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[26406] 【習作】アルフリーデの話【TS転生オリジナルファンタジー、内政(予定)、処女作】
Name: ぽち◆85f347bd ID:13c71ca2
Date: 2011/03/13 19:12
Arcadiaにお住まいの皆様、はじめまして。
お初にお目にかかります。

ずっと読むだけだったのですが、このサイトを初めとするいくつものレベルの高い作品を拝読することによって、
私の中にあるいろいろなものが激しくかき立てられました。
そういった諸々の感情の高ぶりに身を任せるがままに書き散らしたのがこの作品であります。

高い文章力を持つSS作家の皆様には遠く及ばない非才の身ではありますが、ほんのわずかな向上心を引っさげて参上した次第でして。
小説なんぞ書こうと思ったのはこれが初めてであり、正真正銘の初心者なので、
出来るだけ忌憚の無いご意見・ご感想をお寄せくださればこれに勝る幸せはありません。
………ありませんが、小心者の私はあんまりいじめられてしまうと立ち直れないのでほどほどにお願いします。


この作品は、様々な手かせ足かせがついた状態にもかかわらず、
逆境をバネにして立身出世を目指していくサクセスストーリー……なのですが、基本的に主人公弱いです。
どちらかというと自分に無いものを他人に求めることで状況を打開するといったような構成を考えております。
最強ものをお求めの方はごめんなさい、この作品はお口に合わないかと思います。

創作物の中とはいえ、私は女性をいたぶる趣味は持ち合わせておりませんし、そのようなものは描けそうにありません。
ですので、基本ひどい目にあうのは主人公だけです。そのためのTSでもあるわけですし。
男はいくら死んでも痛痒には感じませんので(笑)
そういうわけで主人公にはだいぶ険しい道のりが待ち構えています。
場合によっては読み手に不快な気分を与えてしまうことがあるかもしれませんが、
最後はハッピーエンドにする予定なのでその辺りはあらかじめご了承ください。


投稿履歴
2011/03/08 ぷろろーぐ
2011/03/09 第一話
2011/03/11 第二話
2011/03/13 一部改定



[26406] 【ぷろろーぐ】 目覚め
Name: ぽち◆85f347bd ID:13c71ca2
Date: 2011/03/13 18:16
 春も半ば以上を過ぎた、花の頃第3の月7番目の日の深夜。
地面を舐めるようにして吹く湿った風が草木の香りとともに辺りを漂う闇をはらんで進む。
艶やかな墨を流し込んだような潤いをたたえた夜空には、青白い輝きを映す月が浮かんでおり、人々が寝静まった街をほのかに照らしだしている。
薄く広がる暗闇にくるまれた街は、みずみずしい生命力にあふれた昼間とはまた異なった命の営みを感じさせていた。

 人通りが絶えた大通りには時折妖しげな風体の人間が行き来をしており、わずかな明かりが漏れている裏通りに面した建物からは艶を含んだ吐息が漏れてくる。
街が翌日の活気を取り戻すための安息のひと時は、夜陰に蠢く一部の人間にとっては昼間以上に精力的な活動の時間帯なのであった。

 娼館や酒の類を供する店舗の立ち並ぶ裏通りには、まさにそんな人々が出入りをしており、歩哨の立つ城壁付近や衛士の詰める番所を除けば、そのようなところだけが肉感的な躍動感を伴って呼吸をしていた。

―――そんな裏通りから少し離れた一画にその建物はある。

 それなりに年月を経てはいるものの、頑丈に作られたその建物は街でよく見かけるつくりをしており、この辺りの庶民が住まう家屋としてはごく平均的なものといえた。
周りの建物と同様に灯りも消えて静まり返っており、外から見る限りではまったく違和感は無い。
そんな平凡な外見のこの建物に唯一特徴があるとするならば、それは建物の外ではなく中にあった。
狭い通路の突き当たりにある居間の床に広げられている絨毯の下には、実は小さな地下室が拵えられているのだ。

 もちろん普段はこの秘密は厳重に秘されている。
この家を訪れたことのあるだろう者もこの扉の存在には気づいていないだろう。
普通はこんなところに地下室があるとは思わないからだ。

 しかし現在、日常を過ごす上で不必要なその空間を隠すための絨毯は、上に乗せられた家具とともにめくり上げられており、月明かりの漏れる室内にその非日常へと続く扉をさらけ出しているのだった。

####################

「ほほほほほほ。いいわぁ、いいわよぉ~」

 狭い地下室の中に響き渡るのはまだ若いであろう女の声。
見るものすべてを魅了するかのような輝く美貌を持つその人物は、革で出来た露出の激しいきわどい衣装をまとっており、その手の中にはいくつもの房に別れた紐がついている棒状のもの―――平たく言えば鞭があった。

「ねえさま、い、痛いっ!……ね、ねえさま、アンネリースねえさま、お願いもうやめ……ひいぃぃっ!?」

 その鞭で打擲されているのは、全裸に剥かれてぐるぐる巻きに縛られている、まだ年端も行かない幼い少女であった。
幼児といっていい年頃のその少女は、体の肉を搾り出すかのようにする縛られ方―――亀甲縛りとも言う―――で身動きできなくされており、将来に期待できるその端整な顔を涙で濡らしながら床に転がされていた。

「ほほほほほほ。あらぁ?大丈夫よぉ、アルフリーデ。まだまだこんなの序の口じゃないの~」
「ひぃっ!?い、痛い!……ね、ねえさま、ぜんぜん大丈夫じゃ……あひぃぃっ!!」

 妖艶な微笑を浮かべて高笑いをしながら、容赦なく打ち下ろされる鞭のせいで、アルフリーデと呼ばれたその少女の、大理石のようなきめ細かく白い肌が真っ赤に染まってゆく。
幸い(?)なことに、打ち下ろされる鞭は痛みはともかくとして、物理的なダメージは残らないつくりになっており、少女の玉の肌は真っ赤にはなっているものの血がにじんだりといったような怪我はしていなかった。

「大丈夫よぉ?大丈夫よぉ~、アルフリーデ。だってあなたには淫乱の“才能”があるんですもの~」

見るものの魂を揺さぶる、とけるような妖しい表情を浮かべてアンネリースと呼ばれた姉は断言する。

「喜びなさいな~、あなたには淫乱の天賦の才があるのよぅ、きっとすぐよくなっちゃうわ~。……まぁ、それでもまだ慣れないうちはちょっぴり痛いでしょうけど。それでもそのうちきっとよくなるから~。おねえちゃんが保証してあげる、わっ」

ピシィ!と鋭い音を立てて少女の赤くなっているお尻に鞭が飛ぶ。

「ひいぃっ!?そ、そんなの私知らないっ!だ、大体、い、淫乱の才能ってなに!?」

 理不尽な言いざまに対して少女が抗議するが、彼女の姉はまったく頓着しない。
姉にとっては少女の嘆願を聞き届けるよりも、立て続けに鞭を振り下ろしてかわいい妹を鍛え上げるほうが大切なようである。

「ん~、私がひどいことをしてるって思うかもしれないけど、あなたの眠ってる“才能”を引き出すには必要なことなのよぅ。だぁ~いじょうぶよ~、何日も前からこうやって“特訓”してるんだからすぐになじんで良くなってくるわぁ」

 やさしく微笑んで形のいい顎に人差し指を当てつつも、鞭を振りおろして物分りの悪い妹に言い聞かせることはやめようとしない。
姉は思うのだ。
この娘にはもともと“才能”が備わっているのだから、後は肉体がそれを思い出すだけでよく、それに自分などよりもよほど素質に恵まれている。だからこそこうやって年齢を考えてみても早すぎる“特訓”を施しているのだ。だいたいが自分のときなどもっと……。
そんなことを考えつつ無心に鞭を加えていたところ、手ごたえが変わったのを感じた。

「あひっ!あっ、ああ゛っ!?ひっ、ひいぃっ!あ゛ひっ、あっ、ああ゛あ゛~!?」
「……あらん?」

少女の上げる悲鳴の声色が若干変化したことに気がづいた姉は、俄然やる気が湧いてきた。

「ほ、ほほほほほほっ!そう、ようよぅ!その調子よ~ぅ。いいわぁ……いいわよぅ~。そうやって心の底に閉じ込めてるものを外側に向かって開放するのよぅ!」
「あ゛あひっ!あ゛っあ゛っあ~!?ひあっ、あ゛っ」
「ほほほほほほ。いいわよぅアルフリーデ、あなたのかわいらしい声をもっと聞かせてちょうだいな~。……ほほほほほほ、そうよっ!そうやって新しい境地を切り開くのよぅ!」

 長時間鞭を振り続けることによって若干興奮状態になっていたアンネリースは、ここ数日来続けてきた“特訓”が実を結びそうなのを実感したことにより、元々の気質もあいまって何かスイッチが入ってしまったようである。
傍から見てもノリノリで鞭を振るい続ける姿は、幼い妹を鞭で打擲する姉、という構図もあいまって、見るものの魂に本能的な恐怖を呼び覚ますほどに官能的であり、ぞっとするほどに美しかった。

「ほほほほほほ!さあ、目覚めるのよ、アルフリーデ!目覚めるのよぅ!」
「ひっ、あ゛あ゛あ゛~!?あ゛ひっあ゛っあ゛~!?」
「ほほほほほほ」
「あ゛ひ、あ゛あ゛っひあ、あ゛っ」
「ほほほほほ……」
「あ゛あ゛~……」
「ほほほ……」
「あ゛~…!」
「………」
「…」





……このような経緯を経て、アルフリーデという少女の魂の奥底に封じ込められていた前世の記憶と人格が呼び覚まされ、現世と前世のそれぞれが混ざり合うことによって「オレ」という存在が目覚めることになったのだった。


------------------------------
目覚めてはいけない何かに目覚めてしまったアルフリーデさんでした。
アンネリースさんは基本的にお茶目な人です。

2011/03/13改定



[26406] 【第一話】 いろいろ判明
Name: ぽち◆85f347bd ID:13c71ca2
Date: 2011/03/13 20:53
「ぜんせのきおくぅ~?」
「う、うん……多分そうじゃないかなと思うんだけど」
「しかもその上人格まで蘇っちゃって、挙句の果てに融合しちゃったとぉ、そういいたいのねぇ?」
「そっちはほとんど間違いないと思う……」

理想的な曲線を描いている頬を引きつらせながら、アンネリースねえさまが問いかけてくるのを、オレは内心びくびくしながら受け答えをする。

 “特訓”を終えた翌日、遅い朝食をとった後のお茶の時間に、オレは自分の身に起こった異常事態についてわかる範囲のことすべてをねえさまに話した。
先だっての“特訓”により、姉に対する軽いトラウマを得るとともに、なぜかはわからないが、こことは異なった世界と思しきところでの生活の記憶が蘇ってしまったのだ。

―――21世紀日本。
この世界とは比べ物にならないほど文明が進んだ世界。
アルフリーデとしてこの世界で産まれる前の「俺」はそこで生活していたようである。
日常生活における身の回りのものの使い方や学校で習った一般教養、それと少々の専門知識など、本来あるはずもない記憶がそれまでの「私」の記憶に書き加えられ、それと同時に今までの自分とは何か違った存在に変わっていくような、そんな奇妙な感覚を得ることになったのだ。
……とはいうものの前世の自分に関する個人的なことは何一つ思い出せず、おぼろげに若い男性であったのではないか、程度にしかわからない。
だから新たに「オレ」として自分を認識した後であっても、基本的な部分においてはアルフリーデそのものであるといっていい。
もっとも、それまでの「私」がまだ幼い少女に過ぎなかったために、意識としては男性の感性のほうが強く出てしまっているようである。

「……やっぱりてきとーに込めた魔力で“特訓“しちゃったらダメだったのかしらぁ?」

 工芸品のように整った容姿を持つねえさまが、形のいい眉を寄せ、こめかみに指を当てて憂いを含みながら考え事をする様は、非常に絵になる光景であった。
しかしながら言っている内容は実に無責任極まりない。

「……ねえさま」

 テーブル越しに向かい合って座っているオレの目の前の美人さんは、やや特殊な感性を持つといったいくつかの欠点はあるものの、面倒見もよく、おおらかであり、ちょっと見ないくらいに優れた容姿の持ち主で、人当たりのいい、常に笑顔を絶やさない、やさしい自慢の姉なのであるが、時にそのおおらかな性格が暴走してしまって、おおらかというよりはむしろ大雑把といっていいくらいの行動を引き起こしてしまうことがあった。
今回の“特訓”にしても、結果や内容の是非はともかくにして、多少の趣味は混ざってるにせよ間違いなくオレのためを思ってやってくれたことであろうし、そのことでオレはねえさまの愛情を疑うつもりは全くなかった。

 ただ、現在起こってしまっている不可思議極まりない現象の原因は、やはりねえさまの施した“特訓”に求める他なく、今回のねえさまの引き起こした騒動が、そもそもどのようなことを目的としてなされたものであるのかを、まず真っ先に究明する必要があるだろう。

 なによりも、オレは“特訓“について必要最小限のことしか聞かされてなく、何を目的としていて、どういった理由であのような目にあわなければならなかったのか、さっぱり理解していない。
なぜかといえば、「オレ」になる前の「私」だったときには、“特訓”がこの先、生きていくためには絶対に必要であるとだけ聞かされており、終わった後に“特訓”が必要だった理由を改めて説明してくれると言われていたためである。
完全にねえさまに投げていたという負い目があるにせよ、今回ばかりはオレにも含むものがあったっていいんじゃあなかろうか。

「や、やあねぇ、ほんとなら大丈夫だったんだぁってば。別に命の危険を伴うようなことじゃなかったんだし……。」

 ねえさまはきまり悪げに左右に目を泳がせながら、優雅に手元のティーカップを手繰り寄せて、口を湿らせる程度にお茶を含んだ後、今度は真剣な面持ちになってこちらを見つめてきた。

「それよりもあなた、前世の“人格“まで蘇ったって言ったわよね?……聞きたいんだけど、あなたは私の知るアルフリーデなのかしら?」

 常に無い強い口調で問いかけてきたねえさまが、どういうことを案じているのかオレにはすぐに理解できた。
「可愛がっていた」妹がある日突然、前世の記憶が蘇ることで永遠に失われてしまったのではないか―――。
アンネリースが心配しているのはその辺りのことだろう。

「大丈夫だよ、ねえさま。確かに前世っぽい別の人の記憶と人格が混ざっちゃってるけど、オレは間違いなくねえさまの知ってるアルフリーデだし、ねえさまに対する愛情も今までと変わるところはないよ」

 変わってはいるものの妹思いの姉を安心させるべくそう答えると、心配性の姉はこわばっていた顔を、いつもの人に安らぎを与える柔らかい表情に戻して、安堵したように小さくため息を漏らすが、ややたった後に「ん?」といったふうに片方の眉をひそめた。

「……リーデちゃん?あなた今自分のことをなんて言ったのかしらぁ?」
「え、ええっと……、こっちのほうがなんだか落ち着くんだけど、……ダメかなあ?」
「いけませぇん!あなたは女の子なのよぅ!それなのにそんな生意気盛りの男の子が背伸びをしてるような……口調なんて……」

 後半になるとどんどん尻すぼみになっていったが、じっと俺の顔を見つめながら「……悪くないかもぉ?」とか「半ズボン……」などという言葉を小さくもらした後、

「ま、まあ、あなたくらいの年頃なら少しくらい羽目をはずしたって問題ないわよねぇ」

と、姉の美点であるいつものおおらかさで、現在の口調を続けることを認めてくれた。
「私」であるという認識は十分以上にあるのだが、それより以上に前世における「俺」の意識が女っぽく振舞うことを拒んでいるため、その辺りの折り合いをつけるに当たっての猶予期間を設けられるのは正直ありがたい。

 そのような意味のことを話して、ねえさまに感謝の気持ちを伝えたら、「そういうことならしばらくは男の子の服も必要かしらん?」と、満面の笑みを浮かべながら新しく服を調達する約束までしてくれた。
近いうちに二人でいく予定である買出しの中に、新しい服を買うことも盛り込んだ後、ねえさまに本題の“特訓”について尋ねることにする。

「とりあえず、話すより見たほうが早いかもしれないわぁ」

ねえさまは大きくうなずいてそう言うと、立ち上がって居間を出て行き、化粧台のある自分の部屋から綺麗に磨かれた金属製の鏡を持って戻ってきた。

 手渡された鏡を覗き込むと、そこには記憶に残るよく見知った顔が映っている。
姉よりもややくすんだ色をしたブロンドの髪を肩まで伸ばし、白磁のように滑らかで白い肌を持った、ボーイッシュでやや活発な印象のあるものの、人形のように整った顔立ちの女の子。
人格が混ざってしまったとはいえ、自分は紛れもなくアルフリーデである。
目の前の鏡に映る少女の姿が、何の抵抗もなく自分自身であると認識することが出来たことで、オレの中にあった一抹の不安が綺麗になくなっていった。
しかしそれでもよく見ると何か違和感があるような気が―――と思ったところで瞳の色が変わっていることに気がつく。

「ねえさま、瞳の色が」

 本来オレの瞳の色は淡い茶色であったはずである。
目の前の鏡に映っているような、姉と同じ色彩の、燃えるように鮮やかな紅色では決してなかった。

「んふふー。そうよぅ、それが“特訓”の成果なのよぅ。瞳が紅く変化したってことは、アルフリーデが大人になったって証なのぉ」

オレの肩に両手を乗せて、上から覗き込むようにしながらねえさまは続ける。

「それでその瞳についてなんだけどぉ、今まであなたには内緒にしてきたけど、私たちって実はスクバスって呼ばれてる一族だったのよねぇ」

姉とおそろいの綺麗な色の瞳を興味深く観察していたオレの頭上から、アンネリースねえさまは実に無邪気に、前世の記憶が蘇ったことなどが比較にならないような爆弾発言を行ってくれたのだった。

####################

 この世界の文明水準は、大雑把に言って地球で言うところの古代~中世といった程度のものでしかなく、魔法といった地球にはない要素もあるものの、お世辞にも発展しているとは言いにくい。
おまけにそんな前時代的な技術水準しか持たない不思議世界には魔法だけでなく、ファンタジーでおなじみのエルフやドワーフ、獣人といった、外見の異なる種族がたくさん存在しているのだ。

 そんな世界であるからには、それだけ多くの種族に分かれている以上、繁栄してる一族もあれば、逆に衰亡の危機に立たされている連中だっている。
生活形態も様々で、森の中でひっそりと狩猟採集生活を営んでいるような閉鎖的な一族もあれば、街に暮らして様々な種族と交流することで、しまいには大帝国を作り上げてしまったような精力的な一族もある。
しかも、たとえばエルフの場合のように、住んでいる場所や習俗、生活習慣などによって、さらに細分化されるという、地域色豊かな傾向を持つような一族だって存在する。
そして何よりもそれだけの数の種族が入り乱れる以上、同種族がまとまって生活しているという例はむしろ少数派で、多くの場合は多種多様な一族が入り混じって暮らしているほうがむしろ自然であるのだった。

 つまるところ、この世界はかつての地球などよりもさらにまだら色をしており、人種のサラダボウルどころの話ではなく、よりいっそう、混沌とした様相を呈しているといえた。

 スクバスについてはもう少し複雑である。
この一族に属する人間を見たことがある者は滅多にいない。
というよりも実在が疑問視されるほどに絶対数が少なく、人によっては御伽噺の中にしか存在しないと思っていたりするほどだ。
それほどまでに珍しい種族となってしまったスクバスだが、ツチノコやチュパカブラのような扱いを受けるのには訳がある。

 スクバスはまたの名を「夢魔」とも「淫魔」ともいい、人の精気を吸い取る特殊能力を持って生まれついているといわれている。
見るものを魅了するその外見は非常に美しく、その美貌を餌に多くの人間の精気を吸い取り尽くして殺すことで、己の力を蓄えるそうだ。

 とはいえ、御伽噺の中ですらその力はそこまで強くなく、ヴァンピールなどといった有名どころとは比べ物にもならないほどの実力差が存在する。
スクバスに出来ることといえば、せいぜいが夢に働きかけることによってわずかばかりの意識誘導を施すくらいでしかない。
吸精にしても、ヴァンピールが血をすするように力任せに行うことは出来ず、こと戦闘に関していえば別段他の人間と変わるところはない。

 にもかかわらずスクバスは、神話の時代から現在に至るまで、あらゆる地域・分野で悪役を張り続けている超がつくほどのヒールであり、御伽噺や創作本に出てくる、人心を惑わして人々に不和を撒き散らすような典型的な魔女型の悪役は大抵スクバスだったりする。

 魔女といえば中世ヨーロッパにおける魔女狩りが有名であるが、この世界においても似たようなことが流行った時期があった。
もちろん対象となったのはスクバスである。

 当時はまだ、今よりは多くのスクバスがいたと思われるが、それにしたって少ない種族であるのには間違いない。
しかし、多くの無関係の人間がスクバスであるとされて受難の憂き目にあってしまったなどという悲劇は日常茶飯事であったらしい。
ある地方などは毎日のようにスクバスであるとされた人々が処刑されるという、明らかに常軌を逸した過剰な対応をする有様で、記録に残る当時の混乱ぶりは今になっても目を覆わんばかりである。

 ところが無実の人々がいつか来るかもしれない迫害におびえる中、大胆にも己がスクバスであると公にし、しかも一般的に言われているようなスクバスの悪徳をさらに一回り大きくしたような乱痴気騒ぎを行ったりする、全く自重しないスクバスも一方で存在した。
おかげで各地の社会不安は加速度的に悪化して行き、大陸の勢力地図が派手に塗り変わるような政変が各地で勃発するほどの混乱振りに陥ったりするほどであった。

 それから長い年月が経過し、かつての魔女狩りのようなスクバス迫害は行われなくなって久しいが、それでも人々の記憶の底に残るスクバスに対する拒否反応は、台所における家庭内害虫に比するほどである。

 そもそもスクバスが何ゆえにそこまで嫌われる存在となってしまっているのだろうか。
伝えられている限りにおいては、スクバスの持つ力は決して強力とは言えない。
脅威の度合いであるならば、もっとずっと恐ろしい存在はたくさん存在する。
だが、実際に最も恐れられているのはスクバスである。

 ひとつの見方として、他の脅威となる存在は、あくまで個としての枠を超えるものではなく、その影響力は限定的なものであるということなのだろう。
それとは逆に、スクバスは集団に与える影響のほうが大きいといえる。
どういうわけか、昔からスクバスの姿が目撃されるのは、権力者の側であるとされる例が多いのだ。

 人間が最も無防備になるベッドの中においてこそ、スクバスはその真価を発揮する。
腕の中で甘くささやき、夢の中でやさしく語ることによって権力者の意思を自由に操るという。
そうして政治を壟断することで、人心を惑わし、国を傾け疲弊させ、ついには滅亡にまで至るという、つまるところ早い話が、権力者にとってのスクバスというのは最凶最悪のサゲマンである、ということであるらしい。

 御伽噺の中にも似たような例は多い。
ある話では、ひとつの集落にある日スクバスがやってきて、村中の男を虜にしてしまい、スクバスのいる間は男たちは他の女に見向きもせず、スクバスが去った後も男たちは精気を吸い取りつくされたためにかつての元気がなく、村はついに消滅してしまった、というものだ。
殺人こそしていないが、村ひとつ結果的に滅ぼしてしまったスクバスは、確かに忌避される要素を持ち合わせているのかもしれない。
恋人を寝取られた女の怨嗟を考えるといかにも恐ろしい。

 一方で、それでも嫌われてばかりいるわけでもないのがスクバスでもある。
思春期を迎えた若者の仲間内での話の種になったり、酒の席での武勇伝に彩を添えたりと、色恋沙汰に関しては人気者でもあるのだ。

 人々による忌避の代名詞として知れ渡りつつも、どこか神秘的な存在とされている。
伝承におけるスクバスとは、そういった一族であった。

####################

「スクバスについては……もちろん聞いたことはあるわよね、有名ですものぉ。それでねぇ?私たちスクバスは、ある程度の年齢になると一族の力に目覚めるんだけどぉ」

新たに知った衝撃の新事実に一瞬固まっていたオレは、手元の鏡から、もといた自分の椅子に腰掛けようとしているねえさまに視線を戻し、小さく頷くことで続きを話してくれるように促した。

「最近はこんな世の中だしね、物騒じゃない?だから出来るだけ早く力に目覚めておく必要があったのよぅ」

御伽噺なんかとはちょっと違うところもあるけどねぇ、とねえさまは続ける。

 ねえさまによれば、スクバスとして目覚めると吸精によって他人の精気を魔力に変えることが出来るようになるそうだ。
手当たり次第に吸精をしていけば、それこそ戦術級の魔法を行使できるほどらしい。
そこまでは行かないまでにしても、ある程度の魔力を確保しておいて、オレに魔法を習得させようという。

―――魔法。
かつての地球には存在しない、この不思議な現象を呼び覚ます特殊な技能は、この技術水準の低い世界において一定程度の存在感を示していた。
人々に利便性をもたらすこの技能は、魔力と呼ばれる一種のエネルギーのようなものを操ることでなされるのだが、実のところそれほど珍しいものではない。
もちろん多種多様な種族が入り乱れるこの世界には、魔力を持たない一族も存在するものの、そういった例はむしろまれであり、たいていの場合はごく簡単な魔法であるならば普通の人間が行使することが可能なのだ。

そもそも魔法と呼ばれる技能には大きく分けて2つの柱が存在する。

 ひとつは昔からある程度感覚的になされてきた「魔術」と呼ばれるもので、古くから受け継がれているだけあってそれなりに体系的にまとめられてはいる。
それでも個人の資質に左右される要素が大きいため、強力な使い手はそれこそ21世紀の地球でも不可能な現象を起こすことが出来るのだが、たいていの場合はかまどの火種として使ったり、水虫の症状を緩和するといった民生用に用いられていた。
戦闘に使えるほどの強力な魔法を行使できる人間は稀で、護身用に用いるにしても普通の人間なら武器を用いたほうが早いだろう。
魔術とはそういった個人の資質に頼った安定しない“特技”なのだ。

 もうひとつはというと、こちらは「魔導」と呼ばれている。
古くから知られている魔術とは異なり、魔導は最近知名度を上げてきた“技術”である。
多くの場合触媒や道具を必要とするのだが、魔導は発生する現象は一定ではあるものの、触媒のほうはともかく魔道具の場合魔力さえあるならば誰でも用いることが出来、しかも魔力を注ぐだけで動作するために別段の習熟を必要としないという特徴があった。
とはいうものの、魔導に用いられる触媒や道具は、かつてはほとんどが高価なものであり、一部の王侯貴族や大商人などの特殊な人間しか用いることが出来ないという欠点が存在した。
最近になり「魔方陣」という画期的な発明がなされることで、魔導を用いた魔道具が普及してきてはいるが、それでも簡単な効果なものですらそれなりの値が張る。
便利なものではあるが庶民にはなかなか手が出しにくく、魔導そのものも新しい分野でもあることで魔術に水をあけられているのが現状だ。

 姉のアンネリースがオレに覚えさせようとしているのはこの場合魔術のほうだ。
魔導のほうは触媒を用いるにしても習得に学問的な素養が必要となり、しかも効果が安定しない上、魔道具には金がかかるため、護身用には不向きであるといえた。
とはいうもののどちらにしても魔力は必須のものであり、これがないとそもそも魔法自体に縁がない。

 実のところを言えば、オレ自身が扱える魔力は非常に少なかったりする。
そのなけなしの魔力にしたって、せいぜいがランプやコンロなどといった日常生活で使われている魔道具を使える程度。
護身用とはいえ戦うための魔法を行使するためには全く足りてないのだから、ねえさまの考えは間違っていない。

 問題は吸精の方法であり、間違ってるのはスクバスそのものである。
「オレ」として目覚めてしまった以上、吸精は断固として受け入れるわけには行かないものとなった。

 どういうことかといえば、吸精を行うには前提として生物としての異性との交合か、それに順ずる行為を必要とするということなのだ。
この場合の“異性”とは当然ながら肉体的に“女”であるオレとは異なる性別―――つまり汗臭くて暑苦しい、筋肉もりもりな生き物である“男”を意味する。
言語道断な要求であった。
「どこのエロゲ脳だ!」と叫びたくなったオレは悪くない。
「私たちは愛に生きる生き物だもの~」とは姉の言である。

 吸精を行うためには官能に目覚めていなければならず、であるからしてスクバスは潜在的にそういう方面に適応性が高い一族であり、なおかつ敬愛する姉によればオレは特にその“才能”に恵まれているのだという。
オレをわざわざ魔力を込めてまで鞭打ったのは、職業上の経験を踏まえて(否定されたが恐らく趣味も混ざっている)、そうすることが肉体的にも魔力的にも力に目覚める近道であると考えたかららしい。
ちなみに姉の鞭も魔道具であり、当然ながらオーダーメイドの一品物である。
……どうやって手に入れたのだろう?

「アルフリーデは私の目論見どおりちゃぁんと大人になってくれたから、それはよかったんだけどぉ……」

余計なものである前世の記憶や人格まで目覚めてしまったのは完全に予想外な出来事なのであった。

「ひょっとして鞭がなじみすぎちゃったのかしらぁ?」
「い、嫌すぎる……」

鞭で叩かれるうちに必要以上に魂を揺さぶられたのではないかという結論は、受け入れるのにはあまりに抵抗がありすぎた。

「まあ、無事に大人になれたことだしぃ?なっちゃったのは仕方がないとして、後はどうやって精気を調達するかなんだけどぉ」
「……吸精自体諦める方向じゃダメなのかな?」
「ダメよぅ、これからのことを考えても最低限自分の身を守るすべは必要になってくるわぁ。それにいずれ通る道なんだし、それが早いか遅いかの違いしかないじゃないの~」

確かにまっとうな女ならば生きていくうえでの通過点には違いないのだろうけれども、男としての意識が強く出ている今のオレにとっては受け入れることなどありえない選択肢であった。

「それに悪いことでもないわよぉ?ある程度定期的に吸精しておくと年なんかとらなくなるしぃ、お肌だってつやつやになるわぁ。何よりも魔力があるだけで出来ることの幅が広がるのはいいことじゃないの~」

躊躇するオレを見てどう受け取ったのか、ねえさまは花のほころぶような綺麗な笑顔を向けてくる。

「んふふ~。心配することはないのよぅ、必要なことは全部お姉ちゃんが教えてあげるから。だぁいじょうぶ、あなたには“才能”があるからきっとすぐに覚えてくれるに違いないわぁ。……そうと決まれば早速“特訓”ね。最初は何からにしようかしら~」

にこにこと計画を組み立てているねえさまを前にして、オレの不安は尽きなかった。


------------------------------
アンネリースさんはお水の人です。
アルフリーデさんはこれから英才教育を施されることでしょう。

今更ですが、この作品はR15指定すべきですかね?どうなんでしょうか。
後、忘れていましたが『アルフリーデの話』は仮題なんです。
もっといい題名を思いつければいいのですが、私ではなかなかいいのは出てきません。
もしいいアイデアがあればお願いしたいところです。

2011/03/13改定



[26406] 【第二話】 アルフリーデの一日
Name: ぽち◆85f347bd ID:13c71ca2
Date: 2011/03/13 21:51
 アルフリーデの一日は、城門の開放を告げる鐘の音とともに始まる。
これは一般に比べると遅いくらいで、大抵の人は日の出とともに起きだしてその日の活動を始めるのだが、彼女の場合姉の生活時間に合わせるために、いつもこのくらいの時間に起きる事にしているのだった。

 ベッドから身を起こして伸びをした後、枕元にたたんである服をいそいそと着込む。
地域や身分によっても異なるが、この辺りに住まう大抵の人々は旅先でもない限り、下着は残すものの終身時の着衣の習慣は持たない。
そのためにアルフリーデもそれに習って、眠るときに纏うのは下着のみということをもうずっと続けていた。

 彼女が身につけようとしているのは、この間の買出しで手に入れた標準的な男物の服で、上着と下穿きに分かれた構造をしている。
上着のほうは前を合わせるように羽織って、帯状に伸びるすそを腰にぐるっと巻いてから、たすきのように肩にかけ、最後に再び腰のところで結んで着用する。
下穿きは半ズボンである。
この辺りは温暖でもあり、季節ももう既に春も半ば以上が過ぎていることから、人々の服装にも軽装が目立つようになってきていて、彼女の場合もわずかに覗く白い二の腕や太ももがまぶしい、活動的ないでたちだった。

 服を着終え、木製の窓板につっかい棒をかけて明かり取り用の窓を開け放ち、夕べのうちに用意しておいた汲み置きの水で洗面を行う。
鏡は貴重品であり、姉の部屋にしか置いてないために、アルフリーデはいつも水桶の水面を利用して寝癖を整えることにしていた。
彼女のふわふわの髪はあまり手を入れる必要はなく、木製の櫛を用いて少々梳くだけで事足りるため、手間はあまりかからない。

 身だしなみを整えてさっぱりしたところで部屋を出て、通路の明かり窓を開け放ちつつ向かうのは奥にある個室である。
扉を開け放った後、閉鎖的な空間に置いてあるのは、台の下に陶器の入れ物が置いてある椅子―――平たく言えばトイレであった。
中に入り扉を閉めて、用を足しやすいように適当に服をずらして腰掛けた後、アルフリーデは陶器に描かれた二つの魔方陣の一方に魔力を流し込む。
この生活密着型の魔道具は二つの魔方陣が連動して機能しており、一方に魔力を注ぎ込むことで陶器の内側を急速に冷凍してくれる優れものであった。
それなりに値は張るものの、住環境の構造上、快適な生活を送るためには必要なものとして、姉と相談した上で思い切って調達したという経緯がある。

 済ませることを済ました後、足元のペダルを踏むことで水桶から流れてくる流水を用いて手を洗う。
元々は汲み置きの水桶が置いてあるだけであったのだが、21世紀の記憶を得たアルフリーデによって衛生上不適切と判断され、彼女の手によって簡易な機構の手洗い台が設置されることとなって利便性が向上されていた。
なお、流れた水は別の桶で受け止められる仕組みとなっている。

 身の回りの必要なことを終え、姉の部屋を除くすべての窓を開け放ち、家の側溝に使用済みの水を流した後、アルフリーデが次にするべきことは水汲みであった。
上水道が整備されていないこの街にとって、地区ごとに設置されている井戸が人々の生活を支えており、水汲みは生活していく上で不可欠な作業といえる。
重い水桶を持って井戸と家を何往復もするこの仕事は、まだ体の小さい彼女にとって重労働だった。

 すれ違う近所の人に挨拶しながら桶を抱えて井戸のところまで行くと、既に何人かが集まり、洗濯や洗髪を行っていた。
ある程度の水を必要とするこれらの事柄を、狭い家の中ですることは現実的ではないので、共用井戸にしつらえてあるそれ専用の場所を利用するのだ。
話し込んでいるおばさん達を尻目に、備え付けのつるべを落としてせっせと桶に水を入れて、今度は重たい桶を手に再び家に戻ってゆく。
これを何度も繰り返さねばならなかった。

 苦労して必要な分の水を確保し終わったら、今度は朝食の準備となる。
朝食の用意はアルフリーデの仕事だった。
台所に向かう彼女を待ち構えているのは、主食となるパン作り。
一晩寝かせてあったパン生地を食べやすいサイズに整えて、かまどに入れておくことで発酵を促すというこの一連の作業は、生地が醗酵し終わるまでに少々時間がかかる。
そのため彼女は空いた時間を利用して、朝食に用いるほかの食材を市場に買い求めることにしていた。

 戸締りをして財布と買い物籠を握り締め、近所に食べ物を扱う店が多い立地上、仕込みのためのいい匂いが漂う裏道を抜けてアルフリーデが向かうのは、町の中心からやや外れたムニレット通りにある青空市場である。
周辺の都市国家で構成するシュルツ同盟の一員でもある彼女達の住むこの街の名はマウトといい、複数の街道が集まる交通の要衝に位置するため、市場には様々な物産が集まっていて目に楽しいが、彼女は珍しい商品には目もくれず、まっすぐ食材が山積みになっている露天の集まっているところへと足を運ぶ。
城門が開いてそれなりに時間が経つために通りを行き交う人はそこそこ多く、まだ小さいアルフリーデは器用に人ごみを縫ってぶつかるのを防いでいた。

「注目!注目!」

必要な食材を買い終わり、帰ったら朝食を作ってねえさまを起こさなきゃ、などといった考え事をしながら歩いていると、通りに面した一画で兵士が大声を張り上げているところに遭遇した。

「マウト執政臨時布告!―――貞実なる市民・自由民諸君!政務会は先般のリム小麦および塩の価格に関するバルケラ国の不当な要求を拒否する決定をくだした!我々の交渉は正当な商慣習に基づいてなされたものであり、この決定は我々の信条にもまた反するものではないと信じる!幸いにも、我々は神々によって自らを律することの出来る魂を与えられており、貪欲な隣国の野望を跳ね除ける高潔な武器を持つことが許されている!政務会は我々の今後の安息のためにも、諸君に共同体の一員としての義務を果たすことを求めるものであり……!………!……」

 なにやら長々と抽象的なことを述べ立ててはいるが、聞く限りではどうやら交易品目に関する隣国との交渉に失敗したらしく、少々きな臭い状況になってきているようである。
「共同体の義務」などと言ってはいるが、これは早い話臨時に税を徴収するという布告なのであった。

 マウトの街に限らず、地球の中世以前の文明レベルしか持たないこの世界では、政治に関与できる人間はごくわずかであり、少数による多数の支配がまかり通っている。
とはいうものの、それぞれの国における政治の仕組みは様々であり、絶対主義王政のような政体をとる国もあれば、この街のようにギリシャ・ローマ的な市民社会を持つところもある。

 人々もまた様々な身分に縛られていて、先ほどの兵士が言っていた市民や自由民、もしくは貴族のほかにも、奴隷などの身分にある人間がごく普通に存在する。
当然のようにそれぞれの身分によって、得られる権利と義務に大きな差が存在するわけであるが、ギリシャ・ローマ的な都市国家であるということもあいまって、この街においては市民には兵役の義務があるのだった。

 アルフリーデや姉のアンネリースが属するのは自由民の身分であり、兵役の義務こそないものの、今回の布告では「市民は10ユクニーもしくは兵役を、自由民は8ユクニー5シルメを支払うこと」を求められており、自由民には市民に次ぐ身分として金銭的な部分での義務が課せられていた。
ちなみに1ユクニーで10シルメであり、1シルメは1000エクであった。
庶民の年収が300ユクニー程度であることを考えれば、少なくない負担といえる。

 臨時に税が徴収されることは辛いものの、街に納める税は決められた地区で一律に徴収され、支払いが出来なかった場合近所の人たちにしわ寄せが来るために、平和な近所づきあいをするためにも税を納めるしかない。
いくら前世の記憶を得たとはいえ、ただの庶民の少女に過ぎないアルフリーデにとって、政治の話など雲の上の出来事である。
彼女の関心ごとはせいぜい、日々の生活が楽になるかどうかといったような程度であり、それは一自由民の範囲を超えるものではなく、身近なことの外にまで意識が向くようなことはなかった。

 前世においてある程度の歴史や政治経済の素養があるとはいえ、このときのアルフリーデには、かつて書物や液晶越しに学んだ出来事と今身近で起きている出来事とを関連付けて考えるといったようなことはできないでいた。
これからちょっとご飯が貧しくなるなあ、などといったようなことを思いながら、彼女は姉の待つ家路を急ぐのだった。

 朝食を作るために、アルフリーデが帰宅してからすぐに行ったことは、かまどに火を入れることであった。
パン焼き釜とコンロが一体化したこのかまどは、例のごとく魔方陣が組み込まれた魔道具でもある。
しかし調理の間中、熱を保つだけの魔力を注ぎ続けるのは大変であり、元々魔力の少ない彼女はもとより、一般的に言ってこの手の長時間利用する熱源には大抵の場合は薪を併用していた。
それでも単純に薪を燃やすよりも利便性は遥かに高く、すぐに調理にかかれるのはありがたい。
街の中では薪にかかる費用も馬鹿には出来ず、ランニングコストを考えた場合でもやや割高ではあるが、それでも代表的な生活密着型の魔道具であり、それなりに普及している。

 パンを焼くのと同時に調理を施し、すべてが出来上がる頃には朝食とともに一日分のパンが確保できていた。
前世の自分はろくな料理をしてこなかったらしく、この世界でも通用するような調理法は彼女の内に存在していない。
したがって目の前にあるすべての料理はこの世界で覚えたものばかりであり、懐かしい日本の味などは再現するにしても途方もない労力を必要とするだろうことは間違いないのだった。

 すべてを終えてテーブルに料理を並べたならば、ようやくそこで姉を起こしに行くことになる。
彼女が職業柄家に帰ってくるのは深夜を過ぎてからであり、起床の時間がずれ込むのはやむを得ないといえた。

 形式的なノックをしてアンネリースの部屋の扉を開けたとき、目に入ったのは“ものすごい”美人であった。
何が“ものすごい”のかというと、確かに容姿は優れており、きちんとしておれば御伽噺にあるような眠り姫といっても過言ではない。
しかしながら“ものすごい”のはそれだけではなく、まずもって寝相が“ものすごい“。
ベッドから大きく足を投げ出しており、掛け布団などあって無いようなものである。
続いて髪形が“ものすごい”ことになっており、田舎のカササギでももう少しましな巣を作るんじゃないかと言いたくなるほどだ。
そしていびきも“ものすごい“。
ぷぴー、とか、プスーとかいうかわいいものではあるものの、年頃の女性のものとしてはどうかと思わなくもない。
救いがあるのは、よだれをたらして眠っている本人の寝顔が実に気持ちよさそうで、眺めているだけでこちらも幸せな気分になってくることだろうか。
アルフリーデはこの“ものすごい”ことになっている彼女の姉を起こすことにした。

 身だしなみを整え必要なことを済ました姉と遅い朝食をとり終わった後、貴婦人のごとく優雅にお茶を飲んでいる目の前の姉の変わりようを見ていると、アルフリーデはさっきの出来事は自分の勘違いではないかと思えてくるくらいだ。
身に纏っている服装はごく質素な庶民のものなのだが、どこか気品のようなものがアンネリースには備わっていた。
スクバス族であるという過酷な生い立ちにもかかわらず、曲がりなりにも今まで一人で生きてきて、なおかつ妹を養っているという誇りが、彼女をそうさせるのかもしれない。
……だからほっぺたに付いているソースについては出来るだけ触れないようにしておくことにするのだった。

 食事を終えたら家事の続きである。
各部屋の掃除はアンネリースに任せ、アルフリーデがまず取り掛かったのは、トイレの始末だった
魔方陣のおかげで凍り付いていて臭いもしないのだが、それでも一日に一度は中身を捨てておかねばならないのだ。

 便座代わりの椅子から容器を取り出した容器はひとまず廊下において置き、台所で出た生ごみも合わせてその中に放り込んでゆく。
見苦しくないようにふたをした上で向かう先は家の裏手だった。
実を言うとこの街には上水道こそ存在してないが、下水は一応整備されている。
とはいうものの、それがそのまま各家庭につながっているというわけではなく、ただ単に雨水を含めた井戸などから出る生活廃水を集める仕組みになっており、各過程の排泄物については一定区間に設置されている投棄口からぶちまけて流すだけのものであった。

 目的地に着いたアルフリーデは、投棄口のふたを開け、魔道具でもある陶器の二つある魔方陣のもう一方に魔力を流し込む。
すると今までカチカチに凍っていた内容物が瞬時に解凍されることとなり、下水に流しても問題ない状態になった。
息を止めてこぼさないようにしながら中身を捨てた後、再び投棄口のふたを閉めて、きた道を戻る。

 陶器の容器を定位置に戻して手を洗ったならば、次は食器洗いや汚れ物の洗濯などの水仕事をしなければならない。
洗い物を抱えて井戸に向かい、ひたすらジャブジャブするのだ。

 一連の作業を終えたときには既に正午を過ぎており、急いで洗濯物を干す必要があった。
21世紀の日本ならば時計によって時間が正確にわかるのだが、この世界にはまだ複雑な機構を持つ機械式の時計は存在せず、庶民はもっぱら太陽の位置によって時間を決めていた。
そのためなのかどうかはわからないが、食事は日の出の頃の朝食と、日没の頃の夕食の一日2回であり、昼食というものは存在しない。
この世界の人々は太陽や天候に支配されて生活しているのだった。

 一通りの家事を終えた後、待っているのは姉との“特訓”である。
意識が男側に傾いているアルフリーデの抵抗もあり、姉とのその後の相談によって吸精の是非についてはひとまず置いておくことになったものの、実践を伴わない“特訓”を受けることについては妥協させられたのだ。

「いひこと、あるひゅりーれ。たいへつなのは、たいみんふよー」
「わはりまひた、ねえはま」
「もが、もが、もが」
「もが…もが…むぐ」

親指の先ほどの木の実を鼻の穴に詰めこんで、口を開けながらさくらんぼ程度の大きさの果物を舌先で転がす練習をしたり、

「そこから右足をさらに後ろに伸ばすのが‘蝶々婦人の憂鬱’よぅ!」
「ね、ねえさま、これ以上は脚が突っ張って……」
「ぅう~ん、だらしないわねぇ。それじゃあ次は‘犬のおまわりさん’にしようかしらぁ」
「えぇぇ…またあのかっこうするの…?」

ベッドの上でヨガのようなアクロバティックな柔軟体操をさせられたり、

「そうよぅ、そこの網目の中に通して反対側につなげるのぉ」
「こんな感じでいいのかな?」
「いいわよ~ぅ、後は数をこなして慣れるだけね~」
「……あんまり慣れたくない」

紐を用いた美しい包装の仕方を伝授してもらったりしながら、夕食までの時間を“特訓”に当てたのだった。

 太陽が西に沈む頃、城門の閉鎖を告げる鐘の音が聞こえる中、姉とともに夕食を作り始める。
普段よりもやや材料費を抑えぎみに作った料理は、それでもアンネリースの手にかかると十分にご馳走に見えた。
既に臨時税が課されることを姉は把握しており、朝の布告のことを話しても別段驚かず、あらかじめ予想していたようであった。

 夕食を終えたら、アンネリースは店に働きに出てゆく。
後の片付けはアルフリーデの仕事であった。
家中の窓を閉めて回り、必要な片づけをこなした後は、翌日の朝食の仕込みをすることになる。
持ち運び用のランプの魔方陣に魔力を込め、専用の台の上に設置して明かりを確保した後、小麦粉をこねてパンの生地を作る作業をはじめとした仕事をこなしてゆくのだ。

 片付けておくべき家事のすべてを終えた後、自室に戻ったアルフリーデは、かまどの残り火にかけておいたやかんで作ったお湯をたらいに張り、水を足して適温に調節する。
服を脱いでその中に座り込み、持ち込んだ布切れでぬぐうようにして一日の汚れを落とすのである。
洗髪の場合ある程度の量の水が必要であり、普通は数日に一度床屋に赴くか井戸のところで洗うかするため、ここでは必要ない。

 使い終わったお湯を何回かに分けて家の側溝に流して捨ててきた後、ようやく後は寝るだけとなった。
まだ体の出来ていないアルフリーデは、十分な睡眠を必要とするものの、とはいえ今の時間はさすがにまだ眠気を覚えるのには早すぎる。
彼女はこの時間を文字を覚えるのに当てており、貴重な書き取り用のお手本となる書物を片手に練習するのだ。
姉のお下がりであるため、書いてある内容がやや姉の“趣味”に偏ってはいるものの、今のところ教材としては申し分ない。

 書き取りに使う練習帳は、木枠に粘土を塗りこめたものである。
柔らかい粘土を先のとがった棒でなぞることによって文字を書くことが出来、消すときは適当に表面をなでるだけでよい。
乾燥して乾いてしまっても、適度に水をかけてやればまた使用に足る状態に戻ってくれるため、非常に重宝していた。

 ある程度時間が経って眠くなってきたら、散らかしていたものを適当に片付けて寝る準備に入る。
今着ている服は汚れが目立たないため翌日も着ることにして、枕元にまとめてたたんでおくことにした。

 掛け布団をかぶり、適当におさまりのいい位置に体を動かし、それじゃあ後は目をつぶって眠るだけかというと、そうは問屋が卸さない。
実はアンネリースに言われて、スクバスの力の一端である夢を操る練習をしなければならないのだ。
とはいっても、別段難しいことを要求されるわけではない。
初歩の段階の練習では眠る前に見たい、見せたい夢の内容を強く思い浮かべるだけでいいのだ。

アルフリーデは幸せな夢を見るべく、自分が見たい夢の内容を思い浮かべながら眠ることにしたのだった。


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いろいろ悩むところが多い回でした。
アルフリーデさんはもっとアクの強い性格になるべきかもしれません。

2011/03/13改定


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