三年生最後の期末試験も終わった日の帰りのホームルーム。黒板には白いチョークの音が響きわたっていた。
「というわけで、3年2組からの二名のミスコン出場者は秋山さんと琴吹さんに決まりました。」
真鍋和が淡々とした口調で黒板を見ながら言った。教室中から大きな拍手が巻き起こる。
「い、異議あり!!」
当選者の一人・秋山澪が蒼白な顔をして手を上げた。体が震えていて、かなり動揺しているのが傍目でも分かる。
「私なんかよりもミスコンに出るのにふさわしい人はたくさんいます。なので、辞退します。」
「辞退って言っても・・・・立候補がいないから推薦なんじゃない。これも非公式とはいえ学校行事の一環なんだから、ちゃんと出なさい。」
和ににべもなく断られた。いつも通りの冷たい反応であることに澪はその場でしょげかえった。
「だってさ、他に私なんかよりもミスコン向きの人がたくさんいるじゃないか。私なんて・・・私なんて・・・」
澪は席に座ってもなおも承服できずぶつぶつと文句を言っていた。動機は毎度おなじみ人前に出たくないから。
「大丈夫だって、澪ちゃん。みんなが最初に思い浮かんだ美人が澪ちゃんとムギちゃんだから。頑張って!」
ショートヘアの佐野圭子が澪の二つ左の席から囃し立てた。他のクラスメイトと同じく半分面白がっている。
「私、頑張ります。クラスのために必ず一位を取ってみせます!」
琴吹紬は澪とは対照的にかなりやる気を全面に出していた。
「これは重大な問題だね。ムギちゃんと澪ちゃんのどっちを応援するか。軽音部員としてはどっちも応援したいけど・・・。」
窓際最後方の特等席に座る平沢唯が腕組みのポーズをして考え込む表情をしていた。
「でも投票できる相手は一人までよ。どっちと言われたらどっちに入れるの?」
隣席の立花姫子が左を向いて唯に聞いた。
「う~ん、ムギちゃんかな。どっちも美人だけど、ムギちゃんは美味しいお菓子を持ってきてくれて、甲斐甲斐しくお世話をしてくれる大事なスポンサーだから。」
姫子は唯の答えに苦笑いを浮かべるだけだった。結局お菓子か、と。
「はい、二人とも頑張ってね。ああ、でももう受験も間近なんだからそっちの意識も持ってね。最後の期末試験が終わってほっとしているのは分かるけど。」
和から引き継いだ担任の山中さわ子が言った。
「先生はここのOBなんですよね?ミスコンで何位だったんですか?」
前の方の席に座る佐伯三花が聞いた。
「あら、私なんかはとてもとても。クラスで美人で通っている子たちが出たから。」
「ええ~、うそ~。先生すごく美人なのに~。」
三花が不思議そうにさわ子を眺め回しながら言った。さわ子が学生時代ギターをやっていた以上のことを知らない一般の生徒にはその理由が皆目見当がつかなかった。
「あら、田井中さんも何か聞きたいことがあるのかしら?」
「いえ、何も・・・・」
田井中律は発言をしようとした矢先に機先を制され、喉から出かかった不用意な一言をもう一度飲み込んだ。
「へえ、すごいですね。澪先輩もムギ先輩もどっちが優勝してもおかしくないと思います。頑張ってください。」
放課後の音楽準備室。後輩の中野梓がすすっていた紅茶を皿の上において言った。
「ありがとう、梓ちゃん。他のクラスのライバルは多いけど、私たち頑張るね。」
「私は頑張りたくない・・・・」
ムギのやる気が100とすれば澪のやる気は1にも満たないのではないか、と梓は勘ぐった。
「っていうか、なんでムギはそんなにやる気なんだよ。私は絶対出たくないのに・・・」
「だって、よくテレビでミス何々ってやってるじゃない?私、ああいうのに出るの夢だったの。普通の女子高生らしいじゃない。」
「それは大学だ。普通の女子高でミスコンなんてない。しかもなんで三年の私たちが受験勉強のこの時期に・・・」
「学校の伝統だから。既に30年近く続いている非公式の行事よ。」
「前例があるからってそれを疑いもせずに習うのは日本人の悪い癖だ。私たち若者はそんなのに囚われちゃいけない。」
澪はムギの発言に一々ケチをつけて反論した。本当にミスコンに出るのが嫌なのが伝わってくる。
「あきらめろ、澪。澪は美人さんなんだから。それに必ず私が優勝させてやるから安心しろ。」
「絶対ヤダ。っていうか、私なんか勉強ばかりで運動してないからまた太ったし、絶対優勝できるわけ・・・ってうわあああ・・・・・」
「自分の言葉に傷つくなよ。」
律は呆れ眼で親友を見返した。
「ところでりっちゃん。りっちゃんはやっぱり澪ちゃんの応援するの?」
唯がケーキを食べながら会話に参加してきた。口の中にはまだフォークを咥えている。
「ああ、ムギには悪いが幼なじみだからな。私は澪を応援する。」
「それじゃあ明後日の投票まで、二人とは敵同士だね。私はムギちゃんを応援するから。」
「ほう・・・。私の澪が返り討ちにしてくれる。」
「私のムギちゃんを前にその減らず口がいつまで叩けるかな?」
当人を置き去りにして律と唯の代理戦争が始まっていた。
「ところであずにゃんはどっちを応援するの?」
「えっ?」
梓は期せずして自分に話が振られて驚きの声を上げた。
「えっと、その、お二人ともすごく美人なので迷ってしまいます。」
「でも、投票できるのは一人までだよ、あずにゃん。」
「明後日までには考えます。」
ぱっとどちらに入れようか思いつかなかった梓はそう答えた。後に梓の選択が投票結果の重要な分岐点となるが、本人にその自覚はなかった。
続く