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[26768] スターハンター(学園恋愛ファンタジー)
Name: りむる◆dfa7558d ID:511188d8
Date: 2011/04/10 00:44
 自分のサイトに載せてあるものです。

 感想批評お待ちしております。
 タイトルをもっとインパクトのあるものに変えようかと思案中です。ご意見ありましたらぜひお願いします。






 ――ケータイを落としたクラスメイトを追いかけたその先は、マンガみたいな非現実的な場面でした。



スターハンター
~ボーイ・ミーツ・ファイティングガール 前編~



 目の前の光景に絶句した。
 これは……なんだ?
 何度も何度も瞬きを繰り返す。夢かと思って頬をつねり上げるが、ちゃんと痛みがある。目を手で擦って何度も見る。だがその光景に変化はない。目を閉じて深呼吸、心を落ち着かせてからもう一度見る。
 俺、芳岡(よしおか)祐一(ゆういち)十六歳、私立鳴星(めいせい)高等学校二年三組在籍の目の前には、学校から歩いて十分ほどかかる自然公園のその奥、殆ど林といっても差し支えない場所で、一五〇センチほどの犬のようなものと対峙する、追いかけていたクラスメイトの後姿があった。
 クラスメイト――確か名前は、高野(たかの)舞衣(まい)――は両手一本ずつ、刃渡り三十センチほどの刃物を持っている。二刀流ってやつだ。右手のナイフ――にしてはごっついので短剣か? ――短剣の(刀で言うところの)鍔に薄い黄色の丸く平たい宝石(?)が付いている。左手のも右と同じデザインの短剣、ただし宝石は薄い緑色だ。それらを逆手に持ち、構えている。
 犬のようなもの、とニュースキャスターみたいな曖昧な表現をした理由はいたって簡単だ。
 普通の犬じゃないからだ。たぶん、犬の化け物って言う言葉が一番しっくりくるだろう。
 その化け物はたくさんのことを無視すれば犬に見えるだろう。
 大きさは先ほど言った通り、一五〇センチほど。ただし尻尾は含まず。犬や猫の四足歩行の動物と同じように四本の足で大地に立っている。口から見える牙は長く、二十センチは優に越えていた。それに、その牙は木々の合間から零れる陽光を受け、銀色の光を放っていた。俺は知っている。その光は研ぎたての包丁が放つ光と何ら変わりないことを。ああ、そういえば四本の足に何の違和感なくついている爪も同じ光を放っているな。
 全身を覆う毛は猫が威嚇してるみたいに逆立っている。色は黒。ただし油を被ったみたいに触れれば糸を引きそうな独特の光沢を放っている。
 そして、俺がちょっと大きめな犬ではなく、化け物と判断したもの、――目。
 化け物は普通の生き物と違って眼球がなかった。代わりなのか、本来目のある箇所には、深緑の光がぼんやりと瞬いていた。そんな目だからどこを見ているか判らない……と思いきや、なんとなくだが、判る。真っ直ぐに、高野を睨みつけ、鳩尾に響く低い唸り声を上げている。
 高野は化け物を目の前にして特に慌てるわけもなく、落ち着いてゆっくりと短剣を構え、間合いを取っていた。
 改めて思う、……非現実的だ。
 化け物はもちろん、それを目の前にし、武器を持ち、冷静に対峙する高野も非現実的だ。もしかして俺はマンガの世界に迷い込んだんじゃないか? そう思ってまた頬をつねり上げるが、やはり痛い。どうやら現実のようだ。

 ――現実。

 生唾を飲み込んだ。
 夢でも幻でもない。現実。
 それを今更痛感する。
 そして今になって、化け物が高野から視線を外し、その視線を俺に向け、その牙を俺の身体に突き立てるかもしれない。そんな可能性に気付いてしまった。
 ようやく自覚した生命の危機に、俺の背筋に冷たい汗がつー、と流れ落ちた。
 ……落ち着け。
 背中だけではなく、額や首やら全身から汗が流れ落ちる。急接近した死の恐怖が全身に戦慄を走らせる。
 今は睨み合って(?)、膠着状態だ……。だから今のままこうやって何もしなければ襲われる事はない。動かない生物は周囲にある木々と何ら変わりない。……と思う。
 ゆっくりと息を殺す。そんなことをして気配を消す事が出来るとは思えない(なんせ、化け物の視界に俺はばっちり入っている)が、何もしないよりマシだと自分に言い聞かせ、心を落ち着かせた。
 ざざ。
 高野の足が動く。それに反応して化け物が一気に間合いを詰めた!
 刃物の光を放つ爪と牙が高野に襲い掛かる。高野はそれらを短剣で受け止める――と思いきや、化け物の力を殺すことなく、受け流した。
 よりにもよって、俺のいるところへ。
 真っ白になる寸前の頭で考える。
 そりゃあ、高野は見た目は普通の女子高生だ。筋肉の付いた立派な身体じゃない。一般的体型……よりちょいと細めか? そんな細い身体と腕じゃ、あの化け物を受け止めるなんて出来ないだろう。仮に受け止めたとしても潰されるのがオチだ。だから、避けるか受け流すしかない。それは理解できる。
 でもだからって一般人のいる方向へ持っていくのはいかがなものでしょうか?
「っ!!」
 こんな状況の中、妙に冷静な自分の頭に感心しつつ、慌ててしゃがみこむ。頭上に大きなものが掠めたような気がした。

 バキバキバキッ!! ドシーン!!

 と景気良く木が折れ、重いものが落ちる音が後ろからした。俺はゆっくりと後ろを見た。化け物は何本も木をへし折り、転倒。だが、すぐに体制を立て直すとすぐさま高野に向かって牙をむいた。ちなみに周りの木々の太さはざっと見た限りでは、平均十五センチ程の太さだ。
 高野を見た。
 少し驚いた表情で俺を見ている。今になって俺を認識したらしい。ずっと後ろにいたんだから気がつかなかったのか。きっとそうだろう。気付いていたのならば、後ろに受け流したりはしないはずだ。
 高野の表情がすぐに引き締まる。
「逃げて!!」
 鳩尾に響く重低音。音源をたどれば深緑色の光が高野ではなく俺を見ていた。
 先ほどの想像が、脳裏に過ぎった。
 それが何を意味するかを理解する前に、高野が俺の前に駆けてきた。それと同時に右手を振るう。化け物はすでに俺へ突進していた。もう、俺の一メートル前にいる。逃げられる距離じゃない。突進しているんだ、避けられるスピードのはずがない。それに俺は恐怖で動けないでいた。
 ――ざ!
 足元から何かが土を抉る音が聞こえた。
「まもって!!」
 高野がそう叫ぶと、足元が光り、俺たちを囲むように茶色の壁が地面から現れた! 下から急に土が盛り上がってきたのだ。
「へ?」
 どしんっ!!
 状況を理解する前に、現れた壁に大きく重いものがぶつかった。衝撃はなかったが、その役目を果たしたといわんばかりに壁は崩壊していった。
 壁がなくなったその先に、よろよろと立ち上がろうとしている化け物がいた。
 俺めがけ突進してきたが、急に現れた壁に避ける事も出来ずそのまま豪快にぶつかったんだろう。脳震盪でも起こしたんだろうか、ふらついている。……化け物に脳なんてあるのか? 変に冷静になって想像する。
 俺が半ばぼう、としている中、高野が動いた。左手の短剣は逆手のまま化け物に向けて下から切り上げる。化け物が体制を整えるよりも先に刃が化け物の額を切り裂いた。右手にあった短剣はない。落としたのだろうか?
「ぐあががががああああああああああ!!」
 血が吹き出る、と思いきや何も出ない。だが、痛みはあるらしく、叫ぶ。俺は慌てて立ち上がり、邪魔にならぬよう高野の後方へと下がった。
 化け物の深緑色の目が、俺ではなく高野を貫く。改めて敵を認識した、そんな意思を感じた。
 化け物の顔を見、ぞっとした。ぱっくりと割れた額が、じゅわじゅわと音と泡を立てて再生し始めたのだ。ゆっくりと時間をかけて傷は癒えてゆく。不自然な生命活動に不快感を覚えた。
「もっと舞衣さんから離れてくださいッス」
 不快感が吐き気に変わり、口元を押えいると、幼い男の子の声が聞こえた。慌てて左右を見回すが、誰もいない。前には高野、その奥には化け物。ここに他の人間も化け物もいない。
「下ッス」
 下? 視線を下げるとそこには小さな生物、白地に背中に灰色の縦線が数本のネズミ。小学五年生の頃、クラスで飼っていたジャンガリアンハムスターそっくりな生物がいた。いや、そっくりじゃなくて、そのものだろう。
「危ないッス、下がって欲しいッス。えっと、舞衣さんと星と直線距離にならないように、えっと、そッスね、あ、その大きな木の影が良いッス」
 全長十センチばかりのジャンガリアンハムスターが人の言葉を操っている。
「あの、驚く気持ちはよぉく判るッスけど、今は自分の身の安全を考えて言うことを聞いて欲しいッス」
 必死に、俺に訴えかけるジャンガリアン。

 ――キンッ!!

 刃物と刃物がぶつかり合う音。高野はいつの間にか化け物と激しいバトルを繰り広げていた。短剣と牙と爪が激しくぶつかり合い――

 ――ギンッ!! ザッ!!

 根元から折れた牙が、俺の耳のすぐ横を掠め、後ろの木に刺さった。牙を見ると、根元まで深々と刺さっていた。細い木だったせいもある。見事、その幹を貫いていた。
 こめかみから、いや、全身から冷や汗がだー、と流れた。
 俺はジャンガリアンの言葉に従い、四つんばい、だが大急ぎで大樹の木陰へと移動した。
 木陰に隠れて大きく息を吐いた。
「……し、死ぬ」
「ここなら大丈夫ッスよ」
 笑うジャンガリアン。ネズミ……ハムスターなのにどうして表情が判るんだろう。……非現実的空間だから問題ないのか。
 しばし考える。
「えーと、状況を判りやすく説明してくれないか?」
 今の俺には、これが夢でも幻でもなく、現実だと言うことしか判らない。
「その前に、あなたがどうしてここにいるかを教えて欲しいッス」
 すぐ近くで生命懸けバトルをしている横で、ジャンガリアンは冷静にたずねた。慣れってやつですかね。
 俺は頭をぽりぽりと掻いた。それもそうだなと思ったからだ。高野とジャンガリアンにとっては俺は、急に現れた、侵入者……とは違うが、呼んでもいない客だろう。
「そうだな」
 頷いて、何故ここに来たのかを思い出した。


 放課後特有のざわつきの中、俺はカバンに机の教科書やノートをつっこんでいた。
「あ、まいまい」
 背は高校二年生にはしては低い。一五〇センチあるのか……? 本当にちっさい。腰まで届く長い髪は二つに結ばれ――確かツインテールとか言うはずだ――ている。小さい顔に、小さい口、それとは反する大きな目。その目の前にはピンクのフレームの眼鏡。これがまた似合っている。思わず触りたくなるようなやわらかそうな頬は少々赤い。そんなパーツのせいか、とても幼い印象を受ける。同い年には見えない。
 そして上半身を見れば、これまた同い年とは思えないほど立派に育った二つのふくらみ。
 幼さと一部大人な成長を遂げた、アンバランスなクラスメイト、その名は笠木(かさき)希望(のぞみ)……だったと思う。まだ二年が始まって二週間しか経ってないからそこいら辺は勘弁してほしい――は、酷く慌てた様子の友人に声をかけた。
「ごめん!! バイト!!」

 ゴトンッ

 廊下側の一番後ろ、ドアに最も近い席で俺はのんびりと忙しないやり取りを見ていた。
 カバンを引っつかみ、高野は笠木を申し訳なさそうに片手を上げ、大慌てで教室から出て行った。ん? なんか落としたのか
「ああ……、数学のプリント……」
 右手に藁半紙、左手は虚空。笠木は呆然と高野を止められることなく見送る羽目になった。
「なになに、のんのんどしたの? あれ? 舞衣は?」
「皐月ちゃん……」
 ぽんぽんと笠木の頭を撫でるクラスメイトは西野(にしの)皐月(さつき)。こいつは一年のときも同じクラスだったので顔と名前が一致している。身長は先ほど出て行った高野と同じくらい……一六〇センチくらいか? 背中の真ん中辺りまで伸びている茶色(天然らしい)の髪は無造作に束ねられている。ポーニーテイルだ。こいつは眼鏡をかけてない。
「あのね、まいまいね、明日ね、これ出さなくちゃいけないの」
 笠木は西野に藁半紙を見せた。数式が何問か書かれていた。
「ああ、言ってたねそういえば」
 先ほどの数学の授業を思い出した西野は頷いた。
「それでね、希望とね、今日ね、これやる予定だったの」
「へー、でも今バイトって言ってなかった?」
 小さな子供みたいな舌足らずの笠木の口調にちょっとだけイライラする。でもそれは俺だけのようで、西野は平然としている。……友人とただのクラスメイトの違いだろう。
「うーん……仕方ないんだよねえ」
 困ったように笠木は眉間に皺を寄らせた。……ま、俺には関係ないことだ。カバンを持って立ち上がる。すぐに教室を出ようと笠木たちに背を向けた。

 カツン

 足に何か当たった。
「でもせめてこのプリントは渡さなくちゃと思うの」
「え、それ舞衣の?」
 西野が驚いた。しかし、高野が提出しなくてはいけないものを笠木が持っているんだ?
 考えつつ、足元を見た。
 ――ケータイだ。
 折りたたみ式の、シルバーのボディのケータイ。ストラップは、ずっと前に話題になった育成ゲームの猫だ。名前はまぐろだか刺身だかなんだか忘れた。それを拾い上げ、埃を払う。
「あ、それまいまいの!」
 俺の手にあるケータイを指差し、笠木は言った。
「落ちてた」
 笠木に手渡そうと腕を伸ばした。
「あ! 希望、これから掃除当番……」
 今思い出した、そんな顔をして笠木は呆然と言った。
「始まってるんじゃね?」
 副担任の担当している教室掃除は、簡単なものだからさっさと終わらせたい。そう思っている人間が多い。サボる人間はいない。少ないのではなく、いないのだ。何故なら掃除当番全員が集まらないと副担任が掃除を始めさせてくれないからだ。サボったら他の班員に迷惑がかかる連帯責任って奴だ。……全員でサボれば問題なさそうだ。それはどうするつもりなんだろう?
「ご、ごめん、これまいまいに渡しといて!!」
 笠木は顔色を変え、関係ないことを考えていた俺に藁半紙を押し付けて高野同様カバンを引っつかみ出て行ってしまった。
 不意打ちだったので思わず受け取ってしまった。突き返そうにもその本人はもういない。
 残されたのは、ぽかんとしている西野と俺。
「……さ、あたしも帰るかね」
「待て、西野」
 逃げられる前に西野の肩を掴んだ。
「残念、今日あたしは夕食当番のなの。買い物行かなくちゃ」
 さわやかな笑顔で俺を振り払った。こいつは理由は知らんが、実家を離れて歳の離れた姉と二人暮しをしているそうだ。だからこのように用事をスルリと回避することが多々あったりする。家庭の事情を出されたら、強くは言えない。
 が、些細なことなので、こんくらい友達である西野が持っていったほうが良いだろう。
「いや、そんくらいの時間はあるだろ」
「だめ」
 速攻で却下された。
「色々あんのあたしも。あんた、バイトも部活もしてない暇人でしょ? ついでに今日は宿題ないし」
 同じクラスだとこういうことは筒抜けなので用事をでっちあげるのも大変だ。
「まあ、確かに暇だけど……」
 用事を作るのも面倒なので思わず素直に言ってしまう。
「じゃあ、ほら行った行った。掃除の邪魔だしねー、はい脱出ー」
 議論が面倒になった西野は俺の後ろに回り背中を思い切り押して教室から追い出した。
「お、おいっ?」
「舞衣、足速いから早くしないと追いつけないわよー」
 もう向こうは俺と議論する気はないだろう。西野の笑顔は「もう話は終わり」と告げていた。
 ……仕方がない、行くか。
 西野が指摘したとおり暇だしな。それにいつもと違う事をやるのも悪くないだろう。


「そっから人に聞きまくってここまで来て、この有様だ」
 肩を竦め、ため息をついた。クラスメイトを追っかけてこんなことに巻き込まれるなんて、誰が想像出来るだろうか。
「なるほどッス。了解ッス。押しが弱いッスね~」
 うんうん、と腕を組んで(ハムスターにそんなことが出来るなんて知らなかった)ジャンガリアンは頷いた。
「駄目ッスよ、漢もDO MY BESTッス!!」
 ぐ、と親指を立て(てるように見える)、ジャンガリアンは器用にウインクした。言葉もここでやる意味もさっぱり判らない。つうかこんな状況で暢気に話している場合なんだろうか。木陰からそっと先ほどいた場所を覗くと、高野と化け物がまだ戦っていた。化け物の折れた牙は額の傷と同様に再生している。
「ほっといて良いの?」
 一応聞いてみた。
「こんな可愛いハムスターのボクに何が出来るッスか」
 ジャンガリアンは無駄に自信満々に言い放った。役立たずですってそんな胸張って言うことなんだろうか。自分の常識が揺らぐ。
「それに、舞衣さんなら大丈夫ッス。強いッス。バリバリのファイターッス」
 信頼していると言うことは伝わるが、胡散臭い。
「ファイターって高野は戦士なのか?」
「正確にはスターハンターッスよ」
 すたーはんたー? なんじゃそら?
「つうか、お前何?」
 根本的なことを忘れていた。
 今俺の目の前(というより膝の上、いつ上がった)にいる、人の言葉を操るジャンガリアンハムスターは一体何だ?
「ボクの名前はククッス。舞衣さんが付けてくれたッス」
 にこ、とようやく歩き始めた子供のように無邪気に笑った。
「あなたの名前を教えてくださいッス」
 RPGを始めて最初に聞かれそうなことをジャンガリアン――ククは言った。
「祐一、芳岡祐一」
「ゆーいちさんッスか。よろしくッス」
 短い腕を伸ばしてきた。……もしかして握手を求めている? 少し悩んでから親指と人差し指で差し出された手を軽く握った。あまりの無邪気さに毒気が抜かれた。どうでも良くなってくる。
 ――でも、
「高野は何なんだ?」
 俺が知る限りではいつも眠そうにしている笠木や西野と仲の良いクラスメイトだ。あと、今日判明したことだけど、数学が苦手ってことか。それ以外は知らない。化け物とバトルするような奴だなんて全然想像できないし、今でもちょっとだけまだ夢かとも思っている。
 んなことを思うくらい、俺の中では高野舞衣という人間は普通の女子高生だったんだ。……まあ、真面目に認識したのは数回なんだがね。
 木陰に身を隠しつつ、戦いに視線を移した。
 相変わらず戦っている。
 何故か一本になった短剣で応戦している。襲い掛かる化け物の爪を短剣で素早く切り払う。痛みを無視した化け物はすばやく牙で襲い掛かった。高野は避けられないと判断したのか、短剣で受け止めた!
 ギンッ! と重くて鋭い音が響く。
 化け物の足を見ると、先ほどと同じように再生が始まっていた。
 じゅわじゅわと泡立てて足の傷は再生していく。しかし、爪は傷が治る前にみるみる伸びていく。色も鋭そうな銀色ではなく、体毛の黒を混ぜたような鈍色になっていた。そのせいか、毒々しく見える。
 先ほどとは違う再生に寒気がした。先ほどからそうだが、生理的に受け入れられないことが、化け物に起こっていた。
 そんなことも気にせず、高野は強く強く押してくる化け物の力を受け流し、跳躍。化け物の頭を踏んでさらに跳躍。化け物は高野に向けていた力を地面に向けることになった。さらに急に頭を押され、顎から思い切り地面に叩きつけられた。結構な力が牙にかかったはずだが、折れずに何の問題もなく地面に突き刺さった。
 勢い良く叩きつけられたから正確なことは判らないが、牙は殆ど抵抗なく地面に刺さったようだ。所々に雑草が生えたこの地面、もしかしたら石も埋まっているかもしれない地面にだ。つまり、恐ろしく切れ味が鋭いってことだ。
 そんな凶器を持つ化け物と高野は至近距離で戦っているのか。
 身をよじり、空中で方向転換――高野は化け物の後ろ――というか上――を取った。左手の短剣を順手に持ち替えて振り下ろす。素人目で見ても間合いの外である。
「きりさいて!」
 叫ぶ高野。切り裂くも何も間合いの外で唯一の武器を振って何言ってんだ!? このままじゃ化け物の上に落ちて鋭い牙と爪の餌食になってしまう!!
 視界が一瞬、真っ赤になった。
 脳裏に高いところから、熟れた果実が叩きつけられた音が脳裏に蘇る。
 嫌な想像を断ち切るように俺は駆け出した。
「祐一さん!?」
 ククの声が聞こえたが、気にしない。そんな場合ではない。せめて高野を化け物から離さなくて――ってぇ!?
 高野の短剣は五十センチほどの小型の竜巻のように渦を巻いて掻き消えた。その空間がぐにゃりと歪み、――刹那、化け物の背中がぱっくりと裂けた。まるで鋭利な刃物で切られたように。
 切り裂いて。
 高野の声の意味をなんとなく悟る。
 カマイタチ、か?
「――っはあああああ!!」
 高野の動きは止まらない。
 歪んだ空間に先ほどと同じくらいの小型の渦――つむじ風がまた現れた。それが高野の伸ばされた両手に集まって――長い、棒状の、先端には鋭利な金属が――って槍?
「はあああああああああああああああああああ!!」
 落下しつつ、槍を頭上でくるくると回転、――ほら、ゲームでよくあるだろ? 槍使いの必殺技、頭の上で槍を両手で高速回転って、あれだ――切り裂かれた化け物の背中向けて、高野は渾身の力と自身の体重をかけて振り下ろした。
 直後、

 ――があああああああああああああああああああああああ!!

 耳にではなく、頭に直接化け物の絶叫が響いた。大ダメージってとこか?
 反射的に耳を塞いだが、鼓膜を震わせているわけではないので全く意味がない。手を離し、化け物を見た。
 切り裂かれた背中、いや、貫かれた背中を中心に深緑色の光の粒子が虚空に溶けていた。その粒子が化け物だと言いたげに、化け物の身体が徐々に粒子となって消えていく。
 あとに残ったのは地面に突き刺さった槍にもたれかかる高野。それと足元に直径三センチくらいの石炭みたいな真っ黒な石。
「舞衣さーん!!」
 木陰から出てきたククが高野に向かってダッシュ。ちっさいハムスターの身体じゃすぐにはたどり着けない。それを見越してか、高野は酷く緩慢な動きで石炭(?)を拾い上げた。
「舞衣さん舞衣さん!!」
 足元でククが跳ねる。高野はため息をつきつつ、左手でククを拾い上げた。いつの間にか槍は消えている。……あんな大きなものがどうして?
 そこでようやく高野と目が合った。
 口が勝手に動く。うわごとのように。
「お前、何者なんだ?」
 高野は数回瞬きしてから大きくため息をついた。

「あたしは、
 日本国スター対策本部・スター回収部隊隊員――通称、スターハンター・高野舞衣、よ」

 言語明瞭、意味不明。
 理解を超えた言葉を放つと、高野はぶっ倒れた。



[26768] スターハンター ~ボーイ・ミーツ・ファイティングガール 後編~
Name: りむる◆dfa7558d ID:511188d8
Date: 2011/03/28 12:19
『あたしは、
 日本国スター対策本部・スター回収部隊隊員――通称、スターハンター・高野舞衣、よ』

 不可解さと胡散臭さを程よくブレンドした言葉を発し、高野は倒れた。



スターハンター
~ボーイ・ミーツ・ファイティングガール 後編~




 突然のことに、ただでさえ動いていない頭が真っ白になる。高野は薄暗い林の中で充分に判るくらい、真っ青な顔をして苦しそうに横たわっていた。ジャンガリアンハムスターが、高野の顔まで急いで駆けてくると、必死になって声をかける。
「舞衣さんっ舞衣さん! 舞衣さん!!」
 涙すら混じるその声にようやく我に返った。
「お、おい大丈夫か!?」
 真っ青な顔で倒れたんだ、大丈夫なわけがない。そんなことを考える頭の中はどこか冷静である。
 駆け寄り、肩を掴んで小さく揺さぶった。すると高野は青い顔のまま薄っすらと目を開いた。
「…………」
 口を開くが、声は出ない。こんなとき、どうしたら良いんだ?
「えっと、なんだ? ……気持ち悪いのか? 病院に連れてったほうがいいのか? というか、ここで横になってるのは良くないよな?」
 医学的知識は皆無だ。だから本人にどうしたいかを聞くしかない。
「のんさん!?」
 ジャンガリアン、じゃなくてククは大きな瞳に溢れんばかりの涙を浮かべ、叫んだ。
 ……のん、さんて?
「でんわ、でんわ!!」
 ククは高野の制服のポケットに身を滑らせた。腹ばいなので胸ポケットは無理なので、横のだ。すぐに顔を出して絶望した表情で叫ぶ。
「ないッスーーーーーーー!!」
 自分よりもテンぱってる人間(じゃないが)を見ると、とても冷静になれる。
「……これ」
 シルバーボディのケータイを差し出した。
「ええ!? あ、そーか、祐一さんが拾ってくれたんッスね」
 十センチ程度の身体に、同じくらいのケータイを渡して大丈夫なのだろうか。潰されるんじゃないか? ハムスターって脆弱だった記憶しかない。
「祐一さん、僕の前に置いてほしいッス。あ、ちゃんと開けて」
 言われたとおりに置く。ククがケータイをいじる。誰を呼ぶんだか。
「高野、とりあえず……向きを変えよう」
 苦しそうに息をする姿に見かねて、仰向けにしてやった。決して大きくない胸が上下する。男がそこを注目するのは遺伝子レベルで当然の義務である。
「のんさんのんさん! 助けてください!! 具体的に場所は――」
 ククがケータイに向かって叫んでいる。……のんさんって誰だ?
「ここで横になってるのも……汚いし、移動するか?」
 一応公園である。林から出ればベンチくらいあるはずだ。俺の提案に高野は小さく首を横に振った。
「じゃ、飲み物買ってくるか?」
 また、首を横に振る。
「じゃあ――」
「舞衣さん、のんさん、来てくれるッス!」
 続けようとしたらククがひょこひょこと駆けてこちらに来た。
「……ん」
 また、小さく頷く。顔色はまだ悪いまま。ここで寝かしておく顔色じゃない。医者に診せたいが、本人が嫌がる以上無理だ。というか、……その、なんだ、魔法っぽいものを使って疲れたんだよな? てことは医者は無理……だよな。
 魔法。魔法だからそれっぽく考えて……えーと、一晩寝れば良いのか? それとも聖水とかで回復とか。……つかそんなんで回復するなら高野が持ってるはずだよな。でもこうやって助けを呼んだってことは持ってないということだ。
「ゆっくり休めば良くなる?」
 さきほどより多少落ち着いたとはいえ、苦しそうに呼吸をする高野には聞きにくい。俺はククに尋ねた。ククは俺など見ずに心配そうに高野の顔の横に立ち、頬をすりすりと擦り付けていた。それで何とかなるのか? 意味がまったく無いように見えるんだが。
「ん?」
 擦り付けるのをやめて俺を見た。
「ん、そーッスね、ご飯をちゃんと食べて、ゆっくり眠ればだいじょぶッス」
 そう言って、高野の頬に自身を預けた。高野の顔色は相変わらず青いままだ。
 さっきから思っていたんだが、……俺が高野の家に運べば早いんじゃなかろうか。別にその、のんさんて人に頼らなくて済むしな。あ、でも真っ先にそれは否定されたか。何でだ? 家に知らない男を連れて行くのが嫌とか。家族に何て言われるか、ってやつか? ……そんなこと言っている場合じゃないと思うがね。
「ん? んー……」
 ククが高野の頬から離れ、少し驚いた表情をした。ククの両手は高野の頬に添えられている。
「むー……」
 ポーズを維持したまま苦悩の声を上げるクク。しかしどうしてこんな小さな顔なのに表情が判るんだろうか。姿形はジャンガリアンハムスターだが、動作が人間じみているからだろうか。そもそも人間の言葉を話している時点で普通のハムスターじゃないんだが。
「祐一さん」
 ククはこちらを見上げ、片手を伸ばした。
「なんだ?」
 ピンと伸ばされた左手を見つめる。
「あくしゅ」
「あくしゅ?」
 言われた言葉をそのまま繰り返すのは何も考えていない証拠だ。そんなことを本で読んだ覚えがある。
「なんで?」
 頭を掻きつつ、当然の疑問をぶつけると、ククは不満そうに頬を膨らませた。
「なしてもっ!」
 意地を張る必要な場面でもない。釈然としないが、言われた通りに手を伸ばす。小さな小さなその手を、親指と人差し指で優しく摘む。
 ――!?
 すると、視界がぐわんと歪んだ。頭の芯がぼーっとして、軽い眩暈が起きる。が、すぐに治まった。
「な、なんだ?」
 先ほどと変わらぬ自分の声に少し安心する。聴覚は正常らしい。
 視覚は異常……というか、綺麗だ。いつもよりも視力が上がった感じがする。俺は視力が悪くていつもはコンタクトレンズを付けているのだ。
 綺麗と思ったのはそれだけのせいじゃない。辺りがきらきらと輝いているのだ。化け物から出ていた粒子に似たものが見える。いや、それそのものか? でも何となくだが、違う気がする。それは先ほどとは違って虚空に溶けることなく、ふわふわとそよ風に揺れる綿毛のように高野の周りを漂っている。幻想的で綺麗な風景だった。
『聞こえる?』
 頭に直接女の子の声が響いた。驚いてククから手を離し、思い切り身を引いた。すると視界が元に戻った。
「ああもう、なにしてるッスか!! ちゃんと手を繋いで欲しいッス!!」
 ククがイラつき、左手をぶんぶんと振り回した。おまけに地団駄まで踏んでるよ。……ガキか。
 深く考えるまでもないが、ククと手を繋いだからさっきの状態になったんだ。離したら元に戻る。……判りやすい。高野の隣りに胡座をかく。イラつくククを見、ため息をついてから再度手を繋ぐ。視界がまた幻想的風景に変わった。
『驚いたみたいね』
「それは、まあ」
 女の子、これも深く考えるまでもない。声の主は高野だろう。ククに触れているのは俺と高野なのだから当然だ。
『声、出さないほうがいいよ。危ない人に見えるから』
 声が笑っている。返事もしない横たわる人に向かって言葉を発していたら変な人だ。助けもしないで独り言だから、おまけに薄情もつくだろう。だが周りに人はいない。そんなことは気にしなくてもいいが……、目を瞑っている相手に一人で喋るのは電話でも持っていない限りちょっと落ち着かない。ここは忠告に従うことにしよう。でも、返事をするにはどうしたらいいんだ?
『声を出さずに話し掛ければいいのよ』
 俺の思考を読んだような返事が来る。どういう仕組みか判らないが、繋がっているんだ。あちらにはこちらの考えが丸判りなのかも知れない。しかし無茶難題だ。
『まあ、返事はいいの。今の状況を説明するね』
 首を縦に振った。が、高野は目を瞑っているので意味がない。
『了解』
 忠告通り、声に出さずに返事をした。喋ろうと思った言葉を口には出さずに頭の中で再生する。
『飲み込みが早い』
 正しい使い方だったようだ。ほっと胸を撫で下ろした。この会話に視覚は必要なさそうだ。集中するためにも目を閉じる。
 !
 また驚きに手を離すところだった。視界は真っ暗になるはずだった。しかし俺の視界には、暗闇の中にきらきらと輝く粒子がふわふわと浮いていた。暗闇に浮かぶ粒子は、まるで夜空に瞬く星のように綺麗だ。しかもこれは電気で照らされた都会の夜では見れない、真の夜にだけ見える純粋な星空だ。田舎のばーちゃんの家で見て、あまりの綺麗さに言葉を失った記憶が呼び起こされた。
 試しに目を開けると、先ほどと変わらぬ風景があった。粒子だけはどうやっても見えるらしい。これもククと手を繋いでいる影響なんだろうか。
『で、今の状況。
 あたしは本来一日二回しか使えない魔法……厳密には違うんだけど、を三回使って、疲労状態です。休む必要があります。
 でも、ここはあたしが魔法を使った場所で、少しだけど、あたしの力が残っています。だからこうやって動かずに力が戻ってくるのを待っています』
『なるほど』
 ここを動かなかった理由がそれか。で、この粒子が高野の力か。手を伸ばし、触れようとするが、触れた感触はまったくない。目を開けて同じことをしてみたが変わらず。普通の人間じゃ無理か。
『でも、戻るったって大したもんじゃないの。だからのんのんにヘルプを呼んでます』
『のんのん?』
『笠木希望』
 ……ああ、笠木のことか。仲良いもんな、お前ら。いや、そうじゃなくて、その前に、
『何で笠木を呼ぶんだ? 事情を知っているのか?』
『うん』
 あっさりした返事に驚く。この手の危ない事は隠密行動が原則と思っていたからだ。
『聞きたいことはたくさんあると思う、でも今は無理』
 言葉が終わると同時に視界が元に戻った。輝く粒子は綺麗に消滅している。いや、まだあるんだろうが、俺には知覚出来ない状態になった。手を見るとまた繋がっている。……向こうの意思で通信(念信?)を終わらせる事が出来るようだ。便利だな。
「詳しい話は後日ってか?」
 ククから手を離す。
「そーッスね」
「秘密を知ってしまった以上、生かしてはおけない! なんてことはないよな?」
 無論、冗談である。そうでなかったら笠木は真っ先に殺されてるはずだろう。
「…………」
 笑うと思ったククは予想に反して神妙な表情をして黙った。
 え? マジ? と少しは思ったが、こいつなりのジョークだろう。じゃないと困る。
「舞衣さんにとって、のんさんは特別ッスからね……」
 悲しみを押し殺したような思いつめた声に、嫌な予感が膨らんでいく。えっと、どういう意味だ? ククを見ると、まるで「せっかく知り合えたのに、もうお別れか。厳しい世の中ッス」みたいな表情をしていた。
「…………」
「…………」
 痛い沈黙に顔が引きつる。
「…………」
「冗談ッスよ?」
 ククが膝に乗り、首を傾げて笑った。からかわれたのか。ネズミなんかに。
「だいじょぶッス、そんなことしたら逆に大事になって困るッス」
 明るく、カラカラと笑うネズミが少しばかり憎らしい。人差し指でククの鼻を弾いてやった。
「にゅッス!?」
 あっさりと膝から落ちるクク。
「なんスか! 冗談も通じないッスか! 親の顔が見たいッス!!」
 冗談一つで何で親が出てくるのか。
「うるせい」
 ネズミなんかにしてやられたのと、うっとおしさに背を向けた。

 ぴぴぴぴぴぴ! ぴぴぴぴぴぴ! ぴぴぴぴぴぴ!

 甲高い音が響く。ケータイか? しかも初期設定のままとみた。いや、俺がそうだからなんだけど。そういや、俺のカバンはどこだ? 高野が戦っているのを見た瞬間からスコンと記憶が落ちている。呆気に取られて落としたか?
 立ち上がり、周りを見るが見当たらない。

 ぴぴぴぴぴぴ! ぴぴぴぴぴぴ! ぴぴぴぴぴぴ!

 初期設定のままの甲高い音が響き渡る。
「あ、のんさん」
 ひょこひょこと何故か二足歩行でケータイに向かうクク。身体の造りからして四本のほうが早いだろう。
 ぴ。
 音が止まる。ククが出たんだろう。それは良いとして、俺のカバンはどこだ? 歩き回って地面を見る。が、そんな小さなものじゃない。目立つはずだ。地面を凝らして探すものでもない。が、ない。どこだ?
 戦っている最中に邪魔だと蹴り飛ばされたか、それとも気付かずそのまま踏まれたとか。高野に踏まれたならともかく、あの化け物に踏まれたとなったら…… ただでは済んでいないだろう。重量もさることながら、あの鋭い刃物の光を持った爪がある。かたや、俺のカバンはそこらへんで売られている大量生産品だ。耐久性などたかが知れている。というより……こんな状況を想定して作っているわけがないのできっとズタボロになっているに違いない。
「はい、えっと、公園の奥ッス! んと――いやいや、お気遣いは無用ッス。のんさんの笑顔があればそれで良いッス。その笑顔だけでボクの心に春の日差しが差し込んで、綺麗な花が咲くッス。のんさんの笑顔は太陽ッス」
 ネズミのくせに、スラスラと臭い事を言ってんじゃねえ。呆れつつ、蹴り飛ばされた可能性に賭けて、改めて周りを見る。
 そう言えば……最初に俺が立ち尽くした場所って、あの化け物が突っ込んできたんだよな。正確にはもう少し後ろ。
 その後、土の壁が出てきて、化け物がぶつかって消えて、ククの指示に従って避難したんだ。そのときにはもうカバンを持っていなかった気がする。
 カバンの惨状を想像して落ち込む。が、まだそうと決まったわけじゃない。化け物が突っ込んでぶっ倒れて、木々をなぎ倒し、ズタボロになった場所へ歩み寄った。
 折れて尖った凶器と化した木が危ない。触れないように気をつけながら探す。
「あ」
 あった。化け物の下敷きになっていたようだ。見事にぺちゃんこである。尖った木に触れないよう気をつけてカバンを拾う。幸いな事にあの鋭い爪に触れなかったようだ。ただ潰されただけだ。
 ただ潰されただけ。少しばかり嫌な予感がする。
 中身を見る。教科書ノート、元々薄いものは特に問題なし。財布も同様。小銭は持たない主義とかじゃなくて、純粋に貧乏。ペンケース。中身は……ボロボロならず、ボキボキ。笑っちゃうくらいにボキボキに折れていた。百円ほどの安いシャープペン、赤ペンである。耐久性を期待するほど俺の頭も沸いていない。しゃーない、コンビニで買うか。つか、なんで消しゴムは無事なんだ。
 で、最後はケータイだな。……ケータイ? 精密機械の、ケータイ。昔よりは丈夫になったであろう、ケータイ。でも車に轢かれたとか、そんな衝撃には耐えられないケータイ。
 ぺちゃんこになったカバンから、ケータイを取り出した。
「…………」
 一筋の汗が額から落ちる。
 俺のケータイは高野と似たようなもので、折畳式である。タッチパネルとか、二つに分かれて操作とか、そんなおしゃれなものではない。通話とメールが出来ればそれでいいから、安いのを選んだ。ネットも出来た気がするが、パケ代が掛かるので使ったことはない。
 その、安いケータイ。ボディには細かい傷が無数にある。ヒビも入っているし、触れただけで細かい破片が零れてくる。少し前、学校で見たときにはそんなものはなかった。
 傷の意味を考えないように、開く。
「…………」
 ディスプレイが真っ黒だ。電池が切れた可能性はない。今朝満タンになるまで充電したんだ。気のせいか、ディスプレイにまるでヒビか亀裂のような細かい線が何本も走っていた。
 ボタンを見れば、ディスプレイと似たような状態だ。ヒビに亀裂、おまけにボタンの何個かは無残につぶれている。
 無事っぽい、電源ボタンを押す。反応なし。もう一度押す。反応なし。さらにもう一度。反応なし。最後に強く長く、押す。反応なし。
「…………」
 一旦、パタンとケータイを閉じ、また開ける。反応があると願いながら。

 パキ

 乾いた音がして、ケータイが二つになった。
「…………」
 右手を前に伸ばす。ケータイのディスプレイ部分が遠ざかった。もちろん、真っ黒のままだ。
 左手を上に上げる。ボタン部分が遠ざかった。
 本来の姿ならば、こんな事は出来ない。
「祐一さん、変身ポーズッスか?」
 戸惑いの声に、俺は糸の切れた人形のように崩れ落ちた。膝を落とし、ケータイを放り投げ、開いた両手で地面に爪を立てる。
「ど、どうしたッスか!?」
 慌てた声。ククが高野から離れて俺の顔の真下に来る。
「どーしたんスか? まるで絶望の文字をその身で表現しているようッス」
 的確な洞察に顔が引きつった。目を閉じる。でないと涙が出てきそうだ。
「あの、本当に、どーしたんスか?」
 両手を地面から離し、空を見上げ、すーっと息を吸い込んで、尻から地べたに座り込む。
「お気の毒ですが、冒険の書1は消えてしまいました」
 全国のゲーマーのトラウマを刺激する言葉を発した。
「はい?」
 でも相手はハムスター、そんな言葉は通じない。
「ケータイが、壊れました」
 土が剥き出しになった地面に、無造作に転がっている元ケータイ二つを指差した。ククは小さな身体を捻り、後ろを見ようとするが、見えなかったらしく、大人しく身体ごと後ろに向いた。
「……真っ二つ、スか」
 呆然とした声に、また泣きそうになる。
「でもまた買えばいいじゃないスか」
 とたん明るい口調で振り返り、他人事全開な発言をネズ公はしやがった。
「買えったってな、今は昔みたいに安くないんだ。それに……それにデータが」
 失ったものの大きさに今更気付き、悔しさに奥歯を噛み締めた。
「データって着うたに写真とあとー、んー、友達のアドレスッスよね? 写真はしょうがないとして、あとは何とかなるもんじゃないッスか。それに新機種への交換だと思えば大したことは――」
「お前は判っていない!!」
 ククを遮り、強く強く拳を握り、地面に叩きつけた。
「俺のケータイにはなあ、大事な大事なアドレスがあったんだよ!!」
 そう、もう二度と手に入れられないアドレスが。
「それを失うなんて……心を蹂躙されたのと同等なんだぞ!!」
「…………」
 熱く語る俺を、酷く冷静に見つめるクク。視線を外して高野を見ると、まだ横たわっている。ぴくりとも動かないから、きっと眠っているんだろう。
「そんな大事なアドレスなら、ちゃんとバックアップを取っておくのがフツーッス」
 冷たい目、冷たい口調でこれ以上ない正論を吐いた。言葉に詰まるというより、むかついて言葉が出ない。
「ふん、そんな基本事項をやらないでおいて"大事なアドレス"ッスか。はっ、"大事"という言葉の意味を辞書で調べたいらいいッス」
 かちんときた。
「アドレスのバックアップは大事とかそうじゃなしに基本ッス。このご時世、何時事件に巻き込まれるか判らないッス。ケータイに限らずデータのバックアップは基本の基本ッス。そんなことも判らないだなんて……さすがゆとり世代ッス」
 ぷちんときた。
「誰がゆとりだ!!」
「祐一さんッス!!」
「出会って一時間も経たずにそんな扱いか!!」
「祐一さんがアホだからッス!!」
「うるせー、どうでもいい言葉ばっかスラスラ出てくるネズミよりマシだー!! 真面目なゆとり世代もいるんだ、ゆとり=馬鹿みたいな発言は撤回しろ!!」
「ネズミとはなんスか! こんな可愛いハムスターを捕まえてなんて発言ッスか!! 屋根裏で走りチーズを食らう事に生命を賭けてるだけのネズミと同等扱いなんて……こんな屈辱ないッス!!」
「てかな、お前自分で可愛い言うな!! ナスシストか!!」
「何を言うッスか!! このボクの姿は上から見ても下から見ても、左右のどちらから見ても、三百六十度どこから見ても、この世知辛い世の中を癒す愛らしい姿じゃないッスか!!」
「バージョンアップするなネズ公! ネズミはネズミらしく、頬袋にピーナッツでも蓄えて自分の住処に運んでろ!!」
「度重なる暴言にボクのガラスで出来た繊細なハートに傷がついたッス!! 酷いッス、そんな品のないハムスターみたいなことをボクに強いるだなんて!! ボクはハイカラなハムスターとしてご飯はちゃんと茶碗に入れて食べてるっス!! 箸も使っているッス!!」
「ネズミの分際でそんな手間、飼い主にさせるなよ!! せめてケージに入ってエサをねだれ!!」
「飼い主とはなんスか!! ボクは舞衣さんの公式なパートナーッスよ!! だから舞衣さんと同等の食事にありつけるのは当然の義務ッス!!」
「うるせーうるせー!! ネズ公が人間様と同じ食事してんじゃねーよ!! 生意気だ!!」
 ネズ公と火花を散らす。
「まいまーい! ククちゃーん!!」
 とても同い年とは思えない、幼い声が響いた。声のほうに顔を向けると、先ほどの姿のままの笠木がいた。走るたびに制服のスカートの裾が大きく揺れて太ももが見え隠れする。それに上半身の、十六歳とは思えないほど立派に成長している二つのふくらみも、下着に押さえつけられているにもかかわらず揺れている。いいぞ、もっと激しく走ってくれ。
 それはいい。同じクラスなので今後じっくり見よう。
「大体な、ネズミが人間と同じ食事したら身体に悪いだろ!」
「ボクは見た目はどう見ても愛らしさが溢れてもう、メロメロになるしかない可愛いハムスターッスけど、魔法生物なんで何ら問題ないッス。ふっ、こんなところで無知を曝け出すなんてやはり祐一さんはアホアホッス!!」
「だからナルのバージョンアップするな、人を馬鹿にするのもだ!! つうか魔法生物って何だよ!?」
 自分の発言に、はっと我に返った。
 ケータイのデータ消失とネズ公の暴言にとち狂っていた頭が落ち着きを取り戻していく。
 まほうせいぶつ? 魔法的な生物? 魔物? さっきの化け物と変わりない存在か!? でも襲ってくる気配も意思も感じられない。それに高野のパートナーとも言っていた。
 改めて思う、――こいつらはなんだ?
 ククを見、高野を見る。高野の横に心配そうな表情をし、しゃがみこんだ笠木がいる。
 ――笠木希望。
 笠木は事情を知っているらしい。だからククのヘルプに応じ、今のこの状況でも冷静でいる(というか、口喧嘩の真っ最中だったから声をかけなかっただけだろう)。……まあ、だからといって笠木まで高野のように戦ったりはしないだろう。戦うのならば、最初から呼ぶもんだ。……仮に戦えたとしても笠木なら足を引っ張りそうな気がする。失礼なことだが、なんとなくどんくさそう……。
「お前ら、何なんだ?」
 高野が倒れる前に言った言葉の複数形。
「芳岡くん」
 高野をゆっくりと抱きかかえ、起こしてから笠木は俺を見た。
「あのね、いきなりのことでびっくりしてると思う。希望もそうだったから。でも、まいまいすごく疲れてるの」
 それは……高野の顔色を見れば一目瞭然だった。まだ、青い。それに、さっき言われたのだ『今、説明は無理』と。
「だからね、希望、まいまいを休ませたいの。ここじゃなくて、ちゃんと休めるまいまいの部屋で」
「うん」
 それは同感だ。否定する要素はどこにもない。
「だからね、詳しいことは明日にしてほしいんだ」
 先ほどククは『ご飯をちゃんと食べて、ゆっくり眠れば大丈夫』と言っていた。明日には回復していることだろう。でも気になるな。
「判った」
 好奇心を押し殺し、頷いた。疲れた状態で話されたら色々省略されるかもしれない。正確なことを知りたいのならば向こうのコンディションも考慮すべきだろう。それに、ケータイ……。店に行けばなんとかなるかもしれない。ここまで壊れたらあまり期待も出来ないが……。
「うん、じゃ、希望まいまいおんぶするから、手伝って」
「え、笠木が背負うのか?」
「うん」
 身長一五〇センチに満たないその身体で、身長一六〇くらいの高野を背負うだと? そりゃ、ぱっと見、高野は細いけどさあ……。手足もそうだが、やっぱり胸が特に。
「いや、俺が背負ったほうが」
「希望、これでも力持ち!」
「いやでも体格を考えたら俺が――」
「希望、頑張る!」
 左手でガッツポーズ。唇を真一文字に結ぶ。気合の入った表情である。
「お、おう、頑張れ」
 気圧されて応援してしまう。
「うん!!」
 無駄に力強い返事に、どうしようもない頼もしさを感じた。


 無事に笠木に高野を背負わせ、公園の外に出た。ククは笠木の左肩に乗っていた。右肩には青い顔のまま眠る高野が乗っている。ククの症状は喧嘩していた時とうってかわって、心配顔だ。
「じゃあ、明日ね」
「ああ……、本当に俺、一緒にいかなくていいか? 途中で代わったほうが」
 高野の家がどこにあるのか知らないが、背負って歩くんだ、疲れるに決まっている。
「だいじょぶだって! 希望、体力にも自信あるんだから! 短距離は苦手だけど、長距離は得意なんだよ」
 もっともらしいことを言うが……。うぅん。
「だいじょぶ、何回か運んでるんだよ。近いしね。それにまいまい軽いから」
 笑顔で言ってから高野を見る。ぐっすりと眠る高野を見る目は酷く優しい。
 ――懐かしさと鈍い痛みが胸を突き刺す。
 気づかれないように拳をぎゅっと握り締め、誤魔化す。
「判った。じゃあ、俺はケータイ修理、頼んでくる」
「うん、明日ね、芳岡くん」
「うッス、またッス」
 ククがこちらを見て、手を振れない笠木の代わりに手を振った。
「ああ、じゃあ明日」
 手を振って、俺は二人と一匹に背を向けた。



[26768] スターハンター 02 ~宿題と舞衣の事情、それと自己責任~
Name: りむる◆dfa7558d ID:ff05f576
Date: 2011/03/30 10:40
 消毒液の匂いが鼻腔の臆にツンと刺激を与える。
 俺はこの匂いは嫌いじゃない。だからといって、特別好きという訳でもないが。
 だから、この匂いが充満している(病院ほどじゃない)この部屋にいるのはさほど苦痛は感じない。ただ、こんなところで、こんなことは普通しないよな、と思う。
 こんなところ。
 俺の通う私立鳴星高等学校で消毒液の匂いが充満している部屋――保健室。科学室ってのもありえそうだが。
 こんなこと。
 数学と英語の宿題。
 宿題とは普通家でやるものだ。無理してそれ以外ならば学校の図書室か、学校の図書室よりも広い図書館だろう。
 つまり、だ。
「何で俺はここにいるんだ?」




スターハンター 02
~宿題と舞衣の事情、それと自己責任~




 保健室の、保健の先生が使うデスクを陣取って、俺と笠木の二人で窮屈に使っている。
「別に、帰っていいよ」
 俺の疑問を断ち切り、冷たい事を言うのは高野舞衣。こいつは窓側のベッドを陣取り、こちらを向いて腹ばいになっている。昨日、化け物のと戦っていたクラスメイトと同一人物である。頬にかかる肩までの髪を払い、数式が三問書かれた藁半紙を睨みつけている。
 数学の宿題は、高野が睨みつけているそれで、英語の宿題は、教科書の英文の写しである。俺と笠木がやっているのは英語で、高野はいわずもがな。
 保健室にもかかわらず、何故か保健の先生という至極真っ当な人物はいない。
「昨日の説明をしてくれるまで俺は帰らんぞ!」
 強い意志を持って宣言する。高野は藁半紙を見つめ微笑んだ。
「そう、じゃあずぅっとここにいることになるのね」
 こんな酷いことを言う奴なのか、高野は。俺の高野の項目に"冷たい"を追加する。……いつも眠そう、って印象しかなかったけどね。
「水はあるから一週間は持つんじゃない? ま、最後は飢え死にね」
 冷静に俺の行く末をバッドエンドにしないでほしい。"冷たい"じゃなくて"冷血"にするぞ。
「お前、昨日は説明してくれるって言ったじゃないか」
「それどころじゃないの!!」
 高野はようやく藁半紙から顔を上げて、声を荒げた。
 高野の数学の宿題は俺たちとはちょいと違う。難易度の問題(それもあるか)ではない、純粋に量だ。俺と笠木(平たく言うと高野以外のクラスメイト)は藁半紙一枚の三問。高野は藁半紙三枚の九問。
 一人だけ多いのはちゃんと理由がある。
 我がクラスで、一人飛び抜けて数学が出来ない高野のために、数学担当の鈴木先生は少しでも高野の力になるようにと、俺たちよりも難易度が少しばかり低い問題を用意した。まずこれが一枚。次が俺と笠木がさっさと終わらせた、クラスメイト全員に出された宿題。これが二枚目。最後の一枚は、昨日、俺が渡し忘れたものだ。高野は鈴木先生に提出を求められたときに初めて気付いたのだ。で、持ってすらいなかったので、ため息と共に同じ物を渡された。昨日、俺がちゃんと渡していれば高野の宿題は二枚だったかもしれない。
 もちろん俺も、悪意があって渡さなかったわけじゃない。昨日ことを思い出して欲しい。あんな非現実で非日常な事が目の前で繰り広げられたら、常識と目的なんてころりと頭から抜け落ちてしまう。言い訳としては充分だ。
 そう言い訳すると高野は渋い顔で「仕方ない」とがっくりと肩を落とした。物分りはいいらしい。それとも今更怒ってもしょうがないと思ったのか。
 そもそも笠木が自分で手渡せばよかったものだ。強いて言えば、高野が少し待って受け取ればよかったものだ。俺が責められる謂れもないだろう。ぶすっとした表情を見る限りじゃ、それを理解しているのかしていないのかは判らない。
「まいまい、希望が手伝おうか?」
 ノートから顔を上げ、笠木が提案した。笠木は同い年と言われたら首を傾げる外見をしているが、数学は出来る。試験のたびに名前を見かけるほどだ(うちの学校は、試験が行われたすべての教科のトップ十を表にして、生徒に配布しているのだ)。本人曰く「数学しか出来ない」らしいが。
「お願いだから、これ以上混乱させないで」
 低いトーンでピシャリと高野は断った。自分で解くことに意義があるんだ!! という向上心溢れる理由からではなく、ただ単に笠木の説明じゃ判るものも判らなくなるからである。
 俺は一度だけ見たことがあるのだ。笠木が――相手は高野ではないが――他の人間に数学を教えているところを。何というか、肝心なところを省略して、どうでもいい(わけじゃないが)ところを懇切丁寧に説明するのだ。人並みに数学が出来る俺でも混乱するだろう。出来ない高野なら尚更だ。
「そう?」
 残念そうに笠木はシャープペンを指でくるくると回した。どんくさそうな見た目から想像出来ない器用さを披露する。
 どこにでもありそうな高校生の会話に、頭から昨日のことがするりと抜けかける。おっといかん、と背筋を伸ばす。
「暇ッス」
 そんな普通の高校生の会話の中、ジャンガリアンハムスターが、真っ白な腹を見せ、手足をだらしなく弛緩し、仰向けになっていた。声に反応して、笠木が指で白い腹をくすぐる。構ってやっているんだろう。
「いやんいやん、そこはだめッス~」
 気持ち悪く身体をくねらせ、吐き気のする声を上げた。
「高野、質問だ」
「手短に」
「こいつの性別って?」
「ご期待通り、オスよ」
 眉間に皺が寄った。ジャンガリアンハムスターは気にせず、身を捩らせる。
「喉はー? 喉はー?」
 笠木が言葉どおり、人差し指で優しく喉をさすった。
「そこはっ、そこはいや~ッスぅ、にゃんにゃんにゃんっ、のんさんってばテクニシャンッス~」
 高野は静かに藁半紙を置いた。ベッドから降りて、デスクの前に立つ。
 ベチン!
「んぎゅあ!」
 高速のデコピンが気持ち悪いジャンガリアンハムスターに炸裂した。自称"魔法生物"のククだ。このくらいの衝撃では死んだりはしないだろう。俺よりも付き合いの長い高野がやったんだ、そうに違いない。
「休憩しよう」
 でも、何事もなかったかのように微笑む高野はちょいと怖いです。



「何から聞きたい?」
 昨日の説明が果たして休憩になるのか。そんなことを思いつつ疑問をぶつけた。
「まず、なんで保健室でやるんだ? あと、保健の先生は?」
「三上先生、保健の先生ね、に留守番を頼まれたの。で、先生は今会議中」
 この学校に来て以来、保健室にお世話になったことがないので、三上先生がどんな人かは知らない。ただ、顔くらいは見たことがある。その程度の認識だ。というか、健康で怪我と無縁な帰宅部は大体こんな認識だろう。
「お前と三上先生の関係は?」
 職場の留守番を頼むくらいだ、そこそこ関係があるのだろう。
「あたしが一方的に三上先生が好き」
 語尾にハートマークが付いていたかも知れない。宝塚歌劇団の男役に憧れる女の子(もちろんファンとしてだ)の表情そのもので高野は言った。
「それと、怪我人がきてもちゃんと応急手当が出来るからかしら?」
 立派な理由のほうを疑問系で言うな。顔を引きつらせ、言葉が出ない俺に高野は微笑みかけた。
「なっとく?」
「まあ、納得」
 内科の場合はどうするんだと思いつつ、頷いた。聞いておいてなんだが、正直どうでもいいことだ。
 ごほん、と咳払いをして気持ちを落ち着ける。冷静に昨日の出来事をゆっくりと思い出し、ついでにケータイが壊れた事も思い出し、ちょいとへこむ。買った店で「ここまで壊れたら修理は難しい、データも同様。でも一応修理に出してみる」とのこと。期待しないほうがいいだろう。
 気を取り直して、高野と顔をさするジャンガリアンハムスターを見た。関係者しかいないからこやつは堂々と出ているんだろう。喋る喋らないじゃなくて、学校にハムスターがいること事態がおかしいからだ。
「あたしとククが何者かって?」
 俺が言うより早く、高野はベッドに腰をかけてから言った。いつもの眠そうな顔とはうって変わって余裕すら感じる。ただ、何に対する余裕かは……勿論俺か。何事も知識量は多いほうが有利だ。
 笠木を見る。
 事情を知っているはずなのに、不思議そうに高野とククを交互に見ていた。
「のんのんにも詳しい話はしてないよね」
「うん」
 なんじゃいそら。
 俺は呆れ顔をした。
 てことはなんだ、笠木は良く判ってないのに手伝いをしてたってか?
「希望が知ってるのは、まいまいが魔法使いで、何か集めてて、ククちゃんが喋って可愛いハムスターだってこと」
「いやん、そんな誉めても何も出ないッスよ、もっと誉めて誉めてッス~」
 殴りたい。
「みぎゃう!」
 俺の意思が伝わったかのように、高野がまた立って、ククを指で弾いて床に落とした。俺は高野に向けてグッジョブと親指を立てた。それを見た高野は小さく微笑んだ。
「えっと、言ったよね、あたしはスターハンターだって」
 表情を改め、高野は言った。
「うん、まずそれから説明して欲しい」
「ん」
 高野は腕を組み、床に落ちたククを見た。ククは「いやッス、酷いッス、暴力反対ッス、今日もお風呂を要求するッス」と身体についた埃を払っていた。
 こりゃだめだ、と言いたげに高野はため息をついて肩を竦めた。
「スターハンターってのは、その名の通り、『星』を狩る人のこと。実際は狩るんじゃなくて、回収なんだけどね」
「星って、あの夜になると見える星?」
 笠木が俺が抱いていた疑問を口にする。
「詳しい事は知らないけど、違う。あれは魔力があって」
「まりょく?」
 笠木は首を傾げる。漫画やゲームでは良く見る単語だが、それらに興味の人間にとっては縁遠い言葉だろう。
「ああ、FFやドラクエのあれだね」
 ものすっご判りやすい例えを笠木は出した。まさか、笠木からそんな単語が出るなんて想像もしなかった。思わず吹きかける。
「?」
 判っていないのは説明していた高野だ。
「すったら説明じゃ日が暮れるッス、ここは大天才のクク様がいっちょババンと説明してやるッス」
 何故か勝ち誇った声と表情でククは言った。埃はちゃんと払ったらしい。その不遜な態度に、高野は何の迷いもなく、ククを蹴り飛ばした。



 涙目で話したククの説明を整理する。
 手始めにすごい事から。
 まず、

 ――高野舞衣はこの世界の人間じゃありません。

 おいおい待ってくれ。そうお思いの貴方、大丈夫です。俺も真っ先に思ったし、口にした。俺の反応に、高野はとても納得出来る返答をしてくれた。
「これが、ここの世界の生き物に見える?」
 ククの襟首を掴んで揺らす。人の言葉を操り、人と人との意思の橋渡し(と思われるもの)をやらかすハムスター。確かにこの世界の生き物ではなさそうだ。ただ、どっかの国では見つけて、隠しているという可能性もある。そんな可能性よりも、「違う世界からきました」って言われたほうが納得出来るかもしれない。
「そうッス、こんな可愛いハムスターはこの世界にはいないッス!」
 自分の容姿をここまで賛美出来るのは、ある意味羨ましい限りだ。
 高野はまた迷わずククを壁に投げつけた。
 だが、高野はどうだろうか?
 見た目はどう見てもどこにでもいる人間で、うちの学校の制服を着てるから、どう考えても女子高生にしか見えない。
 ただし、人の言葉を理解操るハムスターを飼って(クク曰く、公式のパートナーなのでこの表現は間違いかもしれない)いる。おまけに化け物と戦い、魔法としか思えない力を使っていた。
 ククと同様、隠していた存在、と言うより、「異世界の人間だ」と言われたほうが納得出来るかもしれない。
 いや、本人がそう言ってるんだからそうなんだろう。
 昨日のことがあったから信じるが、そうでなかったらこんな話信じなかっただろう。荒唐無稽にも限度と言うものがある。

 高野のいた世界について。
 簡単に言うと、「ここの世界に魔法が付いた感じ」だそうだ。そう言えば顔も名前も日本人だなと言ったところ、「そりゃ日本人だもの」と返答が。「パラレルワールド、ってのが一番近いんじゃないッスかね?」とククは言った。
 パラレルワールドってのは簡単に言うと『この現実とは別に、もう一つの現実がどこかに存在する』といった概念だ。辞書によると『多次元宇宙。我々の世界と併存すると考えられる異次元の世界』だ。俺は『自分のいる世界と、ちょっとだけ違う世界』と思っている。ちょっとだけってのは、俺の家のお向かいさんがいるかいないか、そんな些細な事だ。
 ただ、笠木が言った「FFやドラクエ」的名ファンタジー世界が舞台ではなく、現代日本が舞台なのだろう。
 高野の住んでいた星はやっぱり地球。国は日本で、埼玉に住んでいたそうだ。ここまで聞けば、先ほど高野が言った「ここの世界に魔法が付いた感じ」という言葉が納得出来る。

 次、『星』について。
 高野ははっきりと言った。

「よく判らない」

 と。何を暢気でいい加減な事を言ってやがる、と思ったが、それが高野の上司やそっちのトップの判断らしい。
 世界中で回収、分析したところ『正体不明の魔力を持っているが、とりあえず害はなさそう』と言う事だけ判ったそうだ。世界の優秀な頭脳を集めて出た結果がこれならば、どうしようもない。
『星』は今年の一月末(時間の流れは同じらしい。こっちが正月ならあっちも正月という感じだ)に、高野が元いた、魔法と機械が両立する世界に降り注いだらしい。日本だけじゃなく、世界中に。
 世界中だけじゃなく、他の世界にも。
 他の世界――それが俺たちが住んでいる世界だ。
 そこで俺は異議を唱えた。
「降り注いだ、って言うくらいなんだから、物凄い量だろ? だったら目立つし、ニュースになるはずだ。俺、そんなの見てないぜ? それに星が落ちてきたんなら地表にもなんかあるだろ」
 俺の疑問に笠木は「そうだね」と言って頷いた。高野は言った。
「あたしのとこでも地表に何もなかった。というかね、夜に、パーって空が昼みたいに光り輝いたかと思ったら、地面に何か落ちてるって状態だったの」
「目暗ましして、その何かをばら撒いたって可能性は?」
 半分冗談で言ってみた。
「世界中に?」
 その返答に俺は肩を竦めた。組織ぐるみでやったら出来そうだが、物凄いでかい組織がそんな下らないことをやるとは思えない。
「どうしてこっちにも降ってきたって判ったの?」
 笠木の質問に、今度は高野が肩を竦めた。
「あっちの世界にはね、こっちの世界へ移動するための門があってね、それに『正体不明の魔力が通った跡がある』っていう報告が出たのよ」
 高野の口ぶりじゃ、結構前からこちらの世界を認識していたようだ。それを聞くと高野は頷いた。
「うん、ずーっと前から知ってるし、交流もあるみたい。どんな交流だか知らないけど。基本は情報のやり取りだけらしいよ」
 世界のトップシークッレットがあっさり暴露される。でも、よくある話だと思った。
「でも、まいまいはここにいるよ?」
 それは説明されなくても判る。
「あたしらの世界の物が、のんのんたちの世界に落ちちゃったんだよ? あたしらが回収するのがスジってもんじゃない」
 予想通りの答えが出た。笠木も納得したように何度も頷いた。俺は手を上げた。
「『正体不明の魔力を持っているが、とりあえず害はなさそう』な『星』がこっちの世界では化け物になって暴れてる。これはどういうことだ?」
 高野は首をかしげた。
「さあ……?」
「なんだよそれ!」
 思わずつっこむ。
「最初に言ったじゃない、よく判らないって。そりゃあ、報告はしてるけど……」
「ねえねえ、どうして『星』なの?」
 笠木がまったく関係ないことを質問する。
「空から来たものだからよ」
「雨だって雪だってそうじゃない?」
「いいじゃない、便宜上なんだから」
 いい加減だった。
「まだ質問はある?」
 笠木によってはぐらかされてしまった感はある。が、見た感じじゃ高野も良く判っていないようだ。聞くだけ無駄だろう。
 小さく息を吐いてから、高野に頷き、気合だけでデスクに登ってきたジャンガリアンハムスター、ククを見た。
「魔法生物って?」
 笠木も高野もククを見た。視線が集まったご当人は、何故かふんぞり返った。
「魔法が使える生物」
 高野の指に弾かれたククは、仰向けになって倒れた。
「まんまじゃねーか」
「だってそうなんだもん」
 俺のつっこみに高野はぷくーと頬を膨らませた。
「じゃあみんなハムスターなの?」
 笠木は倒れたククの腹を撫でながら言う。
「ううん。鳥だったり犬だったり猫だったり、色んなのがいるよ。で、みんな喋るわね」
 魔法が使えて、人間の言語を操れる高等生物ってことか? というより、姿が他の動物なだけで、他は人間と一緒なんじゃないか?
「まいまいの世界って、モンスターが出るの? 出るなら街の外? 深い森にしかいないとか? あとは……、そうだな山奥とか。海特有のモンスターは?」
 好奇心剥き出しで笠木が話の流れと関係ないことを聞きだした。ゲームやってるなら気になることかもしれない。
「ん、まあ、基本はのんのんの言った通りね。たまに街中でも出るけど……、そこは警察の特殊部隊が片付けるわね」
 ふと思った。魔法生物とモンスターって何が違うんだろう? すぐにそれを高野にぶつけた。
「人間を襲うか、味方するか、あと知性の有無、じゃなかったかな? 見たことないけど、エルフとドワーフあたりは人間の味方じゃないけどモンスター扱いしてないし」
 エルフにドワーフ、なんてファンタジーな単語なんだ。返答よりも、そちらに心躍ってしまう。
「人間嫌いなのか? やっぱり」
「何がやっぱりなのかは判らないけど、嫌われてはいないと思う。好かれてもいないと思うけど。住む場所が遠いからあんまり交流もないし。人間はどこでもったら語弊があるけど、エルフは森、ドワーフは地底。会うの大変じゃない」
 ファンタジー漫画、小説である、人間とエルフ、ドワーフとの戦争がきっかけで~、と言うものはないようだ。ちょっと拍子抜けである。でも、中には好奇心旺盛なエルフにドワーフが人間の街にくるかもしれない。そういうのはどうなんだろう? 好奇心に身を任せ、口にする。だが高野は、
「知らない」
 まるで「興味がない」と言いたげにそっけなく言った。

「これで大体説明したよね」
 ふうと一息つき、ベッドに置いてあった自分のカバンからペットボトルを取り出した。俺のカバン? ああ、平たくなっていただけかと思ったら、大小さまざまな穴が何個か開いてたよ。今日はずっと前に使っていたカバンを引っ張り出したよ。小学生の頃に使っていたものだからボロ極まりないです。何よりデザインが致命的だ。
「最後に良い?」
「――ん、いいよ」
 お茶を飲んでから高野は頷いた。
「どうしてまいまいが来たの?」
 質問の意味が判らない。高野が来たのは『星』の回収のためだ。で、高野はその係、ああ言ってたな『日本国スター対策本部・スター回収部隊隊員、通称、スターハンター』だとかなんとか。
「のんのん、あたしじゃ、……不満なの?」
 しゅんと落ち込んむ高野。笠木は慌てて高野に抱きついた。
「そんなことないよ! ただね、希望はね! まいまいみたいな若い子がどうしてこんな危険なことをやってるのかなって思っただけの! そんな希望はまいまいに会えて嬉しいよ、幸せだよ!!」
 笠木はぎゅーと高野を抱きしめた。抱きしめられた高野は嬉しそうに微笑むと笠木にその身を預けた。
 微笑ましいを通り越して、百合の香りがするその光景に、外野は居心地の悪さを感じずにはいられない。
 二人から顔を背け、一応同性のククを見た。
「……目の保養ッス」
 いいぞ、もっとやれみたいな視線にがっくりとうなだれた。
「判ってないッスね、祐一さん」
 何故か勝ち誇った声で説教垂れる。
「種族を越えて男というものは、女が好きなんス。それが可愛いなら、美人さんなら尚更!」
「ハムスターの分際で人間の女好きってのは、どうなんだよ」
「よく考えるッス! そんな可愛い、美人さんが他の男とイチャついてたら!」
 華麗にスルーされた。
「自分以外の男といちゃつかれるくらいなら同性でにゃんにゃんされたほうがいいじゃなッスか! むしろそっちのほうがいいッス!! いいぞもっとやれッス!!」
 変態だ、変態がいる。でも心の片隅で同意している自分がいるのは内緒だ。
「あたしがきたのはね、そーゆー案件ばっか取り扱ってるとこで働いてたからなんだよ」
「でも、学校は?」
「一応行ってたけど、ま、仕事のほうが時間とってたかな。学校側も容認してくれてたし。それにね、あたし、親いないから」
 優しい笑顔で語るにはちょいと重い内容だった。笠木ははっと息を飲んだ。
「ごめん……」
「いいの、小さい頃からそうだったし。それに、この仕事のおかげでのんのんと出会えたんだから、悪くないよ。むしろ感謝してるくらい」
 今度は高野が笠木を抱きしめた。ハムスターが「いいぞもっとやれッス」と身体を弾ませた。
 俺は疎外感を感じつつ、二人に背を向けた。



「数学なんて将来、必要ないと思うの」
「そう言う奴は大体、数学に関係ない職業につくんだよな」
 俺の一般論に高野はむっとした。
 高野の事情説明という名の休憩を終え、俺たちは再び宿題に取り掛かった。といっても、俺と笠木は英文の写しなのですぐに終わってしまった。高野は予想通り数学に手間取っている。それが予想できたから高野はさっさと英文の写しだけは終わらせていた。
 で、今は俺が高野に数学を教えている。そのほうが早いと判断したからだろうか、それとも笠木に口を出させたくなかったのか。まあ、後者だろう。
「次の問題も、……うん、同じ公式を使うんだ」
「……うう」
 半泣きで取り掛かる高野を見る。学校よりも仕事に行っていた、と言う割りには高野はちゃんと出来ていた。説明すればちゃんと解ける。たぶん、数学が苦手という思い込みと、笠木の説明(と言う名のカオス)に混乱していただけだろう。
 藁半紙を覗くと丁寧に書かれた途中計算と回答があった。
「なんだ、出来るじゃないか」
「そりゃあ、教えてくれたからだよ」
 それもそうだ。
「教え方、上手なんだね」
「……比較対象があれなら誰でも」
 素直な賞賛に少し照れる。それを隠すためにちょいと眉間に皺を寄らせて、笠木をちらりと見た。
「それは、まあ……」
 比較対象にされた笠木は高野がいたベッドで横になってククと遊んでいた。無邪気なその様は微笑ましかった。本気で自分と同じ歳なのかと疑ってしまう光景だった。
「で、あと何問?」
「いちもん」
 じゃあすぐに終わるな。俺はもう放っておいて良いと判断し、ぼうと窓の外を眺めた。
 高野の話をじっくりと検討する。

 高野舞衣は、俺が今生きているこの地球と似た世界からやってきました。
 その世界には魔法というものが存在しています。人間だけでなく、エルフやドワーフと言う種族もいます。似たようなもので、魔法生物という、人間に友好的な生き物もいます。
 人間に害なす、モンスターもいます(どんなものかは不明、ただ聞けば答えてくれるだろう)。

 今年の一月の末、高野の世界に便宜上『星』が降りました。『星』の力は世界のトップの頭脳を持ってしても大したことは判っていません。『正体不明の魔力を持っているが、とりあえず害はなさそう』と言うことだけです。
『星』は高野の世界だけでなく、俺たちの世界にも降ってきたそうです。

 まずここで疑問だ。
 俺たちの世界にも降ってきた。
 高野の世界に降ってきたときは、『夜に、パーって空が昼みたいに光り輝いたかと思ったら、地面に何か落ちてるって状態だった』とのこと。
 俺たちの世界ではそんなことは起きていない。起きているならば大々的にニュースになっているはず。大してニュースを見ない俺でもさすがにそんなことが起きれば知ることになるだろう。
 てことは、この世界ではそんなことは起きていない。世界規模の自然現象(?)なので隠蔽は出来ないだろう。
 これはどういうことだろうか?
 高野に聞いたらたぶん「知らない」と答えそうだ。

 次の疑問。
『正体不明の魔力を持っているが、とりあえず害はなさそう』
 害はなさそう。そんな言葉を使っているくらいだ、『星』が降ったせいでモンスターの力が強くなった! ということはないんだろう。
 だが、昨日俺は見のだ。高野が犬の化け物と戦っているところを。
 これはどういうことか?
 高野の世界でも、俺が見た化け物は発生したが、問題なく排除出来るから『害はなさそう』なのか。それとも本当に何もなかったから『害はなさそう』なのか。
 それとも単純に、『星』は高野の世界では無害だが、俺たちの世界では有害という事だろうか?
 魔力のないこの世界で?
 似たようなものだと……電力か? でもそれは高野の世界にもあるだろう。
 どういうことなんだろう……?

「できたー」
 難問を片付けたと言いたげに疲労が滲んだ声だった。
「おつかれ」
「うん、ありがと。うぅうんっ!」
 シャープペンを置いて背筋を伸ばす高野。細い腕が蛍光灯に照らされた。
「まいまい、お疲れ様~。……三上先生、遅いね」
 ククを肩に乗せ、笠木が言った。
「そうね……もう、五時かあ。今日は駄目かな」
「何が?」
「ん、星回収」
 疲れていても仕事を忘れない高野に尊敬の念を覚えた。というか、本業なんだから当然か。学業が副業か。羨ましい。
「なあ、お前今後数学の宿題が出たらどうするんだ?」
 一つのひらめきと共に高野にとって嫌な質問をした。良い意味か悪い意味か、どちらかは受け取る側が決めるとして、高野は数学担当の鈴木先生に目を付けられている。たった二週間(実際に接する時間はもっと短いが)で力を入れて指導してもらえるなんて、ある意味幸せである。高野の事情を知った今では、ただの迷惑にしか映らないが。
「……嫌な事言うわね。……まあ、頑張るよ」
「一人で?」
「うーん、皐月に聞いても……駄目か、あたしと一緒で苦手だし。じゃあ美沙緒ちゃんは……ああ、バス通だもなー、すぐ帰っちゃう」
 皐月というのは高野、笠木と仲の良いクラスメイトである。で、美沙緒というのは皐月、西野皐月の幼馴染の真鍋(まなべ)美沙緒(みさお)。これまたクラスメイトである。真鍋とは少し話した事がある。奴は一言で表すなら"おっさん"である。見た目は普通の女子高生なんだが、言動がいちいちおっさんくさいのだ。笑い方も豪快だし、ペットボトルの飲み方も「プハー! この一杯がやめられない」と親父くさい。居眠りの仕方も、ドラマで見かける、居酒屋で潰れている親父そのものなのだ。……というか居眠りは堂々とするもんじゃないよな。豪胆な人物だ。
 西野にはもう一人幼馴染がいる。その名は佐久間(さくま)浩人(ひろと)。これまたクラスメイトである。話した事はないが、普通の高校生だ。ただ、西野とよく真鍋をどついているのを見かける。
「何とかするよ」
 力なく、引きつった笑顔で高野は言った。その笑顔に悲壮感が漂う。こっそりとガッツポーズを取った。
「なあ、これから俺が数学見てやるからさ、高野の仕事の手伝いさせてくれよ」
「はい?」
 俺の提案に、高野は固まった。意味が判らなかったのだろうか。
「え? なに?」
 聞きたくないことを聞いてしまったが、確認は取らざるを得ない、そんな表情にちょいと腹が立つ。だがそれをぐっと堪えてもう一度言う。
「これから俺が、お前の、数学を、見てやる。だから、お前の、仕事の手伝いを、させてくれ」
 判りやすく細かく文を区切る。言葉の意味を理解した高野の顔が引きつる。
「……っだめ」
 否定の前のためが、迷いだと思いたい。
「危険、危ない、物騒」
 全部同じ意味じゃないか。
「大丈夫、邪魔はしない。ちゃんと後ろで見ている」
 おいおい、お前昨日、化け物を見てビビっていたじゃないか。そうつっこまれても仕方ないと思う。でもあれは突然のことだった。ちゃんと知っていればたぶん、そうたぶん、冷静に対処出来たはずだ。
「そういう問題じゃない」
「判ってる。でも、クラスメイトがそんな危険な事をしているのに、放っておけというのは酷な事だ。
 それにな、自分と同い年の女の子が戦って、男の俺が戦わないなんて、情けないじゃないか」
 心にもないでまかせ、ではない。ちゃんと心配している。でも半分くらいは好奇心だったりする。
 高野が、ほんの一瞬、きょとんとした。だがすぐに表情を引き締める。
「だめ、責任取れない」
「こっちの日本には自己責任という便利な言葉がある」
 危険な国ですよ、と散々言われている地域に行って人質として捕まったユカイな三人組を思い出しつつ言う。
「それに、数学どうするんだ? 一人で出来るか? それとも笠木に頼むか?」
「それは嫌」
 即答だよ。笠木をちらりと見ると、少し悲しそうな表情をしていた。
「このままだと試験も困るな。で、一人で出来ないとなると補習も確実だな。知ってると思うけど、うちの学校は再試よりも補習のほうが多いぞ」
 参加したことがあるから知っているわけではない。友達から聞いたのだ。
 再試は数時間の拘束で済むが、補習は数日の拘束となる。高野にとっては厄介なものだ。
「な、俺、責任持ってみるから、手伝わせてくれよ。別に一緒に戦いたいなんて言わない、ほら、情報収集とか」
「そ、それくらい、自分で出来る……」
 俺に「数学が?」とつっこまれると思ったんだろう。勢いがなかった。
「いーんじゃないッスか?」
 ククが会話に割って入った。笠木はベッドから降り、デスクの前に立った。左肩からククをデスクの上に下ろした。
「舞衣さんの数学の出来なさっぷりを考えたら、悪くない条件じゃないッスか」
 間髪いれず、ぺちん! とククは弾かれた。
「にゃッス!」
 強く弾いたんだろう、折角デスクの上にいたのに、今では落ちる寸前だ。笠木が慌ててククを両手で救い上げる。
「うー……」
 悩んでる悩んでる。眉間に皺を寄せ、唇を歪ませて、腕を組む。足はいつ苛立ち気に貧乏ゆすりが始まってもおかしくないほど忙しなく動いている。
 待つ。ただひたすらに。
 時計の針が進む音だけが聞こえる。
「ちゃんと、教えてくれる?」
 お、良い兆し。見えないようにガッツポーズ。
「もちろん」
 大きく頷く。
「戦闘には関わらない? ちゃんと言う事聞いて、離れたとこにいてくれる?」
「もちろん」
 同じ動作を繰り返す。何故か笠木も同じ事をしていた。……まさか。
「もちろんっ、まいまいの邪魔はしないよ!!」
 左手をきゅっと握り締め、ガッツポーズ。勢い良く作ったせいで、二つに結ばれた長い髪が揺れている。
「え、のんのんも?」
 引きつる高野に笠木は微笑んだ。
「希望はまいまいの、保護者だから!!」
 それは初耳……。まさか、今まで倒れた高野を運んできたからとかという理由じゃないだろうな?
「これならすぐにまいまいを運べるよ!!」
 倒れる事を前提に話されてもな……。ま、友達思いなやっちゃな。高野もちょっと困ったように笑っていた。
「決まりッスね!」
 高野の前でククはぴょこぴょこ飛び跳ねた。普通のハムスターでは見られない光景に目を細める。まあ、規格外の生き物なんでハムスターと同一視していいのか悩むが。
「じゃあ早速、と言いたいところだけど、今日はもう遅いから解散ッスね」
 ククの言葉に俺と笠木はブーイング。
「今日は見たい番組があるッス、駄目っス。認めないッス。それに舞衣さんはこれから買い物行って晩御飯作るんス、だから駄目ッス!!」
 最初に後者を言え。素直に諦めるわ。
「じゃ、先生が帰ってきたら、帰ろう」
 高野は軽くククの頭を叩いてから、言った。

 程なくしてここの真の主が帰還。俺たち(正確には高野)の役目を終えた。俺たちは挨拶をしてから保健室を後にした。初めてじっくり見る三上先生は、美人だった。ただ、なんとなく冷たい印象を覚えた。顔立ちは整っているのでちゃんとした美人なんだが、目つきが少しばかり鋭いからかもしれない。そんな三上先生と話す高野は幸せそうだった。笠木は幸せそうな高野を見て、微笑んでいた。友達が笑っているだけで幸せらしい。
 校舎を出、夕闇迫る空の下、仲良く歩く女子二人の背中を眺めつつ思う。

 非日常よ、さらば! ってか?
 ただ学校に行って、時間を潰して帰ってくるだけの生活も嫌いじゃなかったけど、これはこれで楽しそうだ。
 それに――、良い機会だ。
 何より、すごく楽しそうだ。
 任務できている高野には悪いと思うがね。



[26768] スターハンター 03 ~本業の見学と危険な散歩~
Name: りむる◆dfa7558d ID:ff05f576
Date: 2011/03/30 17:05
 私立鳴星高等学校は、北の大地の、S市の外れの、山の上にある。正確には、中腹だけど。
 でも山ってことには変わりない。ちなみに隣りにはスキー場がある。冬の体育はおかげでそれだ。
 なので、うちの学校は木々に囲まれている。森といったら大げさなので林に囲まれている、が正しいかもしれない。
 自然環境は良い。良すぎるので、窓を開けるとたまに近所の農薬の匂いが漂ってくる。虫も大量に入ってくる。網戸なんて気が利いているものはないので夏は悲惨である。
 自然環境の良さはこれだけではない。近くのコンビニまで歩いて二十分かかる。一番近いバス停も同様だ。だから、校舎前まで運んでくれる学生専用バスがある。一番近くの地下鉄の駅からが一つ。これは学校まで約三十分かかる。一番近いJRの駅から一つ。これは約一時間かかる。
 平たく言えば、うちの学校はド田舎にあるってこった。





スターハンター 03
~本業の見学と危険な散歩~





 放課後、高野の宿題(当然数学だ)を見てから(「これで合ってる? 合ってるよね? 間違ってないよね?」と何度も確認させられた。間違えたら再提出があるからだ)、高野のバイト――ではなく、本業の『星』を探すお手伝いを始めた。ま、昨日約束した通り、後ろで見てるだけなんだけど……。
「なあ、いつもこんなことやってるのか……?」
 校舎裏の林に入って約三十分。口にすまいと思っていた愚痴の代わりに、当り障りのない疑問の声を上げた。
「うん、嫌なら帰ってもいいよ」
 高野はこちらを見ずに言った。頭の上に乗ったククが何故か馬鹿にした表情で俺を見ている。むかつくが、足元の泥が気になってすぐに視線を下に向けてしまう。
 昨日、日がとっぷりと暮れた頃、雨が降った。大雨だったが、朝には上がっていた。
 これを示す意味は何か?
 登校時間から現在の天気は晴れだ。雲はあるが、青空のほうが圧倒的に多い。
 だから、アスファルトの地面はすぐに乾いた。グラウンドはさすがにまだ濡れている。
 で、今俺たちがいるのは校舎裏の林だ。
 持ってまわした言い方ですまない。
 つまり、林の地面は濡れていると言う事だ。
 別にべちゃべちゃのドロドロという有様ではない。草があるおかげで足元自体はしっかりしている。だが、濡れているので滑る。それにここは獣道ですらない。草木を掻き分け、なんとか進んでいる状態だ。もちろん、道を作っているのは高野だ。俺と笠木はその後をついていっているだけ。
 で、ここはアスファルトの地面のように平坦ではなく(ここらへんは坂ばかりなので平坦な道そのものは少ないが)、ところどころ隆起、沈降している。まあ、デコボコということだ。
 だから、水溜りがある。当然、道を作るときにそれを避ける。それは、道以外のところにはあるということだ。足を滑らせ、転ばないように足を出したところが水溜り、ってのが何回かある。おかげで靴は勿論、制服のパンツの裾は泥だらけだ。
 高野は道を作っているものとしてそんなへまはしない。なら笠木はどうか? こいつはちゃっかり(?)高野と手を繋ぎ、さり気にフォローしてもらいながら進んでいる。なので足元は綺麗なもんだ。
「それよりも本当にここなの?」
 足元から視線を上げると、不満げな高野と目が合った。隣りの笠木は何が楽しいのか、にこにこしている。……いや、基本的ににこにこしてるやつなんだよな。
「ああ、信用できる筋からの情報だ。最近、校舎裏で不気味な唸り声が聞こえるってな。あと、変な鳥を見かけたってのもだ」
「何よその『信用出来る筋』って」
 カッコ良く、なんとなく情報通を気取ってみたが、あまり受けなかったようだ。隠しておくものでもないのでネタばらし。
「太一(たいち)だよ。宮元宮元(みやもと)太一。あいつ、友達多いから色んな噂知ってるし、ここいらの散歩が趣味だから聞いてみたんだよ」
 これだけの情報だと縁側でお茶を啜ってそうな好々爺っぽい。だが、太一は普通の男子高校生である。ただ顔がちょいとイケメンらしい(クラス女子判断)。……俺はどこにでもある顔だと思うんだが。
「うん! 希望もね、たっちくんにね、聞いたんだ。そしたらね、今、芳岡くんが言ったことを教えてくれたよ」
 たっちというのは太一のあだ名だ。野球の漫画じゃない。お笑い芸人でもいた気がしたが、それでもない。笠木以外に呼んでいる奴は見たことない。
 笑顔の笠木の援護射撃。高野は少し考えた後、笑顔を笠木に向けた。
「そっか」
「うん!」
 短い、だがなんとなく濃いやり取りに疎外感を感じた。視線をちょいと上げてククを見ると、いやんいやんと身体をくねらせていた。はっきり言って気持ち悪い。
 なので現実逃避のためにちょいと説明させてもらおう。
 宮元太一について。
 こいつは去年から、この学校に来てからの俺の友達だ。温和な性格で人当たりが良い。それに時々冗談を言って周りを適度に沸かせている。そのせいで、先ほど言ったように友達が多い。そのおかげで数々の噂話(学校の七不思議から先生のプライベートな情報までと幅広い)に詳しい。
 趣味は散歩と爺臭い。が、小さい頃からのその趣味のおかげで足腰が丈夫になったらしい。下半身だけ見れば陸上部だ(実際、太一は長距離が得意だ)。
 顔は、これも先ほど言ったが、そこそこイケメンらしい。けど、誰かと付き合ってる、というわけではない。言い寄ってくる女が多いのに彼女がいないってのはもしかして、なんて噂が立ったときもあったが、本人は明るく軽く否定。別に女が嫌いと言う話でもなく、男のほうが好きとかという話でもない。
 ただ単に、好きな人がいるからだ(もちろん女子)。しかもそれを公にしている。大っぴらにしたとたん、女子がその手の話を振ってこなくなった。まあ、一時しつこい女子がいたらしいが、どうにか上手く諦めさせたらしい。
 で、太一の好きな人ってのは……これはまあいいか。
「情報はありがたいんだけど……」
 我に返ると高野は周りを見てため息をついた。
「曖昧なのはね。なんとなく気配はあるんだけど……」
 確かに。校舎裏ったって範囲が広すぎる。それに方角によってはスキー場についてしまう。
「気配が判るならなんとかなるんじゃないのか?」
 シロートなりの意見。
「んー、なんていうのかな、ここら辺りに気配が広がってるっていうの? いるのは判るんだけど、その範囲が広すぎて、どこにいるか判らない感じ」
 ……とにかく、いるにはいるらしい。
 首をかしげながら高野は言う。何故かククも同じ動きをした。
「もっと具体的な情報はないの?」
 俺と笠木は無言で首を横に振った。それを見た高野は仕方ないと言いたげに軽くため息をついた。
「のんのん、ちょっと離れて」
「ん、何をするの?」
 言葉に従いつつ、当然の疑問を言う。
「このまま探し回るのは、効率が悪いから、違う方法をで探す」
 その言葉にピンときた。まさか、魔法ですか!?
「クク、少し精度を上げて」
「うッス、晩御飯はオムライスを要求するッス」
「いいからやって」
「……冷たいッス」
 コントみたいなやりとりをしてから、ククは眼を瞑った。高野も同じように眼を瞑る。
 風が木々を揺らし、葉と葉がこすれ合う。
 高野の肩までの髪が小さく揺る。それもすぐに治まり動きが完全に止まった。

 ――静寂。

 ククの毛が逆立ったと思ったその瞬間、身体を何かが通り抜けた。
 ……ような気がする。隣りまできた笠木を見ると「あれ?」と首をかしげていた。二人同時に違和感ってのは、偶然ではないだろう。気のせいではないらしい。
「っ!」
 ぴくん! とククの身体が震える。直後二人、じゃなくて、一人と一匹は目を開け、走り出した。
「ええ!?」
 突然の行動に笠木が面食らう。おかげて俺が冷静になった。
「見つかった、ってことじゃないか?」
「ああ、なるほど~」
 笠木は暢気にぽんと手を叩いた。
「追いかけるぞ!」
「え、ええ、うん!」
 戸惑ったのか躊躇ったのかどっちか判らないが、笠木は俺に遅れて走り出した。泥がはねるのは……諦めよう。



 泥がはねる事など全く気にせず高野は走る。俺もそれは気にしていない。けど、後ろの笠木は気になる! 走りながら悲鳴、一歩手前の声を上げ、濡れた草や泥に足を滑らせるんだからどうしてもフォローに回ってしまう。転んでいないのが奇跡の状態だ。おかげで高野とはどんどん距離が開いてしまう。そういえば前に西野が「足が速い」と言っていたな。それを実感する。本当に速い。こんな状態で判断するのもあれだが、きっと俺より速いだろう。ま、部活してない帰宅部の足なんてたかが知れているが。
「笠木、急げ! 見失う!」
 ここは林である。視界は決して良くはない。というか、悪い。枝が無秩序に伸びて視界を多彩に遮っている。
「あうあうあう~」
 間抜けな声を上げる暇があるならスピード上げろ! と言いたかったが、体力の無駄なので、笠木の手を引っ張って走ることにする。
「あうあうあうあう~!」
 抗議の声にも聞こえなくもなかったが、俺は構わず半ば笠木を引きずるように全速力で走った。

「うわああああああああああ!!」

 悲鳴が聞こえた。
 当然と言えば当然の、今俺たちが向かっている方角から。もっと言うならば高野が駆けて行った方角から。
 ……俺ら以外にもこんなとこを歩いている奴がいるのか!?
 前日雨の林なんて、歩きにくいにも限度ってもんがあるってえのに!!
「笠木、急ぐぞ!」
「あうあうあうあうあう~!」
 強く強く笠木の手を引いて、すでに見えなくなっている高野の背中に向けて、俺は全力で走った。



 高野の後ろ姿が見えた。
「わああああああああ!!」
 悲鳴が響くそこは開けた場所だった。木がないので雑草が緑の絨毯のように生えている。雨水が光って滑りそうだった。剥き出しの土の部分もあるが、大体は小さな水溜りかぬかるみになっていた。その中心で、一人の男、うちの制服を着ているから男子高校生が、腰を抜かしていた。
 あれ? なんか見覚えがあるよーな……。
 暢気に、戦闘をおっぱじめようとしている空間にいるものとしては暢気に考えていると、銀の塊が男子高校生へと襲い掛かってきた!!
「――っ!!」
 恐怖に目をぎゅっと瞑り、必死になって両手で頭を庇っている。幸いその腕に怪我はない。
「――っ」
 高野は止まることなく、銀の塊と男子生徒の間に割って入り、

 ギンッ!!

 刃物と刃物がぶつかり合う甲高い音を響かせた。武器は持っていなかったはずだが、きっと出したんだろう。でなきゃ血の海だ。
 がっちりと受け止めたおかげで銀の塊の正体が見えた。
 鳥、である。
 色は先ほどから言っている通り銀。綺麗な銀ではなく、手垢にまみれた百円玉みたいな色をしている。で、大きさは……五十センチくらいある。これは大きさからして、鷲とか鷹の猛禽類じゃなかろうか。小さい頃に動物園で見たことがある。あとはテレビで。いや、こんなに大きかったっけ? そういや、人の腕に乗っている映像を見たことがある。てことは普通は三十センチくらいじゃないか?
 深く考えるのはよそう。これは"鳥の化け物"で充分だ。
「――ちっ!」
 高野はいつの間にか取り出していた短剣二本で銀色の猛禽類を弾き飛ばした。が、猛禽類もただでは離れていってくれない。目(前回同様、深緑のぼんやりとした光だ)を強く光らせ、その身から、身体と同じ銀色の羽を飛ばしてきた!! 翼を開いたわけでもなく、身体を粘土か泥みたいに溶かして搾り出した。すごく気持ち悪い。
 なんとなく、危ないんじゃないかなと思う。
 とさ、と軽いものが落ちる音がした。
「――おわるまで、まもって!!」
 怒声に近い高野の声。
 それに応えたのか、高速で何かが俺たち、というか、男子高校生の眼の前を覆った。先日、俺の目の前に土の壁が出てきたのを思い出した。

 ずざあああああああああああああああ!

 高速で何かが俺たちを覆う。
「うわわわあわ!!」
 笠木が慌てて俺に身を寄せてきた。高速で動く何かは笠木のすぐそばを通り抜けたのだ。というよりも、俺たちの周り(上も含める)をぐるぐると回っている。それがどんどん狭まってきている。俺はまた笠木の手を引いて男子高校生の下へと急いだ。彼の目の前で展開されたからだ。後ろにいればたぶん、安全だろう。
 それに高野は言ったんだ。『まもって』と。だからこれは俺たちを守る魔法なんだろう。
「ふわああ……」
 笠木は気を抜かれたように地面に膝を突いた。高速で俺たちをぐるぐると回っていたもの、それは土だった。茶色の土が今ではゆっくりと俺たちの周りを回り、守るように壁を作る。銀色の羽はこの土に弾き飛ばされたと見ていいだろう。どんなに鋭い刃でも、高速移動しているものに突き立てるのは難しい。
 土の動きは完全に止まる。
 前回の土の壁と同じかと思いきや、今回は壁ではない。所々に穴が開いている。穴と言うか隙間か。籐の籠のように細長い隙間がたくさんある。指も入らない。爪ならようやく入るくらいだ。
 視界は意外と良い。きっちりと編みこまれている訳ではないので、視界を遮られる事もない。網戸越しに外を見ているのと変わりない。
 前回みたいに一度当ったら崩れると言うことはなく、現状を保っている。銀の羽を弾き飛ばしただろうから、硬いんだろう。
 これなら安全に高野の戦いを見ることが出来る。
 しかし、なんていうか、鳥籠にいるみたいだ。いや、そんな立派なものじゃないな。どちらかと言うとざるか? 俺たち三人を上からすっぽり巨大なざるでかぶせた感じだ。
「ひい~……、ん? あれ?」
 男子高校生はようやく顔を上げた。想像した衝撃と痛みがないことを不信に思ったようだ。
「あ」
 何か見覚えがあると思ったら、こいつ――
「あ!」
 俺と笠木が同時に声を上げ、男子高校生を指差した。
「太一!」
「たっちくん!」
 腰を抜かしている男子高校生は、クラスメイトである前に俺の友達である宮元太一だった。
「な、な、な、な、な、な」
 混乱しているのか怯えているのか、太一は口をパクパクさせた。

 ガグギン!

「ぎゃああああ!!」
 籠……じゃ悪いから、結界に銀色の羽が当って、地面に落ちた。
「たっちくん、だいじょぶ、だいじょぶだよ」
 笠木も怖いだろうに。少しばかり顔が青いし、引きつっている。それでも落ち着いて、頭を抱えてしゃがみ込む太一の背中をさする。
 俺は二度目なので二人よりは余裕がある。今、恐慌状態の太一に説明したところで、きっと理解してもらえないだろう。ならば落ち着くのを待ったほうがいい。
「太一、ここは大丈夫だ」
 試しに声をかけるが、聞いていない。笠木にしがみついて震えている。案の定の反応に、俺は肩を竦め笠木に太一を任せた。
 視線を高野に移す。

 高野は俺たちがいる結界の左前にいた。また左手にだけ短剣を持っていた。右手の剣はまたない。前回と一緒だ。
 化け物に視線を移す。
 鷲か鷹の猛禽類のような鳥の化け物。色は汚れた銀。大きさは五十センチほど。目は前の犬の化け物同様、深緑色のぼんやりとした光を放っていた。先ほど見たとおりだ。
 鳥らしく、ちゃんと空を舞い、上から高野をうかがっている。
 高野の武器は短剣一本。上からの相手には不利……かな? 素人にはその辺は良く判らない。ここは弓等の飛び道具がいいのではないだろうか。
「――……」
 高野は息を鋭く吸い込んで、吐く。視線は外していない。
 が、小さく笑っている。
 けど、こめかみに青筋が浮かんでいる。
 ……もしかして、怒っている?
「そりゃ、連続で守りながらの戦闘ッス、面倒ッス」
 下からの幼い少年の声。見下ろせば、いつの間にか、ククが足元にいた。
「愛らしいボクにドロドロな大地は似合わないッス、肩に乗せて欲しいッス。別に頭でも構わないッス」
 むかつく事を言いまくるククを鷲づかみ、目の高さまで持ち上げた。
「何だって?」
「あ、いや……ッス」
 半眼で低い声で尋ねると、ククは顔を引きつらせ、言葉を詰まらせた。
「まあ、いい。お前、どうやってここに入ったんだ?」
 ハムスターが入れるような隙間はない。結界外から穴を掘って、結果内に繋げれば行き来できそうだが、そんなものを掘る時間はない。それにそんな穴もない。
「剣と一緒に放られたッス。怖かったッス」
 短剣と一緒に落とされたのか。んでもってあの土の高速移動に巻き込まれないように逃げていたのか。
 ん? ここで疑問が沸いて出た。
「何で剣まで落とすんだ? 武器は多いほうが良いんじゃないか?」
「剣を落とさないと、この場所が作れないじゃないッスか」
 俺の手の中でククが小首を傾げる。言っている意味が判らない。
「舞衣さんの魔法って特殊で、武器経由でしか使えないんッスよ」
「それは初耳だぞ」
「聞かなかったじゃないッスか」
 ……そ、それもそうだが。別に教えてくれたって……そんな義理はないか。あっちには。
 また高野に視線を移した。
「土属性の剣には一度だけ土を操れる力があるの。操れる量と操作の質はあたしの魔力次第。あ、落としたのは、土に剣が触れていないと使えないから。ちなみに、こんな結界は初めてだから加減が判らない」
 ……右手に持っていた短剣は土属性だったから落として、武器を失う代わりに結界にしたってことか。前回も同じ理屈か。
「細かい事は後ね。今はあれをなんとかする」
 そう言うと、高野は一本だけになった短剣を右手に持ち替えた。
 倒すべき相手は空だ。ざっと十メートルほど離れている。素人判断だが、短剣じゃリーチが足りないんじゃないだろうか。前回の槍、先ほども思ったが弓、または銃などの飛び道具のほうが良いんじゃないのか?
 俺はすぐにその疑問をぶつける。すると高野はこめかみに青筋を浮かべた笑顔(笑顔なんだろうか)のまま、答えた。
「判ってるわよ。で、武器を出すような隙を向こうが黙ってみててくれると思う?」
 考えもしなかったことを言った。そうか、新たに武器を作ると言うことは相手から集中を外すことになる。どうしようもない隙が出来てしまう。
「でも、このまま睨み合ってるわけにもいかないのよね」
 高野が短剣を握り直したと同時に鳥の化け物も動いた。約十メートル保っていた高度を少し上げ、一時停止。落下する? と思った瞬間、先ほどやったように、自らの身体を泥か粘土のように溶かして羽を飛ばしてきた!
 その数は軽く十……、二十いや数え切れないほどの量だ。短剣で叩き落す数じゃない!
 高野もそう判断したらしく、すぐさまその場から離れた。だが、羽の数もさることながら、その範囲も馬鹿にならない。開けたこの空間に満遍なく羽は降り注いでいる。俺たちはいいとして、高野は無傷じゃ済まされない!
 高野は走りながら右手の短剣の宝石部分を左手で触れ、目を閉じた。この足元が平坦ではないこの場所で、走りながらである。器用なもんだ、と思いつつもそんなことしていいのかとハラハラする。
 羽は草をたやすく切り裂き、地面に突き刺さっていた。木に当たったのも同様だ。鋭い切れ味だ。こんなものを生身で食らったら血の海だ。
 当然、俺たちを守る結界にも羽は降り注いだが、カツンと高い音を立てて弾いていた。破られる気配はない。
 後ろをちらりと見れば、太一と笠木が、抱き合って状況を見守っていた。こちらは放っておいても大丈夫だろう。まあ、何も出来ないけど。
 視線を高野に戻す。
 俺の心配をよそに高野は足を止め、目を開けた。羽はまだ止まない。
「ふきとばして!」
 短剣が呼応するように一瞬強く輝くと、高野を中心に爆発した。
 爆発と言っても火のない爆発だ。正しく表現するならば、風の爆発だろう。だから高野には大した影響はない。髪や制服を強く靡かせる程度だ。
 高野を中心に炸裂した風が、羽を撒き散らす。高野の周囲が一瞬だけ安全になる。だが風は止まず、髪と制服を揺らし続ける。その風はこちらまでは届かない。高野の周辺で留まっているのだろうか。
 が、鳥の化け物もそれを予想していたんだろう。いや、立ち止まったのを見て判断したのかもしれない。鳥の化け物は高野目掛け急降下してきた。約十メートルの高さからの攻撃である。武器は鋭いくちばし。避けられれば終わりだが、当たれば確実に仕留められる攻撃だ。
 風に髪を靡かせながら高野はしゃがみ、濡れた大地に右手を置く。
 何をするつもりだ? しゃがむなんて動きを制限することなんて、鳥の化け物にとっては絶好の隙じゃないか!
 急降下。
 スピードを上げ、鳥の化け物が風を裂いて高野に襲い掛かる!!
「まいまい!!」
 後ろから、笠木の悲鳴が響く!
「――っ!!!!!」
 高野は立ち上がらず(そんな時間ないんだろう)、何か棒状のものを掴むように右手を握り、右腕を地面と平行させるように伸ばした。
 高野の手には何もない……いや! 水だ。しゃがんで濡れた草や土に触れたんだ。きっとそれが新たなる武器となる! と思う。
 俺の考えを肯定するように、高野の右手が青い光に包まれる。それに反応するように、強い風が巻き起こり、木々が揺れ、葉のこすれあう音が響き渡る。
 同時に鳥の化け物が高野のすぐそばまで急降下してくる! だが、まだ避けられる距離だ。しかし、高野にその気配はない。風にその身を靡かせ、鳥の化け物を睨み付けている。
「まいまい!!!!」
 再度の笠木の悲鳴。
 風が高野の髪と制服を靡かせる。あ、この風、もしかして……。
 考えがまとまるより先に、青い光に包まれた高野の右手から、ぎゅいんと音を立てて何かが現れた。天に地にへと棒状のものが伸びていく。しかししゃがんでいるもんだから、地へと伸びていたものはすぐに地面に到達してしまう。だがその代わりと言わんばかりに、棒状のそれは天へと力強く伸びていった。
 それは高速に形を作る。それは棒状の武器だった。先端には拳大の丸いものが見える。
 そして、急降下してきた鳥の化け物の真下にその武器が出現する。先端部分に拳大の青の宝石が見えた。雨のしずくが、陽光を受けてきらきらと輝いている。
 棒状の武器はまだ伸びる。先端部分をぐんぐんと、天へと伸ばしながら。
 そう、鳥の化け物の真下から、鳥の化け物の顎へとその身を伸ばしていく。
「――――!?」
 声も出せず、鳥の化け物は地面に転がった。本来高野に与えるはずだった衝撃が、自身のくちばしに注がれた。おかげで綺麗に折れている。――いや砕けている。薄汚れた銀色の欠片が、周辺に飛び散っている。でも、前回の犬同様、ゆっくりだが気持ちの悪い再生が始まっていた。
 生理的に受け付けない光景から目をそらす。
 完全に出現しきった武器は杖だった。長さは二メートル程。これは素人目で見ても武器と言うより魔法補助道具だ。リーチが長すぎて使いにくそうだし、何より短剣、槍と比べて美術品のように綺麗だからだ。全体的に細くすらりとして、小さな飾りがいくつもある。動かすたびに飾りと飾りが触れ合って、鈴のような音を奏でる。これは戦いの役に立つとは思えない。
 鳥の化け物は悶絶しながら地面に落ちた。それを見て高野はゆっくりと立ち上がる。風はもう止んでいる。
 高野がしたことは大したことではない。
 ただ杖を出しただけである。
 ちょうど鳥の化け物が辿るであろう、軌道のその真下から、先端部分が鳥の化け物に当たるよう、高速に。
 鳥の化け物からしたら、攻撃が成立する寸前に真下から衝撃を食らったことになる。完全に予想外の攻撃だったはず。その証拠がこの有様だ。
 さらに命中率を上げるため、高野は風を周囲に吹かせていた。あれはきっと羽の攻撃から身を守るときに出した風だろう。それを利用して鳥の化け物の軌道を読んだんだ。……たぶん。素人意見だ、本気にしないように。
 言葉にすると簡単だが、命中精度を上げているとはいえ高速移動しているものに上手く当てたもんだ。これが偶然というならばものすごい運だろう。
「ちょっと知恵がついている奴ならすぐに気づくんだけど、やっぱりね」
 高野は偶然ではないことの証明のように杖をくるくると回し、鳥の化け物の元へと歩み寄る。杖の美しさとが融合され、優雅すら感じるその動作からは余裕が見て取れた。鳥の化け物は体制を立て直そうとするが、再生が始まっているとはいえ衝撃はまだ消えない。小刻みに震えるだけで飛び立つはおろか、まともに動くことすら出来ていない。
 まさに絶好の隙、チャンスだった。
 高野はにやりと笑い、杖の先端を鳥の化け物の腹に向けた。チェックメイトである。
「ひっさつ――」
 杖の青い宝石が、高野の声に呼応するように光り輝く。
「――みずてっぽう!!」
 青い宝石がさらに強く光り輝く。
 水鉄砲。
 子供の頃、遊んだ簡素な銃を思い出した。威力など高が知れている。せいぜい紙を貫けるかどうか位だ。もともと人に向けて遊ぶものだ、高い威力があるわけがない。
 当然、高野が望むのはそんな水鉄砲じゃない。この、鳥の化け物を倒せるくらいの殺傷能力を持ったものだ。
 じゃあ水じゃ無理じゃないか?
 おもちゃの水鉄砲を思い出したからといって、水そのものを馬鹿にしてはいけない。
 圧縮、そして高速で打ち出された水は、尋常ではない破壊力を生み出す。
 俺の考えを肯定するように、杖の先端から高速で水の矢が放たれた!

 ズシャウ!!

 目にも止まらぬ速さで、水の矢が鳥の化け物を貫いた! と思う。いや、地面に横になって倒れているし、よく判らないんだ。でも、攻撃が決まったことは確かだ。鳥の化け物は前回の犬と同様、その身を深緑色の光の粒子に変えつつ虚空に溶かしていった。粒子が消えたあとには、直径三センチくらいの石炭みたいな真っ黒な石があった。……これが高野の回収している『星』なんだろう。
 やったみたいだ。
 ほーっと息を長く吐いていると、高野がふらふらと『星』を拾いに行った。
 すると音もなく、役目を終えた結界が土に還っていった。
 任務完了、ってとこかな。
「舞衣さん!」
 いつの間にか落としていたククが、高野の下へと駆けていく。焦りすら感じさせるその走りに、先日の記憶が呼び起こされた。
 本来一日二回しか使えない魔法。
 そして倒れた高野。
 今日は何回使った?
「高野!」
 ククに遅れること五秒。考えるのを止めて、石を拾い、蒼白な顔でなんとか立ってる高野の下へと駆けた。ハムスターと人間である。当然人間のほうが早い。俺が駆け寄ったのと同時に、高野は膝を落とした。何とか地面に触れる前に高野を抱きとめる。
「っ」
 驚いた。見た目からして細いと思っていた。実際に細い。驚くくらいに華奢だ。だから胸のほうもそうだと思っていた。でも、案外ありますよ、お客さん。あれだ、高野ってきっと着痩せするタイプなんだ。ちなみにこういう情報を真っ先に確認するのは男のサガである。
 でも、他は細いな……。もうちょっと肉が付いていたほうが抱き心地がいいのに。それに、重さがあったほうが攻撃力が上がるんじゃないかな……。シロート判断です。
「まいまい!」
 暢気に場違いなことを考えていると、笠木が駆け寄ってきた。高野の身を案じている表情そのもので、目には涙が薄っすらと浮かんでいる。何回かあったとはいえ、友達の具合が悪いところを見るのは嫌か。当たり前のことだが、それはとても大切なことだと思う。
 驚き、でも先ほどに比べたら格段に落ち着いた太一もこちらにやってきた。目が合った。疑問は当然として、好奇心の光も見える。さて、説明しなくちゃ駄目だろうが……。高野がこんなんじゃなあ。
 蒼白な顔色のまま、高野は俺の腕を弱々しく掴んでいる。こんな顔色で、こいつはまだ気を失っていないのか。それに、俺にほとんどの体重を預けているとはいえ、まだ立っている。なんという気力だろう。もしかしたら、意地かもしれないが。
 膝から崩れ落ちそうになった高野を抱き直す。意識はまだ途切れていない。薄っすらと開いた目が、俺を見ている。何かを訴えているのは判る。が、それが何かはさっぱり見当もつかない。
「色々聞きたいことはある」
 そんな俺たちを見ながら太一は口を開いた。その口調から何故か余裕が感じられた。
「けど、一番詳しい人がそんなんだし、明日かな?」
 目に強い好奇心を光らせ、太一は不遜な態度で言った。
 高野の右肩に乗っているククに視線を移す。どこか引きつった笑いを浮かべている。望ましくない状況なんだろう。そりゃそうだ。秘密にしているわけでもないが、大っぴらにしていいことじゃないからだ。関係者は少ないほうが良いに決まっている。
 その証拠に高野が俺を弱々しくだが、睨んでいる。大した気力だ。
 笠木はともかく、俺に話したのはたぶん、教えなかったらしつこく聞き続けるからだろう。そして、知った上で離れてほしかったはずだ。そのご期待に添えなかったのはちょいと申し訳ないと思うが、こちらも数学の宿題を手伝うと言う労力(大したことじゃないが)を提供しているからおあいこだろう。
 それに高野のこの『星』回収は遊びじゃない、仕事だ。しかもただの仕事じゃなくて、文字通りの戦いだ。戦う力を持たない人間は邪魔にしかならない。……笠木はどうも特別くさいが。
 再びククに視線を戻す。高野はしゃべれる状態ではない。よって"パートナー"であるククがこの場で太一をなんとかしなくてはならない。
 引きつり笑顔のクク。こんな複雑な表情がハムスターに出来るのかと感心しつつ、太一に視線を戻した。
 好奇心いっぱいの目で、ククと高野を見ている。もちろん、高野の身を案じているだろう。だから「後日に説明しろ」と言っている。薄情ではないが、好奇心に満ちた発言である。
「こいつの友人として忠告してやろう」
 太一を顎でさしてから言う。ククは困った顔で俺を見た。
「好奇心の強さは俺の比ではない」
 適当に誤魔化しても無駄だと言うことを暗に示した。
 それをすぐに理解したんだろう。ククはげんなりとした顔で肩を落とした。
「じゃ、まずここを離れよう!」
 短いやり取りで自分の望む展開がくると予想できた太一が明るく言った。



[26768] スターハンター 04 ~青大将同好会、発足~
Name: りむる◆dfa7558d ID:ff05f576
Date: 2011/03/31 20:10
「はいはーいもしもーし!」
『ねえ、あんたがカッコいいと思う部活ってなに?』
「久しぶりで挨拶も抜きでそれ? うーん、タランチュラ研究部とか?」
『危ないじゃない』
「そう? カッコいいじゃん」
『安全なのにして』
「そーだなあ……、んー、木琴愛好会」
『吹奏楽部と何が違うの?』
「何もかもだよ! ブラバン部と一緒にしないでしょ!! 大体――」
『それは以前、十二分に聞いたわ。他にない?』
「んー、そだ、青大将部!」
『何するのよ、それ』
「山に入って、青大将を探して、生態を探るの」
『あ、それいいわね。決定。ありがとう』
「本当? いやあ役に立って嬉しいなあ。ねね、今度の日曜空いたんだ、久しぶりに遊ばない? みんなも誘ってって、もう切ったー!!」
「姉さん、ご飯だよー」
「ああもう、何でああも自分勝手なんだよう!!」
「……姉さんが言う?」





スターハンター 04
~青大将同好会、発足~





「しかしさあ、あれだよねえ」
 平日の午後十二時三十八分。学生は大体昼休みである。もちろん俺たちもその例に漏れたりはしない。
「あ?」
 緑茶(ただしアイス)の入った湯のみ……ではなく水筒の蓋を両手で包み込んで、じじいのように飲む太一を俺は見た。
「意外だねえ」
「何が?」
 主語が抜けた太一の言葉に少しの疑問を覚えるが、気にせず弁当を食らう。中身は至って普通のものだ。ふりかけをかけるのも面倒になったのか、ただ黒ゴマを白米にかけただけのご飯と玉子焼き、ウインナー、プチトマト。それに冷凍食品等の弁当だ。毎日作ってもらっているものなので文句はない。大体俺は「不味くなければいい」と言うくらいのこだわりのなさだ。
「ん、祐一が高野に関わろうとしているってことだよ」
 俺の弁当からウインナーをひとつ掻っ攫いつつ、太一は言う。
「そうか?」
 復讐とばかりに太一の弁当から玉子焼きを一つ奪いつつ返事。
「そうだとも。無気力人間・芳岡祐一が他人に積極的に関わろうとするなんて信じられない」
 太一は俺ではなく取られた玉子焼きを恨めしそうに見ながら言った。
 無気力人間。
 太一だろうが、高野だろうが、笠木だろうが、誰に言われてもさほど腹を立てたりはしない。帰宅部だし、バイトもしていない。これといった趣味も無い。勉強にだって興味は無い。試験が近くなれば、一応はやるが、そんな気合を入れてやるもんでもないと思っている。
 将来の夢だって無い。世界的な不景気で未来に絶望しているから、そういう理由でないわけじゃない。本当にやりたいことが無いのだ。
 こう改めて自分を考えるとやる気の無い人間だ。

 無気力人間

 太一は正確に俺を表している。
 でも今は俺のことなんて重要なことでもないだろう。
「いや、あれは気になるだろ?」
 高野が使った魔法を思い出した。土の壁、風で出来た槍、水で出来た杖と矢。それに続くように化け物の姿も思い出された。最初は犬。次は鳥。果たしてその次は何だろう? 楽しみだ。
「そうかね、まあ、そうかもね」
 太一は肩を竦めて俺の言葉を受け流した。そこら辺は詳しくつっこむ気はないようだ。それより気になることがあるからだろう。
「でも僕が気がつかなかっただなんてちょっとショックかな。自然公園だって僕の散歩道の一つなのにさー。うーん、悔しい」
 行儀悪く箸の先端を噛みながら言う。
「でさ、終わったら説明してくれるんだろ?」
「それは俺の決めることじゃないよ」
「そうなんだけどさ」
 ふと沸いて出てきた疑問を太一にぶつけた。
「それはそうと、お前、昨日なんであんなところにいたんだ?」
 放課後、高校生が遊びに行く場所としては学校裏の林は相応しくないと思う。
「いやあ、噂の変な鳥ってのをこの目で見てみたくて」
 好奇心が旺盛な奴だ。
「危険だと思わなかったのか?」
「ぜんぜん」
 目を瞑り、腕を組んで頷く太一からどうでも良い貫禄が滲み出ていた。
「仮に危険と知っていても、僕は行ったね。好奇心の奴隷だから」
 カッコいいんだか悪いんだか、判断に困ることを力強く言い放つ。
「長生きしたいなら、奴隷を辞めることをお勧めするぜ」
 肩を竦め、聞かないであろう助言をしておく。案の定太一は大きく首を横に振った。
「祐一、好奇心とは人類が進化するために必要不可欠なものだよ。それを捨てるなんて、すべての可能性を無くしてしまうのと同義、人類進化のために、いや生きるために好奇心は無くしてはいけない。若いならばなおさらだ。好奇心のために危険に立ち向かい、日々を生きるべきだ」
「さいですか」
 話半分に聞きながら弁当を食らう。
「そもそもだね――」

 ププ!

 太一の熱弁を遮るように、目覚まし時計のアラームのような音が教室内に響いた。これは連絡の放送という合図だ。

 ゴゾゴゾ、ブツブツ

 ノイズ。

『ん、二年三組の高野舞衣さん、二年三組の高野舞衣、至急保健室まで来なさい。以上』

 ブツン。

 一方的な呼び出し(もともとそう言うものだが)に教室内がシンとなる。二回目は呼び捨てなのは……どうなんだろう。
「は?」
 呼び出された本人はクラス中の注目を浴びながら、黒板の上にあるスピーカーを見ながら首をかしげた。
「舞衣、なんかしたの?」
「まいまい、なにかしたの!?」
 一緒に昼食をとっていた西野と笠木が高野に言うが、本人は困惑顔である。
「保健室でしょ? あ、もしかして舞衣ちゃん妊娠した?」
 太陽が昇っている今の時間にしては少し重たい冗談が飛んできた。発言源は見なくても判る、真鍋だ。だらしなく足を放り出して座り、能天気に笑い、さらにペットボトルを酒の入ったコップのようにかっくらうその様はとても親父くさい。むしろ三十四十生きたおっさんよりも親父の貫禄があった。口端からこぼれた酒……じゃなくてミネラルウォーターをぬぐうその様はまごうことなき酒豪である。確か同い年なんだよな……。留年しまくって実は年上ってこともないんだよなあ。なんだよ、このおっさんっぷりは。
 高野が反論しようとする前に西野と佐久間に高速で拳を振るわれてる(軽くだが)。
「美紗緒はほっといていいから、ほら、舞衣、いってらっさい」
「高野、ごめんな」
 西野と佐久間が申し訳なさそうに高野に頭を下げていた。原因の真鍋はけらけらと笑っている。……愉快なトリオだ。
「うん、ああ、うぅん、じゃあ、行ってくるわ……」
 若干引きつつ高野は食べかけの弁当を閉まってから教室を出た。
「つうかなに、あの放送」
 口調はげんなりしているのに、腕は真鍋の首を絞め、西野は言った。本気で絞めているわけじゃないんだろう、真鍋はけらけら楽しそうに笑っていた。
「必要最低限という言葉がしっくりくる。うん、何も変わらないねえ」
 佐久間は腕を組んで一人で、じゃなくて真鍋と一緒に頷き納得している。……知り合いなんだろうか?
「でもさあ、洋子ねえも仕事なんだからもっとそれっぽく言えばいいのに」
「うげっ」
 ぎゅっと本気で締めたんだろう、真鍋が気持ち悪い声を上げた。
「それやられたら俺引く。絶対引く」
「あー……あたしも引くわ」
 西野と佐久間は顔を見合わせると、同時に肩を落としてため息をついた。ため息ついでに力が抜けたんだろう、西野の腕を払い、真鍋が深く呼吸を繰り返した。
 話の内容から察するに、保健の先生、三上先生とあの三人は知り合いみたいだが……。
 そうだ、その手のことなら太一に聞けばいい。隣を見ると、いない。捜索範囲を広げ、教室を全体を見回した。
 ――いた。高野が座っていたイスに座って楽しそうに笠木と談笑していた。
 ちゃっかりしてる、で正しいかな。



 昼休みが終わる直前に高野は帰ってきた。その表情はどこか疲れている、というか、困っている、参っている、という感じだった。何があったんだろう。
 五時間目の授業が終わった後、俺は高野の席へと向かった。先に笠木と西野がいて、ちょいとためらったが、気になるのでそのまま突き進む。
「さっきはどうした?」
 女子三人の視線が集まった。笠木は高野に向けていた表情のままで、高野は詰まらなさそうに口を尖らせている。
「あんたこそどうしたの……?」
 まるで珍獣を見るかのような目で西野は俺をまじまじと見つめた。
「どうしたの? 熱でもある? 病気? あ、発作?」
 失礼なことをまくし立てられる。でも仕方ないんだ。去年(というか最近まで)の俺は積極的に人と関わろうとしていなかったからだ。太一はなんとなくウマが合ったという話。西野は……まあ、俺がちょいと厄介ごとに巻き込まれたときにアドバイスをしてくれたからそこそこ話す程度の関係だった。他の人間とは挨拶程度だ。
「うるせい、で、どうした?」
 相手にするのも面倒だ。適当にあしらい、高野を見た。
「嬉しいんだけど、厄介ごとが増えた」
 意味が判らない。笠木と西野を見てみると、二人とも怪訝な表情していた。
「放課後、また保健室に行くの。……そうね、宮元くんも。あんたもきなさい」
 疲れたように高野は次の授業、現代文の教科書をカバンから取り出した。
「太一もって、その、あれがらみか?」
 バイト、と言っても良かったが、そうするの何も知らない西野が口を出すかもしれない。適当な代名詞で尋ねた。
「うん……」
 俺と高野の会話の意味がさっぱり出来ない西野は首をかしげている。
「希望も行ったほうがいい?」
「それはもちろん」
 なんとなく事情を察した笠木の言葉に、高野は今までの気だるさを吹き飛ばさんばかりの笑顔で頷いた。……何なんだ、こいつ。
「さっぱり判んない」
 一人話についていけない西野が不満げに言うが、高野は聞いていない。笠木に嬉しそうに抱きついているからだ。笠木もまた嬉しそうに高野を抱きしめ返している。何度目だ、この疎外感は。
「まったく、舞衣ものんのんも」
 呆れ、ため息を吐き、やってられんとばかりに首を振る。
「可愛い子らの百合百合シーンでおじさんのハートはドッキドキぃ☆」
 眩暈のするようなヤジを飛ばすのは、五時間目の授業を豪快に居眠りで終わらせた真鍋だった。すぐさま佐久間からの無言の拳が振り下ろされるが、真鍋は黙らない。
「何よ、浩人照れちゃってさ、本当はキュンキュンしてたんじゃないの? ほらあ、のんちゃんてさ、スタイルいいしぃ、舞衣ちゃんは普通に可愛いしぃ~。青少年としては当然な――」
「普通の青少年は女同士の絡みて見ても嬉しくないんだよ! もっと具体的な――」
 自分が何を言おうとしたのか、気がついたんだろう。佐久間は顔を真っ赤にさせ黙った。
「もっと具体的な? なあに? でも制服ってのがまたおじさんに受けるのよね。ほら、若さの象徴みたいなものじゃない? いや、純粋に若さを感じるからかしら? 実際若いわよね。でさ、スカート短いほうが可愛いじゃない? 特に舞衣ちゃん、足が細いのもいいけど、あの白さ。もうぐっと来るものがあるわよね。あの足は世に晒すべきよ。女子の目から見ても保養だわ。昨日の体育の時間にさ、触らせてもらったの。いいわ~もう、すべすべ。毛穴ないし。ああもう、これって差別、とか思うんだけど、舞衣ちゃんだから許しちゃう。それで制服の話よね? 制服ってブレザー、セーラーと二種類でどうのこうの騒がれているけど、世の中にはジャンスカっていう立派な形態もあるのよ。でもあれはどうかな。見た目はね、やっぱりデザイン次第だからなんともいえないけど……、ほら、やっぱり服の構造上、脱がせにくいじゃない? あ、そのままスカートを捲り上げて――」
「馬鹿たれ!!」
 大声で恥ずかしげも無く親父トークを炸裂させる真鍋を、佐久間はさらに顔を真っ赤にさせて殴り飛ばした。一切の遠慮の無い拳で。女を殴るのはどうかと思うが、……思考はもう親父なのでいいと思う。しかし、佐久間、ウブだな。
「お前、大変だな」
「慣れたくないけど、慣れたから」
 苦労が滲み出た西野の口調が切ない。
 教室中の視線を集め、ぎゃーすかと騒ぎながら真鍋と佐久間が喧嘩というか、じゃれあっている。真鍋が佐久間をからかってそれで佐久間が怒って、それで真鍋がきゃーきゃー笑って佐久間をおちょくって……それの繰り返し。
 もう一人の幼馴染は彼らに無関係です、とばかりに背を向けた。
「それが大変だって言うんだ」
「言わないで、薄々感づいているんだから」
 頭を抱え、首を横に振る西野を見て、言葉を飲み込んだ。言うのはさすがに可哀想だった。
 本当に、真鍋の幼馴染って大変だな……。



 放課後の保健室。
 俺と高野と笠木、それに太一の生徒四人。先生はもちろん、保健室の主、三上先生ただ一人。
 高野と笠木は備え付けのイス――病院特有の背もたれの無い丸イスだ――に座っている。俺と太一はイスの数が足りなかったので女子二人の後ろに立っている。三上先生は右人差し指に片手ですっぽり隠せる程度の大きさの、長方形の物体をくるくると回しながら、ゆっくりと室内を歩いていた。
 無言で。
 この無言がキツイ。
 三上先生は高野が惚れる(?)くらいの美人だ。
 繰り返そう、美人だ。それは認める。俺だけじゃなくて太一も認めている。たぶん、うちの学校の全生徒に聞いても美人という答えが返ってくるだろう。そのくらい美人だ。
 顔立ちは整っている。色白の肌にショートボブの黒髪がよく似合っている。形のいい鼻、薄くもなく濃くも無い、でもどこか色気を感じさせる唇。口紅の色は普通に赤なのに、ゾクリとくるエロさがある。耳の形も大きさも普通なんだが、ワンポイントなのか、小さな赤いピアス。教師がそんなんつけていいのかと思う(うちの学校は当然ピアス禁止)が、似合っているのでつっこむ気になれない。
 ここまでなら"ちょっとエロい保健の先生"なんだが……。問題があるんだ。
 それは目。
 眼差し。目つき。
 本当に教職の人間か、と思うほど冷たい。それにきっと、今の機嫌も手伝って悪い。
 確かに少々目つきは鋭い。
 それを差し引いても、この冷たさは無いだろう。
「で」
 俺の考えを遮るように、三上先生は自身が使っているデスクに腰をかけ、足を組んだ。教師と呼ばれる人がそんなことをしていいのか……。タイトなスカートと白衣から覗かせる形のよい足は、黒ストッキングに包まれている。白と黒のコントラストがたまらないです。……俺だって健康な男子なんだ。この反応は当然だ。
「これに録音されてたことはどういうことかしら?」
 長方形の物体をパシ、と掴み、三上先生は冷たく高野を見下ろした。
「…………」
 顔を引きつらせ、固まる高野は何も発しようとはしない。
「あちゃあ~、はあ……」
 数秒の沈黙が抵抗だったようだ。しかし、観念したように深いため息を吐いた。
 唯一話の判らない太一は腕を組んで首を傾げている。笠木は後姿しか見えないの判らないが、さして動揺している様子は無い。
 三上先生は手早く手の中の物体を操作した。

『スターハンターってのは、その名の通り、『星』を狩る人のこと。実際は狩るんじゃなくて、回収なんだけどね』

 高野の声が再生された。これってもしかして、ボイスレコーダーなのか? いや、実際再生しているからそれそのものだろう。

『そうッス、こんな可愛いハムスターはこの世界にはいないッス!』

 言い逃れ出来ない声が再生された。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
 一時停止。そのせいで保健室が沈黙に包まれた。
 どうして録音していたかはともかくとして。
 これは本格的に誤魔化しが効かない状況だ……。



 つい先日ここ、保健室で行われた会話が再生された。内容は後で触れるとして、自分の声が「これが自分の声だ!」と信じていたものと違って妙に恥ずかしかった。
「自分の声を聞くのってどうして恥ずかしいんだろうね?」
 笠木も同じらしく、頬を赤らめ俯いていた。それを見ていた太一が嬉しそうに顔の筋肉を弛緩させていた。
 高野はどうたというと、そんな恥よりも、再生された中身に絶望していた。引きつった笑いを浮かべ、デスクの上に取り出した(生物にこの表現を使うのは少々躊躇いがある)ククを指でペチペチと叩いていた。特に「お前が悪い!」という八つ当たりの感情は無い。なのでとても不気味である。
「整理すると、高野は自分のいた世界に降ってきた『星』を回収するために来たエージェントみたいなものってことかな。で、その喋るいい性格しているハムスターが相棒と」
 いい性格というのは文字通りの意味じゃないだろう。
「んで、高野は魔法が使えると、僕も実際見たしね、あれはすごいね」
 実際見た太一はその光景を思い出したんだろう。うんうんと何度も頷き、かみ締めるように言った。
「やだなあ、そんなこうとうむけいのへっぽこばなし、じょうだんにきまってるじゃない」
 思い切り棒読みで、高野は魂を口から吐き出さんばかりに生気を失った表情で言った。証拠品(クク)を取り出しておいてその発言はなんだんだ……。
「で、何か言いたいことは?」
 三上先生はデスクに座ったまま、ハムスターを見下した。みおろすじゃない、みくだす、だ。……何でこの人、態度がでかいんだろう。
「…………」
 ククは緊張かなんだが知らないが、口をパクパクさせ高野と三上先生を交互に見ていた。
「太一さんのおっしゃることでだいたい正解ッス」
「じゃあ、違うことを補足しなさい」
 威圧感たっぷりに三上先生は言った。いや、本人としては普通に言ってるんだろうが、態度がそれを裏切っている。めちゃくちゃびびってるよ、クク。少しだけ同情する。
「それはないッス」
「だったら曖昧なことを言わないで」
 ぴしゃりと言い放たれた言葉にククの身はぐらりと傾いた。
「山の中に入ってるのは知ってたけど、こんなことをやっていたのね」
 呆れたふうでもなく、淡々と三上先生は言う。そうか、保健室は玄関に近い。身を乗り出せば、窓から玄関も見える。山に入ろうとすれば見えるかもしれない。それに高野は三上先生と仲が良い……とまでは言わないが、顔見知りだ。知っている人間が山に入ろうとするのを見たらちょいと気になるかもしれない。
「あのう、先生の目的は何ですか?」
 控えめに、でもこれ以上ないほどストレートに高野は言った。
「一応、ここの学校の教師として、危険なことをしている貴女を見過ごすわけにはいきません」
 真っ当な言葉なんだが、態度がやはりそれを裏切っている。だから"一応"ってつけたんだろう。判っているなら態度を改めればいいのに。
「危ないのはあたしじゃなくて、好奇心で見学してる人です」
 不満そうに言う高野。しかし何故単数なんだ。笠木だったそうだろう。これが高野の「笠木は特別」補正か。
「一番危険なことをしているのは、貴女でしょう」
 ぴし、と人差し指で高野を指し、ぴしゃりと言い放った。
「でもっ」
 反論しようと高野は腰を浮かせた。
「あたしは仕事で来てて、この学校にいるのはカムフラージュだし、だから」
「でも、この学校にいる以上、こちらのルールに従わなくてはいけない。そうでしょう?」
 そう言うと、三上先生は初めて俺たち三人を見た。恐怖心からでなく、もっともな言葉だったので俺は素直に頷いた。
「今のところ、私にしか見つかってないみたいだけど、他の先生に知られたらアウトよ。停学まではいかないけど、なんらかのペナルティが課せられるでしょうね。
 それに、先生だけじゃないわ。近所の目もある。『お宅の生徒が山に出入りしてるんですけどなんなんですか』って連絡がきたら、貴女どうするの? 学校側もなんらかの処理をしなくてはいけない」
 近所の目、それはまったく考えてなかった。ここは田舎だ。ちょいと騒ぎを起こしたらすぐに目立つ。目立つのは高野の仕事上、あまりいい話じゃない。
「手っ取り早いのは貴女がこの学校を辞めてしまうこと。でもそれは出来ないんでしょう?」
 三上先生が今話しているのは、高野が仕事を続ける上での、学校にいるデメリットだ。言うとおり、辞めてしまえばそのデメリットは消滅する。でもそれは出来ない。理由は判らないが、毎日通ってきてるんだからそうなんだろう。カムフラージュなんて言っていたが、なんか違う気がする。これは俺の勘だ。あまり当てにしないように。
「確かに、上からはきちんと学校に通うように言われています」
 この年頃で学校に通わないのは不憫、なんて理由じゃないだろう。実際高野はあちらにいた頃は仕事ばかりで学校はほとんど行っていなかったという話しだし。じゃあなんでまたそんなことを高野の上司は言うんだろう。不思議だ。
 それに、学校に通うのは、それだけじゃないだろう……。
「でも」
「でも」
 高野と三上先生の声が重なった。
「でも、貴女はやらなくちゃいけない、でしょう?」
「そう、です」
 なにか含んだような物言いに、高野はもちろん、俺と太一も首を傾げた。
「それで提案がある」
 軽くため息をつき、三上先生はデスクから降りた。そして奥からカバンを持ってきた。なんだろう?
「危険でも部活や同好会にしてしまえば、文句は出なくなる。……たぶん」
 後半一言の声が小さい。不確定かい。
「部活って、うちの学校は六人からじゃないですか?」
 律儀に手を上げて太一は言う。
「そう、五人以下は同好会扱いされるわ」
 初耳だった。
「だから、同好会を作って、学校側の許可を得ればいい。まあ、それでも山なら許可は下りなさそうだけど……ないよりはいいわ」
「なるほど、言い訳を作るって事ですね。で、先生が顧問を?」
「そうなるわね」
 つまらなさそうに三上先生は言う。不本意そうだ。なら何故こんな提案をするんだろう?
「メンバーは、まいまい、希望に芳岡くんにたっちくん。同好会なら問題ないね。一応部長……会長かな? も決めなくちゃいけないのかな?」
 笠木が順々に顔を見て言う。
「一応、書類として出さなくちゃいけないから、そうね。誰がやる?」
 どんどん話が進んでいく。
 いや待てお前ら、なんかおかしいと思わないのか?
「ちょっと待ってくださいッス!!」
 ハムスターのククが、小さな身体で大きな声を上げ、話を止めた。
「待ってッス、待ってッス。先生はその中に入っていたことを本当に信じるッスか?」
「お前がそれを言うか」
「うるさいッス!」
 俺のつっこみは冷たくあしらわれた。
「ボクは……まあ、置いといて。舞衣さんが魔法を使ったとか、そんなのどうして信じられるんスか? 他の皆さんは見てるッス。でも先生は見てないッス。どうして?」
 俺が感じた違和感を、ククがもののずばりと言葉にした。
 そう、三上先生は頭っからボイスレコーダーの話を信じている。信じた上で協力しようとしている(だがどこか不満げである)。
 まず信じるのがおかしい。いい年した大人が、こんな高野が言ったとおりの"荒唐無稽のへっぽこ話"を信じるなんて思えない。さらに学校側への誤魔化し方まで進言している。しかもちゃんと同好会という形として提供までしようとしている。
 これはどういうことなのか?
「いいじゃん、ありがたい話じゃないか」
 重要なことなのに、太一は軽く流そうとした。
「あのな、今の状況って教師が生徒の危険な行動を止めないで促してるんだぞ? んなのやっていいのかよ」
 七割くらいの呆れを入れて、太一に言う。もし、止めずに高野が大怪我なんぞしたら責任問題というものが出てくる。知った以上、無視は出来ないだろう。そういうことをちくちく詮索する人間はどこの世界にもいるんだ。……もっとも、この人ならば知らぬ存ぜぬで誤魔化しそうだが。
「それは同好会を作っても変わりないと思うよ。というより、もっと管理責任とか問われることになるんじゃない?」
 ……それもそうだ。書類にして、形にして、顧問なんてものになったら言い逃れなんてもっと出来なくなる。
 なら尚更だ。何故協力する? 形だけでも止めたほうがいい。少なくとも、余計な責任を負うことはなくなる。
「信じるか信じないかは私の自由」
 俺たちの話を聞いていただろう、三上先生はどこか突き抜けた、だが力強い発言をした。これは最初の「信じるか?」という質問の答えだろう。
 確かに、自由なんだが……。なんか違うだろう……。
「理由は……はあ、まあいいでしょう」
 ため息をつき、続けた。
「私の祖母が占い師で、そういう力を持っているのよ。それに小さい頃に向こうの人間と話しているところも見たことがある」
 …………。
 …………。
 …………。
 へ?
 納得できるが、すごいことをさらりと言われた気がする。
「ええええええええええええええええええええええええええええええええ!?」
 ククと笠木と太一が同時に驚愕の声を上げた。うるさいとばかりに三上先生はそっぽを向く。俺は声を上げられなかった。ただひたすらに驚きに身体を硬直させ、目を見開くばかりである。
「こっちの人間にも魔力がある人がいるんだー!!」
 笠木、驚くところはそれか!? 正しいが、……なんか違うだろう。
「ええ、少ないけどいるわ。舞衣がいた世界でも、魔力がない人間がいるのと、同じように」
 こっちの世界にもいるんだ……。よく当たる占い師とか、超能力者とかそういうのだろうか。でもこれらの大半は嘘っぱちなんだが……中にいる本物の正体がこれなのか。すごい。
「それと、好奇心ね」
 先生は小さく微笑み、高野を真っ直ぐに見た。大好きな先生に微笑みかけられているのに、高野は無表情だ。というよりも何か考えている顔だ。数学の問題を解いている最中に見せた表情である。
 好奇心、か。俺もまったく同じ理由で高野に関わろうとしているので何も言えない。うん、だってゲームにマンガの世界がリアルで体験できそうなんだ、関わらなくちゃ、損だろう?
「そっかそっか、そういうの知ってたら、ククちゃんもおかしいとは思わないよね」
 合点いったとばかりに笠木は何度も頷いた。
「本当ですか?」
 落ち着いた、どこか冷たい声で高野は言う。場が一瞬でシンと静まった。
「なんか、都合がいい」
 高野の話も似たようなもんだが、俺たちはその現場を見ているので信憑性ならこちらのほうがはるかに上だ。でも、三上先生の話は……確かに、そう言われたらそうだ。決して俺の意思が薄弱とかそういう話じゃないぞ。
「嘘は言っていないけど、信じる信じないは貴女の自由」
 どこか挑発するように三上先生は笑う。先ほど見せた微笑とは違った、冷たい笑顔だ。ちなみにこちらのほうが似合っている。
「……まいまい」
 笠木と太一は困ったように二人を交互に見ている。しかし何でこう、混乱させるような言い方をするんだ三上先生も。
「どうする?」
 三上先生の物騒な笑顔は変わりない。
「信憑性はともかくとして、話自体はありがたいんですよね」
 無表情から一転、困ったように眉間にしわを寄せ腕を組む。
「言い訳が出来るってのも、魅力的ッス……」
 似たような格好で首を傾げるクク。その姿はどこか微笑ましい。少しだけ張り詰めた空気が和らいでいく。
「いいじゃんいいじゃん、作ろうぜ同好会!」
「作ろう作ろう、同好会!」
 乗り気の太一と笠木が明るく後押しする。二人のノリに困惑しつつ、高野は振り返り、俺を見た。何で?
「芳岡も?」
 小首を傾げ、迷いを浮かべて聞いてくる。
「へ、ああ、いいんじゃないか?」
 しどろもどろに返答してしまう。
「うん、そうね、そうしようか」
「ん、ッス」
 ククに向き直り、高野は頷いた。ククも頷き返す。
「で、なんて同好会にする?」
「案外さ、そのままでもいいんじゃない? えっと、天文研究部!」
「それなんか違うだろう」
「それに、それなら勘違いして他の人も来ちゃうよ」
 あ、そうか。あまり人が興味を覚えるような名前じゃだめなんだ。少数精鋭、それがいい。……精鋭って戦うのは高野一人なんだが。
「うーん」
 四人と一匹そろって頭を抱えている。
「あ、先生、そのカバン何なんです?」
 考えるのに飽きたのか、太一は再びデスクに座った三上先生を見た。三上先生は言われて気づいたのか、そのカバンに手を入れた。
 取り出したのは……ゴーグルだった。水泳用のではなく、スキー用の、目周辺を覆っているものだ。レンズの色は透明。フレームは黒、なんだが、細かい金色の線が何本も走っている。そのゴーグルに、全員の注目が集まった。
「そうね、貴方が良い」
 三上先生は太一にゴーグルを差し出した。
「僕?」
 怪訝に思いながらも、太一は受け取った。
「なんですか? これ」
 全員の疑問を口にしたのは笠木だった。
「顧問はやるけど、一応、ここにもいなくちゃいけない。なので代わりの『目』が必要」
 何が言いたいのか判らない。
「これは私のパソコンと繋がっているのよ。このゴーグルで見た映像がパソコンに送られる。まあ、カメラね」
 そんな便利なもの、出てたっけ? 首を傾げる。しかし太一はそんなことは気にならないらしく、早速装着し始めた。
「へー、面白いね。どれどれ、お、ぜんぜん軽い! はー」
「先生、先生、パソコン見せて」
 笠木の言葉に、三上先生はデスクのイスに座りなおし、ノートパソコンの蓋をあけた。すぐさま笠木が立ち上がってそばによる。俺もついていく。
 ものの数秒でパソコンが立ち上がる。三上先生はマウスでテレビ画面のアイコンをダブルクリックする。するとアプリケーションが起動した。動画サイトでみかけるサイズよりもちょいと大きいくらい。そこに鮮明な保健室の映像が流れた。
「どう? 映ってる?」
 首をぐるりを回して太一は言う。映像も太一の動きに合わせて回った。
「すごいすごい!!」
 はしゃぐ笠木。素直に感心する俺。三上先生はインカムを取り出し、ノートパソコンに接続した。
「もしもし」
「おおおう! すげー聞こえる!!」
「あまり大声を出さないで」
 どうやら通信機能もあるらしい。ははー、これなら離れていたところでもじっくり見ることが出来る。
「双方向か。すげー」
 声を抑え、太一は興奮する。
「これがあれば私が現場に行かなくてもいいでしょう。であとでレポート提出してもらえれば完璧ね」
 インカムを外しながら三上先生は言う。……レポートって?
 俺の表情を見て、三上先生は微笑んだ。冷たくはないが、暖かい笑顔でもない。
「ええ、活動日誌はつけておいたほうがいいでしょう?」
「そ、それはそうですが、そのまま書けって言うんですか? どんな同好会か決まってもいないのに」
「ああ、それなら大丈夫。考えておいたから」
 活動日誌を書くというのはいいと思うが、実際書くのは嫌だ。そう思って話をそらしたのに、あっさりと一蹴されそうだ。
「誰も興味を示さなさそうな、名前ですよ?」
 俺の言葉に三上先生は笑った。嘲笑の三歩くらい手前の笑顔だ。
「青大将同好会」
 思考が止まる。
「あおだいしょう?」
「青大将?」
 笠木と太一が言葉を繰り返す。たぶん、判っていない。
「蛇の青大将のことですか?」
 間違っているとは思えないが、一応確認しておこう。
「ええ、今更調べるまでもない青大将の生態を調べる同好会。これなら山に入る理由もあっていいわ」
 そう言われるとそうだが……。なんか嫌な名前だ。思わずげんなりしてしまう。
「そうだね、それいいかも」
 笑顔で笠木が頷く。ちょっとは嫌がれ、女子だろう。
「人が来なければいいんだから、いいんじゃない? つーか名前なんてどうでもいいし」
 ゴーグルに興味津々な太一は反応が薄い。お気楽な二人の神経が羨ましい。
 このままだと青大将同好会に決まってしまうが(別に俺は反対ではない)、一番関わりのある高野はどう思っているんだろう。というか、何で黙っているんだ? 高野が一番口を出さなくちゃいけないのに。
 俺は高野を見た。
「…………」
 無表情だった。けど、怒りが滲み出ている。怒りの矛先は三上先生、か?
 次にククを見た。こいつは凍りついたように固まっている。
 なんだこの反応は?
 青大将にショックを受けた、なんてことはないだろう。じゃあ……なんだろう?
 笠木と太一はゴーグルと映像に気を取られて高野の様子に気づいていない。
 がたん、とさして大きくない音を立て三上先生は立ち上がった。保健の先生の証の白衣を翻し、ドアへと歩く。
「先生?」
「お手洗い」
 声をあげた俺ではなく、高野を一瞥し、出て行った。すぐに高野も立ち上がって後を追う。ククはその拍子に床に投げ出された。
「うおおお!?」
 それで我に返ったんだろう、変な声を上げている。
「なんなんだ?」



 三上先生と高野が帰ってきた後、細々としたものを決めた。
 まず、名前。
 青大将同好会。
 活動内容は「山に入って青大将を探し、観察。そしてその生態を探る」。
 会員は高野舞衣、笠木希望、宮元太一、芳岡祐一の四人。
 顧問は三上洋子先生。
 で、部長ならぬ、会長なんだが……。

「部長はどうするの?」
 同好会を立ち上げるための書類を書いていた高野はシャープペンを置き、俺たちを見た。
 視線が高野に集まる。そして示し合わせたかのように三人と一匹は俺を見た。
「芳岡、と」
「ちょっと待て!!」
 無言の何かは伝わったが、だからって俺がやる理由にはなってないだろう!
「だめ、書いちゃった」
「消せ!」
 高野から書類を奪おうとするが、さすがはスターハンター。考えなしにつっこんできた俺をやすやすとかわし、ついでとばかりにすっころばらされた。どがん! と景気の良い音を立て、俺は身体測定で使う体重計を巻き込んで壁にぶつかった。ひでえ……。

 なんてことがあり、俺になった。
 かなり不本意だが、代わりにレポートは書かなくていいて良いといわれたので了承した。レポートは笠木と太一が書くことになった。高野は戦いで疲れるから初めから期待されていない。で、残りの二人が仲良く書くというわけだ。
 といっても真面目に『星』回収のことを書くわけじゃない。そこら辺は適当に誤魔化すらしい。
「これでいいですか?」
 書き上げた書類を三上先生に提出。
「ええ、大丈夫よ。明日にでも生徒会に出しときなさい」
「え? 先生が受理するじゃないんですか?」
「部活関係は、生徒会に通してから教師に行くのよ。ま、書くこと書いてあるんだから受理されない、なんてことはないわ」
「へー」
 高野と一緒に感心する。うちの学校はそんなシステムなのか。
「ところで、先生。どうしてボイスレコーダーなんて仕掛けておいたんですか?」
 笠木が話と関係ないことを口にした。関係ないが、気になることではある。
 三上先生はにっこり微笑んだ。冷笑の似合う美女の、温もりある笑顔に、なんとなくだが嫌な予感がした。
「前にいた学校でね、私が留守の間に子供を作った馬鹿共がいたのよ」

 ぶはっ!!!!

 男子二人とハムスターが噴出した。女子一名、高野は嫌悪感に顔をゆがめ、もう一人の女子、笠木は数秒きょとんとし、顔を赤らめた。
「それを私がちゃんと指導しないから、なんて言われてね。それ以来頭にきて置いておくことにしたのよ」
 判らなくもないが、でもそれ置く理由になるか? 疑問に首を傾げていると太一が手を上げた。
「ちなみにその二人はどうなったんですか?」
「男のほうは最初は怯えていたけど、女が産むって言ったからそれに付き合ったわ」
「それってつまり」
「卒業してから結婚したわ。女のほうはさすがに中退したけど」
 周囲の声は賛否両論……というよりも否の声だらけだろうが、ハッピーエンドか。
 なんて考えている俺をよそに、三上先生は淡々と言葉を続けた。
「けど、何年か前に離婚したみたいよ」
 ひでえオチ来ましたよ……。眉間に手を当ててうなだれる。
「でもでも、それって録音する理由になってないですよ?」
 笠木が俺が思ったことを言った。そうだと言いたげに高野とククが頷いた。
「たまに使えることが録音されているから、いいじゃない。今回だってそうだわ」
 涼しい顔でさらりと恐ろしいことを言った。何が恐ろしいのかは考えないようにしよう。



 高野の「今日の回収は時間的に無理」という発言が出たところでお開きとなった。
 生徒会に出す書類(といってもプリント一枚)は部長の俺が預かることになった。明日の昼休みにでも出せばいいだろう。
「寄り道してもいいけど、面倒なことをしないで帰りなさいよ」
 とよく判らない三上先生のお言葉を受け取り、俺たちは帰路につく。
 夕日を全身に浴びながら四人はのんびり歩いて校門をくぐった。
 俺の前方には太一と笠木。ついで笠木の肩にククが乗っている。……あまり人通りの多い道ではないがいいんだろうか。喋っているところを見られなければいいから大丈夫、ということなんだろうか。
 高野は俺の隣にいる。いつもだったらさっさと笠木の隣に行きそうなもんだが、今日はじっくりと何か考え事をしているのか、歩みが遅い。太一と笠木のテンション高いトークに巻き込まれたくない俺は、一人にするのもなんだし、高野の速度に合わせゆっくりと歩いた。
「なんかあったか?」
 沈黙が痛くて口を開く。
「ん? んー、別に大したことじゃないよ」
 あったってのは否定しないのか。
「先生がなんか言った?」
 ちょいとつっこんでみる。
「――……」
 何かを言おうとして、やめる。高野の唇が不機嫌を表すように尖ってくる。
「いや、言いたくないなら無理に言わなくていいんだぞ」
「じゃ、言わない」
 あっさりと高野は言うとそっぽを向いた。なんなんだよ……。
「でもさ、先生が味方についてくれるってのはいいことだろ?」
 明るいほうへと話を移してみる。
「それはね。どっかの誰かさんと違って、ちゃんと安全なところにいてくれるしね」
「嫌味かよ」
「嫌味よ」
 正直なやっちゃな。むかつくけど。
「ところで、どうしてお前は先生のこと好きなんだ? 確かに美人だけどさ」
「話をそらしたわね」
 高野を見習って開き直りたいところだが、都合が悪いのでスルー。
「いいけど……。普通に美人だし、何よりあの人を人と思わぬ冷たい態度が好き」
 語尾にハートマークがついてそうな口調だった。
 人の趣味にケチをつけるほど、脳みそは沸いてはいないが……高野の趣味はおかしいと思う。
「タイトスカートってのがまたそそると思わない? もう、きゅんきゅんする」
 語尾にハートマークがついてそうな口調は変わらない。嬉しさ余ってぴょんぴょんと飛び跳ねる高野の姿は無邪気だ。言っている内容はともかくとすれば。
「えーと、お前ってその、そっち系の人?」
 笠木への態度と相成って、そういう考えがどうしても出てきてしまう。ノーマルな女子高生として是非否定してもらいたい。だが、ほんのちょっぴりだけ、肯定してもらいたい気持ちもある。これは悲しい男のサガである。
「そっちって?」
「その、……同性愛のほう」
 恥ずかしいことを言わせないでほしい……。
「え、あ、ちょ、なな、ななななな、何言ってんの!? 馬鹿じゃないの!?」
 そんな言語中枢がおかしくなりかけるくらい動揺すんなよ。自覚ないのか? あんだけ笠木にべたべたくっついていたら勘違いする奴は出てくるだろうに。
「あたしノーマルです! 恋愛するなら男の人がいいです! 初恋だって……ああ、それはまだだぁ~」
 聞いてもいないことを言うな。なんて立派な自爆なんだ。けど、自称・ノーマルか。自称ってのがなんか空々しいというか、痛々しい、これは違う。寒々しい……違う。うそ臭い。うーん、違うな。
「だったら、そういう発言は控えとけ。あとあんま笠木にべたべたすんな」
 まあ、あのくらいべたべたくっついてじゃれあってる女子は結構いるけどな。でもノーマルだと言うんだからやめたほうがいいだろう。
「なんで!?」
 真面目な顔で高野は詰め寄ってきた。他の子もやってるじゃない、という気迫ではなく、何故それがいけないことなのか? という気迫に満ちている。そ、そんな重要なことなのか。
 驚き半分、呆れ半分で、俺は冷静に返す。
「その気があるように見えるから。実際真鍋はそんなふうに見ている」
 あれは半分くらい冗談だが、高野にはこのくらい言ってもいいだろう。
「え、そ、そうかな……」
 俺が言い切ったせいか、高野はもろに動揺した。俺は肯定を示すため、首を縦に振る。
「そう、なの?」
 また頷く。
「そうか……。そうなんだ」
 心ここにあらず、そんな高野にトドメとばかりにまた頷く。
「判った、手を繋ぐに留める」
「判ってねーじゃん!!」
 俺のつっこみが、響いてこだまする。前方の二人と一匹が振り返るが、気にしない。
 大声に高野は驚いているが、これも気にしない。しかし、当人の高野は何故つっこまれたか判っていない。きょとんとして俺を見ている。
「あのなあ……!」
 俺は帰り道の短い時間を、高野のアブノーマルな行動と、健全な女子高生について語らねばならなくなった。
 異世界の人間はどっか壊れているんだろうか。
 そんな邪推を思わずしてしまうのは、俺のせいではないだろう。



[26768] スターハンター 05 ~青大将同好会、活動開始~
Name: りむる◆dfa7558d ID:ff05f576
Date: 2011/04/02 00:35
「キャー!! いやー!! ちょ、やめ!!」
 真上から、黄色い歓声――悲鳴が聞こえる。
「いやいやいやいやあああ!!」
 明らかに、嫌がっている悲鳴も聞こえる。
 ここは体育館のすぐ横にある更衣室。男子が一階で女子が二階だ。
「ちょっとあんた、やめなさい!!」
 いったい何が起こっているんだろう?





スターハンター 05
~青大将同好会、活動開始~





 四時間目の体育が終わり、今は昼休み。俺は近くにいる高野に声をかけた。
「さっきの体育の着替えのときさ、上で騒いでたみたいだけど、なんかあったのか?」
 昼食をとっていた高野と笠木の手がぴたりと止まり、一緒にいる西野が頭を抱えた。……真鍋絡みか。
「うん、それは是非聞きたい」
 太一が身を乗り出した。好奇心は好奇心でも性的な好奇心だろう。もちろん俺もそちらに関しては興味津々である。
「そんなの、このわたくし! 真鍋美紗緒がセクハラしまくっているからに決まっているでしょう!!」
 力強く変態発言をする真鍋の顔面にハリセンが炸裂した。
「威張って言うな、馬鹿!!」
 ハリセンの持ち主は佐久間。怒っているというより、今にも泣きそうな顔をしていた。たぶん、情けないんだろう。
「ごめん、本当にごめん。特に高野」
「いや……佐久間くんに謝られても」
 顔を引きつらせ、困惑する高野に佐久間は必死に頭を下げていた。……本来下げるべき人物は西野に首を絞められていた。半分くらい冗談だろうし、止めに入るのはかなり間違いだと思う。
「判ってないわね、浩人。舞衣ちゃんの肌の美しさを!」
 ここで真鍋は西野を振り払った。
「この前は足を触らせてもらったわ……。でもそれだけじゃ満足できなかったの。だってそうじゃない? 普段晒されている足があんなに美しいのよ? ならば隠れている身体だって気になるじゃない!!」
 昼間っからこの女は教室中の注目を集め、何を言っているんだろう。
「だから、着替えている後ろから胸を揉もうとしたっていいじゃない!!」
 変態だ。どこに出しても恥ずかしい変態が俺と同じ教室にいて、同じ空気を吸っている。
 やられたことを思い出したんだろう、高野は恥ずかしそうに身をすくめた。
「ぶあかかお前は!!」
 佐久間と西野の怒声が綺麗に重なる。しかし真鍋はめげない。……めげてほしい。
「何よ、直接触ったおかげで舞衣ちゃんってそれほど大きくないけど形は――」
「黙れー!!」
 また声を重ね、佐久間は拳を頭に振り下ろし、西野は額目掛け平手を放った。幼馴染のダブルアタックが綺麗に炸裂し、真鍋はようやく黙った。
「……セクハラされてたんだ」
「うん」
 頬を赤らめ、高野は俯いた。
 恥ずかしいよな、そりゃあ……。しかも相手は女子で、友達か。複雑……のような気がする。
「のんちゃんもね、実は――」
「だ・ま・れ!!」
 すぐに立ち直った真鍋に幼馴染二人が鬼の形相で睨みつける。
「笠木は実は……なんなんだ……くそっ! 聞きたいが、聞いちゃいけない! でも男としての本能が!! うわあああああ!!」
 太一がすぐそばで頭を抱え、苦しんでいた。
「笠木もセクハラされたのか」
 俺の言葉に赤くなって頷いた。
「うん、いきなりスカートめくられて……」
「いや、言わなくていいから!」
 太一が神速を超えたスピードで顔を上げる。そして「あ、僕はいったい何に反応しているんだ、うわああああ!!」みたいな表情になり、再度頭を抱え苦しみ始めた。忙しい奴だ……。
「……もしかして毎回やられてる?」
 そういえば、毎回上できゃーきゃー騒いでいる気がした。
「毎回じゃないよ、美紗緒ちゃん日によってターゲットを変えてるから」
 眩暈がした。
「希望は三回目。まいまいはえっと、一番多いよね?」
「えー? そう言われるとそうかも……でもさすがにブラの中に直接手をつっこまれるとは思わなかったなー」
 箸を落としかけた。話が聞こえていた男子何人かは吹き出していた。……お嬢さんたち、なんて話してるんですか?
「え? 希望、それ一番最初にやられたよ? だからスカートめくりなんて可愛いよね。びっくりするけど」
 また太一が顔を上げ、同じことを繰り返す。小声で「羨ましい」と聞こえたが……気のせいだろう。
「それに、パンツの中につっこまれたわけじゃないしねー」
「ねー」
 俺も吹き出した。太一も吹き出した。幸いお互いに口の中に何も入っていなかったからいいものを……。昼間っから何を言い出すんだこいつらは!?
「ごめん……本当にごめん」
 西野が申し訳なさそうに頭を下げる。
「いいよ、美紗緒ちゃん。冗談半分でやってるし」
 それは半分本気とも取れる。
「うん、美紗緒ちゃんなら平気。女の子だしね」
 男だったら犯罪だ。
「でも皐月にはやらないよね? なんでだろ?」
「それはっ」
 高野の疑問に西野は言葉を詰まらせた。そこで真鍋がまた復活する。クラスの平和のために大人しくしていてほしい。
「皐月はいわゆるマニア受け体型なので、あたしの好みじゃないからよ! 判りやすく言うとまな――」
 西野はゆらりと立ち上がった。音も立てずに真鍋に向かって歩いていく。その後姿に鬼が見えたのはきっと気のせいだろう。
「皐月?」
「皐月ちゃん?」
 高野と笠木を無視し、西野は真鍋の前に立った。珍しく、真鍋が顔を引きつらせ黙った。西野は無表情のまま真鍋の首に手をかけた。ってやばいんじゃ。
「ごめんごめん、さつ、ぐは、くる、くるし! ごめ、さつき!!」
「あああああ、皐月落ち着いて落ち着いて! 殺人は! 殺人だけはだめだから!!」
 本気で謝る真鍋の首を、西野は本気で締め上げ、佐久間が必死になって止めに入った。
 に、にぎやかな昼休みになってしまった。元を辿ればそれは俺の疑問。
「なあ、これって俺のせいか?」
 高野に聞いてみた。
「いや、自業自得でしょ」
 我関せずと弁当を食べながらの一言。救われるはずの一言なんだが、徐々に増える西野を止める人間を見たら素直に喜べなかった。



「美紗緒さんとはいい友達になれそうな気でいっぱいッス! いい酒が飲めそーッス!!」
「なれるわけないでしょうが」
「夢を語るだけなら自由ッス!」
「あ、そう……」
 放課後、青大将同好会メンバー(高野、笠木、太一、俺プラスハムスターのクク)は校舎裏の林を歩いていた。
 きっかけは忘れたが、話の中心は真鍋のセクハラになっていた。
「教室であったことは大体把握してるッスが、他は……特に女子更衣室なんて未知の世界ッス……そこでセクハラ三昧ッスか……同性なもんだから冗談で済まされる……羨ましい限りッス……」
 ここにもどこに出しても恥ずかしい変態がいた。似たようなことを言っていた太一は居心地悪そうに視線を下げた。……まあゴーグルをつけているから正確なことは判らないが。呆れ顔でククを見ていると、視線に気づいたのか、むっとした顔で噛み付いた。
「祐一さんは自分に嘘を吐いているッス! 女子同士のにゃんにゃんにキュンキュンしている自分に気づかないフリをしているッス! もっと自分に正直になるッス!! 解き放つッス!! 自分を!!」
「いいから、真面目に仕事して」
 高野の右肩に乗っていたククを摘み上げ、ゴーグルを付けている太一の顔面目掛け放り投げた。
「にゅッスー!!」
「わあ!」
 慌てて太一はククを受け取る。
『ちょっと、映像が乱れるじゃない』
 ゴーグルから聞こえるのは我らが顧問・三上洋子教諭の声。太一が付けているゴーグルは三上先生のノートパソコンと繋がっている。もちろん物理的ではない。ゴーグルに映るものがノートパソコンでも見れるという便利な話だ。それは前回説明した通りである。
「はい、すみません……」
 謝るのは投げた高野ではなく、太一。少し理不尽を感じるが、高野は一応仕事中だから仕方ない。
「まいまい、いそう?」
「うーん……」
 笠木の問いに高野は唸る。今回もちゃっかり二人は手を繋いでいた。今日の地面は別に濡れてはいない。そりゃあ平地に比べたら歩きにくい場所だが……。いや、とやかく言うまい。
「いるッスよ!!」
 ククは太一の手から素早く駆け上がり、頭に立ってふんぞり返った。
「いるッス、いるッス!! 向こうにいるッスー!!」
 力強く短い腕を前方に伸ばした。
「なら、急いで行かないと!」
「うん、仕事は早く済ましたほうがいいよ」
 笠木と太一がそろって高野を促した。しかし二人ともどう見ても好奇心がむき出しの表情だ。早く化け物を見たいらしい。でも高野は困ったように頬を指で掻いている。あ、そうか。
「離れて見ててほしいんだな」
「ん、うん」
 俺の言葉に高野は少し目を見開いた。たぶん、自分の考えが言葉にされるとは思っていなかったんだろう。
「どのくらい離れている?」
「そんなには。で、動いてないと思う」
 そんな細かいことまで判るのか。
「じゃあ、俺たちは見える範囲で距離を置いて歩こう。五メートルくらいでいいか?」
「うん。あんまり変な動きをしないように。いきなりこっちに走ってきたりしないように。いい?」
 高野は俺たち三人の顔をじっと見て言った。当然俺たちは頷く。
「ククはどうするの?」
 太一の頭に乗っているハムスターに高野は尋ねる。
「ここで見てるッス」
「そ」
 軽く頷き、高野は笠木から手を離した。笠木は高野から離れ俺たちの元へ歩いてくる。
「じゃ、行きましょう」



 程なくして、星の力を得た化け物を発見した。
「あ、小物」
 高野が右手を横に薙ぐように振るうと、槍が現れた。器用にくるくると回転させ、穂先を大地に向ける。一気に地面にいる何かを刺し貫こうとしたところで動きを止めた。
「危なくないから来てもいいよー!!」
 その言葉に俺たち三人は顔を見合わせた。太一と笠木は頷きあい、俺を置いて駆け足でさっさと行ってしまった。俺も歩いて付いて行く。
「祐一、早く!」
「うわ、気持ち悪いねー」
 太一の言葉に足が速まりかけ、笠木の言葉に足が止まりかけた。が、待たせちゃ悪いと思い直し進む。
「今回は何だ?」
 三人と一匹の視線を追う。追った先にはアリがいた。
 アリである。
 白アリのような極悪な生物ではなく、よく見かける黒いアリだ。
 ただし大きさは全部で十センチほどのジャンボサイズだ。ただ、衰弱しているのか動きがほとんどない。
「……これは気持ち悪いな」
「大きくなっただけなんだけどねー」
 普通のアリは小さくてよく見えないから気持ち悪くないってことなんだろう。観察する分にはよさそうだが、俺は生物学者じゃないのでただ気持ち悪いだけである。
「じゃ、仕留めるよ」
 俺たちの返事を聞く前に高野は槍を下ろした。
 声もなく(元々アリは鳴いたりしないが)アリは絶命した。生き物かどうか判らないので表現はこれであっているか不安である。
 いつも通り深緑色の光の粒子が現れ、中空に溶けていく……。残されるのは直径三センチほどの真っ黒い石――星。
「はい、完了」
 軽く言うと高野は槍を手放した。軽く高野の髪を揺らし、槍は風に紛れるように消えていった。その手で星を拾い、懐にしまう。
『あっさりしたもんね』
 三上先生の声が耳に届いた。全員に聞こえているみたいだから、電話で言うハンズフリーモードになっているんだろう。
『その石炭が星なのね』
「いや、石炭じゃ」
 太一のつっこみは黙殺される。
「そうです」
『まだ、時間はあるわね』
 その言葉にポケットからケータイを取り出した。新品の、そこそこ新機種だ。壊れたケータイからのデータ移動は無理でした……。それはいいとして、時刻確認、十六時三十二分。原則として、うちの学校の部活動は十七時まで(もちろん延長しても問題ない。ただ深夜までやると怒られるだろう)。あと約三十分ある。
「どうする?」
「いるから回収する」
 短く判りやすい返答に肩を竦めた。
「距離は?」
「ちょっと離れているかな」
「じゃ、近くなったらさっきの通りでいいな?」
「うん」
「はーい♪」
「ういッス!」
 気がついたら俺がまとめ役になっていた。いいか、部長だし。深く考えず納得しているとククがこちらをすごい目で見ていた。
「なんだ?」
「そっちがいいッス」
 聞こえた太一は頭からククを摘み上げ、俺に投げてよこした。酷い扱いだとククは怒っていたが、面倒なので放っておこう。
 俺は高野の隣りに並び、ククを渡した。ククは高野の手の平から勝手に肩まで駆け上がっていく。逆隣りにを見れば笠木はいない。後ろで太一と談笑している。
「さっきの、武器を出すのは魔法なのか?」
 前々から思っていた疑問をぶつけた。
「うん」
「じゃあ、一日二回までっての一回に入るんだな?」
「それは違う」
 案の定否定した。今までの戦いを思い出すと判るが、風や水を使った魔法は別として、武器を出すってだけなら一日に何度もやっている。短剣、いや双剣か? を右手で一回、左手で一回。そして槍を一回出している。
「えっとね、武器を出すってのは魔法なんだけど、そんなに魔力を使わないの。使うのが、武器を元に戻すとき……えーと、そもそもあたしの武器ってのは土とか水とかそういう材料がないと作れないの。量は多いほうがいいけど、少なくても出来る。ま、硬さとかに違いが出るけど、些細なことよ。
 そんで、一日二回までの魔法ってのは、その土や水を使って作った武器を、元に戻すときに使うの。武器越しにあたしの魔力を送るわけね。それで土の壁とか水の矢を作り出すのよ」
「なるほどね。二回までなのは……疲れるからか?」
「そう、見てるから判ると思うけど、三回使うとすっごく疲れるのよ。二回も結構しんどいときもあるけど。まあ、攻撃手段として使うときはどうしても絶対量を増やさなくちゃいけないから、魔力を食っちゃうのよね。その上、操作も入るじゃない。だから二回までって決めてるの」
「そうなんだ。じゃあ基本は武器だけ戦うのか?」
「そうそう。あたしそんなに魔法得意じゃないしね」
「ふぅん」
 なるほど。気になっていたことは大体聞けた。
「星を探すのは魔法じゃないの?」
 後ろから駆け足で笠木がやってきた。太一もすぐ隣にいる。
「そういう話はみんなでしなくちゃ、ね、先生?」
 見えないが聞こえている三上先生に言う太一。
『そうね』
 当の三上先生はそっけなかった。気にならないのかもしれない。
「前にボクがやったのは魔法ッスよ。もちろんボクの。もちろんこの宇宙一愛らしいボクの。もちろん次元を超えて美しいこのボクの!」
 止めなかったらこいつはどこまでも自分を褒め称えるんだろうか。
「あたしもククも別に魔法を使わなくても星の位置はなんとなく判るの」
 高野はククを完全に無視して言った。
「魔力反応がある、そういうの?」
「言葉にするとそうだね。感覚としては……そうだな、離れているところからでもテレビがついてるとなんとなく判るでしょう? あんな感じ」
 判りやすい例えだ。
「強く感じると凶暴な化け物になってて、弱いとさっきのありんこみたいに死に掛けてたりする」
 当然といえば当然の話だな。
「さっきのみたいのってよくあるの?」
 笠木と並んで歩くことになった高野はごく自然な動作で笠木の手を取った。何故手を繋いで歩くんだ。やっぱり……百合的な関係……いやいやいや! やめておこう。
「半々、かな」
「凶暴な化け物ってのはむしろ少ないんスよ。いつもはそこら辺にいる虫や動物が巨大化していつもと同じ行動をしてる感じなんス」
 それは初耳だった。
「え? じゃあ前に言っていた『とりあえず害はなさそう』ってそれか?」
「そう。実際見たのはこっちでだけだけどね。向こうは巨大化しただけなんだって。不思議なことに巨大化した生物は、自分が巨大化したことに気づかないの。周囲の同じ生き物の反応も変わるのにも関わらず、ね。理由は知らない。そんで、こっちは何でか凶暴化するのが出てるのよね。この理由も知らないからね」
 俺に聞かれると思ったんだろう。高野は俺に向けて言った。
「あ、じゃあさ、人員増やされるんじゃない?」
 道幅の関係で一人後ろにいた太一が声を上げた。思ってもいなかった言葉なのか、高野は立ち止まった。
 そうか、あちこちで凶暴化されたらとても一人じゃ相手に出来ない。
「あー……それ、ありえるよね、つうか、絶対ある。えー……」
 滅茶苦茶不満そうな顔と言う。
「どうして嫌がるの? 楽になるじゃない」
 何気ない笠木の疑問。
「それは」
 何故か言葉に詰まる高野。不思議に首を傾げると、高野の肩に乗っているククが大声を上げた。
「すったらもん、仕事ほったらかしにして遊びほうけているのがバレるからに決まっているッス!!
 遊び相手はのんさんだけじゃないッスよ! 皐月さんに美紗緒さんはもちろん! クラスメイトとカラオケに行くこともう五回!!
 ちなみにカラオケは密室なのでセクハラされほーだいッス!! ハムスターであるこの身が憎いッス!!」
 ククは本格的に変態だと思う。しかし、遊び過ぎだ。仕事できているなら尚更だ。
「遊ぶなよ……」
「だって、誘ってくれるんだもん」
 頬を赤らめてそっぽを向いた。
「つか、まだ二週間、いやそろそろ三週間か。馴染むの早いな、お前」
 感心していると、三人と一匹が呆れた目で俺を見ていた。
「祐一が馴染もうとしないからそう見えるだけだよ……。うちのクラス、人懐っこいのが多いんだよ」
 ……初耳だった。思い出してみれば大して親しくないのに笑顔で挨拶してくれる人がたくさんいた気がする。それに教科書を忘れたときや、授業中当てられて困っているとき、助けてくれる人が多い、気がする。
「美紗緒ちゃんのセクハラを許しているのが何よりの証拠だよ」
「それはちょっと違うと思うけど……あれは皐月と佐久間くんが頑張っているだけじゃないのかな」
 うちのクラスがそんなんだとは知らなかった。これは無関心にも限度がある。でも一人くらい、つんけんしている奴がいたっておかしくない。必死になってクラスメイトの顔を思い出そうとするが、元々関心のないものを覚えているはずもない。俺は思わず顔を引きつらせた。
「野乃原さんってさ、見た目はつんつんしてるけど、話したらすごい気さくな人だよね」
 それ誰だよ。太一に目で訴える。
「ああ、祐一は知らないか。佐久間の斜め前の女子。目つきがちょっと鋭いんだけど、中身は普通の常識人。加えてお笑い好きの笑い上戸」
「そうそう、歌も上手なんだよ」
「前のカラオケでね、もー素敵だったぁ。希望聞き惚れちゃったもん」
 知っている人たちが、俺だけ知らない人のことを話している……。
「あたしが言うのもなんだけどさ、あんた無関心すぎ」
 高野の言葉が胸をえぐった。
「引きずる気持ちも判らなくもないけど、もうちょっと外を見てもいいんじゃない? 案外楽しいことが転がってるよ」
「え」
 言葉の意味が理解出来なくて、それともしたくなくて、俺は高野を見た。
 どういう意味だ?
 俺はこちらに引っ越してきてから、人と積極的に関わっていない。だから、俺のことを詳しく知る人間なんて家族以外いない。それに高野は俺よりも後に編入してきた。家族と高野に接点があるとは思えない。
 だから、高野は何も知らない。大体一番会話をする太一にだって話してないんだ。無論、話す気なんてさらさらないが。
 ……じゃあ、なんで?
「あ!」
 問い詰めるように高野を見つめるが、はっと何かに気づいたように視線を外された。
「どったのまいまい?」
 笠木が真っ先に反応する。
「星、いる」
 短く言うと高野は笠木から手を離し、駆け出した。
「ああ、希望も!」
「置いてけぼりは――」
 高野の言葉に戸惑いつつも、慌てて後を追おうとする二人の手首を掴む。
「!?」
 声も上げずに二人はこちらを振り返った。
「安全のために、距離を空けような」
「…………」
「…………」
 二人は顔を見合わせた後、黙って頷いた。決めたことを早速忘れていたらしい。



 高野は俺たち四人の中で一番足が速い。比べるのが馬鹿らしくなるほど。だから俺たちはすぐに高野の後を追いかけた。当然のように遅れだす笠木のフォローは太一に任せよう。
 先ほどの言葉の意味は今は考えないで、来るべき戦いのことを考えよう。……戦うのは高野だが。
「へ!? あ、はい! 祐一、そっちじゃない、こっち!」
 後ろにいた太一が急に声を上げ、立ち止まった。振り向けば太一は笠木の手を引いて道なき道を突き進みだした。
「え、でも高野はこっちに!」
「先生からの指示なんだよ! 逆らえるか!」
 少し気持ちは判るが情けないぞ、太一! つっこむ前に俺は太一を追いかけた。すでに高野を見失っていたからだ。どんだけ足が速いんだ、あいつは。
 太一は笠木を庇うように走っていた。枝を払い、膝まで伸びている草を掻き分け進む。当然、普通に走るよりも遅くなる。俺は二人の前に出て、ざっとだが、目の高さにある枝を払った。これで少しは楽になるだろう。
「ここを、真っ直ぐだって」
「何でそんなことが判るんだ?」
『魔力センサーがあったわ』
 答えてくれたのは姿の見えない三上先生だった。
『ただ、直線距離だから、進むのは大変でしょうね』
 他人事のようにそっけなく言う。実際そうだが……。ちょいと腹が立つ。
「高野の位置も判るんですか?」
『ええ』
「じゃあ、こっちのマップに送ってくださいよ。そのほうが判りやすい」
 どうやらゴーグルにも似たような機能があるらしい。便利なもんだ。しかしこれってどう考えてもこちらの技術じゃないだろう。あちらの物だったらどうして三上先生が持っていた?
『それは、追々ね』
 俺の疑問と太一の不満をはぐらかし、それ以降三上先生は口を開かなかった。隠し事があるってことか。でもなんで三上先生が? あちらの人間と繋がっているのだろうか? それとも三上先生があちらの人間だとか? でも高野が編入する前からうちの学校にいたし……けど、祖母の仕事で高野の世界の人間を見たことがあるわけで、でもそれは三上先生が直接関わっているわけじゃない。
 判らん。
 あちらの人間と何らかの関わりがあることくらいしか想像出来ない。けど、何のために関わる?
 言動からして積極的に関わりたいとは思っていないはずだ。何でだろう?
 そんなことを考えつつ無言で突き進む。枝の払う音と足音の沈黙。
「あ!」
 それを破ったのは笠木の声だった。
 唾をごくんの飲んだ。
 高野が戦っている。どうでもいいことだが、頭にククが乗っている。振り落とされないように必死に髪の毛を掴んでいる。
「これ以上は近づかないほうがいいだろう」
 後ろをちらりと見、二人が頷くのを確認する。
 高野は蛇の化け物と戦っていた。たぶん、あれは青大将だ。何の偶然か知らないが、うちの同好会のメインの生き物だ。
 青大将の大きさは……素早く動くので確かなことは判らないが、五メート以上ありそう。太さは直径二十センチほど。目は例によって深緑のぼんやりとした光。
「なあ、蛇って変温動物で、暑いのも寒いのも苦手なんだよな?」
 太一が自分の知識を確認するように疑問を口にする。俺も同じことを考えていたのでそのまま言ってもらおう。
「何であの蛇は吹雪を吐いているんだ?」
 直後、言葉通り、青大将は高野に向けて吹雪を吐いた。マンガやゲームでドラゴンが炎のブレスを吐いているのを想像していただきたい。まさしくそれだ。
 高野は重心を下げ、俺たちから離れるように林の奥へと避けた。高野の後ろにあった木がまともに食らうが、霜一つ降りない。いきなり凍傷! という冷たさではないようだ。
「ダメージは低そうな攻撃だね」
「冷気攻撃をなめちゃいけないよ!!」
 何気ない太一の独り言に笠木が噛み付いた。意外だ。
「見た感じダメージは少ないけど、冷気にはね、凍えさせるという効果があるんだよ! つまり、何回も浴びると、寒くて動きが鈍くなっちゃうの!! だから、なめちゃいけないの!! 前に読んだファンタジー小説に書いてあった!!」
 いい加減な情報元だった。でも、間違いではないだろう。だが、青大将の吹雪攻撃は直線でしか放てない(当たり前のことだ)。さらに一旦停止しなくては出来ないらしく避けやすい。油断しなければ食らうことはないだろう。
 現に高野は青大将の前に立ち、吹雪を吐こうとした瞬間に回避行動、隙をうかがう。ということを繰り返している。
 見た感じ犬や鳥の化け物よりは一段弱い。吹雪攻撃があまり通用しないと判ったのか、直接攻撃もしてくるがあっさりと避けられている。
「いやあ、惚れ惚れするような素早さだね」
 感心し、頷く太一に俺は思ったことそのままを言う。
「戦い慣れてるんだろ」
「でもそれって」
 俺の言葉に笠木は眉間に皺を寄せた。続きは言わない。俺は首を傾げてから高野に視線を戻した。
 高野は足元の石を青大将に向かって蹴り上げた。手で触れているわけじゃないので、これは武器にはならない。が、気をそらせることくらいは出来る。
 青大将は飛んできた石を弾き飛ばした。その隙に高野は懐から何かを取り出し……あれは……よく見えない。
「ライター?」
 目のいい太一が声を上げた。
「ライター?」
 反芻する俺と笠木。火から武器を作り出そうってことか?
 高野は左手のライターで火を点けた。当たり前だが小さな火だ。高野はそれを右手で無造作に掴み、引き抜いた。
 ――まるで鞘から剣を引き抜くように。
「わああ!」
「ひゅう♪」
 笠木の歓声と太一の口笛。
 高野はライターから剣を引き抜いた。長さは百五十センチほど。形は昔のヨーロッパの騎士が持っているのと似たようなものだ。
 その刀身は一瞬だけ燃え盛る炎のように真紅に輝いた。高野が剣を握りなおすと、刀身が陽光を反射させ目も眩むような光を放った。目を開けて改めてみると白銀の刀身へと変えていた。
「火の剣か」
 氷には火、ということか。なんというか、単純で実にファンタジーくさい。
「ああ、もう邪魔!!」
 左手で頭に乗っているククを掴み、俺たちの方へと投げ飛ばした! 涙声の抗議の声が聞こえるが、戦闘中だ。気のせいだろう。
「わっと」
 笠木が両手で受け取ると、ククは勝手に腕を駆け上り、肩に乗った。そして笠木に泣きついた。
「酷いッス! この可愛くて愛らしいこのボクを投げるだなんて!! パートナーなのに、極悪非道にも限度があるッス! 涙で世界が見えないッス!!」
 黙ってほしい。
 笠木はそんなうるさいククの話をちゃんと聞き、いちいち頷いてやっていた。いい奴だ……。ククは笠木に任せて俺は高野を――見守ろう。援護できたらいいのに。
 炎の剣を構える高野。その剣は双剣と同様に柄の部分に丸く平べったい宝石がついていた。色は当然、燃えるような赤。モロ火属性だ。
 剣を構え、高野は不敵に笑った。
「なあ、クク。あれって重いのか?」
 自分の身長よりも少し短い剣を軽々と振り回している。高野の腕を見れば太くはない。むしろ細い。
「基本は軽いそうッス。用途に応じて重さも鋭さも変えるんスよ。便利ッス」
 少しも濡れていない顔を上げ、答える。嘘泣きかクソネズミが。

 ギン!!

 刃物と刃物が打ち合う音がした。
 今まで避けていた青大将の直接攻撃を、高野は真正面から剣で受け止めたのだ。
「こーゆーときに重くして、飛ばされないようにするッス。構えてるからそのまま攻撃に移行するッス」
 ククの言葉通り、高野は剣を青大将へと押し、そのまま力任せに斬りつけた。
「シェギャアアアアアアアアアアア!!」
 青大将が不気味な悲鳴を上げて後ろに飛び退った。腕だけで斬った割には青大将の顔には縦に深い傷が刻まれていた。それも例によってじゅわじゅわと泡を立てて再生していく。
「ね、言った通りッス!」
 胸を張るククに微妙なむかつきを感じる。
「攻撃したときに軽くして、鋭さを上げたってとこかな。でもそれって魔力を使ってそうで疲れるんじゃないの?」
 太一が腕を組みながら言う。どうなの? と笠木がククを見る。
「すったらこと、知らないッス!!」
 俺はククを掴んでそのまま力任せに握りつぶそうと――
「だめだめ」
「気持ちは判るけど、それはだめ」
 二人に止められ、一瞬だけ力いっぱいに握り締めるだけに留めた。
「ぐぎゃ!!」
 気持ち悪い声は無視だ。
 改めて戦いに視線を戻す。
 青大将は回復の時間を稼ぎたいのか、高野から距離を置こうとしている。しかし高野はすぐに距離をつめ、させない。青大将も応戦せざるを得なくなる。よくよく見れば青大将の牙は刃物と同じ鋭い光を放っていた。
 吹雪は使えない。こんな至近距離で隙を作れば一瞬でやられるだろう。優勢の高野には余裕が見られた。
 高野の顔が一瞬強張った。なんだ? と思う前に高野が後ろに飛び退る。高野がいた場所には青大将の尻尾……というか、尻尾か。尻尾が突き刺さっていた。長い身体だ。このくらいの芸当は出来て当然か。問題はその破壊力である。綺麗に地面に突き刺さっている。
 高野が体制を立て直す。同時、青大将も地面から尻尾を引き抜いた。
「今の見えた?」
 太一の問いに俺たち二人は首を横に振った。素人の目に映らない素早さ。土の地面とはいえ、突き刺さっても怪我一つない尻尾。これは充分に武器になる。迂闊に近寄れないじゃないか。
「でもボクの舞衣さんならだいじょぶッス!」
「いつからお前のだ!」
「ぶは!」
 気がつけば俺はククを地面に投げつけていた。
「が、がんばってのんさんにのぼったのにこのしうちはなんスか……」
 無視しよう。が、根が優しい笠木はすぐにククを拾う。そして俺を見据えると笠木は言った。
「めっ!」
 俺は小さい子供か。相手にするのも面倒なので俺はすぐに視線を戻した。笠木の何か言いたそうな顔も無視する。
 高野と青大将は睨み合っていた。尻尾が武器になったからといって、青大将は優勢になっていない。互角にまで持ち込んだってところか。
 青大将が動く。
 尻尾を高野に向かって鞭のように撓らせた。それにすぐ高野は反応して左に避ける。青大将はさらに尻尾を撓らせる。今度は避けずに剣を構えた。しめたとばかりに青大将は尻尾と牙との攻撃を繰り出した。
 高野は青大将を見据え、剣を突き出した。しかしあまりに直線的な攻撃だったため、最小の動きで避けられてしまった!
 まずい! 今の高野は隙だらけだ!
 自分のことではないのに、俺たちは身体を硬くさせた。だが、当人の高野は笑っていた。
「やきつくして!!」
 高野の声に呼応するように、刀身が炎に包まれた。――いや、高野の魔法の理屈からいくとあれは……剣そのものが燃えている!
 最小の動きが災いして、青大将の間近で炎が炸裂した。当然回避行動は間に合わない。成すすべなくあっさりと炎に包まれた。でも、五メートル以上ある身体だ、全身ではない。尻尾が思い出したように高野に襲い掛かってくる!
「――!」
 がし! 左手首を掴まれた。驚いて振り返ると、同じ表情をした太一がいた。
「何するつもりだよ!?」
 何って、そりゃ――
 …………。
 …………。
 …………。
 考えがまとまらない。
「シュギャアアアアアアアアアアアア!!」
 青大将の悲鳴。
 振り返り見れば、青大将の尻尾は高野の槍によって綺麗に斬り落とされていた。
 炎がゆっくりと青大将の身体を包み込んでいく。落とされた尻尾は打ち上げられた魚のように激しくのた打ち回っていたが、すぐに動かなくなった。
「おわり」
 高野は槍をくるくると回転させ、青大将の腹に突き刺した。青大将はびくんと身体を震わせ、倒れた。炎が揺らめき、その間から深緑色の光の粒子が虚空に溶け出した。
「かえっていいよ」
 高野の言葉に炎はふわりと消えた。光の粒子もすぐに消える。残されたのはいつも通りの石炭と間違えそうになる、星。
「みっしょんこんぷりーとッス!」
 笠木の頭に乗って、ククは親指を立て誇らしげに言った。
「何もしてないじゃん」
 俺の手首から手を離し、太一はつっこんだ。
「愛らしいボクの応援があったからこその――」
「さー帰るよー」
 笠木の隣まで来た高野は、笑顔でククを投げ飛ばした。



「二個回収、ね」
 林から保健室に帰ってきて三上先生に報告。といっても太一のゴーグル越しに見ていたんだから簡単なものだ。
「石炭ね」
 星を手に取り、三上先生は言った。
「いえ、ですから星ですって」
「火を点けてみましょうか」
「いやいやいやいやいや!!」
 全員で三上先生を止めた。
「何よ、冗談じゃない」
 冗談に見えないから止めたんだ。生徒とネズミの顔にそう書いてあった。
「じゃあ、表向き活動日誌と本音の活動日誌を書いておいて」
「はーい♪」
「はい」
 太一と笠木が楽しそうに返事をした。
「残り二人は邪魔だから帰っていいわよ」
 何でこの人はこうも酷い言い方をするのだろうか。本当のことだから反論も出来ない。
「本音の活動日誌、手伝う」
 何故か嬉しそうに高野は笠木の腕にしがみついた。
「そだね、戦った本人が書いたほうがいいかも」
「じゃ、僕らででっちあげ日誌を書くか」
 部長が蔑ろにされていっている。が、やりたくないので文句は言わない。疎外感も気にしないでおこう。
 でも寂しいという気持ちもある。
「じゃあ、芳岡だけ帰りなさい」
 春の日差しを感じさせる笑顔で、冷たいことを言うのはやはり三上先生だった。この人は人を傷つけるプロフェッショナルなんだろう。
「先生……」
 あまりの言い草に太一が顔を引きつらせた。ありがとう、お前はいい奴だ。ああ、そうだ、高野に聞きたいことがあったんだった。
「狭いじゃない。どこで書くつもり?」
 確かに余分な机はない。三上先生のスペースを借りるしかないだろう。
「あたしはベッドでやりますから。のんのんたちはそっち」
 高野はそういうとベッドに腹ばいになった。かばんから下敷きを取り出し、ノートにはさむ。
「俺も――」
 手伝いますよ、と続けようとしたそのときだった。
「じゃ、ゆーくんはまいまいのお手伝いね」
 頭の中が真っ白になった。
「ゆーくん?」
 太一が繰り返す。
「ゆーくん?」
 高野とククが声を重ねて繰り返す。
「ええっと、それってもしかして俺のこと?」
 真っ白な頭のままで言う。
「うん! ゆういちだから、ゆーくん!!」
 眩しいくらいの笑顔で笠木は言った。
 記憶の中の、笑顔と重なる。
 でもすぐに赤で塗りつぶされて見えなくなった。
「……帰る」
 酷く呆れたように、肩を落とす。
「んー? 変かな?」
「いやいや、……しかし、ゆーくんね……。十六歳の男にね」
 笑いをかみ殺す太一は無視。
「年齢を考慮してゆーさん?」
 ククも無視だ。
「あーもー、どっと力が抜けた。帰る、帰るぞ!」
 カバンを力なく背負う。そのとき、高野と目が合った。
 何か不思議なものを見る目で俺を見ていた。珍獣扱いされている? そんな馬鹿な。
 考えたくないことを考えないようにするために、思い出したくないことを思い出さないようにするために、どうでもいいことで頭を埋める。
「じゃあ、また明日」
 返事を待たずに俺は保健室から出た。



[26768] スターハンター 06 ~心にそっと仕舞っておきたいこと~
Name: りむる◆dfa7558d ID:ff05f576
Date: 2011/04/04 00:15
 夢を見ている。
『だからね、あのね、ゆーくん』
 自覚しているからってどうすることも出来ない。
『ゆーくん?』
『うん、ゆーくん!』
 眩しいくらいの、無邪気な笑顔。
『もしかしなくても俺のことか?』
 愛しくて愛しくて、何より守りたいと思った笑顔。
『うん! ゆういちだから、ゆーくん!』
『ふざけんなこら』
 守りたいと、思ったんだ。
『でね、わたしのことは――』
 ――でも、それは、

 思うだけで終わったんだ。





スターハンター 06
~心にそっと仕舞っておきたいこと~





 悪夢の余韻を断ち切るために、目を瞑り、何も考えない。
 頭を空っぽにして、すべての情報から目を背ける。
 そうするとどうでもよくなる。
 悪夢はもちろん、自分自身も。
 そして他人も。
 目を開けるとテレビ越しの画面のように現実味が失せた風景があった。
 でもこれは現実。
 ただ俺がそう思えないだけ。
「八連敗くらいで落ち込むようじゃまだまだよね。うちなんて十八連敗やってんのよ!」
 真鍋の声に、ここが学校で自分のクラスだということに気がついた。教室内はシーンと静まり返っている。真鍋の正面にいる佐久間は酷く傷ついた表情をしていた。しかしすぐさま怪訝な表情になる。真鍋は勝ち誇ったように微笑むが、すぐにその表情は悲しみに歪んだ。
 ……なんなんだろう?
「……なにその不幸自慢」
 外野の西野が冷たい目で真鍋を見て言った。とたん真鍋は胸を押さえ自分の席についた。そしてそのまま机に身を投げ出した。肩が細かく震えている。たぶん泣いているんだろう。しかも自分の発言に傷ついて。……予想はしていたが、こいつ馬鹿だ。
「美紗緒ちゃんって……」
 自分の席で、何とも言えない表情で真鍋を見る笠木。
 ――大丈夫、何ともない。
 その傍らにはかっくんかっくんと船を漕ぐ高野がいる。座っているんだからそのまま突っ伏して寝ればいいのに、何故か高野は笠木に寄りかかっていた。……人肌求めている犬猫か。
「……羨ましい」
 机に突っ伏し、その様子を見ていた太一は低い声で呻いた。
「同盟規約に独占禁止の項目を追加するよう、会長に進言しよう」
 恨めしそうな声でぶつぶつ言う太一は、格好も相成ってかなり気持ち悪い。
「同盟って何だよ?」
 好奇心から尋ねたが、たぶん馬鹿馬鹿しいことだろうと予想をつけておく。
「もちろん、ラブ・笠木同盟に決まってるじゃないか」
 眩暈がした。でも太一のことを考えると納得は……出来ない。今公表するのもなんだが、太一の片思いの相手は笠木だ。どこが好きなんだ? と以前聞いたところ「全部」と身をくねらせて答えやがった。でもその後言った。
「すごく、すごくね、優しいところだよ」
 そのときの太一の表情はとても穏やかだった。
 まあ、それはいいんだ。
「そんな同盟作って、入って、お前にとってデメリットしかないんじゃないか?」
「普通はそうなんだけど、まあ色々事情があるんだ」
「フラれたのか」
「違うよう!!」
 太一は立ち上がり全力で否定する。が、その姿があまりに必死なもんだから肯定しているようにも見えた。
「祐一にはおいおい説明するよ」
 すぐに冷静になり、座る太一。
「いや、別にいい」
 そんなどうしても知りたい! ということでもない。コメントを求められたら困るし、何よりプライベートなことに深入りするのが嫌だった。
「聞いてくれよ!」
 また立ち上がって力強く言う。何故だ!
「なら素直にそう言えよ!」
 訳が判らん。
「ちなみにラブ・笠木同盟の会長・創設者は真鍋だ」
 また座り、どうでもいいことを教えてくれる。
「聞いてもいないし、ちなんでもいないだろ」
「副会長は僕。高野はヒラ」
「だから聞いてないって」
「今日は随分とつっこみが鋭いね。何かあった?」
 ここになってようやく太一は正気に戻った。そうだろうか? と首をかしげていると太一は肩を竦めた。
「うん、僕は今の祐一のほうがいい。ボケがいがある。いや、ボケてないんだけどね。で、ラブ・笠木同盟の会員は現在三名だ」
「だから聞いてないって! そんなどうでもいい情報寄越すな!」
「募集していないわけじゃないが……まあ、祐一なら僕の推薦があれば簡単に――」
「誰が入るか!!」
 話を終わらせるように大声で太一の声をさえ遮った。はっとして周りを見れば視線が集まっていた。普段大声を出さない俺だ。珍しいんだろう。
 その視線を朝のHRが始まるまで黙殺しようと思ったが、太一は勧誘(?)をやめないので、訳の判らない言葉攻撃に対応することになってしまった。延々と太一につっこむ俺は……確かに珍しいかもしれない。結構騒いでいたのに、高野はずっと船を漕いでいた。



 キーンコーンカーンコーン……

 昼休みを告げるチャイムが鳴る。もちろん普通のチャイムと何ら変わりないが。
「舞衣ー、ご飯食べよう」
 西野が弁当箱を持って高野の下へと行く。俺も弁当を取り出し、包みを解く。
「あー、芳岡待って!」
 蓋を開けようとしたその瞬間、何故か高野に止められた。
「宮元くんも、あとのんのんも! ってか集合!!」
 何故か集められた。このメンバーは部活か?
「皐月、ごめん。さっき三上先生に部活のことで呼ばれたの」
「あ、部活作ったんだっけ? ふーん? へぇえ……」
 何か深い意味がありそうな言い方だった。
「洋子ねえが、顧問、ねえ……」
 西野のなんというか「うわあ」みたいな言い方に嫌なものを感じた。
「ん? ちょっと待って。そしたらあたし美紗緒あたりとご飯を食べることになるの?」
「それは皐月ちゃんの自由だと思う」
 笠木がこっそりつっこむが西野はあまり聞いていない。
「それと関係ないけどさ、皐月も佐久間くんもどうして美紗緒ちゃんの暴走を止めるの? ありがたいけどね」
 高野の疑問。最後に出た感謝の言葉が妙に疲れていた。被害者の声って奴ですね。
「ほっといたらもっと大変なことになるからに決まっているでしょう」
 淡々と言う西野に言葉に出来ない苦労が見えた。
「そう……」
 察したんだろう、高野はそれ以上聞かなかった。
「じゃ、あたしたち行くね」
「うん、洋子ねえによろしく」
「ん」
 ねえってもしかして姉という意味だろうか? 知り合いかと思っていたが、もっと近しい関係なのか?
「ほら、祐一、行くぞ。弁当持てって」
 疑問に首をかしげていると太一に急かされた。まあ、今度本人に聞いてみようか。



「お花見みたいね」
 保健室の、三上先生が愛用……使用しているデスクに、色とりどりの弁当箱が並べられていた。
 一つは俺の、白米と冷凍食品がメインの弁当。
 二つ目は太一の、俺と似たような弁当。ただしこちらは水筒(麦茶)付きだ。
 三つ目は笠木の、見た目と同じく小さく可愛らしい弁当。中身は普通だが、全部手作りと判るもの。
 そして四つ目。最後の弁当であり、高野の弁当でもある。
「お前、何で学校に重箱なんぞ持ってきてるんだ?」
 高野の弁当箱は重箱だった。ただし二段。四段だったらどこぞのお嬢様かって話になる。いや、それ以前に誰がそんなに食うんだって話だ。
「三上先生が、お昼ご飯作ったり買ったりするの面倒って言うから、作ってきちゃった」
 語尾にハートマークがついてそうな口調で高野は幸せそうに言った。
「悪いわね」
「いーんですう、先生のお役に立てれるならそれで! 口に合えばいいんですけど……」
「それは問題ね、じゃあ頂きましょう」
「いただきまーす♪」
 デスクの周りにイス(二つだった丸イスは四つに増えていた)を並べ、窮屈に座りながら食事が始まった。
 いや、色々問題があるような気がするんだが……。そもそも教師が生徒に弁当作らすなよ……。
 そうつっこもうと思ったが、隣の太一が深いため息をついたのが判った。太一も何かを諦めたようだった。自分の弁当の蓋を開けている。
「……いただきます」
 釈然としないが、俺もそれに倣う。
「これ二人じゃ多いからみんなで食べてよ。と、いうかみんなのつまめるようにしようよ」
 高野がそういうと真っ先の笠木が自分の弁当箱を差し出した。三上先生は立ち上がり、戸棚から皿を五枚、コップを五個取り出した。……なにこのピクニック。
「いいけど、僕の冷食ばっかだよ?」
「俺のもそうだ」
 笠木が皿を配り、高野がコップにお茶(太一の麦茶である)を注ぐ。三上先生が高野の重箱を開ける。
「いいじゃない。舞衣がそう言ってるんだから。気にしないわ」
 そう言って三上先生は率先して自分の分を取った。もちろん、重箱からだ。
「……本人が、いいって言ってるし」
 小さくつぶやき、重箱を覗いた。
 一段目はおかずだ。から揚げにポテトサラダに小松菜かほうれん草のおひたし。これは他に味が行かないように違う小さなタッパに入っていた。同じくタッパに肉じゃが。
 二段目はおにぎり。中身は見た目じゃ判らない。
「えっとね、海苔がついてるのが梅干で、何もないのがしゃけ、黒ごまがおかか、白ごまがツナマヨ」
 俺の視線に気づいた高野が説明してくれた。
「これ、朝全部一人で作ったのか?」
「まさか」
 高野は小さく首を横に振った。制服のポケットからククを取り出し、デスクの上に乗っける。このメンバーならば顔を出しても平気だな。
「シャバの空気はうまいッス」
 無視する。
「夜からだよ。ポテトサラダは作って、肉じゃがとから揚げは昨日の晩御飯の残り」
 眩暈がした。
「お前、一人暮らしだっけ?」
「ククはいるけど……うん」
「僕も人間扱いしてくれて、いっこーに構わないっスよ!」
 無視する。
「てことは一人で作ったことになるよな?」
「当たり前じゃん」
 なに言ってるの? そんな顔で見るな。
「おいしいわ」
「ホントですか!?」
 三上先生のたった一言で高野の関心はあっさりと移ってしまった。
「ふふん、舞衣さんは料理のスペシャリストッス。このくらいは朝飯前ッス」
「夜から作ったって今言ったじゃん」
 太一の正確なつっこみにククは一瞬言葉に詰まった。
「朝食前には変わりないッス!!」
 確かにそうだが……。
 ククの言葉にいちいち反応するのも馬鹿らしいので、俺も重箱に手をつけた。
「まいまい、やっぱり料理上手だよね。おいしい」
「へへ、ありがと」
 微笑ましいを超えている女子二人を無視して肉じゃがを一口。重箱のすぐそばで何故かククが照れていた。誰もお前を褒めてねーぞ。
「あ、美味い」
 言葉が自然に出た。冷えているが、しっかり味が染み渡っている。味も濃くなく薄くなく。
「ありがとう。じゃ、芳岡のもらうねー」
 無邪気に微笑む高野は俺の弁当のおかずを箸で取った。
「あ」
 明らかに気合の入った手作り作品と冷凍食品を交換するのは悪い気がする。
「玉子焼き♪」
 高野は言葉通り、玉子焼きを取った。俺の母親の作品だが、肉じゃがと釣り合うだろうか? ……いや釣り合わないだろう。なんとなく申し訳なくなった。
「おいしい」
 でも高野は嬉しそうに微笑んだ。
「って、それ普通の玉子焼きだぞ?」
 思わず言ってしまった。
「んー、今色んなおうちの玉子焼きの味を調べてるの。甘いのとしょっぱいので五分五分なの。あ、宮元くんのもちょーだい」
 ……変なことを調べる奴だ。
「いいよー、どんと食べて。じゃおにぎりもらうね」
「トレード♪ トレード♪」
 楽しそうに太一の弁当から玉子焼きを取る高野。手元の小皿を見れば高野自身が作ったものはなく、俺たちの弁当のものばかりだった。
「ククちゃん、めっ!」
 重箱に侵入しようとしたククを笠木が摘み上げた。……衛生的にハムスターが弁当箱にいるのはとても嫌だ。
「先生、小皿ください」
 顎で食器棚をさす先生。すっげえ態度悪いです……。が、高野は気にせず立ち上がり取りに行った。というか何で保健室に食器棚なんてあるんだ……?
「お前、ちっとは考えろ」
「舞衣さんの手料理を、自分を解き放ってすらいない祐一さんに食べられるなんて、こんな屈辱はないッス!」
 意味が判らなかった。
「はいはい、いーから気にしないで。どんと食べて。そのハンバーグちょーだい」
「ああ、これ冷食だけどいいのか?」
「それ、手作りだよ?」
「へ?」
 自分の弁当を覗き込み、ハンバーグを箸で摘み上げた。よく見ると冷食にしては不恰好、と言ったら失礼だが、なんとなくコゲが多い気がする。
「昨日の晩御飯、ハンバーグだったんじゃない?」
 高野の指摘に記憶を手繰る。……そういえばそうだったような気がする。
「ちゃんと作ってもらってるんだから感謝しないと駄目だよ」
 不意に思い出す。

『あたし、親いないから』

 高野は感謝出来る親がいない。
 そう考えると、気恥ずかしくなって、申し訳なくなる。
 それを周囲に気取られないように俺はいつもどおりに淡々と食事を進めた。



 放課後、部活中。
 昼の食事会は別に、青大将同好会の活動でもなんでもなく、ただの食事会だった。高野によると、ククがたまに顔を出して昼食を取りたいとわがままを言ったそうだ。せっかくだからと叶えたらしい。なにがせっかくなんだろう。
「今日は化け物いないねー」
 笠木は周りを見回し言う。
「いないほうがいいッス」
 その笠木の肩でククは腕を組み頷いている。
「そりゃそうだけど……」
 ちょっと不満そうに笠木は口を尖らせた。気持ちは判らなくもない。ただ、巨大化したミミズやワラジムシ(共に今日の獲物、尋常じゃないほど気持ち悪い)だけじゃつまらないだろう。
「僕はその、あれだ、笠木と一緒にいられるだけで、その……、あははは!!」
 ゴーグルをつけた太一が自分の言葉に照れて身悶えている。気持ち悪かった。しかもゴーグルつきなのでかなりの不審人物だ。胡散臭さ極まりない。しかし笠木は笑顔で、でも判ってない顔で首をかしげている。高野はなんとなく察したのか、少しばかり哀れな顔をして太一を見ていた。
「あ、そーだ、アドレス交換してくれ」
 俺は高野の肩を叩き言った。
「なぜゆえッスか!?」
 眉間にしわを寄せ、詰め寄ったのは何故かネズミだった。
「いいけど?」
 なんで? という顔をして頷く高野に俺は適当な表情を浮かべ言う。
「いないところで星を見かけたらすぐに連絡できるだろ?」
「ああ、そうだね。じゃ、僕とも交換!」
「あれ? 宮元くんの登録してなかったっけ?」
「してないしてない」
「あれ、会合のときにやらなかったけー?」
 会合って胡散臭い……。もしかしなくても笠木をなんとかの会だろう。
「あんときは基本事項を確認して終わったじゃないか。そんで高野が急ぎの用あるって帰っちゃって。僕と真鍋は交換したんだけど」
「あー、そうだったねー」
「ねえねえ、会合ってなあに?」
 二人の会話に笠木が割って入った。当然の疑問だが、俺は見当というか、確信しているので聞く気になれない。
「…………」
「…………」
 二人は同時に黙り、止まった。そりゃあ本人に言えることじゃない。
「で、アドレス交換はしないのか?」
 どんな言い訳をするか少し興味がある。が、さっさと欲しかったので促した。
「する」
「しよう」
 二人が頷くと笠木も含めて林の中でアドレス交換を始めた。……シュールな光景だろうな。
 程なくしてそれは終わる。
「で、星反応はどうだ?」
 高野とククを見ると、二人は顔を見合わせ少し困った顔をした。
「どしたの?」
 笠木がいち早く尋ねる。同じことを思った俺は反射的に笠木を見るが、急に居たたまれなくなって目をそらした。
「え、どしたのゆーくん。希望、なんか変なこと言った?」
 それに笠木が気づいて俺を見上げる。きょとんとした顔。邪気が全く感じられない表情。
 胸の奥が、締め付けられる。
「祐一?」
 俺の異変に太一も気づき、視線を受ける。が、俺はどうしたらいいか判らない。なので二人の視線から逃げるようにうつむいた。
「反応が散らばっている」
 微妙な空気を無視して高野は言った。
「あっちとこっち」
 高野とククがそれぞれ別方向を指差した。俺たち三人は無言で少し戸惑いつつ一人と一匹の指差すほうを見た。
「でね、反応からしてたぶん小物だから、二手に分かれよう。ククとのんのんと宮元くん。芳岡はあたしと。
 で、見つけたらあたしに連絡して。電話がいいかな。
 てことで、よろしく!」
 高野は早口でまくし立てると、俺の手を掴んで自分がさしたほうへと歩き出した。
「え? え? え?」
 訳が判らず引きずられるように連れて行かれる俺。
「さー、ボクたちも行くッスよ!!」
 ククの号令(?)に戸惑いながら太一と笠木は頷いた。ちらりと笠木を見ると目が合った。戸惑っている。
 俺はすぐに目をそらした。



「ふう」
 太一たちが見えなくなって高野は俺の手首から手を離した。
「何のつもりだよ?」
「芳岡が困ってたから助けたつもり」
 ストレートな物言いに言葉が詰まった。
「迷惑だった?」
「……いや、ありがとう」
 冷静になってよく考えれば、先ほどの高野の提案はおかしい。関わることすら嫌がってるんだ。それなのにわざわざ引き離してくれた。ありがたいが、何でだろう?
「何でかって?」
 顔に出ていたんだろう、俺はすぐに頷いた。
「誰にだって、触れられたくないことの一つや二つあるじゃない」
 小さく微笑む。
「……どうしてそれが判る?」
 昨日に引き続き、高野は俺の何かを判っているような口をきく。
「んー……」
 少し悩み、高野は俺に背を向けた。というか、歩き出した。逃げ出すのかと思ったが、単に星に向かい始めただけだろう。まあいい、歩きながら会話は出来る。
「まあ、いいか。
 小さいころだけどね、あたしもお母さんが死んだときに芳岡みたいに無気力になったことあるんだ」
 鋭く息を呑んだ。立ち止まりかけたが、悟られたくなくてそのまま歩く。
「さっきの芳岡ね、そのときのあたしの表情に似てた。だから」
 いつもどおりの口調で高野は言った。でも、俺は何も言えない。言えるわけがない。
「…………」
「…………」
 無言で歩く。草木を掻き分ける音だけが俺たちを支配する。
 何か言いたい。
 けど、何を言ったらいいのか判らない。
 なら言わなくていいのかもしれない。
「悲しくて辛くて苦しくて、全身から力が抜けて、立っていられなくてさ。でも、生きるためには立ち上がらなくちゃいけなくて。
 まーあたしは無理矢理立ち上がらされたんだけどね」
 小さく笑う。
「だからさ、芳岡はちゃんと歩いててすごいなーって。今は周りを見れないかもしれないけど、それでもすごいなーって」
「遠まわしに立ち直ってないって言ってないか?」
 少しの悪意をこめて冗談めかして言ってみる。
「そうかも」
 否定して欲しかった。がっくりとうなだれる。
「でもね」
 高野は立ち止まり俺を正面から見据えた。
「自分の意思で立ったってのはすごいと思うの」
 立ち止まり、高野を見据えた。
 冗談を言っている目ではなかった。
 本気で言ってくれていた。
「ありがとう」
 口が勝手にそう動いていた。



 それから他愛のない話をしながら歩いた。
 自分たちのプライベートの話じゃなくて、ドラマやマンガのこと。ついでにうちのクラスのことも。
「西野って三上先生と知り合いなのか?」
「そうだよ。皐月のお姉さんが三上先生の幼馴染なんだって。で、美紗緒ちゃんのお兄さんもそうなの」
「へー」
「で、皐月とお姉さんめっちゃそっくりなの」
「ほう?」
「歳離れてるから区別つくけどさ、もうすごい似てる。皐月も十年くらいしたらあんなんなるんだーって感じ」
「それはよく判らんな」
「見れば判るよ」
「そりゃそうだろう」
「んで、逆に美紗緒ちゃんとこはぜんぜん似てない」
「まず性別が違うだろうに」
「それもあるけど、何から何まで似てない。性格もぜんぜん違う。お兄さん無口だもん」
「妹があんなんだからしゃべんないだけじゃないのか?」
「それはあるかも」
 楽しい。その場つなぎのだらだとしたものだけど、それが楽しい。
「お前はきょうだいいるの?」
 高野の事情を考えたらあまりいい質問ではないが、この流れで出るなら不自然ではないだろう。
「いないよー。だから皐月も美紗緒ちゃんも羨ましい。芳岡は?」
「俺も一人っ子だな」
「じゃあ大事な一人息子だ」
「なんだその、大事ってのは」
 ぞんざいに扱われてはいないが、手厚く大事に育てられた覚えはないぞ。
「大事な一人息子は結婚したら、お嫁さんに息子を取られたー! ってお母さんが発狂するんだって。そんでお嫁さんをいびるの」
「なんだその昼ドラみたいな話は」
 生臭いというか、所帯臭いというか、どろどろしてるなあ……。
「弥生さん、皐月のお姉さんね――から聞いた話」
「うーん」
「続きがあって、旦那さんがまともな場合はお母さんからお嫁さんを引き離してめでたしめでたしで。まともじゃない場合は一緒になっていびるの」
「何で結婚したんだよ?」
「そうだよね、で、大体そういうのって恋愛結婚なんだってさ。だから余計に酷い話。そんで、お嫁さんがキレて離婚問題に発展するわけよ」
「まあ、そうなるわな普通」
「で、旦那さんがすごい見苦しい言い訳をするんだけど、お嫁さんのほうはもうすでに冷え切って、離婚届に判を押せーって態度なんだって」
「恐ろしい話だ」
「うん、そうだねえ。だから皐月は結婚に失望してるのよ」
「そりゃあするだろうな」
 絶望といっても差し障りはなさそうな話だ。
「だからね、大事な一人息子と結婚を考えているなら用心しなさいって話」
「それを俺に言ってどうする」
「それもそうねえ」
 特に考えて話していたわけではないらしい。
「あ、いる」
 高野は俺から視線を外して正面を向いた。
「雑魚? それ以下?」
 雑魚というのは襲ってくる力はあるが、弱い星。文字通りの雑魚。それ以下はただ巨大化している奴だ。
「それ以下」
 言うのと同時に槍を作り出し、穂先を地面に向けた。
「見る?」
 うん、と頷き高野の下へと駆け寄った。
 そこには巨大化(両手を開いたくらい)したネズミがいた。ハムスターではなく、本当のネズミ。ドブネズミってやつなんだろうか。力が弱いのか、ほとんど動いていない。
「気持ち悪い」
「うん」
 高野はネズミに槍を突き刺した。いつもどおりに深緑色の光の粒子が虚空に溶けていく。
「今日はこれで三つ目か。大量?」
「そこそこ。じゃ、のんのんたちはどうかな」
「引き離してくれて言うのもなんだけどさ、お前がいなくて大丈夫なのか?」
「ククがいるもん。だいじょぶ」
 ケータイをいじりつつ言う。引き離した本人が言うんだから大丈夫なんだろうが……あのネズミだぞ? 変態ハムスターだぞ? いいのか?
「のんのん、そっちどう? へ? 四つも見っけた? へーじゃあそっちに行くね。あ、そこにいて。なんとなく判るから。うん、うん、あーそれね、あとで言うよ。のんのんのせいじゃないし。じゃ、今から行くね。
 てことで合流します」
 高野がケータイを仕舞いつつこちらを見る。俺は黙って頷く。
「へーき?」
 また頷く。気遣いが嬉しい。
「じゃ、合流しましょう」



 また二人並んで林を歩く。先ほどと同じようにどうでもいいけど楽しい会話をしながら。
「ククってさ、人と同じ飯食ってるけどいいの?」
 昼休みのことを思い出し訊ねる。
「いいみたい。けどさあ、あんな外見してラーメンどんぶりくらいの量を食べるんだよ? 信じられる?」
 ククの姿を思い出す。全長十センチほどのジャンガリアンハムスターとなんら変わりない外見。
「それって、一日トータル?」
「残念、一回の食事量」
「なぜ太らないんだ」
「あたしが聞きたい」
 魔法生物とは不可解な生き物のようだ。
「まー、一人分作るよりいいけどね」
「食費が余計にかかるだろ?」
「んでも、二人分のほうが作りやすいし」
 主婦だ。主婦がここにいる。けどこれは言わないでおこう。
 しかしラーメンどんぶりくらいか……。
「本当にそんなに食うの?」
「食べるわよ――って信じたんじゃないの?」
「いや、非科学的だなーって」
「科学?」
「物理的?」
「光の速さとか?」
「そっちかい!」
 なんだこのぼけぼけトークは。もしかして高野って天然なのか? そりゃこちらの世界に来てそんなに経ってないから世間知らずなところはあるだろうが……。天然は笠木だけで充分だろうに。
「あ、まいまーい、ゆーくーん!!」
 もう一人の天然が、木々の向こうで手を振っている。先ほどまで感じていた痛みはかなり軽減されている。……気分転換出来たおかげなんだろうか。何にせよ高野には感謝だ。ちらちと視線を送ると高野はこちらを見て小さく微笑んだ。お見通し、ってことだろうか?
 俺たちは二人と一匹に駆け寄った。
「舞衣さーん!! やったッスよー! このボクがやったッスよー!!」
 笠木の肩に乗っているククが大声を張り上げている。
「いや、来たときにはもう星が転がってたじゃん……」
 ゴーグルをつけたままの太一は地面を――たぶん星だろう――を見ながら小声でつっこんでいる。ククはそんな弱いつっこみじゃ見向きもしないぞ! そんなエールを送ろうかと思ったが、無意味だろう。
「四つも見つけたって?」
「うん、あちこちにあったのを拾ってきたよ」
「なんとなく持ってたくなかったからまとめておいてあるけど」
「確かに怖いよね。二人ともありがと」
 太一が指差すほうへ高野は視線を向ける。俺も見る。そこには言ったとおり、四つの星が転がっていた。それらは綺麗な深緑色して、ほのかに光を放っていた。あれ? 星っていつも真っ黒じゃなかったっけ?
 その疑問を口にする前に笠木が俺の前に立った。
「ねーねー、ゆーくんってきょうだいいる?」
 いきなりまた高野と同じ質問をしてくるんだ。
「いや、一人っ子だけど……。まさかお前西野の姉貴の話をするんじゃないだろうな?」
「え、何で判ったの?」
 一緒に聞いたのか。
「高野は?」
 太一が何気なく聞く。
「ん、え?」
 高野は星を拾い、何かを確かめるようにじーっと見ていた。だから太一の声に驚いていた。
「きょうだい。いるの?」
「え」
 俺と同じ質問に、高野は少し動揺した。視線が素早くさまよい笠木で止まり、硬直する。
「いないよ。あたし、一人っ子」
 でもそれはすぐに解けていつもどおりの口調で言った。今の、なんだろう……?
「なあ、星ってさ、真っ黒じゃないのか?」
「へ?」
 間抜けな声をあげるのは高野だ。世間話から仕事の話に変わったのについていけなかったのだろうか。
「ああ、力がなくなったら真っ黒になるんスよ」
 俺の質問に答えたのはクク。まだ笠木の肩に乗っている。
「じゃあ、あの星はまだ力が残ってるんだ」
 高野の手にある四つの星。どれもが深緑の光を放っている。暗いところで見たらもっと綺麗だろう。
「危なくない?」
 恐怖と好奇心が入り混じった表情で笠木は星をつつく。
「あたしは大丈夫だけど……」
 一番詳しい高野は首をかしげる。仕方ない、高野の上司も判っていないのだからこんな反応になるだろう。
「じゃあ、今日はこのくらいにしよう」
「うん、今日は全部でえっと?」
「七つ。大量ね」
 ごそごそと高野は先ほど回収した星を取り出そうとした。でも四つも持っているんだから、落としそうになって――
「あ!」
 実際三つ落とした。
 反射的に伸ばした俺の両手がそれぞれ一個を取った。残りの一つはあっけなく地面に落ちた。
「あーもう」
 右手に黒い星、左手に深緑の星を持って高野はため息をついた。すぐに制服のポケットに突っ込む。そんな管理でいいのか?
 落ちた一つに高野は手を伸ばした。渡すのは拾ってからでいいだろう。そう思って高野と同じくポケットに星を突っ込んでおいた。
「え?」
 短い声。
「ちょっと?」
 不吉なものを感じる……。
「下がってくださいッス!!」
 突然ククが叫んだ。
「え?」
「ん?」
 状況が理解出来ない。が、条件反射のように俺は太一と笠木の手首を掴んで落ちた星から離れた。
 その数秒後、後方より強い光が発せられた!
「どういうこと!?」
「なになになに?」
 二人の疑問に俺が答えられるわけがない。
 光はすぐ収まる。幸い俺は背を向けていたのですぐに周りが良く見えた。
 すでに高野は距離を置いている。星を落としたところには黒いバスケットボールくらいの球体が浮かんでいた。
「ゆーくん、あれなに!?」
 混乱した笠木が俺の腕に爪を立てる。痛いし、俺に聞くな!
「星の力を取り込んだんッス!!」
 ククが叫ぶ。
「つまり、化け物が生まれる瞬間」
 太一が喉を鳴らした。その言葉を肯定するように、黒の球体は形をでたらめに乱し、錆びた金属を擦り合わせたような音を立て、形を作る。
 生まれた化け物は、最初に見た犬と同じものだった。ただし大きさは前のに比べたら随分と小さい。普通の中型犬くらいの大きさだ。
「…………」
 化け物は状況を理解していないのか、きょろきょろとあたりを見回し、身構えている高野を見た。
 とたん化け物の毛が逆立ち、張り詰めた空気が辺りを支配した。俗に言う、殺気って奴だろう。二人とついでに一匹を庇うように俺は前に出る。もちろん、高野の迷惑がかからないように。
 だが、そんな心配は杞憂のようだ。
 化け物が殺気を放ったとのほぼ同時、高野は右腕を振るい、槍を作り出した。その動きを殺さぬまま、槍を手元に引き、素早く突き刺す。

 ――突き刺す。

「ふえええええええ!?」
 後ろの笠木が悲鳴(? にしてはユカイだ)を上げた。
 突き刺し、化け物に届く直前、槍が突然暴走した。いや、この言葉が正しいのか判らないが……とにかく槍がおかしくなった。
 槍は形を変えつつ化け物を突き刺した。
 高野の槍は使いやすさを重視しているのか、長い棒に刃物がついたシンプルなデザイン(でも美しさを感じる)だ。
 それが穂先の数が増えさらに巨大化、握る部分は血管みたいな管がいくつも浮かび、脈打つように動いていた。色も化け物と同じような油を被った黒。極めつけは、植物の根のような……触手? だろうか、がギチギチと音を立て、気持ち悪く痙攣している。それは何本もあって、いち早く動こうとした化け物を狂ったように突き刺し、締め上げていた。
 気持ち悪いというより、大げさかもしれないが地獄絵だ……。
「なに、これ……」
 製作者である高野が顔色を失っていた。触手に巻かれ貫かれている化け物はびくんびくんと痙攣し、徐々に小さくなっていく。まるで存在そのものを触手に吸収されているみたいだ。
「クク、どうにかならないか?」
 振り向かず、訊ねる。動いたらターゲットにされそうだからだ。
「ボクに言われても困るッス」
 心底困った声で言われたら強く言えない。
「たぶん、星の力が暴走してるッス」
「なんで?」
 質問は笠木に任せ、俺は変貌した槍=化け物を見張ろう。もう犬の化け物は消えていた。本当に吸収されたのかもしれない。……しかし気持ち悪いな。
「うーん……舞衣さんの力と星の力が変な風に融合しちゃった、んじゃないッスかね」
 自信なさ気にいう。
「それが確かなら、あれは一応高野の力も残ってるってことだよね?」
 意外に冷静な太一が口を開いた。ゴーグルつけてるし、三上先生の意見かもしれない。いや、これは邪推か。
「そうッスね。でもあくまでも予想ッス」
 思いのほかククは慎重だ。危険が迫っている以上慎重にならざるを得ないのは判るが。
「どっちにしろ、高野がなんとかしなくちゃいけないんだろ?」
 俺の言葉に二人と一匹は黙った。化け物から高野に視線を移す。少し動揺が見られるが、戦意喪失という状態ではない。立ち上がり、化け物の様子を伺っている。でもまた変貌するのが怖いのか、武器を作り出すそぶりはない。
「たぶん、何とかなるから、何もしないでよ?」
 強い目と口調で言われた。今にも飛び出そうな格好だったんだろうか、俺。
「ほら、祐一も下がった下がった」
「お、おう」
 太一に促されて大人しく下がった。
「半分は、まいまいのなんだよね?」
 笠木は確認するようにククに言うが、確かなことが判ってない以上、ククは何も言えなかった。
 星の力がよく判っていない。この危険性が浮き彫りになった事態だ。高野の魔力に反応したってことは、他の魔力に反応してもおかしくないってことだ。あちらでも対応策を練らなくてはならないだろう。
 けど、それを報告するのはこの化け物をどうにかしてからだ。
 高野は化け物を見据え、ふーと息を吐いた。そして何の躊躇いもなく化け物に向かって歩き出した。
「!?」
「舞衣さんには舞衣さんの考えがあるッス!!」
 飛び出そうとした俺たちを止めたのはパートナーであるククだった。パートナーとして申し分ない言葉だが、動揺して震えているのはどうなんだ。
 そうこうしているうちに高野は化け物に手を伸ばせば届く距離にいた。
 声が出そうになったが、こらえる。化け物が高野に攻撃したらどうしようもない。あれ? でも化け物は何もしてこない。ただそこにいるだけだ。
「ごめんね」
 ?
 高野が手を伸ばし、化け物に触れると、何事もなかったかのように化け物は風となって消えた。その風に巻き上げられたのか、黒くなった星が空へを舞い上がった。
 今までの出来事が何かの冗談だったみたいなあっけなさだった。
「?????」
 太一と笠木も金魚みたいに口をパクパクさせていた。今までの緊張はなんだったんだよ!!
 何も言えない俺たちを放っておいて高野は右手を差し出し、星をキャッチした。
「ぁsんdるいあsんjk!?」
 緊張の糸が切れた太一が宇宙語を叫んだ。気持ちは判るが、せめて人間に理解できる言語を使って欲しい。
「あたしの力と、星の力が直接ぶつかっちゃって暴走したってとこかな」
「そうッスね」
 俺たちが言う前にさっさと結論を出してしまった。文句を言いたくとも知識がないので何も言えない。
「ごめんね」
 化け物に言った言葉を俺たちにも向けた。
「こんなことになるとは思わなかった」
 頭を下げる高野に先ほどと違う意味で何も言えない。
『とりあえず、今は帰ってきなさい』
 突然の、全く予想していなかった声がして飛び上がるほど驚いた。それは俺だけではなく、太一も笠木も。笠木なんて驚きすぎて太一にしがみついていた。それに気づかない太一はちょいと可哀想だった。
「そうね」
 軽く高野は同意すると、そのまま俺たちに背を向け歩いていってしまった。


 その後、学校(というよりも保健室)に帰り報告。でっちあげの日誌を書こうとしたところで三上先生に「誰も見ないんだから今日は書かなくて良い」と言われ追い出された。……何のために書かせているんだ。
 追い出されたのは俺と笠木と太一。
 どうも二人と一匹で話し合うらしい。
 無言で太一と笠木に交互に視線を送ってみると、太一は首をかしげ不満顔。三上先生の行動に不信感を抱いたんだろう。今更って話だ。
 笠木は……右手人差し指で顎を軽く叩き、天井を見ている。どうみても考え事をしている。
 廊下で三人突っ立っていても仕方ないので、今日はこれで解散した。

 明日、高野に詰め寄ろう。



[26768] スターハンター 07 ~子供と子供のゆびきり~
Name: りむる◆dfa7558d ID:ff05f576
Date: 2011/04/08 12:48
 先程の高野は変だった。
 いや、変になったが正しいのだろうか。
 それに三上先生もだ。俺たちを追い出してそんな高野と隠れて、でも堂々と話をしている。あの人も高野も俺たちに隠していることがある。それもたくさん。

 ぶっちゃけ、今はそんなことはどうでもいい。

 何故ならもっと重大な問題が目の前に転がっているからだ。
 文字通り、転がっているのだ。
 学校から帰ってきて、着替えるときに気がついた。
 俺のポケットに入っている星。
 とりあえず自室の机の上に置いてある星。

 どうしよう……。





スターハンター 07
~子供と子供のゆびきり~





 一夜明けて。
 星の色は深緑。もちろんほのかに光っている。力がある状態だ。昨日の惨状を思い出せば、こんなもの手元に置くなんてとんでもない。
 なら高野に返そう。返そうってのは変だが、そうしよう。それが一番だ。
 俺はカバンに星を入れ、学校に向かった。


 教室に入って、まず自分の席にカバンを置いた。次に高野を探す。
 相変わらず眠そうに笠木にもたれかかって船を漕いでいる。なぜ眠らないんだろう。しかし笠木も笠木である。この状態を全く気にせず西野と談笑している。
 星はポケットに入れるわけにもいかず(目立つからだ)、カバンに仕舞っておく。昼休みか放課後、人の少ないところで渡そう。俺としてはこんな危ないもんさっさと渡したいが……、目立つのは避けたい。
「高野」
 半分以上寝ている高野の肩を少し揺さぶる。
「……にゅうううう」
 なんつー返事だ。
「高野!」
 少し強めに揺さぶる。が、高野の反応は変わらず。俺に気づいた笠木が一緒になって高野を揺さぶる。
「まいまい、まいまい」
「うー……? ふえ」
 何故笠木だと起きるんだ。
「ゆーくん呼んでるよ。おはよう」
「お、おう。おはよう」
 全部一緒くたに言うな。
「うう、眠いよう。おはよう。なに?」
「お前もまとめて言うな」
「へあ?」
「あーもー起きろ、そんでもってこっちこい!」
 目をこする高野の腕を引っ張り上げた。
 昨日に引き続き、教室中の視線を集めることになった。が、気にせず廊下まで引っ張り出した。
「芳岡、痛い」
「ああ、すまん」
 言われて離す。廊下は登校してくる生徒がそこそこいるが、教室のように俺たちに注目しているわけではない。ここなら大丈夫だ。
「なに?」
 あくびをかみ殺し高野は言う。
「昨日の星、返し忘れてた」
「……星?」
 高野の動きが止まった。眠気のため頭がまだ動いていないようだ。
「…………」
「……星」
 待つ。
「ええ!?」
「大声出すな、目立つだろ!?」
 でも注目を集めたのは一瞬で、こちらを見た生徒はすぐに興味を失っていった。
「え、どこ? 今持ってる?」
「カバンにある。昼休みか放課後に」
「今ちょうだいよ」
「あんなん、目立つだろ」
 俺の言葉に高野は少し冷静さを取り戻した。
「うわああ」
 あちゃあ、そんな表情で高野はため息をつき、肩を落とした。
「うん、じゃ、昼休みに保健室行こう。そこで」
「了解」
 頷き合う。高野は用は済んだと俺に背を向けた。反射的に俺はまた高野の手首を掴んだ。
「今度はなに?」
 嫌そうな顔を隠しもせず言う。俺は手を離した。
「昨日、どうした?」
「……曖昧すぎて答えられないけど、具体的に質問もしてほしくないなあ」
「三上先生とは何を話したんだ?」
 後半は無視して具体的に質問する。
「極々、プライベートなこと」
 鼻を鳴らしてそっぽを向く。……嘘じゃないが、答えたくないってことか。この二人、何を隠していやがる? 高野はまだいい。三上先生はなんなんだ?
 が、今知ることは出来ないのでおいておく。
「じゃあ、昨日の暴走は?」
「それは――まあ、そのことを先生と話してたんだけど」
 何故? とは訊ねずに続きを待つ。
「星の力としか言えない」
 他に予想できることがあるってことか?
「そうか。――最後に」
 人差し指をぴと指す。高野は面倒そうにこちらを見た。
「お前、きょうだいいるのか?」
「え?」
 高野の表情か固まった。だがすぐにそれは解ける。
「いないって、言ったじゃない」
 でも声は硬い。
「この質問に、何で動揺するんだ?」
「してない」
 むっとして口を尖らせた。なら、質問を変えようか。
「じゃあ、何で昨日、太一に同じことを聞かれて、笠木を見たんだ?」
「!」
 高野ははっと息を飲むと素早く俺から視線を外した。
「笠木から何か感じることでもあったのか?」
 俺と同じように――という言葉は省略する。
 高野の表情がすとんと落ちた。完璧な無表情。
 突然の変貌にこちらが動揺する。それと同時に確信する。それを今具体的な言葉に出来ないが、何かある。
 高野は俺を見据えると言った。
「いっしょにしないで」
 突き放した声だった。氷のように冷たい声だった。
 少なくとも、昨日俺が動揺したときにフォローしてくれた高野とはまるで別人だった。
 言葉が出ない。
 昨日の優しかった高野が急に出てきて、今の高野を許容出来ない。
「舞衣ちゃんに芳岡くん、朝からなにやってんのー?」
 能天気な声。首をどうにか動かせば、きょとんとした真鍋がいた。それに、今まで気づかなかったが教室から何人も顔出してこちらを見ている。その中に太一、笠木、西野もいた。
「喧嘩? それなら漢らしく殴り合えばいいと思うよ!」
 真鍋は佐久間に殴られた。
「…………」
 高野は俺を一瞥した後、さっさと背を向けた。まるで俺から興味を失ったようだった。それが、すごくショックだった。立ち尽くす俺に高野は何も言わないし、見てくれもしない。
「まいまい!」
 笠木が飛び出して、高野の前に立つ。何か言っているが聞こえない。
「祐一?」
「芳岡!」
 太一と佐久間が来て、心配そうに顔を覗き込んでいる。二人は何か言っている。聞こえるが、認識したくない。

 キーンコーンカーンコーン……

 チャイムが鳴って俺は自動的に教室に入った。
 高野と笠木は帰ってこなかった。



 一時間目、二時間目の座学の授業をぼーっと過ごした。休み時間に太一や他のクラスメイトに話しかけられたが、適当に返事をしていたと思う。編入する前、前にいた学校にいたときの自分を思い出した。
 去年の夏休みに入る直前からこうなったんだよな。他人事のように思い出す。自分も他人も目に映るものそうでないものも、すべてがどうでもよくなった。
 そう、あのときから。
 あのときから。

 目の前が真っ暗になって、すぐに赤に塗りつぶされる。

 その中心にいるのは誰だ?

 女の子がいる。俺と同い年の、女の子。

 三時間目も同じように過ごすことになった。
 休み時間、太一は何も言わない。ただ俺のそばにいてマンガを読んでいた。
「ゆーくん」
 幼い声に緩慢に視線を上げる。笠木がいた。

 黒の世界、赤に塗りつぶされる。

 その中心にいるのは誰だ?

 女の子、笠木に似ている、血にまみれた、女の子。

「あのね、まいまいもね、大人気ないっていうか、まだまだ子供で、ゆーくんは色々あるの。
 で、ゆーくんは落ち込んでてそーやって現実逃避するのは希望としてはこーよくないと思うの。
 そんで、まいまいは子供なのね。あ、二回目だね。うん、子供なの。で、気に入らないものは潰さないと気がすまない厄介な性格しているの」
 自分の友達をボロクソに言っている気がする。
「そんでね、ゆーくんは知らなかったとはいえまいまいの触れて欲しくないことに触れたの。で、まいまいはその対応が非常に悪いわけです。
 なので、いわゆる喧嘩両成敗なのです」
 一生懸命言っているが、よく判らない。
「要するに、悪いことをしたと思ったら、ちゃんと謝るの」
「俺が?」
「二人が」
「そうか」
「うん、まいまい、今拗ねてるけど、話せばちゃんと判るから」
 太一がマンガを閉じ、笠木に向けて片手を上げた。
「同じことを高野に言ったの?」
「うん」
 簡単に首を縦に振った。
「怒らなかった?」
「怒ったけど、ちゃんと話したら泣きそうになって保健室に行っちゃった」
 泣かしたのか。
「のんのん、舞衣を泣かしたの?」
「結果的にそうなったけど……希望はそんなつもりなかったよ」
 西野がこちらにやってきて驚きながら言う。笠木はちょいとバツが悪そうだった。それがなんか微笑ましくて、気がついたら口が動いていた。
「判った。昼休みに謝るよ」
 三人がこちらを見た。な、なんだよ?
「元に戻った」
「元気になったね」
 太一と西野が珍しいものを見る目で俺を見ている。……そんな突然変わったのか?
 無言の笠木に、どうだ? と視線を送ると満面の笑みを返された。
 すっと手を伸ばし、俺の髪に、いや頭に触れる。
「うん、いいこいいこ」
 なでなでされる。反射的に太一に視線を送ると鬼の表情で俺を見ていた。
「また、のんのん……。そーやって、芳岡同い年なんだよ?」
「ん、でもいいこだから。いいこにはこうするの」
 呆れる西野とにこにこと微笑む笠木。恥ずかしい光景なんだが、笠木の手から伝わる温もりが心地よくて振り払おうとは思えなかった。
 でも、太一にはあとで謝っておこう。



 四時間目。まだ高野は帰ってきていない。笠木の話じゃ拗ねているようだが……。怒られて泣きそうになって拗ねる。確かに子供だな。
 眠い。寝不足じゃなくて純粋に授業がつまらない。歴史は好きだが、古文には興味がないのだ。教師は自分の熱弁に悦に入っているらしく、生徒の反応はあまり気にしていない。これは寝ていても問題なさそうだ。
 ということで、眠ろう。

 夢の中だ、そうはっきりと自覚する。
 教室で寝たし、大体ここはどこだ? 壁も天井もガラスか水晶で出来ているのか、酷く神秘的な部屋だ。それに光源が見当たらないのに部屋は明るい。
「ここはどこだ?」
 一応頬をつねってみる。痛くなかった。夢決定だ。
 ふと思ったが、ここってゲームに出てる水晶の部屋にそっくりだ。真ん中にどんと水晶が浮かんでいる。なんとなくボスが出てきそうなので冗談で身構える。しかし戦う力なのない俺に一体何が出来るんだろう?
「祐一さん、力が欲しい?」
 突然の声に、本当に身構えた。辺りを見回すが姿は見えない。……べたで悪いが、幽霊か?
「誰だ! 姿を見せろ!!」
 叫ぶ。これで出てくれるなら苦労はないだろう。
「あれ? 見えないの? あっ、そーか。うーんごめん。それ僕の力不足だから勘弁して」
 やたらと口調が軽い。重いよりはいいが、なんかフレンドリィだぞ。
「で、祐一さん。力が欲しい?」
「まて、何で俺の名前を知っているんだ? お前は誰だ?」
 フレンドリィだからといって俺に危害を加えない保障はない。
「まー、いいじゃんそんなこと。で、力が欲しい?」
「良くない! 不気味だろう!! お前知らない奴が自分を知っている不快さを知らんのか!」
「そう言われると返す言葉もないんだけど……」
 声は俺の剣幕にたじろぐ、というより困っていた。なんとなく、悪い奴ではないと思い始めた。
「えーと、名前を知っているのは、人から聞いたからです。それで、僕は祐一さんの夢の中にお邪魔しているので危害を加えることが出来ません。なので必要以上に警戒しなくていいですよ」
 俺を納得させるためにか、一つ一つ丁寧に声は説明した。
「仮に危害を加えようとしても、祐一さん、目が覚めて結果的に何も出来ないよ」
 身の安全は保障されていると判断していいだろう。俺は構えと警戒を解いた。
「待て、俺の夢の中って、俺こんな夢を見るのは初めてだぞ」
「それは僕がお邪魔したせいじゃないかな」
 危害は加えないって言ったじゃないか……。
「大丈夫、問題ない! どっちかてと綺麗だし、イージャンイージャン、スゲージャン!!」
 頭が軽い――いや、陽気な奴だ。
「で、話を戻すぞ。力がなんだって?」
 この手の人間(?)はさっさと言いたいことを言わせればすぐにカタがつく。
「うん。祐一さん、力が欲しくない?」
 なんて怪しいんだ。
「具体的に言ってくれ」
「星の化け物と戦う力だよ」
「!!」
 それは――欲しい。
「望むのならば、僕が叶えるよ」
 無意識に高野の前に飛び出したことを思い出した。力なんてないのに。足手まといにしかならないとどこかで判っていたのに、俺は飛び出そうとしていた。
 最初は化け物に遭遇した日、次は部活で出かけた初めての日。太一に止められなかったら俺は間違いなく飛び出していた。

 力が欲しい。

 そう、高野を助けられる力が。そうすれば――
「もちろん条件があるよ」
 頭を振る。
「条件?」
「そ。で、欲しい?」
 あくまでも軽い口調。かなり調子が崩される。
「……そりゃあ欲しいよ」
 高野を助けることが出来るし、何より過去と違う自分になれる。
「じゃあ、叶えてあげるよ」
「って軽っ! いいのか!?」
 あまりの軽いノリに戸惑う。
「つうか先に条件言えよ! 新手の詐欺みたいじゃないか!!」
「大丈夫大丈夫」
 まーまーとなだめている感があって少し腹が立つ、でも無茶な条件言われたら無意味なんだ。
「祐一さんなら大丈夫。簡単で、最も難しいことだけど」
「矛盾してるぞ」
 何を言っているんだ。つうかこいつまともなことより無茶苦茶なことばっかり言っている。……こんな奴からもらっていいのか?
「やっぱり――」
 キャンセル! と叫ぶ前に声は明るく言った。
「ブッブー! もう駄目です。クーリングオフ制度はありません」
 酷かった。
「大丈夫、祐一さんなら、大丈夫」
 妙に自信のこもった声に逆に不安になる。
「条件は簡単、――」

 キーンコーンカーンコーン……

 チャイムの音が俺を現実に引き戻した。
「きりーつ」
 日直のやる気のない声に慌てて立ち上がる。
「れーい! ちゃくせーき!」
 座ると同時に昼休みが始まる。
「?」
 周囲を見回す。どこをどう見ても自分の教室だ。クラスメイトもちゃんといる。高野はいない。まだ拗ねてるんだろうか。
「どうしたの?」
 不思議に思ったんだろう、太一が弁当片手にこちらに来ていた。
「いや、変な夢を見て」
「ぐっすり寝てたもんね、あんた」
 西野が太一と同じように弁当片手に言う。
「変な夢だった」
「普通の夢って、あたし見たことない」
 西野は笠木のそばに来て弁当箱の蓋を開けつつ言う。
「あ、皐月ちゃんてカラーで夢見る? 希望のってなんて言うのかなー、情報だけがあって、映像が出ない感じ。でも体験したって感覚はあるの」
「モノクロの夢とはまた違うわね、それ」
「僕は……モノクロかなー」
 太一も夢話に参加する。俺は参加せず夢の内容を思い出すことにしよう。もちろん食べながら。弁当を取り出す。

『力が欲しい?』

 声はそう言っていた。

『星の化け物と戦う力だよ』

 高野が化け物と戦っているのを見た瞬間から、ずっと欲しいと思っていた。
 だからこの言葉はとてもありがたかった。
 けど、同じくらい怪しかった。
 縁もゆかりもない俺に、どうしてそんなことをしてくれる?
 いや、そもそもどうやって力を与えるんだ?
 魔法を使ってって奴か? 高野はそんな魔法使えなさそうだけど……。
「あ」
 その前にやらなくちゃいけないことを思い出した。
「ちょっと俺、高野のとこに行ってくるわ」
「ん、いってらっしゃい」
「いってらっさい」
「がんばれー、いってらっしゃい」
 三人が軽く手を振って送ってくれる。そうだった、謝るんだった。えっと、確か保健室で拗ねてるんだよな。そうそう、星も持っていかなくては。
 ここで出すと厄介なのでカバンごと持って行こう。



 コンコン、と保健室のドアをノックする。
「失礼しまーす」
 ドアノブを捻り入室。消毒液の匂いが鼻をくすぐった。
 弁当を食べている三上先生がまず見えた。彼女は俺を確認すると顎でベッドをさした。……相変わらず態度が教師としてアレだ。
 ベッドを見ると、女子生徒が横になって背中を見せていた。髪形から高野と判る。
「高野?」
 声をかけるが、無反応。
「高野」
 肩を揺さぶると掛け布団を捲り上げ、頭からかぶって隠れた。……こ、子供の反応だ。怒る前に呆れが先に出る。
「…………」
 頭をかいて対策を練る。こんなんじゃ話すら出来ない。謝るどころじゃない。ならこいつが食いつくような話をしたらいい。
「高野、星を持ってきたんだが」
「星?」
 こちらに向き、掛け布団を目まで下げて見上げる。……小動物っぽくて少しかわいい。いや、そんなことを考えている場合じゃない。
「ああ、ちょっと待ってな、今出すから」
 カバンをベッドに置き、星を取り出す。
「二つな。いや、びっくりしたよ。家に帰ったらポケットに入ってるんだもんな」
「ん」
 直径三センチくらいのいびつな球を掴む。
「はい」
 おずおずと起き上がり、こちらを見る高野にまず一個を差し出した。
「はえ?」
「変な声をあげるな」
 またかわいいと思ったじゃないか。
「だ、だって、だって昨日のと違う」
「へ?」
 今度は俺が変な声をあげる。
 手の中にある星を見た。

 真っ黒だった。

 石炭のように真っ黒だった。
 これは――力がなくなった状態だ。
 高野の顔を見れば血の気が引いていた。俺も同じ顔してると思う。慌ててもう一つをカバンから取り出した。
 これも真っ黒だった。
「…………」
「…………」
 絶句。
 昨日は力を持った深緑の光を放っていたんだ。で、一日たったら力を失った真っ黒。
「芳岡、身体に変なとこない?」
 青ざめた高野の言葉に、昨日の暴走した槍の化け物を思い出した。さらに俺の顔から色が消えた。
「い、いや、何もない! つうか何もしてない! 強いて言うならば机の上に置いた、そっからカバンに移動させた、そのくらい!」
 完璧に頭がパニックを起こした。それは高野も同様で。
「本当? 本当? 近くに変な化け物とか、巨大化した虫とかいなかった!?」
「いないいない! いたら連絡したって!! ついで言うならばよく眠れた!」
「ホント? ホント? 何もない? じゃあなんで真っ黒なの!?」
「俺が知るかよ!?」
 二人で混乱。そこに気だるそうに三上先生が割り込んできた。
「うるさい」
 声は聞こえているはずなのになんでこの人は……!!
「暴走は舞衣の力が関わらなければなさそうだし、祐一は何もしていない、見てないって言うなら何もないんでしょうが」
 冷静に指摘する。
「…………」
「…………」
 さらに三上先生は続けた。
「それに、星の力を得た化け物の大半って、いつもと同じ行動をするんでしょう? 仮に虫かそこら辺の動物になったとして、祐一を見かけたらそこから離れるじゃないの? それか、自分の住処に帰るか」
 とても冷静な指摘だった。
「学校終わったら、芳岡のおうち周辺を探してみます」
「そうなさい」
 話はあっさりと終わり、静かになって満足したんだろう、三上先生は自分の席に戻った。あれ? でも星の化け物って、星ごと取り込んでなかったか? すぐにそれを訊ねた。
「そういうののほうが多いけど、たまに力だけ取り込んでいるのもいる。で、その星――この場合は石炭のほうね、を見つけるのはちょっと面倒」
「力が感じられないのか?」
「うん、ほとんど感じない。でも感じないわけじゃない」
 それは厄介だ。
「でも、今回は星だけあるし、……面倒なことになる前に化け物探せばいいから」
 そういうもんなんだ。ふうんと納得する。

 くう~。

 高野の腹から音が鳴った。青白かった顔色が普通の色を通り越して赤面になる。
「教室に戻ろうか」
 真っ赤になって頷く高野がやっぱり、でも、少しだけかわいかった。

 穏やかな雰囲気で戻ってきた俺たちを見て、笠木は満足そうに頷いていた。太一を含めたクラスメイトがほっとしたように息をついていたのが印象的だった。……本当にいい奴らなのかもしれない。
 あ、でも、俺謝ってない。放課後、隙を見て謝ろう。



 放課後、予定通り俺の家の周辺を探索することのなった。いつもどおりの四人と一匹だ。
 俺はカバンを自室に放り込む。高野のカバンは玄関に置いておく。太一と笠木のは、二人の家は学校に近いので置いてそのまま来た。着替えてはいないので制服のままだ。ただ、保健室によらないでそのまま学校を出てしまったので、今日の太一にはゴーグルがない。あとで報告するから問題なしと言っている。ま、大丈夫なんだろう。
「どうする? また二手に分かれるか?」
「うーん……今回は化け物になってる可能性もあるから……でも早く見つけたいし……」
 俺の家の前で高野は腕を組んで悩んでいる。
「僕たち無茶はしないよ」
「うんうん!」
 太一の言葉に笠木が頷く。槍の暴走を見た今、無茶はしたくないのが本音だろう。一応危険はなかったが、気持ち悪いにも限度があった。
「じゃあ、二手に分かれよう。星からはそんなに離れられないはずだから、あんまり遠くまで探さなくていいよ。そんであたしとのんのん、ククと芳岡とたっちくん」
「判った、ってさり気なくあだ名だね」
 頷こうとしてどうでもいいことに太一が反応する。
「あ、嫌だった? のんのんのが移っちゃって」
「いやいや、いいよ。今後もそれでね。じゃあ、僕らは西に行こう」
 西はS市のより僻地だ。まあもうここの時点でかなり僻地だが。
「うん。ありがとう。じゃあ、あたしたちは逆方向に。いい?」
「おっけい!」
 笠木が元気に頷き、俺は無言で頷く。それを確認すると高野は肩に乗っていたククを俺に向けて投げ飛ばした。抗議の声はいつものように無視しておこう。



 二手に分かれ、化け物を探す。見つけた場合は即高野にケータイで知らせ、化け物を見張る。絶対に手を出さない。
 まさか人家に紛れてるとは思えないので、空き地を重点に探す。が、僻地とはいえここは住宅街。そもそも空き地がそんなになかった。
「昔はもっとあったんだけど……ここもだいぶ家が増えたねえ」
 地元人の太一が目を細める。お前は爺さんか。
「てことは化け物が居にくい場所ってことだな」
「公園はどうッスか?」
 ククがこっそり言う。人目のある場所だ。姿をさらしてもいいが、言葉を話すのはまずい。
「うーん、行ってみようか」
 頷き、太一の知る公園を回り始めた。
「さっき高野が言ってた、星からそんなに離れられないってどういうこと?」
 俺の肩、と言うか襟に隠れているククに太一が訊ねる。
「んーと、ですね。星と化け物は一心同体なんス。星があってはじめて化け物になれるッスからね。で、普通は星ごと取り込むッス。そうしたら星の力を全部使えるッスからね。
 んでも、今回のように力だけ取り込むことも出来るッス。その代わり、それほど星の力を使うことは出来ないッス。たぶん、普通のその動物よりちょっと大きいくらいになってるはずッス。
 そんで理由はッスね、えっと、星と、星の力は完全に切ることが出来ないんス」
「真っ黒な星にも力が少し残っているってことか?」
「間違いじゃないッスけど……えっとッスね、えーと、星と化け物が見えない線でつながっていると思ってくださいッス。その見えない線が星の力なんス」
「ああ、だから離れられないんだ。そんで遠ざかれば遠ざかるほど使える力が減っていくと」
 太一が納得したように頷く。
「そうッス。ま、星と化け物はお餅みたいなねばねばしたものでつながってると思えばいいッスね」
 例えとして判りやすい(か?)……としても、想像すると間抜けな話だ。
「その線ってのは星と同じ力なんだろう? 感じられないのか?」
 俺の問にククは肩をすくめた。
「すごーく小さくなってて、他の力もあってわけわかめッス」
「他の力って?」
 魔力のないこの世界にどんな力があるってんだ?
「祐一さん、別にこの世界に魔力がないわけじゃないんスよ。たまに自覚ないけど持っている人もいるッス。他の動植物も一緒ッス。それに電波があるッスしょ? それも魔力に似てるとこがあって、こういうところで特定の力を探すってのはかなりの骨ッス」
 新情報がたくさんだ。
「でも、あっちではどうしてたの? 高野はそういう専門の仕事してたんでしょ?」
 太一が訊ねる。
「舞衣さんのお仕事はモンスターを退治することッス。探すのはほかの人ッス。だからこういうのはあんまり得意じゃないッス」
 ククの言葉に疑問を覚える。ならなんですぐに増員しないんだろう。最初は比較的安全だと思われていたから高野一人で来た(ククは置いておく)。でもどんどん安全とは距離を置くような状況になってきている。極めつけは昨日の槍の暴走だろう。
 この疑問に簡単な答えを思いついてしまった。

 いわゆるお役所仕事、対応が遅いのは当然である。

 だとしたら……高野は大変だな。
 こそこそとククと話しながら公園を探し、化け物探索。範囲を広げてみたが何も見つからなかった。



 空がオレンジに染まってきた頃、高野から連絡があった。俺たちと同様、何も見つけられなかったそうだ。
 いったん、俺の家の前に合流し、共に成果を報告。電話で聞いていた通りの内容と特に変わることはない。収穫のなさに俺たちは肩を落とした。
 暗くなったら余計に見つけられないので今日のところはこれで終わりにしようということになった。
 太一と笠木はカバンをすでに自宅にあるので、そのまま帰ればいいだけだ。二人は手を上げ仲良く並んで帰っていった。
 高野のカバンは玄関にある。取ってやらねば。そして、今まで忘れていたが、今朝のこと、謝らなくちゃな。
「ほい、カバン」
「ん、ありがとう」
 受け取ってすぐにも帰ろうとする高野の手首を掴んだ。
「ん?」
「あ、あのさ、今朝のことだけど」
「あ、ああ……」
 どことなく気まずそうに高野は視線をそらした。俺もそらして手を離す。
「えっと――」
 言葉を捜す。
 そうしていると、
「あれ? 祐一? その子だあれー?」
 遠くから俺を呼ぶ声が聞こえた。とても馴染みのある声だった。顔を上げ、高野のだいぶ遥か向こうにいる人物を見つけた。仕事帰りのパートのおばさん、そんな女性がこちらに向かって手を振っている。
「!?」
「ん? あれ、芳岡の、お母さん?」
 高野は振り返り俺の視線を追って、とても正確な推理を披露してくれた。いや、そんな立派なもんじゃない。
 親しげに俺に(正確には「たち」だろう)向かって走ってくるおばはんは近所の知り合いってより母親だ。つうか、母親だ!
「高野、家どこだ? 送るぞ!!」
「え、別に暗くないし、一人で帰れるよ。それに挨拶したほうが――」
 真っ当なことを言っているが、無視する。
「いいから、送るぞ! えっと、コンビニの方向だったよな!? じゃ、行くぞ!!」
 高野の反応を見ないで、手を掴み思い切り引っ張った。勢いに任せそのまま走る。
 母親に女子の友達を見せるって……なんて言われるか、つうかからかわれるに決まってるじゃねーか!!



 母親が見えなくなったところで、高野に場所を聞いて送った。歩き、見えてくるのは立派な五階建てのマンション。
 それを見て俺は青ざめた。
 場所は学校に一番近いコンビニから歩いて五分ほど。外装は出来たてのように綺麗だ。そして、出来たてのように人の気配がしない。
「ここって、入っても一ヶ月以内に必ず出て行くと言われてる呪いのマンションじゃないか!!」
 俺の反応に高野は戸惑っている。というよりも、なんというか、もじもじしている。夕日のせいで顔が赤く見えるから余計にそう感じてしまう。
「うん、あの……手、離して」
 左手を見た。
 高野の右手をしっかりと握り締めていた。
「!! うわああああうえああああ、ご、ごめん!!」
「いや、うん……」
 俺は激しく動揺して離す。高野は恥ずかしそうにうつむいた。そうか、場所を教えてくれた以外ずっと黙っていたのはそれか。いくら焦っていたとはいえ気づかないとは……。あまりの間抜けっぷりに落ち込んだ。
「あ、あのね、ここってあっちの息がかかっている、というか、何かあったときのために、あっちの人間が買ったの。だから、人が入らなかったんだよ。たまに入ってたのは点検とかだと思う」
 話を変えようと高野が説明する。……呪いのマンションにはちゃんと理由があるみたいだ。
「そ、そうなんだ……噂の真相なんてそんなもんだよな。はははっはは……」
 乾いた笑いが虚しかった。
 気まずい沈黙、それが痛い。きっかけを思い出せば自分だ。
 まず、空気を変えよう。
 いや、面倒だし本題にいったほうがいい。うん、そうだ、そうに違いない。
「今朝のことなんだけど……」
「あ」
 うつむいていた高野がはっと顔を上げた。
「知らないこととはいえ、無神経だった。ごめん」
 素直に頭を下げた。
 時間がたった今、ようやく判った。誰だって、触れて欲しくないことに触れれば怒るのだ。俺の場合は現実逃避に走るだけ。他の人間は、少なくとも高野は違うのだ。
 そんな当たり前のことが判らなかったのは……今までぼうっと過ごしてきたからだろう。そのツケが高野の怒りだ。でも、あの反応は怒りと言うのとは違う気がするが……。
「うん、あたしも、ごめん。言い方悪かった」
 高野も頭を下げるのが判った。慌てて顔を上げる。
「いや、そもそも俺が無神経なこと言ったのがきっかけだし!」
「でも、言ったのは確かだから。ごめんね」
 ……確かに俺もちょいと傷ついたのは事実だしな。昨日優しかった高野と今日の突き放した高野。ギャップが酷くて戸惑う。
「じゃあ、もうお互いこういうことは言わないようにしよう」
「そうだね」
 頷き合う。
「じゃあ約束!」
 高野は小指を出した。
「約束? うん、約束だ」
 俺の反応が気に入らないのか、むっとする。
「約束するのっ! はい、小指出して!」
 言われるままに右手の小指を出した。
「そんで、絡めて」
 小指と小指を絡める。……は、恥ずかしい。
「ゆーびりきげーんまん、うーそつーいたら――」
 リズムに合わせて手を上下させる。恥ずかしさが更に上がって、顔にも血が上る。夕日で顔色が判りにくいが、きっと俺は顔は真っ赤だろう。
「芳岡」
 動きを止めて高野は俺を見る。
「すごく恥ずかしい」
 夕日を浴びて判る顔の赤。どれだけ赤くなっているんだろう。
「俺もだよ!! ああもう、省略して、はい指切った!」
 小指を離し、恥ずかしい空気を振り払った。
「でもちゃんとやらないと駄目ってのんのんが」
 笠木、何を教えてるんだ……。てか素直に受け入れるな高野も。
「これは、小さい子供の教育の一環としてやるんだ。だから、高校生はもちろん、中学生も、小学生の高学年だってやらないんだ!」
「そうなの?」
 何で半信半疑で俺を見るんだ!?
「そうなの!!」
 恥ずかしさに力いっぱい言い切った。
「そうなんだ……」
 納得してない……。納得してない顔で首をかしげている。お前、自分で恥ずかしいって言っておいてそれはなんなんだよ。
「ふーん」
 そこで初めて高野の肩に座っていたククが口を開いた。
 いやらしくニヤニヤ笑っていた。
 言葉か出るより早く、俺はククを掴んでいた。
「夕日と友達になってこい!!」
 そして力いっぱいに、言葉通り夕日に向かって投げ飛ばした。



[26768] スターハンター 08 ~眼鏡執事~
Name: りむる◆dfa7558d ID:ff05f576
Date: 2011/04/22 14:34
 眠い。
 完全な寝不足だ。
 何故眠れなかったのか? それは昼間に見た夢が気になったからだ。
 また見れるんじゃないかと楽しみにしていたらどんどん眠気が遠ざかり、目が冴えてしまった。
 仕方なしに羊を数えてみるが、やはり昼間の夢が気になって、時折高野の小指の温もりを思い出して眠気はなかなか訪れなかった。小指の温もりが完全に眠気を退かせてしまった。
 そしてそのままの状態でしばらく過ごし、気がつけばカーテンの隙間から光がこぼれていた。
 仕方ない、もう諦めて起きてしまおう、と思ったとたん眠気がやってきた。あんまりだと思った。しかし数分前まで待ち焦がれた強烈な眠気には勝てず、目を閉じた。その後の記憶がない。
 気がつけば目覚ましが鳴り、階下から母親の大声が聞こえた。
 あんまりである。

 しかし今日はコンタクトは無理だ。入れたら痛くなりそうだ。久しぶりに眼鏡か。こちらの学校に眼鏡で行くのは初めてかもしれないな。どうでもいいことだが。





スターハンター 08
~眼鏡執事~





「おはよう祐一って、眼鏡だー」
 教室に入って真っ先太一に声をかけられた。指は当然のように眼鏡を指している。
「いつもコンタクトなんだ。へー知らなかった」
「ああ、別に言うことでもないしな」
 どこかぼーっとした声で俺は言う。眠い……。
「確かにね」
 それもそうだと太一は小さく笑った。うん、このくらいの関係がちょうどいい。
「あ、芳岡くん、眼鏡っこだ!!」
 声の方を見れば言葉から想像できるように真鍋がいた。一緒に来たのか佐久間に西野の幼馴染トリオ、それに笠木がいた。真鍋の言葉に幼馴染の二人は露骨に嫌そうな顔をしていた。残る笠木は何故か恐ろしくきらきらした目でこちらを見ている。正直、真鍋の言葉よりも笠木の反応のほうが引く。
「ゆーくん、同志だったんだね!!」
 カバンを放り投げ、笠木は俺へと突進してきた。反射的に逃げたくなったが、そこは寝不足の身体、あっさりと両手をがっちりと掴まれた。横から殺気に似たものが送られているような気がするが、気のせいだと思いたい。
「いや、違う」
 速攻で否定した。隣りの問題ではない。なんとなく同意してはいけないと思ったからだ。しかし俺に構わず笠木は俺の両手を握り締め、ぶんぶんと振る。ちらりと西野を見ると笠木のカバンを拾っていた。いい奴だった。
「言葉の使い方が間違っていると思う」
「うんうん!! 希望と一緒で目が悪いんだね!! 希望はね、近眼だよ、そんでね、裸眼で0.1をきってるの!」
 聞いちゃいなかった。
「ゆーくんは? コンタクトって痛くない? てゆーか目に直接触れるんだよね? 怖くない?」
 一気に聞かれても答えられない……。俺は顔を引きつらせ黙った。返事をしたほうがこの手の人間はすぐに去ってくれるだろう。そんなことを眠気も手伝ってぼんやりと思う。
 あれ? 昨日教室で見た夢でも同じことを思ったな。
 つうか、あの夢はなんだ? 力をくれると言っていた。そう、星の化け物のと戦う力を。
 どうやって? どこからそんなものを持ってくるんだ?
 ククは昨日言っていた。
 この世界には無自覚に魔力を持つ人間がいると。
 俺がそれだって言うんだろうか? 詳しく聞いてみないと判らない。というより、この不思議な夢を話せばいいんじゃないか? なんで思いつかなかったんだろう。今日の放課後にでも聞いてみるか。
「ゆーくん、話聞いてる?」
 いや、と言おうとしたが、うるさくなりそうなので適当に返事をしておこう。
「慣れるまでは少し怖いな」
「へー。なんでコンタクトなの? 別に眼鏡でもいいじゃない。似合ってるよ」
 素直な賞賛に少し照れる。が、そんなことを表に出すわけには行かない。太一がそばにいるからではない。俺は、こいつに深く関わりたくないんだ。もう二度と、あんな――
 首を振って考えを消した。
「ん?」
「体育のときに邪魔でさ。つーかそろそろカバンを置かせてくれ」
「あ、ごめんね。あれ? 希望のカバンがない。……ミステリー?」
 幸せな思考をしている。殺気がふっと消え、太一から明るい声が出た。
「笠木、さっき放り投げてたじゃん」
「え? そんなことしてないよ、たっちくん何言ってるの?」
「いや、ホントだって」
 太一が指差すほうに西野がいた。朝っぱらから大きなため息をついて笠木の席に笠木のカバンを置いていた。
「あれ?」
 自分の席を見て小首を傾げる。……天然ってこういうことなんかな。
「おはよー」
 朝っぱらからこんな気だるい声を出す奴はただ一人、高野だ。
 高野はふらふらと横に揺れながら緩慢な足取りで自分の席についた。そして崩れ落ちるように突っ伏す。たぶん、笠木が立っていたのでそのまま寝ることにしたんだろう。たぶんでもなく確実に高野なら立ったまま寝れると思う。
「…………」
 何気なく、高野の手を捜した。枕にしていて見えない。ほっとしつつも残念と思う自分がよく判らなかった。

『じゃあ約束!』

 小さな子供みたいに小指を差し出す高野。顔に血が上る前にそれをかき消した。
 そうだ、夢の話をしなくちゃ。うん、早いほうがいい。そうに決まっている。俺は高野の下へと歩いた。起こそうと肩に手を伸ばす。直後、高野はがばりと勢いよく起き上がった。素早く周りを見回す。まるで警戒してるみたいに。
 その反応に俺は驚き、素早く手を引いた。高野がそれに気づき、俺を見上げた。
「ごめん! えっと、これは癖で――で、……で、……で、で、で、で」
「?」
 高野の動きが止まり、「で」の一文字を繰り返す。そのたびに顔がちょいと赤くなっている、ように見える。
「な、にゃ、な、な、にゃ、――にゃー!!」
 絶叫。
 それと同時に俺は後ろに突き飛ばされた。どうやら胸を思い切り押されたらしい。

 どんがらがっしゃん!

「うわああ!?」
 周りの机とイスと、クラスメイトを巻き込んで俺は背中を色んなものにぶつけることになった。……下敷きになった名も顔も知らぬクラスメイトよ、すまん。
「まいまい!?」
「何やってんの舞衣!?」
「舞衣ちゃん?」
 笠木、西野、そして真鍋までもが驚き目を見開いていた。すぐに笠木は高野の元へと駆け寄った。
「あ、あ、あの、違う! その、そんなつもりはないの!! えっと違うの違うの!!」
 高野の顔は真っ赤だった。茹でたたこよりも真っ赤だった。
「ほら、大丈夫?」
 太一が手を差し伸べる。ありがたくそれをとり、立ち上がった。すぐに下敷きにしてしまったクラスメイトを助ける。幸い、怪我はなさそうだ。謝罪をしてから高野を見る。高野もこちらを見た。
 目が合った。
「っ!」
 鋭く息を飲み絶句。顔は赤いままだ。……熱があるのか? 風邪か?
「風邪引いたのか?」
 一歩近づいた。俺の問に高野は無言で首を横に振り、一歩下がった。
「じゃあ……」
 なんだろう。インフルエンザか? だったら学校には来ないはずだが……。不思議に思いさらに近づく。高野は近づいた分だけ遠ざかる。……避けられてる? でもなんで?
「でも顔真っ赤だし、熱があるんじゃないのか?」
「そうだね、どうしたの、まいまい?」
 笠木が心配するように手を伸ばすが、高野は逃げ出した。けど、逃げる方向を間違えたらしく、教室の隅に自分から追い詰められていた。すごく動揺している。首を傾げ、俺と笠木は高野に近寄った。高野は逃げられない。酷くおろおろと周りを見ている。その周りに視線を走らせると怪訝な表情、ではなくどちらかというと生暖かい笑顔だった。なんだこの反応は?
「どれ、熱は、と」
「ぁ」
 動揺している高野に近づいた。さらに逃げないように肩を掴み、額に手を当てた。
「あ、あ、あ」
 熱い? かな。微熱があるようだ。
「風邪引いたんじゃないか? 頭に喉、痛くないか?」
「あ、もしかして」
 笠木が何かに気づいたように、はっと口元に手を当てた。
「のんのん! 違う、違うったら!!」
 また絶叫。振り払うように高野は暴れた。俺は大人しく手を離した。

 キーンコーンカーンコーン……

 朝のHRの開始を告げるチャイムが鳴る。俺たちを見守っていたクラスメイトは条件反射のように自分の席についた。俺もそれに倣おうとしたが、高野が気になるのでもう一度ちらりと見た。
 目がまた合った。
「――っ!!」
 顔を赤くさせたまま息を鋭く飲み、高野は急いで自分の席についた。
 なんだったんだ?
 疑問に首を傾げつつ、俺は席についた。



 一時間目が始まる短時間の休み時間。高野に声をかけたが、なんだかよく判らない言語を捲くし立てられ、誤魔化され(?)た。
 二時間目以降はいつもの高野に戻り、普通に話が出来た。しかし、なんであんな行動をとったのかは教えてくれなかった。また適当に誤魔化されたのだ。近くにいた真鍋と西野がニヤニヤしてるのが不思議だった。
 そして四時間目前の休憩時間。次の授業は体育なのでみんなさっさと移動する。もちろんそれは俺も該当する。
「祐一、あのさ」
「ん?」
 太一が後ろから声をかけてきた。俺はジャージを持ち振り返る。
「ねえ、一日だけバイトしない? 喫茶店なんだけど」
「喫茶店で? 部活はどうするんだ?」
 突然の申し出に少し目を見開いた。
「たまに休んだっていいだろ。頼むよ! 僕も行くけど、急に来れなくなったって言われて」
 パン! と手を叩いて拝むが、話の内容がよく判らない。
「ちょっと待て、話が見えないぞ」
「え? あ、そうか。ああ! もう着替えないと遅れる!!」
 ケータイで時刻を確認するともう授業開始まで三分もなかった。話を打ち切って俺と太一はダッシュで更衣室に向かった。

 太一の話はこういうことだった。
 うちの学校の近所(といっても徒歩で二十分ほどかかる場所)に太一の親戚が経営している喫茶店があるそうだ。
 小さい店だが、そこそこ繁盛しているらしい。うちの学生に人気って話だ(もちろん初耳である)。
 夫婦で切り盛りし、サポートでバイトを雇っているそうだ。たまに太一も手伝っている。もちろん、報酬はある。
 いつも大学生のバイトが来てくれているそうだが、今日は用事が入って出れないらしい。他の人間も予定が埋まっている。
 普段なら二人、またはプラス太一と三人で乗り切るところだが、生憎今日は雑誌の取材が入っているらしい(すごいことだ)。
 で、店長である旦那さん(太一の母方の叔父さん)はそれに付っきりになる。客が入っているところが見たいそうなので、通常営業らしい。そして、予定している時間がちょうど、うちの学校が終わる頃。うちの学生がなだれ込む時間だそうだ。そんな時間じゃ奥さんだけではとても捌ききれない。
 そこで助っ人が欲しいということだ。
「話は判った」
 寝不足の頭でどうにか理解する。
「じゃ、頼むよ!」
 体育の時間。男子は元気よくバスケの試合をしている。俺たちの出番はさっき終わった。無論、眠い俺は何の活躍もしていない。足でまといにならなかっただけ幸いだ。
「そういう事情ならいいが……何をさせるつもりだ?」
 激しい運動をした疲れと寝不足の頭に「接客」という言葉が埋め尽くされた。俺は愛想のいい人間ではない。お世辞で言ってもフォロー出来ないくらいだ。眉間にしわを寄せている俺に太一は真顔で言った。
「接客」
「無理だ」
 想像していた通りの答えに、速攻で返事をした。無理なもんは無理だ。
「注文とって、メモって奥に伝えるだけだからさ! 頼むよ!!」
「無理だ、他を当たってくれ」
「頼むって!!」
 俺は他人に無関心な人間ではあるが、友達と認めた人間を冷たくあしらうほど酷い人間ではない。何かを頼まれたら無碍に断ったりせず、ちゃんと応える。
 でも、それは自分が出来ると判断できたことだけだ。
「……無理だって。それこそ笠木に頼めばいいだろ?」
 片思いの相手と一緒に仕事。良いことじゃないか。
「駄目駄目駄目! 笠木には僕が働いているところ見てもらいたいんだ! つまり客としてもう誘っちゃってるんだ!」
 手が早い、という表現は間違いだ。
「じゃあ高野」
「笠木が誘わないとでも思ったか!」
 これは一種の逆ギレだろう。
「西野」
「笠木が誘わないとでも思ったか!」
 大事なことなので繰り返した、ということではない。
「じゃ真鍋」
「客にセクハラしたらどうするんだ!?」
 笠木の近くにいそうな人間の名を上げたが、速攻で斬り捨てられた。これは困った。太一には世話になっているから、このまま後は自分で頑張れよ、と突き放したくはない。でも俺はやりたくない。しかし真鍋って……太一の言っていることはすごく理解できる。……本当にどこに出しても恥ずかしい変態だ。
「佐久間は?」
 女子が駄目なら男子だと考えを変えた。
「用事があるらしい」
 すでに当たっていたのか。もしかして俺が最後なのか?
「頼むよ! みんな都合悪いみたいでさ、あとは祐一しかいないんだよ!」
 心底困った顔で太一は俺の考えを肯定した。
「なるほど……」
 助けてやりたいが……向き不向きというものがある。考えながら太一を見れば必死な表情で俺を見ていた。
 まあ、我慢できないことでもないか。
「判った」
 観念したように俺は両手を軽く上げた。太一の顔がぱあと明るくなる。
「愛想のほうは期待しないように」
「オーケイ!」
 親指立てて、ウインク。そんな爽やかに了承されると、俺が無愛想な人間だと肯定しているみたいじゃないか。



 放課後、まず今日は部活に出られないと高野と笠木に伝えた。理由は太一が説明した。体育の時間の話を思い出せば不思議でもなかったのだが、どうも今日は部活は休みだったようだ。理由を高野に尋ねたところ、こう答えた。
「三上先生、用事があるんだって」
 顧問の許可なしに活動しちゃいけない部活というものはあまりない気がする。それに高野は仕事で来ているのにいいんだろうか。……本人がいいって言うならいいんだろうが、ちょいと釈然としない。
 そんなことを考えつつ、着替える。場所は太一の叔父夫婦が経営している喫茶店のスタッフルームだ。この喫茶店は普通の一戸建ての家を改装したものだった。一階が喫茶店で二階が住居。スタッフルームはロッカーと小さめの机とがあるが、そこそこ広い。六畳間くらいかな。
「おー、似合う似合う」
 先に着替えていた太一がやってきた。別に制服というほど立派なものではない。ホテルのボーイよろしく白のブラウスに蝶ネクタイ、それに黒のベストだ。パンツも同色のぴちっとしたスーツみたいなもの。そしてエプロン。腰に巻くタイプだ。……こう言うと立派な制服か。ちなみに女子はベストとエプロンは同じ、下は同色のスカート、首にはリボンだ。
「そうか?」
 鏡に映った自分を見る。特別似合っているとは思わない。あ、眼鏡がちょいとずれてる。人差し指で直す。
「うん、眼鏡かけてるから知的な感じだ」
 改めて鏡に映る自分を見る。……別にそんなふうには見えない。まあ、自分のことを"知的な顔立ち"と思うような奴はそうそう――一瞬、ナルシストなネズミを思い出したが、すぐに忘れる――いないだろう。
 前の学校の人間にも似たようなことを言われた気がする……。ま、昔のことなんてどうでもいい。思い出したくもない。
「で、何時までだ?」
「えっと、夕食もあるから……十時くらいかな」
 壁にかけてある時計を見ながら太一は言う。
「そんなに?」
 ただいまの時刻、午後四時三十分ほど。いきなりで助っ人の俺に五時間以上働けってか。
「祐一は六時くらいまででいいと思うよ」
 げんなりした俺を見て太一は両手を振りながら言う。
「夜には大学生が来れそうって話だからさ」
 それを聞いて安心した。小さく息を吐く。
「じゃ、そろそろ行こう。その知的なフェイスで女子たちを篭絡してくるんだっ!」
 とても俺に出来ないことを太一は言いやがった。
「えーと、注文聞いて、奥に伝えて、届ければいいんだな」
「無視するなよ!」
 すまん、どう反応していいか判らない。肩を竦め、心の中で謝っておく。
「じゃあ行ってくる」
「僕も行くよ」
 今の反応が気に入らなかったんだろう、不服そうに太一はついてきた。……いや、俺にそんなもん求めないでくれ。



 初めてのバイト。
 ただひたすらに必死に働く。引きつってぎこちない笑顔で接客。客の反応を見る余裕など俺にはない。
「祐一、五番にこれ持ってってー!!」
「あい!!」
 最初は空いていた。徐々にうちの学校の女子で埋まっていった。気がついたら満席になってた。もちろん、その間ほけーとしていたわけもなく。ちゃんと働いていた。
「ほい、飲み物多いから気をつけて」
「おう!」
 コーヒーとオレンジジュースと紅茶、それにケーキ三種類の乗ったトレイを受け取り、慎重に歩く。このくらいは簡単だろうと高をくくっていたが、案外難しい。バランスがとりにくいのだ。
「笠木たちはまだかな……」
 入り口を見ながら太一はつぶやいた。
 誘ったはずの笠木たちはまだ来ていない。俺としてはこれ以上客が増えて欲しくないので来ないで欲しい。
 取材のほうはまだ終わらない。楽しそうに店長と記者が談笑している。客がいるのを判っているだろう、なんだあれは!? とは思わない。そんな余裕ないから。
 慎重に歩き、目的のテーブルへ。
「お待たせいたしました」
 きゃいきゃいと談笑していた女子三名がそろってこちらを見た。この視線が慣れない。手前の紅茶を取る。
「紅茶のお客様は……」
「はいはーい、あたし」
「私はコーヒー」
「残りあたしね」
「は、はい」
 戸惑っている間にトレイから飲み物とケーキが消えていく。
「ごゆっくりどうぞ」
 若干動揺しながら言って、下がる。
 慣れない。慣れないってこれ。いつも通りにほけーと流すわけにはいかない。よって気にならなかった他人の視線がとても気になる。はっきり言ってしまえばとても恥ずかしい。心臓もバクバクだ。客が多いときは気にならないが、ふと我に返るとすごく恥ずかしくなる。
「こちらはもうお下げしてよろしいでしょうか?」
 声のほうを見れば太一が自然な笑顔ですらすらと言っている。……慣れなのか才能なのか。あいつなら両方だろうか。この仕事をやっていくということだけに限ればとても羨ましい。

 カランカランカラン

 ドアが開き、カウベルが鳴る。来客の合図だ。
「いらっしゃいませ!」
 やけくそと条件反射が入り混じった声で俺は叫んだ。



 取材も終わり、客も少なくなってひと段落。時計を見れば五時三十分くらい。店内を見回してほっと一息ついた。
「笠木たちが……来ないよう……」
 悲壮という言葉がよく似合う表情で太一はつぶやいた。疲れと寝不足がピークの俺には同情する気持ちも起きない。
「すいませーん、会計お願いします」
「あ、はい、すみません!」
 客の声にはっと太一は我に帰るとレジにかけていった。俺はあくびをかみ殺しながら各テーブルの掃除を始める。……こういう仕事だけならいいんだがな。

 カランカランカラン

 来客を告げるカウベルが鳴る。
「いらっしゃいませって、西野に笠木、ってことは高野と真鍋もか?」
「やっほー♪」
 楽しそうに返事をされた。いつもとテンションが変だ。
「やっほう、ゆーくん♪」
 また楽しそうに笠木が俺を見て人差し指と中指を立ててVサイン。……テンションおかしい。
「やっほう、芳岡くん! うん、若者は働いてこそ輝くのよたぶん!」
 真鍋がテンション高く入店。……高野にセクハラしながら。
 具体的に言うと腰に腕を回して、腰をがっちりと掴んでいる。ではなく……その、なんだ、尻を撫で回している。幸い(?)なことにスカートの上からで、中に手を突っ込んでいるわけではない。
 目のやり場に困る光景。戸惑いながら高野を見れば、当然のごとく嫌がっていた。何とか真鍋の魔の手(文字通りだ)から逃れようと身をよじっている。
「いらっしゃい、笠木とその一行!」
 太一の歓迎は誰が目当てなのかとても判りやすかった。
「あ、いやっ! 美紗緒ちゃん、いい加減離してって!」
 高野が可哀想だった。太一を見れば笠木しか見ていない。……良かった、俺の友人はナルシストなネズミと同じ神経はしていないようだ。
「美紗緒ちゃん、離して、離して! 離して!!」
 化け物と戦っているよりずっと必死な表情で高野は声を張り上げていた。少なくなった客の視線が集まるが、真鍋は気にせず、高野はそれどころではない。……客、女子が多いとはいえ男子がいないわけじゃないんだ。その男子は視線をそらすか、若干嬉しそうに見ているかの二つに分かれていた。欲望に忠実というかなんというか、俺はそこまで堕ちたくない。
「お席に案内いたしますっ」
 嬉しそうに太一が四人を導く。俺はカウンターに行きお冷を人数分取った。メニューは各テーブルにあるので問題ない。
「ところで、止めないの?」
 さほど重要ではない太一のその言い方に、軽く酷いと思った。
「言ったって、力づくで止めたって、無駄なの」
 悟りきった笑顔で西野は言った。こいつも可哀想だ……。隣で笠木も頷いている。真鍋って……。
「もう! 美紗緒ちゃんの馬鹿!」
 顔を真っ赤にさせ、高野は両手で軽く拳を作って怒った。……なんか、微笑ましい。
「だって、舞衣ちゃん可愛いんですもの」
 同性にセクハラをした後、謝罪もせず、両手を頬に当てうっとりとため息をつく真鍋は生粋の変態だと思う。ま、知ってたけどさ……。
 女子四人が案内された席についた。高野は懲りた(とは違うか)のか、真鍋から一番遠い真正面の席に座った。当然の選択だろう。高野の右に笠木、左に西野だ。
 お冷をそれぞれの前に置く。
「注文が決まったら呼んでくれ」
「ん、判った」
 西野が頷きメニューをテーブルに置き、開く。それを四人でじっと見る。よくある光景だが、店員の立場から見るとちょいとシュールに見えないこともない。寝不足の頭はどうでもいいことを考えている。ぼりぼりと頭をかき、トレイを持って俺はカウンターに戻った。
 タイミング良く、二人組みの客がレジの前にやってきた。慣れない手つきで操作、精算。まだぎこちない笑顔で見送り。だから慣れないってこの仕事。
「芳岡ー」
 西野が俺を呼んだ。何故太一じゃないんだ? 店内を見回すと太一はいなくなっていた。店長辺りに呼ばれたんだろう。小さく息を吐き、西野たちのテーブルに向かう。
「注文決まったか?」
「うん、えっと、コーヒーとココアが一つずつに、レモンティーが二つ。全部アイスね。それと――」
 簡単にメモを取る。アナログだ。
「芳岡くん、この店で最もお勧めできないものは何かしら?」
 眩しいくらいの素敵な笑顔で、真鍋はとんでもないことを抜かしやがった。眩暈を覚えたのは俺だけでなく、西野は額に手を当てうなだれた。本当に、真鍋の幼馴染って大変だ……。
「とりあえず、今はそれだけで。他にあったらまた呼ぶよ。で、いいよね?」
 真鍋を一度も見ずどつき、西野は残りの二人を見た。笠木は頷く。高野も頷いて、何気なく俺を見た。直後、時が止まったように硬直した。
「?」
 首を傾げ、高野を見返す。さっきも顔が赤かったけど……今も赤いな。頭に上った血って、すぐに降りるもんじゃないから……ま、そんな不思議なことでもないか。
「ねね、芳岡、結構似合うね」
「んあ?」
 西野は俺を頭からつま先までじっくり見てから言った。
「そうそう、その制服。カッコ良いよ」
 同意する真鍋を胡散臭いものを見る目で見る。実際に真鍋ほど胡散臭い人間はそういないだろう。
「そうか?」
 バイトの制服のことを言っていたのか。しかし真鍋に褒められても何か裏があるんじゃないかと思って警戒してしまう。
「うん、素敵だよ」
 笠木が微笑み、カウンターの奥から殺気に似た気迫が俺の背中を突き刺す。
「ありがとう。ま、今日だけだからじっくり見てってくれ。これはタダだしな」
 気迫を無視して冗談交じりに軽く微笑んだ。
「じゃあさ、くるくる~って回って」
「はい?」
 西野の訳の判らんリクエストに戸惑う。
「ファッションショーみたいにくるくる~って」
 真鍋もそれに乗り訳の判らないことを言う。……要するにあれか、衣装を見せ付ければいいんだな? カウンターを見れば誰もいない。なら別にいいだろう。
 勝手に判断し、トレイを片手にくるくる~と回ってみた。
「お~!!」
 真鍋と西野の歓声。それと拍手。照れくさい。
「じゃ、じゃ次は『お帰りなさいませ、お嬢様』って言って」
 真鍋がとち狂ったことを言いやがった。
「だって、それエプロン取ったら執事服っぽいじゃん。眼鏡だし」
 それが顔に出たんだろう、真鍋が理由を言う。到底納得できるものではないが。
「眼鏡は関係なくない?」
 首をかしげる西野。
「いやあるよ!」
 常時眼鏡をかけている笠木が力強く言った。……そんな力まんでも。
「てことで、ちゃんとそれっぽいポーズして言ってみてよ」
 真鍋が無茶なリクエストをする。
「それっぽいって?」
 俺の変わりに訊ねるな、笠木。やらなくちゃいけなくなるだろう!!
「こう、胸の前に手を持ってきて、恭しく頭を下げるの。白手袋をつけてたら完璧ね」
 西野が説明する。何でそんなのに詳しいんだ?
「ああ、私持ってるよ」
「何でだよ!?」
 思わずつっこむ。おかげで注目を浴びてしまう。聞こえたんだろう、カウンターの奥から店長の奥さんにも睨まれた。すぐに失礼しましたと平謝り。ったく、何をさせるんだ。
「ね、やって♪」
 白手袋を差し出し、真鍋は微笑んだ。
「やってやって♪」
 西野もノリノリで微笑む。……やめてくれ。助けを求めるように笠木と高野を見た。高野、今までずっと黙っているが……ああ、圧倒されているんだな。
「やって♪」
 笠木は俺を裏切った。高野を見る。
「!」
 びく、と一瞬身を硬直させ、ぎこちなく視線をそらした。どことなく恥ずかしそうだったのは気のせいだろうか?
 まあ、この反応だと助けてはくれないだろう。うげえと思いつつ西野と真鍋の幼馴染コンビを見た。何故かまたニヤニヤしている。普段ボケとつっこみと成り立っている二人が同じ表情をしているというのはとても不気味だ。
「やってやって♪」
 幼馴染コンビは声をハモらせて迫る。思わず俺はその分だけ引いた。
「舞衣に」
「舞衣ちゃんに」
 幼馴染コンビはまたハモらせて言った。
「へ?」
「ええ!?」
 同時に俺と高野が声をあげた。
「ちょ、な! 違う、違う!!」
 また高野の顔が赤くなる。違うって何がだろう?
「だから違うって言ってるでしょ!?」
 顔を真っ赤にさせてテーブルをバンと叩いて猛抗議。だからって何? 二人が高野をからかっている、のかな? 状況を見ればそれそのものだが、何でからかっているのか判らない。笠木を見るとにこにこと微笑んでいる。これは答えてくれなさそうだ。
「えっとよく判らんのだが」
「違うの! 違う、そうじゃないってば!!」
 高野は何か必死に言い訳している。
 えっと俺は何もしてないし特別何も言っていないんだが……。困惑して西野と真鍋を見るが、二人はニヤニヤしたままだ。
「あのねえ、舞衣ちゃんねえ、芳岡くんが――」
「美紗緒ちゃん!!」
 高野は立ち上がって真鍋の口を塞ごうとするが、真正面という席が祟って届かない。
「舞衣ちゃんね、芳岡くんが好き――」
 さらりととんでもないことを真鍋は言った。理解するよりも早く、顔を真っ赤にさせたまま高野は叫んだ。
「そんなわけないでしょ! こんな嫌なことあったら現実逃避して心配してくれる人も無視してボーっとしてる奴のことなんか、あたし好きじゃないもん!!」
 ――何を言われたのか、判らなかった。けど、すごくショックを受けた。
 店内がシーンと静まり返る。
「まいまい!!」
 険しい顔をして笠木が立ち上がる。
「ちょっと、舞衣……ていうか、美紗緒!!」
 西野は立ち上がらなかったが、高野を見ようとして止め、真鍋を睨みつけた。その真鍋はあちゃ~という表情をして頭を掻いている。
「祐一! ちょっと手伝って!!」
 カウンターの奥から何も知らない太一の能天気な声が聞こえた。
「ごゆっくりどうぞ」
 俺はテンプレート通りの言葉を言って下がった。高野を見ると一瞬泣きそうな顔になったが、すぐに表情が戻る。そしてぎこちなくそっぽを向かれた。
 なんとなく、納得する。

 ――高野って、俺のことをそういうふうに見てたのか。



 カウンターに戻れば仕事を頼まれた。洗い物ではなく、荷物(発注した食材やジュース)を運んでくれとのことだ。本来大学生がやるべきことらしいが、今はいないので俺と太一の二人でやる。単純な力仕事なので接客よりも随分と楽だ。荷物はスタッフルームにある。これをキッチンやらどこかに運ぶ。
「違う……違うんだ、僕が笠木に見せたいのはこんな姿じゃない……」
 涙声で太一はぶつぶつと言う。
「笠木は客席で、ここは裏だろう。見せるも何も」
「そんな正論なんて聞きたくないんだよ!!」
 唾を飛ばしながら切れる太一。紛れもなく逆ギレだろう。
「で、さっきなに騒いでたの?」
 うって変わって冷静に訊ねる太一。変わり身の早いことで。
「…………」
 あんだけ騒げば当然、聞こえてるよな。
 さてどうしたもんか。高野のあれは……売り言葉に買い言葉みたいなもんだろう。でも……理由のほうは本音、だろうな。思ってなかったらあんなとっさとはいえすらすら出てこないだろう。
「真鍋が高野をからかってただけだ」
 当たり障りなく、別に間違いでもないことを言う。
「ふうん」
 眉をひそめる太一。深く聞いてこないことが嬉しい。
「実際は美紗緒さんが祐一さんに『舞衣さんは祐一さんのことが好きなんだよー』みたいな話をして、舞衣さんが全力で否定して子供っぽくて気まずいって話ッス」
 ……ネズミの声が、聞こえる。
「は?」
 太一は手を止めて俺を見る。いや、正確には俺の右肩を見る。俺も首を動かし、見た。
 そこには十センチほどのジャンガリアンハムスターがいた。
「はろろーん♪ ッス」
 ふざけた挨拶に俺は反射的に右手でネズミを掴み上げ、遠くへ投げ飛ばそうと――
「待って、待って祐一」
 投げ飛ばそうとして、太一に止められる。落ち着いて、右手の中身を握りつぶさないように注意しながら目の高さまで上げる。
「お前、どうやってここまで来たんだ?」
「その前に、祐一さん、苦しいッス……」
 握りつぶしてはいないが、気道諸々は潰す寸前だったみたいだ。力を緩め、周りに人がいないことを確認してから近くのダンボールの上に置いた。
「ふう……、さすがに危なかったッス……えーと、舞衣さんたちが騒いでいるときに、こっそりポケットから抜け出してきたッス。皆さん舞衣さんに注目してたんで簡単に出れたッス」
 どうやって来た、はちゃんと説明している。
「で、何でこっちに来たんだ?」
「だって、皆さん楽しそうに喋ってるのに、ボクだけずっと黙りっぱってのは拷問ッス」
 笠木だけなら出れるが、西野に真鍋がいると出られない。無駄に喋るこのネズミにとってはそれは確かに拷問だろう。
「寂しかったと」
 太一の的確な言葉にククは身体を硬直させた。
「そう、ッス、ね……」
 反論しようと思ったんだろう、拳を上げかけ、下げた。なんとなく、切なさを感じる。
「で、高野って実際祐一のこと好きなの?」
 仕事を再開した太一がストレートに、何より突然話を元に戻した。
 今の言葉で今までの高野の反応に納得いくものを感じた。そうか、朝動揺していたのはいきなり目の前に好きな人がいたからか。そりゃ誰でも驚く。
 ……その"好きな人"が俺ってのは到底納得出来ないが。
「で、高野は違うって反論したんでしょ?」
 ダンボールを持ち上げつつ太一は言う。
「あい、えっーと、再生再生……」
 ぶつぶつとつぶやき、ククは自らのこめかみを指でつんつんとつついた。……が、小さいので頭を抱えているようにしか見えない。
「『嫌なことあったら現実逃避して心配してくれる人も無視してボーっとしてる奴のことなんか、あたし好きじゃないもん』って言いましたッス」
「ははー」
 こりゃまいったね、みたいに笑う太一。
「発言の内容はともかく、高野は祐一のことをよく見てるみたいだねえ。へー、高野にはそう映るんだ」
 どこか違った方向で納得している太一を少しだけ睨みつける。
「お前はどう思ってるんだよ」
 言って後悔した。俺はそんな人と深く関わる気はないんだ。一時の好奇心に負けてはいけないのだ。――自分を守るために。
「人と関わるのが嫌いな人。けどたまに面白い」
 ニコと俺に笑いかける太一はとても無邪気だった。
「だから祐一自ら高野に関わろうとしているのは不思議で新鮮でとても興味深い。けど聞かれたくなさそうなので聞かない」
「…………」
 言葉を失った。
 太一は言った。高野は俺のことをよく見ていると。太一、お前だってそうじゃないか。
 聞かれたくなさそうと思ったら、聞かない。好奇心に忠実な性格をしているのに、ちゃんと一線を引いてくれている。
 太一は本当にいい奴だ。
「で、高野の言っていることはあってるの?」
 少し意地悪そうに太一が笑う。
「そんなの、俺が知るかってんだ」
 嬉しさ隠しでぶっきらぼうに答える。多少自覚はあるが、と内心付け加えておくのも忘れない。
「ふぅん。で、祐一は高野をどう思う? 性格はともかく見た目はいいよね。結構人気あるんだよ。クラスの連中とは遊んでるけどさ、バイトしてるってみんなには言ってるでしょ? 実際放課後急いでるとこを何度も見てるし。だからなかなか声をかけにくいって隣のクラスの男らから愚痴をよく聞くよ」
「なん、だと……?」
 反応したのは俺ではなく、ククのほうだった。恐ろしく真面目な顔で驚愕している。俺はというと、いつも通り初耳のことに感心するばかりだ。へー、高野ってモテるんだ。
「舞衣さんに……ボクの舞衣さんに……! 悪い虫が付くというッスか!!」
「いや、付いてないし、いつからククのものに――」
「パートナーなんス! つまり、イコールでボクのものッス!!」
 本人に聞かれたら殴られそうなことを叫ぶクク。
「何でもいいが、もっと音を下げろ」
 自分の立場を判ってるんだろうか、このネズミは。
「え?」
 目をこする。眠いが、痒かったわけではない。目を疑ったのだ。
 ダンボールに乗っているククのその向こう、空のダンボールが詰まれたその下から、深緑色の光の粒子が見えた。星の化け物が力を消滅するときに見られるそれそのものだ。でも気のせいか、いつもより力強い光を放っている。
「えって?」
 太一が手を止めこちらを見るが、俺はそれに構わず光の粒子の発生源へと歩み寄った。
「え!?」
 驚愕のククの声。
「えって、なに二人して」
 太一には見えてないのか? でもククには見えている。そうか、星関連のことなんだ。
 空のダンボールをよける。光の粒子の発生源を確認する。
「何? どしたの? 祐一そこはもう出したよ」
 悪いと思いつつ太一を無視する。
「これは……蛙?」
 蛙。蛙は蛙。色はアマガエルのような鮮やかな緑。ただし、大きさは例によって当社比十倍、いやそれ以上、といったところか? 十五センチくらい蛙だ。
「かえる? 帰るの?」
 疑問だらけの太一の言葉が終わると同時、蛙がピョンと俺に向かって飛び跳ねた! いや、これは攻撃だ!! 断定は出来ないが、なんか敵意を向けられている!! 反射的に後ろに下がり、空のダンボールを手に取り叩きつけた。ヒット! しかしそんなことで蛙もやられはしない。ダンボールを無視してまた飛び跳ねる!
「どういうことよ!?」
 スタッフルームの裏玄関、荷物を入れるドアから高野が現れた。
「判らん!」
 先ほどの暴言(本音か?)はすぐに頭の外へと追いやられる。俺はまたダンボールを手に取り、飛び跳ねる蛙に向けて振るう。
「何でこんなところに!? もう!!」
 高野は蛙に向けて走り出そうとするが、散らかったこの部屋ではそれは叶わない。
「え、これって星なの?」
 状況を理解した太一は邪魔になるククを乱暴に掴み、後方に下がった。賢明な判断である。その間、蛙は飛び跳ね俺を狙う。俺もダンボールで応戦。
「待って、高野! 武器はまずい!!」
 いつものように槍か何かを出そうとした高野の動きが止まる。
「あ~、もう!!」
 星をどうにかするのに物を壊すわけにはいかない。高野もそれを理解したようだ。俺と同様に空のダンボールを持った。
「まず外に出そう!」
「了解!」
 二人で蛙を捕らえようと動く。が、さすが蛙。ピョンピョン飛び跳ね巧みに避ける。俺たちはさほど広くはないこの部屋で、なかなか思うように動けない。互いの足を引っ張り合っていた。
「あ、ちょっとそっちは店!」
 太一が叫んだときには遅かった。俺たちの隙をつき、蛙は少しだけ開いていたドアの隙間から厨房へと逃げてしまった。
 直後、悲鳴。太一の叔母さんだろう。
 俺たちはダンボールを放り投げ、店になだれ込んだ。

「叔母さん、蛙が急に!!」
 太一の叫び声。見た目はただの巨大な蛙。化け物とは思えない。嫌いな人にとっては化け物だろうが、そこら辺は気にしないでおこう。
「なんだこの大きさは! ウシガエルか!?」
 太一の叔父さんは驚き目を見開くが、さほど動揺していない。
「ウシガエルって確か食べられる――」
「んなこといいから捕まえるぞ!!」
 太一がどうてもいい知識を披露しかけたが、すぐに止め捕獲作業に入った。
「待て、そっちに追い込むな!! そっちは客席だ!!」
 叔父さんの忠告も遅かった。俺と高野に追われていた蛙はガスコンロや鍋やらなんやらを飛び越え、さらにカウンターを飛び越え、客席へと豪快な跳躍を遂げていた。
 直後、また絶叫。
 これはたぶん、西野だ。

 客席に俺たちはなだれ込んだ!
「いやいやいやいやいやいやー!!」
 西野が真鍋に抱きついて泣いていた。よっぽど蛙が嫌いなんだろう。店内をさっと見回せば、幸い客は西野たちだけになっていた。
「なにあれ、でっかい!!」
 真鍋は好奇心に目を輝かせていた。……嫌だこんな女子。
「ゆーくん、たっちくん!!」
 笠木がこちらを見て口を動かす。
『ほし?』
 意味が理解できた俺たちは頷いた。
「とにかく捕まえろ! 太一くん、は母さんを頼む!!」
「はい!!」
 叔父さんの指示に太一は叔母さんを連れて裏に下がった。
「ゆーくん!」
「いいからお前も下がってろ! 真鍋を止めとけ!!」
 何故か嬉しそうに目を輝かせている真鍋を見て、笠木ははっと歩みを止めた。
「うん、でも、まいまいは?」
「え!?」
 ぐるりを店内を見回した。……いない。
「祐一くん、そっち!」
「あ、はい!!」
 叔父さんの声に我に返り、ダンボールを振るうが、華麗に避けられる。くそ、何でこんなに身軽なんだ!! 蛙が飛び跳ね、それを追いかけ、その結果テーブル・イスを何個かなぎ倒した。客席は散々な状況である。
「外に出すぞ……、えっと眼鏡のお嬢さん、合図をしたらドアを開けてもらえますか?」
「は、はい!」
 叔父さんはダンボールを持ち、紳士的に笠木に言う。笠木もすぐにドアに向かう。しかしそれに気づいた蛙はまたピョンピョンと飛び跳ね、カウンターのほうへと向かう! まずい、そちらに戦えるのは太一しかいない!
「せいやー!!」
 景気の良い声と同時に槍の様な細長いものが蛙と随分離れたところ目掛け一直線に飛んでいった! なんだ!? つうかどこ狙っている!?
 蛙は何事もなかったように飛び回る。回避するまでもなかった。細長いものは無事だったテーブルに直撃した。大きな音を立て、床に落ちるそれは……虫取り網だった。
「なんで虫取り網が?」
 叔父さんの疑問は最もで、でもそれは蛙を捕まえるのにはなかなか有効な道具だった。
「芳岡、援護して!」
 カウンターを飛び越え、高野が客席に豪快に着地、いくつかのテーブルとイスをなぎ倒し、虫取り網を拾う。……高野が作ったのか?
「おう!」
 疑問はおいておいて、蛙に特攻をかける! 蛙は慌てて俺を避けようとまた跳躍。しかしその先には虫取り網を構えた高野が。無理矢理身体を捻り、さらに舌を尋常では考えられないほど伸ばし、壁に当て、その勢いを利用して進路を変更。
 そこは入り口。
 スタンバイしていた笠木はドアを開ける。優しい音を奏でるはずのカウベルが耳障りな音を上げる。
 外に飛び出した蛙を俺たちは追いかけた。
 よし、外なら思う存分暴れられる!

 この喫茶店は住宅街にある。車の通りは少ないが、人の通りは時間によっては多い。
 幸い、いない時間だった。
 蛙は俺たちを確認するとすぐに逃げ出した。道路のほうではなく、店の裏側へ。蛙なりに道路は危険だと理解しているんだろうか?
「うし!」
 ダンボールを握り直し、俺はすぐに蛙を追いかけた。高野もそれに続く。
「それなにで作った?」
「ん、ガスコンロの火」
 短い会話で疑問解消。
「いた!」
 喫茶店の裏。スタッフルームへの入り口がある。そして、ごみ置き場もある。蛙はごみ置き場の前にいた。
 こちらに殺気を放って。
 やる気満々って奴か。
「芳岡は下がって」
 情けないが無言で頷き、下がった。戦えない俺は邪魔でしかない。
 高野は蛙に向けて槍、じゃなくて虫取り網を構えた。槍と全く同じ構えなので虫取り網の存在がかなり滑稽である。
 にらみ合う高野と蛙。……真面目に仕事している高野には悪いが、やっぱりとても滑稽な絵だ。
 おかしさに顔が歪む。その状態で蛙と目があった。直後、蛙は高野ではなく、俺に向かって飛んできた! 攻撃の兆しとでも思ったのか!?
 ダンボールを掲げ、楯にする。高野はまさか俺を狙うとは思っていなかったらしく、遅れて反応した。すぐに虫取り網を握り直し、蛙に鋭い突きを放った。が、蛙の後ろには俺がいる。慌てて速度を緩め、結果、蛙を強く押すだけになった。それは飛んできた蛙の速度を上げることになってしまった。
 蛙をダンボールで受け止めるが、強い勢いにダンボールは容易に折れ曲がった。これじゃ楯の意味がない。腕で身体を庇う間もなく、蛙が俺の腹にヒットした。
「げほ!」
 思ったよりも重い衝撃に胃の中がひっくり返りそうだ。反射的に口を手で塞いだ。激しい動きに眼鏡がずれて、視界が歪む。
「ごめん、芳岡!」
 ぼやけた世界の中、高野が虫取り網を振り回しこちらに走ってくる。それを見た蛙は俺の腹からまた跳躍。衝撃にまた口元を押さえた。うげえ……。
 蛙は動揺した高野の頭に着地、さらにまた跳躍。その際高野の頭を思い切り蹴り飛ばした。高野はその衝撃に、走ってきた力もあって、俺に倒れこんできた。身体に衝撃が残っている俺は避けられない。
 どしん! と全身に衝撃が襲い掛かった。幸い、腹に力を入れて備えていたのでこれ以上の吐き気はない。
「ったあ~!」
 俺がクッションになった高野には怪我はないようだ。よかった。俺の顔を挟んで高野の両手が大地を握り締める。
「またごめん! だいじょぶ?」
 その状態で俺を見下ろす高野。身体は密着したまま。眼鏡がずれて、歪むはずの世界でも、この距離なら関係なかった。
「――あ」
 顔が、近かった。
 高野の肩までの髪の毛が、ぎりぎりに触れるくらいに。
 互いの息がかかるくらいに。
 俺は苦しいながらも何故か息を止めてしまった。
 だから、高野の息が俺の顔にかかる。
「あ、あ」
 ふわりと暖かい吐息が鼻をくすぐった。高野は顔を真っ赤にさせ、立ち上がり俺に背を向けた。
「ばか」
 小さい声だったが聞こえた。
 虫取り網を握り直し、再度蛙に向き直る。腹と息のかかった鼻に触れつつ俺も起き上がる。……暖かかったな。でも今は戦闘中。そんな考えは邪魔なだけ。首を横に振ってすぐに振り払う。が、暖かい吐息の余韻はそう簡単に消えなかった。
 ――何を今更、俺は倒れかけた高野を抱きとめたりしてるじゃないか。
 顔に息がかかったくらい――。
 ただの友達で、部活の仲間で、当然付き合ってなんていないけど……でも、これは人助けだし、違うんだ。
 俺、誰に言い訳しているんだ?
 我に返って高野と蛙の戦いを見る。
 虫取り網を振り回す高野と、それを避ける蛙。戦いではないな……。顔をしかめ眺める。
 飛び回っていた蛙は大地に着地。今までとは違う反応に高野は身構えた。蛙はぐ、と脚に力を入れたかと思うと、弾丸のような勢いで高野に向けて飛んでいった! しかしそこは戦い慣れている高野、素早く回避。蛙はごみ置き場であるコンクリートの壁に突っ込み、破壊した。……どんな威力だよ。
 しかし、当たり前だが、この攻撃は直線だ。仕掛ける前にためもあるし避けやすいだろう。……高野なら。俺が狙われたらたぶん、避けられない。もちろんダンボールじゃ防げない。
 ……逃げようか? そんな考えがちらつくが、情けないし、その動きに反応して何をされるか判らないので大人しくしていよう。これはこれで情けない。
 ああ、戦う力が欲しい。
 そんなことを思っていると、高野は蛙の動きに合わせ、同じように跳躍をした。……こいつ、どんな脚力だよ。
 近づくたびに虫取り網を振るい、捕らえようとする。蛙は必死に身をよじりそれを回避。それを何度も何度も繰り返す。蛙はいいとして、高野はバテないのか?
 俺の心配をよそに高野は蛙にぴったりとくっつき、攻撃を繰り返す。戸惑っていた蛙も異様に伸びる舌で応戦し始めた。アクション映画のような光景だ。ただ何度も言うが相手が蛙ってのはなあ。
 同時に着地、蛙がために入る前に高野はすぐに距離を詰める! 蛙も動じることなく高野に跳躍する。舌を伸ばし、虫取り網で防がれる。そのまま武器を奪おうとするが、高野は立ち止まり、足と手に力を入れて拒む。蛙も着地し、力任せに引っ張る。綱引きだ。
 こう着状態。固唾を呑んで見守る。援護したほうがいいと思うが、どうすればいいのか判らない。そういえば誰も見に来ないな。太一と笠木が押さえてくれてるということか。
 疲れが出た高野の腕が少しだけ下がった。その隙を蛙は見逃さず一気に引っ張った。高野の体勢は大きく崩される! 慌てて高野は立て直す。しかし蛙はあっさりと舌を離し、同時に脚に力を入れた。
 まずい! あの弾丸か! 今の高野じゃ避けきれない!
 蛙の脚が大地を力強く蹴る。弾丸の勢いで蛙は高野に飛んでいく! コンクリートをあっさりと破壊したあの威力。生身の人間が受け止めたら血の海だ。
「――!!」
 身体が動いた。間に合わないと判っていても俺は高野に向かって駆け出した。
 高野はようやく体制を立て直すが、もう遅い。蛙はすでに空にいる。
「あたしをまもって!」
 虫取り網がぐにゃりと歪み、元の姿、炎となった。それは高野めがけ一直線に飛んできた蛙をあっさりと包み込んだ。同時、俺は炎から高野を遠ざけようと横から押し倒した!
「うええ!?」
 戸惑う高野の声。後ろを見れば炎はその場を少しも動くことなく、火柱となって蛙を焼き尽くしていた。高野の目の前、でも高野に届かない場所で火柱になったようだ。その中に深緑色の光が一瞬見えた。
 あれ?
「うー」
 俺の下で高野が呻く。程なくして炎は消え、真っ黒になった星が地面に落ちた。
「…………」
 俺のしたことって無意味だったのか?
 その答えを求めるように下の高野を見た。
「――あ」
 顔が、近かった。
 俺は手と肘を突いて顔を上げていた。
 先ほどとは逆だ。
 影になって断定は出来ないが、高野の顔は赤かった。
「あの、あのっ、よけて……」
 つい、と視線をそらして高野は言う。
「あ、あ、あ、あ、すまない」
 俺も赤面して慌ててよけようとした。これがまずかった。バランスを崩し、また高野を押しつぶす羽目になった。苦しそうな声がすぐそばで聞こえた。
「ご、ごめん!」
 また慌てて顔を上げた。これもまずかった。とどめとばかりに寝不足とバイトの疲れがここで出て、力が抜けた。
「――!!」
「――!!」
 先ほど以上の至近距離。鼻と鼻が擦れあう距離。眼鏡が高野に落ちそうだった。
「…………」
「…………」
 互いに動揺しているが、どうしていいか判らず硬直。
「…………」
「…………」
 気がつけば互いに息をしていなかった。このままだと死ぬな、と他人事のように考える。
「にゃーーーーー!!!!!!!!!」
 高野の絶叫。この状況に耐えられなくなったんだろう。うん、俺もどうにかしたい。
「!?」
 まず、顔面を強打された。次に肩を思い切り押された。俺の上半身は力なくふわりと浮いた。次に腹部、というか、鳩尾に電撃のような衝撃が走った。息が(元々止めていたが)止まり、意識が薄れていく。さらにタックルをかまされた。俺の身体は宙に浮いたかと思ったらすぐに地面に叩きつけられた。
「まいまい、何やってんの!?」
 笠木の怒声。それを最後に俺は意識を失った。


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