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[26703] (習作)架空戦記?~極東戦記~マリアナ攻防1944
Name: 金子カズミ◆324c5c3d ID:f41ed43e
Date: 2011/03/25 15:51
こんにちは、金子です。
はっきり言って自分でも何書いてるか分かりません、すごく適当です。
架空戦記が好きな人は見向きもしないし、それ以外も普通にスル―すると思います。
もし読んでくれる人がいればうれしいです。
それでは。



1944年八月三日、マリアナ諸島。
そこに現れたのは、人類史上最強の水上航空打撃戦力だった。
正規空母八隻、軽空母五隻を中心とし艦載機総数は千機に迫る勢いである。
さらにその後方には補給にあたる護衛空母群が続き、予備機として四百機以上の艦載機を準備している。
戦場に加わる戦力はそれだけではない。
先年激戦の末に奪取に成功したマーシャル。そこには陸軍の長距離爆撃機を中心に六百機を超える戦力が集結し、決戦兵器である飛行艦隊も一両日中にマリアナに到着する。
揚陸戦力は海兵師団を中心に六万を超える戦力を準備している。
それらの護衛と対地砲撃任務を担当するのは軍縮条約脱退後に建造された六隻の新鋭戦艦群。
その他の巡洋艦や駆逐艦はもはや数え切れないほどだ。
この戦いが初陣となる兵士達は、その圧倒的戦力を見て自らの勝利を確信した。
何者もこの力に立ち向かう術はないと。
だが、これまでに幾度も激戦を潜り抜けてきた彼は違った。
俺達は常に相手に対して圧倒的優勢下で戦ってきたはずだ。
だが、奴らはどんな状況でも俺達に多大な出血を強いてきた。
たしかに今回は、これまでで最大の戦力を集結し、最高の指揮官の下この戦いに臨んでいる。
だが、この程度でくたばる様な連中なら、俺達は去年のクリスマスも家族と一緒に過ごしていたはずだ。
そして、俺達の悪夢は決まってあの報告から始まるんだ…。
『CAP(迎撃戦闘機隊)より報告。目標の数は約二百、なお先頭は『リンドヴルム』先頭は『リンドヴルム』!』
『リンドヴルム』
連合軍に幾度となく痛打を浴びせてきた同盟の悪魔。
マーシャルでもラバウルでも北海でも、俺達はあの悪魔に無数の仲間を殺されてきた。
戦友たちの絶叫は今でも脳裏に焼き付いている。
彼の息子も、この化け物に殺されている。
だが、今度こそ、奴にその所業の報いを受けさせてやる。
ヘルメットの顎紐を結びなおしながら彼は復讐を誓う。
いかなる犠牲を払ってでも奴は俺がこの手で仕留める。
自らが艦長を務める防空巡洋艦、その露天艦橋へと続くタラップを登りながらこれまでに何度も繰り返してきた誓いを確認する。
彼は気が付いていない。
それが、軍人として部下を率いる人間として許されない事だということに。
彼は知らない。
迫りくる『リンドヴルム』その繰り手がいかなる想いとともにこの戦場に臨んでいるのかを。



彼女は機竜『紅龍』の操縦席でこれまでの戦いを思い返していた。
初めてこの子と出会ったのは中学校の修学旅行で訪れたマーシャル諸島マロエラップ島。
二年前の夏、そののどかな島は一瞬にして地獄に変わった。
連合軍による、宣戦布告なしの奇襲攻撃。
逃げまどう私たちは、休暇で基地の外に出ていた兵隊さんに連れられ港のそばの待避壕に逃げ込んだ。
そこにポツンと置いてあったのがこの子だ。
すぐそばにはここまで引っ張ってきた牽引車が止まっていて、運転席の兵隊さんはすでに事切れていた。
その時、外の様子をうかがっていた兵隊さんが「空挺だ!」と叫んだ。
恐る恐る外に顔を出した私が見たのは、ついさっき私たちが着陸した飛行場が空に浮かぶ巡空艦(もっとも動揺していた私は飛行戦艦だと思い込んでいたのだが)がその胴体に抱え込んでいた爆弾を雨のように降らしている光景だった。
外はまるで夕方のように赤く染まっていた。
その時、私は驚くほど素直に「私はここで死ぬんだ」と思えた。
それほどの絶望感をあの光景は私に与えた。
だが、その時奇跡が起こった。
後から考えてみればただの偶然なのだろうが、少なくとも私にとってそれは奇跡だった。
壕の中で轟音が響いてきたのはその直後だった。
驚いて振り向けば、そこには今まで足を折って、寝そべる様な格好で停止していた機竜が動力炉から白煙をあげながら起動していたのである。
みなが呆気にとられる中、私は不思議と落ち着いていた。
なんとなく、この機竜が私を呼んでいるように感じたのだ。
吸い寄せられるように立ち上がった機竜に近づいていく私を不思議と誰も引き止めなかった。
私が近づくとその機竜は、あるで跪くように頭を下げた。
後で聞いた話では、このタイプの機竜は人が乗ってないときは自動的にそういう姿勢を取るようにできているそうだ。
だけど、その時私はこの機竜が『乗ってくれ』と言ってるように感じられた。
吸い込まれるように操縦席に収まった私はそのまま―――



「隊長?」
自分の初陣の回想をしていたら、部下の声で意識を表層に呼び戻された。
「どうしましたか?」
「先遣隊の彩雲から入電『敵艦隊捕捉。戦艦2空母4巡洋艦4、駆逐艦多数。貴編隊より進路160距離40浬。なお、敵迎撃機の襲撃を受けたためこれより退避する。貴隊の勝利を信じる』以上です!」
報告の内容は先遣隊からの情報だった。
どうやら敵は今度こそ完全勝利を掴もうと、総力を挙げてこのマリアナに突っ込んできているらしい。
基地で聞いた情報が正しければ、これと同規模の艦隊がすでに三つ発見されているらしい。
迎撃機の反応もこれまでよりかなり早い。
ふと、出撃前に聞いた与太話を思い出す。
『敵の奴らはこれまで何度もお嬢に求愛してるが、こっぴどく振られ続けている。だから今度こそ求愛を成功させようと必死なのさ』
部隊の中で自分が『お嬢』と呼ばれているのは知っていたが、これはさすがに恥ずかしい。
しかも、話を聞いている若い隊員は真面目な表情でうなずいている。
ついでにその隊員は今まさに自分の前席で通信と航法を担当している少年だ。
つい小さく笑ってしまったら彼が怪訝そうにこちらに振り返ってきた。
それに何でも無いわと笑いを収めながら言うと、納得いかないという表情を浮かべながら仕事に戻る。
その後ろ姿を見ながら、先代隊長の言葉を思い出す。
『お前は生きろ!』
その時はなんで自分だけが生き残らないといけないのかと隊長達を恨んだが、部下を持った今ならその気持ちがわかる様な気がした。
その時、、少年が叫んだ。
「電探に反応あり!距離200!後数分で接触します!」
その叫びに、一瞬で思考を部隊指揮官の物に戻す。
「攻撃機隊、密集陣形!直衛隊は予定通り。制空隊は私に続け!」
次の瞬間、私の機竜を先頭に、機竜と戦闘機の一群が編隊から飛び出していく。
実戦と訓練を繰り返すことで洗練され切った編隊運動。
それにわずかな満足感を覚えながら彼女自身が無線に叫ぶ。
「全員!今日こそ奴らの母艦を殲滅して、この戦争を終わらせるわよ!」
『応!』
彼女の想いは最初から変わらない。
仲間達を守って、一日でも早く元の穏やかな時間を取り戻したい。
変わったところは自分が生き残らなければ、その目的を果たせないと理解したこと。
そして自らの行為がどれだけの憎しみを生み出しているか理解したこと。
それでも、最初の想いは変わらない。
たとえその穏やかな日が、極短い休息の時にすぎないと分かっていても。
彼女は自らの望みをかなえるため、戦場へと突き進んでいった。



[26703] ~極東戦記~アリューシャン1944(1)
Name: 金子カズミ◆324c5c3d ID:ed0cc017
Date: 2011/03/27 22:15
前にすごく思わせぶりなのに今度はいきなりその半年前のアリューシャン。まっとうな艦隊決戦です!
霧の中邂逅した旧時代の海の女王達、その最期をご覧ください。



1944年二月十六日、アリューシャン沖第一艦隊旗艦『長門』艦橋。
艦隊司令長官、角田覚冶は目の前の光景に懐かしさに似た何かを覚えていた。
眼下には仰角を上げる四門の四十センチ砲が。
そしてその筒先の指し示す先には、同じく照準を終えこちらに全砲門を向ける敵戦艦の姿があった。
これこそ、彼が信じていた戦争の在り方そのものだ。
戦争が始まる前から戦の在り方が変わってしまったことは感じられた。
だが、その変化は彼が考えていた以上に急速だった。
実際、この大戦で活躍しているのはほとんどが角田より一回りも二回りも若い提督達である。
それなのに、自分のような老骨に活躍の場が回ってくるとは思っていなかった。
それは向こうの提督も同じだろうと角田は感じた。
時代遅れと笑われる日々。
だがせめて、最期くらいは老兵には老兵なりの意地があることを見せつけてやる。
「司令、全門装填照準終わりました!」
すぐ横に立っている艦長が角田に報告する。自分と同じ戦艦という兵器の魅力に呑みこまれた男だ。
わざわざ自分に問いかけるのは、おそらく彼もこの戦いが純粋な戦艦同士の最後の闘いだと感じているからだろう。
表情を改め、鋭く命じる。
「目標敵一番艦コロラド級、撃ち方始め!」
終わりの始まり。
その火蓋が切って落とされた。



1944年一月、東京海軍省軍令部。
そこで、来るべき最終決戦に関して議論が進められていた。
先年八月に行われた第三次マーシャル沖海戦とトラック事件。
さらにそれに続いてつい先日まで行われたラバウル航空戦。
これらの戦いの結果、日本は外南洋のほぼ全域を喪失することになった。
空軍の飛行艦隊を中心とする戦力も消耗が激しい。
軍部では決戦の地はマリアナだとほぼ確信している。
連合軍の持つ戦略爆撃機の性能を考えれば、それは間違いないと思われた。
それぞれ来襲地に合わせて『天一号』から『天四号』まで計画されているが、ほとんどの部隊がすでに『天一号』を前提に準備を進めている。
機竜の大半と特火師団のすべてを『松代』に張り付けなければならないという厳しい制約の中、軍は最大限の戦力をマリアナに結集しようとしていた。
そんな中、一つの報告が司令部にもたらされた。


「まさか北から来るとは…」
参謀の一人が小さくつぶやく。
報告の内容はアリューシャン方面で敵艦隊の活動が活発になっているというものだった。
その中には聴音のみだが四軸推進の大型艦を確認したというものも含まれている。
「だが、連中の主力艦にはマーシャルで相当の打撃を与えたはずだが」
先の海戦の報告が正しかったなら、現在の連合軍の太平洋戦線で稼働状態にあるのは正規空母が三、四隻と新鋭戦艦が二、三隻程度である。
はっきり言って大規模な侵攻戦を発動できる戦力ではない。
それに天候の問題もある。
冬の北太平洋は荒れるのだ。
さらに霧も多発するため効率的な航空戦力の運用は不可能という問題もある。
侵攻して旨みのある場所とはお世辞にも言えない。
だが、参謀たちの目はアッツ島を中心に書かれた円―――敵戦略爆撃機の行動半径―――を見つめている。
その中には北海道のほぼ全域が収まっていた。
「いくら運用が制限されているとはいえ、本土を爆撃できる位置に敵の戦略爆撃機が展開するのは危険すぎます」
「海空軍の総力を挙げて阻止すべきと考えます」
しかし、彼らには一つの疑問があった。
奴らは一体どれだけの戦力を投入する気だ?
順当に考えれば今の連合軍に大規模攻勢を発動するだけの戦力は無いはずである。
それにもかかわらず、戦略的価値の低い島の攻略になけなしの主力艦を投入するのだろうか。
その時、これまで上座に座ったまま黙って議論を聞いていた一人の男が口を開いた。
「第一次マーシャルの生き残りを使う気かもしれん」
男の名は宇垣纒。開戦時の連合艦隊参謀長である。
その宇垣の意見に、参謀たちは「あり得ない」という表情をした。
1942年十二月に行われたマレー沖海戦の結果、戦艦では航空機に太刀打ちできないことが明白になっている。
それなのに、条約型の戦艦が単独で作戦を行うなど、彼らからしてみれば正気の沙汰とは思えなかった。
だが、宇垣は表情を変えず冷静に続ける。
「確かに航空機に対して戦艦は無力だが、航空機がその力を十全に発揮できない戦場、夜間や霧の中ならば、いまだにその力を存分に発揮できる」
それを聞いて納得する参謀達。
たしかに、ソロモンとラバウルの死闘では、戦艦が大きな役割を果たした。
それを考えると、旧式戦艦だけで行動することにもある程度の合理性があると感じられた。
だが、彼らにも動かせる戦力はほとんどなかった。
巡洋艦や駆逐艦には多少の余裕があるが、主力の空母はそのすべてがドック入りしている。
先の海戦に参加した『大和』『武蔵』の二隻は呉と横須賀で改装の真っただ中。金剛型は四隻そろってマーシャルで漁礁と化している。
『長門』『陸奥』は稼働状態にあるが、この二隻だけでは不安が残る。
これ以上の戦力はどこを見ても見つからない。
その時、宇垣が言った。
「諸君、なにも書類に乗ってるだけが軍艦ではないのだぞ」
それを聞いて彼らも今の呉の光景を思い出した。
開戦の混乱の中でいつの間にか練習艦に格下げされていた四隻の超弩級戦艦の存在を。
「老後の生活を満喫しているところに悪いが、彼女達に最後の奉公をしてもらおう」


一月二十日、オアフ島真珠湾軍港。
その一角に見慣れない軍艦が停泊していた。
前甲板に集中して配置された3連装16インチ砲。その後方には独特の形状の塔型艦橋を持っている。
その後方には、4連装と連装を組み合わせた、こちらも独創的な砲塔配置の戦艦がその巨体を横たえている。
その姿はどちらもどことなくアンバランスで、見る者に不安を与えた。
掲げる旗はユニオンジャック。日沈むことなき大英帝国のものである。
すぐ隣に後者のものと同じ艦影の戦艦がもう一隻停泊し、それらの周りに巡洋艦や駆逐艦が群れている。
ユニオンジャックの旗が太平洋に現れたのは、開戦の年以来だった。


同日、オアフ島太平洋艦隊司令部。
「それでは会議を始めようか」
上座に座り議事を進めるのは太平洋艦隊司令長官チェスター・ニミッツ海軍大将。
緒戦の大敗で地に落ちた太平洋艦隊の威信をその後の粘り強い戦いで着実に回復させつつある潜水艦畑の知将。
席の両側に分かれて座る者たちを見ながら落ち着いた声で続ける。
「自己紹介は不要だろうが私の方からさせてもらおう」
右側に視線を向ける。
「この二人は我が合衆国第7艦隊司令を務めている、今回の戦いの総指揮を執ることになるトーマス・キンケード少将とウィルス・リー中将、オリンピックの活躍の方がリー中将は有名かな?今回の戦いに合わせてキンケードは中将に昇進することになっている」
紹介された二人は黙って頭を下げる。
ついで反対側に視線を向ける。
「こちらは今回の戦いに合わせて新設された英国北太平洋艦隊司令のサー・ジェームズ・サマヴィル大将だ。これまでは北海で『ファフニール』を相手に戦っていらした」
こちらは小さくうなずくだけだった。
どことなく暗い空気の漂う中、会議は進められる。
「さて、作戦の概要は知っての通り現在無人の状況にある『アッツ島』を制圧することだ」
机に広げられた地図を指しながらニミッツは続ける。
「ここを制圧すれば日本本土の北部がこちらの爆撃圏に入る」
「航空支援はアラスカとアリューシャンの他島から行われる。空母の参加は無い」
ニミッツ以外は黙ったまま会議は進む。
「以上だ、何か質問はあるかね?」
「ありません」
「こちらも同じだ」
キンケードとサマヴィルはここで初めて口を開いた。
リーもどこか寂寥感のようなものを漂わせている。
それを無視するようにニミッツは会議の終了を告げるのだった。


会議の参加者が部屋を出て行った直後、ニミッツは深いため息をついた。
会議の空気が悪かった理由は明白だ。
キンケードとリーはそもそもこの作戦に反対であり、自分達がどういった意図のもと戦場に駆り出されたのか理解しているからだろう。
サマヴィルの方は今回の人事を完全に左遷だと考えているからだろう。
そしてそれらの考えのほとんどは、彼自身にも正しいと思えてしまった。
はっきり言ってアッツ島に戦略的価値などほとんどない。
たとえそこに戦略爆撃機を配備したとしても天候のせいでまともな運用はできないし、それどころか航空攻撃の困難な夜間に敵の水上艦の強襲を食らう恐れもある。
そんな島にわざわざ艦隊を送る理由。
それは純粋に政治的要求である。
第三次ウォッゼ沖海戦(第三次マーシャル沖海戦)とモエン島沖海戦(トラック事件)に勝利を収めた連合軍だがその後の進撃は滞っている。
10倍以上の戦力差で3カ月近く大攻勢を続けたラバウルでは芳しい戦果をあげる事が出来ず、敵残存戦力の撤退を許している。
艦隊の再編は予定を早めて急がれているが、次期攻勢は夏頃になると予想されていた。
(大統領はそのつなぎの戦果がほしいのだ…)
このままでは世論が現状維持での和平に傾きかねない。
未来の大勝利で国民を引きとめるには我々はあまりにも多くの血を流しすぎた。
だが、大統領閣下が望むのはそのような曖昧な結果ではない。
閣下が望むのは日本の全て、特に『松代』は絶対に確保しなければならばい。それが閣下の国家百年の計に必要なのだ。
たとえそれが未来ある若者の命を磨り潰すことになっても。


「この作戦、中止するわけにはいかないのだろうな…」
会議室を出たところでキンケードが暗くつぶやく。
「政治のために、命をかけるのでは将兵もやりきれないだろうな」
キンケードはこの作戦の背景を正しく認識したうえで、はっきりと反対の意を示していた。
しかし、リーはキンケードと違いどこかふっきれたような表情を浮かべている。
「司令、私はむしろこの作戦をうれしく思います」
「どうしてかね?」
「どちらにしろ、これから先私が活躍するような戦場はこれが最後だからです。マレー沖の戦いで、私のような古い軍人の役目はもう終わったのです。ソロモンでもマーシャルでも、戦艦は空母の露払いにしかなりませんでした」
どこか悔しそうに話すリー。
ソロモンでは戦艦同士での殴り合いも起きたが、あんなゼロ距離砲戦は戦艦の戦いではない。
「しかし、今回の戦いは戦艦が戦艦らしく戦うことのできる最後の戦場でしょう。そこに参加できるのは大砲屋として最高の栄誉です」
その姿は、航空屋であるキンケードには理解できなかった。
だが、気分を入れ替える契機にはなった。
「…そうだな。勝利を得て、一人も欠けずにここに帰ろう」


サマヴィルは、なんとしてもこの戦いに勝たねばならなかった。
そのために伝手を利用してキングジョージ五世級を二隻も引っ張ってきたのである。
今回の人事は初見から二年以上も経っているのにいまだにまともな打撃一つ『ファフニール』に与えられない事への懲罰人事だった。
イギリスは太平洋戦線を重視していない。
たしかに『松代』は彼らにとっても垂涎の的だったが、東の果てまで影響力を保てるほど今の大英帝国の力は強くない。
アメリカにかすめ取られて終わりである。
それならば、『松代』と協力体制にある『アーネンエルベ』を制圧した方が最終的な実入りは大きいはずである。
だが、太平洋で日本と死闘を繰り広げているアメリカから増援を要求する声は日に日に高まっていた。
実際、大西洋では太平洋のような大海戦は行われていない。むしろジークフリート線をめぐる西部戦線と小競り合いの続くポーランド紛争といった地上戦が中心である。
イタリア方面の大縦深防御線グスタフラインをめぐる南部戦線では小規模な海戦も行われているが、英仏地中海艦隊で十分対処できた。
はっきり言って艦隊は余っていた。
また同盟関係を考えると、多少の戦力を太平洋に送るのもいたしかたないと思われた。
その結果選ばれたのがサマヴィルだった。
表向きはアメリカ海軍作戦部長アーネスト・キングとの親密な関係ゆえとされたが、実際には『ファフニール』相手にまともな戦果をあげられないサマヴィルへの懲罰人事だった。
だが、サマヴィルはここで自分の人生をあきらめる気はさらさらなかった。
なんとしてもここで大戦果をあげて凱旋して見せると誓っていた。
彼の意識に協調などという言葉はひとかけらも入っていなかった。



[26703] ~極東戦記~アリューシャン1944(2)
Name: 金子カズミ◆324c5c3d ID:17658348
Date: 2011/03/30 02:59
とうとう海戦前夜、両軍の参加戦力が確定します。
目立った動きはありません。
次回は海戦突入です!




1944年二月十日、青森県大湊要港部。
そこは艨艟達の楽園と化していた。
港の中心部にはひときわ目立つ巨艦が二隻横並びに停泊している。
波に見え隠れする独特のスプーンバウ。
いくつもの階層が重なった複雑で重厚な印象の艦橋。
両舷に上下2層に分かれて砲口を連ねるケースメイト式の15センチ副砲。
力の象徴として、艦の前後に二基づつ背負式に配置された連装四基八門の41センチ砲。
曇り空の下でも、艦首の菊の御門は燦然と輝いている。
その後方少し離れた所には二隻の重巡が甲板に張り付いた氷をたたき落とす作業をしている。
頑強な岩山を思わせる巨大な艦橋が特徴的な高雄型重巡洋艦である。
建造当初はアンバランスなまでに巨大だった艦橋も、数次にわたる改装を経てだいぶスマートになっている。
その他にも、少し離れたところに別の重巡が停泊している。
岸壁や桟橋には出撃前最後の補給を急ぐ水雷戦隊所属の駆逐艦の姿が見える。
湾口近くには艦隊に先行して偵察等の任務にあたる潜水艦の静かに出港していく姿があった。
そしてその日、艦隊最後の艦がここに到着しようとしていた。


同日十一時二十二分、『伊勢』艦橋。
戦艦と重巡が多数停泊しそれの間を多数のカッターがミズスマシのように行き来する陸奥湾。
それは往年の柱島泊地を彷彿とさせる光景だった。
大戦が勃発して以来、海軍の主力のほとんどはトラックかリンガ泊地にとどまり、本土の軍港はドックを除けば閑散とした状態が続いていた。
おそらく、これほどの規模の艦隊が本土に集結することは、終戦まで二度とないだろう。
できる事なら、再びあの頃の呉と柱島を見たいものだ。
「宇垣中将、間もなく本艦も投錨位置につきます」
感慨にひたっていた宇垣は艦長のその言葉で我に返る。
「わかった、私は『長門』で最後の打ち合わせをするからカッターを出してくれ。兵たちには悪いが、各艦の回転制定を終え次第すぐに出撃することになる、準備を急いでくれ」
「了解しました」
外套の襟を直しながら舷側に下ろされたカッター乗り場に向かう。
甲板に出ても気温は艦内とあまり変わらない。艦内の暖房設備が劣悪だからだろう。
新鋭艦なら空調もこれよりはるかに性能がいいが、宇垣にはこれのほうが自分には似合っているように感じられた。
宇垣が乗り込むとカッターはすぐに発進した。
内地で事務仕事ばかりしていたせいか、カッターのエンジンが放つ排気の臭いすら、宇垣には懐かしく感じられた。


同日十三時、『長門』作戦室。
昨今では珍しく、集まったのは男ばかりだ。
そのせいか、いつもより身なりなどがいい加減で和気あいあいといった空気が流れている。
「これより本作戦の最終確認を行う」
この説明のため軍令部から自らが志願して派遣された宇垣纒中将が説明を始める。
「今回の作戦の目的は連合軍のアッツ島基地化を阻止することだ」
海図を指しながら続ける。
「索敵の結果、この海域に展開しているのは戦艦三隻『テネシー』『ペンシルバニア』そして『ウェストバージニア』だ」
『ウェストバージニア』の名を聞き、出席者がうなり声をあげる。
この戦争がはじまるまで、軍縮条約下最強の戦艦『ビッグセブン』の一角がいるというのである。
艦隊にこれと同等に戦えるのは、同じ『ビッグセブン』の一角である『長門』と『陸奥』の二隻しか存在しない。
「さらに未確認情報だが、イギリス海軍の艦隊が存在する可能性がある」
その言葉に緊張を高める参加者。
宇垣は一枚の写真を取り出す。
総天然色のそれは左上半分が霧に覆われて確認できない。
だが、その手前にいる巡洋艦と数隻の駆逐艦ははっきりと確認できる。
さらに、霧との境界に戦艦と思しき大型艦も見える。
「この手前の巡洋艦はイギリスの防空巡洋艦ダイドー級もしくはベローナ級と思われる。奥の戦艦は詳細が分かりにくいが、これと潜水艦の聴音観測の結果ネルソン級戦艦と推測される。他にも四軸推進の大型艦、おそらくキングジョージ五世級が二隻確認されている」
「空母に関しては存在が認められない。おそらく気象条件等を勘案して編成に加えなかったのだろう」
そこでいったん区切り、次いで自軍の状況を説明する。
「わが軍の投入兵力はここに集結している第一艦隊を中心に第二、第三の各艦隊からの増援を加えたものとなる。また、北方警備の第五艦隊も支援任務にあたる」
「航空戦力は北海道から千島の各基地に再編中の母艦航空隊の一部が展開する。哨戒任務の陸攻隊も普段より多く飛ばしてくれるそうだ。ただ、天候に大きく左右されるためあまりあてにはできない。潜水艦は第六艦隊の一部がすでに先行している。空挺艦は天候が悪いため出撃不能だ」
「今回の作戦目的は連合軍のアッツ島基地化の阻止が目的だが、敵船団はアラスカに逼塞して出撃する気配はない。よって敵主力艦隊の撃滅をもって作戦成功とみなされる」
何か質問は?と宇垣が尋ねる。
すると何人かが他の方面での敵艦隊の動きや、今後の気象情報について質問した。
それ以外の作戦に関する質問は特にない。
「細かい艦隊の運用は打ち合わせ通り角田司令に一任する。私からはここまでだ」
宇垣はそのまま一歩下がって椅子に腰かける。
その後艦隊陣形等の確認の後、会議は解散した。



二月十五日、アリューシャン沖。
荒れた洋上を二つの艦隊が西進していた。
一方は荒れた天気をものともせず、対潜対空用の輪形陣を維持している。
だが、もう一方は横列と縦列を組み合わせた比較的簡易な陣形にも関わらずその陣形は乱れがちだった。
特に中心を進む戦艦三隻は動作が遅く之字運動(一定時間ごとに進路を変更しジグザグに進んで潜水艦の襲撃を避ける)の度に陣形を乱す元凶となっていた。


アメリカ海軍戦艦『ウェストバージニア』艦橋。
「司令、連中はこの波に大分難儀しておりますな」
遠くに見えるイギリス艦隊を見ながら、艦長が傍らのリーに話しかける。
「我々はこの海で一月近く訓練を重ねたんだ。到着したばかりの連中と同じではこちらの方が笑われるぞ」
仕方ないといった苦笑を浮かべながら軽く返すリー。
この艦隊の指揮系統は後方のアンカレッジでキンケードが全体指揮を執り、主力艦隊の第72任務部隊の指揮はリーが執る形になっている。
他にもキンケードの指揮下には潜水艦部隊や補給艦隊、基地航空隊などが含まれている。
(もっとも、理由はそれだけではあるまい…)
リーは大戦の前半を大西洋での船団護衛任務に従事していた。
その際、今回ともに作戦にあたる『ネルソン』級や『キングジョージ五世』級とも行動を共にしたことがある。
その時も両艦ともに舵の効きが極端に悪く艦隊の足を引っ張っていた覚えがある。
「とにかく、霧の中で誤射というのだけは勘弁してくれよ…」
周りに聞こえないように小さくつぶやくリー。
おそらくは世界で最後の戦艦同士の戦い。
どうかそれに水を差さないでほしいと本心から願った。


イギリス海軍戦艦戦艦『アンソン』艦橋。
状況は、アメリカ側から見える以上に深刻だった。
「波が想像以上に荒いですな」
『アンソン』艦長が長官席に座っているサマヴィルに話しかける。
「あぁ、そうだな…」
先ほどから艦橋の空気は最悪と悪の間を行き来している。
原因は続出するトラブルだった。
まず最初に問題が生じたのは艦の命である主砲だった。
完全にフラットな甲板構造が原因で第二砲塔まで飛沫がかかり砲塔が凍りついてしまったのだ。
甲板に付着する氷と合わせて、艦の重心上昇の原因になるため乗員が一時間ごとに除去作業を行っているがそれでは間に合わず、次のシフトからは三十分ごとに切り替える予定だ。
命綱をつけての決死の作業であり、戦闘前から乗員の疲労はピークに達しつつあった。
アメリカ艦隊もそれは同じだったが、こちらは砲塔が凍りつくようなことはなく、元々この海戦で使い潰してしまう気だからか、砲身命数無視で定期的に空砲を放ってその衝撃で甲板の氷を粉砕している。
さらにパナマ運河からここに来るまでも調子の悪かった無線が一機とうとう昇天してしまった。
これによりただでさえ不安視されている両艦隊の連携にさらなる暗雲が立ち込める事になった。
今回の任務にあまり乗り気でないサマヴィルだったが、それでも指揮官としての仕事を怠る様な事はせず出撃前に数度の会合をアメリカ側と開き連携について詰めた。
しかし、戦闘前にもかかわらず前途には暗雲が立ち込めているようにサマヴィルには思えた。
その時、さらなるトラブルの報告がサマヴィルの元に届く。
「『ネルソン』より緊急報告!『我、機関トラブル発生。応急修理終了ハ1700時ヲ予定』!」
「なんだと!」
声を荒げる艦長。
サマヴィルは最早言葉も出ない。
「…艦長、アメリカ艦隊に通信を。トラブルで遅れると伝えてくれ」
「…了解しました」
その場で艦内電話を利用して通信室に指示を出す艦長。
席に深く腰掛けながらサマヴィルは思う。
(たとえどんな事態が起ころうと我々は勝って見せる。我らが死すべきはこんな東方の辺境などではなく女王陛下の御膝元でなければならん)
そのためには、何としてもこの作戦を成功させて見せる。
サマヴィルの決意が揺らぐことはなかった。



[26703] ~極東戦記~アリューシャン1944(3)
Name: 金子カズミ◆324c5c3d ID:17658348
Date: 2011/03/30 17:47
今回はちょっと短めです。
とうとう両軍の激突!
現在金子は適当な艦名を艦種、所属国家とわず探しています!
いいかんじのものがあれば教えてください!採用するかもしれないのです!
飛行戦艦とかもこれから登場するのでお願いなのです!



二月十六日十時十分。アリューシャン沖、重巡『高野』CIC。
そこは未来小説に出てくる宇宙人の拠点のようだった。
薄暗い室内には多数のブラウン管が点灯し、レーダーの情報を表示している。
部屋の中心には巨大なアクリル板が置かれ、四五人の兵がそこに張り付けられた敵味方の駒や水性マジックで書かれた情報を更新していた。
あたりには電子機器から放出される熱気がこもり、すこし暑いほどだった。
(やはり俺みたいなやつにこの艦は合わんな…)
長官席でそれを見ている木村昌福『前衛隊』司令は内心で思う。
はっきり言ってこんな穴倉にこもって作戦指揮などしたくない。今も艦橋で指揮を執っている有賀のように外の見える場所にいたかった。
思わず天井の方に顔を向ける。
その先では有賀がいつものように指揮を執っているのだろう。


同時刻、『高野』艦橋。
(…水虫がかゆい…)
男は煙草をふかしながら最近悪化したように感じられる水虫に想いはせていた。
海戦の事そっちのけでボリボリ足を搔いている。
その姿はスマートを謳われる海軍士官とはとても思えない。
軍服の上に着ているコートはもう何か月も洗濯していない事が丸わかりの状態で前にはコーヒーの染みが無数についている。
中に着ている軍服もよれよれで、足に至っては草履である。
もしこの格好で料亭などにいけば確実につまみだされる。
しかし、周囲の人間がこれを不快に思っている様子はない。
彼らはこの男が身なりはどうであれ最高の指揮官であるとこれまでの訓練で知っており、それにこれまでの武勇伝を聞けばだれもこの格好に口を挟もうとは思わなかった。
男の名は有賀幸作。開戦時からの歴戦の水雷戦隊指揮官であり、ソロモン、マーシャルの激闘を戦いぬいた英雄だった。
「艦長、気象班から連絡です」
「おう、なんだって?」
「はっ!現在出ている霧は少なくとも今日いっぱいは晴れないだろうとのことです」
艦の周囲は霧に包まれていた。
艦橋からも第二砲塔から先が見えないほどの濃霧だった。
各艦はレーダーと艦尾から曳航している霧中標識を目印に陣形を維持していた。
「それより、敵艦隊はまだ見つからんのか?」
現在日本艦隊は大きく三隊に分離していた。
一つは今有賀が艦長を務める『高野』を旗艦とする前衛隊。
『伊吹』型二番艦である『高野』を中心に一個駆逐隊で編成された部隊である。
その任務は主力に先駆け敵の存在を探知し、同時に敵の前衛を潰し主力の情報を隠蔽することが求められていた。
そのために、最新の電子装備を搭載した『高野』が編入されている。
その後方から続くのは『砲戦隊』と『掃討隊』だ。
それぞれ戦艦と重巡、駆逐艦を中心にした部隊であり、『砲戦隊』が敵戦艦を引き付けている間に『掃討隊』の重巡と駆逐艦が突撃、雷撃で殲滅する計画である。
「しっかし敵さんはどうしたんだ?情報じゃもう待ち構えているって話だったのに」
現在艦隊は奇妙な状態に陥っていた。


同時刻『長門』艦橋。
「前衛隊はまだ敵と接触しないのか…」
艦隊の指揮を執る角田角冶中将が若干のいら立ちを含んだ声で言った。
日本側は出遅れていた。
可能な限り出撃を急いだが敵艦隊に先行を許したのだ。
十四日に敵艦隊に接触した潜水艦の報告によれば、敵艦隊はすでにアッツ島まで二百カイリを切っており十五日中に到達すると予想されていた。
また敵艦隊には複数の高速輸送艦が随伴しており、まず少数の戦力を揚陸したうえで後続の本体を待つ構えだと思われた。
当然、揚陸部隊を守るために敵艦隊はアッツ島周辺にとどまるはず。
艦隊は敵が待ち構える中に突っ込むつもりだったのだ。
だが、待てど暮らせど敵発見の報告は入ってこない。
すでに艦隊は左真横にアッツ島を望む(霧で見えないが)位置まで進んでいる。前衛隊はすでに通り過ぎている。
正直、何が何やらさっぱりだった。
司令部では敵艦隊はアッツ島を挟んだ反対側か海岸線ギリギリに展開しているのではとの見方が有力であり、後数分敵発見の報告が無ければアッツ島への威嚇射撃を敢行する予定だった。
その時、待ちに待った時が訪れた。
ただし、大半の人間にとって予想外の形で。
「レーダーに敵艦隊捕捉!方位100距離320(三万二千メートル)艦種、数不明!」
「なんだと!連中はどこからわいてきたんだ!」
参謀の一人が叫ぶ。
「うろたえるな!針路100!全軍突撃!」
そんな中、毅然とした態度で指示を下す角田。
霧の中の遭遇戦。その火蓋が切って落とされた。



[26703] ~極東戦記~アリューシャン1944(4)
Name: 金子カズミ◆324c5c3d ID:17658348
Date: 2011/03/31 15:20
ようやく砲戦突入です!
戦艦という兵器の意地と誇りをかけた戦い、その最期は…。



1944年二月十六日アリューシャン沖『長門』艦橋。
「通信より艦橋。各艦との赤外線通信完了。本艦に後続します!」
「『掃討隊』より通信『我突撃ヲ開始』」
「レーダーにさらなる艦影!方位変わらず距離340!」
「敵先頭艦射程圏に突入。いつでもいけます!」
そこは急速に戦闘態勢へと移行していった。
錯綜する情報に混乱しかける司令部だったが、夜戦艦橋を改造して作られたCICへ移動することでそれを押しとどめる。
角田と参謀達はエレベーターではなくタラップを駆け下りてCICに急いだ。
たどり着いたそこではすでに情報がまとめられていた。
中央の戦況表示板を見れば状況は一発で分かった。
現在確認されている敵艦隊は二群。
一つは三十ノット以上の高速でこちらへの肉薄を図っており、明らかに巡洋艦と駆逐艦で編成された水雷戦隊だ。
二つ目は戦艦と思しき大型艦を含む部隊であり、二十五ノット前後の速度で斜めに突っ込んでくる。
すでに距離は三万を切っており、このままでは後方に回り込まれる針路だ。
角田が指示をだそうとしたその時、新たな情報がCICにもたらされる。
「新たな敵艦隊捕捉!方位100、距離320!先行する戦艦を追いかけている模様。速度約二十ノット!戦艦級を含む模様!」
敵戦艦が二手に分かれていると知り、動揺する参謀達。
これでは艦隊を割らないことには対処できない。
角田の思案は短かった。
「後続の第三第四戦隊は第二群、第二戦隊は第三群を叩く。第二群の対処は第三戦隊司令部に一任する!」
指示は即座に赤外線通信と無線で伝えられる。
しばらくして後部艦橋の見張りから報告が届く。
「後続の『伊勢』以下四隻、舵を切りました。隊列から離脱していきます!」
この時点で『掃討隊』は敵第一群と乱戦状態に突入している。
『前衛隊』は急ぎ反転しているがまだ戦場に到達していない。
レーダーにはさらなる敵艦が映り始めている。
海戦は加速度的に乱戦の様相を深めていった。



同時刻『アンソン』CIC。
イギリス艦隊は当初ネルソンの修理を待つ予定だったが予想より時間がかかったため、護衛の駆逐隊とともにこれを放置。快速の『キングジョージ五世』級である『アンソン』『ハウ』の二隻と他の補助艦艇だけで先行していた。
「敵戦艦、二群に分離。後方の四隻が本艦と並走状態に入ります!護衛の補助艦艇はそのまま先頭艦に同行!」
「『ワトソン』より通信、突撃許可を求めています。『レストレード』もです!」
「『ホームズ2』より通信『我砲撃準備完了』!」
サマヴィルはもたらされる情報の数々を冷静に分析していた。
『ワトソン』はダイドー級を中心とする巡洋艦部隊。『レストレード』は駆逐隊である。
それぞれシャーロックホームズシリーズの登場人物から名前をとっている。
どうやら敵はこちらに戦艦だけ四隻よこしたらしい。
かわりに護衛の艦艇は先頭を務めていると思われる旗艦に随伴したようだ。
百度を超える大きな転進によりその距離は急速に開きつつある。
それならば―――
「『ワトソン』『レストレード』は突撃。『ホームズ』はそれぞれ敵一番艦と二番艦を目標!距離三万ヤード(約二万七千メートル)で射撃開始」
冷静な声で指示を出す。
三万ヤード。霧の中での砲戦としては遠すぎる距離。
だが、海戦は戦艦だけで行うものではない事を貴様らは忘れている。
相手は護衛艦がいない。
ならばそのやわらかい下腹部を食い破ってやればいい。
「我々に戦艦だけなどという舐めた編成で挑んだ事、後悔させてくれる…」



『掃討隊』旗艦『高雄』艦橋。
周囲は大混戦の様相を呈していた。
敵の前衛と思しき部隊に接触、これを相手に優勢に戦いを進めていたがそこに敵本隊の水雷戦隊が突っ込んできて一年前のソロモンもかくやという状況に陥っていた。
視界は海戦開始当初からの霧と損傷艦のあげる火災煙で全く効かない。
『高雄』自身も右舷に駆逐艦の砲撃と機銃掃射(!)を食らい、そちら側の高角砲と機銃が根こそぎ破壊されていた。舷側には頭を突っ込めそうなサイズの穴がいくつも開いている。
被弾に弱いレーダーは言わずもがなである。
本来『掃討隊』特に水雷戦隊は一刻も早く敵戦艦への雷撃を行わなければならないのだが、段取りは完全に崩壊していた。
さらに、増援の到着で勢いを取り戻した敵艦隊はその一部が隊列を立て直して『砲戦隊』へと突っ込んでいった。
『掃討隊』司令はすでに指示もへったくれもない状況に有効な手を打てないでいる。
そこにさらなる報告がもたらされる。
「右舷前方に敵駆逐艦発見!距離ほとんどありません!機銃掃射開始しました!」
「撃ち返せ!主砲弾種榴弾、撃ち方始め!」
交わされる砲火。
状況は混迷の一途をたどっていた。



アメリカ艦隊旗艦『ウェストバージニア』艦橋。
「敵戦艦二隻、急速にこちらに接近してきます!距離二万九千ヤード(約二万六千メートル)!」
「水雷戦隊、敵水雷戦隊と混戦に突入!敵戦艦への切り込みは失敗の模様!」
「『ペンシルバニア』より通信『射撃開始マダナリヤ』!」
(…これは、もしかするともしかするかもしれないな)
リーは旗艦である『ウェストバージニア』の艦橋で興奮に身を震わせていた。
すでに周囲に展開していた護衛艦は乱戦を突破してきた敵駆逐艦の対処のためそばを離れている。
向かってくる敵戦艦の状況は判然としないがおそらくこちらと似たような状況だろう。
(最後の最後に純粋な戦艦同士の戦いが出来るとは…)
リーの心の中ではすでに砲撃を開始する距離は決まっている。後はその距離まで可能な限り早く接近するだけだ。
(お互いの姿が見えないのが玉に傷だがな)
その時、奇跡が起こった。



『長門』艦橋。
「これは…!」
艦橋にいた全員が息をのんだ。
突如上空から吹き下ろした強風が周囲の霧を取り払っていく。
艦の前進速度と合わさって、甲板では猛烈な風が吹き、見張りは周囲のなにかにつかまらなければ吹き飛ばされそうだった。
それが収まった時、この場にいる全員が息をのんだ。
『長門』と『ウェストバージニア』を中心に、互いの間の霧がきれいに円形に取り払われている。
上空も信じられないほどに澄み渡っている。
この時期のこの海域ではありえない光景。
その他の海域はいまだ霧に包まれ、その中からはかすかな砲声が聞こえてくる。
本当にここだけ霧が晴れていた。まるで別の世界に迷い込んでしまった様。
先ほどまでレーダーを頼りにお互いの位置を確認していた『陸奥』の姿が前方にはっきりと見える。全身に氷を張りつかせ、それが日差しに反射してキラキラと輝いていた。
おそらく『長門』も同じように見えているだろう。
さらに、『陸奥』の先には、こちらに向かって邁進する三隻の超弩級戦艦の姿が見える。
「…海のコロシアムか…」
角田が茫然とつぶやく。
周囲には観客の一人もいなかったが、それはこれから五隻の戦艦がお互い死力を尽くして戦うコロシアムそのものだった。
その時、我に返った見張りが報告する。
「敵艦隊との距離220、方位120!こちらに向かって直進してきます!」
報告を受け、角田が艦長に告げる。
「先頭艦同士の距離が二万の時点で針路210。T字を描くぞ」
「了解しました」
即座に『陸奥』にも通信が送られ、了解の返信が行われる。
(さて、後は相手がこれにどう対応するかだが…)



『ウェストバージニア』艦橋。
そこは霧が晴れた時に続き、二つ目の驚きに包まれていた。
『ウェストバージニア』は予定の距離に到達し左舷へと転舵していた。
そして、流れる視界の中で、敵戦艦もほぼ同時に同じ方向に舵を切っていた。
「なんとも息の合うことじゃないか?」
それを見て苦笑しながらリーは言った。もし時代が許したなら、日本はアメリカの良きパートナーとなっただろうに。
ここからは純粋に主砲の威力と乗員の技量だけが頼りだ。リーが口を出すことはない。
こちらにわずかに遅れて敵艦隊も針路を固定する。
どちらも全ての砲を相手に指向している。
「砲術より艦橋。主砲照準装填完了。いつでもいけます!」
「『ペンシルバニア』『テネシー』より報告。『射撃準備ヨシ』いつでもいけます!」
全ての準備は整い、後残すは唯一つ。
「よろしい。全艦射撃開始!」
最後の戦いが、その幕を上げた。



[26703] ~極東戦記~アリューシャン1944(5)
Name: 金子カズミ◆324c5c3d ID:17658348
Date: 2011/04/04 23:43
金子です。
自分で読み返してみると細切れの描写で分かりずらいです。
今回は第三第四戦隊に焦点を当てて書いてみます。



 第二戦隊旗艦『伊勢』艦橋。
「『長門』より発光信号『武運ヲ祈ル』!」
「『日向』以下三隻、後続します!」
「敵艦隊との距離300(三万メートル)!水雷戦隊突っ込んできます!」
 第三戦隊司令南雲忠一中将は報告に眉をしかめる。

(やはり雷撃で始末しに来たか…)

 南雲は第三次マーシャル沖海戦で負傷した後第三艦隊司令の地位を離れ、療養も兼ねて横須賀鎮守府付という身分になっていた。
 しかし、今回の事態を受け手の空いてる指揮官として召集され、臨時に編成された第三戦隊の指揮を任されている。

(さて、どうしたものか…)

 状況を整理する。
 手元の戦力は旧式戦艦が四隻、護衛艦は無し。敵艦隊は戦艦二隻と巡洋艦が四隻、それに三個駆逐隊ほど。ずいぶんとバランスの取れた部隊だ。対してこちらは砲力では勝るがバランスに欠いた編成。作戦が立てづらい。

(まあ、手が無いわけではないが…)

 しかし、それははっきり言って奇手の類。ぶっつけ本番で味方がついてきてくれるかもわからない。

(だが、やるしかないか)

 艦隊に指示を飛ばす。

「速度十六ノットに減速。第三戦隊目標敵一番艦。第四戦隊目標敵二番艦。副砲、高角砲は目標自由!」
 指示を受け艦隊が減速する。
 その直後、射撃データの入力が終わり全艦が主砲を撃ち始める。
 同時に頭を濡れ雑巾で叩かれたような衝撃が乗員を襲う。主砲射撃の衝撃だ。
 それに耐えながら、南雲は砲術の技量を信じてじっと待つ。
『伊勢』に二十秒ほど遅れて後続の『日向』の砲声が響く。弾着観測をしやすくするためタイミングをずらして射撃している。
 そのさらに二十秒後『伊勢』が二度目の射撃を放つ。交互射撃(主砲を半分ずつ交互に撃つことで一射あたりの時間を短縮する)なのを見るとまだ十分な精度を得られていないようだ。

(まあ、三万メートル近い距離があるんだ。この状況では当然か)

『伊勢』の最大射程は三万メートル前後。はっきり言ってこの距離では命中は望めない。
 その時、上空から何かの落下音が響いてくる。
 直後、遠くから小さな衝撃が伝わってくる。
「敵砲撃確認!弾着位置確認できず!」
 見張りから報告が入る。
 どうやら敵の砲撃を受けたようだが、水柱を目視することもかなわないほど遠くに落ちたようだ。至近弾の心配もいらなかったようだ。

「副砲、敵駆逐艦を射程に捉えました!」
「撃ち方始め!」

 艦長の号令に、仰角を限界まで上げたケースメイト式の十四センチ副砲群が火を吹く。
 霧のためどれだけの被害を敵に与えているのか確認できないが、一隻でも多くの敵を撃破していると信じたい。

「敵駆逐艦、距離180!」
「距離が60になったら知らせろ」

 南雲は見張りに命じる。
 その間も砲撃は続いている。しかし、霧の中で波が荒いという悪条件に加え距離が遠すぎるため、どちらもいまだ命中弾を得られない。砲弾はむなしく水柱を立てるだけだ。
 副砲は毎分六発の速度で速射しているが、こちらもまだ命中弾を得られていない。
 敵駆逐艦と巡洋艦も負けじと反撃の砲火を放ってくる。さらに、こちらが速度を落としたことで敵戦艦が前方に回り込みT字を描こうとしている。

「司令!」

 焦燥に駆られた艦長が南雲に命令を求める。

「針路300!」

 南雲はT字を描きかけている敵艦隊と再び並走する針路を命じる。
 一糸乱れぬ運動で、それにこたえる艦隊。その間にも着実に敵駆逐艦と巡洋艦は距離を詰め、主砲は空振りを繰り返している。
 その時、霧の向こうから凄まじい爆発音が響き渡った。

「副砲が敵駆逐艦一隻を撃沈!魚雷を直撃した模様!」

 見張りとレーダーから報告が上がる。
 初戦果に沸き立つ艦橋。しかし、敵駆逐艦はまだ十隻以上残っている。
 そして、二つの報告が同時に艦橋にもたらされる。

「敵駆逐艦距離60!」
「敵駆逐艦反転!雷撃を行った模様!」

 その瞬間、南雲が動いた。

「全艦、百八十度一斉回頭!同時に最大戦速!」

 指示を受け全艦が一斉に回頭を始める。
 南雲は敵が魚雷を発射するタイミングを見極めて、発射と同時に針路を変更。さらにこれまで抑えていた速度を一気に上げることで、魚雷の網から逃れようとした。
 まともに考えればこの指示は自殺行為だ。なぜなら、戦場の真っただ中で旋回半径もそれぞれ異なる艦がそのような運動を行えば、ほぼ確実に隊列が乱れ、組織だった行動が不可能になる。それどころか味方同士で衝突の危険もある。
 さらに、もし艦隊の反応が遅かったら、そもそもの目的である敵魚雷の回避も覚束なくなる。
 だが、南雲はさまざまな状況を鑑みてそれが出来ると判断した。
 その結果は、目の前の状況が示していた。

「全艦回頭完了!隊列の乱れはほとんどありません!」

 その光景は艦橋からもはっきり確認できた。
 回頭の結果最後尾になった『伊勢』からは若干の乱れを生じながらも、きちんとした隊列を維持している艦隊の姿があった。
 その光景に満足感を覚える南雲。
 この艦隊は開戦からこれまで一度も前線に出ずに後方で訓練を続けていた。それならばこのぐらいの行動はできるだろうと考えたのだ。
 そこで、さらなる一手を命じる南雲。

「我らの覚悟、貴様らに見せつけてくれる…」





戦艦『アンソン』艦橋。
「敵艦隊回頭完了!隊列乱れていません!」
「『ワトソン』『レストレード』共に後退!雷撃は失敗した模様!」

「馬鹿な…!」

 日本艦隊の予想外の行動に、サマヴィルは動揺を隠せなかった。
 まさかあんな常識外れの行動でこちらの雷撃を回避するとは想像していなかった。
 これでサマヴィルの作戦は失敗に終わり、後は戦艦同士の殴り合いに突入するしかない。駆逐艦や巡洋艦の砲撃では、いくら相手が旧式戦艦でもまともな打撃は与えられない。
 その時、さらなる報告がサマヴィルにもたらされる。

「敵艦隊、四番艦を先頭にこちらに向かって突っ込んできます!距離二万七千ヤード(約二万五千メートル)!」

「なんだと!」

 日本艦隊は性能面でこちらに劣勢と見て、肉薄攻撃で一気に片をつけようとしているのか!至近距離での砲戦は、装甲が完全に無力化され、勝敗を決めるのは砲の門数のみ。日本艦隊は一隻当たり十二門、それが四隻。こちらは一隻十門で二隻。タコ殴りにされて終わってしまう。
 さきほどまで連続していた日本艦隊からの砲撃も止み、完全に突撃体制に移行しているようだ。

「撃ちまくれ!何としても接近を許すな!」

 指示を受け、仰角を僅かに下げながら主砲が砲撃を繰り返す。しかし、急速に彼我の距離が詰まる状況で照準は容易ではない。空振りを繰り返す。

「距離二万ヤード!」

 見張りの報告が届く。奴らはどこまで接近するつもりだ…!
 敵戦艦に対して、一度離脱した『ワトソン』と『レストレード』も肉薄砲撃を仕掛けていたが分厚い装甲を前に歯が立たない。逆に副砲の反撃を受けて大きな被害を被っている。

「一万八千ヤード!」

 すでに主砲はかなり仰角を下げている。はっきりいって戦艦が殴りあう距離ではない。その時、敵艦隊から轟音が響いてきた。

「敵先頭艦に直撃弾!轟沈です!」

 艦内で歓声があがる。だが敵艦隊はそのまま突進を続ける。
 こちらの方が速度は上なのだから、奴らを放置して逃走するか?だがまだアメリカ艦隊が交戦中ではその選択は不可能だ。逃げながら後部の砲塔だけで撃ちまくる?論外だ。いまさらそんな行動をとってもそれまでに距離を詰め切られ至近距離から撃ちまくられる。

(このまま撃ちまくるしかないのか…!)

 サマヴィルが覚悟を決める。
 その時、決定的な報告が届く。

「距離一万二千ヤード!敵艦隊こちらと並走する態勢に入ります!」





『伊勢』艦橋。
 先ほどから撃ちっぱなしの副砲の反動とは明らかに違うその衝撃は、艦隊最後尾の『伊勢』においてもはっきりと感じられた。

「『扶桑』轟沈!弾薬庫に引火した模様!」

 艦橋の見張りが絶叫する。
 前方には、霧の中でもはっきり見えるほどの巨大な火柱が発生している。どう考えても『扶桑』の乗員に生存者はいないだろう。

「司令、どうしますか?」
「このままだ」

 艦長の問いかけに言下に答える南雲。
 どうやら『扶桑』は一撃で砲塔を破壊されて弾薬に引火したようだが、言いかえれば
それだけの距離まで接近したということでもある。
 こちらの搭載するレーダーの性能と合わせて、もう少し接近すれば一撃必殺の主砲威力と百発百中の命中精度の距離だ。
 艦橋のすぐそばに敵駆逐艦の砲弾が直撃し、防弾ガラスが粉砕されるが南雲はじっとその時を待った。
 そして、とうとう予定の距離に到達する。

「『山城』と敵戦艦との距離100(一万メートル)!」

 その瞬間、撃沈された『扶桑』にかわり先頭に立っていた『山城』が右に転舵する。敵戦艦と並走する針路だ。
 後続の各艦もそれに続く。
 どの艦もこれまで敵駆逐艦や巡洋艦に散々砲撃を食らいあちこちから煙の尾を引きずっているが、砲撃に必要な機能は完全に生きている。
 そして、針路の固定と同時に一斉に射撃を開始した。

 決着は、一瞬だった。





あとがき的な?
 後2話くらいでアリューシャン編完結です!



[26703] ~極東戦記~アリューシャン1944(6)
Name: 金子カズミ◆324c5c3d ID:17658348
Date: 2011/04/07 16:04
金子です
『一陣の風』さん、艦名候補ありがとうなのです!これからいくつか使わせてもらうのです!ついでに双胴戦艦は出ませんがもっと色物の軍艦はこれから登場予定です。これからいきなり外伝的なもので書いていきます!
そして、艦隊決戦もいよいよ佳境です。バラバラになり孤軍奮闘する各部隊。最後のカギはお互いの旗艦です。





『長門』艦橋。
 砲戦は佳境に入ろうとしていた。

「第八斉射、テッ!」

 砲術長の号令とともに生き残った三基六門の四十一センチ砲が、重量一トンの巨弾を叩きだす。
 その直後、敵戦艦の主砲が着弾。周囲に水柱を並べると共に二発の直撃弾が『長門』に生じる。だが、それらは全てバイタルパートの装甲ベルトに弾かれる。
 艦橋が安堵の空気に満たされた直後、こちらの砲撃が着弾する。

「砲撃命中!直撃弾三を確認!」

 その報告に、艦内では歓声があがる。

(この調子ならいけるか…)

 日本艦隊はきわどいところで戦闘を優勢に進めていた。
 当初こそ三対一と数的劣勢に立たされていたが『陸奥』が短時間で二番艦の『ペンシルバニア級』を粉砕したことでその不利を取り去った。
『長門』は『コロラド級』と殴りあっている。
 砲戦開始と同時にレーダーが故障するというハプニングに見舞われ命中弾を得られなかったが、即座に目視照準に切り替え敵戦艦に遅れる事二射目で照準を確定。防御力の差から徐々に優位に立ちつつある。
『長門』が浴びた直撃弾は非装甲区画を直撃したものを除いてすべて弾かれている。
 おかげで左舷の高角砲と機銃座は全滅状態で甲板は火の海と化しつつあり、第三砲塔が火災による高温のため射撃不能に陥っているが、それ以外の三基の主砲の発射に支障はない。
『陸奥』の方も、三十発以上の直撃弾を受けながら健在で四基すべての砲塔が撃ち続けている。ただ、こちらは後部艦橋を粉砕され予備射撃指揮所を失っている。
 敵艦隊はひどい有様になっている。
 真っ先に脱落した『ペンシルバニア級』は大量の黒煙を吐き大傾斜している。損害が機関部にも及んだのか完全に停止している。
『長門』と撃ちあっている『コロラド級』は一番三番砲塔を粉砕され、いたるところから黒煙を吹きだしている。しかし機関は無事らしく全速を発揮しながら砲戦を継続している。
『テネシー級』もすでに複数の直撃弾を受けたのか、若干の火災が見えるがまだ全ての砲塔が健在であり盛んに砲撃を浴びせてくる。
 勝利は目前だと艦隊の誰もが思った。
 その時。

「敵戦艦転舵!こちらに向かって突っ込んできます!」





『ウェストバージニア』艦橋。
「最初から、こうしていればよかったのだ」

 リーは小さく言った。
『長門型』を甘く見すぎた。
 同じ条約型戦艦だと思い込んでいた。だが、奴は戦間期に数次にわたる大改装を繰り返している。その戦力ははっきりと他の『ビッグセブン』を突き放している。場合によっては一部の新鋭戦艦より強力かもしれない。
 格上の相手に対する戦法は二つ。長距離から甲板装甲を撃ちぬくか、至近距離から舷側装甲を貫くか。
 そしてアメリカ戦艦の戦闘ドクトリンは近距離での砲撃。
 それなら、やることは一つしかなかった。
 被弾による火災の煙の向こうに『長門』を睨むリー。

「敵戦艦砲撃を再開!」
「本艦の出しうる速度19ノット!」

 艦橋に次々と新たな情報が入ってくる。
 改装の結果重くなった体では、すでに20ノットも発揮できない。それでも、必死に相手との距離を詰める。
 こちらの行動で結果としてT字を描く形となった日本艦隊は全力で射撃を継続している。だが、こちらの転舵で射撃データが変わったため、すぐには命中弾を出せない。
 それでも、至近距離に落下する砲弾はこちらに着実にダメージを与える。

「機関室に浸水!錨鎖室水没!」

 繰り返し加えられる至近弾の打撃に老朽化した艦体が悲鳴をあげる。
 だが、あと少しの辛抱だ。耐えてくれ。
 そして、勝負の時が来た。

「敵艦との距離一万五千ヤード!」
「全艦転舵!針路固定と同時に砲撃再開!」

 初弾から斉射を選ぶ『ウェストバージニア』すでに照準もクソもない距離だ。
 だが、次の瞬間『長門』が一瞬早く放った主砲が『ウェストバージニア』を直撃する。
 リーの視界が一瞬で真っ赤になる。
 急激に薄れゆく意識の中、リーは最後に自らが放った砲撃の戦果が分からない事だけが心残りだった。



 霧が再び海域を包み込む。結末はまだ分からない。




 戦艦『ネルソン』艦橋。
 彼らはこれ以上ないほど焦っていた。
 機関トラブルで艦隊から落伍した後急いで応急修理を済ませたが、すでに主力は敵艦隊との乱戦に突入しているらしい。
 このままでは『ネルソン』はイギリス海軍史に残る大失態を演じる羽目になる。艦名でもある先祖の偉大な提督に顔向けできない。
 その時、奇妙な報告が艦橋にもたらされた。

「レーダーに艦影捕捉!斜め後方より巡洋艦級一、駆逐艦級四!単縦陣で急速に接近中!」
「なに?どういうことだ…」

 艦隊の最後尾はこの『ネルソン』で間違いないはずだ。それなのに後方から一群の艦影が現れる。
 はっきり言って理解できない。

「所属はわかるか?」
「レーダーの反射だけではさすがに…」

 だめもとで尋ねるがやはり正体はわからない。
 無線で問いかけても混線していて聞き取れないのか返事はない。

「まさか…」

 艦長の脳裏に敵の奇襲ではという疑問が浮かぶ。喉元まで『砲撃開始!』の号令が出かかる。
 だが、もしこれが味方、特にアメリカ艦隊だった場合その誤射の影響は同盟関係にまで及びかねない。
 緊張のあまり全身から冷や汗がにじみ出る。周囲もいざという時即座に対応できるよう身構えている。

「艦影、距離二万ヤードを割り込みました!」

 距離は急速に縮まりつつある。だが、無線の呼びかけに対する反応はいまだない。

「距離一万ヤード!」

 もはや猶予はない。これ以上接近されると雷撃の恐れがある。
 艦長が砲撃開始の号令をかけようとしたその時。

「所属不明艦、針路変更!本艦から遠ざかっていきます!」

 艦橋が安堵の空気に包まれる。

「アメリカ艦隊だったか…」

 どうやら連中も、なにかの理由で遅れていたらしい。

「なんにせよ人騒がせな連中だ…」

 その時、最悪の報告が艦橋にもたらされた。

「聴音より艦橋!魚雷推進音探知!急速に本艦に接近しつつあります!」
「なっ!急速回頭!魚雷に頭を向けろ!」

 突然の危機に急いで指示を出す艦長。
 この魚雷はだれが撃ったんだ。潜水艦が待ち伏せするにはこの艦隊の速度は速すぎるはずだ。いくら対潜哨戒が出来なくても、そんな偶然があっていいはずがない。
 その時、艦長の脳裏にさっきの所属不明艦の事が浮かぶ。

「…まさか、奴らが撃って行ったのか…!」

 だが、あんな長距離から魚雷が届くはずがない。…いや、奴らの使う『ロングランス(酸素魚雷)』なら、あるいは…!
 艦長の思考はそこで途絶えた。
 元々動きが極端に鈍い『ネルソン』に魚雷を回避する余裕はすでに残されていなかった。
 直撃した魚雷、合計四本。その全てが、艦の前部を抉った。
 次の瞬間、弾薬庫の主砲弾が誘爆。
 巨大な火柱とともに、『ネルソン』は一発の砲弾も放つことなくアリューシャンの海底にその亡骸を晒すことになった。



巡洋艦『高野』艦橋。

「よーし!このまま最大戦速で味方艦隊と合流するぞ!」

 今まさに戦艦を撃沈するという大戦果をあげたというのに、特に興奮した様子もなく、いつも通りの姿で有賀は艦の指揮を執っていた。
 敵艦隊の存在を見逃すという大失態を犯した彼らだったが、状況を理解するや即座に反転、味方艦隊との合流を目指した。
 先ほどの敵戦艦は、その途中偶然に発見されたものだった。
 相手が撃ってこないのをいいことに距離八千メートルから無傷で放たれた雷撃は、その網に完璧に敵戦艦を包み込み、ただの一撃で撃沈していた。

「俺達の合流まで、無事でいてくれよ…」

 レーダーにはすでに一部の艦艇が映り始めている。
 戦場となっている海域まで、あと僅かだった。





あとがき的な?
あともう一話続きます!



[26703] ~極東戦記~アリューシャン1944(7)
Name: 金子カズミ◆324c5c3d ID:17658348
Date: 2011/04/09 02:01
とうとう海戦も終了です。
戦略と関係なく行われたこの海戦、その残したものは?





アッツ島上空、第六〇一海軍航空隊。

「敵艦隊はどこにいるんだ…!」

 自らの操る『流星』の操縦席で赤城大輔は小さく叫ぶ。
 彼らは今回の事態を受け、期間限定で機動部隊から千島の航空基地に派遣された部隊だった。
 周囲には同じく派遣された同僚の操る『流星』と護衛の『烈風』が旋回している。
 敵艦隊発見の報告を受け、霧の合間を縫ってなんとか離陸した彼らだったが、肝心の敵艦隊も霧の中に隠れてしまい攻撃に移ることが出来ないでいた。
 霧の中からは両軍の砲弾が尾を引きながら飛び出しており、至るところで火災の黒煙が噴き出している。霧の下は地獄のような光景が広がっているのだろう。
 だが、先ほどから砲撃が徐々に減少してきており、火災の煙もこころなしか減ってきたように感じる。
 その時、東から強い風が吹き始め戦場の霧を一気に押し流していく。

「…あれは!」

 そこにあったのは、炎を吹き上げながら停止する一隻の戦艦だった。





『伊勢』艦橋。
『伊勢』はまだ浮いていた。だが、それだけのことだった。
 損傷は致命的なものだった。
 肉薄砲撃に移行した直後、敵戦艦一番艦は前部と後部の砲塔で別々の目標を狙う戦法に出た。
 結果、敵戦艦二隻は爆沈したが、代償として『日向』『山城』は撃沈され、『伊勢』も六発の砲弾を食らい大破。『伊勢』を砲撃したのは敵一番艦の三番砲塔四門。それが二斉射八発。命中率七五パーセントは敵戦艦の意地を示していた。すでに機関も破壊され漂流状態にある。浸水こそほとんどないが、発生した火災は手のつけられないレベルになっている。沈没は時間の問題だった。

「…また、生き残ってしまったか…」

 その艦橋で南雲は一人つぶやいた。
 すでに総員退艦の命令が出され、周囲には誰もいない。ごねた艦長は従兵の必死の説得でとうとう退艦に合意、甲板で脱出の指揮を執っている。
 南雲も退艦してくれと言われたが最後に一人にしてくれと我がままを言ってここに残っていた。

「だが、それもここまでだ…」

 南雲に生き残るつもりはなかった。マーシャルでもソロモンでも、自分は生き残り代りに多くの部下達が死んでいった。
 もうこれ以上、生き恥をさらすつもりはなかった。
 ひそかに持ち出した拳銃を懐から取り出す。

(大日本帝国に栄光あれ…)

 声には出さず、心の中で呟く。
 一発の銃声が『伊勢』の艦橋で響いた。





上空、『流星』隊。
 霧はさらに押し流されていく。
 その中から次々と両軍の駆逐艦や巡洋艦の姿が現れる。
 すでに戦闘は停止しているようで、陣形も組まずにバラバラに離脱しようとしている。後に残されたのは、戦闘能力を喪失し燃え盛る艦艇の姿だった。

「………」

 その凄絶な光景に、赤城は声も出なかった。ソロモンの死闘を経験した後席の橘一二三も押し殺したように沈黙している。
 そして流されていく霧の中から、さきほどの『伊勢』を上回る巨艦がその姿を現した。





『長門』艦橋。

「―――れい!司令!しっかりしてください!司令!」
「うっ…」

 呼びかけを受けて角田は目を覚ました。直撃弾の衝撃で気を失っていたのだ。
 なんとか立ち上がりながら、全てのガラスが破壊された窓から外の様子をうかがう。
『長門』は大破状態だった。
 被弾は艦の後部に集中していた。
 艦橋からは見えないが、第三第四砲塔は完全に防盾を正面から撃ち抜かれ粉砕されている。後部艦橋は跡形もない。
 艦橋自体も至近距離を通過した砲弾の衝撃波で全てのガラスが粉砕されている。窓枠にこびりついているのは外で見張りをしていた兵の残骸だろう。
 機関も停止しているらしく、行足は完全に止まっている。
 その時、生き残った幕僚の一人が窓の外を指して叫ぶ。

「司令、あれを!」

 そこでは、今まさに旧時代の女王の一人が最期を迎えようとしていた。





上空『流星』隊。
「いたぞ!敵戦艦だ!」

 赤城はようやく見つけた大物に興奮を隠せない。これだけの大物は彼にとって初めてだった。
 大分離れたところにもう一隻戦艦が浮かんでいるが、こちらは旗こそ焼け落ちたのか掲げていないものの、間違いなく『長門型』戦艦。こちらの味方だ。だが、僚艦がいないのが気にかかる。

「赤城!操縦に集中しろ!魚のエサになりたいのか!」

 後席のベテラン航法士、橘一二三に怒鳴られる。
 気合いを入れなおして、一気に高度を下げながら雷撃コースに機体を乗せる。
 高度は五十メートルを切っている。これ以上は赤城の今の技量では海面と接吻する羽目になる。
 編隊の他の機体も思い思いの針路から雷撃体制に入っている。今回は悪天候下での攻撃が予想されていたため、鶴翼陣形からの集中雷撃は行わない事になっている。下手な陣形を組んだら空中衝突の危険がある。
 距離二千メートル。まだ遠い。だが相手は完全に足を止めている。多少遠くてもきちんと魚雷が稼働してくれれば確実に命中する。
 距離千五百メートル。そろそろか?だが後席の橘さんからまだ投下の号令は出ない。左右修正の指示もないからコースはこれで完璧なようだ。対空砲火も一切なく、演習と変わらない状況だ。
 距離千メートル。もうこれは通常の移動目標にたいする攻撃とほとんど変わらない。そして。

「発射用意…テッ!」

 橘さんの号令とともに一トン魚雷が機体の腹から投下される。瞬間的に跳ね上がる機体を操縦桿を押し込むことで抑え込む。少しでも手元が狂えば即座に海面に突っ込んで粉々になる。手に汗がにじむ。
 なんとかその操作を終えてそのまま低空を維持したまま離脱する。周囲には同じく攻撃を終えた機体が離脱していく姿が見える。
 その時、橘さんがいきなり悪態をつく。

「クソッ!このタイミングで…!」

 一瞬背後を振り返ると、赤城達が雷撃を敢行した敵戦艦が霧に包まれていくところだった。これでは戦果を確認できない。
 その姿が完全に霧に包まれた直後、海獣の咆哮のように魚雷の命中する音が響いた。




『ウェストバージニア』艦橋。
「なるほど、敗者には死に方すら選べないというわけか…」

 苦笑するように呟くリー。
 彼の視界には今まさに雷撃体制に入ろうとする十機以上の雷撃機の姿があった。
 すでに、大破した『ウェストバージニア』にそれを回避する力は残されていない。完全に詰みだった。

「せめてとどめは同じ戦艦か、せめて水上艦にさしてほしかったが」

 すでにリーの周囲に立ち上がることのできる人間はいない。全員が息絶えている。
 リー自身も脇腹に弾片が突き刺さり、そこからの出血は刻一刻とリーの命を削り取っていた。
 戦場とは思えないほど静かな艦橋で、リーは静かに最期の時を待っていた。総員退艦の指示は、今は艦内電話に抱きつくように息絶えている艦長がすでに出し終えている。
 すでに雷撃機は手を伸ばせば届くように感じるほどの距離まで近づいている。
 その時、一度晴れていた霧が再び流れてきた。

「…これは神に感謝しなくてはいけないな…」

 これで屍を敵に晒すことなく最期を迎える事が出来る。
 敵雷撃機の放った魚雷はすでに目と鼻の先だ。
 最後に、リーは自らの腰と艦橋の舵輪を結ぶ索を確かめる。どうせ死ぬのなら、死んでいった部下と海の底まで一緒にいってやりたかった。
 次の瞬間『ウェストバージニア』を多数の水柱が包み込む。同時にリーの意識も消滅した。



 霧が晴れた時、すでにそこに『ウェストバージニア』の姿は無く、いくつかの木片が漂っているだけだった。
 乗組員全員が艦と運命を共にすることになった。




あとがき的な?
ようやくアリューシャン編終了です!
この後は題名の『?』の部分が表に出てきます!
色物軍艦も出てくるですよ!



[26703] ~極東戦記~幕間 松代の日常
Name: 金子カズミ◆324c5c3d ID:17658348
Date: 2011/04/10 13:12
今回は『松代』の正体がわかります!
これまで散々伏線はったのでここでその一つがわかります!





1944年二月十八日、『松代』防衛第二特火師団司令部。
「偵察機より報告。哨戒範囲に敵影無し。交代部隊の到着を待って帰還するとのことです」
「第十七独立警戒中隊より報告。損傷率五割以下の『機竜』を発見。回収部隊の派遣を求めています」

 ここ第二特火師団司令部は同時に『松代』東部戦線の総司令部を兼ねている。その指揮下には四個独立空中騎兵大隊を始め、諸外国の通常編成師団の四倍以上の戦力、特に砲兵が配備されている。師団とは名ばかりの実質的な軍レベルの部隊だ。
 特に空中騎兵大隊はそれ一つで真珠湾強襲すら可能といわれるほどの決戦兵器だ。それが四個も配備されているところに『松代』の異常性をうかがう事が出来る。
 しかも『松代』周辺に配備されてるのは彼らだけではない。
 特火第二師団と同規模の部隊が東西南北それぞれに一つずつ。さらに総予備として二個空中騎兵大隊と三個独立特火旅団が東京方面に準備している。
 駿河湾方面にも空軍の空中艦隊が常時二個艦隊待機し、八時間以内に『松代』上空に展開が可能だった。
 これだけの戦力を一気に投入すれば、ハワイはおろかワシントンやロンドンだって陥落させることが出来る。
 だが、日本にその選択肢はない。
 なぜなら…

「定点警戒所より緊急入電!『門』の形成を確認!場所は第一区中心部『機獣』は丙種を中心に数体の乙種を含む模様!」

 オペレーターが叫ぶ。
 即座に師団長が指示を出す。

「第三第四砲区、全力射撃開始!第六空中騎兵大隊は準備でき次第出撃!交代部隊の装甲連隊は第一火力線まで前進!」

 指示を受け、慣れた様子で動き出す司令部要員。
 そして、報告を受けた時点で、指示を待たずに動き出している部隊もいた。




第六空中騎兵大隊駐屯地。
「急げ!動力炉の出力はニュートラルまで上げておけ!三番四番小隊も出撃準備!」
「上空クリア!『松代』管制塔より飛行許可すでに下りています!」
「こちら第一中隊、先に出る!」

 そこは喧騒に包まれていた。
 非常事態を知らせるサイレンと飛び交う怒号が、いかにも前線の基地という空気を醸し出している。
 格納庫からは次々と『機竜』が吐きだされ、すでに待機していた『機竜』は早速飛び立とうとしている。
 その一機の操縦士である九条夏樹は今まさに飛び立とうとしていた。

「こちら第二中隊三番機、計器クリア、いつでも行けます!」

 高い声で無線に向かって叫ぶ。
 僚機は次々と飛び立っている。彼女も急がねばならなかった。

「九条中尉、出撃許可下りました!三番コースから離陸してください!」
「了解!」

 この駐屯地には五本の出撃コースがある。それぞれ離陸後の軌道が交差しないように計算されている。
 九条はそのまま動力炉を離陸出力まで上げる。
 すると、『機竜』は静かに地面から浮き上がり、高度百メートルほどまで垂直に上昇する。

「こちら九条機。三番コース行きます!」

 宣言すると、九条は一気に機体を水平方向に加速、部隊の集合空域へと飛び出す。
 無線では次々と新しい情報が流れる。

「『門』の封鎖を確認。敵乙種の数は十三。丙種は不明。甲種の姿は見られず」
「砲兵隊、射撃開始まで後三十秒。各隊は射撃範囲に注意」

 その時、風防の外から小さく砲声が聞こえ始める。
 地上を見れば、その一角が凄まじい砲煙に覆われていくところだった。なにかの残骸のようなものが空に舞いあげられる様子も見える。
 砲撃が継続されている間に、九条機は編隊と合流する。
 今ここにいるのは現在の主力機竜である『牙竜』が二個中隊二十四機。一個艦隊を容易に壊滅させることが出来る戦力だ。

「各機傾聴!司令部からの情報では敵は北東方向に時速五十キロ前後で移動中だ。現在の砲撃は後五分程度で終了する。俺達はその直後に奴らを襲撃する。戦法はいつも通り。分かったか!」
「「「了解!」」」

 無線に男女入り乱れた返事が飛び交う。

「こちら第二師団司令部。突撃破砕砲撃は後三十秒で終了予定。各隊配置につけ」
「こちら騎兵第六了解!これより敵側面に移動する!」

 直後、隊長機は一気に高度を落としながら、土煙りの上がる方向へと突っ込んでいく。編隊各機もこれに続く。
 九条も、自機の両肩部分に装備されている百二十七ミリ砲と頭部操縦席の両脇の三十ミリ機銃の装填を確かめる。
 その時、砲兵部隊の砲撃がぱたりと止んだ。これ以上砲撃を継続すれば味方の第一線陣地を巻き込む恐れがある。
 同時に隊長が号令を出す。

「全機突撃!」

 九条は小隊長機に続いて一気に高度を落とし、次の瞬間着地する。
 着陸の衝撃に耐え、九条は即座に両肩の百二十七ミリ砲を照準する。
 前方ではすでに各機が戦闘を開始している。
 敵の主力である丙種は巨大な芋虫のような機械生命体。イメージとしては全長五メートルを超えるアゲハ蝶の幼虫みたいな感じだ。
 見た目は気持ち悪いだけだがその戦力は馬鹿にならない。その装甲は歩兵の小銃程度ではびくともしない。完全に始末するには二十ミリ級の機銃掃射か無反動砲を複数食らわせるしかない。
 攻撃はその強靭な顎で装甲を削ってくる。ようは噛みつきだ。『松代』の研究では、表面硬化処理を施した厚さ五十ミリの装甲を一撃で貫通したという。
 もっとも、こちらはその多くを砲撃で始末できるし、装甲部隊なら余裕を持って殲滅できる。
 問題は、乙種だ。
 こちらは蜘蛛のような姿をしている。装甲が強力なため榴弾の弾片程度では撃破できない。カノンの直撃か対戦車砲でなければ撃破は困難だ。
 さらに、その攻撃力が高く、八本の足は一撃で戦車をスクラップに変える力を持ち、動きも速い。物によっては射撃能力を持っている場合もある。
 これの相手は装甲部隊には荷が重い。かなりの犠牲を覚悟しなくては撃破は困難だ。
 だが、『機竜』にとってはただの雑魚だった。

「おら―――!」

 前足の一薙ぎで丙種が数体まとめて吹き飛ばされる。
 だが、その背後からさらに多数の丙種が現れる。あの砲撃を生き抜いた幸運な連中。
 だが、そこに九条が百二十七ミリ砲を叩きこむ。
 一撃でバラバラに粉砕される、機械でできた芋虫の群れ。

「やった!」

 小さく歓声をあげる九条。
 その時、一瞬太陽が陰った。

「九条!上だ!」

 はっとして、上を見ずにとにかく機体を移動させる。
 その直後、地面に鋭い鎌のような足が突き刺さる。
 乙種の奇襲攻撃。
 慌てた九条が三十ミリ機銃を発射する。だが、そのほとんどは装甲に弾かれる。一部は足の関節を直撃しそれをもぎ取ったが、残った足でそれは突撃を仕掛ける。
 次の瞬間、その乙種は真横から砲撃を食らい横倒しになる。
 九条が横を見ると、離れたところに装甲部隊所属の戦車が砲列を作っているのが見えた。七十五ミリ高射砲を搭載した一式中戦車。現在の陸軍の主力戦車だ。
 直撃を食らった乙種はまだ残った足を蠢かしていたが、続けて放たれた二射三射で完全に動きを止める。

「支援ありがとうございます!」
「なに、気にするな!」

 九条がお礼を言うと、無線の向こうの戦車隊指揮官は野太い声で返事を返してきた。
 その後ろで「女の子萌え~!」とか言ってるのが聞こえたが、今回は大目に見ようと思う九条。

「九条、ぼさっとするな!しりに連中の大鎌突き刺すぞ!」
「すみません!」

 小隊長の叱責を受け、本来の役目である砲撃支援を再開する九条。
 すでに乙種は全滅し、残すは丙種だけだった。





特火第二師団司令部。
 敵殲滅に成功。損害は『機竜』が二機、装甲の一部を破損したのみ。
 そこは無事防衛に成功したことで若干弛緩した空気が流れていた。
 しかし、それを尻目に師団長は参謀長と小さく話す。

「…やはり、増えてきたな」
「はい、三年前に比べても倍以上の頻度になっています」

 松代の『門』が一人の少女を生贄に捧げることで封印されてすでに二十余年。
 連中の襲来頻度は確実に増していた。
 松代事件以来、軍は全力で『松代』周辺の防備を固め、戦力の増強に努めてきた。それでも、かつてと同規模の襲来があれば防ぎきれる自信はなかった。
 そして、その封印は確実にほころびを見せ始めている。
 本来なら、軍は来るべき時に備えるべきだというのに『松代』のもたらす利益だけに目を向けた連中と戦争する羽目になっている。外務省はまったく役に立っていない。
『松代』の上層部は第三次深部探査計画を現在立案中だという。目的は封印状況の確認。可能であればその強化が求められている。そのために必要とされる『純正機』の手配も急がれていた。

「とにかく、こちらとしては可能な限り戦力を整えておくしかないな。『機竜』の稼働率はどこまで上げられた?」
「現状でも六割がやっとです。それも純正部品を使っている部隊でです。複製を使っている部隊は四割を切ることも珍しくありません」
「整備部隊の技量向上は急務だな…」

 すでに同胞ドイツは複製品を使用した機体でも稼働率が七割を超えているという。早急にこのレベルまで稼働率を上げたかった。
 だが、それも戦争の影響で上手くいっていないのが現状だった。

「前途は、あまり明るいとは言えないな…」

 参謀長にも聞こえないように小さくつぶやく師団長。



 さらなる戦乱の時は、すぐそこまで迫っていた。





あとがき的な?
なんだか伏線の一つを説明するはずが新たな伏線を増やしてる気がするです…。



[26703] ~極東戦記~外伝~北海戦記~(1)
Name: 金子カズミ◆324c5c3d ID:17658348
Date: 2011/04/14 01:55
金子です。
今度こそ変な艦が出てきますです!





1942年、十二月二十二日朝、キール軍港。

 そこで一人の男が茫然と立ち尽くしていた。
 男の前には飛行機の残骸と炎上するタクシーがある。
 周囲には野次馬が集まり遠くからはサイレンの音が聞こえてくる。

(僕は呪われているのか…)

 男―――海軍少佐であるクルツはあまりに事態に言葉もでなかった。
 話は前日の朝までさかのぼる。




 二十一日朝、ベルリン。
 クルツはその日海軍司令部への出頭命令を受けていた。
 クルツは潜水艦乗りであり、クルツの指揮する潜水艦は開戦からの三か月で大西洋航路の輸送船を合計四隻撃沈していた。
 だが、潜水艦の劣悪な環境がたたり、呼吸器の病気を発症してしまった。
 幸い、伝染性の物ではなかったため、しばらくの療養の後再び潜水艦勤務に戻る予定だった。海軍に人を遊ばせておく余裕はない。
 そこに突然の出頭命令である。クルツとしてはかなり不安だった。
 とりあえずベルリンに借りているアパートで今朝の新聞を読んでいる。
 一面はジークフリート線での攻防がのっている。今のところ一歩も譲らずに激しい防衛戦が続いているらしい。また、太平洋方面の情報も載っており、同胞である日本はレイテにおける大規模海戦でマーシャルに続き勝利を収めたらしい。

「…そろそろ行くか」

 そのうち出頭時間がだいぶ迫っていた。最寄りのバス停から海軍司令部まで三十分強。我ながら、ずいぶんいいところを借りられたと思う。
 アパートの端部屋から出る。

 グチャ…

 足元を見る。

 お土産(ゲロ)

「…どういう嫌がらせなんだ…」

 ここはアパートの端。歩くのは僕だけ。なのにお土産(ゲロ)。
 何やら、行く手に暗雲が立ち込めているように感じるクルツだった。



 とりあえず靴を履き替え簡単に掃除してからアパートを出る。大分時間を食ったがまだ余裕はある。
 バス停にはまだ誰も並んでいない。これはめずらしく座席に座れるかもしれない。
 運気が向いてきたかと小さな幸せに喜ぶクルツ。
 その時、バスが停留所に到着する。
 バスの中。

 凄いデブ×いっぱい

「………」



 クルツはようやく海軍司令部にたどり着いた。ここに来るまでもなぜか渋滞に巻き込まれまくり、予定より大分時間が迫っていた。ついでに肉体的、精神的限界も迫っていた。なんで五十超えの太ったババアに痴漢扱いされなきゃならないんだ!しかも周りの連中(半端ないデブ)こっちを変態みたいに見てくるし!
 その場は近くのひ弱気な男(こっちをなんだか妙な目で見ていたが理由はわからない。分からないったらわからない!)が助け船を出してくれて助かった。

(本当に今日はついてない…)

 つい天を仰ぐ。
 そして、

 グチャ…

 靴の下を見る。

 ほかほかウ○チ(湯気まで出てる)

 近くの路地にはこれの犯人と思しき太った野良犬が、こっちを見てハアハア舌を出しているのが見えた。
 司令部の守衛は笑いを堪え、必死にまじめな表情を作っている。

(なんで!なんで…!)

 なんだか本当に泣きそうになるクルツだった。



 近くの靴屋で急いで代りの靴を買って改めて司令部に出頭するクルツ。軍靴でないのはこの際目をつぶってもらうしかない。
 司令部に入る時、衛兵に同情するような表情をされたが、間違いなく目は笑っていた。覚えていろ。いつか海軍長官になったらお前達を絶対解雇してやる。嘘だけど。
 入るとすぐに潜水艦隊長官室に通される。時間はギリギリだった。

「よく来てくれた、クルツ少佐」

 そこにはなぜか顔を傷だらけにした長官の姿があった。いったい何があったんだろう…。
 すると、その視線に気付いた長官が教えてくれた。

「いや、昨日妻と喧嘩してな。お互いすこしやりすぎてしまったんだ」

 いや長官、その頬の傷はどう見ても爪とかじゃなくナイフか何かでしょう。だいたい左腕を吊ってる時点でアウトでしょう。しかも拳を痛そうに擦ってるし。どれだけ相手殴ったんだよ。

「…そうですか」

 浮かび上がる突っ込みを必死に抑えるクルツ。駄目だ、ここで突っ込んだら負けだ。

「…司令、今回なぜ自分が呼ばれたのでしょうか?」

 クルツはそれが疑問だった。自分なら精々艦隊司令レベルの将官までしか呼ばれるような心当たりはない。潜水艦隊司令などという雲の上の人物に呼ばれるなど予想もしていなかった。

「うむ。今回君にはある組織に出向してもらうことになった」

 手元の書類を見ながら答える司令。

「向こうは海に関しては素人同然だからな。経験のある優秀な人間をよこせとほざいておってな。君のような優秀な人間を地上勤務で腐らせるよりはこっちの方がいいと思ったのだ」

 ほめてくれるのは嬉しい。ですが、その視線を合わせようとしない態度になんとなく弁解じみた空気を感じるのはなぜでしょう?

「そこで、明日付けで君は『アーネンエルベ』に出向してもらう」

 …目の前が真っ暗になった。
『アーネンエルベ』は近年特に政府での発言力を高めている準軍事組織だ。元々は日本の『松代』と共同で『門』と、そこからもたらされる各種技術の研究を行う機関だった。だが、開戦と同時に『アーネンエルベ』の保有する機竜『ファフニール』が前線に投入され、その戦果によって大きく権限を強化されることになった。だが、軍内部では機竜などの技術を独占している事等に対する不満が強く、はっきり言えば毛嫌いしていた。
 そこへの出向を命じられるということは、海軍から捨てられるのと同じことを意味していた。
 結局、その後もなにか言われていたが何も頭に入らなかった。ただ、明日キール軍港に向かえという指示だけが頭に残った。





「長官、本当によろしかったのですか?」
 クルツが部屋を出た後、副官が潜水艦隊司令に問いかけた。
 長官は頬の瘡蓋をいじくりながらそれに答える。
「まあ、奴ならやってくれるだろう。能力は十分だし、まだ若いから頭も柔らかい。少なくとも脳足りんの馬鹿や年寄りの老害を送り込むよりよっぽどましだ」
 そこで一度言葉を区切り、悪人面で続ける。
 あれの替わりならいくらでもいるだろ?と。





あとがき的な?
今回はちょっと短め。
次こそとんでも艦が出ます!



[26703] ~極東戦記~外伝~北海戦記~(2)キール奇襲1942
Name: 金子カズミ◆324c5c3d ID:10fcf8eb
Date: 2011/04/21 21:35
今度こそ変な船が出ます!僕の思う限りの最強兵装を搭載する予定です!





1942年、十二月二十日、オークニー諸島。軍港スカパフロー。
 そこには、開戦以来最大規模の戦力が展開していた。
『ビッグセブン』の一角として世界最強の戦艦である『ネルソン』『ロドニー』がその特徴的な塔型艦橋を誇示している。
 そのすぐ隣には、条約明け後最初に建造された新世代の戦艦である『キングジョージ五世』が出撃前最後の補給物資の積み込みを行っている。
 港にいるのはイギリス海軍だけではない。
 イギリスとともに西ヨーロッパ条約機構の中核をなすフランスから派遣された新鋭戦艦『リシュリュー』『ジャン・バール』が、艦首に集中配置された四連装三十八センチ砲を正面に静止させ静かに戦いの時を待っている。
 沖合には空母『イラストリアス』『フォーミダブル』が地上基地から航空部隊を収容している真っ最中だ。その周囲には最近英本土近海でもたびたび目撃されるようになった敵潜水艦に対する警戒と不時着機の救出のため数隻の駆逐艦が随伴している。
 軍港の上空には空軍がこの作戦のために肝いりで派遣した標準巡空艦『マーシア』級四隻がその葉巻型の艦体を空に浮かべ、周囲にはスピットファイヤ戦闘機隊が護衛にあたっている。
 巡洋艦部隊もすでに準備を終え、後は出撃命令を待つのみだった。
 作戦名『ファランクス1』
 主目的は北海に出没する敵潜水艦の一大拠点と化しているキールと就役間近の新型艦の破壊。
 翌日。
 すでに彼らの姿は港になく、数隻の駆逐艦が対潜哨戒用に残されただけだった。




 二十二日、キール軍港。
 そこに一隻の奇妙な軍艦が停泊していた。
 それに向けられる港の水兵たちの反応は、嘲りと羨望が混同したなんとも言い難いものだった。
 まず真っ先に目につくのはその特殊な船体構造だ。
 中央の二百メートル級の主胴体を挟む形で艦体のやや後ろ側に二つの補助胴体が取り付けられた三胴体トリマラン構造はこれまでに見られない特殊なものだった。『ビスマルク』を参考にしたアトランティック・バウがシャープな印象を強めている。
 艦体の中央付近に配された艦橋はこのクラスの軍艦としてはかなり大型であり、いたるところにレーダーとアンテナを取り付けたその姿は、見るからに高い索敵通信能力を持っていそうだ。
 艦橋の前方にはやや大型の八インチ連装砲が二基、背負式に配置されている。
 さらに煙突の両横には、陸空軍で採用されている八十八ミリ高射砲(アハトアハト)が連装形式で六基十二門据え付けられ、鋭く空を睨んでいる。
 後部艦橋の後方には一切の装備が無く、両舷に装備した補助胴体の分も合わせて広いフラットな甲板を手に入れている。そこにはある特殊兵器が搭載される予定だった。
 さらに、全艦のいたるところに無数の機銃座が存在し、ハリネズミのような様相を呈している。
 これだけを見ると確かに従来にない建造様式だが、最新鋭艦として注目を集める事はあれど、嘲られるようなことはなにもない。
 原因は、そのマストにあった。
 そこには第三帝国の象徴である鉤十字と共に、剣を中心に周囲にルーンの刻まれた旗を掲げていた。
 アーネンエルベの旗を。
 海軍は基本的にアーネンエルベに対する感情が悪い。国防予算からもかなりの額を吸い上げているのに自分達には目に見える恩恵が無いからだ。(実際には素材研究などでアーネンエルベは活躍しているので分かりにくいだけ)
 そして、侮蔑にはもう一つの理由があった。
 それは、



 アーネンエルベ所属、独立水上機動大隊旗艦『フリードリヒ・デア・グロッセン』甲板。
「ほれ~、作業を急ぐんじゃ~、ゴホッ、ゴホッ…」
「おじいさん、大丈夫ですか?」
「安心せ~。これでも二十年前は…」
「そうじゃの~、あの頃はわしらが一番の熟練でな~」
「無理するんじゃない!爺さん達は後ろでおとなしく…!アリス!衛生兵呼べ!ぎっくり腰だ!」
 甲板で作業にあたっていたハンスは、あまりの問題の多さに胃に穴が開きそうだった。
 ハンスは十八歳の若さでこの艦の対空班の一つを任されていた。階級は少尉(階級に海軍や陸軍、空軍といった頭はつかないところがミソ)。
 この艦が侮蔑される最大の理由。
 乗組員が六十超えの老人か、二十歳に届かない若い少年少女しかいない事だった。
『フリードリヒ・デア・グロッセン』の建造にあたり、アーネンエルベから海軍に教官の派遣を要請したのだが、それはすげなく断られた。普段の関係を考えれば当然である。
 しかし、総統を通じて要請を伝えると嫌々ながらもそれに応じてくれた。ただし退役組限定。しかも志願に限るときた。
 さらに退役軍人会を通じて、募集に応じないように入念な裏工作が行われ、結果として来たのはボケる寸前のじじいか退役軍人会からもはぶられている人間に限られた。
 運用要員をこちらで確保することを条件に、海軍から指揮官を迎え入れる事は成功したが、まともな人材が送られてくる保証はなかった。
 ついでに羨望の理由は、女子禁制の海軍と違い若い女性兵士が多数乗り込んでいるからである。海の男は出会いが少ないのだ。
「こんなんで、まともな運用が出来るのかよ…」
 あまりの状況に空を仰ぐハンス。
 その時、遥か彼方に黒い点が見えた。
 空襲警報が鳴り響いたのはその直後だった。



 ベルリン、本土防空指揮所『オペラハウス』
「北部防空監視部隊より通信、敵航空戦力多数捕捉。後方に飛行艦艇の反応もあります!キールからの距離二十キロ!」
「防空隊、緊急出撃開始!キール防空隊戦闘準備完了!」
「海軍より通信。停泊中の潜水艦全艦のブンカー(コンクリート製の巨大な防空壕)への退避完了。停泊中の艦隊は港からの脱出を急ぐとのことです!」

「くっ…、こんな大胆な行動に気がつかないとは…!」

 指揮にあたっている空軍中将が呻く。これほど大規模な作戦行動を起こしているのに、事前に察知できなかった事を恥じているのだ。
 すでに北部の各基地の防空隊は戦闘態勢にシフトしている。事前の準備が確認できなかったことから通り魔的な攻撃だと予想されるが、もしもに備え地上軍も沿岸防御陣地に移動を開始する。
 航空管制はレーダーと無線周波数のいくつかを敵のジャミングで潰されているが、レーダーは稼働しているもので代用し、無線は予備の周波数に変更している。無論、こちらからの妨害も行っている。
 だが、

「防空戦闘機隊より通信、突破を許した模様!」
「敵編隊、キールより十キロを突破!」

 発見がキールから僅か二十キロという至近距離だったため、戦闘機隊の迎撃する余裕がほとんどない。次々に防空線を突破されていく。
 そしてさらなる報告が届く。

「敵編隊キール上空に到達!対空砲、射撃開始!」
「戦闘機隊、一時退避します!」

「…後は頼んだぞ…」

 ここまでくれば、彼らにやれることはほとんどない。後は味方の対空部隊に任せるしかない。
 だが、防空指揮所の指揮を執る中将は即座に新たな命令を出す。

「各基地から偵察機を出撃させろ!敵艦隊をなんとしても発見するんだ!」

 先ほどより、さらに慌ただしく動き出すオペレーター達。
 たとえ硝煙の臭いがせずとも、ここも間違いなく戦場だった。



 キール沖『フリードリヒ・デア・グロッセン』
『フリードリヒ・デア・グロッセン』はいち早く港湾から離脱し外洋に出ていた。最新のディーゼル機関のおかげである。
 そのかわり、他に先駆けて敵航空部隊との交戦に突入することになった。
 周囲には同じように素早く離脱した数隻の駆逐艦の姿がある。残りはまだ出港できていない。

「敵航空機、距離二万メートル高度三千メートル!急速に接近中!」
「防空隊、突破されます!」
「『シャルンホルスト』脱出遅れています!」

 艦橋では、まだ赴任していない艦長に代わり副長である女性士官ハンナが慣れない艦の指揮を執っていた。

「速度十八ノットに固定!主砲高射砲共に射程に入り次第撃ち方始め!特殊兵装運用要員は艦内に退避!」

 艦の状況ははっきり言って最悪だった。
 人員を乗せないまま出港したせいで定数の半分ほどしか乗り込んでおらず、訓練もまともに行っていないため、被弾した場合のダメージコントロールに深刻な問題が予想された。対空砲の射撃要員も弾運びを臨時に座らせている状態であり極めて不安な態勢だった。
 だが、それでもハンナには勝算があった。
 それは『フリードリヒ・デア・グロッセン』の最新鋭の装備。今の主力の二世代先を行くと言われるこの兵装ならなんとかなると思えたのだ。
 いざという時の切り札もあるが、準備が出来ていないため出撃は不可能だ。

「敵編隊二群に分離!一群が降下中!雷撃機です!」
「主砲撃ち方始め!」

 次の瞬間、艦首の八インチ連装砲が火を吹く。
 五秒に一発の超高速で。
 毎分十二発のこの性能は従来の砲とは懸絶したものがある。海水を用いた砲身冷却システムと戦艦に匹敵する巨大な発電力がその性能を支えている。
 イギリス軍の『バラクーダ』は急激に高度を下げながら雷撃体制へと移行する。同時に翼部のポットからアルミ箔でできたチャフを散布、レーダーを妨害する。
 しかし、艦首の八インチ砲は確実に目標を捉え続け次々に『バラクーダ』を撃墜していく。雷撃のため激しい針路変更が出来ない機体を落とすのは『フリードリヒ・デア・グロッセン』にとって造作もない。チャフの散布に対しては周波数の切り替えで応じている。
 さらに、接近するに伴い周辺の駆逐艦の砲撃と共に八十八ミリ高射砲も射撃を開始する。こちらも本来は毎分二十発以上の発射速度を期待できるが、乗員が不足し主砲に優先配置したため給弾が追いつかない。数発ごとに射撃を中止する。
 だが、それで十分だった。

「本艦に接近中の敵雷撃機、針路変更!駆逐艦に目標を切り替えた模様!」
「撃墜十一!四機が魚雷投下!しかしおそらく射程圏外です!三機が駆逐艦に向かいます!」
「砲撃止め!次の攻撃に備えろ!」

 ハンナが射撃停止を指示する。
 それにより、一時的に周囲の喧騒が止む。

「レーダー、他の敵編隊は?」
「どうやら主力は港の攻撃に向かった模様です!」

 ハンナの問いかけに甲板下の戦闘情報管制室にいるレーダーマンから報告が来る。
 艦橋トップにある防空指揮所にいたハンナは、自らが今出港したばかりのキールを振り返る。
 すでに上空は高射砲の黒煙に覆われ、撃墜された敵機の引いた黒い煙が空から地上に向かって引かれている。今もまたフラッシュのような閃光の直後、一機が粉々に吹き飛ぶ姿が小さく見えた。
 ハンナは地上の対空砲部隊や艦艇が被害を受けるのは確実だと感じた。明らかに火災と分かる黒煙が市街地や港湾から噴出している。唯一安心なのは、潜水艦の収容されているブンカーだ。あそこなら、戦艦の主砲弾でも容易に破壊できない。
 その時、レーダーマンが焦った声でハンナに報告してきた。

「小型飛翔体…いえ、砲弾が急速接近中!砲撃です!」

 次の瞬間、甲高い風切り音とともに多数の砲弾が降り注ぐ。
 艦内に悲鳴が響く。
 至近弾の衝撃の中、新たな報告が入る。

「本艦右前方、敵飛行艦隊捕捉!距離二万三千、高度六千!こちらもキールに向かっています!」

 ハンナが慌ててそちらの方向を見ると、雲の合間から数隻の巡空艦が姿を現しつつあった。
「馬鹿者!なぜ今まで報告しなかった!?」
「敵が散布したチャフに紛れて読み取れませんでした!」

 ハンナとしてはもっと怒鳴りつけたかったが、まだ十分に艦のレーダーに慣れていないのだからしょうがないとそれを呑みこむ。
 かわりに大声で命令を出す。

「回避!敵の射程圏外まで離脱する!」

 命令に機敏に反応した操舵手は、航海艦橋で即座に舵輪を回す。
 右舷に傾きながら急速に針路を変える『フリードリヒ・デア・グロッセン』
 だが、精度こそ悪いものの、敵の砲撃は継続される。弾幕でこちらを押し潰すつもりだ。
 その時、右舷後方から轟音が発生した。

「駆逐艦『マックス・シュルツ』轟沈!」

 見張りから報告が上がる。
 ハンナが後ろを見ると、すでに『マックス・シュルツ』の姿はそこになく、浮かび上がる重油の染みと木片が漂うだけだった。
 魚雷に直撃して誘爆を起こしたのだろう。魚雷に破壊力は駆逐艦一隻を沈めるには十分すぎる威力だった。

(くっ、失敗した…)

 艦隊は必死に反撃を続けているが、距離を取ってしまったため砲撃の精度と威力が低下しすぎている。
 本来飛行艦艇に対しては至近距離まで肉薄して砲撃の射角から逃れたうえで戦うのがセオリーだ。だが、ハンナは動転して退避の指示を出してしまった。ここから敵に改めて肉薄するのは容易ではない。相手も接近されないように移動するからだ。
 再び艦の至近に砲弾が落下し艦内で悲鳴が上がる。
 駆逐艦のように魚雷を積んでいないとはいえ、まともな訓練をしていないこの艦ではダメージコントロールもまともにできない事は明らかだ。

(ここで終わりだというの…!)

 歯を食いしばるハンナ。
 その時、艦内電話で一つの報告が入る。

「こちら後部格納庫!『ファフニール』の出撃準備が出来ました、出撃許可を!」
「そんな!まだ整備に二日以上かかると!」

『ファフニール』は積み込みこそ終えていたが、まだ整備が終わっていないはずだった。

「突貫整備で二時間なら動力炉も持ちます!」

 それを聞いてもハンナは決断できない。『ファフニール』は欧州唯一の『純血機』失ってしまえば取り返しがつかない。
 決断をためらうハンナにもう一人が叫ぶ。

「お願いです、行かせて下さい!このままでは艦が沈んでしまいます!絶対に無事に帰ってみせますから!」
「アリス、あなたまで…」

 操縦者であるアリスまでそう主張する。

「…わかりました。危険だと思ったらすぐに帰還しなさい。それも艦ではなく陸上基地に。いいですね、絶対ですよ?」
「了解!」

 威勢のいい返事に、ハンナは小さくため息をつく。私も大分年をとったものね…、あそこまで無鉄砲にはもうなれないわ…。
 そして、毅然とした態度で命じる。

「カタパルト準備!全砲門撃ち方やめ、コンデンサー充電開始!」

 その言葉に、一斉に動き始める乗組員達。これまで出番のなかった特殊兵装―――『ファフニール』―――運用要員も水を得た魚のように生き生きと動き出す。
 艦後部の甲板に装備された大型エレベーターが重低音と共に駆動し巨大な機械仕掛けの龍を甲板へと持ち上げていく。同時に、甲板に埋め込まれていた電磁カタパルトが油圧駆動の支柱に支えられてせり上がっていく。
 甲板に姿を現した『ファフニール』は作業員の操作でそのままカタパルトに乗せられる。
 周囲にはいまだ砲弾が降り注ぎ、その飛沫が作業員を襲ったが誰ひとり作業の手を止めようとはしない。

「カタパルトへの固定完了!各種装置正常稼働を確認!」
「コンデンサー充電率40パーセント!最低稼働ラインに達しました!」

 準備完了の報告を聞き、覚悟を固めるハンナ。

「アリス、準備はいいわね?」
「完璧です!」

 操縦者もすでに準備はできている。

「わかりました。カタパルト起動!ファイブカウントで射出します、作業員は退避してください!」

 カタパルトが起動すると同時本体は青白い光に包まれ、周囲の空気は電離してオゾン臭がたちこめる。作業員はすでに退避した後だ。

「カウント、5、4、3、2、1…『ファフニール』射出!」

 後に欧州の空の女王と呼ばれる事になる機竜『ファフニール』、その初陣が始まろうとしていた。





ようやく更新。これから大学が忙しいのでゆっくりになるです!
艦名は感想から使わせていただきました。ありがとうなのです!
そういえば、たしかにゾイドに似てました。ただ、機竜はもっと重厚なイメージなのです。



[26703] ~極東戦記~外伝~北海戦記~(3)キール奇襲1942
Name: 金子カズミ◆324c5c3d ID:10fcf8eb
Date: 2011/04/28 01:54
金子です。今回は『ファフニール』を中心に描いていきます。
戦場を支配する最強の兵器『機竜』、その力を書いていきます。





 1942年十二月二十二日、キール北方海域。
 そこを一機の偵察機が飛行していた。キールへの奇襲攻撃を受け空軍が出撃させた四十機を超える偵察機の一機である。
 搭乗員の顔には激しい緊張が浮かんでいる。
 それはすでに敵艦隊を発見していた。ただし目視はしていない。機体に装備した逆探知機で電波を探知しているだけである。すでに位置は報告した。後は強行偵察を行う高速機の誘導を行うだけ。

「強行偵察機より通信『敵戦闘機の攻撃を受けつつあり。誘導支援感謝する。あとは任せろ』以上です!」
 
 その報告にほっと安堵の息を漏らす搭乗員達。すでにこれとは別に二つの艦隊が発見されている。高高度に展開している広域電子戦機から報告のあった電波発信源はすべて確認された。これで彼らの任務は終わり、後は基地に帰還するだけだ。
 その時、逆探を操作していた通信士が奇妙な報告を上げた。

「機長、先ほどから妙な電波が受信されています」
「妙な電波?」

 一体何だと尋ねると通信士も戸惑った様子で答えた。

「微弱なレーダー用センチ波が不定期に受信されています。ただ、出力が小さすぎて規則性もないので機器が故障している可能性が高いと思われます」
 
 それを聞いて機長は考え込む。
 今この周辺の海域は到る所に敵のばらまいた各種チャフが存在している。中には艦船に偽装した筏なども大量に含まれており索敵は困難を極めている。どうやら事前に潜入していた潜水艦が水中からばら撒いているらしい。周波数を変えるたびに違う場所に五個も六個も大艦隊が発見される状況では、アクティブレーダーはほとんど役に立たない。結果として偵察は逆探を使用したものが中心になっている。
 その状況で微弱とはいえレーダー波を検知したのは重大な情報だ。機器故障の可能性も否定できないが確認する価値はある。

「…針路変更。当該座標を確認の上帰還する」

 はっきり言って何もない可能性が高い。むしろほとんどないと言ってもいいだろう。すでに発見された敵艦隊だけでこちらに悟られずに動かせる戦力は限界に近いはずだ。
 だが、その予想は裏切られる。

「…!機長、前方に敵大船団を確認!」
「なんだと!」

 機長も即座にその方向を確認する。
 そこには無数の輸送船が整然と航行していた。周囲にはしっかり護衛の駆逐艦、巡洋艦がつき、空と水中の敵に目を光らせていた。

「司令部に緊急電を打て!平文でもかまわん!『敵大船団発見す』だ!」
「了解!」

 即座に打電し始める通信士。その時、偵察員が鋭い声を出す。

「敵戦闘機接近!回避を!」
「クソッ!」

 即座に機体を右に旋回させる操縦士。
 だが、敵の銃撃は左のエンジンを容赦なく破壊していく。反撃として放たれる旋回機銃の弾幕は敵を捉えるには至らない。

「二番エンジン損傷!速度出ません!」

 操縦士の報告にここまでかと覚悟を決める機長。

「なんとしても報告だけは行え!」

 たとえ自らが撃墜されてもこの情報だけは届けなければならない。

「打電完了!」

 その願いはかなえられた。
 自らの命と引き換えに。
 次の瞬間、コクピットを二十ミリ機銃の雨が襲いそこにいた操縦士と機長の体をミンチに変える。
 同時に胴体内燃料タンクも粉砕され機内にいた偵察員と通信士の体を焼き尽くした。
 炎を上げて墜落する偵察機の上空では特徴的な楕円形の翼をもった戦闘機が、勝ち誇るようにその翼を翻していた。


 イギリス軍輸送船団旗艦『ダイドー』

「とうとう見つかりましたな」

 その艦橋で参謀の一人が小さくつぶやく。
 接近した偵察機を撃墜することは成功したが、敵機はその直前に平文でこちらの存在を通信していた。

「なに、これも予定通りだ。作戦どおりに行動すればいい」

 参謀に艦隊司令は落ち着いた声で答える。

「我々の役目はこれで終わったのだから」

 数分後、艦隊は一斉に反転しイギリス本国への帰路についた。
 その喫水線は、最初からひどく高いものだった。



 キール沖『フリードリヒ・デア・グロッセン』上空『ファフニール』

「…!ハンナさん!みんな!」

 操縦士のアリスが見たのは今まさにアリスの乗る『ファフニール』を打ち出したばかりのカタパルトが敵の砲撃を受け一撃で粉砕される光景だった。
 動揺するアリスに無線から落ち着くように声がかかる。

「安心して!みんな無事だから!」
「…分かったわ」

 正直不安で仕方なかったがアリスは意識を上空の巡空艦に向ける。
 どうやら相手もこちらの存在に気がついたらしく、舷側に配置されたケースメイト式の主砲を停止して照準を調整しているようだった。

「…まずは足を…!」

 アリスは一気に『ファフニール』を加速させる。
 次の瞬間、敵艦の砲撃が再開され先ほどまでいた空間が無数の爆炎に包まれていく。『ファフニール』なら直撃を受けても無傷だろうと分かっていても冷や汗が出る。
 急速に接近するこちらに相手は信管の調整が間に合わないのか、砲弾はあさっての方向で無意味な爆発を繰り返している。
 接近しながらアリスは右の手元にある主砲の安全装置を解除。『純血機』の主兵装はどれも常識を粉砕する威力を持っている。誤爆しようものなら都市が半壊する。使用には最大限の注意が必要だった。
 その時、敵の砲弾が一発、まぐれで機体を直撃した。

「………!」

 一瞬目をつむるアリス。
 次の瞬間『ファフニール』は爆炎を突き抜けて無傷の姿を見せつける。強靭な複合装甲といまだ複製すら不可能な装備、慣性制御シールドが鉄壁の防御を与えている。

「今度はこっちの番!」

 アリスが主砲の発射ボタンを押す。
 それを受け『ファフニール』の顎が大きく開かれる。そこは青白い光を放っている。古の船乗りがセント・エルモの火と呼んだ放電現象。先だって『フリードリヒ・デア・グロッセン』のカタパルトで見たのと同じ光景。ただし規模は遥かに大きい。
 次の瞬間、放たれた二十五キロの重金属製砲弾は、摩擦熱でその身を削りながら音速の二十倍以上の速度で『マーシア』の艦尾を掠めた。
 そう、掠めただけ。
 その一撃で『マーシア』は艦尾をもぎ取られた。
『ファフニール』主兵装『レールガン』
 あまりの威力から市街地上空での使用が禁止されている『ファフニール』の固有兵装。砲弾自体が蒸発してしまうため射程距離は短いがその衝撃波だけで巡空艦を大破させる威力を持つ。
 アリスが直撃させなかったのは、もし巡空艦の動力炉を直撃して誘爆したら、眼下の味方艦隊はもとより北海沿岸全域に巨大津波が押し寄せて戦争どころでなくなる恐れがあるからだ。
 損傷した『マーシア』は艦尾の安定翼を根こそぎもぎ取られ姿勢制御用のスラスターまで損傷してふらつきながら急速に高度を落としている。風の弱い低空に移動して体勢を立て直すつもりなのだろう。だが、まともな姿勢制御はできない。すでに脅威ではなくなっていた。
 残った三隻は猛然と砲撃を継続する。距離も詰まりイギリス海軍独自のポンポン砲もその発射速度を生かして弾幕を張る。だが、たかが四十ミリ程度の砲撃では『ファフニール』の装甲は貫けない。最低でも八インチ級の徹甲弾でなければこの装甲に打撃を与えることはできない。
 そのまま被弾の火花を散らしながらアリスは一気にファフニールを敵巡空艦に接近させる。そのまま頭部の三十七ミリ機銃で艦上を掃射。音速の二倍の速さで放たれた砲弾は甲板上の機銃座を、操作していた兵員ごとまとめて粉砕する。
 だが、それ以上の攻撃はできない。緊急出撃でまともな装備が主砲と三十七ミリ機銃以外ないからだ。
 その時、アリスの脳裏にある考えがひらめく。
 飛び道具以外使ってはいけない理由はないと。
 アリスはそのまま砲撃を無視して一気に敵艦の一隻に肉薄する。
 抵抗する機銃座を一撃で沈黙させると、次の瞬間、前足の一メートルはあろうかという巨大な爪を振るった。
 その一薙ぎで強固なはずの装甲はバターのように切り裂かれる。間髪いれず頭部をそこに向け三十七ミリ弾の嵐を叩きこむ。
 その瞬間、これまで五十ノットを超える速度で巡航していた敵艦がガクリと速度を落とし引き裂かれた装甲の穴から大量の黒煙を吹きだし始める。奥にはチロチロと赤い炎も垣間見える。
 このまま一気に残りの二隻も始末しようとする。
 その時、

「………ッ!」

 アリスは何かが来る気配を感じ回避機動を行う。
 次の瞬間、目の前に太陽が現れた。

「―――!アアアッ!」

 あまりの閃光に目を焼かれるアリス。
 アリスが太陽と感じたものの正体は三十六センチマグネシウム閃光弾。夜戦における照明より敵航空戦力への目くらましとしての使用が重視された攻撃兵器。
 同時に多数の粘着焼夷弾が飛来する。慣性制御シールドを突破して目標を攻撃するための新兵器。それらが大小多数飛来し装甲のそこかしこを焼く。この程度で破壊される事はないが本体フレームが急速に加熱され警報が鳴る。
 無線から慌てた声が聞こえる。

「アリス、急いで戻って!敵の水上打撃戦力がこっちの航空攻撃を突破してきたわ!撤退するわよ!」
「そんな…!」

 かすむ目をこすりながら眼下を見下ろせば、いつの間にか四連装砲を振りかざしながら突進してくる戦艦が二隻…いや四隻、護衛艦と共にこちらに向かって突っ込んできていた。緊急出撃で索敵系が機能していないのが痛い。航跡から推測するに二十五ノット以上。望遠機能を使ってみれば、すでに軍旗は硝煙に黒く汚れ一部の艦はいまだに火災の白煙を上げている。
 確認と同時に機首を敵艦隊に向けようとするアリス。『レールガン』なら戦艦の装甲でも貫通可能だ。
 その時、計器に新たな警報が表示される。燃料が枯渇している。このままでは戦闘機動で三分もたない。巡航でも十五分が限度だ。

「アリス、早く離脱して!」
「でも艦が!」
「安心して、こっちも全力で逃走してるから!」

 その言葉と同時に海面の一角に白煙が広がる。リンを利用した煙幕だ。その陰には四十ノット近い高速で離脱していく味方艦隊の姿がある。だが、離脱が遅れていた『シャルンホルスト』等の姿はない。

「あなたからも見えたでしょ!早く離脱…」
「できません…」

 そう、できないのだ。

「もう燃料が…。それなら戦艦を…」

 帰還に必要な燃料はすでにない。出撃を急ぎすぎて二時間分どころか一時間分もチャージ出来ていなかった。だが、レールガンを一発撃つ程度の残量はある。
 すでに敵艦隊はキールへの砲撃ポイントについたのか、舵を切り全砲門をキールに向けている。
 再び『レールガン』の安全装置を解除しようとするアリス。だが、

「…!どうして!」

 何度操作してもエラーの信号が出るばかり。絶望の表情を浮かべるアリス。これでは一矢報いる事も出来ず海の藻屑と化してしまう。
 その時、敵戦艦の一隻の舷側に巨大な水柱がそそり立つ。
 突然の事態に驚くアリスの下では残った艦艇がバラバラに回避運動を行い、同時に駆逐隊が憎き潜水艦を炙り出すべく爆雷を手当たり次第に叩きこんでいる。
 僅かな時間が稼げたことにアリスは安堵した。だが、これもいずれ立ち直り改めて砲撃を行うだろう。
 その時、小さなきらめきがアリスの目に映った。

「…あれは!」

 それは一機の水上機。キールの上空で一定の速度を保ちながら旋回を続けている。明らかに敵艦隊が射出した観測機だ。

「せめてあいつだけでも…!」

 再び『レールガン』の安全装置の解除を試みる。

「…やった!」

 すると今度はあっさりと解除される。

「出力は最小。距離…相対速度…」

 そのまま細かい諸元を入力する。対艦攻撃と違い目標が小さいが『ファフニール』の電算機がそれをサポートする。

「射撃データ入力完了…チャージ五パーセント、弾種榴弾」

 そのまま目標に目を向けて叫ぶ。

「私達の母港をやらせるか!撃て!」

 放たれた一撃は音速の三倍の速度で敵水上機に突入。最接近のタイミングで電波信管が作動、半径十メートルの範囲に鋼鉄の嵐を出現させこれを切り刻んだ。





あとがき的な?
ようやく更新したです。
キール編は次で最後なのです!


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