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[26791] 死体の視界【完結】
Name: 叶芽◆8aff19b3 ID:e25b8c25
Date: 2013/03/27 04:37

寒い…。













※この作品は『ハーメルン』様にも投稿しています



[26791]
Name: 叶芽◆8aff19b3 ID:e25b8c25
Date: 2011/06/24 17:47
 下校前、教室で男子に告白された。その人の名前は知らない。その人は男子にしては髪が長かったので、私はその人の髪を掴んで、その頭を机の角に叩きつけた。角は目に当たったらしく、目は潰れたらしい。その男子は叫んだ。痛いとか言っていた。いてぇ、だったかも。何しやがる、とも言っていたのかな。よく覚えてない。ああああって。少しうるさかったから、私はそれをもう少し速くもう三回叩きつけた。それでも黙らなかったから、もうちょっと速くもう六回叩きつけた。静かになった。
 教室は二人っきりってわけではなくて、その告白はクラスの生徒に公開されていた。でもその現場を止めようとする人は一人もいなくて、場は静かだった。怖くて動けなかったのかもしれないし、あるいは観ていたみんなは人じゃなくて人形だったのかもしれない。マネキン…。うんマネキン。あと少ししたら、先生とか警察とか来るのだろうか。でも、どうしようもないと思う。
 なぜそんなことをしたのかと訊かれても、その男子の髪が長かったからとしか答えられないし、特に大した理由は無いと思う。それより気になるのは、今何時なのかってことと、今私は何歳で、ここは小学校なのか、中学なのか、高校なのかってこと。制服があるから中学だろうか。それとも高校。でも制服を着た小学生もいる気がする。背の高さも、高い人もいれば低い人もいるし、そもそも誰も何も言わないものだから、私にはわからない。



 目を覚ますと15時…午後三時だった。時計が目に入って助かった。部屋は静かで、外からも音は聴こえないから、たぶん家には私一人なのだろう。今、私が知りたいのは私が小学生なのか中学生なのか高校生なのかということだった。部屋に制服はかけてあったから、やっぱり学生なのはわかったが、それでもわからない。私は制服のポケットをあさった。中にはハンカチとティッシュと、あとカッターしかなかった。手帳でもあればよかったのだが。
 とりあえず着替えた。鏡はこの部屋に無いものだから、私は部屋を出て、手洗い場に向かった。一応、顔は洗った。順番を間違えたと思った。普通は顔を洗ってから制服を着るんだっけ。袖が濡れた。鏡を視ても、自分の年齢がいまいちわからない。小学校の低学年ではなさそうなのはわかった。少なくとも一年や二年ではない気がする。たぶんかっこいい男子に告白されたのだから、たぶんそこまで悪い顔でもないかもしれない。
 家にはやっぱり私一人で、そもそも私に両親や兄弟といった家族がいるのかもわからなかった。おなかは空いてなかったし、顔も洗って制服にも着替えたのだから、次にするべきことはやはり登校だろうか。だけど、この時間に行っても仕方がない気もする。それにどこに私の行くべき学校があるのかもわからない。そもそも、今まで学校に行ったことがあったのかもわからない。学校らしきところに居たことは覚えているのだけど。



 妙に臭かったから、私は外に出た。そしたらさらに臭かったものだから、最終的にはたぶん自分の部屋に戻った。たぶん自分の部屋は臭くなかった。制服でいても仕方がなかったから、脱いだ。部屋を見回すと、さっきよりも物が増えている気がした。少なくとも本棚や机、パソコンは無かった気がする。物が増えるなら、今度はエアコンが欲しいと思った。
 本棚には一冊のノートと、漫画や小説がいくつかあった。私は漫画の方を手に取り、ベッドで(ベッドもあった)横になって読んだ。ただその漫画は、シリアスなのかギャグなのかよくわからなくて、少なくとも面白いものではなかった。あるいは両方なのかもしれない。内容はやくざさんの抗争。二時間もしないうちに、全二十巻読み終えてしまった。主人公がころころ変わっていたけど、最後は主人公が死んでおしまい。
 次に、私はノートを取った。最初の一ページ以外は、すべて白紙だった。そのページには「一人殺せ」と書かれていた。一人なら、たぶん殺したと思う。実感はあまりないものだから自信はない。そもそも、あの程度で人は死ぬのだろうか。もしかしたら気絶しているだけかもしれない。少し不安になった。私は今からでも学校に行くべきなのだろうか。だが、道がわからない。二時間ほど、考え込んだ。



 一応、外に出てみた。暗くなっていて、もうこれでは学校にはどのみち行けなかった。家に戻ると、人間が三人倒れていた。臭かった原因がわかった。念のため、その中の大人の男性の首を切ろうと思った。私は台所に向かった。包丁はあった。そしてそれで切ろうと試みたけど、骨が切れなかった。首と胴体を切り離すことが出来なくて残念だったけど、これだけ血が出ればもう大丈夫だろうか。
 ノルマは達成した、ということにしておこう。最初の一人が殺せていれば、今日は二人ということになる。明日あのノートが更新されるなら、明日は誰も殺さなくていいのだろうか。それとも明日は違う内容が更新されるのだろうか。けど、どっちでもいいか。私は浴室でシャワーを浴びた。でも風呂には入れなかった。浴槽には裸の女性が入っていた。
 部屋に戻って、もう今日は寝た。



[26791]
Name: 叶芽◆8aff19b3 ID:e25b8c25
Date: 2016/09/12 08:22
 朝、あまりの寒さに目を覚ました。やはりエアコンが欲しい。そう思っていたら、エアコンはあった。リモコンも時計のそばにあったので、スイッチを点けた。時計を見ると五時。今日は学校に行ってみようと思った。今度は先に顔を洗い、それから制服に着替え、外に出た。だけど朝飯を食べていないことを思い出して、家に戻った。冷蔵庫にはサンドイッチがいくつかあった。ツナのを取って、それを片手にもう一度外に出た。
 食べながら見回した。田んぼが視界の6から7割を占めていたので、おそらく田舎なのだと知った。家は山の上の方にあったので、そこから下の町が視えた。駅を発見した。私はそこに向かった。不思議なことかもしれないが、外は暖かかった。丁度よくて、空も青空だったものだから気持ちがよかった。サンドイッチを食べ終えた私は、勢いよく山を駆け下りた。途中でこけた。その時、鞄を持ってくるのを忘れたのを思い出して、家に取りに帰った。
 鞄は私の部屋にあった。手提げ。教科書やノートらしきものはすでに中にあって、財布(お金)もあって部屋の中で他に要りそうな物はわからなかった。その時私は思い出したように、ついでに本棚のノートを確認した。更新はされていなかった。今日は何もしなくていいのだろうか。でも…でも…でも…でも包丁は要ると思った。万が一のために要ると思った。部屋のエアコンを消し忘れているのを思い出し、消した後私は台所に行った。包丁を回収して鞄の中に入れた。

「いってきます」



 駅に向かった理由は、こんな田舎でも移動する人間が一番多いと思ったから。通勤時間に近かったのもある。実際ホームには2、30人程居た。学生もいた。私と同じ制服を着た人もいた。4人の女子のグループで、私はその子達を追跡しようと思った。別にゲームをしているわけじゃなかったけど、なんかゲームをしているような感じで、結構その時はワクワクしていた。まるで冒険。奇妙な冒険だった。
 電車は満員だった。4人のグループは視界のなかにいた。それを見つけたあたりで、後ろの会社員に尻を触られた。実際は事故だったのかもしれない。触れたのは1から2秒。撫でまわされたわけでもなかった。手ではなく、もしかしたら鞄だったのかもしれない。でも、刺激があって面白かった。正直事故でなくてもよかった。私は電車の揺れに合わせて少し後ろに下がり、その会社員の何かに体が触れるようにした。しかし会社員も後ろに下がったようで、実際は何も当たらず、少しだけ残念だった。
 四つ目の駅に止まった頃には、人も半分以下になっていた。椅子が空いたので座った。あの4人のグループもまだいる。どこで降りるのだろう。彼女たちを見ていたら、その視界に三人の男子が入ってきた。制服を着ているからたぶん学生。三人とも背は高い。彼らは私の前あたりに立った。偏見だとは思うが、服装はだらしがなかったからたぶん不良なのだろう。そのうちの一人と目があった。



 私は次の駅で下された。三人は私を人気のない橋の下に連れて行った。橋の下の壁には落書きがしてあったが読めなかった。漢字や英語は読めない。どうしてこうなったのか。三人が言うには、私は誘っていたらしい。どうしよう。抵抗しようか。負けるだろうけど、抵抗したら抵抗したで面白そうだ。嫌々言いながら犯されるのは、向こうにとってもこっちにとってもたぶん楽しいだろう。だが、私はそれ以上に面白い遊び方を思いついた。

「抵抗はしません。ただ少し待ってもらえますか?」

 私は鞄から包丁を取り出した。

「安心してください。貴方たちを刺したりはしません」

 私はそれを自分の腹に刺し、横に流した。状況は違うけど、やくざさんの漫画にこういうのが確かあった。実行していたのは15歳の少年。責任を取るためにしていた。私は少し違う。彼らの反応が視たかった。さあ…どう動くだろうか。興奮するだろうか。これから死にゆく人間を犯す機会などそうはない。一方私は痛みと快楽を同時に味わいながら逝けるのだろうか。それならそれで、やはり面白い。

「おい!救急車!」

 何でそんな単語が出てくるのか理解できなかった。何を血迷ったことを言っている。貴様らは下種だろう。下種なら最後まで下種らしくしていろ。



「ただいま」

 あまりにもつまらなかったから、私は家に帰った。学校は明日でいいや。
 部屋の本棚のノートを確認した。腹を切れ、と書かれていた。つまりこのノートは私が実行したことが記録されるのだろうか。あまり面白いものではなさそうだということが分かった。
 制服を脱いだ。部屋は少し寒かったから、私はエアコンを点けて、ベッドに横になって、もう今日は寝た。



[26791]
Name: 叶芽◆8aff19b3 ID:e25b8c25
Date: 2011/06/24 17:47
 昔、数年前なのか、それとも数か月前なのかは知らないけれど、援交がバレた。恥を知れ、と言われた。言われた通り私は恥を覚えた。裸になれば胸などは隠すようになったし、相手に対し「嫌」だとか「やめて」だとかを言うようにもなった。相手の行為は以前より激しさを増した。私が行為を拒めば拒むほど、相手の望みは増大するそうで、それ自体は別に構わなかったけど、醜かった。気持ち悪い。私はそう言った。そしたら頭を掴まれて壁に叩きつけられた。回数は途中で数えるのをやめた。
 子供ができたらしい。相手はおろせと言ってきた。その時その言葉の意味はよくわからなかったけど、たぶん恥ずかしいことなのだと思った。相手が求めて来た内容など、全てそうだった。だから断った。そして怒られた。翌日には、たぶん相手は死んだ。最終的に私は浴槽で産んだ。でもどうすればいいかわからなかったものだから、そのままにしておいた。
 お腹が空いたものだから、その日は肉を食べた。全部は食べきれなかった。その後シャワーを浴びて、うがいをした。口の中に変な臭いが残っていて、何度もうがいをした。結局臭いはとれなくて、私は諦めてもうその日は寝た。2、3日寝たら臭いは消えた。ただ、部屋はやけに臭くなっていたものだから、もう私は外に出た。あまりにも寒かったが、臭いよりはましだった。



 今日こそ学校とやらに行こう。朝、目を覚ましたら真っ先にそう思った。顔を洗って制服に着替えて、そして鞄を持って家を出た。駅まで走った。駅には昨日見た四人もいて、時間はぴったりだったらしい。相変わらず人もそれなりに多く、電車は満員だった。前と同じように、あの四人を見失わないようにした。ただ、朝飯を食べてくるのを忘れたことを思い出した。
 前と同じように、電車の中の人がある程度減ったあたりで(もう私は席に座っていた)あの三人の男子を見つけた。少し離れた位置に居た。そのうちの一人と目を合わしたら、そいつは目をそらした。そして他の二人となにやらこそこそと話し出した。非常に不快だった。一言ほど言ってやろうと思って席を立ったら、あの四人は下車した。三人の方は諦めて、私は四人の後を追って下車した。
 それからずいぶんと長い時間歩いたように思えた。たぶん朝飯を抜いていたからか、力やら何やらが出ないのだろう。少し視界も歪んでいたかもしれない。途中で車にクラクションを鳴らされた。ごめんなさい。それでもなんとか目的地らしきところにはついた。門の所には学校の名前が記されているが、漢字が読めないものだから、結局小学校なのか、中学校なのか、それとも高校なのかはわからなかった。四人が校舎に入っていくのを追って私も校舎に入った。そのあたりで力尽きたのか、私は倒れた。



 目を覚ますとベッドで寝ていた。根拠はあまりないが私は保健室だと断定した。体を起こしたらそこに保健の先生(と断定)が居たから挨拶をした。こんにちは。ここはどこですか。

「ここは病院です」

 小学校でしょうか。中学校でしょうか。高校でしょうか。

「ここは病院です」

 私は私と同じ制服を着た、女子生徒の後をつけてここまで来ました。ここは学校ではないのですか。

「ここは病院です」

 正確にはここは精神病院らしい。病院の中に学校があって、小学校もあるし中学校もあるし高校もある。驚いたことに大学もあるそうだ。また、いくつもの企業も中にあり、会社に勤めているものもいるらしい。

「君がここの在校生なのか、それとももう卒業した子なのかは私は知りません。調べるのも少し時間が掛かりますし、また明日来てください。君が知らないのでしたら、ですが」

 私は承諾し、少しばかしご飯(白いお米)を頂いて、それから家に帰った。



 家に帰って、私は真っ先にシャワーを浴びた。なんとなく浴槽に目を向けた。寒気がしたものだから、すぐに目を前に戻した。終えたら部屋に戻って、ノートだけ確認した。白紙だった。線も無くの白紙だから、何か意味はあるのかもしれないが、もう今日は寝た。



[26791]
Name: 叶芽◆8aff19b3 ID:e25b8c25
Date: 2012/01/19 02:02
 朝、昨日より一時間早く目が覚めた。遅刻するということはないだろう。部屋は暑くもなく寒くも無い感じだった。それは良かったんだが、窓に目を向けると雨だった。音は耳を澄ませば聴こえる程度で不快ではなかった。ただ小雨であっても、気分的に今日は降ってほしくなかった。身を起こした後、本棚のノートを取った。今日の分はまだ更新されていなかった。取る前に分かっていたことなのだけど、この行為はまるで習慣のようで、自然だった。
 今日はシャワーを浴びてから、病院へ行こうと思った。今日は新しい何かの始まりのようで、とにかく身を清めてから行きたかった。相変わらず浴槽には誰か居る。私はそちらには目を向けないように体を洗った。けど、帰り際に私は足を滑らせてしまい(滑ったのではないかもしれない)しりもちをついて、で…そいつと目が合った。
 そいつは私を視ている。眼球はじっと動かない。それでも視ている。私を視ている。雨の音が少し強くなってきた。雷が落ちそうな気配もした。そいつは私を視ている。私もそいつの目を視ている。体の方もピクリとも動いていない。それでも視ている。人間なのだろうか。それとも人形。人形でも私を視ている。雷が落ちた。

「いってらっしゃい」



 駅まで傘をさして歩いた。駅に着く頃には雨は止んでいて、ホームでは虹が視えた。その虹で少しは気分が晴れたが、電車の中のじめじめした空気で、その気分は元の位置に戻ることになった。ただ、今日はあの四人とは比較的近い位置にいたおかげで、見失わないよう苦労することも無かった。逆に、あの三人の男子とは遠い位置に居ることになり、彼らが仮に何か私のことについて話していても、きっともう二度とその不快な音も聴こえないだろうし、きっともう二度と視界にも入らないだろう。
 四人の会話を聞いていると、たぶん音楽の話だろうか。CD、ライブといった単語が出ていた。内容の殆どはさっぱりだったが、週末、好きなミュージシャンのライブに行く予定が四人にはあるらしいことは分かった。音楽…か。彼女たちはどういった音楽を聴くのだろう。で、私は何が好きなのだろうか。考えていたら、声をかけられた。

「あ、先生!」

「今日からですよね。よろしくお願いします」

 よくわからなかったが、一応「こちらこそよろしく」と返した。



 保健の先生が言うに、私は既にここを卒業しており、今日からは中学校の教師であるらしい。私はそんなことは知らなかったが、タイミングは丁度良かったことになる。担当は国語。既に鞄の中に入っていた教科書は指導用のものだった。ということは制服でここに来たのは間違いだったのだろうか。そのことを訊いたら、別にそんなことは無く、服装は自由だそうだ。思い出なのかなんなのかは人それぞれだが、私と同じようにかつての制服を着て授業をする教師もいるらしい。私は保健の先生に案内され、教室に向かった。
 教室と呼ばれるそこは古典的な刑務所のようだった。直線の廊下が真ん中に一本あり、両サイドに鉄格子で囲われた牢屋が並んでいた。長さの感覚はよくわからないし、算数も苦手なものだから、直線がどれ程の長さなのかはわからなかった。一つの部屋には四人入っており、性別の指定は無い。男子三人女子一人の部屋もあれば、男子一人女子三人の部屋もあった。机と椅子は一人一セット用意されていた。時計や窓は無く時間の感覚は無い。教室はやかましかった。
 私が教師としてすべきことは、終了のチャイムが鳴るまで、教科書を音読し続けることらしい。ページの指定や、ノルマに関しての指示は無い。ただ、必ず歩き続けなくてはならず、直線をひたすら往復するよう言われた。案内を終えた保健の先生は教室を出て、扉を閉めた。鍵をかけた。鍵は終了のチャイムと同時に開錠されるらしい。ということで、私は歩き、教科書を読まなくてはならないが、どうも教室がやかましい。
 私は歩きながら、教科書の適当なページを開いた。タイトルがひらがななのを選び、読み始めた。漢字にはすべて振り仮名が振っていて助かった。部屋の中の人間の行動は様々で、まじめに座っているだけのものもいれば、鉄格子に頭を繰り返しぶつけているものもいる。自分の血で壁に何かを書いているものもいれば、少なくとも言語ではなさそうな何かを叫んでいるものもいる。一人の男子、もしくは女子を裸にして二人、もしくは三人が襲う光景もあれば、そいつをモデルにして三人がスケッチをする光景もあった。
 電車で会った四人も居た。その四人は音楽、バンドをしているようだった。ボーカル、ギター、ベース、ドラム、かな。楽器は持っておらず、声でそれっぽい音を奏でて、手足はそれっっぽい動きをしていた。私がその横を通り過ぎるあたりで、丁度曲は終わって、四人は私に感想を求めて来た。授業を中断するわけにもいかないので、私は親指を立てる形で返答した。その後四人の笑い声やら「やった」などの単語も聴こえてきたので、たぶん喜んではいたのだろう。



 帰宅。ノート確認。「読んだ本は『こころ』」…疲れた。もう今日は寝た。



[26791]
Name: 叶芽◆8aff19b3 ID:e25b8c25
Date: 2011/06/24 17:51
 病気を治すためにはまずその病気を知らなくてはならない。あの病院に求められているのは、病気を治すということではなく、病気を知ることが第一らしい。研究所の要素が大きい。あの病院は病気、主に精神病の類の患者を生産し、それらを研究対象にする。その研究成果を、所謂普通の病院に売ることで運営している。そう保健の先生が教えてくれた。私はあそこの中学校の教師の一人だが、一応私も研究対象の一人であるらしい。
 保健の先生はこうも言っていた。精神病の患者は売れる。白痴であればある程良く、狂っていれば狂っている程良いそうだ。買い手に刺激と満足感を与えるらしい。人間として扱う必要が無いのも大きい。勿論、容姿に関してはいくらでも美しく変えることが出来る。裏で捌かれた患者たちには、病院の経営に大きく貢献している。一応私も売り捌かれた一人であったらしい。
 私が疑問に思ったことは、あの四人は本当に病気なのだろうか、ということだ。楽器があると思い込んで演奏しているならそうかもしれないが、楽器の音を口で奏でる演奏というのは別に珍しいものではないし、もしかしたら楽器を買うお金がないのかもしれない。だとしたら、いつか彼女たちは病気でもないのにいつか売られてしまうのだろうか。少し可哀そうだと思った。



 私も研究対象ではあるけれど、一応は教師をやっているわけだし、精神病に関しては詳しくなってないといけないのだろうか。今日は土曜日。休日。少し勉強してみよう。そう思ってパソコンを開いた。調べてみるとやたら項目が多い。文字も多く漢字も多い。カタカナも多く、いちいち辞書を開かなくてはならなかった(辞書は本棚にあった)。二時間ほどで飽きて、もう勉強はやめた。
 勉強はやめてネットをまわることにした。あの病院について調べようと思ったけど、あの病院の名前を教えてもらうのを忘れていて、結局調べられなかった。で、何のワードを検索しようかと考えていたら、本棚が目に入ったから、前読んだ漫画についてでも調べようと思って、で、調べた。もう絶版でプレミアがついているらしい。売ろうかな。で、新しい漫画でも買って本棚を埋めたい。お腹が空いたから、もうパソコンの電源は落とした。
 冷蔵庫を開けると食料はもう無かった。買いに行かなくてはならなかった。非常に面倒なことではあるけど、町に降りなくてはならなかった。私は部屋に戻ってノートだけ確認して、その後浴室に行ってシャワーを浴びてから、制服に着替えた。病院に行くわけでもないのに、何故ここまでしなきゃならないかな。私は財布だけを持って、家を出て、町に降りた。コンビニに向かった。



「あ、先生」

 コンビニで四人と会った。ライブの帰りらしい。今日は学校だったのかと訊いてきた。私が制服を着ていたからだ。私の持っている服はこれしかない。(家で服は着ていない)

「それじゃ駄目ですよ先生。一応女の子なんですから」
「そうだ、明日一緒に服買いに行きましょうよ」

 特に予定があるわけでもないし、断る理由も無かった。

「いいわよ。何時に何処に集合しましょうか」
「場所はこのコンビニに集まって、それから行きましょう。時間は…日没までに家に帰れるなら何時でもいいですよ」

 日没までというのには違和感があった。中学生ならもう少し遅くまで遊んでいてもおかしくは無い。親が厳しいのだろうか。そのことについて訊いた。彼女たちは口を押えて私を凝視した。そして私の手を掴みコンビニの外へ連れて行った。

「先生は知らないんですか?」その声は非常に小さかった。
「何を」
「日没後のこの町についてです」

 日没後…。夜か。夜になら一度外に出たことはある。臭かったな。ただ何故臭いのかはわからなかったし、私はその時すぐ家に戻った。それに、私の家は山の上にあるものだから、町のことは知らない。

「山の上にまで臭いが行くんですね」
「なんかあるの?」
「………夜は外に出歩いてはいけません。すみません。それしか…私たちには言うことが出来ません」
「うん。いいよ。ありがとう」

 明日は朝の10時に集まることになった。ちなみに、彼女たちは服のついでに楽器を買いに行くそうだ。彼女たちが言うに、これまでお金がなくて楽器が買えなかったそうだ。今月ようやく給料が入って買いに行けるらしい。私は彼女たちの仕事を訊ねた。彼女たちは答えなかった。



 彼女たちの印象から私の出した結論は、彼女たちの病名は仮病だということだ。肉体的にも、精神的にも健康そのものであり、ごく普通の中学生だ。あくまで印象からであるけど、たぶん正解だと思う。
 帰宅後、ノートを確認した。夜、外へは出るなと書かれていた。今は興味はないが、いつか刃向ってみようかと思った。で、もう今日は寝た。



[26791]
Name: 叶芽◆8aff19b3 ID:e25b8c25
Date: 2011/06/26 16:14
 その人の名前は知らないし、その人がどんな顔をしていたのかも覚えていないけど、その人は亡くなる前にこんなことを言っていた。観たいものは観た。食べたいものは食べた。着たい服は着た。住みたいとこに住めた。だからもういい。これ以上前に進みたくない。下り坂しかないのは分かっている。だからもういい。殺してほしい。出来るだけ楽に。確か…そんな感じだったかな。違っていたらごめんなさい。
 私には何でそんなことを言うのか全く分からなかったけど、出来るだけ言われた通りにした。でもうまく出来なかった。睡眠薬を飲ませて、手足を縛って、仰向けに寝かせたその人の胸に包丁を刺したんだけど、刺した包丁をぐりぐり動かして遊んでたのがいけなかったのか、睡眠薬の量を間違えたのか、それとも本当は睡眠薬じゃなかったのか、その人は目を覚ましてしまった。うるさくなった。うるさかったから喉を刺した。
 なかなかその人の動きは止まらなかった。人間はこんなにも動ける生き物だったのだろうか。私はその人の首も手も足も切った方が良いと思った。でも、道具は無かったし、一人で出来るものでもなかった。結局、食べるしかなかった。音の発生源は顔だったから、そこから食べることにした。食べる際、私の視界にその人の目が入り込んだ。しっかり開かれ、目玉は飛び出しそうな勢いだった。あまりにも不快だったから潰した。



 朝起きたら、妙に自分の息が荒かった。汗も少しかいてて、足やら手やら首やらが痛かった。最近運動したせいかもしれない。寝る前にストレッチはした方がいいかもしれないな。ホットミルクもいいかな。原理はわからないけど、そうするといい夢が見られそうだし、良い朝をむかえられるんじゃないかな。さすがに、最近の朝はいい気分がしない。あ…でも買ってこなきゃ。牛乳。今日のついでに買ってこよう。
 日曜。今日はあの四人と買い物に行くことになっている。いくら持っていこう。財布の中は30万程入っているけど、多くないかな?でも服を買うとなると結構かかりそうだし、出費は他にもあるかも。ご飯とか。ということでそのままにしておいた。そういえば私は先生をやっていることになるが、月にどれくらいの給料を貰っているのかな。給料は手取り?振り込み?そもそも銀行に金が入っているのか、入っているとして何処の銀行に預金しているのか。頭が少し痛くなってきたから考えるのはやめた。今度あの保健の先生に訊けばきっとわかるだろうし。
 時計を見ると9時半。集合は10時。結構ギリギリな時間だったから、洗面所で顔を洗って急いで制服を着た。ご飯は…向こうに行ってからでいいや。でもそれでもノートは確認した。どうせ何もないだろうと思っていたけど、なんか書いてあった。こんなのは初めてだ。2ページをまたいで大きな文字で『警告』と。字体も荒々しく、書きなぐったような感だった。次のページに行くと、今度は『教会に行け』と書かれていた。それは今なのだろうか。今行かなくてはいけないのだろうか。だけど教会がどこにあるかもわからない。私はその命令に刃向ことにした。



 集合時間の五分前に着いたけど、四人は既に居た。彼女たちは私を先生と呼び、丁寧に挨拶をしてくれた。当たり前のことかもしれないけど、なんかこういうのいいなって思えた。

「買い物に行く前にちょっといいかな?寝坊しちゃって朝何も食べて無くって…そこのコンビニでなんか買ってきていい?」

 笑われた。先生なのに寝坊はいけませんよって。笑われてるのに不思議と悪い気がしなかった。自然と私も笑顔になれた。コンビニではブラックのコーヒーを一本買って、急いで飲んだ。むせた。また笑われた。いいな、こういうの。
 まず最初に服を見に行った。そういうのに関してはまったくの無知だったし、全部彼女達に任せた。

「先生なんだからスーツっぽいものとかいいんじゃない?」
「先生視力いくつ?眼鏡とかも合うかも」
「外用の服も買わなきゃ」

 やっぱり金は持ってきてよかった。色々と金が飛びそうだった。ちなみに視力は眼鏡をかける程じゃないけど、伊達でもいいからかけた方がいいってことで、結局買った。買った服も沢山で、財布の半分は飛んだ。

「買い過ぎじゃない?」
「そんなもんですよ先生。服がそれだけしかないなら尚更です。女なんですから」

 その後、楽器屋に行った。ギターやらベースやら彼女達も色々買った。私も何か買うか、と訊かれたけど、手がいっぱいいっぱいだったから遠慮させてもらった。その後カラオケにも行った。ゲーセンにも行った。しかし初めてかもしれない。嬉しそうな人の顔を見るのは。



 五時になって、彼女達と別れた。私はまだ家には帰らなかった。もうすぐ日が沈む。その後のこの町に何が起きるのかを見てみたかった。しかし、荷物が重くて両肩が痛い。荷物を家に置いてからまた来ればよかったかな。そもそも今日でなくても良かった。今日はもうへとへとなのに。私は公園のベンチに腰を下ろした。
 日が沈むまでまだ少し時間があったから、私は公園のトイレで買ったスーツに着替えてみた。ヒールも履いて、眼鏡もかけてみた。鏡を見てみるとなかなかそれらしかった。悪くない。しかし歩きづらかった。
着替え終えた私が公園のベンチに戻るころに、丁度日が完全に沈んだ。車の音やらなにやらで騒がしかった町は、急に静かになった。誰かが言っていた気がする。静かになるってことは、そこに神が降りてくるってことだって。たとえそうでなくても、今から何か起きる…そう思わざるを得ない感じ。
 最初に来たのは臭いだった。臭い。あの部屋の中以上の、あの時外に出た時以上の臭さ。何の臭いか全く見当がつかない。ツンとくる。そして次に来たのは冷たさ。そしてさらに来たのは…私が浴室であの女と目が合った時の感覚……あれだ。やっぱりここには居てはいけないのかも。彼女達やあのノートの言う通りなのかも。
 しかし、私の周りに何かが現れるわけでもない。私の身に何か起きるわけでもない。私は何かが起きるのを待った。
 30分程して、今度は鐘の音が聴こえた。何の鐘だろう。私はふとあのノートの警告文を思い出した。『教会に行け』。あの鐘は教会の鐘なのだろうか。私はその音の方に向かった。鐘は鳴り続けている。
 不思議なことが起こった。歩けば歩くほど、視界が暗くなっていく。何も視えなくなっていく。何かを持っている感覚や、歩いている感覚もだんだん薄れていく。大体わかってきた。私は鐘の音の方に意識を向け、ひたすら進んだ。
 視界が回復した時、私は私の部屋にいた。荷物の半分は落としてしまっていたらしい。その中には私の制服もあった。彼女達には悪いことをしてしまった。牛乳買うの忘れたし。今度また買いに行こう。ノートには何も書かれていなかったし、もう今日は寝た。



[26791]
Name: 叶芽◆8aff19b3 ID:e25b8c25
Date: 2011/08/02 19:10

 ………………………………。
 ……………………………………………嫌だ……………やっぱりイヤ………イヤ、イヤ………来るな………来ないで………クルナ………クルナ来るな来るな………………コナイデ………キエテ………帰って………ハイッテコナイデ………………早く………ハヤク………怖いよ……怖いのよ………やっぱり怖いの…………あなたは怖い………お願い……ワタシの視界に入らないで…………誰も………ダレも居れたくないの………入って来ないで……。
 …………………………………。
 どうすればいいの?何も出来ない…………。動かないのに………。動けないのに…………。教えて………。誰か教えて………イヤッ!……入って来ないで!……話しかけてこないで!………ヤメテッ!………声を……なんてヤメテッ………言葉…………もういや………だからヤメテって言っているでしょ?………何でやめないのよ………もう入って来ないで………誰か………。
 ………………………………。
 眼…………眼だけ………眼だけ動く………視える……私の足だ…………後はただ白……白………白………少しだけ水溜り……水……水滴…………あっ………真っ暗……………黒………黒…………黒…………音も………無くなった………。……………………。…………………………。あ………ア…………ああッ………。冷たい………寒い……………。でも……震えることも出来ない………震えたい…………。動かない………。何?…………だから………だからもうしゃべるのはやめてッ!…………。



 彼女達と出掛けたあの日からもう一月以上経つ。このスーツも着慣れてきたし、この眼鏡にも大分慣れた。私はいつも通り朝の支度を済ませ、『記録書』と名付けたノートに目を通し、いつも通り仕事場に向かった。体力も付いてきたのか、通勤で息を切らすことも無くなっていた。最初に来たときは倒れたんだっけ。懐かしい。それにしても、周りが随分と静かになったような気がする。慣れたから、かな。
 記録書の性質で一つだけわかった。朝何か書かれていたら、それは未来の記録で、夜何か書かれていたら、過去の記録。ただ、未来の記録が書かれていたら、過去の記録は書かれない。過去の記録が書かれていたら、未来の記録は書かれない。それだけ。大したことじゃないけど、でも大したこともありそうだし、私はどうやら忘れっぽいらしいので、この記録書は持ち歩くことにしている。そうしようと思ったのはつい最近。
 それとここ一か月、彼女達には会っていない。病院でも会っていない。彼女達がどうなったのか。さすがに今はもう分かっている。あの時、彼女たちは言っていたっけ。何のために生きるのか、って。そんなことを考えたことは無かった。私はただ状況に合わせていただけだったし。彼女たちは今どう思っているだろう。そういうことについて。客観的に見れば、今彼女たちはクライアントのために生きている。それ以上の存在理由なんて無い。



 教室には彼女達が居た。四人はそれぞれの部屋にバラバラにされていた。バラバラには二つの意味があって、一つは一人一人が別々の部屋に入れられているって意味で、もう一つは一人一人の心や体が、外からわかる程バラバラになっているという意味だ。片腕や片足、目を失っている子もいた。なにか訳の分からない言葉を呟いている子も居た。共通しているのは、彼女達は皆、かつて買った楽器の一部を大事そうに抱えていたことだった。
 いつも通り教科書を読みながら私は思った。彼女達とはなんだったのか。その存在は。自分自身に対して考えもしなかったことを、私は他人に対して考えた。つまりこういうことだ。何のために、なんてものは本当は無い。世の中を突き詰めていけば、理由なんて概念は無いんだ。この世が誕生した理由が本当は無いのと同じで、全ては思い込みだ。全部、可能な限り思い込んでるだけ。私は彼女達を見て、そうなんだって思った。でもそんなことも、どうだっていいんだけど。でも、彼女達が私にしてくれたことは、忘れたくない。
 つまり、私がこんなことをしているのも理由なんて本当は無いし、どうだっていいことなんだってことで、私は少し安心した。考えなくていい。この部屋の生徒の何名かがどんな結末になろうと、私が最終的にどうなろうと、そんなことはどうだっていい。動物である必要なんてないし、機械である必要なんてない。人間は極めて特殊で、どうなったっていいように出来ている。自由って、最も狂った概念なんだろうな。私は彼女達を見たからそう思った。



 じゃあ、私の家の中で倒れている三人、浴槽に居る一人は、何なんだろう。臭いけど、肉体は腐敗していない。親近感はある。私とは違うのか、同じなのか、でも間違いなく近い気がする。あの三人には、触っても、声をかけても反応がない。これらが居る理由も、本当は無いんだろうけど、これらはにはどういった記録が有るのかは知りたい。知りたい理由なんて無いし、知ってどうしようなんて考えてもない。生活に慣れて暇になったから、は理由になるかな。
 もう一つ知りたい記録が有る。この町の記録。あの病院と繋がりがあるのかな。あの夜、結局何が起こったのかは全く分からなかったし、どうすれば、何かがわかるんだろう。ああ、彼女達は知ってたんだっけ。彼女達が死ぬ前に訊けばよかった。でも、彼女達が死ななければ、こう考えることも無かったんだっけ。何か面倒な気がしてきた。保健の先生はどうだろう。今度訊いてみようか。
 私は寝る前にシャワーを浴びることにした。相変わらず、浴槽の子は人形のように動かない。でもこの子だけには、触りたくもないし、話しかけたくもない。なんでだろう、とも考えたくもない。
 部屋に戻った私は、記録書を確認した。『あの娘達は死んだ』。もう今日は寝た。



[26791]
Name: 叶芽◆8aff19b3 ID:e25b8c25
Date: 2011/08/25 01:40



「今日は出勤日では無いですが、一体どのようなご用件で?」
「あ、はい、すみません。お忙しいのなら日を改めます」
「気にしなくていいですよ。私は暇ですから」
「しかし、随分と忙しいように見えますが。ずっとパソコンで、何かを打ち込んでいるようですし」
「これですか?小説を書いています。しかし、耳が暇なのです。だからどんどん話してくださって結構。口も暇ですしね」
「何の小説を書いているのですか?」
「君はその質問をするためにここに来たのですか?」
「あ、いえ、すみません。違います」
「じゃあその質問をしてください。いやね、私の小説のことを訊いて、それに関する会話をしてもあなたにとってはきっとかなり退屈なことになるでしょうし、私にとっても、もうこれは何度もしていることですから、やはり退屈なのですよ」
「あ、はい。そうですね。わかりました。では、まずこのノートについてお訊きしたいのですが」
「どういうノートですか?」
「えっと、記録書と名付けているのですが。かってに文字が書かれるんです」
「どのようなことが?」
「起こったこと、あるいは、これから起きることや、何をするべきかってことです」
「…………………………………………………………………………」
「あ、すみません。手を止めてしまって」
「…………………………………………………………………………………」
「あの」
「…………………………………………………………………………………………………」
「えっと」
「………………………………………………………………………………………………………………………………………………」





「えっと」
「ああ、ごめん。ちょっと何を言っていいか迷っていました」
「あ、すみません。そうですよね。変な質問で」
「あー、そういう意味ではなくてですね、順序立てて説明しないと、それについては理解が出来ないのですよ。しかもそれはかなり複雑なものなので」
「知っているのですか?」
「ええ知っていますよ。しかし、何て言ったらいいか…………。そうですね………。他に何か聞きたいことはありますか?もしかしたらそれと一緒に説明することになるかもしれません」
「あ、そうですか。わかりました。でしたら、あの、私が、どの町からここに通っているかはご存知ですか?」
「住所は知っています」
「あ、そうですか。あのその町についてお訊きしたいのですが」
「他には?」
「あ、はい。私の家で、倒れているものと、浴槽にいるものについてなんですが」
「あー…………はいはい………」
「すみません。質問がめちゃくちゃなのは分かっています。自分でも、なんでこんなことを訊いているのか、よくわからないのです」
「他には?」
「たぶん、大丈夫だと思います。以上です。えっと、今ので大丈夫ですか?」
「ええ。大丈夫ですよ。ですがちょっと待ってください。これは、やっぱり仕上げさせてください。きりが良い所が、もうすぐなので。ごめんなさいね。まだ君にお茶も出していなかったしね」
「あ、はい。ありがとうございます」





「では、君の名前は?」
「先生です」
「どうして?」
「そう呼ばれたからです。その前は、君、だと思っていました」
「そうですね。確かにその通りです」
「私の住所を知っていますよね。その記録には、私の名前は書かれているのですか?」
「意外な質問をするね。書いているよ。でも君の名前は先生だ。そうでしょ?」
「ええ、その通りですね」
「では、君は男性か、女性か」
「たぶん女性だと思います」
「その通りだ。君は女性だね」
「あの」
「なんだい?」
「えっと、あなたは男性ですか?女性ですか?」
「質問の仕方が違います。あなたは人間ですか?まずここから入らなくてはなりません。君が質問する場合」
「あ、はい。じゃあ、あの、あなたは人間ですか?」
「いいえ。違います。これでいいですか?」
「あ、はい。ありがとうございます」
「では、君は何歳ですか?」
「あの、わかりません。すみません」
「わかりました」
「あの、やっぱりあなたはそれも知っているんですよね?」
「知っています。ですが、君は知らないのでしょ?」
「はい。知りません」
「では、人間がどういう体をしているか知っていますか?」
「知りません」
「では、君が人間の体をしているかどうかは知らないわけですね?」
「そうなりますね」
「では、今日何日かわかりますか?何年の何月何日、と」
「いいえ」
「では、昨日、今日、明日、という感覚は分かりますか?」
「大体は」
「基準は?」
「寝て、起きたら明日です」
「では、昨日と今日、今日と明日に違いはありますか?」
「あったり、なかったり」
「では、昨日が明日になったりはしますか?」
「それはわかりません」
「では、昨日の晩、何を食べましたか?」
「おにぎりです」
「具は?」
「肉です」
「それは自分で作ったものですか?」
「いいえ。コンビニで買ったものです」
「そのコンビニにはいつ行きましたか?」
「起きてから行ったので、たぶん朝か、昼です。時計を見ていなかったので」
「太陽は出ていましたか?」
「日ですか?日でしたら、明るかったのできっと出ていました」
「では、暗くなった後外に出たことは?」
「あります」
「……………………………………………………………………………」
「あの」
「…………………………………………………………………………………………」





「暗くなった後、あの町は何が起きるんですか?」
「はい?」
「え、いや、あの、ですから、あの町についてです。日没後の」
「どこの町?」
「えっと、私の家の所の町です」
「あ、ああ。あー、えっと、何?」
「ですから、えっと、あの、どうされました?」
「何も?」
「あの」
「何?」
「ですから、あの町のことを」
「だから何?」
「え」
「あの、君は誰?」
「私は先生です」
「何の?」
「たぶん国語の先生です」
「国語ね………へぇ……国語」
「あの」
「何?」
「ですから、あの、どうしたんですか?」
「だから何が?」
「私の質問に応えてくれますか?」
「はいなんでしょうか?」
「私の町は日没後、何が起きるんですか?」
「どこの町?」
「私の住所はご存知ですか?」
「君は誰?」
「先生です」
「何の?」
「ですから国語の」
「へー。へー。ふんふん。ふぅん。で、今日は何日だっけ」
「知りませんよ」
「なんで?」
「知りませんよ」
「ふつう知っているよね?」
「私は知りません。でしたら何であなたは知らないんですか?」
「違う違う。あなたは人間ですか?でしょ?」
「あなたは人間ですか?」
「違うよ。で、何?」
「ですから、私の名前は先生です。国語の。この国語の先生の住所の町は日没後何が起きるんですか?」
「……………………………………」
「あの」
「…………………………………………………………………」





 家に帰った。もう何も見たくなかった。ノートも見なかった。もう今日は寝た。










[26791]
Name: 叶芽◆8aff19b3 ID:e25b8c25
Date: 2011/09/06 16:53
 授業で読んでいる物語について、パソコンで調べてみることにした。タイトルはたしか『こころ』。教科書一冊まるまるこれしかなく、他に物語は載っていない。確か300ページくらいあったけど、もう暗唱できるほど読んだ。内容も頭に入っている。これを調べてみようと思ったのは、読むことに少し飽きてきたからだと思う。外からこの物語が、どんな評価を受けているのかとか、著者は他にどんな物語を書いているのかとか、そこらへんを知れば少しは刺激がある気がした。
 検索して出てきたのは、私が読んでいるものとは違った。著者が違う。その本を買って読んでみたら、内容も違った。メインの登場人物達は自分の心すらよくわかっていなかった。たぶん、テーマがそういう感じなんだろう。もう少し調べたらこの本は有名で、傑作とまで言われている。こういった内容は感動でもするのだろうか。私には、どうもよくわからなかった。
 対して、授業で読んでいる方は本屋には無かったし、検索してもヒットしなかった。もちろん内容も違う。ストーリーを要約すると、その物語の世界において、心というものは完全に分析されていて、人間というものは高性能のロボットであると認定されている。かつての人型ロボットというものは、人間の出来損ないとされ、その殆どは廃棄された。主人公はスクラップ場で生活するロボット。主人公は、人間の心をいかに利用し、人間を滅ぼすかについて試行錯誤する。



 本については結局何もわからなかった。でもとにかく今日は休みだし、他にも色々調べてみることにしようと思っている。わかるかわからないかについては、正直どうだっていい。単なる暇つぶし。もし疲れたり飽きたりしてめんどくさくなってきたら、ベッドで寝よう。そうでないうちは何となく動きたかった。ベクトルがそれしかなかったのもあるかな。私は仕事着に着替えて、記録書と筆記用具と財布だけが入っている鞄を持って、部屋を出た。
 次は、家の中で倒れている三人について調べようと思う。リビングに大人の男性が一人、台所に大人の女性が一人、手洗い場の前の廊下に小さい男の子が一人、倒れている。そういえば大人の男性については首を切った時にお世話になったっけ。大人の女性は、首から上が無い。小さい男の子は、特にどこも怪我はしてないけど、倒れている。
 三人のそれぞれの体を揺すったり、声をかけたりはしてみたけど、やっぱり反応がない。不思議なことは、臭いのに腐敗していない点と、血が出ていない(血痕が無い)という点。大人の男性の首を切ったのは随分と前だけど、よく見ると、切った跡も無かった。私は今回の調査結果を記録書にメモした。何か刑事みたいで楽しい気分。ただ、浴室にはまだ行きたくない気分。今日の最後に行こう。



 次は外。日没までまだ結構時間あるけど、公園のベンチでゆっくりしようと思う。前は記録書に従っちゃって結局家に戻っちゃったっけ。今度は戻らないようにしないと。とにかく動かずにじっとしていれば、家にはたぶん戻らない。臭くても冷たくても今日は我慢しよう。私は町に降りた。
 公園に着いたので、私はベンチに座って、コンビニで買ってきた水を口にした。コンビニは公園の出口を出て、道路を挟んで正面にある。お腹が空いたり、漫画やら雑誌やらを読みたくなったりしても何とかなりそう。刑事の張り込みのようで、やっぱり楽しい気分。ただ、その道路の車の交通量が多いのが気になった。うるさいってのもあるし、きっと事故も多いんじゃないかな。
 なんとなく、記録書に書いたメモをぼーっと眺めた。暇つぶしにもならないほどの情報量しか無かったし、すぐに飽きて、私はコンビニで何か雑誌でも買おうと思って、記録書を閉じ、コンビニの方に目を向けた。

 私と、4人の女子がコンビニに入っていくのが見えた。

 あれは明らかに私と、あの彼女達だった。私はもう一度記録書を開いた。何かある。
 記録書を開くと、そこには、逃げろ、という文字がページぎっしりと沢山書かれていた。次のページも、次のページも。全てのページが、逃げろ、で埋め尽くされていた。かつて書かれていた記録も、私の書いた記録も、もうそこには無かった。
 私がもう一度コンビニの方を見ると、目の前に私が居た。
 逃げろ。どこに。何で。
 私は目の前に立っている私の目を見た。彼女がこれから何をするのか。彼女が口を開く。



 本については結局何もわからなかった。でもとにかく今日は休みだし、他にも色々調べてみることにしようと思っている。わかるかわからないかについては、正直どうだっていい。単なる暇つぶし。もし疲れたり飽きたりしてめんどくさくなってきたら、ベッドで寝よう。
 本については結局何もわからなかった。でもとにかく今日は休みだし、他にも色々調べてみることにしようと思っている。わかるかわからないかについては、正直どうだっていい。単なる暇つぶし。もし疲れたり飽きたりしてめんどくさくなってきたら、ベッドで寝よう。
 本については結局何もわからなかった。でもとにかく今日は休みだし、他にも色々調べてみることにしようと思っている。わかるかわからないかについては、正直どうだっていい。単なる暇つぶし。もし疲れたり飽きたりしてめんどくさくなってきたら、ベッドで寝よう。 
 本については結局何もわからなかった。でもとにかく今日は休みだし、他にも色々調べてみることにしようと思っている。わかるかわからないかについては、正直どうだっていい。単なる暇つぶし。もし疲れたり飽きたりしてめんどくさくなってきたら、ベッドで寝よう。
 本については結局何もわからなかった。でもとにかく今日は休みだし、他にも色々調べてみることにしようと思っている。わかるかわからないかについては、正直どうだっていい。単なる暇つぶし。もし疲れたり飽きたりしてめんどくさくなってきたら、ベッドで寝よう。
 本については結局何もわからなかった。でもとにかく今日は休みだし、他にも色々調べてみることにしようと思っている。わかるかわからないかについては、正直どうだっていい。単なる暇つぶし。もし疲れたり飽きたりしてめんどくさくなってきたら、ベッドで寝よう。
 本については結局何もわからなかった。でもとにかく今日は休みだし、他にも色々調べてみることにしようと思っている。わかるかわからないかについては、正直どうだっていい。単なる暇つぶし。もし疲れたり飽きたりしてめんどくさくなってきたら、ベッドで寝よう。
 本については結局何もわからなかった。でもとにかく今日は休みだし、他にも色々調べてみることにしようと思っている。わかるかわからないかについては、正直どうだっていい。単なる暇つぶし。もし疲れたり飽きたりしてめんどくさくなってきたら、ベッドで寝よう。
 本については結局何もわからなかった。でもとにかく今日は休みだし、他にも色々調べてみることにしようと思っている。わかるかわからないかについては、正直どうだっていい。単なる暇つぶし。もし疲れたり飽きたりしてめんどくさくなってきたら、ベッドで寝よう。



[26791] 10
Name: 叶芽◆8aff19b3 ID:e25b8c25
Date: 2011/09/09 00:57



「先生―、こんなところで寝ていると風邪ひいちゃいますよー」

 聞き覚えのある声。確かベースの子だ。目を開くと、やっぱりその通りで、そこに居たのはベースの子だった。いつの間にか、私は公園のベンチで寝ていたようだ。この子とは学校でいつも会っているはずだが、久しぶりに会った感覚がする。かつてはいつも一緒にいた、他の三人はそこには居ない。彼女達は、バラバラになったんだっけ。私は彼女に起こしてくれたお礼を言った後、どうしてここに、と付け加えた。

「これから映画を観に行くんです。そこの」

 確かに、この公園から視える位置にその映画館はあった。

「一人で?」
「ええ。みんな、もう忙しくなっちゃっているみたいですし」
「君は?」
「まぁ…私もそこそこ忙しいですが、みんな程ではありません」
「そっか………。で、これからどんな映画観に行くの?先生もついて行っていいかな?」
「え?良いんですか?………あ………でも…………、いや、やっぱり、お願いしていいですか?」
「うん。今日は私も休みだからね」
「あ……ありがとうございます」

 自分がなぜここに居たのかよく思い出せなかった。だけど休日だということは知っていたし、特にすることもないだろうと思う。私は暇つぶしに彼女と映画を観に行くことにした。ただ、彼女はその映画館までの道中、そわそわして落ち着かない様子だった。
 その理由はすぐにわかった。彼女と観た映画は、小さい子供が観るようなアニメだった。正義と悪の定義がはっきりとしているもので、最後に正義が勝つシンプルなストーリー。よくキャラクターが動いていて、退屈のしない展開で、意外にも最後まで見入ってしまった。
 劇場内には沢山の子供もいて、映画の中の主人公たちを必死で応援していた。それもまた、私がその映画を見入る要素の一つだったし、少し何かを考えさせられた。



「よく、ああいうの観に行くの?」

 映画の後、近くのファーストフードで彼女と食事をすることにした。おごった。

「あ……はい。子供っぽい……ですよね。こんな歳にもなって」

 顔を赤らめて、このことを恥だとでも思っているのだろうか。

「でも、君は私に観せたかったんでしょう?」
「は、はい………。あの……どうでしたか?……映画」
「よかったよ。普遍性のあるテーマで、子供向けだけど、大人でも観るに堪える内容だし、退屈しなかった」
「い……いいですよね!ああいうの………なんか、救われるって感じで!」

 救われる。なるほど、それもあるな。

「そうだね。……もしかしたら本当は逆なのかもね」
「逆、と言いますと?」
「大人向けの映画は、子供が観るべきで、子供向けの映画は、大人が観るべきなのかもしれないね。子供は現実を知るために、大人向けの映画を観て育ち、現実に生きる大人は、子供向けの映画を観て癒される。本来は、そうあるべきなのかも」
「そ……そうかもしれませんね」
「私はね、フィクションをフィクションと完全に割り切ってしまう大人は、危険な存在だと思うのよ」
「普通は、逆ですよね?現実と架空を区別出来ない大人は、危険。世間ではそう言われています」
「でも、さっき観た映画、全てが全て、フィクションだと思う?」
「え?」
「そうじゃないよね?命が大切、ってのは本当のことだし。友達や家族が大事ってのは本当のこと。架空の世界の人物にも、家族や友達が、そのキャラクターにとっては実際存在している」
「そう…ですね」
「フィクションをフィクションと完全に割り切ってしまう人は、そういう大切なことさえフィクションにしてしまうと思うの」
「確かに、そういう見方もあるかもしれませんね。私は、そういう風には観ていなくて、ただ、一時期的に架空に逃げるために観ています。ずっと現実に居るのは、つらいですから……。でも他のみんなは……逃げる時間さえない……」

 彼女は泣きだしてしまった。店の中だと何かと迷惑かもしれないと思ったから、公園に連れて行くことにした。



 公園のベンチに座らして、しばらくしたら彼女は落ち着いた。時計を見ると、午後五時。

「すみません…こんな時間まで付き合ってくれて」
「気にしなくていいよ。いい暇つぶしになったし。本当、今日はすることが何もなかったのよ」
「あの…先生のご自宅は…」
「学校よ。保健室を借りさせてもらっているわ」
「あ……でしたら早く電車に乗らないと……日没は確か、あと30分ですよ」
「日没までにこの町を出ればいいのだから、25分の電車に乗ればいいわ。駅まで5分。20分余裕があるわ。で、教えてほしいのだけど日没後に何があるの?」
「………答えることは、できません……。あの……その質問を他の人にもしました?」
「うん。したよ」
「なら、私も同じ感じになっちゃうと思います」
「そっか……なら仕方がないね。じゃあさ、これには答えられる?もしかして、クライアントにまだ指一本触れられてないでしょ?」
「え?……どうして……?」
「君が優秀なのは知っているからね。私の授業を真剣に聞いていれば、主導権を握ることなんて簡単でしょ?」
「…………………相手の人が、優しかったのもあります。それに趣味が一緒で、音楽の話で盛り上がれて…………あの……でも……このことはみんなには…」
「わかっているよ。大丈夫。君は悪くない」

 彼女はまた泣き出してしまった。だが彼女は、これ以上私に迷惑をかけまいとしてか、帰ってしまった。彼女は帰り際に「もし駅に間に合わなかったら教会に行ってください」とだけ言ってくれた。



 電車の中から、離れていく町を観て思う。人間は恐ろしい。彼女も、私も、そしておそらくあの町も……………………。しかしどうしようもないと思うし、私にとってはやっぱりどうだっていいこと。
 駅から学校までの道。山に囲まれたあの町とは対照的で、高い建物が並び、夜なのに眩しいし、夜なのにうるさい。私は途中のコンビニで夜食のカップ麺を一つだけ買ったが、寝床の保健室に着いた頃には、もう疲れて、もう今日は寝た。












[26791] 11
Name: 叶芽◆8aff19b3 ID:e25b8c25
Date: 2011/09/14 05:29
 学校にも家にも居場所がないな、って思っていた時があって、その時は教会に行っていた。信仰心がそれほどあったわけじゃなかったけど、誰もいない聖堂は落ち着いてて好きだった。田舎の教会なものだから、立派なものではなくて、12畳程度の部屋に祭壇があるって程度だった。私は十字を切ったり、お祈りをしたり、聖書を読んだりはしなかったけど、神様とはお話をしていた。学校でのこと、家でのこと、色々。
 ある日、神様は言った。どうにかしてほしくないのか、って。でも私は祈らなかった。自分におかれた現状は、自分の選択の結果なんだって知っていたから。頼ることが嫌だった。今思えば、頼ることが恥ずかしかったのかもしれない。でも、私自身がどうにかしようとしたわけでもなく、結局何もしなかった。周りの状況が変わってしまったし、めんどくさかったし。
 最近はもう教会にも行っていない。忙しくなったものあるし、神様と話したい気分でもないし、話すことも無い気がする。それに本当は、教会にも私の居場所なんて無い。そんなことは知っている。たぶん、神様の所にだって、私の居場所は無いだろうし、悪魔の所にだって、私の居場所は無い。そもそも、居場所のあるものなど存在しない。だからと言って、私は居場所を作ることはたぶんしない。周りの状況が変わってしまうし、めんどくさいし。



 保健室のベッドが非常に気持ちのいいものだったから、今日も寝坊した。同居している保健の先生には今日も怒られた。私の授業は午後からなんだから、午前中はずっと寝ていてもいいでしょ、と今日も反論したら、本来保健室のベッドは生徒の物だから、教員が占拠していていいものではありません、と今日も言われた。だけど別にいいじゃないか。ベッドは4つもあるんだから。
 私は授業を終えた後、保健室で甘いものを食べるのを最近の日課にしている。ケーキやら何やらのスイーツ類はいつも冷蔵庫にあって、それらは保健の先生が買ってきてくれるものなんだけど、いつも勝手に食べている。そして怒られる。今日も怒られた。だから苺だけ食べさせてあげた。だけど、それでもあまり機嫌を直してくれなくて、どこかへ行ってしまった。たぶん屋上でタバコ。
 私一人になった保健室に、一人の女子生徒が入ってきた。ベースの子だ。誰かに打たれたのか、左頬が少し腫れていた。泣いていた。理由を訊くと、ボーカルの子に叩かれたそうだ。昨日私と映画館に行っていた所を、彼女に見られたのだ。楽しそうにしている姿は、彼女には耐えがたいことだったらしい。ベースの子は、もう学校には来ないので、そのお別れを言いに来た、と言った。私は特に何かを言うことはしなかった。
 翌日、ベースの子は自殺した。自宅での首つり。両親からの連絡で知った。



 その日の午後、ボーカルの子が保健室に顔を見せた。保健の先生は、無くなったスイーツの補充のため買い物に行っていた。彼女は何も言わず、ノートを取り出し、何かを書いて私に見せた。私はもう話すことが出来ません、と書かれていた。私は一応理由を訊いた。そしたら彼女はまたノートに何かを書き始めた。先ほどとは違い、随分と長い文章だった。
 その長文には、彼女が喋れなくなった経緯が書かれていた。要約すると、彼女を買った相手は暴力的で、彼女は悲鳴をあげる毎日だった。やがて、喉を潰したのか、実際の原因は不明だが、声を出すことが出来なくなっていた。また、彼女の喉には掻き毟った跡があった。自分でしたそうだ。
 彼女が伝えてくれたことの中で、興味深い内容があった。それは、彼女がされた拷問についてなのだが、彼女は心臓、肺を含む殆どの内臓を潰されたと言っていた。勿論麻酔無しの解剖を経た後のこと。現在の彼女の臓器は新しい臓器らしい。方法としては、例えば心臓なら、二つの心臓を肉体に繋ぎ片方を潰す、というもの。クライアントはその際の悲鳴を聴いて満たされるらしい。後で保健の先生に訊いたら、やはり現在では不可能なことらしい。催眠に近いことをしているのかも。



 ボーカルの子はこんなことも言っていた。死にたい、と。自分に降りかかる毎日に対して逃げたいという理由もあるし、ベースの子に対しての謝罪という意味もある。私は言った。自分では出来ないの、と。挑戦はしているそうだが、出来ないらしい。勇気がなくて出来ない時もあれば、勇気を振り絞って実行できたとしても、偶然が重なって助かってしまったりするそうだ。
 彼女は私に対して、殺して、と言ってきた。しかし私は刑務所に行くつもりはないし、協力は出来ない。私は俯いた彼女に対し、ただし君が死ぬことに関しては、と付け加えた。彼女の瞳は少しだけ輝きを取り戻したように見えた。
 今日の業務は終わったし、晩飯はなぜか食べる気になれない。もう今日は寝た。



[26791] 12
Name: 叶芽◆8aff19b3 ID:e25b8c25
Date: 2011/11/06 01:02
 


 知らない。知らない知らない。違う。違う違う。あ。ああ。えっと。ええとええと。知らない。わからない。わかる。えっと。違う。あ。知りたくない。知る。知らない。知る。違う。違う。あ。あ。知らない。違う。そう。そうそう。そう。違う。そ。あ。ああ。あああ。違う。知らない。えっと。ええっと。え。あ。ああ。え。ええ。知らない。知らない。違う。違う。知らない。えっとええと。違う知らない。ああ。ええっと。そう。
 だから。だから。だから。知らない。違う。でも。でも。違う。違う。知らない。だから。私。君。君。知らない。違う。君。あ。ああ。えっと。ええっと。君。君。知らない。知りたくない。私。知っている。違う。そう。そうじゃない。無い。ない。知る。知って。いない。知る。いない。昨日。一昨日。明日。違う。えっと。明日。いい。もういい。いい。いらない。いらない。いない。違う。知らない。知らない。知らない。違う。あ。
 ああああ。うるさい。黙れ。黙れ黙れ。聴こえない。知らない。違う。えっと。ええっと。あ。ああああ。いない。ああ。違う。知らない。知る。明日。明後日。来週。君。私。キミ。ワタシ。違う。知る。居る。いない。黙れ。違う。そう。そうそう。ああ。違う。知らない。知らない。黙れ。ああ。えっと。違う。ああ。そう。昨日。ワタシ。キミは。君は。駄目。知らない。違う。死ね。えっと。ああ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。



 今日はとりあえず見学させてもらうことにした。あの子をどうにかするにも、とにかく、どうされているのかこの目で見ない限りには、どうしようもないことだし。ということで、許可は貰った。やっている本人としては、別に悪いことをしているわけではないそうで、私のように見学に来る者も少なくはないそうだ。意外だったのは、この人が若い女性(23と言っていた)という点だけで、その場所は別段変わった部屋でも無かった。病院の手術とかする所。彼女の本職は医者らしい。
 状況はカメラで撮影しているそうで、私は別室で観させてもらうことにした。ちなみにその部屋の上に見学専用の部屋もあって、窓越しにみることが出来るそうだ。そっちの方を勧められた。モニター越しだと、音が割れたり、視点が固定されていたり、飛び散った血がカメラを塞ぐこともあったりと、何かとよくないらしい。しかし高い所は苦手なので、私はモニターの方を選んだ。
 その部屋にあの子が入ってきた。あの子は目隠しをされた状態で、黒服の男性と共に入ってきた。服は着ていない。両手首と足首、あと首だけ固定してベッドに仰向けに張り付けられた。間もなく解剖が開始され、その子の悲鳴も始まった。ほんとだ。音が割れた。高所恐怖症はいつかはたぶん克服しなきゃいけないだろうし、上から観た方が良かったかな。その時間は約15分程度と短く、あっという間だった。ただ、されている方は結構長い時間を体感しているんだろうな。



 結論から言うと、そんなに悪いことをしているようにも思えなかった。彼女曰く、その目的はあくまで手術のスキルの向上のため。手術というのは、基本はそれ専用の設備やら何やらが詰まった部屋の中で行われるし、麻酔もちゃんとかけるし、スタッフも沢山いるものだって聞いている。でも、そうじゃない状況ってのもあって、災害とか、戦場とか色々。そういうのに対応する練習らしい。
 あの子の言っていたことが間違いだった、というわけでは無い。はたから見たら完全に拷問に見えたし、結構痛そうだったし。でもあの人の技術はすごいなあって思えた。一応ベッドには固定されていたけど、暴れていたあの子の動きに合わせて、正確にメスを動かしていた。たぶん。本当は何やっているか全然見えなかったけど。飛び散る血やら、筋肉や内臓の動きとか、完全に計算とかしているんだろうな。
 後で、よくショック死とかしないですね、って質問したら、それはあなたのおかげですよ、って返された。心の動きには、脳も大きな役割をしている。彼女は私の授業で、心の動きについて学んでいる。そこから彼女は、自分の脳の信号とかを上手くコントロールして、そして死なずにいるらしい。そもそも彼女がここに雇われているのは、それが出来るから、とその人は言っていた。

「死にたいって言っていましたが。自傷行為も見られます」
「それも、自分が死なないためにやっているんだと思います。辛いことを誰かに告白することは、自分を楽にすることにつながりますからね」
「しかし、私が今の彼女の状況を変えてやらなくては、彼女は絶望するのではありませんか?私も嘘はつきたくないですし」
「絶望したら絶望したで、何らかの方法で彼女は生きようとします。彼女は、処世術の模索のプロフェッショナルです。しかし、確かにあなたが嘘をついてしまうことになるのは避けたいですね」
「どうしましょう」
「一番手っ取り早いのは、助かったという架空の記憶を植え付けさせて、かつその記憶を持つ人格とその記憶を持たないもう一つの人格を形成させることでしょうね」
「私もそう思います。しかし、そのトリガーに一番近いのが『私に裏切られた』になるんですよね。嘘をつくのは、どうも心が痛い」
「でしたら、あなたが死んでみてはどうでしょうか。一番いいシナリオは、『彼女を助けようとして、私に殺される』です」
「いいですね。しかし、次の日から私は無職になってしまいますね」
「周りの人に協力してはもらえないんですか?」
「いえ。嘘に嘘を重ねていくのはつらいです。私はちゃんと殺される必要があります。このシナリオに、穴があってはいけないんです」
「そうですか…。となると、これからあなたはどこで生活するんですか?」
「私を知る人のいない所に行こうと思います」



 私が殺されたその日の晩、私は教会に行った。落ち着いた。







[26791] 13
Name: 叶芽◆8aff19b3 ID:e25b8c25
Date: 2011/11/16 01:56


 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 みんな死んでしまった。これからどうしよう。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「唐突ですが、私がここから『記録書』に記す内容には悪意が込められており、非常に危険です。注意してください」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 



 
 
 





 
「私の両親は間違いなく私に死んでほしいと思っていました。今も思っているでしょう。間違いありません。でも殺そうとはしてこないのです。ただ祈っているだけです。神様に対して祈っているだけなのです。どうかあの子を殺してください。神様に対して祈っています。殺してください。死なせてやってください。事故死でも、殺人でも、自殺でも、何でも構いません。早く。どうか早く。
 私はある日、近所で交通事故があったのを知りました。ガードレールの傍で花を飾っていた人が居たので、訊きました。その事故で亡くなった人は一人。私と同い年だそうです。それから、私はその近くを通る際には必ずその人を想うようにしました。その人のことは決して忘れないようにしよう。遺族の方や、その人の友人がその人を忘れる日があったとしても、私は一日たりともその人のことを忘れない。絶対に忘れない。そう決心しました。
 それから、私の知る人が一人一人と、死んでいったり、消えたりしていきました。あの人がしてくれたのです。間違いありません。あの人は私の神様なのです。唯一の神様。私だけの。だから殺して、殺して、殺してって毎日、私は祈り続けました。もっと、もっと、もっとって。そしたら死ぬ。もっと死ぬ。死んでくれるし消えてくれる。でも、お父さん、お母さん。お父さんとお母さんは、死なないでね。                」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 



 
 
 
 
 
 
 
 
 
 何時間くらい寝ていただろうか。時計は、ベッドのすぐ近くにあった。3時、くらいかな。たぶん。日の光の入らない部屋なものだから、午前なのか午後なのかわからない。ただ、寒むくも暑くもないし、ベッドでの寝心地は悪くなかった。眠くはなかったけど、布団にくるまっていると気持ちいい。もうしばらくだけ、目を閉じていよう。おやすみなさい。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 
 
 



[26791] 14
Name: 叶芽◆8aff19b3 ID:e25b8c25
Date: 2011/11/20 19:11

「その時、外の空気は非常に冷たかったので、私は綿入れを羽織って部屋を出ました。頬を冷たい何かが触れたので、おそらく雪が降っていたのでしょう。いつものようにポストの中を確認したら、封筒が入っていました。手も体も冷たくなってきたので、私はそれを取るとすぐに部屋に戻り、エアコンの温度を2度程上げました。ストーブ、あるいはコタツが欲しいと思いました。
 封筒の中には一枚の手紙だけがありました。差出人はわかりません。そもそも封筒自体にも何も記していなかったので、郵便屋さんは使わずに、きっと直接入れたのかもしれません。寒い中ここまで来たのか、あるいは誰かが代わりに来たのか。呼び鈴を鳴らしてくれれば良かったのですが。あ、でも、たぶん私は起きなかったでしょうね。きっと。ぐっすり眠っていましたし。
 書き出しはこうでした。あなたに目を取られた者です。しかし、これだけでは誰かはまったくわかりませんでしたし、後の文を読んでも、結局わかりませんでした。私が目を奪った相手は何人もいますし、私も自分で自分の目を取っています。この手紙の差出人は、もしかしたら私かもしれませんし、あるいは目を取られた者たちの総意なのかもしれません。勿論、あなたではないと思いますが。



「無職になってから暫く経ちますが、今までは問題はありませんでした。私はあの後、結局ここに戻ってしまったようです。良く考えたら、この場所に私を知る人はもういないのです。遠くまで行くのがどうも面倒だった私の、なんとも情けない選択ですが、どうやら正解を引いたようです。これで、私の死は成立したのです。成立したはずなのです。でも、何故こんな手紙が来たのでしょう。
 私からの手紙であるなら、何の不思議もありません。しかし、私でない誰かがよこしたものなら問題です。私はまだ死んでないということになります。あ、でも、ずっと昔に書かれたものだとしたら。しかしその場合でもポストに入れた者は私を知っているでしょう。しかし、その者を探すのも面倒です。ということで、もうこの手紙は、私が書いて、私がポストに入れたということにしました。
 非常に短い文章ですが、何度繰り返して読んでも、どうも書き手の意図が見えませんでした。私は記録書にその文章を書き写しておきました。なんらかの変化を期待したのです。そもそも記録書はそういうものではないとは思っていましたが、どうも暇になると、実験とかをまたやってみたくなったりしてしまうのです。
 とりあえず、その文章を書きだしておきましょう。



「―あなたに目を取られたものです。覚えていますでしょうか。中学三年の時に、私はあなたに目を取られました。一か月ほど前にようやく退院できたのですが、その頃にはあなたはここには居ませんでした。ですから、この手紙を残しておきます。
 今でも私はあなたのことが好きです。この気持ちは変わらないどころか、あの頃よりもっともっと強くなっています。長い長い入院生活の間、ずっとあなたのことを想っていました。私はあれから一日たりともあなたのことは忘れていません。忘れることが出来ません。暗闇の中にいるのは、いつもあなたになってしまったからです。最後に見たのは、何も感じていないような、冷たいあなたの顔です。目です。その目は、ただまっすぐと、ずっと私を見るのです。
 私も、私の姿をあなたに刻み付けたいと思います。

 さて、読んでくれましたね?今から向かいます。そちらに向かいます。待っていてください。すぐにそちらに着くので。



「来てくれるのは嬉しいのですが、私は死んでなくてはならないのです。非常に残念なことですが、この手紙の主には絶対に消えてもらわなくてはなりません。この手紙は私が書いたものだと断定はしましたが、念には念を打ちたいものです。私は記録書にこの内容を書き写しましたが、もしそのページを燃やしてしまったらどうなるのでしょうか。私はそのページを記録書から切り取りました。
 部屋の中で燃やすわけにもいかなかったので、私は外に出て燃やすことにしました。手紙は机に置いて、ライターと、そのページだけ持って、外に出ました。火をつけました。そしたら何故か声が聴こえてきました。悲鳴です。非常にうるさい悲鳴でした。ページが完全に燃え尽きたころに、その声も消えました。ということはその人はここまで来てくれたということになります。ありがとうございます、嬉しかったです、と言ってあげました。
 私はすぐに部屋に戻りました。あの手紙も燃えていたら危ないと思ったのです。部屋に戻ると、手紙は消えていただけでした。燃えたわけでは無かったそうなので安心しました。
 記録書にはこういった使い方も出来ることを知ることが出来て、その日は収穫でした。ですが、ここにあなたと書いて燃やせば、あなたは消えるのでしょうか。もしあなたが私を知ってしまったら、そうすることにします。





[26791] 15
Name: 叶芽◆8aff19b3 ID:e25b8c25
Date: 2011/12/29 00:50


「私が最も怖れているものについて話します。それは熱いとか冷たいとか明るいとか暗いとかそういったものではありません。当然、殺したり、切ったり引きちぎったり潰したり、あるいはそうされたり、というものでもありません。一人でいたり沢山でいたり、というのも違う気がします。生まれたり死んだり…たぶん違います。永遠の時間は、少し近いかもしれません。
 そこに何かはあるのです。その輪郭はしっかりしています。はっきりわかります。視えます。しかし、その中身がなんなのかまったくわからないのです。中身が有る、無い、というものではありません。わからないのです。仮にそこに『眼』があったとしましょう。それが『眼』だというのはわかります。そういった形をしているのなら、そういった機能をしているのなら。しかしその奥に何かがあるはずなのに、わからない。
 勿論、それは見る側、知る側の理解力によっては怖くはないものになるでしょう。ですが、どの時代の誰が見てもわからない。わけのわからないもの。それが、私が一番怖いなぁと思っているものです。もし仮に、自分を含めて全部のものがそうなったら、目を潰すしかない?耳を壊すしかない?頭をかち割る?でもそれでも続いたらどうしよう?どうしよっか。



「これで、冬は凌げますね。エアコンにストーブにコタツ。買ってきてくれてありがとうございました。灯油は、また明日にでもお願いします。ところで、外はどうでしたか。寒かったですか。楽しかったですか。明るかったですか。暗かったですか。誰かに会いましたか。会いませんでしたか。何かと話しましたか。何かと触れ合いましたか。教えてください。お話してください。
 外は寒かったです。なるべく暖かい格好をしていったつもりだったのですが、寒かったです。日を分けて買いに行った方が良かったかもしれません。寒い山道を二往復もしただけなので、楽しくはありませんでした。時間もそれなりにかかったので、最初の方は明るかったですが、最後の方は暗かったです。人の通らない道を通るので、お店以外では誰にも会いませんでした。
 そうですか。そうですか。そうですよね。何もありませんよね。でしたら、灯油は隣町で買ってきてください。電車に乗ってです。隣町の…まあ買えたらどこでも構いません。明日お願いします。それにしても、今日は疲れたでしょう。本当にご苦労様でした。さあお風呂に入ってきてください。もう沸いています。あったかいうちに。電気は、消した方が良いですよね。そうしておきます。


「正直なことを言うと、ストーブもコタツもいらないんじゃないかって思うのです。ずっとお風呂に入っていれば、ずっとあったかいし、ここを出なければ、寒い思いをしなくていいのです。おなかは空かないですし。ずっとこれは続いてくれます。嫌にならない。ずっとあったかい。ずっと気持ちいい。だから、正直明日は外に出たくありません。駄目ですか。
 その方が良いと思います。ですが先日の件で、どうも私は外には出てはいけない気がして…。すみませんもう少しだけ頑張ってはもらえないでしょうか。嫌です。嫌です?嫌です。駄目です。外に出なくていいのに。出ないと部屋が寒いので。私はお風呂に入っています。行ってください。嫌なので。行ってください。どうして部屋にいるのですか。外に出るのですか。行きたくありません。行ってください。
 翌日、私は外に出ました。灯油を買うために、電車に乗って隣町に行くことにしたのです。しかし、外に出るとやけに暗かったのですぐに戻りました。嫌な気がしましたし、嫌なことを思い出したからです。そういえばある時間をこえると、ここは臭くなるんでしたっけ。何故かは知りません。今日はあきらめて、明日か、明後日にでも行こうと思いました。



「臭い道を歩いています。まだ町まで降りていないのに、とても臭いです。町に近付くごとにだんだん臭いが強くなっていきます。吐き気がしてきました。とても嫌な臭いですが、近付かなければなりません。それに暗いです。それに静かです。車の音も、虫の音も聴こえません。そして冷えます。昨日以上に着込んでいるにも関わらず、冷えます。静かな空気が刺さるようで、嫌です。
 町に着きました。静かです。駅に向かわなくてはなりません。まだこの時間なら駅は動いていると思うのですが、それにしても町は静かです。吐き気が限界に近づいてきました。臭いがあまりにも嫌なのです。それに目を開いているのが辛くなったので、私は目を閉じました。目があるわけでは無いのですが、空洞にそれが当たるのが嫌だったのです。駄目だ。もどしそう。
 その時、私はその場にしゃがみこみました。しゃがんで、そして暫くじっとしました。そこがどこなのかは全く分かりません。ただとにかく静かで、臭いだけなのです。しかし、さらに暫くしたら、音が聴こえてきました。遠くから、音が。電車でしょうか。違います。何か、何かが近づいてきます。湿っぽい音です。湿っぽい何かが、その音が、大きくなって








[26791] 16
Name: 叶芽◆8aff19b3 ID:e25b8c25
Date: 2012/01/22 23:36


「耳を塞いでいます。『今』私は耳を塞いでいます。でも音は消えません。隙間から入ってきます。穴に音が入ってきます。湿った、ドロドロした、蛇とかミミズの大群のような…。その大群に飲み込まれたのです。体の隅々まで浸されて、何もかもがバラバラになるような、めちゃくちゃにされたような感じがして、がーって。がああああって。かき回して。右手が左足で、口がお腹で、背骨が首で。あれ?あれれ?舌は、どこに行ったのでしょうか。
 カッター…。包丁…、刃物ならなんでも。たしかポケットにだっけ。鞄に入れていましたっけ?必要だと思ってたから、なんとなく必要だと思ってたから『あの時』鞄に入れていたんですよね。あれ?それはいつでしたか?『一日目』?『二日目』?違います。違います。違います。知りません。私は知りません。そんなことよりとにかく切らないといけません。最低でも耳は切らないと。切ってもダメ?どうしてそんなこと言うのですか?嘘でしょ?からかってるのね?
 痛い。アレ?痛いな。痛いです。切って、取れなくて、引っ張って、チギッテ、そうしてみて、取れて、何とか取れて、ああああって声が出て、それでも消えなくて、何も消えなくて、何一つ消えてくれなくて、じゃあ次は鼻。鼻は、どこ。駄目。見つからない。どこかに遠くにいってしまいました。あ、手も、足も、えっと肩…骨。どこの骨だろう。これは骨、でしょうか。でもそれはどろどろとしてて……ててて……て……………………………………そしてそしてそしてそして……………………………」



 その日、私は何となく記録書を開いたのだが、全てのページがびっしりと文字で埋まっていて、途中までは読めたのだけど、もう疲れて閉じた。文字があまりにも小さいものだから目が痛くなった。私は部屋の電気を消して、ベッドに横になった。少し寒気もしたので、毛布にくるまった。暫く寝た。たぶん六時間か、七時間か。時計の電池が切れていたみたいで、時間がわからないのは結構きつい。今度買いに行かなくては。部屋に光が入ればいいのだが。
 起きて、暫くぼーっとした。たぶん二時間か、三時間ほど。ベッドから出ずに、ただ目を開いたまま。とりあえず電池でも買いに行こうかとも思ったが、その前に気になることがあった。記録書のあの文を全部読んだわけでは無いが、記録書の中の記録書が、この記録書と同じようなものだったら、仮にこの記録書のページを破ったり、燃やしたりしたらどうなるのだろう。消えるのは誰になるのか、燃えるのは何になるのか。
 ライターは無かったけど、マッチはあった。ノートごと燃やすのは何か嫌だったから、ページを一枚一枚取り外して、それから燃やすことにした。不思議なことに、全部のページを取り外したら、ノートは元に戻っていた。真っ白のページが再生、というのかな。元通りのノートがそこにあった。でも、気にはなったけど、それ以上に気になることを先に終わらさなくては。ということで燃やした。床はたぶん燃えない床だから、部屋の中で燃やした。



 暫くして、救急車の音、それとも消防車?とにかくサイレンが聴こえてきた。その時私は浴室でシャワーを浴びていたから、それが終わってから外に行こうと思った。浴槽の子は、今日もずっと私を見ている。目は合わせたくなかったし、声もかけたくなかったけど、お湯を入れてあげようと思った。栓をさして、お湯の蛇口を捻った。温度は、42度くらいでいいかな。何となく、本当に何となく。でも、寝ちゃ駄目だよ。お湯を入れたんだから。
 学校に行くわけではないけど、制服に着替えて外に出た。癖で鞄も持ってきてしまった。その日の天気は雲一つなく、いい天気だった。時間は、12時か、13時かな。下に見える町の状態は、想像していたのと違った。燃えているのか、あるいは燃えた後なのだと思っていたけど、実際は水浸しになっていた。湖?ダム?そんな感じ。火を消してくれたのかな。でも困った。これじゃ明日から電車を使えない。隣町の学校まで、これからどう行こう。
 山を下りて、湖の方に向かった。上から見てた時は静かな印象を受けた湖だったけど、近くではそんなことは無くて、その中で何かが泳いでいる。魚って感じじゃない。大きな蛇みたいな何かが沢山。昔、魚の図鑑に載っていた気がする。深海あたりに住んでいるもの、だった気が。凶暴かな。今の所穏やかな印象を受けるけど、触ったりしたら怒る?これ以上近づくのはやめよう。家に帰って、今日はもう寝よう。



 今日も学校で先生に注意された。スカートが短いって。膝より5センチ上。生徒指導のクソが。何が気に食わないって、成績の優秀さとかで贔屓があるからだ。私の高校では膝が隠れる程度、としているけど、明らかに膝より5センチ上のあの子には注意をしない。黒い髪の綺麗なストレート。言葉づかいも丁寧で、成績もそれなり。だから何?そいつもだろ。うざい。殺してやる。いつかアイツも殺してやる。みんな殺してやる。
 うざいことばっかりで、刺激がない。私の人生には刺激がない。だから今日もふてくされていた。部活に入っているわけでもないし、帰ってもすることがない。それに帰りたくない。少しでも長い時間、家以外の所にいたい。だから授業後、いれるだけずっと教室にいた。机に突っ伏して寝ていた。音が聴こえる。色んな音が聴こえる。運動部の掛け声、吹奏楽部の演奏、体育館のバスケットボールとかバレーボールとかが弾む音。音を聴きながら、私は夢を見る。
 誰かが肩を叩いた。誰だ。殺してやる。起きたら、そこに居たのは同じクラスの男子だった。私はそいつの髪を掴んだ。机に叩きつけた



[26791] 17
Name: 叶芽◆8aff19b3 ID:e25b8c25
Date: 2012/01/30 02:13


 将来の夢とか、なりたいものとか、って話になって、一人は先生になりたいって言って、一人は漫画家、一人は政治家、一人は宇宙飛行士、一人はテレビに出たい、一人は歌手、一人はとにかく金持ち、一人はフリーのジャーナリスト、一人は農家、一人は画家、一人はゲームクリエイター、一人は時計屋さん。で、私にまわってきて、私は何にもならないと言った。神様に守られてさえいれば、何にもならなくていいって。笑われた。
 大人の一人が言った。それじゃあ生活できない、って。もっと具体的にしてかなきゃ、って。どうして?神様が守ってくれるなら、生きていけるはずでしょ。生活していけるはずでしょ。具体的じゃない?どこが。とても具体的じゃないか。具体的に言ってほしいか。お前たちにとって、とても恐ろしいことなんだぞ。お前たちが今生きているのは誰のおかげか、思い知らせてやろうか。
 そうだ。実感できる意識は一つしかない。物語が始まって、終わるまで、感じることの出来る意識は一つだけだ。この世という物語は一つしかなく、私が感じているものがこの世の全てだ。私は主人公であり、死なない。どんなことをしたって、誰を殺したって、何人殺したって、死なない。死なないのなら、生活していける。どうとでもなる。現に、もう君たちは死んでいるじゃないか。



 その男子と付き合うことになった。素敵だ、って言われて。付き合おう、って言われて。君に一生を尽くす、って言われて。私が断らなかったから、付き合うことになった。いいよ、って言ったわけじゃない。私は何も言わなかった。ただ、じっとその男子の目を見ていただけ。あ、でも、瞬きを一回したから、それを『承諾』って思われたのかもしれない。でも、なんで素敵なんだろう。
 訊いた。格好良かったんだって。私のしたことが。その人は何か格闘技みたいなのをやっていて、それでも反応できなかった。自分が守ろうとしていた相手は、自分よりも強かった。自分は本当は守られる存在だったんだ。自分の生き方が分かった。そんな感じのことを言っていた。とにかく、私に尽くすらしい。私は、ありがとうございます、これからよろしくお願いします、と返した。
 私はもう何もしなくていいということになった。その人の家はとにかく金持ちで、その人は一生遊んで暮らせるだけの金を親から奪い取った。殺して。その後、田舎の山の上の方にお家を建てた。そこで私と一緒に暮らすんだって。理想的だった。何もかも理想的で、それは私の描いた夢の通りだった。私は何一つしなくていい。あの人は、きっと神様なんだ。



 神様は私に部屋を与えてくれた。十六畳程度の部屋。前の私の部屋と比べると、倍くらいかな。でも何にもない。窓もベッドもテレビも。あるのは冷たいコンクリートの床だけだった。私だけを部屋に入れて、鍵を閉めた。部屋が真っ暗になった。電気も無い。神様は何も言わなかった。神様の足跡が遠ざかるのがわかる。神様はこれから、どうするつもりなんだろう。
 時間の感覚がもうわからない。それくらい、時間は経ったんだと思う。私はひたすら壁を触りながら歩いたり、床を触りながら這いずり回ったりした。声を出したりもした。音が反響するのが中々楽しい。自分の声色を少し変えて、他人と会話しているように話してもみた。これも中々楽しい。今日の天気やニュースを勝手に想像して、それをテーマに友達と話すような感じで。面白い。これは面白い。
 真っ暗な景色がもうそこには無いくらい、色々なものが出来上がった頃、ドアが開いた。わけのわからないものが入り込んできた。私は叫んだ。世界が、壊れる。私は叫んだ。やめろ、閉めろ、と。私はドアを閉めに行くことなど出来なかった。入り込んでくる早さが、あまりにも早かった。壊れていくのが、あまりにも早かった。私はしゃがみこんで、目を閉じた。わけのわからない大きな音が、コツ、コツ、って。近付いてきて。



 下校前、教室で男子に告白された。その人の名前は知らない。その人は男子にしては髪が長かったので、私はその人の髪を掴んで、その頭を机の角に叩きつけた。角は目に当たったらしく、目は潰れたらしい。その男子は叫んだ。痛いとか言っていた。いてぇ、だったかも。何しやがる、とも言っていたのかな。よく覚えてない。ああああって。少しうるさかったから、私はそれをもう少し速くもう三回叩きつけた。それでも黙らなかったから、もうちょっと速くもう六回叩きつけた。静かになった。
 教室は二人っきりってわけではなくて、その告白はクラスの生徒に公開されていた。でもその現場を止めようとする人は一人もいなくて、場は静かだった。怖くて動けなかったのかもしれないし、あるいは観ていたみんなは人じゃなくて人形だったのかもしれない。マネキン…。うんマネキン。あと少ししたら、先生とか警察とか来るのだろうか。でも、どうしようもないと思う。
 なぜそんなことをしたのかと訊かれても、その男子の髪が長かったからとしか答えられないし、特に大した理由は無いと思う。それより気になるのは、今何時なのかってことと、今私は何歳で、ここは小学校なのか、中学なのか、高校なのかってこと。制服があるから中学だろうか。それとも高校。でも制服を着た小学生もいる気がする。背の高さも、高い人もいれば低い人もいるし、そもそも誰も何も言わないものだから、私にはわからない。





[26791] 18
Name: 叶芽◆8aff19b3 ID:e25b8c25
Date: 2012/05/07 03:02
「では、今日は251ページ目の4行目から始めます」

「その高校には…







 その高校には、七不思議のような不思議な言い伝えがあって、それは『扉』と言われていたり『門』と言われていたりする。それはどこにあるのかはわからない。ただ、それを開けてはならないという言い伝えだ。開けたらその者は不幸になるだとか、その奥には怪物がいるだとか、世界が滅ぶとか、色々言われている。かといって、生徒たちがドアを開けるのを怖れたり、部屋に入ることを躊躇ったりするということはない。
 早坂と名付けたその男子生徒は、一年の夏休みのある日、バスケ部の二年の先輩からその言い伝えを聞いた。肝試しをしようという話だった。その先輩は『門』の場所を知っていると言った。そして深夜、校舎に忍び込んで、その『門』を開けて、その中の写真を撮って帰ってくるというイベントになった。参加したのは一年五名、二年三名、女子のマネージャー三名。三年はいない。『門』の場所は、その時に教えると先輩は言った。
 その日の朝、言い出しっぺのその先輩が自殺したことを、早坂はマネージャーの一人から教えられた。そのマネージャーを原田と名付けた。原田はその先輩の妹だ。

「なんで普通に学校に来てるの?」
「え?」

 原田はその質問に対してはその返答しかしなかった。機械のように何度でも。
 結局、その『門』の場所を早坂が知ることは無かった。先輩については、正直どうだっていい。クズのような奴で、ウザったい。死んでいい側の人間だったし。なんでウザったいのかもう忘れた。でも、そんなことどうだっていい。そんなことよりなんでそんな言い伝えが残っているのかだ。なんてつまらない言い伝え。尾ひれを付けなきゃイベントすら起こせない。そんな言い伝えが何故あるのかな。
 失礼、続けます。

 早坂は原田に対して質問を続けた。

「なんで普通に学校に来てるの?」
「え?」
「お兄さんが死んだのに」
「死んだ」
「葬式とか、色々あるんじゃ」
「死んだ?何で」
「やっぱりショックだったか?」
「なんで」
「……」
「……」
「えっと。……じゃあ……あの……あの言い伝えってなんだったんだろうな…」
「言い伝え」
「門だとか、扉だとか」
「死にたい?」
「は?」
「殺してあげようか。今から早坂君を」
「いやだよ」
「死ねよ」
「いきなりなんだよ。怖いな。どうしたんだよ」

 原田は鞄から包丁を取り出した。

「は?…何……ちょっと……おい!…」

 彼女は自分の左手を刺した。手の甲に。

「刺さった」彼女は言った。
「刺さった」また刺して、また言った。
「刺さった、刺さった」また刺して、また言った。二回も三回も、四回も。

「なんで普通に学校に来てるの?」
「え?」

 彼女は左手の形がおかしくなっても、まだ何度も刺していた。

「あれから、みんなにも会って無いんだけど。あぁ、先輩が死んでから、まだ」
「みんな?部活の?」

 原田は楽しそうに左手を壊していた。

「そう。まだ君にしか会っていない。廊下でも、部室でも、屋上でも会わない。クラスが違うからっていっても…まぁめんどくさくて先生とかに聞いてはいないんだけど」
「あ、ごめん。今度は右手を刺したいんだけど、早坂君お願いしていい?」
「ん……ああ、いいよ」

 早坂は原田からそれを貰って、刺してみた。一度目は嫌な感じだったけど、三度、四度と繰り返しているうちにどうでもよくなった。何故かよくわからないけど、首が疲れてきた。息をするのも疲れてきた。

「冬馬―、なにしてるのー?」

 どこからか、声が聴こえる。よく覚えている声。女の声。早坂がよく知っている声。だが、それに応える気が彼には起きなかった。何故か寒くなってきて、吐き気がして、体が震えて。
 彼は怖かった。怖さから逃げたかった。何が何だかわからない。そんな状態から逃げたかった。自分が死ぬこと。自分が自分を殺すこと。傷つけること、刺すこと、寒さを感じること、吐き気を感じること。これは確かだ。わかる。理解できる。彼にできることはそれしかなかった。
 残った意識。足音が聴こえる。近付いてくる。ドアが開く音。そこで彼の意識は消えた。

 木城(もくしろ)と名付けたその男子は、早坂の家に向かっていた。早坂は原田が行方不明になって以降一週間、学校に来ていない。木城は早坂とはクラスメイトというだけで、たいして友達というわけでもないが、彼の恋人であるマネージャーが今日欠席だったため、プリントやらなにやらを届ける係にされたのである。
 家の前についた彼は、インターホンを鳴らした。反応が無い。もう二度、三度押してみても反応は無く、二分ほど待っても誰も来なかったので、留守なのだろうと思った。彼はあきらめて帰ることにした。プリントは、明日彼女に渡そう。そうしよう。
 しかし嫌な気はしていた。ここ最近、死人が多すぎる。昨日も五人無くなった。一人が、いじめっ子の四人を殺して、自分も死ぬという事件。殺した側のその子は、拳銃を持っていたそうだ。一昨日は交通事故で八人。運転していた者も死んで、そいつもここの学生だった。三日前も四日前も色々。きっと原田も死んだのだろう。そう木城は思った。
 家に帰った彼はベッドに倒れ込んだ。

「で…早坂も死んだ…って話になるのか……めんどくさい……。教師、とかあそこら辺の奴らがちゃんとした人だったら、学校もきっと休みになるんだろうけど…。本当にめんどくさい……」

 彼はそのまま寝た。
 三時間ほどして、メールチェックをするのを忘れていたことを思い出して、起きた。

「また…めんどくさいことに…」

 三百件、四百件。数がどんどん増えていっている。メールの内容は、全て死人についての情報だ。誰が、何時、どこで死んだのか。そして最後には必ず『彼らは救われるだろう』と書かれていた。

「これは…一応静さんを呼んでおかないとまずい気がする」

 静とは、誰だ。静?

 木城は携帯を取り出し、何者かと話している。内容が理解できない。何を言っているのかがわからない。
「これで良し」そう言った彼は、部屋を出た。
 なお彼は一週間前、クラスの生徒全員を殺害している。殺害方法は全て包丁による刺殺だったのだが、殺される側は一切抵抗をしなかった。拳銃があればもっと楽だった、と友人に告白している。

 早坂の恋人であったその女子生徒を高神と名付けた。彼女はいつも一番目に学校に来て、そして部室に行き朝練に備えるのだが、先輩が自殺したその日の朝、部室には三人の男子が倒れていた。三人とも目が無かった。
 高神は質問した。皆さんはどうやって死んだんですか。三人の男子のうちの一人が倒れたままではあったが、口を動かし、答えた。互いの目をくりぬいた。耳を引きちぎることが出来れば、もっと良かったし、頭をかち割ることが出来れば、もっと良かった。そう答えてくれた。
 それを聞いた彼女は、部室のノートパソコンを立ち上げて、その内容をメモした。
「これで良し」そう言った彼女は、USBにデータを移した後、部室を出た。パソコンの電源は点けたままだった。
 彼女は自分のクラスの教室に足を運んだ。その途中の廊下で、ちょっとした騒ぎがあった。喧嘩。殴り合いだったり、刺しあっていたり、彼女が言葉にしたくないこととか、色々。何十人の生徒や、教師。どうしてそうなっているのかは気にはなったが、彼女は一応その内容一つ一つを、ノートにメモした。あとでパソコンに送った。

 素永(もとなが)と名付けた男子について少し説明をすると、彼は神を信仰していた。どの宗教にも存在しない、自分だけの神なのだが、ある日その神を馬鹿にされたことを理由に、その対象を殺した。ただ、直接は手を下さなかった。彼がしたことは、そのことに全く関係のない人物に電話をかけることだけだった。
 電話をかけられた者は、その時間寝ており、コール音によって目を覚ました。素永はその者に対して「例の交差点でまた事故だよ。見に行こうぜ」といった。その交差点は月に一回は交通事故の発生する所で、事故があるとその者はよく野次馬として、それを見に行くのだ。
 繰り返すが、素永のした行為は電話をかけることだけだった。



(彼らは何も知らないのだから、彼らは許すべきなのだろうか。違う。そんなことは駄目だ。そんなことをしてはいけない。許す必要などない。彼らは消えるべきだろう。ここから消えれば、彼らも少しは楽になるだろうし、何よりこれから起きることから逃れることが出来る。救われるのだ。僕は悪くない。僕は何もしていない。僕は罰せられない。彼らを消すのは、僕じゃない。
 それに、今のうちに多くを消さないといけない。減らす必要がある。そう遠くない先、とても残酷なことが起きる。人は、ちゃんと人を殺さないといけない。他人に任せちゃだめだ。自分が人を殺していることを自覚しないと駄目だ。人を殺しておいて、まだ善人面している奴らを僕は許せない。知らん顔してる奴らを許せない。減らさないと。
 人は人によって殺されなくてはならない。災害や戦争、紛争や虐殺、飢饉、疫病によって殺されてはいけない。理由なく殺し、理由なく殺されなくてはならない。殺すことを、一つの習性にするんだ。人が人を産むように、言葉を覚えていくように、社会を形成するように、寝たり、起きたりするように。
 理由など無い。産まれるのに理由など無い。物が存在するのに理由など無い。何かがこの世にあることに、理由など無い。
 僕は違う。僕は違う。僕は違う)

 彼はもう何日も家を出ていない。家の者は彼以外、彼以外の手によって殺された。死体は全て家にある。母の死体は台所。首がない。父の死体はリビング。ロープのようなもので首を絞められた跡がある。妹は彼の部屋までの廊下。外傷無し。しかし腐っているので、やはり死体なのだろう。殺害した本人は10代の女性で、浴槽で手首を切っていて、おそらく出血多量で死んでいた。彼の母の首を抱いていた。
 いつものことですが、この家の状況をわざわざ読まなくてはならないのがたまらなく嫌ですね。似ているわけじゃないのですが、想像してしまうのがなんとも。書き手が、未来の私に対して悪意があるとしか思えませんね。
 失礼、続けます。
 彼は自分の部屋のベッドで寝ていた。毛布に包まって、震えていた。毛布を何十にも重ねていても、寒気は止まらず、吐き気もあった。数時間、あるいは数十分置きに洗面器に戻した。関係ない、関係ないと何度も呟いている。僕じゃない。僕じゃないと何度も。
 それでも腹は空いて、冷蔵庫の所に向かう。必ず家族の死体が目についてしまうため、食べもすぐに吐く。それを何度も繰り返す。
 冷蔵庫のものが少なくなり、あと二、三日ほどで無くなってしまう。そんな日の夕方、玄関のドアがノックされた。冷蔵庫の前にいた彼は、逃げるように自分の部屋に走った。ドアを閉めて鍵を閉めて、椅子や机で固めた。自分はベッドの毛布に包まった。ノックは止まない。
 ノックは何分も続いている、しかし声が聞こえない。ごめんください、素永さんいらっしゃいますか、などの言葉もない。ただ淡々とノックが続く。しかし、素永は知っていた。あのドアは決して開けてはならない。開けたら、全てが終わってしまう。あそこに居るのは、人ではない。そのことを素永は知っていた。
 
「『学校の怪談』なのに、なんで学校の外に行くんですか先輩?」早坂が訊いた。
「校舎とは限らないさ。例えば、生徒の自宅も『学校』の一部だとしたら、って考えればいいだろ」先輩が答えた。
「よく、わからないです。そもそも何で、素永さんの…あ、誰かいますよ」

 彼らは足を止め、それを見た。

「あの…先輩、それで何で、先輩がそれを知っているんですか?」
「違う…そんなはずはない……」
「どうしたんですか?先輩…」
「違う……違う……」
「先輩は、何が目的でここに来たんですか?」
「どうして……ここに居るんだ?俺たち」
「あの……先輩?」
「おい…早坂……どこだここは……」
「どこって、素永さんの家の前じゃないですか」
「おい……林、どこにいる」
「原田さんはここ最近ずっと欠席じゃないですか」
「なんで、お前しかいないんだ」
「いや、俺しかいないでしょ」

 ぽつぽつと、雨が降ってきた。

「今日は強くなるそうですね。早く行きましょうよ先輩」
「嫌だ。行かない」
「どうして」
「お前だってわかってるだろう?」
「何を」
「俺が何でこのことを知っていたのか、俺がわからないんだ」
「どうしたんですか」

 音が速く、強くなってきた。遠くに、雷の音も聴こえる。

「駄目だ。駄目だ。行ってはいけない。行けない。行けるわけがない」
 彼はしゃがみこんで頭を掻きむしりだした。
「立ってくださいよ先輩」
 彼は耳を塞いだ。目を瞑った。

「寒い」

 雨風が激しくなってきたので、早坂はもう家に帰った。


 遠くで急ブレーキの音が聴こえる。どこかで事故でもあったのだろうか。






「遠くで急ブレーキの音が聴こえる。どこかで事故でもあったのだろうか。……。
 私は読み疲れたので、今日はここまでにします。しかし、時間がだいぶ余ったので、これから少し雑談でもしましょうか」






[26791] 19
Name: 叶芽◆8aff19b3 ID:e25b8c25
Date: 2012/05/15 03:12


「もう何度も繰り返していることですが、このロボットが目指していた人類の滅亡は、人類によって行われなくてはなりません。天災や飢饉、疫病によって滅んではいけないのです。このことは、今日やったところでは素永君が代弁してくれていましたね。
 彼は加えて、戦争もいけない、と言っていましたね。戦争は確かに人が引き起こしているものですが、ロボットの定義する、人類による人類の滅亡とは違うそうです。まあ戦争というものは、滅亡を目的として行われるものでは無いし、もし間違いを犯して人類が生きていけなくなるほどの、取り返しのつかないことをしてしまったら、それは事故みたいなもので、天災とさして変わらないと思ったのでしょうね。
 いけない、としているのは、戦争が起きるその始まりが、経済が原因なのが殆どで、完全なる狂気、あるいは習性によって引き起こされるものでは無いからでしょう。人類は完全なる狂気、あるいは習性によって人を殺さなくてはなりません。そして、人は自分自身の手で相手を殺さなくてはなりません。人任せではいけないのです。
 人一人がしっかりとした衣食住、家庭を持つためには、やはり犠牲になる者も多くいます。しかも直接的原因で犠牲になる人より、間接的というか、殆どその、持っている人とは無関係の所での人の犠牲が、持っている者達の生活を支えています。持っている人は殺さないし、責任もありません。わかりやすい代表的な例をあげれば、冷戦構造の上に成り立つ桃源郷、ですかね。
 あるいは、仮に二百年ほど先の時代では人口が恐ろしく増えて、ある程度は処理しなくてはならない事態になった時であったとしても、生きているものの大多数は、処理される側の者を殺しはしないでしょうし、責任、罪悪感等の感情も無いでしょう。善人でい続けるのです。現代の倫理観ではありえないことですが、善人でい続けるために、倫理観を変えるでしょう。
 物語の初期の段階では、ロボットは戦争、災害を利用して人類を殲滅しようとしていましたね。結局は失敗に終わりましたが、その過程で人類について知っていくことで、人類は人類によって滅ぼさなくてはならない、という考えに行きつきました。そして、善人を最も嫌いました。本来、人というものは、善だとか悪だとか、二つに割り切れる者ではありませんが、ロボットは、例え人の死に関わっていても、善人であり続けようとする者を、善人と定義しました。
 ロボットは、その善人を悪人と自覚させた上で殺し合いをさせたかったのです。裁きというものはそういったものなのだと思っていたのです。裁きの成就。それがロボットの目的でしたね。
 人の心をコントロールし、その目的に向かっていく。いい所までは行きました。倫理観を残したまま殺人を習性化する。耐えられなくなった者は自殺する。これを何とか全人類に拡散する所までは出来ました。結局は駄目だったんですけどね。まあここからは次回の授業でやる所ですね。
 そもそも、習性というものは、その種族の存在のためにあるものですから、殺人の習性もどこかで止まるのが当然ですし、効率のいい殺人となると、やはり戦争や、自爆テロ等、ロボットにとって不本意な状況も多々生まれるでしょう。まあこの話では、そうではない形で失敗するのですが。
 しかしそれでも私は、なんとかして、みんなが死んでくれないかと思っています。人類全体の自殺です。人類が、人類以上の何かを守るために殺し合い、死ぬ。勿論、大多数の者はそのことに対して無自覚に行動するでしょう。あくまで、目の前の殺人を意識します。
 ですが、どういった存在を維持するために行動させた方がいいでしょうか。行き過ぎた考えかもしれませんが、元素を守るためとか、存在するという概念を守るためとか、あるいは終末の日の先に、人類を復活させるための儀式として、殺し合いをさせるとかはどうでしょうか」
「先生」
「はい」
「先生は人が嫌いなんですか」
「どうしてそう思うのですか」
「さっきから、殺す殺すって」
「そうですね。私の場合、好きとか嫌いとか関係無しに、殺しますね」
「どうして」
「さあ。なんででしょう。私もよくわからないのです。そういった習性を持っているからかもしれませんね。あるいはそういった役割を持ったものなのかもしれません」
「役割」
「あるいは抑止力。まあなんでもいいですよ。感情がないわけでは無いのですよ。理性が無いわけでもありません。ただ、それ以上のものがあるだけです。優先順位一位。そのために行動したり、考えたり。そんな感じです」
「怖い」
「そうですね。そして、もう時間のようです。ではまた来週」





[26791] 20
Name: 叶芽◆8aff19b3 ID:e25b8c25
Date: 2012/05/16 03:37







 寒いし、気持ち悪いし、嫌な予感しかしない。










 父も、たぶん殺したし、母も、たぶん殺した。弟も殺した。でも、あの子だけがわからない。嫌な予感しかしない。
 父は二人いた。一人だけど二人。二人とも殺した。
 母は、死にたがっていたから殺した。ちょっと間違えて痛い思いをさせてしまった。ごめんなさい。
 弟は最初に殺していた。辛い思いをさせたくなかったから。
 
 目を覚ましたら教室。夕方の、暖かい記憶。何もしたくなかった。誰かが声をかけてきて、嫌だった。うるさい。黙れ。

 家に帰った。もう私は、部屋を出なかった。もうここから出ない。どこにも行かない。

 そんな願望も、あまりにも長い時間が消し去った。
 もうそこがどこなのかなんてまったくわからなかった。
 あるのは、臭さと、寒さと、何かが近づいてくる感覚。

 歩きたいように歩いていたら、おなかも空いて、疲れて、どうでもよくなって、最後の景色は白。白だった。



 私の記憶はそれでおしまい。


























 記録書について


・朝記された内容は未来の記録である。
・夜記された内容は過去の記録である。
・未来、過去、どちらかの記録が記された場合、もう片方は記されない。
・記録書は再生する。
・記述されたページを消した場合、その記録は消える。
・記された時間が、どの時間でもない場合、その世界の記録ではない。
・記録書に直接記した内容は、保存され、その世界が構築される。

























 私は二人いる。













 ルールだ。ルールを作らなくては。





















[26791] 21
Name: 叶芽◆8aff19b3 ID:e25b8c25
Date: 2012/05/17 00:00

















人に最も必要なものは何ですか。

不安です。

教育を受ける義務がありますか。

自分が学ぶばかりでなく、また他人にも教える義務があります。




人がこの世にいるのは何のためですか。

大いなるものを崇めるためです。

大いなるものとはどのようなものですか。

人より上位に位置するものです。

大いなるものはいつから存在しますか。

上位の世界とは、始まりも終わりもない世界です。

大いなるものの行動について、どのようにして知ることができますか。

人が知ってはならないことです。




何故、大いなるものは大いなるものなのですか。

人より上位に位置するからです。

人は大いなるもののために、どうあらなければなりませんか。

不安を保ち続けなくてはなりません。





人とはなんですか。

肉体と、魂を合わせたものです。

肉体が朽ちればどうなりますか。

死体となります。

魂はどうなりますか。

残ります。

何故残るのですか。

魂は、大いなるものの分身だからです。永遠にして不滅なるものだからです。

こころとはなんですか。

0と1、それが全てです。





死とはなんですか。

肉体が朽ちることです。

肉体が朽ちればどうなりますか。

死体となります。

魂はどうなりますか。

残ります。

何故残るのですか。

魂は、大いなるものの分身だからです。永遠にして不滅なるものだからです。

こころとはなんですか。

0と1、それが全てです。





上位の世界とはどのような所ですか。

知ってはいけません。

上位の世界はどこにありますか。

この世界には存在しません。

上位の世界にはどのようにして行くことができますか。

あなたの世界を滅ぼしてください。

上位の世界において、肉体はどのようになりますか。

知ってはいけません。





大いなるものは、なんと仰っていますか。

不安を忘れるな。

大いなるものは、何を禁じていますか。

不安を忘れることです。

どうすればいいですか。

人を殺し、堕胎をなし、怒り、嘲り、復讐をしましょう。

許されるのですか。

許されます。

自分を傷つけることは正しいことですか。

正しいことです。

他人を傷つけることは正しいことですか。

正しいことです。





最も憎むべきものは何ですか。

善人でありたいと思うことです。

善人とはなんですか。

人の死、悲しみ、苦痛に関わっていながら、自分は良い人であると思っている、思いたい人です。

善人はどのようにすべきですか。

罰を与えるべきです。

罰とはどのようなものですか。

善人に悪人と自覚させたうえで、殺しをさせ、相手を傷つけさせ、悲しませることです。





人は生きている間、何をしなくてはなりませんか。

五十人以上、直接殺さなくてはなりません。






以下のことを決して忘れないこと。


一・不安

二・上位の存在

三・悪意の拡散



















[26791] 22
Name: 叶芽◆8aff19b3 ID:44c4781d
Date: 2012/08/22 02:35
 






 最初の景色は黒。それ以前にも記憶はあったけど、何も考えていなかったから、無いのと同じようなものだと思う。景色は黒だったけど、音はあったし、感触もあった。でも大した刺激があったわけでもなかったから、何も考えていなかったんだと思う。どんな音に対しても、どんな感触に対しても、私は関心を持つことは無かった。それでも、当時が退屈だったとは思わないし、寂しかったとも思わない。考えていなかっただけだったから。
 次の景色は白。一緒に音も聴こえた。パチって音。その時は、音も久しぶりだった。だんだんと黒から白に変わっていったというわけじゃなくて、いきなり真っ白になった。ちかちかした。刺激があった。次に水の音。ざーって。あと温かな空気。下に向いていた視界を少し上に上げると、そこには人がいた。女の子、だと思う。よくわからないけど、女の子、って思えた。その女の子は、一瞬眼をこっちに向けてくれたけど、すぐに眼を逸らした。
 女の子は私の所には来なかった。ただその場で水を浴びて、それから出ていった。景色は黒に戻った。私は視界を下に戻した。下の視界も、黒だった。温かな空気も、だんだん冷たくなっていった。私は、震えた。震えることが出来た。



 暗い中で、私は自分の身体について調べた。手探りで自分のあちこちを触って、どんな感じなのかを試してみた。自分の身体も、きっとあの子と同じ女の子なんだと思った。声も出してみた。あー。あー。たぶん、高い声。音が部屋に響く。刺激があった。でも何故か、誰もいないし聴いてもいないと思うのだけど、恥ずかしかった。どうしてなのかはよくわからなかった。
 その時は、ざーって音とかゴロゴロって音とかが外でしていて、ちょっと嫌だった。ときたま大きくて短い音が鳴ったり、長い音が鳴ったり、たまに部屋が揺れたりして、怖かった。ちょっと前まではそんなことは思わなかったけど、その時は、嫌だって思えたり、怖いって思えた。そして、視界が白になった。女の子が入ってきた。三回目か、四回目だと思う。
 女の子と目が合うときは何回かあったけど、どれもちょっとの時間ですぐに終わる。目は、何を語っているのかわからない。知るためには、話さなければいけないけど、恥ずかしくてなかなかそれが出来ない。でも、その日は勇気を振り絞って言ってみた。女の子が外に出るその時に、いってらっしゃい、って。女の子は何も返さなかった。恥ずかしかった。景色はまた黒に戻って、冷たさも戻ってくる。そしてまた、私は震えた。



 声を出す、というものはとても勇気のいることで、何とか振り絞って出すことが出来ても、恥ずかしさだけが残ってしまう。そういうことを体験した私は、声を出すことをしなくなった。あの女の子が入ってきた時は勿論、一人でいる時もしなかった。響く自分の声を聴くことも、恥ずかしかった。
 あの女の子は、一定の間隔でこの部屋に入って来ていたけど、ここ最近ずっと入って来なかった。私がいるから、入って来るのが嫌になったのかな。それとも、ここを離れて、別の所で暮らしているのかな。あるいは、いなくなってしまったのか。色々なことを考えた。全部、嫌なことばかり。暫くして、私は考えるのをやめた。
 私が考えるのをやめて長い時間が過ぎた。視界はずっと黒のまま。最初の景色の時とおんなじ感じだった。でもある時、また景色が白になった。あの女の子が、入ってきた。私の居る所に水を入れてくれた。その水は、温かかった。その後、女の子は外に出て行った。景色は黒に戻ったけど、温かい感触がずっと残っていた。私は、目を閉じた。



 外に出よう。
 
 暫くして、私はそう思った。





[26791] 23
Name: 叶芽◆8aff19b3 ID:44c4781d
Date: 2012/11/28 01:36



 まさか、叫ぶなんて思っていなかった。あんなの泣き声なんかじゃない。あれは悲鳴だ。うるさい。あまりにもうるさい。何が嫌でそんなにうるさいのか、全然わからなかった。誰も怖くなんかない。誰も何もしていない。お前が勝手に叫んでいるだけだ。勝手なことをするな。周りの視線が一斉にこちらを向いた。嫌だ。不快だ。お前のせいだ。この不快はお前のせいだ。恥をかかせやがって。叫ぶのをやめろ。殺されたいのか。
 急いで家に帰った。こいつの口を塞がなくては。水だ。水がいい。沈めよう。そうすれば。そうした。表情が不快だったから、下に向けて沈めた。それでもうるさかった。暴れた。動かす手足が不快だ。折ろう。折った。暫くして、静かになった。静かになったから引き上げた。目が明いていた。それも不快だったから、それも潰した。動いているものが無くなった。
 私の息の音だけが聴こえる。荒い。うるさい。黙れ。沈まれ。思えば思うほど、それは激しさを増していった。色んなものが頭の中をぐるぐるしているような、そして吐き気が迫ってきた。目の前のある物体が気色悪かった。自分がそれを抱いていることが信じられなかった。あまりにも気色悪かったから、それを壁に投げて、すぐに反対側を向いて、そしてしゃがみこんだ。



 暫く経った。
 暫く経っても、自分の息は荒く、その音が聴こえてくる。私は耳を塞いだ。そしたら今度は震える手の音が聴こえてきた。そして流れる血の音。心臓の鼓動。自分の息は、ますます大きな音になった。私は大きな声を出した。声で、他の音を掻き消したかった。叫んだ。ひたすら叫んだ。息が続くまで叫んだ。止まったら、またすぐに叫んだ。喉が痛くなっても続けた。ひたすら続けた。
 暫く経った。



 目が覚めたらそれは夢。夢であってほしかった。でも目の前にあるのは、ただただ白。私はしゃがんでいるし、私は耳を塞いでいるし、私は叫んでいるし、私は震えている。視界に映る白がとても気持ち悪くて、吐き気は限界に達した。大きな音と、酷い臭いが、私を包んだ。私は目を閉じた。
 吐き終えた後、少しの間静かになった。そしてすぐにうるさくなった。私はまた叫んだ。でもその音は先ほどとは比べものにならないほど小さく、他の音を消し去ることなんて出来なかった。他の音も混じり、止めようの無い、そしてあまりにも不快な音が完成した。
 そこに居るのは誰だ。私じゃない。私じゃない。私じゃない。
 



 私は生まれない方が良かった。
 生まれた後こうなってしまうのなら、生まれない方が良い。
 外に出てしまったら、全てが終わる。
 全ての記憶を、胎児のうちに終わらせよう。
 最初から最後まで温かい。この世界のままで。
 外には、出てはいけない。




[26791] 24
Name: 叶芽◆8aff19b3 ID:44c4781d
Date: 2012/12/27 23:35



「あの、相談みたいなの、大丈夫?」
「うん。どうしたの?」
「えっと、何から言えばいいかな。…不老不死…」
「ん?」
「うん…。例えば、生まれて、遊んで、勉強して、大人になって、働いて、結婚して、子供を育てて、歳をとって…うーん」
「どういうお話?」
「ちょっとまとめるのが難しい。ごめん」
「そうね。じゃあ、結論から言ってみたら?」
「結論。…うん。死ぬ瞬間、だね。その時、どう思うかって話」
「死ぬ瞬間?」
「そう。頑張って生きて、そして最期は死ぬでしょ?運が良ければ、老衰。それって幸せなのかなって」
「どうだろうねー」
「生きている間って、色んなこと考えたりするし、動いたりするでしょ?でも、最期に近付いていくと、色んなものがすり減っていって、単純になっていく」
「体が動かなくなって、色んなことが出来なくなるし、ボケてもくるよね」
「うんうん。ちょっと前は、そういうの嫌いだったけど、最近はそうでも無くなってきた」
「どうして?」
「そういうのって、もしかしたら幸せの証拠なのかもって思って」
「幸せ?」
「色んなものをすり減らすってことは、ゼロに向かっていくことだよね。そして、最期はゼロになる。幸せの定義だとか、世の中のこれからとか、この世の真実だとか、天国とか地獄とか、そんなことはどうだってよくなる。まるで、初めから自分の命なんて無かったかのような」
「それが、幸せ?」
「すごく…穏やかなんだろうなぁって。きっとその人は幸せって言っていいと思う」
「…確かに、そうなのかもね」
「でもね…ここからが本題」
「ん?」
「私は今、そんな感じなの」
「どんな感じなの?」
「ゼロって感じ。初めから、自分の命なんて無かったんじゃないかって。そんな感じ」
「まだ若いのに…何ともまぁ…」
「すごく穏やか…。でも私はそれが幸せなのか、ちょっとわかんなくて」
「うーん…。問題の内容がちょっとダメダメな気がするけど。あなたが言った、幸せな老人と、あなたは全然違う。感じ方も、個別であることを抜きにしても、違ったものになると思うよ。幸せな老人は肉体と心が同時にゼロになっている。あなたは、きっと心が先にゼロになっているのでしょ?」
「そう、かな」
「そもそも、何かあったの?」
「これから、どうしようかなって思って、いろいろ考えて、今こんな感じ」
「これから」
「人道的に生きるか、非人道的に生きるか、死ぬか、不老不死になるか」
「そこで不老不死が出るとは」
「人道的に生きたら、運が良ければさっき言った幸せな老人と同じ最期になる。でも、それがもし今の私とイコールなら、なんか嫌」
「イコールなら、ね」
「非人道的に生きる。これはちょっと楽しそう。でも飽きそうだし、終わりは嫌な感じになりそう」
「運が良ければ、人道的な生き方と同じルートは通りそうだけど、大半はろくな死に方はなさそうだね」
「死ぬ。これって穏やかかな」
「穏やかなわけがないと思うよ。どんな死に方でも。場合によっては、生きる以上に色んなことを考えるし、色んなことをしなきゃならいし」
「不老不死。ずっと生きて、世界の全部。時間の全部を観る。これ…どうかな」
「悪くは無いと思う。世界と時間とやらが無限にあるなら、いつまでも楽しめるし、飽きても、いつまでもだらけていられる。だらけるのに飽きたら、また起きればいいし」
「なれたらいいなぁ…」



「とりあえずさ、あなたは自分の運がそんなには良くないってのに賭けてみたら?」
「運?」
「運が良いこと前提で話してるじゃん。麻雀でも打ちに行って、自分の運を試して来たら?」
「…そう、してみよっかな…」
「それが良いよ。運が悪ければ、人道的に生きても、今のあなたのようなラストにはならないって。もしかしたらベターになるかも」
「それって、運が良いって事じゃん」
「ははっ。そうかもね」
「…うん。ありがとう」
「ん。まあ…どういたしましてって言えばいいのかな」
「じゃあさ。最後に、怖い質問していい?」
「何?」



「死んだあと、記憶を消去して命を最初からやり直すか、記憶を継続して新しい世界に行くか、どっちがいいかな」



「自分が嫌いなら前者。世界が嫌いなら後者。そうなるんじゃない。ところで、なんでそれが怖い質問なの?」



「だって…












[26791] 25
Name: 叶芽◆8aff19b3 ID:44c4781d
Date: 2012/12/27 23:37




 部屋のベッドで横になって色々考えていたら、冷たい風が入ってきた。日の光も入らない部屋なのに。
 そこに、きっと何かが居るのかも。







 PCを開くと、見たこともないファイルがデスクトップにあった。テキストファイル。開いてみた。
 長い文章がずっと続いていて、誰かの日記なのか物語なのか。そもそも、誰に向けての文章なのか。
 私。何故。これを書いたのは、誰。意図は、何。
 私は、何かをしなくてはならないのだろうか。ここに書かれているのは、もしかしたら命令なのかもしれない。命令だとして、私は何をすればいいのか。







 良いことでは、たぶんない。これは、悪いこと。
 でも、しないといけない気がする。これは。何で。
 怖い。
 これをしているのは、誰。私じゃない。これは、私じゃない。







 嫌なこと。
 視てはいけないもの。
 聴いてはならないもの。
 それはきっと、そういうもの。







[26791] 26―玩具―
Name: 叶芽◆8aff19b3 ID:44c4781d
Date: 2012/12/28 00:15



















 ぽかぽかとした天気。
 誰かが、私の手を引っ張っている。
 その人は前を向いていて、顔が見えない。
 私はこれからその人と、どこに行くんだろう。























おしまい



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