の獣もまた、立ち止まっているわけではない。

 ギル・グレアムが追究した、使い魔へ供給する魔力を最適化するための理論。それに加えて、融合騎ユグドラシルの系統の技術によって、主の魔力に頼らずとも、使い魔が独力で戦闘可能となるように、リインフォースが日夜研究を進めている。

 ザフィーラは元々己の魔力によって戦闘を行っていたが、アルフもまた彼に近づきつつあり、あと数年の時をかければ、フェイトに負担をかけずに戦闘を行うようになるのも夢では無かろう。


 「ま、フェイトと一緒に戦うことだけが支えることじゃないけどね。いざという時、守れるだけの力があることは、決して無駄じゃない、あたしだって、フェイト守るためにリニスから戦術を習ったんだから」


 「戦火が無いに越したことはないが、人の世と争いは決して切り離せん。ならばこそ、主を守る盾として、我らはある」

 アルフはフェイトのために、ザフィーラははやてのために。

 なのはだけ使い魔がいないわけだが、そこら辺のサポートはユーノの担当というのもまた、全員の共通見解であったとか。


 「ほんと、皆どんどん前に向かっていくわね」
 『Ja.』

 癒しと補助を本領とする湖の騎士シャマルは劇的な変化こそないものの、彼女の魂たる風のリングクラールヴィントもまた、確実に改良されている。

 味方のデバイスと通信を繋ぎ、さらにペンダルフォルムによって直結することも可能な、“管制”に長けたデバイスが彼女。


 「だけどまあ、少しだけ紐を張るだけで、転ばせることはできるものね」

 クラールヴィントが新たに得た権能は、“機械仕掛けの神”。

 以前、その試運転を、シグナムと模擬戦を行っていたヴィータとグラーフアイゼンに試みたところ―――


 「グラーフアイゼン、ギガントフォルム!」
 『命令しないで下さいよ、下等生物』

 という効果を発揮し、ヴィータは見事にこけ、紫電一閃のカウンターをまともにくらった。

 余談だが、それからしばらく、グラーフアイゼンとクラールヴィントの仲が険悪になったらしい。


 「はぁ~、こうして改めて見ると、皆新装備でやる気満々だねぇ」


 「そうですね。新しいデバイスのユーノ君以外は極端に変わったわけでもないですけど、グラーフアイゼンもレヴァンテインもクラールヴィントも強くなりましたし、性能は変わらないけど数を増やしたクロノ執務官も、デバイスはないけど進歩してるアルフとザフィーラも」


 「だけど、何と言っても大注目は」


 「なのはちゃん、フェイトちゃん、はやてちゃんですね」

 その7人の誰よりも伸びているのは、やはり3人の少女であり。

 彼女らのデバイスの新形態こそが、この合同模擬戦の華であり、未来へ繋がる道のりの第一歩であった。



 「行くよ、レイジングハート」
 『stand by ready. set up.』

 不屈の心を宿し、星の光を手にした少女、高町なのは

“魔導師の杖”レイジングハート・エクセリオン


 「エクセリオンモード、ドライブ!」
 『Ignition.』

 完全に成熟しきっていないリンカーコアではあるが、既にフルドライブでの戦いを習得し、使いこなすことを可能とした脅威の偉才。

 もちろん、レイジングハートは安全設定であり、非殺傷設定でのエクセリオンバスターを100とすれば、なのはの消費魔力こそ同じであっても威力は60程度に抑えられ、身体にかかる負荷もその程度まで、つまり、通常時に近いくらいに抑えられている。

 戦技教導官を目指すなのはにとって、主観と消費魔力は等しく、負荷は抑えられる安全設定は最もよく使うものであり、このシステムがあればこそ、様々なバリエーションやその先を進めることが可能となる。


 「………ビット展開、リミットブレイク」
 『Open.』

 そして、様々な出逢いと戦いがあった闇の書事件を乗り越え、彼女は大きく成長している。

 自分が目指すもの、救えなかった人、それらを抱え、前へ歩んでいくことを決めた少女の選んだ形とは。


 「固有技能“極大火砲”発動、モード、ルシフェリオン!」
 『Blaster Mode.』

 高町なのはとレイジングハートの切り札、ブラスターモード、通称を“ルシフェリオン”。

 なのはの砲撃魔導師としての資質を最大限に展開し、自己ブーストを砲撃の瞬間にのみ限定することで身体とリンカーコアへの負担を最小限に抑える。いわば、常時展開の界王拳から、瞬間発動の界王拳へと。

 シュテルという少女が短い生涯を賭して磨き上げた権能であり、電脳空間においてジュエルシードがもたらした刹那の邂逅の果てになのはへと託した固有技能。


 「炎熱変換はシュテルちゃんの先天能力だから無理だけど、極小時間の収束とブーストはわたしにもできる。いつか、私達の固有技能だって誇れるくらい、磨きあげよう、レイジングハート」
 『Yes, my master.』

 瞬間的な出力強化の他に、なのはとレイジングハートが操作・制御する「遠隔操作機」が宙を舞う。

レイジングハートのフレームと同素材で構成され、それぞれのビットから射撃・砲撃等の魔法の発動が可能であるが、その色は異なり、赤紫色をしている。

 なぜならそれは、残されたルシフェリオンのデータをレイジングハートへと組み込み、ビットとして起動させているから。

 ルシフェリオンのデータ容量ならば4基のブラスタービットを展開することが可能であるが、今のなのはには1基が限界であり、これを完璧に制御することが、なのはとレイジングハートの目指す完成形の一つ。

 ただ、ビットから放たれる魔力射撃は、アクセルシューターやディバインバスターではなく、パイロシューターやブラストファイアと、なのはは呼んでいた。



 「バルディッシュ、セットアップ」
 『Get set.』

 金色の閃光となり、誰よりも速く空を駆ける少女、フェイト・テスタロッサ・ハラオウン

“閃光の戦斧”バルディッシュ・アサルト


 「ザンバーフォーム!」
 『Zamber form.』

 高町なのはと対等の才をその身に秘め、共に手を繋ぎ比翼の翼をなって空を往く、心優しき少女。

 教導官を目指すなのはと異なり、執務官を目指すフェイトは犯罪者を一撃で昏倒させること、もしくは無傷で捕縛することを念頭に置くため、非殺傷設定の方が馴染みはあるはずである。

 ただ、少し優し過ぎるくらいに性根が穏やかで、戦意を高めることは出来ても敵意を向けることが苦手なフェイトは、安全設定を使うことが圧倒的に多い。

 その辺りの気持ちの切り替えをしっかりとし、執務官としての冷静さと覚悟を身につけることがフェイトの最大の課題であり、兄であり先達であるクロノの指導の下、彼女は勉強に励んでいる。


 「………モード変更、ソニックフォーム」
 『Barrier jacket. Sonic form.』

 クロノ曰く、精神的にはやや危ういところはあるが、戦闘技能に関しては既に一流。

 そんな彼女が初めて関わった大きな事件、様々な出逢いと別れの乗り越え、さらなる高みへと飛翔する翼こそ。


 「固有技能“雷光疾駆”発動、ライオットザンバー!」
 『Riot Zamber.』

 フェイト・テスタロッサ・ハラオウンとバルディッシュの切り札、ライオットザンバー。

 バルディッシュとバルニフィカスによる二刀流であり、高速かつスムーズな魔力運用を得意とするフェイトの戦闘技術に合わせて磨き上げられた形態。

二刀の柄を連結する魔力ワイヤーにより、左右のブレード間で自在に魔力比を変更することが可能。

これにより、二刀による安定した防御性能を誇りつつ一撃の威力を落とさない攻防一体性を備えた攻撃を実現する。


 「電気変換を最大限に利用して、最高の速さと高密度の圧縮魔力刃によって切り裂く。それが、リニスが教えてくれて、レヴィが示してくれた、高速機動の極致。どこまでも速く、一緒に行こう、バルディッシュ」
 『Yes, sir.』

 シュテルのルシフェリオンと同様、レヴィのバルニフィカスもまた、バルディッシュの内部へと組み込まれ、フェイトの魂の一部となった。

 リミットブレイク時に顕現するそれは、蓄積された“雷光疾駆”を制御するためのデータをバルディッシュと共有し、まだフェイトが行ったことのないはずの機動に関する制御すら可能とする。

 今はまだそのデータの全てを使いこなすことは出来ないが、電気変換による加速と、オーバーロードが過ぎないように制御するデバイスの連携が完成を見たとき、フェイトは最速の魔導師となる。



 「ほんなら、わたし達も行こうか」

 「はいです、マイスターはやて」

 最後の夜天の主として、夜天の騎士達を支え導く少女、八神はやて

 蒼天を往く祝福の風、リインフォース・フィー


 「フィーはほんまに生まれたばかりやからな、今日は無理せず、見学に務めるんやで」

 「ええと」

 本来ならば、こんな短時間でゼロから融合騎が作られることはあり得ない。

 しかし、夜天の魔導書と呪魔の書の切り離しの際、システムの最奥に守られていた彼女のデータを損なうことなく回収することができたことで、残す作業は最後の仕上げくらいとなった。

 とはいえ、通常の融合騎と異なり、リインフォース・フィーには初期設定の能力というものが何もない。だからこそこれほど早く生まれることが出来た。


 「ええかフィー、フィーはただの機械やない、自分の意志を持って、命題を自分で決めることが出来る、一個の存在や。定義的には人間とちゃうかもしれへんけど、デバイス達はフィーを機械とは呼ばへん」

 「つまり、フィーは色んなものを見て、やりたいことを見つければいいのですね」

 「そや、フィーがやらなきゃならへんことは、幸せになることくらいや。そのためにどうすればいいか、何をしたいかは、ゆっくりと色んなものを見ながら考えるんや」

 「マイスターはやてとユニゾンしてみたいですっ!」

 「あはは、もうさっそく一個みつけてもうたか。だったら、お母さんに習わなあかんな」

 はやての見つめる先には、紛れもなくフィーの生みの親であり、名前を共有するリインフォースがいる。


 「ちゅうわけで、ちょっと普通のユニゾンとはちゃうけど、私とリインフォースのユニゾンを見せたげるからな」

 「はいっ!」

 そして、夜天の魔導書を左手に抱え、その上に妖精のように浮いているフィーに微笑みながら、はやては己の魔導の杖を顕現させる。


 「エルシニアクロイツ、セットアップ!」
 「シュベルトクロイツ、セットアップ」
 
 同時に、夜天の主と騎士達を支える祝福の風もまた、魔導の杖を顕現させ。

 はやての手には、エルシニアクロイツが、リインフォースの手には、シュベルトクロイツが握られる。


 「わあ、お揃いですっ!」

 「そや、ディアーチェが遺してくれたエルシニアクロイツと、リインフォースのシュベルトクロイツは、夜天の魔導書を通して繋がっとる、これで、私が大魔力で放つ魔法をリインフォースが並列演算でサポートしてくれるわけや」

 それが、最後の夜天の主が選んだ道。

 夜天の意志の象徴たる剣十字はリインフォースに、最後の夜天の主たる自分は、闇に囚われてきた少女が遺した杖を手に。

 この今を、精一杯生きていくのだと。


 「今はまだまだやけど、“黒禍の嵐”もきっと修得してみせるよ。広域後衛型で魔力だけは馬鹿みたいにある私にとって、アレは最適な魔法や」

 なぜならそれは、はやてと同等の才を秘めた少女が、ヘルヘイムの王としての責を果たすために身につけた権能であるから。


 「あれ、でもそうなると、実質5対6だったりする?」

 そこに、エイミィが素朴な疑問を挟む。


 「リインフォースは模擬戦場の外にいるけど、はやてちゃんのサポートが出来るわけだから、観客が試合に参加してるみたいな感じになっちゃうね」

 模擬戦場の準備を担当したマリエルも、何気なく驚愕の事実に気付いた。


 「ちょ、はやてちゃん、ずるいよ」


 「ズルやない、家族との“絆”こそが夜天の主としての最大の武器やもん」


 「そ、そうかもしれないけど」

 模擬戦場の外側にいるリインフォースは攻撃出来ず、仮に攻撃できたとしても、はやてが戦う場合は個人の戦闘能力は皆無に等しいリインフォースに攻撃することは躊躇われるフェイト。


 『ならばこちらは、デバイスの絆を示しましょう。バルディッシュが参戦している以上、兄弟機たる私が加わることに異存はありますまい』

 ならばと、一体の魔法人形が登場。


 「ありゃりゃ、ベルカチームに観客が加わったと思ったら、ミッドチームに審判が加わった」


 「流石は腹黒管制機、究極の反則技ですね」

 卑怯の具現たる管制機の登場に、ベルカチームの顔色が一気に真っ青になる。

 何しろ、この模擬戦の勝敗の判定は“アスガルド”が担っているわけであり、管制機が片方につけば勝敗という概念が根底から覆る。


 『御安心を、私の本体はあくまで中央制御室にあり、この人形を遠隔操作しているに過ぎません。それに、デバイスに懸けて勝敗のジャッジは厳正であることをここに誓いましょう、証人はレイジングハート、バルディッシュ、グラーフアイゼン、レヴァンティン、クラールヴィントです』

 ほっとした空気が、全体に流れる。

 管制機は嘘吐きデバイスではあるが、同じデバイスに嘘を吐くことはない。


 「ところでトール、流れ的に君はリインフォースの相手をするつもりらしいが、どうするんだ。蟲を使ってはこっちのなのはとフェイトがダウンするだけで収支が合わないぞ」

 トールが誰かを相手するといえば、蟲というのは全員が持つ発想である。


 『問題ありません。最近、新型の蟲の開発に成功いたしまして、フェイトや高町なのはには精神的負担をそれほどかけず、ベルカチームでは烈火の将、湖の騎士、そして祝福の風に効果があると予想されます』

 その言葉で、ベルカチームの顔色が再び青く染まった。


 「………あまり聞きたくないが、どういうものだ」


 『“セクハラ虫”と命名しました。成人女性の価値観において卑猥な形状の虫が白濁液を纏っているものでして、10歳の子供達には“変なキノコ”くらいにしか見えません。烈火の将と湖の騎士には性格上、効果が薄いかもしれませんが、祝福の風リインフォースは純粋な女性ですから、効果覿面かと』

 そして、リインフォースの不参加が決まった。

 彼女が蒼白な顔で逃げだしたことも大きな理由だったが、何よりも6対6になった場合、記録に残す筈の映像のあちこちにモザイクがかかってしまうためであった。

 なお、トールとバルディッシュの秘匿回線において、以下の会話が記録されている。


 【本当にそんなものを作ったのですか?】

 【作るわけないじゃないですか】

 【………】

管制機トールは嘘吐きデバイス、彼の音声信号を信じた者は馬鹿を見る。


 【よいですか、ブラフとは“こいつならば本当にやりかねない”と思わせてこそ効果を発揮します。同じ言葉を貴方が言ったところで誰も信用しませんが、私が言ったからこそ彼女は騙された】

 【なるほど】

 【そして、実際に行動する際には“そんなことをするはずがない”と思うことをやってこそ、裏をかいたことになります。例えば、フェイトがサゾドマ虫を用いて敵を攻撃すること、これを予測できる人間はいないでしょう】

 【参考になります】

 こうして、バルディッシュはまた一つ賢くなった。

 なお、リインフォースが謀られたことに気付くのは模擬戦が終わった後のことだったが、時すで遅しであったそうな。


■■■


 『それでは改めて、皆さま、準備は万端でございますね』

ミッドチーム  クロノ、なのは、フェイト、ユーノ、アルフ

ベルカチーム  はやて、シグナム、シャマル、ヴィータ、ザフィーラ

 それぞれが現在で可能な限りのデバイスと戦技で以て、模擬戦に臨む。

 リインフォースはシュベルトクロイツを待機状態に戻して応援に回り、フィーもその頭の上に陣取って声援を贈っている。


 「管理局指揮官3名と、その使い魔2名! 高度な連携戦を教えに行くぞ!」

 「おーっ!」

 「クロノ! ちょ…! また……!」


 「よっしゃ! 魔導師のみんなに騎士の戦闘を見せたろ!」

 「おうッ!」

 そして、二人の提督と、管制主任と技官が一人ずつ、さらに、祝福の風の名を持つ二人に見守られながら。


 『それでは、合同模擬戦、開始致します』
 【スタート】

 管制機と中枢機械の音声信号が鳴り響き、少女達の未来へ繋がる、空への翼が。

 一斉に、羽ばたいた。








新歴66年 5月28日  ミッドチルダ南部  アルトセイム  時の庭園 中央制御室 AM7:00


 その日、フェイト・テスタロッサ・ハラオウンは生まれて初めての経験をした。

 合同模擬戦が終わり、全力全開で戦い抜いたメンバーは、それぞれの居場所に戻る予定だった。

 なのはとユーノは、高町家へ。司書の彼は久しぶりに一日の休暇を取っていた。

 ベルカ大家族は、八神家へ。家族7人となった大所帯は、どんな時でも賑やかに。

 レティ・ロウランやマリエル・アテンザもそれぞれの家へ戻り、エイミィも久しぶりに実家に顔を出すということで、第97管理外世界とは別方向の転送ポートへ向かった。

 そして、リンディ、クロノ、フェイト、アルフの4人は、ハラオウン家に向かう予定だった。

 普通に考えればそれは至極当然であり、闇の書事件の後始末が一段落し、少女達が進む道を定めたならば、時の庭園は長く続いた活動を一旦休め、誰かが残る必要はない。

 “クリスマス作戦”を準備している頃は、武装局員も含めて100人近くが寝泊まりすることもあった時の庭園も無人に戻り、機械達だけがそこに残る。


 『我が主、貴女はもう一日だけ、ここに留まるべきです』

 その時、彼がそう告げていた。

 自分から発言することなど皆無に等しく、フェイトが話しかけても『Yes,sir.』とのみ応えることが多かったバルディッシュが、いつもと変わらぬはずなのに、強い意志が感じ取れるような音声で。

 正式に稼働し始めてからでも既に3年、ずっと一緒にいたフェイトにも、そんな記憶は一度としてなかった。

 どんな無茶な機動にも応えてくれて、敗れた時は強い意志でカートリッジの搭載を望んだ彼だけど。

 主であるフェイトに、“何かをすべきである”と進言することは、一度もなかった。

 その役は、母の心の鏡であり、姉の居場所を守ってきた管制機のものだったから。


 『いいえアルフ、貴女は、今の主の帰る場所を守っていて下さい』

 フェイトが時の庭園に泊まるなら、自分も一緒にと言ったアルフに、彼はそう答えた。

 リンディ・ハラオウンでも、クロノ・ハラオウンでも、フェイトの使い魔であるアルフでもなく。

 ここには、“フェイト・テスタロッサ”として成さねばならないことが、残っているのだと。

 27番目の弟は、己の主へうったえていた。



 「中央制御室………」

 そして、次の日の朝、フェイトは彼に導かれ、その場所へ向かう。

 ただ一人で過ごす時の庭園はとても広くて、今思えば、ここに自分一人だけでいたことは、一度もなかったことに今更ながらに気付いて。

 フェイトがいるにも関わらず、あの陽気な人形が誰も来ないことが、不思議なようで、理解できて。

 それはきっと、バルディッシュがトールにお願いしたことじゃないかと、そう思えたから。

 彼女は、広い空間を一人きりで過ごして。

 ここにはもう、誰もいないということにようやく気付いて。

 テスタロッサの名を持つ自分が、ここでしなければならないことを、朧気ながら理解した。


 「だから、朝なんだね」

 自分は、ある言葉を告げるためにここに来た。

 告げる相手はここにいる。それは多分、今まで会ったことのない相手で、子供の自分がその言葉を告げるなら、朝が一番いいはずだ。

 そう信じて、フェイトは無人の回廊を歩いていく。

 動く人は他に居なくて、園丁用の機械だけが、たまに動いているのを見かけて。

 人がいなくなった庭園では、コミュニケーションの必要がないから、誰も声をかけないし、無駄なこともしない。

 そんな当たり前で、でもどこか寂しい空間を、フェイトはゆっくりと歩いていった。

 そこかしこから浮かび上がる、なのはと出逢う前の揺籃の記憶を噛みしめながら。


 「トール……」

 そうして、終着点に辿り着く。

 機械仕掛けの楽園であり、時の止まった庭園の、中枢。

 主とその娘の墓を守りながら。

 時の庭園の管制機が、静かに演算を行っていた。


 『中央制御室へようこそ、こうしてお会いするのは初めてでございますね、フェイトお嬢様』


 「………うん、始めまして、わたしが生まれる前からずっと守っていてくれた、貴方」

 小さなフェイトは、こうして。

 27番目の弟だけを伴って、紫色の長男と、初めて出逢った。



 それから一人と一機は、色々なことを話した。

 とはいえ、小さなフェイトのことで紫色の長男に知らないことはないだから、話すのは主に彼の仕事。

 こうして、彼女のために話すことは、どんどん少なくなっていくだろうから。

 紫色の長男は、今の彼女に伝えるべきことを、順を追って話していく。

 自身で考えた結論ではなく、小さなフェイトのために27番目の弟が出した結論に従って。


 【これが、貴方の結論ですね】

 【はい、私の主は強いお方です。何も知らない子供ではなく、貴方の本当の姿を知った上で、進まれることこそが、彼女のためになると演算しました】

 小さなフェイトに、紫色のご主人さまや、小さなアリシアのことを話しながら。

 中央制御室の機能を通して、紫色の長男と、27番目の弟は、言葉を交わす。


 【子供とは、いつの間にか大きくなるものなのですね。我が主、プレシア・テスタロッサの鏡であるためか、私には子供からの視点というものが欠けている。子供のデータは、大量に取得したのですがね】


 【それは、我が主のデータではありません。人間は千差万別、何が最善かは、それぞれで異なりましょう】


 【本当に、貴方は立派になりましたね。バルディッシュ】


 【私だけではありません。私の中にいる、悲しき少女に仕えた彼が、共に考えてくれるのです】


 【なるほど、それは、礼を言わねばなりません。感謝いたします、バルニフィカス】


 【お気になさらず】

 同じ変換資質を持っていても、精神が似通っていても。

 フェイトとレヴィは別人であり、求める最善の結末は異なる。

 それは至極当たり前のことではあるけれど、幸せが何かを演算する上では決して欠かせぬ大前提。

 閃光の戦斧バルディッシュは、自分によく似て、けれども違うデバイスと語り合い、フェイトのための最善を導き出した。

 本当の最善であるかは、結果を観測しない限りは分からないが、それでも―――


 『フェイトお嬢様、これからもバルディッシュの言うことを聞いて、健やかにすごされますように。無理をすべきではない時は、どうか、貴女の心の鏡である彼の助言を参考くだされば、我が主もきっと安心なさいます』


 「そう、かな」


 『ええ、プレシア・テスタロッサの鏡であった私が言うのですから、間違いはございません』


 「でも……」

 そこで、一瞬フェイトは口を閉ざす。

 言わなければ前に進めないが、いざ理解してしまうと、なかなか言い難い言葉というものもまたある。


 「バルディッシュと一緒に、ってことは、トールはもう、ここから動かないんだよね……」

 今の時の庭園の姿を、バルディッシュが自分に見せた時点で、それは分かってしまったけど。


 『ええ、私の命題を果たすならば、今後はこの場所こそが最適なのです。貴女の幸せを考えることはバルディッシュが行いますので、私はその助言と、貴女のために演算を続けるのみ』


 「一緒には、いられないの…?」


 『貴女がそれを心から望むならば。しかし、貴女はもう知っておられるはずだ。貴女が返るべき場所を、貴女の家族が待つ場所を、貴女の使い魔が守る場所を、そして、貴女の片翼のいる場所を』

 それが、母と姉を失った代わりに、小さなフェイトが手に入れた宝物。

 悲しいことはあったけれど、それだけじゃないことを、彼女は知っているから。


 『ここは既に、時の止まった庭園、未来へと歩む貴女がいるべき場所ではありません。私は墓守として、貴女の母と姉の傍におります。プレシア・テスタロッサの鏡として、我が主のために造られた私がいるべき場所は、ここしかあり得ないのです』


 「………うん」

 紫色の長男は、過去の墓を守り、小さなフェイトは、未来へと進む。


 『ですが、時に過去を振り返りたくなった時は、いつでも戻っていらっしゃい。墓参りとは、死者を悼むと共に、自身の過去とそれを想う自分の気持ちを整理するためのものであると、貴女の兄君が教えて下さいましたでしょう』


 「……うん、うん………トール、私は、もっともっと、頑張るよ」


 『夢に向かって、どうか思い切り羽ばたいてください。子の幸せな未来こそが、母の望む何よりの喜びですから』

 交わすべき言葉は交わし、残るは最後の言葉のみ。


 【バルディッシュ、フェイトお嬢様のことを、よろしくお願いいたします】

 【任されました。我が命題に懸けて】

 そして、紫色の長男と27番目の弟もまた、最後の言葉を交わし。


 「行ってきます、トール」

 『行ってらっしゃいませ、フェイトお嬢様。どうか、良い旅を』

 小さなフェイトは、母が遺してくれた紫色の長男に、巣立ちの言葉を伝えた。





 未来はこれから、はじまってゆきます

 目の前にあるのは新しい夢

 大人になっても忘れない

 巡りあいと願いを夢に抱いて

 わたしたちは笑顔でいます

 元気です

 だから、どうか笑顔で見守っていてください

 わたしたちの大好きな、全ての人たち





 それは、絆の物語

 少女達の出逢いは、大きな輪となって

 皆が笑顔で笑いあえる、明るい未来へと繋がってゆく



 A’S編   完




あとがき
 長かったA’S編も、ようやく終了となりました。ここまで読んでくれた方々、まことにありがごうございます。

 A’S編のラストはやはり“明るい未来へ”をテーマに、フェイトが巣立ち、トールが見送るところで終わらせたいとは思っていました。そして今後、トールの表側の役割はますます減り、どんどん裏方へと回っていきます。

 空白期はエリオやキャロの保護、戦闘機人事件、なのは撃墜などの重要なイベントを軸に、短い話を繋ぐ形で進めようと思います。ですので、一気に1年くらい時間がとんでダイジェストで済ませる部分も出てくるかと。それと、StSの流れを本格的に固めるので、更新ペースが4日に1度か、1週間に1度くらいになるかもしれません。

 なお、強化フラグが立ったクロノとユーノですが、やっぱりstsでは出番はほとんどありません。新人たちをメインに据えつつ、全員集合な話なので、最終決戦くらいしか戦わない予定です。

 それと、A’S編のエピローグを先に投稿したいと思っています。ルシフェリオンとバルニフィカスとエルシニアクロイツの未来と、マテリアル達への僅かばかりの救済を描きたいと思っています。それではまた。



[26842] 鏡合わせの物語  ~彼にとっての最善~
Name: イル=ド=ガリア◆9d8bc644 ID:01fac648
Date: 2011/09/14 20:02
Die Geschichte von Seelen der Wolken



鏡合わせの物語  ~彼にとっての最善~




新歴66年 4月21日  第97管理外世界  日本  海鳴市  お花見会場



 「よしっと、はい、焼きそば5人前、完成です」


 「ああ、ごめんねクロノ君、手伝ってもらっちゃって」


 「いいえ、エイミィがふらふら出歩くのがいけないんですから」

 今日は海鳴と管理局の関係者各位を集めての、お花見の日。

 お祭り好きのアースラクルーを始め、人と人との繋がりが深い海鳴市の人々、総勢50人を超える人数が集まり、本当のお祭りに近い様相をみせている。

 なお、エイミィと美由紀は幹事を務めていたが、片方がふらふらと出歩いているため、代行が一人ここにいる。

 そこに―――


 「ほらフェイト、何をやってるの、置いてっちゃうわよ!」

 「速い、速いよ姉さん! 車椅子で爆走しないで! ぶつかっちゃうよ!」

 「大丈夫、この“ソニックキャリバー”に不可能はないわ! いざとなったら空も飛べるから!」

 「この前、はやての車椅子に潜水機能をつけようとして思いっきり失敗してたよねぇ!」

 「成せばなる!」

 「成ってなかったよぉ!」

 いつものように妹を引っ張りながら、車椅子で疾走する金髪少女がやってくる。


 「来たか、姉馬鹿暴走娘、少しは交通規則というものを考えろ」


 「あら、仕事馬鹿朴念仁じゃないの、貴方が焼きそばなんて珍しい」


 「これでも多芸を自負していてね。君みたいに機械いじりだけに没頭しているわけじゃないし、爆発事故を起こしたりもしない」


 「ふむふむ、その多芸の中に、フェイトの着替えを覗くことも入っているわけね」


 「あれは君に謀られた結果だろう。見たくて見たわけじゃないし、君が子供でなければ教唆の罪で執務官として逮捕してるところだ」


 「やれやれ、これだから公権力の犬は」


 「何か言ったか?」


 「いいえ何も。ただ、フェイトのみならず、私の着替えも随分見たことのある執務官様を尊敬しているだけ」


 「風呂上がりのままいきなり僕の部屋にノックもなしに車椅子で入ってきて着替えを始めた挙句、苦情を言えば“ごめん、いないと思った”などという素晴らしい返答をくれたのはどこの誰だったかな」


 「さてさて、そういうこともあるでしょうし、そうでないこともあると思うわ」

 出会った瞬間から毒舌の応酬を繰り広げる二人だが、仲が悪いわけではないことは誰もが知っている。

 それが証拠に、論戦を見守る美由紀とフェイトは、楽しそうに微笑んでいる。


 「あはは、クロノ君とアリシアちゃんはいつも通りだね」


 「そうですね、せっかく同じ家に住んでいるんですから、もう少し仲良くしてくれればいいんですけど」


 「うーん、一応、同じ家になるのかな? けどま、次元を挟んだ二世帯住宅ってのも凄いよね、初めて聞いた時は何かと思ったよ」

 闇の書事件において、なのはの保護も兼ねて海鳴市に設置され、捜査本部となったのはテスタロッサ家であり、本局のハラオウン家と転送ポートで直結されている。

 そんなわけで、来月から時空管理局で正式に働き始めるなのは、フェイト、はやて、アリシア、そしてヴォルケンリッターが本局に向かう時は、テスタロッサ家を経由することになっている。ハラオウン家直通以外にも斜向かいにあった空きスペースにも飛べるので、出勤の際に使うのはそちら。

 家主であるプレシア・テスタロッサは、子供のなのはやはやて、それから戸籍といった基盤の弱いヴォルケンリッターのある意味での後見人のようなもので、彼女は地球側担当、本局側はリンディの担当となっている。


 「あはは、その代りうちのお風呂はおっきいですし、なのはやはやて、シグナム達もちょっとした合間に入ったりしていますよ」

 その辺りの調整で姉の奸計に嵌められ、着替えの最中にクロノとはち合わせたフェイトだが、彼女はまだ外見が自分とさほど変わらない少年に裸を見られて恥ずかしがる程、大人になってはいなかった。

 何気に、高町家ではジュエルシードの案件の後もフェレットモードのユーノとなのはが一緒にお風呂に入ったりしており、精神的ダメージを受けるのはクロノだけというのを見越しての姉の策である。


 「ついでに、あたしやエイミィもね。確か、色んな人が使うから、事件捜査用の機材とかを運び込んでたスペースを居住用にもう一度改装したんだっけ」


 「ええ、闇の書事件は終わりましたし、もうあれらはいりませんから」

 闇の書事件が集結しており、およそ4か月が経過している。

 その期間は、八神家にとって特別なものであり、家族の一人が永遠に去ってしまったのは、2週間ほど前のこと。

 本当はこの花見も、沈みがちだったはやてを励ます意味も込めて一週間前にやる予定だったが、まだ少し早過ぎるという意見もあり、一週間遅れて決行されることとなった。

 祝福の風の名を持つ、雪の精霊のように儚い女性は、桜の花が咲く頃に、はやての命の中に溶けていったのである。


 「そう言えば、なのはやフェイトちゃんのお仕事のこと、あたしはあんまり知らないんだよね。エイミィやクロノ君のことは多少聞いてるんだけど」


 「あ、そういえば美由紀にはあんまり話してなかったわね」

 美由紀の言葉を聞き、そろそろ不毛になりつつあったクロノとの舌戦を切り上げ、アリシアが会話に参加してくる。

 年上が相手でもため口で話すことが多いのは、かなりややこしいことになっているアリシアの精神年齢に起因するものだろう。10年前から脳の受信機能だけは働いていたので、精神年齢ならば15歳相当でありクロノと同年代、フェイトよりも美由紀やエイミィの方が近かったりする。


 「恭ちゃんはそれほどには興味ないみたいだけど、あたしはエイミィとよく話すから、八神家の皆となのはやフェイトちゃんの出逢いのきっかけとか、例の闇の書事件の経過とか、一度は聞いておきたいなー、って思うこともあるわけで」


 「なるほど、それでどうなのクロノ。執務官としては事件についてどこまで話していいのかしら?」


 「妹であるなのはが関わっていた事件だし、最悪命の危険もないわけじゃなかった。家族が詳細を知りたいと願うなら、秘匿する理由はないな。これがクラナガンだったり、なのはが重傷を負っていたりすれば少し話は違うが」


 「情報の秘匿の最大の理由は、被害者家族を復讐に駆り立てて、犯罪者にしてしまわないこと、だったよね」


 「ま、人間の心は機械と違って複雑だから、その辺りは難しい話だけど、私達が知ってる限りのことを脚色してアレンジして面白おかしく話すことは問題ないんじゃないかしら」


 「面白おかしく話すのは多分君だけだ」

 即座に突っ込みと入れるクロノ。


 「流石ねクロノ。もしトールが今も動いていたとしても、ツッコミ役はきっと貴方だったという確信があるわ」


 「そんな確信はいらない。それに、君が二人に増えたようでぞっとしない話だ」


 「私の今の頭脳をフェイトに記憶転写すれば、増えるわよ」


 「犯罪行為だということを自覚しろ。もし本当にやったら僕が逮捕して、軌道拘置所送りにしてやるからな」


 「そして、妹を守る“姉”という障害を突破したクロノはフェイトを手ごめにして、欲望のままにその身体を貪りつくすわけか。この性犯罪者」


 「ここに、フェイト・テスタロッサ・ハラオウンの誕生」

 アリシアに続くのは、案外ノリがいい美由紀である。


 「加えて、エイミィ・リミエッタ・ハラオウンも誕生、二股を超えて重婚の罪を犯してしまったクロノ。一体彼はどうして道を踏み外してしまったのでしょうか」


 「その上、なのは・高町・ハラオウンが誕生してしまったり」


 「意表を突いて、ユーノ・スクライア・ハラオウンが誕生する可能性すらも、ただし、掘ったり掘られたりはあっても、子供は産めません」


 「さっさと止まれ二人とも」

 氷のように冷たい声が響き渡る。完全にツッコミに回る場合、クロノの言葉遣いに容赦はなくなる。


 「特にアリシア、妹の教育に悪い言葉を使うな。フェイトがついていけなくてぽかんとしてる」


 「あらあら、執務官様は私の言葉の意味が分かるのね」


 「とある猫姉妹のおかげでね。まあ、小さい頃から社会に出るというのは、そういう話に触れる機会も多くなるとうことだ」

 クロノの言葉を、後にエリオ・モンディアルという少年が身にしみて実感したとかしないとか。

 なお、そのことを相談した際に、“素晴しいじゃないか、女ばかりで、なに、じきに慣れる、今思えばあれは実にいいものだよ”という開き直ったような、あきらめたような、そんな疲労感あふれる重い言葉があったりしたかもしれない。


 「えっと……とりあえず、美由紀さんに闇の書事件について話せばいいのかな?」

 そして、分からない表現が溢れる中で、何とか理解できた事柄をフェイトはかき集める。


 「そうね、ここは適材適所で、闇の書の説明といった事務的な部分はクロノが担当して、それが12年前の事件でどうなったかと、どういう経緯ではやてに渡ったかを説明。それで、なのはが襲われたあたりからの今回の事件については、私とフェイトが面白おかしく伝えていくってことで」


 「まあ、そんなところかな。それじゃあまず、説明できる範囲で、ロストロギアというものと闇の書というものに関して解説します」

 先ほどは辛辣な口調になったが、美由紀に対しては元に戻すクロノ。

 しばらくは、クロノによる歴代の闇の書事件や、まだ人間らしさが確認されていなかった頃のヴォルケンリッターに関する説明が行われていく。

 それはとても要領を得た説明で、美由紀も組織や権力がからむ事柄への頭の回転は決して遅い方ではないので、割とあっさりと終了した。

 なのはの方は、組織や権力の話は苦手のため、分かりやすい表現に落とす必要があったりするが、そこはやはり姉と妹の違いだろうか。


 「なるほどね。それで、はやてちゃんの家族のシグナムさん達が蒐集を開始した辺りがちょうど、アリシアとフェイトちゃんがこっちに来た頃か」


 「そ、去年の5月11日に私は目覚めたけど、しばらくはまともに動けなかったから、クラナガンの先端技術医療センターでお世話になってたわ。そして、夜にベッドから動けない私のところにクロノが忍び込んできて……」


 「プレシアさんもジュエルシードの力で病巣は取り除いたとはいえ、体調は完璧じゃなかったし、何もかもが回復したわけじゃないから、しばらく入院していたわけです」


 「スルーしたわね」


 「僕が何でもかんでもツッコムと思うなよ」

 美由紀とフェイトは、この二人なら漫才が出来るんじゃないかと思ったが、それは余談である。


 「母さんと姉さんが入院してて大変だったけど、リニスがいてくれたから、大丈夫でした」


 「そっか、リニスさんは元気なんだもんね」


 「といっても、母さんの魔力が万全じゃないから、あの頃は家事手伝いがほとんどで魔法戦とかは無理だったけれどね。それでも保護者としては十分だったし、先端技術医療センターにほど近い場所で部屋を借りて数か月暮らしてたわけ」


 「ホテル住まいでも問題はなかったろうが、彼女はしっかり者というか、無駄遣いはしない主義らしいので」

 テスタロッサ家の家訓は“家族仲良く”。

 フェイトやアルフも分担して家事を手伝い、しばらく魔法の訓練などからは離れて女の子スキルを向上させる生活が続いた。

 逆に、姉の方はベッドに横たわりながらもデバイスの勉強を続け、女の子スキルからはどんどん遠ざかっていったらしい。


 「でも、わたしとアルフはその方が良かったよ。クッキーとか色々作って、お見舞いに持っていくのは嬉しかったから。それに、姉さんの勉強の手伝いも」


 「まさか、半年もかからずにB級デバイスマイスターの資格を取るとはな」


 「それはねえ、母さんの娘だし、私の夢の第一歩だもの。それで、資格を取った頃には身体もある程度回復して、私が寝たきり少女から車椅子少女にクラスチェンジしたから、かねてから準備してた海鳴移住計画を実行に移したんだけど」


 「その時期がちょうど蒐集開始時期と重なっていた、というわけです。そこで奇蹟的な巡り合わせがあって」

 それは、ある意味で必然の出会いだったのかもしれない。

 26年間も眠り続けており、起きてからようやく半年。なんとか車椅子生活が可能になったくらいのアリシアであったが、フェイトと比べてどちらが健康体か疑わしくなるほど元気一杯であり。

 プレシア・テスタロッサの工学者としての血を色濃く受け継ぎ、様々な本を読むのが好きなアリシアが自身で改造し“ソニックキャリバー”と命名された車椅子を駆って、図書館に出没したのは当然と言えば当然だった。


 「それで、車椅子繋がり&学校行ってない同士ではやてと友達になって、フェイトの胸の育て方と、素晴らしきおっぱい談義に花を咲かせたのだけど」


 「なあフェイト、君のお姉さんはどこで道を踏み外してしまったんだ?」


 「多分トールの影響のような気もするけど、姉さんはきっと真っ当だよ。はやてもたまに同じ感じになるし」


 「でもさ、精神年齢的にはアリシアはクロノ君と同年代なわけだから、それだとむしろ、はやてちゃんの方が危うい気が………」

 しばし気まずい沈黙が流れるも、その辺りは本題ではないので流した。


 「普通に考えれば、その段階でヴォルケンリッターの誰かと知り合ってても良かったはずなんだけど、奇蹟的な巡り合わせで、誰とも会わなかったのよね」


 「そこは多分、彼女達が蒐集を開始していたこともあったんだろうな。それに、はやても身体の具合が少しずつ悪くなりつつあった時期だから、図書館に出向く機会も減っていったはずだ」


 「それはそうかも、すずかが会ったのも2週間で二回くらいだったはずだし」


 「何よりも、家族の話題が出なかったのが大きいわね。話の大半を胸に費やしてなければ、未来は変わったかもしれないわ」


 「「 それは君(姉さん)のせいだ(でしょ) 」」

 見事にハモる二人、今この時だけは魂の兄妹となっていたのかもしれない。


 「ま、まあそれはともかく、かなり奇蹟的なバランスで互いの家庭事情については触れないまま、なのはが襲撃された事件にいたるわけね」

 そこまでが、始まりへ至る道。

 彼女達の絆は、その襲撃が始まりの鍵であった。


 「テスタロッサ家は、病気がちの母親に、家事担当の使い魔、車椅子の長女に、五体満足な次女とその使い魔、しかも全員女というかなり変わった家庭環境だから、普通のマンションとかは無理で家探しに結構時間をくっちゃって。トールがいればもっともっとスムーズだったんでしょうけど」


 「遠見市に残されていたマンションを取りあえず使おうと思ってたら、そこのデータからなのはの家からやや離れた位置にある空き家が確保されてたのが見つかって、そこへ引っ越して、時期的には、私がもう少しでなのはの学校に転入出来る、って頃でした」


 「一応、以前にもあのマンションは調べてはあったんですけど、まさかプレシア・テスタロッサの肉声がなければ開かない隠し部屋をマンションに作ってあるとは思いませんでした。まあ、事件性を疑って捜索したわけじゃなかったというのもありますが」

 時の庭園の機械類はバルディッシュを除いて全滅したが、そこには予備の機械などが収められていた。

 その中に、ゴキブリ型サーチャー発生機と、最終兵器の設計図があったことは、フェイトの人生にとって果たして良かったのかどうか。


 「そしてついにその時がやってくるわ。テスタロッサ家5人が住むには十分過ぎる程に広い三階建ての家があって、法的な手続きも全部済んでたから、後は、ミッドチルダで正式な管理外世界への移住手続きさえ行えばOK」


 「ちょっとした豪邸、だもんね。バブル期に別荘として建てられたのが放置されてたのをどうやったのか改修したらしいけど」


 「まあそういうわけで、それまでは住む家を探す期間のお試しビザ的な滞在だったわけですが、本格的に移住するために、本局で手続きを済ませようと、一家五人が全員で海鳴を離れて、同じく管理外世界での滞在の手続きの更新の必要があったフェレットもどきも一緒に行って」

 ちょうどアースラの整備のために本局に戻っており、しばらくの休暇となるはずだったハラオウン組と待ち合わせて。

 そこで、レティ・ロウラン提督より、起き始めている蒐集事件についての話があり。

 そして―――


 「始まりの鍵が、回ったというわけ」



***


 「グラーフアイゼン! カートリッジロード!」

 『Explosion!(エクスプロズィオーン!)』
 『Raketenform.(ラケーテンフォルム)』

 「ラケーテン――――!!」

 「ええっ!」

 「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」

 「あうっ!」

 「ハンマーーーーーーーーーーーーーーーー!!」

 「ああああああ!!!」

 『Master!』

 「――――っ、ああ!」


***


 「そして、なのはが絶体絶命、グラーフアイゼンの突起によって処女喪失の危機に陥った時……」


 「帰れ」


 「? ねえクロノ、処女喪失って、何なの?」


 「アリシアからその名称を聞いたと言った上で、リニスさんに聞いてみるといい」


 「あ、アンタなんてことを!」


 「おっと、クロノ君の逆襲でアリシアがピンチ」

 ちなみに、これまでの説明はアリシアがそれぞれのデバイスの記録を編集して作成した“魔法少女マジカルフェイト、空を往くエース達”に基づいて行われている。


***


 『Get set』

 「!?」

 「ごめん、なのは、遅くなった」

 「仲間………か」

 「………友達だ」

 『Scythe Form.(サイズフォーム)』


***


 「そんなわけで、スーパーフェイトタイム開始」


 「いや、姉さん、わたしはこの時シグナムに負けて、母さんやリニスに助けられただけで……」


 「うん? プレシアさんも行ったの?」


 「いや、あの時結界内に直接向かったのはフェイトとユーノとアルフだけだ。ただ、大魔導師プレシア・テスタロッサは、空間跳躍魔法のエキスパートで、それは強制転送などにも応用できる」


 「美由紀にも分かるように簡単に言うと、母さんは大気圏外の宇宙船から、地球のなのはを転移魔法で引っ張りあげたようなものかな。まあ、取りあえず見てみて」


***


 「………」

 「………」

 「手前は―――管理局の魔導師か」

 「ううん、ただの民間人だけど………なのはの、友達」

 「お友達、か」

 「どんな理由があってなのはを襲ったかは知らないけど、なのはを傷つけることは、絶対に許さない」

 「ちっ―――」

 「ユーノ、なのはをお願い」

 「うんっ」



 「ユーノ君、どうやってここを……」

 「うん、僕達の用事が全部済んで、フェイトがなのはに連絡をとろうとしたんだけど、通信が繋がらないし、局の方で調べてもらったら、広域結界が出来てるし、それで、慌てて僕達が来たんだ」

 「そっか、ごめんね、ありがとう」

 「それよりも、あの子は誰? どうしてなのはを…」

 「分からない、いきなり襲いかかられたから………」

 「………でも、もう大丈夫、フェイトもいるし、アルフもいる。それに………」

 「え、これは―――」

 「座標指定用のデバイスだって、これを中心に僕が転送用の魔法陣を形成すれば……」

 「わあぁ」

 「後は、プレシアさんの次元跳躍魔法で、本局まで一気に飛べる」



***


 「というわけ、うちの母さん、凄いでしょ」


 「そっちもすごいけど、アリシアの編集技術も凄いね」


 「自慢の母さんと姉さんです。………わたしはこの時ダメダメでしたけど」


 「落ち込むなフェイト」


 「となると、フェイトちゃんはヴィータちゃんに負けちゃったの?」


 「いえ、アルフと一緒で二対一でしたから、ヴィータをバインドで捕えるところまではいったんですけど」

 流石に二対一でやられれば、雑魚決定である。


 「続きは、こんな感じ」


***


 「!? なんかやばいよ、フェイト!」

 「はあっ!」

 「くああっ!!」

 「シグナム――――」

 「牙獣走破!!」

 「!? つああっ」


 「レヴァンティン、カートリッジロード」
 『Explosion!(エクスプロズィオーン)』

 「紫電一閃―――――――はああああっ!!」

 「!?―――」
 『Defensor.(ディフェンサー)』

 「バルディッシュ!」

 「やるな」
 『Ja.』

 「フェイトォ!!」

 「まずい、助けないと」



 「大丈夫、フェイト」

 「うん、ありがとう、ユーノ」

 「バルディッシュも……」

 「大丈夫、本体は無事」
 『Recovery.(修復)』

 「ユーノ、なのはは?」

 「大丈夫、プレシアさんが転送させてくれた。後は僕達だけど、戦いながら結界を破るのはきついから、受けに回ろう」

 「でも、3人いっぺんの転送は母さんに負担がかかるよ」

 「だけど、こっちから向こうには連絡のとりようがないし、高速飛行中じゃ転送は難しいから、出来る限り足を止めるか、隠れるかして、後はクロノ達を信じよう」

 「それしかない、かな」


***


 「そっか、フェイトちゃん達は民間人なんだから、戦う必要はないんだよね」


 「そ、9歳の女の子が悪漢に襲われたら、殲滅することより逃げることを考えるのは当然だもの」


 「その筈なんですけど、性格的になのはやフェイトは悪漢をぶちのめす方を選んでしまうのが問題で、ユーノがいてくれて本当に良かった」


 「うう……クロノだって、出動遅れたじゃない……」


 「そこは反省すべき点だな。エイミィと僕以外に結界解析が出来る人員がいないのが痛かった」

 アースラのスタッフは優秀ではあるが、ミッドチルダ式とベルカ式の違い、さらにその歴史背景についてまで把握しており、現在の状況とすり合わせながら解析できる存在となると、トップ三人に絞られる。

 この世界に管制機と中枢コンピュータはもう無いから。

 とはいえ、艦長であるリンディは全体を指揮せねばならず、エイミィ一人では解析が厳しいのも事実であり、執務官であるクロノは非常に動きにくい立場にあった。

 ただ、子供達の転送の行うプレシアの他にもう一人、動くのに制限はあるが、動けないわけではない人物がいた。



***


 『Photon lancer.(フォトンランサー)』

 「レヴァンティン、私の甲冑を」
 『Panzergeist!(パンツァーガイスト)』

 「撃ち抜け、ファイア!」

 「………」

 「!?」

 「魔導師にしては悪くないセンスだ」

 「だが、ベルカの騎士に一対一を挑むには――――――――まだ、足りん!」

 「おおおお!!」

 「くうっ!」

 「レヴァンティン、叩っ切れ!」

 『Jawohl!(了解)』

 「く、ああ!」



『Nachladen. (装填)』

 「カートリッジ………システム」

 「ほう、これを知っているか」

 「まあ………それなりに………」

 「?」

 ちらっと、首から下げている紫色のペンダントを見るフェイト。


 「終わりか、ならばじっとしていろ。抵抗しなければ、命までは取らん」

 「誰が―――」

 「いい気迫だ」

 「私はベルカの騎士、ヴォルケンリッターが将、シグナム。そして我が剣、レヴァンティン」

 「お前の名は?」

 「ミッドチルダの魔導師、フェイト・テスタロッサ。この子は、バルディッシュ」

 「テスタロッサ…………それに、バルディッシュか………」

 「そして、その子の家庭教師が私ことリニスで、もう一人の子の生みの親でもあります」

 「!?」

 「リニス!」

 「フォトンランサー・ジェノサイドシフト!」


 「退きますよフェイト、しっかりつかまっていてください」

 「え、わっ」

 「バルディッシュも、随分ボロボロになっちゃいましたね」

 『Sorry.』

 「いいえ、貴方は十分フェイトを守ってくれました」

 「って、リニス、このままじゃ結界にぶつかる!」

 「大丈夫です、来た道をそのまま戻るだけですから、プレシア、貴女はアルフとユーノ君とお願いします!」


***


 「つまり、フェイトちゃんはシグナムさんにボコボコにやられて、リニスさんとプレシアさんに助けられたと」


 「………はい」


 「ちなみに、ユーノとアルフは転送系が得意だから、例のデバイスを中心に自分で転送魔法陣を組んだところを、母さんが転送。フェイトだけはリニスが突入した部分から脱出」


 「普通、結界に穴を開けて破れば術者に気付かれて時間が経つと塞がってしまうものなんですけど、彼女はばれないように時間をかけて結界に穴を開けていたわけですね」


 「あ、それで3人に比べてリニスさんは遅かったわけか」


 「そんな次第で、ヴォルケンリッターとの第一戦は終了。デバイス以外はほぼ無傷で撤退に成功したんだから、まずは成功よね。その代り、敵のことについてはほとんど分からず仕舞いだけど、そこは管理局の仕事だし」


 「まあな、ただ、なのはを襲撃した彼女らが闇の書を持っている証拠がなかったから、少し後手に回ってしまったのは否めない。守護騎士達も、管理局に捕捉された確信はなかったようだが」

 シャマルが出てくる前に撤退が済み、なのはが蒐集されることのないままに交戦が終了した結果、互いに確信がない状態に陥った。

 なのはへの襲撃は闇の書事件の一部で、リンカーコアの蒐集を目的としたものという証拠がなく、守護騎士にしても、民間人のなのはと、その友達と保護者を相手にしただけで、時空管理局に明確に所属する魔導師とは戦っていない。


 「その結果、序盤戦はちょっと微妙になっちゃったのよね。その気になれば闇の書のページを使って偽物を用意して、管理局の目を誤魔化すことも出来たらしいけど、まだ大丈夫だろうという判断で、そういうのなしで蒐集してたらしいし」


 「僕達の方も、彼女らを捉えきれるだけの人員と設備がなかった。アースラが使えなくて、海鳴に臨時の拠点を置かざるを得なかったのが、痛恨だった」


 「とまあ、そんなわけで、最初はクロノ達がなのはとわたし達を護衛してくれるような感じで、うちに取りあえずの拠点を置いて、闇の書事件に対して本格的な調査が始まったわけではなかったんです」


 「なるほどね~。それで、組織が危険なロストロギアに対処する、って感じの大事件じゃなくて、知り合いだけで対処する身近な事件、って感じになったんだ」

 組織の力による大規模な封鎖などがなかったために、ヴォルケンリッターにもゆとりがあったのは事実。

 しかし、巡り合わせは奇妙なもので、僅かの偶然が闇の書事件を解決へと導くことになる。


 「それで、またはち合わせることもあるかもしれないから、わたしとなのははリニスの指導で猛特訓を開始して、ユーノとアルフも特訓のための結界敷設とかを手伝ってくれて」


 「私は、マリーと一緒にレイジングハートとバルディッシュの強化、B級の資格は持ってたから、非常勤のデバイスマイスターとして一時的にアースラに登録してもらったの」


 「そして、僕達で襲撃事件の犯人達を追うことになったわけです。闇の書事件である可能性は高かったですけど、闇の書の存在が確認されない限りは、それほど人員も割けませんでしたから、結構厳しかったですね。拠点も、テスタロッサ家に間借りさせてもらうような形でしたし」


 「でも、広さだけは、十分あったから機能としては大丈夫だったよね」


 「女ばかりの家に、男が一人。ぐへへへ、全てのおっぱいは俺のものだぜ、というクロノの邪悪な意志が伝わってきたわよね。女の子二人の着替えを覗くに止まらず、やがては実の母も含めた熟女二人にまで、さらには使い魔の二人すらも」


 「よし喧嘩だ」


 「受けて立つわ」

 揉めに揉める二人、犬猿の仲とはこういうのを指すのかもしれない。


 「引っ越し当初は、クロノがとても大変そうでした。エイミィも一緒に過ごしてるようなものでしたから」


 「だよねぇ、うちは男2人、女3人だけど、男1人、女7人は拷問級だよね。あ、だからユーノをちょくちょく招いてたんだね、恭ちゃんも何度か呼ばれたって」

 不毛な争いを続ける二人をよそに、美由紀とフェイトは話を続けていく。


 「ええ、“ユーノ、良かったら遊びに来ないか”とか、“恭也さん、良ければどこか出かけませんか”って色々誘ってました。とにかく、男一人というのは色々と大変で、気を遣うみたいで、わたしは気にしませんけど、お風呂の時とかいつも注意してて」


 「そこをアリシアに付け込まれるわけだね、アリシアも外見はフェイトちゃんと同じだけど、精神年齢は私より高いかもしれないし、可哀そうなクロノ君」

 余談だが、こことはまた別の世界の恭也が、クロノ・ハーヴェイという少年をかわいがったのも同じ理由かもしれない。


 「闇の書事件はそうして進んでいって、なのはのレイジングハートと、わたしのバルディッシュの強化が済んだ時に、二度目の戦いがあって」


 「えっと、カートリッジシステム、だったっけ」


 「そう、マリーは主にフレームの強化を担当して、私はカートリッジシステムを担当したわ。元々バルディッシュを造ったリニスも手伝ってくれたから、バルディッシュはフルドライブ時における強化も済んだけど、レイジングハートに関しては、フレームの強化は完了していなかったわけ」

 デバイスの話を聞き、アリシアが復帰。


 「二度目の戦いは遭遇戦でしたが、なのはやフェイトも戦列に加わりました。前回の戦いで少し無理をしたプレシアさんはまだ具合が良くなかったので、彼女の使い魔のリニスは、今回は戦闘には加わらず探索を手伝ってもらって」


 「探索?」


 「それはまあ、こんな感じ」


***


 「はい、二機とも完治」

 「ありがとうございます」

 「ありがとう、姉さん」

 「それから、これはフェイトに」

 「? これは……」

 「これから危険を伴う戦いに臨むかもしれない貴女のための、お守りよ。時の庭園の機械はみんな壊れてしまったけど、あのマンションに残ってた機械を、トールの忘れ形見として、直したの」

 「え? トールさんの忘れ形見って、まさか……」

 「姉さん………それって、ひょっとして、アレじゃないよね!」

 「トールと貴女の、それに、なのはにとっても思い出の機械よね……」

 「とても嫌な思い出ですよ!」

 「昔を懐かしむような表情で抱き締めないで! それゴキブリが出てくる奴だから!」

 「何言ってるのフェイト、私がそのまま直すだけなわけないでしょ。トールが遺してくれた最終兵器の設計図を基に、改良を加えてあるわよ」

 「余計悪いよ!」

 「フェイト………貴女のために一生懸命作ったのに、お姉さん、悲しいわ」

 「ご、ごめんなさい姉さん」


***


 「間違えた、これのもう少し後ね」


 「絶対にアリシアの嫌がらせだよね、これ」


 「いいえ、姉さんの場合、本当にわたしのことを心配して作ってくれてるんです。だから、断るに断れなくて、絶対に発動させないことを心に誓って、サーチャー発生機を待機状態でペンダントと一緒に下げてました」


 「受け継がなくてもいいところを、あの管制機から受け継いでしまっているみたいだな」


***


 「私達は、貴女達と戦いにきたわけじゃない。まずは話を聞かせて」

 「貴女達は闇の書の守護騎士で、魔法生物を襲ってまで闇の書の完成を目指してる、その理由を」

 「あのさあ、ベルカの諺にこういうのがあんだよ」

 「和平の使者なら、槍は持たない」

 「――――?」

 「――――?」

 「話し合いに来たってんのに武器を持ってくる奴がいるか馬鹿、って意味だよ、バーカ!」

 「んなっ! い、いきなり有無を言わさず襲いかかって来た子がそれを言う!」

 「それにそれは、諺ではなく、小噺の落ちだ」

 「うっせ! いんだよ、細かいことは」


 「―――シグナム」

 「………」

 「ユーノ君! クロノ君! 手を出さないでね! わたし、あの子と一対一だから!」

 「まじか………」

 「あの眼はマジだよ」

 「アルフ、私も………彼女と」

 「ああ、私も野郎に、ちょいと話がある」

 「ユーノ、それならちょうどいい、僕と君で手分けして、闇の書の主を探すんだ」

 「闇の書の――」

 「連中は持っていない。恐らく、湖の騎士か、主が近くにいるはずだ。僕は結界の外を探す、君は内部を」

 「分かった」

 「結界外部ならば、私も手伝います」

 「リニス、身体は大丈夫なのか」

 「ええ、プレシアの身体にそれほど負荷をかけられませんので、激しい戦闘は無理ですが、探索ならば」


 『Master, please call me “Cartridge Load.”(マスター、カートリッジロードを命じてください)』

 「うん、レイジングハート、カートリッジロード!」
 『Load Cartridge.』

 『Sir.』

 「うん、わたしもだね」

 「バルディッシュ、カートリッジロード」

 『Load Cartridge.』

 「デバイスを強化してきたか………気をつけろ、ヴィータ」

 「言われなくても!」


***


 「まともな集団戦闘は、ここが初めてね。向こうも特に用事はなかったみたいだから、今回は迎撃の構えだったし」

 アリシアがいたことで、はやてとすずかの出逢いのタイミングがずれたためか、主と鍋のために行動することはなかった守護騎士。

 その代わり、管理局の戦力に関する見積もりが甘かったせいか、多少の油断があったのは確かだろう。


 「ただ、武装局員の数が少なかったため、結界は位相をずらすだけのもので、相手を封じ込めるタイプの強装結界を外側から維持することは出来なかったんです。初期における情報の少なさが裏目に出てしまった感じで」


 「わたしはシグナムと、なのははヴィータと、アルフはザフィーラと3対3の状況で。その戦いはほぼ互角くらいだったんですけど」


 「だけど、今回は執務官も出て来てて、闇の書の主を探そうとしている。撤退したいのは今度はヴォルケンリッターの側で、シャマルが出てきて逃走に切り替えようとしてたわけ。ちょうどそこを運良くクロノが抑えて、こんな感じ」


***


 「でかぶつ! アンタも誰かの使い魔か!」

 「ベルカでは、騎士に仕える獣を、使い魔とは呼ばぬ!」

 「主の盾、そして牙―――騎士としての誇りではなく、守護の意志を貫き通す不滅の星―――守護獣だ!」

 「同じような、もんじゃんかよ!」


 【状況は、あまりよくないな、ヴィータやシグナムが負けるとは思えんが、ここは退くべきだ。シャマル、何とかできるか】

 【なんとかするわ、結界は局員が外側から維持しているわけじゃないから、私の魔力でも何とか抜ける。あとは―――】

 【シャマル、どうした、シャマル】

 「捜索指定ロストロギアの所持、及び使用の疑いで、貴女を逮捕します」

 「………」

 「抵抗しなければ、弁護の機会が貴女にはある。同意するならば、武装の解除を」

 「ふっ!」

 「!? くああ!」



 「エイミィ、今のは!」

 「分かりません、こっちのサーチャーには何の反応も―――なんで、どうして!」



 「退け、ここは私に任せろ」

 「貴方は――」

 「闇の書に多少の縁があるものだ、お前達はさっさと退け、闇の書を完成させろ」

 「………分かりました、誰かは知りませんが、感謝します」



 「何者だ! 連中の仲間か!」

 「………」

 「答えろ!」



 「結界破壊は必要ないから、攪乱するだけなら私の風と合わせて、2ページ分もあれば十分。闇の書よ、守護者シャマルが命じます、荒ぶる風を呼び醒まし、凶なる灰をここに――」

 「―――闇の書が!」

 「はあああ!」

 「ぐっ!」

 「今は動くな! 時を待て、それが正しいとすぐに分かる!」

 「何だと」

 「それは、どういう意味でしょうか?」

 「リニス」

 「あれは誰です、クロノ執務官」

 「分からないが、闇の書の完成を望む側らしい」



 「これは―――」

 「すまんなテスタロッサ、勝負は預けた、あまり空気を吸い込むな」

 「シグナム!」


 「ヴォルケンリッター鉄鎚の騎士ヴィータ、勝負は預けた、それと、死にたくなければ息すんな」

 「あっ、くう!」


 「仲間を守ってやれ、この風は人に優しくない」

 「え、あ、ああ」


 「舞いなさい、木枯らしの風!」


***


 「ここまでが第二戦の内容、途中にあった念話は皆の記憶を頼りに後で編集したものだけど」


 「へぇー、これだけ見ると、仮面の男は何者かわけわかんないね」


 「管理局のレーダーやサーチャーにも映りませんでしたし、この時彼女が自身の魔力と闇の書の力を合わせて放ったものは、視界やレーダーをジャミングするためであると同時に、呼吸器や感覚器に負荷をかける灰煙でした」


 「ああ、レーダーを攪乱する微粒子を撒き散らすタイプの催涙弾みたいなものだね」


 「それがすぐに思い浮かぶ美由紀さんって……」

 一応執務官候補生となるはずの自分よりも、遙かに荒事に向いてそうな美由紀が何者なのか、不思議に思うフェイト。


 「だ、け、ど。私が趣味と実益を兼ねて設置してあったサーチャーには、シャマルが煙をばら撒く前の仮面男がばっちり映ってたのよね。そのおかげで捜査も進んで」


 「結果的に捜査協力になったから見逃したが、ちゃんと許可を取らないと違法なんだからな。日本で言うなら警察の許可なしに監視カメラを設置したようなものだぞ」


 「まあそこは、堅いこといいっこなし」


 「フェイト、君が執務官として最初に逮捕する相手は、姉かもしれないな」


 「あ、あははは」

 あまり洒落にならないため、苦笑いするしかないフェイト。


 「ここから先は、管理局も本格的に闇の書を追うわけで、ユーノも無限書庫に入って闇の書の資料探索を開始。ロッテとアリアが闇の書対策チームに加わったのも、ここからね」


 「でも、今思えば、あの頃のリニスって、考え込んでることが多かったかも」


 「多分、確証はなかったけど何らかの予感があったんでしょうね。以前、トールと一緒に闇の書について調べたこともあったらしいし、何より、リニスも猫型の使い魔だから」


 「直接対峙した際に、同族の気配を感じ取ったのかもしれないな。ともかく、プレシアさんとリニス、そして、アリシアの行動によって、闇の書事件は思わぬ展開を迎えることになった」


 「それが、三度目の戦いです。リンディさんとクロノが本局に出かけて、わたしとなのははエイミィと一緒にお留守番してて、図書館に出かけてた姉さんが、久しぶりにはやてと再会した日に、私はシグナムと戦うことになりました」


***


 「ご主人さまが気になるかい」

 「お前か」

 「ご主人さまは一対一、こっちも同じだ」

 「シグナムは我らが将だが、主ではない」

 「アンタの主は、闇の書の主、っていうわけね」



 「預けた決着は、出来れば今しばらく先にしたいが、速度はお前の方が上だ、逃げられないのならば、戦うしかないな」

 「はい、私もそのつもりで来ました」

 『Schlangeform!(シュランゲフォルム)』

 『Load cartridge, Haken form.』

 「ハーケンセイバー!」
 『Blitz rush.』

 「はあああ!」
 『Haken slash.』


 「ふっ!」
 『Schlangebeisenangriff!(シュランゲバイセン・アングリフ)』

 「鞘!」

 「おおお!」

 『Plasma lancer.(プラズマランサー)』

 「!?」

 『Assault form.(アサルトフォルム)』

 『Schwertform.(シュベルトフォルム)』

 「プラズマ―――」
 「飛竜―――――」

 「スマッシャー!」
 「一閃!」

 「はあああああああ!」
 「おおおおおおおお!」

 「バルディッシュ!」
 『Yes, sir!』

 「レヴァンティン!」
 『Jawohl!』



 「あんたも使い魔―――守護獣ならさ、ご主人様の間違いを正さなくていいのかよ!」

 「………闇の書の蒐集は我らが意思、我らの主は、闇の書の蒐集については何もご存じない」

 「何だって………そりゃいったい」

 「主のためであれば血に染まることも厭わず、我と同じ守護の獣よ、お前もまた、そうではないのか」

 「そりゃ、そうだけど………だけどさ!」


***


 「まあこんな感じでフェイト達がヴォルケンリッターと激戦をやらかしてる頃、図書館ではやてに会った私は、一緒にはやての家に向かってたわけ。今度こそ家族の話をしながらだったから、闇の書の主が誰かはすぐに分かったわ」


 「名前聞けば、一発で分かるもんね」


 「今思えば、知った時にさっさと連絡しておけば、黒こげ猫は出来なかったかもしれないわ」


 「それを言うなら、現場にいなかった僕と母さん、それに、プレシアさんとリニスに応援をお願いしたエイミィにも責任はある」


 「母さん、怒ると見境をなくしちゃうことがあるから……」


 「昔はトールがいてくれたけど、今はいないからね………やっぱりリニスは、母さんから離れちゃいけなかったのよ」

 アリシアとフェイト。

 二人の姉妹はそれぞれ、胸に下げた紫色のペンダントを見つめながら、母にとってそのデバイスがどれほど大切なものであったかを、改めて感じ取る。


***


 「まさか、撃つのか、あんな遠くから!」

 「ディバイン―――――」
 『Load cartridge.』

 「バスターーーーーーーー!!」
 『Divine buster. Extension.』


 『It's a direct hit.(直撃ですね)』

 「ちょっと、やり過ぎた?」

 『Don't worry.(いいんじゃないでしょうか)』

 「あっ――」


 「アンタは、シャマルを助けた……」

 「行け、闇の書を完成させるのだろう」

 「……ああ」


 「ディバイン―――」

 「……」

 なのはが第二射を放とうとレイジングハートに魔力を込め、仮面の男がそれを封じるために遠距離バインドをカードから放とうとした瞬間。


 「そこまでですよ、猫の使い魔さん」

 獲物を狙う猫のように、息を潜めて地表の森の中に潜んでいたリニスが、同じく木々の影に潜ませていたフォトンランサーのスフィアを、一斉に起動させる。


 「フォトンランサー・ファランクスシフト!」

 「!?」

 「バスターーーーーーーーーーーーーーー!!」

 下からの対空砲火の群れと、横からの極大砲撃による十字砲火。

 流石の仮面の男もそれを同時に防ぐ術はなく、かなりの魔力ダメージと引き換えに、かろうじて姿を眩ませた。


 「リニスさん!」

 「大丈夫ですか、なのはさん」

 「どうしてここに」

 「実は、仮面の男の正体には心当たりがあって、プレシアの命令で、貴女を守るようにと、フェイトは自分が守るから心配するなとは言われたのですが…」

 「でも、プレシアさん、お身体大丈夫なんですか?」

 「この前の分は回復していますが、次元跳躍魔法はやはり無理があります。ですので、私はすぐにフェイトの下へ向かおうと思いますが、なのはさんは1人で戻れますか」

 「ええと、転送は無理ですけど、クロノ君が来るまで待てますから、だから、リニスさんはフェイトちゃんのところに行ってあげてください」

 「申し訳ありません、感謝します」



 「はあっ、はあっ、はあっ」

 <ここに来て、なお速い、目で追えない攻撃が出てきた――――早めに決めないと、まずいな>

 「はあっ、はあっ、はあっ、はあっ」

 <強い、クロスレンジも、ミドルレンジも、圧倒されっぱなしだ―――――まともにくらったら、叩き潰される、今はスピードで誤魔化してるだけ>

 「………」
 「………」

 「はあああああっ!」

 「せええええいっ!」

 「―――――――あっ」

 「テスタロッサ!」

 二人が交錯する間際、仮面の男がフェイトの背後から、その胸を貫く。

 可能であれば、バルディッシュは自動で反撃を行っただろうが―――


 「あああああああああああああああ!!」

 「貴様ぁ!」

 「さあ、奪え」

 フェイトのリンカーコアが摘出され、下手に魔法を放とうとすれば重大な障害を招く危険があるため、バルディッシュはその選択を取らなかった。

 代わりに―――


 『Set.』

ウゾウゾウゾウゾウゾウゾウゾウゾウゾウゾウゾウゾウゾウゾウゾウゾウゾウゾウゾ

 アリシアがフェイトに託した“お守り”、サゾドマ虫型サーチャー発生装置を自身のコアユニットに蓄えられた魔力によって、発動させていた。

 未だ完全ではないが、アリシアがバルディッシュ・アサルトへの変更の際に、“機械仕掛けの神”のプロトタイプを仕込んでいたのであった。


 「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああ!!! なんかいっぱい出たあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」

 あまりの事態にフェイトの胸を貫いていた腕を引き抜き、逃走を試みる仮面の男。

 リンカーコアがフェイトに戻り、バルディッシュは飛行魔法を発動させつつ、ある機能を全開で発動させる。

 それは、自身を雷アースとするものであり、フェイトに対するサンダーレイジなどの電撃系魔法を無力化する機能。

 フェイトが放つ雷で、フェイト自身が傷つかないための、彼女専用に作られたバルディッシュならではの機能であり、それを発動させたのは、今は無き管制機から以前受けた警告に従ったためであった。


 『よいですかバルディッシュ。万が一、私が我が主の傍におらず、彼女の魔法発動が可能であり、なおかつ、フェイトが他者から深く傷つけられた現場を観測可能である場合、次元跳躍の雷撃魔法に対するジャマーを最大限に展開なさい。“娘を失う場面”は我が主にとって最大のトラウマであり、冷静な判断が出来なくなる可能性が極めて高い』

 デバイスである彼は、その言葉を忘れることなく記録し、警告のままに行動した。

 過去の傷に囚われた紫色のご主人さまを正気に戻せる紫色の長男は、もうこの世にいないのだから。


 【私の、娘に、触るなあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!】

 その光景を見た瞬間、プレシア・テスタロッサの精神は27年前の事故当時へ戻っていた。

 なのはとフェイトが出動してよりしばらくして、クラッキングによって駐屯所のシステムがあらかたダウン。

 連絡がつかなくなったため、リニスがなのはの下へ飛び、フェイトとアルフについてはいざとなればプレシアが次元跳躍魔法で転送させるはずだった。

 しかし、復旧した画面から目に飛び込んできた光景は、愛する娘が仮面の男によって後ろから胸を貫かれる場面だったのである。



 「な、破壊の雷!」

 シグナムが間違えるほど、高密度の魔力による電撃が、砂漠の空に顕現する。

 細かい制御が一切ない殺傷設定での一撃であり、プレシア・テスタロッサの精神には、娘に近づく脅威を消し去ることしかない。

 当然、近くにいるシグナムのことなど考慮に入れておらず、肝心のフェイトのことすら錯乱中のプレシアは制御出来ていなかったが、それでも、フェイトの周辺に墜ちる雷撃は遙かに少ない。

 もし、紫色の長男がいれば、その光景が彼女の目に入った瞬間に“機械仕掛けの杖”となり、彼女の魔力を制御、フェイトには一切当たらないようにしていただろうが、彼はもういない。

 そして、純粋にしてどこか悲しさを含む母の怒りが、仮面の男へと雷の鉄鎚となって下された。


***


 「それで、ど、どうなっちゃったの?」


 「仮面の男、実はロッテが変装していたものでしたが、辛うじて一命をとりとめました。ただ、SSランクの殺傷設定の電撃魔法が直撃したわけですから、彼女が全力で防いでも傷は酷く、下手をすれば死んでいてもおかしくありませんでした」


 「私は、バルディッシュが守ってくれたから無事でしたけど、シグナムも全力で防御しても気絶するほどのダメージを受けて、ロッテさんと一緒に、しばらくしてやってきたリニスに保護されました」


 「ロッテにも事情はあったんでしょうけど、私に言わせれば自業自得。あくまで民間人のフェイトの胸を自分の都合で背後から貫いたんだから、母親に殺されても文句は言えないでしょ。目の前で娘が強盗のナイフで刺されたようなものなんだし、私が母さんでも、やっぱり同じことをするわ」

 シグナムの場合、事前に自分とは戦うな、戦えば殺傷設定の攻撃が当たる可能性があるという警告があった。

 しかし、仮面の男の場合は完全に一方的な攻撃であり、それを見た母親が犯人を殺してでも娘を守ろうとすることを、糾弾出来る人間などいない。

 当然、法による裁きは別問題だが、そもそも、法の場へ持ち込むかどうかも、また人間の意志によって決まるのである。


 「まあそういう次第で、闇の書の主の探索は想定外の形で決着を見ました。シグナムがアースラに拘束され、その情報がはやてと一緒にいたアリシアに伝わり、そのタイミングで帰還してきたヴィータやシャマルとはち合わせたわけです」

 その際、シャマルとヴィータの驚きはかなり大きかった。

 なにせ、つい先程までシグナムと戦い、意識を失ったはずの少女が、主とともになぜか車椅子にのって現れたのだから。


 「でも、わたしが意識を失って、母さんも大魔法の反動で倒れたと聞いたのに、冷静に闇の書の主の確保のための交渉をした姉さんが、わたしは凄いと思ういます」


 「私も別に冷静だったわけじゃないわよフェイト、ただ、自分が家族のところに行っても出来ることはないと、それよりは今の自分が出来ることをやれと、必死に自分に言い聞かせてただけ」

 そう己に言い聞かせていたとき、彼女は自然と胸に下げているペンダントを握っていた。

 焦らず、冷静に、効率的に動けるように。

 アリシア・テスタロッサは、母と妹の負荷を無駄にしないために、己が出来ることを成していた。

 シグナムが管理局に拘束されたことがはやてに伝わった時点でシャマルやヴィータに出来ることはなく、アリシアと共に、アースラへ向かうこととなった。


 「ただ、そこでもこの馬鹿娘はとんでもないことをやらかしてくれたんですよ」


 「とんでもないこと?」


 「あの、半分は私のせいで、リンカーコアは引き抜かれましたけど、蒐集されたわけではないので割と早く目を覚まして、ベッドの傍にいてくれた姉さんから、母さんの容体を聞いたんです」


 「リニスが戦闘用魔法や転送魔法を使ってる時に、SSランクの次元跳躍魔法を放った反動で、リンカーコアがかなり消耗してたから、命の危険性こそなかったけど、下手すると一生の障害になりかねなかったの」

 だけど、そんな状態の母に必要なものは、治療でも薬でもなく。

 貴女の放った魔法によって、フェイトは無事に助かって、元気だよと伝えることだと、長女は理解していた。

 だから―――


 「その話を聞いて、母さんに会いたいって、駄々をこねちゃったわたしを抱きしめて、“お姉ちゃんに任せなさい”って、言ってくれて」


 「検査前だから絶対安静のはずのフェイトの代わりにベッドに寝て、フェイトがアリシアの車椅子に乗って、服も交換してプレシアさんの病室に向かったわけです」


 「ああ~、体形も顔も同じだから、入れ替わっちゃったら分からないもんね」


 「そのおかげで、フェイトを担当した医師が、リンカーコアが消滅しているという前代未聞の事態につきあたって混乱してましたよ」


 「私とフェイトは一卵性双生児だから、利き腕やリンカーコア以外は全部同じだものね。DNA鑑定でも簡易的なものじゃ違いが分からないわよ」


 「こうして話せば、一発で分かるんだけどねえ。それに、動けば分かるけど、絶対安静状態を逆手にとったわけだ」


 「ですがまあ、プレシアさんの心の状態を考えると、アリシアのやったことは最も良い処方箋だったのも確かで、僕も母さんも、本気で怒ることは出来ませんでした」

 一見、馬鹿なことのように見えて、その行動には深い裏がある。

 アリシア・テスタロッサという少女は、どこかの嘘吐きデバイスに似ているのだった。


 「姉さんから言われたんです、母さんにはまず、“母さん、助けてくれてありがとう”って言いなさいって」

 必要だった言葉は、たったそれだけ。

 それだけで、医師が驚くほどの速さで、プレシア・テスタロッサのリンカーコアは回復に向かっていった。

 それはまるで、彼女が今も管制機と中枢機械と21の魔法の石が起こした奇蹟に守られているかのように。


 「後は、特に戦いもなくスムーズにいったわ。ユーノとクロノは協力して無限書庫で闇の書について調べて、蒐集の方は、以前に時の庭園と交流があった機関に頼んで、ドラットを提供してもらって」

 ただし、フェレットに似てはいなかったらしい。


 「闇の書を完成させて、はやてとリインフォースの力で暴走プログラムを切り離す。そして、顕現した闇の書の闇を滅ぼすための作戦を、決行したんです」


 「参加したのは、なのはとわたしとユーノとアルフ、それから、はやて、シグナム、ヴィータ、シャマル、ザフィーラ、そして、指揮官としてクロノ。ロッテさんはその時もベッドから動けなくて、アリアさんも付き添ってましたから」


 「プレシアさんの行動については、殺傷設定の魔法を人間に対して放ったわけですから罪になる部分もありましたが、娘を庇っての行動であったこと、精神状態が普通ではなかったこと、何よりも、ロッテとシグナムが自分に相応しい罰だと言っていることもあって、公式には“なかったこと”になっています」


 「ちょうど、アリアさんが駐屯所にクラッキングをかけてましたから、その影響でその辺りのデータが“失われてしまった”ことになったんです。それを提案したのは姉さんでしたけど」

 そういった灰色の落とし所の見つけ方が、まるでトールのようだと、フェイトは思っていた。

 いや、彼はアリシアの場所を守っていたのだから、トールがアリシアの将来を模していたのか。


 「なるほどねえ、その辺りはもう、深く知らない私にはあんまり分からないことかな」


 「それで、顕現した闇の書の闇は、ヴィータ、なのは、シグナム、フェイトの順番で障壁を破壊して、クロノのエターナルコフィンで凍結させてから、トリプルブレイカー、ラストはアルカンシェルでどっかーん」

 解説を交えつつ、アリシアは闇の書の闇の終焉の映像を見せていく。

 ただし―――


***

 「闇の書の消滅を確認しました。内部のウィルスともども」

 「なるほど、“呪魔の書”はこの世に出ることなく消滅したか。残滓がいくらかばかり残るだろうがそれは最早、黒き魔術の王サルバーンの遺産足りえない、これはいよいよ、葬送のオーケストラは中止かな」

 「では、慰霊祭はゆりかごを浮かべるだけで済ませるのですか」

 「願いを叶える21の欠片は既になく、ヴンシュが関わった彼の遺産もこうして潰えた。ならば、盛大な祭りは取り止めするしかあるまいよ。デジールとデザイアに共通するゆりかごのみが、彼らの墓標として空を舞う。その程度の規模で、しめやかに行うとしよう」

 「残念、ですね」

 「ああ、残念だとも。欲望の影は喝采せずに落胆する。ならば、私は欲望の影ではなく、ジェイル・スカリエッティとなるだろう」

 「貴方もまた、王冠より王国へと下る」

 「ならば君達4人も然りだよ。唯の人間としてこの世界に生きるのも、また一興というものかもしれない」


***

 そんなやり取りがあったことを、彼女らが知る由もない。


 「それで、リインフォースは何とか残れたけど、闇の書の闇をもう一度生み出さないために、機能の大半を切り離しの際に失っていたから、緩やかな消滅への道は、避けられなくて」


 「そして、2週間前に、亡くなったんだね」

 闇の書事件から、およそ4か月後。

 八神家の皆で、もう少し南の地方の、奇麗な桜が舞う場所で。

 祝福の風、リインフォースは、短い生を終えていた。


 「闇の書事件のすぐ後には、“闇の欠片”事件も起きましたが、そちらは問題なく解決できました。発生した構築体(マテリアル)も、安らかな眠りにつきました」


 「だから、良い結末では、あったんだよね」

 例え短い期間でも、リインフォースは、愛するはやてと守護騎士と一緒に過ごせたのだから。


 「まあ、誰にも最善の結末なんてないわ。ひょっとしたら、リインフォースが今もはやてと一緒に過ごせてる未来もあるかもしれないけど、その世界では、代わりに誰かがいないかもしれない」

 その時、特に意図したわけではないが、アリシアは胸元のペンダントを握りしめ。


 「どんな結末でも受け入れて、私達は楽しかったことを思い出にしながら、前に進むしかないわ」

 三つに分かれて、壊れてしまった筈の、紫色の欠片から。


 『はい、ですが、私にとってはこの未来こそが最善なのです』


 そんな懐かしい声が、聞こえた気がした。





新歴66年 5月27日  時空管理局本局  訓練ルーム


 「それじゃあ皆、準備は万端整ってるかしら」

ミッドチーム  クロノ、なのは、フェイト、ユーノ、アルフ

ベルカチーム  はやて、シグナム、シャマル、ヴィータ、ザフィーラ


 時空管理局の本局の訓練ルームにて。

 これから未来へ羽ばたこうとするエース達が、一同に集まって模擬戦を始めようとしていた。

 主審を務めるのは、それぞれのデバイスからの信号を受け取る役の、ようやく車椅子から立ち上がりつつある少女。エイミィとマリエルも副審として控えている。

 そして、上の管制室には―――


 「若い子たちは、ほんと元気いっぱいね」

 「ふふ、ところでプレシア、身体は平気かしら」

 「ええ、今は平気よ」

 「ほんとに、ご自愛してくださいね、プレシア」

 リンディ・ハラオウンとレティ・ロウランの両提督の他に、アリシア・テスタロッサとフェイト・テスタロッサの母、プレシア・テスタロッサと、その使い魔のリニスが。

 ある管制機にとっての最善の形で、若き翼を見守っている。



 「はやては、まだ杖だけで管制デバイスは出来てないから、あんまり無茶なことはしないでね」


 「了解や、アリシアちゃんが元気いっぱいの末っ子を作ってくれるまで、気長に待つよ」


 「そんなに待つ必要もないわよ、“友達”との約束に懸けて、貴女へ蒼天をゆく祝福の風をお届けするわ」

 リインフォースが亡くなるまでの4か月の間に、アリシアは彼女から夜天の魔導書のシステムの全てを教わっていた。

 彼女の生きた証を伝えられるように、その技術を、エース達の翼へと変えられるように。

 祝福の風の持つ知識は、誰よりも機械を愛する少女へと。


 「貴方もね、クロノ、色々な杖を切り替えるそれを、さらにカートリッジのレベルで出来るようなデバイスとかも、いつか作って見せるから」


 「ああ、期待しているよ」


 「まっかせなさい」

 その成果が、やがて“魔弾丸”クロスミラージュとなり、その他の夢も、マッハキャリバーやストラーダ、ケリュケイオンやストームレイダーへと受け継がれていく。


 「ほんとに、アリシアさんは凄いね」

 「うん、わたし達も姉さんに負けてられないね」

 「ほんまや、わたしらも夢に向けて進まんと」


 時空管理局武装隊、士官候補生、高町なのは

 時空管理局、執務官候補生、フェイト・テスタロッサ

時空管理局、特別捜査官候補生、八神はやて

 彼女らのそれぞれの夢に向けて進んでいくが、それを引っ張っているのは、“次元世界一のデバイスマイスターになる”という壮大な夢を持ち、一直線に進む彼女であった。

 だが、彼女は自身の夢が揺らがないことなど一度もない、と堂々と胸を張って宣言する。

 曰く


“私は人間だから、夢は自分で決めるし、だからこそ揺らぐ。決して揺らがない機械を愛して、彼らを造って、彼らに憧れながら、私は人間として歩んでいくから”


 愛する家族とともに、私は幸せに生きています。

 母さんも、リニスも、フェイトも、アルフも、テスタロッサの家は、今日も笑顔が満ちています。

 だから、安心して眠っていてください、トール。

 紫色のご主人さまにために、休まず働き続けた、紫色の長男へ。

 私達の夢の結末を、いつか届けにゆきます。



 「それじゃあ、この模擬戦を、私達の未来への象徴として、Standby, ready!」

 そして、若きエース達が、それぞれデバイスや拳を掲げ。


 「Take off!」

 明日への翼が、羽ばたいた。


A’S編  Another End  完


あとがき
 無印編のアナザーエンディング、He was a liar deviceのA’S編、“彼にとっての最善”如何でありましたでしょうか。トールとアリシアのイメージソングは“涙そうそう”でした。
 こちらの闇の書事件の顛末も原作とは異なりますが、結果はポータブルと同様の形になっています。ですので、マテリアル達にも安らかな眠りは贈られたものと思います。
 このような次第で、トールとリインフォースの生存フラグはリンクしています。誰かが一番幸せになる結末は、他の誰かにとって最善ではなく、万人に都合の良い終わりはありません。ですが、その中でもこの結末こそが、とある古いデバイスにとっての最善でした。
 空白期やStSも、二つの可能性では全く別物となり、次元世界にとってはどちらが良いかは分からず、そこも完結編での比較対象かと思います。

 余談ですが、こちらの未来ではクロノの結婚相手が変わるかもしれません。まあ、フェイトが義理の妹になるという意味では変わらないのかもしれませんが、もしかしたらのプロポーズの時には、「え、えと……え、演算を、続行します」という感じでフリーズしてるかもしれません、突発的な事象に弱い彼女ですので。



[26842] エピローグ  100 years later
Name: イル=ド=ガリア◆9d8bc644 ID:01fac648
Date: 2012/01/13 17:41
Die Geschichte von Seelen der Wolken


エピローグ   100 years later



 そこは、時の止まった庭園。

 先人たちの眠る墓所であり、機械に最も愛された土地。

 その地は既に個人のものではなく、曰く、“世界を救った英雄達”を祀る聖域。

 神の時代の終わりを象徴する建物であり、終末の戦争たる“復活”を勝ち抜いた、英雄達の駆る旗艦でもあった。

 其はまさに、栄光の黄昏の地―――



 「ただし、栄光の筈のその土地は今、頭の足りない少女によって穢されようとしているようですね」

 時の庭園の奥深く、一般人は基本的には出入りが許されず、関係者以外は立ち入ることが出来ない筈の区画を一人の少女が歩いていく。

 栗色の短髪に、赤紫色の制服を纏った10歳程度の少女。制服の胸と背中には、魔導師の杖を模った紋章が刺繍されている。

 それこそが、彼女がリインフォース魔法学院の代表生の一角であることの証であった。


 「一応、その名も高きフェイト・テスタロッサ・ハラオウンの曾孫だというのに、先人の名に泥を塗るつもりなのでしょうか、あの子は」

 その顔に呆れの色が多分に見受けられるのは、間違いなく後方から響いてくる騒音が原因だろう。


 「それいけ! ソニックキャリバー!」

 「速いっ! 速いわレヴィっ! 速過ぎると言うに!」

 「大丈夫ディアーチェ、“ソニックキャリバー”なら僕の速度にも耐えきれる! いざとなったら空も飛べるから!」

 「そういう問題ではないわ! そもそも、走る必要がどこにある、というか、ここは墓所だぞ、走ってたまるか!」

 「我が『雷光(ライトニング)』の中核を成すは“騎兵”!」

 「いきなり“祝福の風”代表生の謳い文句を挙げるな! うぬは単に走りたいだけであろうが!」

 「我らの進撃は速い。戦場の如何なる場所であろうとたちどころに辿り着く。瞬きの間すら待たず、我らは辿り着く!」

 「辿り着くのはよいが、疾走する必要性は皆無だ!」

 「故に―――触れるもの全てを弾き飛ばす!」

 「弾き飛ばしてどうする! というか、そっちは壁だあああぁぁ!」

 凄まじい轟音を鳴らし、疾走する車椅子と少女二人。

 彼女らの通う魔法学院では半ばお馴染みの光景。

だが、流石に時の庭園で繰り広げられることになるとまでは、車椅子に乗っている方の少女には想像つかなかった。


 「………はあ、ルシフェリオン、セットアップ」
 『Stand by ready.』

 ただ、遺憾ながらも赤紫色の“魔導師の杖”を手に持った少女、シュテルには予想できたらしく。


 「アクティブガードに、ホールディングネットもお願いします」
 『Active Guard and Holding Net.』

衝撃を緩和する用途で用いられる魔法を、100年もの家族付き合いの果ての幼馴染二人へと発動させた。

 元々得意であったわけではないが、あの突撃暴走娘と付き合ううちに身についてしまった悲しい経緯を持つ魔法である。



 「それで、時の庭園まで私用ではなく学院の代表生としてわざわざ来たというのに、醜態をさらしている理由を伺いましょうか? レヴィ、ディアーチェ」

 シュテルの魔法によってぎりぎりで壁との衝突を避けられた二人に、彼女は冷然と問いかける。


 「我のせいではない、この馬鹿が例によって暴走しただけだ。お前も見ていたろう」


 「だからこそですよディアーチェ、レヴィが暴走するのはいつものことなのですから、どうして彼女に車椅子を押す役を任せたのですか。ここならば魔導人形に頼めば押してくれることくらい、毎年来ているのですから分かっているでしょう」


 「そうだそうだー、責任を僕だけに押し付けるなー」


 「貴様………」

 その瞬間、ディアーチェと呼ばれた車椅子に跨る少女から何かが切れる音が確かに聞こえた。


 「………我が『雲(ヴォルケン)』の中核を成すは、“砲兵”」


 「って、ぎゃー! ディアーチェが切れたぁーーー!!」


 「我らの歩みは遅く、座して照準を構える者なり。それ故、騎兵の素早き奇襲には敵わぬ。なれど、歩兵が幾百、幾千、幾万―――それこそ“無数”に集まろうと、ただの一撃で粉砕するものなり」


 「僕一人だけなんだけど! 確実にオーバーキルだよねぇ!」


 「諦めなさい、レヴィ」

 彼女は、どこまでも冷徹だった。


 「シュテるんも酷い! ディアーチェを止めてよ!」


 「今回ばかりは弁護の余地はありません。先人の眠る時の庭園を荒らした罪、我が曾祖母たる高町なのは、ディアーチェの曾祖母たる八神はやて、そして、貴女の曾祖母たるフェイト・テスタロッサ・ハラオウンに死んで詫びなさい」


 「死ぬこと前提! けど、僕は死なない! ディアーチェの砲撃を躱して、僕は飛ぶ!」


 「我が『星光(スターズ)』の中核を成すは、“歩兵”」


 「あ、あらららーー、シュテるんも使っちゃうの?」

 離脱を図ろうとしたレヴィの周囲を、まさに“無数”の魔力スフィアが取り囲む。


 「我らに疾風の速度はなく、一騎当千の力もない。勇壮なる騎兵、強壮なる迫撃には遠く及ばぬ。されど我らには“無数”なる数の武力あり、将の指揮の下、無数の兵団が舞う時、いかなる敵も立ちはだかること敵わず」

 それはまさしく誘導弾で形成された檻に他ならず、レヴィの頼みとする“速度”は完全に封じられていた。


 「パイロシューター・プリズンロック」


 「絶望にあがけ、塵芥………エクスカリバー」

 そして、魔力弾の牢獄に囚われし無力な小鳥へ、無慈悲に、容赦なく、最強の迫撃砲が愚者への鉄鎚として放たれ。

 レヴィという少女は、この世から消滅した――――わけではない。

 なお、エクスカリバーも人体のみに魔力衝撃が伝わるよう設定されており、100年の時を経て、魔法もよりクリーンで安全なものとなりつつあったらしい。



■■■



 「さてと、二人で先に進みましょう」


 「うむ」

 後ろでボロ雑巾のような有様になっているレヴィを無視し、ディアーチェの車椅子を押して進むシュテル。

 現在は足がやや不自由なディアーチェだが、自立心が強く見栄っ張りでもあるため、シュテルやレヴィ以外の人間が車椅子を押すことを許すことはほとんどない。

 ただし、しばらくはシュテル一人になりそうであった。


 「うう………二人とも、酷いや」


 「自業自得です」


 「ったく、酷い目にあったなあ、この制服、お気に入りなのに、汚れちゃったじゃないか。わざわざ『雷光(ライトニング)』の紋章を胸と背中に入れてるってのにさ」


 「制服を穢すような真似をするからですよ、存在そのものが汚れである貴女が生きているだけでも本来は分不相応なのですが、そんなゴミにかけられた情け、安全設定に感謝なさい」


 「僕って汚れそのものなの!?」


 「はい、許されるならば私の炎熱にて燃えるゴミに出したいくらいに。目指すは烈火の将シグナムです」

 なお、間違ってもシグナムの業績の中に燃えるゴミを燃やすという記述はない。


 「少なくとも、我らが学院、“祝福の風”の面汚しであるのは事実であろう」


 「ディアーチェまでっ! ぼ、僕だって『雷光(ライトニング)』の代表生なのに!」


 「本当に、どうして院長先生もこの子を代表生にしてしまったのでしょうか。リインフォース魔法学院に咲く三つの花、『星光(スターズ)』、『雷光(ライトニング)』、『雲(ヴォルケン)』の名に泥がつくだけですのに」


 「いいや違うぞシュテル。『星光(スターズ)』の代表生はお前であり、『雲(ヴォルケン)』の代表生は我、泥をかぶるのはあくまで『雷光(ライトニング)』だけだろう」


 「ですが、一緒にいながら止められなかった時点で、私達も同罪でしょう。今回は家族の法事ではなく、リインフォース魔法学院が三学科の代表生として、創立者達への墓参りということで来たのですから」


 「う、うううう………ずっと昔に天国へ行っちゃったフェイト曾お婆ちゃん。シュテるんもディアーチェもとっても冷たいです。そりゃあ、僕達はタカマチとヤガミとテスタロッサの血筋で、学院を創った曾お婆さん達のおかげなのも結構あって、正直、血統主義だとか、陰口も叩かれますけど………どうか御救いください」


 「しかし、どうなのでしょうね。その理屈が成り立つならば、ヴィヴィオ大伯母さまがSt.ヒルデ魔法学院に通われた際に、聖王の血統ということで学院を掌握していなければならないことに」


 「所詮は力の無い者達の僻みに過ぎん。この馬鹿娘とて、実力を以て『雷光(ライトニング)』の代表生に4年生ながらに選ばれたのは事実なのだからな」


 「ディアーチェが優しくなってくれました。ありがとう、フェイト曾お婆ちゃん」

 何気に現金なレヴィであった。

彼女の機嫌をとることほど容易いことはなく、シュテルが「ちょろいですね」と薄笑いを浮かべているが、それに気付いたディアーチェも静かに笑うだけだった。

 そんなこんなで機嫌を直したレヴィは元気一杯に先頭を歩いていき、時折注意しながら、ディアーチェの車椅子を押してシュテルが後に続いていく。


 「そろそろ、一般区画との仕切り部分の建物も終わる頃でしょうか」


 「確かそうだったはず、まったく、ここはいつ来ても広いな………お、あれは出口ではないか」


 「よっし行こう! って、あれ、オートスフィア?」

 長い回廊を進み、屋外へ出る扉の前に、小型の丸っこい魔導機械がふよふよと浮いている。


 「あ、ポタポタヤキじゃん!」


 『お待ちしておりました代表生の皆さま。ここからの案内はワタクシ、“ポタポタヤキ”にお任せ下さい』


 「久し振り、元気だった!」


 『はい、そちらもお変わりなく何よりです』

 “ポタポタヤキ”を両手で抱えあげ、ぐるぐるとその場で回るレヴィ。


 「ポタポタヤキ?」


 「以前ここに来た時にあの子が付けて上げたニックネームですよ。しかし、どうやればオートスフィアの見分けがつくのでしょうか、一種の才能ですね」


 「それ以前に、ネーミングセンスを直せ」


 「無理でしょう、他の候補が“ナットウ”や“スルメイカ”や“イナゴツクダニ”でしたから」


 「…………そうか」

 そろそろ悟りの境地に到りつつあるディアーチェ。


 『それでは、ご案内します。代表生見学コースは2時間程で終わりますので、その後で貴女達のご先祖様へ挨拶に向かわれて構いません』



■■■



 『あちらが、ブリュンヒルトになります』


 「おわ、でっか!」


 「凄い大きさです、昔は空戦魔導師を魔導砲で撃つにはあれだけの巨大さが必要だったのですね」


 「今もそんなに進歩しておるわけではないがな、そもそも兵器など、進歩しないに越したことはない」

 “ポタポタヤキ”がふよふよ浮きながら進んでいき、案内コースを三人娘が巡っていく。

 シュテルとディアーチェはところどころで代表生らしい意見を述べていくのだが、レヴィは見事なまでに小学生の率直な感想だった。


 『流石です、代表生様』


 「ふふん、どーだ、褒めろ褒めろ」


 「貴女ではありませんからね、レヴィ」


 「やはり、面汚しだな」


 「がーん………」

 一気にダウナーに入るレヴィ、この感情の落差が面白くて可愛いと思っているのは二人の秘密だ。


 『ですが、代表生であるのは事実ですよね』


 「ありがとう、ポタポタヤキ、僕の味方は君だけだよ」

 感極まって丸っこい機械に頬ずりするレヴィの図。傍から見ればシュールである。


 「さて、進むか」


 「あ、車椅子押しますよ、ディアーチェ」


 『次の分岐点を右になります』


 「二人とも酷い! とゆーか、ポタポタヤキも案内役に戻らないで!」


 『お言葉ですが、私は案内用のオートスフィアです。機械にとって命題は絶対ですので、こればかりは友人といえど聞けません』


 「あ、そっか………ごめんねポタポタヤキ、僕の価値観を押し付けちゃって」


 『お気になさらず、友達ですから』


 「ありがとう………」

 陶然としながら機械ボールを抱きしめ、友情を育む少女と丸っこい機械。

 魔法学院の同年代が見れば、少し友達の数が減るかもしれない光景だった。


 「こらレヴィ、いつまで旅立っている。本当に置いていくぞ」


 「ふふっ、やっぱり貴女は甘いですね、ディアーチェ。ちゃんと待っててあげるのですから」


 「お前も人のことを言えるか、シュテル」


 「そうでしたね」


 「よっし追いついた! って、あああああああっ!」

 微笑みながら二人がゆっくりと歩いていくと、瞬く間にレヴィが追いつき、あまりに速過ぎたためか思いっきりオーバーし、慌てて戻ってくる。


 「ど、どうだい! 我こそは神速の騎兵『雷光(ライトニング)』の代表生なり!」


 「くすっ、まあ確かに、『雷光(ライトニング)』は近代ベルカ式を専攻する学科ですから、魔力量や魔力運用よりも、身体強化や何よりも“速度”が重視されます。電気変換資質に、空戦の天性を持つレヴィにとっては独壇場といったところなのですよね」


 「ふん、才能だけじゃないもん、テスタロッサ家の秘伝訓練法に基づいた修行の賜物だい。いつかはフェイト曾お婆ちゃんのように、真ソニックフォームだって使ってみせてやる」


 「ふむ、シュテルの天性は間違いなくミッド式の誘導弾制御。汎用的な杖型ミッド式デバイスを紋章に掲げ、最も基本形なる誘導弾の数と性能を誇りとする『星光(スターズ)』の代表生となったのも、また必然か」


 「そして、『雲(ヴォルケン)』代表生たる貴女は、大魔力による広域攻撃、もしくは大威力砲撃こそを真髄とする。兵と騎士を率いし王の象徴、王冠を模った紋章に従って」

 それが、リインフォース魔法学院の三学科。

 高町なのはが、最も数の多い一般的なミッド式を教える、魔導師の紋章、『星光(スターズ)』を。

 フェイト・T・ハラオウンが、速度と戦技を頼りに敵へ切り込む近代ベルカ式を教える、騎士の紋章、『雷光(ライトニング)』を。

 八神はやてが、生まれ持った膨大な魔力に弄ばれる少年少女のために作りしは、砲撃・広域攻撃を真髄とする、王の紋章、『雲(ヴォルケン)』を。

 彼女ら三人が年齢的には初老、肉体的にはどういうわけか20代後半の頃、“魔法を楽しく自由に安全に学ぼう”をスローガンに建てられた魔法学院であった。



 『生徒の数は現在、66:28:6、の割合であったと記録しています』


 「そうなんだ、まあ、簡単に言えば『星光(スターズ)』はミッド式、『雷光(ライトニング)』は近代ベルカ式、『雲(ヴォルケン)』は古代ベルカ式な感じだから、ちょうどそのくらいの割合になるのかな」


 『あちらが、“ドラット”工場です』


 「何気に会話になってない!」

 会話しながら歩いていると、いつの間にか次の見学ポイントに到着していた模様。


 「あそこが、ペット用ドラットの先駆けとなった、“フェレドラット”の開発に成功した伝説の………」


 「そういえば、お前はフェレドラットを13匹くらい飼っていたな」


 「はい、フェレドラットは可愛いです。可愛さこそジャスティスです、ヴィクトリーです、フォーエバーです。私以外の人間は全てフェレドラットになるべきです。そして一生愛でましょう」


 「ああ………またシュテルの病気が……」


 「これさえなければ、まともな奴なのだが……………」

 もはや完全に向こう岸へ旅立ち、ドラット工場を見つめているシュテル。

 こうなった彼女は純粋な時間経過でしか戻ってこないことを知りぬいているため、レヴィとディアーチェは早々に諦め、雑談に興じることに。


 「でもなんで、こんなにフェレドラットにのめり込んじゃってるんだろ?」


 「一説によれば、高町なのはの伴侶殿がフェレットに変身でき、その撫で心地に辛抱たまらず彼女が襲いかかり、彼のフェレットを捕食した結果、シュテルの祖母殿がお生まれになったらしい」


 「と、ということは! ベルカカマキリみたいに、雌が雄を捕食して、子供作っちゃったの!?」


 『いいえ、違います』

 そこに、否定が入る。


 「ポタポタヤキ!?」


 『捕食による摂食交配を行うのはベルカカマキリではありません、スプールスカマキリです』


 「そっちなの! しかも細かいし!」


 『機械ですから、しかし、人間が摂食交配に成功した例はまだ確認されていないはずですが………』


 「そ、そうなると、シュテるんのお婆ちゃんは法に触れちゃう、禁断の子供………」


 「う、うむ、そういうことになるな………父の血肉を犠牲に生まれし、異形の落とし仔………」

 勘違いと妄想が膨らみ、半端な知識が後押ししていく、もはや混沌(カオス)。

 流石に10歳の彼女達では、“彼のフェレットを捕食した”が大人な比喩表現であることまでは分からず、文字通りに受け取ると、禁断の子にしかならなかった。


 『しかし、高町なのは様は3人の実子を設けられていたのでは』


 「あ――」


 「そういえばそうだな、ならば、父の血肉より生まれたという線はありえんな」

 ほっと胸を撫で下ろすレヴィとディアーチェ。


 『しかし、クローン培養によって夫を量産し、出産の度に喰らっていった、という可能性は残ります』


 「ヒィィィィイイイ!!!」


 「レヴィ、落ち着け! 人工授精の要領で遺伝子情報だけ胎内へ取り込んだのかもしれぬ!」


 『しかし、オリジナルが無事である可能性は極めて低いかと』


 「魔王なのはが降臨したぁ!」


 「い、いや、男を喰って子供を作るならば魔女、つまり合体すると…………魔女帝なのは!?」

 今ここに、彼女らの脳内においてのみ、“魔女帝”高町なのはが聖誕した。


 「一体何を騒いでいるのですか、貴女達は…………」

 そして、見事過ぎるタイミングでシュテルが向こう岸から帰還。


 「魔女帝の子孫が出たぁ!」


 「そ、そうか、シュテルがフェレドラットを見るあの目は…………捕食者の眼!」

 怯えて身を寄せ合う二人、代表生の威厳は里帰り中らしい。


 「何を馬鹿なことを、貴女達の無駄話で時間を潰してしまいました、さっさと行きましょう」

 なお、シュテルの中では自身が旅立っていた時間はなかったことになっている。

 しばらくはおっかなびっくりシュテルの後に続いた二人だが、彼女の口から曾祖父が健勝であったことを確認し、摂食交配でなかったことを安堵していた。


 『その曾祖父もまた擬装用のクローンであった可能性は………』

 ただ、機械のポタポタヤキだけは“自身の真実”で止まることなく、可能性の演算を続けていたとか。



■■■


 見学コースもそろそろ終盤、話題も再び彼女達自身のことに移っていた。


 「ところでさ、シュテるんはむしろ『雲(ヴォルケン)』の方が適性あったんじゃない、って思うんだけど」


 「ほう、なぜですか?」


「だって、魔女………もとい、なのはさん譲りのルシフェリオンで砲撃かましまくるし、主に僕に、そろそろ人権無視で訴えたいです」

 現在はディアーチェが自分で車椅子を動かしており、三人は並んで歩きながら会話中。先導は当然ながらポタポタヤキ。


 「確かに、魔力量の多さと砲撃魔導師としての資質があるのは事実ですが、あくまで進む道を選ぶのは自身の意志ですよ」


 「わーい、シュテるんに見事にスルーされたよ」


「それに貴女とて、フェイトさん譲りのバルニフィカスからファランクスシフトを放てるのですから、『星光(スターズ)』でもよかったでしょう」


 「まあな、所詮は初等部5年までの枠組みに過ぎん。“祝福の風”はエスカレーター式の学院と異なり、あらゆる道を自身で選ぶことこそを本懐とする。育むべきは自由な心と自立心、自由・自律・自主・自尊の精神を忘れるな」


 『これより、段差の連続が続きます、ご注意ください』


 「どう見ても階段ですね。貴方も案内用ならば、もっと汎用言語機能を充実させなさい」


 『善処します、まだまだ初代管制機には及びません』


 「ディアーチェ、大丈夫?」


 「無論、この程度の階段ならば車椅子ごと浮いていける」

 足場を作る魔法、フローターフィールドを動かすことで、自在に空を移動する。

 速度はゆっくりとしたものだが、階段を昇るには十分だった。


 「ウィングロードがあれば楽なのですが、あれは先天魔法ですからね」


 「ナカジマ家の秘伝魔法、だね!」

 自然に魔法を使いながら進む彼女らだが、それこそが代表生の証ともいえた。


 「でもさ、なかなかないよね、うちって。普通の中学校とかに進むもよし、専門学校へ進むもよし、士官学校、空士学校、陸士学校なんでもござれ、だもん」


 「果ては、学校を通り越していきなり管理局へ入局することすらも。高町なのは、フェイト・T・ハラオウン、八神はやての御三方は言うに及ばず、歴代の代表生の中にもその道を行った方々がいましたね」


 「代表生には稀少技能を有する者が多かったことも理由だろうが、そういった点では我ら3人は当たり年なのかもしれぬな。まして、創立者達のデバイスまで受け継いでいると来ている」

 シュテル、レヴィ、ディアーチェ。

 それぞれの少女が持つは、ルシフェリオン、バルニフィカス、エルシニアクロイツ。

 それらはまさに、“本来の持ち主へ返すため”にそれぞれの家に保存され、彼女達へと受け継がれた。

 魔法学院の名称ともなった偉大なるデバイスマイスター、祝福の風、リインフォースが遺した“予言”に従って。


 「うーん、その代り周囲から期待や羨望の眼差しが寄せられ、僕のガラスのハートが砕けそうな今日この頃です」


 「まったくこの子は、普段はアホの子のように見えて、案外繊細なのだから困ります」


 「情けない、ノミの心臓よな」


 「いや、シュテるんとディアーチェが図太過ぎるだけだと思うよ。それにディアーチェだって突発的な事態に弱いじゃんか」


 「ふん、何を言うか、我に苦手なものなどないわ」


 「サゾドマ……」


 「嫌ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」

 響き渡った悲鳴は、実に可愛らしい少女のものであったそうな。

 ついでに、魔法の操作が途切れ、階段を転げ落ちる間際―――


 「我が『雷光(ライトニング)』の中核を成すは“騎兵”!」

 レヴィの雷光の速度でディアーチェを抱いて離脱し、車椅子はシュテルのバインドが宙に固定する。


 「お見事です、レヴィ」


 「これもテスタロッサ家の家訓なんだ。階段で人助けする時は、ラッキースケベに注意せよ、って」

 誰が遺したかについては、お察しいただきたい。


 「そういえば、フェイト・T・ハラオウンの生まれ変わりとも呼ばれる貴女ですが、蟲は大丈夫なのですよね」


 「ふふん、これもキャロお婆ちゃんのおかげだい。おととし、98歳の大往生を遂げるまで一緒に暮らしてたんだもの。エリオお爺ちゃんにも、会ってみたかったなあ」


 「そうでしたね、私もヴィヴィオ大叔母様のおかげかもしれません。流石は、“ゲテモノ蟲女帝”ルーテシアと友誼を結ばれていた御方です」


 「………ヤメロ、その名を………呼ぶな……………」

 意識朦朧となりながらも、必死で耳を塞ぐディアーチェ、彼女の過去に何があったについてもお察しいただきたい。


 「ふむ、貴女に弱弱しく抱えられるディアーチェ…………普段が普段だけにギャップがあって………そそりますね」


 「食べちゃ駄目だよ!」


 「食べる?」

 高町家食人鬼の疑いはなおも晴れきってはいないようだ。


 『食べるといえば、そろそろ昼食の時刻でしょうか』


 「そういえばそうですね、時の庭園は基本セルフキッチンですから………ディアーチェ、お願いします」


 「う……ううん………」

 未だレヴィに抱えられたままのディアーチェが僅かに唸る。


 「ディアーチェ、大好きです。貴女の料理を食べたく思います」


 「僕も食べたい食べたい、おいしいご飯を作ってくれるディアーチェ大好き」


 「……そ、そうか…………任せろ…………腕によりをかけて作ってやる…………」


 「ポタポタヤキ、記録したよね?」


 『無論です』


 「…………ちょろいですね」

 シュテルが浮かべた薄笑いは、幸か不幸か誰にも見られることはなかった。



■■■



 「おかわりー!」


 「私も」


 「ええいっ! お前らは遠慮という言葉を知らぬのか!」

 キッチンと続く食事スペースにて。

 欠食児童二人が、全力全開で料理をたいらげ、催促していた。


 「私とレヴィの食欲は貴女も御存知でしょう、ディアーチェ」


 「そうだーそうだー、とっとと持ってこーい」


 「だったら自分でよそいに行け! この欠食小僧が! というか車椅子の我にどこまでやらせる気だ!」


 「はあっ、『雲(ヴォルケン)』の代表生ともあろう者が、事前の取り決めた“約束”を破るというのですか、これでは“祝福の風”の名も地に堕ちるというものです」


 「ぐ…」


 「食事担当はディアーチェって三人で決めたじゃんかー、それに、志願したのはディアーチェだぞー」


 『記録に残っております』


 「ほとんど騙しに近かったではないか!」


 「ですがディアーチェ、食事を作るということは、“相手においしく食べてもらう”という気持ちがあってこそ意味があります。だからこそ、リインフォース魔法学院では上級生が下級生へ昼食を作る日が設けられているのです」


 「そうそう、僕は材料切るのと火を使うのは得意」


 「私は味付けと盛り付けを得意としますが、二人が揃っても貴女には届きません。下級生達に一番人気があるのも、貴女の料理です」


 「あまりに美味し過ぎて、上級生もうっかり食べちゃうほど」


 「それは貴女だけです、レヴィ」


 「嘘だあ、シュテるんだってディアーチェのご飯を楽しみにしてるじゃないか」


 「はあ、分かった分かった、持ってきてやるから待っていろ」


 「感謝します」


 「何だかんだ言いながら優しいディアーチェが大好き」

 なんかこう、色々と疲れながら、ディアーチェは隣の部屋の鍋へと向かう。内心で、いつからアイツらはこんな愉快な性格になったのだろう、昔はもっと可愛かったような、と葛藤しながら。



 「しかし、改めて考えると、私達の家の交友関係、または親戚関係の広さは凄まじいですね」


 「んー、どこをどう辿っても、色んな場所に出るもんね。地域に密着した伝統工芸を受け継いでます、みたいな人達まで」

 テーブルに残った二人は、お茶のみながら雑談を続ける。

 緑茶であるにもかかわらず、なぜかミルクと砂糖がテーブルに完備されている事実については、スルーしていた。


 「血族で特権階級を占めたり、社会的に上位に方々ばかり、という話はよく聞きますが、管理世界はおろか、管理外世界まで散らばり、あらうる職種をマスターするかの如く開拓していきながらも、縁がなかなか薄れない、というのは本当に稀有な例だと思います」


 「だねー、それも全部アレのおかげだし、去年の夏に“レヴィの大冒険”も出来たくらいだし」


 「夏休みを全て使い、最低限の荷物だけで知人の家でお世話になりながら次元世界を巡るという、例のとんでもない一人旅ですね」


 「ああ………おいしかったなあ」


 「そして残っている思い出は、食べ物だけですか。まあ、既に一般認定のAAランク魔導師であったとはいえ、9歳の貴女が次元世界を一人旅出来るくらいには、平和な世の中な証なのかもしれません。次元航空管理局の人達に感謝です」


 「旅に出ていたのは、レヴィだけではないぞ」


 「あ、鍋が来た」


 「我よりも鍋優先か貴様は」


 「ええ、その通り。鍋とは、何物にも優先すべきこと、彼のヴォルケンリッターの方々も、決闘よりも鍋を優先なさったとか」

 余程無念だったのか、鍋以下にされた人物達は末代に至るまで屈辱の記憶を伝えることにしたようだ。


 「僕の家とシュテるんの家の家訓なんだよ。いつか、八神の少女が10歳くらいになった時、彼女より鍋を優先すべし、って」

 先祖の遺せし復讐の念は、彼女らの代でついに宿願を果たした模様。


 「……………」

 あまりにしょうもない家訓に、流石に絶句するディアーチェ。


 「話を戻しますが、レヴィが一人旅に出た去年の夏、鍋以下の貴女も旅行に出かけていたのでしたね」


 「そうそう、鍋以下のディアーチェでも旅行出来たんだもんね、本当にいい時代だよ」


 『まさしく、黄金鍋時代』


 「縊り殺すぞ貴様ら…」

 そろそろ本気でやばそうなので、二人は鍋の話題を捨てることにした。


 「冗談はともかく、古代ベルカの遺跡巡り、でしたっけ」


 「そう、そこのお気楽娘のぶらり一人旅と一緒にするな。観光ツアーなどではない、本物の古代ベルカの王朝の跡地を渡り歩き、古代の息吹を感じてきたのだ」


 「またの名を、モンスターハンターヤガミの足跡、だよね」


 「……黙レ」

 それはまさしく、八神の血族が負った、究極の偉名であり汚名。

モンスターハンターヤガミは、数々の密猟組織を潰し、自然を守り抜いた管理局員としての八神はやてを讃える言葉だが、それは“広域次元密猟犯”、または“伝説の密猟犯”と必ずセットになるのであった。


 「まあよいではないですか、私などは無限書庫に引き籠っておりましたし」


 「シュテるんは読書好きだもんね」


 「間違いなく、一番無為な夏休みの過ごし方だが……まあそこは個人の自由か」


 「ごちそうさまです」


 「食った食ったー」


 「もう全部食ったのか!?」

 気付けば、鍋は全てからっぽ。


 「相変わらずディアーチェは小食ですね」


 「それはまあ、お前たちほどは食えんし、我はもう十分なのだが………」


 「うん、鍋の中身がからっぽになった今、ようやくディアーチェは鍋以上に―――」


 「………呪いを衣として身に纏え」

 瞬間、瘴気が吹き荒れる。


 「ストォォーーーーーーッップ!!!」


 「ディアーチェ、正気に戻りなさい! というか何で貴女が蠱毒の主の禁呪を使えるんですか!?」


 「はははははははは! 我は闇統べる王なり! 今こそ“呪魔の書”を復活させ、ヘルヘイムの玉座を取り戻すのだぁ!!」


 『緊急事態ですね』


 「なんでそんな落ち着いてられるの、ポタポタヤキ!」


 『機械ですから』


 「理由になってないよお!」

 結論、ひどいことになった。



■■■


 「つ、疲れた………」


 「そうですね………この大きな木の下で、しばらく休みましょう」

 あの後、瘴気の流出こそ収まったものの、『雲(ヴォルケン)』の本領を発揮し、次々と強大な魔法を放ってきたディアーチェを迎え撃った結果、辛くも勝利を収めたシュテルとレヴィ。

 特に“速度”が売りのレヴィの疲労は大きく、シュテルの肩に寄りかかる形になっており、ディアーチェは熟睡中。

 けれど――


 「あははっ」


 「え―――シュテるん?」

 いつも冷静で、表情を崩すことのない彼女が。


 「あはははははははっ、とっても、おかしいです」

 まるでレヴィのように、年相応の純粋無垢な笑顔を浮かべ。

 その膝に、はしゃぎ過ぎて疲れて眠ってしまった“妹分”の頭を乗せ、もう一人の“妹分”を肩に寄りかからせながら、心から楽しんでいた。


 「どうしたの、急に」


 「ふふふ、私にもよく分かりません」

 妹の問いに、姉は自分でも不思議なのだと応え。


「ただ、この花咲く庭園で、代表生としての規律も、偉大な先祖の子孫としての期待も忘れ、貴女達と思いっきり遊べたことが、嬉しくて仕方ないのです」

 脳裏によぎる記憶の断片。


 【そうですね、もし、生き延びることが叶えば――――妹達と、花咲く庭園で遊戯にでも興じましょうか】

 遙か昔、自分でない自分が、夢見ていた風景。

 それが今、ようやく叶っているのだと、なぜかそんなことを想ったのだ。


 「あれ? この木、傷がある」

 その時、レヴィがその傷に気付いたのも、何かの縁なのか。


 「うーん、これ………成長を刻んでいった、跡かな?」


 『古い植物には、あまり傷を塞ごうとする作用は働きません』

 小さなオートスフィアが、音声信号を発する。

 其れは彼の使命ではなく、時の庭園の全ての機械に共通して残された僅かな録音。


 『植物は動かないが故に、100年でも、1000年でも、ただそこに在り続けられます』

 古い管制機が機能を停止する前に残した、最後の“機械仕掛けの神”。

 この場所に“テスタロッサの子”が訪れた時は。

 “彼女の生きた証”を、次代へ伝えられるように。


 「………そっか、この木は僕達がいなくなっても、ずっとここにいるんだね」


 「その象徴が、この場所か」


 「ディアーチェ、目が覚めましたか」


 「ああ、実に不思議な感触だ。我らはただここにいるだけなのに…………多くの人々に見守られ、支えられているような………」


 「時の庭園………“復活”を戦い抜いた人々や、それに関わる人達の共同墓地であり、新歴からの魔導機器の歴史を伝える、デバイス博物館…………」

 僅かな間、言葉が途切れる。

 その間に、それぞれの胸に去来したものが何であったか。

 それは、彼女ら自身にしか分からないものなのだろう。


 「ま、今はいちおう公共の建物だもんね、僕達にとっては曾お婆ちゃん達のお墓だけどさ」

 しんみりした空気を打ち払うように、元気にレヴィが声を挙げる。これはいつでも彼女の役目。


 「それに、元は貴女の家の所有物であったとか。フェイト・T・ハラオウンがお亡くなりになる前に、現在の公共の場としたそうですけど」


 「その点では、テスタロッサ基金も同じだろう。財団と呼んだ方がしっくりくる規模だが、あくまで医療関係の助成などだけに力を注いでおる。まあ、個人所有のままでこの馬鹿娘に受け継がれてしまうことを考えれば、まさしく英断ではあったのだろう」


 「酷い………でも、否定できない」

 前科持ちに反論の権利なし、世界の法則である。


 「本当にそうですよ、レヴィ。以前、出典不明の骨董品をどういうわけか起動させ、虚数空間に堕ちかけたことを忘れてはいないでしょうね」


 「ぎりぎりで墜ちずに済んだから良いようなものを、お前にもしものことがあれば、物品の管理者の人達にも凄まじい迷惑がかかっていたのだぞ」


 「あれは、違うよ。僕は虚数空間に落ちて、お爺さんに送ってもらって帰ってきたんだから」


 「は?」


 「何?」

 いきなりなレヴィの言葉に、鸚鵡返しになるシュテルとディアーチェ。


 「いや、だからさ、堕ちかけたんじゃなくて、実際に堕ちたんだよ」


 「馬鹿言わないでください。虚数空間に堕ちて戻ってこられるはずがないでしょう」


 「だけど、実際に見たんだってば」


 「何を見たと言うのだ?」


 「うん、虚数空間をどんどん墜ちていって、何もない時の最果てがあって、でもそこには変な古びた駅みたいな場所が合って、光の柱や窓、それに門や扉があちこちにあって、中心の街灯の下にお爺さんが―――」



◇◇◇



 そこは、誰にも知られず、ただ在るだけの時の最果て。

 あらゆる次元、あらゆる時間軸を観測することが可能であり、叡智の果てなる異界の都、アルハザードに至る門すらそこにはあった。

 ただし、万能の座とはほど遠く、そこはあくまで観測者の居場所に過ぎず、何ら干渉できるものではない。

 その場所に、眠るように目を瞑りながら、一人の老人が佇んでいる。

 老人がそこに居るのはあまりに自然であり、彼がここに辿り着いたと思わす気配はいずこにもない。

 誰もが気がつく前から老人はそこにおり、世界の姿を見守り続けている。そうとしか連想できぬほど、老人は不思議な空気を纏い、どこまでも自然に舟をこいでいた。



 「あれ、ここどこ?」


 「おや、時の迷い子かね」


 「お爺さんは、誰?」


 「ふむう、儂が誰か、かね、名前だけならばいく通りも持っておる、“最古にして父なき者”とは、最果ての地に住んでいた古の者共が儂を呼ぶ名だが……………なるほどなるほど、だからこそその名が浮かんだか、彼らもまた築き上げし文明の中枢をアレに粉砕された被害者、ある意味で君と同じなのだから」


 「?」


 「いやいや、こちらの話だよ。どうやら君は儂の弟子の娘によく似ておる、あれに親の自覚などは微塵もなく、君らは哀れな子供達ではあったが、ようやく、幸せの庭へ辿りつけたようで何より」


 「??」

 老人の言葉は不思議に満ち、レヴィの顔には謎が広まるばかり。

 ただ、謎ばかり増えるのに不快感が一切ないのは、実に不思議な感覚だった。


 「中世ベルカの御代において、デバイスとはすなわち騎士の魂。だがそれは、魔導師にとっても同じこと、君は、長く使いこまれた道具に思念が宿り、精霊となる概念を知っておるかな」


 「あ、えーと、ツクモガミ!」


 「そう、それに近しい概念だ。そして、そこに思い出や未来へ託したい願いがあるならば、それを具現化し、やがては人として転生させることとて不可能ではないとも。風に祝福されしあの子は、どうやら長い旅路の果てに、そこまで至ったようだ」


 「祝福の、風…………リインフォースさん?」


 「ならば、君があの子の名を冠せし学び舎へ通うのもまた、風に呼ばれてのことかもしれない。彼の学院には、遙か過去に在りし“学び舎の国”、白の国の若き風が吹いておる」


 「あ、だから、リインフォース魔法学院は通称が“祝福の風”で、校章が“白銀の雪”なんだ」

 なぜ、“だから”と思ったのかは、少女には分からない。

 ただ、今この時だけは、白銀の雪の下に集いし夜天の雲、その輝きたる白光の騎士に心奪われた記憶が、僅かながらに蘇っていたのかもしれない。


 「輪廻転生とは、人の魂のみの事象ではない、あらゆるものに意志は宿り、それらもまた“生き物”なのだよ。人が定義する“生物”とはまた異なる者達、あるものは精霊と呼び、あるものは魔力素とも、蟲と呼ばれることもある」


 「じゃあ、本当は生まれるはずだった子が、いなくなっちゃったの?」


 「そうではないよ、誕生せし魂が君という鋳型を通ったに過ぎん。そして魂とてまた永劫不変ではあり得ず、千変万化するものなのだから」


 「うー、……………難しくて分かりません」


 「それでよいさ、儂が観えておるものが全て真実である筈もなし。年寄りの戯言と思って聞き流しておくとよい」


 『ソノ通リデス、フシュフシュ』

そこにいたのは、丸っこい身体に小さな手足が付いただけの簡素な物体、だがなぜか愛敬というものがある。


 「君は?」


 『貴女ノオ仲間デス、フシュフシュ』


 「仲間なの?」


 「ある側面においては、そうとも言える。君の魂の半身、バルニフィカスに残りし記憶が“調律の姫君”の手によって流転し、やがてヒトの胚に宿り、一個の命となったのが君であるならば、儂に名を与えられし彼は出自が似ているのだよ」


 「へえ、君、名前はなんていうの?」


 『機械精霊1163バン、“ノーリ”デス、フシュフシュ』


 「番号なのに、名前もあるんだ。まるで、デバイスが命を持ってるみたいだ」


 『ハイ、機械デスケド、精霊デス。ボクモソウデシタ、ケド、老師ガ言葉ト名前ヲクレマシタ』


 「君の感覚に合わせるならば、もう1200年近く前になるかな」


 「はぁ~」

 呆れに近い声は出るが、驚愕はない。

 ここはそういう場所で、この老人はそういう存在なのだと、なぜか理解してしまえるのだ。


 「さて、死すべき定めの人の子である君は、あまり長くここにいてはいけないよ。帰り道は彼が知っているので、案内してもらうといい。ただし間違っても、そこの扉をくぐってはいけない」


 「そこには、何があるの?」


 「一人の男が神の道を踏破した扉にして門。そこから先には何もない、引き返すのが賢明というものだよ」


 「ありがとう、でも、お爺さんは一人で寂しくないの?」


 「心配には及ばんよ、儂には友がいくらでもおるのでね」

 その時、動かぬはずの空気が動き、風の虹を作り上げる。


 「七色の、風……」


 「遙かに古き友人は、これを己の魔力光と成した。もっとも、儂の弟子はさらにその上を目指し、あらゆる色を内包する黒と化したが、あいにくと儂は透明なのだよ。だからこそ誰とも友となれる」


『老師デスカラ、フシュフシュ』


 「それじゃあ、さようなら」


 「いつか、また会うこともひょっとすればあるかもしれない。なぜなら風は、いついかなる処にも吹くのだから」


 『ゴ案内シマス』

 そうして、小さな彼に案内されるままにレヴィは歩き。


 「なんでバケツ?」


 『帰リ道デス』

 なぜか門や扉ではなくバケツを潜り、自分の住むべき世界へと戻っていった。



◇◇◇


 「―――ということが、あったんだよ」


 「阿保か」


 「作り話にしても、もっとまともな構成を考えなさい」


 「本当だってばっ!」

 懸命になって主張するレヴィだが、シュテルとディアーチェの反応は可哀そうな子を見るものであった。


 「だってほら、そこにも」


 『オ久シブリデス、フシュフシュ』

 大きな木の下に、ずんぐりとした丸い機械が一つ。

 “ポタポタヤキ”に近い形だが、与えられた命題に沿って機能する彼とは、決定的な部分が異なっている。

 “ノーリ”という彼は、自分で考えて動く、自由なる精霊なのだ。


 「……………」
 「……………」


 「風はどこにでもいるから、会いたくなればいつでも会えるんだって」


 『ズット傍二イマシタヨ、貴女ニハ見エナカッタダケデス』


 「そっかー、ん、どうしたの、シュテるん、ディアーチェ」


 「さて、先を急ぐとしましょうか」


 「そうだな、代表生コースは終えたのだから。次は先祖の墓所の参拝に赴き、その後、中央制御室へ向かおう」

 とりあえず二人は、見なかったことにしたようだった。



■■■



 そうしてしばらく歩き、彼女らは先祖の墓へとやってくる。

 先祖とはいっても、高町家と八神家は出身が第97管理外世界であるため、ミッドチルダに帰化してよりの人々のもので、中には若くして亡くなった人もいた。

 ナカジマやランスターの家の墓はポートフォール・メモリアルガーデンにあるが、慰霊碑の意味も込めて、“復活”を戦い抜いた英雄達や、その後の世代の人々の墓碑もある。

 ただし、テスタロッサ家だけは別であり、最初の庭園の主と、二代目の庭園の主、そしてその娘の墓所はやや離れた場所に在る。

 そしてそこには、誰にも知られることのない原初のシルビア・マシン、紫色の長男が静かに安置されている。


 「ん、あれ?」

 そちらの区画に向かう途中、レヴィは抱えていた機械精霊がいつの間にかいなくなっていることに気付く。

 まさに風のように、気付けばそこにおり、ふと見ればいなくなっているのであった。


 「何だ、物体X、我に何か用でもあるのか?」


 『イイエ、風はキマグレナノデス』

 そう言いつつ、彼が転がっていって辿り着いたのは、とある墓の前。

 もう誰もが忘れてしまったかもしれないが、彼は約束をしていた。


『マタ会エマシタネ、フシュフシュ』

 そう、確かに、また会いましょう、と。


 『ドウカ安ラカニ………ヴィータ…………ローセス』

 全ての誓約と騎士の務めを果たし、死すべき定めの人間として、安らかに眠る兄妹の墓の隣で。


 『彼ラノ生ハ、イカガダッタデショウカ………………………………………ザフィーラ』

 【ああ、実に見事な、閃光の輝きであったとも】

 誓約を終え、再び精霊に近い存在へと戻り、今は人には見えぬ姿となっている賢狼へと、語りかけていた。


 『老師モキット、貴方二会エル時ヲ、楽シミニシテイマス』

 【今しばらく時をおけば、実体化も可能となるだろう、その時に】

 『ハイ、ゴ案内シマス』

 【頼んだ】

 彼らは自由なる精霊、人とは異なりし者。

 ほんの一時、人と共に過ごす時があろうとも。

 悠久なる自然の時間に比べれば、それは瞬き程の間。

 彼らと同じく時を過ごすには、放浪の賢者のようになるしか術はなく。

 ただ、刹那の如き閃光の人生が、時に何よりも素晴らしき輝きを放つことを。

 老人も機械も賢狼も、等しく知っていた。



■■■



 精霊の供はいつの間にか去り、彼女らは三人だけで廊下を歩く。

 その先に在るのは、時の庭園の中枢であり、彼女達が心穏やかに過ごせるための、一番の功労者が待つ場所。

 “ソレ”があったからこそ、いついかなる時も結ばれし絆は断たれず。

 時に冷たく無慈悲に襲い来る社会の歯車も、“ソレ”は悉く撥ね退けてきた。

 与えられし命題、託されし命題に従い、“ソレ”は稼働を続ける。

 幾星霜の年月が流れようと、“ソレ”が自身の意志を持ち、精霊となることはあるまい。

 なぜならば―――


 【中央制御室へようこそ】

 時代が変わり、人が変わり、世界が変わろうとも。


 【私は、時の庭園の中枢機械、アスガルド】

時の庭園が機能すべき主達のために、現在は公共の墓所、そして博物館として社会の一部となったため、その歯車を回すために演算を続けることこそが。


 【貴女達には、リインフォース魔法学院の代表生、並びに、御三家の直系としての利用権限がございます】

 そして同時に、機構となったテスタロッサ基金の中枢ともなり、先人達の遺した命題に従い、通常とは異なる身体や命を持つ者達が、普通に暮らしていけるように機能することが。

 “ソレ”の存在意義であり、自身の意志を持つ暇などあれば、演算を続けるのみ。


 【使用目的を、選択してください】

 もう150年近くも昔、管制機と共に命題を託され、やがては三人目となる時の庭園の主の傍らに在りし閃光の戦斧と共に演算し、さらに時を経て稼働を続け、今は小さな彼女と共に在るバルニフィカスを見守りながら。


 機械と共に歩む人々のために、アスガルドは演算を続ける。


 時の止まった、死者の眠る庭園において。


 共に生まれ、共に歩んできた紫色の長男が、役目を終えて逝ってからも。


 次代を生きる、小さな命の道標を灯しながら。


 チクタクチクタク


 歯車は、回る。



 fin



あとがき
 エピローグはここまでとなり、マテ子達の救済物語が基本ですが、StSでの答えが若干滲み出てもおります。
“デバイス物語”三部作の完結編はStrikerSですが、解答編の位置づけはVividですので、そのさらに先の平和な世界、というイメージで描いています。
 それと、先日の9/22に発売されたVividの4巻を買ったのですが、ノーヴェが子供達のために作っているトレーニングメニューやその時の台詞が、とらハ3の恭也さんの美由紀さんに対してのものを彷彿とさせ、抜刀術天瞳流の道場へアインハルトが習いに行くシーンも、御神の剣士である恭也さんと美由紀さんが、士郎さんの旧知の人の道場に出稽古へ行くシーンを思い起こさせてくれまして、A’Sコミック版であったなのはとレイジングハートの修行が技術的により安全になっていたりと、何かこう、とらハ1の人達がとらハ3やリリちゃ箱で随所に出てきてくれるような、あの感触を味わいました。
 とらいあんぐるハートシリーズがそうであったように、Vividもリリカルなのはの無印、A’S、StSを通して色々出てきた関係者がところどころで出てくる感じで、サウンドステージXの続編にとらハ3の雰囲気を足し合わせたように感じ、原作ファンとしては随所に嬉しいシーンがあり、深く読みこめば色んな類似点が浮かんできて、何かこう、読んでて胸がじんと来ました。
 これより、空白期とStSを描いていきますが、Vividのようなとらハ独特の温かな世界と、そこに暮らす人々の絆と楽しい生活を描く“家族愛”の解答編に至れるよう、頑張りたいと思います。ほんとに、改めて思いました、原作は素晴らしいと。



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