自分のサイトに載せてあるものです。
感想批評お待ちしております。
タイトルをもっとインパクトのあるものに変えようかと思案中です。ご意見ありましたらぜひお願いします。
――ケータイを落としたクラスメイトを追いかけたその先は、マンガみたいな非現実的な場面でした。
スターハンター
~ボーイ・ミーツ・ファイティングガール 前編~
目の前の光景に絶句した。
これは……なんだ?
何度も何度も瞬きを繰り返す。夢かと思って頬をつねり上げるが、ちゃんと痛みがある。目を手で擦って何度も見る。だがその光景に変化はない。目を閉じて深呼吸、心を落ち着かせてからもう一度見る。
俺、芳岡(よしおか)祐一(ゆういち)十六歳、私立鳴星(めいせい)高等学校二年三組在籍の目の前には、学校から歩いて十分ほどかかる自然公園のその奥、殆ど林といっても差し支えない場所で、一五〇センチほどの犬のようなものと対峙する、追いかけていたクラスメイトの後姿があった。
クラスメイト――確か名前は、高野(たかの)舞衣(まい)――は両手一本ずつ、刃渡り三十センチほどの刃物を持っている。二刀流ってやつだ。右手のナイフ――にしてはごっついので短剣か? ――短剣の(刀で言うところの)鍔に薄い黄色の丸く平たい宝石(?)が付いている。左手のも右と同じデザインの短剣、ただし宝石は薄い緑色だ。それらを逆手に持ち、構えている。
犬のようなもの、とニュースキャスターみたいな曖昧な表現をした理由はいたって簡単だ。
普通の犬じゃないからだ。たぶん、犬の化け物って言う言葉が一番しっくりくるだろう。
その化け物はたくさんのことを無視すれば犬に見えるだろう。
大きさは先ほど言った通り、一五〇センチほど。ただし尻尾は含まず。犬や猫の四足歩行の動物と同じように四本の足で大地に立っている。口から見える牙は長く、二十センチは優に越えていた。それに、その牙は木々の合間から零れる陽光を受け、銀色の光を放っていた。俺は知っている。その光は研ぎたての包丁が放つ光と何ら変わりないことを。ああ、そういえば四本の足に何の違和感なくついている爪も同じ光を放っているな。
全身を覆う毛は猫が威嚇してるみたいに逆立っている。色は黒。ただし油を被ったみたいに触れれば糸を引きそうな独特の光沢を放っている。
そして、俺がちょっと大きめな犬ではなく、化け物と判断したもの、――目。
化け物は普通の生き物と違って眼球がなかった。代わりなのか、本来目のある箇所には、深緑の光がぼんやりと瞬いていた。そんな目だからどこを見ているか判らない……と思いきや、なんとなくだが、判る。真っ直ぐに、高野を睨みつけ、鳩尾に響く低い唸り声を上げている。
高野は化け物を目の前にして特に慌てるわけもなく、落ち着いてゆっくりと短剣を構え、間合いを取っていた。
改めて思う、……非現実的だ。
化け物はもちろん、それを目の前にし、武器を持ち、冷静に対峙する高野も非現実的だ。もしかして俺はマンガの世界に迷い込んだんじゃないか? そう思ってまた頬をつねり上げるが、やはり痛い。どうやら現実のようだ。
――現実。
生唾を飲み込んだ。
夢でも幻でもない。現実。
それを今更痛感する。
そして今になって、化け物が高野から視線を外し、その視線を俺に向け、その牙を俺の身体に突き立てるかもしれない。そんな可能性に気付いてしまった。
ようやく自覚した生命の危機に、俺の背筋に冷たい汗がつー、と流れ落ちた。
……落ち着け。
背中だけではなく、額や首やら全身から汗が流れ落ちる。急接近した死の恐怖が全身に戦慄を走らせる。
今は睨み合って(?)、膠着状態だ……。だから今のままこうやって何もしなければ襲われる事はない。動かない生物は周囲にある木々と何ら変わりない。……と思う。
ゆっくりと息を殺す。そんなことをして気配を消す事が出来るとは思えない(なんせ、化け物の視界に俺はばっちり入っている)が、何もしないよりマシだと自分に言い聞かせ、心を落ち着かせた。
ざざ。
高野の足が動く。それに反応して化け物が一気に間合いを詰めた!
刃物の光を放つ爪と牙が高野に襲い掛かる。高野はそれらを短剣で受け止める――と思いきや、化け物の力を殺すことなく、受け流した。
よりにもよって、俺のいるところへ。
真っ白になる寸前の頭で考える。
そりゃあ、高野は見た目は普通の女子高生だ。筋肉の付いた立派な身体じゃない。一般的体型……よりちょいと細めか? そんな細い身体と腕じゃ、あの化け物を受け止めるなんて出来ないだろう。仮に受け止めたとしても潰されるのがオチだ。だから、避けるか受け流すしかない。それは理解できる。
でもだからって一般人のいる方向へ持っていくのはいかがなものでしょうか?
「っ!!」
こんな状況の中、妙に冷静な自分の頭に感心しつつ、慌ててしゃがみこむ。頭上に大きなものが掠めたような気がした。
バキバキバキッ!! ドシーン!!
と景気良く木が折れ、重いものが落ちる音が後ろからした。俺はゆっくりと後ろを見た。化け物は何本も木をへし折り、転倒。だが、すぐに体制を立て直すとすぐさま高野に向かって牙をむいた。ちなみに周りの木々の太さはざっと見た限りでは、平均十五センチ程の太さだ。
高野を見た。
少し驚いた表情で俺を見ている。今になって俺を認識したらしい。ずっと後ろにいたんだから気がつかなかったのか。きっとそうだろう。気付いていたのならば、後ろに受け流したりはしないはずだ。
高野の表情がすぐに引き締まる。
「逃げて!!」
鳩尾に響く重低音。音源をたどれば深緑色の光が高野ではなく俺を見ていた。
先ほどの想像が、脳裏に過ぎった。
それが何を意味するかを理解する前に、高野が俺の前に駆けてきた。それと同時に右手を振るう。化け物はすでに俺へ突進していた。もう、俺の一メートル前にいる。逃げられる距離じゃない。突進しているんだ、避けられるスピードのはずがない。それに俺は恐怖で動けないでいた。
――ざ!
足元から何かが土を抉る音が聞こえた。
「まもって!!」
高野がそう叫ぶと、足元が光り、俺たちを囲むように茶色の壁が地面から現れた! 下から急に土が盛り上がってきたのだ。
「へ?」
どしんっ!!
状況を理解する前に、現れた壁に大きく重いものがぶつかった。衝撃はなかったが、その役目を果たしたといわんばかりに壁は崩壊していった。
壁がなくなったその先に、よろよろと立ち上がろうとしている化け物がいた。
俺めがけ突進してきたが、急に現れた壁に避ける事も出来ずそのまま豪快にぶつかったんだろう。脳震盪でも起こしたんだろうか、ふらついている。……化け物に脳なんてあるのか? 変に冷静になって想像する。
俺が半ばぼう、としている中、高野が動いた。左手の短剣は逆手のまま化け物に向けて下から切り上げる。化け物が体制を整えるよりも先に刃が化け物の額を切り裂いた。右手にあった短剣はない。落としたのだろうか?
「ぐあががががああああああああああ!!」
血が吹き出る、と思いきや何も出ない。だが、痛みはあるらしく、叫ぶ。俺は慌てて立ち上がり、邪魔にならぬよう高野の後方へと下がった。
化け物の深緑色の目が、俺ではなく高野を貫く。改めて敵を認識した、そんな意思を感じた。
化け物の顔を見、ぞっとした。ぱっくりと割れた額が、じゅわじゅわと音と泡を立てて再生し始めたのだ。ゆっくりと時間をかけて傷は癒えてゆく。不自然な生命活動に不快感を覚えた。
「もっと舞衣さんから離れてくださいッス」
不快感が吐き気に変わり、口元を押えいると、幼い男の子の声が聞こえた。慌てて左右を見回すが、誰もいない。前には高野、その奥には化け物。ここに他の人間も化け物もいない。
「下ッス」
下? 視線を下げるとそこには小さな生物、白地に背中に灰色の縦線が数本のネズミ。小学五年生の頃、クラスで飼っていたジャンガリアンハムスターそっくりな生物がいた。いや、そっくりじゃなくて、そのものだろう。
「危ないッス、下がって欲しいッス。えっと、舞衣さんと星と直線距離にならないように、えっと、そッスね、あ、その大きな木の影が良いッス」
全長十センチばかりのジャンガリアンハムスターが人の言葉を操っている。
「あの、驚く気持ちはよぉく判るッスけど、今は自分の身の安全を考えて言うことを聞いて欲しいッス」
必死に、俺に訴えかけるジャンガリアン。
――キンッ!!
刃物と刃物がぶつかり合う音。高野はいつの間にか化け物と激しいバトルを繰り広げていた。短剣と牙と爪が激しくぶつかり合い――
――ギンッ!! ザッ!!
根元から折れた牙が、俺の耳のすぐ横を掠め、後ろの木に刺さった。牙を見ると、根元まで深々と刺さっていた。細い木だったせいもある。見事、その幹を貫いていた。
こめかみから、いや、全身から冷や汗がだー、と流れた。
俺はジャンガリアンの言葉に従い、四つんばい、だが大急ぎで大樹の木陰へと移動した。
木陰に隠れて大きく息を吐いた。
「……し、死ぬ」
「ここなら大丈夫ッスよ」
笑うジャンガリアン。ネズミ……ハムスターなのにどうして表情が判るんだろう。……非現実的空間だから問題ないのか。
しばし考える。
「えーと、状況を判りやすく説明してくれないか?」
今の俺には、これが夢でも幻でもなく、現実だと言うことしか判らない。
「その前に、あなたがどうしてここにいるかを教えて欲しいッス」
すぐ近くで生命懸けバトルをしている横で、ジャンガリアンは冷静にたずねた。慣れってやつですかね。
俺は頭をぽりぽりと掻いた。それもそうだなと思ったからだ。高野とジャンガリアンにとっては俺は、急に現れた、侵入者……とは違うが、呼んでもいない客だろう。
「そうだな」
頷いて、何故ここに来たのかを思い出した。
放課後特有のざわつきの中、俺はカバンに机の教科書やノートをつっこんでいた。
「あ、まいまい」
背は高校二年生にはしては低い。一五〇センチあるのか……? 本当にちっさい。腰まで届く長い髪は二つに結ばれ――確かツインテールとか言うはずだ――ている。小さい顔に、小さい口、それとは反する大きな目。その目の前にはピンクのフレームの眼鏡。これがまた似合っている。思わず触りたくなるようなやわらかそうな頬は少々赤い。そんなパーツのせいか、とても幼い印象を受ける。同い年には見えない。
そして上半身を見れば、これまた同い年とは思えないほど立派に育った二つのふくらみ。
幼さと一部大人な成長を遂げた、アンバランスなクラスメイト、その名は笠木(かさき)希望(のぞみ)……だったと思う。まだ二年が始まって二週間しか経ってないからそこいら辺は勘弁してほしい――は、酷く慌てた様子の友人に声をかけた。
「ごめん!! バイト!!」
ゴトンッ
廊下側の一番後ろ、ドアに最も近い席で俺はのんびりと忙しないやり取りを見ていた。
カバンを引っつかみ、高野は笠木を申し訳なさそうに片手を上げ、大慌てで教室から出て行った。ん? なんか落としたのか
「ああ……、数学のプリント……」
右手に藁半紙、左手は虚空。笠木は呆然と高野を止められることなく見送る羽目になった。
「なになに、のんのんどしたの? あれ? 舞衣は?」
「皐月ちゃん……」
ぽんぽんと笠木の頭を撫でるクラスメイトは西野(にしの)皐月(さつき)。こいつは一年のときも同じクラスだったので顔と名前が一致している。身長は先ほど出て行った高野と同じくらい……一六〇センチくらいか? 背中の真ん中辺りまで伸びている茶色(天然らしい)の髪は無造作に束ねられている。ポーニーテイルだ。こいつは眼鏡をかけてない。
「あのね、まいまいね、明日ね、これ出さなくちゃいけないの」
笠木は西野に藁半紙を見せた。数式が何問か書かれていた。
「ああ、言ってたねそういえば」
先ほどの数学の授業を思い出した西野は頷いた。
「それでね、希望とね、今日ね、これやる予定だったの」
「へー、でも今バイトって言ってなかった?」
小さな子供みたいな舌足らずの笠木の口調にちょっとだけイライラする。でもそれは俺だけのようで、西野は平然としている。……友人とただのクラスメイトの違いだろう。
「うーん……仕方ないんだよねえ」
困ったように笠木は眉間に皺を寄らせた。……ま、俺には関係ないことだ。カバンを持って立ち上がる。すぐに教室を出ようと笠木たちに背を向けた。
カツン
足に何か当たった。
「でもせめてこのプリントは渡さなくちゃと思うの」
「え、それ舞衣の?」
西野が驚いた。しかし、高野が提出しなくてはいけないものを笠木が持っているんだ?
考えつつ、足元を見た。
――ケータイだ。
折りたたみ式の、シルバーのボディのケータイ。ストラップは、ずっと前に話題になった育成ゲームの猫だ。名前はまぐろだか刺身だかなんだか忘れた。それを拾い上げ、埃を払う。
「あ、それまいまいの!」
俺の手にあるケータイを指差し、笠木は言った。
「落ちてた」
笠木に手渡そうと腕を伸ばした。
「あ! 希望、これから掃除当番……」
今思い出した、そんな顔をして笠木は呆然と言った。
「始まってるんじゃね?」
副担任の担当している教室掃除は、簡単なものだからさっさと終わらせたい。そう思っている人間が多い。サボる人間はいない。少ないのではなく、いないのだ。何故なら掃除当番全員が集まらないと副担任が掃除を始めさせてくれないからだ。サボったら他の班員に迷惑がかかる連帯責任って奴だ。……全員でサボれば問題なさそうだ。それはどうするつもりなんだろう?
「ご、ごめん、これまいまいに渡しといて!!」
笠木は顔色を変え、関係ないことを考えていた俺に藁半紙を押し付けて高野同様カバンを引っつかみ出て行ってしまった。
不意打ちだったので思わず受け取ってしまった。突き返そうにもその本人はもういない。
残されたのは、ぽかんとしている西野と俺。
「……さ、あたしも帰るかね」
「待て、西野」
逃げられる前に西野の肩を掴んだ。
「残念、今日あたしは夕食当番のなの。買い物行かなくちゃ」
さわやかな笑顔で俺を振り払った。こいつは理由は知らんが、実家を離れて歳の離れた姉と二人暮しをしているそうだ。だからこのように用事をスルリと回避することが多々あったりする。家庭の事情を出されたら、強くは言えない。
が、些細なことなので、こんくらい友達である西野が持っていったほうが良いだろう。
「いや、そんくらいの時間はあるだろ」
「だめ」
速攻で却下された。
「色々あんのあたしも。あんた、バイトも部活もしてない暇人でしょ? ついでに今日は宿題ないし」
同じクラスだとこういうことは筒抜けなので用事をでっちあげるのも大変だ。
「まあ、確かに暇だけど……」
用事を作るのも面倒なので思わず素直に言ってしまう。
「じゃあ、ほら行った行った。掃除の邪魔だしねー、はい脱出ー」
議論が面倒になった西野は俺の後ろに回り背中を思い切り押して教室から追い出した。
「お、おいっ?」
「舞衣、足速いから早くしないと追いつけないわよー」
もう向こうは俺と議論する気はないだろう。西野の笑顔は「もう話は終わり」と告げていた。
……仕方がない、行くか。
西野が指摘したとおり暇だしな。それにいつもと違う事をやるのも悪くないだろう。
「そっから人に聞きまくってここまで来て、この有様だ」
肩を竦め、ため息をついた。クラスメイトを追っかけてこんなことに巻き込まれるなんて、誰が想像出来るだろうか。
「なるほどッス。了解ッス。押しが弱いッスね~」
うんうん、と腕を組んで(ハムスターにそんなことが出来るなんて知らなかった)ジャンガリアンは頷いた。
「駄目ッスよ、漢もDO MY BESTッス!!」
ぐ、と親指を立て(てるように見える)、ジャンガリアンは器用にウインクした。言葉もここでやる意味もさっぱり判らない。つうかこんな状況で暢気に話している場合なんだろうか。木陰からそっと先ほどいた場所を覗くと、高野と化け物がまだ戦っていた。化け物の折れた牙は額の傷と同様に再生している。
「ほっといて良いの?」
一応聞いてみた。
「こんな可愛いハムスターのボクに何が出来るッスか」
ジャンガリアンは無駄に自信満々に言い放った。役立たずですってそんな胸張って言うことなんだろうか。自分の常識が揺らぐ。
「それに、舞衣さんなら大丈夫ッス。強いッス。バリバリのファイターッス」
信頼していると言うことは伝わるが、胡散臭い。
「ファイターって高野は戦士なのか?」
「正確にはスターハンターッスよ」
すたーはんたー? なんじゃそら?
「つうか、お前何?」
根本的なことを忘れていた。
今俺の目の前(というより膝の上、いつ上がった)にいる、人の言葉を操るジャンガリアンハムスターは一体何だ?
「ボクの名前はククッス。舞衣さんが付けてくれたッス」
にこ、とようやく歩き始めた子供のように無邪気に笑った。
「あなたの名前を教えてくださいッス」
RPGを始めて最初に聞かれそうなことをジャンガリアン――ククは言った。
「祐一、芳岡祐一」
「ゆーいちさんッスか。よろしくッス」
短い腕を伸ばしてきた。……もしかして握手を求めている? 少し悩んでから親指と人差し指で差し出された手を軽く握った。あまりの無邪気さに毒気が抜かれた。どうでも良くなってくる。
――でも、
「高野は何なんだ?」
俺が知る限りではいつも眠そうにしている笠木や西野と仲の良いクラスメイトだ。あと、今日判明したことだけど、数学が苦手ってことか。それ以外は知らない。化け物とバトルするような奴だなんて全然想像できないし、今でもちょっとだけまだ夢かとも思っている。
んなことを思うくらい、俺の中では高野舞衣という人間は普通の女子高生だったんだ。……まあ、真面目に認識したのは数回なんだがね。
木陰に身を隠しつつ、戦いに視線を移した。
相変わらず戦っている。
何故か一本になった短剣で応戦している。襲い掛かる化け物の爪を短剣で素早く切り払う。痛みを無視した化け物はすばやく牙で襲い掛かった。高野は避けられないと判断したのか、短剣で受け止めた!
ギンッ! と重くて鋭い音が響く。
化け物の足を見ると、先ほどと同じように再生が始まっていた。
じゅわじゅわと泡立てて足の傷は再生していく。しかし、爪は傷が治る前にみるみる伸びていく。色も鋭そうな銀色ではなく、体毛の黒を混ぜたような鈍色になっていた。そのせいか、毒々しく見える。
先ほどとは違う再生に寒気がした。先ほどからそうだが、生理的に受け入れられないことが、化け物に起こっていた。
そんなことも気にせず、高野は強く強く押してくる化け物の力を受け流し、跳躍。化け物の頭を踏んでさらに跳躍。化け物は高野に向けていた力を地面に向けることになった。さらに急に頭を押され、顎から思い切り地面に叩きつけられた。結構な力が牙にかかったはずだが、折れずに何の問題もなく地面に突き刺さった。
勢い良く叩きつけられたから正確なことは判らないが、牙は殆ど抵抗なく地面に刺さったようだ。所々に雑草が生えたこの地面、もしかしたら石も埋まっているかもしれない地面にだ。つまり、恐ろしく切れ味が鋭いってことだ。
そんな凶器を持つ化け物と高野は至近距離で戦っているのか。
身をよじり、空中で方向転換――高野は化け物の後ろ――というか上――を取った。左手の短剣を順手に持ち替えて振り下ろす。素人目で見ても間合いの外である。
「きりさいて!」
叫ぶ高野。切り裂くも何も間合いの外で唯一の武器を振って何言ってんだ!? このままじゃ化け物の上に落ちて鋭い牙と爪の餌食になってしまう!!
視界が一瞬、真っ赤になった。
脳裏に高いところから、熟れた果実が叩きつけられた音が脳裏に蘇る。
嫌な想像を断ち切るように俺は駆け出した。
「祐一さん!?」
ククの声が聞こえたが、気にしない。そんな場合ではない。せめて高野を化け物から離さなくて――ってぇ!?
高野の短剣は五十センチほどの小型の竜巻のように渦を巻いて掻き消えた。その空間がぐにゃりと歪み、――刹那、化け物の背中がぱっくりと裂けた。まるで鋭利な刃物で切られたように。
切り裂いて。
高野の声の意味をなんとなく悟る。
カマイタチ、か?
「――っはあああああ!!」
高野の動きは止まらない。
歪んだ空間に先ほどと同じくらいの小型の渦――つむじ風がまた現れた。それが高野の伸ばされた両手に集まって――長い、棒状の、先端には鋭利な金属が――って槍?
「はあああああああああああああああああああ!!」
落下しつつ、槍を頭上でくるくると回転、――ほら、ゲームでよくあるだろ? 槍使いの必殺技、頭の上で槍を両手で高速回転って、あれだ――切り裂かれた化け物の背中向けて、高野は渾身の力と自身の体重をかけて振り下ろした。
直後、
――があああああああああああああああああああああああ!!
耳にではなく、頭に直接化け物の絶叫が響いた。大ダメージってとこか?
反射的に耳を塞いだが、鼓膜を震わせているわけではないので全く意味がない。手を離し、化け物を見た。
切り裂かれた背中、いや、貫かれた背中を中心に深緑色の光の粒子が虚空に溶けていた。その粒子が化け物だと言いたげに、化け物の身体が徐々に粒子となって消えていく。
あとに残ったのは地面に突き刺さった槍にもたれかかる高野。それと足元に直径三センチくらいの石炭みたいな真っ黒な石。
「舞衣さーん!!」
木陰から出てきたククが高野に向かってダッシュ。ちっさいハムスターの身体じゃすぐにはたどり着けない。それを見越してか、高野は酷く緩慢な動きで石炭(?)を拾い上げた。
「舞衣さん舞衣さん!!」
足元でククが跳ねる。高野はため息をつきつつ、左手でククを拾い上げた。いつの間にか槍は消えている。……あんな大きなものがどうして?
そこでようやく高野と目が合った。
口が勝手に動く。うわごとのように。
「お前、何者なんだ?」
高野は数回瞬きしてから大きくため息をついた。
「あたしは、
日本国スター対策本部・スター回収部隊隊員――通称、スターハンター・高野舞衣、よ」
言語明瞭、意味不明。
理解を超えた言葉を放つと、高野はぶっ倒れた。