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[26282] 【MHP3】 HAIL STORM (03/23 06,07話同時追加)
Name: perepe◆6994df4d ID:e135077f
Date: 2011/03/23 14:02
この作品が初投稿になります、perepeです。よろしくお願いします。

~注意~
この小説はPSPで発売したモンスターハンターポータブル3rdを題材にした話になります。
ほぼオリジナルな感じなので、苦手な方は、出来れば読んでいただきたいですが、見ずにスルーしていただいたほうが良いかと思います。

原作のゲームの方では、ゲームとして当然ですが、システムや、防具などで付加できるスキルなどがあります。
しかしこの作品はよりリアリティを求める方向で書いていますので、説明できない部分や、矛盾が生じるような設定は省いたりしています。
たとえば、ガード性能、というスキルが付く装備は、盾が扱いやすい装備と描写されます。
逆に、自動マーキングのような、どうなっているのか不明なスキルは出てきません。

また、題材にしているモンスターハンターというゲームがわからない人にも分かるように書いていきたいですが、原作を知っている人向けに描写が少なかったりします。ごめんなさい。

そのほか、独自設定、独自解釈、あります。
苦手な人はすいません。



初投稿になりますので、作品の批評はもちろん、投稿の仕方とか、アドバイス頂けたら嬉しいです。


では、好きな読み方でご覧になってください。
楽しんでいただければ、幸いです。


◇ ◆ ◇ ◆ ◇

2011/03/01 作品投稿。

2011/03/23 ドラゴンバスター編終了。



[26282] ドラゴンバスター編 01
Name: perepe◆6994df4d ID:e135077f
Date: 2011/03/01 21:33
 嵐。
 壮大な山々が立ち並び、ただそれだけでも人間と言う生き物の矮小さを感じさせる。だと言うのに、その山々さえも、嵐によって出来あがった恐ろしく大きい竜巻状の雲が――神々が天上から大地を俯瞰するように山の上を渦巻いていた。
 その嵐の中、山の中を、小さい小さい荷車が進む。
 文字通り、荷物を運ぶための大きさ程度しかない台車を、この地方でよく見られるガーグァという生き物が引っ張って走っている。
 それを操るのは一匹のアイルー。それだけなら、何もおかしいところは無かった。
 しかし、台車の上で寝転がっている男が一人。――荷物とそっくりで、同化していた。
 その男は黒いコートを羽織っている。また、頭にわらで出来た笠をつけているせいか、その顔は覗き見えない。荷物を枕に、ぼーっと流れていく景色を眺めていた。
 その男に、アイルーは話しかける。
「ヘイルの旦那、もうすぐ着くでニャ」
 その言葉に、ヘイル、と呼ばれた男が伸びをする。
「なかなかの居心地だったよ……荷物と一緒っていうのは」
「旦那ぁ、あっしが拾ってなかったら、あの距離だともう二日くらいは歩きっぱなしでしたニャ。少しは感謝して欲しいニャ」
 そう漏らすアイルーに、ヘイルはニヤリとシニカルな笑みを返す。
「わかった。この巡り合わせに感謝しておく」
「あっしにも感謝して欲しいニャ」
「手を合わせたら駄賃まけてくれるのか?」
「それは別ニャ」
 ふふ、とヘイルは口の中で笑う。
 ――年のころは、十代後半と見受けられる。背中に背負った得物からハンターをやっていることはわかるが、それにしても筋肉の付き方が特殊だった。
 軽装だ。裾の長い黒いロングコートの下には、鈍い色に光る胸当てや篭手が見える。――この地方に生息していない、カンタロスという虫の甲殻で作られた装備だ。
 その利点は軽く、丈夫なところにある。……しかし、普通に造られ売られる形ではなく、かなり大きさが縮小されてコンパクトになっている。恐らくオーダーメイド品だろう。少し装甲としては薄いように思える。
 よく見ると上から羽織っているコートも、ナルガクルガと呼ばれる竜の体殻や毛皮から造られていることがわかる。
 コンセプトは、軽く、その上できる限り丈夫に、といったところだろう。
 そのコートの上の水をはじき落としながら、ヘイルは言う。
「まったく……、これほど降られるとは…………。――ん?」
 荷車は森林を抜け、開けた渓谷に差し掛かる。
 そしてその瞬間、眼の端を、チリチリと青い光が走った。――ヘイルはそれを見る。
「…………あれは。なあ、あれは何だ」
 遠い位置に、何か青白く発光している巨体が見える。
 遠くにいるのと、嵐の暗がりのせいでよくは見えないが、自ら青く光っているから大よそのシルエットはわかる。その巨体は身体を仰け反らせ――吼えた。こちらまでその甲高い声が聞こえてくる。
 その声にビクリと身体を震わせたアイルーが、必死の形相でその巨体に振り向いた。
「……んニャ!? ば、馬鹿ニャ!! こんニャところに…………、ま、まずいニャ!!」
「まずい……?」
「ち、ち、ち、近いニャ! かなり近いニャ! 何でもっと早く言わなかったニャ!!」
「いや……、今見えたもんで」
 アイルーは焦燥を露に、ヘイルに向かって叫ぶ。
「あ、アレだけはまずいニャ!! 雷を呼ぶ化け物。アレの、アレの名前は――」




  ――HAIL STORM――




 雷鳴と同時に爆発が起こる。
 その爆発は、砲撃。
 刀身と砲身が一緒に並び、斬ると撃つという矛盾した二つの事柄を並行して行うことが出来るただ一つの武器――ガンランス。
 そのガンランスの砲身から飛び出した猛き爆炎が、茶色い毛皮をぶち抜き、内臓までも焼き焦がす。
 その痛みに悲痛の叫びを上げる生き物は――ドスファンゴ。今の砲撃によって、致命的な箇所を粉砕された。
 もはや耐えられない――どさり、と以外に呆気ない音を立てて倒れ込む。ドスファンゴは絶命する。
 その様子を、しっかりと見届けた後、ガンランスの持ち主であるハンターが緊張を解いた。
「……ふむ、中々のものでしたよ――ドスファンゴ」
「何かっこつけてるニャ。サクラももうボロボロニャよ」
 サクラと呼ばれたハンターは、そのセリフを受けても毅然と立っている――少女だ。まだ年端の行かないあどけない容姿をしている。その少女は長い髪を揺らしてガンランスを折りたたみ、背中に納刀した。
 装備のほうは、シンプルな額当てに、右半分は皮、左半分は鉄鋼といった様相。――ハンター装備だ。安価な割りに、しっかりした造りはハンター達に受けがよく、初心者が必ず通る道でもある。
 ガンランスのほうは、銀が眩しく、青いラインがスタイリッシュな――討伐隊正式銃槍。
 その重々しい武装がまったく似合わない少女は、ふん、と鼻を鳴らして言う。
「しかし、勝ったのは私です。勝者は、威張るのが役目ですよ」
 その堂々とした立ち振る舞いに、オトモのアイルーはため息をつく。
「じゃあもっと戦闘もしっかりやるニャ……」
「剥ぎ取りを済ませましょう。今夜はパーティーです!」
「……人の話を聞くニャ…………」
 サクラは表情は真顔だが、ご機嫌にスキップしながらドスファンゴに近づいていく。その様子に、オトモはもう一度深いため息を付いた。
 ハンターをやっているサクラだが、その容姿はまるでどこかの令嬢のようだった。見た限り、歳は十代半ばと推測できる。その歳の平均としては、身長は高いほうかもしれないが、体格は恵まれているかといえばそうでもない。
 肩幅は狭く、腰は小さく、足は細い。――とても儚く見える。
 背中まで伸ばしている髪の毛も、この地方独特の艶やかな黒髪で、見るものを嫉妬させるほどの輝きがある。
 顔だちも、痩せていて、大きくくりくりとした瞳が特徴的だ。
 この装備を外してちゃんとした礼服を着れば、貴族のお茶会にも違和感なく溶け込めるだろう。
 ――しかし、この少女はハンターをやっていた。
「むむ……、しかし、剥ぎ取りは中々慣れませんね……うやっ…………」
 採取用のナイフで切り開き、ぐちゃりと牙を引き抜く。なかなかグロテスク。
「ま、それもやってればなれるニャ」
 一方オトモのほうは慣れた手つきで、少しずつドスファンゴを解体していた。
 手を止めず、サクラに向かって喋る。
「こんなんでへこたれてたら、ハンターなんてやっていけないニャ。見るだけで気持ちの悪い竜とかも、この世には存在するニャ」
 例えばギギネブラ、って竜とかニャ。と続けた。
「……ふむ、さすが。ジャンゴは偉いです」
「また口だけで言ってるニャ……」
 別にそういうつもりは無かった。サクラは内心、オトモであるジャンゴのことを、かなり尊敬している。
 ジャンゴは、昔からハンター達と一緒に戦ってきた古強者である。
 ハンターに尽くし、数多くの強大な竜に勝利を勝ち取ってきた。確かにアイルー一匹としての膂力は小さいかもしれない。しかし、その頭脳に蓄積されたノウハウは筆舌にし難いほどの量と質だ。
 今回の狩りでも、自発的に罠を設置してサクラを助け、サクラに攻撃が集中しないように見事な位置取りでモンスターをひきつけた。
「……でも、サクラも今回はなかなか悪くなかったニャ。これまでに比べれば、うまく立ち回ったほうニャ」
「そうですか。ジャンゴが言うにはそうなんでしょうね」
「……でもやっぱりオイラは、サクラにハンターを止めて欲しいと思ってるニャ」
「まだそれ言ってるんですか? もう一年にもなりますよ」
「ハンターってのは、サクラの思ってるような簡単なものじゃないのニャ……」
「……それも聞き飽きました」
 しかし、昔ジャンゴは何があったのか、ハンターのオトモを退くと、まだ幼いサクラの世話係となった。父親が消え、サクラの母は働きに出かけることが多くなったので、サクラの面倒を任せたのだろう。
 ジャンゴはそうして八年もの間、サクラの成長を見守ってきた。
 だからこうして、まるで親のように口やかましく心配してくれているのだ。
「……よし、これで大方欲しかった素材は取りましたね。後はプロの解体師の仕事です」
 それでも、ハンターになると言い出したサクラをここまでオトモとして支えてくれたのはジャンゴだ。――サクラは、兄のような存在のジャンゴを敬愛していた。
「……嵐のせいで視界が悪いですね。キャンプ、と言う手もありますが、ここは夜が明けるまでに帰ってしまいましょうか……。――ジャンゴ?」
 狩りについては、ジャンゴを頼ればまず間違いは無い――そう思い聞いたサクラ。
 しかしそのジャンゴの応答が無い。不審に思ったサクラは振り返る。
 ――彼は真面目な顔をして虚空を睨みつけている。鼻をしきりにひくつかせ、周囲の様子を伺っていた。
 こんな様子のジャンゴは始めて見る――サクラは言いようの無い不安を抱きながら、小声でジャンゴに問いかける。
「どうしました……?」
「何ニャ……? 何ニャこの感覚は…………」
 ジャンゴはその可愛らしい顔をしかめっ面に変えた。サクラの質問には答えず、自分の、動物としての鋭敏な感覚に潜っていく。人語を解し、二足歩行で歩くさまは人間のようにも思えるが、ジャンゴを含めたアイルーの種族は人よりも感覚の優れた"動物"である。
 ――その、ジャンゴの動物である部分が、何かの危機的状況を察知する。
「磁気、磁場……? 電気…………? ――ッ!」
 ぶつぶつと、自己に埋没して呟いていたジャンゴは顔を上げると、ハッとした表情とは逆に静かに言った。
「いいニャサクラ、まずは落ち着くニャ。そして落ち着いたら直ちに、この狩場を抜けるニャ。直線でこの森を抜けるルートを、文字通り最短で走るニャ」
「……どうしたのですかジャンゴ。様子がおかしいですよ…………」
「いいからオイラの言うことを聞くニャ!!」
 そのあまり見ないジャンゴの激しい物言いに、サクラは怯える。
「だから、何が起こっているんですか!」
「本来はここにいたらいけない化け物が近くに来ているニャ!! ――"ジンオウガ"ニャ!!」
 ――ずどん。
 ジャンゴの最後の叫びと同時に、青白く輝く巨体が木々を薙ぎ倒し飛来する。
 刺々しい体殻に身を包み、その身体からは、バチリバチリと電気を放出している。この夜の暗がりにいても、その怪しい放電で辺りは光に包まれた。
 そしてそのシルエットは、サクラがこれまで出会ったモンスターとは比肩出来ないくらい――化け物じみていた。
「――ッ、何ですか……何なんですかこれ!!」
「落ち着くニャ! 今のサクラで、戦うことを考えることこそがもっとも愚かしい事ニャ!! 逃げるニャ、スムーズに!」
 その声を聞き、武器を構えようとした手を止める。
 サクラは、返事をする暇も無いことを理解した。――自分の出来うる限り最速で脱出を図る。
 ジンオウガと呼ばれたソレには目もくれず、まずは木と岩の陰を目指した。
 ――背後を確認しなかった、それが悪かったのだろうか……。
「――――ぅヅあッ!!!」
 サクラは今までに出したことの無い悲鳴を上げた。一瞬脳内がスパークして、視界が明滅する。
 ――意味のわからない激痛に襲われ、サクラは思考のパニックはピークに至った。
「雷光球!? しまったニャ! サクラっ!!!」
 真っ白になった脳内に比例して、身体の不自由も相当なのものだった。
 そして、激痛に苛まれるサクラに、青白い光が降り注ぐ。夜も遅い今の時間に、まるで正午を思わせるほどの光量だ。その光はサクラの頭上から差している。
 覚束ない脳でサクラは見上げる。
 ああ、彼女は理解していた。しかし、否定する自分もいた。……いや、そうあって欲しい、そうであって欲しくないという願望に近いものだった。しかし、その切望は破砕する。

 ――ジンオウガと、目があった。

「…………ッ」
 一瞬息が止まる。
 私は逃げたはずなのに、何でこんな近くに……。サクラはそう考える。
 サクラは矜持も戦闘意欲もかなぐり捨てて、全力で逃走を図ったのだ。このジンオウガとも、かなりの間が開いていた。――しかしこのイキモノはそれを一瞬で詰めてきた。明らかに動物としてのスペックが違いすぎる。
 サクラは、動悸が激しくなり、思考にノイズが駆け巡る。……しかしそれでも、ジンオウガから眼が離せない。
 ――すっ、と、静かにジンオウガの前足が振り上げられる。その手は帯電し、恐ろしい光を生み出している。
「……あ」
 サクラから掠れた声が出る。
 たいした描写も必要ないほど、呆気無い。――しかし、これが振り下ろされれば確実に自分は死ぬ。……そう理解でき、サクラは恐怖も、焦燥も、何もかもが遠く感じた。
 そして、その手が下ろされる瞬間。
 ――自分は突き飛ばされていた。
「――えっ?」
 横に吹き飛びながら、自分を突き飛ばしたものを見る。――ジャンゴだ。
 その刹那、ゆっくりと動いていく視界。――そのときジャンゴは、僅かに困ったような苦笑を湛えていた。その表情は、サクラの見慣れた、兄としての…………。
「――まったく、サクラは、最後まで……」

 ――そしてジャンゴは、ジンオウガの足の下に消えた。

「え……? 何? 何、これ……」
 受身も取れず、ゴロゴロと転がり終えたサクラの視線の先に、身体がへしゃげ、電気によって黒く焦げた――ジャンゴの身体が写る。
 サクラの脳は完全にストップした。何も考えられず、体は何かに縛られたように動かない。
 景色さえ、色褪せる。
 ただ、ジンオウガはそんなサクラを待つことは無かった。サクラに止めを刺さんと、悠然と歩き寄る。それは王者の風格を宿し、木や草さえもその存在にひれ伏す。
 そして、茫然自失としているサクラに、大きな爪が閃いた。
 その時だった。

 ――ジンオウガの横っ面に、鉄の塊が刺さった。

 サクラに、遅れて音がやってくる。まるで落雷のような音がサクラの腹を叩き、それでも足りないと乱暴に周辺を蹂躙する。地面が鳴動し、草木は震えた。
 ぎゃおぉ、と悲鳴に近い叫びをジンオウガが上げ、よろめき身を捩じらせる。
 それに振り落とされ、鉄の塊がすたん、と着地した。いや、鉄の塊と思ったのは間違いで、それは武器――スラッシュアックスを携えたハンターだった。
 ――真っ黒なコートを棚引かせ、耳のピアスがひかる。
 その人物が誰に言うでもなく呟いた。
「チッ……、何か嫌な予感がすると思ったけど……」
 その人物の眼は猛禽類のように鋭く、恐ろしいほどの殺気を宿している。そして、その殺気を余すところ無くジンオウガにぶつけていた。
 大粒の雨に打たれ、ジンオウガの雷光を反射する髪は――黒。耳の辺りまで、長く伸ばされている。癖毛だろうか、前髪の一部が、水に濡れているのにも関わらず跳ねている。
 ――ジンオウガは、まるでその男に恐怖を抱いたように、猛然と逃げ出した。
 その様子を見て男が吐き捨てるように言う。
「驚いて逃げやがったか……。まあいいや、それよりも……」
 こっちだな、と振り返る。その男はサクラに手を伸ばした。
「大丈夫かお嬢さん」
「あ、はい……」
 未だうまく働かない頭で、それでも危機は去ったということはわかった。反射的に男の手をとる。そしてその手の思わぬ力に驚きながらも、ぐっと立ち上がる。
「あの……、あなたは……?」
「ヘイルだ。君は?」
「……サクラ、と申します」
 ほぼ最低限といった感じで二人は名前を交換する。
 サクラは、その――ヘイルと名乗った男に、目を向ける。
 その圧倒的な存在感の割には、身体の線は細い。そのせいで、少年なのか青年なのか、年齢がはっきりしない。
 その錯覚的な容姿はまず置いておいて、サクラが発言する。
「その、ヘイルさんは、なんでここに……?」
「ちょっと近くを走ってたら、"アイツ"が見えてな」
 親指でジンオウガが逃げた先を示す。
 それよりも、とヘイルが続ける。
「ここに長居するとまずい。"アイツ"が戻ってくる可能性もある。……さっさと離れよう」
 こっちだ、とサクラの手を引くヘイル。しかし、サクラはその手を振り切った。
「ジャ、ジャンゴが、ジャンゴがそこに……、早く助けないといけないんです。手を貸してください……!」
 そして、焦げた肉塊を指差す。そのサクラの表情は鬼気迫っており、ヘイルに寒気を抱かせた。
 しかし、ヘイルが見たところ、これはもう……
「サクラ、言いにくいが……。この子はもう――手遅れだよ」
「そ、そんなことはないです! ジャンゴは、私なんかより、もっと、ずっと、賢くて強いんです!」
 そうサクラが言っている間にも、遠くでジンオウガの咆哮が聞こえてくる。ヘイルは申し訳なく思いながらも、ある決断をとった。
「……サクラ、すまん」
 がしり、と腰を掴むと持ち上げる。少女の体重は知れているかもしれないが、ガンランスと鎧も合わせれば中々の重さになるはずだ。しかし、そんな重さも感じさせずに、ヘイルが軽々と走り出す。
「やめて!! 離して!! 離せ!!!」
 激しく暴れる少女を他所に、ヘイルはとてつもないスピードで、風のように駆けていった。その方角は、ここから一番近い村――ユクモ村だ。
「――殺してやる!! 殺してやるぞ!!」
 その殺意は、何に向けてか。サクラは涙を流しながら喚く。
 その悲鳴に似た慟哭は、嵐の音の中に消えていった……。


◇ ◆ ◇ ◆ ◇


 その後、ジャンゴの死体は運良く無事で、そういう仕事のアイルーが回収してきた。動転を通り越して大人しくなってしまったサクラが聞かされるには少し忍びなかったので、ヘイルが代わりに聞いたところ、確実に即死だろうとのことだった。
 その後、家族であるサクラの母に事情を話し、ヘイルはサクラの元を離れ宿を借りた。
 ――次の日に、ジャンゴの葬儀は小さく執り行われた。
 ここ、ユクモ村の葬式は地元より特殊だったのだが、見よう見まねでヘイルも参加した。不思議な歌のような物を聞かされたりした(後から聞くに、お経と言うものらしい)。ジャンゴはアイルーだけあって、出席者はアイルーの方が人間よりよっぽど多かった。でも少し多すぎな気もする。それだけ、あのジャンゴは知り合いが多かったのだろう、とヘイルは思った。
 サクラは、終始俯いていて、表情がうかがい知れない。それだけがヘイルの気がかりだ。
 聞くには、ここは火葬らしい。
 死体を火で燃やすのはどうなんだろう、とヘイルは思いながら、式が終わるのを待つ。
 ――それでも二時間程度で全ての行程が終了した。ヘイルは知らないが、人間に比べアイルーとなると少し時間も短い。
 そしてヘイルは自分の気がかりをどうにかするため、サクラのもとに向かった。
「よう、お疲れさま」
 ヘイルはまるで仲のいい友人のように語り掛ける。
 場所は葬儀場の外、火葬場の近くの休憩所である。火で燃やした後、残った骨を骨壷に納骨するのだが、そればっかりは親族しかできないし、そもそもそう言った場所に入れない。アイルーたちは陰鬱な雰囲気をそのままに、そこで解散していった。しかしヘイルは、出てくるのを見計らって待っていた。
 ようやく会えた待ち人は黒い礼服に包まれ、表情なども昨日の印象そのままであった。
 そのサクラがヘイルに気付き、それでも無視する。
「……何だ、命の恩人に対して、随分つれない態度だな」
 シニカルな微笑を湛えながら、ヘイルは軽薄に言う。
「なんですか」
 サクラは抑揚のない声で呟く。ヘイルの方を見ようともしない。
 それにヘイルも気にした素振りも見せず続ける。
「いや、これからお前はどうするのか……、気になってな。どうするつもりなんだ?」
「どうする、とは」
「――ハンターを続けるのか、続けないのかに決まってるだろ」
 それを聴いた瞬間、サクラはびくり、と大きく身体を震わせた。……いや、よく見るとずっと細かく震えている。……震えつつも、今まで毅然と振舞っていただけだったのだ。
 その様子にヘイルも気付く。
 ハンターの途中で仲間やそれに準じる大切な存在を失うことを、ヘイルはよく知っているし、何度も見てきた。そして、その人たちのほとんどが、ハンターでいることを諦めた。
 ――どうしても続けられないのだ。モンスターを見ると身体が動かなくなったり、武器を持とうとしても持ち上げられなくなったり、酷くなると毎晩幻覚を見るようになった人だっている。
 大なり小なり、そういった人たちは恐怖を――トラウマを抱えてしまい、これまでと同じように狩りを行うことは、とてもじゃないが不可能だ。
 今回の場合もそうなんだろう、とヘイルは切なく思った。
 だから、サクラのその答えを聞いたときはなかなか驚いた。
「――続けますよ」
 ほう、とため息に似た息を吐くヘイル。
「中々の根性だな」
 そういってサクラの表情を覗き込む。
 ――そうしてヘイルは息を呑んだ。
 怒りだ。
 恐怖など、この少女は抱いてはいなかったのだ。いや、抱いてはいるだろうがそれに勝る、おぞましいほどの怒りをその表情に表していた。その震えも全て怒りから来るものだった。
「私は、"あれ"を殺します」
 その怒りとは真逆の、淡々とした声色が響く。
 まるで空洞のような眼をヘイルに向ける。ヘイルを見ておらず、その間の空気を見ているような、焦点の合わない眼だ。
「私は、"ジンオウガ"を――殺します」
 ヘイルは驚きながらも返す。
「……殺す、って言ったけど、今のサクラのランクでは受注できないんじゃないか? ……その、昨日の武装を見るからに…………」
「ええ、知ってますよ。昨日クエスト受付の人にも言われました」
 即日で行こうとしたのか、とヘイルは少し呆れるが、それはおくびにも出さず言う。
「じゃ、どうするつもりなんだ」
「"あれ"の今の住処は確かにこの村から近いですが、あまり被害を被る所にいるわけではありません。"あれ"の存在はユクモにとってあまり危険な物ではないのです。ですから――」
 一度セリフを切って、一呼吸置いてからサクラは鷹揚と告げる。
「他のハンターが腰を上げるまでに、私のランクが上がれば何の問題もありません」
 ――荒唐無稽な話だ。
 確かに今の話も一理ある。
 しかし、あのジンオウガがいくら村にとって不利益な存在ではないといえ、観光客のような、評判が物を言う商売をしている人にとっては目の上のたんこぶだろう。サクラのハンターランクが上がったとしても、それまでには他のハンターが仕事を完遂してしまった後に必ずなる。
 何故なら、ハンターランクを上げること事態が簡単なことではないからだ。1個上げるのに――大げさに言うとだが、3年かかると言われているほどだ。
 モンスターはギルドによって格付けされている。そして、そのモンスターをある程度の強さに括ったものが、つまりはハンターランクだ。そして、ハンターランクを上げるということは、そのランク中の指定された敵を一通り倒し、そして更にテストのような感じで一つ上のランクのクエストをクリアすることによって上がることができる。
 基本的な情報を思い出しながら、ヘイルは少女に聞く。
「じゃあ、サクラの今のランクは?」
「1です」
「……必要ランクは」
「3です」
 ――かなり絶望的だ。
 まず間違いなく間に合わない。そう言おうとヘイルは思った。
 しかしヘイルのそんな空気を読み取ったのか、サクラは宣言する。
「上げますよ。……そしてこの手で殺します」
 ――異様な迫力だった。
 何の根拠も無いが、この少女は本当にやり遂げるかもしれない。そんな風にさえ思わせる。
 そしてヘイルは知っていた。この類の復讐心の衝動は、なかなか収まることは無いと。
 ならば――

「……そうか。じゃあ――なんだったら手伝うぜ?」

 その言葉に初めて、サクラがヘイルに焦点を合わせた。
「手伝う……? 何のつもりですか」
「さあな。でも、こうして関わっちまったんだ……、そういうのもいいと思ってな」
 へらへらと笑うヘイル。
 そのいい加減な答えに、サクラは怒りの声を返す。
「興味本位であるなら、消えてください」
 しかし、その怒りの声もヘイルは飄々とかわす。
「でもまあ、よく考えてみろ。サクラ一人だけで目的にたどり着くのは少し難しいと思うぜ」
「確かにそうかもしれませんが……」
「俺がもし興味本位でも……サクラには選択肢は無いと思う。君が"あれ"を倒せるまでには少し時間がかかりすぎると、俺は思うんだけど。だったら人手は多いことに越したことは無いんじゃないか?」
 その言葉を聞いて、サクラは考え込む。
 最初にあのジンオウガを追い払った一撃は、まだハンター初心者のサクラが見ても凄まじかった。本当に人間が出せる攻撃なのだろうかと考えてしまうほどだ。
 ヘイルがいれば、確かにランクを上げるにしても早く上がるだろう。それに、ああいった技も盗めるかもしれない。彼にどんな思惑があろうと、彼が自分より強いことはわかる。
 そう思い立てば、彼女は決断は早かった。
「……わかりました。お願いします」
「ああ、任せてくれ」
 またしてもヘイルはシニカルに微笑している。
 その表情に辟易としながらも、サクラは伸ばされたヘイルの手を取って、握手をした。



[26282] ドラゴンバスター編 02
Name: perepe◆6994df4d ID:e135077f
Date: 2011/03/03 01:06
「クルペッコですね」
「……何だって?」
 サクラの言葉に疑問を浮かべるヘイル。
 ――今二人がいるところは集会浴場と言われるところだ。この大きな浴場の一部をギルドが間借りして、使わせてもらっている形になっている。それがハンターからは中々評判が良い。風呂に入りながら狩りについて語り合ったり、そのまま着替えて出発したり、そういう人がたくさんいる。――ユクモ村の住民は、風呂に入るのが大好きなのだ。
 そこで受注できるクエストを見ながら、二人は話し合っていた。
「クルペッコです。鳥竜種の」
「……ああ、竜ね」
「何と思ったんですか……。まったく、聞くにあなたは、この土地とはまったく別のところからきたそうじゃないですか。本当に大口叩いた分の働きをしてくれるんですか?」
 ヘイルは、うーん、と唸りながら頭を掻く。
「……イャンクックみたいなもんだろ。まあ、大丈夫だと思うぜ」
 反応としては、ヘイルはかなり軽かった。
 サクラはそんな様子にため息をつく。
「はぁ、本当に大丈夫でしょうか……。ていうかさっき何かの手続きをしているように見えましたが、何をしてらっしゃったんですか?」
「ギルドに加入したんだけど?」
 一瞬、静寂に包まれる。
「…………ええと、あなたは前にいた土地でもハンターをなされていたんですよね」
「ああ」
 頷くヘイル。
「ではライセンスも持っているのでは……?」
 ライセンス、とは自分の今のハンターランクを示すために、必要な許可証みたいなものだ。正式名称をギルドカードという。これが無いとクエストを受注することは絶対に出来ない。
 ヘイルが昔ハンターをやっていたなら、持っている筈のものだ。――もちろん、他の土地のものでも、いつでもどこでも全て共通で使える。
 その当然の質問に、ヘイルは答えた。
「無くしたんだよ、引越しの最中に」
 またもや二人とも黙り込む。
 その静寂を切り裂いて、サクラは引き下がることなく聞いた。
「さ、再発行はしなかったんですか? 出来るはずなんですが……」
「あー、めんどくさかったから、ハンター辞めてきちゃったんだよ」
「あほですか」
「……いや、そんなに言う?」
 サクラは頭を押さえながら、ため息をつく。
 ハンターにとって、武器と同じくらいに大事なギルドカードだ。これを無くすこと自体、ハンター失格とさえ言われている。めんどくさいから再発行もせず辞めるだなんて、サクラにとっては前代未聞もいいところだった。
 もしかして、このヘイルという人物は思っているよりとんでもない人間なのでは、とサクラは思い、更に質問を重ねる。
「……参考に聞かせてもらいますが、あなたの過去のハンターランクはどれくらいでしたか…………?」
「サクラよりかは高かったと思うけど……、たぶん3以上はあったと思う」
「ライセンス無くしてなかったらジンオウガ倒しに行けたじゃないですか!!!」
 サクラは切れた。
 というのも、ランクが低い人でも高い人と同行すれば、自分のランクより上のランクについていくことが出来る。この場合、ヘイルがハンター登録を抹消してなければ、サクラはすぐにでもジンオウガのクエストに行くことが出来た(この場合、ヘイルが受注という形になる)。
 しかしその怒り具合を他所に、ヘイルが飄々と言う。
「うーん、正論を振りかざすわけじゃないけど……、正直に言って今のサクラの武器防具じゃ、アイツには到底敵わないと思うんだが」
 完璧に立ち回れるって言うのなら、時間さえあれば大丈夫だろうけど、とヘイルは続けた。
「……しかし」
「そういう意味で、ランクを上げていくのはやっぱり必要だと思う」
「うっ、正論ですね」
「正論だな」
 言いくるめられていた。
 しかしこの場合どっちが悪いかで言えば、確実にヘイルだ。
「はぁ……、ではこれで予習でもしますか」
 少し気まずい空気を押しのけて、そう切り出すサクラ。
「予習?」
 どん、という感じにサクラが、机の上に資料を置く。それをペラペラとめくっていき、クルペッコと大きく書かれたページで手を止める。詳しくモンスターの習性や出没地域、時間などが明記されている――モンスターリストだ。
 まったく知識の無い、どういったモンスターか知らない場合、こういう資料でよく調べてから狩りに行くのがセオリーだ。……しかしやはりといったところか、まったく知識の無い初心者が新しい敵に挑むよりも、経験者に同行し技術を盗みながら戦う方が死亡率は低い。やはり一番強いのは経験であるといえる。
 そのモンスターリストを、読んでるのか読んでないのかわからない目でヘイルが見ている。
「はぁん、こいつ――味方を呼ぶらしい」
「ええ、クルペッコはその特殊な鳴き声を出す器官で、他のモンスターそっくりの鳴き声が出せるそうです。一匹だけでは対して危険はありませんが、戦場に二匹も敵が出るとなるとかなり危険度は増す、らしいですね」
「ふぅむ」
「かなり不快ですね」
 ヘイルは疑問に思い、サクラを見る。
「不快?」
「ええ、……仮にも竜であるなら、ハンターには一匹で立ち向かって欲しいものです。そういう誇りを持って欲しい」
「お前なんなんだよ」



「――うおお、こいつは愉快ですね!」
 クルペッコがその特殊な鳴き声を鳴らしながら目の前で踊る。
 ――そう、踊っているのだ。いや、踊っているように見える、と言ったほうがいいか。
 クルペッコはその身体を大きく揺らし、独特な器官を使い色々な音を奏でる。派手な彩色で目も楽しめる。それは敵だというのに、不思議な高揚感を与えられ、こっちまでとても楽しい気分になってくるほどだ。さすが"彩鳥"と言ったところか。
 そしてサクラはどうもその様子が壷に入ったようだ。
 お前本当になんなんだよ、とは口には出さず、ヘイルが言う。
「気をつけろ! あれでも竜だ!」
 ヘイルが注意するのもおかしくない。何故なら、この風貌や仕草に騙されがちだが、決してこの鳥竜は弱いわけではない。初心者は油断して命を落とすことも少なくないのだ。
 いや、だからこそ初心者にこのモンスターを当てるのだろうか。
 とにかく、かつて似たようなモンスターと戦ったことのあるヘイルはそれを知っていた。
「ええ、理解しています。行きますよ!」
 そのヘイルの忠告に緊張を取り戻すサクラ。
 ヘイルは素早くポーチから、奇妙な球体を取り出した。――ペイントボールだ。全力で投球されたそれはアーチすら描かず真っ直ぐにクルペッコに叩きつけられる。そして、すぐさま広がる独特の匂い。この匂いが敵の位置を知らせてくれるようになるのだ。
 そして背から鉄塊を持ち上げる。無骨な鉄塊だと思えたそれはヘイルの手の中で火花を上げてスライドした。そしてその全容を見せる。
 スラッシュアックスにしては、妙に型が古い。サクラは見ながら怪訝に思う。
 しかしそんなことを考えている暇は無い。サクラもそのガンランス――討伐隊正式銃槍を展開させる。
「サクラ、挟撃だ! 単純だが、単純ゆえに強い。だけど対角線上はまずい、互いに攻撃してしまう恐れがある!」
 斜めに、と叫ぶヘイル。
 多数での狩りのノウハウはまったく無かったため、サクラにとってヘイルの忠告は嬉しいものだった。
 言われたとおりに、自分の出来る範囲で動く。
 突き、突き、撃つ。突き、突き、守る。
 ガンランスの強さは、その城壁のような守りの堅さが筆頭に上がる。クルペッコは回転攻撃を繰り出したり、自前の火打石で爆発を起こしたりするが、その盾に通りさえしない。がっしりと土に根を生やし、じりじり、と相手に死を与える。
 対するヘイルは、初見の敵だというのに、まるでどこに攻撃が来るかわかるように立ち回っていた。
 避けては攻撃し、攻撃してはひらりとかわす。
 ――スラッシュアックスの性質上ガードは出来ない。もし大剣のように安易にガードしてしまえば、圧し折れる――複雑な機構を宿した武器の宿命か。しかしだからといって、決して軽い武器ではない。だからスラッシュアックスを扱うハンターが鍛える部分は――目だ。どのような攻撃でも、予測し、当たりさえしなければ何も怖いものは無い。
 その言葉を体現するかのように、クルペッコの尻尾攻撃も、粘液のブレスも、どこに来るかわかっているかのようにかわし、斧形態のそれで、叩きつけるように攻撃を加えている。
 ばさり、クルペッコが飛び上がる。
 ブレスによる攻撃が来る恐れがあるため、二人はクルペッコの様子を睨みつけるように観察する。
 しかし、クルペッコは飛び下がっただけだった。そして大きく胸を膨らませたのだ。
 ――そう、仲間への呼びかけだ。
「……しまった、あれがそうか」
 しっかりと立ち回りすぎたか、とヘイルは思うがもう遅い。
 無駄な思考をカットして、クルペッコの行為を止めようとヘイルが走る。とてつもないスピードで走り寄るが、しかしもう遅かったようだ。振りかぶったスラッシュアックスを無視して、クルペッコがその仮想の鳴き声を上げた。
 ずどん、と斧が突き刺さり、クルペッコがよろめく。
 その瞬間、畳み掛けるか、とヘイルは思うが、一番必要な行動をとることにした。サクラに振り返る。
「サクラ、新手が来る可能性がある!」
 そう叫ぶヘイル。
 その声に反応を示すサクラ。しかし、ヘイルが見てもわかるほど、顔色が真っ青だった。
「……今の、聞いたことあります」
「何だって!?」
「何度も……、何度も聞いたことあります! アオアシラです!!!」
 その瞬間、空気がごう、と鳴動した。――鳴き声だ。
 クルペッコのようなまがい物ではない、本物の威圧感。それをヘイルは敏感に感じた。
 しかし、とても近くにいたらしい。クルペッコの鳴き声に反応したにしてはかなり早い出現だ。
 ――青い体毛に、遥かな巨体。
 熊の種類の中でも、一番大きく、獰猛な性格、鋭い爪、長い牙――アオアシラ。
 ヘイルは短く舌打ちを鳴らす。
「サクラ――アイツは俺が相手する」
 アオアシラはまだ遠い場所にいる。この孤島というフィールドは草原が多いため、スペースがなかなかに広い。
 ヘイルは二匹入れ混じるより、今の離れている状態で単体を攻略する方がいいと決断した。
「だから、クルペッコは頼んだ」
「……ッ。…………」
 その信頼の声にサクラは驚く。
 初めてパーティーを組んだというのに、この人は自分を信じているのか。つまり、私一人でこいつを相手取ることができると思っているのか。……それとも、私一人がくたばったところで自分には関係ないと思っているのか。
 どっちだろう、サクラは思う。
 ――しかしヘイルの声色は、後者じゃないような気がした。
 気がしただけだ。なのに、身体は火照り、異様な高揚感に包まれる。
「問題、ありません」
 気付けば言ってしまっていた。ガンランスを構えて、クルペッコを睨む。
 そしてその言葉を聞いて、ヘイルは猛スピードで駆けていく。ぐんぐんと視界にアオアシラが大きくなっていき、向こうもこっちの存在に気付く。
 それを見ながらヘイルが呟く。
「悪いけど、お前とは遊んでいる暇は無い」
 いままでサクラに話しかけていたようなものじゃない、空恐ろしい冷たさの声色だ。
 そしてそれに連動するように、じゃぎり、とスラッシュアックスが変形した。



 所変わって、サクラは防戦一方だった。
 間抜けな顔をしていて、クルペッコは中々攻撃が鋭く、重い。
 ――いくら時間が流れただろうか。
 サクラの体感時間では、一分しか経ってないように思えるし、一時間くらい経ったようにも思えている。
 そしてその中で、じわりじわりと削られているのは、サクラのほうだ。連続的な相手の攻撃を受け続けて、スタミナも盾をもっている手も、言うことを聞かなくなってくる。
 そして、クルペッコの爆破攻撃が盾に直撃した。
「ッ……ふっ…………!!」
 ――そろそろ、限界が近い。
 そう思った瞬間だった。
 クルペッコの爆破攻撃は連続で来る。一撃受け流したところで、もう一撃、もう二撃と波状の攻撃を仕掛けてくるのだ。
 しかしサクラはそのことを忘れていた。……いや、覚えていたところでどうにかなったろうか。
 クルペッコはもう一度サクラに爆破攻撃を繰り出した。
 ごがん、という音、衝撃。
 しまった、と思うも、もう遅い。サクラは盾をもった手が痺れて、感覚がなくなってしまった。大きく仰け反り、隙を作り出してしまう。
 ――そして、クルペッコの爆破攻撃はもう一回あった。
「あっ……」
 迫る巨体。避けられる距離じゃない。
 死ぬか、大怪我で済むか、どちらに転んでも結局死んだようなもんだ。サクラは一瞬でそう思う。
 ――しかし、そんな諦観も暴風が吹き飛ばした。
「シッ――――」
 そんな声が、いや呼吸が聞こえて、クルペッコが吹き飛んだ。
 無骨な鉄の塊がクルペッコの足を払うように薙ぎ倒したのだ。それはまるで、草木を払う風のようだった。
「無事か……!」
 ヘイルの声だ。その声にサクラは安堵しながらも聞く。
「……ええ、なんとか。アオアシラは……」
「逃げた。それよりも――」
 といいながらヘイルは、倒れたクルペッコを睥睨しながらスラッシュアックスを変形させる。斧だったものが剣になり、ぐぎゅるる、と水音を鳴かせビンの中身が刃に循環する。
 それをおもむろに――突き刺した。
「属性、開放……?」
 サクラは呟く。
 元々ソロでやっていたサクラはガンランス以外の武器をあまり見たことがなかった。しかし大剣や片手剣などは使い方が予想されるものだ。
 ――しかしスラッシュアックスは別だ。
 店先で並んでいるものを見たりはするものの、実際に使っているところを見たことは少ない。
 だからこそ知識で知っていても、実際に見たのでは迫力が違った。
 るるる、と水の音がしてビンの中身が急激に減っていく。無理やりにスラッシュアックスの刃にその中身をいきわたらせているのだ。そして、それはクルペッコの体内に入り込む。
 そして、その薬剤が過剰に刃を満たしたとき――
 ――爆発。
 そのあまりの威力にクルペッコが唸り、ヘイルもざざざ、と仰け反る。
 そして、スラッシュアックスに冷却の空気がいきわたり、じゃこ、と斧形態に戻る。
 起きたクルペッコは、驚きか、焦燥か……何が彼を支配したのかわからないが、遥か大空に逃走した。



「ま、今日はこんなところにしておこうか」
 ヘイルは、太陽の位置を確認しながらサクラに言う。
 クエストも三日目だ。サクラはまさかクルペッコを見つけるのに二日かかるとは思わなかった。しかし、そういうこともあるだろう。
 実際に戦闘した後、これほどに気持ちを切り替えて、キャンプのことに思いを巡らせるヘイルはやはり長年のハンターとしての貫禄を思わせる。
 比較的安全な位置を探して、キャンプを立てる事になった。そしてその作業をしながら、サクラはヘイルを見る。
 アオアシラを一人で相手にし、そしてあの凶暴な性格で知られる奴を逃がすまでに至らせた術。一体何者なのだろうか、とサクラは思うが答えは出るはずも無い。
 サクラは、とりあえず今日のことについて言おうと思った。
「その……、ヘイルさん。今日はありがとうございました」
「……? 何が?」
 そういいながら、サクラに近づくヘイル。
「いえ、危ないところを助けてもらったので」
 実際ヘイルが助けに入ってないと、かなり危うかった。今こうして元気にキャンプ設立なんてしていないかもしれない。
 しかしヘイルは笑いながら、こういった。
「あはは、気にしなくていいよ。……ていうか、"ありがとう"はいらない」
「いらない、というと?」
「あのさ、パーティーってのは助け合って戦うだろ? ――つまり前提として助けることになるんだよ、他の人をさ。迷惑をかけたら謝らなくちゃいけないってのは思うんだけど、俺に対しては感謝なんてしなくていい」
「はあ……」
「だってそのうち、サクラに助けられる時も来るだろうからな」
 その一言を聞いて、サクラは黙り込む。
 本当にそんなときが来るのだろうか。ヘイルは自分と違い、かなり強い。そしてもし自分に助けられるほどの力があったとしても、ヘイルが果たして、窮地に立つことなんてあるのだろうか。
 サクラはその複雑な胸の内を抱えて、しかし言う。
「――でも、私はあなたに感謝しています。ありがとう、と言わせて下さい」
 そういった瞬間、ヘイルはぽかん、と口を開けて呆然とした。
「な、なんですか」
「あ、いや。……サクラのことだから、『ええ、そうですね。当然でした』とかそんな感じで同意するかと思ったんだけれど……。こんなに素直だとは……」
「素直って何ですか。私は思ったことをすぐ口に出しますよ」
「いやそれを自分で言うのはどうかと思う」
「……真面目に感謝していますからね」
 そういって頬を膨らますサクラ。
 それを見てまた機嫌が悪くなってはたまらない、とヘイルはなだめる様に言う。
「わかった、わかったよ。じゃあ、こっちも素直に受け止めるよ」
 ヘイルは佇まいを直して、笑った。

「――どういたしまして」

 ヘイルの笑顔は、自信と、優しさと……そしてほんの少しの卑屈さで構成されていた。
 その笑顔を見て、サクラのは、はっ、と息を呑んだ。心臓の拍子がおかしくなる――鼓動の感覚が短く、振幅も大きくなって、顔に血が巡る。知らず知らずの内に呼吸も乱れて、通常のときとはまったく違う状態に一瞬でなってしまった。
 あれ? あれれ? なんですかこれは。
 まず疑問だった。
 そして、それが何か思い至った瞬間。――サクラは自分の顔を叩くように押さえた。
「うお……、どうしたさくら」
 ヘイルは覗き込もうと、サクラの顔に自分の顔を近づける。
 サクラはそれに我慢できるはずも無く……。
「なんでもないです、見ないでください。 ……見るな!!」
 おもいきり蹴った。
「あいたっ!」
「さっさと用意してください!」
 ……なんなんだよ、とヘイルがぼそぼそ言いながら自分の持ち場へと歩いていく。
 その背中を見ながらサクラは、そういうのとは違います、絶対違うんです、と心の中で違う誰かに弁解していた。
 そして軽く頭を振ると、その頬の色を見せないように、サクラはヘイルに背を向ける。



[26282] ドラゴンバスター編 03
Name: perepe◆6994df4d ID:e135077f
Date: 2011/03/07 15:01
 サクラはもう少しかかるかと思っていたが、以外にあっけなく、勝負は次の日についた。
 クルペッコは強かったが、やはり二人でかかったせいか、苦戦はすることも無かった。というのも、ヘイルは位置取りも完璧で、クルペッコの意識を分断させるような立ち回りをしていたためだろう。負担は昨日の半分だった。
 途中仲間を呼ぶサインも見せたが、ヘイルはその隙を逃すことなく、クルペッコをひるませ続けた。その技にサクラはずっと感心し続けていたりもする。しかもその上、ヘイルの武器が強いこともあったのだろう。
 そんなこんなで、ギルドの協力も得て帰ってくるまで、船に乗り、ネコタクに乗り、としていたら村に帰ってくるまでに行きと同じく二日くらいかかった。
 ――結局、村を出立してから一週間以上経過した。
 帰ってきてからすぐさま確認したのは、他でも無くジンオウガ狩猟の受注申し込みだ。
 それをみてサクラは言う。
「……よかった。まだ誰も受注してない」
 どこかのパーティーが受注すれば、基本的に置かれていた依頼は撤去される。そして、受付にクエスト依頼があるということは、まだ誰もその依頼を受けていないということだ。
 その安堵した様子のサクラを見ながら、ヘイルは心中で思う。
 確かに誰も受けてはいないようだが、それも時間の問題だ。ここユクモ村には、ヘイルの昔いた場所とは違いハンターとしての活動は盛んで、その分上級者もたくさんいる。
 それに、クルペッコは問題なく倒せたが、次はそうだとも限らない。――そういったネガティブな思考はヘイルの中にたくさんよぎる。
 そのヘイルの様子を他所に、サクラは元気よく言った。
「次の、ボルボロス、という敵を倒せば、私にハンターランクを上げる機会がやってきます。2ですよ、そうすればもう1個上げればたどり着きます」
 "あれ"に、と続ける。
 その表情は笑顔ながら、鬼気迫る気配を漂わせている。
 それを見ながらもそのことについては何も言わず、ヘイルが感心したように考えを述べる。
「しかし、オトモがいたとは言え、ランク1のクエストを一人でほとんど終わらせてるってのは凄いな」
「そうですか? まあ、……ジャンゴもいましたし、私にとっては余裕ですね」
 ジャンゴの名前が出たところで一瞬詰まるが、それを気にしてないように振舞うサクラ。ヘイルもそれを気にしないように続ける。
「ふーん。じゃあサクラはハンターやりだして何年経つんだ?」
「まだ一年を少し過ぎたところですね」
「…………一年、ねぇ」
 正直、ヘイルは驚いた。
 基本的に、先ほどのアオアシラや、ヘイルは知らないがロアルドロスといった中型モンスターを単独で倒せるまでに至るには、初心者なら短くて三年かかると言われている。
 今回のクエストに同行して、その腕前は二年、三年のものだと思っていた。だからクルペッコを任せられたのだが……。
 つまり彼女は、アオアシラのような中型を倒すのに半年ほどしかかかっていないかもしれない。だとしたらサクラはかなりの才能で、もしかしたらランクを上げるのも簡単かつ常人よりも早いかもしれない、とヘイルは思う。
「それでは、ボルボロスを倒しに行きましょうか」
 むふー、という感じにサクラが言う。その様子を見ながらもヘイルは告げる。
「サクラ、俺たちは今帰ってきたばかりだ。少なくとも、三日当たりは休息をとったほうがいい。武器と防具のメンテナンスに丸一日。準備に丸一日かかる。それは明日以降に持ち越して、今日はぐっすり寝て疲れを取るんだ」
「しかし、そんなことをしていると……」
「大丈夫だ。一週間以上経って誰も受注しないところを見るとまだまだ平気だろう。ジンオウガってモンスターはそれほどに脅威らしいな。触らぬ神には……ってやつか」
 ヘイルは納得させるためそう言ってみるが、まったく証拠は無い。
「そう、ですか……」
 それでもサクラは納得してくれたようだった。その様子にヘイルが安堵する。
 そして、今晩の宿を考えるが、その前にサクラを家に送り届けることにした。男として、年上として当然の行為である。ヘイルはサクラと適当な雑談をしながら歩き、途中で武器屋によって武器と防具のメンテナンスを頼んだりしつつも、それらしき家屋の前に着いた。
 家に着き、その前でサクラが一言ただいまと言うと、その中からあわただしく女性が出てきた。一週間前にも一度会った――サクラの母だ。
「よかった、サクラ無事だったのね」
「ええ、大丈夫よ母さん」
 安心からか、サクラの母はとても柔和な笑みを浮かべている。
 そして、サクラの後ろに立つヘイルに気付いた。
「こんにちは、前にも一度会ったわね。私はサクラの母で、モミジと申します。よろしくね」
 そうして大きくお辞儀をした。ヘイルにはそういった丁寧な挨拶はされたことが無く、少し焦ってしまう。
「い、いえ、ご丁寧に。こちらはヘイルです」
「そう、ヘイルちゃんって言うのね。いい名前ね」
 そうして、柔らかく笑った。その笑顔に、不覚にもヘイルはどきりとしてしまう。
 それにしてもサクラに似て綺麗な人である。しかしだからといって、サクラのように無表情なわけでもなく、表情で言えばどちらかというととても感情豊かな人みたいだ。
 ……サクラも感情豊かだが、顔にはあまり出ない。
「家に上げるけど、いいよね母さん」
「え、俺上がるの……?」
「今後のことを相談しようと思いまして」
 これは、反論は許さないコースだ。ヘイルは一週間サクラに付き合ってきた結果、妙な勘が働くようになってしまった。
 苦い顔をしながら、ヘイルは上がる。
 そうしてサクラの部屋に通される。
 ――こうやって女性の部屋に行くのもほぼ初めてのことだ。ヘイルはどぎまぎとしながら、色々なものを観察してしまう。
 やはり土地が違えばかなり違っている。というのも、ヘイルのいた場所と比べ、部屋の様式がまったく違う。畳であったり、小さなちゃぶ台であったり、ベッドが無かったりで、ヘイルにとっては驚きの連続だった。どこにどうやって寝ているのだろうか、とも思うほどである。
 しかし、それ以外はサクラのイメージとぴったりで、簡素、簡潔、清潔、清楚。家具や置物は最小限であり、趣味のものも、ハンターとしての本や武器の簡易メンテナンス用の道具、それを入れるためのボックスなどだ。正直、この辺りは前に住んでいたヘイルの部屋とあまり変わらない。
 変わっているのは、女の子特有の微かな甘いにおいが漂っているだけだ。――まあそれだけで、まったく違うようにも思えるのだから不思議だ。
「ま、座ってください」
 どこに? とも聞けないヘイル。
 それを他所に、布で出来た小さい敷物――ヘイルは名前を知らないが、座布団だ。それを二人分、部屋の端からサクラが取ってくる。
 それを置いて、机を挟んだ向こう側にサクラが座った。ヘイルも見よう見まねで胡坐を掻いて座る。
「ということで、休憩ということになりましたが、何かしていなければ私の気がすみません。ということでヘイルさんに色々聞きたいことがあります」
「おう、何が聞きたい」
「そうですね、まずは戦闘のコツとかですね」
「コツ、ねぇ……」
 そういってヘイルは顎を押さえ考え込む。
 サクラはその様子のヘイルをみて、更に付け加えた。
「此度、あなたと狩りを共にしてあなたの強さが身に染みてわかりました。……そして自分がどれほど未熟なのかも。今回の狩りは私にとってとても有益なものになりました。目から汁粉です」
「今何て言った」
「正直、あなたの評価は私の中でぐんぐん上がりました。驚きです。なので、忘れないうちに助言やコツを聞いておこうと思いまして。カツは熱いうちに食え、ですね」
「……えっと」
「どうでしょう」
 ヘイルは、サクラが割と食べ物が好きなことがわかった。
「助言かぁ……、そうだな。武器が変わると、やっぱり動き自体も変わるから、詳しいことはなんともいえないが……」
 そういって、細かい指摘や対処などを説明した。サクラは終始真面目で、メモまで取っている。そんな様子に妙な感覚になりながらも、ヘイルはある程度まで話した。
「……って感じだな。後は何事も経験だな」
「ふむ……、わかりました」
 そう言って、無表情だが何か満足した顔をするサクラ。
 しかしまだ聞き足りないのか、ヘイルにもう一度問う。
「あともう一つ聞きたいことがあるのですが……」
「何だ、まだ何か残ってたか?」
「その、ヘイルさんはもしかして、……私のことが邪魔でしたか?」
 ヘイルはその言葉に疑問を抱く。
「どういうことだ? 別にそんなこと思いもしなかったが」
「……いえ、何かヘイルさんが……、――全力を出してないように見えて」
 ヘイルは驚き、目を見開く。
「……どうして、そう思ったんだ?」
 自分で思うよりも少し硬い声色になってしまう。それに敏感に気付いたサクラも少し肩を竦めた。
「どうして、と言われても……、勘でしょうか。……ヘイルさんはもっと出せると思いまして」
 確かに、ヘイルも思うところではあった。もしかしたら、そうなのかもしれない。やはりアオアシラと戦っているときと、クルペッコと戦っているときでは勝手が少し違った。……そしてそれに気付くサクラもなかなかセンスがいいと言える。
「ああ、もしかしたらそうかもしれないな……。俺もずっと、向こうでは単独(ソロ)でやってたから」
「え? そうなんですか? でも多人数での狩猟には慣れてるように思いましたが……」
「まあずっとやってれば誰かと一緒に行く機会だってできるさ。俺のはそこで学んだことだな」
「……なるほど」
 でも、とヘイルは繋げる。
「――俺たちの息がもっと合えば、お互いに全力を出せるようになるさ」
「……そう、ですね。そうなればいいですね」
 少し顔を赤らめてサクラが言った。
 それを見てヘイルは顔を傾ける。
「……なんかどうしたんだサクラ。調子悪いのか?」
「……? 調子はすこぶるいいですけど」
「すこぶる、って……。いや、会ったときよりもいくらか刺々しさが無い、って言うか。あの理不尽な感じがどっか行ってるような……」
 そう言われ、サクラは顔をボン、と爆発させた。
 あたふたとしながら、ヘイルに叫ぶ。
「な、何言ってるんですか! 違います、違います!!」
「…………何が違うんだ……」
 ヘイルは眉をひそめながら、違います違います、と連呼するサクラの奇行を見ていた。


 そのまま雑談をしていると、自分では気付いてないみたいだが、サクラは、うとうととし始めた。……そしてついさっきには机に突っ伏して寝始めた。
 なんだかんだいって、今回のは相当疲れたようだ。ヘイルはサクラを微笑を浮かべながら見ていると、後ろから声が聞こえた。――モミジだ。
「あらら、寝ちゃってるわね」
 そういうと、持ってきたお茶とお菓子を机の上に置く。
「ああ、モミジさん……ですか。……すみません」
 モミジの登場にヘイルは少し緊張を露わにする。それに気付いてか否か、モミジは一層フレンドリーに語りかけてくる。
「あら、そんなに気にしなくていいのよ。……はい、お疲れ様」
「いえその、……ありがとうございます」
 そうにこやかに言いつつ、お茶菓子を差し出してくるモミジ。その懐の深い笑みを見てヘイルも、ぎこちなくだが笑顔を作った。
「それにしてもこの子は……」
 モミジはため息をつきながら、机の上で寝てしまっているサクラを見つめる。
「仕方ありませんよ。……サクラは、今回とても頑張ってましたから」
「そうね……、ちょっと気合入れすぎなくらいだわ……」
 そういって、押入れから布団を出し始めた。ヘイルは、ああ、そんなところに寝具が……と思っていたら手伝うことを忘れていた。
 モミジは困ったような顔を浮かべて、ぽつり、と話し始めた。
「この子にとっては、ハンターは趣味だったの」
「……趣味、ですか」
「ええ、理由は知らないけど……でも、あの子――ジャンゴと一緒にクエストに行ってる時は、とても楽しそうにしてたわ。ジャンゴが慣れてるから、無理だと思ったら深追いせず、ちゃんと諦めて帰ってくるように仕向けたりしてくれて、……大敗ってのを味わったことが無かったのよ」
 布団を直しながら、淡々と語るモミジ。ヘイルは黙って聞いている。
「この子は、前しか見れない子なの」
「猪突猛進、ってことですか?」
「うふ、よくわかってるわね。――だから、今回のことがあって、かなり精神的にきてると思うの」
「精神的にですか。確かに妄執にはかられていますけど、今のところ別にそういう感じはないですが……」
 それを聞いて、モミジは優しい微笑をヘイルに向ける。
「――それはあなたのおかげね」
「俺の……?」
「あなたが近くで支えてくれてるから、この子も伸び伸びとできるのよ。……元々自由奔放な子だから」
「それはたまに感じますね……」
 二人そろいため息をつく。
「でも、ジャンゴが死んだせいで、目的と手段が逆になったのよ。いままで、狩りをしたいがためにモンスターを倒してた。――でも」
「――モンスターを殺すため、狩りをするようになった……か」
 ヘイルは、和やかに眠るサクラを見る。寝顔を見れば、普段の雰囲気を一掃するかのような可愛らしい女の子だった。すぅ、すぅ、といった寝息も、少女然としていて、可愛い。
 そして、ヘイルは思う……この少女はとてもか細い。
 いくら才能があったとしても、今のままでは精神の磨耗、焦燥感の軋轢に耐えられるだろうか。これまでのライフスタイルを変えてしまって、彼女の身体が持つだろうか。
 モミジもそういった心配を抱いているのだろう。
 ヘイルがそういった感傷にふけっていると、その隙を突くようにモミジが一言漏らした。

「――あなたが、どうしてこの子に付いて行ってあげてるのかは、私にはわからない」
 そういってモミジはこちらを真剣に見る。
「でも、悪い人じゃなさそうだわ」
 勘だけどね、と笑顔を浮かべるモミジ。
 それにヘイルは答えを返すことは出来なかった。そのモミジの一言に、ヘイルは動揺していたからだ。
「私じゃ、この子に付いて行ってあげれない。だから――」
 お願いします、とモミジは頭を下げた。
「…………はい」
 ヘイルはしかし、渋い顔をして返事をする。
 結局この微妙な空気を、ヘイルはどうにもすることは出来なかった。


 ヘイルはその後、すっかり眠りこけたサクラを担いで、布団に寝かせた。その体重はとても軽く、ヘイルは驚いた。
 そして引き止めるモミジの言葉もやんわりと断って宿を探した。その間中も、心の中の小さなしこりは消えてくれない。
 それでもヘイルも疲れていた。その日は宿を見つけると、ベッドで寝転がっているうちにいつの間にか深い眠りに落ちていた。
 ――そして、次の日は何もせずすごした。
 宿で出る飯を食い、宿で出る温泉に入る。ヘイルはここで初めてユクモ村の温泉に入ったわけだ。ヘイルは自分でも風呂に入らなさ過ぎだろ、と思った。しかしそれも今日で最後にしようとも誓った。……それだけお気に入りになったのだ。
 そして、本当にハンターなのかわからない過ごし方で一日を浪費し、早くに寝て、次の日も平和におきようと思った。
 しかしそんなことになるはずは無かった。
「――て……さい。……きてください。……起きろ」
 ごす、っと何かがヘイルの腹に叩き落された。
「がはッ……、おま……」
 寝ぼけていたヘイルはよくわからなかったが、それはサクラの拳だった。なかなかの威力で入ったそれは、幾分かの怒りも込められているように感じる。
 ヘイルは目をこすりながらも、何事か聞く。
「……なんでサクラがこんなところにいるんだ」
「私とここの宿の店主は知り合いです」
 それで全て察したヘイルがため息をつく。
「……で、なんだってんだ」
「なんだもかんだも無いです。今日、クエストに出かけるんでしょうが。何ちんたら寝てるんですか」
「あれ、……そうだっけ?」
「三日休息取るって言ったじゃないですか」
 だとしたら一日早いですよ、とはヘイルは言えなかった。
「もう準備は出来ています。後はあなただけですよ、行きましょう」
 そういうサクラに引きずられ、ヘイルは宿を後にした。そしてこんな理不尽に慣れてきている自分にも戸惑った。

 そうして二人は、預けていた武器や防具を返却してもらい、集会浴場へ向かった。
 早朝だと言うのに、大勢のハンターで賑わっており、ヘイルもその様子に目が覚める。
 そして、予定通りボルボロスという大型モンスターの狩猟クエストを受注すると、後は出発の時間である正午まで暇を潰すだけだった。といっても道具などの用意でほぼ潰れることになる。
 少し残った時間でヘイルは風呂に入ろうと考えた。
 不慣れな感じで、番台の派手な格好をしたアイルーにタオルを借り、ユクモ支部のギルド真横の浴場に入った。注意書きで、タオルは巻いて入ること、と書いてある。何故だかわからないがヘイルは指示に従って、腰にタオルを巻き入った。
 昼前の微妙な時間だからか人も少なく、おもいっきり足を伸ばしている。――確かに、この気持ちよさを感じて狩りに出かければ調子よくなりそうだ、などとヘイルは考えながら風呂につかっていた。
 そしてその人影を見た瞬間、ヘイルは世界が終わったのかと思った。
「な、なな、何でお前……お前入ってきてんだよ!!」
「は? 何言ってるんですか? 意味わかりません」
 サクラだった。バスタオル一枚身体に巻きつけただけだ。それを手で押さえながら湯船に入ってくる。
 ――女性として完成されていない、華奢な体格だ。胸も小さく、幼い印象を与えてくる。ここ、ユクモの女性はこういったすらっとした体型の人が多い。背も小さく、細いそのしなやかな身体は、どうしてか美しい。
 しかしその幸せな景観を目の前にして、ヘイルは恐ろしくてそちらには目も向けられなかった。
「ここは混浴ですよ。無知と言うものは恐ろしいですね」
 そういって隣に座る。
 そのときに――屈んだときに少しお尻がこっちに突き出したようになって、何かちらりと見えなかったわけでも無かったりもしたりしたかもしれない。ヘイルは心の中で悲鳴をあげる――丈が短すぎだろ!! ……女性に対してヘイルはかなり耐性が低かった。
 そんなサクラに恐々としながらヘイルは言う。
「……そういう問題じゃなくて、そんな簡単に肌を見せていいのかよ」
「そう言われても……。今はいませんが、多いときは女性ハンターだってたくさん入ってきますよ。ここではそれが普通になってますし……」
 でもそう言われたら、とサクラがほんのり頬を朱に染める。それはお湯が温かいからだろうか。
「あ、あんまり見ないでください……」
 サクラはにじりにじり、とヘイルから少し逃げた。
 どうしろってんだ、ヘイルは心の中で呟く。でもじろじろ見るつもりが無いのは最初から確かだった。
 その気まずい空気をどうにかしようと、ヘイルは頑張ってみることにした。
「……あー、しかしここの風呂はきもちいいな。こんな温泉なんて見たことも無かったし、入ったことも無かったよ」
「へえ、そうなんですか。ユクモは盛んだって知ってましたが……。他の村とかでは存在すらも無いのですか?」
「そうだな、俺のいたところはそんなもの無かったな。元々山村で、しかもかなり寒い雪国だったから、風呂自体あまり入らなくてすんだ」
 だからこういうのは新鮮でいいよ、とヘイルは続けた。
 それにはサクラも興味が湧いたようだ。ちょっと身を乗り出して聞く。
「へぇー、雪国ですか。ヘイルさんの故郷って、ちょっと興味あります。お話聞かせてください」
 そのサクラの言葉に、ヘイルは少し黙り込んだ。そして、気まずそうに言う。
「……あぁ、……まあ、そのうちな」
「その、お聞きしてはまずかったですか……?」
 大雑把に見えて、他人の感情の機微は敏感に感じ取れるサクラに、ヘイルは内心感心する。それでもここでは聞き返されたくなかった。
「いや、そうでもないが……また次の機会にしよう。俺は先に入ってたからもう出ることにするよ。……のぼせそうだ」
 ごゆっくり、とヘイルは言って、サクラの視界から消えた。サクラはその背中を、目で追うことしかできなかった。



[26282] ドラゴンバスター編 04
Name: perepe◆6994df4d ID:e135077f
Date: 2011/03/14 01:25
 砂原、という土地はユクモから少し遠い。かといってかなり遠いわけでもないから、飛行艇で向かうにはコストが高くかかる。なので、三日ほどかけて、ネコタクを乗り継いで向かうことになる。
 現地の村で少し準備をして、更に移動してやっと目的地に着いた。ヘイルはそんな長距離の移動も慣れているが、サクラのほうは来るだけで既に疲れが見え始めていた。
「大丈夫かサクラ」
「ええ、……大丈夫です」
 風が少し強い。ばたばた、とヘイルの黒いコートがなびく。
 やはり、かなり劣悪な環境だ――ヘイルは心で舌打ちを打つ。キャンプ作りも手が掛かりそうで、始める前からげんなりとしてしまう。
「例の"予習"では、ボルボロスは沼地を好んで生息するようです。早速向かいましょう」
 それでもサクラはそんな素振りも見せず、地図を片手に強い眼差しをヘイルに向ける。
 ……少し、気張りすぎだ。ヘイルはそう思うが、口には出さなかった。

 そして、一日目にしてターゲットを見つけられたのは幸いだった。
 今回も、ヘイルとサクラで二人で戦っていたので、危ないながらもそこそこ楽には戦えた。――しかし、相手の体力が高い。
 居心地のいい小さい洞窟を見つけ、そこでキャンプを張った。そして今のところそこに三日寝泊りすることになっていた。
 そして四日目、ヘイルはペイントボールの匂いを嗅ぐが、風が強い。
 しかし、いるのはあの沼地だろう。そう考えて、サクラに声をかける。
「サクラ、大丈夫か」
 サクラはかなりの疲れが見えていた。初めてではないにしろ、二回目の大型モンスターとの戦闘だ。緊張でぶっ倒れてもおかしくないと言うのに、サクラは以前と変わらず毅然に振舞っている。
 その様子をヘイルは見ながら、最悪自分だけで……、と考えたところだった。
「――大丈夫ですから、私も戦わせてください……」
 その一言にヘイルはどきり、とする。
「もっと戦って、強くならなくては。――"あれ"はこの程度の強さではありませんでした」
 そう誰に言うでもなく、自分に言い聞かせるように呟くサクラ。それにヘイルは心を痛めながらも、サクラに言い聞かせるように言った。
「あんまり考えすぎもよくない。身が持たないぜ」
「……はい。でも、私の手で"あれ"を殺すためには、もっと力が必要なのです……」


 ボルボロスは既にずたずたになっていた。三日間、ヘイルとサクラが追い詰めているせいだろう、疲れも見える。
 しかしこちらの二人も同じだ。大怪我は無くとも、打ち身や擦過傷など、細かい怪我が目立つ。肉体的な疲労だって、ヘイルはそうでもないが、サクラはピークに近い。
 ――だが、ハンターならばこういうことにも慣れないといけない。
 サクラは心の中で自分に言い聞かせる。――そして、ヘイルを見る。
 見上げれば、ボルボロスに殺気の篭った視線を送っている。こっちまで冷や汗が出るくらいの恐ろしさだ。何故だかわからないが、日数が増えるたびにこの目の強烈さも増してきているように、サクラは思える。
 獲物を前にした鷹のような、冷たい殺気を横目で盗み見る。
 ――妙だ。サクラはそう思う。
 最初は、ニヒルを気取った偽善者かと思っていた。しかし竜を前にすると、恐ろしい竜殺しとして戦場を駆ける。そして、優しく心遣いが出来る一面も持っている。
 こう付き合っていても、ヘイルの人間性といったものが、欠片として見えてこない。――つかみ所が無い。
 どれが本当のヘイルなんだろうかと、サクラは考える。
 しかし、答えは出ない。
 ――何か、ヘイル自身、自らの立ち位置を模索しているような……。
「サクラ、行くぞ」
 そのヘイルの声に、はっ、と状況を思い出す。深く考えている暇は無い、と思ったようだ。サクラは素早く背負ったガンランスを展開する。
 ――そして、戦闘が始まる。
 その大きな岩の塊のような頭殻を武器に、ボルボロスは突進してくる。
 周りの風景に溶け込むような薄茶色の身体に、汚泥を塗りたくっている。その汚泥は防御に、ときに攻撃に使われる厄介なものだ。
 その巨体を、二人は右に左に大きく散開し避ける。
 そして、各自行動を起こし始める。
 ――二人とも、疲労がたまっていた。
 サクラは自分でもわかるほどに肉体の疲労が激しかった。
 しかし、ヘイルは自分の疲労に気付けない。――それは精神的な疲れだからだ。これまで一人で戦ってきていたものが二人に増え、更にその一人がまだ戦い方の拙い初心者。
 どうすれば向こうに攻撃があまり行かないようになるのか。どうすれば向こうの負担が減るのか。そういったことばかり考えて戦闘をしていたことは、ヘイルはこれまでに一度も無かったのだ。
 うまくやろうとすればするほど、疲労がたまっていく。そのサイクルが――怪我の功名だったのか、またその逆か。
 ヘイルは――昔に戻り始めていた。
「ヘイル、さん…………?」
 サクラは小声で呟く。
 昔サクラに訓練所で教官が見せてくれたような、スラッシュアックスの基本的な扱い方を綺麗になぞるような動きをしていたヘイルの攻撃が、変わってき始めていた。
 斧形態のスラッシュアックスを右に左に、身体全体を使って振り回してボルボロスに叩きつけ、飛び上がりながら叩き上げる。そのたび苦痛の悲鳴を上げるボルボロス。
 ボルボロスの攻撃もまるで通じていない。さきほどまで、攻撃の来る場所を察知しているように綺麗に動いていたヘイルが、だんだんとギリギリで避けるようになってきている。――拳一つ無いようなギリギリの回避もあり、サクラはひやりとする。
 それでも当たらない。
 ――だんだんスラッシュアックスが本体であるかのようにも思えてくる。
 重心が、徐々にスラッシュアックスに移動してきているのだ。ヘイルの身体がスラッシュアックスを振るっているように見えていたのが、少しずつスラッシュアックスが勝手に動いているようにも見えてくる。
 アクロバティックに斧を扱うヘイルはまるで――暴風のようだ。

 その暴風に巻き込まれないように、負けないようにサクラもガンランスを突く。
 ――そしてその暴風は時間が経つにつれ風圧を強めていった。
 軽く飛び上がり、ぐるりと横に回転しながら斧を振り降ろす。
 着地と同時に最小限の回避。
 次は懐に潜り込み、足をなぎ払う。
 一撃一撃が、ボルボロスに突き刺さり、食い込み、相当なダメージとなる。
 そして、耐え切れなくなったようにボルボロスはひるみ、大きく仰け反る。
 ――そして、それを見逃すヘイルではなかった。
 大きく振りかぶり、下からかち上げるように斧を叩き込む。ボルボロスの巨体が浮き、たたらを踏みながら後退する。
 そしてそれを見てヘイルは、スラッシュアックスなどもっていないようなスピードで走り始めた。
「サクラ、一瞬でいい。動きを止めろ」
 その声色のあまりの冷たさにサクラは小さく身を竦ませるが、指示通りボルボロスの巨体に砲撃を連続で叩き込む。
 ボルボロスはその爆炎の威力に、少しだけ、ほんの少しだけ動きを止めた。
 ――その一瞬で十分だった。
 ヘイルは大きく、大きく跳び上がる。ボルボロスの身長も優に通り越し、遥か上空に身を躍らせる。――それはもう跳躍ではなく、飛翔だった。
 そしてその身体を大きく回転させていく。自分の身体を軸にする横回転。
 徐々に速度が増していき、その遠心力に耐え切れないかのように、スラッシュアックスが火花を散らす。――剣形態に変形したのだ。
 その様子をみてサクラは、もうそれがヘイルだと思えなくなった。
 ――黒い、竜巻だ。
 まずい、巻き込まれる。そう思いサクラは素早く後ずさる。
 その竜巻は最高高度に達すると――後は落ちていくだけだ。がくり、と急激に高度を下げていく。
 その落下点には、ボルボロス。
 ボルボロスも、その竜巻に心を奪われたかのように、身動き一つとらず、見上げていた。
 そして――

 ――閃光。

 サクラはまずその稲妻のような音に仰け反った。
 腹の内まで響く、雷鳴のような一撃に焦燥する。
 そして、次に襲ってきたのはおぞましいほどの風圧。――ごう、と身を叩く風と共に、砂が吹き荒れ、嵐を作る。
 その砂塵に巻かれながら、サクラはこの光景を、前に一度見たことに気付く。
 ――ジンオウガを追い払った、あの一撃だ。
 ……そして、砂の幕が引き、ボルボロスが見える。
 岩のように硬い頭殻ごと、その頭が破砕されていた。粉々に砕け散り、その下の頭まで完全に粉砕されてしまっている。
 ――そのボルボロスだった死体を前に、ヘイルがまるで鬼人のように、ゆらりと立っていた。


◇ ◆ ◇ ◆ ◇


 帰ってくるのにも三日ほどかかり、全行程が終わるのに結局十日以上掛かった。
 そして帰ってくる間、ずっとサクラは気がかりだった。――あのヘイルの異常なまでの強さだ。
 ヘイルは、『我を失っていた』と言い訳していたが、我を失っただけで、全てを読みつくし、全てを屠り殺すような、あれほどの戦闘が出来るだろうか。
 ――ヘイルは一体、何者なんだろうか。
 そう考えながらも、とりあえず勝負に勝った喜びを味わっていた。
 風呂に入り、ゆっくり一日寝たら、サクラはいつもの元気を取り戻していたのだった。
「――いやぁ、今回も楽勝でしたね」
「……そうか? 最初は小物だと思ったけど、なかなか体力が高くて困ったぜ。それともあの個体だけが強い部類だったのか……」
 今回入った報酬金で、いつの間にかサクラは新しく防具を新調していた。
 槍を扱うのに適したアロイ装備と討伐隊正式銃槍を強化した――近衛隊正式銃槍である。銀の装甲に青いラインが張ったアロイ一式は、近衛隊正式銃槍のデザインともぴったり合って、中々かっこよかった。
 そして二人は集会浴場で、依頼を確認している途中だ。そしていよいよ次はサクラのランク昇進をかけたクエストだ。難易度はかなり跳ね上がるだろう。
 ギルドカウンターの女性に、ヘイルが話しかける。
「すみません、ハンターランク2に上げるためには、何を受注すればいいですか?」
 その受付嬢はにっこりと営業スマイルをヘイルに返す。
「現在はこちらになっております。ご確認どうぞー」
 そして、その依頼を見た瞬間、サクラは顔を歪めた。
「ナルガ、クルガ……ですか」
 前まで中型モンスターを狩っていた人間がこのモンスターと戦うとなっては、普通の反応だろう。ナルガクルガとは大型モンスターの中でも脅威中の脅威だ。
 鋭い爪と、柔軟でしなやかな尻尾。
 そして一番特徴的なのはその素早さだ。竜の中で一、二を争うそのスピードは――トップスピードでは他の竜には敵わないが、瞬間的なスピードは恐らく随一だろう。
 黒い体毛もあいまって、偶然居合わせれば、何もわからず殺される場合もある――暗殺者の呼称は伊達や冗談ではない。
 しかしヘイルは平気そうに言う。
「ナルガ、か。俺はわりと慣れてるから、大丈夫だろうよ。このコートを見てみろ」
 そういって真っ黒なロングコートを翻す。
 その黒いコートは艶やかな色を跳ね返し、強靭さを思わせる。
「このコートはナルガクルガの素材から作った、特注品だ。これを造るまでにとても素材が必要だったよ」
 だからその分戦った、とヘイルは続けた。その様子にサクラは安堵する。
「はあ、それなら大丈夫でしょうね。――あなたの強さなら、問題ないでしょう」
「じゃあ、これ受けます。お願いしていいですか?」
 その声に、受付嬢が丁寧に答える。
「構いませんよ。それでは、いつご出発なされますか?」
「では、明後日――」
「明日で!」
 ヘイルの声を、サクラが元気よく遮った。
「明日って……」
「急いだほうが良いに決まってるじゃないですか。なにちょっと休もうとしてるんです」
「はぁ、まあいいよ……。では明日でお願いします」
 受付嬢はその様子に苦笑を浮かべていたが、仕事になると気持ちの切り替えが早い。色々な書類を見ながら言った。
「それでは明日の夜、出発になります。それでよろしいですか?」
「夜ですか……、もっと早く――」
「ええ、それで構いません」
 今度はヘイルがサクラのセリフを遮った。
 サクラは自分のことになると、ヘイルを仇のようにねめつけた。ヘイルはため息をつく……。


 そして、次の日。ヘイルは習慣になりつつある風呂に入って、出発のときを待っていた。
 前と違い、夜になると入ってくる客も多くなる。そして、女性ハンターも多く入ってきて、ヘイルは生きた心地がしなかった。
 あまりゆっくり出来ず、そそくさと風呂から上がって着替え、ギルドの方に向かうとなにやら揉めている。なんだろう、とヘイルは興味で覗き込むと、騒いでいる中心を確認できた。
 サクラだった。
「お、おい、何してんだ!」
 そういってサクラを落ち着かせようと近づくヘイル。いつもの癇癪が他人に発動したのかもしれない、とヘイルは思っていた。
 ――そしてサクラのあまりの必死な顔に驚いた。
「どうしたんだ、サクラ」
 サクラは必死に昨日の受付嬢に食いついている。それを手で制しながら、ヘイルはサクラに話しかけた。

「……ッ、ヘイルさん。それが……」
 受付嬢を見ると、相当困っている様子だ。
 意味も無く他人に迷惑をかけるような子ではないとヘイルは思い、理由を聞くことにした。
「サクラ、どうした。話してみろ」
 肩を持って、ヘイルはサクラを自分のほうに向ける。そして、その泣きそうな目をしたサクラを優しそうな目で見つめた。
 そのヘイルに少し心が落ち着いたのか、サクラはゆっくりと、口を開ける。
「――ジンオウガ討伐依頼が、消されてました」
 そして、そのサクラの声に、ヘイルは苦虫を噛み潰したような表情を見せる。


 いずれその時が来ることになるとはヘイルは思っていたが、実際にそうなると、サクラにはどうにも声をかけることは出来なかった。
 パニックになっているサクラの代わりに、ヘイルは受付嬢から情報を聞き出した。――ちょうど今日、昼ごろに四人パーティーがクエストを受注し、その出発予定日を四日後に予約して、賑やかに去って行ったという。
 ヘイルは理不尽な怒りを覚えていた。しかし、その怒りは意味の無いものだとも、理解していた。
 結局クエストの出発時間になり、二人は無言でネコタクに乗り込んだ。
 ……ガーグァの引く台車に乗り、到着を待つ。
 ナルガクルガのいる渓流という場所は、このユクモ村からとても近い場所にある。半日程度でたどり着き、すぐに狩猟を始めることになるだろう。
 ――だから、このままの状態では、とても危険だとヘイルは思っていた。
「……ナルガクルガは、夜行性だ。大抵、昼間は木の上のような、ハンターの手の届かないところで眠っていることが多い。この分だと、俺たちは朝方に着くだろうから、昼間はキャンプ地を探して回ろう。……サクラ?」
 サクラは反応を示さない。
 座り込んだ自分のひざに頭を埋めて、表情もうかがい知れない。ヘイルは心配になる。
「サクラ、確かに残念だったよ。でも、ハンターなら今目の前にある狩猟目的から目を離すな。今はナルガクルガを倒すことだけ考えろ」
 その声にも反応は返ってこない。
「……おい、サクラ――」
「…………ぁ、わか……て、…………ぅんですか…………」
 小声で、サクラの声が聞こえてくる。しかし、あまりにも小さすぎてヘイルには聞こえない。
 ヘイルは聞き返す。
「……すまん、聞こえなかった。なんて言った?」
 サクラは、勢いよく頭を上げると、叫んだ。

「――あなたに何が、解るって、言うんですか!!!」

 サクラは怒りの表情を浮かべていて、ヘイルは少しひるんだ。
「私は……、私は!! "あれ"を倒すためだけに、ここまで来ました! それなのに、あなたは意味が無かったと言うんですか!! 私の、この、怒りも、復讐心も、全て無意味だって言うんですか!!!」
「……何も、そんなことを言っているんじゃない」
 ヘイルはなだめるように言っている。
 ――サクラは、爆発したのだ。
 モミジの言っていた通り、目的と手段が逆になり、焦燥感に追われる日々に何かを積もらせていったんだろう。それが、予定外のことも重なり、心身の疲労も加え、――許容量を超えた。
 サクラは、その押さえようの無い怒りに身を任せてしまう。
「だったら、どうしてくれるんですか……。私は、どうすればいいんですか! あなたなら知っているはずでしょう!?」
 サクラは、その胸のうちから溢れる怒りを止めることは出来ない。その怒りは、ヘイルに対してではなく、自分の弱さに対してだ。
 ボルボロス戦のとき、あまりのヘイルの強さに、サクラは縋った。このままヘイルと一緒に行けば、簡単にジンオウガにたどり着くと。
 ……しかし、サクラは自分でもおかしいと思っていたのだ。
 ――依存している。
 ジャンゴの死も、自分の甘さが引き起こしたのだと、そう思っていた。だから、サクラは一人で戦おうと思ったのだ。――誰に頼むでもなく、自分自身で。
 ――しかし、いざ蓋を開けてみたら、サクラはヘイルに依存しきっていた。
 あのとき、ヘイルが自分の本当の強さを見せたとき、まるでサクラは居ても居なくてもいいかのように、蚊帳の外だった。――そしてあの時サクラもそれを享受した。
 あんな状態でジンオウガと戦って勝ったとしても、それは自分の勝利ではない。それは、ヘイルの勝利だ。そうサクラは思う。
 だから、その怒りが湾曲してヘイルに向けられるのもおかしくは無かった。
「私を、助けてくれるんでしょう!? ――なら、助けてください! どうにか、してください…………」
 その懇願に似た激情を――ヘイルは切って捨てた。
「それは不可能だ……」
「ッ…………!」
 気付くと、サクラはヘイルのコートの胸倉を掴んでいた。
「じゃあ、あなたは何で私の手伝いをしてくれてたんですか……」
「………………」
 ヘイルは、黙ってサクラを見ている。
「わかってますよ――私は馬鹿じゃありません。あなたが何故それほどの強さを持っているのに、私に構ってくれるのか……。よくいる、自己満足野郎でしょう? 初心者の手伝いと銘打ち、弱い敵に悪戦苦闘するヒエラルキーの底辺をみて、悪趣味な快感を得るクソ野郎……。私は女ですし、そういったことは感じやすい。……そういうことでしょう?」
「そんな訳じゃ……」
「じゃあ何で言ってくれないんですか! 私を助けてくれる理由を、聞かせてくださいよ……」
「………………」
 サクラはなんて言って欲しかったのか。しかしそれでも、ヘイルはかたくなに喋ろうとはしなかった。
「答えてください。…………答えろッ!!!」
 サクラは、掴んだ胸倉を激しくゆする。
 ヘイルはそれになすがままになりながらも、苦い顔をするだけで口を開こうとはしない。
 その様子をサクラは見て、手を緩める。そして、またさっきと同じように、座り込んで膝に頭を埋めた。
 そのサクラから声が聞こえてくる。
「このクエストが終わったら……、私は――ハンターを辞めます」
 ヘイルは驚いた顔で、サクラを見る。
「――っ、お前……」
「だからもう、これが終わったら――私には関わらないでください」
 そう言って、サクラは何も喋らなくなった。ヘイルは、心中のよどみをどうすることもできない。
 がたりがたり、と台車は目的地に近づいていく。その運転手であるアイルーは、最後までその様子を聞きながらも、何を言うわけでもなく……丸く大きい月を眺めていた。




[26282] ドラゴンバスター編 05
Name: perepe◆6994df4d ID:e135077f
Date: 2011/03/14 01:41
 ナルガクルガは強かったが、大して苦戦することも無かった。
 到着後すぐ見つかり、二日で勝敗は決した。というのも、ヘイルが慣れているのが一番だったのだろう。
 サクラは、いつもの元気も無く、戦っている間もずっとヘイルに任せているような感じだった。観察しながら、少しだけ攻撃に参加する。そういったスタンスで戦っていた。
 サクラは最初の揉め事以来、口を開いていない。いや、開いたといえば開いたが、簡単な応答に、はい、と答えるだけだった。
 ヘイルも口数少なく、そのサクラに応じていた。
 ナルガクルガが息を止めた後も、同様だ。
「……勝ったな」
「………………はい」
 お互いに勝利を喜ぶことも無い。ただ確認のようにヘイルが言った。
「剥ぎ取りはしないのか」
「……………………」
 そのヘイルの声に答えることも無く、サクラは地面を見つめている。
 そのサクラを見ながら、ヘイルは、自分が間違えたことを理解していた。
 最初のあの時、ちゃんと言えばよかったのだ。――不可能だと。
 それで、ちゃんと納得させ、ハンターを辞めるなりさせていれば、サクラはこれほどまでの無常に苛まれることも無かったのではないか。そういった考えがヘイルの心を支配している。
 それでも、終わった話だ。
 ヘイルは意気消沈としたサクラを見て心を痛ませるが、それはどうにもすることが出来なかった。
「じゃ……、帰るか。今から帰れば、夜ごろには着くだろう……」
 そういうと、サクラは黙ってついて来る。
 ホームまで戻り、狩猟報告を済ませ、村に帰ろうとした――その時だった。
 ――ヘイルが、中空を見ながら、固まった。
 ヘイルは虚空を見つめたまま、目を凝らしてそこを凝視し続ける。
 サクラはその様子に、激しい既視感を感じた。どこかで見たことがあるのだ。そしてすぐに、記憶が頭痛と共にフラッシュバックする。
『何ニャ……? 何ニャこの感覚は…………』
「何だ……、この感じは…………」
 記憶の中の声と、ヘイルの声が重なる。
 ――サクラは、まず歓喜した。
 頭の疼痛の中、サクラはそのあまりの喜びに倒れそうになる。そして徐々に、自分もその奇妙な感覚を感じるようになる。肌がぴりぴりと痺れるような、この感覚は――
 ――奴だ。

 ばきり、と木を薙ぎ倒しながら巨体が現れる。

 青く刺々しい体殻。鋭い眼光。――王者の風格。
 ――ジンオウガ。
 その登場に、ヘイルはうろたえながら言う。
「な……、確かに同じ渓流だが、方向は逆のはず……」
「……ヘイルさん」
 サクラは久しぶりに自ら声を発した。その寒々しい声色に驚き、ヘイルが振り返る。
「……どうした」
「確か、ギルドの規約ではこうありましたよね――狩猟中に他のモンスターが乱入してきた場合、狩猟目的と違えど可能であるならば狩猟してよい……と」
「おい、まさか」
 ヘイルの答えなど聞きもしない。サクラはガンランスを背中から取り出しつつ、走り出した。
 目の前には――あのジンオウガが二人を見下ろしている。

「チッ……、無茶すんじゃねえぞ……!」
 ヘイルもサクラに続く。
「うあぁぁぁああああああああ!!!」
 ヘイルの声も既にサクラの耳には通らない。
 ガンランスを、思い切りジンオウガに突き立てる。そしてジンオウガも臨戦態勢に入り、戦闘が始まった。
 ジンオウガは素早い。ヘイルはその素早さに舌を巻きつつも、ナルガクルガとの戦闘を思い出していた。――似たようなタイプなのだ。
 ジンオウガはその鋭い爪を使い、空間を立体的に走る。
 しかし、ヘイルは攻めきれない。――サクラがいるからだ。サクラは狂ったように砲撃を放ち、どうにもヘイルは近づけないでいる。
「……サクラッ、落ち着け!!」
 しかし、サクラはヘイルの声も聞こえないかのように――いや、実際聞こえていないのだろう。でたらめな言葉を発しながら、がむしゃらにガンランスを振り回していた。
 それでも、相手の致命的な攻撃を受けずにいる。
 ――しかし、それは運がいいだけだ。
「おおおぉぉぉっ!!!」
 サクラの悲鳴に似た絶叫がヘイルに聞こえてくる。そしてヘイルはその様子に眉をしかめる。
「……まずいな、あのままだと」
 ジンオウガの攻撃は相当に苛烈だ。サクラは今はうまくガードできているが、このままだとスタミナ切れを起こしかねない。
 バジリ、と弾けるような音と共に、電撃の玉が地面を這って飛んでくる。ヘイルはその間をうまく避けると、走り出した。
 ジンオウガの戦意が、サクラに傾きすぎている。――こちらにも意識を割かせないといけない、とヘイルは考えた。そして助走から、跳躍――。
「――ッ、ラアッ!!」
 どごん、と言う鈍い音と共に、ジンオウガがよろける。ヘイルは跳躍から、そのジンオウガの背甲目指してスラッシュアックスを叩き降ろしたのだ。
 その衝撃で、背中の棘が破砕する。
 しかしサクラは、その行動に怒りを向けた。
「――邪魔、するなぁ!!」
「っ、何言ってるんだ! サクラ!!」
 サクラはよろけたジンオウガに砲撃を浴びせる――それはヘイルがいる方向でもある。
「くっ……」
 ヘイルは前転でその爆炎から逃れる。
 サクラはヘイル自身を狙っていたわけではないため、簡単に避けられることができたが、サクラの行動はほめられたことではない。それでも、今の状態のサクラのでは判断できなかったのだろう。
 ジンオウガは、その身体に余すことなく爆炎を受けて悲鳴を上げた。
 ――いや、怒りの咆哮だったのか。
 素早くバックステップすると、ジンオウガは妙な体制を取った。その身体を地に押し付けるように、前かがみの状態になる。まるで、蜘蛛のように――
 なんだあれは、ヘイルは考える。まるで何かを待っているような……。
 ――そのヘイルの横を、光る何かがすっ、と通った。
「雷光虫……?」
 気付くと、回りにたくさんの雷光虫が飛んでいる。虫たちはその身体を柔らかい光に包み――飛んでいる。
 ――いや、飛んでなんていない! ヘイルは気付く。飛んでいるにしてはあまりにも奇妙だ。向いている方向と、逆の方向に進んでいるような……。
 ……そして、その先は、ジンオウガ。
 こいつらは、引き寄せられているのか!? そう思い至ったヘイルは、サクラを見る。
 サクラは、チャンスだと思ったのか、ジンオウガに駆け寄っている。まずい――。
「サクラ! 止まれ!!」
 注意も虚しく、サクラはそのガンランスを勢いよく突き刺そうとして――
 ――雷の壁が立ち上った。


「あぐぅ……ッ!」
「――サクラッ!!」
 サクラはその電気の壁に直撃し、視界が激しく明滅する。たまらずその場に倒れ込む。
 ジンオウガはそのサクラを覗き込むように、その激しくスパークする身体をサクラに近づけていく。
「あ、ああ……」
 サクラは恐怖に囚われてしまった。立ち上がるにも、体中の痺れがそれを邪魔する。
 動けない、その事実がサクラの動揺を呼ぶ。
 サクラの中の、怒りや復讐心が全て恐怖で上書きされていく。――それでも、サクラは諦めなかった。
 近くに転がったガンランスを、動けない身体でゆっくりと握る。そのガンランスはいつも持っているものとは別のもののように重たい。――しかし、それを持ち上げるべく、懇親の力を込める。
 ジンオウガの顔は目と鼻の先だ。こいつの顔に、眼球に突き刺してやる。
 じわり、じわりと持ち上がっていくガンランス。しかし、その速度は遅い。それでもサクラはそのガンランスを引き寄せた。
 ――そして、ガンランスから意識をジンオウガに持っていったとき見えたのは、あの日と同じ光景だった。
 その大きく太い右足を大きく掲げ、ジンオウガはサクラを睨みつけていた。
 眩しいほどにスパークするその青い身体も、振り下ろされれば死ぬとわかる、巨大な爪も、全てあつらえたようにあの日と同じ。
 そして脳内に、愛しい家族であったジャンゴの声が聞こえてくる。

『今のサクラで、戦うことを考えることこそがもっとも愚かしい事ニャ!!』

 ――サクラはガンランスを取り落とした。
 サクラは顔を歪める。
 なんで、なんでこんなときに……。
 ――そして、サクラは思う。
 ジャンゴがやられ、次は自分の番だ。自分が彼に言ったとおり、この化け物に歯向かおうなんて、意味は無かったのだ。
 大きな無常感の中で、サクラにその死神の鎌のような爪が振り下ろされた。その明確な死を目の前にして、サクラはあることを思い出した。

『――どういたしまして』

 何故だろう。はにかむヘイルが、卑屈そうに笑うヘイルが、サクラの脳に蘇る。
 ああ、あの笑顔を見て確信したはずだったのに。彼は、彼自身のために武器を取っているのではないと。それなのに――。

「――サクラァ!!!」
 サクラの耳に、ヘイルの絶叫が聞こえた。
 ヘイルは地を蹴る。その音がサクラにも届いてくる。
 ――やめて、もうやめてください。
 それでもヘイルは走ることを止めない。――諦めない。
 自分はずっと、彼の中に何か自分と通じるものを持っていると思っていた。だから、親近感も湧いたのだろう。
 しかし、それは大きな勘違いだったのか。自分はこんなにも、無様に地面に身体を投げ出して――諦めてしまっている。
 でも彼は諦めない。
 ――ヘイル、さん。
 彼の表情が、発言が走馬灯のように思考をよぎっていく。そして、いつしかサクラは、その拳を力強く握り締めていた。
 その気持ちが湧き上がったとき、サクラは驚いた。
 それは、瞬く間に肥大し、サクラの心に充満する。その力強さに、身を任せる。
 吹き荒ぶ暴風のように――その感情は行動へと直結する。
 諦め、無い!
 いつしか身体の痺れは取れていた。サクラは素早く身を起こすと、大きく手を広げる。
「――ヘイルさん!」
「――サクラッ!!」

 そして、攻撃を加えようとしているジンオウガよりも速く――ヘイルはサクラを抱き締めた。

 ずどん、という音を背後に、ヘイルとサクラは慣性でごろごろと転がりながら、しかしヘイルはサクラを抱いて素早く立ち上がった。そして、その戦場を一目散に走り抜けた――逃走である。
 目をギュッと瞑り、サクラはヘイルにしがみつく。そしてその暖かさに、サクラは自分の生を実感した。
 
 

「ほら、ガンランス、拾ってきたぜ」
 そういって、キャンプ地に帰ってきたヘイルの手には、近衛隊正式銃槍。サクラはそのシンプルなフォルムのガンランスをみて、ため息をつき安堵する。
「ありがとう、ございます……」
 もうとっくに夜の帳は落ちてしまっている。その闇の中で、ぱちぱち、と燃える焚き火だけが光源だ。
 その柔らかいオレンジ色の中、サクラは膝を抱え、座っていた。
「すみませんでした……」
「ん、ああ……」
 小声で言うサクラに、ヘイルは座り込んで焚き火に枯れ木を放りこみつつ答える。
「まあ無事に抜けられたんだ。たいしたことねぇよ」
 そのヘイルの言葉を聞いて、サクラは虚しさで胸がいっぱいになる。
 その思いを、少しずつ、ヘイルに吐いた。
「私、このまま戦えば、勝てる……、って思ったんです」
 その独白を、ヘイルは火を見つめながら静かに聴く。
「なんだ、大した事無い……、って。ヘイルさんがいなくても、独りで十分に倒せるって……思いました。でも――」
 大きく息を吸い込むと、サクラは息が詰まりそうな声で言う。
「――怖かった……!」
 ヘイルは、そのサクラの文脈の整わないセリフを聞きながら、自分の中で噛み砕いていく。
 ヘイルはサクラに聞く。
「怖かった、か……」
「あの日、ジャンゴを殺したあいつは、青い光を纏っていました……。私は、今日戦っている最中に、もしかしたらあの日のジンオウガではないのじゃないかとも思っていたんです……でも、それは勘違いでした……」
 ――ジンオウガの超帯電状態。
 二人は知らないが、あの牙竜は周りの雷光虫を磁気を使って身体に集め、その電気の強さを数倍にも高めるという奥の手があるのだ。その電気を纏った状態になると、青い雷光を身に纏い、スピードもパワーも全てが増す。
 サクラはその超帯電状態のジンオウガだけを知っていたのだ。
「大言壮語を吐いても、結局私は"あれ"の前に、なす術なんてありませんでした……」
 そういって、サクラはまた黙り込む。
 ヘイルは、そのサクラを眺めながら、思う。――彼女を、あれほど無謀な突貫に至らせた原因は、自分にもある、と。
 彼女の母に、申し訳が立たない。
 それに、サクラの思いも、自分が踏みにじったようなものだ。
 そう思うと、ヘイルはその口を――重たい心の扉を開いた。

「――俺は……、実はこの村でハンターなんてやるつもりは無かったんだ」

 その声にサクラは思わず顔を上げる。
 その反応にも構わず、ヘイルは続けた。
「何か違うことをしようと思って、この村にきたんだ。何でもいいから、力仕事でも始めようって……。でも、結局俺は武器を振るうしか能が無かった。……サクラをダシにして、コイツを振り回すことを正当化しようとしたんだよ」
 そういって、横に置いた無骨な鉄塊を撫でる。
「俺はそうして、誰かのためになれるんだって、俺の武器が誰かを救えるんだって……実感したかったんだよ……」
 ヘイルの表情が、少しずつ歪んでいく。
 そのヘイルの様子を、サクラはじっと静かに見つめる。
「でも、結局間違った。サクラを近くで支えてあげようって、思ってたんだけど……結局こんなことになるまで俺は何もできなかった……。ボルボロスを倒した時だってそうだ、全てが裏目に出て…………。下手糞なんだよ……、戦うことは出来ても、……人と関わるのは」
「どういう、ことですか……?」
「――俺は、ずっと独りだったんだ」
「……独り」
 サクラはその意味を考える。しかし、思い当たることは無い。
 ヘイルはそれに答えるように、また話し始める。
「親は、俺が子供のときに死んだ……。でも不自由は無かった、俺の面倒を見てくれる人だっていた。……その人たちはハンターで、村の英雄とまで呼ばれていたんだ。……だから俺もそれを目指した。彼らのいる所に行きたかった、少しでも近づきたかった。でも……」
 そういって、ヘイルは一呼吸置いた。
「――俺の目の前で、食われて死んだ」
 サクラは、ひゅ、と息を呑んだ。
「それ以来、俺は復讐に身を任せた。でも弱い俺はその復讐に理由付けしたんだよ――その人たちの代わりに、村を守るって……。でも結局それは俺の独り善がりだった。村の人たちも、仲間達も皆、俺がおかしいってわかってたんだ。……でも、それに俺自身が気付くのに、何年も掛かった」
 ヘイルは小刻みに震えている。
 頭を抱え、まるで恐ろしさに耐えられない子供のように。
「結局、何年もかけて得たものは何だ! ……俺は、友人も、仲間も、人望も、大事なものを何もかも失って、……残ったのは、このスラッシュアックスだけだ……」
 そういって震えるヘイルは、これまでサクラの眼に映ったヘイルとはまったく違った。
 ニヒルでも、冷酷でも、慈悲深いわけでもない。……弱々しい、子供。
 サクラは納得した、これが本当のヘイルの姿だと。多重の仮面で身を隠して、芯の方で震えて縮こまっている、寂しい子供がこの人の本当の顔。
 小刻みに震えるヘイルが、涙を流す。その雫は、ヘイルの頬を伝い、ぽたりと地に落ちた。
「……泣いているんですか?」
 それにヘイルは答えず、いやいやをするように、頭を振った。
「サクラ……、俺のほうが怖いんだ……。まるで昔の俺をなぞるように、サクラが復讐に染まっていくのが……。サクラがその終わらない闘争に身を投げ込むのが……。――サクラが、独りになってしまうのが」
 ヘイルは怖い、怖いと頭を押さえ、震える。
 それを見ながら、サクラは思う。――本当に下手糞だと。普通、他人にここまでさらけ出せるだろうか。これまで彼は悩みを打ち明けることさえも出来なかったのだろうか。
 ――そして、ほぼ無意識にサクラはその胸にヘイルを抱き寄せた。
「……サクラ?」
 そういった行動を無意識に起こしてしまった事に驚きつつも、サクラは子供をあやすように、その背中をさする。
「あなたは……私と同じだったのですね……」
 サクラは自分でも信じられないような優しい声で、ヘイルに語りかける。
 奇妙な親近感の理由もわかった。二人とも、大事な何かをなくして、それでももがいて、足掻いていたのだ。
 ただ、ヘイルのもがき方は一生懸命すぎて、自分を逆に沈めていっていたのだろう。
「……俺が、サクラと同じなわけが無い。サクラはまだ大丈夫だよ」
 ヘイルは少し落ち着いたようだ。しかしその姿は、サクラが強いと思いこんでいたヘイルとは、まったく逆だった。
 その声に、サクラも返す。
「――ありがとうございます」
「ありがとう……? 何が……?」
 ――サクラは、確かにジンオウガを絶対殺してやりたい、と怒り狂う自分が腹の裡にいた。でも同時に、無理だと、不可能だとずっと小声で言っている自分も、同じところに潜んでいた。
 ランクを上げるまでに普通何年も掛かることは、サクラも知らない訳ではなかった。
 そういった"弱さ"が、ジンオウガに追い込まれたときも出てきて、彼女は、一度死を甘受しようとしたのだ。
 サクラは、ヘイルの顔を上から覗き込む。
「――あなたは、私を諦めないでいてくれましたね」
 サクラは、その無表情に、少しだけ、ほんの少しだけ微笑を混ぜた。ヘイルはそのことに驚き目を見開く。
 そのヘイルを見ながら、サクラは、確信したような顔で告げる。
「やっぱり、……私はジンオウガを倒したい、です」
 ヘイルは無言でサクラを見上げる。
「いや、倒さないといけない、です。……じゃないと、私の中に巣食っている"弱さ"が消えてくれません」
 でも、と続ける。
「私だけでは…………、独りでは、倒せません。だからヘイルさん。――あなたの力を貸して欲しい」
「…………俺の」
「私は、他の誰でもない、あなたのその無類の力を求めています。だから――」
 助けてください、とサクラは言った。
 同じセリフを言っているのに、その声には、かつてヘイルに当り散らした影など一切無い。
 そしてそのサクラの声に、ヘイルの中の強者がゆっくりと立ち上がる。
 かつて、自分が求めた声。――求めて止まなかった声。助けを求める声。
 ヘイルは、何もわからず、がむしゃらに武器を振り回し、それで村や人を救った気になっていた自分を呪った。しかし、それでも――自分を呪い殺そうと思ったとしても、本当の望みは消えてくれなかった。
 ――ハンターになりたかったわけじゃない。ハンターになって、何かを成したかったのだ。
 何も成せなかった自分と比べ、死んでいった仲間達は多くの人々を救っていた。だからだろうか、いつしか自分が彼らを実力で超えていたのに、何も勝っていないように感じたのは。
 ――しかし、初めて、望みが叶う。
 いくら武器を強化しても、いくら敵を屠っても、どれだけ渇望しても得られなかった――人からの信頼。ヘイルは喜びに打ち溢れる。
 嬉しい、嬉しい。この子の――サクラの想いのために、この命を燃やし尽くせれば、どれだけそれは……。
 ヘイルのその瞳は闘志に燃え、爛々と輝き始めた。灼熱の熱風のようなそれは、背中から追い風のように吹き始めている。
 サクラの腕を、優しく、ゆっくりと払うと、ヘイルは立ち上がる。
「ヘイルさん……?」
「――ヘイルでいい、サクラ」
 その視線は、もう弱さなど孕んではいなかった。サクラが始めてみたときのような、熾烈な存在感。圧倒的な強者の風貌。
 ヘイルはコートを翻すと、スラッシュアックスを背中にさす。
「サクラ、俺は君のことを、今まで会ってきた誰よりも信じる。だからサクラも、俺のことを信じてくれ」
「は、はい、もちろんです! ヘイル!」
 何でこんなことを平気で言えるんだろうか、本当に下手糞だ、とサクラは思いながら返事をする。そう思うサクラも、顔が火照るのを隠さず、自然と笑みが出ていることに気付いていない。
「――なら勝てる。俺たちは負けない」
 そういって、ヘイルは前を見据えた。その猛禽類のような鋭い眼で、進むべき道を見つけたかのように。




[26282] ドラゴンバスター編 06
Name: perepe◆6994df4d ID:e135077f
Date: 2011/03/23 13:28
 時刻は深夜。
 明け方まで休憩を取るという選択肢も二人には考えられたが、それよりもジンオウガのダメージが残っているうちに叩くことを優先した。
 というのも理由がある。ヘイルが気付いたことだが、ジンオウガが超帯電状態になっているとき――回復しているように見えたのだ。少しずつだが、壊した背中の棘が再生しているようにも見えた。それならば、並みの竜達よりも回復が早いかもしれない。
 ヘイルがひそかに当てていたペイントボールの匂いだけを頼りに、二人は森の中を歩く。
 そしてその匂いは、ジンオウガが近くにいることを示すように、徐々に濃くなっていった。
「……近いな」
「はい……」
 二人は小声で会話する。
 そして、少し開けた場所に躍り出た、そのときだった。
 帯電は解けているものの、依然としてその巨体は王者としての風格を漂わせ、そこにいた。
 ――ジンオウガ。
 向こうも二人に気付いたらしい。きょろきょろと辺りを見回し、確認している。ヘイルはその様子をみて、居場所がばれるのも厭わずサクラに話しかける。
「サクラ……俺たちは二人で同時に戦ってはいたが――二人で一緒に戦っているわけではなかった」
「ええ、大丈夫です。全部言わなくても、承知してます」
 そのサクラの様子に、ヘイルは微笑を浮かせる。そして、何の合図も無いまま、風のように走り出した。びゅおう、と耳元で空気が唸り、景色が収束していく。
 目標、ジンオウガ。
 おおおおお、とジンオウガが雄叫びを上げる。その様子に構わず、ヘイルはその巨大な身体に――スラッシュアックスを叩き込んだ。
 しかし大きな傷には至らない。纏った体殻がそうはさせてくれない。
「……硬い、か」
 そう口の中で呟きながら、ジンオウガの攻撃を避ける。鋭い爪が空を切る。
 構わず、ヘイルはジンオウガの真正面を維持し続ける。スラッシュアックスを振り回し、怒涛の連続攻撃がジンオウガを襲う。
 しかしそれでもジンオウガはひるむことは無い。その身体を弓なりに仰け反らせた。
 ――回転攻撃。
 一度攻防を交わしていたヘイルはそれを見抜く。……見抜くは良いが、対処は出来ない。大きく回避するか、そう思った。
「ヘイル!」
 しかしその言葉でヘイルは動く。ひらり、と身をかわし、その大きな盾に隠れた。
 サクラが地面にずっしりと根を張り、待っていたのだ。
 ヘイルは俊敏に後ろに回ると、そのサクラの身体を支える――襲い来るは衝撃。
 がつん、と大きい音と共に衝撃が走り、そのあまりの攻撃力に二人して土を抉りながら後退する。――しかし、それだけだ。
 ヘイルは、サクラの盾から勢いよく飛び出すと、挙動の遅れたジンオウガに重い一撃を与える。そしてその間を狙うかのように、サクラが長い槍で横腹を穿つ。
 ――二人で分散して戦うのではなく、二人で縫う様にして戦う。
 それは確実にジンオウガを消耗させ、ダメージを与えていっている。
 ヘイルが大きく回避すると、その隙を狙いサクラのガンランスから爆炎が噴出しジンオウガを押し戻す。サクラが防御すると、その隙を狙いヘイルがジンオウガの背後を叩く。そういったふうに、間の無い攻撃が立て続けにジンオウガを襲い、疲弊させていった。
 ――しかしそれで終わるジンオウガでもない。
「来ますっ!!」
 サクラのその声に、ヘイルは動きを止めて観察する。
 ジンオウガは大きく後退すると、その身体を屈め、地に這い蹲る。これは――超帯電状態のチャージか。
 思うが早いか、ヘイルは動き出していた。敵から大きく離れるこの挙動……、もしかしたらかなりの集中力を使うのかもしれない。ならば――
 爆風のように、ヘイルは走る。
 スラッシュアックスを担いでいるというのに、そのあまりのスピードにサクラは驚く。何度見ていたとしても簡単に慣れるものではなかった。
 そして、ヘイルはそのダッシュの慣性も加え、大きく円を書くように地をすべる。
 まるでコマのように、足を軸にしてスラッシュアックスを横に倒し――そして振り抜く。
 ――ずがん、とそれが寸分違わずジンオウガの顔面に叩きつけられた。ジンオウガは堪らずチャージを止めるが、ぼんやりとだがその身体が光っている。少し遅かったようだ。
「チッ――――」
 ヘイルは口の中で舌打ちする。
 そしてジンオウガは戦場を駆け回り始めた。
 怒りか焦りか、出鱈目に縦横無尽に走り出し、うかつに手を出せなくなってしまう。
 ヘイルは回避しながら様子を見ている。
 ――しかし、サクラは違った。
 サクラのその武器は、槍でありながら、銃。銃であるならば、敵の動きなど関係無い。――当てればいい。
 サクラ目掛けて突進するジンオウガ。それをサクラは確認しながらも動かない――盾すらも構えない。その様子にヘイルは急いで声をかける。
「サクラッ!」
 サクラはジンオウガの向きとは垂直に、向かって横に身体を向ける。
 そして、ジンオウガとの軸を僅かにずらし、タイミングを見計らって……
 ――砲撃。
 サクラはその砲撃の反動によって、身体を大きく後退させる。そして、その後退で――ジンオウガの突進を避けたのだ。しかし爆炎はジンオウガを直撃し、ジンオウガは堪らず疾走を止めて転ぶまいとたたらを踏む。
 回避しつつ、爆炎でのダメージを与える、ガンランスの高等技術。それをサクラは何も知らずやってのけたのだ。サクラの才能にヘイルは舌を巻く。
 そんなヘイルにサクラは意味深な笑みを返してくる。
 ヘイルも苦笑するしか他にない。
 しかし、ジンオウガも素早かった。
 体制が崩れたのを利用して、大きく跳び退る。そして――あのポーズ。
「チッ……ダメか」
「間に合い……ませんか……」
 両者から同時に声が聞こえ、次の瞬間には――雷の壁が立ち上る。
 ――超帯電状態。
 一度失敗した分、二度目のチャージは早かった。ヘイルは格段に上がったろうスピードを警戒し、スラッシュアックスを静かに構える。
「さぁてサクラ、ここからが正念場だぜ」
「ええ、そうみたいですね」
「ああ、しかもこのまま消耗戦に入れば、こちらが圧倒的に不利だ」
 ヘイルの皮肉気な笑みも、すこし元気が無い。
 それもそのはずだ。元々、ナルガクルガとの戦闘で道具なども少なからず消費している。疲労だってそうだ。このまま超帯電状態のジンオウガと向き合い続けるのは得策ではないのは確かだろう。
 だとすると、二人が取れる行動は……。
「短期決戦を望みますか……」
 言うが安い、とはまさにこの事ではないだろうか、とサクラは目をしかめる。
 そんなサクラに、ヘイルは神妙に返す。
「……"アレ"を当てる」
「なるほど……」
 サクラの頭に浮かぶのは、ヘイルと初めて会ったとき、そしてボルボロス戦のとき。――そう、あの竜巻だ。
 しかし、アレを当てるには、サクラのようなビギナーでさえわかる条件がある。
 相手が、疲弊していたり、罠に掛かっていたり――とにかく、動きが止まったときを狙わないと絶対に避けられるのだ。いくら人より知能が低かろうと、アレを避けずに受けようとするものはいないだろう。
 そういった問題も、もちろんサクラだけではなくヘイル自身がよく知っている。
「頼む、アイツの動きを――一瞬だけでいい、止めてくれないか」
 その問題解決策が、これだ。
 決して、独りのときに取れなかった選択。
 パーティーで戦うことの多様性に、ヘイルは考えながらも驚いていた。
「わかりました。一瞬とは言わず、永遠に止めて見せてもいいですよ?」
「そんな口が叩けるなら大丈夫だな。さて、来るぞッ――!!」
 ごう、と音を立てながらジンオウガが――降ってくる。
 刺々しい背中を下に、ボディプレスを放ってきたのだ。しかし、そのような攻撃に当たる二人ではない。素早く回避すると作戦通りに行動する。
 ヘイルは少し踏み込みを浅く、タイミングを見計らう。
 サクラは大きく踏み込んで、砲撃を主体に攻撃パターンを組み立てる。
 しかしジンオウガも強い――超帯電状態のスピードとパワーに二人が押されていく。それでもなお、サクラは諦めず踏ん張っていた。
 そしてそのときが――到来した。
「つ……」
 ジンオウガはそのスピードとは反対に、攻撃後の隙は大きい。攻撃の挙動が大きくなれば、隙も比例して大きくなる。そしてその隙だらけの瞬間を、サクラは穿った。
 回転攻撃。それをサクラは盾で受けず――避ける。
 ギリギリ、頭上を掠める尻尾に肝を冷やしつつも、いつもより余裕が出来た時間にその長大な銃身をジンオウガの顔面に向けた。
 ――爆炎。
 オオオ、と呻きを上げてジンオウガは少しの間だけ止まった。
 そして例によってその程度の時間で十分だった。
 ヘイルは、サクラが勝負に出ることを予知して、既に助走を始めていたのだ。――もし予測が外れたなら自らが危険に立たされると言うのに、ヘイルは平気で行った。それは一か八かのギャンブルなどではなく、彼はサクラを信用していたのだ。
 気付けば、ヘイルは空中で回転していた。
 ボルボロスのときに見せた横回転ではなく、縦に車輪のように高速回転する。その速度は見るからに増していき、その黒い風の中で、赤い火花が爆ぜた。がつん、という音と共に、スラッシュアックスが可変したのだ。
 ジンオウガはまるで、夢を見ているかのようにそれを見上げる。
 そして、その暴風がジンオウガに叩き落される――。

 ――ぎぎがっ!

「なっ――!」
 その金属が擦れるような音に、サクラは目を見開いた。
 ――ヘイルの攻撃より、超帯電状態のジンオウガのスピードのほうが勝ったのだ。
 端的に言うと、ギリギリで避けられた。
 ヘイルの懇親の一撃は、ジンオウガの顔面にぱっくりと裂けた傷を負わせたが、それだけだった。うまく当たっていれば頭蓋ごと破砕したとしても、避けられれば意味は無い。
 急いたか……、ヘイルは考える。
 下位のモンスターならば、この武器と、この威力さえあれば一撃で屠ることが出来ると確信していたが、確信していたがために頼りすぎた。このジンオウガというモンスターを舐めてかかっていた。
 ジンオウガも万全の状態ではなかったが、瀕死で動きづらかったわけでもない。避けられることも考えていなければならなかった。
 そう頭で悠長に考えるも、しかし体はそうはいかない。
 攻撃を放ち、その隙での硬直で、ジンオウガの前を離れられない。最悪のパターンだ。
 ――そして、ジンオウガの爪がヘイルに閃く。
 ヘイルの防具は、例の竜巻を放つために極限まで軽量化されている。万が一、攻撃に当たったときに即死を免れるため、という名目で着ていると言ってもいい。そしてその上で、いくら下位でも、ジンオウガの攻撃を食らいヘイルが無事に済むはずが無い。
 思考は一瞬。
 大怪我か、それとも……。
 そうやって天秤にかけて――ヘイルは武器を犠牲にすることを選んだ。
 剣状態のスラッシュアックスを、まるで大剣のガード行動のように掲げ、ジンオウガの爪を受ける。
 ばきん、と呆気無い音と共に、ヘイルが長年連れ添ったスラッシュアックスは、半ばから砕けた。折れ曲がるわけではなかったところを見るに、やはり構造的に横からの衝撃には弱かったのだろう。
 しかし、それも虚しく、ジンオウガの次の攻撃が襲い来る。
「チッ……」
 避けられるだろうか、とヘイルは考える。――答えは、不可。まるでジンオウガが、武器でガードしてくることを予測していたかのように攻撃を振ってきた。
 ジンオウガの鋭い爪を見ながらヘイルは、奥歯をかみ締める。
 万事休す、とはまさにこのことだった。


 ――そのヘイルを見ながら、サクラは走る。
 そして、ヘイルのことを思い出していた。
『あはは、気にしなくていいよ。……ていうか、"ありがとう"はいらない』
 そう言って快活に笑って見せた、その顔を。
 そのとき彼は、形だけは笑っていたが、雰囲気はとても寂しそうだったことも覚えている。……いや、寂しいというよりも、孤独感といったほうがいいだろうか。
 仲間同士助け合うことは当たり前だから、礼なんていう必要は無いとそう述べた彼は、もしかしたらこれまでの仲間達にもそう言ってきたのかもしれない。
 サクラはずっとそれは、ヘイルの、深く信じあえた仲間達との間のルールだったのだろうかと思っていた。しかし、もしかしたら――逆に、深く関わらない相手への、他人行儀な態度だったのではないだろうか。
 一狩りだけの仲間達との、お互いに深く干渉しないための予防線。
 だとしたら、ヘイルの生きてきた世界は、酷く寒々しい所だったのかもしれない。サクラはその想像に寒気を覚える。
 ――ただ、集い。
 ――ただ、殺す。
 その集団の中にヘイルが身を投じて、そして戦場を走ってきたというのなら……ヘイルが語った孤独の理由も、サクラはわかる気がした。
 ――でも、でもだ。
 今のヘイルは、サクラを信用し、そして戦っている。
 例え実力が及ばなくても、それでもサクラはヘイルのために、動きたかった。
『だってそのうち、サクラに助けられる時も来るだろうからな』
 そう言い、シニカルな笑みを向けるヘイルを思い出す。
 その一言は、冗談なのか、はたまた本気だったのか、サクラにはわからない。しかし、その言葉は何故か耳に残っている。
 あの時はただ、疑問だった。
 ――自分が、ヘイルを助けられるときが来るのだろうか。そういった疑問だ。自分がヘイルの隣に立って、そしてヘイルと互いに助け合える関係になれるなんて思いもしなかったし、今も足を引っ張っているのが現状である。
 それでも、今は――
「ああああぁぁぁッ――!!」
 助けたい。
 自らの力で、彼のために。
 そのサクラの思いは、弾丸のように、心の裡で炸裂して、一直線に飛んでいく。
 その思いを体現するかのように、ガンランスが光り、一瞬だけ、命を宿した。
 ――銃槍と一体になったサクラは、ジンオウガの横腹に突き刺さる。
 それでも、彼女の懇親の力を込めた一撃でも、ジンオウガは揺らぐことは無かった。悠然と立ち、ヘイルに攻撃を仕掛けようとしている。
 ――舐めるな! サクラは心の中で叫んだ。
 お前の敵は、彼だけじゃない。――他でもない、私がいる。
 サクラの心に巣食っていた、復讐の思いも、虚弱な思いも、全て吹き飛ばして――サクラがその眼球に灯った炎を一層激しく燃え上がらせる。
 そして、トリガーを引いた――。
 
 ――爆音。

 ガンランスの通常の砲撃では有り得ない音が、深夜の森林に木霊した。
 二倍、いやそれ以上。その音の大きさは、耳が一瞬聞こえなくなるほどのものだった。
 それもそのはずだ。
 サクラのした砲撃は、通常とはまた違ったもの。ガンランスの機能の一つである――フルバースト。
 現在装填されている弾丸を全て、一度に吐き出すという無茶な技である。無茶であるが、至近距離で当てたときの攻撃力は絶大だ。
 ――ジンオウガの身体が揺れる。
 見るに、ヘイルに攻撃は出来なかったようだ。
 サクラのガンランス――近衛隊正式銃槍はもうボロボロだ。フルバーストでさえも負担になるというのに、更にジンオウガにゼロ距離で使ったことが祟った。
 炎熱に晒された刃は崩れ、ランスとしての機能は無いに等しくなる。
 ガンの部分も――弾丸を全て使い切ってしまった今となっては、残念だが機能停止する。
 ――つまり、サクラの持っているものはただの、大きい筒に成り果てた。
 ジンオウガは、その身体を傾げていく。
 それを睨みつけながら、サクラは願う。
「……倒れろッ…………!」
 現在、ヘイルのスラッシュアックスは大破。戦闘継続――不能。
 同じく、サクラのガンランスは中破。戦闘継続――不能。
 サクラの頭の中で、冷静に分析された結果は悲惨だった。だからこそ、ジンオウガにはここで倒れてくれなければいけない。――そうじゃないと、二人に未来は無い。
 ジンオウガは次第に、地面に近づいていく。
 そして――。

 ――倒れまいと踏ん張った。
 
「ッ…………!!」
 サクラは痛いほどに奥歯をかみ締める。
 ジンオウガは、苦痛に顔を歪め、荒い息を吐き出している。しかし、それだけだ。まだ動ける。そのうち、痛覚と折り合いをつけて、戦意を取り戻すだろう。
 こちらは、戦意はあろうと、互いに武器が破損している状況だ。――戦いたくても戦えない。
 しかし――諦めたくない。サクラはそう強く思った。
 決して、自分を諦めたくないと、ヘイルを見ながら願ったのだ。
 そして、ジャンゴの最後を思い出す。
 いつもの、兄のような優しい笑顔で、慈しむように自分を見ていたジャンゴ。彼は最後の最後に何を思ったのか、サクラに知る術は無い。
 だからこそ、この願いは貫徹したかった。
 サクラは思う――ジャンゴの言葉も、笑顔も、優しさも――もう取り戻せはしない。だとしても、ジンオウガには倒れて欲しい。復讐ではなく――乗り越えたい!

 ――その思いに呼応するように、温かい風がサクラを包んだ。

「……えっ?」
「……まだだ、サクラ」
 いつの間にか背後にいたヘイルが、サクラの身体を抱くように支える。フルバーストの影響で痺れた腕と手も、上からヘイルが腕を重ね、支えてくれるおかげで何とか踏ん張れる。
 しかし、それが何だというのか。サクラはヘイルに問う。
「しかし……もう打つ手が…………」
 そのサクラを覗き見て、ヘイルは不敵な笑顔を作った。
「おいおい、忘れたのか――"ガンランサー"」
 そして、はっとする。サクラはその言葉で、天啓のように一つの事を閃いた。
「最後だぜ、サクラ。気張れよ……?」
「……ええ、あなたこそ」
 ジンオウガは、まだ身体のバランスが取れないのか、動けないようだ。
 そして、その動けない身体に。フルバーストを受けた横腹に。毛皮や甲殻が剥がれ、露出した肉に――二人はガンランスを突き込んだ。
 例え刃が無かろうとも、銃身だけでもその抉れた腹には簡単に刺さる。
 ――ジンオウガが苦悶の叫びを上げる。
 それを聞きながら、ヘイルが、痺れて動かないサクラの指の上から、トリガーを握り込んだ。
 ジンオウガは、激痛からか、その身体を揺らす。――しかしダメージのせいか、大きく動くことは出来ないみたいだ。
 それでも抜かすまいと、二人が踏ん張り、ガンランスでジンオウガを押さえ込む。
 そして――。

「――うおらああああぁぁぁぁッ!!!!」
「――せああああああぁぁぁぁッ!!!!」

 反動に耐えるため、二人は懇親の力を込める。
 そう――ガンランスの代名詞である、"アレ"を撃つのだ。
 しばらく発砲準備の隙を要するが、ガンランスの最大威力を誇る、ガンランサーの主砲。

 ――"竜撃砲(ドラゴンバスター)"

 こおお、と篭った音をたてていた銃身が、何の脈絡も無く――爆発した。

 耳を突き抜ける爆音。
 真っ赤に焼け付く視界。
 そして――衝撃。

 フルバースト、竜撃砲と立て続けに放ち、そして疲労やダメージもあり、サクラは意識を手放した。



 サクラは目が覚めると、視界が上下していることにまず気が付いた。
 ここはどこだろう、何がどうなったのだろう。
 そう思って、まず自分がどこで寝ているのかを確認する。
 ――ヘイルの胸の上だった。
「……………………。~~~~ッ!!」
 しばらくボーっとした後、サクラは顔を真っ赤にさせ動揺する。
 そのサクラの様子にヘイルも気付いたのか、サクラに声をかける。
「お、起きたか」
「――あqwせdrftgyふじこ!!!」
「落ち着けって……。いてぇ! 止めろ!!」
 竜撃砲の反動で、二人して吹き飛んだのだろうか。サクラは焦ってそこから飛び起きようとするも、どうにも疲労からか身体が動かない。
 ジタバタとしばらく格闘するが、努力も虚しく立つことは出来ない。なので仕方なく――動けないのでしょうがなく、ヘイルの胸元に再び収まる。
 ムスッとしているサクラを上から眺めるようにして、ヘイルは言う。
「いてて……。お、お前、顎に当たったぞ」
「ふん、それよりも、この状況は何です――っていうか、ジンオウガは!?」
 ヘイルは前方を指差す。――そこには二人のように寝そべった姿勢で、ジンオウガが存在していた。しかし、明らかにヘイルやサクラと違うのは――動かないこと。
 その様子をみてサクラは、視線をヘイルに戻す。

「ということは……もしかして…………」
「ああ――勝ったんだよ。お前は」
 サクラは一瞬呆ける。
 しかし、すぐ自分を取り戻すと、意味深な表情でヘイルを覗き見る。
「いえ、勝ったのは――私"達"です」
「あはは……そうだな」
 そして、二人を包むのは夜の静寂。
 完全な無音ではない。夜行性の鳥の鳴き声、擦れる木の葉。そんな音が森から聞こえる。
 空には星が瞬き、大きな月が二人を照らしている。
 ――ああ、今日は満月か。とサクラは思った。
 何分だろうか。お互いにしゃべる事も、動くことも無く、静かな森の真ん中で、二人寄り添い寝そべっていた。ジンオウガという光源が消え、夜の闇に閉じたこの場所にいると――世界に二人だけのようだと、互いに思った。
 その静寂を切り裂いて、ヘイルがぼそりと呟いた。
「仲間と戦う、ってのは、こんなにもすげぇ事だったのか……」
 サクラに語りかけているようで、独り言のようにも思える。
 サクラはヘイルの様子をちらりと覗き見て、そして返答した。
「凄い、ですか。……そうですね。凄いですね」
「ああ、すげぇ。他に何て言ったらいいか……俺にはわかんねぇ」
 ヘイルは、視線の先――遥か大空の星々を眺めながら、呟いている。
「あの時――俺は死んだと思った。死んでもおかしくなかった」
 思い出されるのは、スラッシュアックスが大破したあの瞬間。瞬きをする間に、大怪我を負うか、死ぬか、そんな分かれ道にヘイルは立たされた。
 その分岐路をぶち壊したのは――サクラだ。
「お前が助けてくれたおかげだ。――ありがとう」
 その一言に、サクラは心にこれ以上無いほどの幸せが満ちる。しかし、彼はかつてこう言ったはずだった。
「礼はいらないのでは……?」
 その台詞を受けて、ヘイルがくすりと笑う。
「いや、やっぱり必要だわ。言いたいもん、俺が」
「ふふ、でしょう?」
 そして二人してくすくすと笑いあった。
 そうやって、満足するまで笑いあった後、ヘイルの暖かさの中、サクラが思う。
 最初の復讐心も、ヘイルが竜巻のように巻き上げて、どこかに吹き飛ばしてしまった。戦いたいのに、逃げたい、そんな矛盾した想いを抱えて戦っても、絶対に勝つことは出来なかっただろう。
 だから、この勝利は、ヘイルのおかげだ。
 二人で戦って、そうして、勝ち得た。
 ――星を見つめるヘイルを、サクラは気付かれないように、そっと覗き見る。その目は、優しさや嬉しさの中に、ほんの少し、"熱"を抱えていた。
 サクラは、まるで宝物を見る子供のように、その瞳をヘイルに向けながら、呟いた。
「――違わなかった、です」
「あん? 何か言ったか?」
「いえ、何も」
 そっか、とヘイルは呟いて、また空を見上げた。



[26282] ドラゴンバスター編 07(最後)
Name: perepe◆6994df4d ID:e135077f
Date: 2011/03/23 13:59
 さあ行かん、とばかりに意気揚々と出発しようとしていたジンオウガ狩りのパーティーに、ヘイルはとても申し訳なく思っていた。まだ出発していなかったからいいものの、やはり目的を先に倒されてしまっていては相手も面白くないだろう。
 しかし、いいよいいよと、にこやかにこちらを許してくれた彼ら。ヘイルには爽やか過ぎて直視できないレベルだった。不満一つ漏らさず、談笑しながら去っていく四人組みの背中は眩しすぎて、ヘイルの目に涙が滲んだ。
 そんなこんなで色々な手続きを済ませ、サクラとヘイルは風呂に入ることにした。せっかく集会浴場に来ているからついでだ。
 しかしやはり混浴というものに慣れないヘイルは、恐々として入っていた。
「――私がハンターを始めたのは理由があります」
 そう切り出したサクラに、ヘイルは耳を傾ける。
「その、私の父が、大の武器好きだったのです」
「武器好き?」
「ええ、武器好きです」
「ハンターだったのか?」
 その問いに、サクラは首を横に振る。
「ただの旅館の従業員でした」
「……ああ~」
 ヘイルは寝泊りしていた宿を思い出す。確かあのときにサクラが、この旅館の経営者と顔見知り、というのは聞いたことがあるような気がするのだ。
 それにしても、ハンターでもないのに武器が好きなんて、物騒な趣味だ、とヘイルは思った。
「それで、その武器を使ってみたいと思ったわけか……」
「ええ――かつて幼かった私は、父がコレクションしていた武器の一つの、ガンランスのフォルムと、存在理由に惚れこんでしまいました」
 コイツも変わった奴だ、とヘイルはサクラの顔を見ながら思う。その顔は風呂に入っているからか、紅潮して色っぽく、ヘイルはすぐに目を背けた。
「かつて、か……。親父さんは、もう……?」
「ええ……」
 サクラは少し俯いて、それでも毅然とした雰囲気で続ける。
「――父は、愛人を作って村を出て行かれました」
「死んでないんだ!?」
「え? 死んだなんていつ言いました?」
 いや、親子そろってそういう雰囲気作ってただろ、とはヘイルは言わない。こういうことに言及するとめんどくさくなるのは、これまでのサクラとの会話から知っていた。
「どこの村だか忘れましたが、今も元気にしてますよ。『子供が出来たよ。』と先日も手紙が来ました」
「殺してぇ~……」
「こちらが心配しているとでも思っているんでしょうか。こちらは無視を決め込んでいるのに中々の頻度で送られてくるので、流石の母も最近キてますよ」
「あ、あの温和そうな人を怒らせるとは……」
 何がキてるのか最高に聞きたくないし……、とヘイルは風呂だというのに震え上がる。
 そのヘイルを身ながら、サクラは一拍置いて、また話し始める。
「――それでも、私の父はあの人だけですから」
「…………そうか……、そうだよな。親父……か」
 そういってヘイルは遠い目をする。その目は、どこを見ているのか、"いつ"を見ているのか。
 そのヘイルの様子を伺い、サクラは言う。
「というわけで、父の影響でハンターを始めたわけです。終わり」
「……どうして話そうと思ったんだ?」
 その疑問に、サクラは顔を赤らめながら答える。
「その……、ヘイルが、昔の話を聞かせてくれたので、私も話そうかと……」
「あはは、お前って変に律儀なとこあるよな」
 変って何ですか、と怒りながらヘイルをどつくサクラ。
 いてぇ、いてぇって、と半泣きになりながら抵抗するヘイル。
 お互いに、楽しい時間だった。
 ――そして、サクラがわざとらしくせきをすると、立ち上がる。
「おほん……、それでは、私はジャンゴに報告してきますね……」
「ん、ああ。ジャンゴによろしくな……」
「ヘイルは上がらないんですか……?」
「……もう少し、暖まって行くことにするよ」
 何かを惜しむようにヘイルを見ていたサクラも、しばらく経てば、そうですか、ではのぼせないようにしてくださいね、と言い歩き出し始めた。
 その小さくなっていく背中を見ながら、ヘイルはこの村に来たときから今までのことを思い出していた。
 いつでも毅然とした態度で、前を見つめていた彼女。ちょっと危ういところもあるが、それも彼女の利点だろう。
 ――結局自分は彼女に何かをしてあげられたのだろうか。
 そう考えてみるが、それは彼女しか知らないし、わからないだろう。
 でもヘイルは、この充足感が間違いじゃないと確信していた。どうにかうまいこと収まったんだと、どこかで理解できた。
 そして、消える小さな背中を、ヘイルは複雑な思いも綯い交ぜにして、それでも笑顔で見送った。そのヘイルは、とても幸せそうに見えた。
 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 まず、どこで働くかを考えなければいけない。そう思ったヘイル。
 この村にもかなり愛着が湧いてきた(風呂的な意味で)ので、やっぱり就職するならこの土地がいい。
 そう考えながら、早一ヶ月。光陰矢の如し、である。
 そんな狩り以外では超甲斐性無しの才能を遺憾無く発揮しながら、ヘイルは今日もだらだらと過ごしていた。
 こういう暮らしをしているのも、そもそもハンターの収入は悪いわけではないからだ。
 サクラと行ったクエストだけで中々の大金が手に入り、贅沢しなければ一年くらいは余裕で暮らしていける状況にある。……普通ならその金も、次の狩りのための道具だったり、装備の点検や修理、強化に消えるのだが、武器の無くなったヘイルにとっては、いまさらどうでもいいことだった。
 だとしても、今のままではまずいんじゃないだろうか。そうヘイルは思う。
 ハンターを辞められたあと、一年ほどブランクがありますが、何をなさっていたのですか? と面接で聞かれたとしたら、ヘイルはどう答えていいか解らない。――だが、今ならなんとか誤魔化せる。
 そう思いながらも――今日も酒場で飲み食いしていた。
 ――サクラとは、あの日を最後に一度も会っていない。
 彼女はハンターを止めるといっていたし、会うとしても道端で偶然出くわしたりとか、そんな感じになるだろう。
 次会うときは、お互い何をしているのだろうか。一緒に戦ったあの日を思い出しながら、ヘイルは少しノスタルジックというか、そういう風な感覚になる。このまま会わないことは、寂しいけど、それはいいことなのかもしれないな、そう思って、ヘイルは微笑した。
 そうやって昼間から酒を飲んでいたヘイルのテーブルに、どかん、と座りこんできた人物がいた。
 合い席よろしいですか、の一言も無い。どういうことだ、とヘイルは若干不機嫌になりながらその人物を見る。
 ――案の定サクラだった。
「さ、サクラか……。お前、本当にタイミングいいな……」
 サクラは一月前と同じ、屹然とした態度でヘイルに語りかける。
「何昼間っから飲んでるんですか。腐りますよ」
「腐ることは無いと思うけどな」
「腐ってますよ」
 そのサクラは、何か大きい袋を抱えていた。その袋をごとん、とテーブルに立てかけると、ヘイルを睨みつける。
「ヘイル、あなた宿を変えましたね」
「うっ、あ……ああ、変えたとも」
「何故逃げたんです?」
 逃げたわけでは、とヘイルは口の中でもごもごと呟く。
 あそこの宿にいては、経営してるじいちゃんから、サクラに行動が筒抜けなのだ。しかし、だから離れたというわけでもないのだが、とヘイルは思う。
「まったく、……探しましたよ。ヘイルは、あまり特徴のある人ではないですし……。他の村から来たのに、黒髪で童顔なんて、まるでこの村の男子じゃないですか」
 ぷりぷり、と怒るサクラ。
 しかしヘイルは知っている。どんな様子だろうと、サクラは怒っているなら手が出るタイプだ。ヘイルは知らず知らずにうちに縮こまる。
「あなたが何故これまで独りだったか、理由がわかりましたよ」
「え? マジで?」
 乗り出して、聞く体勢にになるヘイル。
「ええ、あれこれ理由をつけてましたけど、根本的なものは――圧倒的なコミュニケーション能力の不足です」
「あー、うん……そうなんだぁ!! へぇ~! ははは――そうなんだ…………」
 目に見えて落ち込んでいる。
 そして、話を変えんと、ヘイルが切り出した。
「あー、それで今頃おまえは、何か用事でもあるのか?」
「は? どつきますよ」
 と言ってるうちにサクラはヘイルを殴っていた。
「いてぇ! どついた後で言わないでくれよ!」 
「次の狩りについて相談しようとしても、気付けばどこにもいませんし、私の気持ちもわかって欲しいですね」
「あ? 狩り? 何で?」
「??」
「……いやサクラ、お前自分で言ったじゃないか。――前のとき、今回でハンターを辞めるって」
 ヘイルはあの時確かにこう聞いたはずだった。
『このクエストが終わったら……、私は――ハンターを辞めます』
 そういった時のサクラの表情は、顔を膝に埋めていたので伺えなかったが、冗談で言った雰囲気ではなかった。ヘイルはそう思い出す。
 しかしサクラは目を丸くしてこう言った。
「――え?」
「……え?」
 とても理解してなさそうなサクラの様子に、ヘイルもオウム返しするしか無い。
「言ってたろ自分で……」
「……?」
 コクリと可愛く首をかしげて、ヘイルを見つめるサクラ。そのサクラの様子に、ヘイルは思う――コイツ完全に忘れてやがる。
 サクラはしばらく考えていたが、ふん、と息を巻くとヘイルに告げる。
「ま、どうでもいいですね」
「うん、そうですね」
「……あ、そうでした。これを渡したいんでした。――はいこれ、プレゼントです」
 そういって大きい袋をヘイルに手渡すサクラ。ヘイルは受け取ったとき、重さに驚いた。見た目よりも重い、というのもあったが、何よりその重さが"持ち慣れた"ような重さだったことにだ。
 ヘイルは冷や汗を流しながら、サクラを見る。
「……ええと、その、もしかして」
「うむ? おやおや、気付かれましたか? とにかく開けてみてくださいよ」
 ヘイルは恐る恐る袋の口を開け、中身を机の上に取り出す。
 ――案の定、スラッシュアックスだった。
 期待を裏切らねぇなあオイ! と、ヘイルはひくひくと引きつった笑顔をしながら思った。
 そのスラッシュアックスは以前ヘイルが使っていたような、鉄の塊のような無骨なものではなく、素材の風情をそのままに生かしたデザインとなっている。
 ――青の殻に、黄色の刃。間違いなくジンオウガの素材から作られたものだろう。
 それを眺めながら、ヘイルはサクラに問う。
「……サクラ、おまえコイツに何か思うところは無いのか?」
「……? 何か、とは?」
「いや……、コイツは、"ジンオウガ"には、……なんていうか、執念……みたいなのがあるんじゃないのか? サクラにとったら仇だろう」
「……ふむ」
「だからこの武器に関して、嫌な思いとかないのか?」
 ヘイルは、サクラがもしこのままハンターを続けるとしても、ジンオウガの素材は全て売り払うなりなんなりするだろうと思っていた。……他のジンオウガならまだしも、この武器の元になったジンオウガは、ジャンゴを殺した、サクラの仇だ。
 そんなことを思っていたヘイルを見ながら、サクラは鼻で笑った。
「ふん、……だからですよ」
「えっと……?」
「死んでからも、利用させてもらうということです。死んだからといって私から逃れられると思われては心外ですね。ねぇ、ヘイル」
 そのサクラの瞳は、無表情ながらも毒々しい光彩を放っている。ヘイルはその光に当てられ震え上がる。苦笑いするしかない。
「さて、行きますか」
「どこにだよ」
「何言ってるんですか。集会浴場に決まってるでしょう」
「どうして」
「一ヶ月のブランクを取り戻すために、私がいくつかいい狩りを見繕ってあげました。感謝してください」
「俺に選択権は、無いのね……」
 サクラはふんす、と胸を張る。
「後はあなたの参加希望の確認だけです。――では、行きますよ」
 サクラはついてきてくださいと言うと、すくっと立ち上がり、とことこと歩き出し始めた。ヘイルは慌てて、スラッシュアックスを担ごうとして、ふとそのスラッシュアックスを見つめる。――いや、スラッシュアックスの向こうの、一匹のジンオウガを見つめる。
 ――俺もお前も、大変な奴に目を付けられたみたいだな。
 そう心の中で呟き、ヘイルは苦笑を漏らす。
「何やってるんですか、早く行きますよ」
「……わーったよ。よっこらせ……っと」
 そうして、ヘイルはスラッシュアックスを肩に担ぐと、サクラの後について歩く。不満げな風に取り繕っても、この先何が待っているのか楽しみなのだろう、口元は緩んでしまっている。
 そんなヘイルに担がれているスラッシュアックスが、光を反射して――キラリと青く輝いた。


(ドラゴンバスター編 終わり)


◇ ◆ ◇ ◆ ◇


~あとがき~

あ、以下見なくていいところです。見たくない人は戻ってやってください。
最初に、更新が後れたことを謝りたいです。
色々と諸事情があったために少し遅れてしまいました。それに、最後のほうの06,07は一気に最後まで読んで欲しかったので同時に投稿させてもらいました。

ということで、ドラゴンバスター編はここで終わりということになります。
一章終了みたいなものです。完結じゃありませんよ。
王道な話が書きたくて、書き始めた小説でした。ということで先が読めてて面白くなかったかもしれません。
まともに小説を書くのもこれが初めてになるので、皆さんには駄文をここまで読んでもらい、感謝の気持ちでいっぱいです。

モンハンの世界に特別な想いとかは、正直無かったです。もともと3rdが発売されて、ちょうどゲームをやっていたときに書いてみようかなと思ったんです。
多くの二次創作には既にキャラクターが作られており、オリ主を作った後は、原作のストーリーをなぞるといったものが多いです。
全然馬鹿にしているわけじゃないです(俺もよく読んでるし、好きです)が、それだとキャラクターを作っただけで、話作りがうまくならないんじゃないかと思ったわけです。
モンハンというのは、ストーリーというものが大してありません。
しかもキャラクターも最初から作られているわけでも、無いんですね。
しかし世界観の基盤はしっかりと作りこまれている。
そこに俺は目をつけて、練習もかねて書かせてもらったということです。
しかしいざ書いてみると、モンスターハンターの世界に愛着が沸いてきて、PSP片手に小説を書いていたなんてことも多くなっていました。
皮肉な話になりますが、書く前よりも、書いた後のほうがずっと、モンスターハンターが好きになっていたということになります。
こんな半端な気持ちで書かせてもらった小説ですが、皆さんに喜んでもらえたかな。
自己満足に終わらせるつもりじゃなかったので投稿させてもらいましたが、これを読んでくれた皆さんのお目汚しになってなければ、本当に幸いです。

これで最後、みたいな空気をすごい出していますが、全然終わってません。ヘイルとサクラの冒険は始まったばかりです。
ということでこの話以降も読んでもらえればうれしいです。

諸事情があって、次の話を投稿するのが遅くなるかもしれません。
今のところ、
ヘイルの過去話。
普通に次の話。
の二択を考えていますが、どちらがいいですか?
気軽に感想板に書いてみてください。どちらも構想自体は出来ていますので、皆さんが読みたいほうの話を先に書いたほうがいいと思いますし。

最後に、あとがきまで最後まで読んでくれた画面の前の人。本当にありがとうございます。
これからも、気軽な気持ちで読んでやってください。
それじゃあバイバイ。


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